蒼天を駆ける野球バカ (FAKE MEMORY )
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転移

こんにちは、大島です。誰が何を言おうと大島です。
ユーザー名で決して呼ばないでください。あれは黒歴史です。
まあそんなことはともかく、最近ウマ娘にハマったので勢いで書いてみました。
そして、そのまま聖ウンス会に入会しました。
皆さんよろしくお願いします。


「中卒でいきなり中央サブトレーナーなんて、初めはどうなるかと思ったんだがな……よく頑張った」

 

 急に目の前に現れた光景は、職員室のようで職員室っぽくないよく分からない部屋だ。

 プレハブっぽくもあるし、部室と言われても納得はいく。

 このよく分からんじっちゃんが作業するであろうデスクには、パソコンと謎の大量の資料が積み上がっている。

 学校……なんだろうがサブトレーナーとか中央とか単語がよく分からない。そもそも俺は学生でそんな大層な名前はないぞ?

 そんでもって百歩譲ってここが学校だとしても、こんな部屋俺の記憶にない。

 それに……おかしいな。俺さっきまで授業中に寝てたはずなのに。

 ここはどこだ……? そんで目の前のこの人は誰なんだ……?

 

「え、あ、はい」

 

 ちょ……マジで何の話だこれ。

 

「気ぃ抜けてんなぁ……それも、お前らしいわけだが」

 

「えっと……」

 

「おっと済まない。本題に入ろう。実は、俺はそろそろトレーナーを引退することになる。結局、重賞ウマ娘は育てられなかったのは、あの子達に申し訳がない。だから、悠介。君が、君の思う自由に動きなんでもやりたいようにやった末の未来を、俺は見てみたい」

 

「そうですか……」

 

「ああ。おめでとう、今日から君はトレーナーに昇格だ」

 

 う……うん? な……なんかすんごい重要な話な気が……。な、俺は何をされてるんだ?

 

「……ありがとうございます! 絶対(打者)三冠取ってみせます!!」

 

 ヤケクソで放ったその言葉。目の前のじっちゃんは唖然としていたが……すぐに満足気な顔をした。

 

「ああ……頑張れよ」

 

 分からない……話の流れが全く分からないぞ……。

 

◇◇◇◇

 

「何だこのケモ耳天国は」

 

 適当に散策してみて、俺がなんかすっごいでかい女子校にいるのは分かった。

 植え込みが豪華だし、校舎は立派だし、陸上のトラック……? みたいなのもアホみたいにでかい。 相当金かかってる私立だな、これは。

 だが、トレーナー。これが分かるまではかなり時間がかかった。

 まず、ケモ耳……しかも馬耳というかなりニッチなケモ耳でゴリ押ししてくるのがびっくりだ。普通犬か猫だろって思うんだよ、俺は。

 そこから、なんか見たことあるような顔を見てようやくトレーナーという言葉が記憶と噛み合った。

 そういや、なんかそんなゲームあったなと。

 確か……競馬の……ダビ、スタ……だったか? なんか、そんな感じだったはずだ。

 そして、このケモ耳種族はどうやらウマ娘というらしい。そうだ、ダビスタじゃねぇ。ウマ娘だ。全然記憶と噛み合ってねぇじゃねぇか。

 正直競馬は触った程度しか知らない。何とかルドルフとか、あとディープ……インパクトだったかパープルだったかと……あと最近の……そう、アーモンド吉田だ。これだけは覚えてる。後は聞けば思い出すと思う。知らんけど。

 ようするに、ウマ娘の名前言われてもほぼほぼ分からないだろうな。

 そんでもって問題はトレーナーの仕事がほぼほぼ分からないということだったが、それは何とかなりそうだ。

 どうやら俺はさっきのじっちゃんの下でサブトレーナーとやらをしていたらしく、じっちゃんが引退までの少しの間仕事を補助してくれるそうだ。

 そして、まずするべきはウマ娘のスカウトらしい。ウマ娘を見る目はいっちょ前らしいが、俺は絶対無理だからそういう期待はかけないで欲しい。

 

 そして、来たのがどデカい陸上のトラックもとい模擬レース場だ。

 

「えげつなく広いんだよな」

 

 トラックがでかい。競馬場に行ったことがないからわからないが、こんな感じなんだろうか。

 そのレース場で人間とは思えないとてつもないスピードでウマ娘が走っていた。

 あの子たちはサイヤ人かなにかだろうか。ちょっと状況が飲み込めない。

 じっちゃん、俺この中から誰選べばいいんだよ。まあでも、ポケモンとか御三家は基本どれ選んでもそこそこ強かったし最初は良い感じのが選べるんだろ。

 

「どうだ、お前から見てこいつとなら三冠取れるってやつはいたか?」

 

 あ……なるほど競馬にも三冠があるのか。

 

「いや……皆同じに見えますけど」

 

「同じ……? そんなわけが無い。あの子なんか走りっぷりは大したものじゃないか」

 

 そう言って、じっちゃんは一着を取ったウマ娘を指さした。

 どう、するか……。このままだと俺がトレーナーの知識が全くもってないと気づかれてしまう。

 ……そうだ、こういう時こそ野球馬鹿の俺がひたすら選手やOBの言葉を本やら動画やらで探し回ってた時の知識を生かす時が来た。

 その言葉に信ぴょう性を持たせるためにすること……それは悪ノリだ。取り敢えずノリに乗って、調子に乗ってそれっぽいことを言えばなんでも本気に見えるのだ。

 俺は腕を組んでため息を吐いた。

 

「中央のトレセンに入れるウマ娘は極わずかだ。俺の経験則からして、それだけのレベルの場所に集まる人は皆一流。単純な身体能力の差は極僅かしかない。とはいえそこで、着順の大きな差が生まれるわけが無い。じっちゃん、入学したあとの伸びはウマ娘自身が『分かる』かどうかで全てが決まるんだ」

 

「分かる……。何を、分かると言うんだ?」

 

 じっちゃんの眼光が鋭くなった。正直怖くてチビりそう。だが、ここで一歩引くと信憑性がなくなってしまう。

 ここを首にされた時どうなるかわかんない以上、突っ走るしかない。

 

「ふっ……そんなの簡単さ。自分は誰なのか、それを細部まで知る。体も心もだ。そして、自分が誰なのか分かる。それさえできれば、誰にでも等しく勝ちが見えてくる」

 

「だから、変わらない……」

 

「そういうことだ」

 

 俺は組んでた腕を降ろしてそーっとじっちゃんの胸ポケットに手を入れてとある箱を取り出した……ところで腕を掴まれた。

 

「お前はまだ未成年だ」

 

「Peace……ヘビースモーカーかよ」

 

「ふん、流石にトレセン内では吸わん。臭うと生徒に嫌われるからな。……緊張してないようで安心したわい。それだけ俺のやってきたことを否定するくらいなら、もう手助けなんかいらないな」

 

「え……ちょ待っ」

 

「お前に俺の夢を託したぞ」

 

 どん……と拳で俺の胸を叩いて。じっちゃんはどこかへ行ってしまった。

 待て、今のとんでもないバッドチョイスだ。ヤバいってそれは、帰ってきてくれよ!! ヤバいマジでヤバいから!!

 ほら、あの一着のウマ娘見てよほら才能の塊だってうぉぉぉぉい!! 誰だ皆同じって言ったやつ馬鹿じゃねぇの、天才はいるんだよぉぉぉ!!

 くっ……ダメだ。もうクビ寸前だ。この世界で仕事失ったらどうなんの? リアルと変わらん? 終わりだよ。

 ガックリと肩を落とした俺。そして、その後ろから見る1人のウマ娘。

 

「おお〜お熱いですね〜」

 

「誰やねん」

 

 振り向いてみると、髪の短いウマ娘がいた。

 

「はいはーい。セイウンスカイですよ〜」




コメント、評価よろしくお願いします。


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スーパースター

どうも、大島です。
2話目です。
なんかこう、なんも考えずに書くとこうなるんだなぁと思いながら書いてます。


 どうやら、落ち込んでいる俺をからかってきやがったのはセイウンスカイとかいうウマ娘らしい。

 宇宙なのか空なのかどっちかにして欲しい。

 

「それで、M78星雲スカイさんが何の用ですかねぇ」

 

「ちょっと〜前に余計なのついてるんですけど〜?」

 

「は……はぁ!? 余計とかいうんじゃねぇ!! お前なぁ、M78星雲は……ウルトラマンが住んでんだからなぁ!?」

 

 歴代のウルトラマン達が人を愛し身を呈して地球を守ってくれていたんだ。その方達の故郷を余計だァ? 戯言もいいとこだ。

 

「え……セイちゃんなんで怒られてるの?」

 

「たりまえだぁ!! ウルトラマンはみんなの夢だ! 勇気だ! ロマンだァァ!!」

 

「え、えぇ……?」

 

 戸惑ってるなぁ、分かるよ。俺だったらこんなこと言われたら困るどころかドン引きして逃げるもん。

 うん、よし。そろそろ真面目にやるか。

 

「……なんていう茶番はほっといてだな。俺に話しかけてくるってことは、なんか話があるんじゃないのか?」

 

「なんなのその変わりみの速さは……ふっ、勘のいいトレーナーさんは嫌いだよ。なんてね」

 

「あ、ごめんなさいこっから真面目なんで」

 

「え……あ、それはすみません」

 

「うむ、続きをどうぞ」

 

「それ、真面目なんですか? ……それでですね、トレーナーさん、さっきここに来るウマ娘は誰でも同じだって言ってましたよね。それ、セイちゃん的になんだかな〜と思いまして」

 

 ふーん……あれ? このセイウンスカイさん、ちょっと怒ってらっしゃらない?

 地雷踏んだ? いや、でも大丈夫。絡んできたのはそっちだっていえば俺は言い逃れできる立場……俺最悪だな。

 

「君が特別ってこと?」

 

「逆だよ。私は、あの子みたいにはなれないってこと」

 

 視線の先には……さっき1着になった子がいる。たなびく長い髪。勝ってもなお落ち着いた表情。正しく強者の風格だ。

 

「なるほど……ワンダーボーイだったか」

 

「グラスワンダー。やっぱり、トレーナーさんちょっとふざけてません?」

 

 セイウンスカイはまだ笑っているが、のんびりとした口調にほんのり怒気を含んでいる気がした。そんでもって心做しか威圧感を感じる。

 やっべぇよもっち……めっちゃ怒ってらっしょっしゃっしゃりっしゃい。ごめん俺焦ると滑舌悪くなるんだ。

 

「いや、ふざけてなんかない……けどぉ……?」

 

 やっべ、これまじやっべ。大丈夫か? クビか? やっぱ俺クビなのか?

 それだけは……勘弁して欲しいなぁ。

 

「……ぷっ。もう、そんなしょんぼりしないで? トレーナーさん、あんな見栄張ってたのに……」

 

「あれ……? 怒ってないの?」

 

 なんだよ怒ってないの? って。マジ気持ち悪いかよ。

 

「もう怒ってないよ……ほら、トレーナーなんだからもっとシャキッと」

 

 もうってことはやっぱさっき怒ってたんだよね。マジごめん。

 

「そりゃあ、トレーナーさんの言うことは、少しは分かりますよ。でも……一緒に走った人の方が、もっとよく分かる」

 

「あ……」

 

 先程までとはまた違う表情、声。怒っているでもないし、吹き出したりとかでもないし、軽口を言ってる感じでもない。

 これは……俺はこれを知ってる。どんな時にこんな表情になるか知ってる。

 というか、だいぶ前の俺があんな表情で、こんな声色で弱音を吐き出していた。

 あれは確か、少年野球をしていた頃だ。あの頃はピッチャーで、エースで4番。調子に乗って、高飛車で滅茶苦茶やってた時だ。

 でもそれは、夏の引退試合で全てが崩れた。

 俺の何割増も速い球を投げて、打つ方も俺とは比べ物にならない程遠くへ飛ばす奴がいて……プロなんて余裕だと思っていた俺はもっと上がいることを知って泣いた。ギャン泣きだ。

 そこからなんやかんやあって中学は一緒になる訳だが、結局中学は俺がエースも4番も奪うことが出来た。

 簡単な話だ。俺が勝手にライバルだと思っていた人は、怪我して野球が出来なくなって部活を辞めた。怪我の理由は、オーバーワークだそうだ。成長期で、体が耐えられなかったらしい。

 それから俺は、全ての時間を割いて野球の練習をした。家で寝る時間は勿体ないから授業中に寝た。

 その結果、俺のライバルが負けてしまうようなチームや人ともなんだかんだそれっぽく渡り合うことも出来た。

 そこで、俺は思った。

 

「自分より上の人を才能なんて言葉で片付ける。それは、ただの思考停止に他ならない」

 

「……」

 

「さっきは戯言こっちは俺の本音だ。人は、能力のある人をパッと見ただけですぐ才能だなんだという。確かに、俺の身長はこれ以上は伸びないし、どれだけご飯を食べようと体重は増えない。最悪だよ。でも、武器は別にあったし作ることも出来た。やりようはいくらでもあったんだ。考えて考えた、努力した。そしたら、才能がないと思ってた俺でも才能あるって言われたんだ。そして、元々才能あるって言われてた人は気付いたらその道にいなかった。これってつまり、そういうことだろ?」

 

 ……柄にもないことを言ってたな。スイッチが入ると暑くなるのは俺の悪い癖だ。そのうち直そう。

 やべ、トイレ行きたくなってきた。こりゃ実が出そう……。

 

「……なーんだ。私と同じかぁ」

 

「ん?」

 

「なんでもないですよ〜」

 

「なんでもないならトイレ行ってくるわ……ちょっとヤバい」

 

「え、あ、ちょっと!」

 

〜数分後〜

 

「すまなかった。ちょっと水戸黄門さんの紋所が出てきそうになってな」

 

「それ水戸黄門さんに怒られません? もう、言うタイミング完全に失っちゃいましたよ」

 

「ん、なんかまだ用あんのか」

 

「なんでそんな高圧的に……。えっとですね、さっき言ってた誰でも同じって言う言葉。それが本当だったら、あの子と比べて平々凡々な私でも勝てちゃうってことじゃないですか。それって、セイちゃん的には凄く面白そうなわけです」

 

「成程、下克上……それは確かに面白いな」

 

 ペナントレースも突然覚醒した選手とかめっちゃかっこいいし、日本シリーズで3番手ピッチャーが無双してMVPなんてのもロマンの塊だ。もし俺が……て考えたらニヤける案件だな。

 

「なら、決まりですね。よろしくね、トレーナーさん」

 

 あれ、なんで勝手に決まっちゃってんの?




見ていただきありがとうございます。
暇な時に書き進めてくので止まる時あるかもです。


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逃避行

なんかこう、キャラブレしないようにって本当に難しいですよね。
何度もイメージするんですけど本当にキャラブレしてないのか疑心暗鬼になってきます。



 どうも、セイウンスカイのトレーナーになった三浦悠介です。いやはや、今適当に走らせてタイムを計ってるわけなんだが、びっくりだよ。

 昨日の模擬レースのタイムを計ってたんだが、1着の平均タイムとほぼほぼ変わらん。

 なんならもう少し早いまである。おたく、平凡とか仰ってませんでした? 

 

「はぁ、はぁ……トレーナーさん、どうです? 私の走りは」

 

「正直ここまで走れるとは思わなかったわ」

 

 模擬レース見ずにスカウトしちゃったからあれだけど、正直未勝利戦を抜けるのは時間かかりそうかとか考えてた。

 でもこれはなんも問題ない。俺が何もしなくても勝手に抜けるだろう。

 

「トレーナーさん。次は何します?」

 

 何って……そりゃあ練習しかない訳だが、失敗したなぁ。所詮中学レベルだし、友人の陸上知識を借りてそれっぽく指導できるだろうとかタカをくくってた。

 俺、このままだと教えること何も無くね?

 うーん……えーっとだな……。

 

「トレーナーさん?」

 

「……帰るか!」

 

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 驚いてる中マジでごめん。でもさ、このままだとなんも出来ねぇんだわ。せっかく俺を選んでくれたわけだし、なんもせず結局放出は頂けない。ってか外聞が良くなさすぎる。

 てなわけで、俺は修行の旅に出るッ!!

 

「サラバ!!」

 

「させるかぁぁ!!」

 

 やべぇ腕掴むな痛い痛いって!! 力強すぎない!?

 

「俺の居場所はココジャナインダァァァ!!」

 

「ここしかないよ!! もうっ落ち着い……落ち着けーー!!」

 

「たづなさぁぁん! セイウンスカイが虐めるよぉぉーー!!」

 

「ちょ……それは反則……あ、トレーナーさん!!」

 

「グッバイ! いい夢見ろよ!!」

 

 まじ俺何やってんだろうな……。

 それはもう忘れるか。なんにせよ、俺はセイウンスカイの為の練習をなんとしてでも作らなければならない。

 

「真面目になるか……」

 

 俺はトレーナー室で隠れながら、ひたすら事務作業をすることにした。そして、その傍らで彼女の練習を考えた。

 まず、最初に通るのはフォーム修正だ。トレーニングは今の時代、調べれば幾らだって出てくる。フォーム修正にとにかく重点を置いて、その間になんとしてでもトレーニングメニューを完成させる。

 ただ、俺はフォームを教えることが出来ない。ここでの一番の問題は、誰にフォームを教わるかだ。

 他のトレーナーに頼ると俺に知識がないことがバレてしまう。それの問題を考えれば、自然と外部との繋がりを考えるしかない。

 幸い、ウマ娘のトレーナーというだけでどんな人でも聞く耳を持ってくれるという強い武器がある。それに縋って、何かを見つけるしかない。

 

「となると……ここのアポ取りからか」

 

 スポーツ科学研究所。

 野球、サッカー、ゴルフ、様々なスポーツ選手を支援し有名選手を排出した文字通りスポーツのための研究所だ。

 ウマ娘に関しては学生ということもあり手を出しにくいところがあるのか、未だ手を出していない様子。

 なら、寧ろこっちから話しかければいいというだけの話だ。

 予想通り、相手はかなり驚いた様子だったが快く了承してくれた。

 あっぶね。まじ早速クビの危機だったからな俺。

 そんでもって、練習メニューをひたすら考える。メイクデビューを見すえて本格的に鍛えるとはいえ焦ってはいけない。まずは土台を作り、それから実践を重ねる。

 

「よし、ひとまず安心だな。うん、今度こそ帰ろう」

 

 時間は……げ、だいぶ残業してるな。まあ、こればっかりは仕方ない、か。いや、良くねぇよ研究所の人もアホみたいに残業してるじゃねぇか。もうこれ帰る時間ないぞ。

 しゃあないからシャワー借りて寝よ。

 

 そうして廊下で爆睡し、次の日たづなさんにトレーナーが倒れているとウマ娘から連絡が入り、頭を抱えたとか抱えてないとか。

 

◇◇◇◇

 

「本当に反省してるんですね?」

 

「はい……。それはもう山よりも深く海よりも高く反省してます」

 

「つまり、反省してないと?」

 

「いや、今のは単純に言い間違いで……」

 

「はぁ……。今日は見逃しますが、次からはきっちり始末書を提出してもらいます。何時までも学生気分では困りますよ」

 

「……はい」

 

 うう……こってり絞られた……。なんだよ、学生気分なのはしょうがないだろ? つい一昨日までま高二だからな?

 学生気分だってええじゃないかええじゃないか。

 お、セイウンスカイだ。

 

「おはー」

 

「あ、トレー……ぷいっ」

 

「なん……だと?」

 

 無視……。ああ、俺もついにここまで落ちたか。

 とかじゃなくて、やっぱあれはダメだったよな。うん、今考えればもうちょっとやりようはあった。あれはまんま俺の責任だ。

 

「いや、その……セイウンスカイさん、昨日はさーせんした」

 

 ここは素直に謝るに限る。アホみたいに騒いだらそれこそ「トレーナーさんやーめた」ってなりかねない。

 

「……ふんっ」

 

「うぐっ……」

 

 口聞いてくれない。どうすればいい? 隣にいるセイウンスカイの友達にも俺の醜態を見られてもうメンタルゼロなんだけど。助けて隣にいるそこの……あれ? もしや、隣は伝説のワンダーボーイもといグラスワンダーさんでは?

 

「もう、セイちゃん。そろそろ許してあげたらどうですか?」

 

「……ふん。勝手に帰ってサボるトレーナーなんて知らないよ」

 

「それは……その通りで」

 

 俺もそんな奴いたら縁切るもん。もう俺自身とも縁切りてぇな。

 

「私、トレーナーさんを本当に虐めたのか聞き込みが入ったんです。たづなさんから」

 

 うっ……いや、それはもうごめんとしか言いようがないわ。うん、徹夜でぶっ倒れただけじゃなくてそっちからもこってり絞られそうだな。

 

「いや、まあ帰ったのは本当に悪いって言うかなんというか……」

 

「……あら? セイちゃんのトレーナーさんは本当に帰ってしまっていたのですか?」

 

 セイウンスカイの耳がピクっと動いた。

 

「どういうこと?」

 

「いえ、徹夜で倒れるまで練習メニューを考えていたトレーナーがいたと聞きまして……貴方ではなかったのですか?」

 

「……あ〜。いや、確かにそれは俺だな」

 

 ま、たしかにそれは俺なんだが……あれを美談にしていいものなのか疑問に残る。どうやら、授業が終わる頃にはそんな噂があらぬ尾ひれがつきまくり俺が聖人みたいになっていたが、必死に俺の正体を隠したかったがためにやってただけだからなぁ……。

 

「では、セイちゃんの為に寝る間も惜しんで仕事をしていた。ということですね?」

 

「え、いやそこまで大事にっていうか……」

 

「ということですね?」

 

「え、あ、はい。そうですね」

 

 怖い。今のは怒ってるとか有無を言わさずとか、そういうレベルじゃなかったよ。明確な殺意を感じた。

 

「セイちゃん、今の聞きましたか?」

 

「……うん、しょうがないなぁ。トレーナーさん、今回だけは許してあげます。だから、今日は逃げないでくれます?」

 

 おっと? でも、なんかいい方に転がってるっぽいぞ?

 

「安心してくれ、準備はもうできてる」

 

「よーし。じゃあ私はお昼寝にレッツg「セイちゃん?」練習行こっか、トレーナーさん」

 

 なるほど、セイウンスカイが言ってたグラスワンダーには勝てないってのはこういうことだったのか。納得。

 さて、アポを取れたのは3日後。それまでの練習はひたすら基礎、だな。まあ、俺の調べた練習で合ってるのかは知らんがな。




見ていただきありがとうございます。

評価感想等あればお願い致します。


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サシで勝負(ハンデはある)

1年って早いですよね。
去年社会人になって1年。まあ、色々ありました。
それはともかく、ハイペース……とまではいきませんが暇な時にゆるゆる書いてってます。
ということで今回もよろしくお願いします。


 なんやかんやあって、ちゃんとしたトレーニングが始まった。

 今はとにかくバネを鍛えるということと、スタミナをつけることを重視する。

 だから練習はスプリントトレーニングが主だ。

 他のウマ娘が並走やら坂ダッシュやら、将棋やらをやってる間に人間がするくらいの短い距離でトレーニングをする。

 バネを鍛える時は距離がありすぎてもダメらしい。

 そうなると、どうしても距離は少なくなる。トレーニングルームにはダンベルやらが置いてあったが……正しく使わないと怪我の元やコンディション低下の恐れもあるし、そもそも中学生が使うものでは無い。あれをどう使うかは慎重に考えるべきだろう。

 

「ふむ……暇だな」

 

 最近買ったノートパソコンを広げて、カタカタと内職をする。研究所の相手方がセイウンスカイの適正のなどを教えて欲しい、と言っていたので入学時の身体能力検査のデータを送った。セイウンスカイには許可を貰ってないし、多分バレたらセクハラで訴えられると思う。

 それから、事務作業やらをこなす。なんというか、これまでだいぶ騒がしくしていた割にはドライな関係だ。

 それもこれも、俺がまだセイウンスカイに信用されていないからだろうが。

 まあ、出会いと練習初日を考えれば、セイウンスカイの好感度はドン底だろう。それを何とかするなら、毎日コツコツ関係を積み上げるしかない。千里の道も一歩から、だ。

 

「にしてもこの黄金の宇宙船ってユーザー強すぎだろ」

 

 仕事の傍ら将棋アプリをやっていたのだが、最近よく当たるユーザーがえげつなく強い。俺がエンジョイ勢ってのもあるだろうが、上手く守りを固めても簡単に剥がされる。

 ちょっと強すぎやしないだろうか。

 

「ぐっ……ぬ……負けた……」

 

「ちょっと〜、少しくらい練習見てくださいよ」

 

 不機嫌でムスッとしたセイウンスカイ。だが、何故か勝手に俺との契約を切る事はしない。不思議だ。

 因みに、今内職している理由はこのままだと仕事が終わらないからだ。サブトレーナー時代に俺が何してたのかさっぱり分からない以上仕方がないのだが。

 

「この練習、フォーム自体はコツ掴んだら簡単だろ? だから、俺が何も見なくても問題ないと判断したってだけだ」

 

「そうですか〜。なら、すぐに終わらせてきますよ」

 

「ああ、さっさと次の練習にしよう。短い時間にぎっしりとだ。今の俺みたいに仕事が間延びすると後々後悔するからな」

 

 そう、後悔するんだ。くそっ、先輩が今年トレーナーになった人へ歓迎会開くって言ってたのに……!!

 奢りなのに!! 俺も飲み……飲……あ、俺未成年か。

 はぁ……。仕事ってこんな疲れるんだな。ダメだ、集中力が持たねぇ。

 ……息抜きに俺もひとっ走りするかな。俺は元々ジャージを着てたし、丁度いい。

 さて、走ってみたわけだが……これ1周長すぎねぇ? カーブもめっちゃ緩やかだし……いや、競馬だもんなそりゃそうか。

 あとこれ人が走るとくっそ目立つ。邪魔にならないようにトラックの外走ってるだけでもみんな見てくる。恥ずいわこれ。

 これ以上は恥ずかしいし、目標まで走ったらやめておこう。そう思ったら何故か隣を走るセイウンスカイ。

 

「おやおや? トレーナーさんもトレーニングですか」

 

「おま……今走ってフォームに癖ついたりしたらめんどいって言ったろ」

 

「でもこの速度、ウマ娘ならランニング程度の速さで、私にとってはなんともないんですよ」

 

「ほうほう、ランニング程度……か……」

 

 なんともない……つまり俺は遅すぎてクズみたいな野郎だと(曲解)。言ってくれるじゃねぇか。こちとら意味あるかわからんほど寝坊して罰走で、一日中、アホみたいに走らされた身だ。

 速さでは叶わなくとも、スタミナと根性だけはウマ娘にも負けないつもりだぜ?

 

「セイウンスカイ、速さは確かにそうだろう。だが、このまま一緒に走ってみろ。俺より先にこのペースで精一杯になるのは目に見えてる」

 

 セイウンスカイの耳がピクりと動いた。

 

「それは、セイちゃんへの宣戦布告って思っていいんですか?」

 

「ああ、ただしルールがある。俺の後ろをついて来い。今の言葉が最高にダサいのは理解してるが、そんなの関係ねぇ。バテるまで走らせてやる」

 

 俺は更に速度をあげる。自分にしては出しすぎな速度だが……これくらいしないとセイウンスカイの体力を削ることが出来ない。

 

「ほうほう……このペースで持つんですか? 私が丁度いいペースってことは、トレーナーさんは相当全力では?」

 

「ぬぉぉぉぉぉ!!」

 

 もう話す余裕ねぇわ。俺、何と戦ってんだろ。てか、これ体力使い果たしたら仕事も何も無いのでは? おいおい、またくそ徹夜残業ペースだ。

 まあでも、俺のちっぽけなプライドを守るためにも、これは必要なんでね。

 何キロ走ったかは分からないが、セイウンスカイの息遣いが明らかに荒くなってきた。ほう、人間でも案外通用するんだな。スタミナだけだけど……いや、ほぼ根性だけか。

 まあでもそろそろ形勢が変わるはず。いや変わってくれ。

 

「かかってこいやセイウンスカイぃぃい!!」

 

「なんのなんのぉぉぉぉ!!」

 

 誰もが唖然と俺たちを見ている。そりゃそうだ。ウマ娘と足で張り合う人間はいないし、人間相手に必死になるウマ娘もいない。無謀……だとか、ウマ娘なのに大人気ないね……とか思ってるのだろう? だが、勝つのは俺だ。

 

「ぐっ……これが……箱根の坂か……」

 

「はぁ……凄い……平面、ですけどぉ?」

 

 ついにセイウンスカイをバテさせることに成功した。

 ふっ、ゴールのない道を走るのは初めてだろう。俺は幾度となくいつ終わるかも分からない罰走を走らされてきたんだ。まだまだ行ける。

 

「なんか面白いことやってんなー! ゴルシちゃんも混ぜてくれよー!」

 

 なんだてめぇ。

 

「ぶっ……あ、やべぇ」

 

「わ、ちょっ、トレーナーさん止まらな……うわぁ!!」

 

 スリップストリームでもと考えていたのか、セイウンスカイはピッタリと俺の後ろを着いていたようで、俺がよろけた瞬間背中に体当たりを噛ましてきた。

 2人で揉みくちゃになりゴロゴロゴロゴロ転がった。

 やっべ……倒れたらもう走れん……エグいわこれ。

 

「なんだ、もう終わりかー? ま、いっか。じゃあな〜!」

 

 見知らぬ芦毛のウマ娘は走り去ってしまった。

 

「誰だよマジで……てかおま、重いんだよどいてくれ」

 

「女の子にそれ……ふん、もうどきませーん」

 

 え、でもどいてくれないと巻き込むことになるぞ。

 

「そっか……ごめん、俺そろそろゲロリンガーになるかもしれん」

 

「え? ……う、うわぁぁ。分かったどくから、それだけはやめて!」

 

「うぷ……。あぶねぇ……」

 

「だ、大丈夫? 水持ってきてあげます?」

 

「や、そこまでしなくて大丈夫」

 

 流石に暴走した俺がそこまでされる訳にはいかん。普通なら俺が水を持ってくる側なわけだからな。

 

「それにしても、トレーナーさんがここまで走れるとは思わなかったよ〜。もしかしたら、ちゃんとしたトレーニングで出走できるレベルまで……」

 

「なるほど、ウマ男マッスルダービーか」

 

「うわぁ……何そのこの世の終わりみたいな名前。あはは、なんかトレーナーさんって変わってるね」

 

 そういえば、セイウンスカイがこんなちゃんと笑ってるのは初めて見た気がする。あれか、喧嘩した後瓦で寝転がると起きるオマエナカナカヤルナ・オマエモナイベントが始まったのか?

 

「……明日はフォームチェックするから、練習前に言った通りの時間に集合だからな」

 

「はいはーい」

 

 さて、全力出し切った事だし仕事モードに入りますか。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価等あればよろしくお願いします。


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ダイジョーブ博士イベントとは本質が違う

最近気付いたのですが、文字数が皆さん多いですね。5000とか10000とかどうしたら書けるのか知りたいです。
……どうしたら書けるのか知りたいです!!
ということで文字数増やせたらこれから増やしていくかもしれません。乗り気にならなかったらそのまんまかもしれません。
よろしくお願いします。


「……て来ねぇじゃねぇか!!」

 

 今日フォームチェックっつったろ!! セイウンスカイのやつどこに行きやがった!

 くっそ、トレセン内でならまだしも外部とやるんだぞ、遅刻は本当に不味い。

 おいどうする? これ詰んだ? 詰んだんじゃね?

 

「……いや、でも何か方法は探さねぇと言い訳ができない」

 

 割と最悪な考えだが、辻褄合わせは大事だ。時間までは全力を尽くして、最悪謝れば何とかなる状況を作り出す。

 もう今できることとしたらそれしかない。

 

「お、昨日ウマ娘と張り合ってたトレーナーじゃねぇか!」

 

「ん? ああ、そういえば昨日一緒に走ってた……ゴルゴムちゃんとか言ってぐふっ……」

 

「ゴルシちゃんだ、人の名前間違えんじゃねぇ」

 

「うん、ごめん」

 

 おい、今の手加減しなかったろ。無茶苦茶腹痛いんだが。

 

「で、困ってるんなら手を貸してやらないでもないぜ?」

 

「ああ……実はかくかくしかじかでな」

 

「なるほど……M78星雲スカイがいないのか……」

 

 すっげぇ、今のマジでかくかくしかじかって言っただけなのに通じたよ。てかおい、お前も人の名前間違えてんじゃねぇか。

 

「なら、アタシが手伝ってやんよ。ほい、これ持ちな」

 

「ずた袋……?」

 

 これにセイウンスカイを入れろってこと? 人攫いかよ。

 

「よっしゃーい。しっかり掴まってろよー!」

 

 何故かゴルシちゃんに肩車をされた。ほう、景色が綺麗だ。この360度パノラマビュー……。

 

「行くぞー!」

 

「行くってこのまま走るのかよちょっと待て……うごっ!!」

 

 ものすごい加速とともに頭を置いてきぼりにされ、首がゴキンッて鳴った。

 凄い、風が気持ちいいなぁ……。なんか、意識もゆっくりと遠のいて、世界がだんだん遠くなっていく……。

 はっ!! やばい、ガチで死ぬところだった。危ねぇ、三途の川でゴルシちゃんのラリアット喰らわ無かったら絶対渡っちゃってたよ。

 

「おい! M78星雲スカイを見つけだぞ!! 捕まえろ!!」

 

「ほんとだ見つけた」

 

「すやぁ……」

 

 すんごい気持ちよさそうに寝てるけど、これからこのずた袋で捕まえないといけないのか。罪悪感がすごいな。

 いや、でも元はと言えばすっぽかしたこいつが悪いわけだからな。

 俺はゴルシちゃんから飛び降りてセイウンスカイにそろりと近づいた。ウマ娘は耳と鼻がとてつもなく良い。バレないように細心の注意を払わなければならない。

 

「すまんなセイウンスカイ」

 

「んにゃ?」

「切り捨て御免」

 

「うわぁ!? なになになにこれ!?」

 

 袋の中でゴソゴソと動くセイウンスカイ。力はくそ強かったけど、ゴルシちゃんがいたおかげで何とか取り押さえられそうだった。

 

「トレーナー、運び出すぞー!」

 

「「えっほ、えっほ」」

 

「うわーーー! はーなーせー! やーめーろー!」

 

 外には既にタクシーを止めてある。どう足掻いたとしてもタクシーにさえ乗ってしまえば俺たちの勝利だ。

 

「いたぞ! あのタクシーだ! ぶち込みカチコミだ!!」

 

「おお? よくわかんねぇけどやってやるぜ!」

 

 そのままずた袋をトランクに……入れるのは流石にやりすぎなので俺はずた袋から雑に放り出したセイウンスカイを、後ろに座らせて俺が後ろにそのまま座る。

 いつの間にかサングラスをかけたゴルシちゃんが、スピーディに助手席に座って、運転手に急いで出してくれと頼んだ。

 あ、ゴルシちゃんも一緒に来るのね。

 

「……痛い痛いつねるな痛い」

 

「いくらサボったからってこの仕打ちは酷い」

 

「うん……ごめんな。まあなんとなくやりすぎなのは分かってるんだ……痛い痛い」

 

 これは……からかうとかじゃないな。本気で拗ねてやがる。

 

「お兄さん、お嬢さん、どちら行きます?」

 

「お客さん、私のセリフを奪わないで欲しいのですが」

 

 流石ゴルシちゃん。タクシーの運ちゃんをも巻き込んでいくぅ!!

 ……ってそうじゃない、当初の目的を忘れかけてた

 

「スポーツ科学研究所って所まで行って欲しいんですけど」

 

「なろほどあそこですか……分かりました。では行きますね」

 

◇◇◇◇

 

 何故かゴルシちゃんも一緒に乗せてタクシーに揺られ、30分ほど。ようやく着いたのは木々に囲まれたコンクリートで固められた建物だ。

 そういや、ゴルシちゃんってトレーナーいないのか? トレーナーがついててこんなとこ来てたら不味くない?

 まあ、来てしまった以上はしょうがないか。合同練習的な感じでやらせて、貸しを作っておけば後々役に立つかもしれないし。

 役に……立つと良いんだけどなぁ……。

 

「そろそろ機嫌直してくれよ、相手もいる訳だしさ」

 

「直ってますー」

 

 ぜってー直ってねぇよ。ううむ……、流石に今までちょっかい出しすぎただろうか……だろうなぁ。

 

「今日はセイウンスカイにとってかなり重要な意味のある練習なんだ。のんびり……いやコツコツの第1歩だ。だから、少なくとも練習の間だけ「スカイ」……ん?」

 

「私の事、いつまでフルネームで読んでるつもりですか? 急に出てきたゴールドシップさんをちゃん付けで呼んでるのに……」

 

「んえ? そんなことか」

 

 なんだ、あんま中学生っぽいところないなと思ってたけど、まあ年相応ちゃ年相応なのか。安心した。

 

「スカイ、でいいんだな? うん、こっちの方が言いやすいか」

 

「……うんうん。その方がしっくりきますね」

 

 良かった、意外とちょろいわ。

 

「なら、練習はちゃんとやってくれよ? 時間はそんな取らせないから」

 

「はいはい。やりますやりますよ」

 

「……そんで、ゴルシちゃんはどうする?」

 

「ん? よく分かんねぇけどアタシも参加してくる!」

 

 うん、まあ、いいよそれで。無理やり連れてきちゃったわけだし、向こうも1人2人増えるくらいなら問題は無いだろう。

  研究所の人にちゃっちゃと挨拶を済ませ、2人を外で走らせることになった。

 ここには元々ウマ娘の研究が凍結したというのもあり、外に広い走るスペースが用意されていた。

 まあ、ウマ娘って女の子なわけだし加えて神聖な生き物的なあれもあるわけだし研究するってのも難しい話だよな。

 それにしてもゴルシちゃんは速いなぁ……。早いっつーか強いな。なんかパワフルな感じセイ……スカイとは違う。

 スカイはどちらかと言うと力より技って感じだし。

 フォームを動画で確認して、なにやら話し込んで、また走り込んで話し込んでの連続だ。

 話によると、フォームの効率を体のタイプに合わせて数値にできるような機械があるらしく、それによって一番しっくりとくるものを探すのだとか。

 

「スカイの走りはどうですか」

 

 俺は研究員に話しかけた。

 

「癖があるので矯正すべきところは教えました。それによって練習メニューにもいくつか追加して欲しいものはありますので、それもすぐ送ります」

 

 うむ、やっぱり頼って正解だったな。俺なんか教えられるはずもないし。

 

「因みに……あのゴルシちゃんはどうなんですか?」

 

「ゴールドシップさんですか。あの子は……バケモンですね」

 

「なるほどバケモンですかい」

 

「身体能力はもちろん、走りにも隙がない。ここまで完成されている状態となると、三冠は確実なんじゃないでしょうか」

 

 三冠……ああ、そういや忘れてたな。

 

「そうだ、三浦さんにとって面白い場所があるんですけど、行ってみますか? 良ければ、そこの器具を使っても構いませんので」

 

 ほうほう、トレーニングとな? しかも俺にとって……? 俺の事をどれだけ知ってるかは知らないが、行ってやろうじゃないか。




主人公とゴルシちゃんが若干キャラ被ってるんだよなぁ……
なんて思ったりします。ちゃんと書き分けつけられてますかね。
感想、評価等お願いします。


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野球バカ

二次創作ってこの小説で初めての試みなんですけど、やっぱりキャラクターを維持する難しさって改めて感じますよね。
そりゃあ、オリジナルが上手くいかないもんだと思います。
てことで今回はちょっと真面目回なウンス視点です。


「お、今のは良い感じですね。走りにかなりバランスが取れている。蹴り足の力とストライドが数値的にかなり上がっている。慣れてくればこれだけでスピードとスタミナは上がります」

 

「ほうほう……」

 

 ……謎の研究施設に半分拉致のような形で連れてこられた私は、何故かゴールドシップさんとここの職員の3人でフォームチェックを延々とされている。

 まだトレーナーさんのことは信用しているわけじゃないから、正直自分の走るフォームを弄られることには抵抗があったんだけど……こんなに細部までこだわっているということを知ってしまうと、あのトレーナーさんの凄さを肌に感じる。人をからかったり暴走したり訳の分からないトレーナーが正しく自分の行動力を使えばこうなるんだろうなーって。

 お願いだから、あんな雑な連行の仕方はやめて欲しいかなーって。思ってるんですよ、私は。

 

「スカイは、見た感じふつーに見えんのに飲み込みは早いんだな。それ、絶対武器になるぜ」

 

「セイちゃん的には、そういう天才肌系っていうよりかは自分のことをよく知ってるというだけなんですけどね」

 

「なんだ、意外と卑屈だな」

 

 うっ……こう的確にグサグサ付いてくるのは来るものがありますな。

 ゴールドシップさんは天才肌というか、本当に……うん訳分からないね。

 

「おろ? あのちんちくりんのトレーナーはどこ行った?」

 

 ちんちくりんって……まあ確かにちんちくりんなトレーナーだけど。

 そういえば、練習に集中して気づかなかったけど、トレーナーさんがどこにも居ない。

 さっきまであそこにいたのに。ま、まさか……セイちゃんを置いて1人で昼寝……!? 許せない、私が勝手に昼寝するならともかくトレーナーさんが昼寝をするなんて許せない。

 なんてね、トレーナーさんのことだから仕事が終わらなくて室内で内職ってことなんだろうけど……私をここまで連れてきておいてそれは無いと思うわけですよ。

 これは……私がしばきに行かなくては。

 

「すみません。セイちゃん、ちょっと外れますねー」

 

 私は研究室内に入り、耳と鼻に全神経を集中させる。

 トレーナーさんの居場所は……こっちかな?

 廊下を歩いてトレーナーの痕跡を辿っていくと、だんだん何かの音が聞こえてきた。

 カーン、カーンと乾いた木で何かを打つ音だ。

 トレーナーの声も聞こえる……何してるのかな。

 音のする扉を見つけた私は、トレーナーを引きずって連れていくつもりで扉を開けて……言葉を失った。

 

 ――カァァァァァン!!

 

 鋭い音と共に勢いよく飛んでいくボール。

 打ったのはトレーナーさん。どうやら、ピッチャーとバッターだけで野球していたらしい。

 トレーナーさんは打球を見て、バットを地面に置いてボールの行き先をビシッと指さしてゆっくりとバッターボックスから離れていく。

 そして、感極まったのか勢いよくガッツポーズをした。

 

「いよっしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「うそやろ……? 今ゾーン完璧やん……うわ、マジか……」

 

 ピッチャーをしていたらしい人はガックリと項垂れていた。

 

「引っ張って右中間真っ二つ! 勝ちですよねこれ、俺の勝ちですよね!」

 

「うん……まあ、認める。認めるからもう1回やろ。お願い」

 

「いいっすよ! やりましょやりましょ!」

 

 トレーナーさんは、ピッチャーの泣きのもう一打席を簡単に受け入れて打席へ立った。

 今度こそ抑えてやると意気込むピッチャーが、振りかぶって投げる。

 だが、トレーナーさんはまたもや完璧にボールを捉えた。

 さっきよりも速い打球がネットに突き刺さった。

 

「これ行った!! 絶対行ったでしょ!!」

 

「マジかよ……うわ……いや、エグイな……。いや、ありがとう。今ので気合い入れ直せたわ」

 

「いえ! こちらこそありがとうございます! まさか打席に立たせてくれて、しかも打たせてくれるとは……」

 

 なにやら短くトレーナーが会話を交わして、名刺……かな? を交換するとピッチャーは練習に戻っていった。

 トレーナーはというと、その名刺を大事そうにしまってから人の気配に気づいたのかこっちを見た。すると、私を見つけてすごい笑顔で近付いてきた。

 トレーナーさんもこんな楽しそうな顔をするのか……と不覚にもときめきそうになってしまったのは気のせいだと信じたい。だってこんなトレーナーなんだよ? あんな暴走するトレーナー……なんてありえないありえない。

 

「スカイ! 見てた!? あの人プロ15年のデーベテランだぞ。7年前の5完封はリーグ最多、最優秀防御率と最高勝率と最多勝を取ったレジェンド! 最近怪我がちだったって言うのは聞いたんだけど、それでもプロから打てたんだよ! ヤバくない?」

 

 マシンガンみたいに降り注ぐ野球の知識。

 ごめんね、何も知らない私からすれば全部右から左に通り過ぎるだけなんだ。

 

「あーはいはい。分かりましたから、トレーナーさんは落ち着きましょ?」

 

「ん? ああ、ごめんごめん」

 

 トレーナーさんは本当に野球が好きなんだなー。ここまで来るとなんでトレーナーになったのか分からないよ。

 

「それにしても知らなかったですよ。トレーナーさんって野球が上手なんですね」

 

「ああ……まあ、そう……だな」

 

 おや? 今ちょっと答えが曖昧だったな。

 トレーナーさんを見た感じだと、何か後悔がある……? ような感じだけど、まだ野球を諦めきれないとか?

 でも、中央のトレーナーは中卒でなれるよんなものじゃないはず。然るべき機関で然るべき教育を受けて、サブトレーナーとして経験を積んで、ようやくなれるもの。

 トレーナーさんは中卒、となれば高卒認定試験を取って専門学校で最速かつかなり高い成績を収めて、ようやく入れるレベル。

 普通に考えれば、中学卒業までに並大抵じゃない信念で努力をするはず。それなのに、後悔?

 分からないなー。トレーナーさんの頭の中は、色んな意味でよく分からない。

 

「――てか、なんでスカイがここにいるんだ? まだ練習の時間だろ?」

 

「……てへ」

 

 ここは俊足のセイちゃん。華麗な逃げあるのみです。

 

◇◇◇◇

 

「トレーナーさん、トレセン学園に着いたら起こしてくださーい」

 

「おいマジかよ」

 

 すやぁ……とスカイがタクシーの中で気持ちよさそうに眠りについた。

 俺もはしゃぎすぎて眠たいんだよ。俺を眠らせろ。

 

「トレーナー、名前なんてんだっけ?」

 

 帰りもゴルシちゃんと一緒でよかったわ。話し相手がいると暇な時間もそれなりに楽しめるし。

 

「俺?」

 

「お前以外誰がいるってんだよ。ほら、トレーナーだとアタシのトレーナーと被るだろ?」

 

「ああ、なるほど。俺は三浦悠介だけど」

 

「三浦トレーナーか……その子、ちゃんと見てないとダメだぜ?」

 

「え? ああ、うん」

 

 あれかな、練習ほっぽり出して勝手に野球したりパソコンイジイジして内職してるのがダメってことなのか。いや、そりゃダメだよ。俺も分かってるし。

 

「平気な顔してると思いきや、実は平気じゃなかったり、逆に怒ってると思いきや全然そうじゃなかったり、隠すの上手そうなんだよ。その子も、三浦トレーナーも」

 

「俺? そりゃ唐突な」

 

「唐突も何もその通りだろ? 本当かどうかはおめーが一番分かってる」

 

「……そうかもな」

 

 こいつは、すげぇやつだな。

 はっちゃけた性格してるようで、意外と人をよく見てるし、頭も切れる。それでいてあの身体能力となれば、レースは敵無しなんだろうな。

 とはいえ、ゴルシちゃんの性格から想像するに『本気を出せば』というところなのだろうが。

 

「ま、それなりにやるよ。俺だって、スカイのトレーナーだってちゃんと自覚はあるんだ。少なくとも、業務時間は手を抜くつもりは無い」

 

「それなら安心した」

 

 ゴルシちゃんはサングラスをかけた。

 

「ふっ……お兄さんもトレセンで降ろしてしまって良いのかい?」

 

「お客さん、私のセリフを奪わないで欲しいのですが」

 

 うん、まあ、ブレないな。ゴルシちゃんは。

 

「まあ……うん。スカイを送らないといけないし、それに……家に直帰できるほど仕事進んでないし」

 

 俺の話を本当に聞いてるのかよくわからんゴルシちゃんのよくわからんドヤ顔に俺は苦笑いをした。

 その時、隣から「ふわぁ〜……」と気の抜けた声がした。




基本野球関係は全部だめ元ネタとかあるんで良ければ当ててみてください。
実は、主人公の言葉にも元ネタがあったり……?
感想評価等ありましたらよろしくお願いします。


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見た目と中身

初めて感想を頂きました!!
面白いって最高の褒め言葉だと思うんですよね。めっちゃ嬉しいです。
どこまで続けられるか……は本当にモチベ次第にはなりますが、出来るだけ書いてきたいと思います。


 スカイが外部でフォームチェックを続けて、俺とスカイとの距離もようやく近づいてきた気がした。

 向こうにいる間はほぼほぼ遠くから見ているくらいしかやることないし、あまり話すことも無いのだが……まあ、心配してくれるならそれに越したことはない。

 後はスカイのコンディションをメイクデビューまでにどれだけ上げるか。それだけに集中するべき……なのだが。

 

「そうもいかないんだよなぁ」

 

 今絶賛内職中。

 練習中に仕事をするのが常態化している。助けを求めようにも、他の人は年上だし仕事が出来ないことがバレて上に処罰が……なんてことになるのは最悪だ。そのリスクを考えてしまうと……どうしても他人に頼るなんてことは出来ない。

 

「にゃはは。このセイちゃんがお仕事を手伝ってあげましょうか? なんなら、私がやった方が早かったりして」

 

 給水中のスカイにもこう言われる始末である。これは救えない。

 

「……流石にそれはないだろ。俺が言うのもなんだけど、そういうの気にしないで練習に集中してくれ」

 

「はいはーい。トレーナーさん、無理はしないようにね」

 

「分かってるよ」

 

 これじゃどっちがトレーナーなのか分かったもんじゃない。

 俺は黒と金の箱に入っているお高めの栄養ドリンクをぐいっと飲み、パソコンに向き直る。

 休みの日も外部の人との会議を入れたりでまともに休めていないし、そろそろダメになりそうだ。が、やらねば仕方あるまい。

 

「ふわぁ……」

 

 欠伸をして目を擦り、薄目を開けた。

 下を見ると、たっている人の影が写っているのが見えた。背後を取られた……だと?

 くっ……どうする? 切り捨てるか? やっちまうのか?

 

「あの……三浦トレーナー、ですよね」

 

「いかにも」

 

 振り返ると黒い髪の女性が立っていた。

 黒いベストの下に見える白いシャツはちょっと高級そうだ。そして、隣には真っ白い……それはもう何もかもが真っ白なウマ娘が立っていた。

 

「あの、私桐生院葵って言います。こちらは担当しているウマ娘のハッピーミークです」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、うん。三浦悠介です。こっちは相棒のピカチ「セイウンスカイです」……こちらこそよろしくお願いします」

 

 ちょっとくらい乗ってくれても良いじゃないか。ピッカッチュって言ってくれよスカイさん。

 

「はい。よろしくお願いします。やっぱり、息ぴったりなんですね」

 

「……息、ぴったりか?」

 

「さぁ。ちょっとセイちゃん、何言ってるか分かんないですね」

 

 だよなぁ。ぴったりも何も、練習時間はほぼ別行動と変わりないし。

 

「でも! 遠くから見てると息ぴったりに見えますよ? ハッピーミークとは兄妹みたいだって話もするくらいです」

 

 仮にそこまでに見えるなら異常だな。信頼はあるに越したことはないけど、家族間は無条件の信頼みたいなのがある。そこまで信用されるのはさすがに怖い。

 何より……。

 

「俺が……兄だよな」

 

 兄妹……とは言うものの、なんか誤解されてないか心配になるんだよな。足引っ張ってんの俺だからさ。

 いや、男って関係なく足引っ張る生物だよな……? 親もだいたいそんな感じだったし年上年下関係なしに多分そうだよな?

 

「まさかまさか。私がお姉ちゃんでは?」

 

「いや……でも年齢的には俺が上だろ?」

 

「精神年齢なら私が上ですよ?」

 

「おいそれはどういうことだ」

 

「どういうことも何も……ねぇ?」

 

 なんか言われそうとは思ってたけど、めっちゃくちゃ喧嘩売るなぁおい。なんだ、普段溜まりに溜まった不満が爆発でもしたのか?

 

「精神年齢を引き合いに出すところまだ子供だな」

 

 スカイの眉毛がピクっと動いた。

 

「私をほったらかして内職して残業してのどこが大人なのか、セイちゃんは詳しく聞いてみたいですねー」

 

「……ぬぅ」

 

 言い負かしたのが嬉しかったのか、スカイがドヤ顔で俺を見てきた。なんかムカつくな。

 

「……残業? もしかして、今パソコンを使っているのは練習のためでは無い……ということですか?」

 

「げっ」

 

 なんて答えようかと考えていると、桐生院さんの後ろからハッピーミークがじーっと俺の事を見つめていた。圧力が凄い。こいつ、担当のウマ娘を雑に扱いやがって……みたいな感じだろうか。何も言わないから怖い。

 

「そうなんですよー。トレーナーさんったら、毎日仕事を残してるみたいで、トレーニングの時間はいつもこうです。困ったものですよねー」

 

「あら、そんなんですか?」

 

「まあ、そんな感じですね。でも大丈夫。俺とスカイには兄妹並の信頼が、あー……」

 

 スカイからめっちゃ睨まれてる。ダメだ、これ以上なんか言ったらダメなやつだ。

 

「いや、まあ、スカイには迷惑かけてしまってますね。あはは……」

 

「そうなんですね。因みに、今日の仕事はどの程度残っているんですか?」

 

 うぐっ……やめてくれ。これ以上責められると死ぬ。

 

「まあ、こんな程度……ですかね」

 

 俺はまだ終わっていない仕事のリストを桐生院さんに見せた。

 そこには確実に深夜まで残るんじゃないかという仕事の名前がズラリと並んでいた。

 

「なるほど……これはだいぶ遅れてしまっていますね。確かにやりたくなってしまう気持ちはわかる気がします」

 

「で、ですよね」

 

「でも、トレーニングの時間はちゃんと見てあげないとダメですよ? それがトレーナーの仕事でもあるんですから、いくらセイウンスカイさんがしっかりしていたとしても、ちゃんと見てあげないとダメです」

 

 お、おっしゃる通りで。

 とはいえこれをどうしろと言われても、この時間にやらなければ明日に仕事が持ち越しになる。それでズルズルといけばそれだけスカイにも迷惑をかけることになる。

 落とし所としてはこれ以上にない場所のような気がするんだよ。俺は。

 

「――ですから、私が手伝ってあげます!」

 

「……は?」

 

 今なんて?

 

「仕事のフォローは私がしてあげますから、毎日セイウンスカイさんの練習をちゃんと見てあげてください。この状況を見てしまった以上は、トレーナーとして見過ごせませんから」

 

「……マジで?」

 

「マジです!」

 

 これとない救いの手なんじゃないのか? これは。

 

「なら、すみません。お願いしても良いですか? 正直、今のままだと無理があるし」

 

「ええ、任せてください!」

 

 うっひょー、助かったぜ。どういう風の吹き回しかは分からないが、手伝ってくれるなら誰だって大歓迎だ。

 ……これで徹夜残業生活からおさらばだ。毎朝毎朝鏡の前のグロッキーな顔を見るのは堪えるんだよ。こう、自分が腐っていく音が聞こえる。あれは、ほん怖の何倍も怖い現象だ。

 

「トレーナーさんが私の練習を見てくれる……のは嬉しいけど、余計な人が1人増えちゃったかな。いや、でもこれがベターな選択という可能性も捨てきれないし、うーん……」

 

 セイウンスカイがブツブツ言ってるけど、まあなんとかなるだろう。




読んでいただきありがとうございます。
感想評価等ありましたらよろしくお願いします。

因みにウマ娘は無課金でちびちびやってます。
ごめんなさい、最初の確定とウマ箱うまよんは買ってました。


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合同練習

レース……全然書けませんね。
次もようやく走りますけどレース……てほどの描写でもないです。
結構レースの中だけでどれだけかけるのか不安だったりします。



「久しぶりの定時上がりだ」

 

「1時間残業してますけど……」

 

「いや、俺にとっては1時間の誤差は定時のうちだな」

 

 つまり、1時間早く上がったとしても定時のうちである。

 桐生院さん、ビックリしたんだけど仕事めっちゃ早く終わらすんだよね。

 しかも、時折「これはこうした方が……」とか、効率のいい方法まで色々教えてくれた。お陰で一人でやったとしても今までよりかなり早く仕事が終わりそうだ。

 

「桐生院さん、今日マジ助かりました。正直返せるものって無いですけど……お礼にご飯くらいは奢りますよ?」

 

「いえいえ、そんなお気になさらず。私がしたくてしたことですから」

 

 そう言ってくれるのはありがたいではあるが……。俺的にはこのまま借りを残したままっていうのもモヤモヤするんだよなぁ。

 

「とは言ってもなぁ……」

 

 俺が何でお礼できるか……と考えていると、桐生院さんも何かを考えているようだった。

 

「それなら、お互いデビューも近いですし実戦形式で練習しませんか? 併走でも、レースでも。お互い勉強出来たら、それが一番かと思いまして」

 

「なるほど」

 

 悪くない。というか、そろそろやらんとまずいとか思っていた。そう、俺たちはフォームやら何やら形ばかりにこだわっていたが、肝心な実戦経験がほとんどない。

 スカイは模擬レースに出ることなく俺がスカウトして、結局今の今までレースで何を考えてどんな走りをするのか全く知らない。ある情報といえば、彼女が逃げのウマ娘だということだけ。

 桐生院さんのハッピーミークは聞いたところ万能型だと言うし、これだけ仕事のできる人ならトレーナーとしての手腕も新人とはいえ高いはずだ。

 よし、何から何まで向こうに任せっきりになってしまっているがこの際忘れよう。

 今必要なものを貪欲に取りに行く。今まで俺はそうしてきたろ。

 

「分かりました。それなら、日程を調整してすぐにでもやりますか」

 

「ありがとうございます! 楽しみにしていますね」

 

 こうして、ハッピーミークと1対1レースをすることになった。

 

 ◇◇◇◇

 

「レース……?」

 

 練習前にハッピーミークとレースをすることになったと伝えると、セイウンスカイが首を傾げた。

 

「ほら、模擬レースもほぼ走ってないしかなり実践から遠ざかってるからやった方がいいと思ってな。やり過ぎは怪我に繋がるけど、逆にやらなすぎも慣れないことをして怪我ってのがあるし。それに、デビュー前に反省点を洗い出せるしな」

 

「なるほど……。確かにそれはあるかもしれないですね」

 

「だろ? 相手は既に待ってるみたいだから、俺達も早く行こう」

 

「はーい」

 

 俺たちは桐生院さんの元へ向かった。

 なんか、実践ってなると緊張するな。フォームはどれだけ固めることが出来たのか、作り上げたフォームが崩れてしまわないか、相手との差はどれだけあるのか、考え始めると不安が尽きない。

 

「ところでトレーナーさん。レースの為に準備するのは分かりますけど、ライブの練習はいつやるんです? セイちゃんは、そろそろ焦ってるのですが」

 

「なんだそれ」

 

「いや、なんだそれじゃなくてですね」

 

 ……そういえば、すっかり忘れてたけどなんかレース終わったあとに歌って踊るんだったか?

 よく分からんけど、なぜ歌って踊るんだろうか。ヒーローインタビューみたいに手短で良くないか? あれだけでもファンとの一体感は凄いぜ?

 

「……まあ、勝たないと始まらないわけだしそういうのは勝ってから考えよう」

 

「勝ってからじゃ遅いんですよ!? も、もしかしてトレーナーさん。ライブのこと忘れてたなんてことないですよね……?」

 

 ふっ、んなもん忘れるはずがなかろう。応援してくれたファンへ感謝を届ける大事な作業で……いや作業はおかしいか。

 

「……骨は拾っておいてやる」

 

「……うわーん! トレーナーさんのバカぁ!!」

 

 スカイがぽかぽかと腕を叩いてくる。流石ウマ娘、手加減してるんだろうけどくっそ痛い。

 

「まあ、なんだ。ダンスは自分でなんとかしてくれ、俺は無理だ」

 

「トレーナーなのに投げやり!?」

 

「しょうがないだろ? まあ、東京音頭ぐらいなら教えてやらんでもない。傘さえあれば何とかなるし」

 

「いやいやおかしいですよトレーナーさん!」

 

「歌だったら六甲おろし教えてやんよ」

 

「ああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 やばい、適当に返事してたらスカイが荒ぶり始めた。

 

「あの……一体何を……?」

 

「あ、桐生院さん」

 

 おっと、これはお恥ずかしいところを見せてしまった……。

 

「いや、ちょっと忘れてたことがあっただけです。まあそんなことより、早く準備しましょう。準備準備」

 

「は、はい」

 

 今のを掘り返されると俺が悪くなる。なんてったって、ほぼほぼ非があるのは俺だからな。

 

「……トレーナーさん、嫌い」

 

「うぐ……」

 

 結構痛烈な言葉をかけられたが、それは気にしない。仕方ないではないか。勝負事が終わったあとに感謝の気持ちを歌とダンスで伝えるなんて誰が考えるってんだよ。

 とはいえ口に出すのは控えておこう。ウマ娘に蹴られるのはさすがに勘弁したい。

 

「あの、距離はどのくらいにされますか?」

 

「距離か……スカイ、ダートか土か地面どれがいい?」

 

「それ全部同じですから。ていうか、私ダート走れませんからね?」

 

「ミークも芝なので……」

 

「じゃあ芝でいいや」

 

「じゃあってなんですか」

 

 いや、勉強はしたけどなんかまだ理解しとらんのよ。なんならここら辺スカイの方が詳しいんじゃないのか?

 

「距離って言うと……スカイの適性がどのくらいかなんだけど、ぶっちゃけウマ娘って言っても人だし全部行けそうだよな」

 

「適当!? 中距離! 桐生院トレーナーも中距離2400でいいですかっ!?」

 

「え、ええ……」

 

 どうやらスカイは中距離が得意らしい。

 

「トレーナーさん! 私をちゃんと見ててください。それでちゃんと私に合った練習を組んでください! その調子で練習させられたらたまったもんじゃないです」

 

「あ、うん。ごめんね?」

 

 スカイがドスドスと歩いていった。あんまりしつこいとボコされそうだし、一旦控えておくか。

 

「……私、声かける人間違えたかな」

 

 桐生院さん、ご名答。




読んでいただきありがとうございます。
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勝負

パワプロ脳のせいでスキルを青特金特って言ってしまう癖が直らない。
でも、もうこっちの方が言いやすいので直す気もないんですけどね。


「いやぁ、なんだかんだレース見るの初めてなんだよな。スカイってさ、本当に走れんの?」

 

「なんですかその質問、今更すぎやしません?」

 

「いや、なんか人が時速60、70で飛ばすのってやっぱ信じ難いよな」

 

 こいつは馬だ……って考えるのが無理だ。だって耳としっぽ以外人だもん。

 

「全く……ほんと、レースでもブレないですね」

 

 ブレない……というのかは分からない。単純に、今の俺ではできることが限られていると言うだけだ。

 今不安がっていたらスカイは満足したのだろうか。なんて意地悪なことは言わない。

 今俺がすべきことは、ちゃんと意図を持って、俺が胸を張って送り出すことだけだ。

 

「これは本番じゃない。だから、手の内はできるだけ隠して課題を洗い出そう。間違っても全力を持って相手に勝つなんてことは考えないように」

 

「分かってますって。そういうのはセイちゃんの18番ですから。……でも、別に勝っても構わない、ですよね?」

 

 どこで覚えたのかは分からないが、スカイがニヤリと笑いながら生意気な事を言ってきた。

 まあ、出来るなら構わないのだがそんな強いんかな。

 いやね、もちろん速いのは分かってるよ。でも、本番ってそれだけじゃ崩されるわけだしそこんところどうなのか。

 

「やれるもんなら、な。うし、じゃあ合図は俺がやるか」

 

「はーい。ミークちゃん、よろしくね」

 

「……よろしくお願いします」

 

 お互いスタート位置に立ち、静かな時間が流れる。

 ――この瞬間だ。試合になった途端切り替わる瞬間。これが良いんだよ。

 セイウンスカイも真剣そのもの。威圧感凄い、ちょっと前先発で無敗だった選手を思い出すな。

 

「位置について、よーいドン……って言ったらスタートだから……あ、さーせん」

 

 わかって水を差しに行った訳だが……3人からの視線が痛い。うん、真面目にやろう。

 

「位置について、よーい……ドン!」

 

 目の前を一陣の風が抜ける。芝が舞い、彼女達が遠くへ行った頃にゆっくりと落ちてきた。

 リードを作ったのはスカイの方だ。ミークと差をつけてさらに加速する。

 スカイが実は注目されていたのか、それともハッピーミークを見に来ただけなのかは分からないが、野次馬も集まってきた。あ、こっちだと野次ウマなのか?

 めんどいからどっちでもいいや。

 いやー速い速い。そんでもって教わっていたフォームでしっかりと走っている。思ったよりスピードが出ていて驚いたのか、スカイは気持ちよさそうに笑顔で芝を駆け抜けていく。

 芝をものすごい速さで駆け抜けるって言ったら……やっぱレッドスターだよなぁ。外野を縦横無尽き駆け抜け全力プレーでアウトをつかみ取りに行く。ああいう人がいたら両翼は安泰なんだよな。

 

「これが塀際の魔術師ってやつか」

 

「えっと……?」

 

 桐生院さん、すみません。こっちの話です。

  

「良かった良かった。スカイもあれだけ走れるなら俺も一安心」

 

「あら、勝負はまだ終わってませんよ?」

 

「レースですが、今日必要なのは勝ちではないですから」

 

 本番ではない以上はどれだけ勝ちたくても大事なのは内容だ。勝ったとして、走りが最悪であれば意味が無い。逆に、ちゃんと走れているのであれば反省点は明確になって、本番には確実にプラスに働いてくれるだろう。

 となれば、いま必要になるのは質のいい経験だ。

 ……とまぁ、レースの知識はほぼ無いしそんなこと言ってもって言うところはあるんだけどな。

 

「あ、詰んだ」

 

 最終コーナーでスカイのペースが落ちて、代わりにハッピーミークがすっと伸びてきて抜かしていく。

 あっさり抜かされた時のスカイの表情は、最初の楽しそうな表情と変わり明らかに満身創痍。完全なスタミナ切れだ。

 遠目でもどちらが先にゴールしたのか、それは明白だった。

 ゴールを駆け抜けて、スカイとミークは息を整えながらゆっくり戻ってきた。

 

「……悔しい」

 

「だろうな。なんか、それっぽい駆け引きしてそうな感じに見えたからそこは良かったかな」

 

「感想適当すぎません?」

 

「見てた範囲だけだし、スカイが本当に頭使ってレースしてるか分からないだろ?」

 

「それは確かにそうですけど……」

 

「そうそう、そんで実はスカイがとんでもないお転婆おバカウマ娘だったり……痛い痛い蹴らないで」

 

「本当に、悔しい!!」

 

「You are an idiot.ahahahahahaはっはー!! あーヤバいやめろ!! 死ぬから! 流石に強すぎるから!!」

 

 某ブラウザクラッシャーの如くって言うかまんまそれで嘲笑ってみたら死にかけてるんだが。

 

「ケツが無くなる」

 

「本当なくなって欲しいですねー。比喩でなく」

 

 あれ、なんか今日のスカイさん毒舌じゃあありませんか?

 

「あの……よろしいでしょうか?」

 

 やべ、スカイおちょくってたら桐生院さんのこと忘れてたわ。

 

「あ、ごめんなさい。今日はありがとうございます。えっと……スカイはどうでした?」

 

「走りが力強くて、すごく綺麗でしたよ。前半は特にそれが目立っていて、そうですね……表すならまるで……まるで飛んでいるみたい……って言いますかね。ちょっと陳腐な表現かもしれないですけど、それがしっくりきます」

 

 お……? 競馬でその実況だけは知ってるんだよ。野球の迷実況漁ってて「なぜあそこでインコースのストレートを使わない。使えないのか、使いたくないのか使う度胸もないのか」とかいう有名な実況でツボにハマってた頃見つけた動画だったな。「翼を広げた!!」ってのはちょっと鳥肌もんだよ。そんときちゃちゃっとしらべたんだけど、騎手がインタビューで飛んでるみたいって言っててそこから取ったんだっけか。いや、ホント実況の語彙力は凄まじい。

 ちゃんと準備して、それをあそこで使う度胸が凄い。

 あれ? じゃあもしかしてスカイも飛べんじゃね?(浅はか)

 

「桐生院さん、それってつまりスカイは有馬記念で深い深ーい衝撃を残すことが出来ると、そう言ってるんですね?」

 

「ごめんなさい……期待は持てますけど、そんなことは全然言ってないです」

 

「あ、はい」

 

「ミークの走りで、なにか気づいた点はありましたか?」

 

 走りについて俺に聞くのやめません? 俺に聞いてもなんもないですよ?

 まあでも、スカイとの比較っていう話だったら……。

 

「オーソドックスでかつ全てが平均以上で上手く纏まってる……とか、スカイもそんな感じだと思わない?」

 

「私に振らないでくださいよ。でもまあ、トレーナーさんの言う通りそう感じたのはあります。正直、グラスちゃんみたいな光ってる何かを感じました」

 

 桐生院さんはその言葉を聞いてぱっと顔を明るくした。良かった、合ってたみたいだ。

 

「そうですか! ありがとうございます。とは言うものの、逆に尖ってるものがないところですよね。課題も見えてきたので、今度はそこをどうするかですね」

 

「そうですよね。まあ、そこら辺はメイクデビューに完璧に持ってくる必要はないですし」

 

「えっ……でも、コンディションは完璧にしなければレースは……」

 

 て思うだろう。でもさ、最初の最初って単純な考えでいた方がいいんだよ。

 

「自分のウマ娘が他より速ければいいんですよ。無理なら次で勝てばいい。レースのことをちゃんと意識して質のいい練習をしてれば勝てます。無理でも、その反省を活かして次勝てばいいんです」

 

 最初ならいくらでも潰しが効く。色んなことを試して何度も失敗すればいい。そしたらそのうち答えも見えてくる。

 

「三浦トレーナー。また、機会があったら一緒に練習しませんか?」

 

「まあ、そのうちですね」

 

 今はまだ、ライバルだとか情報戦だとか、そういうレベルの戦いではないし、今は構わないだろう。




読んでいただきありがとうございます。
ちなみにデバフは赤特です。自分に悪影響ないけど赤特って呼んでます。

感想評価等ありましたらよろしくお願いします。


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反省会

ようやく、ようやくレースが見えてきました。
とはいえ、レース回が懸念なわけなんですけど。
なんでみなさんあんなにレースの描写書けるのか不思議です。

あ、ですがまだ次がレースという訳でもないです。


 桐生院さんとハッピーミークとのレースが終わり、俺達は学校のベンチで少し休んで話すことにした。

 スカイも今日の練習で思うこともあっただろうし、今後の目標を作るのにも、ちゃんと言語化するのが1番だ。

 自販機で適当に飲み物を買って、スカイのいるベンチに戻ってみるとちょっと俯いてるのが見えた。

 

「熱々のおしるこ買ってきたぞ」

 

「トレーナーさん、全っ然気が利かないですよね」

 

「冗談だよ。普通の500ミリのお茶」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 スカイはごくごくとお茶を飲み始めた。

 ここはグラウンドから離れているので、練習の声こそ聞こえるが集中を切らすほどではない。適当に選んだ割には反省会としてぴったりな場所だ。

 

「口にも出てたけど、やっぱ悔しいよな。でも、俺がちゃちゃ入れたから悪い方にはいかなかったろ」

 

 そう、からかうのもちゃんと計算してるのだ。

 ……ていうことにしておいた方が後々いい方に転がる、といいなぁ。

 

「なんでからかってきたのに偉そうなんです? 確かに、ネガティブにはなりませんでしたけど」

 

「なら全て良しだな。取り敢えず、反省会を始めるか」

 

「反省会の情報ダダ漏れじゃないですか。もっとこう……ちゃんと部屋でやるとかないんですか?」

 

「……焼肉屋とか?」

 

「それ忘年会とかと間違えてません?」

 

「ごめん、草野球の反省会だから」

 

「ウマ娘!! レース!! 一緒にしないでください!」

 

 よく考えたら草野球終わりは反省会(飲み会)だから、またちょっといや大分違うか。

 

「まあいいや、めんどいからさっさと始めよう」

 

「切り替え早!?」

 

「まあ切り替えは大事だからな。取り敢えず、このレースだけでの反省となると一つだけになる。自分のペースを乱すなってところだな。特に今日はテンション上がりすぎだ」

 

「うぐっ……」

 

 スカイはあまり走らせることはなく基礎ばかりで溜め込んだ走りたい欲があそこで爆発した。

 それだけならまだいいが、フォーム矯正や基礎練習の効果も相まってかスカイにとっていい方に転がりすぎてさらに爆発してしまった。

 要するに、速く走れるのが嬉しすぎてどんどんペースが上がってしまったわけだ。それが招いた結果がスタミナ不足。以前と比べて走る効率が上がっているとはいえ、流石に飛ばしすぎだった。

 俺はそれらをスカイに説明しながらパソコンに打ち込んでいく。くそほどパソコン出来なかったのに慣れるもんだな。前より絶対早く打てるようになった。

 

「中々手厳しいですなぁ」

 

「仕方ないだろ、外から見てて明らかだったし。まあ、こんな感じで、ペース配分は後々の課題になるわけだが、逆にいいこともあった。今言った通り、フォーム矯正や基礎がちゃんと成長に結びついているということだ」

 

 基礎練なんてコツコツやってほんの少しずつ成長するから実感するまではかなり時間があるもので、そもそもそれが基礎のお陰だったのか分からないのがほとんどだ。

 それがフォームが良くなったのも相まって短期間でここまで成長した。悪くいえば早熟って感じだが、それならそれで次のステップをそれだけ早く踏めるから好都合だ。

 俺でも名前を知っているようなレースが来るまでには、スカイの得意とする逃げでの経験を最大限高めていきたい。

 

「なるほどなるほど。つまり、トレーナーさんの見立てだと、順調ってことなんですね?」

 

「そうだな。順調……」

 

 順調どころじゃないんじゃね?

 スカイが空飛ぶんやろ? 馬が牛から翼を授けてもらうんやろ?

 ……すんごいことになりそうだな。

 

「30馬身差でデビュー圧勝とか……」

 

「いくら覚醒したとしてもそれは無いです。それよりも、歌とダンスですよ。私、触りくらいしか練習してませんよ?」

 

「んだよさっき言ったろ? 骨は拾っておいてやるから大丈夫って」

 

「だから全然大丈夫じゃないです! 諦め入ってるじゃないですか!!」

 

「たりめぇだろ」

 

「当たり前なんですか!?」

 

 中学生の走りを何とかしたりするくらいならともかく……歌とダンスって誰に教えて貰えってんだよ。

 そこら辺のダンス教室ってのもおかしな話だし、かと言って走りならともかくダンスをプロからって訳にもいかん。あのライブって正直、かなり微妙な立ち位置な気がするんだよ。

 うーむ……。でも、それなら案外そのまんまでも何とかなるのでは?

 

「……どうしたんです? 私の顔じっと見て」

 

「いや、容姿がよけりゃもうダンスとかプロじゃねぇしどうだって良くね? スカイは最低限まともに動いてりゃ『ヒャーカワイー』とか言ってくれるぜ?」

 

 知らんけど。

 

「適当!? ダンスも手は抜いちゃダメなんですってば!」

 

「いや、だってなぁ……」

 

 無理なもんは無理よ。

 だって、どうしようもないもん。逆にどうしろってんだ。

 

「……あれ? トレーナーさん、さっきなんと?」

 

「ん? いや、だってなぁ……」

 

「そこじゃなくて……その、前の……セイちゃんの聞き間違いですかね」

 

「うむ?」

 

 俺変なこと言ってたっけか。えーとだな、ダンスの話をしてて、それで俺がスカイの顔をた時になんとなーく思いついたやつだよな。

 

「ああ……容姿がよけりゃってやつか。そのまんま、そこそこ出来てりゃ容姿補正がかかるってこった」

 

「……おやおや? もしかして、私の魅力に気づいちゃいましたか?」

 

「いや、気づくも何も見た目のことなら一瞬で判断できるだろ。人の好みなわけだからな」

 

「っ……! と、トレーナーさん、それ以上は何も言わないでくださーい」

 

 スカイは顔を隠してアワアワとしていた。

 多分、褒められてむず痒いんだろうな。俺もこんなの面と向かって言われたら恥ずかしいし、そもそも今言ったこと後悔してるし。

 だが、こんな面白いものを見ておいて引き下がるわけにはいかない。

 

「いやいや、別に容姿でそんな恥ずかしがることないだろ。そんなの人の好みですぐ変わるし、別に褒めてるとかってレベルじゃないぞ?」

 

「あ〜〜!! も、そういうのいいですから!」

 

「そういうの……よう分からん」

 

 だいたい分かってるんだがな……って痛い痛いポカポカ殴るんじゃない。やばい、ニヤニヤしてるのバレたか。

 

「もう、そういう意地悪するトレーナーさんなら話は聞きませーん」

 

 何故か拗ねたスカイ。ぷいと視線を外して目を合わせてくれなくなってしまった。

 

「え……ちょっと待てこれからのことについての作戦会議も兼ねてるんだが……?」

 

「つーん」

 

 つーんって本当に言う人初めて見たよ。ってそうじゃない。折角予定色々準備してたのに全部だめになるんだが。

 

「え、あの、ちょっとスカイさん?」

 

「……」

 

 これは……いや、マジで怒ってたら普通帰るしそれは無い。とすると、スカイは何かを求めている。

 何か言葉をかければいいのか、それとも実はスカイは俺をからかってるだけで何かに引っかかって欲しいのか……。

 いいやそうじゃない、大切なのは和の心。即ちボケとツッコミ他ならない。それは……空が、宇宙が言っている。

 

 ――つまりスカイが言っているってことだ。そうだそうに違いない。

 

「わさびか?」

 

「……へ?」

 

 つーんはわさびなんだよな!? そうなんだよな!?

 

「スカイ、わさびだろ!? 分かってる、それはわさびなんだ!!! わさびでしかないんだ!! 大丈夫わさびなら一過性のものだから心配ない!! 頑張れわさび!!」

 

「う、うるさーい!! ……もう、トレーナーさんはどうしてそうなっちゃうんですかー? 普通、今のは謝っても無視されて何も出来なくなる場面じゃないですか」

 

「いや、だってボケとツッコミは宇宙の心理だってスカイが」

 

「言ってないですよ!? トレーナーさんは私のことなんだと思ってるんですか!?」

 

「そりゃあ、光の星からやってきた「それはもういいです!!」うん、そうだね」

 

「むー、調子狂うなー。セイちゃんの調子が乱気流みたいに荒ぶってますよ」

 

「お、上手いねスカイだけに? あ、すいません」

 

 耳のすぐ隣にビュンと風が吹いたと思えば、そこにはスカイの拳があった。馬鹿野郎、ウマ娘が殴ったら骨イカれるんだからな。

 

「トレーナーさん。もう、セイちゃん怒りました」

 

「過去形ってことはセーフだね。ほとぼりが冷めてからまたすることにs「まだ継続してます」あ、はい」

 

「セイちゃんの機嫌を取るには明日、セイちゃんとお出かけするしかありません」

 

「どこ行くの? うんこミュージアムとかごふぅ!!」

 

 やばい……腹が……なんかせり上がってきてる。

 

「トレーナーさん、明日海行きませんか?」

 

「あ、うん……行くから……セイちゃんの為なら、どこにでも行くから……」

 

 トレーナー蹲ってるんだぞ。何勝手に話進めてんだよ……って言いたいけど余裕が無いんだよなぁ。

 

「……っ。いやー、そんな状態でも私のことを一番に考えてくれるなんて、セイちゃんは良いトレーナーに恵まれました」

 

「よく分からんけど……まあ、海行くんだな、分かった」

 

 意識を何とか平常に保とうとしながらだったが、取り敢えずスカイのご機嫌取りに海に行くらしい。

 海……なんで海なんだ? スカイは海が好きなのか?

 まあ、いいか。ちょっとトレーナー、限界だよ。意識が……あー……。

 

「グッバイ……」

 

「へ……? わっ、と、トレーナーさーん!!」




読んでいただきありがとうございます。
感想、評価等ありましたらよろしくお願いします。


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釣りバカ野球バカ

育成の冒頭リスペクトです。
ちょっと頭良さそうな感じをいきなり出してくるの好きなんですよね。



 ザバーン。

 堤防の上からこんにちは。俺さ、スカイはビーチとかそっちの方が好きなのかなと思ってたんだけど違ったのね。

 砂浜じゃなくて堤防。もう、何しに来たかなんてすぐ分かるわけだ。

 

「トレーナーさーん。ここですよー」

 

 スカイは既に釣りをエンジョイしているみたいだ。大きいクーラーボックスを持ってきていて、バケツには既に2匹の魚が泳いでいた。

 

「もう釣れてんの? どんくらい前からここに居たんだよ」

 

「ふふーん。こんなの、セイちゃんにかかれば朝飯前なのです」

 

「へぇー」

 

「む……なんか興味無さそうですね。釣りはお嫌いですか?」

 

「いや、そもそもやった事ないし嫌いもクソもないけど」

 

 まあ、やったことないは嘘だ。とはいえ、親のバス釣りに連れて行って貰ったのと、釣り堀でダラダラしてたのくらいしかやったことがないから、ほぼ未経験に等しい。

 あ、あとキャンプで釣りしてなんも釣れなかったのもあったか。

 川はね、釣れんのよ。下手なだけだとは思うけど。

 

「ほうほう、それなら良かった」

 

 スカイがリールを巻くと、針の先には何もついていない。

 

「あらら……餌取れちゃってたか」

 

 スカイはため息を吐いてから、魚の切り身を手際よく針に付けた。

 かなり手馴れてるところを見ると、長い間やってるんだな。この年で釣りめっちゃ好きってのは聞かないよなぁ。俺の学校にもそんな人の話は聞いたことがない。

 

「やってみます?」

 

 スカイが竿を俺に向けて突き出してきた。

 

「んじゃ少し」

 

 投げる方法は知ってるぞ。たしかここに指をかけて……しならせて飛ばす!!

 ファイヤーインパクトぉぉぉ!!! って叫びたいところだったが、そんなことすると魚が逃げるので静かにしておこう。

 うむ、なかなかよく飛んだ。

 

「トレーナーさん、実はちょっとやった事あるでしょ」

 

「初心者に草生えたレベルだけどな」

 

「そこは毛が生えたって言ってくださいよ」

 

「じゃあ鼻毛で」

 

「もう……」

 

 いつも鋭いツッコミをかましてくるスカイだが、今回に関しては非常に穏やかだった。

 俺のボケなどどうでもいい、とにかく釣りに集中、いや心を委ねたいと言ったところか。

 てことは、それだけ好きなんだろうな。

 

「私、こうやってのんびり時間が流れるのが好きなんです。特に釣りは、風が心地いいし、眠たくなるしで……ふわぁ……。凄く、のんびり出来ますよね」

 

「なるほど……」

 

 確かに、こうやってのんびりダラダラ過ごす時間も悪くないのかもしれない。

 普段から時間を効率よく回すとか、そういうことを考える訳では無いが、それでも急ぎ足になることが増えていた。

 それは、確実に仕事の影響だろう。仕事に余裕が無いから、時間も早く過ぎていく。だから、時間を大切に使わなきゃってなる。

 ただ、釣りをしてみるとこういう時間も悪くないと自然に思ってしまう。海が広がる景色も、磯の香りも、波の音も、全てが体に染み込んでいくみたいだ。

 特に最近は忙しかったからなぁ。学生だったのがいきなり社畜だもん、馬車馬の如く働いて心が廃る廃る。

 そういえば、ウマ娘の世界に馬車ってないのか? いや、人力車みたいな感じで存在するのか?

 それは普通にありそうだな。今度調べてみるか。

 

「スカイが人力車引いてきたらタクシー代浮くんだけどな」

 

「どうしたんですか急に、あと私はダラダラしたいので引くならトレーナーさんが引いてください」

 

「だよな」

 

「だよなって……あ、トレーナーさん引いてますよ」

 

「へ? こんなところ人力車通るの?」

 

「違います。ほら、竿」

 

 竿……? スカイの指さした方向を見てみると、竿がグイグイと反応している。

 

「ほんとだ、なんか動いてるな」

 

「動いてるな……じゃないですよ! ほら、ぐるぐるーって回して下さい」

 

 リールを回すと結構な重みが竿を伝ってきた。うお、ちょっと待てこいつ意外とデカいぞ。

 

「おお、これは大物の予感? トレーナーさん、バラすのはやめてくださいよ?」

 

「それ初心者にかける言葉じゃねぇ……だろ!」

 

 これってこのまま回しちゃっていいの? 糸切れない?

 わっかんね、釣り糸って割と丈夫だしまだいけるのか……?

 必死にリールを回していると、段々と魚の形が見えてきた。

 うお、やっぱりデカい。なんだアイツ、誰だ。

 

「……えぇ? もしかして、ヒラメじゃないですか。トレーナーさん、良いの当てましたね」

 

「ヒラメ……? 俺食べたことないけど美味しいの?」

 

「美味しいですよー。お刺身も美味しいですし、煮ても焼いてもたまりませんよ!」

 

「へー、そりゃ良いな」

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 リールを巻いて暴れまくるヒラメを床にペトリと置いた。

 網あるんだし網でさっさと掬えばよかったのでは?

 にしてもマジでデカイな、こいつ。

 

「おー、45……いや、50くらいありそうな超大物! トレーナーさんもたまにはいい仕事しますね」

 

 たまにはってなんだよ。そもそも、その言葉を仕事中に聞いたことないぞ。それってさ、遠回しに俺の事使えねぇって言ってるんじゃないよな?

 

「すっげえな、ここめちゃくちゃ当たりな場所なのか」

 

「そうですよー。なにせ、トレーナーさんが来る前あっちに行ったりこっちに行ったり……あ」

 

 ふむふむ……なるほど、それで何匹も魚が釣れてるのか。

 

「ん、あんがとな。お陰でいいリフレッシュになるってもんだ」

 

 正直、釣りってわけわからんヒトデとかクラゲとか長靴とかが上がってくるイメージしか無かったから、こんなデケェの釣れてマジで満足だわ。

 

「トレーナーさん……ってお礼するんですね」

 

「いやそれ失礼すぎないか?」

 

「にゃはは、冗談に決まってるじゃないですか。でも、ちょっと嬉しかったですよ」

 

「ちょっとかよ」

 

 なんか、ここにいるとスカイの空気に飲み込まれるな。いつもの調子が出てこない。

 それに、スカイがいきいきしてる。潮風になびかれて髪が揺れて、なんか別人な感じだ。いや、正直に言おう。綺麗ですよ。年下だから認めたくはないけど。

 

「あ、そうだ。トレーナーさん。この魚達を美味しく調理してくださいよ」

 

「俺が? なに、トレーナーってそんなこともするの?」

 

「人によってはですけど、栄養管理とかもトレーナーがやってたりするんですよ? トレーナーさん、知りませんでしたか?」

 

「全く」

 

 初耳だよ。同期の人たちと絡んでないからなのか、それともただこの世界の知識がないからなのかは分からないが、そんなこと聞いたことない。

 

「ありゃー、じゃあ料理はからっきしで?」

 

「いや、作れない訳では無いけど」

 

 食トレとか言って部員でアホみたいな量の料理を作ってドカ食いしたりってのをちょくちょくやってたし、問題は無い。

 

「魚くらいならなんとかなるか」

 

「ほうほう、それなら良かったです。トレーナーさんには、ちゃーんと大物を捌いてもらわないと困りますからね。みんなも呼んで盛大にパーティです。セイちゃん的には、出来れば3回くらいはやっておきたいですかね」

 

「3回……」

 

「そう、3回です!」

 

 なんか意味深に3回を強調してくるスカイだが、ごめんな。俺じゃあその答えは見つけられそうにない。

 いや……でも3っていう数字といえばって考えれば良いんだよな? やっぱ3って言ったら……三冠王しかないだろ。

 つまり、スカイは三冠を取りたいと、そしてその時には盛大に祝って欲しいと、そういうわけか。

 

「3回と言わず7回とかやっちゃえばいいんじゃねぇの?」

 

「うわぁ……それだと休む暇ないし大変ですよ。私はあくまでもマイペースに、のんびりと練習しつつ気づいたらレースに勝ったっていうのが1番合うと思うんです。その方が気楽ですし。トレーナーさんも、そう思いませんか?」

 

「まあ……分からなくもない」

 

 俺の好きな野球選手も言ってたしな。

 

「言葉はちょっと違うけどさ、俺の好きな野球選手の言葉で、『最初から優勝を目指すんじゃなくて、何気ない試合を勝って、勝った勝った……。それで9月辺りで優勝争いしていたらさあ目指そうとなる』っていう言葉があってさ、スカイはのんびりとか言いながらも、目の前のことをちゃんとコツコツやってく人だもんな。なんか、考えが似てる気がする」

 

「野球は……余り詳しくないですけど、なんかいい言葉ですね、それ。うんうん、セイちゃん、ちゃんと覚えておきますよ」

 

 別に忘れてもいいんだけど……まあ、こういう人の心を動かすような言葉って結構大事なところあるし、良いとしよう。

 ふと、スカイのしっぽがふわりと揺れた。

 

「デビュー戦、勝っちゃいますよ。トレーナーさん」




読んでいただきありがとうございます。
感想評価、よろしくお願いします。
次の話でついにストックがなくなるので、恐らく毎日は無理だと思います。
まあでも、ゆるゆる書いていきたいと思います。


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メイクデビュー

お待たせなのかは分からないですけど、ようやくレースです。
話が動き始めたので書くのすっごい疲れました。


「俺さ、レース生で見るの初めてかも」

 

「そんなわけないですよね、トレーナーさんなんですから……え? 本当なんですか? 私、そんな人から教わってるんですか?」

 

「冗談に決まってるじゃないかアッハッハッハッハッ」

 

 実はマジのマジなんだよ。野球ならしょっちゅう見に行ってた訳だが、さすがに競馬は行かない。というか、競馬をしょっちゅう見に行ってるなんてなれば学生としてどうなんだっていう話になる。

 

「紛らわしいこと言わないでくださいよー。トレーナーさんのその手の話は本当なのか嘘なのかわかんないんですから」

 

「すまんすまん」

 

 いやー初めてだからってのもあるけどマジで広いな。

 感想的には甲子園球場に初めて言った時みたいな、そんな感覚だ。

 客席がずらりと並び、人は……デビュー戦というだけなので満員御礼というわけでは無いが賑やかだ。

 売り子とかもいて、何やら食べ物を売っているみたいだ。

 

「ビールはねぇのか。球場といえばビールだろ」

 

「トレーナーさん、レース場ですから。……って、それ以前にトレーナーさんは未成年ですよね」

 

「そうだよ」

 

「そうだよじゃないです」

 

 なんだよ、別に親父の真似しただけだろうが。

 あ、でもこれは言わないといけないか。未成年の飲酒を助長している訳ではありません。お酒は20歳からだぞ。

 てかさ、あの売り子よくよく見たらゴルシちゃんだよ。何やってんだアイツ。

 

「トレーナーさん。レースはどう走りますか?」

 

「んえ?」

 

「いや、だからレースはどう走ります? 逃げか先行か、レースの立ち位置、スパートをかけるタイミング、気をつけるべきこと。もちろん私も調べてきてますけど、トレーナーさんからちゃんと聞きたいです」

 

「……ああ、その話か」

 

 流石にそんなの分かんねぇよ。とは言えないし、それなりにこっちも準備はしてきている。

 大変だったよ。最低限の知識を入れるための勉強の傍ら出走予定のウマ娘を調べて、桐生院さんにも話を聞いてレース場の特徴やらを聞き漁った。

 ハッピーミークの『なんでお前そんなことも知らねぇんだ』みたいな視線をグサグサと感じながら桐生院さんから丁寧かつ親切に教わるのは正直辛かった。

 あの子あんまり表情は変わることないんだけどさ、分かるんだよ。形で言うとハッピーミークと一緒に教わっているみたいな形で、隣から「おー、なるほど、おー」とか間抜けかよって突っ込みたくなる言葉を聴きながらの勉強。

 で、俺の質問の時に明らかに隣の気温が下がるんだよ。それに気付かない桐生院さんがしっかりわかりやすく教えてくれるんだけどそこで更に気温が下がるんだよ。もうね、あれはおっそろしい。

 おっと、思い出に耽ってて忘れるとこだった。このレースで注意すべきことだったな。

 

「バ場状態は問題なし。しっかり晴れてる。このレースで注目されているウマ娘はいい意味でいない。だから、スカイはいつも通り走れればにも問題なく勝てる。注意すべきところっていうと……ほぼない。敢えて言うとしたら、スタートは絶対に外すなってことだな」

 

 スカイの体力的に後半追い上げを食らうことはないとは思う。何せ俺と張り合っていつも練習してたわけだからな。

 実を言うと、速度だけでいえば馬の方が圧倒的に早いが、スタミナに関していえば馬よりよっぽど人間の方があるんだ。

 それに、人間の方が怪我もしにくい。だから、普段アホみたいに走ったりする俺みたいな人種についてけるのならもう勝ちだ。

 だからこそ、スタートさえ完璧に切れればそのまま逃げて抜かされることなくゴールできる。

 

「スカイ、今の説明で不備はありそうか?」

 

 どうせスカイのことだ。俺なんかよりよっぽどレースの下準備には抜かりないはずだ。

 

「いやー全然。むしろ、思ったよりまともでびっくりしました」

 

「当たり前だろ。俺はトレーナーなんだぜ?」

 

 名ばかりだけど。

 

「そうでしたね。すっかり忘れそうでしたけどね」

 

「おい」

 

「冗談です。……トレーナーさん、レースに出る前に一言欲しーかなーなんて」

 

「一言?」

 

「そうです。なにか、セイちゃんが気合いの入る一言」

 

 難易度が高いんだよな。スカイの性格自体未だに読み切れてるわけじゃないし、どういう言葉なら頑張れるのか。

 

「うんちっちうんちっちそりゃあ」

 

 スカイの頬を人差し指でツンと触った。

 

「トレーナーさん、蹴られたいんですか?」

 

「ちょいやめろやめろ……。まあ、なんだ。この学校のウマ娘は全員実力は均衡だ。誰だって1着になる可能性がある。でも、そのウマ娘の力を最大限引き出すのはどれだけ競技に向き合って細部までこだわれるかだ。俺たちは、誰よりもレースのことを、自分の走りのことを研究している。前評判を聞けば、このレースで注目のウマ娘はいない。それをひっくり返すのは俺たちだ」

 

 自分たちが出来る出来ないはここに来たら関係ない。とにかく闘争心を奮い立たせて、集中力を最大限に高める。だから、この場はとにかくかっこいいことを言ったもん勝ちだ。

 

「平凡な私には苦重すぎますよー」

 

「何言ってんだよ。いわゆる天才って言われるやつは大概最初からレースを勝つって疑わない存在だ。だから番狂わせってのは、天才には出来ないんだ」

 

 本当なら、平凡か天才かは単純に能力の差で、何をするかによっては能力の差なんていくらでも埋められるのだと言いたいが、それは普通の練習の時に言ってればいい。

 

「これ勝って、さっさと次のことを考えよう。番狂わせって言うにはまだレースが小さすぎる」

 

「……そこまで言うのなら、セイちゃんに任せなさい。絶対、悪いようにはなりませんよ。じゃあ、いってきますね」

 

「おう、頑張ってこい」

 

◇◇◇◇

 

 ファンファーレが鳴り響き、出走するウマ娘達がゲートインした。スカイはと言うと、なんてわか分からないがゲート前でモタモタしていた。

 係の人に無理やり押し込められて、スカイはようやく落ち着いたみたいだ。

 

「美しい青空が広がる中山レース場。ターフも絶好の良バ場になりました」

 

「どのような勝負が繰り広げられるのか楽しみですね」

 

「1番人気はこの子、4枠のセイウンスカイです」

 

「しっかりと合わせてきましたね。好走に期待しましょう」

 

「2番人気は……」

 

 まあなんだ、よく分からんけどパッと見でよく調子がわかるもんだな。どこ見ればわかんの?

 観客も『1着はこの子かな〜仕上がりも良いし』なんて言ってるけど、どこをどう見たらわかるの? 頭おかしいんじゃないかな。

 それにしてもいい番号だな。レースはよく分からないけど、エースに4番。野球ファンの俺にとっちゃこの番号を聞けるだけで満足できるんだよ。

 まあでも実際のところどうなのか気になるし、また桐生院さんに質問することにしよう。

 スカイ、切り替えは十分だな。ゲートに入る前とは違って目に力を感じる。勝ちたいという思いがこっちにもひしひしと伝わってくる。

 そして目付き、あの目付きがいい。例えるなら優勝まであと一生に迫った球団が、抑えとして登板させたのがエース。

 重圧がのしかかる中でも極限まで集中力を高めて、そして見せる威圧感。女の子ながら、そんなものを感じる。

 

「これなら、本当に1着取れちゃうかもな」

 

 俺は、客席から誰にも聞こえないように呟いた。

 それは、今のレースについてでは無い。これから先もっともっと未来の話だ。

 オールスターゲーム……は無いんだろうけどそれみたいなでっかいレースで、すごいヤツらが集まる中で先陣切ってペースを握って、そのまま逃げ切る。

 スカイなら、それができるんじゃないかって思ってしまう。

 

 ――ガコン、という音ともに一斉にウマ娘たちが走り出した。




読んでいただきありがとうございます。
評価、感想ありましたらよろしくお願いします。
多分嬉しくなってやる気が上がります。


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エースで4番の実力

レース……書くの相当苦労しましたが何とか書き終えました。
そういえば最近、ちょっと自給自足出来ないかなぁと思ったんですけどすぐ断念しました。
1人だと生きていけないっていうのがよく分かりましたね。

ということでよろしくお願いします。


 「一斉にスタートしました。ハナに立ったのはセイウンスカイ、非常にスムーズにスタートしました」

 

 おお、なんだ今気付いたけど実況って流されるのな。

 あれ、競馬は別にこんな事しないんだよな? ウマ娘だからやってるんだよな?

 いや、まあなんだ、こう……スタジアムでの楽しみ方っていう観点から行くと違和感が凄いんだよ。

 

 取り敢えず、スタートは綺麗に切れたから安心か。

 先ずは確実にスタートを切って、相手との駆け引きから逸脱する。

 どのウマ娘もまだレースに慣れ切ってない状態と考えれば、1番早くスタートして単純な力勝負で行けば問題なく勝てる。

 それに、スカイの頭の良さを現段階では隠しておきたい。恐らく、スカイは俺の考えなんてお見通しだろうし理解はしてるはず。

 確実に勝つための布陣が出来ればそれ以上は求める必要は無いし、逆に強いやつを倒すには手の内を隠すことが必要になる。

 野球がそうだ。例えば高校野球。

 強豪私立は勝てる相手にベストメンバーでは戦わない。

 そして、公立で偶然覚醒した無名のエースが決め球を温存して、強豪に当たった時に決め球を解放。相手打者をキリキリマイにさせ無双なんてことがある。

 寧ろあれだな、能力を隠すことが全力で勝ちに行く事の大事なピースになるんだ。

 

「セイウンスカイ、後続を気にもせず逃げる逃げる! まだスタートしてまもないですが既に6バ身のリード。これは掛かってしまっているのか!?」

 

「掛かってるかもしれませんが、これが実力とすればかなりの好タイムが期待できますね」

 

 6馬身だしん!! あ、すんません。

 でも、しょうがないと思うんだ。こんだけ上手くいってたら、そりゃテンション上がるんだよ。

 スピード的には、ハッピーミークとやった時みたいな大暴走は起きてない。ちゃんと自分のペースだし、このままゴールできるはず。

 頑張ってくれよ……。

 

「よっ」

 

「あん? ああ、ゴルシちゃんか」

 

 さっきまであちこちへ焼きそばを売り捌いていたゴルシちゃんが、いつの間にかこっちまで来ていた。

 カゴには売り切れの立て札。無事に売り切ったみたいだ。

 

「おめー、なんか珍しいよな。アタシのことちゃん付けするの、おめーだけだぜ」

 

「そうなのか」

 

 なんだ、てっきり皆ゴルシちゃんって呼んでるのかと思ってた。

 

「まあいいや。それよりさ、あの子いい走りしてるじゃねぇか。流石、アタシが見込んだだけはある」

 

 なるほど、ゴルシちゃんから見てもスカイがかなり優勢ということか。うん、ゴルシちゃんが言うなら間違いない。

 うん……ちょっと小腹減ったな。

 

「売り切れだぜ」

 

 ドヤ顔やめい。

 

◇◇◇◇

 

 全くトレーナーさんは、ろくな作戦も考えずウマ娘に委ねるなんて……やっぱり私のトレーナーさんはどうかしてる。

 作戦は逃げ、それは分かる分かりますよ。でも、もうちょっとデータとかあっても良いんじゃないって思うんだよねー。

 逃げるのはいいけど、後ろがどのくらいスピードがあるのか瞬発力があるのかどこでへばるのか末脚はどうなのか。結局、私が調べることになった。もう、ブラックですよ。ブラックトレーナーですよ。

 まあ、一応トレーナーさんの考えは理解してるつもりだけど……それでも走る側は不安なんです。

 ここで負けても次があるなんて言われても、私は負けたくない。

 作戦通りに走っても、相手の状況が分からなかったらどのペースで逃げれば良いのかもう少し情報があれば、力の抜きよつもあるんだけどなー。

 思ったよりまとも……? いえいえ、トレーナーさんへのお世辞ですよ。日頃の感謝を込めて……ね。

 

「どうにでも、なれっ!!」

 

 私はカーブに差し掛かり、私はスピードを緩めず踏ん張って遠心力にひたすら耐えて走る。

 今日のレースは1600m。距離は少ないから私の体力なら多少無理をしても十分に持つ。

 カーブは滑らないようにしっかりと芝を踏みしめる。

 ここでヨレたりすればタイムロスになって勝てるレースも勝てないし、一歩間違えれば選手生命だって危ない。絶対に気を抜かず……カーブを……抜けるっ!!

 

「後ろは……」

 

 息は上がってる。上がってるふり……は流石にないと思うし、恐らくこれ以上ペースは上がらない。

 あの団子状態のが差しを止めてくれれば、万が一は起きない。

 まだ距離はある。でも、このレースは貰ったも同然だ。

 後ろは絶対に、私に追いつけない。

 

 勝ちを確信した瞬間、目の前の景色が鮮明に映り出した。

 誰もいない世界で、私は走っている。

 何も気にする事はない。ペースは自分次第、マイペースマイペース。

 うん、自由気ままにゆるゆるのんびりとするには、矛盾してるかもだけど1番前が良いのかもしれない。

 とはいえ、そんなことを言っていられるのも今だけ……っていうのはあるけど。

 このレースにグラスちゃんがいたら、絶対にこうはならない。私は抜かされないために後ろを気にして、必死に、懸命に走っているはずだし。

 でも……それは後々考えればいいよね。だって、今見せるべき私の姿は才能あるウマ娘なんかじゃない。

 一見どこにでもいるような、普通で平凡なウマ娘。風が吹けば倒れてしまうようなか弱いウマ娘。

 そうでないと……トレーナーさんの言っていた大番狂わせなんか、到底出来そうにないんだから。

 

◇◇◇◇

 

 

「さあ直線に入りました、以前先頭はセイウンスカイ……」

 

 勝てる……よな、なんだろう。レースってこういうのすっごい不安になるんだな。

 大丈夫、なんだよな?

 

「後続が迫る、追い上げる!! セイウンスカイ懸命に走る!」

 

 スカイが後続をチラチラと気にしているのが見れた。前半は何も気にしていなかったのだが、ここに来て後ろを確認。実況が聞こえて気になったとかだろうか。

 そして、スカイは姿勢を弛めて流し始めた。

 

「セイウンスカイ、ペースが落ちるが何とか踏ん張る! セイウンスカイ、リードをギリギリで保ちながら今、ゴールイン!!」

 

 うおー危ねー……。大丈夫だから抜いて走ったのだろうが、俺からすればもうヒヤッヒヤなレースだ。

 

「あんだ? なんでそんな焦ってんだよ。あの子、今のはかなり上手い見せ方だったぜ?」

 

「見せ方?」

 

「おう、誰かを相当意識してるんだろうな。どのタイミングでスパートをかければいいのか、想像しやすい走り方だった」

 

「なるほど」

 

 イメージをしやすい走り方を敢えてした。だから、相手が自分の対策を考えてくる前提での走りだということ。

 そんな簡単にバレやしないだろうとか思ってたけど、分かるやつには分かってしまうということなのか

 

「……まじで腹減ったな」

 

「デスソースならあるぞ。飲むか?」

 

「ざけんな飲まねーよ」

 

「は? アタシの出したもん食えねーってのか?」

 

 いや、食えねーって言うか飲めねーってほうだろ。当たり前だよ、デスソースは飲めねーよ。

 いや、でもゴルシちゃんが出したデスソースか……それなら飲んでもいいような気もしなくはない。

 

「そうか、そうだよな。ゴルシちゃんのデスソースだもんな。これを飲まない訳にはいかねぇ」

 

「そうだ、その意気だぜトレーナー!!(マジかよこいつバ鹿なんじゃねぇの?)」

 

「うん? なんか言ったか?」

 

「いやぁ何にも? ほら、それより飲むんだろ? トレーナーのちょっといい所見てみたい!!」

 

 お、上げてくるじゃねぇか。そんなこと言われたら、もう飲まない訳には行かないな。

 

「はっ!! 俺のカッチョいいところ見せてやんよ」

 

「ヒュー!! やっちまえー!!」

 

「「うぇーいうぇーい!!」」

 

 そーれ一気にグビ。

 

◇◇◇◇

 

「……で、トレーナーさんは唇を真っ赤に腫らしたと」

 

「ひゅんまひぇん」

 

 スカイを迎えに行ったら、喜んでいるなんてことはなく寧ろおかんむりであった。

 いやぁ、馬鹿なことをした。俺、辛いのめっちゃ苦手なんだよ。今更だけど。

 

「いやー、なんていうかさ? レース中瞬き厳禁で私の事ずっと見ててくださいとは言いませんよ。でも、ゴールしてトレーナーさんに手を振ってる時に完全無視してデスソースを飲むとかいう訳の分からないことはやめて欲しいわけですよ。意味、分かります?」

 

 全然気づいてなかったが、どうやら手を振ってくれていたらしい。それは悪い事をしたな。

 

「まかってまひゅ」

 

「本当に分かってます?」

 

 ジト目で睨んでくるスカイに対して、俺はブンブンと首を振るだけだ。

 この奇行に対して、言い訳は、出来ない。

 

「……今度はちゃんと見ててください。それで、手を振り返してくれたらセイちゃんのこれからのやる気もググッと上がりますから」

 

 うん……ちょっと申し訳ないことしたな。そうだな、思えばトレーナーのすることじゃなかった。

 ゴルシちゃん、ありがとう。君のお陰で俺もトレーナーとしての自覚が湧いてきちゃったぜ!!

 

「なんてねー。ドキッと来ちゃいました?」

 

 カチンと来ちゃいました。

 

「へぇ、そんなもんでやる気上がるんだ。じゃあ今振ってあげるよ。わーいわーいぐぼぉ……!!」

 

 レース後でも威力は相変わらずだね。でもさ、口では口で返してんだから手はやめて欲しいんだ。

 俺の意識は、はるか遠くに飛んで行った。




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お叱りの言葉

昨日絵が上手くなりたいと思ってイラストを書き始めました。
ウンスを書いてあまりの下手さに絶望しましたが、ちゃんと道を間違えなければそのうち上手くなると思うんで、ちょこちょこ挫折しながら続けていこうと思います。


「予想通りといえば予想通りだが……やっぱり知名度は持ってかれるよな」

 

「しょうがないしょうがない。まあ、私の実力といえばそんなものですよ。いやートレーナーさんが羨ましいですなー」

 

 練習前、俺はトレーナー室でスカイとダラダラ喋っていた。

 レースが終わり、無事にデビューは勝利したというのは良かったが、結局のところメディアから大きく取り沙汰されることは無かった。

 ウマ娘のファンからの評価もイマイチで、大きく褒められるようなことはない。

 逆に、中卒トレーナー初勝利と、俺の名前が先行する始末。それで、嫌味ったらしくスカイが妬みをグサグサと言ってくるわけだ。

 

「今は我慢だな。後の勝利のために、絶対に必要なことだから」

 

「いいや、それでも納得できません! だってだって、レースで無理でも他でカバー出来ることもあるんですよー?」

 

「うっ……」

 

 他、とは一切の考慮の余地なくライブのことだと理解出来た。

 ライブ自体は盛大に失敗した訳ではなく、かといって成功したわけでもなく無難に終えた訳でもない。そして、ぎこちなさみたいな初々しさを感じるものでもない。

 若干失敗した、というのが一番しっくりくる。

 学校にたまにいるだろ? 一応形に放ってるけど、なんかちょっとカッコ悪くてノレないダンスする人。若干歌が下手で反応に困る人。

 スカイは歌こそ良かったものの、ダンスではそのレベル。

 失敗でも成功でも、思いっきり振り切っていれば話題になるものの……これは痛い。痛すぎる。

 会場の皆さんはノリノリでサイリウムぶん回してくれたものの……どこか感じる違和感に、俺は目を逸らすしかなかった。

 

「まあでもだからと言ってダンスの練習が最優先になることは無い。だから安心しろ」

 

「安心できないですよ!?」

 

「いや、だから骨は拾っておいてやるって」

 

「拾うどころか、あれじゃ犬の餌になってますって! もう……穴があったらお茶飲んでのんびり寝たいぃ……」

 

 ……隠居生活かな?

 

「まあ、なんだ。骨なら幾らでも拾ってやるからさ。泥に乗った気持ちでいてくれよ」

 

「もはや船でもない!? ていうか、骨になってる時点でダメなんですって。私死んじゃってるじゃないですかー!」

 

 だって、次も死ぬでしょ? 精神的に。

 

 ピンポンパンポーン

 

『三浦トレーナー。セイウンスカイさん。至急生徒会室にお越しください』

 

 お呼び出し……? 俺とスカイが?

 

「なんだスカイ。飲酒か? 喫煙か?」

 

「なんでやらかした前提なんですか……」

 

「いや、だって俺変なことしてないし……してないよね?」

 

「私に聞かれても、トレーナーさんの頭はいつも変だとしか言えないですけど」

 

 酷い。俺の事そんなして思ってたんだ。いや、だろうなって思ってたけどさ。

 

「どうする、すっぽかす?」

 

「流石のセイちゃんでも今回は出来ないですね」

 

 前はやったのか少し気になるところだが、まあいい。どちらにせよ、あまりいい予感がしないのは確かだ。

 うん、じゃあ腹を括るか。

 

◇◇◇◇

 

「よく来てくれた。私は生徒会長のシンボリルドルフだ。改めて、よろしく頼む」

 

 その立ち姿は、インテリアと相まって厳かな雰囲気を放っていた。

 バブル時代の応接間……いやもっと古いな。明治時代の応接間みたいな、アンティーク調の部屋だ。いやアンティーク調と言うより実際に古いんだろうな。

 うーん、よく来てくれたって言ってる割にはなんかピリピリしてるんだよなぁ、雰囲気が。スカイはいつもよりしんなりしてるし、多分怒られるって内心わかってるんだろうな。

 

「先ずは、初勝利おめでとう。1年目で、しかもこれだけの若さでウマ娘に結果を出させる。それができるのは極わずかだ。それに、セイウンスカイの1つのレースを全力でではなく長期的な視点を取り入れた走りは、私も素晴らしいと思っている」

 

「恐悦至極でござる……痛っ」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 スカイが肘で付いてきた。結構強かったからマジで怒ってんのかな。

 ふむ、それにしてもシンボリルドルフさんは怒ってないのかな。なんか、普通に褒めてくれるし、特に要件もないとか?

 

「だが、終わりよければすべてよし。この言葉を知らないという訳でもないだろう」

 

 違ぇわ。さっきの建前だわ。これ、普通に怒られるパターンだ。そんで、怒られる理由もすぐ察しが着いた。

 

「ライブは、声援を送ってくれたファンへの感謝の気持ちを伝える場。厳しい言葉かもしれないが、君達の感謝の気持ちというのは、つまりその程度だったと受け取っていいのだろうか」

 

 ……怖っ!? おい、これ野球部の監督の比じゃねぇよ。

 そういやなんかで聞いたな。番長みたいな感じで普段から怖いってわかる人より、静かに怒る人の方がよっぽど怖いみたいな。

 うう……これなに、俺がなんか喋らなきゃいけないの?

 

「……やーい怒られてやんの(小声)」

 

「……いや絶対違います。練習しないって言ったのトレーナーさんですから(小声)」

 

「私は、2人に向けて言ったつもりだが」

 

「「すいません」」

 

 うぐっ……だからさり気なくエルボーをかますのはやめろ。

 

「まあ、なんて言いますか……。練習はしなくていいからって言ったのは俺です。スカイは、それでもちゃんと練習してたんですよ」

 

「というと?」

 

「スカイは責めないでやってください。彼女は、ベストを尽くしました。まあ、あれがベストってのもお笑いものぐふっ」

 

 3回目!! 今ので3回目!!

 

「……なるほど」

 

 シンボリルドルフが少し笑った気がした。

 

「長い話説教は退屈だろう。どちらにせよ、君達に言うことは一つだけしかない」

 

「あ、はあ」

 

「次のライブはきっちりとやりきるように。どのレースに出るにせよ、私はまた次も勝てると踏んでいる。だから、次こそはライブを成功させてファンに感謝を伝えること。そして、それが出来ないのであれば、こちらも次の対応を取らざるを得ない」

 

 次の対応……ってのはまあどうせトレーニングは禁止でダンスのレッスンをひたすらさせるとかそういうところだろう。

 面倒なことこの上ないし、何とかこれは解決しないといけないよな。

 

「すんません。以降は気をつけます」

 

「ああ。こちらからは以上だ。なにか質問は?」

 

「ないです」

 

「なら、行きたまえ。次のレース、期待してるぞ」

 

 なんだ、結構厳しい人なんだろうけど優しい人なんだな。レースも期待してるって言ってくれたし、最初の褒め言葉も建前なんかではなく本音で思っていることなんだ。

 最近スカイとしか話してないから感覚が狂ってるな。表と裏がある前提で話してしまう癖がある。

 

「んじゃ、スカイ。行こうか」

 

「……ぷっ」

 

 ん? ……なんか、シンボリルドルフさん笑いました? え? なに、笑うってか吹いたよね。どゆこと?

 

「以降、気をつけます。じゃあ、行こうか……ぷっ、くくっ……」

 

「え、怖」

 

 なに、ダジャレってこと? いや、寒い。まって、シンボリルドルフさんそれは……お願いだからそんな残念な部分は見せないで厳かな生徒会長であってくれよ!!

 

「三浦トレーナー……すまない。出来れば無視してくれると助かる」

 

「あ、はい」

 

 隣にいるウマ娘がげんなりとした顔で俺たちを送り出した。

 あの顔、何度も何度も同じようなことを体験している人の顔だ。てことは、シンボリルドルフさんはあれが通常運行なわけなの? え? あれはネジが外れちゃったとかそういうのじゃないの? 

 嘘だろ。

 

「スカイ、今日は疲れたし。お布団にくるまってオフといこうか」

 

「ぷっ……くっ……」

 

 おい嘘だろ。流石に今ので笑うのはおかしいでしょ。くっそわざとらしい寒いダジャレやん。

 

「お願いだから、これ以上会長のスイッチを入れないで欲しい」

 

「あ、分かりました今すぐ出ます」

 

 やっばい。生徒会長の見てはいけない一面を見た気がする。うん、これは墓場まで……持ってけそうにないなぁ。




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粉落とし

お気に入りが100件……昨日突然増えましたね。
そんなに見る人いないで埋もれるものだと思ってたのでちょっと嬉しいですね。
皆さんありがとうございます。これからもゆるゆるですが投稿していこうと思います。


「スカイよ。これから作戦会議を始める。いいか、緊急事態だ」

 

「元はと言えばトレーナーさんのせいなんですよね」

 

「まあな」

 

 トレーナー室に連れてきて、ホワイトボードにでかでかとダンスについてと書いてある。

 先程クソ寒ダジャレ魔神もといシンボリルドルフに言われた、踊りを何とかしろというお叱り。本当ならレースの反省を元にトレーニングといきたいところだが、今はこれが最優先事項だ。

 

「スカイって知り合いにダンス好きな人とかダンス上手い人居ないのか?」

 

「うーん……でも、友達にダンスの練習見られるのはなぁ」

 

 くそ、こいつ早速贅沢言いやがったな。いや分かるんだよ分かるんだけど、難しいんだよ。

 

「四の五の言ぅんじゃねぇ……っていいたいところだがか、まあ俺自身そんなこと言えた立場じゃないからなぁ。まあ、なんだ。めんどいから取り敢えずスカイに似合うきゃわいいダンスを教えてくれるやつを探してくればいいんだろ」

 

「適当過ぎませんか……? まあ、トレーナーさんが探してくれるならそれに越したことはないですけど」

 

 任せろ。最高にダンス上手いやつを探してきてやる。

 

◇◇◇◇

 

 とは言ったものの……ダンス上手いやつってどうやって探すかだよな。正直言って、桐生院さん以外まともな知り合いがいないというのもあって情報網が少なすぎる。

 レースの実力なら桐生院さんに聞けばすぐだがダンスに関してはどうしようもない。

 どうせ、同期に聞いてもひたすら練習して慣れろとかで上手い人なんて教えてくれないだろう。

 今回のミッション。かなり難しいかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 学園に居てもろくな考えが生まれないと思った俺は、スカイを桐生院さんに預けて外に出てきた。

 スカイは終始「ずるいー、私も練習休みたーい!」とか言ってついてこようとしてたが、俺は別に仕事をサボってる訳では無い。新たなインスピレーションをだな……うん、これは言い訳だな。

 ベンチに座り、ひたすら考え込む俺。まるでどこかの石像みたいだ。ここって考える人のならぬ考えるウマ娘みたいな石像あるのかな。

 ……暇過ぎて死にそう。いや、詳しくは何すればいいのか分からなくて死にそうだ。

 案の定、ダンスの上手い人を探すのに苦労している。

 まず、俺自身まともにウマ娘が踊っているところを見た事ないのだ。

 

「はちみー甘め濃いめ多めで」

 

「はあ、甘め濃いめ多めね〜」

 

 む……はちみーってなんだ。そういえば、漢方薬で似たようなのあったな……。

 葛根湯じゃない、えーと、思い出した。八味地黄丸だ。

 ってんなわけないよな、普通にはちみつだよね分かります。

 丁度キッチンカーが止まっているようで、何やらウマ娘がスイーツを頼んでいるみたいだ。

 いや、あれスイーツってレベルじゃねーぞ。甘々だよ、糖尿病になるよ。んだあのバケモンみたいな飲み物。

 

「いや、でも一周まわって逆に気になるな」

 

 ほら、よくあるだろ? 最近とか昆虫食の動画よく出てくるだろ? あれさ、見ててうわぁ……こんなもん食えねぇよって思いながら見るんだけど同じようなの何度か見てると「あれ、実はマジで美味しいんじゃね?」みたいに思えてくるっていう。そんで、ちょっと食いたくなる。食わないけど。

 まあ、今回ははちみつだ。くそほど甘い以外はまだいけるだろう。

 

「粉落としで」

 

「はーい粉落としねー」

 

 え、ちょっと待てマジであるの? コールから家系かなとか思ってたけど博多ラーメンかよ。

 てか、はちみーで粉落としってどうやるよ。はちみつに粉なんてついてないけど。

 と、思ってたら店員さんがコップに注いだはちみーにアラザンやらカラースプレーやらを入れ始めた。

 なるほど、粉落としってそのまんま振りかけるのね。……ってそうじゃない。おい待て、これ以上甘くしてどうするつもりだ。

 

「どうぞー」

 

 ――地獄かよ。

 手に持ったのは琥珀色をしたやべぇ液体。正直、まともな脳みそをしたやつが食べるものじゃない。

 まあ、アラザンがキラキラ光っててカラースプレーも綺麗だしインスt……ウマスタで映そうな感じではある。

 まあ、俺の場合は某字幕が流れてく動画サイトでゆっくりでおふざけしながらが『はちみー 博多ラーメン風に頼んでみた』が妥当なとこか。

 ……なんか、さっきのウマ娘がめっちゃ見てくるんだが。飲みにく……。

 まあ、見て見ぬふりだ。

 ストローでは吸いにくいので全力で吸いにかかる。ドロっとした甘い液体と、はちみつの香り。何やら口の中にジャリジャリとする歯ごたえ。

 まあ、不味くはない。どちらかというと美味い。でも、甘い。ゲロ甘だ。

 

「美味しい?」

 

「……うん?」

 

「ボク、それ飲んだことないんだー。どう? 美味しい?」

 

 このウマ娘、すんごいグイグイ来るなぁ。

 

「うん……まあ、非常に前衛的な飲み物だな」

 

「本当? じゃあ今度ボクも頼んでみるよ!」

 

 甘め濃いめ多めの粉落としになるのか。混沌としてるな。そのうちクリームマシマシとか出てくるのではなかろうか。

 あと、なんかノリノリに頼もうとしてるけど、俺は美味しいとは一言も言ってないからな?

 

「いやーまさか、カイチョーに怒られてたトレーナーさんがはちみーのファンだったなんて思わなかったよー」

 

 いや、俺ははちみーのファンなんかじゃねぇ。飲むんならまだタピオカの方がマシだ。それより焼肉が食いたい。

 

「……あれ、お前生徒会室にいたの? どこに?」

 

「えー? 気付いてなかったの? ボク、カイチョーの後ろにずっと居たけどなー」

 

 後ろに……? あ! もしかして、シンボリルドルフの後ろから手がビュンビュン生えて動いてたやつお前か!!

 

「え、ちょっと待てふざけるなよ。俺、笑いそうなのめっちゃ我慢してたんだからな」

 

「にしし、カイチョーに怒られてる人初めて見たから面白くなっちゃって。でも、その後エアグルーヴに怒られたんだけど」

 

 エアグルーヴ……ああ、あのダジャレにやられてげんなりしてた人か。

 

「あれ、そういえばお前……」

 

「ちょっとー。お前呼びはやめてよね。ボクにはトウカイテイオーっていう立派な名前があるんだから」

 

 えっへんって言ってるんじゃないかってくらい自信満々なトウカイテイオー。そうだな、こっちもこっちなりの自己紹介といこうか。

 

「トウカイテイオーか。俺は……あれ、思い出せない」

 

「どうしたの?」

 

「名前が……名前が思い出せないんだ!?」

 

「ええ!? もしかして、記憶喪失……?」

 

「いや全然、至って普通の健康体だ。因みに俺の名前は三浦悠介な」

 

「うえぇ!?」

 

 なんか、ちょろそうだからすぐ引っかかるんだろうなーと思ったんだよ。

 

「あっはっは。全く君は人騒がせだなぁ」

 

「それ、ボクのセリフだからね!?」

 

「いやぁごめんごめん。悪気はあったんだよ」

 

「そっかーならしょうがな……ってならないからね!? んもぅーーーー!!」

 

 牛かな? ウシ娘かな? まあ、牧場ってところは共通点あるけど。

 

「……ふんだ。せっかくこのボクがダンスの先生してあげてもいいかなって思ったのに」

 

「え……? おま、踊れるの?」

 

「当たり前だよ。だって、ボクは無敵のテイオー様だよ? レースでもライブでも無敵だからね!」

 

 なるほど……やはりこれは天の巡り合わせか。うん、仕事サボって正解だったな。

 

「えっと、お願いがあるんだけど」

 

「ダンスのことでしょ? でも、いじわるするなら教えてあげないもーん」

 

 ちっ、めんどくせぇなぁ。

 そういうことするのか。そうかい分かった分かりましたよ。

 

「無敵のテイオーさん。お願いが……」

 

「聞こえなーい」

 

 こ、こいつ……俺をコケにしやがってぇ……。

 この感覚は、屈辱。そして、目の前のやつは俺の次の行動をひたすらに待ち焦がれている。

 俺は、もはやそれから逃げることは出来ない。

 頭を地面に付けて、土下座で頼み込まなければならない。

 やつの言葉は、それを暗に意味しているのだ。

 俺は、土下座をしてやらねばならない。この会社を存続させるには……この憎きA社の社長に一度ひれ伏さなければならないっっっっっ!!

 俺は手を握りしめ震わせて、地に足をつけて――土下座した。

 

「テイオーさんっっ!! 一生のお願いです!! ダンスを、教えてやってくださぃぃぃぃっ!!」

 

「え、いや流石にそこまでしなくても」

 

「くっ……これ以上何をしろというのか!! 社長!! 俺に……俺にこの会社を畳めというのかっっっ!!!」

 

 俺の会社から甘い汁をすすり「わーはっはっはっはっちみー」と高笑いしながら市場を独占しようと企む。

 そういうことだな!?

 

「モウワケワカンナイヨー!! 分かったから!! トレーナー落ち着いてよ、みんな見てるからぁ!!」

 

「うん、ありがとね」

 

「……ボクもう疲れたよ」

 

 こうして、スカイとトウカイテイオーのダンスレッスンが約束されたのだった。




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ダンスレッスン

危ない危ない。毎日投稿が途切れるところだった……。
今日が休みで良かったです。
そういえば、ようやく代理を手に入れました。
ほっとしますね。


「セイちゃん、ここは腕を真っ直ぐ前に突き出して。あ、もっと大袈裟でいいよ」

 

「こう……かな」

 

「そうそう! すっごくイイよ! セイちゃんのトレーナーもそう思うでしょ?」

 

「うむ、良きかな良きかな」

 

 トウカイテイオーとのダンスレッスンが始まってからというもの、スカイのダンスはみるみるうちに上達した。

 上手くなるなら教えてもらうのが1番だね。

 

「おやおや? もしかしてトレーナーさん。セイちゃんの可愛さに思わず照れちゃいましたか?」

 

「照れはしないかな。あ、照り焼きチキン食いたくなってきたな」

 

「そうですか……」

 

「あ……おい今照り焼きチキン馬鹿にしたろ。いいか、マックは馬鹿にしても良いけどな、照り焼きチキンだけは馬鹿にしたら許さねぇからな」

 

「自分って言わないあたり自己中心的ですね」

 

 俺が自己中だぁ? 一理あるな。

 

「あれ、テイオーも照り焼きチキン馬鹿にしたろ」

 

「ボクを巻き込まないでよ!!」

 

 いや、なんか雰囲気でなんか感じたからさ。どちらかというと照り焼きチキンより俺をバカにしてた気がする。それはな、マジで許さんぞ。

 

「それにしても、セイちゃんのトレーナーはなんでパソコンばっかり弄ってるの? 他のトレーナーは皆付きっきりで指導してるのに」

 

「お、知りたいか。実はだな、スカイが自分だけの意思で練習する。自分で試行錯誤をする。これをする為に敢えて見ないってことをしてるんだ」

 

「え? でも、みんな自主練してるよ? そんなことしなくたって……」

 

「いや、これが大事なんだ。トレーナーは道をそれないように正しい道をある程度示してあげるのが仕事。その後は自分でその道を進まないといけない。その道をそれないようにするのがどれだけ難しいのかは、去っていくウマ娘が圧倒的に多いっていう事実が示している」

 

 だが、ただトレーナーが示した道を進むだけでいい訳でもない。そういった不安定なところを、如何にして進まなくてはいけないのか。

 そして、進むにつれて自分が本当に上手くなれるのか速くなれるのか不安になる時だって来る。それさえも押し潰して進むというのは、並大抵じゃできない。

 

「だから、俺はここにいるけどいないっていう立ち位置で、本当にマズイと思ったら道を外れないようにルートを見つめ直す。それだけの事だよ」

 

 トウカイテイオーは何やら感心しているようだった。

 

「ふーん。トレーナーってそんなことまで考えてたんだ。てっきり、サボってるだけなのかと思ってた」

 

「ふっ。まあ、これこそトレーナーのなすべきこと「――っていう口実を作って遅れに遅れた仕事をせかせかやってるんだよ。トレーナーさん、あまり変なこと教えちゃダメですよー」……うむ」

 

 なんでだよ。これについてはスカイもなるほど確かにって納得してたじゃねぇか。何をそんな否定する必要がある。

 

「……なんか、セイちゃんのトレーナーが詐欺師に見えてきた」

 

「やめろ、そんな噂流れたら仕事が無くなる」

 

 口は災いの元って話を聞かなかったのか? それが見知らぬウマ娘Aに聞かれて噂が拡がってたづなさんの耳に拾われてみろ。島流しだぞ。

 どこに流されるかって……? どこだろ、江ノ島とか?

 いや、あそこ陸続きだな。帰れるわ。

 

「む、もうこんな時間か。そろそろ席外すわ」

 

「トレーナーさん、今日なにかあるんですか?」

 

「なんか、知り合いが教室開くけど1人風邪で休んだから代わりに出てくれだと」

 

「教室……つまり未来のトレーナーの為のトレーナー教室ということですね? まだ若いのに、話題のお人は大変ですなー。セイちゃん、妬けちゃいますよ?」

 

「は? ちげぇよ、野球教室だよ。デビュー戦勝たせただけの新人トレーナーがそんなことするわけないだろ」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なんだ、スカイのやつ勘違いがすぎるぞ。ろくなトレーナーの知識もないやつがトレーナー教室にわざわざ呼ばれるわけがなかろう。

 俺の取り柄といえば1に野球が好き2に野球が好き3も野球が好きの野球バカくらいだ。そうなると必然的に何ができるかも絞られるってもんだ。

 

「俺がトレーナー……? ふざけんなよ、それは前提から間違ってる」

 

「「いやいや大前提だよ(ですよ)」」

 

「ふむ……困ったもんだな」

 

 まあ、これについては議論したところでしょうがない。別に信じてくれなかったからなんだという訳でもないし、あと代役が遅刻なんてのも良くないし話を切り上げよう。

 

「まあ、そういうこった。トウカイテイオー、あとは任せた」

 

「え? あ、うん。任された、よー……」

 

◇◇◇◇

 

 バタン。

 

 扉が強くしまって、私とテイオーちゃんだけが残った。

 トレーナーさん、まだ勤務時間内ですよね。野球教室って、絶対トレセン学園関係ないですよね。

 サボりじゃないですか。

 

「……セイちゃん、色々大変なんだね」

 

「大変だね。私とトレーナーさんだけしか居ないけど、毎日が動物園みたいでさ。でも、トレーニングはちゃんとしてるんだけどね」

 

 いや、でも何処のチームもやってないようなことを個人でやってるっていうところを考えるに、トレーニングも普通じゃないのかもしれない。

 

「そうなんだ。大変そーって思うけど、セイちゃんは楽しそうにしてるもんね」

 

「またまたー。トレーナーさんと一緒にいて楽しいなんてないない。最近、他のトレーナーさんに助けて貰って残業が減ってさ。ちゃんの練習見るのかなーと思ったら、今度はもっと早く帰ってやるみたいなこと言い出すし……」

 

「あはは! やっぱり楽しそうだよ。ていうか、トレーナーさんすっごいセイちゃんそっくりなんだね」

 

「むぅ……。セイちゃんはあんな突拍子もない発言をするおバ鹿じゃないです」

 

 あんな口を開けば野球野球言ってるだけの訳分からない人と私が一緒……? 冗談にしてはキツい。

 私をそんな奇人変人に仕立てあげないで欲しい。私はあくまでも平凡なお人。特に、今回に関しては『良い意味』での平凡。

 

「そうなのかなー……」

 

 そうなんです。

 

「そういえば、セイちゃんって転入生の話は聞いた?」

 

 テイオーちゃんがふと思い出したように言った。

 

「転入生?」

 

「そうそう。カイチョーが言ってたんだけど、転入生が来るんだって。すっごい遠くから来たって話で、学年はセイちゃんと同じみたい」

 

「へぇ〜……」

 

 転入生自体はさほど珍しい訳では無い。単純な家庭の事情とは別で、レースの才能を見込まれて度々地方からウマ娘がやってくる。

 とはいえ、その人達が活躍しているかといえば皆が皆活躍する訳では無い。

 トレーナーさんに担当してもらってからは何となく言い難くなってきた言葉だけど……才能があって、しかもその才能を持った人のほんのひと握りがレースで名前を残す。

 特に、そういう才能があって転入してくるなんて時は必ずと言っていいほど耳に入ってくる。今回は私も知らなかったし、特に誰かの息がかかっているだとか、そういうことは無いんだと思う。

 というより、これ以上私の代で才能に溢れる人が増えるのは困る。グラスちゃんにキングにエル。

 エルは目標的にに私と被ることは少ないだろうとはいえ、それでも強力なライバルがいることには変わりがない。

 これで、また日本代表するみたいなウマ娘が来たら……私が割って入る穴は無くなってしまう。

 

 でも……もしそれでとんでもないどんでん返しが待っていたら……もし私がそれをしたら……。

 

 なんて思うと、楽しみで仕方がなかったり?

 

「あ、セイちゃん携帯鳴ってるよ」

 

「ほんとだ」

 

 ついさっき野球教室に行こうとしていたおバ鹿さんからだった。

 

「どうかしましたか?」

 

『ごめん、俺1週間休み取るわ。練習メニューとかはファイル作っておくから、桐生院さんに任せておくね』

 

「へ?」

 

『んじゃ』

 

 ピロリン。

 トレーナーさんは一方的に伝えたいことだけ伝えて電話を切った。

 反論されるのを知ってて面倒だから敢えて遮っているのが見え見えだ。

 正直、それは無いと思うんですよ。

 

「トレーナーはなんて?」

 

「1週間休みまーすって」

 

「突然だね……次のレースは大丈夫なの?」

 

「2週間後」

 

 つまり、トレーナーさんは最後の1週間だけいるわけだ。

 

「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 テイオーちゃんは驚いてるけど、私は特に驚くことは無い。

 トレーナーさんはいつも通りだ。すぐどっか行く、そしてすぐやらかす。デリカシーがない。

 

 デリカシーがないから……だから、そういう部分は私がサポートしてあげないと。

 そうじゃないと……今は冗談で済むかもしれないけど、そのうちことが大きくなったら、本当に冗談じゃ済まなくなる。

 1週間、なんで休むのかは分からない。

 でも……お願いだから絶対変なことだけはしないで下さいよ。私、それだけは信じてますから。




読んで頂きありがとうございます。
感想、評価あればよろしくお願いします。


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やらかしたかもしれない

もうこれはタイトルまんまですね。
いやぁ……疲れた疲れた。昨日は時間絞り出して書いてました。
そしたら話が偉い方に流れて流れて……。
まあ、こんなのもありかなと思い投稿しました。
よろしくお願いします。


「三浦トレーナー。またですか……」

 

 たづなさんがこめかみを抑えて眉間に皺を寄せていた。

 これは怒っていると言うより呆れていると言った方がいいかもしれん。

 

「担当のウマ娘のレースを目前にして1週間の休養。帰ってきたと思ったら右肘の打撲と、その顔に浮かんでいるクマ。またなにか無理をしたんではないですか?」

 

 この打撲は……野球教室でデッドボール食らって打撲やらかしたんだよね。クマは……そのまんま寝不足だ。野球少年に対しての指導の手伝い、情報整理など友人の手伝いに加えて、レース前というのもありスカイのための仕事は欠かすわけにはいかないし全部桐生院さんに押し付けるわけにはいかない。

 その結果のこれなわけだが……そんなこと素直に言ったら何されるか分かったもんじゃない。

 

「いやだなぁ。そんなわけないじゃないですか。仕事に慣れなくて疲労がガクッときて、それで休んだだけですよ。しっかり休養できたんでこの通り元気元気……」

 

「全然元気に見えないです!! あと、レース目前のウマ娘に対してこの行動はトレーナーとして許されるものではありません。ちゃんと、始末書は書いてもらいますよ」

 

「始末書なら事前に提出しました。理事長が受理したはずですが」

 

 俺は外出前、事前に反省して事前に始末書を出して準備は万端。ニッコニコで野球教室に出掛けたのである。

 たづなさんは更に頭を痛そうにして隣を見た。

 

「理事長、こう言ってますけど……どういうことです? 休養届が受理されているのも疑問に思いましたが、事前に提出した始末書まで受理されたんですか?」

 

「えっと……それは……だな」

 

「それを今すぐ確認したいのですが……構いませんか?」

 

「それは、だな……」

 

「理事長?」

 

「わ、分かった!!」

 

 理事長は、引き出しをガサガサと漁って何枚かの紙を取りだした。

 そこには、俺の休養届に加えてそれに関しての理由が書かれた紙。そして、何枚かの書類に始末書。

 ちゃんと書類などはもちろんのこと、始末書にも理事長のハンコが押してある。

 さて、理事長が何故事前に提出なんて馬鹿げた始末書にハンコを押してしまったのか。

 それには幾つかのピースが繋がることによって実現する。

 1つ目はコネを広げるために理事長やたづなさんと積極的に話していたからだ。

 それによってたづなさんがいない時間を把握していて、かつ理事長が仕事で疲れているだろう時間帯を事前に知っていた。

 理事長は俺と同じくまだ子供。ウマ娘のために……っと日々気を抜くことなく仕事はするものの、疲れれば当然判断力は大幅に落ちる。すると、当然会話になった時に主導権はこちらが握りやすくなる。そこで、俺の培ってきたスキルが役に立つ。

 それは上下関係が厳しく、かつ強豪チームと練習試合で切磋琢磨する野球部で鍛えた世渡り術と勝負勘。これが2つ目のピースだ。

 とはいえそれがあったとしても、事前に始末書を出すなんてアホなことをして受け取るはずがない。だが、俺はそれをどうにかできる3つ目のピースがあった。

 

「疑問……。この紙は、一体なんだ?」

 

「始末書です。ちょっと……どうしても外せない用事がありまして、担当のウマ娘に迷惑をかけてしまうのも分かっているんです。反省はこれ以上ないほどできます。でも、これだけは……お願いしたいです」

 

「うむ……そう言われてもだな。休養届なら目を瞑らないでもないが、流石にこれは受け取れない。こちらだって無理なものは無理なのだ。特にこんなことをしては、たづなに怒られてしまう」

 

「そうですか……すみませんでした。――理事長、話は変わるのですがトレーニングルームを改装されたらしいですね。自分も見たんですけど、あれは素晴らしいです」

 

「うむ! ウマ娘の為だ!! 私は私財を投げうってでも、あの子たちのサポートが出来ればと思っているからな!!」

 

「そうですか。あれ、私財だったんですね」

 

「うむ!!」

 

「自分の担当のウマ娘も歓喜に振るえていました。『これは本当にすごい!! 素晴らしいっ! やる気満々ウーマンですよ!! わーっはっはっはっ』って言ってました」

 

 こんなこと言ったってバレたらぶん殴られるだろうな。

 

「そうかそうか! わーっはっはっはっ!!」

 

「たづなさんにも感謝を伝えないといけませんね」

 

「む……ちょ、ちょっと待て。何故そうなる」

 

 一瞬にして理事長の顔が曇った。

 そう、これが俺の3つ目のピースだったのだ。

 脅しに見せない脅し。褒めているようにしか、理事長は感じなかっただろう。

 そして、見事に罠にハマった理事長。

 ここからが、俺の腕の見せどころだ。

 

「私財を使って良いと言ったのはたづなさんでしょう? たづなさんにも、当然感謝しなければ……」

 

「待っ待て、たづなには言ってはいけないっ!!」

 

「え、なんでです?」

 

「えっ……うーむ……も、黙秘っ!! それには答えられない!!」

 

「そうですか、まあいいです。感謝を伝えるというのには変わりありません」

 

「ま、待て!! 言ってはいけない!!」

 

「え……あーなるほど。もしかして、たづなさんには内緒でやりましたね?」

 

「げっ……」

 

「まーでも大丈夫です。それなら秘密にしますよ。だからこの書類、通してくれますね?」

 

「むぅ……そうきたか」

 

「そこをなんとかお願いします!!」

 

「まあ、秘密にしてくれると言うのなら……」

 

「ありがとうございます!!」

 

 とまあ、こんな感じで始末書が通ることとなった。

 理事長は、相当焦ってたんだろうな。書類がバレても、たづなさんに怒られるという未来は変わらなかったというのに。

 うん、俺ってば最低なヤツだな。

 でも、しょうがない。科学に犠牲はつきものなんだ。

 

「理事長?」

 

「な、なんだたづな」

 

「手を……抜きましたね?」

 

「ひぃっ!? ち、違う!! そう、何かの間違いで!!」

 

「間違いだったとしても、理事長が受理をした以上もうこれは元に戻せないんですよ? すぐ再確認したのならまだしも、もう1週間も時間が経ってます。これじゃあ間違ってしまったなんて言い訳のしようがないんです。後でちゃんと、反省してもらいます」

 

「そんなっ……。き、キミ!! 私を謀ったなぁ!?」

 

 涙目で訴える理事長。

 罪悪感が募ってくる。今謝れば、たづなさんにまた怒られることになるだろう。だが、そこが最低限心のある人間の落とし所だと思う。

 そのはずなんだ。

 

「俺は念の為に出しただけなんですよ。通らないだろうけど、通れば通ったで仕事が減ると思ったので。いや、その、すみませんでした」

 

「な……なんと……!!」

 

 俺も一緒に怒られれば良かったんだろうなぁ……。なんて言っても、もう遅い。

 

「もう、理事長! トレーナーさんのせいにするのはやめてください!! トレーナーさんも、次は事前になんて訳の分からないことはやめてくださいね、私、言いましたからね!」

 

「はい、申し訳ありませんでした」

 

「分かったなら、トレーナーさんは早く部屋から出ること。私と理事長は、2人きりで話さないといけませんから」

 

「はい。失礼しました」

 

「ま、待て……!」

 

 理事長の言葉を無視して、俺は理事長室の扉を閉めた。

 

「あぁぁぁぁぁ……!!」と理事長の断末魔が聞こえてきたが、まあ、どんまいと言っておこう。

 

「ふぅ……一仕事終えたって感じだな。とはいえ、脅して書類受理作戦はもう使えねぇか……」

 

「そうですね、セイちゃんに聞かれてしまいましたもんね」

 

「ああ、その通り……ってうぇ!!?」

 

 待て!! なんでこんなところにスカイが!?

 

「トレーナーさんがようやく帰ってくると思って、ここに来てみたんです。すぐにでも練習したかったですから。でも、何やら不穏な会話が聞こえてしまいましてねー。ほんのちょっと、聞き耳を立ててたのですよー」

 

「ほうほう。そりゃいけないウマ娘やねー」

 

「そうですけど、トレーナーさんもどれだけ悪いことをしたのか、ちゃーんと理解して反省しなきゃと思うんです。理事長だって女の子です。女の子を、泣かしたんですよ?」

 

「はい」

 

 やっべ……また怒らせちゃった。

 

「あと、なんなんです?『満々ウーマン』って。誰が言ったのか、ちゃんとトレーナーさんの口から聞きたいなーなんて」

 

 げっ、それも聞いてたのかよ!

 少しづつ追い込まれる俺。だか、まだ打開策があるはず!!

 さっきも言ったが、俺には培ってきた世渡り術と勝負感がある。この場を収めるかは、直感で分かる!!

 そして直感が言っている!! ちゃんと反省した姿をスカイに見せて、そして甘んじて怒られるのを受け入れろと!!

 そう!! 逃げ道など、とうに無くなっている!!

 

「私がして欲しいこと、分かりますね?」

 

「……ちょっとした悪戯心からなんです。すんません」

 

「言う相手、間違えていやしませんか? まあ、謝ったとて私が許すかどうかはまた別の話ですけどね」

 

「あ……」

 

「私、トレーナーとしてじゃなくて、人間としてトレーナーさんを信用してました。いつも変なことばかりするけど、でも面白くて……。でもたまに真面目で……それって、全部嘘だったんですね」

 

 俺は……どうやら泣かしてしまったのは理事長だけではなかったらしい。

 

「ま、私は気にしちゃいませんけどねー」

 

 そう言って、余裕綽々な感じでスカイは背を向けて歩いていってしまった。

 

 俺は、無言で扉に向き直した。

 うん、やっぱり神様ってちゃんとみんなの事見てるんだなぁ。

 やっぱ、ちょっとやりすぎたっぽい。掻き回すだけ掻き回してぐちゃぐちゃになってしまった。

 俺は、やっと自分がしてしまった事の重さに気付いた。

 うん、ちゃんと謝らないとダメだよな。安心してください理事長。トレーニングルームの改装は、墓場まで持ってきますよ。

 俺は、理事長室の扉をノックした。




読んで頂きありがとうございます。
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特別な週

眠たくて眠たくて……目を擦りながらずっと書いてました。仕事の疲れがハイパーマックスなんです。

それと、誤字報告ありがとうございます。推敲する時間あまり無いので非常に助かりました。
誤字報告って、読んでいただけてるんだなぁっていう実感が凄く湧いてきますね。


「セイウンスカイ、またも余裕を見せつけゴールイン! デビュー戦に続き、見事ジュニアカップでも結果を残しました!!」

 

 このレースに、スカイの敵はいなかった。

 スピードも、レースの進め方も全ての能力において他のウマ娘を上回っている。スカイ自身が注目されるのも時間の問題だろう。

 そうなれば、次のレースは当然……いや、でも俺が決めていいのかどうか……。

 

「ほえー、明らかに強くなってんな。前のレースからそんなに時間も経ってねぇのに……って言う割には浮かない顔してるな」

 

「んあ? いつも通りだろ」

 

 俺はまたも売り子をしているゴルシちゃんとレースを見ていた。そんと神出鬼没なんだよな。

 てか、こんなことしててレースとかちゃんと出てるのか?

 

「いや、これだけ順調ならもっと喜ぶだろ。てか、喜ぶどころかすっげぇ遠い目だしよ。何かあったのか?」

 

「いんや……なにも」

 

「そうか、なら……良いんだけどな」

 まさか、こんなにレースバリバリに走っているのに絶賛仲違い中なんて思いもしないだろう。

 

 一応、理事長とたづなさんには土下座で謝罪して事なきを得た訳だが、スカイはどうも納得している様子ではない。

 スカイは俺が話しかけても全く反応しないし、練習が終わるや否やすぐに帰る。ちょっと……というかかなり冷たいから俺的にショックだ。

 幸い、レースのことだけはちゃんと聞いてくれるのは助かった。

 だから、トレーニングも滞りなくできたし、レースにも勝つことが出来た。

 このままだと、ただ練習を作りそれをやらせるだけの何ともつまらない関係になってしまう。

 そうなれば重賞なんて夢のまた夢だろうし、トレーナーとしての契約が解消されるのも時間の問題。何とかこの今の状況を打開しなければならない。

 とはいえ、ただ謝るだけではダメなんだ。今回は、ちょっとやそっとのことで機嫌を直して貰えそうにない。いや、どちらかと言うと機嫌が直らないというより、既に機嫌は直ったがスカイが距離感をあらためたという感じか。

 

「信頼は一日でならず壊すのは一瞬、か」

 

「おい、やっぱなんかあったんじゃねぇか」

 

「うん」

 

「折角上手くいってるんだぞ。早めになんとかしろよ」

 

「分かってる……けどなぁ」

 

 なんとか……とは簡単に言うものの、数日間何とかしようと奔走した結果どうにもならなかったのだ。

 日にちかけて何とかなるならそれ以上のことは無いが……スカイはそんなことで許してくれるような人ではないだろう。

 ほんと、どうすっかなぁ……。

 

「ゴルシちゃん、ちょっとトイレ行ってくるわ。因みにでかいほうね」

 

「その情報は余計だ。花も恥じらう乙女になんてこと言ってやがんだ」

 

 花も恥じらう乙女? こいつが?

 ガンプラ買ってめっちゃテンション上がってそうな人にしか見えないんだけど。

 

「いや、花とうんこは別にして考え「おい」すみません」

 

 うう……ゴルシちゃんのアタリが強いよぉ……。

 まあ、恐らくだけどゴルシちゃんはめちゃめちゃ真面目に心配してくれてるんだろうな。

 そりゃ、怒りたくもなるわ。

 

 うん、やっぱりそうだよな。真面目な雰囲気の時におちゃらけるとか良くない。からかうのは良くない。時と場所を考えろってんだ。

 そうとなれば、まずはスカイをどうにかするというよりは俺自身をどうにかした方がいいかもしれん。今日から俺はスーパー親切な真面目ちゃんに生まれ変わっちゃうぜ。

 

「ありがとう、ゴールドシップ。おかげで目が覚めたよ。俺は、トレーナーの矜持をしっかり持って取り組むべきだった……。だから、俺は生まれ変わる。共に邁進しよう。ゴールドシッブホォ!!」

 

「きんもちわりぃ。もうアタシゃしらんぞ」

 

 ゴルシちゃんがどんどん遠くなっていく。

 待てよ……なんで殴ったんだ。俺、めっちゃ真面目だったんだぞ。

 

◇◇◇◇

 

 さて、改めまして心を入れ替えた紳士トレーナー。

 名前はミウラ・シンシ・ユウスケです。

 さて、まあ完璧な紳士になったわけなんだけど、今日トレーニング休みなんだよね。やること無くてさ、どうすりゃいい?

 そんなの考える間もなく決まっている。ウルトラマンのように広い心を持って愛する人間を助けるのだ。

 ということで、適当に誰かを助けることにしよう。学園の中だから規模は小さいが、人助けに規模は関係ない。

 おっと、あんなところにぼっちのウマ娘が。

 

「Heyそこのポニーちゃん。迷子かい?」

 

「ひっ!?」

 

 なんか見た事ない馬娘がいたから声かけてみたんだけどすっごい怯えてる。どしたの?

 

「迷子だから怯えてるんだね。大丈夫、僕が助けてあげよう」

 

 なんて言って手を伸ばすが距離を取られる。

 

「ふ、不審者ですね!? お母ちゃんか言ってました! 都会では勝手に家に入ってくる怖い人がいるから気をつけなさいって!!」

 

 ああ、やっぱりそうだ。何となく訛っているイントネーション……田舎から出てきたということだろうか。

 可哀想に、見知らぬ土地で本当にやっていけるのか不安で仕方ないというのに、こうして迷子になってしまうなんて……。

 

「落ち着くんだ……大丈夫、大丈夫。僕が助けてあげよう」

 

「や、やめてください!! これ以上近付いたら……い、痛いことしますよ!?」

 

 優しい子なんだね。痛いこと……というなんとも不慣れな表現をふるえる声で……。 ちょっとスカイとゴルシちゃんで痛い目にトラウマがあるが……テンプレ的には痛い目に遭いながらも心を変えず接することによって信頼が産まれるところだ。

 

「大丈夫〜大丈夫〜……あっぶね!?」

 

 やっべぇこいつ。ビンタとか、酷くても殴るくらいで済むと思ってたよ。

 全然違ぇ、思い切り後ろ蹴りしてきやがった。

 

「あ、ご、ごめんなさい……お怪我は……」

 

「大丈夫だよ。仮に当てられたとしても、俺は君を許してるだろう。何度も何度も蹴られても、俺は絶対に君を許そう。俺はただ、ポニーちゃんを助けぐほぉ……」

 

 当ててきやがったぞ。

 

「てめぇ、許さねぇかんな」

 

「言ってることが違う!?」

 

「転入生、遅くなっちゃってごめんね」

 

「むっ」

 

 どうやら、この子は迷子でもなんでもないようだった。

 でも転入生……ってことは田舎からは当たりっぼいな。

 

「あれ、セイちゃんのトレーナーじゃん。転入生ともう仲良くなったの?」

 

「ああ。蹴られるぐらい仲がいい」

 

「それ、ほんとに仲良いのかなぁ……」

 

 俺基準的にはかなり仲がいい。

 

「あ、あの……トレーナーさん、だったんですか?」

 

「うむ、その通りだ」

 

「す……すみません!! そうとは知らずに大変なことを……」

 

「は? 一生許さん」

 

「ええ!?」

 

「あはは……、何となくセイちゃんのトレーナーが余計なことしたのは分かったよ。あんまり、転入生をからかわないでよ?」

 

「からかってなどない。助けたんだ」

 

「何も助けて貰ってないです!」

 

 少し前の俺をぶん殴ってやりたいな。何がおちゃらけるなだよ。

 やめだやめやめ。無理なものはどう頑張っても無理。んな直ぐに変われないっつーの。

 

「トウカイテイオーは何をしてるんだ?」

 

「ボク? ボクは転入生をに学校の案内をしてるところだよ。この学校広いから」

 

「ああ、なるほどな」

 

 あまり学校案内を転入生にする所は聞いたことがないが、ここまで広いとなると必須なのか。

 

「因みに、転入生。名前は?」

 

「す、スペシャルウィークです」

 

 特別な日ならぬ特別な週……不思議な名前だな。

 

「うむ。俺は三浦悠介だ。よろしく頼む」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「よし、じゃあ転入生。続きいくよ。セイちゃんのトレーナーもまたね」

 

「おう。いつかまた会う時まで」

 

 トウカイテイオーはスペシャルウィークの手を引っ張ってどんどん先行ってしまった。

 俺は、もうめんどいから帰ろう。




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巻き込まれ体質

毎日投稿、出来なくてすみませんっっ!!!
昨日……飲んでしまって……オンラインで……。
いやぁ、早くまた収まって欲しいですよね。そのうちまた自由に外に出られるように……。


 心を入れ替えよう大作戦が見事頓挫した次の日。

 休日に何にも進まずに、地獄の時間がやってきてしまった。

 

「まだ蹴り出す足に改善の余地はあるって話だ。練習メニューも、それに伴って変更が幾つかあるけど、問題ないか?」

 

「うん、大丈夫ですよ」

 

「次のレースは遂に重賞を狙ってくことになるだろうし、以前の調整と比べてもっと繊細にやっていかないとな」

 

「そうですねー」

 

「……聞いてる?」

 

「はいはい聞いてますよー」

 

 なんて言いながら、スカイは資料をじーっと眺めている。こういうところは結構真面目だったり……というか根はめちゃくちゃ真面目だよな、努力もすごいし。……てかそうじゃない。

 気まずい!!

 トレーニングならほとんど見るだけでなんとかなるというのに、ミーティングメインだと話さなきゃいけないからこの距離感が気まずすぎる!

 こう……避けてる感がすごいのよ。敢えて話しかけるなオーラを出してる感がすごいのよ。

 

「口数……少なくない?」

 

「いやいや、いつも通りですよ」

 

「そうか……」

 

 こう……言ってることはまあ普通のレスポンスだけど……声のトーンがちょっと低い。怖い。

 なんだよ。さすがにこんなに態度変えることなくなくない? Hey、俺はとっても寂しいYO!

 ……心做しかスカイの目がさっきよりも冷たくなった気がする。何? 心読めちゃうの?

 

「……取り敢えず、今日はこのくらいにしておくか」

 

 まだ帰るには早いものの、一応のところ落とし所はついている。重賞に向けてのトレーニングメニューや、フォームのチェックについてのスケジュールは目処がついている。

 これに関しては研究所の人とのすり合わせを行って、決まる。だから、今の段階ではスカイの同意さえ取れていれば問題は無い。

 話した感じだと次のレースまではトレーナー契約を破棄するなんて自体にはならなそうだし、こっちについてもひとまず安心だ。

 残業は……まあ少なくなったとはいえ相変わらずだが、スカイとの関係修復に注力しても問題は無いはずだ。というか、今はそれが最優先事項で最重要項目だ。

 そして、それを打破するためには俺だけの力では絶対にダメだ。他人の力を借りないと、確実に関係を修復するというのは無理がある。

 

「ということで狙うは大当たり。ホワイトボード用イレイザーを生贄に、桐生院さんを召喚!!」

 

 と言って俺はトレーナー室の扉ににホワイトボード消しをぶんな投げた。

 

「わぷっ!?」

 

 俺のイメージでは扉にゴツンとぶつかって何も起きないってのを予定していたのだが、ジャストタイミングで扉が開き、誰かの顔面に直撃してしまった。

 当たったのが消す部分でよかった。まあ、ウマ娘なら俺が投げたくらいのじゃなんともないのかもしれないけど。

 いや、ちょっと待てよ? 俺は桐生院さんを召喚しようとしてたわけで、桐生院さんに当たってたら……それこそ詰みだったな。

 

「おはー。スペちゃんどうしたの?」

 

 そうか、スカイはもうスペシャルウィークと会ってたのか。

 

「な、何……!? スペ体質のスペちゃん!?」

 

「なんか、意味は分かりませんけど褒められてる気がしないです……。それより、痛いですよ!? いきなり何するんですか!!」

 

 いやぁマジでタイミング悪いな。なんでこのタイミングで現れやがった。

 

「……あれ、ゴルシちゃん? どしたの」

 

 何故かサングラスをかけて仁王立ちをしているゴルシちゃん。なんというか、えげつないレベルのオーラを放っている。これがバケモンクラスのウマ娘のオーラか……。

 その後ろには見知らぬウマ娘が2人立っている。そういえば、ゴルシちゃんってチームに入ってるんだっけか。なんか、そんな感じのことを聞いた気がする。

 

「ゴルシちゃん?」

 

「……討ぅぅぅち入りじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「は?」

 

 声と同時に昔懐かしスカイを突っ込んだずた袋が現れた。

 もう嫌な予感しかしない。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺ごときがウマ娘の力に叶うはずもなく、あっさりずた袋に入れられ、そのままゆっさゆっさと揺られながらどのかへ運ばれる。

 何処だ……何処へ運ばれるんだ……?

 段々と酔ってきて気持ち悪くなってきた位でようやくどこかの部屋に入り、ドサッと落とされた。

 

「おい、急に何しやがんだ」

 

 と思えば勝手に椅子に座らせれて、目の前に何やらホコリの被った机とデスクライトを置かれた。

 そして、向かいにも椅子を置かれて座ったのは眉間に皺を寄せたスペシャルウィークだった。だいぶ怒ってるようだけど、そんなにスペ体質が気に食わなかっただろうか。

 確かに、怪我は逆にしなさそうで丈夫なイメージの方があるけど、そんな怒ることないだろ。

 

「セイちゃんを……泣かせたそうですね」

 

 そっちかー……。てか、なんで広まってるんだ。

 

「え!? このトレーナーウマ娘のを泣かせたの!?」

 

「こいつサイテーじゃねぇか」

 

 後ろでなんか言われてる。心が痛い。

 

「なにぃ!? そいつはふてぇ野郎だな!!「ゴールドシップさんは静かにしててください」おう」

 

 多分、今ゴルシちゃんがおちゃらけてくれたのは俺への援護射撃みたいな何かなのだろう。なんの援護射撃なのかは全く意味がわからないけど。スペシャルウィークの雰囲気でうっ……ってなりかけてたところでちょっと心が楽になったのは確かだ。

 

「スペラン……スペシャルウィークは、なんかその、怒ってる?」

 

「今はまだ怒ってないです。でも、それはトレーナーさんが何をしたのかの内容によると思います」

 

 あこれ、そういうやつなの。ようやくなんで連れてこられたのか分かった気がする。

 最近転入してきたスペシャルウィークが、恐らく同学年であろうスカイと仲良くなり、仲良くなった辺りで丁度理事長とたづなさんとの一悶着あったところでスカイが立ち去ったとのろをスペシャルウィーク見てしまったと、そういうことなんだろう。

 

「話さないとダメ?」

 

 というと、後ろから関節を鳴らす音が聞こえた。

 え、怖い。逃げられないやつだ。

 これ、話さないとダメなのかぁ……。

 

「いやその……理事長を……泣かせてしまって……」

 

「トレーナーさん……とぼけないでくださいっっっ!!!」

 

 スペシャルウィークは机を思い切り叩き、ゴルシちゃん達がビクッと動いた。

 俺は逆に固まった。もう怖すぎて固まった。おれ、殺されるんじゃないの?

 

「私は今セイちゃんの話をしているんです! 理事長を泣かせたなんて話、今はなんの関係……え? 理事長を……? えっと……すみません、もう一度聞いてもいいですか?」

 

「あ、うん。理事長を泣かせちゃって……」

 

 キョトンとするスペシャルウィーク。

 

「それで……その話がどう繋がるんです?」

 

「いやその……スカイがそんな人だとは思わなかった。さよならみたいな感じに……なんか、言われて……」

 

「「「痴話喧嘩かよ」」」

 

 は、違ぇよ。違ぇに決まってるだろ。まあ、今のちょっと盛ったけど、だいたいニュアンスはほぼ一緒だったよな。

 だって、スカイの言葉をまんま言うのは恥ずかしいもん。

 

「おいスカーレット、とんでもなくしょーもない喧嘩に首を突っ込んだんじゃないか?」

 

「な、何の話かしらね」

 

「はあ? スカーレットが「事件の香りが……」とか言い出したんだろ? 全く、スカーレットの鼻はアテになんねーなー」

 

「なんですって!?」

 

 ほらそこ、絶賛巻き込まれている俺がいるところで喧嘩するんじゃない。

 

「ゴルシちゃん。なに? これ」

 

「いや、その前にどうやって理事長を泣かせたのか気になるな」

 

「それは……理事長を脅してやらかす前にと思って事前に作って提出した始末書を受理してもらって……その後たづなさんに詰められてて、なんか涙目になってて……最後俺が逃げる前に一言置き土産に残したら絶望してた」

 

「お前マジで最低な野郎だな」

 

「うっ……いや、でもちゃんと謝ったしたづなさんにも理事長のこと弁明して始末書の書き直しと反省文まで書いたんだぞ」

 

「いや、そのくらいするのは当たり前だろ。そもそも、理事長を脅すなんてことした時点でアウトなんだよ」

 

「あ……確かに」

 

「それで、スペ。スカーレットにそそのかされたとはいえ、首を突っ込んだ以上は何らかの落とし前はつけないとカッコがつかないぜ。どうする?」

 

「え、えーっと……2人が仲直りするのを手伝う……ってことでしょうか」

 

「よし、あとは頑張れスペ。アタシらは先帰ってっかんな〜」

 

「え、え〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 そして置いてかれたスペシャルウィーク。

 うん……最大の被害者はスペシャルウィークだったか。

 なんかごめんな、これ事の発端は全部俺に繋がるもんね。ほんとごめん。




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事前準備は手短に

 登場人物がアニメ寄りになってますが、これはアニメから入ったからであってアニメのストーリーをなぞろうとしている訳では無いです。
 っていう言い訳です。
 まあでも、公にスピカだとかでガッツリ絡ませるのはない……と思います。まあ、ちょこちょこ話は挟むかもしれませんが、一応そんな感じです。


「どうするよ、これ」

 

「どうするって言われましてもー……」

 

「いや、だって助っ人で来たからにはさ、なんかこう……サポートしてくれるとありがたいわけよ」

 

「でも、私だってデビュー戦控えてるんです。あまり時間は……」

 

 うん、それは大事だな……ぶっちゃけスカイは理事長との一件だけで怒ったとは言い難い。

 レースの日程が迫ってきた中で長期的に俺が消えたりとか、そういうことが積もりに積もって爆発した感がある。

 だから、それこそスペシャルウィークをこき使ってたら本末転倒って訳だ。

 

「まあ……ほら、それとなーくスカイから俺の事どう思ってるのかとか、聞いてくれればいいから」

 

「トレーナーさんは初恋の男の子ですか……?」

 

 おい、この子純粋そうな顔をして案外グサグサ突いてくるぞ。

 

「多分、私が聞いてもセイちゃんはなんとなーく察すると思います。それなら、いっその事直接聞いた方が火傷しなくてすみますよ」

 

 何だこの話。確かに、マジで恋愛相談みたいになってんな。

 

「それに、私が聞いてきたとしてトレーナーさんはその後どうするんですか?」

 

 どうする……あれ、意外となんも起きねぇ。てか、これ根本的な解決にはなってねぇな。

 

「私……正直に言ってしまうと、こういう経験ってあまり無いんですけど、こういうのはバシッと男らしく行った方がいい!! ……って、お母ちゃんなら言う気がします」

 

 ふーむ……。男らしく、ねぇ。

 

「男らしくって……なんなんだ」

 

「え……えーっと、そうですねー……デートに誘ってみては?」

 

「俺トレーナーなんだが」

 

 んな事して折角事なきを得た理事長サイドとまたゴタゴタが起きたらどうするんだよ。

 いや、でも待てよ……なんかそんなのに似たシチュエーションが今まで出なかったか?

 ……そうそう、釣りだ。だいぶ前に、スカイと釣りに行った。あの時はスカイから誘われて行ったわけだが、俺から誘って行ってみるというのは案外ありかもしれない。

 そこでなら、俺でも直接スカイと話すことはできるはずだ。

 もし断られたら……なんてのは後で考えればいい。後先考えずの行動が俺なんだ。そんなことしてブレるのは良くない。

 

「ありがとう、スペシャルウィーク。多分、ちょっと進んだ気がする」

 

「本当ですか? それは良かったです」

 

「うん。後先考えず、直感で行動して誰かを困らせてなんだかんだいい感じに収まる。自己中最低クズ予定調和系主人公で行こうと思う」

 

「なんかよくわからないですけど、それはやめた方がいいと思います」

 

 ふっ、決めたことはもう変えることはないぞ。人の性格はそうそう変わることは無い。

 よし、そうと決まれば……。

 

「無限の彼方へさあ行くぞ!!」

 

「え……?」

 

 スペシャルウィークを放っておいて、俺はトレーナー室にいっそいで戻った。

 ワンチャンスカイが帰ってしまってるなんてことは無いだろうか……と心配だったが、律儀にも待っていてくれたらしい。

 携帯を弄りながら暇そうに欠伸をしているスカイがいた。

 スカイの性格的に帰っていてもおかしくなかったのに……。

 ま、待てよ……お前まさか……。

 

「ザラブ星人か?」

 

「はい?」

 

「いや、なんでもない」

 

 どうする? 取り敢えず目の前にいるスカイがザラブ星人だったと仮定してみよう。ザラブ星人と釣りの約束をしたら、当然約束した場所に来るのはスカイではなくザラブ星人なわけであって……。

 俺は、ザラブ星人とデートするのか。いや……ま、それはそれでありっちゃあり……ねぇよ。

 てかなんだよザラブ星人と仮定するって。んな状況起きるわけねぇだろ。

 

「それより、さっきはすまん。なんか、突然拉致されちゃって」

 

「まー、今に始まったことでは無いですし。これで私の気持ちを少しわかって貰えましたか」

 

「そうだな」

 

 ごめんな……って言いたいところだが、あれはサボってたスカイにも非があるからな。

 

「スカイ、明後日なんだけど……予定は空いてるか?」

 

「……どうしたんです? 急に」

 

「もし暇なら、一緒に釣りでも行かないかと誘おうと思って」

 

「釣りですか……」

 

 スカイは少し考え込む仕草を見せて、何度か頷いた。

 

「良いですよ。前と同じ場所でもいいですか?」

 

「ああ、それでよろしく」

 

 うん……あれ? 意外とすんなり決まったな。まあ、それならそれでいいんだけど……。なんか、めちゃくちゃ考えてて損した気分だな。

 

 さて、まあそんなこんなで釣りをすることになったのだが……。

 

「ん……トレーナーさん。竿は買ったんですか?」

 

「……いや、まあだから明後日って感じで」

 

 そう、俺はなんにも持ってない。竿どころか釣り道具全般、クーラーボックスとかそういうのも一切持ってない。

 だから、明日どこかしらのショップで道具を揃えて準備をした上でさあ行こうって感じで考えたわけだ。

 大分行き当たりばったりになってしまうが、そこら辺は目を瞑るって決めたんだ。

 

「なら、明日一緒に買いに行きませんか? トレーナーさんのことだから、面倒くさくなって百均でーなんてこと考えかねませんからね」

 

 なに、今百均で釣竿売ってるの? それはシンプルに面白いな。

 そんだけなんでも売ってるんなら、大体のものあそこで揃えちゃえばいいんじゃないかな。

 

「良いのか?」

 

「折角、釣りに興味を持ってくれたんですし? まあ、かるーくレクチャーするぐらいならやぶさかではないですから」

 

「そっか、ありがとな」

 

「いえいえー。まあまあ、放課後にゆっくり探しましょうよ」

 

 うんうんそうだな放課後に……あれ、放課後……トレーニングの予定だったよな。

 おかしいな、なんかサボる流れになってるな。

 ……こいつ、謀ったな。

 まあ……そのくらいの出費で信頼を取り戻せるなら大したことは無い、か。

 

◇◇◇◇

 

 と、次の日やってきたのが駅から少し歩いて見つけた釣具店。

 まあ、教えてもらうとは言っても俺は初心者なわけで、まあ投げて遠くに飛ばしたりとか、そういうのがいいのではということで5000円前後の竿で探すことになった。

 まあ、正直ここは悩んでも仕方ないしなんかそれっぽいのを選べばいい。基本的に、初心者におすすめってなればわかりやすい売り方をしてるもんだし、間違えることは無いだろう。

 とりあえず、あの時釣りをした堤防でというのであれば、こういう釣りにおすすめとか書いてあるのを片っ端から見て堤防で使えそうなのを選べばいい。

 釣竿の名前をネットで検索して、詳細を見て、スカイにも見てもらってそれで良さそうならそれにするみたいな。

 そんなのがいいかもしれない。

 

「いいと思いますよー」

 

 スカイのその言葉で即決だ。実際、右も左もわからない状態で自分を当てにしない方がいい。

 最初店員にも聞いてみたわけなんだが、結局店員とスカイが話し込んでて何言ってるのか全然分からなかったし、取り敢えずスカイに言われるがままに選んだ。

 

「あとは、ルアーを使うならどうとかある?」

 

「うーん、最初は生き餌で良いんじゃないですか? そっちの方が絶対上手く釣れますって」

 

「なるほど」

 

「だから、今回は釣りをするのに最小限のセットを揃えて、明日はそれでゆっくり釣りするのが1番だと思いますよ」

 

 まあ、買ったとして何度も使う訳でもないだろうしな。ハマったらハマったでそこそこ使えて、飽きてもダメージの少ないものって考えれば無難なチョイスだな。

 

「なら、それで決まりだな」

 

 まああっさりと決まったもんだ。

 てか、俺自身買うもの選ぶのに迷うタイプではないからな。さっさと決めてさっさと帰る。

 時間は無駄にしないに限るだろ?

 俺はせかせかとレジに行って釣具を投げ釣り用の竿を買った。てか、投げ釣り以外ってどんなのあるの? なんか小エビみたいな赤いやつパラパラやったりとかあったような気がするけどああいうのはまた別なのか?

 

「うむ、良きかな良きかな」

 

 さっき買ったばかりの竿を見ながらニヤける俺。

 スカイは、そんな俺をじっと見ながら満足そうにしていた。

 

「トレーナーさん、明日は楽しみですか?」

 

「当たり前だろ。また、大物釣りてえし」

 

「そうですね。私も、明日は楽しみです」

 

 うん……やっぱりなんか、ちょっとづつだが、関係が元に戻ってきてるような気がする。

 やっぱり正解だったか。

 いやいや、まだ油断出来ない。ちょっと気を緩めたらすぐダメになるのがテンプレだ。今こそ気を引き締めなければ。

 とはいえ、遊びで緊張感を持つなんてやってらんねえ。

 まあ、ここは俺らしく楽しめっていう感じの解釈をしておこう。




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超大物

毎日投稿って大変ですね。
まあでも、これが楽しくてやってるわけです。
さて、日常回を書きすぎてレースとトレーニングをすっかり忘れてますね。
気をつけます。


「ふわぁ……早起きは難しいですなぁー」

 

 スカイが釣り糸の先をボーッと見つめていた。

 俺も、竿を投げてからはやることがなく、ただただ時間が流れるのを待つだけになっている。

 でも、だからこそスカイとちゃんと話すことが出来る場所なのだ。

 

「俺は早起きは慣れてるからなんも問題ないけどな」

 

 主に野球部の朝練で鍛えられた。

 今でも仕事がヤバい時は早出で前倒しして仕事をやったりとかはあるが、それでも朝練よりかは全然マシだった。

 そもそもだな、前日に日が暮れるまで走らせた癖に朝練でアホみたいにバッティング練習するのが狂ってるんだよ。

 朝くらいゆっくり休ませろってんだ。

 今日は、未だに竿が揺れることは無い。なんか、ピクピク動いてるのは波のせいとかだろうか。以前の入れ食い状態とは間違うようだ。

 

「うーん……そろそろあげてみましょうか。なんか、餌取られてる気がするんですよね」

 

「んじゃ、ぐるぐるー」

 

 スカイの方が慣れているからか、リールをまく速度は俺より圧倒的に早い。

 上がってきた釣り針は、金属光沢がきらりと光っていた。

 

「やーっぱり取られてますね……つつかれてそうな感じで考えてみると、ちょっと小さいのが多そう……。そっちはどうですか?」

 

「なんか釣れてたわ。なにこれ、タコの子供的な?」

 

 俺の方にはタコがくっついていた。

 大きさ的には手のひら程度の大きさ。なんにも釣れた感覚無かったけど、こんなのくっついてたりするんだな。

 

「イイダコですね。そもそも小さい種類なんで、大きさはこのくらいが普通です。この子は茹でダコにしますかね」

 

 針をとって、バケツの中にポンと入れる。

 おお、なんか呼吸してるみたいに動いてる。おもろいな。

 てかさ、さりげなく発言怖いな。この子は茹でダコ……うん、釣って食べるために来てるとはいえ、なんかそういう言い方されると渋りたくなる。

 渋らないけど。

 もう一度エサをつけて、また海へ放り投げる。綺麗な放物線を描いてばしゃりと水しぶきを立てた。

 

「またヒラメとか釣れないかね」

 

「いやいや、あれ釣るのは結構難しいんですよ? 前のは結構大物でしたし、あんなのビギナーズラックだとしても凄いですよ」

 

 ほーん。寿司屋とかでよく見るし、てっきり釣りやすいのかと思ってたわ。そうかそうか、ああいうのは釣れないのか。

 まあでも、普段スーパーとかで見かけない魚を食べてみたい感もあるな。

 

「なんか、スーパーとかであまり見ないやつとか居ないのか?」

 

「うーん。カサゴとか……アイナメ、ですかね。まあ、そこら辺ならまだ釣れると思います」

 

 うん、聞いたことない名前だ。そこら辺釣れるなら興味あるかもしれん。

 まあでもそこら辺は運だよなぁ、必ずその魚がここにいるって訳でもないんだろうし、逆に他の魚だって一杯いるだろうし、そう考えると釣りってめっちゃ難しいな。

 さて……まあいつまでも話を逸らしてたら始まらないし、そろそろ本題に入るかね。

 

「そういえば、さ。スカイは、最近俺の事避けてたのか? なんか、あんまり話さなかなったけど」

 

「どうしたんですか? 急に」

 

 急なんてもんじゃない。寧ろ、よくここまで我慢したと褒めるべきだと思う。

 

「いや、なんかあんま話さなくなったから。やっぱり、気に障ってたか?」

 

 釣りをしよう。という話が上がってから何となく、距離はまた戻ってきた気がしていた。だから、まあこのまま何も無かったことになるなら、それでもいいのかなとは思った。

 てか、その方が何も気にしないし精神的に負担とかも全くないし楽でよかったんだよな。

 だが、これは有耶無耶にする訳には行かなかった。

 結局、これを放って何が原因でこうなってしまったのかが分からないままになってしまうと、次またほとんど同じシチュエーションで避けられるなんてことも起こるかもしれない。

 しかも、1度だけならまだしも2度目となれば相手の対応も変わってくる。今回のようには済まないかもしれない。

 そうだとすれば、今ちゃんとスカイが何を思ったのか聞いて、そして今後こういうことがないように対策をするのが1番だ。

 俺たちはレースに勝つために組んだわけだ。それなのに、レース以外のところでゴタゴタとか、正直二度とごめんだ。

 まあ、二度とごめん……とは言ってもトラブルが絶えないのが俺なんだけどな。今まで、何も無く時間が進むなんてことはほとんどなかった。

 

「私が話さない……とだけ言われるのは少し心外なんですよね。トレーナーさんだって、全然話しかけてくれませんでしたし」

 

「全然ってほどでもないだろ」

 

「だとしても、ですよ。前とは違って中身がないじゃないですか、気の抜けた話ばっかりで。ここまで私を引っ張ってくれたのって、誰なんですかねー。まさか、セイちゃん1人でーなんて思ってますか?」

 

 ……まあそうか、練習決めたりしてたのも全部俺だしトラブルを呼び込むのも起こすのも全部俺だったし、なんだかんだ全部俺がやらかしてたんだな。

 そうすると……当然このままでいるわけにはいかないよな。良く考えたら、避けてたのはスカイではなくて、スカイが避けてるかもと考えすぎていた俺の方だったのかもしれない。

 

「ごめん、もしかして俺が寂しい思いさせてたとか?」

 

「そんなことノンノンですよ。私は孤高にして孤独、美しきオンリーワンなのですから」

 

「そっか、そりゃ申し訳ないことをした」

 

「話が噛み合ってないですよー。私は全然……」

 

「いや、別にいいよ。なんでも」

 

「……トレーナーさん、ちょっと意地悪になりましたか?」

 

「さあな、扱いがわかってきたってのが正しいかもしれない」

 

 まあ、そんなことは絶対ないのだがな。

 寧ろ、スカイの手のひらで俺は転がされてるのだろう。

 む……なんだこれ。ちょっと竿が怪しいな。

 

「ぶーぶー。セイちゃん、また怒っちゃいますよー。怒ったら怖いの、トレーナーさんもよーく知ってるでしょ?」

 

 まて、おいお前気付いてるだろさっさと手伝えよ。

 なんか竿がグニングニン動いてる。おいこっち向けよ。ヤバいぞこれ、ヒラメの比じゃない。

 

「おい、気づけよスカイ。お前……これヤバいって折れる折れる」

 

「全く、釣れたからって大袈裟な……oh......」

 

 スカイがようやく竿に気づいた。そう、アホみたいに暴れ狂っている。

 日々トレーニングしてて良かった。これ、腕持ってかれるぞ。

 

「なんですかね……だいぶパワーありそうですけど……大きめのボラとか、あとはサメとかですかね……うーん、でもこのレベルはもうそんなのより大型の回遊魚とか……ブリとか釣れてたら面白そうですよねー。冗談ですけど」

 

 おいふざけんな。何余裕ぶっこいてんだよ。折角給料で買った釣竿なんだぞ。もうダメになるぞこれ。

 

「竿を守りたいなら……糸を切るとかですけど、そういうのは海に悪いですからね……一か八か勝負するしか無いんじゃないですか? トレーナーさんが巨大魚とバトってる姿、ウマスタに上げちゃいますね〜。にゃはは」

 

 と言って、スマホで俺の事をずーっと撮ってるスカイ。

 どうやら、助けは来ないようだ。

 仕方ない、こういう時どんな感じで釣ればいいのかは分からないが、取り敢えず糸が切れないように竿が折れないように行けばいいんだろ?

 ならやることは簡単だ。リールを緩めたり巻いたり調節しながら、ちょっとずつ相手の体力を削る。こういうのは得意だぜ? こちとら中学時代はろくに長打が出なくてカットマンだったからな。ピッチャーの体力を削りつつここぞで打ってダメージを与える。

 これも要領自体は同じだろ?

 

「とはいえ、さすがに腕が痺れてくるな」

 

 釣りで使う筋肉は、野球とはまた別だ。だから、体力の減りも全く違う。

 もう向こうとの根性勝負になりそうだな。どちらの気力が最後まで持つか。どっちが先に諦めるのか。

 

「まあ……そうなってしまえば負ける気は……しない!!」

 

 綱渡りのように慎重にリールを回し、少しづつ近づけて行く。さっきまでは糸が伸びるだけで、尽きる寸前まで糸を出してしまっていた訳だが、今は少しずつ近付いてきている。

 だいぶ回しやすくなってきた。

 

「トレーナーさん、頑張ってください! 確実に、ヤツは近づいてきてますよ……!」

 

 水面を見ると、オレンジか白かの影が見えてきた。

 うお……デカ……1メートルは超えてないか? なんだアイツ。

 いや、俺こいつ知ってるぞ。

 テレビでよく出てくる高級魚のやつだ。でも、だとしたらとんでもねぇやつが釣れたことになるぞ。

 だってこいつ……。

 

「スカイ、こいつ……クエじゃねぇの?」

 

「トレーナーさん。冗談がすぎますよ。そんなの、こんなところで釣れるわけないですし、そもそも釣るならルアーとか泳がせ釣りとか、そういうのじゃないと無理です。イソメを食べた魚を気付かず放ったらかしにしてクエってどんな確率ですか。というより、5000円の竿で耐えるのはもはや奇跡ですよ。一瞬で持ってかれますから」

 

 にゃははーと余裕ぶっこいてるスカイがスマホをを水面に向けた。

 

「どれどれー? ……Wow…」

 

「ほら、クエだろ」

 

「クエですね」

 

 スカイは言葉を失っていた。

 

「なあ、網早くしてくれ。流石に持ち上がらんだろこいつは」

 

「……あ、セイちゃんてばうっかり」

 

 取り敢えず網で捕まえて、スカイが持ち上げる。

 凄いな、さすがウマ娘の力は伊達じゃない。

 

「これは……本当に凄いですね。念の為特大のクーラーボックスを買って正解でした」

 

「うむ……こりゃご馳走だな。本当なら、重賞取ったあとなんだろうが、英気を養うって考え方も無くはないよな」

 

「そうですね……じゅるり。じゃなくて、やりましたねトレーナーさん!」

 

 スカイとハイタッチをした。

 うん、なんかこれでようやく本当の意味での元通りって感じだな。




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六甲おろしに焼きそばを

今更な話ですけど投稿開始した日にちの1月5日はセイウンスカイにまつわるとある日にちです。
そして、推しのそんな日にちが誕生日なんで勝手に縁を感じてます。

余談ですけど、サブタイトルがもはやウマ娘じゃないですね。ダイヤのAかな?


「1着はスペシャルウィーク!! デビュー戦を見事に制しました! 2着は……」

 

 数日前のクエパーティの余韻を残しつつ、俺とスカイは敵情視察ということでレース場に来ていた。

 敵……とは、今1着でゴールしたスペシャルウィーク。何か知らんが、他のトレーナー達曰くこの代は才能のあるウマ娘で溢れているとの事で、グラスワンダーやらキングヘイローやらとか、エル……エルなんちゃらーとかなど他にも凄い奴がいるらしい。

 多分、松坂世代的な何かだと思う。

 てか逆に松坂世代だったらどれだけマシだっただろうか。

 野球なら、才能ある人が何人かってなっても殆どが日の目を見ることになる。

 12球団あるでしょ? ってなればポジションも1つにつき12人の余地がある。で、四番打者みたいなホームラン稼ぐ人とかなれば、ファーストサードレフト、パ・リーグなら指名打者もあるのか。

 まあ、どっかしらは入れるってのが殆どだ。

 その中でも優勝……となるとまた話は変わるが、活躍してファンに愛されるという点では、実力さえ届けば……というところはある。勿論、それが難しい訳だが。

 

 それでも、レースってなると距離適性があるにしろスカイは長距離中距離の2つが走れる。

 ダートを抜くと大きくわけた4つの距離のうち半分走れるということになる。

 そして、レースで勝てるのは1人だけ。

 競技人口の差ってのもあるかもしれないが、それを考えても1人しかっていうのが非常に重い。

 スカイの注目度は未だにグラスワンダー達に比べると低い。スカイ自身、それはよく分かっているだろうし、よく分かっているからこそ焦りもするし努力だってしている。

 今日はその努力の中でも、戦略立てというのをより明確にするためにここへ来ていたのだ。

 

「スペシャルウィークは勝負勘ってのが凄いのかね。あそこのトレーナーって、結構伸び伸びやらせるタイプなんだろ? ゴルシちゃんみたいなのが上手くやれるってなるの、レースも相当自由にできるはずだし」

 

「そうですよね……。ここだって感じたところで走ってくるんでしょうけど、そこが絶妙なタイミングなんです。本当に厄介ですよ」

 

 しかも、その勘に見合う実力を兼ね備えている。

 転入前に一体どんなトレーニングをしていたのか気になるな……。某青い球団みたいに地獄のノックでトモを鍛えるのだろうか。

 いや……それはありかもしれんな。

 

「地獄のノック、スカイはやってみたくない? 多分練習になると思う」

 

「地獄ってついちゃってるじゃないですか。そんな物騒なトレーニング、誰がやりたいと思うんです?」

 

 そうだね。確かにその通りだ。

 俺はズルズルと焼きそばを啜った。

 

「ゴルシちゃん、まだだ。もっと濃くできるぞ、この焼きそばは」

 

「そうか……まだ甲子園の焼きそばには遠く及ばないか……」

 

「いや、確実に近付いてきている。この太麺が口に入った時の感覚、そして、ソースのスパイシーな香り……あともう少しだ」

 

「分かった。お互い甲子園目指そうぜ」

 

「おうよ」

 

「トレーナーさんは敵が所属するチームのウマ娘と何をやってるんですかねぇ……」

 

 ガシッと腕を組んだ俺とゴルシちゃん。

 そして、ジトっと睨むスカイ。

 何をしてるって……そりゃあ、甲子園に打ち勝つための研究だろう。

 

「分かってねぇなぁスカイ。野球場……特にこういう日差しが差し込むような、燦々と輝く球場といえば焼きそばだろ? その中でも一際輝くのが甲子園の焼きそばだ。あの味に勝つのが、俺達トレセン学園の宿命ってやつなんだ」

 

「レース場!! トレーナーさん、野球から離れてください。焼きそば作ってもレースには勝てないんですよ」

 

「うん、そうだよ?」

 

「いや当たり前だって顔で言われてもですね……」

 

 あそこの焼きそば舐めない方がいいぞ。俺、試合中5個頼んだからな。

 

「ふむ……ならもっと改良を重ねるか……あんがとな、これでまた売上が上がるぜ」

 

「おうよ、試食なら何時でも待ってるからな」

 

 焼きそばいかがっすかー。

 と、売り子に戻ったゴルシちゃん。残り3個、実はこの焼きそばが密かにレース場の名物となっているらしい。

 ゴルシちゃん程の商売上手なら、トレセン学園に来なくとも社会で生きていけるのだろうな。

 

「トレーナーさん、スペちゃんの話に戻りますよ?」

 

「ああ、うん」

 

 危ない危ない。危うく忘れるところだった。

 

「スペちゃん、これからまだ伸びそうなんですよ。皐月賞……とか最初の方はまだ隙はあるんですけど、その後は……」

 

 なんだ、珍しく弱気だな。

 

「大丈夫だろ。野球だって、コントロールアバウトな速球派が晩年技巧派軟投派なんてことして活躍するってのはよくある話だ。レースだってただ走るだけで勝てるんじゃないんだろ? それなら、こっちだって相応の準備をすれば時の運ってところまで持っていける」

 

 勝ちに不思議の勝ち有り。まあ、ここでの使い方は少し変わるが、「あれ? なんで俺はこんなミスがあったのに勝てたのだろう」なんてことはよくある話だ。

 それに則って考えれば、スカイだって勝てる可能性がゼロというわけではない。

 

「いいか、高い勝負勘ってのは使える回数が多ければ多いほど効果がある。例えばバッター。143試合あって、打席に1試合3回は絶対に立つ。それだけ数をこなせば、勘とかいう調子の波に左右されやすい不安定な能力でも効果がある。でも、使える回数が少ないと……」

 

 運悪く……なんてことが起こりかねない。

 

「勘……ではなく根拠で最善を選ぶんだ。もし、他のウマ娘は敵ではないって思うのなら、特に注目されているスペシャルウィーク、グラスワンダー、キングヘイローの3人にマーク絞り込んで、レース状況による立ち回りをミリ単位で研究して頭に叩き込む」

 

 簡単に言うと、将棋のAIと同じことをしてくださいということだ。

 そんなことを言ってしまえばアホかと、そう思わずにはいられないが、スカイには逃げウマ娘という武器がある。

 大前提として、彼女が先頭に立ってさえしまえば、戦略は自ずと絞り込まれてくる。

 相手に合わせることが必要な後続とは違って、単純明快なのだ。ペースを揺さぶる……なんてこともありかもしれない。

 案の定、スカイは唖然としていた。

 

「あ、あのー。それって、トレーナーさんがデータを集めるってこと、ですよね。……できるんですか?」

 

 おい、失礼だな。

 

「いや、そこは人に頼る」

 

 外部に丸投げする。

 レースに2勝して、経費としてある程度出費を浮かせることが出来る分、今度は投資をしていって勝利をもぎ取る。

 スカイも察したのか、そこでようやく納得をしたようだった。

 

「まあでも、覚えるのはスカイだ。六法全書みたいになったらごめんな」

 

 正直、戦略が絞られるとは言っても向こうがどの程度まで絞ってくれるかは全く分からない。なにせ、スポーツ研究所の時は走る専門家が走ることを教えていた訳だが、今回はそうでは無い。

 情報収集、整理の専門家がレースのデータを集めて共通点ごとカテゴライズするだけであって、レースの専門家がレースについて分析する訳では無いからだ。

 今回のレースの専門家は紛れもなくスカイ自身。

 俺ももちろん手伝うには手伝うが、負担でいえばかなりの負担になる。

 そして、データに頼ったとしてももちろんダメな時はダメになる。ただ、その時に役に立つのがようやく勘。

 本当に勘が必要になるのは最後の最後だ。

 

「え……そんなものを覚えろと? そういうんですかトレーナーさんは!?」

 

「いや、だって勝ちたいんだろ? レースで」

 

 ちょっと意地の悪い言葉だろうな。

 

「いや、まあそうですけど……」

 

「勝てるかどうかは、運なんだ。運を手繰り寄せるのは正確な努力。そして、その正確な努力をどれだけ数こなせたかなんだ」

 

 相手がそれを上回れば、勝利の女神はそっちにどうしても付きたくなってしまう。そういうものだ。

 

「うぐぅ……と、トレーナーさんのブラック企業!! ブラックトレーナー!! うわーん、お昼寝してやるぅ〜〜!!」

 

 訳の分からない捨て台詞を吐いて、スカイはもんのすごい速さでレース場から居なくなってしまった。

 あの……今日の練習は……あ、お休みですか、そうですか。

 

「……前途多難だな」

 

 それはそれで面白いではあるんだが。




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始動

ようやく重賞を取りにいくことになります。
長かった……けどこっからが本番ってことですもんね。
いやー書くの楽しみです。


「ふむ……」

 

 PCに保存された書類と睨めっこしながらひたすら悩む俺である。

 そして、後ろからそれをのぞき込むのがスカイ。

 

「レースのデータが送られてきたんですか?」

 

「いや、これは別件だな。なるほど……バレルゾーンが少し手前になったか、すると引き付けて打てるってのがミソなんだよなぁ」

 

 バットを振った時にバレルゾーンは簡単に言えば長打が打ちやすいエリアのこと言う。

 これを参考にすれば、長打を狙う時は何処で当てればいいかが明白になるというわけだ。

 

「ちょっとー、セイちゃんのは?」

 

「スカイのはメモリに保存してあるぞ、あの1テラのメモリがそうだな」

 

「むぅ……サボってないで仕事してくださいよ」

 

 お前も授業サボってるよな?

 

「授業出ないなら丁度いいな、そのレースのやつちょっと見て見たらいいよ」

 

 量は……まあお察しだ。1テラのメモリに入ってる時点で、生半可の量ではないということ。

 まあ、参考動画やらも入ってるから一概にめちゃくちゃ多いとは言えないだろうけど。

 

「あ、サイダー飲む?」

 

「いやはや、トレーナーさんは気が利くねぇ」

 

 とぽぽ、という涼し気な音が鳴った。まあ、時期的には涼し気な音はもう寒くてやってらんないのだが、ガンガン暖房つけてるしノーカンだ。

 そういえばさっきスカイに渡したデータだが、ちゃんと俺も確認済みだ。流石に、確認せず使えないようなものを渡す訳にはいかない。

 情報だっているいらないちゃんと精査してある。正直、無駄なものを切り捨ててくの本当に面倒だった。

 久しぶりに徹夜してたづなさんに雷を落とされたのはいい思い出になった。

 その次の日も懲りずに徹夜したら、次の日から定時になるとたづなさんがトレーナー室にやってくるようになった。

 ちょっとうざい。

 

「……なんか、今まで飲んだことの無い香りがしますね」

 

 スカイはコップに注がれたサイダーを飲んで、顔を顰めた。

 

「それ。なんか……変な匂いっつーかさ。そんな感じするんだよな」

 

「変な匂いというより、これはちょっと臭いですよ。その瓶なんですよね」

 

「ああ、そうだけど」

 

 スカイは15センチ程度の瓶を手に取って、ラベルを見た。

 

「えっ……」

 

 固まった。スカイが固まったぞ。

 いやぁ珍しいものが見れたもんだ。スカイがこんなんなるの、マジそんなにないから

 手で口を押さえて、段々と顔が青くなるスカイ。一応弁明しておくが、毒が入っているわけでもなければタキオン印とかいう謎のブランドという訳でもない。

 

「トレーナーさん、これって本当に……その、入ってるんですか?」

 

「なんか、エキスは入ってるらしい」

 

「うぷっ……」

 

 おい、やめろよ。こんなところでやらかされたら堪らん。

 つーか大袈裟すぎだろ、別に食べれるものにそこまで反応する必要ないだろうに。

 スカイが静かに置いた瓶には大きくタガメの文字が入っている。

 そう、俺がスカイにあげたサイダー。そこには、タガメから抽出したエキスが入っているのだ。

 日帰り旅行に行った時に偶然目にして飲んでみたのだが、罰ゲームとかじゃなくて普通に飲めるジュースだったので、何本か買ってみた。

 

「因みに、タガメはカメムシの仲間らしい」

 

「その情報今いらないですってばぁ! ううっ……なんか臭いが残ってるぅ……」

 

 スカイは涙目になりながら、もう1台のパソコンにメモリを繋げた。

 そんなに嫌がるほどかな。俺はまあまあいけるんやけど。

 

「あ、綺麗に纏まってて見やすいですし、ボリュームも凄いですね……ぐすっ」

 

「そうかそうか泣くほど美味しかっ……「黙っててください」はい」

 

 機嫌を損ねてしまったらしい。

 だが、今回は怪しまずにそのまま飲んでしまったスカイが悪いのだよ。

 

「むー。あ、このパターンってやっぱりこういう傾向が強かったんだ。すると対策は……うんうん、これが順当だよねー」

 

 ブツブツと呟きながら、じーっとパソコンと向き合っている。こういう努力家なところがあるよな。努力というか、こういうことを好きでやっていると言った方が近いが、傍から見れば努力してるのに変わりはない。

 前のレースもそうだ、スカイは相手の特徴を掴むことによって、自分の手の内を隠して勝つことに成功している。

 相手の弱点をつくとか、自分の弱点を隠す欺く、武器を隠す。それだけ種を撒いてもしっかりと勝ちをもぎ取った。

 全力を出さないで勝つというのは、本当に難しい。

 理由としては簡単だ。出力を何処まで抑えて勝てるのかが確信できないからだ。それで、何処かでは焦って本気を出してしまうというのがほとんど。

 結局のところ、それだと温存してるのはすぐバレるし相手に強さを印象づけることになりかねない。

 スカイの場合はそれを狙っている訳では無い。できる限り目立ってはいけないのだ。少なくとも、最初のGIを取るまでは。

 

「トレーナーさん、皐月賞取りたい……ってなると、やっぱりその前は弥生賞だよね」

 

「ん? なんで?」

 

「で、でた〜……トレーナーさんのにわかトレーナー知識」

 

 マジ時々失礼なんだよお前は。

 

「トレーナーさん。皐月賞前にある弥生賞は、皐月賞と同じ中山レース場で、距離も同じ2000mなんです。皐月賞を取る前にはピッタリのレースだと思いませんか?」

 

「なるほど……試合前の球場練習くらいのイメージか」

 

「トレーナーさんの頭はどうなってるんです? 野球、少しくらい離れられないんですか? 良ければ、ネジくらいなら締めてあげますよ?」

 

 ハハハ、頭のネジが外れてるってか? 馬鹿野郎。

 あとごめん、競技は野球くらいしかまともに知らないから自然と例えも野球になるんだよ。

 

「要するにリハーサルですよ」

 

「ああ、その言い方があったか」

 

 つまるところ、重賞ではあるがここは取りにいくと言うよりかは調整程度に使っておいて、皐月賞に完全に合わせてそっちを本気で取りにいくというわけか。なるほど、野球のタイトルベースで考えてたからそういう考えは浮かばなかったな。

 

「なるほどな……まあそうだとしても、弥生賞までの目標は必要になる」

 

 弥生賞は中間地点となる。そして、中間地点というのは非常に大事な目標になる。

 どのような状態まで持っていけていれば皐月賞で勝てる実力がついているのか、中身の部分をどれだけ詰め込んだ目標にできるかがキモだ。

 

「だから、目標によっては……弥生賞で1着取るって言うのが条件になったりとするわけですね。でも、それは絶対条件では無さそうではありますけど」

 

「そうだな、そこは俺も同感だ。そうすると、目標……ふむ……」

 

 まあ、リハーサルだとか調整となるとある程度本気で走りはするが、型は絶対に外してはいけない。

 本気で走るのではなく、自分たちがこれで勝てると踏んだ走りが果たして何処まで正解に近いのか確かめて、修正点を見つける場所だ。

 幸い、皐月賞についてのデータはあのメモリに腐るほど入っているはずだろうし、そこからスカイに合う戦略を磨けばいい。

 その戦略をどこまで使えるか……どこまで使えれば正解か……。

 

「まあ、本人の感覚次第にはなるけど8割とかかな。7、8割で走って入着するってのが1番わかりやすい」

 

 観客の声援。他のウマ娘のプレッシャー。それら全てを受けながら8割で走って、それで入着できるなら十分過ぎるだろう。

 

「力加減難しそうですね」

 

「まあ、8割って言葉に執着しすぎなくても問題は無い。大事なのは、この力加減で入着できるのであればこの作戦で十分通用するってのを確信するためだ。あとは、裏と表、本番にどれを取るのかってところだな」

 

「裏表……あ、セイちゃんこれは分かっちゃいましたよ。追い込まれたら何投げるかってことですね」

 

「まあだいたいそういうことだ」

 

 作戦をバカ正直に2回使うのがいいのか、それとも対策してくるのに備えて裏を書いた作戦で出るのか。

 まあ、これに関してはほとんど運だからな。本人に決めてもらうしかないだろう。

 

「裏か、表か、スカイはどうする?」

 

「そうですねぇ……。私は正直者なので、真っ直ぐ表で突っ走りますよ」

 

 と、いうこった。

 つまり、勝負どころはまだ先にある。油断するなということだろう。

 

「よし、決まりだな。頑張ろうぜ」

 俺はスカイに拳を前に出した。

 

「……」

 

「どうしたスカイ。グータッチだけど」

 

「……あ、はい」

 

 コツンと、スカイの小さな拳がぶつかった。

 そして、スカイは自身の拳をじーっと見つめた。

 

「どうした?」

 

「いやー? 別になんでもないですよー」

 

 直ぐにパソコンに向き直るスカイ。

 うむ……なんだったんだ? 今の。




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お兄ちゃん

タイトルがネタバレみたいなもんですね。
新しい風をビッグウェーブに乗せようと思ったんです。
まあ、若干エタる寸前みたいな話になってきましたからね、ちょっと雰囲気を……物語を進めていきます。


「うわーん。こんなの覚えられないよー」

 

「覚えようとするからダメなんだ。この状況になった時、スカイならどう動く? さあ、想像してみよう。イマージーン……」

 

「無理無理! セイちゃんは1度、息抜きを所望します」

 

「いや、まだ30分くらいしか」

 

「所望しまーす!」

 

 スカイはぴゅーっとトレーナー室から出て走り去ってしまった。

 うん、まあそうだよな……。ウマ娘って走るのめっちゃ好きって聞いてたし、それで放課後終わってトレーニングってなると思えばまだ続く座学。

 普段朝の授業をサボったり、息をするように寝坊するスカイを考えると仕方ないのかもしれない。

 まあ、逃亡するのは理解し難いが。

 

 ピンポンパンポーン。

 

『三浦トレーナー。理事長室にお越しください』

 

 呼び出し……。

 タイミング良すぎるけど、スカイが俺の事チクったのか?

 

◇◇◇◇

 

「お久しぶりです。たづなさん、理事長。土下座ぶりですね」

 

「微妙ッッ!! なんとも言えぬ再会だ! だが良し、今回は君に催促をしようと思って呼び出したッ!」

 

 催促……なんの催促だ。

 借金をしてはいないし、別に提出書類が残っている訳でもない。忘れてたら分かんないけど。

 なんか、別件だとしても俺にそんな催促することなんてあるか?

 

「三浦トレーナーは、新人の枠のみならず、若手としても今一番結果を残しているトレーナーです。既にチームに所属するような才能溢れるウマ娘にも負けず、次は重賞を狙っていくというのも聞いています。新人……という枠では少々早い気もしますが、実績を考えると、担当するウマ娘を少しづつ増やして欲しいという考えがあるのです」

 

 新しいウマ娘の担当……。なるほど、それでこの呼び出しか。

 

「キミは、トレーニングも他のは異なるトレーニングを行い、デビュー戦、ジュニアカップと、いずれも担当したばかりとは思えない走りを見せてくれた! 実力は十分、ならば、キミは次のステップを踏み出すべきだ!!」

 

 なるほど、向こう目線で考えれば他のウマ娘もスカウトして少しでもレースの枠から溢れてしまうウマ娘を少なくしたいとか、そういうわけなのだろう。

 で、ついでに俺も成長してくれれば万々歳だと。

 確かに、チームを作るってのは考えてもいいのかもしれない。というか、のちのち考えなければいけない課題だった。

 俺は、そこらへん面倒だから控えめに動いていたってのがある。で、他の同期を見るに早くチームを作りたくて堪らないみたいな人達ばかり。

 そうなれば、俺が動かないというのは恐らく向こうからすれば予想外な出来事で、さっさと動いてくれというのが本音。2人して業を煮やしているのだろう。

 

「まあ……そうですね、そろそろ考えてみます」

 

「うむ! もし要望があればこちらからも動いて探すこともしよう!! なにか、キミの希望はあるか?」

 

 まあ、そこはスカイの担当になった時から変わらずだな。

 

「俺が居なくても何でも勝手に1人でやってくれるウマ娘ですね」

 

 この言葉を言った時の理事長のぽかんとした顔は、ちょっと忘れそうにないな。

 たづなさんの困ってる顔は……本当に困ってそうだったし、ちょっと罪悪感を感じざるを得ないんだよな。

 

◇◇◇◇

 

 さて、スカイが異次元に逃亡したのも相まってやることが本当になくなったぞー。

 ん? 使い方が違う? 良いんだよ気にするな。

 てことで、俺は気晴らしに散歩をすることにした。

 にしてもチームかー、チームってなるとやっぱ名前決めないとダメだよな。

 名前の候補って言ったら……ライオンズ、マリーンズ、ファイターズ……タイガース、Dragons……ふむ、どれにするか迷っちゃうなぁ!!

 なんなら、マリナーズとかレッドソックスとかもありだ。

 ……なんか、少年野球にありがちなチーム決めになってきたな。

 

「そんなことはどうでもいい! なんにしても、既存のチームに個性がない! 何がスピカだ、何がリギルだ、俺は俺の道をゆく、それでいいでは無いか!」

 

 ……あんま言いたい放題言ってるとまた土下座する羽目になるからな、こんなもんにしとくか。

 む、あんなところに人だかりが。

 どうせ、なんちゃら……ナンチャラッカンチャラーが人目を集めて急に演劇始めてるとかそんな感じだろう。

 

「あっ――あたなはっ!」

 

 と思ったら、どうやら違ったらしい。

 注目を集めていたらしいウマ娘がこっちにたったったっと走りよってきた。

 

「そう! そこの優しそうなあなた」

 

 ……スカイが隣にいたら「優しそう……? あ、そこに転がってるネジは優しそうですね」とか言ってきそうだな。

 まさか……流石に優しそうなネジは外れてないよな? 外れてたら人間としてどうかしてるから。

 

「あなたは……カレンの運命の人っ!」

 

「は?」

 

 俺は、この瞬間思った。

 誰だ、会った瞬間逆ナンしてくるやつは。

 まさか、自分をまともじゃないと自覚していた俺がまともにならなければならない瞬間が来てしまうなんて思わなんだ。

 

「そう! この学園のトレーナーさんだよね?」

 

「うむ、良きにはからえ」

 

「……よし。カレン、決めちゃった! 今日からあなたが――カレンのトレーナーさんね!」

 

「むっ……」

 

 待て、まあ棚ぼたというか、タイミング的にはバッチリなわけなんだが……正直に言おうか、友人くらいの間柄になるのならまだしも、勝手にトレーナーに決められるのはなんだかなーなんですよね。

 ……なんか、最近スカイの口調移ってきたか?

 とにかく、トレーナーに今すぐなるわけにはいかない。

 スカイの時は、最初向こうからトゲトゲとしながらバチバチ突っついてきたからお互い理解ができて、担当になることにした。

 だが今回はどうだ、まるで訪問販売で押し切られてるみたいじゃないか。それは……ノリと勢いな俺でもはい、いいですよとよろしくする訳には行かない。

 

「ダメ……かなぁ」

 

 ほら見ろ、情に訴えてくる感じ。お客さんを調子に乗らせる訪問販売とはまた違うが、可愛いを見せつけて勝ち取ろうとしてくる。

 こりゃなんも変わらん。だが……揺らぎそうだ……!!

 カレン……と名乗った相手はもう一押しとでも思ったのか、更に押しの一手を繰り出した。

 

「お願い、聞いて欲しいんだけどー……うるうる」

 

 ぐっ……くそ、野球で色恋沙汰も何もかも置いてきたつもりだったのに!!

 不味い、これは本当にまずいぞ!?

 ここは……あいつの……あいつの手を借りるしかない!!

 

「ぐっ……立ち上がれ、俺の分身!! ライド、ゴールドシップッッッ!!」

 

「WRYYYYY!!」

 

 お、ほんとに来た。

 

「なんだぁ? アタシトレーニングしてたんだけど」

 

 おう、そうだよな。この時間といえばトレーニングの真っ最中ってところだもんな。

 取り敢えず、後でゴルシちゃんのトレーナーに謝りに行っとくか。

 それはそうと、呼んだからにはちゃんと力になってもらわないとな。

 

「カレンとやらのトレーナー契約締結に向けての面接だ。気合い入れてけよ」

 

「お? なんか知らねーけどわかった」

 

 目の前に突然現れた机と椅子。

 ゴルシちゃんと一緒に召喚でもされたのだろうか。

 

「えっと……」

 

 うん、そりゃカレンとやらも困惑するよね。

 

「まずは名前をお願いします」

 

「はい! カレンはーカレンチャンだよ! トレセン学園には〜、もーっとかわいいって褒められたくて転入してきました!!」

 

 ほう、志望動機までちゃんと言ってくれるとは。ふむ、やりやすくて助かる。

 それにしても、さっきからかわいいかわいいと連呼しているが、カレンチャンにとってそんなに大事なこと、ということなのだろうか。

 確かに可愛いのは認めるが……。そんな固執しなくたっていいんじゃ、と思ってしまう。

 

「あのトレーナー、気に入らなかったら断るつもりなのかな」

 

「ねー、あのCurrenがあんなにお願いしてるんだし、ちょっとくらい見てあげてもいいのに……」

 

 ……外野がなんか言ってるのが気になるな。いや、別にウザイとかは思ってないからね?

 いや、さっきからあのカレンがとかあんな有名の……とか言ってるからさ、なんか有名人かなんかなのか気になるんよね。

 ほら、なんかここってモデルやってる人とかマッドサイエンティストみたいな人もいるしさ、なんかそういう系の人なのかなとか。

 

「ゴルシちゃん、この子もしかして有名人?」

 

「知らねーのか? ウマスタでフォロワーめちゃくちゃ稼いでるウマスタグラマーだぜ?」

 

 ほーん。

 なるほど、やっぱすげえやつか。

 

「アタシが結果を言おう。……合格だ」

 

「へ? カレン、まだ自己紹介しかしてないよ?」

 

「アタシが言うんだから間違いない。トレーナー……どうだ?」

 

「そうだな……合格だ」

 

「よ、よく分からないけど……今日からカレンのトレーナーってことでいいの?」

 

 カレンチャンは完全に混乱しているようだったが、それでもちょっとだけ嬉しそうにしていた。

 

「うん、いいよ」

 

「本当!? ありがとね、お兄ちゃん!」

 

 お兄ちゃん呼びより、俺的にはお兄様と……いや、マスターの方がいいだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。俺が兄と言われた事実……ほれみろスカイ!! やっぱ俺が兄だ!!

 兄妹見たいなんていつか言われてたなぁ!? 俺が年上だぜ? 精神年齢がなんだってぇ? 関係ねーぜ、これが現実だあーっはっはっはっはっ!!

 

「ウマ娘から無理やりお兄ちゃん呼び……お前……そろそろ自首する気は無いか?」

 

「ゴルシちゃん、俺この子と初対面だからな?」

 

 そんなこんなで、俺は2人目のウマ娘を担当することになった。




果たして、あの距離感はどうなってしまうのか……。

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一難去ってまた一難

最近暖房器具一切使わず暮らすようにしてみたんですけど、凍えますね。
毎夜死ぬかと思いながら布団にくるまって寝てます。


「んじゃまあ、ここがトレーナー室だな」

 

 カレンチャンのトレーナーになったということで、まずはトレーナー室に案内した。

 正直、トレーナー室はトレーナー室出会って部室ではないっていうのもあって、本当なら生徒が頻繁に来る場所という訳では無いから、態々紹介するような場所では無い。

 ただ、俺の場合はスカイと度々作戦会議やら現状分析やら2人してサボるもとい休憩をする時に使うので、場所は覚えてもらわなければいけない。

 

「ここがお兄ちゃんのトレーナー室なんだ〜。カレン、今日から頑張っちゃうぞ〜!」

 

 まあ、スカイ然り実力を知らないまま引き入れてる以上今日から気合い入れてもらってもやることがないんだけどな。

 

「カレンチャンは、転入してきたのはいつなんだ?」

 

「一昨日! まだトレセン学園のことあまり知らないから、お兄ちゃんが教えてくれると嬉しいなっ」

 

 ごめん、俺もあんまり知らないんだわ。

 

「……それは後々として、一昨日ってことはまだレースのタイムも測ってないってことだな?」

 

「そうなの。でも、安心していいよ。カレンの実力、きっとお兄ちゃんも納得すると思うから」

 

 まあ、あの超手短な面接だけでも努力家なのは充分分かった。だから、そこら辺はあんま気にせんよ。

 まず、SNSでのフォロワーがめちゃくちゃいるってのがミソだ。あれ、運要素ももちろんあるけど努力なしでは大量にフォロワーを……なんてことはまず無理だ。

 表ではかわいいかわいい言ってる。そして、ちゃんと表裏なしに真っ直ぐそう思っていることだろう。

 かわいくなるための努力はどれだけのものだったのかは分からないが、自分なりに調べて試して反省して……相当な時間を費やしてきたはずだ。

 その土台があって、更にSNSの知識があって更にフォロワーを増やす努力をして今がある。こいつ、見た目によらず中身は超超熱血スポコン主人公だぞ。

 要するに、努力の方向を正しい向きに使える人ならなんも心配ない。意地になって無理したりとかが無ければ、勝手に練習して勝手に強くなることだろう。

 そう、まさに俺が望んだウマ娘が向こうからやってきたというわけなんだ。

 

「そこはそんなに気にしてないよ。レースに関しては、これから幾らでも伸びるだろうし」

 

「うん! カレンいっぱい練習して、もっとかわいくなるから、トレーナーさんもちゃんと見ててね?」

 

「ま、ちゃんと見るのがトレーナーの仕事だしな」

 

 間違った方向に進んでいないか、明らかに道をはずれていないか、そういうところを見るのが内野守備コーチであるワイの仕事である。

 

「ただいま〜」

 

 ガラガラ、とドアの開く音と共にのんびりとした声が聞こえてきた。

 

「……拉致? トレーナーさん、幾ら早くチームを作りたーいとか思ってたとしても、道は外れちゃダメですよ?」

 

「待て違う」

 

 スマホを構えたスカイほど怖いものは無いな。こいつ嘘か本当か全然わかんねぇし。

 

「にゃはは。冗談ですよ、久しぶりにトレーナーさんの焦った顔が見れて、セイちゃんは満足です」

 

 そう言って、スカイはノートを机に置いてメモリをパソコンに差し込んだ。

 

「ったく……。紹介するぞ、今日から俺が担当することになったカレンチャンだ。そんで、こっちは相棒のピカチュウ」

 

「ピカ……?」

 

「セイウンスカイだよ。間違えないでね」

 

 さすがに間違えないだろ。

 

「お兄ちゃん、もう担当してる子がいたんだ」

 

「まあな。……おい、勝手に呼んでるだけだからそのスマホをしまえ」

 

 くそ、これじゃ気を抜く瞬間がありゃしねぇな。いつ通報されてもおかしくねえ……。

 カレンチャン、本当何言うのか分かったもんじゃないからな。

 

「はいそうですかなんてならないですけどね。あ、お茶飲みます? 今日はなんとなーくお茶っ葉を買ってきたんですよ」

 

「ぜったい俺に入れさせる気だろ。全部分かってるぞ」

 

「バレちゃいましたかー」

 

 そんでもって、それ経費申請する気だろ。その申請用の紙が見えてるぞ。

 まあ……今に始まったことじゃないしな。なんなら最初からずっとこれだからな。最初くらい、ちょっと真面目にしててもいいんじゃないかな。

 取り敢えず、電気ポットに電源を入れた。ちょっと小腹が空いて来たし、丁度いい。スカイとカレンチャンの交流会も含めて……待てよ、スカイはなんで戻ってきたんだ?

 そういや、俺は勉強させてたよな……。

 

「まさか、ほとぼりが冷めるのを待って帰ってきた?」

 

「……てへ」

 

 やっぱそうなのか……でも残念だな。気付いてしまった以上はこっちにも考えがある。

 

「まあ、今回は交流会ってのも含めて勉強はなしだな」

 

「流石、トレーナーさんは分かってますねー」

 

「その分宿題が増えるだけ、なんだけどな」

 

「……」

 

 スカイは愕然として俺の顔を見ていた。

 そんな顔しても何も変わらないからな。

 

「どうせ、帰っても他のウマ娘の研究とかしてるんだろ? やることは変わらないって」

 

「ぶーぶー。自分からやるのと強制的にやらされるのではモチベーションが違うんですー」

 

「うむ、そうだな。だが、サボったスカイが悪い」

 

「うぐっ……」

 

「と言うと思ったかね、ワトソンくん」

 

 と、カレンチャンの方を振り向く。

 

「カレンの名前はカレンチャン! ニックネームをつけるなら、もっとかわいい名前がいいかなって」

 

「……ワトソンくん、キミはスカイの仕込みに気付いたかね」

 

「無視しないでーっ。もうっ……」

 

 怒ってもだめだ。このノリについてこないとここではやってけないぞ。

 

「トレーナーさん。それは、どういうことで?」

 

「今持って帰ってきたノート。そこに何が書いてあるのか……私は少々気になってね」

 

 今スカイが持ち帰ってきたのはノートとメモリ。最初出る時は何も持たず出ていったということは、スカイはもう一度この部屋にやってきてメモリを抜いて持ち去ったということ。

 何故それをするのか。

 古くから敵欺くにはまず味方からという言葉がある。味方が騙されるくらい綺麗に嘘をつけたのなら、敵が騙されないはずがない。

 スカイなりに考えた、皐月賞へ向けた仕込み、仕掛けと言ったところだろうか。

 敵にサボっていると見せ掛ける。すると、レースで出来ることは限られてくる。

 弥生賞では八割で走りタイムは伸びない。

 すると、相手はデビューとオープンで勝った自信のある走りをまたしてくると予想。

 しかし、弥生賞とは走りを大幅には変えずどストレート勝負。

 裏を考えすぎると複雑になるが、要するにやる気がないと見せ掛けるってことだ、

 

「分かったかい? ワトソンくん」

 

「……お兄ちゃんのいじわるっ」

 

 どうやら拗ねてしまったようだ。

 

「はぁ……外にはバラさないで下さいね? 何重に網を張っても、誰かのミスで全てがーなんてなったら全部だめになっちゃいます」

 

「分かってる。でも、安心しろ。俺達のこと何て思われてるか知ってるか? 2人してどっかに消える不真面目なやつって思われてるんだぜ?」

 

 主に外部にばっか頼るのが原因だろうが、全容を知っている理事長やたづなさん。シンボリルドルフのような、本質を見抜いてくる人みたいな人以外からはそんな感じに思われている。

 かつての倒れてまでウマ娘のために働く聖人みたいな噂は何処へ行ったのやら。

 

「……あれ? トレーナーさん、カレンチャンは?」

 

「んにゃ?」

 

 カレンチャンならさっきまでそこで拗ねてて……いないな。

 

「トレーナーさん、私にちょっかい出すのは構わないですけど、置いてけぼりにしたら可哀想ですよ」

 

「そうだな……」

 

 うーん、主に直さなきゃいけないとこってこういうところなんだろうな。直せって言われても難しいけど。

 

「そうだな……じゃなくて、早く追いかけて下さい!」

 

「え……でもお湯が沸いたんだけど」

 

「また沸かせばいいでしょ!? もう、鈍臭いこと言ってないでさっさと行く!」

 

 ウマ娘に逃げられたら追い付けないんだけど。

 スカイが追っかけた方が早くない?

 ……とか思ったけど、まあこれは仕舞っておいた方が良さそうだな。




風邪は引かないようにだけ気を付けておこうと思います。

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川井さんはかわいい

川井さんって誰なんでしょうね。
まあ、この主人公のことですからお察しって人もいそうですね。


「カレンチャン!」

 

 急にいなくなったカレンチャンだったが、どうやら走って去ったわけではなかったらしく、追いかけるのは簡単だった。

 廊下の曲がり角を曲がるとすぐそこにいた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「どうしたんだよ急にいなくなって。俺、サボり癖系キャラ2人もいたら流石に疲れるんだけど」

 

 本音を言えば、スカイみたいに結果を残してくれるならバンバンサボって良いんだけど、俺もその分時間が増えるし。

 ただ、ちょっとリアルな話になると書類作成が面倒になる。

 スカイに対してどのような練習を組んでいるのか、上に報告しなくてはいけない決まりになっている訳だが、スカイがいないと書きようがない。

 仕方なく嘘でまかせでっち上げの三本柱をふんだんに使った偽造文書が出来上がる。

 なるほど、書類偽造はこんなくだらない理由で出来ちゃうんだな。

 

「もしかして〜カレンのこと心配して追いかけてきてくれたの〜? カレン、嬉しいな〜!」

 

 あれ? 意外と元気そうじゃん。

 なんだ、スカイがごちゃごちゃ言ってたからなんか気に触ったのかと思ってた。

 

「なんだ、用事でもあったのか? それなら言ってから「そんなわけないでしょーが!!」がふぅっ!!」

 

 突然、背中に衝撃が走り吹き飛ばされる。

 どうやら、スカイのライダーキックを食らったみたいだった。

 

「お、お兄ちゃん!? ……大丈夫?」

 

「気にしなくていいよー。トレーナーさん、こう見えて普段から鍛えてて丈夫だし」

 

「……っ。セイウンスカイ、さん」

 

「セイちゃんでいいよー。もう仲間になったわけだしね」

 

 仲間……? その言い方だと、なんかドラクエのパーティみたいだな。

 

「トレーナーがいきなり迷惑をかけちゃってごめんねー。ほんと、デリカシーなくてさー」

 

 なんか言い方にトゲがない? 俺の事怒ってんの?

 

「トレーニングかと思えば勝手に逃亡したり、人の名前を間違えたり、理事長を泣かせたり」

 

「ええ……!? お、お兄ちゃん、理事長さんを泣かせたの……?」

 

 信じられない顔で見ている。なんか、この話するとみんなこんな顔するのな。

 

「いや、でもあれはやむを得なかったというか……痛い! スカイ痛い! あ、今のちょっと韻踏んでかっこいいかもぐはぁ!!」

 

「……ちょーっと、うるさいですねぇ」

 

 怖っ!? 待ってスカイさん怖いですよ!?

 

「まあこちらにも非があったというのは謝ります。謝りますよー? でもね、ちょーっとこっちも気に入らないことがあってね」

 

 ……あれ? んん? なんか雲行きが怪しいな。これってさ、仲良くなってちゃんちゃんな話じゃないの?

 これから頑張っていきましょーね的な感じで締めるんじゃないの?

 これじゃまるで宣戦布告みたいな……。喧嘩始まりそうな感じじゃん。

 

「これはこれそれはそれ。ちゃーんと切り離さないといけないもの、あると思わない? セイちゃん、そういう人と練習はしたくないかなーって思うんだよね」

 

「どの口が言って……待て、手の甲をつねるな痛いから!」

 

「それって……どういうこと?」

 

 カレンチャン!? ちょっとスカイさん? なんかカレンチャンオコなんですけど? いいのこれ、絶対ダメなやつだよね?

 

「レースでもかわいくーとか、そういうのは別にいいんだけどねー? トレーナーさんと、くっつきすぎじゃないかなーって」

 

 と、威圧感十分に話すスカイ。レースが始まった時くらいのオーラは出ていそうだ。

 ……ちょっと必要以上に怒りすぎじゃない?

 これ、カレンチャンマジでやめちゃうんじゃねぇかな……なんて心配したのだが、意外なことにここから流れが変わった。

 ――カレンチャンの口角がほんの少し上がったのだ。

 それは、カレンチャンがちょっと前からずっと言っていたかわいいとは程遠い笑みだ。

 そういえば、聞いたことがある。笑顔とは、本来なら獰猛な意味で使われるべきものなのだと。

 獲物を見つけて、ニタリと笑う……カレンチャンは見たくないかなぁ。

 

「なーんだ。まだ進んでなかったんだね。カレン、ちょっとほっとしちゃった!」

 

 スカイははて……? と首を傾げた。

 

「つまりーセイちゃんはー……」

 

 と、甘えるような声で俺の方に歩み寄ってきて……。

 

「「なっ……」」

 

「――私に嫉妬しちゃったんだね!」

 

 おい、なんか柔らかい感触が……じゃない。

 なんか抱きつかれてるんだが。

 

「ち、す、ストーップ!! カレンチャン、な、何してるの〜!?」

 

「もう、焦っちゃって〜。カレン、そんなセイちゃんも大好きかも!」

 

 あれ、カレンチャンってスカイと比べたら学年って下だよな。俺の野球部上下関係は一般的な野球部と同じくらいだったから、そこそこ厳しかったんだよ。

 だから、なんか、先輩に対してこうガツガツ行くのって違和感しかないんだよね。

 

「な、な……セイちゃんが何を焦る必要が?」

 

「えー? だって〜、さっきの話とか聞いてたら全部分かっちゃうよ。セイちゃんは、トレーナーさんのことが……」

 

「わぁーーー!! やめて! 言わないで〜!!」

 

「えー? どーしよっかなー」

 

 どういう内容の話かはイマイチ理解できないが、取り敢えず形勢が逆転したのは分かった。

 スカイのオドオドしてるところ初めて見るよな、結構普段飄々としてるくせに、ちょっといじられるとこうなるわけか。

 カレンチャンは意外とやりおるわけだ。スカイがこうも簡単にやられるとなると、俺も油断出来ないな。うん、気をつけないと俺まで飲み込まれかねない。

 ……なんて、冷静に分析してるように見えるじゃん? 今、絶賛抱きつかれてる状態だから。

 自分で言うのもなんだけど、結構シュールよな。この状況でこの思考ってのは。

 

「慌ててるスカイってオモロイな。カレンチャン、追撃だ」

 

 日頃の鬱憤……はスカイの方が多そうだけど俺だって溜まってないことは無いということだ。

 

「トレーナーさん!?」

 

「のんびりしてるセイちゃんもいいけどー、慌ててるセイちゃんもかわいい!」

 

「ひゃう……」

 

 おお〜あれか、普段言われ慣れない言葉だと途端にしんなりしちゃうタイプか。

 とはいえ、俺はそういうところを突いてちょっかいをかけるタイプじゃないし、これは使えそうにない。

 俺はあくまでも突拍子もないことを言って、相手を混乱させるメダパニ系YouTuberだからな。

 んだよそのYouTuber。超嫌われてそうな名前じゃねぇか。

 

「スカイ、かわいいってよ」

 

「トレーナーさんはなんでそんな淡々としてるんですかー!」

 

「カレンは負けないけどー、セイちゃんもかわいい!」

 

 さらに畳みかけてきやがった。

 

「セイちゃんかわいい!」

 

「かわいい!」

 

 俺も便乗してみた。

 

「う、う、うわーーーん!!」

 

 どうやら、またもスカイは休憩しに行ったようだった。

 多分だけど、今度はマジで帰ったな。

 

「カレンチャン……ちょっとやりすぎじゃない?」

 

「てへ、カレンってばやりすぎちゃった!」

 

「うん、それはいいから早く離れような」

 

 ここは廊下だ。誰かに見られでもしたら大変なことになる。

 本当に、時と場所を気をつけて欲しい。いや、時と場所を気をつけてもやっちゃダメなんだよこういうのは。俺、トレーナーだからな?

 

「ごめんね。さっきのカレンは、かわいくなかったよね。ちょっと弱気になってた」

 

「いや、俺はよくわからん」

 

「ううん、かわいくなかった」

 

 うーん、なんだろう。かわいいのにかわいくないとか言うのやめてもらっていいですか?

 

「カレンのこと、ちゃんと見ててね。誰よりも速く、かわいく走って……セイちゃんにも勝って、トレーナーのことちゃんと振り向かせてあげるから!」

 

「カレンチャンのことはもう見てるけど」

 

「そういう意味じゃなーい!」

 

 プンプンっていう擬音語がウマ娘イチ似合うのは恐らくこの子なのだろうなって感じだ。

 そういえば、ちょっと前にニックネームがーとか言ってたよな。もしかしたらだけど、俺、めちゃくちゃいいニックネームを思いついたかもしれない。

 ……うんうん。これだよ、カレンチャンにはこれしかない。

 

「カレンチャンのニックネームをワトソンくんから変更しよう。誰よりもかわいい、そんな意味を込めた最高の贈り物だ」

 

「本当!? カレン、嬉しい!」

 

 今のカレン嬉しいってやつで思い出した言葉があってさ。『オレ、オマエ、コロス』ってやつ。今、超思い出し笑いしそうになった。

 

「今日からカレンチャンは……川井さんだ!!」

 

「かわ……?」

 

「そう! 究極の可愛いを目指すカレンチャンにはぴったりな名前だろう!」

 

 どこかには綾部さん綾部さん呼ばれてるウマ娘もいた事だし、問題は無いはずだ。

 

「……お兄ちゃんのいじわる!!」

 

 ……どうやら機嫌を損ねたみたいだ。




どう上手い塩梅で関係を作ればいいのか……この2人、結構ムズいですね。

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カワイイノシンショク

カレンチャン、キャラが物凄いたってるんで抑え込むの大変ですね。
でも、まあ大分はちゃめちゃにしてくれるんでこれはこれでありです。


「ふむ……まあ、いいタイムなんだろうな、きっと」

 

 放課後カレンチャンが、模擬レースでこのくらいのタイムだったーって嬉しそうに話しかけてきたのだが、これがまた返事が難しい。

 

「お兄ちゃん、ちょっと冷いとこあるよね。もっと近付いて褒めてもいいんだよ?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

 褒めるも何もないのだがな。

 スカイに関しても、マジでタイムはどのタイムが良いのか分からなかったから、参考のタイムを確認しながら手探りでの測定だった。

 今はレースを何度か見て、何となく中長距離についてはタイムが分かってきたわけだが、あくまでも中長距離についてだけだ。

 カレンチャンは短距離適正が高いらしく、中長は苦手だそう。そうなると、こっちもまた勉強し直しだ。

 要領自体は分かってるから、まあ、良いタイムなんだろーなーくらいには分かる訳だが、それがどれだけ良いのかは分からない。

 だから褒めようがないんだ。

 

「ワースゴイナーサスガカレンチャンダー」

 

「心がこもってないよ……? トレーナーさん、もう一回っ」

 

「流石でやんす! おいら、一生カレンチャンについていくでやんす!」

 

「う、うーん……?」

 

「番長! カレン番長!」

 

「その呼び方はかわいくないからだめ! ちゃーんとカレンチャンって呼んで欲しいなー……」

 

 キラキラ……なんて目で見られると……うん、なんかカレンチャンやりにくいな。

 あと、一周まわってハチマキ学ランのカレンチャンを見てみたいと思わなくもない。

 

「スカイ、俺、普通に話さないといけないのかな」

 

「お願いだから普通に話してください。さっきから何カレンちゃんとバトってるんですか?」

 

「これは重要なんだよ」

 

 主に俺がボケに徹するのに必要な……負けられない戦いがここにあるんだ。

 最初こそちゃんと反応してくれたんだけどなぁ……なんか、流石大人気ウマスタグラマーというべきか、調子を合わせてくるのが上手い。

 というか、なんかやっぱりこっちを飲み込もうとしてくるんだよね。まるで、かわいいの押し売りでもするかのように。

 だからこそ、やっぱ応戦するべきなんだよ。この空気感は俺のもんだ。

 

「トレーナーさん、リピートアフターミー! カワイイカレンチャン!」

 

「川井かれんちゃん」

 

「……? もう一回、カワイイカレンチャン!」

 

「川井かれんちゃん」

 

「むぅ……トレーナーさんは素直じゃないなぁ」

 

「俺ほど素直なやつはいないと思うけど」

 

「寧ろ何でもかんでもすぎて、もう少し落ち着いてくれるとセイちゃんも助かるんですがねー」

 

 何を言うか、落ち着いたら番組終了のお知らせだ。

 

「だからテンションブチアゲアゲフィーバーでしょ」

 

「何をもってだからなのかは分かりませんけど、そういうところですよ? トレーナさん」

 

「そういえば話変わるんだけどさ」

 

「唐突!?」

 

 いや、時間もったいないと思ったからさ。

 もったいなくしてたのは俺なんだけど。

 

「スカイはもうすぐ重賞だろ? それでインタビューの話が何個か来てるみたいな話があってさ……俺も話さないといけないみたいだけど、どうする? 門前払いみたいな……」

 

「しないですよ。ちゃんと受けるに決まってるじゃないですか。いやー私もビッグへの階段を登り始めたんですね」

 

「それって体重のはなぐふぅ」

 

「トレーナーさん、デリカシーってもんを考えた方がいいと思うんですよ」

 

 だからっていきなり殴るのはどうかと思うんですよ。

 

「了解。んじゃあ、取り敢えず承諾はしておくよ。後は……カレンチャンの実力も少しずつ分かってきたことだし、トレーニングも遂に本格的に始まるわけだ。気合い入れていかないとな」

 

「うん! カレン頑張るから、トレーナーさんもどうすればかわいく走れるのか、いっぱい教えてくれるといいなっ」

 

 それってつまり速く走る走り方を教えれば良いんだよね?

 まあ、それならそれで良いんだけど。

 

「まあ、やることは変わらずか。先ずはフォームを解析してもらって1番適性のあるフォームを落とし込むのと……」

 

「してもらう……? トレーナーさんが見るんじゃないの?」

 

「まあ俺も近くで見るには見るけど……本当に走りに詳しいのは俺じゃないわけだし、そこら辺はプロに任せるのが1番だからな」

 

「? お兄ちゃんはプロじゃないの?」

 

「そこら辺は難しいっていうか、なんというか……」

 

 まあ、肩書きは確かにプロではあるんだ。

 だが、中身は空っぽなのだよ。高校野球児な俺がウマ娘と走りについて完璧だったらそれはそれで怖いだろ。

 あと、学生に教えるレベルのプロと、それで金を稼いでいるプロに教えるプロとではまたレベルも変わるんだ。

 トレーナーが生半可な努力でなれる訳では無いのと同様に、法人でスポーツという概念において圧倒的な信用信頼を勝ち取るのも生半可な努力では出来ない。

 で、俺は新人な上に知識はない。普通であれば、どんなウマ娘と契約してもろくな結果も残せず終わるちんちくりんだ。

 となれば、肩書きになんの意味もない。俺ができることといえば、嘘と何ら変わりない肩書きを使って、実力で信頼を勝ち取った人と組んで、最適なトレーニングを導き出すという、ただそれだけだ。

 だから、プロかといえば俺は絶対にプロなんかではない。

 

「お兄ちゃんに教えて欲しいのに……」

 

「これも教えてるようなものだろ? この施設で走り方を自分で改めて作りだして欲しい。それが、今回のミッションってことだ。言っとくけど、向こうの人もこう走りなさいとは言わないからな。ここが効率悪い、ここに負担がかかっている。原因はここら辺が考えられます。じゃあ、カレンチャンはどうする? ってなるんだ。だから自分で、答えを見つけて欲しい」

 

 向こうにいるのはトレーナーでも先生でもない。ただこちらと契約を結んだ社会人達だ。

 ウマ娘、学生という立場上普通より親切に教えてくれるし助けてもくれるだろうが、俺たちよりよっぽど冷たい。

 

「そうなんだ。それなら、カレンの得意分野だよ!」

 

 まあそうだろうな。ウマスタグラマーやってるくらいだし、分析して挑戦してってのは慣れっこだろう。

 成長は案外早いのかもしれない。

 

「なら良かった。そんじゃ、こっちはこっちでインタビューの準備とかもしないとな……。なんて答えるか……あ、そうか台本でも作ればいいのか」

 

 俺は、メールで事前に送られていた質問内容についてを確認して模擬的な質問への答えを書いておいた。

 一応、深堀されるのも対応済みだ。

 

「スカイ、これを読んでみてくれ」

 

「はぁ……。あばばーべべべげちょげげげ……ってなんじゃこりゃああ!!!」

 

 スカイは俺が渡した紙をぐっしゃぐしゃにした上にまた広げてびりっびりに破いてゴミ箱にぶちこんだ。

 

「あっはっはっは!! 最っ高……!! くくっ、いやー今のスカイは本当に……ごふぁ!!」

 

「私をっ……なんだとっ……思ってるんっ……ですかあ!!」

 

「せ、セイちゃん……ちょっとやりすぎ……」

 

 めっちゃ蹴られてる。俺めっちゃ蹴られてるから!!

 

「いったぁ……。今回ばかりは三途の川でサンズが「おいらと来ないか?」って誘ってた」

 

「……お兄ちゃんのメンタル、凄いね」

 

 だいぶ引かれてない? 俺、カレンチャンに引かれてるよね。

 

「そもそも、トレーナーさんに作ってもらうのがおかしな話なんですよ。それくらい、私が準備すればいいだけの話です」

 

 いや、全くもうその通りで。

 

「ぐすっ、スカイがいじめる……」

 

「あはっ。今のトレーナー、ちょっとだけかわいかったかも! よーしよし、セイちゃんは悪い子だねー」

 

「ちょっとー、なーにトレーナーさんを甘やかしてるの?」

 

「別に甘やかしてるわけじゃないよ? 私はただ、かわいいものが大好きっていうだけ。勿論、セイちゃんも……」

 

「うわぁ! 言わなくていい、言わなくていいから!」

 

 形勢逆転……? だろうか、なんか、本格的に侵食され始めている気がする。もう止められない止まらない。

 まあ、スカイが押されてるのを見るのは退屈しないし、これはこれでありだな。




そういえば、前のピックアップで理事長代理何とか2凸……石全部使い果たしました。
当分貯金にまわりますか。

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野球式コミュニケーション

野球、キャンプも始まったんでまた今年が始まるって感じになってきました。
プロ野球ファンってなると、ほっとんど野球中心で生活が回るんですよね。


「おーい! セイちゃんのトレーナー!」

 

 グラウンドで残業もといスカイたちの練習を見ていると、トウカイテイオーが声をかけてきた。

 

「なんだ、サボりか?」

 

「違うよ。今日、練習早めに上がるからさ。一緒にキャッチボールしようよ! トレーナー、野球上手いって聞いたから楽しみだったんだ」

 

 誰がバラしたんだ……? あれ、俺が野球経験者って知ってるやつ誰がいたっけか。

 スカイだけだよな。となると……まあ、別にバレたからまずいとかそういうことがあるわけじゃないけど。

 

「そうだな、ならやって見るか。トウカイテイオーって野球好きなのか」

 

「好きだよ。ほら、ボクたちって普段走ってばっかりでしょ? 1番好きなのは勿論走ることなんだけど、たまーに腕を使ったりすると息抜きに丁度いいんだ!」

 

「なるほど、確かにそんなのもありだよな」

 

 いくら好きでやっているとは言っても、そればっかりやってると精神的にも段々と来るものがある。

 別のことをして息抜きする時間を作って、それでまた明日の練習に備える。それがまた結構大事なんだ。

 そこら辺で考えるとスカイは強いよな、釣りが趣味で休日はのんびり釣りをして休むってなればいいリフレッシュになるだろう。

 逆に心配になるのはカレンチャンか……。カレンチャンはちょっとストイックすぎる節がある。かわいいには一切手を抜かないし、それはたとえ練習であっても変わらない。しかも、ウマスタの更新は欠かせないしで毎日忙しいのではないだろうか。

 俺的には、コソコソ自主練をハードにやっているんじゃないかとか疑っているくらいで、そこら辺ちゃんと見ておかないと取り返しのつかないことになりそうだ。

 そういえば、トウカイテイオーが遂にチームに入ったらしい。あんなに渋ってたのに、案外すぐ決まるもんだな。

 

「それにしても、トレーナーってあまり練習させないよね。普通、他のチームとかなら夜までみっちり練習詰め込むのに、トレーナーは今日くらい早く上がるのなんてほとんど珍しくないでしょ? それでいいの?」

 

「ま、これが俺たちのやり方だからな」

 

 何故……とかは敵なので言えない。

 まあ、効率のいい練習をこなしているからこそ無駄を省いた分早く帰れるってことだな。

 さらに、余裕があるなら自由時間で自主練するのもよしだ。練習してくれるなら教えなくてもいいこと態々ここでやんなくてもいいよねっていう。結構、このシステム上手く回ってると思うんだよね。

 言うてもスカイが偶然上手くいったってだけだけど。

 

「ふーん。あ、そういえば粉落とし飲んだよ。なんか、ジャリジャリしてた!」

 

 そりゃあれだけアラザンやら入ってたらジャリジャリするよな。

 

「はちみーって他にも頼み方があるみたいでさー、今度一緒に頼みに行こうよ」

 

 ほう、なんでかは知らないけど俺ははちみーファンみたいなイメージが付いちゃってるみたいだな。あんまり宜しくない。あんなのに付き合わされてたら本当に糖尿病になりかねない。

 が、断る訳にもいかない。

 

「まあ、そのうちな」

 

「やったー!」

 

 グッバイ俺の尿酸値。

 

「……あれあれ? テイオーはもしかして偵察?」

 

 クールダウンを終えて、スカイ達が練習から帰ってきた。

 

「ち、違うよ! ボクはトレーナーと遊ぼうと思って……」

 

「トレーナーさん、今日の練習はいつもと比べて更に上がるのが早かったような……」

 

「それも偶然だな……なんだよ、スカイ怒ってるのか?」

 

 心做しか笑顔が怖いんだが。

 

「どうして怒る必要があるんですかー? 全くトレーナーさん、本当全く……ですよー」

 

 何その意味ありげな『全く』!? 怖いんだけど、何が全くなの!?

 

「カレンチャン、押さえ込んでて」

 

「えー? そんなことしたら、セイちゃんが怒っちゃうよ……」

 

「ぬぅ……」

 

「もしかしてボク、選択を間違えた……?」

 

 不穏な空気を察したトウカイテイオー。

 うん、今回ばっかしはタイミングが悪かったな。

 もしくは、約束だけ取り付けてさっさと先に帰ってればよかった。そうすれば、何も起こらず平穏にいけたのだろうな。

 だが安心してくれ、俺には超有能な必殺技がある。なんて言っても、あのスカイに通用する必殺技だ。

 

「脱兎ッ!」

 

「あ、待ってよトレーナー!!」

 

 トウカイテイオー、さすがウマ娘……俺に簡単に追いついてくるとは……ってあれ、スカイが追いかけてこないな。

 と、後ろを見てみるとちょっと寂しそうなスカイが。うん、調子狂うなー……なんか、どうしたんだ最近のスカイは。

 カレンチャンが来てからというもの、なんか変な感じだ。カレンチャンと話してるとなんか機嫌悪そうなのを必死で隠してるように見えるし、今なんか完全に負のオーラダダ漏れだったし。

 

 ふむ……まあ、1人2人人数が増えてもキャッチボールは面白いよな。

 

「スカイ! すぐグラウンドこいよ! 待ってるから!」

 

 ピクっとスカイの耳が動いた。

 距離は離れているが、ちゃんと届いているだろう。ウマ娘の耳は相当いいはずだからな。

 

「てことだけど、トウカイテイオーは問題ないか?」

 

「うん! 遊ぶなら人が多い方が楽しいよね!」

 

 うん、この子は偉い。

 

◇◇◇◇

 

 最近、キャッチボールが出来るような公園は少なくなっている。

 元々野球グラウンドがくっついていて、それが無料開放されているのなら別だが、基本的にそういう公園はごく僅かでどこも野球……どころか場所によってはサッカーだとか他の球技も禁止しているなんてとこがあっても不思議ではない。

 理由は簡単で、ボールという、体から離れてしまえばコントロールの効かなくなるものを使うのが危ないからだ。

 だから、無許可でグラウンドを借りてキャッチボールすることにした。

 

「ということで無許可でグラウンドを借りることにしましたとさ」

 

「ボク、それ借りたって言わないと思うんだけど気のせいかな」

 

「気のせいじゃない。だが安心しろ、トレーナーが混じっている以上悪いのは全部トレーナーだ。全部、トレーナーのせいだ」

 

「そんな、冬のせいだみたいに言われても……」

 

「嫌なら全部トウカイテイオーのせいだってルドルフさんに言っとくけどいいか?」

 

「ワケワカンナイヨー!! ダメに決まってるでしょ!?」

 

 バシッバシッと、トウカイテイオーがグラブにボールを当てている。

 流石ウマ娘はいい音鳴るな。文字通り馬力が違う。

 

「トレーナーさん、セイちゃん……グローブ持ってないんですけど」

 

「俺のあるから貸すよ」

 

 ひょいっとグラブを投げて、スカイが受けてる。

 それをマジマジと見つめるスカイ。そんな珍しいものでもないのだが。

 

「なんか汗臭い」

 

「言うなよ傷付くだろ」

 

 一説では人が1番傷つく言葉は馬鹿とかうんことかじゃなくて臭いらしいからな。うんこは別に言われても傷つかないか。

 不思議なことにお前うんこみたいだな、うんこうんこ〜はガキがちょっかい出してるだけみたいに聞こえるけどお前ウンコクセェ……は普通にイラッとくる不思議。

 

「カレンチャンは来なかったのか」

 

「配信があるってさー。あの子も大変みたいですよー?」

 

 ふむ……今からでもって思ったが、まあ無理に呼ぶのは良くないか

 

「取り出したは最新の軟式球……初めて使うんだけど面白いなこれ」

 

 流石に無許可な上に未経験者に硬式なんて使えない。

 家には古い軟式球はあったのだが、いつの間にか試合球が別のものに変わっていたらしく、せっかくだしこっちを買ってきた。

 

「んじゃ、早速始めるか」

 

 ぽーんとゆっくりな放物線でトウカイテイオーに飛んでいく。それが今度ビシッと強い球で返される。

 

「ボクはもっと速くても取れるから、遠慮しなくていいよ!」

 

 慣れてるな。てか、これ未経験者の女子が投げる球じゃねぇ。女子プロもびっくりな快速球だ。

 

「私はー……あまり慣れてないので。軽く投げてくれるとありがたいですねー」

 

「分かった」

 

 またゆっくり投げてスカイがボールを目とグローブのふたつで追いかけて取る。

 取り方は確かに、初心者……って球が速い!? 

 

「おい、お前ほんとに初心者かよ」

 

「やだなー。慣れてないって言いましたよ? やるの初めてですから」

 

 初めての投げ方じゃないんだよなぁ……。

 

「なら、なれたらちょっとずつ離れてみるか」

 

 果たしてウマ娘は初心者でどのくらい遠投ができるのか、ちょっと楽しみになってきた。




キャッチボール出来るとこほんっとに少ない。
今はキャッチボールする暇がないって言うのが本音ですけどね。

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野球式コミュニケーション2

すみません……更新遅れました。
最近コロナの猛威が凄くてですね……ついに仕事場ギリギリまで攻め入ってきましてね。
代役代役でバ車ウマの如く働いてます。多分これからもそんな感じが続くので、更新遅れるかもです。
因みに主人公が馬の字を使うのは元の世界に馬がいたからっていうのでそのまま使ってます。


 少しずつ離れるにつれて、放物線もゆっくりと高くなっていく。

 ウマ娘だからなのか、動体視力が凄いな。スカイは割と限界が見えたし手加減して放ってるのだが、トウカイテイオーに関してはビシッと弾道を低く投げても当たり前のように取って、それで普通に強い球を返してくる。

 なんかこう……ここまでマジマジと能力の差を見てしまうと……なんか自信なくなってくるよな。

 俺、まあまあ野球上手い自負はあったんだけどなぁ……。俺、やっぱそんなに上手くないのかな……。

 

「うわぁー……トレーナーナイスボール!! この距離でバウンドしないのすごいねー!!」

 

「ま、一応経験者だしな!」

 

 遠く離れてる分、向こうからは叫ばないと声が届かない。こっちはそんなに声張らなくても向こうには聞こえてるんだろうがな。

 おっと、忘れていたがあんまり普段使わない筋肉を使い過ぎると肩肘のハリの原因だからな。

 ちょっと楽しくなってきたところだが、向こうのことも考えないとな。

 

◇◇◇◇

 

「わお……」

 

 なんとなく、私が参加することになったキャッチボール。

 走ること以外に運動はやってなかったし、そんなに興味があるっていうわけじゃなかったけど、やってみると意外と楽しい。

 それにしても、前見た時よりトレーナーさんの野球をやってる時の風格が変わってきてない?

 前とは言っても、トレーナーさんは研究所に行く度に野球して遊んでいるみたいだし、そんなに期間が空いているわけじゃない。

 ただ、それだけ何度も見ていると、振り返ってみた時にトレーナーさんの雰囲気の変化にびっくりする。

 トレーナーさん……一体何を目指してるの?

 

「それぇー!!」

 

 テイオーちゃんも投げるのがすごく上手い。私は山なりでしかも最後コロコロ転がってようやく届くくらいだけど、テイオーちゃんはワンバウンドもすれば届いてしまう。

 私は釣りくらいしか……というか釣りばっかりしていたからそれ以外はほとんど出来ない。

 テイオーちゃんは運動なら何でも得意だし、初めてでもなんだかんだ出来るようになるし、そういうところは羨ましい。

 

 今度は私の方にボールが飛んできた。

 手加減して投げてくれるとはいえ、距離は離れてるしボールは高い放物線で向かってくる。

 何度かバウンドしたとしても、ちょっと早いから怖い。

 でも、こうしてキャッチボールするのは楽しい。釣りとは違ってずっと体を動かしてるけど、でもちゃんとのんびり出来て日差しも心地いい。

 ……やっぱりちょっと昼寝をしたいかもしれない。

 

「セイちゃんは最近どう? 練習は上手くいってる?」

 

 むむ……スペちゃんと同じチームになったテイオーちゃんがそういう質問をしてくるなんて……もしかしてスパイ?

 テイオーちゃんに限ってそんなことはないか。

 

「まあまあかなー。本当に、可もなく不可もなくっていう感じ」

 

 調整は上手くいっていると思う。

 タイムもしっかり出てるし、フォームがしっくり来ないだとか、そういう違和感も特にない。

 しっかりと練った計画どおりに動いてくれている、最悪を想定した代案も用意してある。だから、絶好調過ぎるだとか調子が悪いとかはない。

 

「そうなんだ! スペちゃん、セイちゃんに勝つって張り切ってるから、そうなると相手に不足なしって感じだね」

 

 ほうほう、スペちゃんは調子がいい……と。

 なら、やっぱり気を付けるべきはスペちゃんかぁ。

 

「セイちゃんは皐月賞を目指すんだよね。てことは、やっぱり三冠狙ってるんだよね?」

 

「うーん、まあそうなるかな」

 

「ならボクと同じだ! ボクはね、カイチョーみたいな無敗の三冠ウマ娘になるのが夢なんだ!」

 

 知ってる。トレセン学園なじゃ知らない人はいないんじゃないかっていうくらい話が広まってるし、本人も何度も何度も言っている。

 本当に、この子とはレースが被らなくてよかった。こんな天才と一緒にいたら、たとえスペちゃんだったとしても敵うはずがない。

 実はセイちゃんの心は燃えているとか、そういうことではなく、本音だ。

 無敗のウマ娘……この子なら本当になっちゃうんじゃないかな。

 

「セイちゃんも、今のところ無敗でしょ?」

 

「まあ、まだ重賞走ってないけどね」

 

「でも、無敗ってことはまだ可能性はあるってことだよね!」

 

 それは……あんまり意味は分からないけど、要するに私に無敗で三冠を取れと?

 無理無理、ただでさえ三冠は難しいし、そもそもレースだってそれだけしか出ないわけじゃない。他にもいくつかレースは出る。それで、1度も負けずに三冠を取るなんて……もう神の領域なんじゃないかな。

 いや、神だね。生徒会長なんて、もうカリスマってるからね。

 

「でも、そうはさせないよ? なんて言っても、スペちゃんもすごい強いからね! 弥生賞はスピカが貰っちゃうから!」

 

 弥生賞なら……譲っちゃっても構わないかな。

 でも、皐月賞は絶対に渡さない。

 ……いや、違う。これは私の本音じゃない気がする。

 やっぱり、負けず嫌いはいつまで経っても治らないものですなー。弥生賞も、絶対に譲りたくない。

 勝つのは私だ。次のレース、本気で走るなって言われてるけど……それでも1番になってやる。

 私は、今日一番に力を入れてボールを放った。

 

◇◇◇◇

 

「さっすがウマ娘の球威は凄いかったな。もう阪神もびっくりな脳筋ゴリッゴリのゴリラパワ……ぐふぅっ」

 

「まさか、こんなところで喧嘩を売ってくるとは思いませんでしたねー」

 

 いや、でもこの球威はほんとに……おっと睨まれてしまった。これ以上おちょくるのはやめておくか。

 キャッチボールを終えてみての感想は、まあさっき言った通りだ。ウマ娘の出力はどうやらレースに限らず様々なスポーツにも適用されると。

 まあそうは言っても、初めてのキャッチボールで取り方が変だったりボールをちょっと怖がったりと、そこら辺の反応は変わらないらしい。

 キャッチボールしてて忘れそうになるけど、一応女の子だもんな。そう、一応。

 おっと寒気が。

 

「ボク、これだけ痛い目にあってるのに懲りない人、初めて見るよ」

 

「ハッ、懲りる懲りないじゃない。――やるか、やらないかのどっちかなんだ」

 

「いい事風に言ってるけどそれわけわからないからね!?」

 

 知ってる。俺も言っててよく分かんなかった。

 

「本当に、色んなトレーナーがいるんだね。特に変なトレーナー。ボクのトレーナーはスペちゃんの太もも触ったりしてたし」

 

「それこそ訳分からないだろ」

 

 そういえば、いいトモしてんなーってのは筋肉がしっかり付いてて速く走れそうっていう意味じゃなくてエロい意味で言ってるのか?

 いや、そんなわけないか。多分、そのまんま速く走れそうかどうかを自分の感触で調べるとかそんなとこなんだろうな。

 変態だよ。

 エロい意味を持たせないで太ももを触ってくるのが逆に変態だ。なんだよ、馬と混同してんじゃねーか。この世界の人権は一体どうなってるんだ。

 なるほど、性欲のない聖人も行き過ぎると奇人変人なわけだ。

 

「おや〜? もしかして、トレーナーさん。私でちょっと想像してました?」

 

「ヴェ!? もしかして、ボクのトレーナーと同類?」

 

 同類? てめぇぶっ飛ばすぞ。

 

「誰が雑魚で想像……ああ痛い!! 痛い痛い!!」

 

 頭グリグリしないで!!

 

「本当、2人は仲良いね。トレーナーと友達の距離感か……それ、案外悪くないかも」

 

 おい、いい感じに締めようとしてるんだろうけど全然いい感じじゃねぇからなこっちは!!

 ふぅ……どうやら、トウカイテイオーの言葉のお陰でスカイは解放してくれたらしい。

 トウカイテイオー、お前最高の締めだよ。

 

「……私はヒラメですから」

 

「は? なんだそれ」

 

「だってさっき……いや、やっぱりなんでもないでーす」

 

 スカイ、お前ヒラメはマジ訳わかんないよ。




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今度はこっちかよ

いやぁ……最近えらく忙しくなってきました。
まあ、忙しいことはいいことって言いますもんね。大変ですけど頑張ります。
合間合間で投稿していこうと思います。


「お兄ちゃん、セイちゃんとのキャッチボールは楽しかった?」

 

「んなもん楽しいに決まってるだろ。俺にとって野球が生き甲斐、野球が人生だからな」

 

「ウマ娘の育成はどこに行ったんですかねー……」

 

「クシャっぽいってした」

 

「しないでくださいよ!?」

 

 いや、勿論俺なりに全力は尽くしてるよ?

 でもさ、高校野球に命掛けてた身としてはさ、突然放り込まれてなんだかなぁって思うんだ。

 

「セイちゃんはどうだった?」

 

「なんか、新鮮な気分だよねー。友達みたいっていうか、やっぱり三浦トレーナーだからこそっていうのを感じたかも」

 

「良いコメントだな。そう言ってくれて俺も嬉し……痛い、カレンチャン? ちょっと腕つまむのやめてくれないかな」

 

「カレン、なんのことか分かんない。……私も配信なんて休んで行けば良かったなぁ」

 

 痛い、そろそろ離してくれても良くない? なんでまだ摘んでくるの? マジ、ちぎれるよ。

 

「……カレンチャン、そろそろ離さないと俺が「そうかそうか、君はそういう奴だったんだな」って言う羽目になる」

 

「それは……カレン泣いちゃうからやめて欲しいかな」

 

 なんなら今涙目だもんな。ごめんね。

 

「……って言っても離してくれないのは何でなのかな」

 

「……しらなーい」

 

 ……赤通り越して紫じゃない? 壊死しない? 大丈夫俺の腕。

 

「辞めなかったらクビな」

 

 流石にイララっと来たのでそう言うと潔く離してくれた。

 とはいえだな……紫なんだよなぁ……。どうしてくれんのかな。

 

「……」

 

 カレンチャンは無口。てか、なんか顔見てすぐわかるんだけど完全に拗ねている。

 こんなわっかりやすいのそうそうないよ?

 

「スカイ、どうなんこれ」

 

「……黙秘します」

 

 つまり、俺に気付けと……そう言うんだな?

 そう言われても、俺わかんないよ? 野球しかやってこなかったやつには分からないよ?

 

「デビュー、控えてんだけどなぁ……」

 

 スカイの次はカレンチャンかよチクショウ!!

 なんのせいでこんなめんどいことになるの? 俺の担当は一体何が起きてるの!? 誰か助けて? 助けてくれない? うん、分かってた。

 つまり、自分で原因を探せと……分かった分かりましたよ。

 まあ正直言うけど原因なんて絶対わかりそうもないんだ。

 だから、少なくとも機嫌を治す方法くらいは考えないとな。またキャッチボール……は安直すぎだし、なんかもうひと捻りするくらいの何かが欲しいな。

 

◇◇◇◇

 

「ていう経緯があって呼んできたって感じかな? 今ので分かったかいトム……じゃねぇマヤノトップガン」

 

「何を間違えたの……?」

 

 取り敢えずトレーナー室に呼んで、カレンチャンが普段どんなことするのが好きなのか聞くことにした。

 流石に拗ねてる人に直接聞いても答えてくれるわけないからな。こういう時は仲良さそうな人に聞いてみるのが1番だ。

 

「ああ、ごめん……間違えるならトムの方じゃなくてネルソンの方がよかったか?」

 

「……マヤ、この人分かんないかも」

 

 理解するんじゃない。感じるんだ。そうすれば全てが見えてくる。

 ……初対面の人に混乱させるのは良くないな。そろそろ本題に入ろう。

 

「カレンチャンって何が好きなんだ?」

 

「カレンちゃんはかわいいものならなんでも好きなんだよ?」

 

 なんで知らないの? みたいに聞かれてもなぁ。

 

「あ、あと……ううん、これは言っちゃ駄目だよね」

 

「おいそれ結構大事なワードなんじゃないか?」

 

 それ絶対知っとかないといけないやつだろ。

 

「でも、これは……カレンちゃんが教えないとダメな事だと思うから」

 

「いや、でもそれっぽく機嫌直して仲直りできるならそれ1番だろ」

 

「本当に言ってる? 仲直りどころか、もうそれゴールインだよ」

 

「……どこに?」

 

 どこにゴールするの? 人生のゴールインってこと?

 ……死んでんじゃねぇか。

 なんでカレンチャンの好きなものを聞いて俺が死ぬの? なに、カレンチャンヤンデレエンドってどういうお笑い?

 いや、死ぬの俺だから笑えないんよ。俺、死んじゃってるんよ。

 どうしよう、これマジだったらカレンチャン意外とやべっぞ。

 

「実はカレンチャンは俺のことが好きと」

 

「……!!」

 

「そしてヤンデレになって俺が殺されると」

 

「はぁ……。今の聞いてたら泣いちゃうよ?」

 

 泣くっていうか、普通に失礼だから怒ると思うんだ。

 

「ねぇ、もう行っていい? 今からトレーナーちゃんとデートなんだけど」

 

「は? デート?」

 

 何言ってんだこいつ、頭おかしいんじゃないかな。

 なんでトレーナーとウマ娘がデート?

 いや、まあそれはなくもないのとなんだろうなとは思うよ?

 でもさ、他の人にあっさり言っていい訳? 一応、トレーナーとウマ娘っていう関係が表にある訳で、暗黙の了解的な何かがあって裏でって感じじゃないの?

 いや、暗黙の了解もクソもねぇよ。俺てっきり部員とマネージャー的なイメージだったけどこれ違うわ。

 先生と生徒くらいのイメージだよ。俺の年齢で考えてちゃダメだ。他のトレーナーみんな大人だし、なんならじっちゃんとかいる訳だからな。

 

「そう。トレーナーちゃんが、マヤのお買い物に付き合ってくれるんだ〜」

 

 マヤノトップガンのトレーナーさん? 良いんですか? オタクのウマ娘、貴方のいない所でめっちゃ惚気けてますよ。

 こんなオープンにしてていいんですか? 大事になる前にどうにかしないと大変なことになりますよ?

 てか、ただでさえ授業サボってここにいるってのにさらにデートって……スカイのサボり癖然りトレセン学園はどうなってんだ? 学級崩壊してないよね?

 

「カレンちゃんのトレーナーも、カレンちゃんとデートすれば良いのに」

 

 何そのデートすれば良いのにって。

 悪いOBの人が来た時の「一本吸ってみる?」みたいなノリあんまり好きじゃないんだけど。

 あー……めんどいこと言った。

 これは未成年の喫煙を助長しているわけじゃありません。また、タバコは他の人の迷惑にならないように吸いましょう。

 よし、これでいいだろう。

 

「なんか、いつまで経っても進まなそうだから、マヤが送っちゃうね」

 

 業務連絡をスマホですまそうと思って弄ってたらマヤノトップガンにひょいっと摘んで取られた。

 

「あ、おいやめろ」

 

 何とかして取り返そうと試みるが、ウマ娘の反射神経に勝てるはずもなく、上手く手をすり抜けながらポチポチとスマホを打っていた。

 

「えーっと。『カレンちゃん、ボクをデートに連れてってほしーなー!』よし、これで送信!!」

 

 おい、それ絶対俺じゃないってバレるだろ。

 てか、俺の一人称はボクじゃねぇ。その文面的にもテイオー味が強すぎるだろ。

 てか、テイオーは絶対そんなこと言わねー……いや、生徒会長相手なら無くはないか。

 

『カイチョー!! ボクをデートに連れてってよ! 今日さー……』

 

 微笑ましいことこの上ない。

 背伸びしようとしてる感が凄い。

 

「あ、電話掛かってきたよ。カレンちゃんから」

 

 待てカレンチャン、お前も授業中だよな? なんで即掛けてくるんだ?

 とはいえ、出ないわけにはいかないよな。

 

「もしもしドナルドです……あいったぁっ!!」

 

「なんでだろう、電話越しでも何が起こったのか分かっちゃう」

 

 残念ながらそれは分かったふりだ。隣にいるのはスカイではない。

 スカイは珍しくまともに教室にいる。授業を聞いてるのか夢の世界でのんびり釣りをしているのか……後者だろうな。

 

「で、カレンチャン。どしたの?」

 

「さっきトレーナーが送ってきたやつ。カレン、きになっちゃって……。どうしたの?」

 

「んにゃ、なんとなくだよ。暇だし、カレンチャンとなんか出来ればって思っただけ。キャッチボール参加出来なかったしさ、穴埋めみたいで申し訳ないけど……」

 

 なんて言ってみると、結構評価は良かったようで、マイクを伝う息使いが少し嬉しそうに感じられた。

 

「本当? カレン楽しみにしてるから!」

 

「ん? ああ、楽しみにしててくれ」

 

 やけにテンション高かったなぁ……。そんな楽しいものなのかは分からないが、取り敢えずご機嫌取りは出来たようでよかった。

 授業中なのでそんなに長く話すわけにもいかず、二、三言話して電話を切った。

 

「……なんで上手くいったんだ?」

 

「カレンちゃん……本当に可哀想だよ。なんでこの人だったんだろ」

 

 え、ちょっと待てそれ意味は分からないけど酷い言い草だな。




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ウルトラマンファッション

危ない……今日投稿しようと思っててすっかり忘れそうになってました。



「お兄ちゃん、待った?」

 

「結構待った」

 

「もう……そういう時は『全然、今来たところだよ』って言わないとダメ!」

 

 なんだこれ。……もう一度言おう、なんだこれ。

 待ち合わせはショッピングモールの広場。噴水を眺めると気温が一気に下がったような気持ちになる。寒い。

 てかデート、マジですることになっちゃったよ。これいいの? ダメだよね?

 どうしよう、この世界にもセンテンススプリングあるのかな。これ抜かれない? そこら辺に記者が待ち構えてたりしない?

 

「お兄ちゃん、キョロキョロしてないで私の事見て欲しいな〜」

 

 そういう問題じゃねぇんだよこっちはクビが掛かってるんだ。あんの畜生が……機嫌が治るならいいかと思ってた俺が間違いだった。

 もし俺の身に何かあったらお前のトレーナーも道ずれだからな。

 ……今の発言結構なクズ野郎だな。

 

「ねぇ、こっち見て! 今日のカレン、どうかな」

 

 カレンチャンが腕をひろげて、自分を見せつけるようにその場でクルっと一回転した。

 コートの下に見えるのは白いセーターと赤いスカート。制服とジャージくらいしか見てないもんだから、余計に大人っぽく見える。

 何? 今の中学生ってこんなにオシャレなの?

 

「白じゃなくて銀ならウルトラマンだったな」

 

「そんな服着ないよ……じゃなくて! なんかこう……もー! 他にないの!?」

 

「似合ってるぞ」

 

「なんか、釈然としない……」

 

 ふん、褒めてやっただけうれしく思え。

 俺の部活は服褒めるやつなんていねーぞ。

 ちょっとオシャレでもしてみろ。「こいつ透かしてやんのーw 汚そうぜー」ってなるのがオチだ。

 因みにマジでは汚さない、流石に線引きはあるからな。

 まあでも、言われるとムカつくよね。俺も何度やり返したことか……。

 

「さて、買い物……行くとしたら俺は自宅のAmazonかな」

 

「帰らないでぇぇ!! お兄ちゃんとのデート、凄い楽しみにしてたの。だからそんな事言わないで!」

 

「冗談だよ、行こうぜ」

 

 やっべ、そういやこれデートだったな。

 今スーパーで惣菜買って帰る気まんまんだった。危ない危ない。

 いや、電気屋も寄った方がいいか、そろそろトースターが欲しくなってきたんだよ。あとカメラも見ておきたい。

 ……じゃねぇ、なんかあれだ。

 

「釣具……いかんいかん、アイツに脳みそ乗っ取られそうになってるな」

 

「……今セイちゃんのこと考えてた」

 

 いやマジごめん。

 

「やっべ腹減った。昼はうどんかな」

 

「むー……」

 

 どうしたんだい? そんな目からビームでそうなくらい睨んで。おや、実はビーム出ちゃってる当たっちゃってる?

 

「……いやごめんて。俺さ、デートとかよく分からないんだよ。ぶっちゃけ、ジャージで来ようとしてたし」

 

「なんでジャージ……なのかは分からないけど、そっか。お兄ちゃんは初めてなんだ」

 

 そう、俺はデートなんて初めてなんだよ。高校生にもなって何言ってんだって話だけどさ、野球しかやってこなかったから。

 いや……待てよ、スカイとの釣りはどうなんだ?

 よくよく考えるとさ、なんか見方によってはデートって言われても納得できなくはないよな。

 うん、余計なことは忘れよう。口は災いの元。変なこと言わなければ話が拗れることは無い。

 

「ウン、ハジメテダヨ」

 

「……怪しい」

 

 早速災いが起こったらしい。

 

「……まあいいや。実は、カレンも初めてなんだっ! いつかお兄ちゃんと会える時が来るってずっと思ってたから、全部断っちゃった」

 

 いや重いよ。最近転入してきたんでしょ? いつから俺のこと知ってるわけよ。

 流石にそれジョークかなんかだよね。

 

「使えねーな……」

 

「え……」

 

 カレンチャンはめちゃくちゃ悲しそうな顔をした。

 

「あ……いやその……すまん、スカイとは大体こんな感じで軽口言い合ってたからつい……。別に、本当にそう思ってるわけじゃないんだ」

 

「そうなんだ……。でも、セイちゃんはそんなこと言われて平気なの?」

 

「まあ、向こうも冗談って分かってるから」

 

「そうなんだ。でも、そんなこと言われた時セイちゃんはなんて言ってるの?」

 

「言葉なんてない、拳で語るのだよ。基本ぶん殴られるか蹴り飛ばされるのかの2択だ」

 

「カレンも蹴った方がいいの?」

 

 何その返答。怖いんだけど。

 

「ごめん、やっぱそれ無しで。ほんじゃ、適当に洋服とか見てみるか」

 

 よくよく考えたけど、スカイだけならともかくカレンチャンにまで同じ扱いされたら堪らんわ。

 ただでさえ湿布貼ったり氷で冷やしたりでケアが面倒臭いのに……え? ならやめろって?

 いやいや、それやめちゃったら俺とスカイのアイデンティティが……ねぇ?

 まあそんな感じで、あまりに宜しくないスタートダッシュを決めた俺たちは洋服屋を見ることにした。

 俺は服にこだわりとかはないし、メインはカレンチャンの買い物だ。

 

「見て見て、ちょっとイメチェン!」

 

 と、フリルの付いたワンピースを持ってきた。

 ふわふわした雰囲気も……てかカレンチャンならなんでも似合うんじゃないかね。

 

「若手の時と移籍した後の木田優夫さんのピッチングくらいイメージが違うな」

 

「むう、何その例え方。可愛くない……」

 

「おま……舐めんなよ。速球派から腕下げて技巧派に転向するのって相当勇気いるんだぞ。メンタルもやばいし、そこまで追い込まれた状態でも変わろうと必死になれる人ってなれば尊敬するしかないだろ」

 

「んん……? もしかして、カレン怒られてるの? なんで?」

 

「分かったら後で木田さんググッてこい。カレンチャンもこれで野球ファンだ」

 

「……木田さんっていう選手いないみたいだよ?」

 

 なに……!? この世界に木田さんがいないだと? まて、よくよく考えたら二刀流の話題も聞いてないし、トレセン学園でもやたらとユタカ選手の話しか聞かない。

 今まであんだけ野球のこと調べててなんで気づかなかったんだよ。

 

「そんな……じゃあ俺は一体なんなんだよ」

 

「えっと……お兄ちゃん、元気だして?」

 

「うん、落ち込んだらダメだよな」

 

「そうそう、辛い時は上を向い――じゃなーい! カレンの洋服の話! なんで野球の話になるの!?」

 

「せやな。時を戻そう」

 

 てことで、カレンチャンはまたコーディネートを考え始めた。俺は「ほーん」とか「ええんやない?」とか適当に相槌を打ってカレンチャンが喜んで俺が罪悪感を持つっていうループを延々と続けている。

 カレンチャンは可愛い物好きというのもあって、服にも人一倍気を使っている。色んな服を見ては組み合わせを考えてみたりと、こだわりがあるようだ。

 

「お兄ちゃんなら、どっちを着て欲しい?」

 

 悩みに悩んで、俺に助けを求めてきた。

 

「俺はその人が好きな服を来て欲しい主義」

 

「むぅ……1番難しい質問だね」

 

 確かに、そんなこと言うなら別のにしてくれって言われた方がまだマシだろうか。

 

「なら〜、カレンはこっちにする!」

 

 と、ベージュのロングスカートを選んだ。

 さっき黒のシャツを選んでたし、今日来ていた大人っぽいけどなんか可愛いみたいな雰囲気は変わらずだ。

 

「良いんじゃないか? 俺も似合うと思うよ」

 

「そう? えへへ、選んで良かった……じゃあ買ってくるね」

 

 カレンチャンはスカートをギュッと抱きながら笑顔で笑った。

 さて、暇になった事だし今のうちにレースのことでも考えておくか。

 カレンチャンのデビューはもうすぐ……と。実力的にも恐らく問題は無いだろう。

 正直、レースだけに関しては心配入らないと思う。

 

 まあ……だからこそ、レース以外がどうしても気になるんだよな。

 カレンチャンのキャラは可愛いキャラ。そしてSNS、リアル共に表裏は無い。

 そうなると、レースが全てみたいな人には好かれなさそう。トレセン学園にカレンチャンのファンが多くいるのは確かだが、初手で多くの敵を作る可能性は充分ある。

 それは、ウマ娘ファンも然りだ。

 アンチを魔法みたいに一瞬でファンにするみたいな必殺技があるけど、そんなの大勢に使えるわけないしな。

 

「……別のところでつまづきそうだな。メンタルとか気にせんとヤバいのかも」

 

 実力があってもメンタルでダメになるなんてことはよくある話だ。

 タチの悪いところは、落ち込んでいる時に限って落ち込んでいると自分で気づかないこと。

 お? ちょっとトレーナーっぽくなってきたんじゃないか? 俺。




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魔改造のお知らせ

 カレンチャン、いつか欲しいです。ピックアップまで貯めるか自然と出るのを待つか……迷いどころではあります。
 コラボ商品、はちみー早く飲みたい。


「お待たせ! 次はどこに行こっか」

 

「腹減ったし飯だな飯。牛丼とか「カレン、あのカフェにきーめたっ!」……ふむ」

 

 カレンチャンが指さしたのはなんかオシャレなカフェ。そこらじゅうにある有名チェーン店なんかでは無い。

 まあ、普段量食えばいいとかしか思ってなかったし、たまに食べるのもありかな。

 

 店員さんに連れられて、テーブル席に座った。

 外装から何からクラシックな雰囲気で、机や椅子、電気など何から何までアンティーク調に統一してある。

 そして、音楽は穏やかなジャズが流れている。完全にそっち系のカフェだ。

 カレンチャンも俺も、別にこだわりは無いので注文はすぐに決まり、さっさと頼んだ。

 ちなみに俺はサンドイッチとアイスコーヒー。

 カレンチャンはなんかでっかいパンケーキみたいなのとミルクティーだ。

 注文がくるや否や、カレンチャンへ早速写真を撮り始めた。

 

「俺がいることバラすなよ」

 

「そんな気にしなくていいのにー」

 

 慣れた手つきで投稿。流石カレンチャン、一瞬だった。

 

「それにしてもさ〜。お兄ちゃんが誘ってくるなんてことあるんだね。珍しい……ていうほど一緒にいたわけじゃないけど、お兄ちゃんらしくないよね」

 

「そうなのかね」

 

 意外と鋭いもんだな。確かにカレンチャンの言う通りで俺らしくないことだ。というか、俺がやってないから俺らしくないのは当たり前だ。

 流石に、俺とマヤノトップガンで繋がりがあるとは思わないらしく、そこは追求してこなかった。だが、俺でない何かを察せないのか疑わないのか。

 

「でも、カレンは嬉しかったから。まあいいかなって」

 

 まあいいかなってならないで欲しいんだ。

 あと、これ言いふらすなよ? スカイもスカイでなんかあると拗ねるし、これでまた変な自体になったら困る。困るというかシンプルにめんどい。

 

「うわぁ……ふわふわであまーい」

 

 カレンチャンはとろけそうな笑顔でパンケーキを食べていた。うん、サンドイッチも美味しい。

 まあ、値段そこそこしたしこれで美味しくないとかあるわけがない。

 うむ……? おっと、どうやらスカイから連絡が来てたらしい。

 タチウオとったどー!! ふむ、タチウオがどれだけ珍しいのか分からないが、すっごい嬉しそうにしてるタチウオとスカイのツーショットを見ると……まあ、かなりいい魚なんだろうな。

 とりあえず俺も写真送っとくか。

 

『ショッピングモールのカフェなう』

 

『彼女さんとかなー?』

 

『いるわけないだろ』

 

『じゃあ誰』『二人で来てるの、誰』

 

「いや怖いな!!」

 

 とったどー! からの落差よ。

 誰と言ってるのー? とか、友達と? とかじゃなくて誰。

 クエスチョンマークも何も無く、ただ誰と。

 この後どう返信すればいいんだよ。

 

「お兄ちゃん?」

 

「いや、なんでもない」

 

 どうする? ここから帳尻合わせられるか?

 いや、そもそもスカイはどんな気持ちでこれを送ったの?

 

『河原で1戦混じえてお互い瀕死になったけど、なんか友情が芽生えた的な……? その勢いでカフェで話すことになった』

 

 アホみたいな文章だな。

 オサレなカフェにアザだらけボロボロの2人がパンケーキ食べてると……どんな状況?

 

『嘘下手すぎかな〜? セイちゃんには分かるぞー』『で、誰』

 

「エグイな」

 

 二重人格なの? っていうくらいのこの落差。お化けフォークもびっくりの落差だよ。多分スカイはホークスでエース張れる。

 

『頑張れ、お前ならドラフト行ける。育成の星になれる。今からでも野球やらね? その内大台乗るレベルでいける。160投げれるぞ!! レッツプレイボール!!』

 

 なんだよレッツプレイボールって。意味わかんねーよ。

 

『ブロックするね』

 

 おい。宣言してブロックするってなんだよ。嫌味か?

 俺、普通に傷ついちゃうよ?

 

「くっそ……こいつ」

 

「むぅ〜〜〜……。もう! なんでさっきからセイちゃんばっかりぃ……っ」

 

 流石に店内なので声は小さめに喋ってはいたが、それでもカレンチャンから漏れ出る怒気は抑えることはできない。

 スカイばっかりって言われてもなぁ……ほら、既読つけちゃったら早めに返信しないとなあって思うじゃん。

 俺、既読のままにしとくのあまり好きじゃないからさ、めんどい時は未読で用があるフリするから。

 だから、既読つけた以上は……ねぇ?

 

「今デートしてるのはカレンなの! セイちゃんだけズルい!」

 

「ズルいも何も……」

 

「私なの。だから……今だけでいいから、ちゃんとカレンのこと見てよ……」

 

「……」

 

 ……あれ? これは……。これは、まさかだったりするのか?

 デートする時すんごい喜んでたには喜んでたけどさ。いや、なんかおかしいなとは思ってたけどさ。

 

 ――思い上がんなよクズが。

 

 おっと、脳内にいるスカイからの罵倒が……。

 スカイにこれ話したら殴られるな。うん、だって絶対こんなこと言わないもん。

 ……って言われたそばからなんでスカイの話してんだよ。

 まあともかく冷静になれ。深呼吸して大きく息を吸ってぇ。吐いてェェェェェ!!!

 よし、力は抜けた。これなら技ありヒットだってお手のもんよ。

 じゃない落ち着け、忘れるんだ。危ない危ない。トレーナーという身でありながら魔が差すところだった。

 あれだ、アンチさえもカワイイカレンチャンしか言えなくなる最強の能力持ちだからな。飲み込まれるなよ、俺。

 

「ねぇ、どうしたらカレンを見てくれるの?」

 

 んむぅ……。これまた難しい質問を。

 

「見てくれるって……俺別にカレンチャンのこと見てないってわけでもないんだけど」

 

「ううん、お兄ちゃんは見てなかった。カレンの方が絶対可愛いはずなのに!」

 

 まあ可愛いのは認めるよ。うん。でも……。

 

「俺見てるよ。めっちゃ見てる。ガン見しすぎてビーム出そう」

 

「適当すぎ!! お兄ちゃん……セイちゃんとレースの目標立ててるでしょ。セイちゃんが何を目指してるのか、カレンに教えて欲しいな」

 

 また突然な。

 何を目指してるってそりゃあ……。

 

「僕はね、正義の味方になりたかったんだ……あ、ごめんなさい」

 

 カレンチャンにすんごい目で睨まれた。

 

「何ってそりゃあ、長距離走れるなら目指すところはひとつしかないだろ。三冠王だよ三冠王。あいつぁ、バースになれる逸材だァ」

 

「なら、カレンも三冠目指したら……お兄ちゃんはカレンのこと見てくれる?」

 

 いやいや、待て待て。ちょっと話が飛躍しすぎだろ。

 

「三冠って……カレンチャンは短距離だろ? 流石に菊花賞とかってなると距離がなぁ……」

 

 なんかやたら幕臣幕臣叫んでるスプリンターがいるんだが、そいつ模擬レースで何でもかんでも走っててさ、長距離中距離ボロッボロになってたんよね。中距離はまだマシだけど、長距離に関しては全くだ。

 

「クラシックじゃない。トリプルティアラ。私には、王様よりも王女様の方が似合うでしょ?」

 

「て言ってもなぁ……」

 

 トリプルティアラとなると、長距離は無いにしてもオークスが2400mある。中距離の中でも長めの距離。

 走れないとは言えない。でも、現状で考えれば走れる状態に持っていくのが精一杯だ。何せ、短距離とは違ってゼロから全てを作り上げることになるからだ。

 努力するにしても、ウマスタグラマーであるという圧倒的なハンデがある中でどこまでやれるのか……。正直検討がつかない。

 難易度を考えれば短距離路線。俺的には、そっちの方が絶対に輝けると胸を張って言える。

 

「冗談とかじゃ……」

 

「ない」

 

「相当な覚悟が……」

 

「カレンは本気だよ」

 

 うむ、まあ本気と言うのであればやらせてあげないとそれはそれで後悔が残るかもしれない。

 

「動機……もうちょっと自分よりにならんかね。俺に見てもらいたいなんてこと、カレンチャンは満足できるのか?」

 

「大事なことなの。だって……お兄ちゃんはカレンの……」

 

 そこで、カレンチャンは口を噤んだ。

 俺は……なんなんだろう。カレンチャンは、本当に俺のことを言ってるのか? 俺、カレンチャン似合った記憶なんてこれっぽっちも……いや、そりゃあそうか。

 今気づいた。カレンチャンが俺と会っていたのだとしても、俺はカレンチャンとは会っていない。

 そういうの、普通に有り得るような状況にあるんだもんな。

 だが……んな事は言えない。

 俺はぽんぽんとカレンチャンの頭を撫でた。

 

「まあ、カレンチャンがそれで満足できるならいい。俺に出来ることは、目標に向かって走る人の手助けだからな。ちゃんと、自分で決めた目標なら俺は精一杯応援するし。ちゃんと、カレンチャンの事も見てるよ」

 

「お兄ちゃん……。ふふっ、やっぱり変わってないね」

 

 いや、中身はごっそり変わってるんよ。

 

「お兄ちゃん、カレンのことはカレンって呼んで。カレンチャンじゃ、ちょっと距離感じるから」

 

「カレンでいいんだな?」

 

「うん! 改めてよろしくね、お兄ちゃん!」

 

 カレンはようやく元気を取り戻したみたいだった。

 原因が俺だったようで、なんか申し訳ない気持ちだが、まあ機嫌が直ったなら全部忘れよう。

 

 なお、スカイに尋問されるのはまた別の話である。




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階級上げ

最近、ウマ娘界隈の名前してる馬が多いですね。
ウマピョイ、アゲマセン、ハッピーミーク……。
そのうちアマメコイメマシマシみたいなの出るんじゃないですかね。



「カレンに問題! スタミナをつけるなら走りと泳ぎどっちが最適でしょーか!!」

 

「えっ……うーん。泳ぎ、かなぁ」

 

「じゃあスカイ、正解をどーぞ!」

 

「え、私何も聞かされてないんですけど!?」

 

「はいどーん!! 正解は、場合によるでしたー!!」

 

 と、まあこれがトレーニング前のミーティングである。

 

「ぶー。お兄ちゃんのいじわる」

 

「さっすが、トレーナーさんは腐ってますよねー」

 

 トレーナーに対してのこの言い草である。

 和気あいあいとか、アットホームとか、もはやそう言うレベルじゃないよね。もう、舐められてるというか、ゆるゆるしてるというか……。

 

「因みに、負担で言えば圧倒的に泳ぎが少ない。特に、ウマ娘は走る競技。体力をつけるなら、やっぱり同じ運動である走りが効率よく体力は鍛えられる」

 

 泳ぐだけでマラソン走れるようになるか? と聞かれたら圧倒的にノーである。

 当たり前だ。競技が違う。

 

「とはいえ、それを鵜呑みにして走りまくっているとどうなるかは、トレセン学園から去る人又はレースを断念する人を見ればお察しであると」

 

 俺はホワイトボードにスラスラと図と文字を書いていく。

 

「同じことばっかりで怪我をする。なんてことが起きないように、そんな日には水泳で別の体力を鍛えると。まあ、全体的な基礎体力向上ってのが主になるのか? 知らんけど。まあ、そんな感じで上手い具合にローテーションを組んでいこう」

 

「なるほど……。なんかトレーナーらしい言葉ですね。珍しい」

 

 それ、なんか俺がトレーナーじゃないみたいな言い方だな。

 

「そんで、プランはこんな感じになる。カレンは最早体力がない。お前はこんにゃくだこんにゃく……ちげぇ、豆腐だ」

 

「む……っ」

 

 怒ってもダメです。

 

「中距離走るってなると……豆腐なわけだ。だから、当分は体力作りに前振りしながらレースも挑戦って感じだ。幸い、トリプルティアラの最初は桜花賞、マイルだから……何とかなりそうな気もしなくもない。とはいえ最初が重要、これが無理なら短距離路線に変更ぐらいの覚悟で言ってもらわなきゃ困る」

 

 桜花賞を取れば、他もトレーニング次第では取ることは可能ということになる。だが、取れないとトリプルティアラの目標は断念だ。

 大人しく現状適正のある短距離勝負がベストだし、選択肢もそれしかなくなる。

 

「いいかカレン、仮に出たとしてもカレンに注目するやつなんか一人もいない。短距離ならまだあるが、それ以外になるとそのレベルの実力だ。トリプルティアラを目指すならそれを覆すくらいの努力を、カレンには求めないといけない」

 

「分かってるよ。でも大丈夫。カレンは誰にも負けないから」

 

「……トリプルティアラ? トレーナーさん、正気?」

 

 おっと、そういえばスカイにはまだ伝えてなかったな。

 

「正気だよ。とある野球選手も言ってたし。エゴを通せないなら他行っても成功しないってな。中途半端じゃないなら、そっち行くしかないんだよ」

 

「……そっか。トレーナーさんも、ちゃんと考えがあっての事なんだろうし、私は応援するよ。と、なると……」

 

 スカイは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……カレンちゃんともそのうち当たることになるかもだね」

 

「……絶対トリプルティアラを取って。セイちゃんにも、絶対負けないから」

 

 バチバチ。

 カレンとスカイの間で謎なまでの火花が散っている。

 心臓に悪いからやめて欲しい。

 

「じゃあ、トレーニング始めるから……睨み合うのはやめような?」

 

 現実路線で考えると、その可能性は間違いなく低いからな。

 でも、まあ、対抗意識があるのはいいことだな。そのまま成長してくれるなら良いことづくしだ。

 

◇◇◇◇

 

 ということで、スカイはこれまで通りの練習を追い込みって感じで負荷を上げて行ってく。

 対してカレンはひたすらインターバルとシャトルランと……みたいな感じで、とにかく体力作りに精を出す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「がんばれー」

 

「お兄……ちゃん……応援適当すぎ……」

 

「がんばれー」

 

 だって、俺が熱血野郎みたいになったってどうしたの? ってなるだけだろ。

 

「ご褒美あるなら頑張れるみたいなのは聞かないからな。まだ初日だし、そもそも自分が決めたことだからな」

 

「うう……お兄ちゃ……んがこんな……スパルタ……だったなんてぇ」

 

「はーい、十秒前ー。3、2、1」

 

 ピー、とストップウォッチの電子音が響いてカレンチャンが走り出す。

 取り敢えず1キロを10本頑張ってもらおう。

 このトレーニングさ、マジきついんだよね。俺の場合、一日のメニューが終わって最後に監督が持ってきやがるからさ、マジ気力全部吸い取られる。

 とはいえ、インターバルって体力作りの定番だからな。取り敢えず、これになれてもらわなければ困る。こっちとしてはもっと長い距離も考えてるわけだからな。

 

「三浦トレーナー。こんにちは」

 

「ああ、桐生院さん。偵察?」

 

「ち、違います! その、カレンチャンさんがずっとスタミナを鍛えてるみたいで、ちょっと気になったので」

 

 そうか、トレーナーなら大体の人がカレンチャンの適正について知ってるのか。

 

「これは魔改造です」

 

「……はい?」

 

 おっと、説明不足だった。

 

「カレンチャン、短距離辞めるってよ」

 

「……ええ!? じ、じゃあ距離適正を上げる為のスタミナアップってことですか?」

 

「まあ、そういうとこですね」

 

「そんな……。そんなことできるんですか?」

 

「まあ出来ると思いますよ。カレン自身の問題ではありますけどね」

 

 元々中距離が得意なウマ娘達に、中距離が走れないウマ娘が追いつく、いや追い越さなければならない。

 そんな馬鹿なことをさせようなんて、普通のトレーナーはやらない。

 作戦を変更とか、そのレベルの話じゃない。根本的におかしなことを言ってるのだ。

 

「でもほら、ボクシングとかはちゃんと入念な準備が出来れば階級上げて……みたいなことしてますから。まあ、カレンチャンもヘビー級までとはいかなくてもミドルならなんとか」

 

「ええ……」

 

 だいぶ引いてらっしゃる。

 

「それはそうと、ハッピーミークは順調ですか?」

 

「あ……ええ、セイウンスカイさんが話し相手になってくれるので。私のところに預けてくれて、本当に良かったです」

 

 うん、そういう感じで預けた訳じゃなくて、単純に俺がサボるから預けただけなんだよね。

 そこまで感謝されると困る。

 

「ミークったら、セイウンスカイさんに対抗心燃やしちゃって。今はジャパンカップで打ち勝つ……て、普段は静かな子なんですけど息巻いてますよ」

 

 おい、敵多すぎたろ。

 ただでさえカレンとスカイでバチバチなのに、そこにハッピーミークまで混ざってきたら大変なことになるぞ。

 

「お、帰ってきた」

 

 さすがはえぇな。軽く走っても人の全力疾走だもんな。1キロなんて一瞬で帰って来れるわな。

 

「はぁ……はぁ……むぅ……」

 

 早速いじけてるよ。

 

「なんだよ」

 

「女の子と話してる」

 

「トレーナー仲間だよ。なんも悪くねぇだろ」

 

「私が良くないの」

 

 ……あんまりつっかがってくるとこっちにも考えがあるぞ。

 

「休憩時間縮めてやるか」

 

「わー! 待って! ごめんなさいぃ!」

 

「冗談だよ。んな事して怪我されたら困る」

 

「……お兄ちゃんのいじわる」

 

 ……本当に縮めようとしたことは黙っておくか。

 

「ごめんなさい、トレーニングの邪魔をしてしまって」

 

「ああ、まあ気にしないでいいですよ。借りはきっちり返してもらうんで」

 

「抜かりないですね……」

 

 桐生院さんは苦笑いだった。

 

「また、今度お話してくださいね」

 

「え? うん、はい」

 

 なんのお話すんの?

 

「……まーた女の子だ」

 

 同期なんだよ悪いか。




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仕込み、仕掛け

 今日ファミマに行きます。理由はもう、お分かりですね。
 あなたが(ウマ娘)がコラボするからです……!!
 覚悟の準備はしてきました!!
 はちみーを買います! クリアファイルも問答無用で貰いに行きます!!

 ……まあそんな感じです。初日は忙しかったんでスルーしました。


「3日連続でサボってるんだが」

 

 弥生賞まで残りわずかってのに、ここに来てスカイのサボり癖が始まってる。

 いや、普段からちょこちょこサボるからサボることは珍しいことでもないんだけどさ。流石に3日連続で訳の分からない理由つけてきたら怒るよ。

 どこどこに魚影が……とか、ビッグウェーブに乗るしかないとか……。まあ、自由にやらせてるっていうのもあるし、スカイはなんだかんだ練習してるだろうから止めはしなかったけどさ。

 

「そろそろ見に行くかぁ……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「ちょっと、スカイの様子見てくる。カレンの方がレース日程的には先だし、このままメニューどおり練習しててくれ。終わったら自主練するなり帰るなりしてくれればいいから」

 

「えー……カレン、お兄ちゃんと一緒がいいな〜」

 

 と、急接近してくるカレン。

 

「汗かいてんのにベタベタすんじゃねぇ。いいか、カレンには最初から時間が無いんだ。お願いだから、練習時間くらいはちゃんとしててくれよ」

 

「大丈夫! カレン、気は絶対に抜かないから。また走ってくるね!」

 

 うん、頼むからそのままでいてくれよ。

 

「あ、カレン。あともうひとつ……もし俺を探してる奴がいたら、さっきまではいたけどスカイが来ないのを見兼ねてガチ切れで家に帰ったって伝えといてくれ」

 

「え? お兄ちゃん、帰ってこないの?」

 

「帰ってくるけど……これは絶対だからな。破ったら一生デートなんてしねぇ」

 

「ええ!? うーん、なんだか分からないけど。お兄ちゃんがそういうなら、そう伝えてあげるね」

 

「頼んだぞ」

 

 やるなら徹底的にだ。

 スカイの考えは読めている。なら俺も精一杯乗らせてもらう。仕込みと仕掛け……スカイだけで足りないのであれば、付け足すまでだ。

 とはいえ、今回は無断でやりすぎなんだよなぁ。

 

◇◇◇◇

 

 カチ、とストップウォッチのボタンを押した。

 

「まだこれじゃ駄目……」

 

 私は、トレーナーさんに釣りに行くと言って大きな運動場に来ていた。

 トレーナーさんには何度も何度も1着でなくてもいいって言われたけど……やっぱり私は8割で走ったとしても1着を取りたい。

 八割っていうのも、ただ力の入れ方を八割というわけじゃない。そもそも、八割って言うのは感覚的な話で、本当に八割になるわけじゃないんだけどね。

 レース運び、作戦の完成度、状況確認、全てを八割、調整程度に済ませてその上で1着を取らなきゃ……スペちゃんに一生勝てずに終わってしまうかもしれない。

 今のタイムだけを見れば、勝ち目はある。だけど、今は私ひとりで走っていて相手は誰もいない。その状態でこのタイムというのを考えると……厳しい。

 多分、トレーナーさんも同じことを考えるはず。

 

「仕込みと仕掛けだけは本気だから、それに掛けるしかないのかなぁ」

 

 今回の手札は初めての重賞だからこそ使える手札だ。

 1度きりしか使えない手札なら、やっぱり勝ちたいでしょ?

 

「――ほぼほぼ初めましての状態でのレース。このレースで初めて、お互いを調べ始める。調べて見たら、レース直前に突然練習をサボり始めた。そして、業を煮やした新人トレーナーは、もうやってらんねーと家に帰ってしまいましたとさ。めでたしめでたし」

 

 私の何度も何度も聞いた声。

 もうそろそろここを嗅ぎつけるんじゃないかなぁ……って思ってたけど、ほんとに来ちゃいましたね。びっくり。

 

「スカイ、今台本はここまで進んでるんだけど。続きはどうする?」

 

「そうですねー。なら、こんなのはどうです? てっきり内部崩壊をしたと皆が思っていた。だが、本当はそうではなかった。セイちゃんは……裏で地道なトレーニングを日々積み重ねていたのでした!」

 

 どやぁ。あと、さりげなくトレーナーさんにはサボってなんかないっていう報告。これが大事です。

 

「そして、それを知ったトレーナーはそのウマ娘に便乗。タッグを組んで最後の追い込みを始める。しかし……現実は非情で「――ちょちょちょっと待ったぁ!!」うん?」

 

「トレーナーさん! それ、ダメですよ負けちゃってるじゃないですか!?」

 

 なんでトレーナーさんはいい雰囲気に水を差すかなぁ!? 

 台無しだよ! せっかく積み上げてきたものが全部台無しになってるよ!

 

「なんだよ、盛り上がる展開だろ? 心をぐっと掴む展開だろ?」

 

「心をぐっと掴むバッドエンドなんですよ!」

 

 こっちは勝つために練習してるの! 集中を邪魔しないで欲しいです!

 

「ごめんな、俺、受験シーズンの時も自ら消しゴム落としに行く主義の人間だからさ。そんで、『わー! 消しゴム落ちたぁ!!』とか叫んでた人間だからさ」

 

「最低だよ!?」

 

 何その最低な性格は!

 

「因みに中学受験の時かな? それで隣の女の子にガチ切れされてさー。マジ殴ってやろうかと思ったのよ。でもその人、試験中消しゴム落として分からなかった問題を偶然隣の人が解いてるのを見て……見事受かったと」

 

「カンニングだよ!? その女の子も性格悪いですね!」

 

「それから俺は勝利の神として崇められたんだよね。その時のあだ名が『秘技消しゴム落とし』って名前」

 

「まんま!! トレーナーさんも小学生の時はちゃんと小学生してたんですね!」

 

 小さい頃のトレーナーさんをしれてちょっと嬉しい。嬉しいけど、なんか残念な過去を知ってしまった気がする。

 

「消しゴム落とした時に閃きが〜なら分かるんですよ? カンニングって、ガッツリ不正行為じゃないですか。不正で入学してますよその子」

 

「落としたら閃くってニュートンかよ。万乳引力ってやつだな」

 

「よくそんな発想を……ん? なんて言いました?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 まてまてまて。今絶対良からぬ言い方したでしょ。えちぃ何かを口走ったでしょ。

 ダメですよトレ……。

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……もしやトレーナーさん、私に喧嘩売りましたね?

 

「私、ない訳では無いですから」

 

「何が? 頭のネジ?」

 

「殴りますよ」

 

「うんごめん」

 

 むぅぅぅぅぅ!! なんなのトレーナーさんの態度は!!

 毎度毎度飄々としながら平気で弄ってくるし、たまに結構酷いこと言ってくるし! 私だって傷つかないわけじゃないんですからね。

 そもそも、傷つかないんだったらトレーナーさんを蹴ったりしないし。

 

「まあ、そんなことはいいや。どう? 練習は進んでる? 今のタイムでどれだけやるのかってところが気になるんだよな」

 

 やっぱり、トレーナーさんもそこが1番気になるよね。

 答えなら、もう決まってる。

 

「トレーナーさん通りの順位以内だったら大丈夫だと思うけど……、1着は取れるのかどうか」

 

「まあ……そんな感じになるよなぁ。でも、1着になるかどうかなんて気持ち次第だろ」

 

「えー? 今まであれだけ理論派だったのに、今更根性論ですか?」

 

「ちげーよ。8割だと分からないって言ってるのなら、本気で走れば1着になれるんだろ? それなら、最後に1着取れるかどうかなんて気持ちでいくらでも変わるだろ」

 

 う……ん? もしや、トレーナーさんは別に本気で走っても構わないと、そういうことを言ってる?

 いや、少し違う。それなら、こんな回りくどい言い方なんてしなくてもいいはず。だから、8割で走れっていう命令は継続した方がいい。

 なら……今の言葉は一体。

 

「言っとくけど、今の言葉は考えたって仕方ないからな。むしろ考えたら考えただけ遠回りになる。今言った言葉を全て無かったことにするのが一番効果があるかもな」

 

「それなら、何も変わらないのでは?」

 

「そうだな、何も変わらないかもしれない。まあ、なんだ。ヒントを与えるとするなら……ほら、8割りで走るってなれば重賞とはいえ余裕はいくらかできるだろ? なら、その余裕を何に使うのか考えてみるといい」

 

 ……分からない。トレーナーさんは一体、私に何をしろと……?

 もういいや、トレーナーさんに言われた通りヒントだけ貰って、後は全部忘れよう。

 気の向くままに、ローペースで、そうですよね?




牛丼のM屋行くと忘れちゃいますね。
別に贔屓はしてません。S屋もY屋も行きます。クーポンがあっただけです。


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デビュー戦(カレンチャン)

あっさり売り切れてるウマ娘コラボ商品。
ウマ娘コラボの代わりに角ハイ〇ールで晩酌しました。
取り敢えずこれもウマ娘コラボだということにしてぐびぐび飲みました(現実逃避)
美味しかったです。
……仕事がんばろ。


「カレンは、調子は良さそうか?」

 

「万全だよ。今日のためにご飯しっかり食べて、ゆっくり寝てきたから」

 

 カレンのデビュー戦。

 ここ、めちゃくちゃ大事ね。ここの勝利はカレンにも確かに大事だが、それだけのためにあるわけじゃないから。

 まず、カレンには未勝利戦で頑張ろうっていう期間がない。んなタラタラしてたら重賞に間に合わん。さっさと走ってさっさと準備、これが出来ないとカレンチャン魔改造計画は残念ながら凍結になる。

 スカイは余裕を持ってコツコツと、という理想的なルートで順調に成長してるが、カレンは転入組というだけあってそこら辺はシビアだ。

 一寸先は闇、一歩間違えたら大火傷。そんな、ほぼ不可能な目標が常に並んでいるのだ。

 そして、このレースのすぐ後は弥生賞が待っている。2人と俺をチームとして考えるのであれば、カレンのデビュー戦勝利でチームの弾みをつけて、そのままの勢いと気持ちを引き継いでスカイに走ってもらいたい。

 そうして走った経験は、皐月賞を走るってなった時も確実に力になってくれるはずだ。そういうのも踏まえて、カレンにはこのレースに買って欲しい理由っていうのがあるのだ。

 

「キンチョー〇とゴキジェッ〇と屋外用のブラックキャッ〇に殺鼠剤もちゃんとあるか?」

 

「お兄ちゃんはカレンをどこに連れていく気なのかなぁ」

 

「馬鹿言え、もうついてるだろう。今こそアースコンバッ〇で観客を大混乱に」

 

「それ立派なテロだよ!? デビュー戦無くなっちゃうから!」

 

 おっと、煙は好みじゃないかな? ちなみにああいう煙で黒光りさんをやっつける時はね、近所にも一応伝えた方がいいらしい。なんか、俺最近使ったら隣の人に通報されそうになったから。

 

「カレンちゃん、いつもより元気だね。私も応援してるから、カレンちゃんの筋肉パワーを存分に発揮して欲しいなー」

 

「セイちゃん、それ可愛くない……」

 

「スカイ、スクワットパワーの方がいいに決まってるだろ」

 

「そこはマッスルパワーなのでは?」

 

「2人ともどっちも違うからぁ!!」

 

 スカイもようやく俺のノリを理解し始めたか。

 いや、元からこんなやつだったか。俺がおかしくしたんだな。

 

「あ……! 投稿するの忘れてた。#メイクデビュー #緊張するけど頑張ります! #ドキドキ #カワイイカレンチャン」

 

 そして俺はすっとスマホを取ってポチポチといじっていく。

 

「#川井さんは、社会の虚しさを痛感した。#無念である」

 

「変なの追加しないで!!」

 

「冗談だよ。ほれ、返すから」

 

 全く、ジョークだよ。野郎のノリだから普通女の子にするもんじゃないけどさ。別に消せばなんとかなるだろ?

 

「ポチッとー♪」

 

「「あ」」

 

 スカイさん? あの、冗談通じます?

 俺は恐る恐る画面を見てみる。

 すると、そこには

 

#メイクデビュー #緊張するけど頑張ります! #ドキドキ #カワイイカレンチャン #川井さんは、社会の虚しさを痛感した。#無念である 

 

 と、写真と共に添えてある。もちろん、送信済みである。

 そして、投稿した瞬間に次々とつく返信の数々。

『カレンチャン……!?』『大丈夫ですか?』『乗っ取られた……?』『疲れてたら休んでくださいね』

 と、驚きの声から心配の声など様々な反応。

 とはいえ、個人的にはそれより気になるものもあった。

 

『無理しているのなら、レースは休んでもいいんですよ? ウマスタ更新、毎日楽しみにしてます!』『レースかぁ……カレンチャンが走るならちょっと見てみようかなー』『それより可愛い自撮り写真待ってます!』

 なんていう、カレンチャンが望んでないであろう返信も沢山来ていた。

 俺とスカイは、ふざけていたことをめちゃくちゃ反省した。

 

「カレン……その……」

 

「ううん、いいの。カレンがトレセン学園に転入した頃からこうなるのは分かってたから」

 

 ファンの人は、レースが好きでウマスタをフォローしてくれている訳では無いし、そういうのも仕方が無いだろう。

 とはいえ、今間違いなくカレンに逆風が吹いている。

 応援してくれるファンはいるが、そうでない人がいる。本気なのに、フォローしてウマスタは応援してくれるのに見向きもしない人がいる。

 かと言って、トレセン学園でしのぎを削る他のウマ娘たちはというと、カレンのことをよく思っている人は多くない。

 元々のカレンのファンであったり、すぐ仲良くなれた人なら良いのだが、そうでない人はかわいいかわいい言ってる人が舐めやがってと、そう思っている人が多い。

 今日共に走るウマ娘の中にもきっといる。こっちは苦しみながらこれだけ努力してこの場所に立ってるのに、なんでカレンもこの場所にいるのかと。

 四面楚歌とは、多分こういうことなんだろうな。レースに関しては、仲間が本当に少ない。

 

「カレン、俺からはちょっとくらいなら休んでもいいとか、そういうことは言えない。このまま終わっちゃダメだ。こんなものじゃない。出来るはずだ。そういうことしか言えないからな」

 

「うん、分かってる。カレンも、お兄ちゃんにはそうであって欲しいなって思ってたところ」

 

「私も応援してるよ。カレンちゃんは、私には勝てないけどその他の人なら勝てるもんね」

 

「うーん、その言葉は余計かなぁ……。だって――勝つのは私だから」

 

 スカイはやっぱ頭がいい。カレンの本質に気づいているんだ。努力家なのは知ってのことだろうが、なぜ努力できるのか。

 それは、カレンが根っからの負けず嫌いだからだ。

 よし、カレンにスイッチが入った。これで、あとは結果を待つのみだ。

 今回はデビューを確実にとるために短距離でのデビュー戦だ。素の状態のカレンでも十分に勝てるレース。中距離を視野に入れて全振りでスタミナ練習をしてたとはいえ、勝てる力は十分にある。

 

「お兄ちゃん、カレンが1番かわいく走れる場所はどこだと思う?」

 

「カレンの体力は他のウマ娘より断然あると思っていい。てから呼ぶんだと思ってもいい。だから……最初から最後までだ。初めからクライマックスで行こうぜ」

 

 出し惜しみ無しで開幕ダッシュから強引な逃げ。今のところ中距離のペースだとかを教えたりしてないし、多少強引に行っても何かが崩れるとかそんな心配はない。

 

「つまり、カレンは全部かわいいってこと?」

 

「まあな。ここにはカレンのフォロワーも来てるはずだ。だから、『今日しかレースを見に来れない人がいる』そのくらいの気持ちを持って走って欲しい」

 

 あんまりプレッシャーになることは言わない方が良いのだが……カレンにはこのくらい言っておいた方が寧ろ気合いが入るってものだろう。

 

「うん。お兄ちゃんとカレンのかわいいとこ、ちゃんと見ててね?」

 

「分かってる。頑張ってこい」

 

 俺達はカレンを見送った。

 その背中は凄く大きく見える。うん、なんも問題なさそうだな。

 

「スカイ、俺達もそろそろ移動しよう」

 

「そうですねー」

 

「……どうした? なんか、調子悪いのか?」

 

「いやー、今日しか見に来れないーとか、そういうの言われたこと無かったですし。なんか、カレンちゃんに思い入れとかあるのかなーと」

 

 なぜその話になる。

 

「ま、そんなことはねーよ。人によってやる気が出る言葉は違うってことだ。スカイはそういう言葉より、もっと好きな言葉があるだろ? だから、そういうことは言わないってだけ。別に特別扱いも何もねーよ」

 

「そっか……。そうですよね。うん、なんか安心しました。……でも、ちょっと油断も隙がないっていうのも分かりました。喜ぶ言葉を選ぶ……ねぇトレーナーさん、実はナンパの経験あります?」

 

「ねーよ、俺をなんだと思ってんだ」

 

 全く、俺はそんなメンタルは持ってねぇんだ。

 そんなことよりレース見るぞレース。




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ツヨイところもカワイイ

ウマ娘コラボまた入荷されないかなぁ……ってまだ引き摺ってます。
 せめてゴルシ焼きそばは食べたかった……!!


「トレーナーさん、さっきの作戦って言っていいのか分からない作戦は、本当に上手くいくって思ってます?」

 

「というと?」

 

「いやぁ、体力鍛えたからって最初から最後まで全力で行けるなんて……そんな上手く行きますかねー」

 

「うーん……まあ、そこら辺はウマ娘のプロってわけじゃないから分かんないね」

 

「……もうそのネタはツッコミ疲れましたよ。ほんと、その程度の知識で良くトレーナーになれましたね」

 

 程度っておい。

︎ いやぁ、多分トレーナーになる頃まではマジでやべーやつだったんだろうよ。

 それが俺に変わった今、取り敢えず人を頼ることによってなんとなく首の皮一枚繋がってる感じで生き延びている。

 いつボロが出るかね。……ほぼほぼ出てるようなものか。

 

「……トリプルティアラなんて、大きく出ましたよね。私、やっぱり現実は知るべきだと思いますよ」

 

 スカイは澄んだ瞳で、ゲートに入っていくカレンを見つめていた。

 パドックでもアピール十分のカレンは注目の的だ。誰もがあの子かわいいなー……なんて話しながら見とれていた。

 これだけの注目を集めることが出来るカリスマ性に、それでも平然と自分を見せることが出来るメンタル。プレッシャーに押しつぶされる……なんてことは、考えられない。

 あとは実力だけだが……本当の実力は今日見れる訳では無い。

 

「随分と弱気だな」

 

「だって……。トレーナーさんは体力さえつけばなんとかなるって思ってるのかもしれませんけど……距離の適正ってそういう意味じゃ無いですからね」

 

「……っていうじゃん? でも、ここは中央のトレセン学園なんだよ。そこに集まるウマ娘に差なんてない。それに関しては、一番最初に言ったと思うけど」

 

「そういうものでもないんです。昔からレースが何度もあって、適性が関係ないなんてウマ娘はほとんど居なかったんですよ。その事実があって……」

 

「魅入ったら止められなくなるんだよ。スカイもそれくらい分かるだろ?」

 

「……」

 

 この言葉は流石にずるかったか……? でも、そういうことなんだ。いや、結局そこでしかない。

 ポジティブに言うにしたら……憧れとかロマンとか、まあ言い方は色々あるだろうが、ネガティブな言い方を考えるのなら呪いという一言に落ち着く。

 結局のところ欲望に囚われるという呪いでしかないわけなのだが、そうなってしまった以上は……アスリートとして考えるのなら、突き進むしか道はない。

 無理なんてない。出来るはずだ。やれる。

 ひたすら自分に問いかけ続けて、道の見えない道を進まなければならない。例え、その先に何が待っていても。

 俺は親ではない。だから俺は、どちらの方が客観的に幸せになれる確率が高いか、なんてものは度外視だ。

 

「それに……カレンなら最後まで続けられる」

 

 俺は、スカイの前では勝てる……なんて言葉は使わなかった。

 最後まで続けられる。

 だからその間になんとか取ってくれれば……というのが、今の現状。

 本人の前では、可能性がゼロでない以上は出来ないとは言わない。ただそれだけだ。

 どれだけ馬鹿なことを言ってるかなんて、本人が一番わかってんだし、現実なんていくら語ったところで無意味だ。俺も、その一人だったしな。

 

『ゲートが開かれました。各ウマ娘一斉にスタートしました! ハナを取ったのはカレンチャン。グングングングン飛ばしていく、これは大逃げだぁ!!』

 

『大きくかけに出ましたね。それだけデビュー戦の思いが強いということでしょう』

 

「カレンチャン……さすがに飛ばしすぎじゃねぇか?」「いや、あのCurrenだ。何か考えてるはず……」

 

 なんて言う話がチラホラ。

 

「トレーナーさん、今チラホラ聞こえてきた言葉……どう思います?」

 

「どうもこうもない。力こそパワー、ただそれだけだ」

 

 お前も筋肉やらマッスルやら言ってただろ。

 

「つまりあの言葉は伏線だったと」

 

「俺はそんな頭良くねぇ」

 

 まあなんだ。実力見てどのウマ娘こっちが上と分かってしまえば単純な力勝負で勝ちに行けばいいってだけだ。変にあれこれ考えるのは練習の時と、本当に切羽詰まりそうな時だけだ。詰まった時じゃなくて詰まりそうな時ってのがキモね。

 

『カレンチャン、距離関係なし力で勝負の全力疾走。でも……カワイイカレンチャン!!』

 

『短距離でもこれだけ突き放せる脚力は凄いですね』

 

 そう、カレンは凄い。めちゃくちゃストイックなのだ。何をするにしても一切妥協せず、計画から実行まで何もかも完璧にこなす。

 カレンは自分が成功する方法を知ってる。

 そして、もう既にカレンはこのレースを見ていない。カレンの目に写っているのは……。

 これは油断だとかそういう訳では無い。詰みの手筋が見えたのと同じ。勝ちは決まっているのだ。

 だから、こっちも次に向かって集中しなくてはいけない。

 

『1着はカレンチャン!! 最初から最後まで、一切譲らず独走!! 強さをこれでもかと見せつけました!! 2着は……』

 

「スカイ。カレンの短距離、凄いだろ。カレンも、こっちの方が成功する確率は圧倒的に高くて、自分がどうすれば成功するのかも分かってるはずなんだ」

 

 こっちに手を振るカレンに応えるように、俺達も手を振った。

 

「そんなカレンがこっち捨ててまでトリプルティアラを取りたいって言ったんだ。そんなことされたら……もう応援するしかないだろ」

 

 なるほど、てっきりカレンがトリプルティアラに魅せられたのかと思ったが……実は俺がカレンに魅せられていただけなのかもしれないな。

 

◇◇◇◇

 

「お兄ちゃーん!! カレンのことちゃんと見てた?」

 

「ああ、よく頑張ったな」

 

 実況までも魅了してしまうなんて……てかこいつは魔法かなんか使ってないか? 前々から思ってたけど、洗脳的なまでの魅了ってなんなの?

 ちょっと……いやかなり怖いんだけど。

 

「うん。だって、絶対に負けられなかったから」

 

「そうだねー。次あるし今日くらいは負けても問題なかったんだよ?」

 

「へ〜……」

 

 やめなさい。スカイと突拍子もないタイミングでバタバタになるのやめなさい。

 

「ま、まあこれでスカイも気合い入るってもんだろ」

 

「そうですね。ここはセイちゃんの先輩らしいところを見せないといけませんね」

 

「才能が……とかブツブツ言ってたヤツが偉そうだなぐほぉ!!」

 

「トレーナーさんはもうちょっと空気読んでください」

 

 ごめんなさい。

 

「んにゃ、取り敢えず祝勝会ということで……うどんを食べに行こう」

 

「祝勝会でうどんですか……部活の生徒のノリですね」

 

 だってちょっと前まで野球部員だし。

 

「あら、スカイさんも来てたの?」

 

「あ、キング」

 

 ん? どうやらスカイの知り合いらしい。

 キングキング……あ、あれか。

 

「キングヘイホーみたいな」

 

「ぶっ……!」

 

「なっ……私の名前を知らない? なら教えて差し上げましょう。私の名前なキングヘイロー。ですから、そんなヘイホーの上位個体みたいな呼び方はやめてくださる?」

 

「ヘイローなんてマリオにいたっけ」

 

「……さぁ?」

 

「マリオから離れてくださる!?」

 

 いやぁ、久しぶりにマリオの話聞いたもんでさ。うん、急にやりたくなってきたな。あれ、ニュースーパーの対戦が地味に面白くてなあー。友達にチート使われてボコボコにされた経験。

 

「はぁ、てっきりチームとしてボロボロなのかと思えば……。ですが……失望しましたわ。トレーナーさんまでこうだとは思いませんでした」

 

 こう、というとちゃんとカレンへの言伝は噂として広まったみたいだな。

 スカイの方を見ると目が合った。これは……スカイも気付いてるな?

 

「だってさ、トレーナーさん」

 

「いやはや、手厳しいですなぁ……」

 

「ふんっ。余裕ぶっているのも今のうちよ。弥生賞を勝って、皐月賞を制するのはこの私、キングヘイローただ一人よ。おーほっほっほっ!」

 

「そりゃ勝つのは1人なんだから、キングヘイローが勝ったらただ1人に決まってるだろ。何言ってんだこいつ」

 

「トレーナーさん、そういうの直接は言わないであげてくださいね」

 

 どうやら高笑いで今の会話は聞こえなかったらしい。

 そのまま去っていくキングヘイロー。

 

「作戦は順調のようだな」

 

「そうですね」

 

「高笑いしたあとひっくり返って頭打たなかったな」

 

「あの忍者のアニメですか? あの人みたいって……キング泣きますよ」

 

 あ、なんかお嬢様タイプかと思ってたら残念系お嬢様タイプか。怒るんじゃないしかといってやり過ごすわけでもなく、泣くと。

 

「で、あいつも出走予定……と」

 

「弥生賞では本命です。今、スペちゃんより注目されてるんです」

 

 なるほど、そうすると初めて会った時スカイが弱気になっていた理由のうちの一人というわけか。グラスワンダー、スペシャルウィーク、キングヘイロー……敵が多いな。

 

「そうか……なら、なおのこと順調だ。スカイ、油断しなかったらマジで勝てるぞ」

 

「分かってます。絶対に取りますから」

 

 スカイの目の色が変わった。これは本当にもしかしたらもしかするかもしれない。

 

「今追い風が吹いている。何もかもが味方に着いてくれている。これで、気合いが入らないやつがどこにいるってんだ。三冠を取るのはキングヘイローでもスペシャルウィークでもない……この俺だ」

 

「……いや私ですからね?」




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大魔神な守護神

タイトル……多分よく知ってる人なら2択に絞られるんじゃないかなぁと思います。
今の……か前のか。
また抑えに回って欲しいですよね。


 ついに来ました弥生賞。

 何? 展開が早いって? そんな事言われても、人生だってそんなもんだろ?

 気づいたらラストスパートってもんだ。

 みたいなことをじいちゃんが言ってた。

 なおその言葉を聞いて十年くらい経っても元気なじいちゃん。今はどうしてんだろうなぁ。今じゃもう会えないけど、どうせ日本酒ぐびぐび飲んで贔屓球団の愚痴でも言ってるんだろう。

 よくよく考えたらなんで贔屓球団に愚痴言うんだよ。応援しろよ。

 

「取り敢えずスカイの野次を飛ばすのが最優先か」

 

「頼みますから応援してくださいね」

 

「てめぇ本気で走ってないじゃねぇかー!! みたいな感じでいいかな」

 

「応援してくださいね!? ていうか、8割って言ったのトレーナーさんですからね!?」

 

 大丈夫だよ、流石にそんな、空気読めないやつじゃねぇから。まあ、デスソース祭りをしながらスカイの勝利を祈ってることとしましょう。

 

「ここに取り出すは応援グッズ」

 

「……怒りますよ?」

 

「……カレンチャンのも買ったんだけど」

 

「カレン、こういうバラエティ系はちょっと……」

 

 しょうがない。やはりこういうノリはゴルジがいないとできないらしい。そのうち何かを生贄にしてライドするしかないみたいだな。

 

「……茶番はここまでにしよう。ってことで、スカイ。前俺が言ったことは覚えてるな?」

 

「うん。今回に関しては、トレーナーさんはあれしか教えてくれなかったもんね」

 

「まあな。作戦としては……スペシャルウィークとの距離感だけ注意しておいて欲しい。恐らく、スパートは相当ペースが上がってくる。スタート確実に切って、レースのテンポを常に早くだ」

 

「うん」

 

「スペシャルウィークのスパートをかけるタイミングより先に、こっちもスパートをかける」

 

「スパートも8割」

 

「そうだな。因みにスパートは直感で切ってくるらしい。行けると思ったタイミング……つまりスカイがペース落ちて距離が縮まりはじめたタイミングだ。桐生院さんがスペシャルウィークのトレーナーに直接聞いたから間違いない」

 

 いけると思ったタイミングというのは勝てると思ったタイミングと言ってもいい。スペシャルウィークがスパートを確実にかけてくる=確定演出みたいなもんだ。

 逆にまだだけど、ここでかけないと不味いという気持ちにさせればこっちの勝ちだ。後はここだと思ったら相手もまだ体力ありあまってて手遅れだった、とか。

 今回は前者を選ぶわけだ。

 

「さりげなく同期を工作員扱いですか。ていうか、トレーナーさん姑息ですね」

 

「ズルはしてない。情報が欲しいなーと思ったら情報が入ってきたっていう、ただそれだけだ。ゲロったスペシャルウィークのトレーナーが悪い」

 

「「うわぁ……」」

 

 2人して引かれた。そんなやばいことしてたかな、俺。

 

「いいか、昔のような力任せの勝負はもう終わったんだ。これからは強く、速くはもちろんのこと頭のいいウマ娘が勝つ。その中でも情報戦は特に重要な役割になるんだ。野球でも苦手なコース、苦手な球種、打球が行きやすい場所とか、そこら辺全て頭に叩き込んで、ようやくチームが動き出すレベルになってきたしな」

 

 野球だけじゃない。サッカーだって、テニスだって何もかも情報が力の1つとして数えられるんだ。

 

「……なるほど。それで私にレースのデータを叩き込んだって訳ですね」

 

「数字で覚えて、動画と実践で感じて、本番で結果を残す。とりあえず今回はこのステップを踏んで見た感じだな。後は、スペシャルウィークだけじゃなくて、他のウマ娘の情報もレースと距離適性を考えてタイプを分類してみた。そうなると、スカイの頭の中にあるレースプランとしてはどうなる?」

 

 俺はホチキスで止めたA4の資料を手渡した。

「これだと……ふむふむ。何通りかあるけど、スペちゃんをやり込めるのなら……うん、なんとなく想像出来そうです」

 

「良かった。なら後はスカイに託したぞ」

 

「ま、のんびり気ままに、頑張っちゃいますかね」

 

 俺はスカイとグータッチを交わした。

 

「ああっ! ズルい……カレンの時はやって貰ってないのに」

 

「まだまだじゃのう……カレンちゃんよ」

 

「むぅぅ〜〜〜……」

 

「安心しろ、カレンも重賞ならラムパルドばりの頭突きを交わしてやる」

 

「それ可愛くない!!」

 

「あっはっは」

 

 まあ頭突きは嘘だ。ウマ娘のにそんなことをしたら俺の頭が割れる。

 スイカ割りだ。

 

「んにゃ、頑張ってこいよ〜」

 

「軽いなー……」

 

◇◇◇◇

 

 トレーナーさんの気の抜けた言葉に送り出されて、私は控え室に向かった。

 なんていうか、控え室くらいは別に来ていいよーとも思うんだけど、何故か来ようとしない。

 前トレーナーさんに聞いたけど「球場の雰囲気を楽しみたい」とかいう謎の発言をされた。

 レース場です、トレーナーさん。

 

「靴紐の緩みは無し。蹄鉄も問題ない。表情も……固くない。緊張はほぐれてる。いつも通り、いつも通り」

 

 よし、適度な緊張感。ちゃんと保ててれば、レースでも油断することなく固くなることなく、自分のペースで走れる。

 そろそろパドックに出ないと……。

 

「セイちゃん」

 

「あ……スペちゃん……とキング」

 

「私をついでのように言わないで頂戴」

 

 いやだってさぁ、スペちゃんの後ろに隠れてたじゃん。気付くわけないでしょ。

 

「絶対……負けないから」

 

「私も全力で相手をしましょう」

 

 ……そういえば、トレーナーさんが言ってたなぁ。ウマ娘ってレースってなると気性荒くなるよね。獣だろ獣って。

 あの時はだいぶムカついて蹴っ飛ばしたけど、確かに分からなくは無いかもしれない。

 スペちゃん……今まできにすることは無かったけど、レースになると威圧される。まるで虎が獲物を睨むみたいに。

 ……でも、私はそんなものを気にしない。いくら睨んでいても、天高く飛ぶ鳥を捕まえることは出来ない。

 高みの見物……っていう程の実力はないけど、のらりくらりでやり過ごす。

 

「言われなくても、負けるつもりでレースなんて出るわけないでしょー? ま、気負っても良くないし、気楽に行きましょー」

 

 気楽に……外側だけは気楽に。

 内に秘めるこの思いは絶対に出しちゃダメだ。

 

 私は握りこぶしにギュッと力を込めて歩き出した。

 

 ◇◇◇◇

 

「パドックってなんの意味あんの? これいらなくね?」

 

「身も蓋もない……。カレンはランウェイみたいな気分かなーって思ってるよ。カレンの可愛さをファンの皆に見てもらうの!」

 

 なるほど、選手が入場する時のやつか。

 選手入場……待てよ。それなら、やらなきゃ行けねーことがあるんじゃないのか……?

 

「ゴルシちゃん、来てくれ」

 

「おう、何の用だ」

 

 流石頼りになる……いや、焼きそば売って回ってただけか。

 

「突然で悪ぃ。焼きそば10個でこれを放送室に……この曲を流してくれ、頼む」

 

「曲ぅ? 焼きそば買ってくれるならやってやるけどよ、なんでいきなり……」

 

「これは……俺の魂なんだ。選手交代のお知らせなんだ。ジャンプするんだ……横浜を……横浜スタジアムを揺るがすんだ……っ!!!!」

 

「……っっっっ!! 分かった。お前の魂、しかと受けとったぜ!」

 

 ゴルシちゃん焼きそばを袋に詰め込んで俺に渡すとUSBを持って駆け出した。

 

「まだ時間はあるか……間に合う、よな」

 

「お兄ちゃん、今から何をするの?」

 

「ヤスアキジャン……セイウンスカイ・ハイだ。お前らァ!! 今からセイウンスカイが登場するぞ!! 音楽とともに一斉にジャンプしろぉ!!」

 

 俺が叫び、観客はざわめく。そして、大地を揺るがす重低音がパドック全体に響き渡る。

 そう、これだよこれ。

 俺はタオルをブンブン振り回した。

 

「カレン、お前もやれ」

 

「ええ……」

 

『パドックに回るウマ娘を紹介致します。2番人気、スペシャルウィークに代わりまして、3番人気、セイウンスカイ。7枠、3番、セイウンスカイ』

 

 ゴルシちゃん、いい声で放送するねぇ。そして、最高の放送だ。燃える……燃えるぞ!!

 

「おーおーおっおっおーおーおおおおーっおーっおースッカッイーー!!」

 

「え……お兄ちゃん……? え……!? ええ!?」

 

 観客も一緒になって大声でコールする。

 パドック全体が一体になって、まだ冷えきっている季節を激熱の超真夏に変貌させた。

 

「……な、なんですか……? トレーナーさん? もしかしてこれ、トレーナーさんがやった?」

 

 スカイは完全に動揺している。なんならさっき帰ってったスペシャルウィークもひょこっと顔を出して目をまん丸にして口をあんぐりと開けている。

 そう、これが……野球だ。

 

「おーおーおっおっおーおーおおおおーっおーっおースッカッイーー!!」

 

「もおおおおぅっ!! 私のトレーナーさん嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 

 重低音のパドックに響き渡った甲高い声。

 これはスカイの遠吠えと呼ばれ、後世に語り継がれることになる……かもしれない。




ということで今の大魔神さんです。
以前生で見たんですけど、圧巻ですよ。
コロナ明けとかで見てみてください。野球ファンでなくてもあれはヤバいってなります。
某YouでTubeな動画サイトにもあるかもしれませんので是非。


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衝撃の末脚

ちょっといつもより頑張って書きました。
謎の疲労感が休日なのにあります。
そういえば取り敢えず今言えることは……石貯めたからキタサン引こうっていう……それだけです。


『皐月賞トライアル、弥生賞。優先出走権を狙い、ウマ娘達のはいつも以上に真剣な眼差しでゲート前に立っています』

 

『注目の3人はやはり外せません。セイウンスカイはパドックの際にアクシデントがあったらしいですが、それをものともしない強い走りを見せて欲しいですね』

 

『音響トラブル……らしいですが、そのせいもあってか観客席のボルテージは振り切っていますね』

 

『演出としては最高でしたからね』

 

 実況も外せないヤスアキ……セイウンスカイ・ハイ。さっきたづなさんから電話がかかってきて、後でお話がありますって言われた。

 あれは半ギレだよ、ヤバいよ。

 

「……てか、カレン。トライアルって何? 優先出走権ってなんぞ? 意味はわかるんだけど、これそんな重要なレースだったの?」

 

「ええ……お兄ちゃん、本当にトレーナーなのか心配になってきたよ」

 

「いや、そうじゃなくて……まあそうでもあるんだけど」

 

 でも、引っかかるのがあるんだよ。

 

「それならスカイも知ってるはずなのに。あいつ、これはリハーサルだーとか言っててさ。そんな、重要なレースみたいな言い方してなかったんだよ」

 

「だとしても、トレーナーさん自身で調べないのはどうかと思うけど……」

 

 うん、それは言えてる。

 

「まあいいや。もう何しても変わらんし、終わるの待つか。おら寝るだ」

 

「応援!! お兄ちゃんおうえんんんん……!! 3着までに入らないと、優先出走権は取れないんだよ? ここで決めないと……」

 

 カレンがポカポカと肩を叩いてきた。

 ゆっさゆっさと揺らしてきてカレン酔いが……。

 

「3着……あれ、実はきつかったり?」

 

「諦めないでーー!!」

 

 いや、大丈夫。今回蒔いた種の内1つ、すんごいのがあるからな。

 寧ろ、スカイがぐっちゃぐちゃにした分。確実に見えるようになるはずだ。

 

◇◇◇◇

 

『スタートしました。外からじわじわとセイウンスカイが上がってきました』

 

『逃げを取りたいように見えますが……思うように前に出れませんね』

 

「……本気で走らない、かぁ」

 

 セイウンスカイのトレーナー。新人らしいが何を考えているんだ。皐月賞の枠に入るのなら、セイウンスカイの実力から考えてそんな指示を出せるはずがない。

 スズカのような足があるならまだしも……読めないな。

 

「トレーナー、セイちゃんのこと?」

 

 テイオーが不思議そうにセイウンスカイを見ていた。そういえば、たまに遊んでるなんて話を聞いた。

 仲がいいとなれば、他チームだとしても気になるか。

 

「そうだ。トレーナーがそんな指示を出したらしい。流石に、俺たちが実力を測り違えたなんてことはありえないと思うんだが……どうやら本気でこの走りをするみたいだな」

 

「なんだか苦しそうに走ってるわね」

 

 スカーレットも何かを感じとったらしい。

 そりゃあ苦しいだろうな。作戦が逃げなのだとすれば、スピードに乗るまでは差しの容量で逃げを取るなんていう、無茶苦茶な考えで走らないといけない。

 

「……マークを外しておいて正解だったか」

 

 この走りなら、後で焦ったとしても先は見えている。他のウマ娘と同じような考えか、スペとキングヘイローに注目が集まってるように見える。

 スペのパワーがあれば何も問題がない。セイウンスカイは余計なことに集中力を割いてそのまま沈むことになる。

 あとはスペの感じるま間に走らせて、末脚でそのまま差し切ってしまえば全てが決まる。キングヘイローに遅れを取ることは絶対にないと言える。

 

「まずは一勝……」

 

 そう、一勝。

 だが……なんだ、この胸騒ぎは。

 あの時からそうだ、パドックの時から何かがおかしい……。

 正直、今回はセイウンスカイがどう走ろうとキングヘイローさえ抑えてしまえば勝てるレースだ。ここまで圧倒的な強さで勝ってきているのもあり、他のトレーナーは警戒している人もいたようだが……そこは確実なはずだ。

 でも、この違和感の感じる先は……観客だ。あのパドックの時から、ほとんどがセイウンスカイの味方に付いていると言ってもいい。それくらい、一人のウマ娘を応援する熱気が、全てを飲み込もうとしている。

 だが、これは直接レースに影響するようなものじゃない。レースのスイッチが入れば外なんて殆ど関係ない。これは、あくまでも何かが起こる予兆に過ぎない。

 違和感の先は……。

 

「まさか……」

 

 もしかしたら、俺はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 

◇◇◇◇

 

「きっつ……!!」

 

 流石になんとか前に出ることは出来たけど、後ろとの差が詰まってる。こんなの逃げでもなんでもない。

 競り合ってたせいで、抜いたぶんちゃんと体力が残ってるかと言われれば、逃げよりかは余っている……という程度でしかない。

 皆を欺くためにサボった振りをして、トレーナーさんも便乗してくれた。そのトレーナーさんも、いっちばん最初に弥生賞について話した時に私は嘘をついた。皆を騙した。

 騙して、騙して……私の出せる全力は全て出し尽くした。寧ろ、トレーナーさんの助力もあったし私以上の力が出せたかもしれない。

 勝つために全て出し尽くしたけど、もしかしたらまだピースが1つ足りないのかもしれない。

 入着は……トレーナーさんに言われた通り出来るかもしれない。でも……3着までは……。

 

「嫌だ……」

 

 これだけやっても、まだダメなの?

 まだ、スペちゃんに届かないの?

 

『残り1000mを切りました。セイウンスカイは沈んでしまいましたが――』

 

 皆がペースを上げ始めた。そろそろレースを動きはじめる。スペちゃんもキングも、溜めていた足を使い先頭に距離を詰めていく。

 

「嫌だ……」

 

 キング、待って……。スペちゃん……私を抜かさないで。

 

「負けたくない。負けたく……あれ?」

 

 私の目の前から音が消えた。誰もいなくなった。あるのは私の先に見える真っ白に光る蹄鉄で抉った足跡だけ。その足跡からはとめどなく数字が溢れ出てきている。

 それが何なのかは分からないけど……私の直感的に、あの通りのストライド、あの通りのルートで通れば……まだ勝機があるのかもしれない。

 分からないけど……もうやるしかない。

 

「くっ……」

 

 ありえない……体力残ってないのにこんな広いストライド取らせるって……。

 でも、速度は保ててる。で、このストライドを考えるとスパートの場所は……あそこか。

 なにこれ、セイちゃん……差しでも追い込みでもないんだけどなぁ……。逆だなぁ、セイちゃん得意なのは逃げなんです。

 

『おっと、沈みかけていたセイウンスカイが動いた。セイウンスカイが動いた動いた! 息を吹き返したように、スルスルスルスル音もなく前にセイウンスカイが上がってきた!』

 

 周りが見えてきた。1番前に戻ってきた。隣にいるのは……スペちゃんか。

「スペちゃん、私は負けないよ」

 

 光る軌跡を辿って、とにかく前に出る。スペちゃんよりも……前に……!!

 8割とか、軽く走れとか……そんなもの知るか!!

 私は、スペちゃんには……スペちゃんだけには絶対に負けたくないんだ。天才とか……神童とか……そんなのクソ喰らえだ。ここまで登り詰めたらそんなもの関係ないんだって、トレーナーさんは言った。

 それを私が証明するんだ……っ!!

 

『セイウンスカイ上がってきた!! 内からスペシャルウィーク! スペシャルウィーク! しかしセイウンスカイ! スペシャルウィーク!』

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!」

 

 肺が焼き切れそうなくらい痛い。そりゃそうだ、体力はとうに切れてる。私はただ、道標にしがみつくだけで精一杯。

 それができるのは負けたくない、勝ちたいっていうただ一つの欲望がエネルギーになってるから。

 最後の直線。

 走って、走って走って……走っ……う、うん……?

 足跡がない……いつもの光景だ……おかしい、戻ってる。いや、おかしかったのはさっきまでの方か。

『勝った! 勝った! 三連勝!! スペシャルウィークの末脚を諸共せず、デビュー三連勝! セイウンスカイッッ!!』

 

 そっか……ゴールしてたんだ。だから、道がなかったんだ。

 

「やった……」

 

 勝てた。スペちゃんに勝てた。

 

「やっったーーーー!!!」




読んでいただきありがとうございます。
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妄想

キタサン出ない……なんで……。
石使ったのに……貯めてたのにダメでした。
まあカレンチャン来たので良しとしましょう。


「何かは掴んだ……のか?」

 

 いや、確実にスカイは何かを掴んだ。それも、俺の思ってた以上のレベルまで押し上げられた。

 中盤、コーナーでゆっくりと落ちていくスカイが、突然立て直した。しかも、先程とは全く違う走り方をして。

 俺的には、ギリギリまで追い込まれた時にふと見える勝ち筋っていう意味でスカイにヒントを与えたつもりだったが……。それどころか別人と入れ替わったかのような走り方だった。

 

「お兄ちゃん、今の走りは……お兄ちゃんが教えたの?」

 

「いや……俺も分からん。予想外なところの方が多すぎて何がなんだか……」

 

 まあいい、勝ちは勝ちだし。

 

「そう、勝てばよかろうなのだぁ!!」

 

「お兄ちゃんのそういうところ、カレン悲しいよ」

 

 悲しいとか言うんじゃありません。

 

「……ってスカイ!?」

 

 先程まで大喜びだったスカイがよろよろと倒れ込み、蹲った。

 ザワつく会場。

 

「ちょっと行ってくる!!」

 

「か、カレンも!!」

 

 なんだなんだ、三冠目指すって言ってたくせにいきなり故障とかやめてくれよ……? レース前の追い込みはちゃんとスカイの体調を見ながら行ったし、自主練についても無駄なことはしないってのを口酸っぱく言ってきたつもりだ。

 だから、怪我をしたなんてことは万が一でもないつもり……なんだが。

 許可を貰って、俺とカレンはスカイの元に駆け寄った。息が荒い、足がずっと震えっぱなしになってる……。さっきの走りで足を無理に使ったってことか……。

 

「スカイ、大丈夫か……?」

 

「あはは……ごめんなさい。ちょっと、力が入らなくなっちゃって……。あ、痛みとかはないんで心配しないでくださいよ? ピンピン……はしてないですけど、元気ですから」

 

「そう、か」

 

 それなら一先ずは安心か……。

 

「でも、流石にライブは無理だろうな。まだ皐月賞では無い。今日のところはセンターを譲って、次確実に勝つことだけを考えよう」

 

「……でも、センターには立ちたいです。折角、重賞で勝てたのに……」

 

「何言ってんだよ。目標は勝つことだ。ファンサービスを疎かにするなとか、なんちゃらルドルフに言われてるけどな……実際1番のファンサービスはレースに勝つことなんだ。レースを最高に盛り上げることなんだ。2つともちゃんと出来てんだから、何も気にする事はない。スカイは勝った。センターに立てなくても、それは絶対に揺るがない事実だ」

 

 なんで普段めんどい眠たいサボりたいって言ってるやつがこういう時に限って……。今こそ休み時だろうが。

 

「そう……ですね」

 

「一応タンカーが来るからスカイは大人しくしておけ」

 

「トレーナーさん……」

 

「なんだ」

 

「タンカーじゃなくて担架です。タンカー来たらまずいですよ」

 

 確かに、レース場完全に破壊されるな。

 

「までもすごい走りだったよなぁ後さ――」

 

◇◇◇◇

 

「スペのやつ……相当悔しそうだな」

 

「……ああ。ちゃんと俺たちでフォローしてやらないとな」

 

 初めての重賞、初めての敗北。2着に入れただけで十分だが……それでも、悔しいものは悔しい。

 それにしても……セイウンスカイのあの走りはなんだったんだ? 明らかに逃げに失敗してるのに、それでも逃げを打とうとして結果自爆したようにしか見えなかった。

 そして、順位もゆっくり沈んでもう終わりだと確信していた。いや、本人もあの時限界が来ていたはずなんだ。

 それなのに……最後のスパートで一気に上がってきた。

 スペが綺麗に差し切られた。しかも後半のあの走り方……スズカやテイオーによく似ている走り方だ。体がほとんどブレることなく、滑るように駆け抜ける。

 全部がフェイクだったってことか……? 逃げに失敗したと見せかけて作戦は差し……?

 いや……そんなはずは……。

 

「トレーナー。セイちゃんの走り……」

 

「テイオーも気付いてたのか」

 

「うん、セイちゃんがすごく強かった。最初からあれで行ってたら……カイチョーと一緒に走っても違和感はないよ」

 

 普段シンボリルドルフにベッタリなテイオーでも、身内贔屓をやめてまで褒めたくなる走りってことか。

 スペの世代は才能のあるウマ娘が特に集中していると言われているが……ここまで圧倒的な才能を持ってるウマ娘がいるとは思わなかった。

 下手すると、この世代を飲み込まれかねない。

 

「セイウンスカイは強い。さっき見ていた通り、圧倒的なまでに強い。でも……スペだって負けてない。今は悔しがってるが、スペはまた前を向ける。絶対に諦めない。1番のウマ娘になるって、そういうことだからな」

 

「トレーナー、たまにはいいこと言うじゃねぇか」

 

「んだよたまにはって。俺だってふざけて生きてるわけじゃねぇんだぞ」

 

「「「「ふざけてるでしょ」」」」

 

 お前らなぁ……。まあ、いいか。

 それに、悲観することばかりではない。皐月賞で1番マークしないといけない相手が分かっただけでも収穫だ。

 あのトレーナーが、またどんなことをしでかすのかは分からないが、それでもスペは勝てる。

 

 また、1から頑張らないとな。

 

◇◇◇◇

 

「――みたいな感じに騒いでたら、俺的にめっちゃ熱い展開になると思うんだけど、どう思うよ」

 

「……その想像力をほんの少しでもいいですからウマ娘の知識に割けませんかね」

 

「何言ってんだよ。ロマンはそんな○○力みたいな言葉じゃ測れない」

 

 想像力は力じゃない。ロマンだ。男として、実はダークホースってパターンは燃えるんだよ。熱い展開なんだよ。

 

「まあ……私がダークホースっていうのも面白いではありますけど」

 

 この世界にホースは存在するんだな。

 

「……てかスカイもダークホースが好みか……。あれ、実はお前男だったりぐほぉ……」

 

 

「この期に及んで何を言うんですか……っ」

 

 やべ、救護室で大人しくしてたから油断してた。

 駄目だ。スカイはどうなってもスカイだ。

 

「ふしゅぅるるるる……」

 

「スカイ、スカイ怖い」

 

 流石競馬だけあるわ。気性が荒い。怖い。

 

「怖いのは弱ってる女の子を平気でからかってくるトレーナーさんの頭です」

 

「う……ごめんしゃい。まあなんだ、取り敢えず怪我はなくてよかったな。医務室のおっちゃんも、医者にはいけって言ってたけどおそらく問題はないってさ」

 

 クソあのやろう結構脅し的やがったけどな。『ウマ娘に撮って足の怪我は選手生命に直結する。そして、その瞬間はいとも容易く訪れることになる』とか言いやがって。

 俺とカレンがどれだけビクビクしてたと思ってるんだ。まじ許さねぇからなあのおっちゃん。

 

「お兄ちゃんってば、すっごく心配してたんだよ? セイちゃんの大丈夫ほど信用出来ないものは無いだろうって」

 

「あ、あはは……それはそれは……日頃の行いが祟りましたねぇ」

 

「ほんとだよ。もうちょっと素直になればなぁ……」

 

「なんですか……それ。まるで私が素直じゃないみたいじゃないですか」

 

 だってそのまんまだろ。お前のどこが素直なんだよ。

 

「まあでも……ありがとうございます。心配してくれて」

 

「ああ。別に、心配ぐらいなら幾らでもするだろ。それより、スカイのレースの時のことについて聞きたいことがあるんだけど……体調は大丈夫そうか?」

 

「あ、はい」

 

 まあ、俺をぶん殴ったやつの体調がダメなわけが無いか。

 

「あの時、突然早くなったことに自覚はあるか?」

 

「そりゃあ……あれだけのことが起きれば自覚は起きますよ。それに、トレーナーさんがそうなるように仕向けたんじゃないんですか?」

 

「いや……俺も予想外だったんだよ」

 

 スカイがあれだけのこと呼ばわりするくらいだから、やっぱりあの現象は異常ということだな。

 体力の消費も普通に走る以上に激しかったように見えるし、やっぱり以上だな。

 基本的に、限界を突破して実力が発揮されるとしても、自分の体がボロボロになるまではならない。体が勝手にセーブするとかそういうのではなくて、単純に突然能力が上がるなんてことがありえないと言うだけだ。

 だが、スカイはそれが起きた。体を壊しかねない力が、スカイに授けられた。

 これは明らかに異常だ。

 

「……そうですか。なら……あまりこれは使わない方がいいってことですね」

 

「話が早くて助かる」

 

 レースのようにたまーに使うならともかく、それを完全にモノにしようとしてトレーニングで使うなんてのは論外だ。折角慎重にケガしないようにしてきたのに、全てが無駄になる。

 

「私も割に合わない博打はしたくないですから」

 

「だよな。とりあえずはゆっくり休むことだ。疲れをしっかりとったら、次のレースのことを考えよう。まあなんだ……初めての重賞、おめでとナス」

 

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 どうやら。今回のツッコミはないらしい。




読んでいただきありがとうございます。
感想、評価ありましたらよろしくお願いします。


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弥生賞の影響……?

どうも、久しぶりです。
なんかちょっと世界情勢が凄いことになってますね。
それもあって2次で遊んでいるのも如何なものかと仕事頑張ってました……。すみません。
とはいえ全く更新しないとエタッた……?ってなると思ったので投稿します、そんな感じでさらに更新遅くなるかもです。


「サバンナってさ、なんちゃら娘いっぱいいるのかな」

 

「どうしたんですか急に」

 

 いやあほら、クリーチャートレーニングってあるじゃん。あれのメニュー考えてたらさ、動物の名前いっぱい出てくるからなんか気になったんだよね。

 

「チーター娘とかヤバそうだよな。絶対強い」

 

 なんかチート使ってそうな名前だな。

 

「短距離でも半分行けば体力なくなりますって。大逃げで博打しか出来ないやつになりますよ」

 

「何それバクチンオーってか」

 

「……ちょっと面白かったです。人の名前をバカにしなければ合格でしたね」

 

 うんそうか……って痛い蹴らないで!! 

 

「スカイ」

 

「な、なんですか」

 

「俺反省したわ」

 

「なんかちょっと気持ち悪いです」

 

 ひでぇ。

 

「てことで、そろそろデビューand弥生賞無事勝利ってことで作戦会議、始めまーす」

 

「お兄ちゃん、全然締まらないよ」

 

 ぬぅ……。俺にキッチリスタートキッチリゴールを期待しないで欲しい。俺がキッチリ決める自信があるのは開幕ダッシュだけだ。

 でもさ、開幕ダッシュってあんまり順位関係ないみたいな話も聞くよね。まあ、毎年のように勝って毎年のように優勝できない球団もあったりするってことだろうか。

 それは一体どんな球団なんだろう。

 

「さて、すっかり忘れてたアネモネステークスに無事滑り込んだカレンチャン。桜花賞に向けて頑張ってください」

 

「お兄ちゃんそれだけ!?」

 

「うん、ごめんね」

 

「「軽い!?」」

 

 だってさ、めっちゃ忘れてたんだよ。てか、忘れてたというかそもそもトライアルレースの概念を知らなかったからな。

 でもよく良く考えればそうだよな。GIに誰でも平等に出れるってよく考えたらおかしいわ。

「真面目な話をすると、実は偶然調整の日程的には上手くいっている。まあ、ここはカレンチャンがちゃんと知ってたからってのがあるよな」

 

 俺が知らなかったのが異常だからな。皆、俺が動いてる前提で動くよね。

 

「俺終わってんな」

 

 色々終わってるよ。大丈夫かな、仮に勝ち続けて三冠まであと一勝ってなって……。

 

「登録忘れてG1制覇ならずとか」

 

「え……やめ……本当にやめてくださいね? ていうか心配になるような事トレーナーさんが言わないでくださいよ!」

 

「そこは気をつける。まあ、皐月賞近いけどこっちは問題なくトレーニングも進んでるし……俺の調子も良いし問題ないな」

 

「いやいや、私の実力はトレーナーの調子で変わるんですか?」

 

 いや、今のはこっちの話なんだよ。

 

「まあそれは置いといて、カレンチャンのトレーニングを詰めてかないといけなくなった。俺は残業決定なんで、お前らも残業しろ。いいな」

 

「え、理不尽。すっごい理不尽」

 

「カレン知ってる! こういうの、ブラックサークルって言うんだよ」

 

 カレンチャン? 冗談だから可愛い笑顔でスマホ持つのやめてくれよ?

 

「ジョークなんだから真に受けないでくれよ? 全く「あのー…」む?」

 

 ガラガラと扉が開いたと思えば、見知らぬウマ娘がいた。

 

「三浦トレーナー……であってますか?」

 

「そうだけど」

 

 なんだなんだ、俺殺されるのか?

 

「私をスカウトしてくれませんか?」

 

「いや、基本そういうのはこっちから行くから。逆指名はなしね」

 

「なら、走りを1度でもいいので見てくれませんか?」

 

「いや……ほら、俺より実績あって割と入れるチームとかあるだろ? 俺は絶対そっちの方がいいと思うんだ」

 

「そう……ですか。分かりました」

 

 と、ウマ娘は帰っていった。

 

「なんかこういうの多いんだけど何?」

 

 そこら辺歩いてた時に私に走りを教えてください! とか、トレーナーの元で走りたいです! とか、新進気鋭のトレーナーさんに……! とか、そういうのすごい聞くんだけどさ、俺そんなに走りは教えてないし基本練習見ないで内職してるし、あんまり楽しくないと思うんだよね。

 まあ、1番はめんどい。これに限る。

 ただでさえ時間が無いのにこれでまた一人増えるだと……? 冗談じゃない。

 

「私たちルートでトレーナーさんに接触しようとする人も居るんですよ。トレーナーさんがそういう方針なのは分かってるから、全部断っちゃうんですけど。1番は、めんどくさいって言うのはありますけど」

 

 だよな。めんどいよな。

 

 コンコン。

 

 誰だ今度は。

 

「クソが。ホワイトボード消し……じゃないやホワイトボード投げつけてやる」

 

「待って待って待って……! なんで言い直したんですか? いや、ホワイトボード消しでもダメですけどホワイトボードは絶対違いますって」

 

 ガラガラとドアが開いた。

 

「よ、三浦くんでいいか?」

 

「おまえのとれーなーにはならんぞぉぉぉぉ!!」

 

「随分と荒れてんな……」

 

 あれ、ウマ娘じゃねぇ。

 

「エッセンシャルウィークのトレーナーさんですか」

 

「スペシャルウィークだ。担当ウマ娘をシャンプーみたいな呼び方をするんじゃない」

 

 弥生賞が終わったあと俺にすぐ挨拶に来た人だ。

 軽く言葉を交わした程度だったが、人が良さそうなところとダメ男っぽいところが伝わってきた。

 カレンが「この人はちょっと……ファンとしてなら遠くで応援してほしいかな」って言ってた。カレン引くのは相当だぞ。

 

「早速だが頼みがあってきたんだ。メジロ家のことは知ってるよな」

 

「知らないです」

 

「話が早くて助かる、ちょうど今そのメジロ家……ん? ちょっと待って今なんて言った?」

 

「知らないです」

 

 野原家かなんかですか? 父親はひろしですか?

 

「メジロ家を知らないですの!? あの名門のメジロ家ですのよ!」

 

「目白って言うと……ラーメンいっぱいあったよな。あれ、目黒だったか? スカイ今度行こうぜ」

 

「おや、もしかしてデートのお誘いですか?」

 

「ラーメンからどうやったらその発想になるんだよ。馬鹿かおまえ、ばーかばーかぐふっ」

 

「……トレーナーさん。このトレーナーで本当にあってますの?」

 

「そのはずなんだが……」

 

 マジでなんの話ししてんの?

 

「なあ、早速本題に行ってもいいか?」

 

「あ、お願いします」

 

「よし。まずこの子はメジロマックイーンと言ってな。さっき言ったウマ娘の名家、メジロ家のお嬢様なんだ」

 

「お初にお目にかかります。トレーナーさんからの紹介があった通り、メジロマックイーンですわ。これを機に、メジロ家の名前を覚えて頂ければ幸いです」

 

「あ、三浦です。トレーナーやってるっぽいです。この2人は相棒の「ピカチュウとは言わせませんよ?」……セイウンスカイとカレンチャンだ」

 

「ええ、お聞きしています。2人共デビュー戦を勝利させ、スカイさんは弥生賞を取り……順調に進んでいると。ウマ娘としての能力もさることながら、1年目から独自のトレーニング法、日程管理を取り入れ結果を残させる……新進気鋭の素晴らしいトレーナーだと聞いています」

 

 んんん? 何その褒め方。なんか凄いむず痒くて嫌なんだけど。

 てか何で新進気鋭って言うの? 流行ってるの?

 

「スカイ……これ誰の話してると思う? 俺だぜ?」

 

「ええ、ええ、分かります分かりますとも。中身からっぽなのに聖人君子のように崇められてますよ」

 

「カレンは、お兄ちゃんのことかっこいいって思ってるよ?」

 

 あ、そすか。

 

「何を話していますの?」

 

「いやあごめん、なんでもない。それで、なんの用で?」

 

「マックイーンはまだレースに出れる段階では無い訳だが……模擬レースとかなら出れるだろ? 同じ代で、同じチームのテイオーを意識してるんだ。だが……テイオーの元々の身体能力がかなりのものでな。マックイーンがもっと鍛えないとって意気込んでるんだ。だから、ちょっと新しい風でも吹かせてくれたらってな」

 

 新しい風……要するに移籍させるということか。

 

「ああ、移籍させると伸びたりすることありますもんね」

 

「そうですわ。最近だと北海道へ行った大畑選手が途端に打ち始めたという例もありますし、投手でも環境が変わって活躍し始める選手は沢山います。それに……ごほん。ですので、よろしければ私の走りを見て頂きないのです」

 

「ふむ……期間は?」

 

「自由だ。デビューまでには戻ってきてもらうが、それ以外の判断は全てマックイーンに一任させてもらう。だから、3日も立たず帰るかもしれないし、デビューまで入り浸るかもしれない」

 

「つまり……育成期間をここで過ごさせると」

 

「そっちも忙しいだろう。嫌ならはっきり断ってくれてもいいし、やるというのならこっちも全力でサポートはさせてもらう」

 

「仕事もやってくれるみたいな?」

 

「こっちのせいでもあるからな。できる限り仕事も手伝ってやる」

 

 よっしゃ! 仕事少なくなる! 若干押し付け気味で仕事回そっと!

 おい、そこの2人心を読んだみたいに睨むんじゃない。

 

「なら……その間は見てみます」

 

「おう、マックイーンを頼んだぞ」

 

「よろしくお願いします。トレーナー」

 

 こうして、一人人数が増えたわけだ。




下書き中の仮タイトル名は全部う○ちで保存してます
分類はう○ち2、う○ち3です。

馬鹿みたいですね。

読んで頂きありがとうございます。
感想、評価ありましたらよろしくお願いします。


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故障は突然に起きます

タイトルで釣ってくスタイル


「……あれ? カレンちゃん、トレーナーさんは?」

 

 授業が終わり、トレーニングの時間になって、私はトレーニング室に来たわけだけど……いつも何かに追われてるような顔をして、パソコンにせっせと向き合っているトレーナーさんがいなかった。

 代わりにいたのは耳がへなりと倒れているカレンちゃん。なにか悪いことでもあったのかな。

 

「えっと……セイちゃん、トレーナーさんは……」

 

 うーん? なんだろう、この答えを渋っている感じ。

 

「まあいいやー。トレーナーさんが来るまではフリーってことで、セイちゃんはゆっくりお昼寝ターイム」

 

「ち、違うのセイちゃん。今日、お兄ちゃんは来ないって……」

 

 来ない。あーなるほど。たまーにあるよねそういうとこ、トレーニングサボるなんて、トレーナー失格だよ。

 全く、担当ウマ娘の顔が見てみたい……私か。なら納得。

 そういえばずっと気になってたんだけど、なんでトレーナーさんのことお兄ちゃんって呼ぶの? 別に家族でもなければ、親戚という訳でもないのに。

 なんか……そういうアレがあるのだろうか。

 

「トレーナーさん、また仕事かぁ……それかサボりか〜……」

 

「えっとね、お兄ちゃんはその……さっき連絡があったんだけど……その……」

 

「なんで渋るの? 別にそんな重要なことでもないでしょ?」

 

 そういうと、カレンちゃんは致し方なしとトレーナーさんについて話すことを決めたみたいだった。

 

「うーん……。お兄ちゃんね、故障したって……」

 

「……はい?」

 

 故障? 何、故障って。ウマ娘が故障ならまだわかるんだけど、トレーナーが故障って何?

 いや、そもそも言い方がおかしいよ。怪我でしょ、なんでわざわざ故障って言い換えるの?

 

「どこを怪我したとかって聞いてるの?」

 

「なんか、右肘に違和感……って」

 

「右肘に違和感」

 

 ……いやなにそれ。右肘に違和感ってなに? 違和感位で休むな。来い。

 というか、それで故障って……貴方は野球選手かなんかですか?

 

「それで休みって……良いの? トレセン学園さん」

 

「でも、場合によってはクリーニング手術を受けるかもっていうので診察してもらうっていってたから……」

 

「野球選手じゃん」

 

 それもう野球選手だ。トレーナーさん、野球選手なんだー今度サインもらおっかなー。

 ……セイちゃんの馬鹿。違うでしょう。

 なんだろう、トレーナーさんって本当になんだろう。人のことからかうし、ウマ娘と走りで張り合おうとするし、なんか野球はやたらと上手いし、故障するし……。

 

「トレーナーさんって、なんなんだろうね」

 

「うーん……分からないけど、でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ? カレンの大好きなお兄ちゃん」

 

 健気だなぁ……。

 

「申し訳ありません! 遅れてしまいました……!」

 

 息を切らしたマックイーンが遅れてやってきた。

 マックイーンは部屋に入って、身だしなみを整えて……「ゴールドシップさんがあんなことをしなければ……」と愚痴を言って咳払い。

 こう……見た目はすごいお嬢様って感じだけど、中身は親近感があるというか……なんか私に通ずる何かを感じるよね。

 

「いやぁ、全然。寧ろトレーナーさん休みだし、練習も休んじゃおうかなーって考えてたところだよ」

 

「休み……? 私のトレーニング初日だというのに、説明も何もせず休みですの?」

 

「うん、お騒がせトレーナーでごめんねー。なんか、故障しちゃったみたいで」

 

「故障……そうでしたの。心配ですわね、ゆっくり休んで早く出走できるように……でき……」

 

 マックイーンが人差し指を顎に当てて首を傾げた。

 そうだよね、そういう反応になるよね。

 

「今、トレーナーの話しているんですの?」

 

「そうだよー。トレーナーさんは故障しました」

 

 マックイーンは頭を抱えた。

 

「本当に……トレーナーさんはなんで私をこんな所へ……?」

 

「因みに、右肘に違和感があったらしいです」

 

「……トレーナーさんは野球選手か何かですの?」

 

 まあ、そういうツッコミになるよね。ていうか、そうとしか言えないよね。

 

「何故スカイさんとカレンチャンさんは動じないのですか? 流石に、トレーナーとして明らかにおかしいでしょう。トレーナーの自覚がかけていますし、故障したとはいえせめて顔出しくらいはするべきでは?」

 

「うーん、それに関してはごめんね。トレーナーさん、そういう常識が通用しないから。ここはね、常識人だと生きていけないようになってるんだ」

 

「お二人はもう、手遅れなのですね」

 

 手遅れ言うな。まるで私たちまで頭おかしいって言われてるみたいじゃないか。

 これも全部トレーナーさんのせいだ。

 

「まあ、私からトレーナーのことは叱っておくからさ。今日は今日でやれる事をやりましょうよ」

 

「立場が逆転してますわね……。スカイさんの言う通り、いつまでも引き摺っていてはマイナスにしかなりませんものね。では、私はお先に準備して参ります」

 

 うーん、さすがお嬢様。更衣室に向かう所作全てに気品を感じる。

 私も、なんかこう……そういう動きをしたら気品を感じるようになるのかな。

 ……ならないかな、というか、似合わないかな。私には。

 

◇◇◇◇

 

 トレーナーさんは、場所取りだけはしてくれたらしい。しかし、芝の端っこにちょこんとだけ。できることと言えば、軽くアップも兼ねてストレッチをしたり、バネを鍛えたり。

 走れるほどの距離は無い。走るとすれば学園の外周かぁ。既にカレンチャンは外周を走ってるところだろうし、合流してもいいかもしれない。

 

「なんと言いますか……、この負荷で本当に良いのでしょうか。私のチームだと、もっと精神的にも追い込むようなトレーニングをしていたのですが」

 

「あー。それなんなんだけどね、トレーナーは精神論ってそんな好きそうじゃなくてさ」

 

「そう……なんですの?」

 

 あ、これだと真っ向から否定してるみたいになっちゃうかな。

 

「いやー、なんかさ。『精神鍛えたいだけなら足使わなくても良くね? きつい想いしたいだけなら護摩行でも行けば?』だって」

 

「足を……つまり、ウマ娘の命である足をできるだけ温存したいと」

 

「というよりも、必要な練習が結果的にキツかったって方が合理的ってことなんだろうね。トレーナーさん、効率をとにかく重視するからさー。だから、別に楽なわけじゃないんだよね」

 

 カレンちゃんのトレーニングは明らかに地獄だ。私から見ても完全に短距離適正なカレンちゃんが中距離を走るとなると、それなりのトレーニングが必要になる訳だけど……さすがにきつすぎるよね。

 効率重視のトレーナーが、逆にこの練習をさせるってなると……このレベルでトレーニングしないと追いつけないということ。

 カレンちゃんは素直にすごいと思う。

 

「このトレーニングが……ベストだと、スカイさんは仰るのですか?」

 

「ベターかな? 最高とは言わなくとも、ある程度適してるって、私は思ってるかな」

 

「スカイさんは、それでいいのですか? もっと上のトレーニングをして、貪欲に速さを求めて……その方がずっといいのでは?」

 

「トレーナーさんはいつも練習を改良してくれるし、ちゃんと今の自分に1番必要なトレーニングを作ってくれるよ。まー、満足するかどうかなんて、その人の考え次第だよ」

 

「考え……ですか」

 

「そう。たまーに話してるときふと感じる時があるんだ。あー、このトレーナーさんダメだなーとか、逆にこういうのもありかーみたいな」

 

 最初こそトレーナーさんが言うことは全部疑ってかかってた。

 才能なんて、トレセン学園まで来てしまえば考える必要は無い。誰だって強くなれる。強くなるための方法が分かってしまえば強くなれるって。

 ほんと、バカみたいとか思ってたけどさ。いざ一緒にトレーニングしてみると、そうやってバカにすることは出来なくなったよね。

 私が思ってたよりも自分の成長速度は早いし、それになんだかよく分からないゾーンみたいなのも手に入れた。

 もうそろそろ無理なんじゃないかって思っても、ちゃんと根拠があってまだ強くなれるって言ってくれるし、凄く応援になる。

 あんなトレーナー、良くも悪くも他にいない。

 

「そうですか……でしたら、私も吸収できるように頑張りますわ」

 

 なんて言ってるマックイーン。まだちょっと不満げだけど、表情は少し晴れたような気がした。




読んで頂きありがとうございます。
感想、評価ありましたらよろしくお願いします。


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大事には至りませんでした

最近友人との縁が復活し始めてちょっと嬉しいです
社会との繋がりって大事ですね。
ただ今度仕事が落ち気味なのでそこら辺バランスとってくのが大変で……。
まあ、まだギリギリ一年目なので。
二年目になる前までに何とか頑張ります。


「ということでただいま」

 

「あ、故障したとか訳わかんないこと言ってた人だ」

 

 スカイ? 今の俺の好感度どうなってんの?

 まあさ、病院即行ったのは申し訳ないよ? 俺も反省してるけどさ、でも当日中でしかもトレーニング中に戻ってこれたわけだから十分だと思うんだ。

 

「カレンなら許してくれるよな?」

 

「んー、ノーコメントで」

 

 逃げやがった。

 

「お疲れ様です、トレーナー。メニューはスカイさんに教えてもらいひと通りやっております。問題なく行えているのですが……やはり、最初くらいは居て然るべきではないでしょうか?」

 

「あー、うんごめん。それはごめんとしか言えない」

 

 名家とか言うくらいだから、礼儀とか作法とか重視するだろうし、今回のは怒ってるだろうなー。

 特に俺は選手じゃなくてトレーナーなわけだし。いや、まあ選手もあながち間違ってはないんだけどさ。

 

「今回だけは大目に見ます。ですが、毎回こういうことがあるようでしたらこちらも仏という訳では無いので。ちゃんとトレーナーの矜持を持って行動してくださります?」

 

「……俺、この子苦手かもしれん」

 

「目の前で言わないでくださる!?」

 

 いやだってさ……君スパルタ人間のオーラしかないじゃん。俺、そういう人苦手なんよ。

 やけに自分の価値観に囚われて意見をあまり聞かない人多いからさ……リトルの監督とか。あとシニアの監督とか……高校野球の監督とか……監督しかいねぇな。

 俺、監督に恵まれてないのかな。

 

「泣きたくなってきた」

 

「……なんで?」

 

「お兄ちゃん、辛い時はいつでも力になってあげるよ?」

 

「ありがとうカマンベールちゃん」

 

「んー????」

 

 ごめん、俺仕事続きで疲れてるかも。

 なんでカレンの事カマンベールちゃんって言ったんだろ。アンパンマンに出てきそうな名前だな。

 

「そういや、今日の練習は……まあ見りゃだいたい何やったかわかるわけだけど、ふむ……」

 

 まあ、いつも通りのトレーニングをこなしているとこというところか。

 まあ、スカイとカレンはレースに向けて調整をしていくだけだから問題は無いとして、今問題になるのが……。

 

「考えないといけないのはメジョマッキーンか」

 

「メジロマックイーンですわ」

 

 メニューをどうするか……メジロマックイーンだと、まだレースのない期間だ。だから、スカイたちの練習をして効果がない訳では無いが、どうせならちゃんとルーキー育成期間みたいな感じでちゃんと練習を組んだ方がいいような気がする。

 中学生相手に何考えてんだって話だけど、これだけメジャーな競技になってるんだし間違いは無いはずだ。

 何せアイドルの側面を持ちながら怪我が多いからな。なんか闇だよなそこら辺。

 となると……もはや実践なんて考えずにひたすらフォーム解析とそのフォームを実現するために必要なトレーニングっていう地獄の時間で練習を組むか。

 

「育成契約だから契約金はなしだな」

 

「……マイナーリーグの勘違いではなくて? 私はメジャーの舞台へ羽ばたくために、少しの間お世話になるだけです。支配下に入るつもりはありませんので」

 

 ほうほう、言ってくれるじゃねぇか。

 

「それだけ言えるのは流石だが……ここはマイナーじゃないぜ? 裏側にあるもうひとつのスポーツ。向こうとは訳が違う」

 

「ですが結局「――お願いだからやめて私たちなんの話してるか分からないから!!」むぅ……折角話が通じる方が居て心踊りましたのに……」

 

「それなら別のところでお願いします」

 

 うむ、まあそれもそうだな。歳が近いとはいえ生徒とトレーナーだからな。張り合うのは良くない。

 

「スカイとカレンはこのままメニュー通り練習を続けていてくれないか? メジロマッキュイーンはまだ入学して時間も経ってないし、この1年で改めて自分のフォームを見直してそれを実践で使えるようにする。そのためのトレーニングをしよう」

 

「そう……ですか。私はもうスカイさん達と走れるくらいには成長したと思ってましたのに……」

 

「そういうのが怪我に繋がるんだ。そうやって無理に練習して、怪我した時に言うんだ。『まさか自分が怪我をするなんて……』いやいや、そんだけ無茶してたら怪我くらいするだろって、傍から見たらそういう感想になる」

 

「ですが……体調の管理も徹底しております。フォームも、様々な観点から自分に最適だと思ったフォームを作り上げたのです。早々弱点なんて……」

 

 相当努力してきたからこその言葉なんだろうなーとは思う。

 それだけレースへの思いが強いのは良く分かった。

 までも、視野はもっと広くなるに越したことはない

 

「そのフォームと、身体のバランスを更に客観的に見れるようにした方がいい。自分とか、他のウマ娘、親……人の経験のみの情報だと限界がある」

 

「ならどうすれば……」

 

「科学に頼る。幸い金はそこそこ出るし、外のツテも作ってある。メジロマッキュイーン自身の感覚と、科学的観点から見たメジロマッキュイーンのフォーム。この2つを擦り合わせてフォームの答え合わせをするんだ。それプラスでそのフォームに必要なトレーニングをバランスよくしてくみたいな」

 

「そういうことですのね。分かりました。元々、こっちのトレーナーに全て任せるというのが指示でしたので。そのようにして頂いても?」

 

「ああ。取り敢えずメジロマッキュイーンには当面フォームを固めることを最優先にしよう」

 

「その……メジロマッキュイーンっていうのはやめてくださいます?」

 

「ごめんマッキュイーン」

 

「怒りますわよ?」

 

「じゃあてめぇはなんて呼べってんだよォ!!」

 

「なんでトレーナーが怒りますの!? 普通にマックイーンと呼んでくださいませんか?」

 

「よろしくなマックイーン」

 

 おい、なんでそんな頭痛いみたいな感じで頭抱えるんだよ。

 

「……なんか、ゴールドシップさんを相手にしてるみたいですわね」

 

 やめろ、ゴルシちゃんを変なやつみたいな言い方をするな。ゴルシちゃんは世界水準だぞ。世間一般で言う世間一般のことはゴルシちゃんのことを示す。

 世界はみなゴルシちゃんのような人格、世界こそゴルシちゃん。

 ゴルシチャンイズザワールドである。

 

「何話してたっけ」

 

「私のトレーニング計画についてです。もう、しっかりしてくださらないと困ります」

 

「ああうんごめん。まあ、そんな感じで大丈夫か?」

 

「ええ。トレーナーの意図も読めましたし、私は納得しておりますわ」

 

 んじゃひとまず予約は取っておかないといけないな。

 いやぁ、あそこには本当に助かってばかりだ。とはいえ、ウマ娘が増えれば資料が増えるわけで、そこからまたあーだこーだやってトレーニングの日程も考慮して……。

 

「トレーナーの仕事、めんどいな。だるい。この思いは最初っから最後まで変わらんな」

 

「なんでトレーナーになりましたの!?」

 

「いやぁ、出世する人以外みんなそんなもんだよ。ダルい、めんどい、なんで俺が私が……いやぁ……本当に仕事をしないって選択以外にホワイトなことってないと思うんだ」

 

「これから大人になるウマ娘の目の前でなんてこと言うんですの……?」

 

 いや、逆にウマ娘のトレーナーの仕事ってやりがいに感じるところって言うとさ……。なんかある?

 教え子が結果残すのが嬉しいとか、そんなところだと思うけど……うん確かにそこは素直に嬉しい。

 ただやり甲斐に欠けるな。まあ、どんな仕事でもそんなもんかね。

 

「本当に、この方で良いのでしょうか……というより、何故こんな方の元であのお二方は結果を残せるのでしょう……」

 

 こんなとか言うなよ。いくら生徒の前で愚痴ってたとしてもトレーナーだぞ。傷つくんだぞ。

 

「まあほら、泥に乗ったつもりで堂々としてればいいよ」

 

「もはや船でもないですわね」

 

 まあ大丈夫だ。

 なんかあったとしても魔法の言葉、なんくるないさーで全てが丸く収まる。




読んでいただきありがとうございます。
もうすぐ開幕ですね。
皆さんの贔屓球団は何位になると思いますか?
雑談がてらでいいので感想欄で待ってます。

あと評価もよろしければお願いします。


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マックイーン大興奮事件

ガッツリ喉をやってぐったりしてました
原因は不明です。
取り敢えず治ったんで1話だけ。


「親の顔より見た研究所」

 

「……トレーナーさん、実際そんな見てないですよね」

 

「いやでも個人的に行ったりもするからさ、まあなんだかんだ見てるかもしれない」

 

「ちゃんと親孝行してくださいね」

 

 いやでも本当に親の顔より見てるんだよなこれが。

 そもそも、俺はこの世界の親を知らない。ここに来て俺自身は何も変わってなかったし、恐らく親も同じなんだろうけどさ。

 まあだから、親孝行言われてもその通りですねとしか言いようがないんだよな。

 あれ……じゃあ俺の爺ちゃんも会おうとすれば会えるわけか。いや、でもやめとこう。贔屓球団の監督への愚痴を聞くのはもう飽きた。

 

「ここが……スカイさんとカレンチャンさんの強さの秘密……」

 

「まあ、ここには相当世話になってるな。ここには本当に世話になってる」

 

「どこかで聞いた文章の羅列ですわね」

 

 小泉構文ってか? うるせぇわ。

 

「いやー。セイちゃんも最初は不安だったけどー……今となっては親よりよく見た研究所って感じですなー」

 

 やっぱそうだよな。ツッコミながらも結局そうなるんだよ。

 

「……この方たちは一体、普段どんな生活をしているんですの?」

 

 どんな生活って言われても普通の生活だろ。ご飯食って仕事して帰って風呂入って寝る。たまに遊ぶ。しっかりトレーニングする。

 それ以外何があるってんだ。

 てか逆に普通じゃない生活って何? 自給自足的な感じか?

 

「普段、ここでどのようなトレーニングをされるのですか? フォームのチェックというのは分かるのですが、事前に内容は知っておきたいと思いまして」

 

「ああ、まあ動作をデータ上に落とし込んで数値化したりして現状の弱点を洗い出す。それは、ここでロスが生まれてるとかここに負担が集中してるとかそんなところかな。で、理想はこのような数値ですみたいな感じで説明されて、じゃあどういうイメージの走りが1番近いのかってのを探り探り探したり、理想の動きに見合うトレーニングを教えて貰ったりする」

 

「かなり高度なことをされているのですね……」

 

「まあ、この施設は基本プロが使うものだからな。いわゆるスポーツで飯を食べる人っていうのは、それだけ細部までこだわり抜いて完成度を目指すってことだ。流石にそこまでやれとは言わないけど、自分の管理くらいはきっちり出来るようにならないとな。できるか?」

 

「当たり前です。メジロ家たるもの、常に上を目指しその名に恥じぬ結果を残さなければいけませんので」

 

 その意気はよし。とはいえ、なんかちょっと1人で抱え込みそうで怖いところはあるな。

 

「りょーかい。んじゃ俺は別行動になるから、スカイとカレンはマックイーンの事よろしく頼むな」

 

「え? トレーナー、ちょ……」

 

「りょーかいでーす」

 

「よーし、カレン。お兄ちゃんのために張り切っちゃうぞ☆」

 

 カレン? マックイーンのために頑張ってくれよ? 俺のために頑張ってもなんも意味ないから。

 

◇◇◇◇

 

「行っちゃいましたわね」

 

 また……またトレーナーはどこかへ行ってしまいました。

 本当に、自由人というかなんというか……私への配慮が何もありませんわ。

 

「まあ、トレーナーはいつもの事だから。特にここでは私達のこと、ほっとんど見てくれないよ?」

 

 本当にそれでいいんですの? 今チームとして活躍されてる方達は徹底的に管理されていたり、ウマ娘の目線になって寄り添って考えてくださったり……精一杯動こうとしてくださる人がいるというのに、この方は、本当に……。

 

「カレンも確かに寂しいなーって思うかな。でも、お兄ちゃんも何も考えてないわけじゃないと思うし、私はこれでいいと思ってるよ」

 

「そうですの……」

 

「ほらー、時間ないんだし早く準備するよー」

 

 スカイさんはせかせかと動き始めました。

 普段のんびりしているというのに、この場所に来てからはそのような素振りが感じられません。

 それどころか闘志すら感じられます。ここに来た時点で、スカイさんに何かしらのスイッチが入ったということでしょうか……それだけ、ここでの練習が重要になるということなのでしょう。

 私も、集中しなければいけません。トレーナーにばかり振り回されていては、見えるものも見えなくなってしまいますから。

 そして、移動したのは広い芝の練習場。スカイさんいわく、以前よりも設備がパワーアップしているらしいです。

 お相手方もメジロ家の人が来ると聞いていつも以上に張り切っているらしく、設備も大幅に改善したとのこと。

 改善前でスカイさんがあれだけのレースを見せてくれたと考えると、私がトレーニングを開始するタイミングとしては絶妙だったのかもしれません。

 スタッフとの挨拶を短く済ませて、この施設の説明を受け、トレーニングが始まりました。

 

「ここで負担が掛かっているね。ある程度看過できるものなら無視してもいいんだけど……これはそうもいかなそうだな」

 

「怪我……それは、深刻になる可能性が?」

 

「そうだね、ここは私共としても直した方が……安心できると思いますよ。もっと自然に加速し、カーブでも踏ん張れる走り方はありますし。例えば……」

 

 自分のフォームの弱点をいとも簡単に見つけ、すぐに修正案を出してきました。

 それも、かなり的確なアドバイス。勿論、その動きを自然とこなすには時間が掛かりそうですが、それでもデビューまで十分な時間があります。

 そう考えると、やはりここに来てよかったというもの。

 

「ですが……正直理解するのに時間がかかりそうですわね」

 

「分かるよー。私だって、今でも何言ってるか分からないことあるし。それで言うと、カレンちゃんは凄いよね。ちゃんと向こうの人と話通じてるし、伸びもすごい。もしかしたら本当にトリプルティアラ狙えちゃうかもしれないね」

 

 トリプルティアラ……。てっきり、あくまで目標というだけで本気で狙っているとは思ってもいませんでしたが、本当にそちら路線なのですね。

 デビュー戦の短距離はかなりのもの。適正で言えば圧倒的に短距離なはずなのに……。それを実現させようとするトレーナーは一体……。

 

「はっ……!?」

 

「……? マックイーン、どうかしたの?」

 

「い、いえ。何か良く聞き覚えのある音がした気がしたので……」

 

「そりゃー、ウマ娘が走る音は学園でずっと聞いてるもんね。学園とレース場以外の場所で聞くのはちょっと新鮮かも」

 

「は、はい。そうですわね」

 

 いえ、そうではなくて……もっと遠くから……。

 耳を澄ませてよく聞いてみますと、乾いた甲高い音が響いてきます。

 これは、ウマ娘とは全く関係のない音のはず。でもどこか気になります。

 心の底から魂が震え沸き立つような、熱くなる感覚。

 その音がした瞬間、何故か歓声が聞こえていると錯覚してしまう……歓声、乾いた音……何かを打つ音……カキーン。

 

「カキーンですわっ!!」

 

「……課金?」

 

「違います! この音は間違いないはず。このどこかで、誰かが練習をしている……恐らく、これだけの施設ならばアマチュア選手はごく少数のはず……そして開幕前のこのシーズンなら……なら……」

 

 私の直感が……間違うわけがありませんわ!

 

「これは間違いなくプロ! 野球で生計を立てている方々……行かなければなりませんわ!」

 

「どーどーどー、落ち着いてマックイーン。練習を邪魔したらダメだからねー」

 

「でも……でも少しだけ……ほんの少しだけですから、お花をつみに……いえ、小石を拾いに行ってきますわ」

 

「どこの高校球児!? ここ芝、人工芝だから小石拾う必要は無いんだよ!」

 

「あら、スカイさんも詳しいのですね」

 

「……トレーナーがね」

 

 やはりあの方は同志……。

 

「スカイさん、小石を拾いに「ダメだからね?」むぅ……」

 

 仕方ありませんわ。メジロ家たるもの、ここは冷静にちょっとだけ……いえいえ、心を動かさず練習に集中しましょう。




パクパクよりカキーンの方が言いそうな気がしたのでカキーンを使いました。
パクパクは使わないかもしれないです。


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一大ニュース

毎度毎度投稿遅くてすみません……引越しありました……。
結構距離が離れてたんで、高速使ったんですけど休憩しないとヤバいですね。


「激震、カレンチャントリプルティアラ路線か……っていうニュースあるんだけどさ、流石大人気ウマスタグラマーってところだな。デビュー戦勝っただけでこんなになるか」

 

「それだけファンがいるわけですよ。カレンチャンはほかのウマ娘と違ってかなり特殊ですからね」

 

 前カレンチャンのウマスタを覗いたが……まあ正直あれを見て何が楽しいのかはよく分からない。カレンチャンが可愛いのは認めよう。認めるが……その写真をじっと見ても感想はと言えば……なんだろうね。何も思い浮かばないんだ。

 それなら素振りして筋トレして寝る。

 

「あんなのがなぁ……」

 

「お兄ちゃん! カレンのこと『あんなの』呼ばわりしちゃダメ!」

 

「分かってるよ」

 

「むぅっ! ぜんっぜん分かってない! ふんだ。そんなことするならー……こうだ!!」

 

 と言って、抱きついてくるカレン。

 

「わけがわからないよ」

 

「トレーナーさん、テイオーのマネですか?」

 

「いや、これはゲスみたいなクズの塊みたいなくっそ嫌われてるマスコットキャラのモノマネだ」

 

「それもはやマスコットじゃないですよね」

 

 うん、あいつマスコットじゃない。黒幕というか、諸悪の根源というか……ラスボスみたいなあれだな。

 アイツがいたせいで魔法少女として壮絶な運命を辿ることになるのだ。ほんと、前見たけどえぐいアニメだよな。

 

「ぎゅぅぅぅぅぅっ♪」

 

「なんかさ、人の温もりを感じるよね」

 

「なんでお兄ちゃんは冷静にいられるの!?」

 

「……トレーナーさん、ちょっと気持ち悪いですよ」

 

 冷静じゃないし、あとなんか酷い言われようしてるし。

 

「ちなマックイーンはなんて思った?」

 

「いえその……それはレース前にする話なのですか?」

 

 うん、この雰囲気は緩かったな。

 

「1回落ち着くとしよう。そんでなんだけど、今回のレースはカレンにとって重要になるのは確かなんだが……マックイーンにもこのレースから感じてくれるものがあればと思うんだ」

 

「私に……ですか。それは、何か欠点があるということでしょうか」

 

「欠点はまだろくにレースしてないんだし、色々あるんじゃね? 知らんけど。まあ、そうじゃなくてさ。自分のためにレースをするということが何なのか、肌で感じてもらえればと思ってな」

 

 マックイーンは良くメジロのウマ娘だとか、メジロ家の……みたいな言葉を良く使う。

 プライドだとか、誇りだとか、そういうものを持って走るのは悪いことではないが……まだ中学生なんだしそれに引きずられていたらいずれ潰れてしまいかねない。

 無理して練習して怪我とか言う問題ではなく、単に走ることが楽しくなくなってしまうだとかそっちの方での潰れるのだとすれば、それほど悲しいものは無いだろう。

 幸い、マックイーンにはトウカイテイオーというライバルがいるわけだし、カレンの走りを見て、そこから改めて感情をぶつけてくれればどこまでも伸びてくれるだろう。

 

「まるで、カレンチャンさんの勝ちが決まっているような言い方ですわね」

 

「別に勝つ走りを見てほしい訳じゃないよ。こういう走り方もありなんだってくらいに見てくれればいい」

 

「? 分かりました」

 

 てかさ、マックイーンはめっちゃいい子だよね。普通に、俺だったらメジロとかいう家名に囚われるの最高に嫌だし、名前が先行して自分自身の能力を見られないのも嫌だ。

 だが、マックイーンは素直に受け止めていてメジロの名前に誇りを持っている。

 これはもう神だよ。中学生ってこんなに心広いの?

 

「カレン、今回は勿論得意な前目に着くのがキモだ。嘘だけど」

 

「嘘なの!?」

 

「取り敢えず、走る体力と気力をこれでもかと虐め抜いたと。で、瞬発力も短距離だったからある程度持ち合わせてる。加えてカレンは割とコツコツ準備して確実に成功させるタイプ。もうこれは差し追い込みしかないでしょ」

 

「叱って言ってる割には2択なんですね」

 

「黙れスカイ。痛い、痛い痛い」

 

「カレン、差しの練習なんてしてないよ? それをいきなり?」

 

「スパートの練習ならやってただろ? てか、元々ハンデがある分体力温存しないとダメなんだよ。逃げとかもはや博打だぞ。ギャンブラーか? カレンはギャンブル中毒カレンチャンか?」

 

「うう……それは可愛くない……」

 

「だろ? 最後スパートを最大限切れる準備を整えるんだ。使えるものは全て使え、前のウマ娘を風避けに使ったり、ポジション上手くとって相手を牽制して集中力を削ったり……」

 

 そんで最後のスパートを全力で切って隙だらけの塊から抜ける。

 元々カレンはレースでもそういうの得意分野だし、十分力を出せるはずだ。

 後は、1番前のやつに届けばそれでいい。どうせ、今回の中距離は血迷っただかだからとカレンへのマークはない。だから自由に動けるはずだし、それなら何も問題は無い。

 マークされない前提の話だから今回しか使えない作戦だ。だが、それだけにこの作戦が刺されば勝ちは確実。カレンには何としてでも取ってもらいたいし、それくらいはしないとな。

 

◇◇◇◇

 

『青空が広がる中山レース場。桜花賞への切符をかけてウマ娘たちがしのぎを削る。2着までには果たして誰が入るのか、1番人気は……』

 

 当たり前っちゃ当たり前だが、観客のほとんどはカレンに期待していない。声援が聞こえる分、カレンのファンが応援してくれている訳だが……カレンが2着までに入ると思っているやつが何人いるのか……。

 

「私、正直カレンって子気に入らないかも。短距離でデビューしたかと思えば桜花賞狙いって……どれだけ掻き回せば気が済むのよ」

 

「だよね〜。レースへの気持ちとかも大して感じられないし、なんかやな感じ」

 

 ふむ、こんな近くでそんな話されてもな……。

 カレンのトレーナーってそんなに有名でないのか、それともカレンにそもそも興味無いのか。

 

「……私、声をかけて参りますわ」

 

「やめとけ」

 

「ですが……カレンチャンさんの努力を間近で見ていて何も出来ないなんて」

 

「自分に必要なことだけを考えればいい。カレンのためを思うなら、カレンに必要なことだけを考えればいい。それは、本当にカレンに必要なことなのか?」

 

「それは……」

 

「人に言葉をぶつけたところで人は変わらない。変わるためには外からじゃだめなんだ。内側から、変わらないとダメだと思わせないと人は変わらない」

 

 ソースはどこかと言うと……まあ、部内で色々あるんだよ。特に個性ばっかりのチームで上目指そうとすると仲良くてもまあなんかあるわな。

 

「そこにいるサボり魔だってそうだろ」

 

「サボり魔とは人聞きが悪いですね。私はただルーズに、のんびりとしていたいだけなんです」

 

 それでサボってたらサボり魔なんだよ。

 

「そうですわね。スカイさんの話を聞いたら少し納得致しました」

 

「……うーん。なんか、あんまりいい気分じゃないかなー」

 

「スカイは典型的だからな。そう、SKYは」

 

「トレーナーさんはバカにしてますよね」

 

「してないよ? どちたのスカイちゃん。妬いちゃったの? そうなのー。うーんかわいそうによーちよちグフェェ!!」

 

「なに急に頭撫でるんですかぁ……!?」

 

 そっちなの。ちょっとツッコミどころ違くね?

 

「はぁ……。トレーナーのせいで怒る気も失せてしまいました。でも、そうですわね。私も考えを改めていかなければなりません」

 

「そっか、そりゃよかった。んじゃ、そろそろスタートだしちゃんと見ておけよ」

 

 そこにいる名も知らぬウマ娘もな。

 みんな見た瞬間分かるんだ。カレンのしてきた努力を。綿密に立ててきた計画を。

 そして、今持ってる考えを変えざるを得なくなる。勿論、今すぐでは無い。少しずつ、変わっていくんだ。

 

『ゲートが開きました!! 先頭に立ったのは――』




ちなみに今回のスカイは引かないです。
今持ってる石は今持ってるスカイを強くするためにサポートキャラに回します。


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路線変更

すみません……めっちゃ遅れました……。
忙しいっていうのは言い訳に過ぎないですが、忙しいです。県またいであっちゃこっちゃ飛ばされてます笑
時間を作るって難しいことなんだなぁって思い知らされますね。


 言った通り、カレンは得意の前めにつく走りは封印し後ろで状況が動くのを待っていた。

 

「カレンちゃん、いい位置に付きましたね」

 

「そうですね。得意な作戦ではないというのに、手馴れていますわね」

 

「へー、あそこら辺がいい位置なのか。なるほど」

 

「「……」」

 

 おい、2人してそのジト目はなんなんだ。やめてくれよ。

 ……まあ、作戦通りかつこの2人がいい位置だと判断するのであればかなり順調と言えるだろう。

 それならば、あとの問題はペース配分と最後のスパート。これは相手の出方を伺う必要があるわけだが……それは心配することは無いだろう。

 

「まあ、いい位置とは言っても追い込みで行くのであれば……の話ですけどね。トレーナーさんの話だと差しって感じをイメージしてますよね」

 

「あれ差しじゃないのか」

 

「後方2番手って考えれば……あの場所は充分追い込みって言っていいんじゃないですか? マックイーンが手馴れているって言ったのも、多分経験豊富のように見えると言うよりかは余裕そうに見えるの方が近いかもです」

 

 つまり、この位置が意図した場所なのか分からないということか。

 とはいえここから作戦を伝えられる訳でもない。何かが分かったところで、俺はただ見るだけしか出来ないわけだ。

 

「サインとか出せないかね。取り敢えず口触ったらバントな」

 

「必死に走ってるのに何させようとしてるんですか」

 

 走りながらバントするんだよ。セーフティバントだよ。

 そしてセーフティバント(してない)で華麗にスタートを決めたカレンはコーナーに入る。

 あんなスピードで走ってるのに良く遠心力で飛んでいかないよね。こう……体制とかに秘密があるのだろうか。

 力技でって訳でもないだろうし……尻尾でバランスをとるみたいなのもワンチャンあるんじゃなかろうか。

 いや待てよ……。

 

「その時、ふと閃いた! このアイディアは、ベースランニングに活かせるかもしれない!」

 

「コーナリングじゃなくて!?」

 

「三浦トレーナーの成長に繋がった!」

 

「私達は!?」

 

「塁間が早く……それならTAKESのスーパーカートリオとして――」

 

「ちょ……ちょちょマックイーンは便乗しちゃダメ!」

 

 いいねマックイーン。ボケとツッコミ、両方使える二刀流。

 いや、結構この学校そういう人多いよな。

 サイレンス……サイレンス……シズカみたいな名前の人がスペシャルウィークに振り回されてて大変だなーとか思ってたら次の日なぜかその場でグルグル回ってたり……。

 うん? この学校大丈夫なのかな?

 

『さあゆっくりと動き出しました、カレンチャンはまだ動かない、じっくりと脚を溜めています』

 

「ほら、トレーナーさん。そういう変なことしてるうちにレースも終盤ですよ? マックイーンに何か見せたかったんじゃないんですか?」

 

「ああ。丁度、ここからが本番ってところだ」

 

 瞬間、カレンがスパートを掛けた。

 途端に戦況は変わり、他のウマ娘のペースが徐々に乱れていった。

 カレンが他のウマ娘達に対して何かをしているわけじゃない。ほかのウマ娘たちがカレンのがむしゃら走りを見て動揺しているのだ。

 もちろん、レースでも可愛くなんて言ってるだけあり誰もが魅了されるような走りをしている。ただ、必死なんだ。

 カレンがここまでトリプルティアラに賭けているなんて誰が思うだろうか。

 そして、その気持ちを突然目の前で見せられたら動揺を隠すなんて不可能だ。

 

「やあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 カレンの叫び声がレース場に響いた。

 更にスピードを上げて先頭へ突き進んだ。

 

『カレンチャンがするりと抜け出し……ゴールインッ!! 1着はカレンチャン!』

 

「ふぅー。取り敢えず、これで無事2人とも切符を手にしたわけだ」

 

 よかった。よかったってか、まじ心臓に悪い仕事だ。

 なんなら胃にも悪いまである。

 

「初めてにしては……上出来すぎますね。トレーナーさん、もしかして人生3周目くらいじゃありませんか? こんなの新人トレーナーじゃありませんよ」

 

「いや、まともなやつなら今頃30冠くらいだろ」

 

「そんなに走ったら死んじゃいますって。ていうか、そんな馬鹿げたタイトルないですからね?」

 

 いや、真面目にまともに走ってたらもっと楽に勝たせてあげられるんだろうなーとか思う。

 誰かに頼るとか、余計な労力を使わなくて済むから時間も余裕持てるし。

 そこら辺は根性論様々というかなんというか……根性が先行してるからこそ理論が際立つみたいな、そんな感じがあると思う。

 

「……やってみる?」

 

「えっと……一応聞きますけど本気で言ってます?」

 

「冗談に決まってるだろ」

 

「冗談に聞こえないんですよ。全く、トレーナーさんはもう少し女の子の扱い方というのを勉強してきた方がいいと思いまーす」

 

 性別じゃないんよ。ボケかツッコミか、ただそれが会話において最も重要だ。

 

「てかそもそもさ、スカイは見た目可愛いけどキャラ的に半分男みたいなもぐふぉっ……」

 

「色々余計なんですよ……っ」

 

 ほら、そういうすぐ手を出すところだぞ。

 

「お二人共何をなさってるのですか……早くカレンちゃんの所に行きましょう」

 

「「あ、はい」」

 

 マックイーンはいい子だな。このまま茶化しあってたら忘れてたかもしれん。

 カレンがこっちに来るまで動かなかったんではなかろうか。

 

「お腹痛い」

 

「誰のせいだと思ってるんですか? ちょっとは反省してくださいよ」

 

「反省はしてる。俺の今回のPDCAサイクルはこうだ。Pがふざけてみよう。Dがふざけてみる。Cがふざけたら殴られた。Aはじゃあ今度はもっとふざけてみよう。て具合だ」

 

「それ、何も進歩してないですからね?」

 

 何を言ってるんだ。ちゃんと進歩してるでは無いか。ノリと勢い、力こそパワー。これをちゃんと実践しているんだ。

 違うやめろ俺は脳筋じゃない。

 関係者入口の前で待っていると、満足そうな顔をしたカレンが出てきた。

 ウッキウキで笑ってるとかではない。なんか、顔に隠しきれてないみたいなそんな感じだ。

 

「お兄ちゃん。カレンの走り、可愛かった?」

 

「ぶっちゃけダイオウグソクムシの方が可愛いけどな」

 

「ダ……?」

 

 いくらみんなのアイドルなカレンでも水族館のアイドルには疎いようだ。

 

「なんでもねーよ。まあ、ライバルはいっぱいいるってこった」

 

「カレンより……可愛いの?」

 

「……勝ちたいか」

 

「カレン、お兄ちゃんのためならもっともっと可愛くなれるよ」

 

「……何の話ですか?」

 

 いや、俺もよくわからん。

 

「それは置いといてだな。お疲れ様。ほんと、まず1歩目って感じだけど凄かった。マジでさ、トレーナーって目の前で頑張ってるところ見てるからさ。こういうの普通に嬉しいよな。スカイが勝った時も俺風呂の中でヘドバンしてたからさ」

 

「お兄ちゃん……ヘドバンするのはよく分からないけど嬉しいな」

 

「な……なんか、私を巻き込むのやめてくれませんか? ヘドバンはよく分からないですけど」

 

「……トレーナーも、そういうところがあるのですね。ヘドバンは……私にはよく分からないですけど」

 

 おいなんだよ、みんなして同じこと言いやがって。

 ヘドバンされるのそんなに嫌か? 別に、突然人の前でヘドバンはしないよ? でもさ、なんか家ん中でテンション上がったらしない? 俺はするね。

 ヘドバンは置いといて、今気づいたけどこの子達キャラバラバラだね。なんかさ、人が集まったら個性ありつつもなんだかんだ雰囲気が纏まってるイメージあるけど。

 

「これが御三家ってやつか……」

 

「はい?」

 

「いや、こっちの話」

 

 割と使えるやつが集まるのが御三家。いや、あんま種族値とか知らんからわからんけどさ。ダイパのが結構強いんだっけか?

 

「まあ、いいや。取り敢えず、祝勝会でもするか。スカイ奢りで」

 

「なんでですかっ!?」




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