アルビノ美少女にTS転生したと思ったらお薬漬け改造人間状態にされた上にシティーハンターの世界なんですけど? (らびっとウッス)
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エンジェルダスト被検体観察記録

観察記録という名の主人公のザクッとした設定。
読まなくても(多分)問題はないです。


検体No1120

氏名:不明(便宜上ホワイトと呼称)

性別:女

投薬開始年齢:10才(回収時0才として数える)

出自:不明(戦災孤児)

ユニオン・テオーペが南米の戦地で回収した実験用個体の一人。

回収時は赤ん坊であったため、本名・出自ともに不明だがその身体的特徴からアルビノと思われる。

ホワイトと名付けられたこの個体は、アルビノに対する投薬実験及び、幼少期のうちから定期投薬を行った際の実験に使用するため本部で育成された。

特筆事項として、幼少期から類稀な知性を発揮。

5才にして高等数学を修め、その他薬学、戦術・戦略に対する知識の習得速度が異常であり、育った環境のためか感情表現に乏しい。

訓練を続けた結果10才にしては高い身体能力を持つが、知性ほど逸脱はしていない。

10才にエンジェルダスト第一次投薬を実施。

身体能力の向上及び、耐久性の向上を確認。

痛覚も鈍化。

その後も定期的に投薬を継続。

副作用として、身体の発育が停止。

15才になっても身長及び体内構造に誤差以上の変化が認められない。

ほぼ完全に10才当時の肉体のまま変化なし。

その他知性の低下等の副作用は見られず。

また、他の実験個体と比べると副作用が明らかに少ない。

これは年齢と関係なくこの個体独自の特性と思われるが、適切なアルビノの少女の検体が入手できていないため詳細な比較はいまだできていない。

投薬を開始してから元から希薄だった感情表現がさらに薄くなったとの報告あり。

要検証。

12才から本格的な運用を開始。

小さな体躯故に前線での小隊運用ではなく、単独での敵地侵入、破壊工作及び暗殺に用いられる。

銃器の取り扱いよりも刀剣類の扱いに適応を見せ、15才現在の任務成功率は100%。

裏社会でホワイトデビルと呼称されるようになった。

投薬開始後もユニオン・テオーペに忠実であり、素行に問題は見られない。

マインドコントロール下にあると思われるが、前述した逸脱した知性によるものか、命令外の判断、思考も的確であり、兵士としての商品価値が高い。

 

今後も投薬実験を継続し、経過を随時追記する。

 

 

 

 

 

追記

16才時日本においてMIA。

シティーハンター暗殺任務において消息不明。

敗北して死亡したか、生き延びていてもエンジェルダストの禁断症状で死亡しているものと思われる。

生存は絶望的な物とし、No1120の捜索は中止。

特殊な条件の検体のため、他の検体に適用できる内容ではないとの判断から、この資料は凍結する。

以上



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第1話「恐怖の暗殺マシーン?ホワイトデビル出撃の巻!」

初投稿です。
基本的には原作準拠で進めていくつもりですが、アニメオリジナルの話なんかも絡めていく予定です。
エンジェルハートの設定は拾いませんので、あしからず。
※もしかしたら一部設定がアニメと漫画で混ざっている部分があるかもしれません。
気づいたことがあればご指摘ください。


巨大麻薬組織ユニオン・テオーペ。

裏社会で名を馳せる秘密組織だ。

その本拠地で、長老と呼ばれる指導者に報告を行う黒服の姿があった。

報告を受けた長老が驚愕に目を見開いている。

 

「なにィ?将軍(ジェネラル)が!?」

 

「はい・・・。敗れました。次は誰をやつに・・・?」

 

問われた長老は顎に手をやり、フ、と笑いを零した。

 

「将軍すら敗れたとなれば、もはやアレを使うしかあるまい。」

 

「アレ、と申しますと・・・?」

 

「デビル、来い。」

 

長老がパンパン、と手を鳴らすと、いつからそこに立っていたのか黒服の背後から小さな影が現れた。

いきなり気配が湧いて出たことで驚いた黒服が横に飛びのいたことで、照明の明かりが影を照らす。

その影はまだ年端もいかぬ少女だ。

真っ白な髪と肌、赤い瞳はアルビノの特徴のソレだ。

年の頃は10才かそこらに見える。

愛らしい顔立ちをしているが、全くの無表情で人形が立っているように見えるほどの無機質さを感じる。

大き目の白いロングコートに身を包んでおり体のラインはほぼ見えず、袖も手のひらの中ほどまで伸びているため、特徴的な白い肌は首から上しかほぼ見えない。

その姿を見た黒服は、冷や汗を流しながら戦慄したように声を零した。

 

「ホ、ホワイトデビル・・・!ユニオン・テオーペ最強の暗殺者・・・!」

 

ホワイトデビルと呼ばれた少女は黒服を一瞥すらせず、ぼんやりと虚空を眺めている。

 

「デビルよ。日本に赴き冴羽 獠を・・・シティーハンターを殺せ!」

 

「・・・はい。承知しました。」

 

鈴が鳴るような声で返答したホワイトデビルは踵を返し、不思議なほど足音を立てぬまま歩いて部屋から出て行った。

それを見送った黒服が、流れたままになっていた冷や汗をぬぐう。

 

「恐ろしい・・・!最後まで物音はおろか、ろくに気配すら感じなかった。本当に目の前にいたのか、あの女は・・・」

 

「クク・・・デビルは幼少から暗殺者として育て上げられた生粋の殺人マシーンだ。いくら奴とてひとたまりもあるまい。」

 

 

 

 

 

(シティーハンターに勝てるわきゃねえだろおおおおおがあああ!!!どうせなんやかんやあって爆発炎上した俺を背に止めて引いてGETWILDだろうがあああああああ!!!!)

 

長老の部屋から出て自室に戻った俺は心のうちで絶叫しながら頭を抱えていた。

俺は元々、しがない会社員だった。

ある冬の日の会社帰りに凍った足場で足を滑らせ縁石に倒れこんだところまでは覚えているのだが、次に目が覚めたら赤ん坊でしかも女の子だった。

多分打ちどころが悪くてポックリ逝ったんだと思う。

自意識が芽生えた時には何やらいいつくりのベビーベッドに寝かされており、周りの会話は全部英語。

最初は植物人間にでもなってしまったのかと怯えたが、どうやら自分は赤ん坊のようでそれも女の子、ということに気が付いてからは周りの情報の把握に努めた。

これが噂の異世界転生というやつかと思ったのもつかの間。

冷静に考えれば周りの人間の会話は英語だし、服装から見てもそんなに記憶と相違はない。

ちょっと流行りが遅れているかなと感じる程度で、大きく文化の違いはなさそうだし魔法もなさそう。

部屋にたまにいる黒服とか思い切りホルスターに銃入ってるし。

どうやら記憶を持ったまま同じ世界で第二の人生らしい。

少し落胆もしたが、それはそれでせっかくの生まれ変わりだ。

気を取り直して周囲の情報を集めていたのだが、なにやらきな臭い。

面倒を見てくれる女性がまちまちで変わっていたり、複数人居る雰囲気があったのでいいところのお嬢様に生まれ変わったのかと思っていたのだが。

自分の足で歩けるようになり、自由に行動できる範囲が広がるたびに、自分の置かれている状態が異常なことが分かってきた。

まず大きな屋敷に住んでいるようなのだが、男は悉く強面黒服サングラスのテンプレが揃っており、全く顔が覚えられない。

しかも人の出入りが激しいうえに人数が多い。

どうやら何かの組織の所属する建物のようだ。

しかも俺の名前なんだと思う?

ホワイトだよ。

苗字はたぶんない。

みーんな俺のことをホワイトとしか呼ばない。

多分この組織の人間の実子とかじゃなく、アルビノだったから捨てられた捨て子とかなんだろうなぁ・・・。

しかも与えられる服も全部白。

白いワンピースとか白いシャツとかズボンとか。

訓練の時だけ迷彩の軍服みたいなの着せられるけど。

明らかに堅気の組織ではないしね、ここ。

何より物心が付くかどうかという頃に始まった教育内容がおかしい。

座学では英語の読み書き計算から始まったが、こちとら中身が会社員だ。

どんどん内容は進んでいき、3歳にして数学の勉強が始まった。

子供だからなのか、それともこの体のスペックが高いのか、前世よりスラスラと理解できた。

そして次に始まったのが薬学だ。

様々な薬の作り方、使い方、効能、用法用量。

ここまではまだ英才教育だと思えばまだ理解できなくもない。

しかし、他に教えられた内容が銃器の取り扱い、整備方法、ナイフの使い方、マーシャルアーツ。

なんなの?こいつらは年端もいかない幼女に何を求めているの?

5歳になるころには、基本的な銃の分解整備・組み立て。

ナイフの整備方法・扱い。

地雷やトラップの作り方・解除方法。

人体の構造及び壊し方・直し方。

むろん俺だってこんな勉強やりたくてやっているわけじゃない。

わけじゃないんだが・・・。

家を飛び出したところでここがどこなのかわからないし、訓練を受けているとはいえ子供の足で行ける範囲に逃げられる場所があるのかもわからない。

つーかぶっちゃけ家がヤベー所過ぎて逃げたところで追手とか来てぶち殺されるのでは?という気がする。

普通にテーブルの上に拳銃とか雑に置いてあるし・・・。

ある程度成長して、一人で生きていける年齢になったらどうにか家を出る。

それを目標にして日々の訓練を耐える。

そんな暮らしを続けているうちに気づけば10才になった。

そんな折、訓練終わりに黒服に連れられて地下室にやってきた俺は軍服のまま椅子に拘束されていた。

基本反抗したりといった素振りを見せないように従順に暮らしてきたが、椅子に座れと言われて指示通り座っていたらあれよあれよというまにベルトでひじ掛けに両手を拘束されてしまった。

軍服を肘までまくり上げた状態でベルトで拘束されているため、白い素肌にベルトが食い込んでいて少し痛い。

 

これは・・・マズいのでは?

 

「これからなにをするの?」

 

「黙って待っていろ。」

 

あっはい。

取り付く島もねえや。

部屋はせいぜい6畳ほど、壁紙もカーペットもなく床はむき出しのコンクリートだし部屋の中にあるのは中央にポツンとおかれた俺の拘束されている椅子だけ。

何ができるわけでもなく、足をぶらぶらさせてぼーっと時間が過ぎるのを待っていることしかできない。

心なしか、ここに俺を連れてきた黒服も落ち着きがないように見えた。

しばらくすると、ノックもなしに扉が開き白衣の男が入ってきた。

白衣の男は俺を一瞥すると黒服に向かって口を開く。

 

「ソイツか?」

 

「はい。抵抗しないとは思いますが、念のため拘束してあります。」

 

「よし。では早速始めるぞ。」

 

最低限の会話をしたあと、白衣の男がポケットからステンレス製と思われるケースを取り出す。

中には何やら薬品のアンプルと注射器が入っていた。

アンプルから手慣れた様子で注射器で薬品を吸い出すと、白衣の男が近づいてきて俺の腕に注射器をあてがった。

 

「・・・それは?」

 

「気にすることじゃない。ただ、受け入れなさい。」

 

流石によくわからんものを打たれるのが嫌だったので聞いてみたのだが、

説明するつもりはないようだ。

正体不明の薬打つけど気にするなって無理に決まってるだろ。

まあ、拘束されてるし受け入れるしかないんだけど。

俺の病的に白い腕に注射針が刺さり、ゆっくりと謎の薬が打ち込まれ行く。

それを訝しい顔で見つめていた俺だったが、変化は直後に訪れた。

 

(ん・・・?なんだ、腕が熱いような・・・?いや、熱いというかこれは・・・これは・・・!)

 

変化を自覚した途端、体が震えだす。

これは・・・

これは・・・・!

 

(んぎもちいいいい!!んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)

 

あ、これ絶対ダメなお薬じゃん。

辛うじてそんなことを思ったものの、俺の意識はそのまま飛んだ。

 

それからなんやかんやあって、俺は各地の戦場を転々とさせられた。

定期的にお薬をブチこまれ、意識して動かさないようにしていた表情筋がお薬のせいか完全に機能停止。

しかもこのお薬、どういうわけかキマってる時に体が超人化するのだ。

こんな弱弱しい幼女ボディでも抜き手で人体をぶち破り、蹴りで金属製の扉を吹き飛ばし、銃弾を目視して回避できる。

おまけに多少被弾しても痛みを感じないし身体能力も低下しない。

明らかに腕が折れているのに筋肉だけで無理やり動かせるとかもう・・・改造人間状態だ。

そんでね、最初に俺に注射してきた白衣の男ね。

アイツは定期的に会ってお薬ブチこんでくるんだけど、そいつが零してたお薬の名前聞いちゃったのね。

エンジェルダストだって。

なーんか聞き覚えあるな~とか思ってたらさ。

俺のいる組織の名前、ユニオン・テオーペだって。

シティーハンターじゃん、この世界。

人気漫画シティーハンター、みんなは知っているかな?

ハードボイルドなシリアスパートとモッコリなギャグパートがおりなすテンポのよいストーリーが魅力の大人気漫画だが、アニメの1期エンディングテーマが凄い有名だから聞いたことがある人も多いんじゃなかろうか。

どんな内容か説明すると、舞台はバブル期の日本の新宿で、主人公冴羽 獠がシティーハンターという通り名でスイーパーとして名を馳せる。

初代相棒の槇村の妹、槇村香とのタッグで活躍する話ね。

そんで、大体のお話は一話完結形式というか、ショートストーリーが連続していって、一部キャラが準レギュラーに昇格するコナンみたいなシステムで進んでいくんだけど。

一話一話の内容をザックリいうと大体が次のようになる。

 

「スケベな獠ちゃんが美人から依頼を受けて、香が嫉妬してハンマーを振り回し、なんやかんやあって悪党を超技術の射撃で獠ちゃんが倒して、香と仲直りした後に獠ちゃんがカッコイイポエムを囁いた後に止めて引いてGETWILD」

 

つまり、何が言いたいかというと獠の前に敵として立ちはだかってしまうとほぼ詰みなのだ。

この主人公、作中通して苦戦する描写が殆どない。

大体の敵は余裕で瞬殺。

銃を持ったヤクザ程度なら鼻歌混じりに素手で倒してのけるし、新宿の雑踏の中でも撃鉄の上がる音を的確に聞き分けるなど、超人的な身体能力を持っている。

おまけに射撃の腕も超人。

得意技はワンホールショット。

これに勝つのは不可能というか関わらないのが間違いなくベスト。

なのだが・・・

俺の居るこのユニオン・テオーペという組織。

アニメ版には登場しない組織だが、漫画版では初代相棒である槇村の死因となり、ラスボスもユニオン・テオーペと、100%敵対する組織なんだなぁこれが。

そして俺に投与されているエンジェルダスト。

これもヤバイ。

打たれた人間は超人のようになり、おまけに簡単にマインドコントロールを受ける状態になる。

そして獠は割とエンジェルダスト打たれた人間ぶっ殺すマンな一面がある。

やべえよやべえよ・・・

幸い、俺はエンジェルダストを打たれて超人状態にはなっているものの、マインドコントロールを受けている自覚はない。

エンジェルダストを打たれると、打たれた後半日ほど意識が飛んでその間は操り人形状態のようだが、意識が戻るとその間のことも覚えているし、そこからは自由意志で行動ができている。

といってもユニオン・テオーペの子飼いという立場+エンジェルダストの禁断症状が恐ろしいため組織に反抗したりとかは全くできてないんだけども。

ともかく、当面の目標としてはシティーハンターと遭遇したら全力逃走。

これで行こう。

あと海坊主とかな。

あいつもシティーハンターと互角らしいし。

他にも気を付けるべきキャラは居るはずなんだが、何分この世界に生まれてだいぶ経っているため主要キャラしか思い出せん。

なんにせよ、なるべく日本に近づかないのがベターだな。

・・・とか思ってたんだけど。

シティーハンターを殺せと来たかぁ。

どうしようかなぁ。

この展開は覚えている。

物語の序盤、相棒である槇村を殺された獠がブチ切れて同じく命を狙われている槇村の妹、香と共にユニオン・テオーペが手を引かざるを得ないくらいの損害を与えて休戦に持ち込もうとする話だ。

実際、原作だとユニオン・テオーペは親衛隊を率いる将軍が殺された時点で一時休戦を選択。

しばらく獠には手を出さなかったわけだが・・・。

この世界だと俺にお鉢が回ってくるんだなぁ。

そっかあ。

 

ここから俺が生き残るための方法を考える。

①組織を裏切って逃亡。

→単独で逃げ切れる気がしない。組織外に伝手もないし、お薬切れて禁断症状出てるうちに捕まって連れ戻されるかその場でアボン。

②任務拒否、あるいは獠を生かすメリットで長老を説き伏せる。

→無理。無口キャラで通してる俺がベラベラ喋りだすだけでも不自然なのに、命令無視とかどうなるかがわからん。最悪殺されるかもしれないし、なんならエンジェルダストブチこまれた後の12時間の間に無理やり戦わされる可能性がある。

③シティーハンター?野郎オブクラッシャー!

→勝てない。現実は非情である。

 

・・・こうなれば仕方がない。

俺が生き残る方法はもはや一つだ。

④なんとかして獠の保護対象になり、そのショートストーリーが終わったらその後登場しないタイプのキャラとしてストーリーからフェードアウトする。

これしかねえ。

ユニオン・テオーペの追手とか禁断症状とかいろいろ問題はあるが、最強主人公の獠の脛にかじりつく。

あわよくばそのまま穏便に退場!

これ以外に俺が生きる道はねえ!

できればバブル期の日本国籍を手に入れて安穏と暮らしてえ!

助けて冴羽大明神!

助けてください!なんでもしますから!



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第2話「白い悪魔からのXYZの巻!」

評価ありがとうございます。
励みになります。
何分初心者の文章なので、読みづらい文章の特徴等あればご指摘頂けると幸いです。


東京、新宿。

新宿駅に設置された伝言掲示板。

ここにXYZという暗号と共に集合場所等連絡手段を記すこと。

これがシティーハンターに依頼をする方法だ。

そしてそれを確認するのは冴羽 獠本人ではなく、基本的には相棒の槇村の仕事であった。

槇村亡き後、その仕事はその妹の槇村香が引き継いでいる。

今日も朝から香は伝言掲示板にやってきていた。

 

「さーて。今日は依頼はあるかなっと・・・。お?」

 

はたしてその日、XYZの文字が伝言掲示板に綴られていた。

 

『XYZ 明日深夜0時、4号埋立地で待つ。ホワイトデビル』

 

「ホワイト・・・デビル?なんじゃそら。外人さんかしら・・・。にしても、ずいぶん端っこに書いたのね。」

 

伝言掲示板の一番下のほうにひっそりと書かれたその依頼に首を傾げる香。

依頼人と会う場所や指定時間も妙だ。

どうも人目を避けたい依頼人のようだが。

 

「ま、明日の0時ってことなら一回帰って獠に話してみればいいか。」

 

と一人ごちて、取り出したメモ帳に掲示板の内容をメモすると、獠のマンションに戻った香。

時刻は10時を少し過ぎた頃だ。

獠は家でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるようだった。

 

「ただいまー獠。依頼来てたわよ。」

 

「ふーん。で、依頼人は?」

 

新聞から顔も上げずに興味なさげに話を聞く獠に、少し眉根を寄せる香。

 

「それがちょっと変なのよね。明日の深夜0時に4号埋立地で待つって書いてあってさ。一応名前なんだと思うんだけど、ホワイトデビルって書いてあった。外人かな?」

 

「・・・なに?」

 

ホワイトデビルの名を聞いた途端に真剣な目になり新聞から顔をあげる獠。

その眼光に香は思わずたじろいでしまう。

 

「ホワイトデビル・・・。まさかとは思うが。」

 

「な、なによ。知ってるの?」

 

「・・・痛い奴だな。中学生の悪戯じゃないのか?」

 

「なによソレ!真剣に聞いてれば!」

 

真剣な顔のままズレたことをいう獠に思わずズッコケる香。

さっきまでの雰囲気はどこへやら、ヘラッとした笑顔を浮かべた獠は、新聞をテーブルに置いた。

 

「そんなあからさまな偽名の奴な上に指定時間と場所がそんなところだろ?獠ちゃんパス!」

 

「ちょっと!せっかくの依頼なのに依頼人に会いすらしないで決めるわけにも・・・。」

 

「いや、今回のはパスだ。この間のユニオン・テオーペの件もあって、少し普通の依頼は様子見をしたいのさ。完全に奴らが手を引いたと判断できるまでな。じゃないと、こっちのゴタゴタに無関係の依頼人を巻き込むことになりかねん。」

 

予想外に真面目な理由に毒気を抜かれたのか、香もそういうことなら、と納得してしまう。

その様子を見た獠はおもむろに立ち上がると、ジャケットを羽織り出かける素振りを見せ始めた。

 

「どこかに出かけるの?依頼は無視するんでしょ?」

 

「ちょっと町に情報収集にな。さっきも言ったが、まだ確実に奴等が手を引いたかわからん。念のため今日はここに居ろ。じゃあ、後でな。」

 

真剣な様子で部屋を出て行く獠。

残された香は、家から出るなと言われてしまったため、なんとなく獠がさっきまで読んでいた新聞を手に取ると、その新聞からチラシが一枚テーブルの上に落ちた。

 

『1級モデル集合!モッコリ撮影会!!本日12時~』

 

そのチラシを反射的に握りつぶす香。

 

「あ、あのモッコリ変態男ーーー!!」

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

ユニオン・テオーペの所有する飛行機で日本に、その後同じく組織の車で新宿までついたホワイトデビルは、いつも通りの単独行動を開始した。

彼女に与えられる任務は基本的に単独のほうがやりやすいものが多い。

というのも、その小さな体躯と幼い子供のような外見から、暗殺・潜入・破壊工作といった任務が主だからだ。

一応実年齢は16(ということになっているが、孤児のため詳細は不明)な彼女だが、その見た目は10才ほどで成長が止まってしまっている。

恐らくはエンジェルダストを定期的に投与している副作用とみられていた。

アルビノである彼女は長時間日に肌を曝せないため、オーバーサイズの白いロングコートに同じく白い帽子、目を守るためのサングラスとほぼ素肌や素顔を隠した出で立ちだ。

小さな少女がそんな恰好で東京を歩いていれば目立ちそうなものだが、驚くほど彼女に視線は集まっていない。

これは彼女の極端に薄い気配によるもので、道行く一般人にはその存在が気に留められるほど意識できていないためだ。

命令通りに一路シティーハンターの持っているマンションに向かって歩いているホワイトデビルだが、ふと足を止めた。

額に手をやり、軽く二度、三度とかぶりを振る。

 

(ふぅ・・・。どうやら最後に薬を打たれてから12時間経ったみたいだな。)

 

もし薬を打たれる時間がもう少し遅ければこのまま冴羽獠を襲撃していたかもしれない。

危ない危ない。

ほっと一息をつくと、踵を返して別の場所に向かって歩き出すホワイトデビル。

程なくして新宿駅前の広場が目に入る。

設置された時計にチラと目をやると、まだ朝の6時を指していた。

時計を横目にそのまま歩いていき、目的地である伝言掲示板に辿り着く。

サングラスを外してコートのポケットに一度しまいこんだ彼女は、感慨深く伝言掲示板を見上げた。

 

(おぉ・・・。これが噂の伝言掲示板かぁ。実物は初めて見るな。)

 

いくらか既に書かれている部分もあるが、XYZの文字はない。

依頼がブッキングすることは無さそうだ。

ここで香や獠とバッタリ会ってしまっても気まずい。

さっさと書いて退散するとしよう。

 

(ん・・・?むむ、と、届かん・・・!)

 

背伸びをしても上のほうにチョークが届かず、妙に端っこに書いてしまったが・・・。

まあ、気づいてくれるだろう。多分。

 

『XYZ 明日深夜0時、4号埋立地で待つ。ホワイトデビル』

 

「・・・よし。」

 

目的を達し、満足気に頷くホワイトデビル。

色々麻薬組織とかの込み入った話がしたいし、問答無用で撃たれてもたまらん。

そこそこ見晴らしがよく、人目に付きづらいところ。

かつ、ホワイトデビルの名前を出すことで獠本人を呼び出したいという意思表示。

我ながら完璧な文章だ。

うんうんと頷きながら念のため誤字脱字チェックをしてから踵を返す。

サングラスをかけなおし、駅から出ると、まっすぐ公衆電話に向かうホワイトデビル。

コール先は先ほど車で東京まで送ってくれた組織の構成員だ。

 

「私。仕込みは終わった。夜まで待機する。場所を提供してほしい。」

 

『わかった。・・・おい、車を回してやれ。』

 

部下に指示を出しているのだろう、その場で5分待てとの事だったので電話を切り、やってきた迎えはリムジンだった。

 

(一応秘密組織だろ?いいのかね、こんなに目立つ車で。)

 

黒服が一人降りてきて後部座席のドアを開けたので乗り込むと、すでに別の黒服が車内で待っていた。

ここまで送ってくれた奴と同一人物な気もするが、どいつもこいつも強面、黒服、サングラスなので正直自信がない。

みんな名乗んないしね。

たまに名乗られてもジェネラルとかサージェントとかコマンドとか、覚えさせる気あんのかよって感じ。

じっと黒服を見つめていると、後部座席のドアが閉まり、ゆっくりとリムジンが走り出すと同時にその黒服が口を開いた。

 

「仕込みとはどういうことだ?次に連絡が来るときは任務成功の連絡だと思っていたが?」

 

「・・・シティーハンターを呼び出した。決着は明日の0時。」

 

「なんだと?」

 

俺の発言に何か違和感を抱いたのか、黒服の片眉が持ち上がる。

 

「お前は暗殺者だろう。正面から勝負を挑んでどうするつもりだ。相手はあの将軍に勝った男だぞ。」

 

(・・・まあ、そうなんだよね。)

 

俺も薬の影響下にあった時は最短でマンション乗り込んでぶっ殺そうとしてたんだと思うし。

多分獠には気づかれると思うけど。

普通に考えれば、わざわざ真正面から決闘を挑む必要もないわけで。

しかし、ホワイトデビルからすると事情が異なる。

まず戦いたくないし。

それに、万が一戦うならば、獠のマンションに乗り込んで暗殺を狙うなど自殺行為だ。

彼のマンションはあちらこちらに抜け道やトラップがあり、あそこに乗り込んでいった者で獠と戦って碌な目にあった者は居ないことを彼女は知っている。

なにより、あそこには獠にとっての逆鱗が・・・

槇村香がいる。

万が一にでも彼女を巻き込もうものならもう対話どころではないだろう。

ゆえに、獠を外に、できれば香を伴わず一人で誘い出す必要があった。

この黒服にそのまま説明してやってもいいのだが、それは手間だし情報の出元も不明瞭のまま話をすることになるので、面倒くさい。

なんとかコイツを丸め込まないといけない。

本当は組織に連絡を取ることは避けたかったホワイトデビルだが、なんせこの見た目だ。

いくら気配を薄くするといっても透明人間に成るわけでもなし、明るい時間帯ならいざ知らず、暗くなってくれば子供は目立つ。

それこそ補導されかねない。

故に夜まで安全に待機できる場所が必要だった。

 

「奴のマンションに乗り込むのは危険と判断した。長老は早期解決をお望みだ。なら呼び出したほうが確実と踏んだだけ。」

 

「しかしだな。これから殺すと宣言する暗殺者がどこにいるというんだ!暗殺者の貴様が、戦士であった将軍より強いとでもいうつもりか!?」

 

(まだ疑われてはいけない。あくまで堂々と、最強の暗殺者を演じるんだ・・・!)

 

ホワイトデビルはサングラスを一度外すと、スッと鋭い視線とともに意識して殺気を黒服に飛ばす。

 

「試す?プロは一芸だけじゃ務まらない。」

 

中身が会社員といえど、この世界に生まれてから培ってきた人殺しの経験と実力は本物だ。

その鋭い殺気に飲まれ、黒服は心臓を締め上げられているような錯覚に陥った。

 

「い、いや、結構だ。やり方は任せる。」

 

「わかれば、いい。」

 

ホワイトデビルが再びサングラスを掛けなおして黒服から視線を切ると同時に殺気が止み、解放された黒服はどっと汗をかいていた。

 

(こ、このガキ、なんて奴だ・・・!恐ろしい、これがホワイトデビル、最強の暗殺者か。任務達成率100%なんてホラかとも思ったが、コイツは本物だ。)

 

思わず身震いする黒服だが、一方のホワイトデビルはというと無表情のまま内心で歓声を上げていた。

 

(イヤッホオオオウ!乗り切ったぜえええ!暴力、暴力、暴力って感じで!この手に限る!!)

※この手しか知りません

 

そんなことがありつつも、ユニオン・テオーペの運営する酒場の地下までやってきたホワイトデビル。

どうやら応接室かなにかのようで、上品な小物や質の良いソファーなどが置かれた部屋に一人通された。

あとはここで時間まで待ち、なんやかんや理由をつけて一人でシティーハンターと接触して、土下座でもなんでもして保護を頼み込む。

これしかない。

一分の隙も無い完璧な作戦にうんうん頷いていると、ノックの音が部屋に響く。

 

「どうぞ。」

 

「失礼する。」

 

入ってきたのはさっきの黒服だ。

 

(まあ、多分だけど。)

 

黒服は左手にステンレス製の見慣れたケースをもって部屋に入ってきた。

ソレを見た途端、びくりとホワイトデビルの体が跳ねてケースから目が離せなくなる。

 

「・・・それは」

 

「そろそろ投与から24時間経つ。次の薬だ。」

 

(あああああ!!しまったあああああ!!!)

 

ちなみに先ほど確認した時間だと今はちょうど正午あたり。

作戦概要を変更したことは先ほど伝えてあるため、今すぐ殺しに行け等の命令をされることはないだろうが、シティーハンターと会うときに薬が切れているか微妙な時間帯だ。

自分から言い出すことで早めに投与しておくなどの逃げ道はあったはずだが、シティーハンターとあった時のことばかり考えていたため、今エンジェルダストを投与される可能性をすっかり忘れていた。

ならば理由をつけて投薬を拒否すればよいのでは、ということになるのだが。

ここで問題が立ちはだかる。

彼女はエンジェルダストを拒むことができないのだ。

なぜかって?

 

(あっあっあっ、おくすり、おくすりだぁ・・・)

 

御覧の有り様である。

いつも通り涼しい無表情だが若干頬が上気しているし、視線は黒服の持っているエンジェルダストから逸らすことができずに釘付け。

思考はほぼ薬に全部持っていかれている。

まあ、完全にジャンキーだもんね。仕方ないね。

慣れ親しんだ腕に針が刺さる感触と共に、ぼんやりとした思考で今後のことを考える。

 

(あー、頼む。ちょっと遅刻してきてくれシティーハンター。俺の自我が戻ったころに来てくれないと会話どころじゃああああああああんほおおおおおおおおおおお!!)

 

エンジェルダストが注射されると同時に彼女の意識は一瞬で吹き飛んだ。




シティーハンターものを書くなら、「しまった!」は一回はやっておきたかった。
なお一回で済むかは未定です。

次は明日の18時に予約投稿されます。


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第3話「泣いた悪魔の巻!」

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
大変励みになり、助かっております。

前半は獠視点
後半はホワイトちゃん視点でお送りします。

つまり前半がシリアス、後半はシリアルです。

日刊ランキングに入っている……だと……!?
ありがとうございます。
作者の性癖を煮詰めたキャラなので受け入れられにくい主人公かなぁと思ってたんですけど、皆さんシティーハンター好きなんすねぇ。
ところで原作:CITY HUNTER で検索してみてくださいよ。
私が書いてるやつを含めて、
1件!!なん!!!です!!!!ね!!!!!
表記ブレで原作:シティーハンターの作品もありますが、そっちも
1件!!なん!!!です!!!!よ!!!!!!
需要はあるはず!供給しましょう!!よ!!!


適当な理由をつけて香を置いて家を出てきた獠は、

愛車である赤のクーパーミニを適当に都心から離れるように走らせつつ思考にふけっていた。

ホワイトデビル。

数年前から名が一気に売れた凄腕の暗殺者だ。

人種・性別・特徴一切が不明にもかかわらず、

その名前と驚異的な戦闘能力だけが凄まじい勢いで広まった。

知られているのはその暗殺方法だけ。

奴は銃を使った暗殺をしない。

直接首を切りつけられた者、心臓を一突きにされた者、毒針をいつの間にか打ち込まれた者、殺し方は様々だが銃を使ったという話だけは聞いたことがない。

なにか事情があるのか、拘りかはわからないが。

名の売れる勢いや活動基盤が不透明すぎる部分から、

どこか大きな組織の子飼いであろうと予測は立てていたものの、まさかユニオン・テオーペの傘下だったとは。

 

(藪をつついて蛇が出たな。面倒なことになりそうだ。)

 

獠の直接の知り合いは誰も戦っていないものの、裏世界では名の知れたスイーパーの数名はホワイトデビルに殺されたとみられているし、

数人のスイーパーが護衛にあたっていた要人を誰にも気づかれず暗殺してみせた実績もある生粋の暗殺者。

そんなのに狙われているとなるとゾッとする話だが、今のところ自分の周囲にそれらしい姿はない。

マンションを出るときに家の周囲も観察したが、特に気になるところはなかった。

ホワイトデビルの特徴からして狙撃の警戒は必要ないだろうから、

侵入の下準備なりこちらを観察している本人か子飼いの配下なりがマンション付近にいるかと思ったがその様子もない。

わざわざ場所と時間を指定してきている意図も読めない。

愛車のハンドルに置いた右手の人差し指で、トントンとリズムを取りながらホワイトデビルの狙いを考えてみるも、

わざわざ自分を呼び出して戦う理由はやはり判然としなかった。

 

(依頼文にユニオン・テオーペの名前ではなく、ホワイトデビルの名前を出しているということは、

恐らく用があるのは俺だけで香は関係ないはずだ。最強という自負か、それとも……)

 

香にも伝わるユニオン・テオーペではなく、裏世界の情報を持っていないと知りえないホワイトデビルの名前で依頼を出してきたということは、

香と獠ではなく獠のみを指名しているはず。

そう考えて今もあえて一人で都心から離れることで何か動きがないか探っているのだが、全く兆しが見えない。

恐らくだが監視すらついていないと思われた。

 

(わからん。なにか奴自体の事情が絡んでいるとしか思えん。誘いに乗ってみるしかないか。)

 

この誘いをふいにしてしまうと、次はどんな手で来るか読むことができない。

獠をもってしてそう思ってしまうほど、ホワイトデビルの正体は謎に包まれているし、それゆえ行動原理も不明だった。

それに、なにより。

 

(これは俺に対する挑戦でもある。)

 

挑まれた勝負から逃げる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

4号埋立地深夜0時。

人気の果てたそこに、暗闇の中に一人立つ少女の姿があった。

ホワイトデビルである。

出で立ちは変わらず全身真っ白だが、夜のためかサングラスはかけていない。

茫洋とした瞳は焦点が定まっておらず、虚空を見つめている。

そんな静かな空間に車のエンジン音が響き、ヘッドライトが彼女を後ろから照らした。

ゆっくりと振り向くホワイトデビル。

ちょうど車から降りたのか、赤いクーパーミニの運転席の扉に体を預けるようにして、ジャケット姿の男が一人立っていた。

冴羽 獠。

シティーハンターその人である。

落ち着いた佇まいだが、その眼だけは真剣だ。

 

「まさか、噂に聞くホワイトデビルの正体がこんなに小さなお嬢ちゃんなんてな。」

 

「シティーハンター。ここで死ね。」

 

言葉少なく返したホワイトデビルと獠の間の空気が加速度的に重くなっていく。

お互いに無手のまま鋭く睨みあう。

まるで見えない風船に空気を詰め込んでいるかのように張り詰めた気配が、たまたま近くにいたカラスが飛び立ったことで弾けた。

動き出しは同時。

無手のままホワイトデビルが左腕を振るうと、袖に仕込まれていた投げナイフが3本同時に高速で獠の首、右胸左胸に迫る。

これを素早く抜いたコルト・パイソン357を3連射し見事に迎撃してのける獠。

その間に距離を詰めようとしていたホワイトデビルだが、投げナイフを迎撃した銃弾の一発がそのまま貫通して直撃コースであることを目視。

横っ飛びして小さい体躯を活かし、獠から死角になるように獠の車の助手席側の陰に飛び込む。

そのままもう一度地面を強く蹴り、跳ねながら助手席側の窓から運転席側に居る獠に向かって再び左手で投げナイフを一本投擲。

易々と車の窓ガラスをぶち抜いて投げナイフが再び獠の首へと正確に迫る。

獠は今度は迎撃ではなく回避を選択。

前方に飛び込むように避けることで、車から距離を取り、車を障害物にして近づかれるのを避ける構えを見せた。

ホワイトデビルは跳躍し一度車の上に着地すると、再び跳躍。

獠の頭上から今度は右袖に仕込まれた肉厚のサバイバルナイフを逆手に構え襲い掛かる。

頭上というのは咄嗟に銃で狙いにくい位置だが、逆に言えば空中では身動きが取れない。

獠は驚異的な反射速度で空中のホワイトデビルに狙いを合わせると、即座に発砲。

直後、響いたのは激しい金属同士の衝突音だった。

 

「なに!?」

 

思わず驚愕が口に出てしまう獠。

ホワイトデビルは空中でナイフを振るい、弾丸を逸らしたのだ。

正面から刃を当てるのではく、斜めにした刃を弾丸に添えるように置いてやることで、任意の方向に跳弾させる弾逸らし。

ホワイトデビルの強化された超人的身体能力と訓練によって成された神業である。

見事に逸らされた弾が後方に消えると同時、空中から躍りかかったホワイトデビルの刃が獠の首に迫る。

驚愕から立ち直った獠が身を反らすようにして避けるが、完全には避けきれず浅く胸を袈裟に切られた。

獠は空中からの斬撃を避けるために身を反らしたため、愛銃は外側を向いてしまっており、完全に死に体。

一方ホワイトデビルは着地の勢いそのままに跳ね上がるように獠の首目掛けてナイフを振るう。

獠が慌てて右腕を引き戻し狙いをつけようとするが、ホワイトデビルの小さな体躯は完全に懐に飛び込んでしまった。

 

「その首、貰った!」

 

「くっ!」

 

その時、獠の首目掛けて伸びる斬撃が、ほんの一瞬、ピクリ、と止まったのが獠にはわかった。

 

(……!)

 

その一瞬で、獠の対処が間に合った。

反らした体を引き起こすと同時、ホワイトデビルとの間に膝をねじ込ませ、押し出すように蹴り飛ばす。

体の小さい彼女は抵抗できず後ろに押し出され、尻もちをつくことはなかったものの、大きくたたらを踏んだ。

余りにも大きい隙。

それを見逃すシティーハンターではない。

止めの銃声が響いた。

 

カラン、と彼女の手から落ちたサバイバルナイフが地面で音を立てる。

 

「なに……が?」

 

「……さっき君が俺の弾を逸らした時に当てたのと同じところを撃ち抜いた。

流石に2発は刀身が耐えられなかったようだな。」

 

ホワイトデビルは足元に落ちた刃のなくなったサバイバルナイフに目をやる。

刃は完全に砕けてしまっていた。

 

「さすが、シティーハンター。やっぱり無理……か。」

 

「ホワイトデビル。なぜ不意打ちをせずに俺と正面から戦った。それに、さっきは動きが鈍ったな。」

 

脱力したように構えを解いたホワイトデビルに銃を突きつけたまま、獠が問いかけた。

 

「……本当は、戦うつもりはなかった。

でも、私はユニオンには逆らえない。」

 

「やはり、君は。」

 

ホワイトデビルはコートの左袖を、グイ、とまくり上げ左肘の内側を獠に見せる。

そこは夥しい注射痕で埋め尽くされている。

 

「シティーハンター。私の依頼内容を伝える。

もう、誰も殺したくはない。暗殺者としての私を終わらせてほしい。」

 

ジッと、無機質な瞳でシティーハンターを見つめるホワイトデビル。

獠はその瞳の中にうずまく、深い後悔と諦観を見た気がした。

 

(この子は俺に、殺してくれと言っているのか……。)

 

10歳程度の子供に、あれだけの夥しい注射痕。

いったいこの子は何歳のころからエンジェルダストを打たれているのか。

そして、あの技の冴え。

そこらの2流スイーパーはおろか、1流の中でも上澄みのトップクラスの腕を持っていなければ一瞬で殺されてしまうであろう技術。

正面から戦ってこれだったのだ。

彼女の本分である暗殺者として相対した時、どれほど恐ろしい敵となるか。

それは獠をもってしても心胆寒からしめるほどの腕だった。

いったいどれほどの地獄をこの少女に濃縮したというのか。

それでいて、この子は人殺しへの罪悪感と香を巻き込むまいとする善性を未だに残している。

どれだけ辛かったことだろう。

人並の感情を持ちながら、殺人マシーンとして育て上げられてしまったこの子は。

初めからそんなもの持ち合わせていないほうが、まだ救いがあるとさえ思えた。

それほどに、その少女の有り様は獠には哀れに見えた。

無意識に嚙み締められた獠の奥歯が嫌な音を立てる。

もしこの子をここで殺さずに保護したところで、エンジェルダストをそれだけ長期に投与された場合の副作用が想定すらできない。

獠自身も、過去にエンジェルダストを使われた事がある。

その後、獠は副作用で数日生死の境を彷徨った。

体が出来上がっていた獠ですらその有り様だったのだ。

この少女が耐えられるとはとても思えなかった。

ならばいっそ、この場でひと思いに楽にしてやるほうがこの子のためなのではと、獠には思えた。

 

「シティーハンター……?なぜ、何も言ってくれない……?」

 

獠の逡巡をどう受け取ったのか、ホワイトデビルの瞳に絶望の色が浮かぶ。

 

「お願い、シティーハンター。

見捨てないで……。」

 

「ッ!」

 

その言葉で、獠の腹は決まった。

ホワイトデビルに歩み寄り、額に銃口を突きつける。

 

「あ……」

 

ホワイトデビルから、緊張の糸が切れたような、気の抜けた声が漏れた。

変わらず無表情のまま、ゆっくりと瞳を閉じたホワイトデビルの頬を、一筋の涙が流れ、きらりと光る。

獠は額に突きつけた銃を素早く手の中で回すと、グリップをホワイトデビルの後頭部に強く打ち付けた。

 

「うっ……」

 

これは完全な不意打ちだったのか、一撃で昏倒し、地面に崩れ落ちるホワイトデビルを胸で受け止め支える獠。

 

「俺の前で、泣きながら死なせやしないさ。」

 

獠は優しくホワイトデビルを抱き上げると愛車の後部座席に寝かせ、ゆっくりと車を発進させた。

 

 

 

 

 

(やべええええええ!意識戻るの遅すぎたああああ!!)

 

ホワイトデビルが意識を取り戻した時は、

斜め下から跳ね上がるように獠にナイフで切りかかっているところだった。

咄嗟にナイフを止めようとしたが、もはや間に合わないタイミング。

しかし、さすがはシティーハンターというべきか。

自意識が戻った時の一瞬の停止の隙を的確に突かれてナイフを砕かれてしまった。

 

とにかく、まだ最悪の状況ではない。

一度停戦できた今、どうにか獠の同情を引くしかない。

 

「さすが、シティーハンター。やっぱり無理……か。」

 

「ホワイトデビル。なぜ不意打ちをせずに俺と戦った。それに、さっきは動きが鈍ったな。」

 

「……本当は、戦うつもりはなかった。でも、私はユニオンには逆らえない。」

 

「やはり、君は。」

 

とにかく被害者アピールをして助けてもらうしかない。

自分の体で一番同情が惹けそうなのは、やはり左腕の注射痕だろう。

とくに痛くはないのだが、見た目がまあまあ悪い。

こんなものがこの少女の体にあるというのは中々インパクトがあるはずだ。

ま、中身は会社員男性なので本人はそこまで気にはしていないのだが。

とにかくなんでもいい!同情を引くチャンスだ!

左袖をまくり獠に見せ、同時に口を開く。

 

「シティーハンター。私の依頼内容を伝える。もう、誰も殺したくはない。暗殺者としての私を終わらせてほしい。」

(そして今だ!動け俺の表情筋!!この視線!助けてビーム!!!)

 

残念ながら表情筋はピクリともしておらず、ジッと見つめるだけになってしまっている。

 

(だ、だめだ。石のように固まったこの表情筋はビクともしねぇ!

無理か……!?せめて最初から戦いになっていなければ……!)

 

エンジェルダストの投与時間の調整を忘れずにさえいれば、と後悔と若干の諦めがホワイトデビルの胸中をよぎる。

ジッと獠を見つめ続けると、何やら逡巡しているのだろう。

しかし、徐々に獠の表情が厳しくなっている……ような気がする。

 

(ま、まずい。どうにか方向修正しないと!)

「シティーハンター……?なぜ、何も言ってくれない……?」

 

しかし獠の表情は変わらない。

 

「お願い、シティーハンター。見捨てないで……。」

(オナシャス!助けてください!なんでもしますからあああ!)

 

ホワイトデビルの全身全霊の媚売りもむなしく、距離を詰めた獠が額に銃口を突きつける。

 

「あっ……」(察し

(しぬ!ころさえう!額ぶち抜かれた俺を背に止めて引いてGETWILDだああああ!)

 

死を覚悟したホワイトデビルは目を閉じる。

第2の人生の幕切れに、スッと涙が流れた。

 

(ああ、バブルの日本で美味しい思いして楽しくウハウハ暮らしたいだけの人生だった……!)

 

次の瞬間ゴン、と衝撃を感じてホワイトデビルの意識はブラックアウトした。




戦闘シーン難しすぎる……。
ホワイトちゃんの戦闘スタイルは最初から決めていたし、その戦闘スタイルのためのロングコートなんですが。
決着をどうするかが悩ましかった。
初期案だとホワイトデビルの肩を撃ち抜かせる内容で書いていたんですが、
獠に女性を撃たせたくないなぁという思いがあって難産でした。

ちなみにオーバーサイズの服の内側に武器を仕込むのも私の性癖です。
ホワイトちゃんが銃を使わない理由を獠が訝しむ描写もありますが、
理由は後々設定をちゃんと作中で説明しますが
一番の理由は私の性癖です。

次は翌日18:00に予約投稿されます。


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第4話「最強の居候?その名は……の巻!(前編)」

※注意 今回、薬物による禁断症状の描写があります。
私の小説は場面転換の際に改行を5行入れてあります。
今回の話は3場面構成ですが、3場面目が禁断症状描写となります。
拷問描写に近い痛々しい表現も使用しておりますので、苦手な方はこの話は飛ばしていただく事を推奨します。
次話で概要説明をザックリ入れますので、飛ばしても問題は無いように留意致します。
よろしくお願いします。


お薬はやめようね!という啓発を含んだ小説です(大嘘)

日刊ランキング1位、本当にありがとうございます。
励みに成ります。
感想もたくさん頂いておりまして、できるだけ返信していきますが
更新を優先したいので返信が遅れる、またはできない事もあると思います。
ご了承ください。

上記の人を選ぶ描写の部分があるため、前後編に分けます。
後編は本日18:05に投稿されます。


(うぅ・・・頭痛が痛い・・・。

ここは・・・?)

 

ホワイトデビルは目を覚ますと最初に感じたのは頭の痛みだった。

ゆっくり目を開けると照明の明るさで少し目がくらんだが、

周囲は小綺麗に整理された誰かの私室のようだった。

ベッドも置いてあるため、恐らく寝室だろう。

 

(なにがどうなって・・・。

そうか、俺はシティーハンターに負けて・・・

どうなったんだ?)

 

どうやら椅子に座らされているようで、

自分の体に目をやるとコートだけ脱がされており、

無地の白シャツと白いショートパンツ姿になっている。

そして、椅子の手すりに腕が縄で固定されており、

足も椅子に縄で、さらには口には布が猿轡のように嚙まされていた。

手足の拘束をしているロープにはそれぞれ素肌との間に

緩衝材になるように柔らかいタオルが挟み込まれており、

痛み等は感じないようになっていた。

そんな気遣いがされているにもかかわらず、

椅子自体も床にしっかりと固定されていて全く首から下を動かせないほど厳重に拘束されている。

 

「も、もが?」

(なに!?何ごと!?)

 

「良かった、目が覚めたのね!」

 

「む、むぐぐ?」

(この人は、槇村香か?)

 

ガッチガチに拘束されている状態のホワイトデビルを膝をついて下から覗き込むように見上げる女性。

ホワイトデビルには見覚えがあった。

といっても、実物を見るのは初めてだが。

彼女は恐らく槇村香。

冴羽獠の相棒だ。

ということはここは彼女の部屋なのだろうか。

 

(え、ていうかこの状況なにこの・・・なに?)

 

今のホワイトデビルの状況を整理すると

 

シティーハンターに殺されたと思ったら生きている。

目覚めたら椅子にめっちゃ拘束されている。

それを初対面の女性(槇村香)が嬉しそうにみている。←イマココ

 

(つまりどういうことだってばよ・・・。)

 

首をかしげることで状況説明を香に求めてみるが、

心配そうにこちらを見上げるだけで何も説明はしてくれない。

 

「ちょっと待っててね、獠を連れてくるから!」

 

獠、獠ー!

と叫びながら香は部屋を飛び出して行ってしまった。

 

(多分シティーハンターが保護してくれた・・・で、いいんだよな?)

 

目覚めたら香の部屋にいたということは、そういうことだと思うのだが。

拘束されているのは敵対していたからということでわからなくはない。

猿轡はやりすぎな気がするが。

 

(とりあえず今は待つしかないか。)

 

そのまま少し待つと、香を伴って獠が部屋に入ってきた。

獠はホワイトデビルの椅子の前に片膝をついて彼女の肩に手を置くと優しく微笑んだ。

 

「目が覚めたようだな。気分は悪くはないか?」

 

「むぐ。」

 

とりあえず声が出せないので、頷いて意思表示するホワイトデビル。

 

「混乱しているだろうが、落ち着いて聞いてくれ。

君を俺なりのやり方で救うことにした。

まずは君の体に残っているエンジェルダストを抜かなきゃいけない。

かなりキツイと思うが、頑張れるか?」

 

「む、むぐ・・・」

 

再び頷いたホワイトデビルに頷きを返す獠。

獠が真剣な目つきに変わる。

 

「エンジェルダストは投与してから24時間~36時間ほどで数日に渡る禁断症状が出る。

その間、恐らく君は酷く暴れまわろうとするだろう。

この拘束はそれを抑えるため。

猿轡は誤って舌を嚙み切らないようにするためだ。

症状が治まるまでは香が君の看病をすることになる。

気を強く持って、薬から解放された後のことをよく考えるんだ。

絶対に諦めてはいけない。いいな?」

 

「・・・むぐ。」

 

「大丈夫よ。必ず助けてあげるからね。」

 

ホワイトデビルの頭を優しく撫でる香。

少しむずがゆさを覚えるが、不思議とそんなに嫌ではなかった。

 

(にしても禁断症状かぁ。

あるのはわかってたけど、成った事ないし成ってる人も見たことないんだけどそんなにキツイのかなぁ。

まあ、付きっ切りで看病してくれるみたいだしなんとかなるかぁ。)

 

主人公の庇護下に入るという目標は達した。

そしてシティーハンターは主人公最強もの。

勝ったな、風呂入ってくる。

胸中で満足気にひとりごちたホワイトデビルは安心したためか、急な眠気に襲われた。

 

(んむ・・・。

さっきまで気絶してたはずなのにめっちゃ眠いなぁ。

まあ、いいか。あとはお任せして寝てしまおう・・・。)

 

椅子に拘束されていることを意に介さずに、彼女はすぐ眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「寝ちゃったみたいね。」

 

「恐らく、薬が抜けかけているんだろう。

常に薬の興奮作用の影響下にあったなら、薬が抜けるほど眠気が強くなるはずだ。

あと半日もせず禁断症状が始まるだろうな。」

 

椅子に拘束されたまま静かな寝息を立てるホワイトデビルを見つめる香と獠。

獠が腕時計に目をやると、時刻は14時を少し過ぎたあたりだった。

獠がホワイトデビルとの対決の後帰宅したのは深夜2時前だ。

香は深夜まで帰ってこない獠にカンカンで帰りを待っていたわけだが、

見たことない少女を抱きかかえて帰ってきた獠に度肝を抜かれた。

しかも驚愕で固まってるうちに獠は少女を椅子に拘束し始める始末。

混乱状態に陥った香は推定凶悪ロリコン誘拐犯冴羽獠から幼気な少女を守るべく正義のハンマーを振り回すことになった。

その後、少女がユニオンの刺客であること。

彼女からエンジェルダストを抜かなければならないが、

どうしても荒療治になることの説明を受けた香。

恐らく幼い頃からユニオンに飼われて薬漬けにされていたであろう彼女の生い立ちは、

大いに善性を持つ香に全力でこの子を守らなくてはと思わせるには十分な内容であった。

 

「それにしても、本当にこんなに小さい子が・・・。

さっきも素直で良い子そうだったのに、暗殺者だなんて。」

 

「彼女の着ていたコートを見ただろう?

あんなものを着て大立ち回りをしていたんだ。

今までどんな生き方をしてきたのか、想像もしたくない。」

 

その獠の言葉に、香はハンガーにかけられている白いコートに目をやる。

今は仕込んであったものを全て取り出したため、

内ポケットが異常に多いだけのコートだが、

脱がした直後は重すぎてハンガーにかからなかったほどの物だった。

外から見る分には普通のロングコートだが、

その内側は夥しい量の金属が仕込まれていた。

投げナイフ、ダガーナイフ、サバイバルナイフをはじめ、ショーテル、手斧、毒針や糸鋸、針金、ドライバーなどの

あらゆる状況に対応できるように刀剣類や各種ツールが

吊り下げられていたり隠しポケットにしまわれていたりしたのだ。

総重量は数十kgはあっただろう。

そのことを思い出して沈みかける香だが、

自分がこんなことではいけないと気合を入れなおし、

眠っているホワイトデビルの頭を優しく撫でる。

その様子を見た獠は優しく微笑むと、口を開いた。

 

「香。その子は任せる。」

 

「獠、どこいくの?」

 

扉に向けて歩きながら肩越しに振り返った獠は、安心させるように軽い笑みを浮かべた。

 

「腕のいい医者を知ってる。

相談してくるのさ。」

 

 

 

 

 

次にホワイトデビルが目を覚ました時。

最初は胸を強く殴られたのかと感じた。

ズン、と衝撃を感じたような錯覚。

心臓が直接握られているような息苦しさに意識が跳ね起きる。

次に襲ってきたのは全身の灼熱感。

火に炙られているような暑さと、相反するはずの強い寒気が同時に襲い掛かる。

 

(なん、なに、がっ!?)

 

次いで全身を虫が這いまわっているような不快感。

見開いた視界が虹色に光り、意味のある視覚情報が入ってこない。

奥歯を噛み締めそうになるが、

猿轡が噛まされているため強く布を噛み締めるだけになる。

そこにまるで皮膚の内側からヤスリで削られてるような感覚と

体の内側から剣山が皮膚を突き破ろうとしているような激痛が同時に襲い掛かってきた。

 

「む、ぐうううう!?む、がっああああああああああ!!」

 

少女から発せられたとは思えない獣のような咆哮が響き渡る。

苦痛をどうにか逃がそうと四肢が勝手に暴れだそうとするが、

しっかりと拘束された体は椅子をきしませるだけだ。

辛うじて動かせる頭を激しく振り回しながら悶え叫ぶことしかできない。

そこへ、なにかの用事でたまたま席を外していたのであろう香がドアを壊す勢いで部屋に入ってきた。

 

「どうしたの!?」

 

「あああああ!ぐうううがああああああああ!!」

 

だが、ホワイトデビルは返答する余裕はおろか、

話しかけられた事に気づいてすらいない。

正常に機能している五感は存在せず、ただ苦痛を叩きつけてくるばかりだった。

その尋常ではない様子にすぐに禁断症状が始まった事を理解した香。

取り急ぎできることはないかと、

ホワイトデビルの頭を抱きしめるように椅子の背もたれごと抱きしめた。

 

「頑張って!お願い、大丈夫だから!頑張って!」

 

「うぐぐぐぐぐ、ううう、ああああ!」

 

すると、多少は落ち着いたのか未だに苦しんではいるものの、

肩越しに振り返るようにしたホワイトデビルの横顔が香にも見えた。

椅子に拘束されていても無表情でいた彼女の顔は苦痛で歪んでおり、

見開かれた瞳からはハラハラと涙が零れ落ちている。

その様子に居ても立っても居られなくなった香は、

強くその胸にホワイトデビルの頭を抱き寄せた。

 

「ごめんね、ごめんね。頑張って、私はここに居るから!」

 

一方のホワイトデビルはというと、

全く役立たない五感と全身が伝えてくる苦痛に苛まれながらも、

香に抱きしめられていることだけは理解できていた。

なぜかというと

 

(ああああああ!いってぇえええええ!あっ!おっぱ!

おっぱいが当たってるううううふうううう!あ、痛い痛いいた、ああっ!

おっぱいがいっぱい!ああああ!

きっつうううう!おっぱ、おっほおおおおお!ぎえええええ!)

 

苦痛に悶えるように首を振ると、

なるべく暴れさせまいと香は一層強くホワイトデビルの頭を抱きしめる。

 

(あああああ!天国と地獄うううううう!あひいいいいいいいいいいいい!!)




こいつ以外と余裕あるなとか言ってはいけない。いいね?

追記:
誤字報告助かります。
本当に助かるんですが、
流石に「頭痛が痛い」はわざとです!!!
ありがたいんですけど!!!
ボケにマジレス飛んできてる感じで!!!!心が!!!!痛い!!!!!


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第4話「最強の居候?その名は……の巻!(後編)」

本日2話目の更新になります。
(前編)を未読の方はそちらからお読みください。

ちょっと長めになってしまいましたが、きりの良いところまで進めます。

今回は教授が出てくるのですが。
正直に申し上げると今手元に原作がないんですよ。
実家におきっぱなしで。
アニメは配信サイトで見られるので記憶を補完しつつ、
アニメと原作の違いは割と覚えているんで、それを基準に書いてるんですが。
教授はアニメだと未登場なんですよねぇ……。
こういうキャラだったな、と記憶で書いているので、
もしかしたら原作の教授とイメージが違ってしまうかも……。
という不安があります。
教授の一人称ってワシだったっけ……?
電子書籍買っちゃおうかなぁ、原作。

最後に獠の呼び名についてアンケートがあります。
ご意見が頂きたいのでよろしくお願いします。


香にホワイトデビルを任せて家を出てきた(リョウ)は、

一人車を走らせて大きな日本建築の前まで来ていた。

この家に一人で暮らす老人に用があるのだ。

チャイムを鳴らすとややあって返ってきた誰何の声に、

新宿の種馬ですと答えると、奥へと通された。

壁は一面本棚になっており、それでも入りきらなかった本が床に散乱している。

それらを避けるように部屋の奥、

机に座って読み物をしている男性に獠は近づいていく。

 

「お久しぶりです、教授。」

 

「よう来たの、ベビーフェイス。」

 

「よしてくださいよ、昔のあだ名は。」

 

獠に教授と呼ばれた老人は、

白髪をオールバックに撫で上げてあり、老眼鏡をかけている。

そして、珍しく敬語の獠を好々爺然とした笑みで見つめていた。

 

「ホッホッホ……で、今日は何の用じゃ?」

 

「教授はホワイトデビルと呼ばれる暗殺者をご存じですか?」

 

む、と一声うなりを上げた教授は真剣な目を獠に向ける。

 

「お前さんからその名が出るということは、

ホワイトデビルはユニオン・テオーペの子飼いじゃったか。」

 

「正体までご存じで?」

 

「なに。数個の可能性がある中で、

お前さんからその話が出るということは

ユニオン・テオーペの可能性が一番高いという話じゃ。」

 

そこまでいうと教授はおもむろに立ち上がり、獠を庭に誘った。

見事に整えられた日本庭園を歩きながら、話を続ける二人。

 

「で、そのホワイトデビルがどうしたというんじゃ?」

 

「実は……」

 

獠は昨夜ホワイトデビルと戦ったこと、その正体。

今は保護してあることを説明する。

そのうえで、教授にエンジェルダストの後遺症の治療を依頼した。

 

「エンジェルダストか……。」

 

顎を撫でながら考え込む教授。

 

「それほど長期にわたる投与じゃ。

それに、エンジェルダストと一口にいうても、

細かな種類は多岐にわたる。

奴等、どんどんとエンジェルダストを改造しておるからのう。

それだけ長期間となると、

複数種類のエンジェルダストが投与されておるじゃろう。」

 

「……難しいでしょうか。」

 

その言葉に、教授はニコリと笑みを返した。

 

「ワシを誰だと思っておるんじゃ?」

 

 

 

 

 

ホワイトデビルの自意識は、

真っ暗闇の中に一人ぽつんと浮かんでいた。

禁断症状が始まった直後は、

香の胸の感触を楽しんでいる節すらあったホワイトデビル。

そんな余裕はとっくに消え去り、もはや五感は何も感じなくなっていた。

音は聞こえない。

何も見えない。

なんの臭いもしない。

無論味覚を刺激するものもないし、

体が何かに触れている感触もしない。

今自分が座っているのか、寝ているのかすら判然としない。

ただ真っ暗闇の中を漂っているような感覚。

 

(俺は、どうなった。

何もわからない。

ヤバイのか、これ?

前世で死んだ時は一瞬でよくわからなかったしなぁ。)

 

体を動かすことができているのかすらよくわからない。

 

(このまま死ぬのか、俺は。

……いやだなぁ。

死にたくないなぁ。)

 

その時ふと、獠に言われた言葉がホワイトデビルの脳裏をよぎる。

 

『気を強く持って、薬から解放された後のことをよく考えるんだ。

絶対に諦めてはいけない。いいな?』

 

(薬から解放された後……

せっかくバブル期の日本に生まれ変わったなら、

その時しかできなかったこととかしてみたいよなぁ。

どんな楽しいことがしたいかなぁ……?

おいしいご飯も久々に食いたいなぁ。

組織じゃレーションみたいなやつとか、

パッと食えるブロック栄養食みたいなのばっかりだったし。

他には、他にはなにがあるかなぁ。

助けてもらったついでに、

獠に女遊びに連れて行ってもらったりできんかな。

いや、香がいる限り難しいかぁ。)

 

とりとめもなく考え事……

と、いうよりは妄想を繰り広げていると、

ふと頬に何かが当たる感触を感じる。

 

(ん、なんだ?

なにか……水?)

 

何かしらの液体が頬にあたり、滑り落ちていく感触。

その感触に次いで、手を誰かに握られているのがわかった。

誰かが近くで静かに泣いている。

そんな声が聞こえた。

まずは触覚、次は聴覚。

ついで嗅覚と感覚が徐々に戻ってくる。

遠くのほうから光が迫ってくるような感覚。

真っ暗だった世界に、色が戻る。

目を閉じた状態でも感じる眩しさに、

意識してゆっくり目を開いた。

未だ光に眩む視界の中、

誰か女性がこちらの顔を覗き込んでいることが辛うじてわかる。

体の感触からしてベッドに寝かされており、

その女性が手を握ってくれているようだった。

寝起きのようにあまり回らない頭で、

誰がのぞき込んでいるのか考えた。

ようは、ホワイトデビルは寝ぼけている状態で咄嗟に反応したのだ。

 

「かあさん……?」

 

思わずぽろりと言葉が漏れるが、

声は掠れてしまっており不明瞭だ。

喉がガラガラになってしまっていて張り付くような感触と、

寝すぎた時のような体の痛み。

そういった不快感を感じながら何度か瞬きを繰り返すと、

徐々に目が慣れて焦点があってきた。

こちらを覗き込んでいる女性は槇村香だった。

それを自覚した途端、目がパチッと覚めたホワイトデビル。

香はとても優しい笑みを浮かべてホワイトデビルを見つめている。

 

(うわ、気まずっ!)

 

まるで学校の先生を母と呼んでしまった時のような、

羞恥と気まずさがホワイトデビルに襲い掛かる。

目を合わせることが気恥ずかしく、

視線を彷徨わせるホワイトデビル。

 

「えっと……その……。」

 

「よく頑張ったわね。

今、先生を呼んでくるわ。」

 

香は一度ホワイトデビルの頭を撫でると、

ベッド脇に置いていた椅子から立ちあがり、

部屋を出ていく。

それによって視界が広がったホワイトデビルが周りを見てみると、

そこは病室というよりは、広めの洋室のようだった。

ホワイトデビルは壁際に置かれたベッドに寝かされており、

その腕には点滴がつながっている。

 

(ここどこだろ。

シティーハンターのマンションじゃあないよなぁ。)

 

体のだるさがあるため、

首だけ動かして周囲を見てみるが、

特に変わったものは目に入らない。

 

(まあ、おとなしく先生とやらが来るのを待つかぁ。)

 

体がだるいのと寝すぎた時の体調不良はあるものの、

それ以外はむしろ頭がスッキリしたような気もするホワイトデビルは、

深く考えることを止めて心なしか上機嫌に、

場の流れに身を任すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

少し時間は遡る。

ホワイトデビルを教授の家に運び込んで4日が経過していた。

未だにホワイトデビルは眠り続けていた。

散々暴れた後に電池が切れたように気絶してしまったホワイトデビル。

獠と教授曰く、症状が落ち着いたわけではなく、

衰弱して暴れる体力が無くなっただけとのことだった。

一時は呼吸器や心電図がつながれていた彼女だが、

今は峠を越えたとのことで、点滴のみがつながっていた。

体を拘束していたロープや猿轡なんかもすでに外されている。

香は容態が急変した時に対応できるように

ベッドのわきに椅子を置いて、

ホワイトデビルの看病を続けていた。

ちょうど体をふき終わり服を整えてあげたところだ。

時折苦しそうな顔をする時があるものの、

今は落ち着いており安らかに眠っている。

それにしても、と香はホワイトデビルの顔に目をやる。

アルビノの彼女はまつ毛や眉毛も白く、

肌もかなり白い。

整った顔のパーツも相まって、本当に人形のように感じてしまう。

そんなことを考えたせいか、

ふと呼吸をしているか確かめたくなった香は、

ホワイトデビルの鼻と口のあたりに耳を近づけた。

当然一定のリズムでの寝息が聞こえてきて、

呼吸を確認してほっとしたものの、

何をしているんだろうと我に返り少し赤面する香。

と、その時ホワイトデビルが小さな声で何かを呟いていることに気が付いた。

寝言のようでよく聞き取れないが、

妙に気になって再び顔を口元に寄せ、耳を澄ませてみる香。

 

「……死にた……ない。」

 

「……!」

 

「せっかく……生まれ変わ……なら、

……してみたい……。

楽しいこと……

おいしいご飯……。

他には、他……はなに……。

……助けて……獠……香……。」

 

「ああ……!」

 

うわ言のようなホワイトデビルの呟き。

辛うじて聞き取れたのは一部だったが、

香の胸を締め付けるには十分すぎる内容だった。

ホワイトデビルの手を握ってやり、優しく声をかける。

 

「大丈夫よ。

色んな楽しいことしましょう?

絶対、助けてあげるからね。」

 

こんな小さな女の子が、

死の恐怖に怯えて助けを求めている。

それどころか、生まれ変わったら、だなんて。

もう今の人生を諦めているような言葉が寝言で漏れる。

そんなことがあって良いのだろうか。

絶対に助けてみせるという思いと裏腹に、

手を握って声をかけてあげるくらいしかできない自分の無力感と、

余りにも哀れな少女のその有り様を想って、

香の頬を涙が流れた。

その涙がホワイトデビルの頬に落ちた時、ぴくりと瞼が動いた気がした。

慌てて涙をぬぐい、ホワイトデビルの顔を覗き込むと

ゆっくりと数日ぶりにホワイトデビルが目を開く。

未だに焦点の定まらぬ瞳で、何かを求めるように視線が彷徨っている。

ぼんやりとした目のまま、こちらを見やっていることが香にはわかった。

 

「……あ、さん……」

 

掠れてしまっていてよく聞き取れなかったが、きっと。

彼女はこういったのだ、「おかあさん。」と。

あいにく自分は母ではないが、

それでも少しでもその代わりになれるよう、

意識して優しい笑みを浮かべる香。

そうしているうちに意識がハッキリしてきたのだろう、

覗き込んでいるのが香だということに気が付いたのか、

気恥ずかしそうに視線を彷徨わせるホワイトデビルの姿は、

いよいよ普通の少女のソレにしか見えないものだった。

 

「えっと……その……。」

 

「よく頑張ったわね。

今、先生を呼んでくるわ。」

 

香は一度ホワイトデビルの頭を撫でると、

ベッド脇に置いていた椅子から立ちあがり、

部屋を出る。

音を立てないようにゆっくりと部屋の扉を閉めた香の表情には、

すでに先ほどの優しい笑みはない。

目は若干すわっており、

その瞳の奥で炎が燃えていた。

絶対に、この身に代えてもあの子を守ってみせる。

香に強い覚悟が灯った瞬間だった。

 

 

 

 

 

その後暫くして、教授と獠を連れて香が戻ってきた。

そのころにはベッドの上で起き上がるくらいはできるようになっており、

ホワイトデビルは枕をクッション代わりにして上半身を起こして待っていた。

教授は何やらホワイトデビルの額に見慣れない機械を当てたり、

体温を測ったり、脈を測ったりと一通りの診察をしていく。

診察が終わったのか、一度教授は頷くとホワイトデビルの頭を優しく撫でた。

 

「うむ。経過は良好じゃ。

もう点滴も外して大丈夫じゃろう。」

 

「教授、ありがとうございました。」

 

「あっありがとうございます!」

 

丁寧に礼を述べる獠と、それに続いて香も頭を下げる。

それに軽く手を振り、気にするな、と態度で示す教授。

 

「じゃが、お嬢ちゃんにも伝えておかねばならん懸念がひとつ。」

 

「……?」

 

こて、と首をかしげるホワイトデビル。

特に自覚できる体調不良は少しだるいくらいなのだが、

何か問題があるのだろうか。

 

「お嬢ちゃんの体は、

正確にはエンジェルダストがまだ抜けきっておらん。

長期に渡る投薬のためか、

はたまた元々エンジェルダストと相性の良い体質だったのか。

お嬢ちゃんの体と完全に融合してしまっている成分がある。

日常において直ちに悪影響はないはずじゃが、

今までほどではないにしろ、

未だに身体能力は常人のソレを凌駕しておるし、

痛覚なんかも鈍いままのはずじゃ。

本来痛覚というのは体の異常を感知する機能。

外傷に気づきにくいというのは明確なデメリットじゃ。

他にも薬が妙に効きやすいなどが考えられる。

他にもどんなことがあるかわからん。

何か少しでも異常を感じたら、

必ずここへ連れてくるように。

よいな、獠。」

 

「はい。

その時はよろしくお願いします。」

 

そういわれて自分の手を閉じたり開いたりしてみたり、

座ったまま少し動かしてみるなどしてみたが、

もしかして体がだるいようなこの感覚は、

急に身体能力が落ちたからなのだろうか。

だとすれば、慣れるしかないかもなぁ。

などと考えていると、

ふと気づくと教授は退室しており、獠と香の二人が部屋に残っていた。

真剣な表情の獠と、妙に優しい表情をした香。

なにか話があるのだろうか、とそちらに目線をやると、

獠が口を開いた。

 

「君は、これからどうしたい?」

 

「私は……普通の暮らしをしたい。」

 

「日本に残っていれば、いつかユニオンの追手が現れる。

どこか遠くの国へ行って、ひっそりと平穏に暮らすことならできるだろう。」

 

その獠の言葉に、どっちがいいか考える。

 

(んー。

初期案だと遠くの国にいってフェードアウトだよな。

たぶん、大丈夫……だとは思うんだが。

いや、待てよ?)

 

その時ホワイトデビルの脳裏をよぎったのは、

原作のワンシーンと一人のキャラクター。

ミック・エンジェルという男の事だ。

元々凄腕のスイーパーで獠の親友として登場するキャラだが、

色々あって最終決戦の時にお薬漬け状態で敵対する。

もうかなり原作はうろ覚えだが、

確か獠と別れた後に襲われてお薬漬けルートだったような……。

 

(ダメじゃん。

むしろ獠の視界から出るほうが危ないのでは?)

 

シティーハンターという作品の性質上、一番安全な位置。

それは間違いなく冴羽獠の視界内だ。

なんだかんだ準レギュラーキャラに昇格した後に死んだキャラって居ない気がする。

実はそこが唯一の生存ルートなのかもしれない。

獠とずっと一緒にいる香のようなポジションではだめだ。

ちょこちょこ出てくるけど、ずっとは居ない。

それこそ教授のようなポジに収まるのが一番美味しいはず。

と、なれば。

なるべく同情を引けるように、香の服の端をきゅっとつかむと、

意識して上目遣いで二人に話しかける。

 

「私は……ココ(教授の家)に居たい。

(安全地帯から)離れたくない……。」

 

その言葉を聞いた香は、優しくホワイトデビルを抱き寄せる。

 

「良いのよ。

あなたがココ(日本)に居たいなら、そうすれば良いの。

ねえ、獠。

この子も(私達から)離れたくないって言ってるし、

やっぱり(家で)面倒見ない?」

 

「……わかった。

そうしよう。」

 

(ん?何か今すれ違いが起きたような?)

 

なんとなく違和感を覚えたものの、

それを確認する前に香が話しかけてくる。

 

「ねえ、あなた。

名前はなんていうの?」

 

「……?

ホワイトデビル。」

 

「そうじゃなくて、本名よ。」

 

「あー……。

知らない。

みんな、ホワイトデビルとしか呼ばないから。」

 

その言葉に、目線を交わす獠と香。

 

(獠、この子やっぱり)

 

(ああ。物心つく頃にはユニオンに。)

 

きゅ、と唇を噛んだ香は意識して笑みを浮かべると、

もう一度ホワイトデビルを抱き寄せた腕に力を込めて、

明るい声を出した。

 

「じゃあ、何か名前を考えなきゃね!

そうねぇ……。

今日からあなたの名前は、白!

冴羽 白よ!」

 

「冴羽 (しろ)……?」

 

「さ、冴羽ァ!?

おい香、なんで冴羽なんだ、槇村でいいだろう、槇村で!」

 

「ダメよ!

この子は冴羽 白!

いいわよね?」

 

白と命名された少女に不服はない。

少し安直な感じもするが、

わかりやすくて結構なことではないか、と思った。

 

「うん。私は、冴羽 白。」

 

「ほら、本人も気に入ってるしいいじゃない!」

 

「し、しかしだなぁ。

俺に10才くらいの娘が居るように見えるだろうが!」

 

「私、16才。」

 

「「16才!?」」

 

年齢カミングアウトに驚愕する二人の様子がおもしろく、

悪戯心の沸いた白は、二人をからかってみることにした。

といっても、表情は相変わらずの無表情のため、

はたからみると真剣に言ってるようにしか見えないのだが。

 

「うん。

私、冴羽 白。

16才。

コンゴトモヨロシク、香ママ、獠パパ。」

 

無表情ながらダブルピースで宣言してやると、

二人は驚いた顔になったが、

香は笑みを浮かべて強く白を抱きしめる。

 

「ええ、よろしくね、白ちゃん!」

 

そう来るとは思っていなかったのか、目を見開いている白。

未だに表情はわかりづらいが、あれはきっと驚いているのだろう。

そんな二人の様子をみて、自然と笑みが浮かんだ獠は

 

(増えてしまったな。

守らないといけないものが。)

 

と胸中でひとりごちた。




ここまででシティーハンター合流編完結。
次回からは原作ストーリーに介入していく話になります。
この連休でストック溜めて週明けから更新再開、かな。

ちなみにホワイトデビル改め白ちゃんですが、
シティーハンターの原作は一通り知っているもののかなりうろ覚えです。
ミックの経緯も違うしね。
今後もこういう白ちゃんの記憶違いはちょこちょこ出てくると思います。

追記:
読み仮名を書いていなかった。
サエバ シロちゃんです。
よろしくお願いします。


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第5話「ロリコンスレイヤー白の巻!(前編)」

改行が見にくいというご意見を頂いていたんで、改行頻度変えてみています。
日本語って難しい……

アンケートありがとうございました。
獠が多数なのでこのままいきます。
試してみたところ、獠にルビでリョウと振ってあげれば最低限ルビだけは出たので、申し訳ないですが環境の問題で字が出ない方はこれで耐えていただきたく……。

長い……長くない?
一話あたりがこの長さだと毎日更新は難しい……。
ということで再びアンケートを行います。
今度は一本当たりの長さと頻度に関するものですね。
アンケート結果の反映は6話以降となりますが、気が向いた方だけで結構です。
ご協力をお願いします。


「……て、……きて、白ちゃん。」

 

「ん、むう。」

 

優しく体を揺らされて起こされた白。

目を開くと、体を揺らしていたのは香だった。

 

「朝ごはんできてるわよ。

そろそろ起きて。」

 

「うん……起きる。」

 

もぞもぞとベッドの中で体勢を変え、上半身だけ起こしてベッドの上で大きく伸びをする。

 

「じゃあ、ダイニングで待ってるから。

着替えてからおいでね。」

 

「……うん。」

 

香が出て行って静かになった部屋で、ふう、と一度息をつく白。

ベッドから降りてパジャマから着替えつつ、今の状況をぼーっと考えていた。

 

(結局(リョウ)のマンションに世話になることになったなぁ。

当初の予定とは違うけど、まあ生きてるだけ儲けものってね。)

 

教授の家を辞して3人でマンションに帰ってきた後、(リョウ)は適当な空き部屋を白の部屋としようとした。

白もこれに賛同していたのだが、香が猛反発。

半ば強引に白の寝床は香の部屋となった。

それが一週間前の出来事だ。

当然ベッドも一つしかないので、当初は無表情の裏で密かに大興奮した白。

しかし、アレやコレやいたそうにも股間の相棒は前世に置き去り。

結局感触を楽しむ以外にできることはなく。

しかも、少し白の中で心境の変化が起こっていた。

 

(体に心が引っ張られているのか、なんなのか。

香に抱きつかれてると興奮とかよりも安心感が勝つんだよなぁ。)

 

寝るときは後ろから香に抱きしめられて抱き枕状態で寝るのだが、香の温かさを感じるとすぐに眠気に襲われて寝てしまうのだ。

そのこともあって、この一週間特に香に手を出したりはしていないし、その気も起きなかった。

 

(というかこの一週間家でテレビ見て本読んで新聞読んで食って寝てるだけなんだけど。

そろそろなにかせんと、いよいよニートから抜け出せなくなりそう。)

 

パジャマからいつもの無地白シャツとホットパンツ姿に着替え終わった白は、トレードマークの白いコートを羽織ると姿見の前に移動した。

このロングコートは室内で着ていると香は良い顔をしないものの、着ていないと白が落ち着かないのだ。

コートに仕込まれた武器に常に触れながら生きてきた白にとって、このコートこそが生命線ともいえる唯一の装備だった。

武器の類は外されたまま没収されてしまったので、丸腰に変わりはないのだが。

気分的なものである。

この一週間、(リョウ)と香は、どちらかがマンションに居ないことはままあった。

しかし、必ずどちらかは家に残っていたうえに白の外出は許して貰えなかった。

恐らく白の容態の確認と、ユニオンの動きの確認のためだろう。

その間、白が家でしたことといえばだらけること以外だと一応身体能力の簡単な確認程度。

まず、今の白が着ているコート。

これを暗器フル装備で着るのは難しい。

着られなくはないが、よたよたとしか動けなくなる。

動体視力も低下しているようだ。

(リョウ)が射撃訓練する様を眺めたことがあるが、昔のように弾丸見てからパリィ余裕でした、は無理そう。

銃口の向きから弾道予測くらいはできるかも。

投擲術も衰えているんだろうな、とは思っているのだが。

これは刃物の類を持つと香が烈火のごとく怒るので試せていない。

あとは聴覚や嗅覚。

元から聴覚は(リョウ)に劣るが並み以上という程度だったので、そこまで違いはわからない。

嗅覚も同様に。

ただ、暗殺者としての本分でもある気配の察知能力に関してはそこまで衰えた気はしてない。

今も部屋を出て行った香がダイニングまで到達したのが気配でわかる。

さらに1階に住んでるお姉さんが今日は男を三人連れ込んでお楽しみ中なのがわか……三人!?

……お盛んですねぇ。

と、身体能力に関してはこんな感じだ。

総じて、正面戦闘能力は著しい低下をしているが、暗殺能力はさして変わっていないといったところ。

完全な不意打ちならまだまだ捨てたものではないだろう。

 

(フフン。

今日もパーフェクト最強美少女白ちゃん爆誕。

朝日が眩しいぜ。)

 

なおアルビノの白を気遣って常にカーテンは閉め切られており、朝日は見えない。

姿見に渾身のドヤ顔(ほぼ変化なし)を決め満足気に頷くとダイニングに向かう。

ダイニングに行くと(リョウ)と香がテーブルについて待っていた。

朝食は目玉焼きとソーセージ、あと白いご飯だ。

こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

「白ちゃんおはよう。」

 

「おはようさん、白。」

 

「うん。

おはよう、(リョウ)、香。」

 

改めて香と(リョウ)に朝の挨拶を返し、ちょっと高い椅子に飛び乗るように座る。

二人は白を待っていたようで、白が着席すると朝食が始まった。

香は女性らしく上品に、(リョウ)は豪快に大口で食べ進めていく。

白はそんな二人を見比べながら、ちまちまと少しずつ朝食を食べ進めた。

 

(口が小さいからあんな勢いで食えないんだよなぁ。

まあ、体が小さいせいか小食にもなってるからそんなに面倒もないんだが。

美味いものを量食えないのはちょっと損した気分かもしれん。)

 

今までの生活が生活だったため、女になったことを意識することはそんなになかった。

精々が排泄の仕方とかその程度。

体の成長が止まってるせいか月のものも来ないし。

これから日常を送るにつれて、性差によるギャップなんかも感じるのだろうか。

そんなことを考えながら食べ進めていると、ペースが早い(リョウ)はもう食べ終わったようだ。

コーヒー片手に新聞を読みながら、まだ食べている香に話しかける。

 

「そういえば香。

今日から依頼受けていいぞ。」

 

「えっ、もう大丈夫なの?」

 

ちら、と香の視線が白に飛ばされる。

反応しようとも思ったが、口が埋まっていたため諦めて咀嚼に戻った。

 

「ああ。

当面は大丈夫そうな裏付けが取れた。

しばらくは通常業務だ。」

 

「よし、そうと決まれば早速依頼確認してこなくちゃ!

そろそろヤバかったのよね!」

 

(リョウ)の言葉を聞いた香は食べるペースを一気に上げて猛然と朝食を片付けていく。

それを見た白はというと、

 

(バブル期ってみんな金持ちで札束持ち歩いてるイメージがあったけど。

そんな良い話はないんだなぁ。)

 

なんてことをのほほんと考えていた。

 

 

 

 

 

香がさっさと掲示板を確認に飛び出していってややあって。

白はゆっくり食べ進めた朝食をようやく食べ終わり、箸をおいた。

洗い物くらいはやっておこうと、空いた食器を下げようとしたが(リョウ)に止められた。

 

「俺がやっておこう。

お前は座ってろ。」

 

ひょい、と重ねた食器を持ち上げるとさっさと流しにもっていってしまう。

すぐ洗うのではなく、水を溜めた洗い桶に食器を沈めてテーブルにすぐ戻ってきた。

それをぼんやり眺めていた白だが、(リョウ)からの視線を感じ目をやると、(リョウ)が口を開いた。

 

「白。

お前さん、箸使うの上手いよな。」

 

「……?

そう?

普通だと思う。」

 

「ああ、そうだ。

普通に使えている。」

 

(……?

何が言いたいんだ?)

 

質問の意図がわからず首を傾げる白の様子を見て、(リョウ)は訝しそうに眉根を寄せるが、苦笑して首を横に振った。

 

「いや、なんでもない。

うがちすぎだな、気にしないでくれ。」

 

「……うん?

わかった、気にしない。」

 

よくわからなかったが、(リョウ)の中で何か結論が出たっぽいし気にしないでいいだろう。

なにかあれば言うだろうし。

と、会話をしていると依頼を確認に行った香が帰ってきたようだ。

マンションの敷地内に彼女が入ってきたのがわかる。

思わずチラと、視線を扉に向ける。

(リョウ)もそちらに視線を向けると、感心したような声を出した。

 

「わかるのか。

流石だな。」

 

「うん。

これくらいは。」

 

少しすると香が扉を開けたのだが、じっとこちらを見ていた二人に面をくらう。

 

「ただいま、って、え、なに?」

 

「お帰り香。

まともな依頼はあったか?」

 

「ああ、うん。

1件だけね。」

 

視線の件は気にしないことにして気を取り直したのか、話を続ける香。

だが、依頼の詳細についてのところで、白に目をやり言いよどんでしまう。

どうやら依頼内容を白に聞かせていいのか悩んでいるようだ。

 

「白、仕事の話をするから部屋に戻っておいて。」

 

「ん。

聞いちゃダメ?」

 

「ダメ、ってことはないけど……ねえ、(リョウ)。」

 

言葉に窮したのか、(リョウ)に話を振る香。

(リョウ)は白をじっと見つめる。

白が視線を受けてひとつ頷くと、(リョウ)は香に視線を戻した。

 

「白も聞いておいたほうがいいだろう。

依頼となれば俺達二人ともいなくなる事もあるだろうしな。」

 

「それはわかるけど、その……今回の依頼は。」

 

それでも言いよどむ香。

普通に内容が気になるし、なんなら内容によっては手伝ってもいいと思っている白は香の話を促すことにした。

香の横まで歩いていき、服の端をクイクイと引っ張る。

 

「香。

大丈夫だから。」

 

それを受けて、香は一度参ったな、と顔に浮かべたものの、諦めがついたのか(リョウ)に向き直る。

 

「今回の依頼は殺しよ。

それも、少し厄介なね。」

 

 

 

 

 

白にお留守番を指示した(リョウ)と香は二人で(リョウ)の愛車のクーパーミニに乗り込んだ。

香の指示した待ち合わせ場所は都内の某所にある公園である。

ハンドル片手に、(リョウ)が助手席に乗っている香に依頼の詳細を尋ねる。

 

「で、誰をどうしろって?」

 

「今回の依頼人は萩尾直行さん。

依頼の詳細は……」

 

「ちょっとまて!」

 

(リョウ)が声をあげて急ブレーキをかける。

シートベルトはつけていたものの、急制動に助手席でつんのめった香が(リョウ)に文句を言う。

 

「ちょ、なによ!

危ないじゃないの!」

 

「萩尾直行だとぉ?

つまりはあれか、男の依頼か。」

 

「……そうだけど。」

 

「行かん!

俺は絶対にやらんぞ!」

 

その言葉に眉を吊り上げる香。

 

「依頼の選り好みをしとる場合か!

白ちゃんだって食わせなきゃならないのよ!?」

 

見た目少女の白の名前を出されると弱いのか、すねたようにそっぽを向く(リョウ)

 

「そうはいっても(リョウ)ちゃん、気がのりましぇん。

久々の依頼なのに男の依頼かよぉ。」

 

「あ、あんたってやつは……!」

 

狭い車内でどこから取り出したのか、器用に100tハンマーを振りかざす香。

それに気づいて慌てて防御態勢を取ろうとした(リョウ)だが、突如表情が真剣なものに切り替わった。

瞬時に愛銃を引き抜くと、後部座席に突きつける。

 

「伏せろ香!」

 

「えっなに!?」

 

驚いて頭を抱えて助手席で蹲る香。

(リョウ)は後部座席に銃口を向けたまま、誰何の声をあげる。

 

「誰だ、そこにいるのは?」

 

その言葉にはすぐに反応があった。

後部座席の座面がパカっと開くと、そこから見慣れた無表情の少女が顔を出した。

 

「白!?

いつの間に、こいつ。」

 

「白ちゃん!

ついてきちゃったの?」

 

「見つかるとは、不覚。」

 

「不覚、じゃないわよ!

ダメじゃない、こんなことしちゃ!」

 

香はこっそりついてきた白にお冠だが、(リョウ)はかなり驚いていた。

さっき香が100tハンマーを振りかざした一瞬だけ息遣いのようなものが聞こえたから気がついたが、それまで白の存在に全く気が付かなかった。

 

(この俺が同じ車内の気配に気づけないとは。)

 

これがホワイトデビルか、とその力量を再認識する。

そもそも後部座席にあんな仕掛けをいつの間にか施してあることといい、油断ならない少女である。

まあ、その少女も香には頭が上がらないようで、めちゃめちゃに怒られていれば形無しだが。

そんな様子を見ていたら毒気が抜けてしまった(リョウ)は、はぁ、と溜息をひとつ吐き出すと前方に向き直りハンドルを握る。

 

「白、普通に座ってシートベルト付けとけ。

香もだ。

さっさと集合場所に行くぞ。」

 

「ちょっと、白ちゃんも連れて行くの?」

 

「しょうがねえだろついて来ちまったんだから。

今から戻ったんじゃ時間に間に合わねえよ。

それに、今日は顔合わせだけなんだろ?」

 

香はその言葉に少し迷った様子だったが、お財布事情もあるのだろう、まあいいか、とひとりごちた。

 

 

 

 

 

公園についたのは夕暮れ時だった。

まだ日があるので白はいつものコートに帽子とサングラス姿だ。

もうすぐ日が沈むとはいえ、付近に団地や民家なども多い住宅街にあるこの公園は数人の遊んでいる子供たちの姿が見える。

まだ指定の時間まで多少の余裕があるので、そこらの花壇の淵に適当に腰かけて待つ3人。

並び順は香、白、(リョウ)だ。

ここまで来てしまったものの待ち時間があると思うとまた面倒になってきたのか、(リョウ)の機嫌は右肩下がりだ。

 

「はぁー、やっぱ帰ろうぜ。

気が乗らねえよ。」

 

「ここまで来てそんなこと言わないでよ、(リョウ)。」

 

文句たらたらで、横目に香を睨みつける(リョウ)

 

「なんだって俺が男のために仕事なんてしなきゃいけないんだよ。

俺は女の依頼しか受けないの!」

 

「いつまでもうるさいわねぇ!」

 

「じゃあ、私の依頼を受けたのは、私が女だから?」

 

(リョウ)が依頼をあまりに渋るので疑問だったのだろう。

白が聞くと、(リョウ)は即座に否定した。

 

「いいや?18才未満は対象外だ。」

 

「じゃあ、なんで?」

 

そう聞かれた(リョウ)は白に向き直ると真剣な表情で口を開いた。

 

「俺が依頼を受けるのは、俺の心が震えた時、さ。」

 

「心が……。」

 

よくわからなかったのか、コートの上から自分の心臓のあたりをぎゅ、と握ってみる白。

 

「ぷ、くくく……似合わねー!

急にマジになって何を言うのかと思えば、何言ってんのよ!

お、おなか痛い……!

あは、あはははは!」

 

「こ、こいつ……。」

 

一方香は(リョウ)の態度がツボに入ってしまったようで、大笑いしている。

そんなやり取りをしているうちに気づけば日が沈み、あたりは電灯の明かりに包まれた。

白も帽子とサングラスを外すとポケットにしまいこむ。

子供たちも一人、また一人と迎えがきて家路についていく。

時間は19時30分を少し過ぎたあたりだった。

 

「おっせえなぁ。

もう30分過ぎたぜ?」

 

「あの子の迎えも、遅れてるみたいね。」

 

香のその言葉に(リョウ)と白がブランコのほうに目をやると、一人ブランコに座る女の子の姿があった。

小学生くらいだろうか。

寂しげにブランコに揺られている。

 

「あと10年経ったら俺が迎えに行ってやるよ!

中々のモッコリ美人になりそうだしなぁ。」

 

そんな発言をして下種笑いをする(リョウ)を香が

 

「変態。」

 

の一言で切って捨てる。

その言葉に鼻白んだ(リョウ)は、ガクッと肩の力を抜いたあと立ち上がると、

 

「帰るぞ!」

 

と香と白に声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ(リョウ)!」

 

(リョウ)。」

 

慌てて立ち上がり(リョウ)を引き留めようとする香と、座ったまま声をかける白。

(リョウ)は香の言葉は無視して帰ろうとしていたようだが、白には肩越しに振り返った。

白は顔の向きを変えないまま、目の動きだけで公園の外延部の雑木林に一瞬だけ視線を送る。

 

「いいの?」

 

「……大丈夫だ。

悪いようにはせんよ。」

 

「わかった。」

 

その言葉に納得したのか、座っていた花壇の縁から勢いをつけて飛び降りる白。

香は二人の会話の意味が分からず、聞こうとしたところで暗い表情に猫背でこちらに歩いてくる男性の姿が目に入った。

 

「あら、あの人かしら?」

 

「あん?」

 

香の言葉にそちらに視線を送った(リョウ)が大きく顔を歪める。

 

「暗っ!

まさかでしょ!?

俺嫌だよあんなの!

俺は暗い男が嫌いなんだ!」

 

そんな二人のやり取りを横目に、白はぽつりと

 

「あれがクライアント……。」

 

と呟いて観察しているようだ。

男性は(リョウ)の嘆きが聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか構わず距離を詰めてきた。

 

「冴羽さんですね?」

 

「……あんたが萩尾さん?」

 

「はい、遅くなってすいません。」

 

抑揚のない声で話かけてきた男性に愛想笑いを浮かべる(リョウ)と香。

白は相変わらずの無表情でただじっと見上げている。

男性……萩尾は依頼したスイーパーが子供連れであることに驚いた様子だ。

香は話を聞くために萩尾をクーパーミニの車内に誘った。

後部座席に香、助手席に萩尾が乗り込み、運転席の扉に手をかけた(リョウ)は動かない白に目をやった。

 

「話を聞かないのか?」

 

「うん。

あの子を見ておく。」

 

白はブランコの女の子が気になる様子だ。

それを見た(リョウ)は一つ頷くと、運転席に乗り込んだ。

萩尾が語った依頼内容はこうだ。

 

天地宗像(アマチソウゾウ)という男がいる。

日本国民なら誰でも知っているような、次期総理大臣ともいわれる大物政治家だ。

1年前、その男の運転手をしていた男が遺書を残して青函連絡船から投身自殺をしている。

飲酒運転で子供を轢いてしまったからだ。

その運転手こそが、萩尾だという。

実際は、運転をしていたのは天地で、萩尾は身代わりに偽装自殺を行った。

こうして公的には死人になってしまった萩尾。

そのせいで娘に会うことすらできなくなってしまった。

そして、先ほどから白が気にしているブランコの少女こそが、萩尾の娘だという。

いつか迎えに来るからと、別れ際にした約束を信じて、毎日遅い時間まで公園で父を待っているのだ。

それに耐えきれなくなった萩尾の依頼は、天地達に萩尾が本当に死んだと勘違いさせるための偽装殺人だった。

依頼内容を聞き終わった(リョウ)は二人を車内に残して車から降りると、ブランコに向かっていく。

女の子の座るブランコの隣に腰かけて、女の子にいつもより優しい声色で声をかけた。

 

「君、もしかしてお父さんを待ってるのかな?」

 

「おじさん、パパを知ってるの?」

 

「お、おじ……。

"お兄さん"が見つけてあげる!

だから、今日はもう帰りな。」

 

「ほんと!?

約束よ!」

 

父の話をしてくれる人が周りに居なかったのか、大喜びでブランコから立ち上がる女の子。

(リョウ)と指切りをすると、駆け足で公園を飛び出していった。

 

「白。

念のためエスコートしてあげな。」

 

「合点、承知。」

 

と、いつの間にやら(リョウ)の後ろに立っていた白に、(リョウ)が声をかける。

真顔のままおどけて返した白が駆け出して公園の茂みに飛び込むと、すぐに(リョウ)にすら集中しないと気配が掴めなくなった。

恐らく、姿を見せないまま女の子の後を追っているのだろう。

そこに車から降りてきた香がやってきて(リョウ)に声をかけた。

 

「あれ?

白ちゃんは?」

 

(リョウ)は公園備え付けの公衆トイレを指さす。

 

「慌てて駆け込んでいったからでっかいほうじゃねえか?

ちょっと待ってようぜ。」

 

「あ、あんたね。

デリカシーってもんが無いのか己は!」

 

その(リョウ)の言葉は香の沸点を容易く超えたようで、お馴染みの100tハンマーが振りかぶられていた。

 

 

 

 

 

(リョウ)と香が依頼人のもとに向かうため家を出た直後。

白は行動を開始した。

コートのポケットに予め突っ込んであった帽子とサングラスを装着し身支度は万全。

開いた窓から跳躍、壁にある雨樋に片腕を引っかけて滑るように地上に降り立つ。

家の中でこっそり回収した針金でちょちょっとクーパーミニのドアを開くと、後部座席に滑り込んだ。

そしてこの一週間で同様の手口で仕込みをした後部座席の座面下の隠しスペースに潜り込む。

今回白がこの行動に出たのにはいくつか理由がある。

無論、あまりにも何もしていない居候状態は良心が咎める、ということもあるのだが。

第一に、野次馬根性。

前世で見たシティーハンター世界なのだから、(リョウ)たちの活躍を見てみたいという思いが一つ。

第二に、原作とのズレがないかの確認だ。

白自身がユニオン・テオーペの所属だったことから、この世界はアニメ版ではなく原作漫画の世界かと思われる。

しかし、実際のところは確認してみないとわからない。

もしかしたら混ざった世界かもしれないのだ。

それこそ、アニメ版ユニオン・テオーペである赤いペガサスがユニオンと同時に存在している可能性すらある。

あとはそもそも白の存在によってアニメ、漫画、両方からズレてしまっている可能性もあった。

原作知識はだいぶ薄れてきているものの、現場を見れば思い出すこともあるだろう。

そう考えて、こっそりついていく事にしたのだ。

ちなみにこの隠しスペースを作った時はそこまで考えていたわけじゃない。

暇つぶし代わりであり、強いて言うなら悪戯である。

流石に家から出ると(リョウ)には気づかれそうだったので、香しか居ない時に隙を見て少しずつ作ったスペースだった。

外からわからないように覗き穴まで作られているし、後部座席に座っても気づかれない本気仕様である。

隠しスペースに潜り込んで少しして。

車外から(リョウ)達の気配を感じ取った瞬間、白の意識がスイッチを入れたように切り替わる。

呼吸は薄く長く。

身じろぎ一つせずに瞳は虚空を見つめる。

極端に存在感が希薄となる、白の本気の隠密モードだ。

なんとあの(リョウ)すら気づいていない。

この状態だと体を動かしたりも難しいが、潜むだけなら誰にも見つからない自信が白にはあった。

そのまま暫く車を走らせていた(リョウ)だが、依頼人が男だと聞いて車を急制動させた。

白は一人隠しスペースの中で訓練で培った強靭な体幹で耐えつつ二人の様子を眺めていたが、香がハンマーを振りかざした時にびくっと体が跳ねた。

一瞬集中が乱れてしまったため、(リョウ)に気づかれてしまった白は渋々姿を現すことにした。

 

「見つかるとは、不覚。」

(というかあのハンマーどうなってるんだよ。

隠密モード中は銃口突きつけられても動揺しない自信があるのに。

スケベ男への特攻概念武装かなんかですかね……。)

 

「不覚、じゃないわよ!

ダメじゃない、こんなことしちゃ!」

 

後部座席に振り返り怒ってくる香。

その剣幕にたじろいでしまう白。

 

「う、ごめんなさい。」

 

「さみしくてついてきちゃったの?」

 

「いや、さみしいとかでは、ないけど……。」

 

どうも怒ってる香相手には弱い。

おどけたりする余裕が無くなってしまう。

なぜかはわからないが、白は香に頭が上がらなくなってしまっていた。

看病してもらったことを本人も無自覚に恩に着ているのだろうか。

そんなやり取りをしていると、(リョウ)が車を発進させた。

どうやら諦めて依頼人のところに向かうようだ。

香は白を連れていくことを少し渋っていたが、一度帰る時間はないようでそのままついていけることになった。

やったぜ。

 

 

 

 

 

車を走らせること暫く。

依頼人が指定した公園に到着した。

夕暮れ時とはまだ日があるので帽子とサングラスを装着して車から降りた白。

花壇の縁に腰かける3人。

(リョウ)は男の依頼を受けるのがまだ納得いかないらしい。

 

「はぁー、やっぱ帰ろうぜ。

気が乗らねえよ。」

 

「ここまで来てそんなこと言わないでよ、(リョウ)。」

 

文句たらたらで、横目に香を睨みつける(リョウ)

 

「なんだって俺が男のために仕事なんてしなきゃいけないんだよ。

俺は女の依頼しか受けないの!」

 

「いつまでもうるさいわねぇ!」

 

(男の依頼じゃテンション上がんないよなぁ。

てか、俺の依頼はなんで受けてくれたんだ?

ぶっちゃけ普通にぶち殺される展開だと思ったんだよなぁ。)

 

ふと疑問に思ったので、(リョウ)に直接聞いてみることにした。

 

「じゃあ、私の依頼を受けたのは、私が女だから?」

 

「いいや?18才未満は対象外だ。」

 

「じゃあ、なんで?」

 

そう聞かれた(リョウ)は白に向き直ると真剣な表情で口を開いた。

 

「俺が依頼を受けるのは、俺の心が震えた時、さ。」

 

「心が……。」

 

(リョウ)の言葉に、思わず自分の胸の上に手をやってしまう。

そういえば、この世界に転生してから、大きく感情が動いたことがあったろうか。

確かに内心おどけたり、慌てたりしたことは多々ある。

むしろ、表情に出せないぶん内心は荒れているような気がする。

しかし、感動したり熱く燃え上がったりとか、心が震えるような想いはしたことがない。

(リョウ)は香に笑われてご立腹だが、もしかしたら(リョウ)と一緒に居ればそういった感情を感じることができるかもしれない。

確かに、そんな予感がした。

そんなやり取りをしているうちに気づけば日が沈み、あたりは電灯の明かりに包まれた。

白も帽子とサングラスを外すとポケットにしまいこむ。

子供たちも一人、また一人と迎えがきて家路についていく。

時間は19時30分を少し過ぎたあたりだった。

 

「おっせえなぁ。

もう30分過ぎたぜ?」

 

「あの子の迎えも、遅れてるみたいね。」

 

香のその言葉に(リョウ)と白がブランコのほうに目をやると、一人ブランコに座る女の子の姿があった。

小学生くらいかな。

寂しげにブランコに揺られている。

 

(てか、あれ大丈夫か?)

 

白はさっきから気になっていた方向を顔を向けずに目線だけで確認した。

それは公園の外縁にあるちょっとした雑木林だ。

雑木林に身を隠すようにしてずっと気配があったので、気になっていたのだ。

身を隠しているものの気配は丸っきり素人なので、そこまで危険度は高くないと放置していたのだが。

白たちが公園についた時には既に居たし、今もまだ居る。

流石に不自然だ。

視界の端で気配の正体を捉えた白は、思わず内心でたじろいだ。

 

(あ、怪しいっ!?)

 

その影は小太りの30代くらいの男性。

マスクとサングラスで顔を隠しており、ブランコの少女に熱い視線を送っている。

 

(うっそだろ。

不審者の擬人化じゃん。

逆にあそこまで不審な奴おるか?)

 

万が一を考えて、花壇から拾った小さな石を一つ拳に握りこんでおく。

投擲用だ。

そっちを気にしていると、(リョウ)は見切りをつけたのか帰ろうとしている。

香が声をかけても無視して帰ろうとしているが、そこに声をかける。

 

(リョウ)、いいの?」

 

一瞬だけ目線を雑木林に送ると、(リョウ)も当然気づいていたんだろう。

軽く頷いた。

 

「……大丈夫だ。

悪いようにはせんよ。」

 

「わかった。」

(おいおいおい、あいつ死んだわ。)

 

(リョウ)にちゃんと考えがあるなら大丈夫だろう。

白には加減やらがよくわかっていない節があるので、投げっぱなしで任せることにした。

と、そんなやり取りをしていると香が声を上げた。

 

「あら、あの人かしら?」

 

「あん?」

 

香の言葉にそちらに視線を送った(リョウ)が大きく顔を歪める。

 

「暗っ!

まさかでしょ!?

俺嫌だよあんなの!

俺は暗い男が嫌いなんだ!」

 

その言葉に白も目をやると、猫背で暗い表情をした男がこちらに歩いてきている。

 

「あれが暗いアント……。」

(なんちて。)

 

フフン、と内心ドヤ顔を浮かべていると、ふと白の脳裏に原作のシーンが想起された。

思い出した。

この依頼は、あのブランコの子の父親からの依頼の話だ。

偽装自殺をして公的に死人になってしまった萩尾を再度偽装殺人することで、大物政治家を騙す……ような話だった気がする。

最終目標はあの女の子と萩尾を再会させることだったと思う。

漫画だと以前に助け出した別の女の子が香と一緒にパートナーとして参加する話だったはず。

アニメ版だと今回同様に香のみがパートナーとして依頼をこなすので、この話はアニメ軸で進んでいることになる。

となると、恐れていたように赤いペガサスとユニオン・テオーペが同時に存在する可能性すらあった。

他に可能性はないか考えてみると、思いつくのは一つ。

ホワイトデビルが存在したことで、本来(リョウ)達がこなすはずだった依頼をいくつかスキップしてしまっている可能性だ。

実際、ユニオンとの闘いは本来将軍を倒した時に一旦終わっているはずだった。

そのあとにホワイトデビルと闘い、更には白を保護してからしばらくは依頼を受けないようにしているようだったし。

(リョウ)に本来は助けられるはずだった誰かを犠牲にしてしまっている可能性がある。

そのことに気づいた白は、背筋が凍る思いだった。

これは、なるべく早くに確かめる必要がある。

そしてもう一点。

今回の依頼にあんな風に依頼人の娘を見張る不審者なんて出てこなかったはずだ。

細かいところは覚えていないが、流石にそんな奴がいれば覚えているはず。

あの不審者も白が現れたことによるバタフライエフェクトの結果なのか。

それとも描写がないだけで原作にも存在はしていて、画面外で(リョウ)が始末をつけているだけなのか。

どちらにせよ、放ってはおけないか。

と、その時(リョウ)に車に乗らないのかと声をかけられるが、自分の中での引っ掛かりを優先したかった白は断りを入れた。

 

(創作物の世界のテンプレ不審者だろ?

……行動もテンプレだったりするんだろうか。

エロ同人みたいに?)

 

(リョウ)にあの子を見ておくよ、と伝えると(リョウ)は一つ頷いて車内に消えていく。

白は女の子が視線が気にならないように、視界の端でとらえるように観察する。

女の子は時折公園に設置された時計に目をやり、俯いてブランコを漕ぎ、また時計をみやり、を繰り返している。

チラ、と雑木林に視線をずらせば、未だに不審者がハァハァしている。

 

(というか、アイツさっきまではブランコの子しか見てなかったけど、今はこっちと交互に見てない?)

 

多分、さっきまでは香と(リョウ)が近くにいたからだろう。

一人になった白にも熱烈視線を送ってくるようになった。

 

(やべぇよやべぇよ。

いよいよ犯罪者だってあの視線は。)

 

今迄感じたことがないタイプの視線にたじろぐ白。

なんか気持ち悪いしこの石投げつけてやろうかと思っていると、話が終わったのか車から(リョウ)が降りてくる。

ブランコの子のもとへまっすぐと向かい、話しかけている。

すると、それを見た例の不審者の視線の種類が変わった。

 

(憎悪?

いや、嫉妬か?)

 

一気に負の方向に変わった視線に、何かあった時に女の子の前に割って入れるように気配を消して(リョウ)の後ろ側に回り込む。

(リョウ)と女の子の会話を聞いた感じどうやら依頼人の萩尾氏は記憶通りこの子の父親のようだ。

記憶と大きな相違は無さそうだ。

(リョウ)に帰宅を促された少女が家路に向かうと、雑木林の不審者も動いた。

やはり狙いはあの子のようだ。

 

「白。

念のためエスコートしてあげな。」

 

「合点、承知。」

 

適当におどけて答えてから、公園の茂みに飛び込む。

そこから息を殺し足音を立てず、地面すれすれの超前傾姿勢で駆け出した。

このように走ることでただでさえ小さな白の体は周囲から完全に視線が通らなくなる。

そのまま走り公園横の電柱から近い2階建ての民家に狙いをつけると、大きく跳躍。

三角飛びの要領で電柱と民家の壁を交互に蹴ってあっという間に屋根に登った。

そこから周囲を窺えば、先ほどの女の子が小走りに帰路をいっており、その後ろ数m離れて例の不審者が後をつけていた。

白はすぐに割り込めるように、女の子の近くの民家まで屋根から屋根に飛び移り移動。

そのまま屋根の上から追跡を開始した。

子供の足で5分ほど行ったところだろうか。

迷わず一軒家に入っていく女の子。

不審者はその後方からじっとそれを見つめている。

家の中から気配はするので、家人はいるのだろう。

不審者も踵を返して去っていくのをみて、今日はもう大丈夫だと判断した白は屋根伝いに公園に戻った。

(リョウ)に女の子と不審者の様子を一応話したほうがいいかと思っていたのだが、公園には変わり果てた姿の(リョウ)が。

100tハンマーに完全に押しつぶされており地面に半ば顔面がめり込んでいる。

 

(いや、死……んでない!?)

 

どうなってんだこれ、と(リョウ)の横にしゃがみこんでペチペチと頭を叩いてみるが、割と元気そうだ。

香はそんな白を後ろから両脇の下に手を入れて抱き上げる。

 

「ほーら、白ちゃん。

ばっちいから触らないようにしましょうねー。」

 

「えぇ……。」

 

「俺はバイキン扱いかよ……。」




(リョウ)達の視点、ようは今回の話の前半のような原作よりの描写を表パート
白視点のシリアルを裏パートとした時、今回のように一話で纏めるとだいぶ長くなっちゃうんですよね。
なので、今回のお話は長くなりそうだぞ。
って時は分割も手かな、と思ってます。
アンケートをつけておくので、気が向いたらご回答ください。

ちなみに第5話「ロリコンスレイヤー白の巻!」は
前編・後編の2部構成です。

後編は明後日の18:00に投稿されます。


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第5話「ロリコンスレイヤー白の巻!(後編)」

過分な評価を頂き嬉しく思います。
このSSが面白く感じたけど原作知らないよ、って人はぜひご一読ください。
アニメもあるよ!

うーむ、もう少しシリアルするつもりが想定よりシリアスになってしまった。
流石シティーハンター、油断すると雰囲気に飲まれる……!


萩尾の依頼を受けた翌日。

日の高いうちに(リョウ)と香は萩尾を伴ってファミレスへと来ていた。

といっても3人とも同じ席についているわけではない。

テーブル席を二つ使い、(リョウ)と香の隣のテーブルに萩尾が一人で座っている。

この店に今回騙す相手である天地宗像(アマチソウゾウ)を呼び出してあるのだ。

ややあって、萩尾の席に一人の男性が現れた。

 

「久しぶりですな、松井さん。私は天地を呼んだはずだが。」

 

「一年ぶりか。先生がわざわざお前などに会われるか!第一秘書の私が来ただけありがたいと思え。」

 

やってきたのは天地の第一秘書の松井だった。

高圧的な態度で用件を萩尾に問いただしている。

依頼をした時の暗さやおどおどした様子はなく、負けじと堂々とした態度で接する萩尾。

萩尾は懐から一本のテープを取り出すと、松井に一億での買取を要求した。

 

「一億?ふざけるな、そんな大金!なんだ、そのテープは!?」

 

「あの時の会話が入っている。一年前、私に偽装自殺を命じた時のな。」

 

そういって萩尾がテープを再生すると、テープからは娘の養育費の面倒を見る代わりに偽装自殺を命じる天地の声が再生された。

そのうえ、断れば娘の命はないと脅している。

 

「これは、確かに先生の声!貴様、いつの間にこんなものを!」

 

「俺を甘く見たな。買い取らないならこのままサツに出頭してやろうか?」

 

凄む萩尾に、冷や汗を流す松井。

 

「貴様、本当にあの気が弱かった運転手か……!?」

 

「お前たちに全てを奪われ、隠者のように過ごした1年が私を変えた。さあ、この取引に応じるのか、否か!?」

 

「わ、わかった。とにかく先生に相談せねば。」

 

追い詰められた様子で席を立つ松井。

松井はさっさと店を出ていき、その背中を見送った萩尾は脱力してテーブルに崩れ落ちる。

 

「はぁー、こんな感じでよかったでしょうか?」

 

「名演技だったわよ!」

 

「上出来だよ。あとは連絡があるまで待機だな。」

 

 

 

 

 

店から出た松井は少し歩いた後、忌々しそうに店に振り返る。

 

「消すしかないな。総裁選の近い先生にこんなことに関わっている時間はない。」

 

そうぼそりと呟き、近くの公衆電話へと歩いていく松井。

公衆電話をダイヤルし、なにがしかを手短に伝えたあと、受話器をおく。

用を終えて立ち去ろうと振り返ると、すぐ近くに小さな女の子が立っていた。

全身真っ白の出で立ちにサングラスの少女がいつの間にか真後ろに立っていたことにたじろぐ松井。

だが、少女は松井の横をすりぬけ公衆電話に背伸びして電話をかけ始める。

 

「もしもし、おとうさん?いまどこ?おむかえきてー。」

 

舌足らずに話し出した少女に毒気を抜かれたのか、フン、と鼻を鳴らして松井は立ち去った。

少女、白はサングラス越しに横目で松井を窺い、松井が背を向けた後に無表情のまま舌を出して見送った。

適当にダイヤルしてどこにも繋がっていない受話器を置くと、(リョウ)達が待つファミレスに向かう。

今回の作戦はこうだ。

まず、(リョウ)が声帯模写で天地そっくりの声で萩尾と会話したテープを作成する。

恐らく本人が来ることはないだろうから、似た声でかつ、萩尾の記憶をもとに再現したテープなら偽物とは気づかれない。

それを強請りのネタとして法外な金額を突きつけてやる。

この場合、相手は萩尾を消しにくるだろう。

元々脅しで偽装自殺なんてやらせるやつらだ。

まず間違いない。

殺し屋に依頼をする場合、最もやりやすいのが町中の公衆電話だ。

足が付かず、話し声は雑踏に飲まれてしまう。

その電話を盗み聞きして、依頼した殺し屋を特定。

(リョウ)が先回りをして依頼された殺し屋と入れ替わる。

そして依頼通りに萩尾を殺したと見せかける。

これが一連の流れだった。

そして白の役目は会話の盗み聞きと電話番号の特定。

松井に気づかれることなくぴったりと後ろに張り付くことで容易に達成してみせた。

任務達成した白は、ファミレスに入ってまっすぐ(リョウ)たちの待つテーブルに向かう。

それに気づいた香が軽く手を振ってきた。

 

「どうだった、白ちゃん。」

 

「ん。やはり依頼してた。場所は新宿公園、目印は赤いバラ。これが番号。」

 

松井の電話していた番号を控えたメモを(リョウ)に渡す白。

番号を見た(リョウ)は、面白そうな笑みを浮かべた。

 

「ありゃ、奴さんここに依頼したのか。」

 

「……知り合い?」

 

「ああ。ちょっとした友達のところだ。」

 

そういってニヤリと笑みを浮かべる(リョウ)

香と萩尾はなんの事かわかっていない様子だが、白は知っていた。

 

(ああ、こりゃ相手は海坊主だな。)

 

海坊主というのは、シティーハンターに登場するスイーパーの一人だ。

比較的軽武装で戦う(リョウ)と比べると、爆発物や罠を主軸に戦闘するド派手な戦闘スタイルが特徴だ。

なんと(リョウ)と互角の腕を持つ元傭兵で、(リョウ)との関係性は……なんというか言語化が難しい。

ライバルともちょっと違うし、悪友というほど馴れ馴れしくもない。

時に協力し、時に敵対するキャラクターなのだが、かなり味のある人物だ。

 

(そういえば海坊主の初登場はここだったか?がっつり出てくるのはいつだっけなぁ。)

 

そんなことを考えていると、(リョウ)が立ち上がった。

どうやら得意の声帯模写で松井になりすまして海坊主を騙し、集合場所の変更を願い出るようだ。

そして新宿公園には(リョウ)が向かい、海坊主と入れ替わる算段だ。

白はというと、ファミレスに備え付けの時計に目をやると、別行動を申し出た。

そろそろ用事の時間である。

内容は(リョウ)も香も把握しているため頷くと、ファミレスを出て別方向に向かった。

白が向かう先はタクシー乗り場だ。

タクシーに小さな女の子一人で少し驚かれたが、お金は持っていることを見せるとタクシーは走り出す。

ややあって到着したのは、昨日萩尾の依頼を受けた公園だった。

時刻は15時。

もうしばらくすれば子供たちの姿が見られるだろう公園で、白は木陰に陣取った。

木に背中を預けるようにして座り込むと、ポケットから(リョウ)の部屋で適当に見繕った小説を読み始める。

目線は本に落ちているが、意識は周囲に集中していた。

 

(昨日の不審者の姿は未だ無し。やっぱりあの子狙いかな。)

 

誰でもいいから一人の子を狙っているのなら自分を釣り餌にもできたのだが、と内心で舌打ちする。

何はともあれ、こうなったら仕方がない。

小説でも読みながらあの子と不審者が現れるのを待つしかない。

目が滑るばかりだった小説に意識をやる白。

 

(なになに……。『そうして俺は柔らかな彼女を包む衣を一枚一枚ゆっくりと剥ぎ取り』って官能小説じゃねえか!)

 

(リョウ)じゃなくて香の部屋からとってくるんだった、と白は内心で額を打った。

ま、それはそれとして読むか……。

しばらく小説に集中することにした白。

ちなみに内容はハーレムものでした。

とても良いものだと思います。

すっかり小説の世界にのめり込んでいた白だが、目当ての気配が現れたことを察知し顔をあげた。

公園の入り口のほうから昨日の女の子が入ってくるところだった。

どうやら友達と一緒ではなく、一人のようだ。

 

(そういえば昨日も一人だったな。)

 

萩尾が姿を現せなくなってから1年。

その間この子はこのあたりに住んでいるはず。

1年もあれば友達の一人二人出来ていそうなものだが。

あまり視線を送って気づかれても面倒なので、ぼんやりと女の子を観察してみる。

活発な子なのだろう。

砂場遊びをしている姿は明るく、いかにも友達が多いタイプに見える。

しかし、他の子ども達の姿もチラホラあるこの公園で、誰もあの子に近寄らない。

どころか、避けているのか砂場に誰も寄らない始末だ。

と、問題のほうも来たようである。

白が陣取っている反対側。

木の陰に気配があった。

昨日の不審者だ。

視界の端で確認したところ、同じ人物のようである。

 

(同一人物ってことは天地のところの人間じゃないな。何かの組織の人間ならこういうのは一人じゃやらないし。単独犯か。)

 

再び小説を読むふりをしながら思考を巡らせる白。

容赦なくぶちのめしてから、襲われたことにして警察に突き出してもいいのだが。

 

(流石にそれは良心が咎めるよなぁ。いまんとこ怪しいのは見た目と行動だけだし。ぶちのめすなら現行犯じゃないと冤罪になりかねん。)

 

あれだけ素人丸出しの相手だ。

ぶちのめすなら何時でもできる。

萩尾の依頼が終わればあの女の子はここから居なくなるし、予定通りそれまでガードでいいだろう。

そう方針を決めた白は、再び周囲警戒に戻ろうとした。

しかし、ここで問題が起きた。

件の女の子がこちらに歩いてきているのだ。

白は意識して小説に目をやり、目が合わないようにする。

 

(見張っているのが気づかれた?いや、まさかそんなはずは。)

 

「ねえ、あなた。昨日のおじさんと一緒にいた人よね?」

 

(覚えられてたかー!)

 

凡ミス中の凡ミス。

白は自分の容姿がかなり特徴的であることを計算から外していた。

今迄、こういった護衛なんてやったことがなかったというのもある。

白の姿を見た者は、全員亡き者になってきた。

それゆえにホワイトデビルは正体不明の暗殺者だったのだ。

それが二日連続で同じ場所に、しかも一年間会えない父を探してくれるといった男と一緒に公園に居る姿を見られている。

記憶に残るのも当然といったところだろう。

 

「ねえ、あなたお名前は?私、萩尾 道子(みちこ)っていうの。」

 

「…………。白。冴羽 白。」

 

こうなっては仕方がない。

もうなるようになれ、と白は女の子……道子とのコミュニケーションを試みた。

 

「ねえ、あのおじさん、白ちゃんのパパなの?」

 

「う、うん。そう。探偵なの、パパ。」

 

「探偵さん!そうなんだ!」

 

嬉しそうに手を合わせた道子は、今度は不思議そうに首を傾げる。

 

「白ちゃんは、今日は一人でなにしてるの?おじさんは?」

 

「パパは道子のパパを探してる。私は……ここでパパを待ってるの。」

 

そういうと、道子は一度俯き、意を決したように顔をあげると、座ったままの白に右手を握手するように突き出した。

 

「じゃ、じゃあ一緒に遊んでくれない?」

 

その差し出された手に、どうしようか悩む白。

 

(一緒にいる口実にはなるけど……。この年の女の子ってなにするんだ?わっかんねぇな……。)

 

本を読んでいることを理由に断るかとも思ったが、道子の不安そうな表情を見て、白は手を取った。

 

「いいよ。なにするの。」

 

パッと明るい表情になった道子は、白の手を引いて砂場のほうに歩いていく。

 

「お砂遊びしよ!」

 

(お砂遊びか~。なにすればいいんだ……?)

 

いざとなれば実力行使でどうにでもなると思っていた護衛任務。

まさかの障害が白の前にそびえたった。

 

 

 

 

 

「白ちゃんすごいすごーい!」

 

(し、しまった。つい普通に楽しんでしまった。)

 

最初は道子と二人で砂の城を作って遊んでいたのだが、拘っているうちに砂場を埋め尽くす見事な洋風の城が完成した。

途中からほぼ白が一人で作っており、道子はその横で歓声をあげていた。

ちなみにモデルはカリオストロの城である。

一番苦戦したのは塔を繋ぐ渡り廊下だ。

ここを崩さないために重心が……と、それはいいか。

そんなことをしているうちに気づけば日も沈み。

公園には白と道子、あとは未だに木の陰に潜んでいる不審者だけになった。

ちなみに白は帽子とサングラスは日が沈むと同時に外したため、今は素顔だ。

 

(というかアイツどんだけ長時間いるんだよ。逆にすごいな。)

 

ちらりと時計を確認すると、時刻は19時。

あの不審者は数時間こちらを観察していた事になる。

もはや病的ですらあった。

 

「白ちゃん、そろそろ帰っちゃう?」

 

白が時計を見たためだろう。

道子が不安そうに聞いてきた。

その言葉に白は道子に向き直ると、

 

「道子はまだ帰らない?」

 

と逆に聞き返す。

 

「うん、私はパパを待たなきゃ……。」

 

そういって寂しそうにする道子。

今迄もこうして、ずっとここで、一人で待っていたんだろう。

道子は悲しそうに俯いたまま、ぽつりぽつりと語りだす。

 

「パパがね、待っててって、言ったの。迎えに行くからって。でね、私はずっと待ってるの。でもね、いつまでも来てくれなくて。友達もみんな、私の事嘘つきだっていうの。それでね、怒ったら、みんな、遊んでくれなくなっちゃった。」

 

話してるうちに悲しくなってしまったのだろう。

しゃくり上げ始める道子。

白はどうしてあげればいいかわからず狼狽えてしまう。

そんな時、(リョウ)ならどうするだろうと考えた。

白は意を決して俯く道子の前に片膝をつくと、道子の目元に溜まった涙を指先で軽く拭った。

それに驚いて白を見る道子。

意識してしっかりと目を合わせる白。

 

「大丈夫。道子のパパはりょ……私のパパが連れてくる。だから、もう少しだけ。それまでは、私が一緒に待ってあげる。」

 

「白ちゃん……。」

 

「だから、今日はもう帰ろう。家まで送ってあげる。」

 

そういって、道子の手を取り二人は公園を出る。

家への道は昨日で知っているため、迷いない足取りで二人は歩いて行った。

本当に公園に近い家だ。

子供の足でも5分ほど。

その間、二人の間は無言だったが、気まずい無言ではなかった。

道子は笑みすら浮かべて手を強く握ったり緩めたりを繰り返している。

白もそれにあわせてあげていた。

道子の家の前まで来て立ち止まった二人。

道子は手を離すと家のほうに歩きだすが、家の手前で振り返った。

 

「白ちゃん、かっこいいね。ヒーローみたい!また明日ね!」

 

そういって家の中に消えていく道子。

まさかそんなことを言われると思っていなかったのか、目を見開いて驚く白。

自分の胸に右手をやり、少し考える。

 

(ヒーロー、か。だとしたらそれは、俺じゃなくて(リョウ)のほうなんだろうな。流石だぜ、シティーハンター。)

 

自分はあくまで(リョウ)ならこうするだろうと思ったことをしただけだ。

この世界に生まれ変わって、ふと思うことがある。

自分のロールはなんなのだろう、ということだ。

(リョウ)のロールは主人公。

皆の憧れるヒーローだ。

香はその相棒。ヒロインであり、パートナー。

この世界はシティーハンターという作品の世界であり、みんな何かしらのロールを持って生まれる。

なら、自分は?

この世界の不純物である自分のロールはなんなのか、それが気になってしまう。

何色にもなれない白。

どこにあっても浮いてしまう色。

それが自分なのではないかと、そんなことを考えてしまった。

 

(柄でもないか。とりあえず例の不審者君も道子が家に入ったのをみて帰ったようだし。こっちも帰るかね。)

 

タクシー捕まえて帰ろうと、ポケットに手を突っ込んで歩き出す白。

その時、右手に鈍い違和感が走る。

なにかと右手を見てみると、右手の甲が赤く腫れていた。

日光には気を遣っていたつもりだったが、砂場遊びとなるといつの間にか日に晒してしまっていたようだ。

アルビノの肌が日に焼かれて火傷になっている。

幸いというべきか、白の痛覚は鈍い。

今も痛みは特に感じず、突っ張るような違和感があるだけだ。

特に支障はないはずのその火傷に、明るい場所に居ることを否定されたような気がした白だった。

 

 

 

 

 

タクシーを捕まえてマンションまで帰ってきた白。

香の部屋の前まで来て、部屋に入るのを躊躇ってしまっていた。

さっき変な事を考えてしまったせいか、少し気が重い。

香はアレで結構鋭いのがここ数日の暮らしでもうわかっているので、どうにか気分を切り替えねば。

ぶんぶんと頭を振り、気を取り直そうとする白。

ドアノブに右手を伸ばすが、どうにも踏ん切りがつかず手が彷徨う。

と、部屋の前でもたもたしていた白が気になったのか、声をかけてくる人物がいた。

 

「なにやってんだおまー、そんなとこで。」

 

(リョウ)……。」

 

訝し気にこちらを見ていたのは(リョウ)だ。

たまたま通りかかったのか、それとも白が帰ってきた事に気づいて様子を見に来たのか。

どちらにせよ、変なところを見られたものだ。

と、(リョウ)の視線が右手の甲に行ったことが白にはわかった。

咄嗟に隠そうとしたが、遅かったようだ。

(リョウ)に右手首を掴まれてしまう。

 

「白、お前、これは……。」

 

「日に焼けただけ。気にしないで。」

 

その白を見て眉根を寄せた(リョウ)は溜息を一つつくと、軽く白の手を引いた。

 

「ほら、こっちこい。手当してやるよ。」

 

「いや、大丈夫。たいしたことない。」

 

「ダメだ!第一、それを見た香がどんな反応をすると思う?お前さん、また缶詰に戻りたいのか?」

 

「む、むう……。」

 

確かに香ならめちゃくちゃに騒いだ後に、過保護に外出禁止令を出すだろう。

それは嫌だ。

ここは大人しく従ったほうがいい。

連れられるまま(リョウ)の寝室に来ると、(リョウ)が棚から救急箱を持ち出した。

 

「ほら、手、出せ。」

 

「ん。」

 

(リョウ)は手慣れた様子で消毒から手当を始める。

そうしながら、今日の道子と不審者の様子を聞いてきた。

白もそれに答えつつ、(リョウ)達の今日の行動と今後の予定を聞かされる。

無事に殺し屋として入れ替わりには成功したようで、あとは明日、更に要求を吊り上げることで相手を焦らせるようだ。

焦った松井は殺しの決行を早めるだろう。

決戦は明日の晩と思われた。

お互いに情報交換をしているうちに消毒が終わり、火傷に効く軟膏を塗り、包帯まで巻かれた白。

元々痛みは感じていなかったとはいえ、なんとなく落ち着いた気がするのが不思議だ。

 

「で、白。お前さん、なんで香の部屋の前でグズグズしてたんだ?」

 

「う、それは。」

 

嫌な事に突っ込まれてしまった。

適当に誤魔化そうとも思ったが、真剣にこちらを見てくる(リョウ)に誤魔化しは効かない気がした。

観念した白が口を開く。

 

「今日、別れ際に道子に言われた。ヒーローみたい、って。……ヒーローになれると思う?(リョウ)みたいな。」

 

「……はぁ?」

 

その言葉に(リョウ)は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべると、呵呵大笑した。

白の真顔から色が無くなり、目はじとっとした気配を帯びる。

 

「笑うところじゃない。」

 

「あっはっは、いや、これが笑わずにいられるかよ、ったく。」

 

ひとしきり笑った後、ガシガシと白の頭を撫でまわす(リョウ)

がくがく頭を揺らされた白が、左手で(リョウ)の手を払いのけた。

 

「なにをする。」

 

「俺がヒーローなんて柄かよ!俺の事そんな風に思ってたのか?」

 

「む、それは……。」

 

からかうような笑みを浮かべる(リョウ)に、思わず目を逸らす白。

 

「それにな、白。ヒーローなんてもんは、成れる成れないってもんじゃない。成ろうとするかどうかだ。」

 

「成ろうとするかどうか……。」

 

「そうだ。そうありたいと思い、そうあろうとした奴がヒーローになるのさ。誰だってな。」

 

そういって笑みを浮かべる(リョウ)

そんな(リョウ)を見て、今日感じた心のわだかまりのようなものが、ふっと軽くなるような感覚を白は覚えた。

と、その時(リョウ)の部屋に香が入ってきた。

咄嗟に右手をポケットに入れて隠す白。

どうやら白が中々帰ってこないため、(リョウ)に相談に来たようだ。

そこに白が居たためだろう、驚いた表情をしている。

 

「白ちゃん、帰ってたの?私の部屋に顔くらい出してよ、心配したじゃない。」

 

「ごめん香。あー……そう、借りていた本を(リョウ)に返してからいくつもりだった。」

 

左手でコートの内ポケットにしまった小説を取り出す白。

しかし、右手で内ポケットにしまった小説のため入っているのはコートの左側。

ひねるように取り出す必要があり、思わず手が滑る。

 

「あ。」

 

地面に落ちた小説は良く開かれて癖がついているであろうページが勝手に開いた。

それはよりによって挿絵付きのページ。

一人の男性が複数人のモッコリ美人に囲われてモッコリしているモッコリ塗れのイラストだ。

それに3人の視線が集まり、ゆっくりと顔を上げた(リョウ)と白。

 

(お前勝手に俺のモッコリ小説を……!)

 

(……無言で目を逸らす。)

 

白が目を逸らした先を(リョウ)が見やると、肩を震わせている香の姿が。

 

(リョウ)、あんたなんてものを白ちゃんに見せてんのよ!」

 

「いやまて、香誤解だ!これは白が勝手に!」

 

「白ちゃんが自分からそんなもんに興味持つわけないだろ!天誅ッーーーー!!」

 

「ぎいいやああああああ!!!」

 

「南無。」

 

もはや自分にできることはない、と白は静かに手を合わせた。

 

 

 

 

 

明けて翌日。

今度は昨日より少し遅い時間に公園にやってきた白。

白が公園について少しすると、狙い通り道子がやってきた。

木陰にいる白に気が付くと、笑顔で駆け寄ってくる。

 

「白ちゃん、今日も来てくれたんだね!」

 

「うん。今日は何をするの?」

 

「またお砂で何か作ってよ!」

 

白は道子に手を引かれ、砂場のほうへと歩き出す。

ちなみに包帯は既に外れていた。

(リョウ)の処置が適切だったこともあり、軽い火傷はすぐに治ったのだ。

昨日よりも日光に気を付けつつ、砂場で遊ぶ白と道子。

今日は和風の城(姫路城モデル)を作りながら、白が道子に話しかけた。

 

「道子のパパ、見つかりそうだって。」

 

「ほんと!?」

 

その言葉に手を止めて喜ぶ道子。

白は一つ頷くと、

 

「明日には会えるかもって。りょ……パパが言ってた。」

 

「やったやった!ありがとう白ちゃん!」

 

そういって感極まったのか抱きついてくる道子。

しっかりと受け止めた白は、落ち着くようにその背中をポンポンと叩いている。

 

「見つけたのはパパ。私はなにもしてない。お礼はパパに言ってあげて。」

 

「うん、おじさんにもちゃんと言う!でも、白ちゃんもありがとう!」

 

よっぽど嬉しいのだろう、ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる道子を優しく抱き返しながら、白はぽつりと、

 

「どういたしまして。」

 

と返した。

ややあって、日も沈んだその日の帰り道。

道子と白はまた手を繋いで一緒に歩いていた。

その工程の半ばまで歩いた頃だろう。

道の先、立ちふさがるように男が立っていた。

小太りでサングラスにマスクをつけた男。

背中にはリュックサックを背負っている。

サングラス越しにもわかる視線は、白と道子の間を激しく往復しており、息遣いは荒い。

ここ数日間、白がマークしていた不審者に違いなかった。

白は繋いでいた手を離すと、道子の前に手をやり下がらせる。

 

「道子、さがって。」

 

「し、白ちゃん。あの人誰?」

 

男の尋常ではない様子には道子も気づいているのだろう。

その瞳には怯えの色があった。

男が一歩距離を詰めると、白と道子が一歩後ずさる。

その様子を見た男は足を止め、こちらに話しかけてきた。

 

「み、道子ちゃん。僕、お父さんがどこにいるか知ってるよ。連れて行ってあげるよ。」

 

その言葉に不安そうに道子が白を見る。

白はゆっくり頭を振ると、男を睨みつけた。

 

「嘘。道子のパパはもう見つかってる。(リョウ)が明日にでも連れてくる。」

 

「な、なにを……。そうか、あの男だな。あの、道子ちゃんに馴れ馴れしかった男!」

 

白の言葉に(リョウ)の事を思い出したのか、顔色が赤くなるほど激高する男。

 

「ゆ、許せない!僕の道子ちゃんに馴れ馴れしく、ち、近づいてぇ……!」

 

「白ちゃん、あの人怖い……。」

 

白のコートの背中側をぎゅっと握ってくる道子。

 

「大丈夫だよ道子ちゃん。僕は君がよく一人でいることに気づいてから、ずっと見守ってきたんだから。こんなに可愛い子に寂しい思いをさせるお父さんなんて、許せないよねぇ。」

 

(こいつ、一人で居る道子に目をつけていたってとこか。そりゃ、決まって夕方から日が暮れた後に一人になる女の子なんて目立つよな。狙いやすく見えるってわけだ。)

 

ちらと肩越しに道子を見やると、よっぽど恐ろしいのだろう。

顔を青ざめさせて涙目になっている。

 

(こんな時、(リョウ)なら……。いや、俺の思い描くヒーローなら……!)

 

白は道子を安心させるため、道子の前に仁王立ちして両手を広げた。

 

「道子に手は出させない。」

 

「お、お前ぇ……!道子ちゃん、道子ちゃん。僕と一緒に行こう?ね、道子ちゃんのお父さんは道子ちゃんが嫌いになっちゃったんだよ。だからいつまでも迎えに来ないんだ。僕なら道子ちゃんをずーっと好きでいるし、寂しい思いなんてさせやしないさ!」

 

「パパが、私を嫌いに……。」

 

その言葉は、道子の心に突き刺さったのだろう。

白の背中で道子の泣きそうな声が漏れた。

 

「そんなはずはない!」

 

「白ちゃん……?」

 

感情を表に出せない白の精一杯の叫びが響く。

 

「あれほど愛の深い人はそういない。信じて道子。明日必ず、大好きなパパが迎えに来る。」

 

「白ちゃん……。うん、私、信じる!白ちゃんがそういうなら信じるよ!」

 

笑顔でそういってくれた道子。

その表情を肩越しに振り返って確認した白は、今度は前方の男を厳しく睨みつける。

男は子供に怒鳴られてさらに頭に来たのか、トマトのように顔を真っ赤にしていた。

 

「お、お前ぇ!もういい、力ずくでも道子ちゃんは連れていくぞ!」

 

そういってリュックサックから男が取り出したのは出刃包丁だ。

刃先を白に向けると、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「ほら、痛い目にあいたくないだろ!大人しくついてくるならお前も可愛がってやるぞ!見た目はいいからな、お前も!」

 

その様子に白はコートをバサリと脱ぎ、道子の肩にかける。

白シャツとホットパンツ姿になった白は一歩前に出る。

 

「少し下がってて、道子。」

(あのコートは、暗殺者、ホワイトデビルの装備。でも今は、ホワイトデビルとしてじゃなく、俺として。冴羽 白として!)

 

キッと鋭い眼差しで男を睨みつけ、半身を引いて軽くステップを踏む白。

白の中でバチッと戦闘用のスイッチが入った。

 

「子供相手に刃物が無いと強く出られないとは。程度が知れる。どこからでも、来い。」

 

「こ、のクソガキィ!」

 

男は一気に駆け寄って包丁を突き出す。

それを一歩ズレてかわす白。

男は見立て通り完全な素人のようで、型もなにもあったもんじゃない。

避けられたことで更に苛立ったのか、癇癪を起こしたように包丁を振り回す。

右左、右左、上下。

めちゃくちゃに振り回される包丁を全て最小限の動きでかわしていく白。

むしろ振り回す男のほうが息が上がってきていた。

全く当たらない包丁に焦れて、一歩踏み込んだ男が逆手に持ち替えた包丁を絶叫とともに白の頭目掛けて振り下ろす。

これを避けるには後退するしかないが、下がりすぎれば道子がいる。

白は避けるつもりはなかった。

 

「白ちゃんっ!」

 

道子の叫びと同時、鈍い音が響いた。

男が振り下ろした右腕を、白の左手が下から掴んでいる。

男はどうにか振り下ろそうと渾身の力を込めているが、腕はびくともしない。

どころか、白の手に万力のように締め上げられて、骨が悲鳴をあげていた。

ギリギリといやな音が響き、男が苦悶の表情を浮かべる。

そのまま力ずくで外側に腕を捻られていき、ついには包丁を取り落とした。

白が勢いつけて押し返しながら手を離してやると、大きくたたらを踏んだ後、腕を押さえて悶えている。

腕には白の手形がくっきり残っており、少し青ざめていることから内出血しているようだ。

 

「なんだ、このガキ!バケモンがぁ!」

 

男の叫びを無視した白は、足元に落ちている包丁に靴のつま先を引っかけて跳ね上げると、右手でつかみ取る。

順手にもって、一度二度と軽く振り、刃物を奪われて狼狽える男を睨みつけた。

 

「覚悟。」

 

「ひ、ひぇっ!ま、待って……!」

 

手を前に突き出し怯える男に構わず駆け出す白。

白はそのまま包丁を男に向かって振りおろす。

まるで露でも払うように包丁を横に振るう白。

男のサングラス、マスク、服からズボンに至るまでが正中線で二つに綺麗に裂かれ、男の素顔があらわになった。

涙目で切られた服の内側を手でこすり、体までは切られていないことを確認すると安心した表情を浮かべるも、目の前の白に再び目をやり悲鳴を上げた。

 

「ひ、ひええええ!」

 

ボロボロの服装のまま悲鳴を上げて逃げ出した男の背中に向けて、白が包丁を振りかぶる。

 

「忘れ物。」

 

逃げる後頭部に白が持ち手の側が当たるように投擲した包丁が直撃。

男はその場でひっくり返って昏倒した。

その様子をみて、フン、とひとつ鼻息を鳴らした白。

あとは警察に引き渡せばいいだろう。

道子に振り返る。

と、道子が飛び込むように抱き着いてきた。

 

「白ちゃんすごい!やっぱり白ちゃんはヒーローだよ!」

 

抱き着いたままぴょんぴょん跳ねる道子に、白は背中に手を回しながら答える。

 

「そんなことない。私がヒーローに成れたとしたら、それは道子のおかげだから。」

 

「……私の?」

 

白の言葉に不思議そうに首を傾げた道子だが、すぐに笑顔に戻った。

 

「じゃあ、ありがとうで、どういたしましてだね!お互いに!」

 

「……そうだね。ありがとう道子。それと、どういたしまして、道子。」

 

「うん!ありがとう白ちゃん!どういたしまして、白ちゃん!」

 

えへへ、と笑う道子。

残念ながら白は表情筋が死んでいるため笑みを返してはあげられないが。

 

(本当は笑ってやりたいんだけどな。)

 

せめてもの気持ちとして心の中で笑みを浮かべながら優しく頭を撫でてあげるのだった。

 

 

 

 

 

それから数日。

新幹線のホームに(リョウ)、香、白の3人と、萩尾親子の姿があった。

例の不審者を撃退して警察に引き渡した日の晩。

無事萩尾の偽装殺人に成功した(リョウ)と香。

まさか本気で萩尾の腹を銃弾で撃ち抜いていたとは思わなかったが。

言われてみればそんな展開だったような気もする。

何はともあれ無事に親子が再会できたようで一安心だ。

そんな事を考えていると、ちょうど(リョウ)がアタッシュケースを萩尾に渡しているところだった。

あれは松井が用意していた萩尾の殺しの代金のはずだ。

必要な分は取った、等と(リョウ)は言っているが。

 

(まあ、手つかずなんだろうな。)

 

つまり今回の仕事は収入無し。

香は文句を言わないだろうかと横目で様子を伺うが、満足そうな笑みを浮かべているので、まあいいのだろう。

萩尾は腹を撃ち抜かれたものの無償で娘と再会し、どころか大金も渡されたことになる。

何度も(リョウ)と香に頭を下げていた。

そんな様子を見ていると、道子が白に近寄ってくる。

 

「白ちゃん、これあげる!」

 

そういって道子が突き出してきたのはクマのぬいぐるみだった。

少し年期が入っている感じはあるが、綺麗に保たれたぬいぐるみは、大事に扱われていたことがわかるものだった。

 

「これは?」

 

「これね、昔パパに貰った私のお友達なの。パパに会えなくて寂しい時に一緒に寝たりしたんだよ。」

 

「……そんなに大事なもの、貰えない。」

 

流石に小さな女の子からそんな物は受け取れないと、断る白。

しかし、道子は強引に白の胸にぬいぐるみを押し付けてきた。

 

「いいの、私にはもうパパがいるもん!だから、白ちゃんに持っててほしいの。」

 

「いや、でも……。」

 

なお渋る白に業を煮やしたのか、白の胸に押し付けたままのぬいぐるみから手を離してしまう道子。

落ちそうになったぬいぐるみを白は慌てて抱きかかえた。

 

「白ちゃん、助けてくれたでしょう?そのお礼!それにね、その子を見て道子のこと思い出してくれたら嬉しいもん!」

 

屈託ない笑顔で言う道子に、根負けして受け取ることにした白。

しっかりとぬいぐるみを持ち直す。

 

「うん、わかった。大切にする。」

 

「うん、絶対だよ!」

 

その時、新幹線の発車を知らせるベルがホームに響いた。

道子は父親に連れられながら、こちらに手を振って新幹線に乗り込む。

白も無表情のまま、左手でぬいぐるみを抱えて右手を振り返した。

扉が閉まる直前、思い出したように道子が叫ぶ。

 

「白ちゃん!もっと笑ったほうがいいよ!白ちゃんの笑顔、とっても可愛いんだから!」

 

「えっ?」

 

その言葉を最後に、新幹線の扉は閉まり、ゆっくりと走り出す。

白は自分の頬に手をやるが、特に表情が変わっている気はしなかった。

じゃあ、きっと。

道子を助けたあの時に、笑えていたのだ。

 

「そっか、笑えてたんだ……。」

 

頬に手をやったまま呆然と呟いた言葉は新幹線の駆動音にかき消され、風と共に消えていく。

そんな白の頭に優しく手が置かれ、そちらを白が見上げると(リョウ)が笑みを浮かべていた。

 

「震えたか?」

 

「……うん。きっと。」




実は原作のこの話、1、2を争うくらい好きな話です。
今回は割とアニメ軸での展開となっていますが、アニメのほうもいいのよねこの話……。
この話の終わり方はアニメのほうが好きかもしれない。

次回「危険な女? 刑事と走る白い影の巻!(前編)」
来週月曜18:00に投稿されます。


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第6話「危険な女? 刑事と走る白い影の巻!(前編)」

感想ありがとうございます。
返信が追い付いていませんが、全て目を通させていただいてます。
どんな感想であろうと、嬉しく読ませていただいております。
これを機に原作を読み直したという方や、知らなかったが興味が出たという方もいらっしゃって、嬉しい、嬉しい。

誤字報告も大変助かります。
タイプミス、変換ミスは自分で読み直してもなぜか気づけないものですね……。
なにより驚くのが日本語の誤用。
誤字指摘を頂いて、いや、それはあってない?と思って検索すると誤用で、はぇーとなり続けております。
拙い文章ではありますが、精進してまいりますのでご容赦ください。

アンケートご協力ありがとうございます。
前編・後編形式で、毎週月曜日と木曜日の18:00に更新するようにしようかな、と思ってます。
よろしくお願いいたします。
今回は後編のほうが長くなるかも。


(リョウ)の所持するマンションの一室。

香の部屋で、段ボールに向き合う白と香。

白が中身を取り出して香に見せる。

 

「……これは?」

 

「ダメ!」

 

「……こっちは。」

 

「ダメ!」

 

「む、むう。これも?」

 

「これは……そもそもなに?」

 

箱の中身は白が元々持っていた装備類である。

前回の依頼に白が参加したことで、今後も手伝うこととなった白。

それに伴い、装備を一部返してもらうこととなったのだが。

 

「これは手首につけるフックショット。腰にベルトをつけることで、バックルに仕込んだハンドルを回して巻き取ることができる。」

 

「……うーん、ダメ!」

 

「香。この調子じゃ殆ど丸腰になる。」

 

香がオッケーしたものだけ持ち出すとのことで選別していたのだが、今のところの選別状況は酷いものだ。

まず刀剣類は全部ダメ。

この時点で箱の中身は半分以上ダメなのだが。

他のツール類も、危険そうなのはダメだ。

オッケーに分類されたものをチラ、と見ると針金、ペンライト、聴診器、パチンコ玉。

ダメに分類されたのは刀剣類を始め、フラッシュバン、ドライバー、ペンチ、金槌、糸鋸、フックショット。

許可されたものの中で唯一武器に使えそうなゴツ目のペンライトを片手で軽く素振りし、しっくりこなかったのか頭を振る白。

 

「せめて、ナイフを一本。」

 

「ダメ!怪我したら危ないでしょ!」

 

「……香。私、16歳。気にしすぎ。」

 

刃物どころか、なるべく尖ったものすら持たせようとしない香の徹底振りに流石にどうかと思った白が不満を訴える。

香は気まずそうに目を逸らして頬をかいた。

 

「うーん、頭ではわかってるんだけど。白ちゃんってどうも見た目だけじゃなくて立ち振る舞いも幼いから、そうは見えないのよね。」

 

「立ち振る舞いが……幼い……!」

 

ショックだったのか、白が手に持ったペンライトを取り落とす。

一方香は、そういうところよ、と苦笑している。

白としては表情に出ない分ボディーランゲージを大げさにやっているつもりだったのだが、それが幼い印象を与えていたようだ。

中身が元会社員男性の白としては、これは大変遺憾である。

どうにかこの誤解を解かねばならぬと思ったところで、不意に妙な気配を感じて顔を上げた。

意識を集中すると、どうやら(リョウ)の部屋に誰かいるようだ。

白の様子が変わったのがわかったのか、香が怪訝そうに尋ねる。

 

「どうしたの、白ちゃん?」

 

(リョウ)の部屋に誰かいる。それと地下の射撃場にも。」

 

「え?」

 

(リョウ)のマンションの地下は射撃場兼武器庫になっている。

無論厳重にロックされており、鍵の管理は(リョウ)だ。

無理に押し入ろうとすれば警報が鳴るようになっており、それらを潜り抜けるのは白でも少々骨だと言わざるを得ない。

 

「香は(リョウ)のところへ。私は地下を見てくる。」

 

「ダメよ、一人でなんて。危ないわ!」

 

とっとと出ていこうとする白を慌てて香が止めるが、白は取り合う気はないようだった。

 

「大丈夫。地下のほうは強くても素人に毛が生えた程度。むしろ、(リョウ)のほうのやつがヤバい。かなりできる、と思う。」

 

その言葉を聞いて不安になったのだろう。

香は少し躊躇ったものの地下を白に任せると、自分の銃を取り出して駆け足で(リョウ)の元へと向かった。

 

(今の言葉に嘘はないが、(リョウ)ならまあ大丈夫だろう。それよりも。)

 

改めて地下の意識に集中すると、素人のような気配でありながらも、どこか油断ならないような気がしてならない。

 

(誰だ、この妙な気配は。素人っぽさもあるけど、どこか鋭い気配。何が飛び出してくるかわからない、暗い洞窟を覗き込むような不安感がある。)

 

チラリと部屋に残された自分のナイフに目をやるが、結局手に取らずに地下に降りることにした。

気配を殺して滑るように階段を下りていくと、地下射撃場の扉は開いており、警報などもオフになっていた。

それも、全て正規の手段で。

侵入者はここの鍵を持っていることになる。

ということは、(リョウ)の知り合いなのだろうか。

警戒を保ったまま射撃場の扉の陰から中を窺い、そこに居た人物を確認した白は、驚きで固まってしまう。

そこにいたのは教授と呼ばれる(リョウ)の知り合いの老人だ。

(リョウ)が珍しく敬語で接する相手であり、白にとっては命の恩人でもある。

教授は射撃場にあったのだろう、自動拳銃を片手に持ち、構えるでもなくしげしげと眺めている。

白が驚いたのは、その雰囲気のためだ。

以前は感じなかった鋭い気配に、一瞬別人かと疑ってしまうほどだった。

声をかけるべきか白が悩んでいると、教授は白を見もせずに

 

「誰じゃ?」

 

と誰何の声をあげた。

 

(気取られた……?そこまで本気で潜んでいなかったとはいえ……)

 

バレてしまっては仕方がない。

観念した白があえて足音を立てながら射撃場に入ると、教授が白を見やる。

 

「おお、元気でやっとるか。」

 

「はい、教授。」

 

教授は入ってきたのが白だと気づくと、鋭い気配が霧散した。

手に取っていた銃を壁の収納ラックに戻すと、笑みを浮かべて振り返る。

 

(何者だよこの爺さん。確か、(リョウ)の昔の……主治医だっけ?)

 

うすぼんやりとした記憶を掘り起こすが、これだ、という答えは出ない。

 

(まあ、敵じゃないしいいか。)

 

深く考えるのが面倒になった白は思考を放棄すると、気を取り直した。

 

(リョウ)に会いに来た?」

 

「うむ。ツレが(リョウ)をここに連れてくるはずじゃ。」

 

(ということは、(リョウ)の部屋に居たのはツレのほうか。誰だ、この気配。)

 

教授の知り合いのキャラって誰だったっけ?と頭を悩ませていると、教授が白に近寄ってしげしげと白を眺めた。

 

「なに?」

 

「お前さん、相変わらず表情が出んのう。」

 

そういうと、教授は白の顔に手を伸ばして両頬をぐいっと持ち上げる。

 

「あにをふる(なにをする)」

 

「ほれほれ、こうやって表情を作る練習をしたほうが良いぞ。」

 

白の頬を上げたり、眉を寄せたりと好き勝手に弄り回す教授。

特に悪意を感じないため、どうにも振り払い難い。

そんなことをしていると、(リョウ)、香、そして件のもう一人が射撃場に降りてきたことに気づいた白は、教授にやんわりと止めさせると振り返る。

そこに居たのは、妙にキリッとした表情の(リョウ)、未だに警戒しているのか片手に銃を構えたままの香、そして初めて見るグラマラスな体型の女性だった。

タイトなスカートに胸元が開いたスーツルックのその女性は教授と一緒にいる白に不思議そうに首を傾げている。

その姿を見て、白はピン、ときた。

 

(ああ、野上冴子か。ということは、この話はワン・オブ・サウザンドか。)

 

野上冴子。

凄腕の女刑事で、(リョウ)に厄介な依頼を持ってきては報酬を踏み倒す常習犯だ。

(リョウ)もそれがわかっていて付き合っている節があるし、なんだかんだ色々なところで手助けして貰ったりとお互いに貸し借りを作りあうような関係性だ。

そしてこれは、野上冴子初登場のシナリオだ。

確か、どっかの外国から持ち込まれた王冠の展示イベントだかがあって、その王冠に重要な情報の入ったマイクロフィルムが仕込まれているからそれを盗む話だったはず。

そのうえで、盗むのに(リョウ)の射撃の腕が必要になるのだ。

王冠はガラスケースの中に展示されており、ケース内部のセンサーが振動を検知すると周囲に高圧電流を流すという殺意マシマシトラップが仕込まれている。

そのセンサーを破壊する必要があるのだが、王冠を展示しているガラスケースが特殊なフィルムに覆われていて、破壊が困難。

銃撃されたとしても、弾をフィルムが包み込んで無力化してしまうため、弾丸の勢いが殺されてしまう。

そこで、(リョウ)の得意技であるワンホールショットの出番だ。

一撃目で開けた穴に連続で弾丸を通すことでセンサーを破壊する、という具合である。

しかし、この作戦には大きな穴がある。

いくら(リョウ)の腕が卓越していても、銃という物にはどうしても誤差が出る。

まったく同じ条件で射撃しても僅かな弾道のズレが発生するため、(リョウ)のワンホールショットの射程は大体15mほど。

今回のセンサーの電撃範囲外からの銃撃を行う場合、距離は50mにもなり、いくら(リョウ)でも不可能だ。

ほんの僅かでもズレてしまえば弾丸はフィルムに衝撃を吸われてしまう。

ところが、(リョウ)はこれすら解決してみせた。

その解決方法が(リョウ)の持つS(スミス)&(アンド)W(ウエッソン)41マグナム モデル58だ。

機械で大量生産される銃の中で、稀にどんな名工でも作ることができないほどの凄い精度を持った銃が生まれることがある。

千丁製造するうち一丁できればいいといわれるところから、その銃は千丁にひとつの銃(ワン・オブ・サウザンド)と呼ばれている。

そして(リョウ)の持つS(スミス)&(アンド)W(ウエッソン)41マグナム モデル58こそが、そのワン・オブ・サウザンドなのだ。

それを用いて見事にセンサーを撃ち抜き目的のマイクロフィルムを回収する。

これが原作の流れである。

 

(あれ?この話って教授出てきたっけ?)

 

白の記憶の中では特に教授が出てきた覚えがない。

記憶違いか、それとも原作とズレが出ているのか。

 

(今回の依頼、なるべくついて回ったほうがいいかもしれない。)

 

もしかしたら、原作と大きなズレが起きているかもしれない。

道子の時も原作に登場しない不審者が道子を狙っていた。

白が張り付いていなければ、最後に親子は再会できなかっただろう。

よっぽどのイレギュラーが無ければ(リョウ)に何かあるということはないだろうが。

さて、どうやってついていったものか。

白が考えを巡らせていると、冴子が白を指さし、(リョウ)に尋ねる。

 

(リョウ)、この子誰?」

 

「あー……こいつは、なんというか。」

 

相手が警察ということもあり、白の正体をどういったものか(リョウ)は少し考え込む。

その間に、白が自分で答えた。

 

「冴羽 白。よろしく。」

 

「冴羽……?(リョウ)、貴方まさか。」

 

「違う違う。ちょっと訳ありでな。うちで保護してるだけだ。」

 

「ふ~ん?」

 

冴子は訝し気に(リョウ)を見た後、白の前にかがみこんで白と目線を合わせる。

 

「野上冴子よ。よろしくね、白ちゃん。」

 

「ん。」

 

ひとつ相槌を返した白は、上から下まで冴子をジロジロと見つめる。

その視線の目的が分からなかったのか、首を傾げる冴子。

 

「なぁに?」

 

「……(リョウ)が好きそう。」

 

原作通りの素晴らしいプロポーション。

これは(リョウ)が一発目当てに依頼を受けるのもわかるというものだ。

まさか見た目10歳程度の少女にそんなことを言われると思っていなかったのか、目が点になる冴子。

お、おほほ、なんて愛想笑いをしている。

気を取り直したのか、気にしないことにしたのか、冴子は立ち上がると(リョウ)に向き直り、依頼の説明を始めた。

依頼内容は記憶と概ね同じ。

違いといえば、この依頼が冴子と教授の連名であるということだ。

冴子の依頼報酬未払を理由に(リョウ)が依頼を受けることを渋っていると教授が白を見やりつつ、

 

「今回の依頼を受けてくれれば前回の貸しはチャラじゃ。」

 

とウインクをひとつ。

前回の貸しとは白の事を言っているのだろう。

それを言われると弱いのだろう、(リョウ)は参ったように後頭部をかくと依頼を受けることとしたようだ。

 

「それと白。今回はお主にも参加してもらいたい。」

 

「私も?」

 

依頼内容としては(リョウ)と冴子だけで十分に感じる。

というか、実際に原作ではその二人でやり遂げた内容だ。

疑問に思った白がオウム返しすると、教授は頷いて続けた。

 

「今回の依頼はいうなれば潜入と破壊工作じゃ。お主が居てくれればありがたいのじゃが。」

 

「ん。そういうことなら。」

 

一も二もなく頷いた白に、香が声を上げる。

 

「ちょっと、白ちゃんにそういうのは……。」

 

「香、大丈夫。(リョウ)が一緒だし、それは得意分野。」

 

香の言葉を半ば遮るように白が言う。

 

「それに、教授への借りは本来私のもの。(リョウ)だけに支払わせることはできない。それと……」

 

白は香に屈むように手振りで伝えると、屈みこんだ香に耳打ちする。

 

(リョウ)を冴子と二人きりにしておくと何をするかわからない。」

 

「……!……う~ん、ぬぐぐぐ、わかった、わかったわよ!」

 

かなりの懊悩がある様子の香だが、最後の言葉が決め手になったのか折れたようだ。

勢いよく立ち上がると、(リョウ)に指を突きつける。

 

「白ちゃんに怪我させない事!いいわね!」

 

「わかった、わかった。」

 

(リョウ)は詰め寄る香との間に手を入れてどうどう、と香を宥めている。

ある程度話が纏まったと見たのか、教授がぽんと手を叩く。

 

「では、まずは下見からお願いしようかのう。」

 

 

 

 

 

同日、夜。

(リョウ)、香、冴子と白の4人は連れだって、ロキシア王国秘宝展開催記念レセプションを訪れていた。

冴子は元から一般公開前のレセプションに潜り込むことで下見を行うつもりだったようだ。

そのまま一般公開が行われる前に王冠に仕込まれたマイクロフィルムを回収する腹積もりなのだろう。

レセプション会場ということもあり、冴子は胸元が大きく開いたパーティドレスを。

(リョウ)は上下白のタキシードに身を包んでいる。

香と白は普段着のままだが。

これはパーティドレスなどを着るのを香が恥ずかしがったことと、香が着ないことを理由にそのままの服装で行くことを白が主張したためだ。

白としては敵地にいつものコート以外で行くことが嫌だという部分もあったが、ヒラヒラのパーティードレスに抵抗があった。

香は白にドレスを着せたがったが、自分が私服で行く分強く主張できなかった。

(リョウ)としても、どっちでもいいという態度だったため、コートで押し通した。

会場内には様々な宝飾品や美術品が展示されている。

中央に件の王冠が展示されており、ちょうど今なら周囲が空いているようだ。

香が物珍しそうに近寄っていくので、白もついていく事にした。

(リョウ)と冴子は射撃ポイントを確認したいのであろう、距離を取って会場全体を見渡している。

 

「うわー、すっごい。綺麗ねぇ……」

 

どこかうっとりとした様子で王冠を眺める香。

王冠は大きな宝石がちりばめられており、豪奢なつくりになっている。

それを見た白の感想としては

 

(意外と防御力高そう。)

 

であった。

流石にマイクロフィルムは内側に仕込まれているのだろう、見えはしない。

そして、王冠のショーケースの内側にあるアンテナのような機械。

これが例のセンサーだと思われた。

 

(撃ち抜くだけなら訳ないか。このショーケースも原作のままっぽいな。変な障害物もないし。)

 

ふと、自分ならこのセンサーをどうやって攻略するだろうかと考える白。

 

(例のフィルムのせいでナイフの刃も止まるだろうしな。投げナイフじゃ刺さったまま止まって穴も開かないだろうし。そもそも近寄れないんじゃなぁ。)

 

中々どうして難しい。

自分がやるなら、この会場にある時ではなく輸送中を狙うことになるだろう。

当然(リョウ)がやるほどスマートにはいくまい。

と、そんな事を考えていると不意に白の体が持ち上げられた。

 

(おっ?)

 

後ろに人が居るのは気づいていたのだが、素人丸出しの気配だったため一般客だろうと気にしていなかったのだが。

襟の後ろ側を掴まれて猫のように吊り下げられる形になった白。

その首元にナイフが突きつけられる。

 

「白ちゃん!」

 

「騒ぐな!このガキの命が惜しかったら離れろ!」

 

遅れて状況に気づいた香が声をあげるが、白にナイフを突きつけた男が大声を上げた。

その横に居た男も仲間のようで、こちらは懐からサブマシンガンを取り出した。

 

(しまった。完全に油断してた。)

 

まさかこんな事になるとは。

素人丸出しの男たちの様子からして、依頼の件とは関係なし。

恐らく、たまたまブッキングしただけでこいつらは依頼とは無関係の強盗だろう。

この世界の治安悪すぎんか。

どうせなら殺意やらなんやらをもうちょっと滲ませてくれたら気づけたのに。

目的が捕獲ではなく殺害、もしくは傷を負わせることだったら気づけたとは思うのだが。

 

(余りにも気配がモブすぎて気づかなかったぞ素人め。)

 

心のうちで悪態をつく白。

正直気が緩んでいた部分もあったのだろう。

少なくとも、ホワイトデビル時代ならこうはならなかったはずだ。

チラリと目線を巡らせると、(リョウ)がお前さんなにやってんの、と少し呆れた目でこちらを見ていた。

 

(正直すまんかった。)

 

目線で謝りつつ目を逸らすと、(リョウ)は額に手をやり大きくため息をついている。

その横に居た冴子は人質に取られた白をどうにか助けようと動こうとしたところを(リョウ)に止められている。

(リョウ)は目で、自分で何とかしろ、と言っているようだ。

 

(自分のケツは自分で拭けってね。これでもプロだ。)

 

さて、どうするかと周囲の状況を窺う。

警備員もすぐに駆け付けたようだが、白が人質に取られているため強く出られないようだ。

客とひとまとめに会場の隅に追いやられていく。

香も逃げる人の波に飲まれたようで姿が見えない。

 

(どうせならスマートに二人を倒せるタイミングで、だな。)

 

白を人質に取っている男はナイフ、もう一人は銃だ。

素人が撃つ弾なんてどこに飛んでいくかわかったもんじゃない。

万が一でも一発たりとも撃たせてしまうことはないようにしたい。

無関係の一般客や警備員にあたることもそうだが、最悪なのはショーケースにあたった場合だ。

即座に電撃トラップで全員丸焦げなんてこともありうる。

ナイフ男は王冠の前。

銃を持った男は一般客を誘導するため部屋の隅のほうで一般客たちに銃を向けている。

投げナイフの一本でもあれば違ったが、咄嗟の遠距離攻撃手段を持たない白にとっては距離がありすぎた。

どうにか二人揃うタイミングで仕掛ける必要があった。

が、その時だ。

 

「白ちゃんを放せ!」

 

「このアマッ!」

 

一般客の集団から抜け出してきたのだろう、香が声を上げながら飛び出した。

それも、近くにいる銃を持った男ではなく、白を捕まえているナイフを持った男に向かって。

その瞬間、複数の事が同時に起こった。

まず、ナイフを持った男が咄嗟に向かってくる香にナイフを向けた。

首元からナイフが離れた瞬間、白の鋭い肘鉄が男の胸部に炸裂。

強制的に酸素を吐き出させられた男の意識が朦朧とし、白とナイフを取り落とす。

空中でナイフを掴み取りながら着地した白が、着地と同時にもう一人の男に向かってナイフを投擲しようと振りかぶる。

と、同時になにがあったのか、白の動きが硬直してしまう。

一方銃を持った男のほうも香に銃口を向けたところで銃を取り落としていた。

銃を構えていた右手の甲に鋭いナイフが付き立っている。

冴子が投擲した投げナイフだ。

何が起こったのか男が理解する前に素早く接近した冴子が男の襟を取り地面に向かって投げ飛ばす。

悶える男の鼻先に男が取り落とした銃を突きつけた。

そのまま事前に取り出しておいたのであろう警察手帳を開いて見せた。

 

「警察よ。動かないで。」

 

(リョウ)はというと、なるべく人前で銃を使わないほうが良いという判断のもと、不測の事態に備えるサポートにまわったようだ。

懐に手を入れて銃を抜けるようにはしていたものの、特に問題は無かったのでその手を引いた。

白はその様子をみて、後ろ側に仰向けで倒れたまま意識が朦朧としている男の顎を蹴り上げて完全に意識を奪った。

香は飛び出した勢いのまま、突進するように白に抱き着いた。

 

「ぐえっ」

 

「白ちゃん怪我してない!?大丈夫!?」

 

香は白の肩を掴んでガクガクと揺らしながら問いかける。

 

「おっあっかっうぇっ」

 

返事を返そうとする白だが、激しく揺さぶられてしまい言葉が出ない。

そこに(リョウ)が来て、香の片手に手を置いて宥めた。

 

「落ち着け香。白は傷一つない。そんなに揺らすと、目を回しちまうぞ。」

 

その言葉に幾分か落ち着いたのだろう、白を揺らすのをやめると大きく息をつく香。

 

「ごめんね白ちゃん。大丈夫?」

 

「うん。香も怪我はない?」

 

「私は大丈夫よ。」

 

そういって、優しく白を抱きしめる香。

白も心配をかけた分、特に抵抗するつもりはないようで香の好きにさせていた。

そうしていると、銃を持った男に手錠をかけて警備員に引き渡した冴子がこちらに歩いてきた。

 

「応援を呼んでおいたから、こっちのも拘束しちゃうわね。」

 

そういって完全に伸びているナイフ男に手錠をかける冴子。

冴子は男の様子を観察すると感心したようにため息を漏らし、未だ香に抱きしめられたままの白に話しかけた。

 

「見事な動きだったわ。……あなた、本当に何者?」

 

その問いに白は無表情のまま、どこか満足気に答える。

 

「今はただの冴羽 白。」

 

「ふーん?」

 

その返答に面白そうな笑みを浮かべた冴子は、ひとまず納得しておくことにしたようだった。

 

 

 

 

 

レセプション会場を後にし、着替えや用意のため一度マンションに帰ることとした(リョウ)達。

冴子はあの後駆け付けた応援の警官と共に強盗の男たちをしょっ引いていった。

今は(リョウ)の運転するクーパーミニで助手席に香、後部座席に白が乗った帰路の途中だ。

香は騒動で気疲れしたのだろう。

助手席で寝息を立てている。

特に会話もなく車を走らせる(リョウ)と、ぼけっと窓の外を眺める白。

赤信号で車が止まった時、(リョウ)が口を開いた。

 

「お前さん、さっき躊躇したろう。」

 

「……ん。」

 

(リョウ)が言っているのは、銃を持った男に対してナイフを投げようとした時だ。

冴子が止めたから良かったものの、白が躊躇っているうちに香が撃たれていたかもしれなかった。

実際のところ、(リョウ)が対処はしただろうけど。

白は窓の外に目線をやったまま答えた。

 

「殺し方しか、わからなかった。」

 

あの時、白が躊躇したのは、男を殺さずに制圧する方法が瞬時に思いつかなかったからだ。

発砲させずに男を止めるためナイフを投擲しようと構えた時。

白の頭に過ったのは複数通りの殺害方法だけだった。

どこにナイフを投げれば、男がどのように死ぬか。

白の経験と知識から導き出されたのはそのようなものだけで、では殺さずに撃たせずに制圧するには、というのがわからなかったのだ。

冷静になった今なら、腕を狙うなり足を狙うなりして痛みで動きを止めるだとか、いくつか方法は思いつくのだが。

こと戦闘中となると、刃物を使って殺さない程度に制圧する方法がわからない。

それが白の硬直の正体だった。

 

(リョウ)ならどうやった?」

 

「俺なら殺しただろうな。」

 

「む。」

 

一切の迷いなく返された言葉が意外だったのか、白が(リョウ)のほうに目を向ける。

 

「自分が躊躇ったせいで誰かが撃たれるかもしれないなら、躊躇わず殺す。俺はそういう人間だ。」

 

「でも、(リョウ)は撃たなかった。」

 

「冴子が動くのがわかっていたからな。意味もなく殺すほど冷酷でもないさ。」

 

(リョウ)はルームミラー越しに白と目を合わせる。

 

「白。お前さんは今、冷酷な暗殺者ホワイトデビルから、普通の少女に戻ろうとしているように見える。いざという時に躊躇ってしまっては、この世界では生きていけない。それはよくわかっているだろう。」

 

「……。」

 

白には言葉もなかった。

全くもって(リョウ)のいう通りだったからだ。

実際、今まで生きてきて白が、ホワイトデビルが躊躇ったことはない。

薬の影響ということもあるだろう。

暗殺の依頼で人殺しに対する呵責のようなものを感じたことはなかったし、それに対する疑問も覚えなかった。

今にして思えば妙な話だ。

 

(俺は前世で、そんなに冷酷な人間だったか?)

 

自分が生き残るためとはいえ、機械的に人を殺して生きてきた。

今迄何人殺したかなんて思い出せやしない。

幸い正体不明で通っていたため復讐者と相対したことはないが、それでも死に際の怨嗟の表情は見たことがある。

それに何も感じないほどドライな人間だっただろうか。

ふと前世がどうだったか考えようとしたが、殆ど思い出すことはなかった。

靄がかかったように記憶が霞んでいる。

自分は前世で、どんな人間だったのだろうか。

考え込むが、一向に思い出せなかった。

信号が青に変わり、ゆっくりと車が走り出す中(リョウ)が口を開く。

 

「今回の依頼、君は手を引いてもいい。今後も荒事には手を付けず、家で普通の暮らしをしてもいい。」

 

「それは。」

 

白は反射的に否定の言葉を吐き出そうとして、ルームミラー越しに真剣な目で見つめる(リョウ)を見て、言葉を飲み込んだ。

少し考えてから、白は再び口を開く。

 

「やらせてほしい。(リョウ)や香と一緒に依頼を続けることで、何かが見える気がするから。」

 

「……そうかい。」

 

真剣な目をふっと緩ませた(リョウ)が横目で助手席を見ると、途中で起きていたのだろう、香も困り顔ながら笑みを浮かべていた。

香は助手席から後部座席に身をよじるようにして手を伸ばす。

 

「白ちゃん、これ。」

 

「これは……」

 

香が差し出したのは、白の使っていたサバイバルナイフだった。

 

(リョウ)についていくなら、丸腰じゃ却って危ないでしょ。持って行って。」

 

「……うん。ありがとう、香。」

 

「ただし!絶対怪我をしない事!いいわね?」

 

「うん。」

 

本番の潜入は本日深夜。

潜入ルート構築から射撃ポイントまでの一番槍は、白に任された。




フックショットの元ネタは有名なヤツです。
あの説明でピンとくる人いるのだろうか。

今回、白が漫画とアニメをごっちゃになって覚えていますが、コレは作者のミスではなくわざとです。
今後もこんな感じで白の記憶違いは出てくると思います。

次回は木曜日の18:00に投稿されます。


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第6話「危険な女? 刑事と走る白い影の巻!(後編)」

予約投稿の設定間違えてたあああああ!
ああああああ!
今後このようなことがないように善処いたしますあああああああ!

フックショットの元ネタ、やっぱり有名だけあってわかる人多いですね。
某怪盗3世がお城の話の冒頭で崖から落ちる姫様をキャッチした時の奴ですね。
思えば前回と連続で出てるなあのお城……
単に作者の趣味なのでクロスオーバーはないです。

後編が長くなるかも、とも思ったのですが。
長くなりすぎたので一部描写を次回に回しました。
そのためむしろ前編より短くなりました。


同日深夜。

再びレセプション会場に集まった(リョウ)、冴子、白の3人。

白の姿はいつも通りの白コート、(リョウ)も一張羅のジャケット姿だ。

冴子も動きやすいようにだろう、パンツルックになっている。

入口は数人の警備員で固められており、正面からの侵入は強行突破以外にないだろう。

物陰から3人でその様子を覗き込みながら、(リョウ)が白に問いかける。

 

「で、どうやって侵入するつもりだ?」

 

「こっち。」

 

言葉少なに白が先導する先には、ダクトの入り口があった。

それを見た冴子が納得したように頷く。

 

「私も潜入するならここだと思ってたわ。行きましょう。」

 

そういって白を促すが、白は頭を振った。

 

「ここからは別行動。冴子と(リョウ)はこっちから。私はあっちから。ダクトの終点は警備室の隣のロッカールームに繋がっているから、そこで落ち合う。」

 

白が指さしたのは、小さな換気窓。

そこから入ることができるのは白だけだろう。

 

「一人って……大丈夫なの?」

 

「むしろ、一人のほうが動きやすい。やっておきたいことがある。」

 

心配そうに聞く冴子に、変わらない無表情で答える白。

(リョウ)は一度白と目を合わせると、一つ頷いた。

 

「よし、行くぞ冴子。先に入りな。」

 

「え、ええ……」

 

(リョウ)が冴子の肩を叩いて促して、冴子がダクトの中に潜る。

(リョウ)も続いてダクトに手をかけたところで、白に向き直ると悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「遅れるなよ?」

 

「そっちこそ。遅刻厳禁。」

 

サムズアップする白に(リョウ)もサムズアップを返すと、ダクトに潜っていく。

見送った白も換気窓に体を滑り込ませた。

 

 

 

 

 

(さて、と。)

 

白が通った換気窓の先は男子トイレだ。

中に利用者が居たら少し面倒だったが、幸い無人。

出入口に近寄り耳を澄ますが、外から人の気配は感じなかった。

薄く扉を開いて廊下を覗き込む。

廊下にも人の気配はない。

内部構造はロの字に廊下があり、ロの中央が目的の王冠もある展示会場だ。

男子トイレは左辺の中央辺りに位置し、右辺に(リョウ)達との合流地点のロッカールームがある。

白が別行動でやっておきたかったのは、警備員の間引きと、レセプション会場内部の警備の確認だ。

王冠のある部屋の前が射撃ポイントになるわけだが、そこから視線が通る場所に警備員が居ては事がスムーズに進まない。

更に銃撃に精度を求める関係上、今回は消音機(銃声を抑える拳銃の追加パーツ)を使うこともできない。

あれをつけると銃のバランスに微細な狂いが出るし、弾道にも影響が出る。

銃声が響いてしまうため、周囲の警備員を排除しておかねばすぐに警備員がなだれ込んでくるだろう。

最低限警備室は制圧しておくべきだ。

 

(よし、いくか。)

 

まずは射撃ポイントの確認だ。

周囲を警戒しつつ廊下の壁際を身を低くして進む。

廊下の左右には一定間隔に扉が付いており、中は会議室や、目的地以外の展示場等になっている。

気配や足音からして、会議室は無人。

展示場内には巡回している警備員がいるようだが、廊下に出てくる気配はない。

どうやら廊下を巡回している警備員はいないようだ。

と、ロの字の左下の角に近づいたところで、白は足を止めた。

 

(監視カメラか。こういうのが古臭いというか、時代相応の代物なのは救いだな。)

 

廊下の角を監視できるように天井に設置された監視カメラは、令和の現代から比べると古臭いゴツイデザインをした監視カメラだ。

特別画角が広いものではないし、首も回らないタイプ。

白はコートのポケットからパチンコ玉を取り出すと、一つ手の中に握りこむ。

人差し指の腹と親指の爪で押さえるようにパチンコ玉を構えると、監視カメラに狙いを定めて強く親指でパチンコ玉を弾いた。

指弾だ。

高速で射出されたパチンコ玉は過たず監視カメラの中ほどに直撃。

コン、と高い音を立てて跳ね返された。

パチンコ玉が廊下に落ちる音が空しく響く。

 

「む、むう……。」

(威力が低いぃ!昔なら監視カメラくらいこれで壊せたのに!)

 

お薬パワーマックスだったときは指弾で人間の骨くらいなら砕けたものを。

当たり所もあるのだろうが、監視カメラのレンズすら割れていない。

小技の一つではあるが、白の貴重な遠距離攻撃手段である。

使い物にならなくなってしまったのは残念で仕方がないが、使えないものは仕方ない。

右腕を軽く振るうことで、右袖に仕込んでおいた香から渡されたサバイバルナイフの柄を握りこむ。

素早くナイフを投擲すると、今度は監視カメラの中ほどまで刃が埋まり完全に破壊した。

それを確認した白は壁を蹴る要領で飛び上がり、監視カメラの残骸に飛びつくように左手でだけでぶら下がると、右手でナイフを回収した。

監視カメラの映像が途絶えたことは警備員室に居る警備員が気づくはずなので、ここからは時間との勝負だ。

前傾姿勢になった白は無音かつ高速で駆け出す。

ロの字の右下の角まですぐにたどり着いた白は、この角には監視カメラがないことを確認すると壁に張り付くようにして半身だけで覗き込むように右辺の廊下の様子を窺った。

射撃ポイントはロの字の右の辺の中央辺り。

つまり、警備員室の向かい側となる。

白から見て、廊下を挟んで右手側が警備員室、左手側が射撃ポイントだ。

ちょうど警備員室から一人の警備員が出てきて、射撃ポイント前に立っていた二人の警備員と話している。

 

「どうした?まだ交代の時間ではないはずだが。」

 

「角の監視カメラが壊れたみたいなんだ。念のため確認してこいとよ。」

 

「ははあ、なるほど。ボロ設備は嫌になるね、お疲れさん。」

 

そんな会話をした後、一人が白のいるほうに歩いてくる。

白は咄嗟に近くの無人だった会議室に滑り込む。

足音が会議室を過ぎたタイミングを見計らって静かに扉を開くと、一度ナイフを仕舞ってから警備員の後ろから大きく跳躍。

警備員に肩車の要領で飛び乗ると、驚いて声をあげられる前に両手で口と鼻を押さえてしまう。

そのまま足で首を強く締め上げた。

変則の三角締めを受けた警備員はどうにか引き剥がそうと抵抗したものの程なく失神、仰向けに倒れそうになるが、白が肩に乗ったままブリッジのように手をついたため、音を立てることなく地面に横たわった。

白は足を解き、倒立後転のようにして立ち上がる。

失神した警備員を会議室に放り込むと、再びナイフを取り出し右手で逆手に構えて射撃ポイントを覗き込む。

残った警備員は二人。

暇そうに正面を向いており、こちらに目線は送っていない。

ここまで騒ぎを起こさずに侵入者が来るとは考えていないのだろう。

白は左手にパチンコ玉を一つ握りこむと一息に角から飛び出して警備員に駆け寄った。

いくら足音を殺して走る技術があるとはいえ、視界の端で動くものがあれば警備員だって気づく。

片方の警備員が違和感に気づき白のほうを見た瞬間、右目のすぐ下に白が放った指弾が命中。

威力はなくとも顔に、それも目の付近に何か飛んでくると人間は咄嗟に顔を守ろうとするものだ。

その隙に至近まで接近した白が飛び上がり、警備員の顎に膝蹴りを叩きこんだ。

 

「げぇっ」

 

顎を砕く勢いで跳ね上げられた警備員が悲鳴とも呻き声とも取れる音を漏らしたことで、もう一人も気づく。

咄嗟に銃を構えようとするが、白は膝蹴りの勢いそのままに崩れ落ちようとしている蹴られた警備員の頭を左手で掴むと、馬跳びの要領で飛び越えた。

残されたもう一人の警備員は、倒れる同僚の先に侵入者が居ると判断してしまっていたため、突如同僚の頭上を飛び越えて現れた侵入者(それも少女)の姿に驚き、一瞬動きが止まってしまう。

固まった警備員の前に着地した白は、そのままナイフを逆手に構えた右手を振りかぶり、警備員の鼻っ柱を全力で殴りつけた。

ゴキリと嫌な音が響いて、警備員は鼻血と前歯を撒き散らしながら仰向けに倒れる。

 

「ふぅー……」

 

白は息を一つつき、ナイフを仕舞う。

念のため今ぶちのめした警備員の怪我を確認してみるが、どちらも命に別状は無さそうだ。

……少々愉快な面になってしまった感じは否めないが。

 

(さて、と。あとは警備員室か。)

 

警備員室の扉の前に立った白は、あえて丸腰に見える格好のまま堂々と扉を開いて中に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

一方、ダクトを這うようにして進んでいる冴子と(リョウ)

前を進む冴子の尻に手を伸ばそうとした(リョウ)が冴子に顔面を蹴られて撃沈していた。

 

「あら、ごめんなさい。足が滑ったかしら。」

 

「い、いや……。こっちも手が滑るところだったなー……。」

 

愛想笑いで誤魔化す(リョウ)と、肩越しでしてやったりと笑みを浮かべる冴子。

前に向き直った冴子はダクトの先を見つめると口を開く。

 

「もうすぐそこがロッカールームよ。」

 

そういったものの、冴子は進む素振りを見せない。

 

「おい、どうした冴子。ぐずぐずしてる時間は……」

 

「ねえ、(リョウ)。あの子、本当に何者なの?」

 

先ほどの笑みは消え、刑事としての真剣な表情で振り返る冴子。

その表情を見て(リョウ)も真剣な表情となった。

 

「あなたがあの子は一人でもやれると判断した。だから私も任せたわ。でも、それに納得しているわけでもないのよ。」

 

「そうだな、あいつは言うなれば……」

 

そう言いかけて口をつぐんだ(リョウ)は、彼にしては珍しく言葉を選んでいるようだった。

言いたいことはあるが、それをどう言葉にしたものか。

視線を宙に彷徨わせた(リョウ)は、ややあってから口元に笑みを浮かべると口を開いた。

 

「ま、スイーパー見習いってところだな。」

 

「見習い、ねぇ。」

 

(リョウ)が真実を話す気がないと判断した冴子は、呆れた表情を浮かべて前に向き直ると前進を再開した。

 

「その見習いちゃんがミスして騒ぎにならないといいけど。」

 

「そこは心配いらないさ。」

 

冴子のぼやきに(リョウ)は信頼に満ちた笑みを浮かべたが、冴子は

 

「どうだか。」

 

と返す。

そんなことを話しながら前進を続けた二人は、程なく終点に到達した。

内側からダクトカバーを外すと、まずは冴子からロッカールームに降り立った。

ロッカールームは廊下に続く扉と警備員室に直通の扉があり、周囲は無音だった。

白も居ないようだ。

ハンドサインで(リョウ)に降りてくるように促すと、廊下の様子を窺おうと扉に近寄る冴子。

その時、警備員室へと通じる扉のドアノブが音を立てた。

 

「ッ!」

 

咄嗟に銃をそちらに向けた冴子。

扉が開くと、そこから出てきたのは白だった。

 

「む、遅れた?」

 

「いやピッタリだ。」

 

ダクトから出てきた(リョウ)が白に返す。

 

「首尾はどうだ?」

 

「警備員室は制圧した。」

 

それだけ言って警備員室に戻っていく白。

白について無警戒に警備員室に入った(リョウ)に続いて、銃を構えたまま警戒した様子で続く冴子。

警備員室では4人ほど警備員が転がっており、無事な警備員は残っていない。

 

「……殺したの?」

 

「死んではいない……多分。」

 

冴子の言葉に、どこか自信無さげに白が返す。

(リョウ)が警備員の一人の横に跪いて容態を見ているが、溜息を一つついた。

 

「死んではいないが、加減が下手だな。死なせないように攻撃したというよりは、殺し損ねたって感じだぞこれじゃ。」

 

白は気まずそうに俯いて目線を逸らした。

 

「……4人を騒がれる前に制圧しようとして、加減を間違えた。」

 

ちなみに(リョウ)が確認している警備員は白が顔面にドロップキックを入れた警備員である。

最後に気絶させたため、一番荒っぽい方法になった。

 

「一応刃物は使ってない。」

 

「バカ、狙いどころが悪いんだよ。どいつもこいつも急所を一撃だぞ。」

 

腹部を殴られたと思われる警備員は少量ながら吐血しているし、顔面を殴られたものは顔が変形してしまっている。

幸い命に別状は無さそうではあるが。

 

「お前さんは膂力はそこそこあるんだ。何も急所を撃ち抜かなくても打撃で失神させるくらいはできる。」

 

「面目ない。」

 

「それになぁ。」

 

(リョウ)が壁際で蹲るように気絶している警備員に目をやると、白はそちらを見ないようにサッと視線を逸らした。

その警備員は股間を両手で押さえたまま口から泡を吹いて気絶している。

顔の横にゴツイ灰皿が転がっていることから、白が投擲した灰皿が股間に直撃したと思われた。

 

「惨いな……。」

 

「……つい、はずみで。」

 

(リョウ)はピクピクと痙攣している警備員を見て、つい内股になり自分の股間を手でかばった。

それをみた白もついつられて股間をおさえる。

 

「お前さんはそこに庇うものないだろ……。」

 

「……あ、そうだった。」

 

そんな二人を呆れた顔で見つめる冴子。

大きく溜息をつくと頭を振った。

 

「なんだか警戒してる私が馬鹿みたいに思えてきたわ。」

 

「……?」

 

言われた白は自分の事とすら思っていないようだ。

その様子に、更に毒気を抜かれる冴子。

はあ、ともう一度大きく溜息をついてから、気を取り直した。

 

「それで?あとは射撃ポイントに行けばいいのかしら?」

 

「うん。監視カメラの録画は破棄、動いているカメラも止めた。警報装置も。ただし、例のセンサーだけは管理がここじゃなくて止められない。」

 

そこまでやっていたのかと驚く冴子に、白は相変わらずの無表情のまま、サムズアップで返した。

 

 

 

 

 

「あーらら、こっちのも派手にやられちゃって。」

 

射撃ポイント前までやってきた3人。

(リョウ)が白に伸された警備員の様子を念のため確認している。

命に別状は無さそうと判断したのか離れると、王冠に向き直った。

 

「ここまでお膳立てされたんだ。俺の仕事を果たすとしよう。」

 

ジャケットの内側、肩のホルスターからS(スミス)&(アンド)W(ウエッソン)41マグナム モデル58を取り出す(リョウ)

構えは一瞬。

銃声を聞きなれた者でなければ一発の銃声だと勘違いしてしまうほどの早さで2発の銃弾が放たれた。

一発目がガラスケースに穴を開ける。

振動を感知したセンサーが一瞬光を放ちかけたが、直後の2発目で中程から吹き飛んだ。

 

「お見事。流石の腕前ね、(リョウ)。」

 

冴子はガラスケースに近づき持ち上げると、王冠を取り出した。

王冠を裏返すと、その内側に張り付けられたマイクロフィルムを回収する。

 

「これよ。ありがとう、本当に助かったわ。」

 

そういって冴子が(リョウ)と白のほうに振り返ると(リョウ)は、ふふふと不敵な笑みをこぼした。

 

「依頼達成ということで、冴子……。わかってるよな?」

 

「え、何かしら?」

 

一歩一歩にじり寄る(リョウ)と、一歩ずつ引いていく冴子。

 

「今までツケのたまった報酬、まとめて貰い受ける!」

 

くわっと目を見開いて宣言した(リョウ)

ズボンはちょっと人間か怪しいサイズにもっこりしている。

 

「そ、そうね。でもまず、ここから脱出しないと……。」

 

「それはそうだがね。でも手付として、脱出前にキスくらいいいんじゃない?」

 

ついに壁際まで追い詰められた冴子の顔の横に(リョウ)が手をついて逃げ場を塞いだ。

(リョウ)が冴子の顎を持ち上げ、キスをするか、という瞬間。

二人の間に白が割って入り、ぐいっと(リョウ)を押し返した。

 

「お、おい白。なにするんだ。まさかお前まで香みたいなこと言い出すんじゃあ……。」

 

「そ、そうよ。こんな小さな子の前でこんなことはしたないわ。」

 

白を援軍と見た冴子がどうにかこの場を切り抜けようとしたが、白は(リョウ)ではなく冴子をじっと見つめている。

その視線の意味が分からず首を傾げる冴子。

 

「えっと、何かしら、白ちゃん?」

 

「……報酬。」

 

「え?」

 

「私の報酬は?」

 

その言葉に、あー……と目を彷徨わせる冴子。

今回白の功績は中々大きい。

というより、最後にこの話をするために白が自分の役割をねじ込んだ節さえあった。

(リョウ)と冴子には安全な侵入ルートを。

自分は先行して侵入して警備員室を制圧。

監視カメラとセキュリティをできる限り排除。

今現在、王冠のケースを外しているのに他のセキュリティ装置が一切反応していないことや、警備員が一人も来ていないのは白の働きによるものだろう。

報酬の一発は白には関係のないもので、この働きを無報酬というのは不義理な気がした。

しかし、白は冴子の想像の上を行った。

 

「そうね、あなたへの報酬も考えないとね。」

 

(リョウ)と同じでいい。」

 

「……は?」

 

何を言われたのか理解が追い付いていない冴子。

(リョウ)もかなり驚いたのだろう、驚愕の表情をしている。

白はすっと両手を顔の横に掲げると、無表情のまま手指を高速でうねうねと動かした。

 

「私も報酬に一発。」

 

「白……、お前さんもしかして、ビアンの方で……?」

 

「……どちらかといえば。」

 

かなり驚いた様子の(リョウ)だったが、ふと、ならば目的は白と一致しているのでは、ということに気づく。

邪魔は入らないと理解した(リョウ)の顔がいやらしく歪んだ。

 

「冴子ぉ……!」

 

「冴子。」

 

(リョウ)と白に壁際で追い詰められた冴子は、観念したように天に向かって叫んだ。

 

「纏めて払うから、早く(リョウ)のオフィスまで脱出するわよ!」

 

 

 

 

 

行きに使ったダクトを逆走して何事もなく脱出した3人。

どうやらまだ気づかれていないようで、騒ぎが起こった様子もなくすんなりと帰ってこれてしまった。

(リョウ)と白はさっそく報酬の支払いを求めたが、冴子はシャワーを浴びてからだ、と返す。

(リョウ)は照明を落とした寝室で全裸のままベッドに潜り込んで冴子を待つことにした。

白はこの間に装備を置いてくると部屋を後にする。

それから暫く待つが、白はまだ帰ってこない。

 

「おせえなぁ、白のやつ。何やってんだ?」

 

先に冴子が着ちまうぞ、と(リョウ)がこぼすとほぼ同時、(リョウ)の寝室の扉が開いた。

足音からして白ではなく、大人だ。

ということは、言った通り冴子が先に来たのだろう。

白を待つべきかとも一瞬思ったが、下半身は既に脳の制御を脱しつつあった。

 

「も、もう我慢できない……!冴子ちゃああああん!」

 

全力で人影に向かって飛びかかる(リョウ)

返ってきた感触は柔らかな女体のものではなく、慣れ親しんだハンマーのものだった。

激しい衝突音とともに床に(リョウ)が叩きつけられたと同時、部屋の電気が点く。

人影の正体は冴子ではなく香だった。

右手にハンマーを持ち、左手には小脇にロープで簀巻きにされた白を抱えている。

白はコートを脱いだシャツにホットパンツ姿の上からロープでぐるぐる巻きにされており、いつにも増して死んだ目をしている。

首には『折檻中』と書かれたプレートが下げられていた。

 

「な、なんで香が……!」

 

「報酬ってのはこのことだったわけね。」

 

「い、いや、それはその……。」

 

「白ちゃんまで巻き込んでこの、もっこり大魔王め!成敗!」

 

「いやあああああ!」

 

(リョウ)が悲鳴を上げて全裸のまま部屋から逃げ出すと、香は白を放り出して両手で構えたハンマーを掲げて追いかけて行った。

部屋から出る時に

 

「白ちゃんは後で説教だからね。」

 

と言い残して。

その言葉に簀巻きのままびくっと白が跳ねる。

言い訳を返す間もなく香は飛び出していき、程なくして白より厳重に簀巻きにされた(リョウ)が屋上から吊り下げられた後。

どうにか溜飲が下がっていてくれという白の願いも空しく。

憤懣やるかたない様子の香が(リョウ)の寝室に戻り、白はハイライトの消えた瞳で宙を見つめたまま香の部屋に引きずられていった。

なお、冴子はその騒動の間にちゃっかりマイクロフィルムをもって姿を消した。

 

 

 

 

 

自室の窓を開けて座り込んだ香が、はあ、と大きく溜息をついた。

白は依頼についていって疲れたのか、それとも説教されて疲れたのか、既にベッドで寝息を立てている。

流石にロープは外してあげた。

(リョウ)はまだぶら下がったままだし、朝まで降ろす気はない。

 

「こんなに素敵な月の夜だというのに……。そんなところまで似なくていいのよ……。」

 

香のボヤキが空しく夜にこぼれた。




これね。
ギャグエンドのほうが難しい。

ところで本作ってガールズラブタグ無いとダメなんだろうか。
恋愛要素とかを入れるつもりはないので、精神的NLとか精神的BLとかGLとかBLとか入れるとそれを期待して見に来てしまう人ががっかりするかな、と思って入れてなかったんですが。

次回はオリジナル回、白メインの話となります。

次回、「白vs危険なハーレム野郎の巻!」

活動報告にも書かせていただきましたが、次回投稿は1週間あけて1/31になります。


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第7話「白vs危険なハーレム野郎の巻!(前編)」

仕事がとりあえず落ち着いたので今日からまた定期更新していきます。

感想欄で白に元ネタとしたキャラはありますかと聞かれていましたが。
特には居ないんですね、これが。
ただまあ、私の性癖を煮詰めた主人公なので、私の性癖を歪めた色んなキャラの要素を併せ持っている可能性は大いにありますね。

これが元ネタでは?という例を挙げてらっしゃる方もいらっしゃいましたが、その中には私の知っているキャラは居なかったです。
無論、白の元ネタを疑われるようなキャラなのでもれなく全員刺さりました。


冴子の依頼を終えた翌日。

白が目覚めると、既にベッドに香の姿はなかった。

時計を見るといつもより少し長く眠っていたようだ。

 

(思えば、薬が切れてから全力で動いたのは初めてか。道子の時は素人一人だったしな。)

 

自覚していたより疲れが溜まっていたようだ。

自分の状態がしっかり把握できていないというのは少々マズイ。

この感覚のズレは修正していかないとな、とそのような事を考えながらベッドから降りた。

白が身支度を整えてダイニングに顔を出すと、一人で朝食を食べている香の姿があった。

 

「おはよう、香。」

 

「おはよう白ちゃん。よく寝てたわね。」

 

「うん。」

 

今日の朝食はサンドイッチのようだ。

白がそろそろ起きてくるのを見越していたのか、それともそろそろ起こすつもりだったのか、テーブルには白の分のサンドイッチも用意されていたため白も席に着いた。

 

(リョウ)は?」

 

「さあ。知らないわよ、あんなヤツ。」

 

流石にまだ外で宙づりになっていれば気配で気づくため、それはなさそうだが。

香の様子を見るに簀巻きから解放されてそのまま出かけたのだろうか。

どこにいったのか聞いてみようとしたところ、その前に香が口を開いた。

 

「ところで、白ちゃん!」

 

「な、なに?」

 

香の語気に少し引いて答える白。

 

「今日からあなたに女の子のなんたるかを教育するわ。」

 

「む……?」

(え、なにそれは。)

 

白が困惑している中、香の目は燃えていた。

 

「白ちゃんは割と男女の機微みたいなことは自然とやってる気がしていたから気にしてなかったけど、思えばそのほうがおかしかったのよ!」

 

「む、むう。えと……。」

 

なんとか言葉を返そうとする白だが、香の勢いは収まらない。

 

「白ちゃんの生い立ちなら、女としての振る舞いがわからないのも仕方がないわ。いうなればこれは淑女教育よ!」

 

(あかん、止められんわこれ。)

 

香が燃え上がっているのをみて、止めるのは無理だと気づいた白。

一晩吊るされて流石に疲れていたであろう(リョウ)がそそくさと居なくなったのはこれに巻き込まれるのを恐れたからか、と理解した。

 

(お、おのれ……!見捨てたな(リョウ)!!)

 

何をするのかすら想像がつかないが、中身成人男性の白にとって楽しい時間にはならないだろう。

どうにかこの場を切り抜ける方法を考えていると、先に動いたのは香だった。

 

「と、いうことで!今から私は依頼の確認に行ってくるけど、今日は出かけないで家に居ること!いいわね?」

 

「は、はい……」

 

結局最後まで気圧されっぱなしで頷いた白。

香はついでに教材を色々買ってこなきゃ、などと言いながら飛び出していった。

その背中を呆然と見送った白は、どうしてこうなった、と胸中で呟きを漏らした。

何はともあれ、帰ってくるまでには朝食は済ませておこうとサンドイッチに向き直る白。

 

(腹が減っては戦はできぬってね。)

 

体のサイズ的に少しずつしか食べ進められない白の食事は、(リョウ)や香と比べてやや時間がかかる。

そう考えると、ユニオンの頃の主食だったブロック食や流動食のようなものは、時間効率的には優れたものだったのかもしれない。

 

(ま、味は比べるべくもなく香の飯のほうがうまいんだけどな。)

 

ぶっちゃけ前世で食べたまともな食事の味を知っていなければ、香の食事を食べた瞬間号泣不可避だったと思う。

 

(あれ、俺の前世の好物ってなんだったっけ……。)

 

ふと考えるが、やっぱりもう前世の事はうまく思い出せなかった。

なんというか、知識のようなものはある程度残っているのだが、思い出とかそういうものが何も思い出せない。

 

(少なくとも、随分薄情な人間ではあったみたいだな。)

 

忘れたくない記憶とかがあったなら流石に覚えているだろう。

それが親しい人間はおろか、両親の事も覚えていないとは。

 

(あー、だめだ。考えてたら頭痛くなってきたわ。どうでもいいか。)

 

頭を振って気を取り直すと、再びサンドイッチに集中し始める白。

三分の二ほど食べ進めた頃だろうか。

白の耳が異音を捉えた。

低く響くような音と、甲高い空気を裂くような音だ。

連続して響くそれが、徐々に近づいてくる。

 

(うん?これは、ヘリのローター音?)

 

妙に近くを飛んでいるな、と窓際まで寄ってみる白。

白が窓を開こうと手を窓にかけたのと、窓がガタガタと揺れだすのはほぼ同時だった。

 

(おいおい、いくらなんでも近すぎ……)

 

その直後。

白の目と鼻の先、窓の外に黒塗りの軍用ヘリが上空から降下してきた。

部屋の中を伺うように目の前でホバリングする軍用ヘリ。

白が何事かと思っていると、軍用ヘリの底部に取り付けられた機銃が鈍い光を放つ。

 

(なんっ……!)

 

背筋を走った悪寒に従うまま、白は全力で横っ飛びした。

次の瞬間には弾丸の嵐が部屋の中に吹き荒れた。

轟音と共に部屋の壁やらテーブルやらお構いなしに全てが挽きつぶされていく。

白はナイフを右手に構え、部屋の扉をぶち破るようにして廊下に飛び出した。

なんとかしてヘリの視界から外れなくては。

交戦?冗談じゃない。

白の武装じゃ直接乗り込みでもしない限りヘリ相手にできることなどないのだから。

ここは逃げの一手。

マンションから退避して身を隠し(リョウ)達に合流するのが最良だが、敵の正体もわからない。

白が廊下に逃れたことで一旦機銃掃射はやめたようだ。

破壊音が落ち着いたが、階下から複数の人間が登ってくる足音がする。

それに舌打ちする白。

 

(ヘリから降下……にしては人数が多い。別動隊か。)

 

軍用ヘリを使っていることもそうだし、かなり組織立った相手だ。

恐らく装備もしっかりとしているだろう。

こちらの装備はナイフ一本。

今から回収に行く暇はなさそうだ。

 

(この状況では、殺しもやむを得ない、か。)

 

いきなり機銃掃射なんてしてくる奴等だ。

恐らく、何かしら連射の利く銃くらいは持っているだろう。

そんなの相手に人数不利で不殺を意識して立ち向かえば、返り討ちにあいかねない。

 

(ひとまずはこっちだ!)

 

白は全力で駆け出すと、壁を蹴って跳躍。

天井に突っ込む。

すると、天井の板が外れるようになっておりそこに作られた空間へと飛び込んだ。

(リョウ)が主に生活しているこのフロアはこの空間で繋がっており、どこからでも人目につかずに移動できるようになっていた。

 

(自分の拠点にこういうスペースを作ってるんだから、(リョウ)も抜け目ないよな。)

 

なお、実際は(リョウ)が客間に泊めた女性に夜這いを掛けられるように作られたのが発端だったりするが白はそのことを知らない、というかその原作知識を覚えてない。

この空間で襲撃自体をやり過ごせればベストなのだが、白が室内に居たことは既に相手にバレている。

そのうえダイニングの天井が機銃掃射で崩落したようでそちらから光が差し込んでいるため、敵がそこまで到達すればこの空間はすぐ見つかるだろう。

どうにか敵と入れ違いで階下に降りられれば脱出も見えてくるのだが。

そのまま階段の真上まで移動して下の様子を伺うと、どうやら敵は既にこのフロアまで上がってきたようだ。

階段前に見張りを二人置いてフロア内の捜索を開始したようである。

幸いまだこちらが発見されている様子はない。

気配を頼りに見張りの真上まで移動すると、静かに天井の板をずらして目視で相手の様子を確認する。

軍服姿の女性兵士が2名。

武装はぱっと見で確認できる限りだと構えているサブマシンガンと腰にハンドガン。

全員がこのレベルの武装をしているのなら、正面からぶつかっては白に勝ち目はなさそうだ。

 

(殺すしかないか。幸い奇襲にはもってこいの状況だ。悪く思うなよ……!)

 

ナイフを逆手に構えると、天井裏から飛び降りる。

空中でのすれ違い様に見張りの片方の首を刈ろうとした白。

しかし、ナイフを握った右腕が意思に反して不自然に硬直した。

殺害という手段に及ぼうとした白の右腕を止めたのは、不意に訪れた強い忌避感、嫌悪感ともいう感情だった。

恐怖にも近いかもしれない。

今迄全く感じることのなかった人殺しという行為に対するそれが、今、このタイミングに白に襲い掛かった。

 

(なん、で今更!)

 

どうにか身をよじるようにして切りつけたが狙いは大きくそれ、背中を浅く切りつけただけ。

それも頑丈な軍服や装備に阻まれて相手の体には傷一つつけられていない。

無論そんなことをすれば見張り達はどちらも気づく。

 

「貴様!」

 

「あっ」

 

突如襲った感情に動揺の収まっていなかった白は、顔面に飛んできた蹴りを見て状況に気づいた、といえるほど致命的に判断が遅れた。

咄嗟に右腕をガードに入れるが、軽い白の体はガードの上から吹き飛ばされて壁に激突する。

ろくに受け身もままならず、壁に頭を打ってしまったのか視界がぐらつき、感覚に靄がかかる。

額を切ってしまったのか、視界が赤く染まる。

朦朧とした意識の中、手で血をぬぐうといつのまにかナイフを持っていないことに気が付いた。

慌てて周囲を見れば、衝撃で取り落としてしまったのか少し離れたところに転がっている。

なんとか手を伸ばすが、うまく体が動かせなかった。

 

(なんて、様だ……!)

 

ふと視界に影が落ち、そちらを見あげれば、先ほどの女性兵士がサブマシンガンを振り上げるところだった。

 

「香、ごめ……」

 

そのまま振り下ろされたサブマシンガンの銃床で頭部を強く殴られた白は意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

香は鼻歌混じりに機嫌よく帰り道を歩いていた。

残念ながら依頼はなかったものの、白の教育に必要そうなものを買いそろえることはできた。

学校で習うような保健体育の教材から始まり、リボン等白の外見でつけていても違和感のない装飾品、簡単な化粧品までを買いそろえて買い物袋片手に歩く。

しかし、その足取りはマンションの前で止まった。

 

「な、なな、な、なによこれぇー!!」

 

見慣れたマンションはボロボロ。

特に上のほうが酷い。

外壁が崩れて中が丸見え。

まるで戦争でもあったかのような有り様だ。

しかもあそこはダイニングではないか。

外から見てもその損傷具合がわかるくらいには破壊されていた。

 

「え、待ってよ。中には白ちゃんが……!」

 

衝撃から立ち直った香が自宅待機を命じた白が中に居ることに思い至り、顔を青ざめた。

 

「白ちゃん!」

 

買い物袋を投げ捨ててマンションに駆け込む香。

階段を一気にかけあがって目的のフロアにつくと、まず目についたのは階段近くの壁の比較的新しい血痕と、小さな子供の血の手形だった。

状況的に白の物で間違いない。

この時点ではまだ返り血の可能性もあるのだが、香にはそんな冷静な思考はできなかった。

脳内に過るのは、銃撃されてもがき苦しんでいる白の姿である。

 

「白ちゃん!!白ちゃん、どこ!居るんでしょ!!!」

 

もはや悲鳴のように叫びながら駆け出す香。

ボロボロに破壊されたダイニングに辿り着くと、壁にナイフで張り紙が縫い付けられていた。

 

『娘は預かった。

返してほしくば、マイクロフィルムを持って埠頭の第三倉庫まで来い。』

 

「マイクロフィルムって、昨日の依頼の……?」

 

壁に張り紙を固定しているナイフを引き抜くと、それは間違いなく白が持っていたものだ。

娘というのは白のことだろう。

 

「ああ、白ちゃん……!」

 

思わずナイフをぎゅっと握りしめる香。

とにもかくにも、(リョウ)を探さなければと立ち上がったところで、甲高いスキール音が響いた。

誰かがマンション前に車で激しく走りこんできたようだ。

ボロボロのダイニングからは下がよく見えた。

見慣れない赤い乗用車だが、降りてきたのは冴子と(リョウ)だった。

なぜ二人が一緒に居るのかはわからないが、探し人が向こうから来てくれたのだ。

香は壁の残骸から身を乗り出すようにして声を上げた。

 

(リョウ)!」

 

「香、無事か!」

 

(リョウ)もすぐに気づいて下から叫び返す。

 

「大変なの、白ちゃんが!」

 

「白がどうした!」

 

「白ちゃんが攫われちゃった!」

 

「なんだと……!?」

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

朝になり起きてきた香によってようやく宙づりから解放された(リョウ)は、自室で寝なおそうかと思っていた。

そこに香がやってきて、白に女性の何たるかを教え込むから協力しろと言ってきたのだ。

確かに必要なことだとは思うが、自分がその教育で役立つかは甚だ疑問だし、なにより面倒なことになるのは間違いない。

香の燃え上がり具合も凄いし、止めても聞きそうにない。

そのため、こっそりと香の目を盗んで家を出てきたのである。

特に目的地があったわけではないので、ただぶらぶらと新宿の街を歩く。

と、そんな(リョウ)に声をかけてくる者がいた。

歩道を歩く(リョウ)の横に、赤い乗用車が停止したのだ。

 

「はーい、(リョウ)。」

 

「あぁ!冴子、お前昨日はよくも……!」

 

運転席から手を振っているのは冴子だった。

昨晩こっそり姿を消した冴子に文句を言う(リョウ)を諫めるように冴子が口を開く。

 

「そのことで話があるのよ。ちょっと乗っていかない?」

 

「話だぁ?お前の話を聞くのは報酬を頂いてからだ!」

 

「そのためにもお話がしたいんじゃないの。ねっ?」

 

どこか釈然としない様子の(リョウ)だが、口では勝てないと思ったのか、一発への未練が捨てきれないのか、結局冴子の車に乗り込んだ。

(リョウ)が乗ると同時、ゆっくりと車は走り出す。

 

「で?話ってなんだよ。」

 

「そのためには、昨日の依頼の詳細を話さないといけないわね。」

 

「なに?」

 

怪訝な顔で返した(リョウ)に、冴子が語った依頼の詳細はこうだ。

昨日のマイクロフィルム奪取の依頼。

そもそもマイクロフィルムの中身はロキシア王国という国から持ち出された、とある軍事機密だ。

それを盗み出したのは反体制派の一味だと思われるが、相手のトップが不明だった。

そして今回の依頼の真の目的は、敵の首魁の特定にあった。

本来想定していた流れでは理由をつけて(リョウ)を依頼に巻き込み、マイクロフィルムを盗んだ後にあえて騒ぎを起こして敵に捕まる予定だったのだ。

捕まった先に居るであろう敵の首魁の元に乗り込み、流れで(リョウ)に始末してもらうというつもりだったのだが、そうはならなかった。

イレギュラーの白という存在のためだ。

白が事前に警備室を制圧、脱出までの道のりを作ってしまっていたため、騒ぎは起こらず脱出できてしまった。

マイクロフィルムを回収はできたものの、これでは結局敵の首魁が誰かわからない。

そのため、冴子が打った次の手は『マイクロフィルムはシティーハンターが盗み出した』という情報を流すことだった。

このマイクロフィルムはこれだけ大掛かりな仕掛けで運び出したものだ。

反体制派は絶対に確保したいもののはず。

この情報には絶対に食いついてくる。

あとはロキシア内部に目を光らせておけば、敵の首魁が動いた瞬間に誰かわかるという寸法だ。

 

「あんたね……。人を釣り餌扱いするんじゃないよ。というかそれならそうと、最初からそういう依頼をしろ!」

 

「やーね、そんなつもりないわよ。それにこうでもしないと、絶対受けてくれないじゃないの。」

 

あんまりといえばあんまりな冴子の言い分に、歯をむき出しにして威嚇する(リョウ)

それをみて冴子はさらに続ける。

 

「それに、相手が誰かさえわかればその初動で無理やり止められるから、実際に被害は出ないわよ。」

 

「はぁ?そりゃどういう意味だ。」

 

冴子が語るには、犯人の目星さえつけば良いとの事だった。

その理由は、依頼人がロキシア王国の次期国王である第一王子シュロモ・ダヤンその人であるためだ。

首魁さえわかればその強権で強引に捕縛してしまえばよいため、実際に敵が(リョウ)のもとまでたどり着く可能性はない。

それが冴子の言い分であった。

それを聞いた(リョウ)は、情報を咀嚼するためか助手席で腕を頭の後ろで組んで、斜め上を眺めながら声を漏らす。

 

「なるほどね……。」

 

「そ。だから安心して頂戴。これを話したのも、あなたへの義理立てという部分が大きいわ。本来は機密事項なんだから。」

 

「ふむ……。」

 

(リョウ)は腕組みを外して体を起こすと、冴子に鋭い目を向けた。

 

「冴子。急ぎで俺の家に向かってくれ。」

 

「え?ええ、いいけど。どうしたの、急に。」

 

「……どうにも胸騒ぎがする。」

 

そうしてマンションに戻った(リョウ)と冴子を出迎えたのは、無残に破壊されたマンションと白が攫われたという報告だった。

(リョウ)は香とダイニングの跡地で合流し、香が発見した白のナイフや張り紙、そして周囲の状況から今後の行動を考えていた。

ちなみに、冴子は既に居ない。

急ぎ本庁に戻り、依頼人のシュロモ・ダヤンへの連絡と、白の救出に全力を挙げると約束して車に飛び乗っていった。

 

(敵の動きが早い。早すぎるくらいだ。冴子の想定が楽観的だったというよりは、敵が想定以上に強大だったとみるべきか。)

 

破壊の状況や、壁に刻まれた弾痕を見るに戦闘ヘリの類が使われている可能性が高い。

即日でそんなもので強襲をかけてくる相手だ。

恐らく真犯人はかなり絞られているはず。

そちらは冴子に任せて、こっちは白の事を第一に動いていいだろう。

腕を組んで目をつむり敵について考えている(リョウ)

香は力なく床に座り込んでしまっていた。

 

「ねえ、(リョウ)。白ちゃん、大丈夫かな。本当はもう、死んじゃってたり、とか……。」

 

その言葉に、(リョウ)は座り込んだ香に目線を合わせるため屈みこむと、安心させるように微笑みかけた。

 

「大丈夫だ。白は生きてる。」

 

「で、でも。ここもこんな有り様で、とても無事だなんて……。」

 

「壁に残っている弾痕は大型の機銃によるものだけだ。小銃の薬莢もない。あんなもんで撃たれたらこの辺は血の海になってるはずだ。」

 

(リョウ)が指摘するように、破壊痕から想定する限り、白が銃で撃たれたという線は無さそうだった。

それに、と(リョウ)は続ける。

 

「あいつは俺と真正面から戦えるんだぜ?そうそうやられはしないさ。」

 

「う、うん……。」

 

まだ不安気ではあるが、一応納得した様子の香。

(リョウ)は口には出さなかったが、疑問も残っていた。

白は弱体化しているとはいえ、そこらの木っ端ヤクザくらいなら鼻歌混じりに伸してみせるくらいの強さはある。

それに、こと隠密に関しては明確に(リョウ)より上だ。

隠れ潜んで敵の包囲を抜ける、というシュチュエーションなら(リョウ)よりうまくやってみせるだろう、という印象があった。

にも拘らず、特に抵抗したらしい痕跡がない。

壁に一か所血痕があるが、逆に一か所しかないということは一度の交戦で、しかも相手が銃を使わずに戦闘が終わったことを意味している。

それほどの強敵だったのか、それとも何かアクシデントがあったか。

そこが唯一の懸念点だ。

 

(しかし、まあ。関係ないな。)

 

おもむろに立ち上がった(リョウ)の目がスッと冷える。

ゆっくりと周囲を見回し、最後に未だ不安そうに白のナイフを握りしめる香に目をやった。

 

「誰に喧嘩を売ったのか、わからせてやらないとな。」

 

(リョウ)はそういって自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

暗い。

真っ暗な海を、ゆっくりと沈んでいく感覚。

不思議と息苦しさはなく、包まれているような安心感だけがある。

白は、その中をゆっくり沈んでいた。

 

ああ、またここか。

 

抵抗せずに、そのまま沈んでいくと、そのうちおぼろげに人影が浮かんだ。

 

よお。久しぶり。まだこんな深いところに居るのか。

……。

なに?別に怒ってはいないよ。気持ちもわからんでもないしな。

……?

むしろ、嬉しいくらいだぜ。お前が自己主張してくれるようになったのがな。(リョウ)のおかげかな。

……。

そうか?まあいいや。お前がそういうなら、そうなんだろう。

……。

ああ、そうだな。わかったよ。ここでの事を俺は覚えてはいられないが、不思議とお前との約束だけは向こうに持っていける。だから、約束しよう。

……?

任せろよ。俺はそのための俺だ。約束だ。俺はもう……。

 

 

 

 

 

「はっ。」

 

白の意識は、唐突に覚醒した。

打ちっぱなしの灰色の天井が目に入る。

ゆっくりと体を起こして自分の体を確認すると、コートが没収されてシャツにホットパンツ姿。

頭には包帯が巻かれているようだ。

周囲の様子を見るとどうやら独房のようになっている。

コンクリート打ちっぱなしの壁、床、天井に自分が寝かされていた簡素なベッド。

覗き窓がついた頑丈な扉。

窓はないことから、もしかしたら地下なのかもしれない。

 

(あのまま捕まったのか。酷い失態だ。)

 

思わず額に手をやり項垂れる白。

 

(なんで今更、殺しへの罪悪感なんて……。日常生活に少し触れたからか?)

 

原因を考えるが、どうにもこれだという答えはない。

取り留めもなく続きそうな自己嫌悪を頭を振って無理やり振り払うと、立ち上がった。

 

(とにかく状況の確認だ。俺は誰に捕まったんだ。)

 

最悪の可能性がユニオン。

しかし、どうもやり口がユニオンらしくはない。

あそこはどちらかといえば少数精鋭を好む傾向にある。

無論、雑兵というべき兵隊も多いが、強い敵には強い人物単体を宛がう傾向がある。

それに、白の事が知られていたとしても、シティーハンターに手を出すには早すぎる。

まだ間が空くはずだ。

となると、敵の狙いは白ではなく(リョウ)のほうだというのがしっくりくるのだが。

そんなことを考えていると、白に声がかかった。

 

「おや、目が覚めたようだねお嬢ちゃん。体に痛みはないかい?」

 

そちらに目をやると、誰かが覗き窓からこちらを覗き込んでいた。

生憎と白からは目元しか見えないが。

声からして恐らく女性。

声音に侮蔑の色はなく、純粋に優しさや心配の色が滲んでいる。

その様子から、ある程度会話が可能な相手と白は判断した。

また、相手はこちらを脅威とは思っておらず、普通の少女だと思われているのではなかろうか。

少なくとも、明確な敵に向ける声音と視線ではなかった。

そうなれば。

白は動きにくい表情筋を必死になって操り眉根を寄せると、怯えたように後ずさった。

その様子を見た覗き窓の女性も、困ったように眉根を寄せる。

 

「手荒なマネをして悪かったね。急にナイフもってとびかかってくるもんだからさ。もうそういうことはしないよ。お嬢ちゃんがシティーハンターとどういう関係かは知らんが、大事な人質だ。大人しくしておいてくれ。」

 

「……ここはどこ?」

 

「それは言えんが、危険なところではないさ。無法者もいない。扉の前には必ず見張りが立つから、何かあったら声をかけな。」

 

そういうと、覗き窓から女性が消える。

気配自体は残っているので、言葉の通り扉の前で見張りに立っているのだろう。

 

(態度と発言からして、相手は俺の正体は知らない。それに、どうも統率が取れているように見える。襲撃時の装備からしても、どこかの軍隊にでも捕まったのか?)

 

腕を組んで目を閉じ、思考を回す白。

 

(このままじっとしていれば、多分だが(リョウ)が助けには来てくれるだろう。だが、それでは……。)

 

恐らく自分はもう戦えなくなる。

白には強い確信があった。

ここで何もしないで居れば、この場でホワイトデビルは死ぬ。

自分は今後ただの少女になり下がる。

そして、またこのような目にあったとき。

同じように無様に連れ去らわれて、窮地のヒロインを(リョウ)が助けに来てくれるのだ。

それでいいのか。

自分は今後、ただの少女として生きていくのか。

(リョウ)が昨日、白に依頼を手伝わせたのはなぜか。

それができるという信頼があったからではないのか。

その直後にこの体たらく。

信頼を裏切ったまま、安穏とその庇護下に収まるのか。

 

(それはちょっと、気にいらねえよなぁ!)

 

白の瞳に火がともる。

自分の失態を自分で挽回せずしてどうする。

しかし、また人を殺そうとすれば、その身が意思に反して固まってしまう可能性も考えられた。

それゆえに。

 

(ノーキルノーアラート。誰にも気づかれず、誰も殺さず。制圧してみせようじゃないか。)

 

今迄はなんとなく、殺さないで済むなら殺さない程度だった白。

しかし今この時明確に抱いた、不殺の決意。

暗殺者ホワイトデビルとしてではなく。

ただの少女冴羽 白としてじゃなく。

スイーパー冴羽 白の戦い方が明確に定まった。

(リョウ)と香の二人と暮らすようになってからこっち、流されるままに過ごしてきた白。

今この時、初めて精神と肉体が合致したような爽快感さえ感じながら、彼女が初めて自分の意志で舞台に立った。




ちょっとずつ白というキャラを深堀していきます。
後編は木曜日投稿予定です。


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第7話「白vs危険なハーレム野郎の巻!(後編)」

うーん、尺が足りなかった。
前中後編構成にすべきかとも思ったのですが、一部描写は次回に回します。
前半はホラー風に書いてみようと挑戦したらただのメタルギアになった奴です。
よろしくお願いいたします。


在日ロキシア王国大使館。

あえて都心から離れた郊外に広い土地を使って建設されたこの建物は、外から見ると豪邸か宮殿にしかみえない。

煌びやかな外観に反さず内装も一級品。

更には嫌味な印象を持たせず落ち着いた雰囲気を纏っていることから、ここの主のセンスの良さが光る。

と、そこまでは表の顔。

この建物には裏の顔というべき一面がある。

内部は武装した兵士が行き来しているし、武器庫も用意されている。

流石に使う機会がないからか戦闘車両などは存在しないが、屋上には外から見えないように武装ヘリが置かれていた。

そう、ある種の軍事基地の様相を呈しているのだ。

そしてその裏の顔の一つが、地下に作られた独房である。

兵士に対する懲罰で使われることもあるそれは本格的なつくりになっており、今も見張りの女性兵士が一人立っていた。

独房はいくつか並んでいるが一つを除いて今は空き部屋だ。

その唯一使われている独房に入っているのが年端もいかない少女だというのだから不思議な話だ。

女性兵士は平然とした顔で見張りの任務についているが、内心穏やかではなかった。

 

(一体頭目は何を考えていらっしゃるのだ……)

 

思うのは、ここ数日の任務の内容だ。

日本に密かに入国し、大使館を拠点として行われたミッション。

それは、ロキシアからスパイによって持ち出された軍事機密の入ったマイクロフィルムを奪還すること。

日本で雇われた凄腕のスイーパーであるシティーハンターの手に渡ったらしいことがわかり、その拠点を襲撃したのが昨日。

その時に拠点内に居たのが、今独房に入っている少女だった。

天井から降ってくるなんて方法で完全に不意を打たれたのは仰天したものの、その太刀筋は甘く、突然の事態に破れかぶれの行動に出たのであろうという見立てだ。

しっかりとしたサバイバルナイフを持っていたこと、シティーハンターの拠点に居たことなどから関係者、または血縁であることが予想されたため人質として連れてこられた。

先ほど目を覚ましたようで会話……というか一方的に話しかけてみたが、やはりこちらに怯えている様子だった。

無理もない。

あのような少女が殺されかけたうえにその相手に捕まっている状態なのだから。

見目も良いし、なによりあの少女の身体的特徴からしてアルビノだ。

日の下を歩けないアルビノの人間が日常生活を送るには気を遣う事が多い。

未だ幼い彼女一人ではどうにもならないことも多いだろう。

きっと、蝶よ花よと育てられていたに違いない。

なるべく便宜は図ってやりたいが。

少女を地下の独房に入れたのも、脱走を警戒してではなくその体質に配慮した面が大きい。

この大使館の客間は全て日当たりが良いように考慮されて設計されている。

カーテンはもちろん閉められるが、どの程度の紫外線を少女が許容できるのかわからなかった。

そのため、日差しの危険のない独房が彼女の収監先になったのだ。

そもそもとしてそんな少女を誘拐監禁していることに、誇りあるロキシア軍人として罪悪感はどうしても覚えてしまう。

ロキシアへの、ひいては頭目への忠義心は絶対だ。

しかし、今回の任務においては頭目はやや手段を選んでいないようにも見える。

忠臣として意見具申すべきか、しかし。

そう考え込んでいると、独房の中から何やら苦しむような声が聞こえ始めた。

何事かと覗き窓から様子を窺うと、少女が床に蹲り腹を押さえているではないか。

すわ発作かと、慌てた女性兵士が独房の扉を開いて少女の横にしゃがみこんだ。

 

「おい、どうした。腹が痛いのか?」

 

「お、お腹が……」

 

なるべく優しい口調を意識して声をかけると、苦しそうに声をあげた少女。

蹲ったままの少女の背中に手を添えてやり、医者を呼んでくるかと思い立ち上がろうとした時。

少女が蹲ったまま横目でこちらを見上げていることに気づく。

その赤い瞳と目が合った瞬間、強い衝撃と共に気づけば女性兵士はうつ伏せに床に転がっていた。

何が起こったのか理解する前に、もう一撃が首裏に襲い掛かり完全に意識を失った。

 

 

 

 

 

在日ロキシア王国大使館に駐屯している部隊は、中隊ごとにローテーションを組まれている。

細かい仕事に分ければ多岐にわたるが、おおまかには警備、雑事、訓練、休憩の4つだ。

警備、休憩、雑事、休憩、訓練、休憩、というようにシフトを組まれて複数の中隊が持ち回りで行っていた。

雑事には炊事や掃除等も含まれており、これは大使館内にはロキシア軍人とそのトップたる頭目しか存在しないためである。

頭目は大の男嫌いで大使館内部には女性しか入れないことも関係していた。

そんな大使館内部の警備担当の中隊に所属する女性兵士が二人、連れだって廊下を歩いていた。

二人の手にはサブマシンガンが握られている。

雑談を交わすほど気を抜いてはいないが、かといって張り詰めているわけでもなく自然体で歩く姿は訓練の質の良さを思わせる。

今はツーマンセルで館内を巡回中だ。

その二人が会議室の扉の前を通過した時だった。

中から僅かに物音がした。

この時間帯はこの部屋は無人のはずである。

二人が同時に足を止め、アイコンタクトとハンドサインでやり取りする。

言葉なく十全なコミュニケーションをとった二人は扉の脇に張り付くと、蹴破るようにドアを開き同時に飛び込んだ。

室内は中央に大きな会議用のテーブルと、それを取り囲むようにある簡素な椅子。

それとホワイトボード。

一見するだけだと異常なし。

不審者の姿もない。

しかし、よくよく見ると部屋の奥のカーテンが僅かに膨らんで見える。

そのことに気づいた女性兵士の片方が、相棒にハンドサインで待機を命じるとゆっくりとカーテンに近づいていく。

手の届くところまでくれば、明らかに不自然にカーテンが膨らんでいた。

ゆっくりと手を伸ばして、一気にカーテンを開く。

……そこには、誰の姿もなかった。

どうやらカーテンのランナーへの止め方が悪かったらしく、一部よれてしまっていた。

それがたまたま膨らみのようになっていたようだ。

拍子抜けした女性兵士は後ろ手に問題なしのハンドサインを出しながら振り向くと、固まった。

さっきまで会議室の入り口に居たはずの相棒の姿がない。

一気に緊張を高めて、サブマシンガンを構えなおす。

ゆっくりと左右を確認しながら廊下に出るが、なお相棒の姿は見えなかった。

一体どこに。

と、そこで気づいた。

廊下を進んだ先の曲がり角から、僅かに見えるもの。

あれは手ではないだろうか。

廊下の先に誰かがうつ伏せに倒れており、その手だけが僅かにこちらからも見えている。

グローブをつけているように見えるので、恐らく味方のものだと思うのだが。

警戒しながら近づくと、それが探していた相棒だということがわかった。

そのことに思わず動揺した瞬間、突如上から何かが降ってきた。

両肩に急に衝撃を感じ、それが何か理解する前に強く首を絞められる。

生物の防衛本能が働いて銃を手放して首を絞めているナニカを引きはがそうとするが、抵抗空しくそのまま視界がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

その日はやけに大使館の中が静かな気がした。

一緒に歩いている相棒に声をかける。

 

「ねえ、やけに静かじゃない?」

 

「そう?こんなものだと思うけど。」

 

特に違和感を感じていないらしい相棒の様子に首を傾げるも、気にしすぎかと思う。

と、その時視界の端を何か白いものが横切ったような気がして咄嗟に銃を構えて振り返る。

振り返った先は見慣れた長い廊下で、特に隠れられそうなところはない。

気のせいか、と銃を下すと横で相棒が苦笑していた。

 

「どうやら大分疲れているみたいね。次は休憩でしょ?しっかり休むといいわ。」

 

「そうね。慣れない国で気を張っていたのかしら。」

 

そう返した直後、コンコン、とノックのような音が響いた。

明らかに人為的な音のうえ、今度は相棒にも聞こえたのか二人で銃を音のした壁のほうに向ける。

が、そこにはただの壁があるだけ。

何が起こっているのかわからずゾッとするような寒気を感じた瞬間、横の相棒が前に崩れ落ちた。

 

「てっ……!」

 

完全に混乱状態だが、仲間に異常を伝えようと声をあげようとしたところで、側頭部に強い衝撃を受けて女性兵士は意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

ロキシア大使館セキュリティルーム。

ここは大混乱に陥っていた。

女性士官が監視カメラのモニターを睨みつけながら残った4人の部下に怒号を飛ばす。

 

「まだ警備隊と連絡はつかないのか!」

 

「は、はい!侵入者は我々の無線を奪取して利用している模様です!通信回線に酷い雑音が流されており、連絡付きません!」

 

「カメラの復旧は!」

 

「確認に行った者が誰一人戻りません!」

 

そのやり取りをしている最中も、またひとつモニターが砂嵐に切り替わる。

カメラが破壊されたのだ。

無線は届かず、カメラは次々と沈黙。

直接伝令に走った者やカメラを確認に行った者など、この部屋を出て行った人間は誰一人戻ってこなかった。

そんな有り様でありながら、敵の姿すら捉えられていない。

 

「栄えあるロキシア王国軍がなんということだ……!」

 

「あっ!」

 

「今度はなんだ!」

 

女性士官が歯噛みしていると、監視カメラを確認していた兵士が声を上げる。

 

「こ、この部屋の前を映していたカメラが沈黙しました……。」

 

「……!総員、構え!」

 

士官の命令に、セキュリティルームに残っていた兵士全員が銃を部屋の唯一の入り口である扉に向ける。

ちょうどその時、ゆっくりと扉のノブが回った。

固唾をのんで扉を睨みつける兵士たち。

しかし扉が開くと、そこにいたのは先ほど部屋を出て行った兵士の一人だった。

その姿に気が抜けたのも束の間、そのまま兵士が前のめりに倒れる。

その陰から、白いナニカが飛び出した。

士官はその正体を見極めようとしたが、同時に顔面に向かって飛んできた飛翔物に咄嗟に顔を庇う。

軽い音を立てて地面に転がったソレは、空弾倉だった。

 

「空のマガジン……?」

 

一瞬そちらに気をやった士官がハッとして顔をあげるころには、部屋は静寂に包まれていた。

ゆっくりと周囲を窺うと、倒れている兵士、兵士、兵士。

部下は全員床に伏せていた。

ごくり、と唾をのみ呆然と呟く。

 

「一体私達は、何と戦っているのだ……!」

 

その時僅かに聞こえた、背後の着地音。

素早く振り返った士官が目にしたのは、キラリと光る赤い瞳。

その正体を見極めるだけの時間は彼女に残されていなかった。

 

 

 

 

 

一人でロキシア大使館を大混乱に陥れた白。

その当人はというと

 

(イヤッホオオオオウ!最高だぜえええええ!)

 

吹っ切れていた。

今の白はたまたま見つけた小さい段ボール箱を逆さにして被り、セキュリティルーム近くの廊下でガン待ちしていた。

箱は白が体育座りで屈みこむとぎりぎりすっぽり入るくらいの小さめの箱だ。

このサイズだと意外と気づかれないものだ。

白のテンションが振り切れているのは、不殺縛りに原因があった。

 

(思えば、殺したほうが楽なのに殺してはいけないって考え方がそもそもどうかしてたんだよ!)

 

殺してはいけない、という気持ちで思い切り力を振るった白。

最初は手間取っていたものの、人数をこなして慣れてきたあたりで徐々に心持が変わっていった。

不殺ってそもそも縛りプレイじゃなくね?という考えに至ったのだ。

『殺してはいけない』ではなく『殺さなくていい』。

 

(そうだよ、殺したくて殺してきたわけじゃないんだ。殺さずに力を振るえるこの状況が、なんと清々しいものか!)

 

白、いや、ホワイトデビルにとって、眼前の敵とは殺害対象でしかなかった。

生存者を残してしまえば足が付く。

足がついてしまえばユニオンに不利益がかかり、その結果ユニオンに始末されかねない。

そもそもが悪の秘密結社みたいなユニオンで生きていくためにはなりふり構っていられなかったし、そういう仕事ぶりを求められていたこともそうだろう。

ホワイトデビルの基本方針は見敵必殺。

殺せる奴は殺しておいて安全を確保することが当然になっていた。

しかし、殺しが絶対条件ではなくなった今。

人を殺してはならないという一般道徳に従って行動を開始した結果、白は愕然とした。

その身に沁みついた隠密と近接戦闘技術は、いつの間にかわざわざ対象を殺害しなくても容易に無力化させることができるものに昇華されていた。

敵の施設に一人捕らえられるという絶望的な状況から、誰一人殺さずに脱出を目指せるほどの力量を知らず知らずのうちに持っていたのだ。

目に入った兵士を次々と無力化し、実戦の中で殺さずに制圧する方法をどんどんとブラッシュアップしていく白。

一番優しく気絶させるなら首絞め、手っ取り早く気絶させるなら拳、と状況に分けて次々と兵士を片付けていく。

ここまででかなりの人数を無力化したが、命に係わる怪我をした人間はまだ居なかった。

何人かは急ぎで気絶させたため、顔面崩壊パンチの餌食になっているが。

加減しすぎて仕留めそこなうとこちらが危ないためご容赦願いたい。

どんどんと効率化されていく白の制圧術は、心境の変化をもたらすとともに、白に自信を与えていた。

と、白が曲がり角の先から歩いてくる兵士の気配を察知した。

すかさず壁際によって体育座りで完全に段ボールに擬態する白。

二人の兵士が曲がり角から現れてそのまま通過しそうになるが、片方が段ボールに気づいて足を止めた。

 

「誰だ、こんなところに置きっぱなしで……。」

 

これが大きな段ボールだったら疑われたかもしれない。

しかし、白がギリギリ潜り込めるサイズの段ボールだったため、兵士もまさか中に人が入っているとは思っていない。

そんなことする奴が居るわけないだろという思い込みもある。

無警戒に近づいて段ボールを持ち上げようとした瞬間、しゃがんだ体勢から勢いをつけて白が跳ねた。

白の拳がアッパーのように女性兵士の顎を打ち抜き、兵士は白目をむいて後ろに倒れる。

もう一人の兵士も異常には気づいたものの、段ボールから飛び出してきた少女が相棒をアッパーで吹き飛ばすという意味不明な光景に啞然としてしまい、反応が遅れた。

その間に態勢を整えた白が今度はもう一人に拳を放つが、ハッとした兵士が手に持っていたサブマシンガンで咄嗟にこの拳を受けようとする。

白は持ち前の動体視力でそれに反応すると、サブマシンガンを持っている兵士の腕を取り、手前に引きつつ足を払った。

兵士はこれにはたまらずバランスを崩してしまい、そこにさらに白が飛び掛かる。

倒れていく兵士の首に腕を引っかけ、そのままの勢いで後頭部から地面に叩きつけた。

 

「げぇうっ!」

 

(やば、やりすぎたか?)

 

かなり怪しい声を発した女性兵士の様子を見てみるが、白の体重が軽いことが幸いしたのだろう。

完全に気絶しているものの、生きてはいるようだった。

 

(よし、セーフ!)

 

テンションのままに大技を決めてしまったが、ちょっとやりすぎた感もある。

 

(それでも死んでないならオッケーです!)

 

新たに気絶させた二人を引きずってセキュリティルームに放り込む。

これでセキュリティルームの中には30人近い兵士が転がっている。

白がセキュリティルームの近くでガン待ちしているのは、このように次々と兵士がやって来るためだ。

監視カメラを破壊する時に通信回線に雑音を流すことで連絡網を寸断、速攻でセキュリティルームを落とす算段だったのだが、思わぬ副産物があった。

どうやら巡回警備している兵士はツーマンセルで行動しており、無線機は二人に対してそれぞれ一個しか持っていないようなのだ。

そのため、無線機が雑音を吐き出し始めた時に彼女達が真っ先に疑ったのは無線機の故障だった。

侵入者警報も鳴っていないし騒ぎも起きていなかったため、まさかこれが敵によるものだとは思わなかったのである。

どうやら無線機の予備はセキュリティルームにあるらしく、壊れた無線機の代わりを取りに次々と兵士がやってくる。

巡回中セキュリティルームの近くに来た時に立ち寄って無線機の故障を申し出ようとするパターンと、ある程度巡回して定時報告の時間にセキュリティルームに直接いくパターンに分かれているためか、やってくるタイミングもバラバラ。

二人ずつ来る分には容易く制圧できてしまうため、まさに入れ食い状態であった。

 

(しかしまあ、そろそろ限界か。)

 

大分人数を削ったので、そろそろ違和感の誤魔化しが利かなくなってくるだろう。

流石にこのまま全員のこのこやってくるなんてことはあるまい。

あまり時間をかけると目を覚ます奴も出てきそうだし。

セキュリティルームで館内図や周辺地図も手に入り、現在地もわかったので脱出も可能。

ここはロキシア王国の大使館だったらしい。

それを見た時に、ああそういえばと白が思い出したのは原作に出てきた前回の依頼の話だった。

記憶がアニメ版と混同していたようですっかり忘れていたが、マイクロフィルム奪取の依頼は原作とアニメ版で展開が異なる。

アニメ版だとマイクロフィルムを盗み出して終わりなのだが、原作の漫画版だとマイクロフィルムを盗んだ後に(リョウ)と冴子は捕まってしまうのだ。

これは冴子がわざと(リョウ)を巻き込んで捕まることで、一気に敵の首魁の元にいくためで、マイクロフィルム奪取からそのまま敵拠点での大立ち回りまで話が展開する。

その時の敵の首魁というのが、この大使館に居るロキシア王国第一王子シュロモ・ダヤン……の双子の弟で第二王子のエラン・ダヤン。

兄と瓜二つのエランは自分をシュロモと偽って軍の一部を引き連れこの日本に来ていた。

自らの手勢に盗み出させた軍事機密をスパイ天国である日本で受け取るためだ。

今回の場合、本来は原作の流れだったはずが白がセキュリティを解除してしまったため、アニメルートに乗ってしまったのだろう。

その後マイクロフィルムを取り返しに来たエランの手先の襲撃を受けて現在に至る。

不運ともいえるが、そもそも白が原作の流れを覚えていれば回避できたかもしれない話でもあった。

そもそもの話、この依頼に教授が関わるのは原作でのみだ。

アニメ版に教授は登場しないのだから、その時点で違和感を覚えるべきだった。

 

(ま、後悔先に立たず、覆水盆に返らず、零したミルクがうんぬんかんぬんっていうしな。気にしても仕方ない。)

 

持ち前の明るさ……というか能天気さで思考を振り切ると、本題の今後の行動指針について考える白。

脱出してもいいが……やられっぱなしも性に合わない。

ここまで来たら、エランをふんじばって堂々の凱旋としゃれこみたいものだ。

館内図を見たおかげでどこにエランが居るかは大体の目星もついていた。

 

(ふふふ、今回は(リョウ)に出番は渡さん!)

 

若干テンションが高いまま、白は再び段ボールを被ると廊下を駆け出した。

 

 

 

 

ロキシア第二王子エランは、広い自室で苛立ちを隠せずにいた。

椅子に腰かけたまま、指でひじ掛けをトントンと叩き苛立ちを露わにしている。

普段はそば仕えの兵士が最低一人はついているのだが、今はエラン一人だ。

というのも、その兵士が持っていた無線機が急に雑音を発するようになってしまい、予備の無線機を取りに退出したためだ。

が、その兵士がいつまでたっても帰ってこない。

一体いつまでかかっているのかとその事にイラついていることもあるが、元々朝から機嫌は悪かった。

昨夜シティー某とかいうスイーパーからマイクロフィルムを奪還したという連絡があったものの、その後の輸送が遅れているのだ。

この大使館に攫ってきた、奴の関係者と思われる子供を餌に倉庫地帯に釣りだし、その場で始末してマイクロフィルムを回収したとのことだったが、その戦闘でヘリを破壊されてしまったとかで、こちらから迎えを送ったはずだった。

そいつらが未だに帰ってこないし連絡もついていない。

 

「どいつもこいつも、一体何だというのだ。」

 

簡単なおつかいすらできないのかと、苛立ちは募るばかりだ。

と、その時部屋の扉がゆっくりと開かれた。

やっと戻ってきたのかと、苛立ち混じりに視線を向けるとそこに居たのは白い少女だった。

無表情のまま赤い瞳でこちらを見つめる少女は、美しい人形のような雰囲気を纏っている。

その雰囲気に飲まれて思わず見とれてしまったエランだが、すぐに我に返ると誰何の声を上げた。

 

「貴様、何者だ。」

 

「エラン・ダヤン。お前は手を出す相手を間違えた。」

 

「なに?」

 

言葉少なに返した少女、白はだらりと体を脱力させ、ゆらりゆらりと体を左右に振る独特な歩法でエランに一歩、また一歩と距離を詰め始めた。

それを見たエランは拳銃を抜いた。

元々少女を人質に取り、自分の国の軍を騙して動かすような男だ。

白に対して引き金を引くことになんら躊躇はなかった。

即座に発砲。

しかし、まっすぐに白に向かって飛翔した弾丸は白の体を()()()()()

 

「なんだと!?」

 

ゆらり、ゆらりと白が体を揺らしているため、白の後方の扉に当たった弾丸が扉を穿っているのがよくわかる。

驚愕に目を見開いたエランは再び発砲。

今度は二発。

これも命中するかに見えたが、再び白を弾丸がすり抜ける。

もはや驚愕を通り越して戦慄しているエランに対し、白は眉一つ動かさず体を揺らしながら距離をゆっくりと詰めていく。

人形のような雰囲気も相まって不気味ささえ感じさせるその様に、エランは白が距離を詰めるたびに一歩一歩後退していった。

どんどんと下がっていき、窓に背中が当たったことでエランはハッと我に返る。

白も、エランがこれ以上下がれないとみて体は揺らしたまま前に進む足を止めた。

 

「投降して。」

 

「くっ……ぐっ……!」

 

ちなみに本当に白の体を弾丸がすり抜けているわけではもちろんない。

白は相手の銃口の向きから弾道を予測し、その驚異的な動体視力で相手の指が引き金を引く瞬間に僅かに体を逸らして弾丸を回避しているのだ。

これを残像が残るほど高速かつ最小限の動きで行い、更には体を揺らし続けることで動きに緩急をつけて察知され辛くしている。

この技術は白がホワイトデビル時代に銃を持った相手と正面から戦うために編み出した技術のひとつだ。

本来なら初弾を避けた時点で相手の額に投げナイフを突き立てるための動きであった。

初見ではまるで弾丸がすり抜けたように見えてしまい、相手に大きな動揺を誘うことができるため相手の意識に空白を作ることができるのだ。

しかしこの技術にはいくつか問題がある。

まず単発の拳銃などにしか通用しない事。

流石に連射されてしまえば全てを回避することは不可能だ。

次にある程度以上距離を詰めてしまえば使えないこと。

距離が近すぎれば紙一重での回避ができなくなる。

いうなれば、驚異的身体能力を持って行われるこけおどし。

そのため、エランに投降を促しつつも、これ以上白から距離を詰めることができなくなってしまっていた。

今の距離感がギリギリ回避できるボーダーライン。

ナイフの一本でもあればここからエランの手足を狙って投げつけてやってもよいのだが。

 

(完全にテンションで来ちゃったから丸腰なんだよなぁ、これが。)

 

勢いだけで突っ走った結果、今の白は完全に丸腰。

適当な投擲物さえ持っていないため、手詰まりであった。

今はエランが動揺しているためこちらに銃口を向けて止まってくれているが、我武者羅に連射されると流石に回避しきれないし。

一見エランを追い詰めているように見えてそうでもない膠着状態になってしまっていた。

どうしたものかと白が考えていると、事態は急変を迎える。

エランの部屋の外、窓の向こうにぬっと武装ヘリが姿を現したのだ。

それは白を襲った際に使われたヘリと同型、ないしは同じヘリに見えた。

突然の登場にぎょっとした白だが、ヘリの横扉から上半身を乗り出すようにしている男の姿と、ガラス越しに見えるヘリパイロットの姿を見て肩の力を抜いた。

身を乗り出しているのは(リョウ)、パイロットは冴子である。

(リョウ)は不敵な笑みを浮かべると、白に地面を指さすハンドサインを飛ばした。

その意味を即座に理解した白は飛び込むように床に伏せる。

直後、(リョウ)の合図でヘリの機銃が火を噴いた。

エランの部屋の窓ガラスは防弾になっていたようで一瞬持ちこたえたが、機銃の火力の前にあえなく砕け散る。

それを見るや、すぐに(リョウ)がヘリから窓に飛び込んだ。

前転して勢いを殺し、床に伏せる白のすぐ横に着地する。

 

「無事か、白?」

 

「ん。今のが一番危なかったまである。」

 

白の減らず口に大丈夫そうだと判断した(リョウ)は笑みを消すと、真剣な表情でエランを見やった。

エランも咄嗟に床に伏せたようで、怪我はしていない。

忌々しそうな表情で(リョウ)と白を睨みつけている。

 

「き、貴様ら何者だ!」

 

「おいおい、俺が誰か知らずに喧嘩を売ったのか?」

 

エランの言葉に軽く返す(リョウ)だが、その表情は一切動いていない。

 

「俺の名前は冴羽 (リョウ)。人呼んで、シティーハンターだ。よく覚えておくんだな。」

 

「なに、貴様が!馬鹿な、昨晩始末したと報告があったはずだ!」

 

「あれは俺の声帯模写だ。どこに白が居るかわからなかったからな。そちらから迎えに来てもらった。」

 

淡々と話す(リョウ)は無手のまま、エランを鋭く睨みつける。

 

「お前はもう終わりだ、エラン・ダヤン。」

 

「くっ……!ふざけるな、ここで貴様とそこの気色悪いガキを殺せば良いだけの事だ!」

 

銃を構えているエランに対して、(リョウ)は無手。

容易く殺せると踏んだのだろう。

(リョウ)に銃口を向けるエラン。

が、次の瞬間にはエランの手の中で銃は砕け散っていた。

(リョウ)が神速で抜いた愛銃により破壊されたのだ。

(リョウ)の放った弾丸は一切のブレなくエランの銃口に吸い込まれ、エランの手の中で爆発した。

それにより右手を破壊されたエランが悲鳴をあげて蹲る。

 

「これが本当のワンホールショットってな。」

 

無残な有り様になった右手を押さえつつも未だに鋭い視線を(リョウ)に向けるエラン。

(リョウ)はその額に銃口を突きつけた。

途端にエランは狼狽し始める。

 

「ば、馬鹿な。殺すのか私を?私を殺せば国際問題になるぞ。」

 

「知った事か。お前はしてはならない事をした。プロに喧嘩を売るっていうのがどういうことか、しっかりとその身に刻むんだな。」

 

一流のみが発することができる凄みが(リョウ)から発せられ、エランは顔を青ざめたまま身じろぎすらできない有り様。

見えない緊張の糸が張り詰め、いよいよ引き金が引かれるか、という時にふっと空気が弛緩し(リョウ)が銃口を下す。

 

「だが、ここで殺しては殺さないようにしていた白の心意気に水を差すことになる。白に感謝するんだな。」

 

その言葉と、緊張が切れたことでエランは床に崩れ落ちた。

それと同時に窓の外から無数のサイレンが聞こえ始める。

どうやら、この大使館にパトカーがなだれ込んできたようだった。

その音が聞こえているのかいないのか、エランは完全に抜け殻のようになっていた。

 

「冴子のお友達が来たようだな。あとは任せていいだろう。」

 

(リョウ)はそういうと、白の前に屈みこんだ。

 

「怪我は……額の包帯くらいか。大丈夫か?」

 

「ん。軽く切っただけ。もう傷もふさがってると思う。」

 

そう答えた白の様子をじっと見て、(リョウ)は一つ頷く。

 

「何か、吹っ切れたようだな。」

 

その言葉に、白も頷きを一つ返した。

 

「もう、殺さなくても大丈夫なんだって気づいた。」

 

その言葉に(リョウ)は笑みで答えると、ガシガシと白の頭を撫でてから立ち上がる。

 

「さて、帰るぞ。香が首を長くして待ってるからな。」

 

 

 

 

 

冴子の運転する車がゆっくりとマンションに入ってくる。

(リョウ)のマンションは未だに修理が終わっておらず、ブルーシートが張られている。

車が止まり(リョウ)と白が後部座席から降りると同時に、マンションから香が飛び出してきた。

白はもう額の包帯も外れ、いつものコート姿だ。

 

「白ちゃん!」

 

そのままの勢いで白に飛びつくように抱き着いた。

 

「白ちゃん大丈夫!?怪我してない?」

 

「ん。大丈夫。私は元気。」

 

香は一回白を放してからあらゆるところをさすり怪我がないか確認し、もう一度強く白を抱きしめた。

香は安心したやら嬉しいやらで、泣きながらまくし立てる。

 

「ああ、よかった。ごめんね白ちゃん。私が一人にしたから、怖かったよね!」

 

「香のせいじゃない。私は大丈夫。」

 

無表情の白と、ぼろぼろに泣いてる香という構図でどちらがあやしているのかわからない有り様だ。

 

「無事で本当によかったわ。とっても心配したんだから。」

 

「ん。ありがとう香。もう大丈夫だから。」

 

白のその言葉にある程度落ち着いたのか白を抱きしめていた腕を緩めたが、白の顔を見た香は驚きに目を見開き、再び白を強く抱きしめた。

 

「大丈夫って、白ちゃん泣いてるじゃない!」

 

「え?ふぇっ?」

 

言われてから自分が泣いていることに気が付いた白。

自覚してしまったからか、流れる涙は止まらなかった。

なんで泣いているのか自分でもわからないまま、香に抱きしめられて涙を零し続ける。

 

「ごめんねごめんね、怖かったよね。もう大丈夫だからね。」

 

「いや、ちがっ、なんで、止まらない……。あれ、えぇ?」

 

白の内心としては困惑が大きい。

本当になんで自分が泣いているのか全くわからなかったのだ。

しかし、(リョウ)にはその気持ちがわかった。

声をかけるのも無粋だろうと、二人を見つめながら内心で呟く。

 

(嬉しいもんだろ?帰りをこれだけ喜んでくれる人がいるっていうのはな。)




冴子の謝罪描写やら、(リョウ)と冴子が裏で何してたとか、そのあたりは次回持ち越しになりました。

次回、「カジノは少女お断り?最大の敵は年齢制限の巻!」


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閑話「白の日常①」

毎回の誤字報告、感想ありがとうございます。
大変助かり、励みになっております。

予告と違ってしまって申し訳ないですが、前回書ききれなかったパートを含めた日常回を一度挟みます。
白ちゃんの服装がバブル風ではないのは許し亭許して。

最近仕事とプライベートが忙しくて週2更新が難しいかもしれない。
暫くは2週間かけて前後編投稿するスタイルになるかもしれません。

予約投稿の時間間違えて早めの投稿になってました。
早い分には……まま、ええか!


「この度は誠に申し訳ありませんでした。」

 

「いや……その……。」

 

ロキシア王国とのごたごたが片付き、(リョウ)のマンションの修理も終わったころ。

復元されたダイニングのテーブルについている(リョウ)、香、白、冴子の4人。

冴子は普段の余裕のある態度とは違い、真剣な様子で深く頭を下げて謝罪をしていた。

命の危険が大きかった白に向けて頭を下げており、白は一見いつもの無表情でそれを聞いているが、内心では結構困っていた。

というのも、白からすると自分が原作の展開をすっかり忘れて警戒していなかったこととか、どうにかする能力はあったはずなのにミスで誘拐されてしまったりだとかで、冴子のせいでこうなったという気がしていなかった。

どちらかといえば自分のミスが大きく感じられていたのだ。

普段飄々としている冴子にこのような謝罪をさせてしまっていることに罪悪感を覚えているほどである。

さらにいうなら、白としてはここで被害者としての立場で冴子に恨み言を言ってしまえば、今後(リョウ)と冴子のような協力者としての関係は築けないのではないか、という思いもあった。

これが襲われたのが白ではなく(リョウ)だったならあーら、ごめんなさいねくらいの一言で済まされただろうと思うと、この扱いになんとなく納得がいかないのだ。

どちらかといえばタイミング的に香が巻き込まれなくて良かったとさえ思っている。

白の技術は単独での行動に特化しており、護衛能力はそこまで高くない。

やれて先制攻撃による敵の撃滅という、攻撃的な護衛になる。

あの場に香が居たら守りきることは難しかっただろう。

そんな白の内心を察したのか、(リョウ)も思うところはあれど飲み込んでくれているようだった。

元から憤懣やるかたないという様子だったのは香だけだ。

その香も、冴子がここまでまっすぐに謝罪をしてくるとは思っていなかったのか面食らっているようだった。

冴子が来る前は白が襲撃されたことに文句を言いまくってやると息巻いていた香だが、今は振り上げた拳をどこに降ろしたらいいか悩んでいる風である。

少し言いよどんだ後、香がぶすっとした表情で言う。

 

「……今後、白ちゃんをあんなふうに巻き込むのはやめてください。」

 

「ええ。約束するわ。重ね重ね、申し訳なかったわね。」

 

その言葉を受けて一応怒りを飲み込んだのか、腕を組んで大きく溜め息をついた。

そんな香の様子を横目で確認してから白が口を開いた。

 

「私は気にしてない。」

 

「そうはいかないわ。こちらの落ち度で民間人をあんなに危険な目に遭わせたんだもの。」

 

「そうよ!ボロボロのマンションを見て心臓止まるかと思ったんだから!」

 

白の言葉を即座に否定する冴子。

さらに再び着火してしまったのか今度は白に詰め寄る香。

そういわれましても、とさらに困り顔になる白。

表情筋は誤差レベルでしか動いていないが。

そんな白を見かねてか、(リョウ)が話題を変えた。

 

「それで?結局エランはどうなったわけ?」

 

「彼はロキシアの法で裁かれることになるわ。今は幽閉されているけど、近いうちに刑が執行されるでしょうね。あれだけの事をしたんですもの。ただでは済まないわ。」

 

エランは双子であることを利用して、第一王子であるシュロモに成り代わり軍を動かしていた。

元々、第一王子のシュロモは冴子と協力して反体制派の首魁を炙り出し、敵が動いたらすぐにシュロモ率いるロキシア軍で制圧するつもりだった。

これの準備は反体制派に気取られないように秘密裡に行われ、軍に明確な目的を告げないままいつでも動ける状態で待機させてあった。

そこをエランに突かれた形になる。

今迄自分が首魁であるということを露見させずに慎重に動いていたエランがここまで大胆に動いたことで、シュロモと冴子の目論見が裏目に出てしまった。

それだけ重要な情報があのマイクロフィルムには入っていたのだろう。

なんにせよ、白としては初めからこちらに害があることを前提に組まれた策略だったならともかく、想定外の事が起きて策略が裏目に出た結果であるということも含めてそこまで怒ってないのだ。

 

「今回は私の不手際で大変な目に遭わせてしまったわ。何か力になれることがあれば、なんでも言ってちょうだいね。」

 

ん?今なんでもって……

反射的に白が食いつきそうになったが、先に反応したのは香だった。

 

「じゃあ、買い物に付き合ってもらおうかな。」

 

「買い物?構わないけど……?」

 

余りにも軽い条件に首を傾げる冴子。

香は隣の椅子に座っていた白の脇の下に手を通してひょいと持ち上げると、自分の膝の上に座らせた。

目的が分からないのは白も同じで、成すがままにされている。

 

「白ちゃんっていつも同じ服着てるでしょ。せっかく可愛いんだから色々買ってあげようと思って。」

 

「……!?」

 

その言葉に悪寒が走った白は咄嗟に逃げ出そうとするも、後ろからがっちり香に抱かれており逃げられない。

腕の中でじたばたもがいている白を適当に諫める香の様子を見ながら、冴子が笑みを浮かべる。

 

「そういうことなら喜んで。支払いも任せてくれていいわよ。」

 

「えっ、いや、そこまでは……。」

 

「いいのよ。これはお詫びなんだから。それに、こう見えて結構稼いでるのよ私。」

 

そういってウィンクする冴子。

香としてもありがたい話ではあるのだろう。

少し悩んだが、頷くことにしたようだ。

 

「そう……?じゃあ、今回は甘えちゃおうかな。(リョウ)。あんたも荷物持ちで一緒に来るのよ。」

 

「げぇ!俺もぉ?いーじゃねえか女だけで行ってくれば。」

 

買い物の話になったあたりから興味無さそうにしていた(リョウ)に矛先が向き、嫌そうにのけぞる(リョウ)

 

「だーめ!せっかくだし丸一日使って白ちゃんを目いっぱい着飾るわよ!」

 

「色々似合いそうよね。楽しみだわ。」

 

盛り上がる香と冴子の様子を見て、もはや脱出不可能と察した白は抵抗を止めて死んだ魚のような目をしている。

そして(リョウ)と同時にがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

「おい白。生きてるか?」

 

「……ぎりぎり。」

 

あれから新宿の街をあっちこっち歩き回った4人。

次々と着せ替え人形にされた白は、体力的には大丈夫だが精神的にノックアウトされていた。

今は両手に買い物袋をぶら下げた(リョウ)に背負われて、口から半分魂が出てしまっている。

なんならロキシア大使館の時より疲れていた。

今は次の店に向かう道中で、前を歩く香と冴子は今迄だとアレが良かったとか、こういうのはどうかとか、ソレにあうアレがなんだ、という話をしているが、白からするとチンプンカンプンだ。

そもそもズボンの呼び方で何種類あるというのだ。

それが全部違うものだというのだから、白にはついていけない。

あげくスカートやらワンピースやらも種類があって、そこに今の流行がこうで、これから先に来るであろうファッションがこれでみたいな話まで乗ってくるといよいよお手上げである。

地頭は悪くないと思っていた白だが、今日聞いた単語だけでパンクしそうな始末だった。

ちらりと前をいく二人を見やった白は、仲良さげに話す二人を見て

 

「仲良くはなったみたい。」

 

とこぼす。

すっかり香と冴子の間のわだかまりのようなものはなくなったようだ。

元々カラッとした性格の香のことだ。

謝罪を受けて殆ど許してはいたのだろう。

今回買い物に一緒に行くことで完全に水に流すことに成功はしたようである。

 

「それに付き合わされた俺はたまったもんじゃないけどな。今日は遊びに行く予定だったのによ。」

 

(リョウ)は憎まれ口をたたくが、言葉ほど不満ではないようだ。

香と冴子の仲が良好になるのは、(リョウ)からしても良いことなのだろう。

しかし、その言葉は白には聞き捨てならなかった。

 

「私も付き合わされてる側。」

 

「ん?お前さんも一応女の子なんだし、こういうの楽しくはないのか?」

 

そういわれた白が(リョウ)に背負われたまま身を乗り出して、(リョウ)の肩に身を預けるようにして顔を(リョウ)に向けた。

いつもの無表情に拍車がかかり死んだ目で(リョウ)をほぼゼロ距離で睨みつける。

 

「楽しそうに見える……?」

 

「お、おう。悪かった。」

 

白を(リョウ)がどうどう、と宥めているといつの間にか香たちと距離が空いてしまったのか、少し先の店の前で香が呼んでいる。

 

「ちょっと(リョウ)早く!まだまだまわる店は残ってるんだからね!」

 

その言葉に香のほうを見やった白と(リョウ)はもう一度二人で顔を見合わせると、(リョウ)は大きく溜息をつき、白は肩をすくめた。

 

 

 

 

 

結局買い物が終わり冴子と別れた(リョウ)、香、白の3人がマンションに帰ってくる頃にはすっかり日が沈んでいた。

両腕にどっさりと買い物袋を持ち、途中から白を背負っていた(リョウ)は完全にグロッキー状態であり、早々に部屋に引っ込んでしまった。

一方白はというと未だファッションショーが香の部屋で続いていた。

買い込んだ服を色んな組み合わせであれでもないこうでもないと、色々と着せられては脱ぎ、着せられては脱ぎ。

色々と試されたあと、しっくりくる組み合わせが見つかったようで香は一つ頷いた。

右手の人差し指を左手の親指に、右手の親指を左手の人差し指に合わせて手カメラを作ると、それごしに白を眺めながら満足そうにしている。

 

「色々着てもらったけど、白ちゃんはこれくらいシンプルなのが一番似合うかもね。」

 

「いいと思う。」

 

今の恰好はフード付きの白いロングパーカーを着て、下はパーカーで隠れて見えていないものの黒いショートパンツ。

足は露出を抑えるために黒いタイツ。

フードには猫耳がついている。

ちなみに白の受け答えは途中から「いいと思う」しか言わないBOTになっているのであまり意味はない。

何はともあれ、ファッションショーは終わりを迎えたようで香が服を片付けだした。

それを見て、白もようやく気が抜けたのかふう、と息をついてベッドに腰かける。

改めて今の自分の恰好を見てみるが、まあ動きやすい服装なので悪くはないか、という程度の感想である。

フードを目深く被れば日差し避けにもなりそうだし。

試しに被ってみたフードを指先でいじりながら考えていると、ふと香が手を止めてこちらを見つめていることに気づいた。

香は少し言いよどむと口を開く。

 

「ねえ、白ちゃん。私達といて楽しい?」

 

「……?うん。」

 

質問の意図が分からずに首を傾げる白。

とりあえずで返した肯定に、香は表情を曇らせる。

 

「今回、本当に危ない目にあったじゃない?これからも、私達と居ればそういう事はいっぱいあると思うの。ならいっそ、私達から離れたほうが」

 

「嫌だ。」

 

食い気味に否定の言葉が出たことに驚く香。

しかし、驚いていたのは白も同じだった。

思わず否定の言葉が出たが、なぜ否定したのか自分でもわからなかったからだ。

(リョウ)と香から離れて暮らすことを咄嗟に否定してしまうほど嫌だった自分の感情に驚きが隠せない。

確かに、(リョウ)の元が一番安全だと判断したというのはある。

でも、自分のこの感情は保身だとかそういう部分とは違うところから生まれている気がした。

うまく言葉にできないが、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。

 

「香には優しくしてもらった。(リョウ)にも、いろんなことを教えてもらった。まだ短い時間だけど。」

 

白はベッドから降りると、香の手を取った。

香は俯いたままだが、そのまま言葉を続ける。

 

「私はこの世界では、暗い生き方しか知らない。でも、ここでなら。生き方が知れる……気がする。」

 

「そもそも、この世界から離れるって選択肢だってあるのよ?もっと普通の世界で、普通の人として生きる事だって……。」

 

「そんなことできない。私はこの世界でしか生きられない。でも、香や(リョウ)、冴子や教授、道子だって。この世界で生きていたから会えた。私は、きっと恵まれている。」

 

「白ちゃん……。」

 

香は白が、この先も知らない世界での生き方を探してもがいているようにみえた。

確かに元の暗殺者としての姿や、スイーパーとしての仕事を捨てて普通の一般人として生きていこうとしても、必ずいつか過去が追い付いてくるだろう。

白とは、ホワイトデビルとは、それほどの深みに居た存在だ。

なれば、いつか破綻する普通の生活よりもスイーパーとして自分達と居たいというのは当然の願いのようにも感じられた。

何より白自身がこの裏世界で生きていく事を望んでいる。

そう香には感じられた。

そのうえで、自分達と共に居たいと、そう言ってくれているのだ。

ちなみに白のいうこの世界とは、そのままこのシティーハンターの世界を指している。

自分は見た目こんなだし、普通に就職とか無理じゃね?と思うし、ここに居ればスイーパーとしての稼ぎ方が知れそう。

それに悪いことばかりじゃなくて、いろんな知り合いもできたし、マジラッキーって感じ。

それくらいの意味合いの言葉だ。

と、そこまでしゃべってから白はあることに気づいた。

香と(リョウ)にとって自分が居るのはどうなんだろうということだ。

(リョウ)の収入源は不定期に来る依頼の報酬である。

白が居るからといって、その報酬が増えたりだとか、依頼の絶対数が増えたりだとかは起こらないだろう。

それはつまり、白一人分の支出が増えただけになっているということだ。

しかも、原作では香と(リョウ)は家計が火の車になっており、香が頭を悩ませている描写がちょくちょくある。

さらには、今回の依頼も白がおらずに原作通りに進んでいればマンションが吹っ飛ぶこともなかったわけで。

もしかして自分はとんでもない迷惑を二人にかけているのでは?

そんな疑惑が白の胸中をよぎった。

ちょっと不安になってきたので、いい機会だと思うしそのまま香に聞いてみることにした白。

 

「それとも、香は私が居るとその……迷惑?」

 

「そんなわけっ……!」

 

白の言葉に反射的に顔を上げた香が白を見ると、そこにはいつもの無表情。

だが、言葉を交わすにつれて白の表情の変化が分かってきた香からすると、それは困り顔のようにも、泣きそうな顔のようにも見えた。

白の事を想って発した言葉が、白にこんな顔をさせてしまったのかと香は愕然とする。

その時香の胸中に、もし白と別れてしまったら二度と会うことが叶わないのだ、という確信めいた思いが込みあがった。

事実、(リョウ)と香の二人の元から離れて誰の庇護下にも入らなかった場合、白は持ちうるすべての技術を総動員して雲隠れするだろう。

後ろ盾なくユニオン・テオーペから逃げるとはそういうことだ。

香は自分の直感の囁くまま、放してなるものかと白を抱き寄せた。

 

「迷惑なんてないわ。白ちゃんが居たいなら、いつまでも居ていいのよ。」

 

「……ありがとう、香。」

 

「ううん。こっちこそ、ありがとうね。」

 

「ん……。」

 

そんな二人の様子を、香の部屋の前の壁に背を預けて(リョウ)が窺っていた。

昼の買い物の時、香が妙に明るく振舞っていた事に気が付いていた(リョウ)は香の様子を見に来たのだが、この様子なら自分が口を出す必要はないだろう。

そう判断して、何も言わずにその場を去った。

 

 

 

 

 

明けて翌日。

白は今度は(リョウ)に連れ出されて新宿の街を歩いていた。

時刻は昼を少し過ぎたあたりで、未だに日は高い。

白の出で立ちは早速パーカー姿で、フードを深くかぶることで日除けにしている。

目的地を告げられず連れてこられた白が、(リョウ)に尋ねる。

 

「どこいくの?」

 

「なに、お前さんにこの街の案内をしたことがなかったなと思ってな。」

 

そういう(リョウ)は迷いなく歩いていく事から、目的地は予め決まっているようだ。

白は、もしかして情報屋とか、そういうスイーパーの仕事に関わるところに白を紹介に行くのだろうかと考えた。

……考えていたのだが。

(リョウ)が迷いなく入っていったのは、いわゆるキャバクラであった。

店内に入ると、すぐに(リョウ)に気づいた女性が近寄ってきた。

 

(リョウ)ちゃんいらっしゃい。いいの?こんな昼間から遊んでて。」

 

「いいのいいの。(リョウ)ちゃん、もっこりちゃんと会うのに時間と場所は選ばないのだ!」

 

「まーたそんなこと言って。香さんに怒られても……あら?」

 

彼女はそこで初めて白に気づいたようで、驚いた顔で白を見ている。

 

「あらま、こんなに小さい子連れてきて。どっから攫ってきたのよ。」

 

「そんなわけないだろ?まあ相手してやってよ。」

 

「相手してって言われても……。」

 

小さな子の相手と言われても何をすればよいのか。

困り顔で白を見やるが、白がフードを外すと彼女は歓声をあげた。

 

「きゃー!かわいい!ねね、お名前は?」

 

白がチラリと(リョウ)を見ると、しーっと指を立てていたので、冴羽姓を名乗るのはやめる。

関係を聞かれても答えにくいし。

 

「白。」

 

とだけ簡潔に答えた。

 

「白ちゃんね!じゃあお姉さんとお話しよっか!」

 

そういって白を抱き上げると、

 

「みんなー!見てみてー!」

 

と手の空いているキャストのところに連れて行ってしまう。

その背を見送った(リョウ)だが、ハッとして追いかける。

 

「ちょっと俺の相手もしてくれって!」

 

 

 

 

 

「白ちゃんすごーい!」

 

「ふふん。これくらい朝飯前。」

 

それからしばらく。

白はというと、店に来ていた他の客やその店の店員も含めた人だかりの中央で芸を披露していた。

手を使わずにY字バランスをし、足の間を通すように同時に5個の空酒瓶をジャグリングするという絶技に拍手喝采でおひねりが投げ込まれている。

最初は雑談の中で、白は手先が器用だという話になり、その場で空いた酒瓶のジャグリングを始めたのがきっかけだったのだが、どんどんと数が増え、体勢が変わりと難易度が上がっていきこうなった。

難易度の上昇に比例して美女に囲まれて褒められ続けた白の調子もどんどんと上がっていく。

そこにすっかり出来上がった(リョウ)が全裸にお盆一枚だけもって乱入すると、声を張り上げた。

 

(リョウ)ちゃんもお盆一枚で絶対に股間を見せないブレイクダンスやりまーす!」

 

「よっ!待ってました!」

 

鉄板ネタなのか、さらに盛り上がりを見せる観客たち。

白も負けじとY字バランスの状態から腰をひねって勢いをつけ、くるくる回りつつジャグリングを続けるというもはや人間か怪しい領域に突入した。

その後も一切盛り上がりは欠けることなく、むしろ日が落ちるにつれて客が増え、噂を聞きつけた人がやってきたりで、普段の店よりかなりの盛り上がりを見せた。

そして、そのまま朝まで盛り上がり続けた。

そう、()()()

すっかり空が白んでいる中、(リョウ)と白はマンションに帰ってきた。

足音を殺し、静かに入っていく。

先頭は白だ。

こういった潜入には白のほうが向いている。

白が曲がり角の先を窺い、問題なかったのかハンドサインで(リョウ)に合図をだす。

その後もアイコンタクトとハンドサインだけでやり取りしつつマンションの中を進んでいく二人。

無事にダイニングまでたどり着き、二人は顔を見合わせてサムズアップする。

と、そんな二人に背後から棘のある声がかけられた。

 

「お・か・え・り!」

 

びくりと同時に肩を跳ねさせた(リョウ)と白が振り返ると、そこには眦を吊り上げる香の姿が。

 

「随分とお早い時間のお帰りじゃないの?二人とも。」

 

「落ちつけ香!これには深いわけがあるんだ!」

 

手を前に突き出し言い訳を開始する(リョウ)を横目に、白は(リョウ)をびしっと指さすと、

 

(リョウ)が帰してくれなかった。」

 

「お、お前なんてこと言うんだ!?お前だってかなり楽しんでただろうが!」

 

「ふーん? 楽しいようなところに行ってたわけね?」

 

「い、いや違う!待て香、話を……」

 

「問答無用!」

 

ズン、と音が響き、(リョウ)が白の視界から消える。

床にめり込んでいる100tハンマーの下でぴくぴくと動いている姿が、次の瞬間の自分の姿かと震える白。

恐る恐る香を見ると、香は満面の笑みを浮かべていた。

……怖い。

 

「か、香、大好き。」

 

「……私も大好きよ、白ちゃん。」

 

そういって香は優しく白を抱きしめ、そのまま抱き上げた。

ほっと息をついた白だが、その耳元で香が囁く。

 

「私の部屋でお尻100叩きね。」

 

「ひえっ……!」

 

涙目で(リョウ)に助けを求める視線を送るも、(リョウ)は床に血文字で「ゴリラ」と書いたまま息絶えているので使い物にならない。

 

「あわ、あわわわわ……」

 

「お説教はそのあとね。」

 

その後どうなったのか、この場であえて語ることはない。

強いて言うならばその日一日白は椅子に座ろうとしなかった。




次回投稿は来週の月曜日になります。
ちょっと更新頻度が暫く落ち込むかと思いますが、書くこと自体は趣味で楽しんでやっているのでお付き合いください……。


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閑話「白い悪魔とチョコレート」

投稿遅れてすいません。
せっかくのバレンタインデーなんで、それにちなんだ回をと思いまして。
書き上げが間に合わなかった。

皆さんはチョコレートを用意したりされたりするご予定はありますか?
私はリモートワークになって職場に行くこともないので今年はないですね……


香と白の二人は近所のデパートで日用品の買い足しを行っていた。

普段は香一人で行くことが多いのだがこの日は白が暇だったこと、(リョウ)が朝からどこかへフラッと出かけてしまっていたこともあり、白もついてきていた。

流石に香は慣れているのだろう、次々と日用品を購入していきスムーズに買い物は進んでいく。

白は売り場から売り場に迷いなく進んでいく香の後ろをついて回りながら、周りに目をやったり小さい買い物袋を持ったりする程度だ。

例の猫耳パーカー姿で、窓からの日差しをよけるためにフードを被ったままにしているため、頭の上で揺れている猫耳にまわりの小さい子の視線が注がれたりしているが、白は気にしていない。

時折香と会話はするものの、香の脳内には買い物ルートが構築されているのだろう。

よどみなく店内を進んでいく。

と、そんな香の足が急に止まったことで、白は香にぶつかりそうになり慌てて急ブレーキをかけた。

何事かと香の顔を見上げると、香は今通り過ぎようとした売り場のほうに目を向けて何とも言えない表情を浮かべている。

香の視線を追うと、そこにあったのはチョコレートの山だった。

それを見て、ああ、と納得する白。

そういえば明日は2/14。

バレンタインだ。

あれはバレンタインの特設コーナーなんだろう。

今も数名の女性がチョコレートを手に取り吟味しているのが見て取れる。

それを見つめる香の横顔は、そうとわかってみれば少し寂しそうにも見える。

そんな様子を見た白は口を開く。

 

(リョウ)にあげるの?」

 

すると、香の顔はみるみる赤くなり、ぶんぶんと手を振りながら否定する。

 

「えっ!? いや、違うわよ。どうしてあんな奴にチョコレートなんて!」

 

勢いよく否定した香だが徐々にその勢いもしぼんでいき、力ない笑みを浮かべるだけになってしまった。

 

「それに私みたいな男女から貰っても(リョウ)だって困るでしょ……。」

 

ハハハ、と乾いた笑いを零す香。

それを見た白はというと

 

(そんな訳ないんだよなぁ。)

 

呆れ半分で思わずじとっとした視線を香に送ってしまう。

普段(リョウ)が香をあんまり女扱いしないせいか、どうにも自己肯定感が低いというか、なんというか。

(リョウ)の態度はアレはアレでわかり易いほうだと思うのだが。

 

(やれやれ、ここは背中を押してやりますか。)

 

ふんす、と一つ鼻息を立てると白はわざとらしく首を傾げて香を見上げた。

 

「バレンタインデーとは職場の人間関係を良くするために女性が男性にチョコレートを贈る日だと聞いた。違うの?」

 

「え?……あー、義理チョコね。間違ってはいないけど。」

 

香とてそういう文化がある事は知っているし、白がよく(リョウ)が読み終わった後の新聞を読んだりしているのを見ているので、そういうところからバレンタインについて偏った情報を得てしまったのだろうと納得した。

だが義理チョコは比較的最近できた文化で、本来意味するところは違う。

もちろん白はそんなこと知っていてわざととぼけているのだが。

白になんと伝えたものかと香が頭を悩ませていると、続けて白が口を開く。

 

「それなら、香がパートナーの(リョウ)にチョコレートを渡すのは普通の事だと思う。」

 

「……そっか。そうよね? これは義理チョコ。それくらい渡してやんなきゃ逆に可愛そうよね?」

 

何度も頷くとチョコレート売り場に近寄っていき、チョコレートの吟味を始める香。

白はやれやれと肩をすくめると、二つのチョコレートを手に持ったまま石像のように固まっている香を見て、もう一押し必要かと自分もチョコレート売り場に足を向けた。

 

 

 

 

 

いつもより少しだけ長い買い物を終えての帰り道。

上機嫌に新宿を歩く香についていく白。

あの後熟慮を重ねた香は普段はちょっと躊躇ってしまう値段のチョコレートを購入した。

一口サイズの色んな味のチョコが複数個入っているタイプのやつだ。

大きな交差点で赤信号に引っかかるも、香は鼻歌を歌っていてご機嫌の様子だ。

白から義理チョコという大義名分を貰ったことで、チョコを渡す口実ができたことが嬉しいらしい。

とはいえ

 

(義理チョコって感じのチョコでもないよな、あのチョコレート。)

 

結構気合入ったチョコレートになってるので、これを渡して義理チョコと言われてもって感じになっているが。

まあ本人が満足そうだからいいか、と思考をぶん投げることにした白。

香から目を外し、交差点の先に目をやった時に飛び込んできた光景に思わず

 

「うわ。」

 

と声が漏れてしまった。

交差点の向こうでは、(リョウ)が道行く女性に片端から声をかけてはフラれ、次の女性に声をかけるを繰り返している。

 

(お前よりによってこのタイミングで……!)

 

香が気づく前になんとかしてこの危機を(リョウ)に伝えなくてはと周囲を見るが、使えそうなものはない。

その時、ふと香の鼻歌が止まっていることに気づいた。

恐る恐る香の様子を見上げると、さっきまでの上機嫌はどこへやら。

眦を吊り上げ、交差点の先を睨みつけている。

 

(ああ、終わった。)

 

その様子に南無三と手を合わせる白。

歩行者用信号が青になった途端、解き放たれた香が獣のような速度で(リョウ)に迫っていくのを見て、どうにも間の悪い(リョウ)に呆れの溜息が零れた。

白が騒動が治まるまで待つためにあえて青信号を一度見送ってから次の青信号で交差点を渡ると、歩道に埋没した(リョウ)と鼻息荒く100tハンマーを肩に担いでいる香の姿があった。

香はフン、と大きく鼻を鳴らすとハンマーを鞄にしまい(!?)白に声をかける。

 

「帰るわよ!」

 

「イエスマム。」

 

香の気迫に逆らう事をせず、敬礼と共に答える白。

そのまま肩を怒らせて帰り道をいく香を駆け足で追いかけた。

 

 

 

 

 

明けて翌日。

2/14バレンタインデー。

……(リョウ)はあれから帰ってきていなかった。

あのまま夜の街に遊びに繰り出したのだろう。

朝食の時間になっても帰ってこない事から、まだ遊んでいるか酔いつぶれてその辺で寝ているのか。

食卓に着いた白はもそもそとサンドイッチをかじっているが、正直気が気じゃない。

ちらりと横目で香の様子を窺うと、見たことがないほどに真顔。

なんの感情も浮かんでいない顔でサンドイッチを食べ進めている。

……しかし、白にはそれが噴火直前の火山だとか、津波の前に大きく引いていく海だとか、そんな状態に見えた。

普段は会話しながら行われる朝食も、一切の無言である。

そんな空間で気まずさの極致のような朝食を進めていると、白の耳が千鳥足の足音を捉えた。

思わずびくりと肩が跳ねる白。

頼むからこっちに来てくれるな、という祈りも空しく足音はまっすぐこの部屋に向かっている。

こうなっては香が気づく前に脱出するしかないと、香のほうをチラッと見てみると、香は変わらず能面のような顔をしたままじっと廊下に続く扉を見つめていた。

恐らく白の反応で(リョウ)が帰ってきたことに気づいたのだろう。

脱出するには今香が見つめている扉を開いて出ていくしかないが、今の白に香の視線を横切る勇気はなかった。

前門の(リョウ)、後門の香の状態で、この後の展開を考えて震えすら起きてきた白は、かくなる上は窓をぶち破ってでも逃げ出そうと立ち上がる。

だが時すでに遅し。

ガチャリと音を立てて扉が開いてしまった。

 

「香しゃ~ん!(リョウ)ちゃんれすよ~!たらいまー!」

 

(もうだめだ、おしまいだぁ……)

 

白は(リョウ)の第一声を聞いた瞬間に机に突っ伏して頭を庇い、対ショック姿勢を取った。

後ろからは(リョウ)の戸惑った声が聞こえる。

 

「あ、あれ? 香? 香さーん? あっそうだこれあげる!」

 

「……なにこれ?」

 

「お店の女の子に貰ったチョコレート! 好きだろ?」

 

(ああ、もう、バカ!)

 

火に油を注ぐ(リョウ)の行動に頭痛がしてくる白。

(リョウ)の声に焦燥が入ってきたなと思った次の瞬間には連続して打撃音が響く。

7回か……多いな。

そしてそのままの勢いで、香は爆発した。

 

(リョウ)の……(リョウ)の馬鹿ァ!!!あんたなんてもう知らない!!!」

 

ドスドスと大きく足音を立てながら部屋を出ていく香。

あちゃあと額を押さえていると香が去って行ってから(リョウ)が埋まった床から這いだしてきた。

 

「な、なんだぁ?香の奴。」

 

「……さっきのは流石に(リョウ)が悪い。」

 

白にそういわれて、腕を組んでしばし考える(リョウ)だが、何も思いつかなかったのか。

 

「俺、なんかした?」

 

と白に聞き返した。

 

「さっきのチョコ。なんで貰ったの?」

 

「なんでって……。顔馴染みだから……?」

 

なるほどバレンタインデーを認識してなかったか。

バレンタインだと分かったうえでの行動じゃないだけ救いがあるのか、認識すらしていないぶん救いがないのか。

これは白から教えるべきか、自分で気づかせるべきか。

いや、(リョウ)は決して鈍いわけじゃない。

香がバレンタインを気にするとは思ってなかったり酔っぱらってて判断力が鈍っただけで、放っておけばすぐに自分で気づくはず。

それよりも今は香のフォローが先だ。

(リョウ)によく考えるようにだけ言って香を追いかけると、簡単な手荷物だけ持ってマンションの敷地を出たところだった。

小走りで追い付いて香に声をかける。

 

「香、どこいくの?」

 

「気分転換! あんな朴念仁と一緒に居たらどうにかなっちゃいそうだわ!」

 

取り付く島もなさそうだし、一人にしておくのも心配なので白はとりあえずついていく事にした。

なんと声をかけたものかと考えていると、ぽつりと香が言葉を零した。

 

「こんなことなら、買わなきゃ良かったな……。」

 

「ッ……」

 

その呟きを聞いて、余計な事をしてしまったかと沈む白。

多分、原作の香ならチョコレートは買わなかっただろう。

この状況は白が背中を押したから発生しているはずだ。

そのせいで香と(リョウ)が険悪になってしまっている。

これで原作への強い影響が出てしまう可能性がある事に思い至り、白は狼狽え始める。

 

「そ、その、香。……ごめん、私が余計な事言ったから……。」

 

「え? やだもう、白ちゃんのせいじゃないわよ。」

 

そういって香が白の頭に手を伸ばした時だった。

二人の前にスキール音を立てて、黒いワンボックスカーが停車した。

何事かとそちらに視線をやる二人の前で後部座席の扉が開き、中からサングラスにマスクをつけた大柄な男が車から降りながら香に無遠慮に手を伸ばしてくる。

瞬時に敵だと判断した白が男と香の間に割って入り、反応される前に顔面に向かって飛び膝蹴り。

車から降りようとしていた男を車内に叩き返しつつ一緒に車に飛びこんだ。

車内は後部座席にもう一人顔を隠した男と、運転席に一人。

蹴りを食らった男はそのまま気絶したようだが、もう一人の後部座席に居た男が白を取り押さえようとしている。

 

「このガキ!」

 

「むぅ!」

 

狭い車内では白の機動力を活かすことはできず、咄嗟に伸びてきた腕を叩き落として白から掴みかかろうとするも、この狭さでは体勢を整えることも難しいため技ではなく体格がものをいう。

逆に男に首を掴まれて後部座席に押し倒されてしまった。

そのまま両手で首を締めあげられるが、拘束が甘く自由になっている右膝で男の腹を強打。

怯んで思わず首から離れた右手に思い切り噛みつく。

男は痛みに叫び声をあげながら白を引きはがそうとしているが、白は意地でも噛みついて離れない。

そこに車外から香が乗り込んできて参戦。

後ろから白に嚙みつかれている男に飛び掛かった。

 

「白ちゃんに何すんのよ、この!」

 

女性にしては身長が高めの香が組み付いたことで、男はいよいよ抵抗できなくなり、白が噛みつくのをやめてトドメの一撃を放とうとしたところで、運転席の男が後部座席に振り返った。

 

「動くな。」

 

そういって香の側頭部にリボルバーが突きつけられる。

香はもちろん、香を人質に取られた白も抵抗を止めてゆっくりと手を上げるしかなかった。

 

「お前ら、女子供に何を手こずってやがる。さっさとずらかるぞ。」

 

「へ、へい兄貴!」

 

白に噛みつかれていた男も冷静になったのか、懐から自動拳銃を取り出すと白に突きつけた。

 

「大人しくしてな。」

 

「……わかった。抵抗しない。」

 

白と香が大人しくなったことを確認すると後部座席の扉が閉められ、ワンボックスカーが急発進する。

白は香の膝の上に座るように指示され、香と一緒に後部座席の隅に追いやられた。

横には自動拳銃を構えた男が座り、最初に気絶させた男を起こそうと頬を叩いている。

この体勢では香も白も咄嗟には動けないため、白はとりあえず抵抗を止めて流れに身を任せることにした。

後ろから白を抱きしめる形になっている香が僅かに震えていることに気が付き、香の手をそっと握る。

香も白の手を優しく握り返した。

 

(はあ、またあっけなく攫われちまったよ。)

 

この間に引き続き、再び攫われてしまったことに少しへこむ白。

 

(一人なら他にもやりようがあったんだが、香と一緒だと難しいな。護衛対象が居る時の動きとか(リョウ)から教わったほうがいいのかね。)

 

香の様子をちらと見ると、手を握ったことで落ち着いたようで震えは収まっているようだった。

今はむしろ、子猫を抱えた親猫のように周りの男たちに鋭い視線を送っている。

白を抱く腕にも強く力が入っているので、なおの事白は咄嗟には動け無さそうだった。

 

(ま、攫われたのはマンションの目の前だし。(リョウ)がなんとかしてくれることを信じておこう。俺もできることはするけどな。)

 

万が一の時はこの身に代えても香だけは。

そう覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

白と香が連れてこられたのは海辺の倉庫地帯だった。

薄暗い倉庫の奥に銃で追いやられるなか、香が男たちに叫ぶように言う。

 

「こんなところに連れてきてどうするつもりよ!」

 

それに答えたのはアニキと呼ばれていたリーダー格の男だった。

 

「大人しくしていろ。お前たちは餌だ。シティーハンターを釣りだすためのな。」

 

(リョウ)を……?」

 

男はニヤリと笑うと得意げに話し出す。

 

「俺は実力はあるものの運に恵まれず、今一名が売れない。ここらで大物を殺して一気に名を売ろうってことさ。シティーハンターなら殺せば名は知れ渡るし、しかも女子供連れなんていうでかい弱点があるんだ。これほど美味しい獲物もいねぇや。」

 

その言葉に、白は思わず呆れた視線を送ってしまった。

 

(緩やかな自殺じゃん。)

 

わざわざ(リョウ)を呼び出してくれるっていうんだから、あとは本当に何もしなくても(リョウ)が解決してくれそうな案件だ。

となると、白の仕事は(リョウ)が来るまでの間にコイツらが変な気を起こして香に危害を加えないかというところくらいだろう。

倉庫の一番奥の暗がりまで連れてこられたところで、リーダー格の男が手下の片方に指示を出す。

そっちは白に噛みつかれていたほうだ。

 

「おい、そっちの女はそのままでいいが、その白いガキは縛り上げておけ。」

 

「へい。」

 

リーダーの言葉にロープ片手に近寄ってくる男。

白は特に抵抗せず、いつもの無表情でじっと男を見つめる。

それが気に食わなかったのか、男が白にドスの効いた声で話しかけた。

 

「おいガキ、なんだその目は。」

 

「……。」

 

下手に刺激しないほうがいいと判断した白はこれを無視。

というのも、口を開いたところでシンプルな言葉しか出てこないだろうという思いがある。

何が男の怒りに触れるかわからないため、ここは黙殺を選んだ。

しかし、それはそれで男の怒りを買ったようだ。

 

「なんだって言ってんだ!」

 

「ぐっ」

 

男は怒声を上げると同時、白の横面を殴りつけた。

ガードもせずに受けたものの、体幹で衝撃を流して数歩後ずさるだけで耐える白。

切れてしまった唇から流れる血が白い肌を滑っていく。

それをみて激高した香が怒声をあげた。

 

「白ちゃんになんてことすんのよ!」

 

その勢いのまま飛び掛かろうとする。

白は殴ってきた男の後ろでリーダーの男がリボルバーを抜いたのが見えた。

飛び掛かろうとしている香に飛びつくように白が跳ねる。

一発の銃声が鳴り響いた。

白に押し倒されて覆いかぶさられるように倒れこんだ香は、銃声がしたわりに自分に撃たれた様子がないことがすぐにわかった。

もしや自分を庇って白が撃たれたのではと顔を青くするが、自分に覆いかぶさっている白も目を丸くして驚いたようにしていることから撃たれていないことがわかった。

撃たれていたのは、白を殴った男だった。

腹を撃ち抜かれて膝をついている男に、リーダー格の男が冷たく話しかける。

 

「人質は丁重に扱え。お前と違って替えが利かねえんだ。」

 

男はそういうと、もう一人の男に顎で指示を出した。

 

「おい、てめえがやれ。その白いの縛り上げて、そこのバカの始末だ。早くしろ。」

 

「へ、へい!直ちに!」

 

その冷酷なふるまいに香は身を固くしているが、白は逆に少し安心していた。

ひとまず身の危険は無さそうだと判断できたからだ。

白はもう一人の男にロープで後ろ手に拘束されると、柱に縛り付けられた。

香はその横に座るよう指示され、座り込む。

その様子をみて準備が整ったと判断したのか、リーダーは満足そうに頷くと声を上げた。

 

「さあ早く来いシティーハンター! お前を殺して俺が頂点だ!」

 

 

 

 

 

暫くして、日がすっかり沈んだ頃。

照明で照らされる倉庫地帯にゆっくりと、しかし堂々と進む足音が響く。

足音を立てる人物は迷いなく照明のついていない薄暗い倉庫に入っていくと大きく声を上げた。

 

「来たぞ! 二人は無事なんだろうな!」

 

(リョウ)!」

 

「香! 無事か!」

 

すぐに(リョウ)の名を呼んだ香の声と同時、倉庫内の照明がついた。

(リョウ)の目に飛び込んできた光景は、後ろでに柱に縛り付けられている白と、大柄な男に自動拳銃を突きつけられている香。

そしてその香の前に立っているリボルバーを持った男。

 

「ようこそシティーハンター。早速で悪いが勝負をしようじゃないか。」

 

「なに?」

 

その言葉に鋭くリボルバーを持った男を睨みつける(リョウ)

男はこれ見よがしに香の目の前に立つと、上機嫌に話し出す。

 

「早撃ち勝負だ。同時に抜いて、相手を殺したほうの勝ち。ただし、俺の後ろにはあんたのパートナーを置かせてもらう。」

 

(リョウ)の表情が一段と険しくなる。

怒髪天といった様子だ。

 

「貴様!」

 

「お前の愛銃、コルトパイソン357だろう? そんな銃で俺を撃てば、弾丸は貫通してパートナーのどこに当たるかわかったもんじゃないぜ。それでもいいなら撃ちな。」

 

(リョウ)撃って! 私はいいから!」

 

香が声を上げるも、(リョウ)は反応一つせず男を睨みつける。

男がホルスターに手をかけると、(リョウ)もゆっくりと胸のホルスターに手をかけた。

ぴりぴりと空気が張り詰めていく。

先に動いたのは男のほうだ。

 

「死ねぇ!シティーハンター!」

 

銃声は一発。

 

「ば、馬鹿な……」

 

倒れたのは先に動いたはずの男だった。

(リョウ)は男が動いたのを見てからより早く銃を抜き、発砲していた。

そしてその後ろに立たされていた香は驚愕に目を見開いている。

香の体に弾が当たったからではない。

崩れ落ちた男の向こうに見えた景色がそれだけ衝撃的だったからだ。

(リョウ)は自分のリボルバーの銃口を左手の甲に宛がうことで、自分の左手ごと撃ち抜いていた。

そうすることで弾丸の貫通力は落ち、男の体を貫通することなくその体の中に留めたのである。

 

「ア、アニキが! こうなりゃ!」

 

「いやっ! 放して!」

 

残された子分は咄嗟に香を人質に取りその場を切り抜けようとする。

しかし、(リョウ)は既に銃をホルスターにしまっていた。

 

「うちのじゃじゃ馬娘から目を離しすぎたな。」

 

「な、なに? がっ」

 

「白ちゃん!」

 

香を人質に取っていた男の側頭部に鋭い蹴りが突き刺さり、一撃で昏倒する。

それを成したのはいつの間にか縄を抜けていた白だ。

左手が不自然に脱力していることから、左肩を外したのだろう。

 

「香、無事?」

 

「え、ええ。私は大丈夫だけど。って(リョウ)! あんた手が!」

 

「ふん。これくらいどうってことは……」

 

そこまで言った(リョウ)の顔には徐々に汗の量が増えていき、さーっと血の気も引き始めていた。

 

「ど、どう、どうって、こと、は、いいい、いってええええ!痛あああああ!」

 

「当たり前じゃないの! ほら、動かないで! 軽く応急処置したら早く帰って治療よ!」

 

痛みで転げまわる(リョウ)をハンカチ片手に慌てて追いかける香を見て、どうにも締まらない、とひとりごちる白だった。

 

 

 

 

 

その後。

マンションに3人で帰ってきてから(リョウ)の治療をしたりなんだりで、落ち着いた頃にはもうすぐ日付が変わろうかという時間帯になっていた。

白と香は香の部屋に引っ込み、(リョウ)も一人寝室へ入った。

前にもこんな事があったなと思い出しつつ、前回よりも丁寧に巻かれた左手の包帯を見つめていると、ふと見慣れない箱がベッドの上に置かれていることに気づいた。

攫われた香達を追いかけて家を出た時にはなかったので、帰ってきてから香か白が置いたのだろう。

なんだと思って開けてみると、高級店のチョコレートだった。

添えられたメモ用紙には、『義理よ!』というメッセージと、あっかんべーをしている顔のイラストが描かれている。

それを見て笑みをこぼした(リョウ)は、小分けにされているチョコレートを一つつまむと、口に含んだ。

ゆっくりと味わってから、一言呟く。

 

「あめえなぁ。」




左手撃ち抜きは有名なシーンなので、そこだけ知ってる!って人も多いんじゃないでしょうか。
白の登場タイミング的に飛ばさざるを得ないシーンだったので、今回入れてみました。


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