ノーゲーム・ノーライフ in SAO (たゆな)
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── プロローグ ──

 都内、とある病院にて──

 

「んぅッ」

 

 いつもの様に、隣に眠っているはずの兄へ向けて手を伸ばす、白を基調としたオーロラのような髪色の少女……白。

 だが、その手は兄を掴むことなく宙を切る。

 

「……にぃ? ……にぃ、何処ぉ!!」

 

 兄が居なくなってしまったことで、以前行った『存在を奪い合うゲーム』のことを思い出した。

 お互いの存在を奪い合うことにより、兄である空のことを一番信用出来ない存在と見ていたクラミーが、信頼足り得ると考えを逆転させるに至ったゲームだ。前回同様、前後の記憶が残っていないか思考を巡らせる白。しかし……

 

「……何、も……思い、出せない……?」

 

 今回は、その記憶すら思い出すことが出来ないで居た。

 

「っ……」

 

 空白に敗北はない。ということは、前回とは違った内容のゲームなのかもしれない……そう考えた白は、その差異を探す為にスマホを手に取る。

 

「……よかっ、た……にぃ、存在してる……」

 

 スマホに登録されている連絡先を確認すると、兄の連絡先が登録されたままになっていた。どうやら、前回のような『存在を奪い合うゲーム』の可能性は低いようだ。しかしそうなると、今度は一体どのようなゲームを……? いや問題はそれだけではない。そもそも──

 

「ここ……何処?」

 

 王城でも、黄金立地の寝床でも、盤上の世界(ディスボード)ですらないここは、一体何処なのだ……? と。

 

 

 

 

 

/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*

 

 

 

 

 

 そこは紛れもなく病院であった。それも、空白が盤上の世界(ディスボード)に行く前に生きていた世界。地球の……日本の病院である。

 

「……戻って、きた……?」

 

 もしここがあちらの世界ではなく空白の元居た世界であるならば、空がここに居ないのはゲームによって引き起こされたことではなくなる。

 そんな考えが思いついたところで、嫌な想像が脳裏をよぎる。

 

「戻った、の……しろ、だけ……?」

 

 『嫌だ!』、もう最愛の兄に会うことが出来ないという最悪の事態を想定してしまった白は、今にも泣いて叫んでしまいそうな表情で、必死に辺りを見渡す。

 

「にぃ! ……にぃ! 何処ぉ……」

 

 病室を出て院内を探しに行こうとしたその時、

 

「ん……しろ? ……ひっ! しししししろ! どどどどこだ!? お願いだからお兄ちゃんを独りにしないでくれ!」

 

 白が起きたベッドの二つ隣、仕切りのカーテンで見えはしないが、窓際のベッドから白のよく知る男の取り乱した声が聞こえてきた。

 

「にぃっ!!」

 

 その情けない声に勢いよく振り向いた白は、一目散に声の元へ走り出し、その主に抱き着いた。

 

「しししろ!? 何処に行ってたん……うおおっ!」

 

「……にぃ! に゛ぃ~!」

 

「ど、どうしたんだ妹よ……慌て方が尋常じゃないぞ! そんなに寝相が悪かっ……何処だここ?」

 

 明らかに見覚えがない……いや、()()()()()()()()()その場所に居ることを理解して、空は怪訝な顔をする。軽く周囲を見渡すと、壁などに日本語で書かれているポスター等が貼ってあり、二人の他にも寝ている患者が居た。

 どう見ても日本の病院だ。

 

「これは……ゲームか?」

 

 (これがゲームだとして、どんなゲーム内容だ!? まったく予想が付かない! 第一、この空白が元の世界そのものを題材にしたゲームを始めた? そうだとして、その記憶がないのはおかしい! こんな大掛かりなゲームを始めるなら、かなり前から計画しているはずだ! 記憶を消去するにしても、計画したゲームに関わる記憶を全てだって?) 

 

「にぃ……こんなゲーム、……やるなら必ずゲームを仕掛けられた側っ……ルール、に……ゲームに関わる記憶を全て消したまま、なん、て! 設定しないッ!」

 

 そう……本来空白がゲームを設定した場合、不利な状況に陥る記憶削除をわざわざルールに追加なんてしないだろう。したとしても自分達だけではなく全員、そして完全消去というのなら、何かしらの回収手段も設定してるはず。だが……

 

「もしゲームに負けたのなら、こんなとこに居んのは意味不明だ。まだゲーム中だとして、仕掛けたのは誰だ? じいさん達か? いや、今回は獣人種(ワービースト)のSFステージって線は薄い、ポスターに書かれている文字が明らかに日本語だし違うな。ならクラミー? 俺の記憶を持っているとしても、俺自身知識としてはあるだけで入院したことなんて無ェから! 一応再現可能ではあるが……俺の実体験には存在しない以上、俺か白の知識を元に作ったんだろうが……」

 

「……しろ……こん、な病院、知ら、ない」

 

 完全記憶能力を持つ妹でさえ知らない病院、元の世界には存在しない病院である以上、知識を元にして作ったオリジナルの病院ということになる。

 

「こん、な……不利なゲーム……飲まない」

 

「あぁ、相手はゲームを仕掛けざるを得ない状況のはずで、更には不利なルールでのゲームなら必ず気付いて変更を要求する……はずだ」

 

「ゲームを飲んだ、なら……空白が有利になるように仕組む……」

 

 (そうだ! こんな訳分からん病院を一からデザインなんて……病院……ん?)

 

「なぁ白、ゲームに関わる記憶を完全消去なら……なんで俺達はここが病院だって知ってるんだ?」

 

「ッ……!」

 

「そしてッ! 俺らの知識を元にでもしない限り! この場所を作り出すのは不可能! だが、ゲームに関わるものであるはずの病院という知識を覚えている。つまり! ……ここはゲームによって作り出された場所じゃない事になるな」

 

 ゲームでしか再現不可能、しかしゲームに関わる記憶を持っているということは、()()()()()()()()()()()()()ということになる。それが意味することは……

 

「しろ、ちょっくら外見てこようぜ」

 

「……ん……わかっ、た」

 

 空がヨッコラショイと声を出しながら起き上がり、白は自分に差し出される手をしっかりと掴んで、二人は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 



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── 一話 ──

 目覚めた病室を出た二人は現在、病院の外……にある大きな木の影に身を隠していた。

 

「ぐわあああぁ、やはりこれはゲームなんかじゃねェ!!」

 

「……ひっ! おひさま、眩し過ぎッ……紛れもない……現実ッ!!」

 

 確かに外に出てはいるが……かなり大きな木の影であり、明かりのついた病室よりも暗い。そこに身を潜める二人は、最早中にいると言っても過言ではない。

 

「……に、にぃ! しろ……こんなとこ、知らない」

 

「奇遇だな妹よ! 兄ちゃんも全く知らん!」

 

 物陰を転々として、病院の周囲を探索するが……やはり空白の記憶にある場所ではなかった。

 

「ふむ……所沢の防衛医大病院に似てるなぁ」

 

「ん……ここ日本……地名も、()()()()同じ……でも違う」

 

「あぁ、まるで日本を元にした創作物みたいだ」

 

「にぃ……今2022年……にぃと白が、ディスボード(あっち)に行ったの、2012年……」

 

「十年でこんなに地名が変わるか……?」

 

 そして、ある一つの可能性が空の脳裏を過る……!

 

「な、なぁ、白。もしかしてここって……」

 

 限りなくゼロに近い……だがゼロではない可能性が。すると、二人の背後から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「そこのお二人! もうっこんな所まで来て! 何をしてたんですか!」

 

 声に振り向くと、両手を膝につけて肩を揺らしながら、困った様子でこちらを見ている看護師の姿があった。

 

「すすすすみませんん! 何分(なにぶん)ここに運ばれて来るまでの記憶が無くてええええ、そもそもここが何処なのかも分からない状況なんですすす!」

 

「……ご、ごめ、ん……なさい!」

 

 空は、あまりにも足りないコミュ力というステータスを活用できる最大限まで発揮し、その場しのぎの説明をする。

 

「え、嘘……記憶喪失!? ……そう言えば、門の前で気を失っている所を保護されたんでしたっけ……と、とりあえず! お二人には病室まで戻って貰います!」

 

 ……幸運なことにそこの看護師が都合の良い解釈をした為、ニヤリと笑みを浮かべた空は、それを利用しようと考えを巡らせる。

 

「分かりました……ですが、俺達兄妹なんです。一人だと心細いので、同じベッドで休んで居ても宜しいでしょうか?」

 

「え? ええ、他の方の御迷惑にならないようにして頂けるなら大丈夫ですよ!」

 

 (当分は病室で情報収集ってところか……)

 

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※

 

 

 

 

「先生を呼んで来ますので、しっかりここで大人しくしててください! い・い・で・す・ね?」

 

「「はいぃ」」

 

 そう言うと、看護師は急いで病室を出て行った。

 

「っはぁ〜……心の準備がないとリアルで人と話すのは無理だわ! いややっぱあっても無理!」

 

「ステフ、だったら……どんな、に怒って、も、怖くない、のに……あの人コワい……」

 

 ふと、二人は少し悲しい表情で窓を見つめる。

 

「ステフだったら……か、あいつら今頃どうしてんだろうな」

 

「はやく、会いた、いな……」

 

「あぁ、このままあの世界に戻れなかったら……そうか、異世界漂流モノの主人公はこんな気持ちだったんだな……」

 

 帰りたい世界がなかった昔と違って、今はたまらなくあの世界に帰りたい……そう思った空は、物思いに耽っていた。

 

「すみませぇ〜ん!」

 

「ん?」

 

 どうやら先ほどの看護師が戻ってきたようだ。

 

「今、お二人の担当の先生が別の患者さんの所にいて……もう暫く待って貰う事になりそうです! あ、それと」

 

 非常に申し訳無さそうな顔で手を合わせていた看護師が、荷台からリュックを取り出した。

 

「お二人が気を失っている時に背負っていた物だそうです! 返しておきますね!」

 

「ん? 何だこのリュック……」

 

「白も分からない」

 

「記憶喪失のお二人は思い出せないかもしれないですが……お二人が背負っていた物には間違いありませんよ! では、先生が戻り次第来ますので、大人しく待っていてくださいね!」

 

 そう言って看護師は、先ほどと同じ様に急いで病室を出て行った。

 

「ん、割と重いなコレ! ヨッッコラセイヤッッ!!」

 

「何、が入ってるんだ、ろ……」

 

 空がベッドの真ん中に置いたリュックを広げ、中身を確認する。

 

「お? おお!」

 

 そこには、ディスボードでも使っていたタブレットやゲーム機一式が入っていた。そして……

 

「これは……何だ? ヘルメットと……ゲームソフトか?」

 

「にぃ、アレ」

 

 白は病室の中に置いてあるテレビを指差す。そこには手元のヘルメットらしき物の使用方法の詳細と共に、大きく見出しが表示されていた……新世代VRMMOゲーム『Sword Art Online』と。

 

「ソードアートオンライン……ナーヴギア……あ? このヘルメット……ゲーム機なのか!?」

 

「しかも──二つ、ある」

 

 それを聞いて、先ほどまで空が抱いていた疑念が確信に変わる。

 

「なぁ白。俺ら多分また異世界転移してるっぽいな」

 

「ん……白も、そう思う」

 

「テトがゲームを途中で投げ出す様な真似するはずがねぇ……となると、この世界にもいるのか? カミさまが!」

 

「勝手、に……連れて、こられたッ! やってる、事ッ! テトと一緒ッ!」

 

 だけど、でも……と。

 

「……でも、もし、いるなら」

 

「帰れるかも知れねェ……盤上の世界(ディスボード)にッ!」

 

 空は手元のナーヴギアを見つめる。

 

「俺らの持ってきた物じゃねェのはコレだけだ……どこの誰が用意したのか知らんが、やってやるよッ!」

 

「どんなゲーム、でも、空白に敗北の二文字は、ないッ、のッ!」

 

 ……そう強く意気込んだ二人だが、

 

「……言いたくはないが一応言っておこう。それはもう使えないぞ妹よ……」

 

「ジブリール、許すまじ……」

 

 そこにあるのは悔しさ、そして……それが自分達の身体に確かに記憶されているという事に対しての嬉しさであった。

 

「さて、あいつらとの出会いは紛れもない現実と確信したところで! こっちの現実にも取り掛かりますか……っと確かリンクスタートだったか?」

 

「ん……にぃの厨二心をくすぐるセリフ」

 

「ンンンンいやさすがの兄ちゃんもこれはちょっと恥ずかしいとは思っているぞ……」

 

 そう言いながら、ナーヴギアを被った二人は初回セットアップを済ませる。そして、しっかりと手を繋いでベッドに寝転がり……

 

「よし。白、いくぞ」

 

「ん」

 

 完璧な呼吸でその世界へと足を踏みいれる。

 

「「リンクスタート!」」

 

 

 

 



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── ニ話 ──

何かUAが増えとる……( ͡° ͜ʖ ͡°)

めちゃめちゃ励みになります٩( ᐛ )

※リアルアバターになる前に広場の顔を覚えるという意味のない事をさせてしまっていたので……修正しました。


「んん! さて、どんな世界観なのかねっと……ひぃいいい」

 

 無事ゲームにログインした空が、ゆっくりと目を開けるとそこには……

 

「アアアァァッ! 目がぁぁ! こりゃソーラービーム1ターンで撃てるレベルの日差しの強さッ!」

 

 引きこもりにはキツイ現実が広がっていた……。

 

「ひ、人が多い!! 日差しが強い!! 白がいないッ!! ん……白がいない!?」

 

 どうやら、初回ログイン時は《はじまりの街》の広場内にランダムスポーンするらしい。それにより、現実世界でしっかり手を繋いでいる二人であったが、事前情報も無く集合場所も決めていない為、再会するのが困難を極める事になる。

 

「くっ! よく考えろ空ッ! ここは仮想空間だッ! ここに居る人間は全員誰かが操作しているアバターに過ぎない! 太陽の光も思ったより強くはないはずだ!」

 

 少し冷静になった空は、同じ事を考えたであろう白が次にどこへ行くだろうかと予測する。

 

「日差しと人混みのデメリットさえ緩和されれば、広場で一番分かりやすい所に行くはず!」

 

 そう考えた空は、広場の中心にある時計塔の方へと走り出した。

 

 

 

 

「お〜い、白さんや〜! 出てきておくれ〜!」

 

 時計塔に着いた空は、声を掛けながらその周辺を歩いていた。もう既に一周はしたのだが、一向に白らしき人物が見当たらない。仕方なく、もう一周しようとした空の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「にぃッ!」

 

「ハッ! 白ッ!」

 

 自分の事を『にぃ』と呼ぶその声に咄嗟に振り向く空だが、そこには……

 

「白ッ!! ……白?」

 

「にぃッ!! ……にぃ?」

 

 ボンッキュッボンッで色気ムンムンのお姉さんが立っていた……。

 

「んんん? おかしいな、俺の妹はこんなにも発育が良くはなかったはずだが……」

 

「白のにぃも、こんなスタイル良くて、イケメンじゃない……」

 

 試しにパーティー申請をしてみると、空の方は『「   」』そして白の方には『「   SUB01」』という名前が表示されていた。

 

「にぃ……盛りすぎ!」

 

「はっはっは、地球くらいデカいブーメランが頭を粉々にしようとしているのが見えるぞ妹よ!」

 

 神霊種(オールドデウス)戦で十八歳になった自分の身体を見て絶望した白は、兄が無事ロリコンであった事により、心で血涙を流している自分に気付かぬフリをしてまで、生涯ロリ体型で問題ないと……そう判断したはずであったが、やはり本能的にはどうしても認められなかったようで……しっかりモリモリに容姿(アバター)をイジっていた。

 

「にぃ……白以外に、モテる必要、ない……イケメンにする必要、ないッッ!」

 

「ぐっ……」

 

 心ある機械(エクスマキナ)との対面時、『愛しい人(シュピーラー)はもっと男前であった』やら『時の流れがいかに残酷とも』やらと言われた事を引きずっている空もまた、自身の容姿(アバター)を男前と言われるであろうモノに改変していた。

 

「白……これ以上続けてもお互いが傷つくだけだ……もうやめにしないか……?」

 

「ん……にぃ、ごめんね? ……一緒にゲーム、しよ?」

 

 低レベルな争いにより傷ついた二人は、こんな事に貴重な時間を浪費するのは無駄だと悟り、大人しく情報収集に徹するのであった。

 

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎

 

 

 

 

「なかなか気持ちいいな、このソードスキルってのは」

 

「ん……ステータスが、あるから……東部連合の時、みたいに……疲れも、ない」

 

 ある程度の情報を集め終わった二人は戦闘の感覚を掴む為、圏外に出てモンスターを討伐していた。

 

「……何かレベルが上がり難いな。オンラインゲームで放置ゲーでもないのに……こんなに上がり難くする意味あるか?」

 

「このまま、なら……白達みたいな、ニートか、学生しか残らない……」

 

「あぁ、社会人やちょっとゲーム好きな程度じゃキツイぞ? それこそニートやらネトゲ廃人レベルのヤツ向けだよな?」

 

 そう、ログインしてから割と早めに狩りを始めていた空と白は、既に数時間はモンスターを狩り続けているのだ。それにもかかわらず、二人のレベルはあまり上がっていない。

 

「ナーヴギアもこのソードアートオンラインも同じ茅場晶彦が手掛けたんだろ? そんな凄いヤツがそんな事すら想定してないわけないよな?」

 

「元々、長時間やり続けるのが、前提のゲーム……?」

 

 二人は狩りを一旦中断して、この違和感について考える。

 

「もう五時二十五分か、メシを食いに一旦落ちた方がいいな。くっ!! 食いながらゲームが出来ないなんて、仮想世界はやはり不便だ!!」 

 

 そしてふと、

 

「なぁ、白……今ログアウトってできるか? ちょっと確認してみてくれ」

 

 空に言われた通り、白はメインメニューを開いてログアウトの項目を探す。しかし、、、

 

「……ログアウト、できない」

 

「だよな、()()()

 

 そして空は同じように狩りをしていた他のプレイヤーも騒ぎ始めているのを見て、『はは……マジかよ』とこれから自分達に起こり得るであろう悲劇を一足先に予測し、やらなければならない事の優先順位を決めて行く。

 

「ま、こんなデスゲームなんか……帆楼の時の双六と比べたら、まだマシだわ。馬鹿さ加減ならこっちも同じみたいだけどなッ!」

 

「テトの、創った世界の……あてつけ、みたいな、ゲーム……空白にケンカ売った事ッ、後悔させて、やるのッ!!」

 

 誰かの犠牲の上で成り立つ勝利、敗北にすら劣るそれでは意味がない。向かってくる全てを薙ぎ倒す、完全勝利で終わらせてやる……と。

 

「ん? 鐘……?」

 

「……五時はもう、だいぶ過ぎてる、のに?」

 

 不可解な事に、突如どこからか鳴り響く鐘の音。

 

「……っ! にぃ!」

 

「っ! しろッ!」

 

 お互いの身体が輝きに包まれ、絶対に離れまいと手を伸ばす二人。そして、あまりの眩しさに目を瞑る。

 

「くっ!」

 

「ひっ!」

 

 目を開けると……ログイン時に来た、はじまりの街の時計台のある広場へ転移していた。

 

「……ひ、ひひひ人おぉッ! ……お?」

 

「……にぃ、助けて……え?」

 

 あまりの人混みに、ガクガクと震えだした二人だが……鐘の音が止み、空中に表示された『WARNING』という文字に気付き、震えが止まる。そして、その間から血のような液体が現れ、人の姿を形作ってゆく。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

「私の世界……だって? コイツが……」

 

「……茅場晶彦?」

 

 支配者であるかのようなその人型は、集められた全プレイヤーに向けて話し始めた。

 

「私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ」

 

「ほんものかよ!」

 

「随分手の込んだ演出だなぁ」

 

 その言葉に、周囲はざわつき始める。

 

「プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない」

 

「……」

 

「……」

 

 二人は、無言で茅場晶彦を見つめる。

 

「繰り返す、不具合ではなく……ソード・アート・オンライン本来の仕様である。諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、または解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

 生命活動を停止させるというその言葉で、プレイヤー達は更に騒ぎ始める。

 

「……何言ってんだアイツ、頭おかしいんじゃね? なぁ、キリト」

 

「信号阻止のマイクロウェーブは確かに電子レンジと同じだ。リミッターさえ外せば、脳を焼く事も……」

 

 空と白は、聞こえて来る会話の方へ視線を向けた。

 

「っじゃあよぉ、電源を切れば……」

 

「ナーヴギアには、内臓バッテリーがある」

 

「……で、でも無茶苦茶だろぉ! 何なんだよ!」

 

 茅場晶彦が説明を再開する。

 

「残念ながら現時点でプレイヤーの家族、友人等が警告を無視しナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり……その結果213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している」

 

「……213人も!?」

 

「信じねぇ、信じねぇぞ俺は!」

 

 すると、茅場晶彦は巨大なアバターの周囲に複数のウインドウを表示した。

 

「ご覧の通り多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君等は安心してゲーム攻略に励んで欲しい。しかし十分に留意して貰いたい、今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった瞬間、諸君等のアバターは永久に消滅し、同時に諸君等の脳はナーヴギアによって破壊される」

 

 脳が破壊されるというその言葉に、周囲は恐怖を覚え始める。

 

「諸君等が解放される条件は唯一つ、このゲームをクリアすればよい。現在君達がいるのはアインクラッドの最下層、第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

「クリア……第百層だと? 出来るわけねぇだろうが……ベータテストじゃロクに上がれなかったんだろ!?」

 

「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある、確認してくれたまえ」

 

 空と白は、自身のアイテムストレージを開く。

 

「……ん?」

 

「……てかがみ?」

 

 瞬間、二人の身体を光が包み込む。

 

「うおああぁ……あ?」

 

「……にぃ! ……へ?」

 

 光が収まり、再び現れた二人の姿は……現実世界の空白と全く同じモノであった。

 

「な……なんだと……」

 

「しろの……おっぱい……消滅した」

 

 周囲が二人と同じ様に、おそらく現実と同じ姿に変わった事で声を上げている中……この二人は、全く持って別の内容で声を荒げていた。

 

「なんて事をしてくれたんだ茅場晶彦ッ!」

 

「しろの、おっぱい、返してッッ!!」

 

 突如二人の怒声が響く。流石にその反応は想定していなかったのか、茅場晶彦が心なしかたじろいだ様に見えたが気のせいだろう。

 

「しょ、諸君は今なぜと思っているだろう。なぜソード・アート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのかと、私の目的は既に達せられている」

 

 茅場晶彦のその発言に、空は口元をニヤつかせる。

 

「白、今から兄ちゃんが白を肩車して広場を周るから、ここに居る全プレイヤーの顔を覚えてくれ」

 

「……よゆー、でーすッ!」

 

 二人は広場を周りながら、茅場晶彦の話を聞き続ける。

 

「私の目的は既に達せられている。この世界を創り出し、観賞する為にのみ……私はソード・アート・オンラインを創った。そして今、全ては達成せしめられた」

 

「……なぁ白、今後……この広場に居なかったプレイヤーが現れたら教えてくれ。……ハッ、観賞する為にのみだって? 嘘をつくのが下手にも程があるだろ」

 

「ん……どんなに、面白い、ゲーム実況でも……見てるだけ、で、いいゲーマーは……いない」

 

「以上で、ソード・アート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の検討を祈る」

 

 その言葉を最後に、空中に浮かぶ人型アバターは消滅した。

 

「……い、いやぁぁ!」

 

 泣き叫ぶ少女の声を皮切りに、広場のプレイヤー達が次々と声を荒げ始める。

 

「さてと、んじゃ白」

 

「……ん、行こ」

 

 ほとんどのプレイヤーが、茅場晶彦が消えた方へと怒号を浴びせているのを尻目に、広場周回を終えた二人は次の村へと向けて歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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── 三話 ──

今回の話は、原作8巻ではなく特典小説の内容を元に進行します。


 迫り来るモンスターを全て薙ぎ倒し、一直線に近い道を進んで行った二人は、一番乗りでホルンカの村へと到着していた。

 

「ほい到ッ着〜ッっと! ここまで走っても疲れがない……ふふふ、これまでの経験で兄ちゃんにも体力が付いたのではないか? どうだ妹よッッ!」

 

 と、筋肉の少ない細い体のまま、マッスルポーズをキメる空に辛辣な言葉が突き刺さる。

 

「……ただの、ステータス補正……ちょっと、休めば、スタミナも回復する……にぃのそれ……錯覚」

 

 あまりの手厳しさに一瞬身体を硬直させた空だが、直ぐに立ち直り考察を始めた。

 

「あぁ、だがやはりこれはゲームだ。ゲームである限り、ルール……そして攻略法、バグ、抜け道がある」

 

「……あの黒髪の、ベータテスター……壁が消えた瞬間、ここに向かって、走り出した……何かある」

 

「まずは片っ端からNPCに話しかけてみるか……やる事はドラクエでもソード・アート・オンラインでも変わらんッ!」

 

 

 

 

 

 NPCに話しかけ続ける事数分、特にこれといって気になる事は無かった。

 

「こういうのは大体、村の隅とか多少分かり難いところにいるNPCが何かしら知っているはずだ!」

 

「……この作者……しろの、おっぱい奪ったッ! 性格が悪いッ! 尚更、隠してる、絶対ッ!」

 

 そう思い、更に分かり難いところへ重点を置いてNPCに話しかける二人だったが……

 

「そう思っていた時期もありました……」

 

「……村の入り口、から……真っ直ぐ、進んだ民家……性格悪いの、作者、じゃなくて……白達、だった」

 

 無駄に時間を掛けて、村の隅々まで……というか隅々から探し始めた二人は、普通ならば村に入って一番最初に行くであろう家に、一番最後に来る事となってしまった。その家には勿論、クエストNPCが存在していて……己の醜さを再確認した二人。

 

「旅の剣士さん、実は私の娘が重病にかかってしまいまして、西の森に生息する捕食植物の胚珠があれば薬を作れるんですが……もし胚珠を取ってきて頂けたら、お礼に先祖伝来の長剣を差し上げましょう」

 

 『娘さんの事はこの僕にお任せください!』 ……と、キメ顔でNPCに話しかける空に、ゴミを見る様な目を向ける白。

 

「ふーむ、森の秘薬ね……ま、とりあえず二人で受けて具合を見てみるか」

 

「……」

 

 そう言って、進もうとする空だが……未だ動こうとしない白に首を傾げる。

 

「ん、白? どうしたんだ?」

 

「このクエスト……再受注、出来るまでの……クールタイム、長い」

 

「まぁ、数時間くらいならここに留まってても問題ないだろ、いない間にクエストを取られる訳にも行かないしな! んで、そのクールタイムは何時間くらいなんだ?」

 

「……二十四時間」

 

 ……は? と、あまりに長いクールタイムに、異常さを感じ取った空は考察を始める。

 

「そりゃちと長過ぎるな。報酬が良いのか、攻略に時間が掛かるクエストなのか。『先祖伝来の長剣』と言ってもどうせ序盤で手に入る片手剣だろ? そこまでのクールタイムが必要か?」

 

 どんなに報酬が良かったところで、クエストを受けるのに何日も待っていたら一向にゲームを攻略できはしない。 

 

「それに、限られた日数しかないベータテストで、こんなにも長いクールタイムに設定していた場合……期間中にこのクエストを受けられる奴がほぼ居なくなる。つまり、ベータテスト中はこれ程の長さでは無かったと考えて良いはずだ。そして、正式サービスでわざわざこの時間に変更したのなら、事前情報を知っているベータテスターはあまりにも有利過ぎる……或いは」

 

「……ベータテスター優遇のクエスト、と見せかけた、ベータテスター殺しのクエスト……つまり、(トラップ)

 

「あぁ、そして……受けたベータテスターが死んだとして、そのままクールタイムを待つなら意味がない。つまり、受注したプレイヤーが死んだ場合クエストはリセットされるMPK又はPK推奨クエストって訳だ」

 

 ベータテスト時の情報を元に、ウキウキでここに来たテスターを、何かしらの変更点で殺しに掛かっている……? と、

 

「っかぁ〜! 流石っす天下の茅場さん! ちゃんと性格悪いって俺たちゃ信じてましたわぁ〜!」

 

「……その徹底ぶり、にぃと同じくらい、カッコいい、よ!」

 

 そう戯けて見せる二人だが、すぐにその瞳は怒りを含むモノへと変わる。

 

「その馬鹿なベータテスター共を犠牲にして、諸君等はそうならない様に考えてねぇ〜! ……ってか?」

 

「……デスゲームで、そんなやり方……ベータテスターの命は、消耗品……どうでも、いいって?」

 

 そう静かに声を震わせる二人。

 

「テメェも、大戦時の神共もッ! ゲーマーの風上にも置けないただの破壊者(カス)なんだよッ!」

 

「……どんなに、ゲームの形、崩そうとして、もッ! 空白がゲームにして……正面から叩き潰してやる、のッッ!!」

 

 茅場晶彦へ向けた、その宣言を……物陰から聞いていた者がいる事に、二人はまだ気づいてはいなかった。

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎

 

 

 

 捕食植物の胚珠を手に入れる為、空と白は西の森でリトル・ネペントというモンスターを狩りまくっていた。

 

「ほい、これで100匹と……」

 

「……花付き、と、実付き……それぞれ、1体ずつ。レベリング効率は、まぁまぁ」

 

「アクティブだから、ワンパン入れなくても一箇所に集められるのは楽ではあるんだが……いかんせん実を破裂させた時の集まり方が良過ぎる。俺達だけ、もうちょい実付きの出現率が高くならねぇかな……」

 

「設定されてる乱数……この森全範囲が対象になってる……にぃと白以外にも人が居て、乱数調整が難しい。失敗したら、他のプレイヤーの前に、出てくるかも……でも、失敗なんて、しない」

 

 白の悪魔的なまでの計算能力により関数を逆算、そして記憶力をもってすれば、オンラインゲームの様にリアルタイムで乱数が変動し続けるようなものでも……乱数調整が可能。ガチャで最高レア当て放題、レアドロップし放題、強化成功させ放題なのである。

 

「んじゃ、さっそく! 乱数調整と行きましょうかね……ん? ……アイツは」

 

「黒髪の、ベータテスター……」

 

 実付きネペント狙いで乱数を調整しようとした時、かなり近いところで同じようにリトル・ネペントを狩っているプレイヤーが二人の目に入った。

 

「おーい、お隣さんこんちゃーっす! アンタも胚珠狙いか?」

 

「ん? あ、あぁ、クエストを受けに行ったんだけど、先に誰かが受注していて……クールタイムが発生していたんだ。だから、いつでもクリア出来るように先にキーアイテムの方を取っておこうと思ってな。もしかして、クエストを受注したのは君達のどちらかか?」

 

「あぁ、クエストを受けたのは俺だよ。俺は空、んでこっちが妹の」

 

「……しろ、よろしく、びしっ」

 

「俺はキリトだ、よ、よろしく」

 

「んじゃ、キリト。一つ良い話があるんだけど、聞くか?」

 

「良い話……?」

 

「あぁ、ここじゃあちと危険だし、一旦村に戻ろうぜ」

 

「……分かった」

 

 モンスターが蔓延る森で呑気に交渉などする訳にはいかないので、一度三人はホルンカの村へ戻る事にした。

 

 

 

 

「それで、良い話って?」

 

 村に戻った三人は、森の秘薬クエストを受けられるNPCの家に来ていた。傍から見ると、他人の家で勝手にたむろしているという……何ともやばい状況である。

 

「あぁ、俺達は『森の秘薬』クエストを二人分クリアする為に胚珠を集めていたんだが……どうも確率が渋いみたいでな〜、1つは手に入ったが……2つ集めるのが面倒になってきてたんだ。そしてそこに!」

 

「そこに……?」

 

「ちょうどクエスト報酬が欲しそうなベータテスターっぽいプレイヤーを見つけたもんで、心優しい俺達はクエスト報酬の武器を譲って上げようと声をかけた訳だ」

 

「なっ! 良いのかっ!」

 

「あぁ、ぶっちゃけ俺らは片手用直剣だけを使うつもりはないから、ここで報酬を手に入れる為に留まるメリットはあんま無いんだよ」

 

 そう、全ての武器種のソードスキルの把握。そして、熟練度によるステータスプラス値の恩恵の為に……元々全ての武器種を極めるつもりなのである。その為、序盤で手に入る片手剣を持っていなかった所で、他の武器種の熟練度を上げている間に、ここで手に入るモノより強い片手剣が手に入れられる様になるだろう。

 

「ま、マジか……じゃ、早速……」

 

「ン〜駄菓子菓子! タダじゃあないッ!」

 

「……へ?」

 

「この報酬を渡す代わりに……キリト、お前がベータテスト時に手に入れた、ありとあらゆる情報を俺達に渡してくれ」

 

 しかし、空白にとってはゴミも同然のモノであっても、他のプレイヤーからしたら喉から手が出るほど欲しいモノであったりした場合、それは……。

 

「なっ! 割りに合わないだろ!」

 

「24時間ここに縛られる。タイミングが悪ければ、また別のやつに受注されてもっと時間が掛かるかもな。ベータテストではそんなに長く無かったんだもんな?」

 

「ぐっ……」

 

「コルもアイテムも要らない。その代わりに情報を渡すだけで、時間を買える。ちなみに、花付きは()()()()()()に出現するみたいだが……一人で安全に攻略出来るか?」

 

「何だって……?」

 

「おやおや? これもベータテストには無かった情報かぁ。ベータテスターでさえ知らなかった情報をタダで提供してやったんだ、それに加えてクエスト報酬も貰えるなら損はないのではないかな? ん? ン〜?」

 

 そう言った空に、怪訝な表情を見せるキリト。

 

「な、なぁ、もしかして空も白もベータテスターじゃないのか……?」

 

「ん? あぁ、そうだぞ? ……このクエストを見つけるのにも苦労したぐらいの超初心者だ」

 

「……ん、村で話しかけられるNPC……ほぼ全員と、会話した」

 

「いや……真っ直ぐ進めばすぐ見つかr」

 

「うるせぇッ! ドラクエ方式で分かり難そうな家から話しかけて行ったらそうなったんだよッ!」

 

「……ん、にぃのせいで、無駄に時間、浪費した」

 

「ちょ、ちょっと白さん? 言い出したのは俺だが、その件に関しては同意の上で行われたはずでは……? というかむしろ白の方がノリ気d」

 

「……にぃのせい、で、浪費した」

 

 その場を沈黙が包む。

 

「……っぷ! あはははっ」

 

 思わずキレ気味になった空だが、キリトの笑い声に表情を少し緩める。

 

「……はぁ、良いよ! ここで俺が情報を渡さなかったせいで、それほどの初心者が死んでしまったら寝覚めが悪いどころじゃないからな!」

 

「お? んじゃ早速教えて貰っちゃう」

 

「……キリト、はよぅはよぅ」

 

「急に図々しいな全く……はぁ、初対面だぞ? じゃあまずは……」

 

 緊張が解れたのか、事細かにベータテスト時の情報を二人に話し始めるキリト。凄く楽しそうに話し続けるキリトの表情を見た二人は、思わず顔を見合わせ、微笑みながら静かに耳を傾けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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── 四話 ──

「ふむふむ、なるほどなるほど。んじゃ、隠蔽スキルはネペントには効かないんだな」

 

「あぁ、アイツらも視覚がない部類のモンスターだから効果は無いな」

 

(ふむ、それなら索敵スキルを優先して上げるべきだな、プレイヤーの隠蔽が見抜けないと面倒だし)

 

「これで一通りは……というか教えるつもりも無かった事まで言った記憶があるな……」

 

 そう肩を落としながら呟いたキリトに、笑顔を向ける二人。

 

「キリトって……凄く優しいんだな♪ ありがとう♪」

 

「色々……教えて、くれて、ありがと♪ キリトってば、ちょー頼りにな、る♪」

 

「……バカにしてるのか?」

 

 空と白は、清々しい笑顔で煽りを……否、お礼を言ったはずなのだが、キリトのお気に召さなかったようだ。

 

「よし、粗方知りたい事は知れたな。ほいこれ」

 

 ポイッと、アイテムストレージから取り出した『アニールブレード』を、キリトへ向かって放り投げる空。

 

「うおっ! ……絶対に嘘だと思ってたけど、ホントにくれるのか」

 

「ん? まぁ、別にそこまで必要ないのは本当だしな。それに、キリトとはこれからも会う事になりそうだしぃ?」

 

「ん……今後とも、ご贔屓に♪」

 

「ははは……」

 

 そうあっけらかんと口にする二人を見て、苦笑するキリト。

 

「んじゃ、俺達はこれから買った装備を強化して迷宮区でレベリングをするつもりだけど……お前はどうするんだ? キリト」

 

「あぁ、俺はもうここでやる事はないからな。もうちょっと先へ進んだ所でレベリングをするつもり……って、は!? 迷宮区!?」

 

「……西の森、今はまぁまぁ、効率良い。でも、そろそろ、人が増え始めて……効率悪くなる」

 

「それに比べて迷宮区は、ガラガラで人も居ない、経験値もアイテムも美味い、そしてジャンジャン敵が湧いてくる! あぁ、最高の狩場ではないかッ!」

 

「だ、ダメだ! まだステータスが圧倒的に足りない! 一瞬でも気を抜いたら確実に死ぬぞ!」

 

「ん、まぁ……火力に関しては、ポイントを『筋力(ストレングス)』と『敏捷性(アジリティ)』だけにしか振って無いし、武器の強化もするから大して問題じゃないな」

 

「……防御力に、関しても……食らわなければ、どうということはないっ! キリッ! ……それに」

 

「この空白が敵を前にして気を抜く事などあり得ない! って事だからまぁ、大丈夫だ」

 

 コイツ等はさっきから何を言っているんだと、困惑し続けるキリトを無視して、メインメニューを弄る二人。

 

「ま、そんなに心配なら、フレンドにでもなっておくか?」

 

「……それとも、パーティ……組む?」

 

 無言で二人からのフレンド申請を承認するキリト。リア友も含め、友達が居ないキリトは……無意識の内に身体が動いてしまっていた。

 

「……コホンッ! それでも心配だから、一応俺もついて行く! いいか、危なくなったら直ぐに逃げるって約束してくれ」

 

「はぁ、心配症だな……いや、実は寂しがりやなのか?」

 

「……ぼっちが、心細くなるのは、仕方ない事……しろ達は気にしない」

 

「ぼぼぼぼっちちゃうわっ!」

 

「……童貞」

 

「ぐっ」

 

「……コミュ症」

 

「ぐぅっ!」

 

 白によって、本人にとっては途轍もない鋭さの口撃を貰い、激しく狼狽えながら否定するキリト。その横で、静かに同じく致命傷を受けている男がいる事に、他二人はまだ気付かない。

 

「ハァハァ……め、迷宮区に行く前に武器を強化するんだよな、空!」

 

「ぐふ……あ、あぁ、まずは次の街まで行って……鍛冶屋に向かわないとな」

 

「……トールバーナへ、レッツらごー!」

 

 同じ死線を乗り越えたキリトと空は、まるで気にする様子がないまま歩みを進める白を見て、密かに絆を深めるのであった。

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎

 

 

 

 トールバーナへ到着した三人は、綺麗な作りの街に感動! する訳もなく……一刻も早く装備を強化する為、一目散に鍛冶屋NPCの元へと向かった。

 

「お? あぁ、いたいた」

 

「……鍛冶屋、みっけ」

 

「鍛冶屋を見つけたのは良いけど、素材はあるのか?」

 

「あぁ、+3までの強化素材ならあるな」

 

「……それ以上は、迷宮区に……行ったあと」

 

「なら後は強化が成功するかどうかだけだな!」

 

 手始めに、強化成功率が比較的高いままで強化する事ができる+2まで、スモール・ソードを強化する空。

 

「それじゃ白、よろしく」

 

「……ん」

 

 よろしくって何だ? どういう事だ? と頭にクエスチョンマークを浮かべているキリトを他所に、白は黙々と乱数調整の為の解析を始める。

 

「にぃ、その場で、3回ジャンプ、した後……時計回りで二回まわって」

 

 その白の指示の下、不可解な動きを始める空を見て、キリトはますます困惑の表情を見せる。

 

「……そのまま、強化メニューを開いて……一度キャンセルして、また強化メニューを開いて……強化!」

 

「ほいっ! よし、+3っと!」

 

「はぁ!? 何それッ!」

 

「ん? 乱数調整」

 

「い、いや、出来るのか? このソードアート・オンラインで!」

 

「あぁ、出来るさ。ウチの白ならな」

 

「……キリトも、やる?」

 

(ぐっ、強化成功するか否かの楽しみを味わいたい気持ちもあるが、命が掛かっているこのゲームでそんなにも悠長にしていて良いのか? いや、ここは早めにステータスを上げておくべきか……)

 

「……お願いします」

 

 そして、先程と同じように白の指示の下……乱数調整を行い全員分の装備の強化を終わらせ、その後迷宮区に篭る為……大量のポーションを買い込んだ。

 

 

 

 

 

「さて、皆さ〜ん! もう忘れ物はないかなぁ〜?」

 

「……準備、お〜け〜♪」

 

「……」

 

 元気モリモリの空白と比べると、キリトはかなりゲッソリとしている様だが……大して問題にはならないだろう。

 

「迷宮区へ、あレッツゴォォウ!」

 

「おー♪」

 

「……おー」

 

 二人は既に精神的疲労がMAXのキリトをガン無視して、迷宮区へと足を運んだ。

 

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラ! オラァッ!」

 

「……てめーは、しろを、怒らせたッ!」

 

「なぁ、いつまで狩り続けるつもりなんだ?」

 

 迷宮区に到着してから、既に六時間ほど狩り続けている空白に、キリトが問いかける。

 

「あぁ、俺達は空腹感にも睡眠欲にも耐性があるからなぁ。最低でも五徹はいけるな!」

 

「ご、五徹ッ!? さすがにキツくないか!?」

 

「……疲れた、なら……キリトだけ、でも、帰っていい、よ?」

 

 その言葉に、火がついてしまったキリトは……ギリギリ保っていた理性を手放し、廃人ゲーマーの道へと踏み外し始める。

 

「いや、全然行けるねッ! 全部俺が倒す!」

 

「い、いや、全部倒されると狩り効率が下がr……」

 

「うおおぉぉあ!!!」

 

「……聞いてねぇ」

 

「……キリトが、壊れた」

 

 やってしまったと思いながらも、その神がかり的な阿吽の呼吸で、黙々とレベリングを続ける。

 

 

 ── 一徹目 ──

 

 

「やっぱここ、効率良いな」

 

「……素材もコルも、集め放題」

 

 

「うおおぁぁぁぁあ!!」

 

 

 ── ニ徹目 ──

 

 

「良い感じにレベルが上がって来たな」

 

「……ん、でも、流石魔王カヤバーン……レベルの、上がり方……激遅」

 

 

「はあぁぁぁぁあっ!!」

 

 

 ── 三徹目 ──

 

 

「火力も上がってきて、一体を狩るまでのスピードが速くなったな」

 

「……レベルアップ、までの、必要経験値は、増えたけど……狩り効率も上がった、から、問題ない」

 

 

「ぜいやあああぁぁぁっ!」

 

 

 ── 四徹目 ──

 

 

「………」

 

「………」

 

 

「せやぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 ── 五徹目 ──

 

 

「……そろそろ一旦街に戻るか」

 

「……ん、キリトが、ヤバイ」

 

 

 

 

「おらぁぁぁあっ!」

 

「おーい! キリト〜!」

 

「どりゃあああっ!」

 

「キリト〜!!」

 

「せいy……」

 

「キリトッッ!!」

 

「はっ!? 俺は一体何を……?」

 

 やっと正気に戻ったキリトに、既に五徹している事と、今から一度トールバーナへ戻る事を伝える。

 

「……遂に帰れるのか」

 

「あぁ、帰れるぞ。お疲れ、キリト!」

 

「……付き合ってくれて、ありがと♪」

 

「ははっ! あぁ、どういたしまして!」

 

 空白は、頭がバカになってまでレベリングに付き合ってくれたキリトにお礼を言い、迷宮区の入り口へと向かった。すると、

 

「ん? ……あれはプレイヤーか?」

 

「……片手用細剣、使ってる……それに、凄く攻撃が……速い」

 

「……まるで流星だな」

 

 三人の視線の先に、モンスターに囲まれながらも……類稀なる技術で圧倒しているプレイヤーが居たのだ。

 

「はっ! まずい、押されてるッ! 助けに行くぞッ! 空、白」

 

「おう!」

 

「……いえっさーっ!」

 

 今にもやられてしまいそうなそのプレイヤーを救う為、三人は全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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── 五話 ──

アスナ視点です٩( 'ω' )و


「繰り返す、不具合ではなく……ソード・アート・オンライン本来の仕様である。諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、または解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

「何を……一体、何を言っているの? 生命活動を停止……私、ここで死ぬの?」

 

 鐘の音と共に集められた数多のプレイヤーの中に、この状況を受け入れていない、いや……受け入れる事が出来ない一人の少女が居た。

 

「ご覧の通り多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君等は安心してゲーム攻略に励んで欲しい。しかし十分に留意して貰いたい、今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった瞬間、諸君等のアバターは永久に消滅し、同時に諸君等の脳はナーヴギアによって破壊される」

 

「強制的に解除される危険はない……な、なら……外からの助けを待って街の中で籠っていれば、いつかは助けて貰えるという事?」

 

 ある種、世間一般から見たら恵まれた家庭に産まれたこの少女は、昔から親の躾が厳しかった。ゲームなどというモノに無駄な時間を費やして、未だ現実に戻らない娘を見たら……ナーヴギアなど壊してでも起こそうとするであろう。しかし、現実世界ではメディアの報道によって情報の共有が始まっているらしく、いくら厳しい親であっても娘が死ぬかもしれない状況で、下手なことは出来ない。つまり、現実世界で何かしらの解決策が見つかるまで、この世界で生きていれば……無事帰還する事ができるだろう。しかし……。

 

「いつかって、いつよ……? もうすぐ統一模試があるのにっ!」

 

 そんな事を考える少女に、更なる絶望が降り掛かる。

 

「諸君等が解放される条件は唯一つ、このゲームをクリアすればよい。現在君達がいるのはアインクラッドの最下層、第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

「百……層?」

 

 ベータテスト経験などない、ましてやただのゲームすらまともにやった事などない。その様な人間でさえも、百層というのがどれだけ果てしなく長い道のりなのかを理解するのに、時間は要らなかった。

 

「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある、確認してくれたまえ」

 

 少女は言われた通りに、自身のアイテムストレージを確認する。

 

「……手鏡?」

 

 瞬間、少女の身体を青白い光が包む。

 

「きゃっ!」

 

 光が収まった後、再度自身が手に持つ鏡を覗く……すると、

 

「……これは、私……?」

 

 現実と同じ姿、結城明日菜という人間本人の姿に変わっていた。それが、統一模試までに戻らないといけないという、自身に課せられた時間制限をはっきりと自覚させる。

 

「で、でも、今日は11月6日……統一模試まで13日も有余がある……このまま待っていればきっと!」

 

 外には自分なんかよりも優秀な人間が沢山いる。だから待っていれば直ぐに助けがくるだろう……そう受身な考えを巡らせた少女の前を、明らかにこの場に似つかわしくない表情をしたプレイヤー二人が通り過ぎて行く。

 

「……え、何、誘拐? ナーヴギアの使用制限は13歳以上のはずなのに……あんなに小さな子まで? くッ!」

 

 人が集めらているという状況を利用して少女が誘拐されているかもしれない。そしてアスナはそれを見過ごせなかった。急いで子供を肩車している怪しい男を追う。

 

「す、すみません! ちょ、貴方、待ちなさっ!」

 

 人混みのせいで、なかなかスムーズに追う事ができない。しかし、男はすらりと人混みを掻き分けて進んでゆく。決して動きが速い訳ではない、まるで目の前の人間がどこにどう動くのか分かっているかの様に、プレイヤーとの衝突を避けていた。

 

「くっ!」

 

 なんとか離れない様、後をつけるアスナの耳に……怪しい男と肩車されている少女の会話が聞こえてくる。

 

「……なぁ白、今後……この広場に居なかったプレイヤーが現れたら教えてくれ。……ハッ、観賞する為にのみだって? 嘘をつくのが下手にも程があるだろ」

 

「ん……どんなに、面白い、ゲーム実況でも……見てるだけ、で、いいゲーマーは……いない」

 

「……え?」

 

 どうやら二人は知り合いらしい、誘拐の危険は無さそうだ。そう安堵を覚えるアスナだが、同時にその会話内容に違和感を覚えた。

 

「外の助けを待つ訳でも、ゲームクリアを目指す訳でもなく……茅場晶彦と直接話すつもりなの……?」

 

 それなら、もしかしたら、と希望を持ち始めたアスナを置いて、二人は圏外へと歩き始める。

 

「ま、待って!」

 

 二人を追いかけようとするが、暴走を始めたプレイヤー達に飲まれてしまう。アスナは身動きが取れないまま、二人の背中へと必死に手を伸ばすのであった。

 

 

 

※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎※✳︎

 

 

 

 荒れていたプレイヤー達もようやく冷静になり、それぞれの目的へ向けて行動を始めた頃……動ける様になったアスナは、二人を追ってホルンカの森に来ていた。

 

「あの二人は確かこっちの方へ向かってたはずよね……ん? あれは……村かしら?」

 

 はじまりの街を出てから、一度もモンスターと戦う事なくホルンカの村へと到達したアスナは、村の入り口を真っ直ぐ進み……導かれる様にしてクエストNPCが住む家の前へと来ていた。

 

「このまま入ったら不法侵入になるかしら……い、いやでもこれはゲームだし……大丈夫よねきっと」

 

 初心者プレイヤーの中でもトップを争うほどの初心者である彼女は、NPCの存在する家に入るところからでさえ苦戦をしていた。そんな事をしていると、中から声が聞こえて来る。

 

「ん、この声は……あの二人だわ!」

 

 すぐさま扉へと聞き耳を立てるアスナ。

 

「それに、限られた日数しかないベータテストで、こんなにも長いクールタイムに設定していた場合……期間中にこのクエストを受けられる奴がほぼ居なくなる。つまり、ベータテスト中はこれ程の長さでは無かったと考えて良いはずだ。そして、正式サービスでわざわざこの時間に変更したのなら、事前情報を知っているベータテスターはあまりにも有利過ぎる……或いは」

 

「……ベータテスター優遇のクエスト、と見せかけた、ベータテスター殺しのクエスト……つまり、(トラップ)

 

「あぁ、そして……受けたベータテスターが死んだとして、そのままクールタイムを待つなら意味がない。つまり、受注したプレイヤーが死んだ場合クエストはリセットされるMPK又はPK推奨クエストって訳だ」

 

 聞こえて来たその会話内容に驚愕の表情を浮かべるアスナは、話の内容から……ベータテストと呼ばれる何かしらの試験を事前に経験したプレイヤーがベータテスターであると推測した。そのベータテスターをゲーム自体が殺しに掛かっているという事実を知り、アスナの元へまたもや絶望感が押し寄せる。

 

「そんな……私みたいな初心者達だけじゃ尚更クリアなんてできないじゃない……」

 

 すると、歩く音が近付いてくる。どうやら、二人は扉の方へ向かって来ているらしい。

 

「か、隠れなきゃ!」

 

 別に隠れる必要などないのだが、急いで周囲の物陰へと身を潜めるアスナ。

 

「っかぁ〜! 流石っす天下の茅場さん! ちゃんと性格悪いって俺たちゃ信じてましたわぁ〜!」

 

「……その徹底ぶり、にぃと同じくらい、カッコいい、よ!」

 

 息を潜め、二人の会話へと静かに聞き耳を立て続ける。

 

「その馬鹿なベータテスター共を犠牲にして、諸君等はそうならない様に考えてねぇ〜! ……ってか?」

 

「……デスゲームで、そんなやり方……ベータテスターの命は、消耗品……どうでも、いいって?」

 

 そう静かに声を震わせる二人。アスナが思わず希望を感じてしまったこの二人でさえ、こんなにも震えている。やはり自分は街で助けを待つべきなのか。そう思い、俯いたその時……。

 

「テメェも、大戦時の神共もッ! ゲーマーの風上にも置けないただの破壊者なんだよッ!」

 

「……どんなに、ゲームの形、崩そうとして、もッ! 空白がゲームにして……正面から叩き潰してやる、のッッ!!」

 

 ──あぁ、この二人はそれでも、まだ立ち向かうんだ。

 

 どんな絶望を前にしても、決して諦めずに抗おうとする二人。ましてや片方はあんなにも幼い少女である。そんな二人を見て、アスナは覚悟を決める。

 

「強くなる、心も身体も誰より強くなる。いつかあの二人と並べる様に……」

 

 そう心に決めたアスナは、強くなる為の情報を集める為……西の森へ向かう二人を追っていた視線を外し、はじまりの街へと向かった。

 

 

 

 

 

「すみません! 何方か、このゲームのやり方を教えてくれる方は居ませんか!」

 

 はじまりの街へ戻ってから、そう声を掛けながら街を走り続ける事数時間……未だ彼女に指南をしてくれそうなプレイヤーは見つからなかった。いや、居るには居るのだが……その全てが、彼女に邪な目を向けてくる男性プレイヤーであり……その都度、話の途中で逃げ出していたのだ。

 

「お嬢さん、困り事かい?」

 

「ひっ! 失礼しましたぁぁぁぁぁぁ!」

 

「……え? ……えぇ」

 

 その為、下心などなく善意のみで声を掛けてきたプレイヤーでさえ、男性であるというだけで拒絶する様になってしまっていた。

 

「うぅ……何やってるんだろう、私」

 

 ゲーム以前の問題で躓いてしまっている自分に対し、嫌悪感を抱き始めるアスナ。

 

「こんな事じゃ、あの二人に追いつくなんてできる訳ないじゃない……はぁ、どうしよう」

 

 一向に情報を集める事ができず、途方に暮れていると……。

 

「そこのお嬢さン! どうやら、お困りのようだナ!」

 

 突然、背後から声が掛かる。アスナはまたか……と、お願いしているのは自分側なのだが……お断りをする為に振り向いた。

 

「すみません! 何でもないd……女の人?」

 

「そうダ! 困ってる人を見過ごせない、優しい優しいオネーサンだゾ!」

 

 そう言って、ニヤリと笑う彼女を見て……何かが溢れ出してきそうになるアスナであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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── 五•五話 ──

 

「オレっちの名前はアルゴ! まずはどうしてこんな事をしているのか教えてくれないカ?」

 

 アルゴはアスナが数時間にも及ぶ奇行に走った原因を知りたかった。既に二時間以上前からその様子を見ていたアルゴだが、周囲のプレイヤーに話を聞くと、もっと前から続いていたらしい。何故(なにゆえ)、自分を助けてくれそうなプレイヤーから尽く逃げ続けたのか……そもそもここまでしてそれを求める理由は一体何なのか……と。

 

「それは……」

 

「アー……その前に、ゆっくり話せる場所に移動するカ……お嬢さンはとりあえずオレっちに付いてきてくレ!」

 

「わ、分かりました!」

 

 そう言って歩み始めたアルゴの背後にピッタリと付いて行くアスナ。既にその動きからこのゲームにあまり慣れてはいない事が読み取れる。そんなアスナの様子にアルゴは『コレは……苦労しそうだナ』と、ため息が出そうになるのをグッと堪え、目的地へと向かう。そうしてアルゴの案内で到着した場所は……宿屋であった。

 

「ここがオレっちが借りてる部屋だゾ! ここなら誰にも聞かれずにゆっくり話せる筈ダ……まぁゆっくりシテいってくれヨ」

 

「ありがとうございます!」

 

 二人はそのままテーブルを挟んで二つある椅子へと腰掛ける。

 

「じゃあ早速、あんなにも必死に助けを求めてタ理由を聞こうじゃないカ」

 

「は、はい……えっと」

 

 アスナは事の顛末……SAOがデスゲームと化してから自分が見てきた事、そしてそれに対する自分の想いを話した。

 

「ンーなるほどナ、それでその二人に追い付く為の知識が欲しいのカ」

 

「はい……」

 

「最初はお嬢さンの事をカマって欲しいだけの厄介なコなのかと思ってタんだが……空と白か、フムフム」

 

「あ、アハハ……」

 

「ヨシッ! お嬢さンはビギナーさンの様だから、まずは何処まで知っていて何処まで知らないのカ、そして何まで出来て何まで出来ないのカを教えて貰うゾ」

 

「は、はい!」

 

「一つ一つ質問シテいくから、順番に答えてくレ!」

 

「分かりました!」

 

 そのまま始まったアルゴの質問に順番に答えていくアスナ。

 

 

「そ、想像以上のビギナーさンみたいだナ……まさかSAOどころか、その他のゲームすらやった事が無いなんテ……」

 

「うっ」

 

「そうだナ……あまり一気に教えても頭に入らないダロウから」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「エ……? で、でも、ゲーム自体の初心者なんダヨn……」

 

「大丈夫です、全部教えてください」

 

「……わ、わかっタ」

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずオレっちの知ってる一層の情報と、戦闘に関する基礎的な技術はこれだけダ」

 

「なるほど、二層に上がるには必ず迷宮区を通らないといけないのね。それなら入口で待っていればきっと会える!」

 

「ンー、たしカに中に入らなければあまりモンスターと戦う必要はないけド……それでいいのカ?」

 

「……え?」

 

「お嬢さンはその二人に会いたいンじゃなくて、その二人に並びたいんじゃなかったカ?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「普通のプレイヤーが迷宮区を攻略しようと考えるなんテまだまだ先ダ。それまでずっと待ってるだケじゃ、その二人が迷宮区に着く頃には途轍もない差が離れているかもナ」

 

「そんなっ」

 

「お嬢さンの言う空と白なるプレイヤーが、それ程のプレイヤーならきっと常に最前線にいる筈サ。強クなれば必ず会える」

 

「最前線……」

 

 そう静かに呟いたアスナに、アルゴはニヤリとしながら言い放つ。

 

「そりゃ、死ぬのは怖い。でも、自分の知らない所でボスが倒されるのも怖い……そういうプレイヤーが集まる場所が最前線サ。そこにいる為には強くなり続けないといけない……止まってる暇なんてないゾ?」

 

「それって……学年十位から落ちたくないとか、偏差値七十キープしたいとか、そういうのと同じモチベーション?」

 

「……ンー? ま、まぁ多分そうかもナ?」

 

「……そっか」

 

 そっか、同じなんだ……と。

 見えない何かに追い立てられているだけで、何か明確な目標があるわけじゃない。なんとなく有名進学校に受かって、なんとなくいい大学に入って、なんとなくいい就職をする──その後は? ……わからない、考えたことはなかった。本当に、ゲームバカとおんなじであったのだと。

 

「でも」

 

 今のわたしが目指すものははっきりしてる……二人に並ぶ? 違う。第一層突破、そして百層を征するその時まで……

 

 穿て。 ──誰よりも(はや)く。

 

 進め。 ──誰よりも(はや)く。

 

 あの二人を追い抜いて()け。

 

 

「……どうやら何か吹っ切れたようだナ! これから何をするつもりなんダ?」

 

「とりあえずレベリングをしに行こうかなって、アルゴさんはこの後何か予定はあるんですか?」

 

「ンー、実は情報屋を始めようと思ってるんダ」

 

「情報屋?」

 

「文字通りサ、情報を売買する仕事だナ。あらゆる情報を収集シ、対価に応じて提供シ、公利に適えば拡散シ、場合によっては秘匿すル」

 

「フフ、アルゴさんはやっぱり優しいんですね」

 

「にゃはは! そんな事ないゾ? 実は、そろそろ初仕事の報酬を貰おうト思ってたんダ!」

 

「ほ、報酬ですか……すみません! 今渡せる物はあまり無くて……後でなら」

 

「ン? フフフ……勿論、今貰えるものを貰うつもりサ! ……お嬢さンの名前を教えてクレ!」

 

 ニヤついた顔でそう言うアルゴに対し、アスナはポカンとした表情を浮かべた。

 

「名前? ()()()()()です」

 

「ゴメン悪かったビギナーさン! プレイヤーネームでお願いします!!!」

 

 ビギナーの中のビギナーであるアスナによって、あまりにも重すぎる報酬を投げつけられてしまうアルゴ。

 

「なるほど、プレイヤーネームも『アスナ』なのカ。だが名前と言われたらプレイヤーネームダ。今回は特別に忘れよウ。以後気をつけなさイ」

 

「ウンウン」

 

「これからハ、アーちゃんと呼ぶから覚えておくようニ!」

 

「ウンウン」

 

 腕を組みながら真剣な表情でそう言うアルゴの話を、コクコクと頷きながら聞くアスナ。

 

(きっとこの子は強くなル。その内トッププレイヤーたちにも追いついて、立派な二つ名を貰う日が来るかもナ。そしたら、今日の出来事を高く売ろウ)

 

 そう思いを巡らせながら、こちらに手を振ってフィールドに向かうアスナへ手を振り返すアルゴであった。

 

 

 

 

 



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── 六話 ──

 

「……くっ、想像以上にキツいわ……ねッ!」

 

 そう言いつつも、モンスターを倒し切るアスナ。

 

(こんな事なら、ちゃんとアルゴさんの言う通りにレベリングを続けていれば良かったわ……!)

 

 アスナは多数のモンスターによる攻撃を捌きつつ、迷宮区へ向かう前に交わしたアルゴとの会話を思い出していた。

 

 

 

 ───え”っ! アーちゃん……もうそんなにレベルが上がったのカ!?

 

 ───たしカニ推奨ステータスには達してるケド、それはあくまでもパーティプレイ前提のものダ。ソロプレイである事と……ネペントの時みたいニ、急にモンスターが大量に湧く等の異常事態(イレギュラー)への対処を考えると、まだレベリングをしていた方がイイと思うガ。

 

 ───エ? ちょっとどんな感じか確かめるだけ? ……それならまぁ、先っちょだけダゾ?

 

 ───い、いや先っちょというノハ……細剣の話サ! ハァ、あぶないあぶないアーちゃんの知的好奇心をナめてた……

 

 

 

 パーティプレイ前提、という部分を甘く見てしまった事への後悔などしている暇はない。次々と押し寄せる迷宮区のモンスター達の攻撃を必死に避けるアスナ。

 

(このまま続けるのはマズイわ! 数体削ってコボルトの攻撃が緩まったら離脱、その隙に安全地帯に逃げ込めば……は?)

 

 そう思考を巡らせ、細剣の基本ソードスキルである『リニアー』でコボルトを倒したアスナに更なる困難が待ち受ける。

 

「う……そ」

 

 ソードスキルの硬直によるデメリットを考えても、リニアーで移動した距離と討伐したコボルトの分攻撃頻度が減ると思っていたのだが……実際は、コボルトを討伐しても瞬間的に新しいコボルトが生成され、攻撃頻度は減らず、離した距離も瞬く間に詰められるという……もはや絶望でしかなかった。

 

「……っ足りない!」

 

 パーティプレイであれば、リポップするコボルトより速く……そして多くのコボルトを狩ることが可能な為、離脱することは容易である。対してアスナは、現状ソロで一度に倒せる数に限りがあり、更には数発の攻撃を入れてHPが少し減っているコボルトのみ……かろうじてリニアーで倒し切ることが出来るという状況であった。

 

「ごめんね、アルゴさん……」

 

 このまま私が死んだら、優しいアルゴさんはきっと自分を責めてしまうだろう。そう思い、心に罪悪感を浮かべるアスナ。しかし、自身にやれる事はもうない。このデスゲームが始まり……それに立ち向かうと決意してから全力で戦った、やり切った、このまま戦い抜いて死ねるなら本望! と考えた時、ふと……。

 

(本当にそう?)

 

 ──本当に自分はやれる事を全てやったのだろうか。

 

(いえ、あの二人なら私と同じ状況になってもまだ諦めたりしないで思考を巡らせるわ)

 

 ──もうこの世界に悔いはないのだろうか。

 

(アルゴさんへの恩を返す前に、逆に悲しませるわけにはいかないわ! ……それに、まだあの二人を越えるどころか)

 

「追いつけてすら……いないのよッ!」

 

 消えかけていた心に再び火を灯すアスナだが、絶望的な状況に変わりはない。モンスターの攻撃を捌きながら思考を巡らせ続ける。

 

(ポーションを飲む暇は作れる! 残りは10個……ミスせずに捌き続ければあと二時間は持つ、それだけ時間を稼げれば不審に思ったアルゴさんが助けに来てくれる!)

 

 予め先っちょだけという話をアルゴとしていた為、あまりに長引けば必ずアルゴが動いてくれるだろう。しかし……

 

(それは、アルゴさんが気付いてくれた場合で……アルゴさんが他の事をしていた場合は、恐らく気付いて貰えるという可能性はかなり低くなる)

 

 パーティを組んでいない為、アスナのHPゲージを見ることが出来ないアルゴに気付いて貰うなど運ゲー、言わば逃げの作戦だ。

 

(死ぬつもりなんてない、でも戦わずに助けを求めていたあの頃みたいになるなんて……絶対に嫌ッ! 戦い続け……戦う?)

 

 諦めずに別の方法を考え続けたアスナは遂に、逃げの作戦ではない方法を思いついた。

 

(このまま戦い続けて、レベルを上げる! その後リニアーで距離をとった瞬間、アジリティとストレングスにポイントを振る! それを繰り返して徐々に負担を減らせば、時間を稼ぎつつアルゴさんが来れなかった場合でも可能性があるわ!)

 

 そもそもソロで戦うにはステータスが足りず、逃げるという判断をしたはずなのだが……その時の事はもはや頭にはない。エテルナ女学院での勉強で培った脳は、全て目の前の敵を最小限の被害で倒す為にフル稼働させている為、迷宮区に来た当初とは気概も、慣れも違う。そして何より掛かっているものが違うのだ。……などと言葉を並べてはみるが、第三者から観ればただの『脳筋』である。普通であればステータス差をたかが精神力で覆そうだなんて笑い物なのだが……ことソードアート・オンラインに置いてはそうではないという事を知る者はいない。

 

「よし! 上手くいったわ!」

 

 リニアーで上手く距離を取り、ステータスポイントを振り分けるアスナ。

 

「この調子なら……次はポーション!」

 

 クールタイムが終わった瞬間、コボルト達が少ない空間へとリニアーを発動する。

 

「よし……え? きゃあ!」

 

 しかし、限界を越えて稼働させていた身体が前回のステータスでの動きに異常に慣れてしまっていた所為で、アジリティにポイントを振ったアスナは少しばかり速く動き過ぎていた。その為、コボルト達を部屋の端まで寄せきる前に動く事になってしまったのだ。一度そうなると、暫くポーションを飲む隙がなくなり……かなりマズイ状況になってしまう。

 

「リニアーのクールタイム分稼げば……え?」

 

 自身のHPゲージの横に見える一時行動不能(スタン)の表示、ポーションを飲むことが出来ず一瞬体勢を崩した時に貰った一撃が、運悪く状態異常を付与する攻撃であったのだ。

 

(ここまでか。でもまぁ、最期まで頑張れたから……いいや)

 

 迫り来るコボルトの攻撃に目を瞑るアスナ。しかし、いつまで経ってもその攻撃が届かない。恐る恐る目を開けると……。

 

「……へ?」

 

 あれだけ大量に湧いていたはずのコボルト達が、全て消え去っていた。

 

「あんた、大丈夫か?」

 

「え、ええ、ありがとう……これは貴方が?」

 

「あ〜……俺もそうだけど、ほとんどはあっちの二人だ」

 

 黒髪の少年が指差す方向に居たのは、アスナが出会える事を願って止まなかった二人であった。

 

「空白……」

 

 そう呟きながら、ばたりと床に倒れるアスナ。それと同時に被っていたフードが脱げる。

 

「「エ?」」

 

 今のところキリトにしか空白というワード自体を知られていないはずなのだが……フードを目深に被って居たいかにも(・・・・)な人間に、二人のプレイヤーネームを言われ、明らかに動揺する空と白。

 

「空白? あぁ、空と白の知り合いか?」

 

「い〜〜〜や? 俺は全然知らん! はずだ」

 

 空は、まさかと思い白の方を見るが……

 

「広場には、居た……多分、違う」

 

 この少女が茅場晶彦という訳ではないようだが、そうだとして……何故二人の名前を知っているのか。

 

「まぁ、とりあえず……またモンスターが一面に広がる前に、安全地帯まで行こうぜ?」

 

「あぁ、そうだな。じゃあ俺らが戦っておくから、キリトがその子を運んでくれ。よろしくな♪」

 

「キリト、任せた……そして任せろ! ぶいっ!」

 

「途中で目が覚めたらどうしたらいいんだ!? 俺……はぁ」

 

 俺、コミュ障なんだけど……と言おうとしたが、すでに二人はコボルトの討伐に向ってしまった。あの二人の方がコミュ障である為、言えたところで意味がない事をキリトはまだ気が付かない。

 

 

 

 



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── 七話 ──

 ──第一層迷宮区、入口付近の木陰にて。

 

「んっ……ここは?」

 

 視界が霞んでいる感覚によって、目頭を抑えながら体を起こすアスナ。

 

「私は迷宮区で……って、そうよッ! 空白ッ!」

 

 アスナは焦りのあまり、そう叫びながら目を見開く。まさか会えると思ってはいなかった二人に奇跡的に出会う事が出来たのにも関わらず、自身は意識を失ってしまったのだ。どれ程の時間が経っているのかは分からないが……直ぐに追いかければまだ間に合うと考えたアスナは、急いで立ち上がろうと膝を立てる。

 

「……どうやら、やっと目が覚めたみたいだな」

 

 彼女の真横から声が聞こえた為、其方へと顔を向けると……片手剣を背中に背負い、木に寄り掛かりながらアスナを見下ろす男の姿があった。

 

「貴方はたしか……えっと、誰ですか?」

 

「あぁ……」

 

 自己紹介をしていなかった事を思い出した……否、思い出してしまった男は、軽く咳払いをした後……立ち上がろうとしていたアスナへと向けて手を差し出した。

 

「初めまして、俺はキリトだ。よ、ヨロシク……」

 

「私の名前はゆ……アスナです。宜しくお願いします」

 

 ……以上! 二人の自己紹介はこれでお終いである。

 

「……」

 

「……」

 

「空と白……空白の二人なら、あそこで付近のモンスターを寄せ付けないように戦っているよ……呼んでこようか?」

 

 少々気まずい空気になりながらも、勇気を振り絞って話し掛けるキリト。

 

「別にいいです」

 

「そ、そうか」

 

 そんな彼女の冷たい返答に、再びこの場の空気が終わる。何やら恐ろしく冷酷な表情を浮かべている彼女に対して……コミュ症のキリトは密かに『たったこれだけの事で彼女の機嫌を損ねてしまったのか』と、自分から話し掛けるなんて事はもう二度としないと誓うレベルのトラウマを植え付けられていた。……実際は空白の戦闘を見て、少しでも多くの技術を吸収しようと集中しているだけなのだが。

 

 

 

 

 

 ──一方で。

 

「ハハハー! なぁー白ー! ……先程から俺達の事を穴が開くレベルで見詰めて来る御方がいると思うんですが……マジで誰なん?」

 

「……広場、周ってた時……白達を追いかけてた、かもしれない人……一人居た……その人、と……同じ顔」

 

 猪型の雑魚モンスター……フレンジーボアを切りつけながら、背後の視線へと顔を向けない様に話を続ける二人。この辺りのモンスターは迷宮区内部とは違ってリポップする速度が遅く、尚且つアクティブモンスターでは無い為、しっかりとモンスターを寄せ付けないように見張っていれば……『安全地帯』というモンスターの出現しない場所と同等に危険度が低くなるのだ。

 

「……ふむ、なるほどな。色々と気になる点はあるが、それはまぁ、追々って事で。……にしても、この距離でこれ程の精神的ダメージを与えられるとは」

 

「片手用細剣、の……ソードスキル……視線でも……発動……出来るん、だ」

 

 横目でチラリと二人の方へと視線を向けてみる空。そこには、ダラダラと冷や汗を流しながらこちらへ助けを訴えているキリトと、何やらヤバい顔をしている少女が並んでいるという光景があった。

 

「さてと、そろそろキリトが可哀想だし……行ってやるか」

 

「……こっちは……コミュ症、三人……これ程の、人数有利……負けるわけ、ない……」

 

 そうして空と白は、わざとらしく今気付いたとばかりの表情を浮かべた後……キリト達の方へと歩き始めると、それに気付いて表情を和らげた様子の少女へと声を掛けた。

 

「……ウチのキリト君がすまんな細剣使い(フェンサー)さん」

 

「……何せ、ソイツは、コミュ症な……もん、で」

 

「おい、お前らっ」

 

 するとアスナは……きょとんとした表情を浮かべた後、気まずそうな顔をしているキリトを見る。

 

「いえ、大丈夫です。特に嫌な事はされてないので。助けて頂いてありがとうございます」

 

 どうやら、キリトが何かした訳では無いという事にホッとした空白。勘違いをしていたキリト自身も安心感から息を吐く。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 と、ここで会話は終了。

 

 ──なるほど。と、色々理解してしまった空と白の周囲に鳴り響くフレンジーボアのリポップ音。この長い沈黙から一刻も速く抜け出したいと考える三人……いや四人には、それが普段より大きく聞こえた。

 

「まぁ、お互い話したい事はあると思うんだが……モンスターも居るし、一旦トールバーナに戻らないか?」

 

 流石はキリト、この状況で声を発する事が出来るのはもはや勇者と言わざるを得ない。更に、話す事が無い為に沈黙したのにも関わらず……『お互い話したい事はあると思うんだが』などという言葉を吐けてしまうのは尋常ではないメンタルの持ち主だ。しかし、先程のミスがミスでは無かった事と、この場にはコミュ症……自身の仲間しか存在しないという事に気付いた彼はもはや無敵だ。

 

「そ、そうだな。ポーションも買い足さないとだしな」

 

「……キリト、ナイス」

 

 空白とその仲間はコミュ症……なんて事ない普通の人間だったという事を知ったアスナは──

 

「……そうね」

 

 ──ほんの少しだけ、肩の力を抜く事が出来たのであった。

 

 

 

***************

 

 

 

 トールバーナに帰還後、ポーションを含めたアイテムの補充が終わった四人は……迷宮区のモンスターを狩って稼いだ金を持って、少し高いが美味しいというレストランへと足を運んでいた。

 

「ベータテストの時は、ここの店のバターステーキ丼がマジで美味かったんだ。俺は皆にも食べて貰いたいッッ!!」

 

 食い気味でそう叫ぶキリトに対して、耳を塞ぐ三人。

 

「……キリト、うるさい」

 

「……声がデケェ!! ……はぁ、俺と白は別に構わんが……アスナはどうする?」

 

「私は別に美味しいものを食べにこの町に来た訳じゃない……」

 

「……キリトが、奢るなら……食べる……って」

 

「どうしても俺達に食べて貰いたいんだもんなぁ? ……もちろんアスナの分だけじゃなくて、俺と白の分も奢りだよな?」

 

「な、なんだとッ!?」

 

 渋り気味のアスナを無理矢理にでも連れていこうと、声を被せる空白。

 

「ちょ、ちょっと! 私そんなこと言ってな……」

 

「……くっ! ……やむを得ない、か」

 

「……キリト、マジか」

 

「……どんだけ食べて欲しいんだよお前」

 

 高級店で大量のコルを消費するというデメリットよりも、全員に食べて貰いたい気持ちの方が勝ってしまった様子のキリトは、そのまま店内へと足を進めた。

 

「んじゃ、早く入ろうぜ」

 

「……ステーキ、丼!」

 

 キリトの後を追って店内に入って行った空白の二人。店の前にポツン……と独り残されたアスナは大きく深呼吸をする。そして、

 

「……別に、話をするならお店でゆっくりでもって思っただけよ!」

 

 周りには誰も居ないにも関わらず、そう言い訳を零しながら扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ゲームのくせに」

 

 バターステーキ丼などという俗なものは、あまり食べた事の無いアスナだが……しっかりと自身の脳は、この食べ物を美味しいと感じてしまっていた。

 

「ハハッ、いやぁ〜こりゃ美味すぎて笑えてくるな!」

 

「……ちょー……おいし♡……」

 

「だろッ!? 良かった〜! ついにこの気持ちを共感して貰える日を迎えることが出来たッ!」

 

「……ごめんな、キリト。まだ寝てないから頭がおかしいままなんだよな」

 

「……リアル、での……ボッチ度が、透けてる……フッ」

 

「うるさいぞ」

 

 そう騒いでいる三人を他所に、少しだけ微妙な顔をしているアスナ。

 

「……ない」

 

「……アス、ナ?」

 

「ん?」

 

 ボソボソと何かを言っている様子の彼女に気付いた三人は、訝しげな表情を浮かべる。

 

「……ない」

 

「ん、どうした? 美味く無かったのか?」

 

「キリトが無理やり食べさせたから怒ってるのかもな」

 

「流石に強引過ぎたか……あ」

 

 三人は、そう言えば……と、入店前に彼女が『私は別に美味しいものを食べにこの町に来た訳じゃない』と言っていた事を思い出した。白の記憶によると……はじまりの街では空と白を追いかけていたらしく、更には空白の名前を知っている様子だ。

 

「……さて、何から聞くべきか」

 

 空はテーブルに肘を付きながら彼女が迷宮区にソロで潜っていた事や、空白を知っていた事等について聞こうかと考えた──その時。

 

「……足りない」

 

「ん、足りないって、何がだ?」

 

 

 

 

 

「──醤油が足りないわッ!」

 

「……え?」

 

「……は?」

 

「……へ?」

 

 目を見開きながら、勢い良くそんな事を(のたま)うアスナに思わず思考を停止した三人は──

 

「「「???」」」

 

 ──揃って首を傾げた。



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── 八話  ──

 

「──醤油が足りないわッ! この丼は、特製ソースを醤油に変えて和風バター醤油ステーキ丼にするべきよッ!」

 

 そんな彼女の意見を聞いて、一同は一考する。

 

「ふむ、確かにバター醤油は合いそうではあるが」

 

「……ん……想像だけ、でも……美味しそう……じゅるり」

 

「そうでしょうそうでしょう! この特製ソースで食べるバターステーキも確かに美味しいわ。でも、これなら丼で食べるよりはお肉を鉄板の上に盛り付けて分けて食べた方がイイと思うの。『丼で食べる』という事を最大限に活用するなら、こってりとしたバターだけじゃなくて醤油を付け足すことで限りなく和に近付けた料理にする方が見た目と味がマッチして最高だと思うのよね。それに……」

 

「……なぁ、白。兄ちゃん、七ヶ国語くらいは理解出来るハズだったんだが、勉強し直す必要が出てきたかもしれん」

 

「にぃ……大丈夫、だよ? ……十九ヶ国語分かっても、アスナの言ってる事……わからない、から。……白と一緒に、お勉強しよ?」

 

 言葉数が少なかったはずの彼女が、それはもう饒舌になり……その圧に押され始めた空と白はパニックになっていた。

 

「あ〜盛り上がってるところで悪いが、そもそもこの世界に醤油は存在しないぞ?」

 

「「……」」

 

「なッ……何ですってぇ〜ッ!?」

 

 テーブルに勢い良く両手を叩きつけながら、大声で叫び始めるアスナ。

 

「ちなみにマヨネーズもない」

 

 更に、彼の無慈悲な追撃が襲いかかる。

 

「あぁ……あぁ」

 

「どうしたんだ? 美味しい物食べにこの町に来た訳じゃないんだろ? 問題ないじゃないか」

 

「……っ!」

 

 そのまま虚ろな目をしているアスナに向かって、ノンデリ発言を連発するキリト。その言葉の数々に、流石の彼女も我慢出来なかったのか……視線で殺す勢いで彼を睨みつける。

 

「うわぁ……キリトお前」

 

「……人の心、ないん……か?」

 

 だが、そんなキリトの様子に空と白は少しばかり違和感を持った。今回は何故か少し言い方が強いな、と。はて、この男はいきなりこんな事を言うような人間だったか? と。

 

「……」

 

「……」

 

 ──いや、そういやコイツもコミュ症だし、距離の測り方を間違えているだけか。と、内心納得している空白を他所に、未だ無言で睨み合う二人。

 

「そうね。私は美味しい物を食べにこの町に来た訳じゃない」

 

 漸く口を開いたアスナへ、真剣に耳を傾けるキリト。

 

「……そうか。じゃあ、何の為に?」

 

 再び黙り込んだ彼女は睨んでいたキリトから視線を外し、一瞬だけ空白へと目を向ける。そして、テーブルに置いてある自身の水入りグラスを見詰めながら……おもむろに話し始めた。

 

「……強くなる為、誰よりも」

 

「……ふむ。どうして、と聞いても良いか?」

 

「私が……私である為に強くなりたいの。あのまま、誰かがこのゲームをクリアするのを……何もせずにはじまりの街で待つだけなんて、そんなものはただの生ける屍だと……そう思った」

 

 まるで自身にそう言い聞かせるように話すアスナ。

 

「あの時、あらゆるプレイヤーが呆然と茅場晶彦の話を聞きながら立ち尽くしている中……貴方達だけがそうじゃなかった。貴方達二人だけが、ゲームマスターという絶対的な立場に位置するあの男に向かって反抗したのを私は見ていた」

 

「確かに……横でおっぱいを返せやらキレてたプレイヤーが居たが、まさか」

 

「……いいえ、それは知らないわ」

 

「……なるほど、ね。という事はもしかして」

 

「……ん、アスナ……白達を、追いかけて……ここまで、来た」

 

 彼女はそれを肯定するように沈黙する。

 

「……といっても、強くなるってのは……ひたすらにこのゲームの知識を付けつつ、レベリングでステータスを上げるくらいじゃないか? 今のメイン武器だって、最大強化値である+6までしか育てられないし」

 

「そうだな。武器は常に強い物へと更新し続け、誰よりも効率良くモンスターを狩り……誰よりも速く前へ進まなければならない。自分が死なない為だけなら……な?」

 

「……それはどういう?」

 

「……このゲーム……普通のゲーム、じゃない……デスゲーム、だから……チートでも、何でもいい……速くクリアすれば……プレイヤー全員の命を助けられる」

 

「でも、当たり前だが……チーターなんてもんはこの世界に現れることはない。何故なら、ボタン一つで人を殺せる最強の公式チーターさんが居るからな」

 

「……茅場晶彦か」

 

「そうだ。そして……どんなにステータスが高かった所で、どんなに一人で強くなった所で……このゲームをクリアするには足りない上にいつか必ず限界が来る。そいつが戦えなくなったら詰み……なんて事はそもそも避けるべきだ。つまり、重要なのは……出来るだけ多い人数でこの世界を攻略することだ」

 

「……なるほど! 俺のようなベータテスターが資源を独り占めした場合、この世界の攻略が詰む可能性が出てくる訳か……だから茅場晶彦はそれを抑制する為のトラップを仕掛けた?」

 

 さらっとカミングアウトしたキリトをびっくりした表情で見つめるアスナ。

 

「あぁ。まぁ別にそいつ一人いれば何でも倒せるレベルでステータスを強化できるならそれでもいいんだけどな。ゲームである以上、全プレイヤーに高められるステータスの限界値が存在する。しかしそれは、茅場晶彦が単なる快楽殺人鬼ではない前提だな。快楽殺人鬼ではなく、ただこのゲームを始めたかっただけの場合は……当然、抑制出来なかった場合にも何かしらの対処をするはずだ」

 

「……でも、茅場晶彦……ただこのゲームを始めたかっただけ、じゃない」

 

 そう呟く白に対して、アスナとキリトの顔に疑問の色が浮かぶ。

 

「というと?」

 

「ホルンカの村のクエスト……プレイヤー同士の争いを禁止するようなモノだったか? 受注クールタイム24時間だぞ……?」

 

「つまり、茅場晶彦は……この世界で起こるPKを許容している可能性が高いってことね?」

 

 アスナの言葉に、思わず息を飲むキリト。

 

「……確定している訳ではないが、そうだな。つまり、何かしらの思想を元に動いている人物の可能性が高い」

 

「……だから、強くなるだけ……なら、白達と……一緒にいない方が、良い」

 

「……それは、何故?」

 

 単純に不可思議に思ったアスナは、空白にそう問いかける。

 

「これから俺達がやろうとしている事は、なるべく早く自身のステータスを強化して……誰よりも速くこのゲームの情報、ストーリーを隅から隅まで調べ尽くし、確定した情報を出来るだけ多くのプレイヤーに共有することだ」

 

「……必然、的に……ステータスを、強化できない時間が……いっぱい、できる」

 

「……なるほどな」

 

「……そう」

 

 

 

 

 

「しかぁしッ! この世界に存在するプレイヤーの誰よりも、このゲームを楽しみたいというのならッ!」

 

「……空白、と一緒に、遊ぶ……べきッ!」

 

「「……っ!!」」

 

「あ、キリトはこれから俺達と行動するって決まってるからな?」

 

「……ボッチに、戻ることは……ない……安心するが、いい……」

 

「……へいへい」

 

 何やら嬉しい気持ちを抑えられない様子のキリトは、ニヨニヨしてしまう口をどうにか隠しながら、ぶっきらぼうにそう返事をする。

 

「ほら、アスナはどうする?」

 

「……一緒に、行こ?」

 

 ──この世界を楽しむ……? この、地獄のようなデスゲームを楽しむなんて……と、未だに信じ切る事が出来ないアスナは、ふと……自身の目の前で不敵に笑っている二人へ顔を向ける。

 

「この、世界を楽し……」

 

 ──そんな事は無理だ。

 

「この、世界を楽し」

 

 ──絶対に不可能だ。

 

 しかし、彼らを見ていると……不思議と、本当にそう思う事が出来るのでは無いか、と。

 

「──私に、この世界の楽しみ方を教えてッ!」

 

 そう感じてしまったアスナは……胸に手を当て、意志を固め、己の進む道を決める。

 

「ハハッ」

 

「あぁ」

 

「……よろこんで」

 

 



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