とある都市の男子生徒 (加賀御影)
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朔月 力弥

これは苛立ちを込めて行った行動である。

 

別に1人の女の子が今にも襲われそうだから助けるヒーローになりたいとかでは無い。偶々、偶然、その他諸々の要因とちょっとした苛立ちの発散をぶつける正当な理由(殆どこじ付け)が出来た。

 

「寄ってたかって1人の女の子に何してんだよ・・・ってこれだと何かテンプレヒーローみたいだな」

 

声を掛けて置きながら自身の台詞に突っ込みを入れながら、空を見上げつつ次の台詞を考える。しかし既に気分を害された典型的な不良達は目標を話しかけてきた人物へと変え、周囲を囲んでいた。

 

「よし。往来の真ん中で発情すんな・・・いや、もし仮にこの中に実は同性愛者が居たら違うか?」

 

「オイ、何ウダウダ言ってんだ? とりあえず何か文句があるってんなら言ってみろよ? 返答の代わりに殴っちまうかもだけどなぁ!」

 

その言葉にニヤリと笑みを浮かべながら、学生服のボタンを上から数個開けながら少年は告げた。

 

「いいね。とりあえず俺もイライラしてたからその方が手っ取り早い」

 

言うや否や少年の右拳が目の前の男の顔面にめり込む。

 

「ぶべら!?」

 

体格差で勝っていたであろう男が空中に数回転しながら吹き飛びそのまま地面を滑る。呆けているうちに少年は右側に立っている男の右手を掴んだ。

 

「オラ!ボーッとしてんじゃねえ!」

 

ブォン!と空を切りながら掴んでいる男を片手で振り抜き、纏めて投げ飛ばす。一気に4人の仲間が地面に重なる様に気絶する様を見て、唯一残った男は少年から数歩後ろへ後退しつつ隠し持っていたナイフを手に取っていた。

 

「ぶ、ぶっころしてやる!!」

 

怒りと恐怖が入り混じり最早やってはいけない行動に出ようとしたその瞬間だった。迎え撃とうと拳を固める少年とナイフを持つ男の間を閃光が走る。目の前に走るその閃光はバチバチという電撃の音がして、両者共にフリーズしていた。

 

「ひぃぃ!!」

 

手に持っていたナイフがいつのまにか消し飛んでいて、男はそのまま情けない声を上げながらそのまま走り去って行く。そんな男を見て、ヤル気なくしたーと言いながら少年は踵を返して去ろうとした時だった。

 

「あ、あの!! た、助けて頂いてありがとうございます」

 

ウェーブがかった髪の被害にあっていた女の子の声に少年は振り向きもせずに片手をヒラヒラとあげながら退屈そうに告げる。

 

「ただの気紛れ。ちょっとイライラしてたからその憂さ晴らしに偶々アンタが関わってただけだよ。とりあえず常盤台のお嬢様がこんな繁華街に来ない事を推奨する・・・あ、そーだ」

 

何かを思い出したのか少年は顔だけを向ける。

 

「もし風紀委員やアンチスキルが来たらうまく誤魔化しといて。じゃーよろしくー」

 

そう言って足早に繁華街の裏路地を通って去って行く少年。それと同時に先程の閃光を放ったであろう御坂美琴が女の子の元にやってきた。

 

それが少年こと朔月 力弥の学園都市での物語の始まりであったのかも知れない。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

東京都西部を切り開き、あらゆる教育・研究機関の集合体と総人口の8割を学生が占める街。それが力弥達の住む学園都市である。学園都市は人為的な超能力の開発を生み出していて、ここに住む学生はそれによって生み出された超能力者が存在している。

 

 

そんな学園都市の治安維持組織の1つである風紀委員のとある支部の一室にて3人の女子生徒が話し合っていた。

 

1人はツインテールの常盤台の制服を来た少女こと白井黒子。もう1人はツインテールと同い年だが違う中学に通う初春飾利。3人目は2人よりも歳上の固法美

偉である。そんな3人の話してる内容は数日前に起きた学生同士の喧嘩である。

 

 

「一番最近に起きたこの喧嘩は確か常盤台の人が襲われてるのを助けた人が一方的に倒したんですから私達の調べてるのとは関係無いでいいですよね?」

 

「ええ。偶々なのかは知りませんがお姉様がそこに居たので詳しく聞いたらその様でしてよ。被害に遭いそうだった方の湾内さんにも伺ったら助けて貰ったとの事です。まぁ少々やり過ぎなのでその殿方も念の為に探したいところですわね」

 

「一応監視カメラに映っていた姿からして・・・うーん、多分あの人だと思うんですよねぇ。すぐに会えるので多分大丈夫です」

 

「知り合いでして?」

 

「あー、一方的にですねー。とりあえず先ずはこちらの方を終わらせましょうよ白井さん」

 

そう言って例の件と並行して起きている学生同士の喧嘩についての画面を表示する初春の後ろに立ちつつ固法は溜息を吐いた。

 

「喧嘩って言うのかしらね・・これじゃ集団リンチじゃない」

 

2人組の男子を黒いニット帽を被った複数人による暴行。しかもリーダー格であろう男は能力を使って倒れている2人組に向けて宙に浮かせた単管を落としている。落とした場所が足であり、2人組は両足を骨折している。幸い命には別状は無いが見ていて不快になる。

 

「他にもこの黒ニットグループらしき人達による被害者は5名です。他の学区でも何人かの被害者の証言も挙がってますからアジトが複数あるかもしくはただ転々と犯行を繰り返しながら練り歩いてるかですね」

 

「どちらにせよ早めに対処しませんとね。バンクから洗い出せそうですの?」

 

「はい。既にリーダーの人は分かりました。これです」

 

初春の出した能力者のバンク情報には念動力 レベル2と出ている。

 

(レベル2?)

 

少しばかりの疑問が出るが考えている間に犯行が今起きてるかも知れないと思い、黒子は初春の用意していたリストを手に取りながら風紀委員の腕章を付けた。

 

「では私は目撃情報のあった地点を回ります。初春は何かあったら連絡を」

 

「分かりました」

 

そう言って、黒子は自身の能力であるテレポーテーションを使い、その場から消えた。

 

 

同時刻

 

何となく先日目の前で起きた1人の少年が起こした喧嘩が気になり、ふらふらと繁華街を歩いているのは学園都市に7人しか居ないレベル5の1人・御坂美琴である。

 

(黒子に見つかったら色々煩く言われそうだなぁ)

 

とは言いつつあそこまで堂々とした立ち回りは遠巻きで見ていた御坂からしたら痛快ではあった。あの時は相手がナイフを出したので咄嗟に自身の能力によるコインを媒介にした電磁砲で助けた。

 

(けどあの男の子迎え撃つつもりで構えてた。何かしら自信があったって事よね)

 

他人の能力は見て把握出来るか実際に説明して貰わないと分かりにくい能力もある。御坂なりの推察では筋力増加系であろう。片手で自分よりも体格の良い男を振り回したり、殴り飛ばすところだけを見た限りではだが。

 

(まぁもし見掛けたら昨日の子がお礼をしたいって言ってたのもあるから声でも掛けて・・・)

 

 

と思ってた矢先だった。目の前のコンビニから朔月 力弥本人が出てきたのだ。

 

「あ、アンタ」

 

御坂のその問いに力弥はキョロキョロと周囲を見て、問いが向けられているのは自分だと理解したのかようやく視線を合わせた。

 

「俺の事か?」

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

 

とある公園のベンチに座る御坂はベンチの横にある柵へと腰を掛けてコーラを飲む力弥と対話を始める事に成功していた。力弥自身はあの時の介入の正体が分かってスッキリしたのか一応礼を言ってきた。あまり心はこもっていなかった様に思ったがそれはそれで御坂は終わりにさせた。

 

「とりあえず私の事は話したんだから次はアンタの事を教えなさいよ」

 

「教える程のもんじゃないからパスじゃダメ?」

 

「別に能力について教えろって言ってるんじゃないわよ。アンタだと呼びにくいんだからまずは名前から」

 

「朔月 力弥。柵川中学2年でレベル3の能力者。ちなみに能力はタネ割れると案外脆いから教えたくない」

 

「朔月 力弥ね・・・とりあえず朔月でいいかしら? 同い年だし」

 

「ご自由に。こっちは御坂様とでも呼んだ方がいいか? 一応常盤台のお嬢様を相手にするんだし」

 

呼び捨てでいいわよと言いながら御坂も缶ジュースを一口飲む。

 

「それで話ってのはコレで終わりか? 終わりならやる事あるから帰る」

 

「まだ続きがあるのよ。アンタが昨日助けた女の子がしっかりお礼をしたいって言ってるのよ。そういうのしっかりしたいって雰囲気の子だからちゃんと受けて貰えない?」

 

それに対して力弥は即答で断ると言って柵から腰を上げた。

 

「じゃあせめて私が間に立つから手紙か何かでならどう?」

 

「昨日もその子に言ったつもりだけど、その子を助けたつもりじゃないんだよ。少しイライラして鬱憤を晴らしたいって思ってた矢先に殴っても文句は無いだろうっていう奴らが視界に入っただけなんだ・・よ」

 

と言いながら力弥は御坂の方からやって来る数人の男達を見て口を閉じる。否、獲物を見つけたかの様な笑みを浮かべて言葉を出すのを辞めたのだ。

 

 

「・・・何よアンタ達?」

 

そんな問い掛けは無駄だろうと内心では思っていた。手に持っているバットや鉄パイプを数回手の上で軽く鳴らし、下品な笑みをさらに酷くさせる連中の大半は御坂美琴を見た目だけで判断してくる野蛮な奴らである。

 

「痴話喧嘩かなぁー? お兄さん達も混ざってあげようかー?」

 

「男の方にはキツイお仕置きと女の子には刺激的なお仕置きってか?」

 

ギャハハと気持ち悪い笑い声をあげる男達に御坂は呆れながら、黒いニット帽を被る男達の数を適当に数えようとした時だった。

 

「御坂」

 

「何よ? 言っとくけどここは俺がやるからお前は下がれなんて言わせると思ってるの?」

 

女の子に戦わせないというのがお決まりだろうがここは学園都市で御坂美琴はレベル5の電撃使い。力弥よりも格段に強く、一瞬で終わるだろう。当然力弥もその事は知っている。それでも力弥は足元に置いていたカバンを御坂へ渡して告げた。

 

「さっきの女の子の礼とやら受けてやる。その代わりやらせろ。元々俺の獲物はこいつらなんだよ」

 

「は?何言って・・・」

 

答えを聞くよりも先に力弥の行動は既に始まっていた。一番近くで笑っていた男が思い切り顎を下から打ち上げられる。文字通り、身体ごと宙へ。そのまま勢いをつけて空中で数回転しながら地面へと顔面で着地し、口と鼻から派手に血を出しながら気絶。その身体を踏み躙りながら力弥は拳を鳴らしながら告げた。

 

「とりあえずお前ら全員・・・殺しはしないけど死ぬ程痛めつけてやる」

 

 

 



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自宅謹慎

朔月 力弥 柵川中学校2年生。レベル3の能力者。能力名は超過身体。自身の身体能力のリミットを外し、常人離れした力を発揮するといったシンプルな能力である。

 

「ただこの能力は使用すればする程に反動があるとの事ですね」

 

初春の説明を電話越しに聞いていた黒子はテレポートで着地していた屋上から周囲を見回しつつ、初春へ問い返す。

 

「それでその方は初春の学校の先輩にあたると・・まぁそれならすぐに会えると言うのは理解しましたわ。何となくあまり良い印象にはならない気がしますけど」

 

「いわゆる問題児なんですよ。あ、不良とかの方では無いですよ。成績は中の上でサボりは少ない。学校全体からの信頼はあるんですが・・・」

 

「ですが?」

 

「気に入らない事に対してへの対応がとりあえず殴ればいい・・・みたいな? あー、いやそれだと悪い言い方になりすぎますね。んー、、とにかく簡単に言えば事件に巻き込まれにいくみたいな人です」

 

なんですのそれ・・と呆れた様に黒子が言うと初春は過去に起きた力弥の事件を簡潔に答えた。

 

中学1年時に在籍していた3年生がレベル0の1年生達を不当に扱っていたのを拳で黙らせ、以降3年生達は卒業するまで彼に頭が上がらなくなった。

 

力弥の行きつけのコンビニの店員に難癖を付けている不良達をコンビニの天井にぶん投げて宙ぶらりんにさせて補導。

 

他学区のスキルアウト達が子供達を脅しているのを見て、力弥とスキルアウトのグループの抗争勃発。コレもアンチスキルが駆け付けた際に補導。

 

「正義の味方でも気取ってますのその方は?」

 

「本人曰く目の前で気に入らない奴らが居たからぶん殴っただけの一点張り。それにあの人の存在をチラつかせて他校の生徒を脅してた同級生は容赦なく殴り飛ばして脅されてた生徒に頭を下げてたとかもありますよ。掴み所のない爆弾みたいな人ってのがウチの学校での認識ですね」

 

「つまり先日の喧嘩も偶々その方の視界に入り気に食わなかったからで良いのかしら?」

 

「恐らく・・・運が悪かったとしか言えませんね」

 

と苦笑していた時だった。

 

「白井さん! 例の黒ニット帽のグループを監視カメラにて補足しました!!」

 

「場所は!?」

 

初春の指示したエリアへ黒子はテレポートを駆使して一目散に飛んだ。数度のジャンプにて辿り着いた先は見慣れた公園である。

 

 

「風紀委員で・・すの?」

 

取り締まり開始と意気込んだ先に広がっていたのは黒ニット帽のグループが山の様に積み上げられている景色だった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

ガチャリと両腕に嵌められた手錠に対し何も文句を言わず力弥は慣れた感じでアンチスキルによって車の中へと連れて行かれる。それと同時に数台の救急車も黒ニット帽のグループ達を搬送する為に出発していく。それらを見送りつつ、黒子はその場に居た敬愛(あまりにも深く)している御坂美琴へと話しかけた。

 

「一体何が起きたんですのお姉様?」

 

「あー、実は」

 

偶々出会った力弥に湾内がお礼をしたいと伝えたがそれを拒否し、それくらいしなさいよと譲歩したやり方を提案し話し合っていた際に件の黒ニット帽達が絡んできた。そして黒ニット帽達を探していた力弥による一方的な喧嘩が始まり、あまりにも手際の良い圧倒的な蹂躙に止める間もなく今に至るとの事。

 

「いやぁ、凄かったわ。ちょっとしたアクション映画を観てる気がした」

 

「そこまでですの? しかし・・・やり過ぎですわね。気に食わないから起こした喧嘩だとしたら傷害事件ですわよ」

 

運ばれて行った黒ニット帽のグループのリーダーらしき男が黒子の見た限り酷かった。両足は折れているだろうし、顔も歪んでいた。力弥の能力による殴打は間違えば人の命すら奪えるのが容易であろう。

 

「やり過ぎだけどさアイツ・・朔月があいつらに言ってたのよね。殴られるいわれの無い奴らが受けた痛みはこんなもんじゃないってさ・・・なんか理由があったのよきっと」

 

「だとしても風紀委員でもアンチスキルでも無い一般の生徒がしてはいけない行為ですの。どんな理由があれ朔月力弥は暴行の現行犯です」

 

「まぁ・・そうだけどなんだかスッキリしないなー」

 

と言いながら清掃ロボットへ缶を投げて回収しつつ、御坂は寮へと帰る事にしたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー

 

アンチスキル取調べ室の椅子に座る力弥。その対面に座るのは黒髪を後ろに束ねただけの女性こと黄泉川 愛穂。

 

「まーたお前じゃん力弥」

 

「どーも」

 

「どーもじゃないじゃん? そろそろ取調べ室じゃないところで会いたいと思わないのかお前は?」

 

「会いたくねえーー」

 

と心を込めて言う力弥の顔面を黄泉川は右手でガッチリとアイアンクロー。そのまま全力で握りながら、なんか言ったじゃん?とニヤニヤと笑う。あまりの激痛に力弥は精一杯顔を振るうが離れない。ようやくその右手から解放されるや否や力弥はバタリと机に顔を伏せながら呟く。

 

「ゴリラめ」

 

「もっかい行くか?ん?」

 

「何も言ってねえよ。で? 流石にやり過ぎだからそろそろ少年院にでもぶち込まれるのか?」

 

「ハァ・・・何でそう悪態ばっかつくのかねえアンタは・・・」

 

昔はもっと可愛げあったじゃんよーと言いながら黄泉川は持ってきていた救急箱から数枚の湿布やら薬、ガーゼ等を取り出す。

 

「ほら腕出すじゃんよ」

 

「いらねえ」

 

「出さないなら関節技決めるじゃん?」

 

数秒の沈黙の後に力弥は右手を出すと、黄泉川は滲み出ている血を拭ってから消毒をして処置をし、次に腫れ始めている部位へと湿布を数枚貼る。その次に両足のズボンを手繰り上げる。

 

「何度も言った筈じゃん? お前の能力は反動がデカい。いい加減に使い方を考えないともっと酷い事になるぞ」

 

「自己治癒力も上がってるからほっといても直ぐに治るからいい」

 

力弥の能力。それは超過身体と言って、身体のリミットを無理やり外す事によって生まれる常人以上の身体能力を生み出す能力。しかしそれは本来使ってはいけない身体の力である為、能力の使用後は筋肉痛が起きる。使用時間が長いと数日は動けないほどになる時もある。また向上した際の殴打による衝撃は自身に返ってきている為、相手から何も受けてなくても殴打の数だけダメージは入るせいでこの様に擦り傷だらけになる。その代わり、自身の自己治癒能力のリミットを外すだけならノーリスクの為、傷の治りは人より早い。だが、大人として子供達を見守る立場にいる黄泉川からしたらそれはあまりにも痛々しい。

 

「ハァ・・・とりあえず取調べをするじゃん。何でアイツらと揉めた?」

 

「気に食わなかったから」

 

まただ・・と黄泉川は頭を抱える。

 

朔月 力弥は決まってこう言うが、その争いの根本にあるのは誰かが目の前で不当な扱いを受けているのを見てしまったからだ。勿論、力弥は正義の味方などを目指しているのではない。ただ視界に入ってしまった力弥の中での善悪による取捨選択での不平等な選択による結果である。

 

そして黄泉川は力弥が何故この様な事をしてしまったのかを知っている。つい先日襲われた2人組を見つけ、病院まで運んだのは力弥である。そしてその2人組は部活動による中学の最後の大会には出れなくなった。それが赤の他人であろうと関わってしまった力弥が犯人探しをする理由になってしまうのだ。

 

(やばいと思ってすぐに動いたけど今回ばかりは遅かったけどなぁ・・)

 

しばらくあれこれと考えつつ黄泉川は仕方ないけどと前置きをして告げた。

 

「流石にやり過ぎだからお前には少年院に入らせるべきという意見も出てるじゃん。けど今回の件で数人の生徒から色々と許してやって欲しいという声もある。という事で色々と話し合った結果、3ヶ月の間、自宅謹慎。勿論、アンチスキルが毎日監視する。それと学校側からの課題と私が特別に作り上げた課題もやってもらうじゃん」

 

 

「・・・マジ?」

 

「良い機会だから謹慎中に自分の能力とも向き合うのも大切じゃん。ただ力任せに暴れるんじゃなくもっと広い視野で何に活用できるかをさ」

 

 

いい事言うじゃんアタシ!と自画自賛する黄泉川に力弥はハッと嘲笑した。そして再びアイアンクローを喰らうまでか一連の流れである。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

 

自宅謹慎1ヶ月目。

 

毎日毎日課題がアホみたいに送られてくる。それと同時に黄泉川も力弥の住むアパートへやってくるなり、今日はこれじゃん!と嬉々として課題を渡し、しょうもない世間話をしてくる。まずこれが1ヶ月目である。

 

自宅謹慎2ヶ月目。

 

最早息をするかの様に朝飯、課題、昼飯、課題、夕飯、筋トレからの課題のサイクルの日々が2ヶ月を終える。茶化しにきたクラスの友人達からも「何かお前、目が死んでね?マジうけるわー写真撮ってクラスの奴らに見せるわー」と本来なら問答無用で犬神家みたいにしてやるのにそんな気すら起きない。その代わり毎朝目覚まし無しで6時に起きれる体質になった。

 

 

自宅謹慎3ヶ月目。

 

一日で一番、目に入る漢字2文字が課題になってきた。もう比喩表現抜きにして課題にしか手を動かしてない。見回りがてら挨拶にきたアンチスキルのメガネの人に対しても、新手の洗脳能力のテストでも実はしてます?と聞いたくらいだ。お陰でアンチスキルからの課題は週に3日になったからいいのかも知れない。そもそもこんなに課題出してきてるけど先生達マジでチェックしてるのか?何かイライラしてきた。謹慎明けたら職員室行って全部の課題の答え合わせ確認しに行ってやろうか・・・

 

と1人暮らしの力弥の部屋に呪いや怒りの怨嗟の独り言が響き渡るある日、唐突に部屋のチャイムが鳴り響く。

 

「チッ、あのゴリラか?」

 

インターホン越しの画面を確認しようと立ち上がり、ディスプレイを見るとそこには真っ赤に染め上げた髪を1つで束ねている男が立っている。その男の姿を見て、力弥はインターホンの通話ボタンを押した。

 

「なんだよ兎丸。今日学校だろ」

 

「とりあえず開けろ。色々とテメェに聞きたい事がある。一応言っとくがコレはクラスの男子総意でもある。アーユーオーケー?」

 

神原 兎丸。彼はクラスメイトでもあり、力弥の数少ない友人だ。いつもは飄々としているのに何を鬼気迫った顔で来たのかが気になり、オートロックの扉を開け、部屋の玄関も開けておいた。

 

 

ガチャリと静かに玄関の扉が開く。そこからゆっくりと部屋へと入ってくるや否や数多は持っていた缶ジュースを勢いよく振りかぶって・・・甲子園優勝投手に匹敵するかのような速度で力弥へと投げ込む。

 

「ごほぉ!! テメェ!反応出来なかったら普通の奴なら大怪我だぞ!!」

 

間一髪で受け止めながら力弥は叫ぶがそんな事など知るかと言わんばかりに兎丸は舌打ちしながら勝手に座布団を出して座り込むや否や力弥へ問い掛けた。

 

「お前、この謹慎中に女でも出来た?」

 

「・・・は?」

 

何言ってんだお前と続ける力弥に兎丸はそのまま質問を続ける。

 

「じゃあ常盤台の女の子達と仲良くなった?」

 

「いや特に思い当たる・・・節はあるな」

 

謹慎の原因を作ったあの乱闘騒ぎを目の前で見ていたのは常盤台のレベル5 御坂美琴だ。それにその御坂美琴と話した内容も常盤台の女の子関連だ。だが、仲良くかどうかはと聞かれるなら仲良くは無いと答えが出たのでそう答えようと顔をあげた。

 

「あー、男子諸君。どうやら力弥の奴には思い当たる節があるとの事。お前ら判決を」

 

いつのまにか電話を掛けていた兎丸。そしてその兎丸の呼び掛けと共に携帯越しからクラスの男子全員からの判決が鳴り響いた。

 

「「「ギルティ」」」

 

「よし分かった。とりあえず兎丸、お前ぶっ殺す」

 

やってみろと兎丸が華麗に携帯を投げ捨てると共に2人の喧嘩は始まるのだった。

 

 

そして数分も経たない内に兎丸は力弥の関節技が極まってめでたくギブアップした。ちなみに彼はレベル2のめちゃくちゃ使い勝手の悪い能力者である。

 

「で? いきなり俺をギルティ扱いにした理由は何だよ? まさか俺が謹慎中に常盤台の女と遊んでるのを見た奴が居るとか言うならそいつの見間違いだぞ? この謹慎中はマジで家から出てねえ引篭もり生活なんだからな」

 

「・・・話すと長くなるからとりあえず昨日の放課後に起きた事を言うとするか。昨日の放課後、なんか凄えウェーブ掛かった常盤台のお嬢様と黒髪のお嬢様2人と一緒に学園都市第3位の御坂美琴が俺らの学校にやって来た」

 

 

どうやらこれはかなりめんどくさそうな展開になりそうだと力弥は確信してしまったのである。



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終わりから始まり

学園都市第7学区にあるごくありふれた中学である柵川中学校・・・だったのだが1年前に入学してきたとある生徒をキッカケにこの中学の2年D組だけはある意味で個性的なメンバーが揃ってしまったのだ。

 

現在進行形で自宅謹慎を受けているアンチスキルから電話が来たらまず彼だと言わせる朔月 力弥。入学して間もなく素行の良くない3年生達がしていた1年生へのイジメを容赦無く病院送りにしたのを皮切りに頭角をあげてしまった。尚、成績は良く教員に対しての態度も普通である為、どう接すればいいのか分からないと当時の新任の教師を困らせたのはあしからず。2年へ進級した際に校長が苦肉の策として爆弾には爆弾ぶつけてみよっか?と言う鶴の一声で柵川中学の変人の教師を担任にさせたがコレも間違いだった。

 

次は2年D組というクラスについてだ。

 

上記で説明した朔月 力弥をやはり少なからず怖いと思っている同学年は多かった。そこで再び校長が安易に彼と仲良い子達で集めれば何とかなるんじゃない?と色々と問題になりそうではあるが半ば男女比など考えずに全教員と数名の生徒達の意見で何とかD組というクラスが出来上がった。だがコレが間違いだった。蓋を開けたら、赤に染め上げた髪をした生徒は体育館倉庫にジャンクパーツ集めてバイク直してたり、深夜に忍びこんで学校内のパソコンからこの中学のサイトに忍び込んで、ネット界隈では有名な守護神とやらと日夜ハッキング合戦をしていたり、レベル0で能力者達の部活倒したら部費5倍にしろと言った翌日に練習試合で圧勝してくるバスケ部。もうキリが無いくらいに今まで何でそんなに大人しかったの!?と教員全員(変人曰く力弥に注意が逸れていただけ)が頭を抱えたのである。

 

 

「という具合にさっき校長先生と教頭先生が言ってましたよ」

 

柵川中学のとある準備室で教員の1人である大圄先生がタバコを吸う先生に告げるとその先生はタバコの煙を吹かしながら言った。

 

「若人ははっちゃけてた方がいいんすよ。しかし変人扱いで爆弾には爆弾とか言われ放題だな俺・・・」

 

変人こと灰谷は苦笑しつつ吸いきったタバコを灰皿に捨てて次のタバコに火を点ける。

 

「そう言えば朔月君の謹慎もあと1ヶ月切りましたね。今回はかなりの量の課題出すようにってアンチスキルからも頼まれてたんじゃないですか?」

 

「あー、2ヶ月目突入からなんか疲れてきたから学園都市のレベル5についてとか去年の大覇星祭の事とか学び舎の園へどう入るかとかの感想文やら考察文書かせたけどどこいったかな」

 

「色々と突っ込みどころがありますがそういうところですよ変人言われる由来って」

 

「失礼だなあ大圄先生。俺なりにアイツには学園都市っていう絶好の遊び・・もとい学びのある世界を知ってもらう為に心を鬼にして課題を作ってるんですよ」

 

「そうですか・・」

 

相変わらず掴み所の無い人だと思った時だった。2人のいる教室の廊下を数人の男子生徒が走っていく。その先頭には真っ赤な髪だけでこの学校内ではすぐに分かるであろう神原 兎丸。

 

「どうやら何か起きそうですよ? 今日は初春さんが風紀委員の仕事でお昼に帰ってしまわれたからまた校長先生達が頭を抱えそうです」

 

 

「しゃーない。見てくるか」

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

その日の放課後の2年D組には兎丸を筆頭に数人の男子生徒達が集まっていた。黒板には兎丸がデカデカと力弥にやらせる課題と書いていた。

 

「とりあえず昨日灰谷先生に頼んだ学び舎の園のレポートは今日の夜に来るらしいから次はやっぱ常盤台でも調べさせるか?」

 

「けど力弥の事だから延々と常盤台の歴史とか書いてくんじゃね? それよか常盤台含めたお嬢様学校のマイブームとかをうまく絡ませるようなレポートやらせようぜ!」

 

そうこの一行は力弥の課題を毎日出すのがめんどくさいとボヤく灰谷先生に協力をかこつけて自分達の要望をレポートにさせていたのだ。中学2年のお年頃の男子だ。彼女が欲しいというただ1つの願いの為に彼等は動いている。そのせいで数少ないクラスメイトの女子達からクズ共めと蔑まれている。

 

そんな話し合いをしている中、1人の男子が声を上げた。

 

「おい、おいおい! あれ見てみろよ」

 

その生徒が指差した先は校門。その校門の脇に3人の女生徒が立っている。しかも先程話題になっていた常盤台の制服に身を包んでいる。

 

「常盤台だよな? おい兎丸、お前なんかやらかしたか?」

 

「人をやらかし代表にすんな。そういうのは力弥だろうが・・・ってあの真ん中の奴って常盤台にいるレベル5の1人の・・・御坂美琴じゃねえか?」

 

御坂美琴。レベル5の超電磁砲とも電撃使いとも呼ばれていて、下手に絡んだ奴らは全員もれなく黒焦げにされ病院送りもザラでは無いと聞く。そんな彼女がこんなありふれた学校に来るなどあり得ない。

 

「・・・まさかだけど力弥の奴、謹慎中に実は抜け出して常盤台の御坂美琴と揉めたとかじゃないよな?」

 

1人の男子生徒がボソリと呟く。そのぼやきに一同は顔を見合わせた。

 

「い、いや流石にアンチスキルが監視カメラで部屋から出たらアラーム鳴るように仕掛けたんだろ?流石にそこまでされてんだから」

 

「待て・・・そういやアイツ、昔スキルアウトの奴らとやり合ってた時に3階からダイブしたとか言ってたぞ。アイツのアパートって周囲の建物より高いから能力駆使すれば順々に飛び降りるくらい余裕じゃね? 窓からなら監視カメラなんて無いし・・・」

 

タンタンと飛び降りる力弥の姿が容易に想像出来た一行の顔は青ざめていく。そして1人の男子が兎丸に言った。

 

「どうすんだ兎丸!?」

 

「お、落ち着け! まだ力弥がやらかしたって決まった訳じゃないだろ!?」

 

柵川中学には力弥以外にも多くの生徒がいる。それに偶々ただそこに立っているだけの可能性だってあるのだと兎丸が言おうとした時だった。

 

「バカ男子共ー。なんか、校門の所にいる常盤台の人達が朔月について聞きたい事があるとか言ってるよ」

 

我がクラスの女子がわざわざ彼等の希望を撃ち砕く一言を告げるだけ告げて帰っていく。

 

「・・・お前ら覚悟決めろ」

 

彼等は重い腰を上げ、先頭を駆けていく兎丸に続く・・フリをして校門へと辿り着こうとした瞬間に裏切った。そんな事など知らずに単身になってしまった兎丸は裏切った仲間達を恨みながらも既に御坂達3人の前へとやってきた手前、改めて覚悟を決めながら告げた。

 

「力弥の住所教えるから見逃して下さい!!!!!」

 

彼もまた友人である力弥を全力で裏切ったのであった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

突然の叫びに御坂、湾内、泡浮の3人は呆気に取られてしまい、思わず顔を見合わせる。

 

「えっと、その・・何か誤解してる気がするんだけど」

 

「ご、誤解?? ウチの力弥が第3位の貴方に対して喧嘩吹っかけてそのお礼参りとかじゃないの?」

 

「いや、まぁその朔月には用事があるのは確かなんだけど別に揉めたりとかはしてないわよ。それに用事があるのはこっちの子で」

 

と御坂が言うと湾内が一歩前に出て、一礼してから一通りの事情を話す。

 

「という訳でして・・・朔月さんからはお礼などは要らないと言われましたがやはり私自身がしっかりと心からしたいので今日は御坂様と泡浮さんに無理を言って共に来てもらった所存なのです。ただその・・・」

 

「さっきここの生徒の女の子からアイツが漏れなく謹慎中って聞いてね。けどこうしてわざわざ来たんだからアイツとコンタクト取れる人はいるのかって聞いたらうってつけの奴らが教室に居るから連れてくるって言うからこうして待ってたら・・・」

 

「あー、俺が来たって事ですか」

 

「あのさ、アイツと同じクラスって事は同学年でしょ? 敬語辞めていいわよ?」

 

「努力はするけど常盤台の人達と話すのなんて初めてなんだよね。まぁそれは置いといて話を戻すけど」

 

さてどうするかと兎丸は考える。しばらく試行錯誤した後に提案した。

 

「力弥への件についてだけど正直言うと難しいな。本人がそういうのは煩わしくて嫌がるタイプだから。だから手紙にお礼と連絡先でも書くってのはどう? 連絡先まであってもアイツが手紙だけで十分って終わらせたらそれまでだと思うし」

 

「・・・という事だけどそれでどうかしら湾内さん?」

 

「そうですね・・・本人がそこまで言うのに私の方から迫るのはご迷惑でしょうし・・分かりました。ではご友人である貴方様に任せるという形にします」

 

「任された」

 

では少しお待ち下さいと言ってあらかじめ手紙も用意していたらしくそれに付け加える様に自身の連絡先を書いたメモも入れて、兎丸へと渡した。

 

「ではお願いします。あ! すいません、御名前を聞いてませんでしたわ!」

 

「俺は神原 兎丸。手紙は丁重に扱い、必ずや力弥へ届けますのでご安心ください」

 

年下の2人に対して頭を下げつつ応じる兎丸に御坂は少し引きながら問いかける。

 

「さっきから気になってるんだけどあの陰でコソコソ見てるのは神原の知り合いなの?」

 

「一応・・・悪い、ウチの奴ら全員常盤台含めたお嬢様学校にしょうもない妄想を繰り広げてるから。まぁ俺もだけどな」

 

「そういうのよく自分から言うわね」

 

「お陰で女子からの渾名は喋らなければイケメンもしくはダメンズと言われています」

 

「その通りだと思うわ。まぁとりあえずよろしくね」

 

お願いしますと御坂の後に頭を下げながら彼女達は帰っていった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

「という訳だよ大罪人。常盤台、しかも年下の美女に加えてレベル5の超電磁砲とも交友関係持ちやがって。お陰でバスケ部5人衆が魂抜けて散々だ」

 

あらかた起きた昨日の事を話し切って満足した兎丸だが、力弥にとってはいくつかスルーしてはいけない事がある。

 

「とりあえず常盤台の御坂達の話は置いといてだ。お前達か!あんな訳わかんねえ課題出してたのはよぉ!!」

 

「うるせえ! とりあえずそんな事はどうでもいい!!」

 

そう言って兎丸は預かっていた手紙を力弥へ渡す。それを受け取る力弥は目の前の兎丸がとっとと開けろと言わんばかりに睨んでくるので渋々開けた。内容は先述していた通りの助けてもらったことへのお礼が綺麗な文字で書かれており、見ていて住む世界が違うと感じてしまう。

 

「ん?ああ、コレか?連絡先のメモ」

 

手紙を取り出した際に床に落ちた一枚のメモ。それを拾い、無意味になるにも関わらず反射的にそれを見てしまう。そこに書かれていたのは走り書きにも関わらずに綺麗に書かれているメールアドレスと電話番号。そして・・

 

「どうだった? まさかお前、ラブコメ的な感じになったとか言うんじゃねえよな!?」

 

「うるせえダメンズ。そんな展開になる訳無いだろうが」

 

と言って、手紙を自身の机の上に置きながらギャーギャー騒ぐ兎丸を無理やり部屋から退出させる。別に居ても構わないがそろそろ黄泉川の巡回が来る時間帯の為、兎丸が見つかった場合補導されるだろう。

 

「ハァ・・とりあえず課題するか」

 

と机の上の手紙をしまおうとした時だった。

 

「おーやってるじゃん力弥」

 

まるで実家のようなフリーパスで部屋に入って来た黄泉川に力弥は怪訝な表情をしながら何度も言っている事を改めて言う。

 

「アンチスキルだからって無断で入るのはいかがなものかと?」

 

「気にするなじゃん。とりあえず今日は早番だったからお前と少し話して終わりなんだよ」

 

なら寄らずに帰ればいいだろうがと言いながらも黄泉川の分のお茶を用意している力弥に黄泉川はクスクスと笑いながらふと先程まで座っていた力弥の机の上にある手紙に気づく。

 

「手紙・・じゃんよ?」

 

ちょっとした好奇心で手に取り、それを見る。そんな黄泉川をお茶を持ってきた力弥は声を荒げて手紙を奪い取った。

 

「プライバシーの侵害だ!訴えるぞゴリラ!」

 

「あー、流石にそれに関しては済まない」

 

「・・どっちを見た?」

 

「両方」

 

パタリと床に手をついて悶える力弥に黄泉川は青春だねえーと言いながらお茶を片手に椅子に座った。

 

「嬉しいもんだろ?人から感謝されるっていうの?」

 

「別にそういうのは求めてない・・・求めようとも思ってない」

 

「そう・・まぁアンタをあの時に保護した身としてはそんな大それた生き方なんてせずただ子供らしく目の前で起きる小さな幸せを感じながら生きて欲しいもんじゃんよ」

 

その言葉と共に2人の空気は一瞬だけ重くなるがすぐに黄泉川がいつものように空気を変えようと話題を切り替える為に口を開き掛ける。だがそれより先に力弥は奪い取った手紙を机に置きながら言った。

 

 

「アンタには感謝してるつもりだよ。人並みの生活をして、馬鹿な奴らと馬鹿みてえに過ごすのなんて夢みたいだ。だからって訳じゃないけど、目の前で起きてる不平等で辛い目にあってる奴らを見るとなんかほっとけない。まぁ、それで謹慎喰らってアンタに心配かけさせてちゃ意味ねえよな」

 

 

「・・・ホントその通りじゃん。さてとそろそろ帰るか。あ、大人としてアドバイスという名の命令をしてやる。その手紙、しっかり応じるじゃん。しなかったら課題3倍にする様に根回すからなー」

 

 

前言撤回だゴリラめ・・と言いかけるが既に黄泉川は出て行った後である。誰が応じるかよと思いつつも力弥は課題よりも悩んだのだった。

 

 

そして時は過ぎ、7月15日。暑い陽射しを受けながら、朔月力弥は久しぶりの制服に身を包み歩いて学校へと向かっていると、手に持っていた携帯の画面にメールが届いたという表示が浮かぶ。それをタップして開きながら、力弥は照り付ける太陽を手で遮りながら呟く。

 

「ホント、毎日マメな子だよ」

 

と言って、力弥は短い返信を送って学校へと向かうのだった。




とりあえず幻想御手編を始めていきます


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後輩

7月のある日の昼休み。各々が昼飯を済ませ自由に昼休みを過ごす中、朔月力弥はコーラを片手に体育館倉庫の扉を開ける。本来なら蒸し暑くて居られるものではないが、我らが2年D組のレベル2の電撃系の能力者によって蓄電済みである大型バッテリー(廃棄されたのを兎丸が勝手に拾い私物化し改良済)がエアコンという学生の味方を起動させている為、ここは知る人ぞ知るオアシスになっている。そんなオアシスの中心にブルーシートを広げて、いつものようにどこかで拾ってきたジャンクパーツをせっせと組み合わせている兎丸に力弥は呆れながら声を掛けた。

 

「今度は何作ってんだよ?」

 

「学園都市の清掃ロボット。アレ出来たらここで出たゴミとかわざわざ焼却炉に持ってく事ないだろ?」

 

「またとんでもねえの作ろうとしてんなぁ・・・風紀委員に見つかったら怒られるぞ」

 

「そもそもここの改造すらやばいんだからどうでもいいって。それより午後って身体検査だろ? めんどくせぇなー」

 

身体検査。定期試験と並行して行われる学園都市ならではの検査である。能力などの数値を前回のと照らし合わせてレベルを付けるのだが、高位の能力者は中学の時点でそれ相応に進学先を決めている為、この柵川中学ではそこまで本格的な検査をしていない。唯一の例外ではあるが、力弥はこの後体育館で特別に用意される物を用いて測るのだが、おそらく前回と大して変わっていないだろう。

 

「というか灰谷から聞いたけど力弥は今回の定期試験の結果良くても夏休みは補習なんだろ?ご愁傷様ー」

 

「ウチのクラス、ほとんどが補習になるだろうが」

 

「俺はヘーキヘーキ」

 

と言いながら兎丸は時刻を見て、片付け始める。それを見つつ、力弥はそのままそこで制服を脱いで、体操着に着替える。

 

「そういやザキが何か変な事言ってたな」

 

「基本いつも変な事言ってんじゃねえかアイツ」

 

「まぁそうだけどよ。何だっけかな・・あー、何か都市伝説サイトで最近噂になってる奴だ。レベルアッパー」

 

レベルアッパー?と聞き返すと兎丸は簡単に説明してくる。

 

曰く、それを使うと能力が飛躍的に上がる。レベル0でも能力を扱えるようになるらしい。

 

「噂じゃレベル2の奴がレベル4並みの出力かませるほどになったとか言う奴もいるとかいないとか」

 

「アホらしい。そんなんがあるなら学園都市でもっと普及させる優れ物だろ」

 

「けど火のないところに煙は立たずって言うだろ? 俺も気になって都市伝説サイトのスレ見てるけどここ最近のスレ立て率は異常だぜ? 何か裏でもありそうな気がする」

 

「まさか欲しいとか思ってんの?」

 

「どんな構造になってるかは気になるね。使いたくは無いけどな」

 

 

そう言うと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くのだった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

ドン!!と響き渡る音と共に体育館の天井へ向かってサンドバッグが舞い上がる。それは天井にぶつかり、そのまま重力に従ってコートへと落ちた。

 

「ほい。とりあえずこれで検査終了だ。前より数値上がってるな力弥。その調子でレベル4にでもなるかー?」

 

棒付きキャンディをくわえながら専用の機械で出てきた数値をレポートに書きながら灰谷が茶化すように言う。そんな灰谷の言葉に力弥は右手をひらひらと振りながら答えた。

 

「別に目指してる訳じゃねえよ。あーくそ痛え」

 

「ふむ。相変わらず不便だなーお前の能力。耐久性の向上をしない代わりに自己治癒能力をあげて治すとか・・何?お前Mなの?」

 

「アンタで試してみてやろうか?」

 

「おー怖い怖い。けどまぁ逆に言えばお前の場合、下がるより上がる一方だな。ある意味でお前は能力使った後は常に超回復で身体の筋肉鍛えてるようなもんだから。あ、けどあんまり多用すんなよ。無理矢理身体のリミット外すなんて将来的にどうなるか分からんから」

 

「分かってるよ」

 

用意していたコールドスプレーを右手に吹きながら答える力弥に灰谷は検査結果と言ってレポートを渡してくる。

 

「んじゃこれで終わりな。クールダウンはしとけよー。明日の体育、どうやらマラソンするとか言ってたから」

 

タバコタバコと言いながら生徒をその場に残してさっさと体育館から出て行く灰谷に力弥は本当に教師かよと冷めた目で見送る。

 

「しっかし・・」

 

自分の能力ながら相変わらず不便だ。サンドバッグの様な衝撃を受け止めてくれるモノなら拳は壊れない。しかしよく漫画やアニメでみるような壁を拳で壊すとかそういう派手な事をしたら確実にこの拳は一撃で砕けてしばらく使い物にはならないだろう。喧嘩で派手に吹き飛ばしてるが実は拳のみではなく身体全体を使っているので出力だけで言えば半分にも満たない。なので喧嘩での主なやり方は基本的に投げ飛ばすのが一番反動が少なくて済むのだ。

 

「とりあえず着替えるか」

 

体育館倉庫に置いていた制服へと着替え直し、まだ検査をしている皆を他所に誰も居ない教室へと戻り、席へと座るや否や携帯を取り出すと一件のメールが届いていた。

 

「昼休みにきてたのか」

 

メールの相手は数ヶ月前に色々とあって出会った湾内絹保という常盤台中学に通う一つ下の女子である。

 

『本日は身体検査ですが、そちらもですか?』

 

『今してきたところ。レベルは変わらず』

 

と気が利かない返信を送りながらもそのまま携帯てネット検索サイトを開き、おもむろに常盤台中学と打つ。そこには常盤台中学が広報用に作っているホームページのサイトがあった。

 

常盤台中学。学園都市の中でも屈指の名門校でもあるお嬢様学校。義務教育が終わるまでに世界に通じる人材を育成するという教育方針を掲げているらしく、中学生ながらも授業レベルはかなりのモノらしい。ちなみに湾内に今やってる数学でこの問題難しいですが何とか解けましたと言って送られてきた問題が既に理解不能だった。

そんな常盤台中学は入学条件も厳しい。先ずどんな地位を確立した立場の子でもレベル3に満たなければ入学出来ない。つまり湾内も既にレベル3の能力者なのだ。ちなみに先程の検査で灰谷がレベル4目指すかと言っていたが力弥のレベル3としての数値は良くて中の下なのでレベル4なんてこの先到達出来るか怪しいものである。

 

「っと・・」

 

しばらくサイトを見ているとまた湾内からメールが来る。どうやらあちらも検査が終わり、今日の授業は終わったとの事だ。とりあえずお疲れと打つとすぐに返事が来る。

 

『実は身体検査中にプールの水が轟音と共に舞い上がったんです』

 

『何となく察した』

 

『そうなんです。御坂様なんです。測定する為の衝撃を緩和する為にプールを使わないといけないらしいのですが・・・言葉に表せない程でした』

 

さすがレベル5だなーと送ると共に廊下から何人かのクラスメイトの声が聞こえてくる。力弥は湾内に帰りのHRをしてくると送り、携帯を鞄へとしまった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

放課後になるや否や兎丸は数人のメンバーと共に今日も元気に馬鹿をしに行くらしい。誘われたが勿論断った力弥はそのまま帰ってもよかったのだが、久しぶりに買い物でもしようと思ってアパートとは別方向へと歩いていた。

 

(何か面白い筋トレグッズでも・・あーそういやウェアもボロボロになってたのあるし新しいのでも買うか)

 

目的地をスポーツ用品店に定めつつ、公園を通っていた時だった。

 

「あ」

 

クレープを片手に力弥の前を横切る御坂と目が合った。力弥は反射的に逃げようと身体を反転させたが時既に遅しと言わんばかりに御坂の手が肩を掴んでいた。

 

「人の顔見て逃げるなんて失礼ね」

 

「・・・ドチラサマデショウカ?」

 

カタコトな返事をして誤魔化そうとしたが、ビリビリと肩から伝わる電気に力弥は逆らうのを辞める事にした。そんな力弥を御坂はとりあえず来なさいよと言ってくるので渋々と付いていった先には木陰のベンチでクレープを食べている3人の女の子が居る。1人は常盤台の制服を着ていて、残る2人は力弥と同じ柵川中学の制服を着ていて、その2人は力弥を見るなり唖然としている。

 

「初春さんに佐天さんと同じ中学なんでしょコイツ?」

 

「は、はい。ど、どうもこんにちはー・・・」

 

初春と呼ばれた頭に花飾りを全体的に着けている少女はどこか緊張している。一方、初春の友人である佐天 涙子は少し興奮しながら力弥の前に立ち上がった。

 

「初めまして!! 私、1年の佐天 涙子って言います! 先輩の噂はめっちゃ知ってます!! スキルアウト50人連続KO!とか不良を100メートルぶん投げたとか!!!」

 

「どんだけ脚色されてんだよ・・・50人もやってないし100メートルなんて投げてねぇよ」

 

「えー・・なんかショックー」

 

「勝手にガッカリされても困るんだがな。というか御坂、なんで連れてきたんだよ」

 

「そうですわお姉様!! この様な野蛮人を何故!お姉様ともあろう方が!!」

 

1人憤慨する黒子を無視しながら御坂は力弥の問いに対して答えた。

 

「別にいいじゃない。一応、顔見知りだし。それにせっかくなんだからこれを機に初春さんや佐天さんの様な後輩と仲良くなりなさいよ」

 

 

何そのいらん気遣いと言うが多少なりとも話さないと御坂の機嫌を損ねそうなので力弥は仕方ないとため息を吐きながら自販機でコーラを買いながら4人の横にある柵に腰を掛ける。

 

「ハァ・・全くお姉様の気紛れには困ったものですね。とりあえず・・・私は白井黒子と申します。見ての通り常盤台生で、第一七七支部の風紀委員ですの。あまり問題行動を起こさない様にお願いしますわ」

 

「極力そうするよ。まぁ知ってる様だけど柵川中学の2年D組の朔月 力弥だ」

 

「あ、えっと私は初春 飾利です。白井さんと同じく風紀委員です」

 

「あぁ、ウチの1年にそういや風紀委員いるって言ってたけど君の事だったのね。よろしく」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

と再び頭を下げる初春に対して力弥はどういう風に接していけばいいのか分からない為、それで話は終わろうとしたが、

 

「なんか思ったより先輩って話しやすいんですねー」

 

佐天が自然に話かけてくるので力弥はコーラを飲みながら答える。

 

「思ったよりって・・どう思われてたんだよ」

 

「んー、噂だと柵川中学の鬼神とか番長とか言われてたからもっとこう・・目付きが鋭くてデカい人って想像してました。それとほら初春だって言ってたじゃん。2年D組という魔窟の支配者って」

 

「さ!佐天さん!? す、すいません先輩!別に悪く言うつもりは無いんですよ!」

 

失礼なことを言ってしまったと慌てて謝る初春だが、力弥は怒るよりも笑いがこみ上げてしまう。

 

「魔窟かー。まぁ俺のクラスの奴ら、癖が強いからそうなるよな。なるほど、ほかの奴らからはそういう風に思われてるのか・・・ざまぁみろアイツら。俺だけがトラブルメーカーとか言いやがって」

 

「いや、けど力弥先輩がウチの中学ではダントツでアンチスキルに補導されてますよ?」

 

「どっちにしろトラブルメーカーじゃない」

 

「お姉様は人様の事は言えませんの」

 

と御坂に対して黒子が釘を刺す様に言うと御坂は私はそこまでやらかして無いと騒ぐ。そんな2人を他所に力弥は初春と佐天に疑問に思っていたことを問い掛ける事にした。

 

「気になってたんだけど、あの2人とはどんな関係なんだ? まぁ白井さんは初春さんとの風紀委員繋がりとは分かるけど、そこに御坂美琴が混ざってるのが不思議なんだけど?」

 

「あー、元々は初春が白井さんにお願いして御坂さんと会う約束してたみたいなんですよ。で、私は半ば成り行きで付き合わされた?みたいな?」

 

「へぇ。まぁ成り行きとは言え貴重な縁になったもんだな」

 

「縁って・・・私、レベル0だから御坂さんみたいな常盤台のエースなんて呼ばれてる人と仲良くなるなんて悪いですよ・・」

 

そう呟く佐天は少しだけ暗くなりつつもそれを誤魔化す様に笑う。

 

「まぁお前がそう思うのは自由だけど、あっちが別にそういうのを気にしないでいるならそんなに考え込まなくていいんじゃねえか? レベル3の俺が言うのは変だけど、俺のクラスにもレベル0のバカ5人がいるけど何も考えてねえぞ? というかあわよくば常盤台の奴らと付き合いてぇとか言ってんだぞ?」

 

「な、なんて無謀な事を考えてるんですかその人達」

 

「それな? 普通なら無謀って思うだろ? けどあいつらはマジなんだよ。例えば大覇星祭あるだろ? 常盤台の奴らと競い合う時に勝ったらきっとあっちは悔しくて絡んでくる。そこであわよくば連絡先ゲットとか言う脳内妄想の為に毎日身体鍛えてるんだぜ? レベル0なんてそいつらにとったら何もマイナスな要素にならないんだろうな」

 

「・・前向きなんですねぇ」

 

「バカなんだよバカ。けどレベル0だから引け目感じるよりはいいだろ?」

 

とまるでその5人の事を誇らしげにする力弥に佐天はそうですねと言った時だった。

 

「あれ?」

 

初春が道路を挟んだ先にあるとある銀行を指差した。初春のその声に一同が指差した方へと視線を向けた。

 

「なんでこの時間帯にあの銀行、シャッターを下ろしてるんですかね?」

 

「休みなんじゃない?」

 

「いや、平日なんだから普通は開いてるだろ?」

 

力弥がそう言った瞬間だった。シャッターの中心が膨らみ、ドォン!と音を立てて炎がシャッターから飛び出てきた。

 

あまりにも突然のことで呆気に取られる中、黒子は1人素早く風紀委員の腕章を肩に付けながら動いた。

 

「初春! アンチスキルに連絡を!それと周囲の人達の避難勧告をお願いします!」

 

「は!はい!」

 

ヒュン!と黒子が目の前から消えると共にシャッターから出てきた3人組の男の前へと現れる。

 

(テレポーター。しかも自分を飛ばすなんて相当だな。さすが常盤台なだけあって優秀だな)

 

コーラを飲み切りながら黒子と銀行強盗の戦闘をのんびり見る力弥。それを見て、初春は力弥の手を取って叫んだ。

 

「せ、先輩も離れてください!危険ですよ!」

 

「あー・・そうだな。すまん」

 

風紀委員として一般人である力弥を避難させるのが初春の仕事だ。それに逆らうほど人間が出来てない訳では無いので力弥はそれに応じる様に周囲の人々の流れに乗る為に足を運ぼうとした時だった。

 

「あ、あの!!」

 

バスガイドの女性が息を切らして初春の元にやってくる。彼女曰く、社会科見学でやってきたグループの男の子が1人居ないらしい。その子はバスに忘れ物をしたと言ってこの騒動になるほんの僅か前にこの場を離れてしまったらしい。それを聞いた初春を含めた4人は不味い事になるかもしれないと感じてしまった。

 

「分かりました。私が探しますのでどうか避難をしてください」

 

「私も手伝うわ。朔月、アンタも・・」

 

「分かってる。俺はバスの方を探す。お前たちは向こう側を」

 

「頼むわよ。それじゃ・・」

 

「あの!!私も手伝います!!」

 

自分にも何かできる筈だと思った佐天が協力を申し出る。だがレベル0である佐天を巻き込むのに少し不安になる御坂だが、1人でも人数が増えれば見つかる可能性があがる事を考慮してそれを受け入れる。

 

「わかったわ。じゃあ佐天さんは朔月と一緒の方を」

 

と言って二手に別れる。力弥はバスガイドの女性が言っていたバスへと乗り込み、中を確認した。

 

(居ないか・・いや、席の下に潜っているかもだな)

 

後ろから一つ一つ身を屈めて調べるがやはり居ない。力弥は中には居ない事をバスの周辺を探しているであろう佐天に告げる為に外へと出たが、直ぐ近くにいると思っていた佐天の姿が無い事に気づいた。

 

「佐天!! どこに・・」

 

「なんだこの・・ガキ!!」

 

唐突に響く怒声の方へ顔を向ける。そこには子供を連れて行こうとする強盗の1人から子供を守ろうとしていた佐天が足蹴にされ、子供と共に倒れ込む瞬間があった。

 

「佐天!!」

 

すぐに佐天の元へと駆け寄ると佐天は頬を赤くしながら言った。

 

「だ、大丈夫です。この子、守りましたよ」

 

「・・・よくやったな。後は任せろ」

 

そう言って車を使って逃げた男の方へ視線を向けながら近くに立つバスの表示板を片手で持ち上げる。表示板といっても安易に倒れない様にする為にコンクリで下の部分を固めている為、本来なら片手では持ち上げられないが能力を駆使している力弥ならば可能である。

 

「くたばれ」

 

力任せにぶん投げたそれは勢いよく逃げていく車の目の前に突き刺さる。突然現れたそれを回避しようと車のハンドルを切り、180度ターンをしてしまったせいで逃げようとしていたのにこちら側へと向いてしまった事に男は半ばヤケクソ気味に邪魔をした黒子や力弥ごと車で吹き飛ばす事にしたのかこちらへと全力で向かってきた。

 

「上等だ・・・」

 

グッと今度は道路にそびえ立つ標識を引き抜いて思いきり叩いてやると決めた力弥だった。だがそんな力弥の前に御坂がゆっくりと出てくるなり告げた。

 

「次は私の番・・・任せなさい」

 

どうやら佐天を傷付けた男へ怒っているのは力弥だけではなかったらしい。キンとポケットから出したコインを指で上へ弾き、それを電磁力によって射出した。常盤台の超電磁砲と呼ばれる所以である閃光が向かってくる車の目の前の地面を砕き、その威力の余波で車は大きく宙を舞って御坂を飛び越えながら地面へと真っ逆さまに落ちていくのだった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

その後、アンチスキルがやってきて3人の強盗達は手錠を付けられ連行されていく。それを横目に見つつ、力弥は黄泉川に見つかる前にこの場を去ろうと立ち上がった。

 

「全く・・・貴方があんな事をせずとも私の能力から逃げられる訳が無いんですよ?」

 

いつの間にか隣に現れる黒子の言葉に力弥は確かにと苦笑した。

 

「しかし・・・貴方への認識は多少は変わりました。不本意ですが、またどこかで会ったときはよろしくお願いしますの」

 

「不本意なのかよ」

 

不本意ですわと言い残し、アンチスキルの元へと戻る黒子を見送りながら力弥はふと思い出し、治療を終えて座り込む佐天の元へ向かう。

 

「あ、力弥先輩」

 

「大丈夫か?」

 

「はい。擦り傷なのでヘーキですよ!」

 

「そうか。それじゃ俺は見つかると厄介なのが来てるから帰るわ」

 

それじゃと言って踵を返して帰ろうとしたが、力弥は最後に言う事を思い出し、佐天へ告げた。

 

「子供を守り切ったお前、かっこよかったぞ。じゃーな」

 

「あ!! 待つじゃん力弥!お前か!!バスの表示板ぶん投げたの!!逃げるなぁぁ!!」

 

黄泉川から必死に逃げ始める力弥を見つつ、佐天は空を見上げながら言った。

 

「力弥先輩もかっこよかったです・・なんてね」



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事件

「爆弾テロ?」

 

「そう。まぁテロっていうのは大袈裟だから連続爆破事件ってのが正解かもな。ネットのスレにはテロリストがこの学園都市全体を壊す日が近いとかっていう話題が最近目立つけど」

 

例によって冷房の効いた体育館倉庫に居座る兎丸が近頃起きている事件を力弥に言うと、力弥は爆破か・・と言いながら兎丸のそばに置いてあるボルトを手に取る。

 

「言っとくが俺じゃねえからな?」

 

スパナでボルトを締めながら否定する兎丸に力弥は苦笑した。

 

「わかってるって。というかお前の能力は爆破じゃねえだろ?」

 

「まぁな。けど一応破裂なら出来るよ。威力はお察しだけど。っと、話し戻すけど、何か引っかかるんだよなぁこの連続爆破事件ってやつ」

 

「何がだよ?」

 

「何つーか・・・回数を重ねるにつれて爆発の威力が上がってる・・みたいな?」

 

「話が見えてこねえな。犯人が慣れてきたんじゃねぇのか?」

 

「それもあるかもだけど、最初の事件・・というか最初に起きたのなんてショッピングモールの花壇で爆竹が一回鳴った程度みたいなんだよな。あ、コレはネットのスレにあったのだから詳しくは分からないからな? そのスレの奴らが書いてた時系列を並べて起きた連続爆破事件らしきのを見ると、爆竹みたいな1回目から少しずつ目立ち出したんだよな。んでここ最近のは風紀委員から怪我人出る程の規模だってよ」

 

「風紀委員がとなるとその爆破ってのは予告でもされてるのか? 風紀委員ってのは基本的に事件後に向かう事多いんだろうし」

 

「そこはさっぱりだわ。ただつい最近のコンビニの中での爆破事件は、爆破する前に風紀委員が避難勧告出してたみたいだから学園都市のセンサーに反応する何かがその爆弾魔さんのタネなのかもな。ま、とりあえずお前も気を付けろよ? ナイフで刺されれば死ぬし、炎浴びたら燃える。爆破なんてのに巻き込まれても吹っ飛ぶんだから」

 

「へいへい。分かってるよ」

 

と言いながら力弥は体育館倉庫を去りながら、携帯を取り出す。例によって湾内との他愛の無い日常会話メールはなんだかんだで続いている。現在届いているメールの内容はどうやら先日の銀行強盗の話を黒子と御坂から聞いたらしく、怪我は無いですか?と安堵の確認である。

 

 

「特に怪我は無し。強いて言うなら筋肉痛・・・送信っと」

 

返信を済ませながら冷房の効いた所から出た反動により、照りつける太陽から生じる暑さが急激に喉の渇きを訴えてきた。力弥は学校に備えてある自販機でいつものようにコーラを買おうとしたが、今日に限りペットボトルのコーラが売り切れている。

 

「缶の方でいいか」

 

硬貨を数枚入れ、残っている缶のコーラを買って日陰になっているベンチへと腰を掛けつつ缶を開けると再び携帯が震えたのを感じ、取り出した。

 

『急いで病院に行くべきではありませんか!? 良ければ常盤台の水泳部の先輩達が通っている所を紹介します!』

 

『湿布で十分。もう殆ど違和感無くなってるからあと数時間すれば完治だと思う』

 

『そうですか・・・実は白井さんや御坂様から朔月さんの能力について勝手ながら聞いてしまい、心配していました。あまり無理はしないでゆっくり身体を休めてくださいね』

 

「返信はや・・・あ、そうだ」

 

少し疑問に思った事を力弥は湾内へと質問することにした。内容は例の連続爆破事件について。勿論、爆破事件についてはうまく誤魔化しながらだ。

 

数分が経った時、湾内からの返事が来た。

 

『爆破についてですが例えば視認している所に念動力の応用で爆破させるというような能力もあるかもですがやはりレベル4の様な人でなければ難しいのでは?と思います。ただ何かの物質を変換させ別の物にするという能力の人の話しは聞いた事があります』

 

(あー、なるほど。そういう視点もあるのか)

 

『あとは能力では無く単純な時限爆弾式の可能性もありますね。ところで朔月さん、その推理小説面白そうです。よければ教えてもらえませんか?』

 

少し罪悪感を感じつつ、昔読んだ推理小説にあった連続爆弾魔がもしこの学園都市に現れた場合、どの様な能力の生徒達が容疑者へとなるのか?という質問にして良かった。

 

返事としては昔だからタイトルは忘れてしまった。今度探してみるという風にして一度メールを辞めることにした。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

『昔だからタイトルは忘れてしまった。今度探してみる。今から少し買い物に行くからまた今度』

 

「あ、残念ですが仕方ありませんね」

 

と常盤台の中庭の一角で座っていた湾内は携帯端末を鞄にしまう。今日は部活は休みであり、友人である泡浮が先生と少し話があるとの事なので中庭にて待っている。そんな湾内の姿を偶々見かけ、やってきたのは白井黒子である。

 

「ご機嫌よう湾内さん。今日はお一人ですか?」

 

「あ、白井さん。ご機嫌よう。泡浮さんを待っているんですよ」

 

「そうですか。ところで・・・」

 

黒子は1年生に少し広がっているある噂を確認する為に隣へ座りながら湾内へ質問した。

 

「最近、放課後や昼休みになると湾内さんがどこかの殿方と楽しそうにメールをしていると噂になっていましてよ?」

 

「え、そ、そんな噂になっているんですか?」

 

「まぁお気になさらなくてもいいでしょう。上の先輩達にもその様な間柄の方は仰ると思いますから。それで? 野暮ではありますが、実は私も気になっておりますの。一体どこのどなたなんです?」

 

「あ、あのその前に私と朔月さんはその様な間柄ではありません」

 

朔月さんという名前が出た瞬間、黒子は唖然とした。だが、思い返せば彼女と力弥にはちょっとした縁がある。

 

 

「なるほど・・少々驚きましたが湾内さんとあの男は一応顔見知りでしたわね」

 

「白井さんも先日の銀行強盗の一件で会ったそうですね。聞きましたよ」

 

「ええ。不本意ながらですがね」

 

多少なりとも好感度は上がったもののそれでも力弥をまだ信頼しきっていない黒子。それでもやはり気になるのでさらに湾内へ問いかける。

 

「それで・・・あの方とはどの様な話をしてらっしゃいますの?」

 

「そうですね。例えば常盤台の授業と朔月さんの学校でやっている授業の話、それと身体検査の話。個人的に面白かったのは朔月さんの通っている学校の体育館倉庫を改造し、住みやすい環境にしている話が聞いていて新鮮でした」

 

「か、改造ですか・・」

 

あとで初春に学校の見回りを徹底しろと注意しようと決める黒子を他所に湾内は話を続ける。

 

「あとつい先程は朔月さんが昔読んだというミステリ小説での犯人が爆弾魔で仮に学園都市でそういった事件が起きた際、どの様な能力が該当されるのか?という質問をされましたね」

 

「・・・爆弾魔と言いましたか?」

 

「はい。朔月さんって割と本を読むそうなので今度私も小説などの話をしようかと思っています」

 

「そう・・いいかもしれませんね。共通の趣味というのは得てして会話が弾みますからね。それでは私は風紀委員の仕事に行きます。では」

 

そう言って黒子はその場を去りながら、携帯を取り出し初春へと連絡をした。数回の呼び出しと共に初春が出るのを確認すると同時に告げる。

 

「初春。少しお願いがありますの」

 

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

翌日の事だった。本日もいつもの様に何事も無いまま、授業が終わりあとは帰るだけになった矢先のことだった。既に帰りのホームルームが終わって各々が駄弁ったり部活に行ったりを始める力弥のクラスの扉が開く。そこには上級生のクラスに入るのを緊張している初春の姿。そんな初春は帰ろうと鞄を肩に背負っている力弥を見るや否や一礼をして近づいてくるなり言う。

 

「少しお時間いいですか? 朔月先輩」

 

「・・・まぁいいけど、ここで?」

 

「いえ、出来れば」

 

一七七支部でお願いしますと言う初春の言葉に力弥は断ろうかと思ったが周りの目が妙に殺気だっているのを感じたのでその誘いに応じる事にした。

 

 

一体なんなのだろうと思いつつ初春と共に学校を出て、しばらく歩いて行くうちに辿り着いた一七七支部。初春に案内された部屋の椅子に座ると初春はコーヒー飲みます?と聞いてくるので有り難く頂くことにした。

 

「あらお客さん?」

 

「あ、はい。昨日白井さんが言っていた朔月先輩です」

 

その言葉に眼鏡を掛けた女性はそういう事ねと納得しながら自分の席へと座り、パソコンを起動させる。

 

「あの人は固法先輩で私や白井さんと同じくここの風紀委員なんです。それで今日来てもらうように言ったのは・・」

 

「私ですの。数日ぶりですね朔月さん」

 

扉を開けて入ってきた黒子はそのまま力弥の前へと座るや否やジッと睨んでくる。

 

「・・すまんが何か俺がやらかしたか? だとしたら冤罪だ。銀行強盗でのあの日以降、俺は何もしてない。証拠は・・無いけど」

 

「いえそうではありません。少し伺いたい事があります。まさかですけど・・・今、巷で騒がれている爆弾魔の事件に首を突っ込もうと思ってないですよねぇ??」

 

とてもニッコリしながらもその笑みから溢れる黒いオーラの様なモノを感じつつ力弥はコーヒーを飲みながら答えた。

 

「突っ込む気は無い。ただ俺の友人が連続爆破事件の話をしていたんだ。何となく察したけど、湾内にそれとなくそういう能力ってのはどこまであるかを聞いたんだよ。白井もそんな話を俺がしてたってのを湾内が言ってたから釘を刺しにきたのか?」

 

「ええ。ただそうは言ってても貴方はどこかお姉様と同じで首を突っ込むタイプな気がするので改めて直接言おうと思い、ここに来てもらいました」

 

「・・・分かったよ。変に介入するつもりはない」

 

「そう言って貰えるなら助かります。ただ今後は湾内さんに対してその様な嘘を交えての意見交換は辞めてください。貴方にとって軽い嘘でも本人は貴方にその様な趣味があるのだと嬉々としていますので」

 

「・・・マジか」

 

「大真面目です。なので急いで読書を勧めますわ。先程帰りに会った際、彼女が書店に向かっているのを見ましたので。ちなみに読書の経験は?」

 

「漫画しか見てない」

 

お気の毒ですわと冷ややかに言う黒子に力弥は頭を抱える。

 

「白井」

 

「知りません。ちなみに彼女がもし落ち込む様な事が起きた際は・・・そうですわね。常盤台の1年生が数人がかりでその原因を作った何かに対して行動を起こすかもですわ。レベル3、いえレベル4相当の方もいるでしょうからその何かは無事では居ませんね」

 

軽い脅しを言う黒子を見て力弥はコーヒーを飲み切るや否や立ち上がった。

 

「本屋行ってくる」

 

「先程の話もお忘れず」

 

分かったよと言いながら、初春にコーヒーの礼を言って力弥は支部から飛び出て行く。それを見送りながら初春は黒子にコーヒーを渡しながら言う。

 

「結構素直でしたね」

 

「ええ。しかし油断出来ませんわ。なんというかあの方はトラブルに巻き込まれるタイプな気がします。まぁ暫くは慣れない読書に頭を悩ませるのでその間に片付けておきたいですわね」

 

コツコツ調べましょうと言って一七七支部の3人は事件の調査を始めるのであった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

「はい、合計で7850円です。カバーは付けますか?」

 

「・・お願いします」

 

とりあえず目に付いた本を買う事にした力弥は予想外の出費に泣きそうになった。だが元はと言えば自分の撒いた種であるので仕方ないのだと割り切る事にした。

 

「ありがとうございましたー」

 

袋に入れてもらった数冊の本を手に取り、書店を出てあとは帰ってゆっくりと読めるだけ読もうと考えながら歩いていた時だった。

 

「朔月せんぱーい!」

 

不意に聞こえる声に力弥は周囲を見回す。すると道路向こうの公園のベンチに登りながら手を振っている佐天とその隣で座る御坂が居る。

 

(帰りたいがここで無視したら後々煩そうだな。特にあのレベル5)

 

という事でとりあえず挨拶がてら少しだけ立ち寄ろうと決めて、道路を渡って2人の元へと行くと佐天は力弥の手にしている袋を見て首を傾げた。

 

「先輩、買い物ですか?」

 

「まぁな。不本意ではあるが読書をしなければならなくなった」

 

「何よ不本意って・・・まさか読書感想文でもするつもり?」

 

「文にはしないが感想は語れるようにはならないと不味い・・かも知れない」

 

歯切れの悪い言い方をする力弥に佐天と御坂は互いに見合ってどういう事?と聞き返す。力弥は溜息混じりに簡潔に事情を説明した。

 

「と言う事だ」

 

「大変ねアンタも」

 

「と言うか先輩、常盤台の女の子とそう言う関係なんですか!? いやぁー、やりますねぇ」

 

茶化す様に笑う佐天にとりあえずチョップを打ち下ろしながら、袋から取り出した本を御坂に見せ、力弥は問いかける。

 

「とりあえずお前ら常盤台生はどういうのが好みなんだ?」

 

「いや私、漫画派。そもそもコンビニで立ち読みで済ませるとき多いし」

 

「このエセ常盤台」

 

なんだとコラァ!と電撃を迸る御坂を佐天は自身の頭を抑えつつ宥めて、力弥の出した本を見ながら一冊の本を指差した。

 

「あ、コレがいいかもですよ? 今ネットで話題ですし、恋愛要素もありながらのミステリーで色んな世代に大人気ですよ。それと確かコレ、どこかで見た事あるから・・」

 

と言いながら佐天は携帯端末でネットに飛んで力弥の買った本を一つ一つ検索していく。

 

「どれもこれも最近の中では良いんじゃないですかね。先輩、中々に良いチョイスです」

 

「なんか本屋のお勧めコーナーにあった中から直感で選んだ。とりあえず何とかなるならいいけど問題がなぁ」

 

「問題?」

 

「まともに文章だけの本を読んだ事無いんだよな。まぁ、何事も初めてって言うし頑張るか」

 

袋に詰め直す力弥に佐天は確かにと同意した。

 

「私も苦手っちゃ苦手なんですよねぇ。読書感想文で読まないといけない時は大変でしたもん」

 

「だよな。俺も去年初めて出されて漫画で書いたら怒られたわ。っと、じゃあ俺、急いで少しでも読むつもりだから帰るわ」

 

そう言って足早に去る力弥に佐天はお疲れ様でーすと見送る中、御坂は少しだけ違和感を感じていた。

 

(去年初めて? 小学生の時にやらなかったの?)

 

「御坂さん?」

 

「あ、ううん。なんでもない」

 

考えすぎか・・と僅かに感じた違和感を押し留めながら2人は他愛の無い世間話をするのであった。

 

 

 



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セブンスミストにて

このまま今日は眠り続けたい。そんな気持ちのまま力弥は学校へと向かっていた。昨日、帰って早々に購入してきた本を一気に読もうとしたのだが、読み慣れない小説という事もあり、結局深夜2時過ぎまででたったの一冊だった。目が疲れたり、何が起きてたかを確認するために前のページを読み直したりとペースが遅かったのが原因だろう。お陰で寝不足だ。

 

「駄目だ。眠い」

 

と項垂れながら教室に着くなり、机へと突っ伏す力弥。その力弥の頭に兎丸はそっと空き缶を置きながら声を掛ける。

 

「どうしたよ?イヤに眠そうじゃん」

 

「慣れない事をして疲れたんだよ・・まぁ身から出たサビだから気にしないでくれ」

 

頭の上の空き缶を手で払って言う力弥に兎丸は払われた空き缶をキャッチする。

 

「慣れない事ねえ・・・昨日、風紀委員の1年生と一緒にどっか行ったけどそれと関係してんの?」

 

「・・・いや、それは単純に例の爆破事件には首突っ込むなよって釘を刺されただけ。問題はその後だ。まぁこれはプライベートだからこれ以上は言えん」

 

「ケッ、リア充が。大方、常盤台の例の子との話を広げる為に慣れない事してんだろ?」

 

何で分かるんだよと顔だけあげて睨む力弥に兎丸は両手を上げてわかりやすいんだよお前と言って立ち上がる。

 

「まぁ前みたいに所構わず暴れてたお前の数少ない春なのかもだから大切にしてやれよ。んで良い感じになったら是非俺という親友をご紹介しなさい」

 

「御坂に対してビビって俺を売ろうとした奴がよく言ったなオイ・・・」

 

「あのぐらい活発な子でも歓迎だぜ?」

 

「やめとけ」

 

御坂ではなく御坂の横にいる黒子という存在が排除するのが目に見えるのでそう進言することにしたが、兎丸はそんな事など露知らずに守られるのも悪くないとか言い出してる。

 

 

「うーす。席つけー。出席は・・まぁ全員居るな。居なくても居るでいいだろ」

 

やってくるなり適当な挨拶と出席を取る担任の灰谷の声に兎丸は席へと戻っていく。他の生徒も座るや否や灰谷は教卓に手を置いて告げた。

 

「とりあえずアンチスキルと風紀委員からの注意勧告がある。まぁ知っての通り最近起きてる連続爆破事件についてだ。放課後に人の多いショッピングモールやらに行くのは勝手だが、不審な人物又は物を見かけたら離れ、近くのアンチスキルもしくは風紀委員は連絡すること」

 

「灰谷センセー、不審な物って例えばどんなよ?」

 

「知らん。とりあえずなんかピッピッ鳴ってる鞄なんかあったら逃げろでいいだろ。言っとくけど映画でよくある赤とか青とかの配線切ればいいとかなんて思うなよ。実際開けてみたら馬鹿みてえに配線だらけでわけわからん事になるからな」

 

「ちなみにどっち切る派?」

 

「どっちも切らないで一人で逃げ切る派。とりあえず兎丸は次に横槍入れたら昨日の帰りに他校の生徒ナンパして失敗してたのをバラすからな」

 

「バラしてんじゃねえか!!」

 

と叫ぶ兎丸を無視しながら灰谷は以上連絡終わりと言ってそのまま授業を始めた。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

担任である灰谷の受け持ちは見た目と反して多種に渡る。といっても本人の担当教科は数学だがそれと共に学園都市ならではの能力開発についての授業も行っている。

 

「とまぁ、お前らも色々と思う事はあると思うが、能力者はそのレベルによって段階分けされてる。その力は生まれながらの才覚によるものが大きいが日々の鍛錬によってその能力は更に上へと目指す事は可能だ」

 

能力についての座学は正直に言えばレベルの低い者達からしたら退屈になり、聞いている生徒は殆ど居ない・・と言うのが1年前の授業の感想である。この2年D組の生徒達は灰谷の教科書のような話がそろそろ終わるのを察し、顔をあげると灰谷は教科書を閉じるや否や告げた。

 

「まぁ教師として言うのはどうかと思うが努力をすれば必ずレベルは上がるなんてのは正直どっこいどっこいだな。だからといってそこで何もしないで立ち止まる奴はそこで終わりだってのは俺がお前達の担任になった時に言ったな。という事で今日もお前らの質問を答える時間にする」

 

そう言うや否やさっそく1人の生徒が手をあげる。

 

「センセー、仮にですけどレベル5に弱点ってあると思います?」

 

「返り討ちにされるのが関の山だが、まぁそうだな・・・個人的には何かしろはあると思う。まず単純にレベル5といっても人間だ。物量においての疲労度の蓄積はあるかもだが・・・まぁ蓋を開けたら物量で攻める前にその物量が一瞬で片付けられたら終わりか」

 

「第1位や第2位含めた能力は?」

 

「教師としてそれについての公開は怒られる。まぁ強いて言えば会う事がない世界に居ると思いながら今の生活を楽しめ。そうすりゃ会わねえよ。あー、ちなみにお前らが少し前に校門で見た常盤台の第3位に関してなら分かる範囲でなら教えてやる。あの子は色々と目立ってるしいいだろ」

 

いいのかよと突っ込みたくはなるが湾内とのメールで話してる限り、常盤台でも御坂の能力は割と有名だと言うので力弥は黙ってそれを聞く事にした。

 

「第3位 常盤台のエースで超電磁砲とも言われてる様に平たく言えば電撃使い。こと発電能力は群を抜いてるな。ただ彼女の場合は磁力を用いての金属系を軒並み自在に動かす事などの応用力が高い。どこまで彼女がやっているかは分からないが砂鉄やらも磁力操作したら手が付けられんだろうなぁ」

 

流石レベル5と灰谷は豪快に笑うと共に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「っと終わりだ終わり。最後に何度も言うが、能力があってもなくても自分が何を出来るかを諦めずに考え続けろ。んで壁にぶち当たったのなら相談してこい。可能なら教えて乗ってやる」

 

んじゃまたなーと言いながら灰谷は教室を出ていくのだった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

『というのがオレ達の担任だ。変人だろ』

 

今日も変わらず放課後になるや否や湾内は空いた時間で力弥とメールをしていた。そんな湾内の姿を見てやってきたのは常盤台に中途編入してきた2年の婚后 光子と湾内と同じ水泳部に所属している泡浮の2人。

 

「お待たせしました湾内さん。今そこで婚后さんと一緒になって良ければお茶でもどうですか?」

 

「いいですね。婚后さんと是非行きたいお店がありますので行きましょうか?」

 

 

2人の提案に顔を赤く染めながらも決して喜びで舞い上がらない様にいつも持つ扇子を顔にあてながら構いません事よと言うが、婚后は立ち上がる湾内に少し気になっていたを思い出した。

 

「ところで湾内さん? 誰かと連絡を取り合っていませんでしたか? もしまだお話があるようなら私に構わなくてもいいのですわよ?」

 

「いえ大丈夫です。朔月さんとのメールはまた夜にでもしますので」

 

「朔月さん・・とはお二人の友人ですの?」

 

「いえ、私は名前しか知りません。実は」

 

と泡浮は湾内に許可を得てから力弥について話すと婚后は扇子を優雅に広げた。

 

「素晴らしい殿方ですわ!!」

 

「ええ。私もそう思います」

 

目的である喫茶店へと入り、3人は店員に案内された席へと座るや否や婚后は湾内に力弥の話をもっと聞きたいのか嬉々とした表情を浮かべながら迫るのだった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「奇遇ですねぇ先輩」

 

「またお前らかよ」

 

セブンスミストと言う様々な服などを取り扱っているチェーン店にて力弥はスポーツウェアを新調しにやってきていた。そんな中不意に声を掛けてきた例によっての2人の後輩である佐天と初春そして御坂の3人がそこに居た。

 

「こんにちは朔月先輩。今日はお買い物ですか?」

 

「そんなとこだな。スポーツウェアとか色々見てたところ。そっちは?」

 

「私達は色々見て回ろうって約束してたんです。白井さんは少し調べ物が溜まってるから後で合流しますよ」

 

「そうか。じゃあ見つかる前に俺は帰るとするかね」

 

と言った時だった。初春の携帯が鳴り響く。それを手に取ると相手が黒子であると言いながら耳に当てた。

 

「はいもしも・・っ!? え? な、なんですか??」

 

妙に切羽詰まってるのか会話が成り立たない初春の様子に力弥は何となく嫌な予感を感じとる。そして一通り何かを聞くや否や初春は電話を切って3人に告げた。

 

「落ち着いて聞いてください。監視衛星が連続爆破事件の標的がここセブンスミストと観測したそうです。御坂さん、すいませんが避難誘導を手伝って貰えますか? 佐天さんと朔月さんは急いで避難を!」

 

その言葉に御坂は頷き、すぐに動き出した。それに続く様に力弥も巻き込まれたくないので初春の言う様に避難しようと動くが佐天はその場に立ったまま動かない。

 

「佐天。俺らは避難するぞ」

 

「あ、は、はい。初春、あんたも気をつけてね」

 

と言って佐天も力弥と共にセブンスミストの外へと出た。しばらくすると初春と御坂の指示を受けたセブンスミストの放送によって店の中にいた学生達が続々と出てきた。どうやら電気系統のトラブルという事になったらしく、避難という概念にはなっていないのでパニックにはなっていない。

 

「初春、大丈夫かな・・・」

 

少し離れた場所でセブンスミストを見ながら呟く佐天に力弥は頭を掻きながら答えた。

 

「まぁ色々と鈍そうな所はあるけど風紀委員なんだから大丈夫だろ。それより・・」

 

「それより? 何か気になることでもあるんですか?」

 

「いや、気にしないでいい」

 

力弥はそう言いながらも店から出てきた学生達をじっと見ていた時だった。

 

ドォォン!!と店の中で爆発が起きる。突然のことで佐天は思わず横にいた力弥の背中にしがみつきながらも中に居る初春と御坂の2人が無事なのかを確かめようと店へと行こうと駆け出すがそれを力弥は片手で止める。

 

「落ち着け。今の爆破であの建物の中がどうなってるか分からないんだ。下手に入って怪我なんかしたら本末転倒だぞ」

 

「けど!!初春や御坂さんが!!」

 

「落ち着いてよく見ろ。ほら」

 

と黒煙の中から小さな女の子を背中に背負っている初春とそのすぐ後ろに歩いている御坂と1人のツンツン頭の学生が出てきた。それを見て、佐天は良かったと言いながらすぐに初春の元へと駆け寄っていく。そんな佐天と入れ替わる様に御坂は静かにこちらへとやってくる。

 

「朔月」

 

「・・・爆破を見てから眼鏡をかけた奴があそこの路地裏に消えた。まるで見届けたかの様にな」

 

「そう」

 

「やり過ぎんなよ」

 

力弥の言葉に対して御坂はアンタがそれ言う?と言いながら路地裏へと消えていく。それと同時に目の前に黒子が現れるや否やセブンスミストの惨状と佐天に抱きしめられている初春を見て何となくホッとしつつもすぐに周りを見渡した。

 

「お姉様は?」

 

黒子の問いに力弥は苦笑しつつも先ほど告げた路地裏を指差す。それを察して黒子は再び消えるのだった。

 

 

「これにて連続爆破事件は終わりだな。レベル4並の使い手でも御坂には勝てねえだろうし・・・さてめんどくさい奴が来る前に帰るとするか」

 

こうして連続爆破事件は終わりを迎えたのだった。しかし、後日になって力弥はこの連続爆破事件の不可思議なところがある事をまだ知らないのだった。

 

 

 



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調査

セブンスミストにて起きた爆破事件から数日が経った。間も無く夏休みを迎えようとする7月の下旬に差し掛かろうとする中、力弥は溜息を吐きながら右手で締め上げている高校生のチンピラに言った。

 

「喧嘩売るのはいいけど今度からは下調べは徹底しなよ。俺だからこのくらいで済んだけどここら辺にはレベル5の割と短気な奴も居るんだからさ・・ってもう聞いてないか」

 

ヒョイと既に意識を失っているチンピラを投げ捨てつつ、力弥は路地裏を出ながら携帯で風紀委員に匿名で路地裏に倒れてる奴が居るとだけ伝える。

 

「しかしおかしな事言ってたな」

 

先程のチンピラに絡まれた経緯。ざっくり言うなら能力のレベルが上がったから少しツラを貸せと言う一方的な理由だった。無視をしてもいいがこの道をもし顔馴染みが通り絡まれたとしたら目覚めが悪い事になると思い、その誘いに乗った。結果は能力を使う前に鳩尾に膝を入れてからの右アッパー。それで終わってしまった。勿論、膝を入れた瞬間に力弥自身の能力を使うまでも無いと判断したので身体に痛みなどは無い。

 

(そう言えば兎丸の言ってたレベルアッパーってのがレベルを引き上げるとか言ってたが・・・まさかな)

 

そんな夢のアイテムがあるならもっと普及している筈だと自己完結した時だった。

 

「そこの方〜すこーしお話・・・よろしいです?」

 

後ろから聞こえる声に対し、力弥は振り返る。そこには腕を組みながら額に青筋を少しだけ浮かべながら立っている黒子が居る。

 

「・・・」

 

無視をしようと決め、歩き出すがそんな力弥の目の前に黒子は立ち塞がるように現れる。

 

「貴方ですわよ朔月 力弥」

 

どうやら逃げる事は許されないらしい。

 

「なんだよ? ちなみにだがあそこで伸びてる奴から俺に喧嘩売ってきたんだぞ? あと俺は能力使ってない」

 

「やっぱり貴方ですか!! とにかく!! 来てもらいます!」

 

と言う事で力弥は風紀委員の支部へと行かなくてはならなくなった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

一七七支部にて黒子はパソコンからアクセスした監視カメラの映像を確認した後に力弥の言ったように絡まれたのだと固法と共に確かめる。だがそれでも喧嘩をしたという事実に対して固法は力弥へ注意をしないといけない為、椅子に座る力弥の前へと向かった。

 

「如何なる理由があっても学生同士のトラブルは風紀委員としては咎めないといけないのよね。映像を見る限り、朔月君が言うように絡まれたってのは分かるけどなんて言って絡んできたのかしら?」

 

「あー、なんか能力のレベルが上がったから試させろ・・って感じ」

 

「・・・本当にそう言いましたの?」

 

「ああ」

 

嘘じゃないと念を押して答える力弥に黒子は少し考え込む。

 

「まさかだけどレベルアッパーとかいう噂って・・マジなのか?」

 

力弥のその言葉に黒子はなんで貴方も知ってる?と言いたげな顔をしつつも話し始めた。

 

「本来なら話すべきではありませんがここ最近、能力のレベルと見合わない取り締まりが多くなってますのよね。貴方も覚えてますでしょう? 銀行強盗と連続爆破事件」

 

「あー、あのパイロキネシスと爆弾魔か。ん? レベルと見合わないって言ってたな? まさか」

 

「ええ。直近のデータ上ではレベル2となってました。ちなみに先程貴方に絡んだ方はレベル1でしたわ」

 

「さっきの奴は能力使わせる前に終わらせたから分からないが、あの爆破事件の犯人がレベル2ってのは嘘だろ・・・あんな威力出せるのなんてレベル4クラスだ」

 

「そう。そんな中、近頃噂になっているレベルアッパーを貴方はどこで知ったんですの?」

 

「俺は友達からだな。友達はネットの都市伝説サイトから知ったらしい」

 

「そうですか・・私も昨日、佐天さんがその様な噂があると聞きましたわ。そのご友人の方が見たというのはこのサイトでしたか?」

 

黒子はパソコンでサイトを開くと力弥は兎丸がよく見ているところと一致したので首を縦に振った。

 

「・・・朔月さん。コレを」

 

黒子は走り書きをしたメモを力弥へと差し出した。

 

「もし周囲のご友人がレベルアッパーなる代物、もしくはそれに準ずる何かを手にした時はその番号にご連絡下さいな」

 

「巻き込んでいいのかよ?」

 

「先にこの様な形を作っておくだけです。言っておきますが勝手に何か色々としたら分かり次第今回の件を使ってアンチスキルに動いてもらいますのでくれぐれも変な事をしないように」

 

「分かったよ。まぁ俺もクラスの奴らが変なのに手を出してないか様子見てみるさ。そういや、、初春は?」

 

「あの子なら風邪を拗らせてしまい休みですわ。昨日お姉様達と一緒にお見舞いに行きましたが微熱ですので明日には来ると思います」

 

「そうかい。とりあえず俺はもういいか?」

 

「仕方ありませんわね。とりあえず先程の・・・少し失礼しますわ」

 

話の途中で携帯が鳴り響き、黒子はそれに応じる。すると目を見開いて電話を切るや否や力弥に告げた。

 

「問題が起きましたわ。先程、貴方と揉めた男が病院内で手当てを受けている最中に突然意識不明になり倒れたと・・・」

 

「・・・原因は俺が殴ったからか?」

 

「いえ、怪我自身は軽傷で運ばれた際には意識ははっきりしていて自らの足で歩いてたそうですので貴方が原因とは限りません。いえ、恐らく貴方のせいでは無いと思いますわ」

 

どういう事だ?と聞くと黒子は携帯の画面を見せながら答える。

 

「先程の男と同じ時刻に連続爆破事件の犯人がアンチスキルの取調べ中に意識不明になり倒れました。どうやら他にも次々とその様な方が出ているらしく・・・」

 

「つまりそれって例のレベルアッパーの使用者が倒れてるかもって事よね?」

 

固法のその言葉に黒子は頷く。

 

「私は一度病院へ行きますわ。朔月さん、何か分かったらこちらからも連絡をします。そちらも何か分かり次第連絡を」

 

そう言い残して黒子はその場から消えるのだった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

翌日

 

力弥は学校に着くや否や兎丸を呼び、昨日起きた事を簡単に説明した。それを聞いた兎丸は携帯を片手に都市伝説サイトや掲示板などを開くと共に力弥に言う。

 

「とりあえずウチのクラスにはレベルアッパーを手に入れた奴らは居ないと思う。ただ3年や1年の奴らは正直分からないな。一応、顔馴染みのある3年の先輩や1年共にはそれとなく探り入れてみるよ」

 

「頼んだ。俺は他のクラスの奴らに声掛けて探ってくる」

 

「ザキ達にも声掛けるか?」

 

「・・・いや、変に事を大きくさせない方がいい気がする」

 

「だな。しかし、まさかレベルアッパーの使用者にそんな副作用が起きるとは・・・いや、まぁ冷静に考えりゃ何かしらのデメリットあると疑うべきなのか」

 

「デメリットも何も使わなきゃいいだけだろ」

 

「それでも使いたい奴だっている。そんな気持ちは・・・まぁ分からんでも無いかな」

 

そう言いながら兎丸は教室に入っていくクラスメイトを見据えた。

 

「ウチのクラスは灰谷がうまく指導してるから能力者もレベル0も分け隔てなく過ごせてるけど、他のクラス・・つーか他の学生ってやっぱりうまくいってない方が多いと思うぜ。常盤台とかみたいに能力者の集まりの様な学校と違うんだし」

 

「・・・誰しもが努力をし続けるのが難しいって言いたいのか?」

 

「結果の出る努力なら楽しいからな。けど能力に関して言えば努力をしても結果が出てこない奴は出てこないのが現実だ。そんな荒んだ状態でレベルアッパーなんていう代物が見つかった。そりゃ使いたくなるだろうな・・・うまくいけば世界が変わる可能性だってあるんだ」

 

 

神原兎丸は一時期自身の能力について悩んでいた事を力弥は知っている。もし仮にその悩みが今もあったら兎丸はレベルアッパーを手に入れようと必死になっていたのかも知れない。

 

そんな風に感じながらも力弥と兎丸は二手に別れ、それぞれで聞き込みを始めたのだった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

放課後

 

兎丸と合流し、とりあえずの報告を互いに確認する。

 

「とりあえず3年の先輩達や1年共は持っている奴らは見ていないらしい。けど、何人かがレベルアッパーを手に入れようとしてトラブったらしいな」

 

「そっちもか・・A組の奴もレベルアッパーをくれるって言う話が来てそこにいったらスキルアウト達にカツアゲされて参ってたな。もう2度とレベルアッパーなんか欲しいなんて思わないなんて言ってた」

 

「思ったより欲しがってる奴らは居たな。とりあえず副作用の話をしたからそいつらは関わらないって言ってくれたけどこの分だともう手に入って使用してる奴ら居るかもだぞ?」

 

「だな・・灰谷に事情説明して全校生徒の能力値が上がった奴ら聞くのも手か・・・」

 

「使用した奴らが浮かれてくれてるなら分かりやすいが、罪悪感でコソコソしてたら分かんねえかもだぞ?」

 

さてどうするか・・と考えている力弥に兎丸は風紀委員の奴に一度連絡してみれば?と提案した。

 

「それもそうだな」

 

とその提案に乗ることにし、力弥は黒子に渡されたメモの番号へ電話を掛ける。数回のコールと共に気怠げに黒子の声が聞こえた。

 

「もしもし。今大丈夫か?」

 

『ええ。少々ごたついてましたが大丈夫ですわ。何かありましたか?』

 

「進捗具合だけで言うなら何もだな。ただ思ったよりウチの学校でもレベルアッパーの存在を知って手に入れようとしてる奴らがいる。どれもスキルアウトに騙されて痛い目に合った奴らばかりでレベルアッパーを所持しては居ないけどな」

 

『そうですの・・・明日、初春にその方達に事情を聞いて貰う形には出来ますか?』

 

「大丈夫だと思う。それより確認したいんだが、予想よりもウチの学校全体で知れ渡ってるから教師達にこの件を伝えた方がいいんじゃないかって思う。俺らで勝手にやるのは不味いだろ?」

 

『そうですわね。柵川中学には初春の方で声掛けをして貰う様にします。さてそちらからも報告してもらいましたのでこちらで起きた事をお話ししますわ。まず、レベルアッパーについて。レベルアッパー保持者と少々ごたついた結果、手に入れました』

 

「なんだよ。そっちの方が進展してるじゃねえか」

 

『ですが、手に入ったレベルアッパーというのはその・・・ただの音楽プレイヤーですの』

 

音楽プレイヤー?と聞き返すと黒子は少し間を空ける。

 

『実際に見て貰うのが早いかもですね。今どちらに?』

 

「学校。協力して貰ってる友人と話し合ってた」

 

『ではその方と共に支部に来れますか?実際に見て貰った方がそちらも今後動き易くなると思いますの』

 

分かったと言って力弥は電話を切り、兎丸と共に黒子のいる支部へと向かうことにした。

 

 

第一七七支部の扉を開けるとそこには黒子と初春の2人がこちらに気づくと共に黒子は力弥の隣に立つ兎丸を見る。

 

「そちらが?」

 

「ああ。手伝って貰ってる奴」

 

「神原兎丸だ。口は固い方だし馬鹿な事には突っ込まないぜ」

 

「体育館倉庫を魔改造してるのに・・・」

 

どうやら初春は兎丸とその他大勢によって作られたあの倉庫を知っているらしく苦笑しか出てこないようだ。しかしそれは後にしてと言わんばかりに初春は2人に見えるように1つの音楽プレイヤーを見せた。

 

「先程白井さんが持ってきた音楽プレイヤーです。アンチスキルにも被害者の皆さんの部屋からそれらしき物が出てきてるとの事なのでこの音楽プレイヤーの中のがレベルアッパーでは無いかと思うのですが・・・」

 

「音楽プレイヤーの中って事は曲なのか?」

 

「回収して貰ってる物が集まり次第解析はしますが、今のところ中身のデータでは曲というか音楽ですね。ただこれを聴くだけでレベルが上がるのはあり得ないのではないかって言ってました」

 

言ってました?という第三者の意見の言葉に力弥はどういう事だ?と首を傾げる。それとはうってかわって理解しているのか兎丸は力弥へ説明した。

 

「能力開発は脳を弄る。この音楽プレイヤーの中のがどんなもんかは分からんけど聴覚に対してだけの刺激じゃ能力のレベルを上げるのは難しいだろ」

 

「テスタメントって言う脳に働きかける装置なら可能性はあるらしいんですけど、それを扱うにはそれ相応の資格やら設備が必要なのでこんな音楽プレイヤーでは無理みたいですしねぇ」

 

「簡単に言えば現状ではお手上げ状態です。とりあえずアンチスキルから提供してもらえる被害者の皆さんが持っているであろうレベルアッパーをまた解析してみないとですわね」

 

まだるっこしいですわと文句を言う黒子に初春は苦笑しつつもコツコツ当たるしか無いですねと言いながらデータの解析を再び始めていく。

 

「それじゃ俺達は今後音楽プレイヤーを使用してる生徒を見たら初春さんに報告でいいかな?」

 

「お願いします神原先輩、朔月先輩。ただあまり荒っぽくしないでくださいね」

 

「ヘーキヘーキ。俺、こいつと違って紳士的に話せるいい奴って評判だぜ?」

 

「すいません。私のクラスでは見た目はいいのに奇行に走ってるやばい先輩の1人って言われてます」

 

「誰だそんな噂流した奴!」

 

「噂通りだろ。学校の警備ロボット魔改造して廊下で爆発させた実績持ち」

 

「ハァ!? 俺は警備ロボットが偶々調子悪そうにしてたからちょっと弄っただけだ!」

 

そのちょっとがどうすれば爆発するのか分からんと嫌味を言う力弥と言い争う兎丸の2人を見て、黒子は初春に言う。

 

「あなたの学校は大丈夫ですの?」

 

「あの2人のクラスが魔境になってるだけですので大丈夫・・いえ、微妙です」

 

こうしてレベルアッパーについての情報共有は一度終わりを迎えたのだった。



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木山春生

レベルアッパーの調査を始め、音楽プレイヤーが鍵となっていると言う事を知り、力弥と兎丸はそれらを踏まえて再び生徒たちへと声を掛けて調べるといった地道な調査をするのだが、やはりそれらしき物を手にしている生徒は居ない。

 

「ある意味で言えばラッキーかもな。この分ならレベルアッパーの被害者は出ないで済むかもだし」

 

1年生達と話し合えた兎丸が力弥へ電話越しにそう言うと力弥も確かになと同意した。このまま黒子達が事件を解決してくれるならそれで良い。兎丸と力弥からしたら柵川中学から被害者が出ない今の現状が良いのだ。

 

そんな兎丸を遠くで見掛けた1人の1年生が小走りでやってきた。

 

「神原先輩、今いいすか?」

 

「ん? 悪い力弥、ちょっと切るわ」

 

と言って兎丸は電話を切り、1年生の方へ顔を向ける。

 

「先輩が言ってたレベルアッパーなんすけど、ちょっと気になる事があって」

 

「気になる? 何かあったのか?」

 

「えっと、昨日先輩と話した後の帰り道で違うクラスの女子達が公園でゴミ箱を浮かべてたんですよ。ただその女子って確か紙カップみたいなホントに軽いのしかダメだったのにおかしいなぁって思って・・・」

 

「確かか?」

 

「はい。それで気になってさっき帰る前に聞いたら何かはぐらかしたんで先輩に連絡しようと思ったんです」

 

 

「わかった。わざわざありがとな」

 

そう言い切り、兎丸は廊下を駆けながら力弥へと電話をして告げた。

 

「緊急事態かも知れねぇ」

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

結果だけを言えば時既に遅しだった。2人が公園へと辿り着いたとき、既に救急車がやってきていて、1人の女子生徒は運ばれていた。その友達であろう3人も運ばれる友人の姿を見るや否やどこか青ざめた表情をしている。そしてその1人を力弥は知っていた。

 

「佐天・・・」

 

その声に気付いた佐天が力弥を見て、手を一瞬伸ばす。だがすぐにその手を下ろして一歩後ろへと下がり、逃げようとした。

 

「佐天!」

 

逃げようとする佐天の肩を掴み、力弥は佐天の前へと回り込んだ。

 

「使ったのか?」

 

「っ・・」

 

その問いに佐天は身体を震わせながらコクリと頷く。それを見て、力弥は兎丸に視線を送ると兎丸は頷いて残りの2人に声を掛け、事情を聞き始めた。

 

「どこで手に入れた?」

 

「音楽サイトに・・その・・隠しリンクがあってそこに飛んだらあったんです。それで・・・ダウンロードしたんです」

 

「そうか。レベルアッパーを使ったのはお前達だけか?他にも誰かに聴かせたか?」

 

「私達だけです」

 

「・・・分かった。それでレベルアッパーを使用すると副作用が起きるのは知ってたのか?」

 

「倒れるなんてのは・・ううん、ホントは今朝知りました。昨日の放課後に私達が能力を使って練習してたのを他のクラスの男子が見てたみたいで・・その子が先輩達がレベルアッパー使用者が意識不明になってるから調べてるって・・・けど私達はそんな感じがしないから大丈夫だって思って」

 

「だが1人倒れた・・・恐らくお前もあの子達もな。とりあえずそのレベルアッパーを俺に預けろ」

 

佐天はコクリと頷き、レベルアッパーの入った音楽プレイヤーを力弥へ渡した。それを受け取りながら力弥は佐天の肩に手を置いた。

 

「能力に憧れてたんだろ? 同じ中学生でなんでこんなに差があるのかって思ってたんだろ?」

 

佐天は何も答えない。

 

「お前が今どう思ってるかは分からない。けど後悔してるのは分かる」

 

「私・・ホントは・・」

 

「何も言わなくていい。泣くほど反省してんだろ? だったら全部終わらせてくる。終わった後にちゃんとお前の大事な親友に謝れ。もし謝らないならその時は俺の能力付きの拳骨で死ぬ程反省させてやるけどな」

 

「っ・・は、はは。それ本当に死ぬかもですよ・・・私、初春に電話します。ちゃんと全部話してから・・・罰を受けます」

 

そう言って佐天は近くのベンチに座り、初春へと電話を掛け始める。それと入れ替わるように兎丸がやってくる。

 

「白井に電話しといた。事情を説明したらすぐに手配してくれるそうだ」

 

「分かった」

 

「全部終わらせてくるって言ってたけどアテはあるのかよ?」

 

「知らねえよ・・・アテがあるとか無いとかじゃねえ。俺は誰も彼も助けてやるなんて立派なヒーローじゃねえ。けど顔馴染みの後輩が必死に悩んで苦悩して手を出したせいで泣いてる。あぁ、もうムカついてきてしょうがねえ。悪いのはレベルアッパーの使用者じゃねえ。こんな風に手を出してしまう様なレベルアッパーを作ったクソ野郎だ。必ずブチ壊す」

 

(あーこりゃダメだ。ブチギレてらぁ)

 

中学からの付き合いしか無い兎丸にこのようにブチギレている力弥を止めるのはもう無理である。なのでこうやって関わった以上、やり過ぎない様に手綱を出来るだけ握る事に専念すると決めた。

 

「とりあえずアテになるかも知れない白井の所に行こうぜ。そこで何も分からないならその時また考えりゃいいだろ」

 

そう言いながら兎丸は再び黒子に連絡を取り始めるのだった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

一時間後に支部へ来てくださいという黒子の指示の元、きっかり1時間後に支部へと入ると既に中には黒子と御坂、そして固法先輩も居た。御坂はやってきた2人を見つつ告げた。

 

「レベルアッパー使用者が意識不明になる原因が分かったわ」

 

御坂曰く、レベルアッパーを使った人達はある特定の脳波パターンに無理矢理合わされて人体に多大な負荷が掛かる事で意識不明へと陥るとの事。そして今、固法先輩がバンクにアクセスしてその特定の脳波パターンを調べている最中らしい。

 

「脳波がその特定の何かになるからってレベルが上がるのか?」

 

「分からんな。だがもしかしたら同じ脳波パターン同士が繋がってインターネットみたいになったら能力の演算能力が跳ね上がる可能性はあるかも知れない」

 

「そんな事って可能なの?」

 

「現に今ある情報だけで整理したらそうなるかもなっていう仮定の話にはなるよ。あとはこのレベルアッパーを作った奴に話を聞くしか無い」

 

御坂の疑問に兎丸が答えた時、バンクのアクセス解析が終わる。そしてそこに現れたのは木山 春生という1人の女性だった。

 

「誰だこの女?」

 

「大脳生理学者の方ですわ・・・今回のレベルアッパー使用者の昏睡状態を調べてる専門の・・・っ!初春!?」

 

何かを思い出した黒子は初春の名を叫びながら電話を掛け始める。

 

「不味いわね・・初春さん、木山の所に行ってるのよ」

 

「駄目ですわ! やっぱり初春と連絡が取れません!」

 

黒子のその言葉に力弥は木山春生のデータを見て、研究施設の住所を確認するや否や踵を返した。

 

「おい力弥! まさか・・」

 

「ネタがこんだけ上がってんだ。あとは直接本人にこれについて詳しく聞けばいい」

 

そう言って乗り込もうとする力弥に兎丸は溜息を吐きながら近くの椅子に座るや否や勝手にパソコンを起動した。

 

「緊急事だからパソコン借りるぞ白井。ちなみにもう力弥を止めるのは諦めろ」

 

「勝手に決めないでくださいませ! ここから先はアンチスキルに任せるのが・・」

 

「だからアンチスキルがどうとかそんなんじゃないんだって・・・暴走列車が止まるには目的地にぶつかって止まるしか無いのと一緒」

 

なんですのその例え・・と言っている間に力弥はその場から消えている。そしてそれと共に御坂も出て行っていた。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

 

支部の外でタクシーを拾い、力弥は木山の研究施設の住所を告げた。しかしそれと同時にタクシーに乗り込んできたのは御坂だった。

 

「えっと・・一緒でいいのかい?」

 

「一緒でいいわ」

 

タクシーの運転手にそう言うとタクシーは走り出す。

 

「という事で付き合うけどいいでしょ?」

 

「別にどっちでもいいさ。俺は俺で勝手にその木山って奴に用があるだけだからな」

 

「そう。それでその用ってのが木山に当て嵌まったとしたら?」

 

「自分のやった事を後悔して貰う」

 

ゴキリと拳の骨を鳴らす力弥に御坂は窓の外を見つつ、力弥へ問い掛ける。

 

「あのさ・・アンタはハードルが目の前にあったら飛び越えるタイプ?」

 

「なんだよ藪から棒に」

 

「いいから答えなさいよ」

 

「・・・どうだろうな。ハードルってのが俺にとって邪魔な物ならぶっ壊してると思う。今までもそうしないといけなかった事ばかりだったし」

 

「そう。私は迷う事なく飛び越えてきたわ。けどそれを飛び越える前に立ち止まってしまう人も居る。それがレベルアッパーを使ってしまった人達でその人達の事を私は考えた事も無かった」

 

「だから責任感じてるのか? んなもん聖人君子じゃあるまい唯の学生の俺達が言い始めたら世の中の事を全部ひっくるめたらキリが無い」

 

「けど・・」

 

「だったらお前が納得する答え見つければいいだけだろ」

 

そう言い切った時だった。ドォォン!という音が突如響き渡り、タクシーが向かおうとしていた道路の先から黒煙が上がっている。

 

「一体なんなの?」

 

今の爆発でタクシーも走るのをやめてしまい、2人は窓から顔を出して様子を見ていると力弥と御坂の2人の携帯が鳴る。急いでそれを取ると共に兎丸、そして黒子が状況を伝えてくれた。

 

『木山がアンチスキル相手に能力を使って交戦してる』

 

「能力って・・木山は能力者なのかよ」

 

タクシーを降りながら力弥は交戦している場所へと走りながら叫ぶと兎丸はバンクには木山の能力者としての記録は無いと言う。そして一番あり得ない事を告げる。

 

『木山は複数の能力を扱ってやがる。多分、木山はレベルアッパー利用者の数千人規模の脳と繋げているんじゃないか・・・いわゆる多重能力者。だから力弥、今回は相手が悪い! お前の能力はただでさえ短期決戦の一撃必中を心掛けてるんだろ! 複数の能力を相手にそんな事出来ねぇ!』

 

「・・・やるだけやる」

 

そう言って電話を切ると共に力弥はアンチスキルが呆気なくやられてしまった惨状へと辿り着く。そこにはトレーラーの影で腹部を抑えながら座り込む黄泉川の姿も居た。

 

「力弥・・なんでお前がここに・・・いや、それよりも早く・・ここから逃げるじゃんよ」

 

力弥の姿を見て苦しそうに言う黄泉川に力弥は近づき、近くに落ちているアンチスキルが使うシールドを片手に拾いながら告げる。

 

「少し借りるぜ」

 

「っ! 馬鹿! 今までみたいな学生同士の喧嘩とは違う!! あの女は・・」

 

知ってると言いながら力弥は黒煙の中で悠然と立ち尽くす木山を睨んだ。

 

「それでもあの女には少し用事があるんでな」

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

力弥よりほんの少しだけ遅れてやってきた御坂はアンチスキルが全滅している惨状に驚いていた。そんな惨事の中、木山の車の中で意識を無くしている初春の姿を見つけて駆け寄ろうとした時だった。目の前を何かが横切り、勢いよくアンチスキルのトレーラーにめり込む。それは先に行ってしまった力弥である。

 

「ちょ・・朔月!?」

 

「ってぇ・・クソが! さすが多重能力者だ。下手に突っ込んだらこの有様だ」

 

頭から血を流しながら立ち上がる力弥に御坂は大丈夫なの?と声を掛けようとしたがすぐに後ろからやってくる衝撃波を察知して真横へ飛んで避ける。力弥もそれを避けつつトレーラーから外れているタイヤを片手で掴んで衝撃波がやってきた方向へと投げつけるがそのタイヤは2つに切り裂かれ、目標には当たらなかった。

 

「なるほど。何故初めて会う彼がこうも私に交戦的な理由が分かったよ。君の知り合いだったんだな御坂美琴」

 

ゆっくりと2人に歩み寄ってくる木山の声に御坂は構える。

 

「学園都市に7人しかいないレベル5か。私のネットワークにはレベル5は居ないが流石の君も1万人の脳を統べる私を止められるかな?」

 

「ハッ・・1万人の脳をホントに使いこなせるのかよ!!」

 

言うや否や力弥は脚力を目一杯強化させ、駆け抜ける。

 

「君は身体強化系の能力者かな?」

 

「その身で味わって確かめてみろよ」

 

途中で拾った瓦礫を木山の上へ飛び上がりながら思い切り投げ下ろす。木山はそれを見て片手を上げて衝撃波を放って瓦礫を粉々に砕いた。

 

「いない?」

 

「こっちだ」

 

背後にいつの間にか降り立っていた力弥は片手で掴める程度の瓦礫を手に思い切り投げつける。力弥の強化された投擲は並の人間が当たれば悶絶する。

 

「君は中々に賢いな。私の能力にこういうのがあると想定しているから直接攻撃はしてこないのだろう?」

 

木山にぶつかる寸前に投げた瓦礫が見えない壁のような物によって塞がれる。

 

「そして理解したよ。君の身体強化は使えば使う程身体を痛めつける。諸刃の剣だな。直接その能力で人を殴れば君の腕は折れてしまうんだろう? 今の瓦礫による攻撃も筋肉がズタズタになっていて痛い筈だ」

 

「ハ・・大外れだ。俺の能力は常に肉体も再生してるから痛くも痒くもねぇよ」

 

「嘘が下手だな。だがあくまで引くつもりが無いのなら・・・少し眠っていてもらおうか」

 

「させると思ってるのかしらね!!」

 

木山の背後に回り込んだ御坂が両手を振り下ろすと木山の頭上から電撃が舞い落ちる。だがそれも木山に当たる直前に全てが逸れていく。

 

「私の電撃も通じないの!?」

 

「御坂!そのまま撃ち続けろ!」

 

「っ! ええ!やってやろうじゃない!」

 

力弥の言葉に従い、御坂は電撃を放ち続ける。それを見て力弥は先ほど吹き飛んでしまったアンチスキルのシールドを拾い上げそれを構えながら木山目掛けて突進した。

 

「直接押し込んで壁にぶち込んでやる!!」

 

「なるほど。複数の能力を同時に使えないと思っていたのか。だが・・・それは計算違いだよ」

 

「なっ・・」

 

ドォン!と木山を中心に足場が音を立てて崩れていく。御坂は能力によって得た磁力を使って崩れ落ちる場所から飛び上がって近くの柱へとくっついて難を逃れたが反対側にいた力弥にまで意識が回らなかった。

 

「朔月!!」

 

崩れ落ちた先には木山が1人立ち尽くし、こちらを見上げてきている。そんな木山の視線に対して御坂は静かに告げた。

 

「今度は私が相手するわ。怪我しても知らないからね」

 

 



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とある夏の日に

崩れ落ちる瓦礫の僅かな隙間の中に力弥は居た。能力を全力で使用し、着地の衝撃を上手く殺したのだがそれでも上から降ってくる瓦礫への対処はかなり遅れた。こうして生きているのは運が良かったのだろう。だが、代償はデカかった。

 

(四肢は何とかあるけど・・・こりゃ折れてるな。目の前も霞んでる。血が出すぎてるからか? って我ながらよく冷静になって確認出来るなぁ)

 

瓦礫の外から響く能力同士のぶつかる音で御坂が木山と戦ってるのが分かる。本気になれば御坂なら木山を倒せるだろうがかなりの痛手を負わせてしまう為、なるべくなら木山を生捕り無いし喋れる状態で捕獲したい為に御坂は能力を制限している筈だ。

 

(つまり何とか木山の隙を作りたい筈)

 

どうにかして2人の戦いに介入しなければならない。ではどうするか?と思案した時、力弥は自身の胸ポケットへとしまっていたある物を思い出す。

 

「・・・やるしかねぇか」

 

佐天から預かったレベルアッパーの音楽プレーヤーを力弥は辛うじて動く左手で取り出し、耳にイヤホンをつけて起動させる。

 

「さて・・・レベルが上がった俺がどんな風になるのかね」

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

見上げる木山を見下ろしながら御坂は再度電撃を放つ。電撃は木山に当たる寸前に周囲に流れる。先程の戦闘で力弥の瓦礫の投擲を弾いた障壁と似ているが恐らく御坂の電撃を受け流している今の障壁は違う。

 

(私の電撃に対しては避雷針の様にして受け流してる。能力の組み合わせであそこまで出来るのね。だったら)

 

周囲に磁力を流し、砂鉄によって作り上げた剣を木山目掛けて放つが、木山はそれを地面を隆起させて物理的に止めながら空き缶を宙に浮かばせる。

 

「もう辞めにしないか? 私はある事柄について調べたいだけなんだ。それが終われば全員解放する。誰も犠牲にはしないつもりだ」

 

「ふざけんじゃ無いわよ! 誰も犠牲にしない? アンタの身勝手な目的でどれだけの人間が巻き込まれてどれだけの人の心が弄ばれたと思ってるのよ!! そんな事をしないと成り立たない研究なんてロクなもんじゃない!! 私はそんなモノを見過ごせないわよ!!」

 

その言葉に木山は頭を抱えながら溜息を吐いた。

 

「世間知らずのお嬢様が言いそうな言葉だな。学園都市が君達にしている能力開発。アレが安全で人道的だと思っているの? 学園都市は能力に関する何かを隠している。それを知らずに180万人にも及ぶ学生達は日々、脳を開発している。それがどんなに危険な事かわかるだろう?」

 

そう言って木山は空き缶を御坂へゆっくりと投げ付ける。そのあまりにもゆっくりと弧を描く空き缶を見て御坂は連続爆破事件の犯人の能力を思い出し、とっさに磁力を流して周囲の砂鉄と鋼鉄を障壁に組み上げると同時に空き缶は爆発した。

 

「知ってる能力で助かったわ」

 

「ならこれならどうかな?」

 

離れたところに転がるゴミ箱を宙に浮かべ、御坂の上空で大量の空き缶を降らせた。即席の盾では防ぎきれないと判断した御坂は電撃の出力を上げて爆発する前に全てを吹き飛ばしていく。

 

(正攻法での攻略は不可能か。だが)

 

吹き飛ばすのに夢中で木山を視界から外している御坂の足元を這う様に空き缶を漂わせ、背後に送ると共に木山はそれを起爆させた。

 

「正面がダメなら背後から。もっとてこずるかと思ったが大した事は無かったな。レベル5」

 

と言った瞬間だった。

 

ドォン!と音を立てて木山の目の前の瓦礫の山の一角が壊れる。

 

「・・・あまり動かない方が良いと思うが?」

 

瓦礫の山からゆっくりと出てくる力弥を見て警告する木山に力弥は血に染まる右手を軽く閉じたり開いたりしながら答えた。

 

「心配御無用だ。自覚はしてる」

 

「つまり君もそこのレベル5と同じで私を見過ごせないと言うのかな」

 

「・・・そうなるな。まぁ俺の場合はもっとシンプルだよ」

 

額から流れる血を拭う力弥に木山は手をかざそうとした瞬間に力弥の姿が消える。

 

(消えた!?)

 

「俺の学校の後輩を泣かせた。それだけだ」

 

いつの間にか目の前に踏み込んできた力弥のその言葉に木山は目を見開きながらも大気を圧縮させたバリアを周囲に展開した。ガァン!と響く拳のぶつかる音のすぐ後に拳が砕ける音と鮮血が舞い上がる。だがそれをまるで気にもしないで連続で殴りつけてくる力弥に木山は後ろによろめきながらも地面を隆起させて力弥の身体へとぶつけて吹き飛ばした。

 

(恐ろしい子だな・・・だが玉砕覚悟で来た君が)

 

悪いのだと哀れもうとした。なのに吹き飛ばした筈の力弥はゆっくりと立ち上がり、再びこちらへと歩み寄ってきていた。

 

「流石に右手はしばらく使えねえな。まぁそれでも動けるのは有り難い」

 

(精神力だけで痛みを堪えている? いや、あの瓦礫に潰されていたのだからそもそも五体満足なのが奇跡の筈)

 

「不思議そうだな・・答えを教えてやろうか?」

 

「いや・・結構だよ。結果的に言えば君では私に傷をつける事は難しいだろうからね」

 

「大正解。いくらコレを使っても一回しかまともに動けるまでの自然治癒能力の底上げにしかならんかったわ」

 

ニヤリと笑いながらレベルアッパーの音楽プレーヤーを見せつける力弥に木山はそう言う事かとタネが分かり、警戒を一瞬だけ切ってしまった。その一瞬の隙を・・・

 

 

「見逃すなよ御坂美琴」

 

「ええ。分かってるわよ」

 

グッと背後から木山を羽交い締めにしながら御坂はゼロ距離からの電撃を放つと共に力弥はその場に倒れ込むのだった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

夢を見た。

 

毎日毎日肉体の限界を迎えては血反吐を吐きながら死に向かう様に意識を失う日々。それについていけずに消えていく名も知らない子供達。そしてそんな消えていく中の1人にならない為に少年は先の見えない真っ暗な未来をただ1人部屋の隅で怯えながら過ごしている。そんな1人の少年の夢。

 

 

「・・・あぁ、ムカつく」

 

意識を取り戻すや否や見たくもない夢を見ていた事への苛立ちを吐きながら力弥は身体を起こした。身体中に包帯が巻かれ、ボロボロだった制服ではなく病院の寝巻きへと着替えさせられている。

 

「おや起きてたのかい」

 

ガラガラと音を立て入ってきたカエル顔の医者の男の声に力弥は顔を向けると医者は近くの椅子に座った。

 

「とりあえず事後報告になるけど君は丸2日眠っていたんだよ。あぁ、例のレベルアッパーの事件は無事に解決したよ。木山春生は君と彼女の2人のお陰でアンチスキルに確保された」

 

医者の言葉に力弥はとりあえずホッとした。勝手に気絶した手前、もし最悪な結果になっていたら情けないからだ。

 

「木山春生は一体何が目的だったんですか?」

 

「・・・僕も詳しくは聞いてないが、彼女は過去にある実験をして教え子達を意識不明の重体にしてしまったようだ。だがそれは彼女の上司が仕組んだ実験だったそうだ。あとはなんとなく分かるだろう」

 

「人体実験か。学園都市の利益になるのならやむを得ない様な実験の被害者を救いたくて木山春生はレベルアッパーのネットワークを作り上げてたんですね」

 

「他言無用だ。学園都市の闇に関わるからね・・・僕が君にそれを伝えたのが君ならその辺りの分別をつけれるからと知っているからだ。さてこの話はもう終わろうか。次は医者としての話だ。本来ならもう数ヶ月は病院生活と言いたいけど君の能力ならまぁ1週間もすれば基本的な生活を送るまでは回復出来るだろうね」

 

あとはよく食べてよく寝るだけと言って医者は立ち上がる。そして何かを思い出したのか力弥の方へそのカエル顔を向ける。

 

「そうそう。何人か君の友人が来ていたから面会謝絶も外しておくよ」

 

「あー、それは別にそのままでいいですけどねぇ」

 

「退屈凌ぎになるかもだろう。じゃあ何かあったらナースコールね」

 

そう言って出て行く医者を見送りつつ、力弥はベッドに再び倒れこみながら天井を見上げた。

 

「今年の夏休みは病院で迎えるとは・・・」

 

とりあえず明日にでも兎丸に連絡取って色々と頼もうと思いつつ、やってきた眠気に逆らわずに眠り込もうとした時だった。

 

コンコンというノックの音が響く。ついさっき医者が出て行ったばかりでの来訪者に力弥は冷やかしにきた学校の友人達だと決め付けて身体を起こし、来訪者へどーぞと冷ややかに言った。

 

「失礼します」

 

「あん?」

 

そんな礼儀正しい言葉を発して扉が開く。そして入ってきたのは常盤台の制服に身を包んだ2人の女子だった。

 

「こうして話すのは初めてですね朔月さん。改めて自己紹介させてください。私、湾内絹保です」

 

「私は湾内さんと同じ水泳部に所属している泡浮 万彬です」

 

「・・・あ、どーも始めまして。朔月力弥です。ってそうじゃない! なんでここへ?」

 

「お見舞いです。実は返信が来なくて何かあったのかと思い、白井さんに伺ったら朔月さんが御坂様と一緒に事件解決の為に尽力した結果、入院していると聞きました。意識が戻るまでは面会謝絶とは聞き及んでいましたが居てもたっても居られなくて・・・」

 

とても心配でしたと今にも泣きそうな湾内を見て、泡浮は無事でよかったですねと言いながら2人で買ってきたという花を力弥の部屋に置いてある花瓶へと飾りつつパイプ椅子を2つ力弥の横へと置いて座る。どうやらまだ話したいのか心無しかワクワクしているのが目に見えて分かる。

 

「湾内さん。来る時に仰っていた事はいいんですか?」

 

「あ、そうでした。朔月さん」

 

「な、なんだ?」

 

「あの時助けてくださってありがとうございました」

 

ニコリと笑ってそう言う湾内に力弥は少し恥ずかしくなったのか顔を背けてしまう。

 

「律儀だなお前・・・もうメールでお礼言ったろうに」

 

「ご迷惑でしたか?」

 

「いや・・・まぁ迷惑では無い。ただそのなんだ・・・面と向かって言われたのは初めてでな」

 

そう言う力弥に湾内と泡浮は顔を見合わせクスクスと笑う。そしてそれからしばらくして御坂や黒子、初春や佐天に加えて兎丸などがやってきて病室なのに色々と賑やかになっていく。そんなありふれた日常を感じながら力弥は夏休みを迎えたのだった。

 

 



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