まどマギAlter 暁美ほむらとエルキドゥ (名取クス)
しおりを挟む

私の戦場はここじゃない。

「どうして…どうして…どこで間違えたと言うの…!!」

 

ワルプルギスの夜は確かに倒された。

()()()()()()()()()()()()()

 

今、私の前にあるのはこの世の全ての悪を煮詰めて(かたど)ったような山の如きの暗黒。

 

それは全ての人々を救うため、(あまね)く生命を地上から救い上げ、消し去り、天国へと吸い上げて()く。

 

一体何度この光景を目に焼き付けてきただろう。

慣れたはずなのに、どこか心の脆い所が悲鳴を上げる。

流すべきものなどとうの昔に枯れ果てた。

 

私の使命はこんな破滅を、残酷を、まどかに強いる事では断じて無い。

 

ーーそうだ。私の戦いは終わってない。こんな酷薄(こくはく)運命(さだめ)を受け入れることなどできない!

 

 

「私の戦場はここじゃない。」

 

 

私は繰り返す。例え立ち向かうべきそれがいかに絶対的なものだとしても。

盾が反転し、時が逆流する。過去が現在に、現在が過去に。

 

「……ッッ⁈」

 

何度目かの時の坩堝(るつぼ)に落ちるとき、突如として彼女は右手に何か熱く宿るのを感じた。

 

 

そしてまた運命(Fate)は巡る。

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

明日と昨日。過去と未来。その狭間で。

 

私は目にする。

 

渦巻く時の螺旋の中から、いく本もの鎖が伸びてきて、互いに絡まり人の形を成す。

 

それは、足首まで届きそうな翠緑の髪。そして涼しげな緑の瞳。160センチ前後の女とも男とも断定できぬ肢体を包むのはシンプルな純白の貫頭衣。

 

「サーヴァント、ランサー、エルキドゥ。君の声に呼ばれてきた。どうか、自在に、無慈悲に使って欲しいなマスター。」

 

咄嗟であったが私は即座に反応することができた。

素早くバックステップを踏み、腰を少し沈めM9を構えていつでも反応できる体位をとる。

 

顔は冷静さそのものだが、

今まで一度として経験したことのない異常事態(イレギュラー)に頭の中では困惑の色が広がっていた。

 

緑の怪人は銃を突き付けられているにも関わらず、その余裕を隠さない。

 

「今回のマスターも物騒だね。マスター。僕はマスターの味方だよ。」

 

「黙りなさい。そして素直に私の質問に答えなさい。それ以外の事を言えば、容赦なく風穴を開けるわ。」

 

「了解だマスター。答えられる範囲で答えよう。」

 

「あなたは何者?」

 

「僕はエルキドゥ。マスターのサーヴァント。存在としては英霊。英霊というのは過去の偉人の影法師。成り立ちや霊基配列が聞きたいわけではないだろ?簡潔に言うなら君の使い魔。君のために力を尽くす泥人形。そのために呼ばれたもの。それが僕さ。」

 

情報が氾濫しているがまとめると 

名前 エルキドゥ

分類 英霊

職業(もしくは地位) サーヴァントという意味だろう。

しかし未知の単語が多くまだ分からないことの方が多い。

 

それにしても。

 

「私の使い魔(サーヴァント)だなんて私が魔女だとでも言いたいの?」

 

「いやいや、マスター。そんな事態は例え僕の体が崩れても阻止するよ。そのために僕がいるんだから。魔女の手下のアレとは違うよ。僕は文字通り君のための"道具"さ。」

 

「話が見えてこないわね。それにさっきから私のことを『マスター』なんて、いったいどう言うつもり?」

 

「あらゆる"道具"は使われる為に存在する。その道具たる僕を使いこなすのが君たちマスター(主人)さ。マスターの右手を見てごらん?その紋章こそがマスターが僕のマスターである証さ。その紋章、令呪がある限り僕はマスターに逆らえない。逆らうつもりもないけどね。」

 

確かに、私の右腕には放射状に伸びる鎖のような印がまだ熱冷めやらず鎮座している。

 

「その令呪は僕らになんらかの強力な命令を下すことができる。その命令を下すためなら、超自然的現象だって起こることさえある。例えばもし君がピンチな時、「私を助けろ」と言えば、仮に僕が遠く離れていても僕の意思とは関係なく君の側まで瞬間移動してその命令に準じるだろう。もし僕が邪魔なら僕に自害を命じることさえできる。」

 

「まとめるなら、

 僕はマスターの役に立つためだけに存在する。

 令呪には絶対服従。と言うことさ。」

 

そもそも貴方の言葉を信じられない状況で、貴方の言う令呪とやらの存在も素直に信じる事はできない。

 

ーーだけど、私が今(ほっ)しているのは『変化』だった。この無限にも思えるループを打破する何か。そんな『変化』

 

本当の事を言っているかなんてわからない。

いや、嘘は言っていなくても隠し事はしているかもしれない。あのキュウベイがそうだったように。

 

それでも私は、この『変化』を利用する事にした。

 

「なら令呪を持って命じる。私に絶対の忠誠を誓って。私へのいかなる背反も認めはしない」

 

「命じられ無くても、もとよりそのつもりだよマスター。でもその命令承ったよマスター。」

 

「これでとりあえずは信用してあげるわ。…確か、“エルキドゥ"と、言ったかしら」

 

「名前で呼んでくれるなんて光栄だよマスター。」

 

「でも私はあなたを信頼するわけではない。覚えておいて。」

 

信用と信頼。

仲間とは見なすが心の底から信じたわけではない。

 

「それで十分さマスター」

 

「それでマスターは僕に何をさせたいんだい?」

 

「私の目的はただ一つ。私の親友鹿目まどかの魔法少女になる事を防ぐことよ。」

 

「理解したよマスター。」

 

 

そして、過去が今となった。

 

 




本作はまどマギ杯参加作品です。
ぜひ他の参加者の作品もチェックしてください。

評価感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢の中であったような Aパート

覚醒。

 

寝ぼけた体をクリアな思考が叩き起こす。

 

 

「これを最後にする………このセリフも何回目かしらね…」

 

「数えるのもイヤになるほど、じゃないかな」

 

私の独白に応える声がする。

先ほどの出来事では決して幻では無いらしい。

 

「そうね。その通りだわ。全く持って度し難いわね、キュウベえも、魔法少女というシステムも。」

 

そんな惨劇を強いる世界も。

 

「マスター、確認したいのだけど、僕の任務は鹿目まどかの魔法少女化の阻止だね?」

 

「その通りよ。それ以外は一切何も考えなくていいわ。」

 

「ところでマスター。最後にこの道具()の性能について話ておくよ。

僕は神の泥。後に人と神と繋げる鎖になった。だけども本質は変わらない。ゆえに僕は『ありとあらゆる物になる事ができる』力を持っている。どうか存分に、使い潰してよマスター。」

 

「…あらゆる、とは大きく出たわね。私がこの世で最も憎む存在(ホワイトデビル)も似たような事を言っていたわ。」

 

「話を続けるけど、『ありとあらゆるものになる』というのは、その物質への構造の完全な理解から成り立つ。つまり対象を精査する能力にもたけているんだ。そしてそれを全方位に向ければ高性能レーダーのように使えるんだ。マスター、それによると白いタンパク質の群れが、突然現れた僕と言う超巨大魔力源に集まっているんだ。どうする?」

 

「そのタンパク質は、キュゥべえを自称する害悪よ。だから今すぐその魔力を仕舞いなさい。あなたという切り札をまだ知られたくはないの。そして迅速に離脱しなさい。集合場所は……「その必要はないよマスター。」

 

「僕は魔力の塊のような存在だ。だからそれを極限まで薄く伸ばしてしまえば、存在するのに存在しない。何も感じることはできないけど確かにそこにいる、なんて状況を作り出せるんだ。」

 

「ややっこしいわね。つまり透明化できるのね。さっさと離脱しなさい。」

 

「仰せのままに、マスター」

 

空気に溶けてゆくように、その存在が消えてゆく。

そこには初めから誰も居なかったかのようだ。

 

そして私も動き出す。

全てはまどかを救うために。

 

『ところで、マスター。今から各所から武器の類を収奪するみたいだけど、僕の体の一部を銃火器にしたほうがよっぽど効率的で効果的だよ。』

 

…出鼻を挫かれたわ。しかもテレパシーで。

コイツ実はキュウベえじゃないでしょうね。

 

でも、保険はいくらあっても足りないわよね。

自衛隊の大型重火器とc4、大口径ライフル、各種銃火器くらいは揃えておきましょう。

 

 

 

 

誰も未来を信じない。誰も未来を受け止められない。

だからもう誰にも頼らない。誰に分かってもらう必要もない。

 

その決意にも似た信念が揺らぎ始めている事に、彼女はまだ気づかない。

 

 

ほむら side out

 

▼▲▼▲▼

 

まどかside

 

壊れた逆さ人形の殺戮。

荒れ果てた荒野にかつての町の面影はなく。

 

懸命に破壊者に抗うほむらちゃん

 

だけどそれは圧倒的な暴力の前にに儚く散る。

倒れ伏した彼女から目を離すことができない。

 

同時に頭に()ぎる2人の姿。

二度と立ち上がることもないマミさんとと杏子ちゃん。

 

もう、どうすればいいのが良いのか分からなくて、ぐちゃぐちゃで、目の前が真っ暗になった。

 

「ひどい…」

 

「仕方ないよ。彼女1人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上だろう。」

 

キュウベイは告げる。

 

満身創痍、それでもなおヨロヨロと立ち上がる姿は痛々しすぎて。

どうして、私はここで1人、棒っキレのようにつったているのだろう。

自分の無力さに怒りさえ湧いてくる。

 

「そんな…あんまりだよ!こんなのってないよ!」

 

まどかは痛哭する。

 

「諦めたら、それまでだ。でも君なら運命を変えられる。」

 

キュウベイは告げる

 

「避けようもない滅びも、嘆きも、全て君が覆せばいい。そのための力が君には備わっているんだから。」

 

キュウベイは告げる。

 

「……本当なの?」

 

受け入れがたい光景が脳髄を揺さぶり、彼女の心を弛わせる。

だくだくと血を流しながらもほむらは必死に叫ぶ。

「〜〜〜!!〜〜〜!!」

 

もう何も聞こえない。何もわからない。

 

「私なんかでも、本当に何かできるの?こんな結末を変えられる?」

 

「もちろんさ」

 

キュウベイは告げる。

 

だから僕と契約して魔法少女になってよ!(宇宙のために、死んでくれ)

 

どこまでも残酷に。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー

ーーーーー

 

リリリリリりりりりり ガチャン…

 

「…くぅ、ふわぁ〜。夢落ちぃ〜?」

 

なんだか、不思議な夢を見た。

みんな苦しそうで辛そうで、みてられないような。

でもそんな時、私がみんなの助けになればなぁ。なんて思った。

そういえばみんなって誰だったんだろう。早くもあやふやだよ。

やっぱり夢だからかなぁ。

いつもとはちょっぴり違った目覚め。

 

でもそれからは普通だ。

 

いつものように、パパは家庭菜園に励みおいしい朝食を作ってくれる。

 

タツヤとママを起こし、たわいない話をして、一緒にリボン選びをする。今日もママはリクルートスーツをピシリと決め、パンを加えたまま明るい日差しに飛び出してゆく。

 

タツヤは少しあぶなっかしそうにご飯を食べ、パパと一緒に幼稚園服を着る。

私も遅れないように家を出る。

 

通学路でさやかちゃんや仁美と合流してからは、仁美のラブレターやまどかの真新しいリボンの事を仲良くお喋りした。

 

教室でいつものように、先生のノロケ話を聞かされると思いきや、今日は目玉焼きの硬さについて熱弁し出した。

わけがわからないよぉ。

でも、先生はたぶん彼氏さんとうまくいかなかったんだろうなぁ。

ごしゅう傷様です。

 

「こほん、では気を取り直して。今日は転校生を紹介します。

暁美さん。入ってきて〜。」

 

転校生より、目玉焼きの焼き加減の話なんて、先生は本当に色恋にあついなぁ。

 

 黒髪ストレートの美少女転校生に、男子が沸いた。

 「………うわー、スッゲェ美人。」

 さやかちゃんも口が丸く空いてる。かわいい。

 

 

うわぁ、すごい美人さんだぁ。なんかこうクールでリンとしていて憧れちゃうなぁ。…やっぱりああいう人がモテるのかなぁ。

 

………なんだろう、この胸のもやもやは。

   私、この人とどこかで…?

 

「はーい、それじゃ自己紹介行ってみよー!」

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします。」

 

沈黙。

 

  暁美ほ、まで書いて先生の手が止まる。続きは?と言うふうに目配せしている。

  暁美さんは自分で、暁美ほ の後に むら を足して名前を完成させる。あんまり伝わってなかったようだ。

 一拍置いて

 

「好きな事は読書です。ちなみに目玉焼きの好みは完熟です。」

 

「あっ、暁美さん!もう!」

 

 どっと笑いが起こる。クラスが和んだ。

 

 少しだけ目があった。

 その時、まどかの頭に鮮やかにフラッシュバックする夢のカケラ。

 

 『うそ、……まさか…』

 

 一瞬の彼女の心を射抜くかのような鋭い眼光。

 それはすぐに別の色に変わったが、しかし、その視線はこちらに固定されたままだった。

 

 胸が、ざわめく。

 意図せずたじろいでしまう。不安げに視線が二転三転して、おずおずと伺うように彼女をみると、ゆっくりと頭を下げており、先ほどまでの鋭利さはなかった。

 暖かい拍手が彼女を包んだ。

 

ーーーーーー

 

 

 「暁美さん、どこからきたんですか?」

 「どんなジャンプー使ってるんですか?」

 「好きなアーティストは誰ですか?」

  「暁美さん」「暁美さん」「暁美さん」

 

 さっそく暁美さんは大人気になっていた。

 彼女の席だけ人口密度が半端ではない。

 

 しかし彼女もさるもの。矢継ぎ早な質問を難なく捌いてゆく。そこには落ち着いた大人っぽさがあった。

 

すごいなぁ、まるで私よりずっと年上さんみたい。

 

 するとさやかが顔を近づけて

「それにしても、まどか、なんか転校生にガン飛ばされてなかった?」

「いや…あの、その…」

「なんだか、不思議な人ですのね、暁美さん」

 と仁美も彼女について掴みかねているようだ

 

だって、夢の中であったなんて、そんな…

 

 不意に彼女が、立ち上がる。

「ごめんなさい。今ちょっと緊張しすぎちゃったみたいで」

 

 「私が案内してあげようか?」と、クラスメイト。

 「いえ、保健委員の人に頼むから大丈夫よ」 

 「ふーん、そっか」

 

 そして、コツコツとまどかの席まで歩み寄ってきて

 

「鹿目まどかさん、あなたこのクラスの保健委員よね?」

「えっ、えっと」

「連れて行ってもらえる?保健室」

 有無を言わせぬものが、そこにはあった。

   

 

私より一歩先を歩く暁美さん。

ふぐぅぅ、みんなはジロジロ見てくるし、暁美さんはなんか怖いし、今日はなんだかうまくいないなぁ。

 

「あ、あの…私が保健委員だってどうして…」

 

「…」

 

「…」

 

………

 

「早乙女先生に教えてもらったの。」

 

「そぉ、そうなんだ。…そうだよね、あはは…」

 

…つらい。

 

「えっと、暁美さん。保健室は…」

 

「こっちよね。それに…ほむらでいいわ。」

 

「えっ、ええ?…じゃ、じゃあ ほ、ほむら…ちゃん?」

 

「それでいいわ」

 

……

 

保健室が見えてきた。

ほむらちゃんはずっと私より前にいた。

私が連れてくはずだったのに。

 

「鹿目まどかさん」

 

 その瞬間、空気がピンと張り詰める。自然と背中を伸ばしてしまいそうなかんじだ。

 

「あなたに大切なものはある?」

 

「………え?」

 

ほむらちゃんはとても真剣な顔でこちらを見ていた。

 

「…あるよ。私にも大切なもの。家族とか友達とかみんな、とっても大好きでーー大切な人だよ。」

 

「本当に?」

 

「本当だよ!嘘なわけないよ!」

 

「そう…それなら、私から一つ忠告するわ。美味しい話しほど、裏も深いのよ。」

 

「待ってほむらちゃん、それってどういう…」

 

ほむらちゃんは、振り向く事無く、保健室に入っていった。

 

「わけがわからないよぉ…」

 

その場には途方に暮れたまどかだけが、1人ポツンと取り残された。

しかし、その背中は確かに…

 

「ああ、でも、やっぱりどこかで、まるで、そう ーー夢の中であった、ような」 

 




評価感想お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢の中であったような Bパート

side エルキドゥ

 

今は数学の授業中のようだ。

早乙女教員が黒板に長々と問題を書いていく。

先程までの問題より何倍も難しい問題だ。

「それでは暁美さ〜ん。この問題解いてみてください。困った時は素直に先生に「教えてください」っていうんですよ!」

 

「その必要はありません。」

 

一切の淀みなくスラスラと黒板が埋まる。

さすがマスター。完璧な解答だ。僕は完璧の2文字が大好きなのさ。心地いい。

 

次の英語の授業で早乙女教員、またしても仕掛けるようだ。なかなかに懲りない性格だ。

 

I wish I could (できたらなぁ)〜〜のwishは同じ『願う』でもhopeは使えません。何故か分かりますか?暁美さん!!」

 

鼻息が荒くなっている。これは自信があるのだろう。

 

「wishとhopeは確かに同じ願いという意味ですが、hopeは充分にその願いが叶う見込みがある場合に使い、一方、wishは不可能もしくはその願いが実現する可能性が低い場合に使います。

そして、この英文の文意は「~~出来たらいいなぁ、できないけど。」となっているため従って、叶う見込みのない願いなのでwishが適当です。」

 

先生としての自信もマスターの前では何の役にも立たないようだ。

 

『マスターマスター。』

 

『!!…エルキドゥ。貴方もテレパシーも使えるのを忘れてたわ。』 

 

『おや、マスターの口ぶりだと僕以外にもテレパシーを使える存在がいるようだね。』

 

『そうね。少し前に貴方に群がってきたタンパク質もテレパシーができるわ。厄介なことに誰かと誰かの会話をテレパシーで繋ぐことまでできる。ちょうど電話と同じ様に。』

 

『ふむふむなるほどマスター。連携されると厄介という事だね。ところでマスター、さっきのマスターの解説を聞く限り

『we wish your MerryChristmas』

って子供にとって結構残酷な意味合いにならないかい?「貴女方が良いクリスマスを過ごせますように、どうせ無理だろうけど。」さながら戦場のメリークリスマスじゃないか。』

 

『驚いたわ。貴方ジョークが言えるのね。突然現れたことといい、テレパシーができる事といい何かと私の中で高まった『キュウべぇ=エルキドゥ説』の信憑性が少し下がったわ。』

 

『マスター…』

 

『ともかく、今日の放課後は早速仕事よ。』

 

『道具としての本分を果たすとしようか。』

 

『内容は単純。あのタンパク質、キュゥべえとまどかの接触を阻む事。

そのためになら力の解放も許可するわ。』

 

 

 

 

 

『では早速いきましょうか。』

事前計画の確認を済ませたマスターが放課後になって集まってきた人垣をするりと抜けて学校を後にする。

 

『お茶会の誘いは良かったのかい?』

 

「そんなものに割く時間はないわ。今はそれより、一刻も早くキュゥべえを消すわよ。」

 

『了解だよマスター。』

 

 

マスターが手の甲にある紫色の宝石なような物ーーソウルジェムと言う魂を物質化したものだと教えてくれたーーに触れると、一瞬にしてマスターの服装が変わる。

魔術師としての、いや魔法少女としての姿。

 

「貴方、いえエルキドゥ。敵の所在は掴んでるわ。一匹一匹、確実に潰していきましょう。」

 

「イエス、マイマスター。僕はエルキドゥ、貴方(マスター)の道具だからね。」

 

 

  ▼ ▲ ▼▲ ▼

 

 

マスターが左手の盾からマシンガンと拳銃を取り出す。

 

「行くわよ。」

 

『お好きな時に。』

 

廃ビルの一角。

マスターの言う通りの所に、白い悪魔こと『キュゥべえ』がいる。

街を見下ろしている。

 

『何かを探しているかのようだね。』

 

『魔法少女の素質がある子を、次の魔女を探しているのよ。』

 

『キュゥべえはエントロピーの減少、つまり宇宙全体のエネルギーが枯渇して滅ぶのを防ぐために人間からエネルギーを集めてるんだったかな。効率的にエネルギーを収集するためにヒトの少女から魔法少女という存在を作り、その魔女化した時のエネルギーを回収して宇宙全体の危機を救う。なるほど、合理的だね。』

 

『その通りよ。』

 

音は出さずに素早くキュゥべえに近づく。

マスターの接近に気づいたキュゥべえが振り向いた瞬間、キュゥべえは即座にキュゥべえだった物に変わる。

マスターがアサルトライフルがキュゥべえを一瞬の猶予もなくハチの巣にしたからだ。 

 

 

「だけど私は止まるつもりはないわ。ご生憎と私はヒトデナシ(魔法少女)だから。

理性より感情を振りかざす化け物だから。私を救ってくれたまどかを救うためなら、私は宇宙の死すら受け入れる。………軽蔑、したかしら。」

 

取り出した拳銃で、さらにキュゥべえに発砲する。

 

『まさか。マスターは紛う事なく人間だとも。人間は昔からそう言うもので、僕はそんな人間のあり方を愛しているとも。』

 

『それに意思とは無関係に命令されれば、なんでもこなす。それが兵器ってものじゃないかな。』

 

「そう。ならちゃんとついてきて。使えるうちは使ってあげる。」

 

『喜んで、マイマスター。』

 

「次の所に移動するわよ。」

 

襲撃はまだまだ残っているらしい。

 

 

  ▼▲▼▲▼

 

 

「ここも終了。もうそろそろまどかに接触しようとする頃合いね。」

 

『いよいよ僕の出番かな?』

 

『テレパシーで直接まどかに語りかけて、まどかを誘導してキュゥべえの所に呼び寄せる。キュゥべえのいつもの手口よ。』

 

まどかを呼んでいると思われる個体のキュゥべえの背後で息を潜める。

 

『つまり、あんまり早くに実行犯のキュゥべえを消してしまうと集合場所やタイミングが変わって接触を防ぎにくくなるから、ギリギリまでキュゥべえへの襲撃は遅らせる。そういうことかな。』

 

『その通りよ。そして、今がその時。』

 

左腕の盾が回転する。

マスターが瞬間移動のようにキュゥべえの背後に現れ、銃を連射する。

 

ギリギリ生きていたのか、走り出そうとするキュゥべえ。

 

『逃がさないよ。』

 

僕の魔力の通ったコンクリートの地面が隆起し、大剣のような形を取って死にかけのキュゥべえを貫く。

 

「次!」

 

何度もやったような、迷いなき動きでかけ出す。

既に個体数は減らしてある。付近にはそんなにいないはず。

それがマスターの読みなんだと思う。

 

『マスター、続々とキュゥべえと思わしき存在が活動を始めているようだよ。』

 

「なら全部を潰すなんてできないわね。だから、まどかの近くに寄ってくるやつだけ『駆除』する。」

 

キュゥべえとまどかを合わせない。それが目的だからね。

 

『でもマスター。キュゥべえがまどかを呼ぶなら、まどかの近くにいても効果は薄いんじゃないかな?』

 

「確かに私が1人ならその通りよ。だけど今私たちは2人。まどかが向かう先にキュゥべえを潰す私がいて、まどかを監視してレーダーでその進行方向にいるキュゥべえの居場所を伝達する貴方がいれば確実に待ち伏せしているキュゥべえを潰せるはず。」

 

『承ったよマイマスター。じゃあ、早速始めようか。』

 

「やるわよ。確実に。」

 

マスターと僕は動き出した。

 

 

  ▼▲▼▲▼

 

 

『やられたわ。』

 

僕とマスターは再開した。

再開してしまった。

 

そしてそれは、任務の失敗を意味していた。

 

この場にはマスター(暁美ほむら)、巴マミ、美樹さやか、鹿目まどかと鹿目まどかに抱えられたキュゥべえ。

 

その背後に、霊体化した(エルキドゥ)

 

『マスター。ごめん。』

 

『謝らないで。あなたのせいじゃない。』

 

 

起こったことを順を追って話すとこんな感じだった。

まず、鹿目まどかと接触しようとしたキュゥべえの位置を鹿目まどかが誘導される方向から割り出して僕がマスターに伝達し、その個体をマスターが撃ち抜いた。

打たれたキュゥべえは吹き飛び暗がりに消え、その暗がりから()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()

 

『やられたね。』

 

付け加えると、出てきた別個体は()()()()()()()()()()()から転がり出た。こちらに索敵能力がある事が事前の襲撃でしられていたから取られた作戦だろう。

 

次に魔が悪く、いやこれもキュゥべえとやらの罠かもしれないが、魔女が出現した。

 

「…こんな時に!」

歯噛みするマスター。

 

超常が日常を侵食し(魔女結界が広がり)、マスターを鹿目まどかと美樹さやかの二人から分断する。

 

異常な空間に囚われ怯える美樹さやかに鹿目まどか。

 

いよいよ僕が顕界しようとした時、それはマスターに止められた。

それは1人の魔法少女、巴マミが降ってきたからだ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

巴マミの構える巨大な銃からエネルギーの奔流がほとばしり魔女にダメージを負わせた。

 

そうして颯爽と現れた巴マミは一瞬にして魔女を追い払った。

魔女の結界が解け、残されたのがこの面子。

マスター、巴マミ、美樹さやか、鹿目まどか、そしてキュゥべえ。

 

巴マミが後ろに鹿目まどか、美樹さやか、キュゥべえを(かば)いながらマスターと睨み合う。

 

「魔女は消えたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回は貴方に譲ってあげる。」

 

巴マミが高圧的に言う。

だけどマスターも黙ってはいられない。

 

「私が用があるのはーー」

「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。」

マスターの発言を威嚇するような口調で巴マミが遮る。

 

「お互い余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

「後悔するわよ……。」

 

巴マミは笑顔で答える。

 

「次はお友達になれそうなタイミングで会いたいわ。お互いのためにも。」

 

ーー今は手が出せない。

おそらくそう判断したマスターは、無言のまま踵を返す。

 

 

 

 

 

ーーギリっ

 

闇夜に沈むマスターの顔が(けわ)しく歪む。

 

初戦は僕らの完敗で終わった。

 





【挿絵表示】


リアル友達が挿絵を書いてくれました!ひゃっほう。
絵についてもコメントいただければ友人も喜んでくれると思います。

そしたら気分良くしてまた描いてくれるかもしれないから、みんな頼んだぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それはとっても嬉しいなって Aパート

ほむらside

 

「魔女狩りをするわ。」

 

まどかとキュゥべえの出会いは阻止できなかった。

なら次の手を打つだけ。

 

『さっき邪魔しに入ったアレかな。』

 

「そう。行くわよ。」

 

『一つ提案してもいいかなマスター。まずは情報交換をもう少ししよう。その方が上手く僕も動けるからね。』

 

…少し焦っていたのかしら。

反省は必要ね。何度繰り返しても、行動が変わらなければ結果も変えられないもの。

 

「そうね。何から聞きたい?」

 

『まずマスターの行動指針や大まかな目標とその優先順位。

そしてキュゥべえ、と巴マミ、美樹さやか、それに鹿目まどか。』

 

「目標と優先順位。そうね、

最終目標が鹿目まどかの魔法少女化の阻止。

そのために最悪の魔女『ワルプルギスの夜』の打倒。

加えて巴マミ、美樹さやか、鹿目まどか、後から出

てくる佐倉杏子の生存といった所ね。

 

後で詳しく話すけど魔法少女化はキュゥべえと契約する事で行われる。

そしてあなたの力がどれほどかはわからないけれど……私だけでワルプルギスの夜を倒すのはかなり難しい。つまり私以外の魔法少女を最後まで残さないとワルプルギスの夜は倒せない。

まとめると優先順位はこうなるわ。

 

①鹿目まどかとキュゥべえの契約阻止

②魔法少女の生存

③ワルプルギスの夜打倒。」

 

『理解したよマスター。次はキュゥべえと魔法少女達について教えてくれるかな?』

 

「キュゥべえとは今の人間より遥かに高度な技術を持つ地球外生命体。

正式名称はインキュベーター。人間の感情からエネルギーを得て、エントロピーの増加による宇宙の熱死を止めようとしているわ。

そしてその人間から感情からエネルギーを得る手段こそ魔法少女と魔女。

魔法少女の希望が絶望し魔女になる時生まれるエネルギー、それを狙ってキュゥべえは魔法少女の契約を人に迫るわ。なんでも一つ願いを叶えるという奇跡と引き換えに。」

 

『なるほど分かったよ。それで強い因果を持つ鹿目まどかが狙われる事になったんだね。魔法少女の生存と言うのが引っかかるねぇ。マスターの知る限りここにいる魔法少女達はどんな原因で居なくなったんだい?』

 

「魔法少女が死ぬのは一つ。このソウルジェムというの物質化した魂が汚染されるもしくは砕かれる事。

そしてソウルジェムというのは魔法を使う事で濁り、また絶望する事でも濁るわ。この汚濁が限界にまで達すると反転して魔女化。

ソウルジェムの破壊は魂の破壊を意味する。よって砕かれるとそのまま抜け殻になったみたいに死ぬ。

魔法少女の少女としての肉体は、あくまで外付けのハードウェアに過ぎないのよ。」

 

第三魔法(ヘブンズフィール)。こんな所で見るとはね。僕も驚いたよ。』

 

「ヘブンズフィール?」

 

『僕らは魂の物質化をそう呼ぶのさ。全ての人間が魂だけの存在になれば肉体の(くさび)と寿命の(かせ)外れる。続いて欲が消え争いも消え平和が訪れる。そう信じてる人がいるんだよ。』

 

「今の私を見てそう思うのかしら。」

 

『さぁどうだろうね。厳密に突き詰めればそれはきっと別物だし、何より終わりがある時点でヘブンズフィールたりえないからね。』

 

『話を戻そうかマスター。次は誰にどんな危機が起こるのかだね。』

 

「これはその都度話すわ。行動が変わればその後も変わる。今全てを話しても意味は少ないの。………それに、話したところで」

  

 

ーー今まで誰も真実を受け止められなかったわ。

 

 

『それがマスターが他の魔法少女に真実を受け止めないわけなんだね。』

 

 

多分今の私の顔は、まどかには見せられない。

 

魔女狩りの夜が始まる。




調べて初めてわかった事。

エントロピーというのは増加しかしないが、それを止めるためにはエネルギーを外から加える必要がある。

しかし宇宙が外からエネルギーを加えられる事はないので、キュゥべえがエネルギーを加えている。(止めないと宇宙全体が熱死)

なおエネルギー源は魔法少女の模様


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それはとっても嬉しいなって Bパート

まどかside

 

「提案なんだけど、しばらく私の魔女退治についてきてみない?」

 

「「え?」」

 

予想もしてなかったマミさんの提案に、私とさやかちゃんの声が一致した。

 

「ほら、魔法少女や魔女についてはキュゥべえが説明したけど実際見てみないとピンと来ないと思うの。魔法少女として活動する事がどういう事で、どれだけ危ないことか。昔の偉い人も言ったでしょ?『百聞は一見にしかず』って。」

 

「その上でそれに見合うだけの願いがあるか。じっくり考えてみたらいいと思うの。」

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

「まどかはさー。なんか願い事見つかった?」

 

「ううん。なんだか何も思いつかなくて。さやかちゃんは?」

 

「あたしもさっぱり。願いなんていくらでもありそうなに。なんだがなー。」

 

お昼休みの校舎の屋上、青空をいっぱいに吸い込むようにくぅっと大きな伸びをするさやか。

 

「欲しいものもやりたい事もあるんだけど、命懸けって言われたらどうしてもタタラ踏んじゃうっていうか、なんか違うなって。」

 

「うん……。そうだよね。命に釣り合うお願いなんて、そうそうあるわけないよね。」

 

「君たちはちょっと変わってるね。他の子は大抵二つ返事なんだけど。」

 

キュゥべえはお座りの体勢で言った。

 

「多分あたし達がバカだからだよ。」

「思うんだけどこの世の中に命を秤にのせてでもより重い望みを持つ人って沢山いると思う。」

「だけど私達にそれが見つからないのは、そこまで思い詰めるような不幸に出会ってないってことじゃん。」

 

「恵まれすぎてバカになっちゃってんだよ、あたし達。」

 

どこか皮肉っぽい言葉。さやかちゃんは少し重くなった空気を誤魔化すように笑った。

 

「それにしてもあのテンコーセイ、今日もなんか凄かったよな!」

 

さっきとはまるっきり違うトーンで話すさやかちゃん。

 

「マミさんが言うには『魔法少女が増えるのを邪魔しようとしてる』って。しかもその目的が『強力なライバル』になる魔法少女が生まれるのを嫌がったから。同じ正義のために戦う魔法少女同士協力試合えばいいのにな。今日も思いっきりまどかにガン飛ばしてたし。まどかもなんかされたらアタシに言いなよ?アタシが華麗にぶっ飛ばしてやるからさ!」

 

「うん、心配してくれてありがとねさやかちゃん。でも暴力はダメだよ。それにぶっ飛ばすって。」

 

「あはは、さやかちゃんにお任せ!」

 

風がさらりと吹く。

 

 

「…でも、なんであたし達なんだろうね。」

 

「…さやかちゃん?」

 

「命をかけでも成し遂げたい人なんかあたし達以外にいっぱいのに」

 

「なんか不公平じゃない?なんでそのチャンスがあたし達にはあるんだろ。」

 

「さやかちゃん……。」

私にはかけるべき言葉を見つけることができなかった。

 

 

 

不意にガチャリと屋上のドアが開く。

現れたのは暁美ほむら。

ミステリアスでしかし冷淡な雰囲気を持つ謎の転校生兼ーー魔法少女。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

エルキドゥside

 

『さっそくまどかを探しに行くのかい?』

 

『いつからそんなにまどかと親しくなったの。……キュゥべえにタイミングは関係ないわ。隙さえあれば必ず勧誘する。まどかを魔法少女の道へ。』

 

『マスターの呼び方がうつったのさ。まどかは美樹さやかと屋上にいるみたいだね。』

 

『さすがね。』

 

足早にカツカツと歩を進めるマスター。

マスターはそれだけ鹿目まどかの事が心配なんだろう。

そしてそれはこれほどマスター恐れさせるキュゥべえという存在の脅威も高いということだね。

 

『いた。』

 

屋上に着き鹿目まどかと美樹さやかを発見する。

と同時に安心や良かったという気持ちが魔力パスを通して僕に流れ込む。

やっぱりマスターはまどかが大好きなんだね。

 

『当たり前じゃない。まどかは私の1番の親友だから。』

 

迷いなく真っ直ぐ鹿目まどかに近づくマスター。

まどかを庇うように前に出る美樹さやか。

 

『マスター。隣の校舎の屋上に巴マミだ。この場は彼女に監視されてるよ。』

 

『問題ない。』

 

マミを刺激しすぎないようマスターは鹿目まどかと少し距離をとり止まる。

 

「何?昨日の続きをしようってわけ?」

 

「いいえ。そのつもりはないわ。」

 

警戒心剥き出しの美樹さやかに冷やなかな眼差しでキュゥべえを見るマスター。

 

「そいつが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけど……それも今更手遅れだから。」

 

視線をあらためてまどかに戻すマスター。

その目は真剣さそのものだ。

 

「で、どうするの?そいつの言葉を全部鵜呑みにして魔法少女になるつもり?」

 

「強制はしてないよ。まどか達も今迷ってるからね。」

割って入るキュゥべえ。

 

「それにこれは私達が決めることでアンタにとやかく言われる筋合いはない。」

 

マスターは何も答えない、ただじっと美樹さやかを見ただけ。

その視線に自然と美樹さやかが一歩後ずさる。

 

「まどか。昨日言ったこと覚えてる?」

 

「…うん。」

 

「なら貴方は魔法少女になってはいけない。」

 

マスターはハッキリと告げた。

遠くの巴マミの顔が不快げに曇る。

 

「貴方が魔法少女になれば周りの人が悲しむ事になる。それをよく考えて。美樹さやかもね。」

 

「私の忠告が無駄にならないことを祈っているわ。」

 

警戒されすぎている。

そう思ったのかマスターはそれだけ言うとクルリと踵を返した。

 

「あたし達を脅したつもり⁉︎」

 

「いいえ全く。」

 

半身だけ振り返って、何か勘違いしたらしい美樹さやかの追及をバッサリと切り捨てる。

いつも通りのお人形のように整った、それでいて感情の読み取れない表情で。

 

「ほむらちゃん。ほむらちゃんは……魔法少女になるとき、何をお願いしたの?」

 

そのまどかの言葉に再び振り返ったマスターの顔はあまりにも複雑で痛切で悲哀な感情が混ざり合いぐちゃぐちゃに歪んだ顔だった。

 

その無知ゆえの無垢な質問は、今のマスターにとってあまりにも残酷すぎた。

 

マスターは今度こそその場を後にした。

その(まなじり)に溢れそうなほどの涙を溜めて。

 

  ▼▲▼▲▼

 

 

『場所はこのビルで間違いないかな。魔力の濃さが段違いだからね。』

 

「気は抜かないで。」

 

『もちろんさ。』

 

今にも廃ビルの屋上から飛び降りようとしていたOL。

マスターが魔力をぶつけて失神させる。気を失い倒れた彼女の首筋には

くっきりと残る刻印。魔女に魅入られた犠牲者の証。

 

マスターがソウルジェムの力を解放すると、異界への扉が露わになる。

迷いなくその先へ。

マスターと僕は魔女結界に踏み入れる。

途端に広がるグロテスクな世界。

子供がクレヨンでぐちゃぐちゃに塗り潰したような歪な世界。  

 

不躾な来訪者に使い魔が群がる。

 

「使い魔は任せてもいいかしら。」

 

「ようやくだねマスター。でもこれじゃーー」

 

ようやく霊体化を解き限界する。

と同時

 

「ーー試運転にもならないね。」

 

エルキドゥの足元から四方八方に線が地を這うようにかけ、使い魔達の足元で剣とし実体化しその群れを貫く。

 

一様に串刺しにされた使い魔達は力なく消え去る。

 

「嬉しい誤算ね。」

 

まるで障害など存在しないかのような自然な歩み。

それはいっそ無人の荒野を行くような。

 

「お出ましだね。それにもう一つのツアーグループも。」

 

魔女結界の奥、その中心にいたのは蝶のような羽にドロドロとした粘性の頭、そこに黒ずんだバラをつけたこの異界の主、魔女。

 

「そう、それなら後はわたしがやるわ。霊体化して。」

 

『理解したよマスター。』

 

僕が霊体となると同時、マスターが瞬間移動のような手際で魔女の体に爆弾を仕掛ける。

 

魔女も黙っていない。俊敏な動きでマスターに攻撃を仕掛ける。

 

 

「ーーいたわ。あれが魔女、呪い撒き散らす災厄の形。」

「うわぁ。意外とグロい」

「あんなのと……戦うんですか?」

 

遅れてやってきたのは

魔法少女化した巴マミに美樹さやか、そして鹿目まどかとキュゥべえ。

 

「そうよ。でも、今回は先客がいたみたいだけど。」

その言葉でようやく巴マミ以外の2人も暁美ほむらの存在に気がついたようだ。

マスターも巴マミに向き直る。

 

直後、次々と起きた大爆発によって薔薇の魔女は悲鳴と共に爆炎に飲まれ消えていった。

後に残された小さくて真っ黒な球体ーーグリーフシードーーをマスターは拾い上げる。

 

『マスター提案だ。必要最低限だけグリーフシードを使って残りを巴マミに譲る事を提案するよ。後々のワルプルギスの事を考えれば、協調する意思をみせておくのも一つの手だと思うよ。それと少しグリーフシードを調べてもいいかな?』

 

『変化は必要ね。採用するわ。グリーフシードは素早く調べて、詳しくは後ですればいいわ。』

 

『それじゃ素早くやるよマスター。』

 

僕の体の一部が実体化し、一瞬だけグリーフシードを覆い解析する。

マスターの体が死角になって、ちょうど見えない位置。

そのグリーフシードでマスターはソウルジェムの汚れを除去し、まだほとんど使ってないグリーフシードを巴マミに投げ渡した。

 

「デモンストレーションには使えるわ。」

それだけ言ってマスターは踵を返す。

    

「今回はありがたく受け取ろうかしら。こうして貴方と協力し合える『お友達』になれたらいいと思うわ。」

 

「そうね。私もよ。」

 

マスターは振り返ることなく、その場を後にした。




読了感謝感激雨霰


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

……助けて、ください。 Aパート

「巴マミ死亡候補日の中の一つ。それが今日。」

 

予言のようなその言葉も、マスターが言うなら充分な説得力を持つ。

 

『穏やかじゃないね。死亡要因は?』

 

「ほとんどが魔女との交戦によるもの。それもたった一体、『お菓子の魔女』との戦闘。」

 

『つまりここはこの世界における重要な分岐点な可能性があるんだね。そして鹿目まどかを救うには巴マミが生きていた方が都合が良い。』

 

「その認識で合ってるわ。」

 

『ただ戦いに行くのを止めても言うことを聞いてくれないだろうね。』

 

昨日のマスターと巴マミの会話を思い出す。

 

------------ーーー

 

 

鹿目まどかと美樹さやかの両名と別れ、家路を歩く巴マミ。

 

そしてそれを監視していたマスターに振り返る巴マミ。

その目はマスターをはっきりと認識していた。マスターも黙ってはいられなかった。

 

「分かってるの?貴方が今している事は、無関係な一般人を危険に巻き込んでいるの。見込みがある人を連れてきて兵士として戦場に投げ込もうとしている、それが貴方のしている事よ巴マミ。」

 

「彼女たちはキュゥべえに見込まれた時点で無関係じゃないわ。それに私はあくまで彼女達の意思を尊重しているわ。それに望むと望まざると魔女は向こうからやってくるわ。」

 

マスターと巴マミの間の雰囲気が鋭くなる。

 

「貴方は2人を魔法少女へ誘導している。」

 

「それが面白くないわけ?」

 

「ええ迷惑よ。特に鹿目まどか。」

 

「貴方も気づいていたのね、鹿目まどかの素質に。」

 

マスターの視線がさらに険しさを増す。

鹿目まどかの魔法少女としての才能はあまりにもの途方がない。破格の力。

それゆえに、魔女化した時の被害は甚大だ。それこそその時が来た地球が最後だ。

 

「彼女だけは、魔法少女にだけはしない。」

 

それが、その無限試行の先に求めたマスターの願いだ。

しかしその言葉に込められた覚悟は巴マミには伝わらない。

 

「ふぅん。自分より強い子だけは魔法少女にしないってわけ?競争しても自分が勝てないから。」

 

「でもそれって、完全にいじめられっ子の思考よね。」

 

パスを通してマスターの荒れ狂う感情が入ってくる。

それほどまでにマスターの心は怒りに猛っていた。

 

「貴方とは戦いたくないのだけれど。」

極めて冷静さを保ちつつ、マスターの意思を伝える。

遠回しな決意も含めて。

 

「そうね。最近英語の授業でやったそうじゃない。『I wish I could。(できたらなぁ)』話し合いで済むのは、多分今夜までね。」

 

それだけ言い捨てると巴マミはマスターの反応も待たずに帰り始めた。

事態が思うように行かず歯噛みするマスターだけが、その場に残された。

 

-------------

------

ーー

 

 

『言葉だけで止められる様子じゃなかったね。』

 

「ええそうね。だから巴マミより先に魔女を潰す必要がある。」

 

「お菓子の魔女だけは、マミに任せておけないから。」

 

会話しながらも緊張はマスターの張り続けたままだ。

感を尖らせている。

 

『…マスター。今魔力の反応があったよ。まず間違いなく魔女だろうね。』

 

「⁉︎場所はどこ?付近にそれ以外の魔力反応は?」

 

『見滝原病院。すぐ近くに巴マミ、キュゥべえ、鹿目まどか。そして美樹さやかもいるだろう。揃い踏みだね。』

 

「…ッ!」

 

瞬時に魔法少女に変身し走り出すマスター。全力全速。

一陣の風のように市中を駆ける。。

 

『駐輪場の裏。そこに魔女がいる。』

 

そんなに離れた場所ではなく目的地はすぐに見えてきた。

 

「…まずい。出遅れた!」

 

遠目から見えたのは今まさに展開された魔女結界に歪んで消えていく巴マミ達。

 

わずか数秒差、しかし現場にマスターがついたときその場に彼女らの姿はない。

 

「追いつかないと…!」

 

マスターもまた、躊躇なく魔女結界に飛び込む。

 

悪夢はまだ序章にしか過ぎない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

……助けて、ください Bパート

禍々しい世界に闊歩する異形。

実に怪物の住処(すみか)にふさわしい光景だ。

 

「エルキドゥ!」

 

「戦闘だね!分かるとも!」

 

顕界。

破壊になんの余念も要らない。

ただ壊す。砕く。命じられるままに。

 

球体にネズミのような尻尾の生えた使い魔達。霊体(僕の体)の一部を鎖へと変えまとめて田楽刺しにする。

 

病院のような待合室と看護婦の姿をした使い魔。地に魔力を通して局地的に制御を奪い、大地の形を大剣大槍に変えて足元から使い魔を貫く。

 

自在な変化で己を改造し他者を改造し、その都度最適な兵器への転じて立ちふがる障害の一切合切を悉く吹き飛ばす。

 

「間に合って…!」

 

この魔女結界は迷宮のようになっていて刻一刻と姿を変える。

単純に後ろから追いかけたって先に入った巴マミや鹿目まどか達には追いつけない。

入ったタイミングが違えばスタート地点が違い、さらにはその道順もバラバラに組み変わる

 

しかし必ずどの経路でも核心部へと続いている。

 

ゆえにこそ、マスターは今道を急いでいる。

先に中心へと至るため。巴マミの命運、引いては鹿目まどかを残酷な運命(魔法少女化)から救うため。

 

わらわらと溢れる使い魔達。

しかしそれはこの暴虐の嵐の前ではないも同然。

真っ直ぐにひらけた視界を暁美ほむらは駆け抜ける。

 

「魔女の魔力が邪魔をするけど見えたよ。これは……鹿目まどかが孤立しているね。」

 

「…!!まかさ迷宮化の時の影響で!」

 

「エルキドゥ!まどかを守って。」

 

『了解だマスター。先に行くよ。』

 

マスターの事も大事だ、しかし今はマスターからの命令が第一だ。

僕は全力で持って兵器としての役割を果たす。

無慈悲に無感動に。

鹿目まどかを護る、それがマスターの願いなのだから。

 

エルキドゥside out

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

ほむらside

 

「まどかを守って!」

 

『了解だマスター。先に行くよ。』

 

今はどうしようもなく悔しい。本当なら、私が真っ先に駆けつけたいのに。

事前に予想もしていたのに。 

だけど今はイレギュラーなサーヴァント頼みで。

エルキドゥの力は予想異常だった。

戦闘においては私は決して敵わない。

それがどうしようもなくなく羨ましい。

それだけの力が私にあればまどかを。

親友を何度も泣かせる(やり直す)ことはなかっただろうに。

 

「……お願いまどか。無事でいて。」

 

「……どうか間に合って。エルキドゥ。」

 

「私がきっと救ってみせるから。」

 

走る。走る。走る。

使い魔も

 

「……ッ!!」

 

ーーヒュン!

 

私が飛び退いたコンマゼロイチ秒後。

私が居た場所への一発の射撃。

マミの事だ。わざと外したのだ。

 

明確な威嚇を込めた発砲。

 

「会いたくはなかったのだけど。」

視線の先には美樹さやかと鋭い目をした巴マミ。

マミに握られたマスケット銃の銃口からは僅からながらの煙。

 

何よりもこの場にキュゥべえがいない。

それが意味する事態に、暁美ほむらはどうしようもなく焦っていた。

 

新たなマスケット銃を魔法で作り、装備するマミ。

今すぐにでもまどかの所に行きたいのに、行かせてくれ雰囲気ではない。無意識にギリって歯がなる。

 

「…今回の魔女は私が狩る。貴方たちは手を引いて。」

 

「そうもいかないわ。可愛い後輩が迷子なの。」

 

「鹿目まどかの事なら私が安全を保証する。」

 

「ただでさえ信用できないのに、特に鹿目まどかに関して貴方を信用すると思って?」

 

私もマミさんも、譲らない。譲れない。

睨み合う。

 

突如床に魔力反応。

いつのまにか仕掛けられたマミの魔法が私を襲う。

飛び出すリボンが容赦なく縛る。

 

「馬鹿!こんなことやってる場合じゃ!」

 

「もちろん怪我はさせるつもりは無いけど、あんまり暴れされたら保証しかねるわ。」

 

あまりの事態に焦りの火だけがメラメラと大きくなる。

 

「今回の魔女は今までの奴とはワケがちがう!」

 

「大人しくいていればちゃんと解放してあげる。ーーさやかさん行きましょう?」

 

「待って!…ぐっ」

 

ますますリボンの締め付けがキツくなり声も出なくなる。

さやかもちらちらこちらを見ながらマミの後ろについていく。

 

「……エルキドゥ。お願いだから、まどかを助けて。

「魔女からも、キュゥべえからも。」

 

半ば祈るように、私は呟いた。

絶望がジワジワと私の心を黒く染める。

 

As you wish (おおせのままに)。マスター。』

 

『いや、wishは実現の可能性が低いんだったね。それよりは…』

 

「エルキドゥ!」

 

As you hope(必ず成し遂げる),マスター!』

 

確固たる意思に、我を思い出す。

私もこんな所でぐずぐずしていられない!

行かなきゃ!まどかが危ない!

 

何も変えられない、そう嘆いていた。

暁美ほむらの心に、にわかに希望の光がさした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

……助けて、ください Cパート

side エルキドゥ

 

 

 

疾く疾く。

放たれた一本の矢のように。

鹿目まどかの元へと。

 

『まどかを守って』

 

マスターからの命令を順従に、確実にこなすため。

魔女結界を切り裂き、使い魔を貫き、壁をぶち壊しながら。

 

「……鹿目まどか。うん、まだ生きてるね。」

 

座り込んだピンクのリボンと桃色のツインテールの少女。その腕の中にはキュゥべえ、宇宙を救うマスターの敵。両者を目視する。

 

「このままじゃ、君も危ない。早く僕と契約して魔法少女になってよ。」

 

勢いを殺さずそのすぐそばに降り立つ。

 

「………キュゥべえ、私ーーひゃっ。」

 

瞬間、轟音。魔女結界の足元にクレーターが出来上がる。

 

「その必要はないよ。」

 

割り込む。それだけは阻止しなければならない、マスターの願いのために。

 

「僕が君を守るからね。」

 

僕は鹿目まどかにそう高々と宣言する。

 

「それが今の僕に託された使命だからさ。」

 

『……エルキドゥ。お願いだから、まどかを助けて』

『魔女からも、キュゥべえからも。』

マスターからの祈るような思念を思い出す。

 

「それに仮に君を失えば僕のマスターは泣いてしまう。」

 

「僕についてきてくれないか?」

そして僕は手を差し出す。

 

困惑した瞳。

ストレスに恐怖。

震える手足。

 

頼りになる先輩とはぐれ、訳の分からない空間にひとりぼっち。この後自分がどうなるか、どうなってしまうかまるでわからない。

この異常な状況がただの14歳の少女にとってどれほど辛いか。

 

「……助けて、ください。」

 

それでも少女はーー鹿目まどかは見知らぬ兵器()手を取った。(言葉を信じた)

 

「ありがとう、僕はエルキドゥ。信頼されたからには応えるよ。それが道具としての矜持(きょうじ)だからね。」

 

だからこそ、僕は君を強いと思う。

守る、マスターのためにも。君のためにも。

そう意思を込めて僕もまたまたその手をしっかりと握り返した。

 

 ▼▲▼▲▼

 

sideまどか

 

気づいたらマミさんともさやかちゃんともはぐれていた。

私はひとりぼっちになった。

魔女っていう酷いことをする人たちの巣の中で。

 

「運が悪いね。戦えない君が巴マミとはぐれるなんて。」

よかった。キュゥべえは私といてくれる。

それだけで少しだけ安心できた。

 

でも、どうすればいいのか分からない。

 

ーーわたし帰れるのかなぁ。

 

もうママにもパパにも妹にも会えないかも知れない。

そう思ってしまったら、涙がこぼれそうになった。

 

泣いちゃダメ。でも怖いよ。

キュゥべえをギュッと抱きしめる。

 

「もし君が望むなら、僕はいつでも君を魔法少女にしてあげられるよ。」

 

すごく、すごく迷った。

でもマミさん達だってきっと私の事を探してくれてる。

なによりも、ほむらちゃんのことがよみがえる。

 

『ーー貴方は魔法少女になってはいけない。』  

 

ほむらちゃん私よりずっと頭がよくてずっと運動ができて、いつも冷静でかっこいい。だから多分私が知らない事をたくさん知っていて、ちゃんと考えてああいったんだと思う。

 

それにあの顔が忘れられない。

 

『ほむらちゃん。ほむらちゃんは……魔法少女になるとき、何をお願いしたの?』

 

あの時振り向いた、ほむらちゃんの顔が。

泣き出したくなるような、悲しいような、怒っているかのような、苦しそうな顔。

 

だから私はキュゥべえの提案に頷けなかった。

 

でもただここに立っていたって何も良くはならない。

なにかしなきゃいけない。

だけど何かを考えようとしても何も思いつかない。

 

反対に、なんでこんな事になっちゃったんだろうって考えても仕方ない事はわかってるのに、どうしてもつらつらと考えちゃう。

ダメだなぁ、私。

 

私がぐずぐずしてたら少し奥の方から、二重丸を顔に引っ付けた真っ黒なお団子が歩いてきた。ネズミの尻尾も生えていた。

それが道の端に、アリのように列を作って歩いてくる。

 

私は知っている。それが使い魔ということ。

 

「に、逃げなきゃ。………あうっ。」

 

私は反対方向に向かって走り出す。

だけど足に上手く回せなくて、転んでしまった。

 

不気味な使い魔が私のところへやってくる。

 

「いやぁ…やめてよ。こんなのいやぁ。」

 

痛む体でなんとか立ち上がる。

 

「このままじゃ、君も危ない。早く僕と契約して魔法少女になるんだ!」

 

キュゥべえが急かすように私に告げる。

 

ほむらちゃん、ごめんね。

でもこれしか。

 

「………キュゥべえ、私ーーひゃっ。」

 

 

激しく地面が揺れた。

何がすぐ近くに落ちてきた。まるで雷みたいに。

 

「その必要はないよ。」

 

「僕が君を守るから。」

 

いつの間にか、そこには綺麗な人が立っていた。

真っ白な一枚の布に、緑の長い髪がきれいな人。

 

「僕についてきてくれないか?」

 

そう言って座り込んだ私に手を差し出す。

 

私はその人の事なんて何も知らなかった。分からなかった。

名前だってまだ知らない。

 

見つめる。

 

青がかった緑の目がスッと澄んでいて綺麗で。

 

「………助けて、ください。」

 

気づけば私はその手を取っていた。

自分を兵器だというエルキドゥさんの手はじんわりと暖かかった。

 

「ありがとう、僕はエルキドゥ。信頼されたからには応えるよ。それが道具としての矜持だからね。」

 

「それじゃあ今度は巴マミを助けに行こうか。」

 

不思議と大丈夫だって、私は思いました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

……助けて、ください Dパート

side エルキドゥ

 

「それじゃあ今度は巴マミを助けに行こうか。」

 

まどかの安全の次に考えるのは、巴マミの生存。

そして巴マミはこの魔女と戦えば死んでしまうとマスターは言った。

 

だから僕は鹿目まどかを巴マミに預けることにした。

 

美樹さやか、鹿目まどかというか非力な少女を守らせると言う口実さえあれば巴マミはおそらく獲物を譲るしかない。

 

そうすれば、彼女を戦場から遠ざけつつ鹿目まどかの安全を確保できる。

 

だから僕は巴マミと合流しなければならない。

 

「待って欲しい。」

ここで水を差したのはまどかの腕に抱えられた小動物、キュゥべえ。

 

「そもそも君は何者なんだい?」

 

「もう一度名乗ろうか?僕はエルキドゥ。鹿目まどかを助けに来た。僕のマスターからのお願いでね。」

 

「マスターという事は雇い主でもいるのかな?ねぇ、まどか。魔女結界を探索するなんてとても普通の人とは思えないよ。それにエルキドゥは、()()()()()()()()()()()ついていって大丈夫なのかい?」

まどかの不安を煽るキュゥべえ。

僕が言えたことでもないけど、実際に僕は怪しい。

 

「…まだ出会ったばかりでよく分からないけど、私、なんとなく大丈夫な気がする。」

「だから、キュゥべえ。今は信じてみようよ。」

 

「鹿目まどか、君の英断に感謝するよ。」

 

まどかは僕の手に力を入れて、立ち上がろうとする。

 

「大丈夫かい?立てそうかな?」

 

「その、ちゃんと自分で立てます。…あれ、あれれ。」

 

そう言いいつも、震えるばかりでなかなか足に力は入りそうにない。

 

「それじゃあ失礼するよ。」

 

僕は左肩とまどかの右肩をつけ、左手をまどかの後ろへ通し右手でまどかの両足を抱える。

 

「ええ…きゃっ。……これ、お姫様抱っこ。」

 

「よし、それじゃあ行くよ。心の準備はいいね。」

 

「なんというか、は、恥ずかしいよぉ。」

 

まどかは顔を赤くして手で顔を隠してしまう。

 

「大丈夫そうだね。行くよ!」

 

飛び立つ。

羽は生えていないけど、僕の体をスペックを持ってすればただの跳躍で空を飛んでいるように移動できる。

 

「……!!」

 

まどかといえば、いきなりのアクロバティックな体験に驚いて声も出ないようだ。

抱きしめて入りキュゥべえが変な声をあげるくらい締め付けていた。

 

でも体感的には何も感じないように移動しているからか、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

魔力感知を頼りに魔女のいる中央へ向かう。

そしてそこへはすぐについた。まどかをそっと腕から下ろす。

 

「……ジェットコースターってこんな感じなのかな。」

まどかには少し刺激が強かったのかも知れない。

その間キュゥべえは僕を推し量るように見ていた

 

鉄の柵のような大きな門がある。

その向こうからこの結界を形作る魔女の魔力がありありと伝わってくる。

 

そして待つ事しばらく。

探し人、巴マミと美樹さやかも魔女を探してここまで辿り着いた。

 

 ▼▲▼▲▼

 

 

「やぁ巴マミ、美樹さやか。待ちくたびれたよ。」

 

僕とまどかとキュゥべえ。

こちらに気づいた巴マミと美樹さやかが足早に近づいてくる。

巴マミは剣呑な雰囲気、美樹さやかは不安もあるが鹿目まどかを見つけた不安の方が大きいようだ。

巴マミの右手に現れる細やかな装飾の銀のマスケット銃。

 

「貴方は魔法少女かしら。私も争いたくないわ、鹿目まどか、その子をこちらに引き渡してもらえるかしら。私の大事なお友達なの。」

 

「もちろんそうさせてもらうよ。それに君にも鹿目まどかをキチンと守ってもらおうと思ってね。彼女を連れたままの戦闘には少々不安が残るからね。リスクは極力減らすべきものだ。それと僕は魔法少女じゃないよ。」

 

「あら、随分と物分かりがいいのね。キュゥべえもあるわね。それに魔法少女じゃないってどういう事?」

 

「僕はエルキドゥ、マスターに使えるサーヴァントさ。」

 

サーヴァント(使用人)?……それじゃ説明になっていないわ。」

 

「本気で説明する気はないからね。」

 

「馬鹿にしないでくれるかしら。」

 

ーー至近弾。

僕のすぐ脇の横を、巴マミの魔力弾が通り過ぎる。

 

棍棒外交(脅しながらの交渉)とは恐れ入るね。なんにせよ、僕は魔女を倒しにきただけなんだ。鹿目まどかを返す交換条件として、魔女は譲ってくれないかな?」

 

「それは脅しのつもりかしら?」

 

彼女の手には新たなマスケット銃が握られている。

彼女にとって気に入らない発言をすれば、いつでも打てる体制だ。

 

「そんなつもりは全くないけど先に脅しをかけてきたのは巴マミ、君の方だよ?」

 

「埒があかないわ。貴方とここで議論するつもりはないの。早く鹿目まどかをこちらに引き渡して。」

 

「…あの!マミさん。エルキドゥさんは悪い人じゃないと思うんです。だから…喧嘩、しちゃダメです。」

 

「いい人、確かにそうかも知れないわね。でもそうじゃないかも知れない。私はこの中で1番の先輩でまどか達を守る義務がある。だからまどかが信じたとしても安易に貴方を信用することはできないの。そもそもどうして私達の名前を知っているのかしら、全く不思議な事だと思わない?」

 

「うーん、これはどうしようか。」

 

はやくも事態が難航し始めた。

ならもう最終手段しかないと腹を括る。

 

くるりとまどかに向き直る。

 

「まどか、ごめんね。」

 

「…え?エルキドゥさん…ひゃっ。」

 

鹿目まどかを抱き上げ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「………!まどか!」

 

魔法少女の力を持ってすれば鹿目まどかを受け止める事は全く難しい事ではない。

巴マミが慌ててまどかを捕まえる。

まどかがマミの腕の中でホッと息を撫で下ろす。

 

「貴方何を…!」

 

巴マミが僕を糾弾する。

しかし、その場にもう僕はいない。

 

「マミさん、緑の人門の中に入ってった!」

 

そうさやかの言う通り、僕はもう魔女がいる部屋に突入した。

巴マミが魔女を譲らないと言うなら、先に魔女を倒すまでだ。

 

真っ白なティーテーブルで高い椅子にチョコンと座る魔女を僕ははっきりと捉えた。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

  

魔女を見た時僕は一つの予想をした。

 

『巴マミがこの魔女に殺されるのは、殺したと確信した時では無いだろうか』と。

 

理由は簡単で、この魔女は構造が魔法少女ととても似通っている。

 

具体的に言うと今魔女として見えているのはあくまで魔力で作った体にすぎず、魔女のコアとなるものが別に存在している。ーー魔法少女の体が魔力で再構成したい肉体に過ぎず、魂はソウルジェムにあるのと同じであるように。

 

魔女というのが魔法少女から生まれるというか事を踏まえれば当然と思うかも知れないが。

 

そしてこれはマスターに限っては例外だから気づきにくいけど、魔法少女の魔力を感じる能力はお世辞にも高く無い。

巴マミで確信を得たが、巴マミら魔法少女は自分のソウルジェムを持って街を歩き回り、その反応の良し悪しを見て魔女の居所を探す。

 

それにマスターが例外たり得るのは時間を繰り返すことで探知機能がなくてもほとんどの魔女の出現場所を把握しているからだ。

ほとほと強力な能力だ。

 

以上が示すのは少なくとも僕のような広大な魔力察知範囲は彼女には無いと言う事だ。

 

ここまでの情報を合わせると、巴マミはこのお菓子の魔女を見ただけではコアがどこにあるか分からず、その上目に見える魔女の実態のほとんどが後付けの部品である事に気づけない。魔力感知の精度が高く無いから。ゆえにこそ、肉体に惑わされて核を射抜けない。

 

だから僕のするべき戦い方は、極めて緻密な一点だけを確実に破壊する方法。コアだけを、的確に貫く。

 

そこまで分かれば後は実行に移すだけだね。 

 

僕の体から鎖の本流が溢れ出す。

それらが魔女に殺到する。

 

魔女に付き刺さる寸前、ヌゥッ!!と巨大な魔女の捕食器官がお菓子の魔女の細身から飛び出す。

 

「とめられないよ。その程度では、僕は。」

 

僕は無慈悲に無造作に、その捕食器官ごと魔女のコアを貫く。

たったそれだけで、巴マミを殺しうるポテンシャルを持つ菓子の魔女と僕の戦いは終結した。

 

ポトリとグリーフシードが落ちる。

そして僕はつまむようにそれを拾い上げる。

 

「迷惑をかけてすまなかったね、巴マミ。これは僕には不要なものだからね、君にあげるよ。」

 

そして背後殺気を放つ巴マミにグリーフシード投げ渡す。

巴マミが後ろで何か言うのも気にかけず、僕はそのまま撤収した。

 

 

そのまま僕はマスターと合流する。

 

「マスター大丈夫かい?」

「…外してもらえるかしら。」

 

巴マミに縛られて必死にもぞもぞしてたのを見られたマスターは、少し恥ずかしそうだった。

 

マスターのソウルジェムがカケラの穢れもなくきらりと光った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇跡も魔法もあるんだよ Aパート

『昨日で一つ確信したわ。誰かが確実にこの三滝原に魔女の卵を運んできてる。』

 

 

「えー、た し か に!出産適齢期というのは医学的根拠に基づくものですが、そこからの逆算で婚期を見積もる事は大きな間違いなんですねー。つまり30歳を超えた女性にも恋愛結婚のチャンスがあるのは当然のことですから、従ってここは過去完了形でなく現在進行形を使うのが正解で--ー。」

 

Ms.早乙女の英語の授業ーー黒板に書かれた英文法テキストを解説している風だが内容は全く関係事ない事を喋っているーーの途中、マスターは言った

 

『そもそもそんな事をする動機があって、実行できそうなのは私が知る限りキュゥべえだけ。』

 

『キュゥべえの目的から見てもそれは十分にあり得るだろうね。さもなければこの短期間にもう2体も魔女に遭遇しているのは不自然だからね。』

 

『私は確かに2日前にこの市に住むすべての魔女を掃除した。だけど事実として魔女はいたわ。それにこれはキュゥべえの倫理にも反さない。』

 

『どこにいても魔女は魔女、魔女がどこにいても人は死ぬんだから、どこにいても関係無い。ただ死ぬ個体が変わるだけ、かな。』

 

『いかにもいいそうなセリフね…。』

 

『だけど僕もマスターも、その現場を見た訳じゃないんだ。絶対にキュゥべえと断定できる証拠もないんじゃないかな。別の線も考えられるんだよ。例えば急に魔女がいなくなった事で他の魔女がやってきやすくなったとか。』

 

『そうね、絶対にないと言い切れない。歯痒い思いね。』

 

『それにマスターにしてみれば、鹿目まどかの方の状況はあんまり安心できないだろうね。』

 

『……』

 

マスターがチラリと視線を黒板から外す。

視線の先にはピンクのツインテールが印象的な鹿目まどか。

肩にキュゥべえを乗せている。

 

『あまりにも危機感が足りないわ。…多分、まどかは本当の所で魔法少女になる事の意味、恐ろしさを知らない。』

 

『そうだね、でも進んで危険な目には合わせたくはないんだよね?こういうのは実際に体験するのが一番効くと思うけど。』

 

『まどかを救うためにまどかを危険に晒す、本末転倒ね。本当に頭が痛いわ。』

 

マスターも少しこれについては判断ができていないようだ。

僕としては演出され、管理された危険なら十分に鹿目まどかへの授業になると思うんだけど、マスターは鹿目まどかに対して真摯だ。

嵌めるような事は多分しないだろう。

 

「ーーと言うわけなんです。ところで先生と目線が合いませんね暁美さん!でもこの問題が解けたら許してあげます!」

 

He said I love you、( )( )( )

彼は愛してると言ったけど、本当は違った。

 

下の日本語訳に合うように、空白を埋めろと言うことだろう。

 

「分からなかったら先生をーー

 

but actually not(実は違う)です。」

 

頼ってもいい、早乙女先生はそう言いたかったのだろう。

マスターには通じなかったが。

 

「はい暁美さん正解です!そしてこれを世間ではデート商法、出会い系サイトの闇、もしくは美人局(つつもたせ)と言います。皆さんもお付き合いする男はちゃんと見極めましょう!」

 

やけに熱がこもっている、経験談かな?

 

『さすがだねマスター。』

 

『何回も解いたわ、この問題。』

 

『マスターが言うと重みが違うね。早乙女先生もマスター相手に躍起になってるけどこれはなかなか大変だね。』

 

『諦めてとしか言いようがないわね。』

 

『でもこの英文も日本語を知った僕から見ればなんだか不思議に見えるよ。日本語なら『愛してるLove』で終わるのに、実際英語だと『I love you』。手間のかかり方が違う。なんでなんだろうね。』

 

『難しい事じゃないわ。日本語と英語じゃ省略するものが違うから。

英語では繰り返しを、日本語では言わなくてもわかる事を省略するから。この英語の例文だって元々は

 

He said I love you、but actually (he do)not (loves me)

の形。わざわざ2回も同じ事を言うのを嫌がったから。

 

そして日本語は言わなくてもわかる事は省略する。

告白の時の『愛してる』がその典型例。

何が省略されているかなんて、それこそ言わなくてもわかるもの。』

 

『全くその通りだね。』

 

『それならさ、マスター。マスターな言葉足らずな所も考えたら分かるから敢えて省略しているのかい?』

 

『どう言う事?』

 

『マスターはたしかに鹿目まどかに警告したね。

 

「美味しい話しほど、裏も深いのよ」

 

「貴方は魔法少女になってはいけない。」

 

そしてマスターはその理由を誰にも打ち明けていない。

あの警告だけで、鹿目まどかが全てを理解して魔法少女になる事を諦めると本気で思っているのかい?

それが正しい日本語的省略の結果なのかい?』

 

ぐっとマスターが俯き、辛そうな顔をする。

 

『…真実は残酷で、それに耐えられほど人間は強くない。そしてそれは魔法少女も例外ではないわ。』

 

どうしようもないほど濁りきった諦観が深く根を下ろていた。

 

『マスター、もちろん今すぐ全てを打ち明ける必要はないんだ。ただ、もう少しまどか達の強さを信じてもいい。少なくとも、僕と会った時のまどかは、僕の手を取ったまどかは

 

ーーマスターが思うより、ずっと強かったよ。』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇跡も魔法もあるんだよ Bパート

「お菓子の魔女を倒した。あとは基本巴マミは放って置いても大丈夫よ。私が知る以外の原因で死ぬのはもうどうしようもない。それに巴マミは強いわ。だから次の爆弾を処理する。」

 

「次の爆弾?なんのことだい?」

 

「美樹さやかよ。キュゥべえは鹿目まどかを魔法少女にしたがってる。だけど今まどかはそれを渋っている。だからキュゥべえは外堀から攻めるつもりよ。具体的には彼女の周りを不幸にしていく。そうすれば優しいまどかは誰かのためにキセキを使うわ。」

 

「将を射んとすればまず馬を射よ。キュゥべえは凄腕サラリーマンみたいだ。」

 

「言い得て妙ね。それこそ、的を射てる。」

 

「そしてまどか契約の布石に使われるのが美樹さやか。美樹さやかの魔法少女契約パターンは基本的に一通り、彼女の好きな友達の動かなくなった腕を治す事。これに尽きるわ。」

 

「問題がそれだけなら、マスター、解決は、案外と簡単にできるかも知れないね。」

 

「…どうする気?」

 

「今ある手が使えないならいっそ切り落として別の新しい手に交換すれば良いのさ。」

 

 

▼▲▼▲▼

 

さやかside

 

私の放課後の日課はだいたい2つ。

CDショップに行くこと、それからーー

 

「上条くんのお見舞いですか?」

 

「はい。」

 

ーー恭介の病室に行くことだ。

 

三滝原病院受付。

もう顔も覚えた看護婦さんはちょっと困った顔をした。

 

「ああ、ごめんなさいね。診察の予定が繰り上がっちゃって、今ちょうどリハビリ室なの。」

 

「いつ頃から始めたんですか?」

 

「ええと、確か10分前からだったかしら。」

 

「あ、そうでしたか。…どうも。」

 

恭介のリハビリは1時間を超える。リハビリしているときの恭介の顔は力がなくて、死んでるみたいでとても見ていられない。

それにその間ずっとここで待ってたら、看護婦さん達に変な気を使わせちゃうかもしない。

 

少ししょんぼりしながら帰る。

1階へのエレベーターはすぐすこだ。

他に乗った人はいなかった。

 

スルスルとエレベーターは降りていく。

一人で時間を持て余してしまうと、つい考えてしまう。

 

「よく来てくれるわねあの子。」

「助かるわ。難しい患者さんだしね。」

「事故に遭うまでは天才少年だったんでしょ?バイオリンの。」

「あの様子じゃ、楽器を弾くのは無理でしょうね。」

「あの子が励ましになるといいんだけど。」

 

看護婦さんの諦めを含んだ会話を思い出す。

自然と両手に力が入る。

 

「どうして、恭介だったの?」

「あたしの指ならいくら動いたって何もできないのに…なんで私じゃなくて恭介だったの?」

 

悔しい。

 

「キュゥべえだったら、直せるのかな。もしも私が魔法少女になったら、恭介はまたバイオリンが弾けるのかな。」

 

「それでもしも私が魔法少女になって、恭介の手が治って…それで恭介にありがとうって恭介に言われて私は満足?それとももっと大きな何かを欲しがってるのかな。」

 

考えていると、段々と自分が嫌になってくる。

 

「私って嫌な女だなぁ。」

 

チーンと音がして、エレベーターのドアが開く。

私は慌てて暗い雰囲気をとっぱらって病院を後にした。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

side 恭介

 

僕の人生はあの時に全て台無しになった。

 

交通事故、あれきり僕の体はズタボロ。

それにーー

 

「くそっ、どうしてなんだよ。」

 

力を入れようとしても、ピクリとも動かない指。

 

「…動けよ。動けよ。動けよ!」

 

怒り、そして脱力と無力感。

僕にはもうバイオリンは弾けないのかも知れない。

そう考えるだけで死にたくなる。

 

今までずっと好きでバイオリンを弾いてきた。

なのにこんなにも突然に、呆気なく、脆く僕の積み上げてきた物は崩れ去る。

 

もう一度。

もう一度バイオリンが弾きたい。

 

でもどうしようもなく。

持て余した感情の行き場がなくて、僕は真っ白な布団に潜り込んだ。

 

「恭介。きたよ。」

 

ああ、さやかだ。

さやか。君はいい人だって分かってる。

だけど。だけど、さ……。

 

「これ、お土産。」

 

「ごめんね。いつも。」

 

さやかがCDを僕に渡す。

「今日はこれ持ってきたから聞いてみてよ。」

「亜麻色の髪の乙女…ドビュッシーだね。」

「恭介なら素敵な曲だと思ってくれるかなって…はは。」

 

ドロリ。

 

「ねっ、聞いてみてよ。その…感想とか知りたいし。」

 

ドロドロ、ゴポ。

 

「ああ、うん。」

断れる雰囲気じゃなかった。CDをカセットにかけて、イヤホンジャックを指す。

 

ドロドロ、ドロドログツグツ。

 

「〜♪」

レコードから流れる美しく柔らかく音。

優しい旋律の抒情美溢れる和やかな音楽。

 

 

音楽。

 

少し前までは喜びと共に奏でた親友。

だけど今は。

 

だけど今は、決して届かない。

辿り着けると思っていた景色は、いまや幻の彼方。

 

ーー僕はもうバイオリンを弾けないんだから。

 

美しい旋律を聞くとともに、その事実が僕の胸をつく。

弾いてみたい、そう思うたびに現実が僕を襲う。

キラキラなダイヤモンドを見つけては、目の前でそれがバラバラに崩れていく。

 

なんで。どうしてこんな。ひどいじゃないか。

 

ドロリ、ドロドロ、グツグツ、グチァ

真っ黒な感情が胸の真ん中で氾濫する。

 

「さやかは、さ……。」

 

「なに?」

 

「さやかは僕をいじめてるのかい?」

 

さやかが僕の方を見た。

その動きはゆっくりで、硬い。

 

「なんで今もまだ音楽なんか聴かせるんだ?嫌がらせのつもりなのか?」

 

ダメだ、一度切れた堰は元に戻らない。

僕の声は僕が思うよりずっと低く鋭かった。

 

「だって恭介、音楽が好きだから…。」

まごつくさやか。

 

「もう聴きたくなんかないんだよ!自分で弾けもしない曲、ただ聞いてるだけなんて……僕は、僕は。」

 

濁流のように溢れ出す。

全身が沸騰する、思わず振り上げた拳をCDプレイヤーに叩きつける。

血が出る。でも痛みはない。それが一層憎らしい。

 

「動かないんだ……もう、痛みさえ感じない…こんな手なんて……」

 

「大丈夫だよ。…きっと何とかなるよ。」

 

「分かったような事言うなよ!」

 

思わず声が荒くなる。

 

「きっとさやかには僕の気持ちが分からないんだ!分かっててたらやるはずがない!!」

 

叫ぶ。胸の内の泥を掬って投げつけるように叫ぶ。

 

泣きそうな顔

僕も、さやかも。

 

「でも諦めなければ、可能性はーー。」

 

「諦めろって言われたのさ。医者の先生に。僕達よりもずっと詳しい医学のプロに。」

 

「もう演奏は出来ないんだって。笑っちゃうよ。僕がやって来た事、それはこうもあっさり無かったことになる。理不尽すぎる。理不尽すぎるんだよさやか!」 

 

「僕がバイオリンを弾く日はもう来ない。…来ないんだ。」

 

「それこそ奇跡か魔法でも起きない限り。」

言ってて笑えてくる。

さやかにこんな事言っても仕方ないのに。

なのに、僕は僕の暴走するこの口を止められなかった。

 

「あるよ」

 

--その時のさやかの目は忘れられない。

 

いつになく真剣で。

抜き身の刀を思わせるような、鋭い一本の芯ある眼差し。

 

「奇跡も魔法も…あるんだよ!」

 

僕は思わず言葉を失って、そしてそのままさやかは病室を飛び出した。

 

「なんだよ。なんだよ……なんなんだよ。」

 

また自分の感情がぐちゃぐちゃになって。

怒りたいのか、泣きたいのかすら分からない。  

「くそっ」

僕は毛布を頭まで被った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇跡も魔法もあるんだよ Cパート

恭介side

 

 

「…きなさい。起きなさい。起きて。」

 

誰かの声がする。

 

ぼんやりを開ける。

部屋はすっかり暗くなっている。

もう随分な夜中だ。

枕もすっかり乾いていた。

 

「起きて。」

 

ここに僕以外の人間がいる。

その事実にようやく気づいて僕はガバリも起き上がる。

 

そこにいたのは黒髪の凛とした同い年くらいの少女。

そして緑の髪の女とも男とも言えない綺麗な人。どちらかと言うと青年。真っ白な服を着ている。

 

「貴方が演奏できるようにしてあげる。」

 

「えっ?」

 

寝耳に水だった。

 

「またバイオリンが弾ける……んですか。」

 

「そう。だけど貴方も失ってしまう事になる。貴方の両手を。」 

 

「じゃあどうやって僕はバイオリンを弾けば。」

 

「こうするのさ。」

 

緑の人が()()()()()()()()

まさか…義手?

 

「貴方の両手を義手にする。そしてこれは普通の義手じゃない。」

 

緑の人が再び右手に義手を装着する。

そしてあり得ないほど早く、あり得ないほど精密に指と関節を操って見せる。

まるで本当に手が生えてるみたいだ。

 

「こうすれば貴方は再びバイオリンを弾ける。」

 

「じゃっ!じゃあすぐにでも!」

 

僕は興奮した。またバイオリンが弾けるかも知れない。音楽をこの手に取り戻せるかも知れない!

 

「これは契約よ。

貴方は義手でバイオリンを弾ける体になる。

ただし、貴方の生まれつきの手は消える。

それともう一つ、貴方はこの事を誰にも言ってはいけない。

上条恭介、それでも貴方はこの契約を結ぶつもり?」

 

間髪入れず、僕は答える。

 

「よろしくお願いします。」

 

躊躇いはほとんどなかった。

例え悪魔でもなんでも良かった。

僕の両手が動くなら。

 

「じゃあ明日の朝を楽しみにしていて。」

 

そう黒髪の子が言った後、僕はそれきりその時の記憶はない。

 

-------

ーーーー

ーー

 

次の日、いつも通りに起きる。

昨日の事は夢だったのだろうか。

ぼうっとした頭で考える。 

本当かどうかは試してみればいい。

徐に布団から手を出し、動かす。

 

ギュッ、ギュッ

 

開いて、結んで。

 

一気に目が覚める。

 

 

ーー指が動く!

 

動く動く!思った通り自由に動く!

 

「はっ……ははっ。」

 

「夢じゃ…なかったんだな。」

僕は確かめるように、何度も何度も手を、指を動かした。

 

「ありがとう。」

 

そして僕は両手を抱えるように抱きしめて、名も知らぬ誰かに感謝した。

昨日まで真っ暗に見えていた明日に、明るい日がさした。

 

 

▼▲▼▲▼

 

エルキドゥside

 

「うまくいったようね。」

 

『そうだね。立ち直れそうでよかったよ。』

 

病院からは離れた建物の屋上。

そこから見える上条恭介はとても嬉しそうだ。

 

「これで美樹さやかが魔法少女になる芽は摘めた。」

 

『おめでとう、マスター。』

 

「貴方が貴方の体から完璧な義手を作り出したから、この計画は上手く機能した。」

 

「今回は貴方の功績よエルキドゥ」

 

『ありがとうマスター。役に立てて嬉しいよ。最初にも言ったけど僕は何にでもなれる。これくらいならどうとでもなるさ。マスターこそよくあの状態のさやかを説得したね。』

 

マスターはさやかが上条恭介と険悪になって部屋を飛び出してきた時、無理矢理さやかを引き止めてさやかに1日だけ待ってもらうように説得した。結果、さやかはキュゥべえに願わなかった。魔法少女にならなかった。そしてマスターの思惑は達成された。

 

「そうね。これからもお願いするわ、マイサーヴァント」

 

「喜んで。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇跡も魔法もあるんだよ Dパート

さやかside

 

 

早く恭介のところに行きたい。

昨日はあんな事になっちゃってちょっと気まずいけど、会って話がしたい。

あんな顔はしてほしくない。

それに暁美ほむらが言っていた事が気になる。

 

「一日だけ、私に猶予をちょうだい。」

多分あの時あの転校生は私の気持ちに気づいていた。

だからあの後どうしたのが知りたい。

正直、アイツは信用ならない。

でもあんなにハッキリと「私なら解決できる」と言われたら、引き下がるしかなかった。

 

だから早く恭介のところに行きたい。

すぐにでも駆けつけたかった。

 

でも今日は魔法少女見学の最後の日。

休みたいとは言い出せなかった。

 

「じゃあ今日はこれくらいね。」

 

今日はパトロールだけで終わった。

最後だけど終わりは案外あっさりだ。

 

「私ね、魔法少女になるってとても素敵な事だと思うの。

魔女を倒してみんなを護ってる。

私達がこの街の平和を支えてる。 

そして今はそれが私の誇り。

多分ね、それができるのって私達魔法少女だけなの。ね?素敵じゃないかしら?」

 

マミさんがくるりと振り向いて言う。

 

「色々言ったけど、最後に決めるのは貴方達自身。私からの魔法少女体験はこれで終わり。」

 

「最後に改めて聞くけど、貴方も魔法少女にならない?きっと素晴らしいわ。」

 

「僕からもお願いするよ。僕と契約して魔法少女になってよ!」

 

マミさんのセリフにキュゥべえも付け加える。

 

「……あの、マミさん。」

「何かしら?まどか。」

 

まどかがおずおずと言いにくそうにしながらも前に出る。

 

「実は私…その、まだ願いも決まってないし。…踏ん切りがつかなくて…。」

 

「だから今は保留にさせてください!」

 

まどかが頭を下げた。

 

「それなら仕方ないよ。僕だって強制はできないからね。」

キュゥべエは意外とあっさりと引き下がった。

 

ビクビクしながらも言いたい事をちゃんと言ったまどかを私は素直にいいなと思った。

だから、私も。

 

「マミさん、キュゥべえ。実は私も私の願いのホントのとこみたいなのが分かってなくて。だからそれが分かってちゃんと気持ちが固まったら、魔法少女になるよ。」

 

恭介を助けて、私はどうしたいんだろうか。

まだ答えては出ていない、

 

「そう、それが二人の決断なら私にはどうしようもないわ。」

 

「まどかも、さやかも、僕はいつでも君達を待ってるよ。」

 

まだはっきりと私もまどかも決心はできてない。

でもこの先の事は、私もまどかも決めていた。

 

「「それまでは私達にお手伝いさせてください!」」

 

「…つまり体験入学の延長?」

 

「その、魔法少女になるかどうかはともかく、マミさん達がやってるのってすごく立派な事で尊敬できる事だと思うんです。」

 

「だから…私達も、お手伝いしたいなって。」

 

私とまどかがそう言うと。

マミさんは照れたように笑った。

 

でもすぐにマジな顔になって。

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。でもそれは同時に貴方達により危険がつきまとうと言うことよ。貴方は一般人のままなのに。魔女の恐ろしさは2人とももう知っているはずだもの。やれる事も多くない。それでも、やってくれるの?」

 

「もちろん、さやかちゃんにお任せあれ!」「う、うん。 」

 

マミさんがぽつぽつと語る。

 

「私ね、ずっと1人で戦ってきた。」

 

「孤独を誤魔化しながら戦ってきた。」

 

「その、今本当に嬉しいわ。」

 

「だから、本当にありがとう。二人とも。」

 

「これからも1人なんだと心のどこかで思っていたみたい。」

 

「マミさん今更何言ってるんですか〜。」

「マミさん、その、私達もう。」 

 

 

「「マミさんとは友達だと思ってた。」」

 

私達が笑う。

マミさんは不意を突かれたような、びっくりしたよような、そんな顔。

でも、それもすぐに崩れてーー

 

「まどか…さやか…。そう、私もう1人じゃないのね。」

「私を友達と言ってくれるのね。」

 

「本当にありがとう。」

 

マミさん泣きそうだ。

私とまどかでマミさんを支える。

 

「えへへ、マミさん泣かないで。」

「今はもう…嬉しくて…。」

「マミさんは可愛いなぁ。」

「えへへ、そうだねさかかちゃん。」

「ありがとう…ありがとう…。」

 

マミさんが手でぐしぐしと目を擦っていつものかっこいいマミさんに戻る。

 

「私はいい後輩に恵まれたわ。」

 

「今日はお祝いね!今から私のお家でパーティーしましょう!お友達記念で。」

 

「もう、いちいち友達が出来たぐらいで大袈裟ですよ。」

 

「でもさやかちゃん楽しそう。」

 

「ありゃ、バレた?」

 

「それぐらいわかるよ。」

 

「そうと決まれば帰って支度しなきゃね。まどか達も一度お家に帰りなさい。親への連絡とか準備とかを済ませて、パーティーを存分に楽しみましょう。」

 

 

それから私とまどかはその場を離れた。

私もウキウキで家に帰ろうと思ったけど、すぐに恭介の事を思い出した。

 

「ごめんまどか、先帰ってて。私マミさんに用事思い出したから。」

 

この用事は外せない。

だからマミさんには少し遅れる事を言っておかなきゃ。

すぐにマミさんの元に蜻蛉返りする。

 

駆け寄ろうとして躊躇う。

マミさん以外の声がしたからだ。

そしてその声の主人はすぐに分かった。

 

暁美ほむら、あの謎多き転校生だ。

なんとなく私はその場に出て行けず、その二人の話をこっそりと聞いていた。

 

 

「もう話し合いでどうにかなる時は過ぎている、そう前に警告したはずだけど?」

 

「それでも聞く価値はあると思うわ巴マミ。貴方がこの街を守りたいなら。」

 

「…聞かせてもらいましょうか。」

 

「3週間後、この街にワルプルギスの夜が来る。協力して欲しい。」

 

「なるほど、それは一大事ね。その話が本当ならという前置きはつくけど。」

 

「信じなければ勝手にこの街が滅びるだけよ。」

 

ワルプルギスの夜?街が滅びる?

…ダメだ。私じゃなんの事か分からない。

 

「私はもう1人じゃない。もう誰にも負けないわ。話はそれだけよ。」

マミさんはそれだけ言って帰ってしまった。立ち尽くす暁美ほむら。

 

結構凄いこと聞いちゃったかも知れない。

でもその場で暁美ほむらに詳しく問い詰める勇気はなかった。

それにどちらかとと言うと、勝手に盗み聞きした事の罪悪感が…

私は聞いた頭の中でグルグルと考えつつ最初の予定通りに病院に行くことにした。

 

ーー------ーーー

-----

ーー

 

恭介の病室。

恭介の病室の前に着いた、けど。

 

 

っふー。

 

気まずい。

なんというか、気まずい。

 

昨日の口喧嘩がまだ後を引いている。

私、恭介にどんな顔してあえば。

 

いや、こんな事考えなくていいんだよ!

いつも通り、いつも通り!

ほら、笑顔笑顔!

これはこれでなんか恥ずかしい…。

 

恭介の病室のドアを開くだけで、こんなに苦労するなんて。

 

あー、もう!

 

こう言う時に限って、気にしてるのは自分だけでその事に後から気づいて自分が恥ずかしくなるだ!

今回もきっとそうだ!

 

そうと分かればさぁさぁいくよ!

ノリと勢い、大事!

 

私は自分を盛大に景気づけて恭介の病室に踏み込む。

 

「…恭介?きたよ。」

 

ちょっと声が上擦っちゃったかも知れない。

 

 

「ああ、さやかか。」

 

「あのー、昨日はなんか言い過ぎたっていうか、そのーー」

 

「ねぇねぇさやか!」

 

私の言葉を遮って恭介が話す。

恭介は普段ならこんな事しない。

だからそれだけ興奮しているようだった。

 

そして恭介は徐に小さな机に置かれていたケースに手を伸ばし、中からバイオリンーー京介が愛用している年季が入ったやつーーを取り出した。

 

そして顎と肩で挟んで()()()()()()を作る。

 

「…まさか」

 

私はその時期待した。

もしかして……。

もしかしてもしかしてもしかして!!

 

「〜〜♪」

 

ーー奏でる。

 

指が動かないはずの恭介が。

個室とは言えその音は決して大きくはない。

 

しかし、どこか安らぎと隠しきれない喜びを伴って。

 

「これ、ベートーヴェンの田園の最後」

 

そう、確か

 

『牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち』

 

多分これは、恭介なりの仲直りの意志。

そして苦難を乗り越えた喜びの発露。

 

 

それに以前の恭介にはなかった音の不器用さ。

それが私にとって、何よりも回復を意識させた。

 

「さやかに、一番最初に聞かせたいと思ってさ。練習したんだけど、やっぱり本調子にはまだ遠いかな。」

 

ささやかな恭介の演奏会が終わると、恭介はバイオリンを撫でながら照れたように笑った。

 

「おめでとう!すごいじゃん恭介!治ったんだ!」

 

世界は恭介を見捨ててなかった。

恭介はまたバイオリンを弾けるようになった。

恭介の演奏が、また聞けるようになった。

 

それが私にはとても、とてもとても嬉しかった。

それに私が一番、私が一番って。

恭介も、私の事を思ってくれてるだなぁ。

 

それにやっぱり、昨日のことを気にしているのなんて、やっぱり私だけだった。分かりつつも、どうしても気にしてた私がバカみたいだ。

自意識過剰だった過去の私がすごく恥ずかしい。

 

でも今は、素直な喜びの感情に湧いた。

 

「ーーやっぱりさ、奇跡も魔法もあるんだよ。」

 

「そうだね。」

 

私と恭介はお互いに見合って、また笑い合った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

でも生きていてくれて

今日は22時の投稿はありません。


若干時系列が戻ってます。


エルキドゥside

 

今夜の作戦(上条恭介を義手をする)の前に、一応今後の話をしておくわ。今日の作戦がうまくいけば、内輪揉めによる自壊のリスクは下げらるわ。だから次にやるのはワルプルギスの夜との戦いに向けた準備…すなわち他の魔法少女との連合を組むわ。」

 

「頭数揃えるのは確かに手っ取り早い戦力強化だね。それでアテはあるのかい?」

 

「もちろん考えているわ。戦力として十分で信頼もおける魔法少女がいる。」

 

「それは朗報だね。名前は?」

 

「佐倉杏子。過去で何度も共闘した魔法少女よ。」

 

「だけどこの近隣にいると言う情報しかないわ。だから貴方の私達と桁違いの魔力感知で近くの魔法少女を洗い出して欲しい。そのためなら、日中私から離れて活動するのも許可するわ。いつもなら、佐倉杏子は巴マミの死亡を契機に三滝原にくるけど、今回はこちらから出向く必要があるわ。」

 

「了解だよマスター。所でマスター、今ちょうど悪い知らせが届いたよ。工場に魔女だ。」

 

「こんなにも早くわかった分幸いと思うべきね。」

 

マスターは目的地に向かって走り出す。

現場に着いた時、そこはまるで砂糖にたかる蟻のようにワラワラと多くの人が吸い寄せられるように集まってきた。

 

主婦、高校生、40を過ぎたスーツの男…。

その集団の人間はみなバラバラだったが、一つだけ共通点があった。

その表情は一様に絶望で暗く染まっていた。  

 

おそらく魔女の能力だ。

魔女の力に当てられたものは、もれなく不幸な結末をたどる。

 

そして人の群れ、その一部にはまどかの親友、仁美(ひとみ)の姿もあった。

 

「魔女相手にやる事は変わらないわ。迅速に、そして徹底的に破壊する。エルキドゥ、RPG」

 

マスターの要請に応え、瞬時にロケットランチャー対戦車ミサイルを生成し手渡す。

 

受け取ったマスターは手持ちやトリガーを一瞥するとそのまま流れるような自然な動作でRPGを担ぎ滑らかな照準で発射する。

そしてそれは1発で終わらない。 

すぐに次のRPGを受け取り再び発射する。

そして次々発射する事計10発。

 

放たれたミサイル群はマスターの望んだように魔女に殺到。

ズシンズシンと立て続けに大爆発。

 

魔女を粉々に吹き飛ばした。

 

「魔女結界のメリットはやりすぎることがない事ね。」

 

なんだろう、『ホマンドー』の怪電波を受信したよ。

あと、もちろん結界内に巻き込まれた人は僕が回収しておいたからこそできる荒技だ。本当に荒々しい。

 

「そしてこれでエルキドゥ製の武器は問題なく使用できる事が分かったわ。大きな収穫ね。」

 

次はアンリミテッドブレイドほむほむワークスだろうか。

ああそれと魔女に引き寄せられた哀れな被害者達は、やってきた警察たちにより集団幻覚を見た者たちとして病院に搬送されたよ。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

仁美(ひとみ)side

 

体が不思議と引き寄せられる。

心の奥の鬱屈した何かが私の背中を押している。

黒いモヤモヤに流される様に歩いている。

 

あら?他にも沢山お客さん。

これから素敵なパーティーかしら。

 

私と同じようにいろんな人が歩いてくる。

支流に支流が集まって、段々と大きな一つの川になる。

 

流れ流され行く着く先は、小さな小さな廃工場。

中にはまばらな人だかり。

 

誰かが缶箱を取り出して、それに誰かが炭を流し込む。

窓は次々閉め切られ、劇の始まる前みたいに真っ暗。

 

誰かの取り出したライターに火がついた。

闇にポウッと(あかり)が灯る

 

何が何だかよく分からないけど。

とってもとっても素敵な予感。

 

きっと私はもうすぐ自由になれる。

煩わしいアレやこれともさようなら。

 

ーー誰かの笑った声がした。

闇の中で遠く遠く。 

悪魔が甘く囁くように。魔女が呪文を唱えるように。

 

 

それでは皆様ご機嫌よう。良い旅を。

 

 

今か今かと待ちわびた。

投げ入れられたライターが緩く弧を描いてーー女神の泉(真っ暗な希望)に落ちる前に弾けて遠くに転がった。

 

 

遅れてスポット(斜陽)がサッと私をさして。

金の鎖が駆け回ったかと思うとそれきり私の意識は奈落の底へと落ちてゆく。

 

ああ、なんて不思議な夢でしょう。

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

眩しい。

 

「ーーッあ」

 

「……ぉみ!!」

「…とみ!」

 

親しい人の呼ぶ声がする。

私の手をギュッと握っている。

 

ぼんやりと視界が開く。

 

「……仁美!気がついたんだな!」

「仁美!」

 

私の手を堅く握り、すごい顔で私の名を呼ぶお父様とお母様。

 

「…お父様?お母様?なぜここに…?」

 

「仁美!心配しましたわよ!」

お母様がギュッと私を抱きしめる。

 

「貴方が練炭自殺未遂で保護されたって!どうしてあんな事しようとしたんですの⁉︎何か悩みがあったんですの⁉︎ならどうして相談してくれなかったんですの⁉︎」

 

「え?」

 

お母様のいっていることが分からなかった。

 

私が自殺未遂?保護された?

突然の身に覚えのない事態に何が何だか分からない。

 

「でも生きていてくれて、良かったですわ。」

お母様は理解の追いつかず固まったまま私を抱きしめて、泣き始めた。

 

私はいよいよ混乱の極みに立たされて。

 

「大丈夫ですわお母様。私は大丈夫ですわよお母様。」

 

とりあえず私に泣きつくお母様を背中を撫でて宥めました。

まだ何も事態は飲み込めていない私ですが、私のために熱くなってくれるお父様。私のために泣いてくれるお母様を見ると。

 

私愛されているなぁって実感できて、少し心が暖かくなった。




感想はあんまり返せないけど読ませていただいています。
ありがてぇありがてぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は私のために、私のやりたいようにやるさ

今日も18時の1話投稿です。
明日は18時と22時の2話投稿です



ちょこっと時系列表

夕方 ほむら 魔女から仁美を助ける。
夜  ほむら 恭介の手を義手にする。

   ↓次の日

夕方 さやか 恭介の『田園』を聞く
同日夕方のほむら←今話
 
つまり13話からの時間の続きです。


エルキドゥside

 

『マスターの言っていた佐倉杏子が見つかったよ。けど本当に近いところにいるんだね。』

 

「そうよ。元々佐倉杏子は巴マミとタッグを組んで三滝原を守っていた魔法少女。マミさんと道を違えた後も、比較的近隣にいるわ。……もしかしたら、巴マミを気にしているのかもしれないわね。」

 

『マスターは佐倉杏子の事を優しい人だと認識しているんだね。』

 

「そうね。利己主義を謳いながらその本質は面倒見のいい少女。つくづく嫌になるわね。」

 

「マスターは彼女が嫌いなのかい?」

 

「いいえ。彼女を冷たく突き放す世界が、よ。」

 

僕にはマスターの渡り歩いてきた世界は分からない。

だけど、多分マスターは結構彼女が好きなんだと言うことは分かった。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

「いたわね。」

 

マスターが屋根の上から街を睥睨(へいげい)する。

 

『みたいだね。やっぱり経験を積んだ魔法少女は違うね。魔力の流れがちゃんと洗練されていだからすぐ分かったよ。

 

血のように赤い髪を大きなリボンで一本にまとめて、街の大通りを歩く少女が1人。片手には紙袋いっぱいのリンゴを持ち、反対の手で林檎をほうばっている。

 

「私達魔法少女は魔力な流れなんてほとんど意識していないわ。それは佐倉杏子も変わらないはず。」

 

『なおさらすごいことだよ。無意識で操作してるんだからさ。』

 

そうこうしていると赤髪の少女は自然体のまま大通りを行き、途中で路地裏へと左折した。

 

「声をかけるにはいいチャンスね。」

 

マスターも屋根伝いに佐倉杏子の後を追う。

そしてマスターがまさに路地裏に屋根から飛び降りた時、

 

一本の槍がマスターへと飛翔する。

 

と同時、路地を塞ぐ形で結界が展開される。

マスターはノータイムで魔法少女化するとギリギリのところで盾で槍を受け止めそらした。

しかし、それは身動きの取れない空中では致命の隙を晒す事になった。

 

息する間も無くマスターのすぐ真横まで、槍を腰のあたりに振りかぶった態勢で佐倉杏子が()んでくる。

 

ただの魔法少女なら、ここで一撃入れられて終了。

いつもの暁美ほむらなら、時間停止で間一髪回避してそのまま佐倉杏子の後頭部に銃を突きつけてから戦闘再開。

 

だがしかし、今回はどちらでもない。

なぜなら、僕がいる。

 

マスターの能力が働く前より、さらに素早く実体化。

佐倉杏子の顔が驚愕に変わる。

 

おそらく野球よろしくマスターの横腹を槍でフルスイングしようとしたのだろう。

それを僕は槍の穂先を掴んで、勢いを殺さず槍を待った彼女を壁に叩きつけるように振るう。

 

しかし、彼女はあっさりと

槍を手放し遠心力に任せ自分が張った結界まで飛び、壁を蹴り器用に衝撃を殺して猫のように地面に着地する。

そしてこめかみにマスターの拳銃を突きつけられた。マスターお得意の時間停止だ。

 

佐倉杏子はさらに槍を魔法で精製し、一薙ぎする。

がしかし、まさに瞬間移動のような能力でさらに裏に回り込まれて拳銃を突きつけられた佐倉杏子はようやく手を挙げて降参した。

 

「なんとも面倒な奴に目つけられたみたいだね、私は。」 

 

「さすがにヒヤリとさせられたわ。」

 

「息一つ切らさずよくゆうよ。それで、私になんの用だよ。ピクニックにしちゃあ随分と物騒なもん持ってるじゃん。」

 

「貴方の力を見込んで交渉をしにきたのよ。」

 

「銃を突きつけられてちゃ話もできないね。」

 

マスターが佐倉杏子からゆっくりと、銃口を上げて離す。

 

「それにそこの緑のとお前2人の相手は厄介だ。」

 

といいつつも、マスターの方に振り向いた佐倉杏子にはまだ余裕が感じられた。僕ら2人を相手にして、逃げきるぐらいの自信がまだあるのかもしれない。

 

「暁美ほむらよ、そして貴方の名前は佐倉杏子。」

 

「暁美ほむらね。それとそこの緑の名前は教えてくれないんだね。」

 

「エルキドゥと言うわ。私の協力者にして秘密兵器。」

 

「へぇ、ヒヤリと来たってのは(あなが)ち本気ってことか」

 

「だからそう言ってるでしょう。そして私は今、他の協力者を探している。そして私は貴方に頼みたいと思っているわ。」

 

「そもそも暁美ほむら、アンタは何をしようとしてんだよ。私に何して欲しいんだよ。手伝って欲しいっていうなら、話はそれからだろ。」

 

「そうね。なら一度場所を変えるべきね。」

 

その時、パトカーが数台通り過ぎる。

ドップラー効果で変形した音がこの細い路地裏まで響く。

 

「ならいい店あるから案内してやるよ。」 

 

「そう。それにしても表が騒がしいわね。」

 

「最近はATMとかが破壊されてたりする事件がしばしば起こるらしいね。まぁ、どうせ大したないから行こうぜ。ただちょうど今私の懐はあったかいから奢ってやるよ。」

 

そう言って佐倉杏子はりんごが入った紙袋のりんごし下からお札を見せてニヤリとした。

 

「いっそ堂々としたものね。」

 

マスターは短く息を吐いた。

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

「まさか…ね。」

 

本当にまさか…だね。

 

「まさかあの流れでラーメン屋に連れて行かれるとは思わなかったわ。」

 

さすがにマスターの頭の中にも1ミリもなかった候補だっただろうね。

マスターが批難するような目で佐倉杏子を見た。

それを佐倉杏子はモノともせずに受け流す。

 

「腹が減ってるとイライラして話が進まないっていうからな。」

 

「ラーメン食べたかっただけでしょう。」

 

「まぁ、私がラーメンの気分だったんだよ。」

 

「それに私の人生だ。私の好きに使うね。」

 

「私とエルキドゥの時間でもあったんだけれど。」

 

「でも美味かっただろ?あの店。」

 

「…そうね。素直に認めるべき所は認めるべきね。悔しいくらい美味しかったわ。」  

 

「僕も満足したよ。」

 

「ならいいじゃねえか。」

 

カラカラと佐倉杏子が笑う。

なんとなくマスターも呆れたような、いまいち怒るに怒れないような様子だった。

 

佐倉杏子のこの憎めない所が彼女の持つ不思議な魅力の一つなんだろう。

 

「そろそろ本題に入ろうか。」

 

公園のベンチに腰掛けつつ佐倉杏子が言った。

陽の光も落ち、あたりは薄暗くなっていた。

 

「ほむらは何がしたいんだよ。」

 

佐倉杏子の纏う雰囲気が一変する。

真剣さの色が滲む。

 

「『ワルプルギスの夜』を倒したい。協力して。」

 

マスターは淡々と即答する。

 

「それだけか?」

 

「『ワルプルギスの夜』はたくさんの魔女の集合体よ。倒せばしばらく困らないだけのグリーフシードを落とすでしょうね。」

 

「私が聞きたいのはもっとお前の気持ち的部分なんだけど、それだけ?」

 

「どう言うことかしら。」

 

「なんでほむらは『ワルプルギスの夜』を倒すんだ?」

「『ワルプルギスの夜』を倒す事自体が目的なのか?」

「『ワルプルギスの夜』を倒すのは通過点だろ?」

「他の魔法少女のため?街の人の安全のため?復讐するため?強敵と戦いたいから?家族友達を守るため?」

 

「暁美ほむら、お前は『ワルプルギスの夜』を倒したその先に何を見てるんだ?」

 

「そんなの決まってるわ。」 

 

「ーー親友との約束を守るため。親友を助けるためよ。」 

 

キッパリと宣言する。  

  

「そっか。」

 

佐倉杏子がマスターを眩しそうに見た。

 

「私もやるとするか。『ワルプルギスの夜』退治。」

 

「感謝するわ。」

 

「感謝なんていらないね。グリーフードに名声、得るものは沢山ある。だからこれは私の選択だ。私は私のために、私のやりたいようにやるさ。」

 

佐倉杏子はそう言ってニヤリと笑った。

そして言いたい事を言ったからか、くるりと背を向けて歩き出した。

 

今度はマスターが眩しそうに目を細めた。

 

「また連絡するわ。」

 

佐倉杏子は手だけ振って答える。

 

「本当にお人よし…。」

 

『これは私の選択だ。私は私のやりたいようにやる。』

 

そのセリフは自分がどうなっても巻き込んだ暁美ほむら(マスター)のせいではないと言う意味を持っている事は想像に(かた)くなかった。




ちょこっと時系列表

夕方 ほむら 魔女から仁美を助ける。
夜  ほむら 恭介の手を義手にする。

   ↓次の日

夕方 さやか 恭介の『田園』を聞く
夕方〜夜 ほむら 杏子に接触する←New


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好きな人達を守れる魔法少女になりたい Aパート

さやかside

 

「おはよー!」

 

学校に向かう生徒の群れの中に、私はまどかと仁美を見つける。まどかの方にはキュゥべえーーやっぱり見えていないーーが座っている。

 

「おっはよー」

「おはようございます。」

 

今日も2人は元気そうだ。

もう私とまどかと仁美(ひとみ)それにキュゥべえの4人での登校にもすっかり慣れた。

 

『もうキュゥべえとあってから1週間経ったしねー。』

 

『色々なことがあると時間が早く感じるよね。』

 

『1週間前のまどかは魔法少女の衣装を真剣考えてたっけ。ひゅ〜、かっわい〜。』

 

『ちょ、さやかちゃん!その事は蒸し返さないでよ。…思い出しても恥ずかしいよう。』

 

こうしてテレパシーを使った会話が普通に行えるぐらいには慣れた。

 

「やっぱり、お二人は2人の目線だけで会話なさっているのね。2人の世界なんですね!いけませんわ!いけませんわ!お二方、女同士で……それは禁断の恋の形なんですのよ!」

 

「仁美ちゃんがさやかちゃんみたいな事言ってる…。」

 

「どーゆー意味だよまどか⁉︎」

 

「そういやさ、恭介の指なんかだいぶ良くなったみたい。そのうちコッチ戻って来れるかもね!」

 

私は嬉々として吉報をまどか達に話す。

 

「それは大変おめでたいですわね!お赤飯の準備ですわ!」

 

「仁美ちゃんそれ多分間違えてるよ…でも、上条君も良かったね。バイオリンまた弾けそうなの?」

 

「最近まで医者に無理だって言われたのに、急に動くようになったんだって。」

 

「優しい魔法使いさんが魔法をかけてくれたのかな。」

 

「まどかさんらしい意見ですわね。何はともかく、とても喜ばしいのは事実ですわ。」

 

私もまどかも、それが完全なデタラメとは言い切れなかった。

魔法も魔法使いもいる事を知ってしまったのだから。

 

『……もしかして、本当に誰かがキュゥベイに願ったの?』

 

私は唐突に示された可能性を確かめずにはいられなかった。

 

『いや、そんな事はありえないね。昨日僕が三滝原で交わした契約はないよ。純粋な、彼自身の幸運によるものかも知れないね。』

 

しかし結果はハズレ。

やはり、暁美ほむら、彼女なら何か知っているのだろうか。

私は学校であったら必ず彼女を問い詰める決心をした。

 

「そういえば私も昨日は上条さんに会いましてたのよ。」

 

「病院の屋外ベンチでバイオリンを弾いていましたの。」

「前回お聴きしたほどの精彩はなかったのですけれど、とてもお上手でしたわ。」

 

「…っえ?仁美昨日恭介に会ったの?」

 

「ええ、最近はお二人ともご用事でお忙しいご様子。私は一人寂しく帰っていましたら、バイオリンの音が聞こえてきましたので是非近くで拝聴しようと思いましたら上条さんだったんですのよ。久しぶりなので少々話し込んでいましたが、退院できそうという話は今日知ったばかりかんですの。」

 

「ヘッヘ〜、会ってたんだ〜。」

思わず声が上ずる。

思った以上に動揺してしまったみたいだ。

 

「何かありまして?」

 

「いっ、イヤ何も。そう言えばなんだけどさ〜。」

 

そっかぁ。

 

『さやかに、一番最初に聞かせたいと思ってさ。()()()()()()()()、やっぱり本調子にはまだ遠いかな。』

 

 

一番最初は私じゃなかったのかぁ。

 

そっかぁ………

 

 

 

そういえばこの感情、最近体験したなぁ。

そうそう、あれだよ。

 

勝手に私だけ気にしちゃって、バカみたい。

 

 

 

 

別に恭介が私のために演奏してくれた事実は変わらない。

でも何か、薔薇の棘のような小さな針が私の心をチクリとさした。

 

▼▲▼▲▼

 

恭介の指が奇跡的に動くようになってから、恭介のリハビリはガラリと変わった。

 

恭介の取り込む姿勢も。

その内容も。

 

恭介は精力的にリハビリに勤しむようになって、今日は歩行訓練をしていた。

今までは指を動かす事がメインだったけど、昨日からは足がメインだ。

 

それに歩行訓練をする事になったのは、ベットの上の生活が続いたせいで足の筋力が落ちたからだ。

多分すぐに良くなるんだと思う。

 

恭介は介助士さんと共に、病院の周りのを歩いている。

私はハッと用事を思い出して、遠目から見ただけでその場を後にした。

 

魔法少女に休みはないのだ。

私は急いでマミさんとの集合場所に走った。

 

 

ーーーーーーーーー

-----

ーー

 

私は今、また走ってる。

魔法少女お手伝いが終わって、今度は病院に向かって。

ちなみに走っている意味は特にない、はず。

 

病院の近くまでくると、歩きに切り替えて息を整えながら病院入り口を目指してゆっくりと進んでいると、不意にバイオリンの音ね。

 

なんとなく私はそれにつられるように近づいて

 

ーー病院の広場の草原で、バイオリンを弾く恭介と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見つけた。

 

 

私は咄嗟に隠れた。

別にやましい事は何もないのに、隠れてしまった。

 

すぐに演奏は終わりを迎えてた。ささやかな拍手ーー仁美のだ。

そして恭介はバイオリンを持ったままそのベンチに座って仁美と話しているようだった。

 

遠目から見ても、仁美はとても楽しそうだった。

恭介も満更ではない様子に見えた。

 

 

ーー仁美もあんな顔、するんだぁ。

 

 

一緒に長く時間を過ごしたはずの私でさえ知らない顔。

それが恭介だけに向けられている。

 

 

…ズキッ

 

まただ。

またコレだ。

 

何かがチクリと刺すような、この感じ。

 

2人が立ち上がって別れた。

仁美がこっちに来る。

 

私急いでその場を離れた。きた時よりもずっと早くその場を離れた。

なぜかは分からないけど、私は仁美から逃げ出していた。

 

結局、その日は恭介の病室には行かなかった。

 

……何やってんだろ。私。

 

私は私がわからなかった。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

 

「明日からは恭介さんも学校に来るようですよ。」

 

「へー、上条くんそんなに回復したんだ。」

 

「最近まで見舞いに行っていた身としては中々に信じがたいよ。」

 

「本当にすごい事なんだね!健康が一番だよ。」

 

まどかは元気そうだった。

私は…なんだか複雑だった。

大丈夫だよね?いつも通りのさやかちゃん、できてるよね?

 

私は一方的に、仁美と恭介を気まずく思ってる。

聞きたいこともたくさんある。

 

昨日のアレはなんだったのか、とか。

なんで今日は上条さんじゃなくて恭介なのか、とか。

 

でも聞けない。

聞いたら、聞きたくないことまで聞いてしまいそうな気がした。

 

それに明日には退院して学校に来るなんて、私聞いてない。

 

恭介と仁美はどれだけ仲良くなったのだろう。

もとからこんなに良かったのかなぁ。

 

でも二人がどれだけ仲良くしてようと、私には関係ないはずだよね。

喜ばしいことだよね。そう私の心は呟いたけど、私の気持ちは一層曇り空みたいにどんよりとしていた。

 

 

▼▲▼▲▼

 

恭介が学校に来るようになった。

久々だからか、恭介の席の周りにはたくさん人がいる。

 

「上条…お前怪我は大丈夫なのか」

 

「家にいてもリハビリにならないしね。できるだけ早く完治したいんだ。」

 

「よかったね。上条くん。」

まどかが屈託なくいう。

「うん…。」

「どうしたの?元気なさそうだけど。」

「あー、私なんか今日は風邪っぽくて。」

「さやかちゃん大丈夫?」

「珍しいですわね。」

まどかも仁美も心配そうだ。

「大丈夫大丈夫!明日には治ってるよ!」

だから精一杯、今の元気で笑ってみせる。

 

「さやかちゃんも行って来なよ。まだ声かけてないでしょ?」

「私は…いいよ。風邪うつしちゃ悪しい。」

「……」

まどかは納得したみたいだけど、

仁美は何か考え込むような仕草だった。

 

 

その後も結局、あたしは恭介に積極的に関われなかった。なんとなく、気後れしていた。恭介も私に話しかけたりはしなかった。

 

自分もそうしてるくせに、恭介が私を無視してるみたいで私はもやもやした。

 

だけどやっぱり、自分から話しかける勇気は無かった。

 

ああ、自意識過剰なのは私だって、分かってるのに。

 

なんでもないように恭介とお昼の時間を過ごしている仁美が、この時は羨ましかった。

 

 

 

 

次の日の放課後、私は仁美に呼び出された。

仁美にいつもの柔らかい雰囲気は無かった。

なんとなく私も、身構える。

 

 

「私、どうやら恭介さんのことが好きみたいですわ。」

 

仁美は不意打ちのように唐突にそう言った。

 

「さやかさんは恭介さんの事どう思っていますの?私はさやかのことを親友だと思っといますわ。恭介さんへのあなたの献身も少しは知っているつもりでしてよ。だから抜けがけはしたくないんですわ。もし何もないのでしたら、全て私の思い違いでしたら、私は恭介さんにこの想いを打ち明けるつもりですわ。」

 

「私、親友に不義理を働くような事はしたくないんですの。」

 

あまりにいきなりのことで。

 

「私は…。私は…。恭介を…。」

 

言葉に詰まる。

今まで考えようにしていた、その先の答え。

私は恭介をどう思っているのだろう。

魔法少女になって恭介を助けようとした私は、何を恭介に求めていたのだろう。

 

「今すぐに答えを言えとは言っておりませんわ。ただ何もしないようでしたら私は明後日に恭介さんに想いを告げるつもりですの。それまでに、よく考えて結論を出してほしいですわ。」

 

 

その場には1人答えを出せず佇む私だけが残された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好きな人達を守れる魔法少女になりたい Bパート

これでストックが切れたので明日からは毎日投稿はありません。
まどマギ杯期間中は毎日投稿完走できてよかったです。


なんだかもういっぱいいっぱいになって、私は学校を離れた。

でも、気持ちの整理もできなくてそのせいか家に帰るのも違う気がした。

 

結果、当てもなく私は今歩いてる。

フラフラ、歩いてる。

 

「さやか…君は重く考えすぎだよ。」

 

私にいつもの元気がないからなのか、キュゥべえもまどかじゃなくて私についてきてくれていた。

 

「どんな困り事でも解決する。それが奇跡だよ。」

 

 

「もしが望むなら、僕は今すぐにでも君の願いを叶えるよ。」

 

もしかしたら、これもキュゥべえ流の心配の仕方なのかも知れない。

それにしてはあまりにも不器用だけど。

でも私を気にしてくれるだけで私はこの白いネコみたいなのを憎めなかった。

 

「よっ、お前も魔法少女?ならさ、暁美ほむらってやつ知らない?」

「おい。気づいてないのか?お前だよお前。そこの青髪の。」

 

今更気づいた。

 

「え?私?」

 

「あんた以外に誰がいるんだよ、キュゥべえなんてくっつけてさ。」

 

真っ赤な髪を一本に纏め、ポッキーを片手に勝ち気な笑顔。

 

「それで、暁美ほむら。知ってるの?知らないの?」

 

ポッキーをぼきりと折って、赤髪は不敵に笑った。

 

「そもそも、お前は…。」

 

「あー、通りすがりの魔法少女。暁美ほむらって奴に声かけられたのにアイツどこにいるかわかんねーからさ。探しにきてやったんだよ。つーか、お前ってなんだよ。先輩には敬意払っとけよ?まぁ、私は佐倉杏子、杏子さんで許してやんよ。」

 

「何か誤解してるみたいだけど、私、まだ魔法少女じゃないから。あと暁美ほむらについては詳しくない。今どこにいるかも分からない。ごめんね杏子さん。」

 

ちょっとだけイラッときたけど、それでいちいちイチャモンつけるほど私も暇じゃなかった。

 

「なんだよ使えねぇ。てかなんて辛気臭い顔してやがる。なん徹後だよ。」

 

「ならアタシがサイコーに楽しい事。教えてやんよ。ほら、来な。」

 

「…え?ちょっ、まっ」

 

気づくと杏子さんに手を引かれて私は歩き出した。

そして間違いなく相手は魔法少女。私で引き留めらるはずもなかった。

 

-----------

-----

ーー

 

ピカピカ光るマシンの数々。

そこにいる人達は太鼓を叩いたり、釣りしてたり、カーレースしてたりメダルじゃらじゃらしてたり。中には競馬してる人もいればアイドルのプロデュースしてる人までいる。

 

「楽しい事って、ここゲーセンじゃん!」

 

「おっ、来たことあんだ。そうだよ!ヤな事なんて抱えすぎてもいい事ないからね。ゲームは楽しいし。」

 

来る道すがら何となく打ち解けて、気づいたらタメ語になってた。

杏子も笑って許してくれた。

 

「おっ!ゲーセン来たんだからさ、パァッとゲームして遊ぼうぜ!」

 

「でも私ゲームなんて詳しくなくてさ…。」

 

ゲーセンとかにきた回数は片手の指の数で足りるくらいかなぁ。

 

「やりぁ分かるんだよ!…あっ、『クレイジータクシー』じゃん。これやろうぜ!私の近所からはコイツが気づいたら消えててさぁー。ちょうどやりたかったんだよねー。」

 

画面では人を乗せたタクシーが人とか車とかぶつかりながら狂ったような暴走運転で客を目的地まで運んでいた。

アクセル踏みっぱなしで車体が宙に浮いたりしている。

 

「客も喜んでないで運転手止めなよ…。」

「バッカ、こっちの方がスリルあって早く着いて楽しいんだよ。見ろよ!チップまでよこしてきてるぜ!」

「クレイジーなのは客も同じなんだね。」

 

「次これやろうぜ!『スーパーリアル麻雀PⅤ』」

「普通の麻雀のゲーム?麻雀は大門道夫ぐらいでしか分からないかなぁ。…ってうわぁ!勝ったら急に脱ぎ始めたぁ!どうなってんるんだよこれ!」

「そりゃ当たり前だろさやか。これ脱衣麻雀だぜ?」

「うっひゃあなんてものやってんだよもぅ!中学生には早すぎる一品だよ!」

「まぁまぁなんでもやってみなきゃだ!次さやかな!」

「なっ、私は女の子裸とかキョーミないし!」

「勝つ前提なのかよww」

「でももうお金入れちゃったか…女は度胸!やるしかない!」

 

\\悪いわね。天和よ!!//

     

「え?なにこれ何が起きたの?」

「あちゃー。ホントこのゲーム容赦ねーよなー。初心者相手に一撃必殺とか。私もこのゲームには4回ぐらいはこれ食らってんだよな。」

「なっ!いきなり一撃必殺って!手加減で奴を覚えた方がいいよこのゲームは!ってか4回⁉︎この理不尽攻撃を4回⁉︎血も涙もない!」

 

ほんとうにどうしろっていうのさ。

 

「2人でゲーセンきたからにはやらないとなぁ」

「ストファ!待ちガイルするゲームだ!」

「あまりにもひどい偏見だなそれ!」

「さやかちゃんの真空波動拳は痛いよ!」

「へっ!当たらなきゃ威力なんて関係ない!それにしても結構できるじゃん!覇王翔吼拳を使わざるを得ないね!」

「それゲーム違うくない⁉︎」

 

「筋肉が全てを解決するんだよ!パワーこそ正義だ杏子!」

「だからこそ私の攻撃にはまるんだよ!喰らえ、バイパーハドロン砲!」

「うわぁぁなんでビームが曲がって⁉︎私の機体がぁぁぁ!」

「出直してきな。千年後にぐらいに。」

「すぐだね。」

 

「おいおい、見ろよこの台。こんだけ有ればしばらくはチョコレートに困らねーぞ。」

「でもこのクレーンゲームのアームの強さじゃ、この積まれたチョコの山は崩せない気がする。」

「まぁ見てなって。ここは一つ、プロの出番って奴だ。」

「ほほう!それではお手並み拝見。」

「ーよしいいぞ。もう少し奥。ここだ!…って少しも動かねーじゃねぇーか!」

「このアーム貧弱すぎるよ!プロテイン飲め!プロテイン!」

「プロテイン飲んでもアームに筋肉はつかねーだろ。てかムキムキのアームとか想像しただけでキモいな。大人しくチョコタワーの上澄うわずみだけもらうか。」

「やった!チョコゲットだよ!」

 

なんだろう。普通に楽しい。

さっきまで落ち込んでたのが嘘みたい。

 

「人間というのはよく分からないよ。こんな事してなにになるというのさ。」

キュゥべえは終始こんな感じだから放ってる。

でも勝手についてくるからヨシ。

 

「そろそろ軍資金も少なくなってきたし締めにしよう。よし!あれだな。あれやろうぜ!」

 

杏子が指さす方にはリズムに合わせて踊って、ステップの判定でスコアを競うゲームが。

 

「対戦しようぜ。対戦。ほら、さやかもやろうぜ。」

「初めてだけど負けないよ〜。」

「上等!」

 

結果は見るまでもなく惨敗。

流れてくる足のマークに私が咄嗟に対応できるはずもなく。

 

「あれ?あれれ?」

 

下手っぴな足移動。リズムも何もあったもんじゃない。なんだこれは。

一方横を見れば タンタンタタタンとリズミカルにステップを踏みその上ダンスの振り付けまで完璧に踊る杏子の姿が…

 

「完敗だよぉ〜!」

「まっ、こんなもんだね。」

 

遊んで遊んで遊び倒して満足した私と杏子はクレーンゲームやらガチャガチャやらの景品を持ってゲームセンターのドアを潜る。

出てきた時の私の顔は、入る時の私に比べて180度変わっているだろう。

もちろん、いい方向に。

 

「あ〜、今日は楽しかったな。なんか有ればまた声かけろよ。付き合うぜ?」

 

杏子のさっぱりした笑顔。

ふと、というかずっと思っていたけど忘れていた疑問を思い出す。 

 

「ねぇ、なんで杏子は私をゲーセンに?」

 

「そーだな。お前がシケたツラしてたから。」

 

「あはは、ちょっと落ち込んじゃっててさ。ほら、乙女の悩みって奴?」

 

「なんだよそれ。」

私も杏子も笑う。

 

「それにさ、そんな重い顔見てたらコッチの菓子まで不味くなるだろ?つまり自分のためだよ。私はさ、徹頭徹尾、自分の人生は自分に使うって決めてるんだ。だってその方が自分がどうなっても他人を恨まずに済むだろ?だって全部自分の選んだ人生なんだからさ。」

 

「なぁ、さやか。」

 

「さやかに何があったかは知らねーけどよ。だけどさ、希望ってのがあれば絶望がある。そうやって差し引きをゼロにして世界は回ってる。なぁ、さやかは散々苦しんだんだろ?散々絶望を味わったんだろ?ならあとはやりたいようにやりな。それが一番うまく行く。」

 

 

「……やりたいようにやる。」

「そっか……。」

「そうだね……。」

 

不思議と杏子の言葉はストンと胸に入って、これだという確信が私の底から湧いてくる。

 

「決めた。杏子、私もそうするよ。」

 

「私もやりたいようにやる。」

 

「おう。周りなんて気にするな。ぶちかましてやれ!」

 

「おう!」

 

私と杏子の拳がコツンと乾杯する時みたいに真っ直ぐにぶつかって、それが私たちの別れの挨拶だった。

 

私の足取りにもう迷いはない。

 

 

 ▼▲▼▲▼

 

校舎の裏、私と仁美の一対一。

 

「ねぇ仁美。仁美は恭介が好きだってここで断言できる?」

 

私は真っ直ぐに瞳に問いかける。

 

「私は恭介さんが好きですわ。もちろんですの。」

 

「そっか。すごい想いだと思う。でも、私も引けない。」

 

「だから私から提案する。告白は同じ時にしよう。それで直接恭介に選んでもらう。それで恨みっこなし。」

 

「さやかさん。それがどういう事か分かっていますの?私が告白するのは明日、今日さやかさんに恭介さんに告白するだけの時間がある。そう宣言したはずですわ。」

 

「わかってるよ仁美。もし私が恭介を好きでいるなら、仁美は身を引く。そう言いたいんでしょ?」

 

「ならーー

 

「でもさ、仁美。仁美にとって私が親友であるように、私にとっても仁美は親友なわけ。『親友に不義理を働くような事はしたくない』、このセリフ、仁美にそっくりそのまま返すよ。仁美がここまで恭介を好いてるのに告白するチャンスすら与えられないなんてそれこそ、仁美への裏切りだ。」

 

「だからさ、私達で競うんだ。そして2人で恭介に告白して2人で泣くんだ。どっちちかが悲しみに泣いて、どっちかが喜びに泣く。これはそういう競争だよ。まぁ、2人して悲しみの涙を飲むことになったら、その時はその時。仁美はどう思う?」

 

「分かりましわ。その競争レース私もエントリーさせていただきますわ。2人で一緒に走りましょう。親友として、競走相手ライバルとして、恋敵として。」

 

私と仁美、私達二人の乙女の握手はひしと熱く交わされた。

 

▼▲▼▲▼

 

茜色に染まる空、その下で。

 

「ごめんよ。歩くのは少し辛くてね。」

 

「いやー、私達こそごめんね。恭介にわざわざ屋上まで来てもらっちゃってさ。」

 

「でも私達から恭介さんには大事な話がありますの。聞いてくださる?」

 

「うん。なんでも言ってよ。」

 

仁美と私が並んで、その向かいに恭介が立っている。

私も仁美も、いつになく真剣な顔だ。

 

私が一歩下がって、反対に仁美が恭介に一歩あゆみよる。

 

「恭介さん。私、志筑仁美は上条恭介が好きです。

 

少し私の事を話させてください。

恭介さん。実は私、つい最近死にかけましたわ。

 

自殺で。」

 

「「え⁉︎」」

 

思わず、私も恭介も声が出てしまう。

だってそんな。仁美が自殺だなんて。

 

「信じられませんか?でも私も始め信じられませんでしたのよ?

 

私、無意識のうちに自殺しようとしたみたいでしたの。」

 

あまりにも衝撃的な告白に息を飲む。

 

「ええ、でも私駆けつけた警察方のおかげで助かったみたいですわ。気づいたら私、無意識に自殺しようとした記憶だけを抱えて病院に運ばれていたんですのよ。」

 

「お医者の先生は、集団幻覚の一種かもしれない。そうおっしゃいましたけど、私、とてもそうは思えませんでしたの。」

 

「私、本当に絶望しまたんですのよ。」

 

「無意識に自殺したくなるほど絶望していたことに絶望しましたわ。」

 

「何より、私は私すら信じられない無くなりましたわ。」

 

「あの夜は私が私の体を抱きしめても、震えが止まりませんでしたわ。」

 

「今度こそ、本当に確固たる自分の意思で死のうかすら思いましたわ。」

 

「でも次の日です。本当に次の日でしたわ。」

 

「絶望の底に埋まっていた私の耳に、少しのメロディが聞こえてきたんですの。」

 

「それこそ無意識で、なんとなくそちらの方を見ましたの。この音はどこからだろうって。」

 

「そしたら、私見つけましたの。」

 

「あの日、病院の緑の絨毯の上で楽しそうバイオリンを弾く恭介さんを。」

 

「初めは少し弾いては奇妙な音が混じって止まるような拙い演奏でしたの。でも失敗しても恭介さんは嬉しそうにまたバイオリンを弾き始めるますのよ。」 

 

「私知っていますのよ。恭介さん、事故にあってからマトモにバイオリンが弾けなくなったんですのよね。さやかさん、よく悩んでいましたもの。」

 

恭介に聞かれるの、ちょっと恥ずかしいな…

 

「だけど恭介さんは、バイオリンを弾いていました。それはもう歓喜に満ちた表情で。」

 

「きっとその途中はどれほど苦しかったか、どれほどの痛みがあったか、どれほどの絶望があったか。私には想像もつきませんわ。」

 

「ですが、想像すらできない絶望を恭介さんは見事乗り越えてあの場所でバイオリンを弾いていたのです。」

 

「そしてその事実がどれほど私を励ましたか、私の希望となったか。」

 

「ひたすら嬉しそうにバイオリンを奏でる恭介さんを見ていたら、なんだか私まで嬉しくなってきたのですわ。」

 

「そして理解しましたわ。ーーこの胸の奥から込み上げてくる暖かくて熱い感情。それこそが恋情、誰かを想う気持ち、恋であると。」

 

「私は恭介さんが好きです。

心の底からお慕い申しあげています。

どうかお付き合いしたいくれませんか?」

 

「ですけれど、その答えはまだ後で。」

  

何か言おうとした恭介を仁美が押し留めて、私に道を開ける。

仁美の告白は、あまりにも重い。あまりにも切実だ。

 

だけど、譲れない。

私も私に正直になる。

 

一歩踏み出す。

 

私、今から告白するんだ。

 

そう思うと、心がうわつく。胸が痛いほどドキドキしてる。顔がとても熱くて耳の先まで火傷しそう。

 

ーーああ、私、緊張してるな。

 

『やりたいようにやれよ。』

杏子の言葉が私の背中を押す。

 

もう何も怖くない。怖がらない。

 

「恭介。私さ、恭介のこと。どう思ってるか分からないんだ。好きなのか、嫌いなのか、この気持ちが恋心なのか、友情なのか。恋人になりたいのか、親友のままがいいのか。この後に及んでも。でも、仁美が恭介に告白するって言った時、私どうしよう無くモヤモヤした。もう頭の中沸騰したみたいでいろんな情緒が一斉に騒ぎ出して。海開きにはしゃぐ子供みたいに一斉に。多分さ、私は恭介を離したくないんだ。好きかどうかなんてどうでもいい!昔からそうだったみたいにこれからも恭介の隣にいたいんだ!」

 

「だから私と居てよ恭介。」

 

私も、仁美も、今もう最高に高調してる。

胸に秘めた情熱だけに駆られている。

私達の呼吸が重なる。

 

「「私と付き合ってください!!」」

 

2人並んでゴールに駆け込む。

恭介に伸ばされた2本の乙女の手。

 

 

「2人とも、ありがとう。」

 

「僕は今、言葉が見つからないよ。」

 

「2人がこんなに僕を思ってくれて、ぼくは本当に果報者だよ。」

 

「その上で言わせてほしい。」

 

恭介の手が伸びる。

 

 

伸びて。伸びて。

 

 

その手は仁美の手を握った。

腰は90度に折られている。

 

「志筑仁美さん!僕と付き合ってください!」

 

「はい!…はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

仁美が感極まって声を絞り出す。

 

恭介の手が遅れて私の手を取る。

 

「さやか!僕も君とこの関係が好きだ!だから、昔からそうしてきたように、これからも僕の()()で居てください!」

 

「…はは、そんなにお願いされたらしょうがないなぁ。仕方がないから一生、親友で居てあげるよ……。」

 

私も、泣きそうなのを堪えながらなんとか恭介に返事をした。

 

「さやかさん…」

「仁美…」

 

私と仁美。

目と目が合う。

そしてそのまま2人で抱き合って。

 

「おめでとう!仁美!!おめでとぉぉ〜〜」

「良かったぁぁぁ!すごく怖かったですわぁぁ〜!!」

 

仁美は泣いていた。

不安と安堵、受け入れられた喜び。

その全ての想いが飽和して。

心が体を追い越して、涙となって溢れ出していた。

 

私も半分泣いていた。

でも、泣かない。二人の前では泣かない。

 

「じぁああとは、()()任せるよ。」

 

「うん。頑張るよ。」

 

それだけ言い捨てて、屋上から階段を駆け降り走る。

 

「うっ…ううっぅぅぅっ……。」

 

ダメだ。泣かないと決めてるのに。

 

どうしても涙が溢こぼれそう。

 

そうだ。私フラれたんだ。

恭介に振られたんだ。

もうずっとあの横には居られない。

 

ーー1番近くで恭介のヴァイオリンを聴くのは私じゃない。仁美なんだ。

 

ダメだよ。やめてよ。泣かないで私。

でも今更わかった。

この胸の痛みに分からされた。

 

ああそっかぁ。私恭介の事がーー。

 

私の中で言いようのない炎が燃え盛る。

 

でもいい。いいんだよこれで。

これでもう未練は無くなった。

 

私は私を宥めるように、言い聞かせるように頭の中で繰り返す。

 

走る走る走る。振り切るように、逃げるように走る。

 

ひたすら走って走って、無我夢中で走ってーーまどかを見つけた。杏子、それに暁美ほむらもいた。そしてまどかの肩にはキュゥべえ。

 

そうだ私はキュゥべえを探していた。 

 

だってもうないから。

私に迷いはもうないから。

 

「さっ、さやかちゃんどうしたの?」

 

心配そうに私を見るまどか。

ごめんね。まどか。でも私はやるよ。

守りたいものを見つけちゃったから。

 

「ねぇ…キュゥべえ…。私…言いたい事が…」

 

はぁはぁと乱れる呼吸を整えながら、キュゥべえに伝える。

 

「…ねぇ、キュゥべえ。私を魔法少女にしてよ。」

 

()()()()()を守れる魔法少女になりたい。キュゥべえならできるんでしょ?」

 

その言葉は自然と出た。

 

「……え?」「……なっ!」「……ッ!」

 

「もちろんだよ!キセキはどんな願い事も叶える。それが魔法少女になる時の契約だからね。」

 

高らかにキュゥべえは言う。

 

「じゃあ君の願いをもう一度ちゃんと教えてよ。それで僕との魔法少女の契約は完了だ。」

 

私は再度告げる。確固たる覚悟と共に。

 

「みんなを守れるくらい、強い魔法少女になーーっえ」

 

バン!

 

直後発砲、キュゥべえに沢山の穴が空いてキュゥべえは力なく倒れこんだ。

下手人は一目瞭然だった。

 

私の、まどかの、杏子の、この場の全ての人間の視線が

 

拳銃の先から硝煙を上げる暁美ほむらに集まった。

 

「…その必要はないわ。」

 

冷淡にそれだけ告げて、暁美ほむらは蜂の巣にされたキュゥべえの死体を拾いあげる。そこにはいっぺんの躊躇いも罪悪感も、私には見えなかった。

 

「…ホント容赦ないな、ほむらは。まっ、お前がそんな反応をするのも少しは分かるけどさ。」

 

佐倉杏子もまた冷静だった。そして理解までしていた。

無意味に生命を殺しておいて。

 

冷や水をかけらみたいに、私も呆然として正しく事象を理解して。

 

「暁美ほむら!!何を考えてこんな事を!」

 

怒りの感情が燃え上がる。

 

私は怒鳴った。ずっと胸で燻ってた何かが別の形を得た気がした。

コイツには命を尊重するという最低限の倫理すらなかったのか!

 

熱くなったまま暁美ほむらに詰め寄る。

 

「何考えてやがるはコッチのセリフださやか!」

そして横合いから杏子は私をビンタした。 

 

もう訳が分からない。

ただ激情のまま叫ぶ。

 

「何するんだよ!」

 

ぶたれた所がヒリヒリと痛い。

でも止まれない。

 

「お前本当に魔法少女になる事の意味を理解してんのかよ!わたしの言葉をもう忘れたのかよ!さやか!」 

 

私の制服の襟を掴み上げる杏子。

 

「私だって考えてる!魔法少女になったら私たちは死と隣り合わせになる。私達は真っ先に危険に飛び込む兵器になるって!」 

「でも私知ってる!来るでしょ!この街に!

「このままじゃあ街を滅ぼすような悪夢が!ワルプルギスの夜が!」

 

「そう、美樹さやか。貴方聞いていたなのね。」

暁美ほむらだけがひどく冷静にいう。

 

「私はせっかく自分の気持ちに気づいたんだ!せっかく応援したい人達ができたんだ!なら私にも何かさせてよ!私に舞い降りたチャンスの使い所はここだよ!」

 

「その考えが間違ってんだよ!」

杏子は力をさらに入れて叫んだ。

苦しい!けど曲げたくない!私は曲がらない!

 

「私は言ったぞ!『この世界は希望と絶望を差し引きゼロにして回ってる』。身の丈に合わない希望キセキは、想像もつかない絶望のしっぺ返しがあるんだよ!さやかは何もわかってねぇよ!!」

 

「わかってるよ!」

「分かってねぇ!」

 

「わかってるよ!」

「分かってねぇよ!」

 

「分かってーー「分かってる奴は魔法少女になるなんていいださねぇんだよ!」

 

「じぁあどうすればいいんのよ!みすみす破滅を受け入れろっていうの⁉︎」

 

「頼るんだよ!1人(ひとり)じゃどうにもなんねぇ時は他人(ひと)を頼れよ!人じゃどうにもできない?なら私達を頼れよ!バケモノ(魔女)にはバケモノ(魔法少女)をぶつけんだよ!そのための魔法少女じゃねぇか!!」

 

杏子が喝破する。

その言葉には力があった。

 

自然と体から力がフッと抜けていく。

(ひるがえ)ってただただ痛切な、泣き出しそうな感情が込み上げてくる。

 

「…ならこの胸で暴れる感情はどこに置けばいいの?恭介にフラても燃え尽きないこの想いはどうすればいいの?」

 

「一人で抱えきれないなら、友達と分け合うんだよ。ちょうどさやかには、いいダチがいるじゃねえか。」

 

「そこのピンクとか、私とか…。」

 

「杏子…。」

 

ああ、もう。本当にこの出会って2日の親友は…。

 

「そうだよさやかちゃん。私にも相談して欲しいよ。友達が苦しんでるのを助けてたいと思うのは普通の感情だから。ね?」

 

まどかが切実な表情でうったえる。

 

「ねぇさやかちゃん。教えてよ。その悩み。見せてよ。心の内。」

まどかが私に歩み寄る。

 

 

本当に、ほんっとうにこの二人は…

 

「きょうごぉ"〜、ま"どがぁ"〜。」

 

ダメだ。泣かないようにしてたのに。

2人とも、極め付けのお人好しだよ。

 

嬉しすぎて、私は2人をきつくキツく抱きしめる。

 

ポロリと涙がひとつ伝うと、後から止まんなくなった。 

落とし蓋をしたはずの感情が爆発する。

 

一度安心してしまうともうダメだった。

堰き止めた涙が決壊する。 

 

「うっ、うぐぅ、うわぁぁぁぁぁぁ私振られちゃった!恭介に振られちゃった!嫌だよ恭介なんで私を選んでよ私といてよ!あぅ、うわぁぁぁぁ。」

 

滂沱の涙が頬を伝う。

 

「…そっかぁ。でも勇気を出したんだね、さやかちゃんは。すごいよ。さやかちゃんわ」

 

まどかも私を優しく抱きして返してくれた。

 

「うわ顔ぐちゃぐちゃじゃねえか。」

「でも、昨日のより千倍いい顔してるよ。」

そう言って杏子も優しく頭を撫でてくれた。

  

泣いた。

人目も憚らずワンワン泣いた。

身体中の水分も悲しみも、絞り出すみたいに泣いた。

滝のような涙がゆっくりゆっくり胸の炎を宥めていく。

 

ようやく形を得て産声を上げた私の初恋は、涙と共に流れていった。

 

泣いて泣いて、たくさん泣いて。

声も涙も枯れたころ。

 

「まどかも杏子も、ホントにありがとう。」

 

私はようやく2人にそう言った。

まどかはずっと、私の背中をさすり続けてくれていた。 

 

「気にすんなって。」

杏子が言う。

 

「「だって私達、友達だからね(な)」

 

私の涙腺にふたたび熱いのが登るのがわかった。

頬に伝う熱い涙。人の温かみの温度だと思った。

 

「おい巴マミ!全部聞いてただろ!」

 

私を抱きしめたまま。

 

「ワルプルギスの夜は強ぇ!1人意地張って変える相手じゃないんだよ!」

 

「やるぞ!私達で!協力しろ巴マミ、暁美ほむら!!」

 

佐倉杏子が叫ぶ。

どこからか巴マミが現れた。

 

「元からそのつもりよ。」

 

「…今回ばかりはそうみたいね。」

 

杏子の決意に、2人の魔法少女が答えた。

私とまどかは対ワルプルギスの夜魔法少女同盟結成の瞬間を目撃した。

 

「倒すぞ、ワルプルギスの夜。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。