リスタート!×On×ショータイム♪ (誰かの趣味垢)
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【あのステージで】

 いつも通りの夜、それぞれの生活音がこだまする。

「うん。新曲はこの調子でいけば予定通りに完成しそうだね」

「よかったー! 徹夜して修正した甲斐があったよー!」

「瑞希、最近ずっとナイトコードにいたよね。イラスト修正したらすぐ反応くれたし」

「絵名もありがとうね。すぐに修正してくれて~」

「別に、あれくらいならすぐできるから」

「……うーん」

「どうしたの? M」

「うーんとね。この感じにするなら、もっとミクちゃんの声を、さらさら~ふわふわ~ぱりーんっ! って感じにした方がいいかな~って……」

「え?」

「うーん……ごめんね、みんなっ! もうちょっとだけ時間もらってもいいかなー?」

「分かった。時間はあるから、ゆっくり進めてね」

「うんっ! ありがとうっ! Kちゃんっ!」

 いつも通りの作業時間、それぞれがそれぞれの作品を作り、次第にそれを一つに重ねていく。

「じゃあ、私は先に落ちるから」

「あっ、私も―!」

「分かった。またね」

「ばいばいー!」

 

~宮益坂女子学園1年B組~

 

「よーし! お仕事おーわりっ!」

「えむちゃん早いねー」

「私なんて、まだこれだけだよ~」

(同じクラスの子に頼まれた書類整理も終わりそう)

(終わったら、どうしようかな)

(朝比奈先輩と、お昼食べたいな)

「ほんと、えむちゃんありがとね!」

「こんなの全然だいじょーぶっ! じゃ、またね!」

 お弁当を持って、えむは廊下を走る。

階段を駆け上がって、向かうのは。

「朝比奈先輩―! こんにちわー!」

そんな勢いでえむがクラスに入るものだから、当然2年生は驚いてえむの方を見る。

「もう、鳳さん。そんな大声で呼ばなくても、聞こえてるよ」

「朝比奈さん。お昼は……」

「ごめんね。今日は、鳳さんと食べるから、また明日でもいい?」

「うんっ、全然大丈夫だよ」

「それじゃあ、鳳さん。行こうか」

「うんっ!」

 

~宮益坂女子学園中庭~

 

「それで、今日はどうしたの?」

「ほら、昨日の歌詞……朝比奈先輩はどう思うのかなーって」

「歌詞……?」

「私はねっ、朝比奈先輩の言葉をね。色々な人に一番届く形で、ミクちゃんに歌ってほしいのっ!」

「……」

「だから、私の勝手な感じ方で、朝比奈先輩の言葉を汚す様な事はしたくないって言うか……」

「……好きにすればいい」

「え?」

「いつもそうしてきたでしょ? 私にできる事はKの作った曲に、歌詞をつける事だけ。その歌詞に色をつけるのは、貴方でしょ?」

「うーんそうなんだけどぉ……」

「それに、前に言ってたよね。この声で、皆を笑顔にするって……私は、私の言葉で、皆を笑顔にできるなんて思わないけど……」

「そんな事ないよっ! 朝比奈先輩言葉は素敵だからっ! きっと、み~んな、笑顔になってくれるよっ!」

「よくわからない……けど、私の歌詞で皆を笑顔にしたいなら、勝手にすればいい」

「うーん……」

 (色々な事が沢山あって、皆の事をいっぱい知れたのに……朝比奈先輩は、やっぱりよく分からない。最近は、沢山お話して、色々感想を言ってくれる様になったけど……)

「鳳さん。またね」

「うんっ! また、ナイトコードでねっ!」

(もっと、朝比奈な先輩の笑顔がみたいな……)

 

~放課後~

 

「またね、えむちゃん!」

「うんっ! またねー! みんなー!」

(今日はもう何もないし、フェニックスワンダーランドに行ってもいいけど……いつもより早く、みんなと曲を作るのもいいかな)

 えむはそんな風に前向きに考えて、足を進めた。

けれど、その足は思った様に動いてくれない。

 

~鳳家リビング~

 

「ただいまっーーーーーー!!!」

大きな声でえむは言う。

「おかえり、えむ」

「お姉ちゃん! ただいま~」

「今日は部活ないんだっけ?」

「うんっ! でも、ちょっとする事があるから、少しだけ部屋にいるね」

「もしかして曲作り?」

「うんっ! ちょっとね、気になる事があって!」

 

~えむの部屋~

 

 ナイトコードにはKだけがログインしていた。

だから、えむは。

「Kちゃんっ! ただいまぁ~!」

「あっ、おかえりM」

「今、何してたの~?」

「昨日Mが言ってた歌詞の部分。見直してたの」

「え? 曲はあれでいいと思うけど……?」

「ううん。Mが言ってた、あのイメージ、あれの通りに曲を作ればどうなるかなって」

「そっか! できたらまた聞かせてねっ!」

「うん」

 時間が経てば人も増える。

「おっ、M-! 来てたんだ、おかえりー」

瑞希が来て、25時になれば。

「ふぁ……あっ、マイク……これ音入ってるよね……」

「入ってるよ~絵名の可愛いあくび,ばっちり聞こえてたよ~」

「もー! そういうのやめてよねっ!」

絵名が来て。

「皆、おまたせ」

「おっ、雪―! お疲れー」

「雪、お疲れ様」

「うん」

朝比奈先輩が来て。

楽しい時間が始まって。

「それじゃあ、今日も一日がんばろー!」

「おー!」

「ちょっと、瑞希、えむ。夜だから静かにしてよね」

(あぁ、ずっとここに居たいなぁ……)

 

~翌日~

~鳳家リビング~

 

(嫌だなぁ……この空気)

「あぁ、今あるステージを取り壊し、そこに設置する新しいアトラクションも決まった」

「これで、ちょっとはマシになるだろうな」

「そうか。では、フェニックスワンダーランドの件は全て任せたぞ」

(ごはん、いつもは美味しいのに)

「やっぱり、ステージも壊しちゃうんだよね……」

「前にも言っただろ? 今のままじゃ、集客できないんだ」

「うん……」

(出来る事は全部した。ステージでショーをやって、別の案を出して、キャストオーディションをして、けど、どうにもならなかった)

「今いるキャストさんはどうなるの?」

「別の遊園地のキャストオーディションを特別に受けさせてもらえる事になっている。勿論、新しくできるフェニックスワンダーランドのステージに立ちたいという者は歓迎している」

「そっか……」

フェニックスワンダーランドのあるステージは全て取り壊され、新しく一つステージを作る。

それが、今後のフェニックスワンダーランドにある唯一のショーステージになる。

(もぅ……ダメなのかな……)

「えむ?」

「ううんっ! なんでもない!」

「それより、お姉ちゃん。これ、すっごく美味しいよ? 食べてみて!」

「うん……」

 あのステージで、みんなを笑顔にしたい.

そんな、願い事は叶わない。

その現実に、もうどうしようもなくなる。

 



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【大切で、守りたい場所】

~放課後~

~フェニックスワンダーランド~

 

(小さな子達、随分減っちゃったなぁ……その代わり、制服を着た人を良く見かける様になったけど……)

「あそこにも、ブルーシートがかかってる……そっか、もう壊しちゃうんだ」

 えむは一人で、園内を見ていた。

ショーステージのほとんどは、もう立ち入り禁止になっており、その内のいくつかは解体工事が始まっていた。

 (ジェットコースターが増えて、メリーゴーランドが減って、フェニー君をだんだん見なくなって)

「寂しいなぁ……こんなに空っぽなフェニックスワンダーランド、初めてみる……」

「……あら?」

 立ち入り禁止のテープが引かれ、外見がブルーシートなどで被われ何も分からなくなっていたある場所の前で立ち止まっていたえむの耳に、少し高い声が聞こえてきた。

「貴方……」

その声を、えむは知っている。

「あっ! 櫻子ちゃん!」

「ごきげんよう。鳳えむさん……あら、ちょっと……っ!」

「え?」

櫻子はえむが振り向くなり、ポケットからハンカチを取り出し、えむの方へ駆け寄る。

「あれ……なんでかな……ちょっと……寂しくなっちゃって……」

「……」

「私、苦手なんだ。夕暮れが……そんな時に、こんなに寂しいフェニックスワンダーランドを見たら……泣いても、仕方ないでしょ……?」

 しばらくの間、えむは櫻子の膝で泣いていた。

体に力は入らず、櫻子に縋って、涙を流していた。

「ここ……そう、もうお別れなのね……」

 しばらくして、えむが落ち着くと櫻子は近くにあった自動販売機でお水を買ってきて、それをえむに渡した。

「これでも飲んで、落ち着いてください」

「うん……ありがとう……」

えむはそのお水を、ゆっくりと飲む。

「ねぇ、櫻子ちゃんは何してたの? 衣装じゃない服でここにいるなんて、珍しいね」

櫻子はいつもの煌びやかな衣装とは違い、シンプルに制服を着ていた。

「その……少し言いにくいのですが……」

「あっ……」

『別の遊園地のキャストオーディションを特別に受けさせてもらえる事になっている。勿論、新しくできるフェニックスワンダーランドのステージに立ちたいという者は歓迎している』

「……もしかして、別の遊園地に行ってきたの?」

「……っ!」

「いや、いいの……」

今にもまた泣いてしまいそうなえむを前に、櫻子は言う。

「私はここに新しくできるステージのキャストの誘いをうけていましたの……けれど、私はそれを断りました」

「えっ……なんで?」

「……ここはもう、私が大好きだったあの頃のフェニックスワンダーランドでは、ありませんから……こんな事、言うべきじゃないのに……」

櫻子が見上げると、そこにあるのは、ブルーシートで被われ、立ち入り禁止のテープが貼られたフェニックスステージだった。

「ごめんなさい……こんな事が言いたくて、話しかけた訳じゃないのに」

そう言うと、櫻子は地面にぺたんと座るえむを抱きしめる。

「ごめんなさい……裏切る様な事をして……約束通り最後まではここにいます……けど……」

「ううん。いいの……それより、今日はそのオーディションだったの?」

「オーディションというよりは、その……」

「ん?」

「顔合わせをしてきましたの。新しい、ステージのキャストさん達と……」

「そう……なんだ……それで? どうだったのっ!」

「まぁ、変わった方が多い場所でしたわ」

「変わった人?」

「自分の事を天翔けるペガサスと、大声で言う人がいたり……ロボットを使った演出が得意な人がいたり……ほんと、賑やかな場所でしたわ……」

「へぇ~~!! なんだか、楽しそうな場所だねぇ~!」

「ええ、ステージも小さく、キャストも少人数ですけど。これだけいれば十分だと言われ、再来週には本番をすると言い始めてますわ」

「わぁ~! たのしそーー!! その、ショー私も見に行ってもいいかな!」

「ええ、ぜひ……」

(そんな楽しそうな人達が、ここにいれば……)

「あの、鳳さん? もしよろしければ貴方も……」

その言葉の続きがえむにはなんとなく分かって、その言葉を聞きたくないから、遮る様にえむは言う。

「私は大丈夫だよっ! 最後までここにいるっ! ほんとうにワンダーステージが壊されちゃうその日まで!」

「鳳さん……」

「櫻子ちゃんっ! お水ありがとうねっ! ステージ頑張って! それじゃあ、またね~!」

そう言いながら、えむはどこかに走り去ってしまう。

それを、櫻子は止める事ができなかった。

「鳳さん……私には、何もできないの……」

(大好きなフェニックスステージ、それが壊されてしまうのに、私は何もできず逃げて、きっと鳳さんは大切なワンダーステージが壊される事が決まって、苦しいはずなのに、頑張って、なんとかしようって……)

「ほんと、鳳さんはカッコいい人ですね……よし、私は家に帰って、今日貰った台本を読みましょう。あの、ずっとスタースターとうるさい方が考えた台本ですけど、大丈夫なんでしょうねぇ?」

 

~ワンダーステージ~

 

「はぁ……」

 客席にはブルーシートが掛けられ、簡易的に置かれていたベンチで出来た客席は片付けられ、もう誰もこのステージの事なんて気にしていない様だった。

「よーしっ! 今日もお掃除頑張ろぉー! おー!」

 毎日必ず。とはいかないけれど、えむはこのワンダーステージを掃除している。

もう誰も、このステージの事なんて見てくれないから、またいつでもショーができる様に、明日、明後日も、ずっと先の未来も、このステージでショーをしていたいから。

「次のショーどうしようかな……何を、どんなショーを……すればいいのかな……」

(どんなショーをすれば、みんなは笑顔になってくれるんだろう……どうしたら、壊されずに済むんだろう……もう、無理なのかな。もう、手遅れなのかな)

 (ここでショーをすれば、見に来てくれた人はみーんな笑顔になった)

(楽しかったって、また見たいって、言ってくれて、だからまた頑張ろうって思えた)

「あぁ……」

 ステージの上に立つと、広い世界が見える。

昔はもっと賑やかで、笑顔がいっぱいだったのに、今はもう何もない。

もっともっと、ここでショーをしていたかったと、えむはそんな思いを心に閉じ込める。

「まだ、諦めちゃダメダメっ! きっと、何か方法はあるはずだからっ!」

翌日、フェニックスステージの解体工事と、トランポリンドームの解体工事がはじまった。

 

~鳳家リビング~

 

「えむ。お前に話があるんだ」

「なぁに? お兄ちゃん」

「……明日から、ワンダーステージに行くのはやめろ」

その言葉は、凝り固まった食卓の空気にヒビを入れた。

「え? なんで?」

「なんでって、そりゃもう客がこねーからだろ」

「ああ、もうすぐあのステージも解体する。色々な機材や大道具などの廃棄を行いたいんだ。だから……」

「……ダメだよそんなのっ!」

行儀は悪く、えむは机を叩いて立ち上がり、強く主張する。

「あの機材も、大道具も、全部おじいちゃんが、ステージを見に来てくれた子達が笑顔になれる様にって、用意したものなんだよ? それを!」

「けど、どうせあのステージにはもう誰もこねーだろが」

「ああ、既に立ち入りを禁止するテープを張った。もう、誰も入れない」

「そんなの……」

「ステージなんていくらでもある。ショーがしたいなら、他の所でショーをすればいい」

「そうじゃないよ……そうじゃないのっ!」

「何が違うんだ、お前が好きなショーだろ?」

「違うの……同じじゃないの……」

「えむ……ねぇ、二人とも食事中はそういう話はやめよう……? ね」

「もういい……私、もういい……」

「えむ……」

食器を置いて、えむは一人部屋の方へと足を進めた。

 必死に涙を押さえ、必死に声を我慢する。

そして暗い部屋の、ベッドに寝転ぶ。

 開いたカーテンから、月明りが差し込み暗い部屋を照らす。

けれど、その月明りはえむには当たらない。

 枕の方に投げたスマートフォンを見る。

それを手に取り、画面を見るとそこには一つの音楽あった。

Untitled、それは朝比奈まふゆの世界のある場所。

けれど、そこは鳳えむのいる場所でもあった。

「もう、あのステージでショーができないなら……おじいちゃんのフェニックスワンダーランドを守れないなら、もう……」

 どうすればいいのか分からない、どうするのが正解だったのか分からない。

何も分からない。

 (沢山ショーをして、沢山お客さんを呼ぼうと頑張った。でも、一人で出来る事には限界があったから、オーディションをして、けど結局上手くいかなくて)

 (園内にいる子達に、フェニックスワンダーランドの好きな所を聞いて、それをまとめて、なくなっちゃうアトラクションにも好きな人がいるって事を、頑張って伝えた。けど、ダメだった)

 (結局何もできなくて、結局どうする事もできなくて、お兄ちゃん達も分かってくれない。

お父さんも、どうしておじいちゃんがあのフェニックスワンダーランドを作ったのか、忘れちゃったみたいで)

 暗い夜にえむは、沈みたくなる。もう何も考えたくないと、耳を塞いで目を瞑りたくなる。

「もう、消えちゃいたい……」

そんな願いが、えむの心に芽生えてしまう。

 



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【想いのセカイ】

~誰もいないセカイ~

 

 (ここはいつも静かだなぁ……何も考えなくていい……怖い事も、不安になる事も、嫌な事も、何もない……)

「えむ?」

「あっ、ミクちゃん……」

「……えむ、元気ない?」

「え? あっ、元気だよ? ほら、わんだほーい!」

「……私、遠くの方にいるね」

「え?」

「一人に……なりたいんでしょ?」

「あーうん……ごめんね。ミクちゃん」

(ダメだなぁ、私。みんなを笑顔にしたいのに、しなきゃ、ダメなのに……)

「あれ……」

「どうしたの? ミクちゃん」

「誰か……来くる……」

「え? 誰か?」

ミクの言葉は確かな様で、えむの方へと優しく、静かな、足音が聞こえてくる。

「朝比奈先輩……?」

まふゆはえむの前に立つと、少し不思議そうな顔をする。

「笑ってない鳳さん、初めて見た」

そして、首を傾け不自然な笑みをまふゆは見せた。

「あっ……」

「鳳さんでも笑わない事あるんだね」

「笑わない? 私、ずっと笑ってるよ? ほら、わんだほーい! って……」

「ふふ」

そんな風に言うえむに、まふゆは言う。

「鳳さんは、そんなに笑顔が大切?」

「うんっ! とっても大切……」

「そう……なら、笑っていなよ」

「え?」

「そんなに笑顔が大切なら、ずっと笑っていたら?」

「それは……そうなんだけど……」

「まふゆ?」

「笑顔ってね、簡単にできるんだよ。この人の前では笑っていなきゃとか、この場所では笑っていなくちゃとか、そいういう風になっていくと、人は自然と笑える様になるの」

そう言って、まふゆは笑う。

鳳えむに向けて、笑う。

「朝比奈先輩の笑顔は怖いです……楽しそうな笑顔じゃない……」

「そう? ふふ、私はこれでいいと思うけど」

「ねぇ、まふゆ?」

「なに? ミク」

「きっと、えむは、ただ皆に笑顔になってほしくて……でも、その笑顔はまふゆとは違って……」

「そう……で? 鳳さんが笑っていないのに、誰が笑えばいいの? それに私は鳳さんが笑っていないのが気になって、鳳さんっていつも笑ってるイメージだったから。気になっただけ、邪魔だったなら……そうだね、もう帰る」

そういうと、まふゆはえむに背を向けた。

「25時になったのに、えむがこないって絵名と瑞希がうるさいし、奏が心配してるから、早く来て」

そう言って立ち去ろうとするまふゆ。

「まって、朝比奈先輩っ!」

「なに?」

「今日はその……行けないって、伝えてほしい……」

「……分かった」

そうしてまふゆはえむに背を向けスマートフォンを取り出す。

「早く笑える様になってね……静かすぎるのも、好きじゃないから」

「うん……ありがとう。心配してくれて……」

「……またね。鳳さん」

(そうだ、笑っていないと。皆を笑顔でいっぱいにするんだって、そう決めて、そうしようとして、ステージで踊って、歌って、笑顔をそこに……)

「……」

(そして、曲を作ったんだ)

「えむ」

「なぁに? ミクちゃん」

「えむはとても、素敵な心を持ってる」

「え?」

「私は、えむのおかげで歌えているから……確かにここは、まふゆの思いで出来た世界かもしれない、けどこの世界が生まれるずっと前からえむは私と歌を歌っていた……だから、ありがとう」

「ありがとう……?」

「まふゆも、えむが歌わせてくれた私の歌声に何か感じているんだと思う」

「そっか、朝比奈先輩も私が作った歌。聞いた事があるんだ」

「だから、やっぱり……あの子も、えむの事をあの子なりに心配してるんだと思う」

「そうなのかな……私、朝比奈先輩の事はよく分からないや……」

 えむは床に座り、何もないその静かな世界の空気を吸う。

それは、冷たく、少し心が痛くなる様な空気だった。

「♪―――――♪ ♪~~~♪」

「あっ、その歌……」

「ふふ。これは、えむが作ってくれた曲だよね」

「うん……」

 (その歌を作った日、私はお兄ちゃん達と喧嘩をした。アトラクションを取り壊さないでって、ステージを残してって、沢山お願いして、断られて、納得いかなくて、何度も何度も聞いているうちに喧嘩になって)

(その想いを、そのまま歌にした)

「素敵な歌だと、思うよ」

「うん……」

(また、曲を作ろうかな)

 

~まふゆの部屋~

 

「ごめん。遅れた」

「あっ、雪ー! 急にいなくなるから、心配したじゃん!」

「ごめん……ちょっと気になる事があって」

「え? 雪が何か気にしてるの?」

「えななんーその言い方酷くなーい?」

「あっ、ごめん。珍しすぎて」

「それで、雪。どうしたの?」

「鳳さんが、笑ってないなって」

「「「え?」」」

 

~絵名の部屋~

~奏・まふゆ・ログアウト後~

 

「ねぇ、Amiaまだ起きてる?」

「起きてるよー! どうしたの?」

「いや、ちょっと雪の言ってた事が気になって……Mが最近笑ってないって言う」

「あーあれね。ボクもちょっと、気になってたけど……」

「あの子、いつも通りだったよね?」

「いつも通りに見えたけど……でも」

(誰にだって、人に言えない事。言いたくない事はある。えむはもしかすると、それを抱えて、一人で悩んでいるのかも……)

「隠すのが上手なんだろうね……自分の、辛さを」

「え?」

「ううん。なんでもない……」

(こういう時は、いつもなら遊びに行こうって、前までは言えてたんだけどなぁーなんだか、それを言うのも、ちょっと……)

「ねぇ、Amia?」

「ん? 何?」

「今度、MとAmiaと私の三人で遊びに行かない?」

「あっ、それいいねぇ~! 久しぶりに三人で遊びに行こっか!」

 

~えむの部屋~

 

(結局、戻ってきちゃった……もうちょっと、曲を作ったら、またセカイに戻ろうかな……あそこは静かで、落ち着くし)

そんな風に思うえむが一人でいる部屋のドアが叩かれる。

「ん? はーい!」

部屋に入って来たのは、えむの姉だった。

「ねぇ、えむ」

「何? お姉ちゃん」

「その、ごめんなさい……」

「え?」

「私が最初に諦めたから、こんな事になって……それを謝りたくて……今更かもしれないけど」

それ以上の言葉をえむは聞きたくなかった。

「お姉ちゃんは何も悪くないのっ! 私がもっともっと、お兄ちゃん達が良いって言ってくれるくらい、お客さんを笑顔でいーっぱいにできなかったのが悪いの、だから!」

「ほんとうに、ごめんなさい……」

そう言って、姉はえむを抱きしめる。

「ほんとうは、えむにそんな事言わせたくないのに……ほんとうにごめんね……」

「謝らないでよ……」

「え?」

えむの声は、静かで暗い部屋に落ちる。

「お姉ちゃん、わんだほーいっ! だよ?」

その声には元気がなく、ただただ暗らく重い声だった。

「え?」

「大丈夫。何も心配しないで、お姉ちゃん!」

「えむ……」

「ほら、お姉ちゃん! わんだほーいっ!」

その言葉は静かに床に落ちて、誰にも届かない。

そして、またえむの心に傷をつける。

 



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【いつも笑顔でいたいから】

~スクランブル交差点~

 

「おーい! えむー!」

「あっ、瑞希ちゃん! 絵名ちゃん! わんだほーいっ!」

「えむちゃん、わんだほーいっ!」

「ちょっと、それ恥ずかしいんだけど……しかも、こんな街中で……」

「絵名ちゃんもわんだほーいっ!」

「絵名―? ほら、わんだほーいっ!」

「あーもう! はいはい、わんだほいわんだほい……ていうかそれ、えむがやると可愛いけど、瑞希がやるとなんか腹立つんだけど」

「えー! 絵名ひどーい」

 

~ショッピングモール~

 

「新しい絵の具?」

「ちょっと作るのが難しい色があってね。買った方がはやいと思って」

「絵名、最近ずっと言ってるよね~あの色がほしいとか、この色が足りないとか、デジタルならこうするのに~って」

「うるさいわね、仕方ないでしょ。色が足りないんだから」

「コンクールの絵って、デジタルじゃダメなの?」

「まぁ、デジタルで受け付けてる所もあるよ? でも、なんていうか、アナログの方が味があるって言うか」

「絵名ってば、そういう所気にするよね~いっそ、ニーゴのMVもアナログにする?」

「それ、どうやって作るのよ」

「絵名がキャンバスで絵を描いて、ボクがそれを手で回すとか?」

「いや、現実的じゃないでしょそれ、どう考えても無理でしょ」

「わ~! それ楽しそ~!」

「えっ、ちょっとえむ!?」

 

~センター街~

 

「うわぁ~! この服えむに似合いそう~! あっ、このアクセもっ!」

「ちょっと瑞希、えむに色々重ねて遊ばないの!」

「えへへ~瑞希ちゃん、私に似合う服沢山見つけてくれるから、すっごく嬉しい~!」

「個人的には、えむにはゴシック系の服を着てほしいんだよね~そういう服着てるとこ、見た事ないからさ!

「あっ確かに、絶対似合うと思う」

「だよねだよね! ていうか、絵名もえむにいろんな服着せたいんじゃん……」

「いいでしょ別に、瑞希みたいにあれやこれやじゃなくて、私はちゃんと似合いそうなの選んでるから」

「とか言って、ほんとは自撮りの時に着たらバズリそうな服探してるんじゃないの~?」

「あのね、私がいつもいつも、自撮りの事ばっかり考えてると思わないでくれる?」

「二人とも、仲良しだよね~」

「どこをどう見たら、仲良く見えるのよ」

「え~ボクと絵名、結構仲良しだと思ってたのに~残念」

「は?」

「私も、絵名ちゃんと瑞希ちゃんはすっごく仲良しだと思うのになぁ~残念」

「なにこの状況。私、肯定しかできない状況じゃん」

「でも、仲良しでしょ~? ボク達」

「はいはい、仲良し仲良し」

 

~カフェ~

 

「瑞希ちゃんっ! 絵名ちゃんっ! ありがとうね。おかげで、いつもは着れない様な服が買えたよっ!」

「そう。良かった」

「うんうん。えむが好きな服が見つかって良かった~!」

机の上に、注文したドリンクとサンドイッチが並んだ時、絵名は心を決める。

「ねぇ、えむ。何か悩んでるでしょ?」

「え? ちょっと、絵名っ!」

ストレートに、絵名は聞いた。

「え? 悩んでる?」

「あーえっと、ごめんね……その……」

瑞希は必死にカバーしようとする。

「私、こういうの嫌いなの。ぐちゃぐちゃ悩んで、分からなくなって、そういうの嫌なの」

けど、絵名はストレートに言い続ける。

「絵名ちゃん、急にどうしたの?」

「昨日まふゆが言ってたの『鳳さんが、笑ってないなって』だから」

けれど、それは絵名の本心だった。

「正直、そんな事考えもしなかった……でも、あいつがそこまで言うのが、気になって……あーもう! イライラするの! こういうの!」

「まぁまぁ、絵名。落ち着いて~」

「ぁ……うん……そうだね」

「えむ?」

「う~わんだほーいっ!」

「え?」

「大丈夫だよ。絵名ちゃん! 瑞希ちゃん!」

「「……」」

「ごめんね、心配かけて。本当に、大丈夫だから」

(こんな大きな事、言えない。それに言った所で、迷惑になるだけだから……)

「ねぇ、えむ……隠したい事があるんだよね、きっと……それもボク達に言うのが不安な事」

「瑞希?」

「だったら、ボクはそれを無理に聞こうなんてしない。それを言って、えむがここにいづらくなるなら、尚更」

「ちょっと、瑞希それじゃぁ……」

「……ありがとう。瑞希ちゃん」

「正直、えむが笑ってないのは、調子狂うけど。でも、誰にだって笑えない時くらいあるよ……そうでしょ? 絵名」

「うっ、うん……」

「……」

「でも、ボク達にも出来る事はあると思うの! だから、えむが困って、本当にどうしようもなくなったら、言ってよ! ボク達はボク達の出来る事を全力でするからさ!」

(瑞希……? そうだ、瑞希にも何かがあるんだ……あーもう! えむも瑞希も、みんな隠して、何も話してくれなくて! あーもう! イライラする!)

「それより、このサンドイッチ、美味しいよ! ほら、食べてみて」

「ん~! ほんとだ、美味しい~!」

「……私、パンケーキ注文しようかな」

「絵名~そんなに食べたら太るよ~?」

「今日はいいの、もう太ってもいいからいっぱい食べてやる!」

「まさか、あの絵名が太る事を気にしないなんて……」

「絵名ちゃんもしかして……もしかして、何か嫌な事が……!? ダメだよ~ストレス発散に暴飲暴食はダメダメ~!」

「あーもう! 2人ともパンケーキ一つくらいでうるさい!」

 

~スクランブル交差点~

 

「瑞希ちゃんも、絵名ちゃんも、今日はありがとうねっ! すっごく、すっごく楽しかったっ!」

「また遊ぼう、えむ」

「そうね。私も、美味しいパンケーキのお店を見つけられたし、えむの服のセンスも分かったし、すごく楽しかったよ」

「それじゃあまたね~!」

「ばいばい~!」

「またね」

えむはだんだんと、二人の方から離れて行き人混みの中へと消えていく。

瑞希と絵名だけが、スクランブル交差点に残る。

「それで、結局何も分からなかったんだけど?」

「あーごめんごめん。ボクが余計な事言ったからだよね……」

「いや、素直に謝られると……でも、瑞希のせいじゃない。無理に聞こうとした私も悪い……けど、イライラするのよ! ああいう隠し事されると!」

「もぉ、絵名ってば面倒見良いよね~」

「……」

「ねぇ、瑞希?」

「ん? 何?」

「いや、えっと……」

(今日は、やめとこう。今日聞いても、良い事にならない気がする)

「なんでもない……」

「ねぇ、絵名。この後どうするの?」

「今日は特にする事もないし……一緒にご飯でも食べに行く?」

「あっ、行く~! いつものファミレスでいい?」

「うん。いいよ」

 

~宮益坂~

 

「あら、鳳さん? こんな時間に珍しい」

「あっ! 櫻子ちゃん! 今お友達と遊んだ帰りなんだー! 櫻子ちゃんは?」

「私はその……練習の帰りですわ、結局初公演が今度の休みに決まって……そうだ、鳳さん。もし、鳳さんがよければ、ぜひその公演を見に来てください」

「櫻子ちゃんの初公演!? うんっ! 絶対に行くねっ!」

「これ、チケットなんですけど。ご友人にお配りする様にと渡されまして」

「そうなんだ~ありがとねっ!」

「なんだか、見た事ないような演出が沢山あって、きっと面白いのでぜひ来てください!」

「見た事のない様な演出……? わぁー! それって、すっごく、すっごく楽しそー!」

「ええ、とても楽しいですよ! ……では、私はこれで。鳳さんも、日が沈み始めましたから、気を付けてくださいね」

「うんっ! ありがとね、櫻子ちゃん!」

(これで、鳳さんが少しでも元気になってくれたら……鳳さんが、また私とステージに立ちたいと言ってくだされば、私がお願いさえすれば、きっとあの方々は歓迎してくれるはず……)

「よーし! 絶対ショーを成功させますわー!」

 封筒に入ったチケット、それを持ってえむは立ち尽くす。

「新しい遊園地……ここからも遠くはないから、きっとフェニックスワンダーランドに来てくれた子達も、みんなそっちに行っちゃったんだろうなぁ……」

(なんだか寂しいなぁ、昔はフェニックスワンダーランドが、みんなの遊園地で、みんながあそこに集まって、みんなが笑顔になっていたのに)

「せっかく櫻子ちゃんが誘ってくれたんだし、それに……」

(最近ずっと、わくわくして、キラキラして、ドキドキして、笑顔になれる様なショーを見てない気がする……)

「よーし! わんだほーいっ! ぜーったい、櫻子ちゃんのショーを見に行くぞぉー!」

 そう言って、えむも家の方へと足を向けて歩き出す。

まだいつも通りの笑顔にはなれないけれど、瑞希や絵名、そして櫻子のおかげで家族やニーゴのメンバー達の前では笑顔でいられそうだった。

 



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【私と違うステージ】

~隣町の遊園地~

 

「うわぁ~! すご~い! きらきらしてる~!」

フェニックスワンダーランドよりも小さな遊園地、アトラクションもあまりない。

けれど、とても賑やかで、きらきらしていて、それに笑顔で溢れていた。

「ステージは……わっ、ここにあるんだねっ!」

遊園地の中央に大きなステージが一つ、そこがこの遊園地にある唯一のステージだった。

しかし、まだまだステージやアトラクションは増える様で、工事をしている場所などは沢山あった。

 えむはそこへ向かう途中で見つけたポップコーンを一つ買う。

そのポップコーンの入ったケースは、この遊園地のマスコットを使った物だろうか。

「こういうの、今のフェニックスワンダーランドにはないなぁ……昔は、フェニーくんやポチ公くんのぬいぐるみがあったり、ジュースカップがあったりしたのになぁ……」

(……っ!)

「寂しくなっちゃダメダメ……今日はきらきらで笑顔い~っぱい! の、ステージを見るんだから!」

 老若男女、それはもうほんとうに様々な人がこの場所にいて、笑顔になっていた。

(みんな笑ってる。みんな楽しそう……もう、フェニックスワンダーランドでこんな笑顔を見る事は、二度とないのかな)

「……」

(お兄ちゃん達のやり方は間違ってない。実際、高校生や大学生くらいの人は増えてきた……けど、その人達は写真を撮ったりするばかりで……ううん、それも間違ってない。笑顔の思い出を、写真に撮って残すのは良い事だけど……)

「キャラメル味のポップコーン……んっ~おいしいっ!」

 回るメリーゴーランド、優しいジェットコースター、大きな観覧車、風船やぬいぐるみを持った子供達。

それと、絶叫系のアトラクションや、ホラー系、甘いスイーツ。あちこちに置かれたベンチ、遊園地を囲む緑。

色々な人達に好かれようと、ほんとうにそう考えて作っているのだろう。

(笑顔でいっぱいの場所……確かに、フェニックスワンダーランドは子供が少なくなった。けど、その代わりに高校生くらいの子が増えて……だから、お兄ちゃん達にとっては、なんの問題もなくて、むしろそれが良い事で……)

『……ここはもう、私が大好きだったあの頃のフェニックスワンダーランドでは、ありませんから……』

(櫻子ちゃんが言ってた事は間違ってない。離れていったのも、仕方がない……)

「……ほんとうに、変わっちゃったんだ……」

 まだショーが始まるまで十分以上あると言うのに、客席の半分以上は埋まっていた。

なんとかえむは、最前列の中央にある席を確保し、座る事ができた。

 最近できたばかりの遊園地、そして初めてのショー、という事もあり遊園地側は大々的に宣伝をしていた様だった。

その効果もあってか、次第に立ち見客も出てくる。

 その野外ステージは、豪華なステージとはとても言えなかった。

けれど、広いステージで、色々な世界になれそうで、えむは自然とワンダーステージを思い出してしまう。

 時間になると大きな音が一つ鳴り、プロローグが語られ始める。

「むかし、むかし、あるところに一人の王子がいました……」

そして、ショーが始まった。

 そのショーは、えむが今まで見てきたショーとは少し違ったものだった。

櫻子の美しく、綺麗な歌声や凛々しい演技、ステージ上で輝く見た事のない様な数のロボットたち、見た事のない、とてもインパクトのある派手な演出、綺麗な歌を歌うロボットの女の子、自信に溢れた王子様

(……すごい……楽しそう……みんな、きらきらしてる……それに、客席にいるお客さん達、みんな笑顔になってる……!)

 そのどれもが観客の目を引いた。

どれもが客を魅了し、どれもが客を笑顔にした。

(……こんなショーを……)

「このドラゴンめ! 中々手強いな……! 仕方ない、こうなったら、ネネーの歌で眠らせるしかないな!」

(私も……こんな……)

「なんですのその歌は……あら、だんだん体から力が抜けて……」

(こんな……ショーを……)

「ハーッハッハッハッハッハッ!!! よーし! 歌の力はやはり絶大だな!」

(ショーを……みんなが笑顔になれる様な……そんな……)

「うぅ……そんな、そんな……この私が、ロボットの歌に負けるなんて……」

(こんな、ショーを……)

「本日は、本当にありがとうございました……!」

(こんなショーを、一度でいいからしてみたかったな……)

「「「「ありがとうございました!」」」」

 ショーが終わると、えむは自然と涙を流していた。

けれどそんな涙を観客の歓声でかき消して、そして観客の中で一番大きい拍手をする。

「すごいなぁ……みーんな笑顔のステージだ……」

 ショーが終わり、ステージの上からキャストがいなくなると客席に居た人達は園内の何処かへ歩いて行く。

しかし、えむだけはまだ客席に座って、ついさっきまで、きらきらと輝いていた舞台を見る。

「鳳さん!!」

そんなえむの元へ、近づいてくる少女がいる。

「あっ! 櫻子ちゃん! お疲れ様~!」

青龍院櫻子だ。

「ほんとうに見に来てくれたんですね! それも、一番始めの舞台を」

「うんっ! 櫻子ちゃん、すっごくカッコよかったよ~! キラキラお姫様~! って感じだった!」

「お姫様だなんてそんな……」

「演出も凄かったね~! ロボットさんがお歌を歌うのもビックリしちゃった~」

「自称スターの座長が、全員集めてくれたんです……まぁ、見ての通りキャストは本当に少ないんですけどね」

「でも、凄かったっ! こんなショー見た事なかったもんっ!」

(良かった……鳳さんが笑ってくれてる……ワンダーステージの取り壊しが決まってから、あまり笑う事もなかったですし、なんだか空元気に見えていましたけど……)

「でも、楽しんでもらえたみたいで良かったです」

「うんっ! すっごく楽しかったよ、櫻子ちゃん!」

「あぁちょっと、こんなところで抱き着かないでもらえます?」

「えへへ~ありがとうの、ぎゅ~だよ~」

「ほんとうに、ありがとうございます……鳳さん」

櫻子はえむの頭を優しく撫でた。

櫻子の瞳には、えむの眩しいくらいの笑顔が映る。

 櫻子に手を振って、えむは観覧車の方へと歩いてく。

櫻子もえむに手を振り返し、その姿が見えなくなるまで楽屋には戻らなかった。

 

~観覧車~

 

えむが向かった観覧車はステージのすぐ近くにあった。 

 ショーが終わった後の感傷に浸りながら、えむは最後に観覧車に乗る  。

そこから見えたのは、沢山の笑顔と、綺麗な景色と。

(……)

「私が見たかったのは、きっとこんな景色なのかな……」

 観覧車の中からは、丁度あのステージが見えた。

ステージは緑に囲まれた場所にあって、既に次のステージを待つ観客達で客席が埋まっていた。

「どうして……こうならなかったのかな……」

 守りたかった場所、守るべき場所、笑顔にしたかった場所、笑顔があってほしかった場所。

「もうダメなんだ……みんな、フェニックスワンダーランドじゃ笑顔になれない……もう、必要ないのかな……おじいちゃんの遊園地なんて、誰も……誰も見てないのかな……」

(沢山お願いしたけどどうにもならなかった。採算がとれるようにすればいいなら、いっぱいお客さんを呼ぶよって言って、沢山提案したけど。取り壊して新しい物を立てた方が、そこでちまちまショーをするよりも、採算がとれるって……)

「分かってるよ……ステージを大切にして、遊園地そのものがなくなったら意味がないって……分かってるよ……分かってるよ!」

 また、えむは涙を流してしまう。

綺麗な景色とは裏腹に、現実は残酷だった。

 

~隣町の遊園地~

 

 観覧車を降りると、次はジュースを買って園内を見て回る。

お化け屋敷、着ぐるみのショー、コーヒーカップがぐるぐる回って。

(……っ)

ずっとここにいる事はできないと、えむはすぐに思った。

みんなが笑顔で楽しいはずなのに、なんだか胸が苦しくて仕方がないから。

 夕暮れ時、えむは風船を一つ持って、遊園地を出る。

(やっぱり、夕暮れは嫌いだなぁ……寂しくなっちゃう……)

 えむの後ろにある遊園地からは、まだ楽しそうな声が聞こえる。

笑い声、笑顔が、目に浮かぶ。

(昔のフェニックスワンダーランドも、ずっとこんな感じだったのに……)

 帰り道、えむの心に寂しさが積み重なった。

それはどうしようもない重りとなって、えむを苦しめる。

(大丈夫……まだできる事はまだあるはず……笑顔で、わんだほいっ! だよね……おじいちゃん……)

 

~鳳家リビング~

 

「……なぁ、えむ大事な話があるんだ」

それは夕食中の事だった。

「なに? お兄ちゃん」

「……ワンダーステージの解体日が決まった」

「え?」

「来週の日曜日から、工事がはじまる」

「……そっか」

「ほんとうにすまない……」

「え? あっ……うん……ごめんね……」

(なんでだろう、嫌なはずなのに、やめてって言いたいのに、もう……そんな事を言う気にもなれないや……)

「私、部屋に帰るね……」

「あっ、えむ……」

 

~えむの部屋~

~ナイトコード~

 

「……ねぇ、みんな。ちょっといい?」

「どうしたの? M」

「あの、来週の土曜日……みんなで遊園地に行きたいんだ。フェニックスワンダーランドに」

「ボクは全然いいけど……」

「私もいいよ……で、雪とKは?」

「私は、Kが行くなら行く。Kは?」

「私は……」

「あっ、その……みんなで、遊ぼうって訳じゃなくて、ショーを見てほしいんだ」

「ショー?」

「うんっ! ショーを……ダメかな」

「……分かった。私も行く、スクランブル交差点集合で良い?」

「うんっ! ありがとう」

「Kが行くなら、私も行く」

「じゃー久しぶりにみんなで遊べるね!」

「ちょっと、Amia。夜なんだから静かにして」

「やった~! みんなで遊園地だ~! わんだほーい!」

「ちょっと! Mも静かにして……って、言いたいけど。まぁ、この子はいつも通りか……」

「ちょっとえななん、ボクの時と反応違くない!?」

「私はいつもAmiaに対してこんな態度でしょ?」

「それはそれで、酷い様な……」

(もう、誰も私のショーを見てくれない。誰も、私のショーじゃ笑顔になれない……なら最後に、大切な人達だけは、私のショーで笑顔になってほしいな……)



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【この、ステージで】

~スクランブル交差点~

 

「みんな~こっち!」

「えむ~! わんだほーい!」

「わんだほーい! だよ、瑞希ちゃん!」

「だからそれ、恥ずかしいからやめて……」

「鳳さんは今日も元気だね」

「やっぱり、ナイトコードの時よりも元気だよね。鳳さん」

 

~フェニックスワンダーランド~

 

「やっぱりいつ来ても賑やかだねぇ、ここは」

「でも、ちょっといつもと違くない?」

「……ブルーシートが掛かってる物が多い」

「だね……なんだか、寂しい感じがする」

「ぁ……あのね、今フェニックスワンダーランドは、沢山改修をしててね……それで、沢山のアトラクションがなくなっちゃうんだ……」

(えむ?)

 絵名だけは、感じとった。

えむの、作り笑いを。

「でもでも、その変わりに新しいものが沢山できるから、楽しみにしててねっ! みんなっ!」

 

~ワンダーステージ~

 

 ジュースとポップコーンを購入し、四人はえむに案内されるままワンダーステージの方へと入っていく。

途中で見つけた立ち入り禁止テープなどの事は気になりつつも、誰もえむに聞く事はなかった。

 たった一つだけのベンチが客席側の中央に置かれていた。

そこに、四人は座る。

「ここは、みんなが笑顔になれるワンダーステージ! そこに一人のお姫様がいました~」

四人が座って、瑞希と絵名がポップコーンの味について話を初めた頃、そんな声がスピーカーの方から聞こえる。

「素敵な国だなぁ……美味しいお菓子と笑顔がいーっぱい!」

 ステージ中央に一人の少女が現れる。

鳳えむだ。

「そのお姫様はみんなから好かれる人気者だったので、嫌な風に思う人も出てきました」

 そして、ショーが始まる。

鳳えむは一人でショーを始めた。

沢山の役を一人でこなし、あっちこっちへ舞台上で動く。

「お姫様は深く傷つき、悲しみました」

 ちょっとしたお芝居。一人芝居。

「うーん。どうすればいいのか分からないよぉ~!」

派手な演出も、舞台装置もない、全てが鳳えむ一人の力で行われるステージ。

「大丈夫だよ、お姫様!」

 (舞台からは、きらきらした景色が見えた。昔は、ずっとこんな夢を見ていた気がする)

「お姫様がなやんでいる原因は、この私が退治してあげましょう!」

(ショーの最中も、ずっときらきらした笑顔が見えて、終われば沢山の人が楽しかったって、言ってくれて)

「ぐぬぬぬぬぬぬ……こうなったら、私の歌の力でっ!」

(いつもより声が良く出る……でもなんでかな、ちょっと震えて、声は出るけど、音程が……)

「よーし! 弱っているうちに!」

(歌の練習も、ダンスの練習も、歌の練習も、演出も、衣装も、全部、全部、一人でやって、ずっとここを笑顔でいっぱいにするんだって……ここを守るんだって……ずっと!)

「こうして、お姫様を悩ませた悪い物を、王子様は退治したのでした~」

(そして、ショーが終われば……いつも……)

 静かになったワンダーステージに拍手が響く。

「今日は、ありがとうございましたっ!」

(笑顔で、いっぱいになって……ここは、笑顔いっぱいのワンダーランド、笑顔いっぱいのワンダーステージ……)

「どうだった? どうだった!?」

 そう言いながら、えむはステージを降りて観客席に座る四人の方へと走っていく。

(やっぱりえむ、何か隠してる……言えないのかな……私には、言ってくれないのかな……力になってあげたいのに……)

(そっか……何も言わないって、選択をしたんだね……人に話せない事、話したくない事は誰にでもあるし……これで、いいんじゃないかな……)

(えむ、少し泣いてる……? そっか私、ずっと気づかなくて……私はまた、救えなかったのかな……)

(……)

 舞台を降り、一番初めにえむの所に来たのは瑞希だった。

「えむ! 凄く良かったよ!」

「ほんとー!? 笑顔になれたー!?」

「なれた、なれた。ほら、笑顔でしょ?」

「あーもう。瑞希、そんな風に絡んでいかないの……はい、えむ。お水……息上がってるよ? ちゃんと、飲んで」

「絵名ちゃん! ありがとぉ!」

「あっちょっと、急に抱き着かないでよね」

「……まふゆ?」

 えむに走って向かいはしなかったものの、笑みを浮かべていた奏。

しかし奏は一つの、異変に気付く。

「まふゆ? どうかした?」

「……」

奏の隣に座っていたまふゆの元へ、えむが走ってくる。

「朝比奈先輩っ!」

元気よく、勢いよく。

「ねぇ、どうだった!? 笑顔になれた!?」

そう聞かれた時の、朝比奈まふゆの答えは一つだった。

「笑顔になんてなれなかった」

そう言って、空気を凍り付かせた。

「え?」

「……笑顔になんてなれる訳ない……だって」

「ちょっと、まふゆ!?」

絵名の必死の呼びかけにも答えず、まふゆは言う。

「だって、鳳さんが笑ってないから」

「……!」

えむは、まふゆの手を握ったまま固まってしまう。

「ちょっと、まふゆ……」

「鳳さんは、みんなを笑顔にしたいんだよね?」

「うん……」

「ふふ。そんなの無理だよ……だって、鳳さんが心の底から笑えていないから」

「朝比奈先輩……?」

「奏と同じものを感じた……だから、言う」

「私と同じ?」

「奏はみんなを救おうとしてる。えむはみんなを笑顔にしようとしてる……そこが似てる」

「あっ……」

「えむは、何かあるんでしょ? 今、笑顔になれない理由が」

(こんなに話をしてくれる朝比奈先輩、初めててだ……)

「うん……」

「言えないの?」

「ちょっとまふゆ! そんな高圧的に聞かなくてもいいでしょ!」

「うるさい……」

「え?」

「あっ、えっと言えない訳じゃないの……」

そう言うと、えむは沢山空気を吸って、心を落ち着かせ、涙をこらえる。

「……実はね、このステージ壊されちゃうんだ。私、頑張ったんだよ? 色々提案して、何とかしようって、ここを笑顔でいっぱいのワンダーステージにしようって……でも、ダメだった……だから、最後にショーがしたいなって……最後に、ニーゴのみんなに笑顔になってほしいなって……そう思って、ショーをしたの……」

(あれ、おかしいな。私、笑ってるはずなのに……)

「ごめんねみんな……どうしてかな……っ……ちょっと、苦しい……」

 えむの目から涙が自然と溢れ出して止まらない。

体から力が抜け、崩れ落ち、床ぺたんと座り、抑えられなくなった涙を衣装の袖で拭いてしまう。

「鳳さん」

そんなえむにまふゆは自ら近づく。

「失ったものは戻ってこない……だから、諦めて。別のものを探さなきゃいけない……と思う」

「え?」

「ワンダーステージに思い入れがあるのかもしれない、けどそれはもう無くなってしまう……なら、別の場所で鳳さんは誰かを笑顔にすればいいと思う」

(どうしてだろう、自然と言葉が流れて、鳳さんの方へ向かっていく)

「ひどいです……朝比奈先輩はひどいです……」

えむは、ただ泣く事しかできなかった。

「大切なものがなくなって、泣いている子がいるのに……その子を笑顔にせずに、泣かせるなんて……」

「……? 私は、鳳さんには笑っていてほしいよ? 鳳さんが笑っていないと、少し調子が狂うから……だから、提案してるの。別の場所で笑顔にすればって、笑顔になればって」

「……別の場所じゃダメなのっ! ここじゃなきゃ……ここじゃなきゃ……」

「なら、またここを作ったら?」

「え?」

「それくらい、鳳さんにならできるでしょ?」

「それは……ここなの?」

「私には分からない……でも、同じものなんでいくらでもある。いくらでも作れる」

(自然に言葉が流れていく……まるで私の言葉じゃないみたい……)

「だから鳳さん。笑ってよ? 今だけは」

「もぉ……朝比奈先輩は自分勝手ですね……ここじゃなくてもいいとか、ここと同じステージをまた作ればいいとか……」

「……そうかな、でも今更どうしようもないでしょ?」

「……そうですね。なら、最後に……ほら、朝比奈先輩っ!」

えむは涙を拭き、一度その目で、その瞳で、目の前にいるまふゆを見る。

「……わんだほーい!」

「……?」

「ほらっ! 朝比奈先輩もわんだほーいっ!」

「わんだほーい……?」

(どうしようもない……もう、どうする事もできない……そんな事分かってる……朝比奈先輩の言う事は間違ってない事くらい分かってる……)

「朝比奈先輩、ありがとうございます……ちょっと、元気がでました」

「そう……っ……」

「まふゆ?」

「ごめん、ちょっと頭痛い……」

「いつも以上に感情的だったからね。まふゆ」

「そうだね~でも、まふゆがここまで言うなんて、ほんと珍しいよねぇ」

「私にもよくわからない……ただ自然と言葉がでてきて……うぅ、頭痛い……」

「えへへ……朝比奈先輩、ありがとうございますっ!」

「……ありがとう?」

「はいっ! ありがとうございます……ちょっとだけ、前を向けそうです!」

「……そう……頭痛い」

「あぁ、まふゆ。ちょっと座ってて、絵名お水買いに行こう」

「え? 私も……分かった……」

「じゃーまずは、またここで一緒にショーをしてくれる人を探さないと!」

「一緒にショーをしてくれる人?」

「もう、ここは私の居場所じゃないから……だから、友達がしてるショーに参加できる様にお願いしてみようかなっ!」

「そう」

「鳳さんが前向きに考えられるなら、良かった」

 

~誰もいないセカイ~

 

「まふゆの強い想いが強く伝わってくる……まふゆがこんなに感情的になるなんて……そっか、まふゆも大切に思っているんだね。みんなの事を……」

 



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【失う私が、向かうセカイ】

~隣町の遊園地~

 

「おや、青龍院くん? どうしたんだい?」

「……あぁ、神代さん……その、私のお友達の事が少し心配で」

「お友達が心配?」

「えぇ彼女、最近大切なステージが壊されてしまったみたいで、精神的に落ち込んでいるのにも関わらず、色々なショーのオーディションを受けているんですけど……それに、ここでもショーをしたいと、特別にオーディションをしてほしいと言われていて……でも、私やっぱり心配なんです。大切な物を失ったのに……それなのに、別の場所でショーをするのは、とても耐えられるものではないのではと、思いまして……」

「なるほどなるほど……」

(青龍院くんのご友人、それもショーに対して想いがある子……)

「なら、青龍院くん」

「……?」

「オーディショーをする。というのはどうかな?」

「オーディショー? なんですか? それ」

「ふふ、それは勿論。ショーだよ」

「ショー?」

「さて、後で司くんや寧々に相談をしよう」

「……? 全く、何を考えているのやら」

 

~隣町の遊園地~

~数日後~

 

「オーディション♪ オーディション♪ うきうきわくわく、わんだほーいっ!」

 えむがオーディションを受ける為に、今日一日だけ特別にステージは貸し切り状態。

 舞台袖、えむはパイプ椅子に座って名前が呼ばれるのを待つ。

「それじゃあ、鳳くん。来てくれるかな?」

「はーいっ!」

そして名前を呼ばれると、元気よくえむは舞台袖からステージ中央へと歩いてく。

 ステージ中央から客席を見ると、客席の方に一人の女の子、二人の男の子、そして一人のロボットの女の子がいた。

「それじゃあ、自己紹介をしてもらおうか」

「はいっ!」

えむは元気よく返事をし、息を吸う。そして。

「……フェニックスの様に何度でも蘇り!」

「……?」

「そして、みーんなを笑顔する! それが、鳳えむです! さぁ、みんなも一緒にわんだほーいっ!」

「……?」

「どうか、みんなを笑顔にする鳳えむ、鳳えむをよろしくお願いしますっ!」

「なんか、選挙演説みたいなんだけど……」

「フェニックスの様に蘇る……だと!? それは、まさしくこのスターを……いや、フェニックスは、俺より目立つのでは……!?」

「ふふっ、面白そうな子だね……」

(ショーに対して、熱のある子の様だ……流石、青龍院くんのご友人という所かな)

(なんだか変わってる子……だけどまぁ、今更って感じもする)

(この、スターと共に舞台をするにふさわしい人材に思えるぞ、しかしフェニックスは俺より目立つのでは……? この、スターの俺よりも目立つのは……いやしかし……)

(鳳さん。この前顔を見た時よりも、元気そうで良かったです)

「……では、鳳くん。早速で悪いが、ショーをしようか」

「ショー?」

「ああ、それも今からだ」

「ちょっと、類。そんないきなり」

そんな寧々の言葉も虚しく、えむは元気よく言う。

「もちろんっ!」

「え?」

「もちろんできるよ! それで、どんなショーをするの~!」

(鳳さん、元気そうでよかった……それになんだか、楽しそう)

「そうだね。なら、ここは誰でも知っている様なショーを……」

「いや、ここは! この俺を主役にした、スターの俺にふさわしいショーをするぞ!」

「スター!? スターなの!?」

「あぁ、違う。こいつ、自称スターだから」

「自称ではない! せめて未来のスターと呼べ!」

「キラキラお星さまなんだねぇ~! すっごく楽しそう!」

「そうだろ、そうだろ! ショーはとても楽しいものだっ! そう、このスターを主役とするショーは例外なくなっ!」

 

~えむの部屋~

~ナイトコード~

 

「そっか……じゃあMはそこでショーをする事になったんだ」

「うんっ! これから、お客さんみんなを笑顔でいーっぱいにするんだっ!」

「そう、良かったね」

「ちょっと、あんたがきっかけを作ったのよ? もうちょっと喜んであげなさいよ」

「どうして?」

「どうしてって……あんたねぇ」

「まぁまぁ、えななん落ち着いて……でも、本当に良かった。Mがまたショーをする事になって」

「うんっ!」

「それで、その……あの、M」

「どうしたの? Kちゃん?」

「その、ニーゴを……辞めたりしたいよね?」

「……?」

「いや、その……もう、ここに来る時間はないんじゃないかなって……」

そんなKの不安を、えむはかき消したい。

「Kちゃん!」

「え?」

「それは心配しないでっ! 私はずっとここにいるからっ!」

「えっ……?」

「私! みーんなを笑顔にするんだ! ニーゴの歌で!」

「そう……ありがとう。M」

「よかった~Mがいないと、雪の歌詞の良さが、活ききらないからねぇ~」

「それに、私……雪ちゃんの笑顔をまだ見れてないから!」

「え? 私の……笑顔?」

「この前、少しだけ笑ってくれた気もするけど……でも、もっと雪ちゃんには笑ってほしいからっ!」

「……そう」

「ちょっと、あんたそれしか言えないの!? ここまで、後輩の子が思ってくれてるのよ?」

「……好きにすればいい……」

「あーもう! 素直にありがとうとか一緒に頑張ろうとか言えない訳っ!?」

「まぁまぁ、えななん落ち着いて……」

「……」

「あれ、雪?」

「……」

「雪、どうしたんだろう……急にミュートにして」

 

~まふゆの部屋~

 

(どうしてだろう……えむの笑顔が、まるでえむが目の前にいるみたいに浮かんでくる)

「まふゆ?」

まふゆが手元を見ると、スマーフォンが一瞬光り、そこに初音ミクの姿が映される。

「……なに?」

「その、まふゆが強く感じているみたいだから」

「強く感じてる……?」

「ねぇ、まふゆ……その想いは、大切にすればいいんじゃないかな」

「その……想い?」

「あの子の事を、大切に思っている。その想い」

「……よく分からない……でも、鳳さんがまた笑える様になって、良かったと思う……」

「そう」

そんな素っ気無い返事をミクはするけれど、その顔は一瞬笑顔に変わっていた。

「おーい、まふゆ?」

「ごめん。ミク、作業に戻るね」

「うん。またね……」

そう言うと、まふゆはミュートを解除する。

「鳳さん」

そして、突然言う。

「また、鳳さんが笑える様になって、良かった」

そんな言葉は、鳳えむの心に突き刺さる。

「いつか絶対に! 朝比奈先輩にも笑ってもらいますっ!」

 

~ワンダーステージ~

 

 あれから数日経ち、もうここには何もない。

客席の一つ、小道具の一つさえない。

けれど、えむには新しい夢がある。

勿論、沢山の人に笑顔になってもらう事もそうだが、それともう一つ。

「いつか、ここにもう一度ワンダーステージを……みんなが笑顔になれるワンダーランドを作るんだっ!」

(おじいちゃんのワンダーステージはなくなっちゃったけど……でも、同じ物なら作れる。それでいいのかって言われたら、勿論違う。これじゃないって、絶対に言う……けど、私の力が足りなくて守れなかった事実は変わらない……でも、私はわがままを言って、もう一度ここにワンダーステージを作りたい……)

「写真はいっぱいあるから……これを見て再現するぞー! おー!」

(今度は一人じゃなくて、みんなでワンダーステージを、ワンダーランドを作りたいな……ニーゴのみんなと、新しいショーステージのみんなと……作りたいな)

ほんとうにここに作れるかも分からない、もしかしたら違う場所になってしまうかもしれない、それでも、もう一度作る。いつになるかも分からない、けど、どれだけ時間が掛かっても、もう一度ここにステージを、ワンダーステージを作ると、鳳えむは決めた。

「新しくワンダーステージを作ったら、名前はワンダーステージ二号ちゃんかな……ふふふ、なんだか楽しくなってきたなぁ~!」

(また、新しくワンダーステージができたら、もう一度奏ちゃんや絵名ちゃん、瑞希ちゃん、それに朝比奈先輩を呼んでショーをして、みんなに笑顔になってほしいな~)

「それから、それから……」

(今度は、櫻子ちゃんや司くんや類くん、それにネネロボちゃんとも一緒に、ここでショーをしたいなぁ~! 勿論、そのショーはニーゴのみんなにも見てもらうのっ!)

「あれ? 電話?」

そんな風に意気込んでいる時、えむの携帯が鳴る。

「もしもーし……って、朝比奈先輩? どうしました?」

「新曲の歌詞……鳳さんの意見もほしいから」

「え?」

「鳳さんの……鳳さんにしかない、特別な見方で私の歌詞をみてほしいの……納得いかなくて、これじゃ、奏にも違うって言われそうで……だから」

「分かりましたっ! 朝比奈さんっ! どこに行けばいいですか?」

「センター街の方に来て、適当なお店に入って話をしよう」

「分かりましたっ! すぐ向かいます!」

また、こうしてニーゴの皆と曲を作って、別の場所にはなっちゃったけど、そこでショーをして。

「あっ、そう言えば劇団名まだ決めてなかったなぁ……次の練習までに考えておこうっと!」

(ここからもう一度、笑顔でいーっぱいのステージをみんなで作るんだ!)

 



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【不死鳥は歌を歌う】

~誰もいないセカイ~

 

「うん……すごくいい……まふゆの歌詞がいつも以上に活きてる」

「ほんと、凄い……まふゆの感情が、いつも以上に伝わってくる……」

「ねぇ! これれ、ほんとうにえむが調整したんだよね!?」

「うんっ! でもねっ! いつもと違う事が一つあるんだ~なんだと思う?」

「えっと……」

「なんだろ。まふゆが歌った声を加工した……とか?」

「えむはそんな事できない」

「ちょっとあんた。そう言う事言わないの」

「ぶぶー正解はね~」

と言うと、えむはまふゆの方を一瞬見て。

「実はこれ、朝比奈先輩と一緒に作ったんだ!」

そしてまふゆの顔を見てえむは笑い、言った。

「まふゆと……一緒に?」

「そうだよ! 奏ちゃん! だから、凄く伝わってくるでしょ? まふゆの感情が!」

「うん凄い……すごいけど、所々にまふゆの歌詞らしくないのがある」

「確かに、いつもみたいにドロドロぐちゃぐちゃしてない」

「ほんとだ! いつものまふゆらしくない所がある!」

「ねぇ、まふゆ? ここの歌詞はどうしたの?」

えむ以外の全員が、一斉にまふゆの方を見る。

「……えむの感情を入れた……えむの気持ちを入れた……ただ、それだけ」

「えむの感情……?」

「そう。えむと話をして、この歌詞ではどんな事を感じたのかを聞いて、話し合って、使えそうな所は使った。それだけだよ」

「そうなの! まふゆちゃんの家にお泊りしたんだ~! お母さんも歓迎してくれたんだよ~」

「そうだね。私のお母さんも、フェニックスグループの鳳家の子だよって紹介したら、凄く喜んでた」

「ははは……まふゆのお母さんって、そういう人だよねぇ……」

「それでいいわけ……?」

 五人はもう一度、えむが持ってきた曲を聞いた。

「やっぱり私、もう少し曲を手直ししたい」

「え?」

「私も……この曲にあうイラストをもう一度描き直したい」

「絵名ちゃんも?」

「私も、MV修正しようかな~絵名、今日って徹夜できる?」

「うん。できる、一緒にやろう」

 

~朝比奈家リビング~

 

「そういえば、この前遊びに来てくれた鳳さん。とてもいい子だったわねぇー」

「あぁ、そうだな」

「まふゆもいいお友達を作ったわね」

「ありがとう。お母さん」

「また、連れてくるのよ? あの子は家柄もいいし、成績もいいし、礼儀正しいし、まふゆのお友達にピッタリだわー」

「ふふ。そうだね」

 

~それぞれのナイトコード~

 

 五人はそれぞれ作業をし、そしてまたナイトコードに集まる。

「えななん。ここ、動かすと変になるから、修正してもらってもいいかな?」

「あっごめん。すぐに、修正する」

それはえむも同じだった。

「みんなは良いって言ってくれたけど……でも、ここの歌詞、もうちょっとまふゆちゃんの感情を入れたいなぁ……」

 考えて、悩んで、どうしようもなくなったら。

「まふゆちゃん! 今から世界に行ける?」

「……分かった。すぐ行く」

「それ、私も行っていいかな。曲の感じ、まだ掴めてなくて」

「良いよ! 一緒にがんばろーっ!」

 そして、みんなで作品を作っていく。

この時間がえむにとってはとても楽しかった。

 それと並行して、えむは遊園地のショーキャストとしてショーをする様になった。

目標は勿論。

「みーんなを笑顔にする事っ!」

(それと、ネネロボットちゃんを操作している人に会ってみる事)

(まだ、会えてないんだよねーいつか、会いたいなぁ)

 

~誰もいないセカイ~

 

「うーん……ねぇ、まふゆちゃん」

「なに?」

「ここ、もう少し盛り上がりが欲しいかな……って思って……」

「もう少し盛り上げるなら、私が音を入れようか?」

「それでもいいんだけど……それよりは……」

「ん?」

えむはもう一度歌詞を見直してから、この世界の静かな空気を吸って言う。

「まふゆちゃんの声……入れてみたいな……」

「……?」

「まふゆの……声?」

「うん……その方が、儚さ……みたいなのが、演出できるかなって……」

「私の声……それを入れてどうするの? その曲は、私の曲じゃない」

「でも、良いと思う」

「奏も、賛成なの?」

「私も、いつかニーゴのみんなで歌を歌いたいって思ってたから、良いと思う……」

「そう……奏がそうしたいって言うなら、やる」

「ありがとう……でも、どこで収録しようかな」

「あっ! それなら問題ないよっ! 私の家にある録音ブースを使えばいいから!」

「なら、その予定も決めないとね」

「……分かった」

 もう一度歌詞を聞きなおし、奏が作ったデモ音源を聞いた結果、試しに少し歌ってみる事になった。

「♪~~~~♪ ♪―――――!」

「まふゆ。歌、こんなに上手なんだ……」

「わぁ~! 素敵だなぁ~!」

サビの辺りまで歌い終わると、まふゆは聞く。

「……どう?」

「すっっっっごく綺麗な歌声だったよっ! まふゆちゃん!」

「そう……? ありがとう」

「まふゆ、えむに抱き着かれも動じなくなったんだね」

「もう、慣れた……」

「慣れるものなんだ……」

「……うーん」

「どうしたの? えむ」

「まふゆちゃんの声だけだと、透明になりすぎるかな~って、もっと力強さも欲しいし、儚さも欲しいし、繊細さも欲しいし~」

「欲張りだね。えむは」

「それなら、私達の声も収録する?」

「え?」

「みんなで歌ってみたいなって、思ってたから」

 

~誰もいないセカイ~

~数日後~

 

「なにこれ、いい感じじゃん!」

「うん。前に歌聞いた時も凄いインパクトがあったけど、MVがついてさらに良くなったね……」

「……そう?」

「そうだね。まふゆの声と、ミクの声が上手くあってる」

「凄くいいものになってよかった~!」

「えむのおかげだよ……ミクの事も、私の事も、聞いてくれたから」

ニーゴの新しい可能性の歌。

それが、生まれた。

「これで完成じゃないんでしょ?」

「うん。これから、みんなで声を収録して、それを合わせてみる」

「みんな~! 今度の休みは私のお家に集合だよ~!」

 

~数日後~

~宮益坂女子学園1年B組~

 

「ねぇ、見てニーゴの新曲。ヤバくないっ!?」

「ほんとだ……でも、あれ? この声誰の?」

「ミクちゃんじゃない? 多分……」

(なんだか、ニーゴの事を色々な所で聞くようになったなぁ~嬉しい様な、恥ずかしい様な~うーん……)

「鳳さんは今日も二年生の先輩とお昼食べるの?」

「うんっ! ごめんね~今日はどうしても話したい事があってー!」

えむは廊下を走る。

勢いあまって二年生の教室を通り過ぎないか心配になるほどのスピードで走る。

「こら、鳳さん」

そんなえむが教室に入る前に、廊下で声をかけられる。

「あっ!」

その、少女は。

「朝比奈先輩っ! こんにちわー!」

「こら、廊下走った事ちゃんと反省してる?」

「えへへ、ごめんなさい……でも、朝比奈先輩と早くお弁当を食べたくてっ!」

 

~宮益坂女子学園中庭~

 

「見てください朝比奈先輩っ! もう、七十万回も再生されてます!」

「そう……良かったね」

「このコメント、朝比奈先輩の歌について書いてます……ほら、素敵だってっ!」

「そう」

「えへへー朝比奈先輩がいっぱい褒められてて嬉しいです!」

「……そう、鳳さんが笑ってくれて嬉しいな」

絵名の独特なイラスト、それを使って瑞希が作った可愛いMV。

そして奏は曲を作り、歌詞をまふゆが作り、それをえむが歌にする。

「みんなの声も沢山褒められてる~!」

「楽しそうだね」

「だってみんなで作った歌だから!」

「でも、その中には鳳さんの声もあるんだよね」

「もちろんっ!」

「なら、鳳さんの声が褒められるコメントもあるんじゃない? 探してみたら」

「私もいっぱい! いーっぱい! 歌の練習したから、褒められてると嬉しいなぁ~!」

(ニーゴの曲は今日も何処かで聞かれ、誰かの元へと届いていく)

(時々喧嘩しちゃったりもするけど、でも私達は、それでも曲を作り続ける)

(私は、みんなを笑顔にする為に……また、あの場所でショーをする為に曲を作り続ける)

「まふゆちゃん! 次の曲の歌詞、楽しみにしてるね!」

(もっと沢山の曲を作って、沢山の歌を歌いたいな!)



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