あべこべ艦これの提督さん (てへぺろん)
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プロローグ
0-1 新米提督がとある鎮守府に着任しました


【注意書き】
●この作品はあくまでフィクションです。現実と創作は全くの別物ですので、この小説に書かれてあったことだから問題ないだろうと真に受けずに一度考えてみてください。何気ない行動が他者を傷つけてしまい、不快に思う言葉や行動に繋がってしまう可能性だってあります。相手の気持ちをまず考えて、自分がされたら嫌だと思うことは絶対にしないでください。
●作者も配慮が足りていない点がありました。読者の皆様にご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。
●それらを承知した上でこの小説を読んでください。





初めましての方は初めまして。てへぺろんと申します。


艦これに今更ながらハマってしまいました。


またまたまたまた投稿小説が多くなりましたが、好きだから仕方ないね……


ちなみに登場するキャラは作者が実際に手に入れている艦娘のみとさせていただきます。それに始めたばかりなので間違っていることやこちらの独自解釈もありますので、そこのところはご了承ください。


それでは……


本編どうぞ!




 『不細工』それには誰もが嫌悪する。

 

 

 容姿や見た目が醜い様子を指す。元は細工(工芸品)の出来が悪いことをいい、転じて、物事一般に体裁が悪いこと、好ましくないことを指す。それに付け加え悪口にも含まれる。そしてその人物の内面を指して使うこともある。 女性の場合は醜女(しこめ)、男性の場合は醜男(しこお)と言う。

 

 

 誰だって不細工にはなりたくない。だが世界は不平等である……美しいとは差別である。

 

 

 これから始まるのは一人の青年とそれを取り巻く者達の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前には期待しているぞ。前任のあいつはヘマをやらかしたから特にな。苦労してあいつの後釜としてあの鎮守府へ就任させることになったのだ。感謝しろよ?」

 

「はっ!誠にありがとうございます!!」

 

「ブヒヒ♪()()らを上手く使いこなし戦果を上げ、私達をもっと楽にしてくれよ。必要ならば痛めつけてもいいぞ。お前にとっていい遊び場になるだろうからな……()()()()

 

 

 高級なスーツに身を包んだ肥満体系の男と反してスラリとした体型の軍服に身を包み敬礼する青年にそう告げると満足な笑みを浮かべ、これまた高級な自動車へと乗り込んで行った。その背を最後まで見送った青年もまた笑みを浮かべる。

 

 

「これで俺も提督か……やったぞ!待ちに待ったこの日が来たぜ!」

 

 

 その笑みは楽しそうな笑みには見えなくはなかったが、どちらかと言えば悪だくみを考えているような邪な笑みであった。そこから覗かせるギザ歯が更に邪さを際立たせていた。

 

 

「これで()()()を好きに扱える。壊れても()えが効くらしいし、便利なもんだが……()()()が問題だな」

 

 

 軍服に身を包んだ青年は忌々しそうに唾を吐き、何かを思い出したように苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 

 

「チッ、気色悪い()()()の元へ俺の方から行かなくてはならないとはな。反抗的な餓鬼もいると聞いた。上司に逆らうとはいけないことだよな?上下関係を体に思い知らしめてやる必要があるようだ。鎮守府に着き次第、鬱憤晴らしにお仕置きやってやるか……クヒヒ、怨むなら自身を怨むがいい。醜い姿をしている方が悪いのだからな♪」

 

 

 これこそ楽しみの笑みであろう。青年はこれから先に起こるだろう光景を想像して笑みを浮かべるだけでなく、数々の戦果を上げ、昇進し王座に君臨する自身の姿を思い浮かべたらますます笑いが止まらなくなる。青年は上々な気分で目的地へと向かうため足を踏み出した……そんな時だ。

 

 

「――ニャッ!!?」

 

「――んあっ?!!」

 

 

 間抜けな声が聞こえ、思考が停止する。意気揚々と一歩を踏み出したが、急に横から小さな影が割り込んで来た。その影は野良猫のようで一瞬猫が光ったようにも見えた。青年は目がくらみ避けようとした足が空振りし、踏み出した足が空を切る。そのまま青年の体は重力に逆らえず前のめりに倒れ込んだ。

 

 

 野次馬が集まる中騒然としていた。通行人からの連絡を受けた救急隊が現場に到着し、階段から足を踏み外したと思われる一人の青年が救急車へ運ばれて行く姿が確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『艦娘穏健派』と『艦娘軽視派』この二つの派閥はお互いに睨み合っている。

 

 

 今より数年前の出来事である。ある日突如として「深海棲艦」なる存在が世界中の海に現れた。人間の武器ではまるで歯が立たず次第に押され始めもうダメかと思われた……その時に彼女達は現れた。それが「艦娘」と言う存在であった。人間の女性と変わらぬ姿だが、戦うための装備を身に付けると昔戦場に投入された戦艦さながらの力を発揮する。そして何よりも誕生する経緯が人間とは明らかに違い、資材を特殊な装置に込めてそこから建造されるのだ。人間に見えて人間ではない存在それが「艦娘」だった。

 

 

 そして何よりの特徴が艦娘は皆総じて()()姿()()()()であると言うことだ。肌はスベスベして吹き出物の無い肌、光が反射しているような輝きを持つ髪質、スラッとした体型に柔らかい唇、シミもない。彼女達は子供から大人の女性まで様々な年齢の容姿であるにもかかわらず()()()で誰しもが嫌悪するものである。

 

 

 そう……艦娘は可哀想なことに醜女(しこめ)なのである。

 

 

 ここで登場するのが『艦娘穏健派』と『艦娘軽視派』である。そんな可哀想な彼女達のことを擁護し、我ら人間と共に戦う者であり、人としての対応をするべきだと主張している者達が『艦娘穏健派』で、醜悪な容姿に人外の力を持つ彼女達を化け物と呼び、中には道具扱いする者もいる。ぞんざいに扱っても艦娘達は人間に対しては深海棲艦を打ち負かすことのできる力を行使できない特徴も持ち合わせており、その為に人ではなく物として扱うべきだと主張するのが『艦娘軽視派』なのである。この二つの派閥争いが見え隠れしているのが現状であった。

 深海棲艦と戦争している最中に人間は何をやっているのかと思うだろうが、人間と言うのは欲深く罪深い生き物であるからどうしようもない。

 

 

 そして一人の青年へと話を戻そう。

 

 

 

 

 

 青年は先月訓練学校を卒業したばかりの新米軍人である。今日からはとある鎮守府の提督として艦娘達の指揮を執る役職に付くはずだった。残念なことに就任する日に階段から足を滑らせてしまうと言うミスを犯した。気を失い病院へと搬送されて行ったので、起きるまで彼のことを説明しておこう。

 

 

 この青年は『艦娘軽視派』であった。艦娘は道具で、人間の皮を被った化け物の集まりであると教えられ信じて疑わなかった。艦娘は玩具であり、過激に取り扱って壊れたとしても資材があれば()えが効き、玩具共が痛いと苦痛を浮かべてるのは機械的にそう表現しているだけで人間に同情を誘おうとしているだけなのだと聞かされてもいた。艦娘は資材から生まれ、消耗品の便利な道具で醜い姿をした人間にとってまさに兵器として打ってつけの()()だったのだ。しかし醜いからと言えども深海棲艦から身を挺して守ってくれる存在相手に人間性の無い人物を艦娘達の上司に当たる提督に選ぶことがあるのだろうか?

 何故軽視派である青年を軍は何故艦娘達の提督に選んだのか?それには同じく『艦娘軽視派』の上層部の息がかかっていた。訓練学校生時代から『艦娘軽視派』の上層部が青年に目を付け、卒業すると同時に提督へなれるよう手配したのだ。人間に対して力を行使できないと言えどももしものことがある。その為に自分達の都合の良い提督が居ればと考え白羽の矢が立ったのだ。これに反対したのは『艦娘穏健派』であったが、残念なことに抑え込まれてしまった。歯痒い思いをしたのであろう……最後まで何とか艦娘達の為にも青年を辞退させることはできないか思考を凝らしていたが……もう遅い。

 

 

 翌日、青年は病室で目が覚めた。診断を受け、後遺症の心配もなくすぐに退院できるとのことで、鎮守府に一日遅れで向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに艦娘がいる……か」

 

 

 青年の表情は邪な笑みではなく困惑した表情を浮かべていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 はじめまして、私は特型駆逐艦1番艦の吹雪と言います。海の平穏を脅かす深海棲艦と戦う為に建造されこの世に生まれました。皆さんと一緒に戦えると期待に胸を膨らませ、きっと素晴らしい司令官の元で海をかける自分の姿を()()()は想像していました……でも今は、そんなものは幻だと実感させられました。

 艦娘である私達は人としての姿はしていますけど、資材を投入して建造されます。生まれる過程は人とは違い、私達のことを化け物と呼ぶ人がいます。それだけが理由ではありません。私達の容姿は……自分で言うのもあれですけどとても……()()です。私はここで建造され、司令官と初めて対峙した時に言われたことが……

 

 

「チッ、またブスか。気持ち悪い化け物だ」

 

 

 そう言われた時、唖然としてしまいました。でも本当のことなので胸が痛みましたけど我慢しました。期待はされていないけど、きっと頑張って戦う姿を見てくれれば司令官も考えを改めてくれると思いました。けれど……待っていたのは地獄でした。

 初めての鎮守府で他のみんなに挨拶しようと顔合わせしましたけれど、私は何も言えなくなってしまいました。みんなあの司令官に役立たずの烙印を押され、小破、中破した状態で放置されていたのです。酷いと思いました。どうしてこんなことをするのかと司令官に説明してもらおうかと来た道を引き返そうとした時に一人の駆逐艦の子に袖を掴まれて言われました。

 

 

「反抗したら私達までも殴られる」

 

 

 その言葉に何もできなくなって暗い雰囲気の中の出撃を余儀なくされました。私よりも小さい子達が何かを悟ったような瞳でふらつきながら海上を移動していく姿に心が痛みました。初めて建造された私でもわかるぐらい結果は見えていました。何せ小破、中破状態の駆逐艦の子達と一緒に深海棲艦の撃破なんてできるわけがないと思った通りの結果になってしまいました。

 運よく轟沈は免れましたが、大破した子が出てしまい途中敵と遭遇せずに鎮守府へ帰って来れたことで私は安心できました。それから傷ついた子達を連れて入渠しようとしたら司令官に止められ、今回の戦闘で大破した子はそのまま放置しろとのご命令でした。私はその命令に堪らず抗議の声を上げてしまい……

 

 

「気持ち悪い化け物風情が!提督の私に反抗する気か!?」

 

 

 殴られました。痛かったです……他の子達も同じような目にあったんだと思います。みんな私が怒鳴り散らされながら殴られているのを耳を塞ぎ、目を背けて震えていました。

 

 

 司令官が言うには私達が「()()()()()()」だからこんな目に遭うのは当然だと言われました。私達はこの現実を受け入れるしかないのでしょうか?

 

 

 艦娘はみんな総じて容姿が醜いのが特徴の一つです。誰も好き好んでこんな姿で生まれて来た訳じゃないのにどうしてこうなってしまったのでしょう……醜いから沈んでも心は痛まない、変わりはいくらでも作ればいいだなんてそんなこと言えるのですか?どうして沈んでいった子の名前すら憶えていてくれないのですか!!

 今も誰かがどこかで暗い海底に沈んでいく。でも仕方ないことだと思いたいです。私達は戦争をしているのですから……でもこんなことはみんな嫌でした。ここには痛い思い出しかありません。艦娘の私達は人間に対して力を行使することが出来ません。だから私達は普通の女の子としての力しか出せないのです……普通ではないですね。醜い女の子なんて私達ぐらいです。力も無く、容姿も醜い私達は一生こんな目に遭わなければいけないのでしょうか……

 

 

 もうこんな世界は嫌です。消えてしまいたいと何度も思いました。でもみんなを見捨てることなんて私にはできません。だから苦しくても生きないと……()()()()の分まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫……かな?」

 

 

 誰かが呟いた言葉は重く暗いものだった。ここ○○鎮守府、仮にA基地としよう。小規模ながらも深海棲艦と戦える艦娘が建造可能な施設であった。しかし現在提督は存在しない。大本営から連絡が入り、提督は連行されて悪夢は終わり、心なしか艦娘達はその報に喜びを感じているようにも見えた……が、すぐに暗雲が立ち込めることになった。

 昨日代わりに新たな提督が就任することになっていたのだ。しかし事故が遭って昨日は来ることができなかったそうだ。艦娘達は安堵したが、無事に退院し、こちらに向かっているとのことだった。艦娘達にとって提督と言う存在は大きいものだ。彼女達には提督が必要不可欠な存在で彼女達も提督を必要としていた。だがここにいる者は提督のことが怖かった。『艦娘軽視派』であった前提督は艦娘は人間に危害を加えられないという理由から人権は不要とし、好きに扱えばいいと考えていたようで、暴力や罵倒など大破をしても放置され、変わりがいるからと使い捨ての駒として扱われてきた。「醜い」と言う理由だけで彼女達は人としてでもなく、消耗品として見下され辛い思いをしてきた。ここにいる誰もがまたそんな思いをすることになるのではないかと不安が募る。

 

 

 私もここからいなくなりたい。けれどみんなを置いて行くことなんて私にはできなかった。それに……それにもしかしたら今度の司令官は……いい人……かも。

 

 

 理想の提督は幻だと実感したがそれでも吹雪は心のどこかで求めていたが、それを人は儚い希望と言う。

 

 

「大丈夫、きっと……きっと今度は私達のことを大切に扱ってくれる司令官が来てくれる」

 

 

 吹雪は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。言葉とは裏腹に苦痛にも似た表情を浮かべているのが証拠だろう。しかもそれを否定する声が聞こえる。

 

 

「無駄よ吹雪」

 

「叢雲ちゃん……」

 

 

 特型駆逐艦5番艦の吹雪の姉妹艦に当たる叢雲であった。

 

 

「でも、今度はきっと私達を……」

 

「大切にしてくれるって?バカなの?あれだけ散々酷い目にあってまだ信用したいの?あなたはバカにも程があるんじゃない?」

 

「……でも、今度の司令官はきっといい人……じゃないかな?」

 

 

 そうです。大本営からやって来るのは今度こそいい人に決まっています。前司令官が酷い人でしたが、あの人はもういない。次は理想の提督が着任してくれるはず……!

 

 

 前任の提督は提督の座を解任された。吹雪達艦娘に対する暴行等の罪状でこの鎮守府から去ることになった。それもこれも軽視派であった前任の提督は自由気ままに私利私欲を肥やすことができる状況で浮かれ、軽視派の上層部の連中からの言うことも聞かなくなっていた。そんな最中、艦娘に対する暴行容疑が明るみに出ると助けを求めて来たが、上層部には見切りを付けられ捨てられたと言うのが現実である。なれば私達のメンタルケアも兼ねて穏健派の人間が来てくれると吹雪は予測したのであろう。だが現実は非情である。

 

 

「……無駄よ」

 

 

 叢雲は新たに着任する提督も軽視派だと知らない……そうだったとしても、彼女は無意味だと悟っていた。

 

 

「言われたでしょ吹雪……あいつに土下座させられて『醜い艦娘にはお似合いの姿だな』って。悔しくなかったの?憎いと思わなかった?私は思ったわ。殴られ蹴られて、ボロボロになっても私達を一切入渠させてくれなかったあいつと同じ奴が来る。また逆らったら酷い目に遭うのよ」

 

「そ、そんなことは……」

 

「ないって言える?司令官なんて誰も同じなのよ。きっと今度も……また同じ目に遭うわ。これまでもこれからも私達は人間達の使い捨ての駒なんだから……ね」

 

 

 叢雲は今日着任してくる提督に対して否定的な感情を向けていることをその表情が語っていた。しかしそれも仕方のないことであった。叢雲は吹雪よりも後に建造されたが、勝ち気で高飛車な性格をしており、その性格上提督に反抗することが多かった。その性格が仇となり前任の提督から人一倍暴力を振るわれ、しまいには抵抗する気も失せていき、提督と言う存在を信用しなくなっていた。

 この場から去る叢雲の後ろ姿に吹雪は感じるものがあった。姉妹艦である叢雲とは辛い時にはお互い励まし合った。提督と言う存在を信じられなくなっても艦娘として提督を信じたい、理想の提督の元で共に戦いたいと心のどこかで希望を持っていた叢雲を見たことがある。今もその儚い希望を捨てきれないのだろう……吹雪と同じで。

 

 

 ……そうかもしれない。けど……けど私は……!

 

 

 吹雪は答えが出なかった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 一人の青年が薄っすらと暗い暗雲から目を覚ます。

 

 

 頭が少しボーっとして視界に(もや)がかかっていたように感じたが一瞬だった。痛みはなく意識も鮮明になって来るとここがどこか辺りを軽く見まわす……どうやら病院のようだな。清潔感漂う部屋に存在感を放つ俺の軍服が吊るされていた。何故病室に?俺は………………ッ!!?

 

 

 青年は急に痛みを感じて頭を抱えて苦しみ出した。締め付けられるような圧迫感に苦痛の表情を浮かべ、助けを求めて手当たり次第に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『『『『『提督が鎮守府に着任しました』』』』』

 

 

 突如頭の中に直接響く声……一人ではない。複数人の女性の声だろうか『提督が鎮守府に着任しました』と何度も聞こえてくるがそれが癇に触ることも不快に感じることもなかった。何故か何度も聞きなれたような感じさえして来たのだ。そして同時に真っ暗な光景が頭の中で浮かび上がり、中心には船の形をした物体が水面上に浮かんでいるように見えた。青年は訳がわからないと思いながらもこの光景も懐かしさを感じさせる安心感があった。それだけではない……次に見えたのは一人の女の子が現れた。

 黒髪のセミショートにセーラー服という素朴な出で立ちであったが、何よりも顔や肌にはシミやそばかすなどなく、この世界で不細工のカテゴリに該当(がいとう)する部類だった。いきなりこんな醜い女の子が現れれば唾や罵倒の一言を浴びせられても仕方ない……醜い方が悪いのだ。不細工に味方をする奴などの気持ちなどわからないと青年は言っただろう……

 

 

 ()()()()()()であったならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、なんなんだ……この愛らしい子は……!!?

 

 

 青年は自分自身が何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 

 

 おい待て、俺は今なんて言った?この餓鬼が……愛らしい子だって?バカな!?こんなブス餓鬼が愛らしいなんてある得るはずは!!?

 

 

 そんなはずはないと否定しつつも先ほどから頭の中で映し出された女の子から注意を逸らせられない。意識すればするほどに愛らしい姿だった。特に黒髪のセミショートとセーラー服がポイントが高く、素朴な出で立ちだが、その素朴でひたむきで初々しい姿勢を見せてくれる気がする故に応援したくなってしまう。それに青年が更に注目したところはスカートだ。そのスカートから白い何かが見えた。これに意識を集中する……もしかしてもしかすると!!?

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

 赤い液体が鼻から流れ出た。しかも両穴から……鼻血だった。青年は我に返り、擦るとやはり鼻血に間違いない。こんな不細工にしかも餓鬼に興奮したと言うのか!?っと自分自身の変化に驚きを隠せない。不細工なのに、醜いはずなのにっと思っても本能は正直者だった。先ほどの女の子の姿をまた見ようと瞳を閉じて思い出そうとしていた。

 

 

 コンコン。

 

 

 そんな時に扉がノックされた。脳内作業を中断せねばならなくなり、鬱陶しい感情が本人に意図せず生まれていた。服に垂れてしまった血痕の痕は適当に誤魔化すとして、来訪者と対面する。入って来たのはこの病院の医師であろう。容体を見に来た医師は女性だった……が、青年はその医師を見て固まってしまった。

 

 

「………………………………………………はっ?」

 

 

 入って来た医師は同じ人間なのか疑いたくなるような女性だった。まるで未完成のジグソーパズルが人の顔を作っているような歪なものをしていて青年は唖然としてしまったのだ。しかし青年は今まで何度もこう言った顔をした女性と会っている。寧ろ会いたいと思っていたぐらいだった。美人と呼ばれる顔を持つ女性は皆大半が歪である。女性医師のことを美人と評していただろう……以前の青年であるならばの話であるが。

 今の青年にとって目の前の女性は美人には見えなかった。何故いきなりそう感じるようになってしまったのか、先ほどまで頭の中に浮かんでいた女の子の方がずっと可愛かったと思えたのは何故なのか?青年にはわからない。

 

 

 女性医師はそんな事情も知らず、唖然とする青年の元へと近づいて来る。近づくと何だこれ?と言いたくなる衝動に青年は飲まれながらも衝撃が大きすぎた為に声にならない。その間にも女性医師は体調などに異常は無いか質問し、青年は淡々と受け答えしていく。

 数分後、結果は問題なくすぐに退院できるとのことだった。すぐに退院するかと聞かれれば青年は即答し、手続きを済ませ逃げるように退院した。

 

 

 問題ないとの答えだったが、青年は問題大ありだった。何故なら以前まで美人に見えていた女性が醜く感じるようになり、逆に今まで醜く見えていた容姿の女の子が愛らしいと感じたのだから。

 

 

 なんなんだ!?俺に一体何が起こっていると言うのだ!!?

 

 

 混乱する精神にまるで語り掛けるように再び頭の中に何かが流れて来た。

 

 

 『艦隊これくしょん-艦これ-』

 艦隊育成型シミュレーションゲーム、擬人化された実在した艦船「艦娘」を集め、自分だけの艦隊を作ろう!

 

 

「――ッ!!?」

 

 

 それを皮切りに次々自分の知らない情報が流れて来る。幼い子供から大人の女性まで出会ったこともないが女性達が艦娘だとわかる。その中に先ほどの素朴な女の子の姿があった。しかも全員美人女性または可愛い幼女達だと思えた。短時間で多くの情報が一気に青年に流れ込んでいった。やがて役目を終えたかのように青年の意識は現実へと引き戻され、気づくとまだ病院の前で立っていた。道行く人々に疑惑の視線を向けられていたが、気にもならなかった。

 それどころではなかった。だが、一つの可能性を青年は得ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの餓鬼……艦娘なのか」

 

 

 一つの可能性を得た青年は一つの確証を得る為に目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに艦娘がいる……か」

 

 

 

 青年は○○鎮守府の前へと来ていた。目的地……それは青年が提督を務める場所こそA基地だった。

 

 

 俺は病院を退院し、タクシーを経由してここまで辿り着いた。しかしここへ来る途中で出会った女は皆不快な顔だったな……いや、そう思うようになってしまった。

 

 

 俺の身に起きた異変……考えられるとするならば先輩に変わった趣味を持った人物がいた。その先輩に無理やり勧められたのが「あべこべ世界」と言うものを題材とした小説だった。先輩に勧められて嫌々読んだもので内容はある程度しか憶えていないが、確か「美醜逆転」とか言ったか?価値観が逆転し、現実で美しい女が小説の中では不細工に扱われ、現実で不細工な女は小説では美人に扱われるだったはずだ。もしそれと同じ現象が俺の身に起きたと言うならば……

 頭の中に流れ込んで来た『艦これ』に出てくる女共……まさかと思うが現実に居る艦娘なのかと考えた。しかしそれだけでなく『艦これ』と言う言葉を()()()()()()()()()。俺はそれを確かめる為にここへやってきた。

 

 

 艦娘は醜い道具共だと今まで思っていた。醜い容姿なのだから迫害されて当然だと教えられ、人間ならまだしも人権があるが「人間ではない艦娘に情けなど無用。使えるだけ使って粗大ごみに出せばいい」と言った先輩達「気持ち悪いのに優しくする必要なんてあるのか?」と呆れていた同期「容姿は醜い。だが我らは助けてもらったのは事実だ。だから同情してやる必要があるのではないか?」と情をかけた奴もいたけど、結局そいつは提督就任してから数日でやめていった。結局美人が良いに決まっている。俺だってそうだ。だが……不細工ではなかったら?艦娘共がもし美人に見えたなら……

 

 

 俺は……どうするのだろうな……

 

 

 青年は答えが出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はじめまして!特型駆逐艦1番艦の吹雪です!あなたがここに新しく着任する司令官様ですか!!」

 

 

 青年はこの日、初めて生の艦娘と出会った。そしてその艦娘は頭の中に浮かび上がったあの女の子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

「うぇ!?ど、どうしましたか!!?」

 

「ぱ、ぱん……つ……」

 

 

 答えが出なかったが、鼻血は出た。

 

 

 青年の名は外道(そとみち) 丸野助(まるのすけ)。これから未知の体験していく新米提督だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニャ~♪」

 

 

 その光景を見つめる一匹の猫が居たことに誰も気づかない。

 

 




セリフが読みづらいとの指摘を受け、変えてみました。これで少しでも読みやすくなれば幸いなのですが……


追記


何度も修正して申し訳ありません。読者様の皆様には大変ご迷惑をおかけいたします。


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0-2 愉悦猫

どうも無事二話目投稿出来ました。しばらくはプロローグになりそうです。


それでは……


本編どうぞ!




外道(そとみち)丸野助(まるのすけ)……軽視派の影響を強く受けた新米が、例の鎮守府に着任した。これは忌々しき事態だ」

 

「……はい」

 

「だが我らはしてやられた。上手いこと後釜に付かせよった。阻止しようにも既に遅い……今頃提督の座について高笑いでもしているだろうな」

 

「……そうですね。事故に遭ったと聞いた時は驚きましたが、既に退院してそのままの足で鎮守府へ向かったそうです」

 

「事故に遭ったと情報がこちらに回って来ていれば対応できた。何とかして提督の資格を剥奪出来れば良かったのだが何もまだやっていないため手出しできぬ……クソ!男だからと言って甘やかされた連中は礼儀がなっていない!このままでは軽視派の奴らがのさばるばかりではないか!!」

 

 

 机に拳を叩きつける女性……元帥の地位にいる彼女は海軍の状況に嘆いており、秘書である眼鏡をかけた女性も悔しそうにしていた。

 

 

 世界は不公平だ。整った顔立ちにシミもない肌、目元も口元もしっかりしているのは醜い証。不細工の象徴なのだ。女性は皆美人揃いで、小学生から大人まで皆が歪な顔をしていたりシミやそばかすだらけである。顔面偏差値は高い……が稀に不細工な女性が生まれて来る。生まれて来た子供は過酷な運命を背負って生きねばならない。不細工と言う理由で虐げられる。醜いと言う理由でバイトも面接も受からないこともあり、この世界は不細工に対して厳しい。それも女性は美人と言うのが当たり前で、その中でも更に美人な女性であればハーレムを作れるぐらいだ。男性は美人な女性と結婚したいのは当たり前なことだ。わざわざ不細工な女性と結婚したいと思う輩などいないだろう。

 男性は特別視され、女性よりも価値が高い。その為なのか傲慢な態度をとっても許されると言う偏見な考え方も生まれてしまっており、不細工な女性に対して態度が悪い男性が多いこの世界で、まともに対応してくれる男性の方が少ないだろう。

 

 

 不公平ではあるが、ちゃんと不細工な女性にも人権は認められている。しかし艦娘はそうではない。彼女達は女性に見えるが『兵器』であり、何よりも醜い……ただ醜いだけでなく、とても醜い容姿だとこの世界の住人達には見えるのだ。そんな彼女達と交流を持ちたい男はいない。しかし仕事などでは仕方なく嫌々ながらも付き合うことはある。『提督』もその一つでもある。同性の美人から見ても嫌悪感を向けられる……艦娘達にとっては住みにくい世界だ。

 

 

 そんな艦娘達に寄り添う一人の女性がいた。

 

 

 名は美船(みふね)と言う。

 

 

 美船元帥……彼女はこの世界では珍しく不細工の部類に入り、幼少期の頃から苦い思いをしていた人物だ。今までは人間には人権がある為に何とかなっていた。バイトも就職も難を示し、諦めかけていた時にある資格を持っていると判明する。妖精さんが見えたのだ。すぐさま行動に移し、縋る思いで軍に入隊したのは忘れることのない思い出だ。

 その後、数少ない不細工提督として苦痛の日々を過ごし、長く我慢してきた。日頃の鬱憤を深海棲艦にぶつけ前元帥の信頼を勝ち取り、汗と努力で元帥の地位にまで上り詰めた強者だが、周りの軽視派からはいいように思われていない。艦娘達には同じ悩みで意気投合しており、艦娘達の数少ない良き理解者であった。穏健派の支持はあるものの、容姿が醜いため個人的には会いたくない人物№1に選ばれている悲しき女性である。

 

 

 そして美船元帥と傍に仕える秘書もこれはまた醜い姿をしていた。彼女は大淀と言い、なんと艦娘なのである。美船元帥は信用ならない相手を秘書としておくことはせず、同志として見ている艦娘を傍に控えさせている。そちらの方が気も楽で陰口を叩かれたくない。仲良くしていると思っていた同僚相手が実は陰口で自分のことを馬鹿にしていたと知ってしまった時の落ち込み具合は半端ではなかった。その為、恩恵派である人間も軽視派よりマシだと思っているぐらいだ。挨拶を交わす程度の付き合いしかしないっと言うか一緒に居酒屋に行こうと誘っても何か理由を付けて断られることが多かったからそこまで信用しているわけではない。美船元帥は艦娘の味方であり、そんな元帥のことを信頼している。大淀もその一人である。

 その二人が注意している人物とはA基地に着任した丸野助(まるのすけ)提督だ。女性から見た彼は少々目つきが悪くギザ歯が特徴的な怖さがあるがイケメン青年である。その青年が訓練学校を卒業し提督として人生を歩み出した訳だが、軽視派の息がかかった人物であった。艦娘は道具であり、沈んでも変わりがあるからと気にも留めない連中の一味なのだ。これに美船元帥は遺憾の意を示すが、例え元帥と言えどもまだ何もしていない一人の青年を逮捕することなどできない。しかも着任する場所が前提督によって艦娘達が酷い扱いを受けた鎮守府なのだ。そこにまた軽視派の手が伸びる……このままでは艦娘達がまた同じ目に遭ってしまう。それを考えただけ拳に力がこもる。

 

 

 美船元帥にとって艦娘達は心のよりどころになっていた。同じ不細工者同士通じるものがあり、お互いに必要としているのだ。一人暮らししていた時の食事はどれも冷めた味しかしなかったが、彼女達と出会い過ごすうちに共に食事をするだけで心が温かくなる。母のように慕ってくれて「お母さん」と呼ばれた時は血液すべて鼻から流れ出るところだった。まるで家族のようだった……そんな家族が酷い目に遭うと思うと怒りが湧き上がってくる。

 

 

「あそこには駆逐艦の子達しかいない。人間である我らに手が出せぬことをいい事に暴力を振るい、傷ついても入渠すらさせてもらえず、まともな食事もできていない。艦娘達が居るところは魔物の巣窟と呼ばれたりするが、あの子達は悪いことを何一つしていないじゃない!我らを命がけで守ってくれる大切なパートナーに対してそんな態度がとれる輩の方がおかしいのよ!!」

 

 

 美船元帥の怒りは収まらない。だが怒るだけでは何の解決にもならない……だからこそ、大淀に指示を出す。

 

 

「大淀、あなたに命を与えるわ」

 

「なんでしょうか美船元帥」

 

外道(そとみち)丸野助(まるのすけ)を監視しなさい。あなたは新米提督の補佐としてA基地に着任すること。それにあの子達も環境の改善と称して動向を探り、怪しいことや問題が起きればすぐに報告すること。あなたにも辛い罵倒や暴力が振るわれるかもしれない……けれど提督を辞めさせるには証拠が必要なの。相手も馬鹿じゃない、ボロを出すまで時間がかかるかもしれないけど……できる?」

 

「大丈夫です。私は美船元帥の味方です。辛くても任務を達成してみせます!」

 

「頼むわね。それと……ごめんなさい」

 

 

 娘のように思っている大淀を谷底へと突き落とすような辛い選択だ。遠ざかり扉から姿が見えなくなった大淀に対して美船元帥は謝ることしかできなかった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

 一人の青年が薄っすらと暗雲から目を覚ます。

 

 

 なんだこのデジャブ……って言うか確か俺は身に起こった出来事を確かめるためにA基地へとやってきたはずなんだが?

 

 

 不思議に思い辺りを見て見るとどうやら誰かが寝かせてくれたらしい。高級なベッドのふかふか感に包まれながらも少しベッドから嫌な臭いがして離れるように立ち上がり、そこで気づく。ここが軍の偉い人間の寝室であることを主張している前提督の銅像が置かれていた。場違い感が半端ではない。

 

 

「こいつがここにあるということは……A基地にいるのは間違いないようだな。悪趣味な自分の銅像を置くとはな。すると俺はさっきまで前提督が寝たベッドで寝ていたと?うえぇ、最悪だ。きたねぇおっさんが寝たベッドで寝ていたとか悪夢だ」

 

 

 青年は早くお風呂に入りたいと思った。しかしその後に大切なことを忘れていたことに気づく。

 

 

「……確か吹雪とか言ったな。あの餓鬼はどこ行った?あの餓鬼じゃ俺を持ち運ぶなんてできるわけが……いや、艤装を装着すれば船と同じ力が出せるとか聞いたな。それで俺を運んだのか?」

 

 

 艦娘に関して教えられていた情報を引き出し、今の状況について考えを改めてみる。

 

 

 だが、前提督のせいでまともな艤装もなく修理もできなかったと聞いていた。艦娘共は小破や中破しても入渠?だったかお風呂のようなものにも入らせてもらえなかった。そして今も上層部の圧力からか俺が着任することになった為に改善は俺の一存に任せるとのことだった。俺の一声で直すも直さぬもできる状況にしておいて、艦娘共が反抗的な態度を取らないように従わせる為の布石なのだ。問題だらけの鎮守府がここだ。提督と言う存在に対して憎悪しているはずだ。それでもこの俺をここまで運んだということは……艦娘共に何か事情があるのかそれとも……んぁ?

 

 

 青年は考え込んでいると背後から風が吹き込んできた。なんだと思い振り返ると窓が開かれそこには一匹の猫がいた。その猫に見覚えがあった。

 

 

「あの時の猫じゃねぇか!?」

 

 

 そう、青年が足を踏み外した原因にもなった猫がいた。あの恥ずかしい失態の原因が目の前にいる……勿論この青年がそう簡単に逃したりはしない。捕まえてどこかの保健所にでも送り込んでやると手を伸ばそうとした時だ。

 

 

『「ニャ~、記憶と感覚が戻っても性格はそのままなのかニャ~?」』

 

「ふぁっ!?」

 

 

 しゃ、喋った!?猫が人間の言葉を喋っただと!!?バカなあり得ない!!!

 

 

 なんと猫が人間の言葉を話したのだ。これには今日一番の驚きだ。

 

 

『「ビックリしているようだね。提督さん」』

 

 

 空耳でもなんでもない。確かに猫が喋っていた。もしかしたら自分の頭が遂におかしくなったのではないかと考えてしまう。美人が不細工、不細工が美人に見えたのも頭がおかしくなったからではないのか。そう思うのも無理はないことだが、猫はそれすら否定した。

 

 

『「提督さん、提督さん、提督さんの頭がおかしくなったわけではないのニャ~。猫の言葉が聞こえるのは提督さんだけなのニャ~よ」』

 

「俺だけに聞こえる……っと言うことはやっぱり頭がおかしくなったからもしくは幻聴か!?」

 

『「幻聴ではないニャ~、提督さんは()()()()()を受けたから猫の声が聞こえるようになったのニャ~よ」』

 

()()()()()だと?」

 

 

 猫の言葉に反応する。何かこの猫は知っている……自分の身に起きていることについて。青年は猫の傍に恐る恐る近づいて質問する。

 

 

「おい猫、もしかして俺の身に起きている出来事について何か知っているのか?」

 

『「知っているニャ~。提督さんは()()()()()()()()が戻ったのニャ~よ」』

 

「……()()()()()()()()?」

 

 

 この時、青年は『艦隊これくしょん-艦これ-』と言う文字を思い出す。何故か懐かしく思えた。何故かはわからない不思議な感覚だったが、猫が言うには()()()()()()()()を取り戻したからなんだとか。

 

 

 猫が語るのはこうだ。猫は神様的な存在で、俺は運悪くこいつのせいで事故に遭った。なんでも昨日発売予定のキャットフードを狙って急いでおり、街中をかけていた途中俺の足元を横切った。驚いた猫はその時に力を行使してしまい、俺に影響が出てしまったらしい……キャットフードって神がそれでいいのか?まぁその影響と言うのは今の俺よりも前の俺……つまり前世の頃の記憶と感覚を取り戻してしまったとか。

 前世では俺が生きているこの世界はゲームの世界だったらしい。『艦隊これくしょん-艦これ-』と言うゲームの世界が今の俺が生きる世界で、前世の俺はそれで楽しんでいたとか……こんなことがあり得るのか!?今まで必死に勉強し、厳しい訓練に耐えて生きて来た世界がゲームの世界だったなんて!!?

 

 

 青年は困惑した。今生きている世界が実はゲームの世界だと言われたのだから……しかも前世では不細工に見えていた女性が美人として扱われていた。

 

 

 自分の生きる世界が前世ではゲームの世界で美的感覚も真逆……それを思い出してしまった青年は混乱の中にいた。今までの自分は何だったんだっと。

 

 

『「確かに前世の提督さんではゲームの世界だけど、今は違うニャ~よ。今の提督さんにとってこっちが現実世界なのニャ~。だから取り乱す必要はないニャ~」』

 

 

 陽気な態度を変えずに平然と真実を突き付けて来る猫に苛立ちを覚えた。猫にとって青年の身に起きたことは事故であり、意図してやったことではない。寧ろどうでもいいかと思えた程だが、猫は考えた。これは面白いことになるのではないか?この世界にとってのイレギュラーな存在である青年を眺めるのは一つの楽しみになろうとしていた。

 神様的な存在の猫はつまらないことばかりの日々に嫌気がさしていた。記憶と感覚を取り戻した青年にとって今の世界の視点は180度回転した新世界に見えるが、猫にとっては何も変わらぬ世界……変わらぬものほど面白くないものはない。そんな時にたった一人のイレギュラーが生まれたのであるならば退屈な日々から解放されると言う期待がこの青年に込められた。だからこそ青年の前に現れて真実を語り、困惑する姿を楽しみこれからどう進んで行くのかワクワクが止まらない。

 

 

 神様の気まぐれで青年の身に起きた真実を語られたのだ。困惑する姿を楽しみにしていると言われて腹が立たない訳はない。

 

 

「このクソ猫!てめぇのせいで今まで美人だと感じていた女が不細工にしか見えなくなったじゃねぇか!!」

 

『「逆に今まで醜いと感じていたメス達が美人に見えているじゃないかニャ~?」』

 

「た、確かにそうだが……だが、てめぇのせいで事故に遭うわ、美的感覚がおかしくなる、ファンタジー要素盛りだくさんの記憶が蘇る……わけわかんねぇことばかりだ!どう責任とるつもりだクソ猫!!」

 

 

 今にもこのクソ猫を干したい気分だ。こいつのせいで今まで読み漁って来た薄い本が俺の記憶では醜いケダモノの発展場にしか見えなくなったじゃねぇか!思い出すだけで吐き気がしてきた……うぅ!?

 

 

 青年も男、綺麗な女性とあんな事やこんな事を想像しいくつもの薄い本にお世話になった。しかし前世の記憶と感覚を取り戻した結果……思い出せば気分が悪くなり、息子♂がしぼんでいくのを感じる。これからは今までお世話になった薄い本では一生立つことはないだろう。しかし……

 

 

『「責任?提督さんにとって悪いことばかりではないはずニャ~よ?猫は知ってるニャ~、吹雪氏のパンツで興奮する変態さん♪」』

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

 紅い鮮血が飛び散る。猫はそれを難なく躱して嘲笑う。

 

 

 こ、こいつ……なんてやろうなんだ!?このクソ猫が神様とかあり得ねぇ!こいつが神様だなんて俺は認めねぇぞ!!

 

 

 鼻を押さえながらも猫を睨みつけるが本人は涼しい顔のまま、しまいには毛づくろいをし始める。その姿にまたしても苛立ちを覚える。

 

 

『「猫は提督さんを応援しているニャ~、提督さんの記憶と感覚は戻ったけれどそれは前世のモノだニャ~。提督さんは艦娘に対して今まではいい反応を示していなかった。このまま以前のように艦娘達に対して不細工だからと暴力を振るうもよし、逆に美人に見える彼女達に寄り添うもよしだニャ~」』

 

「……艦娘に優しくしろとは言わないのか?」

 

『「猫は神様的存在なだけであって世界の(ことわり)に苦しむ艦娘の味方ではないニャ~。猫は面白いものにしか興味を示さない。提督さんは面白そうなので拝見させていただくだけだニャ~。結果は良くも悪くも面白ければそれでいい……面白ければ人間が死のうが艦娘がどうなろうと猫にとってはどうでもいいのニャ~♪」』

 

 

 悪びれる様子もなく、未だに毛づくろいに夢中の猫に背筋が寒くなるのを感じる。猫にとって人間も艦娘もただの面白い玩具にしか見えていないらしい……自分達の必死に生きる人生がこの猫にとってはただの余興なのだと青年は感じた。

 

 

 愉悦に浸る……この猫は愉悦を求めているのだ。偶然の出来事だが、愉悦の為だけに人生を狂わされた人間がこの青年だっただけのこと。猫は笑みを絶やさず語り掛ける。

 

 

『「猫は提督さんの行く末を草葉の陰から見守っているニャ~。しっかりと艦娘を扱ってあげなよ。生かすも殺すも提督さん次第で変わっていく……それまでの過程はきっと面白いものになると猫は考えている。だから猫が満足できる面白い展開を期待しているニャ~♪」』

 

 

 猫はその言葉を残して霧のように消えた。残された青年は猫が居た場所をしばらく呆然と眺めていた。

 

 

 ……俺、猫嫌いだわ。

 

 

 この日から青年は猫が嫌いになった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「どうしてあんな奴を運んだの!!海にでも捨ててくればよかったのに!!」

 

「お、落ち着いて叢雲ちゃん!」

 

「そ、そうなのです。叢雲さん落ち着くのです!」

 

「睦月と電の言う通り落ち着いて叢雲。僕も以前の提督のことを思い出すだけで吐き気がする。けれど……」

 

「けれど、なに?時雨も嫌なんでしょ?司令官なんてどいつもこいつも私達のことは道具……使い捨てとしか見ていない連中ばかりよ!」

 

 

 食堂が騒がしい。そこには幼さの残る子供数名に中学生程度の年齢に見える女の子達が集まっていた。吹雪に姉妹艦である叢雲が詰め寄っている姿が見え他の駆逐艦娘達が宥めようとしていた。

 

 

「でも……今度の司令官は……大丈夫な気がする」

 

「気がするですって?はっ!あれだけ痛い目に遭っておきながら信じようとするだなんて……吹雪あんたってやっぱりバカね。司令官なんていらないわよ」

 

「でも……私達には司令官が必要で……!」

 

「何を言っても無駄なようね。バカな姉を持って疲れるわ。吹雪よりも()()()()()()()()()()()のに……あっ」

 

「――ッ!?」

 

 

 つい口走ってしまった言葉に気づいた叢雲……吹雪を見れば、拳を握りしめて歯を食いしばっており、様々な感情がそこには籠っていた。

 

 

「叢雲ちゃん!今のは吹雪ちゃんに謝るっぽい!」

 

「……ふん!」

 

 

 夕立が注意するも叢雲は踵を返して去って行く。去って行く際に時雨の傍を通り過ぎた。その際に様子を窺った時雨はこう言うだろう……彼女はきっと悲しみに沈んでいると。

 

 

「吹雪ちゃん……」

 

「大丈夫だよ睦月ちゃん……私ちょっと外の空気吸って来るね」

 

 

 吹雪もこの場を去る。誰もが暗い雰囲気の中で時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 吹雪は一人でポツンと港に腰を下ろしてため息をつく。静かな海を見ても綺麗だとも思わなければ今では寂しさが彼女を包む。

 

 

 あれからどれぐらい経ったのか……わからない。後悔が私を覆いつくそうとする……

 

 

 姉妹艦である白雪、初雪、深雪が沈んだ。その報に私は理解が追い付きませんでした。理解したくなかったのだと思います。比較的軽傷だった私はその日、遠征のメンバーとして出撃しました。クタクタな体で誰一人沈むこと無く帰ることが出来て一安心しているところに告げられたのが「お前の姉妹艦が沈んだからその穴埋めとしてお前が前線に出ろ」と心無い司令官の言葉でした。それだけ告げてさっさとその場を去ろうとする司令官にいつの間にか詰め寄っていました。当然そんなことをしてしまった私を司令官は打ちました。そしてそのままの状態で出撃させられて……後のことは憶えていません。

 気がつけばいつの間にか鎮守府に帰って来ていたらしく今までのことは夢だったのだと一瞬希望を見てしまいましたが、叢雲ちゃんから告げられたのは変わらない事実でした。汚い寝床で家具も何もない空っぽの空間で私は泣きました。その間ずっと叢雲ちゃんが傍に居てくれていたのが支えになっていたのだと思います。叢雲ちゃんも声を押し殺して泣いていました。

 

 

 叢雲ちゃんが司令官のことを信じないのは仕方のないことだと思います。暴力を振るわれ、罵倒されて不細工だからと言う理由で土下座までさせられました。私も受けたことがあるので気持ちがわかります。睦月ちゃんや夕立ちゃん、時雨ちゃんや電ちゃん……みんなも不安に思っているに違いありません。私も不安です。

 そろそろやってくる時間、入り口に立っている司令官は男の方で、ギザ歯が特徴的で目つきが怖かったです……でもとてもカッコイイ若い人でした。以前の司令官も男性でしたが、でっぷりとした体型で小柄のだるまのような人でした。見た目は優しそうな方でもありましたけど実際は酷い人でした。カッコイイからと言っても人の中身まではわかりません。司令官の機嫌を損ねないように対応したつもりでしたが……

 

 

 いきなり鼻血を出して倒れた時はどうしたいいのかわかりませんでした。だって……

 

 

 「ぱ、ぱん……つ……」っと呟いて司令官は気を失ってしまい残された私は訳がわかりませんでした。あたふたしていた時に時雨ちゃんと夕立ちゃんが心配になって私を追いかけて来て驚いていました。とりあえず二人に手伝ってもらって執務室の以前の司令官が使っていたベッドに寝かせることにしました。二人に何があったかと聞かれたけれどどう答えたらいいのか……正直に答えたら二人共首を傾げるだけで当然の反応だと思います。

 この人が今度の司令官……ベッドの上にいる司令官の顔は安らかな表情で私達もこんな風に眠れたらいいのにと思いながら部屋を後にしました。

 

 

 そのことをみんなに話して……後はこの通りです。叢雲ちゃんは悪くない。妹達が沈んだのは仕方ないことなんです。でも今度こそはみんなを守ってみせる。私よりも先にこの鎮守府に居たみんなはもういない。この中で一番戦闘経験が豊富なのは私、でも一人では深海棲艦には勝てない。強い敵がいっぱいこの海に蔓延っている……私は強くならないといけない。だから……だから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官が良い人でありますように……!」

 

 

 夕暮れの空に薄っすらと輝いて見える星々に願いが届くように祈る吹雪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ?なんだこのチビは?」

 

 

 その頃、執務室を抜け出し艦娘を探していた青年の前に見慣れぬ小さな存在がひょっこりと顔を出していた。

 

 



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0-3 小人に艦娘と

どうも皆さん、今回は対面回となります。


それでは……


本編どうぞ!




「餓鬼はどこにいった?」

 

 

 外道(そとみち)丸野助(まるのすけ)は鎮守府内を捜索していた。目的は艦娘を探すことだった。そして自分をベッドまで運んだと思われる吹雪を探していたのだ。

 

 

 クソ猫め、いつも監視されているってことじゃねぇか。プライベートもなしかよ。それに前世の記憶とか感覚とか戻ったとしても()()()が本物だ!前の俺がどうとか関係ないね。気持ちを改めるつもりなんかねぇんだよ。胸糞悪……チッ!誰が変態だ。俺はただ……ただ……

 

 

 青年の脳内でスカートの下側に不自然に白い部分が浮かび上がり、体温が上昇していくのを感じた。

 

 

 な、なにを考えているんだ俺は!?あんな餓鬼のしかも色気も何もないパ、パンツ……ごときで興奮するわけが……!?

 

 

 などと思っていても鼻からたらりと赤い液体が流れ出ていた。それを慌てて拭い去り心を落ち着かせようとする。

 

 

 女性は圧倒的に美人が多いこの世界である。だが、青年にとってはそれは既に過ぎ去ったものとなっていた。愉悦猫による影響で、前世の記憶と感覚を取り戻してしまった為に今までの()が逆転してしまい、美人が多いこの世界は不細工だらけしか見えなくなってしまっている。お世話になった薄い本もアイドルの写真集、しまいには知り合いの女性全てがその対象に含まれる。そうなると今度は訓練学校時代から嫌悪感を抱いていた相手である美船元帥や艦娘達が美しい女性に見えてしまっている。

 当然人生が真逆の道を行く羽目になった愉悦猫を恨みながらも、脳内に保管された記憶の中の女の子に夢中になってしまう青年は大人のようでまだまだお子様のようだ。

 

 

 違う違う!俺は変態じゃねぇ!事故に遭ってまだその後遺症が残っているだけだ!餓鬼のパ……下着を見たぐらいで興奮する奴じゃねぇぞ俺は!!ええい、とりあえず目的の鎮守府にやってきたんだ。あの餓鬼……吹雪はどこに行きやがった!?

 

 

 慌ててその光景を振り払い吹雪を探し始めることにした。しかしここは鎮守府のはずである。それは間違いないはずだが、殺風景で活気がない。それもそうかと青年は呆気なく納得できた。問題山積みの鎮守府なのだから艦娘の誰もが提督に会いたくないと思っているのは当然のことで、日頃から暴力等を受けていたのだから少しでも出くわさないよう出歩くこともしないのだろう。

 

 

「奴らは部屋にでも籠っているのか?なら叩き出してやらねぇとな」

 

 

 青年は艦娘の寮を勘だけを頼りに探していく。来たばかりで構造も知らぬ故に仕方のないことであった。だがそんな時にとある出会いをする。

 

 

「んぁ?なんだこのチビは?」

 

 

 曲がり角に差し掛かった時に、壁際に小さな影を見つけて目で追ってみた。向こうも気づいているようで青年が近づいても逃げずにこちらを見上げていた。その影は小人だった。小動物のような愛らしさを持ち合わせていたが、小人が存在するだなんて青年は聞いたことが……

 

 

 いや、待てよ。このチビ……もしかして……妖精か?

 

 

 青年は先輩から教えられたことを思い出した。深海棲艦や艦娘が現れたと同時に妖精の存在が確認される。よく物語に出てくる妖精と同じで小さな体に人間と同じ姿をしている。艦娘には妖精が見えるようで、妖精が居れば艦娘達が強くなるのだとか。人間も見えるらしいが実際に見えたと報告された人間は少ないとも聞いた。我らが美船元帥はその一人であるとも教えられていた。

 青年的には美船元帥のことを慕っている訳ではない。寧ろいけ好かないと思っていた。元帥は珍しい不細工な女性であり、青年が訓練学校生の時に演説に来た時も気持ち悪い顔の上司の下で働くなど嫌だとか色々同期と話していたぐらいだ。しかし今の青年からしたら大和撫子の美人にしか見えないのだから複雑な気分だったが、それは今置いておくことにして話を戻そう。まさか妖精が自分にも見えるとは思っていなかったので、少々驚いてしまい、一応念のために聞いてみることにした。

 

 

「おい、チビは妖精なのか?」

 

 

 威圧感を出した言い方にビックリしたのか妖精は身を縮こませてしまう。これには青年はまずいと思った。

 

 

 妖精は艦娘共にとって必要な存在だ。確か艦娘共が使っている艤装や鎮守府の設備などには妖精が必要になってくると美船元帥が語っていた。妖精は気まぐれな奴が多くて、お菓子や甘い物が好きだとも演説で語っていたこともあったか?適当に聞いていたがここで役立つとはな。ともかくご機嫌を取った方が今後の俺の為にもなってくれるだろう。せいぜい利用させてもらうとするか♪

 

 

 ほくそ笑む青年は咳払いをして今度は優しく語り掛けてみる。

 

 

「ごめんよ妖精さん、驚かせてしまったようだな。俺はここの提督になる外道(そとみち)丸野助(まるのすけ)だ。よろしくな」

 

『「……ていとくさん?」』

 

 

 こいつも喋るのか。色々あり過ぎて驚けないな……言葉が通じるならやりやすい。

 

 

「そうだ提督だ。妖精さん君一人なのか?」

 

『「ほかにもいるよ。ほら」』

 

 

 小さな手を向けるとそこにはこちらを窺っている20~30の妖精達が暗闇から顔を覗かせていた。その光景がホラー的だったので青年はちょびっとビビった。

 

 

「こんなに……そ、それで君達は何をしているのかな?」

 

『「ていとくさんこそ、なにしてるの?」』

 

「俺は艦娘を探している。吹雪とか言う艦娘をな」

 

『「ふぶき?それならみなとにいるよ」』

 

 

 顔を覗かせていた妖精の一人が答えた。周りにいた他の妖精達も「みたみた」と主張し始めた。

 

 

 港にいるのか……俺を放ったらかしにして釣りでもしてんのか?とりあえず行くか。

 

 

「ありがとう妖精さん達、俺は港に行ってみるとするよ」

 

『「うん。あい」』

 

「んぁ?なんだその手は?」

 

『「おかしちょうだい」』

 

「お菓子?」

 

 

 妖精は小さな手で要求する。一人や二人ではなく全員がぞろぞろと青年の周りに集まって来てそれぞれ手を差し出して「おかし」と求めて来る。青年は困惑したが、確か美船元帥の演説中に妖精はお菓子や甘い物が好きで求めてくると言っていたのを思い出した。しかし今は手元にないので口約束することにした。

 

 

「今は手元にないんだ。後日な」

 

『「ええー!?」』

 

『「けち!!」』

 

『「びんぼうにん!!」』

 

『「たまなしやろう!!」』

 

 

 お前らお菓子が無いだけで言いたい放題しやがって!!ケチでも貧乏も結構だが、誰だ玉無しなんて言いやがった奴は!?態度コロッと変えやがって……!!

 

 

 お菓子をすぐに貰えないとわかると妖精達の抗議が殺到する。まさにその姿は我が儘な子供そのものだった。青年はイラっとしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。今キレてしまえば後々妖精達に協力を頼むのが難しくなってしまう可能性があった。ここは我慢して何とか後日埋め合わせをしよう。

 

 

「明日になったらお菓子をやる……沢山だ!一人一つではなく一人ずつ沢山のお菓子を腹いっぱい食わせてやるからいいだろ?!」

 

『「おおっ!?」』

 

『「ゆるす!!」』

 

『「やったー!」』

 

『「いいやつ!」』

 

『「ていとくさんおとこまえ!」』

 

『「おかしおかし!」』

 

『「うほ、いいおとこ♪」』

 

 

 妖精は口々に青年を称えている。中には踊り出す妖精もいた。先ほどとは態度が正反対の妖精達はやっぱり子供だった。お菓子ぐらいでこの騒ぎをするなど幼稚(ようち)だと思ったが、機嫌をお菓子で左右できるなら儲けものだと理解した青年に笑みがこぼれた。

 

 

 いかんいかん、チビ共には俺は()()()()()()()だと信じ込ませておかないとな。クヒヒ♪単純な奴らで扱いやすい……俺はなんてラッキーなんだ!これで艦娘共を強化できるかもしれないぞ!!優秀な戦果を見せつければあのいけ好かない元帥様も俺にはそうそう手が出せないようになる。軽視派の先輩方とつるんでいるから俺に監視の目を向けるに決まっているからな。少々問題を起こしただけでは退任できない状況を作って置けば保険がきく。保険って言うのはどの時代でも必要なもんだぜ。

 

 

 幸運な出会いに気分が良くなり鼻歌混じりで港に向かうことにした。夕暮れの空、そこには背を向けた吹雪が悲壮感を漂わせていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 夕暮れの明かりで海面が赤く染まる中、港に腰かけてぼんやりと海を眺め黄昏ている吹雪の姿があった。その後姿に儚さを感じさせる程に彼女の小さな背中が更に小さく見えた気がした。

 あれから吹雪はずっと考えていた。何故自分は生き残り妹達が沈んでいったのか、自分はまだ司令官のことを信じようとしているのか、叢雲の言う通り司令官のことを信じない方がいいのか……迷路に迷い込んだみたいに抜け出すことができずにいた。

 

 

 私は……どうしたらいいのだろう?私は司令官を信じたい……けれど……

 

 

「おい」

 

 

 また怒鳴られて……暴力を振るわれて……誰かが沈むことになったら……

 

 

「おい、聞いているのか?」

 

 

 みんな私のこと嫌いになるのかな?そうなってしまったら……嫌だなぁ。叢雲ちゃんにも嫌われて私は……一人ぼっちに……

 

 

おい餓鬼!

 

「ひゃあ!?」

 

 

 突如背後から声がして驚いてしまった。慌てて振り返ればそこにはギザ歯が特徴的で目つきが怖い男……新しくここA基地の提督となった青年だ。不細工には縁もゆかりもないと思っていたイケメン男性との出会い。ここへやってきた顔は怖いがイケメンに間違いない青年に誰もがドキッとするはずだが、それはまともな生活を送れていればの前提の話ではある。

 

 

 前提督も男性であったが、容姿が醜いだけで近づくなと言われたり、その顔が気に入らないと理不尽な扱いをされたことばかりである。全ての男性がそうとは限らないがここではそうだった。

 吹雪は青年の怒号に前提督から受けた仕打ちが脳裏に浮かんでしまい身が縮こまってしまう。今度の提督を信じたいと思う反面、体に染みついてしまった恐怖を拭うのは難しい。

 

 

「んぁ……確かお前は吹雪だったな?」

 

「は、はい……そう……です……」

 

 

 吹雪は正義感の強い元気な艦娘で()()()。しかし今の彼女には元気がない。こちらを睨みつける青年が前提督と重なってしまい恐怖心に押しつぶされそうになっていた。

 

 

 怖い……また殴られるのかな……やっぱりこの人も以前の司令官と同じなんですか……?

 

 

「……吹雪、他の艦娘はどこだ?」

 

「み、みんなは……」

 

 

 先ほどまでは食堂に居たが今はおそらく各自部屋に籠っているだろうと予想する。司令官が怖いのだ。少しでも関わる時間を減らしたい、会いたくないと吹雪もそう思っていたからだ。そのことを正直に言うつもりはない。今まで苦しい生活を共に歩んできた仲間を売りたくはない……しかし嘘を言えば後で知られた時が怖い。なんて答えればいいのか相手の気分を害さないようにするにはどうすれば……自然と言葉が出なくなり気づけば沈黙が流れてしまっていた。

 

 

「……チッ、吹雪全員どこかに集められる場所はないか?」

 

「食堂なら……」

 

「ならそこに全員呼んで来い。いいな、全員だぞ」

 

 

 そう言うと吹雪に背を向けて去ってしまった。ホッとしたが、後に何が待っているか……

 

 

 不安だらけの中で吹雪は食堂に全員を集める為に重い足取りでこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべ、食堂の場所わからねぇ!?吹雪の奴に案内させればよかったぜ……これもあのクソ猫のせいだ!!あいつのせいで散々な日になっちまったじゃねぇか!!」

 

 

 青年はまた吹雪を探す羽目になった。悪態をつきながら鎮守府内を走り回ることになる。

 

 

 ★------------------★

 

 

「俺が今日からここの提督になる外道(そとみち)丸野助(まるのすけ)だ。本来なら昨日既に着任しているはずだったのだが……緊急事態が発生して今日になった。しかしこれからは覚悟しておけよ艦娘共」

 

 

 息を整えて食堂まで辿り着いた青年は中へと入る。その瞬間に艦娘からの視線が集中する。熱い視線とはいかず、不安と恐怖を孕み、中には敵意むき出しの瞳に晒された。しかし青年はそんなことわかりきっていたことであった為に平然としていたが、挨拶が終わった頃に食堂に入った時点で感じていた違和感を前に内心困惑していた。

 

 

「おい吹雪、全員と言ったはずだが……これっぽっちか?」

 

「は、はい司令官様!吹雪及び以下五名これで全員です!」

 

 

 ビシッと敬礼をする。不安と緊張で固くなりつつも粗相がないように振舞う……が困惑していた理由はこれではない。ここは鎮守府のはず、決して大きくない鎮守府だが、あまりにも艦娘の数が少なすぎたのだ。

 

 

 前世の記憶の中でやっていた『艦これ』と言う名のゲームでその姿を見たことがある六人。吹雪に叢雲、睦月、時雨、夕立、電と言った駆逐艦娘しかいなかったのだ。

 

 

「たった六人……だと?」

 

 

 たった六人で鎮守府をやり繰りするなど困難なことであった。着任してすぐの状況ならまだわからないこともないが、前提督は一年以上ここに着任していた。激戦区でないものの、その間にも深海棲艦からの侵攻が何度もあったはずだが、戦力が無くては守ることはできない。しかしこの場にいるのは駆逐艦娘六人だけ、これで今まで守り切ることなど不可能である。問題を抱えた鎮守府だと聞かされていたが、詳しい内容までは聞かされていなかった青年は矛盾した状況に違和感を覚えた。

 

 

 餓鬼共が六人で今まで守り切れるわけがねぇ。前提督……きたねぇおっさんはどうやってこの鎮守府を回していたんだ?嫌な予感がするぜ……

 

 

「おい艦娘共、おっさ……前提督はどうやってここをやり繰りしていた?お前らだけでどうにかできる訳がねぇだろ?」

 

 

 疑問を投げかける。すると数名は瞳に涙が浮かび上がっていた。

 

 

「……あんたらのせいよ」

 

「叢雲ちゃん!」

 

 

 ボソリと出た呟きに吹雪は反応するが叢雲は構わず口が動いた。

 

 

「あんたらが私達を使い捨てにするからこうなったんでしょうが!頼んでも艤装を直してくれない、入渠すら許してもらえず大破のまま放っておかれて……挙句の果てにそんな状態で出撃させられて沈んでいったのよ!!」

 

「落ち着くっぽい!!」

 

「叢雲落ち着いてよ!!」

 

「む、叢雲ちゃん!?」

 

「はわわ……!?」

 

 

 青年に敵意むき出しにしていた叢雲が感情を露わにした。そのまま殴りかかってしまいそうなところを夕立と時雨に止められても敵意は消えなかった。睦月と電は不測の事態にどうしたらいいか混乱しているようであった。ここまで叢雲が感情を露わにしたのはやはり前提督の仕打ちと沈んでいく仲間達の姿を思い出して我慢できなかったのだ。羽交い絞めにされている叢雲を見下ろしながら青年は思う。

 

 

 敵意むき出しにしていたのは見てわかっていたが、物理的に攻撃しようとするなんてなんて野郎なんだ!?確かこいつは吹雪の姉妹艦の叢雲。性格は勝ち気で高飛車、態度もかなり高圧的だったな。それが前提督(おっさん)の機嫌を損ねた原因だな。容姿も酷い、性格もウザいなら損ねるのも無理ねぇわな……俺だってそうする。

 

 

 未だにこちらを睨みつける叢雲に視線を落としながら考え込んでいると気がついた。

 

 

 こいつ……ミニスカに黒タイツだと!?そ、そう言えばこいつ中破した時にくっきりと見える肋骨の持ち主だった。それにやや縦線が入るくらい引き締まった腹筋もあったな……

 

 

 視線はいつ間にか下から上へ、上から下へまじまじと観察していた。記憶と感覚が戻ってからと言うもの青年は今まで興味すら抱かなかった艦娘の体に自然と吸い込まれてしまう。ハッキリ言って可愛い。素朴な印象の吹雪も愛らしさがあったが、素朴とは真逆の派手さが目を引く。特に黒タイツ越しから見える太腿が魅力的。

 

 

「あ、あの……司令官様?鼻血が……」

 

「――ッは!?」

 

 

 電の指摘に慌てて鼻血を拭い去る。駆逐艦娘から視線を感じるが慌てて咳払いをして話題をかえる。

 

 

「ゴホン!まぁ以前の提督がやっていたことはわかった。だが、それは以前のことだ。俺は関係ねぇ」

 

「あんたも同じなんでしょう!私達を使い捨てにして変わりがいるから沈んでも大丈夫、醜いから別に沈んでも構わないとか思ってんでしょう!そういう顔しているのよあんたは!!」

 

「こ、こいつ……!?」

 

 

 青年は叢雲の態度に激怒しそうになった。しかし視線に映った影に気づくと言葉の飲み込んだ。それは妖精達がこちらを物陰から観察している姿だった。きっと騒ぎを聞いて見に来たのだろう。艦娘なら沈んでもまた建造すればいいと言う考えを持っているし、軽視派だったのだから当然その非道ともいえる考えを持っていてもおかしいことではない。だが妖精は青年にとって手放せない存在だ。昇進に直結するかもしれないし、おそらく美船元帥からマークされていることは薄々感じている。軽視派ではあるが、この鎮守府A基地を任せられるのは自分しかいない為に手が出せないように保険をかけるには妖精の協力が必要なのだ。

 妖精は艦娘の味方であり、艦娘を蔑ろにする人間には懐かない。妖精達から青年は()()()()だと思われているはずである。妖精が離れていってしまえば青年の昇進の夢も崩れてしまう。

 

 

 憎たらしい餓鬼だがチビ共が見ている……クソ猫だけならずチビ共にまで監視されての生活か。ウザってぇ……が、機嫌を損ねるわけにはいかねぇな。癪だが……

 

 

 怒りを抑え込み羽交い絞めにされている叢雲に対して頭を下げた。突如の行動にその場にいる全員が困惑しているのがわかった。

 

 

「悪かった。訓練学校を卒業しての新米提督だが、俺も提督だ。前提督の行って来たことに対して謝罪したい。前提督の不祥事によってお前達の信頼を失ってしまった。だが、これからは俺はお前達の為に尽くすつもりでいる。右も左もわからない提督だが……それでも信じてほしい」

 

「そんなの信じられる訳は……!」

 

「すぐにとはいかないのはわかっている。だからゆっくりとで良いんだ。俺もすぐにとはいかないがお前達の待遇を改善するのを約束する。それまでは辛いことを言うかもしれないが我慢してくれ。この通りだ」

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 場は静寂に包まれた。前提督の横暴さを目の当たりにしてきた吹雪達は呆気に取られていた。艦娘を使い捨ての道具だと見下して来たのにこの青年は頭を下げ、前提督の不祥事に対して謝罪したのだ。

 

 

「……司令官様」

 

「俺のことは司令官様と呼ぶ必要はない。提督でも司令官でも好きに呼べ。堅苦しいのは抜きにしよう。これからお互いに支え合っていく仲なのだからな」

 

「司令官……はい!」

 

 

 吹雪は敬礼する。その瞳にはまだ不安は残っているものの期待を孕んだものだった。

 

 

「他の皆も遠慮することなどない。これからは上司と部下の差はあるものの先ほど言った通り支え合っていく仲なのだ。だから敬語なんて使うんじゃない。業務では立場上必要ではあるがそれ以外なら問題はない。わかったな?」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 時雨達も不安は残っているようだが、吹雪と同じく期待が籠った瞳をしていた。

 

 

「叢雲も今は構わない。だが必ず俺が変えてやる。だから……協力してくれ」

 

「……あんたを信じていないわ。でも必ず待遇を改善するのよね?嘘ついた時は……」

 

「嘘ではない。必ず今の環境をマシにしてやるよ」

 

「……ふん」

 

 

 叢雲は相変わらず敵意をむき出しにしていたが、大人しくなった様子でこの初日の騒動は幕を閉じた。明日から青年は艦娘達と明るい未来へと共に歩み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてな!外見だけいいようにしておけば俺が善人に見えてチビ共は協力してくれる。餓鬼共は俺がいい人間だと思い込み昇進の為に貢献してくれる良い道具ってわけだ!我ながら恐ろしいぜ。せいぜい俺の為に役立ってくれよな艦娘共♪

 

 

 ほくそ笑む青年の素顔は誰にも見られることはなかった。艦娘達を表面上騙して内心では自分の為の便利な道具として扱う計画が進められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちくしょう~!餓鬼の癖して愛らしい容姿をしやがって!これも全部クソ猫のせいだ。俺はロリコン野郎じゃねぇんだ……だが、なんだよあの愛らしさは!?抱きしめてぇよぉおおお!!!

 

 

 青年の中で危ない何かが生まれようとして悶絶していた姿は誰にも見つかることなく済み、執務室で一夜を過ごした。

 

 



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0-4 腹が減っては戦はできぬ

ブラックな鎮守府に着任した青年は驚きの事実を知る。


それでは……


本編どうぞ!




なんじゃこりゃ!!?

 

 

 ここ、○○鎮守府A基地に青年の声が響き渡った。

 

 

「し、司令官なにかありましたか!?」

 

 

 昨日の出来事で不安は残るにせよ、青年に期待を込めている吹雪は響き渡った声を聞いて寝ていた体を慌てておこした。急いで食堂の調理場に姿を現したのだ。

 

 

「これはどういうことだ!?なんで食料が全部レーションなんだよ!!?」

 

 

 青年が手に取っていたのは段ボール箱に無造作に入れられていたレーションだった。レーションは吹雪達にとって唯一の食料だった。艦娘は最悪食事を摂らなくても生きていけることが判明しているが、食事を摂らないと人間と同じく様々な問題が発生し、戦力にも影響を及ぼしている。前提督は不細工である艦娘達にまともな食事を与えることはしなかった。使い捨てなのだから残飯すら勿体ないと自分だけは豪華な食事を摂り、艦娘にはレーションで十分だと考えていたようだ。吹雪には見慣れたものだが、青年にとっては死活問題だ。

 

 

 俺もこれを食べろと?ふざけんな!このレーションすっげぇ不味い奴じゃねぇかよ!?毎日レーションとか死ぬだろうが!!思った以上に最悪の環境じゃねぇか!!?おのれ……先輩方はこれを知っていて放置したのか!?せめて俺だけでもまともな飯にありつけるようにしてほしかったぞ!!

 

 

 青年は前提督だけ満足な食事を取っていたことを知らない。提督である自分もこのレーションで生活せねばならないと思い込んでしまった。

 

 

「これを毎日食べていたのか!?」

 

「は、はいそうです」

 

「くぅ……はっ!?吹雪、ちなみにお前達寝床はどうしている?」

 

「寝床……ですか?」

 

 

 吹雪は意味がわからなかった。何故寝床について提督は聞いてきたのか。

 

 

「レーション生活なんて正気じゃねぇ。この鎮守府に正常な場所はあるのか?お前達の寝床には布団とかは当然あるよな?」

 

「布団?布団とは……あのフカフカした感触がある……あれですか?」

 

「当たり前だろ。まるで見たことないようなことを言うな」

 

「見たことはあります……けど触ったことはありません」

 

「……はっ?」

 

 

 吹雪はこの鎮守府で建造されたが待遇は悪く、艦娘は使い捨てだからと生活品まで不要だと判断されていた。故に布団で寝たことは無いと言う。青年は吹雪の答えに言葉を失っていた時に誰かが食堂の扉を開いた。

 

 

「むにゃ……吹雪ちゃんどうしたの……にゃ!?提督!!?」

 

「おはようございます……なのです!」

 

 

 寝ぼけながら食堂の扉が開かれ調理場に居た青年を発見した睦月と電は慌てて姿勢を正した。やはり前提督の影響が残っており、昨日の期待は嘘だったのではないかと思うところもあるようで体が小刻みに震えていた。だが、青年にとって今はそれどころの話じゃない。これから毎日食べるはずの食事がレーションだけ、吹雪の衝撃発言に頭がいっぱいであったがそんな時だ。

 青年は頭に軽い重みを感じた。吹雪達がこちらを見て驚いている様子であり、何かと思ってそれを摘まんで見れば妖精であった。その妖精は摘ままれながら吹雪達を指さした。

 

 

「俺に何の用だチ……何の用かな妖精さん?」

 

 

 妖精の機嫌を損ねないように昨日のことを思い出し言い直す。

 

 

『「かんむすのへやをみて」』

 

「部屋?」

 

 

 妖精は何かを伝えたい様子でつぶらな瞳で見つめて来る。小動物に見える愛らしさに青年の胸がキュンとしてしまった。

 

 

 かわいい……はっ!?バカか俺は!チビなんかに心許してなるものかよ!決してロリコンではないからな。それはそうとチビの言うには吹雪達の部屋を見に行けと言うことだな?俺に何を期待しているんだこのチビは?とりあえず機嫌を損ねない為にも言うことを聞くしかないか……

 

 

「おい吹雪、お前達が寝ている寝床を今から視察しに行くぞ」

 

「ええっ!?で、でも司令官……」

 

 

 ええい、何故悩む!俺は腹減っているんだ。早くしないとレーション飯になるだろ早く案内しろよ!!

 

 

「早く行くぞ吹雪、急がないと朝食が不味いレーション飯になってしまうだろ!」

 

「し、司令官!?」

 

 

 オドオドしていた吹雪がもたついていた為、青年は寝床へ案内させる。その過程で無意識に吹雪の手を取ると言う形でだ。吹雪が何やら言っていたが途中から聞こえなくなり青年は気にも留めず寮へと向かって行く。その間、吹雪はなすすべもなく引かれて食堂から姿を消した。その後を唖然と見つめていた睦月と電。

 

 

「にゃしぃ……提督は妖精が見えているみたい」

 

「なのです……それに睦月さん見ましたか?」

 

「提督が吹雪ちゃんの手を握っていた気がした……あれ睦月の錯覚?」

 

「違うのです。電もハッキリ見ました。今度の司令官さんは……信じてもいいかもしれないのです」

 

 

 睦月と電は艦娘寮へと向かった青年と吹雪の後を追った。

 

 

 ★------------------★

 

 

「叢雲ちゃんは行かないっぽい?」

 

「誰が行くもんですか。それと吹雪はどこ行ったの?」

 

「吹雪は真っ先に向かったよ。睦月と電もね」

 

「はぁ!?なんで行ったのよ!!?あいつなんて放っておけばいいのに!」

 

 

 朝、提督の声が鎮守府内に響き渡り吹雪達が向かって行った。何があったのだろう?

 

 

 昨日新しい提督が着任した。初めて見た感想は鼻血を出していた。吹雪が言うにはいきなり鼻血を出して倒れたとか……どういうことかわからなかったけど、とりあえず吹雪と夕立と協力して執務室へと運んだ。男性に触れて良いのか思ったけど緊急事態だから仕方なかったし、前提督も男性だったから正直嫌だった。

 

 

 僕は前提督が嫌いだった。僕だけじゃなく夕立もみんなも当然好きじゃなかった。男性は僕たち艦娘に対して優しくしてくれないし、同じ女性であっても容姿の優劣で上下関係を決める人ばかりで、どうしてこんな人たちの為に僕たちは戦っているのだろうと思ったこともあった。今度やってくる提督もそんな人なんだろうなって心の底では思っていたんだけど、叢雲が提督に食い掛ったのを取り押さえていた時に提督が鼻血を出していたのを見たんだ。みんなどうしたのかと唖然としていたけど、その時の瞳を知ってる。

 前提督が女性の裸体が晒された如何わしい本を眺めていた時と同じ瞳だった。性的に女性を見る男性の瞳だったのだけれど……僕たちは美人じゃない。前提督が眺めていた本に載っている人だって美人だったし、不細工な女性に対して優しく対応してくれるのは少ない。表面上はそうでも内側は違ったりすることだってあるみたい。だから提督のことを不思議に思った。叢雲を性的な目で見てる?なんて思ったけどそんなことはない。叢雲には失礼だけど僕たちにはそう言った希望は万に一つも可能性はない……ないはずなんだけど腑に落ちない。

 

 

 外道提督は何かが違う。僕はそう思っている……何かがわからないけどね。

 

 

 時雨も青年のことを信用した訳ではない。しかし彼女が思うのは何かが他の提督と違うと言う曖昧な答えだが、期待を僅かに抱いているのは確かだった。

 

 

「邪魔するぞ」

 

「……えっ?」

 

 

 いきなりドアが開かれたと思えば噂をすれば何とやら……青年がそこにいた。時雨だけが驚いたのではない。この場に居た夕立も叢雲も驚いていた。急に現れたことに対してであったが、それよりも注目する光景がある。視線を青年の顔から下へ腕から手へと向けると別の手が繋がれていた。その手から腕へと視線は上がり、確かめるとそこには真っ赤になっていた見知った顔があった。

 

 

 ……えっ、吹雪?えっ?ど、どういう状況?僕は幻を見ているのかな?提督と吹雪が手を繋いでいるように見えるけど……夕立は固まっているね。叢雲は……うん。そんな崩壊した顔なんて見せないでほしかったな。それに提督の頭に乗っているのってもしかして妖精?

 

 

「おいお前ら何を固まっている?折角俺がお前らの寝床を見に来てやったって言うのに」

 

 

 唖然とする艦娘達を尻目に青年は手短に何があったのか説明した。

 

 

 提督が言うにはレーションしか食べれない今の環境がおかしいみたい。僕は初めからレーションしか食べたことなかったし、食べさせてもらえなかった。だからもう慣れて作業と同じ感覚で食堂に行ってはレーションを食べてそれで出撃、帰ってお腹が減っていてもレーションだけのそんな毎日だった。初めは美味しくないレーションの味に嫌だなと思いながらも毎日続けば何も感じなくなる。だから味なんてもうわからなかった。提督は食事を改善そして僕たちの寝床の視察に来たみたい……提督驚いているね。まぁ……うん、酷いもんね。

 

 

 辺りを見回してみると小汚い部屋っと言うよりも倉庫だった。所々シミや汚れが目立ち、壁が変色しており不潔感丸出しで見るだけで気分を害しそうになる。青年も頭に乗っていた妖精もあまりの汚さに顔をしかめているぐらいだ。

 

 

「なんだこの汚い壁は!?それにここ倉庫じゃねぇか!?カビも生えていやがるし汚ねぇ……誰がこんな鎮守府にしやがったんだ!!?」

 

「前提督ですよ、提督」

 

「それもそうだったな……って何を冷静に答えている時雨!これは死活問題だろう!だから妖精さんが艦娘共の部屋を見ろと言ったんだな?」

 

『「そだよ」』

 

 

 提督が頭に乗っている妖精と話をしている?妖精の言葉は艦娘である僕たちには聞こえない。身振り手振りで何を伝えたいのか把握するしかないけど、人で見える人の中には言葉で意思疎通できる人物もいるとか聞いたことがある。すると提督は……その人物ってことで……妖精はいい人の傍に集まる。前提督は妖精が見えていなかったみたいだし、僕が建造されてからも妖精がここに居たところなんて見たこと無かった。

 提督になるには妖精が見えなければならない……それは絶対じゃない。昔は結構妖精が見える人が居たみたいだけどみんなやめていったんだって。理由は大体想像できるよ……現在提督の数が少ないって聞いたこともね。訓練学校を卒業して妖精が見えなくても提督になれると聞いた。でも外道提督は妖精が見えて意思疎通ができる。それに僕の()()を憶えていてくれていた。前は「そこのお前」とか「ブス」しか言われたことが無かったから……だからなんだか気分がいいよ。

 

 

 妖精とやり取りしている青年の姿を見て時雨は思うことがあった様子だ。そんな時雨とは裏腹に叢雲がようやく現実へと意識を取り戻した。

 

 

「ちょ、ちょっと妖精がいる!?えっ、吹雪あんた……こいつと手を……えっ、ええぇ!!?」

 

「手だと?何を言って……んぉおおお!!?」

 

 

 提督が慌てて手を離した。今まで気づいていなかったのかい?でもどうして満更でもなさそうなの?吹雪の方もさっきから真っ赤な顔をしている。まぁ、提督はちょっと怖いけど僕たちと違って顔はいいからね。それに男性に触れられるなんて……ちょっと羨ましいと思う僕はおかしいかな?昨日会ったばかりなのになんだろうね、安心感があると言うか……よくわからないや。

 もしかしてこの人なら本当に変えてくれるかも……信じていいかもしれない。こんなことで提督を信じようとするなんて僕ってちょろいのかな?でも……そうなったらいいな。

 

 

 今までは恐怖に怯える毎日だったが、これから変わっていく気がする。時雨はこの瞬間とても心地よいと感じることができた。きっとこれは青年のおかげなのだろうか……彼女は提督となった青年に対して少し心を許してもいいかなっと思った瞬間だった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「吹雪ちゃん大丈夫?」

 

「ふぁ、ふぁい……だいじょうぶ……だぉ」

 

「重傷っぽい」

 

 

 フラフラ状態の吹雪は睦月と夕立が面倒を見ることになった。男性に触れられるなど暴力を受けた時しかなかったが、吹雪が感じたのは力強く温もりを感じる優しい感触だった。その温もりを感じていると段々体温が上昇していくのが頭ではわかっていても、青年は手を離してくれず寧ろこのままがいいとさえ思っていた。気づいた頃には吹雪はゆでだこになってしまっていた。

 そして青年も同じように湯気が頭から上がっていた。妖精もいつの間にか肩に移動しており、小さなうちわを仰いでいる。この鎮守府では決して見ることができなかった光景がそこにあった。

 

 

「……ゴホンッ!ええ……さっきのことは忘れろ。いいな吹雪?」

 

「ふぇ?」

 

「い・い・な!」

 

「ふぁ、ふぁい!!」

 

 

 無理やり話題を変えることにした青年は何事もなかったかのように振舞おうとするが、やはり恥ずかしいのだろうか吹雪と視線が合う度に二人は逸らしてしまった。

 

 

「提督さんも照れているっぽい?」

 

「ふふ、そうだね」

 

 

 その姿に夕立はポカンとしており、時雨はクスリと笑っていた。こんな温かい光景を見れるだなんて誰が想像しただろうか。この場の空気が柔らかくなった気がする。

 

 

「……それで、何の用なのよ?」

 

「さっき言ったろ。見に来たと」

 

「私としてはさっさと出て行ってほしいんだけど」

 

「はわわ……叢雲さん!」

 

 

 柔らかな空気になっても変わらない叢雲は反抗的な態度を見せる。慌てて止めに入る電だがそれでも態度を変えようとはしない。そんな叢雲に対して青年は内心昨日の件もあって、妖精がいなければ解体していたぐらいだ。いつか思い知らしめてやるっと意気込んでいたが、それはいつになるのやらわからない。少なくとも妖精がこの鎮守府にいる間は叶わぬ願いだろうし、青年が妖精をここから追い出すなど考えられない。

 妖精達の間で青年がいい人間だと噂が広まったことでどこからともなく集まりだしたようだ。己の所業がすぐに知れ渡ってしまう環境と化し、横暴な態度を取るに取れなくなり我慢するしかなくなった。仕返しなど遠く未来の話になりそうだ。

 

 

「……まぁ、寝床を見れたから出て行ってやるよ。しかしお前ら……昨日もここで寝ていたのかよ?」

 

「ふん!そうよ、それはここが私達の寝室だからよ」

 

 

 気丈に振舞っているように見えた叢雲であるが、彼女自身もここが寝室だなんて認めたくないのだろうが、今までここが彼女達にとって前提督から逃れられる唯一の安らげる場所であったのだから悲しいものだ。

 

 

「他にも部屋があるだろ?何故六人でこんな狭くて汚い倉庫で寝ていたんだ?」

 

「それは……電達が使い捨てだから倉庫にでも寝ていればいいって言われたのです」

 

「……他の連中もそうだったのか?」

 

「以前は僕たち以外にも十人で寝ていたよ。詰め寄って夏はよかったけれど、冬はみんな固まって温め合っていたぐらいだ。でも僕たちはまだマシな方だったよ……もっと酷い扱いを受けた子達は冷たい廊下で転がされていたから……」

 

「……」

 

 

 十人……今は六人しかいない。時雨の言葉にこの場にいた艦娘達が唇を噛みしめていた。辛く苦しい光景が彼女達の中で蘇ったのだろう……色々な感情が混ざった表情をしていた。青年はそんな彼女達を見て鬱陶しそうに吐き捨てる。

 

 

「……チッ、お前ら今日から別の部屋で寝ろ」

 

「えっ?いいっぽ……いいのですか?」

 

「提督命令だ。夕立、それに敬語を使うなと言ったはずだ。普段は気楽に接すればいい……()(へつら)っているようで目障りだからな」

 

「わかったっぽい!!」

 

 

 夕立は嬉しそうにしていた。青年にとっては吹雪達艦娘の士気が下がるのは避けたかった。昇進の為の戦力をこれよりも低下させてしまっては存続することさえ怪しい状況のこの場所だ。それに妖精の目もあるので環境改善しようとしただけだったのだが、結果的に彼女達の為になっていた。そして青年はこの時やるべきことが増えた。

 

 

「俺は少し出かけてくる」

 

「司令官……どこへ行くのですか?」

 

「ちょっとな。お前達は食堂で待ってろ。それと……妖精さん」

 

 

 妖精に耳打ちをして青年が何か指示を出したようだ。何やら「おかし」と聞こえたが詳しいことはわからなかった。それでも妖精が目を輝かせて青年から降りて敬礼をした後、どこかに去って行く姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は吹雪達を残し一人で鎮守府から出かけた。行き先も言わずに……

 

 

「司令官……」

 

「吹雪は心配?」

 

「うん、このまま帰って来なかったたらどうしようって。時雨ちゃんは?」

 

「僕は……提督のことを少しだけど信じようと思う。だから提督は帰って来てくれる……っと思いたい」

 

「電もなのです。妖精さんが見える人はいい人と聞いたことがあるのです。だから司令官さんはきっといい人なのです!」

 

「睦月も……まだ怖いけど、前よりも良くなりそうな気がする……にゃしぃ」

 

「夕立は名前で呼ばれたよ。提督さん夕立のこと憶えてくれているっぽい!」

 

「ふん!そんな単純なことで信用するだなんてバカじゃないの?どうせ私達が不細工だからって辞任表明でも大本営に申し出に行く気じゃないの?」

 

 

 なんだかんだ言っても六人とも青年を見送りに門前まで来ていた。彼女達は艦娘であり、裏切られようとも心のどこかで提督を必要としていた。心の拠り所である存在それが提督だ。反抗的な叢雲もきっと心の奥底では期待に応えてほしいと思っているのだろう。こうして誰一人として欠けることなくこの場にいることが証拠でもあった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「食え」

 

 

 食堂に青年の一言が刻まれた。集まっていた吹雪達は突然のことで反応が遅れたが、吹雪が口に出す。

 

 

「えっと……司令官これは?」

 

「どこからどう見ても弁当だろ?まさかこれも?」

 

「はい……」

 

「はぁ……」

 

 

 布団だけならず弁当もだったとは……ため息が出てしまう。その姿を見て、自分達に失望したのかと思うと吹雪はゾッとしたが、青年の口から出たのは思いもよらない言葉だった。

 

 

「とりあえず全員分買って来たから食え」

 

「「「「「……えっ?」」」」」

 

 

 吹雪達は何度目になるだろうか、またしても青年の言葉に唖然としてしまう。

 

 

 司令官が帰って来てくれてホッとしました。あのままどこかに行ってしまうのではないかと不安に思いましたが杞憂でした。でも司令官が帰って来たら手には山盛りに膨らんでいた袋を持っていました。そこから取り出したものを見て私達は息を呑みました。

 知識で知っていた程度でしたが、白い米……白ご飯からホカホカと湯気が出ていました。それだけではありませんでした。唐揚げ、野菜、漬物、そしてあれは……いい匂いが漂ってきます。もしかしてあれは……!

 

 

「あの……司令官、このドロドロした液体のようなものは?」

 

「吹雪お前……カレーも知らないのかよ……」

 

 

 カレー!?あの子供から大人までみんな知っている美味しい食べ物……いつかは食べてみたいと思っていました。けれど一生食べることができないと諦めていた……まさか司令官がカレーを用意してくれるなんて!!!

 

 

 吹雪達は皆お弁当に夢中になっており、中でもカレーが注目されている。ゴクリと喉を鳴らす夕立や睦月の姿は無理もないことだ。

 

 

 涎が出てしまう程に美味しそうです。朝は司令官の叫びで起こされて私達は朝食もまだでした。レーションを食べようか悩みましたが、司令官が「レーションは食うな」と念を押されて味は好きではないですが、司令官の命令だったのでみんな我慢していました。そしたらこれです。

 カレーを含め美味しそうなものが詰まったこれは()()()()と言うものらしいです。それとは別にお茶まで用意してくれて……司令官は私達に食べろと言ってくれました。みんなキョトンとしています。私だってこんなのを食べていいのでしょうか……?

 

 

「提督……僕たちはこれを食べていいの?」

 

「当たり前だ。その為に買って来たんだから」

 

「提督さん……お金はどうしたっぽい?」

 

「俺の自腹だ」

 

「そ、そんなことしちゃダメなのです!」

 

 

 みんな司令官の行動に唖然としているみたいです。電ちゃんはあたあたと()()()()を返そうとしましたが、司令官は受け取りませんでした。

 

 

「いいか、お前達はここの戦力だ。その戦力の士気が落ちた状態で勝利できるほど甘くはない。それに昨日言っただろ。これからは俺はお前達の為に尽くすつもりでいるっと……だからお前達は俺の為に尽くす。お互いに支え合っていこうって言ったばかりだ。忘れてたのか?」

 

「そ、そんなことないです……睦月感激です!」

 

「っと言うことでお前達には弁当を残さず食べてもらう。お茶のお代わりも自由だ。それでも腹が減っているのであればお菓子を摘まめ。妖精さんに大量に買って来たが、お前達の分も買ってあるからな」

 

 

 妖精さん達がわらわらと群がっている方を見ればみんなお菓子を手に取って喜んで食べていた。中には自慢げに両手にお菓子を持っている子も居て癒されます。

 私達が司令官を見送って戻って来たら妖精さん達が沢山居て、鎮守府内を掃除していました。私達の寝床であった倉庫もいつの間にか綺麗になっていて驚きました。きっと司令官が妖精さんに伝えたのだと思います。今日から倉庫で寝る必要がない……それを考えるだけで嬉しいです!それに妖精さん達だけでなく私達までお菓子を食べていいだなんて……

 

 

 喜びが溢れんばかりの吹雪とは対照的に叢雲は疑心暗鬼に飲まれていた。今まで人一倍酷い扱いを受けて来たのだから提督と言う存在に対して警戒するのも人一倍大きかった。

 

 

「……何を考えているの?」

 

「なんだ?叢雲は要らないのか?なら仕方ないレーション飯で我慢してもらうしか……」

 

「だ、誰も要らないなんて言ってないわよ!!」

 

 

 叢雲は反抗的な態度を取りつつも物欲しそうに弁当を見つめていた。その弁当に手が伸ばされた時、凄い速さで自分の弁当を守りぬいた叢雲は箸を手にした。そして青年の許可もなく、今も湯気が立ち上る白ご飯をカレーに付けて恐る恐るそれを食べた。

 

 

「――ッ!!?」

 

 

 そこからは止まらなかった。次々に弁当の中身を口に運んでいく様はまさに重機が土砂を(すく)い上げるが如く口の中がパンパンに膨らみ、叢雲の表情には薄っすらと涙まで浮かんでいた。

 

 

「お前達も食べろ。提督命令だ」

 

 

 吹雪達もその姿に圧倒されながらも許可が出たので口にした。そこからは全員とも重機のようであった。

 

 

 時雨も夕立も睦月も電も艦娘達が嬉しそうに弁当を食べていた。睦月と電は嬉し過ぎて泣きそうにもなっていたほどだ。叢雲も今までの鬱憤を晴らすかのように食べてもいいと言われたお菓子に手を伸ばして口に放り込んでいく。それにつられて時雨達もお菓子を食べて誰もが「おいしい」と口ずさんでいた。

 

 

 希望に満ちた食事がそこにあった。

 

 

 夢を見ているみたいです。温かい……いつもはレーションだけの少ない食事でお腹を誰もが空かせていました。けれどこれからはそうならないみたいです。お菓子もお茶もある……初めてです。こんなに美味しくて暖かい食事ができたのは。この司令官なら私達を助けてくれる。叢雲ちゃんも時雨ちゃんも夕立ちゃん、睦月ちゃんも電ちゃんも……この鎮守府は変わっていく。私は……吹雪は司令官のことを信じます!!

 

 

 吹雪達は初めてこの鎮守府に居て良かったと思えた。しかし環境改善は始まったばかりである。

 

 

「(……ったく、折角自腹でお前達に飯を食わせてやったんだからちゃんと俺の為に働けよな艦娘共)」

 

 

 青年は吹雪達の邪魔にならないように執務室でカップ麺を(すす)っていた。

 

 



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0-5 ブラック鎮守府に光あれ

投稿ミスってしまいました。これで直っていると思います。


問題が山積みの鎮守府で次に青年が目にするものとは……


それでは……


本編どうぞ!




 あわわ、ビックリしたのです!司令官さんが電達の為に()()()()()を用意してくれました。ご飯はホッカホカで野菜はシャキシャキ、唐揚げはジューシーでとても美味しかったのです!漬物も独特でカレーと一緒に食べた時の感動は忘れないのです!いつもはレーションだけだったので、量も少なかったのです。それに比べれば満足だったのですけど……電はお菓子が食べたかったのです。

 電達の分も買って来てくれていると司令官さんが言っていましたけど、皆さん夢中になって食べているので電の分がなくなるのかと思ったぐらいでした。手に取ると軽く薄い丸形のお煎餅から醤油の匂いが漂って来て我慢できずに食べたのです。お煎餅も初めて食べましたけど、醤油が甘くてパリッとする触感が堪らなかったのです!皆さんと一緒にこんな美味しいものを食べることができて電はとても幸せなのです♪

 

 

 食堂でお腹を擦っている電の顔は幸せそのものだった。初めてお腹が膨れるほどに食べることができて、味もレーションとは比べものにならないぐらい美味しいものであり、これは夢ではないかと思ったりもするが現実なのだと思うと涙がこぼれそうになっていた。

 

 

「提督さんやっぱりいい人っぽい!」

 

「そうだね、睦月もそう思うにゃ!」

 

 

 二人の笑顔を見ていると電も嬉しくなっちゃうのです。司令官さんのこと初めは怖かったけど、とても優しい方でした。今まで使い捨てだと言われて沈んでいった皆さんともっと早く司令官さんに出会って欲しかったのです。そうすれば天龍さんも龍田さんも……電達はこんな幸せを味わっていいのでしょうか……

 

 

 幸せそうな顔をしていた電の表情が曇る。思い出してしまったのだ。この鎮守府に残っているのはたった六人だけ、それまで何人の艦娘が沈んでいったのか。その中には電とも親しかった仲間もいた。その犠牲があって今の六人はここにいるのだ。誰もが心に傷を負っていた。そんな中に現れた青年の行動で少しだが救われた。しかし自分達だけが幸せになっていいのかっと思ってしまう。

 

 

「電ちゃん暗い顔しているけど……どうかした?」

 

「吹雪さん……電は幸せです。今とても幸せなのです」

 

「うん、私も司令官のおかげで幸せだよ」

 

「でも思うのです。電達だけこんなに幸せになっていいのか……天龍さんや龍田さん達は満足に食べることができなくて、美味しいご飯の味を知らずに沈んでいきました。電達だけが良い思いをして……皆さんに恨まれていないのでしょうか?」

 

 

 沈んでいった者達のことを思うと心が苦しくなる。それは吹雪も同じであり、姉妹艦が沈んでいる。電の気持ちが痛いほどわかる。わかるから吹雪は否定する。

 

 

「ううん、それは違うよ。天龍さんも龍田さんも電ちゃんに生きていて欲しかったんだ。電ちゃんを生かすためだけじゃなく、きっと幸せになってほしかったと思う。だってあの二人電ちゃんと一緒に居る時いつも笑顔だったじゃない」

 

「あっ」

 

 

 そうなのでした。天龍さんも龍田さんだけじゃなく、皆さんも過酷な環境で笑わなくなっていました。でもお二人は電達と一緒に遠征に行くときは笑ってくれました。「今だけは嫌なことを忘れられる」暗く辛い日々でしたけど、天龍さんと龍田さんと一緒に居る時は気持ちが楽なのでした。

 

 

「だからね二人の分……ううん、みんなの分まで幸せになろう。電ちゃんが笑っている姿をみんなは見ていてくれるよ……きっとね」

 

「吹雪さん……はい!なのです!!」

 

 

 天龍さん、龍田さん、それに皆さんの為にも電は笑うのです!そして……電達に幸せをくれた司令官さんを支えるのです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんじゃこりゃ!!?

 

「し、司令官、今日でそれ二回目ですよ」

 

「そんなことは気にすんな。それよりもチb……妖精さんから呼ばれて来てみればなんだこの有様は!?入渠ドックが一つもないとはどういうことなんだよ!!?」

 

「そ、それは……」

 

 

 カップ麵を(すす)り終わり、汁だけが残ったカップに虚しさと財布の中身を見比べながら黄昏ていた時だった。チビが現れて青年に来て欲しい場所があるらしく向かえばそこは入渠ドックだった。しかし最低でも二つドックが常備されてあるはずが驚くべきことに一つもなかった。正確には元々は二つあったであろう入渠ドックは、その両方とも明らかに事故とかではなく人為的に壊された形跡があった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「あ、あの……電達はその……使い捨てだったので……」

 

 

 青年は妖精に連れられてドックに向かっている途中で吹雪と電に出会い、ドックを見に行くと伝えたらついて来ると言った。初め青年はついて来るなと断ったが、電は提督である青年の役に立ちたい思いに駆られていた。否定されてしまい今にも泣きだしそうになった様子に、慌てた青年が許可を出すと笑みを浮かべていた。こうして三人でやってきたのはいいが、青年が見たのは人為的な破壊により使えなくなっていた入渠ドックで電がこうなった訳を話してくれた。

 

 

 自分達は使い捨ての為の消耗品、壊れても代えは効くと前提督はその主張を変えなかった。そんな男の下で何とか帰って来れたとしても大破状態の艦娘達、その状態で出撃させられて轟沈していく仲間達をみすみすこのままにしておけなかった一部の艦娘達が前提督に内緒で入渠ドックを使っていたことがバレてしまう。怒りをかってしまい入渠ドックは壊され、その艦娘達は解体されてしまったと言う何とも残酷な話であった。語るにつれて電は涙を流しながら喋るのも辛い状態で吹雪が補足して実態が明らかになった。

 

 

 解体……艦娘を資材に代える作業のことだが、解体することは資材を得る代わりに命を失うと言うことだ。艦娘に対して命と言う言葉を使うのは適切かどうかはこの際は置いておこう。もし例えるならば人間にならば臓器を資材に例えれば、手術に使える臓器を手に入れられる代わりにその臓器の持ち主は死ぬことを意味している。これでも表現は優しい方だ。現実を言えば燃料や弾薬を得るのに一人の命を引換券として取り扱っているのも同じである。つまり前提督によって何人かの艦娘は犠牲になってしまったのだ。もし人間ならば大事件であるが艦娘は人間ではない為に合法なのである。醜い消耗品である彼女達に突き付けられた現実は辛すぎた。

 

 

 チッ、前提督のおっさんは無能だったのはわかったがこれ程とはな。艦娘には練度があって沈めばたとえ同じ艦娘が建造できたとしても練度は初めから、時間も資材も節約どころか消費が増えるのは餓鬼でもわかるぞ。おっさんの無能な運営でドックは使えず、戦力を自ら捨てているのと変わりない捨て駒戦法……これでよく反乱を起こされなかったものだな。先輩め、最悪な場所に俺を送り込んだな。こんなのはじめからスタートするのと変わらないじゃねぇかよ!

 

 

 青年はこの鎮守府に置かれた事実に舌打ちする。あまりの前提督の無能さに苛立ちを感じながらも自分には頼りになる妖精がいる。昇進の為の駒として利用する青年の味方である妖精は彼の言うことならば聞いてくれる。妖精が居なければこの鎮守府は終わっていた。そんな状況を打開する為にお願いをする。

 

 

「おいチb……じゃなくて……妖精さん、このドックを直してくれないか?」

 

『「なおしたいけど、しざいたりない」』

 

「なに?資材が足りないだと?資材が必要なのか?」

 

『「うん。0から1はつくれない。いまのびちくだと、ひとつしかなおせないよ」』

 

 

 チビが言うには直すために資材が足りないらしい。直せたとしても一つだけだと言うことだ。大体予想はしていたが備蓄も底を尽きそうらしい……チビはこの現状を見てもらいたかったのか?

 

 

 そう視線で訴えかけると妖精は首を縦に振った。わざわざここまで連れて来ずに言葉で説明しろよなっと言いたかったが、相手は妖精である為に下手に出なければ機嫌を損ねてしまうかもしれない先入観もあり扱いは慎重だ。だが困ったことになった。備蓄がないのならば手に入れなければ昇進どころか維持することもできずにここは終わりだ。

 

 

「あの司令官、妖精さんは何と言っていますか?」

 

「今の状態だと資材が足りなくて一つしか直せないだと、だが最悪の事態は避けられた。一つあれば何となる」

 

 

 青年は難を示したが、一つあれば大破しても直すことができる。六人しか艦娘がいないこの鎮守府で交代での入渠となるが無いよりもいい。折角引き上がっている練度と艤装を失うわけにはいかない……代えだって数が多ければ馬鹿にはならないのだ。だが残りの少ない資材を消費してドックを一つ直せるならば安いものだ。資材が溜まったら後々直していけばいいだけのことなのだから。ひとまず安心できるかと思っていたが、その横で申し訳なさそうに吹雪が言葉を付け加える。

 

 

「それで……その……司令官、まだ問題があります」

 

 

 ここは前提督の所業で落ちぶれた鎮守府……まだまだ見ぬところに問題は山ほどあった。

 

 

 艤装もまともに整備されておらず、数もほとんど残っていない。整備する担当もいなければ艦娘達の食料も毎日弁当でもいいが費用が掛かり過ぎて青年の給料では養えない。今の鎮守府には妖精がいるが、ゲームのように無償で直せるわけはない。ここは前世のゲーム内と違って青年にとっては現実なのだ。直すには資材が必要で、建造施設だけがまともに稼働できる状態であった。これは使い捨ての駒を量産できるようにしていたのだろうが、資材が無ければ建造すらままならない……きっと私利私欲の為に資材をどこかに横流しでもしていたに違いない。六人の中では古参の吹雪が自身が知っていることを話してくれた。

 

 

 青年は頭が痛くなる。提督になって深海棲艦を打ち倒し昇進、しまいには英雄と称えられて贅沢三昧の日々を味わえると妄想していたのに着任してみればあまりにもかけ離れた現実だった。軽視派の先輩方に目をかけられ提督の座を手に入れることはできた。その先輩方が自分に与えてくれた鎮守府が問題が山積みと聞いていたが、こんなにも杜撰(ずさん)なものだったとは思わなかった。認識が甘かったのかそれとも先輩方はそれを知っていてわざと着任させたのか……考えたが今はそんなことどうでもいい。ここに着任してしまった以上逃げると言う算段は青年には無い。

 

 

 逃げるなんてできるか。折角手に入れた俺だけの鎮守府だ。ここにあるもの全て俺のもの、誰にも渡すものかよ。

 

 

 そう決意をしても現状最悪の状態だ。問題を起こした鎮守府なだけあって大本営からの資材の仕送りも現在無いとのことだ。青年の記憶ではゲーム内の資材は自動的に少量ずつではあるが回復していた。しかしそれが現実になってくると仕送りされていたことに繋がっている。その仕送りが無いと言うことは資材が無くなれば詰みである。資材がないと出撃もできなければ、工廠も使えず、入渠すらままならない。ゲームと違って現実は甘くない。

 

 

「……はぁ……妖精さんはとりあえずドックを直してくれ。備蓄のことは心配するな。何とかするから」

 

『「りょうかーい!」』

 

 

 青年に敬礼を返し、仲間の元へとかけていく。少し遅い朝食の時に大量のお菓子を貰った妖精達はやる気満々であった。あちらは妖精に任せておけばいい。後は備蓄についてやりくりする必要がある……あまりの問題の多さにうっかりため息が漏れる。

 

 

「はぁ……」

 

「あの、大丈夫ですか司令官?」

 

「……何がだ?」

 

「お疲れのようでしたので……私にできることがあれば()()()()言ってください!」

 

「電も司令官さんの為に頑張るのです!だから……な、()()()()言ってほしいのです!」

 

「……()()()()……だと……!?」

 

 

 吹雪と電の()()()()と言う言葉に反応してしまった青年は慌てて頭を振った。

 

 

 一瞬俺は()()を考えていたんだ……いや、何を考えていたんだ!?餓鬼相手になんてことを考えてんだよ!?ロリコン野郎なんかじゃねぇ。YES!ロリータNO!タッチ……ってだから俺はロリコン野郎じゃねぇんだよ!!NO!ロリータNO!タッチだ!!!

 

 自分の気持ち悪さに嫌気がさした。子供にしか見えない駆逐艦娘相手に()()を妄想してしまったのはきっとこれも愉悦猫のせいだ……そう言うことにしておこう。

 

 

「……だ、大丈夫だ。色々やることが明るみに出て少し悩んだだけだ。お前達はお前達のやれることをやればいい。それにお前達の手を借りる時が必ず来るから急ぐ必要はない。自分のペースを守ればいいさ」

 

「……司令官!!」

 

「司令官さん……はい、なのです!!」

 

 

 吹雪と電は青年の様子が気になった。軍人と言えども訓練学校を卒業したばかりの新米提督で慣れていないこともあり疲れているのかと心配になり、少しでも元気を取り戻してほしかった。以前ならばこういったやり取りさえ許してもらえず、醜いと言う理由で避けられ、視界に入るだけで気持ち悪いと殴られたりもした。男性は傲慢な性格の人間が多く、気に入らないと手を挙げる。不細工だから醜いからと言う理由で吹雪達は酷い目に遭って来た。しかし青年は自分達の為に食事を用意してくれて鎮守府を妖精に頼んで綺麗にしてくれた。それだけでなく、こうして怯えることもなく会話することができているのが吹雪と電は嬉しかった。

 吹雪は青年のことを信じようと決めた。この人ならきっと大丈夫だっと、この場にいる電もそう思っている。

 

 

 ……やりにくい。こいつらの笑顔が眩しいのは光の反射……ではなさそうだな。なんで俺なんかに笑顔を振りまくかねぇ、騙されているとも知らないで。まぁ……今だけは付き合ってやるよ。お前達の()()()()()ってヤツにな。どうせ俺が英雄になれば、お前達とはおさらばだからよ。

 

 

 そんな決意を抱いている時に入り口から駆け込んで来る時雨達の姿があった。夕立と睦月に手を引かれながらも叢雲も一緒だった。彼女達は青年を見つめると迷わずこちらに向かって来て敬礼をした……叢雲以外は。

 

 

「提督、探しました」

 

「んぁ、なんだ?」

 

「その……提督に伝えたいことがあります」

 

「俺に?なんだ?」

 

 

 入電でもあったのかと青年は思った。だが時雨達から伝えられたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、()()()()()美味しかったよ。僕……初めて食事がこんなに美味しいんだって思えたよ」

 

「夕立も初めてお腹いっぱいに食べれたっぽい!提督さんのおかげだよ!!」

 

「睦月も提督に感謝するにゃしぃ!」

 

「……」

 

「ほら、叢雲ちゃんもお礼を言うとよいぞ」

 

「だ、誰がこいつなんかに……!!」

 

「でも感謝しているよね?お腹いっぱいでまた食べたいなぁって言ってた……もう次からいらないっぽい?」

 

「――ッ!?だ、誰がいらないなんて言うのよ!?わ、わかったわよ言えばいいんでしょ!!」

 

 

 夕立と睦月の影に隠れていた叢雲は二人に突き出される形で前に躍り出た。その顔は真っ赤に染まっており羞恥心にかられているようで、青年を何度も見ては視線を逸らしていたが、しばらくして意を決したのか口が動いた。

 

 

「……あんたのおかげでお腹は膨れたわ。そ、それに……美味しかったわよ。次もこれぐらいの食事を提供しなさいよね」

 

 

 そう言い終わると背を向けてしまう。その光景に時雨達はクスクスと笑みを浮かべており、それを叢雲は真っ赤な顔で睨んでいた。

 

 

「電もあの……お、お菓子も……嬉しかったのです!」

 

「司令官、私もカレー美味しかったです!私……司令官がここに来てくれて嬉しいです!だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ありがとう(っぽい)(なのです)(にゃしぃ)」」」」」

 

「……ふん、お礼なんて私は言わないから」

 

「叢雲ったら……言いたかったことはそれだけ。ごめんね提督」

 

「………………………………………………」

 

「あれ?提督どうしたのにゃ?」

 

「……いや、別に……それよりもやることが山ほどあるんだ。お前達にはやるべきことをやってもらうから覚悟しておけ。これからは忙しくなるからな」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

「……ふん」

 

 

 暗く海底に沈んでいるような鎮守府に海上からの光が差し込んだように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちくしょう、餓鬼の癖にいい笑顔しやがって。たった一度の飯ぐらいで礼なんか言ってんじゃねぇぞ餓鬼共が……いつか解体してやるぞ。それまでは利用し続けてやるからな!!!

 

 

 吹雪達の前を歩く青年が照れているようであったが、誰も気づくことはなかった。

 

 



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0-6 きっと救われる

変わりつつあるのは鎮守府だけではない。艦娘の心も変わることができる。


それでは……


本編どうぞ!




「凄いです司令官!まるで新築みたいです!」

 

「妖精さんって凄いんだね。たった一日でこんなに綺麗になるだなんて僕思わなかったよ」

 

 

 睦月は今、提督に連れられて妖精さん達によって綺麗になった施設を見て回っているけど……凄い!ここにはいい思い出がない……汚くて辛い思い出ばかりだった。けど吹雪ちゃんが言うようにまるで新しく建った建物みたいになって、時雨ちゃんやみんなも驚いているにゃ。

 

 

 青年は吹雪達を引き連れて鎮守府内を見て回った。お菓子を腹いっぱいに貰った妖精達は凄かった。

 

 

 鎮守府内の至る所にこびり付いた汚れやシミ、劣化した壁や亀裂、カビだらけの床や不要になったゴミを全て短時間で終わらせてしまったのだ。艦娘であっても大人数の人間であってもこれほどの短時間で直してしまうなどできないことをやってのけたのだ。

 

 

「す、凄いな。流石にここまで綺麗になるとは思ってもいなかったぞ」

 

 

 ピカピカにテカリのある床や壁に変貌した内装に少々の戸惑いを感じる青年だが、汚いよりかは断然いい。

 

 

「妖精さんは凄いのです!これでもう大丈夫なのです!」

 

「うん!これでもう気持ち悪いトイレに行かなくて済むっぽい!」

 

「はわわっ!?夕立さんハレンチなこと言っちゃダメなのです!」

 

「っぽい?」

 

「んふふふっ♪」

 

 

 こんな光景を見ていて笑顔になってしまうにゃしぃ。今度の提督はこんなことでは怒らないの。前の提督はいつも睦月のことをウザいとか言って叩かれたし、睦月の髪を乱暴に引っ張られたりもした。酷いのは弥生ちゃん達のことをボロ艦と言ったことは許せなかった……最期の時までみんな頑張っていたんだよ。それなのに前提督は弥生ちゃん達のことを「沈んで当然のボロ艦」と言って見捨てた。だから睦月は提督に期待するのを諦めちゃった。

 けど今度の提督は違う……初めは怖かった。でも吹雪ちゃんや妖精さんとのやり取り、そしてあの温かい()()()()()を食べた時から怖いなんて思わなくなってたの。今度の提督ならもしかしてって……期待した。その期待に応えてくれる人だと睦月は思ったの……その時はなんとなくだったのだけども。今ならこの人なら睦月は信じてもいいと思えるにゃしぃ。

 

 

 

 

 

 

「提督、提督ぅ!妖精さん達のおかげでこんなに鎮守府が綺麗になったね。これも提督のおかげだと睦月は思うにゃ!!」

 

「ああ……ところで睦月に言っておきたいことがある」

 

「およ?なんでしょう提督?」

 

「俺、猫嫌いだから……あまり俺の前で猫語使うな」

 

「にゃしぃ!!?」

 

 

 確かにちょっと独特な喋り方だって自覚はあるけど、それが睦月の個性なのに……前提督は私の個性を嫌った。でも今度の提督は「俺のことは司令官様と呼ぶ必要はない。提督でも司令官でも好きに呼べ。堅苦しいのは抜きにしよう。これからお互いに支え合っていく仲なのだからな」と言ってくれた時は嬉しかった。睦月の個性を出せずに窮屈な自分を偽り続けなければいけないなんて嫌だった。辛い日々に気持ちが沈んでいく弥生ちゃん達を勇気づけることができた睦月の唯一の個性を抑え込むなんてしたくなかった……自分に嘘をつくのは嫌だった。でもこれからは睦月は自分をさらけ出すことができるにゃしぃ!

 

 

 ……っと思っていたらいきなり個性を封じられた。睦月泣きそう……

 

 

「うぅ……」

 

「お、おい……なんでそんな悲しそうな顔をする?」

 

「司令官、実は睦月ちゃんは……」

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな睦月に困惑していると吹雪が青年に教えた。睦月も姉妹艦を失っており、彼女達を勇気づけることができた自分の個性に誇りを持っていると。

 

 

「(面倒な奴だ。だがこのままだと士気に関わっちまう……何とかしねぇとな)んぁ……睦月、猫は確かに嫌いだが、別にお前のことを嫌いになった訳じゃないし、お前を否定した訳でもない。だから睦月は睦月の個性をさらけ出して構わないぞ」

 

「でも提督は大丈夫なの?嫌じゃない……の?」

 

「お前が良ければいい。俺はお前達の提督だ。一番に考えなければならないのはお前達のことだからな。俺の我が儘で睦月に無理強いをさせることはしたくない……それに睦月の本当の姿を見て見たい」

 

「提督ぅ……!!んふふふっ♪睦月をもっともっと見てよいぞ!睦月の本当の姿をその瞳の奥まで刻み込むがよいぞ!!いひひっ♪」

 

「(なんかムカつく)あ、ああ……よろしく頼むぞ」

 

「にゃしぃ!」

 

 

 やっぱり提督はいい人だにゃ、これからの睦月を見ていてほしいぞ!そして睦月のことをもっともっとも~っと知ってほしい!!睦月も提督の為に頑張るにゃしぃ!!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「さて、内装把握がてらに見て回ったことで鎮守府の全体像が大体わかった。問題の箇所もな。入渠ドックはチb……ゴホン!妖精さんに任せておくとして、工廠は問題なく使用できるが資材が足りず、大本営からの資材の仕送りは当分期待できない。修復剤の備蓄もあとわずかだ。そしてお前達の艤装についてだが……吹雪」

 

「はい、艤装は私達で管理していました。ですがやっぱり明石さんがいないと……使えないことはないのですけど調子が悪くなったり問題が起きてしまいます」

 

「どうして明石はここに居ない?艦娘の設備等には大本営から補佐として何人かの艦娘が送られて来るはずだろ?」

 

 

 鎮守府へと着任する前に青年は自分なりに詮索していた。予備知識も無しに提督の座を手に入れたとしても、着任後の成績次第で昇進できるか決まる。それに前提督のように結果も残さずに私欲に溺れ、無能であれば上層部から見切りをつけられてしまう可能性だってある。その為、それなりに勉強していたのである。昇進の夢の為ならばと寝る間も惜しんで机とにらめっこしていた日を懐かしく感じる……こう見えても結構努力している青年であった。

 

 

「聞いて提督、前提督のせいなんだ。資材が勿体ない、艤装も直す必要もないからって明石さんまで出撃を強要させて……明石さんは……そのまま……っ!!」

 

「わかった。もういい」

 

「ごめん……提督」

 

 

 時雨はその時の光景を思い出したのか拳を握りしめていた。前提督に怖くて逆らえず、みすみす沈んでいくのを見ているしかできなかった。この様子だと他の艦娘達、設備等の為に居た彼女達も無理やり出撃させられたようだった。掘り返せば掘り返すほど泥水のように濁り切った内容の話ばかりだ。

 

 

「(明石が居ないっとなると鳳翔や間宮も居ない……実際に居なかったしな。この鎮守府に吹雪達以外残って居ないと言う事が気になっていたがやっぱりそういうことかよ……チッ、おっさん無能すぎるだろ!!全部俺が尻拭いせねばならないとはな!!)」

 

 

 青年はこれでもかと内心悪態をついていた。それもこれも前提督が無能すぎたのが原因で、着任日から悪いことばかりの状況に堪忍袋の緒が切れそうにもなっている。

 しかし青年は幸運なことに、吹雪達からの信頼を得られた。そのことが青年にとってプラスに働いている。もしも吹雪達がまだ青年に対して不信感が強ければ確実にこの鎮守府は終わっていた。だが、そうではない……今ならチャンスはある。

 

 

 後が無い状況の中で青年は考える。この状況を立てなおす為には行動に移るしかない。そうなるとやるべきことは一つだけ……

 

 

「やるぞ……遠征」

 

 

 新たな提督の元、初めての任務に当たる時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備できたな」

 

「はっ!時雨及び以下三名準備できました」

 

 

 遠征の為に港に集合する出撃メンバーは時雨を旗艦とし、夕立と電に睦月の四人が共に過酷な環境を過ごした艤装を装着する。これで遠征の準備はOKだ。

 

 

「時雨含めお前達に命じることは一つだけだ」

 

 

 その言葉に緊張が走り、旗艦の時雨は責任重大な役割である為に胸締め付けられた。前提督はここにはいないはずなのにその影が見える。青年と前提督とは違うと思っていても艦娘の彼女達の傷はまだ癒えておらずどうしてもあの頃の光景を思い出す。

 

 

『働け!それがお前達ブス共が生まれて来た理由だ』

 

『旗艦の責任だ。お前は罰として鞭打ち百回の刑だ』

 

『なんとしてでも資材を持ち帰れ!他の艦娘が犠牲になろうともだ!』

 

『こんなこともできんのか!?グズめ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『命令だ。失敗は許さんぞ』

 

 

 遠征は成功させなければならない。それがここの決まりであった。失敗すれば何度も殴られた。艦娘よりも資材が優先で、敵と遭遇しても何とか逃げ切ることができた。危険な目に遭ったが、ようやく回収した資材が少ないと文句を言われて殴られた。理不尽な扱いは尽きることはない……成功したなんて無いに等しかった。今思えばただ前提督が不細工な自分達を痛めつけるための口実ではなかったのか?そう思ってしまう。部屋に閉じこもることすらできず駆り出され、戦闘の繰り返し、疲労などお構いなしの連続遠征……仲間達といる一時だけが幸せの時間だったが、帰る頃には恐怖と苦痛に耐えきれず逃げ出したいと言った駆逐艦の子が居たが、その子はいつの間にか居なくなっていた。

 逃げるなんてできなかった。逃げればその子の姉妹艦が酷い目に遭い、同室の子も同じ罰を与えられた。仲間との絆が仇となったのかもしれない……そんなことなど気にせずに逃げ出せればどんなに楽だったか。しかし艦娘である彼女達にはそれができなかった。同じ苦しみを味わう仲間を見捨てるなんて彼女達にはできなかった。外見は醜くとも内面は仲間思いで誰にも負けていないと誇りたいが、それすら許されない世の中であった。

 

 

 資材の為ならば轟沈しても構わない。前提督はそう言う人間だった。実際にそう命令されてきた時雨達。

 

 

 どんな命令を出されるのか……緊張の一瞬。青年が出した命令は一つだけだった。

 

 

「四人とも帰ってこい。以上だ」

 

「……それだけっぽい?」

 

「それだけだが何かあるのか?」

 

 

 夕立は首を傾げた。帰ってこい……ただそれだけの命令に疑問が生まれていた。あっけないっとそう思えた。

 

 

「ねぇ提督、本当にそれだけしか言わないの?もっと失敗するなとか、資材を絶対に持ち帰れとか……僕たちの仕事は資材を持ち帰ることだよ?」

 

「し、失敗は許さないとか……司令官さんは言わないのですか?」

 

 

 失敗は許されず、資材が優先されてきた……自分達よりも。今までそう命令されてきたのだから青年の言葉を疑ってしまう。

 

 

「言わねぇよ。確かに資材は必要不可欠だが、お前達はここの主力なんだ。そのお前達が居ないとこの先やっていけないんだよ。それに資材は無理に持って帰って来るなよ。どうせおっさn……前提督から無理して限界以上持って帰れとか言われていたんじゃねぇのか?」

 

「うん、睦月達いつも重たくて辛かった。帰って来る途中で深海棲艦に見つかっても資材の方が優先だったし、酷い時には誰かを盾に使えとか言われていたの」

 

「だろうな。戦闘の邪魔だろうし、持てるだけでいい。最悪の場合なら資材は諦めて他の方法を考えてやるから一人として欠けることは許さんぞ」

 

「提督……」

 

「提督さん……!」

 

「司令官さん……」

 

「提督ぅ……睦月感激!」

 

「だからほら、わかったならさっさと行ってちゃっちゃっと戻って来い。早く戻って来ないと飯抜きにしちまうからな」

 

「「「「ご飯抜き!!?」」」」

 

 

 以前はレーションだけの生活で、任務や遠征に失敗すれば罰としてそのレーションすら食べることのできない日々すらあった。それとは比べようのない美味しかったお弁当。忘れもしないあの味がまた食べられるのかと言う期待とそれが食べられなくなるかもしれないと言う衝撃の言葉……それだけは嫌だった。

 

 

「こうしちゃいられない!!みんな早く出撃するっぽい!!」

 

「にゃ~提督ぅ、睦月も行ってくるにゃしぃ!!」

 

「電も……今日は本気を出すのです!!」

 

 

 美味しい食事をお預けされるのは死刑宣告と同じ。あの味を一度味わってしまえばレーションなんて食べる気にならない。旗艦である時雨を放って夕立達は目的地へ出撃してしまった。今までにないほどに全速力で向かい三人の姿に青年を含めて呆然としていた。

 

 

「……はは、騒がしくてごめんね提督。それじゃ僕も食事に遅れないように戻って来るよ」

 

「ああ、お前達には(昇進の為に)()()()()()()からな」

 

「……うん。それじゃ行ってきます」

 

 

 ()()()()()()っと言われた。これほど心が軽く頑張ろうと思える遠征は時雨にとって初めてだった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「目的は何よ、私達に優しくして何を企んでいるの?」

 

「叢雲ちゃん、司令官は何も企んでいないよ!」

 

「嘘ね、吹雪も他のみんなもどうかしちゃったのね。着任してまだ二日目よ、なのに何故こいつのことを信じられるのよ?」

 

「でも司令官は私達に美味しい食事を与えてくれたよ。叢雲ちゃんも美味しそうに食べてたじゃない」

 

「そ、それはそうだけど……そ、それとこれとは話は別よ!大体私達のような醜い容姿を見ても何もしないなんておかしいわよ!!」

 

 

 青年の元には遠征メンバーから外れた吹雪と叢雲が残っている。この二人は練度が時雨達よりも高く、鎮守府にもしものことがあった時の非常時に備えて少数でも戦力を保てるように決めた編成であった。何よりこの二人は姉妹艦で仲は良好だと思っていたが、傍から叢雲は何故か吹雪から距離を取っているように見えた。

 

 

 青年を執務室へと連れ込んだ吹雪に対してつい感情的になってしまって「白雪達が居ればよかったのに」と言ってしまったことに負い目を感じていた。そしてその原因となった提督の存在……青年に憎悪は向く。時雨達の姿が見えなくなるなり叢雲が青年に突っかかったのだ。

 今まで彼女が見てきたのは酷い光景ばかりだった。暴力、罵倒、理不尽な扱い「醜いのが悪い」と言った前提督の言葉……それが叢雲達艦娘が不細工なのが原因だった。しかしこの青年は容姿のことについて何も言ってこない。寧ろ青年から熱い視線を受けたような気がしたし、鼻血まで出していたのを見た。まさか自分の体に興奮したのか?でもそれは何かの勘違いだと万に一つの可能性はないとしていた。誰がこんな醜い姿に興奮する変態がいるかと……だが、この青年がおかしいことに変わりはない。

 

 

 いい人間を装って、信用させて後で正体を現すに決まっているわ。こいつもあいつと同じ……必ずあんたの化けの皮を剥いでやるわ!

 

 

「醜いか……今まではそうだったんだよな」

 

「司令官?どうしたんですか?」

 

「いや、なんでもない。まぁ叢雲が俺を信用するかしないかはお前の自由だから勝手にしろ。ただし仕事はやってもらう。人数が少なく備蓄もないからな」

 

「ふん、まぁ何もしないなんて薄情なことはしないわ。あんたを信用してないけどね。それで?私達に何をしてもらいたいのかしら?」

 

「そろそろ届く頃なんだが……」

 

 

 青年が時計と窓の外をしきりに気にしており、その行動に吹雪と叢雲は首を傾げた。「届く頃」と言っているあたり何かを持っている様子だが一体なんだろうか?

 そんな時に外を眺めていた青年が何かに気づき歩き出す。二人もその後を追いかけると外にはトラックが止まっており作業服姿の女性が居た。その女性の歪んだ顔が二人には美しく見え羨ましく思えた。自分達もこのような容姿であったならば辛い日々を送らずにいられただろう……二人と作業服姿の女性と目が合うがギョッとして視線を逸らされてしまう。受け入れるしかない現実なのはわかっているが、こうして実際に見比べてみると天と地の差があることに劣等感を感じてしまう。

 

 

「注文の品だが、後はこちらでやっておくからここに下ろしておいてくれ」

 

 

 何やら話していたようだが、すぐにトラックから大きな荷物を運び出して来た。青年の指示通り大きな荷物は複数ありそれら全てが積み出され吹雪と叢雲の前に置かれ、作業服姿の女性は青年に納品書を手渡してトラックに乗り込み去って行ってしまった。

 

 

「……なんなのよこの山は?」

 

「なんだか……フワフワしてる」

 

 

 叢雲は積まれた荷物を見て独りごちる。気になり恐る恐る吹雪が触ってみると感触はフワフワしていた。

 

 

「これはお前達の布団だ。それにサービスで枕も付けてあるから自室へ運べ」

 

「「……はっ?」」

 

 

 ちょっと今こいつはなんて言ったの?私達の布団?サービスで枕も付けたですって?

 

 

 吹雪と叢雲は一瞬訳がわからなかったが、青年はお弁当の買い出しついでに吹雪達の布団と枕を購入しに家具屋にも寄っていたのだった。これから多くの艦娘を養わなければならなくなる状況になっていくだろうから多めに注文し、配達してもらうことでつい先ほど届いたのだ。

 

 

「それじゃ司令官が外へ行ったのは()()()()だけじゃなく、これも私達の為に……?」

 

「まぁ……なんだ、環境を改善してやると言ったんだ。これぐらいはしてやるよ」

 

「司令官……ありがとうございます!!」

 

 

 吹雪はお弁当だけでなく缶詰状態の倉庫から綺麗になった寝室へ変わっただけでも嬉しいことなのに、自分達の為に布団と枕も用意してくれていた青年の優しさに嬉しくなる。吹雪の瞳から今までの苦労がやっと報われた安心感から涙が流れていた。

 

 

「た・だ・し!その分しっかりと働けよ。遠征に向かっている時雨達もそうだが、お前達には頑張ってくれないと俺が困るんだよ」

 

 

 青年はそう言うと二人を残してそそくさと建物内へ戻ってしまった。

 

 

 なんなのよあいつ……なんで私達にここまで優しくするのよ。これも何かの作戦に決まっているわよ。でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あいつなら私達を……救ってくれるのかしら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これでおしまい。ありがとう妖精さん達」

 

『「のーぷろぶれむ」』

 

『「はたらいたよー」』

 

『「はたらいたあとのおかしはかくべつだ!」』

 

『「おかしはわたしのものだー!!」』

 

『「あっ、ずるい!!」』

 

 

 残された吹雪と叢雲はこの複数の布団と枕をどう運ぶか迷っていた。青年は先に去ってしまってか弱い女の子二人の力では一つ一つ運ぶのに時間がかかってしまう。艤装を付けようかと思っていたところに妖精達がやってきてせっせと運び始めたのだ。妖精の言葉は艦娘の吹雪達にはわからないが、身振り手振りで何となくわかった。

 青年が妖精達にお願いしたそうなのだ。報酬は勿論お菓子だろう。一仕事を終えた妖精達が我先に向かうのは青年の下へ報酬を貰いに行ったに違いない。吹雪もお礼を言いに行こうと妖精達の後を追おうとした時だ。

 

 

「ねぇ……吹雪」

 

 

 叢雲が引き留めた。振り返れば言いにくそうに言葉を詰まらせている姿がある。吹雪は彼女を急かさずジッと言葉を待った。

 

 

「……ごめんなさい。感情的になって吹雪よりも白雪達が居ればよかったのに……なんて酷い事を言ってしまったわ。嫌いになったでしょ……」

 

 

 やっと言葉が出たが静寂が場を支配した。一分一秒が長く感じるほど叢雲の心は罪悪感で押しつぶされそうであった。

 

 

 吹雪に酷い事を言ってしまった自覚はあった。今二人だけで謝るタイミングは今しかなかった。辛い日々だったが、姉妹一緒に居られたことが救いだった。しかし叢雲の言葉で姉の吹雪とわだかまりが出来てしまうのは避けたかった。残されたたった一人の姉妹……今更謝るなど嫌な奴だと思われ、嫌いになられても仕方ないと叢雲は諦めていた。

 

 

 本当は嫌いにならないでほしい……素直に言えればよかったが、彼女にはそれができない。クールな一匹狼、自分の実力にプライドを持ち、上から目線だが、優しい一面もある。それが吹雪型5番艦の叢雲だからだ。

 

 

「叢雲ちゃんは……司令官のことどう思う?」

 

「えっ?」

 

 

 しかし返って来たのは予想外の言葉で思考が真っ白になる。

 

 

「今の司令官は叢雲ちゃんが思っていた司令官通りだった?」

 

「……いいえ、想像していたのとは……違ったわよ」

 

 

 叢雲の思っていた提督の姿は青年には見受けられなかった。初めは信用させて裏切るタイプかと考えていたが、迷いが生まれていた。もしかしたら本当に自分達のことを救ってくれる人物なのではないか?叢雲の中で諦めていた理想の提督の姿が青年と重なりつつあった。

 

 

「そうなんだ。私は司令官のことを信じてる。白雪ちゃん達が居ないのは辛いよ。でもね、私は司令官と出会えて良かったと思ってる。それに叢雲ちゃんは私が辛い時いつも傍に居てくれた。私と叢雲ちゃんは姉妹だよ?大事な妹のことを嫌いになるわけないじゃない」

 

 

 手をそっと握られる。嫌われてしまう……それを怖いと思った。だが手を握ってくれた姉の優しさについ嬉しくなる。叢雲にとって残った最後の姉である吹雪は心の拠り所であった。

 

 

「だから叢雲ちゃんも私が信じる司令官を信じてみて。あの人なら私達をきっと救ってくれるから!」

 

「吹雪……ふ、ふん!吹雪はともかく、あいつは努力次第ね。あいつがヘマをしない限りは見限ったりしないから安心しなさい」

 

「叢雲ちゃんもヘマしないように、しっかり司令官の為に頑張らないといけないよ?」

 

「わ、わかっているわよ!!それに……嫌いにならないでありがとう

 

「えっ?なんて?」

 

「な、なんでもないわよ!!」

 

「変な叢雲ちゃん」

 

 

 ……仲直りできて良かった。これも吹雪があいつのことを信用したおかげなのかしらね。でも私はまだあいつのこと信用したわけじゃないから。吹雪のことを信じて言うことを聞くだけだから。もし私達を裏切るようなことをしたらその時は……覚悟しておきなさい!!

 

 

 吹雪が言うのだから不本意ながら仕方ないと自分に言い聞かせ、ほんの少しだけ青年を信じてみようと思うのであった。

 

 



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0-7 遠征なんて怖くない

遠征組のお話です。


それでは……


本編どうぞ!




 太陽が昇る海上を四つの影が進んでいる。その影は一直線に目的地へと向かっている。その目的地は先に見える小さな島だった。その小島へと向かう影は徐々に速度を上げていく。

 

 

「早く!早く行くっぽい!」

 

「睦月も負けていないにゃしぃ!」

 

「お菓子の為なら頑張れるのです!」

 

 

 飛び出す形で先行していた夕立、睦月、電の三人は今朝食べたお弁当の味が忘れられない。あんなに美味しいと感じることができて、お腹いっぱいに食べることが出来て幸せだった。レーションなんて今まであんなものを口にしていたと思うと気持ちが悪くなるほどだ。それを食べさせてくれた青年との初遠征に選ばれた夕立達は最初は不安を抱えていたがいつの間にかスッキリしていた。ただ戻るのが遅ければご飯抜きと言う青年の言葉に動かされ全速力で遠征を終わらせようとしていた。舌に刻まれた記憶()をもう一度味わうために奮闘していた。電に至ってはお菓子を食べる気満々であった。

 今まで遠征から戻るだけで心が押しつぶされそうになっていた彼女達はどこに行ったのやら。笑顔で海上を渡る姿は建造されてこれが初めてのことだ。

 

 

「ちょっとみんな早すぎるよ!」

 

「時雨遅いっぽい!早くしないと提督さんからご飯抜きされちゃうよ!!」

 

「もう夕立ったら……ふふっ♪」

 

 

 体が軽く感じる……こんなことは初めてだった。

 

 

「……いい風だね。風がこんなに気持ちのいいものだなんて知らなかったなぁ」

 

 

 時雨は初めて心の底から笑うことができた。だから笑顔をくれた青年の為に今日の遠征は成功してみせるっと心に誓ったのだった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 「ごっはんーごっはんー!」

 

 

 時刻はヒトサンマルマル。

 

 

 遠征は成功した。夕立達が発見したのは燃料、弾薬、鋼材の三つも小島に資材が残っていた。それらを各自持てるだけ持って帰る。限界を超えてまで持って帰る必要は無いと青年は言ったし、最悪諦めていいとまで彼女達に伝えた。途中運よく深海棲艦の姿は確認されず、戦闘になることもなかった。自主的に整備していたお古の艤装では心もとなかったが、その心配も無用で鎮守府が見えて安心できた。初めての遠征は今までで一番簡単な仕事だったと感じる。何よりも気持ちの持ちようが違った。

 

 

 ふっふ~ん♪こんなに軽くて楽な遠征初めてっぽい!これも提督さんのおかげみたい。だから夕立は提督さんの為にもいっぱい資材を持って帰ってきた。きっと提督さんは喜んでくれる……喜んでほしい。時雨が笑っているのを見た。睦月ちゃんが元の睦月ちゃんに戻った。電ちゃんが元気を取り戻した。夕立達の曇りがかった霧を払ってくれた。着任したばかりなのに提督さんは凄いっぽい!!それに帰ったらほっかほかのご飯が待っている……レーションなんかもう嫌、またカレー食べれるかな?楽しみ……あっ、提督さんっぽい!!!

 

 

 夕立は色々と考えていると港に人影があることに気づいた。そこには青年と妖精達が集まっており、夕立達の帰りを待っているようだった。

 不細工な艦娘と接触するのを少しでも控えようとする者は多い。遠征で港に帰っても出迎えがないなんて当たり前のことだったが、当たり前のことが起きていない。

 

 

 帰りを待っていてくれる……こんな嬉しいことはない。

 

 

「提督さん、夕立ただいま帰還したっぽい!」

 

「意外と早かったな。もう少し遅いと思っていたが」

 

「提督さんの為に頑張ったっぽい!」

 

「そうか。()()()()()ぞ」

 

「――ッぽい!!!」

 

 

 褒められた。初めて夕立は褒められた。今までどんなに頑張っても褒めてもらえたことは一度もなかった。言葉だけのものだが、今の彼女にとってこれほどの達成感を感じられることは喜びだった。

 

 

 嬉しい……提督さん、夕立のこと褒めてくれた。「()()()()()」って言ってくれた。やっぱり……やっぱり提督さんはいい人だった。ぽいじゃない、いい人だよ!!!

 

 

「提督さーん!!!」

 

「んぁ!!?」

 

 

 気分が高揚していた。初めて褒められた夕立はつい嬉しくて青年の胸に抱き着いてしまった。

 

 

「……あっ!?ご、ごめんなさい……提督さん本当にごめんなさい!!」

 

 

 夕立は気づく。女性が男性の胸に抱き着くのはセクハラ行為である。嬉しくなってつい起こした行動は美女ならば許される行為かもしれないが、艦娘である夕立は醜い。『解体』の二文字が頭の中に浮かび、慌てて離れて何度も謝る。何度も何度も……しかし一向に返事が返って来なかった。罵倒も暴力ですらも……恐る恐る頭を上げればそこには……

 

 

「……」

 

「提督さん?」

 

 

 鼻血を垂らした青年の姿があった。何故鼻血が?と夕立はこの光景が理解できず唖然としていたら、後から追いついた時雨達が資材を放っぽり出して駆け寄って来た。

 

 

「提督に何やったの夕立!?」

 

「夕立は何もやってない……っぽくない。えっと提督さんに抱き着いたぐらい……っぽい?」

 

「それが原因だよ!?ごめん提督!!夕立は嬉しくなって気が回らなかっただけなんだ。だから夕立は解体しないで!!」

 

「提督、睦月からもお願いします!!」

 

「はわわわ、司令官さん……!!!」

 

 

 夕立を庇おうとする時雨達。不細工な艦娘に抱き着かれて平然としていられる男性が居たら教えてほしいぐらいに、例え温厚の男性でも嫌悪感を感じて距離を置かれたり、態度が急変するなどよくあることだ。それが不細工な彼女達が受ける理不尽な扱いだ。しかし青年は嫌悪感を感じるどころか愛好を感じていたなど知る由もない。

 そんなことなど知らない時雨達は必死に弁明しているが、一向に反応を示さない様子に不思議と感じた時雨が恐る恐る声をかける。

 

 

「……提督?ねぇ大丈夫?」

 

「――はっ!?だ、大丈夫だ問題ない」

 

「あ、あの……提督さんごめんなさい。嫌だったよね……抱き着いたの」

 

「いや、寧ろ弾力が良かった……」

 

「「「「弾力?」」」」

 

「――ッ!?ゴホン!!ゆ、夕立のしでかしたことは特に気にしていない。解体もしないし、罰も与えることはしない。お前は俺にとって(昇進の為に)必要な存在なんだからな」

 

「――ッ!?提督さん!!!」

 

 

 夕立の表情が蘇った。その様子は枯れた蕾が吹き返して満開の花を咲かせたようだった。

 

 

「時雨も旗艦としての役目ご苦労だった。睦月も電もよくやったぞ」

 

「「「――ッ!?はっ!!」」」

 

 

 労いの言葉をかけて貰えたことが嬉しかった。一瞬驚きを見せたが、敬礼する……その時の時雨達の表情は憑き物が落ちた様だった。

 

 

 提督さん……夕立嬉しい!時雨も睦月ちゃんと電ちゃんも嬉しいっぽい。夕立達の提督さんは提督さんしかいないっぽい。これからは提督さんの為に頑張るっぽいよ!それに夕立、必要な存在と思われてる……んふっ♪それだけでお腹いっぱいぽい!あっ、でもご飯は抜きにしないでね!!

 

 

「提督さん!!」

 

「んぁ?」

 

「夕立にとっても提督さんは必要な存在っぽい!!」

 

 

 満面の笑みを浮かべる夕立……これが本来の彼女の姿が返って来たのだ。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ふぅ……あいつめ……いきなり抱き着きやがって……」

 

 

 青年は執務室のソファに腰をかけて気持ちを落ち着かせていた。

 

 

 艦娘の数が少ないこの鎮守府で憲兵すら存在しない状況。しかし妖精達が青年にはついている。そこで青年は妖精達にお菓子を与える代わりに鎮守府の警備等をお願いしていた。その役割を担った一人の妖精から遠征メンバーが帰って来たと報告を受けると妖精達を連れて出迎えた。妖精達は荷物運び要員である。青年は遠征を行った場所にある資材を早く確認したかったのだが、いきなり夕立に抱き着かれると言うハプニングが起こった。今も青年の心臓はドクンドクンと鼓動がわかる程に高鳴っていた。

 

 

 夕立め、駆逐艦の癖に……案外あるじゃねぇか!ムニュって、言葉に例えるならばムニュってしたぞ!中破時に谷間が見えたしわかっていたはずなんだが……アレは卑怯だ!!落ち着け俺……俺はロリコン野郎なんかじゃない。駆逐艦娘はガキなんだ。あいつらで欲情するなどあり得ない……だから落ち着け俺の魚雷(息子)!!!

 

 

 何がとは言わないが、早く気持ちの高ぶりを落ち着かせたかった。執務室で瞑想し、邪心を振り払うことしばらくして落ち着きを取り戻せた。

 

 

 ふぅ……ようやく鎮まったか。危うく俺の魚雷(息子)が発射されるところだった……夕立は『阿修羅』と評された程の武闘派だったな。胸の戦闘力も高いってか?それに侮れん肉体しやがって……改二になればあれ以上成長すると言うのが恐ろしい。改二になってもムニュっとするのか?それともボヨンとするのか……ってこれじゃ俺が変態みたいじゃねぇかよ!やめだやめ!この話はやめよう。それがいい。ゴホン……それよりも今はこの鎮守府の問題を解決するのが先だ。

 

 

 青年は胸に残った柔らかい感触を振り払う為に話題を変えることにして現状を改めてみる。

 

 

 今回手に入った資材は妖精達に頼んで資材置き場に置いてもらった。しかし燃料、弾薬、鋼材の三つも手に入るとは嬉しい誤算だった。量は少なくても必要最小限は一度の遠征で手に入れられるとわかったのだから。今度もそこへ資材調達する為に遠征場所で手に入る資材表は書類にまとめて保管することにした。

 

 

 次に食糧問題だ。艦娘は食事をしなくても生きていけるが青年は死活問題であるし、士気の低下にもつながる為、食事は一日三食キッチリほしいと思っている。

 

 

 吹雪と叢雲が妖精達と共に布団を運んでいる最中に弁当は買っておいた。ついでにお菓子も。勿論人数分用意してある。初めから遠征で時間に遅れてもご飯抜きにするなど青年は考えていなかった。寧ろ抜きにしてしまえば士気が低下するのは明白で、食事は戦力を維持するのに必要不可欠なことだ。それを抜くだなんてとんでもない。単に時雨達を脅しただけだ。

 今頃は食堂で吹雪達はご飯を食べている頃だろう。遠征から帰還した時雨達がついてくると言う非情にまずい状況だったが、吹雪と叢雲を見つけたことが幸運だった。半ば押し付ける形で弁当を餌にし、食堂に各自の分を置いてあると伝えれば全員走って行ってしまう。それほど楽しみだったのだろうが、吹雪達が急に戻って来た。何か用かと聞けば「一緒に食べましょう」と誘って来たのは驚いた。しかし青年は誘いを断った。とても残念そうにしていたのは記憶に新しい。何度も振り返って「一緒に食べたかった」と嘆きも聞こえていたが、青年はそれどころではない。魚雷(息子)が暴発しそうな状態だったのだ。もし見つかってしまったら夢半ばで人生終わりだ。しかも恥ずかしい方の終わり方だ。そんな終わり方は絶対にしたくなかった。だから治まるまで執務室に籠っていたのだ。

 

 

 ちなみにちょっと遅い昼飯のメニューはシンプルなのり弁当で、財布にも優しい良心的な弁当だが、このまま青年の財布の中身でお弁当生活を続けるのは不可能だ。レーション生活には戻りたくない。どうするべきか……悩んでいた時に、執務室に備え付けられていた電話が鳴った。

 

 

 一体誰だこんな鎮守府に電話をかける奴は?いや、待てよ……このタイミングでかかってくるとしたら……まさか!!?

 

 

 魚雷(息子)に平穏が訪れた青年は一つの希望を見た。ソファから立ち上がり、すぐに電話を取ろうとするが手が止まる。

 

 

 ……俺の考えが正しければ電話の相手はあの人物の使いッパシリ……だが、今はそっちの方が好都合か。

 

 

 手が止まったのは一瞬だったが、状況の打開する方が優先だ。それに……こちらはボロを出さなければいいだけのことだ。

 

 

「……もしもし、○○鎮守府A基地の外道だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは~ん、顔はちょっち怖いけどイケメンや!中々おらんでこんないい男!!せやけどこの子が軽視派とはな……勿体ないでぇ」

 

「ふん、男なんて信用できないね。軽視派なら問答無用で解任すればいい」

 

「軽視派と言えども証拠も何もない現状では解任できません」

 

 

 一台の輸送車に女性が七人乗車している……が、誰もが醜い容姿である。そんな彼女達は車内で何やら難しそうな顔で話をしている。

 

 

「駆逐艦の子達は大丈夫でしょうか……」

 

「間宮さん、心配なのはわかります。私だって同じ気持ちですから」

 

「大淀さん、本当にあの子達は大丈夫なのでしょうか?もし既に魔の手があの子達に届いていたら……!」

 

「……大丈夫だと信じましょう」

 

 

 これから向かう場所は惨劇の舞台……○○鎮守府A基地。そこには軽視派の影響を受けた新米提督がいる。その者を監視する為に美船元帥の下から送り込まれた艦娘達だった。

 A基地で起きた悲劇、多くの自分達と同じ艦娘が轟沈し、迫害を受けた場所……軽視派だった前提督の酷い仕打ちを散々受けたのにもかかわらず、また着任したのも軽視派の青年だ。きっと今も尚そこにいる艦娘達が泣いている。艦娘を醜いからと使い捨て扱いにし、轟沈したとしても心痛まない連中ばかり……大淀達は美船元帥の下で艦娘としての誇りを持ち続けることができた。そのことがどれほど自分達が幸せであるかを象徴としていた。

 

 

 大淀は建造したての頃は自分が特別とは思っていなかった。だが辺りを見回せば自分はどんなに愛されていたかと実感した。そんな状況に大淀は心を痛めていた。

 

 

「皆さん、見えてきましたよ」

 

 

 大淀達を乗せた車が到着したのはそれからすぐのことだった。

 

 



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0-8 派遣組が例の鎮守府に着任したようです

新たにやってきた派遣メンバーとは誰かがわかります。


それでは……


本編どうぞ!




「司令官、この鎮守府に誰かやって来るのですか?」

 

「ああ、大本営からの支援としてな」

 

 

 食堂には青年と吹雪達が集まっていた。遅めの昼食を済ませた吹雪達はお腹は満腹、味は満足、幸福度満点の幸せを感じながら青年と一緒に食事できなかったことに、吹雪達が残念がっていると扉が開いて彼の登場だ。そして青年の口から語られたのはこれからこの鎮守府に大本営からの支援という形で何名かの艦娘がやってくるという内容だった。

 

 

「提督さん、新しい艦娘が来るっぽい?」

 

「ああ、大淀と言う奴から連絡が来た。他何名かと共にこちらに向かっているらしい」

 

「にゃしぃ、はてさて一体誰が来るのでしょうか……睦月楽しみ!」

 

「楽しみなのです♪」

 

 

 同じ艦娘がやってくる……その報に浮かれているようだ。しかし青年は油断できない出来事だ。彼にとってこれはチャンスでもあるが、危険が付きまとう。

 

 

 大本営からの支援……つまり美船元帥からの手先の者達が監視員としてやってくる。現在この鎮守府には憲兵はいない。軍人の犯罪を防止し、捜査し、逮捕すること、営倉を管理やら運営すること、および軍事施設を防護することが業務の中心である憲兵は前提督の賄賂によって本来の機能を持っておらず、艦娘達が酷い目に遭っていても見て見ぬふり、それに「醜いのが悪い」と言う前提督の意に同意していた人間ばかりだった。それも前提督の逮捕時に全員解雇されることになった。そもそも醜い塊の艦娘が巣くう鎮守府に、好きで憲兵として就任しようと思う者はいない。仕事だからと仕方なく我慢しているものが大多数だ。ここに居た連中も同じようなものだった。

 やってくるのは美船元帥の下に付いている艦娘達だ。軽視派を敵視する連中であり、青年が暴力等の問題を起こせばすぐに情報が美船元帥の下へと届き、憲兵の如く青年は確保され、その時点で昇進も英雄になる夢も崩れ去ってしまうだろう。

 

 

 しかし裏を返せば見せなければいいだけのこと。青年にとって厄介な連中であることに変わりはないが、自分は()()()()だと思われている。青年が軽視派の影響を受けているのは調べがついているだろうし、連中もそれを把握して接触してくるに違いない。だからこそ自分は軽視派の影響を受けていても()()()()、艦娘のことを(いつく)しみ大切にしている()()だと装わなくてはいけないのだ。青年の行動には常に目を光らせているはず……逆に考えれば成果を上げればそれだけ直接元帥の耳に届く。想像していた人物像と違い、後々接触してくる可能性も捨てきれないが、そこでも()()()()であることをアピールすれば元帥は青年のことを信じるのではないか?元帥の支持を得ればメリットになること間違いなし。

 それに今のA基地には吹雪達駆逐艦娘しかおらず戦力も乏しい。資材も枯渇しそうな状況での大本営からの監視員の派遣……艦娘のことを大事にしている元帥のことだからこの状況に手を貸してくれる。この状況を打開できるチャンスに青年の期待は膨らむ。

 

 

「出迎えるぞ。新たな仲間をな」

 

 

 青年は少し先の未来を想像し笑いがこぼれそうになったが我慢する。油断はできないのだ。ボロが出てしまえばそこで夢は潰えるのだから。

 

 

 吹雪達と共にしばらく待っていると輸送車が鎮守府領内へと入って来た。輸送車から現れたのは青年にとって見たことがある人物ばかり……元帥からの()()がお出ましのようだ。

 

 

「初めまして、私は大淀と申します。この度は大本営から○○鎮守府の提督補佐として遣わされました」

 

 

 補佐としてやってきた艦娘達……しかしそこには笑顔はない。警戒心と品定めする視線が青年へと向けられていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

「これからはお互いに協力し合っていきましょう」

 

 

 何が協力し合っていきましょうだよ。俺が軽視派だからって監視の為に送られて来た癖して……だが大淀、あんたは間抜けだ。隠しているつもりであってもこちらを警戒していることが一目瞭然だぞ。特に木曾、お前俺を睨んでいるのバレバレなんだよ。美船元帥さんはもっとマシな連中をよこさなかったのか?訓練学校卒業したての俺でもこれほどの敵意を向けていたら嫌でも気づくわ。それに鳳翔と間宮に明石がいるのはわかるが、龍驤と不知火に木曾までいるのは予想外だったな。

 

 

 七人の艦娘が補佐として青年の元へとやってきた。

 

 

 任務娘こと大淀、鳳翔、間宮、明石、龍驤、木曾、不知火の七名だ。美船元帥から補佐と言う形の監視員で、青年が吹雪達に暴力等させない為の制止力にもなるであろう。それを悟らせない為に規律正しい態度を示しているが、中には敵意をむき出しにしている者がいた。球磨型の5番艦の木曾である。強気な武闘派である彼女は心情を隠しているつもりなのだろうが、青年から見ればまるわかりであった。

 青年は恨みを買うことぐらいわかっていた。自分が軽視派であることはバレているだろうから、あえて木曾の視線を無視してお互いに自己紹介を済ませる。自己紹介中に吹雪達が見せる笑顔に大淀達は疑問に思ったであろう。過酷な環境であったはずなのに何故こうも笑顔でいられるのか……偽りの笑顔とも思えない。思考を巡らせるが青年の声で考えは中断される。

 

 

「ご苦労、美船元帥殿には感謝している。わざわざ我々の為に補佐として来ていただけるとは」

 

「い、いえ……提督の為に私達がいるのですから」

 

……お前の為じゃねぇよ

 

ちょい静かにしとき

 

 

 木曾の小言に大淀達に緊張が走るが、青年は聞こえないフリをして会話を続ける。あれこれ挨拶や今後の確認の為に鎮守府へと案内させていると綺麗になった内装に困惑している様子であった。聞いていた話とは違っていて驚いているのだろう。青年が着任してから二日目で改装などできる時間はなかったはずだ。それに大淀達は急遽この鎮守府へ訪れたことでもし青年が悪行を既に仕出かしていたら偽装する余裕すら与えない行動であったのだが、これは予想外の出来事であった。

 食堂も綺麗にされ、寝床も綺麗に掃除されていた。吹雪達を含めても七人だけで大掃除したとしてもこれほど綺麗にはできないだろう。シミも劣化した壁も元通り……新品同様になっていたからだ。

 

 

「嘘……妖精がいるわ!!?」

 

「なんやて!?……ホンマや!!?」

 

 

 そんな内装を眺めていると明石が工房へと行きたいと願い出し、向かうとそこには沢山の妖精が一生懸命に使える道具と使えない道具を選別していた。その光景に明石は驚き、龍驤も驚きの声を上げた。大淀達もその光景に驚きを隠せなかった。

 

 

「提督……こ、これは……!?」

 

「チb……妖精さんだ」

 

「そ、それは知っていますが……何故妖精達がこの鎮守府に?」

 

 

 大淀達にとってあり得ない光景だ。妖精達は善良な人間にしか懐かない……しかし今はどうだ?妖精達は青年を見つけるとトタトタと走って来て敬礼をしたのだ。敬礼を返す青年はポケットを探る……一同何を取り出すのかと観察していると手にはお菓子が握られており、妖精達はそれを見るとパァッと顔を輝かせた。そしてそれを一人一人に与えていく。

 

 

「ご苦労様、お前達の分だ」

 

『「わーい!」』

 

『「やったやった!」』

 

『「ありがとうございます!」』

 

『「ていとくさんいいひと!」』

 

『「うほっ、いいおとこ!」』

 

『「たまありやろう!!」』

 

 

 ピョンピョンと飛び跳ねる者、歌っているように見える者、我慢できずにお菓子を食べ始める者それぞれ妖精達の反応は様々だが、大いに喜んでいた。

 

 

 まったく単純で呆れてしまうぜ。お菓子を与えるだけでこの喜びようだからな。少々無理なお願いをしても通るだろう。報酬を持ち歩いておいて正解だった……これからは常に常備しよう。クヒヒ♪俺はいい人間であることをアピールしておけば大淀達もそう簡単に手は出せない。チビ共の協力が無ければ困るのはお前達の方だからな!……って誰だよ玉あり野郎とか言ったチビは!?元々ついているし、それ褒めてんのか!!?

 

 

 姑息な手で身の守りを固めていく。実際にこれは中々の効力があった。艦娘である大淀達には痛いほどわかるのだ。妖精が居るのと居ないのとでは圧倒的な戦力、建造、入渠などに影響が出てしまうことを。軽視派の青年がどうして妖精とここまで心通わせることができたのか彼女達にはわからない。

 

 

「司令官のおかげです」

 

「えっ?ど、どういうことなのですか?」

 

 

 そんな大淀達に吹雪が妖精達の相手をしている青年の代わりに説明してくれた。その内容に大淀達の困惑が広がる……が油断はしない。まだ青年が猫を被っているのかもしれないのだから。油断させておいて後で裏切る可能性もある。しかし今は大淀達はどうすることもできない……そのまま鎮守府内を案内され、これからの方針について話し合うことになった。執務室はこの人数だと入りきらず、汚いおっさんが寝たベッドや銅像があるのが青年は嫌だったので、一通り見て終わると再び食堂へと集まる形となった。

 大淀達は控えめに言って大人しくしていた。それも今までの経験上発言したとしても受け入れて貰えず「私の命令に従っていればいいんだ!」「その汚い口を閉じていろ」と言われたことがあった。提督の為にと思って発言しても艦娘だからと無視される……彼女達が美船元帥と出会えたことは人生の転機となったことは言うまでもない。だから青年の言葉を待つばかりの形だけの話し合いになるはずだったが、一向に発言しない大淀達に痺れを切らした青年は言った。

 

 

 「お前らも自身の意見を話せ」と言われた時は驚いていた。発言自体疎まれる……一歩下がった位置に居た彼女達に詰め寄ったのは青年の方からだった。睨みを利かせていた木曾ですら驚いていたのだ。

 初めはどうするべきか思考を巡らせていたが、吹雪達が横から各自の意見を述べていき、青年はそれぞれに対して蔑ろにせず対応していく。その光景を見ているとまるで青年が美船元帥と姿が被さっているように見えた。当然軽視派の青年と自分達が敬愛する美船元帥と同じだと思いたくはなかったが、吹雪達が笑顔で接している姿を見てしまうと何とも言えない感情に浸ってしまう。

 

 

 結局は場の流れに沿って、大淀達も各自の意見を述べた。復興の優先順位、備蓄の確保、大本営との資材の支給をどう再開してもらうかなど数々の問題を取り上げ意見を交換し合った。しばらく対談してようやく方針が纏まったところでお開きにしようとした。そんな時、小柄な艦娘一人が手を上げた。

 

 

「なぁ提督、ちと聞いてええか?」

 

 

 小柄……っと言えども立派な軽空母で関西弁が特徴的な艦娘である龍驤だ。

 

 

「なんだ?」

 

「……ウチらのことを見ても平気なんか?」

 

「んぁ?」

 

 

 疑いを持った視線が青年に向く。龍驤は思うところがあった……いや、大淀達他の艦娘も思うことがある。青年とこうして面と向かって意見を交換していること自体おかしなことなのだ。醜い容姿の彼女達と長く話すことなど苦痛でしかない。適当な命令か伝令役に任せてそれでおしまい……少しでも艦娘を視界に入れておくことはしたくないはずだ。艦娘である龍驤達の受け答えにも誠実に対応している……口は悪そうだが、他の提督達から向けられる嫌悪感を孕んだ視線を感じなかった。

 もしかしたら任務の上では嫌悪感を出していないだけなのかもしれない。しかし吹雪達を見ればそうとも思えない矛盾に違和感を抱く。それに……

 

 

「(なんやさっきからウチのこと見つめて……イケメンにじっくり見つめられるなんてこんなこと初めてやで。ちょっちくすぐったいやないか♪……いや、アカンアカン!外見だけの男に(うつつ)を抜かすような女ちゃうでウチは!!)」

 

 

 受け答えをする場合でも青年は龍驤達と視線を交わしていた。艦娘である自分と視線を交わしただけで唾を吐かれたことや罵倒ことなんて今まで何度もあった。美船元帥の下へと所属してようやく報われたが、こうして龍驤と視線が交差するが、青年には顔色を悪くする様子もなかった。おかしいことだらけの青年に疑問は尽きることはない。それよりも当の本人は艦娘の容姿に頭がいっぱいになっていたことなど誰も知ることはできない。

 

 

 小さいなこいつ……駆逐艦と変わらんが、確か軽空母だったな。同じ軽空母の鳳翔は母性溢れる感じが伝わって来る。クソッ、甘えたい!お母さんって呼んでみてぇ……これが母艦(ぼかん)と言うものなのか!?そして鳳翔とは違った小柄なペッタンコまな板の龍驤か……悪くないって俺はロリコン野郎じゃないぞ!それに比べて……間宮の胸は化け物か!?明石と大淀のアレはなんなんだよ!?腰回りが露出したスカートとかこいつら自身が不細工と言う自覚あんのか?不知火は堅物そうな雰囲気を醸し出しているな。COOL系なガキも中々いい……ってだから俺はロリコン野郎じゃねぇぞ断じて!!木曾の奴め、相変わらず俺を睨みつけてきやがって……こいつおっぱいのついたイケメンなんだよな……くっ!?鎮まれ魚雷(息子)!!こんなところで発射準備に入るんじゃねぇ!!?

 

 

 愉悦猫のせいで艦娘の容姿が美しく見えるようになってしまった青年は不覚にも目線がどうしても顔から全身へと広がって観察してしまう。青年も男である……故に欲求に駆られてしまう。見れば見るほど美人である鳳翔や間宮は大人の魅力を漂わせる。愛らしい容姿の龍驤や明石と大淀のスケベスカートに目が吸い寄せられるも不知火の眼光にビビったが、子供っぽいイメージの駆逐艦娘の中では大人びてドライな印象をしていることが高得点である。木曾は相変わらず睨みつけて来るが……正直言えば青年にとって間違えようのない美人だ。美人な女性で俺っ子属性持ちに萌えない男がいるだろうか?少なくとも青年はグッと胸の奥から()()が湧き上がっていた。

 男である以上、魅惑には逆らえず食い入るように目に力が籠ってしまう……下半身にも。本能に人間は抗えぬと言うことらしい。

 

 

「……な、なぁ提督、ウチのことをそんなに凝視して……なんなん?」

 

「……司令官?」

 

「どうしたの提督?目に力が籠っているけど?」

 

「あんたって何考えているのかわからないわね……って聞いてる?ねぇ?……もう!ちゃんと聞いているのかしら!!?」

 

 

 凝視されている龍驤は困っていた。男性に見つめられるなんて嬉しい限りだが、何やら熱い視線を感じて身震いしてしまう。吹雪と時雨も青年の様子がおかしいことに気づいており、声をかけても反応がなかった。叢雲に怒鳴られたことで魅惑の底からようやく意識が這い上がってきた。

 

 

「――はっ!?ゴホン……な、なんでもない。それでお前らの容姿についてか?」

 

「そや、正直言うとこうして対談していること自体おかしな話なんや。提督は着任したてやさかい知らんかもしれへんけどな、全ての鎮守府ではないにせよ、ウチら艦娘に対して意見を押し付ける輩だらけやったんや。無茶な命令ばかり受けてヘトヘトになって辞めたいと泣きながら懇願する子もおったわ。ウチはまだマシやった環境にいただけやったけど、艦娘と言うだけで避けられてたわ。美船元帥と会うまではな」

 

「……そうか。俺がどうしてお前達を見ても平気か……気になると言うことか?」

 

「せや。対等に話をしているだけで奇跡なんや。醜いからってだけで迫害対象になっとる。外見では親切に対応している提督でも実は……ってなこともあんねん。まだそれだけならええ。しかしここに居た前提督はえらいことをしていたと聞いたんや。正直言うと提督のことをまだ信用してへんし、ウチらを扱える技量があるのか不安しかないんやわ」

 

「龍驤さん!?」

 

 

 大胆な発言に明石はギョッと声を上げてしまう。面と向かって信用してない、不安しかないと発言すれば傲慢な性格の男性であれば侮辱したと拳が飛んでくる可能性だってある。それでも龍驤は覚悟の上で聞いたのだ。

 一瞬でも敬愛する美船元帥と姿が被る幻覚を見てしまった。自分でもあり得ないと思っても見えてしまったのだ。青年に美船元帥と同じ()()を……そして吹雪達の瞳に宿るものを龍驤は知っている。

 

 

「(信頼……やな。駆逐艦の子らは青年に対して信頼を寄せているみたいやけど、たった二日目やで?話は聞いたけど……妖精に好かれる軽視派の人間なんて聞いたことないで。もしかしたらこの青年、本当はええ奴なんかもしれへんな?やからって油断せぇへん。まずはどんな対応してくれるんか……観察させてもらうで)」

 

 

 何が来る?拳か?罵倒か?緊張した空気が張り詰める中で青年がとった行動は……

 

 

「まぁ、そうだな。俺を信用しないのは当然だな。技量も訓練学校を卒業したばかりで新米提督の俺だ。だから不安に思われるのも無理はない。だが……」

 

「……だが?」

 

「俺は約束したんだ。前提督の不祥事で吹雪達の信頼を失ってしまった。その謝罪の為にも俺は吹雪達の為に尽くすつもりでいる。右も左もわからない新米だが、ゆっくりとでいいから信じてくれと。俺もすぐにとはいかないが待遇を改善するのを約束した。技量は当然ないが、これからコツコツ経験を積んでいく。その為にはこの場にいる全員の力が必要なんだ。()()からと難癖つけて見下すつもりもない。戦場に出ることのなく、安全な場所から指示を出すだけの俺が偉そうな態度を取る訳にはいかねぇんだ。提督と言う立場上は仕方ないが、吹雪達の方が重労働なんだ。そんな奴らを少しでも気苦労しないように労ってやるのが本来の提督の仕事なんだよ」

 

「司令官……」

 

「提督……」

 

「提督さん優しいっぽい!!」

 

「にゃしぃ♪」

 

「嬉しいのです……!」

 

「……ふん」

 

 

 青年の言葉に吹雪達の心は掴まれる。これこそ艦娘達が追い求めてきた『提督』の姿なのかもしれない。

 

 

「だから……頼む!こんな未熟者の俺を支えてほしい!!」

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 場は静寂と驚愕に包まれた。艦娘を使い捨ての道具だと見下しているはずの軽視派であるこの青年は頭を下げたのだ。そこに傲慢は見られない……艦娘と共に歩もうとする提督の姿があった。

 

 

「……嘘やないんやな?その言葉は……」

 

「ああ、誓おう。俺の名において……な」

 

「……わかった。ウチが聞きたかったんはそれだけや。時間とって悪かったわ」

 

「いや、これから協力し合っていく仲なんだ。堅苦しいのはそう言った場所と時だけでいい。いつもは気軽に接してもらえたらいいだけだ」

 

 

 青年の言葉を最後に会議は終了し、これから共に歩む大淀達の為に各自の寝室へと吹雪達が案内するように指示を出し、青年は食堂を後にした。役目を貰った吹雪達は張りきって案内を進めていく。その無邪気な姿に大淀達の表情は複雑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……龍驤の質問には少々焦ったが、何とか誤魔化せたか?あいつらは俺が軽視派だと言うことを知っているから吹雪達とは訳が違う。そう簡単に信頼は得られない。演技していると思われているだろうが、今はそれでいい。後々俺の言ったことは本当だったと思わせればいいだけだ。信頼と言うのは焦れば手に入らない。ゆっくりと手に入れるもんだ。そして……手に入れたら最後、あいつらは俺の玩具になるって訳だ。散々遊んで使えなくなったら燃えないゴミに捨ててやる。クヒヒ♪俺の演技力でその時まで騙し続けてやるぜ……艦娘共!!

 

 

 何から何まで利用しようとする青年の野望は膨らんでいく。このままでは多くの艦娘達が犠牲者となってしまうであろう……大淀達は青年を提督の座から引きずり下ろすことができるのか。それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっべぇ……鳳翔と間宮が居ても食材がなかったな。仕入れは今日からじゃ間にあわねぇし……チッ、仕方ねぇ買ってくるか!艦娘共は全員で十三人分の食料か。財布の中身は……クソ、小銭しかねぇ!下ろしてくるしかないが、貯金もあまりねぇ。汗水たらして得たバイト代なんて微々たるもんだった……だが、艦娘共には栄養バランスを考えて肉と野菜はしっかり食べてもらわねぇと今後の戦闘に支障が出たらまずいからな。日ノ本に居るからには米は大事、必須、重要だ。食事をなめていると痛い目を見る……古事記にもそう書いてある伝統だ。三食しっかり食べないと体が持たねぇからよ。肉と野菜だけじゃ物足りなかったらどうするか……デザートにプリンでも添えてやるか。これはだいぶ費用が掛かるな……節約して俺はカップ麺で我慢するか。昇進すれば俺は大金持ち、ステーキにハンバーグ、寿司などの高級食品を毎日食えるんだ。今だけは我慢してやる……我慢だ、我慢するんだ俺。夢を叶えるまでの……辛抱だ。

 

 

 ブツブツと独り言を呟きながら、妖精達に見送られて晩飯の食材を買いに行く青年だった。

 

 



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0-9 想像とは裏腹に

今回の視点は大淀達元帥側であります。


それでは……


本編どうぞ!




「はぁ……思ってた人物像とちいっと違うどころやあらへんかったで」

 

「しかしこちらを油断させる演技とも考えられます。人間は外面を(よそお)うことなどいくらでもできますから」

 

「不知火の言う通りだ。あいつも他の指揮官と変わらない無能な連中の一人に違いないさ。龍驤もそう思わないのか?なぁ?」

 

 

 龍驤、不知火、木曾の三人が決して広くない入渠ドック(お風呂)にどっぷりと浸かって一日の疲れを癒していた。

 

 

 入渠ドック(お風呂)は小破・中破・大破した状態を治療する役割を持つ以外にも、単に入浴するための浴場としても機能することを妖精から聞かされた青年は、風呂場がここにしかないことに不思議がっていたが合点がいった。艦娘が入渠する場合には治療効率を保つために一つのドックにつき一人しか入れないのはゲームと同じであった。

 妖精達が施設を新築のように修繕し、前提督の手によって破壊された入渠ドック(お風呂)もピカピカに輝く光を放っており、非常時の時でなければ毎日お風呂に入ることができる。そのことに吹雪達が感激していたのを龍驤は傍で見ていた。

 

 

 けったいな問題やで。まだ横暴な態度を取ってもらっていた方が楽やった。妖精がおらんかったらあの態度も嘘の演技の可能性もあったんやけれどな……悩むわぁ。

 

 

 美船元帥から話を伺っていた龍驤達は想像ではあるものの、青年が善人を装い、吹雪達を騙して利用しているだけの可能性があった。しかし吹雪達も青年に期待を抱いており、信頼を寄せている(ふし)がある。それだけでなく、妖精達がこの惨劇の舞台となった鎮守府に現れた。しかも青年が着任してからだ。妖精達はいい人間にしか懐かないし、妖精達を認識できる人間は僅かである。軍にとって妖精達を認識できる人間は貴重で是非とも確保したい人材であるが、それが問題の青年である。想定していない現状に龍驤達は頭を悩ませている。

 

 

「妖精が見えているのは間違えようの無い事実や。しかも妖精はウチら艦娘にとって切っても切れへん関係にある。難しい状況やでこれは……ちと探りを入れるつもりで攻めたんやけど、吹雪ら駆逐艦の子らからは信頼されているようやった。まさかたった二日目にして信頼を得るとはなぁ」

 

 

 信頼を得るのは難しい。心に深手を負った子なら尚更のはずだが、青年は着任してたった二日目にして信頼を得ていた。あのプライドの高い叢雲からも少しばかりの信頼を感じられた。だから余計にわからない。軽視派であるはずの青年……彼は一体なんなのであろうか?

 

 

 ますますわからんようになった。妖精に好かれる軽視派の人間とか冗談やないで……なんなんやあの若者は?

 

 

 龍驤がいくら考えても答えは出ない。まだ始まったばかりだ。これから少しずつ探りを入れていけばいい。

 

 

「あの男が軽視派であることをそっと伝えるべきでしょうか?」

 

「今はやめとき、大淀と相談したんやけど混乱に繋がる可能性がある。信じた相手が軽視派だったなんて信じへんやろ。最悪の場合には裏切られたと心にまた深い傷を作ることになるかもしれんから、それは避けたい。このことはウチらだけで内密にするんやで」

 

「かしこまりました。例え拷問されようとこのことは喋りません」

 

「吹雪達とは駆逐艦同士だから不知火には胸の内を話してくれるかもしれない。俺達に話せないことだってあるはずだからな。もしかしたら色々と裏の情報を手に入れられるかもしれないから、あいつの悪事を暴く鍵を握るのはお前かもな。悪事が発覚したらあいつを逮捕する前に一発主砲をぶち込むのは俺にさせてくれ」

 

「了解しました。ですが木曾さん、そんなことをすれば粉々になってしまいます。せめて機銃で我慢してください」

 

「いや、そないなことしたら殺人罪で二人共しょっぴかれるで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし驚きでした。食材を自費で用意し、あまつさえ自分で調理してそれを振る舞うとは……艦娘である不知火達に対してですよ?これは何かの罠かもしれませんね」

 

 

 しばらく湯船に浸かりのんびりしていると不知火が切り出した。会議が終わり、寝室を案内された大淀達は一部屋に集まり今後の行動について話し合っていた時の話だ。

 

 

 部屋がノックされ、扉を開けると電が居た。出迎えた間宮に「ご飯のお時間なのです!」と嬉しそうに晩飯の時間だと報告しに来たのだ。電は晩飯が楽しみで仕方ない様子であった……が、その言葉に間宮と鳳翔は気づかされた。このおかしな鎮守府について色々と話し合っていたらいつの間にか時間が経っており、自分達は艦娘達の食事を支えるのが担当のはず……なのに時間を忘れて自身の仕事をこなしていないことを恥じた。それもこれも自分達の容姿を見ても嫌悪感を現さず、妖精を従え鎮守府を建て直した青年に夢中になり過ぎていたせいだ。

 慌てて仕事をしようにもこの鎮守府の備蓄はレーションだけ。翌日から大淀が仕入れの為に行動に移すのだが今日の分がない。すぐに食材を買いに行こうかと準備するも、電が言うには晩飯は既に用意してあるらしい。話し合いはここまでにして、そのまま連れられて一同が食堂に集まるとそこには人数分の料理が並べられていた。湯気が立ち上っていることから出来立てであることが窺える。

 

 

 「一体誰が料理をお作りに?」と間宮は吹雪達に視線を向けるが誰もが首を横に振る。そうなるとこの場にはもう一人だけしかいない。

 

 

 俺だ!とエプロン姿の青年が主張するように「さっさと席につけ。冷めちまうだろ」と全員を席につかせた。見ればハンバーグ定食だ。勿論サラダ付きで、ほかほかのお米も茶碗に盛られていた。青年が作ったもので、訓練生時代は一人暮らしの生活をしており、カップ麵だけの食生活では栄養バランスに支障が出る為、自分で料理をしていた。見た目は一般家庭で作られる程度の仕上がりで、店で販売されているものには程遠いハンバーグ……しかし出来立てなのだ。肉の油が染み出て香りが鼻をつく。鉄板に乗せられてジュージューと音を立て、食べてくれと主張しているようだった。

 吹雪達を見ればお預けをくらった犬のようにハンバーグ定食を見つめている。夕立に至っては我慢できずに「提督さん早く食べたい!」と言葉にしているぐらいだ。普段ならツンツンしている様子の叢雲も今はハンバーグに夢中で自分でも気づいていないのか涎が垂れていた。

 

 

 吹雪達は思い出す……ハンバーグと言うものを見たのは何度かある。前提督の頃、お腹を空かせていた吹雪達は他の駆逐艦娘が手に入れた新聞記事に乗っていた料理の写真を眺めながら、少しの足しにもならぬ妄想でお腹を満たそうとしていた。その時の料理がハンバーグで、こんな美味しそうなものがこの世にあるのか!?と妄想を膨らませていたぐらいだ。それが目の前にあるのだ。あの時の写真よりも迫力はないが、それでも喉から手が出るほどにお腹が嘆いていた。それに青年自ら作った手料理を食べてみたい……人一倍吹雪はそう思っていた。

 

 

 そして時が来る。青年が「食材に感謝を忘れぬようにいただきますをしろ」と合図を出せば吹雪達はもの凄い勢いで「いただきます!」と手を合わせた。その迫力に一瞬の遅れをとった大淀達も同じく控えめに手を合わせ、箸を片手にハンバーグへと手を伸ばす……

 

 

 「美味しい!!」と吹雪達駆逐艦娘から声が上がる。みんな次から次へと口に運び、睦月なんかは喉に詰まらせ苦しむ姿があった。しかし全員見るからに嬉しそうで、無我夢中になっていた。その光景に大淀達はいつの間にか手が止まっていたらしく「食わないのか?」と青年に言われてから手を動かす。

 一口食べればわかってしまった。知っている……大淀は知っているのだ。味は違えど、醜いからと虐げられていた自分達に美船元帥が作ってくれた手料理と同じ……愛情が籠っていた。

 

 

 そこからは大淀は何も考えず味を楽しんだ。今まで色々いいものを食べて来た彼女的には味は悪くない程度に感じられたが、最後まで味わいたいと思えた。一人で食事をする時より、美船元帥や仲間達と一緒に食事をしている時の料理が一番美味しいと感じたものと同じであった。

 しかしひと悶着あったことを伝えておこう。ふっと青年を見た吹雪が気づく。青年のテーブルには何もない。コップに入った水しか置いていなかった。吹雪が青年に食べないのかと聞けば取り出したのはカップ麺だった。

 

 

 カップ麺を見たことのない吹雪達は首を傾げてそれが何なのか聞いていた。「簡単に食べれるもので、財布に優しい優れものだ」と青年は言ったが、不思議に思った時雨が「提督、朝は何を食べたの?」と聞けばカップ麺と答えた。「昼は何を食べたの?」と聞けば出迎えで忙しく食べておらず「晩はそれだけ?」と聞けば間が空いてそうだと答えた青年……その言葉を聞いた間宮と鳳翔が急に立ち上がり「いけません!」と青年に詰め寄ったのは誰もが驚いた。

 

 

 二人は刺激された。例え相手が軽視派であっても食を疎かにする青年に我慢できなかったのだろう。二人は詰めより食事の大切さを説いていた。青年はその迫力に押されているようだった。吹雪達は何なのかわかっていなかったが、明石の説明で「司令官もちゃんと食べないとダメですぅ!」心配する吹雪達に群がられていた。うるさい食堂だが、大淀は居心地の良さを感じていられた。

 

 

 そんな出来事があり、今思えば不思議な光景だった。不知火は思いにふける。

 

 

「信じられない光景でした。食事を艦娘である不知火に提供するとは……それに艦娘に群がられて嫌がる素振りはありませんでしたし……謎が深まるばかりですね。踏まえてこれらは不知火達を油断させる罠だと考えていいのかもしれません」

 

「罠って……デザートに出て来たプリンをキラキラした瞳で眺めながら食していた駆逐艦はどこの誰やった?」

 

「……し、不知火ではありません」

 

「あんたやて。美味しいって騒ぐ吹雪達とどっこいどっこいの反応やったで?」

 

「……しょ、食材に罪はありません……!」

 

 

 クールなはずの不知火の顔は真っ赤になっている……お風呂でのぼせあがったわけでは決してない。

 

 

 そう。そして一番の盛り上がりを見せたのは食後のデザートに用意したプリンであった。子供っぽい駆逐艦娘である吹雪達は甘い物には目がないらしく、それを見た駆逐艦娘からは感激の声が上がった。ちなみにこの駆逐艦娘には不知火も含まれていたのを龍驤は見逃してはいなかった。

 

 

 不知火も子供なんやな。大人びた態度をとっても根は駆逐艦に変わりないから無理もないか。しかしえらい盛り上がりようやったな……見ていて微笑ましいわ。これもあの若者のおかげか……複雑な気分やな。

 

 

 吹雪達の満面の笑みで満たされた食事風景。きっとプリンを食べたのも初めてなのだろう……スプーンで掬い、少しずつ味わいながら大事に食べていく姿は傍で見ていた龍驤達にも幸せを感じさせる光景であった。

 

 

「しっかし……なんなんだあいつ。悪人のはずなのに……」

 

 

 そんな感じがしねぇっと口から言葉が出そうだったが飲み込んだ。その言葉が出そうになったことが信じられないと自分自身に驚いた。木曾は信用していない。軽視派である男はみんな艦娘をボロ屑のように扱う悪人なんだと決め込んでいた。なのにそんな風には見えなかった。

 

 

 だからこそ余計に気に入らない。

 

 

「必ずあいつの悪事を暴いてやる。俺が直接罰を与えてやるから覚悟しておけよ」

 

「……」

 

 

 木曾は意気込んでいる様子であった。また新たな問題が生まれるかもと言う気苦労が絶えない未来を想像し、今だけはお風呂の気持ち良さに身を沈めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!フカフカなのです!!」

 

「気持ちいいのにゃ♪」

 

「よーし、みんなで枕投げするっぽい!」

 

「ダメだよ、うるさくしたら提督に怒られるから僕は反対だよ」

 

 

 時刻はフタヒトサンマル。

 

 

 綺麗になったお風呂で入浴した後、結局吹雪達初期艦六人組は同じ寝室で過ごすことにした。六人同じ部屋だが、前の倉庫に比べると広さが別格だ。人数が少ない為、使われていない大部屋を贅沢に使うことができた。何故各自一人ずつ部屋を確保しなかったのかはやはり寂しいのだ。一人だと心細く、静けさは恐怖心をそそる。寝て目が覚めた時、もしも以前の鎮守府になっていたらと思うと誰もが一人でいることを嫌い、こうして六人で過ごすこととなったのだ。

 

 

 大部屋で興奮の冷めやまぬ様子の夕立は遊びたくて仕方ない。遠征から戻って来て青年から労いの言葉をかけられただけでなく、セクハラ行為を行っても許してくれて、美味しいお弁当とお菓子まで食べることができた。今までとは雲泥の差の生活が待っていた。夕立だけでなく、睦月も電も布団のフワフワな感触に天国へと連れて行かれそうになる。狭い倉庫で寝る必要はなくなった。これほどの幸せを感じられることが信じられないがこれは現実である。夕立の制止力である時雨も静かに興奮していた。初めての布団と枕に体を預けてしまうとそのまま夢の中へと誘われてしまうだろうと確信していたし、こんなに早く寝てもいいと言われたことすら以前ならばあり得なかったことだ。

 疲労、空腹、恐怖……様々な負の感情が渦巻いていた○○鎮守府A基地はもうどこにもその姿はなかった。見違えるほど変わったA基地。それもこれも全てあの青年がやってきてから変わった。感謝しても気持ち程度では足りない。だからこそ青年の期待に応えなければと思う吹雪達……でも遊びたいと思う気持ちもなくはない。

 

 

「ええー!枕投げやりたかったっぽい……」

 

「じゃあ司令官も誘って一緒にやろう。それなら怒られる心配はないよ」

 

「おおー!吹雪ちゃん話がわかるっぽい!夕立、提督さんと一緒がいい!」

 

「なら睦月も参加するのね!」

 

「電もなのです!」

 

「提督と一緒……なら僕もいいかな」

 

「ちょっと静かにしなさいあんた達!!なんで枕投げをやる感じになってんのよ!?そんな幼稚なことしないでもう寝なさいよ!!!」

 

 

 何やら青年を交えて枕投げを実行する動きを見せていた矢先に怒号が飛んだ。布団に包まり、温かく居心地良くうっとりしていた叢雲だったが、ワイワイと興奮して騒ぐ吹雪達の騒音に邪魔されて堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「「「「「ごめんなさい(っぽい)(なのです)(にゃしぃ)」」」」」

 

「もう……謝るなら初めから静かにしてほしかったわ。それに明日起きれなくなったら大変でしょ。明日からはやることが多いみたいだから」

 

「そうだね。叢雲ちゃんの言う通りだよ。みんな、これ以上司令官に迷惑かけないよう寝ちゃおう」

 

「……私には迷惑かけていいように聞こえるのだけど?」

 

「そ、そんなことないよ。さ、さぁてっと!私も寝よ。明日から頑張るんだから!!」

 

 

 「おやすみなさい」と各自の布団に潜り込む。六人で寝ることはもう慣れたものだが、身を寄せ合って明日が訪れるのを怖がる必要がない屋根の下。吹雪達はすぐに寝息が所々聞こえ始め、ようやく静かになったところで叢雲も温かさに包まれながら夢の中へと旅立った。

 

 

 ★------------------★

 

 

「寝たようですね」

 

「うなされている様子とかありそう?」

 

「流石に扉越しから内容まではわかりません。ですが、今日の感じだとその心配は無用だと思います」

 

 

 大部屋の扉の前で耳を澄ませていたのは大淀と明石、その二人に付きそうように間宮と鳳翔が安堵の表情を浮かべた。彼女達は何をしていたのか?それは吹雪達の様子を見に来たのだ。以前の環境がトラウマとなり、怖くて眠れない状態であったら大変だ。聞き耳する形となり、はしたない行動だが、軽視派である青年が影で何をしているかわからない……慎重に事を進める必要がある。しかし状況はいい方に向かっている。吹雪達の様子を確認できると速やかに別れ、各自の寝室へと退避した。

 

 

「ひとまずは安心出来ましたね鳳翔さん」

 

 

 間宮さんの声に私は「はい」と呟きました。

 

 

 私、鳳翔は美船さんとの出会いを忘れません。美船さんは私達艦娘に生き方を教えてくれた優しい方です。大淀さんも間宮さん、同じ軽空母である龍驤さんに不知火ちゃんや木曾さんも辛い生活を余儀なくされていました。艦娘である私達にとって生きづらい世界でしたので……

 

 

 ○○鎮守府A基地……ここは私が居たところとよく似ていました。私が建造された鎮守府でも艦娘に対して酷い扱いをしていた方が提督でした。女性という違いはありましたが、私達に向ける嫌悪感を孕んだ瞳は同じだったと見ずともわかります。間宮さんとはその頃からの付き合いです。共に深海棲艦と戦い疲れた体と心を癒す為の温かい食事と憩いの場を提供することが私達の役割でした。しかし私達に料理を作るどころか食材に触れることすら許されませんでした。当時の提督から「汚いから触るな。食材にカビが付くじゃない」と言われました。私達は無力でした。私は他の子達から母のように慕われていたりしますが……何もしてあげられませんでした。いえ、何もするなと命令されました。

 

 

 『鳳翔は居るだけで艦娘の士気を保つことができる便()()()()()』として、私自身理不尽な扱いを受けることはありませんでした。ですが他の子達は無理な遠征から出撃を余儀なくされ、私はただそれを見ているしかできなかったのです。他の子達の為に何かやりたいと提督に申し出ても聞き入れてもらえませんでした。

 落ち込む私を間宮さんはずっと支えてくれました。間宮さんも無力さを感じて嘆いており、何かしてあげたいと思ってもさせてもらえない心苦しさに耐えていた時でした。

 

 

 運命と言うものを感じました。まだその頃は元帥ではなく提督であった美船さんが視察として鎮守府を訪れてから私達は救われました。

 

 

 提督は私達の知らないところで横領を繰り返していたようで、その事実を美船さんは突き止め、提督は憲兵に連れて行かれました。良かったと思う反面、私達は路頭に迷うのではないかと言う不安が生まれました。しかし美船さんはそんな私達を受け入れてくれました。

 美船さんは人には珍しい私達と同じ……失礼ですが不細工なお方です。でも心はとても温かい優しい方なのだと、初めて私達と真っ当に向き合ってくれる人だと知りました。そこからは今までの生活が一変し、間宮さんと共に食事やお酒を提供できるようになり、私は自分を取り戻すことができました。

 

 

 しかし私は知りました。私と間宮さんが居た鎮守府と同じ環境……その頃よりも劣悪な環境に立たされた○○鎮守府A基地の存在を。新しく着任する提督が軽視派であることも……

 

 

 私と間宮さんは居ても立っても居られなくなり、美船さんに掛け合いました。了承を得て、大淀さん方と共に派遣されることを選びました。もう無力な姿を晒すのは……あんな心苦しい思いは嫌なのです。何もできず、弱みを見せようとせず、空元気を振りまく子達を……ただ見ていることなんて私にはできません。意を決して死地に飛び込む覚悟をしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出迎えてくれた提督は少々目つきが悪くギザ歯が特徴的な怖さがある若い方でしたが、私も見惚れてしまうお顔でした……この方が軽視派でなければの話です。どちらかと言えば軽蔑の視線をその時の私は送っていたと思います。この方もあの時の提督と同じく酷い人だと……そう思っていました。

 しかし私は考えを改める必要があるようです。新設と見違えるほどに修繕された建物に驚かされただけで終わらず、私は目を疑いました。妖精さんの姿が彼には見えており、美船さんと同じく意思疎通ができる方でした。まさか!?と他の方々も私と同じ思いを抱いていましたが、一番驚かされたのは吹雪ちゃん達が彼と仲良くしている光景でした。

 

 

 男性は特別視され、傲慢な方が多いです。醜い私達艦娘と外面だけはまともに接しているようでも内面は別という方ばかりです。仕事だからと我慢してくれるだけでも艦娘にとってはまだ幸せな方でしょう。中にはあからさまな態度を取る方もいます。艦娘である私達とまともに接してくれる男性などこの世にいるのでしょうか?と疑問を通り越して、()()()と決めつけていました。ですがどうでしょう……吹雪ちゃん達と共にいる彼は本当に軽視派の方なのか疑問が生まれました。

 その疑問を改める決定的なことが食事の時です。恥ずかしながら私と間宮さんは大淀さん方と彼についての話し合いに夢中で、すっかり私達の本分を忘れていました。情けない姿を早々さらけ出してしまい、明石さんに慰められながらも食堂の扉を開けば……またもや驚かされました。

 

 

 吹雪ちゃん達だけでなく、私達の分まで彼は食事を用意してくれました。ハンバーグ定食がそれぞれのテーブルに並べられ「一体誰が料理をお作りに?」と間宮さんは視線を送ればエプロン姿の彼に皆さんが釘付けにされ唖然としてしまいました。そこからは温かい光景が広がっていました。

 美味しそうにハンバーグ定食を食べる駆逐艦の子達。家庭的な作りのハンバーグですが、そこには愛情が籠もっていました。健康に気を使ったメニュー、出来立てほかほかのハンバーグ、そして食後のデザートにプリンを用意し、それら全て彼が自身のお金から出したものだと知った私は、何度目か憶えていない程に驚いてしまいました。

 

 

 食後のお風呂にも欠かさず入れとも言われ、私達に親身になってくれる彼が本当に軽視派の方なのか不思議で仕方ありません。それに彼の見る目が……その……艦娘の私にそんなはずはないのですが、熱い視線を送られていた気がしました。わ、私自身もなんてことを考えているのかわかりません。ちょっと女として……期待していたりしますが……そ、そんなことはありません!まず私のような容姿を好む男性などいるはずがありません。悲しいことですけど現実です。でも……不思議です。

 

 

「不思議な方ですね……」

 

「そうですね」

 

 

 私は無意識に呟いていたようで、間宮さんも同じ意見のようです。

 

 

「これからどうなるのでしょうか……少し不安です。でも吹雪ちゃん達を見ているとそんな不安が杞憂なものだと感じてしまいます」

 

「同感です。ですが鳳翔さん、今の私達にできることをしないといけません。今日のような失敗をしない為にも明日から頑張りましょう」

 

 

 間宮さんも今日の失敗を気にしているようでした。そう、明日から私達は頑張らないといけません!吹雪ちゃん達の為にも!そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、()()()の為にもお互い気合いを入れていきましょう!」

 

 

 『()()()』その言葉の中に青年も入っているのだろうか……?

 



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○○鎮守府A基地編
1-1 おかしな鎮守府


新たな鎮守府の提督として昇進の夢に突き進む青年。そして吹雪達。しかし大淀達から見ればそれはおかしな光景でしか映らない。様々な思考から推測するが……大淀達は答えを見つけられるのか?


それでは……


本編どうぞ!




「俺の執務室にあるベッドと銅像を処分してくれ。金になるなら変えてそれを経費に充てる」

 

「吹雪達の艤装はどうだ?明石ならばこれぐらい直すことなど容易だろう?頼りにしているぞ」

 

「鳳翔と間宮は食事を頼む。好きなメニューを提供してもらっても構わない。わかっていると思うが健康には気をつけて朝昼晩と食事をきちんととらせるようにしてくれ」

 

「しばらくはボーキサイトの備蓄が乏しい。不知火と木曾は問題ないが、龍驤は出撃を控えることにする。代わりに吹雪達の訓練を手伝ってやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大淀達が○○鎮守府A基地にやってきてから数日が経った。

 

 

 時刻はヒトフタマルマル。

 

 

 問題が山積みの鎮守府に軽視派の青年が提督として着任してからまたもや問題が起きた……ことはなく、寧ろ山積みであった原因を少しずつではあるが取り除いていった。それでもまだまだ残っているのだが、数日で底を尽きそうになっていた資材もある程度確保することができた。毎日食べる為に仕入れる食材は肉だけに偏らず、野菜もキッチリ仕入れ健康に考慮していた。衛生面も見違える程に綺麗になった○○鎮守府A基地……ここが本当にあの惨劇の舞台だったのかと言われると疑ってしまう。それに何よりも……

 

 

「これとあれと……これもか!?昨日あんだけ処理したのにまだ書類がこんなにあるのかよ!?ええい、全部今日中に終わらせてやる!!」

 

「あの……提督、そろそろお昼ですし食事のお時間かと……」

 

「もうそんな時間かよ。俺はこれらの書類を終わらせるから吹雪と大淀は先に飯食ってろ」

 

「司令官ダメですぅ!適度に休まないと体を壊してしまいます!」

 

「私も同感です。一人でこの量はあまりにも多すぎます。今日中でも流石にこれは……それでもと言うなら私も一緒に……」

 

 

 問題が山積みであるなら書類も山積みである。前提督が我が物顔で座っていた椅子も机も触れたであろうもの全て処分か売り払い経費に充てた。そして経費節約の為に安物で代用している。安物の机の上には書類の山……それを今日中に終わらせようとする青年だが、どう考えても一日で終わらせられる量ではない。最近青年は働きづめで吹雪達に心配されているにも関わらず、まだ仕事を進めようとする。大淀も流石に見ているだけでは心が痛み、手を貸そうとするが青年は拒否した。 

 

 

「いい、これは提督のサインが必要な書類つまり俺がしなければならない仕事だ。お前達はちゃんと食べてこい。規則正しい食生活は大事だからな。健康は仕事効率に大いに影響するこれ常識」

 

「……司令官はどうするのですか?」

 

「んぁ?そんなもん備えて安心、置いて嬉しい、財布に優しいカップ麺でも食えばいいさ」

 

「また買っていたのですか!?カップ麺ばかり食べていると健康に悪いって司令官自身が言っていたじゃないですか!」

 

「忙しい時は片手間に食べれて楽なんだよ……それにカップ麺だからってバカにすんな。吹雪お前に食べさせてやった時に美味いって言ってたじゃねぇか」

 

「そ、それはそうですけど……食べ過ぎです!司令官が倒れたら私もみんなも困ります!!だから一緒に食堂に行きましょう!!」

 

「吹雪ちゃんの言う通りです提督。また鳳翔さんと間宮さんに叱られますよ?」

 

「……」

 

 

 吹雪に心配されても何かと理由をつけて頑なに仕事を進めようとした青年は、大淀が鳳翔と間宮の名を出せば途端に手を止めてピタリと動かなくなった。

 

 

 ここ数日で食材の仕入れは真っ先に行ったことで、食事は鳳翔と間宮により美味しい手料理が毎日提供されることになった。三食毎日欠かさずに食べられる喜びに吹雪達は震えた。今では食事が楽しみとなり、鳳翔と間宮に明日のメニューが何なのか聞く程である。

 朝昼晩と健康重視のメニューが出され、お代わりも自由だ。それに食堂にはお菓子が常備されている……が、食べ過ぎは良くないので、鳳翔と間宮の監視の目が光っている。二人の前では妖精達も節度をわきまえている。艦娘達も妖精達も毎日食堂へ足を運ぶようになったが、一人だけ姿を現さず隠れるように執務室に籠りっきりの青年は問題の解決を独自に進めていた。睡眠を削ってでも取り組まなくてはならないもの……それはこの鎮守府に染みついたように残る問題をいち早く解決し、海域の制海権を手に入れなければならなかったからだ。

 

 

 海域の制海権は今も深海棲艦に奪われたままだ。今はまだ相手側からの攻撃を受けていない。少なくともこの付近の海域は比較的安全圏と言ってもいい。前提督はそのおかげで数が少なくなったボロボロの状態の艦娘達でも何とかなったのだ。だが、それがいつまでも続くとは限らない。嵐の前の静けさか、深海棲艦の影が見当たらない。そうなってほしくはないが、軍勢を集めているかもしれない。もしそうなってしまえば問題だらけで、出撃もまともにできなければその時点で詰んだも同然だ。昇進も自身の命すら危険な状況を少しでも何とかしたかった青年は寝る間も惜しんでやれることをやろうとしていた。

 しかし運悪く、夜中にトイレに目が覚めた吹雪が執務室の前を通ろうとした時に、見つけた。男でありながらも、暴力も罵倒もなく、苦痛の日々から救い上げてくれた青年……コンプレックスである醜い容姿を見ても嫌な顔一つせずに接してくれる人が扉越しにいる。色々と不思議な青年のことをもっと知りたかった吹雪は興味が勝ってしまい、扉から中を覗くとそこには何個も空になった床に散らばるカップ麺と栄養ドリンク片手に机と睨めっこしている青年の姿を発見した。その瞳は血走っており、眠気に襲われても栄養ドリンクで何とか気分を紛らわせていたようだった。

 

 

 青年は執務室に吹雪達や大淀達を寄り付かせたくなかった。唯一自分のプライベートの空間にまで入って来られたら溜まったものではないからだ。そのこともあって青年が何をしているのか周りは知らなかったぐらいで、このことを吹雪は皆に相談することにした。すると鳳翔と間宮が立ち上がり執務室へと乗り込んでいく。急に乗り込んできた二人の様子に唖然とした青年だったが詰め寄られ「健康に気をつけろと言った本人が蔑ろにしているとは何事ですか!!」と叱られた。カップ麺と栄養ドリンクは没収されてしまい、吹雪達にも体の心配をされたのは記憶に新しい。

 

 

 そんなこともあって、青年を監視する役割として秘書艦と補佐の二人が傍に付くことになった。補佐が基本大淀が担当し、秘書艦は○○鎮守府A基地の所属である吹雪達六人の交代制で務めることになった。

 

 

 執務室襲撃事件以来、青年は鳳翔と間宮が苦手……いや、二人にビビっていた。大淀達がやってきたあの日、そして今回の件に関して、みっちりと絞られたようで体が今でも説教を憶えているようだ。

 

 

「……チッ、まぁなんだ。規則正しい食生活は大切だから仕方ない。偏った生活をしていれば仕事に支障が生まれるからな。だから決して……けっっっっっして!あいつらの説教が怖いからだとかそう言うのではないからな!!」

 

「「ア、ハイ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしい。

 

 

 数日共に業務に打ち込んでいた大淀が抱いた感情はそれだった。軽視派の人間……本当に?艦娘である自分達はたとえ国の為、平和の為に轟沈覚悟の気持ちで深海棲艦と戦っている。けれど、多くの人はそれでは自分達を受け入れてもらえない。それもこれもこの醜い容姿が原因である。なのに青年は一切嫌な顔をしなかった。寧ろ瞳を見つめ合っているだけで照れている様子の青年にこちらも照れてしまう。軽視派である彼を監視する為に暴力や罵倒の一つや二つ受ける覚悟を持って気持ちを準備していたがそのようなことは一度もなかった。

 軽視派の連中は艦娘を兵器として扱い、沈んでも構わないと思っているはず……だが青年に「沈むことは許さない」と言われた。「頼りにしている」そんな言葉が出てくるなどありえない。少ない資材で簡易に建造でき、使い捨てと扱われていた吹雪達に懐かれている。特に男性は特別視される傾向にあり、醜い艦娘に近寄られるだけで嫌な顔をされることなんて当然の如くである。その当然がここにはない。

 

 

 食堂へと辿り着いた大淀達は厨房にいる人物に声をかけた。今ではこの鎮守府の食堂を牛耳る間宮と鳳翔の二人だ。

 

「間宮さん、鳳翔さん、ご飯いただきにきました」

 

「あら、吹雪ちゃんに大淀さん。そして……提督、今日はちゃんと食べてくれるのですね?」

 

「あ、ああ……健康には食生活が一番だからな。食事を抜くなんてことはしない」

 

「この前みたいにカップ麵で済まそうとしていた……なんてことはありませんよね?」

 

「………………………………………………そんなことはしていないから安心しろ」

 

「「……」」

 

 

 間宮と鳳翔が疑い深い目で見ていたが、その視線を合わせられない青年は冷や汗をかいていた。たとえ提督の座に青年が鎮座していてもこの二人には勝てないようだ……恐るべし。

 

 

「吹雪ちゃん、提督がもしまたカップ麵で済まそうとしていたら……報告してね♪」

 

「はい、わかりました鳳翔さん!吹雪にお任せください!!」

 

「――くっ!?」

 

 

 元気いっぱいに返事をする吹雪は真面目なので青年がもしカップ麵に手を伸ばそうものなら間宮と鳳翔に報告しに行くだろう。悔しそうな青年……当分カップ麵生活は出来なくなってしまった様子である。

 

 

「ふふ、お願いね。それじゃ、これ今日のご飯ですよ」

 

「うわぁ!ありがとうございます間宮さん!」

 

 

 間宮から今日の食事が各自に手渡される。カレーライスだった。鍋で温められ、湯気が立ち上りカレーの濃厚な香りが食欲を誘う。

 

 

「司令官、どうぞ!」

 

「おう」

 

 

 トレイに乗せられたカレーライスと共に席につくが、青年と吹雪の距離が近い。椅子を引いて青年にここに座ってほしいと瞳が強く訴えていた。青年はその瞳に気づかずとも吹雪の隣に座ることが当たり前のようであったことに大淀は強い衝撃を受けた。

 

 

 なんて羨ましい……はっ!?わ、私は何を思ってしまったのでしょうか!!?

 

 

 大淀の視界に映る光景に今だ慣れていない。ここ数日で何度か見た光景なのだが……こんなことがあるのだろうかと疑ってしまう。

 

 

 同じテーブルしかも隣に艦娘が座ることを許す……いや、自ら隣に陣取ることなど考えられないのだ。我らの美船元帥でも同じテーブルで食事をしたいと思う人物は艦娘以外にほぼいない。しかも男性がである。大淀が着任してから意味不明なことばかり起きていて、しまいにはこれが普通なのではないかと錯覚してしまいそうだ。

 

 

 気持ちをしっかり持って私!きっとこれも何かの作戦なのでしょう。私達を信用させて後で裏切る……大事な作戦の為に誰かを犠牲にしなければならない場面、編成でその犠牲を決めるのは提督の決定。周りから非難の目を(あざむ)く為、日頃はいい人間を演じ、轟沈しても「仕方なかったことだ」「私だって悔しい」と理由を用意できる。周りも納得してしまい、悲劇の提督として見られるようになる……内心ではそんなこと微塵にも感じていないにも関わらず。実際にそう言った人もいました。悲しいことですが、私達に向き合ってくれる人は美船さんぐらいしか私は知りません。全ての人がそうとは言い切れません。中にも仕事だからと割り切って諦めて接してくれる方もいますが、そう言った人と出会えるだけでも幸せな方です。幸せな方ですが……心にモヤモヤとしたしこりが残るのは仕方ないことだと思っていました。思っていましたよ……

 

 

 大淀は羨ましかった。美船元帥は同性……人とは生まれ方が違う艦娘を女性と表現したらいいのかはこの際置いておくとしても、同じ女性である。しかし青年は男性で、傲慢な態度もみせず、仕事だからと諦めて交流している素振りはない。口は悪くても艦娘である自分達の健康や疲労など気遣ってくれている。少々見えるギザ歯が怖さを現しているが、顔はいい。彼が軽視派だと知らなければ優しさに付け込んで犯罪にならない程度のセクハラまがいなことを仕出かしていたかもしれない。

 ハッキリ言うと……理想的なのだ。美船元帥がそうだったように、この青年も彼女の面影を感じさせる温かさを抱いているように大淀には見えていた。だから……おかしいのだ。

 

 

「美味しそうですね!大淀さんもそう思いませんか!?」

 

「……」

 

「……大淀さん?」

 

「――はっ!?な、なんでしょうか?」

 

「ボケっとするな。考えごとなら後にしろ。食事時は余計なことは抱かず味を楽しみ、腹を満たす。だからと言って早食いはよくないぞ。ゆっくりよく噛んで食べる。噛まずに飲み込むのは健康によくはないし、食べ終わってもすぐに運動はせずに少し休憩だ。それが終わってから仕事の続きをするぞ。だからボケっと突っ立ってないで座れ。冷めちまうだろうが」

 

「あっ、す、すみません」

 

 

 吹雪だけでなく青年にも声をかけられ思考は停止する。椅子に座る……吹雪の正面に。

 

 

 四人掛けのテーブル席だが大淀はまだ青年の正面に座る勇気はない。信じてはいけない。軽視派の連中は無能ばかりではない。軽視派の連中から目をかけられた青年はもしかしたらこの姿は仮の姿で、裏では言葉にできぬほどの悪事に手を染めているかもしれないのだ。「人は見かけで判断するな」そう美船元帥から教えられたことだ。

 

 

 人間とは欲深い生き物だ。

 

 

 どんなに優しい相手の方からわざわざ接してくれて、自分に心を許したとしても後で裏切られ捨てられる……そんな経験をして絶望の中、轟沈した艦娘だって居たではないか。

 艦娘は醜い……これは変えられぬ事実。それと真正面に向き合ってくれる人は果たして何人いるのだろうか?両手で数えられるのか?もしかしたら片手で数えられる程しかいないのか?答えはわからないが、大淀は願う。

 

 

「ちゃんと食材に感謝するんだ。俺達は命を食らい、命に生かされている。食材に感謝しないと調理された命から恨まれちまうからな」

 

「はい司令官!いつものですね!」

 

「ああ、大淀も食べる前の感謝を忘れるなよ?」

 

「ええ、わかっています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 この青年の優しさが()()でありますように……と。

 

 

 ★------------------★

 

 

「っぽい」

 

「……」

 

「にゃしぃ~」

 

「……」

 

「はわわわわ!?」

 

「……」

 

「ごめんね不知火、みんな君に興味があるみたいなんだ」

 

「……不知火にですか?それで先ほどからずっと視線を向けられていたわけですね」

 

 

 時雨達は何度目かの遠征だったが、今まで青年に提督の座が変わってから失敗を犯していない。楽な遠征であった。燃料を少しでも節約する為に鎮守府からそれほど遠くない場所へ向かい、資材を見つけては無理せずに持って帰る。過酷な状況を生き残った彼女達にとって楽過ぎる任務だ。今回も小島を発見し、そこで見つけた資材を持ち帰る途中の出来事であった。

 

 

 旗艦を時雨とした遠征組に新たなメンバーが加わった。不知火だ。

 

 

 不知火は今回の遠征は初である。美船元帥の下ならば何度か任務に当たったことがある。しかし今回が初と言うのは○○鎮守府A基地での話だ。数日間は備蓄が極めて限りある状況であり、燃料の消費量を少しでも抑えたかったことで、今まで遠征組は四人だった。そして今日ようやく出撃の許可がおりて、不知火は時雨を旗艦とする第二艦隊に配属されることになった。五人に増えた第二艦隊の新人……練度では不知火の方が上だ。初めて出会う自分達と同じ駆逐艦。夕立達は気になって仕方なかった。

 不知火とはあまり話せていない。男性であるにも関わらず、自分達のような容姿に対しても嫌な顔せずに接してくれる青年と彼の期待に応えたいと頑張る吹雪達から距離を取っていたからだ。なんせ彼女は青年の秘密を知っているのだ。だからこそ思う。

 

 

 『捨てられる』

 

 

 ○○鎮守府A基地はおかしい場所であるのは確かだ。艦娘相手に真正面から受け答えする青年の姿。何故嫌がらない?気持ち悪がらないのか?どうして視線を逸らさない?上げればきりがない程に青年は自分達艦娘に対して寛大な態度を取る……だが、それは偽りのものだ。

 

 

 『艦娘軽視派』

 

 

 艦娘を醜悪な容姿に人外の力を持つだけで化け物と扱い、道具として利用する者がいる。いくらでも資材があれば生み出すことのできる彼女達に対して人ではないからとぞんざいに扱う人々の中にいるのが青年だった。だからこそ不知火は青年と楽しそうに話す吹雪達が哀れで声をかけられなかった。きっとその姿は偽者で、内心吹雪達と関わることすら嫌だと思っているのだろう……それだけならまだいい。はらわたが煮えくり返り、最後には信じていた相手に裏切られる……吹雪達が手を伸ばしても掴んでも、青年は笑いながら振り払う。

 

 

 

 絶望するだろう。涙するだろう。後悔するだろう。

 

 

 先のない未来を想像してしまい、不知火は距離を取ってしまった。しかし彼女はそんな未来を現実にさせることは絶対にしないと心に決めている。美船元帥の下で知った温かさ、目には見えない艤装()と言うものをいつも身に付けている。吹雪達を青年の魔の手から守ること……それが不知火の役目だった。

 駆逐艦同士のみでしか語れぬ話もあるだろうと美船元帥は不知火を選んだ。青年を監視するだけでなく、時雨達を魔の手から守りぬき、素顔を暴くこと。忠義心が高く、堅物である彼女は必ず任務を成功してみせると意気込んでいる。

 

 

 そんな彼女の心境など知らない夕立達は不知火に興味を持った。他の鎮守府との交流は前提督によって悪行がバレるのを防ぐために避けられていたこともあり、初めてで、自分達は休みなしの出撃で疲労しており、今まで他の鎮守府にいる艦娘の存在など気にしている余裕などなかった。しかし青年のおかげで心に余裕が生まれて、新しい仲間のことを知りたくなったのだ。

 

 

「それで?不知火に興味とは……何かあるのですか?」

 

「っぽい!」

 

 

 手を上げる夕立。はい!ではなく、っぽい!とは夕立らしい。

 

 

「不知火ちゃんは()()っぽい?」

 

()()()?装甲は駆逐艦ですのでそれほど()()はないですが?」

 

「あっ、それは多分夕立が言ったのは装甲のことじゃなくて性格の方だと思うよ」

 

「性格?」

 

 

 時雨が間違いを訂正する。

 

 

「喋り方も雰囲気もお堅いのにゃ。もっと砕けた性格なら提督と仲良くなれるにゃしぃ」

 

「……司令と?」

 

 

 何故ここで青年のことが出てくるのか……不知火には睦月が言った意味がわからない。

 

 

 「不知火ちゃんは提督さんのこと避けているっぽい」

 

 

 夕立の言葉に不知火は思い当たる節がある。指摘された時に眉が動いた。

 

 

「不安なのはわかります。でも電達は司令官さんに助けられたのです。初めは電も怖かったのです。けど司令官さんは優しかったのです。食事も寝床も改善してくれました。だから不知火さんも初めは怖いと思いますが、きっと司令官さんのことを好きになるのです!」

 

 

 電の無邪気な笑顔を直視できずに逸らしてしまう。ここまで信頼しているのに待っているのは裏切り……最期にこの子に残るのは何なのか。「違う」「騙されている」そう言いたかったが、電達の心の支えとなっている青年が軽視派の人間であることを伝えることはできない。支えが失った者が最後に辿った結末は……語りたくもない。不知火の胸には罪悪感が突き刺さる。

 

 

「……不知火?」

 

「大丈夫です時雨さん。心配はいりません……この不知火が皆さんを守ってみせます」

 

「んっ?そっか……ありがとう。それに時雨さんなんて堅苦しいよ。時雨でいいよ」

 

「夕立も夕立でいいっぽい!」

 

「睦月も同じにゃしぃ♪」

 

「電もなのです」

 

「……ふっ、かしこまりました」

 

 

 自然と小さな笑みを浮かべることができた。時雨達との交流は上手いこと進んだようだ。不知火が馴染めるのも時間はかからないだろう。

 

 

 だからこそ自分が守らなければならない……時雨達、そして吹雪達を。仲間の為にもあの忌々しい軽視派の人間の魔の手から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

「そう思っていました。しかし観察している内におかしなことに気づいたのです」

 

「……それはなんや?」

 

「何もしていないのです。いえ、正確には悪事に一切手を染めていませんでした。軽視派の人間であるはずなのに……です」

 

「私もなんだか変な感じです。艦娘の私にわざわざ差し入れしに来る提督っていますか?開発の為に工廠に籠っていたら誰かが入って来たので、大淀かな?って思ったら提督で、手には飲み物とタオルを持って現れたんですよ?そして『熱が籠る工廠内での作業は気を付けろ。水分補給はしっかりしろ』って言われた時、開いた口が塞がりませんでしたよ」

 

「あら?明石さん()?」

 

()?と言うことは……間宮さん()?」

 

「はい。私と鳳翔さんは差し入れではありませんでしたけど、足りない食材や料理器具があれば遠慮なく言ってくれと言われました。そうでしたね鳳翔さん」

 

「ええ、あの時の提督は優しかったですよ。それに……ふふっ、カップ麺を隠れて食べていないか確認した時なんか縮こまっていましたもの。なんだかその姿が可愛らしくって庇護欲を駆り立てられそうでした」

 

「アカン……軽視派のイメージ像が崩れてきたで!?」

 

「おい!明石さんも間宮さんも鳳翔さんもどうしたんだ!?あの男は軽視派なんだぞ!!?」

 

 

 更に数日後が過ぎた鎮守府の出来事……一つの部屋に集まっていたのは大淀達だった。

 

 

 時刻はフタサンマルマル。

 

 

 良い子が寝る時間は過ぎている。青年も執務室でぐっすりと寝ており、吹雪達も今頃は夢の中だろう。深海棲艦に注意しなくて良いのかと言われてもここには妖精達が沢山いる。今は人数が少ないので、疲労を溜めないよう配慮して遠征は昼のみにし、人間よりも役立つ妖精達が憲兵となり、鎮守府内だけでなく、海上も監視してほしいと青年はお願いした。

 妖精達にとって昼も夜も関係なく、睡眠も必要ないようでやはり人間とは異なった生き物なのだなと思い知らされた。そんな妖精達は青年からの夜の海上監視のアルバイトを持ち掛けられ承諾。報酬は勿論お菓子だ。お菓子が手に入るなら妖精達はいくらでも頑張れるのだ。

 

 

 だから何かあれば妖精達が知らせてくれる。いつもはだらけた様子な妖精であっても仕事であればシャキッとやるべきことをきちんとやってくれるので心配無用だ。妖精達はこの鎮守府の小さな救世主達であった。

 

 

 そして現在、その夜中に何故大淀達が集まっているのかと言えば、軽視派である青年の動向調査の報告の為に集まったのだが……結果は予想とは反するものであった。

 

 

「あの男は影で何かを企んでいるに決まっている。そうだろ!なあ不知火!?」

 

「……」

 

 

 木曾は我慢ならなかった。軽視派である青年を調べていたが何も出て来ない結果に終わった。寧ろ艦娘である吹雪達や自分達に労いの言葉や差し入れをしてくれていた。初めは美船元帥から直属の艦娘である為、機嫌取りや悪行を隠すための演技かに思われたが、いくら鎮守府内を探しても悪行を行った形跡は見つからず、青年はここ数日外へ出かけていない。ずっと艦娘である自分達と行動を共にしていることの方が多かった。それに仕事も次々にこなして山積みだった書類等は今では半分程度まで落ち着いたほどだ。青年が執務室の簡易なベッドに仕事疲れでぐっすり寝ているのはそのせいである。ハッキリ言ってしまえば他の提督よりもかなり優秀な提督であると断言できる。優秀な提督が艦娘を率いれば勝率は上昇、深海棲艦から海域の制海権を奪い返すこともできるだろうが、青年は軽視派である。艦娘を道具としてしか見ない美船元帥が心から憎悪する連中の一人なのだ。だから木曾は認められないのだ。

 青年と美船元帥の姿が重なったように見えたのは大淀達……つまり木曾にも見えたのだ。救ってくれた恩人と最も毛嫌いしている軽視派の人間が同じだなんて彼女は認めない……認めたくない。

 

 

 不知火もそうだった。第二艦隊遠征組に選ばれ新たなメンバーとして加わった彼女は遠征をこなしつつ、時雨達を通じて探りを入れていたが、帰って来る答えはいつも笑顔だ。時雨達からは情報は得られないだろうと思考し、ならば自身の目で得るのみと行動に移す。身を隠しながら青年を尾行したり、執務室に秘密が隠されていないか潜入し探ってみたが全て空振りに終わる。鎮守府内も隈なく探りを入れてみたが答えは変わらなかった。

 不知火だけでなく、大淀達も探っていたが結果は言った通りだった。吹雪を旗艦とした第一艦隊に組み込まれた木曾も吹雪達から色々と探ったが結果は同じだった。青年が起こす行動の真意はわからず、違和感が増すばかりであった。

 

 

「ちいっと落ち着きって」

 

「これが落ち着いていられるか!ああもうっ!俺はもう寝る!!」

 

 

 苛立ちが募り、木曾は出て行った。気持ちの整理を付ける為にも今は一人にさせておいた方がいいだろう。

 

 

「しかしおかしなことになりましたね」

 

 

 大淀はこの状況に対して不可解な心境に陥っていた。軽視派だとわかっているはずなのに、どこか温かい日常がある。辛く苦しい牢獄から解放された吹雪達は毎日青年と言葉を交わし笑顔だ。たとえその笑顔が汚物のように醜くても青年は拒絶せずに、視線を合わせてくれる男性はこの青年を除いて知らない。

 そのことが女である大淀にとって嬉しいのだ。大淀は仕事上男性と接触する機会は多かったが、男性からは眼鏡が不細工をかけていると笑われたことだってあった。比べて鳳翔や間宮に明石は男性との接触はあまりない。話をすることもそれほど仕事上なく、慣れてはいない。だが、青年と話をすると安心感があった。青年のその姿は偽りのもののはずなのに、まるで美船元帥と共に居る時のような安心感が。

 

 

「……もう少し様子を探るしかなさそうやな。木曾は……あの調子やし、不知火頑張ってや!」

 

「は、はい。何としてでも秘密を暴いてみせます!」

 

 

 不知火の瞳に闘志が燃えていた。今度こそ必ず青年の悪事を暴いてやると。

 

 



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1-2 揺れ動く火

悪事を暴こうとする不知火のお話です。


それでは……


本編どうぞ!




 時刻はマルナナマルマル。ターゲットが移動……不知火、尾行開始いたします。

 

 

 執務室から出て来た青年を陰で監視しているのは無論不知火だった。今日の遠征は休みである。資材は必要不可欠だが、人数も少なく毎日の遠征は体に堪える。長距離なら尚更のことであり、休日を定めることになって現在自由時間なのだ。これも青年が無理な重労働(ハードワーク)を避けるための対策として打ち出したのだが、初め自由時間を与えても吹雪達は首を傾げていた。聴けば自由時間とは何かと逆に聞いてきたぐらいだ。言葉通りの意味なのだが、過酷な環境だったせいもあって、何をすればいいのかわからないと言っていた。これには青年はため息をついていたが、余り物の紙で何かを折り始めた。

 艦娘全員の視線を釘付けにしながら青年が完成させたのは(つる)であった。初めて紙が折られて作られた折り鶴に吹雪達は興味津々になっていた。「自由時間とはこういった遊びをするのもお菓子を食べるのも好きにしていい時間だ」そう言って教えていた日もあった。大淀達は吹雪達に折り鶴を教えていた青年の姿を温かく見守っていたのは最近の出来事だ。

 

 

 不知火の中で浮かび上がっていた軽視派の人間像はもっと暴力的か艦娘には無関心な態度をとるかに思えたが、龍驤が言った通りにイメージ像が崩れ始めていた。しかし寸前の所で踏みとどまっている。木曾が青年を認めないと頑として態度を崩さないことで、不知火も我を取り戻す。雰囲気に流されてしまうのではないかと思えるほどに青年に安心感を抱いてしまうのだ。やはり美船元帥と同じような……

 

 

 ――ッ!?ち、違います!美船元帥とあの男が同じだなんて……そんなことあるはずがありません。きっと裏に何かを隠しているに間違いないはずです!

 

 

 思考を切り替え青年を尾行し続ける不知火はこの日、大変な目に遭うなど知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで最後魚雷でポーンと撃破したんだよ!!んふふふっ♪睦月の活躍を褒めるがよいぞ!!」

 

「そうか、よくやったな。偉いぞ」

 

「いひひっ♪今日のМVPは睦月であるぞ!!」

 

「いいなぁ……夕立も褒めてっぽい!」

 

「電も……褒めてほしい……のです」

 

「ああ、お前達には感謝している。お前達が居なければこの鎮守府は機能しないからよ。ちょくちょくだが、深海棲艦の姿が確認された。遠征時も敵の存在に注意しろよ」

 

 

 最近深海棲艦の確認され、第二艦隊の時雨達も遠征時に遭遇した。近々海域の制海権を取り戻す為に本格的な出撃も視野に入れている。だがその前に緩やかなちょっとした食堂での光景だ。

 

 

「旗艦の時雨も感謝している。時雨が居ないと遠足になっちまうからよ。真面目なお前を頼りにしているぞ」

 

「ありがとう提督。その言葉だけでも嬉しいよ」

 

「あの司令官……私達も役に立ってますか?」

 

「当然だ。遠征は時雨達に任せて吹雪は自分のやるべきことに集中すればいい。本格的な出撃もあるかもしれないからな」

 

「はい!吹雪頑張ります!!」

 

「ふん、無駄に張りきって失敗しないようにしなさいよ」

 

「叢雲お前も吹雪同等に役に立っているぞ。だからそう拗ねるな」

 

「は、はぁ!?べ、別に拗ねてなんかいないわよ!!」

 

「ああ!叢雲ちゃん顔赤いっぽい♪」

 

「あ、赤くなってなんかないわよ!!」

 

 

 今日も騒がしい食堂の駆逐艦が集まったテーブルで一人静かにしている者がいる……不知火だ。

 

 

「不知火も大いに役立っているそうじゃねぇか。今日はゆっくり休んで明日に備えろよ?」

 

「は、はい……了解しました」

 

 

 不知火は困惑していた。

 

 

 な、何故なのです?何故……不知火はこの男と食事を共にすることになったのでしょうか?

 

 

 時刻はヒトフタマルマル。丁度お昼時である。

 

 

 不知火が尾行していた時、背後から急に声をかけられたことに驚き、可愛らしい「きゃっ!?」と言う悲鳴を上げた。振り返れば吹雪達がおり、これから食事するから一緒に食べようと誘いに来た様子であった。特におかしな行動をする様子もなく、鎮守府内を歩いては妖精達と話をしていたり、工廠へと赴き、明石と艤装について相談している様子などが窺えた。いつその仮面の裏に隠された素顔を晒すのか尾行に集中し過ぎていてお昼時であることを忘れていた。意識すると途端にお腹の虫が騒ぎ出し、飯を食わせろと主張すると恥ずかしくなり顔が真っ赤になる不知火。しかし今は尾行中である。吹雪達の誘いを断ろうとしたが、無邪気な夕立と睦月は青年を発見してしまい食事に誘ったことで尾行は中断せざるを得なくなった。そして流れに流されるまま共に食事をすることになったのだが……

 

 

 ……何故……何故……何故……不知火の隣にこの男がいるのですか!?

 

 

 誘われ流されるまま食堂に付いたのはいいが、今日の料理を受け取り席に着こうとしたが、吹雪達が不知火に勧めたのは青年が座っている真横の席である。いつもならば青年の隣に誰が座るのかちょっとした話し合いが執り行われるのだが……今日に限って誰もが不知火に譲ったのだ。当然彼女は拒むが無理やり隣に座らせられた。

 吹雪達は不知火が青年を避けているのを知っていた。それは男性である青年のことが怖いからだと勘違いをしていた。本当は軽視派の人間だと知っているからなのだが、知らない吹雪達にとってこのままではいけないと思い、不知火に青年は怖くない人だと知ってもらう為の行動でもあったのだ。

 

 

 ……くっ!?こ、これが男性の匂い……ですか!?臭くなく、衣服から石鹸の匂いがしますが微かに男性特有の香りが漂ってきます。これは……まずいです。刺激が強すぎます……!!!

 

 

 今日のメニューはうどんであった。熱々で湯気が立ち上り香りが鼻に付くが、そんな香りなどどうでもいいとさえ感じてしまう程に、不知火の嗅覚は青年の体臭にターゲットを絞り込んでいた。

 

 

 不知火の心臓は破裂寸前である。元々艦娘である自分達とこうして共に食事をしてくれる男性は幻だ。隣に艦娘が座ろうものなら解体事案である。しかし青年は嫌悪感すら抱かずに会話している始末である。この光景を見せられた時は目玉が飛び出しそうにもなった。そしてこの光景が今度は自分自身が体験しているのである。何よりも隣の席……すぐ傍に青年がいる状況なのだ。これが夢だとしたら幸運な夢だろうが、これが現実ならば極上の天国だろう。現に不知火の視線は青年に釘付けであった。

 

 

 この程度の匂いで自我を見失うわけには……あら、いい首筋です。それに額から流れ出る汗が首筋に……くっ!?目に毒です!!それに匂いが増々強く……くぅぅぅぅ!!?

 

 

 熱々のうどんを食すと自然と汗が浮き上がる。それは艦娘も人間も共通であり、青年から汗が流れ出ていた。手が止まり、自分の分であるうどんを放置してもその姿を脳内フォルダに保存する為に不知火は凝視していた。しかも汗のにおいが不知火を襲い、思考をどんどんと狂わせていく。こうなってしまえば彼が軽視派であるかなどどうでもいい些細な問題と化してしまっていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「美味しいね……んっ?どうしたんだい不知火……?!」

 

 

 様子のおかしいことに時雨が気づいた……気づいてしまった。不知火が青年を凝視し、顔を赤らめ息遣いが荒いことに。時雨はその姿に若干引いている。そして肝心な青年は美味しいうどんに夢中となっており気づいていない様子である。

 

 

「ええっと……提督、不知火が……」

 

「んぁ?なんだよ時雨?」

 

「あの……不知火の様子が……」

 

「不知火がどうした……ってどうしたお前?」

 

「はぁ……はぁ……い、いえ、なんでもありません」

 

「……にしても顔が赤いぞ?それに一口も手をつけてないじゃねぇか。飯を食わないと体に悪いぞ。一日三食必ず食べることは大事なことだぞ?」

 

「い、いえ……その……」

 

 

 い、今は話しかけないでほしいです!だからこちらを向かないでいただけませんか!?

 

 

 不知火の心境など知らぬ青年には心の声など届かない。様子がおかしい不知火に視線を合わせるが、当然彼女は逸らす。青年の匂いに欲情しているなど言えるわけがない。醜い容姿である艦娘の自分が男性に対して欲情し、しかもそれが軽視派である青年に……不知火は自分自身でも何故欲情しているのかわからなかった。

 時雨達を守ると誓っておきながら、青年は艦娘を蔑ろに扱う軽視派である。そんな人間に欲情するなど馬鹿げている。生理現象は艦娘達にもあるので仕方ないことではあるものの、軽視派の人間に対してそのような目を向けてなるものか!っと決めていたが、視線を逸らせても嗅覚は今も青年の匂いを吸引中であった。

 

 

「……おい、もしかして病気か?」

 

「ええっ!?不知火ちゃん病気っぽい!?」

 

「た、大変なのです!!?な、なにか電達でできることは……あわわわ!!!」

 

「なら睦月が痛いの痛いの飛んでけ~っとおまじないをしてあげるのにゃ!」

 

「いや、それじゃ病気は飛んでいかないよ」

 

「ちょっと大丈夫?見たところ熱があるようだけど?」

 

「司令官、私大淀さんに報告してきます!」

 

 

 病気と聞いて共に食事をしていたメンバーが不知火を心配する。しかし心配とは裏腹に不知火は恥ずかしさが込み上がっていた。欲情していますなんて言えるわけがない。今にも大淀に報告しに行こうとする吹雪の腕を掴む。

 

 

「えっ!?ど、どうしました不知火ちゃん?」

 

「はぁ……はぁ……つ、伝える必要はありません。少し休めば楽になりますから……」

 

 

 なんとかそれだけ言葉が出たが……正直まずい状況だった。欲情しているとバレれば恥だ。不知火の性格上それは避けなければならないが、この場から動けぬ理由があった。

 

 

 濡れ始めていた。どこがとは言えない。

 

 

 不知火は体を埋める形で椅子から動こうとしない。その様子に吹雪達はどうしたらいいのかあたふたしていると……

 

 

「……チッ、仕方ない。おい、誰でもいいから不知火の分、取っといてやれ」

 

「ちょっとあんた何する気よ?」

 

 

 叢雲は青年が何かすると感じ取った。そして青年が起こした行動に度肝を抜かれることになる。

 

 

「おい不知火」

 

「はぁ……はぁ……な、なんでしょう……か……?」

 

「ジッとしてろよ」

 

「えっ?ちょ、ちょちょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何があったのか……ほとんど憶えていません。この不知火に一体何があったのでしょうか?

 

 

 不知火の意識が覚醒するとそこは自室のベッドの上。窓からの景色は星々が点々と光り輝いていた。

 

 

 時刻はフタサンサンマル。

 

 

 いつの間にか夜中になっていた。後少しで一日が終わりを告げる……

 

 

 ガチャっと扉が開く。不知火が視線を向けるとそこには大淀の姿があった。

 

 

「不知火ちゃん起きていたんですね。ごめんなさいノックもせずに」

 

「いえ、今起きたばかりですら……大淀さんは今の時間起きていてもいいのですか?」

 

「ええ、提督からあなたのお世話を申しつけられました。その際に許可も頂きました。代わりにと言ってはなんですが、明日の業務はお休みを頂きました」

 

 

 不知火が気を失ったと聞いた時は驚きを隠せなかった。だが事情を聴いた大淀は「ああ……」と納得してしまい、目覚めるには時間がかかるだろうと予測する。なんたって艦娘である彼女達なら夢のまた夢である()()を不知火は体験してしまったのだから無理もない。そのことにちょっと不知火に嫉妬……いや、結構嫉妬してしまった大淀だが、気持ちを切り替えていこうと思った矢先に青年から世話を進められたのだ。業務はどうするのかだが「吹雪達がいるから問題ない。大淀は不知火の傍に居てやれ。同じ仲間だろ?」と言われてしまったら首を縦に振るしかない。全くもって卑怯な青年である。

 

 

「だから私のことは気にしなくて大丈夫ですよ」

 

「そ、そうでしたか。それで大淀さんに聞きたいことがあるのですが、不知火は何故ここに?」

 

 

 不知火は今一番知りたいことがあった。

 

 

 食堂で吹雪達と一緒に食事をしていたはず……確かあの男も一緒に……しかし何かが引っかかります。順を追って思い出してみれば、あの男を尾行していて声をかけられてそれから食堂に行き、席に座って……あっ!?

 

 

 そこで記憶が蘇り始める。食堂で席に着き、不知火の隣に座っていたのは誰であるのかも。そして自分が誰に対してみっともない姿を現していたのかも思い出してしまった。

 脳内が熱を上げる。みるみるうちに顔が赤く染まり、恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 

「それはですね……」

 

 

 あっ、すみませんそれ以上言わないでくださいお願いします!!!

 

 

 しかしもう遅い。大淀に何があったのか聞いてしまったのは自分だ。この先彼女の口から発せられる言葉は安易に想像できた。

 

 

「不知火ちゃんは気を失ったのよ。提督に……お、()()()()()()されて」

 

「――ッ!!?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間に体温が急激に上昇、限界突破してしまい体中が茹で上がる。大淀の視線から逃れるようにガバリと布団に潜り込んでしまった。

 

 

 不知火は人生で初めてお姫様抱っこを経験した。

 

 

 落ち度……落ち度落ち度落ち度です……こ、これは……不知火の落ち度です!!!

 

 

 青年に欲情してしまった姿を吹雪達に見つかり、心配されながらも大丈夫だと答えた不知火だったが濡れて動けぬ状態で手だてがなかった。しかし青年が見かねて取った行動は不知火を自室へ運ぶこと。片腕で女性の脇から背中に手を回し上半身を支え、もう一方の手を両膝の下に差し入れ脚を支え、女性を抱き上げる行為……つまりお姫様抱っこだ。

 醜い容姿の艦娘に対して体を密着させなければならないお姫様抱っこをしたいと思う男性は皆無だろう。やるとなればそれは罰ゲーム以外の何物でもない。いやむしろ拷問に近いものだ。実際に今まで誰もが経験したことのない憧れのシチュエーションを体験してしまったのだ。女性同士でもなく、男性からのお姫様抱っこである。

 

 

 夢でも見ているのかと思うかもしれないが現実である。不知火はそのことを思い出し、布団の中でバタバタと羞恥心に(さいな)まれる。いつもはクールな態度を見せる不知火も今回ばかりは無理な事案のようだ。

 

 

「……不知火ちゃん」

 

「………………………………………………!!!」

 

「ちょっと待っててください」

 

 

 大淀は一言残して一度退室した。見送る余裕もない不知火は一人だけになった自室で全身から火が出そうになっていた。

 

 

 大淀さんが知っていたと言うことは……吹雪達や厨房にいた鳳翔さんと間宮さんだけでなく、明石さんに龍驤さんと木曾さんにも知られているってことですか!?

 

 

 自身の落ち度が全員に知れ渡っている。このことがどれほど恥であるか……初のお姫様抱っこを体験した艦娘と歴史に名を残すことになるだろうが、これほど誇れない偉業はない。しかもその相手が軽視派の青年なのだ。複雑すぎる思い出となった。

 

 

 ……なんたる恥辱!このままおめおめと生き恥を晒すぐらいならいっそのこと解体された方がいいでしょう。任務も真っ当にこなすことのできない不知火に美船元帥は失望するでしょうが……それも致し方ありません。あの男の手によって抱っk……ゴホン!介抱されるなどそのようなことはあってはならないことでした。しかし……

 

 

 不知火は思い出す。優しく抱きかかえられる感触……壊れないように大切に扱われていたようにも感じられた。艦娘である自分に触れてもその顔は今まで通り……寧ろ心配してくれているようにも見えた。

 ここに来てからと言うものおかしなことだらけである。しかしそのおかしなことが妙に居心地の良さを感じさせられる。まるで美船元帥の下で過ごしているかのような……同じ温かさを感じられた。不思議とここに居たいと思えてしまう。

 

 

 ……本当に何なのでしょうか?あの男は……?

 

 

 疑問は尽きないだろうが、その疑問の答えをどう確かめればいいのかわからない。不知火が布団の中であれこれ考えていた時だ。扉が開かれたと思えば大淀の声がした。いつの間にか時間が結構経っており、先ほどよりも落ち着きを取り戻していた不知火は、布団の隙間から漂ういい香りに反応した。ひょっこりと布団から顔を覗かせるとそこには台車に乗せられたお昼食べることができなかったうどんがあった。そのことを思い出し、急に体が食欲を欲している。飯をよこせとお腹が鳴り響き、またしても羞恥心に(さいな)まれることになった。食欲にはどうあがいても勝てないのだ。

 

 

「提督が不知火ちゃんの為に取っていたうどんです。いつでも温められるように準備もしてくれていたものですよ」

 

「……あの男が……ですか?」

 

「そうですね」

 

 

 大淀も何か思うことがあるのか微笑む彼女は優しい表情をしていた。

 

 

「……大淀さん、後は一人で食べれますのでお休みになってください」

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい、病気ではありませんので」

 

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

 

「あと……ありがとうございます。不知火の為に」

 

「いえ、それと私ではなく提督にその言葉を言ってあげてください」

 

「……不知火の代わりに伝えてもらえないでしょうか?」

 

「お断りします。そういうものはちゃんと自分で伝えるべきだと思いますよ?」

 

「……わかりました」

 

「それでは、また明日ね」

 

 

 大淀が出ていき、また一人になった不知火。しばらくうどんを見つめていたが、布団から這い出て箸とレンゲを両手にそっと麺を口に運んでいく。

 

 

「……美味しい」

 

 

 鳳翔と間宮が作った料理は何度も食べていたが、いつも以上に美味しく感じられたのは何故だろうか?不知火自身その理由が見つからなかったが、青年が自分の分を取って置いてくれたことに感謝していたのは間違いないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令」

 

「んぁ?なんだ不知火か。どうしたんだ?」

 

 

 翌日、執務室から出て来た目が覚めたばかりの青年と出会った。

 

 

「昨日は……その……あ、あの……」

 

「昨日……?ああ、お前が気を失った件か」

 

「口に出さないでください。あの……申し訳ありませんでした。不知火の落ち度で司令にはご迷惑をおかけしてしまいました」

 

「なんだ、そんなことか」

 

「そんなこと?昨日は遠征がなかったおかげで時雨達に迷惑をかけることがありませんでした。いえ、迷惑をかけました。食事と言う安らかな一時(ひととき)を邪魔した挙句、大淀さんにも余計な労働を強いることになりました。そ、それに司令も嫌でしたでしょう?無様な姿を晒した不知火をわざわざ部屋まで……だ、抱っこまでしていただいて……ゴホン!失望したでしょう不知火に。だからお願いがあります。不知火を……解体してください」

 

 

 任務に忠実な堅物である不知火は昨日の件で己を恥じた。生き恥を晒して仲間に迷惑をかけるぐらいなら解体された方がいいと提督である青年に申し出た。生き恥を晒してお姫様抱っこをした本人である青年と会うことを躊躇したが、それでも自分の意思が足を動かし声をかけたのであった。軽視派であるのだからサクッと解体してくれると覚悟を決めた瞳をしていたが、そんな不知火とは裏腹に寝ぼけ顔のまま青年は呆れたように言う。

 

 

「失望?何故お前に失望しなければならないのか逆に教えて欲しいな。不知火は俺にとってだけでなく、この鎮守府に必要不可欠(昇進の為)な存在なんだ。それに人間も艦娘も生きていれば迷惑の一つや二つかけるのは当然のことだ。だからお互いに補う必要があり、得意不得意が存在するんだ。その程度でお前に失望なんて抱くわけがないだろう?お前が自身に満足するまで周りに迷惑をかけていいぞ。提督命令だ」

 

「し、しかし!!」

 

「なら今回の失態を次に活かせ。少なくともここにお前を必要(戦力の為)としている人間がいることを忘れるなよ」

 

「あっ……」

 

 

 それだけ言うと青年はめんどくさそうに去って行った。顔でも洗いに行ったのだろう。残された不知火は去って行く青年の後姿にある人物の面影を見た。

 

 

「……美船元帥……」

 

 

 やはり似ていた。不知火は敬愛する恩人と青年の姿は同じだ。

 

 

「美船元帥……不知火は……あの男を……司令を……信用してしまうかもしれません」

 

 

 不知火の迷いはまだ晴れぬだろうが、青年のことを敵視するのはやめようと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしたどうでした~?お姫様抱っこのご感想は!?睦月そこんところ知りたいにゃ♪」

 

「どんな感じだった?夕立もとても知りたいっぽい!!」

 

「あわわわ!う、羨ましいのです!!」

 

「いいなぁ……お姫様抱っこ……私も司令官にしてもらいたいなぁ……」

 

「ふ、ふん!何がお、お姫様抱っこよ。バッカじゃないの!?う、羨ましいとか私も抱っこして欲しいとか思ってなんかいないわよ!!」

 

「口に出てるよ叢雲。でも僕も提督になら……してもらいたいかな♪」

 

「………………………………………………っ!!!」

 

 

 後で吹雪達に散々いじられて顔を真っ赤にした不知火がこの鎮守府にて確認されたとか。

 

 



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1-3 失敗は必ずある

鈴谷がようやく建造できたので投稿します。


それでは……


本編どうぞ!




「吹雪及び以下三名出撃準備できました!!」

 

 

 港で旗艦である吹雪が青年に向かって敬礼し、体には艤装を装着し、これから海上へと向かう為の出撃準備が整ったことを報告していた。

 

 

 数分前、一報が妖精によってもたらされた。

 

 

 ボーキサイトの備蓄が乏しい状況でも海上の監視は必須であると青年は考え、妖精に警備のバイトを頼んでおいた。一人の妖精が、水上偵察機による警戒空域を巡回していたある日、海上に少数の黒い影を発見し、それは深海棲艦だと言う報だ。このままでは深海棲艦は上陸するだろう。本格的な深海棲艦の進行と出現の報に吹雪達は震えるが、あの頃とは違っていた。青年はすぐさま吹雪達に艤装の装備と体調の確認をした後に出撃命令を出す。数こそは少ないが、こちらも少数。時雨達はもしも確認された深海棲艦が囮だった時の為の別動隊としていつでも出撃できるよう準備させた。そして今から吹雪達が出撃する場面である。

 

 

 青年が○○鎮守府A基地に着任して以来、深海棲艦がはぐれ艦隊でしか見受けられなかったのは幸運なことだろう。そのおかげでこの鎮守府を存続させることができたが、遂に敵が本格的に姿を現した。だがこの日の為に青年は着々と準備をしていた。

 今まで遠征は時雨達に任せっきりで吹雪達は実戦を想定しての訓練を中心に活動していた。前提督はろくに訓練もさせずに建造してそのまま実戦に投入していたようで、実戦経験豊富な吹雪と叢雲には訓練自体が物珍しい光景に映っていた。

 

 

 初めの吹雪達の戦い方はその場しのぎのもので、連携よりも敵を沈めることを優先した特攻に近いものだった。訓練などしたこともなく、今まで過酷な環境での出撃で学べるものなどこれしかなかった。誰もが沈みたくないとがむしゃらに戦うだけ、敵を潰さなければ自分が潰される。味方を守る余裕もない戦い方……守れば自分が沈む覚悟をしなければならない。仲間か自分か、どちらを選ぶかの違いだった。吹雪達にとってはそれが普通の戦い方となってしまっていたのだ。

 そんな姿を見て龍驤に「こんな戦い方やったらこの先生き残っていけへんで!」と強く言われ、不安と焦りを感じたが、今度こそは誰も沈めないと強い意思が彼女達を強くした。初めは木曾と連携を取ることが遅れていたが、やりがいを感じることはできた様で、厳しい指導により吹雪達はまともに戦えるように今では成長した。訓練を指導していた龍驤達から見てもそれは明らかだった。

 

 

 時雨達にもきっちりと訓練に参加させ、遠征により備蓄にも余裕ができ、今の状態ならば出撃させても問題はない。そして今、吹雪達は大事な任務に就く時が来た。

 これからの出撃任務は本格的に戦力を整えた深海棲艦を撃破しに行くのだ。確実に戦闘になる。前提督が居た頃は何のために戦っているのかわからなかった彼女達だったが、今ではわかるものがあった。

 

 

 この鎮守府を守り抜き、今度こそ仲間を沈めさせない覚悟、自分達を救ってくれた青年の期待に応えること。

 

 

 それが今の吹雪達の思いであった。あの頃とは違い胸の内に湧き上がる何か……その何かに突き動かされ力がみなぎるようだ。

 

 

「よし、艤装も健康状態も問題ないな。そして……龍驤と木曾の二人には言うまでもないだろうが、油断はするなよ?一つの油断が戦場では命取りだからな」

 

「任せとき。深海棲艦なんかウチがちょちょいとやっつけたるで!」

 

「……」

 

「どうした木曾?何か不服でもあるのか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「おっと言い忘れていたが、龍驤と木曾も無事に帰って来い。中破でもしたら敵など放って逃げてこい。時雨達と交代させるからな。俺からの命令はそれだけだ」

 

「……」

 

 

 木曾は何か納得できないような顔をしていたが、今はそれよりも深海棲艦が先だ。

 

 

「司令官……私……頑張ります!ほら、叢雲ちゃんも何か司令官に一言!」

 

「ちょ、ちょっと……ま、まぁ、やっつけてくるわよ。べ、別にあんたの為なんかじゃないわよ!!勘違いしないでほしいわね!?」

 

「そういうことにしておこう。お前達には期待しているからな。だからと言って無理はするなよ?」

 

「はい!」

 

「……ふん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○○鎮守府A基地……そこでは多くの艦娘が沈んだ。誰が沈んだかなんて聞きたくないし、語ってほしくもない。嫌な気分になる。もしかしたら俺の姉妹艦もここで……いや、何を考えているんだ!そんなことがある訳は……ないとは言い切れない。別の俺もそこで沈んだのかもしれないからな。

 

 

 俺は木曾。球磨型の5番艦だ。戦いは敵の懐に飛び込んでやるもんよ。それが俺の戦い方だ。あの時から変わらない……戦う為に生まれた艦娘だ。

 

 

 艦娘は全員醜く酷い姿をしている。俺もその一人……人間の女の姿と変わらないが、俺は女を捨てた……いや、元々女としての幸せを求めてはいけない。俺達のような醜い存在に笑顔を向ける男なんていないからな。

 

 

 昔話をしよう。俺が居た鎮守府の指揮官は無能な男だった。男が提督だなんてラッキーとは思わない。男なんてどいつもこいつも偉そうな奴らばかりで自分のことしか考えないお坊ちゃまばかりだ。俺達艦娘に対して適当に受け答えするだけで、醜いからと避けられる。それだけならまだ許せる。醜いのは本当だから言い訳はしないが、自分は戦っていないにも関わらず、敗走が続けばやれお前が悪いだの旗艦が頼りないから負けたのだとほざいていた。指揮も戦艦が居れば勝てるだろうと言う空っぽの命令にうんざりする……駆逐艦や俺のような軽巡洋艦はくじの外れ扱いとして見られていた。そんな無能な指揮官だったが、暴力こそ振るわれることはなかった。これでもマシな方だった。軽視派の人間ならもっと酷い扱いを受けているらしい。俺のところは大したことなかったようだったが、世の中には轟沈なんて当たり前の地獄が存在するらしい。

 轟沈……恐ろしい言葉だ。聞いただけで俺でも内心震えてしまう……別の木曾ならそんなものどうでもいいと笑い飛ばせたかもしれないが、俺は違う。

 

 

 俺の目の前で仲間が沈んだ。共に戦い、寝床を共にした。そんな仲間が沈んでいく。戦争だから仕方ない。犠牲は付き物だ……わかっていることだった。犠牲は出たが、海域の制海権を取り戻すことができた。犠牲があったからこそ成しえた功績だったんだ。だから帰ったら沈んでいった仲間を弔ってやろうと思っていた。だが……鎮守府へ帰った俺が見たのは無能な指揮官は沈んだ艦娘よりも海域の制海権を取り戻すことができて大はしゃぎしていた姿だった。その姿を見た俺は怒りが湧き上がったが我慢した。「戦争だ、戦争だから」と言い聞かせた。俺は指揮官に頼んで沈んだ仲間を弔いたいと言えば許可してくれた。だがそれだけだった。軽視派の人間ではなかったものの、心の奥底では俺達のことなどどうでもいいと感じているのだろう。沈んでも沈まなくても俺達は同じだと言うことだ。

 

 

 無関心……俺はまだ幸せの中に居れた方だった。美船元帥……あの頃は提督だったな。初めて出会った時は俺達と同じ醜い姿をしていたから艦娘だと間違えたことがあった。それを笑って許してくれたこともあったっけな。色々あって、あの人の下へ異動してから俺はこの人について行こうと思えた。共に道を歩み、親身になって相談に乗ってくれた美船元帥がどれほど多くの艦娘に希望を与えたか。この人の為なら俺は死地にも飛び込んでやる覚悟でいた。そして美船元帥の為に戦い続けていた。そんな日々を過ごしていたある日、○○鎮守府A基地の噂を耳にした。

 

 

 使い捨てとされ、大破しても入渠させてもらえず轟沈するのを待つ艦娘達がいる。仲間からその噂を耳にした俺は真っ先に美船元帥の下へと詰め寄った。噂は……本当だった。今では駆逐艦六人しかいない状況で、新しく着任予定の人間が訓練学校卒業したてであることを聞いた。それだけならまだよかった……だが俺は耳を疑った。

 『軽視派の人間』がその鎮守府の提督になると言う。嘘だと思ったが、美船元帥から語られたから本物の情報だと認めなければならなかった。しかも男だと言う……あの無能な指揮官と同じだ。

 

 

 美船元帥に掛け合って俺も大淀達と共に支援と言う形で○○鎮守府A基地に着任した。だが、実際には提督の座についた外道(そとみち)とか言う無能な指揮官を監視するためにいる。見た目は確かに悪くない。ギザ歯が目立っているがいい顔をしている。俺でも悪くないと思えるが、あいにく俺達はお前の秘密を知っているし、外見だけ良くても中身が空っぽの無能な人間に心なんて動かねえよ。俺はお前のことを信頼しないし、お前の悪事を黙って見逃してやるつもりはない。見つけた瞬間お前は終わりだ!

 

 

 そう思っていた。だが……ここは本当に○○鎮守府A基地か?何もかもおかしい……異常だ。

 

 

 妖精が居た。美船元帥の下に異動するまで会ったことがなかった小さな協力者。俺達にとって大事な存在だ。妖精が居るだけで艤装やら工廠やら詳しいことは知らないが、とにかくすごいとだけ言える。この鎮守府に妖精が居ること自体おかしいことで、優しい人間にしか懐くことはない。美船元帥以外に妖精が見える人間が居るだなんて俺は知らない……しかもあいつは軽視派の人間なんだぞ?あいつに懐いているだなんて考えられなかった。それだけじゃない。使い捨てにされ、軽視派の前指揮官の手によって虐待を受けていた駆逐艦の吹雪達も懐いている。どうやって手懐けた?何故お前なんかに……

 あいつに騙されている。あいつは善人の皮を被った悪魔だ。ずる賢い男……無能な方がどれほどよかったか。どうやって化けの皮を剥がそうか大淀達と相談を何度もした。悪事に手を染めていないか調べた。だが……

 

 

 何もなかった。不知火が言ったように何もしていなかった……ありえない。

 

 

 更には幻覚を見る始末だ。あいつと美船元帥の姿が重なるなんてあってはならないのに……俺はそう思ってしまった!

 わからない……あいつはなんなんだ!?あいつの優しさは偽物のはず……善人の皮を被った悪魔なんだ!そのはずなのに何故俺はお前に美船元帥の面影を見るんだ!?俺達を見ても嫌悪感を抱かず、吹雪達に寄り添う姿は美船元帥にそっくりじゃないか!!お前はあの人と同じだとでも言うのか!?わからない……頭が混乱する!!お前は一体なんなんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!木曾さんってば!大丈夫ですか!?」

 

「――はっ!?」

 

 

 旗艦である吹雪に声をかけられ、我に返れば海上を進んでいた。鎮守府からそれなりの距離が離れており、考え事をしていていつの間にか自身の世界に入り込んでしまっていたようだ。

 

 

「ちょっと大丈夫なの?敵は間近なのよ?」

 

 

 叢雲の言葉で木曾は気づかされた。自分は深海棲艦を撃破する為に出撃した。向かっている先に薄っすらと黒い影が見える……深海棲艦だ。吹雪に声をかけられていなければ考え事に夢中になっていただろう。木曾の心中を察している龍驤から厳しい視線が送られる。今はそれどころではないだろ!と言いたげだ。

 ここは戦場……気を抜いた者は真っ先に沈んでいく。危うく自分がそうなる可能性があったのだからそう見られても仕方ないことだった。木曾は自身を殴りたい気分だ。

 

 

 そうだった!今はあいつのことなんてどうでもいいじゃないか。今の敵は見える深海棲艦だ。敵を潰すことが俺の役目……ただそれだけだ!!

 

 

「……悪い。もう大丈夫だ」

 

「……ホンマやな?油断は命取りやで?」

 

「ああ、気持ちは切り替えた。だから俺は戦える。吹雪と叢雲にも迷惑をかけた」

 

「いえ、私は別に……」

 

「戦えるのならいいんだけどね……向こうもこちらに気づいたみたいよ」

 

 

 叢雲の見据える先には戦闘態勢に入った駆逐艦イ級の姿があった。

 

 

「叢雲ちゃん!木曾さん!龍驤さん!みんなでやっつけちゃいましょう!!」

 

「「「おお!!」」」

 

 

 第一艦隊が敵艦隊との戦闘に入りました。

 

 

 ★------------------★

 

 

「敵数は軽巡1、駆逐4の模様です」

 

「情報通りだな」

 

 

 司令部には通信機が備え付けられており、ここには大淀と明石、鳳翔と間宮そして青年と妖精達が集まっていた。時雨達第二艦隊はいつもで出撃できるように港で待機中。緊張した面持ちの艦娘達だが、その中で一人だけ内心ほくそ笑む青年がいた。

 

 

 敵さんから迎えに来てくれるとはな。備蓄も遠征によって資材が溜まり、軽空母である龍驤を出撃させても問題なくなった。敵の数の方が多いが、こっちは軽空母である龍驤が居る。吹雪も叢雲も訓練して来たんだ問題ない。軽巡洋艦である木曾もいるんだ。確認された報だと戦艦はいないようだな……ならやれるぞ!ここから深海棲艦を叩きつぶし、誰に喧嘩を売ったか思い知らしめてやる。そして俺の輝ける未来が約束された昇進への第一歩を踏み出す時だ!!クヒヒ♪

 

 

 妖精による情報と実際の深海棲艦の数は間違っておらず、敵の数の方はこちらよりも多いが問題はないと青年は判断した。少々吹雪と叢雲には不安はあるものの、龍驤と木曾のサポートがある。何よりもこんなところで敗北などしようものならば昇進などできるわけはない。だから青年は絶対に勝つ気だ。

 

 

「吹雪ちゃん達、第一艦隊が交戦を開始した模様です。大丈夫でしょうか……」

 

 

 大淀は大丈夫だと思っていても実際に戦闘が始まれば不安を隠しきれず口から洩れてしまう。彼女だけでない。明石や鳳翔に間宮も心配なのだ。何度か訓練を見たことがあるが、たとえ辛い環境下で経験を積んでいても敵は思い通りに動く存在ではない。予定外は必ずどこかで生まれてしまう。もしも……もしも誰かが轟沈などしてしまえば……

 

 

「大淀」

 

「……提督?なんでしょうか?」

 

 

 青年から声をかけられた大淀は不安が拭えぬ瞳で彼を見つめる。

 

 

「俺達は信じることしかできねぇよ。実際に戦っているのは吹雪達だ。俺達が如何(いか)にここで健闘を祈っても非情な現実を突き付けられることもある。現実はゲームのように甘くはないからな」

 

「……そう……ですね」

 

「だが、無駄ではない。ここに居たってサポートはできる。それにだ、勝っても負けても吹雪達が帰って来れる場所を用意しておく仕事があるだろ」

 

「仕事……ですか?」

 

「そうだ。鳳翔と間宮は美味い飯を用意し、疲れた体を癒した後たらっふく食わせてやれ。明石は艤装を直し、安心して次の戦いに向かう準備を整えてやる役目があり、大淀は吹雪達を褒めてやれ。誰かに褒められると俄然やる気が出る。不思議な生き物だよ人間は。帰る場所がある人間とそうでない人間とでは気持ちの持ちようが違うからな。それが健康状態に関係したり、力量が増したりするんだからよ。艦娘もそこは同じだ」

 

「……それでは提督は何をするのですか?」

 

「俺か?俺は……誰もが轟沈しない鎮守府、俺無しでは価値のない鎮守府を作る。お前達に俺が居なければ生きていけない呪いをかけてやるよ」

 

「呪いですか……ふふ、それは楽しみですね」

 

 

 大淀の不安は軽くなっただろう。笑みが浮かんでいた。だがもっと笑みを浮かべていたのは青年であろう……

 

 

 クヒヒ♪そうだお前達を轟沈なんてさせるか。戦力の為だけじゃなく、俺の食生活にも役立ってもらうんだからよ。毎日美味い飯を頼むぜ鳳翔に間宮よ。お前達のせいでカップ麵が食べられなくなったんだ。その責任は十二分にして返してもらうからな。明石が居なければチビ共と協力して、深海棲艦に対抗できる装備が開発できないからお前も必要なんだよ。大淀には雑用を任せても失敗する心配がないほどに優秀なんだよな。こいつがいなかったらあの山のような書類を全部俺一人で何とかしないといけなかったからな……正直助かったぜ。まあ、当分は面倒みてやるよ。昇進したら用無しだがな!!粗大ごみに分別して出してやるよ!!それまでせいぜい良い気になっているがいいさ!!!

 

 

 腹黒い笑みを浮かべ吹雪達の勝利を待ち望む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叢雲ちゃんの魚雷命中!敵艦撃沈を確認!敵艦隊殲滅です!」

 

「やったね!やるじゃない叢雲ちゃん!MVPは決まりね♪」

 

「これで安心できますね鳳翔さん」

 

「ええ……誰も沈まなくてよかった」

 

『「やったー!」』

 

『「しょうり!しょうりだー!!」』

 

『「どんなもんだい!!」』

 

『「よくやったとほめてやる!」』

 

『「ばんざーい!!」』

 

 

 大淀が状況を伝え、明石と間宮に鳳翔はそれを聞き入っていた。司令部に歓声が沸き上がった。妖精達も万歳して喜びを分かち合っている。大淀達の歓声には勝利の喜びと誰も轟沈せずに済んだ安心感が籠っていた。時雨達にも妖精が付いているので、そちらにも情報は届いている頃であり、外から何やら声が聞こえて来るがきっと歓声だろう。そしてその中で一番喜んでいたのは佇み窓から海を眺めていた青年だった。

 

 

 よっしゃあ!!これでこの程度の敵ならば余裕で勝てること証明された。この戦歴を元に次の構成を考えてみよう……クヒヒ♪小さな勝利だが、勝ったのは紛れもない事実。これからどんどん勝利を積み重ねていけば、美船元帥から接触してくるはず……それを利用して俺の立場を底上げしてもらう計画だ。じっくり焦らず信用を得ればいい。軽視派の烙印はあるものの、信用さえ一度掴んでしまえばこっちのもんだ!もしかすれば俺が元帥の座に……なんてこともあるかもな!提督から元帥か……クヒ、クヒヒ♪

 

 

 少数戦力での勝利に将来の輝ける自分自身の光景が浮かぶ。笑いが噴出しそうになるのを我慢しながらも愉悦に浸っている時だった。

 

 

「……えっ?」

 

 

 ふっと声がした方を見れば通信機から何か入ったのだろう。その証拠に大淀が唖然としている様子だが、しかし何故唖然としているのか全員見当がつかなかった。

 

 

「おい、どうした大淀?何を唖然としているんだ?」

 

 

 まさか燃料がなくなったから帰れなくなったとかしょうもないことで助けを求めて来たとかそんなことじゃないだろうな?そんな理由だったら承知しないぞ!だが大淀の様子が変だ……一体何があった?

 

 

 青年は大淀が唖然とする理由を考えたが、彼女が語るのは青年の想像とは違っていた。

 

 

「木曾さんが……大破しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………はっ!?なん……だと……!!?

 

 

 予想外の報に青年はすぐさま港へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、司令官……」

 

「……これはどういうことだ?!」

 

 

 俺の目の前には叢雲の肩を借りたボロボロの木曾の姿があった。何があった?何故こいつがこんな姿で帰って来た?敵は殲滅できたんじゃねぇのかよ!?

 

 

 勝利したはずだった。しかし吹雪から語られたのは青年が着任して初めての戦闘で、こちら側の損害はゼロの完全勝利。今までこれ程の結果は出せず、誰かが犠牲または傷を負う結果に終わっていた。それとは比べ物にならないほど華麗に敵を打ち倒し、叢雲の魚雷が最後の深海棲艦を撃破した。龍驤と木曾のサポートもあった甲斐でもあるが、それでもその結果に浮かれてしまった吹雪は大はしゃぎしてしまった。叢雲も吹雪ほどではないが、鼻が高くなっていたらしく龍驤に突っ込まれて顔を赤くしていたようだ。しかし油断が命取り……その言葉の通りに敵はまだ残っていたのだ。海中に深海棲艦の潜水カ級が潜んでおり、吹雪を狙っていた。それにいち早く気づいた木曾が魚雷を放ったが、先にカ級から発射された攻撃を止めきれず、木曾が吹雪を庇う形で被弾した。敵にも魚雷が命中し、撃沈することはできたが、木曾が大破してしまったと言うことを語られた。

 

 

「す、すみません……わ、私が……旗艦である私がちゃんとしていれば木曾さんが……!」

 

 

 後悔しているのだろう。吹雪は涙がポロポロこぼれて気の緩みが見せた隙に付け込まれたのだ。しかも吹雪は旗艦であるにもかかわらず、油断した。青年が言った通り油断していなければこんなことにはならなかった結果だったのだ。

 駆け付けた大淀達は驚いており、港に居た時雨達はこの光景を固唾を飲んで見守っている。妖精達も青年と吹雪達が作り出した緊張したこの場に入り込まず様子を窺っていた。

 

 

 『失敗』時雨達はその言葉が脳裏を()ぎり、体に震えが走る。

 

 

 戦闘に勝利したが、一つの気の緩みによる油断が大破を招いた。艦娘である彼女達は入渠時に鋼材を必要とする。詳しいことは不明だが、それが無ければ例え入渠ドック(お風呂)に入っても傷は癒すことはできないのだ。油断さえしなければ失う必要がなかった資材……前提督ならばこの結果に激怒していたことだ。

 なら青年はどう思っているのか……初めての失敗にやはり体が反応してしまい、時雨達は見守ることしかできないのだ。

 

 

 ゲームの時とは違い、艦娘が小破・中破・大破すれば艤装や服装が肩代わりしてくれるわけではなかった。見れば木曾の体には煤だけでなく、血が付いている。艦娘の体の中がどうなっているかまでは知らない。だが流れる液体は人間と同じ赤い血だった。人間とは異なる存在である艦娘であっても血が流れることを青年はこのとき初めて知ることになった。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 青年は無言のまま吹雪に近づく。サッと青ざめる吹雪と叢雲の表情に恐怖が現れた。

 

 

「ちょい待ってぇな提督!ウチが今まで指導していたんや。だから責は監督不行き届きになるウチの責や!だから罰ならウチだけにしてもらえへんか!!」

 

 

 龍驤は恐怖に足が竦む吹雪を庇った。暴力を振るうのだろうと思ったのだろうが、青年は龍驤の言葉など無視して吹雪に手を伸ばした。その行動に危機感を抱いた龍驤が身を挺して守ろうとしたが……青年が取った行動は暴力とは裏腹なものだった。

 

 

「……ふぇ?」

 

 

 手を伸ばした青年の姿が前提督と重なってしまい、目を瞑っていた吹雪は温かい感触を感じた。一瞬何をされたかわからなかったが、恐る恐る目を開けて見ると頭には手が乗せられ、その手の持ち主は当然青年であった。

 

 

「最後に油断したのは詰めが甘かったな。吹雪が油断しなければこんな結果にはならなかっただろうよ」

 

「……すみません……」

 

「吹雪、この失敗を次に活かせ。失敗は成功の基と言うだろ?失敗はしてもいい。失敗して人間は学んでいく……艦娘も同じだ。だからと言って失敗ばかりするなよ?失敗してはいけない場面で失敗しなければいいんだ。今回は良かったが次から気をつけろ。だから気に病むな」

 

「で、ですが……!」

 

「なら、俺でなく木曾に謝ることだ。そして次は木曾を守ってやれ。旗艦を任せたのは吹雪が適任だと思ったからだ。叢雲の姉だろ?頑張るんだろ?後悔しているなら、その後悔を力に変えろ。お前ならばきっとできる」

 

「し、しれい……かん……!!」

 

 

 こんなに優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかった吹雪は感情が耐えられなくなり泣き出してしまった。見守っていた時雨達や恐怖の表情を浮かべていたはずの叢雲はいつの間にか微笑みを見せていた。

 

 

 ……チッ、吹雪の奴ちょっと気が滅入っていては後々のケアが面倒だから励ましてやっただけなのにここまで泣くか?まあ、心残りがあるなら相談に乗ってやるし、これで大淀達には善人に見えただろう。いい人アピールも忘れずにしておかないとな。吹雪はこれでいいとして……だ。もう一人……

 

 

 チラリと視線を向けた先にはこちらを睨みつけている木曾の姿があった。そして青年の視線は木曾の瞳ではなく体全体を見回していた。

 

 

 血だらけじゃねぇかよ……流血表現があるのはゲームとは違うか。下手すれば欠損やら失明する可能性があるってことか!?これは予想外の情報を手に入れられた……感謝するぜ木曾。お前が大破したおかげでお得な情報を入手できたんだからな!!

 

 

 メリットを得た青年は内心ラッキーと思っていたが、段々と気持ちを落ち着かせるとため息を吐いた。

 

 

 ……まぁ、こいつのおかげで吹雪は無事だったんだ。仕方ねぇ、今回だけ敵意むき出しのお前に対して俺自らがと・く・べ・つ・に相手をしてやるよ!!

 

 

 吹雪の頭から手を離すと吹雪の寂しい視線が背中に突き刺さるが、それよりも今は木曾の方が重要だ。木曾の下へと青年は近づく。

 

 

「おい叢雲、場所を変わってくれ」

 

「あんた何をするつもり……まさか!?」

 

 

 青年の予備動作を叢雲は見たことがあった。そう……あれは不知火達と一緒に青年が食事をした時だった。そのことを思い出した叢雲はハッと何かを言おうとするが、青年は構わずそのまま木曾を抱きかかえた……

 

 

 お姫様抱っこでだ。

 

 

 一瞬ポカンとした木曾だったが、自分がどのような姿であるか理解すると顔を真っ赤にして暴れ出した。

 

 

「――なぁ!?お、お前何をするんだよ!!?」

 

「暴れるな。落ちるだろう」

 

「あ、暴れるなってい、言われても!!?」

 

「お前は怪我人で、大破している状況だ。歩くのもしんどいだろうがよ。入渠ドックまで俺が連れてってやる。感謝することだな」

 

「お、お前な勝手なことを……!!」

 

「木曾」

 

 

 恥辱を受けた木曾は一発殴ろうとしたが、青年の鋭い眼光によって動きを止められた。

 

 

「お前は吹雪を守り、龍驤と共に叢雲も守ってくれた……感謝している。お前が居なければこの鎮守府での戦力では勝てなかった可能性もあったんだ」

 

「だ、だが……お、俺は一人でも歩けるっ!!」

 

「無理はするんじゃねぇよ。それにこれはお前に対する礼だと思えばいい。礼はありがたく受け取るもんだぞ。だから今は大人しくしてろ……わかったな?」

 

「……あ、ああ……わかった……」

 

 

 青年は木曾をそのまま入渠ドックへと連れて行き、そこからは妖精達の仕事だ。その先は妖精達に任せればいいし、青年が知る必要はないため、早々と血まみれの軍服と共に執務室へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体重も艤装がなければ軽いな……ったく、女の癖して無茶しやがるぜ。傷痕が残ったらどうするつもりだったんだ……まぁ今回は特別だ。反抗的なお前にお情けをかけてやったが……次はこんなことしねぇからな。

 

 

 青年は木曾の血で濡れた軍服を脱いで代わりの服に着替えるのであった。

 

 



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1-4 俺っ娘の憂鬱

仕事忙しくてイベント進まぬ……のでストレス解消の為に投稿します。


それでは……


本編どうぞ!




 深海棲艦を撃沈した翌日の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああっ!!!

 

「うるさいです木曾さん。少し静かにしてください」

 

「これは少しどころやあらへんで。確かに静かにしてほしいんやけどな。ちょい黙ってくれへんか?」

 

 

 机に突っ伏しているのは木曾であった。その姿を呆れた様子で見ていた不知火と龍驤は、木曾に対して同情を憶えていた。女であるならば一度は夢見るお姫様抱っこを体験したのだから。

 

 

 完全勝利したことで、浮かれてしまった吹雪は海中に潜んでいた深海棲艦に気づかなかった。標的にされ、魚雷の餌食になるかと思われたが、彼女を木曾が身を挺して庇い大破してしまった。港についたのはよかったが、大破状態ではまともに動くのも困難である。入渠ドックまでの道がいつもよりも遠く感じるほどだ。しかし木曾を待ち受けていたのは敵視していた青年からの大胆なお姫様抱っこだった。醜い艦娘には夢のまた夢であったお姫様抱っこをした伝説の男として歴史に名を残すことになった青年。そして初めてお姫様抱っこされたのは不知火であり、本人は「男性に初めてお姫様抱っこされたのはこの不知火です!」と内心勝ち誇っていたのは内緒の話である。そして不知火に続いて二人目のお姫様抱っこ体験者となった木曾にも注目を浴びることになった。

 

 

 ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!な、なんなんだよあいつは!!?不知火が倒れた時、あいつが部屋へと運ぶためにお、おお……お姫様抱っこ……したとは聞いていた。だがそんなものどうしたと突っぱねていたが……あれは卑怯だ。ずるい。

 

 

『「お前は吹雪を守り、龍驤と共に叢雲も守ってくれた……感謝している。お前が居なければこの鎮守府での戦力では勝てなかった可能性もあったんだ」』

 

『「無理はするんじゃねぇよ。それにこれはお前に対する礼だと思えばいい。礼はありがたく受け取るもんだぞ。だから今は大人しくしてろ……わかったな?」』

 

 

 なんなんだよ……あいつは軽視派の人間なんだ。だが……何故俺に優しくするんだ!?お前は敵なんだ。そうさお前は軽視派で俺達艦娘に酷い事を企む善人の皮を被った悪魔なんだ!そのはずなのに……なんでそんないい笑顔を向ける!?やめろ……俺に触れるな。俺にその笑顔を見せないでくれ。男なんて威張り散らしたお坊ちゃまだらけなんだ。なのにお前は何故違う?俺のような不細工な奴にどうしてそこまで構うんだ……俺は女としての幸せを捨てたんだ。だから女の幸せなんて俺にはいらないんだ。

 俺だって……俺だって夢に見ていた頃もあったさ。憧れだった……男と一緒に飯を食べたり、笑顔で散歩したり、一緒に買い物して浜辺でデートして……そして最後は……はっ!!?

 

 

うぁああああああああああああああああああああああっ!!?

 

「どうしましょうか龍驤さん……木曾さんがいきなり頭を机に叩きつけていますが……」

 

「ああこれはアカン。女としての欲求が妄想してもうたんやな。幸せな家庭を築いた未来を……ウチも妄想したことある。せやけど現実は非情やったわ」

 

「心中お察しします。しかし幸せな家庭と言うのは?」

 

「そんなん決まっとるやないか。男と結婚して子供を授かり、歳をとっていく。不細工なウチらには男と触れ合うことすら難しい。それなのに美女のみが得られる結婚、そして子供……まぁウチら艦娘と人間の間に子供を授かることができるのかはわからへんけどな。せやけど体は女や。子供が欲しい、結婚して家庭を持ちたい、普通の女として生きていけたらこれほど幸せなこともないやろな。醜い女としてはこれ以上の幸せはないで」

 

「な、なるほど……結婚ですか。不知火もいつかは……」

 

「不知火……なんや最近乙女っぽくなってへんか?」

 

「お、乙女!?ち、違います!不知火は決してお姫様抱っこされてから()()を気にしているとかそういうわけでは……その……」

 

「(()()()から()()に変わっとるやないか。せやけど……恐ろしい若者やで)」

 

 

 ガンガンッ!と何度も机に頭を叩きつけている。あれほど敵視していた木曾が今では羞恥心に支配されかかっていた。不知火もあの事件以来、前までは大淀達の前では()()()と呼んでいたが今では()()へと呼び方が変わっており、堅物の彼女達をここまで変えてしまった青年を恐れていた。あの若者と関わったら自分もこんな乙女になってしまうのだろうか……

 

 

「……っ!!」

 

「ん?どないしたんや?」

 

「……お、俺……少し……外の空気を吸って来る!!」

 

 

 急に立ち上がり、その場から逃げるように出て行った木曾の顔は羞恥心に染まりきっていた。

 

 

「……はぁ、あの木曾がああなってしまうとはな……ホンマここに来てからは予想できへんことばかりやで」

 

「そうですね。不知火も驚かされてばかりです」

 

「せやけど問題は解決してへん。あの若者が軽視派であるのはほぼ間違いないんや。まぁ……ウチから見たら悪い人間には見えへんのやけれどな」

 

「……龍驤さんにもそう見えますか?」

 

「せや、正直なこと言えば美船と被ってしもたんや。なんや……面影ちゅうやつやな」

 

「……不知火も同じです」

 

「なんや不思議な若者やで……木曾にもそう見えてしもたんやな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにやってんだ……俺らしくもない……」

 

 

 羞恥心からの支配を逃れる為にしばらく港に留まっていたが、ただ海を眺めていただけなのに尋常ではない疲労が木曾を襲った。

 

 

 はぁ……大丈夫だ、落ち着いた。あいつが何を企んでいるか知らないが、今は置いておこう。昨日のことは忘れよう……うん、そうしよう。たかが抱っこされた程度で狼狽える俺じゃない。しかも……お、お姫様抱っこ……なんかで狼狽えるような俺じゃ……っ!?

 

 

 内心そう自分に言い聞かせているようだが、体は女である木曾は青年に抱きかかえられた時に触れられた肌の感触を今でも感じられる。力強い男の腕、包み込んでくれるような手の温もりをハッキリと憶えている。

 男性に触れられた……暴力などではなく、優しく傷ついた木曽を(いた)わり、しかもお姫様抱っこされるという最高の条件だ。これ以上の望みはあるのかと言う程に贅沢だ。醜い艦娘に対してここまでしてくれる男性は青年一人だけだろう。何故なら彼だけが艦娘達を醜いとは思わないからだ。愉悦猫によってもたらされた偶然の賜物(たまもの)だが、艦娘達にとっては天の恵みにも思える。しかしそのことは木曾は当然知らない。醜い自分に対して何故ここまでしてくれるのか?と言う疑問が浮かぶが、彼女がその訳を理解するのはいつになるのやら。

 

 

 ――ッ!?ま、また!?お、落ち着け、落ち着け俺の体!女を捨てたはずなのに……くぅ!!?

 

 

 女を捨てたと思っていたが、体がムズムズする……羞恥心の次は生理現象が襲って来た。頭では青年が軽視派の人間であることをわかっていて、何かの企みであると自分に言い聞かせても無駄。男に優しくされて興奮しないなんて女として木曾はまだ枯れてはいない。体は欲望に正直者だ。

 

 

 バカか俺は!!?あいつに発情するだなんて……は、早く自室に戻らないと……なっ!!?

 

 

 木曾は言うことを聞かぬ体を鎮める為に自室へ戻ろうとした時だ。こちらに向かって来る小さな影と大きな影を発見してしまう。小さな影は駆逐艦の吹雪と睦月だ。そして睦月に連れられるように手を引かれているのは発情の原因となった青年であった。これには木曾は心臓が飛び出るほど驚いた。

 

 

 な、なんで吹雪達が!?しかもなんであいつと一緒なんだよ!?こ、こっちに来るだと!!?

 

 

 向こうもこちらを発見していたようで、内心慌てふためく木曾の前へと集まって来る。前方には青年、背後の海に逃げればいいのだが……負けたようで認める訳にはいかない。つまり逃げ場はない。

 

 

「木曾さん、探しましたよ!」

 

 

 何も知らぬ吹雪は元気いっぱいの笑顔を振りまく。今はその笑顔よりも自室へと籠りたい一心の木曾だが、無邪気な天使は今だけは悪魔に見えた。

 

 

 最悪のタイミングだ……だ、だが!昨日のことを忘れれば問題ない!普通に、普通に対応したらいいだけだっ!!

 

 

「よ、よう吹雪に睦月と……お前か。な、何の用だ?」

 

「んぁ、俺は別に用がなかったんだが……吹雪が用があったみたいでな」

 

「んふふふっ♪睦月は提督と話していたら、吹雪ちゃんが木曾さんを探していて面白そうだったから来ちゃったにゃしぃ♪」

 

「……っと言うことだ。まぁおそらく()()()()だろうがな」

 

「――ぐぅっ!?」

 

 

 青年の口から()()()()と放たれれば、木曾の体がビクリと反応してしまった。これ以上発情しないように昨日のことは考えないようにした矢先である。思い出せば欲望が膨れ上がり、今にも爆発しそうになる。そんな状態の彼女を青年達は不思議そうに見ている。

 

 

「あの……木曾さん?大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫だ……問題ないぞ。そ、それよりも吹雪は俺に……な、何かよ、用か?」

 

「はい。あの……昨日のこと……申し訳ありませんでした」

 

 

 吹雪が語るは完全勝利した喜びに油断し、その油断が木曾を大破に追い込んだ。その謝罪と次は旗艦として木曾を守ると意気込む吹雪の決意だった。しかし木曾の様子がおかしい。真剣な吹雪に対して先ほどから体がもじもじと動いている。

 欲望を抑えることは至難の業だ。木曾であっても同じこと……青年が不思議そうにこちらを見つめており、そのことを意識すればするほど今にも限界に達しそうだった。

 

 

 ――も、もう無理だ!!

 

 

「――吹雪悪い!!」

 

「――えっ?木曾さん!!?」

 

 

 限界に達しそうだった木曾はこのままでは出てはいけないものが下半身から漏れ出てしまう。第五艦隊の切り込み隊長であるにも関わらず、そのような醜態を晒せば二度と美船元帥含め仲間達に顔を向けることはできないだろう。彼女達なら生理現象だから仕方ないと納得してくれそうだが、本人は絶対に納得することはない。だから吹雪の話を最後まで聞いていられなかった彼女は、我慢できず吹雪達の傍を駆け抜けようとした……が、魔の手が木曾の腕を掴んだ。

 

 

 や、やめろ吹雪!!今の俺を止める必要なんt……え"っ!?

 

 

 掴んだのは吹雪だと思った木曾は振り返るが、その手はがっちりとした男の手……つまり青年の手であった。

 

 

「木曾、お前様子が変だな。さっきからどうしたんだ?体に問題があるのか?お前達艦娘の体なんてわからねぇからとりあえず大淀と相談するぞ。だが勘違いするなよ?俺はただお前が使い物にならなくなったら困るだけで心配なんかしていないからな!と、とりあえず行くぞ!」

 

 

 青年は木曾が使い物にならなくなったら困ると言う思いで、木曾を大淀の下へと連れて行こうとしたが、力を入れても木曾の体はビクともしない。しかも顔を真っ赤にして今までとは比べようのない形相で木曾が青年を睨んでいた。睨まれた青年の方がビクリと震えていた程だが……決してビビッてなんかいない。そして睨みつけられている青年は木曾の口が何かを発していることに気づく。

 

 

「…………」

 

「ば?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バッカ野郎がぁあああああああああああああああああっ!!!

 

 

 吹雪と睦月は見た。海面を人間が跳ねて飛んでいく姿を……

 

 

 ★------------------★

 

 

「……知っている天井だ」

 

 

 一人の青年が薄っすらと暗雲から目を覚ました。

 

 

 なんだよ……目が覚めたら視界に天井が映るって……これで何度目だよ。まぁそんなことはどうでもいいが、俺の身に今度は何が起こったんだ?

 

 

 青年が見慣れた執務室の天井を眺めつつ記憶を辿っているとこちらを見下す視線を感じ、ベッドから反射的に顔を向けるとそこには呆れた様子の叢雲がいた。

 

 

「ちょっと……いつまでそうしているつもりなのかしら?」

 

「んぁ?なんだ叢雲か」

 

「なんだとは失礼ね。私が今日の秘書艦だってこと忘れてたの?」

 

 

 そうだったな。今日はこいつが秘書艦で、俺が少し休憩に入った時に廊下で睦月と会い、それから吹雪に出会って港に連れて行かれて……んぁ?

 

 

 うろ覚えの記憶に疑問点を感じて体を起こした。

 

 

「おい叢雲、吹雪と睦月はどうした?」

 

「あの二人なら自室で休んでいるわ。あんたが気を失ったことが相当堪えたみたいね。電なんかあんたが死んだと思ったみたいで泣き出したぐらいよ。時雨と夕立が面倒をみているわ」

 

「……俺が気を失った?」

 

「憶えていないの?あんた木曾に殴られたみたいね」

 

 

 そうだった……確か俺は木曾に殴られて気を失ったんだ……あの直前に見たあいつの顔……妙に顔が赤かった気がしたが何があったんだ?……んんぁ!?俺があいつに殴られただと!!?上司である俺に対してか!!?

 

 

「おい、つまり木曾は俺に対して暴力行為を起こした……そう言うことだな?」

 

「……ええ、そういうことになるわね」

 

 

 青年の鋭い視線に晒されて叢雲が諦めたように答えた。彼女でもこればかりはどうしようもないことだ。上司に対して暴力を振るうことなどあってはならないことだ。艦娘は人間に危害を加えられないはずであるのが、何故殴ることができたか訳は不明である。しかし木曾が青年に対して暴力を振るったことは事実。木曾が青年に対して良い感情を見せていないのは叢雲も知っていたが、これは違反行為である為に罰せられる対象である。

 青年の心情は腹立たしい思いで煮えくり返っていた。

 

 

 なんだと!?あいつめ!!遂に実力行使に出やがったな!!だがこれはいけないよなぁ?美船元帥様にはこのことを理由にたっぷりと謝罪してもらわないといけないな。クヒヒ♪もしかしたらこの件で元帥の座を降ろされる原因になるかもしれない……いや、待てよ。美船元帥はああ見えても優秀な人物なのは認めてやる。他の連中が無能過ぎるだけかもしれないが、そんな連中が蔓延る海軍をまとめてもらわないと俺が困る。昇進の為に功績を積み重ねても元帥が無能な人物なら俺を採り立てることすらしない可能性だってあるんだ。それはまずい、非情にまずい。俺が昇進するまでは美船元帥にその座をしっかりと守ってもらわなければな。

 そうなるとこの件はどうしようか……あいつを解体するか?いや、それは軽率な行動だな。目の前のことだけ解決すればいい問題ではない。あいつ様子もおかしかったからな……まさか病気か?もしあいつが病気ならどこに診せればいいんだ?もし病気になったとするならば食事の栄養バランスに問題があったのか?それとも心身的なストレスの問題なのか?どちらにせよ、あいつから話を聞かないで決めるのはよくないことだ。話してみなければわからないことがあるからな。

 

 

「叢雲、木曾はどこにいる?」

 

「あんた……会いに行くつもり?」

 

「勿論だ。あいつは様子がおかしかったからな。もしかしたら病気かもしれない……そんな状態で出撃なんかさせられるか(轟沈なんかされたら費やした経費が無駄になる)部下の面倒をちゃんと見てやるのが提督としての俺の役目だからよ」

 

「はぁ……わかったわ。今はきっと自室で待機中ね。大淀さんからお叱りを受けている頃よ」

 

「わかった。俺は木曾の下へ行って来る」

 

「待ちなさい。あんた目覚めたばかりだから誰かついていた方がいいわ。わ、私が今日の秘書艦だから仕方なく……仕方なく付き添ってあげるわよ。べ、別にあんたが心配だからとかそういうわけではないのよ!し・か・た・な・く!だから感謝することね!!」

 

「ああ、助かる」

 

「……ほ、褒めても何もでないわよ!!」

 

 

 青年と叢雲は木曾の下へと向かうのであった。

 

 



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1-5 信じることは難しい

気分が乗ったので投稿しちゃいます。


それでは……


本編どうぞ!




「木曾さん、あなた何をしたかわかっているのですか?」

 

「……ああ」

 

「流石に今回の件は木曾さんが悪いです。気持ちはわかりますが……殴り飛ばすのは無いかと」

 

「わ、わかっている」

 

「わかっているのであるならば何故殴り飛ばしたのか不思議なくらいですよ。どういたしましょうか……」

 

「大淀さん……今回は俺が悪い。あいつを故意に殴った訳じゃないが、手を上げたのは事実だからな。解体されるとしても俺は抵抗しないさ。ただ……美船元帥は怒るだろうな」

 

「う~ん……そんな結果にはならないと思いますよ?」

 

「な、何故だ?上司に対して……艦娘の俺が男のあいつに暴力を振るったんだぞ?俺を解体するに決まっているだろ!」

 

 

 木曾は自身の結末を予感していた。青年に対してとある事情があったにせよ、男性の顔面を殴り飛ばすと言う暴挙である。上司に対して艦娘しかも男性に危害を加えたのであるならば下手すれば軍法会議ものとなり、艦娘は人間に対して力を行使できない根底を覆す事案となってしまい、艦娘を危険視する輩が現れるかもしれない。そうなれば穏健派や美船元帥の立場が危うい。そうならない為にも木曾は自身の解体を望み、それがあたかも当たり前のように考えていたが、対し大淀の態度はそこまで危険性を含んではいなかった。

 

 

「何故でしょうか、なんとなくですが解体はされないと思いますよ?強いて言えばあの提督だから……でしょうか」

 

「……大淀さんはあいつのことをどう見えているんだ?」

 

「私は……見えていると言うよりも信じたいです。提督の優しさが本物でありますように……そうであってほしいと」

 

「そんなの……嘘だ」

 

「そう……かもしれません。でも……今はそう思いたいですね」

 

「……」

 

「……」

 

 

 信じたくない木曾と信じようとする大淀の間に沈黙が訪れる中、扉がノックされた。二人は誰が来たのか……想像はつく。

 

 

「俺だ。入るぞ」

 

 

 思った通りだった。扉が開かれ青年が叢雲を引き連れての登場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺が何故ここを訪れたのか……理由はわかっているだろうな?」

 

「……ああ」

 

 

 部屋には青年と木曾が対峙する形となり、傍では叢雲と大淀が見守っている。布団の上で正座している木曾を青年が見下ろしているのだが、いつもは何かと敵視して睨みつけてくるはずの彼女が今日は大人しい。しかもいつもセーラー服を着用しているはずが、今はパジャマ姿である。

 

 

 流石に上司に対して暴力行為を反省しているみたいだな。しかしセーラー服ではないパジャマ姿の木曾は初めて見るな。ショートパンツとは……やるな。ショートパンツと太ももの組み合わせは最高だな!!……って違う違う!俺は()()を考え……じゃない。何を考えているんだ!?木曾のパジャマ姿を拝みに来たんじゃない!話し合い……そう、話し合いをしに来たんだ!!落ち着け俺の魚雷(息子)よ!!!

 

 

 ゴホンっと咳払いして要らぬ思考を元に戻したが、鼻血が出る一歩手前まで来ていたのは秘密であり、更には下半身の一部分に力がみなぎっていたことは絶対の秘密だ。

 

 

「単刀直入に聞こう……何故俺を殴った?」

 

「そ、それは……」

 

 

 木曾は口ごもる。「言える訳がないだろっ!?」と心の中で彼女は焦りを隠していた。

 

 

 女としてまだ枯れてはいなかった木曾の体は欲望を我慢できなかった。鎮めようにも港では人目についてしまうので自室へと戻ろうとしたが、運悪く青年達と遭遇し流れに流されてしまう。吹雪の決意を同じ艦娘として聞き入っていたかったが、それどころではなかった。今にも欲望が漏れ出てしまいそうで、話に集中できず限界に達した彼女はその場から逃げようとしたものの、青年が彼女の腕を掴む事態に陥った。混乱と発情で思考もパニックに陥り、咄嗟のことでぶん殴ってしまった……と説明できるわけがなかった。

 「あなたに発情してました」「恥ずかしかったので殴りました」なんて木曾の口から言えるはずがないのだ。そんなことが知られてしまえば羞恥心を通り越して轟沈する勢いだろう。現に今、木曾の顔は赤く染まり、体は熱を発しており、まともに青年を見ることができない。

 

 

 そして何よりパジャマ姿であることが結果だ。間に合わなかったとだけ言っておこう。いつものセーラー服は気を利かせてくれた鳳翔が洗濯している最中であろう。そのことを知られる訳にはいかないが、言い訳を考えようにも今の木曾の脳内では答えは出ない。代わりに気分はスッキリしたようだ……何がとは彼女の尊厳に関わるので秘密であるが、同時に今まで(つの)っていた男に対するストレスも一緒に抜け落ちたようだった。溜め込み過ぎるのはよくないということだが、青年は彼女の事情など知らない。しかし何かを隠しているのはわかる。

 

 

 なるほどな……病気ではなさそうか。心の問題……の可能性が高いな。昨日吹雪の件があったからそれかもしれない。心はデリケートなものだ。迂闊に距離を詰め過ぎれば、逆に追い詰める結果になってしまう。どんなに頑丈な体を持った屈強な人間でも心が壊れれば体など抜け殻だ。心と体が一つとなって強者と言えるようになる。こいつにはもっと俺の昇進の為に働いてもらわないと困る。手強いが、信頼を勝ち取りさえすれば、俺の勝ちだ。体も心も俺の為に尽くしてくれる傀儡になるだろう。クヒヒ♪その為にはアフターケアが肝心だな。

 

 

「……木曾、お前が言いたくないならばそれでいい」

 

「……」

 

「だがお前に言っておくことがある」

 

「……な、なんだ」

 

「お前は一人じゃない。人生良いことばかりではない。辛いことの方が多いかもしれないが、そんな時は一人で抱え込むな。悩みがあるなら相談に乗ってやる。俺が嫌ならば大淀達でもいい。女同士なら気兼ねなく話すことができるだろ?」

 

「……お前は俺を……お、女として見ているのか?」

 

「当たり前だろ。男には見えないな?お前は立派な女だ」

 

「そ、そうか……そうなのか……女として見ているのか……」

 

 

 俯き視線を合わせようとしない木曾の表情は青年からは見えないが、笑みを浮かべているように見えた。それは気のせいだったのだろうか?真相はわからない。

 

 

 こいつは何を言っている……ああ、そういうことか。艦娘共は人間とは違う過程で誕生する(建造される)が故に女の姿をしてもそう見られることはない。それに俺以外から見れば不細工だったな。女として扱われないのは当然か。前の俺ならそうだったろうが……

 

 

 チラリと盗み見るとやはり青年にとって木曾は美人な女性に映る。愉悦猫に感謝する……ことは青年的には屈辱なので感謝はしない。しかし見れば見るほど綺麗な体をしている。髪の艶、シミの無い整った顔、細身だがバランスが取れた体型、しかも普段なら俺っ子属性持ちである彼女は今はとても愛おしい姿に見えたのだ。

 男性に今まで女性として扱われてこなかった木曾。それは艦娘全員に言えることだ。醜い彼女達と美しい人間の女性と同等に扱われるなんて喧嘩を売るようなものだ。しかし本来ならば木曾も女として扱われたかった。女を捨てたと自身ではそう思っているが、本能はそうではない。女としての幸福を感じたいのだ。そして青年から「お前を女として見ている」と豪語されれば嬉しくない訳が無い。本能が高ぶりを表現するかのように木曾にニヤニヤと笑みを浮かべさせたのだ。自然と心と体も温かくなる……まるで温かさに包まれているかのようだ。

 

 

 人間は心を読めないのだから、木曾の心理状態など知らぬ存ぜぬの青年は見下ろす形で、彼女のショートパンツへと瞳が動き、ダイヤモンドと見間違えるかのような美しい太もも、素足なのがこれまたそそられる。その光景を脳内フォルダに永久保存する為に視線をロックオン。当然意図してやった行為ではない……欲望に忠実なのだ男と言う生き物は。

 

 

「……」

 

「ちょっと……あんたまた鼻血が出てるわよ?」

 

「……いいな」

 

「はっ?あんたホントに頭大丈夫……って、また意識どこかに逝ってるのね。世話の掛かるやつね……ちょっと!しっかりしなさいよ!!」

 

「――はっ!!?」

 

 

 傍に居た叢雲の喝に我を取り戻し鼻血を拭う青年。危うく太ももの魅力に飲まれてしまうところであった。

 

 

 あ、あぶねー!?くっ……太ももは卑怯だ!!普段のセーラー服なら見慣れているから理性が効いたが、パジャマ姿はダメだろ!?しかも部屋の中にいい香りが充満している……ヤバイ。早くここから出なければ……だから発射態勢に入るな俺の魚雷(息子)!!!

 

 

 部屋がいい香りに包まれているのは間に合わなかった欲望を隠す為の偽装工作であったのだが、青年に刺激を与えた……主に下半身に。一度は静まったが、再び膨らみつつある()()を悟られてはいけない。青年は踵を返して出て行こうとするが……一言伝えておかなければならない大事なことがあった。

 

 

「木曾」

 

「な、なんだ……」

 

「お前は俺にとって必要な存在なんだ(昇進の為に)だから解体とか考えていたんだろ?ふざけたことを抜かすな。最期の時までせいぜい俺の為に働きな」

 

「……」

 

 

 そそくさと部屋を後にする青年を追いかけ叢雲も共に去った。残されたのは大淀と木曾の二人だけとなったが、そこには安心感が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上司に対して艦娘が暴力を振るえば即解体事案なのに……あんたやっぱり変わっているわね」

 

「さっきも言ったろ。あいつは俺には必要な存在なんだよ(昇進の為に)それに誰だって間違いは起こす。そこから学んでくれれば何も言わねぇよ」

 

「……ふ~ん、まぁ、木曾が居れば戦闘も楽になるし、私は……その……彼女が解体されなくて良かったわよ。あんたが彼女を解体するんじゃないかって思っていたわ」

 

「これは心外な回答だな。俺はお前達の為に提督やってんだ(嘘)自分の為にやっているわけでは……いや、お前達の役に立ちたいのだから俺自身の為にもなっているわけだ。俺があいつを解体するなんてことは絶対にしない。俺が提督で良かったろ?」

 

「……ふん!まぁ……その……あ、あんたには私達の待遇を改善するって約束があるし、それをきっちりと守ってもらわないと私達が困るのよ。それに……あんたが提督でよかったわよ

 

「んぁ?何か言ったか?」

 

「な、何も言ってないわよ!さ、さぁ!わかったならさっさと業務に取り掛かるわよ」

 

「な、なに!?俺の息k……目覚めたばかりなんだ。少しぐらい一人で休ませてくれよ!?」

 

「ダメよ、まだ書類が残っているわ。それにまだこの鎮守府の問題を解決したわけじゃないから時間が惜しいのよ。それに私さっき言ったわよね?待遇を改善するって約束……守ってもらうわよ司令官♪」

 

「――くっ!?」

 

 

 執務室へと魚雷(息子)を鎮める為に避難しようとしていた青年だったが、悪戯が成功したように笑みを浮かべる叢雲から逃れられることはできなかった。何故なら今日は彼女が秘書艦であり、書類はまだ残って仕事はまだまだ先まで終わりは見えないようだ。そして青年はこのまま魚雷(息子)が自然と鎮まるまで叢雲に悟られないようにしないといけない試練が待ち受けているのであった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「………………………………………………」

 

「………………」

 

「………………………………………………」

 

「木曾さん!!」

 

「――うわぁ!?」

 

 

 一体どれぐらい見つめていただろうか?扉を一心に見つめて放心していたのは一人の艦娘……木曾であった。

 

 

「び、びっくりさせないでくれよ……」

 

「先ほどから上の空なあなたが悪いです。提督に夢中になっていたのはわかりますが……」

 

「む、むむ……夢中!!?」

 

 

 俺がぁ!?あいつに夢中だって!!?冗談じゃないそんなことは!!!あいつはおかしな奴だ。頭でも狂っているのか俺のことを……お、女として見ているって言ったんだ。それは……ありえない。俺みたいなブスで好戦的な女なんか男なら誰だって嫌いはずだ。そんな俺を女……絶対にありえない!!ありえない……そうだ。ありえない……はずなんだ……っ!!

 

 

 木曾は自分のことを「女として見ている」と言った青年の言葉を信じたくなかった。軽視派と言う肩書きが青年のイメージ像を固定させている。実際に青年は木曾のことを女性として見ている。愉悦猫のせいであるが、美的感覚が変わったことで、下半身のついている()()が発射態勢に入ってしまう程に木曾の姿は性欲をそそられるのだ。当然木曾はそんなこと知らないし、知ったとしても信じないだろう。しかしそれでも青年の言葉を否定しようとすると心に()()が突き刺さった。その()()とは今の彼女には絶対にわからないだろう。

 

 

 俺は女を捨てた……と思っていた。なのにあいつは俺を女として見ているなんて……軽視派の人間なのにお人好し、口が悪い癖に心配しやがる……訳がわかんねぇよ。お、俺は……これからどうしたらいいんだ!?

 

 

 軽視派でありながら、傲慢な態度を見せぬ男の理解不能な行動の数々……悪事に一切手を染めている様子のない青年に戸惑いを隠せない。思考が混乱し、頭を抱えてうずくまる。自分はどうしたらいいのか、どうするべきなのか……今までこんなことはなかった。男は敵視していたが、青年のことをそう見えなくなってしまっていた。不知火の様子もおかしかったが、今なら理解できた。自分はあの青年によって狂わされそうになっていると言うことを。

 

 

「……木曾さん、今のあなたは混乱していると思います。私もここに来てから自分自身がおかしくなっているのではないか?っと思ってしまうことがあります。暖かい雰囲気に包まれた鎮守府、噂とはかけ離れた光景を何度も見せられました。そして私は一つのことを思いました。そのままでいいので聞いていただけませんか?」

 

「……」

 

 

 大淀の声に返答する気力は今はない。だが耳だけは彼女の言葉を聞き取ろうとしている。

 

 

「提督を……信じろとは言いません。彼が軽視派の影響を受けているのは間違いないことなのですから。ですが提督のことを他の男性と同じに見てはいけない……あなたが提督を信じなくても私は信じたいと思いました。彼の優しさが本物だと……信じたいのです」

 

「……」

 

「私からは以上です。すみません、今のは独り言だと思っていてください。しかし今回の件は美船元帥にもお耳に入れておかなければいけない事案なので報告させていただきます。提督に許しを貰ったことも含めて」

 

「……」

 

「それでは私はこれで」

 

 

 大淀は一礼して部屋を去った。ポツンと答えが見つからず残された木曾は何を思うのか?

 

 

 ……もし、もしも……その優しさが偽物だったらどうするつもりなんだよ大淀さん?裏切られるかもしれないんだぞ?俺達のことをゴミ以下にしか見ていなかったらどうするんだよ……

 

 

 人の内面なんてわからない。青年の姿が偽りであったなら……彼を信じようとする大淀の結末は何を残すのか。後に残るのは後悔だけではないのか?今までの木曾ならばそう断言していた。しかし今の彼女は違っていた。

 

 

『お前は俺にとって必要な存在なんだ』

 

 

 ……なんだよそれ……そんな言葉なんて出まかせに決まっているさ。そうさ……決まっていることさ……そんなのは出まかせだって……そうに決まっている……決まっているはずなんだ……

 

 

 結末なんてわからないが、青年の言葉を思い出せば……絶対だと断言できなくなっていた。

 

 



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1-6 艦娘会議

艦娘は深海棲艦と。作者は残業と言う名の天敵と戦って大破状態……その為、投稿が遅くなるかもしれませんので、完成していた分を投稿しておきます。


それでは……


本編どうぞ!




「艦娘集合!第一回、()()()だけのドキドキ女子会始めるにゃしぃ~♪」

 

 

 ここは○○鎮守府A基地の大部屋、そこには艦娘達が集まっていた。

 

 

 一つのテーブルを囲む艦娘達の視線を一点に集めるのは睦月である。いつもとは違う空気の中、一度はやってみたかったことがあった。それは女子会だ。

 参加者を女性のみに限定することで、異性を意識することなく本音で話し、盛り上がれる機会として認知されている。そもそもこの鎮守府は青年以外艦娘と妖精だけなのだから女子会を開く必要があるのかと思うかもしれないが、やってみたかったのだから仕方のないことだと妥協しよう。以前までの鎮守府なら女子会など気軽にできなかったこともあり、気分が舞い上がって戦意高揚(キラ付け)状態と変わらないほどに絶好調であった。睦月の行動は早く、女子会の為にこうして大部屋に吹雪達駆逐艦娘を集めたわけだが……

 

 

「ちょい待ち!なんかおかしないか!?」

 

 

 大部屋に集まった艦娘の一人が声を荒げた。

 

 

「およ?なんですかなんですか~龍驤さん?ご質問なら挙手をお願いするにゃ♪」

 

「おおそれはすまんかったな。ほな挙手っと……ってちゃうわ!!()()()()()の女子会やったらおかしいやろ!?ウチも呼ばれてるんやで?!」

 

「えっ?でも龍驤さん見た目は駆逐艦と変わらないですよね?色々と小さい……」

 

「吹雪……ちょっち屋上へ行こうやないか。久しぶりにキレてもうたで」

 

「い、今のはじょ、冗談です……だから拳を振り上げないでくださいぃ!!?」

 

 

 一人だけ駆逐艦ではない艦娘が吹雪に恐ろしい形相で詰め寄っていた光景がそこにあった。言わずもがな龍驤であった。集められた理由は……吹雪が口に出してしまったので語る必要はないがそういうことである。小さいのだ……色々と。

 吹雪と龍驤がもみ合っている光景を眺めていると自然と胸の内が温かくなっているような気がしたが、それはきっと錯覚ではないだろう。叢雲は呆れ、電は右往左往しているが、皆の心は温かくなっていることだろう。

 

 

「龍驤さん落ち着いてください。夜中なので煩くすれば司令に迷惑がかかります」

 

「提督から許可取ったんやろ?まぁそれでも煩くするのはアカンわな……って言うか女子会の為にわざわざ夜中にせんでも……」

 

「そうじゃないと雰囲気がでないの!睦月は夜中に集まってお菓子を摘まみ、飲み物を飲みながら語らいたかったのにゃ。雰囲気は大事!」 

 

 

 不知火も駆逐艦なので当然睦月に呼ばれこの場に居る。彼女は性格上こういったことは好きではないと周りから思われているのか美船元帥の下では呼ばれる機会がなく無縁だった。しかし真っ先に大部屋を訪れたのが彼女だった。本当は今回の女子会を最も楽しみにしていたのは不知火だったりする……彼女もやはり駆逐艦娘なのだ。

 残念ながら大淀達にも声をかけてみたが断られてしまい、駆逐艦娘だけの女子会となった……約一名を除くが。ちなみに青年に女子会をやりたいから夜中煩くしないので起きていたいと申し出せば「ほどほどにしろよ」と許可してくれたことに睦月は感謝した。

 

 

 女子会を今日実行に移そうとしたのは、明日は訓練も遠征も休みの日である為だ。青年も考えがあり、木曾の件もあって、艦娘達の精神的ストレスを溜めない方が良いと考えた。極度のストレスは戦力を大きく低下させる原因にもなり、健康状態や戦闘への集中力を失ってしまう。それは昇進の為の障害となるので、今回は特別に許可を出したのだ。昇進の為ならば艦娘の女子会まで利用しようとする青年は中々の悪のようだ。

 青年の公認ならばと鳳翔と間宮の二人が気を利かせて用意してくれたお菓子とジュース類がテーブルにいくつも乗っている。いつもとは違う雰囲気の中こうして集まるのは初めてのことであり、吹雪達は興奮を隠しきれず、いつもよりもテンションが高い。

 

 

「それで?女子会をするって言っても何をするのよ?」

 

「第一回目だから特別なお話をするの。だから……第一回目の話題は睦月達を救ってくれた提督についてみんなで語り合うのにゃ!!」

 

「……あいつの話?」

 

 

 青年のこととなると叢雲の眉がピクリと動いた。艤装が装着されていたのであるならばきっと頭の獣耳のような機械が反応していることだろう。他のメンバーもそれぞれ反応があり、興味を()いたようだ。

 睦月は第一回目は青年のことを話題にしようと決めていた。提督である青年のことを語り合えるなら誰もが楽しめると思ったからだ。

 

 

 睦月達を地獄の底から救い上げたのは青年だ。前提督が居なくなったことで安堵できる状況ではなかったこの鎮守府にやってきたのはまたもや男性だった。彼女達は前提督から酷い扱いを受けていた為、初めは恐怖に怯えていたが、今では毎日楽しくて仕方ない。

 朝昼晩三食お腹いっぱい食べることができる。艤装も修復され、戦闘に何の支障も生じことはない。温かい入渠ドック(お風呂)に入ることができ、寝床ではフカフカの枕と布団の中で眠ることができる。人間にとっては何も変わらない平穏な日常が彼女達にとっては幸福そのものだった。前提督の時はいずれも得られたことはなかったが、今では毎日繰り返される習慣と化していた。

 

 

 平穏な日常を与えてくれた青年に、感謝してもし足りないくらいだ。それに醜い艦娘相手に男性でありながら話しかけても嫌悪感を見せずに対応してくれる。ちゃんと健康面についても考えてくれ、自由時間も与えてくれる。月月火水木金金の日々は過去のもの、今ではちゃんと休みがある。

 暴力は(おろ)か罵倒すら一度たりともされたことはなく、一部の艦娘はお姫様抱っこまで経験済みだ。夢物語に出てくる白馬に乗った王子様に見えた。醜い艦娘である自分達と共に歩んでくれる理想の提督……それが彼女達にとっての青年だった。

 

 

「夕立乗ったっぽい!提督さんのお話したいっぽい!!」

 

「電もあの……提督さんのお話を皆さんと一緒にしたいのです」

 

「僕も賛成だよ。ふふ、どんなお話をしようかな♪」

 

「ふん!なんであいつの話なんか……ま、まぁ折角睦月が開いてくれた女子会だから……付き合ってあげるけどね。あ"っ、勘違いしないでよ!仕方なく付き合ってあげるだけなんだからね!!」

 

「司令の話ですか……どんな話をすればいいのでしょうか。話題が多すぎますね」

 

「せやな、話題があり過ぎて困るっちゅうか……不思議な若者やな」

 

「だから今日はみんなでお菓子とジュースを楽しみながら提督のことをいっぱい、い~~~~っぱい!!お話するにゃしぃ!!」

 

 

 不知火と龍驤もこの話題には食いついていた。今は青年が軽視派であることなど忘れてこうした雰囲気の中で女子会を楽しみたいのだ。現に不知火は真っ先にここへとやってきたのだから。

 

 

「(司令官、睦月ちゃんが言うように私達を救ってくれた人。初めは見た目もちょっと怖かったけど、本当はとても優しい人で、私……ううん、私達にとって大切な人……)」

 

 

 そんな中で、吹雪は一人青年への思いに浸っているとまるでお酒に酔ってしまったかのように、ほんのりと頬が赤色に染まる。体も温もりに包まれているかのような安らぎを感じる……不思議だ。

 

 

「それじゃ初めは……吹雪ちゃん!トップバッター任せたのにゃ♪」

 

「いきなり!?ええっと……ゴホン、司令官って私達のこと……どう思っているのかな?」

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 話題を振られた吹雪が答えた言葉に全員が黙り込んでしまった。醜いはずの自分達に優しくしてくれる青年に対して思うことはそれぞれ違いはあるだろうが、青年の方は自分達のことをどう思ってくれているのだろうか……気にならない訳が無い。

 

 

 艦娘は人の形をしていようとも異なる存在であることは間違いない。歴戦の艦船に魂が宿った人型とも受け止めることができるが、人間ではない。

 深海棲艦が海に現れた頃、現代武器では歯が立たずに一方的に蹂躙され続けていた。このままでは世界は深海棲艦に駆逐されてしまうと人間達は思ったことだ。しかしその時、深海棲艦と唯一戦える存在が現れ、自分達の危機を救ってくれた艦娘達は人類にとって()()となるはずだった……しかしその活躍とは裏腹に醜い容姿は受け入れられることはなかった。

 

 

 ()()から一転……()()()と称されることになってしまった。

 

 

 全ての人間がそうではない……美船元帥のような艦娘と心を通わせ、共に道を歩もうとする人間もいるのは事実であるが、現実は甘くはなかった。仕事として表面上の付き合いだけしていればいいと考えるのが常識だ。例え軽視派の人間でなくとも艦娘と触れ合いたいと思う者はいないだろうし、好意を持たれるなんてもってのほか。美人揃いのこの世界で醜い彼女達の居場所はなかった。

 しかし吹雪達は違った。前提督によって心身ともに疲労していた吹雪達を地獄の底から救い上げただけではない。それだけにとどまらず日常生活の中で艦娘である自分達と接して、同じテーブルで共に食事をしたり、受け答えする時も目をちゃんと見てくれる。艦娘とまともに話すこともせず、伝達も艦娘任せの連中が多い中で、青年だけはわざわざ用があれば本人に直接会いに来てくれたこともあった。艦娘一人一人の為に有意義な時間を消費してまで会いに来てくれるのだ。作戦も独自で決定せず、全員の意見を取り入れてくれる……その姿こそ艦娘が求めた提督だった。

 

 

 今まで前提督から受けた扱いは酷いものだと理解している。今では毎日が幸せに包まれていて雲泥の差と感じてしまう程に。食生活や健康状態、睡眠時間に精神的なストレスまで管理してくれるのだ。だからこそ青年は醜い自分達にそこまで親身になってくれるのか疑問だった。青年は自分達のことをどう思ってくれているのか……気になる。吹雪を含めこの場にいる艦娘達が様々な理由を思い思いに口にする。

 

 

「……電達のことを信じてくれているから……ではないのですか?」

 

「なんだろう……僕もそうだと思うけど、なんだか不思議とそれだけじゃない気がするんだ。それに提督ってよくわからないところがあるよね?僕達と初めて会った時、叢雲を見て鼻血を出していたね。なんでだろう?」

 

「そうね……なんで私なんか見て鼻血を出したのかしら?見ても醜いだけなのに……あいつの頭の中、本当にネジが数本抜けているんじゃないかしら?」

 

「……もしかしたら叢雲のこと性的に見てたんとちゃうか?それで興奮したとかあるかもしれんで?」

 

「せ、性的に!!?あ、ありえない……絶対にありえないことよ!!!わ、私を見て興奮するとか……どんな変態なのよ!!?」

 

 

 龍驤の説は正しいのだが、醜い容姿をしている艦娘相手に欲情するなどありえない……そう思うのが普通であるが、叢雲は口角が吊り上がっていた。青年が不細工好きのB専だったとしたらと思うと……ちょっと嬉しかったりする。

 

 

「叢雲さん、顔がニヤついているのです」

 

「ばっ、ばっかじゃないの!?そ、そんなわけあるわけないでしょう!!?」

 

「僕も見た。ニヤついてたね」

 

「睦月も見た。良い笑みだったのにゃ♪」

 

「確かに見ました。不知火の目に狂いはありません」

 

「――くっ!?」

 

 

 電達にいじられて顔を赤色に染まる叢雲であった。その光景を見ていた夕立がふと思い出した。

 

 

「そういえば吹雪ちゃんも会った時、提督さんが鼻血出していたっぽいよね?」

 

「うん、でもどうしてだろう……?」

 

 

 吹雪は青年と会った時のことを思い出す。

 

 

「(司令官と初めて会った時も挨拶しただけなのに鼻血を出してそのまま気を失ってしまいました。今思えば司令官とは衝撃的な出会いでした。でも叢雲ちゃんが言うように私なんかを見て鼻血を……もしかして私で興奮したとか?艦娘の私や叢雲ちゃんに対してそんなことあるわけがありません……けど……そうであってほしいなぁ。もし司令官に女性として見られたらどうなるのかな?もしそうだったとしたら司令官と一緒にお買い物したり、一緒にどこか遊びに行って、公園でお話してそれから……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「吹雪、俺の女になってくれ」』

 

『「し、司令官……そ、それはだめですぅ!私みたいな可愛くないのが司令官の傍にいるだなんて……」』

 

『「いや、俺はお前がいいんだ。他の誰でもない吹雪がいい。お前がほしいんだ!!」』

 

『「し、司令官……で、でも……」』

 

『「ええい!つべこべ言わず俺の女になれ吹雪!!お前は俺のものだ!!!」』

 

『「司令官……はいっ❤」』

 

 

 モヤモヤと吹雪の中で妄想が捗っていく。その過程で普段とはかけ離れた青年の姿が映し出されるがそれは吹雪の脳内なので悪しからず。

 初めは軽めのスキンシップから徐々に過度に触れ合う場面が繰り広げられてセクハラ行為にも等しいが、妄想なので法律にも触れることもなく憲兵もいないことで、欲望丸出しの過激なものへと変わりはて……

 

 

「ふぇ……ふぇへへへ……そ、そんな司令官……そこはだめれすぅ♪」

 

「ふ、吹雪さんがおかしいのです……!」

 

「吹雪ちゃん気持ち悪いのにゃ……」

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ吹雪?涎なんか垂らして……そんなだらしない顔を晒さないでくれるかしら?正直引くわ」

 

「ふへへへへへへ♪」

 

「アカン……なんや妄想の世界に囚われてしもうとるで」

 

 

 電と睦月に叢雲だけでなく、他のメンバーもとろけた表情を晒してだらしなく涎を垂らす吹雪に引いてしまう。でも仕方ないことだ。女であるならば男と恋仲になってイチャイチャラブラブしたい衝動に駆られるのは定められた本能である。駆逐艦だと侮るなかれ……欲望に大人も子供も関係ないのだ。

 

 

「吹雪は置いておいて、僕達のことを提督がどう思っているかなんだけど……嫌ってはいないと思うね。叢雲もそう思わないかい?」

 

「まぁ……目が合って罵倒が飛んでくることはないけど、そもそも私達って好かれているのかしら?あ゙っ、違うわよ!?べ、別に好かれていないんじゃないかって不安とかそんなこと思ってないんだからね!!」

 

「はいはい、そういうことにしておくにゃしぃ」

 

「睦月あんたねぇ!!」

 

「およ?およよ?どうしましたどうしました~?またまた顔が真っ赤ですよ~いひひっ♪」

 

「きぃいいいいいいいいいい!!!」

 

 

 それからと言うもの、様々な意見が飛び交った。しかし誰もが青年の美的感覚が()()()()しているとは想像もつかなかった。いくら出し合っても正解にたどり着くことはない。この世界にとって青年はありえない存在と化し、彼はこの世界にとってのイレギュラーである。しかし吹雪達に言えることは一つ。

 

 

「第一回、駆逐艦だけのドキドキ女子会の結果発表の時間にゃしぃ!提督は睦月達のことをどう思っているのか……答えは決まらなかったけど、睦月達は幸せ者なのは間違いないのにゃ♪」

 

「そうなのです。電達は幸せなのです。司令官さんが来てくれてみんな笑顔になれたのです」

 

「提督さんの為に夕立頑張れるっぽい」

 

「僕も提督の為なら命をかけるよ」

 

「ダメだよ時雨ちゃん!司令官は誰も轟沈させないって約束してくれたんだから私達も約束を守らないと!」

 

「……ふん、まぁ……待遇改善も約束しているから仕方なく付き合ってあげるわよ。だけど、妙なことをするつもりなら蹴っ飛ばして出て行ってもらえばいいものね」

 

 

 吹雪達は答えを見つけられなかったが、笑顔はこれから先も絶えることはないだろう。

 

 

「司令は変わり者ですが……不知火をお姫様d……ゴホン!介抱してくださいました。恩を仇で返すことは致しません」

 

「(不知火も木曾もあの若者に飲まれたようやな。今のところ悪事に手を染めている様子もなさそうやし、妖精も懐いとる。そればかりかウチが訓練を指導していた時やって来たことがあったな。その時にお礼を言われてもうたし……あれは不意打ちやったで。はぁ……変な感じやわ。これじゃ美船とおる時と変わらんやん……まぁ、嫌ではあらへんし、ウチもしばらくはこの雰囲気に飲まれとこか)」

 

 

 不知火も龍驤にも笑顔が浮かび上がっているのは青年のおかげであることに間違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?確かに俺が許可を出したわけだが……ほどほどにしろよと言ったよな?この有様はなんだ?」

 

「「「「「す、すみませんでした(っぽい)(なのです)(にゃしぃ)」」」」」

 

 

 いつまで経っても姿が見えぬ吹雪達の様子を確認しにやってきた青年は大部屋に無残な姿を晒すお菓子の食べかすや中身が床にこぼれたジュースの数々を見てしまう。それだけではない……床でだらしない格好でぐっすりと眠りこけていた吹雪達。テンションが高揚しきった彼女達は夜通しで羽目を外して大はしゃぎしてしまい、休みの日ではあるが、青年にあまりにもだらしなさすぎると説教されることになった。ちなみに不知火と龍驤は大淀達にも説教をくらったとさ。

 

 



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1-7 初めての建造

お待たせしました建造回です。資材を大量に積み込んで求めていた艦娘が出た時は嬉しいですよね。例え被っても……怒らないであげてくださいね。


それでは……


本編どうぞ!


「お願い!当たってくださぁい!」

 

 

 夜の海に水柱が跳ね上がる。雷撃戦が繰り広げられ、敵艦が海の底へと沈んでいく。

 

 

「やりました!敵影……なし」

 

 

 その光景を見て旗艦である吹雪は喜びを露わにしたが、それも一瞬のこと。すぐさま気を引き締めた。以前深海棲艦と初めて対峙した時、損害ゼロの完全勝利だと思い込んだ吹雪は大はしゃぎしてしまった。しかし潜んでいた敵に狙われており、吹雪を庇った木曾が大破。油断が招いた失敗に前提督ならば問答無用で罵倒と暴力が振るわれていたであろうし、油断しなければ起こることがなかった失敗と仲間を危険に晒した後悔が吹雪の心を蝕むかに思えた。しかし青年はそれを許した。

 「失敗を次に活かせ」「次は木曾を守ってやれ」「その後悔を力に変えろ。お前ならばきっとできる」と優しい言葉をかけられた。それからの吹雪は目に見えて瞳に熱が籠っている。

 

 

 司令官に期待されている。こんなことが今まであっただろうか?「旗艦を任せたのは吹雪が適任だと思ったからだ」などと言われたことがあっただろうか?答えはない……前提督から期待などされたこともなく、優しさなど微塵も感じなかった。比べて青年は吹雪の心を支える中核となっていた。だからこそ期待に応えたいと吹雪は己に喝を入れ、まだ未熟ながらもすぐさま気持ちを変えることができるようになったのは確実に成長している証であった。

 

 

「当然の結果だ、別に騒ぐほどのこともない」

 

「そっ。当然の結果よね。不満なんてないわ」

 

「木曾さんお疲れ様です。叢雲ちゃんもお疲れ様。帰って司令官にうんっっっと!褒めてもらいましょう!」

 

「ふ、ふん!あいつに褒められるなんて……嬉しいとは思っていないわ。これっぽっちも思ってないからね!」

 

「お、俺もそうだ。別に褒められたいとは思ってないし……

 

「木曾さん声が小さいですけど?」

 

「な、なんでもない!ゴホン……だがその前に言いたいことがある。吹雪は気づいているか?敵も手強くなってきているってことを。順調に進んでいるようだが、戦力が乏しい。このままだと俺達の方が押され始めてしまう」

 

「そう……ですよね」

 

 

 海域の制海権を深海棲艦から奪い返す為に出撃を繰り返しており、徐々に範囲を広げている。しかし○○鎮守府A基地の戦力は乏しい。進むにつれて敵勢力には新たな深海棲艦の存在が確認されている。こちらは駆逐艦と軽巡洋艦に軽空母の編成に比べ、相手は加えて重巡リ級の存在が確認されたのだ。

 戦艦クラスには劣るものの高い耐久力と火力を持ち、尚且つ巡洋艦であるため雷撃戦にも参加できる。駆逐艦や軽巡洋艦では荷が重い相手でもある。勝てないことはないが、危険が伴う相手である。近いうちに戦闘になるかもしれない。不知火や木曾は戦闘経験と今まで美船元帥の下で訓練も行って来たことからある程度の対処は可能だろう。まだまだ未熟な吹雪や叢雲、時雨達は重巡リ級に対処できるか正直なところ不安があった。それに今回の編成は吹雪、叢雲、木曾の三人での出撃だった。

 

 

 元々第一艦隊は旗艦吹雪として叢雲、木曾、龍驤の四人で編成されているが、今回の出撃は警備中の妖精からの報で深海棲艦を確認。夜の暗闇に紛れて襲撃するつもりであったらしい。軽空母である龍驤は夜戦では参加できない為、鎮守府でお留守番だ。しかも運が悪いことに時雨達が遠征で深海棲艦と遭遇し、帰投したが疲労が溜まっている状態だ。

 疲労が抜けきっていない状態で第一艦隊に組み込むのはどうかと悩んだ。疲労が蓄積すればそれだけ攻撃ミスや被弾率が上がる。最悪それが原因で轟沈する可能性もあり、ゲームと現実は違う。大破していなければ大丈夫と思わないことだ。木曾の姿を垣間見てそんな生易しい世界ではないことを思い知ったばかりだ。その危険性もあるので三人だけで対処できるだろうか……そう考えていると青年は思い出した。「大淀達がいるじゃないか!」と……しかし大淀からの回答は出撃出来ないとのことだ。何故だと驚いたが語られたのはこうだ。

 

 

 なんと大淀達は艤装を装備できるが、活用することはできないとのことだった。何故かはわからないが、建造された時からそうらしい。だから大淀、明石、間宮の役割は提督とそこの鎮守府にいる艦娘達の補助を任されているのだそうだ。鳳翔は例外であるらしいが、龍驤と同じく軽空母で夜戦では無力である。これを聞いた青年は「そんな馬鹿なことが!?」と衝撃を受けたが、記憶の中にある三人は『艦隊これくしょん』に登場するNPCのイメージが強い。艦娘としてではなくNPC……つまりゲームプレイヤーに任務の案内やアイテムなどを提供する事でサポートしているキャラクターで、そのままでは戦地に赴く事はないのである。

 「こんなところにゲーム要素を入れて来るのかよ!?」と現実でありながらもゲーム要素が組み込まれた世界に苛立ちを感じた。もし大淀達を運用するならば別途艦娘として入手する必要があるのではないか?もしくは戦えるようにする何らかの手があるのかもしれないが、現時点では不可能なことが判明する。これにより大淀達を使う手段は無くなった。青年は最後まで悩み続け出した結果、吹雪達が危険だと判断すれば即撤退するように指示を出し、時雨達をいつでも救援に向かわせられるように待機をさせておくことだった。時雨達の疲労を回復させるには博打を打つしかなかった。

 

 

 吹雪達が早くに負傷すればその分、時雨達の疲労は残ったまま。最悪轟沈されてしまい、そのまま鎮守府に攻め込んで来る可能性もあるのだ。そうなれば終わりだ。富も名声も昇進も……儚く散る。青年はこれ以上ない緊張感の中、吹雪達が小破もせずに勝利したことに安堵した。予想とは裏腹にかすり傷程度の吹雪達、実はこれほど無傷で済んだのは仲間を守りたいと思う強い意志、そして青年の下へと帰りたいと心に宿した熱い気持ちが彼女達に力を与えたことなど誰もわかっていなかった。当の本人達ですらも。

 そんなことも知らずに、帰還した吹雪達を出迎えた青年は労いの言葉を送った。吹雪はふにゃけた顔をして喜び、叢雲はツンとしていたが頬が赤かった。木曾は睨みつけることがなくなり、視線を逸らすようになっていた。こちらも叢雲と同じく頬が赤くなっていることを大淀に指摘された時なんか「た、戦った後だから体が熱いだけだ!!」と主張していたが、その姿をクスクスと笑われ顔を真っ赤にしていた。温かい光景だったが、青年だけは沈黙の表情を浮かべていた。

 

 

 このままではこの鎮守府は終わる……青年はそう考えていた。何しろ艦娘が少なすぎるのだ。深海棲艦の数は無数にいるのに対してこちらは一人の負担が大きい。艦娘が増えればそれだけ維持費はかかる問題はあるが、備蓄は初めの頃と比べると安心できる量は確保してある。遂に動く時……翌日青年は工廠へと向かった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 遂にこの時が来たか。今までは備蓄に余裕がなく、現状での戦力増強を維持してきたが、流石に負担が大きいのはまずいな。疲労が溜まり、肝心な時に出撃できないようになったら意味がない。今回のようなことがこの先何度もあるだろうし丁度いい。今は備蓄に余裕があるからな……これで大食い共が現れない限りの話だがな。それでおっさんが熱心に取り組んでいた建造をしてみようと思ったわけだ。おっさんは何度でも建造できるからと轟沈しても気にも留めずに建造を頻繁に使っていた。俺は何度でも建造できるとは思っていない。建造すると言えども同じ艦が出てくるなんて建造してみないとわからないわけだ。それに俺には昇進と言う夢がある。その為には戦艦などの能力や火力が必要だが、それだけで倒せるような深海棲艦じゃない。相手は機械じゃねぇ……学習とは恐ろしいものだ。奴らは学習し、戦い方を身に付けていくだろう。だからこそこちらも練度だけでなく、統率の取れた陣形、コンディション(健康状態)が大切になってくる。誰か一人でも轟沈すればそれら全てが無駄になる。

 一人の訓練の為にかけた時間も苦労も水の泡。更には仲間が轟沈したことで士気が下がり、そのせいで本来の力を発揮できなくなったらどうする。俺は誰一人として轟沈させる気はねぇぞ。これから建造する艦娘共も全員同じだ。俺の下に居るからには永遠に尽くす人柱……いや、艦娘柱にでもなってもらうとするか!クヒヒ、覚悟してろよ!!

 

 

 青年は工廠についた。当然そこには担当の明石が居る。気づいた明石は近寄って来て御用は何かと尋ねると事情を説明すればすぐに妖精達が動き出した。青年が着任してから初めての建造にやる気が十分の様子である。

 

 

「提督、それでなんだけど建造についていくつか説明しておかないといけないことがあるの」

 

 

 クヒヒ♪チビ共め、俺の為に頑張っているようだな。まぁ、今の俺は()()()()だから当然と言えば当然だろうな。日頃からお菓子で餌付けしておいてよかったぜ。それはそうと建造するには色々とあったっけな。改めて明石から説明を受けることになった。

 特殊な装置に資材を投入し、艦娘が建造される。投入する資材の量で多少艦種が変わるのはゲームと同じだったが、同じ鎮守府で同じ艦娘は建造されないようだ。被りがないのはいいことだが、その場合は被った艦娘の力が強化されると聞いた。これはある意味で近代化改修ともとれる。だが既存の艦娘の性能を向上させるが、数値に表すとはごく僅かだそうだ。資材の消費に対して吊りあわない数値……これには多くの提督共が残念がるようで、確かにわかる気がするぜ。それよりも俺が気にしているのは別のことだ。建造にはリスクもあるようで、ゲームとは違い資材を投入してもハズレがあるようだ。その場合は資材が消滅してしまい無駄となる……ハズレ入りのくじ引きのようなものか。それでも戦力強化の為に建造しなければならない。俺はやるぞ!

 

 

『「じゅんびできたー!」』

 

『「できたできた!」』

 

『「けんぞう♪けんぞう♪』

 

「準備できたみたいね。提督お待たせしました」

 

 

 明石が説明している間に妖精達の準備が整ったようで、言葉のわからない明石にぴょんぴょんと飛び跳ねて行動で示していた。

 

 

「それで提督、資材の量と分配はどうします?」

 

 

 明石の問いに青年は迷わず決めていた量を提示し、指示を出す。

 

 

「燃料400、弾薬100、鋼鉄600、ボーキ30を投入しろ」

 

「えっ?これは何か意味のあることなんですか?」

 

「別に気にするな。それよりも早く建造してくれ。時間は待ってくれないぞ」

 

「わ、わかりました」

 

 

 明石は迷わず提示した青年を不思議に思ったが、これはいわゆる戦艦レシピだ。この世界の認識ではどれだけの量、分配でどの艦種が建造されるか知られていない。この量と分配ならこの艦種が出やすいなど誰も知らないのだ……青年以外は。前世の記憶で何度も回したレシピでもあり、建造時間によってある程度誰が建造されるか絞り込める。四つある建造装置の一つでまずは様子見をするつもりである。

 

 

 ひとまずこれで様子を見るか。流石に資材が自動で増えないのは厳しい……だが誰も轟沈させない為にも火力不足を補わないといけない。それには戦艦または重巡洋艦が必要だ。出来れば戦艦が欲しいところだが……心配なのは確実に成功するかわからない点だ。失敗すれば資材が……頼むから失敗するんじゃないぞチビ共!お前達には俺のポケットマネーで食わせてやっているんだから期待に応えてみせろって言うかマジで頼むからな!!?

 

 

 青年の指示により、妖精達が資材を投入する。妖精達の頑張り次第で成功率に補正が付くことはないのだが、それでも失敗しないでほしいという想いがヒシヒシと伝わって来る気迫を振りまいていた。そのせいで明石がギョッとしていたが、そんなことなど気にもならない。そうして妖精達が資材を投入し終え、装置が大きな音を立てて起動し始めた。モニターと思われる画面には『1:30:00』と言う数値が表示された。これは成功したと見て間違いないだろう。

 

 

 んおぉ!!?よくやったぞチビ共!!!これで失敗したらお菓子抜き……にはしないが、チビ共からクソチビ共に降格するところだったな。だがチビ共、お前達はよくやった。この時間は重巡洋艦だな。戦艦ではなかったが、十分な戦力になる。後でジュースでも奢ってやろう。

 

 

 青年は内心喜びに打ち震えていた。明石も初めての建造で成功したことにホッとしている様子である。

 

 

「それで提督、残りは三つありますがどうしましょうか?」

 

 

 むむ……重巡洋艦一人じゃ心もとないが、戦艦レシピで失敗は怖い……余裕はあると言えども遠征でしか資材が手に入らないからな。もしもの時が恐ろしい……仕方ない。

 

 

「今度は燃料250、弾薬30、鋼鉄200、ボーキ30を投入だ」

 

 

 今度の分配はいわゆるレア駆逐艦レシピだ。先ほどと同じように妖精達が資材を投入していく。再び装置が大きな音を立てて起動し始め、モニター画面に今度は『1:00:00』と言う数値が表示される。二回連続して成功したことに内心ホッとする。

 

 

 これは……軽巡洋艦か?レア駆逐艦ではないが、重巡洋艦は確実に手に入れられるし、失敗しなかっただけでも良しとしよう。俺が建造してやったんだから特別待遇として多めに働いてもらわないといけないよな?クヒヒ、これから俺にこき使われると思うと不憫で仕方がないぜ♪

 

 

 青年はほくそ笑む。建造されるのだから使われて当たり前。消費した資材分働かせようと思っている……その割にはちゃんと無理のない環境を作り、心身ともに休めるようにシフトを頭の中で考えている青年だったりする。

 

 

 それから前提督によって既に解放されていた残り二つの装置の内一つは今度こそレア駆逐艦狙う為に投入する。資材を投入して一つ目には『0:30:00』と数値が現れる。これに青年は驚愕してしまった。モニターの画面に映し出された数値を二度見してしまったぐらいだ。

 

 

 なに!?この建造時間は……あいつしかいねぇじゃねえか!これはラッキーだぜ♪前世の記憶がこれほど役に立つなんてな!今日はついてるぜ。失敗もなし、重巡洋艦とレア駆逐艦は確実に確保できた。欲しいものは手に入るし、後は適当に回すか。

 

 

 残り一つの装置には資材を投入できる最低値で遠征要員を狙い『1:00:00』と言う数値が表示された。

 

 

 この時間は軽巡洋艦か……誰が出てくるかわからんな。だが……クヒヒ♪可哀想だよな。四人共これから俺の為に使われるんだから……他の奴に使われた方がマシだったと思っても無駄だぜ。この鎮守府は俺のもの、お前達艦娘共も俺のものなんだからよ!!!

 

 

 上機嫌であった。初めての建造で失敗せずに戦力強化できることに大変喜んでいる様子である。戦艦は出なかったが、それでもいい結果に大満足。そして連続して四回成功させた青年の運に明石は大変驚いていたようだった。これには何故驚いているのか青年は疑問に思っていると彼女が説明した。

 

 

 少量の資材を投入して建造した場合なら成功する確率は高く、逆に大量投入しての建造で成功する確率は低いらしい。しかし資材を少量投入して建造される場合は駆逐艦や軽巡洋艦が大半だ。大量の資材を投入しても建造されたのが駆逐艦や軽巡洋艦なら提督の怒りをかうことだってあるそうだ。それ故に資材を貯め込んでまで戦艦を求める提督は数多くいるが、戦艦狙いで資材を消費して成功しても、重巡洋艦が建造されればそれはハズレを引き当ててしまったことになり、重巡洋艦は戦艦の劣化品とも見なされていたりしているのだ。駆逐艦も少ない資材で高確率で建造され、大量の資材を投入しても建造されることもある為、消耗品として見られていたのはその為だ。

 美船元帥以外で連続して成功させた人物は初めて見るとのことで、明石が驚いていた理由がよくわかった。中には十数回建造に挑戦しても一度も成功しなかった提督もいるそうだ。しかし何故と言う疑問も浮かぶ。

 

 

 俺と美船元帥だけだと?それは気になるが、偶然かもしれない。今はここで大人しく待っておくか。一時間半程度ならば工廠で待っていても邪魔にはなることはなさそうだからな。仕事の邪魔をすればそれだけ新たな装備開発に遅れが出る。明石には開発を任せており、こいつはいい物を開発してくれる。初めは警戒されていたようで、接するのも少なかったが、最近はこいつの方から話しかけて来ることが多くなった。次第に俺に信頼を寄せ始めている可能性があるな……クヒヒ♪いいぞその調子で信用しろ。俺が()()()()だと信じ込めば俺の勝ちだ。俺の為だけに深海棲艦共をぶちのめす装備を開発し、思い通りに動く玩具になるんだ。他の誰かが俺を疑っても俺を庇い、密告してくれるようになるはずだ。落ちろ……俺の下へ落ちてこい。そうして俺のものになるんだ……クヒ、クヒヒ♪

 

 

 青年は建造されるまでの間、明石の仕事の邪魔にならないよう隅っこでちょこんと座って待機しておくことにした。

 

 

 ★------------------★

 

 

 初めての印象は怖いけどかっこいい……でも最低な男。そう思っていた。

 

 

 おかしかった。○○鎮守府A基地(ここ)は異常だと思った。

 

 

 軽視派の人間である前提督のせいで崩壊寸前だったはずの鎮守府がここだったと元帥から私は聞いた。元帥からの命で私は大淀と間宮さんと他のメンバーと共にここへとやってきたけど……唖然としてしまった。内装が綺麗で聞いていた話とは違ったこと。それに出迎えてくれた駆逐艦の子達は笑顔だった。叢雲ちゃんはムスッとしていたけど。脅されているって考えたけど、彼女達の表情からそれはないと断言できた。そして私は気になるところがあった。

 場所は工廠……私が担当する聖域とも呼べる場所へ行きたかった。そこには居るはずもない妖精達が居て驚いてしまった。ここに着任したまだ若い訓練学校卒業したての新米提督は前提督と同じ軽視派だと聞いていたから……それに妖精達が彼に懐いている姿にまたしても唖然としていた自分がいた。

 

 

 私は工作艦、明石。けれど戦場へは出たことがない。だって私は艤装を活用できない……他の私は出来る子がいたみたい。ここに居た私もそうだったみたいだけどいない。資材が勿体ない、艤装も直す必要もないからと前提督が出撃を強要させてそのまま沈んだみたい……時雨ちゃんが教えてくれた。私じゃない私が沈んで、私じゃない私がここへやってきて複雑な心境だったと思う。けれども時雨ちゃんは笑ってくれた。「会いたかった」と言ってくれた。笑顔を浮かべてくれたその姿に安堵の気持ちよりも私は疑問を感じてしまった。

 今まで酷い目に遭って来たはずなのに、ここに居るみんなは笑顔だ。それも自然な表情をしていた。恐怖よりも……あれは期待?それも新しくやってきた提督に期待しているみたいだった。彼が着任してから私達がやって来るまで何があったの?吹雪ちゃんが語ってくれたけど……ありえないことが起きていた。

 

 

 お弁当?えっ?どうして私達のような不細工相手に優しくするの?語られた内容は嬉しいはずのことなのに、大淀含め私達みんな困惑の方が強かった。でもこれは私達を油断させるための演技かも知れない……私は油断しないと決めていた。艦娘はみんな……不細工だから男性が優しく扱ってくれるなんてことはない。きっと私達のことを警戒しての演技に決まっている!そう思っていたけど……会議の時も私達に意見を求めたり、龍驤さんの大胆な発言に対して頭を下げたり、お風呂にも入らせてくれるだけじゃなく、提督自ら料理なんてありえなかった。

 初めて男性からの手料理……保存できないかなって思ってしまった私は馬鹿だと思った。気を取り直して彼の手料理を食べてみたけど……なんだろう?味は違うのに元帥が作ってくれたのと同じ感じがするのは気のせいだったのかな?それに私達の分まで用意された布団と枕は、これから増えていくだろう艦娘の為にと自腹で買ったと聞いた。これには開いた口が塞がらなかったな。

 

 

 私達艦娘は不細工で、見た目だけで誰からも煙たがられて軽視派からは暴力を振われる。元帥と出会うまでは辛い生活だったけど、今ではそんなことなくなった。元帥によって救われたけど、ここにいる時雨ちゃん含んだ駆逐艦の子達もその時の私とそっくりな目をしていた……救われた時の目と同じ。

 

 

 何度首を傾げたことだろう……その日はわからないことだらけで寝たけど、それから特に悪事に手を染めている様子もなく、私達を気にかけてくれた。とある日に私が工廠に籠っていたら提督が来て『熱が籠る工廠内での作業は気を付けろ。水分補給はしっかりしろ』ってタオルと飲み物の差し入れされて開いた口が塞がらなかった。この人なんなの?と思って大淀と話し合ってみた。初めは大淀も困惑していたけど、最近じゃ提督のことを信用しようとしているみたい。軽視派なのにとも思っていた私でも納得してしまいそうになる提督の行動の数々に否定できない。

 私は装備の開発を任されている。深海棲艦も簡単に倒せない。勝つ為には初期装備の艤装では限界がある。新たな装備を開発する為に私はここで妖精達と共に日々試行錯誤を繰り返してより良い装備を生み出そうとしている。今なんて仕事の邪魔をしないように提督は隅っこで座っている。他の提督なら「こんな油だらけで汚いところに座らせるつもりか!?」なんて怒鳴る人だっているのに、彼は一切そんなことは言わない。

 

 

 男性なのに傲慢な態度を取ることなく、私達艦娘と対等に話をする人ってこの世にいたんだと思い知らされた。いつの間にか私は提督が軽視派なのも忘れてよく話しかけるようになっていた。寧ろ話していると楽しかったり……って何を考えているの!?用事があるから話しかけるだけであって、提督とお話して仲良くなりたいとかそういうことでは……ごにょごにょ

 

 

 ……はっ!?と、とにかく!!資材を迷わず決まった量と分配を投入して建造を連続で成功させたり、嫌な顔一つせずに私達に接してくれる提督はおかしい人だってことがわかった。それにこの人……元帥と同じ感じがする。よくわからないけど、何となくそんな気がしてしまう。軽視派の人なのに……なんででしょうね?こればかりは大淀でもわからないみたい。でもこの人といると悪い気がしない。今も妖精達にお菓子を与えている姿を見るとそう思ってしまう。

 

 

 明石は隅っこで妖精達にお菓子を与えている青年を見て……小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!」

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

 ……やっぱり提督はおかしい人でした。

 

 

 装置のモニター画面に映る数値が『0:00:00』を示し、中から現れた艦娘を見た途端……真っ赤な滝が流れ落ち、床に血だまりを建造した青年の姿を見た明石はそう思うのであった。

 

 



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1-8 新たな仲間達

建造された新たな仲間とは誰なのでしょうか。


それでは……


本編どうぞ!




「駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!」

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

 青年の鼻から鮮血が飛び出す……まるで滝のようだ。しかも大量で床に血だまりを作る程で、それは今までの比ではない。

 

 

 ち、ちくしょう……し、知っていたはずだ。俺は記憶の中でこいつの姿を既に知っていたはずなんだ。だから大丈夫だと自覚していた。それなのに実物を見ると……ぐはぁ!?は、破廉恥過ぎだろ……なんだよその恰好は!?うさ耳リボンに超ミニスカートだと!?そ、それに……黒色の見せパンtぶはぁ!!?……はぁ……はぁ……はぁ……は、鼻血が止まらねぇ。これは痴女認定されても文句言えねぇぞ!!?

 

 

 装置のモニター画面が『0:00:00』となり、建造が完了したことを意味する。妖精達が青年の下へと集まり完成したと報告し、待ちに待った対面の時が来た。

 青年はこの待ち時間中にこれから現れる過激な駆逐艦娘の対策の為、脳内シミュレーションで既に彼女と対面を済ませていた。それに至るまでに何度も支離滅裂な思考に陥り、地にひれ伏しそうになったが見事打ち勝った。建造時間を見てとある艦娘が建造されることが判明したことでの行動であった。だからこそ対面しても大丈夫と意気込んでいたが……実際の敗者は青年の方であった。

 

 

 建造し、一番早く完成したのは島風型の1番艦の島風だ。足元にはゆるキャラのような自律行動型の旋回砲塔……通称連装砲ちゃん三匹を引き連れている。次世代型の駆逐艦を目指した設計により作られた高性能の駆逐艦娘だ。これには青年は驚き、内心喜んでいた。しかしいざ対面すれば、艦娘の中でも群を抜いてあざとい姿をしている彼女に脳内キャパシティーを超えてしまい、興奮を抑えきれなかった。

 

 

 あざとい……あざとすぎる。おい島風お前……いい体しているな♪って俺は馬鹿か!!?お前よくこんな格好していられるな!?俺だったら絶対こんな格好にはなりたくない……って言うか俺は男だ。そもそもこんな格好するわけがないし、大淀や明石なんかとは比べものにならないほど肌が見えて太ももなんか……ぶはぁ!!?

 

 

 今も鼻血が垂れて止まらない。島風も建造されて誕生したはいいが、いきなり目の前に提督らしき人物がいた。ただ彼女は挨拶しただけなのだが、鼻血を垂らしながら視線を逸らさずに見つめられると恥ずかしさが湧き上がって来る。ほんのり頬が赤くなっている島風の姿……そそられる。

 

 

「な、なんですかー提督!?島風に何か用でもあるんですか?」

 

「い、いや……そ、それよりもお前……恰好……」

 

「えっ?この格好ですか?島風の制服変わっているから……嫌だよね?」

 

「いや、寧ろ……感激だ」

 

「提督……嫌じゃないの?」

 

「あっ、いや、今のは口が滑っただけでもっと見ていたいとそういうのではなくてだなっ!!」

 

「……もっとみたいの?」

 

「ち、ちが……」

 

 

 否定しているものの、青年の瞳は島風を釘付けにして瞬き一つすらしない。脳内では容量限界まで彼女の姿を保存していた。この光景を逃すものかと本能が雄たけびをあげている。ずっと鼻血が鮮血の滝となって流れていて、全身の血が枯渇しようともそんなの些細なことであった……青年も男だから仕方ないのだ。

 

 

「提督ー!?血まみれですよ!!?」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

「どこが大丈夫なんですか!!?」

 

 

 明石は驚いた……当然だ。艦娘は醜い。その中でも醜い姿を際立たせる格好をしている島風を見て鼻血が止まらなくなっている青年に驚かないわけがないのだ。妖精達が小さな体でティッシュを持って来てくれ、工廠を深紅の海に染め上げた鮮血は妖精達によって片づけられた。しばらくして心を落ち着かせることで鼻血は止まり、何故鼻血を出していたのか明石が聞いても青年は答えをはぐらかすばかりであった。ハプニングはあったものの、残りの三つの内二つの装置も建造が完了したようだ。出迎える為に青年は動く……ちなみに鼻血の原因となった島風は隅っこで連装砲ちゃん達と暇つぶしをしている。建造にはあまり興味がなさそうであった。

 

 

 ひ、酷い目にあった。島風め、ガキの癖して肌を……あ、あんなにさらけ出すだなんて……最高じゃないか!いやいやいやそうじゃなくてだな……ゴホンッ!か、風邪でも引いたら大変だろう。帰投した時には鳳翔と間宮に温かいスープでも出すように言っておいてやるか。それはそれとしてだ、今度は一体誰が出てくるんだ?

 

 

 青年が期待を抱く中、現れたのは重巡洋艦と軽巡洋艦であった。

 

 

「ども、恐縮です、青葉ですぅ!一言お願いします!」

 

 

 現れるなり青年に詰め寄ったのは青葉型の1番艦である青葉と……

 

 

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!よっろしくぅ!」

 

 

 川内型の3番艦の那珂であった。

 

 

 パパラッチに自称アイドルか……戦力には心もとないが燃費はいい。だが、こいつら煩そうだ……いや、絶対煩い。もし目障りになったら解体してやるからそのつもりでいろよ。

 

 

「青葉に那珂ね。初めまして明石よ」

 

「初めましてー!きゃはっ♪……それと提督?なのかな?」

 

「どうも明石さん。あなたが司令官ですよね?どうして司令官は鼻にティッシュを?青葉気になっちゃいます!」

 

「ええっと……提督は……」

 

 

 明石の傍にいた青年を二人は提督なのだと推測するが……鼻にティッシュを詰め込んでいる姿は想像していた提督の姿とかけ離れていた。工廠内で起きた惨劇(血だまり事件)を知らないのだから仕方がない。これではいつもの怖かっこいい顔も台無しである。

 

 

「ゴホン……そ、そんなことは気にすんな。明石も余計なことを言うな。それよりも俺がここの提督である外道だ。お前達の活躍には期待しているぞ」

 

「那珂ちゃん頑張るよー!おおー!!」

 

「索敵も砲撃も雷撃も。青葉にお任せしてください!」

 

 

 二人の姿にはやる気を感じさせる。パパラッチや自称アイドルと言えども根はちゃんとした艦娘なのである。

 

 

 青葉の戦闘能力は新型の重巡洋艦には及ばないが、燃費はいい。資源消費を抑えたい今では最適な建造だったわけだ。那珂も今のままでは性能に優れているわけではないが、将来性があり悪くない……煩いが。島風は駆逐艦では燃費が悪いが、戦闘面ではトップクラスの実力を持っている。これはいい出だしだな。初めての建造で俺の求めている艦娘がやってくるとは好都合だぜ。期待しているのは本当だからな……今だけだが。俺が昇進すれば旧型なんて不要だ。古いものはリサイクルしてやる。自称アイドルも燃2弾4鋼11に変えてやるからな。それまでは俺に騙されているがいいさ♪

 

 

 青年はシュールな姿から想像できないような悪知恵を働かせていた。しかしそうなると最後の一人が気になる。

 

 

 後もう少しか……一体どの艦娘が出てくる?大体検討はついているが……俺にこき使われる奴の顔を見るのが楽しみだぜクヒヒ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、司令官は艦娘相手でも嫌な顔一つせずに接してくれる……っと。おぉー!青葉、もしかしたら素敵な鎮守府に着任してしまった気がします。これならば司令官のあんな姿やこんな姿を観察なんて……プライベート暴露できるかも知れません♪」

 

「那珂ちゃんにとっても素敵な鎮守府(ステージ)になるね♪」

 

「おっ、なら青葉が素敵な写真を撮りますので、写真集なんか出しませんか?」

 

「那珂ちゃんの写真集!?賛成!!」

 

あっ、でも誰も買いたくありませんよね……

 

「ん?どうしたの?」

 

「えっ?いいえ、なんでもありませんよ!」

 

 

 こいつらさっきからトークが止まらねぇ……正直煩い。だが写真集だと?アイドルの写真を買ったことがあったが……もう今では手に取ることはないな絶対に。自称アイドルの写真集……絶対あざとい。島風には負けるな。だが……いいな。じゃなくて!写真集欲しいな……でもない!俺は()()を考えて……間違えた。何を考えているんだ!!ちくしょう、俺をそんなもので誘惑するとは青葉!!いつかお仕置きしてやるからな!!覚えておけよ!!!

 

 

 鼻血は出ることはないが、脳内では妄想が浮かび上がりピンク一色に染まりそうになっていた。青年にとっては青葉も那珂のことも可愛く見える……那珂は自称アイドルと言っても愛らしさがある。本物のアイドルのように見えるのだ。だがこの世界はあべこべ世界……青葉も冗談で口にしているだけだが、那珂が本気にしてしまいそうな勢いだ。もし那珂が本気で写真集を出しても売れないだろう。醜い艦娘のアイドルなど反吐が出ると抗議まで来るかもしれない。しかし一冊は絶対売れる。何故なら写真集を欲しがっている人物がここに一人いた。しかしそんなことは口が裂けても言えない……言ってはならないのだ。

 

 

 建造完了までの時間、親睦会を開催していた……っと言うのも青年が醜い艦娘である自分達に対して嫌悪感を見せることなく接してくることに青葉が興味を持ったことが始まりだ。那珂も興味があり、キラキラと目を輝かせていた。青葉と那珂は青年によって建造された。吹雪達のような過去があるわけでなく、不思議なことに誕生したてでもこの世界の美的感覚や自分達が醜いことを理解している様子で、赤ん坊からの何も知らない状態でのスタートではない。不思議だがこれはそう言うものだと納得するしかなさそうだ。辛い過去を持たない為、青年に対して恐怖心を持ってはおらず、すぐに打ち解けることができた。

 情報屋の青葉は知りたがりで、色々と聞いて来る。明石にも根掘り葉掘り追求して「司令官との関係はどうですか?」と聞かれて焦っている姿も見せた。そうこうしているうちに装置が止まり、建造完了を知らせた。

 

 

「んぁ?ようやく完了か」

 

「おっそーいー!」

 

 

 島風も青葉と那珂とはすぐに仲良くなった。彼女の性格上仲良くなるのも早いのだろう。そしてようやく建造完了した装置に対して遅いと文句を言うぐらいだ。なんでも早くないと気が済まないのだ。ちなみに島風の姿にようやくなれた青年だったが、視界に侵入して来た島風に興奮して四、五回ちょっぴり鼻血を漏らした。この程度で済んだのはマシなことだ。気絶までには至らなかったが、青年の魚雷(息子)が雷撃戦に入り、今にも発射されそうになっていた……なんてことがあったのは秘密にしておこう。

 

 

 ふぅ……一時間半なのにこんなに疲れるとは思わなかったぜ。さてと気を取り直して……最後は誰だ?時間的に考えられるのは利根型か最上型だが……?

 

 

 装置が音を響かせ扉が開かれる。中から現れたのは見覚えのある艦娘だった。

 

 

「ごきげんよう、わたくしが重巡、熊野ですわ!」

 

 

 熊野だと!?なんて俺はラッキーなんだ!こいつは優秀な艦娘だからな。今日の俺は付いているようだ♪

 

 

 最上型の4番艦の熊野を建造できたことに青年は喜んだ。戦艦レシピで一発で引き当てたことに運の良さを感じさせる。

 

 

「熊野、俺はここの提督である外道だ。よろしく頼む」

 

「と、殿方であるあなたが提督……なのですね?わ、わたくしが……そ、その……ふ、触れてもよろしいのですの?」

 

「んぁ?握手か?構わないぞ」

 

「そ、それでは……ひゃぁあっ!こ、これが殿方の手……わ、わたくし初めて殿方に触れましたわ♪」

 

 

 そうだろうな。建造したばかりだからな……ってお前……クヒ、その奇声やめろ。笑っちまうだろうが!ゴホン……それにしても俺の下には煩い奴が集まるのか?それはまぁいいとして、こいついつまで触ってんだよ。そろそろやめr……いい匂いだ。これがお嬢様の匂いって奴か!?それにしても柔らかい手をしている。不知火や木曾もそうだったが、丁度いい肉付きにスベスベした肌を持ちながらこの世界ではこれが不細工の証か。吹雪は小さな手だったが、いい感触だったな。青葉や那珂も柔らかそうな肌をしている。特に青葉、お前胸意外とデカいな……ぐっ!?落ち着け魚雷(息子)よ!こんなことでいちいち反応するんじゃねぇよ!!

 

 

 「それは無理だな」と主張するように青年の制止を振り切り、強靭な魚雷(息子)がアップし始めた。

 

 

青葉……見ちゃいました

 

「ん?どうしたの青葉?」

 

「い、いえ!なんでもありません!!」

 

「なになに?那珂ちゃんにも内緒の話?」

 

「あ、青葉はなにも見ていませんよ!!!そうなにも!!!」

 

「「???」」

 

 

 握手と言う形だが、熊野の肌に触れて触発された下半身の高ぶりを抑えるのに必死になっていた青年。そのことに気づいたのは青葉だった。もっこりし始めたブツを見てしまった青葉は顔を真っ赤にして視線を逸らす……意外と初心なようだ。それも仕方ないことで建造したてなのだ。真っ赤になった彼女の姿を見て、気づいていない明石と那珂はお互いに顔を見合わせるのであった。

 

 

「ねぇ、いつまでお手手触ってるの?」

 

「きゃ!?あ、あなたは……な、なんて格好しているのですか!?」

 

「島風だよー!この恰好、提督は好きみたいだよ?」

 

「んぁ!?そ、そそそそそ、そんなことがあるわけないだろ!!?」

 

 

 今日の工廠はやけに煩かった。罵倒や暴力で支配された空間はどこにもなかった。

 

 



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1-9 海域の制海権を取り戻せ

どうも皆さん、今回は真面目な回となりそうです。


それでは……


本編どうぞ!




「まさか建造していたなんてね……私達も呼びなさいよ」

 

「興味あったのか?まぁ、例えそれでも朝早くからの建造だったからな。昨日の出撃もあって疲れがまだ残っているお前達を起こすことはしなかっただろう。ぐっすり眠って元気になってもらいたかったからよ(疲労状態では戦いにならないだろうが!)」

 

「そ、そうなの……ふん、まぁいいわ。戦力が増えるのは私としても嬉しいもの。べ、別にあんたには感謝なんかしてないから!」

 

 

 いつもの食堂に集まるのは吹雪達、それに大淀達も含まれているが、建造され新しく仲間達も加わっており、熊野を含めた四人の紹介を朝食ついでに済ませたところだ。初めての対面で、一際注目された艦娘島風。おぞましく見えるその姿に艦娘全員が唖然としていたことだ。龍驤に「あれを見ても大丈夫なん?」と青年は聞かれても「大丈夫だ」と答えれば全員大層驚いていた。青年はここに至るまでに何度もシミュレーションとの戦いで敗北しているのだが……そのことはなかったことになった。敗北を隠ぺいするなど……流石ずるい奴だ。

 大淀も島風には興味を示していた。なんでも島風自体建造されたのが初だと言うことだ。今まで大本営にはそんな報告は届いていない……いや、建造されていたとしてもこのような醜悪な姿を他の提督が見れば即解体されていることだろう。醜い艦娘がより醜さを際立たせる格好をしているのだから。電なんかは顔を真っ赤にして「はわわわ!?」と狼狽えていたし、睦月も「痴女だにゃ」とボソリと呟いていた。それほど島風の恰好は刺激が強すぎる……悪い意味で。そう言う意味では青年に建造されたことが何よりの幸福だったと言えるだろう。初の建造で一度も失敗せずに、前例のない駆逐艦娘を建造したことに吹雪は「流石司令官です!」とキラキラした目で尊敬の眼差しを送っていた。

 

 

「ゴホン、これで役割分担が少しマシになるはずだ。それと吹雪を旗艦にした第一艦隊には熊野を入れようと思う。そして新しく第三艦隊を作る。旗艦を青葉とし、那珂と島風をそこへ入れる。しかしお前達は建造したばかりで素人同然。しばらくは交代で第一艦隊と第二艦隊に編入し、訓練を受けながらここのルールを覚えてもらう」

 

 

 青年は次々と今後の予定を説明していき、それを聞いている間は皆、真剣な表情であった。

 

 

「そして、近々深海棲艦共から海域の制海権を奪い返す。それに向けての下積みだ……お前達には期待している。だが、絶対に轟沈は許さない。お前達はここへ帰って来い。それが使命があり、義務である。命あればこそ次があるんだ。勝手に沈むことは期待を裏切ることだと思え。俺の下で働き、生きていけ。お前達は俺の(ふね)なのだからな」

 

「「「「「了解」」」」」

 

「(クヒヒ♪それなりにいいことを言っておけば簡単に従ってくれやがって……玩具(艦娘)め。待っていろよ深海棲艦共、お前達を地獄の底へと突き落としてやる!!)」

 

 

 深海棲艦撃滅の下準備が始まった。海域の制海権を取り戻すまでそう遠くはならなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあっという間に過ぎていき、深海棲艦を撃滅の時が来た。

 

 

 ★------------------★

 

 

「吹雪ちゃん第一艦隊が敵艦発見しました。時雨ちゃん第二艦隊はいつでも動けるように待機しています」

 

「第三艦隊の様子はどうだ?」

 

「青葉さん達も吹雪ちゃん達の支援に回ってもらっています」

 

「そうか、ならばいい」

 

 

 遂に深海棲艦を撃滅する時が来たぜ。ここは俺の海域だから出て行ってもらう……いや、沈んでもらうぜ。俺の昇進の為に踏み台になれ。そして徹底的に潰して誰の海域に土足で踏み入ったか後悔させてやる!

 

 

 司令部は緊張感に包まれている。この場にいる大淀は勿論のこと、青年ですらこの緊張感は隠しきれない……出撃した吹雪達にも緊張の色が現れていた。鎮守府近隣海域の制海権を取り戻すと言う重要な任務なのだから。

 

 

 新たな仲間である熊野は第一艦隊、青葉を旗艦とし、那珂と島風を第三艦隊として結成した。旗艦(センター)ではないことに那珂が「アイドルはセンターじゃないといけないんだよ!」と文句を言っていたが、旗艦がやられれば足並みを揃えることが困難になり、咄嗟の出来事に対応できなければならない。島風は性能的には優秀だが、性格上の問題から旗艦よりも自由に動けた方が良い。那珂か青葉と考えた結果、何かにつけて取材やインタビューを行うパパラッチである青葉が旗艦を務めることになった。

 事あるごとに男性であっても暴力も罵倒すら手にかけない青年に気を良くしたのか、先回りして色々と根掘り葉掘り追求してきたことがあった。青年は妖精達の視線を気にして愛想よく振舞ったが、実は内心ウザいと思っていたりした。しかしこの青葉の行動力が青年の考えを改めた。

 

 

 行動力、洞察力、何よりも情報収集にたけている。それを戦場で活かせばいいのではないか?そう思い、旗艦を任せたところこれが中々の戦果を生んだ。他の艦娘では気づけない事細かいところまで見ており、状況判断が優れていた。幸運に恵まれており、青年が艦娘同士の演習訓練では何度も攻撃が当たったり、夜戦を想定しての訓練でも成果を見せている。想定外の収集であった。那珂も艦隊のアイドルと自称しているが、戦闘になればやはり艦娘だと言うことを思い知らされた。弱音を吐いたりするが、確実に少しずつであるが皆の力になろうと食らいついて来る。醜い艦娘だとしてもアイドルと自ら主張するその根性は中々のものだ。島風に関してはやはりと言うべきであった。速度を活かした戦場をかける姿は彼女にしかできない芸当だ。そして熊野はと言うと……昼間の戦闘訓練は問題ないのだが、夜戦を想定した訓練での奇声が青年の笑いのツボを刺激して肩を震わせていたと言うことがあったとか。

 四人共この鎮守府には既に馴染むことができていた。もう少し時間がかかるかと思ったが、すぐに打ち解け、何よりもラッキーなことに男性の提督でしかも醜い自分達に対して気にかけてくれる青年が居たことで彼女達はここが好きになり、何より嬉しかった。そして戦場へと赴いている熊野達は奮起していることだろう。

 

 

 自分の容姿が生まれながら醜いと理解しており、艦娘達は拒まれるのではないかと言う不安は誰しもが持っていることだ。だからこそ、提督の為に国の為にと戦場へと赴き、深海棲艦をやっつけて活躍し、認めてもらおうとするのだ。しかし青年はそんなことなど知らずに妖精達の目を気にして愛想よく振舞った結果、彼女達にとっての理想の提督を見つけることができた。

 食事、健康管理、休暇、労いの言葉、褒美、ちょっと怖いがイケメン提督。彼女達艦娘にとってこれほどの優良物件は無い……いや、絶対に無いと断言できる。誰もが羨む立場に居る熊野達、青年に建造された彼女達は鼻が高いだろう。熊野達が青年に懐くことに時間はかからなかったが、彼が軽視派だと言うことは知らない。知ったとしても「そんなことありえない!」と反論してくれるだろう。吹雪達と同じように青年に信頼を寄せている。これにより青年を守る盾が増えたことになり、内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 クヒヒ♪順調に駒が増えて、このままの調子でいけば深海棲艦を撃滅も間近だな……いや、油断するな俺。吹雪に油断するなと言っておいて俺の傲慢で誰かが沈めばどうなる?士気は低下し、後にズルズルと引っ張ってしまうことになりかねないからな。傲慢せずに、状況を冷静に判断する必要がある。吹雪、時雨、青葉の艦隊がどれか一つでも危なくなれば最悪この作戦は中止せねばならない。負けても生きていればチャンスは巡って来る……例え屈辱の歴史を辿ることになっても、生きていればやり直せる。折角手に入れた駒をみすみす捨てるような真似は避けねばならない……俺があいつらの引き際を見定めてやらねぇとな!

 

 

「敵増援を発見したようです。吹雪ちゃん達の背後に回ろうとしているみたいです」

 

「よし、近くにいる時雨達に向かわせろ。奴ら背後を取ろうとしたんだ。背後を取られても文句言えまい。敵さんを驚かせてやれ」

 

 

 青年の指示を大淀は的確に伝えている。報告によれば敵の数は相手の方が上だが、こちらの士気は上々で敵の数は確実に減っているとのことだ。このままいけば間違いなく我々の勝利だが……はたして?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入電です提督。新たな敵増援を確認……重巡リ級の姿もあるとのことです」

 

 

 遂に来たか。決着を付ける時だな……しっかりやれよお前ら。やってくれよ?やってもらわねぇと俺は困るんだぞ?絶対だぞ!!俺の未来がかかっているからな!!!

 

 

 艦娘達は提督の為、未来の為に深海棲艦から海域の制海権を取り戻すことができるのか?!

 

 

★------------------★

 

 

「沈みなさい!」

 

「弱すぎるッ!」

 

 

 叢雲と木曾の雷撃により敵艦が次々と沈んでいく。周りに居た深海棲艦は全て蹴散らしたようで、日が沈みつつあった。

 

 

「もうちょっち活躍したかったけどウチの出番はここまでやな。……ん?あれは……来よったで」

 

「龍驤さんそれって!」

 

「重巡リ級や。このタイミングで登場かいな。空母を警戒しての可能性もあるな。皆に負担掛けてしまうのは悔しいでぇ……」

 

「気にすることありませんわよ。後はこの熊野に任せてください。敵なんてわたくしの砲撃で黙らせてやりますわ!」

 

「頼んだで熊野、ウチの代わりにドカンとやっつけたってな!!」

 

「龍驤さんのことは青葉達にお任せください。行きましょうか」

 

「那珂ちゃんのエスコートお願いね♪」

 

「エスコートされんのウチやで?」

 

「みんなおっそーいー!」

 

 

 龍驤が発見したのは例の重巡リ級。しかし龍驤が戦えるのはここまで……力になれず悔しさが現れるが、以前とは異なっている。熊野が新しく加わり、重巡洋艦娘が一人増えるだけでも心強かった。彼女が居るかいないかで状況は大きく変わることになるだろう。

 戦えなくなった龍驤は前線を退く。護衛は青葉達第三艦隊が受け持ち、警戒を怠らない。だから龍驤の心配は不要だと思っていい。吹雪達が集中するべき敵は徐々にこちらに向かって来ていた。

 

 

「みんな、準備はいい?」

 

「ここからが、私の本番なのよ!」

 

「本当の戦闘ってヤツを、教えてやるよ」

 

「一捻りで黙らせてやりますわ!」

 

「それじゃ……行くよ!!」

 

 

 第一艦隊は深海棲艦と対峙した。この勝敗により○○鎮守府A基地の未来が変わる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったね」

 

「これでど~お!?」

 

「命中させちゃいます!」

 

「主砲も魚雷もあるんだよっ!」

 

「弱いのね」

 

 

 時雨達も次から次へと敵艦を沈めていく。『期待』と言う心の支えから気分は高揚し、士気の高さ故なのか疲労感を感じさせず、深海棲艦の砲撃を受けても最小限の損傷で済ませていく。それでも小破状態にまで追い込まれてしまった。しかし闘志は消えることはなかった。

 

 

「状況を確認するよ……みんな大丈夫?」

 

「夕立問題ないっぽい!」

 

「電も大丈夫なのです」

 

「睦月、絶好調なのにゃ♪」

 

「不知火も少々のダメージですが、何の問題ありません」

 

「うん、僕も大丈夫っと……やっぱり提督のおかげかな?僕たちがここまで力を出せたのは?」

 

 

 時雨達は遠征をメインにしたメンバーである為に吹雪達第一艦隊よりも控えめだ。しかし今回は鎮守府近隣海域の制海権を取り戻すと言う重要な局面であるので、時雨達も本格的に出撃した。出撃前に青年から「時雨、夕立、電、睦月、不知火も頼んだぞ」と言葉を頂戴した。一人ずつわざわざ名前を呼んでくれた。そこからは燃え上がるように出撃したのを憶えている……青年が○○鎮守府A基地の提督になってからというもの、期待を背に戦うとはこんなにも気持ちの良いものなのだなっと彼女達は知った。不知火ですら、いつもと変わらぬ態度であるが、心は闘志の炎を燃やしている程であった。

 

 

「もう弾薬がないや。燃料もこれ以上は持ちそうにないね」

 

「もっと提督さんの為に戦いたかった……っぽい」

 

「こればかりは仕方がないのです」

 

「みんな頑張ったのにゃ!」

 

「敵影も確認できません。後は吹雪達に任せるしかありませんね」

 

「そうだね。僕達は撤退するよ」

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 吹雪達も今頃戦っていることだろう……青年の為に。○○鎮守府A基地は変わった。環境だけでなく、艦娘達の心まで改変してしまった彼の為ならばどんなことだってやれる……やってやると思える程に地獄の日々を送っていた彼女達は強くなった。その地獄の日々を送ったからこそ彼に会えたのだと思うと皮肉なことだが、それでよかったと思えた。しかし彼に会うことが出来ずに沈んでしまった仲間達のことを思うと悲しみが湧き上がる。もっと早く出会えていたら今頃は……だがもう過ぎてしまったことだ。だからこそ、時雨達は戦う……幸せを与えてくれた青年の為にと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にひひっ、あなたって、遅いのね!」

 

「いつもありがとー!那珂ちゃんからのプレゼントだよ♪」

 

 

 龍驤を回収し終えた第三艦隊。その間も敵は攻撃の手を休めることはない。しかし迎え撃つのは駆逐艦最速の島風。相手がイ級程度では彼女の速さに翻弄されていた。その隙を那珂が仕留めていく。

 

 

「やるやないか。建造されてからそれほど経ってへんのに大活躍やな」

 

「なんででしょうかね?青葉、司令官に褒められるとやる気が出るんですよ!」

 

「(それは全員同じ感想やて。でも提督に褒められること自体稀なのに……不細工なウチらに対してあの笑顔はホンマせこいわ。軽視派の人間であること時々忘れてしまうぐらいに気分が良くなってしまうのも無理ない。提督と艦娘との絆が強さに繋がるんや。美船の為と思うとウチだってやる気が出るからな。吹雪達も時雨達もどんどん強なっとる。このままやとウチの出番が奪われてしまうかもしれへん……面白いやないか!これはウチもうかうかしてられへんな!)」

 

 

 長者である龍驤は静かに笑った。まるで美船元帥の下で競い合う仲間達と居るような感覚を覚える。絆とは不思議なものだ……艦娘達に力を与えてくれる。妖精だけでなく、提督を信じる艦娘達は強い。吹雪達や時雨達、青葉達の活躍を見せられて龍驤はそう思った。

 

 

「やったやった!那珂ちゃん大活躍♪」

 

「私も連装砲ちゃんも一番だね♪」

 

「お疲れ様ですー!後は吹雪さん達ですね」

 

「大丈夫や。熊野もいるし、今の吹雪達は闘志に燃えとる。それに絶対負けられへん理由があるしな」

 

 

 龍驤は○○鎮守府A基地が存在する方へと視線を向け、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やだ……ありえない……でも、私はまだ戦えるのよ!!」

 

「あうっ!で、でも、私だって司令官の為にも負けられないんだから!!!」

 

 

 叢雲が中破、吹雪も小破した。しかしそれでも止まらない……熊野の砲撃により重巡リ級も中破し、木曾の活躍で他の深海棲艦は全滅。戦局は吹雪達に傾いている。そして叢雲と吹雪の魚雷が発射された。

 

 

「いっけー!!」

 

「沈みなさい!!」

 

 

 咆哮が夜の海に響く。二人が放った魚雷は見事にリ級へと吸い込まれるように着弾し、恨みの念を漏らしながらリ級は海底へと沈んだ。

 

 

「や、やりましたぁ!」

 

 

 海域の制海権を取り戻した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから出撃していた艦隊全てが○○鎮守府A基地へと帰投した。港にはボロボロになった吹雪達の姿があり、先に帰投した時雨達、青葉達も整列しており、大淀達も揃っている。全員の視線は出迎えてくれた青年へと向けられる。太陽が沈み、星々と暗闇が支配する空の下。鎮守府から放たれる光に照らし出される帰投した彼女達の顔はとても凛々しく誇らしげだった。

 

 

「お前達よくやった。よくやったぜ!これで制海権を取り戻すことに成功した。立派に戦い、そして誰一人として欠けることなく戻ってきたことに俺は誇らしいぞ!」

 

 

 青年の言葉を聞いている者の中には薄っすらと涙を流す者も居た。艦娘としてこれほど誇らしい言葉を送られたことに感極まっていることだろう。

 

 

 青年は吹雪、叢雲、木曾、熊野、龍驤と一人一人の名前を告げていく。醜い彼女達と接触を避けていたことで名前を憶えていない提督は大勢いる中で、青年は誰一人として欠けることなく憶えていた。初めから全員の名前を憶えていたのは前世の記憶のおかげなのだが、例えそれがなくとも青年は名前を記憶していただろう。

 青年曰く「アレやコレじゃ伝わるものも正しく伝わらねぇだろ。伝達に不備が生まれ、いちいち面倒だろ?それにそれが原因で敗北したらどうする!!」と考えていたりするが、今はどうでもいいことだ。彼女達にとって提督に個々の存在を認識されることがどれほどの価値を持つだろうか。理不尽な世界に誕生し、人々や国の為にと戦っても相手にしてもらえず嫌悪感を向けられることがどれほど辛いものか……しかしここにそんなものは存在しない。青年が居る限り。

 

 

 「負傷した奴は入渠ドックへ行け。のんびりと浸かるも良し、修復材を自由に使え。報告書なんて後回しで構わないが、最後に言っておくことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達が()()()()()()()()()ぜ。これからもよろしく頼むぞ!!!」

 

「「「「「――はっ!了解しました!!!」」」」」

 

 

 青年は返事に満足したのか意気揚々と鎮守府へと戻って行く。その後すぐに歓声が港を支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これで昇進への道が近づいた!クヒヒヒヒ♪やればできるじゃねぇか。これからも頼んだぜ……昇進の為に使われる駒にされているとも知らずにな♪)」

 

 

 青年はそう言いつつも、全員に労いの言葉をかけることを忘れなかったのは「()()()()()()()()()」と心から思っている証拠である。だが本人はきっとそれを認めはしないだろうけど……結果良ければ全て良し。

 

 



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1-10 元帥は何を思う

元帥様視点の回となります。


それでは……


本編どうぞ!




「美船よ、大淀達は上手くいっているのか?」

 

 

 堂々と仁王立ちで机の上に伏している美船元帥を見下ろす艦娘……一応美船元帥の下にいる立場なのだが、どうにも背丈が高く、隠れていない筋肉が強者の貫禄を見せつけていた。

 

 

 長門型戦艦のネームシップである長門だった。

 

 

「上手くいってはいる……みたいだけどねぇ……」

 

「どうした?何かあった……まさか大淀達に魔の手が伸びたのではないだろうな!!?」

 

「……」

 

「どうした何故何も言わん……さては何かあったな!?何があったんだ言え!!!」

 

 

 長門が美船元帥に詰め寄るが、興奮している様子である。それもそのはず、長門は責任感が強く○○鎮守府A基地へ向かう派遣メンバーに自ら志願した。不正や艦娘に対する暴力行為をいち早く発見し、すぐさまその首根っこを掴んでやろうとしていた。同じ仲間を守る為にと彼女は志願したが、○○鎮守府A基地の備蓄は残り少なかったことは美船元帥も把握していた。そこへ戦艦である長門が行けば出撃どころの話ではなくなってしまう。相手側も長門の威圧に警戒を解かない可能性があったので却下した。そんな長門は毎日大淀達の安否を心配していた。非難の目を向けられ、醜いからと言う理不尽な理由で酷い扱いを受けて来た。しかし美船元帥の下では誰もが笑って共に食事ができる。共に過ごした時間は短くはない……その仲間が危険な場所にいるのだ。心配しない訳が無いのだ。

 

 

「ちょっと長門落ち着いて」

 

「これが落ち着いていられるか!?陸奥、お前は心配ではないのか?」

 

 

 長門を(いさ)めるのは姉妹艦、長門型戦艦の2番艦である陸奥だった。

 

 

「私だって心配よ?でも……ちょっと元帥の様子がおかしいみたいよ?」

 

「なに?そういえば貴様先ほどから机の上で突っ伏しているが……風邪でも引いているのか?」

 

 

 長門の威圧感に既に慣れている美船元帥。しかしいつもならばシャキッとしている美船元帥でも今日に限ってだらしない……いや、長門と陸奥は知らないだけだ。最近の美船元帥はしばしだらしない姿を晒していた。普段はこのような姿は滅多に見せない彼女だが、とある原因のせいと言っておく。

 

 

 そうとは知らない陸奥はだらしがない美船元帥の様子に首を傾げていた。

 

 

「んん……どう説明したらいいかしらね……」

 

「とりあえず何かあったのか、簡易でもなんでもいいから教えて元帥」

 

「まぁ話すわ。長門も陸奥も知って置いてほしいし、このよくわからない状況を……」

 

 

 美船元帥が語るはこうだ。

 

 

 大淀達が○○鎮守府A基地に着任した。そして今まで提督の座に鎮座する青年の目を盗み連絡を行っていたが、初めからおかしな報告ばかりであった。新設同様に建て直されていた鎮守府、過酷な状況に置かれていたはずの吹雪達の元気な姿があり、そして妖精の存在が確認された。○○鎮守府A基地は前提督の手により地獄と化していたはずなのに、真逆の状況だと報告された。当然この報告に美船元帥は首を傾げた。大淀も初めはこのことに不信感と戸惑いを見せていたが、最近では違うようで、美船元帥は予想とは反した報告ばかりを受けていた。

 とある報告書では、木曾が深海棲艦との戦闘で大破した。しかもその後に提督である青年に対しての暴力行為を行ったと言う報告があった。これには美船元帥でも心臓が一瞬止まりそうになったぐらいの衝撃だった。上司に対する暴力行為は重い罰である。しかも軽視派の人間に対して暴力を振るえば……待っているのは恐ろしい結末だ。

 

 

 解体……その二文字が頭に浮かんだが、報告では青年は木曾を自ら入渠ドックまで運んだことや上司に対する暴力行為を許すなど訳がわからないことばかりであった。しかも「お姫様抱っこ」と言う幻覚だろうか……目を擦り、何度も何度も確認したが、報告書にはそう書かれていた。不知火に次いで二人目だとも書かれており、これには美船元帥は小一時間程度呆然としていたことがあった。「そんなこと一度もされたことがないのに」とブツブツ何やら呪詛を呟く美船元帥が確認された。

 そしてとある日に建造を行ったそうだ。建造すること自体おかしなことではないのだが、なんでも四回建造を行い、四回とも成功したそうだ。しかもその一つから駆逐艦島風が建造されたとの報告があった。島風は今まで建造されたと言う報告は届いていなかった。どんな駆逐艦娘だろう?と美船元帥は想像していた。後に青葉によって撮影された写真が送られて来るが……驚いた。あの容姿に恰好では好かれるはずもない。しかし驚くべきことに青年は特に気にしている様子はなかった(滅茶苦茶興奮していた)との報告に何度読み直したことか。

 

 

 そして海域の制海権を深海棲艦から取り戻すことにも成功した。これは人類にとって喜ばしい報告であるものの、美船元帥は複雑な気持ちであった。軽視派の人間である青年、しかし大淀からの報告では寧ろ穏健派……いや、穏健派すら黙らせてしまう程の好青年だと言うのだ。

 

 

 そして最近の報告書にはこんなことも書かれていた。

 

 

 制海権を取り戻すことができた。だが深海棲艦はいつまたやって来るかわからない……制海権を取り戻したことを大本営に連絡しても警戒は怠っていないある日、食堂に集められた艦娘達。○○鎮守府A基地では食堂が皆の集会場になっていた。ここに集められた吹雪達は何も知らされておらず、緊張した面持ちであった。もしかしたら新たな深海棲艦の登場か、はたまた何か大本営からの通達が届いたのか……そう思っていると扉が開き、青年の登場だ……帽子の上や肩に妖精達を乗せて。

 その姿を見た艦娘の誰かがクスッと笑い声が聞こえ、青年は恥ずかしいのか頬が赤かったのは幻ではない。咳払いをして場の空気を切り替えると青年は何やら妖精達に封筒を手渡し、指示を出したようだった。わらわらと妖精達が頭や肩から飛び降りて吹雪達の下へと駆け寄っていく。そして青年から手渡された封筒を差し出して来た。この謎の行動に吹雪達は首を傾げるのは当然のことである。代表して吹雪がこの封筒は何かと聞いた。

 

 

 「お前達の給料だ」そう答えが返って来た。これには耳を疑いもう一度聞きなおしたぐらいだ。それもそのはずであった。まだ大本営からの資材の仕送りも再開してもらっておらず、どこからこの給料が出ているのか……まさかと思い大淀が恐る恐る聞いてみれば案の定「俺の財布からだ」と主張する。予想通りの回答であり、艦娘相手にこのような行動を取る青年に大淀以外の明石や龍驤でさえ頭を抱えてしまう。鳳翔や間宮は温かい視線を送り、吹雪達と木曾に不知火は驚きを隠せなかった。建造組である熊野達は何をそこまで驚いているのか初めはわからなかったが、以前の鎮守府を知らないのだから無理もないことだった。時雨に事情を説明されて初めて驚きの表情を浮かべた。

 まず艦娘に給料がもらえること自体大淀達以外の誰も知らない事だった。しかもそれが青年の財布の中からだというのだから誰もが驚かない訳がないのだ。

 

 

 「司令官のお金なんて貰えないですぅ!!」と吹雪が封筒を返そうとするが……青年が言うにはこの給料は日々危険な戦場へと赴く吹雪達への前払い分であるそうだ。後々大本営から送られる仕送りから額を引けば何の問題もなく、だからこの給料は吹雪達が受け取る必要があるものだと青年は頑固として受け取らなかった。吹雪達もそう説明されれば受け取らない選択肢は潰れてしまう。青年は策士であった。ちなみに後々大本営から届く仕送り額から今回の差額分を青年が引くことはなかった。艦娘に支払われる給料の低さに青年は驚愕していた。自身もバイトをしていてお金のありがたみを知っている彼にとってこの額はあまりにもちっぽけであり、ストライキを起こさないのが不思議で仕方なかった。青年は何も言わず、今回渡した給料の差額分を引いたことにして当初の額のまま吹雪達に支給することになる……が、実は補佐の大淀がこの事実を知っている。経理を担当している彼女の目までは誤魔化すことはできなかったのだが、このことを胸の中に留めることにした。

 

 

 そして今度は吹雪達だけでなく、大淀達にも妖精達が群がって封筒を差し出した。吹雪達が先ほど手渡された封筒と同じもの……大淀達が一斉に青年に振り向き、何故と視線で訴えれば「お前達もこの鎮守府のために働いてくれているんだ。タダ働き(昇進の為にその分働け!)なんてさせんからな」と言った青年に皆、自然と笑みが浮かびあがった。木曾は文句を言いつつも封筒を大事にしていたのを後で龍驤に揶揄われたりするのだが、問題があった。元々吹雪達は給料なんか貰ったことはない。お金の使い方がわからないのだ。大体の物は経費から出るが、経費で落とせる物など知れている。物足りないものは自分で買えと言うことだ。しかし何を買ったらいいのか戸惑っていた。そこで青年は以前の自由時間の件もあり、予想していたのであろう。あらかじめ用意していたショップカタログを取り出し見せつけた。

 そこには様々な物が載っており、娯楽用のゲーム類や装飾品、日常品の数々に中には洋服やカバンに帽子など女性用の衣服類まで細かに載っていた。これには吹雪達の目が輝いていた。彼女達が人間に化け物と呼ばれようと艦娘である彼女達も女なのだ。興味が湧かない訳がない。ページをめくれば視線が釘付けになり、感激の声を上げる駆逐艦娘の姿がそこにあった。

 

 

 その日から数日後、鎮守府に届いた段ボール箱をはしゃぎながら開封する駆逐艦娘の姿があったとか。ちゃっかり不知火もこの中に入っていたりするのだが……見なかったことにした方が彼女の為だと言っておこう。青葉のカメラもこの時に買ったものだ。そして大淀達も「お前達も好きな物を買え。金は使う時に使うものだ。保存していたら只の紙切れだからな」その言葉もあり、各自好きな物を注文して、感謝の言葉を青年に送ることになったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと報告書に書かれていたわ」

 

「なん……だと……っ!?」

 

「あ、ありえないわ……それって本当に大淀からの報告書?大淀がその提督に無理やり書かされているとかそんなことない?」

 

「初めは思ったさ。しかしそういった状況になったことも考慮して大淀に教えていたことがあるわ。もしそういった状況に陥った時は文章に暗号を忍ばせておくことをね」

 

「だが……そうではなかった。そう言うことか美船?」

 

「ええ、だから……おっかしいのよねぇ……こんなこと訳が分からないわ……」

 

 

 だらんと再び机の上に突っ伏す。色々意味不明なことばかりの報告内容に思考を放棄してしまっているようだ。長門と陸奥もこれには顔を見合わせて悩むしかなかったが、そんな最中に扉をノックする音が聞こえ「失礼します」と二人の駆逐艦娘が入室してきた。

 

 

「ご主人様、最近はお疲れの様子なので漣が元気の素をお裾分けに来ました。一緒にゲームやりましょうヨ♪」

 

「漣さんその為にやって来た訳ではないですよ。美船元帥おはようございます。長門さんと陸奥さんもおはようございます」

 

「ああ、二人ともおはよう」

 

「ふふ、おはようね♪」

 

「……」

 

「おい美船、お前も漣と五月雨にも挨拶してやれ」

 

「う~ん……おはよう二人とも……」

 

 

 ぐったりと返事も適当で真面目な美船元帥はどこへ行ったのやら。思考能力だけでなく、やる気までそぎ落とされてしまったようだ。

 

 

「あちゃ~、ご主人様今日もお疲れなのね?まあ仕方ないと言わざるを得ない」

 

「そうですね。私達も今も信じていません。向こうで何が起こっているのでしょうか……?」

 

 

 現れたのは綾波型では9番艦の漣と白露型6番艦の五月雨だ。彼女達は美船元帥がまだ提督だった頃から所属していた艦娘だ。共に戦い、共に笑い、共に泣いた家族同然の存在。美船元帥の様子が最近おかしいことも彼女達は知っているが、それは五月雨の手元にある報告書が原因だ。また大淀からの報告書が届いたらしく、いつも手渡しているのは漣と五月雨の二人なのだから内容も一緒に拝見しており「ありえねぇ~!?」と漣が度肝を抜かれた程だ。五月雨は異様な報告に不安を隠しきれない。

 

 

「う~ん……とりあえず読んでみましょうか。あっ、やっぱ怖いわ。五月雨、先に読んで」

 

「わ、わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……疲れた」

 

「ご主人様大丈夫ですか?」

 

「ありがとう漣、五月雨も苦労かけるわね」

 

「いえ、これもお仕事なので大丈夫です」

 

 

 予想通りの理解不能な報告であり、あれほど覚悟を決めて送り出したと言うのに、向こうで楽しくやっていますと返事が返って来た時は何かが崩れたような音がしたぐらいだ。またもや思考が停止し、気力が削がれて報告書を読み終えた美船元帥はどっと疲れた様子だ。

 「気分転換して来い。それでは仕事に手がつけられないだろう」と長門に追い出され、陸奥にも「こっちは任せといて♪」と自分の代わりに事務の仕事に取り掛かってくれている。大助かりである。そして美船元帥は漣と五月雨と共に海をぼんやり眺めていた。

 

 

「ふぅ……○○鎮守府A基地はどうなっているのかしらね?報告書を見た限りでは何も問題ないと言える。けれど人間は考えている以上に奥が深い生き物よ。コインの表と裏があるように人間にも表裏が存在する。ましてや軽視派の人間が提督になれば、そこに所属する艦娘達の扱いなんて酷いものよ。実際に見てきた私が言うのだから間違いない……はずなのにねぇ……おかしなものね」

 

 

 自分の想像していたものと違う。違和感を拭えない……大淀を疑う訳ではないが納得できないのだ。人間の汚い部分ばかり見てきた美船元帥だからこそ軽視派の人間である青年は悪事に必ず手を染めると思っていたのだ。しかし悪事を働いたと言う証拠はない。そもそもあの様子だと存在しないのでは?報告書に目を通し過ぎておかしくなったのかあの青年なら艦娘達を任せても大丈夫ではないか?そう心の隅で思ってしまった自分自身の変化に焦っている。決めつけは良くないが、現状悪事を働いている素振りを見せている様子はなく、監視を続ければ今のところは問題さそうだ。

 

 

 ○○鎮守府A基地近隣海域の制海権は取り返した。しかし愚かなことに上層部の連中はその報に酔いしれていたが、そんな単純なことではない。深海棲艦は世界中に存在し、強力な力を持っているものばかり。勝利し続ける為には力だけではどうにもならない……提督と艦娘との絆が必要だと美船元帥は確信している。

 

 

「(もし大淀の報告通りならば……深海棲艦に勝てるかもしれない)」

 

 

 美船元帥は青年に会う必要があると考えた。しかし彼女も多忙な身であり、そこだけに構っている余裕はない。他の鎮守府にも艦娘達が助けを求めている。そこだけに意識を集中し続けることはできない。今はまだ大淀達に任せ、こちらは激戦区の支援に取りかかるしかない。

 

 

「(支給は再開してもよさそうか……しばらくはまだ大淀に任せるとしても野放しにはさせておくものか。後々○○鎮守府A基地には誰かに視察に向かってもらうか、こちら側に呼び出すか、どちらにせよ要注意人物なのは変わらない。私と同じで妖精に好かれ、力を貸してくれる人間……外道丸野助。あなたは艦娘の味方になってくれるのかしら?)」

 

 

 美船元帥は不安を抱えている。多くの人間が艦娘達を裏切った。『醜い』と言うだけで迫害されてきた。人間ではないと粗末な道具のように扱い、轟沈する姿に心痛めず、感情移入して好かれたら堪ったものではないと拒絶する……仕方のないことだが、それでも美船元帥は納得することはできない。

 身を削って戦場で傷を負い、痛いと涙を流し、仲間を失ってようやく鎮守府へ帰って来れても返されるのは冷たい言葉。「それでも人間を守ろうとする艦娘達の姿は醜くも志はとても美しいではないか!」美船元帥はそう叫びたかった。

 自身も不細工なので彼女達に感情移入してしまっているのかもしれないが、そんなことどうでもいい。寧ろそれでもいいとさえ思える。共に寄り添い合える彼女達の心を癒せるのであるならば本望だったが、現状その条件を満たしているのは数えられる程しかいない。美船元帥の手が届かない場所では多くの艦娘が今も泣いている。もし自分以外にも艦娘達を支え、心の拠り所になってくれる人物が居てくれたら……何度思ったことか。万に一つあるかの淡い希望を抱いていたこともあった。

 

 

 そして今……もしかしたらと思える存在がいる。だが彼は軽視派だ。矛盾が生じた人間……外道丸野助。美船元帥は彼に対して何を思うのか……?

 

 

「……美船元帥どうしましたか?やっぱり○○鎮守府のことを考えています?」

 

「そうね。どうしても考えてしまうわ。ここと同じく妖精が現れる鎮守府だからね」

 

「軽視派の人間なのに妖精さんに好まれるなんておかしな話ですものね。でも今はリラックスのお時間ですので考えるのは後にしましょう。あまり抱え込むのはいけないことですし、昔から言っていたじゃないですか。一人で抱え込まず、みんなで抱え込みましょうって」

 

「そうですよご主人様。気分転換しろって長門さんから言われたのだから今からゲームしましょうよ!これも気分転換に含まれるので合法的にOKです♪」

 

「ふっ、そうね。よし!遊びましょうか。今日もボコボコにしてあげるわよ!ほら五月雨も行くわよ」

 

「考えるのは後にしましょうと言いましたけど遊び過ぎも良くないですよ!」

 

 

 もしかしたらと言う儚い理想に期待感が生まれる……その一つの希望に縋るように美船元帥の心は揺れ動いていた。

 

 



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1-EX 睦月と電

初期艦娘達の回その1となっております。


それでは……


本編どうぞ!




「ごちそうさまでした!ふぃ、それじゃそろそろっと……」

 

「ちょっと待て睦月」

 

「およ、提督?睦月、呼んだ?」

 

「ああ、呼んだ。お前食べてすぐに遠征に向かうつもりじゃないだろうな?」

 

「にゃっ!?そ、それは……」

 

「食べてすぐに激しい運動は禁物だと言っただろ。それに食べたら歯を磨くのを忘れてはいないだろうな?歯磨きをしないで放って置いたらいつの間にか歯がボロボロになってお菓子も食べられなくなるぞ」

 

「ふえぇぇぇ……それは嫌なの。でも今日は睦月が旗艦を務めるから……」

 

「それは知ってる。お前達が旗艦を務めてみたいって言うから体験させてやっているんだぞ?」

 

「うん。だからみんなを待たせたら悪いなぁって……」

 

「そうだな。予定の時間に遅れるのは旗艦としてあるまじき行為だ。だが旗艦役のお前の状態に問題が発生したらどうするつもりだ?たかが遠征だと甘く見るなよ。時雨はお前達の状態をちゃんと観察できているんだ。仲間の様子に気を配っていることができるから旗艦に任命したんだ。もし万全の状態でない時に深海棲艦に襲われれば、食後だと急な腹痛や集中力の散漫によって自分の身もだけでなく、仲間の身にも危険に及ぼすかもしれないんだぞ?」

 

「うぅ、返す言葉もないにゃ。睦月としたことが……情けないのです……」

 

「おいおい、そんなに急に落ち込むなっての……チッ、まぁ、その……お前が初めて旗艦を務めるのに緊張する気持ちはわかる。だがそれは焦りとなって隙を生むことになって致命的な損害に繋がることにもなりかねない。俺が時雨達に遠征時間の変更を伝えておいてやるからお前は歯でも磨いてこい」

 

「提督……!!」

 

「……さっさと行け。それとちゃんと休憩したら時雨達に声をかけろよ?」

 

はい(にゃしぃ)!」

 

……ったく、世話のかかるガキだ

 

 

 睦月感激!最近ずっと感激しっぱなしな気がするけど……それでもいいの。だってこの感激は嬉しい感激だからずっとこのままでもいいの!どうしてこんなに感激しているのか、それはあの日から睦月達の運命は大きく変わったのにゃ。

 

 

 ○○鎮守府A基地……睦月にとって嫌な思い出しかなかった。ここの提督は男の人だったけど、睦月達に酷い事をする人だった。艦娘はみんな醜いからって睦月達を使い捨ての道具の()()()扱った……ううん、()()()じゃない、使い捨てとして扱ったの。暴力に罵倒なんて当たり前、友達や妹達も同じように酷い目に遭った。睦月の喋り方や性格が提督からウザいとか言われて叩かれたこともあるし、髪を乱暴に引っ張った。弥生ちゃん達のことをボロ艦なんて言った……期待なんて抱かなくなっていた。諦めていた……みんなも諦めていたんだと思うの。でも心の奥底では諦めたくはなかったんだと思う。だって、あの人が現れてから信頼しようと思えたから。

 

 

 睦月達を救い出してくれた提督……外道提督。前提督と同じ男の人で見た目からして怖そうな人だなって思ってしまったにゃ。でもそう思ったのは初めだけ。提督は睦月達のことを気遣ってくれた。味気の無いレーションを毎日食べていたことを知った提督はなんとお弁当を買って来てくれたのにゃ!しかも自腹で買って来てくれるだなんて!?睦月達艦娘だよ?使い捨ての道具だって言われていたのに……なのにどうしてこんなことしてくれるの?初めは戸惑うばかりだったけど、叢雲ちゃんがお弁当を食べ始めて……睦月達もそこからは無我夢中だった。

 美味しかった。レーションとはまるで違う温かいお弁当にお茶、そしてお菓子……睦月嬉しすぎていつの間にか泣きそうになっていたみたい。ちょっと恥ずかしいのにゃ……しかもそれだけじゃないの。睦月達の寝床は狭くてシミや汚れが目立っていて、壁も変色して気持ち悪かった。寝床と言っても本当は倉庫だったんだけど、提督は別の部屋で寝ろって許可してくれたし、妖精さんの力を借りて鎮守府を綺麗にしてくれた。提督がやってきて妖精さんも現れてまるで○○鎮守府A基地が別物と化している気がしたのにゃ。これもきっと提督のおかげにゃしぃ!

 

 

 そして備蓄が少ないから遠征することになって睦月は選ばれたの。でも遠征には怖い思いでしかなかった。

 

 

 遠征は成功させなければならない。それが決まりだったから……失敗すれば何度も殴られた。痛かった……泣いたらまた殴られたのにゃ。深海棲艦にいつ襲われるかわからない恐怖を抱えながら艦娘よりも資材が大切で、回収した資材が少なかったらまた殴られた。嫌だった……だから遠征が怖かった。けれど提督はそんな睦月達に言ったのは「四人とも帰ってこい。以上だ」それだけだった。呆気に取られたのにゃ。もっと何か言われるかビクビクしていたらたったそれだけだったの。それに資材よりも睦月達のことを心配してくれたの!それが嬉しかった。

 それに優しい人だった。夕立ちゃんが提督にうっかり抱き着いても怒らなかった。睦月達に労いの言葉もかけてくれてこの提督ならって期待が胸に抱いたのにゃ。

 

 

 それから大淀さん達がやってきたり、不知火ちゃんとも仲良くなったり色々あったのにゃ。新しい友達を加えて、この前ようやく制海権を取り戻すことに成功したのにゃ。睦月感激!これも提督のおかげにゃしぃ!艦娘として生まれたのに、やっていることは奴隷と変わらない日々、こき使われ沈んでも憶えていてもらえない。そんなの苦痛だったけど、提督のおかげで全てが変わった。提督の為に戦って勝利して、提督が嬉しいと睦月も嬉しくなって感激のあまり涙が出ちゃって……みんな歓声をあげたの!嬉しくて……とても嬉しくて……本当は弥生ちゃん達もここに居てほしかった。でも過去は変えられない……過去は無理でも未来は変えられた。

 一生続くかもしれないあの苦痛の日々は綺麗さっぱりなくなって、楽しくて幸せの日々を送って行ける。睦月も強くなれたのにゃ!弥生ちゃん達の為にも深海棲艦から制海権を取り戻すことができた。睦月だけじゃなく、みんなも思っていると思う……提督のおかげって。

 

 

 やっぱり提督は睦月達の理想だった……ちょっと口が悪いところがあるけど。でもこの人となら睦月はどこまでもついて行く。提督が苦しむなら睦月が助けてあげる。悲しむなら一緒に悲しんであげる。傍に居て……でないと寂しいの。

 

 

「あっ、そうだった。提督に言いたいことがあったのにゃ」

 

「んぁ?なんだよ?」

 

「……ありがとう♪」

 

「……さっさと行け」

 

「にゃ♪」

 

 

 だから……これからも睦月達の提督でいてほしいにゃしぃ♪

 

 

 ★------------------★

 

 

「あわ、あわわ!?だ、大丈夫なのです!電は一人でも……」

 

「前が見えねぇぐらいに荷物を持って大丈夫って言う奴ほど大丈夫じゃねぇ。これ哲学。ほら、全部よこせ」

 

「で、でも、司令官さんはまだやることがいっぱいあって……」

 

「大淀と今日の秘書艦は時雨だ。優秀な奴が二人もいるんだ。俺が少しの間いなくても問題ない。それにこの荷物を運んだらすぐに戻るから心配すんな」

 

「で、でも、でもでも……!」

 

「……ん?あれは何だ?」

 

「えっ?ど、どれなのですか?」

 

「――隙あり!!」

 

「あわわっ!!?」

 

「油断したな電。戦場でこんな姑息な手を使って来る奴が現れるかも知れねぇぜ?次からは気をつけることだな」

 

「ひ、卑怯なのです!」

 

「クヒヒ、卑怯は褒め言葉だ」

 

「な、なら!せ、せめて電にも持たせてほしいのです!!!」

 

「んぁ!!?わ、わかった!わかったから抱き着くな!!こ、股間に当たって……ッ!!?

 

 

 電は毎日がとても幸せなのです。この幸せをくれたのは司令官さんでした。

 

 

 前の司令官のことは嫌い……とても大嫌いでした。電達のことを使い捨てと言って食事も寝床も酷かったのです。過酷な環境で皆が沈んでいったのです。それもこれも前司令官のせいなのに何かあれば全て電達が悪いと言って暴力を振るいました。何回も怒鳴られて震えて涙を見せたら叩かれたこともあったのです……怖かった。それに一度たりとも誰一人として名前を憶えてくれませんでした……天龍さんと龍田さんのことさえも。

 きっと無念だったと思うのです。何をやっても怒られ、深海棲艦を倒してもそれが当然のことばかり何一つ褒めてもらえない。天龍さんは「お前らを守ってやれなくてすまねぇ……」って、いつも嘆いていました。龍田さんも「頼りにならなくてごめんなさい……」って何度も謝っていたのです。でも二人は何も悪くありません。悪いのは前司令官です。でもそんなことは口が裂けても言えなかったのです。

 

 

 天龍さんと龍田さんと一緒に遠征に行くときは笑ってくれました。「今だけは嫌なことを忘れられる」と。電と一緒に居る時は本当の笑顔を見ることができたのです。暗く辛い日々でしたけど、天龍さんと龍田さんと一緒に居る時は気持ちが楽なのでした。でも二人は帰って来ることがありませんでした。

 

 

 このまま電もいつか海の底に沈んでしまう……もう諦めかけていたのです。

 

 

 そんな時に新しい司令官がやって来ることを知りました。でも正直期待していなかったのです。また同じことの繰り返しになると思っていたのです……でもそうはならなかったのです。

 

 

 電達の為にお弁当を買って来てくれた司令官さん。それが自腹だと聞いた時は驚いてしまったのです。電は美味しそうなお弁当を我慢して司令官さん返そうとしましたけど、受け取ってくれませんでした。司令官さんは電達のことを思って食べろと言ってくれたのです……初めて食べたお弁当の味は忘れません。お菓子もお腹いっぱいに食べることができて、これが美味しいって味なんだと知ることができたのは司令官さんのおかげなのでした。

 電達の寝床も改善してくれました。遠征から帰って来た時も褒めてくれたのです。大淀さん達がやってきて、○○鎮守府A基地(ここ)は更に賑やかになったのです。明石さんだけじゃなく、妖精さんも協力してくれて以前とは比べ物にならないぐらい艤装も強化されました。熊野さん、青葉さん、那珂ちゃん、あんな破廉恥な格好でいられるのか不思議な島風さんともすぐに仲良くなれて良かったのです。そして電達はやり遂げたのです……深海棲艦から制海権を取り戻したのです!

 

 

 皆さん大喜びでした。電も嬉しくて泣いちゃったのです。これで天龍さんも龍田さんも少しは報われたのでしょうか……そうであってほしいのです。二人の分も沈んだ皆さんの分まで電達は幸せになってみせるのです!

 

 

 電は決めたのです。いっぱい頑張って、どんなに強い深海棲艦が現れてもやっつけられるようにもっと強くなるのです……出来れば拾える命は救いたいのですけど。司令官さんがくれた幸せを今度は電があげるのです。

 

 

「司令官さんどうしたのですか?も、もしかしてお腹でも痛いのですか!?」

 

「ち、違う……なんでもないから心配するな(鎮まれ魚雷(息子)!?)だ、だが、電は前を歩いてくれ。俺の方が荷物を多く持っていて足元が見えないんだ。危険だから先に歩いて案内してくれると助かる(魚雷(息子)のことを知られるわけにはいかないんだよ!!)」

 

「そうなのですか?なら司令官さんが転ばないように電が先に誘導してあげるのです!」

 

「た、頼んだ……ぞ」

 

「電にお任せなのです♪」

 

 

 お役に立てて嬉しいのです♪電は司令官さんの為なら本気になれちゃうのです!!

 

 



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1-EX 夕立と時雨

初期艦娘達の回その2となっております。


それでは……


本編どうぞ!




「提督さーん!掃除終わったよ!褒めて褒めて!!」

 

「褒めん。まだ残っているからな。次はあっちだ」

 

「ええっ!?まだあるっぽい!!?」

 

「勿論だ。鎮守府内だけじゃなく、正門前も掃き掃除と拭き掃除が残っているぞ」

 

「も、も~!沢山妖精さんがいるんだから頼めばいいのに!!」

 

「夕立、チb……妖精さんばかりに頼っていてはダメだ。自分の力で何とかしなければならない時が必ず来る。そんな時、他人の力ばかりに頼っていてはその壁を乗り越えることはできないぞ」

 

「夕立は一人じゃないよ?時雨も吹雪ちゃん達も居るよ。勿論提督さんも……あっ、もしかして夕立達を置いてどっか行っちゃうの?それは……嫌」

 

「……いや、どこにも行かねぇよ(昇進するまでだがな!)」

 

「なら……!」

 

「それでもだ、それでも一人で戦わなければならない状況が来るだろう。この先厳しい戦いが待っているはずだからな。そんな時の為にも普段から他人ばかりを頼りにするのは控えた方がいい。自分で何とかできるものはやる。勿論、他人を頼るなとは言っていないからな」

 

「……そうすれば夕立もっと強くなれる?」

 

「なれる。それに戦場で()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の帰りを待っている仲間が居ればお前は強くなれるだろう」

 

「……うん。夕立、強くなるっぽい。提督さんの為に!」

 

 

 強くならないといけない……っぽいじゃない、これは絶対なこと。強くならないと時雨だけじゃなく吹雪ちゃんや睦月ちゃん、電ちゃんに叢雲ちゃん、それに不知火ちゃん達を守れない。深海棲艦は夕立達から多くの仲間を奪っていった。夕立が弱かったから……逃げることしか出来なかったから救えなかった。ううん、それだけじゃない。夕立はあの男から逃げてた……嫌な奴だった。暴力でなんでも解決すると思っている哀れな男。

 提督さんじゃない提督……それがあの男だった。夕立達のことを使い捨てと言った奴で、時雨にも酷い事をした……本当は夕立が噛みついてやりたかったけど、艦娘って人には手が出せないの。どうしてかはかわからないけど、このままずっと暴力を振るわれる生活が続くと思ってた。

 

 

 でもあの男は急に夕立達の前から消えた。良かったと思う……けど、一発だけ主砲を撃っても許されてもいいと思うっぽい。だって今までずっと吹雪ちゃんも睦月ちゃん達もみんな辛い思いをしてきたのに、責任もとらずにあっさりと消えちゃった。どうしようもない苛立ちを持て余していたけど、もうどうでもよくなったっぽい。だってそんなことよりも嬉しいことがあった。新しい提督さんが夕立の提督さんになってくれた!

 

 

 最初の印象は変な人だって思った。出迎えに行った吹雪ちゃんが心配で時雨と共に正門前まで向かうと提督さんは倒れてた……死んでないっぽい。鼻血を出していただけっぽい。でもどうしてなんだろう?結局その理由はわからなかったの。それから吹雪ちゃんに食堂に集められて、ひと悶着あったけど、提督さんは夕立のことを思ってくれていたみたいだけど、でもその時はまだ信用していなかったの。待遇を改善するって提督さんが頭を下げて、ちょっとだけ期待して……信用しようと思えたのは翌日のあることが原因っぽい。

 夕立本当はお腹ペコペコだった……だってレーションは好きじゃないもん。量も少なくて美味しくない。あんなの食べ物なんて言えないっぽい!でも食べ物はレーションしかなかった。ここには何もなかった……提督さんが来るまでは。

 

 

 提督さんが夕立達の寝室……のつもりの倉庫を見たら外に行っちゃった。時雨のことも夕立のことも憶えていてくれていた提督さんなら帰って来てくれる……帰って来てほしいと思っていた。しばらくお腹ペコペコで待っていると提督さんが手にパンパンに膨らんだ袋を持って帰って来た。それがなんだろうと思ってたら提督さんが取り出した容器には何か入っていた……それから目が離せなくなってた。

 容器に入っていたのはご飯……それもホカホカしてる。それだけじゃなく、他にもお肉と野菜も入っていた。極めつけはカレーが入ってた!カレーって実在してたんだ……それが夕立達の前にある。喉から手が出るほどほしいっぽい。でもみんな我慢してたから夕立も我慢してた……けど叢雲ちゃんが食べ始めて、提督さんも食べろって言ってくれた。そこから無我夢中で食べた。

 

 

 とても美味しかった。夢を見ているみたいだった……夢なら覚めないでって願ったけど、夢じゃなかった。お菓子もお腹いっぱいに食べることができてみんなも嬉しかったっぽい。夕立達の為にわざわざ提督さんがお金を出してくれたんだって!夕立達の為に買い出しに行ってくれた!後でわかることなんだけど、夕立達の為にお布団と枕まで用意してくれたの!それだけじゃないよ?夕立と時雨、睦月ちゃんに電ちゃんが遠征組に選ばれたんだけど正直怖かった。遠征にはいい思い出なんてなかったもん。「命令だ。失敗は許さんぞ」って提督じゃないあの男は言っていた。けど提督さんはそんなこと言わずに「帰って来い」って言ってくれた……四人そろって。

 失敗したら暴力を振るわれた。深海棲艦に会ったら誰かを盾に使えって……資材が少ないって怒られた。何度唇から血が出るぐらい噛みしめたか憶えていないぐらい悔しかった。疲れても休みなんて与えてくれない……みんな遠征が怖かった。当然のように失敗は許されなかった。けれど提督さんはそうじゃなかった。資材も持てるだけでいいって。途中で深海棲艦に出会ったら資材を捨ててでも逃げて来いだって……失敗しても何とかするって言ってくれた。

 

 

 おかしな提督さんだった。でも……嫌いじゃない。資材よりも夕立達のことを優先してくれた。なんだが胸の奥がポカポカするっぽい。でもご飯抜きは冗談抜きでやめてよね?

 

 

 褒めてもらいたくていち早く帰って来ちゃった。すると港には提督さんが居てくれて夕立達の帰りを待っていてくれていたっぽい。そう思うと嬉しくなって、提督さんに褒められたらますます嬉しくなって抱き着いちゃった。でもそれはやっちゃいけないこと……艦娘って醜いから誰も触れられたくないって。時雨が忠告してくれたことがあった。だから男の人に触れちゃダメって。でも触れちゃった……夕立解体されちゃうって思ったけど、そんなことにはならなかった。

 提督さんは許してくれた!夕立のこと必要って言ってくれた!提督さんと出会って嬉しいことばかりでこの人なら信用しようって思った。でもどうして鼻血を出していたんだろう?

 

 

 それから色々あって大淀さん達や熊野さん達と仲良くなれたっぽい!そしてずっと深海棲艦に奪われていた制海権を取り戻すことができたの!その時も夕立のこと褒めてくれた……やっぱり提督さんと出会えて良かった。これからずっと提督さんと一緒にいたい!その為に夕立もっともっと強くなって役に立ってみせる。深海棲艦や悪い奴からみんなを守れるようになるよ!

 

 

「……でも、ちゃんと掃除したら褒めてほしいっぽい」

 

「(煩い奴だ)わかったわかった。掃除が終わったら褒めてやるよ」

 

「絶対約束だよ!!」

 

 

 提督さんに褒めてもらいたい……夕立のおかげだって言ってほしい。だから見てて。夕立もっと強くなってみせるから!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「雨だね」

 

「雨だな」

 

「……ねぇ」

 

「んぁ?」

 

「……提督は雨は嫌い?」

 

「俺か?俺は好きだな」

 

「どうしてだい?雨が降れば洗濯物も乾かせないし、ジメジメして気持ち悪いよ?」

 

「だろうな。だけど必要なことだ。水の届かないところに雨が降り、恵みを与えてくれる。だけどそれだけじゃない。子供は雨で出来上がった水たまりで遊べるし、体育祭が嫌いな子は雨で中止で万々歳。それにとあるスーパーでは雨の日セールってやつをやっていてなんと通常価格より割引してくれるんだ。良いこともちゃんとあるから俺は好きだ」

 

「ふふ、提督って色々知っているね。でも、止まない雨は、ないよ?」

 

「そりゃそうだろ?雨なんだから。だからまた降ってほしいし、降って貰ったら困る時もある。時と場合と言う言葉があるだろ?何事にも良いも悪いもあるってことだ。それに時雨って字にも雨が入っているじゃないか。それは良いことだぞ」

 

「それは良いことなの?」

 

「ああ、俺が良いことだと言えば例えそれが無駄なことであってもそれは良いことになるんだよ。提督は偉いんだぞ?その提督である俺が言うことだから間違っていない。ただ雨が降って困るのは傘を差すのが面倒だってことぐらいか」

 

「ぷふ、なにそれ」

 

 

 楽しいって不思議だね。嬉しいって温かいんだ。今まで知ることが出来なかった……いや、知る必要はないと思っていたことだけど、この感情を知ったら元にはもう戻れないや。

 

 

 提督、それは僕達艦娘にとって不可欠な存在なんだ。提督と一緒なら僕はどこまでも突き進むことができる……でもそう思う様になったのは最近のこと。今までは提督のことなんて信じようとは思わなかったんだ。

 

 

 ○○鎮守府A基地で僕は建造された。建造されてすぐに思い知ることになった……ここは地獄なんだって。前提督は僕たちのことを使い捨ての道具として見ていた。轟沈しても構わないと休みも与えられず、入渠すら許してもらえない。冷たい廊下で放置される子や前提督に逆らって解体された子も居た。初めは反抗していた子も居たけどもうそんな気力すら湧かなくなっていて、見ているだけで辛かったよ。僕も何も出来なくて心が痛かった……

 明石さんもここには居たけど彼女も居なくなった。使い捨ての道具である僕達の艤装を直す必要もなく、資材が勿体ないって前提督が明石さんを無理やり出撃させて……轟沈した。僕はそれを見ていることしかできなかった。前提督は明石さんが沈んでも最後まで名前を憶えていてくれなかった。

 

 

 ある日、前提督が連れて行かれた。艦娘に対する暴力等で捕まったって……いい気味だよ。本当なら僕がこの手で……ううん、よそう。そんなことをすれば他の時雨()や姉妹達に迷惑がかかるし、吹雪達にも巻き込んでしまう。だから僕は心を押し殺して提督と言う存在にもう期待することを諦めていたと言ってもいいかもしれない。でも提督が必要なのは変わらない事実……心の奥底で本当は期待していたんだと思う。

 今度新しく提督が着任することになっていた。何かのトラブルがあって一日遅れでやって来た提督……が鼻血を出していた。迎えに行った吹雪に何があったのか聞いてもよくわからなかったよ。前提督も男だったことで嫌だったけど、放って置けば後で何をされるかわからない……とりあえず提督を執務室の提督専用の部屋まで運んだはよかったものの、そのことで吹雪と叢雲が喧嘩して険悪なムードになってしまった。叢雲の気持ちもわかるよ。僕だって前提督のことを思い出すだけで吐き気がするよ。もし今度もそうだったら……

 

 

 結果から言えば……外道提督は僕の理想の提督だった。初めは嫌だなって感じたけど、それも一時的なものだった。疑っていたけどなんか違うって思っちゃって、頭を下げた提督は変わっているとも思えた。よくわからない違和感を抱いて当日は眠りについたよ。翌日から僕は提督を信用しようと思える出来事ばかり起きた。

 僕達の寝室……っと言うより汚い倉庫だけど、そこに提督がいきなり現れた時は驚いたよ。それも妖精さんが居たことにも驚いたけど、一番は提督と吹雪が手を繋いでいたことかな。吹雪の顔が真っ赤になってた……提督は気づいていなかったみたいですぐに手を離したけど、満更嫌そうには見えなかった。提督の方も顔が赤かったし、何よりこんな不思議な光景を見ることができるなんて思ってもいなかった。それに提督は僕の名前を呼んでくれた……気分が良かった。こんなことで信じようかなっと思った僕はちょろいと思う……だけど外道提督には安心感のようなものがあった。それはきっとこの人ならって期待したからそう感じたんだと思う。

 

 

 そして提督は僕達の寝室を見た後に一度外出した。そして帰って来ると僕達にお弁当を与えてくれた……そこで僕は初めて美味しいってことを知った。食事が初めて好きになったよ。熱々のご飯に唐揚げ、シャキシャキした歯ごたえの野菜に漬物、極めつけはカレー……美味しいと無意識に笑顔になれるんだね。お菓子も甘くて手が止まらなかった。妖精さんもお菓子を沢山食べることができて喜んでいるみたいで僕と一緒だった。

 今までは想像もできなかった光景が広がっている。吹雪も叢雲も睦月や電に夕立とこうして食事ができるなんて夢にも思わなかった。これも提督のおかげだね。一言伝えたいことができたから提督の姿を探したんだけど、僕は食事に夢中になっていたみたいで、いつの間にか吹雪と電が居なくなっていることに気づかなかった。そして提督もいなかった。

 

 

 提督が居ないとわかるとなんだか落ち着けなかった。すぐに体が動いていたよ。夕立に「どこ行くの?」と呼び止められて、提督を探しに行くと伝えると夕立も睦月も付いて来るって言った。叢雲だけは動かないと意地を張っていたけど落ち着きがなかった。自分も一言伝えたいことがあるのにプライドが高くて動けないって言ったところだろうね。やっぱり彼女は素直じゃないね。仕方ない、夕立と睦月に叢雲を引き連れてもらって提督を探した。そしたらすぐに見つけることができて何故かホッとした……この人が居なくなってほしくないって僕は思っていたんだろうね。昨日まで疑っていたのに……僕って本当にちょろいや。

 そして僕達は()()を言うことができた。初めて提督に対して心からの本心を告げた。初めて僕達を思ってくれた提督にこのことを伝えたかったんだ。提督はなんて思ってくれただろうね?

 

 

 提督はやっぱり変わっていた。遠征メンバーを決める際、僕を旗艦に選んでくれたのは嬉しかった。旗艦に選ばれるのは艦娘にとって名誉なことだったから……でも前提督の所業をどうしても思い出す。失敗すれば旗艦の責任で罰として鞭打ち……本当に見ていられなかった。その責任を背負うことになるって無意識に感じてしまっていたけど、提督はそんなこと微塵も思っていなかったみたいで、それどころか僕達が無事に帰って来ることの方が大事なんだって……本当に変わっているよ。けど「期待してる」なんて言われたらやるしかないじゃない。

 一足先に帰った夕立がセクハラ行為を働いたことに焦ったけど、それを咎めることもしなかったし、労いの言葉を言ってくれるなんて……実はちょっとだけ期待していた。それが現実になるなんて……やっぱり提督って変わっているけどいい人なんだって確信したよ。それから色々あって、明石さん達も大本営からやってきたり、まさかのお姫様抱っこ案件や建造で新しい仲間が増えるなんて驚くことばっかりだよ……本当にここって地獄だった○○鎮守府A基地なの?夢だったりしないかな?もしそうなら覚めないでほしい。でも温かい布団から目覚めてもそれは夢なんかじゃなかったことに安堵している僕が居た。

 

 

 でね、今まで深海棲艦に奪われていた制海権をやっと取り戻すことができたんだ。その時も提督は僕達一人ずつ名前を呼んでくれて、労いの言葉までかけてくれた。みんな感極まって泣いていた人もいたよ……僕だって泣きそうだったなんて言えない……恥ずかしかったから。

 

 

 みんなここが好きになった。こんなに居心地のいい鎮守府なんて他にあるのか逆に教えてほしいぐらいだよ。それもこれも提督が居るからだよ?提督が居ない鎮守府なんて僕は嫌だ。きっと夕立もみんなそう思っているよ。

 

 

「ねぇ提督」

 

「んぁ?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

「?なんなんだよ?」

 

「ふふ、だからなんでもないってば♪」

 

「(変な奴だな)」

 

 

 提督が来てくれて僕達は救われたよ。もしも提督が居なくなったら……そんなことは考えたくない。だからね提督、僕達を置いて勝手に居なくならないでね?

 

 



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1-EX 叢雲と吹雪

初期艦娘達の回その3となっております。


それでは……


本編どうぞ!




「今日のMVPは叢雲か」

 

「そうよ。なに、不満なの?それとも何か文句あるのかしら?」

 

「いや、素晴らしいことだ。よくやっていると思うぞ」

 

「と、当然の結果よ!はぐれ如きに遅れをとる私じゃないのよ?」

 

「その調子で頑張ってくれよ(俺の昇進の為にな)吹雪共々期待しているんだからな(それまでいいように使わせてもらうぜ♪)」

 

「ふ、ふん!言われなくてもわかっているわよ!!」

 

 

 ふ、ふん!おだてたって何も出ないわよ。まったく、こいつと話しているとなんだか調子狂うわね。私と話しても嫌な顔一つしないなんて変わり者だわ……そう言えば初めからだったわね。こいつが着任した日から。

 

 

 ○○鎮守府A基地、そこは吹雪型5番艦の私が建造された場所であり、地獄の苦しみが始まった場所。それもこれも全てはあいつのせい!前司令官……そう呼ぶ必要なんていらない。寧ろ誰が呼んでやるものですか!あいつは最低な男だったわ。私達艦娘を使い捨ての道具としてしか見ずに、誰かが轟沈しても怒鳴り散らすだけ。沈んで当然と態度を変えなかった。暴力と罵倒で私達を押さえつけた奴よ。あいつに何度殴られたか、何度土下座させられたかなんて憶えていたくないけど、記憶に残っているわ。嫌と言うほど味合わされたから……

 あの男も最後は自業自得で提督の座を降ろされたようでいい気味だわ。本当なら私の手で酸素魚雷を食らわせたかったわよ。無論本物の魚雷をね。でもそんなことが出来たなら初めからそうしてたわ。私達艦娘は人間には手を出すことは出来ないシステムのようになってるわ。それにそんなことをすれば当然私は解体事案で、吹雪を一人にしてしまう結果になる。それは避けたかったのよ。姉は……吹雪一人になってしまったから。

 

 

 白雪、初雪、深雪が沈んだわ。積み重なった疲労が溜まった状態での出撃を命じられた。私は止めたけど出撃しないと罰が待っている。だから姉達は出撃した。「必ず帰って来る」そう言って。けれど帰って来なかった。吹雪はその報を聞いてあいつに詰め寄れば打たれたみたい。醜い私達に近寄られて手を上げない奴なんてここにはいなかったわ。白雪達が居なくなり、穴埋めの為にそのまま吹雪は出撃させられて帰って来た時は記憶が抜け落ちていたわ。倉庫(寝床)に連れていってしばらくして吹雪は目を覚ました。白雪達が沈んだことは夢だったと私に縋る思いで聞いてきた時は……苦しかったわ。でも真実を伝えなければならなかった。吹雪は泣いた……私も。

 途中から反抗する気も失せたわ。もう永遠に続くものだと思っていたもの……でもあいつは消えて解放されると思ったのも一瞬のことだった。新しい司令官がここへとやってくると聞いた時は腹が立ったわ。今度もどうせ私達のことを使い捨ての道具としてしか見ない奴だと思っていた。けれど……やってきたのはおかしな奴だったわ。

 

 

 食堂に集められて待っているとあいつが現れた。○○鎮守府A基地に新しく配属された人間……外道とか言う男。勿論信用なんてしてなかった私は睨みつけた。「たった六人……だと?」っと私達を見て驚いている様子だったわ。

 何人の艦娘が犠牲になって沈んだのか、そうなる原因を作ったのはあんた達のせいなのに知らなかったみたいな顔をして……私は胸の奥に押し殺していた感情を抑えられずにぶつけてしまった。そのまま殴りかかろうとしたところを取り押さえられたわ。でも我慢できなかったのよ……私達艦娘はあんた達の為に命を賭して戦っているのにその代償がこれじゃあんまりじゃないのよ!!!

 

 

 私を見下ろすあいつの顔が憎かった……はずだったのだけど、何故か鼻血を出していたわ。それも惚けている様子……あまりの出来事で私の怒りは四散したわ。この時から変だったのよ。私達に対して頭を下げたり、寝床を変えろなんて言って、吹雪と手を繋いでいたなんて幻覚だと思ったほどよ。何が目的なのかしら?私達の為にわざわざ外まで買い物に行くなんて……ま、まぁ、そのおかげでレーション以外の食事にありつけたのだけど……わ、悪くない味だったわ。い、今まで食べたもので一番美味しかった。べ、別に感謝なんてしていないし!!

 ……ゴホン、それはともかく布団や枕まで用意していたなんて訳がわからないことだらけよ。何がしたいのか、あいつが言うように本当に私達の環境を改善してくれるとでも言うの?使い捨ての道具としてしか見られなかった私達の為に?それともあいつは私達のことを()()として見てくれているって言うの?

 

 

 そんなことってあるのかしら?でも吹雪も時雨達もあいつに気を許しちゃって……私はそうはいかないわ。あいつはきっと内に何かを隠しているに決まっている。私達を騙して利用するつもりなんでしょうね。その内ボロを出すに決まっているわよ!!

 

 

 そう思っていたわ。そう思っていたはずなのに……どうしてかわからない。あいつに「期待している」って言われると何故か力が湧いて来るのよ。気合いが入るって言えばいいのかしら?戦場(いくさば)での動きがまるで違っていたわ。自分でも驚いたぐらいにね。でも……どうしてかしらね?

 あいつが現れたと同時に妖精達も姿を現すようになっていた。妖精はいい人間に懐くと言うけど……あいつがいい人間ね。ま、まぁ、食事と寝床を何とかしてくれたことは褒めてあげるわよ!けれどその程度で私が警戒を解くなんて思わない事ね!

 

 

 大本営からの補助として大淀さん達がやって来た後もあいつは相変わらずおかしかったわ。そ、それも不知火や木曾をお、お姫様抱っこするぐらいだもの。自分の方から抱っこするなんて考えられなかったし、変わっているのは事実……醜い艦娘である私達に対等に接してくるあいつは極度の変人よ。ま、まぁ……それがよかったのだけれど

 でも木曾があいつを殴った時は流石に終わりだと思ったわ。どういうわけか艦娘であるはずの木曾があいつに手を上げることが出来た理由はわからないけど、上司に対して暴力行為を起こしたのはまずいこと……最悪解体案件よ。いえ、そうなれば確実に解体ね。ここも勝手にドックを使用したことで怒りをかってしまい解体された子が居たらしいから……でも今度ばかりは庇えない。吹雪と睦月から聞いた話では完全に木曾が悪いもの。でも私としては彼女とまだ短い時間しか過ごしていないけど、絆は確かにあるわ。そんな彼女が解体されるなんて認めたくない……そう思っていたわ。結果的にあいつが彼女を許したことでこの件は終わったわ。殴られたのに逆に彼女を心配するなんて本当の変人よ。でもまぁ、解体しないでくれて……ありがとう

 

 

 それから色々とあったわ。建造された熊野達……の中には一際変わった駆逐艦の島風が居た。唖然としたわよ……あんな格好で現れるなんて。「その恰好どうにかしないの」って聞いたら「提督は島風の恰好が好きなんだよ!」って自慢してあいつが何故か狼狽えていた。あいつってもしかして本当にB専(そっち系)だったりするの!?龍驤さんが冗談で言っていたけど……さ、流石にそれはないわね。な、なによ!?べ、別に興奮されたいとかそんなこと思っていないわよ!!決してそんなこと思っていないんだから!!!

 

 

 ……はっ!?は、話が脱線したわね。話を戻すけど、遂に私達は海域の制海権を取り戻すことに成功したわ。重巡リ級が最後に現れたけど、私と吹雪のコンビネーションでやっつけたわ!木曾も熊野も戦ったわ。昼間は龍驤さんも活躍してくれたおかげで夜戦まで戦力を維持できたわ。結果、多少の損害はあったものの、誰一人として欠けずに帰って来れた……それだけでも夢みたいよ。今まで轟沈が当たり前だったのに、本当に制海権を取り戻すことができるなんて信じられなかった。けど現実だったわ。あいつも喜んでいるみたいね。まったく、私達の名前をわざわざ呼ばなくてもいいのに……労いの言葉なんて嬉しくもなんとも……お、思ってないわ……よっ!あ、あんたが提督で良かったなんて……そんなこと微塵も思ってないんだからね!!

 

 

「……」

 

「おい?どうしたさっきからボケっとして?」

 

「――ッ!?な、なんでもないわよ!」

 

「んぁ?そうなのか?それよりもドックへ行ってこい。軽傷だが痕でも残ったら大変だからな」

 

「ふん、言われなくても行ってやるわよ!」

 

 

 ……別にこいつのことなんて信用なんかしてないから。吹雪に言われて仕方なくだから……ただ一つだけ決めたことがあるわ。あんたが怖気づいて逃げ出さないように私が見張ってあげる。だからあんたはここに居なさい……逃げたりなんかしたら絶対に許さないわよ!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「おい吹雪、その書類は俺がするからこっちは任せた」

 

「わかりました。どうぞ司令官……って、ああっ!!?」

 

「い、いきなり声を上げてなんだよ?もしかして漏らしたのか?」

 

「ち、違います!司令官、もうこんな時間ですよ!」

 

「んぁ?もう昼時……は過ぎているな。これは気づかなかったぜ」

 

「仕事に夢中になり過ぎてましたね。司令官、それじゃ仕事は一度ここまでにしてご飯食べに行きましょう」

 

「ああ……いや、少し溜まっている書類を終わらせてからにする。お前は先に食べてろ」

 

「――っとかなんとか言って、この前カップ麺を密かに食べようとしていましたよね?」

 

「あ、あれはだな……た、たまに食べたくなるんだよ。あるだろ?何故か無性に理由はないが食べたくなる衝動ってやつだよ」

 

「その時も同じ言い訳していましたね。それで?以前は見つかって食べ損ねたカップ麺を今度こそ食べようとしていたんじゃないですか?司令官、本音を言ってください」

 

「……お、俺はカップ麵を食べようと思ってなんかいないぞ!ただ密かに購入した分がまだベッドの下に残っていたのを思い出してだな、食べないのは勿体ないし、捨てるのは食材に罰が当たる。吹雪が食堂に行った後で処分する為にこっそりと食べようとしただけであってだな、わざわざ食べようと用意していたわけではない!!」

 

「鳳翔さんと間宮さんに報告してきます」

 

「おいマジでそれはやめろよっ!!?」

 

 

 司令官は自分の事を蔑ろにし過ぎです!カップ麺を食べてはいけないとは言ってません。ですけど、司令官って妙に矛盾している方で、カップ麵の食べ過ぎは良くないとか言っておいて、大量のカップ麵が執務室に隠されていたらおかしいですよね!?それに今ベッドの下にあるって自白しましたよね?以前大量に没収したはずですけどまだ残っていたんですか!?どれだけ買い溜めしていたんですか!!?

 もう……司令官って私達の健康状態に気を使ってくれる方ですけど、自分のことは蔑ろにしてしまう人なんです。だからみんなの目を盗んで徹夜で仕事を進めていたり、新しい戦術とか色々考えていたりしてくれるのは嬉しいですが、その対価として食事や睡眠時間を削ったりするのはやめてほしいです。私達のことを優先してくれる……それはとても嬉しいことです。だから私は司令官の為を思って言っているんです!その為、大淀さんと私やその日の担当秘書艦が目を光らせておく必要があります。カップ麵の美味しさは認めますけど司令官は食べ過ぎです。絶対司令官ってカップ麵好きですよね?今回のように隠れてこそこそと食べようとしている事はみんな知っているんですからね!以前の件だっていつも私達には「早く寝ろ」「健康的な食事をしろ」と言っている癖に、自分は夜中にこっそりと食べようとしていたのを見つけたの私なんですから。キッチリと鳳翔さんと間宮さんに叱ってもらいました……これも司令官の為です。

 

 

 司令官は……私、ううん。○○鎮守府A基地のみんなにとってかけがえのない人です。司令官が私達の運命を大きく変えてくれました。

 

 

 以前の司令官は酷い人でした。何度も殴られたり罵倒を受けました……今でも思い出すと怖いです。私が建造されて初めてかけられた言葉が「チッ、またブスか。気持ち悪い化け物だ」です。そう言われた時、唖然としてしまいました。でも本当のことなので胸が痛みましたけど我慢しました。前司令官からは期待されていませんでしたけど、頑張っている姿を見れば考えを変えてくれる……そう思っていましたけど結局最後まで変えてくれませんでした。

 地獄と化していた○○鎮守府A基地、そこには役立たずの烙印を押され、中破しても放置され、最悪大破状態で廊下に転がされている子が居る鎮守府でした。初め私もおかしいって思って前司令官にどうしてこんなことをするのか説明してもらおうとしましたが、私の袖を駆逐艦の子が掴んで言ったその言葉が今でも忘れられません。

 

 

 「反抗したら私達までも殴られる」その言葉を聞いて私はショックを受けました……だってここはそう言うところだとわかってしまったんですから。前司令官に「醜いのが悪い」だからこんな目に遭うのは当然だと言われたのです。

 艦娘はみんな総じて容姿が醜いですが、何で沈んでも代わりはいくらでも作れるなんて言えるんですか?名前すら憶えていてくれないなんて……あまりにも酷すぎます。この現実を私達は受け入れるしかないのか……悩んでいました。そんな時です。白雪ちゃん達が沈んだのは……

 

 

 こんな優しくない世界なんて嫌でした。消えてしまいたいと何度も思いました。でもそれはみんなを見捨てることになります。私にはそんな勇気はありませんでした……それに白雪ちゃん達が沈んで、私は苦しくてもみんなの分まで生きないといけないと思いました。ですが……あまりにも辛すぎました。

 

 

 ある日、前司令官は居なくなって新しい司令官がやってくることを知りました。そう、○○鎮守府A基地に所属していた私達にとって運命の出会い……それが今の司令官です。

 

 

 司令官と初めて会った時、私が出迎えました。出迎えたら……司令官が鼻血を出しました。突然のことだったのでどうしたらいいかわかりませんでしたが、時雨ちゃんと夕立ちゃんがやってきてくれて司令官を運んでこのことをみんなに伝えると叢雲ちゃんが怒りました。妹の叢雲ちゃんの気持ちはわかります。前司令官から散々な扱いを受けていた叢雲ちゃんは人一倍警戒心が強かった。けど司令官は悪い人には見えませんでした。そのことを話しても信じてもらえませんでした……そこで叢雲ちゃんが私よりも白雪ちゃん達が居れば良かったって言いました。感情的になってうっかり言ってしまったことだとわかってたけど、やっぱり心に来るものがありました。落ち着きたかったので港で考え事をしていたら司令官がいつの間にか背後に立っていました。

 

 

 それからは……なんと言えばいいかわからないですけど、神様が願いを聞いてくれたのでしょうか?○○鎮守府A基地が理想郷になるなんて思いもしませんでした。そして司令官は……私の理想の方でした。

 

 

 私達に謝罪してくれました。でもそれは本当なら前司令官がするべきことです。司令官が頭を下げる必要なんてないのに……今思えば複雑な気持ちになります。ですがその時は私達艦娘に謝罪してくれるなんて思ってもいなかったので唖然としていたのだと思います。それとその翌日のことなんですが、司令官は私達にお弁当を食べさせてくれました。ホカホカで温かく新鮮でジューシーなお弁当で初めてレーション以外を口にしました。そしてカレーも初めて食べましたが……あれは美味しかったなぁ♪お菓子も甘くてみんな無我夢中になっていたぐらいです。食堂には希望が満ちていました。それにまだあるんですよ。司令官は私達に布団と枕を買ってくれたんです!私は嬉しくなりました。後で布団の温かさを知るんですけど、司令官の優しさに触れることができたみたいでこんなにも温かいんだって……叢雲ちゃんとも仲直りできて、その日は人生で一番安心して眠れました。

 大淀さん達がやってきたり、執務室襲撃事件以来、鳳翔さんと間宮さんに苦手意識が生まれたみたいですけどこればかりは仕方ありません。健康は大切ですからね!!

 

 

 それから厳しい訓練も行われて、龍驤さんと木曾さんによる指導の下で学びました。今まではただ生き残ることで精一杯でしたが、今度は違います。仲間を守り、誰も轟沈せずに勝利する。それを目指します。司令官の為にも頑張らないと!

 そうして司令官がやってきてから心に残る出来事だらけですけど、私的にはやっぱりあの出来事が一番に残っています。それは私が第一艦隊の旗艦を任されていて、司令官と共に現れた妖精さんの一報が鎮守府に届きました。それは深海棲艦が地上を目指しているとのことで、木曾さんと龍驤さんと叢雲ちゃんと共に出撃し、深海棲艦を撃破した時のことでした。

 

 

 司令官が着任して初めての戦闘……前司令官の為ではなく司令官の為の戦いでした。以前はやる気もなにも起きなかったのに、私と叢雲ちゃんはきっと燃えていたと思います。胸の辺りが熱く何かが込み上げって来るのを感じました。司令官の為に戦おうとすると体が軽くなって動きがまるで違いました。深海棲艦を撃破し、こちらの損害はゼロの()()()()をした……っと思い込んでしまいました。今までとは違い、誰かが犠牲になることも傷を負うこともなく勝利したことに浮かれてしまいました。しかし油断が命取りとなって、浮かれていた私は気づくことが出来ませんでした。旗艦であるのに……

 敵はまだ残っていて、海中に深海棲艦の潜水カ級が潜んでいたんです。そして狙われたのは私でした。そのことにいち早く気づいた木曾さんが私を庇って大破してしまいました。

 

 

 私は真っ青になっていたと思います。私のせいで最悪木曾さんが轟沈していた可能性があったんです。旗艦である私が最後まで気を抜いてはいけなかったのに……司令官も油断するなと言っていたのに私は全てを裏切ってしまったんです。

 

 

 初めての失敗……前司令官は失敗を許しませんでした。どんな小さなことでも……司令官は前司令官ではないのに、私はその時後悔の念でいっぱいで、司令官と前司令官の姿が重なってしまいました。今思えば私はなんてことを思ってしまったのだろうと思っています。司令官と前司令官が重なるなんて……司令官はそんな人じゃないのに。この時の私はそれほど追い詰められていました。殴られると思ってしまっていたんだと思います……でも司令官はそんな私に優しい言葉をかけてくれました。

 私は我慢できずに泣いてしまいました。無理ですよ……あんなの反則です。でもそれが嬉しかった。あの時の司令官の優しさは決して忘れることはありません。私の大切な思い出として残しておきますからね♪

 

 

 色々と騒動はありましたが楽しい日々を送っています。初めは不知火ちゃんですが、木曾さんのお姫様抱っこから暴力事件なんてものもありました。しかしそれを司令官は許してくれましたし、駆逐艦のメンバー(IN龍驤)で女子会をしたり、建造された新しい仲間が加わったことで戦力が大幅に引き上がりましたが、まさか青葉さんが現れるとは予想外でした。大人のれでぃ?な熊野さんに艦隊のアイドルの那珂()()()()()(アイドルは()()()付けじゃないとダメなんだよ!と言われましたので)にも会えました。それとインパクトのある格好の島風ちゃん。司令官はあんな格好が好きなんだ……今度島風ちゃんに服貸してもらおうかなぁ……って何を考えているんですか!?あ、あんな格好は私にはとても……はっ!?え、えっと……そ、それはそうと話を元に戻しますね。

 司令官は私達艦娘に対して嫌な顔一つせずに接してくれるので青葉さん達も司令官のことを気に入ってくれたみたいで私も嬉しいです!でもどうして嫌がりもせずに接してくれるんでしょうか?青葉さんみたいに私も気になっちゃいます。女子会でも結果は出ませんでしたが、きっと私達のことを信頼してくれているに決まっています。だから私も司令官のことを信じます!!

 

 

 青葉さん達と共に訓練を積み重ねて……その日は来ました。私と叢雲ちゃんの魚雷で重巡リ級を倒し、制海権を取り戻せたのはみんなの協力があって勝ち取れた勝利です!帰投した私達の名前を欠かすこと無く呼び上げ、労いの言葉をかけてもらいました。こんなにも気持ちのいい勝利は初めてで、歓声と涙がいっぺんに溢れてしまいました。幻に過ぎなかった誰も轟沈せず、みんなで手に入れた勝利でした。これも全て司令官のおかげです!

 

 

「司令官、それじゃ一緒に食べに行きますよ」

 

「あ、ああ……わかった」

 

「大丈夫ですよ。司令官がカップ麺を食べようとしたことは報告しません。まだ食べていませんから」

 

「ふぅ……焦ったじゃねぇかよ」

 

「でも後でカップ麵は没収させてもらいますよ」

 

「……カップ麵に罪はねぇ……」

 

 

 これも司令官のことを思って言っているんですよ?司令官ともっと一緒に居たい……もし倒れたりでもしたら大変です。そうならない為にも毎日続けている日頃の行いが大事って言ったのは司令官なんですから。毎日の生活が己の身を守ってくれるって……だから私も深海棲艦に負けないぐらい強くなるだけじゃなく、日常生活に潜む病気からも司令官を守ってみせます!!だって私にとって司令官は……大切な人なんですから!!

 

 



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ブラック鎮守府編
2-1 ブラック鎮守府へ


二章の幕開けとなります。


それでは……


本編どうぞ!




 深海棲艦から鎮守府近隣海域の制海権を取り戻した○○鎮守府A基地。

 

 

 大本営から資材の支給を再開するとの報告がもたらされた。ようやく『艦これ』ゲーム内で自動回復機能のように少しずつではあるが、資材を得られることができるようになった。その報に喜びを感じ、その日の事務作業は気分が乗ってスムーズに進んだ。そしてやるべきことを終えた青年が今から寝ようとしていた矢先、備え付けられた電話が真夜中に鳴った。こんな夜中に電話を寄越す相手に「常識を考えろ!今何時だと思ってやがる!?」と文句一つでも口にしようとしたが、受話器から聞こえて来たのは耳障りな男の声……青年は態度を改めなければならなくなった。

 

 

 「……先輩ですか?」

 

 『「ブヒヒ、元気にしているかね提督さん♪」』

 

 

 そう、青年が○○鎮守府A基地の提督になるために裏から手を回した先輩方の一人……あの運命の日。階段から足を滑らせた日に出会っていた人物からの電話だった。電話越しからでもわかるほどに息遣いが荒く、雑音のように耳に不快感を与える。青年は表情に嫌悪感が現れるが、そのことを言葉にせず心の中に押しとどめておく。仮にも提督になるために世話になった人物の一人である為、付き合わねばならないのだ。しかし一体何の用で電話をよこしたのか?

 

 

 内容はこうだ。

 

 

 ○○鎮守府R基地に来いとのことだ。「制海権を取り戻した祝宴会でも開こうではないか」とのことだが、今までこちらに電話一本も寄越さず、夜中に電話して来た。非常識だが、勝利したことを祝ってもらえるように思える内容だが実際は違う。報酬目当てでの艦娘に知られてはいけない内密な話だろう。勿論タダで青年を提督にした訳ではない。提督にしてやったのだからお礼を支払ってもらうのは当然のことだ、言葉の裏には隠されたそういう意思があった。

 当然青年は断ることはできない。承諾すれば気持ち悪い笑みを浮かべているのが電話越しから嫌でも想像できてしまう。電話が切れてベッドに潜り込むも、青年はその夜はぐっすりと眠ることはできなかった。

 

 

 それから翌日、機嫌がよろしくない青年を心配した吹雪達。数日後に○○鎮守府R基地に出向くことを伝えると一緒について行くと申し出たのは青年にとって予想外だった。それもそうだ、本来なら好き好んで醜い艦娘を傍に仕えさせたいと思う提督は少なく、荷物持ちか護衛として何かしらの行事の時に仕えさせる程度だ。それも嫌っている提督ならば艦娘の方からも自ら名乗り出ることはしたくないのだ。だが青年は吹雪達からの信頼は分厚いものとなっており、身を案じて名乗り出たのだ。しかし艦娘には聞かれたくない内容の話になるから連れて行くことはできない。断ればショックが大きかったようで、青年がいない鎮守府は寂しくなるだろうがこれは仕方のないことだが、吹雪達は諦めていない様子でどうするか考える日々が続いた。

 

 

 そうして約束の日となった。

 

 

 大淀に鎮守府を任せて吹雪達に見送られる……その際、不知火や木曾から視線を感じたが、どこかいつもとは違い、不安を宿した瞳であったが詳細は青年にはわからなかった。

 青年は一人で向かうつもりで、この件を知られるわけにはいかない。大淀達から不審がられていないか不安要素があった。不審に思われたとしても証拠さえ掴まれなければどうとでもなる。それに青年には吹雪達の信頼が盾となり、提督の数も少ない現状で制海権を取り戻した功績に艦娘からの信頼を形で示した優秀な青年を解雇するという選択は決して良い物ではないだろう……そう考えれば「いい人間を演じて正解だった」と自分自身に感服したぐらいだ。幸いなことに青年は軽視派の先輩方に期待されているはずで、まだ使えると思われているなら多少の証拠ならばもみ消してくれるはずだ……そう青年は祈ることしかできないのだから今は流れに身を任せるしかない。

 

 

 青年が出かけてしまうことに吹雪達は心配していた。吹雪達にとって青年はかけがえのない存在になっており、傍に居てほしいという思いが強く、自分達も付いて行くと申し出たがそれを許すわけにはいかなかった。しかしそれでも引こうとしない吹雪達は何度も青年に掛け合った。困っていた青年だが、結果的には心強い小さな味方が同行してくれることになった。それは妖精達だ。妖精達が服のポケット中や帽子の中に忍び込んでいた。そもそも艦娘以外で妖精を見ることができる人物は少ない……青年を守る影の親衛隊と言ったところだろう。これならと吹雪達は少々心細いが妖精達がついているなら安心できた。実は妖精達はただ面白そうだからとついてきただけなのだ。青年は初め妖精達が付いてくるのはまずいと思ったが、断れば機嫌を損ねてしまうかもしれないし、吹雪達が付いて来るよりも安全だと考え、仕方なくではあるがそのまま連れて行くことになった。

 

 

 そうしてタクシーを乗ること数時間後に目的地に到着した。青年は改めて自分の鎮守府が小規模であるかを感じさせられた。

 

 

 外見だけでも分かる程に○○鎮守府R基地はこちら側の鎮守府よりも倍以上の広い敷地を保有していた。これほど大きければ艦娘も大勢着任しているだろう。ならば資材も沢山備蓄されているはずで少し羨ましく思う一方で、気が滅入っていた。それもそのはず、これから会う先輩は青年に対して報酬目当てに呼んだのだから何を要求されるのやら……金はあまり持っていない。であるならば資材だろう。艦娘の為に資材はあるのだが、それを横流しして得られる不当な利益を得ている人間だっている……ここもその一つである。きっと延々と搾り取られてしまうだろう……青年は昇進すれば必ず縁を切ろうと考えている。偉くなっても誰かに媚び(へつら)い続けるなどもってのほか。さっさとおさらばしたいと思っているが、今は従うしかないのだ。

 

 

 嫌々ながらも○○鎮守府R基地に足を踏み入れようと守衛室を訪れて「○○鎮守府A基地の提督だ」と伝えるとやる気のない守衛は興味なさそうに内線を繋いだ。青年が来たことを伝えたのだろう。すぐに迎えが来ると守衛は言うだけで奥へ消えて行く。「なんだあいつ」と思いながら待つこと数分後に彼女は現れた。

 

 

 「ま、待っていました……あ、あなたが外道提督ですね?」

 

 「ああそうだ。お前……最上型3番艦の鈴谷か?」

 

 

 青年の記憶にある姿と変わらない。しかしぎこちない言葉使いに違和感を覚えた。多少なりとも同じ艦娘でも性格に差があるのは確認されているが、ここの鈴谷は瞳に恐怖を宿していた……それもそうだろう。ここ○○鎮守府R基地の提督は軽視派の人間なのだから。

 

 

 ★------------------★

 

 

 ……マジで最悪。

 

 

 鈴谷だよ、○○鎮守府R基地で建造されて、建物は綺麗で大きくて「こんなところで鈴谷が活躍できるなら最高じゃん!」って思ってた。それに提督は男性だって……それを聞いて更に気合いが入った。初めはやる気満々で提督に挨拶に行ったんだけど……途中ですれ違う子達から哀れみの瞳で見つめられていたことに気づけばよかった。

 執務室の前で身だしなみを整えて高まる鼓動を何度も抑えた。扉をノックすれば声が聞こえて、男性の声ってなんだか刺激が強くて、男性の下でこれから過ごしていくんだって思うと鼓動は増々高くなった。緊張して中々扉を開ける勇気が湧かなかったけど、待たせちゃったら悪いから勇気を振り絞って開けるとそこにはポッチャリした豚さんみたいな顔をした男性が居た。

 

 

 建造したてで異性と初めて出会えたことで、鼓動がそのまま突き破るんじゃないかってぐらいに激しく高まっちゃった。私ってこんな免疫ないんだなって思ったけど、初めてだから仕方ないじゃん。気持ちの高ぶりを誤魔化す為、私なり提督に挨拶した。

 

 

 「鈴谷だよ!にぎやかな艦隊だね!よろしくね!」

 

 「……よろしく頼む」

 

 

 提督も挨拶を返してくれた。超ラッキー!!ってテンション上がっちゃった♪男性と初めて会話したことに浮かれた私は提督が軽蔑の眼差しを向けていたのにこの時は気がつかなかったし、にぎやかな艦隊なんて……ここには存在しないことも気づくことができなかった。

 その後、私は提督から出撃命令をもらって高揚した気持ちを落ち着かせながら工廠へ向かうとそこには同じ姉妹艦の最上と三隈、そして熊野が居たから声をかけたのだけど……

 

 

 「鈴谷!?どうしてここにいるんだい!!?」

 

 「鈴谷大丈夫?何もされてない?」

 

 「鈴谷……建造されてしまったのですね……」

 

 

 最上と三隈には心配されて、熊野には泣かれた……意味わかんない。どういうことか聞こうとしたら、憲兵が鈴谷達を発見すると「さっさと出撃しろ」と煩かった。提督ならこんなこと言わないんだろうな……そんなこと思っていたけど、後で後悔することになるなんて……

 心配する熊野達と別れて私は別の艦隊に組み込まれた。後でさっきのはどういうことか聞けばいいっか!と気楽に思っていたけど、違和感に気づくべきだった……提督に気に入ってもらおうと夢中になっていたんだと思う。同じ艦隊に居た他の子達の瞳に疲労が映し出されていたのはきっと私に向けた警告だったんだ。

 

 

 「深海棲艦マジでキモかったね~」

 

 

 出撃後、ヌメヌメしてキモイ深海棲艦をぶちのめして鈴谷がMVPを取った。建造されてすぐに本当に活躍できるとは思っていなくて驚いたけど、他の子達は力を出す余力なんて初めからなかったことに気づいていれば……あんなことにはならなかった。ここがどんなところか、後で待ち受けている出来事で知ることになるなんて……そんなのわかるわけないじゃん。

 何も知らず知ろうとせず、MVPを取った私は内心嬉しくて早く提督に褒めてほしかったから他の子達との会話なんて記憶に残らなかった。まずみんなの口数が少なかったし、初めてのあの気持ち悪い深海棲艦が無数に相手しないといけなかったからそれどころじゃなかった。でも意外と呆気なく勝ってしまったのは拍子抜けしちゃったな……それで港に戻ったけど、出迎えには誰もいなかったからわざわざ提督の場所を聞いてまで報告しに行こうと向かう私を他の子達が止めようとしたけど無視しちゃった。盲目になっていた……私って本当にバカだった。

 

 

 提督を発見して勝利の報告した。鈴谷がMVPを取ったことも主張したし、褒めてくれると思っていた。けど、返って来たのは呆気ない「そうか」このまま報告だけで済ませばよかった……MVPを取ったことで調子に乗った私は提督に褒めてほしくてやらかした。

 

 

 「ま、当然の結果じゃん?鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。うーんと褒めてね!」

 

 

 提督に詰め寄った……鈴谷はただ褒めてほしかっただけなのに……なのに……!

 

 

 あいつ……鈴谷を打った。気づけば床に倒れて頬が腫れていたの今でも憶えてる。そしてあいつの冷めた瞳に見下され「気持ち悪い」と罵倒されて何度も蹴られた。「なんで?」って唖然としていたと思う……けど、痛みで私は酔いが醒めた。そうだった、私も艦娘だった。艦娘はみんな不細工だから私も不細工じゃん。提督に最初から好かれるはずなんてなかった。初めに気づくべきだった……でもそれだけならまだ良かったけど、私を遠ざけるように出撃命令を出した。小破までしてなかったけど、軽傷だったし、入渠(お風呂)は大目にみて我慢できても補給も無しってどういうこと!!?

 「ちょっと待って!」って言おうとしたけど、あいつの視線が怖かった……私はただ従って入渠(お風呂)も補給も無しに港を出た。その日、連続して二十回も出撃した。補給できたのはたった五回だけ。ギリギリの弾薬と燃料を節約して、疲労が蓄積した状態でも鈴谷達は頑張った。轟沈したくなかったから……でも、今思えば真っ先に轟沈すればよかったな。だって……

 

 

 最上、三隈、熊野……みんな沈んじゃった。初めは最上、次は三隈、そして熊野とは同じ艦隊で出撃した時、私を庇って代わりに沈んだ。目の前で沈んでいく熊野に何度謝ったかなんて憶えていない。憶えているのは「わたくし達の分まで生きて……幸せになって……」その言葉だけ。そして約束した「幸せになる」って……でもそんな幸せ私にはありえないよ。ただ熊野を安心させてあげたかった。

 

 

 最期に見せた熊野の笑顔は冷たい暗闇の底へと消えた。

 

 

 一人だけになっちゃった……鈴谷って悪い子じゃん。最上、三隈だけじゃない。熊野も犠牲にして今もこうして生きている。私が建造されなければきっと熊野も庇うこともなく沈まずにいられたよね……

 

 

 鈴谷頑張ったのに……私だけじゃない。他の子達も頑張っていたみたいだけど、あいつも憲兵も私達を便利な道具としてしか見てくれていない。大きな鎮守府だけど、私達の居場所はどこにもないみたい……マジありえない。

 こんな辛い思いをするなら初めから建造されなければよかったな……私も沈んじゃおうかなって思うことは何度もあった。その度に熊野との最後の言葉を思い出して足が竦んじゃう。

 

 

 沈みたくないって深海棲艦相手にもがいている私がいた……こんなのもはや呪いじゃん。

 

 

 あれからどれぐらい経ったんだろう……やる気もないけど、沈みたくないから出撃したら深海棲艦をぶちのめして帰還する日の繰り返し。初めは他の子達も心配してくれていたけど、一日に何度も連続で出撃させられ、みんなも疲労でそれどころじゃなかった。

 鈴谷は第一艦隊の旗艦を任されている。○○鎮守府R基地の主力だから重用されているし、食事も睡眠も与えられているけど、代わりに駆逐艦の子達は食事も量が少なく、睡眠時間も与えられていない。休日なんてここではありえない。そう思うと罪悪感半端ない……あまりの生活に耐えきれなくなって暴れた子がいたけど、その子とは二度と会うことはなかった。人間相手に力を発揮できないから簡単に取り押さえられてそのまま……鈴谷もいつかそうなるのかな?

 

 

 最上、三隈、熊野……鈴谷は幸せになれそうにないみたい。嫌だな……ずっとこのままでいるしかないの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そこのお前」

 

 「――ッ!?な、なんでしょうか提督様……?」

 

 

 最悪……こいつに呼び止められるなんて。部屋に籠っておけばよかったじゃん……

 

 

 鈴谷は廊下を歩いていると呼び止められた。嫌と言う程に耳にこびり付いており、その声に体がビクリと反応し恐怖に染まる。

 

 

 相手は○○鎮守府R基地の豚のような顔をした男……名は豚野(ぶたの)

 

 

 本来の鈴谷はもっと砕けた言葉使いだが、それが豚野提督の機嫌を損ねる原因となった。それからの彼女は無理に口調と言葉使いを変えてまで顔色を窺っている。今も豚野提督を直視しないように視線を下げているのは、視線が合えば難癖をつけられて酷い時には打たれるからだ。醜い艦娘と対話するなど彼の方だってしたくはなかったが、一本の内線が入り、目的の人物が到着したと知ると、重い腰を上げて執務室から出ると丁度いいところに彼女がいた。豚野提督は自ら出迎えることなど元々考えておらず、たまたま通りかかった便利な道具(鈴谷)を見つけたので使うことにしたのだ。

 

 

 「別の鎮守府から外道と言う私と同じ提督が来た。お前はそいつを執務室まで連れてこい。わかったらさっさと行けグズ!」

 

 「は、はい!!」

 

 

 鈴谷はその場を逃げるように正門へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かいる……って男じゃん……マジ最悪。

 

 

 鈴谷は豚野提督に連れてこいと命じられ正門へと辿り着くと守衛室の前には見慣れぬ男が居た。ため息が出てしまう。

 

 

 〇○鎮守府R基地にいる男は皆ろくでなしであった。深海棲艦からの脅威に立ち向かう為に(戦場)へと赴く己に彼女達は誇りを持っている。しかし彼女達は醜い化け物へ向けられる軽蔑の視線と絶対勝利の結果のみであり、彼女達自体に興味など持っているわけがないのだ。彼女達はあくまで道具に過ぎないのだから……わかりきっている当然のことであるが、彼女にとっては辛いものでしかなく、ため息が出てしまうのは仕方ない。

 

 

 守衛室前に居る人物は若い男性のようだが、軍服を着ていることから海軍に所属する人物「他の鎮守府」と言っていた。ならばあの若い男性が豚野提督が言っていた外道提督だろう。しかし鈴谷は嫌気がさしていた。どうせあの男と同じ自分達のことを便利な道具としてしか見ていない輩の一人だと思っていた。それでも話しかけなければならない。待たせれば後々豚野提督から「グズグズしていた罰だ!」と難癖をつけられ打たれるかもしれない……いや、打たれるだろう。体の震えが止まらない……だが、その時間も惜しい。震える体を押し殺し、嫌々ながらもぎこちない態度で男性に接触する。

 

 

 「ま、待っていました……あ、あなたが外道提督ですね?」

 

 「ああそうだ。お前……最上型3番艦の鈴谷か?」

 

 

 振り返った男性はギザ歯が特徴的だがイケメンの青年だった。鈴谷はドキッとしたが、惚けている自分が馬鹿らしく思えた。

 

 

 馬鹿馬鹿しい……こいつもあいつと同じ……んっ?今、鈴谷のことを……

 

 

 しかしそれも一瞬の出来事だった。それよりも驚くことがあった。

 

 

 「……鈴谷を知っているのですか?」

 

 「んぁ?まぁ……な。姿は知っていたからな」

 

 

 今でも豚野提督は鈴谷の名前を憶えておらず、憶える気はさらさらない。比べて目の前の青年とは会ったことすらないのに名前を知っていてくれた。鈴谷はそのことに驚いたが、もう一つ……視線が青年の胸ポケットへ向けられていた。

 

 

 あれって……妖精じゃん!!?

 

 

 そこからひょっこりと顔を覗かせていた妖精……鈴谷の運命を大きく変える日になりそうだ。

 

 



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2-2 救われたい

リアル事情で投稿が遅れると思いますが、ちょいちょい投稿していきます。


ブラック鎮守府へとやってきた青年、出迎えたのは一人の艦娘だった。


それでは……


本編どうぞ!




「(これが鈴谷だと……別人じゃないのか?俺の記憶は確かなはずだが……多少なりとも同じ艦娘にも性格に違いはあると聞いたが、ここの鈴谷は大人しい個体なのか。まぁ、鬱陶しいよりかはマシだからいいか。いや、考えれば俺はお客ってことだよな?なら失礼のないように敬語を使うのは当然か……それかそうせざるをえない環境なのかだな)」

 

 

 青年は鈴谷に案内されながら思う。前方を歩く鈴谷は青年の記憶に宿った姿と同じだが、性格が真逆で大人しいことに疑惑を持った。お客に対する態度でそう振舞っているのか、はたまたそうせざるをえない環境なのか、おそらく後者の方だと青年は睨むがそんなことはどうでもいいと切り捨てた。これから面倒な会談になることは間違いなし。そのことに内心苛立ちを募らせていた。

 

 

「(ちくしょう……確かに提督になれたのは先輩方のおかげだが、足元を見てくるに決まっているぞ。お前を提督にしてやったんだから当然のことだろう?とかなんとかそれなりの理由で報酬を吊り上げて要求してくるに違いないぜ。提督になれたことは感謝しているが……俺は忘れてなんかいない。駆逐艦六人だけのショボい戦力しかなく、レーション飯のみ、ベッドは臭いし、気色の悪い銅像なんかそのままにしやがって……まぁ金になったからそれは良しとしよう。だがあんなところに俺を送り込んだんだ。そのせいで俺の貯金は減るわ、無駄な労力を使う、山盛りの問題点を解決しなくちゃならなくなったんだ。くっそ苦労したんだからな!!それでも従うしかないとは屈辱だぜ。うわぁ会いたくねぇ……!)」

 

 

 青年の足取りは重い。仕方なくここ○○鎮守府R基地へやってきたのはここの提督を含めて軽視派の人間による助力により、青年は○○鎮守府A基地の提督の座を手に入れた。そのことは感謝しているが、それに見合わない代償の方が大きいだろう。それでも青年は提督になったことに後悔はしていない。今はまだ耐える時、昇進すれば輝かしい未来が待っていると信じているからだ。

 

 

「(しっかし外見の割には艦娘共がいないな……部屋にでも閉じこもっているのか?)」

 

 

 青年が案内される途中で誰にも出会わなかった。建物は大きいが、それに見合った艦娘の姿はどこにもいなかった。

 

 

「おい」

 

「――ッ!?な、なんでしょうか?」

 

 

 声をかければビクリと反応し、振り返った鈴谷の顔は笑顔であったが、作り物だ。そんな鈴谷のことなど知らぬとばかりに青年は疑問を口にする。

 

 

「他の艦娘はどこだ?部屋にでも居るのか?」

 

「……い、今は遠征に出払っています」

 

「ほう……全員か?」

 

「残っているのは私と同じ第一艦隊所属のメンバーだけです」

 

()()()()()()()

 

「――ッ!!」

 

 

 笑顔のままで答える鈴谷の表情には僅かな影が差していた。青年はこの時はまだ何も知らない真実があった。

 

 

 時刻はヒトマルマルマル。

 

 

 遠征回数が既に三十回を超えていたことを。それは昨日の夜からぶっ通しで遠征を続けており、一度も小休憩すら与えられず、遠征を繰り返していた。しかも補充できるのは燃料のみで、弾薬は必要ないと没収され、途中深海棲艦と出会っても対処することができず、逃げることしかできない状態だ。休み無しの遠征続きで疲労が溜まり、深海棲艦に出会ってしまえば最悪の場合、逃げ切ることができずに……結果は安易に想像できてしまう。

 もしそうなったとしても問題がないように駆逐艦で編成されたのが遠征組だ。犠牲が出ても構わないと言う編成で、鈴谷はこのことを知っている。そんな駆逐艦の子達と比べて彼女がどれほど恵まれているか……

 

 

 第一艦隊はここではまだ恵まれた艦娘達だ。深海棲艦相手に生き延び、他の艦娘よりも使える便()()()()()()として豚野提督に認識されている。鈴谷も沈みたくない思いで抗い、深海棲艦を沈めてきた。功績のおかげで鈴谷は第一艦隊に組み込まれて旗艦を任されているが嬉しさなどどこにもなかった。第一艦隊以外の艦娘達は今も敵の襲撃に怯えながら、資材を探して無理をしてでも持って帰らなければならない。持って帰って来た資材が少なければ連帯責任として罰が待っている。戻って来る時間が遅ければその分、罰が重くなる。どちらに転んでも痛い思いをすることになるのだ。海へ出ても深海棲艦にいつ襲われるかわからない恐怖に怯えながら、鎮守府内でも居場所なんてどこにもない。その子達のことを思うと心が痛む。

 だから事情を知らぬ青年の言葉に苛立ちを感じた。「何も知らないくせに!」と怒りをぶつけたかったが、同じ仲間達に迷惑をかけたくない。問題を起こせば彼女達にも被害が及ぶ……怒りを胸の奥底へと押しとどめるしかなかった。

 

 

「……はい、資材集めは大切ですから」

 

 

 嘘ではない。資材は大切だ。ここでは艦娘の命よりも……たった一つのボーキサイトの為に駆逐艦の子が沈んでいく。仲間を守る為に代わりに沈んだ子も居た。その報告を何度聞いたことか。その度に何度涙を流したことか。

 妖精を引き連れた青年を執務室へ案内するだけの仕事で、自分は安全な場所に居られる。なんて楽な仕事なのだろうか……しかしそれは深海棲艦の魔の手からのみである。苦痛の生活から逃れることはできず、ここに幸せなんてどこにもない。熊野の最後の言葉が鈴谷にとっての枷となり、ここに繋ぎとめられている。

 

 

 囚われの艦娘鈴谷。それは最上や三隈、熊野を助けることができなかった自分への罰なのかもしれない。だから幸せなんてなれないんだと彼女の心は諦めかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい鈴谷、こいつらと遊んでろ」

 

「えっ?」

 

 

 執務室へと案内した鈴谷に青年は妖精達を押し付けた。突如のことで混乱する鈴谷を放って青年は扉の中へと消えて行った。

 

 

 ★------------------★

 

 

 なんだこいつ……さっきから暗い顔しやがって?鬱陶しいぜまったく……

 

 

 青年は鈴谷の表情に影が差したのを見逃さなかった。ほんの小さな影だが、その影を見たことがある。○○鎮守府A基地で出会った駆逐艦六人の表情に浮かび上がっていた影と同じだった。でもそれは無理もないことだ。青年はここの提督が自分と同じ軽視派の人間であることを知っている。粗末な扱いを受けていることなど容易に想像できた。しかしここR基地は青年の鎮守府ではない。自身の鎮守府ならば戦力の低下を避ける為に対策へと乗り出すのだが、提督は豚野である。

 「関係ない」一言で表すならばこれだ。ここにいる艦娘達がどういった扱いを受けようが青年にとっては知ったことではないのだ。おそらく無茶な運用方法や戦法を採用して、艦娘に無理やり従わせているのだろう。雰囲気からひしひしと伝わって来る。似ているのだ……青年が着任したばかりの○○鎮守府A基地に。

 

 

 まぁ、ここで何が起こっていようと知ったことではないな。俺はさっさと帰りたいんだ。わざわざここまで呼び出されたんだぞ。無駄な時間を使わせやがって……!

 

 

 鎮守府の状況を見て察した。ここも○○鎮守府A基地と同じのようで、無能だった前提督と変わらない。そんな相手がこちら側に要求するのは汚らしい私利私欲にまみれた()()だ。そんなどうでもいいことの為にわざわざ夜中に電話で青年を呼び出してまで話合おうとする。そんな人物を相手にしないといけない。そう思うと青年は更なる苛立ちを募らせる。この件が無ければ「深海棲艦相手に撃滅作戦を立てる為の時間に割くことができたのに!」とも思っていた。

 

 

「……ここです」

 

 

 そして執務室へと案内され中には例の提督が椅子に座りふんぞり返って待っているだろうと容易に想像できた。少し緊張してしまう……疎そうな真似はできない。下手に出るしかない自身の状況に歯痒い思いをする青年。

 

 

『「かえろ~よ~」』

 

『「ここきらーい!」』

 

『「いやなところ!」』

 

『「なかからにおう!」』

 

『「くさいくさい!」』

 

 

 そんな青年の都合など知ったことではないと妖精達が騒ぎ始めていた。

 

 

 チビ共め!勝手に付いてきた癖に自由過ぎだろ!?俺だってこんなところさっさと帰りたいんだよ!!

 

 

「煩いぞ。静かにしてろ」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「んぁ?あっ、いや……お前に言ったんじゃ……」

 

 

 イライラして青年は妖精達に言ったつもりだったのだが、鈴谷が反応する。そこには笑顔を貼りつかせた無機質な表情が相変わらずあったが、笑顔の下には話しかけないでほしいと願いが込められている。そんな鈴谷の心境など青年にとってはどうでもいいことであり「お前に言ったんじゃない」と言葉にするつもりだったが、ひょっこりと顔を覗かせた妖精達が、笑顔を作っている鈴谷を見て声を上げた。

 

 

『「うそのえがおだ!」』

 

『「かわいそう」』

 

『「なきそうだよ?」』

 

『「つらいことがあるみたいだ」』

 

『「かんむすをいじめるやつがいるんだ!」』

 

『「いじめ、だめ、ぜったい!』

 

『「ていとくさんみならえ!!」』

 

 

 温厚な妖精達には珍しく敵意をむき出しにしていた……その相手は豚野提督になるだろう。鈴谷の様子を見ていればわかる。しかしこれは危うい……妖精達の様子を見た青年は焦った。

 妖精とは不思議な存在だ。妖精達が人間へ不信感を募らせ、力を借りることが出来なくなってしまえば青年の昇進計画が大いに狂いだすだろう。まさに(かなめ)ともいえる存在なのだ。その妖精達の怒りの矛先は自分には向けられていないが、だからと言って安全だとは思えない。

 

 

 俺以外の鎮守府がどうなろうと知ったことではない。だが今のこいつらは何をするか……わからねぇ。もしかしたら入渠できなくなったりするのか?それとも建造できなくなるのか?どちらにせよ今日は俺がここに訪れているんだ。何かあれば俺に疑いの目を先輩は向けるだろう。そうなると今後支障をきたす可能性が高い……それはまずいぞ。最悪先輩方の権力によって提督の座を降ろされてしまう……させねぇぞ。折角手に入れた俺の鎮守府だ。あそこにあるのは全て俺のものだ。他の誰にも触れさせるわけにはいかねぇよ。

 

 

 

 危機感を抱いていると中から声が聞こえてきた。「誰だ?」とこちらに気づいたようだ。その声を聞いた鈴谷の体は震える……そんな彼女を盗み見ていた青年。

 

 

 余程怯えているようだな。俺には関係ないことだ。さっきも言ったがここがどうなろうと知ったことではない。知ったことではないが、チビ共が煩いのが問題だな。これから先輩に会わなければならないのにどうにかならないものか……そうだ!チビ共は鈴谷に夢中ならばこの手が使えるじゃねぇか!!

 

 

お前達、鈴谷を励ましてやれ

 

『「ん?わかったー!」』

 

「おい鈴谷、こいつらと遊んでろ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブヒヒ、やっと来たのか。遅かったな」

 

「遅くなって申し訳ありませんでした」

 

「いいさ、どうせあのグズがもたもたしていたせいだろう。後でお仕置きだ……ブヒ♪」

 

 

 チビ共を鈴谷に押し付けておいた。あいつらを遠ざけておけば会話は聞かれない。今は鈴谷に夢中になっているはずだからな心配はなさそうだが、これから先輩と二人っきりとは気持ち悪いぜ。クソッ!この俺が言いなりになるしかないとはな……だが、昇進すればあんたは切り捨ててやる。俺が元帥として君臨した海軍にお前みたいな無能な奴はいらねぇんだからよ!

 

 

 嫌悪感を抱き、悪態をつきながらも言葉に出さずに作り笑顔で対応する。そんなことを思われているとも知らずに豚野提督は気持ちの悪い笑みを浮かべこれからの報酬で頭がいっぱいだった。

 

 

 資材の横流しを始めとした数々の欲望丸出しの要求を呑むしかない青年。提督の座を手に入れる為とは覚悟しているつもりであったが屈辱だった。テーブルの影で見えない拳には力が籠り、青筋が浮かぶのを必死にこらえている。今まで時雨達が必死に集めた資材をこの男の為に()()として差し出さなければならない……それが青年の中では嫌だった。悲しいことだが従うしか彼には他に道はない。

 豚野提督は待っていた。青年が制海権を取り戻すのを……それは海域を攻略できるだけの資材が溜まった証であり、制海権を取り戻したのであるならば大本営からその戦力が当てにされる。これから先、別の海域攻略にも駆り出されるだろう。その過程で日常的に使用する分や出撃時に消耗する資材に紛れてこちら側に横流しすることで、不正を行っていることを隠す算段なのだ。悪知恵だけは有能な人物のようだ。

 

 

 こうして青年は逆らうことができず会談は豚野提督が満足する形で進んで行った。あまりの要求に苛立ちを隠しきれなくなっていた青年は気を落ち着かせようと話題を変えることにした。

 

 

「……そ、そういえば先輩の状況はどうでしょうか?俺の方はようやく制海権を取り戻したところですけど?」

 

「ブヒヒ、制海権など既に取り戻しているわ。手こずったが急に深海棲艦が逃げて行きおってな、悠々と確保できたわ。最近ではここらでは深海棲艦の影はほとんど見ぬから第一艦隊のグズ共を持て余しているところなのだ。遠征ではちらほら遭遇するが、それだけだ。まぁ、駆逐艦がどうなろうと知ったことではないがな。ブヒヒ♪」

 

「……深海棲艦が逃げて行った?追い詰めたとかではなくてですか?」

 

「きっと私に恐れをなしたのだろう。勝てぬとふんで別の海域にでも逃げて行ったのではないか?まぁ、もう関係のないことだがな。ブヒヒ♪」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 豚野提督の説明では既に○○鎮守府R基地近海の制海権は取り戻していたが、深海棲艦を撃退した訳ではないらしい。このことに青年は違和感を覚えた。

 

 

 どういうことだ?人間を憎悪し、艦娘を沈めることに躍起になる奴らがこいつの無能な戦略に恐れをなして逃げ出したなんて考えられないんだが?しかも急にだと?何か嫌な予感がするぞ……

 

 

「先輩、気をつけた方がいいと思います。深海棲艦は無能ではありません(お前と違ってな)俺の考えすぎかもしれませんが、警戒を怠らない方が良いと思います」

 

「お前は心配性のようだな。安心するといい。私は優秀な提督だぞ?立派な建物、資材の蓄え、そして将来私は元帥の座に君臨すること間違いなしの器量を持っている。揃いも揃っている私に何の問題もありはしないのだ。わかるかね?私は何から何まで神に恵まれているのだよ。ブヒ、ブヒヒ、ブヒヒヒヒヒ♪」

 

「……」

 

 

 何がそれほどの自信を生み出しているのか青年にはわからなかった。ふんぞり返り、高らかに笑う豚野提督に何を言っても無駄だと判断して青年はこれ以上口を出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トキガ、キタ……ッ!」

 

 

 海上に浮遊する影の集団があった。その影は真っすぐある場所へ向かっていた……瞳に憎悪の赤い炎を宿しながら。

 

 

 ★------------------★

 

 

『「こわくないよ」』

 

『「いいこいいこ」』

 

『「つらかったね」』

 

『「すずやはがんばっているよ!」』

 

『「うんうん!」』

 

『「だからげんきだして!」』

 

 

 鈴谷は妖精達に囲まれていた……っと言うよりも群がられており、頭や肩に乗って小さな手が優しく触れる。妖精達が何を言っているか鈴谷にはわからないが、何となく自分を励まそうとしているように思え、彼女にとって嬉しかった。

 

 

「励まして……くれているの?」

 

 

 鈴谷が思っていたことを言葉にすると妖精達は首を縦に振った。

 

 

「あ、あり……がとう……」

 

 

 鈴谷は誰かの優しさに触れたのは久しぶりだった。永遠に続く疲労状態と抜け出せぬ絶望から気力を失わせ、戦うと言う意味を見失う艦娘達だらけ、誰も彼女達に手を差し伸べてはくれない。そんな状況の中での妖精達の小さな優しさは彼女の涙腺を崩すのは簡単なことだった。

 でも鈴谷はすぐに泣き止む。ここは執務室の前……泣いているところなんてあの豚野提督に見つかればどうなるか……想像もしたくない。不細工の涙になんて価値はないのだから。しかしこの胸の奥に堪った感情を吐き出したかった。

 

 

 そ、そうだ!あそこなら……みんなもいる。鈴谷だけ独り占めにしたらダメじゃんっ!!

 

 

「ちょっち来て!」

 

『「わわっ!?」』

 

 

 鈴谷が走り出した。勢い余って頭や肩に乗っていた妖精達が落ちそうになるが何とかしがみついた。彼女が走る度に振動が伝わって来るが、妖精達にとってはアトラクションに思えキャッキャと楽しんでいる子も居る。やはり妖精と言う存在はどこまでも無邪気な子供のようだ。そんな妖精達を連れて彼女が向かう先とは一体どこなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって○○鎮守府R基地のとある部屋。それなりの広さがあるが、家具は丸テーブルと隅に寄せられた布団のみ。清潔だが、どこか寂しい印象を与える……まるで艦娘の心を現しているかのようだ。それもそのはずである。この場に居る艦娘達は誰もが諦めた瞳をしていたのだから。

 

 

「ちくまぁ……もう疲れたのじゃ……」

 

「利根姉さん、私も同じですよ。けれど……」

 

 

 姉を勇気づける為の言葉が見つからない。彼女達は利根型の2番艦である筑摩とその姉、利根の姿があった。しかし本来の利根は明るくあっけらかんとした豪放さと子供っぽく無邪気な一面があるのだが、ここの利根にはそれが見受けられなかった。妹の筑摩も何のために戦っているか、何故戦わなければならないのか……その意味が失われつつあった。

 

 

「翔鶴姉……絶対に沈みたいとか言わないでね?」

 

「だ、大丈夫よ……瑞鶴を残して沈んだりなんかしないわ」

 

「……寝言でもう沈みたいって言ってたよ。寝言でも言わないで……」

 

「……」

 

 

 翔鶴型の2番艦である瑞鶴の言葉に「うん」と頷くことができない姉の翔鶴。姉の翔鶴はやや内気な一面もあるが真面目で、その真面目さ故に妹の前では気丈に振舞っていたが、妹の瑞鶴には見抜かれていた。彼女の胸の内は暗い水底へと沈みつつあった。

 

 

 彼女達は○○鎮守府R基地の第一艦隊のメンバーだ。 重巡洋艦である為に遠征組に編入されず、ここの主力戦力であるが故に最前線へと送り出される。以前ならばもっと大勢の仲間が居たが、今では何人この鎮守府に居るのかさえ彼女達にはわからない。遠征へと駆り出される駆逐艦の子達、数日おきにメンバーが変わっていくのを見ている内に心が沈んでいった。軽巡洋艦の娘達も何人かメンバーに含まれていたこともあったが、今では海の底……幸いにも今の編成になってから第一艦隊では轟沈者が出ていない。しかし光が彼女達の心に差し込むことはなかった。変わらぬ日常がこれほど辛い日々になろうとは誰が予想できただろうか。

 「どうして私達はこんな目にあうの?」「こんなところに建造されたくなかった」「私達は便利な道具じゃない!」と痛む心の奥底から思いをぶつけたことがあったが、答えは全て暴力で解決された。「これだけ優遇してやっているのに文句を言うとは何事だ!」とも言われた。彼女達はこんなことで優遇されたくなかった。恐怖心に駆られながら遠征に向かう駆逐艦の子達の背中を何度も見送り、光を失った瞳を思い出せば食事も喉を通らず、沈んでいった駆逐艦の子達が恨みや妬みとなって夢に現れる。

 

 

 いつまでこの悪夢の牢獄から解放される日が来るのだろうか……いっそのこと沈んでしまえばいいか。誰もが心の隅で芽生えていた感情だった。そんな時にドタドタと廊下を駆ける音が聞こえ、部屋の前でピタリと止まる。そして勢いよく扉が開けばそこには鈴谷が居た。

 

 

「みんなー!ちょっち聞いて!」

 

「ちょ、ちょっと煩くしたらあいつに叱られるよ……ってその子達は?」

 

「あっ、ごめ~ん、今扉閉めるね。それでこの子達は妖精さんだよ」

 

「確かにそうみたいですけど……何故妖精さんがここに?」

 

 

 今までこの鎮守府に妖精が居たなんてことは耳にしたことはない。それにいつもと様子の違う鈴谷に違和感を覚えた。艦娘としての本能が目の前にいる小さな子達が妖精であることは間違いないと告げているが、今更自分達の前に姿を現すなどありえないと思ったことだろう。瑞鶴と筑摩は訝しげに鈴谷の頭や肩でキャッキャと騒いでいる妖精達を見つめていたのが証拠だ。

 

 

「おおっ!この者達が妖精のようじゃな。吾輩初めて見たぞ!!」

 

「あら、妖精さんこんにちわ。瑞鶴の姉の翔鶴です」

 

 

 妹達とは対照的に、子供のように興味津々の利根と疑いの念も感じない翔鶴は妖精達を気に入ったようだ。先ほどまで沈んでいたはずの心も妖精達の無邪気な姿に感化されたのか少し和らいでいる感じだったが、それでも瞳は暗かった。瞳は心の奥底を映し出すとも言われている。その信号を見逃す妖精達ではない。妖精達はわらわらと利根達へと飛び移って小さな手で頭を撫でたり、元気づけるように踊り始めた。突如現れた妖精達、そしていきなりの行動に困惑を隠しきれない瑞鶴と筑摩であったが、気づいたことがあった。

 姉達が笑っていた。本物の笑顔を見ることができたなんていつ以来だろう……もしかしたら初めてかもしれない。それでも確かに妖精達と戯れている姉は心の底から笑っていたのだ。言葉は通じずとも思いは通じており、瑞鶴と筑摩の周りにも妖精達が集まり踊り始めた。その光景を見ていると不思議と瞳から熱いものが込み上がって来る……鈴谷も同じだ。彼女達が笑ったのを見たのは初めてかもしれない……皆我慢できなかった。今まで溜め込んだものが一気に溢れ出たことで、彼女達の胸の内に貯め込んでいたものが吐き出され、心にようやく光が差し込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん、そうだったんだ。妖精さんを引き連れた提督さんね……でも変だね」

 

 

 しばらく感情のままに流されて、赤くなった瞳のまま瑞鶴は納得できないと感じていた。泣き止んだ鈴谷に聞いたところ他の鎮守府からやってきた提督のところにいる妖精達だと聞いたのだ。しかし妖精達は善良な人間にしか懐かないはずなのにおかしな話である。

 

 

『「ていとくさんはいいひとだよ」』

 

『「かんむすのみかた」』

 

『「いいおとこなの」』

 

『「うほ♪」』

 

 

 妖精達が口々に何か言っているようだがわからない。しかし青年のことを悪く言っている様子はなさそうだ。ますます納得のできない瑞鶴である。しかし納得できないが彼女も艦娘……期待を胸の奥底にしまい込んでいる。誰もがそうであった。もしもその提督が本当に善良な人間であるのならば鈴谷達はこう揃えて言うだろう。

 

 

 「あなたの下で共に戦いたかった」っと。

 

 

 その願いは叶わないのだろう……鈴谷達の提督は彼ではないのだから。

 

 

『「おちこんじゃダメ!」』

 

『「げんきだして!」』

 

『「えがおだいじ!」』

 

「……妖精さん……ありがとう」

 

 

 先が見えぬ戦いの連鎖に幾度と無理難題を押し付けられて来たがこれから先も同じことが繰り返されるだろう。そう思うと心が折れそうだ……だが今だけはこの場の酔いに浸ろう。今だけは何もかも忘れて自分自身をさらけ出そう。笑っていられるのは……きっと()だけなのだから。

 

 



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2-3 印象というのは大事である

お待たせしました。リアル事情の合間に何とか書けましたので投稿します。次の投稿も今より遅れるかもしれませんのでご了承を。


それでは……


本編どうぞ!!




「チッ、予想以上の無能だったな。先輩も口だけらしいな。これから先ずっとあんな無能に好き勝手にされると思うと腹が立つ!!……って言うか広いなもうっ!!!」

 

 

 青年は数々の愚痴を言いつつ○○鎮守府R基地を歩き回っていた……っというよりも迷子になっていた。

 

 

 豚野提督との会談は青年の完全敗北で幕を閉じた。苛立ちを隠しながら退室して(見送りすらしてもらえず)青年はすぐさま自身の鎮守府へと帰ろうとしたが忘れ物をしていたことを思い出す。妖精達だ。鈴谷に押し付けたままであり、あの後自分は執務室へと入室した為にどこかへ行ってしまった。広い鎮守府ながら寂しい建物内を勘を頼りに歩き回ることしばらくしてとある部屋の前で止まった。中から話し声が聞こえて来て、その内の一つに聞き覚えのある声が混じっていた。青年は団欒(だんらん)の時間を邪魔することに一瞬ノックすることを躊躇うが、ここには一秒でも留まりたくはない場所である。

 

 

「おい鈴谷、いるんだろ?あけろ」

 

 

 青年が扉をノックして声を上げると中の雰囲気が変わる。先ほどまで花を咲かせていた話し声は無と化し、沈黙の気配を漂わせているようだ。見ずともわかる……中には鈴谷以外にも艦娘が多数居て、青年の存在を認識して血の気が引いているのだろう。青年は見ず知らずの相手、しかも声から男だとわかる相手が扉の前に居ることに恐怖心を駆り立ててしまったようだ。しかしそんなことを気にしている暇はない。早く帰りたい一心で更に扉を叩く。

 

 

「は、はい!い、今開けます!!!」

 

「――んがぁ!!?」

 

 

 彼女もまさか艦娘の部屋に直接やってくるとは思っていなかったのだろう。わざわざ艦娘相手に会いに来る変わり者がいるはずないと……残念ながらここに居たのが運の尽き。鈴谷が慌てて扉を開けたが、勢い余って思いっきり開けてしまったことが原因で青年の顔面にぶつかってしまう。彼も早く帰りたい思いから気持ちが先走ってしまい、扉に近づき過ぎたのがそもそもの問題であるのだが状況は鈴谷に味方をしない。

 ○○鎮守府R基地では艦娘達が失敗すれば罰を課せられた。例え相手の方が悪くても責任を取らされた。今回もそう……サッと鈴谷の顔から血の気が引いた。

 

 

「――あっ!?す、すみません!ご、ごごご、ごめ、ごめんなさい!!!」

 

 

 自分の仕出かしてしまった事に土下座をしてまで許しを請う顔面蒼白の鈴谷……だけではない。部屋に居た同じ艦娘も全員同じく血の気が引いているのであった。

 

 

 連帯責任と言う言葉がある。多数の者が共同で責任を負うことであり、任務に失敗すれば暴力や罵倒だけでなく、最悪解体……第一艦隊である鈴谷達は○○鎮守府R基地の主力戦力である為その件は大丈夫であろうが、酷い仕打ちを与えられるだろう。意図的にやった事では無いにせよ、鈴谷達の心は恐怖に染まっていた。

 

 

「お、おまえよくも……はっ!?」

 

 

 正直痛かった……とっても痛かった。そう文句を言ってやろうかと声を荒げようとしたが視線を感じて思いとどまった。失念していた訳ではないが、その存在は小さく一部の人間か艦娘しか見えない。妖精達が青年のことをジッと見つめてこの様子を観察している姿を見たのだ。こうなってしまえば青年の態度はコロリと転がされ、妖精達のご機嫌取りに走る他ありえない……扉に当たった顔面を擦りながら痛みに耐えるしかなくなった。

 

 

「い、いや、謝る必要はない。俺もうっかりしていたからな」

 

「……えっ?」

 

「それに土下座なんてするな。そんな恰好では話もできないだろ?ほら立てよ」

 

「えっ、あ、ふぇ、おぉ?!!」

 

「安心しろ、あんまり痛くなかったからな(滅茶苦茶痛ぇよ!!)」

 

 

 怒るに怒れなくなった青年は痛くないと笑みを浮かべている……が、それは強がりであった。当たったところがまだヒリヒリしていたが幸い赤くなっていなかったことで青年の言っていることが真実味を出していた(本当は滅茶苦茶痛かった)。妖精の前では青年は提督からただのいい人間を演じなければならない……それは妖精に屈している証であるが、それは仕方ないことだと彼の威厳の為に言い訳として書き記しておこう。しかし事情を知らぬ鈴谷達は目を白黒させており、鈴谷本人は挙動不審にまで至っていた。土下座する彼女の腕を引っ張って立たせると何ともキョトンとしているではないか。

 艦娘が失礼を働いた。しかし激昂するどころか土下座していた鈴谷を立たせたことに違和感しか感じられなくなっている。彼は男であり、男は皆ろくでなしだと思っていた。今までまともな扱いを受けたことのなかった彼女にとって初めての対応で呆然としていたのである。

 

 

『「ていとくさ~ん!」』

 

『「やっぱりやさしい♪」』

 

『「やるじゃない、ほめてやる」』

 

『「いいおとこだね♪」』

 

『「うほ♪うほほ♪」』

 

「……お前ら少し落ち着けよ」

 

 

 一連の出来事を見ていた妖精達が青年の下へと集まりだしてそれぞれ褒め称えていた。中には喜びの舞なのか踊り出す妖精や青年の頭にわざわざ乗ってまでいい子いい子している妖精さえいる。艦娘に少し優しくするだけでこの始末だ。痛い思いをしたがこれで妖精達の好感度アップに繋がったことに内心ほくそ笑む青年であった……代償として未だに痛みは残っているが必要経費として我慢しよう。

 

 

「ね、ねぇ!あなたもしかして妖精と話せるの!どうなのよ!?」

 

「ちょ、ちょっと瑞鶴!!」

 

「――あっ!!?」

 

 

 この光景を見た瑞鶴は堪らず声をかけてしまう。初対面な相手、しかも男は傲慢な性格をしている人物が多く、ここにいる連中もそうで艦娘如きが敬語も使わずに、更には身を弁えずに突っかかる言い方をすれば……待っているのは何度も受けたことで身に染みている体罰。姉の翔鶴が慌てて止めるも今や遅し……我に返った瑞鶴は染みついた記憶が蘇ってしまい吐き気に襲われ体に震えが走る。

 

 

「うぅっ!?」

 

「ず、瑞鶴大丈夫!?も、申し訳ございません!瑞鶴の罰は代わりに受けますから何卒!何卒瑞鶴はお許し願います!!」

 

「しょ、翔鶴姉……だめ……」

 

 

 気分が優れない瑞鶴の失態を庇うのは姉である翔鶴、彼女はその場に土下座した。妹の瑞鶴が受ける体罰を代わりに受けると言う……当の本人は体が震えていたが、翔鶴の覚悟は愛する妹を守る為の行動だった。突如として緊迫した状態へと空気が染まる一室で沈黙が場を支配する。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 しかし青年が一番困惑していた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 面倒な奴らだなおい!?チビ共が居るおかげでこいつらに文句の一つも言えねぇとは腹が立つ。それもこれも全部無能な先輩のせいだ!俺から資材を横流しする方法を考えるしか脳だけしかない癖して自慢話もおまけに付けやがって!それがなければもう少し早く帰れたのに今何時だよ?この部屋には時計もないのか。やはりクソな鎮守府にはまともな生活をしていないようだ。この部屋には生活感の欠片を感じさせない。それなりに広い空間ではあるが家具は布団とテーブルだけでカーテンの汚れが目立つ。長らく窓を閉め切って空気の入れ替えをしていない証拠だ。引きこもり状態が続いているようだな。これでは戦力強化どころの話にはならず、どうせ艦娘の能力しか見てないのだろう。健康状態や精神面が能力に左右されることがわからないのか?ああ、わからないから無能だったな。健康状態や精神面の影響で本来の能力より低下あるいは上昇するのは明らかだ。

 その問題を考慮していないのはこの部屋……つまり環境を見れば一目瞭然だ。生活感のない部屋で引きこもりの艦娘共、他人に()(へつら)う態度で顔色を窺うなんて劣悪な環境にいる証だ。そんな奴が強くなれるわけがねぇんだよ。まぁそれは俺の鎮守府ではない問題なので全部無能先輩の自己責任だから関係ないが、チビ共を迎えに来ただけなのに扉にぶつかる……この場合はぶつけられたが正解か。鈴谷のせいで痛い思いをするわ、チビ共の機嫌を損ねないように振舞えば向こうから……こいつは五航戦の妹の方の瑞鶴だったな。瑞鶴の方から喋りかけて来たのに勝手に自爆するわ、今度は姉の翔鶴が土下座し出すわ少し落ち着けよ!!なんか俺が悪い事したみたいじゃねぇか!!

 

 

 確かに青年は悪くない。悪くないが何も知らない第三者がこの現場を見ればどう見ても青年が悪者と映るだろう。豚野との無駄な会談で疲れているのに妖精達の視線を気にしないといけない状況にストレスが溜まっていくが、それでも青年は我慢するしかないのだ。

 

 

「……おい」

 

「――は、はい!」

 

「顔をあげろ」

 

「……」

 

 

 恐る恐る言われた通りに顔を上げる翔鶴だがその表情は恐怖に染まっている。震える体を無理やり抑えているのが見てわかり、何度恐怖を味わえばこのような顔が出来上がるのだろうか……瞳の奥にはまるで心そのものの闇を映しているかのようであった。

 

 

 ヤバそうな目だな、しかし俺には関係ない話っと言いたいところだがチビ共の目があるのが問題だが……チッ、こっちは早く帰りたいだけなのによ。ご機嫌取りに奮起しないといけないとは……もうめんどくせー!!こうなればなるようになりやがれぇ!!!

 

 

「……ほら、拭けよ」

 

「……えっ?な、なん……ですか?」

 

「どう見てもハンカチだろが」

 

「な、何故それを私に……?」

 

「涙が出てるぞ」

 

「……あっ」

 

 

 青年から差し出されたのはただのハンカチだったが、それはどういう罰を与えられるのか翔鶴にはわからなかったが、それが罰ではなく彼女の為に差し出されたものだと理解出来た。翔鶴の頬には涙が流れていた。それは恐怖心から来るものなのか、自分を慕ってくれる妹の瑞鶴に哀れな姿を見せてしまった罪悪感からか、様々な複雑な感情から人は意図せずに涙を流してしまうことが稀にある……それと同じであった。彼女は意図せずに涙を見せてしまったのだ。しかし艦娘である自分が涙を流すなんて見せてはいけないことであった。道具が涙を流すなどあってはならないと、それも醜い艦娘が人間に対して同情を誘うような行為は軽視派の豚野提督からしてみれば気分を害するものであった。その為、涙を流しているところを見つかれば何度罰を与えられたか、不細工の涙に価値はない……現実は艦娘達にとって辛く生きづらい世界である。

 しかし目の前の青年こともあろうかハンカチを差し出して来た。それは個人の物だとわかる。翔鶴は唖然としてしまったのは、醜い艦娘の自分へと差し出しているのだから無理もない行動だったのだ。その為訳も分からずにハンカチと青年の顔を交互に見比べるの繰り返しで一向に進展しないことに痺れを切らした青年が動いた。突如翔鶴に近づいたのだ。

 

 

「えっ!?な、なにを……!?」

 

「ジッとしてろ」

 

「――ッ!?」

 

 

 青年の行動は驚くべきものであった。翔鶴の涙をハンカチで拭いたのは青年自身だったのだ。これには開いた口が塞がらない周りの艦娘達……翔鶴自身は目でもえぐられてしまうものと瞳を閉じたが伝わって来たのは優しい感触で、すぐに感触が離れていく。おかしな感覚に襲われ、恐る恐る瞳を開くとそこには青年の顔があった。小さく「あっ」と声が漏れてしまう。

 

 

「よし、これでいい」

 

「……どう……して?」

 

「んぁ?そんなの決まっているだろ?ハンカチは拭くためにあるんだぞ。ただ俺はハンカチの役目を果たさせてもらっただけだ」

 

 

 当然の行動を起こしたまでだと振る舞う青年に呆気に取られてしまう。周りの艦娘達も未だ思考が停止している状態(開いた口が塞がっていない)だと一目でわかるぐらいだった。翔鶴はボーっと青年を見つめており、どこか頬が赤かった。そんな理解不能の状況で唯一動き出したのは妖精達であった。

 

 

『「やるー♪」』

 

『「いろおとこ!」』

 

『「ひゅーひゅー!」』

 

『「じぇんとるめん♪」』

 

『「うほ、だかれたい❤」』

 

「お前ら……」

 

 

 いちいち反応するんじゃねぇよ……まったく本当に面倒な奴らだよ。いいか、俺がチビ共の機嫌を損ねないようにわ・ざ・とこいつらに優しくしてやっているだけだからな!そこを勘違いするんじゃねぇぞ!!ってか、チビ共抱き着くな!おい誰だ今尻触った奴出てこい!!

 

 

 青年の行動を傍で見ていた妖精達に再び群がられてしまう。先ほどよりもスキンシップが激しくなり、妖精達も青年の行動に感動を憶えてヒートアップしているようだ。どさくさに紛れて尻を触る如何わしい妖精もいるようだが、それもこれも妖精達を虜にしてしまう青年が悪いのだ。

 

 

「おお、それとな……瑞鶴だな」

 

「えっ、あ、はい」

 

「先ほどの質問の答えを教えてやる。チb……妖精さんとは会話ができるんだ。何故かは知らないがな(クソ猫のせいだが……あんな奴のおかげだとは思いたくねぇ)」

 

「あ、ど、どうも教えてくださってありがとうございます……」

 

「そしてもう一つ、お前達は俺から罰を与えられると思っているみたいだがそれはねぇよ。俺はここの提督じゃない。従ってお前達をどうこうする権利はないということだ。だからお前達がどう接して来ようとも怒ったりはしないから安心しろ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 瑞鶴にとって妖精と話ができるという事実を知れたのは良かったが、目の前の人物は自分の追い詰められた心が見せている幻影ではないかと疑ってしまう。怒らない男が目の前にいるのか?そんなバカなことがあるわけないと思っても悪くはない。しかしここは現実世界、青年は幻影などではなかった。その事実に戸惑う瑞鶴。

 

 

「……っと鈴谷、俺はもう帰る。話し合いは終わったからな」

 

「……お帰りになるのですね?」

 

「ああそうだ。妖精達(こいつら)は回収していくぞ。それじゃあな」

 

「……」

 

「……おい、俺に何か用か?」

 

「え、あっ」

 

 

 そのまま部屋から出て行こうとする青年に手を伸ばしていた。その手は青年の裾をキュッと静かに摘まんでおり、鈴谷自身も今気づいたらしい。何故無意識に自分は手を伸ばしていたのかわからない鈴谷だが、胸の内に沈みこんでいたのは()()だった。先ほどの光景を見て「この人ならばもしかして」と理想の提督像と青年が重なった。先ほどまで感じていた恐怖心はいつの間にか消え去っていたのもその証拠だろう。彼女は青年に理想を見たのだ。豚野提督には決して存在しないものが彼にはあった。しかしそのことが彼女には理解できていない為に言葉に表すことが出来ずにあたふたしていた……その時である。

 

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 鎮守府内に緊急事態を知らせるサイレンの音が響いた。

 

 



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2-4 緊急事態発生

お待たせして申し訳ございません。何とか時間を見つけての投稿となります。


「あらすじ」
上司に呼び出されストレスがマッハの青年、しかし新たな問題が発生!何が起こったと言うのか!?


それでは……


本編どうぞ!




 鎮守府内に響くサイレン……それは敵襲を知らせるものであった。

 

 

 突如のことで鈴谷達は動揺していたが一人の声が響いた。それを発したのは若き男性提督……青年だ。「しっかりしろ!司令部はどこにあるんだ!?」と青年の必死な態度に動揺していた彼女達は冷静さを取り戻し、彼を連れて駆け出した。急いで一同は司令部へと到着すればそこには一人の艦娘がいた。

 

 

「みんな!?て、ていと……誰!?」

 

「俺は外道だ。別の鎮守府で提督をやっている。お前は夕張だな?」

 

「えっ?ど、どうして私の名前を……」

 

 

 司令部にいた艦娘とは夕張型の1番艦である夕張、彼女は 兵装をどれだけ効率的に載せられるかを実験してみた艦という珍しいタイプである。しかし豚野提督からは性能が劣っている軽巡洋艦と認識されており、自身の良さを知って貰おうとした夕張の主張により、工廠を任されることになったはいいが、駆逐艦の子達の艤装は直す必要もないとされ放置、建造と装備開発のみを請け負うことになった。建造する度に新たな犠牲者が生まれる苦しみを我慢するしかなく、装備開発に失敗すれば罰が与えられた。第一艦隊とは違い、裏方仕事をさせられる彼女には更なる仕事を押し付けられた。司令部での入電対応をさせられる羽目になり、工廠での仕事と司令部での対応を一人で両方こなさなければならなくなり、睡眠時間も僅かなものとなって目の下のくっきりとしたくまが彼女の疲労度を物語っていた。

 度重なる疲労で意識が朦朧とする中、一通の報が届く。無数の深海棲艦が鎮守府へ向かって移動しているとの報だ。それは遠征に向かっていた駆逐艦の子が知らせてくれたものであった。それを聞いた夕張の意識はハッキリと危機感を憶え、すぐさま駆逐艦の子達に安全を優先して帰投するよう呼びかけたが砲撃の音と悲鳴を最後に通信が途切れてしまう。

 

 

 顔を真っ青にする夕張……だが今はこの鎮守府に敵が向かっているとことを知らせなくてはならない。駆逐艦の子達の無事を祈りつつ、緊急事態を知らせるサイレンを鳴らして今に至る。しかし急いでやってきたのだろう鈴谷達とは別に知らない男性が居たことに驚いてしまった。本人曰く別の鎮守府の提督らしいが、何故自分の名前を知っているのか不思議だった。建造されてから一度も豚野提督から名前を呼ばれて貰ったことはなかったのだから。

 

 

「そんなことは後でいい!それよりも状況はどうなっている?」

 

「えっ、えっと……」

 

 

 夕張はどうしたらいいのか悩んでいると内線電話が鳴った。この場にいる青年を除く全員がビクリと震え、血の気が引いている様子である。恐る恐る夕張が受話器を取れば向こう側から怒鳴り声が聞こえて来る。豚野提督の声だった。その声の質から焦っている様子が伝わって来る。それにも屈しずに駆逐艦の子が知らせてくれた内容を説明すれば更に怒鳴り声が強くなった。「早く第一艦隊のグズ共に撃退させろ!!」とハッキリと聞こえて来る始末である。しかし相手は無数の深海棲艦であり、鈴谷達だけで守りきるのは無謀だと説明しても「お国への忠誠心があるなら守れるはずだ!」と根拠のない理由を盾に出撃を強要する豚野提督だったが、ここで青年は気づいた。

 豚野提督と会談時に制海権を取り戻した話をしていた。しかし深海棲艦は追い詰める前に自ら逃げ出したと話していたことに違和感を覚えていた。その違和感が今わかった。深海棲艦は逃げてなどいなかった。深海棲艦は体勢を一度立て直し、こちらに攻め入る隙を窺っていたのだ。深海棲艦はバカではない……この鎮守府から資材集めの為に駆り出される駆逐艦の子達、その出撃度合いを見ていればこちら側に疲労が蓄積されていくのは時間の問題であり、実際に駆逐艦の子達は戦力にならない程に疲労が溜まり使い物にならなくなっている。深海棲艦は確信したのだ。この鎮守府は落ちる……そして今日実行に移されたのだ。まさに青年にとっては運の悪い日らしい。

 

 

 状況は完全に不利な状況、その上に打って出ろと受話器から煩い怒鳴り声が響きっぱなしで夕張はプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。そんな状態の夕張を見かねた青年は無理やり受話器を奪う。

 

 

「先輩ですか?外道です」

 

『「なに、お前が何故そこにいる!?」』

 

「そんなことよりも今は迫りくる深海棲艦の対応が先でしょう?」

 

『「そうだ、お前からもそこにいるグズ共に言ってやれ!打って出よとな!!」』

 

「お言葉ですが先輩、打って出たとしても敵の数からして多勢に無勢……ここは守りに徹底するべきです。彼女達を見す見す轟沈させるおつもりですか?」

 

『「そんなことなど知らん!そもそも艦娘と言うのは戦ってこその()だ。沈んでも代わりはいくらでもいるじゃないか。それにグズ共がどうなろうと知ったことではない!この私さえ守ればいいんだ!!」』

 

「守るのはあなたではなく、この国のはずでは?」

 

『「う、うるさい!!とにかくグズ共を出撃させろ!!」』

 

「ならば先輩も司令部へとお越しください。執務室に籠っていては作戦の指揮を執ることができないでしょう?」

 

 

 豚野提督が来る……想像しただけで鈴谷達の顔色が悪くなる。それほど恐れられていると言うことであるが、肝心の提督が居なければ話にならない。青年はそう言ったが受話器からの返答はと言うと……

 

 

『「指揮ならもうしたではないか!?」』

 

「まさか今のが指揮と……言う訳ではないですよね?」

 

『「何を言っているんだ貴様は?()()()()とたった今命じたではないか!」』

 

「……」

 

 

 青年は頭を抱えた。まさか「()()()()」それだけが指揮として成り立っていると思っている。無能だとわかっていたが、ここまで無能だったとは予想外だった様で、○○鎮守府A基地を支配していたと前提督と同じぐらいの無能提督であったと思い知らされた。深海棲艦が舐めてプレイ(舐めプ)しているのではないかと感じられる程によくもこれで無事でいられたものだと感じさせられる。いや、実際豚野は深海棲艦に舐められていたのだろう。己の命を賭けて散って逝った艦娘達のおかげで○○鎮守府R基地の今と言う時間の中に存在していられるのだと理解できてしまう。

 

 

「……とにかく、すぐこちらにお越しください。提督が状況を判断し、指揮を命じるのは提督としての役目ですよ?それに敵もすぐにこちらにやってきます。ここが落ちれば日ノ本の未来が……」

 

『「そこまで言うのであるならば貴様が指揮すれば良いではないか!」』

 

「……なんですって?」

 

 

 受話器から聞こえて来た言葉に青年は耳を疑った。

 

 

『「貴様も提督だ。ならば問題ないだろう?寧ろ私が貴様の提督としての器を見極めてやる……光栄だろう?」』

 

「――くっ!!」

 

 

 青年は今にもこの受話器を叩きつけたくなった。何が「提督としての器を見極めてやる」っだ。何かあれば責任は全て青年のせいにするつもりなのだろう。本来ならば豚野提督が指揮しなければいけないのだが……チラリと視線を鈴谷達に向けるとそこには不安を宿した瞳がジッと青年を見つめていた。その瞳を見た時、青年はやはり似ていると感じた……初めて吹雪達と出会った時の瞳にそっくりだった。

 

 

「(……チッ、こんなところまできて艦娘共の世話を焼かなければいけないとはな。まったく運がない日だぜ)」

 

「「「「「……」」」」」

 

「……わかりました。先輩の代わりに俺が指揮を執らせていただきます。しかし私の作戦には口出ししないでいただけますね?」

 

『「ふん、承知してやろうではないか。光栄に思うとよいぞ、この優秀な私が直々に貴様の活躍を見届けてやるのだからな。だが喜べよ?この戦いに勝利するのは我々と初めから決まっている。何故ならこの鎮守府には私が居るのだからな。おかげで貴様は勝利のおこぼれを手に入れることができ、私に一歩近づけるのだからな。まぁ、後百歩ほど足りないがな……ブヒヒ♪」』

 

「そ、そう……ですね(クソがぁ!!!今はそんなどうでもいい話している場合じゃないだろ!?敵がそこまで来ているんだぞ!!!)」

 

『「だが言っておく。貴様に任せるが、失敗は許さんぞ?」』

 

 

 受話器から声が聞こえなくなった。ガチャリと苛立ちを抑えながら受話器を戻す。豚野の声が聞こえなくなってもあの耳障りな雑音が残っている……だが青年は時と場合を見失っていない。今は深海棲艦の方が先だ。深呼吸をし、心を落ち着かせてから鈴谷達に振り返った。

 

 

「先輩から許可は頂いた。今から俺がお前達の指揮を執ることになった外道だ。早速だが作戦会議を始めるぞ」

 

 

 予想外の出来事に遭遇してしまった青年はどうするのであろうか?

 

 

 ★------------------★

 

 

「あり得ないわ……こんな作戦を実行しようとするなんて」

 

「そうね、でもこれしかないって外道さんが言ってましたし……私達のことを考えに入れての発言だったわ」

 

「翔鶴姉は……あの男のことどう思っているの?」

 

「私は……優しい方だと思うわ。だって……」

 

 

 海上には瑞鶴と翔鶴の五航戦姉妹が立ち並び、二人の艤装を妖精達がせっせと準備していた。姉の翔鶴がそれを見てふっと笑う。

 

 

「ちくまー!吾輩なんだかやる気が出て来たぞ!」

 

「ふふ、利根姉さん、それでも油断は禁物ですよ?」

 

「わかっておる。じゃが筑摩のやつより、強くなってしまっているかもしれんぞ?」

 

「私だって利根姉さんよりも強くなっているかもしれませんよ?」

 

「なんじゃと!?それは負けておれん!!」

 

 

 同じく利根と筑摩の姉妹は以前の暗く落ちた感情はどこにもなく、艤装には妖精達が戦闘の準備に取り掛かっていた。

 

 

「みんな、準備OK?」

 

 

 旗艦である鈴谷の声に応えるように首を縦に振り、全員やる気に満ち溢れている。今回の戦闘はこの国にとって最大のピンチと言える状況だ。まだ深海棲艦がやって来るまでに時間はかかるが、こちらはたったの五人(夕張は戦力どころではない)で守らなければならないのだから。彼女達が最後の砦となっており、負ければ地上へ上陸され深海棲艦による攻撃が罪なき一般人を襲い悲劇の幕開けとなってしまう。それは避けねばならない……しかし以前の彼女達ならば戦力にもならずに轟沈し、地上へ上陸されていただろう。しかしそのようにはならない気がする。何故ならば今回ばかりは心強い味方が付いているのだから。

 それは妖精達だ。数こそ少ないが頼りになる存在で、青年に付いてきたことが幸いし、鈴谷達の為に立ち上がってくれた。それに妖精達だけではない……青年も頼れる存在だと彼女達は気づいたのだ。

 

 

 鈴谷は司令部でのやり取りを思い出していた。指揮らしい指揮を与えてくれずに出撃命令しか下さない豚野提督に何度目になるかわからない失望を向けた矢先、青年が代わりに指揮を執ることになったことには驚いた。不安が募る中、青年は鈴谷達に頭を下げて協力を願い出た。「お前達の力が無ければ深海棲艦から日ノ本を守ることができない。だから力を貸してくれ!」そう言われたら嫌とは言えない。特には鈴谷と翔鶴の二人は直に優しさを向けられた彼女達は初めてのことに戸惑いながらも彼にどこか安心感を覚えたのだ。この人ならば……そう思うものがあった。

 何とか鈴谷達の協力を得たが、無数の深海棲艦を相手にどう立ち回るかが問題である。多勢に無勢……打って出れば犠牲者がでるのは間違いない状況であり、遠征に出た駆逐艦の子達とも連絡が取れないことで安否がどうなっているかもわからず、もし健在だったとしても戦力としても期待できない。つまりここに居る鈴谷達のみで対処せねばならないのだ。当然そんなことは不可能だと青年はいち早く理解しており、すぐさま受話器を取りどこかへ連絡を入れていたのを鈴谷達は憶えている。

 

 

 「援軍を要請した」と青年は言っていた。それまで持ちこたえることが鈴谷達に課せられた役目であった。

 

 

 ホントマジで驚きじゃん。艦娘である鈴谷達にあれだけ寛大な態度取れる?敬語も使うなって、普段通りの私達で良いとかそれ何の冗談って思っちゃった。それに……あれは鈴谷としてもずるいと思うなぁ。

 

 

 鈴谷は青年を見て思ったことがある。扉をぶつけてしまう失礼を働いてしまった彼女を許したのも彼であり、司令部で深海棲艦に対する作戦会議を始めた際に「俺に対していちいち敬語を使う必要はない。普段通りのお前達でいい」と言われた。無理に口調と言葉使いを変えてまで顔色を窺っていた彼女達にとっては驚くべきことだった。今まで何度本来の自分達を否定されたか……意を決して普段の自分をさらけ出した鈴谷に周りが固唾を飲んだが、青年は否定しなかった。寧ろ「そっちの方がお前らしくて良い」とまで言われてしまった。その時の青年の笑顔を向けられた鈴谷は顔を真っ赤にしていた。

 

 

 や、やだ……マジ、恥ずかしい……!もぉー、でも……テンション上がるぅ!

 

 

 その時のことを思い出して体が火照るが……今はそれよりも話の続きをしよう。鈴谷を皮切りに普段の自分を表に出したが、誰一人否定されることなく受け入れてくれた青年に皆の心が少し開いた瞬間だった。睦月のように自分の個性に誇りを持っている……本来の自分自身を表に出せず押し殺すことは士気の低下に繋がると学んだことが今回の行動に繋がることになり、士気向上と妖精達を意識しての行動であった。特に今回の戦闘では援軍が来るまで鈴谷達を持ち堪えさせねばならない為、士気が何よりも大事となる。一人でも欠ければ前線が崩壊してしまうだろう。それはすなわち深海棲艦の上陸を許すことだ。そうなってしまえば国全体が大混乱に陥り、青年の昇進の夢どころの話ではなくなってしまう。負けは終焉を意味するこの戦いで誰一人轟沈させない為の作戦を考え付いた。それを鈴谷達に伝えると目を丸くしていた。それもそうだ、何故なら彼女達に与えられた指示はこうだ。

 

 

 「鎮守府を背後にして前方のみ集中し、鎮守府に損害が出ようと無視しろ。自分の身を最優先に動くこと」と青年は言った。

 

 

 打って出れば広い海上が戦場となり、鈴谷達は取り囲まれる可能性が高い。故に背後を気にする必要があり、数では向こうの方が上の状況で注意力を割くのは危険だと判断した結果であった。だがこのような作戦を考える提督が今までいただろうか?鎮守府に損害が出ても自分の身を最優先に動けと命じられたのだ。鎮守府は最後の砦だと多くの提督は考えるが、青年はそう思っていない。艦娘こそ最後の砦、もぬけの殻となった鎮守府では砦どころかただの的である。そんなもの砦とは言わぬ。深海棲艦に対抗できるのは艦娘のみ……彼女達が砦でなれけばならないのだ。

 

 

 鈴谷達は当然こんな作戦を決行しようとする青年に意見を申し出たが「作戦には口出ししないと許可はとってあるから心配するな。全ての責任は俺が取る」そう言われたら何も口出しすることが出来なくなった。何かあれば責任を取らされていた彼女達だったが、彼が全ての責任を取るとまで言ったのだ。鈴谷達はその時体中に電流が走る。今まで描いていた提督とはかけ離れた現実に失望していた。しかし目の前に居る青年は自分達が思い描いていた理想の提督像と似ていたが、そのことを誰一人口から言葉にすることはなかった。

 今から出撃しようとする鈴谷達の胸には不安が溢れて出そうになっていた。報告から想定しても不利には間違いなくこちら側の戦力はたったの五人だけ。夕張はもはや限界に近い状態で戦闘に参加させる事態できない。敗北は国を危機に陥れることになり、最悪そのまま……それにそれだけではない。遠征に出たきり連絡のつかなくなった駆逐艦の子達の安否が不明であること……嫌な緊張が全身を硬直させるには十分な材料だった。

 

 

 こちらはたったの五人なのだ。たったの五人で何が出来ようか?無力……ただ深海棲艦に轟沈させられるのを待つだけなのか、一つだけに留まらぬ不安が絶望を呼び寄せようと心の中を蹂躙しようとする。しかし不安が絶望を呼び寄せることにはならなかった……彼が居たから。

 不安を募らす彼女達に対して青年は一人一人わざわざ名前を呼びあげて言葉を送った「期待している」「お前達ならばできる」「俺はお前達を信じる」その言葉を聞いた瞬間、胸に何かが湧き上がるのを感じた。必要とされている……初めて自身の存在を認められたような気がして彼女達の足取りは軽くなった。いつの間にか溢れ出そうになっていた不安が落ち着きを取り戻す。

 

 

 そして鈴谷達は鎮守府を背に海上に立っていた……しっかりとした足取りで。

 

 

 おかしいよねー、ついさっきまで男なんて信用できないって思っていたのに……深海棲艦が襲って来るはずなのになんだか鈴谷やる気いっぱいになっちゃった。これもあの提督のおかげかな?みんなも顔色良くなってるし、何よりも体が軽い。こんなこと初めて……ちょっと理解不能だけど、今はそれで良いっかって思えるぐらい気分がいい。勝手に燃料も弾薬も補給したけど、全部外道提督が責任取ってくれるってやっぱりおっかしい人じゃん。でも、悪くないかも……ね。よし、準備万端!

 

 

「来るならこればいいじゃん。本当は来てほしくないけど!」

 

 

 深海棲艦の到達まであと少し……

 

 

 ★------------------★

 

 

「はぁ……司令官……」

 

「ちょっと吹雪、あなた落ち込み過ぎ」

 

「そう言う叢雲ちゃんも落ち着きないよ?」

 

「な、なにを言っているのかしら吹雪ってば!?べ、別にあいつのことが心配とかそんなことはこれっぽっちも微塵も欠片も塵粒一つも何とも思ってないから!!!」

 

「ちょっち言わんとアカンことがあるんやけどな、叢雲の今飲んでいるの醤油やで?」

 

「ぶふぅぅぅぅぅうっ!!?」

 

「きゃぁっ!せっかくの服が汚れたじゃない!!」

 

「ゴホッゴホッゴホッ……ご、ごめんなさい熊野、すぐに拭くわ!!」

 

「………………………………………………」

 

「木曾、おーい聞いとるかーって……ずっと上の空やな。お姫様抱っこしてもらったんがそんなに効いたんか?」

 

「なっ!?ち、違う!!お、俺はただあいつが何か向こうでやらかさないか考えているだけで、気になっているのは気になっているがそう言った意味で気になっているとは……ごにょごにょ……」

 

「なんや聞こえとんのかい」

 

 

 訓練終わりで第一艦隊のメンバーが集まっていた。他にも……

 

 

「(司令はいつ帰って来るのでしょうか……はっ!?わ、私は何を考えていた!!?くっ、不覚!この不知火に落ち度があるわけは……!)」

 

「ねぇねぇ時雨、提督さんいつ帰って来るっぽい?」

 

「今日中には帰って来てくれると思うけど……いつ頃になるかは僕にもわからないよ」

 

「提督ぅ……いないと元気出ないのにゃ……」

 

「ダメなのですよ睦月さん!提督さんが居なくても電達は出来ることを証明しないといけないのです!!」

 

「そうだよー!那珂ちゃんも提督の為にライブの振り付けを毎日練習しているんだよ?いつかアイドル那珂ちゃんライブを見てもらう為にも頑張っているんだから。不在だからって練習を怠る那珂ちゃんじゃないんだよ」

 

「ども、青葉ですぅ!皆さん提督が不在の今、色々と不安があるでしょうが……じゃじゃーん!青葉秘蔵コレクションの一つ、提督の転寝(うたたね)写真なんてご覧になってみては如何でしょうか♪」

 

「ねぇ青葉、その写真ってどう見ても盗撮だよね?カメラアングルからして盗撮しかないよね?これはいけないと思うな僕は。提督なら大丈夫だと思うけど、もしその盗撮写真が原因で提督が怒って鎮守府から出て行ったらどう責任取るつもり……ねぇ?」

 

「えっ!?そ、それはダメっぽい!絶対ダメ!!!」

 

「ふえぇぇぇ……提督が居なくなるなんて考えたくないのにゃ!!!」

 

「青葉さん盗撮は犯罪なのです!例え優しい提督さん相手でもやって良いことと悪いことがあるのです!!」

 

「そ、そんなに皆さんが怒るとは思っていませんでした……は、反省します」

 

「それじゃこれは僕が処分しておくよ(提督の写真を手に入れられるなんて……ついてるね♪枕の中にでも隠しておこう。ふふ、今日は提督の夢見れるかな♪)」

 

「(し、司令の写真!?しかも寝顔!!?み、見たい……はっ!?ま、また私は何を考えているんですか!?落ち度……不知火の落ち度です!!)」

 

「もう、てーとく、おっそーいー!」

 

 

 時雨率いる第二艦隊に青葉率いる第三艦隊のメンバーも集まっていた。昼時は既に過ぎていてもここが彼女達の団欒広場である。提督である青年は留守である為、何名かの気力が削がれているがいつもとそこまで変わらない日々を送る……かに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

み、皆さん大変です!!!

 

 

 食堂の扉を開け放ち開口一番にそう告げたのは青年が居ない間、補佐である大淀。書類仕事をしていたはずの彼女には珍しく汗を流して走って来たのがわかる。気を利かせて間宮が一杯の水を手渡すとそれをすぐに飲み干し気持ちを落ち着かせていた。

 

 

「大淀さん何をそんなに慌てているのですか?」

 

 

 間宮の問いに大淀はこう答えた。「○○鎮守府R基地が深海棲艦の攻撃に晒されようとしています」一瞬場が静まり返ったが、すぐに大淀に詰め寄ったのは元々○○鎮守府A基地に残っていた初期艦の吹雪達。○○鎮守府R基地はまさに今青年が訪れていることはこの場にいる誰もが知っている事である。深海棲艦の魔の手が伸びれば彼の命も危険であると言うことは言葉にせずともわかること。詰め寄られた大淀はあまりの剣幕にタジタジになり、吹雪達は我慢できず今にも飛び出して行く勢いだ。

 

 

「吹雪ちゃん、みんなちょっと待って!」

 

「鳳翔さん止めないでください!司令官がっ!!!」

 

「提督さんを守るって誓ったの。だから夕立、深海棲艦をぶっ潰すっぽい!!」

 

「すぐに向かわないと提督が危険だよ!僕もジッとしていられないんだ!」

 

「電も提督さんの下にすぐに向かいたいのです!」

 

「提督は睦月達の提督なの。だから……睦月が行かないといけないの!」

 

「あいつにはまだやってもらわないといけないことが山ほどあるの。勝手に逝って約束を破るなんてことはさせないわ。それに……あいつには傍に居てほしいし……ってそうじゃなくて!?と、とにかく止めたって無駄なのよ、私は行くわ!」

 

「みんなの気持ちはわかるわ。でもあなた達だけではダメよ。それに提督から指示が出ているの」

 

 

 吹雪達を止めたのは鳳翔、彼女は大淀にお茶とお菓子を差し入れしに執務室へと訪れていた。そんな時に電話がなり、青年とのやり取りを傍で聞いていたことで○○鎮守府R基地の現状を理解した。走る大淀に遅れて食堂へと辿り着いた彼女は駆逐艦でありながらその剣幕は戦艦をも上回る圧力に押されていた大淀に助け船を出したのだ。鳳翔の説明により、吹雪達は落ち着いた。だが緊急事態であることに変わりはない。すぐに青年からの指示通りに出撃するメンバーはすぐさま艤装と体調のチェックを行い港へと向かった。

 その背中を見送り、残された大淀はすぐさま執務室へと向かう。大淀も青年からの指示通り動き出す。彼女に与えられた命は一本の電話をとある人物にかけることで、受話器を取り一本の通信を入れた。

 

 

「もしもし、私大淀です。美船元帥をお願いします」

 

 

 残すは時間との戦いだ。

 

 



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2-5 防衛ミッション

国の危機に直面した青年と艦娘達の運命は如何に!?


それでは……


本編どうぞ!




「……見えました。敵艦おおよその数は三十と言ったところですね。それにあれは重巡リ級……しかもelite(エリート)ですか。厳しい戦いになりますね」

 

「ぬぅ、カタパルトが不調ではなければ吾輩の索敵機が活躍したのに……筑摩のやつに先を越されてしまった……」

 

「と、利根姉さん!?お、落ち込まないでください!大丈夫ですよ、これから利根姉さんは活躍できますよ!!」

 

「索敵で活躍したかったのじゃ!!」

 

「ちょっと利根、あなた緊張感ぐらい持ったらどうなのよ……」

 

「ふふ、そう言う瑞鶴は緊張している感じがしないわよ?」

 

「わ、私は……なんでだろう?今も深海棲艦が向かって来ているのに落ち着いていられるのはどうして……もしかして翔鶴姉も?」

 

「ええ、でもなんとなく理由はわかるわ。ねぇ、鈴谷さん」

 

「うん、やっぱり外道提督のおかげだと鈴谷思うねー」

 

「あの提督さんのおかげってこと?」

 

「そっ」

 

 

 索敵機により深海棲艦の姿を捉えることに成功した筑摩に対して活躍の場を奪われ子供のように落ち込む利根を励まそうとする妹と言う光景が繰り広げられている。その傍で緊張の色など感じさせない五航戦の翔鶴、瑞鶴の姉妹と旗艦鈴谷の会話が彼女達の心境を映していた。不安は確かにある……自分達が敗北すれば未来は無く、未だに安否が確認されていない駆逐艦の子達も心配だ。落ち着きを取り戻したが、不安は完全に消え去ることはない。

 

 

『「きをしっかりもって!」』

 

『「まえをみて!」』

 

『「いまはきみたちがたのみのつな!」』

 

『「「「だいじょうぶ、もしものときはわたしたちがついているから!!!」」」』

 

 

 鈴谷の艤装にしがみついている妖精達が何か言っている。言葉はわからずとも自分のことを勇気づけようとしているのは確かだ。鈴谷はそんな妖精達に「ありがとう」と告げるとサムズアップする。

 

 

「……来ましたよ」

 

 

 筑摩の声が鮮明に聞こえた。水平線に視線を向けると遠くの方で蠢く影、数多い……それら全てが深海棲艦である。たったの五人で三十もの深海棲艦を止めることができるのか?しかしやらねばならない。誰一人としてここを通すわけにはいかないのだから。

 

 

「最上型重巡、鈴谷!いっくよー!」

 

「利根、出撃するぞ!」

 

「筑摩、準備万端、出撃します」

 

「五航戦、瑞鶴出撃よ!」

 

「五航戦、翔鶴、出撃します!」

 

 

 未来をかけた持久戦が今始まる。

 

 

 ★------------------★

 

 

 正直に言えば戦力差が大きすぎる……たったの五人だけで防衛できるのか言った俺でも不安しかない。深海棲艦が地上に上陸すれば昇進どころか未来そのものがなくなっちまう。失敗すれば俺達は……人類は終わりか。つまり俺には逃げ道はないってわけだ……チッ、だがやるしかねぇ!贅沢三昧な未来の為に俺は負けることは許されねぇし、途中で逃げ出すなんてできっか!!来いよ深海棲艦!艤装なんか捨ててかかって来い!!

 

 

 絶望的状況でも青年は提督として指揮しなければならない。本来○○鎮守府R基地の提督である豚野が動かない以上深海棲艦に無残にも敗れ去る未来……いや、豚野が動いたとしても未来に希望の欠片もないことなど青年のみならずこの場に居る夕張、サポートとして司令部に残った妖精の誰もが思ったことだ。豚野は自身は優秀だと思い込んでおり、援軍要請などみっともない行動は不要だと決めつけ鈴谷達だけで返り討ちに出来ると思っているようだ。それを考えてみれば青年がここに居ること自体が幸運なことであろう。

 

 

「だ、大丈夫……なんですか?」

 

 

 目の下のくまが疲労度を物語っていても今の彼女にはそれを気にしている余裕はない。青年と同じくたったの五人で守り切ることができるのか不安を抱いていた。敵は三十隻、こちらは五隻……深海棲艦側には駆逐艦や軽巡洋艦のみならず、軽空母に重巡洋艦更には正規空母である空母ヲ級が確認された。そして更にそれらを従えているのが重巡洋艦だ。「戦艦ではないなら安心だ」などと侮るなかれ、そいつはただの重巡洋艦ではなかった。

 『重巡リ級elite』と呼ばれる重巡リ級の強化体が確認されたのだ。他の深海棲艦をまとめ上げてここへ向かって来ているのである。普通に考えれば絶望的状況で勝ち目がないように見える。しかし青年はそれでも諦めることはできない。昇進の為、贅沢三昧の生活を送る毎日を夢見ていたとしても彼は立派な軍人であるのだ。逃げれば未来がない状況で敵前逃亡など新米提督ながらも彼のプライドが許さなかった。

 

 

「大丈夫とは言い切れないがやるしかない。やらねば誰がやってくれるってんだ?俺達でやるしかねぇんだ……負けは認められねぇ。あいつらだけでは時間を稼ぐのは難しい……だから俺達はここであいつらを全力でサポートするぞ夕張、共に戦い抜いて深海棲艦共をぶちのめしてやるぞ!」

 

「……っ!」

 

 

 戦場と化す海上を見つめている青年に言われて気づかされた。鈴谷達がここへやってきた時から夕張は疑問に思っていたことがあった。裏方仕事で戦場に出ることがなかったことで生き延びることができたおかげで古参となる彼女は鈴谷の身に起きた悲劇も知っていた。そのこともあり、いつも鈴谷の表情は偽りの仮面で覆われていたはずだった……何故彼女達の表情が和らいでいたのか不思議だった。

 しかし今ならわかる。夕張の見つめる先にいる青年が彼女達を変えたのだ。そして夕張自身も変わるのだ。司令部でのやり取り、そして艦娘一人一人に対する意志、逃げ出すことができるのに彼は残った……共に戦うと言ってくれた。この人こそ「提督」と呼べる人物なのだと気づいたのだ。

 

 

 失っていた艦娘としての情熱が夕張の胸に湧き上がって来るのを感じていた。

 

 

「やりましょう!必ず深海棲艦からこの国を守ってみせます!!」

 

「お、おう……だが鎮守府を囮に使って悪いな。夕張も危険な目に遭うのに」

 

「元々ここにいい思い出はありません。けれどもみんなと出会えた場所なのでちょっと……ほんのちょっとだけ後悔なのかわからないですけど思うところはありますが私も艦娘です。前線に出ずともみんなをサポートできるならもしここで息絶えても本望です」

 

「……そうか、だが俺は誰も失うつもりはない(士気が落ちるから)夕張もその一人だ。共に鈴谷達をサポートするぞ。お前にも()()()()()()からな」

 

「――ッ!?は、はい!!私、頑張ります!!!」

 

 

 目の下のくまも消し去ってしまう程の生気に満ちた表情を浮かべた夕張の気迫に若干引き気味の青年。夕張も艦娘でありながらも豚野にこき使われる存在としていた彼女だが、長らく求めていた本来の「提督」の姿を感じさせる青年に期待の眼差しと「()()()()()()」必要とされている、役立ちたいと言う思いがヒシヒシと彼女から伝わって来る……が、青年本人はと言うと。

 

 

 こ、こいついきなりどうしたんだ?おい、先ほどまで目の下にくまがあったはずだがどこに消えたんだ!?表情が生き返ったようで疲労が原因で、サポートに支障が出るか少々不安だったが回復(?)したようで何よりだ。しかし本当にどうしたんだよ?絶望的状況でおかしくなった……わけではなさそうだが、後でカウンセリングでも受けさせてやるか。精神的ストレスは溜め込むと取り返しのつかないことになってしまう。心身ともに大事にしてこそ健康であると言えるんだからな。

 それにしてもメロン色だなこいつは……夕張だからか?だが胸は……特大メロン級とはいかず、小玉メロン級だったようだな、しかしそれがいい。更にコンパクトボディとも言える細い腰回りにへそ出しだと!?更に更にミニスカートに黒のストッキングだ……とぉ!!?記憶の中で容姿のことは知っていたが、木曾もお前もなんでへそ出し出す?何故お前も叢雲のように黒色で攻めるんだよ……そそられるじゃねぇか!!!……ってこんな緊急事態に変なことを考えている場合じゃねぇよ!!?落ち着け俺の魚雷(息子)よ、見慣れているはずだ。木曾と叢雲、ましてはこっちにはあの島風もいるんだ。こんな程度のことで俺が興奮するわけが……!!!

 

 

「……あの、鼻血出ていますけど?」

 

「……ッ!?な、なんでもない……ぞ」

 

「なんでもないわけが……」

 

「なんでもなかった、なんでもないんだ。い・い・な?」

 

「ア、ハイ」

 

 

 妙な威圧感に押し黙るしか選択肢を選べなかった夕張は下半身のもっこりに気づけなかった。不覚にも鼻血を出してしまった青年であったが、これは仕方がなかったと言うことにした。何故なら本能と言うのはどんな時でも忠実なのだから。

 

 

 再び戦場と化す海上に視線を向ければ深海棲艦の影が近づいている。もうすぐこの鎮守府が深海棲艦の射程距離に入るだろう。この司令部にも砲撃が直撃するかもしれないことに夕張も気づいていた。「外道さんだけでも安全な場所に移動した方がいい」と進言するが、青年は受け入れることはなかった。

 備え付けられた機材をここから持ち運ぶことはできないし、妖精達が居たとしても今から無線機等の物を開発している時間はない。鈴谷達をサポートする為にはこの場から動くことができないのだ。いや、例え敵の砲撃範囲内で命の危険があっても青年はこの場から動こうとはしないのだ。輝かしい未来の為、昇進と言う名の夢に向かう為に青年は絶望的な今を乗り越えなくてはならない。例えそれが命をかけることになってもだ。

 

 

 だ、大丈夫だ。俺は常に冷静(クール)だ。吹雪のパn……下着なんかにも……ぜ、全然興味ないし、夕立のおっp……胸を押し当てられた時もへ、ヘッチャラだったからな!ガキの色気なんかで俺がこ、興奮するわけないだろうが!!そ、そこんところをか、勘違いするんじゃねぇぞ!!

 

 

 

 夕張の目には凛々しい青年の横顔から鮮血の滝が流れ落ちている姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ!!?い、今のは危なかったな……!」

 

 

 鈴谷達が深海棲艦との時間稼ぎを目的とした激闘が繰り広げられた。その証拠に鎮守府には深海棲艦の砲撃が向けられていた。降り注ぐ敵機の爆撃、砲撃が鎮守府に着弾する。その度に爆風と爆音が周囲を吹き飛ばす。

 

 

 あ、あぶねぇー!!?今のは近かったな……だがこれは好都合だ。やはり俺の思った通りに深海棲艦は人間が憎くて堪らないらしい。鎮守府を優先的に狙っていやがるぜ。何がそこまでして奴らに憎悪を募らせるのかは知らないが、おかげで鈴谷達に攻撃が集中していないことが幸いか……知性はあるが、感情的過ぎて優先順位を誤るなど戦場では二流だぜ深海棲艦さんよ♪しかし余裕面している暇はないなこりゃ。いつここに砲撃が直撃するかわからん。チビ共が気を利かせて分厚い鉄板をどこからともなく持って来やがった。その鉄板で壁を補強してくれたが無いよりマシな程度だろうな。相手は艦なんだからその砲撃を食らえば木端微塵……ちくしょう、俺だって死にたくないわ!だがここで負ければどの道待っているのは死だけだ。だからと言って俺は死にたくない。死ぬわけにはいけねぇんだよ、俺はまだ夢を叶えちゃいない。夢を叶えるまで……いや、叶えてからもそう簡単に死んでたまるか!なので……お願いします砲撃が飛んできませんようにっ!!!

 

 

 司令部にて、堂々と佇む青年だったが、内心では敵の砲撃と爆撃がいつ身に降りかかるかわからない現状にビビりまくりの青年であった。

 

 

「そ、外道さん!危ないですから隠れてください!!」

 

『「きけんだー!!!」』

 

『「てっき、しゅうらい!!!」』

 

『「みをひそめろー!!!」』

 

 

 そんな青年を無理やり引っ張って少しでも身を守れるように机の下に避難した。妖精達も攻撃から身を潜めようと様々な箇所に隠れる。

 

 

「(身を潜めてもこれじゃ毛が生えた程度……もしかして私達負けるの?ははっ、そうだよね、こんな戦力の差で私達が勝てるわけないよね……初めからわかりきっていたことだったんだから)」

 

 

 夕張も机の下で青年と二人……きりではないが、男と密着できたことに本来ならば興奮することになるだろうが今はこんな状況である。「やりましょう!必ず深海棲艦からこの国を守ってみせます!!」と意気込んでいた夕張であっても、実際に身の危険を感じれば不安が生まれ、もう勝てないのでは?と心が屈しそうになってしまっていた。そんな彼女を勇気づける存在がこの場に居た。

 

 

「おい夕張、そんな諦めた顔をするな。まだ勝負はついていないだろ!諦めてんじゃねぇよ、鈴谷達は今も頑張っているんだぞ。俺達が諦めたらあいつらはどうなるんだ!!?」

 

「――ッ!?」

 

 

 諦めかけていた夕張に喝を入れたのは青年だった。彼の言葉で夕張の心に巣くおうとしていた不安は希望に成り代わった。忘れかけていた、ここには自分だけじゃない。妖精も居て青年もいる。そして戦場と化した海上には鈴谷達(仲間)がいる。みんなこの瞬間を抗っている……ならば自分も最後まで抗わないといけない。諦めてはいけないと彼女の心が熱を帯びた。

 

 

「そうですよね、私達がサポートしなければならないのに……ありがとうございます。あなたが居てくれなかったら私達は今頃……」

 

「そんなことは後だ。今はやるべきことをするぞ」

 

「はい!」

 

 

 青年が居なかったらと思うと夕張はゾッとした。彼の言葉にこんなにも勇気づけられるとは思ってもいなかった。もし彼が逃げ出していたら……そんなことを思っていた時のことだ。突如として扉が荒々しく開け放たれ駆け込んできたのはなんと豚野提督だった。

 

 

「ぶ、ぶひぅうううううう!!!ど、どういうことだ貴様らぁああ!!!」

 

 

 様子から激昂しているのがわかる。執務室でふんぞり返っていた豚野は自ら育て上げた(と思っている)鈴谷達(便利な道具)が深海棲艦を撃破して花々と勝利する姿を疑わなかった。今頃は鎮守府海域で戦闘を繰り広げている頃合いだと思い込んでいた。しかし青年が鎮守府を囮に使うなど知る由もない。そもそも鎮守府を囮に使うなどハイリスク、しかも自身の身が危険に晒されてしまう行動である。まず数多くいる提督は建造すれば再度手に入る艦娘の為に命を賭けたりはしない。しかし青年はそれをした。豚野も当然そんなことをするわけはないと夢にも思っていなかったが、爆音が響き渡った。窓から外を見れば深海棲艦と鈴谷の姿があったことに混乱と焦りが現れ始め、遂には司令部まで逃げて来た。運動不足の豚野はここに来るまで人生で最も体力を使ったことだろう。全速力で命からがら辿り着いた。その体には汗水だけでなく、涙と鼻水を垂れ流していた……相当気持ち悪い姿である。

 砲撃から身を屈めていても怒りは静まる様子はなく、この状況を作った青年と夕張を睨む豚野。特に夕張は顔色が悪くなり、体が震えだした。どれほど豚野のことを恐れているのか見てわかる。

 

 

「き、貴様らのせいで私の鎮守府が滅茶苦茶ではないか!!!」

 

「ひぃっ!!?」

 

 

 夕張の体に追い打ちをかけるように怒号が二人に放たれる。小さな悲鳴を上げて瞳に涙が浮かんでいた。

 

 

 チッ、こんな状況でこいつが来るなんて邪魔にしかならない。俺に全部押し付けておいて今更出てくんじゃねぇよ。お前なんぞに構っている暇はないし、夕張がいつまでもこんな状態なら鈴谷達をサポートできないじゃねぇかよ!ええい仕方ねぇな!!

 

 

 机の下から這い出た青年は夕張を庇うよう背後に隠した。

 

「そ、外道……さん?」

 

「貴様!!どういうつもりなんだ!?」

 

「どういうつもりもなにもないですよ。そこまで言うのであるならば貴様が指揮すれば良いではないか!っとそう言ったのは先輩の方ですよ?俺は先輩の許可を頂いたので、鈴谷達に鎮守府を囮にして戦えと指示を出しただけです」

 

「な、なんだと!?それではこの状況は貴様が招いたのか……!!?」

 

「そういうことになりますね。おっと、ここも戦場と化すなら先にお伝えしておいた方が良かったですね。これは申し訳ありませんでした」

 

「き、貴様ぁ!!!何をぬけぬけと!!!それに何故あのグズ共があそこにいる?何故グズ共を出撃させなかったんだ!!?」

 

「ちゃんと出撃していますよ。ただあいつらを轟沈させない為に、何も障害物がない海上で取り囲まれて叩かれるよりも鎮守府を囮にし、背後を気にせず前方だけに集中できるこの策しかなかったのですよ」

 

「さ、策だと!?あんなグズ共の為に私と私の鎮守府を危険に晒しただとぉおおおお!!?」

 

 

 豚野は顔を真っ赤にして怒っている……激昂を通り越す勢いだ。たかが醜い艦娘の為にこの鎮守府を囮にしただけでなく、提督である自分の身を危険に晒したことが豚野の怒りに触れたようだ。そんな豚野に対して青年は内心高笑いしていた。

 

 

 へっ、ざまあみろ。俺から資材を搾り取ろうとした罰だ。あれだけ俺のことを見下したんだからこれぐらい仕返しされても文句言うんじゃねぇよ。だがいい姿だぜ、あんたにはお似合いだな……クヒヒ♪

 

 

「き、貴様……私は提督だぞ!?その私を危険に晒してただで許されると思っているのか!!?貴様のような無能な奴見たことないわ!!!」

 

 

 ……はぁ?無能だって?俺がぁ?そろそろ限界だぜ……こんな奴に今までへこへこしていたのかと思うと腸が煮えくり返って来るぜ!!!

 

 

 豚野の言葉に青年は我慢は限界を超えた。

 

 

「……提督?提督だって?先輩、あなたは何か勘違いしていませんか?」

 

「なにっ!?なにをだ!!」

 

「ただ椅子に座ってふんぞり返るのが提督なんですか?違う、提督ってのは部下のことをちゃんと管理し、的確な指揮を執り、職務に真っ当でなければならない。艦娘が主力の中、戦場に出られない分、我々はその他のことで死力を尽くさなくてはならない……今がその時です。戦場で戦うのは艦娘です。しかし我々だって艦娘と共に戦場に居るんです。あいつらをサポートし、誰一人として轟沈することなく帰還したあいつらに労いの言葉をかけてやり(戦意低下を避ける為)戦場で傷ついた心と体を癒す(士気の低下に繋がらない為)休息の場所、それが鎮守府です。艦娘達が安心して帰りたいと思える鎮守府を作るのが我々の役目なのです。それなのに何もしないでただふんぞり返っているだけだなんてそんなものは提督失格です……お前は提督失格だ!」

 

「ぶ、ぶひぃ!!?」

 

 

 今までの鬱憤をぶつけるように青年の言葉は棘があるものだった。青年は我慢ならなかった。怒鳴り散らすだけでこちらには見返りを要求し、面倒ごとを押し付け、自分のことを無能だと言った豚野に堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。みるみる豚野の顔に青筋が浮かんで何か言おうとした時、また鎮守府に砲撃が着弾したようだ。轟音と共にどこかが吹き飛ばされる音が聞こえて来る。

 

 

ぶひぅぅぅぅぅう!!?

 

 

 汚い悲鳴が鎮守府全体に響いた。今まで何とか我慢していたのだろうが、豚野は一目散に逃げ出した……床に水たまりを作って。

 

 

 ……チッ、汚ねぇもん残していきやがって。一発ぶん殴ってやりたかったが、俺は軍人であり、提督だ。私情よりもあいつらを優先してやらねぇとな。それにしてもこの様子だと既にあのいけ好かない憲兵も逃げ出しているはずだ。先輩も逃げ出したし、残っているのは俺達だけだな。これで心置きなくサポートに集中できるってもんだ。しかし後で俺は責任を執らされるんだろうな……だが今はそんなこと考えている暇はない。深海棲艦に集中しないと……!

 

 

「これで邪魔者は消えたな。おい夕張、サポートの続きするぞ」

 

「……」

 

「おい夕張どうした?さっさと鈴谷達をサポートするぞ。時間は待ってくれねぇんだからよ」

 

「――はっ!?りょ、了解しました!」

 

「チb……妖精達も頼むぜ!」

 

『「がってん!」』

 

『「しょうち!」』

 

『「のすけ!」』

 

「お前ら……真面目にやれ」

 

 

 青年は気づくことはなかった。夕張は豚野に『提督とは何か』を説いていた青年に見惚れていたことを。

 

 

 ★------------------★

 

 

「のじゃぁ!!?こ、この程度では……吾輩は沈まぬぞ!」

 

「利根姉さん大丈夫ですか!?……いたっ!?」

 

「いっ、痛っ……やられました!瑞鶴はまだいける?」

 

「私は大丈夫。でもこのままじゃ翔鶴姉も……」

 

 

 ヤバイじゃん……わかっていたことだけどここまで持ったと思う。でももう流石に鈴谷達も限界が近づいてきたみたい……覚悟決める時かな。

 

 

 鈴谷達は三十もの深海棲艦相手に善戦を繰り広げていた。妖精達が艤装に宿ってくれたおかげで以前の戦力とは比べものにならないものとなっていた。鎮守府を囮に使うことで人間を憎む深海棲艦は優先的に鎮守府へ攻撃してくれたおかげで鈴谷達を狙う深海棲艦の数が分散したことで被弾率も低下した。しかし鎮守府には青年と夕張が居ることもあり、心の中では気が気ではなかった。砲撃や爆撃が着弾する度に二人の安否を気にしていたが、自分達のやるべきことをやらねばならないのが現状だ。鈴谷達は奮起し、深海棲艦をたった五人だけで相手取っていたが、今まで持ち堪えることはできたものの、敵も鎮守府から鈴谷達に狙いを変えたことで被弾し始めた。流れが押され始めている……多勢に無勢の状況で良くここまで持った方だ。

 既に五人共小破状態にまで押され始めており、妖精達も頑張ってはいたそんな状況下の中で一発の砲撃が飛んでいく……

 

 

「――ッ!?鈴谷危ない!!」

 

「えっ?」

 

 

 瑞鶴の叫びが聞こえ、気づいた時には遅かった。

 

 

「きゃぁっ!!?」

 

 

 鈴谷に砲撃が着弾、全身がボロボロとなり所々から血が流れる。どう見ても大破状態であり、鈴谷はその場に膝を付いてしまった。大破した状態では自身だけの力で動くことはかなり辛い……仲間達が鈴谷を助けようと駆け寄るが深海棲艦の砲撃によって阻まれてしまった。そして鈴谷だけでなく、翔鶴達にも砲撃が飛んでいく。

 

 

「きゃあああ!?」

 

「翔鶴姉!?こいつら!!」

 

「翔鶴よ、大丈夫……のじゃぁ!!?」

 

「と、利根姉さん!?くっ、利根姉さんも翔鶴さんも私の後ろに……きゃぁっ!!?」

 

「(そ、そんな……利根に筑摩、翔鶴姉までもが中破しちゃった。鈴谷はもっと危険だし……もう終わりなの私達……誰も助けになんて来てくれないの?)」

 

 

 深海棲艦の砲撃により翔鶴、利根、筑摩の三人は中破してしまう。幸運なことに瑞鶴は今だに小破状態止まりだが、鈴谷は大破までしてしまい未だに援軍が来ないことに焦りが見える。そうしている間にも敵はこちらを仕留めようとする気のようだ。そしてそのターゲットが鈴谷だ。彼女を狙う一隻の深海棲艦がいた。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 鈴谷の視線の先には両手を覆う艤装を向ける重巡リ級eliteの姿が映し出された。リ級eliteの瞳は赤く、まるで募りに募った怒りや悲しみを燃やしているかのようであった。その瞳は真っすぐに鈴谷を捉えそして……

 

 

「「「「鈴谷!!!(鈴谷さん!!!)」」」」

 

 

 仲間達の悲鳴の叫びよりも先に砲撃の発射音が聞こえる……すぐに理解できた。

 

 

 ああ、もうダメみたい……でも鈴谷達がここまで頑張れたのってきっとあの人のおかげだね。でも、でも悔しい……私達ようやく艦娘らしいことが出来たと思ったのにこれで終わりだなんて……ううん、そうじゃないよね。あの人が居てくれたから鈴谷はこうして戦えたんだ……艦娘として沈むことができる。ありがとう外道さん(提督)……()()()()じゃなかったけど、最期ぐらいはいいよね。

 最上、三隈、そして熊野には嘘ついちゃった。「幸せになる」約束守れそうにないみたい……ごめんね、でもこれでみんなで海の底……もう一人じゃなくなるね。

 

 

 瞳を閉じる。轟沈()を覚悟した瞬間、走馬灯がよぎった。短い時でも姉妹艦と出会えたこと、共に辛い日々を過ごした第一艦隊の仲間達、決して楽しい思い出など在りはしない後悔ばかりの記憶であるが、最後には艦娘として沈むことができるのが誇らしかった。これも一人の青年のおかげであると心の中で感謝を告げつつ、別れを惜しむ。

 

 

 深海棲艦の砲撃が一人の艦娘に直撃する……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はずだったのだが、爆音が聞こえても痛みはなかった。寧ろ当たった感触すらなく、不思議と瞳を閉じるとそこには見忘れるはずのない背中があった。

 

 

「あら、こんなところで睡眠ですか?それではいけませんわ。レディたるもの、きちんとベッドで眠ることをお勧めしますわよ?鈴谷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………熊野?」

 

 

 沈んだ熊野と同じ艦……○○鎮守府A基地の熊野が大破状態の鈴谷を守ってくれていた。

 

 



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2-6 援軍到着

ふぅ……ようやく書けましたので投稿します。


鈴谷の危機に現れた熊野!さぁ、反撃の時だ!


それでは……


本編どうぞ!




「ほ、ほんとう……本当に熊野……なの?」

 

「当たり前ですわ。他の誰に見えるのです?」

 

「――熊野っ!!!」

 

「きゃっ!?もう一体なんなのですの……あっ」

 

 

 鈴谷が熊野に勢いよく抱き着いたことでバランスを崩して海面に倒れそうになった。いきなり何をするのかと熊野は問おうとしたが、その言葉は洩れることはなかった。熊野の瞳に映る鈴谷は瞳から液体が流れ落ちていた。それは決して赤い血ではない……冷たい暗闇の底へと沈んだはずの(熊野)と再び出会えたことの喜びが輝く液体()となって姉妹の再会を称えていた。

 

 

「く、くま……熊野……熊野!あい、会いたかった……」

 

「……わたくしも会いたかったですわ……鈴谷」

 

 

 震える声で必死に熊野の名を何度も呼ぶ。もう離さないように……離れないように腕に力を込めていた。熊野もそんな鈴谷に身を任せていた。

 熊野は気づいていた。鈴谷が熊野と呼ぶのはおそらくここ○○鎮守府R基地の熊野であり自分ではないと言う事を。しかしそれでも今は彼女が溜め込んでいた寂しさや悲しみを受け止めてあげることが自身の役目だと理解していた。だがここは戦場だ。そんな二人の再会を羨むように、また妬ましそうに歯を食いしばり熊野と鈴谷を睨む深海棲艦。まるで自分達もそうでありたかったと吠えるように艤装を二人に向け、恨みの籠った一撃を放とうとする。

 

 

「させへんで!攻撃隊、いったれや!!」

 

 

 深海棲艦に無数の爆撃が降り注ぐ。空には深海棲艦とは別物、翔鶴や瑞鶴、利根や筑摩とは別の艦載機が舞っており、翔鶴達を守るように艦載機が深海棲艦を撃破していく。突然の出来事に呆気に取られる翔鶴達だが、声の主が姿を現す。

 

 

「あなたは……龍驤さん!?」

 

「せやで、翔鶴と瑞鶴、利根に筑摩やな。初めまして龍驤や。そんで皆無事か?」

 

「え、ええ……なんとか無事ではないですけど……」

 

「吾輩もなんとか生きておるぞ……」

 

「ですが私達ではもう持ちこたえられません」

 

「もしかして龍驤さんが……援軍?」

 

 

 颯爽と現れた龍驤に対して翔鶴の肩で担ぐ瑞鶴は期待の眼差しを込めて聞いた。

 

 

「勿論や。だけどな。援軍はウチだけやないで。頼れる仲間達も一緒やで!」

 

 

 そう龍驤が翔鶴達に言う。すると次々と砲撃が深海棲艦に直撃し爆発する。その光景を見ていた翔鶴達の横を高速で通り過ぎた影があった。

 

 

「俺に続け!このまま敵を撃沈するぞぉ!!」

 

「深海棲艦……許さない……いっけぇー!!」

 

「ふん!沈みなさい……沈みなさい!!」

 

 

 辺りを見回せばそこには吹雪達が深海棲艦と戦っており更には……

 

 

「君たちには失望したよ。だからもう……沈んでよね」

 

「っぽい!!ぽいぽいぽい!!!」

 

「魚雷発射なのです!!」

 

「睦月の攻撃くらえぇぇ!!!」

 

「沈め……沈め!」

 

 

 時雨達も深海棲艦相手に怯むことなく突き進んでいた。青年が信頼する第一艦隊と第二艦隊の艦娘達が援軍として駆け付けたのだ。第三艦隊の青葉達は○○鎮守府A基地の守備に回ってここにはいないが、それでも翔鶴達は驚かされた……吹雪達は駆逐艦でありながら戦艦をも凌ぐ攻防を繰り広げていたからだ。

 

 

 それもそうである。深海棲艦の砲撃に晒されている○○鎮守府R基地には青年が居るからだ。青年の危機だと知った吹雪達は早かった。あの40ノットを超える韋駄天の高速性を持つ島風すら超えてしまっているのではないかと錯覚してしまう程に海上を走る彼女達の姿は気迫溢れるものだった。

 ○○鎮守府A基地は地獄だった。そこに取り残されてしまった駆逐艦娘達……それが吹雪達だ。入渠も許されず、休むこともできず、仲間が……大切な姉妹が沈んだ。来る日も来る日も辛い現実が待っており、これから先も永遠に続くものだと思っていた。しかし青年はそんな吹雪達を地獄の底から救い上げたくれた恩人だ。醜いと消耗品の如くの扱いを受けていた吹雪達を艦娘として扱ってくれたことで、彼と出会って生活そのものが激変した。轟沈しても安く替えが利く駆逐艦として認知されていたが彼は違った。誰一人として沈めないと言ってくれた。嬉しかった……感謝の言葉だけでは釣り合いが取れない程の幸福を授けてくれた青年。彼の為なら吹雪達は例え火の中に飛び込むことも水の中……は潜水艦ではないので無理だが、なんだってやってやる勢いだ。自分達を救い出してくれた青年の危機ならば吹雪達が駆け付けないわけがないのだ。

 

 

 そんな吹雪達の瞳に映っているのは深海棲艦ではなかった。労いの言葉を送ってくれる、優しい笑顔を醜い自分達へと向けてくれる青年の姿だった。あの笑顔を向けられてしまったら忘れることはできない……太陽のように輝いて、傍に居るだけで暖かい自分達の提督を傷つけようとする深海棲艦が許せないのだ。重巡リ級や空母ヲ級ですら彼女達の前では無力と化す。木曾と不知火の二人もいつにも増して荒々しい様子なのを龍驤は見逃してはいなかった。内心で「ホンマ恐ろしい若者やな」と改めて青年の影響力(恐ろしさ)に感服しつつも自身もその一人に含まれていることにため息が出てしまう。しかし気分を害するどころか寧ろ気持ちが軽かった。

 

 

「オノ……レ……イマイマシイ……っ!!?」

 

 

 深海棲艦側の旗艦であろう重巡リ級eliteが恨めしそうに艦娘達を睨んだその直後、傍に居た仲間の深海棲艦が()()()の砲撃によって沈んだ。しかし明らかに先ほどの威力は今の吹雪達でも出すことのできない破壊力を秘めていた。そしてそれだけではなかった。空には幾多の艦載機が制空権を支配し始めており、リ級eliteは気づく……これは龍驤の飛ばしたものではないと。砲撃が飛んできた方向へ視線を移すと目を見張る。リ級eliteが見たものそれは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全主砲、斉射!て――ッ!!」

 

「選り取り見取りね、撃て!」

 

「装備換装を急いで!」

 

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

 

「これが、漣の本気なのです!」

 

「もうドジっ子なんて言わせませんから!たぁーっ!」

 

 

 世界のビッグ7率いる元帥直属の艦娘達が援軍へと駆けつけた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オワリ……ナノ……カ……」

 

 

 結果を言えば深海棲艦は負けた。仲間を失い、優勢であった数の差も逆転。駆逐艦ながらも戦艦をも凌ぐ気迫を持った者達の活躍とそれにも負けず劣らず共に戦場を駆けた者達、そして○○鎮守府R基地所属の鈴谷達の時間稼ぎが奇跡の道筋へと歩んだことで辿り着いた結果であり、最後の一人となった重巡リ級eliteが沈んでいく……その時の姿を見た鈴谷は重ねてしまう。

 最上が沈み、三隈も沈み、熊野の最期を看取った彼女の目には暗く深い海の底へと沈んでいくリ級eliteの表情はどこか寂しそうに映っていた。鈴谷は「この子も一緒なんだ」そう感じた。最上も三隈も熊野も……一人ぼっちで海の底へと沈んだ。それに比べて自分だけがこうして生き延び仲間達に囲まれている。『姉妹を犠牲にして生きている卑怯者』誰かが言ったわけでも、この場に居る誰もがそんなことを思っているわけではない。しかし鈴谷の心の奥底では捨てきれない罪悪感と後悔が顔を覗かせていた。彼女の心に刻まれた傷は一生傷として残るのか……そんな時だ。

 

 

「――――――――――――」

 

「……っ!」

 

 

 重巡リ級eliteと目が合った鈴谷はリ級eliteにこう言われた気がした。

 

 

 『「しあわせになって』

 

 

 それはかつて艦娘を敵視していた恨みの籠った瞳ではなかった……先ほどまでとはまるで違う、憑き物が取れたように安らかな表情を浮かべた重巡リ級eliteは暗い海の底へと沈んでいった。

 

 

 もしかしたら先ほどの深海棲艦は……そう頭の中に浮かんだがすぐに四散した。それはこれ以上彼女に辛い思いをさせない為に脳が自らの思考を守ろうと防衛本能が働いたのか、それとも姉妹達が()()()()に来させないようにそうさせたのか……真実はわからない。しかしこれだけは言える。

 

 

 人類の……艦娘達の勝利だ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 深海棲艦の砲撃と爆撃に晒され変わり果てた鎮守府R基地、その港では所属の違う艦娘達が集っていた。所属も艦種の違いも関係なく、日ノ本存亡の危機にまで発展しかねなかった可能性がある敵の進行を食い止めたことはまさに勲章ものだろう。共に戦い抜いた仲間達は誰一人として欠けずに勝利できたことに喜びを感じるはずなのだが、その中でも落ち着きのないA基地所属の艦娘達が誰かを探している様子であった。その一人吹雪は気づいた。目的の人物だろうとある人影を発見すると一目散に駆けだしていた。

 

 

司令官!!!ご無事ですか!!?

 

 

 一目散に駆けだした吹雪達一行が見つけた相手……それは当然彼女達自慢の提督である青年だった。

 

 

「なんとか無事だぜ。危ないところだったがな」

 

「うぅ……よかった……本当に良かったです……司令官……わ、私……」

 

「心配かけたな。だがもう大丈夫だ」

 

 

 青年が無事だったことに安堵した吹雪は我慢できずにポロポロと涙が喜びを表すかのように止め処なく溢れ出ていた。

 

 

「睦月も安心した……にゃしぃ……」

 

「生きていて……嬉しいのです……」

 

 

 吹雪め、何をめそめそしてやがるんだ。睦月も電も……クヒヒ♪これはもうすっかり俺のことを信用しているみたいだな。まんまといい人間を演じている俺に騙されやがって、後で捨てられるとも知らずに哀れな奴らだぜ。絶望に染まる顔が楽しみだな!!

 ……ま、まぁ、なんだ、その……こ、今回は……と、特別に褒めてやるよ。ヤバかったのは本当だからな、お前らが来てくれなかったら、危うく日ノ本が崩壊して昇進どころではなくなってしまうところだったからな。だから……仕方ねぇ、思いっきり褒めてやるか。

 

 

 青年とこうして再び会えたことに吹雪だけでなく睦月と電も同じように涙を流していた。そんな吹雪達に一言言おうとした時、衝撃が飛び込んできた。

 

 

「提督さ~ん!!!」

 

「んぁぁ!!?」

 

 

 夕立は行動派だ。嬉しさと安心感から青年の胸にダイブしたことで勢い余って夕立に押し倒されてしまう。

 

 

 い、いきなり抱き着くんじゃねぇよ!?こいつ犬かよ……ああ、夕立は()()()だったわ。こいつ改二になるとより犬っぽくなるんだったな。しかしでっかい犬と思えれば良かったんだが、またしてもムニュっといったぞ!!?やはり程よい弾力だ。尊い、ものすごく尊いっぽい!!じゃなくって、離れろ!いや、後もう少し堪能しておくか……はっ!?け、決してやましい気持ちはないぞ!ほ、本当だぞ!!?

 

 

 嘘をつけ青年よ、魚雷(息子)の元気は100%である。このままいけば限界を超えてしまうだろう。名残惜しいが恥ずかしい人生の幕閉めを経験するわけにはいかず、夕立を無理やり引き剝がすことに成功した。引き剥がされた夕立はシュンと落ち込んでいた……その姿はまさに犬だった。

 

 

「提督、無事で良かったよ」

 

「んぁ、心配かけたな」

 

「うん、僕達本当に心配したんだよ?」

 

 

 落ち着いているように見えていた時雨だが、目元を見ると瞳が赤く、静かに涙を流していた証拠だ。きっとそのことを知られるのがちょっぴり恥ずかしいらしい……なんでもないと振舞うが残念なことに今も瞳には涙が溜まっていて隠しきれていなかった。

 

 

「ふ、ふん!あんたがくたばったら誰が私達の面倒みるのよ?あんたは最後まで私達の待遇改善に全力を注いでもらわないといけないし、べ、別にあんたが心配だったとかそんなこと思ってないから!か、勘違いしないでほしいけどこれだけは聞いておいてあげるわ……怪我は、ない?」

 

「どこも怪我してねぇよ」

 

「そう……よかった

 

「なんか言ったか?」

 

「な、なんでもないわよバカ!!!」

 

 

 いきなり罵倒されて訳がわからない苛立ちが芽生えたが、視線を感じればそこには世界のビックセブンと言われた長門型戦艦のネームシップである長門率いる美船元帥所属の艦娘達がこの場に居た。何故彼女達がここに居るのか、それは青年自ら大淀に指示を出したからだ。

 

 

 

 大淀は元帥直属の艦娘であり、彼女ならば直接元帥に直接物申すことができる。一介の新人提督である青年が元帥に援軍要請しても彼女のもとに至るまでに様々な面倒なやり取りが予想された。無駄な時間をかけている暇はない状況であった為、大淀に頼ったことは結果的に言えば大正解であった。すぐに事態の深刻さを理解した美船元帥は長門達を援軍として派遣、吹雪達と共に見事深海棲艦を打ち負かしたのである。

 援軍として駆け付けた長門達の視線は青年に釘付けだが険しいものだ。それもそうだろう、青年は軽視派だとバレている。長門は美船元帥から大淀の報告内容を聞いていたとしても信じられるものではなかった。今も疑いの目を向けている……が、それは長門だけではない。姉妹艦である陸奥もそうだ。そして加賀と赤城も同じ疑いの瞳を持って青年を観察している。一航戦の二人はある人物を心から慕っている。その人物と言うのは鳳翔だ。

 

 

 日本初の航空母艦「鳳翔」であり、空母である赤城と加賀、全ての艦娘にとって「母」とも言える存在である。しかしそれは艦娘以前の軍艦としての歴史としてである。しかしこれも運命の導きか、鳳翔と赤城と加賀の三人は深い縁で結ばれていた。

 二人はまだ美船元帥所属では無かった頃、容姿が醜いと言う理由だけで、日に何度も出撃を強要されたにも関わらず燃費が悪いと文句を言われ続け、出撃しないで食事を取っていれば働いていない癖に食べることだけ一人前のポンコツと認識されて倉庫送りとなった。それからは食事もろくに与えられず、一航戦としてのプライドもズタボロにされた。後に提督だった頃の美船に引き取られることになったが、その当時はもはや抜け殻となっており、反応すら乏しかった。しかしそんな二人を救い上げたのが鳳翔だった。

 

 

 昔、間宮と共にただ居るだけで、何もさせてもらえず『鳳翔は居るだけで艦娘の士気を保つことができる便()()()()()』と扱われ、ただ見ている事しかできなかったあの頃を思い出してしまう。鳳翔は同じ空母同士、赤城と加賀の一航戦としての誇りと魂を再び灯す為に名乗りを上げたのだ。そこから彼女はずっと二人を支え続けたことで、次第に抜け殻となっていた心に炎が灯り、一航戦の二人は再び海上へ立つことができたのだ。鳳翔は恩人であり、正真正銘の彼女達にとっての「母」とも呼べる存在となった。

 

 

 赤城と加賀の二人は当然鳳翔が○○鎮守府A基地へ行くのを止めた。「母」と言葉では恥ずかしいので呼ばぬものの、心の中ではいつも慕っている彼女が酷い目に遭うことを望まないのは当然のこと。鳳翔が行くなら我々もと長門と同じ覚悟を決めるも、鳳翔も赤城と加賀のことは「子供」のように可愛がっており、彼女も二人と同じ思いを抱いていた。お互いに譲れぬものがあったが、最終的には長門と同じ理由で二人は鳳翔の帰りを待つしかなくなってしまった。

 一時は○○鎮守府A基地へ押しかけようとしたが止められ「鳳翔の思いを無駄にするのか」と美船元帥から諭されたこともあって拳を握りしめて我慢するしかなかった時期もあった。しかし例の報告書の件を伝えられた時は何が起きているのかわからなかった。大淀が嘘の報告をしているわけでも、脅されている様子でもない。ますますわからなくなっても深海棲艦の進撃は止まってはくれなかった。理解不能のまま時間は過ぎて、積もる思いが限界を超えそうになった直後に大淀から援軍要請の連絡が入った。それも○○鎮守府A基地に着任した例の提督からの要請でもあり、赤城と加賀は見極める為、鳳翔の為にと美船元帥に直談判し、援軍部隊の一員として○○鎮守府R基地へとやってきたのであった。

 

 

 長門と陸奥も一航戦の二人と同じ思いで自ら援軍部隊を率いることになった。漣と五月雨は美船元帥が提督時代の頃からの艦娘で最も練度が高く、もしものことがあればストッパーとしての役割を担い、状況を一歩下がったところから観察していた。

 

 

『「ていとくさん、わたしたちやったよ!」』

 

『「よくやったとほめるがよいぞ」』

 

『「しぬかとおもったよー!!!」』

 

『「ほうび、もとむ」』

 

『「けつさわらせろー!!!」』

 

 

 うるさいぞお前ら!!お前達に今構っている暇は……まぁ、お前達が居てくれたおかげで戦力アップに繋がったのは事実か。仕方ない、後でたらっふくお菓子でも与えてやるか。後、尻触らせろって言った奴出てこい!お仕置きしてやる!!

 

 

 いつもの制止力となっている妖精達は相変わらずである。褒美を強請る妖精達に群がられている青年だが、今回妖精達がいなければ鈴谷達が時間を稼ぐことはままならなかったであろう。それを考えればお菓子程度の褒美で済むのは嬉しいことであり、更に妖精達には頭が上がらなくなるだろう。ちなみに尻を撫でまわそうとした不埒な妖精は摘まみ上げられ海へとシュートされたが、すぐに何事もなく戻って来た。

 そしてこの光景を間近で見ていた長門達の視線は驚きと困惑が入り混じっており、やはり大淀達が着任した時と同じ反応を示していた。

 

 

「ゴホン……ま、まぁ、吹雪達に心配かけてしまったのは悪かった。それに不知火も木曾も龍驤にも迷惑かけたな。熊野も……みんなありがとう。俺達を救ってくれたこと感謝しているぞ」

 

「し、司令が謝る必要も……不知火は当然のことをしたまでで……」

 

「お、俺は別にお前なんて……」

 

「(すっかり餌付けされてしもて……しかし美船に援軍を頼むとは中々やるやないか。近場の提督相手に援軍要請してもこんなにも早くには到着でけへんはずやし、下手したら誰か轟沈してたかもしれへん。比べて長門達ならそうそうやられはせえへんし、仲間の危機と聞けばより一層に奮起する。そこまで見越していたんかわからんけど、やはり優秀やな。いや、計算だったと言うよりもウチら艦娘のことを思っての行動やったんか?もしそうだとしたら……とんだお人好しの提督さんやで)」

 

「ふふ、当然のことをしたまでですわ」

 

 

 欠かさず謝罪とお礼を龍驤達にかける辺り、何も知らない艦娘が青年の優しさに触れれば骨抜きにされてしまうだろう。ますます龍驤は青年の影響力(恐ろしさ)を思い知らされるが、自然と笑みが生まれていた。

 

 

「まぁ、結果みんな無事やったんやし良しとしようや。それよりもまずは負傷した子を入渠させる方がええんと違うか?」

 

「そうですわ。鈴谷達を一刻も早く入渠させませんと!」

 

「そうだなっと言いたいところだが、ここの入渠ドックは砲撃と爆撃に晒されて破壊されてしまったらしくてな。俺の鎮守府に鈴谷達を連れていく。吹雪達はあいつらを連れて先に帰ってくれ。既に青葉達も近くまで迎えにこさせるよう連絡を入れておいたから全員帰ったら入渠して体を休めるんだ。高速修復材は好きなだけ使って構わんからな」

 

「流石だね提督、そんなに行動が早いなんて僕尊敬しちゃうよ」

 

「そんなことはないぞ。ここはもはや半壊してしまっている。しかし鈴谷達は負傷しているんだからすぐに入渠ドックに入れなくてはならない。それならば入渠ドックが無事かどうかを確認しただけだ。まぁ、予想通り破壊されてしまって使い物にならなくなっていたがな。誰だってできることだ。尊敬する程でもないぞ?」

 

「そんなことないよ。僕達のような艦娘にそこまで気を使ってくれる人はそうそういないよ」

 

「そうか?」

 

 

 時雨に褒められても青年にとっては当たり前の行動だった。勝利したと言えども後を疎かにしてはならない精神を心掛けており、敵の奇襲がすぐに来ないとも限らない。戦力(艦娘)を失わない為にすぐに入渠ドックへ向かわせることなど特に褒められる行動ではなく自然なもので、対応の速さと真っ先に艦娘を優先してくれた行動に鈴谷と長門達は驚いている様子だった。

 

 

「それで……司令官はこの後どうするんですか?」

 

「俺はこっちの方々と少し話があるからな。それに状況についてなら夕張も証言してくれるから気にするな」

 

「……わかりました。ですが必ず帰って来てくださいね」

 

「安心しろ。あそこは俺の鎮守府()だからな」

 

 

 吹雪達は名残惜しいが負傷したままの鈴谷達を放っておけない。深海棲艦の襲撃で鎮守府はボロボロとなってしまい、入渠ドックは使い物にならなくなってしまった。青年の言う通りに○○鎮守府A基地へ鈴谷達を護衛しながら案内する。

 

 

「鈴谷、行きますわよ」

 

「……う、うん……」

 

 

 その中で熊野に肩を貸されていた鈴谷は遠のいていく青年を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、あの……私はどうしたら?」

 

「夕張はここに居てくれ。さてと……援軍ならびに救援感謝する。長門と陸奥に赤城と加賀、そして漣と五月雨だな?」

 

「我々のことを知っているのか?」

 

 

 艦娘の名を憶えている提督は数少ない。目の前の青年は一人ずつ視線を合わしてまで名を刻んだことに表情には出さないものの驚いていた。報告書の内容と合致しているが油断はできない。彼は艦娘を蔑ろに扱う美船元帥が最も憎悪する軽視派なのだから。

 

 

「当然だ。特に長門はこの国の誇りとまで言われていたからな」

 

「それは軍艦の長門の話だ。艦娘の長門()には程遠いものだ……」

 

 

 青年と対峙する長門の表情は少し曇ったように見えた。艦娘としてこの世に建造されてからと言うもの扱いは言うまでもなく雑なものであった。深海棲艦を倒す為だけの道具であり、守るべき人間から向けられる視線は冷たい物だった。それほどまでに醜悪な姿はこの世界では受け入れられない罪のようだ。

 美船元帥に出会うまでの長門は何の為に戦っているのかと何度も自問自答したものだ。あの頃を思い出せば、歴戦を闘い抜いた百戦錬磨の武人といった堂々たる気丈夫さと凛々しさを醸しだす長門でさえ心が苦しくなるものだ。

 

 

「……そうか、だが気にすることはないぞ。世界のビックセブンと言われていたのは事実だ。それに今は元帥殿が傍にいるだろう?周りの声など微々たるもの、見ず知らずの相手より仲間の声の方が身に染みるだろ?そう言うものかとその程度ぐらいで聞き流していればいいんだよ。だからと言って何でもかんでも聞き流していたんじゃ自分の為にはならないぞ。数ある声の中で自分の為になるものを受け入れれば新たなる自分を見つけられるかもしれないからな」

 

「う、うむ……」

 

「それにだ、軍艦の長門と艦娘の長門は別だ。軍艦の長門がそうだったからとか関係ねぇ、お前は元帥殿所属の長門だろ?周りがどうこう言おうと胸を張っていればいい、これが私なんだ文句あるかってな。お前はお前なんだからよ」

 

「そ、そうか。そう言ってもらえると……気持ちが楽になる」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 青年の励まし(?)の言葉に少したじろいでしまった長門。それもそうだ、今まで醜いと蔑まれて来た艦娘相手に面と向かってこれ程の言葉をかけてくれる……それも適当に並べた言葉とは思えない気持ちの籠った言葉だったのだから、長門は自然と気分が楽になっていた。傍に居る陸奥達も驚いていたぐらいだ。

 

 

 戦艦とか艦娘とかどうでもいいことだ。過去よりも今と未来を大事にしやがれってんだ。だがこれはチャンスだ!俺が軽視派の影響を受けているとお前達が把握していても実際に見たところ聞いていた話とはまるで違い、印象が大いに異なっていれば疑問が生まれることになる。その疑問を巧みに突いていけば「あれ?もしかしたらこの人……いい人なんじゃ?」っと思うわけだ。そうなればこっちのもんだ。俺がいい人である訳がないのに、周りが俺のことを敵視していてもそれに同調できなくなる。「あの人がそんなことをするわけが……」っと都合よく脳が解釈してくれるようになり、更に上手くいけば俺をいい人間だと仲間達に弁明してくれることにもなるかもしれないからな。これこそ印象操作……見た目は大事だからな。この世界では特にな……クヒヒ♪

 

 

 姑息な技が静かに潜んでいた。内心ほくそ笑む青年……汚い、流石汚い!!

 

 

「長門、今は急いで私達もやらなければならないことがあるんじゃないの?」

 

「陸奥よ、わかっている。すまないが、我々も()()()()問わねばならないことがあるからな」

 

「ああ、よろしくお願いする」

 

 

 深海棲艦の脅威は去ったが、安らぐ時間はまだ訪れることはない……しかし己の欲望を叶える為に艦娘を利用する悪しき若者は、目の前に壁が立ち塞がろうと歩みを止めることはしないのだ。

 

 



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2-7 勝利の代償

お待たせいたしました。モチベーション駄々下がり……夏バテは強敵でしたね。


それでは改めまして……


本編どうぞ!




「つ、疲れた……」

 

「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」

 

 

 ○○鎮守府A基地へと戻って来た青年は疲労状態だった。

 

 

「ああ……問題ねぇ(ちくしょう、一航戦め、俺から根掘り葉掘り聞き出そうとしやがって……おかげで夜になっちまったじゃねぇか!)」

 

 

 現時刻はフタマルマルマル。

 

 

 深海棲艦との戦闘が終わってからすぐに大本営から大勢の憲兵隊が駆けつけて来た。憲兵達は穏健派の人間達だろう。軽視派の力を削ごうと半壊した鎮守府内を捜索、豚野の行方を追っていた様子だったが、チラチラと性的な視線で青年を盗み見る態度にイラっとした。しかし彼は視線よりも目の前の問題を先に相手にしないといけなくなった。

 深海棲艦が上陸しかけたのを退けた青年の功績は勲章ものだろう。日ノ本の危機を救ったのだから絶賛されてもおかしくない。だが長門達からかけられたのは絶賛の声はなく「何故この場に居たのか」「元々の提督はどこへいったのか」「艦娘の数が合ってないのはどういうことか」と言う追求の声だった。青年の帰りが遅くなったのは○○鎮守府R基地で今まで長門達にしつこく事情聴取されていたからだ。しかし彼が内部のことを知っているわけでもないので全てに応えられる訳がない。最も豚野との会談の内容を知られる訳にはいかなかったが、そこは持ち前のいい人間ロールで誤魔化した。それでもいつまでも続くかに思われた事情聴取だったが、夕張が青年を何かと擁護してくれたこと事で解放されたはずだったのだ。それでもまだしつこく問いただそうとする二人の艦娘がいた。

 

 

 一航戦の赤城と加賀だ。二人は鳳翔のことが気がかりなのだ。深い縁で結ばれ鳳翔は二人にとって「母」そのものであった。慕う鳳翔が青年の下に居る……それも軽視派の人間の下に。二人が向ける表情は鬼ですら泣いて逃げる程に恐ろしかった。戦艦の長門や陸奥ですら今の一航戦のオーラの前では身を縮めている程だ。しかし青年は平然と佇んでいた……ように見えているが、実は今にも崩れそうなジェンガのようにガタガタと震え「こ、これは……む、武者震いだ!!!」と主張するだろうが、完全にビビっていた。冷静沈着な印象で、あまり感情を表に出さないはずの加賀ですら感情を出したのだ。彼女は怒れば怖かった。流石青年に苦手意識を植え付けるほど説教した鳳翔が育てた子達、そんな彼女達の怒りの矛先を直接向けられていたのだからビビるのも仕方ない。

 

 

 一航戦の鬼二匹に睨まれながらも平静を装い対応していった。やがて太陽が沈み、辺りが暗くなったところで話の続きは後日ということになったことでようやく真の意味で解放されたが、疲労はピークを迎えていた。このようなことがあって帰りが遅くなった。ちなみに初め夕張は長門達と共に付いて行くことになっていたが、彼女は青年について行きたいと申し出たことで長門達では止めることはできずに同伴する形となった。

 夕張に心配されながらも疲労が溜まった体を揺らしながら自身の居城(○○鎮守府A基地)へ帰って来ることができたことに安心感が生まれる。

 

 

「(一航戦の奴らめ、滅茶苦茶怖k……って、び、ビビッてねぇからな!?あ、あの程度でビビるなんてあ、ありえねぇから!ま、まぁそれはいいとしてっだ、結局豚野郎といけ好かねぇ守衛はどこかに消えてしまったらしいが発見される日も近いはず……穏健派の連中は軽視派を抑え込みたいはずだから豚野郎は丁度いい餌な訳だ。だがあの野郎が捕まったら俺の件をペラペラ喋るんじゃないか?寧ろ全てを俺の責任だと押し付けられでもしたら……チッ、そう思うと胸糞わりぃぜ!しかしもうどうしようもない……ちくしょう、足元を見られるわ、散々な目に遭うわ、深海棲艦共の砲撃に晒されるわで死ぬかと思ったぜ。俺自身でもよく生きていられたと思う。今でも鼓動の音が聞こえてきやがる……が、とりあえず疲れた。今はただゆっくりと風呂に浸かりてぇな)」

 

「司令官!!」

 

「んぁ?吹雪……それにお前達も」

 

 

 聞きなれた声を耳にし、視線を向けると吹雪含め艦娘達総出で青年と夕張を出迎えた。そしてそこには彼女達以外も……

 

 

「鈴谷、翔鶴、瑞鶴、利根、筑摩……お前達もか。吹雪、帰って休めと言ったはずだが?」

 

「だって司令官が帰って来るのが遅くて……また何かあったんじゃないかって思ったら……」

 

「睦月も提督が居ないと寂しかったのにゃ……」

 

「はわわわ!?ご、ごめんなさいなのです」

 

「ふ、ふん!わ、私はあんたなんて待っていないわよ!?ただあんたが居ないと吹雪達が煩くて……ごにょごにょ……」

 

「ごめんね?でもみんな心配だったんだ。それに鈴谷さん達が提督に用があるみたいだよ」

 

「なに?」

 

 

 ボロボロだった鈴谷達の姿はすっかり元通り……艤装と服は入渠では直らないが、痛々しい傷痕は綺麗に消えていた。○○鎮守府A基地にはまだ入渠ドックは一つしか解放していない。帰りが遅くなったとはいえ、ゲーム内でもそうだったが、鈴谷達のような重巡洋艦や正規空母は修復するには時間が凄くかかるので、この場に全員いるということは高速修復材(バケツ)を使ったのだろう。しかしこれを期に妖精達に頼んで新たにドックを解放するべきだと今後の戦力温存を検討するが、それよりも今は鈴谷達の方が先だ。

 ハッキリ言えば彼女達の表情は暗い……何を思っているのかわからない。しかし何かを伝えようとしているのは確かだ。一体何を伝えようとしているのだろうか?

 

 

「あ、あの……ていとk……」

 

 

 鈴谷は何かを言いかけて押し殺した。言ってしまえば求めてしまうから……

 

 

「……っ、外道さん……申し訳ありませんでした」

 

 

 感情を押し殺して代わりに出たのは謝罪の言葉だった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 青年の前には頭を下げる鈴谷達の姿があった。何故こんなことになったのか……それは豚野の代わりに指揮してくれたことへの感謝の気持ちと深海棲艦の砲撃と爆撃に晒され、青年の命を危機に陥れてしまった。もっと頑張れば鎮守府への被害も最小限にできたはず、それなのに自分達は役に立てず、しまいには大きな損傷を受けてしまった。それだけでなく、○○鎮守府A基地で入渠させてもらい貴重な高速修復材(バケツ)や資源を自分達の為に消費したことへの罪悪感からの謝罪だった。

 

 

「……」

 

 

 青年は鈴谷達の謝罪に対して何も言わず、ジッと見つめている。吹雪達も妖精達もこの状況を固唾を飲んで見守り、夕張は不安そうな表情をしていた。緊迫した空気が這い詰める中で、一人だけ事情が違っていた。

 

 

 肉着いたムチムチの太もも……だと……っ!?素晴らしい!!!もう少し、もうちょっとだけ屈んでくれ。あと少しで見え、見えr……はっ!?お、俺はなんてことを期待しているんだ?!やめろやめろ!俺は変態野郎なんかじゃねぇ……くっ、あともうちょっとだけ屈めよ!!もう少しなのに見えねぇじゃねぇか!!!

 

 

 たった一人、一人だけこの空気の中で場違いな思考に陥っている人物……青年だった。先ほどまでの疲労はどこへ行ったのやら、パッチリと目が()え、アドレナリンが体中に湧き上がっていた。鈴谷達は入渠したが、体の傷は消えても艤装や服は直せない。彼女達の姿は肌が露出した状態である。

 鈴谷達は青年に期待されたのにも関わらず、無様な姿を晒してしまったことから彼女達の中ではこれ以上迷惑はかけられないと大淀達の親切を断っていたが、そこへ彼が帰って来たことで艦娘総出で出迎えることになった。忘れているかもしれないが鈴谷は大破、小破だけで留まった瑞鶴を除く残りのメンバーは中破した状態のまま。「何か着ないと寒いですよ」と間宮と鳳翔に声をかけられ上着を差し出しても誰一人として受け取らなかった。彼女達はこれ以上迷惑をかけたくない一心で断っていたがそれが(あだ)となった。青年は愉悦猫(神様的な存在)の影響で美的感覚が逆転し、不細工(艦娘や美船元帥)が美人に見えるようになった。当然そうなればボロボロの姿で彼の前に現れた彼女達へ向けられる視線はどこへ行くか?そんなものは決まっている……

 

 

 筑摩め、なんてけしからんおっp……ゴホン、胸に太ももなんだ!?尻も魅力的すぎる!!それに比べて姉の癖にガキっぽいところがある利根の奴だが、体はしっかりしていて姉妹揃ってスケベなショートスカートを装備しやがって……100点満点!翔鶴もいい太ももじゃねぇか。いい体しやがって……プラス100点追加だ!そして鈴谷、お前も筑摩に負けないおっp……ではなく、形が仕上がった胸、そして体のラインに沿って生み出されたへそ、極めつけはニーソックスとは卑怯だぞ!!だが瑞鶴、何故お前だけ小破なんだ!?空気を読んでこの場で中破しても罰は当たらないぞ?クソッ、損傷しただけでこの破壊力とは……な、なんて破廉恥な奴らなんだ!!?

 

 

 欲望に走るだけだ。青年は欲望に忠実に従い、提督の座を利用してこの場で堂々と怪しまれることなく自らの脳内フォルダに鈴谷達の姿を保存していく。

 透き通るかのような肌、ダイヤモンドよりも価値のある太もも、魅惑のお尻、ダイナマイトよりも危険な胸が彼の脳内フォルダを埋め尽くしていく。目の前に広がる光景はまさに天国の楽園(ヘヴン)であり、人間は生命の危機を感じた時、子孫を残そうとする……先ほどまで○○鎮守府R基地は戦場と化していた。青年は生き延びることができ、長門達からの事情聴取から解放されたことで緊張が解けたせいなのか、本能がいつにも増して暴走しており、いつも以上にみなぎる魚雷(息子)が装填準備を済ませ何時でも発射態勢に入っていた。制御するべき理性も「今日は許したろ」と役目を放棄し、それに乗っかる形で思考はピンク色に染まりつつあった。

 

 

「提督、どうしたの?」

 

「……どうした那珂?俺は今忙しいのだ(脳内フォルダに保存するので)」

 

「何が忙しいのか那珂ちゃんにはわからないけど、鼻血出てるよー?」

 

「――ッ!!?」

 

 

 不思議そうに見つめる那珂に言われて気づく。鼻血がたらりと流れ出ていた。理性が自らの役目を放棄しようとも、木曾のパジャマ姿や島風のあざとい姿にも見事に耐えきることができた(?)ことで、脳内フォルダは以前よりもバージョン(耐性)をアップしていたはずだったが()かったようだ。

 目の前に広がる光景は天国の楽園(ヘヴン)……そこまで辿り着くことができる程に青年の脳内フォルダはまだ最新のバージョン(耐性)を身に付けていないらしい。そこまで辿り着くのにいつまでかかるのか……それはともかく今はとてもよろしくない状況だ。一人だけ鼻血を垂らしていることに誰もが変な意味で注目していた。慌てて鼻血を拭う。

 

 

 ま、まずい!?このままだと俺がこいつらの体を見て……こ、興奮している変態野郎だと思われちまう!?お、俺は健全な男だぞ!こいつらは人間じゃねぇんだ。昇進の為に利用でき、価値ある駒なんだ。そんな奴らの体如きで興奮する変態じゃねぇんだ!!と、とにかく俺から意識を逸らさなければ……!!

 

 

「――ゴホン、んぁ……お前達から何の謝罪かは聞いたが、そんなことはどうでもいいさ」

 

「ど、どうでもいいって……す、鈴谷達は○○鎮守府A基地(ここ)の艦娘じゃありません。それなのに他の鎮守府で入渠させてもらったばかりか、資材や高速修復材を便()()()()()である私達の為に無駄に使わせてしまい……」

 

「おい、鈴谷」

 

「――は、はい?!」

 

 

 青年の態度は鈴谷達から想像していたものとはかけ離れていた。謝罪を受け入れるどころかどうでもいいと突っぱねた。高速修復材は入手方法が限られ、艦娘が受けた損傷を一瞬のうちに直してしまう優れもの。資材も無駄遣いできないのに、それを他の鎮守府の艦娘に使うなど鈴谷達からしてみればあり得ない事だったから鈴谷から弁解の言葉が出たのも頷けたが、青年は違ったようだ。なにやら鋭い視線で鈴谷達を睨みつけ、ビクリと彼女達の体が反応する。何を言われるのか、もしかしたら逆鱗に触れてしまい解体されてしまうのか……豚野から味わった恐怖が再び彼女達の中で湧き上がろうとしていた。

 

 

「お前達は自分のことを便()()()()()と思っているようだが……それは違うぞ」

 

「……えっ?」

 

「お前達は立派な艦娘だ。何故か、それは今日の出来事が語っている。お前達はたった五人で三十もの深海棲艦から耐えて時間を稼いだ。たった五人でだぞ?しかもあの深海棲艦相手にだ。そこらの虫が三十匹とは訳が違う。一体だけでも脅威な存在が三十だ。それを相手取ったんだ。道具だったなら時間を稼ぐことなんて出来なかったさ」

 

「で、ですが……!」

 

「それにだ、これは言っておく。俺はたかが道具程度では深海棲艦を倒せるなどと甘い考えを持っちゃいねぇ。鈴谷、利根、筑摩、翔鶴、瑞鶴、そして夕張、お前達は深海棲艦と戦い、見事に勝利を手にした。時間を稼ぐことで日ノ本を守ることができた。お前達が居なければ陸は火の海となっていただろう。便()()()()()なんかじゃないとお前達は自身で証明してみせたんだ。誇りに思えよ、俺はお前達と共に戦えたことを誇りに思っている」

 

「そ、外道さん……」

 

「それに畏まるんじゃねぇよ。本来のお前達と接したい。言っただろ?そっちの方がお前らしくて良いとな」

 

「……あ、ありがとう……」

 

 

 鈴谷達は青年の言葉に誰の心にも光が溢れる。自分達は便()()()()()だと思い込んでいた。青年の指揮下に入り、ようやく艦娘らしく散ることができると鈴谷は轟沈寸前にそう思ったぐらいだ。しかし彼は道具としてではなく、艦娘として見ていてくれた。彼女達は幸せ者だ。こんな()()()()()()()と出会えたのだから。

 

 

 ……チッ、チビ共のご機嫌取り&大淀達に疑われないよういい人間を演じただけだが、バカな奴らだな。俺の策にまんまとハマりやがって。元々はこいつらは俺の艦娘共ではないし、近々こいつらとはおさらばだが……まぁ、ここに居る間は面倒みてやるよ。本来ならばチビ共が居なければ用済みなんだが仕方なくだからな。それを忘れるなよ。

 

 

 青年が内心ぶつくさと考えを巡らせている時だった。

 

 

 天使か悪魔の悪戯か、一陣の風が通り過ぎた。「きゃっ!?」と不意を突かれて数名から声が出る。その拍子に損傷してボロボロだったスカートがふわりと舞い、そこから各艦の個性を象徴する神聖領域の守護者(下着)が「パンツ!パンツです!」と己の存在を主張するかのような幻聴が聞こえた気がするが、気のせいだと思いたい。全体像を現したのは一瞬の出来事だったが、それを一人の若者は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ッブシュ!!

 

 

 ()()()()()()()(?)なのかはともかく……素晴らしい光景を垣間見た青年は、鮮血を撒き散らしながら不運な目に遭った現実から安らげる夢の中へと旅立った。

 

 

 ★------------------★

 

 

「……以上が報告でした」

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 朝一に鈴谷達は執務室へと集められていた。昨日は色々とあって複雑な気持ちのまま今日と言う日を迎えることになったのはどうしようもないことだった。彼女達の中に巣くっている不安が今この場に報告と言う形で君臨してしまったのだ。

 鈴谷達は昨日の雰囲気とは一転して妙な胸騒ぎを感じつつも入室すればそこには青年と大淀、そして秘書艦であろう吹雪の姿があった。いつも彼の傍にいる妖精達はいない……妖精達はいつもと違う空気を感じ取り既にこの場から去っていた。妖精達の気遣いと言ってもいいかもしれない。鈴谷達が見た青年の表情は打って変わり真剣なものだった。そして胸騒ぎは当たってしまった。

 

 

 大淀から告げられたのは同じR基地に所属していた駆逐艦の子達の行方だった。結果を言えば駆逐艦の子達は帰って来なかった……誰一人として。捜索は引き続き行う予定ではあるが、夕張は受け取った無線から想像すれば深海棲艦と遭遇したことは待逃れず、運よく生き残れたとしても絶望的な状況であった。

 執務室には重い空気に満ちていた。心の奥底ではこの事実を誰もが認めたくなかったことだろうが、現実は非情なもの。しかしわかっていたことだ。元々犠牲が出ても構わないと編成された遠征組である。休み無しの遠征続きで疲労が溜まっていた彼女達は深海棲艦から逃げきれない……わかりきったことだった。

 

 

 豚野が怖かった……故に止められなかった。鈴谷達は自分達だけが生き残ったことは一生の苦痛となることだろう。今もそうだ。彼女達の表情を見ずともわかる……大粒の液体が執務室の床へと雫となって落ちていたからだ。

 

 

「……おい大淀、大本営からの視察は午後だったな」

 

「えっ?あ、はい、そうです」

 

 

 早朝、駆逐艦の子達の報と共に午後から視察隊が事情聴取の続きを兼ねてここへと訪れる約束をした。午後にはまだ十分な時間があると青年は確認すると……

 

 

「なら時間はあるな」

 

「司令官?」

 

「吹雪、タクシーを手配してくれ。大淀、少し出かけて来るぞ。吹雪も付いて来い」

 

「はい、わかりました」

 

「お前達も付いて来い。拒否権はないぞ」

 

「「「「「……はい……」」」」」

 

 

 青年は動き出した。気力のない返事が返って来るが吹雪と大淀は信じている。青年なら深く沈んだ鈴谷達の心を何とかしてくれると。

 

 

 それからしばらくして二台のタクシーが鎮守府へと到着。お通夜状態と変わらない鈴谷達を乗せて走り出すが、どこへ向かっているかも知らされていない状況の中で途中青年が「寄るところがある」と言って一度タクシーを止めた。そこは花屋の前で、いくつもの花を青年が買っているのを鈴谷達は見たが、その時は何も思わなかった。駆逐艦の子達を犠牲に生き残った自分達に負い目を感じそれどころではなかったからだ。

 再びタクシーは走り出し、鈴谷達を引き連れ青年が向かった先は○○鎮守府R基地が見える場所に位置する岸。ここには人気(ひとけ)はなく、何故こんなところに連れて来られたのだろうか?

 

 

 そう鈴谷達が思っていると青年は花屋で購入した花束を岸にそっと置いた。そしてそこには深海棲艦との激闘など感じさせない静かな海に敬礼する青年の姿があった。

 静かな海に向かって敬礼する青年に何事か訳がわからない鈴谷達。彼の初期艦娘の一人である吹雪だけはその行動の意味が理解できた。吹雪も青年の傍へと近づき同じように敬礼する。

 

 

「何してるの?」

 

 

 二人の行動の意図がわからない鈴谷は青年達に声をかけた。

 

 

「見てわからないのか?花を手向け、敬礼しているんだ」

 

「……何の意味があるの?」

 

「駆逐艦の子達の為、追悼ですよね司令官?」

 

「ああ、吹雪の言う通りだ」

 

「……どうしてそんなことしてくれるの?」

 

「沈めたのは深海棲艦だ。だが沈む原因を作ったのは人間だ。そして同じ提督だ。同じ人間、提督である俺の責だ。人間は艦娘に無理難題を押し付け自分は高みの見物だけしかせず、労わることもしなかった。俺はあの場にいながらも愚行を止められなかった。それに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」これは本心からのもだった。

 

 

 彼はまだ若い新米提督である。例え愉悦猫によるハプニング(美醜逆転)がなくとも青年も人間だ。醜い、醜くないに関わらず、自分よりも小さい子供の命が散れば気分が悪くなる。女性が傷つき涙を流す姿を見れば胸が締め付けられる。()()()()()()()()()()()()であっても彼は人間をやめてはいない……他者の不幸を喜べる程、まだ道を(たが)えていない。

 

 

「お前達は残された側だ。だがそれをいつまでも負い目だと感じるな。グチグチしていると沈んだ者達が浮かばれないだろ。お前達は沈んだ者達の分まで幸せにならないとな」

 

「幸せに……」

 

 

 鈴谷の中で「わたくし達の分まで生きて……幸せになって……」かつて熊野との約束が頭に浮かぶ。

 

 

「外道さん……鈴谷は……鈴谷達は……幸せになれる?」

 

「なれるって聞くな、なるんだよ。幸せってのは手を伸ばさなければ向こうも伸ばしてくれない。幸せになるのを諦めている奴の下にはやって来ないし、諦めている奴は何が幸せかなんてわからない。幸せってのは待っているだけじゃダメなんだ」

 

「……そう、なんだ……」

 

「今はまだわからなくていい。きっとわかる時が来る……それまで考え続ければいいんだからよ。鈴谷だけじゃなく、お前達全員もだ。わかったな?」

 

「「「「「……はい」」」」」

 

 

 静かなる海に向かって敬礼する一人の青年と艦娘達の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(チッ、こいつらはどうせ別の鎮守府に引き取られるのに……なんで引き取り先が決まっているような奴らの面倒をみてんだ?得にもならないのに何やってんだ俺……)」

 

 

 自身の矛盾した行動に内心ため息をついていた青年だった。

 

 



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2-8 電撃訪問

猛暑で気力が減りつつある作者です。読者の皆様方も熱中症対策を心掛けてください。


今回はようやくあの方の再登場です。


それでは……


本編どうぞ!




 遂にこの時が来たか。

 

 

 言葉にするならばこうだろう。数名の艦娘を連れ、とある建物の前に佇んでいる一人の女性がいた。

 

 

 私の名は美船。昔はただの一般人、今は海軍の元帥にまで上り詰めたのだが、そこに至るまでには長く辛い道のりだった。正直に言えば私は……この世界全体が嫌いだった。

 世界は不公平だったわ。整った顔立ちにシミもない肌は見慣れたもので、鏡で毎日拝む自分自身の顔に嫌になることなんてある?子供の頃何度それでいじめられたかわからないわ。私以外の女の子はみんな綺麗だったから……男の子もそんな私を避けていたぐらいよ。小学生から大人まで皆が歪な顔をしていたりシミやそばかすだらけで女性は()()と言われているわ。稀にその枠組みから弾き出された者が現れる……それが私だった。男性と他愛もない話で盛り上がり、ショッピングを楽しみながら一緒に食事をするなんて夢のまた夢。羨ましいと何度も身を焦がすように感じていた。けれど焦げ過ぎたのか、段々と虚しくなって無心を貫くことを決めたぐらいに冷めていった……世界は私を差別した。だから私もこの世界を嫌ったわ。

 

 

 『不細工』それは迫害の証であり、残酷な差別を意味する言葉。

 

 

 この世界では美人が多いが、稀に不細工な女性が生まれて来る。それが美船だった。幼少期の頃から不細工と言う理由で虐げられ、バイトも就職で面接を受ける時に大きな足枷となっていた。このままでは引きこもり生活を余儀なくされる運命に身を委ねるしかないのかと諦めかけていた。しかし彼女の運命を変える出来事があった。小さな人……妖精が見えたのだ。世界が深海棲艦の魔の手が伸びた時に颯爽と現れた艦娘と呼ばれる存在に力を貸す不思議な生き物(?)だ。「自分には妖精が見える!」その資格は世界にとってとても重要なものだった。

 深海棲艦に対抗する為には艦娘の力が必要。そして艦娘を支えるのは妖精と提督の存在だが、妖精の姿を見ることができる人間は限られている。その限られた内に美船は居たのだ。『美人』の枠組みから弾き出され『提督』の枠組みに引き込まれた。軍は資格を持つ人間を欲しており、すぐに彼女は入隊することができた。

 

 

 本当にあの時は大変だったわねぇ……ある日突然新米軍人である私の下へ大本営から前元帥が自らやってきて「君、今から○○鎮守府の提督だから」って言い渡されて唖然としていた私を強制的に連行したあの糞ババア……あの時の事は今でも忘れていないわよ。まだ軍人として未熟者(ペーペー)なのに実戦投入とか何を考えていたのやら……国が深海棲艦に追い詰められていたのはわかるけど、初対面で緊張する私にフレンドリー過ぎない?って思ったわ。でもいきなりはないでしょ?私の意見も聞かずに部下に連行させる辺りやっぱり糞ババアだったわ。もしかしたら不細工な私だから艦娘との懸け橋になれると思っていたのかもね。まぁ、そのおかげでこの子達と出会えたんだけどね。これもあの糞ババアが仕組んだことだったのかしらね……

 

 

 しみじみ過去のことを思い出す美船元帥。ふっと横を見れば家族同然の大切な艦娘(家族)がいる。

 

 

「どうしたんですかご主人様?もしかしてお疲れですか?」

 

「もしも何かあっても私がお守り致します!」

 

 

 漣と五月雨の駆逐艦娘が不思議そうにではあるが、身を案じてくれることに自然と胸が温かくなる。二人は美船元帥が提督だった頃に出会った艦娘だ。

 当時まだ艦娘のことなど把握できておらず、軍人達の間で兵器と扱われていた艦娘と初めて対面し、自身との容姿に劣らぬ醜い彼女達に共感を覚えた。いきなり提督となり、艦娘の運用法など左も右もわからぬ彼女に色々と教えてくれたのはこの二人だった。人間の女性と変わらないが見た目が醜い。しかし心はとても温かかった。醜いと言う理由で虐げられた者同士すぐに意気投合し、時には笑い、時には喧嘩したし、共に泣いた。美船と彼女達が家族になるのも時間の問題だった。

 

 

 美船は決意した。新米提督だった美船は成長し、絆と絆で繋がった艦娘達は深海棲艦を次々に打ち負かしていった。しかし敵は深海棲艦だけではない。艦娘を捨て艦として扱うブラック鎮守府を摘発し、艦娘達を道具としてしか見ない軽視派の連中と戦うことを決めたのは。そして月日が過ぎていき、数少ない不細工提督として同じ提督から軽視される視線を受けながら苦痛の日々を長く我慢してきた。汗と努力の積み重ね、功績と艦娘達から信頼を得、前元帥から目を掛けられていた彼女は元帥の座につくことになって現在に至る。

 

 

「ありがとう二人共、心強いわ……けど、そうじゃなくてね……」

 

「ああ……」

 

「激おこぷんぷん丸ですもんね……」

 

 

 血の気が引きそうな威圧感を背で感じ、ちらりと三人は背後に視線を向けると鬼ですら泣いて逃げる程に恐ろしい形相で親の仇を討ちに来たのかと錯覚をさせる程に殺気を放っている赤城と加賀の一航戦の姿があった。何故これほどまでの殺気を放っているのかと言うとやはり鳳翔の件が原因だろう。二人にとってまだ事情聴取は終わっていなかった。そして目の前の建物には目の敵が居るのだ。

 

 

 美船一行は視察として○○鎮守府A基地へと訪れていた。元帥自ら視察など何事かと思うだろうが、相手は軽視派でありながらも我が子同然の大淀達を泣く泣く潜入させた。何度胸が痛くなったことか、何度謝ったか、検挙する為とは言え暴力を振るわれ罵倒を受けて苦しんでているかもしれないのに見て見ぬふりをしなければならないと思うと心が張り裂けそうだったが、返って来た返事は「楽しくやっています」との報告と意味不明な内容に何度思考を放棄することになったか……美船がわからなければ他の誰もわかるわけがない。ならば自分自身の目で見極めるしかないと彼女自身が視察の名目で青年が支配する○○鎮守府A基地へと訪れたのだ。

 敵地へと赴いた気分だが、明らかな殺気を持って対面する訳にはいかない。相手は相当な手練れだと美船は読んでいる。報告の内容は恐らく本物だろうが、人間の汚い面を何度も見てきた美船には()()()()()()()()()()()を何人も見てきたが故に油断できない。

 

 

 大淀の報告書に嘘はない……この目でしっかりと見極めるまでは私は信用できない。けれど外道提督が本当に艦娘達を支え、心の拠り所になってくれているのなら……どうしたらいい?軽視派の影響を受けているのは間違いない。間違いではないが……わからん。とにかくこの赤城と加賀(大食いコンビ)を落ち着かせないといけないわね。もう!喧嘩を吹っかけに来たわけじゃないんだから大人しくしといて!?長門と陸奥は職務を優先させてほしいとお願いしたら引いてくれたけど鳳翔が絡むとこの子達はこうなんだから……

 

 

「二人共止めなさい。内乱を起こしに来たのではないぞ?」

 

「ですが美船元帥!鳳翔さんだけではなく間宮さん達までもが非道な扱いを受けているかもしれないんですよ!?」

 

「ここは譲れません!!」

 

「譲りなさい。私だってわかっているわ。でも今は視察と言う名目でここに来ているの。そのことを忘れないでほしいわ。元帥と言う立場上問題を起こすことはできないの。上層部の連中に弱みを握られては何かと不都合だからお願い」

 

 

 赤城はともかく普段は感情を表に出さない加賀ですらこれだもの。漣と五月雨でもちょっと怖いと思うわよね……私だって怖いわ。けれど今は大人しくしておいてほしい。はぁ、偉くなったけど何かと縛られてしまうのが致命的なのよね。

 

 

 美船元帥によって二人は怒りを胸の内に抑えることになった。そして運命の瞬間がやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました美船元帥殿」

 

 

 さぁ、外道丸野助……あなたが偽善者か見極めさせてもらうわ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 んぁ!!?な、なんで元帥自ら来てんだよ!?てっきり長門か陸奥の艦娘の誰かがやって来ると思っていたが意外だな。いや、艦娘にお優しい美船元帥さんのことだ。大淀辺りからの報告に疑問を持って自らの目で見極めに来たってところだろうな。クヒヒ♪これは逆にチャンス到来だぜ。あんたをこちら側に引き入れることができれば俺は怖いものなしだ♪クヒ、クヒヒ……って一航戦共も居やがる……だと!?な、ななな、なんでこいつらも付いて来てんだよ!護衛ならそこの漣と五月雨に任せておけよ!!!はっ!?だ、だから別にび、ビビッているわけじゃねぇって!!あ、あれだ……その……そ、そんなことはなんだっていいだろ!!やべぇ、やべぇよ……お、落ち着くんだ俺、我らの元帥様の前で誇り高いプライドを持つ一航戦共が感情如きに流されて俺を説教することはないはず……ないよな?マジでやめてくれよ?こっちは説教魔の間宮と鳳翔が既にいるんだからこれ以上要らねぇんだ!!もしそうなったら神様(愉悦猫を除く)、仏様、美船元帥様、お助けくださいお願いします!!!

 

 

 現時刻はヒトサンマルマル。

 

 

 鈴谷達と共に○○鎮守府A基地へと帰って来た青年。出発前のお通夜状態とは変わり、彼女達の肩の重みは軽く、表情も柔らかくなっていた。帰った頃には時刻はヒトフタマルマル。丁度お昼時であり、秘書官の吹雪は皆で食事を楽しもうとしたが、青年がいつの間にか居なくなっていた。そういえば午後から視察がやって来ると報告が入っていた。おそらく青年はそれまで少し時間があるので仕事をしに執務室へと戻ったのだろうと予測する。吹雪はため息が出てしまう。仕事熱心なのは良いことだが、それで昼食を放っぽり出して体調でも崩してしまっては元も子もない。さてはまたカップ麺で済ませようとでもしているのではないか?と疑いすら浮上する。「やっぱり私が司令官の傍にいないとダメなんだから」と呆れ半分、喜び半分で執務室へ向かう。すると執務室の前で青年は時雨達に捕まっており、吹雪が青年の行動を予想できたように時雨達も仕事を優先しようとする彼を捕まえる為に先回りしていたようだ。

 青年が○○鎮守府A基地の提督となった時から一緒に居る初期艦娘達。ある程度ではあるが彼の考えを理解できるようになれたことに密かに喜びを感じている。叢雲辺りは「そ、そんなバカなことあるわけないでしょ!!?」なんて否定するだろうがちゃんとこの場に居ることが何より言い逃れられぬ証拠になっているのだが知らぬふりをした方が良さそうだ。吹雪も合流し、青年は仕事が優先だと小さな抵抗するものの、間宮と鳳翔の名を出せば小さな駆逐艦娘相手でも逆らえなくなることは知られてしまっている。故に護送されることになり、食堂へと向かうことになった。食事中だった不知火や木曾に龍驤、青葉に那珂と島風も青年が姿を見せれば自然と周りに集まり、まだ雰囲気になれない鈴谷達も大淀や明石に背を押され、初めは遠慮しがちな彼女達も気軽な食事を出来たのは初めてのことで、自然と笑みを浮かべることができた。妖精達もお菓子片手にはしゃいでおり、その様子を見ていた間宮と鳳翔もほっこりと笑みを浮かべていた。

 

 

 しっかりと食事を取ったことを見届けられた青年はそろそろ頃合いだと視察に来るであろう艦娘を出迎えに行くが美船元帥が居たことに吹雪一同驚きを感じつつも、彼だけは気が別の方へと向いていた。明らかにヤバイ存在が目に入る……何食わぬ表情なのだが、瞳の中に殺気が込められた視線を送って来る赤城と加賀の一航戦コンビの姿がある。視線を向けられている青年以外(大淀達は既に知っている)に殺気を感じさせないよう器用に気を操っているのはまさに神業であり、吹雪達は全く気付かない。比べて内心ビビりまくっていた青年であった。

 

 

「お待ちしておりました美船元帥殿」

 

 

 それでも弱みを見せぬよう気丈に振舞う覚悟は見事と褒められるべき根性だと言えるだろう。

 

 

「いや、そう緊張しなくていい。視察に私が同行するのはどうかと思ったのだが、○○鎮守府R基地の件もあって直接話し合いをした方が良いと判断して急遽来てしまったが……迷惑だったか?」

 

「いえ、そういうわけではありませんが……」

 

 

 ……チッ、なにが「迷惑だったか?」だよ。迷惑だよ特に後ろの奴!!その殺気立った目を向けるな!!!と、ともかくファーストコンタクトは悪くはないはずだ。大丈夫だ、問題ない。なんとかなるはず……いや、なんとかしてみせる。俺のことを()()()()だと思わせてやる。今まで吹雪達にわ・ざ・と優しくしてやったんだ。大淀達もきっと騙されているに違いないから、この場には俺の味方だらけだ。美船元帥さんよ、あんた自ら出て来たことで俺が作り上げた偽善の巣に足を踏み入れてしまったんだぜ。俺は蜘蛛、あんたは糸に捕らわれる蝶々ってところだ。じわじわと偽善の糸であんたを逃れられないように縛り上げ、昇進の為の土台にさせてもらうとするか……クヒ、クヒヒ、クヒヒヒヒ♪

 

 

 姑息な策を組み上げ、内心では邪悪な高笑いが響いて居ることだろう。そんな青年はさておき、久しぶりの再会となる大淀と美船元帥はというと……

 

 

「美船元帥自ら視察に来るだなんて聞いていませんよ?」

 

「ごめんね、急に来たくなって。それよりも大淀は元気にしてた?」

 

「はい、元気に生活させてもらっています。しっかりと毎日食事を取って規則正しい生活を送っています」

 

「それは良かったわ(報告書通りね。大淀の表情から外道丸野助に脅されているとは考えられないわね)それに君達にとってもここは素敵な場所のようね?」

 

「は、はい!そ、それは勿論ですぅ!し、司令官が来てくれたおかげで私達毎日が楽しくてあの、その……!!!」

 

「ふ、吹雪緊張し過ぎよ。あ、あんたがちゃんとしていないとダメでしょ?」

 

「そういう叢雲ちゃんも緊張してるっぽい?」

 

「で、でも気持ちわかるよ。睦月も心臓バクバクにゃしぃ!」

 

「はわわ!?げ、元帥さんが居るのです!!」

 

「もうみんな少しは落ち着こうよ……」

 

 

 なんてことないやり取りだが、このやり取りが彼女達の幸せを形にしているのだろう。出迎えた吹雪達の姿に美船元帥は笑みが自然とこぼれる。

 

 

「そう緊張しなくていいわよ(良きかな良きかな。緊張しているみたいだけどそれは私が元帥だから仕方ない。しかしだ、外道丸野助からこの子達が脅されている様子はない……か)」

 

 

 久々に対面することができた美船元帥と大淀だが、彼女がやつれた様子もなく生き生きとしている様子に報告書通りであると安心できた。吹雪達もここが元々ブラック鎮守府だったのを感じさせない程に温かい光景を見せつけてくれている。

 瞳は真実を映し出してくれる。ブラック鎮守府に居る艦娘は気丈に振舞っていても目の光が失われていたり、虚空を見続けている子が居たぐらいだが、この様子だと心配無用のようだ。だからと言って油断はできない。気を緩めるなんてことはしない。人間と言う生き物は嘘つきだ。真実を嘘で覆いつくすなんてお手の物、美船元帥は何度も汚い人間の内面を見てきた。嫌と言う程に何度も何度も……その過程でいつも犠牲になるのは優しい子達ばかりだった。だからこそ青年に向ける瞳には厳しさを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが何故ここに居るんだよ!!?」

 

「視察に来るとは聞いていましたが……美船元帥自らとは聞いていませんでした。これは不知火の落ち度でしょうか……?」

 

「いや、ウチも知らんかったし落ち度やない。しかし急な登場やな?」

 

 

 それから視察と言う名の探りを入れられている状況である。木曾達も元帥側の艦娘の誰かがやって来たのだと久々な仲間とのご対面できる思って出迎えた。漣と五月雨、赤城と加賀が視察としてやって来たのかと納得したが、見慣れた顔が一人余分に居たことに一瞬呆気に取られ、美船元帥本人が居たことで驚いていた。鳳翔なんかには「あなたが自ら来るなら事前に報告してください!」と叱られたぐらいだ。元帥相手でもやはり鳳翔は強かった。伊達にとある次元の提督達に『お艦』と呼ばれているだけはある。青年も自身が叱られているわけではないのに内心身震いしていたりする。ここに間宮も加われば身震いは更に倍化されるだろう。

 そして問題の一航戦コンビは鳳翔を見つけるなり駆け寄り心配していた。赤城と加賀の二人がここに居ることに驚いている様子だったが鳳翔は微笑みを見せて二人を安心させる。赤城と加賀はその微笑みから暴力を振るわれていないとわかると安堵の息を吐いた。しかし青年の疑念が晴れたわけではない。ギリっとすぐさま青年を睨みつける姿に「隠す気あるのか?」とツッコんでもおかしくはないのだが、肝心の本人は睨まれてそれどころではなかった。それでも「久しぶりの再会を邪魔するのは申し訳ないからな、鳳翔頼んだ」と気を利かせ、三人の再会を祝福する為の行動だと周りは思うかもしれない。実際は一航戦コンビを鳳翔に押し付けて自分自身の安全を確保したかっただけだ。その証拠に足が震えていたのだが……それを指摘したら可哀想だ。

 

 

 何とか赤城と加賀(恐怖の根源)を鳳翔に押し付けることで気持ちに落ち着きを取り戻した青年と共に鎮守府内を見て回った。おかしな点は見つからない。寧ろとても環境が良いと感じた。間宮が語った健康に気をつけた食生活、明石が語った艤装の整備と開発及び解放された入渠ドック、報告書通り妖精達は青年に懐いていた。廊下もトイレも隅々に至るまで綺麗に掃除されており、雰囲気はとても明るかった。青年が美船元帥に集中している時、漣と五月雨は色々と怪しい場所がないか気づかれないよう目に届く範囲ではあるが探ったがどこも発見できなかった。本来ならばどこもおかしくないことが正しいのだが、彼が軽視派だと知っている二人からしたらそれがおかしいことになる。不知火達にも確認していたがやっぱりそんな形跡は一度もなく、やはり報告書と相違ない。吹雪達にはさり気なく探りを入れて見ても結果は空振り、それどころか自慢げに彼のことを話すので何とも言えない気持ちになった二人、しかし笑顔を振りまく吹雪達の姿を見せられては安心の方が強かった。

 そうしてある程度見て回っていると美船元帥は会いたい人物……艦娘がいると青年に伝えた。察していた彼はとある一室へ彼女を案内することにした。

 

 

「鈴谷、俺だ」

 

「あっ、はい。今開けます!」

 

「外道提督、そこにいると……」

 

「んぁ?なんでs――んがぁ!!?」

 

 

 ノックをすると帰って来た声の主は鈴谷の為に用意された大部屋だった。彼女が扉を開けるのを待っていると親切心で声をかけたつもりの美船元帥だったが、時すでに遅し……鈴谷は慌てて扉を開けるが、勢い余って思いっきり開けてしまったことが原因で青年の顔面にぶつかってしまう。どこかで見た光景だ。

 

 

 痛ぇ!?こいつまたしても俺にぶつけてきやがったな!!もう我慢ならねぇ、今度という今度はこの俺が直々にお仕置きして……はっ!!?

 

 

 文句を言ってやろうかと声を荒げようとしたが思いとどまった。鈴谷はわざとした訳ではないので彼女を叱るのは間違いだ……っと言うよりも、美船元帥自らが視察に来ており、背後からの視線には重苦しい程の圧力を感じたからだ。

 

 

 そ、そうだった。あぶねぇあぶねぇ……感情に任せて危うく失態を犯すところだったぜ。俺は今は()()()()なんだ。これは逆にアピールチャンスだ。普通なら激昂するところだがここは我慢し、ハプニングを利用した策、名付けて『俺はいい人間様だぞアピール大作戦』に大いに役立つことだろう。鈴谷よ、ハプニングをありがとよ……滅茶苦茶痛かったけどなっ!!!

 

 

「ていとk……外道さん大丈夫!?」

 

「あ、ああ……大丈夫だ、問題ない。悪かったな、心配させてしまって」

 

「う、うん……でも……」

 

「大丈夫だって言ってるだろ。心配するな、全くもって痛くなかったからな」

 

「私にはそう見えなかったけど?」

 

「吾輩も同感である」

 

 

 煩いぞお前ら!少し空気読めよ!!……いや、これも利用できるな。失態を犯した鈴谷に本当は痛いのに痛くないと安心させ、お前のせいじゃないと擁護することで「この人、鈴谷の為に嘘までついて……いい人だ」と思ってくれるわけだ。それを見た美船元帥さんもそう思うに違いない!クヒヒ……瑞鶴、利根よ、お前達ナイスアシストだぜ♪

 

 

 瑞鶴と利根に嘘を突かれるがこれはチャンスと利用しようとする……流石姑息な奴だ。

 

 

「俺のことはいいんだよ。まぁ、それはさておき……お前らに紹介したい方がいるんだ」

 

「紹介したい方ですか?」

 

「一体どなたでしょうか?」

 

「(あれ?外道さんの後ろに居る方って……まさか!?)」

 

 

 翔鶴と筑摩は紹介したい方と言われても思い浮かばない。しかし夕張は違った。工廠での仕事と司令部での報告等の裏方仕事をしていた彼女にとって書類で薄っすらと見覚えのある顔があって背筋が伸び切ってしまった。

 

 

「初めましてだね。私は美船、元帥の立場に居るけど気軽に接してくれていいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「……えっ?」」」」」

 

 

 意外も意外な人物の登場に鈴谷達は固まってしまった。

 

 

 こいつらがこうなるのも無理はないか。まぁ、きっと美船元帥さんはこいつらを引き取りに来たといっても過言ではなさそうだ。さっさと引き取ってくれ、元々ここの艦娘じゃねぇし、ここにはおいておきたくないだろう。俺にはもうこいつらとは縁もゆかりもなくなるんだ。ただ……深海棲艦の進撃を食い止めた功績を残すことができ、昇進への一歩に貢献した礼ぐらいはしてやるよ。ならばどんな礼がいいか……去る前にしっかりと艤装の修理や点検を明石に頼むとするか。鳳翔と間宮には飯を腹いっぱい食わせてやるように伝えておいてやる。後はそうだな……甘い物でも土産にでも持たせるか。生憎経費で買ってもいいが、深海棲艦への対策費として置いておきたい。代わりに俺の財布から出してやる……俺の慈悲に感謝しろよ。

 

 

 などと考えていたが……そのすぐ後のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外道提督、彼女達をここで養ってもらえないだろうか?」

 

「………………………………………………はっ?」

 

 

 美船元帥と青年だけの執務室で告げられたのは彼の予想と反したものだった。

 

 



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2-9 手を伸ばせ

どうもお待たせいたしました作者です。色々と考えさせられる期間で悩みましたが、この小説を楽しみにしてくださっている読者の皆様の為にも続けようと決めての投稿となります。


必ず注意書きを読んでからご覧になって楽しんでいってください。


それでは……


本編どうぞ!







 美船元帥は鈴谷達と折り入った話があるとのことでしばらく彼女達だけの時間が欲しいと青年を遠ざけた。一時的に自由となった時間だが、元帥を放って自分は仕事をするのは流石にまずいので暇そうに時間を潰しているとそっと小さな影が近づいてきた。

 

 

「ゴホン、()()()()にちょっとご質問があるんですけどよろしいでしょうか?」

 

「んぁ?なんだ?」

 

 

 話しかけてきたのは美船元帥と共に視察に来た駆逐艦娘の漣だ。吹雪や叢雲と同じ特型駆逐艦それの19番目、綾波型でいうと9番艦の彼女の性格を青年は知っている。

 漣は風変りな言動と行動で人を惑わす駆逐艦娘であるが、今は仕事モードらしい。普段の口調では「キタコレ!!」「メシウマ!」などかなりアクの強いものの「提督」のことを「提督さま」などと呼ぶことはせず「ご主人さま」と呼ぶ辺り変わり者の彼女だが今はそれがない。目の前に居る青年に対しておふざけなどする気も起きないだろう。何故なら彼女は青年が軽視派の人間だと言うことを知っているからだ。

 

 

 漣は軽視派の連中が嫌いだ。彼女も醜き艦娘の一人で、未来永劫容姿をバカにされ続けるしかないと半ば諦めていた部分があった。しかし新米提督として強制的に着任させられた美船が現れたことで運命は変わった。艦娘でもないのに自分達と変わらぬ醜い容姿を兼ね備えた人間がやって来た時は驚いた。しかしその人間は軍人と言えどまだ半人前、知識もまだ浅く素人同然、そんな彼女に同じ鎮守府に所属していた五月雨と共に艦娘のことや深海棲艦のことをあれこれ教えた。初めは仕事にもミスが多く、指揮も浅はかなものだったが、美船は必死に覚えようとした。わからないことは二人にわかるまで教えてもらい、損傷した子が居たら自らも率先して手伝いをしていた。お互いのことをまだよくわからない時期でもあり、会話も詰まったことだって何度あったことか。しかし辛いことも悲しいこと、楽しいことや悩みを打ち明けていく内に信頼関係が結ばれていた。

 美船は艦娘達の為に海軍全体の改変に取り組んでいく。艦娘を捨て艦として扱うブラック鎮守府を次々に暴いていき、粗末に扱った人間を捕まえて来た。醜いと称され道具のように扱われて来た艦娘達の心に光が差し込んだ。こんな醜い自分達の為に本気になってくれた初めての人。この人ならばどこまでもついていきたい……そう思った。漣はその一人である。そしてそんな彼女の前に軽視派の人間である青年があろうことか提督の座についているのだ。大淀の報告書通りに吹雪達に接する姿は敬愛する美船とそっくりであるが……ありえない。

 

 

 軽視派の人間であることは確かなのだ。しかも今回深海棲艦の襲撃を受けた○○鎮守府R基地の提督であった豚野と会っていたのだ。これは何かある……漣は青年が何かを隠していると疑っている。無理やり付いてきた一航戦コンビは敵意を隠すこともせずに鳳翔のところに付きっきりで役に立たない。美船元帥は今は鈴谷達と大事な話の最中であり、この場に居るのは彼と漣に味方の五月雨だけ。今がチャンスの時、彼女は彼女なりに青年に探りを入れるつもりなのだ。

 

 

「小さなことですけど小耳に挟んだんで気になっていることがありまして……五月雨の容姿についてなんですが、如何お思いですか?」

 

「……なに?」

 

「さ、漣さん!!?」

 

 

 五月雨は心臓が飛び出るぐらいに驚きの声が出た。待っているには余りにも暇であり、なにしろ漣にとってこの青年は敵視しなければならない存在のはずだった。しかし大淀の報告書に目を通して「ありえねぇ~!?」と度肝を抜かれた程に不可解な内容だった為、正直なところ気になっていたのだ。

 視察している間に青年の目を盗んで不知火達とこっそり情報を交換したが、報告書に偽りはない様子であれだけ警戒心丸出しだった木曾や任務に忠実な不知火が大人しいのだ。送り出した時と今とでは別人ではないかと思うほどだった。龍驤には「色々あってん」と言われる始末で、鳳翔は赤城と加賀の面倒を見ているが雰囲気は柔らかく、ここへ来る前の優しい彼女と変わっていなかった。あれだけ間宮と共に覚悟を決めていたのになにがあったのか?何やら意味不明な事ばかり起きているようで、明石も張りきって装備の開発に手を染めており、妖精達は青年に懐きお菓子を強請る姿が確認されている。軽視派のような艦娘を蔑ろに扱う人間には近づかない妖精達なのだが……何故だ?大淀もまるで青年のことを信用しているみたいであった。

 

 

 瞳の中に熱い覚悟と闘争心を宿した仲間がこうも変わって……いや、元に戻ってしまっている。美船元帥と一緒に居た時となんら変わらない姿がここにある。何故だ?何があった?前提督から酷い目にあったにもかかわらず吹雪達も笑顔を浮かべていた。ここで建造された熊野達も青年のことに対して微塵も疑いを持っていない。そして先ほど見た鈴谷達とも嫌悪感を現すことなく平然と会話をしていた。艦娘のような醜さの塊を好む輩はいない。男なら尚更だ。艦娘達の容姿は極めて醜悪、軽視派の人間でなくても仕事として接するのが主だ。「優しく扱ってしまって好かれでもしたら堪ったものではない!」と多くの者は思っているだろう。元帥の前だからと嫌悪感を隠しているだけかと窺っていたがそうではないらしい……特に島風と言う艦娘が居たことが何よりの証拠だ。

 建造された艦娘の詳細を大本営に通達する際、青葉のカメラで容姿を収めた写真が元帥の下へと届いた時に漣と五月雨も一緒にその姿を拝見していた。自らの醜さをわざわざ晒すように肌を披露している彼女を見て同じ艦娘であっても一瞬戸惑ったぐらいだ。しかしどうだ?青年は島風を見ても嫌そうな顔はせず、話している最中は目を離すことはなかった。実はちゃっかり麗しき生肩にムチムチのお尻、魅惑の太もも、見れば見るほど吸い寄せられてしまいそうなおへそをしっかり盗み見ていたが、それは漣の知らぬところであり、知らない方がいいことだ。

 

 

 豚野と会っていたことも気になるがそれを追求するのは自分の役ではない。漣は己の感性で青年の化けの皮を見極めようとしていた。そこで艦娘の容姿に対してどう思っているのかを本人の口から聞き出そうとしているのだ。

 

 

「五月雨の容姿についてだと?」

 

 

 青年の顔が渋る。やはり艦娘に対して寛大な態度は嘘だったのか……我慢強く、演技力がずば抜けていただけで吹雪達を騙し続けていたのか!?このクズ野郎ー!!!と漣の内心では結論が出そうになったが、意外も意外な言葉が青年から漏れた。

 

 

「ふむ……かわいいな」

 

「ふぇ!!?」

 

「……はにゃ?」 

 

「ん?……んぁ!?」

 

 

 今なんと言った?漣の聞き間違えなのか耳を疑ったが気になる人物をふっと見ると、五月雨の顔が真っ赤に染まっている。反応を見るに聞き間違いではないようだ。質問に答えたと言うよりも呟きが聞こえた。本人もうっかり口走ったようで気づいて慌てている様子だ。

 

 

「あっ、い、今のは口が滑っただけで……ってそうじゃなくてだな!」

 

 

 漣は慌てふためく青年の様子から想像とは裏腹な印象を受ける。真面目だが何処か抜けているところなんてまるで「ご主人さま」と呼ぶ彼女のようだ。そんな訳があるはずがない……そう否定したい。だがその姿と重なってしまい、複雑な感情が生まれる。

 

 

「――ゴホン、んぁ……お、俺が言いたいのはだな、容姿なんて関係ないと言うことだ」

 

「……どういうことですかそれは?」

 

「それは……そう!吹雪達と約束したからな」

 

「約束……ですか?」

 

「ああ、ここはおっさn……前提督の所業で仲間を失った吹雪達は辛い思いを今までずっとしてきたんだ。俺は訓練学校を卒業したての新米だがこの若さで提督になることができた。しかし俺も一人の人間だ。艤装を扱い、軍艦と同じ力が発揮できる艦娘達を化け物と呼ぶ者がいるが、吹雪達を見ていると人間とどう違う?と疑問に思う。確かに建造で生まれ、傷もドックに入れば(たちま)ち元通りになってしまう。しかしあいつらが見せる表情は人間と差なんてない。姿も形も人間の女の子と変わらない。苦しい、痛いと感じれば涙だって流したし、嬉しいと笑うんだぜ?それなのに最前線で人間ではどうしようもできない深海棲艦相手に戦っているんだ。深海棲艦は馬鹿ではない、学び、強くなり何度でも向かって来る。提督……いや、人間と艦娘がバラバラで勝てるほど甘い相手ではないんだ。このままでは確実に日ノ本は落ちる」

 

「だから容姿なんて関係ないと?」

 

「……まぁ、それもある。それなりの答えを言ったつもり……だが簡単に言えば俺がそうしたいと思ったからだ。容姿でどうこう言うよりもまず提督なったからにはやるべきことをやらねばならない。まずあいつらの待遇改善を約束したがそれだけで終わりじゃない。あいつらは共に戦う仲間なんだ。俺は前線に出ることはできないが、サポートすることはできる。戦えない俺の代わりに最前線に出るあいつらを支えてやるのが提督の役目だ。気を張り詰める必要なく生活でき、笑って暮らしていける毎日を与えてやらなければならない。戦争は非情だ、だが俺はそれでも誰も轟沈しない鎮守府を作るつもりだ。他人がどうこう言おうと俺がそうしたいと思ったんだ。それに仲間に対して無礼で接するなんてカッコ悪いだろ?」

 

「「……」」

 

 

 軽視派の人間から出た言葉とは思えないものだった。人間の言葉なんてものはそれらしく振舞えば美しく見えるものだ。嘘偽りで塗り固めた言葉のはず……思い描いていたイメージと異なっていた。大淀の報告書通りの善人に見えているのは全てが演技だと……そう思っていた。しかし実際に本人に会って見ればその思いが揺らぎ、二人の心に彼の言葉が直接響いた。彼女達の瞳にはそこには居ない人物の姿が浮かぶ……己の心情を語る青年と自分達の敬愛する人物と重なってしまったのは錯覚ではなかった。

 まさにこの人は善人の鑑のような人物だ!と思われるかもしれないがそんなことはない。これも姑息な青年の作戦だった。漣に「五月雨の容姿はどうか?」と聞かれ、ちらりと五月雨を窺えば、いきなり話題を振られてしまって焦る彼女の姿はとても愛らしく、呟きを拾われてしまった青年は焦った。しかしその時ティンと来た。「この状況利用できる!」と判断し実行に移す。

 

 

 ここは青年にとってあべこべ世界である。艦娘達は自身の容姿に対してコンプレックスを持っているので、いい人間を演じるならばそれを利用するのが一番である。「容姿など関係ない」と強調することによって艦娘の警戒心は緩み心に隙間が生まれる。そこにそれらしい理由を並べて艦娘を信頼していると語れば青年のことを軽視派の人間だと理解していても敵意は揺らぎ、迷いが生じてしまうわけだ。そう簡単には信用を得られないことなど承知の上ではあるが『自身の容姿を貶されなかった』ということは記憶の片隅に植え付けることができる。後はゆっくりと迷いが意志を侵食していくのを待つだけ。ミスを姑息な手で誤魔化してついでと言わんばかりに人心掌握しようと咄嗟に行動できるあたり青年はやはり汚かった。

 

 

 それから少しして漣と五月雨が呆然としていたところ部屋から美船元帥が出て来た。美船元帥は一度○○鎮守府R基地に所属している鈴谷達と折り入った話があるとのことで彼女達だけの対談が終わったようだったが、今度は青年と二人っきりで話がしたいと申し出た。彼は当然これを承諾すると漣と五月雨と別れ、粗相が無いように美船元帥を執務室へ案内した。ちょっとお高めのお茶を出そうかと思ったが必要ないと断られてほんのちょっぴり凹んだがそれはともかく早く本題に入りたい様子の彼女だったのだが……

 

 

「外道提督、彼女達をここで養ってもらえないだろうか?」

 

「………………………………………………はっ?」

 

 

 予想外の発言により青年の目が点になってしまった。間抜けな面を見せてしまっただろうがこれは仕方ない。美船元帥が鈴谷達を管理した方が適任のはずだったのだ。理解が追い付かない彼に対して美船元帥は一度咳払いをして改めて詳しい内容を語りだした。

 

 

 まず○○鎮守府R基地の豚野提督の所在だが、病院に入院中だそうだ。何故病院?と思ったことだが、豚野は逃げる際に慌てて車道に飛び出しトラックと衝突し、死にはしなかったが重傷を負ったそうだ。しかも事故に遭ったせいか記憶を失っており、自身が提督であったことを忘れてしまっている様子だった。これには青年も驚いたがすぐに笑みに変わる。豚野の結末に「自業自得だ!ざまあみろwww」と積もり積もった言葉が口から出そうになったが我慢した。代わりに内心大笑いしており肩を震わせていた。守衛も確保され、尋問を受けているそうだ。すぐにでもあの鎮守府が抱えていた闇は表舞台に明るみになることだろう。そして守衛程度が青年と豚野の会談内容まで知ることはないので、彼にとって都合の悪いことのみが闇に葬られることになった。風向きは青年に向いている……まるで()()が彼を擁護しているかのようだった。

 

 

 

 責任問題が残ることになるが、関係のないことだと青年は思っていた。何故なら彼はただ『()()()()()()()()()()()()』に呼ばれただけなのだから。偶然あの場に居ただけなので無関係なのだ。逃げ出した豚野の代わりに深海棲艦から鎮守府を守り抜いたのだから絶賛されるべきであって責任問題は発生しない……っと思っていた。

 なのに何故美船元帥は鈴谷達を養ってもらえないかと言って来たのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し前に遡る。大切な話をする為に青年にわざわざ時間を作ってもらい鈴谷達と対面する美船元帥。立ち話もあれなので、座ってゆっくりと落ち着いて話し合おうとしたが、様子を窺うと彼女達は緊張していた。そもそもの話、いきなり軍のトップの登場で頭が混乱している状態で「話がしたい」と言われれば落ち着ける訳が無い。幸いなことに鈴谷達にとって少しばかりか心に平穏が訪れている。美船元帥が艦娘の味方であることを知っていたこと、失礼なことだが自分達のような醜い容姿と対等な顔を持っていたことが緊張をほんの少しだけ和らげてくれている……微々たるものであったが無いよりかはマシだ。

 カチコチの鈴谷達……そんな彼女達に対して美船元帥はいきなり本題をブッ込んでいくことはしない。まずは緊張を(ほぐ)す為に体の調子から他愛もない話までゆっくりと会話する。今まで辛い人生を送って来た艦娘達と向かい合うことでどうすれば心を開いてくれるのか、警戒心を解くにはどうしたら一番いいのか、自身は元帥の立場であるが故に階級の差から本心を打ち明けてくれないことも多い。彼女達の本心を聞き出す為には対等に見られなくてはならない為どう接すればいいか経験に経験を積んで身に付けた技術だ。この技術は役に立つが出来ればこんな技術を身に付けたくはなかったと思っている。それほどまでに心に傷を背負った艦娘が多かったことを証明する証になっているのだからままならぬ気持ちになってしまうのだから。

 

 

 初めはカチコチで話すのも遠慮しがちになっていた鈴谷達だったが、意外と話している内に緊張が(ほぐ)れるのは早かった。美船元帥に対して敬語で話していた鈴谷が普段通りの彼女になったことから周りも崩れていき、対面した時よりも空気が軽くなった。

 

 

「聞きたいことがあるの。外道提督は何しにあそこに居たか知ってる?」

 

「出迎えたのは鈴谷だから……何か知っている?」

 

「ううん、鈴谷も案内しろって言われただけで……」

 

「ふむ(この子達は何も聞かされていないか。『制海権を取り戻した祝宴会』を開くならこの子達も多少のことは知っているはずなのに……)」

 

 

 夕張も案内した鈴谷も詳しいことは知らなかった。長門からの報告と一致する。隠しごとをしているのは明白ではある。しかし偶然にも訪れていたあの日に深海棲艦の侵攻と重なったことで皮肉にも国は守られた。豚野だけであったなら未来はなかったと言える。まるで青年は()()にでも愛されているかのようだ。

 それからあまり思い出したくない過去を話さなくてはならず鈴谷達の表情が優れなくなるが、どうしても確認しておきたいことが美船元帥にはあった。

 

 

「あなた達に聞きたいことがあるわ。あなた達にとって外道提督はどう映ったかしら?」

 

「どう……ってどういうこと?」

 

「……あなた達、豚野提督の下に帰りたい?」

 

「「「「「いや!!(です!!)(じゃ!!)」」」」」

 

 

 誰もが同じ意見で咄嗟に口から出た言葉だった。言ってから気づく……自分達は元帥相手に何を言っているのだろうと。しかし全員の意思は揺るがぬ一つの結果が言葉として形となっていた。

 

 

「あいつの下に帰るぐらいなら……いっそ解体された方がいい!!」

 

 

 ○○鎮守府R基地で第一艦隊の旗艦を務めていた鈴谷が心の底からの思いを言葉にした。誰もが止めなかった。それはこの場にいる全員の意思だった。息も絶え絶えに美船元帥を睨む……美船は何も悪くない。しかしまるで美船元帥を敵視していたのは豚野の下に帰されると思ったからだ。またあのような地獄を受け入れなければならないのなら解体された方がましだと……

 「はぁ……」と沈黙する間に美船元帥のため息だけが響く。

 

 

「これじゃまるで私が悪党みたいじゃない」

 

「当然じゃ。吾輩らに意地悪するお主の方が悪いと思うぞ?」

 

「と、利根姉さん!?す、すみません元帥!!」

 

 

 ムスッとした態度の利根に姉の代わりに謝り倒す筑摩だが、全員心の中では利根と同じ意見だった。美船元帥のちょっとした意地悪だったようだがさっきの質問は心臓に悪い。元帥を睨みつけている翔鶴と夕張の姿もそこにあったぐらいだ。

 

 

「謝る必要ないわ。ごめんね、ちょっと意地悪だったわね。豚野は今は病院だからあなた達が帰されることはありえないから心配しないで」

 

 

 何故病院?と思ったが豚野のことなんでどうでもよかった。姿を思い出すだけで嫌な思い出が蘇る奴の話題など考えたくもなかった。しかし何故このような質問をしたのだろうか?と不思議に思う。

 

 

「ねぇ、元帥さんはどうして外道t……外道さんがどう映ったか?なんて質問したの?」

 

 

 瑞鶴が尋ねる。外道提督……青年の名が出た時、誰もが彼を提督と呼びたかった。でも呼んではいけなかった……彼は彼女達の提督ではないのだ。しかし逃げ出した豚野に代わり、夕張と共にサポートしてくれた人であり、唯一自分達の身を心配してくれた人だった。彼の存在が彼女達の中で大きく残るのは当然のことだった。

 艦娘は提督を求めている。しかし瑞鶴達には提督と呼べる存在がいなかった。豚野のことを提督だと思いたくなかった。心にぽっかりと空いた穴は一生埋まることがないと思っていた……しかし運命とはこのことを意味するのだろう。彼女達の前に現れた一人の青年は深海棲艦に逃げずに立ち向かい、醜い自分達と共に崩壊した鎮守府から命をかけて支えてくれた。まさに彼こそが彼女達が求めていた提督だった。この人について行きたい……けれど現実はそうはいかない。諦めていた……だからだろう、瑞鶴だけではない。

 

 

 誰もが青年のことを『提督』と呼べなかった理由だ。決して言ってはいけない……言ってしまえば更に求めてしまう。ただただ虚しい思いが募るばかりで無駄な思いを抱いてはダメだと思っていた。

 

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達、彼の艦娘にならない?」

 

 

 きっとこれは神が与えたチャンスだと誰もが疑うことをしなかった。だが同時に思った……迷惑をかけてしまうと。鈴谷達の心の中で葛藤が生まれる。望んでいたチャンスをものにできるが、自分達があの人の艦娘として相応しいのか、求めて良いのか、先ほどまで諦めていたのに手のひらを反すように考えを変えてしまっている自分は卑しいだろう。それでも提督を求めてしまっている鈴谷達の渇望は留まるところを知らない。悩み、悩み、悩みに悩んでも答えが出て来ない。もうどうすればいいのかわからなくなってしまった時、それは彼女達の脳内に響いた。

 

 

 『「なれるって聞くな、なるんだよ。幸せってのは手を伸ばさなければ向こうも伸ばしてくれない。幸せになるのを諦めている奴の下にはやって来ないし、諦めている奴は何が幸せかなんてわからない。幸せってのは待っているだけじゃダメなんだ」』

 

 

 だから彼女達は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 己の幸せの為に……求める為にその手を伸ばした。

 

 



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2-10 提督と元帥と艦娘達

遅くなりましたね。それでも待っていてくれる読者の皆様には感謝です!


それではそろそろ……


本編どうぞ!




「……と言うわけだ」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 

 結論から言えば、鈴谷達の引き取り先はここ○○鎮守府A基地に決まり、面倒は俺が見ることになった……ってなんでやねん!俺はあんたから見たら憎き軽視派の人間だぞ!?艦娘をボロ雑巾のようにこき使い、挙句の果てに仕えなくなった道具のように捨てる奴だぞ?それはあんたが一番嫌いな相手だろが。それなのに預けるか?自宅に侵入していた泥棒に鉢合わせして「全財産預かってくれない?」って言っているようなもんだぞ!?いや、戦力が増える意味ではありがたい、ありがたいのだが……おかしいだろ!!?

 

 

 そう思うのも無理はない。執務室へと案内した青年はこれから『俺はいい人間様だぞアピール大作戦』を実行に移そうと思っていた矢先、前振りなどなく美船元帥から鈴谷達を引き取って欲しいと申し出た。腹の探り合いをしながらの息を呑むほど緊迫した空気の中での駆け引きを行うつもりであったのにこれである。軽視派の人間に我が子のように愛する艦娘を預けようとするなんてどうかしている。この人物なら尚更だ。それなのにどうして……?

 

 

「し、しかしこんな小さな鎮守府よりももっと良いところが沢山あるはずですが?」

 

……そうであったならばどれほど良かったか……

 

「元帥殿?」

 

「いや、なんでもない。しかしだ、彼女達がここに居たいと言ったんだ。たった一日とは言え彼女達と共に無数の深海棲艦相手に戦った。本来ならば豚野提督……いや、今は提督ですらないな。豚野が指揮を取らなければならなかったところを君が代わり、深海棲艦を撃退したことは素晴らしい結果だ。損害も小さくはなかったが立て直しすることはできる。しかし命に代わりなんてない。中には艦娘は建造できるからと……代わりがいくらでもいるからと粗末に扱う輩が居るようだがね」

 

 

 後者の言葉には怒りが込められていた。やはり艦娘を家族同然に接してる美船元帥にとって言葉にするだけでも腸が煮えくりかえるのだろう。

 

 

「戦争は非情よ、誰かが犠牲になることは避けられないことだってある……でも君は誰一人として轟沈させることなく勝利を掴んだ。君の話は夕張から主に聞いているわ。ずっと夕張と共に鈴谷達をサポートしてくれていたみたいね」

 

「いえ、あれは提督として当然のことをしたまでで……」

 

「当然のことを……ね」

 

 

 何か言いたそうだな。まぁ、あんたからしたら俺は敵な訳だし、思うことは沢山あるだろう。しかし予想外の出来事が発生してしまった。俺にとっては利益になる話だが、あんたにとっては損な結果となるだろうに……例え鈴谷達がここに居たいと申し出ても軽視派の人間が嫌いなあんたなら認めないはずなのにどういう風の吹きまわしだ?これは何かあるな……少し小突いてみるか。

 

 

「美船元帥殿、確かにおr……ワタシは鈴谷達をサポートしました。何より自国の存亡の危機で豚野r……豚野提督が責務を放棄したことで急遽未熟者であるワタシが代わりに指揮したまでのことです。運よく深海棲艦を撃退することに成功しましたが、もっとワタシに実戦経験があれば彼女達の負担を減らせたかもしれませんし、ただ提督としての仕事を全うしただけであって何も特別なことはしていません。彼女達が申し出たとしてもここは小規模な鎮守府です。彼女達の実力はこの目で拝見しました。彼女達の実力ならばもっとその力を発揮できる場所に配属された方がお国の為にもなるかと……」

 

「外道提督」

 

「……な、なんでしょうか?」

 

 

 美船元帥の声質は低く、真剣な眼差しが青年を射抜く。

 

 

「あの子達はね……外道提督がいいと言ったんだ」

 

「……んぁ?どういうことでしょうか?」

 

「私は今まで多くの艦娘達と関わって来たつもりだ。しかしその多くは心の底から笑ったことがない子達ばかりだった」

 

「……」

 

「全ての艦娘がそうではない。中にはちゃんと笑っていた子も居たのだが、どこか物足りなさを抱えていた。艦娘全員に共通しているたった一つの問題点が原因だ。しかしそのたった一つのせいで彼女達には真の幸せを手に入れることができない……君から見てもわかる通りだ」

 

「……何が、でしょうか?」

 

「わかっているだろう?艦娘は……いえ、彼女達だけではない。私も……()()だろう?」

 

「いえ、すt……」

 

 

 「いえ、素敵ですが?」と口に出てしまいそうだったが噤んだ。仕方ないと言えばそうである。この世界はあべこべ世界、前世の記憶が蘇る前までは美船元帥の容姿は不細工に見えていた。今では青年がイレギュラーな存在となり、不細工に対して厳しい世界だ。彼女も艦娘に負けていない容姿の持ち主。しかしイレギュラーは青年のみ、彼の瞳に映る彼女はとても美しく見えるが、その美しさとは裏腹に自らのことを()()と称している彼女の瞳はどこか寂し気である。

 

 

「……醜いか、そうでないかなんて関係ありませんよ」

 

「……なに?」

 

「あなたの活躍は耳に届いています。美船元帥殿は今まで艦娘達の為に身を(てい)して彼女達を救ってきました。人間は欲深い生き物です。口では綺麗な言葉で飾っても内心ではそんなことこれっぽっちも思っていないなんてことがありえます。ですがあなたは艦娘達の為に実際に行動を起こしたのは多くの人が知っている事実です。あなたは彼女達が苦しむ姿が耐えられなかった、女性の姿をしているのに道具のような扱いを受ける彼女達を救いたかったはずです。それを間違っているなんてワタシは思いませんし、自らを誇ればいいじゃないですか」

 

()()だと?」

 

「はい、醜いからなんだ、それがどうしたって文句を言って来る奴に胸を張って言ってやればいいじゃないですか。実際艦娘が活躍しなければ人間なんてちっぽけな存在です。艦娘が味方についていなければ深海棲艦に蹂躙されるのを指を咥えて黙って見ているしか出来なくなってしまうと言うのに……ですが艦娘はそんな人間達を、提督を求めてくれました。彼女達が必要ないと言えば人間なんて価値のない存在になっていたんですよ今頃は。でも必要としてくれた。だから我々は彼女達の想いに応えて上げなければならないのです」

 

「……」

 

「そもそも艦娘には人間にはない力があります。艤装を装備すれば軍艦の力が発揮でき、その力で深海棲艦を撃退できる唯一の存在です。ワタシは訓練学校卒業した後、ここへ配属されましたが、来て早々艦娘が抱える闇を見ました。吹雪達が散々酷い目にあったことは本人達の口から聞きましたし、あいつらの目を見ているとわかりました。国の為、人の為と頑張ってきたのに容姿のせいで受け入れてもらえず辛い日々を送って来たんだと……この鎮守府の有様がまさに証拠でした。醜いから理不尽な目に遭う……しかし艦娘がいなければ今頃自分達は既に深海棲艦に滅ぼされていたに決まっています。彼女達が居るから人間がいる。人間がいるから彼女達が戦えるのです。身勝手なことばかりしている我々の為に必死に戦ってくれる彼女達を蔑ろに扱う方がどうかとしていると思います」

 

「……」

 

「美船元帥殿は艦娘達と共に数々の功績を世に示して来ました。それなのに醜いからと言うちっぽけな理由を武器にして攻撃してくる人物はいるはずですが、そんなの気にするなとは言えません。ですが胸に誇りをもって堂々としていればいいのです!それでも攻撃してくる奴には『だったらお前達も同じことができるのか?』って言ってやればいいんだ。まぁ、外見に囚われ能力をろくに見ずに判断しているならそもそも功績なんて残せるものではないし、他人を蔑ろにする奴にそんな偉大なことが出来るとは到底俺には思えねぇけどな……クヒヒ♪」

 

「……」

 

「――はっ!?あ、いえ、今の言葉遣いは失礼でした!!申し訳ありません!!それと先ほどの語りはただ何と言うかその……熱くなったと言うか……そ、そんなことよりも美船元帥殿は偉いお方ですので堂々としていればいいと思いますねはい!」

 

「……ふっ、堂々としていればいい……か。そう言えば長門にもそのようなことを言ってくれたらしいな?」

 

「えっ!?あ、はいそう……でしたっけ?」

 

「ああ、そうだったぞ」

 

 

 確かに昨日そんなやり取りをしていた気がする。軍艦としての名に引っ張られ自身を見失っていたな。軍艦の長門と艦娘の長門は別だってことを教えてやった。ああいうリーダーシップを持つ奴は色々と他人に相談できない悩みを持っていやがる。弱みを見せられないとかつまらないことで胸の内にどんどん抱え込んでしまうタイプが多いからな。「そう言ってもらえると……気持ちが楽になる」とあいつは言っていたが、まさかまた小さなことで悩んでいるんじゃないだろうな?メンタルケアは欠かせませんぜ美船元帥さんよ、ちゃんと面倒見てやんな……ってまた得にもならないこと考えてんだ。俺にとって関係のないことだろうがよ……

 

 

 何故か自身の戦力とは関係なく、別に心配せずとも自分のところとは何の影響もないだろう元帥側所属の長門の体調を心配してしまう自分自身が嫌になる。もしも誰かが心を読むことができるならば彼をお人好しと呼ぶのかもしれない。本人は決して認めないだろうが……

 

 

「ふぅ、愚痴を言ったみたいですまないね。そうだ、君の言う通り容姿なんて関係ない。仲間内でこんなことに時間をかけてしまっている今の状況は馬鹿げている。私達が今やることは深海棲艦から国と人を守り、艦娘と共に良き隣人としてお互いに手を取り合える未来を創ること。その一歩として鈴谷達の思いを無駄にしたくはないと私は思っているのよ。辛い現実から目を背け、人間に反旗を翻してもおかしくない心境のはずなのに、君は彼女達の信頼を勝ち取った。そんな君に彼女達を任せたい。引き受けてもらえるか?」

 

 

 戦力が増えることは優位に立つことだ。まだまだ○○鎮守府A基地は戦力が乏しいのは事実であり、青年が断る理由はなくなった。当然答えはYES。こうして鈴谷達、元○○鎮守府R基地の最後の戦力が彼の下へ降ることになった。

 

 

 予想外の収穫だったが、結果的には俺が得したから問題ない。しかしだ、俺が軽視派の人間だと知っているはずなのに鈴谷達を引き止めることなく任せようとするとは……あいつらの意思を尊重したわけか。ずいぶん艦娘には甘いようだ。まぁ、俺が得したわけだからこれ以上何も言わないでおくが……美船元帥さん、あんたはすげぇ奴だよ。不細工な奴が理不尽な目に遭うのが当たり前のこの世界で、前元帥さんの信頼をその容姿で勝ち取ったんだ。それだけじゃねぇ、人間に対して良い感情を持っていなかったであろう艦娘達も味方につけた。こうして軽視派である俺に対しても一歩も引かずに自ら視察に出向くなんてそうそう出来ねぇことだ。あんたのこと……ちょっとは見直したぜ。気に入らないが海軍のトップに居る訳だし、俺が昇進していくにはあんたが元帥を続けてもらわなければ困るからな。いいぜ、鈴谷達の面倒は俺が見てやるよ。

 だが俺に戦力を与えて良かったのか?俺の()()()()ムーブで吹雪達はコロッと騙されやがった。最後には捨てられるなんて微塵も感じずにな。いつかは後悔することだろうよ、あんたが俺を利用しようとしているのか胸の内に何を隠しているか知らねぇが、俺が数々の成果を上げ、英雄視されればあんたが反対しようとも世の中が俺に味方し、逆にあんたよりも俺が元帥に相応しいと周りが声を上げるだろう。そうなれば俺が元帥の座に就くことになる。その時は快くあんたから元帥の座を譲り受けてもらうから覚悟しとけよ!! 

 

 

 ★------------------★

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 

 

 ……っと擬音が目に見えるほど緊迫した空気が食堂を支配していた。

 

 

 ○○鎮守府A基地の食堂は食事をする場所だけでなく、この鎮守府に所属する艦娘達の団欒の場でもある。この場で普段とは違う空気を生み出していた人物がいた。

 

 

「……二人共、わかっていますか?」

 

「「すみませんでした鳳翔さん」」

 

 

 『お艦』こと鳳翔が正座した赤城と加賀を見下ろしてお怒りだ。何故このような状況になったのか説明すると……

 

 

 青年が軽視派だと知っている赤城と加賀は当然彼に対して敵意を持っている。そんな相手の下で二人が「母」として慕う鳳翔が囚われている(別に囚われていない)彼女の身を案じるあまり周りのことなど目にも入っていない。傍で会話を聞いていた大淀はこの状況は非常にまずいことだと判断する。何故なら青年が軽視派の影響を強く受けていることを知っているのは秘密であり、○○鎮守府A基地に元々所属している吹雪達や新たに建造された熊野達はそのことを知らないのである。自身が信頼していた提督が艦娘を道具程度にしか思わぬ連中の仲間であったなんて知れたら……熊野達は少々戸惑うぐらいで済むかもしれないが、吹雪達は違う。

 彼女達は今まで軽視派の前提督から酷い仕打ちを受けて姉妹艦を失っている子も居る。軽視派と言うだけで恐怖の対象になっていた。またあの光景を思い出すかもしれない。もし信じていたのに裏切られたと感じてしまったら精神的に大きなダメージを負って誰も信用しなくなってしまうかもしれない。自暴自棄になり何が起こるかわからない危険な状況に陥ってしまうかもしれない。それは避けねばならなかった……が、案外そんなことは起きないのでは?とも思えてしまう。

 

 

 どこか憎めない若者、ちょっと怖いけどイケメン顔だが鼻血を頻繁に出す変人、隠れて悪行三昧なことをしている証拠もなく、寧ろ不細工な艦娘に優しく接してくれる不思議な提督……それが青年だ。イメージと全くもってかけ離れていた人物であったが、吹雪達の事を考えて彼が軽視派であることを伝えるのを避けている。最悪な状況にならない為にも保険はかけておいた方が安全だ。

 ……っと言うわけで、大淀は鳳翔と一航戦コンビとの成り行きを見守っていた。大淀に視線を向けられても気にも留まらぬ赤城と加賀は鳳翔を説得するのに必死になっていた。このまま鳳翔をここに置いておけばいつかは酷い目に遭ってしまう。周りのことなど眼中に収まることすらなく、一航戦とは思えない程だ。

 

 

 一航戦と言えども赤城と加賀であっても同じとは限らない。別の鎮守府に居る赤城と加賀であるならばこうはいかないだろう。ここに居る赤城と加賀は「母」と慕う鳳翔を一番に考えてしまうタイプのようだ。周りのことなどお構いなしに……今までのことを考えれば仕方ないが、このままだと非常にまずいと大淀と同じ考えの鳳翔は感じている。落ち着くように言っても興奮状態の二人には届かず「あの男は危険なんです!」「あの男、頭に来ます」と隠すことなど頭の中から抜け落ちてバレバレだ。吹雪達や熊野達のことよりも鳳翔を優先する彼女達の気持ちもわかるが、このままでは青年にも耳に届くはずだ。自分達がスパイとして探りを入れていたことがバレてしまう。目の前の我が子同然の赤城と加賀、「母」として慕ってくれる彼女達の行動が自分のことを最優先に考えて行動してくれているものだとわかるし、それはとても嬉しいものだが……どうしても鳳翔は我慢できないことがある。

 

 

「で、でも……鳳翔さん」

 

「赤城ちゃん、あの方はまだお若いけど今は私達の提督なの。それを『あんな男』と言わないで。加賀ちゃんもわかった?」

 

「「……」」

 

「返事は?」

 

「「………………………………………………はい」

 

 

 鳳翔はここへやって来てから青年を間近でよく見てきた一人だ。軽視派なのか疑いたくなるような善良な男性だった。『鳳翔は居るだけで艦娘の士気を保つことができる便利な置物』として美船元帥と出会う前は仕事一つこなすことも許されなかった。しかし青年は鳳翔と間宮に食事を一任して、必要な物があればなんでもリクエストできるようにカタログまで備えてくれた。「包丁や火を扱う時は気をつけろ」と注意してくれたり「水を使うことが多いからな手袋を使え」と些細な事まで気遣ってくれた。美船元帥を除いて彼だけだ。何の力もなれなかった自分に仕事を与えるだけでなく、気にかけてくれることが嬉しかった。美船元帥と一緒に居るような安心感があった。彼女自身もこの青年の優しさに何度も触れている内に毒されてしまったのかもしれなかったが、居心地はとても良いものだと感じられた。

 初めは鳳翔も敵視していた。動向を探る為、残された子達を救い出す為に自ら名乗り出た身ではあったが、共に生活をしていく内に考えを改めることになった。青年が悪い人には見えなくなっていた。彼が時折見せる笑顔は嘘偽りのないものだと感じられ、醜い艦娘相手に対して嫌な顔一つせずに接する姿に悪い要素があるとは思えない。赤城と加賀が敵視するのは正しいはずだ、正しいはずなのだが……敵には見えないし、思えない。いや、思いたくないのだ。他人には「健康には気を付けろ」と言っておきながら、仕事を優先しようとするあまり食事の時間や睡眠時間を減らそうとして間宮と鳳翔に怒られたこともあった。怒られるのが怖くて言い訳をして逃れようとするが結局は説教魔の二人に抗えずブルブル震える姿は大きなお子様のようで、実は保護欲を掻き立てられてしまっていたりする。それを抜きにしても青年は鳳翔から見ても理想の提督の姿だった。

 

 

 ここ○○鎮守府A基地で過ごした時間は温かいものだった。そう感じたのは鳳翔だけではない。共に食堂を切り盛りする間宮、大淀と明石もそうだ。龍驤だって想像とかけ離れた現実に何度も頭を抱え、堅物であった不知火や敵意を隠しきれていなかった木曾ですら青年の虜に(本人は否定するだろうが)なってしまっていた。色々あったがどれも楽しい時間で演技によるものだとは思えなかった。しかし軽視派の人間である矛盾……それでも鳳翔にとって今の提督は彼である。

 前提督から酷い仕打ちを受けていた吹雪達を自分達が来る前に既に救い出してしまった彼、同じ空間で過ごしていれば性格や好き嫌いをある程度把握できるようになった。その人の良さも……そんな彼に対しての知らぬとは言え、無礼を働く赤城と加賀の二人に我慢が出来なかったのだ。

 

 

「いい?赤城ちゃん、加賀ちゃんも自分の行いを反省しなさい」

 

「「……」」

 

「へ・ん・じはどうしたのかしら?」

 

「「………………………………………………はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~流石鳳翔さんですね。あ、一枚……」

 

「もう青葉さん写真撮っちゃダメですぅ」

 

 

 一航戦コンビが怒られる光景はきっとレア物だろう。青葉は特ダネになるとカメラを手にシャッターを切る。その行動に呆れかえる吹雪。一航戦コンビが怒られている詳細は吹雪達からしたらよくわからないものだったが○○鎮守府A基地に所属する艦娘誰ものが共通認識として鳳翔を怒らせたらダメだと再認識させられる。鳳翔と間宮を怒らせたら待っているのは説教(ありがたいお言葉)を頂戴することになる為、そのお言葉を何度も授かっている青年が苦手意識を持ってしまうのも無理はないことだ。そのことがもはや暗黙の了解となっていたことは言うまでもない。

 

 

「……赤城さんと加賀さんって思っていたのと何だか違う……」

 

「なんだ吹雪?あの二人に何か思うことがあるのか?」

 

 

 吹雪はボソリと呟きを拾ったのは木曾だ。

 

 

「いえ……ちょっと一航戦の赤城さんと加賀さんってカッコいいイメージがあったのに、想像と今のお二人の姿が違うかったので……」

 

「そうなんですか?青葉は建造されてからそこまで経っていませんのでわかりませんが……木曾さん、そこのところどうなんでしょうか?」

 

「カメラを向けるな!ったく、まぁあれは鳳翔さん限定だな。あの二人も昔は色々と苦労したんだよ……」

 

 

 吹雪は一航戦の赤城に密かな憧れを抱いていた。まだ前提督だった頃、辛い現実から少しでも目を背けようと仲間内で流れて来る話を聞いたことがある。その中で一航戦の話があった。容姿は醜くとも誇り高く深海棲艦を撃破する一航戦の話を聞き、自分もそんな活躍をしてみたいと心の隅で思ったことがあったがすぐに捨てた。あの頃では今こんなにも幸せに浸ることが出来るだなんて想像も出来なかったからそんな思いを抱いても無駄だと諦めていた。だが心に余裕が生まれた今では意味がある。

 期待していたのだ。美船元帥が突如現れたことで気が動転したが、憧れの人物である赤城が居るのだ。声をかけてみようと思っていたが、二人は吹雪には目もくれなかった。二人の目は鳳翔にしか向いておらず(青年には殺気を向ける)今目の前では縮こまって正座した一航戦の姿が憧れた姿と異なっており不思議に思った。

 

 

 しかし目の前の一航戦の二人にも辛い過去があることを吹雪は知る。酷い仕打ちを受け、どん底に居た二人を救ったのは鳳翔だった。そこから鳳翔を「母」と慕う経緯について木曾から語られて納得した。その話を聞いた吹雪と青葉の表情が曇るのは必然であったが、二人の曇り方は明らかに差があった。青葉は酷い人間が居るぐらいの認識だが、吹雪は前提督と同じ人間が他にも居たことに恐怖する。散々手荒に扱われ、来る日も来る日も怯える毎日でいつか自分も海の底に沈んでいただろう。そう考えると体に震えが出る。ここまで二人に認識の差が生まれるのは経験の差であったが、こんな苦しい経験ならば味わわない方が断然いい。でも忘れてはならない、今まで沈んでいった仲間達そして姉妹艦の分まで生きていかなければならない。だからこそ、○○鎮守府A基地に残された初期艦娘六人の心は青年の存在により支えられているといっても過言ではない。

 

 

「そうだったんですか……でも赤城さんと加賀さんは幸せだと思います。鳳翔さんや元帥さんに会えたんですから」

 

「……なぁ吹雪、お前は……青年(あいつ)に会えて幸せか?」

 

「はい!!司令官は私……ううん、司令官は私達にとって大切な人なんですから!!」

 

「……そうか」

 

 

 笑顔で答えた吹雪の言葉に偽りはない。人間と艦娘との距離が縮まれば深海棲艦に優位に立つことができる。しかし距離がグッと縮まることを許さぬように『醜さ』と言う壁が立ちはだかるが、ここでは何の意味もない。この場に居る誰もが同じことを思っていることだ。青年と出会えたことで人間を嫌いにならずに済す、今こうして毎日を楽しく過ごすことができる。木曾もそんな吹雪を見て否定することがなくなった。きっと彼女も変わったのだろう。周りを見渡せば吹雪や写真を撮ることに夢中な青葉と同じように誰一人として苦痛の表情を浮かべているものはいない……一航戦コンビを除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城さんと加賀さんは相変わらずですね。安心しました」

 

「あの二人は鳳翔のことになると手が付けられへんようになるからな……そんで?漣は何の相談なんや?」

 

 

 一航戦が怒られている一方で食卓でお菓子を摘まみながら不知火と龍驤は釈然としない様子の漣と向かい合っている。大淀に聞こうにも今は忙しく、明石は夕張に会いたがっており熊野と共に鈴谷達に会いにこの場に行っていない。間宮は厨房での作業で邪魔はできず、木曾は吹雪と青葉を相手にしている。手が空いていた不知火と龍驤に相談を持ち掛けた漣であった。ちなみに五月雨は姉妹艦の時雨と夕立、那珂や島風と共に甘いお菓子を堪能中である。

 

 

「ありえねぇ~!?出来事があったんです」

 

 

 漣の「ありえねぇ~!?出来事」とは五月雨が青年に「かわいい」と言われたことだ。醜い象徴である艦娘の自分達を「かわいい」などと言う人間はいない。しかも男性がである。大淀の報告書通りのことが理解不能なのである。本人は容姿など関係ないと言っていたが、あの慌てっぷりから口を滑らせたものだと漣は見抜いている……つまり本音なのではないか?そう思ったのだ。実に艦娘にとっては「ありえねぇ~!?出来事」であった。そのことについてスパイとして潜入している仲間に相談しようと思い立ったのだった。

 その話を聞いて不知火は少し……いや、めっちゃ羨ましいと思っていたことは表情には出さぬものの、甘いお菓子を姉妹艦と共に食べている五月雨に嫉妬の念を向けていた。そのことを知らぬ五月雨はどこからともなく嫉妬の念を向けられているのを感じて震えており、その様子に首を傾げる時雨達の姿があった。

 

 

「ああ……そうか。まぁ、そないなこともあるわ……ここならな」

 

「ほぇ?どういうことですかね?」

 

「大淀の報告書見たやろ?つまりそういうことや」

 

「ますますありえねぇ~!?なんですがそれだと……」

 

 

 聞けば聞くほど理解できない話だ。龍驤も不知火も心では理解できないでいるが慣れと言うものは恐ろしく、慣れてしまえば「そういうもの」と納得してしまっている自分がいた。

 

 

「ウチにもようわからん。不知火もこんな感じになってもうて……腑抜けになってしもたわ」

 

「し、不知火は腑抜けになってなどおりません!!」

 

「せやろか?自分の心に聞いてみ?」

 

「……不知火に落ち度はありませんね」

 

「ほほう……お姫様抱っこされてどうなったっけ?」

 

「そ、そそ、そそそれは!?」

 

「不知火がここまで動揺する姿……レア物!?キタコレ!!気になり過ぎて何があったか聞かざるを得ない!!」

 

「不知火、言ってええか?」

 

「だ、ダメです!!!」

 

 

 龍驤のおちょくりに顔を真っ赤にして抗議する不知火。漣も滅多に見られない慌てふためく彼女の姿に興奮を隠しきれない。そもそも絶頂したなんて漣が知る訳がない。流石に報告書にはかけるはずもなく、彼女の名誉の為でもあったのだから。

 

 

「まぁ、お遊びをこれぐらいにして……」

 

「お、お遊び……」

 

「ウチが言えることは……想像していたよりも変人やったってことや。不細工ばかりが理不尽な目に遭ってきた環境がここではなんも意味ないねん。まるでここだけが別世界にでもなったと言われたら納得するぐらいにおかしな鎮守府……いや、あの若者が居るからそうなっていると言った方がええな」

 

「超絶ありえねぇ~!?話になってきているんですけど……理解不能」

 

「そない言うたってなどうしようもないねん。あの若者を他の連中と一緒にしたらアカンのや。折角やけどウチもわからんものはわからんのや。すまんな」

 

 

 青年の美的感覚が逆転していることなど誰にもわからない。ここに探りを入れる為にスパイとして入り込んだ龍驤も不知火もその事実を決定づける証拠はない。少なくとも数々の場面でやらかし(鼻血や魚雷装填(息子))てはいるが、それでまさかファンタジー要素が現実に存在するとは思いもよらないのだ。

 

 

「ウチらがここで過ごしている間は特に何も悪さをしている素振りはなかったわ。ホンマはそっちの方がええねんけどな」

 

「……ムムム、ご主人様になんて報告すれば……あっ、そう言えばご主人様からご報告があったんです」

 

「不知火達にご報告ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、そろそろ頃合いやと思っとったで」

 

「司令……不知火は……」

 

 

 龍驤と不知火の表情は浮かないものだった。漣からのもたらされた報告とは?

 

 



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2-11 元帥は見た

漣からの報告内容が明らかになる時です。


それでは……


本編どうぞ!




「つ、疲れた……」

 

「お疲れ様でした司令官」

 

 

 執務室の机に突っ伏しているのは無論のこと青年で、吹雪達初期艦娘がそんな彼を様々な表情で眺めている。ようやく美船元帥率いる艦娘達が帰ってくれたおかげで張り詰めていた空気が柔らかくなったと実感する程に疲労感が溜まってしまいこの場にいる吹雪達の目など気にする気力は枯れ果てていた。

 

 

「……んっ」

 

「んぁ?なんだ?」

 

「見てわからないのかしら?お茶よ」

 

 

 枯れ果てた青年の前に置かれたのは湯呑に入った熱々のお茶。それを見て驚いている青年。別にお茶を出されるのはおかしいことではない……ここまでなら。しかしそれを率先して行動したのが叢雲だったことに驚いたのだ。自分や吹雪、仲間達に対して気遣う姿が見られるが青年相手だとツンとした態度で接している。お茶を入れてくれと頼んだとしても「それぐらい自分で入れなさい」と返答されてしまうだろう。見れば吹雪達も同じ反応で「明日は嵐だね」と誰かが言ったぐらいだ。

 

 

「な、なによ!わ、私がお茶を入れたら悪いって言うの!?」

 

「いや、別にそう言うわけではないが……意外だな。お前が俺にお茶を入れてくれるなんて初めてだろ。それで驚いただけだ」

 

「ふ、ふん!私が……そう、わ・た・し・が!!!入れてあげたんだから有難く頂きなさいよ」

 

「おお~!?叢雲ちゃんが珍しく優しいにゃしぃ♪」

 

「珍しくは余計よぉ!!!」

 

 

 相変わらずツンとした態度の叢雲だったが、実は何度か青年にお茶を入れてあげようとしたことがあった。しかし運が悪いことに睦月や電が率先して動いてしまっていつも出遅れていた。その度に落ち込んでいたが今回は上手く立ち回れたようだ。口や態度では棘のある言動が目立つものの、彼女は青年に対して感謝をしていないことはない。姉の吹雪や仲間達と共にこの地獄のような監獄の中で轟沈するだけの運命だったのを救い上げてくれただけでなく、こうして今があること自体少し前までは考えられなかった。今では吹雪や時雨達、そして新しい仲間達が居る○○鎮守府A基地。叢雲はここが嫌いだ。しかしそれは以前の話……今ではここ以外の鎮守府へ転属なんて話が出たら反抗して罰を受けても頑なに首を縦に振らないだろう。この今をくれた若者、絶望のどん底に光を差し込ませてくれた青年にちょっとした恩返しのつもりの行動だったのだ。

 

 

「ふぅ~う……生き返る~♪」

 

「なんだか親父っぽい」

 

「夕立、俺はまだ若いっつーの」

 

 

 クスクスと笑い声が聞こえてくる。青年が居て、妖精達が居て、自分達が居て、大淀達が居て、熊野達や新しく鈴谷達がここへ所属することになった。そしてこれからもみんな気兼ねなく笑い合える場所になるだろう。たったこんなちっぽけなやり取りだけでも吹雪達にとって幸せだ。いつまでもこんなことが続いていくのだろう……誰もがそう思っていたはずだ。しかしそれはちょっと早かったようだ。

 

 

 コンコンと扉をノックする音が聞こえて来る。そして入室の許可を貰う声からして大淀だ。しかしこの場に居た吹雪達は違和感を覚えた。重い……声を聞いてそう思った。大淀が入室すると更にハッキリとわかる。

 

 

「……失礼します。提督()()()でお話があって来ました」

 

「「「「「(()()()?)」」」」」

 

 

 吹雪達は誰もが顔を見合わせた。大淀の言う()()()……交代制で秘書艦を務めている吹雪達だったが一体何のことだかわからない様子だったが、青年はその言葉を聞いて何なのか理解している様子だった。

 

 

「提督、大淀さんの言っているのって何のことなの?教えてほしいにゃ」

 

「提督さん、電からもお願いなのです」

 

「僕も」

 

「……そうだな、お前達には言っておかないといけないことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大淀及び明石、間宮、鳳翔、不知火、龍驤、木曾の計七名はここ○○鎮守府A基地での支援活動の役目を終えた。よって近日中に美船元帥殿の下へ帰ることになった」

 

「「「「「……えっ?」」」」」

 

 

 吹雪達は唖然とその報告を聞いた。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ただいま帰ったわ」

 

「まったく遅いぞ」

 

「おかえりなさい元帥。あそこはどうだった?」

 

()()()()()と言えばわかるわよね」

 

「……そうなの。おかしなものね」

 

「ふむ……何とも訳がわからん。ところで美船よ、何があった?」

 

 

 ようやく帰って来れた。職場が帰る場所って言うのもなんだがおかしなものだ。だけど私にとってここが我が家であり、家族が帰りを待っていてくれる。嫌なこと辛いことから逃げ出せる唯一の楽園よ。

 

 

 時刻はフタマルマルマル。

 

 

 美船元帥御一行は我が家と呼べる場所へと帰って来た。その御一行を出迎えたのは長門と陸奥。仲間を連れ、視察を無事に終えた様子に一安心だったが()()()()()っと言う事にどうしても違和感が拭えない。二人の視線が美船元帥の背後に送れば、そこにはいつにも増した難しい顔をして考え事をしている漣と送り出した時は敵意むき出しにしていたはずが、何故か意気消沈している赤城と加賀の一航戦コンビが映る。当然何事なのかと長門は問う。

 

 

「『何があった』か……ね。五月雨、説明は任せるわ」

 

「お任せください!えっと、まず赤城さんと加賀さんは鳳翔さんに怒られてしまいまして……外道提督への態度が悪いとのことでした。漣さんは……色々とありました。漣さん風に例えるなら『ありえねぇ~!?』出来事があって……」

 

「漣が真面目子ちゃんになっちゃうぐらいおかしな鎮守府だったわけね」

 

 

 美船元帥の代わりに答えた五月雨だが説明しずらそうだった。鳳翔関連で暴走して見境がなくなる一航戦コンビの件は度々あることなので気にしないでおくが問題は漣の方だ。

 彼女はちょっと変わり者の艦娘だが根は真面目である。ただ真面目な部分を表に見せることは少ない……それを表に見せる時は深い意味を持つ。余程○○鎮守府A基地が理解の度合いを超えていたことを察することができた陸奥自身も援軍要請に応じた時に青年と一度会っており、想像していた人物像とはかけ離れた人格を見せつけられ、名乗る前から自分達のことを知っていたことに驚きがあったぐらいだ。

 

 

 元々多くの人間は仕事の都合上仕方ないとはいえ本音を言えば艦娘とあまり関わりたくない。人間からしてみれば見るだけで嫌悪感を抱く()()()()()()()()()だ。人には危害を加えられないと言えども信用ならず、艦娘自体が深海棲艦と同様に未知なる存在なのだ。今では色々と分かったことがあるにせよ、まだ解明されていない存在……そんな相手に対してわざわざ関りを持とうとする者は少ないのだ。知っていたとしても自分の所にいる艦娘ぐらいだろう。他に所属する艦娘の名前をそもそも知る必要性はどこにあるのだろうか?「その必要はない」と断言する輩は多いはず。しかし青年は知っていた。

 もし陸奥のことを青年が知っていたとしてもそれは軍艦としての陸奥であって、艦娘としての陸奥はあの時初めてあったはずだ。青年は一人一人に視線を向け、名を間違えずに当てたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()……既に建造されていた?と疑念はそもそも生まれなかった。何故なら○○鎮守府A基地には長門達が所属していない。もし建造に成功したとしても新たに所属することになった艦娘は上に報告する義務がある。建造されたのは青葉、那珂、島風、熊野の四名のみである。だからこそ陸奥達の容姿を知る訳がないはずだった。

 

 

「……あの男には驚かされるな」

 

「そうね」

 

 

 本当にそうよ、元帥の立場である私が取り乱すなんてこと弱みを見せるなんてできないから平静を装うのが大変だった。特に実際に会って実感したわ。顔は勿論のことだけど体つきも良い。写真で見るよりも断然良かったわ。運動もろくにせず、他人を外見でしか判断しない高みの見物をしている連中とは違った。声も……好みだった。いいわねぇ……って!?そうじゃない!?私は何を考えているんだ!!?

 

 

 長門の呟きに美船元帥も同意を示す……が要らぬ邪念も混じっていた。元帥の地位に居たとしても美船元帥も醜いが一人の女であることに変わりはない。

 驚かされたのは今回の件だけではない。堂々たる気丈夫さと凛々しさを持つ長門であっても悩む時もある。醜い姿であるが故に守るべき人間から冷たい視線を向けられる。日々我慢して耐えてきた彼女であっても心に来るものだ。艦娘にとって醜さは切りたくても切れない呪縛であった長門がつい弱みを見せてしまった。しかし青年はそんな彼女を冷めた視線を向けることなく助言してくれるとは思ってもいなかった。しかもその助言が少なからず彼女の助けになっていたりする。

 

 

「はい、私も驚かされることがありましたけど、大淀さんの報告通りで普通なら安心するんですけど、それが逆に不安で……あっ、でも時雨姉さんや夕立姉さん、皆さんは楽しく過ごしている様子だったので安心はできたのですけど……」

 

「なるほどね、確かに『ありえねぇ~!?』出来事って訳ね。ホント良くわからないわ。軽視派の人間で間違ってないはずなのに……本人と対談したんでしょ、そこのところはどうだったの?」

 

「イケメンだったわ……特に声がグッと来たわ」

 

「そうだけど……って声?いや、そうじゃなくて!人間性はどうだったって聞いているのよ!!」

 

「怒らないで頂戴。それほど想像以上だったのよ……これでも驚愕していたぐらいにね。視察の結果は……流石に今日は疲れたから明日詳しく話すわ。それじゃ先にお風呂に入らせてもらうわ」

 

「お、おい美船……話はまだ終わってないぞ!」

 

「ごめん長門、陸奥も気になるでしょうけど一人になって考えたいこともあるの……五月雨は赤城と加賀、漣の面倒を見てやって……任せたわよ」

 

「あっ、はい!五月雨にお任せください」

 

 

 そそくさと五月雨達を置いて一人建物へと入って行く。歩く度に靴の音が壁に反響し辺りに響くがそんなもの今の美船元帥の頭の中には気にもならなかった。もはやそれどころではないからだ。

 

 

 嘘じゃない。外道丸野助……あなたには驚かされたわ。初めはあなたを敵として見ていた。でもあなたと話をしていると……そう思えなくなってしまっていた。視察する前までは親の仇でも討ちに行くぐらいの気迫を宿していたが、それも先ほどまですっかり忘れていた。

 醜悪な姿は何も艦娘だけじゃない。私も同じく醜い姿をしていたから周りからの視線がいつも苦だった。それでも元帥の地位にたどり着いたのは艦娘を守る為に必要だったものかもしれない……本当はそんな必要性は欲しくなかったけど。そんな私は外道提督の本心を探ろうと「私も……()()だろう?」とわかりきったことを聞いた。醜いのは本当のことだとしてもやはり傷ついてしまう。私自身が言っておいて何を傷ついているかと思うだろうが、それほどにこの世界は不細工な存在に対して厳しすぎる世界なのよ。でもこの醜さが私と艦娘達とに縁を結ぶことができたきっかけでもあり、私達を縛る呪いの言葉でもある。多くの人間達が私達のことをボロクソに言った。軽視派の連中は暴力や罵倒なんて当たり前、まだ幼い姿の駆逐艦の子達に対しても化け物扱いする。正直片っ端から全員ぶん殴ってやりたいわよ。人としての心がないのかしら!!外道提督もその一人かと睨んでいたが……帰って来たのは意外な言葉だった。

 

 

 『「……醜いか、そうでないかなんて関係ありませんよ」』

 

 

 ご機嫌取りだと初めは思ったけど違う気がする。あの目は濁ってなんかいない……そう感じた。今まで見てきた薄汚い連中とは違っていた目だった。ましてや「堂々としろ」「誇ればいい」など勝手なことを言ってくれたわ。それが言葉を並べただけならまだしも艦娘の良さを理解していた。あれほど熱弁してくれるなんて予想外だったけど、それが私にとって嬉しかった。しかし何故と言う疑問が生じた。あなたは軽視派だったはずなのにどうして艦娘に優しくする必要がある?軽視派であることは間違いない。訓練生時代の事も調べつくした。

 軽視派の上層部から目を付けられ、提督になれるように手配された情報に偽りはない。艦娘に対して良い反応は持っていなかったとも報告が上がっていた。なのに心境が変わった?こんな短期間で?ありえない……どういうことなんだ?あなたに直接会って余計にわからなくなった。

 

 

 対面しても嫌悪感を見せず、瘦せ我慢をしているようにも見えなかった。艦娘の良さを理解していることは話している内に伝わって来たし、提督としても優秀な功績を出した。男でありながらも傲慢な態度と偏見を持ち合わせておらず、所属している子達からの評判も良い……いや、とても良いもので、脅されて嘘を強要されているわけでもなく本心なのだと漣と五月雨から知らされた。また○○鎮守府R基地に所属していた子達と共に深海棲艦を撃破した。(戦場)に出ずとも艦娘をサポートする姿を見せたあなたはまさに提督そのものであり、艦娘からしたら理想の提督そのものなのだろうが……訓練生時代と今、その間に何があったのだ?醜い姿など関係ないと暴力も罵倒もなく、艦娘達のことを気にかけてくれてくれる人間なんていないと思っていた。でも○○鎮守府A基地に一人居た。けれども艦娘のことを粗末に扱う軽視派……まさに矛盾。

 

 

 外道丸野助……一体なにが見えているの?正直あなたに期待が膨らんだわ。けれども違和感も大きくなった。私は……あなたのことがますますわからないわ。もっと調べようがあれば良かったんだけど、大淀達もこれ以上は何も出て来ないと話していた。彼は白と言う事なのだろうか……?それともまだ今は動いていないだけなのだろうか?

 これだ!っと絶対的な答えが決められない。私は同じ人間を信用できなくなっているみたい。今まで不細工だからと散々な扱いを受けて来たし、同じ扱いを受けている艦娘の子達の惨劇を見てきた故の結果なのかもしれない。だから心を許せないのかしら……期待を勝手に抱いておいて信用できないなんてホント私ってどうしようもない女に育ってしまったようね。

 

 

 ギシっと音がした。想像とかけ離れた現実に脳と心が追い付かない。外見だけは元帥として立ち振る舞っていたが、気づけばいつの間にかベッドに倒れ伏していた。

 

 

 ……どちらにせよ、大淀達は呼び戻さなければならなくなった。建造できずに艦娘の手が足りない鎮守府からの支援要請が届いている。外道提督の艦娘を支援と言う形で出してもいいかもしれないが、○○鎮守府R基地の機能が停止してしまった事で守るべき範囲が広がり一つの鎮守府に負担が増えた。守りは彼に任せることにした……彼の事を信用……してみようと思う。迷いは拭えないけど、最前線はあそこじゃない。あそこの海域は元々深海棲艦からの攻撃が比較的少ない場所だったけど、ちょくちょく少数の深海棲艦があそこの海域に侵入するので撃退してもらわないといけないし、R基地の件もあるしね。

 

 

 外道丸野助……私の判断が間違っていないことを願うわよ。

 

 

 美船元帥の疲労はピークに達しており、現実から逃げるように今日はもう何も考えないよう静かに瞳を閉じたのであった。

 

 



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2-12 別れの前に

お待たせしました。ようやく投稿できます。


出会いがあれば別れもある……遂に大淀達とのお別れですがその前に。


それでは……


本編どうぞ!




 雲一つない大空に君臨する太陽が地上へ己の存在を知らしめるかのように光を燦燦(さんさん)と降り注ぎ、とある建物の部屋に吸い込まれ中を照らしている。その光に照らされた室内で布団がもぞもぞと動き、のそりとその姿を現した。

 

 

「ふわぁ……あさ……かぁ……」

 

 

 大きなあくびをして目が覚めた一人の艦娘……最上型の3番艦である鈴谷だ。ボケっとした表情で光が差し込む窓を眺めており、髪はボサボサだ。しばらくボケっとしていたが、ふとした拍子に我に返り、慌てながら隣の布団を確認するともぬけの殻。その結果に顔色が悪くなるが、テーブルに置かれた写真立てを見て安堵の吐息が出る。心臓の高鳴りも顔色も徐々に元通りに戻っていくが明らかに挙動がおかしいのには理由がある。

 

 

「よ、よかった……ビックリしたじゃん……」

 

 

 写真立てには姉妹艦である熊野とのツーショット写真が飾られていたことでここが○○鎮守府A基地だと言う現実に安堵したのだ。

 

 

 鈴谷は以前は○○鎮守府R基地に所属していたが、R基地が機能を停止してしまい現在は○○鎮守府A基地に所属することになった艦娘の一人だ。しかし彼女が居た鎮守府は言わばブラック鎮守府と呼ばれる地獄だった。ここに所属してまた一週間と経っておらず、この鎮守府の空気にまだ慣れきっていないが以前とは天と地ほど……いや、天国と地獄の差がある。無理のない遠征や出撃、ちゃんと整備された艤装を使っての訓練など自分達が役に立てていることを実感できている。前まで生きた感じがしなかったが、ようやく自身の鼓動を感じられるようになった。

 今の環境は天国である。○○鎮守府A基地へ所属できたことはまさに運命と言っていいだろう。あの日、深海棲艦が侵攻して来た日に○○鎮守府A基地の提督こと青年との出会いによって今があるのだから。

 

 

「まだ慣れないなぁ……ここは大丈夫ってみんな言ってくれたのに。やっぱり怖いんだ……私は」

 

 

 目覚めた時よりも意識がハッキリとしているのは錯覚などではない。鈴谷は怖いのだ。寝て目が覚めた途端に今と言う時間が夢で、忘れようとしている憎き豚野にこき使われている方がもしも現実だったらと思ってしまうのだ。あの地獄から自分達は解放された。もう気にしなくてもいいはずなのに……それでも一度刻まれた傷は治すのは難しい。

 でも不安だけではない。希望も見つけた。それが青年だ。

 

 

 美船元帥から『「あなた達、彼の艦娘にならない?」』その言葉を聞いた時、誰もがチャンスだと思った。だが葛藤も生まれた。今まで提督を求めていた。豚野が提督だなんて認めたくなかったし、受け入れられなかった。そんな時に青年と出会い、共に死地を切り抜いて生き残った。鈴谷達が戦場へ出て行っても椅子にふんぞり返りただ眺めていることはせず、仲間の夕張と共に全力でサポートしてくれた。初めてのことだった。まさに自分達が求めていた提督が青年だった。すぐに答えは出せなかった。誰もが手のひらを反すようで迷いがあったが最後に背中を押したのが何よりも青年自身が鈴谷達に言った言葉だった。

 

 

 『「なれるって聞くな、なるんだよ。幸せってのは手を伸ばさなければ向こうも伸ばしてくれない。幸せになるのを諦めている奴の下にはやって来ないし、諦めている奴は何が幸せかなんてわからない。幸せってのは待っているだけじゃダメなんだ」』

 

 

 深海棲艦の侵攻時に遠征に出ていた駆逐艦の子達は誰一人として帰って来なかった。その子達の分まで自分達は生きなければならないのだ。それに鈴谷にはもう一つ、R基地で轟沈した最上達そして熊野が最後に言った『「わたくし達の分まで生きて……幸せになって……」』あの言葉を忘れない。自分は沈んでいった者達の分まで幸せを手に入れなくちゃいけないと誓った……だから今ここに居る。

 

 

「鈴谷、そろそろ起きてください……ってもう起きていらしたのね。ごめんなさい、いつもなら鈴谷が起きるまで隣に居ますのに……ちょっとお花を摘みに行ってましたわ」

 

「熊野は気にすることないって。布団がもぬけの殻だったからちょっち焦ったけど問題なかったよ。その程度では狼狽えないし♪」

 

「……ちょっち焦ったとか言っていましたけど?」

 

「ナ、ナンノコトカナー!?」

 

「ふふ、聞かなかったことにしておきますわ。鈴谷、今日もやることがあるでしょう。早くパジャマを着替えてください」

 

「あっ、そうだった。明日は()()()だったよね」

 

 

 パジャマを着替えていつもの慣れ親しんだ服装へと着替えて部屋を出るとそこには○○鎮守府R基地の仲間達がいた。

 

 

「お主遅いぞ。キッチリ起床時間通りに目が覚めた吾輩を見習うがよい!」

 

「筑摩に起こされなかったら延々と寝ている癖に……利根は子供よね」

 

「なんじゃと!?夕張はメロンの癖に!!」

 

「だ、誰がメロンよ!?関係ないでしょ!!?」

 

「まぁまぁ夕張(メロン)さんも利根姉さんも落ち着いてください」

 

「筑摩も今メロンって言った!?」

 

「おはようございます鈴谷さん、よく眠れましたか?」

 

「おはよう鈴谷。熊野もおはよう」

 

「お二人共おはようですわ」

 

「おっはよう翔鶴、瑞鶴(ずいずい)。ぐっすり眠れて鈴谷、今日も最高の気分じゃん♪」

 

 

 こうやってふざけ合えるなんて夢のようだ。毎日が楽しくて仕方がない鈴谷達であったが、でも今日の主役は彼女達ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 ○○鎮守府A基地では食堂が皆の集いの場となっている。いつもは賑やかで美味しい料理を食べつつ、お菓子を片手に艦娘同士が団欒している場面があるばずだが違っていた。鈴谷達は談笑しながら食堂を訪れたがその瞬間から言葉を控えた。扉を開けようとする手に躊躇が生まれる……何故?

 鈴谷達はここへ所属することになった。今までまともな訓練をしたことのない彼女達にとってこの鎮守府で得られるものは多い。その一つにこの食堂が関わっている。朝食を食べる為に訪れた理由があるのだが、それとは別にもう一つの理由があった。とある艦娘達からの指導……しかしそれも今日限り。彼女達は短い間ながらもこの時間を失いたくなかった。しかしいつまでも扉の前で立ち止まっている訳にはいかない。意を決して扉を開ける……

 

 

「みんなおはよう、朝食を用意するからちょっと待っててね。それが食べ終わったら……最後の料理教室を始めましょうか」

 

 

 鳳翔と間宮が出迎えた。いつもの笑顔が今日は寂しそうに見えたのは錯覚などではない。

 

 

 大淀、明石、鳳翔、間宮、龍驤、不知火、木曾の七名が美船元帥の下へ帰る日が明日なのだ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 秘書艦である吹雪達に残しておく戦闘記録や遠征地点の詳細な図など必要な書類をまとめていた大淀の口から吐き出されたのはため息だった。そのため息は疲れや呆れが籠ったものではなく、どこか寂しさを含んでいた。

 

 

 これで吹雪ちゃん達に役立つ資料はよし。明日には大本営に帰ることになる……長かったような短かった時間でしたね。

 

 

 執務室で手元の資料を机の上に丁寧に置いて辺りを見回した。初めてここへやって来た日の事を思い出す。

 

 

「……提督」

 

 

 いつもそこに居るはずの青年はいない。留守は大淀達に任せて用事があって出かけている。ここへやって来た頃ならば何か悪事を働くのではないかと疑い、尾行なりなんなりしたはずだが今はそんな気も起きなかった。

 正直に言えばここでの生活は快適だったと大淀は思う。美船元帥との生活が悪いとは言わない。ただ……やはり大淀も女である。艦娘は総じて容姿が醜く、多くの人間から距離を置かれている。不細工が損をする理不尽な世界と言ってもいい。この世界の中で美船元帥のような稀な人間と出会えた。彼女自身が人間でも珍しい不細工に当てはまる人物だったからなのかもしれないが、中には巡り合うこと無く冷たい深海へと落ちていく艦娘達がいるのだから幸福なことだろう。醜い自分達を兵器や化け物扱いする訳もなく接してくれる人物……もしもそれが男性ならばどうだろうか?

 

 

 艦娘である大淀は深海棲艦から人間を、国を、平和な海を守ることが役目だ。しかし醜いと言えども体は女性であり、心もそうだ。容姿を除けば人間の女性となんら変わらないが。人間の女性からしたら艤装を装備するだけで軍艦の力が発揮できる怪物と同じにされるなど拒むだろう。男性もそんな危険なしかも容姿が汚らわしい相手に意識を向けることはしない。しかし青年は違った。

 

 

 私は誇りを持っています。艦娘と生まれてきて良かったと思う気持ちと悲痛な現実が艦娘としての生を恨んだことがあります。それも……この容姿ですから多くの方に蔑まれてきました。男性の方もまともに目を見てくれませんでしたし、好きでもない容姿をバカにされ、私達が必死になって命を賭けて戦っている中で掛けてくれる言葉は冷めていました。見返りは求めるつもりはありません……ありませんがあんまりだと思いました。美船元帥に出会わなければいずれ私は人間の方々を見限っていたかもしれません……いえ、見限っていたと思います。

 提督あなたもその一人になると思っていました。しかしそうはならなかったのは、きっと提督はお優しい方だからなんだと思います。

 

 

 提督は仕事熱心ですが、私や吹雪ちゃん達を気遣ってくれて小休憩を必ず間に何度も挟んでくれたり、空気の入れ替えをやってくれることを知っています。そもそも艦娘と一緒の空間で事務仕事をしようとする提督はあなたか美船元帥ぐらいですよ?ちゃんと三食キッチリ栄養と重視した食事を欠かせず食べさせようとしてくれますし、事務仕事ばかりだと体が鈍ってしまうとラジオ体操まで仕事の一部として投入しましたよね?工廠に居る明石には熱中症や脱水症状を引き起こさないように水分補給を言い渡しました。他にも色々と用意してくれました。あれは全て私達艦娘の為に導入してくれたものだと理解しています。ここまで艦娘の為にと親身になってくれた方は男性ではあなただけです。

 だからでしょうか、正直言えば吹雪ちゃん達が羨ましいです。あの子達と私は違う……提督の艦娘かそうでないか。それさえなければ……

 

 

「私は……」

 

 

 大淀は「あなたの艦娘だったら良かったのに」とは言えなかった。美船元帥も素晴らしい人間だと言い張れる。艦娘を優先して行動し、共に歩んできた家族だ。青年は今まで見てきた男性では一番だと言える程に素晴らしい人間だ。軽視派であるにも関わらず艦娘に優しく接するのは未だに不明だが、それでも間違いはないと思える。だが大淀は美船元帥の艦娘だ。今もこの世界のどこかで深海棲艦との激戦が繰り広げられる。その為に自分は戻らなければならない……深海棲艦と戦う艦娘なのだから。

 

 

「大淀、居るよね?」

 

「明石?」

 

 

 そんな時だ。ドアをノックして声をかけてきたのは明石だ。扉を開けるとそこには工廠の新たな責任者となる夕張も一緒だった。

 

 

「夕張さんも一緒だったんですね。二人揃ってどうかしましたか?」

 

 

 明石がここを去る前に夕張に徹底的に工廠でのルールを教え込んでいる。初めは沢山の妖精達に彼女は大変驚いたが、それよりも○○鎮守府R基地よりも小規模だが艤装や設備の状態が良かったことに感銘を受けた。妖精達と明石が日々手入れをしていたおかげでもあり、夕張はたった一人で工廠と司令部での入電対応をさせられ睡眠時間すらまともに確保できなかった。それと比べたら天と地ほどの差で、残り少ない時間で引き継がないといけない為、覚えることは沢山あるがそれでもここで生活は快適そのもので何不自由のない最高の空間に文句などあるはずがない。執務室を訪問する意味とはなんだろうか?

 

 

「大淀、あのね、提督を探していたんだけど知らない?」

 

「提督ですか?提督なら用事で出かけていますよ」

 

「そうだったの。聞きたいことがあったんだけどな……」

 

「何かあったのですか?」

 

「妖精達の数が少ないのよ。昨日はあんなにいたのにいつの間にか居なくなっちゃってたの。あの子達に聞いても言葉はわからないし」

 

「私はここに来たばかりで妖精さん達が沢山居ることは知っていましたけど、今日は数人しか見ていません。だから明石と一緒に提督にお伺いしようと思ってたんですけど……提督いないんだ

 

 

 今では提督呼びとなった夕張。初めて提督と呼べる理想の相手と巡り合い、共に鈴谷達をサポートし、豚野から自分を庇ってくれたあの時の青年の横顔を彼女は忘れていない。着任したての夕張にも声をかけてくれて「熱が籠るから必ず水分補給と休息、換気を怠るなよ」と心配してくれた。明石が「提督に聞いて来る」と執務室へ向かおうとする。夕張には工廠で待っているように言ったが自分も付いていくと主張した。少しでも青年とお喋りしたいがまだここにも慣れておらず、やっぱり一番気にしている自身の容姿で一人で会いに行く勇気が出なかった。吹雪達から「司令官はそんなこと気にしません」と夢のような言葉を貰ったが、それでもやはり勇気がいる。だが今回の件で「一人が無理なら二人なら!」とチャンスが到来したと思った矢先、肝心の青年はおらずガッカリしている様子である。

 

 

 ふふ、夕張さんったら……それにしても妖精さん達が居なくなるだなんて不思議です。私達に愛想尽かして出て行ったことはないでしょうけど……もしかして提督の用事と何か関係あるのでしょうか?あの人は私の予想だにしない行動を取る方ですからあり得ますね。それならば心配する必要ないのですけど、もし何かあった時が怖いですから補佐として妖精さん達の様子をこの目で見ておきましょう。補佐としての役目も今日で終わり……か。

 提督、あなたは初め寝る間も惜しんで仕事を一人でこなそうとして間宮さんと鳳翔さんに怒られていましたね。それから私と吹雪ちゃん達とで監視兼補佐役として働くことになりましたね。そこから私はあなたを傍で見ていました。自らのお金で私達にお給料を渡してくださった時、とても嬉しかったです。こんな容姿である為、外見で判断されて来た私達をあなたは中身で見てくださいました。それにあなたと共に居ると驚かされることばかりで未知の体験で、それを全部含めてここでの生活は楽しかったです。私達はここを去ります……正直言えば寂しいです。でも私達は戻らなければなりません。あなたなら吹雪ちゃん達を任せられそうです。あの子達を幸せにしてくれると信じていますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、言葉だけの送り出しなんかつまらないだろ?ほら、パーティーするから席につけ」

 

 

 ……ホント、あなたは予想外のことばかりするんですから……

 

 

 ★------------------★

 

 

「お前ら、言葉だけの送り出しなんかつまらないだろ?ほら、パーティーするから席につけ」

 

 

 時刻はヒトハチマルマル。

 

 

 少し晩飯には早い時刻に○○鎮守府A基地の艦娘が一堂に会していた。初めそのような予定はなかったが、大淀達との最後の時間を楽しもうとしていた吹雪達一同が急にやって来た妖精達に無理やり連れて来られる形で食堂に集められたのだ。何が起こっているのか訳もわからず、厨房担当の間宮や鳳翔も困惑している様子であり、誰もこの状況が理解できない。そんな中、食堂の扉が開かれ現れたのはやはり青年だ。肩や頭の上に妖精達がおり、この光景も前見たことがあった。しかし以前と異なっていたのは青年の背後からも沢山の妖精達が現れた。報告にあった姿を眩ませていた妖精達だったが衣装が変わっていた。

 コックの姿やウエイトレスの姿、中にはサーカス団のような派手な衣装を着ていた。一体なんなのだこれは?困惑に困惑が重なる状況で誰もが頭にクエスチョンマークが表示されるが、青年は気にせず言い放った言葉が先ほどのものだった。

 

 

「……パーティーって……あれですよね司令官?」

 

「みんなで集まってにゃー!って騒ぐあれでしょ?」

 

「へぇー、にゃーって騒げばいいっぽい?電ちゃんも一緒にやるっぽい。にゃー!!!」

 

「はわぁ!?え、えっと……にゃ、にゃー!!!は、恥ずかしいのです……」

 

「ちょっとあんた達は何をやってんのよ……」

 

「提督どうしちゃったの?熱でもあるの?僕とても心配なんだけど……」

 

 

 夕立と電の猫真似だと……!?危うく轟沈するところだったじゃねぇか!!?あの愉悦猫(クソ猫)のせいで猫嫌いになったことで耐性がついたことが幸いしたか。くそ、カメラを持っていたら絶景を撮れたのに!青葉め、こんな肝心な時にカメラのシャッター切らねえとは、そんなんじゃまだまだ二流だぞ……って今はそんなことを考えている時間じゃねぇよ!ゴホン、それはそうと本題に入ろうか。

 誰もが驚いているようだな。それもそうだろう、いきなり集められて何事かと思ったらパーティーをするんだからな。サプライズって言う奴だ。だがただのサプライズではない。当然だろうが!俺がこいつらの為にただのパーティーをすると思っていたか?冗談抜かせ、昇進の為に必要な準備の一つなんだ。ちょっとした事かも知れねぇけど、()()()()()()()()()()ように今まで策を張り巡らせてきた。その積み重ねが後に響いて来ることになる。そして今回は名付けて『楽しいサプライズで艦娘共の心を操ろう大作戦』だ!この作戦で大淀達の心を鷲掴みにし、従順な手駒にしてやるから覚悟するがいいさ。クヒ、クヒヒ♪……ってちょっと待て時雨、お前は俺を何だと思ってやがる。頭がおかしくなったわけじゃねぇ!お仕置きしてやろうか!?

 

 

 実はこれは青年が仕込んだことだ。大淀達が帰ると知ってから入念に計画を練って今日実行することにしたのだ。『楽しいサプライズで艦娘共の心を操ろう大作戦』さてその内容とは一体何なのだろうか?

 

 

「提督、那珂ちゃん質問いいですかー?」

 

「なんだ那珂?」

 

「パーティーって何のパーティーなの?」

 

「大淀達が明日帰る。ここに居るのは最後なんだから盛大にパーティーをしようって算段だ。大淀達から多くのものを学ばせてもらっただろ?こんな小さな鎮守府の為に貢献してくれた。そのお礼と言うわけだ」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 

 驚く大淀達、木曾なんかは唖然として口が塞がらないぐらいだ。提督である青年自らがわざわざ自分達の為にと計画していたのだから当然ことだ。他の艦娘が元の所属地に帰るだけでパーティーしようとする輩は美船元帥を除いていないはずなのだ……普通であったならば。だが彼はイレギュラーであった。

 

 

 楽しい思い出って言うのは記憶に強く残る。それを利用して俺がミスを犯して黒い証拠が残ったとしよう。その証拠を軍法会議で突き出され、重罪が下されかねない状況でふっと思い出す。楽しかった記憶、そしてサプライズと言う普段とは違う出来事は記憶に強く刻まれ、ちょっとした拍子に今回のパーティーの光景を思い出してしまい「あの時のこの人は優しかった。でも深海棲艦との衝突や様々な事情があって心が疲れ果ててきっと道を踏み外してしまったんだ。でもこの人は戻ってくれる……あの優しかった頃に」と勝手なイメージビデオでも脳内に流すだろうぜ。そうなれば美船元帥さんに俺の処遇を和らげてもらえないか進言するはずだからな。まぁ、俺が軍法会議にかけられるヘマなんてしないがな。だが先輩方はあの豚野(豚野郎)だけじゃない……万が一もある。保険は少しでも多い方がいいからよ。

 

 

 しかし内面はあべこべ世界でのイレギュラー的存在である青年。己の昇進の為に大淀達の帰還まで利用しようと企てている。利用できるものは全てを利用するつもりなのだこの若者は……なんて奴なのだろうか。

 

 

「あ、あの……提督、私達は()()()()()()なのですけど……」

 

 

 間宮は言った。妖精さん達がやる気が満々で準備に取り掛かっていて今更言い出すのはどうかと思ったが、ここまで大それたことを自分達の為にする必要はないのではないかと謙虚な彼女だから言わずにはいられなかった。

 

 

「間宮の言う通りだろうな。だがお前達にとって()()()()()()であったとしても俺からしたらそうじゃない。所属は違えどお前達は大事な仲間だ。それが帰っちまうんだ。今日が最後なんだからパァッと思い出を作ろうじゃないか!その為にもチb……ゴホン、妖精さん達にも色々と協力してもらっているんだぜ?感謝しろよ!!」

 

「提督……」

 

 

 クヒヒ♪感傷に浸っているようだが……バカめ!!!俺の昇進の為、身の安全の為、そしてお前達の監視から解放される俺への祝杯を兼ねてのパーティーなんだ。目的に利用されていることも知らずに喜びやがってよ、本当にバカな連中だぜ。お前達が居なくなったらこっちはやりたい放題なんだよ!

 

 

 わざわざ「()()()()()」の部分を強調する辺りまた姑息なテクニックを身に付けたようだ。そのせいもあってか温かい眼差しが青年に向けられている。

 大淀達はパーティーをしたことはあるが、それは美船元帥とだけだ。醜い艦娘の為にパーティーを開くなんてことは普通ならあり得ない。ただ単なる戦力として戦場で働かされ、帰るならさっさと帰れと言われてもおかしくないのに、妖精達にお菓子を大量に用意してまで協力を得た……報酬がお菓子なのは絶対に譲れないらしい。

 

 

「だからお前達はここで座って楽しんでいろ」

 

「青葉もですか?」

 

「あの、わたくしもですか?」

 

「そうだ。青葉も熊野も全員座って待ってろ。勿論鈴谷達もだ」

 

「えっ?て、提督さん……鈴谷はまだ着任したばかりで役に立ってないじゃん。私にもお手伝いさせてほしんだけど?」

 

「ダメだ」

 

「ええ!?ダメなの!!?」

 

「ああ、ダメだ」

 

 

 着任して日が浅い鈴谷はそれほど役に立っていないのに熊野達と同じような待遇を受けて良いのだろうかと思って自ら申し出たがあっさりと断られてしまう。

 

 

「なら吾輩の出番じゃな!」

 

「利根姉さん一人では危ないので私も……」

 

「ちくま!?吾輩は一人でも問題ないのじゃ!!」

 

「利根も筑摩もダメだぞ」

 

「なんじゃと!!?」

 

「で、ですが……」

 

 

 鈴谷が思っていることは利根や筑摩も同じ。ここぞと申し出たが同じく断られてしまった。

 

 

「翔鶴と瑞鶴もダメだぞ。夕張も立とうとせずにくつろいで座ってろ」

 

「で、でも提督さん……翔鶴姉どうしよう?」

 

「そ、そうよね。あの提督、どうしてもお手伝いしてはダメですか?」

 

「わ、私も……工廠を任される身だけど手伝いぐらいは……」

 

「断固拒否する」

 

 

 誰が申し出ても青年は首を縦に振らぬだろう。彼の決意は固い。

 

 

「いいか、これは俺が主催者でお前達が御客様だ。大淀達……いや、艦娘が今日の主役だ。戦場で戦い傷つくのはお前達、そんなお前達に対して俺は大したことをしていない。丁度いいチャンスだったんだ。これは日頃の行いの感謝も込めて俺からの贈り物だと思え。だから今日は楽しむ側で要ろ。用意は俺と妖精さん達でする」

 

「「「「「提督(司令官)……」」」」」

 

 

 艦娘達の心が一つになった気がした。こんなにも温かい鎮守府が今まであっただろうか?誰もがここから離れたくないと思う。艦娘として生まれた以上自分達の使命を忘れることはできない。だが今日ぐらいは忘れてもいいだろう。

 

 

 大淀達だけパーティーを楽しませたら扱いの格差に不満が出る。俺がそんなこともわからねぇようなバカではないさ。吹雪達に熊野達、そして鈴谷達も一緒に楽しませればストレス解消、不満が生まれず、戦力を維持……いや、もしかしたら戦力が向上する可能性が大いにある。士気が右肩上がりなんてことに……クヒヒ♪なんて恐ろしい作戦だ。俺は軍師になれる才能があるのかもな♪

 

 

 パーティーに隠された計画を知らない艦娘達。その計画が進むにつれて青年は内心笑いが止まらなかった。

 

 

「パーティー始めるのおっそーいー!」

 

「わかってるから急かすな!島風も席について待ってろ」

 

「速くしてよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は整った。今まで共に戦い、共に過ごし、共に己を高め合った仲間。鈴谷達はまだ着任してから日は経ってないが、パーティーに遠慮も付き合いの長さなんて関係ねぇ!お前達、今日と言う日を思う存分楽しみな!!!」

 

 

 歓声が上がる。各々好きな料理やお菓子、飲み物を自由に手に取り飲み干す。ざわざわと煩さを増すがそれが逆に心地よいBGMとなる。

 

 

「那珂、こういう時にこそアイドル(自称)の出番じゃないのか?」

 

「ええ!?那珂ちゃんの単独ライブ開催していいの?」

 

「当然だ。パーティーだぞ?盛り上がっていい日なんだ。それに『艦娘が今日の主役だ』と言っただろ。だから日頃からアイドル(自称)の訓練をしていた出来栄えを俺に見せてくれよ」

 

「那珂ちゃんのこと……知ってくれていたんだ」

 

「俺は提督だぞ?お前達のことを知らずに提督なんて名乗れるかってんだ」

 

「提督……うん♪那珂ちゃんの単独ライブで更に盛り上げるから提督は目を離さないでね!!」

 

 

 更に場は那珂の単独ライブが急遽開催されて大盛り上がりを見せる。その光景をほくそ笑みながら眺める青年。

 

 

 クヒ、クヒヒ♪流石俺が考えた『楽しいサプライズで艦娘共の心を操ろう大作戦』だぜ。見えない操り糸でお前達の心は拘束されつつあるんだよ。那珂の奴にも日頃から影でアイドル(自称)の練習していたが、それを披露する機会がなかったから丁度いい機会だったぜ。やりたいことを我慢するのは大事だが、ここぞと言う時に発散させないと次第にストレスの原因になることは避けるべきである。その為にも那珂には俺の為に働いてもらわないと困る。

 今まで親しい仲だった大淀達が居なくなるんだ。吹雪達は顔には出さないが精神的に寂しさを抱くことだろう。これもストレスや戦力の低下に繋がる可能性がある。そこで那珂にはアイドル(自称)として全員の士気を上げてもらう為に鼓舞してもらう。クッヒッヒ♪アイドルと言う名の操り人形として今は楽しめよ。

 

 

 料理をするコック姿の妖精、注文を聞きに来る(言葉がわからぬから雰囲気でそうなのだろう)ウエイトレス姿の妖精、マジックや曲芸で楽しませるサーカス団のような派手な衣装姿の妖精達が場を盛り合げ、急遽始まった那珂のライブにより更に白熱した空気が充満する。

 

 

 中々いいライブだったな。ここでお開きと普通はなるのだが……もう一押しは必要だな。クッヒヒ♪その為に計画を入念に練ったんだ。そこで導き出した答えが俺自らが料理をして胃袋を掴んでやる。上司が部下に対して手作りの物を渡すと好感度アップに繋がる……これを利用してやる!我ながら恐ろしい計画だぜ。待ってろよ、腕によりをかけて料理を振舞ってやる!!おっと今日ぐらいは栄養バランスよりも満足度の方を優先してやるかな。締めは勿論デザートは欠かせねぇから、わざわざ俺自身が高級店まで出向いてプリンを購入して来たんだ。めっちゃ高かったんだからな!自腹で買ったんだ。その値段以上の利益を俺にもたらせてくれよ……絶対だぞ!!!

 

 

 締めの高級プリンは皆のハートは鷲掴みにし、それはそれは大変賑やかな盛り上がりを見せた。

 

 

「あっ……ああっ!!?」

 

「い、いきなりどうしたんですか青葉さん?」

 

 

 青葉が慌てて立ち上がる姿に疑問を持った吹雪。青葉がこりゃいかんと慌ててあるものを取り出した。

 

 

「カメラっぽいよ?」

 

「夕立さん、ぽいではなくカメラなのです。そう言えば青葉さん、今日はまだカメラで撮ってないのです」

 

「そうなんですよ電さん!!ああ……こんなスクープだらけの現場でカメラを構えることを忘れて楽しんでしまいました。記者として未熟です……青葉一生の不覚っ!!!」

 

 

 思い出したのはパーティーが終盤に差し掛かった時だった。提督が艦娘と一緒にパーティーに出席、主催するまさに国宝級のスクープ場面を撮り忘れていたことにガックリを項垂れる青葉の姿を見て時雨が言った。

 

 

「じゃあ、みんなで思い出作りに記念撮影でもしたらどう?」

 

「それです!!!」

 

 

 その一言を皮切りに全員で記念写真を撮ることになった。青年は初めは嫌がってはいたが、大淀達とも最後だからと「特別だぞ!!」と言って中央に陣取った。本人曰く「一番偉い人物は前ではなく中央なのだ!」と言っていたが、主張が合っているかはともかく自然と彼の周りには醜い艦娘達が密着する程に近づく。不知火や木曾の顔が赤かったのは……ここで言うのは野暮のようなので言わないでおこう。

 もしも第三者がこれを見たらまさに地獄絵図となっただろうが、ここには地獄などは存在しないようだ。ちなみに肌が触れ合いそうな状況で青年はと言うと……

 

 

 ふぅわ……いい匂いだ。なんで女っていい匂いがするんだよ?癒されるじゃねぇか♪んぁ?睦月どうし……んぁ!?いきなり抱き着くなっての!!っと、んぁぁ!!?夕立も抱き着くな!!ま、待て……や、やばい俺の魚雷(息子)が暴発してしまう!!?い、今はダメだ。暴発するところなんて写真に残されてしまったら死ぬ!!早く離れろって……んぁぁぁ!!?島風はお前はダメだぁあああああああああ!!!

 

 

 その記念写真に写っている誰もが笑っていた。心の底から楽しいを表現していた。光が満ち溢れていたがそんな時間も終わりの時は必ず来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……疲れた」

 

 

 青年は執務室で一服していた。大いに盛り上がったパーティーもお開きとなり皆が寝静まる時刻だった。本来ならば彼自身も既に就寝しているはずだが、今日は目が覚めて眠れずいた(主に魚雷(息子)が暴発しそうになった)そんな時にコンコンと誰かが扉を叩く音がした。

 

 

「んぁ、誰だ?」

 

「大淀です提督」

 

 

 大淀だと?何の用だ?明日は早朝に出発予定でもう寝ているはずなんだがな。

 

 

 青年は立ち上がり扉を開けるとそこには居たのは大淀だけではなく……

 

 

「司令、突然の訪問申し訳ございません」

 

「不知火?」

 

「もう寝てなアカン時間やけど今日は許してや」

 

「龍驤?」

 

「提督、お疲れのところ申し訳ありません」

 

「いきなり大勢で訪れたことお詫び申し上げます」

 

「間宮?それに鳳翔?」

 

「私も当然いるわよ」

 

「明石も?」

 

「………………………………………………」

 

「……六人だけか」

 

「おい!?俺を無視するのかよ!!?」

 

「今の流れで何も喋らなかったからな。無視して良いのかと思ったぞ?それで木曾まで……一体なんだ?」

 

 

 美船元帥側の艦娘七名が訪れた。いきなりのことであった驚いたが、今日は思う存分に働いたので疲れている。手短にしてくれと伝えると……

 

 

「提督、私達の為にパーティーを開いてくださいありがとうございます」

 

「司令、不知火は……司令に会えたことを誇りに思います」

 

「まぁなんや、色々と言いたいことあるけど……提督……いや、()()のおかげでこんな楽しい思い出を作ってもろて嬉しかったわ……ありがとうな」

 

「私は料理を作る事しか取り柄がありません。ですが提督はそんな私に対して気遣ってくれて、何よりここで皆さんの為に働けたことが私の喜びです」

 

「間宮さんと同じように私にも気遣ってくれました。提督あなたは素晴らしい方です。この鳳翔、提督のことは決して忘れません……ですが私が居なくてもカップ麺ばかり食べようとしたらダメですからね?」

 

「色々あったけど楽しかった。もうね、楽しかった記憶ばかりで……なんだろう?ううん……上手く言えないけど私、提督に出会えて良かったわ」

 

「……吹雪達のこと頼んだ。俺が居なくなっても大丈夫だろうがな。明日になればお前ともおさらばだ。まぁ、一応お前には寝床と食事を提供してくれたし、礼をしないで帰る無礼者にはなりたくないんでね……世話になった。それと………………………………………………ありがとよ

 

「……そうか。もう寝ろ。明日は早いだろ」

 

「……はい、そうします」

 

 

 大淀はそう言うと各自最後の自室へと帰って行った。

 

 

 ……ったく、早朝に帰るんだろがよ。俺に礼を言うぐらいなら寝てろっての。利用されているとも知らないで……本当にバカな奴らだぜ。

 

 

 青年はそんなことを思いつつもベッドに潜り込む。先ほどまで感じていた疲れもいつの間にか抜け落ちていたような気がしたが……そんな気も確かめる間もなく夢の中へと旅立った。

 

 

 そして翌日、大淀含む七名の艦娘が○○鎮守府A基地を去っていった。

 

 

 



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2-EX 明石と大淀

元帥直属の艦娘達の回その1です。


それでは……


本編どうぞ!




「………………………………………………楽しかったなぁ」

 

 

 自然と口から出てしまった言葉。それを私は全くその通りだと自分自身に頷いた。

 

 

 あそこは楽しかった。毎日が新鮮に感じることができて何より初めてのことがいっぱい体験できた不思議な鎮守府だった。

 役目を終えた私達は帰って来た。喜ぶはずなのに心がどこか遠い気がする……ここが元々私達の我が家のはずなのに。居心地が悪いわけはないのにどうしてだろう?元帥に問題があるはずがないんだけど……やっぱり恋しいのかな?多分それだ。

 

 

 笑顔があって、仲間が居て、そしてあの人が居る。私達の運命を変えた元帥の面影と重なった若くてちょっと怖い顔をしているけどカッコいい新米提督さん。初めはあの顔が憎く見えたけど、今では忘れられなくなっちゃった。

 外道提督ほど変わり者は居ないと思うな。だって仕事の関係で装備開発やメンテナンス作業を任されていたから工廠の中で一日中過ごすことだってあるのに、提督は顔を出してくれて気を使ってくれたり差し入れまでしてくれた。作業服が油まみれになった私に対しても平然と近づいてくれたことだってあります。「汚い」なんて言われなかったことが当初不思議で仕方なかった。でも思えば提督にとっては大したことではなかったんだろうなぁ。

 

 

 夢の中に出てくる王子様……とはちょっと違うけど提督は艦娘にとって理想的だった。私達の容姿が醜いからって差別したりしないで欲しかった。私達は人達が、この国が好き。でも現実は人達も国も嫌いになりそうだった。見た目で理不尽な扱いを受けるなんて当たり前。頑張っていれば、成果を出せば変わってくれると願っても現実は甘くない……いくら耐えても変わらない。その内耐えられなくなって……何人の艦娘が無念を抱いて沈んでいったんだろうね。

 それだけじゃない、深海棲艦との戦争で轟沈する仲間がいる。必要な犠牲と言うけど、提督は私達に沈むなと言ってくれた。その約束通り誰も沈まなかった。○○鎮守府R基地の件は危うくこの国存亡の危機にまで瀕していたことにヒヤッとしたけど、それに比べて提督の安否が気になっていたなんて言えない。

 

 

「……私って、おかしいのかな?」

 

 

 国より提督一人の方が気になるなんておかしいと思う?でもどちらかと言えば提督がおかしいと言うのは間違いない。あの人って本当に軽視派なの?全然そんな感じには見えなかったし、穏健派の人達よりも優しかった。だからこんなに悩んでいる結果になったんだけどね。でも本当に悩んでいる理由は……

 

 

「……また会えるかな……」

 

 

 会いたいなぁ……提督に、みんなに、あの鎮守府に。

 

 

「明石居る?」

 

「ん?ああ、大淀どうしたの?」

 

「どうしたの?って、明石忘れていますね」

 

「?なにを?」

 

「美船元帥から工廠の在庫管理の確認をお願いされていましたよね?私達が居ない間は工廠を別の方が管理していたでしょ?本来の担当は明石なんだから、その備蓄等在庫の最終確認ですよ」

 

「ああ!?忘れてた!!!」

 

 

 思い出して駆け出す時に危うく大淀とぶつかりそうになったけどそれぐらい慌ててた。元帥からお願いされていた事を忘れていたなんて……それも工廠関係の事で忘れるなんて私ってどうかしてる。でもこれは提督のせいだよね。提督がおかしいから私もきっとおかしくなっちゃったんだ。だからこの責任を取ってもらうんだから……あっ!?せ、責任って言っても男と女の責任とかそういう意味じゃなくって……ごにょごにょ

 

 

 と、とにかく絶対に提督と会うんだから!その時は覚悟しておいてよね!!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「まったく……明石()ですか」

 

 

 慌てて出て行った明石を呆れた様子で見送った私ですが、明石のこと言えません。

 

 

 私は外道提督の補佐として○○鎮守府A基地で活動してきました。本来は軽視派である提督の監視でしたが、その必要はなくなりました。調べても何一つとして悪事の証拠はありませんでした。そもそも悪事に手を染めている様子もなかったのが驚きましたね。驚きの毎日でした……それが楽しかったのだと今になってそう思えます。

 

 

 私達は帰って来ました。美船元帥も笑みを浮かべて出迎えてくれました。そこに不満なんてあるはずがありません。ここが私達の我が家なのですから……でも。

 

 

「寂しい……ですね……あっ」

 

 

 ……本当なら言葉にするつもりはありませんでしたけど、いつの間にか呟いてしまったみたいですね。○○鎮守府A基地は不思議な鎮守府でした。前提督が居た時とは全くの別物に提督が変えてしまった場所。危うく人間不信に陥ってもおかしくなかった吹雪ちゃん達を救い、鎮守府近隣海域の制海権を取り戻すことにも成功しました。少しだけですが深海棲艦との攻勢に有利になりましたが、例の○○鎮守府R基地の件といい、他にも目には見えないところで蔑ろにされた艦娘の誰かが泣いています。そして提督は自身の命を顧みずに鈴谷さん達を救い上げてくれました。残念ながらそこに所属していた艦娘全員とはいきませんでしたが……それでも提督の行動は素晴らしいものだと私は思っております。

 

 

 視察に長門さん辺りが来るのかと思っていましたけど……美船元帥本人が訪れたのは驚きましたね。またあの人なら自分の目で見たかったと思います。私の報告書も後々になって思い出せば訳のわからないことばかりの内容でしたしね。視察は丁度いい機会だったのでしょう。

 結果を言えば美船元帥はあなたのことがわからなくなっている様子でした。実際に会って見ると報告書通りだったんですから。矛盾だらけの存在……ですがあなたなら、美船元帥の信頼を勝ち取れると信じています……いえ、そうであってほしいと願っています。あなたは軽視派なんでしょうけど根はきっとお優しい方なのでしょう。艦娘(皆さん)の為に提督が自らパーティーを開いてくれる方ですもの。正直なことを言えばあなたの傍に居れたことが嬉しかったんです。美船元帥が嫌とかそういうのではありませんが、醜い姿をしていようと私達艦娘は心と体は女性なんです。

 

 

 今まで出会って来た男性は失礼なことを申し上げますと魅力を感じたことがありませんでした。容姿が醜いと言うだけで粗末に扱う方は勿論のこと、そう言った方でなくとも仕事上の付き合いで笑顔を引きつらせて距離を取る相手に対して魅力を感じろと言う方が難しい無理な話です。そんな方々と提督を比べたら……ね。

 提督は素敵です……人としても男性としても。あんなに優しくされて提督を慕わないはずがないわけありませんよ。だって不知火ちゃんや木曾さんなんかは……あら?

 

 

「……妖精さん?なんの御用でしょうか?」

 

『「――!!!」』

 

 

 ふっと気配を感じれば妖精さんが肩に乗っていたとは全く気づきませんでした。いつ乗ったのでしょうか?それよりも何かを伝えようとしていますね……ふむふむ、言葉がわかりませんが身振り手振りである程度は……えっ?私が抱えている書類ですか……あっ、ああ!?

 

 

「そ、そうでした!!報告書を提出するついでに明石を呼びに来たんでした!?ありがとうございます妖精さん!また何か奢らせてもらいます!」

 

『「――♪」』

 

 

 妖精さんには後で甘いお菓子を与えるとして……ああ、やっぱり明石のこと言えませんね。私も提督のことになると周りのことなんて忘れてしまうようです。提督と出会ってからと言うものおかしくなってしまいました。明石や私だけじゃありません。他の皆さんもあの鎮守府で過ごした時間が忘れられない様子です。しかし皆さんがああなってしまうのも納得です。なんせあの提督なんですから。

 

 

 パーティーまで開いてもらって、別れ際には笑顔で見送ってもらい楽しい思い出でした。それが心残りになっているだなんて……私は皆さんに比べたら情けないですね。これでは次にお会いした時どういった顔で会えばいいのでしょうか……

 

 

 

 



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2-EX 鳳翔&間宮と龍驤

元帥直属の艦娘達の回その2です。


それでは……


本編どうぞ!




「………………………………………………」

 

……しょ……さ……

 

「………………………………………………」

 

「……ほう……さ……きいて……」

 

「………………………………………………」

 

「……鳳翔さん!!!

 

「――えっ!?あ、はい、なんでしょうか間宮さん?」

 

「先ほどから声をかけているのに上の空だなんて……提督のことを考えていましたね?」

 

「……え、ええ……」

 

 

 はぅ……間宮さん今のは意地悪です。た、確かに提督のことを考えていましたよ。それは日頃から私達に隠れてカップ麵を食べようとしていたくらいですから、それが心配になっただけです。私達には「健康に気をつけろ」とバランスよくしっかりした食事の摂取や必ず十分な睡眠時間を取るように耳が痛くなるほど注意する方なのに自分自身は二の次なんです。まだお若い子……提督のことを子供扱いすると怒ると思いますが、怒られている時の彼の姿はなんだか大きなお子様のようで可愛らしい……あっ!?い、今のはなんでもありません!!

 ……ゴホン、提督はお若いですが私達のような艦娘のことを考えてくれる優しい方なのです。その為に自らの食事や睡眠時間を疎かにするのは間違っています。

 

 

 美船さんに会うまでは便利な置物として扱われていました。その頃は自分が何もできない不甲斐なさに何度悔しい思いをしたかはよく憶えています。そんな時に○○鎮守府A基地の存在を知り、間宮さんと共に理不尽な扱いを受けることに覚悟を決めて自ら志願しましたが……無駄になりました。それもこれも提督のおかげです。

 男性でありながらも対等に見てくださる提督の下で腕によりをかけてみんなに食事を提供していました。「美味しい」と喜んで食べてくれるみんなの笑顔を見るとお役に立てていると実感できて安心できます。それに提督が褒めてくださると俄然やる気が湧いて来ます。それは何故かって?それは……ふふっ、内緒です♪

 

 

 初の航空母艦として生まれた鳳翔、ですが私自身は何人目なのでしょうか?鳳翔は一人ではありません。それでも私は特に赤城ちゃんと加賀ちゃんから「母」として(うやま)われてきました。ある日に提督が他の鎮守府へと出かけて行き、そこで深海棲艦の襲撃を受けた報告を耳にした時は心臓が止まりそうになりました。無事提督は帰って来ましたけど……あの時は本当に心配したんですから。

 その事情聴取と言う名の視察が○○鎮守府A基地へ長門さん辺りの方がいらっしゃるのかとお待ちしていたところ、美船さん自ら訪れるとは聞いておりませんでしたので驚きました。赤城ちゃんと加賀ちゃんも居たことには驚くことはしませんでしたけど。

 

 

 ここへ着任する前、赤城ちゃんと加賀ちゃんは私を引き止めようと必死になっていました。あの子達は一航戦のプライドを傷つけられ、暗闇の中に閉じ込められていました。あの子達の手を取ってからと言うもの、私に依存していると言ってもいいかもしれません。過去を思えば仕方ないかもしれません……でも知らなかったことだとは言え、提督のことを「あんな男」だなんて言ったのは許せませんでしたので、ちょっと()()をさせて頂きました。

 提督は素敵な方です。ここで暮らしていてハッキリとそう言えます。初めは敵視していたのにいつの間にか提督の為にお役に立ちたいと思う様になっていたのは必然だったと感じます。私をこんなにしてしまうなんて……罪作りな方のようです。

 

 

「……ふふっ♪」

 

「あら?今度はどうしましたか?」

 

「いえ、提督は素敵な方でしたねっと思い出していただけです」

 

「あらあら惚気ですか?」

 

「の、惚気だなんてそんな……」

 

「でも鳳翔さんの気持ちわかります。男性の方は正直苦手でしたけど、提督のおかげで何とかなりそうです。そもそも艦娘に対してあのような態度を取るのは提督だけかもしれませんけど」

 

「……そうですね」

 

 

 間宮さんの言う通り、提督だけかもしれませんね。そんな提督とこうして巡り合えたのは何かの縁なのでしょうね。

 吹雪ちゃん達が笑顔を取り戻したのは提督のおかげでした。○○鎮守府A基地はもう安心です。あそこには提督がおりますから……そんな提督のことをみんな慕っていました。私もその一人……

 

 

 あの人は私達が居なくなってどう思っているでしょうか?私はもう一度お会いしたいと思っております。その時はお粗末な生活をしていないかしっかりと確認させてもらいますからね♪

 

 

 ★------------------★

 

 

「風が気持ちええなぁ♪」

 

 

 そよ風がウチの全身を優しく包み込んでいるようやわ。

 

 

 ○○鎮守府A基地を去ってからと言うもの、大淀らの様子がちょっちおかしい……いや、全員おかしなっとった。ウチも含めて……な。当然あの若者が原因や。なんてったってウチらのような不細工な艦娘相手にパーティーやで!?美船や長門達とは盛大にパァッとやったわ。けど、けどな……男とまさかパーティーを楽しめるなんて誰が想像できんねん!?まぁ、めっちゃ嬉しかったんやけどな、あれは反則やろ。

 美船の下に帰るウチらの為にわざわざ妖精達の力を借りてまで準備もされていたことから、前々から計画されていたことなんやろうけど、あの若者提督がコック姿の妖精と共に料理を作って出されたら食べるしかないやん。ウチらが初めて訪れた時を思い出すわ。あん時はこんなことになるなんて思いもせんかったからな……

 

 

 軽視派の人間はろくな奴がおらん。特に男と言うもんは不細工なウチらに対して厳しすぎるんと違うか?中にはちゃんとした男もおるにはおるんや。せやけどそれは艦娘相手に仕事上だけの付き合いの形、上司と部下と言う関係を形式的に作っているだけなんや。世の中は容姿が全てとは言えへん……っと言えたら良かった。美船のような特別な人間がおるのを知ったと同時に思う……美船も美人やったら今頃どうなっていたか?

 艦娘と容姿の価値が同じやったから今がある。美船もウチらが受けた苦しみを知っていたから手を差し伸べてくれたんや。だから結果的に艦娘の味方になってくれた。対してあの若者だけは違った。

 

 

 ちょいと怖さがあるけどそれがええなんて言う艦娘も中にはおるやろう……顔はイケメンやし。男でウチらのことを理解してくれる奴なんておらんと思っとった。おらんと……思っとったんやけどな。

 初めからおかしかってん。艦娘に何から何まで尽くしてくれた。何度疑ったことか、何度頭を抱えたか数えるだけ無駄やった。しまいにはパーティーと来たもんやで。まったく……ウチに何度頭を使わせるんや。まぁ、考えたって無駄やとわかったけどな。今では悩むことはあるけど、あの時よりもマシになった。戦術よりも頭を使わせるとかどんなんや。けど……

 

 

「……ええ思い出やったな……」

 

「どうしました龍驤さん?」

 

「いや、なんでもあらへん。鎮守府までもうすぐやけど全員気を抜いたらあかんで!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

 随伴艦の半人前達を引き連れウチは海上を進んで鎮守府までもう少し……けど気を引き締めなあかん。海には深海棲艦がいつ現れるかわからんのやから。

 世界は深海棲艦の攻撃に晒されて防戦一方や。若者がおった鎮守府は比較的に穏やかな場所やった。もしこのまま深海棲艦の侵攻が進んで行けばいずれあそこも……

 

 

「……それは嫌やなぁ」

 

 

 あそこが戦火に飲まれる姿は見たくあらへん……正直言うとな寂しいねん。あの鎮守府での生活はウチに足りひんかった刺激を与えてくれた。あそこは……いつの間にかウチのもう一つの家にもなっとったんや。新たな仲間に出会い、そして()()に出会った。なぁ、知っとったか?

 

 

 ウチが()()って言うのは信頼した相手だけなんやで?

 

 



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2-EX 不知火と木曾そして鈴谷

元帥直属の艦娘達の回その3です。


それでは……


本編どうぞ!




「沈め!!!」

 

 

 一発の砲撃で敵が沈んでいく。周りから絶賛の声が聞こえますが傲慢はしません……油断が命取り。海上では常に深海棲艦に気を配らないといけません。

 

 

 現在不知火は任務についています。油田地帯から燃料を載せたタンカー船団の護衛それが任務です。駆逐艦である不知火にとってはどうと言うことではありません。実際に少々の敵ならば不知火一人でも問題はないのですが、今は他の艦娘と共に任務中です。ですが練度もまだ低く、連携も上手くいっていないのが現状ですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「よぉ、任務ご苦労さん」

 

「木曾さんお疲れ様です。今帰ったばかりですか?」

 

「ああそうだぜ。それで……どうだったそっちの連中は?」

 

「まだまだですね。息が合っていません」

 

「……だろうな」

 

 

 ここは激戦区に近い鎮守府。不知火達は現在ここを拠点とし、この海域での主力部隊として出撃命令を下されることもありますが、遠征任務を主に不知火が受け持っています。援軍と言う形でここの提督と艦娘と共に任務に当たっていますが……先ほど護衛任務の時もそうでしたが、艦娘達の練度が低いことが問題視されます。それと激戦区に近い場所でありながら艦娘の数も思った以上に少なく、一人当たりの負担も大きいことで疲れも確認できました。

 ここの提督は軽視派ではありません。ですがやはりと言っていいのでしょう。容姿が醜いことから普段のコミュニケーションが疎かになっており、指揮や伝達に不備が生まれているようです。艦娘側が伝えたいことがあってもお互いに疎遠状態である為、接し方がわからないなどと言ったことが起こっているようです。提督と艦娘との間に壁があることで、ここぞと言う場面が来た時に影響が及びそうと推測します。木曾さんもこの現状に呆れている様子ですね。いや、不知火の方がおかしいのではないでしょうか?

 

 

 ○○鎮守府A基地が如何に他の鎮守府とかけ離れていたことか。美船元帥から窺っていた話と一致しない鎮守府の現状に困惑しました。吹雪達の様子、妖精の存在、そして何より暴力的か無関心な態度を持った傲慢で身勝手な男が居ると思っていましたが、そこに居たのは一人の男でした。

 その人物が軽視派の人間だと不知火達は知っていました。しかし不知火達が抱いていた人間像とは正反対の人物であり、配属された初日から艦娘相手に自らの手料理を振舞うとは予想外で、吹雪達に群がられても嫌がる素振りも見せずにデザートのプリンまで披露するとは……なんて罠だと思いました。それにしてもプリンの味はとても甘く濃厚でしたね……はっ!?ち、違いますよ?甘い物に目が眩んだわけではありません!食材を残しては罰が当たるので食べただけですので!!

 

 

 ……それはさておき、罠だと何度も自分自身に言い聞かせましたが今思えばどうだったんでしょう?罠ですらなかった気がしています。結局悪事を仕出かしていた証拠も痕跡一つ見つからず、尾行してまで観察したことがありました。結果は空振りに終わってしまいましたが……お姫様抱っこを体験できるとは……♪

 軽視派……だと不知火は知っています。しかしそのようにはいつの間にか見えなくなってしまって、途方に暮れる事も多々ありましたが気遣いは本物でした。栄養バランスの取れた食事による健康状態の管理、疲労等による目には見えないメンタルケアまで取り入れ、遠征や深海棲艦との戦闘を終えて帰って来た不知火達に労いの言葉を毎回忘れずに送られました……艦娘に対してここまでの気遣いは普通の男性にはできないことです。つまりあの方は普通ではなかったということになりますが疑いようのない事実でした。

 

 

 その影響を受けている……時間が過ぎていく毎に不知火はおかしくなっている気がします。遠征を終えて○○鎮守府A基地へ帰れるのを喜んでいる自分が居ました。正確には……司令の下でしょうか。おかしいですね、初めは敵視していたはずが、今では司令の下を離れてここに居る事に違和感を覚えます。ですが私情を優先する訳にはいきません。敵を沈めなければこちらが沈んでしまいますからね。それでもあそこで過ごした時間を思い出してしまいます。目の前のことに集中しないといけないのに……これでは完全に不知火の落ち度となってしまいますね。

 そもそも美船元帥と司令の面影が重なるなどありえないはずだったのです。パーティーの集合写真でも男性と醜い艦娘が一緒に写るなんて考えられないことですが、司令には常識は通用しませんでした。異常性とも言えるのでしょうけど、それで良かったと思える不知火はやはりおかしくなってしまっていたようです。

 

 

「木曾さん、そろそろ()の時間なので不知火は先に」

 

「ああ、帰って来たばかりで無理はするなよ?」

 

「はい、それでは」

 

 

 司令と出会えたことで不知火は変わりました。何がとはわかりませんが、司令のことを信用しています。軽視派なのかもしれませんが、悪事に手を染めていなかった。例え軽視派の人間であっても共に過ごした時間は本物でした。不知火だって司令が良い方なのはわかったつもりです。司令が何を考えていたのかは結局のところわかりませんでしたが、あなたを見ていて思うところがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督とのコミュニケーションをどうとればいいのか……それでは皆さんで話し合いましょうか」

 

 

 やはり提督と艦娘の絆が深海棲艦打倒には必要不可欠だと感じ、不知火は仲間と共に会議を開くことにしています。醜い艦娘と提督との絆を深めようとすることは難しい問題だと理解しているつもりですが、ここにいる艦娘達も本来ならば提督と良好な関係を築くことを望んでいます。お互いに支え合える仲になればきっと深海棲艦だけでなく、幾多の困難を乗り越えられるようになると信じています。

 

 

 不知火と司令のように……

 

 

 ★------------------★

 

 

 不知火の奴あんなに強くなりやがった。指示に従って行動するのが主な性格なのに提督と艦娘がどうやったら絆を深めることができるのか会議を開いているぐらいだ。これもあいつの影響なんだろうな……

 

 

 鮮明に思い出すぜ。あいつと初めて会った時のことは。

 

 

 憎い、糞野郎、艦娘を道具としてしか見ていないクソッタレ……隠していたつもりだったが、俺の中に生まれた負の感情があいつを許せないと表に出ていたらしく、後で大淀さんに注意されたんだったな。そんな感情がすぐに理解できない、おかしい、妖精が何故居る?吹雪達がなんで笑っているんだ?負の感情が困惑に変わったのを憶えているぜ。

 外道丸野助……それがあいつの名前だ。一時的な期間だけだったが俺の……提督だった男。軽視派の人間で訓練学校卒業したての新米だ。だが俺の常識を滅茶苦茶にしやがった奴だ。

 

 

 俺のような色気も魅力もないし、そもそも不細工だからそんなこと思われるはずもない。女として良いところの一つもない俺をあいつは女として見ているなんて言いやがった。なんだよそれ、俺のどこが女なんだよ。俺はお前にとって道具じゃないのか?深海棲艦からの雷撃に晒された吹雪を庇ってボロボロになった俺を……お、お姫様抱っこしやがって……殴るつもりはなかったんだが、それでも殴ってしまった。解体事案なのに見過ごすなんて何考えてんだよ。俺達を非常識で振り回しやがったせいで居心地いい日を送る羽目になっちまっただろうが。

 ○○鎮守府A基地で過ごすうちに俺自身が否定していたこと……軽視派だから艦娘を道具として扱い、ボロ屑のように使えなくなったら捨てるっと思っていたが、あいつはそんなこと一度たりともしなかった。美船元帥直属だから警戒したのか?そうには見えなかったけどな。誰一人として轟沈させることなく深海棲艦に打ち勝っていったあいつは提督として優秀な人材だ。しかも俺達艦娘相手に対等の立場を築いている……意味わかんねぇよ。

 

 

 だけどよ……それが嫌じゃなかったんだ。美船元帥以外から……しかも男から艦娘として、女として扱いを受けるなんてことは一度たりともない。あるわけないのが常識だったが、難なく塗り替えてしまった。穏健派の人間よりも大切に扱われているって、しかもその扱うあいつが軽視派なんて……全くもって意味わかんねぇだろ?そう思うよな……なぁ?

 そのせいでいつの間にか軽視派であるとか、他にも男なのにとか、そういったことが些細なことのように思えて気にもしなくなっていた。あいつ……感性がどっかずれてんじゃないのか?

 

 

 まぁなんだ……結果を言えば悪事の証拠も痕跡も何もなかった。牢屋にぶち込む気でいたが空回り。○○鎮守府A基地での最後の日にパーティーを開いて俺達を楽しませてくれた。あいつが仕組んだことで、妖精も協力していた。あいつが俺達の為に手作り料理を作ってくれていたな……ベッドで寝ている俺を朝起こしに来て、俺の為だけに手料理を毎日作ってくれねぇかな?ひとつ屋根の下で食事をして、何気ない会話で盛り上がって休みの日には二人で遊びに行って、帰るころには日が落ちて夜になれば……はっ!?な、何を考えているんだ!!?い、今のはナンデモナイ、ナンデモナインダ!!!

 

 

 はぁ……はぁ……そ、それはおいておいてだな、あいつはもう俺の提督ではなくなった。美船元帥の下に帰って来たんだ。だからもうあいつはいないんだ……なのに夢にまで出てくるようになった。俺があいつを求めているとでも言うのか?どうであれ、夢を見たその朝は憂鬱な気分になる。何故だ?離れ離れになったからか?あいつの夢を見ているだけなのに……不知火は変わった。大淀さん達も変わった……全てあいつのせい。俺自身は変わっていないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 夢を見なかったら見なかったであいつのことが気になってしまっている。中々寝付けない日もあり、胸に痛みが走ることだってあった。心臓に病気でも発症したのかと思ったこともあったが、健康そのものだった。あの痛みは何だったんだ?それに最近毎日あいつを考えているしまつ……どうして俺はこんなにあいつのことを……?

 

 

「……」

 

「あっ、木曾隊長!探しました。次の出撃時刻が(せま)っていますよ」

 

「……なに?」

 

 

 駆逐艦の一人が俺を探しに来たらしいな。しかし不知火と別れてからいつの間にか時間が過ぎていたのか……その間ずっとあいつのことを考えていたということなんだろうな。

 

 

 いつっ!?またあの痛みが襲って来た。

 

 

「……木曾隊長?」

 

「い、いやなんでもない。すぐに準備する」

 

 

 この胸に走る痛み……これは何なんだ?俺は……一体どうしちまったんだ?

 

 

 ★------------------★

 

 

「じゃーん!!!鈴谷の山盛りカレーだよ。召し上がれ」

 

「ほぉ、これは中々うまそうだな」

 

「でしょー♪」

 

 

 今日の食事担当は鈴谷でーす♪今はこの場に居ない鳳翔さんと間宮さんから指導してもらって作れるようになったんだ。初めは失敗ばかりで気分最悪になったこともあったけど、提督に食べてほしかった。

 

 

 美味しそうって言ってくれて気分上がるじゃん♪でも本番はこれからなんだ……

 

 

「……ど、どう?美味しい?」

 

「……うん、流石鳳翔と間宮にみっちり教えられた甲斐があったな。うまいぞ」

 

「よ、良かったー!!!提督に満足してもらえたー!!!」

 

「おいおい、翔鶴や夕張もそうだったがそこまではしゃぐか?」

 

 

 そりゃはしゃぐよ!!だって提督に美味しいって認めてもらえたんだよ。こんなに嬉しいことなんて今までなかったもん。提督に会ってからなんだよ?私やみんなが笑えるようになったのは。

 ○○鎮守府R基地で過ごした日々は最悪だった。けどみんなが居たから頑張れた。でもみんなが減っていく。増えればその分沈んでいく。最上も三隈もそしてR基地に居た熊野も沈んで鈴谷だけになっちゃった。悲しくて、辛くて、苦しくて……でも死にたくないから抗っていつの間にか旗艦を任せられるようになっても全然嬉しくなかった。このままずっと私達は最悪な日々を送るしかないのかぁ……そんな時に提督が来てくれた。提督のおかげで私達は今ここに居る。熊野の最期の言葉『「わたくし達の分まで生きて……幸せになって……」』私達は幸せになる為にここに居るの。提督が私達に幸せを与えてくれるの。

 

 

 だから鈴谷、提督の為に頑張って覚えたんだよ?鳳翔さん達が居なくなってしまうから吹雪ちゃん達が寂しがっていた。私にとって鳳翔さん達とは短い間しか交流できなかったけど、学ぶべきことは教えてもらったし、お世話になった方だから……鳳翔さん達が抜けた分を補えるようにレシピ本を何度も読んで憶えたカレーを一番に食べてもらいたかったんだ。私達の提督になってくれた恩人さんに。

 

 

「ふぃ……お腹空いたっぽい……あっ!?提督さんだけ先に食べてる!」

 

「ホントだにゃしぃ!?ずるいにゃしぃ!!!」

 

「ずるいってなんだよ……おいこれ夕立、涎を垂らすな!カレーならまだ余っているから自分の取れ。そうだろ鈴谷?」

 

「うん、提督に一番に食べてもらったし満足した。それじゃみんなの分も用意しているから食事にしよっか」

 

「そうだね、僕もお腹空いちゃったよ」

 

「電もなのです。今日はお代わりをしちゃうのです!」

 

「鈴谷さんのカレーどんな味がするんだろう?楽しみだね叢雲ちゃん♪」

 

「そうね、楽しみかしらね」

 

 

 笑っていられるっていいよね。○○鎮守府R基地じゃ考えられなかった。もし提督があそこに着任してくれていたなら今頃最上達は……ううん、そうだと吹雪ちゃん達がここには居なかったのかもしれない。話を聞いたんだけどここも元ブラック鎮守府だったみたい。酷いよね、艦娘は醜いけど小さな子にまで暴力や罵倒を浴びせるなんて……人間の方が醜くない?って思っちゃうことがあるんだよね。私達艦娘は人間とこの国の為に尽くしているのに……人間なんてって思ったこともあったけど、提督みたいな人が要るってわかったからもう一度頑張ろうって思える。

 

 

「提督もう食べてるの?はっやーい!!!」

 

「那珂ちゃんの朝一ライブやっちゃうよ♪」

 

「おお!?鈴谷さんのカレーですね。記念に一枚……」

 

「美味しそうですわね。鈴谷、提督はなんと?」

 

「美味しいって」

 

「そう……良かったですわね」

 

 

 熊野達も来てくれた。そして……

 

 

「朝からの装備開発も楽じゃないわね……はぁ、喉乾いた」

 

『「おやつー!!!」』

 

『「われがいちばんのりだ!!」』

 

『「させないよ!」』

 

『「んん~うまい!!!」』

 

『「さきをこされたー!!?」』

 

「妖精さん達もはしゃいじゃって……あら、提督今日はやけにお早いですね」

 

「提督さんおはよー。おっ、今日は鈴谷のカレーだね」

 

「なんじゃもうお主は食べておるのか?筑摩、吾輩も食べるぞ。勿論辛口でじゃ」

 

「鈴谷さん、私達にもお願いします。それと……利根姉さんは甘口でお願いします

 

「了解したよ。鈴谷におっまかせー♪」

 

 

 ○○鎮守府R基地で共に過ごしたみんな。みんなとこうして楽しくお話できるのは提督のおかげなんだよ?深海棲艦の攻撃で沈んでいった駆逐艦の子達の分まで私達幸せになってみせる。だからね提督……

 

 

「ねぇ、提督」

 

「んぁ?なんだ?」

 

「なんでもない♪」

 

「……なんなんだ?」

 

 

 これからずっと私達の提督で居てよね♪

 

 



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見える光見えざる闇編
3-1 秘書艦の地位は譲れない


少々遅くなりましたが、これより新たなる章の幕開けです。


それでは……


本編どうぞ!




 快晴の空に飛び交う鳥たちの歌声で目が覚める。慣れ親しんだ部屋を視界に収めながらゆっくりと体を起こす。眠気がまだ抜けずに少しの間ボケっとしていると徐々に意識がハッキリと意思を持つ。これまた慣れ親しんだ服に袖を通し、寝ぐせと顔を洗いに洗面所へ向かうとそこには鏡に映る自身の顔がある。

 

 

 ○○鎮守府A基地でたった一人の男性こと外道丸野助。彼はここで提督の座につき、将来の夢は昇進してお偉いさんとなり、贅沢三昧な毎日を送ること。大淀達は美船元帥の下へと帰り、彼を監視する者は誰も居なくなってしまった。

 軽視派の影響を受けた青年は内心ほくそ笑む。今までの作戦が積み重なり功を奏した。彼は自由の身となった。これまで悪事に手を染めることが出来なかったが、これからはやりたい放題。欲望のままに動き、昇進の為ならばなんだってする。

 

 今日も今日とて艦娘(道具)達を利用しようと企む若き提督だったが、洗面所から執務室へ戻ると望まぬ来客がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「提督さんお久しぶりだニャ~♪」』

 

 

 その瞬間、青年のカッコイイ顔が歪んだ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 最悪な気分だ。まさに天国から地獄とはこのことを言うのだろう。青年の顔が歪むほど気分を害する存在が簡易な机の上で座っている。

 

 

 『愉悦猫』青年の運命を大きく変えることになった原因の猫。青年曰く「クソ猫」だが、神様的な存在だと言う。最も青年が警戒する存在であり、それが目の前に居るのだから顔が歪むのも無理はない。

 

 

 おいおいおい、なんでこいつがいやがるんだ!!?

 

 

「おいなんでお前がいやがる!?」

 

『「猫が居ておかしい?迷い込んだとか考えないのかニャ~?」』

 

「お前が猫だぁ?違う……クソ猫だ!!」

 

『「提督さんは酷い人だニャ~。ただの猫に対して酷い事を言うね」』

 

「ただの猫が喋るかよ!!!」

 

『「それは提督さんにだけ聞こえているだけなんだけどニャ~」』

 

 

 青年をバカにしているような態度だが、愉悦猫は悪びれた様子はない。この会話も猫にとっては楽しみの一つであるのかもしれない。

 

 

 この野郎ふやげやがって……!こいつは何をしに来たんだ?今まで姿を見せなかったのに……

 

 

「おいクソ猫、何の用だ?今まで姿を現さなかったお前がわざわざ俺の前に現れたんだ。何かあるだろう」

 

『「流石提督さん有能だニャ~。頭いいね、艦娘に欲情するのに立派だよ♪」』

 

「こ、こいつ……!!!」

 

 

 俺があんな艦娘共に欲情しているだと!!?そんなわけ……な、ないわけではない。見えちまったり、触れちまったりしてちょっっっと強い刺激を受けただけ……ってうるせぇよ!!俺の美的感覚が美醜逆転……前世の記憶と感覚が戻ったのもそもそも原因はこいつのせいだ。だから俺は何も悪くねぇ……俺は無実だ!!

 

 

『「提督さん、提督さん、でも欲情することは生物として何も間違っていない。特にこの世界は艦娘にとって不利だニャ~。なら提督さんのような変態さんに好かれた方が彼女達も幸せだと思うのニャ~♪」』

 

「俺は変態じゃねぇ!!!そんなことよりもさっさと用件を言えクソ猫」

 

『「せっかちさんだニャ~。ゆっくりとお話しても罰は与えないよ?」』

 

「うるせぇ、こっちは早くお前の顔を忘れたいんだよ!」

 

 

 苛立ちを隠さない青年にやれやれといった感じで説明し出した愉悦猫。内容は○○鎮守府R基地の提督であった豚野が記憶を無くし、青年の都合よく事が進んでいることについてだった。端的に言えばこうだ。

 豚野は運の悪いことに交通事故により記憶を失う。事故は偶然だったが、それを見た愉悦猫は閃いた。この事故を利用して青年の都合よく話が進めばより良い面白い演劇(人生物語)が見られると……記憶を失ったのはこの愉悦猫のせいだったわけだ。

 

 

「……やっぱり俺の都合よく状況が動いているのはお前のせいだったわけか」

 

『「事故は偶然。猫にとってあの人間がどうなろうとどうでもよかった。でもこのままだと提督さんの不利益の方が大きくなって展開がつまらなくなりそうだったから記憶をいじってあげただけだニャ~よ」』

 

「この野郎……余計なことしやがって!!」

 

『「なんで怒るのか理解できない。猫は面白ければいいだけだったけど、提督さんにとっては利益になったはずだよ?褒められても怒られるのは筋違いだニャ~」』

 

「それは……そうだが……」

 

『「それに猫は言ったはずだよ。提督さんは面白そうなので拝見させていただくだけだニャ~。今回は猫が力を使ったけどそれは偶然あの人間が事故に遭ったからってだけで、記憶喪失は副産物だニャ~。猫が力を使わなくとも記憶喪失になっていたかもしれないからね♪」』

 

「……人の人生を(もてあそ)んで面白いか?」

 

『「結果は良くも悪くも面白ければそれでいいんだ。けど猫にとってあの人間は面白くなかったのニャ~。生かしておいても変わらない、つまらない劇を繰り返すだけ。いっそのこと息の根を止めても良かったけど、どうでもよくなった。それよりも提督さんがどんな反応を示すのか早く見たかったから現れたの。報告は面白い演劇(人生物語)を見せてもらっている褒美だニャ~♪』

 

 

 面白いものを求めている愉悦猫にとっては人の人生がどうなろうと知ったことではない。ただ面白くなかったから、面白くなってほしかった。面白い演劇(人生物語)を見たいが為に一人の記憶を失わせただけ……ただそれだけだったのだ。

 

 

「………………………………………………」

 

『「呆然としているね?提督さんは利益を得たんだよ。喜べば?」』

 

「……ああ」

 

『「全然喜んでないね。人間ってどうしてこうなんだろう……だからこそ矛盾した人生が面白いんだけどね♪提督さんは特別だからその面白さは格別だニャ~♪」』

 

「……」

 

『「提督さんのその顔、反応、感情すべて楽しめたのニャ~。猫は満足♪提督さん、猫はこれで帰るよ。これからも提督さんが繰り広げる面白い演劇(人生物語)を楽しみに視聴しているのニャ~!」』

 

 

 そう言うと愉悦猫は霧のように姿を消した。青年は猫が消えた場所を見つめてしばらく動こうとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官おはようございます……どうしたんですか司令官?」

 

「……んぁ、なんだ吹雪?」

 

「司令官の様子がいつもと違う気がして……もしかして調子が悪いのですか?」

 

 

 今日の秘書艦である吹雪が執務室を訪れたが、青年の様子がおかしいことに気づく。いつもと違い気分が沈んでいるのは目に見えていた。先ほどまで愉悦猫と居た彼である。嫌いな相手と短い時間であるものの、共に居ることにどれだけのストレスが溜まるか……実際に青年はストレスを感じていた。

 

 

「……ああ、ちょっとな。だが少し休んでから仕事に入るから心配するな」

 

「司令官無理はしないでくださいね……」

 

「ああ、わかっている」

 

 

 心の底から心配する吹雪。しかしこの問題は彼女ではどうすることもできないだろう。

 

 

 ……クソ猫め、あいつの為に俺の人生があるわけじゃねぇ。俺の人生は俺のものだ。誰でもない俺が決める。そこに面白いも面白くないも関係ない。確かに豚野郎は気に入らなかったが、記憶を奪うまでしなくて良かったんじゃないか?例えそれで俺にとって不利益な問題が起ころうとも、それを乗り越えていけばいいだけ。クソ猫に良いようにされているようでますます気に入らなくなった……元々気に入ってないが。やっぱり猫は嫌いだぜ……

 

 

 それから少し休憩を挟み、いつものように仕事に取り掛かる青年であった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ふぅ……こんなもんだな」

 

 

 ため息を吐く司令官は先ほどまで様子がおかしかったですけどもう大丈夫みたいで良かった。司令官にもしものことがあったら私は……そんなことにならないように私がしっかりと司令官を見てあげなきゃ!

 

 

 そう心で言いつつ吹雪はチラリと一息つく青年を盗み見る。たかが駆逐艦、使い捨てとされて代わりがいくらでも作れる消耗品と扱われてきた。「醜い」からと言う理由で理不尽な目に遭って来たが、吹雪の頑張りを理解し、優しく接してくれる。自分達を醜い道具ではなく、艦娘として扱ってくれる理想の提督像そのままの男性が傍に居るのだ。彼は吹雪にとって初めて心から信頼する男性であり、この鎮守府の救世主でもある。そんな青年を今は独り占めにできる……秘書艦とはなんてラッキーな役職なんだろうか。

 補佐であった大淀が居なくなったこともあって仕事は忙しくなった分、青年がさり気なく仕事の容量を調整してくれることが更にポイントが高い。大淀が居なくなったことで一人となった結果を良かったとは思わないが、青年の意識を独占できる吹雪は気分が高まっていた。

 

 

 司令官……やっぱり男の人って体ががっちりしてる。それに顔も初めはちょっと怖いと思ったけど、鳳翔さん達に怒られてシュンと縮こまっている司令官を知っている私にとって、そのちょっとの怖さが逆に好きです。カッコイイ司令官が怒られないようにカップ麺を隠しているだなんて……可愛いなぁ♪あっ、また隠してないか捜索しておかないといけませんね。鳳翔さんにも言いつけられていますし、司令官の為でもあるんですから。それはそうと今は司令官と二人っきり……

 

 

 意識してしまうと急に体温が高くなるのを感じ、頬は赤みが増していく。吹雪は真面目な為、こんなことを考えている自分が恥ずかしくなるが、それでも視線は青年から離さない。離してなるものかと目に力が入り、次第には脳内が勝手にこの先の展開を妄想していき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「吹雪、俺とお前の二人だけだな♪」』

 

『「し、司令官……い、今は仕事中ですから……」』

 

『「仕事が終わったら……良いんだな?」』

 

『「そ、それは……」』

 

『「ええい!つべこべ言わず俺の愛を受け入れろ!!!」』

 

『「司令官……こんな醜い吹雪で良ければ❤」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふへへへへへへ♪」

 

 

 欲に染まってしまった脳が映し出した光景をうっとりした表情で堪能していた吹雪はだらしない姿を晒していた。永遠に訪れることがないだろう男性とのイチャイチャラブラブ展開を妄想してしまうのは女としての本能であり、吹雪も体は小さいながらも深海棲艦と戦う醜い艦娘(ワルキューレ)だ。今回のようにピンク色に欲が暴走してしまうこともある。残念なことに欲とは抑えられないから欲なのだ。

 

 

「(こいつ……なんて顔してやがるんだ!!?)」

 

 

 涎を垂らしてうっとりしていた吹雪を見た青年が引いていたことを知らずにいられたのは幸運なことだろう。

 

 

 吹雪のマヌケ面を見た青年は何か仕事の疲労で気が滅入っているのでは?と勘違いをし、即刻休息が必要だと感じた。丁度時刻も昼食時でもあり食堂を訪れることにした。扉を開くと先にわらわらとお菓子に群がる妖精と一緒に見慣れた顔ぶれが食事を楽しんでいたが、青年の姿を見つけると行動派の一匹の犬ッコロが近づいてきた。

 

 

「提督さん遅いっぽい。待ってたのに」

 

「夕立、そう言っているが……もう食ってただろ。俺のこと待ってねぇだろ」

 

「ご飯には勝てなかったっぽい!」

 

 

 素直でよろしい。食欲は忠義よりも勝るらしい。

 

 

「まだ食っている最中だろ。早く座れ」

 

「はーい!吹雪ちゃんも提督さんも早くこっち来てね」

 

「うん、すぐに行くからね」

 

 

 そう言うと夕立は自分が座っていた席へと戻った。それを見届けた青年は吹雪と共に今日の食事にありつこうと本日料理当番の瑞鶴と翔鶴に挨拶する。気軽に挨拶を返す瑞鶴と丁寧にお辞儀までして挨拶を返してくれる翔鶴は着任当初よりもこの鎮守府内での生活に慣れ、役に立たなければと自身を追い詰めるまでに急ぐ必要はないと理解する。

 青年曰く「ゆっくりと自身を磨いていけ。急がば回れだ」らしい。急いで危険な道を歩み足を取られるよりも、ゆっくりと安全に歩みを進めていく方が結果上達するのが早くなるだろうと教えられた。役に立たなければ捨てられるのではないかと言う心の奥底に住み着いていた不安もいつの間にかどこかに出て行ってしまったようだった。

 

 

「あの……提督、わ、私頑張って作ってみました。お口に合うかどうかわかりませんが……」

 

 

 青年のお盆の上には焼き魚と味噌汁にホカホカご飯、そして漬物と言ったTHE和食の定番中の定番が乗せられていた。作ったのは翔鶴だろうが……顔が赤い。建造されてから料理なんて鳳翔と間宮に教えられるまで知らず、慣れずに何度も失敗した。だが徐々に上手くなっていき、今日はそのお披露目だ。自分を救ってくれた提督しかも男性に美味しいと言ってもらえるのか緊張と不安、そして男性に手料理を出すシチュエーションに胸がドキドキの彼女である。そんな彼女を傍で見ている瑞鶴はぷくっと頬が膨らみ「翔鶴姉だけずるい……」といじけていた。

 朝食を用意してくれた翔鶴と瑞鶴に礼を言い、食卓へ足を運ぶと彼の為に一つの席が空けられていて、そこへ座る。醜い艦娘と一緒に食事をすること自体稀な行為なのだが、当然のように彼女達の輪へと堂々と入っていく光景が見られるのはここの鎮守府だけだ。ちなみに青年の左右には小さくガッツポーズをしている夕張と時雨だが、時雨の席は元々別の場所だった。元々この場所に座っていた青葉は時雨との()()によってこの場を譲ることになった。ちょっとした好奇心から彼の着替えを隠し撮りしようとしていたところを時雨に見つかったことで「あの時のことバラされたい?」と脅された訳ではない……決して。

 

 

 吹雪もその輪の中に入っていくが青年との距離は先ほどよりも離れてしまった。彼女の視線には「美味い」と褒められて顔を更に真っ赤にしていた翔鶴の姿と「提督さん!私が作った分も食べてよね!!」と自身が作った料理を食べさせて「瑞鶴のもうまいぞ」と褒められて照れている瑞鶴の姿が映し出されていた。

 

 

 司令官ってやっぱり慕われている……そうだよね、司令官は優しいし、カッコいいし、何よりも温かい……みんなに好かれるのは当然のことですね。これから先増えていく艦娘のみんなも司令官の良さを知ってしまうんだろうなぁ……

 

 

 これからこの鎮守府には大勢の艦娘が着任するかもしれない。今の戦力でも戦えるが、後のことを考えれば戦力の増強は必須だろう。そうすれば必然的に青年と艦娘と出会い、交流していく。その中で青年は艦娘達に好かれて行くだろう。醜い自分達に対して素っ気ない態度も取らず、面と向き合って対話してくれる男性を知らない。まるで王子様だ。そんな青年が自分の下から次第に離れていくみたいでちょっと暗い気分になった吹雪。

 出会いは衝撃的で鼻血を出して倒れてしまったことに驚いたが、初めて青年と会った艦娘は吹雪だった。自分が青年の一番だと感じがして悪くない。それどころか嬉しく思えて、彼に特別に思われていたならばもっと気分が高揚するだろう。だからこそもっと自分の良さを見せないと後輩達に秘書艦の座を奪われかねない。艦娘を蔑ろにしない彼の傍で一日の半分以上過ごせる地位に興味を持たない者はいない。

 

 

 時雨、睦月、夕立、電、叢雲そして吹雪の現在六人交代制で秘書艦を務めているが、そんなある日に「経験の為にも秘書艦変えてみるか?」と青年がボソリと呟いた独り言が原因で抗議が殺到したことがあった。勿論初期艦娘の六人が青年の下に詰め寄る事態になった訳だが……それほど秘書艦と言う立場に居る吹雪達は実は大淀達からも羨ましがられていた程だ。

 大淀達だけでなく、建造された熊野達や鈴谷達でも秘書艦の地位はとても魅力的なのだ。例え同じ艦娘であってもこの地位はそうそう譲ることはできない。彼と二人っきりで小さな執務室に居られるのだ。お話ができて楽しいのだ。近くに居ると安心できる香りがするのだ。こんな良いこと尽くしの誰もが喉から手が出るほどの好条件付き、こればかりは簡単に譲りたくないのだ。○○鎮守府A基地に元々所属していた吹雪達六人の特権でもあるのだから。

 

 

 食堂での団欒の時間を過ごし、しっかりと休息をとった後は訓練の時間だ。訓練の時は一時離れなければならないのだが、今日は青年が訓練の様子を直接見ておきたいとのことで艦娘達はいつも以上に張りきっていた。吹雪も良いところを見せようと頑張ってみせ、褒められたことで顔がふにゃふにゃであったことを叢雲に指摘されたが、本人も獣耳のような艤装の一部が赤く点滅していて人の事が言えなかった。

 それからも青年が行くところに艦娘達がおり、誰もが心から言いたいことを言い、心の底から笑い合える。秘書艦である為に一日中こんな光景を目にすることになるが、それはここだけの話……他の鎮守府では目にかかる機会は滅多にないことだ。彼と出会えた吹雪達は幸福なのだ。

 

 

 その幸福の時間にも終わりが来る。太陽が沈み、月が空の王となり輝く星たちが付き従う夜となる。

 

 

「よし、今日の仕事はこれぐらいにするか」

 

 

 ペンを置き、首や腕を回すとポキポキと音がなって体が疲れたから休ませろと抗議していた。

 

 

 ああ……もう時間なんですね。司令官がここの提督になってから一日がこんなにも早いなんて思わなかったです。以前ならこんな辛い日が終わってくれたらいいのにと思っていました……けど次の日も辛い日には変わらないから何も考えないようになりましたけども、司令官ともっと一緒に居たかったなぁ……

 

 

 秘書艦としての時間がもうすぐ終わることに残念な気持ちにいっぱいになる吹雪。いつもならこれにて解散し、お風呂に入って歯を磨いて就寝するだけ……だったのだが、意外にも青年が吹雪に待ったをかけた。

 

 

「どうしたんですか司令官?」

 

「いや……な、今日の朝に気に入らんことがあってな」

 

 

 朝と言えば……司令官の様子がおかしかったです。もう大丈夫だと思っていましたけど何かあるのでしょうか?

 

 

「それで……少しの間、提督命令で俺に付き合え」

 

「えっ……ええっ!!?」

 

 

 し、司令官!!?つ、付き合えって……そ、それって……司令官と……で、でで、ででで、デート!!?あれ?でも少しの間って……???

 

 

「司令官、少しの間とはどういうことですか?」

 

「これをやる」

 

 

 青年が机の下に隠していた物を取り出し吹雪に渡す。渡された吹雪は冷たいと感じて見てみるとそれは冷えた瓶で中では泡が躍っていた。青年の手にも同じ物が握られている。

 

 

「……司令官これは?」

 

「これは?ってお前……ラムネも知らないのかよ」

 

「それは流石に知ってます。でもどうしてこれを?」

 

「そんなもん決まっているだろ?飲み会に付き合えってことだ」

 

 

 「ああ……」と吹雪の落胆が口から()れる。一瞬ドキリと心臓が最高潮に高まったが、早とちりであったことに一気に奈落の底へと突き落とされた感じだ。しかしそこまで落胆することではないのではないか?考えてみればこれで秘書艦としての一日が終わるはずだったのがまだ堪能できるのだ。奈落の底から這いあがりガッツポーズをしているだろうと吹雪の心境は回復した。ちなみにこのラムネはトイレ休憩時に青年が食堂からこっそりと拝借したものだった。

 

 

「でも健康や食生活に厳しい司令官が珍しいですね?」

 

「……まぁ、そういう日もあるさ」

 

 

 そういう青年はどこか遠い目をしていた。愉悦猫のせいで一人の人生は一変した。それが例え嫌いな相手であっても楽しむ為に人生を狂わされた。そのことを知った彼が何か思ったのかはわからない……しかし今の彼は何も考えないようにした。そして気分転換に吹雪を誘うことにしたのだ。彼も人間で一つや二つ悩みもある。そんな時はやりたいようにすればいいさ。

 

 

「それで、吹雪はどうなんだ?提督命令に逆らうか、それとも付き合ってくれるかどっちだ?」

 

「……もう、司令官の命令だったら逆らえないじゃないですか」

 

「なら決まりだな」

 

 

 プシュッと炭酸特有の音を鳴らして泡がこぼれる。慌ててこぼれるラムネを口に含むとシュワっとした刺激が襲うがこれが堪らなく癖になる。その後に来る甘みが今の吹雪の心境を語っているようだ。

 

 

「今日は気分的に特別だった。だからこのことは秘密で当然ながら他の連中には内緒だ。わかったな?」

 

「司令官……はい!!!」

 

 

 司令官との秘密……なんだかいけないことのようで……ドキドキしちゃいますぅ♪

 

 

 吹雪は彼に救われ初めて艦娘として海へと立つことができた。彼女にとって青年は大切な存在だ。そんな存在とラムネを片手に過ごす時間はとてつもないご褒美となった。

 

 

 だから秘書艦は譲れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずるいにゃ!吹雪ちゃんだけ得しているのは不公平!!断固抗議するにゃしぃ!!!」

 

「電も司令官さんと二人っきりで……あわわっ!?べ、別に変な意味ではないのです!!?」

 

「ぽい!!!夕立も提督さんとラムネ飲みたいっぽい!!!」

 

「……べ、別に、吹雪あんたに嫉妬なんかしていないわよ。ただ……妹としてとても寂しいわ。そうとても……とっても……ね」

 

「ねぇ吹雪、僕達を差し置いて抜け駆けなんてずるくないかな?提督もそう思うよね?でも提督も提督だよね?吹雪以外の僕達はおまけ程度の存在なのかな、かな?どう思っているの……ねぇ?」

 

「……ちゃんと全員分のラムネを用意する。一人ずつ付き合うからオーラを飛ばすな……いや、生意気言ってすいません許してくださいお願いします……」

 

「……司令官ごめんなさい……」

 

 

 青年との秘密を胸に上機嫌で部屋へと戻った吹雪だったが、のんびりし過ぎたことで何をしていたのか聞かれて嘘を吐こうにも共に苦痛の日々を送って来た時雨達。仲間に嘘を吐くことに抵抗があった吹雪は焦っていた。何とか遠回しに何もなかったことを伝えようとしたが……夕立の嗅覚で吹雪の口からラムネの匂いを検出し、問い詰められて白状した。仲間から嫉妬に近い視線を向けられた吹雪は縮こまり、すぐさま執務室へと逆戻り……扉が勢いよく開かれ驚愕の表情を作り出す青年に深海棲艦も逃げ出す程のオーラを纏った時雨達に詰め寄られて魚雷(息子)格納される(萎む)

 

 

 結果的にそれぞれ秘書艦担当日に二人だけでの飲み会を開くことを約束させられた。そして駆逐艦相手に正座を披露する青年と嫉妬の視線を向けられている吹雪の姿がそこにはあったとさ。

 

 



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3-2 世間からの視線

長らくお待たせしましたが、楽しんでいってください。


それでは……


本編どうぞ!




「それじゃ行ってくるぞ。留守は頼む」

 

「司令官……お気をつけて」

 

 

 時刻はマルナナマルマル。

 

 

 ○○鎮守府A基地の門前にはここに所属する吹雪含めた艦娘達が揃っていたのは青年が外出する為である。弁当を買いに行くのでもなく、本日は仕事で出向くのである。以前○○鎮守府R基地において深海棲艦の侵攻と重なったことから何名かの瞳には不安の色が宿っていた。

 

 

「心配しないでよ吹雪、僕達が付いているから心配ないよ」

 

「司令官さんは電がお守りするのです」

 

 

 不安に駆られる吹雪とは対照的な時雨と電の姿がある。この二人は護衛……つまり青年と一緒にお出かけ組なのだ。これからの仕事に艦娘が深く関係してくることから誰かを選別して連れて行くことにした。誰を連れて行くのか「付いてきたい奴の中から選べばいいか」と楽観的に決めようとしていたが、我こそが!っと誰もが名乗りを上げた。

 元々鎮守府から外出を滅多にする機会がない。ほとんどが海の上、仕事で外へ行くにしても興味がある。それに青年と一緒ならば行きたい……行くしかない。男性と一緒に外出するつまり「これはもはやデートなのでは?」と誰もが考えたことだ。吹雪達秘書艦組は勿論のこと、熊野率いる建造組、そして鈴谷連合軍新生組がその座をかけて火花を散らす大激戦(じゃんけん大会)にまで発展することになった。「どうしてこうなった?」と青年は食堂で勝者と負け犬となった艦娘達の阿鼻叫喚を耳にしながら現場を見てそう思ったと言う。ちなみに夜の執務室でラムネを片手に楽しんだ(意味深ではない)吹雪は青年を独占しようとした罰から強制的に辞退させられることになって、絶望したのは言うまでもない。

 

 

 結果からわかるように時雨と電の二人が勝利者となった。決勝戦までほぼ秘書艦組が負けなかったのはそれほど運が良いのか、それとも彼を思う気持ちが強いのか、どちらにせよこの二人に勝利の女神が微笑んだことに変わりはない。羨ましい視線を背に感じつつ一同は出発した。

 

 

 ★------------------★

 

 

「時雨、電もわかっていると思うが遊びに行くんじゃねぇぞ?」

 

「うん、わかっているよ。でも帰りどこかで食事でもしようよ。滅多に外では食べられないんだから」

 

「電も司令官さんと一緒に食べたいのです」

 

「んぁ……そうだな、仕事が終わって時間があれば考えてやるよ」

 

「約束だよ?」

 

「やったのです♪」

 

 

 空が青いね。天気も良くて眩しいけど、それよりも眩しく思える初めて見れば怖いかもだけど本当はとてもカッコイイ横顔。太陽の光でも提督の優しさの前では輝きが足りないと思えるね。それぐらいにこの人は眩しいよ。夕立も尻尾があれば勢いよく振っているってわかるもん。まぁ、僕も夕立のこと言えたものじゃないけど……提督が悪いんだよ?鈴谷達を救っただけじゃなく、海の底に散った駆逐艦の艦娘達を弔ってくれたって吹雪から聞いた。

 

 

 ありがとう……僕達艦娘を命あるものと見てくれて。

 

 

 提督は男の人で僕が思い描いていた理想の提督だった。みんな提督のこと気に入るのは当然なんだ。だからみんな提督と一緒に外へ出る勇気が出たんだ。僕だって外には興味があったけど正直怖い。

 特別なのは提督だけだと思う。元帥ともちょっと違う気がするけどそれが何なのかはわからないんだ。何となくそんな気がするんだけど今は置いておくよ。提督以外の人間達が僕達のことを見れば……うん、大体想像できる。でも電が今笑っていられるのは提督が傍に居てくれるからなんだ。

 

 

 電が大きな建物や広場の光景に興味津々で色々と青年に聞いてそれに応える青年を見ていると隣を歩く時雨はしみじみ思う。一人なら……艦娘だけならこんなところへは来られなかった。早朝の時間帯で世間では休日である為、道行く人影は見当たらない。それは運が良いと言ってもいいのかはわからないが、人目を気にせずにいられたからだ。

 

 

 艦娘の容姿は醜い。知っている者は誰もがそう感じる現実だ。青年が特別なだけであって時雨や電も以前は醜いという理由で理不尽な扱いを受けていた。それは鎮守府内に留まらず、醜いという美的感覚に差は生まれない。差が生まれないからこそ他人からどう見られるか……想像できてしまう。でも青年が自分達を求めたのならば応えよう、傍に居るから勇気が出せる。彼が一緒であるなら心強いだろうが、正直なことを言えばこれから向かう仕事先に行きたくない。それでも鎮守府から外の世界へと一歩を踏み出せたのはやはり青年の存在が大きいのだ。

 

 

 仕事先に近づくにつれてだんだんと口数が減っていく。電も先ほどの元気はどこへ行ったのやら……表情に不安の色が浮かぶ。時雨の足取りも徐々に重くなるのを感じた。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……苦しい。帰りたいって思いが強くなってくるのがわかる。電もそうだよね……

 

 

 時雨は我慢していた。それは何から?答えは視線だ。

 

 

 誰の?それはこの場にいる人間達からだ。

 

 

 何者?海と共に生きる漁師達。

 

 

 青年達が訪れている場所とは漁業関係者が集会などで使われる施設の一室。今までは深海棲艦の攻撃に晒されることから漁師達が海へと出向くことが出来ずに国からの補助金で生きていくしかなくなり、多くの漁師が海を去ることになった。そう、仕事とは深海棲艦から制海権を取り戻し、海上にはその姿を見ることが減ったことで再び海へと出向くことができるようになる。制海権を得てからもすぐに行動しなかったのは海上の安全性を確認しなければならなかった為であり、前々から漁師達との間で話し合いの場を設けるようと行動してきた。そしてようやく現実になったわけだ。

 現在集会所に居る彼らだが、青年の傍にいる時雨と電の表情は優れない。想像通りだったのだ。漁師達の視線が嫌悪感を含んだもので胸に突き刺さる。艦娘を初めて見た漁師の人間も居たが、視線を逸らされる直前に口元を押さえていたのもハッキリと捉えてしまった。

 

 

 ……提督が居なかったらもう逃げ出していたよ。やっぱり辛いし、そんな汚物を見るような目で見ないでほしいけど事実だから僕達が我慢すればいいんだ。提督に迷惑はかけたくないし、必要としてくれているんだ。僕達は必要とされることに喜びを感じて勝手にデートだと思い込んで付いてきただけだから……

 

 

 時雨は胸の苦しみから解放されたいと思った。でもこれが現実であり、やらねばならぬ仕事でもある。それに青年が自分達を必要としてくれていることが何よりも嬉しく、その願いに応えたいと思った。彼が着任してからと言うもの時雨達は救われてばかりだ。この恩を返す為にも今は我慢すればいいと考えていた時だ。

 

 

「皆さん、艦娘を知っている方も知らなかった方もお気持ちは同じだと思います。ですがワタシはそれを認めたくありません」

 

「……なんだと?」

 

 

 ベテラン漁師の一人が青年の言葉に眉がピクリと動いた。その反応は好意的なものを抱いていないものだ。

 

 

 ……提督は何をするつもりなの?

 

 

 もしもの時の為にすぐに行動できるように力を抜く時雨、そして電も感じ取ったのか同じように動けるよう気持ちを切り替える。

 

 

「彼女達は確かに艦娘です。しかし皆さんは彼女達の何を知っていますか?好きな食べ物は?二人の名前は?深海棲艦相手にどう戦っているのかご存じでしょうか?何故彼女達は人間とこの国の為に自らの命を危険に晒してまで守ってくれるのか不思議に思ったことはありませんか?誰かその理由がわかる方はこの場にいるでしょうか?」

 

「そんなものは知らないがそれがどうしたと言うのだ?」

 

「知らないのに外見上で判断する。それは正しいとはワタシには思えません。()()()()()()()彼女達は醜く見えるでしょうけど、容姿は後回しにして彼女達のことをまず知りましょう。それからでも遅くはありませんからね」

 

 

 提督ったら……僕達をどれほど救えば気が済むんだい?でもそれが提督なんだね。

 

 

 一人の青年による艦娘講義が始まった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 やっぱりこうなったか……だが俺の予想通りの結果だ。何の問題もない。問題はこいつらを説き伏せねばならねぇってことだ。ちょっと骨が折れるかもしれないが、昇進の為にも頑張れ俺!!

 

 

 数人の漁師達はベテラン揃いでその中には女性も居たが、例にもれず()()だ。漁師達の誰かの奥さんなのだろうが、改めてあべこべ世界で自分だけがイレギュラーなのだと感じさせられた。お口直しならぬお目目直しの為に時雨と電へと視線を向ける……愛らしさにほっこりしていたのは秘密にしておこう。

 しかし二人の表情が優れないことも見てしまい、青年は無意識のうちに視線を逸らしてしまった。彼も無理に連れて来るつもりはなかった。「付いてきたい奴の中から選べばいいか」と楽観的に決めようとしていたし、提督故に無理に連れて来ることもできたがそうすると士気が落ちて今後の支障になりかねない事態を引き起こす可能性もあった。だが彼の想像通りなのも確かだ。

 

 

 艦娘は醜いのは誰から見ても一目瞭然。漁師達の視線が時雨と電を汚いものを見ているのと同じで嫌悪感を抱いているのがわかる。彼の想定通りなのだこの展開は。

 

 

 わかりきっている展開……青年はそれを利用することにした。それは何故か?

 

 

 こいつら漁師共を味方に引き込む必要がある。深海棲艦に怯えて民間人は生活しているところに救世主が現れたらどうする?救世主を称えるに決まっている。深海棲艦を打ち倒す力を持っている人間つまり提督だ。提督である俺がこの地域一帯を救えば「○○鎮守府A基地の提督さんは俺達、私達の為に深海棲艦と戦ってくれる英雄だ!」と認識される。そうなれば俺の意見に反対する者が減り、言うことを聞きやすくなり避難誘導やもしもの時の為に手助けにもなるだろう。しかしだ、深海棲艦から守っていただけではこいつらの信頼は勝ち取れない。信頼を勝ち取るには生活を何とかしてやらねぇといけない。

 深海棲艦によって大打撃を受けたのは言うまでもなく漁師。生活保護の補助金を貰って生活しているがそれだけでは精一杯だろう。戦争が始まってから漁師を辞めたとも話は聞いている。こいつらはそれでも漁師を辞めなかった連中だ。海に生きることを誇っているはずだ。それ故に今まで我慢して来たが、そろそろ我慢の限界だろう。

 

 

 青年は漁師達と対面した時から観察していたが、嫌悪感を抱く視線以外にも苛立ちが込められている視線を感じていた。

 

 

 ずっと深海棲艦との拮抗状態で変化がなく、生活は厳しい状況。その苛立ちを深海棲艦に向けても届くことは決してない。向けても返り討ちに遭うだけで手が届くことがない。だから状況が変わらない原因となっている提督や艦娘に対して八つ当たりのように苛立ちを向けるしかないんだ。人間って哀れな生き物だよ……まったく、こいつらのヘイトまで俺が解消してやらねばならねぇんだからよ。だがらこそのこの場だ。

 艦娘を信頼させただけでは俺の盾は鎮守府内のみだ。だがこいつら漁師を信頼させれば外にも盾の予備を置いて置ける。俺が提督を辞めさせられそうになったらきっとこういうだろう……

 

 

 「俺達、私達を救ってくれた外道提督を辞めさせるな!!」と抗議運動にまで発展するかもしれん。民間人は数が多いのが強みだ。数は力なり……いい言葉だぜ。どんどん俺を取り巻く信頼と言う名の砦を築き上げ、俺に仇為す者達を逆らわないようにさせる……完璧な作戦だぜ。その為にもこいつらと艦娘との関係を改善しなければならない。難しい問題だがやらなければ俺を守る頑丈な砦は崩壊するのは目に見えている……やってやるしかねぇ!俺の演技で哀れな民間人共を騙しきってやるぜ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦娘と言うのは建造させて生まれてきます。そこは人間であるワタシ達とは根本的な違いが見えます。しかし恐れないでください。生まれて来る過程は違えども意志があるのです」

 

「彼女達の好みは人間のワタシ達と同じように娯楽で楽しんだり、食事でお腹を満たすと満足します。知っていますか?プリンをスプーンで突いて揺れるのを見て楽しむ艦娘だって居るのです。それに運動すれば汗をかき、お腹が減る。転べば痛みを感じますし、トイレに行ったり、睡眠だって十分な時間を取らなければ寝不足になって調子が悪くなります」

 

「深海棲艦と戦う術を艦娘は持っています。到底人間では扱うことのできないもの、それをワタシ達は艤装と呼び、艦娘はその艤装を体に装着して戦い傷つきます。傷つけば血が流れるのを見たことがありますか?ワタシはあります。その血は人間のワタシと何も変わらない赤い色をしていました」

 

「戦いに勝利すれば喜び、負ければ悔しい。誰かが犠牲になれば悲しみ、涙を見ました。そこに人間のワタシ達と大差がありますか?本来ならワタシ達が負う筈だった苦しみを艦娘達が代わりに背負ってくれているのです」

 

「人間と艦娘との種族の違いはあれど、感じたり考えたりすることは何も違わないはずです。価値は容姿で決まるものではないと言いたい。外見で決まるなら人間同士で争ったりしないはずですからね。ワタシは……外見だけで判断するのは間違いだと思っています。そして人間と艦娘との関係が平行線のままだと必ずこの国は落ちる……そう断言できます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漁師の皆様、もう一度考えてください。周りがこうだからとか、これが常識だからだとかではなく、己の心に問いかけてみてください。それでも答えが同じなら……ワタシは何も言いません」

 

 

 青年の艦娘講義は長々と続き、ようやく講義は終わりを見せる。今まで艦娘と言うものをよく知らなかった漁師達に誕生から散り際まで、生活から人間との差異を彼なりにまとめて語った。その中では青年自身の体験談も含まれており、先ほどまで抱いていた苛立ちや嫌悪感を含んだ『艦娘は醜い存在』から『艦娘がどういった存在』なのかに意識が切り替わった。まだ納得は出来ていないだろうが、『醜い存在』から別の視点に興味を持ったということが大切だ。

 

 

 『食わず嫌い』という言葉があるように、食べたことがなく、味もわからないのに嫌いだと決め込むことやその人のことを意味している。食べて初めて美味しいかどうかがわかるのだ。そもそも嫌いな食べ物には関心を持つことはない。関心があるなら一口でも味わってみようと思うはずなのだから、それと同じように関心をまずもらわないといくら時間をかけて考え抜いて作った100点満点のスピーチでも点数は0となる。漁師達を講義に釘付けにさせることに成功した事で彼のスピーチは0点には少なくともならないだろう。

 

 

 その証拠に集会所は誰もが沈黙した空気に包まれていた。

 

 

 後もう少しだ、後もう少し押しておこうか。こいつらは今、一度に大量の情報を得たことで思考する時間を欲している故の沈黙だろう。言葉って言うのは時として刃となり他者を傷つけるが、時として魔法となり他者の心を惑わすことだってできる。そうだ、今がその時だ!

 

 

「それともう一つだけ言っておくことがあります」

 

 

 一声に沈黙状態の漁師達の意識が青年に注がれる。

 

 

「艦娘はワタシ達の為に戦っているのです。そういう風に生まれて来た存在だと思えばそうかもしれませんが……人間を守る理由は違います。守るのは彼女達がそうしたいと思っているからです。何故なら彼女達は……人間とこの国が好きだから」

 

「「「「「……」」」」」

 

「そこに欲があると言えばあると思います。活躍したところを見てほしい、仲良くしたい、褒められたいと言ったことは欲です。ですがそれも人間と変わらない……でもそれは人間とこの国が好きだからワタシ達の代わりに戦ってくれるのです。いえ、そうではありませんね。()()()()()()()()()()()必要があるのです」

 

「だ、だがあんたは戦えるのかよ?深海棲艦は人間の武器では倒せないんだろ?」

 

「倒せないのは確かにそうです。ですがワタシは艦娘達と共に戦ったと言えます。戦場にいる艦娘に指示を出すことは共に戦っているに含まれるでしょう。それ以外にも士気を維持できる食生活を用意したり、戦力を低下させないように誰も轟沈させないように作戦や日頃の訓練に精を出させること、戦いで傷ついた者達が帰って来れる場所を築き上げることで共に戦っている……そうと言えないでしょうか?」

 

「「「「「……」」」」」

 

「先ほどから言ってある通り外見だけで判断するのは間違いだと思っています。人間と艦娘との関係が平行線のままだと必ずこの国は落ちるとも……そして今、最も必要なのは艦娘と共に戦うことが肝心です。ワタシが提督だから共に戦えているとか関係ありません。戦場に出ないから戦えないではなく、彼女達を理解し、支えとなることで艦娘は更に力をつけることになるのです。守りたいと思う気持ちが強さに繋がり、信頼が艦娘に力を与えるのです。これから先、深海棲艦との戦争が激化していく中で、賢明なる漁師の皆様が何をしなければならないか……正しい答えを出してくれると信じています」

 

 

 拍手はない。講義は真の終わりを迎えた。これ以上長々と続ければ夜になってしまう……現に気がつけばいつの間にか夕暮れ時、赤色の絨毯(じゅうたん)が一緒に広がっていた。講義だけに時間を割いてしまい、仕事の話はまだできず区切りをつけたわけだが……

 

 

「……提督さんよ、仕事の話は後日にしたい。今日は帰ってくれ」

 

 

 一瞬機嫌を損ねたかに見えたが、何やら漁師達は思考を整理整頓する時間を欲している様子だった。この回答に青年は満足し集会所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手応えはまぁまぁって言ったところか。あいつらに迷いが生まれている様子だったが、これは良い方向だ。何故だと?それはこうだ。

 迷いとは決定的な回答が出来ずに判断が曖昧になっていることだ。心に隙が生まれ「あれ?この人の言っている事……正しいかも?」と疑いを持てば自身が今まで正しいと思って来た行動に疑問点が生じる。そうなれば見方が変わり、こちら側の意見も聞き入れやすくなるってもんよ。あの豚野郎ほどではないが、頭が固い奴は何人かいるだろうな。自身が正しいと人の意見を聞き入れない傲慢な奴はこの世界には多々居る。そう言う奴は厄介者で今後上手く誘導出来ればいいんだが、急ぎ過ぎてヘマをすれば台無しだ。今はあいつらの返答を待つしかない……が、その前にだな……

 

 

 夕日の光を浴びながら鎮守府へと歩を進める青年はその間に色々と今日の出来栄えや反省点などを上げていく。次の機会に生かすためだ。しかし先ほどから気になっていることがあった。

 

 

「うぅ……ひぐぅ」

 

「……」

 

 

 背後から聞こえて来る嗚咽が聞こえて来る。

 

 

 電は涙を溢れ出しながら、時雨は瞳に溜まった涙を時より拭う仕草をしており、夜の街でその姿は注目の的だ。見方によれば青年から何かされて嫌々付いているように見える。通行人の何人かは声をかけようとしたのだろう近づいて来たが、二人の容姿を視界に入れると関わるのを辞めた。時刻は夜の為に顔が見えなかったのだろうが、見てしまった瞬間に関わりを辞めたのはやはり容姿が関係しているのだ。

 不細工であるが故に関わりを断ち切られてしまう。小さな子供を誘拐……などは不細工である為されないだろうが、誰も助けようとしてくれない。もし青年が本当に誘拐犯ならなんとも理不尽な世界だ。しかし今は状況が違う。

 

 

 この涙は辛いものではなく、嬉しい気持ちの現れだ。

 

 

 艦娘のことをここまで思ってくれている人はいなかった。時雨や電ですらあの美船元帥に対しても艦娘を大事にしていることが本当なのか疑いを持っていたぐらいだ。絶望的状況の中に居た訳でマイナス的思考に陥っても仕方なかった。青年と出会ったことでそのような考えは消えたが、先ほどの講義でどれほど自分達のことを大事に思っているのかを知った。それが嬉しいのだ。

 青年は昇進への道をより安全に進む為の姑息な作戦だったのだが、嘘は何一つ言っていなかった。深海棲艦を侮ってはいけない。艦娘だけでどうにかできる相手ではなくなっていく。そうなれば国は落ち、昇進の夢は儚く崩れ去る。そんなことは彼が一番望まぬことだ。

 

 

 豪邸のソファーで寛ぎながらド迫力の映画を楽しみ、高級ステーキにカニやエビを丸ごと使った海鮮料理……だけでは飽きるので、またには庶民的なハンバーガーやラーメンそしてデザートはチョコレートパフェ(DXサイズ)で閉める。毎日贅沢三昧&時より庶民的な生活を送る……その夢が崩れ去るのは何としても阻止したいのだ。

 その為に艦娘講義を披露したが、元々こうなることを予想していたとはいえ、言葉に詰まることもなく、台本すら用意せずとも彼女達の良さを口にできたのはきっと彼だからできたことなのだろう。本人にとっては昇進の為だと言い張るだろうが……それでいいかもしれない。

 

 

「おい、いつまで泣いているつもりだ?」

 

「うぅ……ひぐぅ……しれぇいかんさぁん……」

 

 

 うわぁ……電の奴め顔がぐちゃぐちゃじゃねぇか。鼻水まで出しやがって……ったく世話のかかる餓鬼だ。

 

 

「おい電、ジッとしてろよ」

 

 

 ハンカチを取り出して電の顔を拭くとぐちゃぐちゃになっていた顔が綺麗になった。醜い艦娘に綺麗と言っていいのかと思うかもしれないが、青年にとっては綺麗だから問題ない。でも電が顔を真っ赤にしていた。

 

 

「し、しれいかんしゃん!?き、汚いのですよ!!?」

 

「汚い?これで綺麗になったじゃねぇか。何を言っている?」

 

「――はわわ!!?」

 

 

 不細工な自分の顔をハンカチで拭くだなんてやめてくださいとの意味を込めて言ったつもりだったが、返って来た答えに更に顔が赤くなる。不意に綺麗と言われるなど思ってもいなかったし、まさかそんな言葉をかけられるとは……青年の顔を見れなくなってしまって小さな手で顔を隠してしまう電だった。

 

 

 

……ずるい

 

 

 そう隣から聞こえた気がした。見れば時雨が嫉妬を含んだ眼差しで、物欲しそうにハンカチを凝視していた。

 

 

「……鼻水付きのハンカチで拭いて欲しいのか?」

 

「……出来れば綺麗なハンカチがいいな」

 

「残念ながら今持っているのはこれだけだ」

 

「なら帰ってからで……ね?」

 

「いや、その必要は……」

 

「………………………………………………」

 

「無言の圧力はやめろ。はぁ……わかった。だがその前にどこかで食べて帰るんだったな」

 

「あっ、それはもういいよ」

 

「んぁ?なんでだ?」

 

「なんでも……今は早く帰りたい気分。食事はまた今度でいいんだ」

 

「そうなのか?電はどうだ?」

 

「電も今日は早く帰りたいのです。お食事は今度みんなと一緒がいいのです」

 

「そうか。ならさっさと帰るぞ。鎮守府(我が家)にな」

 

「うん♪」

 

「はい!なのです♪」

 

 

 そこには、帰ってからの青年とのやり取りを想像する時雨とほんのり赤色になった頬をした電の、青年に寄り添う形で薄暗く人通りの少ない鎮守府への道を鼻歌を歌いながら歩く姿があった。彼女たちが行きに感じた不安など消え去っていた。

 

 



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3-3 流れ着いたモノ

10月中に投稿しようと思っていましたが叶いませんでした。しかし11月初日だから誤差ですよね?……ねっ?


それでは……


本編どうぞ!




「ふっふ~ん♪これで掃除は終わりなのです!」

 

 

 執務室の隣室は青年の寝室となっており、電が掃除を終わらせたところだ。

 

 

「……皆さんは大丈夫なのでしょうか……?」

 

 

 ふっと表情に不安が現れる。数日前、漁師達の下へ訪れた当日は艦娘講義で一日を潰してしまったが、後日向こうから連絡が来た。青年が何やら電話越しに色々と話し込んでいる姿を見た。そして先日再び出向くことになり、今度は睦月と叢雲が護衛としてついて行くことになり、帰って来た二人は満足な笑みを浮かべ、青年が財布を寂しそうに見つめていた記憶がある。コンビニで奢ってもらったらしく、時雨と電は嬉しさでお腹を満たしていたので羨ましいとは思っていない……っとはいかず、正直言えば羨ましいと思った。食べ物の欲には誰だって敵わないのだ。なので今度は絶対に奢ってもらおうと心に誓い、近日青年の財布にダメージを与えることになる。

 

 

 それはそうと、漁師達との会談は順調にいったようで護衛付きの漁が再開されることになった。当然その護衛とは○○鎮守府A基地の艦娘だ。しかも青年が居ない状態での仕事に嫌な顔をする艦娘は何人かいたが、彼が艦娘講義を行った為か少しは向けられる視線が微々たるが穏やかになった気がした。

 

 

 抵抗はあるものの、艦娘が守ってくれなければ仕事ができず、今までの考えでは「仕事ができないのは艦娘がさっさと深海棲艦を撃退しないからだ!」と声を張り上げていただろう。しかし自分達の未来を想像し不安が生まれた。このままでは食べていくことさえ困難になってしまうのはわかりきっていることだ。漁師達は一旦ではあるが今の状況を変えることを選んだ。漁をして生計を建て直すことを優先した。別に漁をしている間、ずっと艦娘を視界に収めておく必要はなく、艦娘はただ漁師達を守るだけの任務。そこに容姿の良し悪しは関係なく、青年の姑息な作戦の影響により、漁師達の見方を少しだけだが変えることに成功したのだ。

 おかげで現在漁師達の護衛として吹雪達数名が任務で出かけているところである。しかし万が一の場合もある為に青年も同行しており不在。書類仕事も残ってはあるが、今日秘書艦である電が留守番しているから何も問題ないと判断し、重要案件となる任務に自ら出向く必要があったのだ。

 

 

 決して吹雪達を信用していないことではない。護衛を任せても問題なく遂行してくれると断言できるが、漁師側に問題があった場合、艦娘の立場は弱い。もしもの可能性を捨てきれず、トラブルを避ける為の行動でもある。

 

 

 これでも人間と艦娘との未来への第一歩となろう。まだ容姿の認識による壁はあるが次第に分かり合えればいいだけの話。この結果に電は凄いと感じていた。

 

 

 凄いのです!あの怖そうな漁師さん達を振り向かせたのは司令官さんなのです!いくら電達が頑張っても聞いてすら貰えず、説得は出来なかったと思うのです。でも司令官さんは漁師さん達を説得するだけじゃなく、電達のことをずっと見ていてくれていたのです。

 嬉しかったのです。艦娘のことを理解してくれて、艦娘の良さを説いてくれた司令官さんの言葉を聞いていたら段々胸の奥から気持ちがいっぱいに溢れ出そうになったのです。帰るまで我慢しようとしたけど、帰り道で我慢できなくなって、電の汚い顔を更に汚くしてしまって迷惑をかけてしまったのです。で、でもそのおかげで……綺麗と言ってくれたのです♪

 

 

 あの時の事を思い出して顔が赤くなる。抱えていた不安が胸の鼓動に変わる。ドクンドクンと高鳴りを感じるのに不快感など存在しなかった。

 

 

「……あっ、司令官さんのベッド」

 

 

 先ほどまではそれほど気にもならない程度だったが、目に入ってからベッドに視線が釘付けだ。

 

 

 青年が毎日ここで寝ている。そう思うと胸の鼓動が更に高まるのを感じてしまう。

 

 

 ……だ、誰も見ていないから……だ、大丈夫……なのですっ!!

 

 

 自分以外の誰も居るはずもない小さな寝室で挙動不審の電は恐る恐るベッドの中へと潜り込み、青年が今朝まで寝ていた枕を掴み抱きしめた。枕に顔を押し当て荒々しい深呼吸を何度も繰り返す。何をしているのか……吸引しているのだ。

 

 

 何を?ベッドの匂い?惜しい、正解は青年の匂いだ。

 

 

 すーはー……すーはー……司令官さんの匂いは落ち着く……のです……ふぅ……♪

 

 

 呼吸する度に鼓動が高まり、青年が寝ていたベッドの中は最高の居心地を感じさせ体温が上昇していくのがわかる。まるで天国に居るかのような気分になる。他に誰も居ない今、思う存分に至福のひと時を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那珂ちゃん、執務室(現場)入りまーす!

 

 

はわわわ!!?

 

 

 しかしそんな至福のひと時は突如として終わりを告げる。

 

 

 艦隊のアイドル(自称)那珂ちゃんの登場だ。彼女が隣の執務室へと現れたことに驚いて電はベッドから転がり落ちてしまう。

 

 

「う~ん?提督居るの……電ちゃん?そんなところで何してるのー?」

 

 

 物音がした寝室へ突撃する那珂が見たものはベッドの傍でひっくり返って可愛らしい「パンツ!パンツです!」と主張する神聖領域の守護者(下着)を晒していた。青年が見たら飛び上がって鮮血を撒き散らしていただろう。

 

 

「な、なんでもないのです!そ、それよりも那珂ちゃんさん(那珂は「ちゃん」付けしないといけないらしい)は何をしに来たのですか?」

 

 

 慌てて服装を整えた電は話題を変えることにした。青年のベッドを堪能してたなんて知られたら嫉妬の念に操られた艦娘達から恨み妬みの炎を吐かれる……想像しただけで体が震えてしまう。

 

 

「那珂ちゃんは提督と一緒にレッスンしようと誘いに来ただけだよ?」

 

「司令官さんは今日は吹雪さん達とお仕事で居ないのですよ?」

 

「あっ、そうだった。那珂ちゃんうっかりしてました。てへぺろ♪」

 

「………………………………………………」

 

 

 那珂ちゃんさんが来なければもっと司令官さんの匂いを堪能できていたのです……とても残念なのです。そう、とても残念なのですよ、那珂ちゃんさんが来なければ……

 

 

 忘れていたことをごまかす那珂に一瞬どす黒い感情が湧いた。その証拠に電の瞳に光が籠っていなかった。まぁそれも男性の匂いを堪能できる機会を奪われたのだから仕方ないことだとフォローしておこう。

 

 

「……それで、()()は司令官さんが居ないこの部屋にまだ何か用がある?」

 

「あれ?さっきと口調違わない?それに那珂ちゃんに対して冷たいような……」

 

「さぁ、きっと()()の気のせいです」

 

「あ、はい」

 

 

 那珂は冷めきった瞳を向けるレアな電を見ることになり、露骨に機嫌が悪くなったちょっとした仕返しだった。

 

 

 それからは何事もなく元の電に戻ったことで那珂の中では見間違いとして処理された。そっちの方が彼女の為にもなろう。さて、青年が居ないことを知った那珂は手が空いた電と共にのんびりしようと港に誘い、()()()()()()()を二人並んで眺めている。

 

 

「……提督いつ帰って来るかなー?」

 

「お仕事ですから遅くなると思うのです。夜には帰って来るとは思うのですが……みんな早く帰って来てほしいのです」

 

「……ねぇ、電ちゃんは元々ここに所属していたんだよね?」

 

「そうなのです。一体それがなんなのです?」

 

「ここで……沢山の艦娘が轟沈したんだよね?」

 

「………………………………………………」

 

 

 何故唐突にそんなことを聞く気になったのか定かではないが、電にとっては暗く、辛い過去の話になるのは間違いない。思い出したくない記憶を電は持っていることも那珂も知っている彼女は真剣な表情をしており、興味本位で聞いたことではないのは確かだ。

 

 

「電ちゃん達は提督に救ってもらったんだよね?」

 

「……そうなのです」

 

「でも六人だけ……だった」

 

「……そう……なのです」

 

 

 天龍さんも龍田さんもみんな沈んでしまったのです。司令官さんにもっと早く会っていれば……今頃は一緒に居られたはずなのです……

 

 

「原因は前提督だって聞いたよ。でも沈めたのは深海棲艦だってことも。前提督が原因を作ったわけだけど、深海棲艦が居なければ沈むなんてことは起こらなかった。それでね、那珂ちゃん思ったんだけどさ……深海棲艦ってなんなんだろうね?」

 

「……どういうことなのです?」

 

 

 それは……一体どういうことなのです?深海棲艦は深海棲艦ではないのですか?

 

 

 那珂の言っている意味がわからない。電以外でも同じことを思っただろう。

 

 

「この前、提督がね深海棲艦について調べていたことがあったんだ」

 

 

 そうだったのです。司令官さんは深海棲艦について資料を読み漁っている時があったのです。司令官さんは「情報が勝敗に左右する」とも言ってた……でもなんで那珂ちゃんさんは今その話を?

 

 

「そんでね、その時に提督がボソッと呟いたんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ドロップはしないのか?』

 

 

「ドロップ?飴玉なのですか?」

 

「多分違うと思うよ。那珂ちゃんは提督の呟きが聞こえただけだから詳しくはわかんないけど」

 

 

 ドロップとは何のことなのでしょうか?気になるのですが、那珂ちゃんさんが電が知らなかった司令官さんのことを知っているのは……なんだか不公平なのです!!

 

 

 秘書艦という立場にありながら、自分よりも那珂の方が青年のことを一つ多く知っていたことに妬いてしまう。無意識に頬を膨らませている姿があった。

 

 

「……でも今の話は深海棲艦とどう関係があるのですか?」

 

「提督は深海棲艦について調べていたんだよ?絶対何か関係があると思わない?」

 

「確かにそうなのです……」

 

 

 深海棲艦は艦娘の敵、でも何故戦う必要があるのでしょうか?できれば戦いたくはないのです。傷つけ合うのは痛いだけでお互いに悲しいだけなのに……戦わずに済むならそうしたいのですが、そう言うわけにはいかないのが現実なのです。

 

 

 那珂の話では深海棲艦について調べ物をしていた時にボソリと呟いた。『ドロップ』この言葉に何の意味を持っているのか?電と那珂は答えが出ない。そもそも深海棲艦とは一体何なのか?

 

 

 深海棲艦は突如として海から現れた敵対する勢力。それに共鳴するように艦娘が現れ、現在の形へと世界が常識として認知された。しかしだ、深海棲艦の正体とは?何故人間を恨み、艦娘を恨むのか?敵であることしか明白になっていない。二人も深海棲艦について何も知らないのだ。

 

 

「でね、那珂ちゃん一つの仮説を立ててみました」

 

「仮説……ですか?」

 

「深海棲艦とは何なのか……那珂ちゃんなりの仮説です!」

 

「それでどんな仮説なのですか?」

 

「それは……一応ねんのために聞いておくね。那珂ちゃんの仮説……聞きたい?」

 

 

 那珂の真剣な言葉。聞いても後悔しないか?と語っているようだ。

 

 

「……聞かせてほしいのです」

 

 

 それでも電は聞くことは選んだ。戦争をしておきながら自分は何も深海棲艦のことを知らなさすぎる。それが例え仮説であっても他人の答えを聞いてみたかった。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()なんじゃないかなって」

 

「――ッ!!?」

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()』その言葉を聞いた瞬間ゾッと背筋が寒くなった。もしもその仮説が本当ならば……

 

 

う、嘘なのです!!深海棲艦が艦娘だったなんて……その仮説は間違っているのです!!!

 

 

 電は滅多に怒らない。しかし今の彼女は怒りを感じていた。そうであってほしくない……那珂の仮説は間違っていると彼女としては初めてかもしれない程に声を荒げた。そんな電を見ても那珂は驚く素振りを見せない。彼女だってわかっている。深海棲艦が艦娘だったなんて……信じたくはない。仮説が本当ならば仲間同士で沈め合っているということになるのだから。

 

 

「……ごめん」

 

「あっ、い、いえ……電の方も……声を荒げてしまったのです」

 

 

 仮説とはいえ、怒りをぶつけてしまった電は反省する。那珂もそもそもこんな話題を出さなければこうならなかったと反省していた……そんな時だ。

 

 

 妖精が乗車している水上偵察機。いつもの通りの警戒空域を巡回しているはずだったが、こちらへ向かって電と那珂の上空を飛び回り、何かを伝えたがっている様子だ。不審に思った二人は海上へ降り立ち、水上偵察機に連れられて進んで行くと……

 

 

「「……?」」

 

 

 海に謎の物体が波に押されているのを発見する。クジラ?もしかしてサメ?形も大きさも違う。妙に興味を惹かれた二人は海上を進み物体に近づくと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……!!?」

 

「た、たいへんなのです!!?」

 

 

 二人は物体を抱えて鎮守府へと持ち帰る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、これは!!?」

 

 

 青年が驚愕の表情を露わにしていた。果たして青年が見たものとは!?

 

 



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3-4 深海のお客様

鎮守府に流れ着いたものとは!?


それでは……


本編どうぞ!




「……なんだよ、これは!!?」

 

 

 青年は初の漁師達を護衛任務を完了した。途中ではぐれ深海棲艦との邂逅があったものの問題なく対処し、艦娘の存在意義を示すことに成功した。これにより艦娘の価値が向上する……とはいかなかった。醜い彼女達に対する嫌悪感と人間ではないことへの偏見(へんけん)が壁となっているが、こればかりは時間をかけて改善するしかなさそうだが焦ることはない。青年にとっては予想通りの展開であり、焦っても良いことはないのだ。

 出だしとしては高得点だろう。その結果に満足しつつ、失敗が許されない中での初の民間からの依頼に緊張と疲れを宿した吹雪達と共に鎮守府を目指す途中でのちょっとした出来事もここに記しておこう。

 

 

 ふとコンビニに立ち寄った青年。吹雪達は外で待ちぼうけをくらうかに思えたが、すぐに帰って来ると手に袋を持っていた。「手に持っている物はなんですか?」と聞けば「喜べ、頑張ったお前達の特別報酬だ!」と袋から取り出されたのはアイスだった。皆は大喜びし、甘いアイスに舌鼓を打ちながら凍えるどころか青年の優しさにポカポカと温かく感じた帰り道。

 いつもの彼ならばここで姑息な手を打っただろうが、今回ばかりは気分が良いこともあって些細な事は考えていなかった。本当にただの褒美だったのだ……(たま)には良いところもあるようだ。

 

 

 そんなひと時を過ごし、任務から帰って来た青年が目にしたのは驚愕の光景だった。そして彼の前方には守ろうとする吹雪達が立ち塞がっており、鎮守府全体が緊張に包まれている。何が起きているのか、それは一つの物体が原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……深海棲艦が居るんだよ!!?」

 

 

 鎮守府に招かれざる客「軽巡ヘ級」がそこに居た。

 

 

 ★------------------★

 

 

 深海棲艦「軽巡ヘ級」とは。

 

 

 深海棲艦特有の艤装に人間が収まったような姿をしており、穴があいただけの仮面のような装甲を身に付け、身体には黒いボロ布を纏っている。しかし現在目の前に居るヘ級はそれ以上にボロボロの姿をしていた。艤装(?)のような体が所々破損しており、戦闘したであろう形跡があった。

 負傷者と見ておかしくない。しかし相手は深海棲艦で、人類と艦娘の敵である。何故深海棲艦がここに居るのか青年は戸惑ったが、留守番をしていた鈴谷が事の経緯を話してくれた。

 

 

 電と那珂が海上に浮かぶ深海棲艦を発見する。敵を発見したことに警戒心はあったが、意識はなく、あまりにも酷い損傷具合を見て心が痛んだのかすぐに陸へと引き上げる。しかしどうするか迷うことになった。当然のことだが深海棲艦なのだ。何人の艦娘が沈められたか……それでも苦しそうに時おり発する声が二人の心を揺らがせた。最終的には電が「見捨てられないのです!」と入渠ドックへと連れて行こうとした。ここで鈴谷と熊野の登場だ。偶然ドック前を通りかかった二人は世間話でもしようと思っていたが、目に飛び込んできた深海棲艦に悲鳴をあげてしまう。

 騒ぎを聞きつけ駆け付けた青葉達や利根達も鎮守府内に深海棲艦が居たことに驚くが、ここは陸地である為に艤装を無闇に扱うことは出来なかったが、入渠ドックへ行くことは阻止できた。何とか電と那珂はお願いするも流石に仲間であってもそれを許すことはできない。誰にだって深海棲艦に対して良い感情を持っている訳がない。ああだこうだと揉めている内に青年が帰って来る。誰も出迎えがないことに疑問を感じ、探し回っているとこの現場に遭遇したというわけだ。

 

 

「状況はわかった。電はまだわかるが、那珂も深海棲艦を助けたいとはどういうことだ?普通なら反対すると思うのだが?」

 

「いつもならそうなんだろうけど、ちょっと思うところがあって……えっと……」

 

 

 周りの視線を気にしている那珂は電に話した仮説をここで言うべきではないと判断している。仮にも仮説だが、やはり深海棲艦が艦娘だったなんて意識が芽生えてしまったら、今後の戦闘で支障をきたすことになりかねないからだ。

 

 

 何かあるようだな。ここでは話せない事らしい……か。

 

 

「言いにくいことがあるなら後で執務室だ。わかったな?」

 

「……はい」

 

「そして問題のこいつだ。どうするか……」

 

「あっ、あの司令官さん!罰は電が受けるので深海棲艦さんを許してあげてほしいのです!」

 

「ちょっと電!!さっきから言っているけど相手は深海棲艦なのよ!?」

 

「そうじゃぞ!!叢雲の言う通りこやつは敵じゃ!!のぅ筑摩?」

 

「はい、利根姉さんに賛成です。瀕死の状態ですが深海棲艦ですので……後のことを考えると残酷ですが処分した方がいいかと」

 

「深海棲艦なんて私達を沈めることしか頭にないって!!そう思うよね翔鶴姉!?」

 

「そうよね……私も助けるのはどうかと思います」

 

「提督どうしたらいいの?このままだと……」

 

 

 深海棲艦を前に気が立っている。それもそうだ、仲間の仇が目の前に居る。電の優しさは美しいものだ。だが現実は美しさでは許されない事だってある。声を発しなかった夕張、睦月や時雨ですら電の味方にはなれない。混乱する現場に島風が青年に救いを求めて来た。

 

 

 まずいぞ、この状況は非常にまずい。最も恐れることは仲間割れだ。そうなってしまえば俺の昇進の為に築き上げてきた苦労が水の泡と化す……ちくしょう、折角いい気分で帰って来れたのによぉ!!とにかくこの状況をなんとかしなければ俺の今までの苦労も無駄となっちまう……んっ?

 

 

 青年は脳をフル回転させた。どのようにすればこの状況を打開できるのか考えていた時にふとこの騒動の元凶を見れば苦しそうな様子だ。息をしているのかはわからないが、か細く弱々しい音が聞こえて来る。

 

 

 ……チッ、どいつもこいつも厄介事を持ち込んでくれる。俺の苦労も理解しろってんだ!!ちくしょう、今日は運がついていないらしいな。だが放って置くわけにはいかねぇ、一番恐ろしいことは仲間割れだ。俺はこいつらのことなんて仲間とは思っていないが艦娘()同士が争うのは避けねばならない……まったく仕方ねぇ奴らだ!!

 

 

「チb……妖精さん」

 

『「なに?」』

 

「深海棲艦は入渠ドックで治るか?」

 

「司令官!!?」

 

 

 青年の言葉を耳にした吹雪は振り返る。その表情が言っている……深海棲艦を助けるのかと。

 

 

『「ためしたことないからわからない」』

 

「そうか……それでもやってくれるか?」

 

『「ていとくさんがいうなら」』

 

 

 状況を見守っていた妖精達に指示を出せば、各自動き出してくれた。妖精達の行動の意味がわかり、艦娘全員の視線が集中する。中には驚愕している艦娘の姿もあった程だ。

 青年は深海棲艦を入渠ドックへ運ぶことを選択した。何故助ける選択をするのか?艦娘同士で言い争っている間にも苦しみ続いているのだろう深海棲艦の姿に何も感じることがない程、青年の心は冷たくはなかったのだ。

 

 

「司令官さん……」

 

「電、勝手な判断はこのような状況を生むことがわかったか?」

 

「……はい、なのです」

 

「だがお前の誰も見捨てたくない精神は悪くないと言っておく。とりあえずこいつを入渠ドックへ運ぼう」

 

「ちょ、ちょっと待って!ほ、本当に深海棲艦を助けるの!!?」

 

 

 鈴谷が待ったをかけるのは無理もない。口出ししていなかったが彼女も反対なのだ。深海棲艦を助けようとしているのは電と那珂、そして青年だけだろう。

 

 

「鈴谷だけじゃなく、お前達全員思っていることだろうが、俺はこいつを助けることを選ぶ」

 

「そんなことしたら軍法会議ものだよ?下手したら逮捕されちゃうかもしれないよ?」

 

「提督さんが捕まるの!?それはダメっぽい!!」

 

 

 時雨と夕立の心配も確かだろうな。敵である深海棲艦を助けるなど言語道断の行為に等しい。だがな……

 

 

 青年の視線には傷口から流れる液体が映っている。その液体は人間や艦娘と同じ赤色をしていたのを彼は見逃すことは出来なかった。

 

 

「深海棲艦だって生きているらしいが、こんなボロボロの状態で戦えない程に弱っている相手に追い打ちをかけても勝ったと言えない。敵であるが……命を蔑ろに扱うことはできない」

 

「「「「「………………………………………………」」」」」

 

「やられたからやり返す。お前達が深海棲艦を憎んでいることは良く知っている。だが憎しみはいつかどこかで途切れなければ永遠と続いてしまう負の連鎖となるだろう。深海棲艦は憎むことが出来る。ならいつか深海棲艦は心を持つことができるかもしれない。微々たる可能性の話だが、心を持てば憎悪以外の感情も生まれるはずだ。戦争なんて虚しいだけだとわかってくれる日が来るかもしれない」

 

「そのようなことがありえますの?もしかしたら憎しみ以外に何もないかもしれませんわ」

 

「熊野の言う通りかもな。だが可能性は無いなんてことはない。絶対なんてこの世にないし、こいつはもう戦う力もなく艤装も損傷している。危険は少ない方だ。それを見越しての決定だが……今回だけだ」

 

「司令官さん……ありがとうなのです」

 

「提督……ありがとう」

 

「まぁ、念には念を入れて艤装は解除させてもらう。後、こいつから色々と事情が聞ければこちらにも得となる情報を掴むことだってできるかもしれない。決してこちらが損することにはならないはずだ……言葉が通じればいいんだがな。でだ、俺の決断に意を唱える奴がいるならここで聞いてやるが?」

 

 

 答えは沈黙だった。青年に意を唱える者は居なかったのは戦争なんて虚しいだけだと誰もが心の奥底で思っていたことだ。戦わずに済むのならそれ以上のものはないのだから。

 

 

 よっし!!!なんとかその場しのぎだが状況を鎮静化したぞ。この場はなんとかなったが、こいつらの心境にも細心の注意を払わなければならなくなったな。憎む相手が傍に居る状態ではストレスをより感じやすくなる。メンタルケアは欠かさずに行うようにせねば……士気がガタ落ちしてしまうのはまずい。

 だからと言って深海棲艦をこのまま逃がせばそれはそれで問題が起きるので解放するのは難しい。こいつを助けると言ったからには後でやっぱり処分する!なんて答えようなら信用問題にも関わってくる。俺はまだ昇進の為の艦娘()を失う訳にはいかないんだ!だからって鎮守府内に置いておくわけには……くっそー!!!もう難しいことは後だ!!こんな予想外の出来事考えていられっか!!!

 

 

「とりあえず運ぶぞ……って重っ!!?」

 

 

 新たな問題を抱えることになってしまったことにストレスを感じ始めていた青年がこの騒動の元凶をドックへ放り投げてやろうかと軽巡ヘ級に触れた。力を入れたが鉄の塊のような重量を感じ、持ち運ぶのは無理だと判断して手を離そうとした時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ヤ……セ……ン……

 

 

 ――ッ!?今こいつなんて……

 

 

「提督手伝ってくれるのは嬉しいよ。でも運ぶのは那珂ちゃんがやるから任せて!」

 

「電も責任は果たすのです!!」

 

「お、おう……」

 

 

 青年の手が離れ、那珂と電が代わりに軽巡ヘ級を入渠ドックへと運んでいく。その後ろ姿を呆然眺めていた。

 

 

「どうしたんですか司令官?」

 

「何をぼうっとしているのよ……ちょっと、聞いてるの?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 吹雪と叢雲の心配も今は頭に入って来ない。原因は深海棲艦が言ったのであろうあの言葉が妙に引っかかっている。それでも今は対処するのが先決だ。

 

 

「鈴谷、熊野は非番だったな?」

 

「そうですわよ提督」

 

「……もしかして仕事だったりしちゃう感じ?」

 

「ああ、深海棲艦の見張りを頼みたい。那珂と電だけではもしもの場合がある可能性を見越して重巡洋艦である二人の力が必要になるかもしれねぇからな」

 

 

 もしもの時を見越して重巡洋艦である鈴谷と熊野に監視の役目を与えた。相手は深海棲艦であるが故に何が起きるかわからないのだから。

 

 

「吾輩と筑摩も重巡洋艦じゃぞ!!」

 

「利根姉さん、これから夜戦を想定しての訓練があることを忘れていませんか?」

 

「ぬぉ!?そうじゃったわ!!!」

 

「青葉も訓練です。でもその前に写真を……っと」

 

「でーも、そんなことしていていいの?深海棲艦がここに居るんだよ?」

 

 

 島風の質問も確かであるが、危険度は低いと見える。全員で見張る程の危険性はないと判断した。だからと言って油断しているわけではない。

 

 

「島風の言うことにも一理あるが、いつ目覚めるかわからない分、そこに無駄な余力をかけていられない。そこで手が空いている二人に頼みたい」

 

「ええー!?あの気持ち悪いのを監視しないといけないのぉ……」

 

「残業代は出してやるよ」

 

「お金よりも……鈴谷の願い事聞いてくれたらいいよ♪」

 

「ああ、わかった。叶えられるならな」

 

「ラッキー♪」

 

「……あ、あの、わたくしのお願いも聞いてくださいますか?」

 

「……限度は考えろよ」

 

「……今日はラッキーですわ♪」

 

 

 予想外の褒美に頬が緩む鈴谷と熊野に様々な感情が籠った視線が二人に集まる。

 

 

「深海棲艦が鎮守府内に居て気が気ではないと思うだろうが、吹雪達は別のドックにて傷と疲れを癒せ。こっちは鈴谷と熊野に任せろ」

 

「でも提督ぅ……睦月心配にゃしぃ」

 

「仲間を信用しろ。何かあったら俺が責任を取る。鈴谷、熊野頼んだぞ」

 

「オッケー♪鈴谷におっ任せ♪」

 

「もしもの時はわたくしが黙らせてあげますわ」

 

「……ああ」

 

 

 夜戦……か。あの深海棲艦がもしも……もしも俺の予想が正しければあいつは……

 

 

 青年の予想とは一体何なのだろうか?今はただ深海棲艦が目覚めるのを待つだけだ。

 

 



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3-5 ドロップ

今回はちょっと短めです。軽巡ヘ級が保護され、入渠ドックへと運んだのだが……


それでは……


本編どうぞ!!




「……が、那珂の仮説だと言うんだな?」

 

「はい、提督」

 

 

 俺は今、執務室で那珂と二人っきりで誰も寄り付かないように他の連中に言い聞かせた……決してやましい気持ちはないから誤解すんなよ!?ゴホン……まぁそれは置いておいてだ。那珂は電と深海棲艦について語っていてその過程で深海棲艦の正体を仮説として立てたようだ。だがその仮説は艦娘にとって受け入れられないものだった。

 そりゃそうだ、深海棲艦は実は艦娘が轟沈したなれの果てだったなんて噂が広がれば混乱を招いてしまい、躊躇してしまうだろうな。元仲間だなんて……電はその仮説は間違っていると言ったようだが、それは自身が認めたくない故のものだろう。

 

 

 軽巡ヘ級を入渠ドックへと連れて行った那珂と電だったが、青年からの呼び出しで那珂は執務室へとやってきた。何故深海棲艦を助ける方を選んだのか、その訳を聞き出したところだった。

 

 

「それでお前はこれからどうしたいんだ?その仮説が正しいとすれば……だ」

 

「それは……」

 

「深海棲艦は元艦娘だった。それが事実だとして……深海棲艦と戦うことはしないつもりか?多くの人を不幸にするか?」

 

「そんなことはしないよ!那珂ちゃんは人も国も……みんなを守りたいもん!!!」

 

 

 ちょっと意地悪な問いだったのだろうが、那珂の意思はアイドルではなく間違いなく一人の艦娘が出した答えだった。例え仮説が現実だったとしても那珂は戦うだろう。そもそもの話、()()()だから仮説なのだ。「そんなことがあるわけないだろう」と誰もが否定するだろう……が、提督用の椅子にどっしりと腰を下ろす青年にとっては違っていた。 

 

 

 ここに着任してから鎮守府を建て直す間に深海棲艦についての資料を読んだが、俺が記憶している深海棲艦の情報と差異はほとんどなかった。しかし記載されていたことは表面上の情報だけで、深海棲艦がどこで生まれたか、その正体はどこにも記されておらず謎だった。そして俺が記憶の中でどこにも見当たらなかったものがあった……それは()()()()だ。

 

 

 青年が記憶しているドロップとは、前世の記憶ではこの世界はゲーム内の世界だった。艦娘が出撃し、深海棲艦と戦い、敵を倒すと確率で艦娘が手に入ること……それがドロップだ。

 青年は探した。深海棲艦を撃破して艦娘が手に入るというシステムがあれば建造せずに戦力を増強できると一時期考えていたが、資料を見てもどこにもそのようなことは書いておらず、今まで一度もそのようなことが起こったことがなかった為にこの世界ではありえない現象なのだと決めつけていたが……

 

 

 あの時の言葉……軽巡ヘ級が言ったであろう一言が気になっていた。

 

 

 『「……ヤ……セ……ン……」』

 

 

 まさかあの軽巡ヘ級が……いや、よそう。下手な決めつけは足を(すく)われかねない。あいつはまだ深海棲艦なんだ。油断はできねぇ。しかしこのタイミングで那珂がこの仮説に辿り着くとは……ヘ級の正体があいつならこれも運命なのか?もしこの出来事にあのクソ猫が関わっているのなら……やっぱりやめておこう。クソ猫のことを考えただけでも気分が悪くなるから考えないようにしないと。とりあえず経過を見守るしかねぇわな。

 

 

 そう考えているとドタドタと廊下を走る音が近づいて来た。そしてそのまま執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

 

「「て、提督!!!た、大変なのー!!!(ですわー!!!)

 

 

 鈴谷と熊野が慌てた様子で駆け込んできた。

 

 

 さてさて、一体今度は何が起きたのだろうか……?

 

 

 ★------------------★

 

 

 アレハ……イツダッタ?

 

 

 ソコハ……ドコダッタ?

 

 

 ワタシハ……ダレダッケ?

 

 

 冷たい感触、周りには誰もいない。一人寂しく不安に包まれている……真っ暗な闇の中に誰かが居る。その誰かとは……わからない。

 

 

 全身が黒い……まるでシルエットのようだ。

 

 

 沈んでいく……真っ暗な闇の更なる底へと。

 

 

 アア……ダレデモイイヨネ。

 

 

 また沈んでいく……意識が保てなくなっていく。

 

 

 ガンバッタノニ……

 

 

 マモレナカッタ……

 

 

 タイセツナ……

 

 

 イモウトヲ……

 

 

 ワタシハ……

 

 

 自分が……失われていくようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……那珂ちゃんのこと……わすれ……ないでね……』 

 

 

 ……マモレナカッタ……ッ!!!

 

 

 真っ暗な闇の中から憎悪を宿した怪物が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!!」

 

 

 怪物は目につくもの全てに行き場のない悲しみをぶつける。声にならない雄たけびをあげ、悲鳴と嘆きが聞こえ、海に幾多の命が沈もうとも止まることができない。怪物はひたすら悲しみを暴力に変え、破壊の限りを尽くしていく。しかしそんなある時だ。

 

 

「これ以上は……させません!!」

 

「――ッ!!?」

 

 

 怪物の目前に一人の艦娘が立ちはだかった。その艦娘を見た瞬間懐かしいと思った。怪物は何故かはわからなかった。だがそんな思いは次第に真っ暗な闇の中へと消え失せる。

 

 

 怪物は立ちはだかる敵に向かって吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪物は波に流されていた。体が意思通りに動けぬほどにボロボロで痛みが全身を襲う。

 

 

 ……イタイ……イタイヨ……

 

 

 痛みに耐えられず助けを求めるが、怪物に救いの手は差し伸ばされない。周りには誰もおらず、傷ついた体からは赤い液体が流れ海へと溶け合う。このままでは怪物……いや、深海棲艦は轟沈するだろう。

 

 

 ……ダレ……カ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……!!?」

 

「た、たいへんなのです!!?」

 

 

 誰かが居たような気がしたが、確認する間もなく深海棲艦は意識を失った。

 

 

 それからだ。薄っすらと意識が覚め始めるが体が言うことを聞かない。周りが騒がしい……薄れた意識の中で断片的にしか聞き取れないが、一つだけハッキリと聞き取れた。

 

 

「深海棲艦だって生きているらしいが、こんなボロボロの状態で戦えない程に弱っている相手に追い打ちをかけても勝ったと言えない。敵であるが……命を蔑ろに扱うことはできない」

 

「やられたからやり返す。お前達が深海棲艦を憎んでいることは良く知っている。だが憎しみはいつかどこかで途切れなければ永遠と続いてしまう負の連鎖となるだろう。深海棲艦は憎むことが出来る。ならいつか深海棲艦は心を持つことができるかもしれない。微々たる可能性の話だが、心を持てば憎悪以外の感情も生まれるはずだ。戦争なんて虚しいだけだとわかってくれる日が来るかもしれない」

 

「熊野の言う通りかもな。だが可能性は無いなんてことはない。絶対なんてこの世にないし、こいつはもう戦う力もなく艤装も損傷している。危険は少ない方だ。それを見越しての決定だが……今回だけだ」

 

 

 特徴的な声……というよりも男性のような気がする声が耳に残った。印象に残る……何故かはわからないが安心できた。その声の主に助けを求めようとするが絞り出せたのは一言だった。

 

 

……ヤ……セ……ン……

 

 

 何故この言葉が出たのかは深海棲艦自身にもわからなかったが、誰かに触れられた感触が伝わってくる。不思議とその感触はとても居心地の良いものだと感じられた。

 

 

 ……アア……ナンダカ……アタタカイ……

 

 

 真っ暗な闇の中で消えたはずの小さな光が次第に蘇っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょちょちょ!?こ、これって……!!?」

 

「と、とにかく提督に報告しに行きますわよ!!!」

 

 

 鈴谷と熊野は驚愕の表情を浮かべ、一目散に執務室へと駆けていく。残された電は衝撃の瞬間を目にした。軽巡ヘ級の姿が消え、代わりにヘ級が居た場所には全く別の存在が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽巡洋艦である川内型の1番艦……艦娘がそこに居た。

 

 



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3-6 目覚め

どうも読者様の皆様、てへぺろんです。無事に投稿出来て一安心。


これからもアニメやアプリでも『艦隊これくしょん』をよろしくお願いいたします。


それでは……


本編どうぞ!




 深海棲艦はどこからやってきたのか?どこで生まれたのか?睦月にも、吹雪ちゃん達も、誰にもわからない謎なんだにゃ。でもその一片を睦月達は見てしまったの。

 

 

 深海棲艦とは何なのだろうか……一人の艦娘がとある仮説を立てた。深海棲艦は艦娘のなれの果てなのだと。面白い冗談で済ませることもできただろうが、ある出来事が起きてしまった。

 

 

 ○○鎮守府A基地のとある部屋に駆逐艦娘と軽巡洋艦娘が居た。

 

 

 睦月、そしてベッドに寝かされているもう一人の艦娘……名は川内。

 

 

 川内型の1番艦である彼女は一週間も寝たままの状況が続いていた。信じられないような話ではあるが、電と那珂に拾われた軽巡ヘ級は川内となった。電と監視役であった鈴谷と熊野がその瞬間に立ち会っていたのだから疑いようもなく、その事実を知った艦娘達は混乱を抑えられなかった。

 海に散った仲間達、姉妹艦達が姿を変えて再び自身の前に現れていたのだとしたら……それが深海棲艦となって。このことを知ってしまった自分はその時、撃たれる前に討つことが出来ただろうか?答えは……わからない。

 

 

 混乱は鎮守府全体を覆った。憎き深海棲艦が艦娘だったなんてこと誰も認めたくない……が、証拠はある。混乱は次第に恐怖に変わろうとしていた。そんな時に混乱すら吹き飛ばすほどの喝が飛んだ。

 青年だ。「しっかりしろお前ら!!まだ確定したわけではない。お前達は俺の自慢の艦娘だ。恐怖に怯える程の軟弱な奴らに育てた覚えはないぞ!!!」と言い放ち、彼のおかげで混乱はなんとか治まった。しかしそれでも不安は消え去ることはない。

 

 

 それでも明日はやってくる。いつも通り遠征と出撃をこなしていくが士気が低い。彼の言った通りまだそうと決まったわけではないものの、軽巡ヘ級が川内になった事実を記憶から消すことはできない。見るからにやる気が落ち、深海棲艦と邂逅してもいつもならば問題なく対処できたはずであったが、ミスが目立つようになった。これには青年も危機感を募らせた。

 

 

 士気の低下が目に見えていた。だから青年は早く川内が目を覚ますのを望んだ。彼女から事の経緯を聞かなければいけない。このままでは昇進への道が遠のく……それは避けたかった。しかし未だに目を覚まさぬ川内を待っているだけのことはせず、青年はすぐに行動に移した。

 まずは不安を取り除こうと艦娘達の行動に一層注意を払った。いつも以上に声をかけてやり、心配事や調子が悪ければすぐに相談に乗り、書類仕事は時間の合間にやるとして吹雪達を最優先に気にかけた。

 

 

 戦闘で小破でもしたと報告があれば港にまで駆け付け、自ら入渠ドックまで連れて行ったり(お姫様抱っこで)食事が喉まで通らなければ彼が自ら食べさせてあげたり(俗に言うあーん行為である)不安で眠れなければ安心して眠れるまで傍に居てくれた。青年が献身的に尽くしてくれたおかげで士気の低下は抑えられた……どころか逆に上昇したような気がした。幻覚なのか全員キラキラ状態になっていた気もするが真相は謎だ。

 青年の活躍により、何とか元の状態へと戻り、この件は川内が目覚めるまで深く考えないことにした。若干の不安はあるものの、彼の存在が彼女達の心の支えになっていたのは言うまでもない。

 

 

 艦娘にとって快適な日々を過ごしたことで心に余裕が生まれた睦月は川内の世話を頼まれていた。また同じ川内型である那珂は姉である川内の傍を離れたくない様子だった。まさか深海棲艦から姉が現れるとは彼女も予想など出来ず、人一倍不安に駆られていた。しかしいつまでもそうしてはいられず、電も遠征や訓練に参加せねばならない為、その時は睦月に川内の監視を任され今に至る。

 

 

「川内さん、いつ目覚めるのですかにゃ……」

 

 

 もう一週間、今も川内さんは目覚めない。今までこんなことなかったからみんな不安を抱えていた。でもそのおかげで提督がいつも以上に心配してくれたにゃ。睦月が眠れるまで傍に居てくれたと思えば役得だったのかもしれない。でもでもみんな興奮して中々寝付けなかったのにゃ……でもいつの間にか朝になっていて提督は居なくなっていたの。きっと睦月の寝顔見られちゃった……恥ずかしかったけど嬉しかったにゃしぃ♪

 

 

 あの時のことを思い出してムフフ♪と笑みがこぼれる。今日も眠れないことをアピールし、青年との夜を独占しようと吹雪達だけにあらず、○○鎮守府A基地全員が何度も言い訳をわざわざ考えてまで彼を大部屋に連れ込んだことか(意味深なことはしていないのでセーフ)

 

 

 提督のおかげで俄然やる気は出たけど、それでもやっぱり不安は残ったの……深海棲艦って何?睦月、深海棲艦のことなんて全然知らなかった。ただ敵だ!やっつけなきゃ!って思ってたけど、艦娘と深海棲艦はもしかしたら同じ存在なのかにゃ?川内さん早く目覚めてほしいにゃしぃ……

 

 

 不安は消え去ることがないまま、変わらぬ日となるはずだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、んん……」

 

 

 にゃ!?にゃにゃにゃぁ!!?今のって……!!?

 

 

「川内さん!!お目覚めですかにゃ!!?」

 

 

 不安の中心人物となっている川内が目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が……深海棲艦!?そんなわけないよ!!!」

 

「……覚えてないと言うことか」

 

「私は艦娘だよ!!艦娘が深海棲艦なんかになる訳が……」

 

「だがこの鎮守府にはそれを見た艦娘が居る。軽巡ヘ級がお前になるのを……な」

 

「そ、そんなっ!!?で、でも……そんな……ことは……」

 

 

 驚愕の表情を浮かべ自身が深海棲艦ではないと否定する川内。彼女には深海棲艦だった頃の記憶が曖昧な様子であったのが見て取れる。

 

 

 川内さん記憶が曖昧なのかにゃ……でもそれは良いことなのかもしれない。だってもし……もしも深海棲艦だった時に艦娘の誰かを沈めていたとしたら……睦月だったら耐えられないのにゃ。

 

 

 傍で控えていた睦月はぶるりと背筋に悪寒が走った。想像するだけでも辛い出来事が現実に起きれば……それがもし自らの手で行ってしまったことになったならと思ってしまうと睦月だけに留まらず、艦娘全員が震えることだろう。

 

 

 青年は睦月に連れられ川内の下へとやってきた。彼女は目覚めたばかりだからだろうか、ボケっとした表情をしていた。声をかけれてやれば次第に会話できるぐらいに意識が戻り、青年の姿を視界に入れると「何故男性がここに!?」と言いたそうな顔をした。だがそんなことよりも事情を知りたい彼は単刀直入だが何があったのか聞いた。

 川内は少し悩む素振りを見せた。思い出そうとしたのだろうが記憶はほとんどないと言う……その答えに青年は肩を落とした。何故深海棲艦だったのか……本人の口から答えが出れば少なからず問題を解決する近道になっていただろうに。そう落胆していた時だった。

 

 

「睦月ちゃんありがとう。後は那珂ちゃんが交代するよ……あっ!提督も居たんだ」

 

「お邪魔するのです……あっ、司令官さん!」

 

 

 訓練が終わって直接来たのだろう服が汚れている。青年が妖精に頼んで開発した殺傷能力のない優しい弾薬、被弾したのか判別しやすくする為のペイント弾を使用している。それにこのペイント弾……なんと簡単に汚れが落ちるんです。これなら洗濯も楽々便利で手間もなくコストも安く万々歳である。そしてこのペイント弾の使用目的とは彼曰く「訓練で実弾を使ってもしものことがあったらどうする!!(資材が勿体ないだろうが!!)」とのことだった。

 姉のことが心配なのだろう汚れを落とすことも忘れて川内の様子を那珂とその後から電も見に来たようだ。那珂と電は青年が居るとは思っておらず、汚れた服を晒してしまう。それを見た彼が一言注意をしてやろうかとしたところ姿がブレたかと思うと寝ていたはずの姉が目の前に居た。

 

 

「那珂!?大丈夫!!?怪我してるんじゃないか!!?」

 

「せ、川内ちゃん!!?怪我なんてしてないよ?那珂ちゃんは大丈夫だから心配しないで」

 

「そんなことない!!!は、早く……早くしないと!!!」」

 

 

 姉である川内が自分を心配してくれている優しさに心が温かくなる那珂だったが……どこかおかしいと感じた。電も睦月も鬼気迫る彼女の様子に違和感を覚えた。

 

 

 せ、川内さんどうしちゃったの!?こ、怖いにゃしぃ……で、でも落ち着いてもらわないと!!

 

 

 抵抗する那珂を無理やりにでも連れ出さんとする川内は焦っており、まるで失うのを恐れているかのようだ。何があったか気になるが今は落ち着かせることを優先する必要があった。

 

 

「那珂ちゃんさんは大丈夫なので……す、少し落ち着いてほしいのです」

 

うるさい!!!

 

「ひゅい!!?」

 

 

 電は悲鳴を上げた。それもそのはず、射殺さんとするほどの眼光で睨まれたのだ。邪魔するな!と敵意すら向ける今の川内は恐ろしく映った。

 今の川内は正常な判断が出来ずにいる。このままの状態ではトラブルが発生するのは目に見えており、非情に危険性が高い。どうすれば落ち着かせることが出来るのか考えが浮かばない……そんな時、待ち望んだ救いの声がした。

 

 

「待て」

 

 

 ○○鎮守府A基地でたった一人の男性であり救世主、この状況を打開してくれる人物であり頼れる青年。睦月達の救世主へと期待の眼差しを向けると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 て、てて、ててて……提督ぅぅぅぅぅ!!?

 

 

 睦月達が見たもの……それは壁に上半身をめり込ませた青年の哀れな姿があった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 那珂の姿を見た川内はベッドから飛び起きて彼女の元へと駆け寄った。その時に何か物体を突き飛ばした気がしたがそんなものは()()()()()()()()……そしてその()()()()()()()()ものとは。

 

 

 俺だ……ってふざけんな!!!俺はなにもやってねぇだろうが!!?なんでこんな目に遭わなくちゃいけねぇんだよぉ!!?

 

 

 川内に突き飛ばされた青年は壁にめり込んでいた……何を言っているかわからないと思うがこれが現実だった。彼のものすごく哀れな姿を見た睦月達に慌てて引っ張り出され救出。運よく一つのたんこぶで済んだことは奇跡だが、壁は修復しなければならなくなった。無駄な出費と理不尽な目にあったことで苛立ちが爆発しそうになりながらも川内の眼前に立つ。

 今の川内に近づくのは危険だ、そう感じている睦月達は止めても彼の意志は固く、イライラしているので川内を睨みつける形になった。これには川内もビクッと体を一瞬震わせたのを彼は見逃さない。

 

 

「な、なんだよ!男だろうと邪魔するって言うなら……!」

 

「……邪魔するって言うなら……なんだってんだぁ?」

 

「――ッ!?」

 

 

 青年の圧が高まった……そりゃめっちゃ怒っているから仕方ないね。それに男性であり、鍛えられた体ががっちりとしており、顔はちょいと怖い……今の彼はぶちキレる寸前だ。そんな眼光に睨まれてしまった川内でも一歩退いてしまうが、那珂への執着心がそれ以上退くことを踏みとどまらせた。

 

 

「……くっ!」

 

「せ、川内ちゃん……」

 

「那珂、行くよ」

 

「ま、待ってよ川内ちゃん!!」

 

 

 圧から逃れるように視線を避け、そのままどこかに連れて行こうとする手を振り払う那珂に川内は驚いた様子で目を見開いた。

 

 

「那珂どうして!?このままだと沈んじゃう!!」

 

「だ、だから那珂ちゃんはどこも怪我してないし平気なんだよぉ!!?」

 

 

 自分は平気だと主張しても聞き入れてくれない姉に涙目の那珂はどうすればいいかわからず焦っていた。電も睦月も今の川内に言葉をかければ下手をしたら油に火を注ぐことに繋がりかねず救いを求める視線を青年に向ける。その様子を傍で見ていた彼は川内の精神状態を考察し出した。

 

 

 ……川内の奴、那珂が轟沈することを恐れているようだな。当然と言えばそうだが、どこからどう見ても那珂は轟沈する気配はないのに、冷静さを失い目がいっていない……これはもしやトラウマか?記憶が曖昧であってもトラウマと言うものは記憶だけにあらず体、心に染みつくものだ。こいつが判断を狂わせ、おそらくここではないどこかで那珂が轟沈したことがきっかけでトラウマが生まれた。それが原因だが、川内が居た鎮守府で何があったんだ?話を聞くにも落ち着かせるのが先だ。また突き飛ばされて壁埋めは御免だからよ!!

 

 

「そうだ、那珂の言う通り何も問題はない。川内、よく那珂の体を見てみろ」

 

「嘘だ!!だってこんなに被弾して……あれ?」

 

 

 那珂の体を触りだした川内だったが、ふと気づいたことがあった。被弾したものの傷の痕がない。それは血だと思って触れた赤色は粘ついたペイントでそう見えただけ。何度繰り返しても傷一つとしてない()()肌がその証拠だ。そのことを理解したのか徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

 

「どう、落ち着いた?」

 

「うん……ごめん取り乱しちゃって」

 

「いいよ、でも那珂ちゃんは怒ってないけど他のみんなにも謝ってよ」

 

「……ごめん二人共」

 

「大丈夫なのです。電は怒っていないのです」

 

「睦月も同じにゃしぃ」

 

 

 先ほどまで邪魔する者は容赦なく射殺さんとするほどの眼光は失われ、安堵の息を吐いた睦月達。素直に二人には謝ったが、残る一人にも謝罪の言葉があるはずだが……

 

 

「………………………………………………」

 

「おい、なんか言えよ」

 

 

 青年への謝罪はない。寧ろそっぽを向かれる始末である。この態度に青年は少しイラっと来た。

 

 

 この野郎……俺を壁にめり込ませただけでなく無視するとは!俺がお前の提督なら即刻解体してやってやるって言うのに……チッ、まぁそれよりも話を聞き出さなくてはな。どうぜこいつも厄介事を抱えているんだろうけど重要案件だからな……くそっ!そんなことに関わらないといけないとはめんどくせぇ!!

 

 

 なんやかんや内面で文句を言いつつも面倒事を引き受ける辺り面倒見のいい青年である。

 

 

「……ねぇ、あんた提督なんでしょ?」

 

「そうだ。ここ○○鎮守府A基地で提督をしている外道だ。それがなんだ?」

 

「いや、提督って存在に嫌なことがあって……それに男って頼りないからさ……」

 

「……お前記憶が戻ったのか?」

 

「えっ、記憶?……そうだ、思い出した!!!」

 

 

 曖昧だった記憶が薄っすらと蘇っていた。那珂の存在が記憶を思い出す手がかりになったのか詳細は定かではないが、青年にとってどうでもいいことだ。その内容さえ聞き出せば問題ないことだからだ。そしてポツポツと川内が語ったのは深海棲艦になる前の話……○○鎮守府F基地そこが彼女が居た場所だと突き止めた。

 

 



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3-7 小心者

今回は別の鎮守府でのお話でございます。


それでは……


本編どうぞ!!




 『提督』それは艦娘達にとってかけがえのないものとなる存在であり、深海棲艦に唯一対抗できる艦娘達を指揮する者。鎮守府で艦娘と共に屋根の下で暮らすことを強いられている。しかしこの世界にとってそれは拷問に等しいことでもあった。

 艦娘は醜い容姿である。見ているだけで吐き気を(もよお)す……初めてその姿を見た者達は気分を悪くしただろう。それに艦娘は見た目は人間にそっくりだが、何もかも違う。人間の中にはそれが恐ろしく感じる者も多くおり、提督の中には彼女達と関わることを避け、距離を取るのも珍しくない。

 

 

 そしてここ○○鎮守府F基地に話を向けよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○○鎮守府F基地の一室の扉の前で佇む一人の艦娘が居た。

 

 

 川内型の2番艦である神通だ。彼女はお盆を持ち、その上には一人分の食事が用意されていた。

 

 

「あの……提督、お食事をお持ちしました」

 

「………………………………………………」

 

 

 提督と言っていることから部屋の中には○○鎮守府F基地の提督が居ることが窺えるが、神通が声をかけても返事はない。その返答がいつも通りのように神通はお盆を部屋の前に置いてその場を去った。

 彼女の表情は暗く、力無く歩いた先は執務室だ。いつも通り重く感じる扉を開けばソファの上で寝息を立てて眠っている加古が目に飛び込んでくる。途端にキッと瞳が鋭くなる神通。

 

 

加古さん!!

 

「おわぁ!!?」

 

 

 神通の声が執務室を響き渡った。驚いた加古はソファから滑り落ちて腰を打って痛そうにしている。

 

 

「古鷹ごめん!……って神通か。古鷹だと思ったじゃんか」

 

「古鷹さんにも後で怒ってもらいますから安心してください」

 

「それはやめて……って神通はまたあいつに食事を持って行ったのか?もう止めなよ、食事もただじゃないんだし、勿体ないよ。それにあいつに望みをかけても無駄だよ」

 

「――ッ!!」

 

 

 加古の言葉に怒りの感情が湧き上がる。しかし加古がそう思うのも無理はないことだった。だから神通は湧き上がった感情を押しとどめることにした。

 

 

 ○○鎮守府F基地(ここ)は大きな問題を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 

 ここは先ほどまで神通が訪れていた部屋だった。ガチャリと扉がゆっくりと開かれ、廊下を見回すと誰も居ないことを確認した後、お盆に乗せられた食事を引き入れた。

 

 

 ○○鎮守府F基地の提督はまだ若き男性だ。

 

 

 この若者がそうであり、名は弱樹(よわき)と言う。

 

 

 弱樹提督は自身の意思で提督になった訳ではなかった。

 

 

 両親共々軍人である家系に生まれ、男性では珍しく厳しい教育方針で育ってきた。しかし彼は臆病な性格をしており、厳しい環境に苦しんでいたが、それでも両親のことは嫌いになれずにいた。それ故に両親の方針に逆らえず軍人になることを定められた若者である。

 訓練学校に通い、厳しい訓練に何度も耐えかねて逃げ出したい衝動に駆られたが、両親の期待を裏切れない彼は我慢した。卒業できるまでついてこられたことは奇跡と言えるだろう。臆病な性格の割には奥底に意外なガッツは持ち合わせているようだ。臆病な性格だがそこそこ優秀な成績を残したことで提督に抜擢されたっと言うよりも両親の取り計らいである。勿論彼は拒むことができずに、半ば強引な形で〇○鎮守府F基地へとやってきた。

 

 

 艦娘の容姿は写真や映像で見るよりも実際に目にすれば明らかな違いがあった。視覚に加え、嗅覚、聴覚、感覚が刺激される。近くで見れば見るほど嫌悪感を湧き上がらせ思わず息が止まった程だ。後から込み上がる吐き気を覚えトイレに駆け込んだ記憶がある。

 着任した頃の弱樹提督は我慢した。容姿に問題があるのはわかっていたことだったので我慢すればいいだけだと自身に言い聞かせ、提督として振舞おうとしていたのだ。初めは良かった。しかし深海棲艦と彼女達が戦う姿を直視してしまった彼は恐れた。

 

 

 艦娘が深海棲艦を沈める姿を見た。人間ではどうすることもできなかった深海棲艦をあっさりと沈めてしまった。人間と変わらぬ(容姿の美しさを除いて)姿をした彼女達がそれ程の力を持っており、悠々とその力を振るうことができてしまう。もしあの力が自身に振るわれれば……そう思うと恐怖が生まれた。艦娘が人間には危害を加えられないと言うことも知っていたが、湧き上がる人ならざる者への恐怖を押しとどめることは出来なかった。

 次第に艦娘達と会う時間は減っていった。心配する艦娘達、罵倒も暴力もなく、提督だと言うのに小心者だったが、ちゃんと仕事は出来ていた。乱暴な運用方法を取ることもせず、会話や対面していた時間は少なかったものの嫌いにはなれなかった。そんな彼の役に立とうとしていたが、ある日を境に彼は部屋に閉じこもることになる。

 

 

 決定づける出来事……それが起こったのは嵐の夜だった。

 

 

 元々○○鎮守府F基地の初期艦は川内、神通、那珂の三人。この三人は姉妹艦同士で練度が最も高く、鎮守府周辺を深海棲艦から奪い返す為に組まれた攻略部隊。川内率いる水雷戦隊が鎮守府周辺の深海棲艦を撃破し作戦は成功。上機嫌の川内達だったが嵐に遭遇し、吹き荒れる風に思うように進めず、視界が最悪の中での帰路となった。

 しかしこの裏には多くの不安があった。作戦を実行するにあたって問題となったのはやはり嵐、気候は戦況を大きく左右するものであり、作戦当日の天気を(あらかじ)め知って置く必要がある。当然弱樹提督もこのことを知っていたが、この時は追い詰められていたのだ。

 

 

 とある鎮守府の若き提督が鎮守府近隣海域の制海権を取り戻した知らせが届いた。それもそこの鎮守府は元々ブラック鎮守府で、軽視派の人間が支配していた場所であった。新しく若き提督が着任したものの、資源も戦力も他の鎮守府より乏しい状況で突破したのだ。これにより人類は一歩巻き返したことになった。しかし良いことばかりではなかった……少なくとも弱樹提督にとっては。

 この時、彼はまだ鎮守府周辺に現れた深海棲艦をちまちま撃破しているぐらいの戦果であった。とある鎮守府の若き提督と彼は同期で同じタイミングでの着任だったがここまで差がついてしまった。元々ここはブラック鎮守府でもなく、資源にはだいぶ余裕があり、戦力も悪くないと言える。それなのに大した戦果を上げることが出来ずにいたことが両親の目に留まり、お叱りを受けた。

 

 

 それだけではない。日が進むにつれ、両親の存在が頭の中を巡り、そして一向に環境が変わらぬことへの不満が所々から声があがる。周辺の住民達から向けられる視線に責任と言う重圧がのしかかっていく。 

 焦る彼はある情報を手に入れた。深海棲艦が一つの島に集まりつつある……つまり侵攻してくるのだ。早めに叩かなければ鎮守府が狙われ自身の命が危ないと感じた。そして国そのものも……しかし残された時間はあまりなかった。数日後にでも攻め入る準備をしている深海棲艦を叩くに絶好の時があろうことか嵐の日なのだ。その島はここから決して近いとは言えず、嵐に見舞われるのは避けられない。嵐を待った方が艦娘達の為になるのだが、嵐が過ぎれば準備を整えた深海棲艦の群れが攻めて来る。合流してしまったら最後、群れと化した深海棲艦を撃破する戦力はなく、援軍を要請しようと艦娘の一人が声を上げても彼は承諾しなかった。

 

 

 両親の期待に応えなくてはいけない。自身の力だけで守り切れないと知られた時が怖い。失望されるのは嫌だった。誰かが聞けばそんなことを言っている場合ではないだろう!と喝を入れるだろう。もし守り切ることが出来なければ待っているのは想像も絶する地獄絵図が広がることは容易に想像できたが、彼には勇気がなかった。臆病な性格がここで仇となる。

 

 

 焦る心、恐怖心、プレッシャーが弱樹提督を苦しめた。しかし答えを出さねばならぬ非情の決断を迫られる。そして彼が出した答えは自らの戦力だけで深海棲艦の溜まり場を襲撃する強行策だった。これには艦娘達は抗議の声を上げたが、彼は聞き入れない。これ以上苦しみたくない彼は無理やり提督命令として作戦を決行したのだった。

 結果は成功と言える。損害は無償ではなかったが、誰も沈まずにいられた。それに夜戦での戦いだったことで上機嫌の川内と呆れかえる仲間達。後は嵐を抜けて鎮守府へと戻るだけだった。その部隊でも気を抜くことをしなかった神通は気づいた。

 

 

 無数の魚雷が接近していたことに。だが気づいた瞬間爆発した。大破状態にまで追い込まれた神通が見たものは新たなる深海棲艦の姿だった。

 気を抜くことをしなければ気づけた魚雷。だが神通は気を抜いていなかったが、生憎の嵐でしかも夜……これが最大の敵となったのだ。嵐の夜でなければ川内達の練度ならば問題はないはずの敵だったが、今となってはもう遅い。次から次へと砲撃を受け、仲間が沈んでいく。そして……那珂が沈んだ。姉の川内、神通の目の前で。

 

 

 川内は吠えた。それは夜戦で舞い上がった自身への戒めか、妹を沈めた深海棲艦への怒りか、それとも両方か……最後まで残ったのは川内と神通だけだった。最悪の戦果となってしまい、妹や仲間を失ったことで冷静さを失った川内は弱樹提督を責めた。彼の作戦は強行策だった。しかし川内も自身に責任があることは承知しているつもりであったが、那珂を失った怒りと悲しみは正常な判断を曇らせた。神通に止められるも川内は止まらなかった……いや、止めることができなかった。

 大粒の涙を流していた。自身の不甲斐なさ、妹を守れなかった、寝床を共にした仲間を失った悲しみが留めなく溢れた。翌日から川内は深海棲艦を許さなかった。怒りに支配された川内はあろうことか神通の制止を振り切り多数の深海棲艦へ突撃した。そして……川内は帰って来なかった。

 

 

 それからしばらくして軽巡ヘ級が鎮守府周辺に現れた。しかしこの深海棲艦は非常に強かった。一人、また一人と艦娘が沈められてしまい、神通が相手取ったがお互いにボロボロの状態にまで追い詰められた。軽巡ヘ級は姿を眩ませたが、今のところ確認はされていない。

 

 

 強行策で多くの艦娘が沈み、川内の轟沈、そして軽巡ヘ級……弱樹提督は軽視派ではない。しかし穏健派でもない。小心者で軍人にさせられた若者だ。そんな若者である彼は艦娘に対して兵器がどうこうとかの問題は関係なかった。命あるものが死ぬ……臆病なだけで人の心は持っていた。

 例え艦娘が人ならざる者だとして、その事実に恐怖したとしても、彼女達を道具として見ることはできなかった彼だが……多くの轟沈()を見過ぎたことで恐怖心に支配された。

 

 

 それからというもの彼は一室へ籠り、提督の座を放棄して己の殻の中に閉じこもった。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 時間が経ち、冷たくなった食事を摘まむ。目の下にはくまが目立ち、生気のない瞳で食事を食べ終えた弱樹提督は布団に身を包む。何日経ったどうかなんて憶えておらず、何もやる気が起こらない。流されるままの人生を過ごして来たが、今まさに悪夢にうなされていた。

 人ならざる力を持つ彼女達が正直言えば怖い。プレッシャーに負け、強行策を決行した。もし援軍要請を出していれば少しは変わっていたかもしれないがもう手遅れ。最悪の結果だけが残り、艦娘達を沈めてしまったことへの罪悪感が悪夢を見せる。責める川内の姿、作戦の犠牲になった那珂や仲間達が弱樹提督の夢に現れる。何度この悪夢で目が覚めたか……忘れたかった何もかも。

 

 

 しかしふっと思い出す。神通達のことだ。提督である自分が居なくても鎮守府を維持してくれている。毎日食事まで運んでくれる神通の顔が特に鮮明に浮かび上がる。そのせいでちょっと吐き気がするが、容姿が醜いのは認めるしかないあるまい。醜くも今も必死になっているだろう姿を容易に想像できた。

 

 

「……神通……ごめん……」

 

 

 それでも恐怖心には打ち勝てなかった。再び悪夢の(うず)へと沈んでいった……

 

 

 ★------------------★

 

 

 あれから全て変わってしまった。それでも私は……提督を恨むことはできません。

 

 

 ○○鎮守府F基地で初期艦だった神通は執務室に居た。それも本来ならば提督が居るべき椅子に腰掛け、机の上には書類が積まれており、弱樹提督が部屋にと閉じこもって以降、提督の仕事は神通が中心に執り行っていた。そしてそれを支える小さな駆逐艦達。

 

 

「はい、こっちは終わったわ神通さん」

 

「ありがとうございます雷さん」

 

「もーっと私に頼っていいのよ」

 

「わ、私だって頑張ったし。雷だけ頑張った訳じゃないんだけど!?」

 

「……Хорошо(ハラショー)……」

 

「暁さんも響さんも無視していた訳じゃないんです。お二人もありがとうございます」

 

「ふふん♪当然よ、大人のレディーなんだから♪」

 

Хорошо(ハラショー)♪」

 

 

 神通を手伝っていたのは暁、響、そして雷の第六駆逐隊だった。そして執務室には怒られている加古とその姉である古鷹が居た。そう、これが全員だ。○○鎮守府F基地は嵐の強行作戦以来多くの艦娘が沈み、残ったのはここに居るメンバーだけとなってしまった。建造すればいいのだけの話だと思うだろうが、何故か提督が自ら建造を行わなければ艦娘は生まれて来ないのだ。これ以上の戦力増強は期待出来ずにいるが、それでもめげずに提督の代わりに頑張っている。

 

 

 みんなのおかげでここを維持することができています。ここに提督が居ないのは寂しいですが……あの人も苦しんでいました。そして今も……私が何とかしないと。

 

 

 弱樹提督が着任した当初から神通は彼の事を知っている。最後に残ったたった一人の初期艦それが彼女だ。初めは男性と言うことで緊張したが、対面し気分を悪くした様子の弱樹提督を見ると落ち込んだ。多くの提督が艦娘と対面しただけで気分を害して辞めていくが、彼は我慢してまで○○鎮守府F基地の提督として着任してくれた。そのことが彼女にとって嬉しかった。

 噂では醜いと言う理不尽な理由だけで暴力を受けることもある艦娘が居ると聞く。それに比べれば仕事として付き合ってくれるだけでもどれほどマシか、その中でも○○鎮守府F基地は更にマシな方だったのだ。とある鎮守府では男性提督と艦娘が一緒に仲良く食事をするという夢のような楽園があるのだが、神通は知らぬこと……それでも弱樹提督が彼女にとっての提督となった。

 

 

 嵐の日から全て変わってしまった○○鎮守府F基地。弱樹提督は今も苦しんでおり、少しでもその苦しみを和らげてあげたい。未だ平行線だがいつか戻って来てくれると信じている神通だが……

 

 

「もう説教はそれぐらいにしてよ~古鷹!!」

 

「加古が悪いんです。説教されて当然でしょ」

 

「でも……どうしてあいつの仕事をあたし達がやらなきゃなんないのさ?あいつただ飯食って部屋に籠っているだけなのに。居るだけ無駄な奴なのにいっそここから居なくなればいいんだよ」

 

「加古!!」

 

 

 その言葉を聞き逃すことが出来なかった。加古は弱樹提督のことを良く思っていない。なんせ初めに援軍要請を申し出ることを提案したのは彼女なのだ。神通も古鷹もこの提案は通ると思っていた……のに強行策を取った。勿論神通達は止めようとしたが、頑なに譲ろうとしなかったことで仲間が沈んだ。加古が愚痴をこぼすのもわかるが、ここではそれは禁句だった。

 

 

 バン!っと叩かれた机が砕けた。鬼の形相で加古を睨みつける神通の瞳に暁達が震える。今朝から加古が弱樹提督に対する失言が多いことに神通の堪忍袋の緒が切れたのだ。この場に居る艦娘の中で一番長い付き合いがある神通は彼を侮辱されることがどうしても許せなかった。そして鬼の形相で睨みつけられている加古も神通を睨み返している。彼女も嫌気が差していたのだ。何故あんな奴の意地に巻き込まれ多くの仲間達が沈まなければなかなかったのか。

 

 

「なにさ、文句でもあるの?」

 

「……加古さん、最近のあなたはらしくないですよ」

 

「それは神通もじゃないか」

 

「……私は冷静です」

 

「嘘だね。あたしだってこんな事言いたくないけどさ、あいつのどこがいいわけ?確かに初めは仕事もできるし、そこそこ話し相手になってくれるからいい人だなって思ったけど、援軍要請も出さずに無駄な意地張って、無謀な強行策を取ってみんな沈んだ……結局あたし達を道具として見てる連中と一緒じゃないか」

 

提督はそんな方ではありません!!!

 

「「「「ひっ!!?」」」」

 

 

 神通の怒号に古鷹を含め暁達が小さな悲鳴を上げ、駆逐艦達が古鷹の後ろに隠れる。響と雷は震えており、暁は今にも泣き出してしまいそうだ。険悪なムードが場を支配し、古鷹はこの状況をどうしかしなければと考えていた時だ。

 

 

 電話が鳴った。険悪だったムードが一瞬だけ緩む。

 

 

 こんな時に……一体誰ですか!!!間違い電話なら許しません!!!

 

 

 機嫌がすこぶる悪い神通は仕方なく受話器を取った。

 

 

「……はい、こちら○○鎮守府F基地です……へっ?あ、あの……は、はいそうです!!……いえいえそんな!!!」

 

 

 不機嫌だった神通の態度が変わり古鷹達は相手が誰か気になる様子……その誰かとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「○○鎮守府A基地の提督、外道丸野助だ」』

 

 

 外道提督の登場である。彼は神通達○○鎮守府F基地に関わろうと言うのだろうか?

 

 



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3-8 期待を抱いて

川内サンから○○鎮守府F基地の存在を知り、青年は行動に移した。また他の鎮守府でのお話となっております。


それでは……


本編どうぞ!




 タクシーに乗車して数時間後、青年含む以下、叢雲、青葉、瑞鶴そして川内の計五名が○○鎮守府F基地へ訪れた。それも数日前、記憶が薄っすらと蘇った川内の口から語られた○○鎮守府F基地の存在を知るとすぐさま電話をかけ、対応したのは神通だった。電話を取ったのが彼女だったことに特に疑問を持たなかったが「F基地の提督と話がしたいと申し出たが受け入れられなかった」と言うよりも「提督は居るが、会うことができない状態」だと伝えられた。どういうことだ?と青年は思ったが、語るには話が長くなりそうだった。なれば直接会って話した方がF基地の現状を自らの目で確認できると判断した彼は今日、ここを訪れることになった。

 初めは一人で向かおうとしていたが、彼の道を阻む者が居た。失敬、言い間違えた。者ではなく者達だ。吹雪ら○○鎮守府A基地の艦娘全員が行く手を阻んでいた。以前の○○鎮守府R基地のようなことが起きてしまったら……そう思うと誰もが不安だった。見送ってそのまま帰って来ないんじゃないか……そう不満を口にし、涙を流した艦娘も居た。結局「そ、そこまで言うなら仕方ねぇから誰かついて来い」と折れた。川内は別だが、この面子を選ぶのに大激戦(ババ抜き)が繰り広げられたのは言うまでもない。

 

 

 ちなみに妖精達は今回も同行済みだ。相変わらず面白そうと言う理由でついて来ただけだが、今度は力を借りないことを祈るばかりだ。

 

 

「到着したぞ」

 

「ふ~ん、ここがね……」

 

 

 叢雲は訝し気に○○鎮守府F基地を見つめていた。前提督から酷い仕打ちを人一倍受けていた彼女は鈴谷達から聞いた○○鎮守府R基地の全貌を知ると怒りを燃やした。ここも同類かと疑っているようだ。

 

 

「叢雲、ここはあの豚野郎……じゃなくて、豚野の鎮守府と訳が違うようだ。だからそう睨むな」

 

「あんたがそう言うならそうなんでしょうけど、なんで電話しただけでわかるのよ?ここの提督はなんでか知らないけど会えないんでしょ?何か裏があるとは思わないの?」

 

「そんな感じはしなかったな。対応に出たのは神通だったが、強制的に仕事をやらされている感じでもなく、声に怯えた様子は感じられなかった。自らの意志で動いているように感じたったぞ」

 

「つまり……ブラックじゃないってわけ?」

 

「んぁ……そうだと思うがな」

 

 

 艦娘が深海棲艦に、深海棲艦が艦娘になる案件を知ってしまった青年は、面倒事に巻き込まれるのは御免だと思いつつも、自らの足で飛び込んでいかなければならなかった。余計な仕事が増えてしまったことにため息が出てしまうが、これも彼に与えられた試練なのかもしれない。その視界のは端で、何度も川内は深海棲艦になる前に着任していた鎮守府の外観に触れていた……あの頃を思い出しているのだろう。

 

 

「ねぇ、ここってどんな鎮守府なの?」

 

 

 瑞鶴がそんな川内に話しかける。

 

 

「……ここには私の妹達が居て、私達三人は一緒でここの初期艦だったんだ。仲間も少しずつ増えて……提督は臆病な奴だったよ」

 

「そうなの?でも妹達と会えるからいいじゃない」

 

「うん、神通はまだ居るみたいだけど……那珂は沈んじゃったんだけどね」

 

「……そう」

 

 

 瑞鶴は痛いほど気持ちがわかる。仲間達が沈んでいくのを見ていたから……残される側はいつも辛い。

 

 

「ですが川内さんは帰って来れました。まぁ摩訶不思議な出来事のおかげですけど……嬉しくないんですか?」

 

「……神通やみんなに会えるのは嬉しいよ。でも……私が深海棲艦だったって知ったら気味悪がられるんじゃない?それに提督と会うのは……嬉しくない」

 

「ありゃりゃ……そうですか」

 

 

 深海棲艦だったなんて話を信じるだろうか?ここの提督と何があったのか今はまだ知らないが、複雑な思いを抱えている川内を青葉は何とも言えない感情を抱いたのも仕方がないだろう。

 

 

「……気味悪がられるか。お前はそんなことで怯えているのか?」

 

「な、なんでよ!怖いに……決まっているじゃない!」

 

 

 川内は怖いのだ。それをそんなことと片づけてしまう彼に青年の言葉にイラついて怒鳴ってしまったが彼は平然としていた。

 

 

「だろうな。だからって逃げるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「別に逃げたって構わないと思うぞ。だがな、逃げて、また逃げて、最後はどこに向かう?逃げてもいつかは立ち向かわなくてはならなくなるぞ。嫌なことってのは最後まで付いて回るものだ……まるで死神だ。逃げることはできても逃げ切ることは出来やしない」

 

「……」

 

 

 俯いた川内の顔が曇る。ここには妹が居るのだ。もし受け入れられなかったら……そう思うと胸が締め付けられた。

 

 

「深海棲艦だったなんてお前達艦娘にとって恐ろしいものだろうな。認めたくないだろう……だが非情だが事実だ。だから……立ち向かってみろ。その恐怖に。今のお前は深海棲艦か?違うだろ、お前は艦娘……川内だろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「……ま、まぁあれだ、受け入れられなかったら……俺の所に来い」

 

「……えっ?」

 

 

 意外な言葉に川内は顔を上げる。青年は戦力強化を見越して言っただけだと自身に言い聞かせるつもりで言葉にしたがそうではない。川内の表情を見ていたら無意識に口走っていたのだ。自分でも「俺は何を言っているんだ!?」と驚愕するが、脳内で彼女が抱えている精神的ストレスを発散させる方法を考えてしまっている辺りお人好しではないだろうか?本人に至っては断固否定するだろうが。

 頬をかきながらなんでもなかったように振舞う様を傍から見ていた叢雲達の表情は何故か温かった。そう見られている本人は頬をほんの少し赤くしながらそそくさと○○鎮守府F基地内へと逃げる。

 

 

「と、ともかく!ここでぶつくさ言っていても進まねぇからさっさと中に入れて貰うぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お待ちしておりました外道提t……えっ?」

 

「や、やぁ……じ、神通、私だよ」

 

「………………………………………………姉さん?」

 

 

 二度と会えぬはずだった姉妹が対面する。

 

 

 ★------------------★

 

 

「す、すみませんでした!!」

 

 

 綺麗な直角を描き、頭を下げる神通が叢雲達の目の前に居た。そして隣には左頬が赤く腫れた川内の姿があった。

 

 

 奇跡とも呼べる轟沈したはずの川内との再会。他の鎮守府で建造された姉ではないとあの時の姉だと本能が叫んでいた。再開は不可能だったと思っていた。なのにこうして再び出会えたことに感極まった神通は川内を……抱きしめることはなかった。即刻平手打ちで左頬を叩かれ、周りの叢雲達が驚愕した。しかし川内には心当たりが山ほどある。制止を振り切り、多数の深海棲艦へ突撃した挙句そのまま沈んだのだ。怒りと悲しみに飲まれた暴走の果てに神通を悲しませたのだからこれぐらいの平手打ちも甘んじて受けるべしであろう。

 本物の姉が帰って来たことに安堵したのは静かに涙を流し、姉妹は抱き合った。川内も青年達に背を向けていたが体が震えていたのを見逃すことはなかった。この光景に叢雲や青葉、瑞鶴が微笑み見守っている。その中でも青年だけは笑みを浮かべることがなかった。舌打ちをしながら内心「早くしろ」と思っていても邪魔することなく手持ちぶさただったので妖精達と戯れていた。しばらくして落ち着きを取り戻した神通がハッとお客達を放っていたことに気づいて謝罪した場面だ。

 

 

 ……良かったわね妹に会えて。私も……白雪達に会えるかしら?吹雪や時雨達と一緒にやり直せることができるかもしれないのよね。多分だけど、その可能性はゼロではないなら……もう一度やり直せるならどんなに幸せかしら。姉妹揃って朝食を食べ、仲間達と出撃し、疲れた体をお風呂で癒して他愛のない話をして布団に包まれて明日が来る。そんな普通の日が来ればいいのに……ま、まぁ……青年(こいつ)が私達の提督であるのが前提の話だけど。

 

 

 叢雲は姉達を失っている。もしも今回の案件で轟沈した艦娘が帰って来られるなら、彼女の脳内で浮かび上がった淡い期待を抱いてしまう。だから神通の気持ちは痛いほどに理解できた。その傍らでさっさと本題に入りたい青年は切り出した。

 

 

「とりあえず重要案件を話す前にここの提督は何故会えない?提督の名は?」

 

「あっ、提督のお名前をお伝えしていませんでした。弱樹提督です」

 

「……なんだって?」

 

 

 ピクリと眉が動いたのを叢雲は見逃さなかった。

 

 

「どうしたのよ?」

 

「んぁ……弱樹と言う名を聞いたことがある。訓練学校時代にな」

 

「ふ~ん」

 

 

 それは悪名だったりするのかしら?もしそうなら酸素魚雷を食らわせてやるわ!!見ている限りだとその心配は要らなさそうだけど、警戒だけはしておこうかしらね。

 ふん、こいつの訓練学校時代か……その時から今と変わらなかったのかしら?周りからこいつってどう思われていたのかしら?鼻血は出すわ、容姿なんて関係ないって艦娘講演会なんて漁師に熱弁くれたみたいだし、変人扱いされていたのは想像つくわ。私達のような不細工に対して接しようとするこいつって好かれていたりするのかしら?ま、まぁ……顔はいいし、気が利くし、褒めてくれるから悪くはないのは確かだけど……はっ!?ま、まさかここの提督って女だったりするんじゃないでしょうね!?

 

 

 叢雲の脳内で青年の訓練学校時代が妄想として思い描かれる。その中で()()な女性提督と仲良くする彼の光景に瞳が鋭くとがり背を睨みつけた。妄想している過去は現実と全く異なっているのだが、それを知らぬ故に妄想の範囲は無限大。ここの提督がその女性だったらと思うと……妄想が広がる度に苛立ちが増していく。きっとその感情は嫉妬なのだろうが、本人は気づいていない。とりあえずこの苛立ちを張本人に蹴りと言う形でぶつけておく。

 

 

「――痛っ!?な、なにしやがる!!?」

 

「なんでもないわよバカ!!!」

 

「――はぁ!!?」

 

 

 何故蹴られたのか意味不明な青年にとって災難としか言いようがないが、これも叢雲の愛情表現と見た方がいいだろう。まぁ、彼にとってはただ蹴られた事実しか残らないが……今回ばかりは彼に同情しておこう。

 そんな提督と艦娘が仲良く(?)触れ合う光景を見ていた神通はどこか羨ましそうだった。

 

 

 神通に連れられて青年一行が通されたのは広めの客室。そこで待たされること数分後、扉をノックする音が聞こえ、神通の入室後に初めて見る艦娘達の姿があった。○○鎮守府F基地所属の古鷹達だ。古鷹達は別の鎮守府から提督が来ると聞いて緊張した面持ちだったが、川内を見た瞬間何故か懐かしく、悲しい気持ちになった。

 

 

 あら、古鷹さんがここには居るのね。電の姉達もここに……あの子も連れて来れれば良かったわね。でも公平に決めたことだからこればかりは仕方ないもの。やっぱり古鷹さん達わかるのね。これから話すことを聞いて彼女達はどう思うかしら……ともあれ、肝心の提督が見当たらないのはどうしてかしら?

 

 

 提督の姿が見えないことに誰もが不審に思ったことだろう。会えないと聞いてはいたが……その詳しい理由が語られた。

 

 

 弱樹提督は心を痛めてしまい閉じこった。遠征や出撃、提督が本来するべき仕事を神通達が代わりにやっているとのことだ。たった六人で今も鎮守府を維持できていたのは神通達の働きがあってのことだった。

 

 

 軽視派じゃなかったのね……良かった。軽視派のクズだったら酸素魚雷を食らわせてやるところだったわ。悪人じゃなかったのは安心できたけど、ちょっと臆病すぎじゃないかしら?まぁ、暴力で支配するような奴でなかったからマシかもしれない。けど過程がどうあれ提督になったんだからこいつみたいにどっしりと構えていればカッコイイのに……あ"っ、勘違いしないでよ!た、確かに顔は良いけど中身は……わ、悪くないだけなんだから……と、とにかく少しはこいつを見習いなさいってことよぉ!!!

 

 

「おや?どうしましたか叢雲さん?なんだか顔が赤いですね」

 

「な、なんでもないわよ!!」

 

「ん~?」

 

 

 弱樹提督の人物像を聞いていて思い浮かべたが、一人だけ頬を赤らめている姿があった。そんな叢雲に不思議そうに眺めていた青葉だったが、○○鎮守府F基地のこれからをどうするべきか悩んだ。

 

 

「司令官、青葉的にはこのままだと弱樹提督がマズイと思います」

 

「んぁ……そうだな」

 

 

 精神的に大きなダメージを受けた人間は対話が難しくなる。心とは目に見えないが存在している人間の最も大事な箇所であり、自我を支える中核である。それが壊れてしまえば肉体は勿論、会話など普段何気なく行う動作そのものが狂ってしまう。まさかこれほど臆病な男性が提督をしているとは思いもしなかった……いや、青年だけは少し心当たりがあった。

 青年が訓練学校時代の時、同期でそんな奴を見たことがあった。話したことは一、二度程度でしかなく、面識もほぼ初対面と変わらないが中々優秀だった。しかし親のコネを使って軍に入った卑怯な奴と周りから後ろ指を指されていた人物の名が弱樹だったと思い出す。

 

 

 思い出したからと言って青年にとって別に大したことではない。ただ同期であるだけで関りなんて皆無に等しいのだからどうなろうと知ったことではない。今回の訪問は重要案件の詳しい経緯を知る為に訪れただけで、神通から大体の事情を知ることができた。話に出て来た深海棲艦は川内でほぼ間違いないと確認できたし、ここまで知れたならこれ以上○○鎮守府F基地に関わる必要はなくなった。

 弱樹提督の件に首を突っ込む必要性はなく、これ以上の厄介事は抱えたくない彼は見切りをつけたい……が、ふと視界に入る神通の瞳が凄く手を貸してほしそうに見つめていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 なんだよ、そんな目で見つめるなよ。俺がお前らの弱虫提督如きに時間なんてかけてられるか。こっちは今回の件で色々とやらねぇといけねぇことができたんだ。構ってられねぇって……だから悪く思うなよ。

 

 

 青年は神通の瞳から逃れるように深海棲艦に関する新たなる事実を伝えた。

 

 

 それを聞いた神通達は驚愕の表情を浮かべた。誰もが絶句し、川内を見つめる。やはり信じたくないようだが事実である。このことはまだ公開するには早いと判断し、厳重に機密にすることを提督命令として発令し承諾させるのを忘れない。彼女達が承諾したのを確認した後、川内の背を押してやると駆逐艦の暁が泣き出し、それにつられて響も雷も止め処なく涙を流す。古鷹も加古も涙は見せないが返って来た仲間を迎え入れる。信じたくない案件ではあるが、仲間が再び帰って来たことに喜ばない訳はないのだ。神通に関しては那珂は戻って来なかったが、これから先、もしかしたらと希望を抱いたのかもしれない。彼女は川内を拾い、ここまで連れて来てくれた青年に感謝を込めて何度もお辞儀する。

 今回の重要案件は艦娘にとって大いに影響を与えることになった。しかしそれは悪いことばかりではない。轟沈しても帰って来れるかもしれないとほんの小さな希望も生まれた。それと同時に青年に思うこともある。

 

 

 重要案件は秘密にしておいた方がいい。何故なら轟沈しても帰って来ることができる可能性があると軽視派に知られればますます艦娘を道具扱いする可能性が高くなる。更に酷いことになれば深海棲艦=艦娘と判断され、始末の対象にされてしまうかもしれないのだ。そこは青年にとって別に構わないことだが、確実にそうなれば昇進に問題が生じる。何故なら元帥はあの美船だ。軽視派が艦娘を排除し始めたら確実にその情報源である青年に対して何かしら思うことが生まれるだろう。そうなれば折角好印象を与えることに成功(?)しているのに、わざわざその努力を無駄にしてまで危険な道を進むべきではない。

 それにまだこの情報は未確定要素が多すぎる。どうしたら深海棲艦に変わるのか、深海棲艦全てが元々艦娘だったのか、元々深海棲艦が艦娘になったのか……根本的な謎は解決していないのだ。今はまだ胸の内にゲームの『ドロップ』が現実世界では存在していたと把握しておく程度にとどめておく程度がいいのだ。

 

 

 さってと、これで知りたいことは知れた。さっさと帰るとすっか。早速帰ったら今回の案件を纏めておいた方がいいな。後は美船元帥さんに説明するべきか……俺に得があるかってところだな。後々隠していた場合のリスクも今一度整理するべきだよなぁ。

 

 

 そう考えながらも○○鎮守府F基地から帰ろうと叢雲達に小さく声をかける。時間も時間だ。

 

 

 既に夕暮れ時である。長居をし過ぎたと反省し、帰ったら仕事の続きをしようとそのまま去ろうとした。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 川内が青年の服の裾を握って離さなかった。

 

 

「おい、離せ」

 

「………………………………………………」

 

「黙ってないでなんか言え……ったく、俺達は帰る。やることはやった。後はお前達の力で解決しろ」

 

「………………………………………………帰らないで」

 

 

 んぁ?なんでだよ?川内は受け入れられなかったら怖いと言ってただろ。受け入れられたから何も問題ないはずだよな?もしかして弱樹の件か?いや、川内は嫌っていたからありえない。だとすると……何で止めた?

 

 

 疑問に思って振り返った青年の瞳が見開いた。上目遣いに見つめて来る川内の姿が目に入った。不安を宿した瞳だったが、裾をギュッと掴む仕草と上目遣いで見つめると言う男心をくすぐる行動の合体技を無意識に繰り出した。こんな光景を見せられたなら普通ならば嘔吐だけでは済まされないが、彼は普通ではない(イレギュラー)

 

 

 んぁぁぁぁあ!!?お、おち、おちちちち、おっち、落ち着け俺!!!こ、こんな破壊力のあるものを見せつけてくるとは……くっ!流石忍者汚ねぇ!!いや、綺麗なんだが……汚ねぇ!!!落ち着くんだ俺、こんなことで動転する俺では……んんぁ!?魚雷(息子)よ対抗しようとするな!!!

 

 

 弱々しい姿を見せる川内の姿に心臓が今にも飛び出しそうになっていた。下半身の()()が負けじと対抗意識を燃やして己を主張しようとしたが全力で止められた。周りには気づかれていない……と彼は思っているが、青葉だけが顔を真っ赤にして「青葉……また見ちゃいました」と凝視していたことに気づかなかったことがせめてもの幸いだ。

 青年は荒ぶろうとする魚雷(息子)を理性で押さえつけ、平静を装ってはいるのだがまたしても脳内では『●REC』の表示と共に川内の姿を永久保存していた。一体彼の脳内メモリはどれぐらいあるのだろうか調べてみたいものだ。

 

 

「……ちょっと、あんたまた鼻血が出てるわよ」

 

「――ッ!?」

 

 

 たらりと流れる鼻血を見た。いつものことなので見慣れた叢雲の呆れた指摘に慌てて拭う。本能は下半身だけには治まらないようだ。そんな青年に対して外道提督は持病持ちなのではないかと心優しい神通は心配したが、その優しさは不要だと言っておこう。

 

 

「……ゴホン、帰らないでとはどういうことだ?」

 

「そ、その……もう帰るの?」

 

「もうって既にこんな時間だ。それに俺には仕事があるんだ」

 

「も、もう少し残れない?な、なんなら泊まっていっても……」

 

「い、いきなり泊まれなんて迷惑になっちまうだろ(ち、近づくな!魚雷(息子)が危険なんだよ!?)」

 

「……そう……だよね」

 

 

 落ち込む姿を見せるが、何故そこまでして引き止めたいのだろうか?そっと瑞鶴が傍によって青年に耳打ちする。

 

 

ねぇちょっと、もしかしたら心細いんじゃない

 

神通達が居るだろう

 

彼女の話じゃ軽巡ヘ級が現れて多くの艦娘が沈んだって。川内を受け入れてくれたけど、本人は罪悪感が相当のもののはずでしょ?

 

 

 軽巡ヘ級は○○鎮守府F基地の艦娘達を沈めた……その意味は言わなくても察することができるだろう。

 

 

 そうだったな。だがそんな事情があってもたった一人、ましてや昇進の為の駒になるかどうかわからねぇこいつなんぞに構っても……

 

 

 そう言いつつも川内を盗み見る。罪悪感を抱いた彼女の俯いた表情を読み取ることなど今は誰にだって容易なことだろう。

 

 

 ……チッ、厄介事を持ち込んだ挙句残って欲しいとお願いするとはな。ま、まぁ時間も遅いし、仕事は明日から始めればいい。それに何時間もタクシーの中に閉じ込められ、俺の大事な昇進の駒(人柱)に汚ねぇ視線を向けた運転手の野郎は許さねぇからな!!視線に晒され叢雲達もストレスも溜まっていることだし……し、仕方ねぇな。だ、だが今回だけだからな!!!

 

 

「おい神通、相談があるんだが……」

 

「構いませんよ」

 

「今日はここに泊まって……なんだって?」

 

「是非とも泊まってください。外道提督もみんなもお疲れでしょうし、わざわざこちらに出向いてくださいました。お部屋もお食事もご用意いたします。泊まっている間、なるべく私達は姿をお見せしませんのでご安心ください」

 

 

 自分達の容姿は醜く、嫌な思いをさせてしまうだろうとわかっていても神通は引き止めるつもりだったらしい。彼女は川内の妹だ。姉の心境を悟り、姉の不安を取り除くには自分ではどうしようもできない。姉が青年に泊まって欲しいと望むのであるならば妹として協力する。それにわざわざ川内を自分達の元へ連れて来た青年に好印象を抱いたのだろう。しかし神通が望んだのはそれだけではない。

 

 

 待っているのだ。再び提督として弱樹が帰って来てくれると……彼を何とかしてくれると淡い期待を青年に抱いていた。

 

 



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3-9 二人の提督

お泊り中の青年達。そこで何も起こらない訳もなく……「提督」とは何だろうか?


それでは……


本編どうぞ!




「はい、お茶を持って来たわ」

 

「ありがとう雷」

 

「ふっふ~ん♪瑞鶴さんはもっと私に頼っていいのよ?」

 

 

 

 ○○鎮守府F基地、そこでは普段これほどまでに賑やかな光景を見ることはできない。しかし今日は違っていた。お客様がいらしているのだ。

 

 

「電がそっちに居るのね。ふふん、お姉ちゃんが居なくて寂しがっているに違いないわ。レディーである暁なら一人でも全然余裕だけどね」

 

「ほう、夜中トイレに行くとき誰かに付き添ってもらっているのに?」

 

「ひ、響は余計なことは言わなくていいの!!!」

 

「そうなの?帰ったら電に言わないといけないわね」

 

「そ、それはやめて叢雲さん!!」

 

 

 青年御一行は○○鎮守府F基地に泊まることになった。初めての別の鎮守府からやって来たこともあって特に暁達駆逐艦娘は張りきっていた。

 

 

「おお!これはまた美味しそうなカレーですね。あっ、そうだ古鷹込みの一枚いいですよね?」

 

「あ、青葉それはやめて!私みたいな……醜い姿が写真に残るのは……」

 

「大丈夫ですよ、司令官は気にしません。お話したでしょ?青葉達の司令官は変わり者だって」

 

「それは聞いたけど……」

 

 

 食堂で夕食であるカレーを食べながら団欒の時間を過ごしているところだ。各自思い思いに好きなことをしている。

 

 

「ふ~ん、あんた変わってんね……あたし達のような奴と一緒に食事する男なんて初めて見たよ。それに妖精なんて初めて見た」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

「提督と艦娘が揃って食事をすることはない。それが普通なのにこうしてあたし達を見ても平然としてるっておっかしいんだ。妖精も見える人間なんてそう居ないってのも知ってる。詳しい話を聞いた時は何言ってんだこいつって思ったよ。川内もそう思ったよね?」

 

「うん、ねぇ何とも感じないの?」

 

「何とも感じないことはない。かわい……ゴホン、俺が言いたいのは容姿なんて関係ないってことだ。それで優劣を決める奴はバカだ。無能な奴が頂点に立てば下の者は苦労するし、勝てる戦いも勝てなくなる。人間と艦娘、互いに協力し合わなくてはこの先永遠に深海棲艦に勝てなくなるだろうよ」

 

「そうなんだ……」

 

「あんた変人だけどいい人なんだね」

 

『「へんじんじゃないよ、へんたいだよ」』

 

「変人は余計だ……っておい今なんて言った?」

 

『「なんにもいってないよ」』

 

 

 その中でも青年は当然のように参加していた。食事は食堂で食べるのが基本であり、他の鎮守府に行ってもそれは変わらない。やはり男が艦娘と一緒に食事をする光景が珍しいのか暁達に遠目に眺められていた。しかも妖精達のおまけ付きだ。こんな光景は彼女達は初めて見るので興味を惹くのは当たり前。

 しかしそれだと興味津々に見つめられていると気になってしょうがない青年は「お前達もこっちに来て食べろ」と言った。醜い艦娘が一緒に食事をするなど不快にされてしまうので断ったが、そこは青年だ。適当な文句を並べて説き伏せてしまう。そわそわと落ち着くことができないでいた彼女達だったが、叢雲が「こいつは変人だから気にしてないわ」と経緯を話したことで納得してくれたわけだ。

 

 

 加古と川内の眼前で周りの煩さも気にも留めず、嫌悪感を示すこともせずに会話しているなど普通では考えられない。だから誰もが『変人だけどいい人』だと安心した。妖精達がその証拠でもある。しかし本人は()()()()を演じているだけではあると主張するだろうが。

 

 

「加古さんと川内さん、それに外道さんにも雷からお茶のプレゼントよ」

 

「おぉ、サンキューな。だけどお酒が良かったなぁ……」

 

「……ありがとう……雷」

 

「……うん、もっと褒めてくれてもいいのよ?」

 

 

 加古の呟きは無視され、川内のお礼の言葉に寂し気な笑みを浮かべた雷。雷なりに川内を心配しての行動だった。軽巡ヘ級によって沈められた仲間達を思うと不憫だが川内は悪くないと答えるだろう。だけど本人は心に影が差している……証拠にお礼を言った川内の言葉は謝罪にも聞こえたぐらいだ。

 青年にもそう聞こえた。だが何も言わずに視線を逸らした時に見えた。神通が何かしていた。よくよく観察していると、お盆に一人分の食事を載せてどこかへ運ぼうとしている。その行動の意味は想像できる。

 

 

「弱樹の奴……じゃなくて、弱樹提督に食事を運んでいるのか」

 

「ああ、そうだよ。いつもあいつに食事を持っていく係は神通なんだ。そこは誰にも譲る気はないみたいでね。それに外道提督、あいつのことを提督なんて言う必要はいらないよ。そんな価値のある奴じゃないから」

 

「話は聞いたが、それでも加古の提督だろう?」

 

「あたしはあいつを提督だなんて思っていないし、なんなら早くどっか消えてくれた方が良いって思ってる」

 

「……私もそうかな」

 

「ちょ、ちょっと加古さん!川内さん!」

 

 

 どうやら二人にとって弱樹提督は提督として見られていない。頼りなく、無駄なプライドを優先したこと、しまいには提督の職務を放棄したことが信頼を失うきっかけになったようだ。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 黙っていた青年は少し考える素振りを見せた後、カレーを胃にかき込んだ。

 

 

「雷、頼っていいか?」

 

「えっ?」

 

「カレー美味かった。片づけておいてくれ」

 

「あ、う、うん。任せておいてください」

 

「おいあんたどこに……?」

 

「……」

 

 

 何も語らず神通の後を追ったのだった。そしてその後を一人の艦娘が追うのを加古と雷は見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂からしばらくして辿り着いた見慣れた部屋。何度目になるだろうか、昼の食器が無くなっていることから中に居る人物が食べたのは間違いない。ホッとすることはない。ただいつもと同じ光景なのだから。今日も同じように食事を載せたお盆を置く……

 

 

「ここに居るんだな」

 

「――ッ!?外道提督!!?」

 

 

 声が聞こえて咄嗟に振り返った神通が見たのは青年だった。神通の後を追い、ここまで来た彼は一体何しに来たのか……そう思うと同時に期待の眼差しを彼に向けていた。

 

 

「どうして外道提督が……」

 

「何だっていいだろう。それよりも……弱樹提督居るのだろう」

 

 

 扉の前まで歩を進め、ノックもせずに呼びかける。一瞬中からガタリと音がした。知らない声が聞こえて身構えているのかもしれない。

 

 

「○○鎮守府A基地の外道だ。訳あって今ここに居る。話したいことがある」

 

 

 しばらく待っても何も返って来ることはない。こちらが話しかけているのに返事も返さないことに少しイラっとした。そして誰かが駆け付けた様子である。

 

 

「川内姉さん?」

 

「丁度いいところに来た川内、頼みがある」

 

「……なに?」

 

「この扉をぶち破れ」

 

「わかった」

 

「――えっ?!」

 

 

 青年の言葉に躊躇もせず行動に移した川内に神通は自身の耳と目を疑ったが、間違いではないと気づいた時は遅かった。扉は難なくぶち破られ、破片が散らばる。唖然としていたが、我に返った神通は扉を壊されて怒るよりも感情が動いていた。

 

 

「提督!!!」

 

 

 会えずにいた弱樹提督の姿を目にしたかった。彼女にとって彼が自身の提督だったから。

 

 

 ★------------------★

 

 

 見渡す限り部屋の中はゴミが散乱し、食器が洗われずそのまま放置されて匂いも混じり合い異臭がする。中心には布団が引かれており、そこには一人の若い男が髪はボサボサ、服は着替えていないのか汚れが目立つ。何日も風呂に入っていないことが一目でわかる程に汚かった。

 

 

 うっ!?くっさ!!?おえぇ……よくこんなところに何日も居座れたもんだ。それにしても……これが今のあいつか。俺が知っている弱樹とはまるで別人だな。臆病な性格だったが、中々の成績を残していたと記憶している。それがここまで落ちぶれやがって……それでも軍人かよ!!!

 

 

 変わり果てた弱樹提督を見て固まっている神通を退かし、驚愕と恐怖に怯えている若者へと近寄る。後ろでその様子を見守るは川内。

 

 

「弱樹提督、俺を知っているか?」

 

「……だ、だれ……で、すか……?」

 

「外道丸野助、お前と同じく訓練学校に通っていた者だ」

 

「そと……みち……」

 

 

 弱樹提督はその名に憶えたあった。将来有望だと見られていた人物だと。

 

 

「あ、あなたが……ぼ、ボクに……な、何の用ですか……?」

 

「何の用だと?本来ならお前のような弱虫野郎に用などなかったんだがな、用ができちまったんだよ。お前、自分が何をしているのかわかっているのか?」

 

「……」

 

 

 青年の言葉に唇を嚙みしめる弱樹提督は頭では理解している。しかし恐怖が彼を逃がさないと縛り上げ、視線を逸らさせてしまう。

 

 

「目を背けるな。見ろ、この部屋の有様を。自分自身の姿を」

 

「……」

 

「この鎮守府で起きたことは聞いた。俺はお前のことはあまり知らねぇし、興味もない。だがお前が優秀だったのは知っている。お前は提督になったのではないか?」

 

「……す、好きでなったんじゃ……ない……い、言われて仕方なく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったらなんでここにまだ居やがるんだ!

 

「――ひぃ!?」

 

 

 怒号は鎮守府全体に響き、青年の剣幕に悲鳴を上げた。すると廊下の方から幾つもの足音が近づいて来た。騒ぎを聞きつけ叢雲達が駆け付けたが、青年は気にも留める暇などない。

 

 

「嫌ならやめればいいだろう!だがお前は部屋に閉じこもり、過保護にされていることをいいことに甘えやがって!挙句の果てには提督としての仕事も何もせずに役目を放棄した。それなのに提督に未だしがみついている……ここに居ることがその証拠だ」

 

「あっ……あぅ……」

 

「お前が嫌だ嫌だと駄々こねている一方で戦場へと向かう艦娘が居るんだ。そいつらは海に出たらもう帰って来ないかもしれないんだぞ……俺達はもう子供ではいられない。責任を負う立場になったんだ。俺達は責任を果たさなければならない。提督の役目は人々と国を守ることだけじゃねぇ。指揮することも重要だが、戦場へ出て行った艦娘達が安心して帰って来れる場所を作ってやる。共に戦うのが提督であり、俺達人間のやるべきこと……お前は何もせずにプライドで言い訳しているだけだ。てめぇ軍人なめてんのかぁ!!!」

 

 

 胸ぐらを勢いで掴み上げる。怯えた弱樹提督の顔から液体が流れぐちょぐちょで気持ち悪いが、それ以上に青年の怒りは頂点に達していた。

 

 

 俺はな、着任当初から問題だらけの鎮守府を建て直したり、妖精共(チビ共)に自腹で菓子を恵んでやったり、昇進の駒とも気づかず従ってくれる哀れな艦娘共(バカ共)の食生活から健康管理に至るまでやってやったんだ。俺はわざわざいい人間を演じ続けてきた。それもこれも昇進し、輝かしい未来の為にだ。だが豚野郎の時もそうだったように、お前らのような恥さらしが居ると俺も同類だと思われちまうんだよ!!!そうなったら昇進なんて夢のまた夢になっちまうだろうがぁ!!!

 

 

 青年の苛立ちは拍車がかかった。食生活を疎かにし、清潔感もなく、青年の目指すものとは真逆の不摂生な生活を見せられてはそう思うのも無理はない。それに軍人にさせられたと言えども、訓練学校を途中で辞める事なく卒業した弱樹提督の我慢強さは誇れるものだと認めても良い。しかし今はどうだ?軍人の「ぐ」の字も見当たらない。これには青年のプライドを刺激した。

 昇進し、贅沢三昧な夢を見ている。それだけならば軍人じゃなくとも、もっと他の仕事を見つければ良かったはずだ。しかし軍人の道を歩んだ。彼は人間であり、この日ノ本に生まれた。自分が生まれた祖国を訳の分からない深海棲艦という存在に好き勝手にされるなど許せなかった。だから彼は寝る間も惜しんで勉強と運動に精を出し、めでたく訓練学校に行くことができた。入学してからもその生活は変わらず、更なる厳しい生活にも弱音を吐かずに遂に提督の地位へと上り詰めたのだ。それなのにこれが自身と同じ軍人であり、提督であることに我慢ならなかった。

 

 

「うぅ……あぁ……」

 

 

 流れる液体は顔だけでは収まらず、下半身から流れ出た液体で布団を染める。その姿は惨めだった。背後で様子を窺っていた古鷹達の視線に失意の念が混じり、加古に至ってはため息を吐いた。だが神通だけは……

 

 

も、もうやめてください!!

 

 

 青年と弱樹提督の間に割り込んだ。その拍子に胸倉から手が離れ、神通が庇うように壁となる。

 

 

「何をしやがる。俺は今こいつと話をしているところだぞ」

 

「もうこれ以上はやめてください!外道提督の言うことは正しいと思います。でも……弱樹提督は私達のように醜い艦娘相手でも何も言わずに我慢してくれました」

 

「それは仕事上仕方なくだ」

 

 

 初めて艦娘と遭遇すれば大抵嫌悪感を抱き、中にはあまりの醜さに吐いてしまう。弱樹提督もそうだ。そして我慢できぬ者は着任してからすぐに提督の座から逃げ出してしまう。

 

 

「そうかもしれません……いえ、そうです。醜いことは事実なんですから……それでも逃げ出すことをせずに留まってくれました」

 

 

 しかし弱樹提督は神通が言う通り逃げ出さなかった。

 

 

「逃げださずに提督として私達と共に居てくれました。ですがあの日の出来事で弱樹提督は傷つき、艦娘が沈んでいく度に苦しんでくれました。おかしいと思うかもしれませんが、それが嬉しかったんです」

 

「なに?」

 

「苦しんでくれる……艦娘の命を重く感じてくれている。私……知っています」

 

「……何をだ?」

 

「艦娘を道具として扱い酷い人たちが居るってことを。その人達は艦娘が轟沈しても何とも感じないってことを……私は知っています」

 

 

 ○○鎮守府F基地で建造され、初めて出会った提督は彼女の背に居る臆病者。今まで外へ赴く暇さえなかったが、醜い容姿を持った艦娘が辿る結末が決して美しいものではないと言うことを知っていた。

 

 

「正直に言って弱樹提督は頼りないです。それはみんなわかっていることなんです。提督としては失格かもしれません。ですが私が提督に求めるもの指揮官としての才能でも能力でもありません。無いのであるならば身に着けて頂ければいい。最も欲しいもの……それは優しさです」

 

 

 彼女が語る言葉一つ一つに思いが込められ弱樹提督を擁護するものだった。甘やかしていると青年は思ったが気づいた。彼女の瞳に映るのは対面している青年ではなく、弱樹提督が映っていたことを。

 

 

「沈んでいったみんなの為に苦しんでくれた……臆病でも根は優しい人なんです。弱樹提督こそ理想の提督だとこの人に見たんです!他の誰かではではなく、私にとっての提督は弱樹提督だけなんです!!!」

 

「じ、じん……つう……」

 

 

 少々気弱で内気、控えめな性格な神通から思いもよらない強い口調と強い意思を感じさせた。相手が別の鎮守府の提督であっても己の胸の内をぶつけた彼女の背中を弱樹提督は見た。

 

 

 頼りになる背中だが、寂しそうだったのは見間違いではない。

 

 

 ……チッ、弱樹(こいつ)には勿体ないぐらい熱い瞳を宿してやがるぜ。最前線で真っ先に直接敵軍を叩く切り込み部隊である「華の二水戦」その部隊の旗艦を最も長い間務め上げたぐらいだし、俺に臆することなく言いたいことを言う度胸は、流石川内の妹にして那珂の姉と言ったところだな。

 

 

 青年が神通の度胸に感心し、背後で事の成生を見守っていた艦娘達に気づく。もう夜中でこれだけ騒いだことで彼女達にストレスを与えかねない。感情的になってしまったことを後悔してさっさとこの場から去ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 ○○鎮守府R基地でも聞いたことがあった音……鎮守府内に緊急事態を知らせるサイレンの音が響いた。

 

 

「――チッ、またかよ!!?」

 

 

 神様は青年に休息を与えようとしないのであった。

 

 



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3-10 己が変われば誰かも変わる

「提督」は艦娘にとって心の支えであり、彼女達の理解者であらねばならない。


それでは……


本編どうぞ!



「……小規模の艦隊か」

 

 

 鎮守府全体にサイレンが鳴り響く。青年は弱樹提督と寄り添う神通だけを置いて急いで司令部へと到着し、監視を続けている妖精から状況を聞き出した。

 

 

 相手は数隻の深海棲艦がこちらへ向かって来ている。小規模艦隊だが油断できない。何故なら妖精達の報告で、高い火力と分厚い装甲を誇る「戦艦ル級」の姿が確認されたからだ。

 

 

 ル級か……叢雲達も戦闘に参加させよう。戦艦が遂にご登場か。しかもこの海域でとは……こいつが居るのと居ないのとでは攻略難易度が大幅に違うから厄介な相手だ。しかし運がついてねぇ、弱樹(弱虫野郎)は役立たずで代わりにまた指揮を出してやらなくなるとはな。俺に純粋な休みをくれよ頼むから!!

 

 

 行く先々で災難にぶち当たる。己の運の無さに嘆く青年。しかし今は目の前の敵に集中だ。

 

 

「おい古鷹」

 

「は、はい!!」

 

「弱虫野r……ゴホン、現状弱樹提督は動けない。代わりに俺がお前達を指揮することになるが異論はあるか?」

 

「――ッ!?い、いえ、私はありません」

 

「他の連中はどうだ?」

 

 

 余りを見回すが、返ってくる視線は否定ではなかった。誰もが提督に飢えた瞳をしていた。やはり提督の存在は艦娘にとって必要不可欠な存在であるようだ。

 

 

「異論はないようだな。叢雲達も出撃の準備をしてくれ」

 

「わかったわ」

 

「それと言っておくことがある」

 

「油断するなっでしょ?それぐらいのことわかっているわよ」

 

「それでいい。俺の言いたいことがわかっているとは流石()()叢雲だ」

 

「――ばっ!?な、ななな、なにを言っているのよこのバカ!!?」

 

「――は、はぁ!?」

 

 

「(これはこれは叢雲さん『()()』なんて言ってもらえるなんて羨ましいですねぇ♪青葉にも欲しいものです)」

 

「(ちょっと何やってるのよこんな時に!!!で、でも提督さんのモノになれるなら……う、羨ましいなんて思ってないから!って、今は夜よね……わ、私の出番がない!!?)」

 

 

 なんで怒るんだよ。俺なにか気に障ることでも言ったか?別におかしなことは何も言ってねぇだろ!?しかも……足を蹴るな!!!痛いんだよ!!!人間には危害を加えられないんじゃなかったのかよ……どうなってんだぁ!?

 

 

 叢雲の顔が赤く染まり、何度も足蹴りを青年に食らわせる。それは照れ隠しなのだろう。無意識に出た言葉が原因なのだが、指摘すればややこしくなるから青葉と瑞鶴は何も言わなかった。それよりも瑞鶴にとって自分が活躍の場がなくなったことを嘆いていた。

 比べて古鷹達の目が点となり、深海棲艦が攻めて来たのにこの緊張感のなさ何なのだろうかと。しかし同時に羨ましく思う。提督と艦娘の距離がここまで近い……自分達とはかけ離れていた光景に胸が締め付けられる。

 

 

「――ゴホン、これよりお前達の指揮権を扱うことになった。改めて外道だ。お前達よろしく頼むぞ」

 

「「「「「――はっ!」」」」」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お待ちください!!

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 行動に移そうとした時、司令部に緊張が走る。神通が姿を現したからではない……もう一つの影がそこにあったからだ。

 

 

「……てい、とく?」

 

 

 古鷹が目を疑う……彼女だけでなく、加古や暁達も己の目を疑った。

 

 

「……あ、あのぅ……」

 

 

 弱樹提督だった。それが幻ではないことは確かだ。それがわかった途端に川内は視線を背け、加古に至っては「お前何しに来た」と言葉にするほどに司令部の空気が一気に重くなる。

 

 

 おいおいおい、なんでここに来た?……ふむ、着替えてはいるようだな。気持ち悪い体液だらけの姿のままだったなら追い出していたが、とりあえず話だけは聞いてやろうか。

 

 

「弱虫野r……弱樹提督よ。いや、今のお前は提督ではなかったな。それで何の用だ?」

 

「……外道提督に……お、お願いがあります」

 

「なんだ?」

 

「ぼ、ボクが……ボクが指揮します……提督として!」

 

「……なんだと?」

 

 

 弱樹提督から信じられない言葉が飛び出した。その言葉に青年は不快感を露わにした。

 

 

「こっの!!今更提督面してあたし達を食いつぶすつもりなのか!!!」

 

「加古やめて!」

 

「古鷹!だってこいつは!!!」

 

 

 加古が堪らず反論する。弱樹提督の今までの有様を知っている彼女にとってその言葉は苛立たせるものだった。

 

 

 むぅ……まずいな、出撃前の不和は戦闘中に余計な考えをチラつかせる原因になりかねない。こいつ面倒なことをしてくれ……んぁ?

 

 

 場の空気が荒れ始めた時、青年は弱樹提督の瞳を見た。

 

 

 そこには怯えと恐怖だけではない。勇気を振り絞ろうと己を奮い立たせていた瞳だった。

 

 

 ――こいつ!?俺達と別れてから神通と何かあったかは知らないが、悪くねぇ目だぜ。少しはマシになったか?だがこの状況どうするべきか……んぁ?そうだ、良いことを閃いたぜ!!!

 

 

 この時、青年に電流が走る。それは新たなる計画の始動の合図だ。その計画の恐ろしい内容はこうだ。

 

 

 現状全国至る所で深海棲艦の攻撃を受けている。日ノ本には鎮守府が所々に存在するが決して多いとは断言できない。相手は海のどこからでもやってくる。鎮守府が少なくなれば本土に上陸されるので欠かすことができない存在だ。しかし以前のR基地での出来事を思い出してほしい。

 提督であった豚野が居なくなり、鈴谷達の着任先はA基地へと移動した。深海棲艦の攻撃により機能を失い、一つの鎮守府が凍結することになった。幸いA基地でカバーできる範囲だが、これ以上の負担は厳しいだろう。F基地までも無くなってしまったら、負担どころか国を守る為に警備が手薄になる。それは非常にまずい結果に繋がると子供でもわかること……そこで考えた。

 

 

 青年は弱樹提督を利用し、恩を売ることにした。そうすることにより守備を任せることができ、自らの負担の軽減するだけでなく、他の鎮守府と繋がりがあれば融通が利く。更に恩を売ることによって弱樹提督は青年を信用し、弱樹提督が信頼する相手を艦娘達も信頼するようになり、言葉巧みに言いなりにすれば自身の配下と変わらぬ駒になる。F基地を実質自分のものにしようと企んだのだ。

 

 

 クヒ、クヒヒ♪弱樹(こいつ)を利用しない手はねぇ!こういう奴は恩を売れば一生忘れねぇタイプの人間だろうから、一度恩を売れば二度返してそこから何度も返してくれる……それだけじゃねぇ、俺に何かあったら味方になってくれること間違いなし。もしも不都合なことがあれば捨てればいいだけなんだからよ!クヒヒ♪利用するだけ利用してやる。昇進の為の新たな駒として存分に使い潰してやるよぉ弱樹提督さん♪

 

 

 ほくそ笑む。邪悪な欲が芽生え、その欲に従うように行動に移す。

 

 

「いいだろう」

 

「「「「「――ッ!?」」」」」

 

「ほ、本当に……いいの……ですか?」

 

「なんだ、指揮したくないのか?」

 

「い、いえ、ありがとうございます!」

 

 

 弱樹提督は感激のあまり頭を下げる。しかしこれには加古が牙を見せる。

 

 

「おい!あんたがあたし達の指揮をするんじゃなかったのか!?」 

 

「事情が変わった。加古達は弱樹提督の指揮下に入れ」

 

「そんなのお断りだ!!」

 

「……か、加古……」

 

「あんっ!?」

 

 

 激昂する加古に弱樹提督が声をかけるが、睨みつけられた彼は一瞬怯む。以前の彼ならばそれで逃げるように去ると加古は知っていた。

 怯えていた。足が震えていた。だが逃げなかった。彼は勇気を振り絞り、加古を真っすぐに見つめている。

 

 

「加古、ご、ごめん。それに古鷹も……暁、響、雷……そして川内も話は神通から聞いたよ。君が沈んだのはボクのせいだ。謝って済む問題じゃないけど……」

 

「そうだね。私が沈んだのは自業自得だけど……それでも那珂が沈んだのには変わらないから」

 

「うん……ごめん。みんなもごめん。ボクが間違っていた。それに君達を支えないといけない肝心な時に提督の立場から逃げ出した。怖かったんだ……君達のことが。人間じゃない、もしその力を振るわれたらと思うと怖くなって……」

 

「「「「「……」」」」」

 

「人間じゃない。けど通信から聞こえて来た悲鳴を忘れてはいないよ……その度に思い知らされたんだ。人間じゃないけど、君達は生きているんだって。で、でも……こ、怖くて……受け入れられなかった」

 

「「「「「……」」」」」

 

「父上と母上に叱られたくなかった……怖かったんだ。住民たちが早くなんとかしろって抗議の声が怖かった。ボクは耐えられなくなって自分自身を優先した。だからみんなを沈めてしまった……ミスだった。あの時、加古の言葉を……聞き入れておけば……ご、ごめんよぉ……!!!」

 

 

 ポツリポツリと胸の内を話し始めた弱樹提督の瞳から大粒の涙が幾度も流れ落ちる。

 

 

「そ、外道提督と神通に言われて……ようやくボクは逃げていたって思い知らされたんだ。た、確かに提督に嫌々なったけど……ボクはこの国が好きだし、深海棲艦の好きにさせれば国がどうなるかはわかる。言い訳にしか聞こえないかもしれない……け、けれど聞いてほしいんだ!ボクは……頑張りたい。今度はボク自身の意思で考えて答えを出していきたい」

 

「それが今になって信用できっか!!」

 

「そ、そうだね……ボクはダメな人間だから。でも加古、もう一度チャンスをくれないかな?う、上手くやれる自信はないよ。で、でも……提督として振舞いたい。何度も失敗するかもしれないけど、今度は臆病な人間ではなく、君達に相応しい提督になりたいんだ!!失望しているのを承知でお願い……します!!!」

 

「「「「「………………………………………………」」」」」

 

 

 しばしの沈黙が流れる。土下座して懇願する弱樹提督の姿に対して艦娘達は何を思うのか……

 

 

 ★------------------★

 

 

 その前に時間を深海棲艦の進撃を知らせるサイレンが鳴り響いた辺りまで戻そう。

 

 

 司令部へと向かった彼らから汚い部屋の中に取り残された弱樹提督、そして神通の二人っきり。彼と彼女はお互いに何を思うのか。

 

 

「……弱樹提督」

 

「……ボクは……提督じゃない」

 

 

 優しく語り掛けても弱樹提督は己を良しとしない。青年の言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。それは彼自身も思っていたことだからだ。提督の職務を放棄し、神通の善意に甘えていたただの臆病者だと。

 

 

「そんなことはありません。私にとって提督はあなただけです」

 

「で、でも……外道提督の言う通りだ。ボクはダメな人間で……」

 

「そうですね。あなたは臆病です。ですがこれから直していけばいいんです。少しずつでもいい、私がお手伝いします。だからあなたはダメな人ではなくなります……きっと大丈夫ですから」

 

「じん……つう……」

 

 

 何故ここまで自分に対して優しくしてくれるのか?わからなかったが、さっきわかった。こんなに思われている……醜い艦娘相手に思われるなど吐き気を催す程に気持ち悪いと思うだろう。しかし何故か弱樹提督は思わなかった。初めて会った頃は気持ち悪くて嫌々接していたけど、優しくて温かいとさえ思えるほどに何かが変わっていた。

 厳しい環境の中で生き、後ろ指を指され、提督になってからというもの散々な結果を出した。にもかかわらず神通だけはいつも味方だった。そのことが何よりも心に響いた。

 

 

「(神通……こんなボクに対して微笑んでくれるんだ。あ、あれ?どうしてなんだろう……嫌……じゃない?)」

 

 

 確かに不細工だと感じる。しかし嫌じゃない。彼女の顔を直視しようとも嫌悪感が湧き上がることがなくなっていた。不思議な感覚に陥っていた。ふわふわとして、見つめていると視線を逸らしてしまう。それは嫌悪感から来るものではなく、恥ずかしさから来るものであったと気づく。

 今まで苦しい、辛いことは何度も経験してきたが初めてだった……こんな不思議な感覚に陥るのは。恥ずかしいと感じるのは何故か?彼女の微笑みが月よりも輝いて見えていたのは何故なのか?醜くても素敵だと思ったのは錯覚なのだろうか?

 

 

 ドクンドクンと胸が高鳴る。もっと彼女を見ていたい。もっと彼女を笑顔にしたい。もっと彼女に認められる男になりたい。次から次へと欲が生み出され、それは強い意思へと形作られていく。

 

 

「あっ、でも心配しないでください。私はお手伝いさせていただきますが、できるだけ提督のお傍には居ないように心掛けますので……」

 

「……嫌だ」

 

「?弱樹提督?」

 

 

 神通は「お手伝いします」と自分では言ったが、醜い自分が傍に居ることでストレスを与えてしまうことを失念していた。安心させるように付け加える形で伝えたのだが……

 

 

「神通……傍に居てほしい」

 

「えっ?」

 

 

 弱樹提督の言葉の意味が理解できなかった。

 

 

「――神通!!!」

 

「――きゃっ!?」

 

 

 その時だ。理解できず反応が遅れ、誰かに引っ張られる。その拍子に瞳を閉じてしまう……何やら温かいものに包まれていた。恐る恐る目を開けるとそれは……

 

 

「て、ててて……てい……とく!!?」

 

 

 幻覚などではなく、体温も感じられた。腕を引っ張られ弱樹提督の胸に抱かれている……彼の鼓動を直接感じることができた。初めてだった……誰かに抱かれるのは。しかも男性に優しく抱かれている……服の汚れも臭いもそんなもの気にも留めず、神通の理性が今にも狂いだしそうになっていた。

 弱樹提督もそうだ。何故こんな行動に出てしまったのか彼自身も驚いていた。神通が遠く離れてしまう……そう思うと体が勝手に動いていた。温かいと感じる程に密着した二人。醜い艦娘を抱きしめるなど罰ゲームか何かかと疑うだろうが決してそんなことはない。寧ろ二人は今の状態がとても心地よく感じられた。

 

 

「……じ、神通……」

 

「な、なんで……しょうか……」

 

 

 そっと密着状態から顔だけ離す。やはりそうだ、弱樹提督は神通の顔を見ても不細工だと感じられても嫌という嫌悪感が感じられなくなっている。それどころか手で彼女の頬を優しく撫で始めた。

 

 

「――はぅ!?て、ていとく!!?」

 

「――はっ!?ご、ごめん!!!」

 

 

 慌てて手を引っ込めるが、二人は離れようとしない……いや、体が離れようとしないのだ。ずっとこのままで居たいなんて柄にもないことを考えていたぐらいだ。

 

 

「(どういうことでしょう……身体が火照って来てしまいました……)」

 

 

 神通は全艦娘が羨む光景を生み出している。男性に抱かれ、しかも見つめ合っている……まるで恋人同士の関係ではないか。彼女もそう考えたのか、どんどん体温が上昇し、顔が真っ赤になり始めている。弱樹提督もそうだ。

 

 

「(ぼ、ボクは何をやっているんだ……そ、それにこのドキドキって……ひょっとして……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「ねぇ、なにやってるの?」』

 

「――うわぁ!!?」

 

 

 弱樹提督の耳に声が聞こえ、神通の声でないことにビックリして慌てて離れる。

 

 

「あっ、ご、ごめん神通!だ、抱きしめちゃって……あ、あの……そ、その……」

 

「え、えっと……こちらこそ申し訳ございませんでした!あの、その……それでその……」

 

 

 何やらお互い落ち着かず謝り倒している。先ほどまでの光景を考えればそれもそうかと納得できるかもしれないが、この場には()()()が存在していることに気づくべきだろう。

 

 

『「ねぇ、さっきからなにしてるの?」』

 

「こ、これはね……ボクが神通に失礼なことをしてね……」

 

『「そうなの?」』

 

「そ、そう……だね?」

 

『「ぎもんけいなのはなんで?」』

 

「え、ええっと……説明しづらいな……」

 

「……弱樹提督、妖精と喋ることができたのですか?」

 

「えっ?」

 

 

 ここで初めて神通の言葉に我に返る。傍には青年と共にやってきた妖精の一人が居た。何故ここに居たのかは単純に二人が気になったからだ。臭いには顔をしかめていたが、それでも興味の方が勝り、ここに残っていたのだ。しかし弱樹提督は納得するどころか驚いている様子だ。

 

 

「えっ?君って……ほ、本当に妖精?」

 

『「ようせいだよ」』

 

「そ、そうなの?確か美船元帥さんがそんな生き物(?)が居るって話をしていたっけ」

 

「弱樹提督は妖精を見たことはないのですか?」

 

「あ、あたりまえじゃないか!妖精なんて存在本当に居るのか疑っている人もいるんだ。ボクもその一人だし」

 

「……では、妖精と話ができるなんてことは?」

 

「会ったことがなかったから今知ったよ。まず人間の言葉がわかることに驚いた」

 

「いえ、失礼ですが提督……」

 

「えっ、な、なに?」

 

「私が知っている限りでは、言葉を交わすことができるなんて人は滅多にいません。外道提督はその一人のようでしたけど……艦娘ですら姿は確認できても妖精の言葉まではわかりません」

 

「……えっ?」

 

 

 神通の言葉に唖然とした。妖精は存在していると言う話だったが、自身の目で見たことがない弱樹提督は疑っていた。そもそも彼は妖精なんて見えなかったし、言葉も本来ならばわかる訳がないのだ。しかし今はハッキリと姿も言葉もわかる。艦娘ですら言葉はわからないのに自分は通じ合っていたその事実に唖然とするしかない。

 

 

 しかしだ、結論から言えば彼は認められたのだ妖精達に。艦娘の味方になってくれる存在だと。

 

 

『「ていとくさん、ふたりめ」』

 

「ふ、二人目?」

 

『「かっこいいていとくさんとかっこわるいていとくさん!」』

 

「かっこいい提督さんって外道提督のこと?」

 

『「そう!」』

 

「あはは……そ、そう、だよね……ボクはかっこわるいもんね」

 

『「うん!」』

 

 

 悪びれる様子もなく真実を言う妖精はまさに子供そのものだった。それで弱樹提督が傷ついていたが、妖精にとってただの戯れ程度にしか意味をなさなかった。

 

 

「弱樹提督……あなたは妖精に認められたということです。それで……」

 

「……それでって?」

 

「あなたはどうしたいですか?」

 

 

 神通の眼差しは真剣なものだ。これからのことを決めるのはあなたであると言っていた。

 

 

「……神通、ボクは頼りない。け、けれど……もう一度提督をやってみようと思う。今度は逃げ出さず、真剣に君達に向き合いたい。みんなボクを許さないかもしれないけど……神通達の力になりたいんだ!!」

 

 

 その答えはもう既に出ていたようだ。

 

 

「こんな……頼りないボクでも……付いて来てくれる?」

 

「この神通、どこまでもお供致します」

 

「――ッ!?あ、あり……ありがとう……ありがとう……神通……ありがとう!!!」

 

「ふふっ、その前にお風呂に入らないといけませんね」

 

「ああ……ああ……そうだね!!!」

 

『「いいはなしだな~♪」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷、司令官のために出撃しちゃうねっ」

 

「了解、響、出撃する」

 

「暁の出番ね、見てなさい!」

 

「重巡古鷹、出撃します!……ほら、加古も」

 

「……ったく、仕方ないな。加古、出撃!」

 

「私でよろしければ、出撃いたします。提督、私達の活躍見ていてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ボクは……今度こそ君達の期待を裏切らない。提督として君達と向き合いたい。だからその為にも……必ず生きて帰ってきて」

 

 

 一人の若者が(まこと)の提督としての道を歩み始めた。

 

 



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3-11 利用する者される者

お待たせしました。年内最後の投稿となりそうです。今年は色々とありましたね。


また来年もこの小説をよろしくお願いいたします。


それでは……


本編どうぞ!


 それはいきなりだった。

 

 

 あいつが現れた。

 

 

 あいつは「今度は臆病な人間ではなく、君達に相応しい提督になりたいんだ!!」と言った。

 

 

 神通はあいつの味方だ。古鷹も暁達もあいつに最後のチャンスを与えた。あの加古ですら何かを感じて渋々だけど従った。けど私はチャンスなんてものを与えなかった。するとあいつは泣き出した。悪いなんて思わない……ごめん嘘ついた。ちょっとだけ心に来るものがあった。あいつの覚悟は伝わって来たし、私だって鬼じゃない。でも……一度沈んだ。

 神通達の目の前で……そして蘇った。深海棲艦として。その後の記憶は曖昧だったけど、話を聞いて思い出した。ここのみんなを沈めたんだって。バカみたいでしょ?那珂やみんなを沈めた深海棲艦を恨んであいつに当たってさ、それなのに今度は私がみんなを沈めてた。神通達は許してくれたけど……聞こえるんだ。

 

 

 私が沈めてしまったみんなの声が……私を責める。平然としているように見えているけど、結構参っているんだ。それでね、私は夜戦が大好き。なんでって……わからないの?実際やってみれば誰だって夜戦が好きになるよ。そう今までは言えたんだろうけど……そんな気分にはなれないよ。あの嵐の日を思い出すんだ……忘れもしないあの夜のことが。

 

 

 ○○鎮守府F基地の司令部、そこには青年と弱樹提督、夜戦では力を発揮できない瑞鶴、そして川内が残っている。瑞鶴はわかるが、川内が出撃しなかったのは彼女が拒否したからだ。

 

 

 怖い……夜戦が怖い。夜が怖い。沈めたみんなが海の底から引きずり込もうとしているんじゃないかって思うと怖いんだ。だから私は出撃しなかった。臆病だよね、あいつのこと言えないじゃんか……

 

 

 夜戦が大好きでいつもは「夜戦!夜戦!」とはしゃいでいるはずの姿はなかった。全てが変わってしまったあの日のことを思い出してしまう……深海棲艦にとって沈んだ仲間達、自身が深海棲艦へと変貌し、自らの手で沈めてしまった仲間達が変わり果てた姿で現れる。そんな予感が頭を過ぎり、背筋が寒く感じた。

 

 

「ちょっと大丈夫?」

 

「う、うん……だ、大丈夫……」

 

「そうには見えないけどね。やっぱり沈めた仲間のこと気にしているんじゃない?」

 

「……」

 

 

 瑞鶴に指摘されても返す言葉がなかった。その通りだと沈黙は肯定しているものだ。

 

 

「……怖い?」

 

「……うん」

 

「そう……でも大丈夫よ。少なくとも提督さんの傍に居れば」

 

 

 どっちの?と聞く必要はないだろう。瑞鶴が信じる提督は一人しかいないのだから。

 

 

「ねぇ、どうして外道提督はあんなにおかしいの?」

 

「う~ん……それは私も初めは思ったけど、それでいいって納得できたわ。前よりも待遇は断然良かったし、それに……や、優しくてかっこいいし……

 

 

 後の方が聞こえなかった。でも瑞鶴の頬が赤みを帯びていたのは気のせいではなかったが、今の川内にとってそれは何の感情を示しているものかはわからなかった。そしてやはり普通ではないと再認識させられる。

 醜い艦娘と一緒に食事をするだなんてどうかしているし、叢雲達から青年の武勇伝の数々を聞いたので余計に訳がわからない。それに深海棲艦だった川内を神通達は受け入れてもらえないと不安を口にした彼女に勇気を与えた。その言葉で逃げることをやめ、現実に向き合った。おかげで受け入れてくれて涙を流しそうになった。それに彼はこんなことも言った。

 

 

 『「……ま、まぁあれだ、受け入れられなかったら……俺の所に来い」』

 

 

 青年は既に川内を受け入れていた。深海棲艦だった自分を入渠ドックへと入れてくれたことも聞いていた。そしてわざわざここまで自分を連れて来てくれた。何故会って間もない自分に対してここまでしてくれるのか不思議で仕方なかった。だから興味が湧いた。そして今もその背中を見て思う。

 

 

 この人なら私を苦しみから解放してくれるのかな……?

 

 

 変人の青年に川内も神通と同じように淡い期待を抱かずにはいられない。

 

 

★------------------★

 

 

「……やはりこうなったな」

 

「み、みんな!?こ、この場合はええっと……ど、どうすればいいんだ……!?」

 

 

 今、出撃した神通の部隊が問題に直面していた。戦力的な問題ではない。戦艦ル級が敵には存在するが、後方から叢雲と青葉の援護射撃により小破までには追い込んだ。叢雲と青葉は何も問題はないのだが神通達だ。特に駆逐艦の暁や響に雷が問題だった。

 『深海棲艦は艦娘だった』そのことが頭を過ぎり、砲撃の軌道を逸らさせる。頭で理解していても納得できるものではない。今目の前にいる深海棲艦はもしかしたらと思うと……暁達は一度も砲撃が当たっておらず、古鷹と加古は敵に命中させているがやはりと言うべきか、沈んだ艦娘だと思うと引き金にかけた指に躊躇が生まれていた。

 

 

 戦艦の火力は恐ろしい……早く決着をつけなければ被害が出てしまう。最悪な事態も想定しているが、それだけは避けなければならなかった。しかしこの状況になることを青年は想定していた。

 

 

 吹雪達も一時的に士気が低下した。こうなることを想定はしていたが、真実をそのまま伝えるのを止めておけばよかったとは思わないさ。あいつらは現実を受け入れ、壁を乗り越えた。こいつらだってできるはずだ……いや、出来て貰わねぇと困るぜ。俺の昇進の為に贄の駒は沢山あった方が良いからな。しかもそれが他の鎮守府と来たもんだ。ここも俺の為に役立ってくれると思うと……クヒヒ♪

 ……しかしだ、弱樹の奴この程度で取り乱してんじゃねぇよ!提督になるとかほざいておいて、神通達が今戦っている最中にお前が勇気づけてやらねぇでどうすんだ!!期待に応えるんじゃねぇのかよぉ!!!

 

 

「弱樹提督!!」

 

「――は、はい!!」

 

「取り乱すな!!お前が取り乱せば神通達にも不安が伝わるだろう!これ以上、あいつらに失望されたいのか?」

 

「い、いや……嫌だ。ぼ、ボクはもう……神通達の期待を裏切りたくない!」

 

「なら堂々としろ。お前は提督なんだ。あいつらに声を届けて支えてやれ。指揮するだけが提督の役目じゃねぇって言っただろ?今までの自分とはおさらばしろ!!」

 

「そ、外道提督……は、はいっ!!!」

 

 

 クヒヒ♪バカな奴だぜ。俺の演技にまんまと乗りやがって……利用されていることも知らずに頑張りやがって♪そうだぞ、俺の為に頑張るんだ。いい手駒としても需要するだろうから俺が優しく厳しく指導してやるからな。今だけは……な。

 言っちゃ悪いが職務放棄したんだ。反省しているとはいえ、それ相応の罰が待っているだろうな。

 

 

 弱腰になっていた弱樹提督は喝を入れられ、瞳に炎が燃え上がり、以前の弱樹提督とは瞳が違っていた。以前のダメな自分を捨てるかのように神通達に通信機器を使って声を届けている。その様子を傍で見守る青年は思う。

 

 

 深海棲艦共を倒して海に一時の平和が戻った後はお前自身が罪を償う時間だ。だが今だけは()()()()として付き合ってやる。お前がただの弱虫でないことを証明してみせろ。

 

 

 何度も何度も神通達の名を呼び続ける。思いを込め過ぎて涙と鼻水が垂れて傍に居る青年達にドン引きされたがその声は神通達にとってはいつになく逞しいと感じられた。考えられない……あの臆病で部屋に閉じこもっていた若者から発せられるものだとは思いもしなかった。

 だが……悪い気はしなかった。寧ろ胸の内から熱いものが込み上がって来る。彼を否定した加古ですらも。

 

 

「司令官もやればできるじゃない!私だって一人前のレディとして頑張るんだから!!」

 

「実にХорошо(ハラショー)だよ。不死鳥の名は伊達じゃないことを見せつける……Ура(ウラー)!!」

 

「なんだかパワーアップしたみたいに力が湧いて来ちゃった。雷、司令官のためにもっともっと働いちゃうね!!」

 

「ふふっ、こんな気分は初めてです。重巡洋艦のいいところだけじゃなく……古鷹のいいところを提督に見せます!!」

 

「まあ、なんだ……お前にも熱いものがあるんだな……意外だよ。その思いが今回だけにならないようにあたしが見ていてやるよ。深海棲艦共!あたしの加古スペシャルをくらいやがれー!!」

 

「提督……やっぱり私達の提督はあなただけです!戻って来てくれた……こんな私でも、提督のお役に立てて……本当に嬉しいです!!!」

 

 

 それを人は絆と言うのではなかろうか?一度切れた糸、それがこうして提督と艦娘とが結びついた時、得られる力は装備でも近代化改修でも得ることができない程に強力だ。

 

 

 見るからに動きが変わった神通達が戦艦ル級へ突撃する。叢雲と青葉が咄嗟に止めようとしたが二人は思い知る。ル級が放った砲撃は易々と神通達に躱され、次から次へとお返しと言わんばかりに砲撃の雨を降らせる。たとえ強力な火力を持っていようとも当たらなければどうということはなく、分厚い装甲であったとしても今の彼女達からしたらただの時間稼ぎにかならないものだと教えられた。

 胸の内から湧き上がった何かが力を与えた。中破、そして大破とル級は追い詰められ気が付いた時には終わっていた。怨みの念すら嘆くこと無く深海棲艦は敗北を悟る前に海の底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神通!暁!響!雷!古鷹!加古!ぶ、無事で……よ、よかった……あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

 

 港に帰って来た神通達を迎えた弱樹提督はぐちゃぐちゃのドロドロだった。そしてみっともなく泣き出してしまった。

 

 

 お、おいおいおい……こいつ泣き過ぎだろうが。鼻水まで垂らしやがって気持ち悪いぜ。しかし驚いた。こいつ聞いた話じゃチビ共が見えるらしいじゃねぇか。それに神通だけではなく、古鷹や暁、響に雷、そして加古ですら見る目が変わった。やればできるじゃねぇか!!ちょっとは見直したと言っておいてやるが……やっぱり気持ち悪い。近寄らんとこ。

 

 

「ちょっと、私達も帰って来たんだけど?」

 

「青葉もただいま戻りました司令官」

 

「ああ、お前達もご苦労だった。チb……妖精さんも神通達に力を貸してくれたな。よくやった」

 

『「そうおもうならおかしくれ」』

 

「……わかった。帰ったら好きなだけ食べて良いぞ」

 

『「ふとっぱら♪」』

 

『「さっすが♪」』

 

『「あいかわらずのいいおとこ♪」』

 

『「ぶっちゅうしたい❤」』

 

「それはやめろ」

 

 

 妖精達の手助けの甲斐もあり乗り切ることができたが、神通達の絆が勝利へと繋がったのだろう。

 

 

「妖精達にはいつも助けられてばかりだけど、私達は今回は特に役立ってなかったわね」

 

「まぁ、確かに青葉達の出番はありませんでした……だはは」

 

「そうでもない。叢雲と青葉は立派に役に立ってくれた。俺は胸を張って誇れるってもんよ。ただ今回はあの男がMVPだっただけだ」

 

 

 青年の見つめる先には神通達に囲まれて慰められている弱樹提督の姿があった。

 

 

「ねぇ提督さん、ここはきっと良くなっていくと思わない?」

 

「ああ……そうだな。だが職務放棄による罰は免れない」

 

「……そうよね」

 

「軍人としてあるまじき行為。反省しているようだが、罪に罰は付き物だ」

 

「……でも神通達が可哀想よ。折角弱樹提督と仲良くなれたのに……私達のように使われるだけ使われて、駆逐艦の子達なんてみんな……」

 

「もう言うな。豚野郎はもういないんだ。それに瑞鶴、お前は俺の艦娘だ。辛いことは幸せで上書きしてやるから何も心配するな」

 

「……うん」

 

「それよりも悪かったな瑞鶴の出番がなくて(こいつもちゃんとフォローしておかねぇと)」

 

「ホント、活躍のチャンスがないなんて……まぁ、提督さんのかっこいいところを傍で見られたから良かったけどね

 

「んぁ?なんだって?」

 

「な、なんでもないったら!!」

 

 

 こうして○○鎮守府F基地の危機は去った。深海棲艦撃退し、港には誰一人欠けずに帰って来た艦娘達を迎え入れた弱虫な提督さんがいた。

 

 

「………………………………………………」

 

 

 ただ川内一人だけがこの状況を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、自分の目を疑っている。それは何故か……ここに居るはずのない相手が目の前に居たらお前達ならどう思う?

 

 

 青年だけではなかった。呆然としていたのは叢雲達も同じこと。

 

 

 深海棲艦を撃退し、提督が新たな覚悟を胸に宿して帰って来た。神通達は興奮して中々寝付けなかっただろう。弱樹提督自身も初めての高揚感に包まれ、寝付けぬまま朝を迎えることになってしまったがこれはこれで良いことだろう。それもこれも全ては青年がきっかけを作り、こうして導いてくれた。彼には感謝しかない。

 今まで提督と艦娘の距離が疎遠だった○○鎮守府F基地は生まれ変わった。弱樹提督に何度も感謝の言葉を送られ、朝食もご馳走になった。その後、青年はすぐさま帰ろうとしていた。弱樹提督や神通達からもう少しゆっくりしてもいいのではないかと引き止められたが、青年は早く帰って仕事を纏めたかったし、何よりもうここには用がない判断した。

 

 

 青年は弱樹提督から絶大な信頼を得ることに成功した。思惑は良い方向へと向いている。向こう側にとっても利益となる結果に収まった。弱樹提督の為に戦うと誓ったし、あの加古ですら口では文句も言いつつも、神通達の輪に加わっていた。深海棲艦撃退後、弱樹提督は古鷹達に謝った。完全に許したとは言えないがこれからは良好な関係を築いていけるだろう……○○鎮守府F基地はもう大丈夫だ。だが職務放棄した件については美船元帥にも重要案件を含めたF基地の事情を説明しておこうと決めた。

 

 

 共に戦った仲間同士にも絆が生まれた。叢雲達が帰ってしまうことに寂しい思いをしている暁達だが、ここで青年は姑息な案を思いつく。「他の鎮守府同士の結び付きが強くなれば何かと利点がある」そう考え、寂しがる暁達に「時間がある時に遊びに来ればいい」と伝える。暁型には4番艦が存在する。その4番艦が電だ。彼女は青年の下に居る。余程会いたかったのだろう、パァッと三人は笑顔を浮かべ、古鷹や加古にもお礼を言われた。これで青年は自分達の提督だけでなく、この鎮守府そのものを救ってくれた恩人に映った訳だ。誰も姑息な策略だと知らずに。

 

 

 ただ一人だけ姿を見せなかった艦娘がいた。それが川内だ。別れの挨拶にも現れずにどこに居るのか……暁が探しに行こうとしたが神通が止めた。その時の神通は何かを悟った表情をしていたのだが、この時は誰も答えを知らない。後にわかることになるが、居ないのならば仕方ない。そう青年は楽観的に考え、タクシーに乗り込み去っていった。

 そしてタクシーに揺られるながら見慣れた鎮守府へと帰って来た。代金を払い、タクシーから降りた一同はあり得ないものを見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川内、参上」

 

 

 何故ならそこには○○鎮守府F基地に居るはずの川内が先回りしていたからだ。

 

 

 いやいやいや!なんでだよ!?おかしいだろ!?お前が何でここに居やがるんだ!!?

 

 

「ね、ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……あなたは川内よね?F基地の?」

 

「違うよ」

 

 

 瑞鶴の問いに否定したことで「なんだ別の川内か」と安堵したのも束の間。

 

 

()F基地の川内だよ」

 

「違わないじゃない!!」

 

 

 瑞鶴は驚いている。そもそもどうやって先回りしたんだろうか?

 

 

「タクシーの屋根に居たけど?」

 

 

 こいつ忍者かよ!?いや忍者だったわ。そして「それがどうかしたの?」って顔やめろ。お前ぐらいしかそんなことできねぇよ!!もし落ちて大事故になってたら俺が許さねぇし、もっと自分の体を大切にしやがれってんだ!!!

 

 

 叢雲達も青年の気持ちと同じだろう。そんなことができるのはお前しかいないと……しかし何故川内がついて来たのか疑問だ。わざわざついて来たと言うことはそれ相応の理由があるはずだ。

 

 

「おい、お前がここに居るのは何か訳があるんだろうな?」

 

「うん、外道さん」

 

「……なんだ?」

 

「外道さん……ううん、提督!私を……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりこういう展開になることはわかってた?」

 

「はい、だって私の姉ですから」

 

 

 ○○鎮守府F基地の執務室の机の上に一枚の文字が書かれた紙が置いてあった。

 

 

「ずっと姉さんは悩んでいたんだと思います。そして答えを出した」

 

「それが……これなんだね」

 

「はい」

 

「……ボクじゃ川内の提督にはなれなかったってことだね」

 

 

 そう言って紙に書かれた文字を見た。

 

 

『外道提督の下へと参ります。提督、今までお世話になりました。神通もみんなも元気でね』

 

 

 鎮守府内どこを探しても川内は見つからなかった。執務室を確認した時にこれを発見し、二人は悟った。

 

 

「ちょっと……悲しいけど、川内がそう決めたならボクは何も言わないよ」

 

「提督……」

 

「それにきっとまた会えるよ。その時に彼女に言いたいことを言えばいいんだから」

 

「ふふっ、そうですね。悩んでいるのに妹の私に何も相談せずにとは……ちょっと姉さんには()()()()が必要みたいですね」

 

「じ、じん……つう?も、もしかして……お、怒ってる?」

 

「当然です。外道提督の下なら何も問題ありませんけど、みんなに心配をかけたんですから♪」

 

 

 笑っているが目が笑っていなかった。気弱な娘だと思うだろうが、こう見えても彼女は根っからの戦士なのだ。その一面を弱樹提督は見た。

 

 

「そ、そっか。でも……ボクは提督としての役目を放棄した。だから……きっと罰が与えられるんだろうね」

 

「提督……」

 

 

 (きた)る罰は受けねばならない。それが責任というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぁ……新しく着任することになった川内だ」

 

「みんな、これからよろしくね!」

 

 

 先ほど弱樹の奴に連絡したが何が「川内のことをよろしくお願いします」だ。俺に子守をしろってのかよ!まぁ戦力の増強にはなったけど、こいつには色々と問題が山積みなんだ。出来ればそっちで解決してほしかったが仕方ない。俺の艦娘()になったんだから、これからは大変だぜぇ?昇進の為にせいぜい使い潰されてくれや……クヒヒ♪

 その前にここでのルールをしっかりと頭に叩き込んでやらないとな。それに色々と精神的にも疲れがあるはずだから日頃から注意しておかねぇといけねぇや。まずは甘いお菓子でリラックスさせてからだな。仕事は後に回してメンタルケアを優先してやる。だが勘違いするなよ?使い物にならなくなったら元も子もねぇから面倒をみてやるだけだからな!!

 

 

 こうして新たな仲間が加わることになり歓迎された。しかし川内は外見こそどうとでもないように見えて胸の内は決して清々しいものではなく、暗い海の底を思わせるようなものであった。

 

 




アンケートご協力ありがとうございました。アンケート結果を参考にかかせていただきます。


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3-12 元帥は驚く

あけましておめでとうございます。2023年が始まりましたね。


年始初の回なのに青年の出番なし(哀れ)


それでもめげずに……


本編どうぞ!




「……これは本当のことなのね?」

 

「はい、外道提督から直接お話をお伺いしたので間違いないかと」

 

「……そう」

 

 

 美船元帥と五月雨、そして傍でその報告を聞いていた大淀の三人は何やら深刻な話をしていた。

 

 

「まさか深海棲艦から艦娘に変わるなんて……」

 

 

 ○○鎮守府F基地の弱樹提督の処遇について考えていた美船元帥の下に一本の電話が入った。その相手は青年だった。好みの声にうっとりしてしまう美船元帥……傍で仕事をしていた大淀に注意されて気を引き締める彼女だが、「近いうちに会えないでしょうか」と彼は聞いて来た。電話越しからの(ボイス)に耳が孕んでしまうのではないかと思うほどに多忙の身で疲れが溜まっていた。非情な現実から逃げ出したい思いだったが、そんなことを許す訳もなく現実へと引き戻される。

 美船元帥はあまりの多忙さで代わりに信頼する五月雨を送ると約束を取り、五月雨を呼び出し訳を話せば青年と会うことにちょっと恥ずかしがっていた。視察へと向かった時に「かわいい」と言われたことを思い出したのだろう。その様子を傍で見ていた大淀は五月雨を羨ましく思ったとか。そして約束通り○○鎮守府A基地を訪れたが、そこで彼の口から伝えられたことに五月雨は驚愕した。

 

 

 F基地の件もそうだが問題は例の川内の件だ。初め五月雨は「何かの間違いです!」と主張したが、直接深海棲艦が艦娘に変わる瞬間を見ていた電と那珂の詳しい話もあり納得せざるをえなかった。深海棲艦が艦娘に、艦娘が深海棲艦になる原因は不明であり、まだ不確定要素ばかりである内容だったが美船元帥には知っておいてほしいと伝えられた。電話でこの内容を話さなかったのは漏洩を防ぐ為であり、軽視派の人間がどこで嗅ぎつけているかわからない。このことを知っているのはA基地とF基地、そして美船元帥達ということになった。

 

 

 艦娘と深海棲艦との関連性を知った美船元帥のみならず一同は頭を抱えることになった。

 

 

「……美船元帥、私達は……一体誰と戦っているのでしょうか?深海棲艦だと思っていましたけど相手が艦娘だったなら!」

 

「五月雨、あなたが言いたいことはわかるわ。でも外道提督が言っていたように不確定要素だらけなの。川内の一件が初の案件の可能性もあるのだから」

 

「で、でも……」

 

「それに言われたんでしょ?『たとえそうであったとして、お前はどうするのか?』って。あなたはなんて答えたって言ったっけ?」

 

「……それでも私は仲間を美船元帥も守ります」

 

「でしょ。今はそれでいいのよ。深海棲艦相手に躊躇してやられちゃったら意味ないの。このことは頭の隅に置いておいて頂戴」

 

「……わかりました」

 

「うん、わかればよろしい。それじゃ疲れただろうからお風呂にでも入ってらっしゃい」

 

「……はい、それでは失礼します」

 

 

 扉が閉まり、五月雨が退出したことを確認して美船元帥と大淀はため息をついた。

 

 

「はぁ……まさかこれほどの案件が浮き上がってくるだなんて……ああもう!みんなにどう説明すればいいのよぉ!!?」

 

「美船元帥、長門さん達にもお教えするのですよね?」

 

「当たり前よ。私達は家族なの。家族に隠しごとなんてしたくないし、すぐにバレる。でもわかっているわよね?この件はまだ不確定要素ばかりであるということを。下手に軽視派の人間にでも知られたら面倒なことになるから外道提督のA基地、事情を話さなければならなかった弱樹提督のF基地、そして私達のみが知る情報として処理するのよ」

 

「了解しました」

 

「これほどの重要な発見、これから先どうなるのかしら……艦娘と深海棲艦そして私達人間との関係性。考えるだけでも頭だけじゃなく胃も痛くなってくるわね。はぁ、上に立つ者はどのご時世でも不憫ね」

 

 

 「胃薬を買い足さなくてはいけませんね」と愚痴る大淀に同意する美船元帥であった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ふぅ……生き返るわぁ~♪」

 

 

 やっぱりお風呂は最高ねぇ……癒されるわぁ♪って言えるのも今だけなのよね。

 

 

 美船元帥は誰にも邪魔されぬ露天風呂で一服するつもりだったが、本日何度目になるかわからぬため息をついた。長門達に隠しごとはできない彼女が深海棲艦の新たなる一端の全て伝えると顔を真っ青にしていた。混乱も少なからずあり、落ち着くにも時間はかかったが、美船元帥との絆はそう容易く歪むものではなかった。寧ろその程度で済んだのはやはり数々の修羅場を潜り抜けて来た猛者だからだろう。未だ前線では気が抜けない状態が続いている。今は目の前の敵を殲滅することが肝心だと心に言い聞かせたのだ。しかし誰もが不安を宿していた。

 

 

 

「艦娘、そして深海棲艦か……」

 

 

 艦娘と深海棲艦の違いって何なのかしら?個体によっては見た目に大きな違いがあったりするけど、人型なら長門や漣、醜い私達の姿に変わりはない。性能に違いはあるのは当然だけど、そう考えてみれば何も違いないのよね私達と深海棲艦も。それなのにお互いに戦争しているなんて……おかしな話よ。

 今回の案件がただの特例なだけか、今まで気づかなかっただけで沈めて来た深海棲艦が艦娘だったのか……どっちが艦娘達にとっての幸せだったのか?いい方向に取れば轟沈した仲間が帰って来る。けれど悪い方向なら仲間同士で争っていることになる……ままならないものね。

 

 

 美船元帥は可能性を考えた。もしこれから先に同じような案件が浮上しだすと軽視派はこれを好機と見て動くだろう。

 

 

 艦娘達を危険分子とみなし排除、もしくは兵器化を更に望むはず。民間人にも情報がもし漏れたとしたら、いつ敵に回るかもしれない存在が身近に潜んでいるとなれば不安を宿した者達が艦娘達を排除しようとする。そうなったら私だけでは彼女達を守ることは難しくなる。元帥の立場が危ぶまれれば誰かがその座を狙ってくるに違いないわ。

 軽視派の人間が元帥の地位に立てば……艦娘にとって余計に生きづらくなってしまう。最悪人間と艦娘との絆がボロボロになり、お互いに敵視し合った状況で勝てる訳もない。きっと深海棲艦には手も足も出ずに滅ぼされてしまうでしょうね。それぐらいのことは考えればわかるはずなのに、卑しいバカ共は目の前の事にしか目を向けず、地位と名誉を欲して己と言う存在に酔いしれている。「敵」は一体誰のことを示しているのか……わからなくなるわね。

 

 

「ほんっっっとうに、人間ってバカな生き物よ」

 

 

 欲望に駆られた人間は何をしでかすかわかったもんじゃない。それが滅びる道に近づいているとしても未来のことなんて考えているフリをするだけ、今が良ければそれでいいって思っている。十年、二十年、三十年後に私達人間はまだ生存できているのか疑わしいわ。いっそこのまま深海棲艦に滅ぼされても自業自得な気も……

 

 

「――って、そんなことを考えちゃダメ。元帥なんだからみんなを守らないといけないのにこんな弱気な事を考えちゃって……全員がそうでないとわかっているはずなのにね」

 

 

 美船元帥にとって外道丸野助はよくわからない。矛盾を宿した若者だとしか。しかし新たな希望となるかもしれないと期待を込めている。やはり彼は変わっている。軽視派の影響を受けておきながら、その活躍は素晴らしいものだ。これも何かのカモフラージュで行っていることなのかわからないが、そうとは思えない。現時点でも悪事を働いているということは全く見られない。

 黒の様で白。理解しがたい人物であるものの、艦娘達が彼を必要としていることは間違っていない。この先に問題を抱えた艦娘達が出会えば暗く冷たい海の底から救い出してくれる気がする。

 

 

「外道提督、あなたはバカな連中と同じではない……のよね?」

 

 

 そして美船元帥も艦娘と同じように彼を必要としている……のかもしれない。

 

 



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3-13 罪のトラウマ

川内の悩みと恐怖、それが彼女の心を蝕んでいく。


それでは……


本編どうぞ!


 『どうして……わたしたちを沈めたの?』

 

 

 ごめん。

 

 

 『一人だけずるい……わたしたちもかえりたい』

 

 

 ごめん。

 

 

 『沈めておきながら……自分だけ……許さない!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『裏切者

 

 

 『裏ぎり者

 

 

 『裏ぎりもの

 

 

 『うらぎりもの

 

 

 『ウラギリモノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ヒトゴロシ

 

 

 やめて!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はっ!!?」

 

「川内ちゃん大丈夫!!?」

 

「はぁ……はぁ……な、那珂……?」

 

「うなされていたよ?やっぱり……思い出しちゃうよね」

 

 

 布団から飛び起きた。その体は汗だくで恐ろしい光景を見てしまい引き()った顔の川内はさっきのが悪夢であったと気づく。

 

 

 時刻はマルフタマルマル。

 

 

 本来ならば川内にとって夜は大好物だが、あの嵐の夜のことを思い出してしまう。仲間が沈み、目の前には同じ最愛の妹の那珂の姿がある。だが彼女とは別人。川内の妹である那珂は嵐の夜に沈んだ。そして自身も。

 あの時は浮かれすぎていた。夜戦が好きな彼女はあの夜を忘れられない。嵐でなければ深海棲艦の奇襲にいち早く気づけたかもしれないが、不幸にもいくつもの悪条件が重なって生まれた結果であった。

 

 

「だ、大丈夫だよ。ごめんねこんな時間に起こしちゃって」

 

 

 ○○鎮守府A基地へと着任することになった川内は那珂と同室だが、着任当日から悪夢にうなされている。数日しか経っていないが川内は寝不足であることを目の下のくまが証明していた。

 

 

「那珂ちゃんは大丈夫だから心配しないで。それよりも川内ちゃんの方が……」

 

「大丈夫だって。ちょっと夢見が悪いだけだから気分転換に外に行って来るよ」

 

「じゃあ那珂ちゃんも……」

 

「ついてこないで」

 

 

 さっさと寝室から出て行ってしまう。一人になりたいのだろうがこれで何度目の光景だろうか?

 

 

「……川内ちゃん」

 

 

 一人残された那珂は寂しそうに空になった布団を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 真夜中の海は波の音だけが奏でる音色は静かで癒される。しかし川内の心はそれでも癒されることはない。港の堤防に腰かけため息をついた。

 

 

 眠れない。おかしいな?神通達は許してくれたのに……やっぱりみんな私を恨んでいるよね。そうだよね、だってみんなを沈めて自分だけがこうして帰って来れて……卑怯者だよね。裏切者って言われても仕方ない。私はみんなを轟沈させたんだから(殺したんだから)

 

 

 何度も彼女を責める悪夢を見る。仲間の前では気丈に振舞っているが、それもいつまで持つか時間の問題だ。夜戦が好きだった川内はおらず、夜に恐怖する一人の艦娘……それが彼女だ。

 

 

 私は帰って来たらダメだったかな?神通や那珂に言ったら怒られるかもだけど……でも、何も知らないままの方が良かった。知らずに沈んだままだったら……みんなの仲間入りだったのに。

 

 

 鎮守府の光に照らし出される海の向こう。そこは真っ暗な海。そのまた向こうには沢山の艦娘や深海棲艦が沈んだ海がある。平和な海……そう見えているだけ。今もどこかで争いが絶えずに行われているだろう。

 

 

 沈んだら深海棲艦になる。私もなった。でも帰って来れた。そんな私をみんなが妬み、怨み、嫌う……怖い。苦しいよ……こんなことになるならやっぱり帰って来なければ良かったなぁ……そうだ。

 

 

 海を眺めていた川内は立ち上がる。しかしその瞳に光はない。

 

 

 もう一度沈めばいい。そうすれば……そうすればみんなと同じ。それならみんな許してくれるよね?

 

 

 闇が孕んでいる。仲間を沈め、一人だけ帰って来た罪悪感が彼女の心を染め上げ支配しようとする。それに従うように海の上へと降り立とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どこへ行く」

 

 

 誰かに腕を掴まれた。振り返ればそこには彼女が提督だと選んだ青年が居た。

 

 

 ★------------------★

 

 

 少し時を遡ろう……

 

 

 俺はとても悩んでいる。それは最近無理やり着任した川内の件だ。あいつは特別で、艦娘から深海棲艦、深海棲艦から艦娘へと戻って来た。いわば『ドロップ』した。この世界で初めての異例の出来事らしく、美船元帥さんの使いで五月雨が話を聞きに来たが、大人しかったあいつもこの事実を知った時は大層驚愕して落ち着かせるのに手間取ったぐらいだ。それほど艦娘達にとって認めたくない出来事だが認めなければならない。

 良くも悪くも問題が絶えない。川内は帰って来たが思った通り練度が初めから、これはゲームと同じく練度1からということで、今までの経験がない状態だ。即戦力とはいかねぇもんだぜ。だが問題はそこじゃねぇんだよ。問題は……

 

 

「提督、川内ちゃんが……」

 

 

 那珂が執務室を訪れていた。それだけではなく、他にも電や鈴谷そして熊野が居た。

 

 

 深海棲艦だった頃、軽巡ヘ級から川内へと変わるのを間近で知ってしまったメンバーだ。偶然にも今日そのメンバーが訪れたが、最近毎日艦娘の誰かが青年へとある危険性を訴える。

 

 

 川内が日に日に弱っている。おそらく……いや、確実に深海棲艦だった頃の出来事が関係しているな。ただ深海棲艦だったならば「帰って来れたね。めでたしめでたし」となるが、そうじゃねぇのが面倒くさい。

 ○○鎮守府F基地の海域付近で現れた軽巡ヘ級は強敵だった。F基地で古参の神通が痛み分けで退かせたぐらいだ。その軽巡ヘ級が流れ着いた場所がここだった。神通にボコられるまでの間、多くの艦娘が沈められた。沈めたのは軽巡ヘ級だがそれは元は川内であり、その事実を知ったあいつは精神的にダメージが大きく、寝ろと言っても寝ていない状態。それでも「私は寝てるよ」なんて嘘までついて、空元気を振舞っているのがバレバレなんだよ。もっと自分を大切にしやがれってんだ!

 

 

 そのことを吹雪達含め全員が心配してやがる……チッ、俺の艦娘()共に心配かけやがって!俺もあいつに忠告しているが、相当参っている様子だ。早めに問題を解決しなければこのままでは鎮守府全体が士気の低下を招く羽目になる……それは困る。だがあいつはああ見えて頑固だ。中々忠告を聞き入れないから更に面倒なんだよな。ゲームでのあいつは夜戦バカだ。事あるごとに「夜戦、夜戦」と強請(ねだ)る。

 夜戦はリスクが多い。視界が悪く、敵の発見が遅れれば先手を打たれる。ゲームのように現実は順番なんて待ってくれない。隙を見せれば付け込まれるだけだ。夜戦を避ける艦娘も居るにはいるが、川内は自ら夜戦を好み、何より夜戦のプロだ。それが無いとなれば今のあいつは取り柄がないと言える。ちゃっちゃと問題を解決して取り柄を発揮させなければな。それにあいつは落ち込んだ姿よりも夜戦バカの方が似合っている。そっちの方が扱いやすいに決まっているからよ!!

 

 

 川内は目に見えて弱っている。それは誰から見ても明らかだった。心配した艦娘達が声をかけ、時には一緒に遊ぼうと誘ったが、どれも断るばかりだ。更なる問題が浮上した。いざ出撃となると川内は躊躇し、海面に立つ足が震えていた。出撃することを体が拒否しており、戦闘の邪魔にしかならないと判断した青年により現在川内は出撃どころか遠征にも出かけられていない。

 

 

「ねぇ提督、ちょっとどころかマジでヤバくない?このままだと……マジぱないことが起こる気がする」

 

「わたくしも心配ですわ。どうにかできないでしょうか?」

 

「司令官さん……」

 

「んぁ……確かによろしくねぇな」

 

 

 鈴谷達の心配も勿論だ。仕方ねぇ、そろそろ無理やりにでも従わせた方がいいな。あいつ自身の意思を無視するが壊れるよりも断然マシだ。あの夜戦バカの代わりなんていないんだからよ。さてと、あいつを真の夜戦バカに戻す為の作戦でも考えて実行に移すか。それまでに何か行動を起こすかも知れねぇからチビ共に賄賂(お菓子)で釣って監視を任せるとしよう。何かあった時の保険としてな。

 

 

 青年は作戦を練る為に夜更かしを決めたのだが、まさかすぐに妖精から報告が来るとは思っていなかった。嫌な予感が的中した彼は真夜中の港へ歩を進めるとそこには今にも去ってしまいそうな川内の後ろ姿を発見。その腕を無意識のうちに掴んでいた。

 

 

「おい、どこへ行く」

 

「……はなしてよ」

 

 

 振り返った川内の瞳に光は無く、そのまま暗い海へと沈み二度と戻って来ない……そう確信させる危ない瞳をしていた。

 

 

 こいつやべぇな、チビ共が知らせに来ていなかったら今頃……チッ、勝手なことをしやがって。自分からわざわざ俺の駒になりに来たのに去るつもりかよ?さっきまでお前の為に作戦を考えていたのに無駄になっちまった。数日でもお前にかけた時間は少なくない。それも返さずに去るなんて許すか。絶対に逃がさねぇ、こいつは俺のモノだ。俺の為に尽くし、俺の為に働いてもらわねぇと困るんだよ!!

 

 

 そんな思いとは裏腹に光を失った瞳が睨みつける。

 

 

「はなしてったら!!」

 

 

 川内は振り解こうとするが、中々振り解けない。艦娘の力ならば青年なんて簡単に突き飛ばすことができるのに不思議なことに解くことができない。それに青年も「絶対に離さん!!」と彼女の両腕をしっかりと掴んでいる。次第に暴れ始めて足蹴りをくらう羽目になり、徐々に痛みが蓄積されていく。

 

 

 ――痛っ!?ちくしょう暴れんじゃねぇよ!!こいつ同じところを何度も蹴りやがって!!こうなったら……!!!

 

 

「暴れんな!!」

 

「――ッ!!?」

 

 

 暴れる川内に埒が明かぬと青年は彼女を力の限り抱きしめる。組み付くことで力を抑え込む仕組みだ。それでもしばらく暴れていたが、次第に落ち着きを取り戻し、同時に失った光が瞳に宿り始めて痛みも温もりに変わる。

 

 

「……て、てい……とく?」

 

「落ち着いたか?」

 

「あ、あれ?わ、私は何を……えっ?」

 

 

 我に返りこの状況を理解したらどういう反応をするだろうか?

 

 

……バ……

 

「ば?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカぁあああああああああああああああああっ!!!

 

 

 5500トン級の軽巡洋艦パワーで突き飛ばされ、アスファルトの地面を顔面からスライド移動する人間がおったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね提督」

 

「……気にするな」

 

 

 ……なんだよこれ?木曾にも同じようなことされた記憶があるぞ。って言うか何でこんな目に遭うんだよ!?

 

 

 執務室で救急箱から絆創膏や消毒液で手当てされている青年は艦娘の力(プラス)摩擦力を受けても生きているだなんて凄い奴だ。

 

 

「本当にごめんね。で、でも……い、いきなり抱きしめられていたんだもん!」

 

「そ、それは……悪かった。だがあのままだとお前がどこかに行ってしまいそうだったからな」

 

「……うん。多分どこか遠いところに行こうとしてた」

 

「……川内」

 

「なに?」

 

「少し話をしないか?」

 

 

 思いつめた表情の川内と青年は言葉を交わすことにした。心に傷を背負った彼女へのカウンセリングである。悩みや不安などの心理的問題について解決する為に援助や助言を与えることだ。今の川内にはこれが必要だと判断した。

 やがてポツリポツリと胸の内を晒していくことでやはり仲間を沈めたことが原因だと判明する。分かっていたことながら難しい問題だ。外傷とは違い、資材を消費して治すのとは訳が違う。下手な援助や助言はかえって状況を悪くしてしまうこともある。慎重に言葉を選ばなければならない。

 

 

 川内の奴め、すっかり夜がトラウマになってやがる。那珂の奴にも心配をかけ続けているから早く何とかしないとまずい。今のこいつから目を離せば今度こそ取り返しのつかないことになる。だがそうはさせるか、何がトラウマだ。俺がそのトラウマをぶち壊してやる……しかしどうすればいいんだ?

 

 

 悩みに悩む青年だったが、意外にも先に口を開いたのは川内の方だ。

 

 

「ね、ねぇ提督、お、お願いが……あるんだけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ど、どうしてこうなった?!!

 

 

 今にも張り裂けんばかりに鼓動が高鳴るのを感じる。それもそのはず何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、提督……熱くない?」

 

 

 ベッドの上、つまり青年の隣には川内が寄り添いあって添い寝していたからだ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 ドクンドクンと鼓動の音が煩く響く。しかし実際に響いている訳ではない。それでも鼓動の音が聞こえてくるほどに緊張していることがわかる。

 

 

 青年と川内、一人用のベッドに二人が背を向けあった形で添い寝をしている時点でおかしなことだがこれにはちゃんと訳がある。

 お願い事とは添い寝だった。一瞬何を言っているのかわからなかったが「……ダメ?」と上目遣いでお願いされたら男として了承するしかなかった。だから仕方がないのだ。決していやらしい考えなど存在しないと主張しておこう。

 

 

 同じベッドで寝る。しかも男と女が一緒に添い寝など前代未聞の出来事だろう。しかも相手は醜い艦娘だ(この世界基準では)その当事者となった青年はと言うと……

 

 

「(おちちちちちちちちちちちちちぃっちっちっ!!?お、おち、おちちち、落ち着け!!!こ、これは仕方ないんだ。川内の奴がお願いして来たからであって、こいつを、ひ、ひと、一人にしたら危ないと思ってだなっ!!?)」

 

 

 背に川内が居る。意識するだけでも鼓動が高鳴るのを感じ支離滅裂な思考に陥ってしまう。それは川内も一緒だった。

 

 

 話には聞いていた。青年が変わり者で醜いはずの艦娘相手でも嫌がらずに接してくれる優しい男性。○○鎮守府F基地での活躍をずっと傍で見ていてわかったことがある。その話が真実であったと。その証拠に現に今こうして嫌がらずに隣に居てくれる安心感があった。同室の妹である那珂に対しても安心感を抱いているが彼は提督である。

 提督の存在は艦娘とは切っても切れない関係にあり、仲間達が自分を暗い海の底に引きずり込もうとする悪夢を見る。怖いと怯える自分を励ましてくれた。気持ちが楽になり、やっぱり追いかけてでも彼の艦娘になれて正解だった。深海棲艦だった頃に感じた温かさは本物だった。その温かさにもっと包まれていたい……その思いがつい口走ってしまったことがきっかけとなった。

 

 

「(ど、どうしよう……こ、こんなことになるなんて!!?)」

 

 

 本人も困惑中だ。自身の発言がこのような事態を引き起こしてしまうなど想定してなかったのだから当然だ。しかしこの時間がとても居心地よい。すぐ背中に感じる人肌、少し動くだけで触れ合う距離。

 気になって眠るどころではない。だけど気になる。川内はゆっくりと振り返り男性の背中は(たくま)しいと理解し、不思議とその背中に手を伸ばして触れてみる。

 

 

「んぁあ!!?お、おお、おま!?な、なにやってんだよ!!?」

 

 

 ちょんと触れただけで青年の体がビクリと跳ね上がると同時に心臓が口から飛び出しそうになっていた。

 

 

「ご、ごめん提督!!ちょっと気になって……」

 

「び、ビックリするからもうやめろよ……(ガチでヤバイ。俺の理性よ、頼むから本能に打ち勝ってくれ!!!)」

 

「……ねぇ提督?」

 

「な、なんだよ?(お、おいおいこれ以上は何もしないでくれよ!?)」

 

「……これからどうしていけばいいの?」

 

「そんなのお前の好きにすれば……っ」

 

 

 「好きにすればいい」と声をかけることができなかった。振り返ればそこにはこちらを見つめる瞳は潤んでいた。

 『仲間殺し』それが彼女の心を痛めつけるには十分な理由であり、トラウマへと誘う呪い。これからずっと背負わされる罪の印。すぐにでも崩れてしまう魂が助けを求めているようだ。

 

 

「……はぁ、ここに居ろ。俺の傍に居ればいい」

 

「……でも、いいの?」

 

「お前から俺の艦娘になりたいって言っただろうが。あれは嘘だったのか?」

 

「嘘じゃないよ、でも私なんか轟沈していればよかったんじゃ……」

 

「川内、お前は自分を必要としていないかもしれないが俺はお前が必要だ」

 

「どうしてよ?練度も戻っちゃったし。私……深海棲艦だったんだよ?もしかしたらまた深海棲艦になったら……!」

 

「そうはならない、させないさ。お前が深海棲艦?バカなことを言うな。お前は川内だ。その証拠に……」

 

 

 青年はおもむろに川内の手を取った。「あっ」と小さな声が聞こえたような気がしたが気にはならなかった。

 

 

「温かいだろ?人肌がこんなに温かいと感じるのはここにお前がいる証だ。それに俺の艦娘になった以上勝手に去るなど許さないからな。辛い現実を受け入れるのはすぐには難しいだろうからゆっくりでいい。那珂や吹雪達がお前を支えてくれるさ」

 

「……提督も?」

 

「勿論だ。お前には俺が必要不可欠だということをわからせてやる。だから焦らず、トラウマと向き合いながら生きてみろ。怖くなったり、罪の重さに耐えられなくなった時は俺達が一緒に背負ってやるから」

 

「……ありがとう提督」

 

「おう(ふぃ……なんとかヤバイ事にならずに済んだか)」

 

「……ねぇ提督、もう一つお願いがあるんだけど……」

 

「んぁ?なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ギュッと抱きしめて?」

 

 

 その朝まで一睡も眠ることは出来なかった青年。理性と本能の争いが繰り返され、下半身と鼻血が今か今かと発射しようとするのを我慢するので死力を尽くすことになったからだ。

 

 

 後に「あの夜は(ある意味で)地獄だった」と証言している。それもそうだ、彼の胸で安らかな表情をして川内が寝ていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、夜遅くにごめん。川内ちゃん知らな……あっ」

 

「んぁ!?」

 

 

 ちなみに川内が寝静まった後、身動きが取れなくなった青年の下に心配になった那珂に現場を見られ顔を真っ赤にしながら「な、那珂ちゃんは何も見ていないよぉー!!」と誤解を解くのにも苦労して、翌日は寝不足だった。

 

 



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3-14 一難去ってまた一難

なんとか魚雷(♂)が暴発せずに済んだ青年だったが……危機はまだ去っていなかった。


それでは……


本編どうぞ!


「外道提督、これからよろしくお願いします」

 

 

 川内との添い寝の件は那珂の誤解を解いて一安心……だと思ったが、翌日夕立と出会った青年はボウッとした頭ながらも提督として振舞おうとしたその時「あれ?提督さんから川内さんの匂いがするっぽい?」という言葉に凍りついた。別にやましいことはやっていないのだが、もし広がっていたらある意味艦娘同士の内戦が勃発する予感がした。夕立の別名『ぽいぬ』嗅覚は犬にも劣らない駆逐艦娘。そっち側の知識が乏しいため不思議に首を傾げている彼女にとびっきり甘くて美味しいケーキをご馳走する代わりにこのことは黙っておくようにと約束させ、鎮守府が荒野になることは避けることができた。代償として財布の中身と一気に疲労が蓄積したという小話があったがもう過ぎたことなので考えないようにしよう……が、後に大変なことになるなんてこの時の青年は知る由もしなかったのだ。

 さて話を戻すが、○○鎮守府F基地の神通達が○○鎮守府A基地へ訪れた。訪れたと言うと誤解を招きそうなので言い方を変えよう。神通達がA基地へ着任した。何故と思うだろうが、やはり提督が居なくなったことが原因だ。

 

 

 弱樹提督……今は元提督だ。職務放棄したことで彼には罰が与えられることになった。初めは懲戒免職を待逃れないと予測はしていたが、神通達の口添えと本人が反省していた点、現時点で提督の数が限られている状況での妖精達と意思疎通ができる人材を捨てるのは惜しいと穏健派を含む大本営は考え、懲戒停職を言いつけた。どれぐらいの期間かは知らされていないが、弱樹はF基地を離れた。残された神通達は今まで通り提督不在の中、鎮守府を回さなければならないのは正直に言えば厳しい状況である。提督の数が少なく、激戦区ではないF基地に他の提督を向かわせるか難しい判断を迫られていたが、そこで名乗りを上げたのが青年だ。

 利用する価値を見出した弱樹が去り、F基地の利用価値が下がった。しかし神通達の存在は惜しい。弱樹を改心させた青年の評価は高いだろう。警戒心もなく、わざわざ基地に出向いてまで交流を図ったのだ。弱樹がF基地の提督を続けていれば良かったが、思い通りにならなかった。現実は甘くはないと教えられた。しかし「こいつらに費やした時間と努力をどこぞの馬の骨に取られるぐらいなら!」と気持ちを改め引き取ることにしたのだ。

 

 

 こんなに再会がすぐになるとは思っていなかった川内は古鷹と加古には怒られ、暁達第六駆逐隊からは泣かれ、神通からは気が遠くなるほど()()()をした。げっそりと生気が抜けた川内が転がる展開となったが、無断なのだから誰も庇うことなど出来なかった。

 

 

 神通達の戦力を吸収できたが、これでR基地とF基地が機能しなくなった。激戦区ではないものの正直に言えばA基地の負担は相当なものだ。しかしそれでも青年は闘志を燃やす。警備範囲を拡大し、妖精達にも賄賂(お菓子)を贈り仲間を募らせ、更には妖精達の技術力を借りて新たな装備を開発し、深海棲艦のデータを元に効率よく撃破できる訓練を強化した。神通達を引き取ると共にF基地の資材を確保できたことがまだ幸いなことだ。

 そうした経緯があって神通達は着任したが、弱樹が帰って来るまでの仮の着任として扱うつもりらしい。それまで面倒を見て、恩を売っておく算段だ。利用できるものは利用する。そして昇進の為の贄にする……それが姑息な男の戦略だ。そんなことを微塵も疑わぬ彼女達は哀れにも利用される側だと知らずに生きていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これとあれと……そしてこれが例の書類だ。利根と筑摩はこれを頼む」

 

「吾輩の出番であるな。任せよ!」

 

「これですね。畏まりました」

 

「この装備開発の件は夕張に任せるぞ」

 

「データの保存はバッチリ任せて♪」

 

「島風は急いでこの荷物を送ってくれ」

 

了解!!(オゥッ!!)

 

「吹雪達と時雨達は遠征中で鈴谷達も護衛任務中で居なかったな。あいつらが帰って来たら交代させてっと、おいチb……ではなく、妖精さんの方は何も問題は起きてないか?」

 

『「だいじょうぶだ、もんだいない」』

 

『「けど、やすみがほしいよー!』

 

『「そうだそうだ!!」』

 

「頼みを聞いてくれたらプリンを奢ってやる」

 

『「9こでいい」』

 

『「ぜんいんで9こじゃない。ひとり9こだ!」』

 

「(チッ、こいつらちゃっかりしてやがるぜ)」

 

 

 ドタドタと忙しなく鎮守府を駆けるのは艦娘達だけでなく妖精達も同じだ。仕事があまりにも忙しく秘書艦だけでは対応できない量の書類の束が机に積まれており、青年はその書類の山を片っ端から確認し、利根達や妖精達に協力してもらっているがそれでも大変だ。

 その中で神通は自分達の負担も青年やA基地の艦娘達に担がせてしまったことへの責任を感じていた。

 

 

「外道提督、今からでも遅くはありません。私達だけでもF基地に……」

 

「戻るなんて言うなよ。そもそも俺自身がお前達を引き取ると名乗り出たんだ(俺の努力が無駄になるだろ!)言い出しっぺの俺が途中で投げ出すわけにはいかねぇんだ。それにお前達を弱樹(あいつ)の下へと返す為にもここに居た方が良いだろ?なに、ただ少しの間だけ忙しいだけだ。こんなものあっと言う間に終わらせてやる。だからそう背負い込むな。負担は背負うものじゃない、全員で分け合えば苦でもなんでもなくなるんだからよ」

 

「外道提督……ありがとうございます。ならばこの神通、信念を賭けても外道提督の力になってみせます!」

 

「それでこそ神通だ(バカな奴だ。せいぜい俺の為に利用されてくれよ……クヒヒ♪)」

 

 

 神通達の心を既に掴んでいる青年は美味い具合に彼女達を操っていく。この場に居ない古鷹達も素直に出撃と遠征に繰り出してくれた。不自由のない生活と力を最大限まで発揮できる環境を与えられ、わざわざ自分達を引き取ってくれた青年に恩を返そうと彼女達の士気は高い。これも作戦の内であるのが汚い。彼に関わった艦娘は何も知らずに利用されていく……まさに外道!!

 

 

 そんな忙しい毎日がしばらく続いていたある日のことだ。

 

 

「……んぁ?あれは神通と那珂……それに川内か。何をしている?」

 

 

 そっと物陰に隠れる青年。忙しい毎日を送っており、A基地付近の海域だけでなく、F基地付近の漁業関係者達との護衛任務の会談、周辺住民への対応も受け持つことになり、出かければいつも帰って来るのは夜。ギリギリの就寝時間まで仕事漬けの毎日に体が悲鳴を上げる。根性と昇進の欲求で動いているようなものだ。そんな時にふと在庫を切らしていた栄養ドリンクを買いに行った帰りの出来事だ。

 真夜中の海上で影が三つ確認できた。それは神通、那珂、そして川内だ。彼女達には今の時間出撃を命じていないのに何をしているのか気になった。

 

 

「頑張って川内ちゃん!」

 

「ゆっくり、ゆっくりでいいんですよ姉さん」

 

「わ、わかってるよ……」

 

 

 星々の光が海面に反射して美しい海の上。支えられていた川内から二人が離れる。ゆっくりと川内は前に進んでいく。見ていてわかった。川内はトラウマを乗り越えようとしているのだと。これを見ていた青年は感心していた。

 トラウマを克服してもらわなければ使い物にならない。戦えずに資源を消耗するだけの艦娘はただのお荷物。そうなれば待っているのは『解体』の二文字。解体してしまえば川内にかけた時間が無駄となる。しかしあの夜の一件以来少しではあるものの、前へと進んでいる。

 

 

「そうだ、それでいい。トラウマを超えてみせろ。元々夜戦バカのお前ならまた夜が好きになるはずだ。お前ならばきっとできる。そして俺の昇進の贄になるがいいさ……クヒヒ♪」

 

 

 物陰から見守る青年の笑みは欲望にまみれたものであった。川内のトラウマ克服を願うも彼の欲望の為にあるものであるのだろう。なんとも卑しい男だ。

 

 

「ねぇ提督さん何してるの?」

 

――んぁぁあ!!?

 

 

 急に声をかけられてビックリした青年。高まる鼓動を感じながら振り返れば夕立と時雨が不思議そうな顔で立っていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ぽぉぉぉいぃぃぃ……」

 

 

 今日の秘書艦担当は夕立なんだ!でも提督さんがいないとつまんな~い。提督さんが外に出かけちゃって、夕立は書類仕事をしてたんだけど……字ばかりで飽きちゃった。最近ずっと忙しい毎日で嫌になっちゃう。

 新しく神通さん達がやってきて、何故か神通さんに川内さんが怒られていて、電ちゃんが暁ちゃん達と抱き合っていた。古鷹さんも青葉さんに絡まれていて加古さんが呆れていたよ。初めは六人しか居なかったのに今では沢山仲間が集まって賑やかで嬉しい。これもみんな提督さんのおかげっぽい♪でも仕事も集まるなんて聞いてないっぽい!!忙しすぎて提督さんよりも書類と向き合っている方が多いなんて嫌っ!!!

 

 

「夕立このままだと死んじゃうっぽい!時雨なんとかして」

 

「うん、その前に夕立?提督が帰って来る前に執務室に戻りなよ」

 

「書類仕事は嫌っぽい。字ばかりで飽きたから提督さんが帰って来るまでここにいる」

 

 

 困ったことに本日秘書艦の夕立は青年が出かけてしまった隙に我慢が出来ずに飽きが来た。ふらふらっと鎮守府内を彷徨っていた時、遠征から帰って来た時雨は一足先に入渠ドックから出て来たところを発見され、夕立に絡まれている。これには当然時雨も困っている。

 

 

「今日の秘書艦は夕立なんだから頑張りなよ?」

 

「時雨も手伝って」

 

「ごめんね夕立、僕は明日も遠征に出かけないといけないし、さっき遠征から帰って来たばかりで疲れているんだ」

 

「むぅ~!」

 

「むくれたって通用しないよ。夕立、今は僕達が怠けるわけにはいかないんだ。今を疎かにしたら次もまた疎かになってしまう。ね?今が忙しいだけだから落ち着いたら提督に思いっきり構ってもらおうよ」

 

「むぅ……わかったっぽい」

 

 

 時雨はお疲れの様子だ。それでも姉の立場である時雨は夕立を(たしな)めると言うことを素直に聞いてくれる。ちょびっとデスクワークが苦手なだけなのだ。それでもやはり姉である時雨は夕立には甘い。執務室まで付き合ってくれることになり、送る途中で夕立が何かに気づく。夕立の視線を辿ると窓から青年の姿を発見する。物陰に隠れているようで何をしているのか気になった二人は建物を出て彼の下へとやってきた。

 

 

「ねぇ提督さん何してるの?」

 

――んぁぁあ!!?

 

 

 夕立が声をかけると青年はビックリしていた。二人の存在に今気づいた様子である。

 

 

「提督さん驚いてるっぽい♪」

 

「そ、そんなことは……ないぞ?」

 

「提督、説得力ないよ?」

 

「……ゴホン、それで?お前達は何をしている?」

 

「あっ、誤魔化したっぽい」

 

「……煩いぞ」

 

「ふふっ♪提督がいないから夕立が暇だって僕のところまで来たんだ。でも秘書艦としての務めがあるから執務室へ送り届けようとしたら提督が見えてね。提督こそ何をしているの?買い物は済んだんじゃ?」

 

「んぁ、それはなぁ……」

 

 

 事情を説明するよりも先に()()が声をかけてきた。 

 

 

「提督と夕立ちゃんに時雨ちゃんだ。こんなところで何してるの~?」

 

「あら外道提督、夕立さんに時雨さんも。見ていたならお声をかけてもよろしかったのに」

 

「ちょっと買い物帰りにお前達をたまたま見かけただけだ。夕立と時雨もたまたまだ」

 

 

 ひょっこり現れ、先ほど青年が驚いた拍子に那珂達が気づいたようだった。

 

 

 那珂ちゃんさんだ。神通さんに川内さん?あっ、そっか。川内さん夜がトラウマになっているって。それを克服する為に頑張ってるんだ。提督さんも「川内に頼られたら力を貸してやれ。時に傍で見守ってやれ」って言ってたっけ?だからこんな時間にここに居たんだね。

 

 

 夕立と時雨はすぐに納得がいった。川内がトラウマを克服する為、夜中に那珂と神通に協力してもらっていると。青年はその光景を陰から見守っていたんだと。トラウマに悩まされて使い物にならなくなった艦娘に残された道は解体される末路だと言うのに、それでも克服しようと頑張る川内をそっと陰から見守ってくれるなんて優しい提督なんて心温まる話なんだと二人は思った。

 

 

「んぁ、川内」

 

「なに?」

 

「焦るなよ?お前は深海棲艦じゃない。艦娘川内だ。もう一人にはならない。だから無理に気を張るなよ?これで壊れたら元も子もないからな」

 

「心配してくれるんだね」

 

「べ、別にお前が心配で言った訳ではない!(そうだ、俺の為に言っただけなんだからな!)」

 

「もう提督ったら……でもそういうことにしておくよ。ありがとう♪」

 

「……お、おう(やめろ!キュンと来るじゃねぇかぁ!!!)」

 

「「「「……」」」」

 

 

 むぅぅ、なんかおかしいっぽい?川内さんってこの前ここに来たばかりだよね?でもどうしてだろう?提督さんと距離感が近い気がする……夕立の方が提督さんと一緒にいた時間は長いはずなのに。なんか胸の辺りがモヤモヤするっぽい。なんだろうこの感覚……気持ち悪い。

 

 

 夕立は胸の辺りに違和感を抱いた。確かに夕立の言う通り青年と川内の距離が近い気がした。青年にそれに川内が青年へと向ける笑顔がとても眩しく感じて嫌な気分になった。

 

 

「………………………………………………」

 

「あっ……まぁ……!」

 

な、那珂ちゃんはなにもし~らない

 

 

 夕立が感じたのはそれだけではなかった。時雨がジト目で青年を見つめていること、神通が顔を赤くして「姉さんまさか!?」と何やら呟いていたし、那珂は何か言っていたがよく聞こえず、下手な口笛を吹いている。なんだろうこの感じ、いつもと様子が違う気がした。「そう言えば」と夕立は思い出して……

 

 

「……この前、提督さんの体から川内さんの匂いがしてた」

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 ポツリと呟いた夕立の言葉に全員の視線が釘付けにされた。夕立も言ってから「あっ」と気づいたようだがもう遅い。青年との言ってはならぬ約束であったが、川内に対して向ける内なるどす黒い感情がそう仕向けたものだった。夕立本人には悟ることができない無意識の行動。その行動に飛びつくのは勿論飢えた獣(艦娘)達だ。

 

 

「……ねぇ夕立、それはどれぐらいの時間帯だったの?」

 

「えっ、えっと……朝だったっぽい」

 

「……早朝?」

 

「た、確かそう……朝ごはんの前だったから」

 

「……ふ~ん……」

 

 

 夕立は見た。自分の顔を覗き込む時雨は笑っているのに笑っていなかった。

 

 

「……そうなんだ。へーえ、驚いた。そんな朝早く……ううん、夜に何をしてたのかな?川内さんと二人で?提督……ねぇ?」

 

「う、噓……ね、姉さんそれは本当ですか!?外道提督も本当のことなのでしょうか!!?」

 

「お、お前ら落ち着けって。お前達が思っていることは何もな――いぃっ!!?」

 

 

 無機物が笑顔の仮面を被っているような時雨の眼差しにビビる青年。

 

 

「ごめんね提督、忙しい時だけどこれは僕にとって大事な話なんだ。ねぇどういうこと川内さん?おかしいよね体から匂いがするだなんて普通では考えられないよねしかも早朝からなんて……どういうことなの?ねぇねぇねぇ、提督こっちの目を見てよ?どうして僕の目を見てくれないのかな?目を見て説明してくれない?納得できる説明を……ねぇ?」

 

「「………………………………………………」」

 

 

 神通はオロオロと顔を真っ赤にして錯乱中。時雨に至っては死神ですら裸足で逃げ出す瞳の色をしており、ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!と効果音を付けるなら間違いなくこれだろうと言えるオーラを身に纏って青年と川内を追及していた。青年と川内は恐怖心からか沈黙を余儀なくされそれがまた勘違いへと発展しかけてあわやという場面にまで追い込まれ、慌てて先の事情を知っていた那珂の介入でどうにか誤解が解けるまで二人は生きた心地がしなかった。ちなみに夕立は……

 

 

 そうだったんだ。提督さんと……夕立も一緒に寝たい!二人っきりでベッドに……二人っきり?あれ?なんだかドキドキするっぽい。なんだろうこの感覚?嬉しいような楽しみみたいな感じだけど、ポカポカしてる……提督さんこれってなんだろう?夕立よくわからないや。

 

 

 夕立の心に小さな感情が宿っていたが、その感情の名前を知るのはまだ先のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃしぃ!!!提督ぅと一緒のベッドで……あ、あんなことやこんなことを……いひっ、いひひっ❤」

 

「はわわわ、て、提督さんと夜に二人っきり……え、えっちなのです!で、でも提督さんになら……❤

 

「べ、べべべ、別に何とも思わないし!つまりあれでしょ?た、たかが夜二人っきりで同じベッドで寝るだけでしょ……うっ!?ちょ、ちょっと……用事を思い出したわ。……は、はぁ!?ぬ、濡れていないし!!!と、トイレなんかに行いくわけないでしょバカ!!!」

 

「し、司令官と二人っきり……司令官に求められたら……ふへ、ふへへへへへへ❤」

 

「マジやっば……ちょ、ど、どうしよっ!!?チョーマジやば展開なんだけど!!?そ、そうだ、熊野に相談しないと!!!」

 

 

 鎮守府全体にこのことは広がってしまい、一部の艦娘達から詰め寄られた。その誰しもが瞳に生気がなく、選択肢を間違えばバッドエンドルートに進んでしまうと直感した青年は震えた。ちなみに極秘事項だが少しちびった……何がとは記載しないでおく。

 必死の説得(死に物狂いの勢いで弁明した)と那珂の手助けにより誤解はなんとか解けた。青年曰く、この時の那珂が救世主に見えたそうだ。しかし川内だけが得をしたのは不公平。それは良くないと旗を掲げる最近重労働で癒しを求めていた艦娘達による抗議活動により、忙しい日々が落ち着いたら青年と二人っきりでの添い寝を実現することを契約書にサインさせられることになった。その日が待ち遠しく、妄想に妄想を重ねトイレに駆け込む艦娘達が居たとか。

 

 

 二人っきりでの添い寝は実行されるのだが、結果的に誰もが興奮して寝付けずに朝を迎えることになった。だが安心してほしい。添い寝した艦娘は皆が翌日キラキラして輝いていたそうだ。

 勿論ヘタレな青年が艦娘に手を出すなんて真似できるわけもなく、ただただ彼は興奮するだけの寝付けぬ夜を過ごすのでしたとさ。

 

 



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3-EX 川内

章もこれで一旦閉幕です。次回はどうなるのか……その前に艦娘の心境回です。


それでは……


本編どうぞ!


「那珂ちゃんそっちに行きましたよ!」

 

「OK!こっちは任せt――ッ!?川内ちゃん!!」

 

 

 一匹の深海棲艦……いや、元艦娘だったのか?わからないけど那珂を無視して私に向かって恨みが籠った一発の砲撃が放たれる。

 

 

 少し前なら当たってもいいかなって思ってたよ。でも今は違う。

 

 

「てー!」

 

 

 放たれた砲撃を避けてお返しに一発撃ち込んであげたら深海棲艦は沈み、敵の姿は見当たらないが油断はしない。油断した。それで一度私は沈んだ。けれども二度同じ過ちは繰り返さないと決めたんだ。

 

 

 見上げれば星が私達を照らしている。そして満月も……私は今夜、一歩踏み出すことができたんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です姉さん」

 

「今日のMVPは川内ちゃんだね!」

 

「うんうん、睦月も同感にゃしぃ!」

 

「夕立もそう思うっぽい!」

 

「川内さんこれタオルです」

 

 

 「ありがとう」と吹雪から手渡されたタオルで髪を拭く。みんな私が抱えている事情を知っている。トラウマを知ってくれている。トラウマをほんの少し乗り越えることができたことを褒めてくれた。けどみんなは私より断然活躍していたし、こんなことで満足していられないよ。けど……みんなの優しさは素直に嬉しかった。

 近海に深海棲艦の姿が確認されて吹雪達が出撃しようとした時に「私も出たい!お荷物にはならないから!!」と提督を説得した。神通と那珂とトラウマを克服しようと練習していたあの忘れられない(数々の射殺さんとする視線を浴びた)夜の日からずっと頑張って来たんだ。だからその成果も含めて私は提督にお願いした。すると提督はすぐに「いいぞ」って言ってくれた。やけにあっさり返答が帰って来たけど、私を信じてくれていたからなのかもしれない。なんとなくそう思っただけだけど間違っていなかった。

 

 

 艦娘に戻って初めての出撃で無事に帰って来れたけどまだ心臓の鼓動音を感じていた。気持ちを落ち着かせる為に何気なくふと見れば、そこには当然のように提督が妖精達と一緒に待っているとは思っていなかった。提督を待たせるのは良くないと思って港に足をかけたんだけど、一歩踏み出すことができた高揚感と安心した後の疲労感が一気に襲ってきて、ふらりと足元がふらついてしまった私を支えてくれたのは提督だった。

 抱かれる形で「大丈夫か?」って心配してくれた何気ない一言が自分でもわかるくらい嬉しくて恥ずかしくて……顔が熱くなっていたのを覚えてる。

 

 

 背後から吹雪達の痛い視線を感じたけどあれは故意にやったことじゃない事故だから!!

 

 

 まぁそれから色々とあったけどお風呂で落ち着いて、布団に入って後は寝るだけだけど中々寝付けない。気分が高まっているみたいで寝付けないみたい。何度も寝返りをうち、枕に抱き着いて何も考えないようにしているけど忘れられない。

 帰りを待っていてくれるって……なんだかいいよね。きっとその時は笑顔だったに違いない……だってにやついた笑みをしているのを自分自身の肌で感じるから。だからって「気持ち悪い」なんて言わないでよ那珂、神通も「姉さん、応援してますから!!」なんて私と提督の間には何も……何も……

 

 

 無いなんて……ことはないのかな?提督は私のことをどう思っているんだろう?

 

 

 艦娘ってみんなどうしてこんなに醜いのかな?神様って不公平だよね。国と人の為に戦って命かけているのに好かれる姿にしてくれなかった。艦娘を兵器みたいに扱う奴もいるって聞いた。吹雪達も酷い目にあったって言ってた。だけどみんな声を揃えて「でも司令官(提督)がいるから」って……変わってるよね、あの人は。

 私達こんな顔で、首から上を隠しても「あっ、こいつブスだな」ってわかるぐらいの容姿なのに提督は普通に接してくれる。話しはF基地で聞いていたけど……一緒に暮らしてみると驚くことばかりだった。

 

 

 同じ空間で同じ食事をしたり、それが相席だったり、あまりの量の仕事に疲れた時にはアイスやジュースを奢ってもらったし、悩みや相談に付き合ってくれたりとまるで聖人のようだけど変わり者。島風がお風呂からバスタオル一枚で走り回っている姿を見た提督が鼻血を垂らして気絶したなんてことがあった。どうしてそんな安らかな顔なのか意味がわからない出来事があったし、叢雲に蹴られても解体しないなんて……もしかして隠れドМだったりとか考えてみたりした。

 この前のなんて艦娘の私と男女二人っきりで同じベッドで寝ただなんて未だに考えられない。あ、あれは私のせいでもあるけど、それを抜きにしても普通なら嫌がるんだけどそうはならなかった。あの時はその場の勢いで言っちゃったけど後悔はしていない。トラウマを克服しようと思ったのは提督のおかげだから。

 

 

 深海棲艦だった(みんなと事情が違う)私を受け入れてくれた。それがただただ嬉しかった。

 

 

 提督と出会って良かったと思える。やっぱり私の提督はあの人しかいない。提督の役に立ちたい。

 

 

「提督……ん?あ、あれっ?ここは……」

 

 

 ふと気づいたことがあった。さっきまで自分の布団の中に居たはず……なのにここって……

 

 

 見下ろすとそこには提督が寝ている。私はいつの間にか提督の寝室に訪れていたみたい……これってもしかして提督のことを考えていたからなの?……提督は寝ていて気づいていない。

 いけないことだと思った。でも……少しだけなら。ほんの少しだけ、温かくてドキドキしたあの時の夜と同じ時間を過ごしたかった。

 

 

「……提督、言ったよね?傍に居ていいって」

 

 

 何も返事は返ってこない。そりゃそっか、寝ているからね。でも私は忘れていないよ「俺の傍に居ればいい」って言ってくれたことを。

 

 

 ねぇ提督、昔のように夜戦を楽しめるようになれると思う?好きで好きで大好きで堪らなかったあの闘争、手に汗握る緊張感、全てが愛おしかったあの頃を取り戻せるのかな?神通や那珂、みんなも協力してくれている。私自身、正直言えばまだ夜が怖い。けどいつかトラウマを克服して、夜戦を楽しめるようになれたら……提督。

 

 

 私と夜戦しよっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しだけのはずがいつの間にか私も寝ちゃって……それから大変だったなぁ。

 

 

 まぁなんて言うかさ、みんな良い子達ばかりなのは知っているんだけど……ね。

 

 

「川内さん、抜け駆けはいけないと思います。ちゃんと聞いていますか?」

 

「あっ、はい」

 

 

 鎮守府の中庭で吊るされた私を極寒の瞳で見つめる吹雪達って本当に駆逐隊なのって思うよ現在進行形で。吹雪達が提督のこと大好きだってわかっているけど、だからって吹雪も夕立も主砲を向けないで!電も魚雷なんか持たないでよ!?時雨たすけ……えっ、なんで包丁なんか……叢雲と睦月は黙ってないで助けてよ!?あっ!鈴谷丁度いいところにお願いたすけ……って、なんで加勢してるの!?神通ー!!那珂ー!!誰でもいいから助けてぇええ!!?

 

 

 結果提督に助けられたから良かったけど……あの時は怖かった。でも、それでも……提督の下から去るなんてことはしない。「傍に居ていい」って言ってくれたんだ。だから吹雪達であっても私は譲らないよ。

 

 

 



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平穏と戦争編
4-1 ある鎮守府の日常


どうも新章の開始です。比較的今回はほのぼのとした回が多くなればいいですね。


それでは……


本編どうぞ!




 ○○鎮守府A基地、そこには幾多の訳あり艦娘達が集う鎮守府である。

 

 

 人間の手により姉妹や仲間達を失った者、ただの戦力という名の便利な道具扱いされた者、提督不在となり身を寄せた者、そして建造された者達が集う場所。その者達を支え、共に同じ道を突き進む者を提督と呼ぶが、多くの者が務めを果たせていない。しかしここは違う。真に艦娘と共に支え合い、絆を育んでいる者がいる。その提督の名は……

 

 

 外道(そとみち) 丸野助(まるのすけ)。しかしこの男は艦娘を利用する姑息な奴。今日も今日とて艦娘達は昇進(欲望)の為に()()()()に利用されてしまうのである……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは済んだな。こっちはまだか……んぁ?おい暁、そろそろ遠征の時間だぞ」

 

「暁は……れでぃだから……これぐらいのこと……むにゃむにゃ」

 

「こいつ寝ていやがる。チッ、無理もないか。ピークは過ぎたとはいえまだ暁は子供だ(内面も)ここの環境には慣れていないようだったしな。仕方ねぇ、遠征時間をずらすか」

 

「もう暁ったらダメじゃない!」

 

「暁はレディ(笑)(お子様)だからな」

 

「司令官さん、暁お姉ちゃんがご迷惑をおかけするのです」

 

「いや別に構わん(寝起きで遠征はまずい。失敗に繋がるかもしれねぇから許可できるか)暁が起きるまでお前達も休んでおけ」

 

「司令官さん……ありがとうなのです♪」

 

「流石ね。でも雷に頼ってもいいのよ?」

 

Хорошо(ハラショー)

 

 

 ある時は……

 

 

「ええええっ、ここってお酒置いてないのかよぉ……」

 

「こ、こら加古!!すみません外道提督」

 

「謝る必要はねぇよ。だが、ふむ……酒を置いた方がいいのか?しかし加古や古鷹はともかく……吹雪はまだ子供だろう?」

 

「えっと、私は見た目はこれでもお酒は飲めるみたいです。叢雲ちゃんも時雨ちゃんも問題ないと思います」

 

「なに?つまりお前だけでなく、時雨や叢雲は百歩譲っても睦月や電は……合法ロリだと!?

 

「司令官どうかしましたか?」

 

「い、いやなんでもない。ストレスの()け口は少しでも多い方がいいな。酒の仕入れも検討してもいいかもしれないな」

 

「うお!マジ!?気ぃ利くじゃん!!サンキュー♪」

 

「こ、こら加古ったら!!」

 

 

 またある時は……

 

 

「提督この前の装備開発の件なんですけど……」

 

「んぁ?ああ、あの件だな。夕張ちょっと見せてくれ」

 

「あっ、こ、これなんですけど……(提督の顔がこんな近くにある。やっぱりカッコイイ……や、やだ、今の私って油臭くないよね?)」

 

「びゅううううん……オゥッ!?(てーとく、発見!)ねぇ、二人はなにやってるのー?」

 

「きゃぁ!!?」

 

「あっぶねぇ!!おい島風いきなり後ろから現れるんじゃねぇよ、夕張がこけそうになったぞ」

 

「ごっめーん。夕張もごめんね?」

 

「だ、大丈夫よ(や、やだ、不可抗力で提督に抱きしめられるなんて……島風ナイスよ!!)」

 

 

 更にまたある時は……

 

 

「提督……すみませんでした」

 

「提督さん、翔鶴姉は……」

 

「それ以上は言わなくていい。今回の任務は運が悪かっただけだ。まさか敵の攻撃が全部翔鶴に集中するとはな」

 

「予想外の出来事に睦月もビックリにゃしい」

 

「まぁ何がともあれ任務は達成した。これで民間人の信用も少しは得られるだろうな。それに翔鶴が帰って来てくれて俺は嬉しいぞ(まだお前は利用価値がある。こんなところで轟沈なんてしたら許さんからな!)」

 

「提督……私、もっと提督のお役に立てるように頑張ります!!」

 

「提督さん翔鶴姉だけはずるいよ!!私だって頑張ったんだからね!!」

 

「お、おうそうしてくれ(近い近いって!姉妹揃って可愛い顔しやがって……クソッ!俺を狂わせる気だな。その手には乗らな……魚雷(息子)よ、発射態勢に入るな!この状況で不味いんだ。だから誘惑に負けないでくれ!!)」

 

青葉……これまた見ちゃいました

 

「およっ?青葉さんどうしたのにゃ?」

 

「い、いえいえ、お気になさらず!!」

 

「にゃしぃ?」

 

 

 今日も今日とて……艦娘を()()()()に利用……しているはずである。

 

 

 ★------------------★

 

 

「叢雲たった今帰ったわ。それと報告よ、敵艦隊の迎撃に成功。こちらの被害はないわ」

 

「おう、よくやったぞ」

 

「ま、当然の結果よ。不満なんてないわよね?」

 

「当然だ。流石は()()叢雲だな」

 

……そんな恥ずかしいことを平然と言うんじゃないわよ……バカ

 

「んぁ?何か言ったか?」

 

「な、なんでもないわよバカ!!」

 

 

 何故か頬を赤く染めた叢雲に罵倒されるが、何度目の罵倒かどうか覚えていない。上司の青年に罵倒をぶつける叢雲の構図はこの鎮守府でしか見られないレアな光景だ。

 

 

「提督よ。ちとお主は叢雲だけ褒め過ぎではないか?」

 

「なんだ?利根も褒めてほしいのか?」

 

「吾輩の索敵のおかげで敵を見つけられたのじゃ。なら吾輩が一番活躍したのではないか?」

 

「そうだな、お前もよくやったぞ」

 

「勿論じゃ♪」

 

「そして筑摩もよくやってくれた」

 

「わ、私は特には……」

 

謙遜(けんそん)するな。利根が言ったようにお前達姉妹の索敵にはだいぶ助けてもらっている。感謝しているぞ」

 

「あ、ありがとうございます提督♪」

 

 

 褒められて胸を張る利根とは対照的に照れてしまった筑摩。その一方後方で不貞腐れている艦娘が居た。

 

 

「おい鈴谷、そんなところで何をしている?」

 

「べっつにー?提督が鈴谷のこと褒めてくれなくて不貞腐れているだけですけどー?」

 

「はぁ……ったく、誰も褒めねぇなんて言ってないだろ?鈴谷もよくやった、偉いぞ」

 

「ふっふん♪まっ、全部鈴谷のおかげだしね♪」

 

 

 先ほどの様子とは180度回転して上機嫌の鈴谷だった。労いの言葉があれば彼女達の士気は最高点だ。特にそれは自分達の提督からの言葉ならば尚更だった。ほんの少し優しい言葉をかけて士気が保てるならば利用し、率先して行動に移すのは勿論この青年だ。

 

 

 最近ようやく元の状態にまで戻りつつあるな。豚野郎が治めていたR基地、弱樹が去ってしまったF基地の仕事がここに集中した為に負担がかかっちまった。流れに身を任せたが、結果的に悪くはなかった。鈴谷達、そして神通達、更には川内と多くの手駒を手に入れた。何よりも俺に利用されているとも知らずに働いてくれちゃって。俺が昇進したらお前達なんて不要の鉄くず、解体して資材に変えてやるわ。大淀達の監視の目もなく万々歳……クヒヒ♪笑いが止まんねぇよ。

 しかしだ、世界的には人類側が不利な状況に変わりないんだよな。ここら辺は比較的に安全な海域だが、大淀達が援軍として向かった先は最前線。今もどこかで戦っている……大丈夫だろうか?いや、俺がなんで居なくなった奴らの心配をする必要がある?もう俺には関係のないことだからどうでもいいだがなクヒヒ♪

 

 

 ……ま、まぁ、あれだ。あいつらの活躍で国はまだ深海棲艦に侵略されずに済んでいると考えれば……チッ、今度美船元帥さん宛てにフルーツの盛り合わせでも送ってやるか。か、勘違いすんなよな?これは感謝の意を込めた訳じゃねぇから。もっとあいつらには俺が戦力を増強するまでの時間稼ぎとしての賄賂として送るだけだからな!!

 

 

 とか思いつつ、食事を取っているか、体調管理を気を付けているかなどの手紙も一緒に付与するつもりである。

 

 

 基本○○鎮守府A基地は出撃、遠征、そして漁業組合や輸送船などの護衛任務が主な仕事となっている。その中で青年の管理の下、艦娘達が主体となり国の防衛を行っている。しかしそれだけではない。漁業関係者には艦娘講義なるものを行ってどれほど彼女達に助けてもらっているかを説いている。積極的に艦娘の良さ、必要性をアピールすることで、艦娘の印象を良くしようと働きかけている。これも青年の策であり、鎮守府のみならず鎮守府外でも味方を得ようとした行動だった。

 

 

 利用できるものは最大限に利用する。人を、国を、元帥はたまた敵である深海棲艦すらも。そして艦娘さえも己の昇進(欲望)の為に彼は道化(善人)を演じるのだ。

 

 

「ふぅ……今日も色々あったが、順調に進んでいるな。結構結構♪」

 

 

 クヒヒ♪一時は忙しすぎたが今ようやく落ち着いて来たが、落ち着いて来たのは俺の所だけではないらしい。漁師達も生活に余裕が生まれている様子だ。魚介類なんて深海棲艦が現れてから高騰して一時期は買い占め騒動もあったらしい。そう言うことはここら一帯では減った。制海権を取り戻したことで敵の姿は減り、護衛付きでの漁ではあるが再開してしばらく経っている。そのおかげで民間人の食卓に魚介類の姿が見え始めている。

 艦娘が傍にいることに抵抗があった漁師も今ではそんな様子は見せず、初めは深海棲艦の影に怯えながら作業をしていた漁師も少しばかり信用したのか小言を言いつつも作業に集中する姿を見るようになった。まぁ、F基地の辺りはまだ心配事が多いが、ここと同じようになっていくだろう。

 

 

 それもこれも全ては俺の作戦通りだ。初めは文句を募らせていた奴も今では艦娘のお世話にならなければならない状況を受け入れている。良い環境を手放したくはないんだろうぜ?艦娘を醜いからと突き離せばまた苦しい生活に逆戻りなんだからよぉ。クヒヒ♪やっぱり艦娘講義を実行して正解だったな。艦娘のありがたみを知りやがれってんだ!俺はあいつらのありがたみを知っているぜ?なんせあいつらは俺の口車にまんまとハマり、昇進の為に自ら張りきってくれるんだからなっ!!

 

 

「都合のいい駒だぜ艦娘ってのは♪今のうちに何も知らずに笑っているがいいさ。どうせ俺が昇進すればお前達は粗大ごみにポイ、後はどうなろうと知ったことではない。お前達なんかどうなろうと俺の知ったこっちゃないんだからな……クッヒッヒ♪」

 

 

 執務室でほくそ笑む青年は正常運転であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官!大変ですぅ!電ちゃんが勢い余って叢雲ちゃんに衝突して工廠の壁に穴が開いちゃいました!!」

 

「なんだと!?吹雪、二人はどこにいる!!?」

 

「怪我はしていないので今は自室にいます」

 

「自室だな、すぐに向かうぞ」

 

「あの司令官、工廠の壁はどうしますか?」

 

「そんなことは後だ。あの二人の方が大事だからな!!(頭部でも打って後遺症でも残ったら戦力として使い物にならないだろうが!!)」

 

「司令官……はい!!(二人の方を優先してくれる。司令官はやっぱり素敵ですぅ♪)」

 

 

 今日も今日とて艦娘を()()()()に利用する青年であった。

 

 



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4-2 ご褒美デート

少し遅れましたが投稿できました。平穏回ですよー。


それでは……


本編どうぞ!


「ど、どうかな?変じゃないよね?」

 

「わ、わたくしの格好も如何でしょうか?」

 

 

 ○○鎮守府A基地の一室に集まる熊野そして元R基地に所属していた鈴谷率いる御一行。その中でも特に鈴谷と熊野は忙しなく落ち着きがない様子で何度も自身の恰好を気にしていた。いつもの服装と同じではあるが、汚れ一つ埃一つすら付いていない新品と変わらない仕上がり具合に気合いの入り方が違うとわかる。

 

 

「服着ていればなんでもいいんじゃない?」

 

「むっ、その態度は嬉しくないんですけど~?」

 

「仕方ありませんわよ。今日はわたくし達()()特別な日なのですから」

 

 

 素っ気なく返答する夕張にムスッとした鈴谷を(いさ)める熊野だが、彼女が言った特別な日とはなんだろうか?それに夕張だけでなく、他の翔鶴達も意味ありげな視線を向けていた。それもそのはず本日、鈴谷と熊野は青年とデートするのだ。昨日は興奮して中々寝付けていないが、そんなものはデートへの楽しみに比べれば些細な問題だ。当初それを知った他の艦娘達が抗議活動に発展するのは当然のことだが、そこへ待ったがかかる。

 

 

 憶えているだろうか。深海棲艦だった川内(その頃は軽巡ヘ級)の見張りを非番だった鈴谷と熊野に頼み込んだ際に「お願い」を聞いてくれればという条件を付けた。その条件がデートであり、これは川内の添い寝事件とは別の正式な条件であった為に誰にも文句は言えないのだ。二人にとってはルンルン気分、しかし他の艦娘達からしたら……

 

 

吾輩も付いて行けば……沢山奢ってもらえるはずじゃな。筑摩、吾輩も付いて行きたいのじゃ」

 

「利根姉さん残念ですが抑えてください(提督とデート……なんて羨ましいのでしょうか)」

 

「ぐぬぬ、二人だけずるい!ね、翔鶴姉もそう思うでしょ!?」

 

「で、でもお二人は提督からの褒美だから私達がとやかく言っても……でも羨ましい」

 

 

 護衛任務の際、青年と外へ出かけることもあったがそれは仕事としてだ。だが今回は違い、緊急事態も考慮した上での近場ではあるものの、仕事も気にせずに楽しめる外出。しかも艦娘が理想の男性提督とのデートに誰もが喉から手が出る程に羨ましがられていた。

 

 

「鈴谷の魅力を提督に見せつけてやるつもりだし、そしてあわよくば……ふひひひっ♪」

 

「あっそ。鈴谷は放っておいて、熊野は提督とのデート楽しんできてね。私達のことは気にせずにデートだけに集中してよね?」

 

「ええ、それではお言葉に甘えてそうさせていただきますわ。鈴谷、承りましてよ」

 

「ちょっと夕張(バリ)、私と熊野の扱い違くない!?」

 

「さぁ?それよりも熊野は行っちゃったわよ。提督とのデートすっぽかす気?」

 

「ああ、熊野ってば待ってー!!」

 

 

 約束の時間が迫っていることもあり二人は出かけた。きっと今頃スキップで向かっているのかもしれないと思うとぷくっと頬を膨らます利根と瑞鶴の姿がある。

 

 

「吾輩が居残りとは……無念じゃ!!」

 

「あーあ、私も提督さんとお出かけしたかったなぁ。鈴谷と熊野だけずるいってやっぱり!!」

 

 

 納得できないでいる二人を傍で苦笑して見守るしかない翔鶴と筑摩。そして夕張は……

 

 

「(鈴谷……沢山笑うようになったね。それは私達もだけど、R基地に居た時とは別人みたい。あの頃はお互いに見ていられない状況だったし、鈴谷は姉妹を失った。自分だけ残ってしまったことに何度も謝っていた。もし轟沈していたら深海棲艦になっていたかも……でもそうはならなかったのはここのみんなと熊野そして提督のおかげよね。鈴谷は人一倍苦しんだんだからそれ以上幸せになってもらわないと私だって困るんだから)」

 

 

 小さく笑みを浮かべた夕張はまだいじけている利根と瑞鶴を急かして名残り惜しくも皆は仕事へと戻っていった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「て、ててて、提督まったー!?」

 

「ご、ごきげんよう、熊野ですわよ!?」

 

「……少しは落ち着けって」

 

「で、でもでもデートなんだよ!?一生に一度味わえるかわからないビッグイベントに興奮しないとかだったらそれは女として枯れちゃってることだよ!!?」

 

「わ、わたくしも殿方とのデートなど体験したことなんてありませんので」

 

「そう鈴谷達は初体験なの!!って言うか艦娘とデートすること自体まずありえないことだから!!」

 

 

 正門前に集合した青年達の会話からわかるように鈴谷と熊野は非常にテンションが高い。楽しみにしていたこの瞬間が訪れてワクワクを隠しきれずにいる。それに比べて青年は落ち着いた様子であった……

 

 

 れ、冷静になれ、そして落ち着くんだ俺。女子○生ギャルとなんちゃってお嬢様と一緒に出掛けるだけであって、これはだな……そ、そう!こいつらが要求した対価で俺は仕方なく付き添っているから勘違いするなよ!?そもそも俺の昇進に利用される為の奴らだ。そこに特別な感情なんてあるわけがない!!だからな魚雷(息子)よ、存在感を主張しようとするんじゃねぇよ静まりやがれ!!!

 

 

 ……わけがあるはずもなく、内心では冷静さを欠いていた。下半身の()()も我の出番だな!と表舞台に躍り出ようと張り切っているのを抑えるのに必死だ。彼もいつもと違う二人の雰囲気にドキドキだ。

 

 

「と、とりあえずさっさと行くぞぉ!!じ、時間は待ってくれねぇんだからなぁ!!!」

 

お、オッケー(ほ、ほぉう)!!」

 

お、お供致しますわ(と、とぉぉおう)!!」

 

 

 この調子で大丈夫なのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お願いします神通さん!見逃してくれませんか!?」

 

「ダメです。外道提督から誰も尾行させるなとの指示を受けました。着任したての私ですが、弱樹提督をお救いになってくださった外道提督のお力になると決めました。例え青葉さんでも見逃せません。それでもと言うのならば強硬手段を取らせていただきますが?」

 

「ひ、ひーっ!それはご勘弁ですー!!」

 

 

 提督とのデートという特大級のネタに青葉(パパラッチ)の興味が湧かないわけがなく、尾行しようとしたがあえなく御用となり連行されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、青年達へと話を戻そう。出かけた彼らは出発当初は緊張でガチガチであったが、時間が経てば(おの)ずと解されていき、甘い雰囲気を味わいながら気の向くままに歩を進める。

 

 

「提督見てよ、これってブランコじゃん。乗って遊ぶ遊具らしいけど……楽しいの?」

 

「気になるなら乗ってみればいいだろ?」

 

「ええっ、鈴谷みたいな大人にはちょっち恥ずかしい……」

 

「お前はまだ子供だ」

 

「そうですわね」

 

「ちょっ!?子供扱いしないでよ!!鈴谷は立派な大人ですぅ!!」

 

「えむぶいぴぃを取ったご褒美が提督のなでなでをご所望したのは誰でしたっけ?」

 

「ちょー!!?やめてってば!!!」

 

 

 公園に立ち寄りブランコに興味を持った鈴谷は揶揄われて顔を赤くしてぷんすかと頬を膨らませた。

 

 

「ねぇ見て見て、この服ちょーぱなくない?」

 

「あら、この服……十字架や薔薇の模様が沢山ついていますわ。派手ですわね」

 

「それはゴシック・アンド・ロリータ(ゴスロリ)衣装という奴で、ゴシック精神から来る退廃的な雰囲気を持つゴシックファッションと、ロリータファッションを掛け合わせたジャンルの衣装だ」

 

「へぇー、あっそうだ。提督にこれ着させてみようよ♪」

 

「いい案ですわね。提督、更衣室はあちらのようですよ?」

 

「いや俺は着ねぇから!!」

 

 

 洋服屋へ寄って中を見回ったりとしている内に時間が刻一刻と過ぎていく。楽しい時間は早く過ぎてしまうもので気付けば夕方になっていた。

 

 

「提督ってば、ご飯食べに行こ♪」

 

「んぁ?もうそんな時間か」

 

「ならあそこのレストランなんて如何でしょうか?」

 

「まぁお前達がそこがいいって言うなら俺はどこでも構わんが」

 

「勿論提督の奢りだよね?」

 

「昼飯も露店で買ってやっただろうが……そんな目で見るな。わかった奢ってやる。その代わり訓練に励めよ?」

 

「あっざーっす!」

 

「もう鈴谷ったら……申し訳ありません提督。わたくしの方は大丈夫ですから」

 

「いや、もうここまで来たら熊野も遠慮するな。昼飯の時もそうだったがお前だけを除け者にはできん。奢ってやるよ。た・だ・し、お前も訓練に励むことだ」

 

「提督……ふふっ、それではお言葉に甘えさせていただきますわ♪」

 

 

 昼は露店で済ませた分、晩はお腹いっぱいになるまで堪能しようとしている艦娘二名。しかも奢りと来たものだ。これで青年の財布の中身は空っぽになるかもしれない。軽い足取りの二人と自分でカッコイイことを言っておきながら重い足取りの一人はレストランへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が沈み、暗黒の空が降臨した時間帯。それでも町には光が灯り、車や人が行き交う。そこから離れた一本の道を歩く三つの影、鈴谷と熊野に青年が向かうは鎮守府(我が家)。鎮守府への道は青年達以外に誰も通っておらず、街灯の光がぼんやりと灯っていた。

 

 

 

「「………………………………………………」」

 

 

 鈴谷と熊野は暗闇と同化してしまったように暗い顔をしていた。

 

 

 わかっていたけどよ、こうも落ち込む必要は……あるか。クソが!!折角デーt……ゴホン、付き添いでこいつらのやる気を底上げしようとしていたのに……民間人め!!

 

 

 青年は内心苛立っていた。それはレストラン……いや、町に出かけた時点で起こっていた。

 

 

 青年達……正確には鈴谷と熊野に向けられる視線は不快なものだった。艦娘は醜いが当たり前。この世界では美人(あべこべ)が多く、不細工な艦娘は理不尽な扱いを受けている。○○鎮守府A基地が異常なだけなのだ。それもこれも青年の存在がそうさせている。A基地から一歩外に出ればそこが別世界だと言われても納得できるほどである。

 

 

 公園のママ様方のひそひそ話、洋服屋では客がそそくさとその場を離れ、レストランでは……

 

 

『「ねぇねぇ、あそこの男の人カッコよくない!?」』

 

『「わかるー!でも他にも居るみたい……うわっ、きも!?え、なに?罰ゲームかなんか受けてるの?」』

 

『「あの男の人は軍人さんよ。軍服来てるでしょ」』

 

『「それじゃ一緒に居るのって……()()って艦娘?」』

 

『「みたい。でも可哀想よね、()()()()()と一緒に暮らさないといけないんでしょ?最悪よね」』

 

『「でもなんでここに居るのかな?」』

 

『「きっと無理やり付き合わされているんじゃない?」』

 

『「うわぁ……よく我慢できるね。あたしがあの立場だったら()()()と一緒なんて嫌で逃げ出しているわ」』

 

『「ほんとそれ」』

 

『「「「きゃははは♪」」」』

 

 

 女子学生だろうか、学校帰りの様子であった。思春期の若者達は好奇心旺盛(おうせい)な年齢であり、それが男性ならば尚更だ。当然彼女達も()()であり、()()()な艦娘は店内でも一際目立つ。若者達の話のネタになるのはおかしなことではなかったが、とても聞いていていいものではなかった。周りの客は注意もせず当然のように受け入れている節もあって、艦娘という存在が如何に人間と別物として扱われているか思い知らされる。

 モノのように例えられ、笑われて、食事も美味しさも感じられずにレストランから逃げ出すように去った。

 

 

 嫌悪感を孕んだ視線を浴びるなんてわかっていた。不細工なのは事実だから何を言われても受け入れるしかない。けれどもあんまりではないかと鈴谷と熊野は心の中で思った。

 深海棲艦から守っているのは誰か?食卓へ出される魚介類を取る漁師達を守っているのは誰なのか?誰のおかげで学校へ通うことができるのか?それなのに自分達が頑張ってもバカにされ、醜いというだけで避けられる。二人は初めてのデートに浮かれ、現実を心の隅にしまい込み、気づかないフリをして楽しもうとしていただけだった。

 

 

 しかし思い出した現実。自分達は醜い人ではない何か。世間一般からは深海棲艦(ばけもの)と戦う艦娘(ばけもの)であると認知されていることを。

 

 

「「………………………………………………」」

 

 

 現実を見せつけられた二人は道中一言も喋らず沈黙を通している。朝はあれほどテンションが上がっていたのに今では見る影もない。

 

 

 ちくしょうがぁあああ!!!あのクソガキ共が好き勝手なことを言ったせいで面倒なことになったじゃねぇか!!直接向き合って言えねえ癖して何も知らずに艦娘を語っているんじゃねぇ!しかもだ、俺のことを哀れみやエロい目で見やがって……チッ、思い出してもイライラするぜ。だが俺の事よりこいつらを何とかしないとこのままズルズルと引きずるに決まってやがる。そうなったら鬱陶しくてかなわん。まったく手間をかけさせやがる。

 

 

「おいお前ら、あんなことは気にするな」

 

「ですが提督……わたくし達が醜いのは事実ですわ」

 

「例え艦娘が世間一般からは()()()だと認知されていたとしても、俺は気にしないがな」

 

「それは提督は変人だから気にしないだけじゃん。鈴谷達バカにされた……頑張っているのに」

 

「変人言うな。それに艦娘が世間一般からバカにされ、何を言われようと次第に思い知る時が来るだろうぜ。艦娘が居なければならない大事な存在、自分達人間なんかよりも役立っている、守られていると知ればバカにされることもなくなるさ」

 

「でもでも……いつまで待てはいいの?頑張っても頑張っても褒めてもらえないと……鈴谷やる気でないんですけど?」

 

「俺達が……いや、人類全体が頑張らなければいつまでもこのままだ。焦ってもこればかりはすぐには変えられないものだ。少しずつだが変えていくしかない」

 

「……気が遠くなりそうですわ」

 

「安心しな、俺はお前達の(利用)価値を既に知っている。俺にはお前達が必要なんだ(昇進の贄として)頼りにしているぞ(昇進の間までだがな♪)」

 

「提督……キュン❤

 

やば、濡れそう❤

 

 

 どうだ俺の善人ムーブは!?こいつらバカだから簡単に俺の策に引っかかってくれるし、ちょっと優しくしただけで機嫌治りやがって、取り扱いが簡単で楽過ぎてつまらんぐらいだぜ、クヒヒ♪

 

 

 青年の善人面にコロッと騙される二人。少なくとも先ほどより機嫌が良くなったように見えた。そんな時だった。反対側から誰かがこちらに向かってくる。その人物は年老いた老人だったが、青年には見覚えのあった顔だった。

 

 

「おお、これは提督さんではないですか」

 

「あなたは漁師の……鎮守府に用があったのでしょうか?」

 

 

 相手は漁業関係者の一人で歳のため漁には出ていないが次代の漁師を育て上げる人物であり、青年はすぐさま接客モードに切り替え、鎮守府での普段とは別の顔を作り上げる。これも人付き合いには必要不可欠な術、印象はこの世界では大切である。

 

 

「ああ、少し世話になっている鎮守府を見たいと思ってな。して、そこにおるのは艦娘じゃな?」

 

「そ、そうですが……」

 

「……鈴谷達に何か用?」

 

 

 視線を向けられても二人は笑みを作れなかった。今まで向けられた視線はどれも嫌悪感を孕んだものだったし、先ほどもそうだったから警戒心が勝るのも仕方のないことだった。

 

 

「……すまんかったのぅ」

 

「「えっ?」」

 

 

 老人は腰が悪く、杖をついている。しかしこの老人は頭を下げ、申し訳なさそうに謝った。何に対してかわからぬ鈴谷と熊野は呆然とするばかりだ。

 

 

「深海棲艦が現れてからというもの、漁師の生活は厳しく多くの漁師が辞めていってのぅ……家族の為と言って涙ながら辞めた者もおった。一向に改善しない生活に嫌気がさし、酒に溺れる若者達が現れた。それもこれも全部解決できない艦娘が悪いとわしらは身勝手にもそう思い込むようになってしまったのじゃ」

 

「「………………………………………………」」

 

「わしは提督さんの言葉とわしらを守る艦娘達を見ていて、今まで艦娘のことを何も知らずにただ醜いから、深海棲艦を倒さないからと虐げ八つ当たりをしていたことに気づかされたのじゃ。わしらを守ってくれる艦娘に対する態度ではないと……提督さんの言う通り見た目で判断していたわしがバカじゃった」

 

 

 老人はそう言い、腰が悪いにも拘らずまた頭を下げる。

 

 

「すまんかった」

 

「「………………………………………………」」

 

「……頭を御上げください」

 

「いや、わしらが艦娘達にして来たことは許されるもんではないはずじゃ。今も若いもんの中に艦娘を嫌っておるもんがおる。説得しても遂にボケたと言われる始末、助けてもらっても感謝をせんわしらの方が無礼者だと言うのに……頭を下げることしか出来んのじゃこの老いぼれには」

 

 

 謝罪は言葉だけのものではなかった。老人は心の底から後悔しているのだろう。

 

 

「そのお気持ちは本当にありがたいものです。艦娘のことを理解してくれる方が一人でも増えたことがワタシには喜ばしいことです。彼女達にもその思いは伝わっているでしょう……ですよね?」

 

「う、うん」

 

「え、ええ」

 

「……そうか、ありがとうお若い艦娘の方々。今のわしがあるのはあんたらのおかげじゃよ」

 

「「………………………………………………」」

 

「……さてもう時間も遅いですし、送って行きましょうか?」

 

「いやいや、そこまでしてくださらんでもよい。こんな老いぼれでも散歩が日課で、腰は弱くとも足だけは丈夫なんじゃよ」

 

「そうですか……道中お気をつけてくださいね」

 

「ああ、提督さんそして艦娘のお若いの、重ね重ねすまんかった」

 

 

 ゆっくりとした足取りで町の中へと消えていった老人。残された青年達は消えていった老人の背を見送った。

 

 

「……どうだ?ほんの少しだが変わったぞ。あの爺さんは思い知ったんだ。艦娘のことを知り、お前達の活躍を見て大切さ、そして自身の間違いに気づけた。お前達の頑張りが身を結んだってところだな。嬉しいか?」

 

「嬉しい、めっちゃ嬉しい。やっと鈴谷達の努力が報われたんだね」

 

「感謝されるとこんなにも温かいものなんですわね……わたくしなんだか感慨深いものがありますわ」

 

 

 ほっこり顔の鈴谷と瞳に雫を宿した熊野。先ほどの暗さはどこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。

 

 

 ナイスだ爺さん。あんたのおかげでこいつらの機嫌が良くなった。面倒事が無くなって仕事に専念できるぜ。それに……クヒヒ♪艦娘講義を開いて正解だったな。これから少しずつ漁師共を説得していけば俺の味方が鎮守府外で現れて俺を守ってくれる。いいぞ、その調子だ。どんどん俺の術中にはまっていくがいいさバカどもめ♪

 

 

 もしもの時の保険計画もいい方向へ向いており、これには青年も上機嫌となった。

 

 

「鈴谷、熊野、さっさと帰るぞ。俺達の帰りをみんな待ってんだからよ」

 

「らじゃー♪」

 

「承知いたしましたわ♪」

 

 

 悪いこともあれば良いこともある。頑張っていれば報われる。一人の老人との出会いで散々だった一日が一変し、鈴谷と熊野の足取りは軽くなった。そんな二人に挟まれる形で鎮守府までの帰路をゆっくりとデート気分を堪能するのであった。

 

 



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4-3 艦娘の裏事情

イベント海域攻略にリアル事情で遅くなりました。短いですがお楽しみください。


それでは……


本編どうぞ!


「ふぅい……さっぱりしました♪」

 

 

 艦娘の朝は早い。

 

 

 今日はいつもよりも日差しの強い一日となり、太陽光が体中を照らして水分が汗で溢れ出てしまう快晴な朝を迎えた。そして朝と言えば恒例のラジオ体操だ。○○鎮守府A基地では週に何度か朝のラジオ体操を取り入れており、健康管理の一環として行われている。健康の為だけでなく、この後に待っている朝食の味が更に美味しく感じるのも得なことであった。

 ラジオ体操終わりに青葉が真っ先に向かうのは入渠ドック(風呂場)。汗で濡れた体は気持ち悪いもので、さっぱりしたい思いは皆同じ。彼女もその一人であり、朝風呂を堪能し、たった今上がったところで湯気が立ち昇っている。しかしこれだけが理由にあらず。食堂へ向かう前に行く必要がある真の理由はそこに誰がやって来るのか考えれば答えが自ずと出るだろう。

 

 

「司令官、おはようございます!」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 食堂へやって来た青年を発見するとすぐさま近づいていく青葉。

 

 

「いやー朝風呂はやはりいいものですね~♪さっぱりして頭の回転が速くなった気がしますよ。それで司令官、一緒に食事なんかどうでしょうか?」

 

「別に構わんぞ」

 

「恐縮です♪」

 

 

 清潔は大事。もしも青年に「臭い」なんて言われでもしたらショックで立ち直れないだろう。

 

 

「お二方どうもです~♪」

 

「青葉さん今日は一段と気分がよろしいですね」

 

「なんじゃ?吾輩の手料理がそんなに楽しみだったのか?」

 

「そう言うことにしておきます」

 

「ふむ、まぁ吾輩自らの手料理じゃからな。当然じゃろう♪」

 

「ふふっ♪さぁ、提督もどうぞ」

 

「おう、悪いな」

 

 

 青葉はルンルン気分で利根と筑摩から朝食を受け取りテーブルへ着くとすぐさま隣の椅子に引いて青年がそこへ座るのは当たり前。そしてその隣を誰かが座り、前方の席、斜め向かいの席の順に埋まっていき、いつも彼の周りは艦娘達で埋め尽くされる。男性と一緒に食事ができる鎮守府は全世界を探してもここだけだろう。

 

 

 元々美味しい朝食に加えて朝風呂の後に食う飯は美味しくなる。仲間と一緒に食う飯は更に美味しい。青年と一緒なら格別な味となろう。何気ない艦娘達の会話をしながらバレないように隣の青年の顔を盗み見てほっこりするのも青葉にとって楽しみの一つとなっている。そんな朝食も終わりを迎え、少し寂しい思いになるものの青葉はこの後出撃予定となっているので一旦ここで彼とはお別れだ。

 

 

 執務室へ向かう青年の隣に付き従う秘書艦の睦月に羨ましい気持ちとちょっぴり嫉妬を抱きながら背を見送り、彼女は自室へと向かう。

 ご飯を食べた後に急な運動は控えるべし。出撃予定だが必ず青年は食事をした後に休息を挟むことを忘れない。その間は自由となっている。

 

 

 自室へ辿り着くとそこは小さな一人部屋、同じ建造組である那珂と熊野は姉妹の下へ移り、島風は自由奔放で特定の部屋に居ることはまずない。各部屋を回り、その都度どこかの部屋に泊まっている。青葉一人だけが取り残されたわけではない。彼女は極秘任務があるからだ。

 押し入れの奥の奥、布団が邪魔で普段ならばそんな取り出しにくいところから一冊のアルバムを取り出した。そのアルバムの表紙には【㊙三】と書かれていた。三と書かれているならば一、二もあるのだろう。しかし一体これはなんだろうか?

 

 

 コンコンとそんな時、扉をノックする音が聞こえて来た。

 

 

「時雨だよ。開けてくれる?」

 

「はいはい今開けますよ」

 

 

 青葉は時雨を招き入れると小さな部屋が更に狭く感じるが、何やら二人はただならぬ雰囲気を漂わせていた。

 

 

「例のもの、用意できた?」

 

「はい、これですね」

 

 

 青葉は【㊙三】と書かれたアルバムから写真を何枚か抜き取る。それを受け取った時雨はニチャリっと普段の姿から考えられない程のいやらしい笑みを浮かべた。

 

 

「ありがとう青葉、これで鎮守府の安全は守られるよ」

 

「まぁそうですけど……しかしあれだけ司令官のムフフな写真を撮ろうとすると邪魔して来た時雨さんがこの件を持ち掛けられた時、偽物かと思いましたよ。これ司令官にバレたら大変なことですよ?」

 

「仕方ないよ、()()がないと誰かが提督を襲いかねないから」

 

「司令官は私達を信用してくれるのは嬉しいんですけど……こんなことしていていいのかって思うところがあります。裏切っているみたいで……申し訳ない気持ちがいっぱいです」

 

「でも我慢できないよね?」

 

「……我慢できません」

 

 

 一体何の話をしているのか?

 

 

 青葉は建造当初男性でありながらも醜悪の塊である艦娘と向き合う青年に興味を示し、ジャーナリスト魂に火が付いた。先回りして色々と根掘り葉掘り追求したことがあり、彼のムフフな姿を写真に収めようと盗撮まがいなことまでしたこともあった。しかし偶然にもその場を通りかかった時雨に発見され、写真は没収されてしまい、後々この件で脅さr……()()することもあった。没収された写真は今も時雨の下に大切に保管されている。

 盗撮がバレれば青年からの信頼を失いかけない。未遂に終わった青葉は反省し、真っ当なジャーナリストとして過ごしていたある日に時雨が彼女の下を訪れたことから始まる。

 

 

 考えてみてほしい。今まで醜いと理不尽な扱いを受けていた艦娘達が住まう魔境の巣(鎮守府)に自分達のことを一番に思ってくれて大切にしてくれる男性の提督が現れたとしたら?例え容姿が醜かろうとも体は人間の女性と変わらない。痛み、苦痛、喜び、悲しみ、感情も人間のそれと同じ。ならば欲求は?

 青年が着任してから色々と事件が起きている。お姫様抱っこや木曾の解体未遂事件、添い寝騒動と主に彼のせいだが、艦娘達の心を虜にしたことだろう。こんな出来事に遭遇して果たして彼女達は我慢できたであろうか?

 

 

 否、否である。欲求とは生きる上で避けられない衝動。青年にとって愛らしい姿の艦娘達に興奮するように(本人からしてみれば興奮などしていないと言うだろうが)彼女達もカッコイイ彼に興奮しないわけがない。女である以上男を体の隅から隅までケダモノとなって貪り尽くしたいところだろうが、彼に嫌われでもしたら彼女達の心が崩壊してしまうだろう。添い寝の時でも大人への階段を昇る訳にはいかず、お預け状態(青年の方から襲って来るなら話は別)で欲求は溜まっていく一方どこで発散させればいいのだろうか?

 邪な悩みを持つ艦娘達(ケダモノ)。最悪無理やりHな事件(処女卒業)にまで発展してしまったら最後、二度と青年と会うことはできなくなってしまい、解体の可能性もある。それだけは絶対にダメだ。何とかしなければならないが欲望は制御するのが難しく、日々の出撃や遠征が彼女達の気を紛らわすことができるのが幸いなことだった。しかしこのままでは時間の問題だろう。

 

 

 そしてここで時雨(救世主)の登場だ。吹雪達は共に生き延びた仲間であり、日に日に青年を思う気持ちが強くなり、彼があってこそ、想いが強ければ欲求も比例して強くなる事態を重く見て、欲求を発散できずに苦しむ艦娘達を救うべく彼女は立ち上がった。

 

 

 時雨は青葉に提案したこととは、青年の姿をそのカメラに収めてほしいとのことだ。青年は写真を撮られることはあまり好きではないが、一声かけ「写真を撮らせてください」とお願いすれば許可が下りる。青葉がカメラを所持してから何度もお願いしたことがあってそれに応えた。別におかしなことは何一つとしてないはずなのに青葉は時雨の提案を初めは受け入れなかった。何故か?時雨と望んだ写真はそんな日常的な姿を収めてほしいものではなかった。彼女が本当に欲したものそれは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、これは……刺激が強すぎるねっ!!」

 

 

 時雨は一人で以前倉庫として使われていた部屋で手にした写真をまじまじと眺めていた。

 

 

 その写真には青年が背を向けた姿が写し出されていた。しかし明らかにカメラのアングルがおかしい……これは隠し撮りしたものだとわかり、写し出されている光景はどこかで見たことがある。そこは脱衣所で彼がこれからお風呂に入る瞬間を捉えたものだ。軍服を脱ぎ、ズボンに手をかけ「パンツ!パンツです!」とプリティなお尻を守る神聖領域の守護者(下着)が煌々と存在を主張していた。

 「誰得の写真だよ!?」と思うかもしれないが、ここはあべこべ世界。男性の神聖領域の守護者(下着)は女性達にとってダイヤモンドよりも価値があるものだ。

 

 

 時雨も女の子。しかも自分が敬愛する提督の体に興味を持たない枯れ女ではない。写真を眺めている彼女の頬が真っ赤に染まって目が釘付けになり、においを感じないはずなのに鼻がピクピクと敏感に反応していた。

 

 

「………………………………………………よし、これは僕が保管しておくとして、他の写真は吹雪達に渡そう」

 

 

 写真を大事にポケットの中に忍ばせ、あまり過激ではない方の写真を別の誰かに渡す……発案者なのでこれぐらいの贅沢はしていいと自身に言い聞かせる。

 これが艦娘達の裏事情であり、()()青年に害が及ぼすこともせず、知られないから問題ない。欲求は誰しもが持つ(さが)であり、彼女達艦娘が生きている証拠でもある。

 

 

 もし青年がこのことを知れば仰天していまうだろうが……艦娘達の素肌を何度も拝んでいるのでお互い様だろうとここに記載しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい睦月、先ほどから集中していないがどうした?」

 

「お、およっ!?な、なんでもないのですにゃははは……!」

 

「んぁ?そうか?」

 

「(今日は提督のどんなエッチな写真が拝めるのか気になるのね。むふふ、今晩が楽しみにゃしぃ♪)」

 

 

 今日も○○鎮守府A基地は平和なようだ。

 

 



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4-4 お酒は正しく飲もう

平穏な日常とはいいものです……っと言う訳でして平穏な回でございます。


それでは……


本編どうぞ!


「おぉ、これはお酒!?買って来てくれたのか!?」

 

「まぁな、加古は飲兵衛(のんべえ)ではないとは思うがほどほどにしろよ」

 

「わかってるって。でもあたしの為にわざわざ買ってくるなんて気ぃ利くじゃん!ここは環境もいいし、料理もおいしいから満足なんだけど、これが無くて物足りなかったからね」

 

「すみません外道提督、私達の為に……」

 

「構わん、古鷹も遠慮することはないと言っているだろう。仮着任であっても今は俺の艦娘、戦場に出るのはいつもお前達だ。指示を出すことしかできない俺が出来ることはこれぐらいだ。少しぐらいの贅沢をお前達に与えても……いや、与えられるべきだからな」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 深々と青年に対して頭を下げる古鷹と上機嫌の加古、食堂には酒瓶がいくつも並べられていた。少し前に加古が愚痴った「お酒がない」との発言を聞き、ジュースやお茶などの飲料水関係はこの鎮守府に置かれていたが、お酒は入荷していなかった。青年は娯楽を少しでも増やして不満を減らすことを優先。入荷することを決め、本日届いたところだった。

 

 

 こいつらの好みなんてわからんから適当に入荷したが、先に聞いておけば良かったかもしれないな。吹雪達は酒なんて初めてだろうし……まず飲ませて大丈夫なのか?『艦これ』には飲兵衛(のんべえ)の奴らがいた気がする。そいつらのように四六時中酒に溺れることはないだろうがやはり見た目が……な。特に睦月と電、あいつらが酒なんて飲んでいる姿を見せていいものなのか?絵面が……だがあれでも合法だ。法律には触れないから大丈夫、そう大丈夫なんだ。だから俺は罪に問われることはない。「お前さては子供を酔わせて乱暴する気でしょう?同人誌みたいに!」なんて展開にはならないはず……って言うかそんな展開になってたまるか!!ロリコンじゃねぇし、俺には夢がある。昇進して贅沢三昧の夢がな!俺が昇進の為の(艦娘)にそんなことするわけないだろう!!

 

 

 お酒を入荷するのに壁が立ちはだかった。吹雪達の見た目がどう見ても子供なのだ。未成年にお酒を勧めるのも飲ますのもやってはいけないことだからだ。日頃から姑息な作戦を練り、艦娘を利用しようとしている青年ではあるがちゃんと法律を守ってはいる。小悪党面の彼でも法律には勝てぬらしい。

 しかし吹雪達は艦娘であり、建造された時から子供の姿をしている駆逐艦娘。そうなれば年齢はどうなるのか?と疑問が生まれ、確認したところ問題ないとのことで衝撃(睦月や電が合法であったこと)を受けた。色々と葛藤や何やら青年の中で渦巻いているが……今はそんなこと忘れよう。

 

 

「外道提督?どうかなされましたか?」

 

「――ッ!?い、いや、なんでもない。酒か、実は俺は飲んだことが無くてな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、酒にまつわることわざがある。酒は飲んでも飲まれるなってな、酒の飲み過ぎで酷く酔って自分を見失うようなことは避けなければならないと言う意味で、毒になるとともに身を滅ぼす原因にもなり得る。それに酒の旨味に酔いしれ、軍人の務めを忘れてしまったら大変だからな。俺はまだ訓練生で未熟だと思っていたし、もしそんなことで失態を犯すことを恐れて避けたんだ。おい加古、今回は加古の要望に応えたまでだ。飲み過ぎは許さんからな?」

 

「大丈夫だって、あたし達が酒に溺れるわけないって」

 

「まぁ大丈夫だと思っているが、人間の中にはそう言いつつ身を滅ぼした奴が大勢いる。どんなものでも過剰摂取は毒にしかならねぇ。だから適度の量を守るこれが大事だぞ?」

 

「はいはい!わかっているって」

 

「もう加古ったら……」

 

「それじゃ、酒を厨房に運ぶぞ」

 

 

 仕入れたお酒を厨房へ運んでいると食堂にぞろぞろと艦娘達が集まりだした。護衛任務に出ている神通達以外は集まりつつあった。その誰もが当然お酒の存在に注目する。

 

 

「外道司令官、これお酒だね。どうしたの?」

 

「響か、加古が酒がないと愚痴ってな。要望を聞き入れてやった」

 

「それじゃこのお酒は個人のじゃなくて、鎮守府全体のモノなんだね。それって私達も飲んでいいってことだよね?」

 

「……んぁ、まぁ……な」

 

……よし

 

 

 響はその言葉を待っていたのか小さくガッツポーズを取った。

 

 

 響の奴め、酒を狙っているな。それもウイスキーと来たもんだ。この見た目でウイスキーを飲むつもりなのか……限りなくアウトに近いセーフだから問題はないがやはり絵面が危ないな。外出した時はそこんところ考えねぇと。それにしてもこいつら全員酒に興味津々じゃねぇか……ってこっちを見るな!そんな期待した目で見ても……くっ!?か、可愛い……じゃなくて!し、仕方ねぇ、折角だから少しぐらいなら許してやるか。

 

 

「響、飲んでみたいか?」

 

「うん、私はウイスキーがいいな」

 

「(知ってた)度数が高いぞ?飲めるのか?」

 

「初めてだけど多分大丈夫だよ。何故かそんな気がするんだ」

 

「ああー、響だけずるい!暁も飲む!!」

 

「暁には強すぎるよ。代わりにオレンジジュースがいいと思う」

 

「暁はレディーなんだから響に飲めて飲めない訳ないじゃない!」

 

 

 ぷんすか!と怒る暁だが全然怖くない。そんな暁のことを流している響はウイスキーを開けて香りと味を楽しんでいる。その姿を見て青年は見た目を気にしていたが雰囲気が大人の女性を醸し出しており様になっているなと感じていた。加古も待ちきれないと焼酎を片手に早速一杯飲み干すと「くぅ~!これが酒の味か~!!」と舌鼓を打っていた。その姿に感化されたのか各自適当なお酒を注いで一口……

 

 

「あら美味しいわ♪」

 

「苦いにゃしぃ……!!」

 

「へぇ、お酒ってこんな味なんだ」

 

「うげぇ!?か、かっらぁ!!?」

 

 

 思い思いの感想が飛び交う。自分に合うものを探して一口飲んで別のお酒をまた一口、そしてようやく自分の飲めるお酒を見つけて今度はしっかりと味わっていく。艦娘達がそれぞれ初めての大人の味を楽しんでいると青年も酒瓶を意識し始めた。

 

 

 んぁ、酒にはあまり興味はないんだがこうも吹雪達が飲んでいる姿を見ると……飲みたくなって来るじゃねぇか。餓鬼の頃は酒が何故か美味そうに見えたっけな……一口飲んでみるか。

 

 

「雷、悪いがそこのワインを取ってくれないか?」

 

「いいわよ。あっ、そうだ司令官、雷がお酌してあげるわ」

 

「ああ、悪いな」

 

「いいのよ。もっと私に頼ってね♪」

 

 

 青年のお酌が出来ると幸運に見舞われた雷は背後から嫉妬の眼差しを向ける電達に気づかなかったのが更なる幸運だろう。

 

 

 さてと、香りは……いいな。ジュースに近い軽めのワインを選んでみたが味は……うん、悪くないな。ぶどうジュースに近い。どちらもぶどうを使っている、やはりアルコールがあるのと無いのとでは違うな。これならもう一杯行けそうだな。

 

 

「雷もう一杯貰えるか?」

 

「はーい!どうぞ」

 

「あっ!こ、今度は電がお酌するのです!!」

 

「ねぇ雷、僕も一杯注ぎたいんだけどいいかな?」

 

「夕立もやりたいっぽい!!」

 

「にゃー!!ここは睦月の出番にゃしぃ!!」

 

「司令官、わ、私も司令官にお酌したいですぅ!!」

 

「ダメよ、これは雷のお仕事なんだから!!」

 

「お、おいお前ら……!?」

 

 

 お酌の座を求め詰めかける吹雪達。その波に飲まれている青年はお酌されて次から次へと飲み干していき、一人がお酌すれば別の誰かが代わり、いつの間にかこの場にいる艦娘全員がお酌する流れとなってしまっていた。断ればいいものを彼は断る事が出来なかった。

 青年はお酒を甘く見たつもりはない。だがお酒の力は実際に凄い。飲んでいると気分が良くなり、感情が高ぶり正常な判断を鈍らせる。少しなら良いが、度を過ぎれば毒となる。しかも青年にとってお酒は初体験で、体が慣れていないこともあり、何より吹雪達だけでなく全員がキラキラした瞳で訴えかけていた。

 

 

 やめr……くっ!?一杯、一杯だけお前らに付き合ってやる。仕方なく……しかたなーく、お酌されてやるから有難く思うんだな!!

 

 

 拒絶すれば良かったのだが、青年が吹雪達の善意を無下にすることはなく、なんやかんや言いながらも杯を空にしていく。それほど高級なお酒でもないが飲みやすかった。笑顔を向ける彼女達と共にこの一時を楽しめるからこそワインがより良い味に感じたのかもしれない。

 そうしている内に段々飲むスピードが上がり、飲み干してお酌されることを続けていけば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言語道断です!!加古さんが真っ先に止めないといけないのにこの有様はなんですか!!古鷹さんもですよ?暁さん達も反省してください!!それと吹雪さん達は先輩方ですがこの際言わせてもらいますが……がみがみがみがみ!!!

 

「私は提督と早飲み勝負したかったなー。ねぇー連装砲ちゃん?」

 

「神通さんに怒られる側でなかった青葉達は運が良かったようですが、司令官は大丈夫でしょうかね?」

 

「那珂ちゃんも提督のことは心配だなぁ……でも川内ちゃんと叢雲ちゃんがいるから問題ないと思うよ?」

 

「(……ご飯食べに来たら……何この状況?)」

 

 

 神通達が任務から戻って来て誰も出迎えの無い事に寂しさを感じながらも食堂の扉を開けるとそこには青年が倒れており、吹雪達が慌てふためいており、緊急事態だとわかり川内が青年を抱き起すと目を回して真っ赤になって完全に酔いつぶれていることがわかる。周りにはお酒が沢山あって原因はすぐにわかり、問いただすと単純な飲み過ぎだったが、神通はカンカンになって説教をし始めて全員が正座されられている。島風や青葉に那珂は説教を受けずに済み、先ほどまで工廠で作業をしていた夕張はどういった状況かさえわかっていなかった。

 結果から言えば青年は二日酔いとなって吹雪達は原稿用紙二十枚と言う過酷な反省文を書く羽目となったが一番得をしたのはこの二人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、自業自得よ。まったく断ればいいのに優しくし過ぎよ……そういうところが良いんだけど

 

「提督、一口でも食べて。私が腕によりをかけて作ったんだから」

 

「……んぁ、助かるぜ……」

 

 

 うぇ……気持ち悪い。酒は飲んでも飲まれるなってな言っておきながらこれは無いだろう……ちくしょう、俺がこんな失態を犯すなんてな提督失格だぜ。次は飲む量を管理しておかねぇとな……う、うぇぇぇぇ……

 

 

「うぅ……き、きもちわりぃよぉ……」

 

「「(弱っている姿って……なんかいいな♪)」」

 

 

 叢雲と川内はいつもと違い二日酔いでダウンしている青年のギャップを見て、いけない気持ちになったことは内緒だ。元に戻るまでの間、身の回りを世話をすることになり、一番得をしたのはこの二人だと言うことには間違いないだろう。

 

 



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4-5 だって男の子だもん

どうも、皆様またまたまた平穏回です。そろそろシリアスも必要か。まぁそれは今は置いておいて……


それでは……


本編どうぞ!


「よいっしょ、書類はこれで全部ね」

 

「悪いな雷、助かるぜ」

 

「えへへ♪もっと私に頼っていいのよ?」

 

「はい外道司令官、お茶入れて来たよ」

 

「ああー響ずるい!暁が入れようと思ってたのに!!」

 

「暁は漫画に夢中になっていたじゃないか。そもそも司令官の役に立っていないよ?」

 

「こ、これから手伝おうとしていたところなのよ!雷と響みたいなお子様達にはわからないと思うけど、大人のレディには物事の順序があるのよぷんすか!!」

 

「(雷、今の聞いたかい?暁が大人だって)」

 

「(長女として威厳を振りまいていたい年頃なのよ。ここで反論したら泣いちゃうから黙っておこう)」

 

 

 執務室は小さな助っ人達で賑わっていた。第六駆逐隊のメンバーである暁達が青年のお手伝いをしていると言っても暁だけが先ほどまで漫画に夢中になっていた訳だが彼女はお子様(レディ)なので大目に見てあげよう……お子様(レディ)(大事なことなので二回言った)なので。

 

 

 しかし電だけは例外だった。

 

 

 本日の秘書艦は電だ。秘書艦を担当するのは○○鎮守府A基地初期メンバーである彼女を含めた吹雪達六人だけ。青年と二人っきりで小さな執務室でお話ができ、彼の香りを堪能できる。こんな良いこと尽くしの好条件、こればかりは特権であるので誰にも譲りたくない地位である。しかし暁達が「私達もお手伝いするわ!」と執務室へ乗り込んで来てしまったのだ。

 電は折角青年との時間を奪われてしまう危機に陥った。彼女達は純粋な気持ちで仕事で大変そうな妹と青年を気遣っての行動だった……が、電にとっては堪ったものではない。

 

 

 六人交代制の秘書艦、自分の番が再び回って来るのは基本的に他の五人が回った後、それまで我慢しなくてはならない。更なる問題が浮上する可能性があった。それは暁達の凶行(強行)(電にとって)を許してしまえば再び彼女達がここを気軽に訪れてしまう可能性が出て来た。そうなるとまずい。

 「電だけでも大丈夫な量なので、小さな執務室にこんな大勢で居ると司令官さんの邪魔になるのです!!」とそれらしい理由を付けて姉達を追い出そうとしたが「そうか?なら手伝ってもらおうか」と青年はあろうことか受け入れてしまった。これには電も反論できるわけもなく、幸せな時間は邪魔者(姉達)により消えてしまう。

 

 

 青年は書類仕事ばかりの退屈な空間に縛り付けるのは疲労と精神に負担がかかるものだと理解している。だからいつも小休憩を挟んだり、空気の入れ替え、お菓子を恵んだりと負担軽減を心掛けているのだが、暁達が手伝いに来たこの状況を彼は利用できるとほくそ笑んだ。電の負担を軽くしてストレスを溜めないよう暁達に仕事を分け与え、一人の負担を分担することにした。本当なら秘書艦を増やすか、吹雪達六人以外にも回してやった方がいいのだが、何故かそれをやろうとすれば吹雪達から猛抗議が来るので実行できない。彼も「なんで?」と思ったが……深く考えることはしなかった。今回は電の為にと機転を利かせてのことだったが、それが逆効果になってしまったことは彼は知らない。

 

 

 秘書艦達の聖域……それが執務室。大好きな青年との二人っきりになれる最高の空間。仕事は忙しくとも、彼と一緒ならそれも苦ではないし、さり気なく気を利かせてくれるのでその優しさを自分だけに向けられていることに喜びを感じる。秘書艦と言う特権を利用して欲望を叶えられる場に邪魔者が居ては全てが台無しだ。電は吹雪達に秘書艦の地位が危ないと応援を求めようとしたが思い出した。今日吹雪達は護衛任務に出ていて時雨達も遠征中で鎮守府内の秘書艦メンバーは己一人だけ。

 

 

 「(()はどうでもいいのですが、()()が厄介なのです。どうにかして司令官さんから引き離せないものか。いっそのこと、司令官さんにあることないことを吹き込んで引かれてしまえば……我ながらいい考えなのです♪)」

 

 

 

 いつもは仲のいい姉妹同士だが、今日ばかりは電の敵意は姉達に向いていた。証拠に暁達に向ける瞳には光が籠もっておらず、さらっと考えていることも恐ろしい……大人しい子を怒らせたらいけない。いつも浮かべる笑顔は今日だけ黒い影を孕んでいる。

 

 

「司令官さん、()()()()があるのですが聞いてh――『ちょっと電!!』……はい?雷ちゃん何か用なのですか?」

 

 

 電は()()()()をしようとしたのに、雷に割り込まれてしまった。邪魔されたことに黒い笑みがより一層強くなったが、その笑みを崩さずに雷の言葉を待った。

 

 

「ダメじゃない。電が司令官を見てあげなきゃ。秘書艦なんでしょ?仕事も大事だけど、司令官の精神的な部分も見てあげないといけないじゃない!」

 

「……はぁ?雷ちゃん、それがなんなのです?」

 

「電はわからないのかい?司令官は毎日机と睨めっこしているんだ。前まで凄く忙しかったし、お酒で倒れたこともあるし……あれは私達のせいでもあるけど。とにかく書類仕事は任せて電は司令官と気分転換にでも行ってくれないか?」

 

「おい響、勝手に話を決めr――『それは良い考えなのです!!』お、おい電?」

 

「司令官さん、一度休息するのです♪」

 

「お、おい電!!?」

 

 

 青年は逆らえない。艤装を付けてもいないのに、その小さい体のどこにそれほどの力があるのか彼の手を握りしめ離さないと言わんばかりに引きずって執務室から出て行ってしまった。

 

 

「まったく、私達が気づいていないと思っていたのかしら、ねぇ響?」

 

「電は司令官のこと大好きだからね。私達はお手伝いに来たけどお邪魔だったみたい」

 

「あの瞳はヤバかったわね。まさか妹から嫉妬を向けられるなんて思ってもいなかったわ。もう司令官も司令官よ。電をあんなに夢中にしちゃうんだから」

 

「そうだね、電のことは司令官に任せよう。私達は書類仕事を片づけるよ」

 

「えっ?ええっ?……えーっと???」

 

「ほら暁、ボケっとしてないで仕事しなさいよ!!!」

 

 

 暁はお子様(レディ)なので何一つ理解できませんでしたが、響と雷の機転により黒い電が牙を向くことはなくなりそうです。

 

 

 ★------------------★

 

 

「司令官さん見てください。大きな鳥さんなのです!」

 

「ああ……そうだな」

 

 

 ……俺は何をやっているんだ?そもそも俺は書類仕事をやっていたはずなんだが……あれこれもう一時間もここでのんびりしている。今日中に終わらせたかったものがあったんだが、響達だけで済ませられるのか?やはり今から戻った方がいいか。

 

 

 港で腰を掛けて海と空を眺めていた青年は黄昏ていた。おかしいっと思った。自分はちゃんと真面目に仕事をしていただけなのに、いつの間にかあれよあれよと電に連れて行かれ(ドナドナ)され気づけば港に居た。この時の彼女は青年と二人っきりになれてルンルン気分である。

 

 

「司令官さんどうしたのですか?心ここにあらずのような状態なのです。もしかして……電と一緒に居るの嫌でしたか?」

 

 

 折角今日中に仕上げようとしていた仕事のことを考えていると電が横から顔を覗かせており、黄昏ていた思考も現実に引き戻される。

 

 

 ――可愛いっ!!あっ、いや……ゴホン、響達ならばあれぐらいどうってことないだろう。それよりも俺にはやることができた。書類仕事ばかりで電は疲労と精神に来るものがあるだろうから、それを解消する為にこうして付き合っている。上司としての役割だからな、決して可愛い姿をこの目に収めておきたいと言う気持ちは一切ないからな!!そこは間違えるなよ!!

 

 

 ……っと言いつつ、脳内フォルダにキッチリと録画されているのである。可愛いは正義、はっきりわかんだね。

 

 

「いや、そうではない。ただ俺は提督なのにこんなところでボーっとしていていいのだろうかと思ってな。まぁ、あいつらならば問題ないだろうが」

 

「はいなのです。暁お姉ちゃんはともかく、響お姉ちゃんと雷お姉ちゃんが居るから司令官さんはのんびりしているといいのです」

 

「そういうことにしておくか」

 

 

 電の為とは口にせず、のんびりとした時間を過ごしていく。

 

 

「……し、司令官さん」

 

「んぁ?なんだ?」

 

「えっと……その……」

 

 

 何かを言い淀んでいる電。しかも体をもじもじとくねらせている姿は何かを言いたいが恥ずかしがっている様子に見えた。

 

 

 何を恥ずかしがっているんだこいつは?俺に何か用があるんじゃねぇのかよ?

 

 

 青年は電が言葉をかけるまで待ったが、彼の予想とは裏腹に言葉よりも電が近づいて来て……

 

 

「……えい!なのです!」

 

 

 ぷにっとした感覚が伝わった。

 

 

「………………………………………………んぁ?」

 

 

 一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし膝に重みを感じた。そして電の姿が瞳に映る……それも間近にだ。

 

 

「あ、あの……司令官さん、重くないですか?」

 

 

 突如のことだったので頭が追い付いておらず呆け顔を晒す羽目となった。丁度青年の顎に彼女の後頭部に触れてしまいそうになる程の小さな体がそこにあった。膝の上にちょこんと腰を下ろした(天使)はこちらを振り返って見つめる顔はほんのり赤かった。

 

 

 電は返答を待っているようだが、青年が言葉を発することなんてできる訳がない。唖然……いや、その姿に見惚れたといってもいい。膝の上に小さな女の子が座って来て、顔を赤らめているシチュエーションなんて「漫画やアニメだけの光景だ。ありえないものだ」と鼻で笑ってしまうことだろう。しかし現在リアルタイムで経験している。伝わってくる感触も体温も本物で、夢でも幻でもない。

 艦娘にこんなシチュエーションは誰もが求めない。ここはあべこべ世界で艦娘は全員醜悪の塊。こんな体験をすればただの拷問でしかない。しかし彼にとってはご褒美でしかない。美少女の方からこんな羨ましいアプローチをされたら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「()、チャンスだ!これは襲ってくださいと言っているものだろう!さぁ襲え!!!」』

 

『「ダメだぞ()!こんな(悪魔)の言葉に耳を傾けるな!」』

 

『「何を言う(天使)よ、童貞卒業できるチャンスなんだ。()は外見はあれだが中身はヘタレなんだぜ?添い寝した時も手を出せなかったし、このチャンスをものにしない手はないさ!!」』

 

『「ダメだダメだ!人としてそれはしてはいけない!それに昇進はどうするつもりだ?」』

 

『「これはあくまで合意ありと見て問題はないと思うが?それにこいつらは艦娘。人間での法律には適用されない!!」』

 

『「法律に引っかからずとも未成年者に手を出すのは……』

 

『「合法ロリだから問題ないだろ?それに男が誘惑に勝てる訳ないだろう?」』

 

『「……それもそうだな。よし、いっちょ大人になって来い()♪」』

 

 

 おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!?お前ら対立していたのに何故に手を取り合っていやがるんだぁああああ!!?

 

 

 あまりの衝撃を受けたことで理性(天使)本能(悪魔)が具現化して現れたようだ。何を言っているかわからないと思うが青年自身わけがわからない。だがそれほどの衝撃を受けたことだけは確かだ。まぁそんなことよりも具現化した理性(天使)本能(悪魔)が戦っていたが、お互いに和解したようだ。これで良かっためでたしめでたし……とはならない。いや、青年自身そんなことさせてなるものかと理性(天使)本能(悪魔)を抑え込む。

 

 

『「何を言っている()、男ならケダモノになるんだ」』

 

『「(悪魔)の言う通りだ。滅茶苦茶やっちゃいなよYOU!!」』

 

 

 ふざけんな!お、俺が襲うわけがないだろう!?ロリコンじゃねぇし、利用しているだけの駒になんぞに……よ、欲情する俺じゃねぇから!!

 

 

『「嘘つけ。男はみんな美少女には勝てない」』

 

『「大人のお姉さんにも弱い。()自身だからよくわかる」』

 

 

 う、うるせぇうるせぇ!!!俺の理性と本能の癖にてめぇら勝手に出しゃばって来てんじゃねぇすっこんでろぉぉぉぉお!!!

 

 

『「「ぐぅわぁぁぁぁぁあああ!!?」」』

 

 

 主導権を取り戻したのは青年自身だった……いや、理性や本能を相手にしている時点で自分自身のことなんだが、簡単に言えば己の欲望に打ち勝ったのだ。本能に屈してばかりの弱々しい姿などそこにはなかった。

 

 

「あ、あの……司令官さん?黙っていてないで何か言ってほしいのです」

 

「いや悪い。ただ何故俺の膝に乗っているんだ?」

 

「え、えっと……電がこうしたいと思ったのです。だ、ダメ……でしたか?」

 

 

 うるっとした瞳が突き刺さる。怒られるかもしれないとちょっと不安そうな表情がとてもグッと来た。

 

 

 ――くふぅ♪そ、そそられる……はっ!?違う違う何を考えているんだ!!くそう、理性や本能の言うこともわかる気がするが……体は俺のもので俺は提督なんだぞ?

 男という立場や提督という地位で権力を振り回すだけの無能提督じゃなく本物の提督なんだよ。その場の欲望に負けてしまう程度の弱さなんて生憎持ち合わせていない。まぁ艦娘なんてどうせ最後はゴミ箱にポイだが、それまでは手荒に扱うことは避けねぇといけない。こいつには利用価値がまだあるんだからよ。それに今の俺は()()だ。軽視派の影響を受けていても醜い艦娘達に寄り添う()()()()と言う設定だ。今まで積み重ねて来た努力をたった一度の過ちで昇進の夢を潰えさせて堪るかってんだ。その場だけの欲望で身を滅ぼすなんて例は歴史が物語っている。そうならない為にもちゃんとした自尊心が必要だからな。

 

 

 だがな……こいつは何で俺の膝に乗るのかわからん。なんでだ?何が良いんだ?

 

 

「ダメではない。ただ……俺の膝に乗って何が良いんだ?」

 

「司令官さんとこうしていると心が温かくなって安心できるのです♪こう体中がポカポカしてもっと近くにいたいと思ってしまうのです。司令官さんが傍にいるだけで幸せな気分になるのです♪」

 

「……そうか。まぁ、それで満足ならそうしてろ」

 

「司令官さん……それじゃ特等席を堪能させてもらうのです♪」

 

 

 平穏な時間が過ぎていく。こういう時間もたまには悪くないと思う青年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お、落ち着け……何もやましいことなんて起きてない。起きてないから落ち着いてくれ魚雷(息子)よ。この状態で発射態勢に入るのか勘弁してくれ!!?俺は興奮していない、興奮なんかしていないんだ。証拠に何も考えていない……そうだ、何も考える必要はないんだ!ナニモカンガエルナ、ナニモカンガエルナ、ナニモカンガエルナ……

 

 

 体が密着した状態が続くにつれて青年は危機に陥っていた。電を意識せずにいられたらどれほど良かったことか……まぁ可愛い女の子が膝の上に乗っている時点で意識が向いてしまうのは避けることはできない宿命だ。みるみるうちに下半身の()()が改装されていき、忽ちご立派なもっこりを形成していく。幸いなことに電が気持ち良くなって寝てしまったことが最大の幸運だったろう。

 その後、目が覚めた電に「大きな魚雷が向かって来る夢を見てとても怖かったのです!」と夢の内容を聞かされて「そ、それはこ、怖かったなぁ……」と汗をダラダラ流しながら何事もなかったように職務に戻った青年でした。

 

 

 本能(精神)を抑え込んだ青年であったが、本能(魚雷(息子))には勝てなかった。

 

 



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4-6 笑みと涙

お待たせしました。平穏な日常に対して別の場所では……そんな回です。


それでは……


本編どうぞ!




「司令官、吹雪以下五名全員無事帰投、軽度の損傷もありません。敵深海棲艦も全て轟沈確認済みです」

 

「よくやった。吹雪にはいつも助けられてばかりだ」

 

「そ、そんなことないですぅ」

 

「いいや、失敗を乗り越えよくぞここまで強くなった。偉いぞ」

 

「え、えへへ♪」

 

 

 今日も深海棲艦相手に完全勝利した吹雪達。毎日充実した生活を送り、訓練や護衛任務をこなしていく毎に彼女達は強くなっていった。今でははぐれ艦隊程度恐れるに足らず。本日敵艦に空母ヲ級が同時に三人居たことに少々危機感を感じたが杞憂に終わった。ビシッとした敬礼をしつつ、青年に褒められた吹雪はふにゃりと破顔する。追い打ちで青年に頭を撫でられ更に顔はふにゃふにゃとだらしがなかった。

 

 

 「(んぁ!?いかんいかん、つい頭を撫でてしまった……べ、別にこいつが愛らしくてやったわけではない!!こいつらは毎回俺に褒美を求めて来るからであっていつもの癖で……ゴホン、そうじゃなくてだな、どうせこいつらは褒美を寄越せと言ってきやがるから吹雪には先払いで褒美を与えてやったまでのことだ。だからそこを勘違いするなよ!!)」

 

 

 青年曰くご機嫌取りのなでなで(ご褒美)を与えていると「私不服です」と言っている視線を感じる。

 

 

「ああー!!吹雪ちゃんにだけずるいにゃしぃ!!」

 

「夕立も褒めて褒めてっぽい!!!」

 

「あ、あの!い、電も……なでなでをご所望するのです」

 

「提督、不公平は良くないと思うな。僕も頑張ったのにご褒美無しなんてちょっと意地悪なんじゃない?」

 

「私の結果に不満なのね?そうなんでしょ!……ま、まぁ今回は活躍あまりできなかったけど……でもそれでも声ぐらいかけなさいよ。寂しいじゃない……

 

「ああもうわかったわかった!お前らも毎度飽きねえな。そんなにこれの何が良いんだよ?」

 

「良いに決まっています!司令官に撫でてもらえると心がポカポカして温かいんです。司令官のなでなでは国宝級なんですぅ!!」

 

 

 吹雪を含む出撃していたメンバーが無事に帰って来た。そして褒美のなでなでを求め青年に群がり、なでなで(ご褒美)を貰う。これも今やこの鎮守府では珍しくない光景と化していた。それを遠くの物陰から羨ましそうに眺める者達……本日出撃する機会がなかった連中はご褒美が貰えず悔しい思いをしていた。

 頑張ればご褒美が貰える。子供を釣る餌のようにも見えるがこれが効果的だったりする。憧れの男性と合法的にちょっとした欲をぶつけることができる。それで鈴谷と熊野もデートの約束を取り付けることに成功し得をした。後でルンルン気分の二人を陰から嫉妬で染まった連中から睨まれたのだが……その話はよしておこう。しかし何から何までなんて贅沢な尽くしの生活を送ることができる鎮守府なのだろうか。他の鎮守府に属する艦娘達が見ればまさに楽園に見えるだろう。

 

 

 しかしそれはここだけだろう。決して平和とは言えない世界情勢。深海棲艦との戦争が激化する最前線の様子はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!不知火大丈夫か!!?」

 

「はい!こちらは大丈夫です。しかし木曾さんの方が!!」

 

「俺は問題ない!それよりも右!!」

 

「――ッ!?沈め!!」

 

 

 深海棲艦との激戦区である最前線で繰り広げられる戦いは壮絶なものだ。敵に重巡洋艦、軽巡洋艦や駆逐艦は当たり前、加えて戦艦に空を支配する空母そして潜水艦が陰に潜みこちらを狙っている一切の油断も許さない状況。その中でも援軍として大本営より遣わされた木曾と不知火は戦果を次々に上げていた。初めは練度も低く頼りない仲間達を徹底的に鍛え上げ、そして今日決着をつける時が来た。

 数々の仲間達が傷つき、いつ途切れるのかわからない程の数を相手に撃破して道を拓くことに成功する。バトンが手渡され不知火と木曾、そして護衛の仲間達と共に敵の主と対峙する。

 

 

「オノレ……イマイマシイ!!」

 

「へっ、ようやく追い詰めたぜ!!」

 

「あなたは中々手強い相手でした。しかしそれも今日ここで終わりです。お覚悟を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オノ……レ……ワタシ……ハ……ココデ……シズムノ?」

 

 

 ここら一帯を支配していた深海棲艦の主は沈んだ。その姿を見届けた木曾と不知火は長い戦いを終え、ようやく勝利の勝鬨(かちどき)を上げた。無線から大勢の感極まった声が高らかに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居るのも今日で最後ですね」

 

「……ああ」

 

 

 不知火と木曾は数々の戦果を上げ、美船元帥直属の艦娘故にVIP待遇を受けており二人だけで大部屋に滞在している。初めはそこまでしてもらうつもりはなかったが、相手は一向に引こうとしなかったので渋々利用せざるを得ずにいたがもう慣れてしまった。しかしここに滞在するのも今日で最後。激戦区の一つであったここの海域を取り戻すことに成功したことで、明日美船元帥の下へ帰るのだ。

 

 

「「………………………………………………」」

 

 

 沈黙が漂う。二人はここに来てからの出来事を思い出していた。ここの提督は穏健派の人物で、艦娘に暴力や罵倒などはないにしても関りを極力少なくしていた。例え穏健派の人間であっても艦娘の容姿を受け入れるかは別であり、艦娘は兵器ではないと言っていても最低限な仕事をこなしていくだけの関係だった。しかしそんなことでは艦娘達の特徴や性能を記載された資料が手元にあったとしてもお互いの気持ちなど理解できるわけもなく、真の意味で結束できずにいた。性能の良い装備を用意しても練度を上げても最後に必要なのは絆であり信頼。あの青年が教えてくれたようにお互いを思いやり受け入れる気持ちが無ければ真の力を発揮できない。

 事態を重く受け止めた不知火は積極的に動いた。以前の彼女ならば自らこんな行動は取らなかっただろうが、これも影響を受けてのことだろう。まず艦娘達を集め、仕事上の表面での交流ではなく、本当の意味で交流を持つことの大切さを教えていった。形式的な交流しかしてこなかった艦娘達は最初は戸惑っていたが、日毎に参加者も増え、お互いに意見を出し合いどうしたら提督と仲良くなれるのか何度も話し合い、結果少しずつだが提督と艦娘達の距離は近づいていった。

 

 

 この結果に導いた不知火を尊敬する艦娘も現れ、一部の駆逐艦の間では姐さんとも呼ばれたりしている。一方の木曾は戦場で真っ先に突撃し、多くの深海棲艦を倒しただけでなく、大破した仲間を最後まで見捨てることなく救うその姿に憧れた者達もいる。鍛え上げられた艦娘達により戦力は上昇、提督との関係も以前よりも良好となり明るい未来が待っているだろう。

 

 

「………………………………………………なぁ」

 

「なんでしょうか?」

 

「不知火……お前やっぱり変わったよな」

 

「不知火がですか?どう変わったとは……いえ、言いたいことはわかります。確かに変わったのかもしれません」

 

「……あいつの影響だろ?」

 

「はい」

 

 

 不知火は布団から手を伸ばして鞄を漁り取り出した一枚の写真。そこには不知火だけでなく、大淀達や木曾に吹雪達、そして青年とパーティーの時に一緒に撮ったものだ。大事なのかカバーに包まれている。

 

 

「司令に出会えたことは奇跡に近いものだと感じています。男だからと言う訳でなく、指揮官としても真面目で初めは軽蔑していましたが、不知火達のことを大切にしてくれました。変わり者でしたが、司令と出会えたことを不知火は胸を張って誇れるでしょう」

 

「………………………………………………」

 

「木曾さんは司令に出会えて良かったと思わないのですか?」

 

「お、俺は……」

 

 

 木曾は無意識にポケットの中の物に触れ、取り出そうとしてハッとした。それを誤魔化すように不知火に背を向ける。

 ポケットの中身は肌身離さず持ち歩いている明石特製防水仕様のカバーに包装された写真……不知火が大事にしているものと同じ物。○○鎮守府A基地での生活は終わりを迎え、最前線に援軍としてやってきた。ここの生活に不満があるわけではないが、どうしても不安になったり、心細く感じることが多くなった。美船元帥の下では感じなかった()()……夢に魘され、夢に求め、胸に時折痛みを感じる。そんな時、この写真を見ると安らかな気持ちになれるが、何故かはわからなかった。

 

 

「……俺はただ吹雪達の為に働いただけだ。あいつのことなんて知らないよ……まぁ、飯と寝床はちゃんと用意してくれたことには感謝している……それだけだ」

 

「そうですか」

 

 

 不知火はそれだけ言うと満足そうに眠りについた。木曾は何も言い返して来ない不知火にムッとしたが、明日もあるのでさっさと眠ることにした。

 

 

「………………………………………………あいつはなにをしているんだろうな

 

 

 小さな呟きを残して温かい布団の中で夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……邪魔するで」

 

「あら、龍驤さん」

 

「悪いな鳳翔、こんな時間に訪れてしもて」

 

「いえ、構いません。この子達も居ますし」

 

「なんや、赤城も加賀もここにおったんか」

 

「龍驤さん……」

 

「……」

 

 

 居酒屋『鳳翔』

 

 

 美船元帥の下で鳳翔が営む居酒屋の名前だ。昼に下ごしらえを整え、夜はお酒とおつまみでおもてなしをする。美船元帥の提案で作られてから艦娘達に人気の店である。いつもはお酒に酔い、居酒屋の雰囲気を味わいながら一時を過ごしているが、今日は違った。

 先に来店していた赤城と加賀。二人が居るのは珍しい光景ではないのだが、赤城の瞳は先ほどまで涙を流していたのか涙腺の痕が残っていた。その理由を龍驤は身をもって知っている。

 

 

 最前線から帰投した龍驤の表情は暗かった。深海棲艦の侵攻を食い止めるべく赤城と加賀と共に援軍として派遣され見事敵を打ち倒した。しかしそれに至るまでに仲間が何人も沈んだ。海上は戦場だ。仲間を失うことなど承知の上だと覚悟をしていたが、やはり辛く苦しいものがある。敵は倒れ、勝利を掴んだが喜べるものではなかった。

 

 

 カウンター席へ座る龍驤にそっと鳳翔から焼酎が差し出される。そこには言葉など存在せず、龍驤はお猪口に注いだ一杯を一気に飲み干し、すぐにまた注いだ焼酎を飲み干す。

 

 

「龍驤さん、ペースはもっとゆっくりの方がいいですよ。お身体に悪いです」

 

「鳳翔の言う通りなんやけどウチもな、やけ酒したい時だってあんねん」

 

「……お気持ちはわかります。けど今後のことを考えてください。お身体を壊してしまうと美船さんだけでなく、提督にも心配をかけてしまいますよ?」

 

「――うぐっ!?しゃ、しゃあないな(美船はともかく、あの若者まで出すか……やけ酒は止めとこか)」

 

 

 やけ酒で嫌なことを忘れようとした龍驤であったが、青年が自分を心配する姿を妄想すると手が止まってしまう。それ程に龍驤の中で彼の存在は大きくなっているようで、迷惑をかけたくない思いが上回った。

 

 

「なぁ、赤城も一杯どうや?」

 

「……私は……」

 

「遠慮したらアカンで?ウチだって辛いのは同じや。やけ酒は止めたけど飲まんとやってられへんねん。それには飲み仲間が欲しいねん」

 

「……それじゃいただきます」

 

「加賀は……もう寝てもうてんのか」

 

「もうこの子ったら……疲れちゃったのね」

 

「加賀さんは表情にはあまり出しませんが悲しかったんです。何度も嘆いていました……自分が不甲斐ないと。私も同じ気持ちです」

 

「……赤城ちゃん、お酒追加するわ。龍驤さん、私も一杯いいですか?」

 

「構わんで。ウチの愚痴にも付き合ってもらいたいしな」

 

「はい、今日は気の止むまで飲みましょう。逝ってしまった子達の為にも……」

 

「……せやな」

 

 

 夜遅くまで居酒屋には明かりが灯り、海に散って逝った仲間達への弔いの盃を交わす空母達の姿があった。

 

 



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4-7 元帥は立案する

どうも皆様、てへぺろんです。最近ホラーゲームにハマって小説を書くことを後回しにしてしまったなんてことは……あ、ありません。面白いホラゲーがいけないのです。


それはそれとして。


それでは……


本編どうぞ!




「大淀、状況を教えてほしい」

 

「はい、長門さんと陸奥さんが向かった○○鎮守府は敵の侵攻を食い止めることに成功し、反撃しましたが敵は逃走を図り撃破には至らなかったそうです」

 

「そう……わかったわ。他の鎮守府の様子はどうだった?特に不知火」

 

「不知火ちゃんが向かった○○鎮守府は提督と艦娘達の仲が少しだけですが改善されたようです。まだ距離はあるものの以前よりも交流が多くなったとのご報告で、不知火ちゃんが率先して提督とのコミュニケーション改善に力を入れた結果だそうです」

 

「そう……意外だわ。あの子は命令に対して忠実に動くことを優先するタイプなのに」

 

「不知火ちゃんも変わったと言うことです」

 

「大淀それはあなたもでしょ?()に会ってから……なんだか顔が変わったんじゃないかしら?」

 

「そ、そう……かもしれません」

 

 

 大淀は自分自身変わったと思っている。それが嫌だとは思わない。()……○○鎮守府A基地の青年と出会ってから何もかもが体験したことのないものだった。美船元帥に指摘された彼女の頬は赤みがかかっていた。

 

 

 不知火も外道提督に出会ってから積極的になったし、木曾も帰って来てからずっと写真を大事にしているのを見た。大淀もそう……みんな嬉しそうで良かったけど複雑な気分。あれだけ疑っていたのに今じゃ私も彼に期待を寄せている。初めは憎き軽視派として敵視していたのに手のひらを返してしまっている……でも同じぐらいに心の底で信頼しきれいない私。どちらか一方を決めることをせず、今の状況を甘んじて受け入れている……なんて都合のいい女なのかしらね。

 

 

 ○○鎮守府A基地の生活で大淀達が受けた影響は大きく、それが良き方へと向いていることに美船元帥は喜んだが、相手があの青年だ。彼女は現在も悩んでいた。軽視派の人間達は艦娘を兵器や道具のように扱う連中の集まりだ。その連中が彼女は大っ嫌いであり、容姿だけで決めつけるなど認めたくなかった。青年は軽視派から目をかけられ、提督の座を手に入れた。それを知った時、大いに怒りを抱いたが大淀達の潜入して調査したところ、彼の存在が艦娘達を救うことになったので困惑することばかりの結果となった。

 矛盾を宿した青年に密かな期待を抱く美船元帥。しかし彼女は人間の裏側を見過ぎてしまい、信用したのに裏切られた時……もう誰も信用できずに人類そのものを見捨ててしまうかもしれない恐怖を抱いている。それでも……

 

 

 あの○○鎮守府A基地で青年と対面した時、彼が語った艦娘達を思う気持ちが嘘だなんて思いたくはなかった。

 

 

「……大淀」

 

「なんでしょうか?」

 

「あなたは外道提督を信じたい?」

 

「私は信じます。提督は優しい方だと」

 

「そう……わかったわ。それでね大淀、私はそろそろ反撃する頃合いだと思っているの」

 

「こちらから敵を叩くおつもりですね?」

 

「ええ、()の深海棲艦が潜んでいる海域を今度こそ突破するつもりよ」

 

「わかりました。ですが誰を向かわせるのでしょうか?」

 

「○○鎮守府A基地に所属する艦娘及び外道提督よ」

 

「――ッ!?」

 

 

 大淀の表情に驚愕が現れた。

 

 

「……外道提督に任せると言うことでいいのでしょうか?」

 

「彼だけの戦力では厳しいでしょうし、こちらからも援軍を出すわ。まずは赤城と加賀、心の傷は癒えていないけど二人には頑張ってもらうしかないわ」

 

「大丈夫ですよ。提督がいるなら」

 

「……そうね。それにあの子達も挫けてしまう程に弱くはないわ。過去は変えられないけど未来は変えられる。あの子達なら今回の悲しみを糧にして強くなってくれる……そう信じているわ」

 

「……そうですよね。赤城さんも加賀さんも立ち止まることは望んでいませんでした」

 

「ええ、それと木曾も送り出すわ。あの二人だけだと(彼への対応が)心配だから」

 

「木曾さんだけ……ですか?」

 

「大淀、あなたもしかして……木曾に嫉妬してる?」

 

「い、いえ!そんなことはありません!そ、それでは外道提督に連絡しなければなりませんのでこれで……」

 

 

 大淀は○○鎮守府A基地に派遣されたメンバーの中で木曾だけが青年と再会できることに妬いていた。そのことを美船元帥に見抜かれぬようこの場を離れたが誰から見てもバレバレであった。

 

 

 嫉妬する大淀は可愛いわね♪私にとって艦娘達はみんな可愛いの。例え世界全ての()()共が否定しても艦娘達の笑顔は天使の微笑みであると主張するわ。不細工なんだけど天使なのよ!!文句は言わせない。けれどもそこまであの若者に会いたいのね。まぁその気持ちはわからないことはないわ。

 顔はちょっと怖そうなところがあるけどそれが逆に良いし、何よりもあの声……耳元で名前なんか囁かれでもしたらそれだけで孕んでしまいそう……いやむしろ望んで孕みたいわね♪ってダメダメ!!元帥の立場である私がこんな破廉恥なことを考えるのは……妄想だから犯罪にならないし問題ないわね。

 

 

 ……っとなると妄想内では何をしてもいい……ふむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「外道提督……いや、外道丸野助よ、私の男になりなさい」』

 

『「げ、元帥殿……軍人とあろう者が欲望に負けてはなりません!!」』

 

『「黙らっしゃい!元帥の私に逆らう気か!!ならば実力行使だ!!」』

 

『「げ、元帥殿……い、いけませんこんなことをしては!!」』

 

『「にゅほほほ❤良いではないか良いではないか♪』

 

『「あーれー!!!」』

 

 

 ……的な権力を使って男を手に入れる……のは絶対にやらないわね。私のキャラじゃないし、こんな展開望んでいない。私なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「美船元帥殿、あなたの艦娘達を思う一途な想い、軍人と立ち振る舞いに感動し尊敬していました。しかし次第にあなたへの憧れが段々と変わって……あなたのことが好きになりました!!」』

 

『「いかん、いかんぞ外道提督。こんな醜い私なんかに……愛を向けてはならぬ!!!」』

 

『「いいえ、私はあなたを愛してしまいました!この想いは変わることはありません。醜いからなんですか!愛の前に容姿など関係ありません!!!これからは元帥と提督の立場ではなく、夫婦として共にこの国を変えていき、艦娘達と未来を目指しましょう!!!」』

 

『「外道君……すまない。君を(恋に)落としてしまった責任は取るわ。沢山子供を産み、幸せな家庭を築き、艦娘達と共に君を一生大切にしてみせるさ。この美船の名にかけて……ね♪」』

 

『「……美船さん……(キュン❤)」』

 

 

 ……やっば、妄想の中の私ってカッコよくない?いや、リアルでも威厳はあるはずだしこういう未来がある可能性だって……万に一つもないわ。自分で妄想しておいてこれはありえないわねうん絶対。

 

 

 もはや原型すら残さない誰だお前的な登場人物とキャッキャウフフする悲しい妄想に振り回され自分でも何をしているのか嫌になってため息が出る。元帥という立場である自分には価値があり、元帥でなければ価値が無いと自身で決めつけてしまっているようだ。実際に妖精が見えず、軍人にもならずに過ごしていたら生涯永遠のニート生活を送っていたかもしれない。そう考えるとまたため息が出てしまう。

 

 

 まぁ、彼が例え軽視派の人間じゃなくとも私なんかを女として見てくれることはないんでしょうけど。

 

 

「……もういっそのこと、画面の中にいる二次元男子が孤高かもしれないわね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が孤高なんですか?」

 

「ひゃわぁぁぁぁあ!!?」

 

 

 美船元帥は飛び跳ねた。それもそのはず、今は一人しかいないはずだったのに目の前には五月雨と漣がいつの間にか居たのだ。彼女達は美船元帥がよからぬ妄想を垂れ流している間に入って来たことに気づいていなかったらしい。

 

 

「ほうほう、ご主人様は何やら男を求めている様子と見ました……つまり溜まっていると。いやはや、ご主人様も性欲には勝てないというわけですな♪なんなら漣秘蔵のブツから過激な物をお貸ししましょうか……へっへっへ♪」

 

 

 ニタニタと笑みを浮かべた漣が獲物を見つけたようだ。彼女の揶揄いの的になってしまう……このままでは醜態をまた晒してしまうことになる(既に晒してしまっているが)のは避けねばならないと美船元帥は感じた。彼女も女であるのだから男の話題は大好物であるが、五月雨が顔を真っ赤にしているのを見てしまうと彼女の純粋な心を汚してしまうのは気が引けた。

 

 

「……ゴホン、それで?二人は私に何か用があるんじゃないかしら?」

 

「話題を逸らしましたねご主人様?」

 

「……ナンノコトカシラ?」

 

 

 なので何事もなかったかのように振舞うことを決めた。都合の悪いことはなかったことにすれば場は勝手に収まっていくのだから。

 

 

「え、えっと……先ほど大淀さんと会って聞きました。()の深海棲艦をやっつけるつもりなんですよね?」

 

「ええそうよ、我が物顔で海域を支配している。あの海域は物流の最適なルートだったけど、()の深海棲艦が現れてから()()()()()()()()()()()()()()()。そのせいでわざわざ海域を迂回して運ばなければならない状況になっていて、燃料も時間もかかっている。それだけじゃないわ、()の深海棲艦以外の深海棲艦の姿があちこちで確認された。あそこをこのままにしておくわけにはいかないのよ」

 

「でもご主人様、奴は強敵ですぞ?」

 

「承知の上よ。何度か撃破する為に艦娘達が戦ったけど……未だに海域を支配しているのが結果。こちらの被害の方が大きくなり、轟沈者も多数出た。だからこそ、今回は彼に行ってもらうことにしたの」

 

「外道提督ですよね?信用……してもいいんですよね?あそこには時雨姉さん達が……」

 

「五月雨、不安なのはわかるわ。私も彼を信頼しているのか正直言って自分でもわからない。けど他の提督達と違うのは確か。敵は強敵、彼の艦娘達なら……やってくれると願っているの。彼と彼女達ならばって。それに私だって見ているだけなんて薄情なことはしない。赤城と加賀、そして木曾に援軍として出向いてもらうわ」

 

「……美船元帥、姉さん達の為に私も一緒に行きたいです!!」

 

 

 あそこは時雨と夕立が居た。そして今度の敵ははぐれや並みの深海棲艦じゃない。五月雨が援軍として参加しようとする意志はわかる。けど……

 

 

 真剣な五月雨の瞳を見た。人間じゃなくとも姉妹の絆、姉達に向ける想いは艦娘であっても変わらないと感じさせるものだった。それでも……

 

 

「ダメよ、あなたの気持ちはわかるわ。でもね、五月雨には漣と一緒にやってもらわないといけないことがあるのよ。あなたが抜ければそれだけ負担が増える。ここは外道提督に任せましょう。それに赤城と加賀、木曾がいるんだもの。大丈夫、きっとね」

 

「美船元帥……はい」

 

五月雨(さみさみ)元気出せって!漣秘蔵のブツから初心者向けのを貸してあげるから♪」

 

「そ、それはいらないですよぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……()の深海棲艦……ね」

 

 

 五月雨と漣が退出して思い返していた。

 

 

 ()の深海棲艦……奴を倒す為に多くの艦娘が犠牲になった。そして今も健在している。海域を支配していつかこちらに大軍勢を送りつけてくる可能性がある。いや、その準備を着々と進めているのかもしれない。

 

 

 ○○鎮守府A基地の艦娘達は強いのはわかっているつもり……だけど外道提督、今回の相手は手強いわよ?なんたって相手は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦棲姫。深海棲艦の姫級が相手なんだから。

 

 



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4-8 影蠢く

ホラーゲームの誘惑に負けずに無事投稿出来ました(祝)次回は誘惑に負けて遅くなるかもです……すみません。


さて、戦艦棲姫の存在が明かされてどう物語が動いていくのか。


それでは……


本編どうぞ!




 ○○鎮守府A基地では現在艦娘達が忙しなく鎮守府内を動き回っていた。

 

 

「ねーえ、提督これはどこに運ぶの?」

 

「それは向こうに運んでくれ。後な島風、荷物を連装砲達に持たせて自分だけ楽をするな」

 

「ええー!?連装砲ちゃんは島風の手足なのに?」

 

「お前の手足はちゃんとあるだろ。自前を使え自前を!それに連装砲達をこき使っているといつか見限られちまうかもしれないぞ?」

 

「ぶぅー、わかったよ。連装砲ちゃんそれ貸して」

 

 

 島風が風の如く去っていく。青年はやれやれと思いながらも作業を再開する。今彼らは何をしているのかというと荷物の確認、運搬、そして最終整備を行っているのだ。何故こんなことをしているのか、大本営からの通達(正確には美船元帥から)で特別命令が出された。それは南西諸島海域を拠点とする深海棲艦の撃破要請であった。

 南西諸島海域は○○鎮守府A基地より遠出となる為に出撃前の準備をしていたのだが、青年はこれを好機と見た。何故なら彼は着任して月日が経ったにせよ、他の提督から見ればまだまだひよっこの新米だ。しかし他ならぬ彼を選んだのは美船元帥だ。

 

 

 クヒヒ♪美船元帥さんよ、あんたが俺を選んでくれるとはありがたいことだが良かったのかい?俺が偉くなっちまうと立場が危うくなってしまうんだぜ?それにあんたの大好きな艦娘共がいいように利用されるだけされて粗大ごみに捨てられちまう未来が待っているのによぉ!まぁ、俺を疑っていても頼らないといけない状況なのは同情するぜ。無能な提督共だらけであんたも大変だろうしなぁ。あ~あ、可哀想すぎて涙が出ちまうわ!!

 ……ま、まぁ、命令を受けたからには見事やりきってやるよ。更なる信用を得る為には作戦を成功させなければならないが、その代償としてまだ利用価値のある艦娘()をみすみす失うことはしないだろうから……あんたは自分の職務を全うしな。

 

 

 美船元帥が青年を選んだ。このことはこれから彼の昇進への道に大きな利点となるだろう。他の提督達よりも怪しさ満点、矛盾を宿す彼の方が信頼に足りるということを示している。これには内心我慢していても笑みがこぼれてしまう。

 しかしだ、青年を頼るということはそれ相応の理由があるはず……彼は懐から届けられた手紙の内容をもう一度読み直すと顔をしかめ、手紙には深海棲艦の正体が記されていた。

 

 

「……戦艦棲姫か」

 

 

 『戦艦棲姫』

 艦載機や魚雷を一切積んでいない純粋な戦艦タイプの深海棲艦であり、タフさと火力は一級品。殴り合いで勝てる艦娘はそうそういない。

 追加で『姫級』というものを説明しておく。深海棲艦の中には『elite』とは違う特別な『()』や『()』と言った個体が僅かであるがこの世界で確認された。その個体を倒す為に何人もの艦娘が轟沈したとの記録もあり、その危険性も記されていた。

 

 

 この情報が青年の手元にあったことが何よりも助けになった。もし何の情報もなく出撃していたら轟沈者が現れた可能性が高い。それ程までに危険な深海棲艦である。吹雪達○○鎮守府A基地の艦娘達は今まで深海棲艦を撃破してきたものの、姫級と言った上位の深海棲艦との戦闘は一度もない。

 

 

 ……危険だ。吹雪達でどうにかできるか?相手は戦艦だぞ?こっちに戦艦はいない……重巡洋艦や空母で対抗できるかもしれないが、初の姫級にこいつらがどこまでやれるか心配だ。今まで吹雪達はゲームで言うところの中ボスを相手にしてきた。だが今度の相手は正真正銘のボスクラス、そして恐ろしいのがこいつが随伴艦として存在していた場合だ。

 情報では戦艦棲姫がボスの位置にいるとのことだが、もし旗艦が別にいた時の場合に厄介なのがこいつのタフさで旗艦への攻撃を肩代わりしてしまうところだ……ダ〇ソンめ。そのせいでどれほど苦しめられたことか。だがそれはゲームの『艦これ』での話だから実際はどうかわからん。今考えても仕方ないが、何事も注意は必要だ。

 

 

 情報を得てからいくつもの心配事が絶えない。しかも戦艦棲姫が支配している海域は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで『姫級』の影響力が嫌と言う程に思い知らされる。

 

 

「ねぇ提督どうしたの?そんな顔して……しかめっ面もカッコいい♪

 

 

 悩んでいたところに声をかけてきたのは夕張だった。

 

 

「今回の相手……戦艦棲姫と戦うのかと思うと……」

 

「……怖い?」

 

「……いや、そんなことは……」

 

「提督、私は怖いよ」

 

 

 夕張は前線に出る予定はない……ない方がいいと青年は思っている。彼女は艤装に何かあった時の為のバックアップ要員として共に行動する予定だ。その彼女でも怖いと思うもの、それはやはり仲間のことだ。

 

 

「提督も悩むほどの危険な相手と戦ってみんな無事に帰って来られるのか心配で……R基地でいつも無線を手にしていた。無線から嫌でも聞こえて来る沈んでいったみんなの悲鳴や断末魔が耳に残るの。またあんなのは……聞きたくない……」

 

 

 あの頃を思い出してしまったのだろう、今にも泣きそうな夕張の姿がそこにある。

 

 

「……させないさ」

 

「……提督」

 

 

 させてたまるか。例え相手が戦艦棲姫だろうと俺の艦娘(ふね)はお前を超えるさ。戦場が常に死と隣り合わせだろうと夢を実現させるまでは誰も死なせるつもりはねぇ……それが綺麗事を並べた夢物語であってもな。

 

 

 青年を見つめる夕張を置いて、彼は準備に取り掛かる。そして遂に出発の日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイドルが留守番だなんて……」

 

「そう言うな。無人にすることは出来ないんだ。留守番は頼んだぞ」

 

「は~い」

 

「青葉、熊野、川内も那珂がこんなのだから頼んだぞ」

 

「こんなのってなにー!?」

 

「あはは、でも司令官と一緒に居られないのは寂しいですが青葉に任せてください」

 

「このわたくしに不可能などありませんわ。鈴谷……頼みましたよ」

 

「うん、こっちは任せて」

 

「提督……無事に帰って来てよ?神通、提督をお願いね」

 

「はい、姉さん那珂ちゃん、青葉さんと熊野さん、妖精さん達もここを頼みます」

 

『「らじゃー!」』

 

『「のーぷろぶれむ!」』

 

『「だらしないせんかをあげるなよ?」』

 

「提督ー!!みんなも絶対無事に帰って来てよぉ!!!」

 

 

 川内達と一部の妖精達に見送られながら青年達は南西諸島海域へと出発した。

 

 

「………………………………………………」

 

「川内ちゃん、大丈夫だよ。みんな無事に帰って来るから」

 

「そう……だよね。提督なら大丈夫……きっと大丈夫」

 

「うん。あっ、そうだ!この前ちょっと高級なお菓子の詰め合わせを見つけたんだ。それこっそりみんなで食べようよ♪」

 

『「おおっ!!?」』

 

『「いまのきいたか!?」』

 

『「こうきゅう……だと!?」』

 

『「いちばんはわたしだー!!!」』

 

『「ぬけがけゆるさん!!!」』

 

「ああ!?那珂の発言で妖精達が!!!」

 

「このままだと全部妖精さん達に食べられちゃう!?那珂ちゃん全速力!!!」

 

 

 ドタバタと妖精達を追って川内と那珂は鎮守府内へと戻っていく。やれやれといった具合で青葉と熊野は二人の後に続こうとした。

 

 

「……んっ?」

 

「あら?どうか致しました?」

 

「……今誰かに見られていたような気が……」

 

「えっ?」

 

 

 青葉の言葉に熊野は辺りを見回すが自分達以外人っ子一人居ない。それもそうだ、ここにいるのは自分達だけのはずなんだから。

 

 

「青葉の勘違いでしたね。ふぅ……ちょっとビクッとしちゃっいました。司令官が居なくなって寂しいからでしょうかね」

 

「きっとそうですわ。でもそれも少しの間だけです。青葉さん、わたくし達もお二人に続きましょうか」

 

「そうですね。いやー高級ですか。楽しみですね~♪」

 

 

 二人も鎮守府内へと戻っていく……誰も居なくなったはずの港には一つの影が浮かんでいることを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、()()()()の様子はどうなっている?現状を報告してくれ」

 

「潜入した者からによれば現在複数の()()と共に出発したとの報告があった。それもあの新米のガキが例の深海棲艦を本気で撃滅するつもりらしい」

 

「全くどうなっている?我々が目をかけてやったのは確かだが、任せていた豚野の奴は事故で記憶喪失となり、豚野のところの()()()()()()()()を自身の戦力に加えたそうじゃないか。そして今回の件、元帥が任せたとの話があった。我々を毛嫌いする元帥がだぞ?」

 

「こちらも訳がわからん。それにあの小僧は()()()と良好な関係を築いている様子だったと報告にあった」

 

「はぁ?そんな馬鹿なこと……報告者は目でも腐っているのか?」

 

「いいや、情報は確かだ。信頼できる手の者を向かわせたのだからな。引き続き情報を得るつもりではいるが……」

 

「おいおい、汚物共を監視し続けないといけないとか見張りの奴が可哀想になってくるわ♪俺だったら逃亡するね」

 

「それを言うなら我々はどうなんだ?その汚物共と鎮守府に押し込められている身なんだぞ?」

 

「それは確かに、俺達って可哀想な人間だよな♪」

 

「違いない♪」

 

「「「はははははははっ!!」」」

 

「ええい貴様ら、何を笑っている!そんなことよりもだ、()()()には()()があったことを理解しているのか!?」

 

 

 円卓上で話し合う男達、服装からして軍人だとわかる。男達が何やら怪しさ満点の集会をしている光景が所判らぬ場所で繰り広げられ、一人のまとめ役だと思われる初老の男が声を荒げた。他の男達はピタリと動きが止まる。一体何の話をしているのだろうか?

 

 

「だ、だが証拠は隠滅したじゃないか」

 

「ああ、そう聞いている。何故俺達をここに集めてまで……もう終わったことだろ?」

 

「……貴様ら勘違いしているようだな」

 

「勘違いだと?」

 

「ここに貴様らを集めることにしたのは私ではない。あの方、直々に来てくださるそうだ」

 

「ま、まさか……」

 

 

 初老の男の言葉に他の男達は何やら落ち着きがなくなり、姿勢を正す者や身なりを整えるものなど先ほどの雰囲気とは別物になった。そして同時に扉の外から高らかな声が聞こえて来た。

 

 

おーほっほっほっ!!!

 

「こ、この声は!!?」

 

 

 高らかな笑い声に反応した男達。彼らはその声の主に期待を孕んだ瞳を向けている様子であり、扉を開け放ち現れたのは一人の女であった。

 

 

「これはこれは……お待ち申しておりました」

 

 

 初老の男は急に腰は低くなり、いやらしい笑みを浮かべた。初老の男の前に立つのは女軍人であることが窺える。その人物の特徴的なのは顔面を覆う化粧がどぎつくて、紫色に染めた唇がでかでかと存在感を現して更には化粧の上からでもその顔のバランスが崩れているのが確認できる。一目見ただけで度肝を抜く容姿であるが、忘れていけないのがこの世界があべこべ世界であると言う事を……つまりこの女軍人は()()だと言うことだ。証拠に女が現れてから男達は視線を釘付けにしている。中には涎を垂らしていたり、鼻息が荒く興奮状態の汚い男達の姿もあった。

 

 

「お喜びなさいな、わたくしともあろう者が人目を盗んでお伺い致しましたのよ?あなた方とこうして密会しているところを見られる訳にはいきませんし。特に美船(ババア)には……ね」

 

「は、はぁ……誠にその通りでございます大将殿」

 

 

 男達は腰は低くなったまま。それもそうだ、この女の階級は大将。力関係は見るからに一目瞭然である。

 

 

 名を小葉佐(おばさ)。階級は大将の女性。

 

 

 小葉佐大将は穏健派の人物である……が、それは仮の姿。裏では男達……もうわかると思うが軽視派の連中と繋がっている。そして何より先ほど()()と示したが、ただの()()ではない。()()()()()なのだ……もう一度言おう、()()()()()なのである。世の中の男が振り返りそのまま見惚れてしまう程に崩れた姿と女であろうとも美そのものを体現している存在感に嫉妬を通り越して敬ってしまう程だ。しかしそれはこの世界の基準でのことだと記載しておく。

 美船元帥は小葉佐大将のことを好んではいない。自分とは真逆の()()()()()であることも個人的な好みに影響しているのだが、それを抜きにしてもどうも好きにはなれないでいた。

 

 

 小葉佐大将も美船元帥を好んでいない。この女は元帥の地位を狙っている。

 

 

「そ、それで……大将殿は何故我々をこの場に集めたのでしょうか?」

 

 

 恐る恐るといった具合で一人の男が手を挙げて質問する。その男をちらりと横目で見た小葉佐大将はため息をついた。まるで落胆したようである。

 

 

「そこのあなた」

 

「は、はい!」

 

 

 質問した男は小葉佐大将に指を刺されるとは思っていなかったのか声が裏返った。しかし()()()()()であるこの女に意識を向けられていると思うと緊張とは別に男は下半身がムラムラした。

 

 

「南西諸島海域には何がありましたか?」

 

「それは()()()()があります。そこで()()()()()を行っていました」

 

「そっ、ですが今は機能しておりません。でも実際に行われていたのは事実です。深海棲艦の攻撃を突如受けたが為におかげで放棄せざるを得なくなった。証拠は隠滅し、実験の研究成果も回収した……そこまでは知っていますわよね?」

 

「は、はい……」

 

「しかしです。先ほども言いましたが、深海棲艦が突如攻撃して来たのですよ?証拠は隠滅したと現場から確認を取りました。ですが僅かな証拠が残っている可能性も捨てきれません。僅かな証拠をあの美船(ババア)に知られ、あなた方の立場が危うくなるかもしれないのに今まで動こうとしないとは呑気ですねぇ?」

 

「は、はぁ……」

 

「あなた方がどのような作戦を立てているのか拝見しようと思いましたが……扉の外でお話を聞いていて呆れましたわぁ。私利私欲を優先し、目をかけていた若者を豚野さんに任せるだけ任せて後は放っていただなんて……なんておそまつな方々なのでしょうかぁ?」

 

「「「「「……」」」」」

 

「まぁ、あなた方のことはどうでもいいですわぁ。ですがわたくしは証拠が残っているかもしれないというその僅かな危険性を排除しようと考えました。その危険性を視野に入れ、穏健派に紛れさせた手駒を()の深海棲艦撃滅に参加させました。しかし結果は知っての通り……確認することさえできない状況です」

 

 

 小葉佐大将の指摘に男達は黙ってしまう。

 

 

「そ、それは……弁明のしようもございません」

 

「わたくし、あなた方には期待していましたのよ?その期待もハズレてしまいましたわぁ」

 

「い、いえこれはですね!!」

 

「もういいです。時間の無駄ですから。それで()の深海棲艦撃滅に選ばれた若者をどうするおつもりですか?」

 

「わ、我々はすぐさま連絡を取り、現場の確認をしてもらおうかと……」

 

「その前に()の深海棲艦を打ち倒してもらわないと意味がありませんわぁ。それでどのような方なのですか?噂はわたくしの耳にも入って来ているのですけど、使えるのですか?」

 

「しゃ、写真ならあります。こちらを……」

 

「わたくしの目に叶う方でしょうか?あなた方のようには期待していませんけどね。さて、どれどれ……っ!!?」

 

 

 小葉佐大将は写真を見るなり微動だにしなくなった。石化したように動かない女に初老の男は恐る恐る声をかける。

 

 

「あ、あの……大将殿?」

 

「……ふむ、いいですわ、この若者が外道丸野助と言うのですね。連絡はわたくしがやっておきます」

 

「大将殿自らですか!?」

 

「そうですけど何か問題が御有りですか?」

 

「い、いえ……」

 

「それに噂通りならこの若者の実力を見るには丁度いいですし、あなた方が下手に動けばボロが出てしまいそうですし、あなた方は何もしなくて結構ですわぁ」

 

「は、はぁ……」

 

「外道丸野助君、わたくしのお眼鏡に叶えばいいのですけどね。楽しみにしていますわぁ……じゅるりっ♪」

 

 

 舌なめずりをする女の瞳は獲物を見つけた蛇のように怪しく光っていた。

 

 



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4-EX 睦月と電 その2

ホラゲーは良かった……さてそんな話は置いておいて、今回は短いですが艦娘達の心情回となっております。


それでは……


本編どうぞ!




「むむむ……」

 

「何読んでるの睦月さん?」

 

「電ちゃん、これは様々な戦術のことが書かれている本にゃしぃ。これを読んで勉強しているの」

 

「えっ?睦月さんが……べん……きょう!?こ、これはきっと明日には嵐が降る……いや砲撃の嵐が降って来るのです!!」

 

 

 さらりと電ちゃんにバカにされた。睦月は頭はそんなに良くないけど、勉強だってするんだよ?特に今回は睦月だって真剣の真剣、真剣と書いてマジと読むのにゃ!!真面目な話、睦月は怖いと感じているの。

 大本営から睦月達に命令が下されたの。提督に集められて今回の件を聞いた。敵は勿論深海棲艦だけど、今までの深海棲艦とは訳が違う……戦艦棲姫って言うの。初めて聞いたけど、戦艦って名前がついているから大体予想できるけど、その強さは桁違いだって提督が教えてくれた。

 

 

 姫級……聞いたことがあったのにゃ。深海棲艦の中には特別に強い個体が居るって。その個体は鬼級、姫級とか分類されて驚異の存在……大本営の報告で何度か戦艦棲姫を倒そうとしたけど、結果はダメだった。多くの艦娘が沈んだって……睦月達もそうならないよね?みんな揃ってA基地へ帰れるよね?不安にゃしぃ……

 

 

「ふっふ~ん……ほぉう?やっほ、睦月は何読んでるの……うっわ、これはまた難しそうなの読んでるじゃん。風邪でも引いた?」

 

「鈴谷さん失礼なのにゃ!!睦月はこれを読んで勉強しているだけなの!!」

 

「マジごめんって。でもなんで急に……ああ、まぁ不安になるよねそりゃわかるわ」

 

「……鈴谷さんも不安なの?」

 

「相手がマジでヤバイ奴って提督から聞かされたから……正直ビビってる。電もそうっしょ?」

 

「はいなのです。みんな口には出さないですけど、暁お姉ちゃん達も不安がっていたのです」

 

 

 鈴谷さんも電ちゃんもみんな不安なのは一緒。睦月もこんな本を読んでいるけど、実戦で通用する保証なんてどこにもないのに……それでも戦うことから逃げない。逃げたら誰かが代わりになるだけで変わらない。平和になんかならない。いつかは戦わないといけない時が来る。早いか遅いかの違い、吹雪ちゃん達と生き延びて提督と出会うことができて、それから島風ちゃん達や鈴谷さん達、神通さん達とこうして一緒に居る。これからもずっと一緒に居たい!みんなとワイワイ騒いで怒られて、反省してまた騒いで……そしていつかは平和な世界で提督と……それまでは逃げるなんて選択肢はない。旧式だけど、やる気は十分。睦月は仲間の為、提督の為に戦うにゃしぃ!!

 

 

「ふんす!鈴谷さん、電ちゃん、気で負けてはいけないのにゃ!相手が誰であろうと睦月は逃げるなんてことはしないし、提督も言ってたの」

 

 

 提督は「お前達ならできる。やってくれると信じているぞ」そう言ってくれた。睦月達をいつも信じてくれている……その思いにいつも応えて来た。今度も同じ、いつもと同じに応えるだけなのにゃ!!

 

 

「……そうなのです。ずっと信じてくれたのです……だから電は司令官さんの為に頑張るのです」

 

「そうだよね、鈴谷も今までもっと苦しい体験して来たんだ。これぐらいでビビってなんかいられないって!」

 

「二人共その意気にゃしぃ!」

 

 

 にひひ、二人共笑ってる。睦月はみんなの笑顔を守ってみせるよ……だから弥生ちゃん達、睦月達のことを見守っていて欲しいにゃしぃ。

 

 

 ★------------------★

 

 

 睦月ちゃんに勇気を貰ってそのまま暁お姉ちゃん達のところに戻って来たのです。お姉ちゃん達はいつものように振舞おうとしていたのですが、やっぱりどこか暗いのです。

 

 

「……あっ、電どこ行ってたの?」

 

「ちょっと睦月ちゃんと鈴谷さんとお話していたのです。それよりもお姉ちゃん達はまだ不安なのですか?」

 

「そ、そんなことないわよ!暁はレディなんだから戦艦棲姫なんか……こ、怖くないもん!!」

 

「私は……怖い、かな。私達は駆逐艦、相手は戦艦だ。しかもただの戦艦が相手じゃない。攻撃をまともに受けてしまったら、それで仲間が目の前で沈んだらと……」

 

「そ、そうね。私も響と同じ。正直怖いわ」

 

 

 嘘なのです。暁お姉ちゃんの腰が引けているのです。響お姉ちゃん、雷お姉ちゃんの気持ちもわかるのです。でも電はもう不安よりも頑張ろうと気持ちを新しくしたので大丈夫なのです。それよりも今度は電がお姉ちゃん達を勇気づけないといけないようなのです。

 

 

「お姉ちゃん達、司令官さんはなんて言ってたか憶えていますか?」

 

「なによ急に?そりゃ憶えているわよ『「お前達ならできる。やってくれると信じているぞ」』って。それがどうかしたの?」

 

「雷お姉ちゃんはF基地でどうしてましたか?」

 

「どうって?」

 

「弱樹司令官さんの為に頑張っていたのではないのですか?」

 

「そりゃ当然よ。司令官の為に頑張ることはおかしい?」

 

「そんなことはないのです。でも昔の電は前司令官……あの男の為には頑張りたくないと思っていたのです」

 

「?ねぇねぇ電、昔ってなんのこと?」

 

「暁は忘れたのかい?電は外道司令官に会うまでは……辛い思いをしたんだ」

 

「あっ」

 

 

 暁お姉ちゃんは思い出したのか気まずそうな顔をしたのです。お子様の暁お姉ちゃんでもそれぐらいはわかってもらわないと困るのです。あの頃は本当に生きた心地がしなかった……天龍さんも龍田さんも吹雪さん達もみんな苦しかったけど、今こうしてお姉ちゃん達と話ができるのは司令官さんのおかげなのです。

 

 

「今があるのは司令官さんのおかげ。電達を救ってくれた司令官さんが信じてくれている……なら不安なんてものを感じるよりもその期待に応えるだけなのです。電は司令官さんや吹雪さん達、お姉ちゃん達と皆さんとこれからも一緒に居る為に頑張るだけなのです!」

 

「電……そうね。ちょっぴり不安は残るけど、司令官が私達のことを頼ってくれているんだもの。もっと頼られるように私も頑張るわ!」

 

「そうだね、電の言う通りだ。信じてくれている外道司令官の期待に応えないと。電、Спасибо(スパシーバ)

 

「ふふん♪電だけに苦労はかけさせないわ。この暁に任せなさい。大人のレディである暁にかかれば戦艦棲姫なんてちょちょいのちょいなんだからね♪」

 

 

 良かったのです。お姉ちゃん達の顔が明るくなってくれたのです。そう、司令官さんの為に電は頑張る。相手が誰であろうと電は生き延びてやるのです……皆さんと一緒に。だからこの作戦が終わった後は電をうんと褒めてほしいのです!

 

 



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4-EX 夕立と時雨 その2

EX話は一気に投稿させていただきます。


それでは……


本編どうぞ!




「ぽいっ!ぽいっ!ぽいっ!」

 

「いい調子ですよ夕立さん、そのまま打って来てください」

 

「了解っぽい!」

 

 

 バンバンと叩く音が響く。何度も拳に力を込めてぶちかます。そして次は蹴りを顔目掛けてお見舞いした……けど止められた。夕立が何をしているかって?それは神通さんに協力してもらって鍛えてもらっているところ。夕立が拳と足を使ってミットを手に持つ神通さん目掛けて攻撃した。自信はあったんだけど……神通さんに何度も止められている。

 神通さんは元々F基地初期から今まで前戦を戦う続けて、訓練になると鬼のように厳しくなる人なんだけどそうなる気持ちはわかるっぽい。強くなくちゃ生き延びれないし、みんなを守れない。夕立は約束したんだ。提督さんをみんなの為に強くなるって。だから夕立、もっと強くなりたいから神通さんにお願いしたら目に炎を宿して協力してくれたの。「持ち掛けられたからには私も厳しく当たっていきますからご覚悟を」なんて言ってた。夕立も提督さんの期待に応えられるように頑張らないと!!

 

 

「ぽいっ!ぽいっ!ぽいっ!」

 

「――ッ隙ありです!!」

 

「――ぽいっ!!?」

 

 

 油断しちゃった。足払いを避けることができなくて尻もちをついたっぽい。

 

 

「夕立さん!一瞬の油断が死を呼び寄せてしまいますよ!!」

 

「むぅ……もう一回っぽい!!」

 

「その意気です!もう一度打ってきてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぽい~……」

 

「夕立さん、お疲れ様です」

 

 

 体が重いし、息が苦しい。どれぐらい経ったかわからなくなっちゃった。その間ずっと付き合ってくれていた神通さんは汗だくだけど自らの足で立ってる。比べて夕立はもう燃料(体力)切れで伏せる結果……神通さん強いっぽい……じゃない、強い。

 海域を取り戻したし、深海棲艦を何度もやっつけたから夕立は負ける気はしなかった。でも負けちゃった。軽巡洋艦と駆逐艦の差だけじゃない。夕立が弱いだけ、これじゃ提督さんも時雨も吹雪ちゃん達を守れない……もっともっと強くならないと。

 

 

「神通さん、もう一戦お願いするっぽい!」

 

「ええ、構いませんが焦りは禁物です。意気込みは評価しますが体を酷使しては元も子もありませんよ?」

 

「大丈夫っぽい、夕立はやればできる子だから」

 

「……わかりました。それでは少し休憩したら再会しましょうか」

 

「わかったっぽい!!」

 

 

 今度の敵、戦艦棲姫っていう深海棲艦は提督さんも危険視してる。あんな提督さん初めて見た。そんな提督さんの様子を見て、夕立達は不安を抱いたけど、提督さんは夕立達のことを信じてくれている。だから今度もいつもと一緒、夕立は敵を倒すだけ。

 敵が何匹こようと夕立は全部倒す。そして敵をやっつけてMVPをとって提督さんに「よくやったぞ」って頭を撫でて褒めてもらうんだ。だからこれぐらいで弱音を吐いたりしないんだから!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「……夕立は凄いね」

 

 

 僕の妹の夕立は前に進んでいるっと言うより突っ走る傾向があって危なっかしい。提督が言うには夕立=犬って言ってただけど言われてみれば僕も同感だと思って頷いたことがあった。でもその時、何故か提督は僕のことを何か言いたげに見ていたんだけど……まさか僕のことも犬に見られていたりする?まさかね。

 そんな夕立が神通さんと特訓をしていた。夕立も思うところがあるんだね。僕も今度ばかりはいつも以上に気を引き締めないといけない……提督の深刻な顔を見たからね。

 

 

 珍しかった。提督があんな顔をしたのは……そうさせているのは戦艦棲姫。僕達は今まで多くの深海棲艦を倒して来たけど、今まで特殊なタイプ、それも姫級の相手と戦ったことは一度もない。それもいきなり鬼級よりも上の格上が僕達の前に立ちはだかる。

 勝てるの?そんな格上の相手に?不安だった。僕も口には出さないけど、心の中では押しつぶされそうになっていたんだ。気分を紛らわせようとぶらぶら散歩していたら何やらぶつかり合う音が聞こえて来て覗いてみるとそこで夕立と神通さんは前に進んでいた。その姿を見ていたら僕もこんなところで油を売っている場合じゃないって実感した。

 

 

 僕はね、提督のあんな顔は見たくないんだ。提督にそんな顔は似合わない、笑顔を向けてくれればいい。でも……もし、もしもだよ?轟沈者が出て提督の心に影が差し込むことになったら?提督が笑顔を向けてくれなくなったら?……嫌だ。もう二度と誰かが目の前で沈んでいく姿を見たくない。僕に嬉しいを、ドキドキを教えてくれた提督を曇らせるような奴は……

 

 

「僕が……許さない」

 

 

 僕の幸せは提督の幸せ。その為には誰一人として沈まずに勝つこと。そうすれば提督の心が曇ることはない。提督はああ見えて本当は優しいから誰か一人でも沈んでしまったら一生心に傷を負ってしまう。させない、やらせない、相手が深海棲艦や誰であろうとも僕は踏み倒して行くから。

 

 

「僕達と提督の道を阻むことは……誰にもさせないよ」

 

 

 絶対に、絶対に……ね。

 

 



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4-EX 叢雲と吹雪 その2

これまた短いので投稿します。


それでは……


本編どうぞ!




「……よし、問題ないわね」

 

 

 いつになく艤装を点検している。それは少しでも緊張を(ほぐ)そうとしている気持ちの表れであり、胸の内の不安を隠そうする行動でもあったわ。自分のことだもの、良くわかるわよ。不安を抱いているのは私だけじゃない、彼女達も一緒。

 

 

「夕張よ、吾輩のカタパルトはどうじゃ?」

 

「不調……になることはないんだけど、おかしいわね?利根の体質が原因かしら?」

 

「なんじゃと!?そのようなことがあるのか!!?」

 

「別にどこかに問題がある感じはしない。けど本番になって不調になるのは……私でもわからないわ」

 

「ど、どうすればいいのじゃ筑摩!?」

 

「こればかりは私も利根姉さんの体質としか言えませんね。好調の時はありますけど……」

 

「むむむ、今度は不調になるわけにはいかんというのに!」

 

 

 利根、筑摩さん、夕張が頭を抱えているわ。今回の作戦はミス一つ許されない。ミス一つで仲間を危険に晒して最悪壊滅の可能性がある程に危険な作戦だからよ。私達にとって初の姫級……戦艦棲姫を撃滅すること、それが私達に与えられた使命だったわ。いつもならさっさと出撃してやっつけて帰って来るだけなんだけど、あいつがあんな顔をするの……初めて見た。

 あいつは変わり者。醜い艦娘に手を差し伸べてくれたバカ。健康管理に気をつけろと自分で言っておきながら夜遅くまで書類と睨めっこして自分の健康を蔑ろにする特大バカ。そんなバカが今回の作戦に対する気持ちは察することができたわ。不安なのね、私だって同じよ。

 

 

 戦艦棲姫を何度か撃滅しようと大本営の方で作戦が結構されたようだけど、どれも失敗に終わっているわ。轟沈者も出たとか……戦場(いくさば)じゃ轟沈()と隣り合わせだと言うことは知ってる。あいつだってわかっているはずだけど、今度ばかりは無事で済むかわからない。もし誰かが……ダメ、こんなことを考えちゃいけない。私は……沈むわけにはいかないのよ。

 ○○鎮守府A基地が今では我が家になった。吹雪も時雨、夕立、睦月、電、みんなの帰るべき場所それがあそこ。以前まではあそこに帰るだけで足が竦んだわ。けどもう恐怖なんて感じない。あの憎い男は消え、帰ればあいつが待っていてくれる。美味しい食事に温かい布団、誰かが隣に居てくれる当たり前の生活が以前の私にはなかったわ。でも今は違う。私は今が好き。今を失うことが怖い……白雪達が沈んだあの時と同じことはもう味わいたくないのよ。

 

 

「夕張なんとかならぬのか?」

 

「異常は見られないし……どうしよう」

 

「ちくまぁ……このまま役に立たなければ皆に顔向けできん。皆は全力で頑張っておるのに吾輩だけ不調など許されるはずがないじゃろ!」

 

「だ、大丈夫ですよ利根姉さん。カタパルトも気合いでなんとかなるはずです!」

 

「気合いでなんとかできるのかなぁ?まぁ、私も時間ギリギリまで調整してみるわ。万全の状態で出撃させてあげるんだから」

 

「頼むぞ夕張、お主に吾輩の行く末がかかっておるのじゃからな!」

 

 

 利根も筑摩さん、夕張……この光景を失うわけにはいかない。あいつだってそう思ってくれているに決まっているわ。だからこの作戦……

 

 

「勝たせてもらうわよ、戦艦棲姫」

 

 

 あんたが邪魔なのよ。その為に狩らせてもらうわ。あ"っ、言っておくけどあ、あいつの為じゃないんだから!!私の為に戦うだけなんだからねっ!!!

 

 

 ★------------------★

 

 

「……大丈夫かな」

 

「なによ、怖いの?」

 

「あっ、瑞鶴さん、翔鶴さんも」

 

「吹雪さん、ちょっとお話しませんか?」

 

「えっ?あっ、はい、いいですよ」

 

 

 ボソリと口から出た不安、二人に聞かれてしまったみたいです。やっぱりこれって心配されていますよね?弱いところを見せてしまうだなんてダメだなぁ。最古参の私がしっかりしないといけないのに……みんなを引っ張っていかないといけないのに。

 

 

「はぁ……」

 

「こら、ため息つくなって!!」

 

「す、すみません!!」

 

「ちょっと瑞鶴!ごめんなさい、瑞鶴ったら不安に押しつぶされるもんかって、少しでも自分を奮い立たせる為に気が立っているの」

 

「ちょっと翔鶴姉!!私は別に気が立っているとかそういうのないから!!」

 

「……やっぱり瑞鶴さんも不安ですか?」

 

「……ええそうよ、だって当たり前じゃない!提督さんの顔見たでしょ?」

 

「……はい、司令官は優しい人ですからきっとこう考えているはずです……」

 

 

 もしも……もしも誰かが沈んだら?戦艦棲姫に勝てるのか?きっとそんなことばかり考えているはずです。私だって同じ想いの筈ですから。瑞鶴さんも翔鶴さんも……同じなんですよね?

 

 

 私達艦娘は醜いです。私達のことを見ると気持ち悪がられたり、距離を置かれてしまいます。でもこの国もそこに住んでいる人達のことが好きです。一度はこの気持ちが失われそうになったことがありましたけど、司令官が来てくれたおかげでこの気持ちを今度は失わないように心掛けています。司令官のように優しい人もいるって知ることができましたから。だから私達は相手が戦艦棲姫でも引かずに戦う……っと言えたらカッコ良かったのですけど。

 居場所があって、何気ない日常を暮らしながら叢雲ちゃん達と笑い合える今の生活がとても好きです。でも戦艦棲姫と戦えばそれが崩れてしまうかもと思うと……怖いんです。戦う為に存在しているのに、足が竦みそうなんです。みんなと……司令官と二度と会えなくなってしまうんじゃないかと考えてしまい、暗い海の底に沈んでいく光景が頭の中で何度も繰り返されるんです。

 

 

 それがとてつもなく怖い。現実になってしまったら……きっと耐えられない。

 

 

「吹雪さん、瑞鶴も私も怖いです。R基地に居た頃は何度も自分よりも小さい子達が沈んでいくのを見ている事しか出来ませんでした。だから思ったんです」

 

「……何を、ですか?」

 

「私達がやらないと他の誰かが犠牲になる。誰かが私達の代わりになってしまうと……その誰かを不幸にしてしまうと。だから怖くても私達がやらなければならないと決意を固めました」

 

「――っと言っても怖いし、不安だらけ。でも翔鶴姉や吹雪、みんなで協力し合えば絶対勝てるって!」

 

「翔鶴さん、瑞鶴さん……」

 

「だから一緒に倒しましょう。戦艦棲姫を、提督の為にも、ね?」

 

 

 司令官の為に……そうですね翔鶴さん。私達に「お前達ならできる。やってくれると信じているぞ」そう言ってくれたのも司令官です。いつも気にかけてくれて、世間から見放された私達に手を差し伸べてくれた司令官に頼りにされているなら私がやることは一つです!!

 

 

「――はい、一緒に勝ちましょう!!そして司令官に吹雪のカッコイイところいっぱい見せてみせます!!」

 

 

 司令官の喜ぶ顔を見る為に私は沈んでなんかいられませんし、誰も沈めはさせませんから。みんなで生き残って「おはよう」って明日を迎えられるように。絶対に勝ってみせます……この特型駆逐艦の1番艦、吹雪の名に懸けて!!!

 

 



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4-EX 鈴谷と川内 その2

四章最後となります。


それでは……


本編どうぞ!




「よーし、鈴谷張りきっちゃうよ!!」

 

 

 さっきまで不安でヤバかったけど、睦月に気づかされるなんて思ってなかったなぁ。ビビッていた気持ちがどこかいっちゃったみたい。今の鈴谷、なんだか誰が相手でも無敵な気分になっちゃった。誰でもいいからかかってきなよ……って、おおぅ?あれは古鷹と加古じゃん。

 

 

「やっほー、二人共調子どう?」

 

「あっ、鈴谷さん」

 

「調子?あたしは絶好調って言えたら良かったんだけどさ、そう言ってられないよ」

 

「うんうん、そうだよね!」

 

「……なんか良いことでもあったのか?流石にふざけていられない状況だと思うけど?」

 

「元気がありますよね。あっ!決して悪いとか言っている訳ではないんですよ?ただ……不安はないのかなって思っただけでして」

 

「不安は勿論あるよ。でもね、不安よりももっと大切なことがあるって気づいたんだ」

 

「大切なこと……ですか?」

 

「なんなんだ、それは?」

 

 

 二人は首を傾げてわかっていないみたいなら私が教えてあげちゃお。

 

 

「敵はマジでヤバイ奴らしいけど、提督は鈴谷達のことを信じてくれている。一人じゃ無理だけど私達は一人じゃないでしょ?全員が力を合わせれば勝てるよ。負けるなんてごめんだから、無事に帰ってまた提督とデートしたいし、ビビっているよりも頑張ろうって勇気の気持ちが大切だよねって。二人もそう思うっしょ?」

 

「鈴谷さん……そうですね。後ろを気にするより、前を向いていた方がいいですね。保護してくれた外道提督の為にも足手纏いだと思われたくありませんし」

 

「まぁ、あたしはまだ加古スペシャルをお見舞いしてないから丁度いい期待だ。うじうじしているよりぶち当たった方があたしらしいからな!」

 

「そうそう、二人共その意気じゃん♪」

 

 

 これで二人は大丈夫、私って良い事したよね?……そうだ!他にも不安を募らせている子が居るはずだから不安がる必要はないんだよって勇気をお裾分けしてあげようっと。

 

 

「そんじゃ私は用事があるから」

 

「ありがとうございます。鈴谷さんのおかげで勇気が出ました」

 

「サンキュー♪」

 

「いいっていいって、バイバーイ♪」

 

 

 良い事した後はなんだか気分がいいなぁ♪私ってめっちゃ役立ってるよね?提督に褒められても誰も文句は言えないはずだし……俄然やる気出て来ちゃった!!!

 

 

 『「わたくし達の分まで生きて……幸せになって……」』R基地()の熊野が最後に残した言葉、鈴谷忘れてないよ。その幸せを手に入れるには戦艦棲姫をやっつける。もしも戦艦棲姫が元艦娘だったとしてもそうでなくても……鈴谷は負けてあげないから。

 

 

 最上、三隈、熊野……見ててね。私は幸せになってみせるから。

 

 

 ★------------------★

 

 

『「――!!!」』

 

『「――?」』

 

『「――!!?」』

 

「妖精さん達……争ってますね」

 

「あはは……これって那珂ちゃんのせい?」

 

 

 食堂で私達のサポート要員として残った妖精達が残り僅かなお菓子を賭けて勝負している……じゃんけんで。那珂が言った高級って言葉が原因でいつも以上にやる気に満ちているみたい。言葉は私達艦娘でも分からないけど、これはこれで平和でいいと私は思うな。

 

 

「いや~妖精達が争うのは当然だと思います。このお菓子美味しかったですからね♪」

 

「青葉さん、お聞きしたいのですけど何故わたくしにじゃんけんに参加する資格はありませんの?」

 

「いやいや熊野さんどれだけ食べたと思っているんですか。半分は一人で食べてましたよね?」

 

「あら、レディとして当たり前なことをしたまでですけど?」

 

「レディなら全員に公平に分けようと言ってくれたはずだし、熊野さんはレディとは言わないと那珂ちゃん思います」

 

 

 うん、那珂の言うことに私も賛成だね。熊野が粗方一人で食べたから妖精達の取り分が減ったんじゃないか。その証拠に妖精達が熊野にお菓子は絶対渡すものか!って顔で距離を置いている。本人はそのことに気づいていない……いい加減気づこうよ。

 

 

「そ、そんな……わたくしはレディなんですわ。誰が何と言おうとレディなんですのよ!?その証として見てください!」

 

「なになに……レディ検定1級?本当になんですかこれ?」

 

「あらわかりませんか青葉さん?これは真のレディであることの証ですの。わたくしと暁さんが密かに作ったものでして世界に所有者がわたくしと暁さんの二人だけのレア物ですのよ♪」

 

「そ、そうなんですか……驚きましたね」

 

「な、那珂ちゃん的にもびっくりしちゃったな……」

 

「ふふん♪驚くのも無理はありませんわ。何故ならレディ検定1級の資格を持っているのはわたくしだけなのですから♪これでわたくしが真のレディであることがお分かりになりましたか?」

 

「「あっ、はい」」

 

 

 自分達で作ったんだ。まぁ二人の間に特別なお遊びが存在していることを今初めて知ったよ。仲が良い事はいいんだけど……ほらみんな呆然としちゃってるじゃんか。本人達が楽しんでいるなら止めないけど。

 

 

 ○○鎮守府A基地は平和だ。この海域周辺は元々深海棲艦が入って来ることは少ないって提督が言ってたけど、私達の活躍で漁業が再開した。おかげで内陸部の人達の食卓には魚介類がちらほら現れているって漁業関係者の老人の人が手紙で教えてくれて、感謝の言葉も載っていた。でもほんのそれは一部の人だけで、大多数が私達に感謝の【か】の字もないんだって……酷いよね。醜いからって受け入れてくれた提督を見習うべきだと思うな。

 ……でも今ここに提督はいない。私達四人と一部の妖精達以外は提督と一緒に作戦へ向かった。私は練度も低いし、まだトラウマがあるからお留守番になった。当然と言えば当然だけど……寂しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……眠れない」

 

 

 静かな鎮守府。夜だからみんな寝静まっている時間だけど、この静かさは好きになれない。やっぱり提督や神通達が居ないからかな?もしくは無事に帰って来れないんじゃないかって不安か。

 

 

「……んん、川内ちゃん?」

 

「那珂、起きてたの?」

 

「うん、中々寝付けなくて」

 

「那珂もなんだね」

 

「川内ちゃんも?」

 

「……いつも以上に静かすぎてね。それとみんなのことが心配で……帰って来てくれるよね?」

 

「川内ちゃん……大丈夫だよ、提督も神通ちゃんもみんな帰って来るよ」

 

「……そうだと……いいけど」

 

「もう、川内ちゃんネガティブ思考過ぎるよ!暗い女は好かれないよ?もし川内ちゃんがこのままだと提督に愛想尽かされちゃうかもしれないよ?」

 

「――ッ!!?」

 

 

 提督に愛想尽かされる……ビクッと自分の体が反応したのがわかるぐらい震えた。それは嫌だ、はっきりと提督に愛想尽かされてしまう自身の姿を想像しようとする脳内を拒絶した私の意志は間違っていない。想像するだけでも怖いと感じてしまう。それほど提督が私の中で大切になっているんだと実感する。いや、それはみんなも同じか。ライバルは多いよねぇ……

 

 

負けるつもりはないけどね

 

「何か言った川内ちゃん?」

 

「ううん、なんでもない。そうだよね、暗い女はダメだよね……うん、提督達は無事に帰って来てくれるに決まっている!」

 

「そうだよ、だって神通ちゃんも提督もみんな一緒なんだから!」

 

「よし、そうとわかれば明日に備えて寝よう」

 

「うん、おやすみ川内ちゃん」

 

「うん……おやすみ、那珂」

 

 

 戦艦棲姫が相手でもみんなが負けるわけがない。みんなは弱くないんだから……

 

 

 だからみんな無事に帰って来てくれるよね……ねぇ、提督?

 

 



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南西諸島海域編
5-1 一航戦


お久しぶりの方はお久しぶりです。他の小説に手をかけていましたが、こちらもそろそろ投稿しておこうかと思って投稿させていただきました。


あらすじ……遂に作戦決行の時が来た!


それでは……


本編どうぞ!




「よ、よぉ!お前とこうして会うの……ひ、久しぶりだよな。お、俺が居なくて大変だったろ?」

 

「まぁな、だがお前のおかげで吹雪達は成長できたんだ。木曾には感謝しているぞ」

 

「お、おう!?べ、別にか、感謝される覚えはない……ぞ?と、当然のことをしただけなんだからな!!」

 

「どうした?なんか挙動不審だぞ?」

 

「な、なんでもねぇよ!!」

 

 

 【戦艦棲姫撃滅作戦】

 

 

 そう名付けられたこの作戦は厳しいものになるだろう。

 

 

 南西諸島海域を拠点とする深海棲艦及び戦艦棲姫の撃破を目的として臨時基地を拠点に、大勢の艦娘と一人の提督が集結した。(ほとん)どが○○鎮守府A基地の艦娘達なのだが、その一部正確には三名だけは美船元帥直属にして援軍として馳せ参じた。その内の一人である木曾は以前○○鎮守府A基地で青年の下に居たのだが、どうやら青年の知っている木曾とは様子が違うらしい。

 赤城と加賀、そして木曾は先にここ臨時基地に到着していた。早く到着した訳でもなく、小一時間程で青年達が到着すると知っていた彼女達だったが、その時からソワソワしていた木曾。やたらと服装を気にしたり、同じ場所を行ったり来たり、青年達がやって来るだろう方角を何度も眺めては同じ動作を繰り返す。赤城と加賀に指摘されるも落ち着きを取り戻すことはなく、彼が到着すれば真っ先に駆け出していた。

 

 

 木曾の中では自然に振舞っているようではあるが、裏腹に挙動不審状態に陥り、青年に指摘されると顔を真っ赤にした。一番この時を待ち望んでいた人物は言うまでもなく彼女であったのは間違いない。

 

 

「木曾さんお久しぶりです!!」

 

「はっ!?……ゴホン、よう吹雪、叢雲も久しぶりだな。訓練さぼっていなかっただろうな?」

 

「私達がさぼるなんてありえないわ。戦場(いくさば)で後れを取るような真似はしないわよ?」

 

 

 久々の再会に嬉しさが表立って話題が止まらなくなる。その間も木曾はチラチラと青年を気にしていたらしいが、当の青年は赤城と加賀が居たことに驚いており、意識から外れていることに何やら寂しそうな瞳をしていた。そんなことなど知らない彼は木曾を吹雪達に任せ、苦手意識を持つ相手だからと言えど援軍つまり味方。声をかけない選択肢はあるはずもなく。

 

 

「お、お前達か、久しいな。どうだ鳳翔達は元気にしているか?」

 

「はい、鳳翔さんは私達を気にかけてくれて、前線を離れていても力になってくれています。他の皆さんも元気にしています」

 

「………………………………………………」

 

 

 赤城は笑顔で対応してくれるが加賀はピクリとも表情筋は動かず無言、しかし瞳が鋭く見据えていた。記憶の中の『艦これ』に出てくる赤城と加賀の印象と同じように見えるが、笑顔の赤城ですら意味ありげな笑みであることを青年は知っている。以前視察の時に受けた殺気、あの感覚を忘れることなんてできないので彼にとっては悪夢である。

 

 

 しかし安心してほしい。二人の瞳に殺気を宿している様子はない。代わりに瞳に映るのは疑いや不信感だろう。

 

 

 赤城と加賀は鳳翔達が戻って来たことに大層喜んだ一方、彼女達にとって納得いかない事の方が多い。間宮と鳳翔は自ら○○鎮守府A基地に潜入スパイとして名乗りを上げた。その時の覚悟は相当のものだったはずだ。しかし再会した鳳翔はいつもの鳳翔だった。青年のことを敵視していた二人だったが、まさか鳳翔からお叱りの言葉をもらうとは思ってもいなかった。あれほど覚悟を宿していたはずの鳳翔と同一の彼女なのかと疑いを持ったことがあった。疑うなど彼女を信頼する赤城と加賀が一番思うことはあり得ないと言うのに。

 帰って来てからの鳳翔は居酒屋を訪れた時、よく○○鎮守府A基地での思い出を語っていた。楽しそうに、そして寂しそうに話していたのを赤城と加賀は知っているが、面白くないと思えた。吹雪達の話や大淀達のことはよいが、青年のことを自慢げに話していたのには納得できなかった。

 

 

 最初の話と違うではないか。軽視派の人間でありながら何故艦娘に優しくするのか?醜い私達の傍に居て気持ち悪がらないのか?美船元帥が青年に抱いた『矛盾』何が正しく、何が間違っているかどうかもわからず、ちぐはぐな存在に心を許せと言われて「はいそうですね」と頷くことは二人には出来なかった。

 だがこれも運命かな、こうして二人の目の前に『矛盾』を宿した青年が現れた。この作戦を通して彼を見定めようとしているのだ。

 

 

「「………………………………………………」」

 

「(な、なんだよ?赤城(赤いの)、意味ありげな笑みを浮かべながら俺を見るな!加賀(青いの)、お前はなんか喋れよ!ちくしょう、なんでいるんだよ?龍驤辺りが来るかと期待していたんだが、援軍で木曾はともかくこいつらが来るとは思ってなかったわ。べ、別にび、ビビッてねぇし……チッ、だが戦力にはなるのは間違いねぇ。戦艦棲姫相手に俺達だけじゃ心許(こころもと)なかったところだからよ。別に吹雪達が力不足なんてことはねぇ、俺の艦娘()が弱い訳がねぇからよ。相手が悪いだけだったのだが、これで勝算が上がったのは間違いない)」

 

 

 赤城と加賀の視線にビビりながらも平静を装う青年。赤城は笑顔、加賀は無言を突き通しているだけだが、ここだけ空気が重いのは気のせいではない。彼の心はストレスがマッハで溜まっていることだろう。

 

 

「ちょっと何さっきから提督さんのこと睨んでいるのよ!」

 

「ちょ、ちょっと瑞鶴!?」

 

 

 そんな空気をぶち壊す一声。瑞鶴が横やりを入れてきた。慌てて翔鶴が止めに入るが相手が相手、瑞鶴に対して一番に反応を示すのは加賀(青い方)

 

 

「なに五航戦?別に私達は睨んでいないのだけど?」

 

「いいや、絶対睨んでた。一航戦の加賀さんともあろう方が嘘を言うつもりなの?」

 

「……っ、睨んでないわ。あなたの目は節穴なのかしら?」

 

「なんですって!!?」

 

「ず、瑞鶴止めなさいって!!」

 

 

 加賀の高圧的な態度に瑞鶴が噛みつこうとするが翔鶴に止められた。傍から見ていると犬猿の仲にも思える光景である。しかしこれも戦時中の記憶の名残りかな、一航戦と五航戦の仲は不仲だったと言う。実戦経験が豊富で乗員の練度も非常に高かったが、プライドと(おご)りから練度の劣る五航戦の実力を見下すような事があったとか。しかし同じ仲間である五航戦と仲良くしていた者もいたようだ。見下していた者もいれば、仲良くしていた者もいたと言うことだろうが、詳細は我々の知るところではない。その名残りが彼女達、特に加賀と瑞鶴には因縁とも呼べる関係に表れたのだろう。

 以前視察に訪れた時は対面はままならなかった。だが対面しただけで喧嘩を吹っかけることは瑞鶴もしないはず、彼女が横やりを入れた理由は青年が関係していた。

 

 

 以前美船元帥一行が視察の為に訪れた。その時に赤城と加賀も同行していたことは後から吹雪達経由で聞かされた時に瑞鶴は腹が立った。鳳翔に説教を受けていたようだが、それでも瑞鶴の胸の底には静かな怒りが潜むことになる。その怒りを抱いたのも彼女の性格故のものと記憶の名残りが原因だろう。特に加賀に対して(すこぶ)る機嫌が悪いのはその表れかもしれない。

 

 

 だからお互いが対立するのは必然的なことだった。避けては通れぬ道とも言える。

 

 

「あ、赤城さんこれはどういうことですか!?」

 

「あら、吹雪ちゃんこんにちは」

 

「はいこんにちは……っじゃなくて!なんで瑞鶴さんと加賀さんが争っているんですか!!?」

 

 

 異変に気付いて吹雪達が集まりだした。睨み合っている瑞鶴と加賀に周りはついていけてない野次馬状態、翔鶴は二人の気迫に押されオロオロしだしていた。このまま険悪な空気が続いてしまうのはまずいと判断した青年が止めに入った。

 

 

「おい瑞鶴、その辺にしておけ」

 

「でも提督さん!」

 

「落ち着け、俺達は何しに来たか忘れたか?」

 

「……深海棲艦を倒す為に来た」

 

「そうだ、お前と加賀がお互いに対してきつく当たってしまうのは相性の問題であることは大体理解しているつもりだ。だからこういうことがあっても多少なら仕方ないと思うが、今は時間も惜しい。あと加賀、きっとお前も過酷な環境下に居たんだろう。予想はできる。世の中は理不尽だ、見た目で全てを決めつける奴が多すぎる」

 

「……」

 

「俺のことを信用できないならそれでもいい、だが仲間内でいざこざを起こされると作戦に支障をきたす。今回の作戦は失敗は許されない。そこはわかってくれるよな?」

 

「……はい」

 

「俺を信用しなくとも構わない。だが瑞鶴達なら信用できるだろう?今回の作戦にはお前達の力が必要なんだ。力を貸してくれ頼む」

 

 

 青年はそう言うと赤城と加賀に対して頭を下げる。彼の行動に動揺した二人は驚いていた。加賀ですら先ほどの無表情に驚愕が表れたほどだ。

 

 

「……わかったわ。私達を扱えるかどうかそれなりに期待はしているわ」

 

「助かるぞ加賀、赤城も手を貸してくれるか?」

 

「ええ、構いません」

 

「感謝する。瑞鶴もそう言うことだ。わかるだろ?」

 

「提督さんがそう言うなら従うけど、提督さんの悪口を言ったら私我慢できないよ?」

 

「我慢しろ。この作戦が終わったらいくらでも加賀とじゃれ合っていいから」

 

「じゃ、じゃれ合ってないって!!?」

 

「「………………………………………………」」

 

 

 耳を真っ赤にして抗議する瑞鶴の姿を赤城と加賀は何を思っているのかわからないが、ただジッと眺めていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 臨時基地の一角、長旅の疲れを休める為に休息時間を設けた。作戦会議まで時間はあるので赤城達は集まってお互いの胸の内を話すことにした。

 

 

「瑞鶴とあの提督……仲が良さそうでした」

 

 

 あの加賀さんがそう呟いたのを私は見逃さない。表情に出していなくても私にはわかる。そして加賀さんが心の奥で瑞鶴さんを羨ましく思っていることも。

 

 

「そうですね。鳳翔さんから詳しいお話を聞いていましたが驚きました。木曾さんとも仲が良いみたいですね」

 

「な、なんだよ?別におかしいことかよ?」

 

 

 そんな言葉をあなたから聞くとは思いませんでした。○○鎮守府A基地、正確にはあの男と関りを持ってからあなたは変わりました。鋭さを放っていた敵意も今や見る影もなくなってしまいましたね。

 

 

「はい、おかしいです。本来私達は醜い人の形をした()()なんです。なのにです、瑞鶴さんや吹雪ちゃん、木曾さんもです。私達艦娘を嫌がることもなく接していること、これは異常なことなんですよ?」

 

「俺達の美船元帥だって……」

 

「美船元帥は人間と艦娘との違いはあれど()()()()()です。美船元帥と違う点は男です。正常であるなら男は私達を女とは見ようとしません」

 

「それはあいつは変人だからだ」

 

 

 変人だからと言って「わかりました」と言えたらどれほど楽か。木曾さん、艦娘である者は世間から何と呼ばれているかを忘れていませんか?私達は人の形をした()()、人々は私達を視界に入れるだけで嫌悪する。美船元帥はそんな私達に手を差し伸べてくれた方ですが、それは()()()()()だったから。

 人間と艦娘との距離が縮まれば私達は強くなれる。しかしそうなることを許さぬように『醜さ』と言う壁が立ち塞がり、艦娘はその被害者。私と加賀さんもこんな姿だから嫌われ、不要とされ、一航戦のプライドも傷つけられました。

 

 

 表では艦娘に優しく接していても、裏では貶していることなんて当たり前のようにある。今まで散々見て来たはずですよ木曾さん?それに()()()は軽視派の人間なんですよ?艦娘に対して情けを持たない連中の一人であることをお忘れですか?それを抜きにしても理解できないのです。

 

 

 だからこの目で見定めるまでは信用なんて出来ません。ですが、私達に頭を下げるなんて何を考えているのか……本当にわからない。不思議な感覚に陥ってしまいそうです……

 

 

「……そうですか。それはともかく私と加賀さんは()()()を――『提督だ』……はっ?」

 

()()()じゃねぇ、鳳翔さんにも言われただろ?()()()って呼ぶな、提督と呼べ」

 

 

 木曾から放たれた言葉には静かな怒りが籠っていた。思い起こさせる視察の時に鳳翔に怒られた時と同じ、何より仲間である木曾が自分達に向ける視線が鋭かったことに表面では冷静に受け止めていても内面では驚愕を宿していた。

 

 

 ……木曾さん、あなたは本当に変わりましたね。○○鎮守府A基地に行く前のあなたとは別人です。何がここまであなたを変えたんでしょうか……いえ、原因はわかりきっていましたね。やっぱりそうなんですね?

 

 

 赤城は気づかれないよう一呼吸入れて気持ちを落ち着かせた。

 

 

「……わかりました。あなたが信頼する()()()()の動向を私達が見定めさせてもらいます」

 

「ああ、一つ言っておくが、あいつはお二人が考えているよりもずっと変人だから気をつけた方がいいぜ」

 

「「……」」

 

 

 木曾にはそう確信させる自信がある。何を根拠にしているのかこの時の二人にはわからないものだった。

 

 



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5-2 意気込み

まもなく開始する作戦の準備に取り掛かる艦娘達と青年の回です。


しばらくは真面目回ばかりになりそうです。


それでは……


本編どうぞ!




 南西諸島海域はかつて静かで優雅に魚達が泳ぎ回り、各国の輸送船が行き交う場所だった。深海棲艦が姿を見せてからそれは一変したが、一度は奪還することに成功。一時期は比較的平穏な時間もあったものだ。現在はその鱗片すら感じさせない程に臨時基地から遠くに見える空が赤い。そう見えているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが原因である。

 

 

 【変色海域】

 血のように赤く変色した海。この状態の海では深海棲艦を除く生物は全て死滅し、艦娘であっても徐々に艤装が損傷していき、現在の状況では戦艦棲姫が現れたことで発生している霧も関連が予測されているが詳しいことははっきりとしていない。

 

 

 深海棲艦側に優位に働き、艦娘側に不利に働くフィールド。幾多の犠牲を出して掴んだこの情報が勝利への手がかりとなる。戦艦棲姫を倒す為には圧倒的不利なフィールドに入り敵を殲滅しなければならない。

 

 

 臨時基地の一室で青年を含めた艦娘達が集まり、作戦会議を行っていた。

 

 

「最後にもう一度現状を伝えておくぞ。変色海域の影響により、長時間海域に留まることはできない。とても危険な状況だ。敵の縄張りに飛び込み戦艦棲姫を撃滅しなくてはならないが、やらねばならない。しかし今まで俺の下で汗水を流し、厳しい訓練で鍛えたんだ。お前達ならばきっとこの作戦を成功させてくれると信じているからな」

 

「「「「「はっ!!!」」」」」

 

 

 真剣な眼差しの艦娘達。これから始まる作戦に様々な感情が宿っているだろう。その誰もが勝利への渇望をお抑えきれずにいるようだ。

 

 

「木曾も頼りにしているぞ」

 

「へっ、俺が居るんだ。お前に最高の勝利を与えてやるよ」

 

「頼もしい限りだ。そして勿論赤城と加賀も頼りにしている」

 

「了解しました。命に代えてもこの作戦を成功させます。加賀さんと私の一航戦の誇り、お見せします」

 

「赤城さんと同じく」

 

「心強い言葉だ……が、二人には一つ言っておくことがある」

 

「?なんでしょうか?」

 

 

 首を傾げる赤城と加賀。

 

 

「この作戦にはお前達が必要なのは間違いない。命に代えても成功させようとする意気込みは素晴らしいが、お前達が散った後はどうするつもりだ?この作戦を命と引き換えに勝利しても次はお前達が居ない状況で戦わなければならなくなるぞ?」

 

「それは……仕方のないことです。僅かな犠牲で勝利を手に入れられるなら……」

 

「だから沈んでもいいと?そんな目標の()()()ことは言うな」

 

()()()ですって?」

 

 

 青年の言葉に加賀が反応した。表情は変わらないが、言葉に鋭さが籠っている。以前他の鎮守府へ援軍として出撃した時は仲間の犠牲があって勝利した。それを()()()と言われたと、沈んでいった子達を侮辱したと感じた。赤城も加賀と同じ感情なのかそれを咎めることもしない。二人から発せられる威圧感は周りの吹雪達も感じていたが、固唾をのんで見守っている。

 

 

ひぇっ!?……ゴホン!いいか、俺達がやるべきことは戦艦棲姫を倒すだけが目的じゃない。戦艦棲姫を倒す(プラス)全員が生き残ることだ」

 

「それは……」

 

「赤城はできないと言うのか?簡単ではないだろうが、無理ではない。それにな、初めから沈んでもいいなんて考えは止せ。何が何でも生き残ってやる気持ちでいろ。辛いのは死んでいったものよりも残された方だ。自分は生き、仲間が沈み、親しい者と会えなくなっちまう方がずっと後悔することになるんだ。お前達は仲間達に後悔(呪い)を残していくつもりか?」

 

「いえ、そのようなことは望みません」

 

「なら生き残れ。泥水を啜ってでも帰って来ることだ。生きていればやり直せることだってあるかもしれねぇ、死んじまったら人間も艦娘もそこでお終いだ」

 

「生きていれば、ですか?」

 

「そうだぞ加賀、良い事も悪い事は生きている時にしか成せない生命の特権だからな。それに目的は大きい方がいいだろう?まぁ、お前達は元帥殿の直属、借りたもんは返さねぇと。無事にとはいかねぇかもしれねぇが返してやるよ必ずな」

 

「「………………………………………………」」

 

 

 先ほどまで部屋中に充満していた威圧感はどこかに消え去り、赤城と加賀はこの時、信じられないものを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に地獄の淵より救ってくれた「母」として慕う鳳翔の姿が見えた……そんな気がした。

 

 

 ★------------------★

 

 

 臨時基地の仮設司令部にて、もうすぐ始まる戦艦棲姫撃滅作戦にいつになく緊張していた。

 

 

 ちくしょう、落ち着け俺。この作戦失敗する訳にはいかない。この俺にとっての転機になるだろうから負けられねぇ。

 この作戦は美船元帥さんからの()()()だ。元帥の地位にいる人物から名指しされると言うことはそれだけの意味を持っていることになる。その期待に応えれば俺の評価が上がり、一人も轟沈せずに作戦を成功させればあのお優しい美船元帥さんの好感度がグーンっとアップするに違いねぇ。俺を疑っていても頼らざるを得ない状況に陥っている今、更なる功績を挙げれば俺に釘付けよ。そうなれば昇進間違いなし、そしてゆくゆくは元帥の座に座っているのは俺かもな!!!

 

 

 緊張を解すように昇進への欲望を燃え上がらせて自分自身に言い聞かせる。こうでもしないと緊張に負けてしまいそうだからだ。何度も「昇進、昇進」と呟いて鼓舞していると……

 

 

 ――プルルルルッ!!

 

 

 臨時基地に備え付けられていた電話が鳴った。 

 

 

 んぁ?誰だよこんな大事な時に……って、まさか美船元帥さんか?おいおい、いいのかい?そんなに俺に入れ込んじまっても?まぁ俺が優秀だから俺に頼らざる負えないのはわかるけどよ♪しゃあねぇな、出てやるか。

 

 

 青年は受話器を手に取り「もしもし」と相手が美船元帥だと思って出たが……

 

 

『「初めまして外道提督さん、わたくしのことお分かりですよね?」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………はっ?」

 

 

 小葉佐……大将?えっ、なんで?なんで小葉佐大将がこんなところに連絡して来てんだよ!!?

 

 

 予想外の人物に度肝を抜かれた青年。しかも相手は穏健派の人物であり、小葉佐の階級は大将。元帥に直接会っておきながら今更何を思っているんだと思われるだろうが、小葉佐大将の姿を思い浮かべてみればわかる。

 今では愉悦猫のせいで美醜が逆転しているが、その前までは彼もあべこべ世界の住人の一人だった。そして小葉佐大将は一度その姿を見てしまえば視線を釘付けにしてしまう()()()()()だ。しかし彼にとっては()()()()()()と化す……つまり。

 

 

 ――うぇぇぇえ!!?き、きもちわるく……なってきやがった。うぅ……ちく、しょ……う。折角忘れていたのに……思い出させやがって。

 

 

 思い出してはいけなかった記憶を蘇らせてしまった。口元を抑えて懸命に持ち堪えようとしている青年は己の胃と奮闘している。気が抜けてしまえば胃から上がって来た()()()()()()()()()してしまう……それだけはまずい。

 美的感覚が狂ってしまった彼にとって危機的状況に陥っていた。それも仕方ない、美人の美船元帥を思い浮かべていたら、横からこの世のものとは思えない魔物が急に姿を現したのと一緒だ。おかしいのは青年であって世界ではない。

 

 

 不意打ちボディブローを打ち込まれその場に倒れ伏しそうになったが堪えた。足がガクガク震え顔色も悪くなっているが、気分最悪になったからと言っても電話を切ることはできない。これ以上小葉佐大将を思い出さないように中和剤として美船元帥の姿を思い起こさせながら電話対応することにした。

 

 

「……小葉佐大将ですよね?何故大将ともあろうお方がおr……ワタシなどに電話を?」

 

『「おーほっほっほっ!!!大将としての威厳を新米のあなたに教えて差し上げたかったのですわ!!……っと言うのはほんの冗談です。わたくし、あなたのことを心配しておりますのよ?」』

 

「し、心配ですか?」

 

『「はい、戦艦棲姫撃滅作戦は極めて過酷な戦いになると断言できますわ。戦艦棲姫を倒そうと提督、艦娘達が奮闘したのにも関わらず今も健在し、我が国を脅かす脅威となっております。あなたの活躍はお伺いしておりますが、新米提督のあなたを指名した美船様は何を考えているのやら……わたくし、正気を疑いました。ああ、あなたが相応しくないと言う事では無いのですよ?ただ()()()()()()に対する責任を考えれば経験を積んだ方が良いとわたくしは思うのですよ」』

 

「は、はぁ……ですが美船元帥さんはワタシを信頼してくれています。その期待に応えたいと思っておりますし、艦娘達もこのまま深海棲艦の好きにさせておくわけにはいかないと十分理解しております。ワタシは国の為にも負けることなど考えておりません。艦娘達を信じておりますので」

 

『「……あなたは素晴らしいお方なのですね。まだまだ未熟でありながら無理難題をこなそうとする。お若いのに熱い信念をお持ちのようですね……わたくし感動致しましたわぁ♪」』

 

「い、いえそんな……ワタシごときが素晴らしいなどと……」

 

『「外道提督さん、そのわたくしはあなたを気に入りましたわぁ」』

 

――げぇっ!?

 

『「何か仰いまして?」』

 

「い、いえいえ何も仰っておりませんですはい!」

 

 

 気に入っただと!?嘘だろおい!?ちくしょう化粧盛りおばさんに気に入られたくねぇよ。昔はそりゃ目で追ってしまったことだってあったが……うぅ、思い出したら吐き気がしてきた。

 

 

 気に入られてしまったことに絶望状態。幸いなことに電話越しで顔と小さく出た本音が相手に知られなくて済んだことが幸運だ。

 

 

『「そうですか。外道提督さん、作戦成功することを祈っていますわ。わたくしはあなたを信頼しております。この作戦が無事に成功した暁には共に盃を酌み交わしたいものですね」』

 

「いえk……ええ、機会があれば」

 

 

 「いえ結構です」と口にしかかって慌てて止めることができた。上司に対して本音を口に出せないのは以前の世界とあべこべ世界でも共通の宿命であるようだ。

 

 

『「ではわたくしはこれで失礼させていただきますが、最後にあなたに伝えておくことがありますわぁ」』

 

「な、なんでしょうか?」

 

『「()()()()()()()()()()()()()を手に入れた場合、まずはわたくしに連絡してほしいのです。わたくしの方でも情報部や作戦戦略部とも対処法を模索し、今後このような深海棲艦が現れた時に対応できる用に色々と知っておきたいのです。それが艦娘達を守ることに繋がるかもしれませんから」』

 

「は、はいわかりました。何かあれば小葉佐大将の方にも連絡を入れさせていただきます」

 

『「ふふ、お待ちしておりますよ。外道提督さん♪」』

 

 

 ――ガチャン。

 

 

「ふぃ……疲れた」

 

 

 受話器を置いた途端にへなへなと椅子に腰を下ろして、気が抜けたのか安堵のため息が漏れた。

 

 

 まさか小葉佐大将自ら連絡を寄越すとはな。しかしあの人も()()()の人物だから艦娘のことが気になったのか?美船元帥さんと個人的に仲が悪いと聞いたことがある。詳しいことは知らないし、知る必要もないが、元帥さんと大将さんは同じ派閥でも何か違う思いを抱えているのかもな。俺には関係ない話だが、これは嬉しい誤算だ。美船元帥さんだけでなく、小葉佐大将さんも俺に夢中ときた。昇進への道がまた近づいたんじゃないか?クヒヒ♪そうとなればこうしちゃいられねぇ!今回の作戦絶対に勝ってやるからな!!!

 

 

 青年の瞳にやる気の炎が燃え上がる。何としても戦艦棲姫を撃滅し、最高の戦果を挙げてみせると意気込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガチャン。

 

 

「うふっ♪男は単純ですわね。()()()()()()()()()が為に躍起になってくれるでしょう♪」

 

 

 小葉佐大将は己の容姿に絶対なる自信があった。美の象徴とも呼べれるその姿に男共は鼻の下を伸ばす。青年もその部類だと疑わず、気に入られようと立ち回ってくれるだろうと。そもそも青年は軽視派、小葉佐大将のことを穏健派だと彼から思われているが、何も問題ないと小葉佐大将は確信している。例え穏健派の人物だと思われていても結局は世の中は損か得かで物事が動くからだ。

 

 

「彼にはわたくしが軽視派の人間だと伝えるのはまだ避けておきましょう。伝えるのは直接会った時の方が驚くと思いますし……驚いた時どんな顔をしてくれるのでしょうかぁ?彼の驚いた顔……うっふ♪お若い男は実に可愛いですからね、是非ともねっとりと拝見したいですわぁ♪」

 

 

 小葉佐大将はとろけた表情でそう呟く。その裏で一体()()を想像しているのか……

 

 

「なのにあの美船(ババア)に期待されているのは可哀想ですわ。早くわたくしが彼を守ってあげないといけませんね。勿論対価は戴きますが、彼もわたくしの()()()()()()()に決まってますわぁ。わたくしのモノになった暁にはたっぷりと可愛がって差し上げますよ……じゅるり❤」

 

 

 小葉佐大将は知らない。青年はこの世界ではイレギュラーな存在であることを……

 

 




「追記」


少し内容を見直しましたので元から少々変更されています。


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5-3 変わり果てた海

作戦開始。


それでは……


本編どうぞ!




「それで逃げたつもりなのか?遅すぎる!」

 

 

 砲撃音が鳴り響く。一発の砲撃が深海棲艦に直撃し、海の底へと沈んでいく。

 

 

 遂に始まった戦艦棲姫撃滅作戦。木曾率いる艦隊。利根、筑摩、島風の計四名は敵の戦力を確実に削っていった。

 

 

「へっ、この程度か。もう少し骨があるかと思っていたが拍子抜けだな」

 

「これ木曾よ、吾輩がお主に言える立場ではないが気を抜くでないぞ?」

 

「気なんて抜いちゃいねぇよ、俺がそんな腑抜けに見えたのか?」

 

「提督にデレデレしていたのは腑抜けではないのか?」

 

「なぁっ!!?お、俺があいつにで……でで、でれ……デレデレなわけないだろ!!!」

 

「むっ?そうなのか?」

 

「そうだっ!!!」

 

 

 そ、そんなことがあるかよ。俺があいつに……で、でで、ってバッカ野郎!!!まるで俺があいつに気があるみたいじゃないか!!?

 

 

 顔を真っ赤にした木曾が利根に反論しようとした時、二人に割り込む者が居た。

 

 

「もーうー!無駄話ばかり!二人共、真面目にしないと提督に怒られるよー?」

 

「島風さんの言う通りですよ木曾さん、利根姉さんもここは戦場です。気を抜くことは轟沈()へと繋がる。提督が教えてくれたではありませんか。そこのところは意志をはっきりとしていただかないといけません」

 

「うっ、そ、それは確かにそうだ」

 

「うむむ、すまぬ」

 

 

 既に深海棲艦の縄張り(戦場)へと侵攻している木曾達。戦力的に余裕はまだあり、敵は辺りには確認できないが油断大敵。戦場で気を抜いてはいけないと何度も教えられた。少し気が緩んでいた自分を殴りたい衝動に駆られてしまう木曾だった。

 

 

 くそ、俺は何やってんだここは戦場だぞ。筑摩と島風の言う通りだ。仲間を危険にさらすなんてこと旗艦としてやっちゃいけないことだろが!俺のバカ野郎!!だが、久しぶりに会えば利根も筑摩も暗い面影はなくなっているな。島風もここまで強くなりやがって……あいつに色々と教えられたようだな。

 

 

 木曾は美船元帥直属である故に利根と筑摩との交流は少なかった。元々R基地はブラック鎮守府であった為に利根と筑摩を含めた者達の心は深い海の底に沈んだように暗かった。しかし今はそんなことを感じさせなくなっていることがわかる。島風は建造組で交流はよくあり、ジッとしていることの方が少ない子だったのを憶えている。その時はまだ建造してからそれほど経っていなかったので、練度も低かったが先ほどの戦いを見ていて随分鍛え上げられていたことがわかる。誰の目からも上達していたのは間違いない。

 

 

 あいつめ、やるじゃないか。こいつらをここまで鍛えあげるなんてな。へっ、俺もいいところをあいつに見せてやらねぇと気が済まねぇぜ!

 

 

 青年が利根達のことを大切に扱っていた。そのことを木曾は自分事のように誇らしく思え、自分も負けてはいられないと奮起した。

 

 

「よっし、もう気は抜かねぇ。全員前進だ!深海棲艦共に俺達の強さを見せてやるぞ!」

 

「「「了解」」」

 

 

 この先に待ち受けている深海棲艦に恐れなどない。例え強大な敵が立ちはだかったとしても生きのびてやる。再び青年と共に歩む為に彼女達は恐れている暇などないのだから。

 

 

 ★------------------★

 

 

「木曾、派手にやっているようね」

 

「そうですね。おかげで今のところは安全に進んでいますが……やはり簡単にはいきませんね。完全に殲滅は難しいみたいです」

 

 

 赤城さんの視線の先に敵、先行艦隊として木曾達が道を切り開けてくれているけど辺り一帯が大海。木曾達が切り開いた方角とは別のところから私達を始末する為に進軍する部隊のようね。数は軽巡1、空母2、駆逐3、敵意むき出しにして全速力で近づいている。こちらを沈める気満々ね。でもこんなところであなた達の相手をしている暇はないの。

 

 

「鎧袖一触よ。心配いらないわ」

 

 

 弓をつがえる加賀は一呼吸した後に矢を放つ。同時にもう一本の矢が隣の赤城から放たれ、二本の矢は艦載機へと姿を変え、敵を撃滅せんと空を舞う。敵空母からも艦載機が飛び立ち空中戦を繰り広げる。敵の艦載機が加賀達の艦載機へ接近し、鉛玉をぶち込もうとするが軽やかに避ける。これに驚いた敵だったがそれが命とり、別の方角から加賀達の艦載機が機銃を掃射し敵を撃墜する。敵味方が入り乱れても加賀と赤城が放った艦載機は一機も撃墜されていなかった。これも練度、そして経験の差なのだろう。敵はなすすべもなく次々と撃墜されていく。そこへ少し遅れて新たな艦載機が加わり、数でも圧倒的な優位にたった。

 

 

「翔鶴隊行くわよ!全機、突撃!」

 

「アウトレンジで……決めたいわね!」

 

 

 現れたのは瑞鶴と翔鶴の艦載機。加賀と赤城から見ても練度的には一航戦コンビの方が上だ。敵の狙いが加賀達の艦載機から瑞鶴達の方へと狙いを変えた。弱い方から潰していき、数を減らす。基本的な戦術だ。しかし五航戦の意地か舐められたからか、動きにキレが増し、次々に敵を撃墜していった。

 

 

「どうよ!加賀さんばかりにいいところを渡さないわ!」

 

 

 瑞鶴は胸を張り、自分達の活躍はどうだ!と言わんばかりに加賀にアピールする。

 

 

「――ッ!?瑞鶴危ない!!」

 

「――えっ?」

 

 

 そんな時に翔鶴の切羽詰まった声に気づく。いつの間にか空中戦からすり抜け、瑞鶴を目掛けて突っ込んで来る敵の艦載機。避けれない……そう思った瑞鶴だったが、上空から弾丸の嵐が敵の艦載機を襲う。なすすべもなく火の手を挙げながら海の底へと沈んでいった。何者かと見れば青の機体、加賀隊の証が刻まれていた。

 

 

「油断大敵ね」

 

「むっ!」

 

 

 どうやら加賀の方が一枚も二枚も上手のようだ。そのことが気に入らないのか瑞鶴はムスッと表情を変えた。

 

 

「まだまだね、張り合おうとするのは勝手だけどここは戦場、敵を殲滅することが最優先。この程度で油断していると後が大変よ?でも威勢だけは上出来、お調子者のあなたにはお似合いね」

 

「な、なんだとー!!?」

 

 

 加賀に指摘され顔を真っ赤にしてぷんすかと怒りだす。

 

 

 困った五航戦ね、私よりも敵を見るべきなのにそんなに私のことが嫌なのかしら?あなたにとって()()()はそんなに良いものなの?

 

 

 加賀は思い出す。大淀達が帰って来たあの日から変わった。加賀達は艦娘を蔑ろに扱う軽視派の連中を告発する為に不正や横領の証拠を探り出し、暴力等から艦娘達を守って来た。しかし○○鎮守府A基地、正確には一人の青年だけが違った。自分達が心の底から慕う鳳翔が、今まで軽視派に容赦しなかったあの木曾が信頼を寄せる男が今、加賀達の指揮官としてついている。思うところは山ほどあった。加賀自身も瑞鶴を見ていて思うことがある。

 加賀は瑞鶴のことが嫌いではない。ただ軍艦だった頃の名残りの影響が残っており、お互いに反発してしまうだけである。加賀は瑞鶴が酷い仕打ちを受けていたことを知っており、幸せになって欲しいと思っているが、彼女の提督が例の青年。そこに複雑な感情を抱いてしまうのは仕方ないことだった。

 

 

「瑞鶴無事!?」

 

「翔鶴姉……私は無事」

 

「よかった」

 

 

 妹の瑞鶴が無事でホッと息を吐く翔鶴は加賀に向き直り、頭を下げた。

 

 

「加賀さんありがとうございます。おかげで瑞鶴は無事です」

 

「いいのよ別に」

 

「瑞鶴、お礼はちゃんと言わないとダメよ?」

 

「……一応助けてもらったお礼は言っておくわ。あ、ありが……とう」

 

 

 それだけ言って恥ずかしいのか背を向けた。加賀に対して突っかかる瑞鶴ではあるが助けられたらちゃんとお礼を言う。加賀に対して態度はあれだが根は優しいのだ。顔は背を向けてしまい見えないが、耳が赤く染まっていた。

 

 

……ふっ

 

「嬉しそうですね加賀さん」

 

「いいえ、私は別に嬉しくなんてないわよ?」

 

「ふふっ、そう言うことにしておきますね」

 

「もう赤城さんったら……」

 

 

 瑞鶴を眺めながら、無表情から少しだけ笑みを見せた加賀であった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「敵影……なし。叢雲ちゃんと時雨ちゃんはどう?」

 

「こっちは損害ないわ」

 

「僕達も大丈夫だよ」

 

「神通さんの方はどうですか?」

 

「こちらも誰一人として損傷はありませんでした」

 

「わかりました。よし、この調子で行きましょう!」

 

 

 そこからはあっという間だった。航空戦にて勝利を収めて優位に戦況が傾いた状態からの海上戦が始まった。加賀達空母を含めた主力艦隊の旗艦吹雪、叢雲の護衛が付いている。更には別艦隊の旗艦神通、暁、響、雷、古鷹、加古と更に時雨、夕立、睦月、電、鈴谷の艦娘総出での連合艦隊として動いている。敵よりも数が勝り、練度も高い連合艦隊である今の吹雪達を突破できぬものなどそうないだろう。その結果が誰一人として損傷を受けずに敵を撃滅したことがその証拠だ。

 

 

 それから真っすぐに突き進む途中で敵と邂逅するもあっさりと撃破していく。先行する木曾達のおかげで敵は先行艦隊に夢中で、吹雪達は赤城達空母組を護衛しながら安全に進路を進めていくことができた。そして木曾から無線越しに伝わって来た内容によると遂に変色海域へと差し掛かったようだ。少し遅れて到着した吹雪達は改めて変色海域の意味を理解する。

 真っ赤だ。途中少しずつ海が変色していったが、ここから先は別の世界が広がっているかのような錯覚を覚えさせる程の真っ赤な海。この場にいるだけで悪寒を感じさせ、不気味な静けさ、視界を妨げる赤い霧が立ちはだかっていた。

 

 

「おい吹雪、そっちは問題ないか?」

 

「はい、木曾さん達のおかげで損害なしです」

 

「ならいい。さて、こっからが本番だな」

 

 

 意気込む木曾は改めて変色海域の恐ろしさを感じていた。並みの深海棲艦とは違う大物、多くの艦娘達を沈めた憎き敵、この先に戦艦棲姫が待ち受けていると思うと汗が流れる。

 

 

「んぉ?提督から連絡じゃん!どったのー?」

 

 

 臨時基地の司令部からの連絡にいち早く気づいた鈴谷。他の艦娘にも青年の声が届く。

 

 

『「お前達、変色海域へ辿り着いたようだな。全員無事か?」』

 

「はい!吹雪以下全員無事です!」

 

『「ならいい。だが注意することだ。ここからは時間との勝負だ。変色海域内ではお前達の艤装が損傷していき、その中ではお前達艦娘には不利な状況となるだろう。これは避けられない事態だ。だからと言って逃げることはできない」』

 

 

 皆真剣に青年の言葉に耳を傾けていた。

 

 

『「艦娘は皆、人間、国の為に戦ってくれた。しかし俺達人間はその恩を忘れ、お前達の中には酷い仕打ちを受けた奴もいるだろう。俺達人間を嫌いになってもおかしくないが、それでもこうして深海棲艦との戦いに身を投じてくれた。少なくとも俺はお前達に感謝している。新米提督の俺をここまで支えてくれた。お前達艦娘のように艤装は扱えず、力なんてこれっぽっちもないが、俺はこれからもお前達を支えたい。その為にも帰って来い……いや、帰って来てくれ。俺の艦娘達よ」』

 

「「「「「了解!!!」」」」」

 

 

 艦娘達は変色海域へと足を踏み入れる。信頼と未来への希望そして胸に熱き魂を宿した彼女達には恐怖心など抱くことはなく瞳は真っすぐまだ見えぬ戦艦棲姫へと向けられていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

「遂にですね」

 

「ああ」

 

 

 臨時基地の司令部には青年と夕張、少数の妖精達のみ。その誰もが緊張を胸に宿している。

 

 

 吹雪達が変色海域へと侵入した途端に通信にノイズが所々に入り、まともに音を拾うことが出来なくなった。これも影響の一つと見て間違いない。そして何より恐ろしいのが敵のテリトリーは時間制限付きであることだ。不利な状況下での強敵との戦い、下手をすれば艦娘全員轟沈する可能性もある。だが青年は決してそんなことにはならない、させないと決めていた。

 

 

 頼むぞ、俺の昇進がかかってんだ。相手は姫級、それを新米提督の俺が撃滅してみろ?最高の戦績になるじゃねぇか!だが美船元帥さんは艦娘にご執心、戦艦棲姫を撃破しても轟沈しようものならいい顔はしないだろう。そんなお優しい元帥さんに気に入られる為にはこの作戦、誰一人として失うことは許されねぇ。

 艦娘共の士気を上げてきた。これも計画通りに進んでいる。俺は()()()()だ。俺があいつらに優しくするだけで従順な駒となり、戦力が増加すると言う一石二鳥、その為に()()を演じている。だがそれだけでは昇進できねぇ、昇進するには美船元帥さんの信頼を勝ち取ること。それにはあの一航戦共も取り込む必要がある。あいつらは俺を疑っている……何としても信頼を得られないと後々突っかかって障害となるに決まっている。べ、別にあいつらが怖いからとか……そ、そんなことはねぇからな!!

 

 

 ぶるりと赤城と加賀の鬼すら逃げ出す形相を思い浮かべてしまった青年にとって鳳翔と間宮を連想させることにもなっているのだろう。

 

 

「あの……提督」

 

「んぁ?なんだ?」

 

「みんな無事に帰ってこれますよね?」

 

「帰ってこれるじゃない、帰って来るんだ。あいつらはああ見えてもだらしないところがあるから面倒見てやらねぇといけねぇ世話のかかる奴らだが、俺にとってもあいつらにとってもお互いに必要不可欠な存在、決して失うわけにはいかないんだよ」

 

「提督……」

 

 

 そうだよ、帰って来ないと美船元帥さんの好感度が得られねぇんだよ!今までお前達にかけた時間は無駄じゃないだろ?だから俺はお前達を信じている……早く戦艦野郎をぶちのめして帰って来い。まだお前達にはやってもらうことがあるんだからよ!

 

 

 夕張と青年には最終的な目的は違えど、彼には艦娘達がまだ必要。昇進するまでは手放すことはしない。それでも今は皆が無事に帰って来ることを祈っていた。

 

 

 



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5-4 戦艦の姫君

遂に敵が登場する時。


それでは……


本編どうぞ!




 何者も飲み込んでしまうかのような真っ赤な海で今、轟音と共に異形と戦う者達が居た。

 

 

「これでも食らうにゃしぃ!!」

 

「はわわっ!?睦月さん危ないのです!!」

 

「――にゃ!?あ、危うく当たるところだったの……ありがとう電ちゃん」

 

「お礼は後なのです!はわっ!?敵がこっちに来たのです!!」

 

「なら夕立に任せて。夕立突撃するっぽい!!」

 

「僕達は夕立を援護するよ!鈴谷は向こうの敵をお願い!」

 

「OK!鈴谷におっ任せー♪」

 

 

 戦う者達とは艦娘、異形すなわち深海棲艦。正と負の対立する存在が変色海域で攻防戦を繰り広げていた。

 

 

「電が頑張っているわね。私も負けられない――っと、不意打ちのつもり?そんな攻撃、当たんないわよ?」

 

「雷もやるじゃないか。負けていられないね……Ура(ウラー)!!」

 

「むむっ、お姉ちゃんより目立つなんて!あ、暁だってやればできるんだから!!」

 

「加古、右に注意して!」

 

「わかってるって……よし!いっちょあがり~♪」

 

「――ッ!?各艦、前方に新たな深海棲艦を確認。注意してください」

 

「うげぇ、またぁ?神通、敵多すぎじゃんかよ~!」

 

「泣き言を言っている暇はありませんよ?こうしている間にも私達は追い詰められているのですから」

 

「そうよ加古?私達は帰らないといけないのよ。私達の帰りを待っていてくれる外道提督、それに弱樹提督の為にも」

 

「古鷹……そうだった。さっさとこの作戦を終わらせてぐっすり眠りたいしね!」

 

 

 次々と現れる深海棲艦をなぎ倒していく艦娘達。飛び交う砲弾と銃弾、空を舞う艦載機がその壮絶さを物語っていた。

 

 

「――ッ!!?全員あれを見ろ!!」

 

「「「「「――ッ!!?」」」」」

 

 

 切り込み隊長の木曾が放った一言で全員の意識が一ヶ所に集まった。そこに作戦のターゲットである戦艦棲姫が不気味な笑みを浮かべ、獲物を目の前にした猛禽類のように瞳がこちらを捉えていた。その不気味さに艦娘達の全身に悪寒が走る。それでも彼女達は歯を食いしばり、闘志を燃え上がらせる。

 決して逃げたりしないと決めている。自分達の背には守るべき者、帰る場所、そして帰りを待っていてくれる青年()がいる。

 

 

「みんな!準備はいい?いくよ!!!」

 

「「「「「おう!!!」」」」」

 

 

 吹雪の一声に全員が応える。狙うは戦艦棲姫、南西諸島海域の覇権をかけての大戦が今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!?被弾しました!」

 

「あうっ!?や、やられました!!」

 

「ぐあっ!?ちくしょー!!!」

 

「みんな気をつけt――うわぁ!?」

 

 

 無数の砲撃、空を舞う艦載機の攻防戦、艦娘と深海棲艦がぶつかり合う海上(戦場)で激しい損傷は避けられない。吹雪達は承知の上だが、厳しい状況へと追い込まれていた。

 

 

「(不味いぞ、時間がかかり過ぎている。このまま不利な状況が続けば誰かが轟沈する!!)」

 

 

 木曾は焦っていた。変色海域の影響が思っていたよりも仲間の損害に繋がっていた。中破した者まで出てしまい、このままでは誰かが沈む。比べて戦艦棲姫は随伴艦に守られ傷一つない状態だ。強者としての余裕なのか、自らは直接手を出さずに高みの見物を決め込んでいる姿が頭に来る。

 

 

「(ちくしょう、俺達なんて敵じゃねぇってか?その余裕ぶっこいだ不細工な面が更に醜く歪むのが見ものだぜ!)」

 

 

 木曾はこの危機的状況に対して決断する。

 

 

「おい吹雪!」

 

「は、はい!?」

 

「お前達は赤城達を連れて戦艦棲姫の下へ行け。そこまでの道は俺が作る!」

 

「で、でも木曾さんだけでは……!」

 

 

 木曾と共に先行部隊として結成された利根、筑摩は中破してしまった。幸いなことに島風はその速度を活かして損傷を免れたが、魚雷を打ち尽くしてしまい自ら囮役をかって出て深海棲艦の注意を引いていてくれている。その役目を放棄してしまったらその分の攻撃が時雨達へと向けられてしまう為、彼女には今のまま場をかく乱してもらった方が好都合。現在、仲間も無傷である艦娘の方が少ない状況で、これでも大破した者がいないことは奇跡に近いが時間の問題だろう。そう判断した木曾は自ら一人で戦艦棲姫への道を切り開くつもりだ。

 吹雪、叢雲、赤城、加賀、瑞鶴、翔鶴を連合艦隊から独立させ、戦艦棲姫及び随伴艦の撃破を目指す。時雨や神通達は他の深海棲艦を足止めしてもらう作戦にかける。

 

 

 変色海域では無線もほとんど使い物にならない。提督である青年の指示も届かず、自分達で戦況と作戦をその場で判断しなければならない。時間をかけることができない状況でこの作戦は間違っていないだろう。しかし一人で突っ込むのは無謀だと吹雪の視線が訴えるが……

 

 

「俺は切り込み隊長だぞ?切り込み隊長の俺が後ろでちまちま援護なんてやってられるか。それに安心しろ吹雪、俺は沈まねぇよ。それに……帰って来てくれって言われたからな

 

「木曾さん?」

 

「なんでもない。吹雪、頼んだぜ!!!」

 

 

 たった一人の先行部隊、切り込み隊長の木曾はかけた……吹雪達の道を切り開くために。

 

 

 ★------------------★

 

 

 まったく、なんて無茶をするのかしら――ねっ!!!ほんと、滅茶苦茶よ!?

 

 

 叢雲の砲撃が駆逐イ級を沈める。戦場と化した海に残骸が散らばり海底へと沈んでいく。幾多の深海棲艦の亡骸は戦場の壮絶さを思い知らしめる。しかし叢雲の視線の先では更なる壮絶さが繰り広げられていた。

 

 

「これくらいッ!なんとでもないぜ!!!」

 

 

 切り込み隊長こと木曾が傷つこうと艤装が砕けそうになろうともお構いなしに複数の深海棲艦と戦っていた。それもたった一人で叢雲達を戦艦棲姫の下へ辿り着かせる為だけの突撃。木曾は軽巡洋艦、相手には重巡洋艦、空母、駆逐艦の数々をことごとくぶちのめしていた。本来ならば圧倒的な戦力差だが、ゲームと現実は違う。

 

 

 ステータスが全てで決まるものではない。そこには目には見えぬものが確かに存在していた。

 

 

 絆、意志、信念が彼女を強くしていた。彼女だけではない、この作戦に参加している艦娘達全員に言えることだった。彼女達は今、艦の性能を超えた力を発揮した。相手はたった一人で何ができると弱小な存在だと侮っていた深海棲艦はこの結果に驚愕していた。

 

 

 もう木曾ったら滅茶苦茶に暴れてくれているわね。少しぐらい自分の身を大切にしなさいよ……でもあなたのおかげで……到着できたわ。

 

 

 叢雲は自分達の分まで引き付けてくれている木曾に感謝しつつも目の前の存在にのみ意識を向ける。

 

 

「フフッ♪マタエモノガヤッテキタワネ」

 

 

 戦艦棲姫が不気味な笑みを浮かべて佇む。今までの深海棲艦との存在感があまりにも違いすぎる強者の貫禄。絶対強者が叢雲達の前に君臨した。こちらは六人、相手は一人だとしても余裕の笑みは浮かべられない。寧ろ戦艦棲姫の方が余裕を持っているようだ。

 比べて叢雲達はゾワリとした感覚が全身を伝う。生命が発する危険信号は目の前の相手とはやりあうなと警戒していた。しかし彼女達は本能を理性で抑え込む。決めたんだ、誓ったんだ、この作戦を成功させて再び青年の元へ必ず帰ると。

 

 

 ――ッ!戦艦がなによ!私は沈まない、吹雪も沈ませない、みんなで帰るのよ。あそこにはあいつが待っている……これは別にあいつの為じゃないわ。あいつにはまだ私達の為に汗水流して死ぬほど働いてもらわないと困る……死んじゃったらもっと困るけど、死なない程度に働いてもらわないといけないのよ。だからね、あんたなんかに時間を割いている程に私達は暇じゃないのよ!

 

 

 叢雲は鋭い瞳で戦艦棲姫を睨みつけた。狼が今にも飛び掛かって来そうな勢いを感じさせる。更には背後で仲間達が戦艦棲姫との戦いへ介入させないように他の深海棲艦に必死に抗っていた。誰もが死に物狂いで生にしがみつき、相手を沈める(喰らう)。深海棲艦らが艦娘達の迫力に気圧される程だ。

 

 

「ホゥ、イママデノエモノトチガウ……カ。イイメダ」

 

 

 戦艦棲姫もその光景を見て感心しており、仲間が気圧されていても楽しんでいる。それはまさに人の感情と同じ物だと印象を受ける。

 

 

「フフッ、コワシガイガアルヨウネ♪」

 

 

 しかし本質は暴力的だった。邪悪な笑みを浮かべて意志を持った艤装を展開し、これから始まる死闘に興奮を抑えられていない。

 

 

「赤城さん、加賀さん、瑞鶴さんと翔鶴さん準備はいいですか?」

 

「はい、一航戦の誇りにかけて赤城、全力で参りましょう!」

 

「同じく加賀、勝利は譲れません」

 

「さぁ、始めるわ。絶対に私達が勝ってやるんだから!」

 

「私だって、提督の為にも負ける訳にはいきません」

 

「叢雲ちゃんも準備はいい?」

 

「勿論よ、私の戦場(いくさば)での活躍その目にしかと刻みなさい!」

 

「サァ!タクサンノヒメイヲキカセテモラウワヨ♪」

 

 

 何が『沢山の悲鳴を聞かせてもらうわよ♪』ですって?あんたみたいな奴なんかに私達がやっと掴んだ幸せを奪われてたまるもんですか!戦艦棲姫、覚悟なさい!!!

 

 

 命運をかけた戦が今始まった。

 

 



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5-5 大海の死闘

お待たせしました。戦艦棲姫との死闘の始まりです。


それでは……


本編どうぞ!




「提督、少し落ち着いたらどう?」

 

「んぁ、そうなんだが……って、お前こそ貧乏ゆすりを止めたらどうだ?」

 

「――あっ!?あ、あははははは、いや~これは何と言うか……は、恥ずかしいところ見られちゃった

 

『「げんざい、じょうきょうふめい!」』

 

『「いつかえってくるの?」』

 

『「わかんない」』

 

『「しんぱいだなー」』

 

 

 臨時基地の司令部で報告を今か今かと待ち惚けの青年が落ち着けぬ様子であっちへこっちへと歩き回っていた。その行動を落ち着かせようと指摘した夕張本人ですら落ち着けず、妖精達ですら遊ぶことなく通信機を調整して音を拾おうと現場の現状を知りたくても知れぬもどかしい状況が続いている。一分がいつもよりも長く感じる程にこの場の空気は重く、時間がのろのろと経過しているのかと錯覚してしまう。

 

 

 あいつらが変色海域に入ってから結構経った。あの中で長くいるのは自殺行為だ。まさか誰かが沈んだのか?い、いやそんな訳があるはずない!俺の艦娘()が、戦艦野郎ごときに敗れることなんてありえないからだ。……俺がそう思いたいだけなのかも知れねぇが、誰一人欠けること無く帰って来てくれないと困る。後々の計画に支障や元帥さんへの言い訳が……いや、今はそんな些細なこと問題ではない。無事にとはいかずとも必ず帰って来いよ……頼むから!!

 

 

 青年は待っていることがこれほど気分を害するものだとは思わなかった。結果を知りたいが、望んだ結果とは異なるものだとしたら……通信機から流れて来る雑音が断末魔に変わってしまったらとあらぬ考えが浮かんでしまう。

 

 

 昇進を叶える為に艦娘は必要不可欠な道具である。邪な欲望を持つ彼でも今は心の内で勝利と帰還を願って祈りを捧げていた。それは神に対してでは決してない。身を挺して最前線で戦っている艦娘達に対して祈っていた。

 

 

「……提督、お茶飲む?」

 

「いい、お前が飲め」

 

「……うん」

 

 

 そう言いつつも夕張も口を付けただけ。もう胸が様々な感情でいっぱいだった。

 

 

 そういえばもう俺が提督になってから結構経っているんだったな。それでもまだ新米提督のままだが、既に戦艦棲姫とやりあうとこまで来てんだよな。あのクソ猫から始まって、病院を退院して初めはそう……

 

 

「……俺が最初にあった艦娘は吹雪だった」

 

「提督?」

 

 

 青年は昔話……そこまで昔のことではない。彼が○○鎮守府A基地へやってきた時のお話を語り出した。いきなり語り出したので何事かと思ったが、夕張や妖精達だが誰も邪魔することはなかった。

 初めて○○鎮守府A基地へやってきて散々な目に遭ったことや妖精達の出現、大淀達と出会い、初めての建造で生まれた熊野達も含めて共に海域を攻略し喜び合ったこと、そしてR基地で夕張達と出会う。この先は夕張でも知っている通り川内が着任、神通達を養うことになった。そのことは夕張も話で聞いていたが、青年から直接詳しく話されたことはなかったが、どうして今このタイミングで語ったのか不思議に思う。

 

 

「俺はまだあいつらが必要だ。あいつらが居なければなにもできない。現実、深海棲艦相手に手も足も出ないし、俺の能力も大したものじゃない。運動はある程度できてもそれは軍人だから。だがお前達には敵わない。戦略や知識はお前達よりも上だとしてもこう通信機が使えず、指示も出せなければ俺が居る意味がない……なんて人間はちっぽけな存在なんだろうな?」

 

「……提督」

 

 

 こうも祈ることしか出来ねぇとは情けねぇ。軍人になることを目指して体を鍛えて勉強して、将来は贅沢三昧の日々を送れるように提督としての座を用意してもらって後は艦娘()を使い古して深海棲艦をぶちのめすだけだと思っていたのに、いざとなったら問題だらけ。鎮守府の立て直し、チビ共のご機嫌取り、吹雪達の食事や寝床の面倒まで見る羽目になっちまって……それから色々あったが、勝利を掴んでここまでやってきた。

 今までの経験は決して無駄ではない。この俺の指揮とあいつらの戦闘力が備われば怖いものなしだ!っと言いたいところだが、指揮も出せず、落ち着けぬ状態に置かれてしまった俺はただ祈るしかできないとは……変色海域では俺の存在自体無力ってことかよ……クソ!

 

 

 青年は自身の不甲斐なさにイラっとした。情報で既に知っていたが、いざその状態に陥った時の苛立ちは相当のものだった。

 敵がただの深海棲艦相手ならまだしも姫級相手には変色海域が付きまとう。その中では通信機が役に立たず、その場で艦娘達の臨機応変な作戦変更が求められることになり、提督との連絡は不可能に近くなる。提督が役立つのは変色海域に入るまで、それ以降はどうすることもできない。そのことが彼にとって腹立たしいものとなった。自分は役に立たない……だからこそ無意識に彼らしからぬ弱音を吐いてしまった。

 

 

「提督、提督はちっぽけな存在ではないですよ?」

 

「何を言う。人間は艦娘や深海棲艦相手には手も足もでまい。俺だって同じだ」

 

「だからって()()()()()がそこら辺の人間と一緒とは思わない。提督は人望があるし、私達を救ってくれたじゃない。それなのに引き取ってくれた。この人なら提督って呼んでもいい……心の底から私は思ったの。それにほら、私達艦娘ってみんな不細工な顔しているのに提督か元帥さんぐらいだよ気にしてないの?」

 

「そ、そうだな。まぁ容姿の良し悪しなんて微々たることだからな」

 

「でもそれが……嬉しかった」

 

「……」

 

 

 ほんのりと頬を赤く染める夕張は真っすぐ青年を見つめていたが、ハッとして視線を逸らせた。

 

 

「て、提督が弱音を吐くぐらい不安なのはわかるわ。でも提督はちっぽけなんかじゃない……私達にとっての提督はあなただけなの。それだけはわかってほしいな?」

 

「夕張……まさかお前からこんなことを言われるとは。へっ、悪いな、俺の弱さを見せちまって」

 

「いえいえ、提督意外と弱いところ多いですし気にしてないです」

 

「んぁ?弱いところが多いだ?聞き捨てならねぇな、どんなところがだ?」

 

「例えば鳳翔さんと間宮さん」

 

「――ッ!?」

 

「お酒にもめっぽう弱かったもんね」

 

「あ、あれはあいつらが限度を超え過ぎてだな……」

 

「あっ、そういえば明石さんから妙なことを聞いたっけ?」

 

「妙なことだと?」

 

「初めての建造で、島風を建造した時に提督が鼻血を出しt……」

 

「――んぁあああ!!!そうだ、あいつらが帰って来たらすぐに入渠ドックへ入れてやらないといけねぇな!!!これはすぐに用意しねぇと!!!あー大変だ大変だ!!!」

 

「あっ!?提督……行っちゃった」

 

 

 慌てて出て行った青年の背を見送る夕張は安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「少しは提督の気晴らしになれたかな?思い詰めた顔よりも提督には笑顔でいて欲しいから……みんな、提督の為にも帰って来てよ……絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちくしょう、明石の奴め、俺のトップシークレットを話しやがって。今度会ったらただじゃおかないからな!たっぷりとお仕置きして俺の恐怖を植え付けてやる。それはそうと、あいつらが帰って来るまでに即入渠できるように準備しておかねぇと。提督である俺自身が動いてやっているんだからその対価は高くつくぞ?勿論支払いは体で払ってもらわないとな……クヒヒ♪って決して変な意味じゃねぇからな!?俺の為に今後も活躍して昇進の為の人柱になれってころだから勘違いすんじゃねぇぞ!!?但し、轟沈なんぞしたら沈んでも俺は許してやんねぇから覚悟しておけよ。

 

 

 青年自ら入渠ドックの準備に取り掛かるのであった。

 

 

 ★------------------★

 

 

 轟音と共に噴煙が上がり、着弾地点は激しい水しぶきを撒き散らす。

 

 

「ニゲナイトアタッチャウワヨ♪」

 

 

 戦艦棲姫による怪物のような姿をした艤装から繰り出される砲撃。戦艦故の火力に当たれば只では済まされない。それを吹雪と叢雲は辛うじて避けつつ敵に狙いを定め……

 

 

「当たってー!!」

 

「くらいなさい!!」

 

 

 二人の砲撃が動きの鈍い戦艦棲姫に直撃した。この時二人はやったっと思ったが……

 

 

「フフッ♪ソノテイド?」

 

 

 傷一つもない姿を自慢するかのように見せつける。駆逐艦では戦艦棲姫の装甲を貫けない。決して威力不足ではない、駆逐艦の単装砲でも傷は与えられた……今までならば。相手が並みの戦艦とは違うことを思い知らされる。

 

 

「くっ、なんて装甲なのよ!?」

 

「叢雲ちゃん!砲撃がダメなら魚雷で……!」

 

「サセナイワヨ?」

 

 

 砲撃から雷撃へと切り替えようとしたところに敵の砲撃が二人を目掛けて飛んでいく。気づいた二人はお互いを突き飛ばして間一髪、砲弾が間を通り過ぎ水しぶきを上げた。機転が利いた行動を取ったことで回避できたが心臓がバクバクと音を立てているのがわかる。

 戦艦棲姫には艦娘が子蟲のように見えていた。すばしっこいだけのいつでも叩き落とせる艦娘(ハエ)。以前やってきた艦娘はまさにそれだった。数だけの子蟲の群れ。だが今度の艦娘は子蟲などではないと意識した。今までの駆逐艦娘と動きがまるで違いキレがあった。まるで()()()()()()を持っているかのような強い瞳で己を睨みつけてくる。それをこの手で握り潰すことができると思うと戦艦棲姫は快楽を感じていた。

 

 

「私達のこと忘れているんじゃないわよ!!瑞鶴隊いっけー!!」

 

「その背中、隙だらけですよ!」

 

 

 忘れてなんかいない。隙など見せていないと戦艦棲姫は笑みを浮かべた。

 

 

「――なっ!?」

 

「――そんな!?」

 

 

 瑞鶴と翔鶴は戦艦棲姫の背後に回り込んで艦載機を発艦させて隙だらけの背に攻撃をお見舞いしようとした。しかし戦艦棲姫と一心同体とも言える怪物型の艤装が対空砲を放ち、艦載機を撃墜した。

 

 

「それでもまだ残っているわ!翔鶴姉、まだやれる!」

 

「ええ、そのまま攻撃するわ!」

 

 

 一瞬動揺したが、それでもまだ艦載機は飛んでいる。攻撃の手を緩めず攻め立てる。艦載機から繰り出される攻撃だったが、怪物型の艤装が戦艦棲姫を守るように立ちふさがり、直接被弾することはなかった。

 戦艦棲姫を撃破しようと何度か作戦が決行された。その時に戦った経験かはわからないが、こちらの動きに対して対応してみせた。戦い慣れている。そう理解させるには十分な要素だった。

 

 

「(この戦艦棲姫……おかしいわ)」

 

 

 その状況下でも赤城は冷静に判断していた……否、そうしないといけなかった。冷静でいることで内なる恐怖を抑え込んでいた。元帥直属の赤城と加賀は何度か『鬼級』『姫級』を相手にしてきたが、今回の相手は()()が違うと感じた。その()()はハッキリとしないが、その不確定要素が恐怖を湧き上がる原因を作っていた。だがそんな時に心を支えているのは……

 

 

『「赤城はできないと言うのか?簡単ではないだろうが、無理ではない。それにな、初めから沈んでもいいなんて考えは止せ。何が何でも生き残ってやる気持ちでいろ。辛いのは死んでいったものよりも残された方だ。自分は生き、仲間が沈んで、親しい者と会えなくなっちまう方がずっと後悔することになるんだ。お前達は仲間達に後悔と呪いを残していくつもりか?」』

 

『「なら生き残れ。泥水を啜ってでも帰って来ることだ。生きていればやり直せることだってあるかもしれねぇ、死んじまったら人間も艦娘もそこでお終いだ」』

 

『「そうだぞ加賀、良い事も悪い事は生きている時にしか成せない生命の特権だからな。それに目的は大きい方がいいだろう?まぁ、お前達は元帥殿の直属、借りたもんは返さねぇと。無事にとはいかねぇかもしれねぇが帰してやるよ必ずな」』

 

 

 出撃前に青年から受けた言葉が蘇る。自分達が慕う鳳翔が元帥以外に心を許した相手、軽視派の人間でありながら謎の行動を取る男……外道丸野助。今回の作戦でその真意を確かめる丁度いい機会にも恵まれ、戦艦棲姫を撃滅する確固たる意志を見せつけたが、青年はそれを真っ向から否定した。「必ず帰って来い」と命じた。男が、しかも軽視派の人間が醜い艦娘である自分達にだ。話しに聞いていた通りに矛盾だらけの意味がわからない人間だった。だがその言葉が赤城を、加賀の心を支えることになっていた。

 

 

 不思議だ。目の前に戦艦棲姫が居る。姫級相手に道連れも覚悟していたが、その覚悟も揺らぎ、必ず生きて帰ると、お前を倒して生き残ってやると魂が吠えているかのようだ。

 

 

「加賀さん!」

 

「ええ、五航戦の子達に負けていられないわ」

 

 

 一航戦コンビから放たれた矢が艦載機へと姿を変え、空を舞う。空母四人で攻めるが、怪物型の艤装が攻めと守りを担い、強固な壁を突破できないでいる。それだけが戦艦棲姫に決定打を与えられない理由ではなかった。変色海域に長く居続けたことで艦娘側の艤装に亀裂や損傷を負った状態に陥っており、威力不足の原因となった。

 

 

「フフッ、コノテイドナノ?ミホンヲミセテアゲル♪」

 

「――赤城さん!!?」

 

「――ッ!?」

 

 

 お前達に私は倒せないと決まっているとばかりに戦艦棲姫は嘲笑い、一発の砲撃音が響く。そしてそれは海上で爆発し、そこに居たのは赤城。咄嗟に艤装で防御態勢に入ったが、肝心の赤城自身の体は至る所に傷と灰まみれとなり大破状態だとわかる。これで艤装がダメになり、赤城は戦力になり得なくなってしまった。

 加賀がボロボロの赤城に寄り添い、すぐに距離を取るが戦艦棲姫は逃すつもりはないらしい。もう一撃を繰り出そうとした……が、吹雪と叢雲の砲撃が顔を目掛けて飛んできたのを防いだ。顔を狙われたことが気にくわなかったのかそれまですばしっこいだけのいつでも叩き落とせる艦娘(ハエ)に狙いを変える。

 

 

「赤城さん!赤城さん大丈夫!?」

 

 

 珍しく加賀は感情を露わにした。相棒である赤城の全身から血が流れている姿を見てしまったら動揺を隠すことなど彼女にできない。

 

 

「私は……大丈夫ですよ加賀さん……でも」

 

 

 赤城は自分をここまで心配してくれる加賀の姿に嬉しさを感じた。しかし彼女の内には悲痛な思いが宿っていた。空母四人で戦艦棲姫を叩くつもりだった。変色海域に突入してからの予想以上の長期戦、赤城は油断したつもりなどなかったが、戦艦棲姫自身の強さを甘く見ていた。四人でも厳しい状況が三人に減ってしまったら後はもう無くなったも同然。赤城は唇を噛みしめた。

 

 

 『アキラメテラクニナロウヨ』

 

 

 艦娘達の心を折ろうとしているのか悪魔の囁きが聞こえてきた。いくつもの同じような言葉が自分達に向かって投げかけられていた。誘われている……暗く冷たい孤独な深海から。

 

 

「(私が大破していなければ……一航戦の誇りもここまでかしら……)」

 

「(赤城さんがこの状態では……勝ち目が……)」

 

 

 その言葉に耳を傾けてはならないと頭で理解していても赤城と加賀の意識は深海へと向けられてしまう。自分達の命運も尽きたと……諦めかけていた。

 

 

「ちょっと!加賀さんともあろう方がそんな顔してどうするのよ!!」

 

「五航戦……」

 

「そうですよ、赤城さんも諦めないでください。赤城さんの分は私達が補いますから!」

 

「翔鶴さん……」

 

 

 そんな二人を鼓舞したのは五航戦コンビだった。彼女達は諦めてなんかいなかった。その目は何としても生き延びてやると言う意志を感じさせた。この二人をここまで動かすもの……それはきっと臨時基地で自分達の帰りを今か今かと待っている人物の影響だろう。提督の元へ帰る……誰も轟沈させないと彼の約束を破らせたくない。だから全員で生きて帰る、帰ってみせると吹雪達の顔には疲労の色が見え始め、弾薬も消耗し状況は悪化しているのに諦めていなかった。

 

 

 今の一航戦コンビにとってその光景は何よりも勇気をもらえた。

 

 

「……五航戦の癖に……頭にきました。あなたよりも上だと言うことを思い知らせてやります」

 

「それでこそ加賀さんね!」

 

「ありがとうございます翔鶴さん。でも大丈夫よ、私も戦います。一航戦は加賀さんだけではないのですから」

 

「はい!私達だって負けませんから」

 

 

 そんな姿を見せられてしまったら一航戦としての誇りが黙っていられない。悪魔の囁きなどもはや彼女達には聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪と叢雲は駆逐艦の機動力を活かし、砲撃を避けることに全力を注いでいる。攻撃が通じないのであれば狙いをこちらに向け、逃げ回って時間稼ぎをして赤城を助けることができた。しかし疲労が現れ始めてその動きは鈍くなっていた。その隙を戦艦棲姫が逃してくれるわけもなく、徐々に追い詰めていく。

 

 

「モウスグヨ、モウスグアナタタチハ……シズムノヨ♪」

 

 

 決まっている未来だと、逃れられぬ宿命だと吹雪と叢雲に語り掛ける。

 

 

「あんたなんかに沈められて堪るもんですか!」

 

「うん、その通りだよ!私達は絶対に負けない!!」

 

「フン、ムダナアガキヲ」

 

 

 吹雪と叢雲を鼻で笑う。足掻いても無駄だと意味のないことだと決めつけていた。

 

 

「無駄な足掻きなんてことはない!私は……私達はみんなで帰るんだから。()()()の為にも私達は負けない!」

 

()()()()()……!?()()()()……ノコトダナ?」

 

「えっ?」

 

 

 突如としてその時は来た。

 

 

「ウ、ウゥ……()()()()……ダト!!?」

 

「な、なんなのよ?」

 

 

 先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか?頭を抑え、苦痛の表情を浮かばせる戦艦棲姫の様子に吹雪と叢雲は困惑の表情を浮かべる。

 

 

()()()()……イヤナヒビキ!()()()()……ユルサナイ!!!

 

 

 急に激昂し始め、周りが見えなくなったように所かまわず砲撃を放ち始めた。冷静さなど今の戦艦棲姫には見られなくなっており、その豹変具合に吹雪と叢雲だけでなく、赤城達も砲撃を避けながら状況の異常さに混乱している。だが原因はハッキリとしていた。

 

 

 『テイトク』それが戦艦棲姫を狂わせる原因……そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()……ドウシテ……ワタシヲ……ステタノ!!?

 

 

 戦艦棲姫もかつては共に戦場を駆けた艦娘(仲間)だったのかもしれないということを。

 

 



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5-6 せめて安らかに

戦艦棲姫との死闘は激しさを増し、そして……


それでは……


本編どうぞ!




ウワァアアアアア!!!ニクイ……ニクイィイイイイイ!!!

 

 

 暴れる戦艦棲姫。獲物を狩る側であり、知性と冷静さで的確に艦娘達を追い詰めていた……先ほどまでは。だが突如としてそれは終わりを迎え、そこには所かまわず砲撃を繰り返し、雄たけびを上げる猛獣が居た。

 

 

 何度も何度も……同じ言葉を繰り返す。『テイトク』と言う言葉を……憎悪を込めて。

 

 

「戦艦……棲姫さん」

 

 

 吹雪は先ほどとは対照的な印象を戦艦棲姫に抱いた。敵である者に対して()()()()までして今、胸の内にあるのは敵意ではなく哀れみだった。

 

 

 『「()()()()……ドウシテ……ワタシヲ……ステタノ!!?」』

 

 

 胸の内を叫んだのだろう。この場に居る艦娘全員が同じことを思った。

 

 

 深海棲艦が以前○○鎮守府A基地へやってきたことがあった。正確には拾った表現となるのだが「軽巡ヘ級」が川内へと変わる異例の事件があった。この事件で、深海棲艦が艦娘に、艦娘が深海棲艦になることが明るみに出た。不確定要素ばかりである内容だが、この一件を知った艦娘、そして美船元帥に衝撃を与えることとなった。そして情報を知る者は皆、一つの可能性を心の奥底に宿すこととなってしまう。

 

 

 『深海棲艦は元は艦娘だったのではないか?』

 

 

 この一件以来、知るもの全てに付きまとう深海棲艦の可能性。それが今、目の前の戦艦棲姫にも同じことが言える状況が露わとなった。

 『テイトク』に異常な反応を示すところ、何かあったのは間違いない。それも悪い方向の……暴れ続ける戦艦棲姫はかつて艦娘だった者かもしれない……この者も被害者だったのだ。

 

 

 助けてあげたい……元同じ仲間として。だがそれを許さんとばかりに戦艦棲姫は凶暴さを増していき、その凶暴性は周りに当たり散らす癇癪を起こした子供と言う表現では生温(なまぬる)い。全てを憎しみの対象としてしか見ていない破壊衝動と自暴自棄が彼女の絶望的な感情を表している。

 

 

「……」

 

「吹雪、変な気を起こすつもりじゃないでしょうね?」

 

「叢雲ちゃん……」

 

「同情はよしなさい。あれはもう艦娘じゃない戦艦棲姫なの。幾多の仲間達を沈めた憎き相手……作戦は成功させなければならないのよ。それでも同情すると言うのなら……これ以上苦しめさせない為にもやっつけるしかないのよ」

 

 

 そう諭す叢雲の表情は苦し気だった。彼女もまた艦娘、元々○○鎮守府A基地はブラック鎮守府だった。青年が現れてから変わったが、あのまま前提督が支配していればいずれ吹雪も叢雲も海の底に沈んでいただろう。そうなった場合、前提督に対して怨み憎しみを抱く自分はきっと深海棲艦になっていたのではないだろうか。深海棲艦と艦娘の関係性はハッキリと掴めていないが、目の前の戦艦棲姫は()()()()の存在を恨んでいる。

 復讐する為に……戦艦棲姫は()()()()()()()()だ。それがどんなに苦しいことか、自分を見失ってしまうとはどんなに恐ろしいことだろうか。心の叫びを聞いてしまった叢雲は吹雪に「同情はよせ」と忠告したが、彼女自身これ以上戦艦棲姫に罪を背負わせたくはない。それは元仲間に対する慈悲の表れでもあった。

 

 

「ニクイ……ニクイ……ニクイィイイイイイ!!!

 

「まずいわね、これ以上空母組が狙われたら私達に勝ち目がなくなってしまうわ!」

 

「なら私達のやることは……」

 

「変わらずこちらに注意を引き付けることよ。吹雪行くわよ!」

 

「うん!」

 

 

 叢雲と吹雪は無造作に飛び散る砲弾を回避しながら砲撃で応戦する。ほとんど攻撃が通じぬとわかっていても今の狂乱状態の戦艦棲姫には注意を向けさせる効果はあった。憎悪に支配され、悲痛な雄たけびを上げながら砲撃は二人を狙う。その光景を黙って見ている赤城達ではない。弓が使い物にならなくなった赤城は加賀のサポートをしつつ瑞鶴と翔鶴も艦載機で二人を援護し、隙を(うかが)いチャンスを狙っていた。決定的な一手を打ち込める時を。しかしだ。

 駆逐艦の機動力を活かして避けていたが、一発の砲弾が叢雲の足を掠めた。その拍子に痛めたのかよろけて海面へと身を投げ出されてしまった。すぐに立ち上がろうとするが足に力が入らず叢雲はそれを目にした。怪物型の艤装の砲口が叢雲を捉えている姿を。赤城達は艦載機で戦艦棲姫に対して攻撃を行い標的をこちらに向けようとしたが、それでも砲口は叢雲を捉えていた。

 

 

 戦艦棲姫から憎悪を孕んだ狂気の笑みを浮かべて命じた。

 

 

シズメ

 

 

 叢雲は終わりを見た。近づいて来る砲弾がゆっくりと感じ、一瞬の時間が長く感じられる。あの軌道は直撃すると理解し、死が近づいて来るのを実感したが彼女は諦めていなかった。

 

 

「(沈んで堪るもんですか。私はまだやりたいことが……あいつにまだ言いたいことが!!!)」

 

 

 しかし現実は残酷かな。無慈悲にも吹雪が駆け付けるよりも砲弾が叢雲に直撃する……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――バシャン!

 

 

 叢雲には水の跳ねる音が聞こえた気がした。そして不思議なことに自分の体が再び海面に投げ出されていた。一体何が起こったのか……答えはすぐに出た。

 

 

「オゥッ!?き、ききいっぱ……危機一髪だったぁあああ!!!?」

 

「し、島風!!?」

 

 

 叢雲の絶体絶命の時に彼女を庇ったのは島風だった。艦隊型駆逐艦の最高峰を目指して開発された、高速で重雷装の駆逐艦それが彼女だ。40ノット以上の快速を誇る彼女が捨て身の勢いで叢雲を助けたようだ。仲間を守りたい一心で、艦の性能すらぶっちぎった速度を出して駆け付けたのだ。ぎりぎりのところで避けることができたが、島風には珍しく真っ青な顔で生きていることに感謝している様子だった。

 

 

「オノレイマイマシイ!!ジャマヲs――!!?」

 

 

 危機を救った島風に砲口を向けた怪物型の艤装の艤装が爆発した。忘れていないだろうか?島風がここに居るということは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員狙え!!!決して敵に主導権を渡すな!!!

 

 

 全身ボロボロの流血状態の木曾が仲間に肩を借りながら堂々とした声が辺りに響く。それに共鳴して数多くの咆哮が木霊(こだま)し、戦艦棲姫へ無数の砲撃が着弾する。

 

 

 赤く変色し、絶望と恐怖を振りまく海に似つかわしくない希望と光を宿した者達……○○鎮守府A基地の艦娘()()が損傷を負いながらも戦艦棲姫に立ち塞がった。

 辺りを見回しても他の深海棲艦の姿はなかった。彼女達は見事敵を撃破した(食らった)艦娘()深海棲艦()に打ち勝ったのだ。

 

 

「バ、バカ……ナッ!?ア、アリエ……ナイ!!?」

 

 

 戦艦棲姫は目を疑った。今までの艦娘達と違ったのはわかっていたが、負けるとは微塵も思わなかった。数も性能もこちらが上でここは変色海域、自分達の領土(テリトリー)。何から何まで優勢だった。それがこれだ。

 

 

 敗北……戦艦棲姫は悟った。目の前の艦娘達はボロボロの満身創痍ばかりだが沈む気がしない。彼女達の目に宿っている闘志はただの勝利への渇望などではないと理解した。

 

 

 『生』への執着心。『提督』との約束が彼女達の闘志と言う形で作られていたのだ。

 

 

 ギリッと苦虫を嚙み潰したような表情を艦娘達に向ける。

 

 

 気に入らない。()()()()()()()()を持っている彼女達の存在自体が非常に気に入らなかった。胸の奥からぐつぐつと湧き上がる感情が何か嫌でも理解させられる……これはきっとそう……嫉妬なのだろうと。

 

 

「ミトメナイ……ミトメテナルモノカ!!!」

 

 

 羨ましい……だから認めない。戦艦棲姫は憎しみを艦娘達にぶつけるべく砲口を向けた。

 

 

「――ウグゥ!!?」

 

 

 背中に衝撃が走る。振り返ればそこには空には無数の艦載機とそれらを操る四人の空母達。

 

 

「これで終わりよ。瑞鶴隊攻撃!!」

 

「沈んでいった皆さんの為にも……これで終わりです!」

 

「鎧袖一触……これでお終いよ」

 

「戦艦棲姫、私達はあなたを倒す。それがあなたに対する慈悲と信じて……あなたの悲しみはこの航空母艦、赤城が忘れません。だから……せめて安らかに」

 

 

 降り注ぐ無数の爆撃。それが戦艦棲姫が見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった?」

 

 

 誰かが口にした言葉が耳に残る。辺り一帯見渡せば赤く染まった海は元の姿を取り戻し、空は青く太陽が顔を出していた。

 

 

「終わりましたね」

 

「赤城さん……ええ、終わりました」

 

「翔鶴姉、私達……勝ったの?」

 

「そう……みたいね」

 

 

 自分達が勝ったのか実感が湧かない。先ほどまでの激戦もどこかに消え失せ、静かな波の音が応えるのみ。そんな時、無線から待ち望んでいた声が響いて来た。

 

 

『「おい!おいお前ら返事しろ!!全員無事なんだろうな!!?」』

 

「司令官!」

 

『「吹雪無事か!?怪我はしたか!?誰が怪我したんだ!?誰も沈んでいないだろうな!!?」』

 

「し、司令官一度にいっぱい聞き過ぎですぅ!!」

 

 

 無線からは青年の焦った声が響く。自分達のことを心配してくれていることに吹雪達は嬉しく感じた。生きていて良かったと思える瞬間だった。

 

 

「提督、無事……じゃないけど、鈴谷達全員生還したよ」

 

『「ほ、ほんとか!!?」』

 

「ホントだよ提督。でも僕達満身創痍だからすぐに帰るのはちょっと難しいかな?」

 

 

 大破した者は仲間に支えられながらも支えている側もボロボロだ。全員満身創痍ながらも支え合いながらも戦い抜いた。こんな状態でも一人も轟沈していないことはまさに奇跡だろう。

 

 

『「無理はするな!吹雪、近くに休める場所はあるのか?」』

 

「ええっと……あっ、近くに小さな島があります」

 

『「わかった。全員一度に帰還するのは待て。まだ深海棲艦の残党が残っていないとも言えないしな。動けるメンバーで動けない奴を支援しつつ帰って来い。いいな、深海棲艦を見つけても刺激するなよ?今は帰って来ることだけを頭に入れろよ?」』

 

「はい、司令官!」

 

『「おっとまだ切るな。お前達に言いたいことがある」』

 

 

 なんだろう?と艦娘達はお互いに顔を合わせた。

 

 

『「よくこの難題とも言える作戦を遂行してくれた。お前達がいなければ南西諸島海域はおろか日ノ本が危険に晒されていただろう。よくぞ戦艦棲姫を倒してくれた。そして誰一人として沈まないで居てくれたお前達艦娘はやはり俺の誇りだ!!流石、俺の艦娘達だ!!!」』

 

 

 艦娘達は震えた。自分達が泥水を啜ってでも生きる意味がこの言葉にあった。中には薄っすらと涙を流す者もいる。

 

 

『「俺達の勝利だ!!!」』

 

 

 【戦艦棲姫撃滅作戦】

 

 

 ここに作戦成功と記載する。

 

 



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5-7 予想外の事態

お待たせいたしました。深海棲艦を打ち破った艦娘達だったのだが……


諸事情により遅くなり申し訳ございませんでした。ゆっくり更新ですが楽しんでいってくれると嬉しい限りです。


それでは……


本編どうぞ!




「やった!やったぞ夕張!あいつらが戦艦棲姫を倒したんだ!!!」

 

「て、提督、嬉しいのはわかるけど少し落ち着いt――きゃっ!!?」

 

「これが落ち着いていられるか!今ぐらい夕張も喜んでも誰も咎めねぇよ!」

 

「ちょ、ちょちょちょ!?て、提督そんなに強く抱きしめたら……イッチャイソウ❤

 

『「あーずるい!」』

 

『「はぐごしょもう!」』

 

『「われがさきだ!」』

 

「ええい、わかったわかった!お前達も喜びを分かち合うぞ!!!」

 

『「「「わーい!!!」」」』

 

『「うほ、いいおとこのにおい❤」』

 

 

 臨時基地の司令部では大騒ぎとなっていた。ノイズ続きだった無線が急に静かになった。もしかしてっと最悪の事態を想像したが、まだ無線が繋がっている状態だった。焦る思いを押し殺さず無事を確かめると全員何とか生きているとのこと、戦艦棲姫を倒し変色海域だった海は以前の青い海へと元通り。この結果に青年は喜びを露わにした。

 

 

 よっっっっっしゃー!!!あいつらやればできるじゃねぇか!!!流石俺が育て上げた艦娘()だ。これで美船元帥さんは上機嫌だろう。なんたって誰一人轟沈せずに帰って来るんだからな!俺の評価は爆上がり、昇進間違いなしだぜ!おっと、いけねぇいけねぇ、まだ帰って来るまでが作戦だ。無事に帰って来いよ、俺が折角お前達の為に入渠ドックの準備をしてやったんだからな。感謝することだな♪

 

 

 上機嫌の青年は今か今かと艦娘達が帰って来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、吹雪以下十名無事に帰投致しました」

 

「吹雪含めお前達……よくやった。俺は嬉しいぞ!」

 

「ふっふ~ん、これも鈴谷のおかげだし♪」

 

「島風だって頑張ったもん。死ぬかと思ったんだから、ねぇー連装砲ちゃん?」

 

「うぬぬ、吾輩は疲れたぞ……流石にゆっくりしたいのじゃ」

 

「もう利根姉さんったら、でも私も疲れました」

 

 

 吹雪、島風は小破、他の者は中破や大破の状態であり、深海棲艦の残党を気にしつつ護衛を兼ねて臨時基地に帰って来た。そこでは上機嫌な青年と夕張、妖精達が待ち受けており、吹雪達は帰って来れたのだと実感した。

 

 

「神通達もよく戦い抜いたな、お前達のような艦娘を持って弱樹の奴も誇りに思うだろう」

 

「そんな外道提督、私達は外道提督の指示に従ったまでです」

 

「変色海域内では俺は何も役立てなかった。お前達だけで考え勝利をものにした。これは誇れることだぞ?だから素直に誇るがいい」

 

「そう……ですか。そうおっしゃるのならこの神通、胸を張りましょう。あの人にもう一度会った時、成長したと言ってほしいですから」

 

「ふふん、神通さんだけじゃないわよ?暁だって頑張ったんだから!」

 

「私達だって頑張ったわよね!ねぇ響?」

 

Хорошо(ハラショー)

 

「あたしと古鷹だってこんなのになるまで戦ったんだから高級な酒ぐらい奢っても罰は当たらないんじゃない?」

 

「もう加古ったら、でもそうですね、高級とはいかなくても今回ぐらいは皆さんで酒杯を上げても良いかと」

 

 

 神通達もボロボロだ。だが皆の表情はやり遂げた顔をして晴れ晴れとしていた。

 

 

 もうお前ら俺の言う事をなんでも聞いてくれる操り人形だな。()()()()()を演じていればこんな日が来るとはな……クヒヒ♪せいぜい今は何も知らずにいいように操られていてくれよ。俺が昇進すればお前達は用無しなんだからよ。だが今はこいつらを養ってやらねば……

 

 

「すぐに入渠ドックへ行け。まだ帰って来ていない連中がいる。高速修復剤はいくら使っても構わん。疲労は残るだろうが、再び働いてもらわないといけない。何心配するな、これが終わったら好きな物を食わせてやるから頑張れ。俺も入渠を手伝ってやるからよ」

 

「ほぉーぅ!?そ、それって……鈴谷達と混浴……!!?」

 

「んぁ!?ば、バッカ野郎!!そういう手伝いじゃねぇよ!!か、勘違いすんな!!!」

 

 

 笑い声が響く。その空間はとても温かいと感じられた。この温かさをみんな求めていた。吹雪達は入渠ドックへ向かう中で青年の下へ戻って来れたことに安堵した証拠に涙を堪えられなかった。

 でもまだ終わりじゃない。気を切り替えてまだ残っている仲間達をすぐに迎えに行かないと……そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに?時雨今なんと言った?」

 

 

 予想外の事態が待っているなんて誰もが予想できるものか。

 

 

 ★------------------★

 

 

「時雨大丈夫っぽい?」

 

「僕は大丈夫だよ。それよりも夕立の方が……」

 

「夕立問題ないっぽい!体中痛いけどそんなの気にならないっぽい!」

 

 

 妹の夕立はそう言いながらと草むらに寝転がる。僕達は今、南西諸島海域のどこかの小島に身を潜めている。海岸から見えた先には森が広がっていて、隠れるなら丁度いい場所だった。すぐに見つかって良かったよ。

 吹雪は先に鈴谷達の護衛として帰ってからまた僕達の迎えに来てくれる手筈になっているんだ。木曾と赤城さんは大破状態だけど元帥直属の艦娘としての意地があるのか先に他の損傷した艦娘を優先して残った。全員で纏まって帰れたらよかったけど、この状態で途中深海棲艦に出くわしたら間違いなく誰かが沈む。提督に言われて近くのこの小島に見つからないようにしているけど……寂しいな。早く提督に会いたいよ。

 

 

 時雨は中破止まりながらも終わったことで脱力してしまった。無理もないことだ、初めての姫級の深海棲艦それも格上の戦艦棲姫を艦娘全員の手でやっつけたのだから。

 誰一人も轟沈せずに勝利の勝鬨を上げた。紛れもない勝利を自分達の手で手に入れた。それが嬉しく、生きているという実感に涙すらした。今も身を潜めていても目頭が熱くなる。そして自分達の帰りを待っていてくれる青年に会いたい思いが湧き上がるのを止められない程だ。

 

 

「……終わったわね」

 

「叢雲、お疲れ様」

 

「ええ、時雨も夕立もお疲れ様」

 

「っぽい!」

 

「ムフフ♪叢雲ちゃん、時雨ちゃん、夕立ちゃん、睦月を忘れては困るにゃ。今日のMVPはきっと睦月にゃしぃ。提督にうんと褒めてもらうにゃしぃ……いひひっ!」

 

「い、電も頑張ったのです!でも頑張ったのは全員同じなのです。だから提督さんはきっと公平に褒めてくれるのです」

 

「夕立、頑張ったからいっぱい頭なでなでしてもらうんだ!」

 

 

 そうだね、提督なら「みんな偉いぞ!」って褒めてくれるよ。みんな提督の為に頑張ったんだから……僕達は艦娘、戦うの為に生まれて来たんだと思ってたけど、思い出すのも嫌な前提督に「戦え」って命じられたけどこれじゃないって思ってた。でも提督に出会って「生きて戻って来い」って言われてこれだって思うようになって、戦う為だけに生まれていないんだ僕達は。心の奥底で戦う以外の意味を……幸せを見つけたかったんだ。そして見つけた。

 提督とまた一緒に過ごしたいから頑張った。提督のおかげだよ、僕達が生きようとするのは……やっぱり生きているって素晴らしいね。

 

 

 初期艦娘組が集まって話し合っていた。何気なく他愛のない話をしているが、それが今はとても居心地の良さを感じさせた。生きていると言う実感を自分達に無意識のうちに感じさせているのかもしれない。

 そんな時雨達に近づく影、木曾と空母組の姿があった。

 

 

「なんだ、全員ボロボロじゃないか」

 

「あら?そういう木曾あなただってボロボロじゃないの?血だらけだけど大丈夫なの?」

 

「ふん、切り込み隊長の俺をなんだと思ってんだ?」

 

「ふふ、そうね。でもそんなボロボロの状態で待つことはないわ。吹雪達と先に帰ってもよかったのよ?」

 

「何度言わせるんだ。俺はお前達よりも練度は上だし、こういった状況は何度も経験しているんだよ。慣れっこだよ、慣れたかないけどな。それに俺は先輩だぞ?後輩に気配りできないでどうするんだ」

 

「言うわね、でも帰ったら真っ先にドックへ行ってもらうから。これは絶対よ?」

 

「仕方ねぇ、入ってやるか」

 

 

 叢雲から見ても木曾が重傷に見えた。服は灰と血に染まり下着が丸見え、艤装も原型を留めていない程に損傷しこれでは使い物にならないだろう。こんな状態でも残ったのは彼女の気質故のものだろう。そういうところは何かと叢雲と相性がいいのかもしれない。

 

 

「あの……赤城さんは大丈夫なのですか?」

 

「ありがとう電ちゃん、私は大丈夫ですよ」

 

「そ、それでも無理はしないでほしいのです」

 

「そうですよ。一度、座って安静にしておかないと」

 

「翔鶴さんも、本当に大丈夫なのに……」

 

「大丈夫って言っている本人が一番大丈夫じゃないんだから……ねぇ翔鶴姉?」

 

 

 瑞鶴の言葉にコクコクと頷く翔鶴。事実なので言い返す言葉もなく加賀と翔鶴の肩を借りていた赤城はゆっくりと腰を下ろした。瑞鶴の肩を借りていた木曾も同じく腰を下ろす。

 

 

「酷い有様だね。でも大丈夫だよ、帰ったら高速修復剤を使ったら元通りになるよ」

 

「……他に属する艦娘に高速修復剤を使ってもいいのかしら?」

 

 

 時雨の言葉に加賀が意外な顔をして質問してきた。

 

 

「いいよ、提督が良いって言ってるんだからさ」

 

「……貴重な物を私達の為に使うのね?」

 

「当然だよ。高速修復剤は僕達艦娘の為にあるものだよ?使わなかったら意味ないだろ!って提督ならきっと言うよ」

 

「……そう……なのね」

 

「そうよ。加賀さんは提督さんのことよく知らないから疑うんだろうけど、提督さんはいい人なんだから!」

 

 

 加賀に対して瑞鶴は青年の良さを語る。始まりから現在に至るまで彼と過ごした時間が楽しいものとなっていることが語る彼女から伝わってくるし、時雨達も同調するように頷き、皆笑顔で語り合っている姿を見て……

 

 

 

大事にされているのね

 

「えっ?なに加賀さん?」

 

「なんでもないわ……()()

 

「なんでもって……今、私の名前を!?」

 

「言ってないわ」

 

「嘘!ちゃんと聞こえた!」

 

「……言ってない」

 

「言ったって!!」

 

「………………………………………………」

 

「ちょっと無視すんなー!!!」

 

「ふふ、加賀さんったら♪」

 

 

 ギャアギャアと騒ぐ瑞鶴に絡まれた加賀は素っ気ない態度をしていたが、彼女の表情はどこか柔らく、赤城もそんな彼女達を見て笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ううん……まだかな?吹雪はもうついていると思うけど……早く迎えに来てくれないかな?

 

 

 待つことしばらく経ち、勝利の酔いも抜けきらぬ中で時雨はボーっと空を眺めていた。

 

 

「うぅ……まずいにゃしぃ……」

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「ちょ、ちょっと……用を思い出したのにゃ。時雨ちゃん、ちょっと睦月は向こうで……」

 

 

 先ほどまで自慢げに己の活躍を話していた睦月は今では大人しく、何やらソワソワと落ち着きがない様子を視界に入った時、疑問に思ったがすぐにティンと来た時雨。

 

 

「ああ、()()()()()()()()()

 

「時雨ちゃん、寒いにゃしぃ……」

 

 

 つまらないギャグを見に受け、そそくさと森の中へと消えた睦月。

 

 

 ……僕自身なんでこんなつまらないこと言ったんだろ?きっとあれだ、暇すぎて僕自身どうにかしてたんだ。だからこれはまだ迎えに来ない吹雪のせいだねきっとそうだ。

 

 

 などと暇を持て余す時雨だったが、キョロキョロと辺りを見回して誰かを探している叢雲と電がこちらに気づいて近づいて来た。

 

 

「ねぇ時雨、睦月を見なかったかしら?」

 

「睦月ならトイレに行ってるよ」

 

「そうだったのですね。どれくらい前なのかわかるでしょうか?」

 

「う~ん、あれこれもうすぐ十分ぐらいになるんじゃないかな?」

 

「そんなに?どこまで遠くに行っているのよ……もしかして……」

 

「はわわ!?叢雲さん不潔なのです!!」

 

「ちょ、ちょっと!?まだ何も言ってないじゃないのよ!!」

 

 

 顔を真っ赤にして電に抗議する叢雲を眺めている時に、時雨の通信機に連絡が入った。一瞬提督からの連絡と期待したが、意外にも睦月からで少し落胆したのは内緒だった。

 

 

「どうしたの?」

 

『「時雨ちゃん、ちょっと島の奥まで来て欲しいの!」』

 

 

 睦月が言うには島の奥地で何かを発見したらしい。連絡を受け取った時雨は電と叢雲をお供に添え、他のメンバーにはすぐ戻ると伝えて足を進めた(夕立はお疲れでお昼寝中)

 森の中をしばらく歩いていると「こっちにゃしぃ!」と睦月の下へと向かうとそこには自然とは程遠い人工物が散らばっていた。何かの残骸だろう、大きいものやら小さいものがそこら中に散らばってどこかから飛んできたものだろうと予想できた。

 

 

「ちょっとこれって……」

 

「はわわ!?こんなところにこんなものがあるなんて意外なのです」

 

「ねぇ?おかしいでしょ?睦月もこれを見つけてビックリしたにゃしぃ」

 

「……叢雲、これなんの残骸かわかる?」

 

「そうねぇ……何となくだけど、建物の残骸かしら?」

 

「うん、何となくそんな気がするね」

 

 

 でもおかしいね。もしかしたら深海戦艦に支配される前はここ誰か住んでいたのかな?ちょっと気になる……そうだ、提督に聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「なに?時雨今なんと言った?」』

 

 

 時雨の連絡を受けた青年は初め何のことかわからなかったが、状況の説明と付近に人が生活していたのか確認を取ったところ、大本営から貰った資料には以前もこの付近は人が生活するには不便であり、鎮守府が存在していた記録は一切ないとの事。これを知った時雨達は顔を見合わせて何か嫌な予感がした。

 

 

『「時雨、動けるメンバーを引き連れてその一帯を調査してくれないか?」』

 

「うん、わかったよ」

 

『「だがくれぐれも注意しろ。何があるかわからないからな」』

 

「了解!」

 

 

 一度無線を切り、仲間の下へと戻った時雨は先に青年から連絡を入れていてくれたようで、動けない赤城と木曾、そして大破ながらも気持ちよく眠りこけてしまっている夕立は翔鶴に付き添ってもらい、加賀に瑞鶴の二人を連れて再び森の中へと足を踏み入れる。奥に進むにつれて人気を避けるように木々が影となって光を遮る。太陽が空に浮かんでいるのにここは薄暗い夜のようだ。睦月と電はちょっと腰が引けているようで、辺りをやたらと気にしていた。

 その中でも明るい場所は何か所もあった。何かが爆発したようにそこだけ木々が吹き飛ばされたように削れ、太陽光が差し込んでいる。考えられるとしたら深海棲艦の砲撃によって作り出されたのだろうと予想する。それが何か所にも存在していることから深海棲艦はこの小島を必要以上に攻撃していたようだ……何の為に?その疑問も含めて時雨達は調査を進めていると……

 

 

「こんなところにも人工物が……」

 

 

 時雨はまた残骸を発見する。今度はやたらと数が多く、元々の場所から飛ばされて来たが、木々に引っかかったり接触してこの場に残ったのだろう。そうなると目的地はこの近くにあると言う事だ。時雨達は警戒心を強くして辺りを調査していると、それはあった。

 

 

「なに……これ?」

 

「これは……!?」

 

 

 瑞鶴と加賀は目の前に広がる光景を見て唖然としていた。そこが爆心地と呼べるほどに木々が無残な姿を晒していた。だがそれが原因ではなかった。

 

 

 廃墟だ。規模は小さかったそうだが、何かしらの建物が建っていた形跡だった。外壁がボロボロで、真っ黒に焦げた内装が丸見えとなっていた。人工物はこの建物の残骸だったようだ。しかし何故こんなところに人工物の建物があったのだろうか?

 

 

 一体誰が何の目的でこんなものを?きっとみんなもそう思っているに違いない。折角戦艦棲姫を倒したのに、厄介事に巻き込まれるんだよね。僕達って運がついてないや。とりあえず提督に連絡しないと……

 

 

「提督?聞こえる?」

 

『「んぁ、聞こえるぞ。調査はどうだ?」』

 

「廃墟を発見したよ。外見は小さい建物だったみたいだけど、人気を避けるように森の中にポツンとあった」

 

『「怪しいな、ひとまず周囲と内部を探索、危険と判断すれば速やかに退去しろ」』

 

「了解!」

 

『「それと時雨、俺も吹雪達と一緒にそちらに向かう」』

 

「えっ、提督も?」

 

『「ああ、何か嫌な予感がするんだよ……提督の勘ってもんかもな」』

 

「奇遇だね、僕もだよ」

 

『「まぁそういうわけだ。俺が付くまでは無理はするんじゃないぞ?」』

 

 

 無線を切り、青年が吹雪達と一緒にこちらに向かうことを伝えるとやる気を出す睦月達。きっと何かを発見して手柄を立て、褒めてもらおうとの魂胆が見え見えだった。一方で加賀は驚いていた様子である。深海棲艦がどこかに潜んでいるかわからない状況で生身の人間が海に出る事など普通はしない。だが青年の行動は加賀の常識を覆すばかりで彼女は心底驚いたのだ。

 そうして一同、周囲と内装の二組に分かれて探索し始めたが、元々そこにあったものは持ち去られたか爆発で消し飛んだかどういった目的で建てられた建物かもわからず手掛かりは発見は出来ずに時間が過ぎていく。

 

 

 ……何か見つかるかと思ったけど、残骸だらけでこれといったものは見つからない。ガラスの破片とか何かの部品のようなものはあったけど決定的な証拠にもならないもの、爆発で大体のものは無くなったんだと思うね。それか持ち去られたか。どちらにしても困ったな、何かないと逆に不安になるじゃないか……ん?加賀さん?

 

 

 時雨と共に行動していた加賀が廃墟の床を一点に見つめていた。それに気づいたのは時雨だけでなく、瑞鶴もその姿に不思議と注目しており、瑞鶴は加賀に声をかける。

 

 

「………………………………………………」

 

「どうしたの加賀さん?」

 

「……隠すとしたらここね」

 

「えっ?」

 

「残骸を退かすの手伝いなさい」

 

「あ、はい」

 

 

 そんな中で加賀は突如残骸を退かし始めた。その奇怪な行動に瑞鶴はただ眺めていたが加賀に促され次々に残骸をどけていく。時雨達も手伝い、廃墟の床の残骸は撤去した。すると加賀は床を何度も拳で軽く叩き始めた。

 

 

「ねぇ加賀さん、何してるの?」

 

「悪い事をする人間の隠し場所ってどこかわかる?」

 

「えっ?」

 

 

 瑞鶴の質問に質問で返しつつ、しばらく床を叩いていると一ヶ所だけ音が違う場所を発見する。

 

 

「……ここね」

 

 

 その場所を探ると意図的に隠された取っ手があった。それを掴んで力いっぱい引き上げるとそこには地下に通じるだろう階段が暗闇へと続いている。

 艦娘達は唾を呑み込んだ。怪しいと思った廃墟にこんな場所が隠されていたこともあって、何があるのかもわからないこの先に待ち受けているものに不安を感じた。

 

 

「……行くわよ」

 

 

 隠された扉の奥には光無き地下へと続く階段があった。

 

 

 ……嫌な感じだ。この先に一体何が待っているの……かな?

 

 

 加賀を先頭に不安を抱きながら時雨達は闇の中に光を灯しながら足を踏み出した。

 

 



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5-8 光あるところ影あり

シリアス回が続くよ……作者自身が書いているのにモチベーションが下がる負のスパイラルに陥っています……でも書くことを強いられているんだ!


それでは気を取り直して……


本編どうぞ!




「と、とっても暗いのです……」

 

「にゃ、にゃしぃ……」

 

 

 損傷した艤装でも光源は存在する。それを灯して道を照らしているがそれが無ければ辺り一面闇の中だろう。艤装の明かりだよりでも真っ暗な闇に怖がる電と睦月はお互いに手を取り合ってキョロキョロと辺りを見回しながら恐る恐る歩いている。電灯など見受けられるが電気が通っておらず光を灯していない。

 南西諸島海域の小島にひっそりとその姿を現した廃墟の地下へと艦娘達は足を踏み入れていた。階段を下りた先は岩肌そして所々人工物で補強された壁などがあることから元々洞窟だったのに手を加えて作られた場所のようだ。こんな手のかかるようなことをするには何か訳がある。時雨達は慎重に足を進めていく。

 

 

 奥に進むにつれて自然に創造された洞窟の面影は薄れ、人工物の侵食が広がっていく。だが地下も無事ではない様子で、地上での影響を受けたのか壁や天井が崩壊して通路や扉を塞いで進める場所は限られ、火災が発生していたのだろう黒焦げとなった部屋も発見された。何が起こるかわからない状況に纏まって辺りを調べながら探索していく。

 

 

「……ねぇ加賀さん」

 

「……何かしら?」

 

「加賀さんって……もしかしてこんなことに慣れてたりする?」

 

「……そうね、目につかない場所に悪いものを隠したがるのが人間。本棚の後ろや使われなくなった艤装に隠したり、酷いものなら隠し部屋なんか鎮守府に作っていた輩もいたわね」

 

「そう……なんだ」

 

 

 誰もが沈黙する中で瑞鶴が加賀に尋ねた。彼女の行動は美船元帥と共に軽視派の連中を摘発する証拠を見つける為に身についたものだ。それだけ艦娘のことを蔑ろにする者が多いと言う事、それを何度も見て来た加賀の胸の内を瑞鶴は感じ取り悲痛な表情が浮かぶ。

 

 

「気にする必要はないわ。私は……私と同じ境遇の艦娘を見ていられなかっただけ……ただそれだけだから」

 

「……加賀さん……そっか、加賀さんってやっぱり優しいんだね」

 

「……あなたほどではないわ

 

「えっ?なんて?」

 

「別に、そんなところでぼさっとしていると置いて行くわよ五航戦」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 

 呟きは拾われることはなかったものの、加賀と瑞鶴の仲はいつの間にか縮まっていた。初めは火花を散らしていたが共に戦場を駆けたことで二人を運命的な因縁の壁を崩してくれたのだろう。加賀の隣を歩く瑞鶴の姿があった。

 

 

 ★------------------★

 

 

「ふえぇぇぇ……不気味にゃしぃ……」

 

 

 はわわわ、睦月さんの言う通り不気味なのです。至る所が壊れてて……洞窟の壁が顔のように見えて……はわわ!!?

 

 

「――ぐふぅ!!?」

 

「あっ!?ご、ごめんなさいなのです叢雲さん!」

 

「だ、大丈夫……よ……ちょっと痛い……そ、それよりいきなり倒れてきたら危ないじゃない。怖いのはわからなくもないけど私達が居るんだから心配いらないわよ」

 

「は、はい、なのです……」

 

 

 うぅ、うっかり驚いて躓いてしまったのです。後ろに叢雲さんが居て助かりましたけど、勢い余ってお腹に衝突してしまったのです。叢雲さん大丈夫と言っていますけど顔が青いのです。ほ、本当に大丈夫なのですか?

 

 

 穏やかな性格(たまに黒い)に慌てんぼうで、よく人とぶつかってしまう電が恐る恐る衝突した叢雲の顔色を窺っていると彼女の耳が何かを捉えた。

 

 

……って

 

 

 い、今なにか……どこからか声がしたような気がしたのです……?

 

 

 電は何かが聞こえた気がした。咄嗟に辺りを見回しても自分達以外誰もいない。

 

 

「ん?電どうしたんだい?」

 

「時雨さん、何か声がしませんでしたか?」

 

「声?いいや、僕は何も聞こえなかったけど?」

 

「そ、そうなのですか?加賀さんも瑞鶴さんも聞こえなかったですか?」

 

「いいえ、聞こえなかったわ」

 

「私も聞こえなかった。電の空耳なんじゃない?」

 

 

 じゃ、じゃあ、電の思い違いなのでしょうか?ま、まさか……お、お化けとか……あ、ありえないのです!

 

 

 そう思いたいと願った時だ。 

 

 

……って

 

はわわわっ!!?

 

「――ぐふぅ!!?」

 

 

 聞こえた。声を聞いてしまった電は驚きのあまり後退ったが、また躓いて叢雲のお腹に後頭部が再び衝突し、痛みに耐えかねてうずくまる叢雲。

 

 

「もう……何やっているのよ」

 

「む、叢雲さん本当にごめんなさいなのです!ま、また変な声が聞こえてビックリしてしまったのです!」

 

 

 瑞鶴の呆れた様子に叢雲に謝りながらもまた声が聞こえたことを伝えた。

 

 

「だ、だい……じょうぶよ……わたしは……だいじょうぶ……だから」

 

「また声かい?もしかしたら誰かいる?もし誰かいてもこんなところで生活なんて……睦月はどう思っt……睦月?」

 

 

 電の答えに時雨は少し考えを見せた後、痛みと戦っている叢雲を余所に睦月に意見を聞こうとしたが、彼女の様子がおかしいことに気づく。懸命に何かを聞き取ろうとしている……

 

 

「……こっちから声がするにゃしぃ!」

 

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 

 瑞鶴の制止を待たずに睦月は駆け出した。電達も悶絶する叢雲を支えながら後を追う。睦月は迷うことなく通路の突き当りに位置する扉に向かって行き、手をかけようとしたがそれを制止したのは加賀だった。

 

 

「にゃ、加賀さん?」

 

「待って、私が開けるわ。駆逐艦のあなた達は後ろに下がっていなさい」

 

「う、うん」

 

「五航戦、あなたは何かあった時にこの子達を守れるように気を引き締めておいて」

 

「わ、わかった」

 

 

 加賀はより一層に警戒心を抱いた。電達は加賀の威圧感を孕んだオーラの前では背後にいるしかなく、瑞鶴も素直に従った。

 

 

 以前美船元帥と共に秘密の隠し部屋を発見した時にトラップが起動して危うく命の危機に晒されたことがあった。ここにも証拠を隠滅あるいは知ろうとする者を排除する罠が張られているかもしれない。経験があの時の無警戒な自分を重ね合わせ、もし自分に何かあっても背後の瑞鶴達を守らないといけない使命感に駆られた。

 予想よりも重みを感じる扉に手をかけ、ゆっくりと慎重に開け放つ。するとどうだろうか、加賀は顔をしかめることとなった。

 

 

「これは……牢屋?」

 

 

 加賀の背後から顔を覗かせた時雨も彼女の変化を理解した。入り口から見える範囲でも鉄格子で遮られた空間がいくつも広がっていた。いわば牢屋がずらりと並んでいたのだ。更には悪臭が内部に充満しており鼻を抑える羽目になった。

 

 

「な、なんで牢屋があるのです?」

 

「わ、私に聞かないでよ。でも……良い気はしないわね」

 

 

 叢雲さんの言う通りなのです。とても嫌な気分になるのです。司令官さんが来る前の○○鎮守府A基地の雰囲気に似ている……ううん、違うのです。もっと嫌な感じがする……こ、ここに何があるのでしょうか?

 

 

 空気がよどんでおり、どこからか入り込んだであろう虫の死骸が散らばっており気分を不快にさせる。電と叢雲も顔をしかめることになった。この先に待ち受けているものは決していい結果にはならないと本能的に察知し、誰もが一歩踏み出せないでいるはずだが一人だけ違っていた。

 

 

「あっ、ちょっと睦月!」

 

 

 するりと瑞鶴の手をすり抜け、加賀を通り過ぎてこの異様な空間へと足を踏み入れる睦月。何があるのかわからない状況で迷わず彼女はいくつか並んでいる牢屋の一つへ向かう。電達は放っておくことはできず、ついていくと睦月が何かを発見して驚いた声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如月ちゃん!!!

 

 

 光を手にした艦娘達は影を見ることになる。

 

 



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5-9 影の囚人達

今年最後の投稿となります。いやーシリアス回から抜け出せなかったです。しばらくはモチベーションが下がりつつ書いていくことになりそうですね。


読者の皆様、今年もお疲れさまでした。来年もまたお会いしましょう!


それでは……


本編どうぞ!




 牢屋へ辿り着くとそこには誰かが居た。睦月にはそれが誰かわかったようだ。

 

 

 如月……睦月型の2番艦としてその名が存在していたが、彼女がここに居るのは不可解だ。それも手足は鎖で繋がれていた。何日ここに居たらそうなるのか髪も汚れ、服も変色していた。

 

 

 この空間に悪臭を撒き散らしていた原因はきっと彼女……()()()が原因だった。

 

 

 鉄格子を隔てて悲痛な表情を更に歪ませ、泣き崩れそうになる睦月。仲間達はこの空間がどんな場所かを思い知ることになった。それでも目の前の光景が受け入れられず思考を放棄して唖然と眺めていた。そんな中で加賀が一足先に我に返り、他の牢屋にそっと光源を向けると()()()()があることに気づく。

 

 

「……五航戦」

 

「……」

 

「……瑞鶴!」

 

「あ、えっ?な、なに加賀……さん?」

 

「気持ちはわかる。呆然とすることもね……でもね、他にも居るわよ」

 

「えっ!?」

 

 

 瑞鶴も視線を向ければそこには如月と同じように鎖で繋がれた艦娘達が居た。その中の一人に光源が向けられ……その姿を視界に入れた時雨が驚愕の表情を露わにし、一つの牢屋へと駆け寄る。

 

 

「ま、まさか……山城!?そうなんでしょ!?」

 

……だ……だれ……?

 

「僕だよ!時雨だよ!!」

 

し……ぐれ……?ああ……ついに……げんかくまで……みえるように……なったのね……

 

「山城!?山城しっかりして!!!」

 

 

 扶桑型の2番艦である山城がそこにいた。時雨とはレイテ沖海戦時に西村艦隊として共に戦った歴史がある。まさかその時に旗艦であった山城がこんな場所に居るとは思いもしなかった為に戸惑いを隠せない。

 

 

「時雨、落ち着きなさい」

 

「加賀さん!でも山城が!!!」

 

「あなたは睦月達を連れて一度外へ出て。ここは私がやるから」

 

「だ、ダメだよ!山城を置いて行けないよ!!」

 

「大丈夫よ、必ず地上へ連れて行くから。あなた達は地上に出て無線でこの状況を知らせて……お願い」

 

「……」

 

 

 時雨が加賀と山城を交互に視線を移し、すすり泣く声をする方へ向ければ、涙を流す睦月の姿と現実を直視できず唖然とする叢雲と電の姿がある。顔色が悪く気分が優れない様子であり、睦月に至っては妹の変わり果てた姿を直視することになり、胸の内で混乱が渦巻いていることだろう。

 地下である為に無線が通じにくい。加賀は睦月含め時雨に青年にこの事を伝えるように指示し、渋々従ってくれた。これは加賀の優しさだった。これ以上この場にとどめるべきではないと判断した。

 

 加賀の優しさを理解して尚も残り続けるのは瑞鶴だけ。加賀自身も辛いはずだ。一人にさせてはいけないと誰かが傍についていなければいけないと瑞鶴の優しさの表れだった。

 

 

「……加賀さん」

 

「……下がっていなさい」

 

 

 時雨達を見送った加賀は鉄格子に力を入れる。すると鉄格子は(ひしゃ)げて壊れた。艤装を身につければ艦の力を発揮できる。船の力の前では鉄格子などいとも簡単に壊れてしまう……が、無表情の彼女でも瞳の奥には明確な怒りが宿っていた。その瞳を見てしまった瑞鶴が震えあがる程のものだった。

 

 

「……瑞鶴、彼女を……」

 

「わ、わかったわ」

 

 

 瑞鶴は駆逐艦娘の如月を抱きかかえ、加賀は鉄格子を壊して回り、山城そして彼女と同じように拘束されていた球磨と多摩を解放することに成功した。

 

 

……頭にきました!!

 

 

 それは誰に対する呟きか。世界の闇の部分を直視して加賀は怒りを孕んだ呟きを残して山城達を地上へと連れだした。

 

 

 ★------------------★

 

 

 俺は今、臨時基地から小型ボートを借りて時雨達が隠れている小島へと向かっている。海に何の力も持たない人間が居れば深海棲艦の餌食だろうな。戦艦棲姫を倒しても深海棲艦の残党がまだいるかもしれない可能性を考慮すれば俺なんかが船に乗る必要はないんだろうが……時雨は言った。南西諸島海域の小島に誰かがいた形跡があるとな。大本営から得た資料にはあの辺りは生活するには不便どころか鎮守府すら存在していない。

 廃墟、それが気になった。人目を避けるように森の中にポツンと建っていると言う……それを聞いた時、嫌な予感がした。大体こういう予感は当たっちまうもの、それでも願う……予感が外れていることを。

 

 

 青年は小型ボートに乗り込み出発した。戦艦棲姫を倒して万々歳!とはいかず、新たな問題が浮上した。偶然訪れた小島に何者かがいた形跡があった。深海棲艦ではない、廃墟である辺り人間だろうと予想する。それだけならまだ良かったのだが、彼の勘が警告を告げた。気になった彼はまだ疲労の残る吹雪達を連れて海に出る。疲労した状態での戦闘は危険だが、この目で確かめなければならないと言う確信があったからだ。

 

 

「おい鈴谷、大丈夫か?」

 

「平気ヘッチャラ……って言えたらなぁ。あ~あ、ゆっくり入渠(お風呂)に入りたかった」

 

「悪かったって。俺の予感が……外れたら詫びに言う事を一つ聞いてやる」

 

「――っ!?ゴクリ……な、なんでも一つ叶えてくれるの?」

 

「か、勘違いすんなよ!?なんでもとは言ってないからな!!」

 

「そこは了承してもいいと鈴谷思うんだけどな~」

 

「ゴホン、まぁそんなことは置いておいて……」

 

「ちょ、提督酷くない!!?」

 

「(聞こえてないフリしておこ)……この辺りか」

 

 

 青年達は小島に到着した。途中深海棲艦の残党に出会うことが無かったのはまさに幸運だった。提督自ら海に出ることは滅多にない。常識を打ち破ってでも彼の勘が何かを訴えかけ、彼をこの小島に急かすように操った。

 

 

 深海棲艦の残党に見つからないように海岸の岩陰にボートを隠し、吹雪達も上陸。少し島の内側に向かうとそこには赤城達が待っていた。

 

 

「吹雪ちゃんお帰りっぽい!」

 

「夕立ちゃん、ここは鎮守府じゃないよ?」

 

「そうだったっぽい!」

 

 

 二人が笑い合い、青年を発見した夕立は真っ先に飛びついた。

 

 

「提督さん来てくれたんだ!夕立嬉しいっぽい!!」

 

「遅くなっちまって悪かったな」

 

「謝罪はいらないっぽい。代わりに撫でて!」

 

「ああ、わかったわかった。これでいいだろ?」

 

「ぽ~い♪」

 

「「「「「(いいなぁ……)」」」」」

 

 

 そこに尻尾があればフリフリと振っているような気がしてしまう程に頭を撫でられる夕立は上機嫌。ボロボロなのも忘れて青年に甘えている。その様子を羨ましそうに眺めている吹雪達、そしてこの中に木曾も含まれているだなんて誰が予想できただろうか。その中で一人だけ内心驚いていた赤城、青年が自らこちらに来ると聞いていたが、本当にやって来るとは思わなかった。そんな感情を隠しつつ窺っていると青年が自分と木曾の下へ近づいて来た。

 

 

「大丈夫か重症のお二人さん?」

 

「へ、俺がこの程度でくたばると思っていたのか?」

 

「お前は無茶をするからな。心配したんだぞ?」

 

「そ、そうかよ……心配してくれたのか……へへ♪

 

 

 青年を直視することが出来なくなった木曾はそっぽを向く形となったが、口角が吊り上がり、だらしない表情を曝け出していた。青年はすぐに赤城に注視していた為に気づくことはなかったが、吹雪達からジト目の視線が彼女に突き刺さっていた。

 

 

「赤城も良くやってくれたな。流石は美船元帥さんの艦娘だ」

 

「いえ、私はあまり役に立たなかったと思います。空母が大破してしまってはただの的、加賀さんのサポート役しか出来ませんでした」

 

「何を言う。戦艦棲姫を倒すことができたのは全員の力の結束によってもたらされた結果だ。吹雪から詳細は聞いている。赤城の支えがあったからこそ加賀も力を振るうことができたんだと俺は思うぞ。だから負い目を感じることはない。お前はちゃんと役目を果たしたさ。立派だぞ流石は一航戦だ」

 

「外道提督……」

 

 

 青年の言葉がすっと赤城の胸の中へと入り、美船元帥に優しさをかけられたような温かい気持ちになれた。

 

 

「そういえば加賀さん達はどこに行ったのでしょうか?」

 

「そうじゃった!なんでも変なのを見つけたとか言っておったの?」

 

 

 筑摩と利根は加賀達の姿が見えずに疑問を投げかけた。青年もあれから連絡が届いていなかったので状況を聞き出そうとした丁度そのタイミングで無線から時雨の声が聞こえてきた。

 

 

『「提督……そこにいるの?」』

 

 

 時雨の奴、様子が変だな。何があったに違いない……嫌な予感は的中しちまったってわけか?つくづく運がねぇ人生だぜ……

 

 

 明らかにいつもの時雨の声ではないとこの場に居る全員そう思った。

 

 

「ああ、今到着したところだ。大丈夫か?」

 

『「大丈夫……って言えたら良かったよ。正直言うと辛いんだ」』

 

 

 んぁ……時雨のメンタルがやばそうだな。いつもと様子が違うから吹雪達が動揺していやがる。これは無理はさせられねぇ、代わりに叢雲に聞き出すとするか。

 

 

 無線越しからでも時雨の精神面にダメージを受けていることが窺える。青年も彼女の口から何があったと聞き出すのはよろしくないと判断した。

 

 

「……そうか、叢雲は居るか?」

 

『「……なによ?」』

 

「お前も辛そうだな。時雨の代わりに聞こうとしたんだが……」

 

『「大丈夫よ、睦月と時雨ほどでは……ないわ」』

 

 

 こいつもか。だが待て、睦月と時雨だと?あの二人に関係しているのか?お前達は何を知ったんだ?それに加賀と瑞鶴は一緒じゃないのか?何がどうなっているんだ?無線で聞きたいことが山ほどある。山ほどあるが……余裕がなさそうなこいつらをこのままにさせるわけにはいかねぇな。内容は気になるが、まずは合流することが先決だ。それがいい。

 

 

 青年は叢雲にそう伝える。彼が来てくれることで少し安堵したのか声が明るくなった気がした。無線をきる前に「待っているわ」と付け加えたぐらいだ。彼女も心細かったのだろう。

 そうして大破状態の木曾と赤城を吹雪達に任せて早速向かおうとしたが、二人は自身の目で何が起こっているのか確かめたいと無理やりにでもついて来ると言って聞かなかった。意地でも従わないだろうと判断し、翔鶴と筑摩の肩を借りながら周囲を警戒しながら森の中を進んでいく途中で報告にあった残骸を発見。更に奥へと進んでいくと例の廃墟の前に辿りついた。

 

 

「司令官さーん!!」

 

「――んぁ!?お、おいぃぃぃい!!?いきなり抱き着くn……」

 

 

 気づいた電はパタパタと走って来て青年に抱き着いた。小さい体でギュッとめいいっぱい抱き着く電に彼はイケない気持ちになって魚雷(息子)がアップし始める前に引き剥がそうとしたが、彼女の顔を見て思いとどまってしまう。

 泣き腫らした顔だった。一体何が電を泣かせたのか?時雨達も同じような状態なのか?そう思いよく見れば加賀と瑞鶴の姿もそこにあり、何やら時雨と睦月が悲痛な表情浮かべており、傍には誰かがいた。

 

 

 恐る恐る吹雪達と共に近づいていくと誰もが顔をしかめることになった。

 

 

 ……そういうことかよ。嫌な予感は当たるもんだ……当たってほしくなかったけどな!ちくしょう、この問題も解決しなければ美船元帥さんが良い顔することは無くなったわけだ。万々歳で終わらせてくれよ……クソ!!!

 

 

 青年は状況的に時雨達が精神的にダメージを受けたか理解できた。故にこれから訪れるであろう面倒事に苛立ちを覚えた。

 

 

「……加賀さん」

 

「……赤城さん」

 

「怖い顔をしているわ。気持ちはわかります。でもみんな怯えてしまうわ」

 

「……はい」

 

「それに外道提督もお見えになっていますよ」

 

 

 加賀と対面することになったが、彼女が纏うオーラは怒りを孕み、近寄りがたい威圧を放っていた。そんな彼女に恐れを抱くこと無く声をかけたのは赤城。彼女に諭され、先ほどまで怒りを孕んだ瞳は影を潜め、加賀の視線が青年に向けられた時……彼は見た。

 

 

 外見は無表情を貼り付けた普段通りの加賀だが、瞳の奥に秘められた感情は正直者だった。人間に対する失望と憎悪、悲しみに彩られた彼女の心の奥底が見えた……そんな気がしたのだ。ハッキリ言えば青年の思い過ごしかもしれない。しかしそう見えてしまった彼は知らんぷりをすればいいものを……

 

 

「……はい?」

 

 

 青年はそっと頭を撫でていた。予期せぬ事態に加賀本人も呆然としていたが、ハッと我に返る。

 

 

「……何のマネかしら?」

 

「い、いや、なに、いきなり撫でて悪かった。謝る」

 

「それで、一体何故こんなことをしたの?」

 

 

 加賀は手を払いのけ、鋭い瞳が青年を射抜く。いつもの彼ならビビッてしまうだろうが、今の彼はいつもの彼ではない……いや、ほんの少しだけビビッてはいた。

 

 

「いや、何でかと言われれば……加賀の心が曇っていたからだ」

 

「……意味がわからないわ」

 

「撫でてもらうと心がポカポカするそうだ」

 

「……はっ?」

 

 

 加賀は青年の答えの意味がわからずポカンとした。

 

 

「……何を言っているの?」

 

「んぁ……どう説明すればいいのやら、吹雪達は頑張ったご褒美になでなでを所望するんだ。俺は何がいいのかわからないんだが、撫でてもらうと心がポカポカするらしい。だから心が曇りきっているようだったから撫でてみたんだが……いきなり意味不明な事を言ってすいませんごめんなさい申し訳ございません許してくださいお願いですご慈悲をください!!!

 

 

 苦手なことは中々克服するのは難しい……加賀を意味不明な理由で撫でてしまい、彼女から漂う威圧に次第にへっぴり腰になる青年。弱い、圧倒的に弱いぞ青年よ。

 しかしその答えに驚いた様子の加賀は何を思ったか瞳に力が宿り「ひえっ!?」と小さな悲鳴を上げる青年。

 

 

「……そんな理由で?」

 

「つ、辛そうだったので少しでも気分が紛れたらいいなと思ってな……ま、まずかったか?」

 

 

 もはや蛇に睨まれた蛙のように冷や汗が止まらないが、吹雪達の前で醜態を晒せないので今にもちびりそうになりながら平然とした態度を貫いているように見せていた。これは男の意地だとフォローしておこう。

 

 

「……そうね、いきなり何をしているのか驚いたわ」

 

「そ、そうだな。非礼を詫びる」

 

「けど……あなたの言う通り、少しだけ気分が紛れたわ」

 

「そ、そうか、ならばいい」

 

 

 んぁぁぁぁぁび、ビビらせやがっt……あっ、び、ビビッてねぇし!!?ちょっと目がやべぇと思ったんで即席メンタルケアをしてやっただけなのにキレられるかと冷や冷やしただけだし!!!俺もなんで撫でてしまったんだ?吹雪達にせがまれてやっていたこととはいえ、こいつにやるのは間違っていたよなうん、次から気をつけねぇと……ただ俺はこれ以上面倒事を起こされたくない思いで対処してやっただけなんだよ。そうこいつに同情したとか思っていないわけであのそのぉ……ええい!どうでもいいだろうそんなことは!!!それよりも肝心なことがあるだろうが!!!

 

 

 見て見ぬふりを出来なかった。ただそれだけなのだが、青年がまだ人としての尊厳を失っていない証でもある。この廃墟を利用していた人間とは違うのだと言う証明でもあり、この行動が知らず加賀の心に影を差さずにいられたことに繋がっていたことなど青年は気づきはしなかった。

 

 

「遅かったわね」

 

 

 加賀から視線を逸らし、いつの間に傍にいた叢雲は電を慰めて青年に語り掛けた。彼も(ビビっていた)気持ちを入れ替え対応する。

 

 

「大破した赤城と木曾を連れての移動だからな。少し遅くなったことは謝ろう」

 

「別に怒っているわけじゃないの。来てくれただけでも……よかったわ

 

「何か言ったか?」

 

「な、なんでもないわよ、それよりも……聞きたいんでしょ?」

 

「……ああ、詳しいことを聞かせてくれ」

 

「……ええ」

 

 

 さてと、大体状況を見ればわかるが……また嫌な役目を負うことになるんだろうな。

 

 

 青年は遠い目で悲しみに暮れる時雨達を見つめていた。

 

 



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5-10 敵意

とても遅いあけましておめでとうございます。休み中のだらけ具合が抜けずにようやくかけましたので投稿です。


それでは……


本編どうぞ!




 何の為に生まれてくるのだろうか?

 

 

 一体何故生まれてくるのだろうか?

 

 

 長いようで短い人生の中でその意味を見つけるだろう。しかし生まれた時からこうなることを与えられたら?進む人生と言う道を初めから決められていたら?その運命をはたして受け入れられるだろうか?

 

 

 何も知らず、知識を持ち合わせていなければその運命を当然のように受け入れる……いや、その覚悟すら抱かずに言われるがまま従っているだろう。

 

 

 これがもし生まれながら知識を持ち、深海棲艦と戦うと言う使命を与えられている存在ならばどうだろか?

 

 

 艦娘……人類を守る為に深海棲艦と戦う醜い存在。醜いながらも人のような感情、形、思考を持つ。人と同じと思う者もいれば、それを認めないと主張する者がいる。世界は艦娘にとって住みにくいところだが、彼女達は己に与えられた使命を果たそうと命を賭けた。

 

 

 そしてここに、その使命すら与えられずに残酷な運命を定められた者達がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことか」

 

 

 南西諸島海域の小島へとやってきた青年達。しかしそこには大いなる面倒事が隠されていた。

 

 

 謎を秘めた廃墟の地下には囚人のような扱いの艦娘達がいた。叢雲から経緯を伝えられた青年御一行達、特に反応を示したのは吹雪達だった。彼女達は爪が食い込む程に拳が握られ、今にも血が流れだしてしまいそうで、仲間に対する酷い仕打ちに怒りを覚えたと同時に悲しみが歯を食いしばらせた。叢雲の表情からもわかるように今回の騒動は艦娘達の心に大いなる影が宿る事だろう。

 

 

「大丈夫か球磨!!?多摩!!?」

 

「あっ!木曾さん!?」

 

 

 自身が大破してろくに体の自由も効かない状態であるにも関わらず翔鶴の制止を振り切り、己よりも球磨と多摩の心配をする木曾。彼女は球磨型の5番艦、二人は姉妹艦に当たり、まさか姉達がこんなところに居るとは思ってもいなかった。動揺を隠しきれず痛む体に鞭を打ってでも近寄り失神している二人の肩を揺らして起こそうと試みる。しかしそれを青年は止める。

 

 

「木曾、無茶はよせ」

 

「だが球磨と多摩がっ!!!」

 

「わかっている。まずはお前が落ち着かないとダメだ。弱り切っている相手を無理に起こそうとするとそれだけでもエネルギーを消費する筈だ。幸い死んではいない、気を失っているだけのようだからな。早く入渠ドックへ運んで休ませてやる必要があるが、その為にはお前が冷静にならないとその分時間を割いてしまうぞ?」

 

「うっ、わ、わるい……」

 

「謝るな、辛いが我慢してくれ。必ず助けてやるから」

 

「……ああ」

 

 

 我に返り、青年の言葉に耳を傾け冷静さを取り戻す。木曾はこれで大丈夫だろう。

 

 

 くっそ、予想していたとは言え最悪な結果だな。救出した連中だけでなく、木曾達のメンタルケアも必要になっちまったじゃねぇか……ちくしょう!!俺の仕事を増やしやがって!!こんなことをした連中はどこのどいつだよ!?こんな面倒事を押し付けやがって……っと落ち着け。とにかくこのままにしていたって何も進展しないじゃないか。特に木曾と赤城は大破状態で敵と遭遇すれば危険、ただでさえほぼ全員怪我を負っている状態なんだ。こいつらもさっさと連れて帰ってドックに入れねぇと。俺の()()に傷なんて残らせてなるものか。

 

 

「おい時雨、睦月」

 

「……提督」

 

「ひぐっ……提督ぅ……」

 

 

 おいおい、そんな顔をするな泣き虫かよ。この程度で泣いてんじゃねぇよ。まぁ、知り合いや姉妹がこんな目に遭えば悲しむか……チッ、木曾よりも手間のかかる奴だな。仕方ねぇ!

 

 

 木曾の時もそうだが、二人の表情を間近に見た青年の胸にチクリと痛みを感じた。そんな彼はただの気のせいだと認識し、さっさとこの状況から抜け出したかったので行動に出た。懐からハンカチを取り出す青年。

 

 

「ジッとしてろよ」

 

「……提督ぅ?」

 

 

 涙を浮かべながら不思議そうに見つめる睦月に対して優しく目元をハンカチで拭う。その行動に睦月は一瞬唖然としたが、すぐさま顔を赤らめた。

 

 

「て、提督……いきなりはずるいにゃしぃ……」

 

「何がずるいだ。いつまでもめそめそするよりも辛いと思うが挫けず前を向け。今は嘆くことより如月をドックへ連れて行くことが最優先だろ?」

 

「提督……うん、そうだよね。ごめんなさい……」

 

「謝るな、お前が一番辛いんだからな」

 

「提督……」

 

 

 悲しみの証である涙は役目を終え、見惚れる眼差しが向けられる。そんなことなど青年本人は気づくことなく時雨にも薄っすらと浮かぶ涙を拭って優しく頭を撫でる。そうすると時雨の表情はほころびを見せた。

 

 

「時雨も辛いだろうが一刻も早く全員を連れて帰った方がいい。こんなところにいつまでも残り続けるのは嫌だろ?」

 

「うん、提督の言う通りだよ。ごめん山城、すぐに連れて帰るから」

 

 

 うん、上手くいったようで安心したぞ。流石俺だと褒めてやりたいところだ。艦娘なんて優しく扱えばこんなもんよ、ちょろいちょろい♪しかしこれで木曾達は大丈夫だろうが、問題は山城達。突いて何が出てくるのか、どうせ碌なことなんてないから関わりたくないが……結局巻き込まれるに俺は賭けるぞ。

 

 

 自らの足で歩けぬほどに弱り切り、担がれる山城達を見て青年はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時基地へと戻って来た青年達。大破状態の木曾と赤城も居るので時雨達全員に高速修復剤を使い、その後で囚われの身であった山城達を入渠ドックへと入れた。初めは高速修復剤を使用しようか悩んだところだ。弱り切っており、急な治療も時と場合によっては負担になる可能性があり、安全性を取ってゆっくりと治療する方を選んだ。ついでに弱り切った状態の山城達をドック内で放置する訳にもいかず、木曾に睦月と時雨及び数名の艦娘を介護要員として傍につけておいた。これで何か緊急事態が発生しても即座に気づくことができる。今は慎重に事を進めることが良いと判断したのだ。

 とりあえずやることをやった青年は手の空いている艦娘達を招集し今後どうするか話し合いの場を設け意見を出し合う。その結果、山城達が回復するまでは臨時基地に滞在し、その間は作戦が成功したことを元帥に報告する手筈となった。

 

 

……そうだ、あのおばさn……小葉佐大将にも連絡しないと

 

「ん?どったの提督?」

 

「んぁ?ああいや、なんでもない」

 

「え、なになに?鈴谷には内緒の話?」

 

「ああ、内緒だ」

 

「ええー、鈴谷と提督の仲なのに隠しごとはいけないと思うんですけど?」

 

 

 青年は作戦決行前に小葉佐大将から連絡があったことを思い出す。()()()()()()()()()()()()()()があれば報告してくれとの話だった。山城達の件を報告するべきだと判断した青年だったが、相手があの小葉佐大将、なるべく関わりたくないと思っている。美醜逆転してしまった青年にとって小葉佐大将は超美人から超不細工に格下げとなり、気に入った発言をされてしまって困っていた。それだけではない、彼の勘が嫌な予感を発していた。何故かはわからないがそう告げているのだ。それでも報告を怠ることは出来ないので、事務的に伝えるだけ伝えて逃げられないかとあれこれ悩んでおり、鈴谷とちょっとしたやり取りをしていた時に神通が彼の下へとやってきた。

 

 

「提督失礼します」

 

「んぁ、どうした神通……いや、わかる。山城達が回復したんだな?」

 

「はい、今は皆さん突如のことなので混乱している様子です」

 

「そうだろうな。よし、俺もこの目で確かめておきたいことがあるから会いに行くぞ」

 

 

 青年達は目を覚ました山城の下へと向かうのであった。

 

 

 ★------------------★

 

 

んぎゃああああああああああああああ!!?

 

 

 臨時基地全体を覆った絶叫。それは誰のものでもない青年のもの、彼はたった今、危険な目に遭遇している。

 

 

「ぐまぁっ!!!」

 

「ふしゃっ!!!」

 

 

 (球磨)(多摩)に両腕をそれぞれ噛まれていた。

 

 

「球磨!?多摩!?おいこのやめろ!!提督を離せ!!!」

 

 

 青年の危機に姉妹艦の木曾及び他の艦娘達が一斉に二人を取り押さえると多勢に無勢いとも簡単に離すことができた。そもそも弱り切っていた状態から回復したばかりで対抗する程の力を持っていなかったようだ。しかし離されてからも青年に対する敵意は薄れておらず威嚇し続けている。

 

 

「ちょっ!?て、提督マジで大丈夫!!?」

 

 

 鈴谷は青年の下へと近づいて二人に噛まれたであろう両腕を観察すればくっきりと歯形が残っていた。血まで流れなかったことは幸いだろうが、これを見た鈴谷は怒りが芽生えた。

 

 

 鈴谷達の提督に傷をつけるなんて……マジ許さない!!!

 

 

 奈落のどん底人生を歩むしか道はなかった自分達に新たな道を作ってくれた恩人、そして理想の提督それが青年だった。そんな彼に傷をつけた球磨と多摩をギッと睨みつけ、怒りのまま突き進もうとしたところ腕を掴まれた。掴んだのは理想の彼だった。

 

 

「やめろ鈴谷」

 

「――ッ!?て、提督大丈夫……じゃないよね?無理しないでよ!?」

 

「俺は大丈夫だ、お前の方が大丈夫じゃない……冷静になれ」

 

「で、でも提督を……」

 

「こいつらもお前と同じ、辛い過去があるんだろう。きっとそれが原因で怯えて攻撃的なだけ、本来のこいつらはそうじゃない。お前と同じ優しい艦娘だ。だから許してやれ」

 

「うっ、提督がそう言うなら……我慢する」

 

「それでいい」

 

 

 提督……やっぱり優し過ぎじゃん。こんなことされたら解体事案なのに許しちゃうなんて普通ならありえないっしょ。でもそこがマジカッコイイ♪でも提督はもっと自分を大事にしてほしいじゃん?他の子だって心配してるもん。

 

 

 鈴谷は改めて自分達の提督の魅力に惚れ惚れした。しかしながら彼女の思っている通り、青年の周りには彼を慕い心から心配する艦娘で溢れていた。それ程に艦娘に愛されている彼に攻撃した球磨と多摩はこの光景に戸惑っている様子だが、警戒心を緩めていない。そもそも何故このような状況になっているのか説明しよう。

 

 

 目を覚ました山城達の下へとやってきた青年達だった。彼らが目にしたのは見るから気力を失った山城達の姿、その傍で木曾達は辛い表情を宿していた。吹雪達もこの暗い雰囲気をどうするべきか戸惑っていたが、青年が彼女達に話を伺おうと近づいたがこれがいけなかった。

 突如現れた謎の人間でありしかも男、彼女達にしかわからない何かのトラウマが刺激されたのか如月は恐怖の表情を浮かべ、球磨と多摩は身を守る為に攻撃し、その光景を興味も抱かぬ形でぼんやり眺めているのが山城と言う混沌とした現状が作り出されていた。

 

 

 鈴谷達の時よりも深刻な状態が眼前に広がっていた。鈴谷達の時と同様に接触を試みたがあえなく撃沈。今回は迂闊に近づいた青年に非があり、二人を許した寛大さを見せつけた……かに思うだろうが、内心めっちゃ怒っていた。

 

 

「(ぐぅううう、この野郎!よくも俺を噛みやがったな!!?くっそ痛ぇよぉ……チビ共が見ていなかったら解体してやったのに!だが我慢だ、我慢しなければならない。美船元帥さんのお気に入り登録されるには()()()()を演じ続けなければ……ちくしょう、覚えておくぞ。必ずここぞと言う時に仕返ししてやる!!!)」

 

 

 めっちゃ怒っていたが、昇進の欲求には逆らえず怒りを飲み込んだ。痛いのを我慢した青年はとても偉いと褒めておこう。いい子いい子しても許される……maybe(メイビー)

 

 

「何故止める木曾!こいつは敵クマ!!!」

 

「にゃにゃにゃ!!!」

 

「落ち着いてくれ球磨、多摩よ。提督は敵じゃない」

 

「木曾はわかっていないクマ!()()()()だクマ!」

 

「そうにゃ!!!」

 

 

 ()()()()、その言葉に秘められた想いの重さは計り知れないものだ。艦娘は国と人間の為に立ち上がり深海棲艦と戦うことを使命とした者達。醜く、化け物と称され、時として罵倒され暴力を振るわれても国と人間を見捨てることが出来なかった艦娘達。それがどうだ?目の前の球磨と多摩は青年に対して敵意を向け、攻撃した。本来なら艦娘は人間に危害を加えられない(木曾や川内など何故か青年に対して通用する例外はあった)が、その前提が覆り、艦娘の立場が危機に訪れる可能性が高まる。

 

 

 わかる、めっちゃわかるよ。私だって豚野(あいつ)が嫌いだった。不細工だからってだけで補給もさせてくれなくて、打たれて罵倒されて怖くて文句も言えなかった。沈んでいく最上達の代わりに残ってしまって一人で絶望したこともあった。便利な道具としてしか見てくれず、瑞鶴(ずいずい)達と出撃すれば沈んでいく仲間達を見送ることしかできなかった。私達の居場所なんてどこにもなかったのに、沈んじゃおうかなって思ったことは何度もあっても沈んでいった熊野との約束を思い出しちゃって、呪いのように生きることにしがみついた結果、提督に会えた。

 提督と出会えて私は本当の意味で最上型の3番艦『鈴谷』になれた。出会えていなかったらきっと()()()()だ!って叫んでたと思う……だから気持ち凄くわかるけど、納得はしたくない。だって仲間を見捨てるなんてできないじゃん?それに私達も救われたんだから大丈夫。提督ならきっと助けてくれるから!

 

 

 この場に居る者の多くは人間の所業により心に傷を負った。鈴谷もその一人だったが、運命とも言える出会いを果たし彼女は青年に心を許した。他の艦娘もそうだ。ここに居る者達は彼によって救われた。だからどんな困難が待ち受けていようと彼と共になら乗り越えられる。山城達もきっと救われる……いや、自分達で救うんだ!と強く思っていることだった。その為にも彼女達の闇を知らなければならない。

 

 

「まずは何故そこまで人間に恨みを持つのか……お聞かせ願いませんか?」

 

 

 やり取りを壁側で観察していた赤城は一歩前に出て問いかけた。

 

 

「……いいわ、話してあげるわよ」

 

「……山城?」

 

「時雨、あなたも知るべきよ……私達の……()()を……ね」

 

 

 先ほどまで興味も無さげにぼんやり眺めていた山城。生気を感じさせぬ瞳を持つ彼女が語る闇を青年達は知ることになる。

 

 



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5-11 生まれた不幸

山城達の過去話です。どのような過去が明かされるのか?


それでは……


本編どうぞ!




 ……不幸だわ。

 

 

 何故……私を建造したの?

 

 

 私が必要だった?そんなわけはない。

 

 

 『欠陥戦艦』とか『艦隊にいる方が珍しい』とか、いいたい放題していた癖に……

 

 

 ()()()()って一体何のこと……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれはいつだったなんてもう憶えていないし、憶えている必要すらなかったわ。よくわからない機械だらけの場所で目を覚ました私は建造されたんだとすぐさま理解出来た。けど想像とは裏腹な周りの雰囲気に戸惑ったわ。それでも艦娘として生まれた使命を胸に戦場に身を投じ、殉じようと心構えをしていたら暗闇からぞろぞろと見知らぬ人間達が現れた。()()()()を大勢で出迎えてくれるなんてとその時は思った……あの時、一瞬でも胸の鼓動が高ぶった私はバカだったと理解するのはすぐ後のこと。

 動揺を見せず、()()()()はこの中の誰かなのか聞いたら返って来た答えは乱暴な口調で「許可せず口を動かくな!お前は命令通りに動いたらいいんだよ!!」と言われた。知っていたわよ、生まれながらにもこんな見た目なのだから相手の機嫌を損ねてしまうことぐらいわかっている。私のような醜い存在が人間に逆らってはいけない……けれど言われた通りに黙っていても警棒のようなもので何回も叩かれたのは……堪えるものがあったわ。でも我慢した。

 

 

 扶桑型戦艦2番艦、山城です。私は艦娘、その醜い容姿から避けられてしまう。それは承知の上ですよ、艦娘の誰もが受け入れざる負えないものだから。でも艦娘には全うしないといけない使命があるの。その使命に殉ずるまで我慢するのよ。扶桑姉さまなら……そう言うと思うわ。

 

 

 命令に従い、ここがどこだかわからぬまま連行される。「これじゃあまるで囚人ね」と内心呆れながら軽蔑の視線を受けつつ歩いているとただ一つ伝えられたのが「お前らのようなガラクタにお似合いの場所だ!」と嫌悪感を抱いた様子で私を見下した誰かに案内された場所は牢屋だった。私はまるで囚人ではなく、囚人だった。流石に驚きを隠せず、こんなの深海棲艦と戦う者に提供するものじゃないと反論したわ。私だって()()じゃない、醜い存在だとしても心はある。人間に逆らってはいけないとわかっていても納得できない。反論したけど……()()じゃないと思っていたのは私自身だけだったと思い知らされた。

 ()()()()()。一瞬何が起こったのか?すぐに自分が倒れていたことを理解する。見に下す誰かが暴力を振るい、頬は打たれた証拠に腫れていた。「何をするの!!?」と反論したら警棒のようなものでまた殴られた。醜い顔を容赦なく、戦場よりも先に血の味を知ることになったわ。

 

 

 反抗的な態度を取れば容赦なく打たれることを知った。辺りを見回せば私と同じような目に遭ったのでしょう、ぐったりとしている仲間が居ることを知った。この誰かは……ここの連中は艦娘を()として見ていない事を知った。そして私は己の不幸を呪ったわ。

 そんな連中は私に何を求めているのか……わからなかった。建造されて数日後、実に不愉快そうな態度を示しながら逆らえば暴力を振るう誰かに連れられ、嫌々ながらついて行った。出撃?それとも演習?出撃なら逃げ出せないかと考えたりもしたけど、通された場所は忘れもしない海のにおいがした。施設内に海水を取り込んで作られた巨大なプールのような場所だと理解し、太陽の光すら眺めることはできないここは箱庭なのねと思ったわ。誰かも知らない人物はその場を離れてモニター越しから見ているのか至る所にカメラが設置されていて、見世物にされている気分だったわ。でも気になるのは対面の駆逐艦の子、この状況を私は察して「ああ、これから()()を行うのね」と呟いていたと思う。

 

 

 でもこれが……()()ではないことを知る。

 

 

 建造されたばかりの私は戸惑いながらも駆逐艦の子は既に艤装を装着していた。私も仕方なく艤装を装着し、海面へと進み出てあの子をハッキリと視界に捉えた時に気づいたわ。

 

 

 駆逐艦の子からただならぬ敵意を向けられていることを……

 

 

 私は何かあの子にしたかしら?なんて呑気に考えていた時、砲撃音が鳴り響く。そしてすぐ傍に水柱が立つ。開始の合図も待たずに攻撃!?と思ったけど、あの子の瞳を見て悪寒が走った。あれは……あの目は……まるで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私に……まだ見ぬ深海棲艦の姿を幻想させた。

 

 

 私に砲身を、瞳を、憎しみをぶつけてきた。駆逐艦の子は()()で沈めようとしていた。

 

 

「こんなの演習じゃない!やめて!」

 

 

 私は叫んだ。モニター越しに見ているだろう誰かに叫んでも届いていない。あの子にも……体に着弾する砲弾がその証拠。痛い……戦艦でも痛いものは痛い。まさか同じ艦娘の子に撃たれるなんて思ってもいなかった。

 目の前で敵意……いいえ、殺気を向けるあの子に砲身を向けるなんてできない。そう思いつつも胸の内から湧き上がる衝動を抑え込む。私は戦艦なのだから耐え抜けばいいだけ、駆逐艦相手なら魚雷さえ注意すれば……そう戦場に立ったことすらない私は思っていた。けど、違った。

 

 

 駆逐艦の子の魚雷をギリギリ避けて弾薬も底を尽き脅威が無くなったと判断した私は弾が無ければこれで終わりと艤装を解除しようとした……それでもあの子は戦いを辞めず襲い掛かって来た。

 

 

「やめて!もう戦いは終わったのよ!?」

 

 

 そういってもあの子は唸り声を上げながら私に飛び掛かり首を掴んだ。そのまま力の限り私の首を絞めつける。私は戦艦だから駆逐艦の子の拘束を容易に抜け出すことができた。けど……震えた。

 あの子が私を睨み、息の根を止めようとする事実に……恐怖した。怖くて全身から力が抜け、戦艦の私が尻もちをついて何もかも理解できずに襲われそうになって……

 

 

 砲身をあの子に向けていた。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……眼下には赤い色の海が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……不幸はこれで終わらなかった。

 

 

 あの後の記憶は曖昧、あの子がどうなったかなんて……教える必要もないわ。それから私はただ出される一日に一度きりの食事を食べ、睡眠時間もごく僅かで周りの牢屋からすすり泣く声を聞いていた。私は他の艦娘を気にする余裕もやる気が起きなかった。そんなことなどお構いなしに連中は容赦ない罵倒と暴力が連日振るわれる。

 ある日また誰かがやってきて鬱憤が溜まっていたのか私に八つ当たりのように暴力を振るい、そして吐き捨てるように言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()でこの有様か。まさに欠陥戦艦だな!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ですって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は我を忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づくと鎖に繋がれていた。きっと我を忘れた私は知らぬ誰かに危害を加えたのか血の匂いがした。一瞬自分がしてしまったことに動揺したけど、その感情は沈み驚くほど冷静でいられた。

 ()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()。そのはずなのに……どうして?そう疑問に思った。鉄格子の前ではそんな私の心境を知らずに見下す連中はこんなことを言っていたのを記憶している。

 

 

「奴の容体はどうだ?」

 

「あかんな、戦艦に殴られたんや。顔が陥没しとった」

 

「それでよく生き延びられたな」

 

「艤装は身に着けていなかったことが幸いしたな。それが良いのやら悪いのやら……」

 

「ですがこれで()()()()()()()が手に入りそうですな♪」

 

「ああ、我々は運がいい♪」

 

 

 ()()()()()()()って何のことよ?そう口には出さなかったけど、連中が何かを企んでいるのはわかった。けどその時の私はそれよりもこれからどうなるのか……不安と諦めの方が強かった。

 その日から散々な目にあった。何も語らない連中は私の目を塞ぎ、知らない場所に連れて行かれた。目隠しは外されることなくこれから何をされるのかわからない恐怖を感じながら連中の軽蔑した視線をしっかりと感じた。私の意思を完全に無視した調査と言う形で体を調べられ、薬品の投与により意識が朦朧として気分が悪くなったり、耐久テストと称して電流が流された。

 

 

 まさに拷問だったわ。流される電流で体の自由も思考も焼け焦げたように思えた。声にならない悲鳴を上げてもお構いなし。時より牢屋内で聞いた悲鳴はきっと艦娘達の……それから何度か演習(殺し合い)に参加させられた。相手は私を沈める気でいたけど、私は戦わなかった。

 戦艦()は速度が遅い。なら砲撃するなら艤装を壊す、魚雷を打つなら弾切れになるまで耐える、それでも襲って来るなら羽交い絞めにして無力化した。連中に逆らえない……ならばと私が出した連中に対する抵抗の証だった。連中も暴力や罵倒しても態度を変えようとしない私に見切りをつけたのか、反抗する力を削ぐために得体の知れない薬を打たれ、また牢屋に監禁された。

 

 

()()()()()()()()()()()と思ったが、不良品だったか。()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 また監禁生活に逆戻りとなったけど今度は調査や耐久テストはやらされなくなった代わりに食事も与えられなくなった。

 

 

 艦娘は食事を摂らなくても生きていける。でも空腹状態で力を発揮できるわけないじゃない!連日はそのことを知っていて食事も与えずに我慢できなくなった私が謝るのを待っているのかそれともこれは罰なのか……?

 薬と空腹により力が出せず、鎖で繋がれ動くこともろくにできないまま、私と同じく連れて来られた球磨、多摩、如月と出会った。初めは励まし合って何とか気持ちを保っていたけどある日のことだった。荒々しく鳴り響く轟音と慌ただしい連中の会話で意識が牢屋の外に向いた。詳しくはわからないけど、何かあったのだと思った。

 

 

 そうしたら明かりも消え、どこかが爆発したような音も聞こえた。地震のように牢屋が震えて、どこかが崩れたと慌ただしい会話を耳にした。それからしばらく同じような音が鳴り響いていたがぷっつりと無音となった。荒々しく鳴り響いていた轟音も連中の出す音も聞こえなくなり、ここには私達以外は存在しないことがわかった。けどそれが何?今更同じことよ、私達は連中にとっていないのも同然なのだから。それから時間だけが過ぎていく中で私は思った。

 

 

 何が深海棲艦よ、何が国の為によ、人間なんて……私達を()()にすら思っていない。そんな連中の為に何故戦わないといけないの?どうして私達にこんなことをするの?もし姉さまがここに居たら姉さまにも同じことをするの?姿が醜いから?力があるから?人間じゃないからってこの仕打ちはあんまりよ!私達が何をしたっていうの!?私達があなた達に何かしたのかしら!!?胸の内なんて叫んでもここでは無駄だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 よくわからないけどその時は非常に気分が悪くなって意識がハッキリとしなくなって気がつくとどれぐらいの時間が経ったかわからないけど、それなりの時間が経っていた。そしていつもそんな時に球磨と多摩それに如月から「何かブツブツと独り言を言っていた」って……それは三人にも言えることだったわ。そして誰も自分がそんなことを呟いていた自覚なんてなかった。打たれた薬のせい?それとも私達は監禁生活で頭がおかしくなったのかしら?でも時間だけが過ぎていく毎にもうどうでもよくなっていった。段々無駄と感じていた。だって私達は深海棲艦を倒すことすらさせてもらえなかったのだから……

 

 

 もう……不幸でもなんでもいいわよ……『欠陥戦艦』でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシハ……オノレノ……フコウヲ……ウケイレタ。

 

 

 ★------------------★

 

 

「私達の()()は……どうだったかしら?」

 

「「「「「………………………………………………」」」」」

 

 

 誰も言葉を発せられなかった。山城達が置かれていた状況は想像を遥かに超えたものだったからだ。

 

 

「……ふぅ、そうか」

 

「司令官……!?」

 

 

 山城の話に呆然としていた吹雪は青年の方を見て息を呑んだ。他の艦娘達もそうだ。

 

 

 ああ……ちくしょう、散々厄介事に巻き込まれて来た。あのクソ猫に出会ってからというもの俺の人生が真逆に変わっちまった。着任した鎮守府は問題だらけ、それから何故か厄介事に巻き込まれ全て俺が解決しなければならなくなった。運がついていないのは感じていたがここまでとは……わかっていたさ。

 こいつらの状況から考えればこんなことがあるだろうと。蓋を開ければ道徳を無視した非人道的な実験の数々か……ったく、どっかの誰だかは知らねぇが……ほんっっっっっとうに面倒なことをしてくれたなぁ!!!

 

 

 青年が不機嫌な表情で頭を抱えていた。ただ不機嫌な様子ではないことは見てわかる。苛立ちを隠せない……隠せない程に表に膨れ上がっていると言っていいだろう。吹雪達は優しい彼にもこんな一面があることを知ると同時にその苛立ちを自分達に向けられてしまったらきっと泣いてしまう自信がある。顔が怖い訳ではない、失望され、見捨てられてしまうのではないかという不安を抱かせてしまう雰囲気を宿していた。

 怒っている。誰から見ても同じ答えが出てくるだろう。闇を知り、その犠牲者が山城達だ。

 

 

 青年は昇進の為に艦娘を利用しようと色々と画策する姑息な奴だ。だがそれでも()()()()()()()()()()()()()。彼はまだ闇へと足を踏み入れてはいない。

 

 

「外道提督」

 

「……なんだ加賀?」

 

「私が言えたことではないですが、冷静になってください。この子達が怯えています」

 

 

 青年が周りに意識を向ければ吹雪達の瞳の奥に怯えが見えた。無意識に怖がらせてしまったようだとすぐに理解できた。加賀のおかげで落ち着きを取り戻した青年はゴホンッ!と咳ばらいをして話を進める。

 

 

「んぁ……まぁ大体お前達の事情は理解した」

 

「ええそうよ、誰かさん?」

 

「誰かじゃない、俺は提督だ。こいつらのな」

 

「そう、それで?どうするつもりなの?艦娘に囲まれてさぞ鬱憤が溜まっているでしょうなら気晴らしに殴っても構わないわよ?」

 

「山城……」

 

 

 山城を見つめる時雨は表情を曇らせた。

 

 

 息をしていることだけが生きている証にはならない。楽しみ、悲しみ、喜び、怒りを感じて時には涙を流し、怪我をしても明日を目指すことこそ生きている証だ。なのに山城は己の生に執着がなくなっている。川に流されていく枯れた葉っぱのように抵抗すらなく流れていくのみ。過去を語られた頃には抵抗する気力はあったものの現在は気力すらない。球磨と多摩はまだ反抗的な態度を取れるだけマシ、如月も恐怖心を抱いているなら重度であるが()()()()()()ようだが、比べて山城は『戦艦山城』の名を持った抜け殻(死体)だと錯覚させる。

 

 

 こいつは相当だな。どれだけ長いこと監禁されていればこんな性格になれるんだ?『艦これ』のゲーム内では()()の代名詞ともなれば山城だったが、これは度を越している。厄介事ならぬ厄災をもたらしに来たわけかよ……なのに逃げられないなら腹を括るしかないか!

 

 

 青年は一度深呼吸をして気持ちを整えた。

 

 

「とりあえずは保護させてもらう。安心しろ、人間の俺はお前達に安易に近づいたりしないし、手を出さないと誓う。身の回りの世話は同じ艦娘の時雨達に任せる。それならお前達も安心だろ?」

 

「……こんな()()()()の私とこの子達を保護するって?……まぁ、好きにすればいいわ」

 

 

 生気を感じさせぬ瞳を青年に向け、言葉とは裏腹に心底どうでもいいように吐き捨てる。

 

 

()()()()か……確かに今のお前はそうだろうな。()()だと決めつけてどうでもいいと諦めていやがる。諦めも時には肝心だが……それは今なのか?」

 

「……なんですって?」

 

「お前達はまだ生きているじゃねぇか。生きているなら……まだ足掻けるぞ?そしてこれから変われる。変わろうとするならばな」

 

「そんなの無駄。私達は()()なの、これから先ずっとそう。建造された時から決められているの。それに都合が悪いんじゃないかしら?私達を処分しないとあなた達にも()()をもたらすことに……きっとなるわよ?」

 

「へっ!やれるもんならやってみやがれってんだ!俺は提督、そしてこいつらは俺の優秀な艦娘だぞ?それにな、ついさっき戦艦棲姫をやっつけたところだ。高々()()程度が俺達の実力を抜き去るなんてことはねぇよ!」

 

「……随分と艦娘を信頼しているのね?」

 

「当然だ。信頼関係無くしてどうやって深海棲艦に勝てる?協力しないで勝てる相手ならもうこの世に深海棲艦は存在してねぇよ」

 

「……時雨、あなたはどうなの?私達を今のうちに……」

 

「やめて山城。僕は山城を手放すなんてことはしないよ?大丈夫、僕は提督を信じてる。今は信じられないかもしれないけど、きっと山城も提督を信じられるようになるから……だから!」

 

 

 必死に説得を試みる時雨。そしてその様子を見守る艦娘と妖精達。山城達は自分達に向けられる視線は今まで感じたことのないものだと感じた。

 

 

「……いいわ。でも後で後悔することになるわよ?」

 

「上等だ。だが()()なんてものは俺が実力行使で()()に変えてやるわ!!」

 

「……あっそ、そんなのありえないだろうけど」

 

 

 青年にとって保護することはリスクでしかなかった。それでも突き進むしかなくなった。手放してもきっと裏腹の連中に口封じされるだろう。山城達も青年も……お互いに離れられぬ関係となった彼らにこの先に何がまちうけているのだろうか?

 

 

 それはこの場に居る誰にもわからない。

 

 



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5-12 元帥は怒る

五章もそろそろ終幕が近づいてきております。シリアス回が緩和できればいいのですが……


それでは……


本編どうぞ!




 バンッ!!!

 

 

 大きな音が響いた。

 

 

 その正体は机に誰かが拳を叩きつけた音だった。

 

 

「……ごめんなさい、気が立っちゃって……それで?」

 

「は、はい……報告では外道提督が彼女達を保護しているようです。現在は臨時基地にて撤退準備を終えた後に○○鎮守府A基地へと帰還する予定だそうです」

 

「……そう」

 

 

 ピリピリした空気が漂う一室に居るのは美船元帥、彼女が拳を叩きつけた張本人。報告書を読みあげる大淀に傍の固唾をのむ龍驤と鳳翔に間宮の姿があった。

 

 

 戦艦棲姫及び南西諸島海域の解放に木曾、赤城、加賀の三人を援軍として向かわせた。作戦指揮を執るのは外道丸野助。激戦が予想され、この戦いで艦娘達の中に轟沈者が出る可能性が高い。尊い犠牲と切り捨てることは美船元帥の心情として納得できるものではなかった。勝てるかも正直わからない戦力でもあったのだから元帥は全員の無事を祈り、今か今かと恐る恐る報告を待った。

 そしてその時は来た。大淀が訪れた時に偶然にもその場に龍驤達もいたが、誰もが報告の結果を想像してしまった。大淀の沈んだ表情を見れば……誰が沈んだのか?そもそも戦いに負けてしまったのか?こんなことなら無理にでも過剰戦力とも呼べる程に集めればよかったと後悔しつつ、歯を食いしばりながら美船元帥達は報告を聞いた。

 

 

 するとどうだ?想像していた結果とは真逆の勝利を掴み、大破したものの誰一人として轟沈者を出さずに済んだのだ。これには美船元帥達の目が点になった。しかし龍驤達は我に返ると喜んだ。仲間の生還に……しかし元帥はまだ優れない様子……それはそうだ。大淀の表情は報告する前と変わっていないのだから。龍驤達もすぐに気づき、まだ何かあるのだと喜びを抑え、続く報告を耳にして……耳を疑った。

 

 

 戦艦棲姫を含む深海棲艦の撃破に成功したが、とある小島で艦娘達を発見した。しかしその艦娘達は隠された地下に幽閉され、非人道的な実験を行われていたとか。これを知った美船元帥の胸に怒りが湧き上がり、苛立ちを表に溢れさせてしまった。それがこの場の現状である。

 

 

「……美船元帥」

 

「間宮……ごめんね?落ち着きたいから飲み物……なんでもいいわ。持って来てくれる?」

 

「あっ、はい。少しお待ちください」

 

 

 何度も呼吸を整えようとする美船元帥は落ち着こうとした。ぐつぐつと沸騰する湯の泡のように留めなく止めることができない。それもそのはずである。我が子同然の艦娘達を実験体に使ったのだ。演習と呼べぬ艦娘同士の殺し合いもそこで行われていたらしい……そんなことをされて怒りを抱かない元帥(母親)などいない。

 

 

「気持ちはわかるで美船。ウチもな……今どうしようもないぐらいにこんなアホな事を仕出かした連中を叩きのめしたいぐらいや。こんなことを平然とできるんは軽視派の連中や。裏でこそこそ何かしていると思っとったが……呆れてしまうで」

 

「ええ、艦娘に対して碌な事しかしない連中とは思っていたけど……まさかここまでとは思っていなかったわ。今すぐに元帥権限で連中を全員逮捕してやりたいぐらいよ!!」

 

 

 だができない。軽視派の連中が犯人だと言う決定的な証拠は存在しないのだから。ならばあの施設を調べればとそう考えているが簡単にはいかないだろう。

 

 

 あの小島は深海棲艦により壊滅的な状況に陥っているか自ら施設を意図的に破壊でもしたのか?もしくはその両方か……どちらにせよ壊滅状態であることに変わりはない。知られたらまずい実験を行っていた場所だ。証拠を隠滅するからくりは存在していただろうから証拠は残されている可能性は低い。その中で山城達があの場所にいたことは何かの手違いか意図せぬ事で残ってしまったと考えるのが妥当だろう。それだけではない。

 あそこは本土よりも離れた小島で調査にも多大な時間と労働力を必要とし、大部分は埋もれてしまって掘り起こすにも時間が必要だ。気を抜けないことに軍関係者にどれほどの軽視派が存在するのかハッキリとしない中で、調査は行うにしても難航するだろう。艦娘達に頼もうにも国全体が深海棲艦の防衛で人手不足。必然的にこの件は軽視派の耳に届き、調査団に紛れて証拠を隠滅される可能性もゼロではない。

 

 

 何故人間同士の都合で艦娘が犠牲者となり、深海棲艦に立ち向かうはずなのに協力すらできないのであろうか?こんなことで深海棲艦よりも悩まなければならないことに元帥はため息を吐いた。

 

 

「美船さん……どうなさるおつもりですか?」

 

 

 鳳翔が不安そうに美船元帥に問いかける。

 

 

「調査は行う。だけど時間はかかるわ。証拠も残されているのか不明……連中は愚か者の集まりだけどこういう悪知恵は誰よりも得意な連中よ」

 

「だとしたら……」

 

「鳳翔の心配はわかるわ。でもね山城達がいる」

 

「山城さん達ですか?」

 

「ええ、話によれば彼女達を()()()()と呼んでいたそうね?」

 

「はい、赤城さんの報告ではそう言っていたと」

 

 

 大淀はそう赤城の報告で聞いた。

 

 

 ()()()()……嫌な言葉だ。非人道的実験の実験体それが山城達であり、言い方は悪いが彼女達の体には何かしらの実験の爪痕が残っている可能性があった。それを調べれば連中が何の実験をしていたか、更には何かしらの証拠が見つかるかもしれない。連中を追い詰める切り札になるかもしれないと思う反面、我が子同然の艦娘を良いように利用しているようで罪悪感を抱いていた。

 

 

「……ふぅ、外道提督にまたこちらから連絡を入れるわ。大淀ありがとうね」

 

「いえ……」

 

「美船元帥、お茶をお持ちしました」

 

「ありがとう間宮、そこに置いておいて。後ね、みんなには悪いけど少し考え事したいから……」

 

「ああわかっとる。ウチらは持ち場に戻るわ。ほな行くでみんな」

 

 

 龍驤達は美船元帥の心境を悟り部屋を後にする。一人残された元帥は間宮に出されたお茶を無言で眺めていた。

 

 

 ★------------------★

 

 

 艦娘をどこまでバカにすれば気が済むの!?容姿は醜いけど、それがあなた達に何か悪いことをやったの!?気分を害するから?気持ち悪いから?なら鏡を見てみなさいよ!どっちが醜いなんてわかるでしょう!!!

 

 

 手元の湯呑に注がれたお茶を眺めながら……美船元帥はただ静寂を貫いていた。しかし胸の内は怒りと悲しみに彩られ、我が子同然の艦娘を蔑ろに扱った連中に罰を与えてやりたい。感情のままに権力を使い、一網打尽にしたい衝動に駆られていた。すぐにでも証拠を見つけたいとは対照的な調査の見通しに歯痒い思いをする。

 だが一握りの希望はある。山城達が本人達が気づいていない何かを持っているかもしれない。軽視派の連中が非人道的実験を行っていたと言う証拠が見つかればそれで良いし、何の実験していたのかを知る手掛かりに繋がるかもしれない。どちらに転んでも彼女達に会うことからだ。精神面的にも問題を抱えていると報告にもあり、心配なのだ。

 

 

 ……ふぅ、落ち着きなさい。ともあれ赤城達が傍についている。外道提督も一緒なんだから何も心配いらないわね……って、彼を信用してしまっている。

 彼は凄いわ、轟沈者を出さずに成し遂げた功績を心から絶賛したい!でも……やっぱり私は嫌な女みたい。信用したから今回の戦艦棲姫撃滅作戦を任せたはずなのに心のどこかで信用しきれていない矛盾が私の判断を狂わせている。艦娘に対してふざけたことを仕出かした連中は軽視派だと確信を持っている。平気でやってのける連中は奴らしかいないから。そんな派閥に属している彼に対してどうしても不信感が拭えないのよ……矛盾しているとか言っておきながら人のことを言えないわね。これは言い訳かもしれないけど、人間の汚れた裏側を見すぎた影響が原因なのかも。

 

 

 軽視派に属しておきながら艦娘に優しい青年とそんな彼に戦艦棲姫撃滅作戦の大役を任せながら心の奥底では信用しきれていない元帥は信用したいのに信用しきれない自身の意志の弱さに嫌気がさす。

 

 

 青年が属するのは(軽視派)、彼の言動、行動は(穏健派)よりという矛盾が美船元帥を苦しめる。

 

 

「……ああもう!考えても(らち)が明かないわ!とりあえず連絡を入れないと……」

 

 

 美船元帥は準備に取り掛かろうとした時だ。

 

 

 プルルルル!

 

 

 電話が鳴り響き、美船元帥は受話器を耳に当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「おーほっほっほっ!!!御機嫌ようですわぁ!」』

 

「……小葉佐大将?」

 

 

 受話器の向こう側から聞きなれた高笑い……小葉佐大将だった。

 

 

 美船元帥と小葉佐大将は()()()()()()である。しかし元帥は大将に苦手意識を持っている。やはり醜女(しこめ)と絶世の美女と何かある度に比べられることに個人的な好みが影響しているのは少なからずある。それに女の勘がこの人とは相性が合わないと伝えていた。それでも人間には逃れられない付き合いがある。

 

 

「一体どうしたと言うの?」

 

『「外道提督は戦艦棲姫撃滅に成功したようですわね」』

 

「……どうしてそれを?まだ通達していないはずよね?」

 

『「戦艦棲姫には経験を積んだ提督達が挑み、艦娘が沈みました。戦いは困難を極めるでしょう?そんな相手に挑もうとする彼をわたくしは励ましたく思いまして作戦前にお話をしましたの。それで縁ができまして一足先に作戦成功を伝えられましたわ」』

 

「……なるほどね」

 

『「それと……艦娘が囚われていたことも」』

 

「……」

 

『「許せませんわ。艦娘を実験体にするだなんて……彼女達はどんな姿であれ協力関係にあるというのに礼儀がなっておりません!わたくし怒りを通り越して呆れてしまいました」』

 

 

 電話越しに小葉佐大将の()()()()()()()()()。穏健派の中でも美船元帥についでその力は強い。そんな彼女が穏健派であることに優位に働いている。だが少し権力に固執していることが残念に思うところもある。

 

 

「確かに許せないわ。だからこの案件は慎重にことを進める必要があるのよ」

 

『「そうですわね。軽視派の連中の好きにはさせませんわ。そこで元帥に相談があるのですわ」』

 

「相談?」

 

『「実はですね……」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、それじゃよろしくお願いするわね?」

 

『「はい、お任せくださいな。それでは失礼いたしますわぁ」』

 

 

 ガチャリと受話器を置くと本日何度目かのため息を吐いた。

 

 

 小葉佐大将も協力してくれると言ってくれたからこれで軽視派の動きを阻止できるかもしれないわね。でも連中は悪巧みだけは一流。どう動いてくるのか注意しないといけないわね……

 

 

 美船元帥は細々とそう思いながら冷めてしまったお茶を口にした。

 

 

 



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5-13 勝利報告

物語の流れに矛盾点が生じている箇所がありますが、このまま進めたいと思います。なるべく矛盾が生じないようにしていますが、それでも違和感やこれはおかしいだろうと思う箇所が出てくると思います。それでも寛大に受け止めてもらえたら嬉しい限りです。


それでは……


本編どうぞ!




 美船元帥の元に報告が届く前まで時間は遡る。

 

 

「私はこのことを美船元帥に報告いたします」

 

「ああそうしてくれ」

 

「赤城さん、私もついていくわ」

 

「ありがとう加賀さん」

 

 

 赤城と加賀は美船元帥に報告するために一度退席した。現在、臨時基地では山城達をどうするのか意見を出し合っていた。

 

 

「ねぇ~提督?」

 

「なんだよ?」

 

「一度那珂ちゃん達に報告しなくていいの?きっと心配してるよ?」

 

「そうだな……島風の言う通りそうするか」

 

 

 青年も艦娘達を残して一度退席し、○○鎮守府A基地(我が家)へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「元気ないですね川内さん?」

 

「何故かわかっているくせに」

 

「だはは……まぁ、青葉もお気持ちはわかります」

 

「うじうじしていたら一人前のレディーになれませんわよ?」

 

「そうだよ川内ちゃん!今日もダンスレッスン一緒にしよ?」

 

 

 提督のいない執務室に(たむろ)している艦娘達、その中で川内は提督の椅子に腰かけ落ち込んでいた。

 

 

 ○○鎮守府A基地は今日も平和である。だが日に日に元気がなくなってきた川内に付き合う青葉達。言わずもかな、青年達が出かけてそれなりに経っている。作戦が成功したという報告は今のところ届いていない。それを安堵と捉えて良いのか難しいところだが彼女達はサボっていられない。今も命がけで戦っている仲間の為にとやるべき仕事を終わらせてきたが、妹の那珂に励まされているいるにせよ、川内は気になってしまう。やっぱり心配なものは心配なのだ。

 

 

「はぁ……」

 

「川内さんいつまでもため息ばかりで不甲斐ないですわよ!レディならシャキッとしなさいな!」

 

「はぁ……」

 

「こうなったらレディ検定1級の資格を持つわたくしが喝を入れて差し上げますわ!さぁ!ビンタ(闘魂注入)よろしくて?」

 

「熊野ちゃん、川内ちゃんが可哀想だからやめてあげて」

 

「元気出してくださいよ川内さん、なんならこの提督の秘蔵写真なんてどうです?」

 

「……青葉さん、わたくしに保存用、観賞用、お出かけ用、添い寝用等々でそれ五十枚ほどお願いできます?」

 

「那珂ちゃんも三十枚欲しいな」

 

「お二人が反応するんですか!?いやまぁ、別に構いませんけどね……って多すぎません!!?」

 

「当然のことだよね熊野ちゃん?」

 

「ええ、殿方の写真を複数所有するのはレディたる者の嗜みですわよ?」

 

「え、えぇ……」

 

 

 日に日に元気のなくなる川内に対しての秘密兵器を用意した青葉だったが思惑通りにいかなかった。川内は秘蔵写真と聞いてピクリと反応するがすぐに我に返る。確かに欲しい。()()()()()()()()()秘蔵写真も今の彼女には多少の効果しかなかった。青年不在で空いた提督の椅子に残っている彼の匂いを堪能した時もあった。更には寂しさのあまりに彼のベットで一夜も過ごしたが、朝起きて隣に誰もいないことに虚無感を感じてやめた。朝になっても布団にいないことを不審に思い、見つけた際に「流石にそれは引く」と那珂に真顔で非難されたのが原因ではない……ということにしておく。

 色々あったがやっぱり生で青年に会いたい思いが強い。秘蔵写真にお熱な熊野と那珂を放ってまたため息を吐いてしまう。

 

 

 プルルルル!

 

 

 そんな時に電話が鳴り響いた。一番近場にいた川内が必然的に取ることになる。

 

 

「……はい、○○鎮守府A基地ですけど何か用……?」

 

 

 自分でしまったと思った。元気がないにせよ、事情を知らない相手側に取るものではない。気分を害して電話を切られるかそれとも激昂するか受話器を取った後に後悔したがもう遅い。どんな反応が返ってくるかと身構えたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「んぁ?なんだお前にしては元気がないじゃないか川内?」』

 

「て……提督!!?

 

 

 ガバリ!と勢いよく立ち上がった拍子に椅子を跳ね飛ばすが気にもならない。そんなことよりも受話器に全神経が集中する。青葉達もダダダ!と近寄ってみんなが耳を傾ける。

 

 

『「――っ!!?声がでかい!鼓膜を潰す気か!?」』

 

「ご、ごめん。でも久しぶりだったからさ」

 

『「んぁ……色々と立て込んでいたからな。作戦が終了するまで控えていたんだ」』

 

「終了するまでって……ことは!?」

 

『「クヒヒ♪喜べ!神通も古鷹も加古も暁達も負傷したが無事だ。吹雪達も誰一人として轟沈させずに戦艦棲姫を倒したぞ!!」』」』

 

 

 受話器から聞こえた内容に川内達は大喜び。その騒動を聞きつけてやってきた妖精達もこのことを知りお祭りムードに発展した。

 

 

「(よかった……神通達は無事なんだ。提督も……)」

 

 

 自分がこの人の艦娘になりたい、この人が提督でいてほしいと青年の艦娘となった。彼が妹の神通を引き連れて帰ってきてくれる……喜びが胸いっぱいになる。

 

 

『「んぁ……だが一つ、厄介事を持って帰ることになっちまうんだよなぁ」』

 

「……厄介事?」

 

 

 川内達は知る。山城達の状況を……青葉達は悲しみに暮れ、妖精達は怒り心頭の様子だ。

 

 

「そう……山城達を連れて帰るんだね?」

 

『「そのつもりだ。帰るまでもう少しかかりそうだが……んぁ……その……大丈夫か?」』

 

「うん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、辛いのは山城達の方だから私達は平気……じゃないけど、こんなことではへこたれないよ?だって提督の艦娘なんだから」

 

『「頼もしいぜ。要件はこれだけだが、そっちは何かあるか?」』

 

「川内ちゃん、代わって代わって!」

 

「ちょっと待って……みんな提督と話したいって。那珂に代わるね?」

 

 

 受話器が川内の手から那珂に移ると久々の青年との会話に没頭していく。青葉も熊野も自分の番が来るのをうずうずと待ち遠しく待機してるのを尻目に川内は執務室を出て港へとやってきた。

 

 

「……提督」

 

 

 青年達が誰一人として欠けずに帰ってくる。それを「おかえり」と出迎えることができる。世の中には「いってらっしゃい」と見送ってそれが最後となることもある。ただ帰って来られることがどれだけ幸福なことなのだろうか。しかし喜びとは別のもう一つの不安が生まれた。山城達のことだ。 

 彼女達が抱える闇は深い。人間の裏側の犠牲者であり、裏側を知ってしまった彼女達を裏側の連中は黙って見逃すことはしないだろう。そうなれば必然的に青年も巻き添えに……そんなことはさせないと川内は拳を握りしめた。

 

 

「提督、私が……私達が提督を守るからね」

 

 

 吹雪達もそう思っていることだろう。闇から山城達を救い出し、青年を守るのだと……そんな彼が裏側の連中(軽視派)の派閥だとも知らずに。

 

 

 ★------------------★

 

 

「……はぁ、やっと切れたか」

 

 

 あいつら話長すぎだろ。待たせていた分の会話以上に話したんじゃないか?まぁそんなことはどうでもいい。川内達には伝えたし、後は……

 

 

 ○○鎮守府A基地に待たせている川内達に連絡は済んだ。少々お疲れのご様子の青年だが、次に連絡を入れなければならない相手がいる。その相手の番号を入れようと思ったが躊躇った。

 

 

『「初めまして外道提督さん、わたくしのことお分かりですよね?」』

 

『「外道提督さん、そのわたくしはあなたを気に入りましたわぁ」』

 

『「そうですか。外道提督さん、作戦成功することを祈っていますわ。わたくしはあなたを信頼しております。この作戦が無事に成功した暁には共に盃を酌み交わしたいものですね」』

 

 

 青年の脳内では何度も反復して聞こえてくると同時にその人物の顔を思い浮かべてしまう。あろうことか相手の顔が頭からは離れられずに意識を逸らそうとしても逆に意識が吸い取られてしまいかねない魔力を帯びた容姿だった。

 

 

 ――うぷっ!!?き、気持ちわるい……ちくしょう、なんでこんなに意識しちまうんだ!全く興味ねぇのによ!?だ、だがやらねばならねぇ。相手は大将さんだ、美船元帥さんと同じ穏健派だ。何かとコネがあれば後々優位に立てる。俺が軽視派であってもこの功績は無下にできないはずだ。そう、これは今後の為のパイプなんだ。それによ、今回の件は軽視派の先輩方が絡んでいるだろうが……俺は何も知らなかったんだから仕方ねぇよな?後で「なんてことしてくれた!」と言われても知らん。豚野郎が居なくなってから一度も連絡を寄こさねぇ連中が悪いんだから俺は悪くねぇもんね♪

 大将さんに何かあれば連絡くれと言われていたからな。だからな……指よ動け!俺の意思に背くんじゃねぇ!!

 

 

 青年の意思に対抗するように体は硬直する。黒電話のダイヤルに指をかけるが動かない。体が意思に背き、そこまでして会いたくない相手なのだ。今回は電話なのだが、会話するだけでもその容姿を思い起こさせるとは……恐ろしき存在である。

 

 

 よく考えろ俺の体よ、この機会を見逃せば後々面倒事が増えるに決まっている。上司に嫌われると組織での居場所がなくなるなんてことはよくあることだ。下っ端は辛いもんだ。だがな、俺は昇進しなければならない。ゴージャスな豪邸に住んで毎日ウハウハエンジョイな生活を送る夢を夢で終わらせてたまるか!

 向こうから接触してきたということはきっと興味があったんだろう。大将さんと良好な関係を築けるかもしれないチャンスなんだ。うまくいけば利用できるし、元帥さんだけだと百のパワーだが大将さんも含めると千のパワーを得られる。()()()()()()()なのはあれだが、昇進をより確実にする為にこんなチャンスを手放したくはない。私情は今は伏せておけばいい。大将さんよ、あんたも元帥さんのように良いように利用させてもらうぜクヒヒ♪

 

 

 大将の容姿(地獄のビジョン)も昇進欲求で上書き保存してしまえばいい。欲求とは時には最良の味方となるのだ。自身の肉体を説得(?)することに成功した青年は気を取り直してダイヤルを動かしていく。なんコールか鳴って繋がった。

 

 

「もしもし、小葉佐大将ですか?外道です」

 

『「あらぁ?外道提督さん?一体どうしたのかしら?まさか……戦艦棲姫を倒したとか?」』

 

「はい、そのまさかです」

 

『「――ッ!!?本当に?」』

 

「はい、無事……とは言えませんが、艦娘全員轟沈せずに見事勝利を収めてくれました」

 

『「……誰一人かけずに勝利したと言うの?」』

 

「はい!間違いなく我々の勝利です!」

 

『「……なんてこと……!?」』

 

 

 小葉佐大将が心底驚いているのが伝わってくる。戦艦棲姫を倒すのに多くの艦娘が沈んだ。何人かの提督が躍起になっても勝てなかった相手、それがはたから見ればまだ新米提督に過ぎない青年が誰も轟沈させずに勝利を手にしたことを疑っても無理はない。しかし彼の言葉からは確固たる自信が伺える。それに援軍として共に前線で戦った赤城達は美船元帥に勝利の報告を伝えていることを大将に伝えると確信に変わる。元帥相手に虚偽の報告などできるはずもない。故に戦艦棲姫を打ち破ったのは真実だとわかる。

 

 

『「凄いですわぁ!外道提督さん!!あなたはとても優秀な方なのですね♪」』

 

「い、いえそのようなことは……」

 

『「わたくし感激いたしましたわぁ!!!」』

 

 

 受話器の向こう側で大層ご機嫌な様子が伝わってくる。やはり戦艦棲姫を倒したことはそれほどに大きな功績なのだ。人類は一歩前進したといえる。

 

 

『「外道提督さん、お礼を申し上げますわ。これであそこの海域を交通の手段として利用できるようにも……」』

 

「あの……小葉佐大将、大変申し上げにくいことが……」

 

『「あらぁ?どうかなされましたか?もしかして……()()ありました?」』

 

「ええ……実は……」

 

 

 青年は一瞬話すのを躊躇した。何故かはわからないがこのことを言っていいものだろうか?と疑問を持ってしまった。しかしそれも一瞬のこと、彼は気の迷いなど振り払い昇進欲を最優先として包み隠さず山城達のことを伝えた。小葉佐大将はその間、一言も音を立てることはなく青年は通話が切れているのか?と疑ったぐらいだ。恐ろしいほどに無音だったのだから。

 

 

「……あの、小葉佐大将?ワタシの話を聞いておられましたか?」

 

『「……ええ、すみませんでした。あまりの内容に唖然としていまして……それで?その艦娘達はどうなさるおつもりですか?」』

 

「とりあえず保護しましたので、一度○○鎮守府A基地へ連れて帰るつもりです。後のことは美船元帥さんと相談しようかと思います」

 

『「そうですか。わかりました。こちらから元帥に伝えておきますわ。色々とお話もあるでしょうし」』

 

「そう……ですね、ご迷惑おかけいたします。それでワタシはこれで失礼しま――『外道提督』はいなんでしょうか?」

 

『「わたくしの言葉を覚えておりますか?」』

 

「言葉……ですか?」

 

『「この作戦が無事に成功した暁には共に盃を酌み交わしたいものですね。そう言いました』

 

「あっ、えっ!?ああ……そ、そんなことを言っていました……ね?で、ですが今回の案件は優先すべきかと思いますねはい!」

 

『「そうですわね。ですが見事あの戦艦棲姫を倒したのですから祝盃を上げても罰は当たりませんわよ。休息も仕事の内と言いますし、やりましょう!後ほどこちらからご連絡させていただきますわ♪」』

 

「あっ!?ちょ、まっt――」

 

『「それではわたくしは用事が出来ましたので失礼させていただきますわ。()()祝盃を上げる日を楽しみにしておりますわよ♪おーほっほっほっ!!!」』

 

 

 ガチャリと通話が切れ、その場に立ち尽くす青年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うそ……だろ!?折角嫌なことを忘れていたのに!!!できれば直接は会いたくない……会わなければいいんだが断れない。うぅ……話が有耶無耶(うやむや)になってくれねぇかなぁ……マジお願いします神様仏様大将様!!!

 

 

 受話器を元に戻す手が震える。今後待ち受けている展開を想像してしまいたまらず膝をつく。

 

 

 祝盃を上げる方へと話が流れてしまい上司との付き合いに逆らえないのは下っ端のあるあるだ。それだけならばマシだった……()()()()()()()()()()()()()()祝盃を上げるとなると彼は耐えられるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、本当に使えない方々ですのね!結局は証拠が残っているではありませんか!」

 

 

 受話器を置いた瞬間から小葉佐大将は苛立ちを表に現した。この場にはいない強欲な連中に向けて腹が立っている様子である。だがその様子も落ち着きを取り戻し、クスリと笑みを浮かべる。

 

 

「ああそれにしても……外道提督さんはなんてお利口さんなのでしょうね?戦艦棲姫を撃破しただけでなく、処分を逃れた証拠まで手に入れてしまうなんて♪まぁ、あの美船(ババア)に知られてしまうのは想定内でしたけど、いい結果ですわ。運が良ければ美船(ババア)艦娘(下僕)が轟沈と思っていましたがそう都合よくはいきませんのはそれほど彼が優秀な人材なのでしょう。ますます気に入りましたわぁ♪」

 

 

 先ほどの苛立ちとは打って変わって煌々とした瞳でご機嫌な様子だ。まるで獲物を得たトラのようであった。

 

 

「まず美船(ババア)と一度話しておくべきですわね。使えない方々の尻拭いをさせられるとは……このわたくしを苛立たせるとは不愉快ですわね。その点、彼に比べて……うふぅ♪祝盃を上げるのが楽しみですわぁ♪()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうし、じっくりと友好関係を築き上げてあわよくばお持ち帰り……じゅるじゅる♪若いあの子はどんな甘い味をしているのか……実に楽しみですわね❤」

 

 

 口から唾液が漏れ出る。小葉佐大将の脳裏では素っ裸の青年のあられもない姿が浮かび上がっていたが、その光景も一度納め、美船元帥へと電話をかけるのであった。

 

 



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5-EX 赤城と加賀

五章の最終話となります。


それでは……


本編どうぞ!




「おかえりなさい」

 

 

 この声を聞くと帰ってきたんだと実感します。私達、一航戦にとってかけがえのない艦娘()……

 

 

「只今帰投致しました。鳳翔さん」

 

 

 私こと赤城と加賀さんがいたところは特に酷いところで、容姿が醜いと言うのは当然のこと。日に何度も出撃を強要させておきながら、燃費が悪いと言われました。出撃しないで食事を取っていれば働いていない癖に食べることだけは一人前と認識され倉庫へと送られた。その時です……一航戦としての誇りがポッキリと折れたのは。あのまま私達は暗い世界で終わるのかと諦めかけていた時です。

 

 

 暗い世界に光が差し込んできました。顔を上げればそこにいた……一航戦の「母」が。

 

 

 そこからです。幾多の試練がありましたが、加賀さんと共に立ち上がり一航戦の誇りを蘇らせることができました。美船元帥には感謝していますし、協力してくれた漣さん達、そして鳳翔さん、あなたがいなければきっと私は、私達は一航戦と名乗れなかった。

 そんな鳳翔さんを軽視派の人間がいる下に送り出そうとする美船元帥を一時的にではありますが憎みました。鳳翔さんが自ら名乗りを上げたのは不遇な境遇にいる駆逐艦の子達を放ってはおけなかったから。その優しさに救われておきながら、駆逐艦の子達よりも鳳翔さんの方が大事でした。自分でも酷いことを言っていると理解していてもそれほど大切な方なんです。

 

 

 待機命令を無視してでも○○鎮守府A基地へと加賀さんと共に実力で例の人間を排除しようとしました。人間に歯向かうことなんてできないのに……それでも鳳翔さんを蔑ろに扱う人間を許せなかった。手をこまねいている間に大淀さんから定期的に連絡が届く。そこには私利私欲にまみれた報告が……ありませんでした。

 これには美船元帥もおかしいと感じ、R基地が深海棲艦の攻撃を受けている救援要請が大淀さんから連絡が届きました。以前から目をつけていた場所に例の人間もいると。私達はその救援要請に出向き、根掘り葉掘り聞きだそうとしましたが、結果は現れず、後日美船元帥と共に視察と称してA基地へ向かうとそこには心身ともに疲労した鳳翔さんが……いませんでした。報告書通りのことに理解が追い付かず、寧ろ怒られてしまい帰るなり部屋で泣きました。

 

 

 何故あの鳳翔さんが?私達は報告書通りだからと納得できませんでした。補佐という潜入期間は過ぎて鳳翔さんが帰ってきても上の空でいる時が増えました。他の大淀さん達もおかしくなっていました。その原因はわかっていました。例の人間の名が鳳翔さんの口から出てくる度に加賀さんがムスッとします……私も同じ気持ちでしたから。鳳翔さんがそこまで信用に値する何かがあるはずです。必ずチャンスが来ると……そしてその時が来た。

 

 

 一度目は救援要請、二度目はA基地の視察、三度目は戦艦棲姫撃滅作戦に戦う()()として。援軍として加賀さんと龍驤さんと共に別の鎮守府へ赴いていましたが、そこでは勝利の対価が大きすぎて心を引きずってしまいました。でも美船元帥がこの作戦に私達一航戦の力が必要だと求められ、例の人間が本当に()()なのかを見極める為にも、私達はこの作戦に参加しました。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木曽さんや鳳翔さんが『あの男』と呼ぶのを嫌った訳がわかった気がしました。

 

 

 戦艦棲姫を倒すべく人間と艦娘が協力し合うなんて簡単だと思わないことです。仕事上仕方なくでは協力し合っているとは言えません。でも外道提督は違った。肩書だけの『提督』ではなく、美船元帥のような(まこと)の『提督』であると共に戦った私はそう感じました。

 

 

『「何を言う。戦艦棲姫を倒すことができたのは全員の力の結束によってもたらされた結果だ。吹雪から詳細は聞いている。赤城の支えがあったからこそ加賀も力を振るうことができたんだと俺は思うぞ。だから負い目を感じることはない。お前はちゃんと役目を果たしたさ。立派だぞ流石は一航戦だ」』

 

 

 温かいと鳳翔さん達も感じたのでしょう。外道提督からの言葉は私達を気遣っての本心だと疑うことすら抱かせなかったのですから。

 

 

 悔しいながら、悔しいながらですが認めます。鳳翔さんが心を許すのは理解できました!と言って鳳翔さんは渡しませんから!!

 

 

 ……ゴホン、少々取り乱してしまいました。しかし外道提督には気になることがあります。何故軽視派に所属しているのか?もし艦娘に味方をする方なら穏健派にならずとも中立の立場にいれば疑いの目をかけられずに済むと言うのに軽視派とはどういうことでしょうか?

 提督に着任する前から軽視派と繋がっていることは確認済みです。艦娘との出会いで変わった?流石にわかりませんね。訳あり……なのでしょうか?弱みを握られているのかそれとももっと別の何かなのか?少なくとも調べ上げた情報にはそのようなことはなかったと記憶していますが、気にはかけておきましょう。それに……

 

 

「……確かに変人でしたね」

 

 

 木曽さんの言った「変人だから気をつけた方がいい」とはまさに言葉通りでしたね。

 

 

 軽視派なのに醜い艦娘に寄り添う提督、矛盾の塊のような人でした。でも……共に戦うのは悪くはありませんでしたね。また共に戦う日が来ればいいのに……

 

 

「でもその前に……闇に潜む輩をあぶり出すのが先ですね」

 

 

 山城さん達が直面した人間の闇……そこに身を潜む輩を私は許したりはしませんから。それまで彼女たちのことは外道提督に任せましょう。

 

 

 ★------------------★

 

 

「………………………………………………」

 

 

 私は加賀、ただの一航戦。

 

 

 私の大切な相棒である赤城さんはいつも一緒にいてくれる。でも今はいません。私が一人になりたいと言ったから。

 

 

 気持ちの整理をしておきたかったの。ただそれだけ……

 

 

 戦艦棲姫撃滅作戦に参加した私達の目的は戦艦棲姫だけではなかった。

 

 

 ○○鎮守府A基地に軽視派の人間が着任することになった。知った時は苛立ちを覚えたわ。あろうことか鳳翔さんにまで魔の手が忍び寄るのかと送り出した美船元帥を恨みました。けれど……そうはならなかったわ。報告書を読んでも意味がわからず、理解できないまま美船元帥達と共にA基地へ訪れました。けれど鳳翔さんに叱られてしまいました……わ、私は泣いてなんかいませんからね?

 大淀さん達が帰って来て赤城さんも驚いていた。鳳翔さんが嬉しそうにA基地の出来事を話すのだけどそこには必ず軽視派の……男の名があった。

 

 

 外道丸野助、○○鎮守府A基地の提督となった人間。その名が語られることに納得ができない私がいた。暴力や罵倒を受けるどころか大切にしてくれましたと微笑む鳳翔さん。私達から鳳翔さんを取ろうとするなんて……頭にきます。次ぎ合う時は必ず化けの皮を剥がすと決めていました。

 

 

 そのはずでした……戦艦棲姫撃滅作戦は誰も犠牲を出さずに理想的な勝利で終わったわ。ただの深海棲艦ではない、姫級の敵である戦艦棲姫を相手に心の奥底で犠牲者が出るのは避けられないと覚悟した。それを否定したのもA基地の提督だったわ。

 何故あの人間は私達に声をかけるのか?木曾が言った「変人」というのは的を射ていると感じたわ。

 

 

 南西諸島海域に存在する小島で私達は見てしまった。

 

 

 人間の……愚かしい欲望の為に犠牲となった艦娘達を。

 

 

 山城、球磨、多摩、如月の四人は監禁されていた。この周囲一帯は深海棲艦の攻撃に晒されていたわ。何の為に深海棲艦が攻撃したのか……人間がいたから?艦娘を始末する為?それとも……人間に裏切られたから?その理由まではわからないわ。わかることは人間は愚か者ということ。

 何度も人間の醜さを見てきた。私と赤城さんもその被害者、艦娘のことを醜いと言う人間の方が醜く見えた。今回はその中でも度を越していたわ。……頭にきます!!!

 

 

 私達艦娘は人間じゃない。だけど非人道的実験が行われても仕方ないと割り切ることなんてできない。人間の愚かしさに奥底から湧きあがろうとする憎しみを抑えきれないでいた。人間が憎くて失望した……でも。

 

 

 一人だけ違った。その人は私の頭を撫でた。いきなり何をするのかと思ったわ。この状況でふざけているつもりなの?と感じた。だけど「辛そうだった」と言った。私のことを気にかけてくれていた。あなたのことを敵視していたのに……

 

 

「……ふふ、まったくおかしな人ね♪」

 

 

 ……私、今笑った?どうして?

 

 

 理解できないわ。私を気にかける必要すらないのに……だけどあの人に触れられた感触を思い出すと……

 

 

『「い、いや、なに、いきなり撫でて悪かった。謝る」』

 

『「いや、何でかと言われれば……加賀の心が曇っていたからだ」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「撫でてもらうと心がポカポカするそうだ」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ポカポカします♪

 

 



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