FAIRY TAIL―SLAYER&WIZARD― (Crank)
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プロローグ

「はぁあっ!」

 

 その掛け声で男を取り囲む怪物の一体が蹴り飛ばされた。五体の怪物が槍を持ち、円陣を組んでまで倒そうとする男は、赤い頭部を持ち黒い装束を身に纏っている。

 

「まったく……」

 男は溜息を吐くと腰にぶら下げた指輪を外し、右手の中指にはめた。そして腰のベルトのギミックを起動させると、ベルトの手の形をした部分が動き、傾きを左右に揺すると同時に不思議なサウンドを奏でる。

〈ルパッチ・マジック・タッチ・ゴー! ルパッチ・マジック・タッチ・ゴー〉

 そして右手の指輪をそのベルトの手の部分、〝ハンドオーサー〟にかざすと、内部の〝グリモワールストーン〟が魔力を増幅して輝き、空中に魔法陣を浮かび上がらせた。

 

〈コネクト・プリーズ〉

 

 ベルトの音声が響き、男が魔法陣に手を突っ込むと、中からベルトと異なる、握りこまれた手の形をしたハンドオーサーの付いた銃が取りだされる。

 

「はっ!」

 

 軽く息を吐いて、男はその銃を怪物に向けて発砲した。着弾と同時に火花が飛び散り怪物の一体が倒れる。

 それを見て、怪物達は一斉に男に飛び掛かった。

 男が銃身に手を添えて力を込めると、銃身がグリップとの接合部分を中心に九十度回ることによって、銃身が刀身へと変化する。銃と剣の二面性を持つ〝ウィザーソードガン〟で怪物の槍を受け流し、ガラ空きの胴体を斬り払う。

 怪物の知能は低く、集団で襲ってきても連携はそれ程とれていない。男は各個撃破で怪物を駆逐していく。

 しかし、響く足音が状況の変化を告げた。その場にいた怪物は斬り伏せたが、その数倍の数が男に向かって走ってきていたのだ。

 圧倒的な数の暴力を前にして、しかし男は取り乱すことはない。

 

「団体さんのお出ましか。じゃあ、こいつで歓迎しようかな」

 

 再びベルト、〝ウィザードライバー〟を動かし、別の指輪を右手にはめて、同様にかざす。

 

〈コピー・プリーズ〉

 

 その音声で魔法陣が現れ、男を通過するとその姿が倍になった。そして再度。

 

〈コピー・プリーズ〉

 

 手をかざし音が鳴る度に、男の姿は一人が二人、二人が四人と増えていく。

 

『さあ、フィナーレだ』

 

 四人の男が異口同音に話す。サラウンドなのはセリフだけではなく、その挙動も一糸乱れぬものだった。四人が同時にウィザーソードガンを銃に戻し、ハンドオーサーの親指にあたる部分を開くと、連動して指全体が開き、掌部分のグリモワールストーンが露出して、音声が流れた。

 

〈キャモナ・シューティング・シェイクハンズ! キャモナ・シューティング・シェイクハンズ!〉

 

 そして同時に右手で銃を構え、左手をウィザーソードガンのハンドオーサーにかざす。

 

〈フレイム! シューティングストライク! ヒー・ヒー・ヒー! ヒー・ヒー・ヒー!〉

 

 銃口に炎が灯った。

 

『はぁ!』

 

 引き金を引くと炎の弾丸が一斉に放たれる。それはあまりにも暴力的な威力で着弾した程度では治まらない。一撃が何体もの怪物を吹き飛ばし、地面に着弾すると同時に爆発を引き起こした。

 爆音が空気を切り裂き、その余波が男にも届くが、その時にはもう爆炎は消え去っていた。その後を見ると先程までそこに存在していたはずの怪物が一体残らずいなくなっている。それを確認して男は軽く息を吐いて脱力した。

 

「ふぃ~」

 

 いつの間にか男は一人に戻っている。

 

「グール共、いったいどうしてこんな所に……」

 

 人気のない採掘場に怪物達がいたことを男は訝しむ。〝グール〟と呼ばれる怪物は〝ファントム〟によって生み出される存在だ。そしてそのファントムの大部分は人間に擬態して生活している。人気のない所に現れる道理はなかった。

 そのとき、雲一つない星空に、突如稲妻が走った。

 

「何だ!」

 

 空を見上げる男。その視線の先では稲妻が呼び起こすように、空に裂け目が現れたのだ。

 

「あれは……」

 

 男はそれに見覚えがあった。かつて魔法の石、魔法石の中の世界に閉じ込められたときに、空中に現れた裂け目を通ってやってきた存在と出会ったのだ。

 

「でも、何で現実世界に……」

 

 その疑問に対して答える者はいない。しかし、裂け目からは黄金の光が飛び出してきた。光は男の近くに落ちて来て、地面にぶつかると激しい土煙を起こす。

 

「……ファントム」

 

 土煙から咄嗟に目を庇って左腕をかざしていた男が視線を戻すと、そこには獅子のような頭部を持つ黄金の怪物が立っていた。人に近い姿を持ちながら、明らかに人と違うその姿に男は既視感を覚える。

 

「…………すっげぇえええええええ! ここが異世界か!」

 

 突如怪物が叫んで跳び跳ねた。物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回すと、まるで子供の様に全身で感情を表現する。

 そのあまりな様子に、男は呆気に取られた。

 

「………………おい、お前」

「ん? 俺か?」

 

 思わず声を掛けた男に向かって、怪物は気さくに返事をする。男の溜息が深く響いた。

 

「なあ、お前ファントムだろ?」

「おお。よく知ってるな、ってだからこの世界に来たんだった」

 

 怪物の自分へのツッコミは無視して、男は質問を続ける。

 

「いったい――」

「ああ! 皆まで言うな! 大丈夫、分かってるって! どうやってここに来たのかってことだろう?」

 

 男の発言を遮って勝手にしゃべり始める怪物に、男の既視感はさらに強くなった。

 

「ギルドを介して優秀な星霊魔導士に頼んだんだ。異世界へのゲートを開けるプロだからな!」

「星霊魔導士?」

 

 初めて聞くその単語に、男は強く興味を惹かれた。男自身、〝指輪の魔法使い〟と呼ばれる存在である。もしかしたら自分の知らない魔法技術があるのかと思ったのだ。

 それは、自身に魔法を教えてくれた人物の行動から来る不安だったのかもしれない。

 

「しっかしここまで上手くいくなんてな。流石、俺!」

 

 自画自賛をする怪物に男はどう対処するべきか考え、そして結論を出した。

 右手に指輪をはめて、ウィザードライバーにかざす。

 

〈バインド・プリーズ〉

「お? おお!」

 

 魔法陣が怪物の周りに現れる。その数は五。その一つ一つから鋼の鎖が出現し怪物を縛り上げた。

 

「おい! どういうつもりだ、これ!」

「とりあえず大人しくしてもらおうか。少し聞きたいこともあるからな」

 

 もがく怪物に男は冷静に告げた。男は指輪の能力で発動した拘束の魔法を使用したのだ。

 

「さて。じゃあ、ゆっくりと話を――」

 

 そう言いかけた男の言葉が止まる。それは空から再び稲光が届いたからに他ならなかった。

 

「……閉じる?」

 

 視線を向けると、裂け目から稲光が起こっている。開いたときと同様にその裂け目は逆再生の様に急速に塞がろうとしていた。

 開くと同時に、中から出現したものまた。

 

「ええ! おい、どうなってんだ!」

 

 怪物は狼狽していた。体が浮き上がり、裂け目をと引かれていく。辛うじて魔法の鎖で繋がれているが、そうでなければとっくに吸い込まれていただろう。

 

「くっ! 俺が知るか!」

 

 そして、男もまた地面に必死にしがみついていた。怪物と同じく男も吸い込まれそうになっているのだ。その吸引力の強さに対抗するために両手が塞がってしまい魔法が使えない。

 しかしその強烈な吸引力は周囲の物体に一切作用していなかった。吸い込まれそうになっている二人を除いて、採掘場は静かな夜を謳歌している。

 

「……! 指輪が!」

 

 男は自分の体でも、特に腰にぶら下げた指輪への影響が強いことに気付いた。チェーンの様にぶら下げた指輪が激しく揺れている。

 このまま治まってくれるのか。男がそう心配した瞬間……腰の指輪が吸引力に耐え切れず外れてしまった。

 

「しまった!」

 

 咄嗟に手を伸ばしてしまったことを男は後悔する。両手で限界の力に片手で抗える筈もない。男は落下するかのように空に吸い込まれていく。

 と、どこか脱力させられるような悲鳴も聞こえてきた。

 

「どぁあああああああああああああっ!」

 

 見ると魔法陣が薄くなり拘束力の弱まったバインドの鎖が切れて、怪物も裂け目に吸い込まれていったのだ。

 

「折角成功したのにぃいいいいいいいい!」

 

 だが男は、その薄くなり消えかけの魔法陣を見て、この裂け目が何を吸い込んでいるのか理解した。

 

「魔力を吸い込んでいたのか……」

 

 それを理解したとき裂け目は閉じ、男の姿は世界から消えていた。



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港の出会い

「――――ぇ――ねぇ」

 

 甲高い呼び声が聞こえ、自分が意識を失っていたことに男は気付く。潮の香りと波の音が、ここが海岸であることを告げている。

 

「ん……」

 

 薄くと目を開けると、太陽の光が目の中に飛び込んできた。直前に残る記憶が夜だったことを考えるとどうやら大分眠っていたらしい。

 眩しさに耐えながらゆっくりと瞼を挙げると、そこに自分の顔を覗き込む存在に気がついた。

 

「あい」

「え?」

 

 軽く手を掲げての挨拶に、男は呆然とするしかなかった。思考が現実に追いついていないためだ。

 だが相手は男の意識が戻ったことを確認すると、振り返って呼びかけを行う。どうやら他にも誰かいるらしい。

 

「ナツ~、目を覚ましたよ~」

「おお、本当か!」

 

 倒れていた男は上体を起こし、自分を目覚めさせてくれた人物達の姿をしっかりと捉えた。

 呼ばれてこちらに歩み寄ってくるのが二人。一人は鱗柄のマフラーを首に巻いた赤髪ツンツン頭の少年、もう一人はまだ喋ってはいなかったが金髪ロングの露出が少々激しい少女だ。

 そして、男を起こしたのは青い――。

 

「……猫?」

「うん。おいらハッピー。よろしく」

 

 唯でさえ鈍っていた思考が完全に止まった。

 

「……猫が喋った」

「まあ、普通はそういう反応よね」

 

 金髪の女が男に同情の眼を向けている。それは以前に本人も同様の感想を抱いたことの証左であった。だが問題の猫、ハッピーともう一人の少年の方は、そんなことは意にも解していない。自然に男に近づいて、腰を落とし屈みこんで、目線を男に合わせた。

 

「俺はナツ。妖精の尻尾《フェアリーテイル》のナツ・ドラグニルだ。こいつらは仲間のハッピーとルーシィ」

 

 少年の紹介で男はそれぞれの名前をようやく把握することができる。そして少年に握手を求めて手を差し伸べた。

 

「俺は操真晴人」

 

 ナツはその手をしっかりと握り返す。そしてお互い手を放し、次の相手に晴人は握手を求めた。

 

「よろしく。私はルーシィよ。ナツと同じ妖精の尻尾の魔導士なの」

 

 そう言って握手をしていない右手の刺青を見せた。ナツとハッピーもそれぞれ肩と背中の同じ形の刺青を提示する。

 

「おいらハッピー。好きな物は魚です」

「……よろしく、ハッピー」

 

 小さな手? を差し出すハッピーと晴人は戸惑いながらも握手をする。全員と挨拶を終えたところで、ナツが晴人に話を始めた。

 

「なあ、お前イグニール知らねーか?」

「………………いや、心当たりはないな」

 

 少し考え込むが、その言葉は晴人の知識の中にはない。知っているかと問われると明確に否と答えるしかなかった。

 

「じゃあ、お前も滅龍魔導士《ドラゴンスレイヤー》なのか?」

「ドラゴンスレイヤー?」

 

 今度は意味こそ分かるが、自分がそう呼ばれる理由が分からない。ドラゴンスレイヤーとは伝説に出てくるドラゴンを討つ伝説の人物のこと。いろいろなファントムは倒してきたが、ドラゴンを倒したことはない。

 

「珍しい。ナツの鼻が匂いを間違えるなんて」

「間違えてねーよ! こいつから少しだけどドラゴンの匂いがすんだよ!」

 

 ルーシィの言葉にナツが吼える。その様子を見てハッピーが解説を始めた。

 

「ナツは火龍イグニールに育てられた滅龍魔法の使い手、滅龍魔導士《ドラゴンスレイヤー》なんだ。それにすっごい鼻が良くてどんな匂いでも嗅ぎ分けることができるんだよ」

「…………なるほど、な」

 

 その説明でナツの言葉に納得がいった晴人は、思わず自分の体、そして通常のベルトに擬態しているウィザードライバーに目を落とした。そこには晴人が魔法を使うための魔力の源がいるからだった。

 

「……て、しまった、指輪」

 

 うっかり失念をしていたが、晴人は意識を失う直前に指輪が飛んでいったことを思い出す。慌てて衣服をあさると、胸ポケットのホープウィザードリングと指にはめたドライバーオンウィザードリング、フレイムウィザードは無事だった。

 

「…………良かった」

 

 ホープが残っていたことに安堵する晴人。その様子を見て言い争いをしていたナツとルーシィが興味深そうな、そして好奇心に充ち溢れた顔をした。

 

「おい、何だその指輪!」

「魔法の指輪さ」

 

 ナツにそう答え、見せつけるように晴人はフレイムウィザードリングを掲げる。

 

「魔法の指輪ってことは、ソウマって魔導士なの?」

 

 その言葉に晴人は吹き出しそうになった。ルーシィの発音が、明らかに晴人の姓と名を間違えていたからだ。

 

「ルーシィ、俺の名前は晴人。操真はファミリーネーム」

「あ、ごめん。でも珍しいわね、名字が先なんて」

「…………そうかもな」

 

 今のやり取りで晴人はある結論に達した。

 ここは異世界である。

 晴人に外国語を話している自覚はない。だが、ナツ達の名前は英語圏のそれだ。唯のテレポートならそんなことは起こり得ない。あの空に現れた亀裂は、やはり異世界への出入り口だったのだ。

 

「じゃあ、晴人もどっかのギルドに入ってんのか?」

「ギルド?」

 

 ナツの台詞の中に、聞きなれない単語を耳にした晴人は思わずそれを繰り返していた。そんな晴人の心情を真っ先に見破ったのか、ハッピーが再び解説を始める。

 

「ギルドっていうのは同じ職業の人達の集まりだよ。おいら達は魔導士だから魔導士ギルドに所属してるんだ」

「それがフェアリーテイルってやつか」

「うん。フィオーレ王国でも最強って言われてるんだ」

 

 あまりに解説が板についているので、晴人はいつもやってる猫なんだなと解釈した。異世界について早々にこれだけの情報が手に入ったのは僥倖と言える。

 この世界では魔導士、つまり魔法使いは職業なのだ。以前の様に生活の基盤を魔法に置いているわけではない。タナトスの器の様なことを心配する必要がないことは、晴人の気持ちを少しだけ楽にした。

 

「ギルドも知らないなんて、お前結構世間知らずなんだな」

「そうかもな」

 

 ナツの素直な感想に、晴人は苦笑せざるを得ない。文字通り知らないのだから。

 

「で? 晴人は魔法が使えるの?」

 

 質問がループするが、そう言えばまだ答えていなかったことを思い出し、晴人はルーシィに指輪を見せる。

 

「ああ、俺は指輪の魔法使いだからな」

「指輪の魔法?」

 

 首を傾げるルーシィの前で、晴人は右手の指輪をベルトにかざした。

 

〈ドライバーオン・プリーズ〉

 

『おお!』

 

 突然ベルトが形を変えたことに、三人は興味津々といった風だ。

 しかし。

 

「まあ、今はこれだけしかできないんだけどね」

「え~~何だよ、つまんねぇな」

 

 どこまでも素直なナツに苦笑して、晴人は事情を説明する。

 

「今は指輪がなくってね。指輪の魔法使いは指輪がなければ唯の人って訳さ」

「指輪……? ねえルーシィ、さっき拾ったやつじゃない」

 

 晴人の説明で何かを思い出したのか、ハッピーはルーシィのスカートをひっぱった。それを払いながらルーシィも考え込むが、すぐに思い至ったようでポケットの中をあさり始める。

 

「そう言えば……もしかして、これ?」

 

 両手を差し出したルーシィの掌の上には、まぎれもないウィザードリングが七個のっていた。

 

「これ、どこで?」

「近くに落ちてたの。何か分からないから後で鑑定してもらおうと思って拾っておいたのよ。まさか指輪とは思わなかったから」

 

 確かに石の部分が指より大きいウィザードリングを一目で指輪と看破するのは難しいかもしれない。晴人はしっかりとそのリングを受け取る。

 

「お? じゃあそいつがあれば魔法が使えんのか?」

「ああ。ここにある分はな」

 

 再び興味を持ったナツの言葉に、晴人は指輪を一つ右手にはめながら答えた。ルーシィとハッピーも晴人を凝視している。

 

「じゃあ、こんな感じで」

 

〈コネクト・プリーズ〉

 

「きゃっ!」

 

 晴人が目の前に現れた魔法陣に手を突っ込むと、突然ルーシィがくすぐったそうに小さな悲鳴を上げた。

 

「どうしたのルーシィ?」

「えっと、何か後ろからくすぐられて――」

 

 三人が振り返ると、そこには小さな魔法陣と、そこから出ているピースサインしている手があった。

 

「おお、面白え!」

「空間をつなげる魔法かぁ」

 

 喜ぶナツと感心するルーシィの反応が対照的で、晴人は瞬平と凛子を連想して思わず笑顔になってしまう。

 

「ねえ、これならガルナ島まで行けるんじゃない?」

「おお! それだ!」

 

 ハッピーの提案を全力で肯定するナツだったが、その言葉は即座に晴人によって否定される。

 

「いや、これそんなに大きいものは通れないから」

 

 その言葉に、ナツは露骨にがっかりした。それはもう、擬音語が宙に浮くのではないかというレベルで。

 

「何だよ……使えねぇな……」

「おいらは通れるかな?」

 

 軽口を叩くハッピーは一先ず置いておかれたのか、今度はルーシィが説明役を担う。

 

「船に乗ろうと思ってるんだけど、ナツって乗り物に弱くて」

「それは……魔法に頼りたくもなるか」

 

 気迫が溢れているような少年の意外な弱点に、晴人の好感度はだんだんと上がっていく。一癖も二癖もある仲間達とどこかダブっているのかもしれない。

 

「やっぱ泳いでいくしかねーか」

 

 どうしても船を避けたいナツの一言にルーシィもハッピーも呆れ果てているが、返事をした人物が一人いた。

 

「あんた達、魔導士なのか?」

 

 泊まっていた手漕ぎボートの持ち主らしき男がそう声を掛けてきた。その表情には驚愕と恐怖が表れている。どうやら晴人が魔法を使うところを見ていたらしい。

 

「あの島の呪いを解きに来た魔導士なら乗せてあげよう」

「あ、はいはい、そうです!」

 

 勢い込んでルーシィが答える。よっぽどその船に乗りたい理由があるのだろうが、晴人にはその理由は分からない。しかし、ナツが本気で嫌そうな顔をしている理由は分かった。

 

「そんなに乗り物に弱いのか」

「あい!」

 

 晴人の呟きをハッピーが元気よくシンプルに肯定する。

 

「ほら! 早く乗りなさいよ!」

 

 船上で胸を張るように声を張るルーシィに、ナツは心底げんなりした表情を浮かべる。良いコンビだと晴人は再び実感した。

 

「ねぇ、晴人はどうするの?」

 

 船に飛び乗ったハッピーが問い掛ける。特にどうすると決めてはいなかった晴人は、その言葉に少し考え込む。

 だが、その思案はナツの一言で終了してしまう。

 

「何言ってんだよ。一緒に行くに決まってんだろ」

「決まってるの?」

 

 ルーシィが突っ込みを入れたが、ナツは意に介していない。まるで決定事項のように一方的に告げ、それを断られることなど微塵も考えていない表情で待っている。その様子にハッピーはやれやれと肩を竦めていた。

 ここで別れることも当然選べるが、異世界で一人歩きは危険すぎる。どんな文化や法の、もしかしたら物理法則すら違うかもしれない場に予備知識なしは危険だという判断が晴人の頭に過った。

 しかしそんな打算以上に、晴人はもう少しこの二人と一匹に同行したいという気持ちが生まれたいたのだ。

 

「………………ああ、行くか」

 

 そう答えて、晴人も船に乗り込んだ。



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侵入者達の会合

「あ~酷い目にあった~」

 

 愚痴をこぼしながら歩くルーシィを引き連れて、ナツ達一行はガルナ島内部を歩いていた。

 ガルナ島を〝呪われた〟と表現した船頭は、船を島の近くまで漕いだ後に突然その姿を消してしまったのだ。そして、船は渦に呑まれてしまったが、メンバーは奇跡的に全員目的のガルナ島に打ち上げられていた。

 びしょ濡れの服のままで、とりあえず依頼主を探すために歩き始めたナツ達だったが。やはり不満は消えはしない。

 

「う~着替えたいよ~。お風呂~」

「同感」

 

 ルーシィだけでなく晴人もその言葉に共感をする。対してナツとハッピーは特に気にした様子もなく、海岸からの一本道をどんどん進んでいった。

 

「お、何かあるぞ!」

 

 ナツが駈け出したので、他の面子も慌ててそれを追いかける。言葉通りに、目の前にバリケードの様ような木の壁が堂々と立っていた。明らかな人工物の登場に、人の存在を一行は確信する。

 近寄ってみたバリケードは三メートルにも届く高さで、周囲をぐるっと覆っていた。入口の上には見張り台もあり、おそらく常駐であろう見張りも立っている本格的なバリケードで中の人間が如何に身を守ろうとしているのかを伝えていた。

 

「あのー! 私達妖精の尻尾から来たんですけどー!」

 

 中に届くように声を張り上げるルーシィ。少し間をおいて、中から返事から返ってきた。

 

「…………依頼を受諾したという話は聞いていない!」

 

 見張りの一人の言葉にナツ達が慌てたのを晴人は見逃さなかった。小声でハッピーに問いかける。

 

「なあ、どうしたんだ?」

「……おいら達、勝手に依頼を受けちゃって」

 

 言い難そうに目を逸らしながらも、正直に話すハッピーに晴人はそれ以上の追及を止める。今更帰ると言ったところで方法もなければナツが首を縦に振るとは考え難い。

 

「本当だっつーの! 俺達は依頼を受けてやってきた魔導士だからな!」

 

 事実を知ってしまった晴人には、中に向かって怒鳴り散らすナツの姿は、後ろめたさを誤魔化しているようにも見えた。だがそんな叫びで納得されるような人間がいるはずはない。中にいる者はナツの声に耳を貸す気配はなかった。

 

「何か妖精の尻尾を証明する身分証とかないの?」

 

 晴人の問いかけにルーシィとハッピーが首を捻る。ナツはバリケードへの怒声に余念がない。

 

「う~~ん…………。あ、そうだ!」

 

 突如何かを思い浮かんだのか、ナツを押しのけて一番前に出て右手を振る。

 

「ねえ、これ見て! 妖精の尻尾の紋章よ!」

 

 振っていた手を反転させて手の甲を見せつける。見張りの男もそれをじっと見た。そこにはピンク色の刺青のようなものがある。

 

「あれは?」

「ギルドのメンバーは体のどこかに、そのギルドの紋章を刻んでるんだ。おいらも、ほら」

 

 晴人の問いに答える形でハッピーが背を向けると、そこにはルーシィと同じ紋章が刻まれていた。

 

「ならば全員紋章を見せろ!」

 

 見張りの要求に、ナツとハッピーをそれぞれの紋章を提示する。

 だが…………。

 

「……まいったな」

 

 当然だが晴人は紋章など刻んでいない。見せられるものがなく途方に暮れていると、見張りの男が催促をする。

 

「どうした! お前も紋章を見せるんだ!」

「この人は途中で会ったばかりだから、紋章はないの!」

「では、そいつを入れることはできん!」

 

 正直に事情を説明するルーシィの言葉に、見張りも簡潔に返答をした。それに怒るのはナツだ。

 

「んだよ! 良いじゃねえか! ケチくせえな!」

「駄目だ! 文句を言うならお前達も入れんぞ!」

 

 喧嘩を売るに等しいナツの言動に、見張りも口調を荒げ始めている。

 このままでは揉め事になるのは目に見えていた。

 

「仕様がないか」

 

 晴人が溜息を吐いて、ベルトに右手をかざす。

 

〈ガルーダ・プリーズ〉

 

 目の前に現れるのは赤いプラモデル。それが空中で一人でに組み上がり、手乗りサイズの鳥の形になる。

 

「頼むぞ」

 

 指輪を外し鳥の胸に組み込むと、まるで意思を持つかのようにルーシィの傍を飛び回り、旋回する。

 

「これは?」

「俺の使い魔。何かあったらそいつを飛ばしてくれ」

 

 そう言って晴人はその場を後にする。

 

「え、ちょっと……」

 

 ルーシィが呼び止めようとするが、晴人が去ったのを確認した見張りが門を開けた。

 

「よし。お前達は入っていいぞ」

 

 躊躇いながらも中に入らなければ依頼が進められない。それを分かっているナツ達は、しぶしぶながらも晴人を置いて村の中へと入って行った。

 離れた場所からそれを見届けた晴人は、これからどうするべきかを考える。

 

「……一人で帰るってのは、無理だよな」

 

 流石に一人で海を越えるのは危険だと判断する。途方に暮れるしかない晴人は大きく空を仰いだ。

 

「…………異世界か」

 

 今にも目の前の青空が裂けて、元の世界に帰る道ができないかと夢想するが、空は穏やかに白い雲が流れるだけだ。

 

「変わらないのか」

 

 世界が変わっても青空の美しさは変わらない。それがどうしても元の世界を思い起こさせるのだ。

 

「……上るか」

 

 どうしようもないことを悩み続けることもないと、晴人はとりあえず島の中心に見える山の頂を目指すことにする。特に意味があるわけでもないが、とりあえず海に戻ってもすることがないのでその反対を向いたのだ。

 山道がそれなりに整備されているようで、歩くには問題はない程度に麓の森は開けている。晴人はゆっくりとその道を歩き始めた。

 現代人である晴人にとって、森や山を歩くことはハイキング以上の意味は殆どない。思わず注意を怠ってしまうのも仕方がなかったのではないだろうか。

 それが、晴人にとっても相手にとっても想像できない出会いを生んでしまう。

 

「……ん?」

 

 ガサガサと茂みの奥から音がする。枝葉をかき分ける音が明確に晴人の耳へと届いた。

 

「動物か?」

 

〈コネクト・プリーズ〉

 

 猛獣だったときのことを考えてウィザーソードガンをコネクトの魔法で取り出す。ガンモードなら生身でも十分に動物を追い払うことができるという判断からだった。

 近づいてくる音。そして、現れる影。

 

「面倒臭え道だな! 迷ってなんかねぇけど!」

 

 何故か叫びながら男が茂みから出現した。

 

「…………犬?」

「犬じゃねぇよ!」

 

 犬の耳を頭に付け、鼻周りも完全に犬のそれな男を見て思わず言ってしまう晴人であったが、正面から否定される。意味もなくハイテンションな男だった。

 

「何だよ、お前は! 村の奴じゃねえだろ!」

「分かる?」

 

 逆に怒声だか質問だか分からない言葉を叩きつけられるが、晴人は冷静にその言葉を受け止める。常時ハイテンションの男は慣れているのだ。

 

「村の奴らが神殿に近づく訳ねぇだろうが!」

「へぇ、あの遺跡っぽいの神殿なんだ」

「はっ!」

 

 男はしまったと露骨に顔で表現して、慌てて口を塞ぐ。

 

「で? その村の人が近づかない神殿んで、何してんの?」

「あ? 月の雫《ムーンドリップ》のことなんか教えるわけねえだろ!」

「いや、言っちゃってるし」

「はっ!」

 

 再びしまったと口を塞ぐ男だが、時既に遅しとはまさにこのこと。少なくとも計画の根幹であろう単語を教えてしまっていた。

 

「くそぉ! ここまで聞かれたからには唯で返すわけにはいかねぇ!」

 

 一方的に喋っていた男が手の爪を伸ばしてキレる。あまりに一方的な物言いには晴人も呆れるしかない。

 

「やれやれ……。我儘なワンちゃんだ」

 

 溜息を吐いて相対する。

 

「犬じゃねぇつってんだろ!」

 

 伸びた爪を構えて今にも跳びかからんとする男に、晴人はどうしたものかと思案を巡らせる。人間相手に魔法で戦うことに対して、どうしても躊躇いが生まれてしまうのだ。

 

「行くぞ、しゃあ!」

「速い!」

 

 男の踏み込みの速度に驚愕する晴人。

 

〈ディフェーンド・プリーズ〉

 

 咄嗟に防御の魔術を発動する。

 魔法陣の壁が、晴人の直前で男の爪を防いだ。

 男は舌打ちをして、後ろに跳び退る。

 

「結構硬い防御魔法持ってんじゃねぇか! 別に褒めてねえけどな!」

 

 叫ぶ男に対して、晴人は冷や汗を禁じ得ない。生身の人間が出せる速度を超えていた。咄嗟に防御できたのは、日々の戦いで培われた経験と勘が物を言ったとしか言いようがない。

 

「この〝麻痺爪メガクラゲ〟は掠っただけで体が痺れて動けなくなるからな!」

 

 男の言葉を真実と捉え、晴人は気を引き締める。この男が強いのか、それともこの世界が異世界であるが故に、人間の基本スペックが違うのか、それは現状では判断できない。しかし唯一つ言えることがある。

 このままでは危険だ。

 

「………………仕方ないか」

 

〈ドライバーオン・プリーズ〉

 

 右手をかざしてウィザードライバーを出現させる。

 

「おん?」

 

 首を傾げる男を無視してドライバーのギミックを一度動かすと、ハンドオーサーが九十度傾いき、音声が流れる。

 

〈シャバドゥビタッチヘーンシーン! シャバドゥビタッチヘーンシーン!〉

 

 繰り返されるその音をバックに、晴人は左手に赤い指輪をはめた。

 

「変身」

 

 その手をドライバーにかざす。

 

〈エラー〉

 

 そして、何も起こらなかった。

 

「そんな……! まだ魔力だって残ってるのに……!」

「って何もねぇのかよ!」

 

 男すらツッコミの怒声を上げる。

 だがそれ以上に困惑するのは晴人本人だった。魔力は十分に残ってる状況で、何故魔法が発動しないのか。

 正確に言えば、何故フレイムウィザードリングの魔法が発動しないのかが分からない。ディフェンドやコネクトはちゃんと使えていたのに。

 

「大人しく俺の爪の餌食になれっつーの!」

「それはお断りだな」

 

 ドライバーのギミックを弄る。

 

〈ルパッチマジックタッチゴー! ルパッチマジックタッチゴー!〉

 

「あん? まだ何かやろうってのか?」

 

 男の問いに晴人は笑顔を向けた。

 

「ここは、逃げるが勝ちってね」

 

〈エクステンド・プリーズ〉

 

 魔法陣が空中に現れて晴人は左手をその中に突っ込んだ。陣を通過した晴人の腕は、まるでゴムか何かのように柔軟に伸びて形状を変える。

 

「気持ち悪っ!」

 

 悲鳴のようなツッコミに、晴人は爽やかな笑顔を向けた。

 

「じゃあな、ワンちゃん!」

 

 伸びた腕が遥か彼方の木の枝をしっかりと掴み、今度はその長さを縮め始めた。

 〝エクステンド〟。魔法陣を投下したものを柔らかく、そして伸縮自在にする魔法である。

 その結果、体が走るより遥かに速く収縮する腕に引っ張られる。木々の間を抜ける間に、もう既に見えなくなった男の声だけが響いていた。

 

「卑怯だぞ!」



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氷の魔導士

 夜、星が輝き月が顔を出す時間。晴人は一人森を抜け、島の中心、山の頂上の神殿を目指していた。闇にまぎれ姿を消し、周囲を警戒しながら山を登る。

 

「指輪が使えないなんて」

 

 足元の視界もはっきりとしない中歩くことに神経をすり減らし、晴人は一人そう愚痴った。

 島の中に侵入者がいることを知った晴人は、村に戻りナツ達と連絡を取ろうとしたが、村人は晴人を信用せず全く取り次いでもらえなかった。ガルーダを使っているので、向こうからのアクションは想定していたが、晴人の方からとは考えていなかったのだ。

 しかし単独行動を取ろうにも、現在変身できない晴人は自身の圧倒的な不利を理解している。昼間遭遇した犬っぽい男の身体能力は生身の晴人では対処が難しい。だが変身しようにも指輪が上手く発動しなかった。普通の魔法は使えたため、原因はドライバーや自身ではなく指輪にあると晴人は判断している。

 だがその魔法の指輪ですら、現状八個しかない。しかもその中で生身での先頭に使用できるものは半分以下だ。

 晴人は直接戦闘は避け、情報収集を優先した。夜の闇に紛れるように明るいうちは待機をしていて、日が沈むと同時に行動を開始したのである。

 神殿への道を避け、茂みをかき分けて森の中を進む。目の前の枝を払うときに根に引っ掛かりそうになったのは一度や二度ではない。現代人の晴人にとって、夜の山、夜の森はまともに歩くことすらままならない空間であった。

 

「大分近づいてきたな」

 

 それでも時間をかけてようやく頂上付近へと辿り着く。蔦や苔に覆われた神殿の姿がはっきりと捉えられた。神殿よりは祭壇もしくは儀式場と言った雰囲気で、屋根がなく空に向かって開かれている。

 そして、そこには数人の怪しい人影が月明かりに照らし出されていた。顔まで含めて全身を覆うその姿からは男か女かも分からない。その集団が円陣を組み謎の呪文を唱えていた。

 

「………………」

 

 気配を殺し慎重に近づく晴人。映画何かに出てきそうな露骨なまでの魔法儀式の様子に緊張が高まる。大規模な儀式には一つしか心当たりがないからだった。

 

「…………まさかな」

 

 〝サバト〟。

 自分の運命を変えた儀式が頭を過ぎるが、晴人はそれを一笑に伏す。魔力を集めるにしてもファントムを生み出すにしても、もっと大都市に近い場所でなければ意味がない。あからさまに辺境の島で行うにはリターンが少なすぎる。

 

「さて…………どうするか……」

 

 今、晴人が選べる選択はそう多くはない。魔法がろくに使えない現状では一人で儀式を止めることは不可能だ。

 このまま監視を続けるか、一旦引き返してナツ達と合流するか。

 

「ガルーダは連れてくるべきだったか」

 

 村での選択を後悔するが、それで何かが変わるわけではない。それも考慮に入れて判断をすることが晴人には求められていた。

 

「…………よし」

 

 覚悟を決めた晴人が、ウィザードリングを指に嵌めて躍り出ようとする。

 

「てめぇら! 何やってんだ!」

「っ!」

 

 咄嗟に晴人が足を止めてしまう程の怒声が夜の静寂をぶち壊す。その声に心当たりのある晴人は思わず目を見張った。

 

「……ナツ!」

 

 遺跡を挟んでちょうど反対側で、ナツが儀式中の集団に飛び掛かっていた。後ろから慌ててルーシィとハッピーも追いかけてきている。

 

「てめぇら、村の奴らに何しやがったんだ?」

 

 顔面を殴られて気を失ったのか脱力した人間の胸倉を掴んだまま集団を睨みつけるナツ。ルーシィも腰に下げた鞭を手に構えた。

 

「そうよ! 地下の化け物と関係あるわけ?」

 

 二人の詰問に集団は黙って構えを取る。徹底抗戦を決めたらしい。

 

「お前達が侵入者か……」

 

 背後からの声にナツ達が振り返る。そこには仮面をつけた男が三人の男女を引き連れて立っていた。その中には、晴人が会った犬男の姿がある。

 

「誰だよ、おめえら!」

「貴様が見た侵入者ではないのか?」

 

 何故か激昂している犬男に、小柄の特殊な太い眉毛の男が問い掛ける。

 

「ふ……関係ないな」

 

 仮面の男が手をかざすと、儀式をしていた集団がざわめいた。だがその雰囲気にネガティブなものは籠っていないように晴人は感じる。むしろ尊敬や感激が近いように思えたのだ。

 

「な、何じゃこりゃああああああ!」

 

 一瞬でナツの胴体が氷で覆われた。ボールのような球体の氷が突如ナツの胴体部分に現れたのだ。

 

「ナツ!」

「この野郎!」

 

 ハッピーが心配そうな声を上げ、ナツは掌に炎を出して氷に触れる。だがその氷は炎に曝されても全く融ける様子はない。物理的な論理を超えた現象であることを如実に物語っていた。

 ここが異世界であることを、晴人は強く再認識させられる。

 

「くそ! 何で融けねぇんだよ!」

 

 悪態をつくナツを無視して、仮面の男が後ろの三人に命令を下した。

 

「こいつらは島民に雇われた魔導士だろう。村を潰してこい」

『!』

 

 三人だけでなく、ナツ達や隠れている晴人も驚愕する。あまりに冷静に、冷徹な命令を下す男は、冷酷な心を持っているのだろうか。

 

「村の人は関係ないでしょ!」

「俺の邪魔をする者には…………消えてもらう」

 

 ルーシィの言葉も鼻で笑い飛ばして仮面の男が告げる。三人はわずかに抵抗の目をするが、男の視線を受けてすぐに動き出した。

 

「待て!」

 

 咄嗟に晴人が飛び出すと全員の視線が集まるが、そんなものは意に介さず、晴人は真っすぐに仮面の男の前へと突き進む。

 

「あぁ! お前ぇは俺が見た侵入者じゃねぇか!」

 

 犬男が叫ぶ。

 

〈エクステンド・プリーズ〉

 

 ベルトの音と同時に展開した魔法陣に左腕を入れ、柔軟に伸縮するようになった腕で仮面の男の後ろの三人を縛り上げる。

 

「村人に手を出させるわけにはいかない」

 

 晴人の言葉に仮面の男が不敵に笑う。予想外の第三者による乱入のはずだが、余裕のある態度を崩さない。静かに掌を晴人に向ける。

 

「アイスメイク――」

「それは!」

 

 仮面の男の呟きにナツが驚愕する。いや、ナツだけではない。ルーシィもハッピーも声も出ないほど驚いている。

 

「――〝大鷲《イーグル》〟」

 

 男の手から白い鷲が無数に生まれ、晴人に向けて襲いかかる。片手が使えない晴人に回避する術はなかった。

 全身に鷲が突っ込んでくる。それは氷でできた鷲であり、一羽一羽が晴人を凍らせんばかりの冷気である。

 

「グレイと同じ、氷の造形魔法だ!」

 

 ハッピーの声が晴人の耳に残った。

 ダメージで拘束が緩んでしまい、眉毛の男が腕を抜き掌を晴人の腕に向ける。

 

「波動!」

「ぐぁああああああああああ!」

 

 直後、伸ばした腕に激痛が走る。打撃とも斬撃とも異なるその衝撃に、晴人は伸ばした腕を引っ込めた。

 同時に仮面の男の命に従い三人が駈け出す。

 

「ハッピー! ルーシィ連れて村へ戻れ!」

「あ……あいさー!」

 

 ナツの言葉に反応し、ハッピーが背中に翼を生やしてルーシィを担いだまま空に飛び上がった。小さな体に見合わないパワーに晴人は感心する。

 だがそんなことをしている余裕はない。晴人は指輪をはめてベルトにかざす。

 

〈コネクト・プリーズ〉

 

 その音声で魔法陣が現れ、中からバイクが出てくる。晴人はそれに飛び乗ってアクセルを吹かせた。

 

「魔導二輪!」

 

 突然のことに初めて仮面の男が動揺する。その隙を見逃すほど、晴人は安穏とした生活は送っていない。一気にエンジンの力を解放し〝マシンウィンガー〟を発車させた。

 

「ナツ! 掴まれ!」

 

 すれ違いざまに手を差し伸べるとナツは晴人の手を掴む。そのまま慣性の法則も利用して後部にナツを座らせた。胴体の氷が邪魔だたが、辛うじて座ることはできたようだ。

 

「――って、逃げるのかよ!」

「今は村を守るのが先、だろ?」

 

 ナツの抗議に軽口を返して更に速度を上げる。整備されているとはいえアスファルトなんかで固められていない土の道を走ると振動が半端ではないが、晴人はスピードを落とさない。

 

「逃がすか。アイスメイク――」

 

 後方から聞こえた仮面の男の声。

 

「頼んだ、ガルーダ!」

 

 晴人の声に反応して、ナツと一緒にいたレッドガルーダが男に襲いかかる。

 その間に晴人は仮面の男からの離脱に成功する。

 しかし、次のピンチはすぐ傍に迫っていた。

 

「うぅ…………」

「ナツ? 大丈夫か?」

 

 背後から聞こえる苦しげな呻き声に晴人は心配そうに声をかける。運転中のせいで振りかえることはできないが、晴人にとって未知な異世界の魔法が予想外の効果を及ぼしたのかと不安になった。

 

「………………………………酔った」

「はぁ?」

「吐きそう………………」

「おい!」

 

 衝撃的なナツの告白に晴人はバイクを止めようとする。このままでは悲惨なことになると確信したのだ。

 

「そういや、来るときの船でも…………」

 

 思い出すだけで血の気が引く。

 晴人がブレーキをかけようとしたとき、月明かりに照らせれた一つの姿が視界に入る。プロペラのように尻尾を回して空を飛ぶ巨大鼠の姿だ。

 

「あれは…………」

 

 思わず呟いた晴人。それは空を飛ぶという異常な光景より、その背中に件の三人組が乗っている様子が見えたからだ。あれが先に着いたら村を襲う、晴人はそう理解した。

 

「悪いナツ。飛ばすぞ」

「や~め~ろ~…………」

 

 今にも倒れそうなナツに心の中で頑張ってくれと祈りながら、晴人は速度を上げる。振動が大きくなり、ナツは声を出すこともできなくなったのか、ひたすら呻き声を上げるだけだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 その頃、先に村にたどり着いたルーシィとハッピーは村人と迎撃の準備をしていた。呪いで悪魔の姿になった人々は、月明かりの下にその身を曝しているが、四の五の言っている場合ではないと誰もが理解していて、それを気にすることなく唯一の村の入り口に集まっている。

 

「完璧な作戦ね」

 

 指揮をしていたルーシィが顎に手を当てて自賛しているが、周囲の目はとても反対にとても不安そうだ。ハッピーも呆れ顔である。

 

「おいらルーシィって馬鹿だと思う」

「失礼な猫ね!」

 

 反論をするルーシィだが、村人は誰も彼女を擁護しない。それは自信満々のルーシィの策があまりにひどいからに他ならない。

 

「落とし穴の準備が終わりました、姫」

「ありがとうバルゴ」

「お仕置きですか?」

「褒めてんの!」

 

 メイド姿の女性がルーシィと漫才を始める。彼女、バルゴはルーシィが契約する星霊だ。

 

「では、これで失礼致します」

「ありがとうね」

 

 そう言ってバルゴの姿が消える。星霊界に帰ったのだ。

 

「さあ! いつでも来なさい!」

 

 つまり、ルーシィの作戦とはこういうことだ。

 【敵は村に来る】【村への入り口は一つ】【入口に罠を仕掛ければいい】【罠=落とし穴】。

 

「やっぱ馬鹿だ……」

 

 ハッピーが嘆くのも無理はない。

 

「月はいつ壊せるのじゃ!」

 

 そこに凄い揉み上げの老人が一人やってくる。

 

「村長さん!」

 

 ルーシィはその姿を確認すると傍に駆け寄った。この村の村長であるモカはルーシィに対して怒りを露わにして怒鳴る。

 

「月はいつ壊せるのじゃ!」

「聞いて。今から敵がこの村に――」

「そんなことは聞いてはおらん! 月はいつ壊せるんじゃ!」

 

 事情を説明するルーシィの言葉を遮るほどで村長の激昂は治まりそうもない。村長が如何に月の破壊に執着しているのか、そしてその理由も分かっているルーシィには強く否定することもできない。周囲に助けを求める視線を送るも見事にスルーされる。

 どうしたものかと問題の月を見上げたとき、ルーシィの目には空飛ぶ謎の物体が。

 

「な、何あれ!」

 

 その声に村民が一斉に空を見上がる。

 そこにはバケツを抱えた巨大鼠が尾をプロペラのように回転させて飛行している様子だった。

 

「空から来たら落とし穴は意味ないよね」

「あの鼠飛べたの~~~!」

 

 ハッピーの指摘に悲鳴を上げるルーシィだったが、相手はそんなことに気を使うはずもない。一直線に村の上までやって来る。

 

「何をするつもりよ?」

 

 降下してこない相手の様子を訝しんでルーシィはそれを見上げる。

 すると、微妙に飛行で振動しているのかバケツの中身がわずかに零れ出した。緑色のゼリー状の何かが一滴落下する。

 

「ゼリー?」

 

 落下するそれに目を奪われ、ゆっくりと上から下へ視線が動く。

 そして地面に落下した瞬間…………。

 地面が融けた。

 

「な、何これ!」

 

 ルーシィが声を上げると同時に村中にどよめきが走る。一滴で直径三十センチの穴が空いたのだ。それがバケツ一杯に入っていることを想像できない者はこの場にはいない。

 誰もが最悪を想像したとき、非情にも鼠はその最悪を実行に移した。

 バケツの中身――大量の緑色のゼリーが村にぶちまけられたのだ。

 それは村とその住民を溶解させて有り余るものだった。

 

「に、逃げろぉおおおおおおお!」

 

 誰かの叫びをきっかけに全員が入口に向けて走り出す。だが村の入り口は外からの侵入に備えて閉じられている。外からの侵入ができないということは、中からも出られないということだった。

 急いで入口を開けようとする村人達の後ろで、ルーシィは自分の腰の鍵束を大慌てで探っている。

 

「タウロスは駄目だし、キャンサーじゃ……アクエリアスは水無いし!」

「どうするの、ルーシィ!」

「ふぇえええええええん!」

 

 緊迫した顔のハッピーとパニックに陥ったルーシィを気にすることなく、村人達はやっと出入り口を開けることに成功。一気に飛び出そうとすると……逆に男が飛び込んできた。

 

「ハッピー! 俺を抱えて飛べ!」

「え……あい!」

 

 その男の言葉を受け、ハッピーは翼を出して男を抱え飛び上がる。そして落下してくるゼリーに向けて急上昇をしていった。

 

「あれは……」

 

 ルーシィはその様子を見上げる。きっと何とかしてくれると信じて。

 男は手をゼリーにかざした。

 掌の部位を中心に巨大な魔法陣が現れる。

 それは青い魔法陣だった。

 

「凍っちまいな!」

 

 掌から放たれた冷気が空中の水蒸気を凍らせながら走り、ゼリーに到達すると一瞬で凍りつかせた。

 

「やった…………ってあんまり助かってなぁああああああああい!」

 

 瞬間的に歓喜するが、ルーシィの言う通り問題が解決したわけではない。凍ったゼリーの質量がそのまま村に襲いかかってきているのだ。

 

「降ろせ、ハッピー!」

「あいさー!」

 

 男の言葉で今度は降下を始める。両手を合わせて再び魔法を発動する準備を取ると、魔法陣が再び大きく展開された。

 

「アイスメイク…………」

 

 着地と同時に両手を地面につけ叫ぶ。

 

「〝支柱《プロップ》〟!」

 

 その叫びに合わせて血管のように氷が地面を走り、そしてある程度進んだ先で氷の柱を作りだした。量は多いとはいえ密度は軽いゼリーだ。強度が多少弱くても、数があれば十分に支えることは可能だった。

 

「来てくれたのね…………グレイ」

 

 氷の魔導士、グレイ・フルバスターは威風堂々と立っている。

 

「…………てか服は着なさいよ」

「うお! いつの間に!」

 

 上半身は裸だったが。



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炎の魔法

「ったく……。勝手にS級の依頼なんか受けやがって」

 

 上半身裸のグレイが溜息を吐き頭を掻く。その姿を見てルーシィは体を小さく縮ませていた。

 

「おいらは依頼書を運んだだけです」

 

 全力で無関係を装うハッピーにツッコミもしないぐらいに。

 

「本当なら島に着く前に連れ帰らなきゃならねぇんだが……」

 

 そう呟いて空を見上げると、グレイが凍らせたゼリーの空に亀裂が走った。その亀裂は瞬く間に大きくなり、そして氷を砕く起点となる。

 バキィイイイと轟音を響かせて氷が割れる。そこから降って来る破片に村の住人は右往左往するが、グレイは視線を離さない。氷が割れた空間から巨大な鼠が急降下してきたのだ。

 鼠は地面に激突するであろう寸前まで速度を落とさない。巨体が動くことによって巻き起こる風が砂嵐を起こし、堪らずグレイ達も腕で目を庇う。そして地をかすめるように鼠は急上昇を始めた。

 背中に乗せていた二人の魔導士をその場に残して。

 

「てめぇも氷の魔導士かよ!」

「ああ。霊帝と同じ氷の造形魔法だ」

 

 叫ぶ犬面の男と静かに語る特徴的な眉毛の男。霊帝の部下であるこの二人はタイミングを合わせて鼠から飛び降りたのだ。

 

「俺と同じ氷の造形魔法……だと?」

 

 男達の言葉に対峙しているグレイが思わず反応をする。脳裏に浮かぶ一人の男の影。

 

「ねぇ、グレイ?」

「何だハッピー?」

 

 その思考がハッピーの声で中断される。後ろを振り返ると、ハッピーはどこか呆れ顔で空に向かって指を差していた。その指し示された方向に視線を向けると、急上昇した鼠が空を飛んでいるところだ。

 

「ルーシィ、あれに乗っちゃったよ」

「思わず掴まっちゃったの!」

 

 鼠の脚からルーシィの叫び声が返ってきた。自分の胴周りより太い脚にしがみつく姿は大変に情けないものだ。グレイは溜息を禁じ得ない。それでも「やっぱりルーシィって馬鹿かも」と声に出して言っているハッピーよりも情があるのかもしれないが。

 

「ハッピー、ルーシィを追いかけろ」

「グレイはどうするの?」

 

 その問いに、グレイは不敵な笑みを浮かべた。

 

「こいつらを叩き潰す。聞きたいこともあるんでな」

「良いの? S級クエストの手伝いなんかして?」

 

 少し不安気なハッピーに向かって、笑いながら自分の胸を親指で差すグレイ。そこには妖精の尻尾の紋章が……。

 

「勝手に受けちまったとは言え、妖精の尻尾(俺達)の依頼主を襲ったんだ。つまり妖精の尻尾に喧嘩を売ったってことだろが」

 

 その言葉を聞いて、ハッピーは満足そうに頷く。グレイの言う通り、既にナツが勝手に依頼を受けたという問題ではなくなったのだ。

 

「あい!」

 

 気合を込めてハッピーが飛翔をする。鼠を追いかけて宙を飛ぶ姿を、グレイは黙って見送った。

 そして、二人の男と相対する。

 

「さて、どっちからやる? 二人同時でも、俺は構わないぜ?」

 

 露骨なグレイの挑発に犬面の男が反応した。

 

「でめえ俺達を嘗めてるだろ! 嘗めてるだろ!」

 

 今にも飛び掛かりそうな犬面の男を眉毛の男が制止する。

 

「挑発に乗るな」

「乗ってねーよ!」

 

 嘘を吐けとグレイは思ったが口には出さない。言葉での戦いはあまり効果的な相手ではないと判断したのだ。

 どちらが戦端を開くか……。その緊張感が場を支配する。

 そして、時は来た。

 けたたましいエンジン音が轟いたのだ。

 

『あん?』

 

 予想外の音に三人が同時に村の入り口に目を向けた。そこにはバイクに二人乗りをした男達が見える。まっすぐに村に向かってきて入口をそのまま突っ切り――――――――消えた。

 

「何だ、今の! 消える魔法かよ!」

 

 犬面の男は驚愕の声を上げるが、眉毛とグレイはその瞬間の音をはっきりと耳にしていた。

 落下音と激突音を。

 グレイは隙を見せないように注意しつつも、ゆっくりと入口に近付く。そこには落とし穴が作られており、中にはバイクと二人の男が落っこちている。

 

「何で……落とし穴……」

「と、止まった……」

 

 別の理由で目を回す二人に溜息がこぼれるグレイだった。だが、二人は即座に体を起こすと、自力で穴から這い出して来る。敵の二人組も、そのタフさにはわずかに感心したような表情を見せた。

 

「よっしゃあ! まだ村が残ってたな!」

 

 そう叫ぶナツは、マシンウィンガーから降りられたために体調も気力も十分に満ちていた。晴人も這い出して来ると右手の指輪をかさしてコネクトの魔法で落とし穴からマシンウィンガーを呼び出す。

 

「お前も魔導士なのか?」

「ああ。指輪の魔法使いだ」

 

 グレイの問いに晴人は指輪を見せて答えた。

 

「そいつは晴人ってんだ。で、そっちの変態半裸野郎がグレイ」

「誰が変態だ、このクソ炎! 暑苦しいんだよ、てめえは」

 

 ナツからの紹介が大層不服だったグレイは全力でナツを睨みつける。ナツも拳を構えて今にも喧嘩を始めそうな勢いだった。

 

「あれ? ナツ、氷割れてるな」

「ん?」

 

 そう言われてナツが自分の体を見下ろすと、胴体を覆っていた氷が晴人の言葉通りに砕けてなくなっていた。

 

「よっしゃあああああああ!」

 

 思わず飛び跳ねて喜ぶナツの姿に、晴人はどれ程苦痛に感じていたのかを、ぼんやりとだが理解する。

 

「これでお前達を全力でぶっ飛ばせるぜ」

 

 獰猛な笑みを浮かべて指の関節をボキボキと鳴らし、ナツは男達を睨みつけた。普通の者なら恐怖で動けなくなるであろう闘気を受けて、それでも男達は微動だにしない。実践慣れしている証拠だ。

 

「さてと……霊帝とやらの目的を話してもらおうか」

 

 晴人もコネクトで召喚したウィザーソードガンを構えて告げる。全面戦争の準備は整った。

 しかし、だからこそ、グレイはある提案をする。

 

「なあ、晴人って言ったか? お前の魔道二輪、貸してもらえるか?」

「良いけど、どうすんだ?」

 

 当然の晴人の疑問。

 

「ここはお前達に任せる。俺は一足先に霊帝ってやつのとこに向かう」

「へっ! 逃げんのか?」

「違ぇよ」

 

 グレイの言葉に挑発を投げかけるナツだったが、あっさりと否定される。

 

「ちょっと確かめたいことがあるんだ」

 

 真剣な目は、先程ナツと言い争いをしていた者と同一人物とは思えないほど鋭かった。そこには唯純粋な気持ちがあると晴人は読み取る。人の心《アンダーワールド》を覗いてきた経験からの勘だったが、晴人はそれを信じた。

 

「分かった」

「サンキュー!」

 

 晴人の承諾に短く礼を告げてグレイはマシンウィンガーに飛び乗る。一瞬ノーヘルのことを注意すべきか迷った晴人だったが、異世界で自分の世界の法律に基づいた常識を語っても仕方ないと思い直し、グレイに背を向けて敵と対峙した。

 だがその視界に入ったのは、敵以上に鋭い目つきで睨みつけるナツの顔。晴人の思考が困惑で彩られる。

 

「テメェ、ずりぃぞ! あの仮面野郎は俺がぶっ飛ばすんだ!」

 

 堂々とグレイを指差して怒鳴りつけた。

 

「おいおい……」

 

 あまりに感情的な言葉に晴人は溜息を吐くしかない。短い付き合いだがナツは自分に素直なのだろうと想像はできていたが、実戦という状況においてもこれ程とは思ってもみなかったのだ。

 だが呆れはするがそれがナツへの印象を下げたりはしない。晴人にとって感情を露わにするという行為はとても人間らしく映るもので、それを否定する気持ちは湧かなかった。

 直情的な友人が多いことも理由の一つではあるが……。

 

「じゃあこいつらはどうするんだ?」

「こいつらも俺がぶっ飛ばす!」

 

 当然の晴人の問いにはっきりと明確に回答を提示したナツだった。

 どう説得したものかと頭を悩ます晴人に、今度はグレイから質問が飛んでくる。

 

「なあ、こいつのSEプラグはどこだ?」

「SEプラグ?」

 

 首を傾げる晴人にグレイが説明した内容はこうだ。〝Self Energy Plug〟通称〝SEプラグ〟は操縦者の魔力を魔道二輪に供給する部品である。これによって魔道二輪は馬車よりも速く走ることができる。

 最後までそれを聞き終わった晴人は短く答えた。

 

「いや、そんなのないし」

「マジか! じゃあなんで動くんだ、こいつ?」

「ガソリン」

 

 驚愕するグレイだったが、お互い優先事項が分かっている二人の会話だ。話しながらもバイクに跨り発車準備に入るグレイと、それを邪魔されないように警戒する晴人。お互いの役割分担は完璧にこなしていた。

 エンジンが入ったままだったマシンウィンガーの唸りがグレイの操作で大きくなる。

 

「入口の落とし穴のこと忘れたのかよ!」

 

 何故か犬男が怒鳴った。だがその指摘の通り落とし穴は未だにその口を全力で開いている。このままでは晴人とナツの二の舞だ。

 しかしグレイはそれに得意気な笑みを浮かべ、魔法を以って返事とした。

 落とし穴が氷の床で覆われたのだ。

 

「てめぇ何でもありかよ!」

「ありさ!」

 

 またしても激昂する犬面男にグレイは悪戯に成功したように口角を上げマシンウィンガーを走らせる。一気に加速して氷の橋も渡り村を飛び出して山の頂上を目指しその姿を消した。

 

「くっそぉおおおお! さっさとこいつらぶっ飛ばしてグレイの奴を追わねぇと!」

 

 悔しげに地団太を踏むナツだったが、眉毛男はその言動が気に入らないらしく、その特徴的な長い眉毛を震わせている。

 

「この俺をさっさと倒すだと? 随分甘く見られたものだ」

 

 眉毛の男は右手を大きく払った。

 

「波動!」

 

 その掛け声で眉毛男の正面から不可視の衝撃がナツに迫っていく。何故、不可視なのにその軌道が分かるのか。それは衝撃が地面を削りながら迫っていくからだ。

 しかし威力、大きさを共に物語る現象に対してもナツは余裕の笑みを消さない。

 

「は、こんなもの! 火竜の――」

 

 大きく息を吸い込むナツ。しかし突如その顔を歪め真横に飛び退った。

 回避で四つん這いになった体勢のまま、先程吸い込んだ息を吐き出す。

 

「――咆哮!」

 

 本物の(ドラゴン)に匹敵すると言われる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)(ブレス)だ。それはその気になれば大地すら融かしてしまう。

 だが眉毛男は圧倒的な炎の(ブレス)を前にしても微動だにせず、不敵な笑顔を浮かべたまま再び右手を大きく払った。

 

「波動!」

 

 掛け声と共に今度は眼前に迫っていた炎が消える。

 その間にナツは立ち上がり体勢を立て直した。自分の魔法が無効化されたが、表情に焦りの色は浮かんでいない。

 

「ふ……。迎撃ではなく回避を選んだか。初見でよくぞ我が波動の性質を見破ったものだ」

「何か炎じゃ駄目な気がしたんだよな」

 

 余裕の籠った称賛にナツは冷静に返事をする。今までの感情的な挙動が演技かと思える程だ。戦闘に関してはある種プロフェッショナルなのかと晴人は密かに驚嘆した。

 

「つーか俺を無視すんなよ!」

 

 ずっと睨み合いをしていた犬面の男が晴人にキレる。ナツと眉毛の戦いに気を取られていたのはお互い様だと思いながらも、これがこの男の性格なのだろうと、どこか諦観する晴人。

 そんな晴人に犬面は得意気に自分たちのことを語り始めた。

 

「お前ら、俺達はあの聖十(せいてん)大魔導のジュラがいる蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の所属だったんだからな!」

 

 自分語りも何故か怒鳴り散らしていたが、そろそろナツや晴人も馴れてきている。異世界から来た晴人には分からないが、その自信から聖十大魔導とはこの世界では一目置かれる存在なのだろうと理解した。

 それを裏付けるように、眉毛男も得意気にその右手の掌をこちらに向ける。

 

「俺はその中でも特に対魔導士を専門としていた。俺の手から放たれる〝波動〟は全ての魔法を中和・無効化する」

 

 ナツの勘は正しかった。もし魔法による迎撃を行おうとした場合、魔法を無効化され直撃を食らう筈だったのだ。

 説明は終わったのか、眉毛が沈黙しナツも殴りかかる構えをとった。だが晴人にはどうしても言わなければならないことがある。緊張感が高まる二人の間に、言葉を以って晴人は割って入った。

 

「なあ、眉毛君。あんまり派手にやらないでくれないか? 家が壊れる」

 

 先程ナツに向けて放たれた波動は、避けられたために目標を見失い、直線状になった民家を吹き飛ばしたのだ。

 

「変な渾名を付けるんじゃねぇよ! 俺はトビー! そいつはユウカだっての!」

 

 犬面――トビーがそう叫ぶがもはや誰も意に介さない。唯眉毛の特徴的なユウカがにやりと悪い笑みを浮かべた。

 

「丁度良い。俺達の目的は村の壊滅だ。このまま村ごとお前達を潰すとしよう」

「へっ、やらせるかっての」

 

 指を鳴らしナツが構える。腰を落とし姿勢を低くして――。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 炎を纏った拳で殴りかかる。

 周囲に配慮しての接近戦だ。

 

「波動!」

 

 だがそれもユウカの波動に防がれる。

 そして仲間が優勢と見るやトビーも晴人に飛びかかろうとした。

 

「おっと!」

 

 だが晴人は手にしたウィザーソードガンを発砲して機先を制する。直接当ててしまうと大怪我では済まないため足元に着弾させたが。昼間の遭遇と今のナツとユウカの戦闘から見た晴人の、生身の身体能力はこの世界の魔導士に敵わないという考えゆえの行動だった。

 動こうとする先に銃を撃つことで動きを封じる。魔法の指輪の大半を失っている現状で晴人が打てる唯一の手だった。

 

「お前戦う気あるのか!」

 

 トビーが痺れを切らして怒鳴る。主体的な行動を制限されれば当然の反応ではあるのだが、常に叫びすぎてもはや誰からも気に止めてもらえない。

 しかしそれは逆に制止する者もいないということであり、トビーの絶叫はむしろ勢いを増していった。

 

「この俺の〝麻痺爪メガクラゲ〟にビビったのかよ! さっきから光らせてる指輪は見かけ倒しかつーの!」

「…………光る?」

 

 疑問に思い指輪を見てみるが、右のドライバーオンウィザードリングも左のフレイムウィザードリングも静かに指に鎮座しているだけだ。

 

「別に光ってないみたいだけど?」

「光ったんだよ!」

 

 自己の主張を変えるつもりはないらしい。晴人は層判断して、少しだけ意識を指輪に向けることにした。具体的には両手で銃を構えてその手を視界の中に収める方法だ。

 

「火竜の――」

「無駄だ。波動!」

 

 ナツとユウカの戦いは未だに膠着状態が続いている。村を破壊させない為に接近戦を挑み続けるナツとそれを防ぐ波動を放つユウカの図だ。

 

「――砕牙!」

 

 横薙ぎに炎の爪がユウカを襲うが、波動はその炎を一瞬で散らせてしまう。

 

「俺に魔法は効かん」

「魔法じゃなきゃいいんだろ?」

 

 ニヤリと笑ったナツは炎が消えてもなおその攻撃を止めなかった。爪を立てた右手がユウカの顔面に襲い掛かる。

 

「甘いな!」

「何だと――――ぐあぁああああああああっ!」

 

 迫る爪を前にしてもユウカは回避行動すら取らなかった。それは自らの波動の力を十分に知っているからだ。

 ナツは波動の超振動をその手に直接受けて悶絶する。

 

「我が波動は振動する魔力。肉体をバラバラにすることも簡単だ」

 

 説明をしているのは余裕の表れだ。ユウカにとってナツは(晴人も含めて)格下の相手でしかないという認識がある。

 それを感じ取るからこそ、ナツの魂は熱く燃え上がった。

 そして晴人も。

 

「…………光った」

 

 トビーの言葉が真実だと理解する。抜けて所のある言いだしっぺは気付いていないが、晴人にはその原因も把握できた。なのでトビーが動かないように警戒しながらも右手の指輪を交換する。

 

「物は試しだ」

 

〈エクステンド・プリーズ〉

 

 右手をベルトにかざすと、その音声と共に晴人の左側に魔法陣が展開された。銃を持ちかえ左手を魔法陣に突っ込むとその腕が伸び、奇妙な軌道を描きながらナツへと向かっていく。

 

「ナツ!」

「あ? て、どぅわ!」

 

 突然の晴人の呼び掛けにナツは反応するが、自分の許へと腕が伸びてきていることは想像できなかったようで、気持ち悪いと騒ぎ立てる。晴人はそんなナツを気にもかけずに要件を告げた。

 

「ちょっとその指輪を取ってくれ」

「これか?」

 

 右手の中指にはめられた赤い指輪をナツが外す。

 

「で、それを握って魔法を使ってくれ」

「あん? こうか?」

 

 ナツは指輪を握りしめると、その拳に激しく燃え盛る炎を灯した。バーナーのような火炎を纏った拳を誰もが注視する。

 

「つーか何のつもりだよ!」

「悪足掻きでもしようというのか? 面白い」

 

 トビーもユウカも、これから起きる出来事に興味がある様子。それは勿論余裕があるからこその行為ではあるのだが、晴人はむしろ楽しそうに微笑む。

 二人の驚く姿を想像しているのだ。

 

「な、何だこれ!」

 

 突如ナツが叫び声をあげた。

 そう、ナツの拳から激しい光が溢れ出したのだ。

 それは指輪そのものが放つ魔法の光。晴人は自分の仮説が的中したことを喜ぶ。

 

「よし。じゃあ指輪を返してくれ」

「お、おう……」

 

 呆然としている周囲を余所に、掌へとナツからウィザードリングが返却されたこと確認して伸ばしていた腕を縮める。七、八メートルはあったであろう腕は瞬く間に通常の長さへと戻った。

 

「やっぱり……」

 

 晴人は手の中の指輪を見つめる。そこからは先程までは感じられなかった強い力の存在がはっきりと伝わってきた。

 空間移動の際の魔力を吸われる感覚。それは晴人のものだけではなく、魔法石から生まれた指輪の魔力も奪っていたのだ。フレイムウィザードリングが使えなかった理由は指輪の魔力不足だった。

 では足りないものはどうすれば蘇るのか。答えは至極単純だ。足りなければ補えば良い。

 しかしそれは唯の魔力では駄目だった。フレイムウィザードリングは火のエレメントを持つ魔法石でできている。当然、補充される魔力も火の属性でなければならない。

 だからナツの炎に反応をした。火属性の魔法に魔法石が反応したのだ。

 

「さて…………」

 

 復活したフレイムウィザードリングを左手に填め、晴人はトビーに目線を向ける。何が起こったのか分かっていないトビーは大声で喚いていた。

 

「てめぇ、何したんだよ! あの光は何なんだ!」

 

 その問いに、晴人は不敵な笑みで答える。

 

「希望の光さ」

 

〈ドライバーオン・プリーズ〉

 

 ソードモードに切り替えたウィザーソードガンを地面に突き刺し、指輪を付け替えた右腕をベルトにかざす晴人。するとベルトにウィザードライバーが出現する。両手で左右のギミックを操作すると待機音が流れ始めた。

 

〈シャバドゥビタッチヘーンシーン! シャバドゥビタッチヘーンシーン!〉

 

 左手に赤い魔法の指輪を填め、晴人はその指輪に右手の指を添える。

 

「変身」

 

 その掛け声で指輪の側面につけられたメガネのような形の金属部分が降りてきて、まるで顔のような指輪になった。

 

〈フレイム・プリーズ・ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!〉

 

 晴人が左手の指輪をベルトにかざすと、その音声が鳴り全身を包むほどの魔法陣が現れる。左方向から迫ってくる魔法陣に手を伸ばすと、指先から順に魔法陣を潜っていき、晴人の姿が変わっていく。

 赤いマスク、黒い装束、マントのように翻った裾。

 文字通りの変身だ。

 

「さあ、ショータイムだ」

 

 突き刺していたウィザーソードガンを引き抜き、晴人はトビーに切りかかる。

 トビーもそれに反応し、伸ばした爪で晴人を襲う。

 生身であれば防ぎきれないであろうトビーの攻撃を、変身した晴人は県であっさり受け流した。

 

「おおーん!」

 

 犬のような雄たけびを上げトビーの左右十本の爪が迫る。

 だがそれを晴人は華麗な体捌きと剣捌きで体にかすりもさせない。

 変身することで晴人の身体能力及び知覚能力は劇的に向上しているのだ。

 

「ワンちゃんが引っ掻くってのはイメージと違うな」

 

 距離を取り晴人は軽口を叩く。頭部を覆うベゼルフレイムで表情は読み取れないが、その声色に現れた余裕はトビーもはっきりと感じ取った。

 

「お前本気でやってねぇだろ!」

「かもな」

 

 怒りのトビーだが晴人は気にも留めない。再び右手の指輪を交換し、ベルトのギミックを弄るとハンドオーサーが動く。

 

〈ルパッチマジックタッチゴー! ルパッチマジックタッチゴー!〉

 

 右手をかざす。

 

〈コネクト・プリーズ〉

 

 晴人の目の前に赤い魔法陣が現れた。晴人はそこに躊躇なく右手を突っ込む。すると、トビーは背後から自分の肩を叩く手に気が付いた。

 

「何だぁ! 誰だぁ!」

 

 勢いよく振り返ると、そこには赤い魔法陣と晴人の右手だけが浮いていた。

 

「あん?」

 

 トビーが状況を理解する前に晴人が動く。

 

「てい!」

「あ痛っ!」

 

 中指の開く力を親指で押さえつけることによって蓄積し、それを解放することで通常以上の速度と威力を持って中指による打撃をトビーの鼻っ柱に加えた。

 要はデコピンを鼻にしたのだ。

 突然の顔面への衝撃と痛みに、トビーは思わず打撃点を手で押さえた。麻痺爪メガクラゲの伸びた手で……。

 

『あ………………』

 

 晴人とトビーが呟くのは同時だった。予想だにしなかった事態と、うっかりミスを犯してしまった者が、別の意図ながら同じ呟きを発したのだ。

 だが、次の言葉は一人だけだった。

 

「あんぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!」

 

 上がる悲鳴は当然トビーの物。掠っただけで麻痺して動けなくなると豪語するだけあり、トビーは一瞬で動けなくなって倒れ伏す。

 顔を押さえたとき、爪が刺さったのだ。

 

「チビレタ……」

 

 顔面も麻痺したのか、舌足らずな口調でトビーは倒れた。あまりに予想外な展開で晴人の方も閉口するしかない。

 

「………………変身した意味、ないじゃん」

 

 やっとそう呟いたとき、せめてナツの援護でもと考え視線を向けると、既に決着はついていた。

 

「火竜の炎肘!」

「そんな馬鹿な!」

 

 ナツは肘から炎を噴出させることによって拳を加速させユウカを殴り飛ばす。その一撃でユウカは完全に気を失い沈黙した。

 

「ようし! さっさとグレイを追うぞ、晴人! 急がねぇとグレイが仮面野郎をぶっ飛ばしちまうからな!」

 

 拳を握りしめるナツに晴人はやれやれと嘆息しながらも同意して頷いた。

 ナツはその姿に興味を持ったらしい。

 

「へぇ。エルザみてぇな魔法を使うんだな」

「似てる?」

「ああ。つうかやっぱり(ドラゴン)の匂いがするんだよな~。しかもさっきよりも」

 

 ナツの指摘は正しい。晴人の魔法は全て晴人の中にいるウィザードラゴンの魔力を基にしている。(ドラゴン)の匂いがするのも当然のことだ。

 しかし晴人にそれを説明するつもりはない。そうすると過去の出来事を話さなければならなくなるかもしれないからだ。晴人は自分の暗い過去を話すのを嫌う。苦しみを隠してしまうのは善か悪か判断はつきかねるが、操真晴人というパーソナリティの根幹であった。

 

「ま、それよりも早くグレイを追おうぜ?」

「そうだった! 急がねぇとグレイの奴があの仮面野郎を倒しちまう!」

 

 叫んで駆け出すナツに晴人は苦笑する。あれだけ喧嘩をして仲が悪そうなのに〝敗北〟を全く考慮に入れていない発言をするナツ。それは心からの信頼の表れなのだろうと感じたからだ。

 

「…………俺も行きますか」

 

 ナツの後を追い晴人も駆け出す。

 目指すは山頂。

 倒すべきは――――霊帝。



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兄弟弟子

「すげぇな、こいつは」

 

 山道をマシンウィザードで駆け上りながらグレイが呟く。魔力を用いない動力とは思えない力強さに感嘆しているのだ。魔力を使ったとしてもそこらの魔導士が乗った魔道二輪とは比較にならない。

 迷うことなく一直線に山頂を目指す。山頂には未だに紫色の月光が一本の光線となって降っていて、その余波か山道は夜にしてはかなり明るい。それが意味するとこをグレイは把握してはいないが、その場にいるという男には心当たりがあった。

 山頂の遺跡が見える。アクセルを吹かせて加速し、重心を後ろに下げてバイクの前輪を上げることによって遺跡の階段に引っ掛けた。そこから更に加速をかけると、後輪の回転速度が上がりパワーも上昇、そのまま車体を階段に沿って押し上げる。

 激しい振動に上下しながらもグレイはマシンウィンガーで階段を上り、最上段に飛び出した。

 

「来たか――――――?」」

 

 そこには悠然と佇む仮面の男の姿がある。男はグレイの姿を目にすると、一瞬だが全身を硬直させた。

 グレイの予想が確信へと変わる。

 バイクを停め降りると、グレイは油断なく男と対峙する。男の硬直は既に解けており、むしろ逆に可笑しそうなにやけた笑みを仮面の奥から見せていた。

 

「まさか、侵入者の仲間にお前がいるとはな……グレイ」

 

 男は仮面を外す。二人の間に顔を隠す意味がないことを男も分かっていたのだ。

 仮面の下からは十代後半、若い男の顔が現れる。

 

「リオン…………」

 

 呟いたのは男の名。グレイにとっては兄弟にも等しい存在だ。

 

「久しぶりだな。こんな所で再会するとは思わなかったが」

 

 くくっと肩を震わせて笑うリオンをグレイは睨みつける。

 

「村を壊す命令をしたらしいな! いったい何のつもりだ!」

「俺の目的の邪魔をしたからだ」

 

 糾弾を物ともせずリオンはそう言い切った。あまりに手前勝手な言い分はグレイの怒りを煽る。だが今にも掴みかからんばかりの表情をしながらも、奥歯を噛みしめ拳を握り込みグレイはその場に踏み止まった。

 

「……ウルに恥ずかしくないのか、リオン」

 

 絞り出すようなグレイの言葉には、どこか縋るような必死さが感じられる。

 〝ウル〟の名を出した以上、その重さはこの二人にとって最後通牒以外の何ものでもなかった。

 しかし。

 

「ないな。俺はウルを超える。それが弟子である俺の使命だ」

「~~~~~~っ!」

 

 リオンの一言がグレイの怒りを爆発させた。

 

「なら! 弟弟子として俺がここで叩き潰す!」

 

 冷やかな笑みを浮かべる兄弟子(リオン)に向かい、弟弟子(グレイ)が両手を構える。

 

「アイスメイク・大槌兵(ハンマー)!」

 

 巨大な氷の槌がリオンの頭上で形成され、猛烈な勢いで落下する。リオン毎床を砕く一撃を前に、リオンは片手を突き出した。

 

「アイスメイク・大猿(エイプ)

 

 リオンの目の前に氷の大猿が現れ、大槌を受け止める。そして返す刀で魔法を使用した。

 

「アイスメイク・大鷲(イーグル)

「アイスメイク・(シールド)!」

 

 正面に氷の盾を展開するグレイ。しかしリオンはそれを冷笑する。

 

「ふ、忘れたのか?」

 

 六羽の氷鷲は曲線の軌道を描いて盾を回避しグレイに襲い掛かった。肩や腹に直撃を受け、グレイは吹き飛ばされる。

 

「お前の〝静〟の造形魔法に対し、俺は〝動〟の造形魔法を得意としていることを」

「くっ! 氷欠泉(アイスゲイザー)!」

 

 吹き飛ばされた勢いを利用し姿勢を整えると、そのまま両手を地面についたグレイの正面から、氷が間欠泉のように吹きあがりリオンに襲い掛かる。

 

氷欠泉(アイスゲイザー)

 

 だがそれも、リオンが片手を振るうことで起こる同様の魔法に打ち消された。二つの氷欠泉(アイスゲイザー)は丁度中心でぶつかり合い巨大な氷柱と化す。

 

「進歩のない男だ。お前は一度も俺に勝てたことはないだろう?」

 

 余裕の態度を崩さないリオンに、グレイは鋭い視線を向ける。二人の間の緊張感が増し、呼応するかのように氷柱が砕け散った。

 飛び散る氷結が光を反射し、二人の男を照らし出す。

 

「昔の話だろうが。あの時とは違うぜ」

「同じさ。お前は変わらない。ウルを殺したあのときから」

 

 その言葉にグレイの表情が強張った。自分を鼓舞するように強く拳を握り叫び声で反論する。

 

「違う! ウルは――――」

 

 だがそこから先をグレイは口にすることができなかった。それをリオンは消極的な同意だと捕らえたらしい。更に得意気に嗜虐的な笑みを浮かべグレイを嘲る。

 

「だが俺はウルを超える」

 

 そこにあるのは強大な自信と侮蔑。そして狂気だった。兄弟子のその姿にグレイは言葉を失ってしまう。

 ウルを失ったとき、こうなることは運命付けられていたとグレイは悟るのだった。

 

「リオン、もうウルを超えることはできないんだ……誰にも」

「だからお前は愚かなんだ。ウルを超える手段はある」

 

 片手を構えたリオンの言葉に反射的に構えを取っていたグレイは驚愕する。その様子にリオンは満足したらしい。不出来な生徒に正解を教える教師のような顔をする。

 

「あのウルでさえ命を賭して封印することしかできなかったあの悪魔を倒せば…………俺はウルを超えるのだ!」

「悪……魔……だと」

 

 グレイの脳裏を幼い頃の記憶が走る。両親を失った記憶、そして……師であるウルを失った記憶。燃える町と響く悲鳴を背景に、グレイの前にそびえ立つ巨大な影。

 

「まさか……デリオラを……」

「そうだ! 俺は長い時をかけてデリオラの封印を解く方法を探し、遂に見つけた! それがこの島の魔法、月の雫(ムーンドリップ)だ!」

 

 高らかに笑い声をリオンの姿は正に狂信者のそれであった。全身から冷たい汗が噴き出すのグレイは止められない。

 

「…………デリオラを復活させる訳にはいかねぇ」

 

 構えた両手に魔力を込める。

 

「アイスメイク――」

 

 青い魔法陣が展開された。

 

「アイスメイク・白竜(スネードラゴン)

 

 しかしリオンの氷の竜が先にグレイに襲い掛かる。魔法の展開速度に追い付けず、グレイは腹部に噛み付かれた。

 

「ぐぅ……っ」

 

 思わず零れるグレイの苦悶をリオンは冷たい視線で見下す。

 

「やはりお前は何も変わってはいない。その両手で造形魔法を使おうとするところも、何もかもだ」

「ぐ……片手の造形魔法はバランスが悪い…………ウルの、教えだろ」

 

 氷の牙を何とか外し、傷口を氷で塞いで出血を抑える。氷の造形魔導士ならではの救急処置だ。だがダメージが回復するわけではない。グレイは痛みに耐えて立ち上がる。

 その気力すら、リオンは嘲笑した。

 

「だからお前はウルを超えられないのだ」

「…………ウルは、殺させねぇ」

 

 答えは既に会話の体を成してはいない。だがその一言に込められた思いがグレイを突き動かしてた。

 だがその言葉にリオンは激昂する。

 

「ウルを殺したのはお前だろう!」

 

 再び襲い掛かる氷の竜をかわす余力はグレイにはない。正面から氷の竜に挑むしかない。

 

「違う……」

 

 迫りくる竜の顎に両手を添えた。

 

「ウルは生きている!」

 

 その瞬間氷の竜が凍りつく。

 凍らされた顎門に罅が入り、それは即座に全身へと伝播していく。とうとう自重を支えきれなくなったのか、氷の竜はグレイの氷と共に砕け散った。

 

「生きているだと?」

「そうだ!」

 

 グレイは叫んで真っ直ぐにリオンに殴り掛かる。振りかぶった拳をリオンの顔面に向けて振り下ろした。

 

「ふん……」

 

 しかし痛みで僅かに速度の落ちたパンチを見切り、逆にその腕を掴み取って床に叩きつける。

 

「がはっ!」

 

 衝撃で肺の空気を吐き出しグレイは悶絶した。間髪を入れることなくリオンはその首を押さえて意識を刈りにいく。無くなった酸素を求めて空気を吸いこもうとするグレイだが、リオンの手が気管を圧迫してそれもままならない。

 その眼の光が急速に失われていく。

 

「……あれはウルじゃない、唯の氷だ」

 

 リオンはグレイの耳にはっきりと届くように告げた。

 驚愕し目を見開くグレイ。必死にリオンに手を伸ばすがそこには一切の力がなく、唯震えながら伸ばされるだけだ。

 

「………………リオン」

 

 そう呟いてグレイは気を失った。

 

「フン……」

 

 詰まらなそうに手を離し、リオンはグレイの体を凍らせる。意識を取り戻したとしても動くことができないように。

 

「おや、止めはお刺しにならないので?」

「ザルティか」

 

 どこからともなく現れた小柄な老人は楽しげに笑いながらリオンに近付いてきた。仮面をかぶる怪しい風体だがリオンには既知の男である。

 

「やはり弟弟子には情がおありでしょうか?」

「情?」

 

 ザルティの言葉にリオンはグレイを一瞥する。気を失い頭以外を氷漬けにされた男を見て、リオンの頭に浮かぶ感情は――。

 

「馬鹿な。俺はウルを超える男、霊帝だ。情などない」

 

 冷たい野心だけだった。



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