Curry diary (ユウマ@)
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新作カレーパンです、シエルさん

のんびり過ごすコトに憧れたのです。
ゆるゆると書いていきましょう、ゆるゆると読んでくだされば。


「……」

今、遠野志貴は岐路に立たされている。

目の前にはやたらと豪華な装丁のメモ帳。俺たちの様な学生が気取って持つ、と言うには余りにも豪華なソレは、しかしそこが問題ではない。

 

 

問題はこれが、無造作に茶道室に置かれていた(・・・・・・・・・・・・・・)というコトだ。

 

俺は茶道室を利用する人を1人しか知らない。少なくとも、明らかに私物であろうものを持ち込むのなんてのは。

 

 

「先輩の…だよな、多分」

 

 

この茶道室の主にして頼れる裏の生徒会長、シエル先輩。俺と先輩はかくも奇妙な縁によって、こうして放課後に茶道室でお喋りなんかする様になったのだが、それはそれとしてだ。

 

 

 

「………気に、なる」

 

 

今、茶道室には俺だけだ。鍵はかかっていなかったが、肝心の先輩は席を外していた。つまりコレは、このメモ帳の中身を見る絶好のチャンスではないか。

 

理性と好奇心で、天秤を揺らす音がする。俺は───

 

 

 

「ちょっとくらいなら…良いか?」

 

 

誰に言うでもなくそう呟いて、メモ帳を手に取る。そもそもしっかり者の先輩が、見られて困るものをそんな無造作に置くとは思えない。つまりこの中にはここに立ち入る人に見られても困らない───例えばこの街の吸血鬼に関する情報とか、きっとそんなモノだ。なら、関係者の1人として知っておくくらいでバチは当たるまい。

 

 

言い聞かせるように、心の中でぐるぐると考えを巡らせる。そして深く息を吸い、俺はメモ帳を開いて───

 

 

 

 

 

「ごめんなさい遠野くん、お茶請けが無かったものですから急いで購買部に…おや?どうしたんですか、そんなに背筋を正しちゃって」

 

 

 

背後から、聴き慣れた声がした。ゆっくりと振り向くと、彼女…シエル先輩は、がさりと購買部の袋を鳴らしながら茶道室に入ってくる所だった。

 

「や、やぁ先輩。別にお茶請けなんて良かったのに」

「そうはいきません、食べものが無いと楽しさ半減ですからね。…それで、遠野くん。その手に持っているのは…」

 

 

バレている。背中になっていて完全に見えないはずなのに察知している先輩に対して、下手なコトを言うのは逆効果だと肌で実感する。

 

 

「いや、コレは単純な興味で、けして下心があったわけじゃ───」

 

 

と。先んじて振り返った俺の眼に映ったのは、水を得た魚の如く目を輝かせる先輩の姿だった。

 

 

「そうですか…遠野くんもようやくカレーに興味を持ってくれたんですね!」

「せ、先輩…?」

 

 

気付けば先輩はこの一瞬で俺の手からメモ帳を奪い取り、お茶まで淹れてすっかり気合の入った様子である。

 

「このメモ帳はですね───私がこの街で食べた美味しいカレーを余さず記した秘伝のメモ帳なのです。コレを手にする時は人にカレーの素晴らしさを伝える時だと思っていましたが…まさか遠野くんが自ら手に取って頂けるとは!」

 

「い、いえ俺はここに置いてあるのが不自然だったからで…!」

 

弁明をしようとする俺の前に、1つの包みが差し出された。…この包みは、見覚えがある。確か先輩が苦労して販売させたという───

 

 

「……カレーパン、ですか?」

「はい、カレーパンです。このメモ帳にはまだ載せていませんでしたが、折角ですのでぜひ遠野くんの感想も聞かせてください」

 

…先輩は期待に満ちた目で見つめてくる。どうも俺は、こういう目には弱いのだ。

幸い、空腹感はそれなりにある。カレーパンひとつ食べるコト自体にはなんら問題はない。問題は、既に食べたコトのある物に対してその期待に応えられる様な反応が出来るかだが。

 

考えても仕方がない。意を決して包みを手に取り、丸い揚げパンに大きくかぶりついた。

 

「……」

「…どうですか?」

 

気のせいだろうか、前回よりもスパイスが効いている様に感じる。ごろごろとした具材とよく合う、程よい辛さだ。おまけに温かい。学食以外で温かいモノが食べられるなら、それはかなりの革命に思えるような…?

 

「ふふ、さすが遠野くん。この辛さの違いが分かりますか。その通り、最初に販売されたのは万人受けする甘口めのカレーパン。しかし今回販売されたのは少しコア向け、中辛カレーパンなのです!」

 

 

などとドヤ顔で語る先輩は、既に2個目のカレーパンを食べ始めていた。確かに新作ならば、そのメモ帳に載っていないのも納得だ。俺も半分ほど食べ終えたところで、淹れてもらったお茶を飲んでひと息つく。

 

「……」

「どうしました?そんなにぼーっとして…」

 

目の前には、3個目のカレーパンを頬張るシエル先輩の姿がある。こうして取り止めのない時間を過ごしているのは、随分久しぶりな気がしていた。

 

「いえ、先輩と食べるカレーはいっそう美味しいなって感じてたトコです」

「…そうですか。なら、私も買ってきた甲斐があるといいますか…」

 

 

などと言いながらメガネをいじる先輩も、また眼福ものだ。普段は頼れる先輩だが、こういう時はとても身近に感じる気がして──

 

 

「ところで、遠野くん」

「ん、何でしょう先輩?」

 

気づくと先輩は、あのメモ帳を持っていた。

 

「さっき単純な興味でコレを見ようとした、といいましたが。なら、私と一緒にカレー巡りをしましょう!」

「…え?」

 

先輩は俺の手をとって、楽しそうに笑っている。…その目は、俺の拒否権を陥落させるのには充分すぎる。

 

「……いえ、分かりました。俺で良ければ、付き合いますよ。先輩の好きなモノを食べられるなら本望です」

「なら、決まりですね!早速次に食べに行くカレーを決めましょう!」

 

笑う先輩につられて、俺も笑みを浮かべる。遠くで下校時刻を告げるチャイムが鳴っている。この分では、帰りながら予定を決めるコトになるだろう。

それはなんて幸福なのだろうかと、心の中で思いながら。それを悟られない様に、冷めたお茶を一気に流し込んだ。





「1話読了、お疲れさまでした。では初めていきましょう、“教えて、シエル先生!”努めるのは私、シエルと?」
「…初回は印象が大事というコトで駆り出されました、エコアルクです」
「ええ、遠野くんと私の青春ストーリー…とうとう始まりましたね!」
「始まりませんよ」
「…え」
「今回は数ある事例のひとつに過ぎません。カレーを食べ歩く貴女がメインですから、ラブコメ要素を期待していたのならご了承ください」
「そんな…せっかくのメインヒロインだと…」
「…次回は、傷心の貴女に任せますが。“いつも行きつけのお店でランチでも食べましょう”、とでも。教えて、シエル先生でした」
「私の、恋愛……」


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運命的な出会いです、シエルさん

カレーとは、当然ながら国によってスタイルの変わる食べ物だ。その国独自の具材や作り方がある反面、他所の国に行ってしまえばそれを食べる機会は再びその国を訪れるまでは無いと言っていい。

 

そう思っていた私は、目の前のカレーショップに釘付けにされていた。

 

 

「コレは…やはりこの国独自のカレーではありませんね」

 

 

カレーショップ・メシアン。入り口に置かれているメニューを見る限り、此処は本場インドカレーを専門としている店のようだった。

 

……まさか、この国でも食べることが出来るとは。

この町に潜入して初めてのインドカレーに心を躍らせながら、私は意を決して扉を開けた。

 

 

内装はいかにもインドカレーの店、といった様相だった。無意識的に窓際の席を選んで腰かけ、メニューを開く。

 

 

「ふむ…メニューはほぼあちらの国と同じ、ですか。他にはこの国独自かこの店オリジナルか、トッピングがちらほら…」

 

 

手持ちのメモ帳に目についた特徴を書き込んでいく。カレー好きが高じた結果、こうして任務などで訪れた国ごとに色々なカレーの店を記すのはルーティンの様になってしまった気がする。その内のいくつを再び訪れるコトになるかは未知数だが、もしかしたら記録として残しておきたい本能でも備わっているのかも知れない。

 

 

 

───と。ふとひとつのメニューが目に留まった。

 

 

ランチセット。好きなカレーとサラダ、ナンにラッシーそして、

 

 

「スパイシーチキン、ですか…」

 

 

少しお得な値段で付加価値があるのがセットメニューだが、スパイシーチキンはこの店オリジナルだろうか。とは言え、この国はそこまで辛さを重視するカレーはあまり好まない様だし、あってもアクセント程度だろう。

 

そう思って、私は注文を済ませた。平たくいえば侮っていたと言ってもいい。程なくしてカレーが並んだ時、私は目を見張った。

 

頼んだバターチキンカレーやナンの美味しそうな見た目に惹かれなかった、と言えば間違いになる。だがそれよりも、スパイシーチキンの存在感…その辛さが本物だと一目で直感してのコトだった。

 

 

 

「…いただきます」

 

 

まずはバターチキンカレーから。初めてということもありそこまで辛くない定番をチョイスしたが、かなりクオリティが高い。コクを感じるまろやかなカレーに大ぶりの鶏肉。焼き立てのナンとの相性は抜群、しかもナンは2枚ついている大盤振る舞いぶりだ。

ラッシーも程よい酸味で口の切り替えが出来、サラダもそこに一役飼っている。かなり力の入った本場の空気を、ありありと肌で感じられる。

 

 

「まさか日本でここまでのカレーを食べられるとは…何があるか分からないものです。さて、それでは…」

 

 

本命、スパイシーチキンだ。そこまで辛味を連想させる色でも無いのに食べる前から予感がするのは、代行者としての経験のなせる直感か。

大きく噛みつくと、じわっと肉汁が溢れ出す。同時に、かなりの辛さが脳を叩いた。

 

 

 

 

「……!」

 

 

思わず、ラッシーをぐいっと吸い上げる。バターチキンと一緒では少し甘すぎるかとも心配していたが、それも一気に霧散した。確かにコレはセットで真価を発揮する…!

 

 

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

 

 

ほぅ、とひと息つく。大抵のカレーを食べてきた私だが、ここまでの掘り出し物に会えるとは想定していなかった。何度も通いたいと思ったのは久しぶりだ。ソレは私の仕事が長引いているという、決して良くはないコトだと理解はしつつも、やはり魅力的だ。

 

 

「…うん。ささっと終わらせて、この街を出る前にもう一度来るコトにしましょう」

 

 

 

 

 

そう呟いて、席を立った。時間はまだ昼を少し過ぎた程度で、私の活動時間にはまだ早い。…私はあと何度、この街で昼を見るだろうか?そんなどうでもいい考えを頭でしながら、白昼の中を歩いてゆく。

 

 

 

任務の進み具合に関わらずとも、頻繁に足を運ぶコトになるとは───この時の私は、想像もしていなかったのです。

 




「…本当は1話に持ってくるべきか迷いました第2話、読了ですね。では、今回もやっていきましょう、“教えて、シエル先生!” もちろん私と、」
「…ネコは嫌だと泣きつかれた、エコアルクです。ある程度やったら、本当にネコがアシスタントになりますからね」
「ええ、もちろん分かっています!それで次はどうでしょう?やっぱりラブコメに戻しませんか?」
「カレーとのラブコメならご自由に。次回は貴女ともう1人、特大の爆弾が登場します」
「爆弾って…嫌な響きですね。で、では次回、またお会いしましょう!」


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