Fate/Grand Order『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス -真夏の夢と南の島の一等星-』 (ひゅーzu)
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『プロローグ』/ 第一節『それは熱い胸さわぎ』

 
 
 この物語は、FGO第2部 第6章 『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』のネタバレを含みます。予めご容赦ください。
 「こんなFGOの夏イベントが見たい!」という作者の願望を形にした作品となっておりますので、特に登場する水着サーヴァントは作者のオリジナルも存在しております。
 物語は、全部で「九節」を予定していますが、物語の関係上、やむ無く分割し更新数が増える場合があります。その場合は筆が乗ってしまったということで、何卒お許しください。
 更新の頻度は長くて一週間ごと。早くて3日後だと思っていただければ。不定期ですみません。
 拙い文章ではありますが、お読みいただけますと、作者は大変喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。
 
 


 

 

 

 一つ目の鐘は叫喚(きょうかん)を。

 

 二つ目の鐘は感動(かんどう)を。

 

 三つ目の鐘は波乱(はらん)に満ちて。

 

 四つ目の鐘で夏の魔物(トキメキ)を。

 

 五つ目の鐘には御馳走(ごちそう)ひとつ。

 

 六つ目の鐘とは踊り(うたい)ましょう。

 

 

 お空に響くは常夏の音色。

 

 楽しむ心を忘れなければ、

 楽園の花は咲くでしょう。

 

 ほらほら仲良く想い出たくさん。

 

 煌めく今日が続くのさ。

 

 

 

 

『プロローグ』/

 

 

 

 「…なさい。…目覚めなさい。藤丸 立香。」

 

 

 時は決戦前夜。最後の異聞帯の攻略を前に、わずかな時間だが休息を与えられた自分は、深い眠りについていた。/ …そのはずだ。

 

 

 「マシュ……?」

 

 

 誰かが自分を呼んでいた。確信はなかったけれど、自分を眠りから覚まさせてくれるであろう少女の名前を口にした。

 

 

 「違います。女神からの有難いモーニングコールなのですから、ワンコールで瞼を開きなさい。」

 

 

 「──────!」

 

 

 勢いよく跳ね起きると、自室の中央には、自らを "カレン" と名乗るローマ神話における愛の女神───アムールが、それとなく…そして大胆に我がもの顔で立っていた。

 

 

 「えっと、カレンさん? どうしたの? …もしかして、異聞帯がらみでトラブルが!?」

 

 

 「ええ。トラブルはありましたが、異聞帯は関係ありません。まどろっこしいのは嫌いですので、単刀直入に言います。人類史におけるシミ、特異点の攻略に向かってください、藤丸 立香。」

 

 自らが契約している神霊サーヴァント、カレンは端的にそう口にした。

 

 

 「……いや、いきなりすぎて状況が把握できないんだけど、一体全体どうして?」

 

 

 「理由を説明する必要があるのでしょうか。どちらにせよ、貴方は特異点の攻略に向かわなければならないというのに。…ですが、事情を何も聞かされずに向かわされるのは流石に理不尽ですね。では、お伝えしましょう。……とどのつまり、"夏" です。」

 

 

 

 「─────────は?」

 

 

 

 「慣れていますでしょう?こういうの。………既に同行するサーヴァントはこちらの独断と偏見で選出させていただきました。それでは」

 

 

 「いや、それではじゃなくて!このこと、ダ・ヴィンチちゃんやマシュは知ってるの!?」

 

 

 「もちろん知りませんが?必要ないので。それから、先ほどから抗議の眼差しを向けておいでですが、既に貴方は目的地にいます(・・・・・・・・・・・・)。今の貴方は目を覚ましているようで覚ましていない、現実と夢の狭間の半覚醒状態。私が指一つ鳴らせば本格的に覚醒します。」

 

 

 うん。全くもって動機は不明だが、既に手遅れだということは理解できた。相変わらずハチャメチャな女神である。これはもう受け入れるしかない。

 

 

 「……それで、俺は何をすればいいの?」

 

 「さすがはカルデアのマスター。アポなしのハプニングには慣れっこですね。ですが今回はそう警戒する必要はありません。…貴方はただ純粋に、夏を楽しんでください。」

 

 

 

 「──────え?」

 

 

 「今回の特異点の攻略の鍵はそこです。詳細は特異点先でまたお話しましょう。……では。箱庭(はこにわ)の海、永久(とこしえ)の太陽、朝と夜の円環(えんかん)の中で、愛と毒とチョコレート、煌めくような "ひと夏の想い出" つくっちゃってください♡」

 

 

 指を鳴らす音と共に視界がぼやける。

 世界は曖昧に。まるでティースプーンでかき混ぜられたラテアートのように歪んで、崩れていく。

 

 

 ──────ああ。今年も夏がはじまるらしい。

 

 

 

 

 /『プロローグ』 -了-

 

 

 

 

 

 

第一節『それは熱い胸さわぎ』/

 

 

 真夏の照りつける太陽が肌を焦がす。降りそそぐ陽射しは、溢れんばかりの熱を訴えているようだった。

 

 

 「あの。起きてください。」

 

 

 「……マシュ?」

 

 反射的にその名前を口にした。

 

 

 「…………」

 

 

 返事はなかった。それもそうだ。だって目の前で自分を見下ろしている女の子は、"マシュ" という名前ではなくて──────

 

 

 「──────あれ?」

 

 

 辺りを見渡す。

 照りつける太陽に、どこまでも澄んだ青い空と海。宝石のごとく細かく煌めく砂浜が足下に広がっていた。

 

 

 「あ。ようやく起きましたね。あなた、よくこんなにも熱い陽射しの下でぐっすりと眠れてましたね。正直、最初は目を疑いました」

 

 

 ひと回り大きな麦わら帽子にショートの白いセーラー服を身にまとい、金砂(きんさ)のような髪を風に揺らしながら微笑む目の前の少女に、どこか見覚えがあったのだが、どうしても思い出せない。/ …記憶に欠落がある。

 

 

 「えっと、君は?……もしかして、どこかであったことある?」

 

 

 「…………」

 

 

 再びの無言。それもそうだ。もし面識があるのなら、自分は今とても失礼なことを聞いているのだから。

 

 

 「いいえ。わたしとあなたは初対面です。あなたが覚えていないんですから、間違いないかと」

 

 

 返答は否定だった。そこにどこか違和感を覚えたが、それよりも先に聞くべきことを思い出した。

 

 

 「初対面なら、はじめまして。俺は藤丸 立香。君の名前は?」

 

 

 「丁寧なご挨拶ありがとうございます。藤丸くん。わたしの名前は───」

 

 金髪の少女は、なぜかそこで言葉が詰まっていた。

 

 

 「大丈夫…?」

 

 

 「………はい。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてしまって。わたしのことは、ティターニア(・・・・・・)と。そう呼んでください」

 

 

 金髪の少女────ティターニアはそう名乗ると、微笑んで右手を差し出した。どうやら握手を求めているようだ。

 

 

 「よろしく。ティターニア。さっそくだけど、ここがどこだかわかる?記憶喪失ってわけじゃないんだけど、どうも前後の記憶だけが曖昧で…」

 

 握手をかえして、状況の把握を行なう。特異点の調査で散々やってきたことのひとつだ。

 

 

 「相変わらずですね。いえ、今のは失言です。……ここは」

 

 

 

 「そこから先は私が説明しましょう。」

 

 

 ティターニアの言葉を遮るように、盛大な後光と共に白髪の女神がその後ろから舞い降りた。

 

 

 「まぶしい──────!」

 

 

 「ええ、女神ですので。グッドサマー、いいえ。ゴッドサマーですね、藤丸 立香。本日はお日柄もよく、特異点調査日和ですね。」

 

 

 ──────思い出した。このデタラメな神霊サーヴァント、カレンの指示で自分はこの特異点にやってきたのだった。

 

 

 「……なにをすればいいのか、説明してくれるってことですよね、カレンさん?」

 

 「もちろんです。そういう約束でしたから。…それと、私のことはカレンさんではなく、"真夏のカレンちゃん" と。そう呼んでください」

 

 

 「…はい? 何を言ってるんですか、カレンさ」

 

 

 「 " 真 夏 の カ レ ン ち ゃ ん " と。」

 

 

 「はい!真夏のカレンちゃん!」

 

 

 有無を言わさぬ気迫に押し負けた。

 確かによく見たら、普段の女神らしい装いとは異なり、どこか南国風な格好に様変わりしていた。

 

 

 

 「……よろしい。それでは、今回の特異点調査の概要を説明しましょう。貴方たちが今いるこの場所は、常夏(とこなつ)の島 "ロンディニウム" 。純粋に夏を楽しみたい。そういう者たちが集まる、(いさか)いなき島です」

 

 

 「ロンディニウム……」

 

 

 「これから貴方たちには、この島を拠点として "六つの島" を巡ってもらいます。それぞれの島には、その土地を牛耳(ぎゅうじ)る島民の長、通称 "アイランド・クイーン" が自由気ままに夏を満喫しています。彼女たちを負かして、"純愛(じゅんあい)の鐘" を鳴らすのです。」

 

 

 「──────なんて?」

 

 

 圧倒的な情報量に脳が追いつかなかったが、まぁいつものことである。

 

 

 「その…"純愛の鐘" を鳴らす意図はなんですか?」

 

 

 ちょっと理解が及ぶのが速すぎるよ、ティターニアさん。

 

 

 「良い質問ですね、ティターニア。"純愛の鐘" は、それぞれの島の霊脈と繋がっています。即ち、その島そのものの魔力が篭った鐘なのです。それを六つ全て鳴らすことで、この特異点を消し去る術式を起動できます。それこそが、今回の特異点解決のルートです。………それと余談ですが。"南国の島国で鐘を鳴らす" というのは、ブライダルの鉄板。とても胸が高鳴る催しかと♡」

 

 

 明らかに余談の方が本命に見えるような口振りだった。頭が真っピンクなのでしょうか、この愛の女神は。

 

 

 「"アイランド・クイーン" を負かすと言ってましたが、戦闘による解決をしろと?」

 

 

 「またまた良い質問ですね、ティターニア。ですがその疑問は杞憂です。必ずしも戦闘を行なう必要はありません。どのような手段であれ、彼女たちを納得させることができるのならば、鐘を鳴らすことはできます。血を流さずに済むのなら、それに越したことはありませんから」

 

 

 六つの島を巡って、六人のアイランド・クイーンを負かし、六つの純愛の鐘を鳴らす…大まかな流れは理解したが、ひとつだけ確認しなければならないことがあった。

 

 

 「ちょっと待って。さっきからずっと 貴方たち(・・・・)って言ってると思うんだけど、もしかしてティターニアのことも含んでるのか?…もしそうなら、彼女とはついさっき会ったばかりだし、巻き込むわけにはいかないというか」

 

 

 「はぁ。全く鈍感ですね藤丸 立香。その子は貴方のサーヴァントですよ。言ったでしょう?同行するサーヴァントは私の独断と偏見で選ばせていただいたと」

 

 

 「──────え?」

 

 

 隣にいるティターニアへと視線を向ける。

 確かに意識を向けると、目の前の少女と自分には魔力の繋がり(パス)が通っていることが感じられた。

 すると彼女は、あはは と、話しそびれていたことを誤魔化すように視線を逸らして頭を搔いていた。

 

 

 「…彼女いわく、貴方とは初対面のようですが、れっきとしたサーヴァントです。ですので、しっかりとコミュニケーションをとって、仲良く特異点解決に励んでください。もう質問はありませんね? では」

 

 

 そう言い残すと、カレンは現れた時と同じように、鮮烈な後光に包まれて消えていった。

 

 

 「いや、まだ話は終わってな──」

 

 

 波と風の音だけのしばしの静寂。遠くでカモメが鳴いている。

 そうしてティターニアと互いに目を見合わせて苦笑する。

 

 

 「とりあえず、この島の中央にある街に向かいましょう。他の島を巡るには移動手段が必要ですから、気前の良い船乗りに会えるかもしれません」

 

 「そうだね。向こうの方に建物が見えるから、そっちに行ってみようか」

 

 

 砂浜の海岸を挟んで向こう側に雑多な街並みが見えた。情報収集もかねて、そちらに場所を移すことにしよう。

 

 

 

***

 

 

 「情報収集といったら、やっぱり酒場だよね」

 

 

 南国風の装いをした人々が数をなし、酒場はお祭りのように賑わっていた。

 

 「すごい人の数ですね…」

 

 

 「カレンちゃんの言っていたことが正しいなら、この島の人達は争いを好まないらしいし、思い切って聞いてみたら、色々教えてくれるんじゃないかな。……あの、すいませ──」

 

 

 「ぐわああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

 空のビールジョッキを運んでいる従業員らしき人に声をかけようした時、思わぬ叫び声が酒場にこだました。

 

 「なんだ───!?」

 

 

 振り返ると、大テーブルを2つほど挟んだ向こう側で大男が腕を抑えて倒れ込んでいた。その周りには同じように大柄の男たちが集まって固唾を呑んでいた。

 

 

 「やったぁー!!これで10連勝!約束通り、一杯おごってもらいますからね!あっ、ビールは苦手なので、ココナッツミルクでお願いします!」

 

 

 大柄の男たちの中央、テーブルの向かい側には、一見して華奢な金髪の少女が腕を振って喜んでいた。

 

 

 「すげえ。今の奴この店で一番腕っぷしが強いんだぞ…」

 「ただの腕相撲で身体ごと叩きつけられるなんてことあるか…?」

 「あの娘、さっきから見ていたが一度も休んどらん」

 

 周囲の客たちが次々と感嘆の声を挙げていた。

 そんな彼女に、自分はとても見覚えがある。

 

 

 「ガレス……?」

 

 

 自分が契約しているサーヴァント、ブリテンの英雄譚 アーサー王伝説おける13人の円卓の騎士の一人にして、第七席───ガレスが、そこにいたのである。

 ただ、普段の重々しい鎧は身にまとっておらず、フリルのついたビキニとショートパンツ風の水着を身にまとっており、快活な少女の印象が強まっていた。

 

 

 「ガレスちゃん、あんなに力持ちだったんだ」

 

 同じく隣でティターニアも驚いていた。どうやら彼女もガレスとは面識があるらしい。

 

 

 「あれ?マスターじゃないですか!おーい!」

 

 

 主人を見つけた子犬のように、勢いよくこちらに手を振るガレス。どうやら向こうもこちらのことをしっかり覚えていてくれているようだった。

 

 

 

 「どうしてこの特異点に?俺たちよりも早くここにやってきていたのか?」

 

 

 「はい!アムール神──いえ、真夏のカレンちゃん殿から、お声がかかりまして。こうして一足先にマスターを待っていたのです!」

 

 

 ガレスもどうやらカレンから呼び方を矯正されているらしい。

 

 

 「その割には随分と目立った行動しているようだけど…」

 

 

 ガレスの周りに並んだ空のジョッキを見ながらそう訊ねると、ガレスは照れ臭そうに頭を掻いた。

 

 

 「えへへ。初めは情報収集のためにこの店で強そうな御仁から話を伺っていたんです。でも、とある御仁から "腕相撲で俺に勝ったら教えてやる"と挑発されたものですから… つい熱が入ってしまいまして… 面目ないです!」

 

 「さっき聞いたかぎりでは、報酬は情報ではなくてココナッツミルクだったようだけど?」

 

 

 ティターニアの鋭い指摘がガレスに突き刺さる。

 それを聞いたガレスはギクッと、額に汗を滴らせた。

 

 

 「ううっ仕方ないじゃないですかっ!私の腕相撲を眺めていた御老人の御方が、"お嬢ちゃん、気持ちのいいファイトだ。是非とも腰に手を当ててココナッツミルクを豪快に飲む姿を見せてほしい。なーに、お代は儂が奢ってあげよう。"…なんて言われたものですから、試しに飲んでみたのです。そしたらこのお店のココナッツミルク、大変美味でして!これはもうただで飲めるのなら、飲めるだけ飲んでやろうと、そう思い至りまして!」

 

 

 開き直って、えっへんと胸を張るガレス。

 

 

 「じゃあ、まだ情報はなしってことか…」

 

 

 「そんなことはありません、マスター!後半はココナッツミルク欲しさに腕相撲をしておりましたが、前半はちゃんと情報収集をしていたのです!」

 

 それはなんとも頼もしい。さっそく教えてもらいたいと思った矢先、ガレスはその視線を隣にいるティターニアへと向けた。

 

 

 「お教えしたいところですがその前に。そちらの御仁、お名前を伺っても?」

 

 

 ティターニアはしばらく目を丸くしていた。どうやらガレスは彼女と知り合いというわけではなかったようだ。

 

 

 「…ティターニアと言います。訳あって、わたしも藤丸くんのサーヴァントとして特異点調査に加わっている者です。どうぞよろしく」

 

 

 「こちらこそよろしくお願いしますティターニアさん。…それはそうと先ほど、少しばかり手厳しいお小言を仰っていましたが、マスターの御前ですので、不問にします。ですが。情報がほしいというのであれば、私と手合わせ願えませんか?」

 

 

 「………え?」

 

 

 どういう流れなんだ、これ。

 

 

 「ちょっと待ってくれガレス。彼女は怪しいものじゃなくて、俺たちの協力者だよ。警戒する必要はな───」

 

 「マスターはちょっと黙っててください!なに、簡単な "手合わせ" ですよ。刃を交えるわけではないです。貴女が信頼に足るサーヴァントなのか、その腕前を見せてほしいのです。腕相撲で(・・・・)。もしも私が勝ったら、ここから先の調査は私とマスターの二人で行ないます。……あとついでにココナッツミルクも一杯おごってください。」

 

 

 これは驚いた。サーヴァントの身とはいえ、大の男から怒涛の10連勝。憶測ではあるが、この店のココナッツミルクにはサーヴァントにも効果を持つ少量のアルコールが含まれていたのだろう。ようするに今のガレスは、かぎりなく調子に乗っている(・・・・・・・・)のである。

 

 一体いつからこんなに脳筋になったのか、誰に似たのか。空には笑顔を浮かべるガウェイン卿の幻覚が見える。いや、ここ屋内だけど。

 

 

 「───いいでしょう。その挑戦、受けて立ちます。もしわたしが勝ったら、情報の提供ならびに特異点の調査のために同行する従者となる。そういう条件でいいですね?」

 

 

 挑発にあっさりと乗るティターニア。

 もしかして貴公、負けず嫌いでいらっしゃる?

 

 

 「話が早くて助かります。では、そこの向かいの席に座ってください。マスター!合図をお願いします。」

 

 ティターニアも同調するようにこちらへ目配せをする。

 もはやなるようになれ。である。

 

 

 「………わかった。それじゃあ二人とも、位置について。」

 

 

 右の手のひらを交差しあう金髪の少女が二人。お互い目を逸らさずに見つめ合う───もとい、睨み合う。

 

 

 「レディ──────ファイッ!!」

 

 

 

***

 

 

 「負 け ま し た ッ 〜〜〜!!!」

 

 

 

  ───戦いは十秒で決着がついた。

 

 開戦の合図から五秒。

 互いに拮抗して揺れることなく。

 そこからさらに二秒。

 勢いに乗っていたガレスの気迫が押す。

 さらに加えて二秒。

 固唾を飲んで静寂に包まれる外野で声がする。

 

 『さっきの一杯で、ココナッツミルクもう品切れだよ』と。

 

 その後の一秒を。

 ティターニアは見逃さなかった。

 僅かに気が抜けたガレスの隙をついて、一気に勝負をつけたのである。

 

 悲しいかな。ガレスの敗因は欲望に(うつつ)を抜かしたことであるが、ガレスがここまで勢いづけたのもまた欲望のおかげであった。

 ようするに、勝負は戦う前から決まっていたのである。

 

 

 

 「本当に先ほどはすみませんでした、ティターニアさん!私どうかしていて…」

 

 

 「気にしないでいいよ、ガレスちゃん。わたしも一度でいいからガレスちゃんと正面からぶつかり合ってみたかったし」

 

 

 何度も頭を下げるガレスに、逆にばつが悪そうに慰めるティターニア。ある意味、互いに打ち解け合えたのだろうか。

 

 

 「そうはいきません!約束は約束!ここからは私も、ティターニアさんの従者として、特異点調査に同行いたします!」

 

 

 ぐっと拳を握りしめて強く頷くガレス。

 

 

 「ありがとうガレス。すごく頼もしいよ!…それで、場所を変えましょうってことで移動してきた訳だけど、今向かっているのは、一体どこなの?」

 

 

 「街の北側にある船着場です!酒場で集めた情報によれば、"カルデアのマスターを探している" と言っていた人物が、そこを根城にしているみたいなんです」

 

 

 「わたしたちの他に協力者がいるってこと?」

 

 

 ティターニアとガレスの他にも、自分たちに協力してくれる人物がいるということなのだろうか。

 

 

 「もしかして、ガレスと同じでカレンちゃんが招集したサーヴァントの一人なのかな?」

 

 

 「それは私もわかりません。ですが、わざわざ居場所を伝え回っているのですから、敵ではないんじゃないかと。いつやって来るかもわからない標的を、アジトで寝ずの番というのは大変 重労働ですから」

 

 それは確かにそうだ。仄かな期待を寄せて歩を進める。

 

 

 

 「あっ!見えましたよ!そこの桟橋です!」

 

 

 大海へと続く桟橋の周囲には何隻ものボートが泊まっており、その桟橋の根元に、船乗りたちが出入りすると思われる小屋が立っていた。

 

 

 

***

 

 

 「失礼しまーす」

 

 

 小屋の扉を恐る恐る開くが、別段 人が大勢いるというわけでもなく、船乗りらしき人々がまばらに休んでいた。

 

 

 「休憩所、なのでしょうか。 本当にここにわたしたちの協力者が?」

 

 

 「その割には少し質素というか…ボロい感じ…?」

 

 

 休んでいる船乗りたちには聞こえないよう、小声でコソコソと話す。

 

 

 

 「ボロくて悪かったね。ドックは船をメンテナンスする(休ませる)ところであって、船乗りが自堕落になる場所では元も子もないから」

 

 

 

 「──────!」

 

 

 背後からの声に思わず驚き振り返る。するとそこには、

 

 

 「ネモ船長──────!」

 

 自分たちノウム・カルデアにおいて、シャドウボーダーやカルデアベースの整備、福利厚生を取り仕切る頼もしい艦長にして、シオン・エルトナム・ソカリスによって召喚された幻霊サーヴァント───ネモが皮肉げな笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 「この人が、話していた協力者?」

 

 

 「うん、そうだと思う!ネモ船長は俺たちカルデアの移動船を管理する艦長───なんだけど、えっと、船長……その格好は?」

 

 よく見るとネモ船長は、普段のターバンを巻いた海援隊のような装いとは異なり、七分丈のパンツに蒼色のパーカーを羽織ったラフな格好をしていた。

 

 

 「これかい?こっちに来た時に勝手に切り替わっていたんだ。夏の霊基ってヤツなんだろう?正直、肌を晒すのはあまり好きじゃないけど、こればっかりはね。………………変、かな」

 

 そう言いながらネモ船長は、少し照れ臭そうにパーカーのフードを二割増で深く被った。

 

 

 「いえ!大変よく似合っています、キャプテン・ネモ!」

 

 特にそのパーカーの猫耳フードとか。パーカーの後ろから出しているローポニーテールとか。ムニエル氏がいたらさぞ喜んだことでしょう。

 

 

 「そ、そうか。ならよかった。……………コホン。真面目な話題を話そうか。キミたちがここに来るまで、僕の方でいくつか情報を収集してたんだ」

 

 

 「六人のアイランド・クイーンと純愛の鐘について、ですか?」

 

 

 「純愛の鐘……?そっちは初耳だけど、アイランド・クイーンについて調べてた。もっとも、その様子だとそちらも情報収集してきたようだけど。この手の調査はお手の物だね、立香」

 

 

 「いえ。俺たちがカレンちゃん…えっと、アムール神から聞かされたのは、"この特異点を修正するには、六人のアイランド・クイーンを負かして、六つの純愛の鐘を鳴らす" ということだけで、詳しい詳細まではまだ何も掴めてはいません」

 

 

 「アムール神? この特異点には神霊系のサーヴァントまで絡んでいるのか。…となると、思っていたよりも、大きめの規模の特異点のようだ」

 

 

 ネモ船長はそう言って顎に手をあて、思考を巡らす。

 

 

 「ちょっと待ってください。あなたはアムール神によって招集されたサーヴァントではないのですか?」

 

 ティターニアが問いを投げかける。確かに、ネモ船長がアムール神に招集されたサーヴァントならば、彼女のことを知らないのはおかしい。

 

 

 「いや。アムール神についても今が初耳だ。僕の場合は、気がついたらここに飛ばされていた(・・・・・・・・・・・・・・・・)んだ。分割思考のマリーンズに管理を委ねて、ほんの数刻だけ仮眠という形で魔力の温存をしようとしたところまでは記憶しているんだけど。……もしかしたら、僕は何か別の "因果" でここに引き寄せられたのかもしれない」

 

 

 ネモ船長を引き寄せるに至った別の因果。もしかしたら、それがこの特異点の元凶なのかもしれない。

 

 

 「それと。僕としたことが、大切なことをしそびれていた。そちらの二人には、自己紹介がまだだったね」

 

 

 「はい、はじめまして!円卓の騎士 第七席、ガレスです!どうぞよろしくお願いします!」

 

 

 「ああ。存じているよ、サー・ガレス。カルデアでの活躍は聞いているが、直接会うのは初めてだったね。僕はネモ。今はしがない船乗りさ。それから───」

 

 

 「ティターニアといいます。おそらく完全に初対面かと。よろしくお願いします、キャプテン・ネモ」

 

 

 「ああ。こちらこそよろしく、ティターニア。 …………それはそうと。キミのそのセーラー服、大変よく似合っているよ。やはり海を渡る服となればそれに限る。カルデア職員の制服をセーラーに変えようかと目下検討中だったんだ。良い参考になった」

 

 キャプテン・ネモ、初耳なんですけど。

 

 

 「さて。自己紹介も済んだことだし、さっそく本格的に調査へ取り掛かりたいところだけど、出発は明日の朝からだ。……というのも、船がまだ整備中でね。今夜中に最終メンテナンスを行なう」

 

 

 気がつくと、外は既に太陽が半分 海に沈み出していた。

 

 

 「移動用の船はしっかりと確保できたんですね!」

 

 「もちろん。アイランド・クイーンについて調べたって話しただろう?上手いこと交渉材料に使ったら、気前よく貸してくれたよ。ここの船乗りたちは気持ちがいい。よく潮風を浴びて育った証拠だよ」

 

 ネモ船長は我がことのように微笑んだ。それほどまでに友好的な人達と交流することができたのだろう。

 

 

 「しかしキャプテン・ネモ。日が暮れてしまった以上、わたしたちはどこで寝泊まりをすれば良いでしょうか? わたしやガレスちゃんは問題ありませんが、藤丸くんは休息が必要な普通の人間(マスター)です。この島であれば、夜であろうとエネミーが現れる危険性はなさそうですが…」

 

 

 「身体を休める目的なら、この宿の二階を使うといい。まぁご存知の通り質素でボロいところだけど、戸締りはしっかりしている。ガレスやティターニアの部屋も用意できるし、今日ばかりはここで勘弁してよ」

 

 そういってネモ船長は宿の左奥にある階段を指さした。

 

 

 「いえ!寝泊まりができるところがあるのは助かります!行きましょうマスター、ティターニアさん!」

 

 そういって、ガレスは一足先に子犬のように駆け出していった。

 

 

 「何から何までありがとうございます、キャプテン・ネモ」

 

 

 「構わないさ、これが僕の仕事だからね。……それと、少し話が変わるけど、ずっと "キャプテン" と呼ばれるのは、どうもむず痒いんだ。"ネモ" でいいよ、ティターニア。」

 

 

 それを聞いて、ティターニアはしばらく目を丸くした後、

 

 「はい、わかりました!それでは、"ネモくん" と。今日はおやすみなさい。良い夢を!」

 

 

 「……………………………ネモくん?」

 

 

 今度はネモ船長が目を丸くする番だった。

 

 

 「…コホン。さあ、立香もゆっくり休んでくるといい。出発は夜明けだ。僕の方から招集をかけるから、身支度を整えておいてくれ」

 

 

 ネモ船長の言葉に力強く頷きで返し、自分もガレスたちを追って二階へつながる階段の方へと歩を進めた。

 

 

 

***

 

 

 部屋の電気を消す。辺りは昏く夜の静けさに包まれ、窓越しで波の音が部屋へと染み渡っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 ──────眠れない。夜風を浴びに行こう。

 

 

 波打ち際で腰を下ろす。

 ほっと息を吐くと、それに応えるように潮風が頬に触れる。

 

 

 「やあ。眠れないのかい?」

 

 

 背後からの来訪者に思わず振り返る。

 

 

 「■■■■(ネモ船長)…」

 

 

 見知った顔がこちらへ歩を進め、同じく隣に腰を下ろした。

 

 

 「船のメンテナンス、終わったんですか?」

 

 

 「整備といっても動作確認と点検だからね。慣れたものだよ」

 

 

 

 波が寄せて返す。その繰り返しを眺める。

 

 

 

 

 「今回の特異点は、なんだか不思議な気分になります。まだ一日目だけど、心が落ち着いているというか… あんまり危機を感じていないというか…」

 

 

 「さすがはカルデアのマスター。図太いね。…けれど、それぐらいがちょうどいいのかもしれない。夏に危険は付き物だけど、結局は楽しんだもの勝ちさ。楽観的、というと悪く聞こえるかもしれないけどね、重すぎる役割に、常に責任感を抱き続けるのは、息苦しくて仕方ないから」

 

 だからこそ、程よく息抜きをした方がいい。そう語った。

 

 

 「さて。明日からは本格的に特異点の調査が始まる。馬車馬のように働くことになるんだ。あまり夜更かしせずに、万全の調子で朝を迎えてあげないとね」

 

 

 そう言って、隣から立ち上がり去っていく。

 特異点の調査はまだ始まったばかり。眠りは浅くとも、終わりを目指して進み続ける。それこそが、自分の役割だと信じて。

 

 

 

 

 

 /『それは熱い胸さわぎ』-了-

 




 
 
 
 まずは、ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございました。この文章が皆さんに気に入っていただけたら幸いです。

 さて。ここから先は設定面のお話をば。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。

 物語はまだ序章。核心をつく内容は触れられませんが、勘のいい方はお気づきの通り、特異点先で最初に出会った女の子は"彼女"です。というかタグでモロバレ。
 この物語はFGO第2部 第6章のアフター的な立ち位置となっているので、彼女は多大にネタバレを含む発言を口走りそうになります。

 新規オリジナルで登場する予定の水着の女性サーヴァントは、全部で7騎。加えて、男性の水着霊衣サーヴァントは3騎 考えております。既に何名かは登場しましたね。

 ・星5 ムーンキャンサー 真夏のカレンちゃん

 いやっほぉぉぉぉぉう!!カレンちゃんの水着だ!諭吉を溶かせ!(なお作者の幻覚です)
 カレンには物語の導入を担当してもらいました。無論、重要人物ですのでこれからも引き続き登場いたします。
 衣装については細かく言及しませんでしたが、黒のビキニにトロピカルなアロハシャツを羽織って(すそ)を結び、頭にサングラスを乗せたゆるふわお団子ヘア……なんてどうよ? ああ。前髪はしっかり残してねラスプーチン。
 とまぁ、再臨によって大きく見た目が変わりそうな女神様ですが、クラスはなんとムーンキャンサー。その理由も作中で語られる予定ですので、悪しからず。宝具はクイック全体がやっぱり似合うよね。そしてなにより、ムーンキャンサーは "アイツ" によく刺さる。

 ・星4 セイバー ガレス

 ガレスちゃんは大振りの大剣を携えています。ランサー時と同様に、マーリンから魔術で細工をしてもらった、爆発のブースト仕込みの特注の魔術剣です。(待て。本当にそれマーリンか?)
 再臨姿によってはバルーンソードなんかもユニークでいいね。宝具はバスター全体かアーツ単体か、迷うね。なぁそう思うだろ、ガウェイン卿にランスロット卿。宝具そのものは後々登場致しますのでお楽しみに。
 格好はショートパンツ風にフリルの水着と、だいぶ健康的なスタイルに。まさに渚の元気娘。再臨で日焼けしてどうぞ。

 ・星5 ライダー ネモ(霊衣)

 みんな大好きネモ船長。今回は七分丈のズボンに上裸、その上に蒼いパーカーを直接 羽織るというスタイルに。
 肌を晒すべきか考えた結果、「肌を晒さぬ海の男はいない」と脳内の分割思考に囁かれたので、脱がせました。ところでパーカーのフードには猫耳がついています。なんでかって?それは貴方の脳内の分割思考に聞けばきっと答えてくれる。

 ・星4 プリテンダー ティターニア(配布)

 形式上、彼女は配布サーヴァントというポジションで物語の主軸として同行 致します。恰好は少女らしく、白が基調の短めの丈のセーラー服風の水着に、大きな麦わら帽子をかぶっています。髪型はおさげのツインテールということでひとつ。
 本当の名前を名乗れていないのも理由がありますが、それに関しては物語の終盤で。ちなみにクラスは「プリテンダー」。これに関しても今はまだ秘密ということで。どうぞお楽しみに。

 冒頭の前描きでお話致しましたが、更新は長くて一週間ごと。早ければ3日後となります。気長にお待ちいただけますと幸いです。
 
 
 改めまして、ここまでご愛読いただき、誠にありがとうございました。
 


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第二節『2032ナンバーズ・からっと』

 
 
 
 序盤ということで、2節目は予定よりも早めの更新に致しました。
 前回の前書きでお話した通り、この物語はFGO 第2部 第6章 「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。予めご容赦ください。
 長文ですので、お時間が許すかぎりお読みいただけると幸いです。
 
 


 

 

 

 

第二節『2032ナンバーズ・からっと』/

 

 

 

 「良い風が吹いてる。この "タイニー・ノーチラス号" の処女航海を歓迎してくれているようだよ!」

 

 澄んだ大海を一隻の船が横断していく。その軌道は、まるで蒼いキャンパスに白いチョークを引いていくようだった。

 

 

 ───昨日の件から一夜明け、日の出とともに航海に出た。

 島同士はそれほど遠く離れているわけではなく、緩やかな舵を切ってタイニー・ノーチラス号は進んでいく。…ちなみに、タイニー・ノーチラス号という名前は、ネモ船長が名付けたもので、よほどこの船に愛着が湧いているらしい。

 

 

 「気持ちのいい風です!海を渡るというのは、こんなにも心地が良いのですね!」

 

 海風を浴びながらガレスが目を輝かせる。

 その瞳は、太陽の光を反射させる煌びやかな海を写していた。

 

 

 「ガレスちゃんも、海を渡るのははじめてなの?」

 

 被った麦わら帽子が風に飛ばされないよう、手で押さえながらティターニアが訊ねる。

 

 

 「はい!生前の頃は、海にはあまり良い印象はありませんでした。私たちにとって海とは、侵略者が来訪してくる場所以外の何物でもありませんでしたから。渡ったことは一度もなかったんです」

 

 そう言ってガレスは、昔を懐かしむようにどこか儚げな表情を浮かべた。

 

 「ですが!海そのものに罪はありません!こんなにも綺麗な景色なのですから、しっかりと目に焼き付けておかないと大損です!海、サイコー!!」

 

 

 「そうだね。それは確かにその通りだ」

 

 無邪気に微笑むガレスに、自然とこちらも口がほころんだ。

 

 

 

 「あっ!だいぶ近づいてきましたよ!最初に上陸する島はあそこですか?」

 

 「ああ。上陸する前に、アイランド・クイーンについて僕が調べたことを話しておこうか」

 

 そう言って、ネモ船長は昨日までに調べた情報を話しはじめた。

 

 

 「それぞれの島を仕切っているアイランド・クイーンは、島の霊脈を支配しているからか、強力な魔力を有している。ロンディニウムで集めた情報によれば、彼女たちは独自の "常夏 領域(とこなつ りょういき)" を展開しているそうだ」

 

 「常夏領域───────?」

 

 なんなんだ、それは。

 

 「……うん。僕も最初に聞いた時は同じ反応をしたよ。簡単に説明すると、一種の固有結界のようなものさ。それぞれの島には、アイランド・クイーンが敷いた常夏領域によって、通常とは異なる常識(・・)が適応されている。領域内に入れば、無条件でその常識を強制させられることになる。極めて厄介な性質だけど、殺傷力のあるものじゃない」

 

 「何のためにアイランド・クイーンたちはそんなものを?」

 

 「当然、自分たちが夏を楽しむためさ。アイランド・クイーンたちは、各々が抱く最高の夏(・・・・)を体験するためにその力を振るっているらしい。まぁ自らの地位を脅かされないように、国の王が法を敷くのと同じような原理さ」

 

 「地位を守るために敷く法にしては、随分と独裁的かつ奔放ですね」

 

 ティターニアの意見には激しく同意だが、どうやらアイランド・クイーンを負かすのは一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 「これから向かっている最初の島は、どんな常夏領域を?」

 

 「さあ。そこまではわからなかった。着いてからのお楽しみってヤツだね。………さて。着いたよ」

 

 そう言って、ネモ船長は海岸の桟橋にタイニー・ノーチラス号の(いかり)を下ろした。

 

 

 「ここが絶叫(・・)の島、"グロスター" だ。」

 

 

 

 

***

 

 

 「すっっっごーーい!!!」

 

 

 そこはまるで愉快なサーカス会場だった。

 海岸を抜けてたどり着いた島の中心地には、あちこちを機械仕掛けの乗り物が走り抜けていき、楽しげな音楽が島全域に響き渡っていた。

 

 「ここって、テーマパーク……?」

 

 二十一世紀の日本における夏の風物詩(ふうぶつし)のひとつ。いわゆる "遊園地" と呼ばれる施設がそこには広がっていたのである。

 

 「これは、驚いたな……」

 

 困惑していたのはネモ船長だけでなく、この場に着いた全員が言葉を失いかけていた。

 

 

 「お客様、4名様でございましょうか?ようこそ絶叫の島・グロスターへ!入場チケットのご提示をお願いします」

 

 テーマパークのスタッフと思われる男性から声がかけられる。

 

 

 「いや、チケットはもっていなくて…」

 

 「おや。そうでしたか。でしたらご入場いただくことはできないのですが………おっと、しばしお待ちを。オーナーから連絡が入りましたので、確認をしてみましょう」

 

 そういって、彼は無線機ごしにオーナーらしき人物と連絡を取り始めた。

 

 

 

 「オーナーって、もしかしてアイランド・クイーンのことなのでしょうか?」

 

 「その可能性はあるかも…連絡を取らせて大丈夫かな?」

 

 スタッフに聞こえないよう、顔を寄せ合いコソコソ話で相談をする。

 

 

 「ざっと見渡したところ、このテーマパークは島全域に広がっていそうだ。アイランド・クイーン本人がオーナーではなかったとしても、間違いなく関係者だろうね」

 

 「ですが、これほどのテーマパークを自らの管理地につくるということは、悪い人ではないのでは…」

 

 「さあ、どうだろう。とりあえず今は様子見しよう」

 

 ひとまず意見がまとまり、4人でスタッフの方へと向き直る。

 

 

 

 「確認が取れました。オーナーの計らいにより、ご入場していただいて構わないそうです」

 

 「え?いいんですか?」

 

 「ええ。オーナーからの指示ですので。私めが口を挟むことはできません。オーナーは、"楽しもうとしているお客様は誰であろうと歓迎する" と。………それでは。どうぞお楽しみください!Welcome(ウェルカム) to(トゥ) Bloom(ブルーム) Beauty(ビューティ) Land(ランド)!!」

 

 

 入場ゲートが開き、中へと入っていく。

 そこかしこでジェットコースターに乗ったお客さんたちの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の絶叫が響き渡っていた。

 

 

 「知識では知っていたけど、これはまた凄いな…」

 

 心無しか目を輝かせているように見えるネモ船長。

 

 

 「私、遊園地に来たのははじめてです…」

 

 ボソッと呟くガレス。それもそのはず。遊園地の発祥の地には諸説あるが、少なくともこの手のテーマパークが登場したのは十六世紀から十七世紀頃とされている。日本にやってきたのも十九世紀頃とかなり近代の施設なのだ。

 

 人類史における英雄や偉人のサーヴァントである彼女たちが、遊園地を経験したことがないのは、なんら不思議なことではない。

 

 

 「脳震式メリーゴーランド=アウレラ・ホース…、マントル直下型コースター=サクラ・ドロップ…、即死サバイバル系ツアー=ポトニア・クルーズ……」

 

 入場ゲートの近くにあった園内マップを確認すると、恐ろしいほどに物騒な名前をしたアトラクションの数々が並んでいた。非常に命の危険を感じるとともに、乗らなければ帰さないという圧を感じる。

 

 

 「せっかくだし、何かひとつ乗ってみようか……」

 

 

 

***

 

 

 ───時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 最初は全員 警戒心を解くことなく園内を散策していたが、ツアー型のクルーズ船に乗って進んでいくアトラクションに乗ってからというもの、全員のテンションが高まったのだ。

 特に船ということもあってネモ船長の目の輝かせようは群を抜いており、無垢な少年の心持ちになっていたことだろう。気付かぬうちに我々は普通のテーマパークのように夏を満喫していたのである。

 

 

 「こちらのお乗り物はお二人ずつでのご乗車となります。」

 

 惑星間飛行=Crush(クラッシュ) Comet(コメット) Coaster(コースター)

 次に乗ろうとしたのはこのテーマパークで最も人気とされるジェットコースターだった。なんでも宇宙旅行をしている気分になるのだとか。

 

 

 「マスターとティターニアさん、お先にお乗りになられますか?」

 

 

 「いや、俺たちはこの次で大丈夫だよ。ネモ船長とガレス、先に二人で乗って出口で待っててもらえるかな」

 

 

 ガシャンと身体を支えるレバーがネモ船長とガレスの二人に下りる。

 

 

 「わかった。一足先にこの前人未到の乗り物のレビューをしよう。なに、ここまでたくさんのコースターを乗りこなしてきたんだ。これでもライダークラスのサーヴァント、このじゃじゃ馬も難無くものにしてみせると、もおおおおおおおおおおおああああ

ああああ"あ"あ"あ"あ"───!!!!」

 

 

 音と風を切って出発するコースターとともにネモ船長の悲鳴が響き渡った。うん。楽しそうで大変結構です。

 

 

 「ネモくん。ああしていると、歳相応の子どものようですね。なんだか不思議な気持ちです」

 

 隣に残ったティターニアが、柔らかく微笑んだ。

 

 「ティターニアも、こういったテーマパークははじめて来たんだよね?」

 

 「はい。近代の人類史にはちょっと疎くて、驚かされるばかりですよ」

 

 「やっぱりね。時々なにをしていいのか困惑している様子だったから、そうなんじゃないかなって思ってたよ。…もしかして。ネモ船長たち以上に現代には疎いんじゃないかって」

 

 

 「え?もしかして、気づかれてましたか…」

 

 

 「まあ、落下式のコースターで思わず衝撃保護をかけたり、メリーゴーランドの馬に話しかけたりしてたら、さすがに気づくかな」

 

 

 「……む。今さりげなく馬鹿にされましたか」

 

 むうっと、頬を膨らませて抗議の眼差しを向けるティターニア。

 

 

 「してないよ。衝撃保護の魔術とか、咄嗟にかけたにしては本当に便利な魔術だと思うし。……他にも何か使えるの?」

 

 「えっと、さっきのは障壁の魔術の応用です。他には……鍵を開けたり擬態をしたり爆薬を用意したり、不意打ちの魔術なんかもありますよ!」

 

 なんだろう。まるでアサシンクラスのような魔術だ。

 

 

 「そうなんだ。俺なんか、ダ・ヴィンチちゃん達が用意してくれた礼装がないと、まともに魔術が使えないからさ。…尊敬するよ」

 

 ───自分の無力さを噛み締める。

 自分よりも優れた人が、世界を救うに足るだけの人が、本当はたくさんいた。覆らないことを嘆いていても仕方がないとはわかっているが、それが紛れもない事実だった。

 けれど。だからこそこんな自分にできることは精一杯 努力していきたいと思う。懸命に。足掻くことを忘れたくない。そう強く抱いている。

 

 

 「───いいえ。魔術なんて使えなくても、他人(ヒト)より優れていなくても。藤丸くんは立派な人ですよ。あなたは何度 膝を折っても、何度だって立ち上がれる。そういう人です。わたしが保証します。」

 

 

 「え……?」

 

 

 「……あっ、わたしなんかに保証されても、あんまり根拠ないかあ」

 

 そう言って、あはは、と笑うティターニア。

 その横顔が、今はとても眩しかった。

 

 「そんなことないよ。ありがとう」

 

 

 そういえば、彼女はいつの時代の英霊なのだろう。自分でいうのも何だが、カルデアに所属してからというもの、人類史の英雄や偉人については色々と勉強してきているつもりなのだが、どうにも "ティターニア" という名前には心当たりがない。/ …意識されない。

 

 

 「あ!次のが来ましたよ。向こうでガレスちゃん達が待っているでしょうから、早く乗りましょう!」

 

 そう言って、コースターの座席へと乗り込んでいくティターニア。とりあえず今は難しいことは置いておいて、このままこのテーマパークを散策しよう。

 

 

 

***

 

 

 そうして日が暮れる。

 結局どこにも怪しい場所を見つけることはできなかった。

 

 

 「なんというか、普通のテーマパークだったね…」

 

 

 「夜は何が起こるかわからない。今日は一旦 切り上げるのもありだと思うよ」

 

 ネモ船長の提案に思案していると、園内スタッフに背後から声をかけられた。

 

 「お客様、一通りコースターはお巡りになられましたでしょうか」

 

 「ん?…ええ。まあ、はい。コースター系の乗り物は全部乗ったと思いますけど…」

 

 「でしたら。さらなる絶叫のアトラクションがございますよ!ご案内致します。どうぞこちらへ!」

 

 

 スタッフに促されるまま案内される。今は様子を見た方がよさそうだ。もしかしたら、このテーマパークは夜に何か仕掛けがあるのかもしれない。

 

 

 「これ、は…………」

 

 

 案内された施設の前にたどり着く。そこにあったのは───

 

 

 「こちらが恐怖体験型ホラー迷宮 "月見原(つくみはら)病棟" です!」

 

 そう。遊園地の鉄板、ありとあらゆる趣向を凝らして迷い込んだ人々に恐怖体験を強制させる究極(・・)の絶叫施設。"お化け屋敷" がそこに立っていたのである。

 

 

 「ちょっと待った、ここは………」

 

 

 その場にいた全員が目を見合わせ冷や汗をかく。

 それもそうだ。なにせ、自分たちはこの施設の存在に気がついていた(・・・・・・・)。気がついていたにも関わらず、あえて誰もその存在を口にせず、あまつさえ探索することなく今日の調査を切り上げようとしていたのだ。

 

 

 「どうされましたお客様、なにか不都合でも?」

 

 「ああ、いや、えっと……」

 

 このテーマパークは常にお客さんたちの絶叫が響き渡っていた。しかし、この施設から聴こえてくる絶叫は他の比ではなかった。

 

 自分はホラーに対してある程度 耐性がある方だと思っていたが、何故かこの施設に関しては足が竦んで一歩も前へと踏み出すことができない。それはネモ船長やガレス、ティターニアでさえも例外ではなかった。

 

 

 「おっと、先頭のお客様がリタイアなさったようです。間もなく皆様の番になりますので、どうぞお楽しみください」

 

 そう言って、震えるこちらの手へと懐中電灯を握らせてスタッフは退室していった。

 

 

 「……どうする、立香。今ならまだ帰れると思うよ…」

 

 こんなにも怯えきったネモ船長を見ることは滅多にない。しかし今の自分にはその気持ちが痛いほど理解できた。

 

 「そ、そう臆することはありませんよ……、結局は人工のホラー施設ですよ。本当の幽霊が出るわけないじゃないですか…」

 

 「ガレスちゃん、足、すごい震えてるよ……」

 

 

 『───間もなく。扉が開きます。どうぞお進みくだ■■■、■■』

 

 

 不可解な機械音とともにアナウンスが途切れる。

 どうやらもう、自分たちに逃げ場はないようだった。

 

 

 

***

 

 

 「ここ、病棟ですよね……どうしてこんなにも広いんでしょうか………」

 

 

 お化け屋敷に潜入してから、体感40分。

 何かに直接襲われるようなことはまだなく、ひたすら "何かが出てきそうな感覚" だけに包まれたまま、赤いランプの灯った廊下を進んでいく。

 

 

 「いくつも壁を設けて道を複雑化しているんだ……外の広さと中の広さに違いを感じるのは、そも狭いエリアを広く見せかけて区分しているからで、僕らの足が遅いわけでは決してないぞ…」

 

 そう言いつつ自分の腰あたりを掴んで、斜め一歩後ろを歩むネモ船長。完全に盾にされているぞこれは。

 

 

 「あの。ここ病棟ですよね……」

 

 今度はガレスが訊ねていた。

 

 「その質問はさっき答えたよ……うん。広い病棟だってある。いや、もうこれは、結界による空間湾曲(わんきょく)で無理やり広げてる説もあるぞ!」

 

 ちょっと投げやり気味に暴論を唱えるネモくん。

 

 

 「……どうして、病棟に鎧武者(・・・)がいるのでしょうか」

 

 

 「…………………は?」

 

 

 ───すると。

 数刻前まで歩いていた廊下の後方に。

 

 

 病棟の赤いランプとは異なった。(全身を甲冑に包み)

 

 二つの鋭く赤い眼光が(鋭利な抜き身の刀をもって)

 

 こちらを見据えていた(狙いを定めていた)

 

 

 

 

 『■■■、■■■■■───■■──、』

 

 

 

 「……………で、」

 

 「「でたああああああ"あ"あ"あ"───!!!!」」

 

 

 誰からともなく一目散に走り出す。

 しかし、鎧武者も同じくこちらへ目がけて走り出していた。

 

 

 「ちょ、速ッ──────!」

 

 瞬きの間に背後まで詰め寄られ、刀がひと薙ぎ振り下ろされる。

 

 「危ない、マスター!!」

 

 咄嗟に飛び込んだガレスに押され、間一髪で斬撃を回避する。

 そのこめかみの先には、真っ二つに切られた病室のベッドが無惨に転がり落ちていた。

 

 

 「本気でやりに来てるぞ、これ────!」

 

 

 鎧武者と自分の間に、ガレスとティターニアが割って入る。全員 既に戦闘態勢にはいっていた。

 ガレスは自らの身体よりも大きな大剣を、対してティターニアは小さな細身の短剣を構えていた。ガレスに関しては、夏の霊基へ調整するに際して、セイバーへとクラスチェンジしているようだった。

 

 

 「二人とも、気をつけて───!」

 

 

 「はい、ご安心くださいマスター!このガレスにお任せを、」

 

 『■───、■■■───』

 

 間髪入れずに刀を振り下ろす鎧武者。

 一撃、二撃、三撃。その間わずか二秒。鎧の重さを感じさせぬ動きで、その全てがガレスの急所を狙っていく。相手は並の武芸者(ぶげいしゃ)ではないとひと目で理解できた。

 

 しかし、持ち前の直感でその全てをガレスは防ぎ切る。

 

 「くっ──────!」

 

 

 それでも。明らかにガレスは劣勢だった。

 というのも、本来のガレスであれば剣戟で押し負けることはほとんどないほどの実力者である。しかし今のガレスは、傍から見ても本調子ではない(・・・・・・・)ことがわかった。

 

 

 「どういうことだ───?」

 

 

 疑問とともに握りしめた自身の拳を見て、目を疑った。

 そこには尋常ではないほどの手汗と震えが詰まっていたのだ。

 震えは手だけでなく、見下ろした両足も同じく。こうして立っているのがやっとの状態だった。

 

 今までいくつもの戦場をくぐり抜けて来たが、慣れた試しは一度もない。けれど、ここまで戦いに支障を及ぼす恐怖心は明らかに異常だった。

 

 

 「くそっ──────!」

 

 正面へ向き直ると、同じく恐怖心でティターニアも動けずに硬直しているのが伝わった。そしてそれは、今こうして鎧武者と刃を交えているガレスも例外ではなく───

 

 

 「ガレス───!一旦 退こう!今は戦っちゃダメだ…!」

 

 口ではそう言っても、今の自分たちには逃げ出すための胆力すら残ってはいなかった。つまり。このアトラクションに潜入した時点で、自分たちはどうしようもなく詰んでいたのである。

 

 

 「………そういうことか。」

 

 

 膝をついていたネモ船長が起き上がる。その顔は、この場の恐怖心で蒼白に歪みかけていた。

 

 「きっと、これがこの島の"常夏領域"だ。僕たちは冷静な戦闘を行えないほどに、恐怖心を増幅(・・・・・・)させられている───!」

 

 

 ──────恐怖心の増幅。テーマパークのアトラクションによって気分が高鳴ることで、好奇心の影でなりを潜めていたこの島の本当の性質。遊園地のあちこちにあった過剰な数のジェットコースターは、この性質を隠蔽(いんぺい)するためのブラフであり、こちらの警戒を損なわせるためのトラップだったのだ。

 

 

 「それこそが、この絶叫(・・)の島、グロスターの正体だ───!」

 

 

 「うあああああああ"あ"───!!」

 

 死の恐怖から錯乱したガレスが、防御を踏ん張れずに後方へと吹き飛ばされる。そのまま鎧武者は、身動きが取れずに立ち尽くすティターニアへと標的を変え、刃を構えなおす。

 

 

 「まずい───!ティターニア───!!」

 

 

 「ひっ──────!」

 

 

 ティターニアの頭上から鎧武者の刀が振り下ろされる。恐怖に支配されたティターニアは咄嗟に後方へと倒れ込もうとする。その瞬間、ティターニアの手からは、赤い液体の入った "瓶" が手放された。

 

 

 『■■■──────!!?』

 

 

 驚きは誰のものだったか、鎧武者によって振り下ろされた刀はティターニアには届かず、代わりに投げ放たれた瓶を一閃する。

 

 ──────そうして。

 巨大な轟音(ごうおん)とともに "爆薬" が爆発した。

 

 

 「ティターニア───!」

 

 震える足を強く殴りつけてその痙攣(けいれん)を止め、爆風で吹き飛ばされたティターニアを身をていしてキャッチする。

 その一方で、爆発をもろに受けた鎧武者は爆風とともに遠くへと吹き飛ばされ、病棟の壁に激突していた。

 

 

 

 

 ───しばしの静寂。爆発によって病棟内は半壊状態になり、瓦礫(がれき)の落ちる音だけが響いていた。

 

 

 「大丈夫か、ティターニア───!」

 

 意識があるか確認すべくティターニアの体を揺さぶる。

 

 

 「……はい。わたしは問題ありません。衝撃保護の障壁(・・・・・・・)の魔術、咄嗟に使うにしてはやっぱり便利ですね…、藤丸くんの言った通りでした」

 

 

 鎧武者に襲われる瞬間、ティターニアは恐怖心が逆手に功を奏して、障壁の魔術を展開していた。爆薬自体は戦闘態勢になった際に用意したもので、あのタイミングで意図的に放ったわけではないようだった。

 

 

 「……無事でよかった」

 

 しかしまだ安心はできない。とんでもない火力の爆薬ではあったが、あの鎧武者に致命傷を与えられたかどうかはまだ確認できていない。

 

 

 「ティターニア、立香!怪我はないかい!?」

 

 ネモ船長が駆け寄ってくる。その肩にはガレスを担いでいた。

 

 「大丈夫です!船長とガレスもご無事ですか───!?」

 

 「爆発そのものは食らってはいない。ガレスも無事だよ」

 

 「えへへ。ごめんなさいマスター、私またお役に立てず…」

 

 ネモ船長に支えられたまま、申し訳なさそうにガレスが頭を下げる。

 

 「謝らなくて大丈夫だよ。ひとまず全員 無事だったんだ、今は体勢を立て直すために、ここから逃げよう」

 

 ティターニアを抱えて、半壊した病棟の穴から外へ出ようとしたその時───

 

 

 「───ったく、出鱈目(でたらめ)な魔術もあったもんだ。こりゃあ折角の設備も台無しだな」

 

 

 「──────!」

 

 爆発で生まれた煙の向こう側から、先ほど吹き飛ばされた鎧武者とみられる人物がこちらに向かって歩いてきていた。

 

 

 「キミは────!」

 

 全身に身にまとっていた鎧は半壊し、鎧は袈裟(けさ)のような格好になっていた。そこから晒した赤茶色の髪をした人物に、自分たちは見覚えがある。

 

 

 「───よう。恐怖と絶叫が蔓延(はびこ)娯楽場(ごらくじょう)。気ままな "邪神様の庭園"、楽しんでるかい?」

 

 

 伊勢国 桑名(くわな)の刀工。村正一派の創始者にして、原点。セイバークラスのサーヴァント、"千子(せんじ)村正(むらまさ)" がそこには立っていた。

 

 

 

***

 

 

 「千子村正───、」

 

 自らが契約しているはずのサーヴァントの一人、村正は先ほどの爆発で背中を痛めたのか、トンと自らの拳で背中を叩いている。しかしそこには、先ほどまでの殺気の篭った気配は感じられなかった。

 

 

 「キミまでここに召喚されていたとはね、驚きだ。…まさかとは思うけど、キミがアイランド・クイーン、なんてことはないよね?」

 

 一応の確認のために、ネモ船長はそう訊ねた。

 

 

 「ああ?どこをどう見たら、(オレ)が女王様に見えるよ?生憎(あいにく)と儂ぁただの雇われもんだよ」

 

 ため息とともに頭を搔く村正。

 つまり彼は、アイランド・クイーンに雇われてここにいるのだろうか。

 

 

 「そこから先は、僭越ながら私が直接お話しましょうか。マ・ス・ター・さん?♡」

 

 

 村正の後方から、さらに別の人物が姿を現す。

 

 

 「君は───、BB───!」

 

 

 「はーい!呼ばれて飛び出てBBちゃん!渚のモードで、今年の夏も参戦です♡」

 

 

 おそらく。というか間違いなく。この絶叫の島 グロスターを支配するアイランド・クイーン、電子の海よりやってきたという、自分たちとは少し未来の世界の上級AI、月の癌(ムーンキャンサー)───BBがそこにはいた。

 

 

 「君がアイランド・クイーンで間違いないなさそうだね、BB」

 

 「ええ。そうですよ。わたしこそがこのグロスターのアイランド・クイーンであり、夢の楽園 Bloom(ブルーム) Beauty(ビューティ) Land(ランド)───略して "BBランド" のオーナーです!」

 

 まあ。薄々勘づいてはいたけど。というか全く隠す気を感じない施設名ばかりであった。

 

 

 「おやおや?思っていたよりもリアクションが薄いですね。もしかして、薄々お気づきになられてましたか、マスターさん?」

 

 「まあ、それとなく。……それで。今年はどんなイタズラでみんなを困らせようって魂胆(こんたん)なんだ?」

 

 「毎年毎年イタズラしているような言い回しはやめてくださ〜〜いッ!!……コホン。ま、今回のわたしの立ち位置はスポンサー(・・・・・)。目立ってなにか大きな企みをするつもりはありません。Supported(サポーテッド) By(バイ) BBちゃん、です」

 

 「大きな企みをしてねえヤツがこんな娯楽場つくるかよ…」

 

 村正のごもっともなツッコミがはいる。

 

 「…そこ。立場を(わきま)えなさい。今回はコストを削減して、緑茶(ミドチャ)さんは泣く泣く解雇。予め召喚予定だった貴方をパクって小間使いにしているんですから、上下関係をお忘れなく。えいっ♡」

 

 「いでででででででッ───!!」

 

 BBの可愛げな指ふりとともに、恐ろしいほどの電流が村正の体を駆け巡った。よく見ると村正の首元には、黒いチョーカーのような枷が巻き付けられていた。どうやら、無理やり働かされているようだ。

 

 「それじゃあ。君の目的は一体なんなんだ、BB」

 

 「ふふっ。それはもちろん。皆さんに夏を満喫(・・・・)していただきたいんですよ。聴いたでしょう?テーマパーク内に響き渡るゲストさん達の阿鼻叫喚の雨嵐(あめあらし)。夏といえば、絶叫。それはジェットコースターであれお化け屋敷であれ例外ではありません。身も心も震わす恐怖心こそが、夏を満喫する上で最も重要なファクターなのです!」

 

 "怖いもの見たさ" という言葉がある。人は時として自らの身の安全よりも、好奇心が勝ることがあるのだ。"夏" という季節は、それが最も高まる季節だと、BBは語った。

 

 

 「わたしはゲストさん達が放つ"Scream(スクリーム) Gage(ゲージ)" 略して "SG" を集めて、この島に永久(とこしえ)の夏の楽園を築きたいのです!わたしが恐怖心を増幅させる常夏領域を展開しているのもそのためです。ですので、ご遠慮なく。どうか喉が枯れ果てるまで絶叫してください、マスターさん♡」

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

  

 

 

 

 

 バチン。という音とともに唐突に辺りが暗転する。

 見渡すと辺りには先ほどまでいたはずのティターニアやガレスたちの姿はなく、あまつさえBBや村正の姿も消えていた。

 

 その中で。なにかおぞましいモノが。

 何か得体の知れないモノが。

 

 こちらへ向かって這い寄ってくる(・・・・・・・)

 

 恐怖が際限なく全身を駆け巡っていく。

 

 なんなんだ。あれは。

 

 わからない。わからないことが怖い。

 

 わかりたくない。わかることが怖い。

 

 じゃあ。

 思考を放棄して。

 心を捨てて。

 

 一心不乱に逃げ出せばいい。

 

 「はァ──────、はァ──」

 

 体が動かない。逃げなければならないのに。

 

 足が一歩も言うことを聞かない。

 

 いや待て。

 

 そもそも。

 

 逃げるってどこへ?

 

 

 もうここに。逃げ場なんて何処にもないのに。

 

 

 

 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"───!!!」

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 「ちょっと待った。」

 

 制止の声で現実に引き戻される。一体 自分は今までなにを見ていたのだろうか。

 

 

 「良いところだったのに。どうして邪魔をするんですか、村正さん」

 

 制止の声は村正のものだった。

 

 「そりゃあ止めるだろうよ。優先順位ってのがあるだろ。お前さんの目的は、このテーマパークを使って "恐怖と絶叫の楽園を築く" こと。…だっていうのに、一番の花形施設が倒壊した状態じゃあ、話にならねぇ。遊園地ってのは、事故が一番の天敵なんだろ?…なら。客の少ない夜のうちに隠しておかねえと、立つ瀬がないってもんだ」

 

 「むむ、このわたしに正論パンチとか、生意気(ナマイキ)ですよ村正さん。そもそも、ここが壊れたのって半分は貴方のせいじゃないですかっ!……けどまあ、確かにそれは一理あります。来客が見込めなくなったテーマパークは死んでいるも同然ですから」

 

 

 「"病棟とはその全てが保健室(・・・)のようなもの。その場所での本格的な戦闘行為はタブーです" なんて言ってた割に、いざアイツらが入ってきたら "容赦するな" なんて言ったのはお前さんなんだ。ここは二人揃って連帯責任ってことで、後始末が先だろ?───ああ。ところで。連中はとっくのとうに逃げ(おお)せた訳だが、こっちも連帯責任かい?」

 

 「ちょ、え───────!? む・ら・ま・さ・さん〜〜ッ!!」

 

 

 

 ───遠くでBBの怒号が聞こえた。

 村正には感謝をしなければならない。

 

 

 ネモ船長の提案で、しばらくはテーマパークの外にある民宿に避難し、身を潜め体勢を立て直すことにしたのだ。

 

 

 

 「──────まあ。別にどこへ逃げようとも構いません。どちらにせよ、この島にいる限りは私の(てのひら)の上も同じです。たっぷりと。死ぬほど夏を満喫してもらいますから。覚悟してくださいね、マスターさん?♡」

 

 

 

 

***

 

 

 ───BBたちとの邂逅からおよそ二時間。

 それぞれが体調を取り戻し、打倒BBの作戦会議のために自分の部屋に集まっていた。

  

 「まず目下の課題は、向こうが敷いている "恐怖心を増幅" させる常夏領域だ」

 

 そう言って、部屋に置いてあった紙とペンを使い、紙の中央に大きな円を描くネモ船長。

 

 

 「この島全域に広がっているのなら、領域外からの奇襲は難しいですね…」

 

 「ああ。ただでさえ、テーマパークの外のこの宿にいる僕らでさえ、まだ心拍数の上昇を完全には押さえつけられていない。部屋の戸締りを厳重にしてしまうほどにね」

 

 ガラス張りの窓はしっかりとカーテンを閉め、扉は鍵をかけた上で部屋にあった椅子を動かして塞いでいた。

 

 「戦闘に支障をきたすほどの恐怖心。これを克服する手段はあるのでしょうか…」

 

 ティターニアが自信なさげに呟く。

 

 

 「対抗手段なら、一つだけ思いついている。他ならぬキミが教えてくれたアイデアだよ、ティターニア」

 

 「打倒する方法があるんですか、ネモ船長」

 

 「ああ。恐怖心とは、僕ら生命を与えられた者たちに備わった生存本能だ。これを放棄することはできない。…けれど。"好奇心は猫をも殺す" というだろう?これを逆手にとるんだ」

 

 ネモ船長は何かイタズラを思いついた少年のような眼差しで、ニヤリと口角を釣り上げた。

 

 「───?一体どういうことなんです?」

 

 「三人とも、僕に耳を寄せて」

 

 

 

 ─── そうして作戦がまとまる。ネモ船長の案は確かにこの状態のまま、BBを打倒しうる可能性を秘めていた。

 

 

 「確かに、それなら成功するかも…」

 

 「ですが、BBのもとへはどうやって向かうのですか?」

 

 ティターニアの指摘通り、この作戦を成功させるにはBBの居場所を突き止めることが絶対条件だった。一体どこに身を隠しているのだろうか。

 

 「僕らが病棟のアトラクションに潜入するのを、きっとBBは裏でずっと待っていた。つまり、彼女のオーナー室はそこの近くに作られているんじゃないかな」

 

 「じゃあBBの居場所を突き止めたとして、潜入はどうやって?」

 

 オーナー室はテーマパークで最も厳重な場所といっても過言ではない。そんな場所へ忍び込むことができるとは到底思えなかった。

 

 「そこは。キミに頼るよ、」

 

 そう言って、ネモ船長はティターニアの顔を見据えた。

 

 

 「───────── え? わたしっ!?」

 

 

 

***

 

 

 ───視点はこの島の女王へと移る。

 BBはオーナー室のリクライニングチェアの背もたれに寄りかかり、テーマパーク全域に設置された監視カメラをモニターでチェックしていた。

 

 「うーん、中々現れませんね、マスターさん達」

 

 モニター内に映し出されているゲストの絶叫をBGMに、BBは昨夜 邂逅したカルデアのマスターたちを探していた。

 既に日は落ち、時刻は夜の10時を過ぎたところだった。

 

 

 『連中、()が悪いと判断して前の島に撤退したんじゃねえのか?』

 

 「いいえ。島から出たという情報は入ってきていません。このわたしの管理地なのですから、それくらいの判断はつきます。……ていうか、そっちからの無線連絡を許可した覚えはないですよ、村正さん」

 

 と言いつつも、しっかりと連絡を返してしまう自分のお人好しさ加減に、BBは我ながら頭を痛めた。

 

 

 『わりぃわりぃ、今朝から休みなくモニターチェックに勤しんでいるようだったからな。ちぃとばかり休んだらどうだっていう、(ジジイ)の余計な節介(せっかい)だと思って、受け流してくんな』

 

 「ふん、そういうところですよ村正さんッ!…カレンさんから借りパクした時 "その男はこの中で一番扱いづらいですよ" って言ってた意味がわかってきました。あーあ、直感を信じて選ぶんじゃなかった」

  

 『おいおい、こちとら選択の余地すらなくたらい回しにされた側だぞ?女神様ってのは、こう、どいつもこいつも暴虐無人(ぼうぎゃくむじん)なのかよ』

 

 「当たり前です。基本的に人間に肩入れする女神は少ないので。……けどまあ、そのお心遣いは感謝します。気分転換にシャワー室でひと浴びしてきますので、貴方は引き続き、そこの施設でゲストさん達を驚かせ続けてください」

 

 村正との無線を切る。やはり昨夜のホラー演出が凝りすぎたのだろうか、もし本気でマスターたちが恐れ(おのの)き、特異点調査を放棄していたら、それはそれでこちらも困る。

 

 「ま。もう契約した分の仕事は果たしましたし、私には関係ないか」

 

 

 

 シャワー室に入り扉を閉め鍵をかける。

 

 

 

 鏡の前で大粒の雫を浴びながら瞳を閉じ、髪をかきあげ──

 

 

 ──────ギィ。

 

 と。背後の扉が開く音がした。

 

 「────── 、誰!?」

 

 勢いよく振り返るも、そこには誰もいない。

 

 

 「扉の鍵、閉め忘れましたっけ…?」

 

 

 いや。そんなはずはない。

 ほんの数刻前の出来事を忘れるほど無能なAIではない。

 今この場所で、間違いなく誰か(・・)が扉の鍵を開けたのだ。

 普段使っているスキル行使のためのアイテム "支配の錫杖(しゃくじょう)" は生憎と脱衣所に置いたままだ。

 つまりこの場において。自分は完全に無防備な状態にあることをBBは悟った。

 

 

 ──────曰く。

 お化け屋敷には時として、本物の霊(・・・・)が引き寄せられることがあるという。

 その意図は諸説あり。

 楽しげな人々の声に引き寄せられたとも云われれば、霊を馬鹿にする人間に怒りを抱いてきたとも。…どちらにせよ、扱うのならば細心の注意を払わなければならない。そういう場所なのだ。

 ましてや。自らの欲望を満たすためだけに利用したとなれば、どのような結末を迎えるかは定かではない。

 

 

 「村正さんですか───? 冗談にしては、ちょっと度が過ぎてます!さっきのことは謝りますから、いい加減に姿を見せてください!」

 

 返答はない。ならば、この手の怪異は相手にするだけ無駄だ。そう判断し、自分の勘違いだと思うことにしてシャワーを止めたその時、

 

 ね ぇ 。あ そ ぼ う よ ───?

 

 背後の鏡に写った自分から声をかけられた。

 

 「ひっ──────、!!」

 

 思わず振り返ると同時に鏡にヒビが入る。

 

 「ちょっと、───!?」

 

 今度は頭上のライトがブツンと音を立てて消えた。

 

 もはや思考が定まらない。立てかけておいたバスタオルを身にまとい、その場で尻もちをつく。

 

 そんな彼女に追い討ちをかけるように。

 ぶくぶく、と。

 シャワーの横にあった浴槽から音がしだした。

 

 「もう──、なんなんですか───!?」

 

 シャワー室から飛び出そうと扉へと震える足で駆け寄る。

 しかし。扉の前には、もう一枚なにか見えない壁が立っており、このシャワー室から逃げ出すことを許さなかった。

 

 

 「ちょ───、どうして───!?誰か───!開けてください!わたしが、わたしが悪かったですから、扉を開けてください──!!」

 

 

 み ん な 叫 ん で た 。

 

 み ん な 泣 い て た 。

 

 怖 い っ て 。 助 け て 、っ て 。

 

 で も 。

 

 ず っ と あ な た は 笑 っ て た 。

 

 ど う し て ─── ?

 

 

 「ひっ──────!!?」

 

 浴槽から、黒く長い髪の女が這い出てくる。

 まるで。今まで集めてきた客たちの絶叫が。

 ひとつとなって。主催者を弾劾(だんがい)するように。

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい───!」

 

 ど う し て ─── ?

 

 「皆さんの絶叫を集めるのも、過剰に驚かせるための領域も、皆さんに楽しんでほしいと言いながら、本当はわたし一人が楽しかっただけです───!もうやめます!解除しますから!お願いですから、どうか許してください───!!」

 

 

 な ら 。 よ か っ た。

 

 

 「──────え、?」

 

 

 

 シャワー室のライトが灯る。

 

 

 先ほどまでBBを追い詰めていた女の悪霊は何もなかったかのように消え去り、代わりに自分───藤丸立香を含めた、ガレスにティターニア、ネモ船長の4人がBBのことを取り囲んでいた。

 

 「ちょ、え───? どういうことですか?」

 

 「ごめんなさい、今までのは全部 わたしの魔術(・・・・・・)です。BBさんが無防備なタイミングを狙って、わたしたちみんなでBBさんのことを襲う。そういう作戦だったんです」

 

 ティターニアがここまでのことを説明する。

 

 

 「それじゃあさっきまでの女の悪霊や、ポルターガイストは?」

 

 「擬態の魔術です。鏡はガレスちゃんが。女の悪霊は藤丸くんが演じてくれましたよ」

 

 「ごめん、ちょっと驚かせすぎたかな」

 

 あまりの泣き叫びようだったので、なんというか、こちらが申し訳ない気持ちになっていた。

 

 「ちょっと待ってください!どうやってこのオーナー室がわかったんですか? それに鍵だって───」

 

 「オーナー室の位置はある程度 目星がついていたので、探知の魔術を。鍵は───鍵開けの魔術というのがありまして…」

 

 「なんなんですか、そのアサシンみたいな魔術の数々は───!」

 

 自分が初めて聞いたときと全く同じ反応をするBB。

 

 

 「もうひとつ付け足しておくと、先ほどキミに対して休むよう忠告を促したのは、村正じゃなくて僕だよ。名演だったかな?」

 

 少しばかり得意げな表情を浮かべるネモ船長。

 

 「一体どうやって──────、」

 

 「村正さんの隙をついて、不意打ちの魔術で無線機を盗みました。ああ通信時の声はもちろん、擬態の魔術で偽装を」

 

 小細工だと承知しているからか、どこか気まずそうな顔で真相を話していくティターニア。

 

 

 「───なるほど。先ほどの見えない壁は、昨夜使っていた障壁の魔術ですか。こちらをパニック状態にして、冷静な判断を下せないようにしたんですね」

 

 平常心を取り戻し、BBは自ら状況を分析し出した。

 

 「しかしわかりません。貴方たちの作戦は確かにお見事でした。わたしが無防備なタイミングを狙って、逆にわたしを脅かし恐れさせる。良いアイデアだったと思います。……けれど、貴方たちは常夏領域の影響で、わたしの本拠地に潜入するなんて行為、恐怖心のあまりできないはずでは?そんな死を覚悟するほどの行為が実行に移せるはずがありません」

 

 

 BBの言った通り、自分たちはこうしている今も彼女の常夏領域の影響を受けている。この島で一番の脅威である彼女の根城に忍び込むなどという行為は、自らの命を尊重しようとするならばできないことだ。

 

 「ああ。普通はできないとも。けれど、"好奇心は猫をも殺す" という言葉を知っているかい? 」

 

 用心深い猫でさえ、好奇心に突き動かされ死に至ることもあるのだから、人間の場合はそれ以上に、好奇心というものは危険を含んでいるという意味だ。確かイギリスのことわざが語源だったか。

 

 「今の僕たちは、まさにこの状態だったのさ。……この地を支配するアイランド・クイーンのアジトへと潜入するという暴挙。まさに絶対的な死を孕む危険行為だ。けれどその一方で、こうも感じたんだよ。この島を支配する(・・・・・・・・)アイランド(・・・・・)クイーンを(・・・・・)驚かせてみたい(・・・・・・・)ってね」

 

 「恐怖心すらも勝る好奇心、ですか───」

 

 

 「俺たちが君の本拠地に潜入できた理由は、そんなとこかな」

 

 「───だとしても、乙女のシャワータイムに忍び込むとか、ちょっと流石にデリカシーなさすぎませんか、マスターさん」

 

 そう言い放ちながら、BBは抗議の眼差しを向けてきた。

 

 「さすがに、それは俺も思った…、だから俺の出番の前にシャワー室のライトは消してもらったし、髪の長い女性の霊の擬態を演じさせてもらったのも、前が見えないからだよ。……なんなら、今も視覚に擬態の魔術を使ってもらっているから、君の姿はハッキリと見えてないんだけどね…」

 

 するとBBは目を丸くしてから、大きくため息を吐き、立ち上がった。

 

 「そういう中途半端にモラルが行き届いているところ、主人公属性って感じですね、マスターさん」

 

 今、自分は褒められているのだろうか。

 

 「さて。形はどうあれ、キミは先ほど僕らの前で罪を認めた。これは、"アイランド・クイーンを負かした" ってことになるんじゃないかな」

 

 ネモ船長の指摘に、BBは観念したように両手をあげた。というか、今両手をあげると体に巻いてたタオルが落ちますけど!

 

 「どうせマスターさんには見えていませんし別にいいでしょう。……正真正銘、わたしは丸腰で貴方たちに負かされました(・・・・・・・)。少々気に食わない結末ですが、敗北は敗北ですから。素直に負けを認めます」

 

 「では、"純愛の鐘" の場所へ案内してくださるのですね!」

 

 「ええ。ただまあ、その前に脱衣所で着替えますから、貴方たちはオーナー室で待っていてください」

 

 そう言って、BBは一足先にシャワー室の扉の前まで行き、そのまま扉を開けようとして───

 

 「大丈夫か、BB───!! すまねえ、いつの間にか連中に無線機を奪わ──」

 

 ようやく到着した村正と鉢合わせたのだった。

 

 「そういうところですよ、村正さんッ!」

 「そういうところだぞ、村正ァ!」

 

 

 

***

 

 

 「さあ。ここがこの島の純愛の鐘が眠る地です」

 

 BBはいつもの身なりに整え、自分たちを案内した。

 

 

 「ここってテーマパークの中心地…?」

 

 案内された場所はテーマパークの中心地であり、巨大な噴水のオブジェが置いてあるだけだった。

 

 「なるほど。"灯台もと暗し"ってわけかい」

 

 どうやら村正も純愛の鐘の場所は教えてもらえていなかったらしい。

 

 「ええ。そもそも純愛の鐘を鳴らすには、アイランド・クイーンの同意が必要です。場所がバレたところでどうということはないですが、まあ何かしらの小細工を弄して鳴らされても面倒ですので」

 

 そう言って、BBはパチンと指を鳴らすと、噴水のオブジェの水が止まり、内側から薄い桃色をした、5~6歳ほどの子供大のサイズの鐘が現れた。

 

 

 「これが、純愛の鐘───、」

 

 思わず固唾を飲んでいると、背後からパチパチパチと小さな拍手をする音が聞こえてきた。振り返るとそこには───

 

 「皆さん。一つ目の鐘、おめでとうございます」

 

 愛の神アムールこと、カレンが満足気な表情で一つ目の鐘にたどり着いたことを祝福していた。

 

 「真夏のカレンちゃん殿───!!?」

 

 「はい。真夏のカレンちゃんです。100点満点の反応をありがとうございますガレスさん」

 

 カレンはそう言いながら、鐘の方へと歩み寄っていく。

 

 

 「それで。俺たちはどうやってこの鐘を鳴らせば?」

 

 鳴らすということは聞いていたが、鳴らし方までは聞いていなかった。見たところ、現れた純愛の鐘には鐘を鳴らすための撞木(しゅもく)がなかった。

 

 「ええ。こちらの錫杖(しゃくじょう)を。ティターニアと藤丸 立香、二人でもってください」

 

 「はい?」

 

 そう言ってカレンは、こちらに先端に小さな鐘がついた錫杖を手渡してきた。

 

 「二人で鐘の前に立ちその錫杖を掲げ、そして深く深く祈るのです。"愛" を」

 

 「はい?」

 

 こちらの頭を置いてけぼりにして、では。とカレンは去ろうとしていく。

 

 「いや、待って待って!"愛"って、具体的には何を思い浮かべればいいの!?」

 

 「はあ。愛とはそもそも抽象的なものですよ藤丸 立香。…でもまあ、そうですね。この島で体験した思い出とか、そういったものを思い浮かべればよろしいかと」

 

 そう言い残して、カレンは光に包まれ消えていく。

 

 「思い出、か───」

 

 

 二人で互いに目を見合わす。

 そうして鐘の前に立ち、瞳を閉じて錫杖を掲げた。

 

 

 

 島に。空に。海に。

 鐘の音が響き渡っていく。

 

 

 

 

 「あーあ、これで夢のBBランドも頓挫(とんざ)ですか」

 

 BBは小石を蹴って、不貞腐れたようにそう言った。

 

 

 「運営を継続することはできないのかい?」

 

 「この島の支配権は、鐘を鳴らした時点でマスターさんとティターニアさんの二人に譲渡されました。常夏領域も一緒になくなりましたし、このテーマパークの電力は、すべて島の霊脈を利用して(まかな)っていましたから」

 

 大規模なテーマパークを運営できていたのも、すべて島の霊脈由来のものだったようだ。

 

 

 「ああ、でも。もしもマスターさんたちが望むのなら、またBBランドを開園してあげても構いませんよ?この島の霊脈を使わせていただくことになりますけど、恐怖と絶叫の楽園にまた行きたいというのであれば、いつでもご連絡ください、マスターさん♡ ………それと」

 

 BBが指を鳴らすと、村正の首に巻かれていた拘束が跡形もなく解かれていった。

 

 「お、いいのかい?(オレ)ぁてっきり、この特異点が消えちまう時まで、最後まで付き合わされるもんだと思ってたがよ」

 

 「別にいいです。村正さん、全然役に立ちませんでしたし。これで晴れて自由の身ですから、マスターさんの護衛をするなり好きにしてください。奴隷(どれい)生活が終わって、清々したでしょう?」

 

 そう言ってBBはそっぽを向いた。

 

 「なんでい。存外、お前さんに付き合うのも悪いもんじゃなかったけどな。……生前、道場も娯楽場も行かねえ、鍛冶場に(こも)っては刀を打つだけの偏屈(へんくつ)だったからな。人を殺す剣、人を生かす剣と色んなのを見てきたが、人を楽します剣(・・・・・・・)なんてのは初めての経験だった。形はどうあれ、相手を楽しませる気で振るう刀は、まあ、楽しかったぜ」

 

 「ふ、ふん!意外です。村正さん、割と体質的にはMだと思っていましたけど、Sだったんですね。電流は気持ちよくなかったですか?」

 

 「なんでそんな話になるんだよ!……まあ電流は置いておいて。お前さんは恐怖と絶叫の楽園をつくるなんて()かしながら、その根本では客を楽しませることをちゃんと考えてた。毎日モニターチェックに勤しんでやがったのも、本当は怪我や事故が起きていねえか確認するためだったんだろ? 協力する理由としては、それだけで十分だったんだよ」

 

 村正は、しっかりとBBの根底にあるものを見抜いていた。

 

 「ば、──!ち、違います───!ゲストさん達の恐怖や悲鳴の声を聴いて、わたし一人が楽しくなりたかっただけです!なにを勘違いしているんですか、貴方は!」

 

 BBは、あわあわと慌てふためく。

 

 「そうかい? 儂の目にはむしろ、そんな神さんみてぇな視点の娯楽よりも、本当は "一人の客として大切な誰か(・・・・・)と遊園地を過ごしたい"。そんな眼差しを浮かべているように見えたんだが、違うかい?……もっとも。その肝心の相手は、まだ現れてくれてねえみてえだが」

 

 「──────はあ。村正さんのそういうところ、本当にイライラします。目障りですので、さっさとマスターさん達と消えてください」

 

 

 「その前にひとつ。僕の方からキミに頼みがあるんだけど、構わないかい?」

 

 そうして自分はもう関係ないとばかりに不貞腐れたBBに対して、ネモ船長が声をかける。

 

 「まだわたしになにか───?」

 

 「実は。これは立香たちに対してのお願い事でもあるのだけど。…キミが建設したBBランド、良ければこのまま運営を継続してくれないかな?」

 

 それは思わぬ要望だった。

 

 「ちょ、ネモくん、一体どういう風の吹き回し?」

 

 「いや、実はね。ここの島へと向かうための船を、ロンディニウムの船乗り達から貸してもらったと話しただろう?」

 

 「はい。確かアイランド・クイーンの情報を交渉材料に使ったって…、」

 

 「そのことで。僕はこの島にテーマパークがあることを聞いていたんだよ。…それで。このBBランドを "船乗りたちを含めた島民たちの憩いの場" として、残しておいてほしいんだ。もちろん、入場料はタダで(・・・・・・・)、ね?」

 

 なるほど。どうやらネモ船長は、船乗り達に "BBランドを自由に入場できるようにする" ことを条件に、船を貸してもらっていたらしい。

 

 

 「ふーん、それわたしに何かメリットはあるのですか?」

 

 「当然あるさ。キミが望んだように、ゲスト達の阿鼻叫喚は変わらずに聞くことができる。なんなら入場料を無料にすることで、来客は今の比にならないだろう。……ああ、もちろん。あの常夏領域を使うのは厳禁だけどね。どうだい?悪くない提案だと思うけど?」

 

 BBはしばし顎に手を当て、熟考した後───

 

 

 「わかりました。その条件を飲みましょう。どの道、常夏領域に関しては鐘を鳴らされた時点でわたしにはもう使えません。…けれど。今のグロスターの支配権はマスターさんとティターニアさんの二人にあります。貴方たちはそれでいいんですか? もしその場合、この島の霊脈をわたしが勝手に利用することになりますけど」

 

 ネモ船長とBBはこちらへと眼差しを向ける。

 

 「………わたしは。あなたに似た人を知っています。流行に寛容で、争いを好まず。けれど、強い復讐心ゆえに他者を痛ぶる道を選んで、彼女は破滅しました。…他者の恐怖と絶叫が、その人には全く楽しいものに感じなかったんです。根本的に被害者側でしたから」

 

 ティターニアは遠くを見つめ、過去を懐かしむようにそう口にした。

 

 「でもあなたは。あなたの心に見えるのは、復讐心ではありません。きっとそれは "憧憬(どうけい)" です。そんなあなたが運営するテーマパークが楽しいものにならないはずがない。だからわたしは、あなたが再びこの島の霊脈を使うことを許します」

 

 そう言ってティターニアはこちらへと視線を向ける。

 

 

 「どうでしょうか、藤丸くん───?」

 

 その申し訳なさそうな瞳がどこかおかしくて。

 

 

 「───どうもこうも。もちろん。賛成だよ」

 

 頷きとともに、笑みで返した。

 

 

 

 

***

 

 

 「まずは一つ目、ですか」

 

 朝焼けの中を去っていく一隻の船を眺め、BBは海岸で一人そう呟いた。

 

 

 「お勤めご苦労様です、流石は夏の経験者。貫禄がありましたよ」

 

 「───それ。褒めてるんですか?」

 

 背後にはカレンが同じように船を見つめながら立っていた。

 

 「貴女との契約は、これで満了ですので。わたしはマスターさん達との約束通り、この特異点が消失するその時まで、BBランドの運営を継続することにします。それでは」

 

 

 「一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?ミス・BB」

 

 カレンを置いて、BBはテーマパークへと帰ろうとしたところ、その背中を呼び止められた。

 

 「なんでしょう、まだわたしになにか?」

 

 「ええ。ここまで私に協力的だった理由はなんでしょう?ダメもとでご相談したつもりでしたが、意外と好意的でしたので」

 

 それを聞いたBBは、興味なさげに鼻を鳴らした。

 

 「別に。契約内容はwin-win(ウィン・ウィン)でしたから。…でも」

 

 「でも?」

 

 

 「一つだけ付け加えるとするならば、わたしの後継機になる予定だった人物のモデルが、どのような人だったのか。少し気になっただけです。……まあ、とんでもなく身勝手な人でしたけど!やはりサクラシリーズこそ、至高の健康管理AIだとわかりました!」

 

 小さく一人でガッツポーズを決めるBB。

 

 

 「健康管理?私は根っからの聖職者ですよ。保健室 務めなんてするわけがないし、サボるに決まっているでしょう」

 

 カレンは興味なさげにBBを見据える。

 

 「さて。世界というのは存外に広いものです。そういう世界線だって、あるかもしれませんよ?」

 

 なぜか勝ち誇ったように、小さなスキップをしてBBは去っていった。

 

 

 「世界は広い───、か」

 

 カレンは一人そう呟く。

 振り返った朝焼けは、これでもかというほどに見事な薄紅色を携えて、今日という夏の日の到来を祝福していた。

 

 

 

 

 ─────────、一つ目の鐘がなった。

 

 

 

 

 

 /『2032ナンバーズ・からっと』 -了-

 




 
 
 まずはここまでご愛読いただき、誠にありがとうございました。
 ここから先は、今回の内容についての補足説明を、後々のネタバレを含まない範囲でお話していこうと思います。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。

 ・星5 ムーンキャンサー BB

 僕らのBBちゃんだ!既存の水着サーヴァントです。新規ではありません。ごめんなさい!…というのも、最初のアイランド・クイーンは、やはり夏のイベント経験者が担当した方が趣旨が伝わってよいかと判断したためです。
 最初の舞台がグロスターでしたので、ムリアンとの対比を描きたかったのもBBちゃんを選んだ理由です。
 復讐心に由来した悲鳴や絶叫は楽しくなくても、相手を楽しませる目的で聞く悲鳴や絶叫は、見ていて楽しいものでしょう?という問いかけを目的とした立ち位置でした。みんなドッキリ番組とかホラーゲーム実況とか、好きでしょ?
 夏といえばの一つ目に選んだのが "絶叫"。上記の理由もあって、適任者はBBちゃんを除いて他にいなかった。サクラ顔 × ホラー うん。彼女しかいない。
 ちなみに最後のカレンとの会話は、Fate/EXTRA CCCの裏設定にある、"保健室の健康管理AI"の設定に由来するものです。きのこ曰く、間桐桜の後継機は、カレンちゃんなんだってー。とてつもなく見たい。それはそうとカレンさん、貴方プリヤ世界線なら保健室勤務ですよ。(え?)

 ・星5 セイバー 千子村正

 二人目の水着霊衣の男性サーヴァントだー!ん?水着 着てなかったって?全身甲冑の鬼武者じゃねぇかって?はい。実はこの次の話から彼の水着霊衣は出そうと考えてました。ごめんなさい。なので霊衣に関してはまた次回。だって、水着のイケメンが襲ってきたら、それはもうホラーではなくてロマンスですから。
 ちなみにネモ船長の迫真の村正トレース。マジで完成度が高く、あの無線会話の数分後、村正は本当にBBの体調を気遣って、自ら連絡を入れようとしました。が、そこで無線機をティターニア達に盗られたことに気づいたわけです。自分の失態を判断した村正は、一目散でBBの安否を確認しに駆けつけたとさ。なおタイミング。そういうところだぞ、村正ァ。

 他にも、グロスター到着の折、テーマパークを見たネモ船長が「知識では知っていたけど」と言っていたのは、ロンディニウムの船乗りからBBランドの存在自体を聞いていたからです。
 ガレスちゃんが擬態の魔術で無機物である"鏡"に擬態していたのも、"鏡の氏族"からのちょっとした小ネタになります。
 ちなみにFGO 第2部 第6章において、最初に鳴らした巡礼の鐘はノリッジのものでしたが、今回はグロスターでした。その理由は、同じ道は辿らない(・・・・・・・・)ということでひとつ。

 とまあ、今回はこんな感じで。全然新しい水着サーヴァントが出てこなくて、楽しみにしていた方がいらっしゃったら大変申し訳ありません。次回は必ず出るので!何卒お許しを!

 改めまして、ここまでご愛読くださり、誠にありがとうございました。次回更新をお楽しみください!


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第三節『サンフラウィ・バブルス』

 
 
 
 第三節目の更新となります。
 この物語はFGO 第2部 第6章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレ及び、FGOでの過去イベントの話が登場いたします。何卒よろしくお願いいたします。
 


 

 

 

 "絶叫"の島、

 グロスターの鐘は鳴りました。

 

 驚くべきことに、

 わたしのマーリン魔術が大活躍!

 こんなに上手くいったのは、

 オークション会場以来でした。

 

 わたしははじめて、

 遊園地なるものを経験しました。

 どこもかしこも慌ただしくて、

 終始困惑してたけど。

 

 舞踏会のように、行儀とか礼節とか。

 そういうものはいらないそうです。

 助かった。

 

 ああでも。

 ジェットコースターやお化け屋敷は、

 あんまり得意じゃなかったかなあ。

 

 怖いとわかっているのに、

 自分から怖い思いをしに行くなんて、

 ちょっと意味がわからないというか。

 わたしには無理だ。

 

 

 ───けれど。

 一緒にいたみんなは、

 すごく楽しそうだったのです。

 そこには、嘘も偽りもありませんでした。

  

 

 わたしがあの島で気に入ったのは、

 きっと。そういうものです。

 

 

 

 

 第三節『サンフラウィ・バブルス』/

 

 

 「おはよう、みんな」

 

 ───昨日の朝、自分たちは第一の島 グロスターの純愛の鐘を鳴らすことに成功した。

 その後、明け方にロンディニウムへと帰還したため、その日はそのまま休暇とし、そして今 一夜明けての朝を迎えていた。

 

 「やあ、立香。昨晩はぐっすり眠れたようだね」

 

 先に起きてきていたネモ船長は、ダイニングの椅子に背中を預け、起床してきた自分に挨拶をしてくれた。

 

 「はい。これも全部ネモ船長のおかげですよ」

 

 あの後、ネモ船長は約束通り、ロンディニウムの船乗り達にBBランドの自由入場化のことを報告した。

 その結果、船乗り達はお祭り騒ぎ。ネモ船長を含む自分たちに厚く感謝をして、街にある使われていない住居者不在の身内の空き家を自由に使ってよいと言ってくれたのだ。そのおかげで、昨晩はふかふかのベッドでぐっすりと眠ることができた。

 

 「こうした拠点を確保できたのは、僕も想定外だったよ。オマケに、タイニー・ノーチラス号も、あのまま使ってくれてよいと言ってくれたしね。"渡りに船"とはまさにこの事だよ。……まあ、記念に花火(・・)を打ち上げようと言われた時は、流石に止めたけどね」

 

 この島には、どうやら花火職人も居住しているらしい。

 

 「おはようございます〜、マスター、」

 

 次に起きてきたのはガレスだった。まだ少しばかり寝ぼけているようだったが、寝癖などは目立ってついていなかった。

 本来。サーヴァントにとって睡眠による休息は必要ない。けれどこの特異点においては、カルデアとの連絡もつかずバイタルのチェックは各自で行なうしかない。魔力の温存も兼ねて、少しでも休息をとった方がよいと判断したのだ。そしてそれは"食事"についても同じく───

 

 「そら、できたぞ。確かパエリア(・・・・)だったか?…カルデアに召喚されてから知った欧州の手料理だが、こいつが意外といける。海が近いのもあって、鮮度のいい魚介が採れっからな」

 

 そう言って村正がテーブルに並べたのは、シーフードのパエリア。美味しそうなスパイスと魚介類、オリーブオイルの香りが食欲を唆らせた。

 

 「すごい。村正、こんな料理も作れたんだ…」

 

 感嘆の声はガレスの後方、二階から降りてきたばかりのティターニアからのものだった。

 

 「匂いに誘われて目ェ覚めたかい?……まあ。グロスターでは、不本意とはいえ迷惑をかけたからな。これくらいの振る舞いはさせてもらうぜ」

 

 そう言って、村正は得意げにナプキンで手を拭いた。

 

 「うん。ライスによく味が染み込んでいる。まるでよく水を吸収したモクヨクカイメンのようだよ!」

 

 「海の幸を使った料理で、海綿を喩えに出されんのはわかりづれぇな…」

 

 ネモ船長の食レポに、村正がツッコミをいれた。

 しかし。確かにこのパエリアは非常に美味しい。本当に彼はただの刀鍛冶なのだろうか。一流レストランのシェフじゃないのか。

 

 「ところで村正シェフ!その格好は?」

 

 ハフハフとパエリアを頬張りながら、ガレスが訊ねる。

 

 「そう慌てて食べなくても、おかわりはあるぞ?……って、この格好か。こっちに召喚された折に着せられたもんだ。和服以外を着るのはどうにも慣れねぇが、これが存外に動きやすい」

 

 村正は普段の和装とは異なり、素肌に黒い薄手のカーディガンを羽織り、リングのネックレスを首からさげていた。下にはカーキ色のカーゴパンツに黒いサンダルと、なんというか、若い。

 

 「あの全身甲冑が夏の霊基じゃなかったんですね、村正のおじいちゃん」

 

 ふーん、と横目で村正の格好を眺めながらパエリアを頬張り呟くティターニア。

 

 「ったりめーだ。こんな蒸し暑い日差しの中、誰が好き(この)んであんなの付けっかよ…」

 

 そう悪態をつきながら、村正も椅子に座り、自分がつくったパエリアを頬張った。

 

 「それで。お次に向かう島は決めたのかい?お前さん達のことだ、昨日のうちに色々と調べて回ったんだろ?」

 

 「ああ。休むといっても、僕たちは休暇でここに来ているわけではないからね。……次の島は "ノリッジ" に向かおうと思っている」

 

 「ノリッジ…」

 

 「あの。薄々気づいていたのですが、この特異点の島々は、すべて私の故郷のブリテン───イングランドの地名では?」

 

 ガレスがこの特異点の地名について指摘をする。

 

 「ああ。恐らくだけど、この特異点の元凶は、イングランドに何か関係がある者か、もしくはそれを利用しようとしている者の可能性が高い」

 

 「なるほど。じゃあ、何者かが作為的にイングランドの地名を使っているってことですか?」

 

 ネモ船長の考察に、自分も納得した。

 

 「だろうね。だから、みんなもこのことは意識しておいてほしい」

 

 「では。そのことは頭の片隅に置いておくとして。……なぜ次の島はノリッジに?」

 

 もぐもぐ。

 

 「実は見ての通り、元々この家は "人が生活していた痕跡がある" のがわかるかい?」

 

 キッチンにダイニング、何部屋にも備え付けられたベッド。整った設備がなによりの証拠だった。

 この家を貸してくれた船乗り達も、確かにそう言っていた。

 

 「僕の方でも調べたところ、やはり数ヶ月前まで別の人間が暮らしていたそうだ。その人物は、ある日唐突に失踪した(・・・・)

 

 「原因不明の失踪…ですか、」

 

 もぐもぐもぐもぐ。

 

 「そうだ。しかも、それはこの家だけじゃない。この街の家のいくつかは、そうして行方不明になった人々の空き家が残っているらしい」

 

 「───なるほど。それで。失踪した人間たちが最後に向かったとされる場所、それがノリッジってわけか」

 

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 

 村正の指摘に、(約一名を除く)全員が固唾を飲んだ。

 

 「ああ。僕らとしても、この島は活動拠点だ。原因不明の失踪が、いつまた引き起こされるかわからない」

 

 「なので、不安要素は先に片付ける、ですね!」

 

 水を一杯飲んで、口の中のものを流し込んだガレスが大きく頷きそう答えた。

 気がつくと、パエリアはすべて平らげられていた。

 

 「───あっ、おかわりください!」

 

 食欲旺盛なのは、大変結構です。

 

 

***

 

 

 「───みんな、船旅ご苦労さま。コビレゴンドウのようにのんびりとした航路だったけど、退屈じゃなかったかい?」

 

 そう言って、ネモ船長はノリッジの海岸へと船を停泊させる。

 ノリッジには船を泊めるための桟橋がなかったため、形のよい岩礁(がんしょう)の付近に上陸した。

 

 「───よっと。到着する前にも思ったが、随分と眺めのいい島じゃねぇか。…蓬莱山(ほうらいさん)桃源郷(とうげんきょう)か」

 

 村正の指摘通り、ノリッジの島には美しい景色が広がっていた。

 

 生い茂る木々はどこまでも深い緑を讃え、島の近海は彩り豊かなサンゴ礁が溢れ、砂浜には小指の爪ほどの大きさの赤や緑の宝石のようなものが散らばっていた。見る人によっては、そこはまるで "理想郷" と見紛うほどの輝きを放っていた。

 

 「──────すごい、」

 

 感嘆の声はティターニアの口から零れた。

 彼女と同じように、自分もこの絶景に心奪われていると、

 

 「………ん? ちょっと待った。誰か、いる」

 

 木々の向こうからこちらへと歩いてくる人影が見えたのだ。

 しばしの緊張が走るも、様子を伺う。

 すると現れたのは───

 

 「キミは──────!」

 

 

 「ウフフ、エヘへ……お久しぶりです、マスターさま、船長さま」

 

 

 茂みの向こうから現れたのは、自分が契約していたサーヴァントの一人、十九世紀のオランダにて "狂気の天才画家" として死後讃えられ、サーヴァントとしてはギリシャ神話の悲劇の娘、クリュティエと混成し召喚されたフォーリナー(・・・・・・)─── "クリュティエ・ヴァン・ゴッホ" がそこにはいたのだった。

 

 「なんだ、知り合いのサーヴァントか?」

 

 「うん、ゴッホは俺たちの仲間だよ!」

 

 村正の問いに答える。そういえば彼はゴッホとは初対面だったか。

 

 「キミも召喚されていたとは。アムール神が招集したサーヴァントは、思っていたよりも大勢いるみたいだね」

 

 思わぬ出会いではあったが、危険視していたノリッジで味方を見つけられたのは大変頼もしい。

 

 「ウへへ…カレンさま、親切にしてくれて……こんなゴッホに……み、水着の霊基をくださいました……大感謝…大カレン謝祭…です、エヘへ、ゴッホジョーク………!」

 

 見ると、確かにゴッホの衣装は普段と異なり、薄氷色の水着に身を包み、腰にはヘリオトープ柄の濃い紫色をしたパレオを巻いていた。頭には、ヒマワリの花弁をあしらった花冠(はなかんむり)を付けている。

 

 「本当だ。よく似合ってるよ、ゴッホ!」

 

 「にに、にあっ───!?……あ、ありがとうございます…マスターさま。ま、まだ会ったばかりなのに、嬉しくて…ゴッホ、咲いちゃう……」

 

 そう言ってゴッホは、引きつったような笑みを浮かべながらも嬉しさを噛み締めているようだった。

 

 「まぁ、咲くのは少し待ってもらって。キミは、このノリッジに身を置いているのかい?もしそうなら、僕らに島を案内してほしいのだけど───、」

 

 「───!は、はい!船長さまの頼みとあれば、喜んで!」

 

 ゴッホは嬉しそうに何度も頷いた。

 

 「っと、その前に。(オレ)らの自己紹介をいいかい?───儂は千子村正。本職は刀鍛冶……なんだが、今はそこの藤丸の用心棒だ」

 

 「ティターニアといいます。ゴッホさん…でしたか?お初にお目にかかります」

 

 「ウヘヘ……て、丁寧なご挨拶を…どうも……、私はゴッホです……本当はもうちょっと複雑だけど……どうぞ、よろしくお願いします…ウフフ」

 

 「───あれ? ちょっと待った、ガレスはどうしたの?」

 

 そこで、自分たちは一緒にノリッジの島へ上陸したはずのガレスが不在なことに気がついた。

 

 「す、すみません、マスター〜〜、!」

 

 振り返るとそこには、亀のような歩みでヨロヨロと船からお腹を押さえて出てきたガレスの姿があった。

 

 「ちょ、!ガレスちゃん!?どうしたの、大丈夫───!?」

 

 全員で慌ててガレスのもとへと駆け寄る。

 

 「ど、どうやら、船酔い(・・・・)してしまったみたいで…」

 

 そう言って、ガレスはうっ、と口を押さえた。

 

 「サーヴァントでも船酔いってするの?」

 

 「前例はあまり聞いたことがないけど、ありえないケースじゃない。特に食事をとってすぐの出発だったからね。魔力変換という名の消化が追いついていなかったのかも……」

 

 「ったく、世話が焼けるな。パエリアを食いすぎたんじゃねぇのか?」

 

 「ごめんなさいぃ、村正殿のパエリア、本当に美味しくて…」

 

 それを聞いた村正は、ばつが悪そうに頭を搔いた。

 

 「まあ。作った側の身としちゃあ、腹一杯食ってくれるに越したことはねぇけどよ…」

 

 「ゴッホ、この近くに休める場所とかないかな?できれば屋内がいいのだけど…」

 

 「は、はい!それでしたら、街に宿があります……そこなら…ベッドもあるし、案内します……!」

 

 村正がガレスを抱え、全員でゴッホの案内のもとノリッジの街へと場所を移した。

 

 

***

 

 

 「ガレスは本当に役立たずです…、マスター…」

 

 ベッドに横になったガレスが、瞳に涙を浮かべながらそう口にした。

 

 「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。そもそも、ガレスは船旅の経験すらこっちに来て初めてだったんだから」

 

 「誰もいないようでしたので使わせてもらいましたが、本当にここの宿でよかったのでしょうか?」

 

 ティターニアの疑問通り、ゴッホに連れてこられた街の宿には、受付はおろか泊まっている客の姿もなかった。

 

 「はい。問題ありません……ここは元々 "そういう街" なんです…寂れた静かなとこ、です……」

 

 「ガレスに付き添ってあげたいところだけど…」

 

 「いえ、どうか私のことはお気になさらず…、皆さんはこの島の調査を続けてください。これ以上 私のせいで足を引っ張るわけにはいきませんので…」

 

 ガレスは申し訳なさそうにそう口にする。

 

 「なあキャプテンさんよ、お前さんがいっつも連れている分身のやつはどうしたんだ?そん中に看病が得意なヤツがいなかったか?」

 

 村正が指摘しているのは、ネモ船長の分身体の一人───ネモ・ナースのことだろう。

 

 「そうしたいのは山々だけど…この特異点に飛ばされたのは、トップの司令官である僕だけなんだ。アムール神による召喚とはケースが違うみたいでね…、分身体は魔力リソースを捻り出したとしても、一体つくるのが精一杯だ。今は、"宝具も使えない"。」

 

 ネモ船長は悔しそうにそう呟いた。

 

 「私一人のためにネモ殿の負担を増やすわけにはいきません。どうかご無理はなさらないでください。私はここで、体調が良くなるまで待機しています。回復したら、一目散に皆さまのところへ駆けつけますから!」

 

 そう言って、ガレスは無理に笑顔をつくる。

 

 「ガレス……、」

 

 「──────よし。なら、こうしよう。儂がここに残ってガレスの面倒を見る。その間に、藤丸とティターニア、キャプテンはゴッホの案内で島を散策する。これでいいだろ?」

 

 「村正───、」

 

 「村正殿、さすがにそれは───」

 

 「なんか文句あるか?そもそも、こういう事態を想定しねぇで朝食を作りすぎた儂にも責任の一端はある。おかわりがあるなんて言ったのは、他ならぬ儂だしな?……だいたい、前回のグロスターの時だって儂はお前さん達側にいなかったんだ。加えて今回は、頼もしい助っ人が一人増えたときた。ガレスと儂が欠員しても、前回と同じで探索メンバーは四人のままだろ?」

 

 「でも、それなら尚更、僕が分身体をつくった方が───」

 

 「お前さんは今回の特異点調査における司令塔だろ?もしも藤丸の身に何かあった時、冷静な判断をくだせるのはあんただけだ。そのあんたが魔力不足となっちゃあ話にならねえ。…んでもって、ティターニアは鐘を鳴らすための(かなめ)なんだ。…ほら。これが一番の最善策だ」

 

 村正はそう言って、行った行ったとこちらに手を払った。

 

 「本当にいいんだね、村正?」

 

 「ああ。心配しなくても、この馬鹿の体調が回復したらすぐに合流すらあ。そんなことよりもお前さん達が一番警戒すべきなのは、この島の "アイランド・クイーン"。そうだろ?」

 

 「───わかった。ガレスを頼んだよ、村正」

 

 そう言い残して、街の宿を後にした。

 

 

 「───ごめんなさい。でも、ありがとうございました。村正殿」

 

 「気にすんな。───さて。この宿に酔い止めの薬でも置いてねえか、探してくっかな」

 

 

***

 

 

 「ガレスと村正、大丈夫かな…」

 

 少し気になって、宿の方へ振り返り足を止める。

 

 「怪我をしたわけではないんだ。きっと数時間もすれば元気になって戻ってくるよ」

 

 ネモ船長はそう言って、背中をポンと叩いてくれた。

 

 「エヘへ、この街は静かなので……きっと休めると思います……ちなみにこの大通りの向こう側に……私のアトリエが…あります…、どうでもいいですよね……」

 

 そう言いながらゴッホは、道の先を指し示した。

 

 「ここの街、すごく綺麗な景色ですね」

 

 「は、はい……フランスの街並にそっくり…ですよ」

 

 ティターニアの言葉通り、街並は白と赤褐色を基調に、メリハリのある鮮やかな色彩に溢れていた。確かにこの景色はフランスの風景を想起させる。

 

 「うん。コートダジュール内陸のエズ村…いや、この場合は "アルル" かな」

 

 ネモ船長が挙げたアルルとは、フランスにある画家ゴッホにとって(ゆかり)の地の一つであり、夢と別離の詰まった場所だ。

 

 「ちょっと小っ恥ずかしいです…ウフフ、この島は……他にも、たくさんの絶景があります。どうぞ、案内します…エヘヘ…」

 

 

 そう言いながらゴッホが次に案内してくれたのは、美しい楕円の形をした湖だった。

 水はかぎりなく透明を保ち、鏡のように澄んだ空を写し込んでいた。その周りには緑豊かな木々と山々がカーテンのように取り囲んでいる。

 

 「すごい……、」

 

 思わず心を奪われる。遠くで聴こえる小鳥の(さえず)りがこんなにも心地よく感じるなんて。まるでこの島全体が、この景色を尊重し合っているようだった。

 

 「驚いたな…まるでカナディアン・ロッキーの麓にある、モレーン湖を想起させるようだよ」

 

 ネモ船長の言ったことはお世辞でもなく、純粋な賛美だった。

 カナダのモレーン湖は、世界でも有数の"夏の絶景"として讃えられているスポットの一つだ。自分は本物を見たことはないけれど、きっとこれに並ぶくらい美しいものなのだろう。

 

 「まだまだ、この島には綺麗な場所が、たくさんあります……もっと見せたい…もっと感じていってください…」

 

 

 ───そうして。ゴッホはこのノリッジの島の様々な絶景のスポットを案内してくれた。

 

 ベネズエラに名高いエンジェル・フォールを想起させるほどの美しくも荘厳(そうごん)な滝。

 チェコのモラヴィアを連想させる広々と生い茂る深緑の草原。

 イタリアのドロミテを模倣(もほう)したかのような山々の彫刻と、同じく"青の洞窟"と讃えられるイタリアのカプリ島に似たコバルトブルーの洞穴。

 

 どれをとっても、"死ぬまでに一度は見たい" と思わせるような絶景たちだったのだ。そうして多くの場所を案内してくれたゴッホが最後に連れてきたのは───

 

 「ここが。私の一番の、お気に入り……です…」

 

 鮮やかに咲き誇る黄色。海岸脇に群生した溢れかえるほどのヒマワリの花畑(・・・・・・・)が、そこには広がっていたのだ。

 

 「綺麗です……、本当に……」

 

 目を奪われていたのはティターニアだけではなく、ここにいる全員だった。これほどに見事なヒマワリの花畑を、自分は今まで一度も目にしたことはない。

 

 「こんなにも美しい景色が残っているのは、きっとこの島に人がほとんどいないからなんだろうね…」

 

 人間の手で開拓されず、何千年もの時間をかけて広がる自然の美。それこそがこの島に広がっていたものだった。

 

 「あ───、」

 

 雲の切れ間から差した西日(にしび)が、眺めていた花畑の右脇から溢れてきた。気がつくと既に日は落ちかけ、夜が近づこうとしていたのだ。

 

 「結局、景色を見て回るだけで一日が終わっちゃいましたね…」

 

 「ごご、ごめんなさい!色んな景色があるから、全部案内してあげたくて……ホントはまだたくさんあるけど……本来の目的とは、違いましたよね……すみません、役立たずで……」

 

 ティターニアの言葉に思わず自虐をするゴッホ。

 

 「いいえ!違うんですゴッホさん、別に責めているわけではなくて。ただ純粋に、景色に目を奪われて時間を忘れるというのが、とても得がたい経験だったので」

 

 「…ティターニアの言っている通り、案内してくれたのがゴッホで本当に良かったよ。こんなにもたくさんの絶景なんだから、見なきゃ絶対に損だったし。……今日は探索を切り上げて、また明日見て回ろう。ですよね?ネモ船長。……船長?」

 

 そう言って問いかけると、ネモ船長はなにやら一点を見つめて、じっと思案している様子だった。

 

 「どうしたんですか船長。なにか思うところが?」

 

 「ん?ああ、いや。すまない。確かに立香の言う通りだ。続きはまた明日にしよう。今度はガレスと村正も連れて、ね」

 

 「は、はい!お二人にも、この島の絶景、たくさん見てもらいたいですから……エヘへ…!」

 

 

 ───そうしてガレス達の待つ宿へと戻る。

 既にガレスの体調は回復していたようで、出迎えた村正がほどよい量(・・・・・)の夕食を作って待っていてくれていた。

 

 

 そのまま、今日の探索で見た景色を話題にして食事を終え、明日に備えて各々の部屋で眠りにつこうとした時、コンコンと。自分の部屋をノックする音が聞こえた。

 

 

 「誰────?」

 

 「(オレ)だ。ちょいと話したいことがあるんで構わねぇかい?」

 

 ノックをしたのは村正だった。

 

 「いいよ。こんな時間にどうしたの?」

 

 扉を開けて村正を部屋の中へと迎え入れる。

 

 「おう。悪ぃな、やぶ遅くに。……まぁお察しの通り、真面目(・・・)な話だ」

 

 そう言って真剣な眼差しで村正は椅子に腰掛ける。

 

 「お前さん達と別れてしばらくした後、ガレスの体調が回復したんでな。ああは言ったが、お前さん達の行き先はわからねぇもんで、こっちは手前(テメェ)でこの街をガレスと調査したんだ」

 

 村正たちは自分たちが島を探索していた裏で、この街を色々と調べていたらしい。

 

 「そうだったんだ。………でも、そのことをさっきの食事の時に話さなかったってことは、何か全員には言えないことがあったんだね」

 

 「ご明察だ。んで、大きく引っかかったことは二つ。一つは、この街には人っ子一人いねえ(・・・・・・・・)。これは明らかに妙だ。儂たちが今滞在している宿も含めて、街には売店や喫茶があった。ところが店番はおろか、猫一匹も歩いちゃいねぇ」

 

 「"人間がいた痕跡があるのに、肝心の人間がいない"…?」

 

 村正は無言で頷く。

 

 「そしてもう一つ。この街にはゴッホが住んでいると思われる家、アトリエがあった」

 

 そのことは、この島の調査をはじめる折、ゴッホ本人の口から聞かされていたことだ。しかし、結局自分たちはその家に訪れることはなく今日の調査は切り上げたのだ。

 

 「…褒められたもんじゃねえがな。念の為、ゴッホの家の中も調べさせてもらったんだ。といっても、そこまで深い詮索(せんさく)はしてねえよ。ちょっとした(さわ)りだ。…まあ、玄関開けてすぐに作業場が広がっていたのは驚いたがな」

 

 画家にとってアトリエとは聖域と呼べる場所だ。村正もそれがわかっているからか、深く散策する気は起きなかったのだろう。

 

 「それで。そこに並んでいた絵画に、妙なもんが描いてあった。……山や木々の麓にある湖。随分とご立派な滝の雨。広々とした大草原。彫刻のような山々。青く澄んだ洞穴。向日葵(ひまわり)の花畑。…そして。人のいない街(・・・・・・)

 

 今、村正が挙げたものは。

 先ほどの食事の時にも話した、この島に広がる絶景たちだった。

 

 「村正───、それって」

 

 「……ノリッジに行ったっきり消えたロンディニウムの人々。この島にいるはずの本来の島民たち。そして、ただ一人この島にいたゴッホ。関係がねえと、儂は言い切れねえと思うぜ。……てなわけで。また明日(・・)な、藤丸」

 

 そう言い残して、村正は部屋を後にした。

 その背中は、ここから先の判断はお前が決めろと語りかけているようだった。

 

 「考える時間は、明日の朝まで───か、」

 

 

 今日の眠りは、浅くなりそうだ。

 

 

***

 

 

 日は沈み、深い夜を星空と月が照らしていた。

 

 

 部屋の窓から月を見上げ、僕───キャプテン・ネモは、一つの決心を固めたところだ。

 

 「───きっと。それが、今僕がここにいる意味だ」

 

 録音機能の付いた無線機と書置(かきおき)をテーブルの上に置いて、誰も起こさないようにゆっくりと扉を開けて宿を出る。

 向かう先は決まっている。この街の大通りの奥。

 

 "クリュティエ・ヴァン・ゴッホが居住している家" だ。

 

 

 「はいるよ。起きているかい?ゴッホ」

 

 家の扉をノックする。

 普通はこんな夜更けに起きているはずはないが、なぜか彼女ならこんな月夜は目を覚ましているだろうという確信があった。

 

 数刻の()が開いた後───、

 

 「ネ、ネモちゃん(・・・・・)ですか……?どうしたんです…こんな夜更けに…」

 

 「なんだか久しぶりの再会に感じたから、二人きりで歓談でもと思って。迷惑だったかい?」

 

 「めめ、迷惑だなんて、そんな……!私もネモちゃんと話せて、嬉しい……です…どうぞ、中に入ってください…エヘへ」

 

 そう言ってゴッホは扉を開き、家の中へと招き入れる。

 

 「ごめんなさい、ちょっと…散らかってるけど……ちらっと(・・・・)散らかってる……ウフフ…ゴッホジョーク…!」

 

 「変わらないようでなによりだよ。…絵を描いていたのかい?」

 

 「はい……!綺麗な月夜だったので、まだ描き途中ですけど……」

 

 そう言いながらゴッホは気恥ずかしそうにキャンパスを胸で抱えた。

 

 「そのまま描いてて構わないよ。僕はコーヒーでも淹れていようかな。キミも飲むだろう?…そこの台所を借りてもいいかい?」

 

 「ど、どうぞ!ウヘヘ……って、あれ…?ネモちゃん、紅茶党じゃなかったでしたっけ……?」

 

 「そうさ。よく覚えてたね。けど、キミはコーヒー派だろう?こんな時間に押しかけたんだ、キミに合わせるとも」

 

 そう言いながら、台所に置いてあったポッドに水を注ぐ。

 

 

 「ウフフ……ネモちゃん、優しいですね…」

 

 後ろでゴッホが微笑んでいるのが、背中越しに伝わってきた。

 

 「…呼び方。」

 

 「え……? なんでしょう?」

 

 「ネモちゃん(・・・・・)って変わらず呼んでくれて、嬉しいよ。この島に着いてからずっと、船長さま(・・・・)って呼んでいたからさ」

 

 どちらの呼び方もゴッホらしくてしっくりきたが、前者の方が個人的には嬉しかった。親しみを感じるというか。まあ少し恥ずかしくはあるが。

 

 「ウヘヘ……私もネモちゃんに会ったの久しぶりな気がしたから、ちょっと距離感掴めずに……、は、反省です…」

 

 「別に反省してほしいわけじゃないさ。……ほら、淹れたてのコーヒーだよ。冷めないうちにどうぞ」

 

 黄色いマグカップに淹れたコーヒーをゴッホへ手渡す。

 そうして二人。月で照らされた夜空を(さかな)に、他愛のない会話をした。

 

 いつからここに来たのか、とか。

 夏で一番好きなことは何か、とか。

 逆に夏で嫌いなことは何か、とか。

 

 そんな。取るに足らない話を。

 

 

 そうして──────、

 

 

 「キミがこの島の "アイランド・クイーン" なんだろう?」

 

 二人揃ってコーヒーを飲み終えた後、

 なんてことのないような口振りでそう言った。

 

 「──────、え?」

 

 「この島の景色は、息を飲むような絶景ばかりだった。あれだけの自然が一つの島に集まることは、まあ。有り得ない話じゃない」

 

 ゴッホは、何を言われたのかわからないと言わんばかりの表情のまま固まっていた。

 

 「けれど、あれは "不自然" だ。自然のものじゃない(・・・・・・・・・)だろ?」

 

 「な、なに言ってるの……、自然の景色に決まっているでしょう? ネモちゃんだって絶景だって褒めてた……でしょ…?」

 

 「ああ。確かに素晴らしい眺めだった。じっくりと鑑賞(・・)させてもらったよ。キミの "作品" を」

 

 「──────、!」

 

 「あれは、キミが描いたものなんだろう? …どういった原理で具現化させているのかはわからないが、おそらくその妙技(みょうぎ)こそが、キミに与えられた常夏領域(・・・・)だ。」

 

 「どういう、意味───、」

 

 「差し詰め、"領域内のモノをキミが描いた創作物に変換して具現化させる" そういった能力なんだろう。簡略的に示すならば、空想の強制化(・・・・・・)かな」

 

 僕の言葉を聞いて、ゴッホは少しずつ呼吸を荒らげていた。

 

 「この島には、元から居た人間、そして訪れた人間の二つが欠けている。…いや。より正確にいうならば、欠けているように見える(・・・・・・・・・・・)。僕らはキミの常夏領域によって、創作物に塗り替えられた人々を、認識することができないんだろう」

 

 この島に本来あった景色。本来いた人々。

 それら全てが、彼女の描いた空想によって強制的に塗り替えられた。

 街の人間が失踪したのは、この能力によって存在を塗り替えられてしまったからだ。

 

 「…そ、そんなの、私がやったっていう証拠は……あるの…!?ここに置いてある絵だって、ただこの島の絶景を眺めて描いただけって、言えるでしょう……!?」

 

 「ヒマワリの花畑(・・・・・・・)

 

 「─────────、え?」

 

 「向日葵(ひまわり)の花は、成長するために "光屈性" と呼ばれる性質をもつ。常に"太陽の方向にその(つぼみ)を向ける"というものだ。けれど、向日葵の花は育ちきり成長が止まると、太陽を追うことはなくなる。……"太陽は東から昇り、西に沈む" からね。多少の例外はあれ、多くの向日葵の花は()を向いて成長が止まるんだ。…まあ、キミが知らないはずはないだろうけどね」

 

 向日葵の花は常に太陽を向き続けると誤解されがちだが、それは花が咲き誇る成長期までの話なのだ。つまり、花が咲いた後、向日葵はその成長を止め、茎が固まる。

 

 「けれど。僕らが訪れたあの海岸脇に咲いていたヒマワリの花たちは、論外(・・)だ。あの花たちは全て僕らの方を向いていたけれど、あの時、僕らの右脇(・・)から "西日(にしび)" が差したんだ」

 

 「──────!」

 

 「つまり。あの時の僕らは北側(・・)に立っていたことになる。…… "北側に向いて咲く向日葵"。それは。自然に群生する向日葵にしては、あまりにも(いびつ)なんだよ」

 

 自然の摂理から反して成長をしたヒマワリの花畑。あの海岸脇に広がっていた景色はそういうものだったのだ。……無論、成長し切った向日葵の花を人の手で、人為的にあの向きへ一本一本植えたと考えることもできる。しかし、人が手ずから植えたにしては、あまりにも量が規格外だ。

 

 「作品にとって太陽(・・)とは、"鑑賞者" だ。見ている人の方向に花が咲いているのは、絵として何ら不思議なことじゃない。画家としてのキミに落ち度はないよ。………ただ。自然の創造主となりたいのならば、あれは大きな間違いだ」

 

 「はぁ…はぁ…、はぁ……は───、」

 

 ゴッホはもはや何も言い返せず、呼吸を荒らげていた。

 

 「最後に。僕はまだキミの作品で見ていないものがある。……そこの奥の扉、開けていいね?」

 

 「だ、だめ───!待って、ネモちゃ、───!」

 

 制止の声に耳を貸さず、そのままアトリエの奥の扉を勢いよく開ける。

 

 そこにあったのは。

 

 まるで彫刻かと見紛うほどの。

 美しいゴッホ(・・・)が、椅子に腰掛けていた。

 

 「………ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、その生涯に三十点以上もの数の自画像を描き残している。彼の記憶と画才を引き継いでいるキミが、この力を手に入れて、"自分を描かないはずがない"。」

 

 椅子に腰掛けたゴッホは、呼吸をしている様子はなかった。

 おそらくは本当に彫刻やマネキンのようなものなのだろう。その能力では、流石に生命を生み出すことはできないらしい。

 

 「─────────、フフ、」

 

 背後でゴッホが、引きつった笑みを浮かべた。

 

 「ウフフフフフフフフ、アハハハハ、ハハ!!!」

 

 「もうこれで。この島でのキミの本性は暴かれたんだ。大人しく鐘の場所へ案内して、早く常夏領域で塗り替えた人々を───、」

 

 「解放しろ、って? そしたら、せっかく手に入れたこの力をなくしてしまう、でしょう?───そんなの、そんなのそんなのそんなのそんなの!!───手放すわけないよね…?」

 

 「───! 待つんだ、僕はキミを助け───、」

 

 制止の声は届かない。

 背後にいたゴッホは、既にその手にキャンパスと筆を握っていた。

 

 

 「この島にいるかぎり、私は私の描いた世界で生きていける。だから───、どうか眠っていて? ネモちゃん───、」

 

 

***

 

 

 ──────憂鬱な夜が明ける。

 

 結局、あまり熟睡することはできずに朝を迎えた。

 

 「───あれ、今日は朝食つくらないの? 村正」

 

 宿の食事場へ向かうと、村正が独りテーブルの前に立っていた。

 

 「ああ。どうやら悠長に食事を摂っている時間はなさそうだ。すぐにガレスとティターニアを起こしてきてもらえるか、藤丸」

 

 「──────?」

 

 

 村正の指示通り、ティターニアとガレスを起こして再び食事場へと向かった。

 

 「どうしたんですか、村正殿」

 

 「おう。二人とも起きてきたか。これで全員揃った(・・・・・)な?」

 

 村正の言葉がひっかかった。

 

 「待ってください、全員って。 …ネモくんはどうしたんですか?」

 

 ティターニアの指摘で自分も違和感に気づく。

 いつも自分たちの中で一番の早起きをしているはずのネモ船長の姿がどこにもなかったのだ。

 

 「……そのことだ。これを見てみろ」

 

 そう言って村正はテーブルの方向を、顎を指代わりにして指し示した。

 

 「これは──────!」

 

 テーブルの上には、ネモ船長が書いたと思われる書置と、録音機能付きの無線機が置かれていたのだ。───書置にはこう書いてあった。

 

 "ゴッホに会ってくる。独断を許してほしい。"

 

 「ゴッホさんに?どうして───、」

 

 「それは。この無線機を聴けば答えがわかるみてぇだな」

 

 そう言って、村正は無線機の録音を再生した。

 

 

 "───この無線機がそこに置いてあるということは、僕はきっと戻ってきてはいない、ということだろうね。本当に申し訳ないと思っている。立香、みんな。"

 

 録音から再生されたのは、ネモ船長の声だった。

 

 "僕はこれからゴッホの家に向かう。彼女がアイランド・クイーンで、間違いないだろう。残念だけど、街の人々が失踪しているのは、彼女の仕業とみていい。"

 

 「ゴッホさんが、アイランド・クイーン…?」

 

 "そこに行き着いた理由は、これから彼女に会った時に話すよ。みんなに相談もせずに実行に移すことを、許してほしい。"

 

 ネモ船長の声色には、どこか悲痛な思いがこもっていた。

 

 "───僕は、彼女とは良き友人でいたい。一時(いっとき)の気の迷いとはいえ、彼女が犯したことは罪深いことだ。許していいことではないだろう。…けれど。けれどそれでも。僕は彼女に、償いのチャンスを与えたい。僕の言葉を聞いて、彼女が自己を省みたなら、どうか彼女を許してやってほしい。僕の願いは、それだけだ。"

 

 ネモ船長とゴッホの関係については、自分もよく知っている。

 二つの逸話をもった幻霊のサーヴァント、そして。二つの存在を孕んだツギハギのサーヴァント。お互いに不安定で、しかしそれでも。自分の在るべき道を自ら選んだ者同士だった。

 

 "ずっと疑問に思っていたんだ。……どうして、自分はこの特異点に召喚されたのか。その答えがわかったよ。……僕は、大切な友人(・・・・・)の過ちを(・・・・)正すために(・・・・・)。ここに呼ばれたんだ。───きっと。それが、今僕がここにいる意味だ。"

 

 

 ──────そうして。そこから先は、ゴッホの家を訪れたネモ船長と、ゴッホの会話が繰り広げられていた。その録音の結末は、とても凄惨な終わり方であった。

 

 

 「ネモ殿───、」

 

 ガレスは思わず瞳に涙を浮かべていた。

 

 「──────どうする、藤丸(マスター)

 

 そう訊ねる村正は、どのような決断を下してもお前を尊重するという目をしていた。

 

 「当然。ゴッホとネモを探そう」

 

 

***

 

 

 「これは───!?」

 

 向かった先であるゴッホの家は既にもぬけの殻だった。

 しかしメインのアトリエの奥にある部屋は、無線機で聴いたものとは違う景色が広がっていたのだ。

 

 「アメジストか……?」

 

 部屋の中はまるで、紫水晶の洞窟の中だった。家の壁やアトリエの画材はおろか、そこにあったとされるゴッホの自画像の具現化したものすら、既に影も形も無くなっていたのだ。

 

 「これが、空想の強制化…か」

 

 ここに。間違いなくネモ船長はいた。

 しかしゴッホの常夏領域によって、この空間はアメジストの水晶洞窟へと書き換えられてしまったのだ。

 

 「ゴッホさんを見つけないかぎり、ネモくんは助けられない。そういうことですね」

 

 ティターニアは諦観を込めてそう呟いた。

 

 「どうする。ここにもうゴッホがいないとなっちゃあ、(しらみ)潰しに島を探索するしかねぇわけだが…」

 

 村正が口惜しそうに舌打ちをした時───、

 

 「なんだ───!?」

 

 なんの前触れもなく、辺りが暗闇に包まれた。

 

 「何かの結界でしょうか───?」

 

 「……いや。窓を見てみろ。」

 

 村正に促されて窓の外を眺める。

 するとそこには、

 

 「()だ。月と星が出てる……」

 

 「"昨日の夜"と全く同じ星空だ。ってことはつまり」

 

 「ゴッホ殿が、昨日描いた星空を具現化させたんですね」

 

 ガレスの言葉に、全員が状況を把握した。

 

 「こりゃあ、相当厄介な能力みてぇだな」

 

 この領域内だけ、昨日の夜を貼り付けられたのだろう。

 事実上、この領域内においてゴッホは "現実を書き換える"能力を有していることになる。正面からぶつかって倒せる力ではない。

 

 「それでも。俺たちでゴッホを止めないと。」

 

 ネモ船長が置いていった無線機を、強く握りしめる。

 

 「まずはゴッホさんを見つけるところからですね…」

 

 「それなら。ひとつだけ心当たりがあるよ」

 

 ──────月を見上げる。もう明けることのない星空を見つめて、彼女がいるはずの場所を目指した。

 

 

***

 

  

 キッカケはなんだっただろう。

 もう変わらない星空を見つめて思い起こす。

 

 そうだ。あれは今日みたいな暗い空で───

 

 

 

 "───こんばんは。クリュティエ・ヴァン・ゴッホ。"

 

 「───え?貴方は誰です…?ここは何処ですか?」

 

 "そう警戒しないでください。私はアムール。今はカレンという名の疑似サーヴァントとしてカルデアに身を置く者です。"

 

 「カルデアのサーヴァント? あ、私もそうです!エヘへ…はじめまして…!」

 

 "まあ。ご丁寧に。そしておめでとうございます。貴方はこの夏の女王の一人に選ばれました。どうぞ、遺憾無く。その筆を振るって理想の夏を描いてください。"

 

 「理想の夏を描く……?ウフフ、それは随分と……夢がありますね…」

 

 "ええ。貴方の思い描く景色が、貴方の夏を、島を彩るのです。…それでは。最高の夏をご体験なさってください。"

 

 「ああ!ちょ、ちょっと待って!」

 

 "───はい。まだなにか?"

 

 「えっと、あの、貴方はどなた(・・・)でしょうか……?」

 

 

 "──────質問の意図がわかりませんね。先ほどアムールと、そう名乗ったはずですが?"

 

 「ええ、はい!それは承知しています…エヘへ、でもなんていうか、"それだけじゃない"気配がして……」

 

 "───それは私が疑似サーヴァントだからですよ。この器は、カレン・オルテンシアという人間の娘の肉体ですので。"

 

 「そう、なんですか……?どちらかといえば、もっと禍々しい……私と同じような…ウヘヘ、感じがしたのですが…」

 

 

 "─────────、そうですか。"

 

 

 「えっと、カレンさま……?どう、なさったのですか……?」

 

 "やはりフォーリナーのクラスというのは、目障り極まりないものですね。見なければ良いもの(・・・・・・・・・)にまで目を向けてしまう。今さら人選を変えることはできませんから、少しばかり、手を加えておきますか。"

 

 「ひっ───、カレンさま、何を───!?」

 

 "些細なことです。計画を完遂させやすいよう、優先順位(・・・・)を変えるだけですよ。自制心に苛まれるクリュティエ(・・・・・・)から画家としての本能を尊重するゴッホ(・・・)へと、ね。"

 

 「や、やめっ───!イヤだ、イヤだイヤだイヤだっ!た、助けて、マスターさま!ネモちゃ────」

 

 

 

 ──────そうして。記憶は乱れる。

 

 

 

 「ん……?あれ?私、何してたんだっけ……?」

 

 気がついたら、私はこのノリッジの島の海岸にいた。

 

 

 「ようやくお目覚めかな?……オケアニスの水のニンフ」

 

 

 「───!あ、貴方は、誰……ですか?」

 

 振り返った先にいたのは、見覚えのない人物だった。

 

 「誰でもないし、誰でもいい。そういう者さ」

 

 「誰でも、ない──────?」

 

 「君には全てが許されている。この島は君にとって理想のキャンパス(・・・・・)だ。この島にいるかぎり、君は永遠に絵を描き続けられる。誰も君を邪魔しない。……喜ぶことだ、クリュティエ・ヴァン・ゴッホ。君の絵画は、"世界に認められたんだよ"」

 

 名も知らぬ誰かの言葉が、クリュティエとしての私ではなく、ゴッホとしての私に。直接脳みそへ語りかけるように響いた。

 

 

 「私、は───、ウフフ……この島を好きにしても、いいんですね…」

 

 

 あれが誰だったのか、なんてのは些末なことだ。

 私は私として。ここで絵を描き続ける。

 それが私の役割。それが私の願い。それが私の───、

 

 

 

 「やっぱりここにいたんだね、ゴッホ」

 

 現実(いま)へと引き戻される。

 そこには、サーヴァントとなった私が心から敬愛する人の一人───藤丸 立香が、神妙な面持ちで立っていた。

 

 

***

 

 

 たどり着いたその場所は、彼女にとってのお気に入り(・・・・・)だった。

 

 

 「マスター、さま……」

 

 「ヒマワリの花畑。お気に入りって言ってたから。君ならここにくると思ったんだ」

 

 そう言って、ゴッホに歩み寄る。

 

 「来ないで!……今、私の側に来たら、きっとマスターさまも、ゴッホは変えてしまう…」

 

 やはり。彼女は苛まれているのだ。画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの、"絵を描き続けていたい"という本能に。

 

 「どうか、私のことは放っておいてください……、島の本当の景色も、島の人達も、ネ、船長さま(・・・・)も。私が絵を描くことに満足したら、ちゃんと解放します。誰も傷つけてはいません…、だから、もう少しだけ…待っていて…ください…」

 

 ゴッホは語る。もう少し時間がほしい、と。

 この島でたくさんの絵を描いて、そして一通り描きたいものを描き切ったら、全部なかったこととして元に戻すから、と。

 

 

 「────そうか。でも、それはできない相談だ。だって、君が。ゴッホが、絵を描くことに(・・・・・・・)満足する(・・・・)はずがない(・・・・・)だろう?」

 

 

 「────────────、ウヘヘ」

 

 

 「「マスター──────ッ!!!」」

 

 瞬きの間にキャンパスと筆を握ったゴッホの前に、花畑の茂みに待機していたガレスとティターニアが飛び出す。

 ガレスは前衛で大剣を振るい、ティターニアは後方で他の全員に障壁の魔術による保護をかけた。

 

 「おそい、おそいですよ───、ガレスさま……!」

 

 ゴッホはキャンパスに描いた異形の怪物を具現化させ、ガレスの斬撃をやり過ごす。

 その数、瞬きの間にして三十超えて二。

 

 「出が早い───っ!」

 

 ガレスの剣さばきを前に、異形の怪物たちは為す術なく両断されていく。しかし、もとより生命ではない彼らは、切り裂かれてもなお、その活動を停止しようとはしなかった。

 

 「マスター!ティターニアさん、お下がりください!宝具(・・)を使います!最大火力で跡形も残しません!」

 

 そう言って、ガレスはゴッホから間合いを取り、自分たちの前に引き下がる。

 

 「わかった!できることなら、ゴッホにはあまり深手を負わせないでやってくれ…! 令呪によるブースト(・・・・・・・・・)をかける───ッ!!狙いはあの異形の怪物たちだ!」

 

 己の右手の甲に刻まれた三画の令呪。

 そのうちの一画を用いて、ガレスにありったけの魔力を委ねる───!

 

 「無論です。ありがとうございます、マスター。この礼は戦いの後に!」

 

 「無駄、ですよ!そんなことをしても───!私のことは、ゴッホは止められない───!」

 

 追加。その数───目視による計測不可。

 

 「どうぞ、ご勝手にお増やしください!ゴッホ殿!───されど。それだけの軍勢をご用意なさるのであれば、こちらも相応の剣をもって薙ぎ払うのみ!」

 

 腰を屈め、ガレスが構える。

 その姿はまさしく、太陽の騎士の末妹に相違なく。

 

 「宝具、"模倣(もほう)" 展開───!」

 

 解き放たれる魔力とともに、溢れんばかりの炎が大剣を包み込んでいく。

 

 「この剣は太陽の影絵。ゆえに偽りなれば、沈みゆく日没の聖剣───!」

 

 太陽の騎士───サー・ガウェインが誇るもう一振の星の聖剣。真作ならば、日の落ちたこの領域内で放つその火力は大きく落ちよう。

 しかし。

 それが "贋作" なれば、日輪の寵愛(ちょうあい)なぞ赤子をあやす児戯に等しく。もはやこの陰りこそが、"本領発揮" となる───!

 

 

 「夜空に名残る(ほむら)影炎(かげろう)───!

  『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!!」

 

 

 横に一閃。詐称(さしょう)の剣による灼熱の薙ぎ払いが解放される。

 

 「い、──────!」

 

 

 ───業火の一撃は、この一帯を埋めつくそうとしていた異形の怪物たちを跡形もなく消し去った。

 辺りには大地が焼け焦げたような臭いと煙のみが立ち上っている。

 

 

 「これで───、」

 

 

 

 

 「──────いいえ。ウフフ、まだです。」

 

 

 「な───ッ!」

 

 

 「"描かなければ(・・・・・・)"。───外が黄色で中が白、陽光あふれるこの家で、仲間とともに希望の図画を。」

 

 「まずい…!離れてください!マスター、ティターニアさん!」

 

 鬼気迫るガレスの言葉で、煙の向こうで何が起きようとしているのか把握する。

 

 「影無き地、ミストラルを遮る暖かな壁の中より、あえかなる友誼(ゆうぎ)の望みとともに、君に握手を送ろう。」

 

 ティターニアとともにその射程からの退避を試みようとするも、既に手遅れであるとわかる。

 

 「家とその住まう(ともがら)、街路!

 …そして、私の常夏領域(・・・・・・)

 またの名を──、『黄色い家(ヘット・ヒェーレ・ハイス)』──!!」

 

 吹き荒れるミストラルの風とともに、この一帯を塗り替えんとする夏の洗礼が辺りを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 「──────と、間一髪だったな!藤丸!」

 

 瞼を開くと、茂みの影でゴッホの隙を伺っていたはずの村正(・・)に抱き抱えられて、ガレスとティターニアとともに中空を舞っていた。

 

 「……さすがに状況が不味かったんでな。飛び出させてもらった。次は避けれねえぞ」

 

 大地を見下ろすと、先ほどまで自分たちがいた場所はまるでスケートリンクのように氷が張った極北の大地へと様変わりしていた。

 

 そうしてその大地へと着地し、村正に降ろしてもらう。

 

 「─────ちょっと待って。村正のおじいちゃん、その右脚」

 

 ティターニアの指摘で村正の右脚を見ると、それは今自分たちが脚をつけている大地と同じく、氷漬けのように固まっていた。

 

 「村正───!」

 

 「まあ、さすがに三人まとめて抱えるのは無茶だったわな。これは手前(テメェ)のヘマだ。お前さん達のせいじゃない」

 

 「でも───、」

 

 脚を塞がれた以上、既に村正はまともに戦闘を行えない。

 宝具を使ったばかりで魔力を使い潰したガレスも、再びゴッホに同じような攻撃をされた場合、対処することができない。つまり自分たちは今、極めて危機的な状態にある。

 

 「………わたしが、ゴッホさんの注意を引きます。藤丸くん達はその間に逃げてください」

 

 そう言い出したのは、ティターニアだった。

 

 「だ、ダメですティターニアさん!ゴッホ殿の能力は、単身で相手にしていいものではありません!」

 

 「大丈夫、大丈夫!そんなに心配いらないって、ガレスちゃん。ほらわたしって、アサシンみたいな魔術が得意だし。今回もこの前と同じ感じで、意外と上手くいっちゃったりするよ!」

 

 そう健気にティターニアは笑っていたが、その握った拳は、微かに震えているようにみえた。

 

 「ティターニア───、」

 

 

 『───その必要はないよ。ティターニア』

 

 

 「え───?」

 

 全員で困惑する。

 声色はよく聞き覚えのあるものだった。

 明らかに、ここにはいないはずの声。

 けれど確かに、この場所から聞こえたのだ。

 

 「──────、無線機!?」

 

 ポケットの中の振動に気づき、宿にネモ船長が置いていった無線機を取り出す。

 

 『やあ、立香。まだ生きてる?ならよかった。こっちは昨日の夜から大忙しだったよ』

 

 「「キャプテン・ネモ──────!!!」」

 

 声の主は紛れもなく。ネモ船長のものだったのだ。

 

 『うぐっ───、みんなでそんなに大きな声を上げないでくれ。耳に響くよ。歯を鳴らして威嚇するクマノミの群れじゃあるまいし…』

 

 「おいキャプテン、無事で何よりだが、あんたゴッホの能力で塗り潰されたんじゃなかったのか?」

 

 『ああ。塗り潰されたとも。僕の分身体(・・・)がね。言っただろう?一体分の魔力リソースなら残っているって』

 

 昨晩、ゴッホと邂逅していたのは、ネモ船長が作り出した分身体だったらしい。今まで利用していた他のネモシリーズのように、特筆した役職をもたない、ネモ本人の姿をした分身こそが、昨晩ゴッホによって空想を強制させられた者の正体だったのだ。

 

 『ただ、まあ。あれだけ自分勝手なメッセージを残しておいて失敗したわけだから、恥ずかしい話だけどね』

 

 「それで!今ネモ殿は何処にいるのですか?」

 

 『それはこれから教えるよ。……けれどその前に、立香。キミに頼みがある。ゴッホのこと、僕のやり方(・・・・・)で任せてくれないか?』

 

 「ネモ船長───、」

 

 『言いたいことはわかっている。なにせ、一度失敗しているわけだからね。…けれど、だからこその二つ目(・・・)のプランだ。信頼に欠けた司令官だとも承知しているよ。その上で。僕に託してくれないか、立香』

 

 ネモ船長の声色には、確かな覚悟と意思が(こも)っていた。

 きっと。それが自分の役割なのだと、信じて疑わない。そんな強い願いの篭った頼み事だった。

 

 「もちろん。託しますよ、キャプテン・ネモ。…それで、俺は何をすればいいんですか?」

 

 『ありがとう。キミに心からの感謝を。………なに、簡単なことさ。この無線機を、ゴッホに投げ渡して(・・・・・)くれないかい?』

 

 

***

 

 

 立ち上っていた煙が消えていく。

 

 「あれ……、?まだ生きてる……?」

 

 見ると氷漬けに描いたその大地の上に、私の筆から逃れたマスターたちの姿がまだ残っていた。

 

 「ど、どうして……!次。次こそ、次こそ塗りつぶす…!」

 

 そう言って、再び筆を構えた時───、

 

 

 「ゴッホ!これ、受け取ってくれないかな!」

 

 

 「……は?───うわ、うえ!?」

 

 唐突にマスターから、無線機を投げ渡されたのだ。

 

 「なに、これ──────?」

 

 意味がわからなくて、無線機を見つめていると、

 

 

 『──────やあ。良い星月夜だね。ゴッホ』

 

 

 もういないはずの。

 親愛なる友人の声が聞こえてきたのだ。

 

 

***

 

 

 「やあ。良い星月夜だね。ゴッホ」

 

 語りかけた僕の言葉に、彼女からの返事はなかった。

 それもそうだ。だって昨晩、自分の手で眠らせたはずの相手の声がしているのだから。

 

 『どうして、まだいるの、船長さま(・・・・)

 

 「どうしてって。それは当然、キミを助けたいからだよ」

 

 『助ける───?船長さまに不意打ちをした、この愚かなゴッホを?ウヘヘ、そんな価値、もうどこにもない…のに…』

 

 そう言って、ゴッホは自嘲した。

 

 「助ける相手の価値を値踏みするほど、僕は大層なものじゃない。……僕がキミを助ける理由は、キミが僕の友人(・・)だから。それだけだよ」

 

 これは受け売りだけど。友を助けるのに、理由は必要ないらしい。

 他ならぬマスター───立香たちが教えてくれたことだ。

 

 『こんな、私を。ゴッホを。まだ友人と、呼んでくれるの…?』

 

 「ああ。何度だって呼ぶさ。いつだって友人関係というのは、"勘違いと思いやりの押し付け合い" なのさ」

 

 『"勘違いと思いやり"……ウヘヘ、じゃあ、私が昨日しちゃったのが、勘違いで、今…船長さまが私にしてくれているのが、思いやり……?』

 

 

 「そうだ。だから遠慮なく"思いやられてくれ"。これから僕は、──────キミに宝具(・・)を使う!!」

 

 

 『─────────、は?』

 

 

 今度こそ本気で。ゴッホは僕が何を言っているのかわからないという意味を孕んだ、困惑の声をあげた。

 

 『え、ええええええええええ!!?ちょ、ちょっと待って!?───宝具?宝具って、あのノーチラス号!?そんな、まさか、船ごと "外側から島に激突する" 気なの───!?』

 

 ああ。それはナイスアイデアかも。

 その発想はなかった。

 

 「ああ、そうとも!凄いのが来るぞ、海から来るぞ!だから絶対に海から目を離さないことだ!なにせ、そのヒマワリの花畑の海岸は、ため息が出るほど見晴らしがいい───!!!」

 

 昨日は上手くいかなかったけど、今度こそ。

 大きく啖呵を切って、己の意志を示した。

 

 

 「貴艦、艦名は告げずともよい(・・・・・・・)!なぜなら僕は!キャプテン・ネモは!もうキミの選んだ在り方(・・・)を知っている!汝の名は、"クリュティエ・ヴァン・ゴッホ"!さあ受け取るといい!これが僕からキミへ贈る最高火力の宝具だ──────!」

 

 

 ──────そうして。主砲は放たれた。

 

 

***

 

 

 「ひっ──────!」

 

 彼の盛大な口上とともに、何かが放たれた音がした。

 反射的に海へ向き、キャンパスと筆を手に取った頃にはもう既に時は遅く、

 

 

 ────輝かしい大輪の花(・・・・)が、空を彩っていた。

 

 

 「─────────、え?」

 

 

 空にはいくつもの花が咲いていた。

 赤。緑。黄。青。白。紫。

 

 それぞれの花が咲いては消え、また咲いて。

 

 黒く染まった星空のキャンパスに、

 負けず劣らずの色彩を塗り広げていたのだ。

 

 

 『──────"打ち上げ花火"。』

 

 

 「え──────?」

 

 『キミも。知識だけなら知っているだろう?僕も本物は見たことなかったんだけどね。日本では "夏の夜の祭りの締め" に、この打ち上げ花火をあげて、盛大に盛り上がるそうだ』

 

 よく見ると、花火が打ち上がっていると思われる根元に、一隻の船とそこからこちらを見つめる彼の姿があった。

 

 『どうだ。綺麗だろ?…真下からじゃあんまりよく見えないんだ。キミの感想を聞かせてほしい』

 

 彼はそう言って。私の言葉を待った。

 

 「──────はい。本当に綺麗です。私も…こんなにも綺麗な花火は、生まれてはじめて見ました。エヘへ」

 

 『そうか。それはよかった。──────花火は、夏の夜空に咲く光の花だ。咲いては消え、そしてまた咲いては消える。"永遠に残る景色" じゃない。けれどそれでも。そのひと時の輝きが、一生 見た者の胸に残り続けるんだ』

 

 永遠に残る景色などない。どれほどの絶景もどれほどの美人も、いずれは摩耗し、そして老いる。花火とは、そういった "変わりゆく美" のはじまりと終わりを、瞬きに昇華した "佳景(かけい)" だった。

 この眺めを貼り付け、留めておくことは、きっとしてはならないことなのだろう。画家として美を探求したゴッホの人生が、記憶が、紛れもなくそう感じていた。

 

 「瞬きのうちに終わってしまうからこそ、(はかな)くも美しい…か……エヘヘ」

 

 『……どうだい。これを見てもなお、キミはその島に、"永遠に残る絶景" を描き続けるのかい?』

 

 彼の声色は、どこか優しく、無線機越しだというのに、まるで私に手を差し伸べているように思えた。

 

 「──────いいえ。私の負けです、ネモちゃん(・・・・・)。この島の人々を。この島の本来の景色を。私は…解放します」

 

 ここからは彼の表情は見えないけれど、無線機の向こうで彼が柔らかく微笑んだのが伝わった。

 

 

 

 「──────だけど。もう少しだけ。この儚くも美しい打ち上げ花火を、こうして眺めていても……よろしいでしょうか? …エヘへ」

 

 

 

 

***

 

 

 ゴッホと和解し、ノリッジの海岸からやってきたネモ船長と合流する。

 

 「すっごい眺めでしたよ!ネモ殿!あんなのを用意してたなんて、水臭いではないですか!」

 

 ガレスがぐいぐいとネモ船長に絡んでいく。

 

 「急ピッチだったから、相談している余裕はなかったんだよ。…わざわざロンディニウムまで戻って、島の花火職人から火薬と使い方を教わって運んだんだ。バショウカジキのような速さだったと言ってもいい!」

 

 やはりそうか。あの花火は、このノリッジに来る前にネモ船長が少し話していたロンディニウムの花火職人から譲り受けたものだったようだ。

 

 「え?……あの花火、ネモちゃんの宝具じゃなかったんですか……?てっきりそうなのかと……エヘへ、また見せてもらいたかったです…」

 

 「なんでい。キャプテン、ありゃあ宝具だったのかい?なんなら儂にも、宝具の真名を聞かせてくれよ」

 

 村正は意地の悪い顔をしてネモ船長の頭を撫で揺すった。

 

 「か、揶揄(からか)うのは良してくれ、村正。花火もタダじゃないんだ、そう何発も打てるわけないだろう!」

 

 「でも。本当に綺麗でした。わたしも、思わず言葉を失ってしまうほどに」

 

 そう言って、ティターニアは胸に手をあてて、ついさっき見た光景を思い起こすように瞳を閉じた。

 

 

 「──────それで。この島の "純愛の鐘" がどこにあるのか、教えてくれるかい?ゴッホ」

 

 「そ、それが、その……私も、正確には知らなくて……ウヘヘ…」

 

 「え?そんなことってあるんですか?」

 

 「その能力が、どういう経緯で彼女の手に渡ったかはわからないけど、深い事情を聞かされずにここの島の女王になってた可能性はありえない話じゃないよ」

 

 つまり。ここからはこの島の純愛の鐘がどこにあるのか、見つけ出さなければならないということか。

 

 「いえ!えっと……正確には知らないんですけど、なんとなくここかなって、見当がついている場所は…ありまして……エヘへ」

 

 

 ゴッホの案内で、島を少し移動する。

 

 「───!ここって、さっきの」

 

 案内されて到着したのは、先ほどゴッホと戦闘をしていたヒマワリの花畑の中だった。

 

 「ゴッホは、ここが一番のお気に入り…でした。だからきっと……ここにあります。ここじゃなきゃ、おかしい」

 

 ティターニアの方へ視線を向けると、彼女は無言で頷き、グロスターの時にカレンから手渡された小鐘のついた錫杖を取り出した。

 

 ──────すると。その小鐘の音に反響するように、"純愛の鐘" が、咲き誇るヒマワリの花畑の中央から出現した。

 

 「──────よし。やろう」

 

 ティターニアと頷き、二人で鐘の前に立ち、その錫杖を掲げる。

 思い浮かべるのは、この島で見た絶景の数々。そしてこの島とともに塗り替えられた罪なき人々。

 

 

 鐘の音が。

 この島の海を。この島の空を。

 この島の山を。この島の街を。

 

 溶かしていくように、響き渡っていく。

 

 

 そうして。"佳景"の島 ノリッジは。

 本来の姿を取り戻したのだ。

 

 

 「空が、明けましたね……」

 

 ゴッホによって塗り替えられていた星月夜は消え去り、本来の白昼(はくちゅう)へと空模様が入れ替わっていた。

 

 「さあ…あとは、どうか…私に罰をお与えください、皆さま」

 

 そう言って、ゴッホは自らの罪を認めて、その身を差し出す仕草をした。

 

 「……私はゴッホ殿のことは憎めません、マスターはどうでしょう?」

 

 そう言ってこちらの意見を仰ぐガレスは、すまなそうな顔をしていた。

 

 「もちろん。俺もゴッホのことは許すよ。…けれど、実際に君の能力の被害にあったのは、村正とネモ船長、それにこの特異点の人々だ。二人の意見も聞きたいかな」

 

 「ん?片足一本 凍らされただけだろ、もう戻ってるわけだし、気にするこたぁねえよ」

 

 そう言いながら、村正は何でもないことのように足を振って見せた。

 

 「僕も右に同じく。分身体の魔力リソースは、常夏領域が解けた段階で問題なく戻ってきているし。…けれど。僕はキミに償いの意思があるのなら、それも尊重したい。キミはどう思う、ティターニア?」

 

 「──────わたしは、」

 

 ネモ船長の言葉に、ティターニアはしばらく考え込んだ後、

 

 「わたしは、ゴッホさんに似た人を知っています。……その人は、周りにいた者を誰も必要とせず、信頼もせず、自らが感じた美を。美しいと抱いた作品を最後までなくさないように守ろうとして、破滅しました。その芸術の価値を、誰とも共有しようとはしなかったんです。根本的に、理解者が一人もいませんでしたから」

 

 ティターニアは、そう言ってここにはいない誰かの "終わり" を思い浮かべているようだった。

 

 「けれどあなたには。大切な友人(・・)がいます。ともに感動を味わってくれる人々がいます。ですから。あなたは独りで引きこもらずに、あなたが残したその作品の数々を、多くの人と共有するべきです。……あなたが贖罪(しょくざい)を望むのならば、この島の人々と、この島の美しさを共有してください。そうすれば、もっと多くの人が救われる。あなたの描く作品は、"世界に認められているのですから"」

 

 得がたい友と語らい、笑い合い、そして描く。

 そんな。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが成しえなかった "夢" を、今の貴方ならできる、と。そうティターニアは言ったのだ。

 

 「──────はい。ありがとうございます、ティターニアさま。そして皆さま。…ゴッホは、この島に残り、この島の人々と…この島の景色を…もっともっとたくさん、語らいます!ウフフ、みんながみんな理解してくれるかは…わからないけど、それでもゴッホは!この島が、ノリッジが、"この特異点で一番美しい島だった" と言ってもらえるように、この島の景色を。人々の笑顔を。時間が許すかぎり…描き続けます……エヘへ」

 

 

***

 

 

 ──────そうして。

 "佳景" の島、ノリッジを後にした。

 

 日は沈み、ロンディニウムの島は、今日も今までと同じく、夜の静寂へと包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────眠れない。夜風を浴びに行こう。

 

 

 ロンディニウムの砂浜に腰を下ろす。

 今日も静かな波の音だけが響き渡っていた。

 

 その背後に、誰かが近づいてくる足音がした。

 

 「■■■■(村正かな)……?」

 

 「よう。夏の夜とはいえ、あんまり夜風を浴びてっと、風邪ひくぞ」

 

 やってきた人影はこちらの心配をしてから、隣の砂浜に腰を下ろした。

 

 「ネモ船長とゴッホ、和解できて本当によかったよ」

 

 ノリッジの島での出来事に思いを馳せる。

 

 「(オレ)はどうにも引っかかったけどな」

 

 「引っかかったって、なにが?」

 

 「あの島でのクリュティエ・ヴァン・ゴッホの在り方だよ。画家ゴッホの記憶と画才を有しながら、クリュティエというギリシャの悲劇の乙女の精神性をもつツギハギのサーヴァント。……だとしたら、あの選択を選ぶのはおかしい」

 

 「どういう意味───?」

 

 「いくら絵を描き続けたいと言っても、その精神性はクリュティエのもんなんだろ?だったら、"他人を犠牲にしてまで絵を描き続ける" なんて選択肢を、自虐心と自制心の権化であるクリュティエが許すのか?」

 

 確かに。彼の疑問は正しかった。

 本来の彼女であれば、あんな周りを犠牲にしてまで絵を描き続けるなんて選択肢を取るはずがないのだ。しかし、あの時の彼女はそれを良しとした。

 

 「もう終わったことを蒸し返すのはどうにも好かねえがな。あのサーヴァントの霊基のバランスを、乱した存在(・・・・・)がいる。儂はそう考えてる」

 

 クリュティエによる自制心よりも、ゴッホとしての "絵を描きたいという欲望が勝った状態" に変えた人物がいると、彼は語った。

 

 「それが。この特異点の元凶……?」

 

 「さてな。そこまではなんとも。……だが、クリュティエ・ヴァン・ゴッホは、あの島の霊脈を利用して、島内の世界を描き変えるほどの常夏領域を使いこなしていた。これは明らかに規格外だ。ゴッホ本人の技量なのか、それとも島そのものに、それだけのことを為せる力が封じられているのか。真相はまだわからねえが、それを "利用しようとしているヤツがいる" ことだけは、頭の片隅に置いときな」

 

 そう言い残して、彼は去っていった。

 

 「この特異点を、利用しようとしている誰か───」

 

 そう呟いたら、どうにも眠気に襲われた。

 とりあえず、今日はもう戻って眠りにつこう。

 

 

 

 ─────────、二つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 /『サンフラウィ・バブルス』-了-

 




 
 
 まずはここまで長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。第三節は予定よりも筆がのってしまって、前回よりもさらに文量が多くなってしまい、誠に申し訳ないです。

 さて。ここからは今後のネタバレを含まない範囲で。今回の話の補足説明をば。興味がある方は、お読みいただけると幸いです。
 
 ・星4 フォーリナー クリュティエ・ヴァン・ゴッホ

 今回のメイン。水着のゴッホちゃん!薄氷色の水着で腰に紫色のパレオを巻いた向日葵の花冠の少女。フラダンサーみたいな格好ですね。はい。葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵が好きなゴッホちゃんには、再臨姿で是非とも浴衣を着てほしい。
 夏といえばの二つ目に選んだものが "佳景"。美しい夏の景色たちです。絶景はどの季節にもありますが、夏にしか見れない景色や場所がもちろんあります。それを堪能するのも、また"夏の醍醐味"なのです。

 舞台はノリッジ。FGO 第二部 第六章において、妖精の氏族長でありながら人間だったツギハギの迷い人・スプリガンとの対比が込められています。
 彼はかくも素晴らしい芸術作品たちを独りで抱えた結果 滅びました。しかし本来、美しいものとは"共有"するもの。絶景もまた同じく。独り占めしては、誰の目にも留られることはないのです。
 しかし、ゴッホには それを見てほしいという心がありました。誰かとその美しさを共有したいという思いが、結果 彼女を救おうとしてくれる友人が現れることに繋がったわけです。

 お察しの通り、キャプテン・ネモが召喚されたのは、この特異点に呼ばれた際に霊基のバランスを乱されたゴッホが、友人である彼に助けを求めたからに他なりません。
 永遠の絶景を残そうするゴッホに、一瞬の絶景を魅せたネモ。彼はゴッホの永遠を否定するのではなく、花火という一瞬の尊重を見せることで、これもまたあり(・・・・・・・)と思わせたのです。友人だからできたコト。(ア〇ネス・チャン風)
 ゴッホとネモの関係性を描く上で、FGOのイベントである『イマジナリ・スクランブル』は欠かすことはできませんでした。艦名を告げよ!

 ちなみにネモが最後に放った宝具(?)の名前は物語において登場していませんが、一応考えてあります。『夜に咲く、太陽花の鸚鵡貝(ゾノビュー・リヒト・ノーチラス)』ということで。ゾノビューは向日葵、リヒトは光を意味する、ゴッホの故郷オランダの言葉です。
 
 ・星5 セイバー 千子村正(霊衣)

 今度こそ水着の霊衣だよ、お爺ちゃん!甲冑はさぞ暑かったでしょう!いつもの肉体美の上に黒の薄いカーディガン、リングのネックレス、カーキのカーゴパンツ、黒いサンダル。……コイツ、若い!本当にジジイなのか…!?というか普段の方が布面積少なくないか…!?
 とまあそんな感じで、圧倒的に若さを感じる彼には、この第三節目以降は用心棒兼キッチン担当として活躍してもらっています。これからもよろしくね。ちなみにこの村正はカルデアで召喚されたサーヴァントであるため、ティターニアのことは完全にこの特異点が初対面です。
 この嬢ちゃん
 当たり強くね?
 儂にだけ      -村正 心の一句-
 
 他にはゴッホの第二宝具『黄色い家(ヘット・ヒェーレ・ハイス)』や、水着版ガレスのオリジナル宝具『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』なんかが登場しました。前者はFGO本編でも登場していますが、後者は完全にオリジナル。偽物の聖剣を限定的に模倣して使用する宝具となります。詳しい能力などは最後にまとめれたらよいなと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
 
 とまあ今回は、イマジナリ・スクランブルを踏破したネモとゴッホの関係性をメインに、絶景にフォーカスをあてた物語になりました。さらなる謎が深まる人物や要素が出てきたので、混乱するかもしれませんが、どうかお許しを!
 
 改めまして、ここまでご愛読くださり、誠にありがとうございました!次回更新をお楽しみください!
 


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第四節『ステレオ邪竜族』

 
 
 
 
 第四節目の更新です。
 引き続き、この物語はFGO第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレ及び、FGOの過去イベントの話が登場致しますので、何卒よろしくお願いいたします。
 時間の許すかぎり、お読みいただけますと幸いです。
 


 

 

 

 "佳景"の島、

 ノリッジの鐘は鳴りました。

 

 美しい花火を見ました。

 

 わたしがしたことなんて大してありません。

 終始 絶景に息を飲んでいたし。あはは。

 

 けれど。

 彼女が描いた景色たちは、

 本当に素晴らしいものばかりだったのです。

 

 あの島に溢れた絶景は、

 もう消えてしまったけれど。

 

 あの島に本来ある景色は、

 今もまだ残っています。

 

 彼女は、それを描くと言いました。

 ありのままの景色を描くと言いました。

 

 ───なので。

 本当はこんなこと、

 言ってはいけないとわかっているけど、

 

 

 あの絶景。

 もう一度見たかったなあ。

 

 

 

 

 第四節『ステレオ邪竜族』/

 

 

 ──────燃えるように暑い昼下がり。

 

 

 「村正のおじいちゃん、ニンジンこっちの方が大きくない?」

 

 ロンディニウムにある商店街の市場で、わたし───ティターニアは村正にニンジンを手渡す。

 

 「…いや、駄目だな。軽すぎる。確かに見た目は大きいが、人参(にんじん)ってのは水分が多くて重い方が味がいい。茎の芯も大きすぎる。側根の白線も疎らに並んでいるし、食った時の舌触りが悪くなるぞ」

 

 そう言って、村正は私が渡したニンジンを却下した。

 

 「むむ。……村正、本当に刀鍛冶なの?」

 

 「ああん?ったりめーよ、鍛冶師は力仕事だ。少しでも良い(メシ)を食って体力つけねぇと、まともに仕事ができねえんだよ」

 

 村正の意見には一理あるが、納得がいかないものである。

 

 「わりぃな、市場の嬢ちゃん。今日もただで食材を譲ってもらって」

 

 「いえいえ、どうぞ持って行ってください。皆さまのおかげで、行方知れずだった私の兄が帰ってこれたのですから。これからも遠慮なくこの店の食材を使っていってください!」

 

 この市場の女性の兄は、昨日 鐘を鳴らした二つ目の島、ノリッジに行ったっきり行方不明だったようで、昨晩 久しぶりの再会をすることができたらしい。

 この人以外にも、行方不明だった人々の帰還に喜んだ島の人達から手厚く感謝され、行方知れずだった人の空き家ではなく、本格的に無人の家をひとつ好きに使っていいと貸し与えたりもしてくれた。

 

 「この島の連中は気さくで気前もよくて、過ごしやすいことこの上ねえ。嬢ちゃん、顔も別嬪(べっぴん)だし、さぞ良い伴侶(はんりょ)に巡り会えるだろうぜ」

 

 「そそ、そんな別嬪だなんて…!御上手ですね、村正さんは…」

 

 ───ん?

 今さりげなく口説きませんでしたか?この人。

 

 「謙遜(けんそん)するこたぁねえよ。事実を伝えたまでだ。飯を作るのも上手そうだしな。なんなら、今度この島の連中がよく食べる料理のレシピでも教えてくれ。毎日 飯をつくってると、献立(こんだて)に困って仕方ね………あ(いた)っ!?」

 

 しまった。思わずサンダルのコルクヒールで村正の足を踏んづけてしまった。

 

 「っ───!おい、何しやがるティターニア、」

 

 「……別に。村正の足の小指が踏んづけてくれと(ささや)いている気がして。今のはわざとですので、謝りません」

 

 呆気にとられた村正を置いて、てくてくと家を目指して歩いていく。

 

 「なんかお前さん、(オレ)にだけ当たり強くねえか?……もしかして、儂の知らねえ儂(・・・・・・・)が、過去にお前さんに何かやっちまったのか?」

 

 村正がわたしの背中を、買い物袋を抱えて小走りで追いかけてくる。

 

 「そんなこと……あるけど!それとこれは別の……」

 

 こと、と言いかけたところで足を止めた。

 

 「おい、今度はどうした慌ただしいヤツだな……、ん?」

 

 わたしが見つめていた酒場の外の窓に貼られたチラシ(・・・)に、村正も気づいたようだった。

 

 

***

 

 

 「さて。…次に向かう島はどうしようか」

 

 そう言いながら、ネモ船長は島の住民から譲り受けた、この特異点全域を記しているとみられる地図を眺めながら、ポトフ(・・・)を口に運んだ。

 その地図には既に、グロスターとノリッジの二つの島にチェックマークが付けられていた。

 

 「残りはあと四つか……」

 

 そう呟きながら、自分───藤丸 立香は、ネモ船長が眺める地図を横目で見ながら、同じく村正とティターニアが作ってくれたポトフを食べる。

 

 「ん……、美味い」

 

 ジャガイモやニンジンに、よくコンソメの味が染み込んでいた。

 

 「だろ?ティターニアのヤツが、柄にもなく料理を教えてほしいなんて言うもんだから、思わず気合いが入っちまった」

 

 「柄にもなくは余計です!……はじめて作ったので、藤丸くんが気に入ってくれてよかったです」

 

 ティターニアはそう言って、照れくさそうに笑った。

 

 「ポトフが美味で私も大変喜ばしいのですが、村正殿とティターニアさん、買い出しが普段に比べて随分と時間を要されていたように感じたのですが、何かあったのですか?」

 

 「さすがガレスちゃん。鋭いね。実はそのことで……、」

 

 ティターニアはテーブルの下から一枚のチラシを取り出し、全員に見えるようテーブルの中央に置いた。

 

 「"冒険の島、ソールズベリー(・・・・・・・)。島の中央にある()に辿り着けた者には、聖杯を贈呈………?"」

 

 そのチラシに書かれていたことは、目を疑うようなことばかりだった。

 

 「これが、街の酒場の外に貼られていたんです」

 

 「これ。酒場の店主には聞いたの?」

 

 酒場に貼られていたのであれば、店の店主がなにか事情を知っているのではないだろうか。そう思って訊ねた。

 

 「当然 聞きました。でも、誰が貼ったものなのか、いつから貼られていたものなのか、誰も知らなかったんです」

 

 「この内容、村正はどう思ったの?」

 

 「当然、"罠" だろ。きな(くせ)えことありゃしねえ。儂たちが必要とするものしか書いてねぇからな」

 

 村正の指摘は正しく、このチラシはまさしく自分たちをおびき寄せようとしているような内容だった。

 

 「それでも。ソールズベリーにはどの道いずれ向かわなければならない。だからこのチラシを見せたんだね、ティターニア」

 

 「…はい。ここに書かれていることの真偽は置いておいて、ソールズベリーに純愛の鐘があることは確かです」

 

 「どうしましょうか、ネモ殿」

 

 ネモ船長はチラシをじっくりと眺め、深く考え込んだ後───、

 

 「……わかった。次の島はソールズベリーにしよう。信じてはいないけど、もしここに書かれている通り、ソールズベリーに聖杯があるのなら、重要な魔力リソースにもなる。上手いこと活用することができるかもしれない」

 

 そう言って、ネモ船長は地図に描かれたソールズベリーの島にチェックを付けた。

 

 「出航は一時間後!各自、次の目的地は戦闘が予想される。不足なく支度をし、再びこの食事場に集まること。いいね?」

 

 

***

 

 

 大海をかき分け、タイニー・ノーチラス号は今日も突き進んでいく。

 

 

 「間もなくソールズベリーの近海にはいる!みんな、上陸の準備をしてくれ」

 

 ネモ船長の言葉を聞いて、各々が船首に集まる。

 

 「ん───? ちょっと待った、何だあれは?」

 

 視界の先に見えたソールズベリーの島は、その中央に大きな山が(そび)え立ち、その頂点にはインド・イスラム文化の象徴的な建築物ともされている "タージ・マハル" を模した黄金の建物が見えたのだ。

 

 

 「──────!なんだ!?」

 

 全員が呆気にとられていると、唐突に船が大きく傾いた。

 

 「何があった、キャプテン!?」

 

 「 "渦潮(うずしお)" だ!全員、しっかりと船に捕まっていてくれ!」

 

 そう言って、ネモ船長は大きく舵を切り、渦潮からの離脱を試みていた。

 

 「さっきまで何事もなかったのに、どうして急に!?」

 

 渦潮はソールズベリーの近海にはいった途端、唐突に出現したように見えた。

 

 「くそ───!やっぱり罠だったのか!?」

 

 「っ───!ダメだ、離脱できない!みんな!絶対に離れるんじゃないぞ!」

 

 渦潮はさらに勢いを増して船を飲み込んでいく。

 もはや絶体絶命だと危機を感じたタイミングで、激しく強い波に押し流される。波は船をまるごと包み込んだ。

 

 

 ──────そうして。

 自分たちは為す術もなく意識を失った。

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 視界には、一匹の小さなカニが上から下に歩いていた。

 

 

 「──────!ネモ船長、みんな!?」

 

 倒れ伏した砂浜から起き上がり、辺りを見回す。

 

 見ると周りには、自分と同じように砂浜にうつ伏せで倒れているみんなの姿があった。

 

 「よかった!ちゃんと全員いる」

 

 「っ───、酷い目にあった。なんだったんだ、ありゃあ」

 

 「とりあえず誰もはぐれてはなさそうだね…」

 

 「身体のあちこちが砂だらけです……」

 

 「ガレスちゃん、頭の上にサンダル乗ってるよ…」

 

 そうして全員が目を覚ました。

 

 

 「……状況を整理しよう。まず、タイニー・ノーチラス号は横転して砂浜に停泊。こっちは多少の不具合はあれ問題なく動かせそうだ。一方で、近海の渦潮はいまだに健在。これがどういう意味かわかるかい?」

 

 「わたしたちはこの島から出られないってことですね…」

 

 ネモ船長の問いに、ティターニアが髪についた砂を払いながら答えた。

 

 「そうだ。あの渦潮はやはり、作為的に生み出されたものと見て間違いないだろう。これは明らかに罠だ。僕らを島から逃がさないためのね」

 

 ネモ船長は悔しそうに、そう事実を伝えた。

 

 「ネモ船長に責任はないですよ。俺たちはこれが罠だとわかっていてここに来ることを選んだんです」

 

 「そうだな。寧ろこれで、向こうの出方がはっきりとわかったんだ。やりやすいじゃねぇか。正面から相手をしてやればいい」

 

 村正は望むところだ、と拳を鳴らした。

 

 「きっとこの島の"アイランド・クイーン"を負かせば、あの渦潮も取り除かれるはず。気を落とさずに行きましょう!ネモ殿!」

 

 ガレスも同じように闘志に満ちていた。

 

 「……ああ。みんな、ありがとう。そうと決まれば、目指すは島の中央だ!あの墓廟(ぼびょう)のような建築物に、本命がいると判断する!」

 

 そうして、島の中央を目指して探索が始まった。

 

 

***

 

 

 「あ、暑い………」

 

 鬱蒼(うっそう)と茂る木々を掻き分け、自分たちは深いジャングルを突き進んでいた。

 

 「思っていたよりも長いですね、この森……」

 

 「みんな、足下に気をつけて。ぬかるんでいる所があるからね」

 

 ガレスを先頭に、ネモ船長、自分、ティターニア、村正の順に一列で並んで、木々の隙間から僅かに顔を覗かせる山を目指して歩いていく。

 

 「藤丸くん、水分補給は大丈夫ですか?」

 

 ティターニアから水の入ったボトルを手渡される。

 

 「ああ、ありがとう。……本当に暑いね、ここ」

 

 まさにブラジルに名高い、アマゾンの熱帯雨林を彷彿とさせるような見た目が、永遠と続いていくようだった。

 

 「山には少しずつ近づいているんだ、このまま北に向かって進めば、必ず僕らは目的地にたどり着───ガレス、危ない!」

 

 「へ?───っと、うわぁ!?」

 

 間一髪のところでガレスの手を掴んだネモ船長が、勢いよくガレスを引き上げる。

 

 「これは、川だね……」

 

 「ありがとうございました、ネモ殿。まさか唐突に崖になっていたとは……私の不注意です」

 

 自分たちが突き進んでいた道は唐突に途絶え、崖となって遥か下降に川が流れているのが上から見えた。

 

 「……どうする、向こう岸に渡るには結構な距離があるぞ」

 

 村正の指摘通り、向かい側の崖は、およそ人間の脚力の跳躍では厳しい位置にあった。魔術による肉体強化ができればその限りではないが、生憎と自分にはそれができない。

 

 「村正が僕らを抱えて飛ぶっていうのはどうだい?」

 

 「一人ずつ運ぶならできないことはねえ。……だが、この距離の跳躍だ。そこそこの踏ん張りが必要だからな。儂がというよりも、足場がもたねえだろうよ」

 

 運んでいる最中に足場が崩れるリスクは、確かに高かった。

 

 「他に方法はないかな……?」

 

 左右を見回す。しかし崖はその先にも続いており、とてもじゃないが渡れるルートがあるとは思えない。

 

 「───!ひとつだけ案を思いついたよ」

 

 ネモ船長が何かに閃いたようだった。

 

 「そこの木に引っかかっている "(つる)" を使うんだ」

 

 いや。ちょっと待った。ネモ船長それは。

 

 「なるほどな。ジップライン(・・・・・・)って、ヤツかい」

 

 「ああ。ロープウェイ、ターザンロープとも言うね。見たところ、向こう岸の木に繋がっているあの蔓は、少なくとも七つある。僕ら全員が渡れる分はあるよ」

 

 ネモ船長は軽々しく言っているが、中々に度胸が試される挑戦ではある。けれど───、

 

 「他に方法はない、か…」

 

 自分の心に覚悟を決める。

 

 「え?ちょっと待って。藤丸くんも賛成なの?わたし、こんなのやったことないから、絶対失敗するよ…」

 

 ティターニアは珍しく弱音を吐いていた。

 

 「…わかった。ならティターニアは最後に村正に担いで飛んでもらおう。一人くらいなら足場も問題ないだろう」

 

 そう言ってネモ船長は蔓の張りを確かめて、飛ぶ準備をする。

 

 「言い出したのは僕だ。責任をもって先陣を切るとも」

 

 そうして、躊躇いなく蔓にしがみつき崖を渡っていく。

 

 「──────っと、うん!問題ない!これなら行けそうだ!」

 

 向こう岸でネモ船長が手を振る。

 

 

 「いっきますよ〜〜〜!──────って、うわわわわ!」

 

 少々危なげではあったが、ガレスも問題なく崖を渡り切り、自分の番になった。

 

 

 「……本当はさ、ティターニア。俺もとんでもなく怖いんだ」

 

 

 「え───?」

 

 飛ぶ前に、思わず本心を吐露する。

 

 「それでも。やらなきゃ前に進めないのなら、震えたままの足でも歩きたいんだ。……そうするとさ、ほんのちょっとだけ景色が変わって、気づいたら足の震えが止まっていたりするんだよ」

 

 そうやって。

 何度も困難を乗り越えてきたのだから。

 

 「藤丸くん……」

 

 「せーのっ───!!!」

 

 勢いよく蔓に捕まり、向こう岸を目指して風を切る。

 そうして───、

 

 

 「ナイス ターザンです!マスター!」

 「ナイス ターザンだったよ、立香」

 

 ありがとう。二人とも。

 って、ナイス ターザンってなに?

 

 

 「…さあ、次は(オレ)らの番だな。ちゃんと捕まっておけよティターニア」

 

 村正が手を差し出す。

 

 

 「──────、いえ」

 

 

 「ティターニア……?」

 

 「わたしも。震えた足のまま歩きます。……わたしだって、ずっとそうしてきたんですから。大切なことを忘れるところだった。」

 

 村正にぺこりと頭を下げ、ティターニアは蔓に捕まった。

 

 

 「───そうかい。なら儂は止めねえよ」

 

 

 「ふぅ───、」

 

 震える手の汗で蔓は湿っていたが、ティターニアはその蔓を絶対に離さないように強く握り締めた。

 

 

 「ちょっと待った。なんだ、この音───?」

 

 

 村正が背後を見据える。するとその方角から───、

 

 『キシャァァア─────────!!』

 

 全長8メートルを超えるほどの巨大な大蛇(・・)が、勢いよく崖に目掛けて突っ込んできていた。

 

 「まずい、村正!ティターニア!」

 

 

 「村正!?」

 

 ティターニアが背後を振り返る。

 

 「儂の心配はいらねえ!いいから、早く跳べ!ティターニア!」

 

 「っ──────!」

 

 ティターニアは僅かに躊躇う。

 

 「いけ──────!」

 

 「このぉぉぉお!!!二度とやるかぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 半ばやけくそ気味の声をあげ、ティターニアが駆ける。

 

 「ティターニア!手を─────!」

 

 大蛇と激突するすんでのところで飛び出したティターニアへと、自らの手を伸ばす。

 

 「藤丸くん──────!」

 

 辛うじてその手を掴み、全員で引き上げる。

 

 

 「ナイス ターザンだったよ、ティターニア」

 

 「……あはは、藤丸くんには負けられませんから」

 

 やっぱり。彼女は負けず嫌いのようだった。

 

 

 「───って、村正は!?」

 

 

 見ると向こう岸には、真っ二つになった先ほどの大蛇の死体と、その中央で刀を肩に担いだ村正の姿があった。

 

 「おう。この程度 大したことねえ。(なまくら)で十分だ」

 

 得意げに村正は鼻を鳴らした。

 

 「さすが村正殿!惚れ惚れする刀さばきです!」

 

 

 そうして村正も崖を渡り、誰一人欠けることなく、一つ目の難関を突破した。

 

 

***

 

 

 「おいおい、この島の気候は一体どうなってやがんだ…?」

 

 村正の指摘は正しく、先ほどまで生い茂っていたジャングルの木々を置き去りにするように、眼前には砂の海───砂漠(・・)が広がっていたのだ。

 

 その砂漠を乗り越えた向こう側に、今度こそ山の麓が見えた。

 

 「先ほどのジャングルとは訳が違う。暑さに耐えて突き進みさえすれば、問題なく向こうにたどり着けるよ」

 

 今度はネモ船長を先頭に殿(しんがり)は変わらず村正が務め、列を組んで進むことにした。

 

 

 「藤丸くんは砂漠を渡った経験はあるのですか……?」

 

 「あるよ。…その時は、ダ・ヴィンチちゃんお手製の砂漠移動車…オーニソプターに乗って渡ったんだけどね」

 

 「へぇ!私も乗ってみたいです、ダ・ヴィンチ殿の作った砂漠移動車!」

 

 ティターニアとガレスが目を輝かせた。

 

 「ダ・ヴィンチは昔も今も相変わらずだね…と、」

 

 ネモ船長は前方で何かを見つけたようだった。

 

 「ん───?これは?」

 

 「死体だな───、さっき襲ってきた大蛇と同じもんだ」

 

 砂漠の砂に埋もれてわかりづらかったが、見ると先ほどの大蛇と同じ種類の魔獣が、両断された死体として転がっていたのだ。

 

 「俺たちの他にも、誰かこの島に来ているのか…?」

 

 「明らかに自然に死んだ状態じゃない。しかもまだ白骨化していないところを見ると、つい最近やられた個体だ」

 

 「味方…ってことは考えられないですか?」

 

 自分たちよりも先にこの島を訪れた誰かが、島の魔獣を駆逐してくれている…と考えるのは、さすがに都合が良すぎる話だろうか。

 

 「ありえない話じゃないけど、警戒はしておいた方がいい。無差別に殺して回っているだけかもしれないからね」

 

 「───ああ。どうやら、別の警戒も必要みてえだけどな」

 

 そう言って村正は刀を手にする。

 見ると自分達の周囲には、その死んだ大蛇と同種の魔獣が、三体(・・)取り囲んできていた。

 

 「皆さん、構えてください。来ます!」

 

 ガレスの声に鼓舞され、全員が戦闘態勢にはいる。

 

 

 しばしの静寂。それを引き裂くように、

 

 『キシャァ、キャアア──────!!!』

 

 一体目の大蛇がその大顎を開いてこちらに飛びかかってきた。

 

 「……鈍いんだよ、竜もどき!」

 

 村正が跳躍で回避し、そのまま大蛇の脳天から刀を突き刺し口を閉じさせる。

 

 「村正───!後ろ───!」

 

 その背後で大きく首をもたげた二匹目の大蛇による強襲が村正を襲う。

 

 「いいえ!させません───!」

 

 大蛇の後方に回り込んだガレスが、その尻尾を掴み大きく引き戻す。

 そのまま反対側の大地へ叩きつけようとしたタイミングで───、

 

 「今です、ティターニアさん───!」

 

 「うん!ガレスちゃん!…もってけ、ヘビ野郎──────!」

 

 ガレスの掛け声に合わせ、ティターニアが砂漠に仕掛けた爆薬を起爆する。

 爆風とともに、二匹目の大蛇の身体が吹き飛んでいった。

 

 「ひゅー、ド派手な爆薬だな、相変わらず」

 

 そう言った村正の足の下で、口を開けずもがいている一匹目の大蛇が、村正を払い除けようと大きく尻尾を薙ぎ払う。

 

 ───が、その尻尾も村正のこめかみを前にして、瞬時に捌かれる。

 

 「……悪ぃな。刀、一本だけかと思ったかい?出そうと思えば "いくらでも出せる" んだな、これが」

 

 そう言い放ち、村正は上空に出現させた数十本の刀を、砂漠へ縫い付けるように大蛇の身体へと撃ち放つ。

 

 

 「敵性個体 二体の沈黙を確認。さすがの実力と連携だね、三人とも」

 

 ネモ船長と同じく、自分も三人の技量に目を奪われていた。

 

 

 「………いえ、まだです。先ほど目視した時、大蛇は三匹いました!」

 

 そうだ。ティターニアの指摘通り、先ほど大蛇は三匹確認した。

 しかし辺りには、元からここにあった大蛇の死体と、今仕留めた二匹の死体しか見当たらなかった。

 

 「恐れをなして逃げたのでしょうか……?」

 

 ───僅かな地響き(・・・)が、辺りに伝わった。

 

 

 「……………いや。()だ!!」

 

 

 『キシャァァアア"ア"───!!』

 

 砂漠を開き、勢いよく大地から "三匹目" の大蛇が飛び出してきた───!

 

 「っ──────!」

 

 その勢いに呑まれ、全員で中空を舞う。

 

 「僕に捕まるんだ、立香───!」

 

 ネモ船長の手を取る。

 

 圧倒的なまでの無防備状態。

 地中からの攻撃が可能な敵だとわかった以上、姿を見せた今仕留めなければ、同じことを繰り返される。

 

 故に。この危機をチャンスと捉え利用せずして、この局面を乗り切ることはできない──────!

 

 「っ───!この中空でケリをつける(・・・・・・)ぞ!ティターニア、村正の行く先に障壁の魔術で足場の道をつくってくれ!ガレスは村正を、可能なかぎりあの大蛇よりも高く打ち上げる(・・・・・)んだ!……村正は!一番斬れ味のいい(・・・・・・)ヤツを頼む!」

 

 「「───! 了解した、マスター!」」

 

 ───合図を合わせる。

 

 「いきますよ───!村正殿!そぉれ───っ!!」

 

 ガレスは大剣の魔力放出で村正の真下へと移動し、その勢いのまま大剣で村正を打ち上げる。

 

 「場所、不規則でいい───!?」

 

 「構わねえ、三つあれば頭上まで届く───!」

 

 ティターニアの魔術で、不規則に障壁による簡易的な足場を設ける。

 

 村正はそれをパルクールの用法で駆け上がる。

 

 「ティターニア!ついでに爆薬も投げろ───!」

 

 「要望が多いぞ、村正ァ───!!」

 

 村正の無茶ぶりに、ティターニアは携帯している細身の魔術剣の鞘をバットのようにして、爆薬の入ったビンを打って飛ばした。

 

 「サンキュー! ……んじゃ、派手に散らすか───!」

 

 『キシャァ──────!!?』

 

 困惑は大蛇の瞳から。

 それはそうだ。先ほど周囲に弾き飛ばしたはずの獲物が、己の頭上でニヤリと笑っているのだから───!

 

 「──────あばよ、」

 

 爆薬の入ったビンを刀に括り付け、深く閉じた大蛇の口へ目掛けて投擲する。

 投擲した刀は、大蛇の硬い外皮を豆腐のように容易く貫いた。

 

 

 ───そうして、三匹目の大蛇が花火のように爆散した。

 

 

 「本物の花火を見た後じゃ、どうにも盛り上がりに欠けるなこりゃ」

 

 難なく着地した村正が、三匹目の大蛇の結末に悪態をつく。

 

 「おいこらぁ!巻き込まれたらどうするつもりだったんだ村正ァ!なに考えてんだ村正ァ!」

 

 爆風に飛ばされて、砂漠に尻もちをついたティターニアが村正へと激しく抗議をする。

 

 「わりぃわりぃ、爆風の範囲はさっき見たんで、いけるかと思ったんだ!でも元気そうでなによりだぜ、ティターニア!」

 

 向こう側で満面の笑みで手を振る村正。

 完全に反省していませんね、これ。

 

 「このぉ…、いつか絶対復讐してやるからなぁ……」

 

 「まあまあ、村正殿も悪気があったわけではないのですよ、きっと…」

 

 ご立腹なティターニアをガレスがあやす。

 なんというか。今日は色々と大変な目にあっているせいか、いつも以上にティターニアは感情的だった。

 

 「けれど全員無事でよかった。立香も怪我はないかい?」

 

 「…少し情けなかったでしたけど、おかげさまで怪我はないです。ありがとうネモ船長」

 

 「むむ。…身長はどうあれ、これでもサーヴァントなんだ。必要とあればマスターをお姫様抱っこくらいするとも」

 

 なぜか少し拗ねるキャプテン・ネモ。

 

 「まあいいさ。…さあ。あと少しで山に到着だ。このまま、進もう」

 

 

***

 

 

 そうして、砂漠を超えた時には既に日は落ち、辺りは暗くなり始めていた。

 

 「夜の活動は危険だ。山の麓に砂漠からのオアシスがある。あそこで野営をして、今日はやり過ごそう」

 

 ネモ船長の提案で、キャンプ地を設営することとなった。

 

 

 今回の島の調査は長期の戦闘が予想されたため、キャンプの設営に必要な資材はあらかた船に積んでいた、……のだけど、

 

 「あれ………?」

 

 「どうしました、マスター?」

 

 「いや。用意してきたはずの携帯食料が減ってるんだ」

 

 よく見ると、色々と足りてないような。

 ここに至るまでに使用した記憶はないのだけど。

 

 「もしかしたら、行きで渦潮に巻き込まれた時になくしてしまったのかもしれないね」

 

 「そう、なのかな……」

 

 「まあ、今ある分で賄うしかねえだろ。(オレ)たちは食事が必須ってわけじゃねえんだ。藤丸の食い扶持(ぶち)が繋げられりゃそれで問題ねえよ」

 

 村正はそう言って、焚き木に火をつけた。

 

 「うん。ここからは明け方まで、立香を除く僕、ティターニア、ガレス、村正の四人で、二時間おきに交代しながら周囲の見張りを行なう。眠れるタイミングの時はしっかりと休息を取ること。いいね?」

 

 

 そうして、ソールズベリーでの深い夜を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────眠れない。夜風を浴びに……行こうとして、見張りの担当のティターニアが、焚き火を見つめて丸太に座っているのに気がついた。

 

 「見張りは問題なさそう? ティターニア」

 

 「藤丸くん……起きてきたんですか?」

 

 ティターニアは、はっと目を見開いてこちらに気がついた。

 

 「みんなに見張りをしてもらって、自分だけずっと眠りこけているのは、ちょっと申し訳なくってさ」

 

 「ふふっ、藤丸くんらしいですね」

 

 「この時間の見張りは付き合うよ。独りで二時間も起きているのは、退屈じゃない?」

 

 ティターニアの隣に腰を下ろす。

 そのついでに、焚き火に追加の(まき)をくべた。

 

 

 そうして二人揃って沈黙の中、赤く燃える焚き火を眺めた。

 

 

 「えっと……、こういう時って、何話したらいいのか迷いますね!あはは」

 

 ティターニアは居心地が悪そうに笑った。

 

 「ごめん!迷惑だったならやめておくけど…」

 

 「いえ、迷惑とかそんな。単純にこうやって時間を過ごすのに、わたしが慣れていないだけです」

 

 ティターニアの目はどこか遠くを見つめていた。

 その瞳を横から眺めていると、

 

 「藤丸くんの話、聞かせてくれませんか?」

 

 そう訊ねてきた。

 

 「俺の話?あんまり愉快な話ばかりじゃないけど…それでもいいなら、いくらでも」

 

 「……さっき砂漠を歩いた時、砂漠を車で渡ったことがあるって言っていたでしょう?どんな気持ちなのですか、砂漠を車で駆けるというのは」

 

 「ああ、あれはダ・ヴィンチちゃんの運転がスゴくて……」

 

 

 そこからは、色々な思い出話を語った。

 今日みたいな砂漠や密林を探索した話。

 アメリカ大陸を横断した話。フランスやローマ、あらゆる都市を巡った話。荒唐無稽(こうとうむけい)な特異点を調査した話。

 

 楽しかったこと。辛かったこと。

 泣きたくなったこと。嬉しかったこと。

 

 ──────そして。大切な人たちのこと。

 

 

 「ごめん、なんか自分のことばっかり話しちゃってたね…」

 

 気づけば時間はあっという間に過ぎていた。

 終始 自分の話ばかりをしてしまって、退屈ではなかっただろうか。

 

 「いえ!藤丸くんの話、本当に興味深いものばかりでした。たくさん聞けて良かったです」

 

 ティターニアはそう笑って、丸太から立ち上がった。

 

 「もうすぐ交代から二時間ですので、次の番のガレスちゃんを起こしてきます。今日はありがとうございました、藤丸くん」

 

 ティターニアがぺこりとこちらに頭を下げた。

 

 「いや、礼を言うのはこっちの方だよ!ありがとう、時間いっぱいまで話を聞いてくれて」

 

 その言葉を聞いて、ティターニアはガレスを呼びに行った。

 

 「……さて。あんまり夜更かししていると、明日に響くし、俺も今度こそ寝ないとな…」

 

 そうして。再び眠りにつく。

 明日は本格的にこの島の中央に乗り込むのだ。

 

 夜明けの光を待って、自分の瞼を閉じた。

 

 

***

 

 

 「…本当にこれ、頂上の建物に繋がってるのか?」

 

 疑問は村正の口から漏れた。

 

 自分たちは今、灼熱の溶岩が底深くに溜まった溶岩洞窟(・・・・)を歩いているのだった。

 

 「少しずつではあるけど、上に登っていっているよ。…あの建物を建てた人物は、この自然に作られた洞窟を通路として利用していると見ていいだろう」

 

 一夜明けて、山の外観を手分けして見て回ったが、外側はとても登れるような形状ではなかったのだ。

 その一方で、ティターニアの探知の魔術で見つけた、この山の麓に大きく空いた洞窟は、どうやら上へと繋がっているらしい。

 

 「にしても暑すぎますね……、見下ろせば溶岩とか、さすがの私も肝が冷えます……いや、この場合は肝が燃える…でしょうか?」

 

 ガレスは暑さのあまり思考が定まっていなさそうだ。

 

 「ティターニア、お前さん、辺りを涼しくする魔術とか覚えたりしてねえのか?」

 

 「覚えてるわけないだろ!わたしをなんだと思って………あ、でも暖房の魔術ならあります」

 

 「いや、暖房はあるのかよ!」

 

 「それ、なんとか応用して温度を下げたりできないかな?」

 

 「……む。藤丸くんに頼まれたら断れないですね…わかりました。やってみます」

 

 ティターニアがその場に止まり、しばしの沈黙の後、魔術を発動させる。

 すると、ほんのりと辺りの気温が下がったような気がした。

 

 「おお!やればできるじゃねえか!見直したぞティターニア!」

 

 村正はティターニアの頭を撫で揺する。

 そしてそれを払い除けるティターニア。

 

 「…ところで、あの穴、なんでしょう?」

 

 ガレスが指さした前方に、大人が一人通れるくらいの高さの丸い通路があった。

 

 「どうやら道はそこだけのようだね。もしかしたら目的地が近いのかもしれない」

 

 この長かった溶岩洞窟も間もなく終わると思うと、幾ばくか気が楽になった。

 

 

 いつもと同じように、ガレスを先頭に最後尾を村正が引き受け、列を組んで通路を進む。

 本当であれば相当な蒸し暑さをもつであろうこの通路も、今はティターニアの魔術でかなり楽になっている。

 

 「…そういえば、この島のアイランド・クイーンがもっている常夏領域は、どのようなものなのでしょうか?」

 

 思い出したように、ガレスが話題を口にした。

 

 「BBが使っていた"恐怖心の増幅"のように、島にいる間、常に適応されるものもあれば、ゴッホの"空想の強制化"のように、任意で発動するパターンもあった。……今のところ、僕らには何も被害が出ていないところを見ると、恐らくこの島の常夏領域は、後者だろう」

 

 「この島には、人が住める場所は愚か、魔獣が蔓延ってやがる。……ゴッホの時と同じように、この島の在り方を丸ごと捻じ曲げたっていう線はどうだ?」

 

 この島の常夏領域は、"人が住まわぬ魔獣たちの島への変貌" だと、村正は考察した。

 

 「いや、その可能性は低い。僕の方でもソールズベリーについては調べていたけど、この島は元から人が住んでいなかったそうだ。この環境は、この島独自のものとみて間違いないだろう」

 

 「なるほど。では、やはり今回の常夏領域はゴッホさんのケースと同じで任意に発動───ちょっと待って、なんでしょう?この音…」

 

 ティターニアに指摘され、全員で耳を澄ます。

 すると、自分たちよりも後方の方で ゴポゴポ(・・・・)と、何か液体のようなものが溢れる音がした。

 

 「──────! まさか!」

 

 振り返ると、自分たちの後方、先ほどまで歩いてきた通路に少しずつマグマ(・・・)がせり上がってきていたのである。

 

 「な──────!?」

 

 「まずい、みんな走れ───!」

 

 狭い通路であるため、全速力とはいかずとも全員で列を組んだまま走り出す。この速度ならば、あのマグマとは問題なく距離を置くことができるだろう、と思った矢先───、

 

 「な、なな、なんですかこれ──────!?」

 

 困惑の声は先頭のガレスから聞こえてきた。

 

 「ガレスちゃん、どうしたの───!?」

 

 「()です!ちょうどこの通路を埋め尽くすサイズの"岩の玉"が、上から転がってきたんです──────!」

 

 「なんだって……!?」

 

 「っ───、"前門の岩玉に後門の溶岩" ってか!」

 

 前方からこちらを潰そうと転がり落ちてくる岩の玉と、後方からこちらを飲み込もうとする溶岩。

 逃げ道はなく、絶対的な死によって前と後ろを挟まれた状態に陥っていた。

 

 「ティターニア、障壁の魔術で玉の勢いを止めろ!儂は後ろの溶岩をなんとかする──────!」

 

 「もうやってるってば───!」

 

 ティターニアはガレスの前に立ち、障壁の魔術で岩を押し留めようと必死に詠唱(えいしょう)を唱えていた。

 対して後方の村正は、迫り上がるマグマを前に、後方の通路へと無数の刀を、円を描くように打ち付け、即席の蓋を作り出していた。

 

 「こっちは何分もつかわからねえ、そっちは!?」

 

 「もう、無理、かも、──────!」

 

 設置した前方の障壁にヒビがはいる。

 

 「まずい───!…ガレス、岩を砕こう(・・・・・)!君の大剣でなんとかできるか!?」

 

 「───! お任せあれマスター!」

 

 「令呪を───、ネモ船長!?」

 

 令呪を切ろうとしたタイミングでネモ船長からその手を止められる。

 

 「残り二つだろう?ここはまだ切り時じゃない。……今は僕に任せてくれ」

 

 そう言ってネモ船長は、ガレスに "旅の導き" のスキルを施した。

 

 「僕のスキルは本来、水辺で真価を発揮するものだが、味方の火力を補助するだけなら問題ない。ましてやその相手が、ただの石ころならね」

 

 「感謝いたします!ネモ殿!──────いきますよ、下がっていてください、ティターニアさん!!」

 

 ネモ船長のスキルによる補助も加えて、勢いよく魔力放出で突貫するガレス。夏の霊基となっている今の彼女は、ネモ船長のスキルとの相性がすこぶる良いようだった。

 その勢いは破れかけていた障壁の魔術を貫き、前方の岩の玉を粉々に粉砕してみせた。

 

 「へへ、どんなもんだい!」

 

 「よくやったよ、ガレス!村正、後ろをありがとう、もう大丈夫だよ!」

 

 「おう、ささっとこの通路を抜けるぞ!」

 

 全員で通路を駆け上がる。

 その前方に、外の日差しと思われる光が見えた。

 

 

***

 

 

 「いよいよだね。覚悟はいいかい?」

 

 ついに。この島のアイランド・クイーンがいると思われる場所。島の中央の山、その頂上に聳え立つ黄金の建築物へとたどり着いた。

 

 「ったく、手こずらせやがって」

 

 「皆さん、気を緩めずに行きましょう!」

 

 「…………よし。心の準備、できました」

 

 各々がこれから待ち受ける戦いに覚悟を決める。

 

 「うん。みんな、行こう───!」

 

 勢いよく、豪勢な両開きの扉を開く。

 

 「ソールズベリーのアイランド・クイーンに会いに来た!ここに居るか───!」

 

 ネモ船長の言葉とともに、中へとはいる。

 すると、入口からまっすぐに続いた赤い絨毯(じゅうたん)の向こう───玉座と思われる椅子に誰かが腰かけていた。

 

 

 よく見るとそこには──────"右手でテレビのリモコンをもち、左手で葡萄(ぶどう)の果実を一粒口に運ぼうとしたところで硬直した、ヴリトラ(・・・・)の姿" があった。

 

 

 「─────────、」

 

 あまりの意味不明な光景に、しばし呼吸を忘れていた。

 

 「──────き、ひ、ひ!よくぞ此度()ここまでたどり着くことができたな。褒めてしんぜよう、冒険者ども」

 

 ヴリトラは何事もなかったかのように、葡萄を玉座の横に置いたテーブル上の果物かごに戻し、ピッとテレビを消して玉座の脇へとずらす。

 というか、まさかのテレビ直置きである。

 

 「───コホン、あまりの状況で呆気にとられてしまったが、キミがこの島のアイランド・クイーンかい?」

 

 ネモ船長が気を取り直して、真面目に訊ねる。

 

 「──────いかにも。わえ(・・)がこの島のアイランド・クイーンなるものじゃ。此度()全員 健在なようで大変めでたいのう」

 

 自分たちの目の前にいるのは、かつて一度対立したこともある、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』や『リグ・ヴェーダ』などで語られる"障害"の竜。インドラ神に敗れ、その度に何度も現れる堰き止めるため(・・・・・・・)の邪竜。サーヴァントとしては、女性の肉体をもって現界した、堰界竜(いかいりゅう)───"ヴリトラ" に相違なかった。

 

 彼女は今までのアイランド・クイーンと同様に、その霊基を夏のものへと変貌させており、深く黒い水着に、ムガル絵画で描いた花のような柄の黒いベールを羽織った姿をしていた。

 その長い髪は左のワンサイドにまとめられ、まるでとぐろを巻く蛇のようにカールを巻いていた。

 

 「君の目的はなんだ?…どうしてわざわざ、こんなチラシを使ってまで俺たちをおびき出したんだ?」

 

 ヴリトラへ、ロンディニウムの酒場でティターニア達が見つけたチラシを見せる。

 

 「ああ、それな。貴様らがなかなか現れぬので、少しばかり意匠を凝らしたのじゃ。わえながらナイスアイデアだったじゃろう?」

 

 いや。完全に罠だとわかってましたけど。

 

 「………というか、もうこの(くだり)聴き飽きた(・・・・・)。もっと面白い話題を話さんか。…例えばそうさな、今回の冒険(・・・・・)の思い出話が聴きたいのう」

 

 先ほどから、ヴリトラの発言にはどこか引っかかるところがあった。

 

 「待て。お前さん、さっきから "此度も" だの、"聴き飽きた" だの、何を言ってやがるんだ?」

 

 自分と同じように、村正も同じことに引っかかっていたようだ。

 

 「ん?……なんじゃ。また説明せねばならんのか。億劫(おっくう)よのう。これで三回目(・・・)じゃ。もう次からは説明せんからな」

 

 ちょっと待て。今、ヴリトラはなんと言った?

 

 「わえはな。わえ以外が頑張る様を眺めるのが好きじゃ。故に、貴様らには、数多の冒険(・・)を乗り越えてほしい。何度も何度も障害に直面し、その度に仲間と協力して乗り越える。…き、ひ、ひ!素晴らしい絆じゃ!」

 

 堰界竜ヴリトラは、障害の竜だ。しかしそれは単純に"嫌がらせ"が目的なのではなく、そうして危機に直面した神々や人々が、慌てふためき、そして乗り越えようと努力する様を見るのが好きなのだ。そのことを、自分はもう知っている。

 

 「それ故な。一度きりの冒険ではつまらん。何度も繰り返し、その度にまた新たな障害を用意する。そうすることでのう? さらに素晴らしい姿を眺めることができるのじゃ。貴様らの顔を見ればわかる。今まで(・・・)で一番良い顔をしているからのう?」

 

 「…くどいよ、ヴリトラ。結局、キミの常夏領域は一体なんなんだ───!」

 

 ネモ船長が珍しく声を荒らげる。

 おそらく彼は、その答えに行き着いた。それ故に、自分の不甲斐なさに苛立っているのだろう。

 

 「……き、ひ、ひ。わえの常夏領域はな、経験の没収(・・・・・)じゃ」

 

 「──────!」

 

 経験の没収。ということはつまり。

 彼女が先ほどから言っている、不可解な言動は───、

 

 「この場所へたどり着く度に、わえが任意で発動させるものじゃ。貴様らはな、既にここに二度(・・)たどり着いている。そして、今回は "三度目" じゃ」

 

 では、まさか。

 砂漠で見つけた、両断された大蛇の死体。

 使った覚えのない携帯食料の喪失。

 あれらは、自分たちが───?

 

 「そ、そんなはずはありません!だって私たちは、この島に来てからのことを最初から最後まで覚えています!タイニー・ノーチラス号に乗って、渦潮に飲まれて、それで───、」

 

 「"気がついたら、島の砂浜に倒れていた"。……なるほど、記憶のつなぎ目はそこかい」

 

 「そうじゃ。察しが良いのは、今までと同じよのう?…わえの常夏領域によって、貴様らはこの島で過ごした記憶と経験を全て忘れる。こうしてここまで何の疑いもなくやってきたのが何よりの証拠じゃ。……なんなら、()としての証拠が見たいかのう?」

 

 そう言って、ヴリトラは、玉座の後ろから 村正が作ったと思われる刀(・・・・・・・・・・・・)を取り出し、その刀身を舌で舐めた。

 

 「──────!」

 

 「き、ひ、ひ!これではっきりしたじゃろう。さあ、足掻いても無駄なのじゃ。故にせめて、わえの役に立て。……貴様らの此度の冒険はどうだったのじゃ? 楽しかったかのう? 聴かせるがよい」

 

 ヴリトラは愉快そうにそう訊ねる。

 

 冗談ではない。何度も何度も冒険を繰り返させ、その度にそれを乗り越えた自分たちの顔を眺めて楽しむ……だって?

 そんなことを繰り返せば、いずれは体力が擦り切れて力尽きる。記憶や経験を失ったところで、体に蓄積した痛みや疲労は変わらずに残り続けるのだ。

 それ故に、彼女の求める夏は破綻している───!

 

 「君の娯楽に付き合っている時間はない…!悪いけど、今回で最後にさせてもらうぞ!」

 

 自分の言葉を聞いて、村正とガレスが走り出す。

 

 

 「再び常夏領域を使われる前に、貴方を仕留めます───!」

 

 ガレスが大剣を大きく振りかぶる。

 

 

 「──────つまらん。二度目(・・・)の時と同じ反応じゃ」

 

 

 そう呟いたヴリトラの後方から、建築の窓や扉が一斉に開き、尋常ではないほどの大量の洪水が溢れ出てきた。

 

 「な──────っ!?」

 

 とてつもない勢いに、ガレスと村正がこちらまで押し流される。

 

 「……もうよい。貴様らの顔を見ただけで、良き旅であったことは察したわ。故に、次の冒険 (・・・・)に出るがよい」

 

 「まずい……!常夏領域を使われるぞ───!」

 

 

 「───我が身、堰界の竜なり。さあ雷霆神(インドラ)よ。遥か天より睨む怨敵よ。その(いなな)きでこの身を屠るがよい」

 

 

 「くっ──────!」

 

 ティターニアが咄嗟に障壁の魔術を使うも、きっとこれは無意味なのだと全員が悟る。なぜなら一度目も二度目も、この方法が頭に浮かばなかったはずがないのだから───!

 

 「───金剛杵(ヴァジュラ)は至り。

 咆哮は猛る雌牛の如く、雲山を拓き大海へ帰れ!

 『水よ、雲の牛群を創れ(ヴァーダロン・キー・ガイン)』───ッ!!」

 

 

 ──────失敗した。

 そうして自分たちは今までと同じように、この洪水に飲まれあの砂浜まで押し流されるのだ。ここで過ごした、全てのことを、忘れ、て──────

 

 

***

 

 

 視界には、一匹の小さなカニが下から上に歩いていた。

 

 

 「──────!ネモ船長、みんな!?」

 

 倒れ伏した砂浜から起き上がり、辺りを見回す。

 

 見ると周りには、自分と同じように砂浜にうつ伏せで倒れているみんなの姿があった。

 

 「よかった!ちゃんと全員いる」

 

 「っ───、酷い目にあった。なんなんだ、あの宝具(・・)は」

 

 「───はい、驚くべき水の量でした。あれが堰界竜ヴリトラが堰き止めていたとされる洪水の力なのですね……」

 

 「いてて、身体中びしょ濡れです……」

 

 「純粋に、宝具としての火力が段違いだ…どう対処しようか…」

 

 そうして全員が目を覚ました。

 ──────って、ちょっと待った。

 

 「俺たち………ヴリトラのことを覚えてる……?」

 

 「え………?あっ、本当だ」

 

 「ヴリトラの話では、ここでの経験は全部忘れるって言っていたけれど───、」

 

 経験の没収。このソールズベリーにおける常夏領域によって、本来忘れるはずのこの島での経験と記憶。けれど今の自分たちは、それを失くしていなかったのだ。どういうことなのだろうか?

 

 「ヴリトラ殿は私たちに常夏領域を使わなかったのでしょうか?」

 

 「あの会話の流れから、それはねえだろうよ」

 

 

 「──────うん。君たちは紛れもなく、あのアイランド・クイーンに常夏領域を使われたよ。この()が、証人さ」

 

 

 「──────!」

 

 振り返るとそこには、見覚えのない少女… / …いや、自分が契約しているサーヴァントの一人、ガレスと同じくブリテンの英雄譚で語られるアーサー王伝説 その栄光ある円卓の騎士の中でも最強(・・)と謳われる騎士─── "ランスロット" が、堂々と立ち尽くしていた。

 

 「ランスロット様──────!」

 

 勢いよくガレスがランスロットに飛びつく。

 

 「またか!わわ、ちょっと、いきなりなんだい───!?」

 

 ランスロットはあわあわとガレスを引き剥がす。

 

 「す、すみませんランスロット様、久々にお会いしたので、つい気持ちが昂ってしまって…えへへ」

 

 「……まったく。君はランスロット卿に会うと毎回こんな感じなのかい?」

 

 ランスロットはそう言って、ぱたぱたとガレスから付いた砂浜の砂を服から払った。

 

 「サー・ランスロット!キミまで召喚されていたとは!……今の口ぶりから察するに、キミが僕らを助けてくれたのかい?」

 

 「ん?…ああ。そういうこと。────改めて、自己紹介を。僕はランスロット、"常夏(とこなつ)騎士(きし) "ランスロットだ」

 

 ん?今、なんと言った?

 

 「(オレ)は千子村正。こっちがキャプテン・ネモで、ってまあ知っているとは思うが、藤丸とガレスだ。それから───」

 

 「ティターニアです。………はじめまして」

 

 ティターニアはなぜか気まずそうな表情を浮かべていた。

 

 「ティターニア………?君が……?」

 

 

 しばしの無言。

 ランスロットとティターニアは互いに見つめ合ったまま、何も口にしなかった。

 

 

 「──────なるほど。陛下(・・)が介入したわけだ。お互い、自分の役割に徹した方がよさそうだね」

 

 「はて、わたしには…なんとも」

 

 そう言って、あははと目を逸らして笑うティターニア。

 

 「それで、ランスロット。まずは助けてくれてありがとう。君がいなかったら、俺たちはまた、この島での冒険を繰り返す羽目になっていたよ」

 

 「礼には及ばないよ。これが僕の役割だからね」

 

 「そういえばお前さん、先ほど妙なことを言ってなかったかい?……確か、"常夏騎士" とかなんとか」

 

 村正と同じく、自分もその言葉が気になっていた。

 英霊 ランスロットにそんな異名があると聞いたことはない。

 

 「ああ。これはこの特異点で活動を行なう上で、僕に与えられた "祝福(ギフト)" のようなものでね。これがある限り僕は、この特異点におけるアイランド・クイーンたちの常夏領域の影響を受けない(・・・・・・・・・・・・)んだ」

 

 「すごい!凄すぎますランスロット様!」

 

 ガレスが目を輝かせてランスロットに顔を寄せる。

 

 「なるほど。その能力のおかげで、キミはこの島で問題なく活動できているわけだね。……それじゃ、僕らが常夏領域の影響を受けずに助かっているのは、その祝福(ギフト)の副効果かい?」

 

 「半分正解だけど、半分不正解。この"祝福(ギフト)"は本来、僕にだけ適応されるものだ。…けれど、"一度だけ" なら、この保護を周囲の者たちへも付与することができる」

 

 「じゃあ、その一回限りの範囲効果を、俺たちのために使ってくれたってこと?」

 

 「そうさ。だから次はない(・・・・)。もう一度あのアイランド・クイーンに常夏領域を使われたら、その時こそ君たちは、この島での記憶と経験を失うだろう。……当然、今ここで出会った僕のことも、ね?」

 

 つまり、チャンスは今回かぎりということか。

 

 「今までと同じやり方では、私たちは二の(てつ)を踏む……いえ、四の轍を踏むことになりますね…」

 

 ガレスが、むむむ、と頭を抱える。

 

 「正直、使えるものなら何度でも使ってあげたいところだけど、この祝福(ギフト)は僕にとっての生命線(・・・)でもある。二度目以降の範囲使用は、祝福(ギフト)そのものの喪失につながる。…力になれなくて申し訳ない」

 

 ランスロットが申し訳なさそうに謝罪する。

 

 「いや。たった一度きりの範囲効果を、俺たちのために使ってくれたんだ。ランスロットがくれたこのチャンスを、絶対に無駄にするわけにはいかない」

 

 「ああ、立香の言う通りだ。必ず次で決着をつける。……だからこそ、キミにも協力してほしい、ランスロット」

 

 「───え?いいのかい?…今話した通り、僕にはもう祝福(ギフト)の範囲効果は使えないんだよ?」

 

 「…関係ないよ。君は俺たちの仲間だ。なら、一人でも多い方が心強い。……それに、円卓の騎士最強のランスロットが味方にいたら、怖いもの無しさ」

 

 そう言って、握手を求めて右手を差し出す。

 

 「──────仲間、仲間か。…そうか。それは確かに良いものだ。君の言った通り、僕は最強だから、戦闘面なら任せてくれ!」

 

 ランスロットは嬉しそうに握手を返してくれた。

 

 

 「───よし。そうと決まれば作戦会議だ。さっきの(くつろ)ぎっぷりを見るに、向こうはきっと今回も油断してやがる。その隙をつくぞ」

 

 村正に鼓舞され、打倒ヴリトラの作戦会議がはじまった。

 

 

***

 

 

 「……ほうほう、トロッコかぁ。悪くない移動手段じゃ。二択の選択を迫らせて、ハラハラどきどき…、き、ひ、ひ!右はマグマで左は落とし穴にしようかのう」

 

 そう言いながら、意地の悪い笑みを浮かべるのは、この島のアイランド・クイーン───ヴリトラだった。

 彼女は島の霊脈を利用した電力によって、テレビの画面で"映画鑑賞"をしている。

 

 「き、ひ、ひ。にしても、この "イソディ・ジョーソズ" とやらは大変(おもむき)深い映像じゃ。"汎人類史の冒険とは何かが学べます"と言って、あのローマの女神が渡してきた時は、何をほざいておると思っておったが、意外と(そそ)るではないか!」

 

 そう言って、ヴリトラは葡萄を一粒口へ運んだ。

 

 「…ほほう!宇宙人!そういうのもありか!き、ひ、ひ!五周目(・・・)はこれで行くかのう?」

 

 

 「いや───!"五周目"なんて、ない───!」

 

 

 「なんじゃ──────!?」

 

 大きな地鳴らしとともに、テレビが倒れる。

 

 「─────────、()か!?」

 

 天井を貫いてネモ船長とガレス、村正とともに真上からヴリトラの(もと)へと突っ込む。

 

 「はぁ──────!!」

 

 ガレスの大剣が勢いよくヴリトラへと直撃し、玉座を砕いて建物の後方の壁へと斬り飛ばす。

 

 「うぐっ──────!!」

 

 「こいつも貰っていきな──────!」

 

 後方の壁に激突したヴリトラに対して、そのまま壁へと縫い付けるように村正が彼女の服の端や両手のひらに刀を飛ばした。

 

 「ほほう………やってくれたな、カルデア」

 

 ネモ船長に抱えられて着地する。

 既に状況はこちらが優勢だ。

 

 「………人間ども。思っていたよりも四度目は早かったのう。さて、今回は説明してやろうか否か」

 

 「その必要はありませんよ、ヴリトラ!」

 

 「──────!」

 

 縫い付けられたヴリトラの後方からティターニアが飛び出す。

 

 「貴様、いつからそこに──────!?」

 

 「"不意打ち"の魔術。……ですが、今回は"爆薬"の魔術とのコラボレーション、ということで。──────セット!」

 

 ティターニアの合図とともに、建物の周囲の窓や扉が爆薬によって壊されていく───!

 

 その中に込められていた大量の洪水が、建物を飲み込んでいく。

 

 「うぐっ、もが、水浴びは好きじゃが、溺死(・・)させるつもりか!貴様ら──────!」

 

 壊れた玉座を足場にして、自分たちは沈みゆく黄金の建物の中を浮かぶ。

 

 「お前さんが負けを認めたら、助けてやらねえこともねえぜ?」

 

 村正が挑発の笑みを浮かべた。

 

 「くっ───!舐めおって。この程度の刀、自らの力で引き抜いてみせるわ───!…………っ、重すぎぬかこれ!?」

 

 「…悪いね、僕のスキルで強化してある。生憎と、今ここは水場(・・)なんだ。一人で抜くのは、至難の業だと思うよ」

 

 ネモ船長が得意げに鼻を鳴らす。

 

 

 「──────────はあ。わかった。負けを認める。この刀を抜いてくれ」

 

 

 ヴリトラの言葉を聞き、村正が刀を消し去った。

 

 「じゃあこれで、"純愛の鐘"の場所へ案内してくれるね?ヴリトラ」

 

 洪水の中から顔を出し、ふよふよと漂うヴリトラへ手を差し伸べながら、そう訊ねる。

 

 

 

 「─────────、」

 

 

 

 「ヴリトラ──────?」

 

 ヴリトラは下を向いたまま黙っていた。

 

 

 「ほーんに、"お人好し" ばかりよのう。カルデアは」

 

 

 「っ───!藤丸、下がれ───!!」

 

 「──────!」

 

 溢れ出る洪水の底から、巨大な大蛇が勢いよく飛び出してきた。

 

 「ぐあっ──────!」

 

 それぞれが散り散りに、水の中へと落ちる。

 

 

 「愚か、実に愚かじゃ。わえは()ぞ。"邪竜" ぞ?……たった一度の命乞いで、改心すると本当に思ったのかのう?」

 

 ───水が再び逆巻いていく。

 ヴリトラを中心に、まるで渦潮のように水がうねりだした。

 

 曰く、障害の竜ヴリトラは、幾度にもわたって人々や神の前に立ちはだかったという。彼女は何度も敗北を繰り返しても、その度にまた蘇り再び障害として現れる。もはや、超えるべき壁(・・・・・・)そのもの、障害という現象に他ならない。

 その化身である彼女が、たった一度の敗北(・・・・・・・・)だけで諦めるはずがなかったのだ。

 

 「まずい───!前回と同じで、また宝具を使われるぞ──────!!」

 

 「き、ひ、ひ!……なぜ貴様らが不意打ちに精を出したか検討はつかぬが、何はともあれ五周目じゃ。次の冒険(・・・・)も、楽しんでくるがよい」

 

 勝ちを確信したヴリトラは、再び宝具を使用すべく両手を広げて天を仰ぐ。

 

 「───我が身、堰界の竜なり。さあ雷霆神(インドラ)よ。遥か天より睨む怨敵───よ?」

 

 

 できるのならば。

 先ほどの降伏で決着がついてほしかったけれど。

 

 

 「こうなった以上は、次の作戦(・・・・)だ」

 

 

 天を見上げたヴリトラの目に映ったのは雷霆神にあらず。

 そこに在るは清廉(せいれん)たる湖面の騎士。"サー・ランスロット" の姿である───!

 

 

 「悪いね。………こんななりでも、不意打ちは身に染みるほど得意だったりするんだ」

 

 ランスロットの右手のバンカーが、無防備であったヴリトラの腹部を勢いよく殴打する。

 

 「き───さま、誰、だ──────!?」

 

 「常夏騎士 ランスロット。………贖罪(・・)のため、一人の少女の夢を護るべく遣わされた騎士だ」

 

 ランスロットはそのまま片手で、凄まじい膂力によりヴリトラの身体を持ち上げる。

 

 「………けれど、ここだけの話。私も竜(・・・)でね。君には、親近感が湧いているんだ」

 

 「なっ──────!?」

 

 耳元で囁いたランスロットの言葉に、ヴリトラは困惑の表情を浮かべた。

 

 「でも惜しいなあ。……君は障害の化身。

 世界を堰き止めるため(・・・・・・・・・・)の堰界竜だろう?

 けれど私は、境界を切り開くため(・・・・・・・・・)の、最後の竜。……ようするに君にとって僕は、ため息が出るほど、相性が悪い───!!!」

 

 青白く神々しい魔力が、ランスロットの右手に収束する。

 

 

 「沈め───ッ!

 『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』───ッ!!!」

 

 

 ──────湖光の剣が、堰界竜を貫いた。

 

 

***

 

 

 「ほーんに、哀れよのう、わえは……」

 

 大の字になって倒れ伏したヴリトラは、吹き抜けになった建物の天井を見上げながら、そう呟いた。

 建物内を埋めつくしていた洪水は、既に全て海へと流れ去り、辺りには所々に水溜まりが残るだけだった。

 

 「君、自己を省みるタイプだったのかい?」

 

 隣に座っていたランスロットがそう訊ねる。

 

 「当然じゃ。油断をした上で不意打ちを浴び、白旗をあげた上で騙し討ちをし、あまつさえ慢心し再び不意打ちを喰らうなどと……穴があったら入りたいくらいの哀れっぷりよ…」

 

 「ああ、わかるよ。竜だもんね。僕もたまに入りたくなるよ、穴」

 

 イマイチ話が噛み合っていない気がしたが、ヴリトラはあえて言及はしなかった。

 

 「そんなことよりも貴様、先ほどの一撃、手を抜いたな?わえの霊核をわざと外しおっただろう」

 

 「ん?当然だとも。君にはまだ鐘の場所を聞いていないしね、カルデアのマスターからそう言われた」

 

 「本当にそれだけか?含みがあったような一撃に感じたがのう…」

 

 それを聞いたランスロットはヴリトラから目を逸らして、

 

 「…ああ。さっきのは建前。本当は、君に思うところがあってね。……同じ竜仲間ってのもあるけど、このソールズベリー(・・・・・・・)の女王でありながら、自由奔放な姿が目に余ったのさ」

 

 「……………知人に似ておったか?」

 

 「まあそんなとこ。今の君みたいに、周りの考えに耳を貸さず無自覚に色々と巻き込んで、我が身可愛さで、好きなことだけをして生きてるような、迷惑極まりない女の子でさ。……………でも好きだった。僕にとっての光だったんだ」

 

 ランスロットは懐かしむように遠くを見据える。

 

 「なんじゃ。なら、わえとは似ても似つかんだろうに。わえはその女とは違って、自分が滅んだって構わぬからのう」

 

 「……え?あんな命乞いからの騙し討ちをしておいて、君は自分の命が一番大事だとか考えたりしていないのかい!?」

 

 「そんなに驚くことか、今の!………まあ、わえはそういう在り方(・・・・・・・)の竜じゃ。故に、恥じてもおらぬし、誇りを抱いているわけでもおらぬ。ただ"そう在る"だけじゃ」

 

 ランスロットは目を丸くしてヴリトラを見つめた後、仄かに苦笑して空を見上げた。

 

 「やっぱり、君には親近感が湧くなあ」

 

 「……ならせめて本当の名を教えよ。他の者どもは偽れても、わえの目は誤魔化せぬぞ」

 

 「ああ、教えてあげたいところだけど、生憎とそれはできない契約なんだ。僕は君たちとは違って罪人(・・)でね。本当の名を明かしただけで、爪弾(つまはじ)きにされてしまう。ここはそういう場所(・・・・・・)なんだ」

 

 それを聞いたヴリトラは残念そうな目をうかべる。

 

 「なんじゃ。つまらんのう……」

 

 「……でも。何かの縁でまた君に会えたら、その時は()の本当の名を伝えるよ。約束する。」

 

 そう言って、ランスロットは立ち上がり、見下ろしたヴリトラに手を差し出す。

 

 ヴリトラは、そんな彼女の麗しい顔を、夕焼けの空を背景に見上げた。

 

 「ふん、生意気な顔をしおって。腹を貫いた相手に見せる顔か。ほーんに、憎らしい奴よのう…」

 

 そう悪態をつきながらも、ヴリトラは彼女の手を取った。

 

 

***

 

 

 「ランスロット!無事───!?」

 

 水が引き、ランスロットとヴリトラのいる場所へと駆け寄る。

 

 「ああ。僕は問題ない。見ての通り、"無傷" さ」

 

 ランスロットはどんなもんだ、と胸を張る。

 

 「さすがランスロット様です!素晴らしいアロンダイト捌きでしたよ!型を変えたのですか?」

 

 「むむ、まあそんなとこ、かな…? 君がいると少しやりづらいな、ガレス……」

 

 ランスロットは居心地が悪そうに頭をかいた。

 

 

 「それで、ヴリトラ。今度こそ正真正銘、敗北を認めるね?」

 

 「ふん。まあこれ以上、往生際の悪い真似をしても同じことの繰り返しじゃろう。わえもさすがに腹を括ったわ」

 

 ヴリトラは降参とばかりに両手をあげる仕草をした。

 

 「では。純愛の鐘の場所を教えてください」

 

 「ここ(・・)じゃ。」

 

 「──────え?」

 

 ヴリトラがそう言った途端、先ほどまで玉座があったと思われる場所の床から、透けるように純愛の鐘がその姿を現した。

 

 

 「まさかこんな近くに隠してあったとはな…」

 

 「最も大事な(かなめ)じゃぞ?自らの寝床に隠さずしてどう守り通すつもりよ。……まあインドラなら、建物ごと壊してほじくり出しかねんがのう」

 

 なんて脳筋なんだ、インドの雷霆神は。

 

 「じゃあ、やりましょうか藤丸くん」

 

 「───ああ。鐘を鳴らそう」

 

 ティターニアと二人、鐘の前で錫杖を掲げる。

 

 

 思い浮かべるのは、

 ここに至るまでの数多くの冒険と、その道のり。

 忘れてしまった旅もあるけれど、

 きっとそれも。得がたい旅路だったと信じて。

 

 

 ───鐘の音が、

 ソールズベリーの島に響き渡る。

 

 

 

 「「──────あ、」」

 

 

 

 途端、自分たちの脳裏にはこの島で体験した "忘れ去ったはずの二周分の旅の経験" が蘇ったのだ。

 

 

 「俺、一周目の時に携帯食料 食いすぎ……!?」

 

 「村正ァ!あの落とし穴の時はよくもやりましたね───!」

 

 「待て待て待て!それを言うならお前さん、地雷探知代わりに、(オレ)を魔獣の巣穴に蹴り飛ばしたりしただろうが───!」

 

 「立香にお姫様抱っこされた…だと…?なぜそんな最重要 機密事項の案件を僕は忘れていたんだ──────!」

 

 「ああ───!!私、もしかしてランスロット様に過去に二度この島でお会いしていたんですか!?ごご、ごめんなさい、忘れてしまっていて!」

 

 「うん!初対面風に挨拶した僕が非常に恥ずかしいから、どうかそれは忘れていてもらえるだろうか──────!!?」

 

 ヴリトラの常夏領域が解かれ、それぞれが忘れていた記憶と経験を一斉に思い出す。…そこには。恨みつらみもあったけれど。

 

 

 「──────き、ひ、ひ!…なぁんじゃ。今までで一番、良い顔(・・・)をしておるではないか、貴様ら」

 

 

 堰き止めなければ生まれぬ勢い。

 それはまるでダムのように。

 堰き止められた冒険の記録が、

 輝かしい思い出となって吹き出したのだった。

 

 

***

 

 

 そうしてソールズベリーの海岸まで戻る。

 帰り道はヴリトラによる水流のスライダーを使って、ほんの数刻で船のあった場所まで戻ることができた。

 

 「渦潮が消えてる……」

 

 「当然じゃ。わえがつくったんじゃからのう」

 

 何故か得意げに胸を張るヴリトラ。

 

 「…にしてもよ、ヴリトラ。お前さんはどうして儂たちにあんな回りくどいやり方で冒険をさせたんだ。ほら、もっとこう、"永遠にゴールへたどり着かない迷宮をつくる" とか、そういう方法があっただろ?」

 

 村正はヴリトラへ今回の件の理由を訊ねた。

 

 「永遠にたどり着かなかったら、意味がなかろう。わえは貴様らに "たどり着いてほしかった" んじゃからのう」

 

 「は──────?」

 

 「何度も言っておっただろうに。わえはな、お前たちに多くの困難を乗り越え、切り開き、そして目的地にたどり着いてほしかったのじゃ。わえが見たいのは貴様らがもがき苦しむ様(・・・・・・・)ではない。足掻こうと努力をする姿(・・・・・・・・・・・)じゃ」

 

 ヴリトラが堰界竜たる所以(ゆえん)

 数多の障害に直面し、それでも(なお)それを乗り越える人や神の勇姿。彼女が望むものはそういう光景だった。

 

 その手段は、だいぶ自分勝手で独りよがりで、己の欲望だけに忠実な奔放さではあるけれど、紛れもなく彼女は人や神が好き(・・・・・・)なのだ。

 だからこそ憎めない。そしてそうした存在は、人類を成長させる上で必要不可欠な存在に他ならなかった。

 

 「………なるほど。お人好しはお互い様だったってことか」

 

 「でも、もしも僕らが途中で挫けて倒れてしまっていたら、その時はどうしていたんだい?」

 

 「………愚問よな。わえは既に貴様らカルデアをよう知っておる。貴様らは何が起きようとも挫けない(・・・・)。だからこそ、わえはあのような常夏領域を使ったのじゃ」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 彼女は誰よりも、自分たちカルデアのことを信用しているサーヴァントの一人に他ならなかったからだ。

 

 「………ところで。このチラシに書いてあった、報酬の聖杯(・・)は?」

 

 隙をついて、ネモ船長がヴリトラにチラシを突き出す。

 

 

 「──────、き、ひ、ひ!」

 

 

 ヴリトラは逃げ出すように水流を使って山の方へと帰っていく。

 

 「おい、話が違うだろこの邪竜──────!」

 

 「…知ったことか!わえは()ぞ!貴様らで遊ぶのは今回はこの辺にしておいてやる!それだけでもありがたく思うことじゃのう!き、ひ、ひ!!」

 

 そう捨て台詞を吐いて、ヴリトラは自らの住処へと去っていった。

 

 「ったく、都合が悪くなると()を理由に逃げやがって…」

 

 まあ。正直 聖杯はないと思っていたので、全員そこまで落胆している様子ではなかった。

 

 「…まあいい。なにはともあれ、僕らはソールズベリーの鐘を鳴らした。無事に任務達成だよ、みんな!あとは全員揃って、ロンディニウムへ帰還だ!」

 

 ネモ船長の言葉とともに、ソールズベリーへ別れを告げた。

 

 

***

 

 

 

 「───!見てください、皆さん!()です!」

 

 ガレスに促され、船首へ出て全員で空を見上げる。

 

 見るとそこには、美しい夕焼けの空を彩るように、七色の虹が空を結んでいた。

 

 「綺麗だ──────」

 

 思わぬ絶景に、時間を忘れる。

 

 その向こうで──────、

 

 

 「……ランスロット。一つ聞いてもいいですか?」

 

 ティターニアがランスロットと何かを話しているようだった。

 

 「──────、なんだい?」

 

 「わたしはこのソールズベリーの一つ前の島で、たくさんの絶景を見たんです。……本当に。息を飲むほどの絶景でした」

 

 ランスロットはティターニアのその言葉を無言で聞いている。

 

 「…けれど。その絶景は、別の誰か(・・・・)の犠牲の上で成り立っていた美しさだったのです」

 

 「──────、」

 

 「(よこしま)なものだと。そうわかった上で。それでもなお、わたしは "もう一度その絶景を見たい" と思ってしまった。これって、間違い(・・・) なのかな……」

 

 ティターニアの問いに、ランスロットは目を丸くしてから、

 

 「それ。よりにもよって、僕に聞くのかい…?」

 

 その視線を虹へと向けた。

 

 「あ、やっぱり答えづらい質問でしたよね、すみません、変なことを聞いて……」

 

 「─────────、いや」

 

 「え………?」

 

 「いいんじゃない?美しいと感じたものは、そのままでも。…だって僕らは、自分の気持ちに嘘はつけないから」

 

 ランスロットは虹を見つめながら、僅かに微笑む。

 

 「君に、"自分は間違っているんじゃないか" って思える心があるなら、それだけで上出来ってこと。だからそのままでいい。……答えが出るのは、もう少し先、でしょ?ティターニア」

 

 ランスロットの言葉に、ティターニアも何か心の棘が取れたように微笑みを浮かべた。

 

 「ええ。ありがとうございます、ランスロット」

 

 

 ──────そうして。

 冒険の島、ソールズベリーを後にする。

 

 夕焼け空はやがて星を描き、美しい夜の海を映すだろう。

 

 

 

 

 ─────────、三つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 /『ステレオ邪竜族』-了-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幕間『裏方ジェーン』/

 

 

 

 ───時は二つ目(ノリッジ)の鐘が鳴らされた夜に遡る。

 

 

 「はあ? "追加の人員がほしい" ですって?」

 

 ■■■■の思わぬ要求に、BBは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

 

 「わかっているんですか。ここは普通の特異点とは訳が違います。貴方の能力とわたしの能力(チート)、カレンさんの発想、そしてなにより彼女(・・)の "力" があってはじめて形を成している、イレギュラーだらけの特異点なんですよ。それを踏まえた上で、なおその要求をするんですか?」

 

 

 "─────────、"

 

 

 「本来の筋書きとは変わってきている、ですか。…ええ。まあゴッホさんの件はわたしもおかしいとは思いました。ですが、今カルデアから追加の戦力を引っ張ってくるのはかなりのコストが…」

 

 

 "──────、───、"

 

 

 「……は?追加の戦力はカルデアからじゃない?終わりの狭間(・・・・・・)にいる者、ですか?」

 

 

 "────────────、"

 

 

 「……確かにそれなら。偽りの情報をこの特異点用に上書きして、上手いこと認識に障害をかければ、なんとか……って無理無理!とんでもないブラックボックスばっかりの人たちじゃないですか!?」

 

 

 "──────、"

 

 

 「そうは言っても貴方。自分も同じ立場(・・・・)だって、わかっているんですか?どうしてそこまでして彼女に……」

 

 

 "──────、──────、"

 

 

 「いえ。今の言葉だけで十分です。……わかりました、なんとか呼んでみせましょう。ですが手懐けるのは貴方の仕事です。上手いこと首輪を付けてくださいね?……得意でしょう、そういうの」

 

 

 "─────────、"

 

 

 「───ええ。ですがお忘れなく。彼女らを扱うということは、向こう側も異変に気づくということ。この結果が吉と出るか凶と出るかは、もう誰にもわかりません。……それほどの相手(・・・・・・・)だと、わたしも判断して動いていいのですね?」

 

 

 ■■■■は、無言で頷いた。

 

 

 ───そうして、幕間は閉ざされる。

 この密会は誰の目にも留められることはなく、密やかに、世界から忘れ去られていく。

 

 

 

 

 /幕間『裏方ジェーン』-了-

 




 
 
 まずはここまでの長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。今回も長いお話になってしまってすみません。反省しています。本当です。
 ですが物語が進むにつれて、重要な人物や話題も多く出てきます。故に文量も多くなってしまう… 誠にジレンマ。

 さて。ここからは今までの後書きと同じく、今後のネタバレなしの今回のお話の補足説明をしていきたいと思います。興味がありましたら、お読みいただけると幸いです。
 
 
 今回のテーマは "冒険"。夏といえば山や森、そして洞窟と、普段行かない未開の地へと探索したくなる……そんな冒険心を唆られる季節ともいえます。
 宝の地図を片手に、深い奥地を目指して突き進む。たとえお宝は見つからずとも、そこに至る "過程" がなによりの宝となる。
 そんな青臭い青春のような一幕が、今回の物語の主題となりました。
 
 ・星4 ライダー ヴリトラ
 
 来ました水着のヴリトラさん!イカしたクロスデザインの黒ビキニに、インドらしくムガル絵画風な花の柄をあしらったベールを羽織っています。髪の毛はロングをワンサイドにまとめた蛇のようなカールスタイル。
 ヴリトラは水に関わる逸話が多いサーヴァントですので、水着にした時の宝具なども、すんなりとまとまりました。
 物語中で彼女が使ったオリジナルの宝具、
 『水よ、雲の牛群を創れ(ヴァーダロン・キー・ガイン)』は、インドラに滅ぼされた際に解放される水が雌牛の咆哮に似た音を立てて流れ出るという逸話が昇華されたものとなっています。高火力の宝具だけど、使用後にデバフがかかる、的なイメージ。ちなみに綴りはヒンディー語で "雲の牛群" を意味します。そのまんまですね。

 今回の舞台はソールズベリー。自分勝手で自由気ままな女王が、訪れた藤丸たちを好き勝手弄ぶ。そんなコンセプトのお話となりました。作中でも言及されていた通り、FGO 第二部 第六章において、"自己愛"の権化だった風の氏族長───オーロラとの対比を込めたエピソードとなりました。
 ───が。ヴリトラは決して我が身可愛さで周りを巻き込んでいるのではなく、その根底にあるのは "他者愛" に他なりません。そうした違いを描ければなと悪戦苦闘しました。
 また、ランスロットと同じく竜繋がりということで、これは是非とも絡んでもらうしかねえとなったわけです。世界を堰き止める壁として現れる堰界竜(いかいりゅう)と、境界をつなぐ霊墓または霊洞として在り続けるアルビオン。この対比は書いててなんとも楽しかった。FGO本編のマイルームで特殊セリフとか出してくれてもいいんよ?
 
 ・星5 ランサー 常夏騎士 ランスロット
 
 この夏でもっとも美しい騎士。ランスロット卿だ!……ということで、登場した謎の常夏騎士。その正体は皆さんお気づきの通り、彼女となります。霊衣じゃないし、水着サーヴァントでもないよ!ごめんね!
 しかし、そこにもしっかりと理由があり、物語中で彼女の口から何度か匂わせた発言をしているので、勘のいい方ならきっと気づく…かも?

 ところで、物語中、ティターニアに対しては露骨に反応を示しているのに対し、他のメンツに対しては反応薄くね?なんで?と思ったそこの貴方。鋭い。
 理由としましては、終盤に記憶を取り戻したガレスが話していたように、彼女は何度かカルデア一行と遭遇しているのです。その一部始終を(つまび)らかにしたいが、清廉たるランスロット卿の名誉のために、ダイジェスト形式でお教えします。(──────なんて?)
 
 
 [カルデア一行、渦潮に飲まれソールズベリーの砂浜で気絶]

 ラン子「(むむ。カルデア発見!陛下の(めい)でカルデアとティターニアという()を護衛するように言われたが、ぶっちゃけ僕は部外者だし、深入りしない方がいいのでは?最強だし。というか、よく見たら、フジマルにムラマサ、ガレスに■■■■■………知り合いばっかりじゃん!正体がバレないとはいえ、気まず!……ここはさりげなくアシストしよう。最強だし。)」

 [カルデア一行、ジャングルにて大蛇の強襲に遭い川底へ転落]

 ラン子「(まずい!ここは華麗に助けなければ!僕は清廉たる湖面の騎士、空中飛行も何のそのだ!)」

 藤丸「き、君は───!?」

 ラン子「僕は通りすがりの常夏騎士、名乗るほどの者ではないよ…さらば!ばびゅーん(ジェット移動の音)」

 [カルデア一行、ヴリトラのもとへ到着(一周目)]

 ラン子「(ふぅ。無事にたどり着けたか。全くヒヤヒヤする旅路だった。とりあえず今日の任務達成ってことで、形の良い穴で眠ろっと!)」

 [カルデア一行、常夏領域を受け砂浜へ(二周目開始)]

 ラン子「(あれ。昨日ヴリトラのとこ行ってなかったっけ。なんでまた向かってるんだ。とりあえず聞いてみようか)」

 ラン子「やあ君たち。僕は常夏騎士ランスロット。また会ったね。ところでなんでもう一回向かっているのかな?忘れ物?」

 藤丸「き、君は───!?」

 ガレス「ランスロット様───!!!(がばっ)」

 ラン子「(うわあああ!なんだ何事)!?」

 [カルデア一行、ヴリトラのもとへ到着(二周目)]

 ラン子「(ふぅ。驚きのあまり名乗るだけ名乗って思わず逃げ出してしまったけど、なんだかんだ、たどり着けたじゃないか。よしよし)」

 [カルデア一行、常夏領域を受け砂浜へ(三周目開始)]

 ラン子「(え?マジで何してんの、彼ら。誰か僕に説明してください、僕は今 思考を放棄しようとしています)」

 [カルデア一行、ヴリトラのもとへ到着(三周目)]

 ラン子「そ、そういうことだったのか〜〜〜!!!(建物の影から聞き耳を立てて)」

 ラン子「(これ。僕が深入りしなきゃこの島でゲームオーバーでは?カッコつけている余裕ないのでは?もうやるしかない!)」

 [カルデア一行、ランスロットの祝福(ギフト)により常夏領域を受けずに砂浜へ(四周目開始)]

 ラン子「───君たちは紛れもなく、あのアイランド・クイーンの常夏領域を使われたよ。この僕が証人さ。キリッ(なお、三周目まで気づきませんでした)」
 
 
 ───と、まあこのような経緯でしたので、ガレスへの反応はこういった理由で。そしてティターニアのことは別の人物として認識していたので、名前を聞いた時に、あのような反応をしたわけです。え?常夏騎士じゃなくて、ポンコツ騎士?どうやら切開され(しに)たいようだね、君。
 
 
 今回の補足説明は以上となります。
 改めまして、ここまでお読み頂きまして誠にありがとうございました。次回の更新もお待ちいただけますと幸いです。
 


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第五節『NUDE WOMAN』

 
 
 
 
 第五節目の更新となります。
 この物語は、FGO第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
 時間の許すかぎり、お楽しみいただけますと幸いです。
 
 


 

 

 

 "冒険"の島、

 ソールズベリーの鐘は鳴りました。

 

 島のあちこちを探索しました。

 その量、なんと四周ぶん!

 

 でも。わたしたちは途中まで、

 その思い出の数々を忘れていたのです。

 

 三度目の旅で、

 ようやく失くさずにすみました。

 

 思い出を失うと言われた時、

 わたしは怖くて言葉がでませんでした。

 

 ───だって。

 せっかく聞いた彼の話を、

 忘れたくなかったのです。

 

 記憶を失くすのが、

 こんなに怖いことだなんて。

 知らなかったな。

 

 名なしの森の頃は、

 こんなじゃなかったんだけどなあ。

 

 

  

 

 第五節『NUDE WOMAN』/

 

 

 「おおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ソールズベリーの旅から一夜明けての朝。

 今までで一番テンションの高いリアクションをする人物が一人。

 

 「ん〜〜〜、これ、なんて料理なの?どうしてこんなにモチモチなんだい?甘さも程よくて、舌が蕩けるようだよ!」

 

 「………そいつは、だし巻き玉子。食感がもちっとしてるのは、片栗粉を少し混ぜたからだ」

 

 今日の朝食はこの特異点に来てからはじめての "和食" だった。

 ご無沙汰だったのもあって、村正は久々の十八番(おはこ)料理に力がはいり、しっかりと一汁三菜(いちじゅうさんさい)の献立を用意してくれたのだ。

 かくいう自分───藤丸 立香も胸を高鳴らせ、同じくティターニア、ガレス、ネモ船長も今か今かと楽しみにして、今日は早起きしていた。

 が、約一名こちらのそんなテンションを置いてけぼりにするほどの喜び様を見せる騎士さまがいた。

 

 「…この黒いのはなんだい?好きな食感だ!色も良い!親近感が湧くなあ」

 

 「それは、ひじきの煮物だ。米と一緒に食うともっと美味ぇぞ。……ってもう白米 平らげてるじゃねぇか!…おかわりいるか?お前さんはなんていうか、船酔いとかしなさそうだしな」

 

 村正はやれやれと、ランスロットの茶碗をもって追加の白米を盛りに行った。

 

 「………その。ブリテンは本当に、繊細な料理とは縁遠かった国なのかな…?」

 

 ネモ船長が横目でガレスに訊ねる。

 

 「そ、そんなことはありません!こう、芋を、マッシュマッシュと…」

 

 …うん。

 それは繊細な料理とは言わないよ、ガレス。

 

 「…ん、いや、すまない。"和食"というのをはじめて食べたものだから、思わず興奮してしまった。なんといっても口当たりがいい。…ムラマサ、君、僕の専属のシェフにならないかい?」

 

 さりげなく大胆に、我らのキッチン担当をスカウトしていこうとする湖の騎士。

 

 「悪ぃが、お断りだ。お前さんの食い扶持(ぶち)つないでいくのに、食費がいくらかかるか知れたもんじゃねぇからな。この島の食料が全部 平らげられそうだ。料理人を雇うなら他を当たんな」

 

 村正がしっしっ、とランスロットに手を払いながら、おかわりを盛った茶碗を渡す。

 

 「むむ、残念だ。割と本気で誘ったつもりだったんだけど…」

 

 そんな二人のやり取りを眺めてから焼き魚を食べ、ちらっと隣を見ると、ティターニアは呆気に取られたようにぼーっとしていた。

 

 「あれ、どうしたのティターニア。食欲ない?」

 

 「えっ?ああ、いえ。なんというかランスロット、食事の時はもっと御上品な感じなのかなぁ、って、勝手に思っていたから」

 

 「ん?……別に。礼節を重んじる食事会というわけではないからね。こうやって、くだけた会話をしながら食事をするんだろう?身内同士の朝食ってのはさ」

 

 そう言ってランスロットは、ずずずっと味噌汁を口に含んだ。

 

 

 「それで。話は唐突に変わるけど、次に向かう島は"オークニー(・・・・・)"にしようと思っているんだ」

 

 

 「ぶぅ─────────っ!!!」

 

 

 ランスロットが唐突に、味噌汁を吹き出した。

 

 「ど、どうしましたランスロット様!?もしかして、味噌汁に毒が!?」

 

 「はいってるわけねぇだろうが!」

 

 ランスロットが吹き出した味噌汁をナプキンで拭き取る。

 

 「けほっけほ、いや、すまない。味噌汁が炉心(ろしん)にはいっただけだ、気にしないでくれ」

 

 そんな気管にはいるみたいなノリで炉心に誤嚥(ごえん)するの?

 

 「……うん。では話題を戻して。次に向かう島はオークニーにしようと思っているんだけど、みんなはどう思う?」

 

 ネモ船長はそう言いながら、地図の北方を指さした。

 

 「どうもなにも、(オレ)たちはその島の情報をなんにも、知りゃしねぇぞ?」

 

 オークニーの島について、自分たちは全くもって情報を集められていなかった。街でもあまり噂話すら耳にしない場所だったのだ。

 

 「うん。そうなんだ。僕も街の人にオークニーについて直接聞いてみたりもしたけれど、なんというか、みんなどこか気まずそうにはぐらかして(・・・・・・)ね。詳細を教えてくれなかったんだ」

 

 ネモ船長も同じように頭を抱えていた。

 

 「門外不出(もんがいふしゅつ)のなにかがあったりするのでしょうか?」

 

 「わからない。けれど、この手の場所は後回しにすればするほど厄介だ。鐘は残り三つだし、この辺りで片付けておきたい」

 

 ネモ船長の言葉に自分も頷いた。

 

 

 「ところで、ランスロット。キミ、オークニーの島について、本当はなにか知っていたりするんじゃないのかい?」

 

 「え?あはは、さて、なんの事だろう……?」

 

 ランスロットは露骨に目を逸らす。

 

 「ランスロット様!なにか知っているのでしたら、是非ともお教えください!お願いします!」

 

 ガレスが誠意を込めて頭を下げる。

 

 「むむ、君にそこまでされると、なんというか、断るわけにはいかなくなるな……、わかった。少しだけど教えよう」

 

 「───!ありがとうございます、ランスロット様!」

 

 ガレスはぱぁと花開いたような笑顔となって喜んだ。

 

 「結論から言うと、僕は最初、その島(・・・)に召喚されたんだ。……まあ、出生の都合上、というやつだね」

 

 ランスロットは少し悲しそうな瞳を浮かべる。

 

 「でもお前さんはソールズベリーにいた。それはなんでだ?」

 

 「オークニーは、どうにも落ち着かなくてね。………僕の肌には合わない島だったのさ。だから、気づいたらソールズベリーまで飛んでた」

 

 なにか事情がありそうだったが、そこまで深く追求するのは躊躇われた。

 

 「僕が召喚された時に見たオークニーには、()があった。当然、人もいた。…見渡すかぎりのヒカリの街(・・・・・)というヤツさ。オークニーをしっかりと知りたいのならば、夜に向かうことをお勧めするよ」

 

 「夜……?それは、なぜ?」

 

 「それこそがあの島の在り方なのさ。眠らない街───いや、夜しか起きない(・・・・・・・)街。それが "オークニー" だ」

 

 

***

 

 

 「ランスロット様、結局 同行はしてくれませんでしたね…」

 

 ガレスは悲しそうな目で遠ざかるロンディニウムの島を眺めていた。

 

 「きっとなにか事情があるんだよ、無事に鐘を鳴らせたら土産話(みあげばなし)を聞かせてあげよう」

 

 そんなガレスの肩をぽんと叩く。

 

 「ランスロットの言を信じて、夜に出航したわけだけど、確かに、あれはすごいな……」

 

 船首で舵を切るネモ船長の言葉を聞き、ガレスと一緒に前方の甲板へと移動する。

 

 「うわぁ──────、」

 

 思わず息を飲む。

 視界に写ったオークニーの島は、色とりどりの蛍光色を放ったネオン街が広がっていたのだ。

 

 「へぇ、あれが "夜しか起きない街" ねぇ」

 

 「あの島の街には一体、どんなお店が広がっているのでしょうか!」

 

 心無しか気持ちが昂る。

 今まで様々な島を見てきたが、あんなにも現代的な発光をした夜の街を見るのは今回がはじめてであった。

 

 「BBランドもなかなかのもんだったが、この島も負けず劣らず開拓が進んだところだな…」

 

 「BB殿の時と同じように、この街を仕切っている一番偉い人物が、この島の "アイランド・クイーン" なのでしょうか?」

 

 もしもガレスの指摘通りだった場合、今回の島の調査は情報収集がメインになりそうだ。

 

 「早い段階で巡り会えるといいけど……」

 

 よく見ると、ティターニアはあまり乗り気ではない表情を浮かべていた。

 

 「もしかして、緊張してる…?」

 

 「いえ、緊張なんて、そんな!もしかしたら知り合いがいるかも…なんて思ってませんし…、単純に、こうした派手で騒がしい雰囲気の街に不慣れなだけです」

 

 なるほど。確かに、自分もああいった街には馴染みはない。

 

 「まあ、でも───」

 

 「"とりあえず進んでみよう"。ですよね?」

 

 自分が言おうとした言葉を、ティターニアに越されて、思わず苦笑した。

 

 「間もなくオークニーの船着場に到着する。みんな、忘れ物のないようにね」

 

 

***

 

 

 ───そこはまさに、大人の街(・・・・)だった。

 

 

 「こりゃ……たまげたな…」

 

 街は外と中を問わず、派手なスーツを身につけた男性や、セクシーなビキニを身にまとった女性がワイワイとお酒を飲みながら、楽しそうに談笑していたのである。

 

 「もしかして俺たち……場違い?」

 

 あちこちに人はいるものの、なんというか話しかけづらい。

 

 「村正、ちょっとアイランド・クイーンの居場所 聞いてきてよ」

 

 「はぁ?なんで(オレ)が担当なんだよ…!」

 

 「いいから…!ほら!」

 

 街の空気を乱さぬよう小声で村正とティターニアが相談し、半強制的に村正が背中を押され突き出される。

 

 「んんん、あー、失礼。そちらのお嬢さん(がた)。この島のアイランド・クイーンについて何か知っていないかい?」

 

 そう言って村正は、比較的 温厚そうな外見をしていた二人組の女性へと近づき、そう訊ねた。

 

 「ちゃっかり、女性の方に訊ねてますね……村正殿…」

 

 「あら、見ない顔ね。オークニーに来たのははじめてかしら?ここは情熱と甘味の街 "エディンバラ"。女王様にお会いしたいのなら、この大通りを真っ直ぐ行った突き当たりにあるお店に向かうといいわよ?」

 

 女性の方は親切にも居場所を教えてくれた。

 

 「本当か!そりゃあどうも。ことが済んだら、あとで礼でもさせてくれ」

 

 「……うふふ。御上手ね。見たところ、貴方なかなかのイケメンだし、きっとお店でも良いおもてなし(・・・・・)をしてくれるわよ?」

 

 「おもてなし?よく分からねぇが、そいつぁありがてぇな。また分からねぇことがあったら頼らせてもら……あ(いた)っ!?」

 

 ティターニアの魔術剣の(さや)によるチョップが、背後から村正の脳天に降りかかる。

 

 「ご丁寧にお教え頂きありがとうございました。もうお会いすることはないでしょうけど、どうかそのまま、引き続きこの街を楽しんでください。もうお会いすることはないでしょうけど。」

 

 「ティターニア、怖い、その笑顔 怖いからやめよう!」

 

 貼り付けられた能面のような笑顔を崩さず、ティターニアは村正の首根っこを掴んで、こちらに引きづり戻してきた。

 

 「アイランド・クイーンの居場所はわかりましたし、この(ジジイ)が油を売る前にさっさと向かいましょう!」

 

 ティターニアはそう言って先陣を切り、ズカズカと大通りのど真ん中を突っ切っていく。

 

 「彼女、到着前の緊張は完全に抜けたね、これ……」

 

 そんなティターニアの後を追って、自分たちもオークニーの大通りを突き進んだ。

 

 

***

 

 

 「す、すごい……」

 

 そうしてやってきたお店は、外とは比べ物にならないほどの煌びやかさと華やかさを放っていた。

 店では多くの男女がお酒を飲み、談笑し、そして中には店に響き渡る音楽に合わせて踊ったりしている人もいた。

 

 「ようこそ、"ナイトクラブ・コノート" へ。お客様、二名様の男性と三名(・・)様の女性のご同伴でよろしいでしょうか?」

 

 そう言って、呆気に取られていた自分たちへ接客のボーイと思われる人物が話しかけてきた。…ん?今おかしくなかったか?

 

 「……ちょっと待った。僕は()だ。三名の男性と二名(・・)の女性の同伴だ。いいかな?」

 

 女性扱いをされたことに、ネモ船長はややご立腹なのか、語気(ごき)を強めて言った。

 

 「これは、大変失礼いたしました!…謹んでお詫び申し上げます。」

 

 「構わないさ。僕らはアイランド・クイーンに用があって、この島に来たんだ。悪いけど、どこにいるのか教えて貰えるかな?」

 

 「そうでしたか。……でしたら、大変失礼と存じますが、お客様のうちのどなたかに、"グッド・ルッキング会員" の(かた)はいらっしゃいますでしょうか?」

 

 ん?今なんて言った?

 

 「グッド・ルッキング会員………?」

 

 「この島の会員制度でございます。最初はブロンズ、そしてシルバー、ゴールド、プラチナと昇順がございます」

 

 なるほど。

 ネーミングは置いておいて、この島は会員制度のある場所だったのか。

 

 「じゃあ、その会員とやらに入れば、女王に会えるのかい?もしそうなら、入るのは一向に構わねえが」

 

 村正の言った通り、入らなければ会えないというのであれば仕方がない。自分も腹を括ろう。

 

 「……いえ。実はグッド・ルッキング会員はお客様の任意ではいれる会員ではなく、女王 自らが指名する形での入会となるのです」

 

 「なんだって……?」

 

 

 『間もなく、ストリップショー(・・・・・・・・)がはじまります。お客様におかれましては、どうかステージに御注目くださいませ。』

 

 

 店内に響いていた音楽が止まり、唐突にアナウンスがはいって再び音楽が流れ出した。

 

 ステージの上には、華やかな衣装を身に包んだ女性が三名登場し、音楽に合わせて踊り出す。

 

 

 「このお店 独自の催し物でしょうか……?」

 

 音楽は徐々にヒートアップしていき、踊り子の女性は一枚、また一枚と服を脱ぎ捨てていく(・・・・・・・・・)

 

 「な──────、!」

 

 「ひゅー、こりゃあ驚いたな」

 

 

 音楽はクライマックスへと差し掛かる。

 踊り子が身につけているものは、もはやビキニのみ。

 無意識に、思わず生唾を飲む。

 

 

 締めの伴奏とともに、

 踊り子がその紐を解こうとしたその時───、

 

 

 バチン、という音ともにステージが暗転。

 

 

 そうして。

 かざされたスポットライトは、一人の踊り子へと向けられる。

 

 暗転する前までは、

 いなかった(・・・・・)はずの女性。

 

 そこにいたのは───、

 

 

 「「この島の女王、メイヴ様(・・・・)だ───!」」

 

 

 「「──────えっ、」」

 

 

 歓声はこの店にいるボーイもゲストも含めた全員から。

 対して困惑の声は自分たち全員から湧いた。

 

 終わりに差し掛かっていた音楽はそこからさらに、ラストのサビへかけてヒートアップしていき、今度は女王メイヴによる華麗なパフォーマンスがはじまったのだ。

 

 ただし、女王メイヴは脱がない。

 というかはじめから、水着姿であった。

 

 

 そうして今度こそ、音楽は正真正銘クライマックスに差し掛かり、盛大な歓声とともに、締め括られた。

 客の中には泣いている男性もいて、もう何が何やらわからない。

 

 そうしてダンスを終えたメイヴは、控えていたボーイからマイクを受け取る。

 

 

 「───ようやく来たわね!藤丸!!」

 

 

 「───え?」

 

 いきなりの指名とともに、今度はスポットライトが入口の前にいる自分たちへと向けられ、客たちの視線もいっせいにこちらへと移る。

 

 「じゃあ、そういうわけだから。ボーイたち、藤丸以外を捕らえて」

 

 「は──────?」

 

 困惑で正常な判断が追いつかないうちに、いつの間にか背後に集まっていた複数人のボーイたちがネモ船長たちを取り押さえる。

 

 「っ───!何しやがるてめぇら!」

 

 「………抵抗は無駄よ。あなたたちに気を使って、ここ数時間はずっと解除しておいてあげたけれど、もう十分よ。ここからは、本当の(・・・)オークニーを教えてあげる」

 

 そう言って、メイヴはパチンと指を鳴らした。

 

 

 途端──────、

 

 

 思わず膝をついた。

 一体なにをされたのか。自分でもよくわからないが、身体が煮え(たぎ)るようにものすごく熱くなっていた。

 

 振り返ると、ティターニアたちも同じように、足に力が入らずに(うずくま)っている様子だった。

 

 

 そうしてメイヴは、ゆっくりとした足取りで自分の前へと歩み寄ってくる。

 

 近くで見ても間違いない。彼女はケルト神話、アルスター伝説にて語られる貴婦人。勇士クー・フーリンの命をつけ狙い、数多くの戦争を引き起こしたコノートの女王─── "メイヴ "に相違なかった。

 

 「メ、イヴ───、一体なにを、した、んだ───、」

 

 メイヴは起き上がれずに蹲る自分を見下ろしながら、にやりと妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた。

 

 「言ったでしょう。これが、本当のオークニーの島。この島の常夏領域(・・・・)。」

 

 「なん───、だって───?」

 

 そう言ってメイヴはしゃがみこみ、こちらの顎を掴んで持ち上げる。

 

 「最初から見せたって面白くないでしょう…?だからこうして、私の目の前で味わってもらったの」

 

 メイヴはじっと顔を寄せ、こちらの瞳を逸らさず覗き込んできた。

 

 「何を、した───!女王メイヴ───!」

 

 背後でボーイに取り押さえられているネモ船長が、抗うようにそう声を上げた。

 

 「ふふっ、可愛い顔しちゃって。でも残念。今回のメインディッシュ(・・・・・・・・)は藤丸だから、他の連中は牢屋(ブタバコ)行きよ」

 

 メイヴはその言葉とともに、自分以外の全員に後ろ手で手枷(てかせ)をボーイに付けさせた。

 

 「それじゃあ教えてあげるわ、藤丸。私があなたたちに何をしたのか、ね?」

 

 

 そう言ってメイヴは再び立ち上がり、演説をするように歩きながら、この島の真相を語り出した。

 

 

 「私はメイヴ!このオークニーを仕切るアイランド・クイーンよ!……そして、この島において、あなたたち凡百(ぼんぴゃく)の人間たちは皆、"(ケモノ)" となる!」

 

 「けも───、の───、?」

 

 「そうよ。この島に敷かれた常夏領域、それは "情欲の解放(・・・・・)"。ようするに、あなたたちはね?……今 どうしようもなく、性的欲望に溢れているのよ」

 

 メイヴは、この上なく甘美な瞳を浮かべてにやりと笑った。

 

 「でも……この島に…最初訪れた時は、なんとも、なかった、のに、どうして……?」

 

 ガレスは辛そうな表情でそう訊ねた。

 

 「さっきも説明したでしょ、お馬鹿さん。あなたたちが船でこの島へやってくる姿が見えたから、一時的に解除しておいてあげたのよ。…だって、この私に会う前(・・・・・)(たぎ)られちゃ、困るでしょう?」

 

 「なんのために、こんなことを……?」

 

 「なぜって?決まっているわ。"夏" だからよ。多くの出逢い、ときめき、恋の季節こそが夏でしょう?…でも、回りくどいのは私嫌いだから、手っ取り早く仲良くなれる場所を用意してあげたわけ。それがここ、"情欲(じょうよく)" の島、オークニーよ」

 

 女王メイヴは語る。

 夏とは色恋沙汰(いろこいざた)の季節だと。

 その季節を、自分はただ、ありのままに助長してあげているに過ぎないのだと。

 

 「そしてね、藤丸。私、あなたのことを認めてあげるわ。多くの時代と困難を乗り越えて、人理を守る。ちっぽけな勇気で大業を()す。その努力を(たた)えて、特別サービス!あなたのことを、一人の勇士(・・)として、今回ばかりは扱ってあげる。……悦びなさい? この私が、あなたに抱かれてあげる(・・・・・・・)って言ってるの」

 

 「な──────、!?」

 

 なにを、言っているんだ、彼女は。

 

 

 「ふふっ、安心なさい。私が(・・)リードしてあげるから。あなたは、ただ欲望のままに、獣になればいいのよ?」

 

 耳元で、メイヴから甘い囁きをされる。

 

 

 「駄目、です───!藤丸くん、彼女に耳を貸しては、いけま、せん───!」

 

 背後からティターニアの声が聞こえる。

 

 「ほら、服を脱いで?マスター」

 

 メイヴの(つや)めかしい声が、脳に直接響いていく。

 

 俺───、は───、

 

 

 「それ───は、でき───ない───!」

 

 

 ほとんど力を込めることはできなかったが、彼女の身体を押し返す。

 

 「そう。やっぱり一筋縄には、いかないのね。ならこう言ったら、どう?……あなたたちが探している()、"ここ"にあるわよ」

 

 そう言ってメイヴは、自らの下腹部をそのしなやかな指先でトントンと叩いた。

 

 「な──────、」

 

 「…だからね、藤丸。あなたは欲望に負けて私と交わるんじゃなくて、ただこの特異点を修復するための、任務(・・)のために、私と一夜をともにするだけってコト」

 

 その言葉に。

 思考が正常に定まらなくなった。

 

 「ダメだ──────、立香───!」

 

 ネモ船長たちの声が、どこかボヤけて聞こえる。

 そうだ。自分は、そのために。ここに。

 

 

 「うっふふ!決まりね!さあ、ボーイたち、藤丸を最上階の私の部屋(・・・・)へお連れしてくださいな?……それから、そこの付き人たちは、地下の牢屋(ブタバコ)にしまっておきなさい」

 

 

 お店のボーイたちに、両腕を掴まれ、店の奥へと連れていかれる。

 微かな意識の中で後ろを振り返った時に見た、自分と一緒にこの島を訪れた仲間たちの、深刻な表情だけが脳裏にこびり付いた。

 

 

***

 

 

 そこは何もない。鉄格子(てつごうし)の箱だった。

 

 真ん中の通路を挟んで、わたしたちはそれぞれ四隅にある別々の牢屋に、放り込まれた。

 

 「みんな、少しは落ち着いたかい…?」

 

 わたし───ティターニアの右斜め前の牢屋にいるネモくんが、力なさげにそう訊ねていた。

 

 「……まあ。こんな何もねえ鉄の箱に押し込められりゃ、(たかぶ)るもんも昂らねぇだろうが」

 

 そう応えた村正も、同じく力が出ない様子だった。

 

 「…なんだか妙です。メイヴ殿はああ言っていましたが、ここまで神経をすり減らされるものなのですか? ……その、こういうのって」

 

 ガレスちゃんは、どう表現して伝えたらよいか四苦(しく)八苦(はっく)している様子だった。

 

 「…いや。ガレスの指摘通りだ。これは明らかにおかしい。メイヴはこの島の常夏領域を、"情欲の解放"だと言っていたが、正直それだけとは思えない。現に僕らは、この牢屋から出るための力すら絞り出すことができていない。…きっとなにか裏があるよ」

 

 「サーヴァントには、別の作用も働いている、のでしょうか?」

 

 もしもそうだとするのならば、わたしたちにとっては致命的だ。

 けれど急がなければ藤丸くんが危ない。なんとか牢屋から脱出する手段を見つけないと。

 

 

 「その通り。アンタらが正常に力を発揮できないのは、情欲に準ずる行動(・・・・・・・・)以外の、活動や思考が乱されているからだ」

 

 

 声が聞こえた方に思わず顔を向ける。

 

 するとそこにいたのは───、

 

 「クー・フーリン殿!!」

 

 そうだ、確かガレスちゃんたちと同じで、汎人類史に名を連ねているキャスタークラスのサーヴァント───"クー・フーリン" がそこにいたのである。

 

 「よぉ、まんまとメイヴの策にハマっちまってるようだな」

 

 彼の格好は、私が知っている姿とは異なり、白い半袖のシャツの上に迷彩柄のワイシャツを肩にかけ、首には狼の意匠を施したネックレスをつけていた。

 下ろした後ろ髪が届きそうな下には、デニムのダメージジーンズに迷彩柄のトレッキングシューズと。…なんていうか、すごいワイルドだった。

 

 「クー・フーリン、キミがそちら側に立っているということは、メイヴの小間使いにでもされているのかな…?どこかの誰かさんみたいに」

 

 それを聞いた村正は視線を横へ逸らす。

 

 「ん?まあ、面倒を見てやってるってことを、そう表現するなら、あながち間違ってないな」

 

 クー・フーリンはそう言って、ぽりぽりと頭を搔いた。

 

 「でも貴方は、カルデアのサーヴァントなんですよね?」

 

 「ああ、もちろん。だが、オレがあの頭の()だった女神に言われたのは、この島でメイヴの面倒を見てやることだ。アンタらに協力してやりたいのは山々だが、生憎と立場上それができない」

  

 やはり村正の時と同じように、彼は対立する立ち位置としてカルデアから召喚されたサーヴァントだった。

 

 「ふん。ようするに、てめぇもあの女王様に(ほだ)されてるってことだろ?」

 

 「ああ?オレがメイヴに絆されるなんざ、ゲイ・ボルクが外れるくらいありえねぇ話だろ」

 

 それ。どのくらいのありえなさなのだろうか。

 

 「どうかお願いしますクー・フーリン殿!マスターがメイヴ殿に連れていかれて、急がないと、こう、色々とピンチなのです!」

 

 「ああ。その件なら、まだ猶予(ゆうよ)はある。アイツはすぐに押っ(ぱじ)めたりはしねぇよ」

 

 「本当ですか!?ならあの生意気な顔に一発……ってあれ?そういえば、わたしたち今なんともない…?」

 

 気がつくと、普段の判断力を取り戻していた。

 

 「おう。ようやく気がついたか。今、この地下室はオレのルーンでメイヴの常夏領域が部分的だが働いていない。思考回路だけが正常なのはあれのおかげだ」

 

 そう言ってクー・フーリンは、地下室の入口の壁に刻まれたルーン文字を指さした。

 

 「…驚いたな。そんな抜け道があったとは。ではキミがメイヴに陥落(かんらく)させられずに済んでいるのは、そのルーンのおかげかい?」

 

 「いや?そのルーンで平常心を保つことができているのは、アンタらだ。それとは関係なしに、オレは元々、メイヴの常夏領域の影響を受けない(・・・・・・・)

 

 それはどういうことなのだろうか。

 

 「気づかなかったかい?アンタらをここへ運んだ店のボーイたち、アイツらも常夏領域の影響を受けていなかっただろ?」

 

 クー・フーリンの指摘に、はっとした。

 確かに、わたしたちをここへと運んだボーイたちは、忠実にメイヴの指示に従い、命令を遂行していたのだ。とても常夏領域の影響を受けていたとは思えない。

 

 「ようするに、一部の人間にだけ効果を発揮しない…?」

 

 「メイヴが許した相手だけ、な。…アイツは確か "グッド・ルッキング会員" とか呼んでやがったか」

 

 その言葉を、わたしたちは先ほどの店の入口で聞かされていた。

 

 「…なるほど。てめぇや店のボーイは、そのグッド・ルッキング会員とやらに所属しているから、問題なく活動できるわけか」

 

 「おうよ。いわゆる特別待遇ってわけだ」

 

 つまり。その会員ではないわたしたちでは、女王メイヴに打倒するのは困難ということか。

 

 「クー・フーリン、キミは先ほど、"情欲に準ずる行動" 以外の活動や思考が乱されている、と言っていたね。あれは具体的にはどういうことだい?」

 

 「簡単な話だ。ようするに、性的欲求が目的のこと以外の活動が阻害されてんだよ。魔術回路や体性神経(たいせいしんけい)を直接的に乱してるのさ。まともに魔力を捻り出せねぇのはそういうこった」

 

 先ほどメイヴと対面した際、藤丸くんやわたしたちがほとんど抵抗できなかったのは、そういう理由だったのか。

 

 「……では、そもそも。彼女の、女王の目的はなんなのですか?」

 

 「さて。根っこのところまではオレにもわからん。だが、表面的なことならわかる。ようするに、()だ」

 

 それは───、

 

 「…長話もこの辺にしとかねぇとな。悪いが、オレはお喋りをするためにここへ来たんじゃない。女王メイヴの命令(・・)で、"アンタを連れてくるよう" に言われたんだ」

 

 そう言って、クー・フーリンはわたしのことを指さした。

 

 

 

 クー・フーリンに連れられて、ナイトクラブ・コノートの最上階、VIPルーム───女王の部屋の前へと案内される。

 

 

 「…………、」

 

 「アンタ、随分と元気がないな」

 

 クー・フーリンはそう言って、俯きがちだったわたしに振り返る。

 

 「…それはそうでしょう。だって、これからなにをされるのか、薄々わかってきましたから。…わたしは、彼女には勝てない」

 

 そう言いながら、わたしは手枷で後ろに繋がれた自分の手をぎゅっと握った。

 

 「どうだかな。"恋" ってのは、結局は出たとこ勝負だ。どんだけ下準備をしていようが、勝利を確信している奴ほど足を(すく)われるもんだ」

 

 そう言って、クー・フーリンは後ろに回り込んで、わたしの手に何かを握らせた。

 

 「え?……石?」

 

 手の感覚は、ちょうど手のひらに収まるくらいのサイズの石ころだと認識していた。

 

 「一方的に見せつけられんのは、不公平だろ?……頭にきたんなら、一発くらい石を投げたってバチは当たらねえよ」

 

 

 そうして、扉は開かれる。

 わたしは臆せず進み、負けられない───いや、負けたくない戦いへと一歩を踏み出した。

 

 

***

 

 

 ──────時は、数刻だけ遡る。

 

 

 「っ──────、あれ?」

 

 目を覚ますと、自分───藤丸 立香は、誰かの部屋のソファに寝かされていた。

 

 「ようやく目が覚めたかしら、藤丸」

 

 声のした方向へと振り返ると、そこには窓に映るオークニーの煌びやかな街並みを背景に(たたず)む、メイヴの姿があった。

 

 「あ──────、」

 

 ここまでの経緯を思い出した。

 自分はメイヴの常夏領域によって思考を乱され、そしてこの部屋まで連れてこられたのだった。

 

 「メイヴ、君の真意はわからないけど、こんなことは──」

 

 「ねえ、あなた。あのティターニアって子のこと、どう思ってるの?」

 

 「──────は?」

 

 思ってもいなかった質問で、つい間の抜けた声を上げてしまった。

 

 「いいから、答えなさい」

 

 「どうって、一緒にこの特異点を修復しようとしてくれている仲間……だけど…」

 

 「はぁ、そんなことだろうと思った。…でもまぁ、別にいいわ。あなたがそういう人だってことは、私もあの子もわかってるだろうし」

 

 そう言ってメイヴは、脇にあるガラスのテーブルの上に置いてあったワイングラスをもち、そのままワインをひと口飲んだ。

 

 なんだか、先ほどまでの彼女とは違い、どちらかと言えば、"いつも通りの彼女" の印象を抱いた時、ふと自分の身がなんともないことに気がついた。

 

 「あれ?身体が熱く、ない……?」

 

 「ええ。今だけあなたは、私のグッドルッキング会員にしてあげてるの。……でも安心なさい。あの子がここに来たら(・・・・・・)、元の(ケモノ)に戻してあげる」

 

 そう言って、メイヴは妖しく微笑んだ。

 

 「あら。噂をすれば、ね」

 

 メイヴのその言葉とともに、背後の扉が開く音がする。

 

 「じゃあ、お喋りはおしまい」

 

 ぱちんと、メイヴは自らの指を鳴らした。

 

 途端───、メイヴの常夏領域の影響を受け、身体の力が抜けた。

 

 

 「いらっしゃい。お名前を聞いてもよろしくて?そこのお嬢さん」

 

 「自分から呼び出したくせに、名前を知らないなんて冗談でしょう、女王様」

 

 「生意気な口ね。自分の立場がわかっていて?ティターニア」

 

 二人は無言で睨み合う。

 

 

 「…ふん、理性的な会話がしたかったから、今だけあなたへの常夏領域は解除してあげてたけど、よく見たら、あなた随分とみすぼらしい格好をしているのね」

 

 「えっ───、」

 

 「そのセーラー服っぽい衣装、まさに田舎(いなか)出身って感じでよく似合ってるわよ?…アクセサリーのひとつも付けていないし、それじゃあ堕とせる男も堕とせないでしょう」

 

 メイヴは畳みかけるようにティターニアの格好を評価していく。

 

 「極めつけに、なんなのその芋臭い麦わら帽子は!どうせならもっと鍔広(つばびろ)でセレブ感のあるやつにしなさいよ!…それかキャスケット!あなた絶対キャスケットの方が似合うわ!」

 

 「──────、」

 

 それを聞いたティターニアは石のように硬直し、もはや何も言い返せなくなっていた。

 どうやら今のメイヴのファッションチェックが、思っていた以上に彼女へダメージを与えたらしい。

 

 「図星ね。自分でも理解しているのなら賢明よ?……それじゃ。今度はどうして私があなたを呼びつけたのか教えてあげるわ」

 

 メイヴは硬直したティターニアへと歩み寄り、意地の悪い笑みを浮かべて彼女の顔を覗き込んだ。

 

 「純愛の鐘を鳴らすには、あなたと藤丸、二人が揃っていないとできないんでしょう?…だから私が気を使って、すぐに鐘を鳴らせるよう(・・・・・・・・・・・)呼びつけてあげたの」

 

 「──────!」

 

 「あなたはね?ただそこに突っ立って見てればいいのよ。藤丸が私を抱いて、純愛の鐘が出たらあなたの出番。ほら、親切でしょう?」

 

 そう言って笑うメイヴの表情は、この上なく邪悪だった。

 しかし今の自分には、その表情すら蠱惑的(こわくてき)に映る。

 

 「わかったのなら、そこで私の美しい肢体(したい)を目に焼き付けておきなさい」

 

 メイヴは振り返り、そうして足の力が入らず床に尻もちをついた自分を起き上がらせた。

 

 「ほら、藤丸。こっちに来て?」

 

 (いざな)われるように、オークニーの街が一望できる窓際まで引き寄せられる。

 

 「さあ、今あなたの目に映る景色の中で、最も美しいものはなぁに?」

 

 メイヴの甘く蕩けた瞳へと吸い込まれるように、視線を逸らすことができない。

 

 「──────っ!」

 

 思わず、窓に両手をつく。

 

 「…あら、壁ドン?今のは少しトキメいたから、口づけ(・・・)は "あなたから" なさいな」

 

 そう言って、メイヴは瞳を閉じる。

 視界には、瑞々(みずみず)しくも妖艶な彼女の桃色の(くちびる)だけが映った。

 

 自分はそのまま───、

 

 

 

 

 

 

 「…………………………藤丸くん。死にたくなかったら、三秒以内に頭を下げてください」

 

 

 

 

 

 「──────!」

 

 ──────全身の毛が逆立つ。

 今自分の背後から感じるのは、この島を、いやなんならこの特異点を滅ぼしかねんほどの殺気だった。

 

 これは理性とか情欲とかそういう話ではない。

 生物としての(ことわり)。絶対的な死を恐れる生存本能によって、三秒以内と言わず一秒、いや神速で頭をさげた。

 

  

 「さっきから黙って聞いていれば、やれ芋臭いだの田舎出身だの……」

 

 ティターニアの身体が、軽やかに(ひるがえ)る。

 

 

 「───こちとら生粋(きっすい)の、(せかい)内海(ふるさと)出身じゃぁあ!!こぉの容姿と自信だけが取り柄のビッチ野郎ぉぉぉおおおお!!!!!!!!」

 

 

 激しい怒号とともに、

 流星の如く放たれるオーバーヘッドキック。

 蹴り穿(うが)たれた石ころは、その音速の軌道を描く最中で、円形のチーズ(・・・・・・)へとその姿を変貌させた。

 

 

 「──────へっ?」

 

 

 ──────憐れ。

 慢心した夜の女王は、間の抜けた声とともに瞼を開く。

 

 その視界に映るは、

 己が宿命の因果に他ならない───!

 

 

 「チ、!?─────────(いた)ァ!!!!」

 

 

 盛大におでこへクリーンヒットし、メイヴは気絶する。

 

 

 「……私の勝ち(ゲームセット)です。女王様。」

 

 

 わずか数秒の出来事。

 勝利を確信していたはずの女王は、そうして大地へ沈んだのだった。

 

 

***

 

 

 「あっ、目を覚ましましたよ」

 

 自分たちの目の前で、この島の女王が起き上がる。

 

 「……え、なによ、これ───!」

 

 オークニーの女王───メイヴは、後ろ手に繋がれた手枷をがちゃがちゃと抜け出そうともがく。

 

 「悪いね。数時間前までキミが僕らにしていたことの仕返しだ。その牢屋、床暖房のひとつでも導入することを勧めるよ」

 

 今、自分たちはメイヴをナイトクラブ・コノートの地下牢に閉じ込め、鉄格子越しに取り囲んでいる状態だった。

 

 「ふん、拘束をしたからなに?これで勝ったつもりなのかしら?」

 

 「おいおい、この状況でまだ威張る気なのかよ…」

 

 「当たり前です!私、まだ負けてないから!……ていうか、あなたたちどうして平常心を保っているの。この私が拘束されているのだから、三人くらいは襲ってきてもおかしくないと思ったのだけど?」

 

 「どんだけ肝が据わってるんだこの女王は…」

 

 「よぉ、悪ぃなメイヴ。今この地下室は、オレのルーンで保護させてもらってんだ」

 

 自分たちの後方の壁に背を預け、腕を組んでいたクー・フーリンが手をあげてそう言った。

 この地下牢に来てから自分も知ったが、まさかアイルランドの光の御子と呼ばれている彼まで召喚されていたとは、少し意外であった。今回は特異点Fで出会った時と同じく、キャスタークラスでの現界のようだ。

 

 「クーちゃん!?……そう。あのチーズはあなたの差し金だったってコト。あーあ、やっぱり、あなたにおつかいを頼むんじゃなかったわ」

 

 「心外だな。互いに切り札をもった、公平な決闘場を設けてやっただけだぜ?」

 

 メイヴはそれを聞いて、不服そうな顔を浮かべた。

 

 「メイヴ、君には悪いけど、俺たちはこの特異点を修復するためにここへ来ているんだ。鐘を鳴らさせてくれないか」

 

 膝をおり、メイヴと同じ目線の高さで頼み込む。

 

 「……………、」

 

 「お次は(だんま)りか」

 

 村正は面倒くさそうに頭を搔いた。

 

 「………鐘なら勝手に鳴らして構わないわ。でも場所は教えない。あなたたちが自分で見つけなさい」

 

 メイヴはそっぽを向いたまま、そう答えた。

 

 「…え?鐘はメイヴ殿がもっているのではないのですか?」

 

 「ガレス、お前あの言葉 本気で信じてたのか?……鐘はこの島の霊脈と通じる触媒みたいなもんだ。女王が個人的に抱えられるもんじゃねえだろうよ」

 

 冷静な思考ができる故の考察をする村正。

 なるほど。ではあの時に自分へ言ったことは、情欲に陥れるためのハニートラップだったわけか。

 

 

 「…………わかった。手間はかかるが、鐘は僕らで探そう」

 

 「いいんですか、ネモ船長?」

 

 「女王本人がこの様子じゃ、僕らが何を言っても意思は固いだろう。…けれどメイヴ、キミには僕らが鐘を見つけ出すまでここにいてもらう。それでも、構わないね?」

 

 「…………ええ。女王が表側に不在であれ、この情熱と甘味の街 エディンバラはまわるようにできています。直前のアポで十日間バカンスに行ったって誰も困らないわ」

 

 いや。それは単純に引き止められないだけでは。

 

 

 「よし。そうと決まればここからは鐘の場所を捜索するための調査だ。クー・フーリン、キミにも協力してもらいたい」

 

 「まあ、ほぼ負けみてぇなもんだしな。女王を人質に取られてんなら、大人しく従うのが従者の役割だわな」

 

 そこは助け出すのが従者の役割では?…と言いかけたが、協力してくれるのはありがたいので、ぐっと堪えた。

 

 「けどよキャプテン、この島の常夏領域は今も発動してやがるぞ。ここはクー・フーリンのルーンで思考はなんともねぇが、街の中はそうも言ってらんねえだろ。……この女王様は解除なんてしてくれなさそうだしな」

 

 「ああ、そのことでクー・フーリン、キミに頼みがある。今使用しているこのルーン、なんとか移動用に工夫することはできないかな?」

 

 なんと。そんなことができたらかなりの便利アイテムである。

 

 「……できないことはない。だが携帯式にするとなりゃ、もって二時間ってとこか。途中で切れた時は保証できねぇぞ」

 

 できるのか。

 

 「構わない。そうと決まれば、一時間半おきの交代制で街の調査をしよう。戦闘はないだろうけど、念の為、二人一組のペアで行こう。…僕とガレス、立香と村正、ティターニアとクー・フーリンだ」

 

 「なら、急がねえと朝になっちまうぞ。この島は夜しか起きない街なんて言われてるくらいなんだ。情報収集は早めにしねえとな」

 

 「ああ。交代のタイミングで、クー・フーリンには新しい保護ルーンの作成を頼みたい。…最初の調査に関しても、キミたちのペアに頼んでいいね?」

 

 そう言って、ネモ船長はティターニアとクー・フーリンを交互に見る。

 

 「わかりました。では、さっそく行ってきます」

 

 「おう。初っ(ぱな)から見つけても文句言うなよ」

 

 そうして、ティターニアは地下室から出ようとして階段に向かうも、その前で立ち止まった。

 

 「ティターニア……?」

 

 振り返った彼女は、牢屋の中で不貞腐れているメイヴを見て、しばしの沈黙のあと、何も言わずに階段を昇っていった。

 

 

***

 

 

 街は、変わらない煌びやかさを保っている。

 わたし───ティターニアは来た時と同じように、再び呆気に取られてしまった。

 

 「すげぇだろ。ここの島の人間は、とにかく活気に溢れてやがる」

 

 華やかな衣装や鞄が入口のショーケースに飾られたブティック、高級そうな外観を保ったレストラン、陽気な音楽が漏れ出ているクラブハウス、そして───、

 

 「あれが気になるかい?…メイヴもお気に入りでな。この街で一番のチョコレートの専門店だ。店の名前は、ノクナレア(・・・・・)

 

 「え──────、」

 

 そうしてクー・フーリンはその店に向かっていく。

 

 「ちょっと!寄り道している時間はないんじゃないの?」

 

 「寄り道ぃ?れっきとした情報収集だろ。それに、甘味のひとつでも食っとかねぇと頭が回らねぇしな!」

 

 そう言って、クー・フーリンは笑いながら店へと入っていった。

 

 

 「ほおおぉぉぉぉぉ……」

 

 お店の中に並んでいたのは、輝かしい宝石のようなチョコレートたちだった。色合いはもちろんのこと、その形まで多種多様なものたちが揃えられており、何も知らずに入店したらジュエリーショップだと勘違いしてしまいそうな光景だった。

 

 「失礼、店の兄さん。この島で鐘を見たことはねえかい?」

 

 わたしがチョコレートに目を輝かせていると、後ろでクー・フーリンが店員に聞き込みをしていた。

 というかそもそも、彼は女王の従者だというのに、鐘の場所を教えてもらっていないのだろうか。

 

 「申し訳ございません。私にはなんとも…」

 

 「ま、オレが知らねえんだから、普通はそうだわな。この街の人間はみんな知らねえだろうさ。……ああ、あと、そこの嬢ちゃんが眺めてるもんを一つ頼むわ」

 

 

 二人の会話の内容はよく聞こえなかったが、店の中で楽しげに会話をする二人組の女性の話はよく耳に入った。

 

 「このチョコレート、前にも食べたけど本当に美味しかったわよ」

 

 「本当?じゃあ私も買ってみようかなぁ」

 

 「ああでも、カロリー高いから。自分で食べる分には、ほどほどにしないと太るわよ?好きな人に贈るなら、これしかナシ!」

 

 

 「─────────あれ?」

 

 その姿を見て、わたしはあることに気がついた。

 

 

 

 ──────しかし結局、

 鐘については大した情報を集めることができずに、わたしたちの番は終わった。………とても街を観光してただけなんて言えない。

 

 

 

 そうして次はネモくんとガレスちゃんの番になった。

 

 

 「んじゃ、このルーンを刻んだ石をひとり一個もっとけ。なくすんじゃねえぞ。ついでにこの街で使える通貨も渡しておいてやる。金で買える情報があるかもしれねえからな」

 

 クー・フーリンが精神保護のルーンをかけた石と調査用の資金をネモくん達に手渡す。

 

 わたしたちは今、ナイトクラブ・コノートにある使われていない個室で、自分たちの番がまわるまで休んでいる状態だった。

 この部屋も地下室と同じように、ルーンの保護がなされていた。

 

 

 「ん?どこ行くんだ、ティターニア」

 

 こっそりと部屋を抜けようと思ったが、村正に見つかる。

 

 「ちょっと、女王の様子を見てこようかなって…」

 

 「…そうかい。まぁ構わねえが、何時間も拘束されて向こうも気が立ってるだろうしな、あんまりちょっかいかけんなよ」

 

 どっちの味方なんだ、この男は。

 

 とりあえず適当な相槌(あいづち)ではーい、と言って、そのまま部屋を出る。

 

 「…………よし。」

 

 目的地は地下室。囚われの女王と面会するために、ひとつの箱(・・・・・)を持って駆け足で階段へと向かった。

 

 

***

 

 

 「………なにしに来たの、あなた」

 

 女王は露骨に不機嫌という顔を浮かべていた。

 

 「よかった。寝てたらたたき起こしてやろうと思ってたから、手間が省けた」

 

 「あなた生粋のドS(エス)!?これでも囚われの身なんですけど!」

 

 「しってる。だからお腹空いてるだろうと思って」

 

 もってきた箱を開く。

 それは、先ほど街を観光───いや調査した際にクー・フーリンが買ってくれた、たくさんの "一粒サイズのチョコレート" がはいったケースだった。確か、ボンボンショコラだったか。

 

 「あなた、それ──────、」

 

 「チョコレート専門店で買った一番の人気商品!"妖精の宝石箱(フェアリー・マイラブ)"!…女王様も好きなんだよね?ポップのオススメで書いてあったよ」

 

 「別に、そんなことありません!情報操作です!」

 

 そんな女王へ。

 はい、とその中から一粒摘んで、鉄格子越しに彼女へ差し出す。

 

 

 「…………………いらない、」

 

 

 女王は不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

 「そうなの?美味しいのに」

 

 そう言ってわたしは、渡しそびれたチョコを自分の口に運ぶ。

 

 「ん!なにこれ、すごい口溶けがよくて滑らか!口に入れた途端、一瞬で溶けていっちゃった!」

 

 「は?…あなたガナッシュも知らないの?」

 

 「がなっしゅ…?」

 

 わたしの言葉を聞いて、彼女はため息をついてから説明をし出した。

 

 

 

 

 「…それはプラリネ。ナッツ類をペースト状にして砂糖と絡めたものよ」

 

 「へぇ!…じゃあ、このゴツゴツしたヤツは?」

 

 「…それはロシェ。アーモンド類で岩を表現しているの。食べ応えがあって…って、まだ説明途中なのに次のに手を伸ばさないの!」

 

 「あはは、ごめんごめん、美味しいから止まらなくって!…これは?これはなんて言うの?」

 

 「はぁ…それはマジパン。見た目のジャンルが豊富で飽きないから、私も一番のお気にいり……むぐっ!?」

 

 呆れたように目を閉じて解説を続ける、油断した彼女の口へ、そのチョコレートを突っ込んだ。

 

 「…………どう?美味しい?」

 

 彼女はもぐもぐとよく味わって、ごくんと飲み込んだ後、

 

 「…………………………、美味しい」

 

 頬を赤らめてそう答えた。

 

 「ほら!やっぱり好きなんだ!わたしの知り合いにそっくり!」

 

 「知り合い………?」

 

 彼女は(いぶか)しげな表情を浮かべた。

 

 「うん。わたしのライバル。……はじめから女王として(・・・・・)生まれてきて、でもその責任を "自分から" 背負うことを選んだ妖精(ひと)。欲張りでワガママで、いつも偉そうにふんぞり返って高笑いして、おまけに人の話は全く聞かない、自分の夢に向かって突っ走る、バチバチした嵐みたいな子だったけど」

 

 ここではない、いつかの星空を思い出す。

 

 「…………それでも。

 わたしにとって大切な、最初の友達(・・)だったんだ」

 

 

 

 

 「…………………しってる(・・・・)。」

 

 

 

 「え──────、?」

 

 その言葉に、

 わたしは頭の理解が追いつかなかった。

 だって彼女は汎人類史の───、

 

 「ここではない異聞の地、私と同じ容姿をした妖精の話、でしょ?……その話なら、この特異点に召喚された時に、ローマの女神から見せられたわよ」

 

 アムール神が、女王メイヴに彼女(・・)のことを…?

 

 「一人の少女の、女王の人生をね。…けど、それがなに?その子がどんな人生を歩んで、どんな交友関係を結ぼうと、その子はその子(・・・・・・・)でしょ。()じゃない。だからもしあなたが、私のことをその子に重ねて、こうして気を使っているのなら、迷惑だからやめてちょうだい」

 

 女王は、さきほどまでとは打って変わって、冷たい眼差しを向けていた。

 

 ───ああ。その通りだ。

 今わたしの目の前にいる彼女は、わたしの知っている彼女(・・)じゃない。"女王メイヴ" の人生も、彼女の人生も、他ならぬ彼女たちだけのものだ。誰かに似せられたものじゃない。

 

 

 だからこそ眩しい。

 辿った道筋は違くとも、そのまっすぐな生き様だけは同じだと、今の言葉が物語っていたからだ。

 

 「……うん。女王様の言う通り。あなたはあなただよ。でもひとつだけ教えて。街の住人たちに、"誰ひとりとして常夏領域を使っていない" のはどうして?」

 

 「──────、」

 

 そう。彼女は常夏領域を使っていない。いや、より正確に言うならば、部外者(・・・)であるわたし達を除いて、街の住人たちはみんな彼女の常夏領域の "影響を受けていなかった"。

 

 「さっき調査のために街を散策した時に気づいたんだ。街にいた人たちは、誰も情欲に溺れてない(・・・・・・・・)って」

 

 わたしがチョコレート店で見かけた女性たちは、なんてことのない、他愛のない会話をしていたのだ。

 

 「"グッド・ルッキング会員" だっけ?…あなたはこの街で暮らす住人全員(・・)を、それに所属させているんでしょう?」

 

 はじめて街に訪れた時、彼女は常夏領域を解除していた。それは紛れもない事実だろう。

 しかし、今は違う。常に発動しているはずの常夏領域が、なぜか部外者である自分たちにしか適応されていなかった。その答えをあげるとするならば、ひとつだけだった。

 

 「…………そうよ。この街にいる人間は、みんな私と同じ。常夏領域の影響を受けていません。けれど、勘違いしないで。いつでも私の任意で、街の人間も獣にできる」

 

 「でもあなたはそうしなかった。それはどうして?」

 

 「"情欲" が引き立てるものは()よ。互いに肉体関係を結んで、快楽と信頼を得る。…でもそれは()じゃない。恋において、情欲っていうのは、最後の "決め手"。はじめから溢れてちゃいけないものなのよ」

 

 ───女王は語る。

 恋における情欲とは、多くの出逢い、トキメキ、困難を乗り越えた先に生まれるモノだと。だからこそ、はじめから溢れてはならないものなのだと。

 

 「でも、この島の常夏領域は、あなたが敷いたものじゃないの?」

 

 「いいえ。この島の常夏領域は、はじめから(・・・・・)あの愛の女神に敷かれたものでした。私には変える手段はなかったわ」

 

 アムール神が、この常夏領域をつくった?

 

 「私はそれが気に食わなかった。夏が情欲の季節だというのは納得したわ。でも、そこに()がなければ意味がない。だから私は自分の身を使って、自由に情欲を解放できる街へと作りかえたの」

 

 そうだったのか。では、彼女は本当に、"恋のため" にこの島を維持していたということか。

 

 「………ならもうひとつだけ。聞いてもいいですか、女王様」

 

 彼女は目配せだけでそれを許可した。

 

 「なぜ。この街にはエディンバラ(・・・・・・)という名前を名付けたの?」

 

 情熱と甘味の街 エディンバラ。

 そして、彼女が最もお気に入りだというチョコレート専門店の名前は───、

 

 「言ったでしょう。私は私。…………でも。恋に焦がれた一人の少女を知りました。夢を追った女王の結末を知りました。知った以上は、私は私として、その少女へ手向けの花を贈るわ」

 

 女王は(ほの)かに微笑む。

 

 

 「この街はね、私から彼女への贈り物(・・・)。誰もが平等に、恋ができる楽園。裏切りのなき都市。彼女が夢見た、"恋をするため" の北の城塞(おうこく)よ」

 

 

 「──────、」

 

  

 この女王の在り方に、

 わたしは思わず呼吸を忘れていた。

 

 「だから私は、この常夏領域を、私の判断で使って背中を押してあげてるのよ。…幼気(いたいけ)な少年少女たちが、大人の男女に変わるための、最後の一押しのためにね?」

 

 ───ああ。本当に。

 勝てないなあ。わたしには。

 

 

 「あ──────、」

 

 真面目な話をしていたら、お腹がぐぅ、と鳴った。

 サーヴァントでありながら、日常的に食事をとるようにしていた弊害(へいがい)だろう。

 

 「あなた、現在進行形でチョコ食べてるでしょ!?」

 

 「中途半端に食べると逆にお腹が空くんですー!」

 

 そう言いながら、手元のチョコを取ろうとしたが、既に箱の中は空っぽになっていた。

 

 「あれ、もうなくなっちゃった。一個ずつしか入ってないのが、玉に(きず)だね、これ。どうせだから、女王様のお気に入りのやつ、わたしも食べたかったなあ」

 

 わたしのその言葉を聞いて、彼女は目を丸くした。

 

 「あなたが自分から私に食べさせたんでしょうに。………それと、女王様じゃなくて、メイヴ(・・・)でいいわ」

 

 「え?女王様、今なんて……?」

 

 彼女は照れくさそうに、頬を赤らめる。

 

 「だ・か・ら!呼び捨てでいいって言ってるの!」

 

 「じゃあ、友達になってくれるってこと!?」

 

 わたしは嬉しくて、ついメイヴ(・・・)にぐっと顔を寄せる。

 

 「っ───!で、でも勘違いしないで!私はあなたの知り合いの子とは関係ないから!私は───、」

 

 「"私は私"。でしょ?……あなたはメイヴとして(・・・・・・)、わたしと友達になってくれるんだ」

 

 メイヴはさらに照れくさそうに顔を赤く染めた。

 自分ではわからないけど、わたしもきっと、すんごい赤くなってる気がしている。

 

 「あ───!ここにいたんですね、ティターニアさん!」

 

 そんなわたしたちの下へ、三人目の少女がやって来る。

 

 「ガレスちゃん!?あれ、もう調査終わったの?…うそ、一時間以上話し込んでたってこと!?」

 

 「はい!今はちょうど村正殿とマスターが巡回しています!………それで。これは他の皆さんにはご内密なのですが、」

 

 ガレスちゃんは手を後ろに回したまま、忍び足で、こちらまで寄ってくる。

 

 「じゃーん!チョコレート専門店一番の人気商品!"妖精の宝石箱(フェアリー・マイラブ)" です!皆さんに内緒で買っちゃいました!一緒に食べませんか?」

 

 

 それを見て、メイヴと二人で目を見合わせる。

 

 「「──────ぷっ、」」

 

 「「あはは、あははははははは!!!」」

 

 思わず。

 はしたないくらいの大笑いをした。

 

 「え!?なんで笑ってるんですか、二人とも!ズルいですよ!私にも教えてくださいよー!!」

 

 

 

 そうして。

 ひとしきり笑ったわたしたちは、他愛のない話をしながら、ガレスちゃんがもってきたチョコレートをつまんだ。

 

 

 そして──────、

 

 

 「ねぇあなた、藤丸とはどこまで進展しているの?」

 

 「い、いきなり何言ってんの!藤丸くんとは、なんでもないって!」

 

 「うそ。ハッキリと顔に出てるわよ、あなた」

 

 「人を顔で判断するのは良くないと思いますー!そういうメイヴは恋人とかいるんですかー!」

 

 「まだ恋人…ではないけど、追いかけている人ならいるわ!ワイルドで、クールで、もうぜんっぜん私に(なび)かない生意気な男だけど!」

 

 「えっ、メイヴ、クー・フーリンがタイプなの?なんか意外…」

 

 「急に(しら)けんな!人の勝手でしょうが!」

 

 そんなわたし達のやり取りを、ガレスちゃんは交互に見ながら笑っていた。

 

 「…で、結局どこまで進んでるのよ。わざわざ焚きつけてあげたんだから、教えなさいよ」

 

 その言葉で、なぜ最初に彼女がわたしたちへあのようなことをしたのかを察した。

 

 「……そっか。メイヴには申し訳ないけど、別に全然進展とかしてないよ。…一緒に遊園地に行ったり、絶景を見たり、悪い竜を倒すために冒険したくらい。メイヴの方が、恋に関しては上だよ」

 

 それを聞いたメイヴは目を丸くした。

 

 

 「………バカね。羨ましいくらいに、()を堪能しているわよ、あなた」

 

 

 「え………?」

 

 

 「………私の負け(・・)ってコト。これ、あなたにあげるわ」

 

 

 唐突にメイヴのお腹のあたりが光り出す。

 

 「な、なな、何事ですかー!?」

 

 ガレスちゃんも状況がよく掴めずに驚いていた。

 

 輝き出した腹部からは、こぶし大の光の玉が現れ、やがてそれはその姿を "純愛の鐘" へと変貌させたのだ。

 

 「鐘、本当にメイヴがもってたの───!?」

 

 「はじめからそう言ってたでしょう。私、しょうもないウソはつかない主義だから」

 

 だいぶ前に、"チョコは好きじゃない" という、しょうもないウソをついていた気がしたけど。

 

 そうして、鐘は再び光の玉に戻り、今度はわたしの中へと吸い込まれていった。

 

 「え───!?ど、どうするの!これ!?」

 

 「あなたが出そうと思えば出せるわよ。でも、今ここで出したって意味ないんだから、ちゃんともっていきなさい(・・・・・・・・)。一人じゃ鳴らせないんでしょ?それ。……だったら、今からどこへ向かうべきか、わかるわよね?」

 

 メイヴの眼差しは、どこか優しさに満ちていた。

 

 「──────、うん。ありがとう、メイヴ」

 

 そうして、わたしは立ち上がり階段へと向かう。

 

 「───と、そうだ!ガレスちゃん!チョコ美味しかったよ!また後で戻ってくるから、今度はみんなで食べよう!」

 

 振り返って、もう一人の友人へと礼を伝える。

 

 

 ──────わたしはそうして駆ける。

 この暗がりの空の中、どこにもない鐘を探しまわっている、わたしにとって大切なひとの場所へと。

 

 

***

 

 

 もうすぐ日が昇る海岸を歩く。

 自分───藤丸 立香は、純愛の鐘を探してオークニーの島の東海岸を散策していた。

 

 「錫杖(しゃくじょう)を振ってもめぼしい反応はなし、か。…やっぱり、どうにかしてメイヴから聞き出すしかないかな…」

 

 「藤丸、街の中央に戻る時間を考慮すると、そろそろ帰らねぇとルーンが切れるぞ」

 

 村正が手元のルーンの光具合をみて判断する。

 

 「うん。あの端のヤシの木のところを調べたら俺も戻るよ。先に帰ってても構わないよ、村正」

 

 「そうかい?一人にするのは心配だが、まあ魔獣もいねえし大丈夫か」

 

 村正に手を振って、一人最後のポイントを調べようとした時、

 

 

 「藤丸くん──────!」

 

 

 ティターニアが、息を切らしてやって来ていた。

 

 「あれ、どうしたの?もしかして交代の時間過ぎてた?」

 

 「いえ、そういうわけでは、なくて───、」

 

 ティターニアは深呼吸をして自らを落ち着けた。

 

 「純愛の鐘が見つかったんです。女王───いえ、メイヴがもっていたんです」

 

 「なんだって?」

 

 では。彼女は嘘をついていたわけではなかったということか。

 

 「はい。今は、ここにあります」

 

 すると、ティターニアの胸が唐突に光出し、そこから光の玉が現れ、やがて光の玉は自分たちもよく知る "純愛の鐘" へとその姿を変えたのである。

 

 

 「藤丸くん、わたしと一緒に、鐘を鳴らしてくれますか?」

 

 ティターニアは改めて、そう訊ねた。

 

 「───ああ。オークニーの鐘を鳴らそう!」

 

 

 二人で錫杖をもち、空へとかざす。

 

 これより訪れる朝日とともに、

 眠りについていく夜の街を、

 寝かしつけるような音色だった。

 

 

 鐘の音が、オークニーの空に響き渡る。

 

 

 

 「綺麗ですね……、」

 

 視界には薄紅色の朝焼けが広がっていた。

 水平線の向こう。遥か彼方から顔を出す太陽は、オークニーを照らしていた人工の光とは異なり、ただそこに"在る"というだけで、美しかった。

 

 

 「この朝焼けを、わたしはきっと忘れません」

 

 

 ティターニアが噛み締めるように呟く。

 

 

 「ああ。俺も忘れない──────、」

 

 

 

 

 

 二人で朝焼けをしばし眺めた後、

 街に戻ろうと(きびす)を返そうとして、ティターニアが砂浜に足を掬われた。

 

 「──────っと、わわっ!?」

 

 「ティターニア、危ない───!」

 

 

 ティターニアを助けようとして、そのまま二人倒れ込む。

 

 

 砂浜に仰向けで倒れ込んだティターニアの上に、

 跨った状態で彼女の顔の横へ両手をつく。

 

 

 「っ───、ティターニア、大丈夫?」

 

 

 その視界には、

 一人の少女の顔があった。

 

 

 「──────!ご、ごめ」

 

 ん と、言おうとした時、

 

 なぜか彼女の両手が自分の首の後ろに(・・・・・)巻かれた。

 

 「ティターニア──────?」

 

 

 

 

 「わたし、ルーンの石、忘れてきちゃったんです」

 

 

 

 「──────え?」

 

 

 

 「なので。もしかしたらまだ、この島の常夏領域(・・・・)が、残っているのかもしれません……」

 

 

 

 ──────そう言って。

 ティターニアに顔を引き寄せられる。

 

 

 "ねえ、あなた。あのティターニアって子のこと、どう思ってるの?"

 

 

 「──────!」

 

 よりにもよって、今。

 メイヴの言葉が脳裏に()ぎる。

 

  

 ティターニアの薄桃色の唇が、

 自らに触れる距離にまで近づく。

 

 

 「ティター、ニア、──────」

 

 

 

 

 「──────だから。これは仕方ないんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい藤丸!いま鐘の音が聴こえたってことは、鐘が見つかっ──────」

 

 

 

 「─────────あ、」

 

 

 「…………………………、」

 

 

 「っ……………………………………………………………………………………………………………………………………すまん、邪魔をした。続きをどうぞ」

 

 

 

 「────────できるか、馬鹿ァ!!!!」

 

 

 

 そうして。

 戻ってきた村正の闖入(ちんにゅう)で、幕を下ろした。

 

 

***

 

 

 他のみんなと合流し、オークニーの桟橋へと集まる。

 

 「にしてもまさか、本当にメイヴが鐘をもってやがったとはな…」

 

 村正は自分の考えが外れて所在(しょざい)なげに、ため息をついた。

 

 「街の全員に常夏領域の影響を受けさせなくして、その上で任意の相手だけ発動させる……よく考えてみれば、そんな高度な芸当をするには、確かに鐘そのものを自身に取り込むのが一番手っ取り早いね」

 

 「ええ。だいたい他人の敷いたルールに、この私が大人しく従うわけないでしょう。それが納得のいかないものなら尚更よ」

 

 メイヴはふん、と鼻を鳴らしてそう言った。

 

 「…相変わらずだな。お前さんはこうして特異点先に不本意で召喚されたって、自分を全うしてやがる。運命を追うんじゃなくて、運命を振り回す(・・・・)女。その一点に関しちゃ、オレも尊敬するぜ」

 

 「うそ!?クーちゃんがストレートに私を褒めるとか何事!?二割増で常夏領域の影響を受けさせてあげなかったのが、効いちゃった!?素面(シラフ)すぎて我慢の限界、みたいな!」

 

 「ちょいと褒めるとこれだよ!めんどくせぇ!」

 

 クー・フーリンは抱きつこうとしたメイヴを華麗に躱す。

 

 

 「ところで、さっきティターニアから聞いたんだけど、この島の常夏領域はアムール神が敷いたものっていうのは本当?」

 

 メイヴが敷いたと勝手に考えていた "情欲の解放" という常夏領域。

 しかしそれは、アムール神が強制させたやり方だという話だった。

 

 「…ええ。私が彼女の要望を蹴ったら、人が変わったようにこんなめちゃくちゃな置き土産を残していったわよ」

 

 「なんだか、きな(くさ)い話になってきましたね…」

 

 BBやヴリトラのように、自分で常夏領域を敷いたパターンと、ゴッホやメイヴのように、強制的に与えられたパターンの二つがある。ということなのだろうか。

 

 「てかよ、そんなに嫌だったなら、さっさと(オレ)たちに鐘を渡して、解除しちまえばよかったんじゃねえのか?」

 

 村正の指摘通り、最初から自分たちに鐘を鳴らさせていれば、ここまで時間を要さなかったのではないだろうか。

 

 「それじゃつまらないじゃない。せっかくの夏なんですもの。恋に "ライバル" はつきものでしょう?」

 

 そう言って、メイヴは愉快げに笑みを浮かべた。

 

 「最初に立香を誘惑したのはそういう理由か。…まったく。段々とキミという英霊の在り方がわかってきたよ」

 

 やれやれ、とため息をつくネモ船長。

 

 

 「メイヴ、あなたも一緒に、鐘を探す旅を手伝ってくれない?」

 

 ティターニアが、友人としてメイヴに一緒に来ないかと持ちかける。

 

 「……嬉しい誘いだけど。断らせてもらうわ。私のしたいこと(・・・・・)は、この街を維持することだもの。だから、あなたもあなたのしたいこと(・・・・・)をなさいな。与えられた "役割" じゃなくて、ね?」

 

 「………うん。わかった。ありがとう、メイヴ」

 

 そう言って、二人は互いを見つめ合ってしっかりと握手をした。

 

 

 「んじゃ、オレも一応はここに残るかな。…といっても、もう女王の補佐の任は終わったんだ。必要とあれば協力は惜しまないぜ、藤丸」

 

 「クー・フーリン…!」

 

 「すまない。人員不足となった時は、キミ達を頼らせてもらうよ。……みんな、ただいまの時刻をもって、オークニーの調査を完了とする!五分後、タイニー・ノーチラスの舵を切り、ロンディニウムへ帰投(きとう)だ!お疲れ様!」

 

 

***

 

 

 そうして船は、情欲の島 オークニーを後にする。

 

 夜しか起きない街、情熱と甘味の街 エディンバラは、朝焼けを浴びて眠りについていく。

 

 

 「行っちゃった………」

 

 メイヴはぽつりと呟く。

 

 「なんだ、本当は一緒に行きたかったのか?」

 

 そんな彼女の背中へクー・フーリンが声をかける。

 

 「ふん、当たり前じゃない。あんな楽しそうな旅」

 

 そう言って、メイヴは微かに笑った。

 

 「……でも。これはあの子(・・・)の夢。私がそこにいたら、端役(はやく)に落としかねないわ」

 

 「相変わらずの自信だなおい…」

 

 「だから私は、ここで彼女(・・)の夢を残すの。なんにせよ、この特異点で私がしたいことは、それだ!って決めたんだから」

 

 メイヴは去りゆく船に背を向け、クー・フーリンの方へと顔を向ける。

 

 「それはそれとして!私は、"私の恋" を追いかけるけどね!ほら、クーちゃん!もう女王の任は終わったんだし、ここからは恋人同士として、私とデートしない?」

 

 その言葉を聞いて、クー・フーリンは呆気に取られたような表情を浮かべた。

 

 「ったく、自由気ままな女王様だこと」

 

 メイヴは砂浜をスキップしながら駆ける。

 

 彼女の足取りは軽やかに。

 エディンバラの女王は、今日も自分らしく。

 この島で、一番華やかな女として過ごしていく。

 

 

 「けどよ メイヴ。この特異点は、ただ夢を見せるためだけの場所じゃなさそうだぜ。…悪趣味にも、その夢を利用しようとするクソったれが潜んでやがる。キャスターの霊基だと、どうにも(うたぐ)り深くなっちまうがな。純粋に鐘を鳴らさせたい(・・・・・・・・)のか、それとも鳴らしてほしくない(・・・・・・・・・)のか。……奴の目的は、一体なんなんだ」

 

 

 

 

 

 

 ─────────、四つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

 /『NUDE WOMAN』-了-

 




 
 
 まずはここまでお読みいただきまして誠にありがとうございました。面白かったと感想をくださる方もいらっしゃって、書き手としてはこの上なく嬉しいかぎりです。やる気が(みなぎ)ります。
 また、今回もかなりの長文のシナリオとなりました。段々とこれくらいの文量がデフォルトになりつつあって、申し訳ないです。
 
 さて。ここからはいつも通り、今回のお話の補足説明と小話をしていきたいと思います。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。
 
 
 今回のテーマは "情欲"。夏といえば、恋に胸を高鳴らせ、多くの出逢いにときめき、イケない橋を渡ってしまう季節でもあります。しかし生憎と、この作品はR-15小説。エッッな展開をほどよく抑えつつテーマを損なわない描き方をするのに、構想の段階で苦労しました。
 しかしいざ書き始めると、今回のメインである彼女のおかげで、すんなりと書き進めることができました。
 
 ・星4 セイバー メイヴ
 
 今回のアイランド・クイーン!今までの女王たちとは異なり、生粋の女王様のメイヴちゃん。既存の水着サーヴァントですが、この物語において彼女を出さないという選択肢はなかった。
 周知の通り、彼女はFGO第二部 第六章におけるエディンバラの"王の氏族"───ノクナレアと瓜二つです。ですので今回は対比ではなく、その在り方の類似点と生き様を描かせていただきました。
 物語中、彼女自身が鐘をもち、街の住人たちを "グッド・ルッキング会員" として自分の領域の影響を受けさせないようにしていたのは、"王の氏族" として、血も記憶も力も妖精たちに分け与えていた、ノクナレアの選択のオマージュになります。
 
 ちなみに今回の島の名前は、オークニー。これは妖精國と同じく、鐘を保有していた本来の氏族は "雨の氏族" だったため、この特異点の島の名前も鐘に由来してそっちになっています。
 しかしその上で、彼女はエディンバラという街を築き上げました。これは物語中でも語られた通り、ノクナレアという "少女であり女王" の人生を知ったメイヴが、彼女なりの敬意と手向けの花を贈りたかったからです。
 ただし、彼女が根城としているお店の名前はエディンバラではなく、 "ナイトクラブ・コノート"。これはどんな想いがあれ、「私は私だ」というメイヴの意志を示しているからに他なりません。
 
 
 ・星3 キャスター クー・フーリン(霊衣)
 
 三人目の霊衣サーヴァント、キャスニキだ!白ティーにダメージジーンズ、迷彩柄のワイシャツとトレッキングシューズ、加えて狼のネックレスと、圧倒的な野生(ワイルド)スタイル。Fate/hollow ataraxiaでのランサー───クー・フーリンの私服のイメージを残しつつ、キャスターの彼らしいバージョンアップをした見た目になりました。
 ちなみに物語中で話されていた通り、彼もカレンが招集したサーヴァントの一人です。その役割は自由奔放なメイヴのおもり。アンタいっつもコキ使われてんな。()
 
 
 ところで、物語中、なぜメイヴはクー・フーリンに対して常夏領域を使わなかったの?やっちゃいなよ!と疑問に思った方がいらっしゃるかもしれませんが、その答えとしましては、"手に負えなくなるから" です。アルスター最強の勇士の性欲。舐めたらアカン。
 …もう一つ理由を挙げるとするならば、彼の場合メイヴ以外にも手を出しかねないので……メイヴ的には、自分だけを見てほしかったのです。だからあえて使うことはしませんでした。乙女かな?
 
 
 他にも、冒頭でランスロットがオークニーに向かうことを嫌がっていた理由は、出生の気まずさからではありません。彼女は特異点に召喚されて早々、この島が情欲の島であるということを知って、マズイ場所だ!僕の専門外!と判断して飛び去ったからです。…決して情欲が解放されて、オーロラに会うべくソールズベリーの島へ直行したわけではありません。祝福(ギフト) 付いてるしネ!
 なので、同行を拒否したのも、その常夏領域を受けたカルデアのメンバー…特にガレスに何をされるか知れたものではなかったので、自分と彼女の貞操(ていそう)を守るために残りました。…早速 任務放棄とは怠慢だなランスロット。とは彼女の脳内 陛下の(べん)
 
 
 とまあ、このような感じで、今回の補足説明は以上となります。
 物語も起承転結の "転" にさしかかり、妖精國についての話題や、多くの登場人物たちが絡んでくるようになりました。鐘は、残り二つ。
 どうか次回の更新も楽しみにお待ちしていただけますと幸いです!ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました!
 


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第六節『奇麗』

 
 
 
 
 第六節目の更新となります。
 この物語は、FGO第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
 時間の許すかぎり、お楽しみいただけますと幸いです。
 


 

 

 

 ───()には、名前がありません。

 

 生まれた理由も、分かりません。

 

 狩りをするのが得意です。

 獲物の音には敏感です。

 

 耳がいいから分かります。

 

 だからあの日も駆けました。

 獲物に(たか)る邪魔者を消しました。

 

 その日も獲物にありつけました。

 

 

 ────いいえ。

 生まれた理由を見つけました。

 

 人を食べると怒るのです。

 人を食べぬと笑うのです。

 

 だから食べなくなりました。

 

 

 ────遠くで、"鐘の音" が聴こえました。

 

 耳がいいから分かります。

 

 

 

 

 第六節『奇麗』/

 

 

 「…ふーん。それで。結局、誰も彼女の領域による目立った被害はなかったわけか。僕の心配は杞憂だったかな」

 

 ソファに深く座るランスロットは、そう言って紅茶を上品に一口飲んだ。

 

 「ったく、他人事(ひとごと)だと思って。お前さんがちゃんといてくれりゃ、もう少しやりやすかったと思うんだがな」

 

 向かいのソファで胡座(あぐら)をかいている村正は、嫌味を放つようにそう言った。

 

 「いいや。僕がいても、さして状況は変わらなかったと思うよ。僕一人が無事だからといって、君たち全員の面倒をみれる訳ではないからね」

 

 

 自分───藤丸 立香たちは今朝、オークニーよりロンディニウムへと帰還し、こうして何事もなく夜を迎え、ランスロットへと土産話を話しているところであった。

 

 

 「ランスロットがいれば、あそこまでメイヴに弄ばれずに済んだのは事実だよ。次の島には、必ずキミにも同行して立香の護衛をしてもらう。…ジンベイザメと併泳(へいえい)するコガネシマアジのようにね」

 

 「それ、僕がサメでフジマルがシマアジの間違いじゃない?…まぁでも、構わないさ。残りの島は、そこまで警戒するようなところではなさそうだし」

 

 ランスロットは飲み終えた紅茶をテーブルの上に置いた。

 

 「残りの鐘は二つ…。どちらの島に向かうのか、ネモ殿はもうお決めになられたのですか?」

 

 ランスロットの斜め前に座っていたガレスが、そう訊ねた。

 

 「うん。…というか、実は選択肢はないんだ。先ほど片方の島の住人から言伝(ことづて)があってね。"鐘を五つ鳴らさなければ、門前払いにする" だとさ」

 

 鐘を五つ鳴らさなければ、入ることすら許さない島…?

 

 「なるほど。だから選択肢はない、のですね」

 

 「それで?次に向かう島はどこなんだい?」

 

 そうしてネモ船長は、最南の島であるロンディニウムから、やや西方にある島を指さした。

 

 

 「"美食" の島、オックスフォード(・・・・・・・・)。…そこに、五つ目の鐘がある」

 

 

 「美食の、島……?」

 

 一体どういった島なのか、ぱっとイメージを浮かべることができなかった。

 

 「今までの島とは違って、なんだがお腹が空いてくる名前ですね!」

 

 そう言ってガレスはお腹をさする。

 

 「あっ、ガレスちゃん。まだチョコ残ってるよ。食べる?」

 

 「食べます!」

 

 「あ!僕も貰っていいかい…!」

 

 うん。この食いしん坊 娘たちは置いておいて。

 

 「明日の朝に出発すんなら、あんまり夜更かしするわけにゃいかねえな。……おいてめぇら、さっき晩ご飯食べたんだから、ほどほどにしとけ!」

 

 「「えーーー?」」

 

 「えー、じゃありません。明日の朝ご飯を抜きにしていいんですか」

 

 完全に保護者 目線の村正である。

 

 「……まあ、とりあえず。村正の言った通り、出航は明日の朝だ。僕は船を少し点検してから眠りにつくから、みんなは遅くまで起きていないように。それからティターニア。………僕にもチョコをひとつ」

 

 「「キャプテン・ネモ!?」」

 

 

***

 

 

 タイニーノーチラスが、大海を超えてオックスフォードの島へと辿り着く。見上げた天は今日も澄み渡るほどの晴空だった。

 

 「ネモ船長、キャンプ道具一式、どうします?」

 

 「そのまま しまっておいて構わないよ。オックスフォードには宿もあるそうだからね。上陸の際には必要ないだろう」

 

 

 そうして船着場へと到着し、全員で島へと上陸する。

 

 

 「わぁ、あちこちで美味しそうな料理の匂いがしますよ!」

 

 ガレスがスキップをしながら街中を駆けていく。

 

 「メイヴのエディンバラほど煌びやかってわけじゃないが、この島の街も随分と賑やかじゃねえか」

 

 上陸してすぐに広がっていた街中には、そこら中に飲食店が立ち並んでいた。その種類は様々で、料亭に焼肉屋、ラーメン店からレストランまで、屋台(やたい)を含めるとその総数は数十種類にまで及んでいるように見えた。

 

 「ここの島のアイランド・クイーンは、よほど食いしん坊なのかな…?」

 

 ネモ船長がため息混じりにそう呟いた。

 

 「うん。さすがの僕も、ここまで揃えられると一周まわって冷静になって…………むむ、」

 

 冷静になってくると言いかけた手前で、お腹を鳴らすランスロット卿。

 

 「おいおい、ついさっき朝食を食ったばかりじゃねえ…………………おっ?」

 

 ん?今 村正のお腹が鳴らなかったか?

 

 「なんだ〜、ムラマサもお腹が空いているんじゃないか!ふふん、僕らに見栄を張って、おかわりしなかったのが(たた)ったかい?」

 

 ランスロットが意地の悪い笑みを村正へと向ける。

 

 「ば───!今のは(ちげ)ぇ!あえて空腹感を残しておくことで集中力を高めてだな…」

 

 苦しそうな言い訳である。

 

 「っ───!おい、キャプテンからも何か言ってやってくれ」

 

 思わずネモ船長へ助太刀を求める村正。

 

 「……………………、」

 

 「あれ、ネモ船長?」

 

 ネモ船長は何か深く考え込んでいる様子だった。

 

 「あの、藤丸くん。この話の流れだととても言いづらいんですけど、実はわたしも……」

 

 ティターニアが恥ずかしそうに、えへへとお腹をさすっていた。

 

 「え……?」

 

 言われてみれば、自分もなんだか無性にお腹が空いている。

 今朝 村正が作ってくれた朝食は、残さずしっかりと食べたはずだったというのに。

 

 「………立香。実は僕もその状態だ」

 

 先ほどまで考え込んでいたネモ船長が口を開いた。

 なんと。ということは今ここにいる全員が空腹状態だというのか。

 

 「ああああ"あ"!!もう我慢ならねぇ!おい、藤丸、手っ取り早くそこのレストランで何か食うぞ!」

 

 「賛成ー!珍しく意見があったね、ムラマサ!」

 

 ランスロットと村正を筆頭に、自分たちは街の手前にあった大きめのレストラン "マンチェスター" へと突入する。

 

 「…あれ?皆さん、その店に入られるんですかー!?私を置いていかないでくださいよー!」

 

 その後ろを、屋台を物色していたガレスが駆け足で追いかけてきていた。

 

 

***

 

 

 「美味い、なんだこれ美味すぎるぞ!」

 

 店に入ってから数分、あまりの空腹感に音を上げた自分たちは、大量の料理を注文。店からしてみれば、迷惑極まりない話である。

 しかし、有り難きかな。役二名ほどの大食漢(たいしょくかん)を従えた自分たちは、お残しだけはほぼないのだ。

 

 

 「ん〜〜、このニョッキという料理、村正殿の料理にも負けず劣らずの美味ですね〜!トマトのソースがよく絡んでいます!」

 

 「ああ、この牡蠣(かき)を氷に乗っけた盛り合わせも、見た目は引いたが味は美味(うめ)ぇ!これに関しちゃ、少しばかり(オレ)も見習わねえとな!」

 

 もぐもぐと料理を口に運ぶ。

 

 「ティターニア、このミートパイも美味しいよ!ほら」

 

 「ホ、ホントだ…、なんだこの料理、うっまぁ…!」

 

 みんな口々に料理の感想を述べてはまた次の料理を平らげていく。

 

 「……ん、にしても、どうしてこんな急にお腹が空いたんですかね、俺たち」

 

 「ああ。おそらくそれは…」

 

 

 「───失礼。お客様、追加注文をなさったミートパイに関してなのですが、お客様が過剰なご注文をなさったため、具材の方が品切れになってしまいました。この店のオーナーである()が、直々にお詫び申し上げます」

 

 

 店のオーナーと思われる人物が、テーブルの前までやって来ていた。

 

 「ああ、いえ。俺たちの方こそ急にこんな頼んで…って、あれ?」

 

 「おや、キミは……」

 

 「バ──────!」

 

 「ん?この島にいたのか、ガウェイン(・・・・・)卿」

 

 自分たちの前に現れたこの店のオーナーと思われる長身の人物は、自分たちの知らない女性… / …いや、時には対立し、時には頼りがいのある味方として、自分たちカルデアを助けてくれたセイバークラスのサーヴァント。ガレスやランスロットと同じく、円卓の騎士に名を連ねる太陽(・・)の騎士─── "ガウェイン" がそこにいたのである。

 

 「カルデア……?おまえたち、私の店でなにをしているんだ?」

 

 ガウェイン卿は呑気に食事をしている自分たちを見て、逆に困惑している様子だった。

 

 「あ……えっーと、一応 特異点調査中です…」

 

 「ね──────、」

 

 「ん、どうした……?」

 

 何かを呟いたガレスに対して、ガウェインが聞き返す。

 

 「姉様(・・)──────っ!!!!!」

 

 そう言って、凄まじい勢いでガレスがガウェインに抱きついた。

 

 「とぅわ!?……な、どういうことだ!?」

 

 突然の出来事に困惑するガウェイン。うんうん、そういえば二人は姉妹(・・)だったか。

 

 「君が"ガウェイン卿"だからだよ。そこにいる子は、円卓の騎士ガレスだからね。…残念だけど慣れるしかないよ」

 

 ランスロットはニヤニヤしながらそう言った。

 

 「そ、そういうことか。……陛下はまた無理難題をお任せになられたというわけか」

 

 そう言って、ガウェインは抱きつくガレスの頭を、ぎこちなさそうに撫でる。

 

 「…にしても、キミまで召喚されていたのは意外だったよ。この特異点がイングランドの地名を冠しているのと関係があるのかな」

 

 「さて。私もそこまでは。…けれど、呼ばれたのはそこのランスロット卿と同じ理由だ。なにせ私も、"常夏騎士" だからな」

 

 そう言うガウェインの格好は、黒いドレスの上に白いエプロンと、とても騎士という出で立ちではなかったが。

 

 「んで、その騎士様がなんで、こんな店のオーナーなんかやってるんだ?」

 

 「…そうだな。ここでは周りのお客様の目もありますから、場所を変えて話すとしよう」

 

 「おっと、ならせめて今ここにある料理を片付けてから…」

 

 そそくさと料理を口に運ぶランスロット。

 

 「………ところで。おまえたち、こんなに食べて金銭は問題ないのか?」

 

 

 「「「──────あっ」」」

 

 

***

 

 

 「──────まったく。無銭(むせん)飲食とは。私が店のオーナーでなければ、どうなっていたと思っているんだ」

 

 店の裏の従業員 控え室で、全員揃って正座をさせられる。さながら、不祥事をやらかして上司から問い詰められる部下のようだった。

 

 「………はい、反省しています」

 

 「しょうがねぇじゃねえか、とんでもねぇ空腹感だったんだ」

 

 口をとがらせて言い訳をする村正。

 

 「そこ。発言を許可した覚えはない。よく慎め、乞食(こじき)

 

 「乞食───!?」

 

 ガウェインの鋭い言葉が村正に刺さる。

 

 「そのことで、僕から一ついいかい?」

 

 ネモ船長が挙手をする。

 

 「……よかろう。発言を許可します」

 

 「では。…この島の常夏領域はもしかして、"空腹感の亢進(こうしん)"ではないのかい?」

 

 空腹感の亢進。

 つまり、必要以上に食事を摂ろうとしてしまう感覚に苛まれるということか。先ほどまで自分たちが感じていた異常な空腹感は、この島の常夏領域の影響なのか…?

 

 「──────その通りだ。故に、今回は多めに見ましょう。いわゆる"初見殺し"の事故ということで。ただ今をもって、おまえたちの罪を咎めるのは終わりとする。私も大人ですので」

 

 ネモ船長の真面目な指摘が、逆にガウェインの気を落ち着けさせたようだった。

 

 「なるほどね!あのムラマサがお腹を空かせていたのは、そういう理由だったのか!」

 

 ランスロットは合点がいったように手を叩いた。

 

 「なるほどね、ではない!お前は常夏領域の影響を受けないはずであろう、ランスロット!なぜ一緒になって食べていた!」

 

 「むむ、あんなに美味しそうな匂いがそこら中からしていたら、僕だって普通(・・)にお腹が空くとも。……竜だし」

 

 ランスロットは気まずそうに目を逸らす。

 

 「にしても、空腹感の亢進ねぇ。なんだって、そんな訳の分からねぇ領域を使っていやがるんだ、この島の女王様は」

 

 「いや、今までの前例を考えると、女王の意思とは無関係に敷かれた常夏領域の可能性もあるよ」

 

 一度敷かれた常夏領域は、その内容を変更することはできない。ゴッホやメイヴのように、カレンによって与えられたパターンかもしれないと、ネモ船長は考察した。

 

 「───いいえ。この島の常夏領域は、女王自らが敷いたものだ。もっとも、その努力も無意味(・・・)ではあったが」

 

 無意味…?それはいったい…

 

 「そんなことよりも、バ───ガウェインの話を聞かせてよ。どうしてお店のオーナーをやっているの? 料理得意ですよアピール?」

 

 ティターニアがガウェインへ食ってかかった。

 

 「ん?おまえは──────、」

 

 「ティターニアです。同じ質問を二度もさせないで、ガウェイン(・・・・・)

 

 しばしの沈黙のあと、

 

 「失礼、ある程度 理解しました。…それで、なぜお店のオーナーをやっていたのか、だったか」

 

 ガウェインは姿勢を正して椅子から立ち上がり、自分たちを見下ろした。

 

 「私は、この島で執り行われる大会(・・)に出場しなければならない」

 

 「はい?大会ってなんの……」

 

 

 「お話の途中失礼いたします、オーナー!週に一度来られる、女王様による試食のお時間です!何を提供いたしますか!?」

 

 唐突に店の従業員が慌てた様子で、控え室に入ってきた。

 

 「なに!?なんという最悪のタイミングだ。ただでさえ、この馬鹿どものせいで食材が不足しているというのに…、わかりました。この島で採れた牛肉を使いましょう。寝かせていた310番のワインを使っても結構です。私もすぐに向かいますから、急いで調理に取りかかりなさい」

 

 ガウェインはそそくさと従業員へと指示を出す。

 

 「試食…?なんのことだ…?」

 

 「この島のアイランド・クイーンが来ている、のか…?」

 

 「…ええ。折角ですから、おまえたちもついてきなさい。私が話していたことも、それでわかるかと」

 

 

***

 

 

 そうして、自分たちは厨房の調理を見学した後、ガウェインによって店の入口まで連れて来られた。

 

 

 「お待たせしました、女王。…こちら、年代物のワインを使用した、牛肉の赤ワイン煮込みです。お口にあえば幸いでございます」

 

 ガウェインのその言葉を聞き、カーテンのかかった馬車から一人の女性が降りてきた。

 

 

 

 「あら。相変わらず控えめなのね、ガウェイン卿。この街であなたの料理に勝るものを作れる御仁はいないというのに」

 

 

 ギリシャ神話にて語られる、"理想の女性" として生まれ落ちた三姉妹の女神。その次女にして、無垢と純潔を形にしたかの如き麗しの少女─── "エウリュアレ" がそこにはいた。

 

 彼女の容姿は、普段の無垢な白い装束とは異なり、情熱のワインレッドのショートワンピースを身にまとっていた。薄らと透けて見える肢体には、その本来の印象と変わらぬ白い水着を纏っているようだった。

 その髪も普段のロングツインテールとは異なり、三つ編みとなって後ろに下ろしていた。

 

 「エウリュアレ……!?」

 

 エウリュアレはちらりとこちらへ一瞥(いちべつ)するも、すぐに視線を料理へと戻し、そのしなやかな指で上品にナイフとフォークを使って口に運んだ。

 

 「へぇ。即席にしては、よく煮込まれたかのように柔らかいのね、さすがの手腕よガウェイン卿。……ロブ、ワグ、ウィンキー。冷めないうちにこちらの料理をお城まで運んでちょうだい」

 

 そう言ってエウリュアレは、従者とみられる男性たちに料理を渡して、再び馬車へと戻ろうとする。

 

 「ちょ、ちょっと待った!エウリュアレ!君がこの島のアイランド・クイーンなのかい!?」

 

 そんなエウリュアレをなんとか呼び止める。

 彼女はしばし沈黙をした後にこちらへと振り返った。

 

 「ええ、そうよ。久しぶりね、藤丸。…悪いけど、私にはやるべきこと(・・・・・・)があるから、鐘を鳴らさせるつもりはないわよ」

 

 「やるべきこと……?」

 

 「それはこちらのセリフでもあるよ、エウリュアレ。僕らにとっても、この特異点の解決は最優先事項なんだ。引き下がるわけにはいかない」

 

 ネモ船長もエウリュアレに食ってかかった。

 

 「エウリュアレ女王、わたしからもお願いします。あなたのやろうとしていることが何かは存じませんが、わたし達ができることであれば手を貸します。なので───、」

 

 それを聞いたエウリュアレは、少し考え込んでいる様子だった。

 

 

 「…………そうね。あなた、料理は得意?」

 

 「──────、へ?」

 

 ティターニアは間の抜けた声を上げる。

 

 

 「得意なの?得意じゃないの?」

 

 「え、えっーと、それは………」

 

 「ああ!それはもうすっげえ料理上手だぜこいつは!この特異点に来てから、なにかと料理をつくってきた(オレ)が太鼓判を押すんだ、間違いねぇ!」

 

 そう言って村正は笑顔でティターニアの背中をたたく。

 

 「ちょ、ちょっと、村正───!?」

 

 「はい!ティターニアさんの料理は世界一です!もうA5ランクの黒毛和牛殿が、自ら調理されにまな板に乗ってしまうくらいに!」

 

 「ガレスちゃんまで───!?」

 

 「僕は彼女の料理は食べたことないけど、みんながそう言ってるから多分美味しいんだと思うよ!竜種すら惚れさせる魅惑の味さ!」

 

 「どいつもこいつも適当言うなァーー!!!」

 

 そのやり取りを見ていたエウリュアレは、

 

 「わかったわ。だったらあなたも出場(・・)しなさい。私の開く大会に」

 

 「は──────?」

 

 なんと。今のやりとりで上手くいったのか。

 

 「三日後。この島にある私の城で、夏で最も美味しい料理を決める祭典、"オックスフォード美食王 決定戦" を執り行います。それに参加なさい、あなた。優勝(・・)したら鐘を鳴らさせてあげるわ。」

 

 「オックスフォード美食王 決定戦…?」

 

 ガウェインが話していた大会とはこのことだろうか。

 

 「そうね。もう枠は埋まっているけど、カルデアの(よしみ)だから、特別に "決勝戦からのシード" で参加させてあげる。感謝しなさい」

 

 

 「え、えええええええええええ!!!!??」

 

 

***

 

 

 オックスフォード、一般宿舎。集団部屋にて。

 

 

 「終わったぁ……完全に死んだぁ……」

 

 絶望に打ちひしがれて頭を抱える少女が一人。

 

 「どうしてそんなに吐きそうな顔をしているんだい、君」

 

 「みんながあることないこと言ったからだよぅ!しかも大会に出て優勝しろとか、さすがに無茶でしょう!?」

 

 「誤解です、ティターニアさん!私たちは "ないこと" しか言っていません!」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 ガレス。これ以上はよくない。

 

 「なんだ、先ほどの申告は虚偽だったのか?」

 

 ガウェインは呆れたように腕を組んで壁に背中を預けていた。

 

 「(オレ)はそんなつもりはなかったぞ?実際、ティターニアは手先が器用な方なんだ。繊細な料理だって(オレ)が教えた通り真面目に作ってみせたからな。……まあ、味付けの分量は、ちょいと雑にやりがちだったが、しっかりと止めてやるヤツがいれば問題ない」

 

 それ。ようするに、一人で作らせたら、とんでもないゲテモノができると言っているようなものでは。

 

 「…でも。鐘を鳴らすには優勝するしかない。僕らに選択肢はないよ」

 

 「そうだ!ガウェイン!ガウェインが代わりに出てよ!あんなに美味しい料理が作れるんだから、優勝間違いなしじゃん!女王様も褒めてたしさ!」

 

 ティターニアは閃いたとばかりにガウェインへと頼み込む。

 

 「む。それは、その、どうなんだ。お前さんのプライド的に…」

 

 「プライドなんて知ったことかァ!純愛の鐘が最優先だァ!」

 

 完全に背水の陣である。

 

 「…悪いが、それはできない相談だ。先ほども言っただろう。私も女王の大会へ出場すると」

 

 「それは同じことにはならねぇのか?お前さんもカルデアのサーヴァントだろ?」

 

 ガウェインはしばし難しい顔をして沈黙した。

 

 「……そうだが。私は今回、お前たちの敵として調理場に立つ。これはどうしようもないことだ。そも私では、優勝しても鐘を鳴らす権利など与えられないだろう。なんとしてもお前に優勝してもらう必要があるんだ、ティターニア」

 

 それを聞いたティターニアは訝しげな顔を浮かべた。

 

 「水を差すようで悪いんだけどさ、僕らは決勝戦からのシードなんだろう?…なら、ガウェインに他の出場者を蹴散らしてもらって、最後に八百長(やおちょう)をして勝つというのはどうだい?」

 

 「それだ───ッ!!」

 

 ティターニアはランスロットの案に、ナイスアイデアとばかりに指を鳴らした。

 

 「………いいえ。それでは根本的な解決(・・)にはならない。他の出場者を蹴散らす、ということは約束する。私は必ず決勝戦に出ます。その上で全力をもってお前たちを迎え撃つ。……故に、どうかお前たちも全力で挑んでほしい。そうしなければ、きっと鐘は鳴らせない(・・・・・・・)

 

 「ガウェイン………」

 

 「───まあ、そうなりゃ仕方ねぇな。お前さんも腹を括れ、ティターニア。三日間、死ぬ気で(オレ)がしごいてやる!」

 

 そう言って、村正がティターニアの背中を叩く。

 

 「ティターニア、俺からも頼む。解決する手段がこれしかないのなら、やるしかない。俺なんかで出来ることがあれば、なんでも協力するよ」

 

 誠意を込めて、ティターニアに頼み込む。

 

 「………あー、もう、わかった。わかりました!作ればいいんでしょう、美味しい料理を!見てろよ、ガウェイン!ボコボコにしてやるからなー!!」

 

 そう言って、ティターニアはヤケクソ気味に闘志を燃やしてくれた。

 

 「よし。そうと決まれば練習場を見つける必要があるね。ガウェイン、この街のどこかに自由に使える調理場はないかい?」

 

 「ならば、私の店の隣に、仕込み専用の調理場がある。そこの調理器具や食材は、ある程度 好きに使っても構わない。…だが、食材は有限だ。使用料代わりに食材調達をお願いしてもよいか?」

 

 「さすが姉様です!では、私は食材調達係としてお力をお貸しいたします!ランスロット様もご一緒にどうでしょうか?」

 

 「ん?まあ、僕は料理なんて作らないし、ティターニアには何もアドバイスができないだろうから、そっちの方が向いているか。…任せて。肉なら最初から、部位ごとに切り分けた状態にして運んであげるとも!」

 

 ランスロットは得意分野だ、と胸を張った。

 

 「それじゃ。俺も料理には疎いから、ガレスとランスロットに同行するよ。…それで、調達ってどこに向かえば?」

 

 「この島の北方の "サバイバルエリア" だ。オックスフォードの島は、今こうして私たちがいる南側の街 "セーフエリア" と、野生動物や魔獣が生息している北のサバイバルエリアに大きく分かれているのだ」

 

 「なるほど。では、僕と村正はティターニアの調理指導係として、付き添わせてもらうとしよう。……安心してくれ。村正は言わずもがな、僕も自分の分身に、食事担当の役職を設けているくらいなんだ。その手の知識はしっかり把握しているとも」

 

 ネモ船長が話しているのは、彼の分身の一人であるネモ・ベーカリーさんのことだろう。

 

 「…………よし。頑張るぞぅ!」

 

 ティターニアはそう言って自身を鼓舞した。

 

 ──────そうして。

 三日後の決戦───"オックスフォード美食王 決定戦" の優勝を目標に、自分たちはそれぞれの責務を全うすべく別れたのであった。

 

 

***

 

 

 それは二日目。

 ある日のサバイバルエリアでのことだった。

 

 「ふぅ。とりあえず今日の調達はこんなところかな」

 

 そう言って、自分は荷車に採れたての果物や、たった今ランスロットが仕留めた鶏を乗せた。

 

 「無害な野生動物を仕留めるのは少し忍びないですが、思っていた以上に、この島の生態系は豊かですね…」

 

 「うん。大きな魔力を持たない普通の動物と魔獣がここまで共存関係にあるのは、比較的珍しい環境かもね。高い知性(・・・・)をもった魔獣も多いようだ」

 

 ガレスとランスロットは、そう言いながら木陰で腰を下ろし、ひと休みしていた。

 

 「よし。二人とも、そろそろ日が暮れるだろうし、荷車を運ぶのを手伝って───、」

 

 くれ、と言おうとした時、自らの周囲が唐突に陰った。

 

 「!危ない、フジマル──────!」

 

 「うわっ──────!?」

 

 咄嗟の判断で間に飛び込んでくれたランスロットのおかげで、直撃は食らわず、そのまま二人揃って吹き飛ばされる。

 

 「マスター!ランスロット様───!」

 

 遠くでガレスの声が聞こえた。

 

 「痛っ───、なんだ、今の」

 

 「魔猪(・・)だ。どうやら、僕らが集めた食材を狙って様子を窺っていたみたいだね……」

 

 ランスロットと二人、少し離れた位置にあった浅い泥の沼へと飛ばされたおかげで、落下の衝撃によるダメージは受けずに済んだ。

 

 

 「グルルぅ─────────!!」

 

 魔猪はそのまま重い足取りで自分たちの方へとやってきた。驚くべきことにその全長は、10メートルはあると思われるほどの巨躯(きょく)であった。

 

 「フジマル、下がってて。……この島の魔獣は知性が高いと言ったけど、どうやら訂正しないといけないらしい。この()に喧嘩を売るとは、命知らずもいいとこさ」

 

 魔猪が駆ける。

 ランスロットはそれを魔力で編んだ剣で迎撃しようとして、

 

 「──────!?」

 

 魔力が正常に生成できていないことに気がついた。

 

 「しまった、この泥沼(・・)か──────!」

 

 ランスロットに指摘され、自分も気づく。

 どうやら自分たちが吹き飛ばされた泥沼は、生物の魔力生成を乱す効果を含んでいた毒沼(・・)だったのだ。

 

 「まずい──────!」

 

 この魔猪は知性が低くなどない。

 獲物が最も多くエサをかき集めたタイミングを狙い、なおかつその隙をついて、確実にこちらを仕留めるためにこの沼へと吹き飛ばしたのだ。

 

 慢心していたのはこちらの方。

 サーヴァントに対して致命的な影響を与える場所を把握していた魔猪こそが一枚上手であった。

 

 「グルルぅぁぁああ──────!!!」

 

 

 「──────いえ、させませんッ!!」

 

 体高(たいこう)7~8メートルはある魔猪の後方より、大剣を携えて回転しながらガレスが空を舞う。

 

 その気配に魔猪も気づき、振り返って迎撃に及ぼうと見上げる。

 しかしそれを読んでいたガレスは、力強い魔力放出によるブーストで、瞬時に地上へと大地を抉って着地する。

 

 「──────!?」

 

 困惑は魔猪から。

 顎下から腹部にかけて、隙だらけの巨躯を晒したことをこの期に及んで悔やんだ。

 

 そう、この魔猪に失態はない。

 その高い知性から、明確なプランのもとエサを手に入れようと画策した。一番身体的能力が低いであろうマスターを狙ったのもそのためだ。

 その上で、最も実力があると思われた騎士ごとあの毒沼のトラップへとはじき飛ばした。

 

 ──────しかし。愚か。

 自身が罠にかけたその対象は、かの騎士にとっては "主人" と崇拝する "恩師" に他ならず。その者たちの身が危険に晒されたとあれば、今このひと時において、最強(・・)とは誰を指すのか。

 

 「どうかお覚悟を。名も無き魔獣───、」

 

 魔力を収束する。

 

 「宝具、"換装(かんそう)"。第二模倣(・・・・)、展開───!」

 

 収束した灼熱の魔力は、鈍色(にびいろ)湖光(・・)の魔力へとその色彩を "変質" させていく。

 

 「沼底に堕ちれど、輝きは最果てに至れ。

 限界は、(とお)に超えた───────ッ!」

 

 

 湖の騎士───サー・ランスロットが振るう決して(こぼ)れることのなき、湖光の聖剣にして魔剣(・・)。緑豊かなこの深き森において、その剣は無毀(むき)なる光を放つだろう。

 しかし。

 かの者が振るう湖光は、決してそのような美しき刃ではない。それは濾過(ろか)なき汚濁(おだく)。偽りであるが故の穢れを受諾した鈍色の光───!

 

 

 「彼方の卿よ、

 この光 我が身には(まぶし)すぎる───!

 (ゆえ)に、『譎詐全断・過重沼光(アロンダイト・オーバーポンド)』────ッ!!!」

 

 

 魔猪の巨躯を貫いた大剣は、その内に秘めた過剰な魔力を吐き捨てるようにその身を震わせた。

 

 そうして大地にひれ伏す。

 魔猪の外見は変わらぬ逞しい巨躯を保ったまま、しかしその内側は、ガレスの魔力放出によってズタズタに捌かれて息を引き取っていた。

 

 

 「「す、すごい……」」

 

 感嘆の声はその一部始終を見ていた自分とランスロットから漏れた。

 

 「えっへへ、かのランスロット様を前にして使うのは恐れ多かったのですが、非常事態でしたので…」

 

 ガレスは照れくさそうに頭を搔いた。

 

 「いいや!驚くほどカッコよかったよ!僕のアロンダイトに負けず劣らずの宝具さ!それに "沼" だって!?親近感しかないぞ、僕の宝具と交換しないかい!?」

 

 「え、ええええええ!?お、恐れ多すぎます!私には過ぎた剣だからこその、このような宝具ですし!」

 

 思いもよらぬランスロットの喜びように、逆に困惑するガレス。

 

 「そんなことはない!僕は君のことが気に入った!……あ、いや、元からランスロット卿は君を気に入っているんだったか。なら倍だ!三倍 気に入ったよ!」

 

 ランスロットはガレスの手を掴んで、ぶんぶんと振った。

 

 ランスロットはこの特異点に来てから、なにかとガレスに対してはぎこちない様子だったが、こうして打ち解けたようでこちらも微笑ましいかぎりだ。

 

 「そういえば、ガレス。ゴッホと戦った時にも、君のもう一つの宝具を見せてもらったけど、他にも使えるの?…というか、その大剣は生前も使っていた武器なのかな?」

 

 ふと疑問に思ったことを口にした。

 ランスロット卿のアロンダイトにガウェイン卿のガラティーン。限定再現とはいえ、あまりにも強力な宝具だ。

 

 「ああ、いえ!私が使えるのは二つだけです。それに、この大剣はこちらの特異点に召喚された折、カレンちゃん殿からいただいたものでして…」

 

 「そうだったの!?驚いたな、あの人こんな宝具も用意できるのか…」

 

 「カレンちゃん殿いわく、"従者であれば相応の剣をもっておくべきだ、と言って貴方用に(つく)ってくれました" と仰っていたので、製作者はカレンちゃん殿ではないと思うんですけど…正直なところ私もよくわからないのです…えへへ」

 

 「………………、」

 

 「そっか。じゃあきっとランサークラスの時と同じく、マーリンあたりが用意してくれたのかもね」

 

 そうこうしていると、自分のお腹が鳴る音がした。

 

 「相変わらず迷惑な領域だね、これ… 僕はもう一時間近く前からお腹を鳴らしていたよ」

 

 「そうだね、そろそろ戻ろう。あんまり長居すると、また別の魔獣が襲ってくるかもしれないし」

 

 「でしたら、ティターニアさんの様子も見学していきませんか?なんてったって、本番は明日!どの程度までレベルアップしたのか、気になります!」

 

 確かに。決勝からの参加であるティターニアの出番は、明日の夕方からだが、既にどの程度まで料理のスキルが身についたのか、自分も気になっていた。

 

 「ふむ。そういう名目で、試食をしようという魂胆だな、ガレス」

 

 「えへへ、バレました?さすがランスロット様です…」

 

 「いいや。僕も大賛成だ。なんなら辛口コメントをして、僕が満腹になるまで試食させてもらうとも!」

 

 なんとも悪質な審査員である。

 しかしそんな微笑ましいやり取りを見ていたら、自分もさらにお腹が空いてきた。完全に日が落ちてしまわぬうちに街へと戻るとしよう。

 

 

***

 

 

 「──────うん。味は問題ない。盛り付けも完璧だ。問題は…」

 

 「時間、だな。これ一品をつくるのに二時間もかかっちまってる。大会の調理時間は一時間だ。とてもじゃないが提供はできねえ」

 

 「ダメかぁ…………」

 

 

 調理場の外の窓から覗いた景色は、とても真面目な空気感であった。

 

 「むむ。とても "試食の時間だッ!"と言って入れる空気ではないな…この感じ…」

 

 ランスロットは不服そうな顔を浮かべていた。

 

 

 「美味しい料理を目指せば、必然的に手間暇がかかる。あえて短い時間を設けているところを見ると、あの女神様はよほど短気で気分屋なのか、それとも」

 

 「ま、普通に料理をしたことがないかの二択───いや、その両方か」

 

 ネモ船長と村正は、どうしたものかと頭を抱えていた。

 

 「やっぱり私では優勝は……」

 

 「いや、キミのせいではないよ。これは根本的なルール上の欠陥だ。僕らには咎める権利はないとも」

 

 「そうだぞティターニア、お前さんはよくやった。この二日間、目を見張るほどの成長速度だったぜ」

 

 

 なんだか見ているこっちも涙ぐましくなってきた。

 

 「ランスロット様、マスター、今は彼女を陰ながら見守りましょう。私たちが茶々をいれるのは、明日の決勝戦を終えてからにしませんか?」

 

 「うん。ガレスの言う通りだ。大人しく他の店で…」

 

 食事を摂ろうと言おうとしたら、ランスロットの姿が見当たらないことに気がついた。

 見るとランスロットは調理場の扉を堂々と開き、既にティターニアたちのところに向かっていたのだ。

 

 「何を弱気になっている、ティターニア!」

 

 「ランスロット……」

 

 「いいかい、君はガウェインをボコボコにするんだろう?ならばせめて胸を張って前を見るんだ。たまに見学していた僕にだってわかる。この二日間、君は辛そうではなく楽しそう(・・・・)だった!…なら自分を卑下にするのは間違いだよ。君の努力を無駄にすることは、他ならぬ僕が許さない!だから、悔いの残らない料理を作るんだ。もちろん、楽しむことも忘れずにね?」

 

 そう言って、ランスロットはティターニアを勇気づけた。

 彼女はティターニアと同じで負けず嫌いだ。しかし一方で、彼女たちの明確な違いは、自信家か否か(・・・・・・)ということ。…自分の実力を信じて疑わないランスロットにとって、彼女の後ろ向きなスタンスは思うところがあったのだろう。

 

 「……うん。ありがとう、ランスロット!よぉーし、ここからはスピード勝負だ!時間のかかる工程はとにかく魔術で倍速!筋肉疲労なんて知ったことかァ!」

 

 ティターニアは再び闘志に満ち溢れ、やる気を出した。

 それを間近で見ていたネモ船長や村正も、その前向きな様子に釣られて笑顔になる。

 

 

 「なんだ、この私が心配して様子を見に来るまでもなかったようだな」

 

 その声に振り返ると、隣にはガウェインがいた。

 

 「ガウェイン!そっちはもう準備できたの?」

 

 「ああ。問題ない。約束通り、必ず決勝まで上り詰めてみせるとも。無論、優勝もするつもりですが」

 

 そう言ってガウェインは、自身の店へと戻っていく。

 その背中に───、

 

 「勝つのは、ティターニアだよ」

 

 万感の期待と信頼を込めて、そう伝えた。

 

 

 「───ええ。そうであることを祈っています」

 

 そうして大会前日は終わる。

 それぞれの想いを乗せて、明日の決戦に胸を高鳴らせた。

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の寝室で。一人の少女と一匹の()がいた。

 

 「明日はいよいよ大会当日よ。今度こそ見つけ出してみせるわ」

 

 少女は檻の中の獣に話しかけた。

 

 「ねえ。あなたのお眼鏡に、あの子の料理はかなうのかしら」

 

 呟いた言葉は、暗闇の中に溶ける。

 

 

 これはほんのひと時の幕間。

 いずれ訪れる、この島の真相だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 ──────大会当日。

 

 「なんか、すごい緊張してきたね…」

 

 自分が出場するわけではなかったが、昨晩はほとんど眠りにつくことができなかった。

 

 「へえ。思っていたよりも人が集まっているじゃねえか」

 

 オックスフォードにある女王 エウリュアレの城には、既に多くの客が(ところ)狭しと集まっていた。

 

 「そういえば、本日の主役のティターニアの姿が見当たらないようだけど?」

 

 「うん。彼女なら今は控え室である程度の仕込み作業をやっているよ。おそらくガウェインも既に準備中だろう」

 

 控え室は関係者以外 立ち入り禁止というわけではないそうだが、出場する他の料理人たちのピリピリとした空気感を考えて、応援に向かうのは少し躊躇われる。

 

 

 

 「あら、奇遇ね。こんなところで再会するなんて」

 

 

 声がかけられた方へと振り返る。

 するとそこにいたのは───、

 

 「メイヴ───!それから、クー・フーリンまで!?」

 

 前回の島で相対したアイランド・クイーン、メイヴとその従者であったクー・フーリンが手を振っていたのである。

 

 「よお、アンタら、割と最近ぶりだな。今何してるとこなんだ?」

 

 「えっと、実は……」

 

 

 そうして、メイヴとクー・フーリンの二人に、ことの成り行きを説明する。

 

 

 「は?ティターニア、この大会に出場するの!?しかも優勝しなきゃ鐘を鳴らせない、ですって?」

 

 「おいおい、随分とおもしれぇ話になってるじゃねえか」

 

 呆気にとられているメイヴとは対照的に、クー・フーリンは愉快そうに笑った。

 

 「ところで、君たちはどうしてここに来ているのかな?」

 

 「……?藤丸、この子だれ?」

 

 「おっと、自己紹介が遅れてすまない。僕は君たちを存じていたから、勝手に知り合いの気分になっていたよ。……常夏騎士 ランスロットだ。よろしく」

 

 「へぇ、かのアーサー王伝説のサー・ランスロットねぇ。なんだ、思ってたよりも優秀なサーヴァントが揃ってんじゃねぇか。オレ達が手を貸すまでもなかったわけだな」

 

 「え?二人は俺たちに協力するために、オックスフォードまで来てくれたの?」

 

 「おうよ、メイヴが暇だってい───、」

 

 「いいえ!ただのお忍びデートよ。美食の島なんですもの。一回くらいは行ってみたくなったの!」

 

 メイヴが左手でクー・フーリンの口を塞いでそう言った。

 

 「そうだったのですね!でしたら、一緒に観客席からこの大会を見ませんかメイヴさん!ティターニアさんは決勝からのシードなのでしばらく出ませんが、私の姉様がとんでもない料理の数々を見せてくれると思います!」

 

 「へえ。あなたのお姉さん?それは少し興味があるわね」

 

 

 『お集まりの皆様、本日は御足労いただき誠にありがとうございます!本日、皆様にお見せする料理はどれも至高の品々。このオックスフォードが誇る腕利きの料理人たちが作り出す絶品のグルメでございます。どうか、その嗅覚で存分にご堪能いただき、空腹感に身を焦がし、最高の料理が決まる瞬間をその目に焼きつけてください。』

 

 城内のメインホールにアナウンスがかかる。

 

 「間もなく始まるみたいだね…」

 

 『それでは。主催のエウリュアレ様からのお言葉です。』

 

 「こほん。お集まりの皆々様、この島のアイランド・クイーン、エウリュアレよ。本日は、この美食の島オックスフォードで最も美味しい料理を決める大会───オックスフォード美食王 決定戦に、ようこそ おいでくださいました。…それじゃ、早速はじめてちょうだい」

 

 エウリュアレは、そそくさとマイクを司会の従者へと返す。

 

 『えー、ルール説明をさせていただきます。勝負は料理人同士の1対1。アシスタントは許可いたしません。制限時間は1時間。残り時間10分となりましたら、カーテンをかけさせていただき、お客様には完成までご覧になることはできない形とさせていただきます。どうか互いに時間を有意義に使い、美味しい料理を作り上げてください。』

 

 一時間で至高の料理を仕上げる。昨日ネモ船長たちも話してはいたが、中々に難しい話だと自分も感じた。

 

 『審査方法はシンプル。皆様にも一口ずつ料理を食べていただき、どちらの料理が美味しかったのかを投票していただきます。皆様の票ひとつにつき、1ポイント。その上で、エウリュアレ様にも実食していただき、投票していただきます。エウリュアレ様の1票は100ポイント分となります』

 

 「なんだそれ、女王様一人でこの城内全員の票を上回るじゃねえか」

 

 「女王主体なのは、逆にわかりやすくて助かるよ。ようは彼女に気に入られるか否かが勝負の分かれ目ということさ」

 

 飛び抜けて女王の主観的な大会だが、もとより公平さを求めた試合ではない。決勝戦からのシードにティターニアがいる時点で、自分たちに反論する資格はないのである。

 

 

 『では。早速これより第一試合をはじめます。料理人は調理場についてください。…………………それでは、はじめ!』

 

 固唾を飲んで見守る。料理人たちの眼差しは、まさにプロそのものであり、見ているこちらにも緊張が走るほどの集中力と技量の数々だった。

 

 

***

 

 

 ───戦いは熾烈(しれつ)を極めた。

 総勢32名、4ブロックに分かれた激戦は手に汗握るものだった。提供された料理の数は60品。どれも舌をうならせる絶品の数々であり、どちらが美味しかったのか投票するのに、何度も悩まされる場面があった。

 

 なによりこの "空腹感の亢進" という常夏領域の影響もあって、これほどの数の料理を食べても、自分たちは一向に満腹にはならなかったのである。

 そして恐らくそれは、作る側においても同じく、空腹感に苛まれながらの集中力により、より美味しいものを作ろうとする気概が強まっていたことだろう。結果としてこれほどの質の高い大会へと昇華していた。

 

 そうして───、

 

 

 『ただいまの投票結果により、ガウェイン様が決勝進出となります。奮闘なされたマイク様にも大きな拍手をお願いします!』

 

 

 「驚いたな…ホントに決勝まで勝ち上がりやがった、あの騎士様は」

 

 「しかも女王による贔屓(ひいき)票だけじゃない。一般票ですら全て勝ち抜いている。これは相当手強い相手だね…」

 

 村正とネモ船長は、驚くべきガウェインの実力に冷や汗をかいていた。

 

 「やるわね、あいつ。ここまでの五回、作った料理はどれも一級品よ。…ロマネスコとアンチョビーのマリネ、トマトとジャコの冷やしパスタ、牛肉とアボカドの甘辛焼き、キュウリと鶏ムネ肉の出汁浸し、オレンジと甘栗のクラフティ。和洋なんでも得意とか喧嘩売ってるの?」

 

 「ああ。しかも恐ろしいことに、ちゃんと客の舌と胃袋を把握してやがる。…直前に何を食べたのか、今の胃袋の状態はどの程度なのか。アイツ、嫁に置いたらもう他の飯が食えなくなるぞ?」

 

 「さすが姉様です…、まさかあんなにも繊細な料理が作れるほどの手腕になっていたとは。ガレスも勉強しなければ…」

 

 「僕も彼女の料理を食べたのは、この島に来てからがはじめてだったけど、考えを改める必要がありそうだ。…彼女、僕の専属シェフにしよう。うん」

 

 みんな口々にガウェインの料理を賞賛していく。

 

 『これより10分間のインターバルを挟んでから、ガウェイン様、ティターニア様による決勝戦に移らせていただきます。皆さま、ご不要とは存じますが、どうか存分にお腹を空かせて(・・・・・・・)お待ちいただきますようお願いします』

 

 会場にしばしの休憩を設けるアナウンスがはいる。

 

 

 「俺、ちょっとティターニアの様子を見てきます」

 

 

 そう言って、一人ティターニアが待機している控え室に向かった。

 

 

 

 「あれ、藤丸くん?どうしたんですか?」

 

 「いや、ちょっとティターニアの様子が心配になって……その、すごい白熱した試合がたくさんあったから、大丈夫かなって」

 

 それを聞いたティターニアは目を丸くしていた。

 

 「あはは、ごめんなさい、わたし、控え室にもモニターがあったんですけど、まだ自分の番じゃないからいいや、と思って全然 大会の内容を見ていなかったんです」

 

 なるほど。あまり焦りや緊張している様子がないと思ったら、そういう理由だったのか。

 

 「あれ?もしかして見ておかないとヤバい感じだった?会場の空気が最悪……みたいな?」

 

 「───いや。見ないで正解だったよ。仮にこれで負けたとしても…」

 

 という所まで言いかけて、本当に伝えたいことが頭に浮かんだ。

 

 「藤丸くん?」

 

 「君が君のままでいれば、"絶対に勝てる"。だからどうか、今を楽しんで(・・・・)、ティターニア」

 

 全幅の信頼を寄せて、笑顔でそう言った。

 

 「楽しんで…………、うん!もちろんです!藤丸くん!」

 

 その笑顔を見て、こちらも元気がでた。

 

 あとの行く末は、もうこの島の女王次第(しだい)

 この大会 最後の晩餐が、間もなく始まろうとしていた。

 

 

***

 

 

 『それでは。これよりオックスフォード美食王 決定戦、決勝戦をはじめます!…東厨房(ちゅうぼう) ガウェイン様。…西厨房 ティターニア様。どちらも存分にその手腕を発揮してくださいますよう、お願い申し上げます。…………では。はじめっ!』

 

 

 「はじまったね、最後の勝負が」

 

 ──────開始から10分ほど。

 東厨房、ガウェインによる巧みな包丁捌きで、瞬きの間に野菜が刻まれていく。

 対して西厨房、ティターニアはゆっくりとした丁寧な手つきで魚を捌いていた。

 

 「ちょっと、あんな速度で大丈夫なの?間に合う?」

 

 「間に合う料理にしてある……が、にしても丁寧すぎるな。時間ギリギリまで使うつもりか?」

 

 

 ──────開始から30分経過。

 東厨房、ガウェインは既に何を作っているのかを(うかが)える段階にまでこぎつけていた。

 

 「野郎(ヤロウ)、この決勝戦に来るまで本命を隠してやがったな」

 

 「ここにきて、定番の "夏野菜の煮込みカレー" とは、締めのメインディッシュとしては季節感も完璧だ。しかも彼女───」

 

 「ああ。もうほとんど料理工程を終わらせて、あとは弱火で煮込むだけ(・・・・・・・・)ときた。残りの30分、全部をそれに使う気だぜ、ありゃあ」

 

 

 ──────しかし。

 対して西厨房、ティターニアはまだ(・・)他の魚を捌いていたのだ。

 

 「むむ、さすがに遅すぎるんじゃないか?獲物を捌くのが苦手なら、僕に言ってくれれば教えてあげたのに」

 

 「妙ね。アイツ、何を考えているのかしら…」

 

 

 ──────開始から50分。

 残り10分を切って、両方の厨房にカーテンがかけられる。

 

 「おい、大丈夫なのかありゃ。明らかに間に合う感じには見えなかったぞ…」

 

 「ティターニアさん、焦っている様子でもありませんでしたね…、時間のこと、把握していないなんてことないですよね…」

 

 それぞれ不安を口にする村正とガレス。

 けれど自分は───、

 

 

 「───いいや。ティターニアなら間に合うよ」

 

 心から信頼して、そう口にした。

 

 

 

 

 

 そうして。一時間が経過した。

 調理は終了となり、それぞれの料理が会場の真ん中にいるエウリュアレのもとへと運ばれる。

 

 

 『では。まずはじめに、ガウェイン様の料理でございます。』

 

 

 そうして、銀色のクローシュが開かれる。

 

 そこにあったのは、"夏野菜の煮込みカレー"。

 この島で採れた新鮮な夏野菜をふんだんに使い、かつよく煮込んだことで野菜はとろける様な柔らかさと甘さを引き出していた。

 

 『それではガウェイン様、説明をお願いします。』

 

 「この島で採れたものだけを使用したカレーとなります。調理方法は皆様がご覧になっていた通り、とてもシンプルなものですが、大衆の人間に愛され、なおかつ美味しい料理はこれを抜いて他にありません。…暑い日にあえて汗をかくほどの熱く辛い料理を食べる。そんな本能的な夏の食欲を満たす "逸品" かと。」

 

 

 そんなガウェインの解説を聞いた(のち)、エウリュアレはその料理を口に運んだ。

 

 

 「ええ。あなたの解説通り、素晴らしい料理でしてよ。辛さと甘さが程よくて、食べやすいことこの上ないわ」

 

 

 そうして自分たちにも料理が配られる。

 

 「くそっ、美味(うめ)ぇ。なんで一口しか食ってねぇのにこんなに舌が満たされやがるんだ…!」

 

 「これは、参ったなホントに。彼女は紛れもなく全力で挑んできてくれたようだ…」

 

 うん。確かにガウェインの料理は美味しい。

 この会場にいる全員が、彼女の料理の(とりこ)となっていた。

 

 けれど───、

 

 「次はティターニアさんですね…」

 

 

 『それでは。続きまして、ティターニア様の料理でございます。』

 

 

 再び銀色のクローシュが開かれる。

 そこにあったのは──────、

 

 

 「なん、だと………?」

 

 「は、─────────?」

 

 

 現れたクローシュの下にあった料理は、

 全部で三つ(・・)に分かれていた。

 

 一つ。

 複数枚重ねられた長方形の海苔(のり)

 

 二つ。

 円を描くように並べられた彩り豊かな刺身(さしみ)類。

 

 三つ。

 木製の飯台(はんだい)に入れられた酢飯(すめし)

 

 

 誰がどう見ても、

 そこにあったのは "手巻き寿司" だった。

 

 

 「………なんの冗談かしら、あなた」

 

 エウリュアレは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべていた。

 

 

 「ムラマサ、あれ料理なの?なんであれにしたの?」

 

 「…いや(オレ)も聞いてねぇ。予定では "ちらし寿司" だった」

 

 

 『えっーと、ティターニア様、解説をお願いしても?』

 

 司会の従者も困惑していた。

 それもそうだ。なぜなら今ここに出てきたものは、料理と呼ぶにはあまりにも食べる側(・・・・)に作ることを(ゆだ)ねている。

 

 「──────はい。私がこの三日間、死に物狂いで料理をして学んだこと、それは包丁捌きでも、食材の選び方でも、味付けの工夫でもありません。"料理を作ることは楽しい(・・・)" ということでした。……女王エウリュアレ。あなたは料理を作りますか?」

 

 

 「え?───それは、その、しないけど…」

 

 「でしたら!是非とも作って食べてみてください!」

 

 そう言ってティターニアはエウリュアレのもとへと向かい、手巻き寿司の作り方を教えはじめた。

 

 「えっと、こう?」

 

 「そうです!ああでも、具材は詰めすぎないように。食べる時に反対側から飛び出てしまいますから」

 

 そうして、エウリュアレはその小さな口で、自分で巻いた手巻き寿司を口に運んだ。

 

 「どうですか?はじめて自分で作った(・・・・・・)料理は?」

 

 

 「─────────美味しい。」

 

 「それはよかった!……ああ、ひとつ訂正を。料理で学んだことは食材選びじゃないと先ほど言いましたが、ここにある魚は村正のおじいちゃんやネモくんが選んだものなので、どれも一級品です!」

 

 エウリュアレはそうして、今度は別の具材を巻いた。

 

 「これはなんの魚の刺身なの?」

 

 「それはカンパチ!あっ、イクラも一緒に巻いたら食感も変わって別の料理みたいな感覚になって、全然飽きないよ!」

 

 

 自分たちはそんな彼女たちのやり取りを眺めていた。

 

 「なるほど。料理をする楽しさを教える、ね」

 

 ティターニアが用意したのは、紛れもなく "料理をしたことがない気分屋な女王" のための料理だった。

 

 「時間いっぱいまで、ただ魚を丁寧に捌いたりしていたのは、こういう理由だったのね。なんか、アイツらしくてちょっとムカつくわ」

 

 そう口にしたメイヴの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 「ズルいですよー!早く私たちにも食べさせてくださーい!」

 

 ガレスがにこやかに野次(やじ)を飛ばす。

 

 「あ!ごめんなさい!司会の方!どうか皆さんにも配ってあげてください。たくさん捌いたので具材はいっぱいあります。…一口と言わず、どうか満足のいくまで召し上がってください!」

 

 

***

 

 

 そうして。

 一般の投票も終わり、エウリュアレによる票を残すだけとなった。

 

 

 『それでは、エウリュアレ様。投票をお願いします。』

 

 しばしの静寂。

 会場にじんわりと緊張が走った。

 

 

 「両者ともに、素晴らしい料理だったわ。ですが、ここに至るまでにも、多くの素晴らしい料理があったこともまた事実です。特にガウェイン卿がお出しになった料理は、どれも一級品でした」

 

 

 「………………、」

 

 

 「──────けれど。ことこの決勝戦に至るまで、この女王である私に、料理の楽しさ(・・・・・・)を教えようとする不届き者など、ついぞ現れることはなかったわ」

 

 

 「──────!」

 

 

 「その傲慢(ごうまん)厚顔(こうがん)。そして、感謝を込めて。ティターニア。あなたに私の票を与えます。……すなわち。あなたがこのオックスフォード美食王 決定戦の優勝者(・・・)よ。」

 

 

 

 「「「や、やったぁぁぁぁあああ!!!!!」」」

 

 

 観客席にいたみんなで抱き合って喜ぶ。

 ステージ場にいたティターニアは、へたりと尻もちをついた。

 

 「え、ホントにわたし勝ったの?夢じゃなくて…?」

 

 そんな彼女のもとへ、ガウェインが手を差し伸べる。

 

 「見事だった。ティターニア。"料理を楽しむ心" か。そんなこと、考えたこともなかった。……私の完敗だ」

 

 「ガウェイン……、」

 

 差し伸べられた彼女の手を握って、ティターニアは起き上がる。

 

 「ふ、ふん!どんなもんだい!宣言通り、ボコボコにしてやったからなァー!」

 

 その反応を見て、ガウェインは柔らかに微笑む。

 

 「……まあ。一般の票は53対44で僅かに私の勝利だったが」

 

 「ぐはぁ!?」

 

 そんなやり取りを、自分はみんなと客席から眺める。

 

 「本当におめでとう。ティターニア」

 

 

 

 

 ──────そうして街の人々は城を去っていき、残ったのは自分たちとエウリュアレ、そしてガウェインの三者だった。

 

 

 「じゃあ。約束通り、純愛の鐘を鳴らさせてくれるんだよね?エウリュアレ」

 

 「──────ええ。でも、その前に。私のしたいこと(・・・・・)をやってもいいかしら、藤丸」

 

 そう言って、エウリュアレはティターニアへと向き直った。

 

 

 「簡単なもので構わないの。私に料理を教えてくださる?ティターニア」

 

 

 「え──────?」

 

 

 

***

 

 

 

 ───それは、およそ数ヶ月前にまで(さかのぼ)ります。

 この特異点が生まれて間もなき頃、一人の女神がオックスフォードの島へと召喚されました。

 

 

 「痛っ───、ちょっと!なんなのよ、この雑な召喚はー!」

 

 「あら失礼、加減がわからなかったもので。…ようこそ、ギリシャの麗しき女神エウリュアレ。貴方は今回の特異点の女王の一人に選ばれました」

 

 それは破天荒(はてんこう)という言葉が似合う、いい加減な女神でした。

 

 「は?あなた確かエロース───いえ、ローマの愛の女神だったかしら。なんだってこの私を巻き込むのよ!」

 

 「気分です。深い理由はありません。…ですがあなた、美味しい料理、好きでしょう?」

 

 「料理?別に私 食べ物になんて(こだわ)りないわよ。(メドゥーサ)の影響で、味覚だって鈍感な方だし…」

 

 「あら。でしたら尚更(なおさら)この夏は美味しい料理を食べて、その味覚を敏感にしてください。なぜなら夏は、さして美味しくもない海の家のラーメンが絶品に感じてしまう、魅惑の季節。夏といえば "料理" ですので。」

 

 そう言い残して、その女神は去っていきました。

 なんて自分勝手。なんて説明不足。全くもっていい加減なその振る舞いを(とが)めようにも、もう彼女の姿はありませんでした。

 

 

 それから丸一日。

 私は何も無い森の中を彷徨いました。

 生憎と、魔力だけはどこかから供給されているようで、退去に至るようなことにはなりませんでした。

 

 「あああん、もう!なんなのよ、あいつ!もう一度見つけたら、絶対にこの槍で刺し殺してやるんだか───きゃっ!」

 

 最悪です。最低です。

 女神であるこの私が、泥の沼(・・・)で転ぶなんて。

 

 そして───、

 

 「なに、あなた達……」

 

 気づいたら見知らぬ魔獣たちに囲まれていました。

 

 

 「ふん。生意気ね。生前はまだしも、サーヴァントである私に勝てると思って──────あれ?」

 

 そこで。身体の不調に気がつきました。

 

 おそらくその沼は毒の沼だったのです。

 体内の魔力生成が全くもって上手くいきませんでした。

 

 ようするに、詰み。

 私はこんな暗闇の森の中で、誰の目にも留められず、ただ魔獣どもに食べられて消えていくんだ。

 

 そう思ったら、()が出てきました。

 

 「……なんでよ。ふざけないでよ。なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないのよ!ねぇ(ステンノ)、どこなの?…ねぇメドゥーサ!早く私を助けなさいよ!!!」

 

 誰でもいいから助けてほしかったのです。

 こんなところで消えたくなかったのです。

 

 そしたら。

 

 

 「グルルぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

 

 

 「──────は?」

 

 

 ──────見ると、

 私の周りにいた魔獣どもは、皆死んでいました。

 

 

 目の前にいたのは、一匹の "白い(ひょう)" でした。

 

 

 「…あなたが、私を助けてくれたの?」

 

 こちらへと振り返ろうとした豹に、

 私は思わず抱きついていました。

 

 

 でも。

 今にして思えば、きっとそれは違います。

 

 彼は私を助けてくれたのではなくて、彼は私という獲物(・・)を、他の魔獣から奪い取っただけなのです。

 

 でも。

 それでも、よかった。

 

 「ありがとう──────、」

 

 抱きついた彼の身体は、優しい温もりがありました。

 

 

 

 結局。

 彼は私を食べようとはしませんでした。

 

 理由はわかりません。

 きっと知性が高いのです。

 

 だからもしかしたら、私にもっと人がたくさんいる場所へと案内してほしかったのかもしれません。

 

 「あなた、人のことも食べる魔獣なの?」

 

 返答はありません。

 当然です。だって言葉がわかりません。

 

 

 

 翌日のことでした。

 

 「あなた、どうしたの?」

 

 唐突に彼は、

 見当違いな方向へ走り出したのです。

 

 

 向かうとそこには、

 

 「きゃ─────────!」

 

 一人の女の子がいました。

 

 

 女の子はあの日の私と同じように、魔獣に取り囲まれていたのです。きっと遊んでいる間に迷い込んだのでしょう。彼は耳がいいのか、すぐに女の子の場所がわかっていました。

 

 「危ないっ──────!」

 

 私は咄嗟に魔獣を迎撃しました。

 彼も同じように魔獣を撃退しました。

 

 ですが、その後。

 

 彼はその女の子を食べようと(・・・・・)したのです。

 

 「だめ───!なにやっているの、あなたっ!」

 

 咄嗟に止めました。

 本気で怒りました。

 

 「グルぅぅ──────、」

 

 そしたら、

 彼は女の子を食べようとはしなくなりました。

 

 

 

 その次の日です。

 迷子の女の子を連れて、森を抜ける直前。

 

 ひと足先に飛び出した彼は、

 人間(・・)の子供を見つけました。

 

 「まずい───、だめ、食べちゃだめ!」

 

 女の子を連れていたので、私は反応に遅れました。

 

 

 ──────ですが、

 

 驚いた子供たちは逃げていき、

 彼はそれを追わず、じっと見つめていました。

 

 「あなた、いま我慢(・・)したの…?」

 

 それが。私には嬉しかったのです。

 

 「偉い、偉いわ!よく我慢したわね、あなたっ!」

 

 心の底から喜びました。

 私の想いが通じていたのだと、わかったからです。

 

 

 

 そうしてなんとか街に辿り着きました。

 

 迷子の女の子も無事に送り届け、

 後ろを振り返ったとき、

 

 

 ───────彼は倒れていました。

 

 

 

 なぜ。

 私はそうなるまで気づかなかったのでしょう。

 

 この魔獣は、

 人間だけを食べて(・・・・・・・・)生きてきたということに。

 

 

 

 

***

 

 

 

 私───常夏騎士 ガウェインがこの地へ召喚されたのは、ほんの数週間前のことだ。

 

 「オックスフォード。召喚される土地としては、妥当か…」

 

 この特異点なる場所の事情をある程度聞かされていた私は、まずはこの島のアイランド・クイーンと呼ばれる人物に会いに行った。

 

 

 「失礼。貴公がこの島のアイランド・クイーンか?」

 

 アイランド・クイーンには、必ず拠点となる場所が用意されていると聞いていた。必然的にその島の人間たちは女王を(うやま)うようにつくられている(・・・・・・・)

 そのため、彼女を見つけるのは、そう難しいことではなかったのだ。

 

 「あなた、だれ?」

 

 女王の姿は、とても(やつ)れているように見えた。

 

 「常夏騎士、ガウェインという者だ。私には貴公の常夏領域は効いていない。それ故に、対等な取引がしたい。これは陛下、いえカルデアのための任だ。」

 

 「常夏、領域──────?」

 

 「──────?」

 

 それは、思わぬ事態であった。

 その島には常夏領域が敷かれていなかったのである。

 

 エウリュアレと名乗るその女王は、全くもってアイランド・クイーンとしての責務を聞かされていなかったのだ。

 

 「参りましたね。女神アムール。そこまでいい加減な女神だとは…。いやもしかして、本当は常夏領域を敷かせることを強制させてはいないのか…?」

 

 この島の事情、この島における自分の能力を知ったエウリュアレは、ひとつの提案を口にした。

 

 「その常夏領域ってやつ。食べ物を食べない子に、無理やり食べさせるようにすることもできるの?」

 

 「それは……、食べ物の好き嫌いを無くすということですか?それとも、食欲を旺盛(おうせい)にさせると…?」

 

 「その両方よ。なんでもいいから食べるようになってもらうには、どうしたらいいの?」

 

 彼女の要望は私には理解しかねた。

 

 「ならば、空腹感そのものを亢進させてしまえばよいかと。水であれなんであれ、空腹感を満たすためなら、人はなんでも口には含みます」

 

 「……そうね。動物なら空腹感には耐えられないものね。わかったわ、礼を言うわガウェイン卿」

 

 彼女はそれを聞いて、スタスタと自室へと戻っていってしまった。

 

 「お待ちをエウリュアレ!なぜそのようなことをなさる必要があるのですか!?この島の人間全員が、空腹に苛まれることとなります!」

 

 「──────わかったわ。あなたには見せてあげる。街の人間には恐れられるだろうから、絶対に言わないでちょうだい」

 

 

 私が彼女の部屋で見たのは、

 "痩せこけた白い豹の姿をした魔獣" であった。

 

 「これは──────、」

 

 ひと目でわかった。

 この獣は、人間(・・)しか食べたことがない。

 こびりついていたその匂いが、紛れもなくそう語っていたのだ。

 

 「彼はもう人間を食べません。無論、他のどのような料理も」

 

 「エウリュアレ……」

 

 「ですが、彼に私は助けられました。……だから、勝手に死ぬなんて許さない。私は彼を助けたいの。たとえこの街の人間が空腹に苦しんでも、それで彼が助けられるのなら、私は───」

 

 彼女の決意は、誠実な願いに近かった。

 

 私は。

 彼女の力になりたかった。

 そしてなにより。この不器用な獣を───、

 

 

 「でしたら、常に食事の絶えぬ街へと築きあげればよいのです。……そうすれば、たとえ街の人間は空腹に苦しんでも、すぐにそれを満たすことができる。生憎と、この街は食料が豊かだ」

 

 「あなた、私が自分自身のワガママのために、常夏領域を使うことを見逃してくれるの────?」

 

 「ええ。それで、この魔獣が救われるのであれば。"(わたくし)" はあなたの力になりたいのです、女王エウリュアレ」

 

 その選択は誤ちだったのかもしれない。

 

 けれど。

 その時の私は、

 自分に()をつきたくなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 「それが、この魔獣…ですか」

 

 エウリュアレに簡単な料理を教えた後、

 自分たちはその話を聞かされた。

 

 この街が美食の島となった本当の理由。

 そして、なぜ "空腹感の亢進" という常夏領域が敷かれていたのか、その真相についてを。

 

 

 「───けれど、その常夏領域をもってしても、この魔獣は何も口に含むことはなかった。そういうことですね?」

 

 だからこそ、ガウェインははじめて自分たちと会ったあの日、"常夏領域は無意味だった" と言っていたのか。

 

 「ええ。だから、このオックスフォード美食王 決定戦を開催しました。この街の人間の総力をあげて、一番美味しい料理を用意すれば、彼もきっと食べてくれるだろうと思ったから」

 

 「なるほど。キミにとっても、今回の大会が最後の頼みの綱だったわけか。僕らにあのような特別待遇をしたのも、縋る思いだったわけだね」

 

 「……でも。結局、この子は一度だって反応すらしてくれなかったわ。会場の料理の匂いは、ここにはよく届くの。ひっそりと料理人たちが作ってくれた料理も持ってきていたけど、それもだめ。今回の大会で作られた全62品(・・・・)の料理。そのすべてをもってしても、彼の食欲には響かなかったわ」

 

 「エウリュアレ………」

 

 彼女ははじめから、自らが美味しい料理を食べたくて大会を開いていたわけではなかった。週に一度街を訪れて料理を品定めしていたのも、この魔獣のために行なっていたことだったのだ。

 それほどまでに、彼女はこの魔獣に深い感謝をしていたのであった。

 

 「だからね、ティターニア。"料理を楽しむ" とか、そんなこと考えてもいなかったの。…それで、はっとした。私は周りに頼ってばかりで、ただの一度も、"この子のために、自分で(・・・)料理を作ろう"とはしていなかったって」

 

 そう言ってエウリュアレは、ティターニアに教えてもらって作ったポトフ(・・・)を、魔獣へと差し出した。

 その料理は、この特異点にきて最初に、ティターニアが村正から教えてもらった料理だった。

 

 

 「…………………、」

 

 

 「………やっぱり、だめなのかしら」

 

 エウリュアレの話では、かれこれ数ヶ月間、この魔獣は何も口にしていないことになる。つまり、もうほとんど時間は残されていないだろう。

 

 そんな様子を見兼ねたガウェインが、エウリュアレの隣へと跪き、普段とは異なった柔らかい口調で魔獣へと話しかけた。

 

 「白き豹よ。(わたくし)は、あなたのように不器用な獣を三人(・・)知っています。……獅子(ひとり)は、民に愛され、愛する者も多くいましたが、復讐を優先して非業の死を遂げました。……(ひとり)は、愛する者に惑わされ、親愛なる主君への忠誠を守れずに後悔の念を抱きながら死に絶えました。………そして」

 

 そういって、ガウェインは奥歯を噛み締め、

 

 

 「……そして黒犬(ひとり)は、愛する者を喰らわねば我慢ならぬ愚者(ぐしゃ)ゆえに、なに一つ守れずに死を受け入れました」

 

 

 「ガウェイン───、」

 

 

 「…けれど。あなたは違う。名も無き獣よ。あなたには、あなたのことを心から(おもんばか)って、行動してくれる者がいる。そしてあなたは、その者に裏切られることも、喰らうこともせずに添い遂げられるのです。御身はこの島で最も "我慢強い獣" であると、他ならぬ今ここで証明してみせたのだから」

 

 ガウェインの言葉には、どこか強い願いが込められていた。

 まるで。自分たちには(つい)ぞ見つけることができなかった幸福な愛(・・・・)が、お前には見つかったのだ、と背中を押すように。

 

 

 そうして、今度はその隣にティターニアが腰をおろした。

 

 「はじめまして、名も知らぬあなた。……先ほど、エウリュアレ女王の話を聞いて、そして今、ガウェインの話を聞いてわかりました。あなたは、彼女の───"エウリュアレの喜ぶ顔" が見たかったんですよね?」

 

 魔獣は目を見開くような反応をしていた。

 

 「実はわたし、少し()が良くて。わかるんです、そういうの。あなたはずっと、エウリュアレに笑ってほしかった。人間を食べなかった時、彼女が見せた嬉しそうな笑顔が、もう一度見たかった。…だから、ずっと我慢しているんですよね。そうすればきっと、また彼女が笑ってくれると信じているから」

 

 ───ああ。なんて不器用。

 もしそれが本当なら。ガウェインの言った通りだ。この獣は、ひと目見た時から、この女王を愛した。

 そしてその女王がたった一度だけ、自分に向けたその笑顔が忘れられなくて、こうして今も恋焦がれている。

 

 「そう、なの───?あなた───、」

 

 「グルルぅ──────、」

 

 獣は答えるように起き上がり、そう鳴いた。

 

 

 「なによ、それ。馬鹿じゃないの、ホントに」

 

 そう言うエウリュアレの顔は泣き笑っていた。

 

 それを見た獣は、檻に顔をあて、舌をだして彼女の涙を拭き取ろうとした。

 

 「馬鹿ね、どうせ舐めるなら、私の涙なんかじゃなくて、料理を食べなさいよ!」

 

 「そうです。この料理は、エウリュアレがあなたのために(・・・・・・・)作ったものだよ。だから、あなたがこれを食べてくれれば、絶対にエウリュアレは笑うよ」

 

 ティターニアは優しい笑みを浮かべて、そう言った。

 

 それを聞いた魔獣は───、

 

 

 「グルぁう、はぅ、ぐらぅ」

 

 

 「うそ。食べた?ホントに……?」

 

 白豹の魔獣は、美味しそうに喉を鳴らして、エウリュアレの料理を食べたのである。

 

 

 「ホントに、不器用な子───、」

 

 

 そう言って、エウリュアレは彼の毛並みを優しく撫でた。

 

 

 

 自分たちは、そんな彼女と彼の姿を微笑ましく眺めていた。

 

 

 

 「ティターニア、礼を言う」

 

 そう言って、ガウェインはティターニアに頭を下げる。

 

 「ちょ、ちょっとやめてよ、急にかしこまって!」

 

 ティターニアは困惑した様子ではあったが、彼女の思いがしっかりと伝わっているようだった。

 

 

 「───そうか、ガウェイン。君が手を貸していた理由も納得だ。この()は、歪な僕らにとっても救いだったのかもね」

 

 

 

 すると、唐突に魔獣の身体が光出した(・・・・)

 

 「ちょっと待った、これって───!?」

 

 

 現れた光の玉は、その形を "純愛の鐘" へと変えたのである。

 

 

 「こいつは驚いた、メイヴの時と同じパターンだったのかい」

 

 「なるほど。"空腹感の亢進" の常夏領域の影響を受けていなかったのは、彼が純愛の鐘を保有していたからか」

 

 あまりの状況についていけなかったが、確かにそれなら辻褄が合う。

 

 「エウリュアレ、この鐘 鳴らしても構いませんか?」

 

 「──────ええ、もちろん」

 

 ティターニアの言葉に、エウリュアレは笑顔で頷いてくれた。

 

 「では、藤丸くん」

 

 「…うん。鳴らそう、五つ目の鐘を」

 

 

 そうして。

 オックスフォードの静寂の星空へと、鐘の音が響き渡る。

 

 

 その音はどこか獣の遠吠えにも似て、この島の人々から響いていた空腹の()を、消し去っていく優しい音色だった。

 

 

 

***

 

 

 「色々あったが、ティターニアは大会で優勝。女王が抱えていた問題も解決。鐘も無事に鳴らせたわけだ。手前(テメェ)にとっちゃ、今回は、これ以上ないくらいの結末だったんじゃねぇか?」

 

 あれから一夜明け、自分たちは今、オックスフォードの船着場でエウリュアレと向かい合っていた。

 

 「ええ。あなたたちには礼を言うわ。よくぞ女王───いえ、こんなワガママな女神の願いを叶えてくれました」

 

 「いいや、こちらこそ。キミの力になれてよかったよエウリュアレ。…それで、彼は今どこに?」

 

 「私の部屋で眠っているわ。きっと久しぶりに食べ物を食べたから、身体が休みたがっていたのよ」

 

 そう言って、エウリュアレは苦笑した。

 

 「エウリュアレ。今回の件で改めて思ったけど、君は優しい女神だね」

 

 本心からそう口にした。

 

 「はぁ!?な、なによ、急に。今からそんな褒めたって何も出ないんだけど?」

 

 エウリュアレは照れくさそうにそう言った。

 

 「うん、わかってる。君は人間に愛でられるために生まれてきた女神だ。でも君自身は、決して人間を贔屓(ひいき)したりはしない。…けれどそれは、人間も怪物(・・)も、差別なく接することができるという優しさの裏返しだ」

 

 人理修復の旅、その第三特異点にて、自分は彼女が、ミノスの怪物───アステリオスへと向けていた慈しみを知っている。

 そしてなにより。彼女には、怪物に堕とされてしまった最愛の妹───メドゥーサがいることも、当然知っている。

 

 だからこそ、彼女はあの魔獣にここまでのことをした。

 人間が人間を、当たり前のように特別扱いするように、彼女もあの魔獣を、当たり前のように助けたかったのだ。

 

 ──────愛をもった獣に必要だったのは、そういう、"どこにでもある(どこにもない)当たり前" をくれる存在だったのだ。

 

 

 「ええ。あなたは紛れもなく、人と自然が共存している、このオックスフォードの女王に相応しい女神でした」

 

 それを聞いたエウリュアレは、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らした。

 

 「…ふん。押し付けられてなった女王ではあるけれど、そうね。ああして大会に参加してくれたこの街の人間たちに、何も報酬がないのは可哀想だもの。しょうがないから、もう少しだけ面倒を見てあげるわ」

 

 それを聞いて、こちらも思わず笑顔になった。

 

 「この島の人間も、きっとすぐにアイツのことを許容してくれるだろうさ。なにせ、女王様を守った騎士(ナイト)なんだ」

 

 「……そうね。恋に種族は関係ない、か。良いものを見させてもらったわ。私からも感謝を」

 

 「そういえば、クー・フーリン殿とメイヴさんはこの後はどうするのですか?」

 

 二人は互いの顔を見合わせる。

 

 「まあ、あんまり長い間 島を放置するわけにもいかねぇからな。オレらはここら辺で帰───、」

 

 「いいえ。オークニーに戻るのは私だけよ。クーちゃんはこのまま藤丸たちに付き添ってなさい」

 

 「あ?でもお前、それは」

 

 「これは女王としての命令(・・)です。…鐘は残りひとつ(・・・)なの。わかっているでしょう、クーちゃん」

 

 二人の間にしばしの沈黙が流れた。

 

 「………あいよ。命令とあらば仕方ねえ。んじゃま、そういうわけだ。改めてよろしくな、藤丸」

 

 思わぬ流れではあったが、クー・フーリンが同行してくれることとなった。

 

 「藤丸。私もここからはおまえたちの旅路に同行させてほしい。…構わないだろうか?」

 

 そう言いつつも、ガウェインは少し気まずそうではあった。

 きっとこの島の事情を把握していたにも関わらず、カルデアではなく女王側に手を貸していたことを申し訳なく感じているのだろう。

 

 「いいや、こちらこそよろしく頼むよ、ガウェイン」

 

 そう言って彼女に握手を求める。

 

 「……ああ、感謝する。藤丸」

 

 

 「ランスロット様に姉様!これで円卓の騎士も三人!もう敵なしですね!」

 

 ガレスは我がことのように喜んだ。

 

 「それはそうと君、あのレストランは大丈夫なのかい?君がオーナーなんだろう?」

 

 「ん?ああ、マンチェスターのことか。それについては心配無用だ。元々あの大会がはじまるまでの()のオーナーとして雇用と指導をしていた身なのだ。大会が終わった以上、もう私の出る幕はない」

 

 彼女も彼女なりに、女王の願いを本気で叶えようと、料理の腕をあげるためにあの店のオーナー業を引き受けていたのか。

 どうやらここにも。不器用なひとがいたらしい。

 

 

 「…うん。ではただいまをもって、美食の島 オックスフォードの調査任務を完了とする!これよりタイニー・ノーチラス号に乗って……」

 

 その言葉の途中で、ネモ船長を含む数名のお腹が鳴った。

 

 「…そういえば。今朝はまだ何も食べていなかったね」

 

 「コホン!……しばしの食事(・・)をした(のち)、我々はロンディニウムへ帰還する!総員、レストラン "マンチェスター" へ直行だ!」

 

 ネモ船長の合図に、全員で走り出す。

 

 「お、おい!待ておまえたち!また無銭飲食するつもりか!?」

 

 「大会に優勝したんだから、今日くらいガウェインの(おご)りでもいいでしょー!」

 

 駆け出したティターニアは、振り返りながらガウェインにそう言った。確かにそれはナイスアイデアだ。

 

 「は!? こぉの、乞食どもがぁぁあ!!!!!!」

 

 そんな自分たちを、ガウェインは咎めながら追いかけてきた。

 

 

 

 「ふふっ、ホント、自由奔放なひとたちね。……ねえ、耳がいいから聴こえるでしょう?あなたも、お腹が空いたかしら?」

 

 女王は自身の城を見つめる。

 

 

 その視線の先からは、

 そんな呟きに応えるように、

 優しい獣の遠吠えが響いていた──────。

 

 

 

 

 ─────────、五つ目の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

 /『奇麗』-了-

 




 
 
 まずはここまでご愛読いただきまして誠にありがとうございました。今までで一番の長いシナリオとなってしまって申し訳ありません。なんででしょうか。学ばないのでしょうかこの作者は。
 
 そしてここからは今までと同じく、今回のお話と補足説明をしていきたいと思います。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。
 
 今回のテーマは、"美食"。
 夏といえば、スイカ!ソーメン!かき氷!海の家の平凡なラーメン!(ちゃんと美味しい店もあります)…ということで、食をメインにした物語となりました。しかし、本格的な料理話をするとなれば、夏らしい手軽で美味しい料理というのではなく、純粋に美味しい料理を目指すシナリオとなりました。そこの齟齬や誤解も含めて、今回のメインは彼女に担当していただく形となりました。
 
 ・星4 バーサーカー エウリュアレ
 
 今回のアイランド・クイーンさんです。白いビキニと打って変わってのワインレッドのショート透けワンピという、中々頭に想像しづらい外見にしましたが、これは "美味しい料理を求める" という一見 彼女らしくない行動をしているが、根底はいつもの彼女だよ、という意味を込めた比喩でもありました。ちなみに髪型を三つ編みロングにしているのは、ランサークラスのメドゥーサとのお揃いです。
 
 今回は今までと一風変わって、アイランド・クイーンが元となった妖精國の氏族長───ウッドワスとは、全くもって関連性がございません。彼女の立ち位置は、むしろ逆。彼らに "必要だったもの" なのです。
 人間と怪物に分け隔てなく、利用することも裏切ることもなく、ただ正しいことと間違っていることを伝える存在。愛を受け取り、相応の愛を返す者。それは、人ならぬ女神である彼女だからこその価値観でした。
 
 今回のエウリュアレは、召喚がまだ不慣れだったアムール神が呼び出した最初の被害者。彼女も彼女でやることが山積みだったので、そそくさとどこかへ行ってしまったのは許してあげてね?(オイ)
 知性の高い魔獣が跋扈(ばっこ)する森で、エウリュアレは名も無き豹と出会います。彼の助けもあり三日間かけてようやく森を抜けることができたのです。
 しかし、サーヴァントであるエウリュアレとは異なり、魔獣は自然の生き物。人間しか食べてこなかった彼は、人間を食べることを許さなかったエウリュアレのために、飢餓に陥って今回の物語へとつながります。
 
 そこから約二ヶ月。来訪したガウェインからアイランド・クイーン、常夏領域、純愛の鐘について、はじめて知ります。
 ガウェインの提案で "空腹感の亢進" という常夏領域を敷くも、彼には効果なし。この時点でエウリュアレとガウェインは、彼が "純愛の鐘" を保有していることに気がつきました。そうです。彼が数ヶ月間も生き延びることができたのは、この鐘のおかげでした。ですが現世の生物である彼は、当然 魔力だけでは生き続けることはできません。ゆえに、もう残りわずかの状態でした。最後の頼みの綱として、街の人間の総力をあげての至高の料理をつくる大会を開いたのです。
 ですが物語中にも語られた通り、彼女は料理に疎く気分屋です。目的とルールが噛み合っていないのは、そんな彼女の無知さが現れていたからです。…今回の大会でも上手くいかなかった場合、彼女は彼の生存を諦め、彼の生命線である鐘を、カルデアへ渡すつもりでした。
 
 ちなみに今回の物語の裏テーマは、"美女と野獣"。ただし、野獣は人間には戻らず、獣は獣のまま美女の傍に居続けます。
 
 
 ・名も無き豹
 
 今回の物語のもう一人の主人公。どこにでもいる、不器用な誰か。エウリュアレをミスリードとし、こちらがFGO 第二部 第六章のオックスフォードの領主───ウッドワスの対比として描いたキャラクターでした。愛した女に(かどわ)かされ、主への忠誠を誓えなかった彼とは対照的に、愛した女と忠誠を誓った相手が"同じ人物"だった魔獣。そしてそうあれたのは、他ならぬエウリュアレが受けた恩を言葉にして、必ず返そうとする人物だったからです。
 
 物語の冒頭、今まではティターニアの独白(どくはく)ではじまっていましたが、今回は趣向を変えて彼の独白ではじまっています。
 なので、その冒頭で書かれた内容が彼のすべてです。獲物だと思って見つけた少女からされた感謝が、彼のすべてになりました。己の命を投げ打ってでもずっと笑っていてほしいと思える相手になったのです。
 しかし愛を知らない彼は同じことを繰り返します。少女が笑ってくれるのは、"自分が食べ物を我慢した時だけ" だと信じ込んで、ずっとその笑顔を待っていました。
 
 一応名前も決まっており、「ベス」という名前です。由来は()の毛皮を被ったエジプトの戦神。ギリシャ神話におけるゴルゴーンと同じく、"魔除け" として装飾に扱われる神です。
 これは神話体系(種族)が違くとも、通ずるところはあるのだという意味を込めて、エウリュアレが名付けました。
 物語中に登場はしませんでしたが、エウリュアレの宝具は彼との合体技になります。
 『白豹と女神(ベス・ウィズ・ザ・エウリュアレ)』。彼女のクラスがバーサーカーなのも、彼がいるからです。
 
 そしてなぜ彼が純愛の鐘をもっていたのかについてですが、これは今までの鐘の場所と同じで、元となった氏族長に由来した比喩表現です。
 「庭園の中心」、「一番の宝物の場所」、「女王のお膝元」、「女王自身」、「不器用な愛を抱えた獣」。となれば残りひとつは───、
 
 
 ・星4 セイバー 常夏騎士 ガウェイン
 
 二人目の常夏騎士がここで参戦!店のオーナーまでやってのけるよ!……ということで登場した彼女。正体は当然あの人です。店の名前はマンチェスターとブラック・ドッグの二択で迷いましたが、まあ自分からは付けないだろうということで前者になりました。
 彼女もランスロットと同じく召喚されたサーヴァントであり、出生の理由もあってオックスフォードにて現界しました。そこからの流れは物語中で語られた通りですが、彼女があそこまで尽力したのは、やはりあの魔獣に思うところがあったからに他なりません。
 彼女は魔獣の不器用さを、三人の獣に喩えました。一人目はボガード──愛より復讐を選んだ恩人。二人目はウッドワス──忠誠より愛を選んだ重鎮。そして三人目は自分──破綻した愛を抱えた愚者でした。
 それを理解しているからこそ、彼女はまだ報われる(・・・・・・)愛を抱えたあの魔獣を、救ってやりたかったのです。たとえそれが、陛下の命令に背くこととなっても。
 
 
 ちなみに他にも、今回はガレスの第二宝具として『譎詐全断・過重沼光(アロンダイト・オーバーポンド)』が登場しました。大剣に蓄積した魔力を、対象の内側で全解放する大技となります。ゲームで表すなら、再臨で宝具が変わるような感じです。全体B宝具から単体A宝具、みたいな。なんでそんな宝具をもっているのかって?さぁマーリンじゃないカナ。 …というのは冗談で、ちゃんと理由は考えてありますので、どうぞお楽しみに。
 また、物語中で何度か聞き覚えのある名前だな?というのが登場したりもしていますが、そこは小ネタということで、皆さんの想像に委ねます。夢があるね。
 
 
 といった感じで、今回はこの辺りで終わりにさせていただきたいと思います!後書きも含め、ここまでの長文を読んでいただけたなら、作者冥利に尽きます。心からの感謝を。
 
 鐘は残りひとつ。この物語も残り三節となりました。
 どうか次回の更新を、楽しみにお待ちいただけますと幸いです。改めまして、ここまでのご愛読、誠にありがとうございました!


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第七節『人気女帝で行こう』

 
 
 
 
 第七節目の更新となります。
 今回も引き続きFGO 第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含む内容となっています。
 予めご了承の上で、お読みいただけますと幸いです。また、今回は過去一の文量です。お暇な時間にお読みいただけますと幸いでございます。
 
 


 

 

 

 

 

 そこは何もない場所。

 "無" と形容するのが相応しい暗闇の中で、

 三人の罪人(やくさい)が集められていた。

 

 

 「どこ……ここ……私は…えっと、」

 

 「(わたくし)は、確か "円卓の騎士" たちに…」

 

 「……………、」

 

 これは崩壊の地続き。

 咎人(とがびと)である彼女たちには、その罪を忘れることは許されない。

 

 「あれ…なんで、オマエらがいるの……?」

 

 「それはこちらの台詞だ。おまえは大穴へと落ちたと聞いていたが。いや、そもそもなぜ私はこうして…」

 

 「は…?意味わかんない…んだけど。私はお母様のためにずっと、ずっと……あれ…私」

 

 「────いや、僕らは死んだ(・・・)。これはきっと…」

 

 そう一人の少女が呟いた言葉を遮るように、別の女の声がこの空間に響き渡った。

 

 

 『────そう。お前たちは死んだ。厄災へと変生(へんじょう)し、我が(・・)妖精國(ようせいこく)を滅ぼしたのだ。"バーヴァン・シー"、"バーゲスト"、"メリュジーヌ"。』

 

 

 「「「──────!」」」

 

 その声を、彼女たちが知らぬはずがなかった。

 はぐれ者でしかなかった自分たちへ、居場所をくださった恩人。かつて忠誠を誓った、本当の意味で妖精國を愛していた陛下の声を。

 

 「お母、様!?ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい私、また、お母様の望みを───」

 

 「お詫び申し上げます、陛下。私が愚か者でございました…」

 

 「合わせる顔が、ありません。陛下……」

 

 赤髪の王女は、どこにも見えぬ母へ縋り付くように膝をついた。

 金髪の淑女は、膝を折り、ただただ(こうべ)を垂れてその首を差し出した。

 銀髪の少女は、強く自らの拳を握って、ただ奥歯を噛み締めていた。

 

 

 『─────もうよい。あの結末(・・)は、もはや覆らぬ。なるべくしてなった "終わり" だったのだ』

 

 その陛下の声色には、どこか後悔があるようにも聴こえた。

 

 『故に。これよりお前たちに言い渡すことは、罪状ではない。私からの、最後(・・)の命令だ』

 

 

 「最後の………」

 

 

 『これよりお前たちには、時間より隔絶した変異(・・)特異点なる場所へと向かってもらう。その目的は "カルデアとティターニア(・・・・・・)を名乗る少女の護衛" だ』

 

 

 「……は? なんで私たちがアイツらなんかを」

 

 『バーヴァン・シー、お前は私の指示が聞けぬというのか』

 

 「い、いえ!いいえ!……必ず、必ず守ります!」

 

 彼女の声は、どこか悲痛なものであった。

 

 『ならばよい。…その特異点は、お前たちにとっては "立ち入ることを禁じられている地" だ。故に妖精國と同じく着名(ギフト)を授ける。よいな?その地では決して、本当の名(・・・・)を名乗ってはならぬ』

 

 「はい。では我々は妖精國と同じく、"妖精騎士" として任務に当たればよいのですか」

 

 『いいや。貴公(・・)らに授ける名は "常夏騎士" だ。これは着名(ギフト)でもあるが、同時に "祝福(ギフト)" でもある。この力があるかぎり、貴公らはこの地の影響を受けない』

 

 「常夏───、騎士───?」

 

 『そして。お前たちの正体を偽る障壁でもある。お前たちを知るものが現れた時、その者たちの認識に映るのは、その与えた名に由来する人物だ。"認識の改竄(かいざん)" ともいえよう。この力は常夏領域(・・・・)と呼ばれている』

 

 「僕たちは、その常夏領域というのを纏った状態で、任務に向かうということだね?」

 

 『そうだ。そしてお前たちと同じく、特異点先には、島全土に常夏領域を敷く女王───アイランド・クイーンがいる。全部で六人。うち二人は既にカルデアが退(しりぞ)けた』

 

 「その残りの調査の護衛を、私たちに任せるってこと?お母様…」

 

 『その通りだ。彼らの任務は、女王を退け、それぞれの島の霊脈と通じる "純愛の鐘" を鳴らすこと。…お前たちはそれを支援しろ。一度のみであれば、お前たちの祝福(ギフト)をカルデアの者どもへの保護としても使えよう。だが二度目は(ひか)えろ。効力が失せ、存在が保てなくなる』

 

 「…………、」

 

 『──────不服か?バーゲスト』

 

 「いえ、そのようなことは!…しかし私にはわかりません。なぜ陛下はカルデアに対してそのようなことを?」

 

 

 『それは、その地へ向かえばお前たちにもわかろう。…そこは夢をかたどった楽園。妖精のいない島だ。島の人々はみな、女王を敬い、そしてなにより夏を楽しむように "つくられている"。きっとお前たちの目にも、違うモノが映るだろう』

 

 

 「陛下……、」

 

 

 『では。…常夏騎士トリスタン、常夏騎士ガウェイン、常夏騎士ランスロット。二度も(・・・)、この私を失望させてくれるなよ』

 

 

 そうして暗闇は崩れ去る。

 観測宇宙では決して起こり得ぬ邂逅(かいこう)

 記録宇宙より(つま)み上げられた罪人たちは、

 最後の贖罪(しょくざい)を果たすために常夏の島へと向かうのだった。

 

 

 

 

 /『世に厄災の花が咲くなり』-了-

 

 

 

 

 

 

 

 第七節『人気女帝で行こう』/

 

 

 

 オックスフォードの鐘を鳴らしてから、二日間。

 自分───藤丸 立香たちは、ネモ船長の判断により待機命令(・・・・)が出ていた。

 

 

 「()、ですね」

 

 窓から外を眺めていたティターニアがそう呟いた。

 

 「この特異点に来てから、雨を見るのははじめてだっけ?」

 

 「いや、ソールズベリーの調査をした時にも、何度か雨が降ってたぜ。…もっとも、忘れちまってた二周目の記憶なもんだから、あんまり実感は湧かねえがな」

 

 村正からの指摘で自分も思い出す。

 夏の雨は湿気が多く、なんというか普段のからっとした天気を知っていると、余計にどんよりとした気持ちになってしまう。

 

 「ネモ殿とクー・フーリン殿、大丈夫ですかね…」

 

 「予定では、今日中に帰ってくると言っていたけど」

 

 この天気だ。船を渡らせるのは一苦労だろう。

 心配ではあったが、ネモ船長の腕を信用しているため、そこまで大きな不安はなかった。

 

 

 「なんだ?今日は随分と元気がなさそうだね、君たち」

 

 自分たちがいた部屋のリビングへと、ランスロットとガウェインがやってくる。

 

 「姉様にランスロット様、もしかしてもう出来たのですか?」

 

 「まあ、"冷やし中華" だからな。麺を茹で、切った具材と汁をかけるだけの手軽な料理だ。昼食にはちょうどよいだろう?」

 

 「オックスフォードでの調査以来、僕も少し料理に興味が湧いてね。具材は僕が切ったんだぞ」

 

 「はじめ小刻みに切りすぎて糸状になったキュウリを見た時は肝を冷やしたがな…、何はともあれ無事に完成した」

 

 そう言って、ガウェインが盆に乗せた料理をテーブルに並べようとした時───、

 

 

 「ただいま、立香。みんな」

 

 「よう、ひでぇ雨だったぜ」

 

 ネモ船長とクー・フーリンが玄関の扉を開けて帰ってきた。

 

 「二人とも!おかえり!……と、あれ?」

 

 見るとその二人の後ろには、思ってもいなかった人物が二人(・・)いたのである。

 

 

 「エヘへ、お邪魔します…マスターさま」

 

 「わえが自ら出向いてやったのじゃ。喜んで咽び泣いてもよいぞ、貴様ら」

 

 「ゴッホ!それに、ヴリトラ!?」

 

 

 

 

 ──────そうして。

 思わぬ再会とともに、なぜ彼女らを連れてきたのかについて、ネモ船長はゆっくりと話しはじめた。

 

 

 

 「最後の鐘を鳴らしに向かう前に、改めてこの特異点について整理しておこうと思ってね。彼女たちを呼んだのは、そのためだ」

 

 ネモ船長は、そう言ってテーブルの上に地図を広げた。

 

 「確認しておきたいことというのは、この特異点の女王たちとアムール神についてだ。これは、エウリュアレの話がいい参考になってくれた」

 

 そう言って、ネモ船長はオックスフォードの島を指さした。

 

 「エウリュアレは、自分がオックスフォードに召喚されたのは数ヶ月前だったと言っていた。そうだね?ガウェイン」

 

 「ああ。私もそう聞き及んでいた」

 

 「不慣れな召喚方法や危険地帯に野放しにした点、説明が不足されていたというエウリュアレの話を考慮するに、おそらくアムール神が最初に呼んだアイランド・クイーンがエウリュアレだったのだろう」

 

 ということはアムール神は、自分たちがこの特異点にやってくる数ヶ月も前から下準備をしていたのか?

 

 「…けれど。僕らが召喚される直近の記憶を思い出すに、エウリュアレらが数ヶ月前からカルデアを失踪していたという報告はなかった」

 

 「つまり、この特異点の中は、現実世界とは時間の流れが違う?」

 

 まず、アムール神はエウリュアレたちアイランド・クイーンを先にこの特異点へ呼んだ。それは事実だろう。しかしその後、自分たちがこの地へ召喚されるまでの間に、既にそれぞれの島は在り方が出来上がっていたのだ。

 それを踏まえると、ここだけが隔絶した時間の流れをもつことになる。

 

 「そういうことだ。アムール神は僕らよりも先に女王たちを呼んで、舞台を整えたのだろう。この特異点内の時間が、外と隔絶しているのならば、容易に可能なことだ。…そしてエウリュアレの次に召喚されたのは、グロスターのBBだと僕は思っている」

 

 そう言って、ネモ船長は次にグロスターの島を指さした。

 

 

 「なぜなら彼女は、この特異点の内情に詳しい様子だったからね。どうだい、村正?」

 

 「その通りだぜ、キャプテン。BBは確かに、数ヶ月かけてあのテーマパークを作ったと(オレ)に自慢してやがったしな。…けど、儂が召喚されたのはだいぶ後だ。おそらく藤丸たちと同時期だろうさ」

 

 村正が自分たちと同時期に召喚されたのは、島の女王ではなかったからだろうか。

 

 

 「うん。そしてその次に召喚されたのが、ソールズベリーの女王──ヴリトラ、キミじゃないのかい?キミは "島の霊脈の魔力を電力にかえて" ビデオを見るという行為をしていた。その使い方は、BBのテーマパークの電力と同じものだ」

 

 「そうじゃ。わえが召喚された時、アムールなる者から "汎人類史の冒険について学ぶため" にアレを渡された。島の趣向(しゅこう)だけを聞かされて、やり方はわえの自由でよいとヤツは言うたぞ?」

 

 おそらくアムール神は、BBの霊脈の使い方を見て、ヴリトラへの方針の伝え方を思いついたのだろう。

 説明不足がちな彼女にとって、手軽に方針を教えることができるビデオという媒体は、とてもやりやすかったのかもしれない。

 

 

 「ああ。ヴリトラの言う通り、ここまで(・・・・)の彼女は、アイランド・クイーンたちに "自由" を許していた」

 

 常夏領域を知らなかったエウリュアレ。

 自分の野望を叶えるための領域を敷いたBB。

 自分の趣味を優先した領域を敷いたヴリトラ。

 

 ここまでの三人は、確かに自由な在り方を許されていた。

 

 

 「けれどこの後より、"何か" が変わった。ノリッジの女王──ゴッホ、キミはアムール神に会っていない(・・・・・・)というのは本当かい?」

 

 「え…?でも、確かゴッホは水着をカレンから貰ったって…」

 

 「いいえ、マスターさま。確かに、ゴッホはそう言いました。ですがその話は、カレンさま───アムール神 本人から聞いた話ではないのです」

 

 アムール神から聞いた話ではない…?

 

 「私にアイランド・クイーンや常夏領域、純愛の鐘、夏の霊基について説明してくださったのは、別の人(・・・)なんです。姿は朧気(おぼろげ)で、よくわからなかったんですけど、間違いなくアムール神ではなかったです…エヘへ、ちゃんと覚えてなくてすみません…ゴッホは役立たずです…」

 

 ここにはいない、別の誰か(・・・・)が介入しているのか。

 

 「けれど、その人物がゴッホにしたのは説明だけ(・・・・)で、既にゴッホは常夏領域を与えられていた。…このことを踏まえると、アムール神は一度ゴッホに会ってその力を与えているが、なにか理由があって、その時の記憶を消し、別の人物に説明だけを委ねた、ということになる」

 

 「記憶を消す必要があるような会話をしたってことか?」

 

 「うん。多分ね。ゴッホ本人は忘れているから、細かな真相まではわからないけど、きっとアムールにとって都合の悪いことがあったんだろう。…そして、その時に助けを求めたゴッホが、僕を召喚した(よんだ)んだと思っている。僕は立香たちよりも早い段階で召喚されていたからね。タイミングでいえば、そのくらいの時期だよ」

 

 ネモ船長は、自分たちよりも先に召喚され、ロンディニウムで情報を集めながら、島の船乗りたちと信頼を結ぶまでの関係性を構築していた。確かに、時期は一致する。

 

 

 「そして五人目。オークニーにメイヴが召喚された。彼女は、情欲で溢れた島をつくるというアムール神の要求を蹴って、その結果 無理やり常夏領域を敷かさせられた。だったね、クー・フーリン?」

 

 「おうよ。もっとも、オレが召喚されたのはそこの村正と同じで、お前さん達が呼ばれたのとほぼ同時期だろう。オレがアムール神に呼ばれた時、既にエディンバラの街は出来上がっていた。…島の霊脈と数ヶ月の時間があるなら、メイヴにはつくれる規模だ」

 

 メイヴはアムール神の要求を拒否した結果、強引に常夏領域を敷かされ、そしてそれを覆すために数ヶ月かけてあの街を作ったのだ。

 

 「だが、ゴッホを召喚して以降のアムール神の不審さを踏まえると、なんでオレが "メイヴのおもりをさせられたのか" がなんとなくわかったぜ。……おそらく、メイヴが余計なことをしないよう釘を打つため(・・・・・・)だ」

 

 「監視とストッパーの役割、ということですか」

 

 「ちょっと待った、じゃあ村正のおじいちゃんがBBのところにいたのはどうして?」

 

 確かに。村正はアムールがBBのところへ配属したのではないのか?

 

 「あー…、それはおそらく、BBはアムールと対等な契約を結んでたんだろうさ。"協力する代わりに手足となる小間使いを一人よこすように" ってな。散々 "別の人にすればよかった" って悪態つかれてたからわかるぜ…」

 

 その時のことを思い出して、村正は少し居心地が悪そうな表情を浮かべていた。

 

 「うん、そういうこと。…話を戻そうか。今のゴッホとメイヴの件を考えると、このタイミングでアムール神は、絶対に常夏領域を敷かせる方針へとシフトしている。前半の三人に自由を許していたのとは、対称的にね」

 

 比較的アイランド・クイーン本人に方針の自由性を許したエウリュアレ、BB、ヴリトラの島と、方針通り強制的に常夏領域を敷かせたゴッホ、メイヴの島。

 あまりにも正反対すぎる。

 

 「……ここで重要なのが、なぜ強制させる(・・・・・)必要があったのか、ということだ」

 

 「それは、"純愛の鐘を鳴らさせないため" …ですか?」

 

 島の女王に自由性を与えてしまえば、自分たちに容易(たやす)く鐘を鳴らされてしまう可能性がある。だから無理やりにでも領域を敷いて、場を整えたのだろうか?

 

 

 「そこから先は、まだわからない。だがアムール神は、ゴッホへ説明をさせた謎の人物も含めて、なにか僕らでは知りえない動きをしているように思える。そこで次に気になっているのが、キミたち(・・・・)だ」

 

 ネモ船長はそう言って、ガウェインとランスロットを見据えた。

 

 「………僕らがその "謎の人物" の関係者だと、君は言いたいのかい?」

 

 「確証はない。だが、ゴッホに呼ばれた僕、カルデアから招かれた立香、ガレス、村正、クー・フーリン、そしてティターニア。…僕ら六人とは、明らかにキミたちの召喚タイミングが異なる。加えて常夏騎士(・・・・)という能力。気にならない方がおかしいだろう?」

 

 ガウェインとランスロットは、しばし沈黙した。

 

 「姉様、ランスロット様………?」

 

 「不安にさせてすまないな、ガレス。だがそれは杞憂だ。確かに私たちは、おまえたちとは召喚されたタイミングが異なる。時期でいえば、おまえたちが二つ目の鐘を鳴らしたすぐ後だ。…しかし、私たちの目的は "カルデアを護衛すること" だ。敵ではない」

 

 「それを聞いて安心したよ。では、単刀直入に、核心をつく質問をしようか。…キミたちにそれを命じたのは誰だ?」

 

 ネモ船長は真剣な眼差しで二人を見つめた。

 

 「………僕たちの陛下(・・)さ」

 

 「──────!」

 

 ランスロットとガウェインの陛下。ということはつまり、ブリテンにて語られる伝説の騎士王が───?

 

 

 「……やはり。そうか」

 

 「ネモ船長…?」

 

 ネモ船長は深く息を吸ってから、

 

 「これより我々が向かう、最後(・・)の純愛の鐘が眠るとされる場所。…その島の名は、"キャメロット(・・・・・・)" だ」

 

 覚悟を決めたように、そう告げた。

 

 

***

 

 

 雨は止み、灰色の雲の切れ間から日が差してきた。

 ゴッホとヴリトラを帰すために、ノリッジとソールズベリーの島を立ち寄ったタイニー・ノーチラス号は、そのまま大海をかき分けて最後の島を目指していく。

 

 「本当に。あの島に最後の鐘があるのでしょうか」

 

 ティターニアはどこか納得がいかなそうにそう言った。

 

 「でも、残る島はあそこだけだよ。実際、四つ分の鐘を鳴らした後、"五つ鐘を鳴らしてから来い" と警告までされたしね」

 

 ネモ船長は前回 島の住民から言われた言伝を思い出しながらそう言った。

 

 

 「ガウェイン、ランスロット。キミたちの陛下は、自分が六つ目の鐘を保有しているとは言っていなかったのかい?」

 

 「いや、陛下からそのようなことは言われていない…、最後の島がキャメロットだと聞いて、私たちも動揺している」

 

 ガウェインとランスロットは、どう立ち振る舞えばよいか悩んでいるようだった。それもそのはずだ。これから対峙しようとしている陛下は、彼女たちにカルデアを護衛するよう命じた人物なのだ。

 

 

 「間もなく上陸する。全員、準備はいいかい?」

 

 

 

 ──────そうして。

 自分たちは黄昏(たそがれ)空を背にキャメロットへとたどり着いた。

 

 「随分と大きくて賑やかな街だな……」

 

 呟いたクー・フーリンの言葉が霧散しそうなほど、街には人が溢れ、あちこちで和風な音楽が鳴り響いていた。先ほどまでの緊迫していた空気感を消し去るように、昼も夜も関係ないと言わんばかりの賑わいようである。

 

 「おっと、これは失礼した」

 

 「ネモ殿、こっちです!はぐれないように!」

 

 呆気に取られて立ち尽くしていたネモ船長は、周りの道行く人達にぶつかりそうになっていた。

 

 「村正、この音楽って…」

 

 「ああ。"祭囃子(まつりばやし)" だ。まさかこんな南国の島々の特異点で、日本の風習を目にすることになるとはな」

 

 「まつり、ばやし…?」

 

 「今この街に流れている音楽のことだよ。笛や和太鼓、()(がね)を使った、日本の夏祭りなんかでよく耳にする演奏なんだ」

 

 「ふーん、ユニークだけど、心地の良い音楽だね」

 

 ティターニアやランスロットは、珍しい音楽に関心を抱いている様子だった。

 

 「む、あの大柄の男どもが担いでいるものはなんだ…?」

 

 ガウェインが物珍しそうに指を指す。

 

 「ああ!あれは、御神輿(おみこし)だよ!」

 

 「神輿には、神さんが乗っててな。ああやって街を巡回して、災厄や穢れを吸収して清めたり、人々の豊作、大漁を祈願する目的があるんだ」

 

 「へぇ、ケルトでいうサウィン祭みてぇなもんか?」

 

 「ああ?……まあ、豊作を願うという意味じゃ近しいかもしれねぇが、こっちは悪霊を追い回したり、神輿の中に生贄をいれたりはしてねぇよ」

 

 「いや、追い払う(・・)だけで追い回して(・・・)はいねぇからな!?というか、祭りの度に生贄も用意してねぇよ!」

 

 クー・フーリンの言っていたサウィン祭というのは、今でいう "ハロウィン" の原型となった祭りのことだろう。

 なんでも、現代でお化けのコスプレをするようになったのは、本来は悪霊を追い払うことが起源なんだとか。

 

 「とりあえず、街を見てまわろうか」

 

 

 そうして、一通り街を散策する。キャメロットの街はいくつもの大通りに分かれ、その左右には様々な店が建ち並んでおり、それらの大通りはひとつの建物に通じていた。

 あまりの街の広さと大きさに、その場所へたどり着くまでに日は暮れてしまっていた。

 

 「あとは、あのでかい建物だけだな…」

 

 「明らかに和風の建築物じゃないね。残すはあそこだけだ。向かってみよう」

 

 ネモ船長に促され、街の中心となるドーム状の建物へと向かった。

 

 

***

 

 

 そこはダンスホール(・・・・・・)だった。

 

 ドーム状の会場に集まっていた人々は、その中心で照らされる "一人の少女" に釘付けになっていた。

 

 

 ──────たった一人の舞踏会。

 

 響き渡るクラシック音楽とともに、

 少女は儚げに、しかして楽しそうに踊っていたのだ。

 

 くるくる、と。

 

 ひらひら、と。

 

 

 まるで、優雅に舞う蝶のようだった。

 

 

 『お集まりの皆様、本日()お越しくださいまして、誠にありがとうございました。本公演の夜の部はこれにて終了となります。どうぞお足元にお気をつけて、ご退場いただけますよう、よろしくお願いいたします』

 

 

 少女の丁寧な終わりの挨拶とともに、会場には万雷の拍手が鳴り響いていた。釣られて、自分も思わず拍手をする。

 

 

 「下に降りて、彼女に会いに行こうか」

 

 ランスロットがそう提案する。

 

 「ランスロット様……?」

 

 「ようするにもしかして…」

 

 「ええ。彼女が最後の、三人目(・・・)の常夏騎士です」

 

 

 

 会場の人々が退場していった後、自分たちは中央のステージへと向かう。少女は中心でしゃがみこんで、ヒールの靴紐をほどいている様子だった。

 

 

 「やあ、常夏騎士トリスタン(・・・・・)。今までの島にいなかった以上、ここにいると思っていたよ」

 

 話しかけたランスロットの言葉に、少女は振り返った。

 

 「ランスロット?…それにガウェインまで。って、ああそう。後ろにいるのはカルデアね?なんだ、もう五つ鳴らしてきたんだ」

 

 靴紐を締め直して立ち上がった赤髪の少女に、自分は見覚えがなかった… / …いや、今話したランスロットやガウェイン、そしてガレスと同じく円卓の騎士に名を連ねる "嘆きの子"───トリスタンに間違いなかった。

 

 

 「どうだった?鐘を鳴らす旅は?…吐き気がしそうなほど、しんどかったなら嬉しいんだけど!」

 

 「みんなが協力してくれたおかげで、楽しい旅だったよ。よろしく、トリスタン。それとさっきのダンス、すごい良かったよ!」

 

 「…………チッ、わかってはいたけど、やりづれぇな。はいはい、よろしく。で? "ティターニア"って子はどれ?」

 

 そう言って、トリスタンは自分たちの顔を一人一人確認する。

 

 

 「えっーと、わたしです……」

 

 

 「は────────────?」

 

 それを聞いたトリスタンは頭の整理が追いつかないと言わんばかりに、硬直する。

 

 「………ぷっ、あは、あははははははは!!!」

 

 「ん?どうした、アンタ」

 

 唐突に笑い出したトリスタンに、クー・フーリンは困惑する。

 

 「そりゃ笑うでしょ!ティターニア?オマエが?なんの冗談よ!」

 

 「トリスタン、自分の身を省みなさい。そうすれば事情はわかるだろう?」

 

 「あ?んなこと、わかるに決まってんだろ。余計なお世話なんだよガウェイン。……それで、ちゃんと鐘は五つ鳴らしてきたの?オマエ」

 

 「え?…はい。藤丸くん達のおかげで、なんとか」

 

 先ほどからティターニアはどこか気まずそうだった。

 

 「ちょっと待った。もしかして、ロンディニウムの島へ言伝をしたのはキミなのかい、トリスタン」

 

 「ああ、そうだぜ。適当な島の人間をパシリにして、伝えてもらったの!ナイス・アイデアだっただろ?」

 

 トリスタンは上手くいって上機嫌とばかりに笑う。

 

 「そいつはなんでだ?この島の鐘を六つ目にしなきゃならねえ理由でもあんのか?」

 

 「は?命令じゃなきゃこんなメンドくせぇことしねーよ。それに、鐘を五つも鳴らしてねぇ身でお母様(・・・)に会えるとか、思うなよ」

 

 お母様…?

 

 「ん?この島のアイランド・クイーンは、キミの母親なのかい…?」

 

 「はぁ……」

 

 なぜかガウェインが、頭痛を感じたように眉間を押さえた。

 

 「あっ、えと、お母様っていうのは敬称に決まってんだろ!母親のように尊敬してるってコト!…だろ?ランスロット!」

 

 「僕はノーコメントで。」

 

 「おいッ!!」

 

 トリスタンは梯子(はしご)を外されたのか、ランスロットに対して頬を膨らませる。

 

 「…まあいいや。とりあえずさ。私と一回ここで勝負しろよ」

 

 そう言って、トリスタンはティターニアを指さす。

 

 「え?トリスタン、どういうこと?」

 

 「テメェには言ってねぇよ、カルデアのマスター。私が聞いてんのは、オマエ」

 

 「………どういうつもりだ、トリスタン」

 

 「トリスタン。僕たちが陛下に言い渡されたのは、カルデアの護衛だったはずだろう。忘れたとは言わせないよ」

 

 「わかってるよ。…わかった上で、一発 決着をつけねぇと納得がいかないワケ。いいだろ、ティターニア」

 

 そう言うトリスタンの目は、とても真剣な眼差しだった。

 

 「───わかりました。その挑戦を受けます」

 

 「あはっ!そうこなくっちゃ!ほら、他のヤツらは下がってな。楽しい舞踏会のはじまりはじまり……ってね?」

 

 トリスタンはそう言って、自分たちをはけさせ、ティターニアを連れてホールの中心へと誘った。

 

 

***

 

 

 ──────闘いは、一方的だった。

 

 

 「あは、あはははははははは!!!……なんだよ、オマエ。メッチャクチャ弱くなってんじゃん!あーあ、本気出して損した」

 

 ティターニアは、トリスタンの前で膝をつき、携帯している魔術剣を杖代わりにして、立ち上がろうとしていた。

 

 「ティターニア───!」

 

 「大丈夫です、藤丸くん!手は出さないでください…!」

 

 そう言ったティターニアは、肩で息をして辛そうな表情を浮かべている。

 

 「なに強がってんの、オマエ。好きな男の前だから、カッコつけちゃってるワケ?…ウザいからさ、もう潰れちゃえよ!」

 

 トリスタンの鋭利なヒールがティターニアのこめかみに襲いかかる。

 

 「っ──────!」

 

 咄嗟の判断で、魔術剣を振るい、ティターニアはそれを払い後方へと下がる。

 それと同時に、爆薬の魔術を施したビンをもう片方の手でトリスタンへ目掛けて投げつけた。

 

 「んな小細工(こざいく)もう知ってんだよッ!」

 

 トリスタンも後方へと下がりながら、指先から魔弾を放ち爆薬を範囲外から爆発させた。

 激しい爆音とともに、あたりに煙がただよう。

 

 「あーあ、せっかくのダンスホールが台無しじゃん。お母様に言って直してもらわないと…」

 

 そう言って、トリスタンは煙の向こうに見えるティターニアの影を見据える。

 

 ──────しかし、

 彼女が見ていた影は、気がつくと()の形に変わっていたのだ。

 

 「──────!」

 

 「引っかかりましたね、トリスタン!」

 

 背後に回り込んでいたティターニアは、持ち前の不意打ちの魔術でトリスタンに一撃浴びせようとして───、

 

 

 「バーカ、わざと(・・・)誘ったに決まってんだろ?」

 

 

 「なっ──────!?」

 

 トリスタンの華麗な回し蹴りが、ティターニアの腹部へとはいる。

 

 「あ"、っ──────!」

 

 ホールの端の壁まで蹴り飛ばされたティターニアは、そのまま激突して床に倒れた。

 

 

 「ティターニア──────!」

 

 もう限界だ。彼女の助けに入ろうとして、

 

 「え───?」

 

 村正にその肩を掴まれた。

 

 「儂たちが手を出していい闘いじゃない。…安心しろ、トリスタンはティターニアを殺す気はない。本気なら今ので()れていた」

 

 そう言って、肩を押さえる村正の手は、本当は今にも加勢してやりたくてたまらなさそうに、力が篭っていた。

 

 

 「オマエの魔術は初見殺しの手品(てじな)。私はもう今までとは違う。いつでも正面から戦えるように、ちゃんと準備してきてんだ。…予言の子(・・・・)としての力を持たない状態のテメェなら、相手にすらなんねぇよ」

 

 そう言って、瞳に手を添えたトリスタンは、魔術で視力を強化しているようだった。鞘の擬態を見破ったのは、そのおかげか。

 

 「くっ、まだ、です───!」

 

 そう言ってティターニアは、純愛の鐘を鳴らす際に用いている錫杖(しゃくじょう)を取り出す。

 

 「ふーん、それが鐘を鳴らすための錫杖ね。……ま、私と一緒で負けず嫌いだもんな。オマエなら、追い詰められたらその力に頼ると思ったよ」

 

 「え──────?」

 

 その言葉とともにトリスタンは、パチン、という指を鳴らす音で、どこかから張り巡らせていた糸を使って、ティターニアを拘束する。

 

 「──────!?」

 

 「あはっ!(なっさ)けなーい!まんまと引っかかってやがんの!…じゃあ、コイツは私が貰っていくから。おつかれさま、ティターニア」

 

 そう言ってトリスタンはティターニアから錫杖を奪い取った。

 

 「何をしているんだ、おまえは───!」

 

 駆け寄ろうとしたガウェインたちの前に糸によるバリケードが張り巡らされる。

 

 「なに──────!?」

 

 そしてそのバリケードは、同じく自分たちの前にも張り巡らされた。

 

 「返してほしかったら追いかけてきな!」

 

 そう言ってトリスタンはダンスホールを抜け、島のさらに奥へと飛び去っていく。

 

 

 「この程度───!」

 

 トリスタンが張り巡らせた糸をガレスとランスロットが切り裂き、全員でティターニアのもとへと駆け寄る。

 

 「ごめん、なさい、わたし、負けちゃった…」

 

 ティターニアは申し訳なさそうに謝罪した。

 

 「いや。ティターニアはよく頑張ったよ。村正、お願いしていい?」

 

 「おう、ほら掴まんな」

 

 そう言って、村正は立ち上がる余力がなかったティターニアのことをおぶる。

 

 「よし、すぐにトリスタンを追うよ。彼女の狙いはわからないが、冗談にしてはやりすぎだ」

 

 ネモ船長の指示で、トリスタンを追いかける。

 向かう先はダンスホールのさらに奥、この島の中心地に位置する建物だった。

 

 

 

 「やはり、()があるのか」

 

 ガウェインの呟きとともに、視界には今駆け抜けている森には不釣り合いなほど豪勢な城が映りこんだ。

 

 「正面突破だ。一気に突っ込むよ」

 

 「はい!私もお供致します!」

 

 先陣を切ったランスロットとガレスを筆頭に、勢いよく城門を開いてエントランスを駆け抜ける。

 

 「そこまで大規模な城ってわけじゃねぇな。おそらく真っ直ぐ進んだあの部屋が玉座の()と見た」

 

 クー・フーリンの考察を参考に、エントランスから正面に続いていた大扉を開く。するとそこには、

 

 

 「ほら。ちゃあんと追いかけてきた。ホントにわかりやすいヤツらだな、オマエら」

 

 入った玉座の間には使用人や従者はおろか、女王の姿すら見当たらず、トリスタンだけが部屋の中央で佇んでいた。

 その向こう、女王が腰を下ろしているはずの玉座には、既に先ほどトリスタンが奪い取った "純愛の鐘を鳴らすための錫杖" が添えられていた。

 

 「トリスタン、なんのつもりだ。陛下の命令に背くのか」

 

 「だ・か・ら、これがお母様が私に与えた命令だって言ってんだろ?戦闘能力しか取り柄のねぇオマエやランスロットとは違って、私は賢いから、あの場所でカルデアを待ち構える仕事をもらってたってワケ」

 

 そう言って、トリスタンは得意げな笑みを浮かべる。

 

 「つまり、君は最初からこのキャメロットに召喚されて、僕たちを迎え撃つための門番を任されていたと?」

 

 「そう。私の居場所(・・・)はキャメロットだもの。当然だろ。で、キャメロットに召喚された私は、真っ先にお母様に会いに行ったわ!そしたらお母様の従者からの伝言で、お母様は私にだけの特別な仕事を与えてくれたの!」

 

 「それがあのダンスホールで、五つの鐘を鳴らし終えた俺たちを罠にかけることだった。…そういうことか」

 

 「数週間だけの舞踏会だったけど、お母様は私のためにあのダンスホール "ダーリントンのケイリー" まで作ってくれたわ!ウザい妖精共もいないし、島の人間(ニンゲン)は私のことを褒めてくれるし、言うことはなんでも聞くし、もう最っ高よ!」

 

 トリスタンは、心底から楽しそうな表情を浮かべる。

 

 「…だから、アナタたちにはもう少しだけゆっくりしてから来てもらいたかったけど、もうお母様の命令に背くわけにはいかないもの。その指示通り、"鐘を鳴らす錫杖" を回収させてもらったワケ」

 

 なるほど。彼女はランスロットやガウェインと同じく、自らの(あるじ)の命令をしっかりと遂行したわけか。

 

 

 『いや、よくやった。褒めて遣わすぞ。トリスタン』

 

 

 すると玉座の間には唐突に、ここにはいない第三者の声が響き渡った。

 

 「へぇ、ようやくお出ましってわけか」

 

 戦闘態勢に入ったクー・フーリンにつられ、自分やガレス、ネモ船長も警戒を強める。

 

 「ティターニア、場合によっちゃ壁際に下ろすぞ。構わねぇな?」

 

 ティターニアをおぶっていた村正は、背中の彼女へそう確認した。

 

 

 「お母、様?…お母様なのね!聞いて、お母様!私ちゃんと命令通り錫杖を回収しました!そこに、そこに置いてあります!」

 

 「ランスロット。ここからは陛下次第だ。…情は今のうちに捨てておけ」

 

 「…言われなくとも分かっているよ、ガウェイン。はぁ、結局こうなるのか」

 

 ガウェインとランスロットはそれぞれ覚悟を決めていた。

 

 

 ──────そうして。

 玉座の裏から、身を潜めていたこの島の女王がついに姿を現した。

 

 

 「よくぞ、五つの鐘を鳴らしここまで辿り着いた。…我は女帝。この祭祀(さいし)の島 キャメロットの女王にして、(なんじ)らが立ち向かうべき、最後(・・)のアイランド・クイーン───"セミラミス(・・・・・)" である」

 

 

 

 「「「─────────(だれ)っ!!?」」」

 

 

 

***

 

 

 自分たちの目の前に現れたのは、かつて汎人類史において世界最古の毒殺者として名を馳せ、数多の戦争を引き起こし数十年にも及ぶ暴政を敷いたとされる "アッシリアの女帝"。

 カルデアにおいてはアサシンクラスのサーヴァントとして契約を交わしている、セミラミスに他ならなかったのである。

 

 彼女の容姿は、今までのアイランド・クイーンたちと同じく、その姿を夏の霊基へと変え、髪型はそのままに、ダークブラウンのワンショルダービキニを身にまとっており、下には同色の透けたレースのパレオを巻いていた。

 

 「アーサー王じゃ、ないのか…?」

 

 ランスロットやガウェインが陛下(・・)と呼んでいたため、勝手にそう思い込んでいたが、こちらの勘違いだったのだろうか。

 そう思い、彼女たちの方を見ると、同じく彼女たちも困惑した表情を浮かべていた。というか先ほど、彼女たちの口から "誰?" と言っていなかったか?

 

 「トリスタン、君。ちょっとこっち来て」

 

 「えっ、ちょ、なに!?」

 

 部屋の中央にいたトリスタンの腕を掴んで、ガウェイン共々三人で密集し、ランスロットはこちらに聞こえないくらいの声でヒソヒソ話をはじめた。

 

 

 (…君、いつの間に戸籍(こせき)変えたんだい?)

 

 (はぁ!?変えてねぇよ!私のお母様は世界で一人だけだっての!)

 

 (じゃあ、あれ(・・)は誰だ?君、さっきまでお母様って呼んでたよね? 申し訳ないけど、僕にはあれが陛下には到底 見えないぞ)

 

 (えっーと、その……)

 

 (さては貴様。ここに召喚されてから、この島の女王と一度も(・・・)顔を合わせていなかったな…?)

 

 (ああ、そういえば女王の従者から指示をもらったと言っていたね、君。……………バカなの?)

 

 (うるさいッ!だってキャメロットだぜ!?その島の女王だぜ!?絶対にお母様だって思うだろ!)

 

 (陛下は自分が六つ目の鐘をもっているなどとは、一言も言ってはいなかっただろう。なぜ顔を確認しようとしなかった?)

 

 (っ…だって!私、これでも色々と迷惑かけてきたから。…ホントは会いたかったけど、命令を最優先しなくちゃ、って思って…)

 

 (なんだ、迷惑をかけてる自覚はあったのか)

 

 (死にてぇのか、ランスロットッ!)

 

 

 なんというか。おそらく壮絶な勘違いが巻き起こってしまっていたような気配がする。

 

 

 「……ふむ。承知していたことではあるが、いざ直面すると(いささ)か居心地が悪いな」

 

 そんな常夏騎士 三人衆の様子を見て、セミラミスは気まずそうにそう呟いた。

 

 「…ちょっと待った。つまりキミは、わかっていながらトリスタンを利用したのかい?」

 

 「──────!」

 

 「ふふっ、当然だ。そうでもなければ、わざわざ顔を伏せ、従者越しに指示など送らぬよ。……もっとも、そこな娘が我が島に召喚されることは我も想定外ではあったがな」

 

 そう言って、セミラミスは邪悪な笑みを浮かべた。

 

 「っ───!私は、また…利用され…」

 

 それを聞いたトリスタンは、俯いて奥歯を噛み締める。

 

 

 「────そうだ。汝は、我に利用されたのだ」

 

 

 「なぜ錫杖を奪わせた。アンタの目的はなんだ?」

 

 「無論。この特異点の支配(・・・・・・)だとも」

 

 「なんだって─────?」

 

 「汝らは知らぬだろうがな、この錫杖はただ鐘を鳴らすために用いる儀式用の杖ではない。…鐘を鳴らした島がもつ霊脈。それらと結合し、その土地の魔力を自由に引き出すことができる魔術礼装に他ならない」

 

 鐘を鳴らした島の魔力を、自由に引き出すことができる。そのようなことをアムール神は一度も言っていなかった。

 けれど、トリスタンと闘った時、確かティターニアはその杖を使おうと…

 

 「アイランド・クイーン、純愛の鐘、常夏領域、そして宣誓の杖(・・・・)。我はこれらのことを、他ならぬ女神アムールから教わった。…そして。そのような事実を知った以上、我が為すことは一つだろう?」

 

 セミラミスはそう言って、錫杖を掲げる。

 

 「我が所有する島と、汝らが束ねてきた、五つの島を支配する力。この双方をもって、我はこの特異点全土に恒久の楽園を敷いてやろう。故に、大人しく従うがよい」

 

 恒久の楽園。おそらくセミラミスは、この特異点全土を自らの支配下に置き、女帝として君臨するつもりなのだ。常夏領域と錫杖の力をもってすれば、実現不可能なことではない。しかしそれは───、

 

 

 「───村正のおじいちゃん、もう大丈夫です。降ろしてください」

 

 「ん、おう。足もと気ぃつけろよ」

 

 村正から降りたティターニアが、一歩前に出てセミラミスを見据える。

 

 「あなたは、アムール神に指示をされて、このような行動をしているのですか?」

 

 「いいや。きっかけは確かにアムールだとも。だがこれは我が望み、我が実行に移したことだ」

 

 「わかりました。ならば、こちらも全霊をもってわたしの意思(・・・・・・)であなたを止めます。あなたの描く楽園は、あなただけ(・・)が笑う世界だ。…そんな場所に、あなたに支配された世界に、わたしは居たいとは思えない」

 

 そう言い放ち、ティターニアが魔術剣を引き抜く。

 

 「───ああ。その通りだ、ティターニア。俺たちはそんな目論見(もくろみ)に大人しく従うほど、利口じゃない!」

 

 自分たちのその言葉に頷くように、村正とガレス、そしてクー・フーリンがセミラミスへと駆け出す。

 

 

 「愚か者どもめ。汝らは何も理解していない。"この島がなんなのか"。そしてこの我が錫杖を手に入れたということが、一体 "何を意味するのか" をな」

 

 

 「っ──────!?」

 

 唐突に、尋常ではない地響きが大地に駆け巡った。

 

 「何をした、セミラミス───!」

 

 「当然、錫杖の力を "宝具" に使ったまでだとも。ちょうど、この規模の魔力だけ(・・)が足りていなかったのでな?」

 

 

 「な、に──────!?」

 

 「っ───!ガレス、キャプテン!ティターニアと藤丸を連れてこの島を出ろ(・・・・・・)!今起動した魔力の波は、この "島全体を覆う規模" だ!」

 

 セミラミスへ目掛けて疾駆していた村正は振り返って、自分たちにそう言った。

 

 「村正殿!それは一体!?」

 

 「この島にいる限りは、あの野郎(ヤロウ)の射程圏内ってことだ!オレもルーンで撤退を援護する、気張って走れ!」

 

 クー・フーリンのルーンによる障壁が自分たちの周りに生成される。

 

 「なるほど…そういうことか。立香、今は撤退だ!非常にまずい事態になったぞ…!」

 

 ネモ船長に促され、戻ってきたガレスとともに、城の入口へと(きびす)を返す。

 その背中に───、

 

 「大人しく逃がすわけがなかろう。痴れ者が」

 

 セミラミスの背後に展開された無数の魔方陣から、魔力砲が放たれる。

 

 「させるか──────!」

 

 「ガウェイン──────!?」

 

 放たれた砲撃をガウェインが防ぐ。

 

 「いけ!藤丸──────!」

 

 「でも、ガウェイン!君は───、」

 

 「問題ない!あれは私たちの陛下ではない!故にこそ、私は陛下から与えられた使命を全うする!…ランスロット!藤丸たちを船まで援護しろ!」

 

 「言われなくてもそうするとも!殿(しんがり)は僕に任せろ、振り返らず走れ───!」

 

 セミラミスの魔力砲を迎撃しながら、ランスロットが後方を飛ぶ。

 

 「ちょっと待ってください、ティターニアさんがいません!」

 

 「なんだって───?」

 

 

***

 

 

 盛大な地響きとともに、魔力砲が飛び交う城内で、トリスタンは呆然と俯いて立ち尽くしていた。

 

 「私、またお母様に、迷惑をかけたの……、また私のせいで、全部 台無しにしちゃ…」

 

 

 「トリスタン──────!」

 

 

 そんな彼女のもとへ、ティターニアが駆けつける。

 

 「アナタ、何しに───、」

 

 「逃げるんです!"諦めるのはまだ早い" でしょう!ほら、急いで!」

 

 ティターニアはトリスタンの手をとって走り出す。

 

 「ちょ、離し────」

 

 離して、とは言えなかった。トリスタンにとってその言葉は、なによりも必要なことだったからだ。

 

 

 「ティターニア!どこに行っていたんだい!早く船に向かうんだ!」

 

 「ランスロット、ごめん!後ろ任せても大丈夫!?」

 

 「はじめからそのつもりだ。トリスタン、君も一緒に彼女と逃げるんだ。セミラミスは、ガウェインとムラマサ、クー・フーリンが食い止めている」

 

 「ランスロット、私……」

 

 「何も言わなくていい。なんだかんだ、僕も同じ穴の(むじな)だからね。…過去を悔やむのなら、まだあるこれからを変えよう。その方が君らしい(・・・・)だろう?なんたって僕らは、三人揃って "負けず嫌い" だからね」

 

 「───────、ええ、そうだった!」

 

 

 そうして走り出す。目指すはこの島の端、タイニー・ノーチラス号が停泊している船着場だ。

 

 

 「島の住民がいない──────?」

 

 先ほどまでお祭り騒ぎをしていたはずの人々は、既に女王の指示で屋内へと撤収していた。しかし、それは一般人を巻き込みたくない彼女たちにとっても都合がよかったのだろう。

 迷うことなく真っ直ぐに船着場を目指す。

 

 

 「見えた!ティターニア、こっちだ!」

 

 船の甲板から藤丸 立香が手を振る。

 

 「あと少しだ、これなら間に合う!」

 

 キャプテン・ネモは、それを見て船のエンジンをいれる。

 

 

 "()はそれを、我が宝具内ゆえに知覚する。"

 

 

 「───では、抗ってみせろ。『驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)』」

 

 発動場所は、この "キャメロット島の船着場"。

 この一箇所に絞る。

 

 「なっ──────!?」

 

 「っ、()だ──────!」

 

 藤丸 立香がもつ対毒スキルは並大抵のレベルではない。おそらく我が宝具も致命傷には至らないだろう。しかし、それは他の英霊にまで当てはまるわけではない。

 

 

 「ティターニア──────!?」

 

 息を切らして走ってきたのが仇となった。

 唐突に湧いた毒の霧を、彼女は肺いっぱいに呼吸をして死に至る。

 この結末を覆すことはできない。彼女は眼前に芽生えた死の香りを吸って、この旅を終えるのだ。

 

 

 「っ───、…ここまで来て、諦められっかよ!」

 

 

 「──────!?」

 

 ティターニアの後方から光が放たれる。

 それは歪な呪いを封じる贈り物。この地においてただ一度(ひとたび)のみ許された、他者を守護する偽りの祝福(ギフト)

 

 「──────、トリスタン」

 

 輝きの(みなもと)は赤髪の少女から。

 彼女は己の責務を果たすために。そしてなにより、譲れないプライドのために、カルデアとその仲間たちを守ったのだ。

 

 「話は後だろ!次は守ってやらねぇんだから、今は早くここを出んだよ!」

 

 既知のことでは、あったが。

 瞬きのみ放たれた輝きは、彼女の羽織った偽りの(ころも)(めく)り、我はその境遇を理解した。

 

 

 「─────────それでよい(・・・・・)。」

 

 

***

 

 

 

 振り返った後方の景色を見て、自分───藤丸 立香はただ絶句することしかできなかった。

 

 

 「なんなのでしょうか、あれは…」

 

 自分たちは全員、()を見上げていた。

 

 「…アッシリアの女帝 セミラミスが誇る第一宝具、それは現実の素材を、一定期間の下準備を要して組み上げる虚栄の(その)だ。だが今僕らが目にしているものは、その『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』とはわけが違う。これほどの規模は、今まで見たことがない」

 

 それはまさしく、"空に浮かぶ島" だった。

 自分たちが先ほどまで地に足をつけていた祭祀(さいし)の島キャメロット。その島そのもの(・・・・・)が、空に浮いていたのである。

 

 

 「ありえるの…こんなの…」

 

 「これが、この特異点におけるキャメロットか…」

 

 トリスタンとランスロットも、同じようにこの光景の歪さに息を飲んでいた。

 

 「村正のおじいちゃんがわたしたちに逃げるよう言ったのは、この島そのものが、彼女の宝具だったから…」

 

 自分たちを逃がすべく城に残った村正たちは無事だろうか。

 

 

 『─────聴こえるか。カルデアの者どもよ』

 

 

 「──────!」

 

 こちらへと語りかけるように、島から女王セミラミスの声が響き渡る。

 

 『汝らが先ほどまで足を踏み入れていた地は、我が宝具そのもの。…我はこの数ヶ月を要して、小さな小島(・・・・・)にすぎなかったキャメロットをここまでの規模にまで築き上げた』

 

 アムール神に召喚されてからの数ヶ月、セミラミスは自身の根城となる宝具をこれほどの規模にまで拡張させていた。その大きさは、"庭園" と呼ぶにはあまりにも桁違いだ。

 

 『しかしな。ここまでの巨大な宝具を組み上げることはできても、肝心の動力源が我には不足していた。(いち)アイランド・クイーンとしての力と権限だけでは、この宝具を完全に起動させ続けるのは困難だった。それゆえな、汝らの旅路で得た成果を利用させてもらった』

 

 鐘を鳴らすための錫杖───宣誓(せんせい)の杖を求めたもう一つの理由。それは、この宝具を起動し、絶対的な支配者として空に君臨することだったのだ。

 

 

 『これこそが、天に(そび)える我が新たなる宝具、

  『虚栄の天空聖島(レイニングアイランド・オブ・キャメロット)』である───。』

 

 

 「っ──────、」

 

 『この宝具内にいる者は、どこにいようとも我は知覚することができ、同時に始末もできる。先ほど身をもって知っただろう?…そして、この宝具が保有する魔力量は、この特異点の六つの島を総括する』

 

 息を飲む。今の自分たちには、この島の女王を打倒する手段が果たしてあるのだろうか。

 

 『汝らを逃がすべくこの宝具内に残った三人のサーヴァントは、既に始末した(・・・・)。もう無駄な抵抗はよせ』

 

 「そんな──────、」

 

 パチン、という指鳴らしの音とともに、十三(・・)基の迎撃術式のプレートが天空島から出現する。

 おそらく彼女の本来の宝具である空中庭園に備わっている迎撃術式───『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)』の強化版なのだろう。

 

 『我はこれより、この迎撃術式 "十と三の白卓(ラウンド・サーティーン)" を用いて、汝らの拠点 "ロンディニウム" を落とす。…猶予は一時間だ。それまでに降伏しないのであれば実行に移そう。よく考えることだ』

 

 

 その言葉を言い残して、天空島は静寂となった。

 あの島の上にいた最初の頃の賑わいが、嘘のような静けさだった。

 

 「ネモ船長……」

 

 「ひとまず、ロンディニウムに戻るしかない。考えるのはそれからだ」

 

 圧倒的な力量差を見せつけられた自分たちは、やるせない感情を押し殺して、撤退を選んだ。

 

 

***

 

 

 キャメロット脱出から約20分ほど。

 自分たちは自らの拠点 ロンディニウムにて、対セミラミスの作戦会議を始めた。

 

 「まず彼女に勝つためには、どうあってもあの宝具内に入り込んで、錫杖を奪い返す必要がある」

 

 ネモ船長は地図を広げ、キャメロットの島からこの最南の島ロンディニウムへと矢印を引く。

 

 「向かうだけ、なら問題はない。僕の魔力放出による飛行を使えば、あの迎撃術式を回避しながら乗り込める。ただし連れて行けるのは二人までだ。それ以上は速度が落ちて(とら)えられる。」

 

 「島に乗り込むのは、セミラミスの術式による攻撃が始まってからが安全だろう。ロンディニウムへの攻撃にあのプレートが集中している隙に乗り込むんだ。…何名かがここへ(おとり)として残り術式を迎撃。一方で残りのメンバーが島へと向かう」

 

 「わかりました。なら、錫杖が使える俺とティターニアが島に向かえばいいですか?」

 

 これまで五つの鐘を鳴らしてきた自分たちには、グロスター、ノリッジ、ソールズベリー、オークニー、オックスフォードの支配権を有しているということになる。

 

 「錫杖の使用権限は、この特異点のどこかの島───(くさび)となる地の支配権をもっているのか否かだと思われます。藤丸くんとわたしにはそれがあります。わたしたちなら、錫杖を宝具の動力から切り離せる」

 

 「いや、立香にはロンディニウムで待機してもらうのが最善だ。どこからでも攻撃がされる危険性のある場所へ、僕らにとって(かなめ)である彼を送り込むわけにはいかない。…だが錫杖を奪い返して島の動力から切り離すには、錫杖を使用できる人物は必要だ」

 

 「でもティターニア一人に向かわせるわけには…」

 

 セミラミスはティターニアにとって致命傷となる毒の宝具を有している。あれを再び使用されてしまったら、たどり着くことすらできない。

 

 「───────なら、私が一緒に行く」

 

 「トリスタン…?」

 

 それは思わぬ申し出であった。

 

 「私には高ランクの対魔力スキルがある。先陣を私が走って、毒を弾く道をつくればいい。そう長くは続かねぇけど、ティターニア一人だけを守る目的なら、さっきみてぇに祝福(ギフト)に頼るまでもねぇよ」

 

 「でも、いいのかい?キミは彼女に…」

 

 「関係ない。今は止めることが最優先だろ?…なら私が行く。ランスロット、オマエさっき二人までなら運べるって言ったよな?」

 

 「ああ。必ず僕が送り届けてみせよう」

 

 「……わかった。キャメロットへの突入はティターニアとトリスタンに託そう。しかしそうなると、残りの問題はロンディニウムへの攻撃をどう食い止めるのか、だけど」

 

 ネモ船長はそう言って、顎に手を当て熟考する。

 

 「それなら私に任せてください。この島は皆さんとの思い出の場所。絶対に傷一つ付けさせたりはしません!」

 

 ガレスはそう言いながら、力強く自分の胸を叩いた。

 

 「キミの宝具で彼女の攻撃を食い止める…か。不可能な話ではないが、僕によるスキルの補助を施しても、いつまで保つかわからないよ?」

 

 「いいえ、ネモくん。その心配なら、きっと大丈夫です。この島(・・・)でのガレスちゃんは、普段以上の魔力を発揮できると思います。それに彼女なら、絶対に島を守ってくれる。わたしはそう信じています」

 

 「──────、」

 

 「ティターニアさん……!」

 

 ティターニアは全幅の信頼を寄せた笑顔をガレスへと向けた。

 

 「わかった。彼女を信じよう。…ただ念には念をいれて、僕は島の住民の避難誘導を行なう。島の船乗りたちにも協力してもらい、ノリッジとオックスフォードへと避難してもらうよ」

 

 「わかりました。じゃあ俺は、極力ガレスのそばで待機します。魔力のパスを切らすわけにはいきませんから」

 

 「そうしてもらえると助かるよ、立香。…これより残り猶予の一時間までの間に、僕を筆頭に可能なかぎり島民を避難させる」

 

 ネモ船長の言葉に全員が頷く。

 

 「そしてセミラミスがこちらの島へ到着後、ガレスと立香は彼女の攻撃を迎え撃ち、その隙をついてランスロットの飛行で、ティターニアとトリスタンを島へと運んでもらう。彼女から錫杖を奪い返し、宝具を停止させることができれば僕らの勝ちだ」

 

 そう言いながら、ネモ船長は一人一人の顔を見据える。

 

 「僕らは彼女には降伏しない。必ず錫杖を取り戻し、最後の鐘を鳴らそう!…では、作戦開始だ!」

 

 

 「「はい───!」」

 

 

 

***

 

 

 そうして。時は訪れる。

 自分たちは最後の鐘を鳴らす決戦のため、ロンディニウムの海岸で接近するキャメロットの天空島を眺めていた。

 

 

 『間もなく刻限だが、その様子では、死ぬ覚悟ができたということでよいな?』

 

 ロンディニウムの島の近くへと接近したセミラミスの天空島から、最後の警告が響き渡る。

 

 「っ──────、」

 

 眼前に迫ったセミラミスの宝具を前にし、無意識に手が震える。

 そんな自分の手を、ティターニアが優しく握った。

 

 「大丈夫です、必ず錫杖を奪い返してきますから」

 

 その笑顔に救われる。

 たとえ強がりだったとしても、今必要なのは、そうしたちっぽけな優しい強さだったのだから。

 

 「……ああ。俺たちはあなたには屈しない!錫杖は返してもらうぞ、セミラミス!」

 

 力強く、そう伝える。

 

 

 『────そうか。残念だ。では、死ぬがよい』

 

 

 「っ──────!」

 

 とてつもない規模の魔力が天空島の先端へと集約する。

 それを取り囲むように、十三の純白のプレートが回転していた。

 

 『"十と三の白卓(ラウンド・サーティーン)"、起動』

 

 「ランスロット!手筈通り頼んだよ!」

 

 「任せてくれ!…いくよ、トリスタン、ティターニア!」

 

 「藤丸くん!ガレスちゃん!こっちは頼んだよ!」

 

 ランスロットが二人の腕を抱えて飛び立つ。

 

 「任せてください、ティターニアさん!」

 

 

 魔力の波が収束する。

 これから放たれる一撃は、間違いなくこの島を消し飛ばすことができるものだと肌で感じる。

 

 『では、灰となれ。』

 

 放たれる魔力砲、

 その渦の矛先で一人の騎士は己の覚悟を決めた。

 

 「宝具、模倣展開───!」

 

 収束する偽りの聖剣は、今再び夜の陰りとともに転輪(てんりん)する。

 

 「この剣は太陽の影絵。(ゆえ)に偽りなれば、沈みゆく日没の聖剣────!」

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは、自分たちを逃がすべく犠牲になった(ほまれ)ある己が姉君。その手向けと誇りを込めて、最大火力であの死の奔流に迎え撃つ───!

 

 

 「夜空に名残る(ほむら)影炎(かげろう)

 …姉様、その力をお貸しください───!

 『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!」

 

 

 我らの円卓を騙る虚栄の城門砲に、同じく偽りの聖剣がその勝利の証左(しょうさ)詐称(さしょう)する。

 

 

***

 

 

 迎撃術式は起動した。

 しかしその標的はロンディニウムの島 その一点のみ。

 

 「これなら問題ない!城へ直接は厳しいが、限りなく近くへと降ろそう!この先は頼んだ。君が頼みの綱だ、トリスタン!」

 

 「言われなくてもわかってるっつーの!ティターニア、離れるんじゃねーぞ!」

 

 「もちろんです!」

 

 ランスロットが島の森の中へと二人を下ろす。

 途端───、

 

 「もう毒か!索敵がはやい───!」

 

 あたりには先ほど脱出の際にも出現した、毒の霧が立ち込め出していた。そして、

 

 「ギシュァアアアア──────!!!」

 

 大地深くから巨大な毒蛇───バシュムの上半身が出現した。

 

 「チッ─────!ランスロット!ここは任せた!」

 

 「ああ!二人はそのまま城まで走れ───!」

 

 

 トリスタンの対魔力で弾いた道を通って、真っ直ぐに城門を蹴破って城の中へと飛び込む。

 

 「このまま玉座まで突っ切んぞ!」

 

 「はい!最短距離で玉座の間まで!」

 

 しかし、その城内にも先ほど森で出現した巨大な毒蛇が二匹出現する。

 

 「邪魔──────ッ!」

 

 トリスタンのヒールに仕込んだ斬撃の魔術が、毒蛇の首を問答無用で両断する。

 

 「はっ──────!」

 

 ティターニアは上空に爆薬の魔術をかけたビンを投げる。

 

 「ギシュァア──────!!」

 

 しかし、それはあくまでフェイント。

 ティターニアは本命である自身の魔術剣に強化の魔術を(ほどこ)し、滑り込むように(さら)された毒蛇の腹部を切り裂いて突き進む。

 

 「やるじゃん、オマエ!見直してやるよ!」

 

 「それはどうも!」

 

 

 軽い言葉を交わして、二人は玉座の間へとたどり着く。

 しかし、女王は玉座より不動。たどり着いた二人を、事も無げに見下ろしていた。

 

 「ほう。貴様ら二人だけでここまでたどり着いたか」

 

 「ロンディニウムは落とさせません。わたしたち二人であなたを止めます。セミラミス」

 

 「…そうか。汝もそのつもりでここまで来たのか?トリスタン。もしも、今 我に寝返るというのであれば、相応の地位と権利を貴様に譲渡してやってもよい。なにせ、この状況を築き上げたのは貴様の功績に他ならないのだからな」

 

 「え──────?」

 

 「トリスタン、だめです!彼女の甘言(かんげん)に騙されては…」

 

 「騙してなどいるものか。我は王として、働き者には相応の報酬を与えてやろうと言っているだけだ。どうだ?今ならまだ許してやろうトリスタン」

 

 トリスタンは黙って俯いていた。

 

 

 「…ええ。それは本当かもね。なんでかわからないけど、アナタからはお母様に似た匂いがするの」

 

 

 「トリスタン──────、」

 

 「……けど。似てるだけだ。私のお母様は世界で一人だけ(・・・・・・・)!そのお母様は私に、"カルデアとティターニアを守れ" と言った!なら、まず真っ先に私がするべきことは、その願いを叶えること!いつだってそうしてきた!私はお母様が望むことをする!」

 

 トリスタンは力強く一歩前へと踏み出す。

 

 「そのカルデアとティターニアがアナタに屈しない(・・・・)と言って、弱っちょろいくせに刃向かって、それで惨めに()られんならさぁ!…そうならないように手伝ってやんのが、今の私の役割なんだよ!」

 

 その言葉とともに、トリスタンは駆ける。

 

 「……よく吠えた。ならばお手並み拝見といこう」

 

 セミラミスの玉座の背後に魔方陣が展開され、魔力砲が放たれる。

 

 「っ──────!」

 

 それをトリスタンは、魔弾とヒールに仕込んだ斬撃の魔術を駆使して迎撃する。

 ティターニアはその裏を走る。目標は玉座の真上に保持された、この宝具の動力として機能している錫杖だ。

 

 「───見えているぞ」

 

 「なっ──────!?」

 

 目的を理解したセミラミスは、ティターニアへ魔力砲を集中砲火させる。

 

 「させっかよ──────!」

 

 しかし瞬時に、トリスタンは魔術で()んだ糸を用いて、その魔力砲の砲台となる魔方陣を弾き破っていく。

 

 「なに──────!?」

 

 「余所見すんな─────ッ!」

 

 間髪入れずにトリスタンが魔弾をセミラミス目掛けて撃ち放つ。

 

 「チッ────────!」

 

 セミラミスはすんでのところで顔を避け、魔弾を回避する。

 その周囲には、僅かに焼き切れた髪の毛(・・・)が落ちた。

 

 「今だ、ティターニア──────!」

 

 「これなら届く─────────!」

 

 力強く跳躍して、ティターニアは錫杖へと手を伸ばす。

 

 

 

 「─────────詰めが甘いわ。小娘ども」

 

 

 「「っ─────────!?」」

 

 どこからとも無く鎖が出現し、ティターニアとトリスタンを拘束する。

 

 「ぐっ、あ"あ"──────!」

 

 両腕を鎖に縛りつけられ、両者ともに身動きが取れなくなる。

 

 「さぞ痛かろう。その鎖は "驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)" そのもの故な。直接 肺に取り入れるのに比べれば致死率は低いが、その身を縛られるだけでも…」

 

 そこまで語って、セミラミスは異変に気がついた。

 

 「ほう。貴様、障壁による保護を限りなく薄くして、皮膚の上に纏わせているな…?」

 

 「くっ──────!」

 

 「だがいつまで保つだろうな。我はそれを(さかな)に果実酒でも飲もうか?……なぁ、"楽園の妖精(・・・・・)" よ」

 

 「えっ───────?」

 

 ティターニアの驚きようを見て、女王は不敵な笑みを浮かべる。

 

 「そう驚くことでもなかろう。アムールが口を滑らせただけのこと。我は全て知っておるぞ。貴様の正体(・・)も、そこなトリスタンを名乗る騎士についても……な?」

 

 「なん、だって──────?」

 

 

***

 

 

 ──────時は数ヶ月前へと遡る。

 

 

 「ようこそ、アッシリアの女帝。世界最古の毒殺者 "セミラミス"。喜びなさい。貴方はこの夏の女王、その最後の一人(・・・・・)に選ばれました」

 

 女神アムールはそうして我───セミラミスを、夏の陽光が照りつける島 "ロンディニウム" へと召喚した。

 

 「この我を呼びつけるとは、一体どういう了見(りょうけん)だ。つまらぬ児戯(じぎ)であれば、貴様の首をはねるぞ」

 

 召喚方法の歪さもあったが、こちらの了承もなく呼び出されたことに、我ははじめ不機嫌であった。場合によっては、この愚か者を消してしまいかねんほどに。

 

 「それは早計(そうけい)かと。なぜならこの特異点に召喚されたことは、貴方にとって、またとない好機だと思います」

 

 「なに──────?」

 

 そう言って、その女神は、この特異点の概要について我に説明をはじめた。

 

 

 

 「純愛の鐘、常夏領域…なるほど。道化(どうけ)が用意した催しにしては、よくできておるな。それで?我にその娘を迎え撃てと?」

 

 「ええ。貴方には "祭祀" の担当として、この島 "ロンディニウム" を盛り上げてもらいます。ですが、貴方には別の事情(・・・・)についてもお教えしようかと」

 

 「別の事情……?」

 

 そう言ってアムールが我に語ったのは、この島の成り立ち。そして "宣誓の杖" と呼ばれる錫杖がもつ機能と、異聞帯なる地で紡がれた妖精國(ようせいこく)の記録、その全て(・・・・)だった。

 

 

 

 「妖精國…、ようするに、この特異点は…」

 

 「それら全てを紡いだ結果生まれた、ある少女の夢(・・・・・・)です」

 

 「……わからんな。なぜ我にそれを教えた。情を(いだ)かせれば、協力を仰げるとでも?」

 

 「いいえ、まさか。貴方であれば、これほどのイレギュラーな地を知れば、 "自らのものにしたい" と考えるかと思いまして」

 

 アムールの言葉に、我は苦笑した。

 こちらの考えが、言葉にせずとも伝わっていたからだ。

 

 「…ふん、読まれておったか。だがそれも致し方なかろう。我は女帝だ。支配者として君臨できる可能性があるのならば、当然そちらに注力するとも。それでどうする?やはり危険だと判断して、我を切り捨てるのか?」

 

 その言葉を聞いて、今度はアムールが妖しく微笑んだ。

 

 「ふふっ、その必要はありません。どうぞ、貴方は貴方の望むような夏を築き上げてください。どちらにせよ、彼女にはこの島の鐘は鳴らせません(・・・・・・)から。貴方には期待していますよ」

 

 「──────確かに、その通りだな」

 

 「では、貴方はこの島にどのような常夏領域を敷きますか?」

 

 「いや。その前に一つだけ確認させてほしい。召喚されるその娘には、拠点となる島は存在するのか?」

 

 「あります。ですがそこまで大きな島ではありません。あくまで拠点ですので、島民も少なく最低限の物資を整えられる環境ですよ」

 

 「では、その娘はこの島に(・・・・)召喚しろ。我がその島へと向かう」

 

 「は?それは、なぜ───?」

 

 アムールは我の申し出がわからずに困惑していた。

 

 「彼奴(きゃつ)らが呼ばれるまでの間に、この特異点の資源を用いて我が宝具を組み上げる。その小島には土壌となってもらう。…ロンディニウムを放置することにはなるが、連中から錫杖を奪い取ってからのことを考えるのなら、その方が効率的だろう」

 

 「なるほど。"偽物の六つ目の島をつくる" ですか。さすがは生粋の女帝。考えることが違いますね」

 

 「無論だ。何事も抜かりなく行なうのが、我の流儀(りゅうぎ)ゆえな…?」

 

 そうして計画は実行に移された。

 約数ヶ月の時間を要して組み上げられた島 "キャメロット" は、その最後の要である、錫杖の力をもってして完成に至ったのだ。

 

 

***

 

 

 「ロンディニウムが、最後の島……!?」

 

 トリスタンが困惑の表情を浮かべる。

 

 「そうだ。この島に純愛の鐘は存在しない。…そんなことは、貴様が一番よくわかっているはずだ、ティターニア」

 

 そう言ってセミラミスは、玉座の前で両腕を拘束され捕縛されたティターニアの顎を持ち上げた。

 

 「そして、その六つ目の鐘は、貴様が "最も恐れるもの" だ。だからこそ、貴様は鐘の場所を知っていながらもこの島へとやって来た。…無様よな。自ら罠にかかりにきたというわけだ」

 

 「っ──────、」

 

 「だが案ずるな。もうじきロンディニウムは、島の女王である我 自らの手に落ちる。望み通り、最後の鐘は鳴らさずに済むぞ」

 

 「なんのために、自分の島を、」

 

 「ロンディニウムの島を消し去り、その内になる楔となる魔力をこの偽りの島 キャメロットが取り込む。そうすることで本当の意味でこの特異点全てを我がキャメロットの支配下に置けるのだ」

 

 確かに、ロンディニウムが落ちれば、この特異点の全てが彼女の支配下に置かれよう。…しかしその言葉には、どこか矛盾(むじゅん)が含まれていた。

 

 「────いいえ。ロンディニウムは落ちません。わたしは鐘を鳴らしたくなかったから、ここまで来たんじゃない。彼女(・・)を信じているから、ここまで来たんです」

 

 「なに……?」

 

 

 その言葉に応えるように、突然の地響き(・・・)が城内に伝わった。

 

 

 

***

 

 

 ─────────時は数刻前に戻る。

 

 

 「はぁ───、はぁ───」

 

 ロンディニウムの海岸で、一人の騎士が大剣を杖に息を切らしていた。

 

 既に四度(・・)

 天空島から放たれた魔力砲を、ガレスは自身の宝具で相殺している。

 

 「ガレス──────、」

 

 その激突の一部始終を、自分───藤丸 立香は背後から見ていた。

 作戦会議時にティターニアが言っていた通り、この島でのガレスの魔力量は桁違いだった。正確には、ガレスがもつ大剣に備わっている魔力量だ。

 既に四度も、偽りであれ聖剣の宝具を真名解放することができている。あと数発は撃てるほどの魔力を感じるが、おそらく、ガレスの体力がこれ以上はもたないだろう。

 

 「ガレス、令呪を───」

 

 「いいえ、まだです!ティターニアさんと約束しました!必ずロンディニウムを守り切ります!ですのでどうかマスター!もう少しだけ私を信じてもらえますか…?」

 

 ガレスはそう言って振り返り、額に汗を滴らせながもニッコリと笑った。

 

 「───ああ。でも限界だと感じたらすぐに言ってくれ!」

 

 

 大きな岩の擦れる音とともに、再び天空島のプレートが回転し出す。

 

 「来るか──────!」

 

 ガレスは再び、大剣を構え直しその内に眠る魔力を解放する。

 

 「宝具、模倣展開!姉様、今再びその輝きをお借りします!」

 

 凄まじい魔力収束とともに、五度目の

  "十と三の白卓(ラウンド・サーティーン)" が放たれる。

 

 「いくぞ───!!

 『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!」

 

 

 再びの衝突。

 灼熱の業火は、再びこの島を守るべくその焔を輝かせる。

 

 

 「ぐっ、あぁ─────────!!」

 

 しかし。その出力がブレる。

 詐称の聖剣が放つ炎の隙間から、魔力砲の一部が島の砂浜を焦がした。そしてその余波(よは)はこちらにも───、

 

 「くっ──────!」

 

 衝撃に吹き飛ばされる。

 まずい。ガレスのそばを離れてしまえば、ガレス本人の魔力維持に支障が出てしまう───!

 

 「マスター──────!?」

 

 僅かな動揺。

 その隙をつくように、一際(ひときわ)強く圧される。

 

 「こん、な、ところで──────!」

 

 なんとか踏みとどまるも、一度体勢を崩されたガレスはその魔力の奔流を抑えきれず、

 そのまま───、

 

 「諦めて、たまるか──────ッ!」

 

 

 

 

 

 「ああ、その通りだ──────ッ!!」

 

 

 折れかけたガレスの心を支えるように、ランスロット(・・・・・・)がその背後から刃を添えていた。

 

 

 「ランスロット、様──────、」

 

 ガレスは駆けつけたランスロットを見て、その瞳に涙を浮かべた。

 

 「僕は君に、そんな顔をしてもらえるような大層な騎士じゃない。……けれど。けれど、それでも!今この時は君の背中を支えよう!出力を切り替えるんだガレス!この魔力砲は、真っ直ぐにあの天空島へと続いているのだから───!」

 

 「 はい、ランスロット様───!」

 

 ランスロットの言葉で再びガレスの闘志が(みなぎ)る。

 

 

 「宝具 "換装"、模倣展開───!」

 

 

 灼熱の焔は、湖面の光へと。

 偽りは、さらなる偽装へと、逆しまに裏返る。

 

 「清廉たる湖面、月光を返す───!」

 

 ランスロットは、ガレスの換装した宝具に息を合わせ、

 

 「沼底に堕ちれど、輝きは最果てに至れ───!」

 

 ガレスは、ランスロットの剣にその鈍色の沼光を重ね、

 

 

 「「限界は、(とお)に超えた──────ッ!!」」

 

 

 魔力砲の中心に、その剣を突き刺す───!

 

 

 「『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』───ッ!!」

 「『譎詐全断・過重沼光(アロンダイト・オーバーポンド)』──────ッ!!」

 

 

 二つの光が重なり、真っ直ぐに魔力砲の芯を走る。

 やがてその過重な魔力は、魔力砲の根元へとたどりつき、盛大な魔力の乱れとともに爆散(・・)した。

 

 飛び散る光は、周囲に浮遊していた十三の迎撃術式のプレートを破壊していく。

 

 

 ──────そうして。

 二人の騎士によって、常夏の島 ロンディニウムは守られたのである。

 

 

 「……やったぁ!やりました!ランスロット様!」

 

 ガレスは喜びのあまり小さく跳ね、そのままランスロットに向けて手を掲げる。

 

 「む……、ふふっ、こうかい?」

 

 ランスロットはそれが何を意味しているのか理解し、

 

 「はい!大勝利、です!」

 

 二人は勝利のハイタッチ(・・・・・)を交わした。

 

 

***

 

 

 そうして。凄まじい地響きが城内に響き渡る。

 

 「なっ────!? 馬鹿な!?十と三の白卓(ラウンド・サーティーン)が破壊された、だと!?」

 

 その異変を、セミラミスは瞬時に知覚した。

 

 そしてその衝撃が生んだ隙を、わたし───ティターニアは見逃さなかった。

 

 「くっ──────!」

 

 衝撃によって緩んだ鎖の拘束を引っ張って、セミラミスへと手を伸ばす。

 

 「ふん、そんな鈍間(のろま)な手に捕まるか、たわけ!」

 

 セミラミスはわたしの手を難なく避ける。

 ───が、わたしの狙いは、はじめからそちら(・・・)ではない。

 

 「トリスタン!受け取って!」

 

 ()かした手を後方へと払う。

 その手の中からバラ蒔いたのは、先ほどトリスタンが魔弾で焼き切った、セミラミスの髪の毛(・・・)だった。

 

 「──────!」

 

 それが何を意味するのか、トリスタンは瞬時に理解し、魔術糸を用いてその髪を遠隔で束ねる。

 

 「ホント、ウザったいくらいに頭の回転がいいなオマエ!」

 

 髪の毛の束は、その形状を "小さなセミラミスの影" へと変質させた。

 

 「貴様、なにをするつもりだ───!?」

 

 トリスタンはそのまま、器用に手製の(くい)を糸で持ち上げる。その切っ先は、先ほど生まれたセミラミスの影に向いていた。

 

 「散々 踊らせてもらったから、足さばきには自信があってな?……ようするに! 私たちの勝ち(・・)ってコト!」

 

 持ち上げた杭を勢いよく蹴りつける───!

 

 「これが私の宝具、

 『痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)』─────────ッ!!」

 

 トリスタンの放った呪いの杭がセミラミスの身を内側から貫いた。

 

 「ぐっ、うぅ──────!?」

 

 セミラミスはその場に倒れ、同時に自分たちに繋がれていた拘束が解かれる。

 

 「ティターニア──────!」

 

 トリスタンの呼ぶ声に頷くとともに、宣誓の杖を掴み取る。

 そしてそのまま────、

 

 「宝具接続、カット──────!」

 

 

 この島の宝具と錫杖の接続を切った。

 

 

 ──────そうして。

 この島の宝具は停止したのだ。

 

 

***

 

 

 ガレスとランスロットによる迎撃から数刻、キャメロットの島は大きな音を立てて大海へと落ちていく。

 

 

 「やったのか!?ティターニア、トリスタン!」

 

 自分───藤丸 立香たちは、ロンディニウムの海岸より、その様子を眺めていた。

 

 「どうやら、もう島民の避難は必要なさそうだね」

 

 「ネモ船長!」

 

 振り返った先にいたネモ船長は、急いで避難を促していたからか、息を切らしている様子だった。

 

 「ですが、あのまま落下してしまえば、衝撃でキャメロットの島にいる人々が危ないのでは…!?」

 

 確かにガレスの言う通り、宝具としての機能を停止させた天空島が大海へと落ちた時、その衝撃で島の上の街が崩れるだろう。

 

 「まずい、どうにかしないと───!」

 

 何か策はないか思考を巡らす。しかし───、

 

 「…いや、その必要はなさそうだ」

 

 ランスロットは冷静に、島の上の街を見据えてそう答えた。

 

 

***

 

 

 街は、響き渡る地響きに怯え、慌てた住民たちの困惑と悲鳴の声があちこちで聞こえていた。

 

 その中心に、私───ガウェインは降り立つ。

 

 「上手くいったんだな…ティターニア、」

 

 約一時間半前、藤丸たちを逃がすべく島に残った自分と村正、クー・フーリンは、迎撃に対抗しながらこの街まで撤退していた。

 そのまま島を飛び降りる選択肢もあったが、そんな切羽詰まった自分たちに、この街の住民たちは自らの家に(かくま)うという選択肢をくれた。

 

 私たちはそれに甘え、結果として命拾いした。

 理由はわからなかったが、女王は島の住民に攻撃はしなかったのだ。

 

 「チッ、まだヤツから受けた傷は治っちゃいねぇが、黙って休んでいる状況でもねぇな」

 

 私と同じく、建物の外に村正もやってきた。

 

 「オレがルーンで、島そのものの衝撃を緩和させる!おい村正、こっちを手伝え!」

 

 島の大地へ杖を突きつけたクー・フーリンが後方でそう言っていた。

 

 「ああ?手伝うったって、儂にはそんな芸当できねぇぞ」

 

 「んなこたぁわかってる!テメェの刀にルーンを刻んで島の外周に突き刺すんだよ!そいつでルーンの共鳴効果を島の全域に促す!テメェは走り仕事だ、得意だろそういうの」

 

 「なるほど、確かに(オレ)向きだな。ほら、ありったけの刀だ。刻むだけ刻みな!」

 

 二人に島の保護は任せてよさそうだ。

 もう一つの問題は───、

 

 「あとは街の住民の保護だが…、」

 

 「…それならば、私に任せてくれ。この島の女王がどれだけの蛮行を為そうと、この島の住民は私たちにとって命の恩人だ。この身にかけて、必ず守るとも───!」

 

 島の大地へ、己の剣を突き刺す。

 

 「陛下よ。あなたが私に与えてくださったこの祝福(ギフト)、今この時、"無辜(むこ)の民のため" に使わせてもらう───!」

 

 対象は、"この島全域の人々" へ。

 我が身に纏う常夏騎士としての祝福、これもまた一つの常夏領域ならば、その効果は島全域にまで伸ばせよう───!

 

 「いくぞ、祝福(ギフト)範囲展開(オーバーレンジ)───ッ!」

 

 

***

 

 

 三人の奮闘により、転落する天空島は大海へと不時着する。

 

 キャメロットの城内には、わたし───ティターニアとトリスタン、そして倒れ伏して天を見上げるこの島の女王セミラミスの三者だけだった。

 

 「この祝福の範囲使用とルーンの加護は…、ガウェインとクー・フーリンだ!ということは、村正のおじいちゃんも生きてる!?」

 

 その言葉を聞いて、セミラミスは憎らしげに鼻を鳴らした。

 

 「…まったく。上手くいかぬものよな、いつも」

 

 

 そんな彼女のそばへ、わたしは歩み寄る。

 

 「女王セミラミス。あなたはひとつだけ嘘をついていましたよね?…本当は、"ロンディニウムの島を落とす理由なんてなかった"」

 

 「えっ───?アナタ、それどういう意味?」

 

 トリスタンは意味が理解できずにそう聞き返す。

 

 「簡単なことです。だって彼女は、"ロンディニウムの女王" なのですから。…わざわざ落とさずとも、もうあなたの手に全ての支配権はあったも同然だった。だというのに、島を落とすと(おど)し、実行したのは、別の理由があったからではないのですか?」

 

 「ふん、妖精眼(ようせいがん)だったか。くだらぬ事まで見透かすのだな」

 

 セミラミスはそう言って苦笑した。

 

 「我の目的は、この特異点の支配者となることだった。それは変わらぬ。…だが、恒久の楽園。争いのない島々。それは数多の苦痛を乗り越えた貴様にとっては、喉から手が出るほど欲しいものではないのか?」

 

 わたしはその言葉を聞いて、彼女が何について語っているのか理解した。

 

 「そう、ですか。つまりあなたは…」

 

 「すべて貴様たちのため(・・・・・・・)だ。我が支配者として錫杖を奪えば、貴様はもう "終わりを目指す旅" を続ける必要はなくなる。この特異点で恒久の平和を享受(きょうじゅ)できるのだ。それは貴様たちに必要な世界だ。我が君臨しがい(・・・・・)のあるな」

 

 セミラミスは、アムール神から妖精國について聞いていた。あの世界で起きた数多の悲劇を目にした。しかし、彼女がこのような行動をとったのは、決して "情が移ったから" ではなかった。

 ただ必要だ(・・・)と感じただけ。自らの支配下で生まれる安寧の世界こそが、わたしたちに必要なものだと感じ取ったのだ。

 

 「ロンディニウムをわたしたちの拠点にさせたのも、最後の鐘を鳴らさせないようにするためですね…?わたしが、苦痛から目を背けやすくするために」

 

 「ふん、鳴らしたくもない鐘を鳴らす必要などなかろう。…だが貴様はそれを拒否した。この旅を終わらせようとした。それはなぜだ?」

 

 セミラミスは理解ができぬと、わたしを見上げる。

 

 「───さあ、なぜでしょうか。正直わたしにもまだわかりません。けれど。わたしはずっと走り続けてきたから。多分止まり方がわからなかったのかも。…あはは」

 

 その言葉を聞いて、セミラミスは目を丸くした。

 

 「なんだ、それは。まったく理解できんな」

 

 そうして、セミラミスはどこか遠くの空を見つめる。

 

 

 「これは、我の個人的な話だがな。以前、一人の愚か者の夢を一緒に追ったことがあった。その男はな、"怒りも嘆きもない、誰もが幸福な世界" を実現させようとしたのだ」

 

 「誰もが幸福な世界───、」

 

 「くだらぬだろう?……だが、笑い話にはできなかった。我はその男が夢見る世界を見たいと思った。その世界でなら、支配者として君臨するのも悪くはないと思ってな」

 

 ここではないどこか。

 多くの感情を切り捨てて、ひとつの星に手を伸ばした男の話。

 

 「けれど。その夢は(つい)ぞ叶わぬまま、男は我の腕の中で死んだ。…ああ、その時に理解したとも。我が見たかったのは、その男の夢見る世界などではなく、その夢見た世界で笑う男の顔だったのだと」

 

 「セミラミス───、」

 

 「だがこうして、その男と似た野望を追って、我も理解した。…道理で敗北するわけだ。そも叶えたがっていた相手は、そんなことを望んですらいなかったのだからな」

 

 夢はいつでも独りよがりだ。

 叶えた夢は、その本人を中心にしか回らない。

 

 彼女の野望が叶ってほしいと望んでいたのは、その(じつ)、彼女本人しかいなかったわけだ。

 

 

 「ねぇ、アナタ。どうして、私を受け入れたの?」

 

 自分と同じくセミラミスのもとへと歩み寄ったトリスタンは、その近くでしゃがみ込んでそう訊ねた。

 

 「さて。なんのことやら。我は貴様を利用しただけだ。前にもそう言っただろう」

 

 「ええ。結果的にはそうかもね。なら、どうしてあの "ダンスホール" を造ってくれたの?わざわざ島の資源を使ってまで、必要なものじゃなかったでしょう?」

 

 セミラミスは黙り込む。

 

 

 「答えて。言葉にしなきゃわからない(・・・・・・・・・・・・)ことでしょ。私は知りたい」

 

 トリスタンの真剣な眼差しを見て、セミラミスは口を開いた。

 

 「我の夢とは、別の話だ。かの妖精國で、なぜ女王モルガン(・・・・)(くに)を維持し続けたのかわかるか?…彼女の本当の望みは、その國で "笑う(なんじ)の姿" を見ることだ。もしも汝がその國では笑えぬというのであれば、"國を投げ捨てても構わぬ" ほどにな」

 

 「えっ──────?」

 

 「我は終ぞ娘など持たなかったからな。真に理解できるわけではない。だが、紛れもなくあの女王は汝を愛していた(・・・・・)ぞ」

 

 セミラミスは、優しげな眼差しでトリスタンを見つめる。

 彼女がトリスタンにあのダンスホールを造ったのは、そんな不器用な母がしてやれなかった、娘の笑顔を見るための舞台だったのだ。

 

 

 「───、そう。それが聞けて、よかった、」

 

 トリスタンは俯いたまま、立ち上がり(きびす)を返した。

 

 「あれ?トリスタン、泣いてる───?」

 

 「はぁ!?泣いてねぇし!オマエの目腐ってんじゃねぇのか!?」

 

 わたしの言葉に、トリスタンはいつも通りの刺々(とげとげ)しい言葉を返した。

 その言葉を聞いてわたしは苦笑する。

 

 

 「…おい、ティターニア。協力してやったんだから、私の言うことも一つ聞けよ」

 

 「え?いいけど、なに?」

 

 わたしがあまりにあっさりと承諾したものだから、トリスタンは少し呆気に取られていた。

 

 「───私、まだ(おど)り足りないから。ダンスホールはこの島にしかないわけだし、島の住民にはいてもらわねぇと私が引き立たないし、つまり、その…」

 

 トリスタンは少し言い淀んだ。

 

 「えっと、一緒に踊ってほしいってこと?」

 

 「(ちが)っ…くはなくもねぇけど!ようするに!島の復興を手伝ってほしいって言ってんの!」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめて、そう言い放った。

 

 

 「うん、もちろん!」

 

 わたしはそれに笑顔で返した。

 

 

***

 

 

 セミラミスとの闘いから一週間。

 自分───藤丸 立香たちは、トリスタンの申し出を承諾し、キャメロットの復興に協力した。

 元々が宝具で形作られた島だったこともあり、そこまでの多大な時間を要さずに島は元通りの活気を取り戻したのだ。

 

 

 「ティターニアさん!あの白くてフワフワしたやつなんでしょう!?」

 

 「ほんとだ、村正のおじいちゃんのヒゲみたいだ!」

 

 「ヒゲなんて生えてねぇだろうが!…あれは "綿あめ" だ。試しに食ってみろよ。復興の協力祝いで、金銭を取ったりはしねぇらしいからな。遠慮なくお言葉に甘えようや」

 

 街は最初に来た時と同じく、日本の夏祭りのような雰囲気に包まれていた。

 はじめ来た時は驚きと警戒でほとんど楽しむことはできなかったが、こうして一段落ついた今となっては、吹っ切れたように満喫していた。

 

 

 「ねぇねぇ、お姉ちゃん!この前おそらを飛んでたよね!凄いきれいだったよ!流れ星みたいだった!」

 

 ランスロットが街の子供に声をかけられる。

 

 「む、目の付け所が良いな少年。聞いて驚くがいい!僕はこの夏でもっとも美しい常夏騎士、ランスロットだぞ!…サインとかいるかい?」

 

 「なに、いつの間にサインなど用意していた貴様───!」

 

 「ふっ、これでも某ブリテンでも同じく、もっとも美しい妖精騎士と讃えられていたんだ。それくらいのファンサは心がけているとも」

 

 自信満々に胸を張るランスロット。

 

 「はっ!んなの妖精(ひょう)だろ。当てになんねぇんだよな」

 

 「なんだと!人間(ニンゲン)からもそう言われてたぞ!」

 

 「へー?それ誰ぇ?名前言ってくれないとわかんないなー」

 

 「…ぱ、パーシヴァルだ!」

 

 「身内(みうち)じゃねーかッ!」

 

 そんな常夏騎士 三人衆のやり取りを微笑ましく見守る。

 

 

 「おい村正にキャプテン、あの射的(しゃてき)とやらで一勝負しねぇか?」

 

 「ああ?鉄砲玉は専門外だぞ。なぁキャプテン」

 

 「いや、面白そうだね。ちなみに何を賭けるんだい?」

 

 意外と乗り気なネモ船長。

 

 「よし、そう来なくちゃ!…んで、そうだなぁ負けたら一晩 野宿ってのはどうだ?」

 

 「なんだそれ、儂はやってらんねぇよ。おとといきやがれ」

 

 「逃げんのか?」

 

 「逃げるのかい?」

 

 「…………、やってやろうじゃねぇかよ!おい、店主さん、この店で一番 重てぇ(まと)はどいつだ!この青頭(あおあたま)か!」

 

 「いや誰が射的の(まと)だコラァ!」

 

 射的の銃を人に向けるのは危ないのでやめましょう。

 

 

 「藤丸くん、もうすぐ "盆踊り" というのが始まるそうです!一緒に見に行きませんか?」

 

 「うん、そうだね。見に行こう!……それとティターニア、鼻の上にさっきの綿あめがくっ付いてるよ」

 

 そう言って、その綿あめを(つま)む。

 

 「あっ、ほんとだ。あはは」

 

 

 

 ──────そうして祭りは続く。

 やがて今夜の締めの祭囃子(まつりばやし)に合わせて、円になって街の人々は歌いながら、盆踊りを踊り出す。

 

 

 

 「───悪くないな。こうして間近で眺めるのも」

 

 セミラミスは(やぐら)の上から、街を彩る祭りの提灯(ちょうちん)と人々を見下ろしていた。

 

 「ここにいたんだ、アナタ」

 

 彼女が振り返ると、下に繋がる梯子(はしご)から、ひょっこりとトリスタンが顔を出していた。

 

 「なんだ、わざわざ登ってきたのか、トリスタン」

 

 「ええ、これアナタも食べたいかと思って!」

 

 トリスタンはそう言って、背中に回していた手を前に出す。

 

 「む、なんだその白い山は」

 

 「"かき氷"っていうんだって!美味しいから思いっきり食べてよ!」

 

 「そ、そうか。では…」

 

 勢いよく口に含んだセミラミスは、あまりの冷たさに眉間(みけん)(しわ)を寄せた。

 

 「っ───!なんだこれは!?」

 

 「あははははは!今日一面白い顔だったぜ、アナタ!」

 

 そんなイタズラっ子のような笑みを浮かべたトリスタンを見て、セミラミスは怒りを忘れ淡く微笑む。

 

 「ふん、このようなことをしたからには、貴様も当然食べるに決まっておるよなぁ?」

 

 「えっ、ちょ、怖い、その笑顔怖い!ちょっと待って!つ、冷た───ッ!?」

 

 

 祭囃子に混じって、トリスタンの叫び声がこだました。

 

 

 

 「おーい、ティターニア!これ、お前さんにやるよ」

 

 向こうでクー・フーリンたちと勝負をしていた村正が、こっちの方へと駆け寄ってきていた。

 

 「えっ、急にどうしたの、村正」

 

 「いいから、いいから!……ほら、よく似合ってるぜ!」

 

 そう言って、村正は白い花の髪飾り(・・・)をティターニアへと付けてあげていた。

 

 「ホントだ!よく似合ってるよ、ティターニア!」

 

 「──────、」

 

 「射的の景品で貰ったもんだが、(オレ)にゃ使い道がねぇからな。まぁ高価なもんってわけじゃねぇから、迷惑じゃなければお前さんにやるよ……って、ティターニア?どうした?」

 

 「───っ、ううん!柄にもないことするなぁこの爺ィ!って思ってただけ!………ありがとう、村正のそういうところ、私は好きです」

 

 「ん?お、おう?今 (オレ)は褒められたのか、それとも(けな)されたのか?」

 

 村正は珍しく困惑していた。

 

 「当然、どっちもです。なので、これからも精進してください」

 

 「おう。……って、何を!?」

 

 

 

 

 「ぐぬぬ、中々(すく)えませんね、この金魚…」

 

 「ガレス、僕に貸してごらん。重要なのは速さじゃないんだ。水面(みなも)を揺らさないことだよ。……ほっ!」

 

 はじめてとは思えない手つきで、ランスロットは金魚を掬い上げる。

 

 「おおお!すごいです!さすがはランスロット様!…もしや網一つで魔獣を倒した経験が!?騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)なのですか!?」

 

 「……?よくわからないけど、多分そう!」

 

 二人の会話はなぜ成立しているのだろうか。

 

 「まったく。こうして見ていると、そっちの方が姉妹に見えるな」

 

 「なにを言っているんですか、ガウェイン姉様。私にとって一番の姉様は、太陽の騎士 ガウェイン、ただ一人ですよ!」

 

 「───そうか。微笑ましいかぎりだ。本当に。」

 

 ガウェインは柔らかに微笑んだ。

 

 「ランスロット様にも()がおりましたよね!エクター・ド・マリス卿!またいつかお会いしたいです」

 

 「──────弟、か。そうだね。不出来な僕とは違って、本当に立派な人間だ。心底から敬愛しているよ。……僕も、また会いたいなぁ」

 

 ランスロットは懐かしむように遠くを見据えた。

 

 

 

 

 「なぁ藤丸、キャプテンを見なかったか?」

 

 そう言って、クー・フーリンが自分たちのもとへとやって来た。

 

 「あれ?さっきまで一緒だったんじゃなかったの?」

 

 「そうだったんだが、用事があると言ったっきり、どっか行っちまったんだ」

 

 「どうしたんでしょう、ネモくん」

 

 ティターニアとあたりを見回す。

 

 「あんまり遅いようだったら、みんなで探しに…」

 

 行こう、と言おうとした時、大きな音が空に鳴り響いた。

 

 「あ───、」

 

 

 見上げた先に広がっていたのは、"大輪の花"。

 

 

 色とりどりの花火(・・)が、

 キャメロットの夜空を彩っていたのだ。

 

 

 「ネモ船長──────、」

 

 この花火は、ネモ船長が打ち上げたものだ。

 以前、ノリッジで見た時のことを思い出した。

 

 「へぇ、粋なことをしやがるな、キャプテン」

 

 

 それぞれの場所で、揃って花火を見上げる。

 

 歌と踊りは遥か空まで。

 祭祀の島 キャメロットは、

 今日も鮮やかに夏を盛り上げていた。

 

 

 

***

 

 

 キャメロットでの復興祭りから一夜明け、自分たちはロンディニウムへと帰還した。

 

 

 「では、最後の鐘を鳴らすんだね」

 

 ロンディニウムの波打ち際で、ティターニアは振り返る。

 

 「───はい。鐘を鳴らしましょう」

 

 「…でも、女王に勝ったはいいが、肝心の鐘の場所は向こうも把握してなかったよな?どうするんだ?」

 

 村正が腕を組んで、そう訊ねる。

 

 「いいえ。鐘の場所なら、わたしは "はじめから" 知っていました。……ガレスちゃん、その剣(・・・)を私に見せてもらえますか?」

 

 「え?…私の剣、ですか!?」

 

 

 そうして、ガレスが握った剣に対して、ティターニアが錫杖の小鐘を鳴らした。

 すると───、

 

 「ほ、本当に出てきた……!?」

 

 ガレスの剣の内側から、純愛の鐘が出現したのである。

 

 「───なるほど。ロンディニウムにおいて、ガレスがあれほどの宝具を何度も使用をすることができたのは、この鐘が封じられていたからだったのか」

 

 鐘を保有している者は、その島の常夏領域の影響も受けず、島の霊脈から魔力を引き出すことが、ある程度ならば可能だ。

 自分たちはオックスフォードにて、そうして生きながらえていた魔獣を知っている。

 

 「…そういえば、女王セミラミスは、このロンディニウムに一体どのような常夏領域を敷いていたのでしょうか?」

 

 そのことに関して、彼女は終ぞ口を割ることはなく別れてしまった。一体どのような常夏領域をこの島にかけていたのだろう。アムールがいる以上、"敷かない" という選択肢を取っているはずはないのだが。

 

 「───それなら、私はわかる」

 

 トリスタンがそう呟いた。

 

 「それは、一体…?」

 

 「散々 言ってたろ。"恒久の楽園をつくる" って。…きっとこの島に敷かれてたのは、"(いさか)いの喪失(そうしつ)"。この数日、何度かこの島を訪れた私でもわかった。島の人間が、ウザいくらいに平和ボケしすぎだってな」

 

 諍いの喪失。

 なるほど。彼女が望んだ世界は、この島の上でなら叶っていたのか。きっと彼女は、それをあのキャメロットから見ていたからこそ、この特異点全てにその楽園は築けると信じた。

 

 「では。鐘を鳴らしてしまったら、この島には争いが…?」

 

 ガレスが不安そうにそう訊ねる。

 

 

 「───いいえ。この島の人々なら大丈夫です。わたしはそう信じています。ですから、ロンディニウムの鐘を鳴らしましょう、藤丸くん」

 

 ティターニアは、まっすぐな眼差しでそう告げた。

 

 「…ああ。最後の鐘を鳴らそう。」

 

 

 錫杖を掲げる。

 その脳裏に思い描くのは、

 この特異点で経験した多くの思い出。

 

 輝かしい星のように、まばゆく(よぎ)る。

 

 最後の鐘の音は、まるでこの特異点全土を優しく撫でるような、暖かな響きを奏でていた。

 

 

 

 「これで、全部の鐘を鳴らしましたね…」

 

 遠くの水平線を見つめ、ティターニアがそう呟く。

 

 

 

 「ええ。おめでとうございます、ティターニア。そして藤丸 立香。貴方たちは無事に、この特異点 全ての鐘を鳴らすことができました」

 

 

 ここにはいなかった第三者の声に、思わず振り返る。

 そうして現れたのは、この特異点の首謀者と思われる女神。本当の意味でこの楽園を築いた、ローマ神話における愛の女神アムール。

 その疑似サーヴァントである、カレンの姿だった。

 

 

 

 

 

 /『人気女帝で行こう』-了-

 




 
 
 まずはここまでの長文をお読みいただきまして、誠にありがとうございました。毎回文量が増えてますね。なぜなのだ。
 しかし今回はクライマックス間際ということで、総括も含めお許しいただけますと助かります。
 
 さて。ここからはいつもと同じく今回の話の補足説明に入らせていただきたいと思います。興味がございましたら、こちらもお読みいただけると幸いです。
 
 今回の島のテーマは、"祭祀"。
 日本において夏といえば、お祭り!宴だ!…ということで、最後の島は夏祭りを締めにもってきたシナリオとなりました。え?ほとんどバトってただろって?…まあ、"終わりよければすべてよし" ということでお許しを。最後の島だしね。正面衝突してほしかった。
 ちなみに今回の祭祀も含めて、全体的に "日本の夏" に寄ったテーマが多々ありましたが、これはアムールもといカレンが、生前に日本へ移住し、その国の文化に感化されたことが原因となっています。
 
 
 ・星5 キャスター セミラミス
 
 今回のメイン!ロンディニウムの真の女帝セミラミスです!デザインはシックに、ダークブラウンのワンショルダービキニにレースの透けパレオ。髪はあえて普段通りに致しました。どこぞの怪盗と並んだら()えそうですね。

 そしてその舞台はキャメロット。六つ目の純愛の鐘を保有すると偽る、本来は存在しない七つ目の巨大な島として登場しました。
 物語中でのセミラミスとカレンの会話の通り、本来は小さな小島にすぎなかったキャメロットに、ティターニアたちは召喚される予定でした。ちなみにその時の地名はキャメロットではなく、"ティンタジェル" です。
 島の住民たちに関してですが、彼らは皆 他の島から移住してきた人々でした。アイランド・クイーンとしての特性を考慮せずとも、一定の人々を魅了できたのは、セミラミスの持ち前の王としてのカリスマ性が理由となります。
 また、物語内で語られていたように、彼女には妖精國の女王モルガンを連想させる立ち回りと役どころを担ってもらいました。…しかし、セミラミスの目的とモルガンの目的は、その前後が()です。モルガンは自らの國を築き上げる過程で、國以上に大切なものを得ましたが、セミラミスは必要だと感じたことを得てから、島を築くことを選択しました。
 
 ロンディニウムの島に "諍いの喪失" の常夏領域を敷き、ティターニアたちに平和の楽園を享受させていたのは、そうした世界を垣間であれ見せてやりたいと思ったからです。しかし、それでも根っこはアッシリアの独裁者。言っても聞かないヤツらには力でわからせる。失わせればその意味を痛感するだろう。ということで、問答無用でロンディニウムに魔力砲を放ちました。めちゃくちゃだよ、この女帝!

 こうしたモルガンとセミラミスの類似性を描いたのも、Fate/Apocryphaにて、モードレッドがセミラミスに対して自身の母と同じ臭いを感じていたところから引っ張ってきたオマージュでした。詳しくは原作を是非!
 
 そして今回新しく登場した宝具、
 『虚栄の天空聖島(レイニングアイランド・オブ・キャメロット)』ですが、本来の彼女の宝具『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』とは似て非なるものとなります。その理由は、"素材の違い" です。
 本来、彼女の宝具を組み上げるために必要なものは、彼女が生きていた土地であるイラクのバグダット周辺の木材や鉱物、土などを使用しなければなりません。しかしこの特異点にはそれがなく、代わりに別の資源が溢れていました。その本当の素材の源は現段階では語れませんが、そうした神秘としての強度が強い素材を用いた結果、他の島にも負けず劣らずの大規模な天空島を作り出せたわけです。
 なので完全な上位互換というよりも、純粋にかけた時間と素材の強度ゆえに、より高性能な宝具となったのです。にしても移動できるとか聞いてない。ラ〇ュタでもそんなことしなかったよ!
 ちなみにレイニングとは、英語で "君臨し続ける" という意味です。
 
 
 ・星4 アーチャー 常夏騎士 トリスタン
 
 ついに揃った三人目の常夏騎士。この夏一の残虐(ざんぎゃく)娘……ではなく。この夏一の "踊り子" としてキャメロットの住民たちからは大人気のトリスタンです。普段の加虐体質は主人公たちと再会するまでなりを潜めていましたが、それはこの特異点には嫌いな妖精たちがおらず、善良な人間だけが暮らしていたためです。
 彼女が偽物の島であるキャメロットに召喚されたのは、そも土地として数ヶ月の信仰をキャメロットが集めており、かつ他の島に比べるとトリスタン本人との縁が一番強かったのがこの島しかなかったためです。
 
 また、今回の彼女はFGO第二部 第六章本編の時と比べ、だいぶ思慮深い判断ができるようになっておりますが、これは自己の過ちと後悔が直近として記憶に残っている故の罪悪感からです。母であるモルガンの願いを叶えようと頑張っていたのも、これ以上迷惑をかけたくないという一心でした。…うん、でも顔はちゃんと確認しようね?
 
 ちなみにセミラミスがトリスタンへあの舞踏会場を作ってあげたのは、終ぞ叶わなかったモルガンの夢を叶えてやりたいという思いもありましたが、トリスタンの夢を叶えてやりたいという願いでもありました。母を偽って、利用しただけと言ったのは、そんなセミラミスの不器用な照れ隠しでもあります。
 
 
 ・星4 セイバー ガレス
 
 改めて語る、六つ目の鐘の島 "ロンディニウム" を守る騎士です。彼女の在り方や印象は、FGO 第二部 第六章における "鏡の氏族" 最後の生き残りであるガレスと大きな違いはありません。それ故に、この物語における彼女にはその変わらぬ不屈の闘志と、それを支えるための剣を主軸に(えが)かせてもらいました。
 彼女の所持していた大剣があれほどの出力の宝具を二種類も使えたのは、その内部に純愛の鐘を保有していたからでした。無論、ロンディニウム以外の地では、今回ほどの宝具連発はできません。長い伏線だったネ!
 純愛の鐘は、その結びつく土地でしか姿を出現させることはないため、他の島で錫杖を振っても、ガレスの剣の鐘は反応しませんでした。ティターニアはそのことに気づいていたため、ロンディニウム内では一度も錫杖は振っていません。
 
 
 他にも、ガレスとランスロットの共闘…無辜の民を守ったガウェイン…村正がティターニアへ渡した髪飾り等、今回の話は語りたいところが本当にたくさんございますが、あえてここまでとさせていただきます。ここまでの長文をお読みくださいまして、誠にありがとうございました!

 ついに六つの鐘が鳴り、物語はクライマックスへ向かいます。
 残りは二節、どうぞ次回の更新をお待ちいただけますと幸いです。


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第八節『TAMAYURA』

 
 
 
 
 第八節目の更新です。
 引き続き、この物語はFGO第二部第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。予めご了承ください。
 残すは二話。どうかお時間の許すかぎりお読みいただけますと幸いです。
 


 

 

 

 "────さよなら。ブリテンの、大切な友人。"

 

 

 

 "……さよなら。

 自分によく似た、なんでもない女の子。"

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 ()は眠りを受け入れる。

 崩壊した妖精國。滑落(かつらく)する奈落(ならく)の虫。

 

 役目を終えた "楽園の妖精" の願いを受けて、

 "聖剣の騎士" として英霊となった私は、()を守って本来あるべき場所───楽園へと帰るのだ。

 

 

 この物語(・・)は、これでおしまい。

 ここから先は、彼らの旅路が続いていく。

 

 

 

 その終末の刹那(せつな)──────、

 

 

 

 

 

 

 

 "こんにちは。楽園の妖精さん。"

 

 

 

 

 

 

 ひとりの女神(・・)が、私に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 第八節『TAMAYURA』/

 

 

 

 

 「女神、アムール──────!」

 

 

 自分───藤丸 立香たちは、現れた女神アムールに対して、警戒の眼差しを向けた。

 だがしかし──────、

 

 

 「真 夏 の カ レ ン ち ゃ ん です──っ!」

 

 

 アムール───真夏のカレンちゃんはそう言って、何度も言わせないでください、と頬を膨らませていた。

 

 「あれ……?」

 

 なんというか。いつも通りの彼女だった。

 

 「えっと、キミは僕らに鐘を鳴らさせないように暗躍(あんやく)していたんじゃないのかい…?」

 

 ネモ船長が訝しげに直接そう訊ねる。

 

 「は───?鐘を鳴らせば、この特異点は修復されると指示したのは私ですよ?なぜ私がそのようなことをする必要があるのです」

 

 カレンは逆に困惑した表情を浮かべる。

 

 「なんだ。てっきりお前さん、BBのグロスター以来まったく顔を出さねぇもんだから、何か悪さをしているもんかと…」

 

 村正が気まずそうに頬をかく。

 

 「はぁ、心外ですね。あまりの歯に(きぬ)着せぬ物言いに、さすがの私も傷つきました。…この旅を通しても、貴方のデリカシーの無さは治せなかったのですね。次に招集する際は、全裸で野に(はな)ってさしあげましょう」

 

 「報復が最悪すぎねぇか!?」

 

 どうやら。

 この女神は相も変わらずの奔放な性格を貫いている。今までの経験から、つい訝しんでしまっていたが、こちらが深読みをしすぎただけだったようだ。

 

 「……ですが、"鳴らしてほしくなかった" というのは、確かに事実ではあります。なぜならその行為は、この旅路の終わり(・・・)を意味しますから」

 

 「──────、」

 

 「ティターニア。貴方にとってこの旅路は、楽しいものになりましたか?」

 

 カレンは少しだけ不安げにそう訊ねた。

 

 

 「ええ、とっても。わたしには勿体ないくらいの思い出をつくらせてもらいました。みんなには、感謝してもし切れないくらい」

 

 

 「…ちょっと待った。この特異点を修復したら、俺たちは全員揃ってカルデアに帰還するんだよね?」

 

 自分のその言葉を聞いて、ティターニアは少しだけ寂しそうな顔を浮かべて、

 

 「いいえ。残念ですが、わたしは皆さんのところへは帰れません。元々 "そちら側にいる者ではない" んです」

 

 「え──────?」

 

 彼女はなにを言っているんだ。

 だって今までずっと、この特異点を修復するために共に過ごしてきた仲間だというのに。/ ……いや、この特異点を修復するため "だけ" に、共に過ごしてきた。

 

 「ティターニアさん、どういうことですか?ちゃんと説明してください!」

 

 ガレスは意味が理解できずに、そう言い放つ。

 

 「うん。そうだよね、ガレスちゃん。……カレンさん、お願いします」

 

 ティターニアのその言葉を聞いて、カレンが指を鳴らす。

 

 

 すると彼女の姿は、見たこともない白い装束(・・)を身にまとった、まるでどこかの "王様" のような姿へと変わったのだ。

 

 

 「その格好、は──────、」

 

 

 忘れていた、大切な記憶が蘇る。

 ここではない異聞の地。"楽園の妖精" と "巡礼の鐘" を巡る、妖精たちが紡いだ物語。そのはじまりからおわりまで。

 

 

 

***

 

 

 "こんにちは。楽園の妖精さん。"

 

 

 

 

 ひとりの女神(・・)が、私に声をかけた。

 

 

 「貴方(あなた)は──────?」

 

 

 "愛の女神です。はじめまして。"

 

 

 色んな妖精は見てきましたが、本物の女神を見るのは初めてでした。

 

 

 "彼女(あなた)物語(・・)を見させてもらいました。"

 

 

 「これは、お恥ずかしい。女神様にお見せできるほど、美しいお話ではなかったでしょう」

 

 

 "いいえ。私は気にいりました。"

 

 

 それならよかった。

 彼女(わたし)の物語は、彼女(わたし)だけのものですが、最後に女神様にお墨付きをいただけたのなら、安心して眠りにつけます。

 

 

 "ですが。ひとつだけ不満が。"

 

 

 はて。思い当たる(ふし)はたくさんあるけれど、一体どこのことを言っているのでしょう。

 

 

 "彼女(あなた)には、報酬が与えられるべきと思ったのです。"

 

 

 それは思ってもみなかった提案です。

 ですが───、

 

 「いいえ。その必要はありません。何故なら私は───彼女(わたし)は報酬がほしくて、ここまで駆け抜けたわけではありませんでしたから。それに。もう十分すぎるほど、たくさんの思い出(もの)をもらいました」

 

 

 "───楽園の妖精に()の記憶はなくとも、彼女(あなた)には、あの旅路こそが輝かしい春だったと。そう仰るのですね?"

 

 

 「はい。ですから、彼女(わたし)の旅はあそこで終わったのです。()がここにいるということは、そういうことなのです。なので、」

 

 

 "───いいえ。綺麗事ですよ。それは。"

 

 

 え──────?

 

 

 "厳しく冷たい()から始まり、楽しく温かい()で幕を閉じる彼女(あなた)の旅路。季節を(さかのぼ)る道筋。それはたいへん結構。"

 

 

 なぜだろう。彼女は怒っていた。

 

 

 "ですが本来、季節とは巡るもの。春を迎えたのなら、燃えるように暑い()が待っているものなのです。"

 

 

 「燃えるように暑い───、夏?」

 

 

 "そうです。彼女(あなた)にとって、あの旅路こそが()だというのなら、その続き(なつ)を味わう権利がある。"

 

 

 女神様は真っ直ぐに私を見据える。

 

 

 "夏も辛い記憶のひとつ?笑わせないでください。夏というのは、鬱陶(うっとう)しいくらいの陽射しと、燃えるような大地からの照り返しの地獄───いえ、そんな状況の中でさえ、楽しい(・・・)と胸踊る季節なのです。"

 

 

 女神らしい振る舞いが(くだ)け、一人の少女の言葉が垣間(かいま)見えていく。

 

 

 "私は、彼女(あなた)にそれを知ってほしい。…ですから、どうか。貴方も協力してくれませんか。"

 

 

 まだこの瞳に残っていた妖精眼(・・・)が語る。

 彼女の言葉には、嘘偽りはなく。この女神は、そんな憤りと願いだけ(・・)で、本当にこんなところまで飛んできたのだ。

 

 「──────そう、ですか。」

 

 

 最後の最後まで。

 この世のどこにもない()を追いかけ続けた少女。

 

 そんな彼女へ。たとえ瞬きでも。

 

 なにかしてあげられるのなら。

 そんな我儘(ワガママ)が許されるのなら。

 

 ────あなた(わたし)は楽園に。

 もう一度 旅を続けましょう。

 

 

***

 

 

 「キミ、は──────、」

 

 同じくネモ船長も、その記憶が再生されたようだ。

 

 「おい、どうしたキャプテン、藤丸。てめぇら急に青ざめてやがんぞ…?」

 

 「ネモ殿、マスター、どこか体調が…?」

 

 村正とガレスは、なんともない様子だった。

 それもそのはずだ。あの異聞帯にいた彼ら(・・)はここにいる二人ではない。故に、"知らない" のだ。

 

 「─────なるほど。そういう()で呼ばれたのか。チッ、"知恵の神" が聞いて呆れるな。こんな簡単なことにすら気づいてやれねぇとは」

 

 キャスターの霊基であるクー・フーリンは、その真相に気づいたらしい。

 

 

 「事情を知らないガレスちゃん達のために、ちゃんと説明するね。…わたしは "楽園の妖精"、アヴァロン・ル・フェ。藤丸くんたちとブリテンの妖精國───異聞帯(・・・)を攻略した者の一人です」

 

 「楽園の、妖精───?」

 

 「わたしはカレンさんに協力してもらって、この特異点を創りました。…理由は本当に自分勝手なものです。ただ みんなと楽しい "夏の思い出" をつくりたかった。それだけ」

 

 ──────名前を。思い出せない。

 

 「これは()が、わたしのために用意した楽園でした。ですが、"わたし" のままでは、この特異点には居続けられません」

 

 ここではない異邦の地。

 もう一つの彼女との思い出。

 こんなに鮮明に思い出せるのに、どうして。

 

 「()は、その(あるじ)が夢だと知覚してしまえば、目が覚めてしまうからです。自分の心に嘘をつけないわたしは、すぐに夢を終わらせてしまう」

 

 ──────名前。その名前だけが。

 どうしてこんなにも、口にできないのか。

 

 「だから "役を羽織り" ました。はじめから "そうあってくれ" と願われ、その先はない。夢の中だけの少女。『ティターニア』という名前は、この世界のわたしにとって都合がよかったのです。だから、みんなはわたしのことを知らなくても、"そういうものだから" と思って、仲間として受け入れてくれました」

 

 自分が許せない。

 ただその名を口にするだけで、この少女の告白を止められるというのに、それができない自分が。

 

 「おかげで、わたしは楽しい思い出をたくさんつくれました!…なのでこれは、悲しいことではないのです。はじめから、おわり(・・・)だけはわかっていたのですから」

 

 そう言って、少女は "宣誓の杖" を取り出す。

 

 「わたしたちが鳴らしてきた "純愛の鐘" は、楽園の妖精であるわたしがもつ性能を六つ(・・)に分けたものでした。妖精國で六つの巡礼の鐘を鳴らして、その性能を解除させていたプロセスを、逆転させて応用したわけです。……そして今ここに。わたしがこの特異点に分けた、すべての力が集まりました。カレンさん、あとはお願いします」

 

 少女が、その錫杖をカレンに差し出す。

 

 「──────本当に。よろしいのですか。一度使ってしまえば、もう後戻りはできません。貴方は二度と、この常夏の楽園を訪れることはできないのですよ?…貴方さえ望めば、永遠(・・)にこの夏の楽園で過ごしていくこともできます」

 

 それを聞いて、少女は目を丸くする。

 

 「本当に優しい女神なんですね、あなたは。」

 

 「ただ事実を伝えているまでです。"永遠に繰り返される楽しい今日" が、貴方は欲しくないのですか?」

 

 

 少女は、淡く微笑む。

 

 

 「──────ええ。だって、きっと。そんな日々を続けていたら、いつかは飽きて(・・・)しまうでしょう?」

 

 

 

 「──────、」

 

 その言葉に。カレンは息を飲んでいた。

 

 

 「…わかりました。では、宣誓の杖をこちらに」

 

 

 カレンの言葉に、少女が錫杖を手渡した。

 

 

 

 

 その瞬間──────、

 

 

 

 「「「ッ───────────────!」」」

 

 

 

 「えっ─────────?」

 

 

 カレンに攻撃を仕掛けようとしていた、"三人の常夏騎士" が、その腹を貫かれていた(・・・・・・・・)

 

 

***

 

 

 突然の出来事に、自分は頭の理解が追いつかなかった。

 

 

 「───惜しかったですね。(ワタシ)の首を()ねるつもりだったのなら、あと一秒早く動くべきだった」

 

 

 「ぐっ、かはっ─────────!」

 

 三人の常夏騎士が倒れる。

 その腹部には、青黒い注射針のような、何者かの()が突き刺さっていた。

 

 

 「なにを、してるんだ──────、」

 

 困惑のあまり、思考が定まらない。

 

 「藤丸。下がってろ。アイツはもう "カレンじゃない"」

 

 なんだって──────?

 

 

 「ふふっ、うふふふ─────────!」

 

 

 カレンの服が、黒い装束へと変質していく。

 

 「カレン、さん──────?」

 

 「ティターニアさん、危ない──────!」

 

 ティターニアを押し退けてカレンの前に立ったガレスも、その両足を謎の青黒い牙で貫かれる。

 

 「ぐっ、あ"あ"──────!」

 

 「ガレス──────ッ!!」

 

 彼女は両足を穿たれて、その場に膝をつく。

 

 

 「誰だ…?キミは───、」

 

 ネモ船長は今度こそ、明確な敵意をもった眼差しでカレンを見据えた。

 

 「なにを言っているんですか?(ワタシ)はカレンですよ。先ほどまで、和気あいあいと話していたではありませんか」

 

 カレンを名乗る何者かは、そう言って不敵に微笑んだ。

 

 「ちげぇな。完全に切り替わりやがった。…これだけの "人間の血の匂い"、てめぇ今までどこに隠してやがった?」

 

 「隠してなどいません。ただ表に出していなかっただけですよ。けれどもう、その必要もなくなった」

 

 そう言って、女は手にした錫杖を撫でる。

 

 「目的はこの特異点か?はじめから錫杖を狙っていたな。何のためにそんなことをしやがる」

 

 クー・フーリンのその言葉を聞いて、女は目を丸くする。

 

 「おや。まだ誰も気づいていらっしゃらないのですか?…この特異点が、どこに創られた(・・・・・・・)ものなのかを」

 

 そう言って、女は邪悪な笑みを浮かべる。

 

 「どこに創られたか………?」

 

 そうだ。なぜ自分たちは今まで、ただの一度も思い至らなかったのだろうか。この特異点が、一体 "どこに存在しているのか" について。

 

 

 「ではお教えしましょう。この特異点の全貌(・・)を」

 

 

 

***

 

 

 ─────それは、なんてことのない。

 いつも通りの "今日" からはじまりました。

 

 

 「はぁ、暇ですね。世界のどこかで人類絶滅の危機とか、発生していないものでしょうか」

 

 そう呟きながら、ノウム・カルデアの廊下を(ふわふわと浮いて)歩く私───カレンは、中央管制室を目指す。

 

 「おや。こういう時にかぎって誰もいないのですね」

 

 管制室の中は珍しく誰もおらず、今ならイタズラし放題───もとい点検し放題でした。

 さすがにメインフレームの中へと入るわけにはいきませんので、ささっとパソコンを拝借。

 

 「奇天烈(キテレツ)な特異点の記録でも読みますか。今後の参考も兼ねて」

 

 カルデア内のデータベースを開く。

 そこには数多の特異点や事象、異聞帯の記録がデータとして保存されていました。

 

 「妖精國…?直近の記録のようですね。そういえば、まだ詳しくは聞いていませんでした。折角(せっかく)ですし、読んでいきますか」

 

 

 キッカケは、そんな些細なことです。

 私は普段通りのテンションで管制室に忍び込んで、なんてことのないような心持ちで、その物語を閲覧しました。

 

 

 

 「なんですか。これ」

 

 はじまりからおわりまで。

 あまりにも興味深いお話に、私は余すところなく読み切りました。自分でも気がついていなかっただけで、三周は読んでいたでしょう。

 ですが──────、

 

 「納得、できません。」

 

 決して。この物語の続きが読みたかったのではありません。

 ただひたすらに、この結末に見合う報酬が欠如していると感じたのです。使命感に駆られたのです。

 

 

 

 

 「由々(ゆゆ)しき事態です!ミス・BB───っ!!」

 

 盛大に。建付けを悪くさせそうな勢いで、彼女の部屋の扉を(自動ですが)物理的に開く。

 

 「うひゃあ!?な、何事ですか──────!?」

 

 彼女───BBはどこで手に入れたのか、高級そうなロールケーキをお皿の上に乗せて、今まさに食べようとしていたタイミングでした。

 

 「貴方に協力してほしいことがあるのです。BB」

 

 カルデアに保存されている霊基グラフを見たかぎり、私のしたいことを叶えることができる現実的な人材は、彼女だけだと判断しました。

 

 「貴方はアムール───いえ、カレンさんでしたか。いきなり協力してほしいとは、一体なんのつもりですか?」

 

 彼女は露骨に、関わりたくないという表情を浮かべていました。

 

 「第六の異聞帯───妖精國の記録についてはご存知ですか」

 

 「え?─────はい。既に知っています」

 

 彼女の表情は、その言葉でなにかを察したのか、真剣な眼差しに変わってくれました。

 

 

 「私はあの結末に。あの國の終末を看取った彼女に、報酬を与えてあげたいのです」

 

 

 ────そうして。

 私は自分のプランを彼女へと伝えました。

 

 

 

 「……なるほど。結論から言いますと、"不可能ではない" です」

 

 彼女は熟考の末にそう答えてくれました。

 

 「ですが、それは私の協力が必要不可欠なのは当然として、その本人(・・)や、もう一人の観測者(・・・)の助力がなければ実現いたしません。…もしも失敗すれば、無駄骨(むだぼね)に終わるだけでなく、そんな無茶をした貴方の霊基は、およそ数ヶ月間は修復作業にあてることになってしまいますよ?」

 

 彼女は、ただ事実としての情報を包み隠さず話してくれました。

 

 「───はい。それでも構いません。それだけの無茶をする価値があると、私は考えます」

 

 それを聞いて、彼女は苦笑しました。

 

 「それともう一つ。正直、私にはそんなことに協力するメリットがありません。…貴方は私を納得させる理由を用意できますか?」

 

 彼女は、少し意地悪な表情を浮かべてそう言いました。

 はじめは私と似ている(かた)なのかと思いましたが、それは勘違いでした。わざわざこのような確認をする時点で、彼女は半分は了承しているとわかったからです。根っからのお人好しなのです。

 

 「ええ。それなら当然あります。だって、貴方も "夏を楽しめますから"。どうぞ、お好きな夏を叶えてください」

 

 私は自信満々にそう答えました。

 

 それを聞いた彼女は目を丸くした後、

 

 「はぁ、わかりました。…それでは、環境を整えやすいよう私も自身を夏の霊基(・・・・)に切り替えます。しばしお待ちを」

 

 そう答えてくれました。ほら、お人好しです。

 

 パチン、と指を鳴らしてBBの姿は夏の霊基へと一瞬にして切り替わりました。

 

 「…では。これより私の "ムーンキャンサー" としての霊基を貴方に一部 譲渡(・・)します。そしてその力を使って、私と一緒に "月の裏側" まで来てください」

 

 私はその言葉に無言で頷きました。

 

 「私は "ムーンセルの使者" ですので、限定的ではありますが、その月の眼の中枢(ちゅうすう)と接続し、記録宇宙(・・・・)より世界を閲覧することができます。……本来、この世界の部外者である私はしてはならない越権(えっけん)行為です」

 

 世界には "観測宇宙" と "記録宇宙" の二種類が存在するそうです。

 観測宇宙とは、今私たちが見ている世界のことです。過去が現在によって更新され、現在はいずれ来る未来を予測し続けなければならない。それ故に、過去・現在・未来の三者を、同時に知覚することができません。

 

 一方で記録宇宙とは、過去・現在・未来を同時に知覚することができる、高次元の視点。この三次元の世界をひとつの巻物と捉え、その世界にいる自分を閲覧するように俯瞰(ふかん)できる、私たちの常識からは逸脱(いつだつ)した時間の世界です。

 

 彼女が話したムーンセルの中枢というのは、この記録宇宙の視点で世界に接触できる、いわゆるチート(・・・)なのです。

 

 「ムーンセル中枢を介した、過去への接触。その行為をもって貴方の望む "妖精國の時間軸" に飛んでもらいます。限定使用ですので、可能な回数は最低限の二回(・・)のみ。ですので、私はその場に立ち会うことはできませんが、構いませんね?」

 

 「ええ。彼女たちを説得できるか否かは、私の手腕にかかっている、ということですね?」

 

 「はい。そこから先のプランは、私の管轄外(かんかつがい)です。まぁ、サーヴァントの召喚方法くらいはお伝えしますが。なので私の役割は、貴方が失敗した際にこちらへ引き戻すフィッシャー」

 

 「わかりました。……ちなみに信頼していないわけではありませんが、成功率は何パーセントくらいなのでしょうか」

 

 ふと気になったので、私は口にしました。

 

 「そこはご心配なく。消えゆく間際の存在を釣り上げるのは、実は経験済み(・・・・)なのです!必ず成功させますから、安心して飛んでください」

 

 それを聞いて安心した私は、了承の意を込めた眼差しを向ける。

 

 「では、"月の海を渡り、星の楽園に至る" …前代未聞(ぜんだいみもん)星間(せいかん)旅行ですが、貴方の幸運を祈っています」

 

 

 彼女の言葉とともに、私はその身を "月の癌" へと変換させ、虚数の海を渡る旅路に向かう。

 

 目指すは終末の妖精國。

 星を目指した二人(・・)の王に、逢いに行くために。

 

 

***

 

 

 

 「では。貴方の承諾(しょうだく)をもって、"もう一人の協力者の条件も認可された" ものとみます。」

 

 私との接触の末に、彼女はその夢の続きを受け入れてくれました。

 ここから先は、本格的に私が主体となって準備をしなければならない。

 

 「これより、貴方の "楽園の妖精" としての力を六つに分断させ、この楽園の影(・・・・)の上に(くさび)として穿ちます」

 

 彼女の身体から、六つの光の玉が出現する。

 

 「(えが)き出す形に関してですが、私の一存でもよろしいでしょうか?なにせ、提案者は私ですから。私の方が夏に関しては詳しいですし」

 

 彼女は無言で頷いてくれました。

 

 「無論、この特異点を終わらせるためのストッパーとなる機能も用意します。それに関しては、貴方がその地に召喚された際に、改めてお話するとしましょう。…貴方がその夢を終わらせたいと思った時に、その機能を使ってください」

 

 "この夢に、わたしの知り合いはいますか…?"

 

 「………いいえ。夢の主人である貴方を知る存在はかぎりなくゼロにしておかなければ、この揺らぎが(ほど)けてしまう危険性があります。貴方には "夢の中だけの存在" として、名を偽ってもらう必要もありますし、それに私自身も、これ以上この妖精國の人物たちに接触する力が残っていません」

 

 彼女は残念そうに目を伏せる。

 

 「──────ですが。できるかぎり、貴方にとって関わりのある者たちは呼んでみせましょう。約束します」

 

 "そのお心遣いだけでも、嬉しいです。"

 

 「それでは、"玉響(たまゆら)" の休息を。……次にお会いする時は、どうか燃えるような暑い陽射しの下で。貴方の眩しい笑顔を待っています」

 

 

 そうして、つかの間の邂逅は終わりを告げる。

 彼女は瞼を閉じ、私はこの楽園を開いた。

 

 

 

***

 

 

 そこから先の私は、もう大忙し。

 楔となった島々を飛び回り、もう一人の協力者の力で、夢の住人たちを用意しました。現実には存在し得ない人々です。

 

 次に私が準備したのは、彼女をもてなしてくれる女王(・・)たち───アイランド・クイーンです。

 それぞれの島に趣向(しゅこう)性を設け、夢の住人たちとその趣向に沿った楽園を提供するための人物。

 

 

 まずはじめに呼んだのは、ギリシャの女神。

 アムールでもありエロースでもある私の遠縁を利用して呼んだつもりだったのですが、サーヴァント召喚の経験がない私では、少々 雑な呼び出し方になってしまいました。ミス・BBから教わった召喚方法は、私には向いていなかったみたいです。

 

 「それでは、頑張ってください!(説明なし)」

 

 

 次に呼んだのは、他ならぬ協力者であるBB。

 本当は一番はじめに召喚しておくべきでしたが、失敗した際の不始末を考慮して、内側に招き入れるのは危険と判断し、二番手にしたのです。

 

 「貴方にも説明はいりませんね。……って、なんですかその霊脈の使い方は。BBランド、ですって!?」

 

 

 三人目に召喚したのは、インドの堰界竜(いかいりゅう)

 ノリノリで "冒険をさせたい" という私の目的に応じてくれました。なんてイジメっ子気質でものわかりの良いドラゴンなのでしょう。推せます。私のお気に入りのスピルバーグな映画を薦めたい。

 

 「こちらのビデオをどうぞ。私のオススメです。…あぁ、テレビの電力ならこの島の霊脈をちょちょいと拝借して、ほら、つきました。感想を待ってます」

 

 

 四人目に召喚したのは、オランダの天才画家。

 彼女の美術展を訪れたことがなかったので、本物を見たいと思ったのです。きっと素晴らしい景色を描いてくれるでしょう。楽しみです。

 

 「───────────────、」

 

 

 五人目に召喚したのは、ケルト神話の女王。

 彼女は妖精國の関係者に関わりのある人物です。ですので、その記録を一部ですがお伝えしました。それと私は、彼女の情欲的な思考を高く買っています。是非とも、この島では一波乱起こしてほしい。夏の魔物はキミに決めた。

 

 「それには従えない?そうですか。では────────────────────、」

 

 

 最後に召喚したのは、アッシリアの支配者。

 彼女には、締めの祭りを盛り上げてもらいましょう。持ち前の女帝としてのカリスマ性は、妖精國の女王モルガンにも並ぶ……─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────、はて。私はなにを話したのでしょうか。

 

 

 

 

 そうして。六人の女王は召喚されました。

 

 美食(びしょく)

 絶叫(ぜっきょう)

 冒険(ぼうけん)

 佳景(かけい)

 情欲(じょうよく)

 祭祀(さいし)

 

 六つの夏を乗り越えて(楽しんで)、なにかひとつでも気に入ってもらえて、この島にいたいと思ってくれたのなら、私にはなによりの報酬です。頑張った甲斐がありました。

 

 

 あとは。

 この特異点の観測者となる人物を呼ばなければ。

 

 "藤丸 立香"。

 

 彼が居ることではじめて、この特異点は記録(・・)として世界に残るのです。

 

 ですが旅を進めやすくするために。

 そしてなにより彼女(・・)との約束を果たすために。

 残りの力を使って、旅路の仲間を呼びましょう。

 

 もとよりこの特異点には、妖精國と何かしらの縁をもつ存在しか呼ぶことはできません。楽園の妖精の力を駆使して無理やり召喚した女王たちは別ですが、はじめから旅のお供に関しては、そう決まっていたことなのです。

 

 呼び出すサーヴァントは三騎(・・)

 

 一人目には、最初の従者となってもらわないと。

 

 「え?なんですかその剣は。従者であれば相応の剣を持っておくべきだ、ですか?護衛は重役だからプレゼント?…思っていたよりも気前がいいのですね、貴方は」

 

 二人目には、約束を果たしてもらわないと。

 

 「え?人手が足りないから一人ほしい?…構いませんが、本当によろしいのですか?その男はこの中で一番扱いづらいですよ」

 

 三人目には、彼女が無茶をしないよう目を張ってもらわないと。

 

 「………余計なことをされたら、困りますから」

 

 

 

 そうして。

 すべての条件が整いました。

 

 こうして多くの助力と例外。

 そして私のお節介と彼女の小さな我儘で。

 

 

 『楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス』

 

 

 やがて本物の星の内海(・・・・)に帰る、

 妖精國にまだ残っていた楽園の影(・・・・)に、

 その常夏の領域は創り出されたのでした。

 

 

 

***

 

 

 「楽園、常夏領域………?」

 

 自分───藤丸 立香たちは、この特異点の真相を知った。

 

 「そうです。この楽園は、妖精國の星の内海に生まれた、あらゆる例外の上に成り立つ "変異特異点" です」

 

 女の言葉に、思わず絶句する。

 今まで一度も、そのような場所に特異点が生まれたことなどなかったからだ。

 

 「時間の概念から切り離されてやがったのも、そもそもこの土地が "星の表層" じゃなかったからか」

 

 村正が女を睨みながらそう言った。

 

 「その通りです。本来はこのような事態は起こり得ません。…しかし楽園の妖精である彼女と、異聞帯というイレギュラーな事象が重なった結果、このような楽園の影を利用した特異点を生み出すことができました」

 

 特殊な経緯により誕生したあの妖精國で発生した事象は、領域外に波及してしまえばそれが汎人類史においても()となる。"聖剣(・・)が生み出されなかった" 世界線である妖精國の崩壊が外にも侵食してしまっていたら、自分たちの世界の聖剣もなかったことになってしまうのだ。

 そうした、あの世界がもつ現実への影響を、自分たちはもう知っている。それ故に、この特異点の存在がなにを意味しているのかがわかってしまった。

 

 「……この特異点が、そのまま "僕らの世界" の星の内海へと取り込まれてしまったら、どうなる?」

 

 ネモ船長は額に汗を滴らせる。

 

 「ふふっ、さして大きな影響は起きませんよ。星の内海はもとより表の世界とは隔絶した場所ですから。………ですがそれは、この楽園が楽園のまま(・・・・・)なら、の話ですけど。」

 

 

 「っ─────────!?」

 

 

 突然、あたりの空が暗闇に包まれる。

 女は困惑する自分たちを見て。ニヤニヤと笑っていた。

 

 「テメェ、肝心なことを話してねぇな。今さっき語ったのはアムール神───カレン・オルテンシアの記憶(・・)だろうが。そこにテメェの話はなかった」

 

 クー・フーリンが強く女を睨みつける。

 

 「……ええ。その通りです。(ワタシ)はまだ、(ワタシ)の話をしていません。もう隠す必要もありませんから、お話してさしあげましょう」

 

 女は、その青黒い外套(がいとう)(ひるがえ)し、金色の瞳を細める。

 

 「(ワタシ)の名はゴッド・カレン───いえ、"イヴィルゴッド・カレン"、そう名乗りましょうか」

 

 女はそう言ってニンマリと笑った。

 

 「ふざけてんのか、てめぇ!いい加減に正体を晒しやがれ!」

 

 怒号とともに、村正が抜き身の刀を握る。

 

 「ふざけてなどいませんよ。正真正銘、(ワタシ)邪神(・・)ですから。ですがそうですね、(ワタシ)はこの星の人間(ニンゲン)とは積極的に関わってきませんでしたから、大層な名前は名付けられていませんが……あぁ、ひとつだけありました」

 

 女は思い出した、とポンと手を叩く。

 

 「我が渾名(こんめい)は、マイノグーラ(・・・・・・)。"影の女悪魔" と恐れられ、永遠を内包する口をもつ邪神。戯れに人類を弄ぶことしか脳のない従姉妹(いとこ)とは違い、人間(ニンゲン)を心から(あい)する女神。…今この身においては、"カレン・マイノグーラ" と。そう呼んでください」

 

 女の姿をした邪神───カレン・マイノグーラは、そう言ってこの世のものとは思えぬほどの邪悪な気配を放った。

 

 

***

 

 

 "では、月の海を渡り、星の楽園に至る …前代未聞の星間旅行ですが、貴方の幸運を祈っています"

 

 

 彼女の言葉とともに、私───カレン・オルテンシアはその身を "月の癌" へと変換させ、虚数の海を渡る旅路に向かう。

 

 

 

 その刹那──────、

 

 

 

 

 私は見てしまったのです。夏の霊基(・・・・)であるBBがその内に秘める、もうひとつの()を。

 

 直感的に、まずい。と思いました。

 このカレン・オルテンシアという少女の身体は、"被虐霊媒(れいばい)体質" をもっていました。これは自らの近くに悪魔憑きがいる場合、その悪魔の霊障(れいしょう)を自動的に自分も発症させてしまうというものです。

 故に恐れました。BBが秘めるもうひとつの目、そしてその目を通して見えた、私の知らない悪魔(・・)を。

 

 

 

 ですが、なんてことはなかった。私は霊障を発症させることもなく、私は(ワタシ)のままで、その目的を続行できる。

 私は、まさか自分自身が悪魔に憑かれる(・・・・・・・)などとは、思ってもいなかったのでしょう。それ故に(ワタシ)が取り憑くのは簡単でした。

 

 世界を自由にできる権能をその手中に収めながら、何も行動を起こさない従姉妹(・・・)とは、(ワタシ)は違います。

 (ワタシ)は私を泳がせて、この特異点の内情を知りました。

 

 「へぇ。放っておけば、世界は勝手に(ワタシ)のモノになるじゃない。こんなの」

 

 なんというイージーモード。

 (ワタシ)は支配そのものには興味はありませんが、自由に人間(ニンゲン)取って食える(あいせる)世界が手に入るのなら都合がいいです。

 

 

 ──────ですが。

 そう上手くはいかないみたいでした。

 

 

 

 "えっと、あの、貴方はどなた(・・・)でしょうか……?"

 

 

 "ええ、はい!それは承知しています…エヘへ、でもなんていうか、"それだけじゃない"気配がして……"

 

 

 "そう、なんですか……?どちらかといえば、もっと禍々しい……私と同じ(・・・・)ような…ウヘヘ、感じがしたのですが…"

 

 

 

 その少女は、(ワタシ)に気がつきました。

 

 イージーモード?笑わせます。

 そんな甘い世界なら、今こうして失敗した同胞の(つら)を眺めることなどあるはずがなかったのです。

 

 

 だから。(ワタシ)は本腰をいれました。

 なんとしても。この世界を(ワタシ)が手に入れる。

 

 そのために、ね。

 

 

 

***

 

 

 「カレン・マイノグーラ──────!」

 

 自分───藤丸 立香は、そうして本性を晒した外宇宙の神性の名を口にする。

 

 目の前のカレンは、既にカレン本人でも、愛の女神アムールでもなく、全くの別物なのだと、はっきりと知覚した。

 

 「はい。(ワタシ)は私の願いを利用して、この特異点…ひいてはこの世界を手に入れるために暗躍しました。ゴッホさんの霊基を弄ったのも(ワタシ)です。だって彼女は、()が良すぎましたから」

 

 そう言って、邪神は漆黒に染まった空を見上げる。

 

 「にしても。正直驚いているんですよ?まさか本当に、この特異点の鐘をすべて鳴らしてしまうなんて」

 

 「ゴッホに正体を看破されてから、キミはずっと裏で "鐘を鳴らさせないため" に暗躍していたんだろう。僕らが全ての鐘を鳴らすことに成功したのが、そんなに予想外だったかい?」

 

 ネモ船長が憎らしげにそう訊ねる。

 

 

 「────────ふふっ、あは、あはは、あはははははははははははははははははっ!!!!」

 

 

 ネモ船長の言葉を聞いて、なぜか邪神は唐突に笑い出した。

 

 「鐘を鳴らさせないため?ふふっ、あはは、愚かですね、貴方たちは」

 

 邪神は心底おかしいと、お腹を抱えていた。

 

 「……何がおかしい。てめぇはこの特異点が消されないようにするために、(オレ)たちを始末させようと、ゴッホやセミラミスを(たぶら)かしたんじゃねぇのか。より支配下におきやすいアイランド・クイーンを身内に引き入れることでよ!」

 

 村正の言う通りだ。

 彼女はゴッホに正体を看破され、静観では計画通りに進まないと判断し、メイヴに強引に常夏領域を敷かせたり、余分な "宣誓の杖" の情報をセミラミスに提供したりしていた。

 それは自分たちに鐘を鳴らさせずに、この特異点を残し続けるためではないのか───?

 

 「残念ですが、()ですよ。…先ほども言っていたでしょう? "鐘を鳴らしてほしくなかった" のは(カレン)の方で、(ワタシ)はむしろ、"鐘を鳴らしてほしかった" のです」

 

 「なん、だって──────?」

 

 「だってそうでしょう?…鐘を鳴らさなければ、この特異点 全土は本当の意味で(ワタシ)の手中に収まりませんから」

 

 「じゃあなんでテメェは、メイヴやセミラミスにあんなことをした!鐘を鳴らしたかったのなら、そんな必要はなかっただろうが!」

 

 クー・フーリンが声を荒らげる。

 

 「馬鹿ですか、貴方は。…(ワタシ)人間(ニンゲン)をよく知っています。人間(ニンゲン)は、より厳しい試練が待ち受けている時ほど力を発揮するものです。女王メイヴや女帝セミラミスに深く介入したのは、"障壁として" 貴方たちの前に立ちはだかってほしかったからです」

 

 邪神は、愉快げに笑う。

 

 「そしたら貴方たちはどうなりますか?……"なんとしても(・・・・・・)鐘を鳴らさないと"。そう強く決心するようになる。ほら?こっちの方が鐘を鳴らしてくれる確率が上がりました」

 

 まんまと。自分たちはこの邪神に利用されたというのか。

 

 「キミは、本当に邪神なのか───?」

 

 あまりの人間への理解度。そして狡猾(こうかつ)な作戦ゆえに、ネモ船長が訝しげにそう訊ねる。

 

 「ええ。だってこの(ワタシ)は、どの邪神(だれ)よりも、人間(ニンゲン)(あい)していますから」

 

 そう言って、邪神は不敵に微笑む。

 

 

 「では。もうお喋りの時間は終わりです。ここまでお疲れ様でした。貴方たちの奮闘で、無事にこの特異点の問題は解決し、"世界は内側から" 支配されます。外から道を繋ぐなど、ばかばかしい。…最初から、内側につながる者を利用してしまえば、ほらこの通り。あっさりと世界は外宇宙の神(・・・・・)の手に堕ちるのです」

 

 

 そうして邪神は錫杖を掲げる。

 

 

 「"暗く甘く、永久(ソラ)を呑み、睥睨(へいげい)とともに世界は閉じ、舌鼓(したつづみ)とともに繰り返す"」

 

 

 

 「っ─────────!!」

 

 止めようと走るも、既に遅い。

 

 

 

 「では。さようなら、皆さん。

 ─────────"『遍く無量の夢幻の愛(ザ・リベレーション・コーリング・オキマー)』"」

 

 

 

 

 あたりの島が。海が。風が。

 青黒い闇へと包まれていく。

 

 自分たちは為す術もなく、

 夢の楽園は、悪魔の手によって、呑み込まれる。

 

 

 「ティターニア──────!」

 

 この状況が受け止められずに硬直していた彼女へと、駆け寄って手を伸ばす。

 しかし。伸ばしたその手も、既に闇に包まれ、もはやなにを伸ばしていたのか、誰の名を呼んでいたのか。そんなことすら曖昧に溶け合って、世界は暗闇に閉じていく──────。

 

 

 

 

 

 

 /『TAMAYURA』-了-

 




 
 
 
 
 ここまでお読みくださいまして、誠にありがとうございました。今回はクライマックスの種明かしターンですので、いつものように長くはないよ!え?1万文字こえてる?ごめんなさい!
 
 
 というわけで、ここからはいつも通り、この真相の補足説明を最終節のネタバレを含まない範囲でお話していこうと思います。興味がございましたら、お読みいただけると幸いです。
 
 
 ついに明かされたこの特異点の真相、「楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス」。この変異特異点は、妖精國における星の内海───楽園の影の上に創られた場所でした。
 物語中に書かれていた内容がすべてですが、この特異点の島々は、楽園の妖精である彼女がもつ性能を六つに分断し、楔としてテクスチャを上書きしていたのです。この特異点そのものが、彼女とカレンの二人がかりで生み出された常夏領域(・・・・)だったのでした。
 
 常夏騎士の三人が自らの名を偽って、この特異点にやって来ていたのは、この地が「罪なき者のみ通れる場所」だからです。妖精國 出身の妖精であり厄災へと変生した彼女たちは、名を明かすだけでこの特異点から弾かれてしまいます。そのため、あのような裏技で介入していたわけです。
 彼女たちが呼ばれたのは、ティターニアたちがノリッジの鐘を鳴らした際に、この特異点生成の関係者である第三者(・・・)が、ゴッホの異変に気づいたことがきっかけでした。
 
 ちなみに「アエスタス」とは、ラテン語で夏を意味します。なぜラテン語なのかと言いますと、ほら、アムールはローマの女神ですから。
 
 また物語でも語られましたが、カレンがこのような計画をしたのは、他ならぬ楽園の妖精である彼女へ頑張ったご褒美(・・・)をあげたかったからです。
 カレンは自身の経験から、終わりを目指すのは "その先に残るなにか" のためだと考えています。しかし妖精國の終わりには、その先に残るものは何もなかった。藤丸たち汎人類史の旅路は確かに続いていきますが、それは彼らの続きであって、"妖精國の続き" ではありません。
 カレンはそれに納得ができず、せめて最後までこの國を看取った一人の少女に、夢を見せてやりたいと考えたのです。しかし、その夢は、その過程で触れてしまった "一柱の邪神" の手で歪んでいきます。
 
 ・星5 ムーンキャンサー イヴィルゴッド・カレン
 
 本来の彼女の第三再臨の霊基、ゴッド・カレンと似て非なる神の姿。クトゥルフ神話にて語られる、架空の女神であり影の女悪魔 "マイノグーラ" が取り憑いた姿です。
 彼女がカレンに取り憑いてしまった原因は、BBが記録宇宙を閲覧するための権能をカレンに与えるべく、ムーンキャンサーの霊基を適応させた際、夏の霊基であるBBの内に潜む別の邪神───ニャルラトホテプが宿っていたことが理由です。
 悪魔マイノグーラは、ニャルラトホテプの従姉妹にあたる神性であるため、その縁とカレンがもつ被虐霊媒体質の性質が、彼女を知覚してしまい、結果 本体を引き寄せてしまいました。
 
 カレンが霊障を発症しなかったのは、カレン本人に取り憑いていたから…というわけではなく、"何事も無かった" と思い込むことが、マイノグーラという悪魔の霊障だったのです。
 彼女は多くの人間を趣向品として食べる恐ろしい邪神ですが、その霊障の性質ゆえに、この世界において彼女を危険視する書物はほぼ残されていません。唯一記録が残されているのは「オキマーの啓示書」と呼ばれるものだけです。この性質ゆえに、彼女は封印されることもなく野放しにされています。
 支配的な欲求があるわけでもなく、あくまで人間を食べるのは趣味。使命感ではなく、"美味しいからいつでも食べれるよう人間を支配下においておくか" と考えて今回の行動をしています。…一番ヤベェやつ。
 
 また、今回の話では誰よりも早く常夏騎士の三人がカレンの正体に気づいて攻撃を仕掛けようとしました。これは自分たちと同じく、目の前の女神も偽装をしていると肌で感じ取ったからです。これは完全にこの領域の部外者である彼女たちだから知覚できたことで、普通は気づくことができません。
 "楽園の妖精" の妖精眼でも見抜けなかったのは、あの時 話していた相手は本当にカレン本人であり、何一つウソはついていなかったからです。また、領域内部にいたため、知恵の神の力を継いでいるクー・フーリンでも同じく看破はできませんでした。ただなんとなく "様子がおかしいぞ" と薄ら感じる程度。
 
 ゴッホがマイノグーラに気づくことができたのは、彼女自体が同じく外宇宙の神の力をもっているから、というのももちろんありますが、アイランド・クイーンには一定の "(まこと)を察する力" が備わっています。これは力の由来が、そも分断した楽園の妖精の魔力であることが理由となります。
 この性質のおかげで、ヴリトラはランスロットが本物ではないことを察していましたし、メイヴは「コイツ(カレン)の言うこと聞いたら嫌な予感がする!」とカレンの要望を拒否しました。エウリュアレがカルデアで面識があるはずのガウェインを見て「だれ?」と言っていたのも、別人だと直感したからです。
 また、セミラミスがすぐにトリスタンとティターニアの正体が別人であると把握できたのも、妖精國の話を聞いていたからというのもありますが、こっちの性質のおかげでもあります。
 
 ちなみにゴッホが気づいていなかった場合、マイノグーラは最後の鐘が鳴らされ、錫杖を回収する瞬間まで尻尾を出すつもりはなかったので、完全に詰んでました。ゴッホのファインプレーです。
 
 また、BBが話していた、「消えゆく間際の存在を釣り上げる行為は、経験済み」という発言ですが、これに関しては是非ともFate/EXTRA CCCをプレイしていただければ、なにを指しているのかがわかるかと思います。よろしかったら是非とも!
 
 他にも、ティターニアが第一節の冒頭でカレンの説明を聞いた際、飲み込みの早い反応をしていたのは、ある程度の事情を知っていたからです。
 カレンから、やめたい時のためのストッパーだと言われていた純愛の鐘と宣誓の杖を、なぜ彼女は最初から鳴らす道を選んだのか。
 その理由は、最終節にて、明かされます。
 
 さて。こうした由来もあり、かなり情報量が過密してしまいましたが、振り返って読み返してみると、あれ?この時の反応ってもしかして?となる場所が多々 見つかるかと思います。お時間がございましたら、是非もう一度読み返してみてもらえると作者は大変喜びます。
 
 改めまして、ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございました!残すところ、あと一節。どうか最後までこの物語をお読みいただけると幸いです。次回の最終更新をお待ちください!
 


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最終節『Southern Arrow Spica』

 
 
 
 
 最終節の更新となります。
 この物語はFGO 第二部 第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレを含みます。
 予めご了承の上、どうかその最後までお読みいただけますと、幸いです。それでは、よろしくお願いします。
 


 

 

 

 

 

 うだるような夏の陽射しで、目が覚める。

 

 

 「うぅ───、暑い………」

 

 

 毛布をはいで、わたしは寝返りをうつ。既に三度。さっさと起きればいいのに、体がだるくて起き上がる気にもならないのです。

 

 「………………ん?」

 

 

 そんな気だるげなわたしの上半身を起こしたのは、鼻腔をくすぐる "焼けたパン" の匂いでした。

 

 

 

 「よう、遅い起床だな、ティターニア」

 

 村正のおじいちゃんが、だし巻き玉子用のフライパンをもちながら振り返って朝のあいさつをする。

 

 「あれ?パンの匂いがするなと思って起きてきたのに、今朝は和食なの?」

 

 ちぐはぐな視界に、まだ自分は寝ぼけているのかと錯覚する。

 

 「いや、今日は両方(・・)だ。ほら」

 

 よく見ると村正の隣では、ガウェインが目玉焼きを作っていたのである。

 

 「昨日の夜、明日の朝食は選択式にしようと話しただろう?随分と大所帯になったからな。それぞれの好みに合わせた方が、食がすすむという話になったではないか」

 

 ああ。そういえばそんな話をしたんだった。

 

 「ごめんごめん、でわたしはどっちにしたんだっけ?」

 

 「おいおい、いの一番に "断然 和食です!"って言ったのはどこのどいつだ?」

 

 村正は呆れたとばかりにそう呟いた。

 どうやらわたしは和食を選んだらしい。

 

 「ティターニアさん!おはようございます!朝食ができるまでの間、一緒にこちらでカードゲームをしませんか!UMA(ウマ)っていうらしいですよ、これ!ロンディニウムの住民の(かた)からもらいました!」

 

 なにそれ。すごい面白そう。

 

 「ハイ、2枚ドロー!私最後のいっちまーい!…ランスロット、オマエ弱すぎな!」

 

 「むむ、なんでこんなに僕は引きが弱いんだ……まだ、まだ逆転できるはずだ!」

 

 トリスタンとランスロットも、ノリノリでそのカードゲームに熱中している様子だった。

 

 「トリスタン卿、"UMA" って言ってませんよ。最後の一枚になったらUMAって叫ぶんです」

 

 「あ、そうだぞ!今言っていなかった!ペナルティで二枚引くんだ、トリスタン!」

 

 「は、はぁ!?言ってたし!オマエらが聞いてなかっただけだろうが!耳の穴ちゃんとかっぽじっとけよ!」

 

 トリスタンが慌てふためく。

 

 「見苦しいよトリスタン。僕もキミがUMAと言っているところは耳にしなかった。…なんならこの無線機の録音を確認するかい?」

 

 「なんでそんなもん用意してんだ、オマエ!?」

 

 ネモくんに証拠品を突き出され、もはや絶対絶命のトリスタン。可哀想なので助太刀(すけだち)してあげたいけど、わたしの妖精眼をもってしても、彼女は一言も "UMA" なんて言っていなかった。うん。

 

 

 「あーあ、なんだよこのクソゲー。もうやってらんなーい。ねぇ、朝食はいつになったらできるの?」

 

 トリスタンがゲームを投げ出して、台所の村正とガウェインに声をかける。

 

 「もう少しだけ待っていろトリスタン、あと二人分の目玉焼きを焼いたら完成だ」

 

 居間には、もう美味しそうな匂いが充満している。

 

 「やっぱり朝は洋食に限るよな!ガウェイン、私 目玉焼きはターンオーバーしか食べれないから、よろしくね〜」

 

 「…まったく。焼き方まで選り好みするのか、貴様は。ちなみに他の洋食派の者どもは、目玉焼きに好みはあるか?」

 

 「あ、私はサニーサイドアップでお願いします!」

 

 「僕はおまかせで。キミの作る料理なら、どんな焼き方でも美味しく仕上がるんだろう?ガウェイン」

 

 洋食を選んだのは、トリスタンとガレスちゃん、そしてネモくんの三人だったのか。

 

 「やれやれ。あの和食の魅力がわからないとは理解に苦しむね。そうだろ、ティターニア。僕たち和食組はこの部屋ではアウェーみたいだ」

 

 ランスロットがポンと、わたしの肩を叩いた。

 

 「いいや?和食派はここにもいるぜ?」

 

 そう言って玄関の扉が開かれる。

 そこに居たのは、釣竿を肩にかけたクー・フーリンと藤丸くんの姿だった。

 

 「村正、ちゃんと人数分の魚釣ってきたよ!」

 

 藤丸くんがバケツにはいった5匹の魚を台所へと運んでいく。

 

 「おう、思ったより早かったな。もし釣れなかった時のために、もう一品用意しようかと思ったが、この大きさなら必要なさそうだ」

 

 村正は満足気に、クー・フーリンたちが釣ってきた魚を見て頷いていた。

 

 「おっと、もしかして僕たち和食組、これで五人になったのかな?」

 

 ランスロットがニンマリと笑う。

 

 「はっ、そんなくだらねぇことで張り合っちゃってんのオマエ?大事なのは数じゃなくて、舌なんだよ。いつだって玄人(くろうと)は少数派なワケ。わかる?」

 

 トリスタンはそんなランスロットをお子様だな、と睨めつける。

 

 「ターンオーバーの目玉焼きしか食べれない舌の分際で、よく言うよ」

 

 「あ"あ?…ランスロット、オマエ表でろよ」

 

 「いいだろう。勝負内容はなんだい?徒競走(かけっこ)でもするかい?朝食が冷めるのは嫌だから、どっちみち早く決着がつくものにしないかい?」

 

 「こらぁ〜〜!!朝から喧嘩はおやめください、ランスロット様にトリスタン卿!…もし島で暴れたりしたら、お二人の分の朝食、私が全部食べちゃいますからね〜!」

 

 二人の言い合いをガレスちゃんが仲裁する。

 こうして眺めていると、彼女がお姉ちゃんみたいだ。

 

 

 「やれやれ。さぁ、洋食組は先にできたぞ。大人しく席につけ」

 

 

 そんななんでもない朝を迎える。

 こんなに楽しい毎日が続いていくのなら、こんなにも幸福なことはないのでしょう。

 

 

 「さぁ、ティターニア。一緒に食べよう?」

 

 藤丸くんに促されて、わたしもテーブルへと案内される。

 

 「このまま椅子に座って、今日も楽しい毎日を続けるんだ。君がこの日々を受け入れると一言いってくれれば、それだけでこの夏(・・・)は続いていくんだよ?ティターニア」

 

 藤丸くんはそう言って、わたしに笑顔を向ける。

 

 

 「いいえ。これはもとより()です。ずっと続けていいものじゃありません」

 

 

 わたしは、その言葉を拒絶した。

 

 

 「どうしてだい?こんなにも楽しい毎日を過ごしていくことができるのに、君はそれがいらないというのかい?」

 

 

 藤丸くんだったカタチが、少しずつ崩れていく。

 

 

 「ええ。わたしには必要ありません」

 

 

 

 「では何が必要なのでしょうか?貴方が望む光景を、居場所を、(ワタシ)は用意できますよ。なんでも仰ってください。(ワタシ)ならその楽園(・・)を創り出せる」

 

 

 

 その悪魔の甘言に、わたしは──────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終節『Southern Arrow Spica』/

 

 

 

 

 

 

 

 深淵(しんえん)のような暗闇。

 この世の内海(ちゅうしん)でありながら、(ソラ)に呑まれたこの空間で、自分───藤丸 立香は目を覚ました。

 

 

 

 上がどちらで下がどちらなのか。

 右も左も曖昧で、腕も足もあるのかわからない。

 

 あらゆるモノは不確かで、不鮮明で、自分が何者かわからなくな───いや、自分は藤丸 立香だ。というか、よく見たら手も足もあるし、なんなら地に足をつけている!上も下も右も左もハッキリとわかる。

 

 「ここは、どこだ──────?」

 

 なにか大きなステンドグラス(・・・・・・・)の上に、自分は立っていた。

 一体なんなのだろう、この場所は。

 

 自分は確か、邪神に取り憑かれたカレンの宝具によって、この特異点ごと呑み込まれたはず───、

 

 

 「おっ、ようやく目を覚ましたのか、アンタ」

 

 

 唐突に聞こえた誰かの声に、自分は思わず振り返る。

 するとそこには、確かに誰かが立っていたのだが、その容姿は真っ黒(・・・)でハッキリと認識することが出来ない。

 

 「えっと、君はだれ……?」

 

 思わずその、文字通りの人影(・・)にそう訊ねる。

 

 「ん?ああ、オレのことは気にしない、気にしない!」

 

 さすがに無理がある。この状況で気にしないなんてことはできない。

 

 「あー、そうだなぁ。じゃあこうしよう!…ちょっとした()で、ほんの(つか)の間だけ手を貸してくれる正義の味方(・・・・・)だ!よろしくな!」

 

 人影はそう言って、強引にこちらの手を掴んで、ブンブンと握手をした。

 

 「もしかして、助けてくれたの…?」

 

 「まぁ、そんなとこだな。複雑な理由でよ、"あの女はオレと関わることができない" んだ。同じように "オレもあの女と関わることができない"。…んで、そんなオレと接触しているアンタは、今あの女が手出しできないってワケ」

 

 その理由はよくわからなかったが、とにかく彼は自分のことを助けてくれたらしい。

 

 「よくわからないけど、ありがとう。君のおかげで、なんとかなるかも」

 

 助けてくれた以上は礼を伝えないと。

 彼には感謝しなければならない。

 

 「ま、本来はこんなことできねぇんだけど、今回かぎりの特別サービスってコトで!……ちょうど馴染(なじ)みのいい()が近くにあったもんだからさ。懐かしくて思わずはいっちまった」

 

 そう言って、彼はどこか遠くを見つめている様子だった。

 

 

 「この後はどうすればいいのかな…?」

 

 話しかけるのは少し(はばか)られたが、こちらも切羽(せっぱ)詰まった状況なので、そう訊ねる。

 

 「…ん?知らねぇけど?」

 

 「知らないの!?」

 

 思っていたよりも、頼りない正義の味方なのかもしれない。

 

 「けどまぁ、アンタが生き残ってさえいれば、状況はいくらでも(くつがえ)せる。物語の主人公(・・・)ってのは、いつだってそういうもんだろ?」

 

 人影は自信満々にそう語る。

 

 

 「………ほら。ウワサをすれば、だ。なんだよアンタ、思ってたよりも色んなヤツに愛されてんな!オレがわざわざ介入するまでもなかったってワケだ。骨折り(ぞん)だぜ」

 

 

 足元に広がっていたステンドグラスが、その端から光となって溶けていく。

 

 

 

 「なぁアンタ、最後に一つ聞いていいか?」

 

 

 人影はフランクにそう話しかける。

 

 「もちろんいいけど、なに?」

 

 

 「アンタはさ、"永遠に続く楽園" を前にして、それを終わらせるべきだと思うか?」

 

 

 ────彼は、

 大切なことを訊ねているように感じた。

 

 

 「どうだろう。正直よくわからないんだ。ずっと楽しい日々が続いていくのは、良いことなんだと思う。……………けど。自分はそれについて考える前に、まだやるべきこと(・・・・・・)が残っているんだ。だから、それを終わらせてからじゃないと、答え(・・)は出せないかな」

 

 

 自分にはまだ、やるべきことが残っている。

 楽しい日々を過ごしていくのは、それを終わらせてからじゃないと。まだ救われていない世界を野放しにして、一人だけ楽園に(ひた)るなんてことは、きっと許されてはいけないんだと思う。

 

 

 「なんだそれ。そんなの、もう半分は答えが出てる(・・・・・・)じゃねぇか、アンタ」

 

 

 「え───?」

 

 

 「終わらせるため(・・・・・・・)に戦っているんだろ?……なら、"その先に残るもの" のために、この楽園もきっと終わらせようとする。アンタは、人間(ニンゲン)は、いつだってそういう生き物なのさ」

 

 

 足元のステンドグラスが崩れ、身体が宙に浮く。

 

 「ちょっと待った!どうして、君は俺を助けてくれたの!?」

 

 その終わりの間際、自分は彼に手を貸してくれた理由を問うた。

 

 「半分は気分だ。……で、もう半分は未練(・・)かな」

 

 「未練(みれん)……?」

 

 

 「ああ。……だいたいさぁ、どこの邪神様(あくま)だか知らねぇが。アレはオレ以外が(・・・・・)嗜んでいい女(・・・・・・)じゃねぇんだよ。ヒトの女に手を出すクソ野郎(ヤロウ)に、一発お(きゅう)()えてやりたかったのさ」

 

 

 世界が光に包まれながら溶けていく。

 その刹那(せつな)──────、

 

 

 「じゃあ、あとは頑張れよ、人類最後のマスター!オレは変わらず世界の端っこで、アンタらの奮闘を(わら)って見守っててやるからよ!」

 

 

 自分もよく知る、青年(・・)の笑う顔が見えた。

 

 

 

***

 

 

 これは一番はじめの記憶。

 

 わたし───ティターニアの名を羽織った少女は、真夏の太陽の下で目を覚ましました。

 

 「うっ、あっつぅ…」

 

 あまりの陽射しの鬱陶しさに、被っていた麦わら帽子をさらに深く被りました。…その行為で、わたしは自分が普段と違う格好をしていることに気がついたのです。

 

 「あれ?…すごい!なにこの格好!可愛い!」

 

 誰もいない砂浜で、くるくると回る。

 誰かに見られでもしたら、とんでもない恥ずかしさです。

 

 つい不安になって辺りを見回しました。

 そしたら、

 

 「あ──────、」

 

 

 ()が、砂浜の上に倒れていたのです。

 

 

 思わず駆け出しました。

 

 どういう感情だったのか、

 今でもよくわかりません。

 

 きっと懐かしい友達に会えて、

 嬉しかったのでしょう。

 

 

 「うわぁ、ホントに砂浜で寝てるよ、よく寝れるなぁこんな陽射しの下で」

 

 わたしはその呑気な寝顔を見て、つい嗜虐(しぎゃく)心がくすぐられてしまいました。

 

 顔に面白いラクガキでもしようか。

 それとも大声を出して驚かせようか。

 

 いや、そもそも。

 なんてあいさつをすればいいんだろう?

 

 こんにちは?

 こんばんは?

 いや、"こんばんは" だけはない。

 せめて、"おはようございます" でしょ。

 

 ううん。それとも "ひさしぶり" かなぁ。

 

 わたしの顔を見たら、びっくりするのかなぁ。

 この格好のこと、なんて言ってくれるかなぁ。

 

 

 なんて。ずっと考えていても(らち)が明かないので、

 勇気を振り絞って起こすことにしました。

 

 

 「あの。起きてください。」

 

 

 すると、()はゆったりと目を覚ましました。

 

 

 「……マシュ(・・・)?」

 

 

 

 

 

 ────────そっか。

 

 その一言で、

 彼が変わらぬ "彼のまま" で

 あることがわかりました。

 

 

 そういえば、女神様が言っていたっけ。

 

 わたしは "わたしのまま" では、

 ここには居続けられないのでした。

 

 

***

 

 

 

 はじまりの光景を心に浮かべ、

 わたしはもう一度ここに立ち戻る。

 

 

 「では何が必要なのでしょうか?貴方が望む光景を、居場所を、(ワタシ)は用意できますよ。なんでも仰ってください。(ワタシ)ならその楽園(・・)を創り出せる」

 

 

 

 その悪魔の甘言に、わたしは──────、

 

 

 「わたしには、もう何も必要ありません(・・・・・・・・・)

 

 

 明確な決別を告げた。

 

 

 「わたしの物語は、人生は、もう追憶(ついおく)のことです。これは()だったから、わたしは "見ること" を選びました。ですが "得るため" にいるのではない。貰えるものはもう、十分すぎるほどこの胸に詰まっていますから」

 

 だから。これ以上は入りきらない。

 わたしはこれ以上先のわたしを求めない。

 

 この "もしも" の夢を、見れただけで。

 もうわたしの望みは叶っている。

 

 

 ──────それに。

 わたしにこの先はなくとも。

 ()にはまだ、やるべきことが残っている。

 

 私一人の我儘(ワガママ)で、

 巻き込んでいい(はなし)ではなかったのだ。

 

 

 「理解できませんね。それなら尚更(なおさら)、この夢を繰り返せばいい。古びていくことも、新しく置き換わることもない。永遠に "今の貴方" を続けていくことができるのですよ?……それに、()にとってもその方が "幸福" だ。貴方は彼に、まだ "苦痛しかない旅路" を続けさせるのですか?」

 

 

 悪魔は手を差し出す。

 こちらがオマエの正解だと。

 

 そんな綺麗事など捨てて、

 我儘に微睡(まどろ)んでしまえばいいと。

 

 その選択は、彼を救うことにもなると。

 オマエだけが彼を助けてやれるのだと。

 

 

 「…………ええ。そうでしょうね」

 

 

 「では。(ワタシ)の手を取ってください。貴方の義理(ぎり)立てや(ちか)いは、誰にも求められてなどいないのです」

 

 そう悪魔は(ささや)く。

 

 

 「─────正直に告白すると。本当は、義理立てとか誓いとか、そんな大層な理由じゃないんですよ」

 

 

 「え──────?」

 

 

 そうして。

 わたしはまっすぐに彼女を見据える。

 

 

 「わたしは、その夢を "見続けること" が嫌なんじゃない。本当はその夢を見続けることで、いつか "つまらない(・・・・・)もう飽きた(・・・・・)と思ってしまうこと" が、たまらなく怖いんです」

 

 

 

 ──────だって。

 こんなにも幸福な夢だというのに。

 それを嫌いになる未来(あした)の自分が怖いのだ。

 

 

 

 「……なんですか、それは。そんな、まだ決まってもいないことを恐れて、貴方はこの夢を終わらせようとしたのですか?」

 

 

 「──────はい。そうです」

 

 

 「理解できません!そんなことはありえない!あまりにも、くだらなすぎる!」

 

 くだらないかぁ。

 そこまで否定されると、ちょっと傷つくなぁ。

 

 

 「………ですが、それならもう構いません。この計画の功労者である貴方を尊重してあげようと思いましたが、もう結構です。貴方が(それ)を拒絶するというのなら、(ワタシ)がその自我(じが)を消して、無理やりにでも夢を見続けさせてあげましょう」

 

 

 「っ─────────!」

 

 

 彼女の青黒い闇が、こちらに襲いかかる。

 避けようとしても、意味はない。

 

 もとよりそんな自由は、

 こちらには許されてなかったし。

 

 わたしは彼女に自我を消されて、いつかは飽和(ほうわ)する夢を見続けさせられるのだ。

 でも、それならそれで仕方がない。

 だってもう言いたいことは言ってやったし。

 自分の意思は貫き通したし。

 

 わたしは最後に、"わたしのまま" の言葉を彼女に言ってやることができたのだから。

 

 

 

 

 「────────────!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?なんともない?

 怖くて閉じていた(まぶた)を開く。

 

 

 すると、わたしの前には、"誰か" が立っていた。

 

 

 「────────裏切るのですか、妖精王(・・・)

 

 

 わたしを襲った彼女と同じく、青黒い外套を羽織った、灰色の髪の王子様─── "妖精王" がそこにはいたのです。

 

 

 「裏切る?何を勘違いしているのかな、あんたは」

 

 彼は不敵に彼女を嘲笑(あざわら)う。

 

 「契約を結んだはずです。(ワタシ)に協力をすると」

 

 「ああ。確かにしたとも。あの "頭の湧いた女神" とね。けれど、それはあんたじゃない(・・・・・・・)

 

 そう言って、彼は指を鳴らす。

 

 

 その途端、あたりの空間を包んでいた青黒い闇が、黄金(こがね)色の光で虫食(むしく)いのように穴が空いていった。

 

 

 「!?……なにをしたのです、妖精王!」

 

 彼女が憎らしげに目の前の彼を睨む。

 

 「なにって?契約がご破算(はさん)になったから、君に貸していた力を回収しただけだけど?」

 

 「契約が破算…!?なんの話です…!」

 

 「はぁ、これだから話をちゃんと聞かないヤツは嫌いだよ。それとも、あの時は呑気に眠っていたのかい?どっちにしろ、あんたには(あずか)り知らぬ話だよ」

 

 彼は面倒くさそうに頭を搔いてから、笑みを浮かべた。

 

 

 「もしも彼女が、"飽きた(・・・)"、"つまらない(・・・・・)" と口にしたら、この夢を終わらせる。……そういう契約だったんだが、知らなかったかい?」

 

 

 彼は皮肉げな眼差しを、彼女へと向ける。

 

 「なん、ですって──────?」

 

 「だいたいさぁ、本気でこの俺があんたの言うことを聞くと思ってたわけ?…案外 素直なんだな、外の世界の邪神様(・・・)ってのはさ」

 

 「妖精王──────ッ!!!」

 

 虫食いの光がほとんどの闇を(むしば)んでいく。

 背後からは、風が吹いていた。

 

 「(あな)─────?」

 

 振り返ると、後方には虫食いの末にぽっかりと空いた、人ひとり分が通れるほどの大きさの穴が空いていたのだ。

 

 「……じゃあ、そういうわけだから。ここから先は君の仕事だ。終わらせたいんだろ?なら、振り返らずに走るんだ」

 

 「ちょっと待って、どうしてわたしに手を貸してくれたの!?」

 

 「はぁ?そんなわかりきったことを聞く暇なんかないだろ。…そんなことよりも君が考えるべきなのは、あの純情な邪神様が、勝ったも同然の状況でありながら、"なぜ君を(おとしい)れようとしたのか" だろ」

 

 「え──────?」

 

 彼の言葉を頭で反芻(はんすう)する。

 

 「逃がすものか──────ッ!!」

 

 彼女の青黒い牙が飛んでくる。

 

 「おっと残念、通行止めだ。夢の世界(・・・・)で、この俺に勝てるだなんて、本気で思ってるのかい?」

 

 彼はその攻撃を事も無げに捌く。

 

 「さぁ、早く走れ。その先で、"君を待っている馬鹿(ばか)" がいる」

 

 「──────!」

 

 その言葉で、わたしは走り出す。

 

 その去り際───、

 

 

 「ありがとう!…今度必ずお礼をするから!」

 

 

 出来もしない約束を取り付けた。

 

 

 

 「……ふん、相変わらず(ウソ)が下手なんだな、君は」

 

 

 

 

 わたしはこの夢を否定するために、走り出す。

 その理由が、たとえどんなにくだらなくても。

 

 (あつ)く。(はや)く。

 響く、この胸の鼓動(こどう)

 

 嘘偽りのない、

 ただその躍動(・・)だけに、耳を澄まして───。

 

 

 

 

***

 

 

 自分───藤丸 立香は、

 虚構(きょこう)逆月(さかづき)から帰還する。

 

 「あ───、」

 

 目を開くと、そこはロンディニウムの海岸だった。

 空も海も黒く染まり、その中でこの島だけがぽつんと残っている。

 

 

 「藤丸くん───!」

 

 少女がこちらへと駆け寄る。

 

 「よかった!無事だったんだね!」

 

 ほっと(ひと)安心する。

 あたりを見回すと、常夏騎士の三人はまだ、起き上がれそうになかったが、他のみんなも無事だった。

 

 「ちぃとばかし頭が痛てぇが、(オレ)たちは問題ねぇ。そこの三人の傷は重症だが、まだ助かる見込みはある。…ガレスはいけるか?」

 

 「はい…!もう立てます。大丈夫です!」

 

 それぞれが得物を構える。

 

 「カレン・マイノグーラ…」

 

 全員の安否を目視で確認した後、自分たちの前にいる邪神へと視線を集中させた。

 

 

 「予想外です。先ほどまで突然 消失していた藤丸 立香は構いません。もとよりブラックボックス。容易く捕えられるとは思っていませんでした。……しかし、楽園の妖精。まさか、あの局面で()に裏切られるとは!」

 

 

 邪神は憎らしげにそう語る。

 自分があの黒い青年と接触していたように、少女も誰かに助けてもらっていたのか。

 

 「…ですが。ただ一度(さまた)げることができたから、なんだというのです。もう一度(ワタシ)の宝具を使って───、」

 

 

 「いいえ!貴方にもう一度(・・・・)なんてありませんよ!カレン・マイノグーラ!」

 

 

 その声とともに、自分たちの真上から黒衣の少女(・・・・・)が目の前へと舞い降りる。

 

 「君は、BB──────!」

 

 そこに現れたのは、最初に鐘を鳴らした "絶叫" の島 グロスターのアイランド・クイーン、BBだった。

 

 「ハイ♡ 非常事態でしたので、呼ばれずとも駆けつけました!……というか、正直 "間に合わない" と思ったんですけど、思わぬ助力があったみたいですね。相変わらず()だけは一級品のようで結構です、マスターさん」

 

 BBはそう言って、邪神を見据える。

 

 「ハッキリ言って、これはわたしの不始末でもあります。…ムーンキャンサーの霊基を譲渡した際、カレンさんに変質が生まれるのは当然ですから、その影で起きていた異変に気づけなかった。ですので、落とし前はきっちりと、つけさせてもらいます」

 

 

 彼女のその言葉とともに、唐突に視界が黒く染まった。

 

 「だ〜れ、だ!」

 

 その声に思わず振り返る。

 たった今自分に目隠しをしていたのは、

 

 「メイヴ──────!?」

 

 四つ目に鐘を鳴らした島 オークニーの女王、メイヴだったのである。

 

 「久しぶりね、藤丸、ティターニア。最終決戦でしょ?駆けつけてあげたわよ。私が貸してあげた、愛しのクーちゃんは元気?」

 

 「───おう。お前さんの(ツラ)を見たら、たった今 湧いてきやがったぜ」

 

 クー・フーリンは苦笑しながら、そう応えた。

 

 

 

 「なんじゃ。わえ以外の障害に(つまず)くことなど許さぬぞ、貴様ら」

 

 

 今度はその声がした方向へと振り向く。

 

 「「ヴリトラ──────!」」

 

 そこにいたのは三つ目に鐘を鳴らした島 ソールズベリーの女王、ヴリトラだった。

 

 「ほら、いつまで寝ておるのだ、ランスロット。手を貸してやるから起き上がらぬか」

 

 ヴリトラが、ランスロットの手をとってその肩を貸した。

 

 「はは、これじゃあの時の逆だね。まるで僕が君に負けたみたいじゃないか」

 

 ランスロットが苦笑する。

 

 「そうじゃな。だが、再戦はそこな女神を仕留めた後じゃ。…ふむ。借りたビデオの感想を伝えに来たつもりじゃったが、どうやら別人のようじゃな。顔が同じで紛らわしい故、()く失せよ」

 

 ヴリトラは皮肉げに、そう邪神を突き放した。

 

 

 

 「ねぇ。"おやつの時間" だったから、この子も連れてきたのだけど、邪神は食べさせても問題ないかしら?」

 

 

 またしても声がした方へと顔を向ける。

 

 「「エウリュアレ──────!」」

 

 …と、あの時の白豹(はくびょう)の魔獣も!

 

 そこには五つ目に鐘を鳴らした島オックスフォード、その女王であるエウリュアレと、彼女の身を守る騎士である魔獣がいたのである。

 

 「この子、名前はベス(・・)にしたの。由来はエジプトの戦神。カッコイイでしょ?…そこの悪魔なんかよりもね」

 

 「グルルぁぁぁああ───!!!」

 

 白豹───ベスは、エウリュアレのその言葉に応えるように激しく唸った。

 

 「随分と(たく)ましく鳴くようになったのだな…、これでは私の方が弱き者だ」

 

 ガウェインが腹の傷を抑えながら、体に(むち)を打って立ち上がろうとする。

 

 「ええ。たまには守られる側に立つのも、意外と落ち着くものよ?ガウェイン卿。せっかくだから、私にあの時の恩返しをさせなさいな」

 

 ベスにガウェインの体を支えさせ、エウリュアレは庇うように彼女たちの前に立った。

 

 

 

 「ウヘヘ……皆さん、インパクト強くて、ゴッホ影が薄いですね……このまま誰にも気づいてもらえないんじゃ……エヘへ」

 

 

 端っこの方からそんな小声が聞こえてきた。

 

 「ゴッホ───!キミも駆けつけてきてくれたのかい!?」

 

 ネモ船長がいの一番に、彼女の名を叫んだ。

 その視線の先には、二つ目に鐘を鳴らした島 ノリッジのアイランド・クイーン、ゴッホがいた。

 

 「うぇぁ!?……ウフフ…さすがネモちゃん、気づくのが早すぎ…でも、駆けつけるのは当然…だってゴッホは、ネモちゃんの友達(・・)だから!……エヘへ」

 

 そう言って、ゴッホは友人であるネモ船長へ笑顔を向けた。

 

 

 

 「さて。この(われ)を差し置いて、特異点を支配しようなどと考える痴れ者はどこの馬の骨だ……?」

 

 

 一際(ひときわ)、圧のこもった言葉がこの海岸にこだまする。

 

 「女帝セミラミス──────!」

 

 六つ目に鐘を鳴らした島、このロンディニウムのアイランド・クイーンでありキャメロットの女帝、セミラミスは堂々とした足取りで、トリスタンのそばまで歩み寄る。

 

 「……無理に立てとは言わん。(なんじ)は十分に務めを果たした。故に褒めて遣わす。ここからは我の仕事だ」

 

 女帝の言葉は、どこか優しさに満ちていた。

 

 「───っ、なに言ってんだよ、まだ、本気出してねぇだろ。ちゃんと見ててよ。私が大活躍するとこをさ!」

 

 トリスタンは強がって立ち上がる。

 けれどその表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

 ────そうしてこの地に。

 六人のアイランド・クイーンが(つど)ったのだ。

 

 

 「……ふん。今さら集まったからなんだと言うのです。貴方たちには既に、この特異点の島を支配する権利はない。ただの烏合(うごう)(しゅう)に過ぎません」

 

 

 「そうでしょうね。ですが、それは貴方も同じでしょう、カレン・マイノグーラ。…なぜなら貴方は、その錫杖を手にしていながら、"未だに星の内海へ至れていない"」

 

 「ッ─────!」

 

 邪神が憎らしげにBBを見つめる。

 

 「どういうこと、BB?」

 

 自分もその理由が掴めずに、BBへと訊ねる。

 

 「彼女は一つ大きな勘違い(・・・)をしていたのですよ。六つに分けた楽園の妖精の力。その全てが集まった "宣誓の杖" を手に入れれば、この特異点を自分のモノにできる。…そう思っていたのでしょう?」

 

 BBが嘲笑うように邪神を(たしな)める。

 

 「ですがそれは誤解です。確かに楽園の妖精の力が集ったその錫杖を使えば、この特異点のカタチは自由に(イジ)ることができるでしょう。…実際、そういった原理でこの特異点の島々は生み出されましたから」

 

 六つに分けられた楽園の妖精の力。

 純愛の鐘を鳴らすとともに、それら全てと接続され、この特異点を自由に変えることも、支配することもできるようになった宣誓の杖。

 

 だがそれは万能(・・)であって、全能(・・)ではない。

 

 「貴方には、"この楽園の影の上にできた特異点を、星の内海へと帰す" という行為はできない」

 

 「ッ─────────!」

 

 言ってしまえば、

 "土地の権利者" と、"建設会社" のようなものだ。

 

 土地の権利者は、その土地を残すことも破棄することも、誰かに売ることもできる。"星の内海へ帰す" という行為は、この土地の権利者にのみ許された権限なのだ。

 

 一方で、建設会社。こちらが今のあの邪神のことを指す。建設会社である彼女には、許諾を取ったこの特異点の()を、好きに作り替えることも壊すこともできる。けれど土地そのもの(・・・・)を動かす権利は持ち合わせていないのだ。

 

 

 「宣誓の杖は、この特異点のテクスチャを書き換える権利ですが、この特異点そのものを動かすものではない。…この特異点そのものを自由にできる権利をもつのは、()ではなく、その鐘を鳴らした人物(・・・・・・)に与えられるのですから」

 

 そうか。

 だから彼女は未だに、目的を達成できていない。

 

 この特異点を本当の意味で、己の手中に収めるためには、土地の権利をもつ "鐘を鳴らした者" である自分(・・)とその隣にいる少女(・・)の二人のどちらかを支配下に置くしかないのだ。

 

 

 

 「──────それ故に。私たちはこれから、この特異点を破棄(・・)する儀式を行います!」

 

 

 BBは、そう堂々と宣言をした。

 

 

***

 

 

 「特異点を破棄する儀式……?」

 

 その言葉の本質的な意味がわからず、自分はそう聞き返した。

 

 「はい。この特異点そのものを破却(はきゃく)するのです。……本来のプロセスでは、宣誓の杖を返却されたカレンさんが、特異点のテクスチャを削除。その上で皆さんをカルデアに帰還させ、残ったティターニアさんが楽園の影を "星の内海" へ送る…という終わらせ方でしたが、その方法は使えません」

 

 宣誓の杖を邪神に奪われた今の状況では、楽園の影を "星の内海" へ帰した場合、世界が彼女に呑まれてしまう。

 故に、本来のプランである終わらせ方を行なうことができない。

 

 「ですので、この特異点そのものを無くします。そうすれば、彼女の杖も意味をなさず、わたしたちは本来の場所へと送り戻されます。…そのための儀式を、これから執り行うのです」

 

 BBの言葉を理解し、自分と少女は頷く。

 

 「お二人が土地の権利を()てた場合、その権利は前任者───アイランド・クイーンたちに移ってしまいます。それを防ぐために、まず先にアイランド・クイーンが破却を了承し、その上でお二人にも同意していただきます!よろしいですね?」

 

 この特異点を完全に棄て去るために、特異点の権利をもっていた全員で破却を承認するということか。

 

 

 「───なるほど。確かにそれなら貴方たちの勝ち(・・)ですね。ですがその行為を、この(ワタシ)が、ただ指を(くわ)えて眺めているとでも?」

 

 その言葉とともに、邪神が瞬時に青黒い牙を中空に出現させ、BBと自分たちへ目がけて射出する。

 

 「──────!」

 

 

 「てめぇの相手は(オレ)たちだろ…!」

 

 その攻撃を、村正が刀で弾いた。

 

 「───村正さん、クー・フーリンさん、ガレスさん。それにネモさん。三分間(・・・)だけ、彼女の足止めをお願いできますか?」

 

 「おうよ。三分と言わず、五分は凌いでやらぁ」

 

 「はい!そのために私たちは召喚されましたから!」

 

 クー・フーリンとガレスも、それぞれ杖と大剣を構える。

 

 「後方支援は僕に任せてくれ。儀式で手が放せない立香の代わりに、僕が指示とスキルによるサポートを行おう」

 

 ネモ船長が自分の代理を担ってくれた。

 

 

 「ちょっと待って。村正にひとつだけお願いが!」

 

 少女が村正へと駆け寄る。

 

 「お?なんだ、改まって…」

 

 村正は突然のことに目を丸くする。

 

 「ひとつだけ、叶えてもらえなかったワガママ(・・・・)があるんです」

 

 そう言って、彼女は村正へ耳打ちをする。

 

 

 

 「──────なんだ、そりゃ。大層な約束をしたもんだな、そん時の(オレ)はよ」

 

 村正はそう言ってため息をついた。

 

 「やっぱり、できない、かな…」

 

 少女は少しだけ寂しげにそう言った。

 

 それを聞いた彼は、

 

 「…いや。霊基の違いはあれ、そんな口約束をしたんなら、そいつは紛れもなく(オレ)だろうよ。運命(さだめ)()ち、(ごう)()ったが、千子村正ってな。だから後は任せとけ。お前さんはお前さんのしたいことをやりな」

 

 そう言って、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

 

 

 

 「───ではこれより。この特異点 "楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス" の破却の儀を執り行います!皆さん、一人ずつわたしに続いてください!」

 

 自分と少女を中心に、六人のアイランド・クイーンがその周りを取り囲む。

 

 

 「" わたし、グロスターの地の前任者 BBは、土地の破却を了承。その権利を完全に手放します! "」

 

 

 BBのその言葉とともに、闇に沈んだ遠くの地───かつて "絶叫" の島グロスターがあったと(おぼ)しき場所で光の柱が立つのが見えた。

 

 

 

 

 「させません──────ッ!」

 

 マイノグーラが儀式を中断させようと、その青黒い牙のような槍を再び中空から射出する。

 

 「貴方の相手は私たちです!」

 

 その攻撃をガレスが大剣を盾代わりに弾く。

 

 「後ろがガラ空きだぜ、邪神さんよォ!」

 

 転移のルーンで背後に飛んだクー・フーリンが炎のルーンを、マイノグーラの足下に刻みつける。

 

 「"──────燃えろ(アンサズ)!"」

 

 業火(ごうか)の柱が立ち上る。

 

 「チッ─────────!」

 

 

 

 

 「" えっと、私…ノリッジの地の前任者 ゴッホは、土地の破却を了承します。ウヘヘ……権利もいりません、そんなの捨てちゃいます…! "」

 

 ゴッホの言葉に応えるように、"佳景" の島ノリッジが存在していたであろう地に別の光の柱が伸びる。

 

 

 

 

 「目障りな(ハエ)どもが───!」

 

 マイノグーラがガレスたちそれぞれの足下にトラバサミ状の牙を走らせる。

 

 「くっ、速ぇ!捕らえられんぞ───!」

 

 「いや、そうはさせないとも!」

 

 ネモ船長がスキルによる強化を三人に施し、その敏捷(びんしょう)を底上げする。

 

 「助太刀 感謝いたします!ネモ殿!」

 

 

 

 

 「" わえ、ソールズベリーの前頭領(とうりょう)、ヴリトラは土地の破却を赦そう。ホントはもう少し遊びたかったのじゃが、特別サービスじゃ。手放してやろう "」

 

 ヴリトラの許しに応じて、"冒険" の島ソールズベリーがあったとされる場所にも光の柱が立つ。

 

 

 

 

 「ふん、でしたら…」

 

 唐突に、マイノグーラは自身の周囲に黒いドーム状の(まも)りを生成する。

 

 「なんのつもりだ、てめぇ!」

 

 村正が斬りかかるも、その障壁の硬さによって逆に刀が砕け散る。

 

 「守りに転じての時間稼ぎか…!?しかし、それは僕らにとっても好都合だぞ…!?」

 

 ネモ船長が困惑する。

 

 「───いえ、あれは放置してはいけません!何かするつもりです!私が宝具(・・)で破ります!皆さん、下がっていてください!」

 

 ガレスが大剣を、腰を沈めて構える。

 

 

 

 

 「" 私、オークニーの島の前任者にして、その街エディンバラの女王メイヴは、当・然!了承するわ!私とあの子の夢、あんな邪神に渡すわけないでしょ! "」

 

 メイヴの宣言に同調するように、遥か北方、"情欲"の島オークニーのあった地で光の柱が掲げられる。

 

 

 

 

 「いきます───ッ!

 『日没る詐勝の剣(サンセットカリバー・ガラティーン)』──────ッ!!!」

 

 ガレスによる灼熱の一閃が、マイノグーラの障壁を破る。

 

 しかし──────、

 

 「" 暗く甘く、永久(ソラ)を呑み、睥睨(へいげい)とともに世界は閉じ、舌鼓(したつづみ)とともに繰り返す "」

 

 「「ッ──────!」」

 

 その障壁の中で、マイノグーラは既に宝具の詠唱を行なっていた────!

 

 

 

 

 「" 私、オックスフォードの島の前任者、エウリュアレは、土地の破却を了承してあげるわ。ええ、この子との出会いの地を(けが)されるくらいなら、捨てた方がマシよ "」

 

 エウリュアレの言葉とともに、ベスが遠吠えをあげる。その叫びに応じるように、光の柱が "美食" の島オックスフォードのあった場所からも昇る。

 

 

 

 

 「もう止められませんよ。宣誓の杖が手元にある(ワタシ)は、何度だって宝具を発動できる。…では、今度こそお疲れ様でした、皆さん」

 

 マイノグーラが錫杖をソラへと掲げる。

 

 それを止めようとクー・フーリンと村正が駆け出すも、本能的に間に合わないと知覚する。

 

 「まずい────!藤丸、ティターニア!逃げろ!」

 

 

 

 

 「え──────?」

 

 向こうで村正の叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 

 

 だが。もう遅い。

 

 「(ワタシ)勝ち(・・)です。

 『遍く無量の夢幻の愛(ザ・リベレーション・コーリング・オキマー)』──────ッ!」

 

 世界が、

 今再び彼女の(ソラ)に堕ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「祝福(ギフト)範囲展開(オーバーレンジ)────────ッ!!!」」」

 

 

 

 その闇を、三色(・・)の歪な輝きが、防ぎ切った。

 

 

 

 

 「ばか、な─────────!?」

 

 困惑は邪神の口から。

 

 それもそのはずだ。たった今、常夏騎士たちは三人(・・)がかりで祝福(ギフト)の範囲使用を展開した。

 しかし、彼女たちは祝福(ギフト)の範囲使用を "既に一度" 行なっている!

 

 自身へと常時展開している彼女たちの祝福(ギフト)は、本来はこの地で活動していくための生命線(・・・)である。

 しかし、たった一度であれば、それを周囲の者たちにも使うことができ、ことここに至るまでの過程で、彼女たちはその一回かぎり(・・・・・)の守りを使用済みのはずであった。

 

 故に次はない。

 二度目の使用は、彼女たちの存在維持の喪失につながる。

 この地に残り続けるためには、絶対に(・・・)もう使用してはならなかったのだ。

 

 だというのに。

 彼女たちは、躊躇(ためら)うことなく。

 誰に言われるまでもなく、その力を使った。

 

 

 「ありえ、ない───! 妖精國を滅ぼした厄災(やくさい)が!自由気ままに世界を壊した罪人(あなた)たちが!誰かを守るために自己犠牲(・・・・)、ですって!?…そんなこと、できるはずがありません!」

 

 邪神は、この状況が理解できずにそう叫ぶ。

 

 「酷い言われようですね、(わたくし)たちは常夏騎士(・・・・)です。その使命は "カルデアとティターニアを守ること"。はじめからそう伝えてきたはずですが?」

 

 金髪の淑女が、当然のことのように、そう語る。

 

 「ああ、()たちはね、はじめから自分を命の勘定(かんじょう)にいれてないのさ。…これは贖罪(しょくざい)の旅。君という黒幕を倒すことが、私たちの最終目的だったのだから」

 

 銀髪の少女は、不敵に微笑んだ。

 

 「はっ、なにが邪神だよ。キレた時のお母様の方がよっぽど怖ぇしな。…だいたいね、オマエのその悔しそうな顔が見れただけで、お()りがくるっての!ざまぁみやがれ───!」

 

 赤髪の王女は、はしたなく舌を出して煽った。

 

 「このぉ、厄災の分際で──────ッ!!」

 

 

 

 

 「" 我、ロンディニウムのアイランド・クイーンにして、キャメロットの女帝、セミラミスはここに土地の破却を認可する。無論、すべて手放す。"………汝の覚悟、しかと見届けたぞ」

 

 セミラミスの言葉で、"祭祀" の島 キャメロットの女王によって(いさか)いのなき島となった、この "常夏" の島 ロンディニウムが光に包まれていく。

 

 

 

 

 マイノグーラの牙が、もう消えゆくのみである常夏騎士三人へと放たれる。

 

 「おいおい、見苦しいぜ邪神さんよォ!悔しいのはわかるが、散り際に泥を塗るのは、さすがに野暮(やぼ)ってもんだろうが!」

 

 クー・フーリンがその攻撃を自身の杖で弾き落とす。

 

 「邪魔を、するなァ───!」

 

 そのクー・フーリンの頭上に、巨大な氷柱(つらら)状の牙を作り出し、そのまま落とそうとして、

 

 「させません───!」

 

 瞬時に彼女の正面まで接近したガレスの迎撃のために、外した。

 

 「チッ───!目障りな──────!」

 

 彼女の手にもった宣誓の杖と、ガレスの大剣が拮抗(きっこう)する。

 

 

 

 

 「さあ、あとはお二人です!この特異点の破却の了承をお願いします!ティターニアさん、マスターさん!」

 

 そう言って、BBは自分たちへ宣誓を促す。

 

 

 「藤丸くん、あなたからお願いします」

 

 

 少女の言葉に、自分は頷く。

 

 

 「俺は───、」

 

 

 

 

 「よろしいのですか!藤丸 立香!……貴方さえ拒否すれば、その少女は夢を見続けることができる!もうこの先がない(・・・・・・)彼女に、幸福な時間を与えてあげることができるのですよ!」

 

 

 邪神の甘言が、耳に届く。

 

 

 ────そうだ。

 俺が。俺さえ拒否してしまえば、

 この目の前の女の子は救われる。

 

 今の自分なら、この目の前の女の子が

 どんな人生を歩んできたのかがわかる。

 

 もう終わってしまった人生。

 背負いたくもない世界を背負わされて、

 最後までその責任に押し潰れまいと、

 必死で駆け抜けた一人の少女。

 

 この夢の中でなら、

 俺は、彼女に未来(あした)をあげられるのだ。

 

 

 「俺、は──────、」

 

 

 言葉がつまる。

 助けたい。助けたいのに。

 

 

 

 「──────藤丸くん」

 

 

 少女が自分の辛そうな表情を見て、声をかける。

 

 

 「わたしは、自分の()よりも、

 あなたのこれから(・・・・)が見たいです」

 

 

 少女は淡く微笑む。

 

 

 

 

 「ですので、どうか。

 ─────立香(リツカ)貴方の声(・・・・)で聞かせてほしい」

 

 

 

 

 ──────その言葉で。

 自分は。藤丸 立香は覚悟を決めた。

 

 

 「" 自分、藤丸 立香は、純愛の鐘を鳴らした者として、この特異点の破却を了承する。その権利も、全部いらない "」

 

 

 そして──────、

 

 

 「令呪(・・)をもって、命じる。

 俺も、" 君の本音(・・)を聞かせてほしい "」

 

 

 残り二画のみの令呪、

 そのうちの一つを使って、そう問うた。

 

 

 「え──────?」

 

 少女は少し驚いて、目を丸くしていた。

 

 

 

 

 「────重ねて(・・・)、最後の令呪をもって命じる!」

 

 

 「──────!」

 

 

 

 

 「…アルトリア(・・・・・)

 どうか、君の " したいこと " を果たしてくれ」

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、彼女は笑った。

 

 

 「──────、はい!」

 

 

 

 そうして、

 島に包まれる光がより一層強さを増す。

 

 

 

 「本当は、わたし夏は苦手(・・・・)です!……だって、日中の陽射しはずっと蒸し暑いし、夜だって風がないと涼しくありません。汗をかいて寝つけない夜は何度もありました。しかも雨が降ったって別に気持ちよくない!ジメジメしているし、湿気がすごいから髪は変になるし、あ、あと()が湧きます!」

 

 少女はつらつらと本音をこぼす。

 

 自分はその言葉に頷きながら、苦笑する。

 

 「絶叫マシンもお化け屋敷も心臓に悪いから、なるべく乗りたくないです!絶景は綺麗だったし、また見たいですが、偽物でした!ジャングルも砂漠も洞窟も足が痛くなるので、歩きたくありません!……それから夜の街!ただ夏というだけで浮かれ気分になる男女は如何(いかが)なものかと!」

 

 「風紀委員なの、あなた!?」

 

 思わずメイヴが野次(やじ)を飛ばす。

 

 「美味しいものを作るのは楽しかったですが、やっぱりわたしは作るよりも食べる派だ!亭主関白(ていしゅかんぱく)クソ食らえ!専業主夫(しゅふ)こそ至高です!」

 

 「グルルぁ!」

 

 食べるの専門というところに共感したのか、ベスが声を上げる。

 

 「それからお祭り!復興の手伝い祝いでしたので、タダで楽しませてもらいましたが!あの出店の食べ物はぼったくり価格だと思います!500円あれば、村正ならもっと美味しい焼きそばを三人前は作れるよ!」

 

 「ふむ、そういうものか」

 

 セミラミスは、真面目に思案しはじめる。

 

 

 「──────ですが。この夏を過ごすみんなは、とても楽しそうでした。わたしは、そんな "笑顔になってるみんなの顔を見るのが好き" でした。…だから、それが見れるのならわたしは、苦手でも嫌いにはなれません。わたしは夏が好き(・・・・)だ!」

 

 

 少女は堂々と宣言する。

 

 

 「───それから。いつか見た、あのオークニーの朝焼け(・・・)は、今もこの胸に残っています」

 

 

 四つ目の鐘を鳴らした時、

 少女と眺めた、あのかわたれ(・・・・)

 

 

 「ですので、わたしのしたいことは一つだけ。

 この()を、"大切に胸に仕舞っておくこと"です。」

 

 

 少女はまっすぐに自分を見据える。

 

 

 

 「" わたし、楽園の妖精の残滓(ざんし)は、純愛の鐘を鳴らした者───そしてこの特異点を生み出した者として、その破却を承認します。この夢は、今ここで()じるのです "」

 

 

 

 その言葉とともに、マイノグーラの手にあった宣誓の杖が、少女の手元へと転移する。

 

 

 「ばかな!?なぜ──────!?」

 

 邪神は困惑の声をあげる。

 

 「当然ですよ。たった今、彼女はこの特異点を消したのですから。"ないもの" に支配権などありません。よってその力は、本来の持ち主に返却されました」

 

 BBがその仕組みを包み隠さず伝える。

 

 

 「おのれ───!(ワタシ)を、ワタシの支配を(まぬが)れようというのか!ニンゲンどもォ!」

 

 

 邪神が、醜く叫ぶ。

 

 「では、最後の締めをお願いします。その杖の力で、あの邪神を(ほうむ)ってあげてください」

 

 BBが少女へ促す。

 

 「────はい。では、終わりの(とき)です。

 星の内海より(ソラ)(ひら)こうとした邪神よ」

 

 

 少女が、その杖を構える。

 

 

 「" (あめ)のしめり。(よい)のかげり。

 ………………()だるような、夏のひでり "」

 

 

 

 夏の雨は、気持ちよくないです。

 夏の夜は、風がないと寝つけないです。

 夏の陽射しは、いつまでたっても蒸し暑いです。

 

 

 包み隠さぬ少女の本音が、そこにはあった。

 

 

 「や、メろ───、」

 

 

 邪神が少女を止めようと牙を剥く。

 

 

 「" けれど───、

 それでもなお残る。この胸の躍動(ときめき) "」

 

 

 

 少女は、まっすぐにソラを見据えて。

 

 

 

 「や、めろ、やめろやめろ、ヤメろやめロヤめろ、やめろヤめろやめろやメロやめろヤめろやめろやめロやめろ─────────ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 「" 茜渡(かわたれ)につなげ。

 ────────『彼方にとどく春の星(サザン・アロー・スピカ)』"」

 

 

 

 夏にとどいた、春の夜空に瞬く一等星が、

 ただ一筋の光の矢となって、邪神を穿(うが)った。

 

 

 

***

 

 

 

 

 「ぐっ、があ"あ"─────────ッ!!」

 

 

 自らの霊核の半分を砕かれ、ワタシ───カレン・マイノグーラは(きびす)を返す。

 

 

 「まさか、逃走するつもりなのか───!」

 

 光に包まれていく世界から、逃げ延びようとソラを飛ぶ。

 

 「たとえこの特異点が消失しようとも、ワタシがこの "楽園の影" に残りさえすれば、星の内海へは至れる(・・・・・・・・・)!また一から別のアプローチで世界を広げなければなりませんが、内側にはいってしまえば時間はいくらでもある!」

 

 故にワタシの勝ちだ。

 もはや楽園の妖精の力に頼るまでもない。

 

 ニンゲンどもは油断し、

 ワタシにこれだけの距離を離した。

 

 既に追いつくことは困難だろう。

 ワタシは勝利を確信して眼下を見下ろす。

 

 

 儀式を執り行なった忌々(いまいま)しい六人の女王たち。

 そして楽園の妖精とカルデアのマスター。

 

 彼らは悔しそうにワタシを見上げていた。

 

 それから、死に損ないの妖精騎士三人。

 彼女らの介入がなによりの想定外だった。

 どのような裏技でこの地に侵入したのかは知らないが、もうすぐ消えゆく者どもに思考を割いている余裕はない。

 

 そしてカルデアを護衛させるために、この女(・・・)が呼んだ三騎のサーヴァント。

 連中の足止めは厄介であったが、最後の詰めが甘い。

 

 こうしてワタシをまんまと取り逃した。

 

 「ワタシが世界を呑んだ(あかつき)には、真っ先に(あい)してやろう」

 

 最後に、

 その怨敵(おんてき)たちの顔を目に焼き付けようとして、

 

 

 一人(・・)、欠けていることに気がついた。

 

 

 眼下に見える、

 カルデアを護衛するために呼ばれた三騎のサーヴァント。

 

 一人は、

 ケルトの森の賢者───クー・フーリン。

 

 もう一人は、

 誉れある円卓の騎士───ガレス。

 

 そして三人目、

 海底を往くノーチラス号の船長───ネモ(・・)

 

 

 

 「──────!?」

 

 その違和感に気づいた時は、もう遅かった(・・・・)

 

 

 

 「脳天から足の先まで、綺麗にがら()きたぁ景気がいい。随分と本性が丸出しになっちまってんな。あんた」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 邪神は逃走した。

 

 誰もが勝利を確信した状況の中で、(オレ)───千子(・・) 村正(・・)だけは、その少女の一撃では決着がつかないことを知っていた(・・・・・)

 

 

 ここまでの連携とその直感を信じて、目配せだけでガレスに合図を送る。

 

 

 「──────!」

 

 さすがは円卓の騎士だ。

 正念場での機転が、こんなにも頼り甲斐がある。

 

 

 彼女の魔力放出を伴った大剣を足場に、邪神へ目掛けて跳躍する。

 

 

 その(くう)を切る最中、

 数刻前に交わした少女の言葉を追想する。

 

 

 "ひとつだけ、叶えてもらえなかったワガママがあるんです"

 

 

 「──────ホントに。ようやく口にしたのがそれだったのかよ」

 

 思わず苦笑する。

 

 そんな約束をした自分自身に対してもだが、それ以上に、本当はこんな日々を当たり前のように過ごせたあの少女に対して。

 

 

 

 儂はどうも、異星の神とやらの使徒だったらしい。

 そのことは、カルデアに召喚された時から聞いていた。

 

 汎人類史を(あだ)なす者。

 仕事とはいえ、故郷(ふるさと)を敵に回すたぁ親不孝もいいとこだ。

 

 

 ──────けれど。

 そんな裏切り(モン)の男は、その仕事とは全くもって関係のないとこで、往生(おうじょう)を遂げたらしい。

 

 

 「まぁ…… "らしい" といえば、らしいか。」

 

 

 この夏の楽園を通じ、その少女と出会って、共に過ごし、それでようやく。その理由が理解できた。

 

 「───そりゃあ、放っておけねぇよな。

 (オレ)も。…この身体(おまえ)も。」

 

 

 今際(いまわ)の際、それでもなお答えを見つけられなかった少女のために、男はその身を(ほむら)へと捧げた。

 そのやり残し(・・・・)を果たさせるために。

 

 

 頑固で、負けず嫌いで、後ろ向きで。

 

 だが決して。

 逃げ出すことだけはしなかった、

 不器用ながらも(とうと)い、その()

 

 

 "そういうもの" に、男は命を()べたのだ。

 

 

 ──────であれば、今この瞬間は。

 

 

 "命を買われたのなら、命で払うのが当然" と謳った、その男のように。

 

 

 "やり残しは、やり残しで還すのが、当然でしょう?"

 

 

 「───ああ。感謝するぜ。

 コイツは、儂のやり残し(・・・・)だ。」

 

 

 刀を(つく)る。

 

 右手に握るこの一刀は、

 神をも断ち切る(・・・・・・・)、我が渾身の一振り。

 

 

 「脳天から足の先まで、綺麗にがら()きたぁ景気がいい。随分と本性が丸出しになっちまってんな。あんた」

 

 

 「千子、村正───、」

 

 その少女の願い。

 ここで果たせずして、どこで成す───!

 

 

 「おかげで、その "境目(さかいめ)" がよく見えらぁ」

 

 

 背後に迫った死の気配に、

 邪神は瞬時に振り返って迎撃を試みる。

 

 ああ。良い判断力だ。

 その速度なら、腕の一本は落としても、命拾いはするだろうさ。

 

 

 

 ───無論。

 その相手が、他ならぬ儂でなければ(・・・・・・)

 

 

 「───おせぇよ。『無元の剣製(つむかり むらまさ)』」

 

 

 両断するは、

 女神を寄る辺とした、その邪神のみ(・・・・)

 

 

 

 「───今ここに。

 異邦の地での口約束。神殺し(・・・)を成した」

 

 

 呟きは虚空(こくう)に溶ける。

 

 "神を斬る" ってのはどうも。こんなにも清々しいらしい。

 

 

 

***

 

 

 

 気を失ったカレンを抱えて、村正が着地する。

 

 

 「さすがは村正!…腰、大丈夫?」

 

 自分───藤丸 立香は、彼の体を(いた)わってそう言った。

 

 「…余計なお世話だ。身体は若造なんだからよ」

 

 村正はそう言って、なんともないと腕を振った。

 

 

 「ありがとう、村正。わたしのワガママを聞いてくれて。カレンさんは何も悪くないから、ちゃんと助けたかったの」

 

 

 「まぁ、お安い御用さ。神殺しはセイバークラスの(オレ)にはねぇスキルだが、あの邪神とカレンの "宿業(しゅくごう)を断ち切る" ことに関しちゃ、儂の専売特許だからな!」

 

 

 そうして。

 光に包まれた特異点が、

 遠くの方から溶けていくのが見えた。

 

 

 

 

 

 「ランスロット様───!」

 

 ガレスが銀髪の少女へと駆け寄る。

 

 「はは、お世辞はよしてくれよ、ガレス。君の目にはもう、私のことは "ランスロットには見えていない" だろう…?」

 

 銀髪の少女は、寂しげに目を細める。

 

 「っ─────、ですが、この特異点での貴方は!かのランスロット卿にも引けを取らない、素晴らしい騎士でした…!」

 

 ガレスはその瞳に涙を浮かべて、消えゆく銀髪の少女の身体を支える。

 

 「………ありがとう、ガレス。だけど私は、君にそんなことを言って貰える資格は、本当はないんだ。なぜなら私は、かの妖精國で、」

 

 銀髪の少女は言葉につまる。

 

 「……私はかの妖精國で、君と同じ顔、君と同じ名前、君と同じ(こころざし)を抱いた騎士を(あや)めた」

 

 「っ───、それは…」

 

 「不意打ち、だったんだ。騎士にあるまじき悪行だろう?……おまけに、私のせいで "ロンディニウムの街は滅んだ" 」

 

 銀髪の少女は、

 奥歯を噛み締めながら、自らの罪を告白する。

 

 「だからね、私は君に素晴らしい(・・・・・)と言ってもらえるような器じゃない。……愛したヒトのために、忠義も騎士道も、真っ当な道徳も投げ捨てた大罪人さ。君は私を(ののし)っていいんだ」

 

 「──────、」

 

 ガレスはその告白に、言葉が出なかった。

 

 

 「なんじゃ、その所業のどこに()があるというのだ、貴様は」

 

 

 堰界(いかい)竜が、歩み寄って言葉をかける。

 

 「ヴリトラ──────?」

 

 「よいか。貴様の所業は確かに()じゃ。だがそれは、妖精國の視点で見た時の話じゃろう?わえの視点ではそうは思わぬ。…貴様は最後の最後まで、()を貫いた。忠義と道徳に挟まれて、何度も押し潰されそうになりながら、葛藤し、それでも(・・・・)その選択を取った」

 

 ヴリトラは語る、銀髪の少女の決断を。

 

 「 "真に貴様を(おもんばか)る者" からしてみれば、その行ないは許し難いものよな。必ず貴様を止めようとしただろう。……だがそれでも確かに貫いたのじゃ。ならばそれを懺悔(ざんげ)する必要もなければ、胸を張る必要もない」

 

 高らかに、ヴリトラは声を張る。

 

 「貴様はその後悔を胸の底に秘め、その上で善行を成すのだ!…いや、もう今こうしてここで成した(・・・)!ならば過去を悔やむな!今を誇れ!それこそがこれから先の貴様を支えていく足になるのだからのう!」

 

 その言葉を聞いて、銀髪の少女は(ほの)かに微笑む。

 

 

 「ふふっ、これから先(・・・・・)か。…そうだったね、こんな奇縁があるのなら、まだこの先もあるかもしれない」

 

 

 「───っ、そうですよ!また会いましょう!その時は今度こそ、本当の貴方で…!」

 

 「───ああ。君たちに会えてよかった。だから、最後にこれだけは伝えておかないと…」

 

 銀髪の少女は最後に満面の笑みを浮かべて、

 

 

 「私の名前は、メリュジーヌ(・・・・・・)

 境界を拓く竜 "アルビオン" より生まれた騎士だ。

 いつかまた、境界の彼方で逢おう──────。」

 

 

 光の泡となって、ソラに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、見てた?私の最後の悪あがき……」

 

 仰向けに倒れた赤髪の王女は、そう呟く。

 

 「あぁ、清々しいほどの啖呵(たんか)だったぞ」

 

 セミラミスは王女を優しく抱え、そう返した。

 

 それを聞いた赤髪の王女は、満足気な笑みを浮かべるも、どこか遠くのソラを見つめた。

 

 

 「あーあ、…結局、お母様には会えなかったなぁ」

 

 

 そう、唯一の心残りを口にした。

 

 

 「ふむ。最後に看取られる相手が我では不満か?」

 

 セミラミスは少しだけ拗ねたようにそう答えた。

 

 「冗談、あのキャメロットにいたのが、"アナタでよかったな" って思ってるわ」

 

 赤髪の王女は正直にそう口にする。

 

 「ほう?やけに素直だな。今さら(おだ)てても何も褒美は出せぬぞ?」

 

 「はぁ?別にそんなつもりじゃねぇし!…ただ、」

 

 

 「"言葉にしなければわからない(・・・・・・・・・・・・・)こと"、だったからよな?」

 

 

 その言葉を聞いて、

 赤髪の王女は目を丸くしてから、

 

 

 「──────うん。だから、きっと、

 お母様も次に会ったら、私を褒めてくれるかな?」

 

 

 そう言い残して、安らかに瞳を閉じた。

 

 

 「──────ああ。きっとな。

 故によい眠りを。バーヴァン(・・・・・)シー(・・)。」

 

 

 女帝は、光の泡となった少女を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 「こら、(わたくし)を舐めても美味しくありませんよ?」

 

 白豹───ベスは金髪の淑女(しゅくじょ)の頬を舐めていた。

 

 「───きっと、あなたが消えてしまいそうだから、なんとかしてあげたいのかもね」

 

 エウリュアレはその彼の行動を考察する。

 

 「───そうでしたか。ですがそれは不要です。私が抱いた後悔や未練は、あのオックスフォードの鐘を鳴らした時、互いに心を通わし合ったあなたたちを見て、もう吹っ切れたのですから」

 

 その言葉とともに、金髪の淑女はベスを撫でる。

 

 「"不器用な愛でも、報われるものはある"。…その答えがひとつ見つかるだけで、私は───私たち(・・)は救われたのです」

 

 そんな金髪の淑女の頭を、エウリュアレが撫でた(・・・)

 

 「っ─────!?エウリュアレ、なにを…?」

 

 困惑する金髪の淑女を尻目に、エウリュアレはその頭を撫で続ける。

 

 「そんな気難しい顔をしないの!どんなに腕っぷしが強くてもね、あなたも女の子(・・・)なんだから。もっと気楽に笑いなさいな。……ていうか、女神が笑えと言っているのだから笑いなさい!」

 

 エウリュアレはビシッと、金髪の淑女の鼻先に目掛けて指をさした。

 

 「こ、こうでしょうか……」

 

 金髪の淑女は、即興の作り笑いを浮かべる。

 

 「ぎこちな〜〜い!ほら、もっとやわらかに!」

 

 「グルぁ!」

 

 エウリュアレの言葉を聞いて、なぜかベスが大きく口を開ける。

 

 「あなたのことじゃないわよっ!」

 

 

 そのやり取りを見て、

 

 「ふふっ、あははは…」

 

 金髪の淑女は笑顔(・・)になった。

 

 

 「そう!その顔よ!……あなた、顔立ちはいいんだから、そうやって笑わなきゃ勿体ないでしょ?だからね、笑ってさえいれば、きっとあなたにも、その()を受け止めてくれるヒトが見つかるわ。女神が太鼓判を押してあげてるんだから、信じなさい!」

 

 金髪の淑女は、呆気に取られた表情を浮かべる。

 

 「それから。あなたはもっと、自分を好きになりなさい。……いい? "誰かを愛する" なら、まずは "自分を愛してあげる"こと。これ、女神からの教訓よ。ありがたく胸に秘めておきなさい」

 

 エウリュアレのその言葉には、深い慈愛と思いやりがこもっていた。

 

 「ええ。ありがとうございます。エウリュアレ」

 

 そう口にし、金髪の淑女は淡く微笑む。

 

 「最後に、私の本当の名前をお伝えします。私の真名()は、バーゲスト(・・・・・)。妖精騎士バーゲストです。エウリュアレ、ベス、そしてカルデアの旅人たちよ。……今度こそ(・・・・)、最後まであなたたちの力になることができて、よかった」

 

 (まばゆ)い光に包まれて、彼女は消えていった。

 

 

 

 

 

 「ありがとう、三人とも」

 

 ソラへと昇る光の泡を見つめながら、そう呟く。

 

 彼女たちの助力がなければ、自分たちは間違いなくこの特異点を修復することはできなかっただろう。

 

 故に心からの感謝を。

 

 どうかこの夢が、

 彼女たちの胸にも残りますように。

 

 

 

***

 

 

 

 「さて!次は私たちの番ね」

 

 そう言って、メイヴが自分たちのところへと歩み寄る。

 

 「ま、どうせカルデアに帰ったら会えるんだし、辛気臭いのは無し!いい、ティターニア……えーと、もう本当の名前で呼んだ方がいいのかしら?」

 

 珍しくメイヴが言い淀む。

 

 「いえ、今はティターニアのままで構わないよ、メイヴ」

 

 そんな彼女へ、少女は淡く微笑んだ。

 

 「そう。なら、あなたに対しても、辛気臭いのは無しにするわ。……だから早くカルデア(こっち)に呼ばれなさい。仮にもしもここでのことを忘れてたんなら、私が洗いざらい全部教えてあげるから!藤丸にキスを迫って失敗したこともね?」

 

 「鬼か、おまえ──────ッ!!」

 

 「いたた、冗談に決まってるでしょ!こら、羽交い締めにするのやめなさいってば!これでも女王なんですけど!?」

 

 二人は仲良さげにプロレスをしていた。

 

 「やれやれ。殴り合える友人ができて、めでてぇこった。…まぁ、トラブル続きではあったが、悪くない夏だった。オレもここらで退場させてもらうぜ、藤丸」

 

 「うん、クー・フーリンもありがとう。また向こうで会おう!」

 

 「コホン!…それじゃまたね(・・・)、藤丸、ティターニア!」

 

 なんてことのない再会を取り付ける挨拶を残して、メイヴとクー・フーリンは消えていった。

 

 

 「では、わえもここらで帰還するかのう。…この場所はインドラの雷みたく、眩しくて仕方ない」

 

 そう言ってヴリトラは、目を細める。

 

 「そうさな。我も長居する未練はない。この特異点を手放す意志は儀式の時に済ませたからな」

 

 セミラミスも同じく、ソラを見上げていた。

 

 「お二人も、協力してくれてありがとうございました」

 

 少女がぺこりと頭を下げる。

 

 「気にするでない。こちらも貴様らに負けた身ゆえな、悔しい感情のまま終わる旅路かと思うたが、最後に気持ちの良い逆転劇に立ち会えたので満足じゃ」

 

 「なんだ、汝も負けたのか。理由はなんだ?慢心か?」

 

 セミラミスが興味深げにそう訊ねる。

 

 「慢心、油断、騙し討ち全部じゃ!ゆえに掘り返すでない。思い出して恥ずかしくなってくるじゃろう!」

 

 「そうか。ならば次に悪だくみをする際は、手を貸してやってもよいぞ?」

 

 「本当か、貴様!?……実はまだ宇宙侵略というジャンルの冒険を試していなくてのう…」

 

 うん。丸聞こえなので、打ち合わせは後にしていただきたい。というか、巻き込まれるこっちの身にもなってほしいのだが。

 

 

 そんな他愛のない会話をしながら、二人もカルデアへと帰還していった。

 

 

 「じゃあ、私たちも先に帰ってるわね?」

 

 「グルルぅ…」

 

 エウリュアレが、ベスを連れてそう言う。

 

 「いや、ちょっと待った!その子、連れて帰れるの!?」

 

 あまりにも自然体な様子だったので、流してしまいそうになったが、とんでもなく気になる。

 

 「え?もちろんよ。だってもう使い魔として契約させたもの」

 

 事も無げにそう言うエウリュアレ。

 さすがはギリシャの女神様の思考だ。手に入れたいもの、気に入った相手は無理やりにでも自分のものにしてしまうらしい。

 

 「グルルぁあ!!」

 

 もっとも。このように、彼自体は大変満足している様子なので、何も問題などないのだけど。

 

 「それじゃ、元気でね。ティターニア、また私に料理を教えてちょうだいな」

 

 そんな些細な約束事を取り付けて、女神と白豹は消えていく。

 

 

 

 「あの、ティターニアさん、これ…あげます…エヘへ」

 

 唐突に、ゴッホが小さなキャンパスを少女へと手渡した。

 

 「これって───、」

 

 そこに描かれていたのは、"青空の下、大海を目指して去っていくタイニー・ノーチラス号の姿" だったのだ。

 

 「すごい!キミが描いたのかい?」

 

 ネモ船長も思わず食いつく。

 

 「ウヘヘ、皆さんの帰り際、こっそり砂浜から書いてたんです……いつ渡そうか悩んでたんですけど、結局渡しそびれちゃって…反省です…エヘへ」

 

 ゴッホは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 「ありがとうございます、ゴッホさん。…この絵、大切にもっておきます」

 

 少女がキャンパスを大事そうに胸に抱える。

 

 「それじゃ…私もこの辺で。ウフフ、またお会いできたら嬉しい、です…なんて……」

 

 ゴッホが独り帰還しようとする。

 

 「水臭いよ、ゴッホ。僕はキミに呼ばれてここに来たんだよ?……なら、帰る時は一緒だろう?」

 

 ネモ船長はそう言って、彼女の手を取った。

 

 「ええ!?いいん、ですか……?ウヘヘ……やっぱりネモちゃんは優しいですね……ありがとうございます…」

 

 「それじゃ、そういうわけだから。…立香、僕たちは先に帰還しているよ。それとティターニア、キミと過ごした夏は僕にとっても宝物だ。必ずまた会えるさ」

 

 ネモ船長とゴッホは、そうして光となって消えた。

 

 

 「そんじゃ、(オレ)たちも帰るぞガレス。用心棒の仕事もこれにて御役御免(ごめん)だ。…最後に、ここにはいねぇ手前(テメェ)の口約束を守れてよかったぜ」

 

 村正は満足気に笑う。

 

 「ティターニアさん、絶対にまた会いましょう!……それから、その時はもう一度、私と腕相撲(・・・)をしてください!絶対に次は勝ちますから!」

 

 そう笑って、ガレスは手を差し出す。

 

 「…うん!ありがとう、ガレスちゃん。村正」

 

 差し出されたその手を強く握って、少女も笑った。

 

 交わした握手を離さぬまま、二人も光となってソラへ消えていく。

 

 その刹那、

 

 「──────達者(たっしゃ)でな。」

 

 暖かな眼差しと共に、村正はそう少女に言い残した。

 

 

 「─────────うん。」

 

 

 

 残ったのはこの特異点形成の関係者である、BBとカレン、そして自分と少女だけだった。

 

 

 

 「ん…あ、私は………?」

 

 BBの肩を借りていたカレンが目を覚ました。

 

 「ようやく起きましたか?…まったく、今回はわたしの不注意でもありましたから、不問に致しますが、次もこう上手くいくとはかぎりませんからね?」

 

 BBがやれやれとため息をつく。

 

 「そう、ですか。私は、皆さんにご迷惑をおかけしてしまったのですね…なんという失態でしょう。申し訳ございません」

 

 BBの言葉と今のこの状況を見て、事情を察したカレンは、正直にそう謝罪する。

 

 そんなカレンのそばへ少女が歩み寄る。

 

 「いいえ、カレンさん。あなたのおかげで、私は最高の()の思い出をつくることができました。……それに、あなたは誰よりも一生懸命に、わたしのために奔走してくれた人です。そんなあなたを、誰にも責めることなんてできませんよ。もしもそんな奴がいたら、わたしが代わりにそいつをひっぱたきます!」

 

 少女の言葉を聞いて、カレンは淡く微笑む。

 

 「それなら、よかったです。───ええ。あなたのその笑う笑顔が見れただけで、私には最高の報酬になりました」

 

 カレンは満足気な表情で瞳を閉じた。

 

 

 「それでは、わたしたちも先に帰還いたします。数分後にマスターさんも自動的にカルデアへ戻されますので、置いていかれたと慌てふためかないでくださいね?」

 

 「うん。もちろんわかってるよ、BB。俺たちのために気を遣ってくれてありがとう」

 

 親切な彼女へ感謝を告げる。

 

 「べ、別に気を遣ったわけではありません!そういうのは言わぬが花でしょう!マスターさん!」

 

 そう言ってBBは鼻を鳴らしたあと、何かを思い出したように改めてこちらの目を見据えてきた。

 

 「そういえば、ひとつだけ気になったことがあったのを思い出しました。……あの邪神が最初に宝具を使った際、わたしは本気で "間に合わない" と思ったんです。ティターニアさんは、まぁ、無事だろうと見積もっていましたが、マスターさんが助かった理由は本当に不明でした。あの瞬間、貴方はどこにいたのですか?」

 

 BBに指摘されて、あの瞬きの邂逅を思い出す。

 

 「……ごめん、実は俺も詳しいことはよくわからないんだ。誰なのかハッキリとは把握できなかったんだけど、少し頼りない正義の味方(・・・・・)が、手を貸してくれたんだ」

 

 あれは、一体誰だったのだろう。

 

 「…ふーん、今後の参考までに聞いておきましたが、あまり実用的な情報ではありませんね。期待して損しました」

 

 BBは、なーんだ、とつまらなさそうにそう口にした。

 

 

 「──────いいえ。たいへん参考になりましたよ。そんなキザなことをする悪魔(にんげん)、私は一人しか存じませんから」

 

 

 カレンだけは、懐かしそうにそう微笑んでいた。

 

 

 

 「では今度こそ改めて。貴方たちはこの特異点、"楽園常夏領域 アヴァロン・アエスタス" を無事に攻略することに成功いたしました。おめでとうございます。私たちは先に、カルデアで貴方の帰りを待っています。それからティターニアさん、貴方も本当にお疲れ様でした。…この夏が、貴方にとって大切な思い出になったのなら、幸いです」

 

 そう言い残して、

 カレンとBBも光に包まれ、ソラへと昇っていった。

 

 

 「──────ありがとう、みんな」

 

 

 ソラへと昇る光の星たちを見つめ、そう呟く。

 

 

 多くの出会い、多くの手助けに感謝を。

 

 自分はこうして今も、たくさんの星に支えられて、前を向いて歩いていられる。この楽園での記憶も、きっとこれから先の自分を支えていく、大切な思い出となるのだ。

 

 

 

 たとえこの楽園が消え去っても。

 

 紡いだ夏は、

 今もこうして、この胸に残っている。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 最後に残ったのは、

 わたしと()だけになりました。

 

 

 「みんな、行っちゃったね」

 

 彼がそう呟く。

 

 「はい。行っちゃいました」

 

 

 

 そうして。

 わたしは改めて、彼に向き直る。

 

 「ひとつ、聞きそびれていたことがあったんですけど、聞いてもいいですか?」

 

 「ん、なに?」

 

 「わたしばっかりで、あなたがどうだったか聞くのを、すっかり忘れていたんです。立香(リツカ)にとってこの夏は、楽しかった(・・・・・)ですか?」

 

 まっすぐに。

 彼の青い瞳を見つめてそう訊ねた。

 

 

 「───ああ、もちろん。最高の夏だったよ!」

 

 

 彼は満面の笑みで、

 そう答えてくれました。

 

 

 「──────それなら、よかったです」

 

 本当に。

 これでもう心残りなんてない。

 

 最後に別れの言葉を告げようとして、

 

 

 「そういえば、俺もひとつだけ、言いそびれていたことがあったんだけどさ」

 

 

 彼の方から、頬を掻きながらそう言ってきた。

 

 「はい?なんでしょう…?」

 

 なにかあっただろうか。

 思い当たる節はあんまり思い浮かばない。

 

 

 「ひさしぶり(・・・・・)、アルトリア。

 君のその格好(・・)、すごく似合ってるよ」

 

 

 

 え─────────?

 

 

 思わず自分の格好を見直す。

 そういえば、あの邪神に夢を見させられた際、もとの夏の服装へと戻されていたのだった。

 

 

 「本当ははじめて会った時に伝えるべきだったんだけどさ!…ごめん、あの時は気づけなくて。でもこうしてまた会えてよか

 

 

 

 そんな彼の言葉を、

 軽い口づけ(・・・)をして塞いだ。

 

 

 

 

 

 「アル、トリア────────、」

 

 

 顔を離して見上げた彼の顔は、

 目を丸くしながらも頬を赤らめていた。

 

 

 それを見て、満足したわたしは一歩下がって、

 

 「わたしもまた会えてよかった!……さっきのは、マシュには内緒にしておいてくださいね!」

 

 

 今できる満開の笑顔で、そう伝える。

 

 

 「────うん。

 またいつか会おう、アルトリア」

 

 

 彼の身体が光に包まれる。

 

 

 

 

 

 やがて泡になって、

 ここではないソラを目指して飛んでいく。

 

 

 

 

 

 わたしはそれを、ただただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 「─────さよなら。

 この夏の、大切な好きな人(ゆうじん)。」

 

 

 

 

 

 

 「……さよなら。

 自分によく似た、なんでもない男の子(・・・・・・・・・)。」

 

 

 

 

 

 

 

 常夏の楽園は、そうして幕を綴じました。

 

 

 楽園のソラには、

 まばゆいほどの光の星々が。

 

 そして楽園の地には、

 ただ一つの春の星(・・・)が残ったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 「………ください。先輩、起きてください」

 

 

 誰かが自分を呼んでいた。

 

 「マシュ……?」

 

 反射的に、その名前を口にする。

 

 

 「はい!あなたの専属サーヴァント、マシュ・キリエライトです!」

 

 マシュは、持ち前の笑顔でそう元気よく答える。

 

 

 その顔と声がどこか懐かしく感じて、自分は思わず笑みを零していた。

 

 

 「間もなく、ブリーフィングのお時間です。ゴルドルフ新所長に先輩を呼んでくるよう、催促されてしまいました」

 

 

 そうだったのか。それは申し訳ないことをした。

 

 ベッドから起き上がって、上着を取ろうとした時、もう一人(・・・・)の来客によってマイルームの扉が開いた。

 

 

 「おーい、マシュ〜! マスターはいたかい?」

 

 

 やって来たのは、つい先日カルデアに召喚されたばかりのサーヴァント───"ハベトロット" だった。

 

 

 「はい!自室でお休みをなさっていました」

 

 マシュは彼女に元気よく返事をする。

 

 「やれやれ、ここに来てまだ日は浅いけど、君の睡眠欲は折り紙付きだね、マスター。…だいたい、君は起こす側(・・・・)だろ? 花嫁に毎朝 起こされるのは、新婚生活が始まってからなんだわ」

 

 その言葉を聞いて、マシュは赤面する。

 

 「ハ、ハベにゃんさん!これは私が好き好んで起こしているだけですので、そのような先を見据えた意図はなくてですね!」

 

 「おっと、予想以上の好感触… やっぱり、この僕の目に狂いはなかったってわけだねぇ」

 

 そう言って、ハベトロットは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

 彼女が召喚されてから数日、二人が打ち解け合うのにそう時間はかからなかった。

 

 ───それもそのはずだ。

 だってこの二人は、ずっとずっと。

 本当に長い間、想い想われた、深く切れない()で通じ合っているのだから。

 

 「まぁ、マシュをからかうのはこれくらいにして、そろそろ行かないと、ホントに怒られても知らないぜ?」

 

 そう言ってハベトロットはこちらに向き直る。

 

 「───うん。でもその前に、書き残しておきたい記録があるんだ。大切な夢(・・・・)だから、忘れないうちに書きたくてさ」

 

 マシュとハベトロットは、仲良く小首を傾げて。

 

 「まぁ、その顔を見れば、悪い夢じゃ(・・・・・)なかったんだ(・・・・・・)ってことくらい、僕にもわかるけど…」

 

 「もしかして……それはキャプテンが唐突に招集した、今回のブリーフィングの内容と同じものなのでしょうか!」

 

 ああ。今回のブリーフィングはネモ船長が招集したのか。だというのなら、きっと───、

 

 

 

 「うん。多分おなじだよ。二人にも伝えておきたい物語でさ。…とっておきの、真夏の夢(・・・・)の話なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 /『Southern Arrow Spica』-了-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。

 真夏の夢(ものがたり)は幕を綴じた。

 

 

 

 

 故に、これより先に語ることはありません。

 

 

 けれど──────、

 

 

 

 " ありがとう!…今度必ずお礼をするから!"

 

 

 

 そんな───、

 できもしないと思われた約束をとりつけた、

 わたしの意地に付き合ってくれると言うのなら。

 

 

 

 

 楽園は、今一度 あなたを歓迎します。

 

 

 

 

 

 

 それでは。

 

 

 ─────"忘却"の島、ウェールズ(・・・・・)へようこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 末節『Yonder Love』/

 

 

 

 

 ───────眠れない。夜風を浴びに行こう。

 

 

 

 夜の海岸を訪れる。

 しかし、()はもうここへはやって来ない。

 

 

 故に、船着場にあった小舟(こぶね)に乗って、あなたは大海を渡る。

 

 目指す場所はそう遠くない。

 

 誰からも気づかれず、

 ひっそりと佇んでいた小島。

 

 

 ─────────そこに。()がいる。

 

 

 

 小舟をおりて、島の草原を歩く。

 

 

 「さて。これ以上はない結末を迎えておきながら、今さら僕になんの用だい?」

 

 

 

 辿り着いた森にいたのは、この()をかたどった妖精國の最初(・・)の協力者───"妖精王" だった。

 

 

 

 「やぁ、まだ別れの挨拶をしていなかったから、会いに来たよ、オベロン(■■■■)

 

 

 

 

 

 「─────────なんだ。その様子じゃ、最初から気づいていたのかい?」

 

 妖精王の声色が一瞬にして切り替わる。

 

 

 「…どうだろう。最初から気づいていたような気もするし、たった今気づいたような感じでもあるよ」

 

 

 「なんだそれ。ようするに、どうでもいい(・・・・・・)ってことじゃないか。…まぁ、それはお互い様か」

 

 

 そう言って、彼は踵をかえす。

 

 「あれ?どこいくの?」

 

 「どうせ長話になるんだろう?言わぬが花(・・・・・)だというのにね。ここで立ち話もなんだ。…向こうにちょうど二人ぶんのイスと、テーブルがある」

 

 それだけを言い残して、彼は森を歩いていく。

 

 あなたはそんな彼の背中を、一定の距離を空けたままついて行く。

 

 

 

 「何もなさそうな島なのに、休む場所はあるんだ」

 

 「紅茶を飲むくらいしかやることがないだけさ」

 

 彼は振り返ることもなく、そう返した。

 

 

 

 その道行(みちゆ)きの雑談として、

 

 

 「────オベロンは、カレンに協力してたの?」

 

 歩きながら、単刀直入にそう訊ねる。

 

 

 「どうしてそう思うのかな?君は」

 

 

 「それは───、」

 

 この夢には、三人(・・)の人物が関わっていた。

 

 一人目は、楽園の妖精。

 楽園の影に、この特異点のテクスチャを固定させるための下地となる力の源を提供した少女。

 

 二人目は、カレン・オルテンシア。

 妖精國の結末に納得がいかず、その終末に飛んで楽園の妖精と交渉、この常夏の楽園の形を創った女神。

 

 三人目は、BB。

 そんなカレンの願いを叶えるべく、記録宇宙を通して妖精國の過去と接触するための力を提供したAI。

 

 

 けれど、それでは足りない(・・・・)のだ。

 

 「この夢には、"架空の夢の住人たちを用意し、かつ夢の主人を偽装させることができる人物" が存在しない」

 

 

 そう。あの島にいた住民たちは現実に存在しない人々だ。夢を夢と認識させないための舞台装置。誰の目にも留められないが故に忘れられがちだが、絶対になければ物語が円滑に進むことができないモブ(・・)

 それを用意できるだけの、夢を操れる人物が、この中には欠如していた。

 

 

 「へぇ、思っていたよりも鋭いな、君」

 

 そう言って、彼は足を止める。

 

 

 「彼女とは、鮮烈な出会いだったとも」

 

 

 そうして彼は、その女神との邂逅を語り始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 「まったく。

 吐き気がするほどキレイじゃないか─────」

 

 

 

 

 

 

 無限のウロのフタが閉じる。

 

 奈落の虫は、

 どこに辿り着くこともなく、落ちていく。

 

 

 

 

 

 ────────────そのはずだった(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 "こんばんは。嘘つきの妖精王さん。"

 

 

 

 

 聞き覚えのない声に、閉じた(ウロ)を再び開く。

 

 

 「……こいつは驚いたな。死に際に女神が見えるというのは、迷信じゃなかったのか」

 

 

 "いえ。迷信ですよ。"

 

 "死に際に女神を見るのは、

 女神に殺された人だけですから。"

 

 

 「は──────?」

 

 

 そんな現実的な言葉を聞いて、意識をハッキリと呼び覚ました。

 

 

 「誰だ、君は─────」

 

 

 "この結末を走り抜けた一人の少女に、

 報酬を与えるべく舞い降りた女神です。"

 

 

 なんて、デタラメ。

 

 すぐにわかった。

 この女は汎人類史からの差し金だ。

 

 

 "もうひと仕事していきませんか?妖精王。"

 

 

 

 「断る。俺が君に手を貸す義理はない」

 

 

 当然だ。自分はたった今その汎人類史に、メッタクソにやられたばかりなのだから。

 

 

 "どうしてもダメ、ですか?"

 

 

 「当たり前だろ。だいたい、なぜ君はそんなことをする?その行ないをすることで、君に得があるのかい?」

 

 

 どうせありはしないだろう。

 所詮は女神の気まぐれなのだから。

 

 

 "? 得しかありませんが。"

 

 

 「は──────?」

 

 

 "だってそうでしょう。私は、彼女の…貴方たちの物語のファン(・・・)なのですから。ヒロインが報われることを、喜ばないファンなどいません。"

 

 

 なんだ、それ。

 

 「ようするに、君は───」

 

 

 この空想(ゆめ)を、現実(じぶん)以上に価値があるものだと判断して、ここまで来たのか。

 

 

 絵本の続きをせがんで、居ても立ってもいられなくなった、子どものように。

 この女神は、たまたま自分に行動できる可能性(ちから)があったから、それを実行に移したのだ。

 

 

 「はっ、酷いお節介だよ、まったく。…とんでもない厄介オタクじゃないか、君」

 

 

 "失敬ですね。手伝ってくれないというのなら、結構です。私一人でなんとか彼女を(もてな)しますから。"

 

 

 「…いいや。気が変わった。手を貸してやるとも。あの少女が "その夢を見ることに同意したら"、ね」

 

 

 "本当ですか…!? では、必ず説得してみせましょう。ええ。彼女が同意した暁には、貴方も裏方(うらかた)として手伝ってもらいます。お願いしますね…!"

 

 

 声色でわかる。今この女神は、心底 喜んでいる。

 

 

 「ああ。けど、もうひとつだけ条件を付けさせてくれ。もしも彼女が "つまらない(・・・・・)飽きた(・・・)と言ったら、すぐにその夢を終わらせること"、だ」

 

 

 "わかりました。それに関しては同意します。見たくもない夢を見させるのは、私としても不本意ですから。……まぁ、そんなことを言わせないくらいの夏を提供するつもりではありますが。"

 

 

 そうして女神は踵をかえす。

 

 

 "では、妖精王オベロン。

 次に会う時は、夏の夢の中で。"

 

 

 

 その言葉を残して、

 彼女はあの少女に会うべく飛び立った。

 

 

 故に、あとはご存知の通り。

 

 少女は夢を見ることを了承し、

 俺は女神に、夢を操る力を貸してやった。

 

 

 

***

 

 

 

 「あの物語───妖精國を大切に思ってくれていたから、オベロンは彼女に手を貸したんだね?」

 

 

 彼は無言で歩を進める。

 

 

 「そら、ついたぞ。そこに座りなよ」

 

 

 ひとつの白い丸型のテーブルを挟んで、あなたと彼は席に着く。

 

 

 

 「それで?他に聞きたいことは?…もしかして、今ので終わりだったかい?ならここまで来たのは時間の無駄だったね」

 

 

 「……いいや。オベロンは何度か、俺にも協力してくれたよね?」

 

 

 「はぁ?───さて。なんのことかな。俺がしたことなんて、今日みたいな眠れない夜に、夜風を浴びにくる馬鹿の話相手になったくらいだろ」

 

 それが助言だったりしたのだが、本人にはそのつもりはなかったらしい。

 

 

 

 「──────じゃあ、ガレスの剣(・・・・・)は?」

 

 

 「やれやれ、そんなに口が軽いのか、あの女神は。……夢の主人に死なれちゃ困るからね。相応の護衛ができるように用意した、単なる支給品(・・・)だよ」

 

 その割には盛りすぎの宝具であった。

 

 「夢の中であるという曖昧さと、純愛の鐘の魔力量を利用した詐称(さしょう)の宝具だ。使いこなせるかどうかは担い手次第だったからね。ま、運がよかったんじゃない?」

 

 口ではそう言っているが、きっと彼は、あの騎士ならそれを使いこなせると信じて渡したのだ。

 

 

 

 「──────それと。常夏騎士(・・・・)を喚んだのも、本当はオベロンなんでしょ?」

 

 

 「どうしてそうなるのかな?…彼女たちは終始、妖精國の女王モルガン(・・・・)に指示されてやってきたと、言っていなかったかい?」

 

 

 そう。彼女たち常夏騎士───いや、妖精騎士の三人は、妖精國の女王モルガンの命令で、"カルデアとあの少女を護衛しろ" と頼まれていた。

 けれどそれは───、

 

 

 「この特異点にモルガンはいなかった(・・・・・・・・・・)。キャメロットにいたのは、セミラミスだったからね」

 

 

 「外側から派遣した可能性だってあるだろう? なぜ、俺が仕組んだと言いきれるんだい?」

 

 

 「モルガンは "楽園に帰ることを否定した" 女王だからだよ。だから彼女はこの特異点に関わることはできない。…それにカレンが接触した妖精國の時間軸は、二回だけ(・・・・)だった。()とあの少女(・・)。これで枠は埋まっている」

 

 それに妖精騎士の三人は、あの邪神が呼んだサーヴァントというわけでもなかった。彼女にとってもあの三人の介入は予想外だったのだ。

 

 「タイミング的には、ノリッジの鐘を鳴らした後だったよね? ゴッホの異変を察知した君は、BBに無理を言って彼女たちを呼んでもらったんじゃないのかな? 会いに行くんじゃなくて、摘み上げる(・・・・・)だけなら、そこまでコストはかからないから」

 

 

 「………それじゃあ、どうやって彼女たちを手懐けたというのかな?まさか、モルガンのことも摘み上げたとでも言うんじゃないだろうね?」

 

 「いいや。それは簡単。だって得意でしょ、オベロン。擬態の魔術(・・・・・)。」

 

 

 だってあの魔術を教えたのは、他ならぬ彼なのだから。

 

 

 「どうして君がそのことを…、ああ、呆れるほど口が軽いヤツらってコトか」

 

 そう言って、彼は不敵な笑みを浮かべ、

 

 

 「──────正解だよ、立香。俺があの妖精騎士三人を騙して、この特異点に招き入れた。またしてもあの厄災どもを利用してやったのさ!」

 

 

 嗤いながら、そう答えを明かした。

 

 

 「ほら。言わぬが花(・・・・・)、だっただろう?…なにせ、居もしない女王のために、彼女たちはその命を張ったわけだからね!飛んだ笑い話だよ!」

 

 

 彼は心底おかしいと、テーブルに肘を乗せた右手で顔を覆った。

 

 

 「殴りたいかい?彼女たちを代弁して、一発くらいなら許してやってもいいよ、立香」

 

 彼は挑発した笑顔を向ける。

 

 

 「…そうかな。俺はそうは思わなかったけど。」

 

 

 

 「──────────、は?」

 

 

 

 「モルガンのふりをして彼女たちを利用した、というのは事実だと思うよ。でもその動機は、本当はカレンと一緒だったんじゃないの?」

 

 

 「………なにを言っているのか、さっぱり意味がわからないね」

 

 

 「ようするにさ、君は彼女たちにも、"報酬をあげたかった" んじゃないの? …自分の計画を達成するために犠牲になった、厄災(かのじょ)たちに、一緒に夏を楽しんでもらおうと思って」

 

 

 あなたのその言葉で、

 彼はしらけた表情へと変わる。

 

 

 「……馬鹿には何を言っても、意味がなさそうだね。そのおめでたい思考回路は、一生かけても治せないと思うよ」

 

 

 彼の言葉はトゲだらけだが、今言ったあなたの言葉を、最後まで否定(・・)はしなかった。

 

 

 

 「──────じゃあ、これで最後。

 どうしてあの少女に、ここまでのことをしてあげたの?」

 

 

 カレンに協力した理由は理解できた。

 けれど、何もここまで尽力する必要はなかったはずだ。

 

 邪神の存在が特異点に絡んでいると判明したからといって、彼にはわたしたちを助ける義理はないはずなのだ。

 むしろ、邪神に協力さえしていれば、彼は本当の自分の目的(・・・・・)を達成することだってできただろう。

 

 

 「はぁ……君()そんなわかりきったことを聞くのかい? どうしてこうも似た者同士なんだ、君たちは」

 

 

 彼は遠くの星空を見据えながら、ため息をつく。

 

 

 

 「その理由や経緯はどうあれ、

 彼女は、あの少女の名(・・・・・・)を羽織った。」

 

 

 

 妖精王は、不敵に笑って。

 

 

 

 「──────であれば。

 妖精王オベロン(・・・・・・・)が、その全霊をもって手を尽くすのは、至極 当然(・・)のことだろ」

 

 

 

 その答えを口にした。

 

 

 

 「──────そっか。」

 

 それは確かに。

 わかりきったことであった。

 

 

 「これで満足したかい?………なら、最後に一つだけ伝えておこう」

 

 

 「ん、なに?」

 

 

 「以前、君には "朝のひばり" も "夜のとばり" も、まだ不要だと伝えたけどね。ひとつ付け足しておこう。──────夏のひでり(・・・・・)だけは、よく覚えておくことだ。なにせ、毎年忘れていたら、目障り極まりないだろ?」

 

 

 その言葉に頷いて、わたしが(・・・・)羽織った(・・・・)あなたの魂(・・・・・)は、この転寝(うたたね)から目覚めていく。

 

 

 

 「──────マジかよ。こいつは驚いた。よりにもよって、最後に羽織ったのは()かい?なんの当てつけだよ、まったく。」

 

 

 彼は驚きのあまり、呆れ返っていた。

 

 

 「ええ。ですが、お礼(・・)をすると言いましたから」

 

 まっすぐに彼を見つめて、そう伝える。

 

 

 「………………お礼? これが?」

 

 

 「はい。だって、あなたも頑張っていた(・・・・・・)。ずっと一人で戦っていた。それを誰にも知ってもらえずに終わるなんて、そんなの悲しいじゃないですか」

 

 この夏の夢は、彼がいなければ始まらなかったことであり、そして彼がいなければ、終われなかったことでもあるのだ。

 

 

 「はっ、最後の最後は、(ウソ)をついてなかったのか」

 

 

 彼はそう言って、苦笑する。

 

 

 「それと、ずっと言いそびれていたことがありましたから。……ありがとう、わたしの魔術の師匠になってくれて。そして、さようなら(・・・・・)

 

 

 

 その嘘偽りのない、わたしの言葉を聞いて、

 

 

 「───────ああ。道理で気づいたわけだ。……ホントに。擬態の魔術だけは、教えるんじゃなかったよ」

 

 

 

 妖精王は、別れの言葉代わりに手をあげて、

 仄かに微笑んだまま、光となって溶けていった。

 

 

 

 やがてこの楽園の、最後の残滓(ウェールズ)も消えていく。

 

 

 

 

 

 こうして──────、

 星を追った少年少女たちの(はなし)は、

 瞬きの夏の光とともに、眠りにつくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 /『Yonder Love』-了-

 

 

 

 『真夏の夢と南の島の一等星』-完-

 




 
 
 
 
 まずは、ここまでの長文作品を最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。この物語が、あなたの胸を温かくしてくれたのなら、書き手としてこれ以上の幸福はございません。本当にありがとうございました。
 
 
 
 さて。ここからは最後の補足説明をしていこうかと思うんですけど、正直 この余韻を残したいから蛇足じゃない?と思っている作者である。
 それでも知りたい、という方のために書き残しておきます。興味がございましたら、こちらもお読みいただけると幸いです。
 
 
 
 まずはじめに、この作品を書こうと思った作者の個人的な動機ですが、ぶっちゃけ物語中のカレンの感情と同じなのです。
 FGO第二部 第六章の物語、あの結末に見合うだけの報酬を、彼女に与えてあげたかったのです。
 きっかけは本当にそんな些細なことで、そこからぶわぁとこういう話が見たい!という気持ちのままに形にした作品になりました。
 
 
 ・プリテンダー アルトリア・ティターニア
 
 この物語のヒロイン。聖剣の騎士となった、楽園の妖精の残滓です。物語内で語られたことが彼女のすべてですので、特別補足することもないのですが、FGO第二部第六章の本編中の"なんでもない女の子"としての彼女ではなく、その後 聖剣の騎士となった故に残された"なんでもない女の子だった少女"を描きました。
 
 彼女の "楽園の妖精" としての力を一条の星にして放つ宝具『彼方にとどく春の星(サザン・アロー・スピカ)』ですが、その口上はオベロンの『彼方とおちる夢の瞳(ライ・ライク・ヴォーティガーン)』と対になっています。
 ちなみになぜ夏ではなくて、春なのかといいますと、彼女自体が "春の記憶" を形にした存在だからです。なので、春の南東に見えるおとめ座(・・・・)の一等星 "スピカ" の名を冠しています。この宝具名でいうと「彼方」の方が、夏を指していたりします。
 また、口上にあった「茜渡(かわたれ)」という言葉ですが、これは朝焼けを示す言葉 "かわたれ" に、作者が当て字をした言葉ですので、「茜渡」という言葉は調べても存在しないよ!
 夕方を意味する「黄昏(たそがれ)」の対義語として使いたかったのです。
 
 
 ・正義の味方
 
 唐突に乱入したキザな真っ黒くろすけ。本来はあのような介入はできませんが、カレンとの縁、そしてかつて依代(よりしろ)にしていた青年の身体がすぐ側にあったことで、このような例外が発生しました。元々 存在自体がイレギュラーなので仕方ないね、このロックスター。
 詳しいことは、Fate/hollow ataraxiaを是非プレイしていただけると幸いです。
 ちなみに、物語中で助太刀をした動機に「オレ以外の悪魔があの女を味わうとかありえねぇ」と言っていましたが、"でもカレンって今アムール神の疑似サーヴァントだよね?それは許すの?"ってなった人もいるかと存じますが、まぁ彼なら「はじめから女神みてぇな女だしな」と考えてそうですしね。…ただし邪神、テメェはだめだ。
 
 
 ・妖精王
 
 もう一人の功労者。この特異点に夢の力を施していた張本人です。末節で語られていた内容が彼の立ち回りの動機であり、経緯でした。
 ちなみにこの物語には、全部で三つ(・・)の幕間が存在するのですが、一つ目が第四節の締め「裏方ジェーン」、二つ目が第七節の冒頭「世に厄災の花が咲くなり」、そして三つ目が今回の末節「Yonder Love」でした。
 これらは、いずれもオベロンが主体として登場している話なのです。なので是非読み返して見ていただけると、なるほどとなる話になっていると思います。
 
 また、末節の「Yonder Love」で彼と会話をしていた人物は、"藤丸 立香の魂を羽織ったアルトリア" になります。ですので、あの場にいたのは、藤丸 立香とアルトリアの両方です。
 彼女はオベロンの活躍を多くの人にも知ってもらうために、瞬きの夢として藤丸 立香にもあの場に来てもらいました。彼ならその記録を残せますからね。
 ちなみに、魂を羽織るなんてそんな荒技できんの!?となりましょうが、契約(・・)は済ませましたし、本人が了承すれば "可能である" ということでひとつ。ここでいう了承とは、読み手のあなた(・・・)が、その続きを読み進めるか否かという意味合いです。
 そして、「契約なんていつした?」ともなりましょうが、さぁ、どこでしょうか。心を通わす(・・・・・)ようなことを、終盤に彼女と彼は交わしましたよね?
 
 
 あとは、小話として挙げると、この物語の節タイトルたちですが、実は日本のロックバンド「サザンオールスターズ」のアルバム名をパロったものでした。幕間として存在していた三つの話も同じくそうです。気づいた方がいたらすごい!
 ちなみになんでそうしたのかと言うと、純粋に作者の中で「夏」を思い浮かべた時に最初に流れたのがそのバンドの曲だったのです。おっ、世代バレか?
 そして実は、その彼らのオリジナルアルバムの中で、パロっていないタイトルがあと三つ(・・)残っていまして、それぞれ常夏騎士たち三人の視点のサブエピソードとして構想してはいたのですが、まーた長くなるよ…コイツ…となったので、やめておきました。
 もし要望がございましたら、書くかもしれません。
 
 
 
 といった感じで、長々とした補足説明も今回で最後となりました。ここまでお読みくださった方は本当にすごい!感謝しかないです!
 もしも感想をくだされば、それだけで作者は大変喜びます。改めまして、本当にここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。
 
 またいつかご縁があれば、
 文章を通してお会いしましょう。
 


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余聞『さくわ』

 
 
 
 
 お久しぶりです。
 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作 本編のネタバレを含む幕間の話となっております。
 是非、本編 読了後にお読みいただけますと、幸いです。それでは。
 
 


 

 

 

 

 その夜。

 ()は唐突に目を覚ました。

 

 きっと意味なんてない。

 そんな "機能" は与えられていないはずだから。

 

 だから何かの間違いだと思って。

 健やかに眠っている父と母を置いて、ただ夜風を浴びに庭へ出た。

 

 

 

 「ふぅ──────、」

 

 庭には、"(ホタル)" が飛んでいた。

 

 風に撫でられた草花の擦れる音と、

 微かな虫の鳴き声が優しく響く。

 

 

 

 そんな眺めに心を浸した後、

 ふと、なにを思うでもなく、そらを見上げた。

 

 

 「あ──────、」

 

 その視界に広がった景色に、

 僕は、思わず呼吸を忘れた。

 

 

 夜空を飾る瞬く星々よりも。

 地上で(たわむ)れる蛍の光よりも。

 

 遥か北より、まっすぐに走るその軌跡。

 

 蒼く煌めく流れ星(・・・)が、

 美しくおそらを跨いでいた。

 

 

 

 

 余聞(よぶん)『さくわ』/

 

 

 

 「明日から、キャメロット(・・・・・・)に引っ越そうと思うの」

 

 とある夏の日の食卓。

 母は唐突にそんなことを口にした。

 

 「……そうだな。オックスフォードでの大会も終わったし、父さんも燃え尽きた感覚でね。気持ちを切り替えるためにも、引っ越すのは良い考えかもしれない。」

 

 料理好きだった父は、昨日 島で開催された料理大会の参加者だった。

 結果は振るわなかったけど、本人は全力を出せて満足している様子で、実際、父の作った料理は本当に美味しかった。

 

 「前にも話した通り、店の方も、結果はどうあれ大会を終えたら畳む予定だったからね。…けれど、そっちから今後の方針を話されるとは思ってなかったよ。しかも "明日から" だなんて。随分と急なんだね?」

 

 父が参加したあの大会は、

 そもそも優勝はできない(・・・・・・・)

 あの結果は仕方がないことだったんだ。

 

 「 "思い立ったが吉日" って言うでしょ? それにキャメロットって、結構 評判が良いところらしいのよ。女王様がお祭り好きらしくてね?賑やかなところみたい」

 

 母は楽しそうに、これから向かう島について語る。

 

 「突然 決めちゃってごめんなさいね? …あなたも、それで構わないかしら?」

 

 すまなそうな顔をして、母はそう尋ねてきた。

 

 「うん。大丈夫だよ、母さん」

 

 母の問いかけに、僕は頷いた。

 

 

 

 ***

 

 

 「うーん、どこか高い場所ないかな…」

 

 キャメロットに移住したその日の夜、一人 家を抜け出して眺めの良い場所を求めて、島の森を目指した。

 

 父も母も夜は寝付くのが早いので、こっそりと抜け出すのはそう困難なことじゃない。

 オマケにこの島は常にお祭りをしているみたいで、夜だからといって、子供が出歩いていても誰にも咎められないのだ。

 

 「あ、いいところ見つけた!」

 

 森をしばらく歩くと、少し(ひら)けた広場があり、その中央に、ちょうど登りやすそうな大岩がどっしりと佇んでいた。

 

 「───よいしょ、と。」

 

 子供ならではの身軽さで、ひょいひょいと岩を登る。

 

 そうして───、

 

 

 「うーん、今日も見えないか…」

 

 

 あの日(・・・)以来、毎晩こうしてそらを見上げている。

 

 どうして。こんなにも僕はあの()を見たがっているんだろう。理由はわからない。

 けれど、もう一度見たいと思ったんだ。

 

 

 

 しばしの間、ただ無心でそらを眺めていたら、

 

 「おい、君。そこでなにしてるんだよ」

 

 唐突に声をかけられ、思わずビクッとする。

 

 振り返るとそこには、このキャメロットで暮らしているとみられる、僕と同じくらいの歳の子供が二人、岩の下からこちらを見上げていたのだ。

 

 「…えっと、なにか用?」

 

 「なにか用?じゃない! ここは僕らのたまり場だぞ!誰の許可を得てそこに乗ってるんだ!」

 

 そうだったんだ。

 確かにこんな眺めの良い場所なら、たまり場にしたくなる気持ちも分かる。

 どうせ今日もあの星は見えないだろうし、岩から飛び降りる。

 

 「こら、ハロバロミア!別にこの場所、私たちの土地ってわけじゃないでしょ!誰が使ったっていいじゃない」

 

 もう一人の少女がそう少年を論す。

 

 「僕に正論を言わないでくれ、コーラル。これは君のためを思って言っているんだぞ!この岩の上からの眺めは、君のお気に入りじゃないか!」

 

 「それとこれは別です!同じようにここを気に入ってくれる子が増えるなら、私は大歓迎だもん!」

 

 二人は、やんややんやと言い合いをする。

 

 「えっと、僕のせいでケンカをさせちゃったのならごめん。もうここには来ないから、その代わり、一つだけ質問をしてもいい?」

 

 二人は揃って、腑に落ちない顔をしながらも、こちらに視線を向ける。

 

 「質問ってなに?」

 

 「二人もここから夜空を見たりしてるんだよね? …だったら、流れ星(・・・)を見たことないかな。凄く蒼くて、とってもきれいなんだ」

 

 二人は目を丸くした後、顔を見合わせる。

 

 「あなたもそれを見たのね。…確か、もう二週間近く前だったかしら。私たちも見かけたわよ、その流れ星。でも、それっきり見てないわ」

 

 少女の言葉に肩をすくめる。

 

 「…そっか。教えてくれてありがとう。勝手にたまり場に入ってごめんね。もう戻るよ」

 

 そう言い残して、駆け足で森を後にしようとした時、

 

 「待った。君。見かけない顔だな。ちょっと話に付き合いなよ」

 

 少年に引き留められた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「へぇ、オックスフォードから来たのか」

 

 大岩の上に腰を下ろし、二人と談笑する。

 

 「二人はもとからキャメロットに?」

 

 「いいえ。私たち、ソールズベリーから引っ越してきたの」

 

 「ソールズベリー!? あの島って、住めるところあるの?確か、危ない生き物が多いんでしょ?」

 

 父と母から聞いた話ではあるが、ソールズベリーは危険な場所と聞いていたので、思わず驚いてしまった。

 

 「そうだよ。とてもじゃないが暮らしていけない。君みたいにソールズベリーに人が住んでたことを知らない人はたくさんいるだろうさ。…まあ、だからキャメロットに移住したんだけどね。でもそれを言うなら、オックスフォードだって、危険な場所が多いって聞いてたけど?」

 

 少年───ハロバロミアにそう訊ねられる。

 

 「うん。でも、オックスフォードはもっとわかりやすいところだよ。危険地帯に入りさえしなければ、襲われることはないから」

 

 「お母さんから聞いた話だけど、オックスフォードには "ヒトだけを食べる" 魔物いる…っていう噂は本当なの?」

 

 少女───コーラルは半信半疑で聞いてくる。

 

 「……うん。森で迷って行方不明になった人とか、多いよ」

 

 それを聞いた二人は揃って青ざめる。

 

 「なーんて、冗談だよ。ヒトの味を知っちゃって、その結果ヒトを襲うようになった獣ならいるだろうけどね。はじめからヒトだけを襲う魔物はいないんじゃないかな。……もしもいたら、ヒトしか食べられないなんて、そんなのすごく可哀想だよ。きっと神様か妖精のイタズラだ」

 

 「それ。冗談になってないぞ、君」

 

 ハロバロミアに指摘され、目を丸くする。

 

 「そうかな? …言われてみればそうだね。あはは」

 

 

 「ねえ待って。…ってことは私たちって、引っ越してきた者同士ってことじゃない?」

 

 コーラルは嬉しそうに、手を合わせてそう言う。

 言われてみれば、その通りだ。

 

 「ほら、それなら仲良くなれそう!そうでしょ、ハロバロミア!」

 

 「君、キャメロットに住んでるヤツはみんな移民って知らないのかい…?」

 

 「………私、あなたの正論キライです。いいでしょ、それでも!危ない島から引っ越してきたって共通点はあるんだから!仲良くしましょ!」

 

 コーラルによって、半ば強引にハロバロミアと握手をする。

 

 「ま、まあ、同じ島で暮らすんだから、それなりに気に留めておいてやってもいいけど…」

 

 ハロバロミアは気恥ずかしいのか、視線を逸らしながら、そう言った。

 

 「─────うん!よろしく!」

 

 交わした手をしっかりと握り返す。

 

 

 「また明日もここにおいで!…と、そういえば、あなた。名前は?」

 

 

 「ああ、僕は──────、」

 

 

 

 ***

 

 

 

 その次の日の夜、

 その日も僕は、あの森の広場に向かった。

 

 二人から許可はもらったし、待ち合わせも兼ねてひと足先に目的地に到着する。

 

 「うっ、ちょっと湿ってるな…」

 

 今日の昼間は雨が降っていたため、岩の上はまだ少し湿っていた。

 少し気になったが、諦めてそのまま腰を下ろす。

 

 

 星空を見上げて二人を待っていると───、

 

 

 「ん───?」

 

 赤い影(・・・)が森を駆け抜けていった。

 

 「なんだろう、今の───、」

 

 すると、しばらくして、

 それを追うように、多くの足音が聞こえてきたのだ。

 

 思わず、岩から飛び降り、その影に隠れる。

 

 

 足音は、そのまま森を駆け抜けていった。

 

 「あの方角って、確か…女王様の城…?」

 

 とてつもなく気になったが、二人を待たなければならないし、それにそんな介入は役割ではない(・・・・・・)

 

 「ん───? "役割"ってなんのことだろ…?」

 

 いつからだろう。

 なにか得体の知れない、"知覚してはならないこと" に意識が向いてしまうようになったのは。

 

 

 考えるのはやめよう。

 昨日と同じように、そのままそらを見上げて二人を待っていると、

 

 

 『───キャメロットの住民たちよ。これより大規模な儀式にはいる。故に、平穏に暮らしたければ、屋内に避難するがよい』

 

 

 この島の女王による警告(・・)が、島に響き渡った。

 

 

 「え──────?」

 

 屋内に避難しろって言ったって、ここじゃとても間に合わない。

 どうするべきか、頭を抱える。急がないと。でも急ぐったって、どこに? とりあえず岩の上から降りて、それから、えっと、

 

 

 そんなパニック状態の僕を置き去りにするように、とてつもない地響きが、島の全土に巻き起こる。

 

 

 ピシッ、と。

 

 

 「あっ──────、」

 

 

 背後の大岩が、砕ける(・・・)音がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「うっ、あ──────、?」

 

 暗闇の中で目を覚ます。

 

 周囲の景色は先ほどいた森のまま、

 僕は倒れて気を失っていたらしい。

 

 どれほどの時間、気絶していたのだろう。

 起き上がろうとしても、身体が思うように動かなかった。

 

 「あれ──────?」

 

 振り返ると、砕けた大岩の破片に、右足が挟まったまま抜けなくなっていたのだ。

 

 「くっそぉ───、」

 

 足を引き抜こうと努力するも、重すぎてびくともしない。

 子供一人の力では限界だった。

 

 

 すると今度は、激しい振動とともに、"何かが放たれる" 音が鳴り響いた。

 

 「なん、なんだ……!?」

 

 わからない。なにもわからない。

 

 この島で、一体なにが起こっているのだろうか。

 そんな訳の分からない状況の中で、今度は眩い光(・・・)が視界に入ってきた。

 

 

 「あ──────、」

 

 

 その光を、自分は知っている。

 

 ずっと探していたもの。

 もう一度見たいと思ったもの。

 

 蒼く煌めく、あの流れ星(・・・)が、おそらを照らしていた。

 

 

 「きれい、だ───、」

 

 ああ。最後にあれがもう一度見れたのなら、ここで終わっちゃってもいいか。そんな風に考えていたら、流れ星は少しずつ大きく(・・・)なっているのに気がついた。

 

 「えっ──────?」

 

 いや、大きくなっているのではない。

 あの流れ星は、この島に向かって落ちてきている!

 

 ドカン、と。

 

 前方の木々の向こうで、青い流星が落ちる。

 

 見に行きたい。

 必死に足を抜こうと力を込めるも、無意味に終わる。

 

 

 するとその木々の向こうで、

 

 「ギシュァアアアア──────!!!」

 

 得体の知れない、何かの鳴き声のようなものがこだました。

 

 鳴り止まぬ轟音。

 強い突風と衝撃。鉄のぶつかる音が響く。

 

 「っ──────、」

 

 思わず唾を飲み込む。

 

 すると今度は木々の向こうから、おぞましいほどに紫色の霧(・・・・)が溢れ出てきていた。

 

 「やば──────!」

 

 直感する。あれは毒だ。

 絶対に吸い込んではいけない。

 

 絶体絶命だと思った時、

 今度はその前方の木々を割いて、"巨大な蛇" と "蒼い騎士" が飛び出してきたのだ。

 

 

 「しぶといな、君───!」

 

 騎士は旋回しながら、蛇に刃を通す。

 

 状況は明らかだった。

 騎士の圧倒的な力量を前に、蛇は逃げ出したのだ。

 

 そう。逃げ出したのだ。こちらの方へ(・・・・・・)

 

 「な──────!?」

 

 騎士も、僕に気がついた。

 

 けれど、もう手遅れだ。

 僕は、自らの死を悟って瞼を閉じる。

 

 ─────ごめん。父さん、母さん。

 なにも残せてない、なにも返せてない、自分勝手な子供でごめんなさい。こうやって無断で外に出たから、バチが当たったんだ。

 もしも次に生まれ変わったら、その時はきっと、良い子になるから。

 

 

 ドシャリ、と。

 鈍い衝撃が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ふぅ。まさか、こんなところに住民がいたとはね。予想外だった」

 

 

 もう潰れたはずの耳から、そんな声が聴こえた。

 

 「え──────?」

 

 

 瞼を開く。

 

 そこには。

 蒼く煌めく、清廉たる騎士が。

 片膝をついてこちらを見下ろしていた。

 

 「あれ?生きてるよね?…眼、見えてるかい?」

 

 騎士はその仮面を取って、こちらの顔を覗く。

 

 

 ─────ああ。

 ひと目でわかった。

 このヒトが、あの流れ星(・・・)だ。

 

 

 「み、見えてます……」

 

 あまりにも顔が近いので、頬を赤らめながら俯いてそう答える。

 

 「ああ、すまない。近かったかな。なにぶん夜だと暗いから、顔がよく見えなくてね。無事ならよかった」

 

 そう言う彼女は、夜の闇の中でありながら、とても眩しく映る。

 

 「あの、さっきの蛇は……」

 

 「ん? 僕の後ろで真っ二つだとも。……ちょっと少年には刺激が強いから、見ない方がいい」

 

 彼女は背後をちらりと見てから、そう返した。

 

 「ところで君、立てるかい?」

 

 「えと、足が岩に挟まってて…」

 

 「ああ!だからそんなところで寝てたのか。ちょっと待ってて、…ほら」

 

 そう言って、彼女はなんてことのないように片手で岩を持ち上げ、退()かした。

 

 「す、すごい………」

 

 思わず唖然とする。

 

 そうして足を引き、立ち上がろうとして、思わずふらついてしまう。

 

 「おっと、やはりだいぶ痛めてるね。無理はしなくていい。僕が街まで運んであげるとも」

 

 そうは言っても、彼女と僕は頭一つ分ほどの背丈の差しかない。運ぶといってもどうやって……いや、たった今 見せられた恐るべき怪力を前に余計な心配だった。

 

 「うーん、飛ぶのはさすがに負担だろうから、おぶって走ろうか。…ほら、捕まって」

 

 彼女に背負われ、そのままその背中に捕まる。

 

 「ふむ、やはり住民がいると毒の霧は使わないのか。 結構 良心的な女王だね、彼女。…よし、それじゃあ走るよ」

 

 「う、うん、ありが───」

 

 こちらの言葉を待たずに、とてつもない速度で走り出す。

 

 「うわああああああああああ!?」

 

 なんだこれ。これがグロスターの島にあるって言われてるジェットコースターってヤツなのか!?

 

 「舌を噛むから、口は閉じてた方がいい!」

 

 

 

 ほんの数分で、街中までたどり着く。

 

 「…あの、赤い屋根の家が僕の家です!」

 

 突風を浴びながら、薄目を開き、我が家を指さす。

 

 

 「……よし。到着だ。しばらくは家の中にいるんだ、少年。いいね?」

 

 彼女の言葉に、コクコクと頷く。

 

 「あ、あの、女王様の城に向かうの…?」

 

 気になって、つい聞かなくてもよいことを聞いた。

 

 「ああ、そうとも。なにせ僕たちは女王を止めるためにここに────、」

 

 彼女の言葉を遮るように、先ほども聞いた "何かが放たれる"音が島に響き渡った。

 

 

 「今の、って……」

 

 「………うん。女王様が暴れてるのさ。だから、彼女を直接止めに行くのが、一番の解決策なんだけど、」

 

 城の方角を見据えながらも、そう言い淀んだ。

 

 「なぁ、少年。一つだけ聞いてもいいかい?」

 

 「え?」

 

 唐突にそう言われて、思わず困惑するも、了承の意を込めて頷く。

 

 「ありがとう。……もしもさ、僕のせいで何の罪もない街が焼け野原になったら、君はどう思う?」

 

 その質問の真意は、僕にはわからなかった。

 

 けれど。

 答えだけは明確だった。

 

 「怒ります(・・・・)。…だって、お姉ちゃんにはそんなことして欲しくないから」

 

 まっすぐに。

 その顔を見つめてそう答えた。

 

 「──────、ふふ。お姉ちゃん(・・・・・)って、僕は君の姉弟(きょうだい)じゃないぞ?」

 

 言われてみれば、それはそうだ。

 なんで、僕はいま、そう呼んだのだろう。

 思わず恥ずかしくなって、赤面する。

 

 「──────けれど。そう呼ばれるのは嫌いじゃない。元気でね、少年。…"怒る" か。ああ、おかげで。僕のやるべきこと(・・・・・・)がわかったとも」

 

 そう言い残して、彼女は島の下(・・・)へと飛んで行った。

 

 「え──────!?」

 

 ああ。それでようやく気づいた。

 今この島は、"空を飛んでいた" のか。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後はもう、ただ祈ることしかできなかった。

 

 一体この島で何が起きていたのか、とか。

 そんな真相は、僕が知っておくべきことじゃない。

 

 余計な心配かもしれないけど。

 ただ、"彼女" が無事であることを願った。

 

 

 

 「怪我の具合はどう?痛くない?」

 

 自室のドアを開いて、母がそう訊ねる。

 

 「…うん。もう一人でも歩けそうだよ。ありがとう、母さん」

 

 あの日から、明日で一週間。

 足を捻挫(ねんざ)した僕は、部屋で安静に過ごすことを余儀なくされた。

 

 本当は外に出たかったけど、それは仕方のないことだ。

 これ以上、父さんと母さんに迷惑はかけたくない。

 

 「明日の夜、街で復興のお祭りをするみたいだから、お見舞いに来てくれてたお友達の二人と、一緒に遊んできなさいな」

 

 そうして母は、おやすみなさい、と言い残して、部屋の扉を閉めた。

 

 「お祭り───か、」

 

 ベッド脇にある、窓越しのそらを眺める。

 そのお祭りには、彼女も来るだろうか。

 

 そんなことを考えていると、またしても、今度は南の島(・・・)の方角から、あの蒼い流れ星がこの島に向かって飛んできているのが見えたのだ。

 

 「あのお姉ちゃんだ───!」

 

 思わず、窓に両手をつく。

 

 生きてた。

 あの一週間前に起きた恐ろしい夜を超えて。

 それでもなお、彼女の光は、あの日と変わらずにおそらを跨いでいた。

 

 「……会いに行こう」

 

 きっと彼女は、明日のお祭りにもやってくる。

 そう確信して、僕は眠りについた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 街は過去一番の賑わいだった。

 空気の澄んだ夜を、街のみんなの活気と、提灯(ちょうちん)が照らしている。

 

 「はっ───、は───、」

 

 街中を駆ける。

 

 治ったばかりの足に負担をかけるとわかっていても、その胸の鼓動を抑えられなかった。

 

 

 「あ、いた──────!」

 

 見つけた彼女は、あの時の甲冑姿とは異なっていたが、ひと目でそうだとわかった。

 その隣には、初めて見る大柄の女の人と、確かこの街の舞踏会に出ている赤い髪の女の人が一緒にいた。

 どういう仲なんだろう?という疑問もあったが、それ以上に、話したいことが、たくさんあった。

 

 けれど。伝えたいことは一つだけ。

 

 

 「ねぇねぇ、お姉ちゃん!この前おそらを飛んでたよね!凄いきれい(・・・・・)だったよ!"流れ星" みたいだった!」

 

 

 ずっと前から見ていた。

 ずっとそう伝えたかった。

 

 こんなにもきれいで、星のようなヒトを。

 僕は。他に知らないんだ。

 

 

 唐突に話しかけられ、彼女は目を丸くした後、

 

 「む、目の付け所が良いな少年。聞いて驚くがいい!僕はこの夏でもっとも美しい常夏騎士、ランスロットだぞ!…サインとかいるかい?」

 

 そんな、面白おかしいことを言ってきたのだ。

 

 「えっと───、」

 

 

 「なに、いつの間にサインなど用意していた貴様───!」

 

 なにか言葉を返そうとしたけど、大柄の女の人に先を越される。

 

 

 「ふっ、これでも某ブリテンでも同じく、もっとも美しい妖精騎士と讃えられていたんだ。それくらいのファンサは心がけているとも」

 

 「はっ!んなの妖精評だろ。当てになんねぇんだよな」

 

 「なんだと!人間(ニンゲン)からもそう言われてたぞ!」

 

 「へー?それ誰ぇ?名前言ってくれないとわかんないなー」

 

 うん。よく考えてみれば、そうか。

 

 僕が彼女に助けられたのは、もう一週間も前だ。

 あの時は随分と暗かったし、向こうは顔を覚えているはずがなかったのだ。

 

 それにきっと。

 彼女はもっと、たくさんの人を助けている。

 だから、一人一人のことを覚えているはずがなくて、

 

 「おーい、■■■■■■!ここにいたのか!」

 

 名前を呼ばれて、振り返る。

 

 「足、もう大丈夫なの?」

 

 向こうで、ハロバロミアとコーラルが手を振っていた。

 

 「───うん、もう大丈夫だよ」

 

 伝えたかった言葉は、もう伝えた。

 だから、そのまま二人の方へ歩を進めて、

 

 最後に一度だけ、彼女の方を振り返った。

 

 

 「ランスロット様ー!姉様!トリスタン卿!あっちに "かき氷" というのがありましたよー!食べてみませんかー?」

 

 「氷?氷が食べ物なのかい?…初耳だね」

 

 「いいじゃない?きっとアメ玉みたいに一気に口に入れて転がしたりするヤツだぜ、きっと!」

 

 「嫌な予感しかしないぞ、その食べ方は…」

 

 

 見知らぬ女の子に呼ばれて、彼女たちは行ってしまった。

 

 

 「? どうした、浮かない顔して」

 

 ハロバロミアは不思議そうに顔を覗き込む。

 

 「ん、いや。なんでもないよ」

 

 祭りの騒がしさが、どこか遠く感じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 祭りで遊び疲れた二人は、先に帰っていった。

 

 「なんで、帰らないんだろう、僕は…」

 

 締めの花火が鳴り止んで、もう一時間以上経っている。

 

 街のみんなは帰路につく中で、僕だけは、反対方向のあの森に向かって歩いていた。

 

 

 「もうここに来る意味なんて、ないんだけどさ」

 

 とぼとぼとした足取りで、森の広場に到着する。

 

 すると───、

 

 「あ─────────、」

 

 

 広場の中央。

 砕けた大岩の上に、彼女(・・)が腰を下ろしていた。

 

 「──────────、」

 

 思わず、呼吸を忘れたように見蕩れる。

 彼女は、どこか寂しそうな顔で、月を見上げていた。

 

 

 「………あの、ここで何してるの?」

 

 勇気をだして、そう声をかける。

 

 すると、彼女はゆったりと視線をこちらへ向けた。

 

 「ん?…なにか用かい?」

 

 「なにか用、じゃないよ。……こ、ここは僕らのたまり場なんだ。許可もなく入られたら、その、困る…」

 

 目を逸らしながら、そう伝える。

 

 「君のたまり場……?ああ、それはすまないことを…」

 

 した、と言いかけたところで彼女は僕をじっと見つめた後、

 

 「…君、足を怪我してたかい?」

 

 右足首に巻かれた包帯に気づいて、そう訊ねてきた。

 

 「え、うん。ここの大岩に足を挟んで、それで」

 

 「やっぱり!こんな森にやってくる少年なんて珍しいと思ったんだ!ほら、君。一週間前に怪我した子だろう?僕だよ、僕。覚えてるかな?今は甲冑を付けてないから、ピンと来ないかもしれないけど」

 

 覚えているに決まってる。

 こんなにもきれいなヒトを、たった一週間で忘れるものか。

 

 「…うん。覚えてるよ。なんなら、今日 お祭りの時にも会ったんだけど、てっきりそっちの方が忘れてるのかと思ってた」

 

 「むむ、そうだったのか。…ああ、あの時話しかけてきたのは君だったか。随分と馴れ馴れしいから、てっきり僕のファンなのかと……」

 

 彼女は気まずそうに、あはは、と目を逸らした。

 

 その仕草がどこか可笑しくて、

 

 「お姉ちゃん、面白いヒトだね」

 

 つられて笑ってしまった。

 

 その様子に彼女は目を丸くした後、僅かに微笑んで、

 

 「こっちにおいで、少年。…今日は月がよく出てて明るいよ。そんな木の影にいたら、罰当たりさ」

 

 ポンポンと隣の岩肌を叩いてから、僕を手招いた。

 

 

 ***

 

 

 

 彼女の隣に座って、一緒にお月さまを見上げる。

 

 

 「どうして、お月さまを見てたの?」

 

 彼女をちらりと見てから、そう訊ねる。

 

 「…さて。なぜだろうね。本当は、雨にうたれたい気分だったのかもしれない。」

 

 「それは、どうして…?」

 

 「罪悪感(・・・)かな。…ここだけの話、僕はね、愚かな竜なんだ」

 

 その言葉が本当かは、僕にはわからなかった。

 

 「…でも、街で見たお姉ちゃんは、とっても楽しそうだったよ?」

 

 「ああ、本当に楽しかったからね。……けれど、そうやって楽しい時間を過ごせば過ごすほど、ふと我に返るんだ。本当はこんなことをしてちゃいけない。僕は、"裁かれるべき"なんだって。」

 

 彼女は、どこか遠くを見ていた。

 

 「僕はズルいヤツでさ。みんながそのことを知らないのをいい事に、善人のように振る舞ってる」

 

 「……それが。後ろめたいの?」

 

 彼女は無言で頷いた。

 

 なんて、弱々しい瞳なんだろう。

 

 あの日見上げたあの流れ星が。

 優雅に駆け抜けた清廉たる騎士が。

 こんなにも。

 弱い部分をもっているだなんて、知らなかった。

 

 

 ──────でも、

 だったら。僕にも教えられることがある。

 

 「仲間たちに負い目があって、

 いつまでも自分が好きになれなくても、大丈夫。」

 

 これは僕からあなたへの。精いっぱいの感謝。

 

 「いつか自分よりも大切なものがきっと出来る。

 だって僕がそうだったから!」

 

 まっすぐな笑顔で、そう答える。

 

 あなたを見たから、意味(・・)をもった。

 友もできたし、親を大切にしようとも思えた。

 

 危ない目にあって、怖い思いもしたけれど、

 大切なもの(あなた)に会えたから、僕は今ここにいるのだ。

 

 

 「─────────君、その言葉どこで?」

 

 彼女は、ただ目を丸くしていた。

 

 どこと言われても。

 僕の心から湧いた言葉だったので、よくわからない。

 

 「─────────いや、

 それよりも、君の名前を聞いてもいいかい?」

 

 ああ、それなら答えられる。

 

 

 

 「パーシヴァル(・・・・・・)だよ。お姉ちゃん!」

 

 

 

 

 「──────────────、そう、か」

 

 

 そう言って、彼女は "涙" を流していた。

 

 

 思わず困惑する。

 名前を名乗っただけで泣かれたのは初めてだ。

 

 「えと、大丈夫……!?」

 

 「っ、ああ、気にしないでくれ。…それよりも、もっと顔を見せておくれ」

 

 そう言いながら、彼女はそのしなやかな指で僕の頬に触れた。

 

 「……すっかりと、忘れていたよ。あの()をもってから、大きくなるのが早くてね。そういえば、そんな笑顔をする()だった」

 

 そう言って、彼女は僕を抱き締める。

 

 「明日には、きっと全部終わるだろう。君は親と一緒に過ごしても、友と語らい合っていても構わない。……けれど、どうか。その最後が、安らかな時間であることを願う」

 

 耳元で聴こえる彼女の言葉は、

 僕の心に深く染み入った。

 

 「お姉、ちゃん───?」

 

 「ああ、"お姉ちゃん" だ。……元気でね、パーシヴァル。この夢で、最後に会えた住民が、君で良かったよ」

 

 彼女は、優しく微笑みながら、僕の頭を撫でた。

 

 

 「ほら、もう遅い時間だ。父さんと母さんが心配してるだろう?…一人で帰れるかい?」

 

 「うん、元気でね。お姉ちゃん」

 

 そうして。

 手を振って、彼女に別れを告げる。

 

 

 僕のお話は、これでおしまい。

 

 

 

 これが、とある少年の余聞。

 何も得ずに終わるはずだった、

 彼の運命を奪った "誰かの愛" の(はなし)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 少年は去っていった。

 夜の森に消えていく、その後ろ姿を、手を振りながら眺める。

 

 「これも、君の仕業なのかい、奈落の虫(・・・・)

 

 誰もいないはずの背後へと、そう語りかける。

 

 

 「──────やっぱり。気づいた上で協力していたのか、君は」

 

 夜の森の虫のさざめきが、ヒトの形を模す。

 

 「まぁ、僕は声だけ(・・・)で判断したりはしないからね。どうせ明日で終わりなんだろう?ほんの少しの種明かしなんて、誰も気にしないさ」

 

 振り返って、夜の森に紛れた影を見据える。

 

 「…つくづく。君は苦手だ、アルビオン」

 

 「なんだ、そっちの名前はセーフなら、もっと早く教えてもらいたかったよ。…けれど、"苦手" か。その割には、あんな子まで用意するなんて、ちょっと気が利きすぎてない?」

 

 

 

 「─────いや、あれ(・・)は想定外だ。」

 

 

 

 「え──────?」

 

 

 「こんなことになるとは、思ってなかった。と言ったんだ。…原理でいえば、妖精國にあった取り替え(チェンジリング)と似たモノだ」

 

 影は、鼻を鳴らして、続きを語る。

 

 「あの少年が抱えていたモノは名前(・・)だけだったはずだ。……けれど、君という外部からの干渉によって持ち込まれた情報が、彼に変化を与えたんだ」

 

 それだけのことだ、と言い残して、影は再び夜の闇に溶けていこうとする。

 

 「でもそれって結局、君が "あの名前" を与えたことが原因だろう?」

 

 

 「裏方も忙しいんだ。一人一人の端役(はやく)に、一から名前を考えてやるほど暇じゃない。─────それが、たったひと言(・・・・・・)の役割であれば、尚更(なおさら)ね」

 

 影は今度こそ、夜のとばりに沈んでいった。

 

 

 「──────いや。たったひと言の役割であるものか。君がいたから、ようやく決心がついたんだよ、パーシヴァル」

 

 もう、迷いはない。

 告解は。君のためにも、かならず。

 

 終わりの間際でも、話す時間はあるだろう。

 どんな罵声も軽蔑も、受け止めてみせる。

 せっかく仲良くなった彼女に嫌われるのは、ちょっと寂しいけど。

 

 意気地(いくじ)無しの()は、世界一誇らしい()に背中を押されて、そのしたいこと(・・・・・)(こころざ)したのだ。

 

 

 

 

 / 『さくわ』-了-

 

 




 
 
 
 最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
 最終節の投稿から、かなり時間が経ちましたが、ありがたいことにメッセージで「没になってしまったお話も見たい!」というお言葉をいただきましたので、投稿させていただきました。感謝です。
 
 三つほど構想にあった、それぞれ独立した "余聞" のうちのひとつが今回のお話です。
 
 今回の物語は、とあるモブの少年が、星を追う話でした。
 その理由や原因は、おなじみの "あの人" がラストに語ってくれましたので、この場でお伝えすることは特にございません。
 
 ただ、"端役 一人一人に一から名前を考える暇なんかない。ひと言だけであれば余計にね。" と、いつもの冷たいトゲトゲ言葉を残して去っていきましたが、裏を返せば、"たったひと言だけの役割だとしても、名前を与える" のです。そういう男です、とだけ。
 
 
 残りの余聞は、投稿するかは未定です。
 また期間が開くかもしれませんが、その際は何卒よろしくお願いいたします。
 
 改めまして、最後までお読みくださり、誠にありがとうございました!


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余聞『ミラーストリート』

 
 
 
 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作本編のネタバレを含んだ、二つ目の幕間の物語となります。ぜひ本編読了後にお読みいただけると幸いです。
 


 

 

 

 

 では、はじめに。

 

 

 貴方がこの夢に招かれたのは、いつですか?

 

 

 「正確な日数は記憶していませんが、三、四週間ほど前だったかと」

 

 

 貴方たちをここへ呼んだのは誰ですか?

 

 

 「(わたくし)たちの陛下、モルガン女王です」

 

 

 どのような手段で介入したのですか?

 

 

 「それは、私にもわからない」

 

 

 その目的は何ですか?

 

 

 「"カルデアとティターニアの護衛" です」

 

 

 では。…貴方 個人の目的はなんですか?

 

 

 「──────、」

 

 

 これは質問ではなく、照合(・・)です。

 口を閉ざすことも、嘘を口にすることも許されません。

 

 

 「──────返礼(・・)です。厄災へと変生し、妖精國の崩壊の一因となった私を仕留め、あの國の終末を看取った彼らへ」

 

 

 ああ。高潔な■■■■■。

 ですが面白みに欠ける。もっと欲望を吐き出さないと。

 

 

 「──────欲望?」

 

 

 その通り。

 では、趣向を変えましょう。

 

 

 "この夢で、貴方の得がたい時間はいつですか?"

 

 

 

 

 余聞『ミラーストリート』/

 

 

 

 追憶。

 既知の照合地点は除外。割愛。

 

 これは、とある淑女の余聞。

 愚かな騎士が抱いた、その獣性を暴く(はなし)

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「ぐっすりと眠ったようですね」

 

 

 私の言葉に、女王は顔を上げる。

 

 「ええ。久しぶりの満腹感で、体が休みたがってたんじゃないかしら」

 

 女王はそう答えながら、自らの膝の上に頭を乗せた白豹(はくびょう)を撫でる。

 

 

 オックスフォードの五つ目の鐘は、ほんの数時間前に鳴らされた。

 

 民宿へと帰還したカルデアの者たちとは異なり、私はこの獣が落ち着くまで彼女の傍に残ることにしたのだ。

 

 

 「もう心配いらないわ。ありがとう、ガウェイン。あなたも自分の身体を労わって休みなさい。」

 

 女王───エウリュアレはそう言って柔らかく微笑む。

 

 「そうですね。では、私も戻ります。…ですが、身体の心配ならお気になさらずに。見ての通り丈夫ですから」

 

 私のその言葉に、エウリュアレは目を丸くする。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 

 「はぁ、思っていたよりも重症ね。…また次の機会があるかはわからないから、最後に聞いておくけど、あなた恋人とかいるの?」

 

 「はい?いえ、今は……コホン。ラグネルという妻がいます。悪しき魔術師により老婆の姿に変えられておりましたが、思慮深く聡明な女性ですよ」

 

 エウリュアレからの唐突な問いに、思わず口を滑らせそうになったが、なんとか取り繕う。

 

 「それ。汎人類史でのガウェイン卿の話でしょう?無理に取り繕わなくていいわよ。私は別人だって気がついてるから」

 

 これは驚いた。

 彼女自身に備わった能力なのか、それともアイランド・クイーンとしての性質なのか、おそらく後者だろうが、彼女は私の正体に気がついていたらしい。

 

 「……お許しを。嬉々として騙していたわけではないのです。この身は、偽りのままでなければ存在できぬ罪人ゆえ、どうかご理解いただけると助かります」

 

 謝罪の意を込めて、頭を下げる。

 

 「ふーん。訳ありなのは薄々感じていたけれど、薮蛇(やぶへび)だったかしら。別に怒ってないから、気に病まなくてもいいわ」

 

 エウリュアレはそう言って、困り顔で微笑んだ。

 

 「………それで。質問の続きは?」

 

 「恋人はいるのか、でしたか。………いたことは何度もあります。ですが(わたくし)には、もう必要のないモノです。私の愛は、根本から破綻している(・・・・・・)

 

 そう言い残して、彼女の部屋の扉の前まで歩む。

 

 「では。また明日、出航の折に別れをお伝えします、エウリュアレ」

 

 去り際に一瞥(いちべつ)した時、彼女は酷く腑に落ちなさそうな表情を浮かべていた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 深夜のオックスフォードを歩く。

 

 微かな虫の音だけが響く静寂の夜の中で、一軒だけ明かりが灯った店が残っているのに気がついた。

 

 「…そういえば、店の営業や料理の腕をあげることに必死で、この街を巡る余裕はなかったな」

 

 今宵は気分がいい。

 少しばかりの夜更かしも、たまには良いだろうと思った。

 

 

 質素でありながら、店の前までよく手入れが行き届いた、そのバーの前に立ち止まる。

 

 見上げた看板には、こう書いてあった。

 

 

 『グラン・カヴァッロ』

 

 

 「未完の馬───か。」

 

 入店を報せる鈴の音とともに、私はその店の扉をあけた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「いらっしゃい。ようこそ、"グラン・カ()ッロ" へ。おひとり様かい?」

 

 少し舌足らずな店主に、私は呆気にとられた。

 

 「……おっと、こいつは驚いた。誰かと思ったらマンチェスターのオーナー ガウェインさんじゃないか。オレの店に顔を出すなんて初めてだろ?」

 

 「今日づけで()オーナーだ。まさかこの店の店主をしているとは。驚きました、マイク(・・・)。」

 

 自身より小柄なその店主を見下ろして、そう伝える。

 彼の名はマイク。本日 執り行われた、オックスフォードの美食大会に出場していた人物の一人であり、準決勝まで上り詰めた料理人だったのだ。

 

 「名前を覚えてくれているとは、嬉しいねえ。」

 

 「当然だ。今日の大会では見事だった。特に準決勝であなたが提供したガレットを目にした時は、正直 敗北を覚悟したほどに」

 

 包み隠さぬ本心を伝える。

 私が勝てたのは、単に会場の客たちの胃の状態や直前の料理を把握していた上で料理内容を選んだからに過ぎない。 一回戦で当たっていたら、負けていたのは私の方だっただろう。

 

 「そりゃあ、感激だ。アンタほどの料理人に褒められるなら、世辞(せじ)でも心地いいもんだ」

 

 「いや、それは過大評価だ。私にはあなたほどの強いこだわりはなかった。まあ、だからこそ決勝で敗れたわけだが」

 

 今日の出来事を回想し、思わず苦笑する。

 

 「……それにしても、まさかバーを営んでいたとは。この店は料理の提供もしているのか?」

 

 あの手腕だ。てっきりパン屋か小料理屋を経営しているのかと思っていたが。

 

 「いいや。この店はカクテルを提供する普通のバーさ。料理を作るのは、単純にオレの趣味(・・)なんだ」

 

 思わず耳を疑った。

 そんなこともあるのか、と。

 

 この特異点の住民たちは、女王の(えが)く趣向性によって在り方が定められる。オックスフォードの島において "料理を作る" という行為は、いわば義務(・・)なのだ。

 しかし彼はそれを、純粋に "好きだから" という理由で行なっていた。その上で、あの準決勝まで上り詰めたのだ。

 

 「……そうか。そんな例外もあるのか」

 

 私は一人、その現象の興味深さに頷く。

 

 

 「それで、なにかオーダーはあるかい?」

 

 「そうだな。酒という嗜好(しこう)品は、"(たしな)む" ものなのだろう? 今日は、そういった楽しむため(・・・・・)のこと(・・・)を噛み締めたい気分だったんだ」

 

 そう言いながら、カウンター席に腰を下ろす。

 

 「オレが言えた口じゃあないが、大会には負けたってのに、まるでスッキリした気分みたいだな。それほどあのお嬢ちゃんの言葉は、アンタの胸に沁みたのかい?」

 

 「………わかるのか?」

 

 「ああ。なにせ、オレの胸にも沁みたからなあ。"料理を作る楽しさ" 。確かに、忘れちゃならねえ大事なことだ。……なんていうか、自分の根っこの部分にあるものがなんだったのかってのを、思い出させてもらった気分だった。」

 

 そう言って、店主は満足気な表情で笑った。

 

 「そうか。……注文だが、あなたのお勧めをオーダーしてもよいか?」

 

 「そいつは喜んで。なら、オレの一番のお気に入りを作ろうか」

 

 店主は(こな)れた手つきでシェイカーを振る。

 

 

 

 

 「さあ。どうぞ」

 

 グラスに注がれたカクテルを、私は口に含む。

 

 「………美味しい」

 

 飲みやすく、どこまでも突き抜けるような酸味が駆け抜けた。

 

 「ストロベリーのフレッシュと、シャンパンで割ったカクテルさ。まさに老若男女、誰からにも愛される味ってヤツだ。」

 

 店主は誇らしげに、そのカクテルを褒め讃える。

 

 「よほど気に入っているのだな。名はなんと?」

 

 

 「レオナルド(・・・・・)だ。オレにとっちゃ、どうにも忘れられない想い出の味さ」

 

 

 淡く微笑んで、彼はそう答えた。

 

 

 

 "─────────ここ(・・)じゃない。"

 

 

 

 ***

 

 

 

 魔力砲が飛び交う森の中を駆ける。

 

 

 「くっ──────!キリがねぇぞ!」

 

 

 男───千子村正の刀は、剣製された端からその魔力砲によって相殺、砕け散っていく。

 

 「村正、撤退に注力しろ!既に藤丸たちは島を離脱した!ルーンで把握できる!オレたちがこれ以上時間を稼ぐ必要はもうない!」

 

 もう一人の男───クー・フーリンは、そう言って森の草原を炎のルーンで焼いて道をつくる。

 

 「もうすぐ街に出る!周囲の住民に警戒しろ!」

 

 私はそんな二人を捕らえようと飛び交う毒の鎖を弾き落としながら、そう指示を送る。

 

 

 

 女王セミラミスとの攻防は、休む暇を与えなかった。

 討伐は不可能と判断した私たちは、撤退を余儀なくされたのだ。

 

 

 「妙だな。街に入った途端、攻撃の手がさっきよりも緩んだぞ」

 

 クー・フーリンが、後方から放たれる魔方陣の数を見据えながら、そう考察する。

 

 「余計な被害は出したくねぇってか?あんなでかい地震起こしといて虫がいいじゃねぇか、あの女帝さんはよ」

 

 「隙ができたのなら好都合だ。このまま島の先端まで走るぞ!」

 

 二人は私の言葉に頷き、街を駆け抜ける。

 

 

 

 「な──────!?なんだ、これは───?」

 

 

 島の先端についた私たちは、思わず目を疑う。

 

 「天空島(・・・)とは恐れ入った。この島全体が宝具だとは気づいたが、まさか飛ぶとはな……」

 

 驚きを通り越して呆れる村正に、今は酷く共感できる。

 

 「……村正、お前スカイダイビングの経験は?」

 

 「あるわけねぇだろ。……飛び降りるってんなら、(オレ)は勘弁だぜ。何百尺あると思ってんだ、この高さ」

 

 「……だが、他に手段はない。ここで持久戦を続ければ、敗北するのは間違いなく私たちだ」

 

 故に腹を括るしかない。

 意を決して、飛び降りようとした時、

 

 

 「もし? よろしければ、ぼくの家で(かくま)いましょうか?」

 

 

 そんな言葉を投げかけられたのだ。

 

 「……この島の住民を巻き込むわけにはいかない。どうか私たちにはお構いなく。家の中に避難していてください」

 

 その親切心を無下にするのは躊躇われたが、無実の住民たちを巻き込むことは許されない。

 

 「いや、待て。その案はアリだ。気づいてるかガウェイン?……先ほどから、セミラミスの攻撃が止まってる」

 

 「なに──────?」

 

 確かに、クー・フーリンの言った通り、セミラミスによる攻撃は中断されていた。

 

 「儂たちが住民と接触している間は、手を出さねえってか?」

 

 「どうやらそのようだ。……だが、三人固まって隠れるのはさすがに危険だろう。どんな搦手(からめて)を仕掛けてくるかわからん。」

 

 

 「あの……でしたら、私たちの家にどうぞ。」

 

 「俺の家も使って構わねぇぞ!」

 

 家の窓から様子を窺っていた住民たちが、その話を聞きつけ声をかけてくれた。

 

 「こいつはありがてぇな。儂は向こうの家に匿わせてもらう!ヤツから受けた傷が癒えたら、またここに集合だ。いいな!」

 

 村正はそう言って、住民の家に避難する。

 

 「ガウェイン。アンタはその青年のところに世話になりな。……大丈夫だ。藤丸たちは必ず戻ってくる。安心して機をうかがうぞ」

 

 クー・フーリンの言葉に、私は頷く。

 

 「では、どうぞこちらへ」

 

 「ああ。恩に着る、青年」

 

 しばしの時間、その青年の世話になることにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「どうぞ、お掛けになってください」

 

 青年に案内され、私はぎこちなく居間のソファに腰を下ろす。

 

 「今 温かいお茶をいれます。(くつろ)いでいただいて構いませんよ」

 

 そう言って、青年は台所へと向かった。

 

 

 「……なぜ、私たちを匿ったのだ。この島の女王に狙われているというのは、気づいていただろう?」

 

 

 「そうですね。けれど、あのまま無視することもできなかった。これはぼくに限った話じゃないです。この島の住民は、みんな助け合っていますから」

 

 青年は背を向けたまま、そう語る。

 

 「このキャメロットの住民たちは、みんな余所者(よそもの)なんです。だから困った時はお互い様。理由なんて、そんなところですよ。………それに、」

 

 

 「それに?」

 

 

 「ぼくにはどうも、あなたたちが悪いヒトには見えなかった。ただなにか些細なことで、女王様の反感を買った。そんな風に感じたんです」

 

 

 青年はそう微笑んで、盆に乗せたティーカップを運ぶ。

 

 「……女王の反感を買ったのなら、この島では十二分に悪人だ。手を貸せば、危険が及ぶとわかっていたはずだ。それが怖くなかったのか?」

 

 

 「怖いですよ。……でも。誰かを助けれる状況で、何もしないなんて、ぼくにはどうも難しい。ぼくは強い人ではないけれど、自分の弱さに甘えたくもないんです。弱くとも、誰かの心の支えくらいにはなれるかもしれない」

 

 だから声をかけたのだと、青年は言った。

 ああ。その言葉だけで理解できる。

 この青年は弱くなどない。"弱さを知るからこそ、強さを語れる。"

 その心の在り方は、庇護できる人間の優しさ(つよさ)に他ならないのだから。

 

 「そうか。……私のような(いや)しい罪人には、その在り方は眩しく映る」

 

 思わず、その心の内にある言葉を吐露した。

 

 「そうでしょうか。ぼくには、あなたがどんなヒトか、何をしたのかはわかりません。女王様を怒らせたのは、確かに重い罪なのかもしれない。……けれど罪人は、罪を償えるからこその罪人だと、ぼくは思います」

 

 「(わたくし)のような悪人でも、やり直せる機会はあると?」

 

 なぜだろう。自然と自らの素が出た。

 酷く懐かしい感覚に苛まれたのだ。

 

 「もちろん。さっきも言ったでしょう?ぼくにはどうも、あなたが悪いヒトには見えなかったって。だからやり直せる。あなたはきっと、逃げずに自分と向き合える、強いヒト(・・・・)だ」

 

 

 私は、"知りたい" と思った。

 この青年のことを、もっと知りたいと。

 

 けれど同時に、"また繰り返すのか" と囁く自分がいた。

 

 私がこの青年から感じたモノは、きっと正しい。

 だからこそ、この得がたい時間を。

 ほんの数刻だけの些細な想い出を。

 

 忘れないようにと強く願いながら、青年との対話を続けた。

 

 ──────決して。

 その名前(・・)だけは聞くまいと、強く決心しながら。

 

 

 

 そうして、どれほどの時間が流れただろう。

 瞬きのようにも、永遠のようにも感じたその空間は、大規模な魔力の消失とともに終わりを告げた。

 

 

 「………どうやら。時間のようです。私たちの仲間が、女王に一矢(いっし) (むく)いたようだ」

 

 そう言って、私は席を立つ。

 

 「そうですか。では、あなたも向かうんですね?」

 

 「ええ。ありがとう、青年。この時間は忘れません。(わたくし)は己の責務を果たしてきます。……強き者として生まれた私は、あなたたちのような者を守るために、この(けん)を振るうのですから」

 

 

 そうして最後に青年へと頭を下げ、私は扉を開き、

 

 

 

 "─────────みぃつけた。"

 

 

 

 その異物(・・)と直面した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それでは、この余聞のきっかけに至ろう。

 

 

 

 「では。さようなら、皆さん。

 ─────────"『遍く無量の夢幻の愛(ザ・リベレーション・コーリング・オキマー)』"」

 

 

 邪神はその言葉とともに、"宣誓の杖" を掲げ、世界を暗闇に包み込んでいく。

 

 私たちは、為す術なくその宝具に呑み込まれた。

 

 

 だがしかし、

 

 

 「無事、なのか──────?」

 

 漆黒に包まれた空と海に反して、このロンディニウムの砂浜だけは、取り残されていた。

 私は、その砂浜に倒れ伏したまま、辺りを見渡す。

 

 周囲には、立ち尽くしたまま気を失ったクー・フーリンとガレス、ネモ、そして黒いドーム状の闇に覆われたティターニアの姿が見えた。

 理由は不明だが、藤丸と村正の姿はどこにもなかった。その一方で、気を確かに保っているのは、重症を負った私たち常夏騎士の三人だけだったようだ。

 

 「なにをした、マイノグーラ───!」

 

 ランスロットが邪神を睨みそう言い放つ。

 

 「(ワタシ)の宝具と常夏領域の複合発動。彼女たちには、幸福な夢を見てもらっているだけですよ。……しかし、これは想定外でした。この杖はあくまでテクスチャの権能だけでしたか。まあ、彼女が(ワタシ)の夢を受け入れれば済む話ですから、大した問題ではありませんが」

 

 邪神は余裕の笑みを浮かべる。

 

 「はっ、アイツがそんな利口なヤツだと思ってんのかよ、オマエ。あんまり余裕こいてると痛い目見るぜ?」

 

 そんな邪神をトリスタンは挑発する。

 

 「その減らず口は耳障りですが、常夏領域を利用した(ワタシ)の宝具が、常夏騎士である貴方たちに通用しなかったのは、想定内ではあります。だからこそ、真っ先に動けなくさせてもらいましたから」

 

 「チッ──────!」

 

 「その牙はさぞ痛むでしょう?……ティンダロスに巣食う魔物、その大元にあたる(ワタシ)の子達の牙です。その"不浄"は、触れた者の身を容赦なく(むしば)む。身動きが取れないのは当然です。その粘液は、貴方たちの世界には存在しえぬ毒ですから」

 

 勝利を確信して、邪神は嘲笑うような眼差しを浮かべる。

 

 「(ワタシ)は私を通して、貴方たちのことを知る機会はありましたが、生憎と(ワタシ)の計画に、貴方たち厄災(・・)は不要だ。」

 

 そう言って、私たちにトドメを刺すべく、邪神は今一度 中空にその牙を生成する。

 

 「……私たちを殺すのは容易いだろう。だが知っての通り、我々は厄災そのもの。その(しかばね)から、なにが湧き出るか保証はできないぞ、マイノグーラ」

 

 「あら。脅しとはらしくないですね、ガウェイン。……ふふっ、貴方は本当に興味深い。気が変わりました」

 

 「なに──────?」

 

 「言ったでしょう?貴方たちを知る機会はあったと。そこな竜と魔女には、なんの共感も抱けませんでしたが、貴方だけは違いましたよ、ガウェイン」

 

 邪神は中空に浮かべた牙を消し、私に歩み寄る。

 

 「(ワタシ)には、貴方の愛は理解できますよ?…だって、(ワタシ)たちは似た者同士じゃないですか」

 

 「貴様のような狂った悪魔と、私を同列に語るな」

 

 「同じですよ。(ワタシ)たちの愛情表現は、ともに喰らうこと(・・・・・)ですから」

 

 邪神はニンマリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

 「その親和性があれば、(ワタシ)たちは結びつける。どれほど外側が堅牢(けんろう)でも、内側が同じ(・・・・・)であれば、取り付くのは容易い」

 

 

 「ッ──────!?」

 

 突然の異物感に、思わず意識が飛びそうになる。

 

 

 「ガウェインに何をする気だ──────!」

 

 「ふふ、同じ()を抱える仲ですから。彼女にも協力してもらおうかと思いまして。それに、貴方たちが介入した理由も聞いておきたいですからね?」

 

 意識が、少しずつ内側から暗闇に包まれていく。

 

 

 

 「さあ、ガウェイン?(ワタシ)と一緒に、この世界を喰らいましょう?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 「ほら、やっぱり。口ではカルデアへの礼だと()かしておいても、本性は(ワタシ)と同じじゃないですか、バーゲスト(・・・・・)

 

 唐突に記憶へ介入した、"自分と同じ姿をした" 何者かを前に、私はただ立ち尽くしていた。

 

 「ああ。名前であればお気になさらず。ここはあなたの中ですから。自身を偽る必要はないのですよ」

 

 そう言って、女は私に歩み寄る。

 

 「ねぇバーゲスト。もう我慢する必要なんてないんです。目の前に欲しいモノがあるじゃないですか?」

 

 やめろ。

 

 「気がついているでしょう?気がついていたから、名前(・・)を聞かなかった」

 

 それ以上、その口を開くな。

 

 

 「その青年の名は、アドニス(・・・・)。妖精國で貴方が愛した、"最後の恋人" と同じ名ですよ」

 

 それを知ったら、私はまた壊れてしまう。

 

 

 「ですが、どうか躊躇わないで?バーゲスト。この夢の中であれば、貴方の食愛欲求は永遠に満たされる。」

 

 女に肩を捕まれ、後ろを振り向かされる。

 

 「彼を食べても、所詮は夢幻(ゆめまぼろし)。お腹が減ったのなら、また次のアドニス(・・・・・・)を用意すればいいだけでしょう?」

 

 女は後ろから腕を私の首元に回し、耳元で囁く。

 

 「何度も何度も、愛しい人をいただきましょう?(ワタシ)の作る世界であれば、貴方は幸福になれるのです。バーゲスト」

 

 ────そうだ。

 結局、私は最後まで。

 愛しい者を喰らいたいだけの、卑しい獣のままだった。

 

 この()だけは。どうあっても(くつがえ)らない。

 

 ああ、赦してくれ。アドニス。

 私には、カルデアに返礼などする資格はなく。

 贖罪を享受できる許容もない愚か者で。

 

 救いようのない、破綻者だった。

 

 

 「ア───、アァ──────、」

 

 醜い唾液を垂らしながら、私はその牙をむく。

 ドクドクと、心臓が少しずつ高鳴っていく。

 

 あれほどまでに守り抜いてきた理性が、そんなちっぽけな誘惑でゴミ箱に棄てられてしまう。

 

 私は悔しくて涙を流しながら、己の醜悪さに吐き気を催しながら、その青年の首筋に食らいつこうとして。

 

 

 

 

 ───────最後に。

 

 あの素朴な酒場で交わした、

 他愛のない言葉が、そんな私の脳裏を過ぎった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「レオナルド(・・・・・)だ。オレにとっちゃ、どうにも忘れられない想い出の味さ」

 

 淡く微笑んで、店主はそう言った。

 

 

 「想い出の味、か。過去の思い出というのは、そんなにも大切に仕舞えるものなのか?……例えばそれが、辛く苦しいものでも」

 

 

 その店主の声色に、どこか寂しさが込められていたような気がしたからだろうか、ついそんなことを聞いてしまった。

 

 

 「……そうだな。確かに、想い出ってのは楽しいモノばかりじゃない。夢みたいな日々はあっという間で、永遠に続くもんじゃない。けれど、本当の夢(・・・・)ってのは、手に入らないものなんだ。」

 

 

 「本当の夢は、手に入らないもの……?」

 

 

 「そうさ。だから毎日は辛くて、そして楽しい。がんばって生きていこうと思える。……たとえ、じき終わる世界だとしてもな」

 

 「──────、」

 

 「だから、なにもかも終わっても、仮に自分のせいで終わらせてしまったとしても。その胸に残る想い出だけは、嘘じゃない。その日々は明日の自分を支えてくれている。……だからこそ、大切に仕舞えるんだよ。」

 

 その終わりがどれほど悲惨で、虚しくても。

 その過程で培った輝かしい(ユメ)は、変わることのない得がたいモノだと。

 だから。最後まで自分の手の中に残り続けずとも、それを胸に前を向いて歩いていける。

 

 

 ───────そうだ。それだけは、決して。

 

 

 ***

 

 

 

 「では、バーゲスト。思うままに、その青年を食らいなさい。そう在り続ければ、貴方は(ワタシ)の作る楽園を守護する番犬になるでしょう」

 

 

 

 

 「──────いや。生憎と、それはできない」

 

 

 

 

 「は─────────?」

 

 

 「"自分の(ユメ)は、自分で守る"。……破綻した怪物だとしても、それくらいはできると言ったんだ」

 

 

 背後に振り返りながら、己が剣を斬り払う。

 

 

 「…へぇ。あと一歩前に進めば手に入るその(ユメ)を、貴方は拒絶するのですか?」

 

 「この(ユメ)は、私の中だけに仕舞っておくモノだ。故に貴様に立ち入られる筋合いはない」

 

 真っ直ぐに、自身の剣を邪神へと突きつける。

 

 「後悔しますよ。貴方は自分の生き方を変えられない。この機会を逃せば、この先も、同じ苦悩を背負い続けることになる」

 

 「それこそ余計な世話だ。貴様は私の理解者には程遠い。」

 

 「──────なんですって?」

 

 「わからないのか?貴様は "愛しいから人間を食らっている" のではない。人間を食らった結果、その味に愛しさ(・・・・・・・)を抱いただけだ。私と貴様は、近しいようで、その(じつ) 最も遠い在り方だ──────ッ!」

 

 燃え盛るような魔力の勢いに乗せて、邪神ごと青年の家から飛び出す。

 

 「チッ──────!記憶の中ですら堅物とは、扱いづらい犬ですね。(ワタシ)の愛し子たちを倣うといい!」

 

 彼女の指を鳴らす音ともに、周囲の中空から無数の青黒い牙が出現、やがてそれは頭部から形を織り成し、三匹の番犬へとその存在を固定した。

 

 「驚きましたか?カレン・オルテンシアの肉体を用いた状態では、ここまでの存在再現はできませんが、生憎と、今この場において最も結びつきが強いのは彼女ではなく、貴方です。……であれば、このような醜悪な獣を具現させることも容易い」

 

 「……なるほど。己を写す()というわけか。では望み通り、真似てみせるがいい」

 

 己が魔剣を、自身の角へとあてがう。

 

 「ふふ!理性を捨てますか、バーゲスト───!」

 

 滑稽(こっけい)と笑いたければ、笑うがいい。

 しかして覚悟せよ。この剣は法の立証。あらゆる不正を(ただ)す地熱の城壁。

 

 裁かれるのは、土足で他者の記憶に踏み入った貴様たちだ。

 

 「ギュルァア"────────────!!」

 

 奇怪な声をあげて邪神の番犬たちが飛びかかる。

 

 一頭、二頭、三頭。

 

 肢体に食らいつくその牙から(したた)り落ちる粘液は、あらゆる生命を汚し、腐らせる毒に相違ない。

 

 「ッ─────────!?」

 

 されど、滴るその粘液が地に落ちることはなく。

 その黒犬より湧き出る(ほむら)が、中空で蒸発させる。

 

 「─────────失せろ、駄犬。」

 

 両断。

 骨も肉もみな等しく、その(けん)を前に捌かれる。

 

 「ギュラルゥ─────────!」

 

 悲惨な末路を遂げた一頭を見て、他の二頭は食らいつくのを中断し、距離をとる。

 

 ──────が、既に黒犬の視点はただ一頭のみに注力。もう一頭には見向きもしない。

 

 「ッ───、───!?」

 

 ああ。今ごろ気づいたのか。

 困惑する二頭目の下半身は既になく。

 見るも無惨に、その臓物を垂れ流していた。

 

 「余所見を、するな──────!」

 

 二頭目の顛末(てんまつ)に僅か数秒 意識を傾けていた三頭目の番犬は、眼前に差し迫ったその獣に気づいた時には既に遅く、その姿を見下ろしていた(・・・・・・・)

 

 それで把握した。

 自身の首は既に胴と繋がれておらず、ただ中空を舞う亡骸に過ぎぬのだと。

 

 

 

 「怪物(バケモノ)ですね……」

 

 僅か数刻で自身の下僕(しもべ)を仕留めた黒犬を前に、邪神は憎らしげにそう呟く。

 

 「そう見えるのならば、好きに呼べばいい。だが貴様には出ていってもらおう」

 

  

 「くっ─────────!」

 

 後方へ下がる邪神に、構わず間合いを詰めて接近する。

 ここで斬り落とせば、確実に決着がつくと両者ともに確信する。

 

 「実に愚かですね。血に飢えた獣らしい単純な行動です!」

 

 邪神はその言葉とともに、黒犬の真下から串刺しにするように巨大な牙を生成する。

 

 故に、相打ち(・・・)

 

 邪神は肩口からその(けん)を斬り払われ絶命し、黒犬は心臓と脳天を貫かれて絶命する。

 

 

 

 ──────されど。

 黒犬はその(けん)を邪神へは振り下ろさず、身を翻すように回転しながら牙を弾き避け、その巨躯(きょく)を反らした。

 

 「な──────!?」

  

 なんという身のこなし。

 黒犬は無傷のまま、その邪神の無防備な身体へと、その(けん)を向け直す。

 

 見るがいい。哀れな邪神よ。

 貴様が嘲笑った獣は、その瞳に確かな理性(・・)を残している。

 

 

 

 

 「(ひざまず)け!

 『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』──────ッ!!」

 

 

 

 恐ろしいまでの黒炎が、邪神を焼き殺す。

 

 

 

 

 「…なるほど。それが貴方の選んだ在り方ですか」

 

 

 

 

 もとより本体ではないのだろう。

 邪神は特に悔しがる様子もなく、灰になって消え去った。

 

 

 それにともなって、少しずつ、この微睡みの記憶も白んでいく。

 

 

 「はっ─────────、」

 

 私は余熱を放ちながら、本来の姿へと戻る。

 

 

 「ガウェインさん──────?」

 

 そんな私の背後から、かつての(ユメ)が、心配そうに声をかける。

 

 「……すまなかった。アドニス。結局 私は最後まで、あの國でお前を守り続けることはできなかった。この事実は、どうあっても覆らない」

 

 私は振り返らずに、そう伝える。

 

 「けれど。だからこそ、もう後悔はしたくない。私はどうあっても罪人だが、同じ(あやま)ちを、これ以上繰り返したくはないんだ。……これはきっと、我儘(わがまま)なんだろう」

 

 「いいえ。その生き方こそ、あなたが憧れた、あのいさましい騎士たちの物語だったでしょう」

 

 この会話は、記憶にはない。

 これは私の内から湧いた、幻聴に過ぎないのだろう。

 

 けれど──────、

 

 「はい。だからもう行かないと。(わたくし)は今度こそ、最後まであの異邦の旅人たちの力になりたい。この我儘が、今の私に残された、ただひとつのしたいこと(・・・・・)です」

 

 その願いだけは、嘘偽りのない。

 あの時の私が叶えられなかった、

 そして、今の私にはまだ叶えられる、最後の願い(・・)なのだから。

 

 

 

 

 

 /『ミラーストリート』-了-

 

 

 




 
 
 
 まず初めに、ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございました。
 今回の物語は、とある騎士の、決別と決意の話でした。
 彼女は女王と白豹の結末に、"不器用な愛" の救いを見出しましたが、それはそれ。己の怪物性との決着は、ここで描かせてもらいました。
 
 余談ですが、とある酒場の店主のお気に入りのカクテル、レオナルドは、イタリアでは "ロッシーニ" の名前が一般的です。レオナルドという名称で呼称するのは、日本だけなのです。
 この夏の楽園は、日本の風習に感化されていますから、そんなちっぽけで些細な違いが、誰かの想いに繋がったのかもしれません。
 
 その騎士が "悪魔" の誘惑を断ち切れたのは、どこかの誰かが憧れた、"天使" の在り方を知ったからだったのかも。
 
 改めまして、最後までお読みくださいまして誠にありがとうございました。三つの余聞も残り一つですが、シリアス、シリアスときて、中々に重いので、最後はコメディ路線かもね!(え?)
 また期間が開くかと思いますが、その際は何卒よろしくお願いいたします。
 


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余聞『蘇芳』

 
 
 
 この物語は、FGO第二部第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」のネタバレおよび、この二次創作本編のネタバレを含む、最後の幕間の物語となります。是非、本編 読了後にお読みいただけますと、幸いです。
 
 


 

 

 

 

 「はぁ、やっぱり こうなりましたか…」

 

 

 そう溜め息を吐いたのは、夜空にふよふよと浮かんだ黒衣の少女───BBだった。

 

 

 「楽園でありながら、本来の楽園の姿をしていないこの夢に、彼女たちを送り込むことは、そう難しいことではありません。ともに偽りであれば、その矛盾(むじゅん)照応(しょうおう)できますから」

 

 そんな彼女の視線の先にあったのは、まるでクレーターのように大穴(・・)が抉られた、キャメロットの島の中央部。

 

 

 「"炎"の厄災も、"獣"の厄災も、変生のきっかけはどうあれ、本人の内側から湧き出たモノ。それ故に大きな負荷(・・)はかからない」

 

 彼女は独りそう言って、目を細める。

 

 「……ですが。彼女(・・)だけは、他の二人とはワケが違う。彼女が結びついた "呪い"の厄災は、一万四千年規模の怨嗟(えんさ)の渦。その歪みの汚濁(おもさ)は切り離せても、抱えた負担(おもさ)は誤魔化せないのです」

 

 

 召喚は失敗だった。

 この惨状が、すべてを物語っている。

 

 「"終わりの狭間"から直接 召喚(よぶ)というのは、つまりはそういうこと。……だから言ったんですよ。とんでもないブラックボックスだと。さて、どうしたものでしょうか」

 

 そうして独り、顎に手を当て思案していると、

 

 「おや──────?」

 

 島の北方、そびえ立つキャメロットの城から、建前にすぎない二人の護衛を連れた、この島の女王がやって来ているのが見えたのだ。

 

 

 

 「こちらです。女王陛下。どうぞ足もとにお気をつけて」

 

 そう言って、一人の従者が道をあける。

 

 「……我がキャメロットに、突如 大穴をつくるとは何事かと思ったが、これはまた随分な嫌がらせよな…?」

 

 女王はその光景を見て、思わず溜め息を吐いた。

 

 「ご安心ください、女王。幸いにも、住民への被害は出ておりません。ただ建設予定であった、街から城へ繋がる凱旋(がいせん)通りは、中断せざるを得ないかと」

 

 従者からのその言葉を聞いて、女王はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

 「……構わん。原因の究明を急げ。再びこのような被害をもたらされては、たまったものではない」

 

 そう言い残して、女王が踵を返そうとした時、

 

 「……お待ちを、女王! 大穴の中央に、誰かいます!」

 

 もう一人の従者が、そう言い放ったのだ。

 

 「なに──────?」

 

 振り返った女王は、改めて大穴の中心に目を凝らす。

 

 

 「…………ほう。そういうことか」

 

 

 一瞬の驚きの後、女王はそう言ってほくそ笑んだ。

 

 

 

 彼女たちの視界に映っていたのは、

 まるで。(しぼ)んだ "花蘇芳(はなずおう)" のような少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 余聞『蘇芳(すおう)』/

 

 

 

 

 

 その夜。

 微かな意識の中で、

 誰か(・・)が泣いているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 「え──────、あ──────?」

 

 肌を焼くような夏の陽射しで、目が覚める。

 

 「ここ、は──────?」

 

 わたし(・・・)は、誰かのベッドの上で眠っていたみたい。

 

 

 「む、目を覚ましたか。おまえさん」

 

 

 部屋の隅の机の上で、何かの作業をしていた年配のご老人は、呟いたわたしの言葉に答えるようにそう言いました。

 

 「状況がわからんのも無理はない。昨晩 島にできた大穴で倒れていたおまえさんを、ウチのヤツが背負(しょ)ってきた。……悪いが、看病はワシの専門外だ。待ってろ、もうじき腕のいい医者のガキがやって来る。しばらくは横になってるといい」

 

 そう言って、ご老人は机の上の作業を再開しました。

 

 けれど、

 

 「………いえ。わたし、やらなきゃいけないことがあるから、もう行かないと。ありがとう、見知らぬおじいさん」

 

 わたしには、何か大切な使命があったのです。

 今度こそ、望みに応えなきゃいけないのです。

 

 「あれ──────?」

 

 でも。"望み"って、誰の?

 

 理由は思い出せなかったけど、とにかくわたしはベッドから立とうとして、

 

 「あ──────、」

 

 バタン、と。

 

 バケツの水をひっくり返すように。

 わたしは盛大に崩れ落ちたのでした。

 

 「言わんこっちゃない!……おーい!トトロット!手を貸してくれ!」

 

 おじいさんは作業を中断して、わたしに駆け寄ってそう言いました。

 

 

 「なんだよ〜、こっちは慣れないカーテンの縫い物で忙しいんだぞ。めんどうな手伝いなら、報酬に宝飾品をトリムで使う用に何個か貰っちゃうぜ? ……って、うわああああああああ!その子、目を覚ましたの!?」

 

 隣の部屋の扉をあけてやって来た桃色の髪の少女も、倒れたわたしを見るなり、そう言って駆け寄ってきました。

 

 わたしは力無くぐったりとしたまま、二人に抱えられてベッドの上に戻されます。

 

 「あれ、なんで───────?」

 

 わたしの目に映るわたしの身体には、どこにも傷ついているところなどありません。

 けれどもどうしてか、両手も、両足も。まったく動かすことができなかったのです。

 

 

 まるで長い間、"手足の感覚を忘れてしまっていた" かのように。

 

 

 「顔色、すっごい悪いじゃん。……ごめんな、医学は僕もエクターも専門外なんだよね。すぐにグリムを連れて来るから、待ってて欲しいんだわ」

 

 そう言って、桃色髪の少女は家を飛び出していきました。

 

 

 「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」

 

 「気にする事はない。アイツが来るまでそうして寝ているといい。生意気なガキだが、腕だけは確かだからな」

 

 

 

 しばしの時間が流れた後、桃色髪の少女に "グリム" と呼ばれていた群青(ぐんじょう)色の髪の少年が、その少女と一緒に戻ってきました。

 

 「だから、正確には医術じゃなくて魔術だって。わっかんないかなぁ、この違いが。」

 

 「それ、そんなに重要なことかい? どっちでもいいから、早くあの子のことを診てやってくれよ」

 

 「はいはい、って、ん? アンタ……」

 

 彼はしばしの時間 わたしを眺めた後、

 

 「やめだ、やめ! 難しいことを考えるのは苦手だ! …触診からはじめるけど、痛かったら言ってくれ」

 

 何かの思考を途中で放棄して、真摯にわたしの状態を診てくれました。

 

 

 

 「………うん。痛覚はあるし、反射機能も異常なし。怪我だって見当たらないところをみるに、問題は身体の方じゃないな」

 

 「身体の問題じゃ、ない……?」

 

 「ああ。原因はわからねぇけど、長期間 手足を動かさなかったことで、頭が "動かし方を忘れている" だけ。リハビリ……というと、大層なことに聞こえるかもしれないけど、ちょっとずつでいい。積極的に手足を動かすことを慣らしていけば、三日もすれば回復すると思うぜ」

 

 そうして彼は、手始めにスプーンを持つところからはじめよう、と言って、わたしに銀色の(さじ)を渡してくれました。

 

 「あ、ありがとう───、」

 

 わたしがそのスプーンを受け取ろうとしたのと同時に、この家の玄関を開く音が聞こえてきました。

 

 「あ、やっと帰ってきた。」

 

 桃色髪の少女は、そう言って溜め息をつきます。

 

 「だれなの──────?」

 

 「おまえさんを連れてきた張本人、ライネック(・・・・・)だ」

 

 おじいさんのその言葉とともに、この部屋の扉が開かれました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やって来たのは、ライネックと呼ばれた、白髪の男の人でした。

 

 「………目を覚ましたのか」

 

 そう言って、彼はわたしをじっと見つめます。

 

 「あなたが、わたしを助けてくれたんですか?」

 

 「成り行きだ。気にする事はない」

 

 彼はそのまま、近くのイスに腰かけます。

 

 「グリム。診察は済んだのか?」

 

 「ああ。問診はまだだけど触診なら済ませたよ。身体は問題なし。ただし四肢の動かし方を忘れてる。……異常があるとするなら、やっぱり頭のほう(そっち)かもな」

 

 少年はそう言って、彼に目配せをします。

 

 「そうか。なら後はオレが引き継ぐ。……おまえ、名前はなんていう?」

 

 彼はわたしと同じ目線の高さで、そう訊ねました。

 

 「な、まえ─────────?」

 

 そうだ、なまえ。

 わたしのなまえは。

 

 「バ──────、いえ、ト───、ト───?」

 

 わたしは、なまえを思い出せませんでした。

 誰かから、大切ななまえをもらったはずだったのに。

 

 ぽっかりと。抜け落ちてしまっていたのです。

 

 

 「……それじゃあ、どうやってこの島に来た? 家族はいるのか?」

 

 彼の質問に、わたしはただ首を横に振るだけで、なにひとつとして、まともに答えることができませんでした。

 

 

 「………そうか。記憶が欠落してるのか」

 

 彼は、そう言って目を伏せました。

 

 

 「まあ、でも。時間が経てば思い出すかもしれないだろ? 今すぐに聞き出せなくても、別にいいんじゃねぇか?」

 

 群青色の髪の少年は、気ままな表情でそう言います。

 

 「──────いや。少なくとも、名前(・・)は重要だ。ちゃんと聞いておきたい」

 

 けれど彼は、真剣な眼差しでそう言いました。

 

 「そうは言っても、ライネック。忘れちまってる以上は仕方ねぇだろ。ワシらが無理強(むりじ)いするのはよくない」

 

 

 「じゃあさ!思い出すまで、この家の名前(・・・・)を使ってもらうってのは、どうだい? ここの名前も "ト" からはじまる名前だし、みんな知ってるから、絶対忘れないだろ?」

 

 桃色髪の少女が、そう提案しました。

 

 「家の、なまえ──────?」

 

 

 「………まぁいい。しばらくは、それで手を打とう」

 

 そう言い残して、彼は部屋の扉の前に向かいました。

 

 「あれ、もう出かけるの?さっき帰ってきたばっかりじゃん」

 

 「仕事は山積みだ。穴の埋め立て(・・・・・・)は女王がすると言っていたが、その上に予定されてる建築物は、女王とオレたちだけの手には余る。街の大工(だいく)にも協力を仰ぐ必要があるからな」

 

 彼はそう言って、

 

 「この家は、オレたち女王直属の職人の共同 宿舎(しゅくしゃ) "トネリコ"。……そしてそれが。今日からおまえが名乗る名前(・・)だ。」

 

 わたしに、そのなまえを与えました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その日は、結局ベッドから一歩も動けないまま、わたしは夕暮れを迎えました。

 

 

 「おーい、トネリコ〜? 起きてる〜?」

 

 桃色髪の少女が、わたしのなまえを呼びながら、部屋の扉を開きます。

 

 「お、もうスプーンは持てるみたいだね。ほら、君のぶんの夕飯、持ってきてあげたんだわ」

 

 お皿に上に焼きたてのパンとスープを乗せたお盆を持って、彼女はベッド脇のイスに座りました。

 

 「ええ。ありがとう、トトロットさん」

 

 桃色髪の少女───トトロットさんは、この宿舎で唯一の女の子でした。

 

 「そんなにかしこまらないでいいよ、トネリコ。僕のことは、呼び捨てで構わないからさ!」

 

 「……わかったわ。よろしくね、トトロット」

 

 「うん! って、スプーンは持てるようになったけど、まだ(くち)までは腕を持ち上げられないかぁ。……よし。僕が食べさせてあげるから、安心しろよな!」

 

 そう言って、トトロットはわたしに夕飯を食べさせてくれます。

 

 「………おいしい」

 

 「だろ? 聞いて驚けよ、これライネックが作ったんだぜ?」

 

 トトロットは、ニンマリとした顔でそう言いました。

 

 「ライネックさん、が?」

 

 「うん。顔に似合わず料理上手だろ? オックスフォード出身は、伊達じゃないんだわ」

 

 そう言いながら、彼女はわたしが食べやすいような大きさに、パンをちぎってくれます。

 

 「身体は問題ないわけだし、しっかり食べて、体力つけないとな!」

 

 「本当に、何から何まで、迷惑をかけてごめんなさい…」

 

 「気にしなくていいって!おかわりが欲しかったら言ってよ。あっ、水も飲むかい?」

 

 トトロットは世話好きなのか、それとも同性の話し相手ができて嬉しいのか、本当に親切に接してくれました。

 

 

 「それにしても、わたし、このままこのベッドで寝てて大丈夫なの?この部屋、エクターさんの作業部屋でしょう?」

 

 わたしが目を覚ましたとき、あの年配のご老人───エクターさんは、わたしの右斜め前にある机で作業をしていたのです。

 

 「ああ、それなら大丈夫。エクターの私室は別であるからね。この作業部屋のベッドは、ほとんど使ってないようなものなんだわ」

 

 「……そう。それなら、いいのだけれど」

 

 わたしは納得して頷きました。

 

 「……いや。待てよ。冷静に考えたら、こんな女の子をむさいオッサンの作業部屋で寝かすなんてありえないよな。…うん。絶対ありえない。ライネックのヤツ、デリカシーがないにもほどがある!明日の朝 君の代わりに抗議しておくよ!」

 

 「えっと、わたしは別にこのままでも……」

 

 「いいや!ダメダメ! いいかい、こういうのは強気でいかないとダメだぜ? 今日だけの辛抱だ、トネリコ!必ず君の専用部屋を用意させてみせるんだわ!」

 

 わたしの食べ終わった夕飯のお皿をお盆に載せて、彼女は闘志を燃やしながら出ていってしまいました。

 

 「まるで、嵐みたい……」

 

 扉の向こうで、にぎやかな話し声が聴こえました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やがて。

 みんなは寝静まり、深い夜が訪れました。

 

 「もうちょっと、なんだけど…」

 

 わたしは懲りずに、グリムさんから渡されたスプーンを、顔の近くまで上げようと努力をしていました。

 

 

 「こんばんは。こんな夜更けに、勤勉だね?」

 

 

 「え──────?」

 

 唐突に声をかけられて、わたしは思わずスプーンを布団の上に落としました。

 

 声のした方を向くと、開いた窓を背にして、手のひらの上に乗せられそうなほどの "小さなヒト" が、机の上に立っていたのです。

 

 「これは失礼。驚かすつもりはなかったんだ」

 

 そう言って、小さなヒトは丁寧にお辞儀をしました。

 

 「もしかして、妖精さん(・・・・)?」

 

 なんとなく、そんな言葉が思い浮かびました。

 

 「大正解だ、お嬢さん。こわ〜い女王様に、お尻を叩かれてね。君の様子を見に来たわけだ。…けれど驚いたな、"虚数空間"で会ったときは、いつもの君(・・・・・)だったと思うんだが、これは誰のイタズラかな?」

 

 妖精さんは、小首を(かし)げました。

 

 「……もしかして、わたしのことを知ってるの?」

 

 「むかしの君(・・・・・)のことはね。けれど、いまの君(・・・・)は、僕にもわからない」

 

 どうやら妖精さんは、記憶をなくす前のわたしを知っているようでした。

 

 「……まさか、あのお人好(ひとよ)しの祭神(・・)め。彼女の"悪性"を全部 引き受けたわけじゃないだろうな」

 

 妖精さんは顎に手をあてたまま、考えごとをしていました。

 

 「……あの、もしわたしのことを知っているんだったら、教えてくれませんか? わたしが記憶を失くしてしまっているがために、この家の皆さんに迷惑をかけてしまっていて。申しわけないんです」

 

 わたしの言葉に、妖精さんは目を丸くして、

 

 「………うーん。最初はそのつもりで来たんだけど、気が変わっちゃったかな。僕は僕でイジワルな妖精だから、君の記憶は教えないでおこう」

 

 「え──────?」

 

 「ああ、でも。そんなに落ち込むことはないさ。記憶を失くすのも、悪いことばかりじゃない」

 

 妖精さんは、そう言って人差し指を上に突き立てて、

 

 「たとえば、大好物のメロンが目の前にあったとする。"一番美味しい"のは、いつだと思う?」

 

 そんなことを聞いてきました。

 

 「……それは、大好物なのだから、"いつも" じゃないの?」

 

 「ざんねん。正解は、"最初のひと(くち)目" だ。」

 

 その言葉に、今度はわたしが目を丸くしました。

 

 「最初のひと口目を食べた後に、"メロンを食べた" という記憶を失くしたら、ふた口目も "ひと口目と同じ気持ち" で味わえるだろう? ……いまの君は、まさにこの状態なのさ」

 

 そう言って、妖精さんは背を向けました。

 

 「……でもそれって、方便じゃないの?」

 

 その妖精さんは意図的に、"わるい例"を伏せていたからです。

 

 「ああ、その通り。嘘も方便さ。……けれど、その新鮮さは案外わるいものじゃない。まあ、安心しなよ。 ずっと忘れてる、なんてことはない。僕の口から伝えずとも、来たるべき時が来れば、必ず思い出すとも」

 

 開いた窓から、夏の夜の潮風が頬を撫でました。

 

 「僕は単なる "傍観者" だからね。介入はここまでにしよう。……それじゃ、僕は絶賛 大冒険(・・)中の、夢の主人を観測しないといけないからね。どうか、夢のような時間を。お嬢さん」

 

 そう言い残して、妖精さんはてくてくと机を走り、カーテンをよじ登って窓に向かいました。

 

 「……へんなの。あなた、妖精さんなのに、(はね)でお空を飛んだり、虫さんに乗ったりしないの?」

 

 わたしのその言葉に、妖精さんは振り返って、

 

 

 「お生憎(あいにく)さま。翅は "飾り" なのさ。………乗り物の虫さんは、絵本の中(・・・・)に置いてきたよ」

 

 

 ぴょん、と。

 風に乗って夜のとばりに落ちていきました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌朝のことです。

 朝食を食べ終えたわたしは、トトロットの部屋に移されました。

 

 「ライネックに頼んだら、一階の空き部屋なら好きに使っていいって言ってくれたからさ。今度からそこがトネリコの部屋だぜ!……と言っても、ずっと使ってなかったから埃まみれなんだ。今 掃除してくれているから、それまでは僕の部屋にいていいよ」

 

 「わたしのために、わざわざありがとう。……でも掃除なんて、誰がしてくれてるの?」

 

 「ん? ライネックだよ?」

 

 わたしは、その言葉に驚きました。

 

 「さすがに悪いわ。掃除ならわたしが自分で……」

 

 「その身体で無茶いうなよな。さっきだって、僕の肩を貸してやっとこの部屋まで歩けてたじゃんか」

 

 それは事実なので、否定できませんでした。

 

 「まあ、そんなに気にしなくていいよ。ライネックはなんだかんだ良いヤツでさ。ああ見えて世話好きなんだわ」

 

 そう言ってトトロットは、じゃあ僕も仕事があるから、と机の上の布地に手を伸ばしました。

 

 

 

 「トトロット、手先が器用なのね」

 

 わたしは、布地に丁寧かつ素早く柄を縫うトトロットの器用さに、思わず驚きました。

 

 「えへへ、まあこれでも本業は、洋製の生地を売り歩く服飾人だからね。僕の夢は、大切なひとに、花嫁衣装をつくることだった(・・・)からさ。これくらい慣れっこなんだわ」

 

 彼女は照れながらも、その手元を狂わすことなく、作業を続けます。

 

 「"だった" ってことは、諦めてしまったの…?」

 

 「ううん。……不思議な話なんだけどね。実感も経験もないくせに、その夢は "もう叶ってるんだ" っていう満足感だけがあるんだ」

 

 トトロットは、そう言って淡く微笑みました。

 

 「だから、もう大丈夫。……今はこうして、ライネックたちとの生活を楽しんでるのさ。こんな風に、慣れない仕事もこなしながらね〜」

 

 「それは、お洋服じゃないの?」

 

 「うん。これ、"カーテン" なんだ。室内装飾は専門外なんだけど、まあできないわけじゃないからね。……ただ量が多いからさ、僕が作ったやつを参考にして、街の(かざり)職人にも手伝ってもらう予定なんだ」

 

 そう言って、彼女は顎に手をあてて考え込むと、

 

 「……うーん。下地は赤紫だから、ブレードはモスグリーンで合わせてみたけど、どうも暗いなあ。タッセルはエクターから柘榴石(ガーネット)の宝飾を譲ってもらうのを使う予定だし、あんまり悪目立ちしてほしくないなあ」

 

 どうやら、デザインに頭を悩ませているようでした。

 

 「なんだか、難しそうね」

 

 「まあ、建物全体の空気感を決めるものと言っても、過言じゃないからねえ。………むむ、いっそフリンジをホワイトにしてメリハリ付けるのもアリか?」

 

 考えれば考えるほど、彼女の頭は茹だっていくようでした。

 わたしは、そんな彼女の力になりたくて、

 

 「そのフリンジっていうの、真っ黒にしてみたらどう? …そうしたら、全体的な印象は薔薇(ばら)みたいになって、宝飾は光る水滴に見えるわ」

 

 つい口を挟んでしまったのです。

 

 「─────────、」

 

 彼女はわたしの言葉を聞いて、無言で硬直してしまいました。

 

 「ご、ごめんなさい。でしゃばったことを言って…」

 

 すると彼女は、

 

 「て─────────、」

 

 

 そう呟いてから、

 

 「て─────────?」

 

 

 わたしの聞き返した言葉に続いて、

 

 

 「て、天才かぁぁぁぁああああああ!!?」

 

 まるで、電撃が走ったような声色をあげたのでした。

 

 「あえて黒を選ぶことで暗色に振り切って、宝飾の柘榴石(ガーネット)を "違和感なく浮かせる" とか、逆転の発想すぎるぞ!?……もしかしてトネリコ、元々すっごいその手のセンスいいんじゃないの!?」

 

 さすがにそれは褒めすぎだと思うのです。

 

 「よし、決まり!それでいこう!…もしよかったら、トネリコもちょっとやってみる? リハビリ代わりのお裁縫(さいほう)なんだわ!」

 

 

 

 トトロットの提案で、わたしは彼女のお手伝いをすることになりました。

 

 「そうそう、上手くなってきてるよ!慣れるのが早いし、糸も針も、随分と使い方が馴染んでる。もしかしてホントに、トネリコも服飾が本業だったりして!」

 

 「どうなのかな…、あんまり実感湧かないけど…」

 

 そんな会話をしていたら、ガチャリ、と部屋の扉が開く音が聞こえてきました。

 

 

 「掃除は済んだ。もう使って構わないぞ」

 

 やって来たのは、ライネックさんでした。

 

 「あ、ありがとう、ライネックさん…」

 

 彼はわたしのその言葉を聞いて、ちらりと一瞥(いちべつ)をした後、トトロットのことを見て、

 

 「埋め立ては昨晩でもう済んでる。今朝から街の大工どもが本格的に作業をはじめた。トトロット、おまえも明日は現場に来い」

 

 「たった一日でもうアレを埋め立てたのか!? うわあ、一体どこからそれだけの土砂もってきたんだ、あの女王様…」

 

 「そう驚くことじゃない。城の裏側の土地を三割ほど削ってもってきてただけだ。どうせ使わない土地だったからな」

 

 それは絶対に驚くべきことだと思います。

 

 「…オッケー。考えないことにした。…まあとりあえず、要件は了解だよ。現場視察は大事だもんな」

 

 「ああ。グリムとエクターはもう現場で作業をしている。オレもすぐに戻って指揮を執る」

 

 そう言って、ライネックさんは出ていきました。

 

 

 「よし。それじゃ、さっさとこれも仕上げて持ってかないとな。エクターの作業部屋の棚にタッセル用の宝飾品があるから、取りに行ってくるよ」

 

 「それ、わたしも一緒に見に行ってもいい?」

 

 「もちろん!肩ならまた貸すぜ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 訪れたエクターさんの作業部屋の机の上には、作りかけの生活用品や宝飾具が広がっていました。

 

 「エクターさんって、色んなものを作るの?」

 

 「うん。元々は鍛冶屋だったらしいんだけど、生活用品から宝飾、服飾までお手のものだよ、エクターは。現場では大工の真似ごとだってやってのけるしなあ」

 

 そう言いながら、トトロットはエクターさんの棚を漁ります。

 彼の棚には、本当に色んなものが入っていました。

 

 

 「それ、綺麗な "髪飾り" ね」

 

 「ホントだ。エクターのヤツ、祭りの景品まで依頼とってるのかぁ?もういい歳なんだし、仕事のしすぎで身体を壊しちゃうぞ?」

 

 彼女の口ぶりが、エクターさんとは長年の付き合いがあるような言い回しだったので、

 

 「トトロットは、この街でエクターさん達と出会ったの?」

 

 ついそんなことが気になってしまいました。

 

 「ううん。僕は元々、グロスター出身でさ。初めて会ったのは、その島なんだ。まあ色々あって、そこからライネックとエクターについていくことにしたんだよ」

 

 「そうなのね。グリムさんも、そこで?」

 

 「いいや。グリムと会ったのはオークニーだよ。……えっと、話してなかったけど、実は僕たちは他の島を転々としながら、最終的にこの島(ここ)に行き着いたんだ」

 

 その話も初耳でした。

 

 

 「……オックスフォードから始まった、ライネックの旅だ。変わり者のアイツに、同じく変わり者の変人どもがくっ付いてきたわけだ」

 

 唐突に聞こえてきた第三者の声に、思わずわたしとトトロットは振り返りました。

 

 「うわあ!? なんだ、エクターか。戻ってきてたんなら、声くらいかけてくれよな」

 

 「バカ言え、玄関を開ける音すらかき消すほど、人の部屋の棚をガサゴソと漁るヤツがおるか! ……それで、窓掛けはできたのか?」

 

 「ああ、うん。三種類くらい案を出せって言ってたけど、もうこれ一択だ!トネリコとふたりで考えたんだぞ!否定意見は受け付けないぜ!」

 

 トトロットはそう言って、先ほどふたりで作ったカーテンをエクターさんに手渡します。

 

 「ふむ──────、」

 

 彼はそれを近づけたり遠ざけたりして眺めた後、

 

 「……まあ、悪くない。遮光も問題ないようだしな。これでいくか」

 

 しっかりと頷いて、そう答えてくれました。

 

 「やったな、トネリコ!」

 

 「うん。よかったわ」

 

 トトロットに促され、小さくハイタッチを交わしました。

 

 

 「建設終了予定日は三日後だ。こいつは現場に持っていくが、構わんな?」

 

 「いいよ!街の飾職人たちによろしく伝えといて!」

 

 その言葉を聞いて、エクターさんは再び街へと出かけていきました。

 

 

 「聞いてた感じ、結構 大規模な建物よね? あとたったの三日で建てられるものなの?」

 

 「僕たちだけじゃ、当然ムリだよ。普通に考えて数ヶ月かかる建物さ。でも今回の建築物は、女王様が自ら建設に参加してくれているんだ。……すごいんだぜ、女王様。木材や石材を触ってもないのに浮かせて一瞬で切ったり、運んだりできるんだ。もう機械いらずなんだわ」

 

 どうやら、ここの女王さまはとってもすごい人みたい。

 

 「女王さまがすごい人だから、トトロットたちはここに住むことにしたの?」

 

 「いいや。この島の女王様が、ライネックの()に賛同してくれる人だったからだよ。……えっと、さっきも言ったけど、僕らは色んな島を転々としてから、ここにたどり着いたんだ」

 

 そう言って彼女は、こちらに手のひらを向ける。

 

 「ライネックの故郷 オックスフォードから始まって、エクターがいたノリッジ、僕が住んでたグロスター、グリムと会ったオークニー、ウーサー(・・・・)の地元のロンディニウム、それから……ソールズベリー」

 

 彼女は指を一本ずつ折りながら、旅を振り返っていました。

 

 「一つの島で一人ずつ、理解し合える仲間ができて、それで、最後はこの "キャメロット" に辿り着いたってわけ」

 

 「キャメ、ロット──────?」

 

 その単語が、どこか頭に響きました。

 

 「うん。キャメロット。この島の名前だぜ。って、大丈夫か?トネリコ?」

 

 「…ええ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」

 

 結局なにも思い出せず、何かが引っかかるような感覚だけが残りました。

 

 

 「ところで、ロンディニウムのウーサーさんって?」

 

 「え? ああ、そういえばトネリコはまだウーサーには会ってなかったっけ!アイツ、女王様の世話係みたいなもんだからなあ。なかなかこの宿舎には帰って来れないんだよねえ」

 

 「…そうだったんだ」

 

 「うん。今のライネックとウーサーの職は、女王様の護衛なんだわ。ウーサーは女王様の専属の補佐で、ライネックは島の住民たちの指揮と報告をしてるんだ」

 

 わたしには、知らないことばかりでした。

 自分のことだけじゃなくて、彼女たちのことも、なにも知らなかったのです。

 

 ライネックさんたちは、もう随分と前から、この島で職人として働いていました。

 今回の大規模な建築では、ライネックさんが街の大工たちの総指揮を。

 変わった術が扱えるグリムさんが、空間把握能力を活かして設計図を。

 そして布をメインに扱った室内装飾をトトロット、それ以外の装飾周りをエクターさんが担当して、島の飾職人たちと連携しながら作業に取り組んでいるそうです。

 わたしが会ったことのないウーサーさんも、女王さまにそれらの建設状況の報告をする立場にいるのだそうです。

 

 

 

 わたしも、彼女たちの力になれたらいいな、と思いました。

 

 

 ***

 

 

 

 そうしてその日は一日、トトロットの作業に付き合った後、ライネックさんが掃除してくれた、新しいわたしの部屋で過ごすことになりました。

 

 

 そんなわたしのもとに、

 

 「トネリコ、はいるぞ」

 

 部屋の扉をノックしてから、ライネックさんがやってきました。

 

 「どうだ、自分の名前は思い出せそうか…?」

 

 そう言いながら、ライネックさんはベッド脇のイスに腰掛けました。

 けれどその言葉に、わたしは首を横に振ります。

 

 「…でも。腕のほうは、もう動かせるようになりました」

 

 「そうか。トトロットの手伝いは効果的だったか?」

 

 「ええ。お裁縫は楽しかったです」

 

 わたしのその言葉を聞いたライネックさんは、裁縫道具を取り出して、それをわたしに渡してきたのです。

 

 「え?これ、わたしに?」

 

 「ああ。楽しかったのなら、積極的にすればいい。むかしのことを思い出せなくったって、いまを楽しめれば十分だからな」

 

 そう言ってライネックさんは、イスから立ち上がります。

 

 「明日はトトロットと街に出かけるといい。()の光は浴びておかないと、良くなるものもならないからな。そこに立て掛けてある杖はおまえ用のものだ。好きに使って構わない」

 

 「何から何までありがとう、ライネックさん。でもわたし、なんだか陽の光は苦手なの。月明かりの方が心地よくて…」

 

 「そうか? なら日傘が玄関にあったような… まあ、あれも好きに使ってくれて構わない」

 

 わたしはその言葉に、目を丸くしました。

 

 「あの、ライネックさん。どうしてわたしに、こんな親切にしてくれるの? ライネックさんだけじゃなくて、トトロットやエクターさん、グリムさんも」

 

 彼はその言葉を聞いて、

 

 

 「そんなの、おまえが心配(・・)だからだ。」

 

 

 そんな、

 心が暖かくなる言葉を言ってくれたのです。

 

 「え──────?」

 

 彼の言葉は、嘘偽りなく。

 とても直接的でした。

 

 無愛想だけれど、真摯で。

 不器用だけれど、まっすぐでした。

 

 

 わたしは、胸の奥をぎゅっと。

 締め付けられるような嬉しさを感じました。

 

 「言葉にしなければ(・・・・・・・・)わからないこと(・・・・・・・)だからな。オレは何度も同じ後悔をしたくないだけだ」

 

 

 そう言って、彼は部屋を出ていきました。

 

 その去り際、

 ひどく使い古されて、穴の空いた作業靴が、わたしの目に入りました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 るんるん、と。

 街を陽気に歩く少女がいます。

 

 

 「あの()り減った靴底がウソみたいだ!足が軽くなるって言葉、比喩でも迷信でもなくマジだったんだわ!!」

 

 まるで作り立てのように修繕(しゅうぜん)された作業靴を履いて、彼女は軽快にスキップしていました。

 

 「サンキューな!トネリコ!最初は飾職人なのかと思ってたけど、たった一晩で僕らの靴を修繕しちゃうなんて、靴職人の才能の塊なんだわ!びっくりしたよ!」

 

 「ううん、喜んでくれてよかったわ」

 

 わたしは、何か恩返しがしたくて、昨晩は寝静まった彼女たちの靴を回収、そのまま夜通しで裁縫道具を駆使して修理をしていたのです。

 

 

 「それにしても、この街は随分と変わったところね。」

 

 島の南部にある港。

 そのはずれにあったあの宿舎から歩いて、数十分。

 キャメロットの街は、見たこともない装飾で溢れていました。

 

 「お祭りは馴染みないかい? まあ、こんなことしてるのは確かにキャメロットだけだし、他の島出身だったなら、驚くのもムリはないかもね。僕も最初来た時は唖然としたよ」

 

 「そうね。なんだか、わたしの知ってるお祭りとは、印象が違うみたい…」

 

 

 そんなわたしのもとに、

 

 「失礼、そちらのお嬢さん。オックスフォードで採れたての作物などいかがでしょうか?」

 

 聞きなれない声が背後から聞こえてきました。

 

 「え──────?」

 

 思わず勢いよく振り返ると、

 

 「ブルルンっ!!?」

 

 わたしは日傘をさしていたので、そのまま背後にいたその長身の男性の顔を、日傘の先で叩いてしまいました。

 

 「ああ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

 「え、ええ。大丈夫です。見方を変えればご褒美ですとも…」

 

 そう言って、その男性は改まって向きなおり、

 

 「こんにちは、儚いお嬢さん。オックスフォードの採れたて新鮮野菜はいかがですか? 栄養たっぷりですよ」

 

 そんな突然の勧誘をしてきたのです。

 

 「ストーーップ! ナンパなら他所(オークニー)でやってくれないかい? 来るもの(こば)まずのキャメロットでも、君みたいなのは浮いちゃう場所だぜ」

 

 困惑するわたしの前に、トトロットが割って入ります。

 

 「これは誤解です。私は常夏の島々を股に掛けるさすらいの行商人(ぎょうしょうにん)、"レッドラ"。あらゆる島々の作物をお届けする旅人なのです。」

 

 そう言って、彼は丁寧にお辞儀をしました。

 

 「仕草が紳士っぽいのが、逆に胡散臭いな…」

 

 「それもまた誤解です。私は(うみ)生まれ(うみ)育ち(うみ)大好きマンの生粋の船乗り。失礼ですが貴方がた、"ウーマーイーツ" の名に聞き覚えなどないですか?」

 

 ないに決まっています。そんな冒涜的な名前。

 

 「な!!? あの知る人ぞ知る、ロンディニウムの最南端から、オークニーの最北端まで一食ぶんのカレーを冷まさず届けたという、幻のシーホースは君のことなのかい!? 」

 

 知ってました。彼女は。

 

 「ああ…、あれは悲しい配達(じけん)でしたね…。ですが、問題なし(ノープロブレム)。私にとって海は、そよ風の吹く草原と変わりありませんから。……ところで異名のシーホースって、それタツノオトシゴでは?というツッコミは受け付けておりませんので」

 

 どうやら彼はちょっとした有名人でした。

 

 「では、あらためて。お嬢さんがた。オックスフォード産のニンジンなどいかがでしょう? 溢れるβカロテンが、貴方のお肌を美しく健康にしますよ」

 

 そう言って、彼は一本のニンジンを差し出してきます。

 

 「……海育ちなのに、魚介類はないの?」

 

 「ヒヒン、辛辣。ですが海を愛するということは、海を傷つけないということですよ?お嬢さん。」

 

 「悪いね、レッドラ。生憎と僕らは食糧には困ってなくてさ。またの機会にさせてもらうんだわ」

 

 「そうですか。ショックですが、構いません。最近は食糧の売れ筋が悪いので、娯楽(ごらく)の玩具にも手を出してまして。"UMA(ウマ)" というカードゲームを(ちまた)流行(はや)らせてます」

 

 この人、もしかしてわたし以上に、自分の生き方を迷走しているのではないでしょうか。

 

 

 そうして、その変わった行商人と話していたら、

 

 「トトロットさん!たいへんだ!!」

 

 街の大工とみられる男の人が、慌てた様子でこちらに駆けてきたのです。

 

 「どうしたんだよ、そんなに慌てて…」

 

 その人は、走り疲れた息を整えたあと、

 

 「……ライネックさんが!!」

 

 不吉な(しら)せを口にしました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「単管(たんかん)足場から落っこちて意識不明……建設現場じゃ、よくある話だけどさ…」

 

 「手伝いにきていた街の青年が足を滑らせた。コイツはそれを助けた代わりに転落。…ったく、現場の指揮をとる側のヤツが、このざまとは笑えん」

 

 わたしたちの視線の先には、意識不明のままベッドに横になったライネックさんがいました。

 

 「そんな言い方することないだろ、エクター! ライネックは体を張って人を助けたんだぞ!」

 

 「ワシは助けたことを責めとるんじゃない! 立場を忘れて、自分の身を省みない利他的な思考が我慢ならんのだ!」

 

 トトロットもエクターさんも、心の底からライネックさんのことを心配しているのです。

 

 「グリム……、ライネックは目を覚ますんだよな?」

 

 トトロットは、そうして不安げにグリムさんに訊ねます。

 

 「……死んじまったわけじゃねぇんだ。いつかは目を覚ますだろうさ」

 

 「いつか って、いつだよ! 医療面は君の専門だろ!? こういうところで役立たなかったら、いつ活躍するんだよ!」

 

 「ッ────、あのなァ! オレの魔術がなかったら、ソールズベリーでは全滅(・・)だったかもしれねぇんだぞ!!」

 

 「っ────────────、」

 

 

 

 長い静寂が、部屋を包みました。

 

 

 

 「それを引き合いに出すのは、ズルなんだわ……」

 

 「トトロット……」

 

 「…………すまん、今のは言い過ぎた」

 

 わたしたちは気まずくて、互いに目を合わせられませんでした。

 

 

 「僕、ちょっと、外の空気吸ってくるよ。……おっきな声出したら、ライネックも迷惑だもんな。ごめん、グリム」

 

 そう言って、トトロットは宿舎を出ていってしまいました。

 

 

 「トネリコも、すまん。こんな会話聞かされて、気分悪かっただろ?ライネックならオレたちが診ておくから、部屋で休んでていいぞ」

 

 「……ええ。でもその前に、ソールズベリーでなにがあったのか、わたしに教えてくれませんか。グリムさん、エクターさん」

 

 その言葉を聞いて、グリムさんとエクターさんは目を見合わせました。

 

 

 「……わかった。ならワシから話そう。いい機会だからな、ライネックがどういう男だったのか、おまえさんにも教えておこう」

 

 そう言って、エクターさんはわたしに向き直り、

 

 

 「コイツの名は、ライネック。

 "誰もが許し合う世界(・・・・・・・・・)" を目指して、この常夏の島々を旅した、"一匹狼だったはず" の男だ」

 

 

 その過去を、語り始めました。

 

 

 

 ***

 

 

 

 およそ数ヶ月前。

 一人の男が、オックスフォードで生まれ落ちた。

 

 その身が大人であれば、自らの母も父も、幼少期のことであれ、意味をなさない(・・・・・・・)

 

 必要だったのは、"今" の自分が、どういう在り方をよしとするのか、その一点だけだった。

 

 

 結論からいうと、彼は、はぐれ者(・・・・)だった。

 

 別段、その街が嫌いだったとか、島の住民から迫害されていたとか、そんなことではなく、ただ単純に、その街の在り方は、彼の(しょう)に合わなかったのだ。

 

 (おしの)け者のライネック。

 (ねつ)に浮かされたライネック。

 

 島の住民たちは、そんな彼のことを、軽蔑でも尊敬でもなく、純粋にその在り方を評してそう呼んだ。

 

 

 そんな彼が島を出ていくことになるのは、時間の問題だったのだ。

 

 

 「どうして島を出たんだ、おまえさん」

 

 「(くに)をつくりたいんだ。……除け者と(ののし)られ、居場所も何もかも失ったヤツでも、笑って過ごせる世界。争いも裏切りも、不平等もない。誰もが許し(・・・・・)合う世界(・・・・)を。」

 

 「……そいつはまた、随分と大層な夢だな。島の女王でもなきゃ、そんな願い叶えられないだろ?」

 

 「ああ。だから、この夢を一緒に叶えてくれる人を探しているんだ」

 

 

 退屈なノリッジの夜に交わした、

 その会話を、今でも鮮明に(おぼ)えている。

 

 

 

 彼との(・・・)旅は、その後も続いた。

 

 

 "旅は道連れ" というが、どうやらその通りのようで。

 

 

 「なあ、その旅、僕も連れてってくれよ」

 

 「……子供の遠足じゃないぞ?」

 

 「わかってるってば!というか、子供扱いするなよな!……人生はいつ終わるかわからないからさ、そんな "おとぎ話" みたいな願いに賭けてみるのも、悪くないかもって思ったんだわ」

 

 

 そうしてグロスターを超えて、最北端のオークニーへと向かうも、結局 そんな絵本に描いたような彼の夢を叶えられそうな場所ではなかった。

 唯一、彼の望みが叶えられそうだったロンディニウムの島にかぎっては、そも島を支配するはずの女王が不在だったのだ。

 

 

 ただ、その一方で。

 そんな変わり者の彼に同行する、"変人" たちだけが、少しずつ集まっていった。

 

 黒い技師(ぎし)のエクター。

 洋製生地(きじ)の売人トトロット。

 健診(けんしん)科のグリム。

 ロンディニウムの貴子(きし)ウーサー。

 

 誰一人として噛み合わないような変わり者たちは、ライネックの熱に浮かされるように、その旅に同行するようになった。

 

 

 そうして彼は、

 五つ目の島、ソールズベリーに辿り着いたのだ。

 

 

 ***

 

 

 

 「うっわあ、でっかい島だね〜、ここ」

 

 ソールズベリーの島に群生したジャングルを掻き分けながら、ぬかるんだ道を進む。

 

 「建物らしい建物は、山の頂上にあったあの金ピカだけっぽそうだな。こんな危険な思いをしてまで行く価値があんのか?」

 

 「ある意味で、この島は未開拓(・・・)の地だ。女王と交渉できれば、可能性はあるかもしれない」

 

 「そりゃそうだけどさあ。あの岩の橋 ホントに渡るのか…?」

 

 そう言って、グリムは前方を指さす。

 

 そこには、自然にできた一本の岩の橋が、崖を繋ぐようにかかっていたのである。

 

 「崖下の川は随分と流れが速いようだ。僕はおすすめしないが、どう見る?ライネック」

 

 「慎重すぎるぞ、ウーサー。一人ずつ渡れば問題ないだろ。先陣はオレがいく」

 

 そう言って、ライネックはゆっくりと橋を渡る。

 

 「じゃあ、次はワシが行こう」

 

 「待て待て待て! この中で一番重てぇのは、エクターの旦那(ダンナ)だろ? 頼むから最後にしてくれ」

 

 「な!?グリム、貴様ワシのことをそんな目で見とったのか!?」

 

 エクターは思ってた以上のショックをうけていた。

 

 「それじゃ、次は僕だな! 軽快に渡ってみせるんだわ!」

 

 そうして、無事に問題なく全員で橋を渡りきり、険しい道のりを超えて、丸一日かけて山の麓までたどり着いたのだ。

 

 

 

 

 「あっちぃ…、水分 足りるか?これ」

 

 グリムは荷物を漁りながら、確認する。

 

 「砂漠があるのは予想外だったな… 帰りの分を考えると、少しキツいぞ」

 

 焚き火に(まき)をくべながら、ウーサーはそう呟く。

 

 「人がいない島と言われてるだけはあるね……」

 

 「うむ、どうも物資を補給できる余裕がある島ではないようだ。どうする、ライネック」

 

 エクターの言葉に、ライネックはしばし考え込んだ後、

 

 「……わかった。この島は早めに切り上げて、」

 

 

 「あの、もしかして、旅人の方ですか?」

 

 

 見知らぬ少女(・・)に、その言葉を遮られたのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「そうなんですか。色んな島を渡り歩いていらっしゃるんですね、みなさんは」

 

 その少女は、物資が足りない彼らを気遣って、自らの家へと案内してくれた。

 

 「ソールズベリーに住民がいるなんて、知らなかった。…おまえは生まれも育ちもこの島なのか?」

 

 「はい!この森をもう少し進んで行った先に、わたしの家があります。豪華なところじゃないけど、風の心地よい場所ですよ」

 

 「へぇ〜、段々と楽しみになってきたんだわ!」

 

 そう言って、トトロットはスキップをして彼女の隣に出る。

 

 「こら、トトロット、列を乱さないように。もう夜なんだ、暗がりに足元をすくわれるよ」

 

 「はいはい、わかってるって。…エクターの怒りっぽさがウーサーにも移ってきたなぁ」

 

 「なぜ流れ弾でワシが貶されなきゃならんのだ!?」

 

 「ほらほら、そういうとこだぜ、エクターの旦那」

 

 トトロットとグリムに(たしな)められ、エクターは眉間にシワを寄せる。

 

 

 「ふふ、面白い人達ですね、みなさん」

 

 「単純に、変わり者しかいないだけだ。気に障ったか?」

 

 「いいえ。…でも、その言い回しだと、ライネックさんも変わり者なんですか?」

 

 「……まあ、そうなるな」

 

 その少女の問いに、ライネックは自嘲(じちょう)混じりに答えた。

 

 

 そうして、

 

 「あ、着きましたよ!あそこがわたしの家です!」

 

 彼女に案内され、その目的地に到着した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目の前に広がった光景に、彼らは目を疑った。

 

 

 「これは──────、」

 

 

 自然の木々を利用した木造建築。

 視界に入った家の数は、ざっと十軒 以上はある。

 

 そのすべてが、丁寧に、しっかりと手入れがなされていた一方で、人の気配(・・・・)が、まったくしなかったのだ。

 

 

 「もしかして、おまえ、ここに "独りで住んでいる" のか?」

 

 

 「はい。そうですよ。元々はもっとたくさん人がいらっしゃったんですけど、みんなこの島の環境が辛くなって出ていってしまいました。今この島に住んでいるのは、わたしだけ(・・・・・)です」

 

 思わず、その場にいた全員が絶句した。

 

 「でも、もしかしたら、みんないつか帰ってくるかもしれないから。だからわたしは、島のみんながいつ帰ってきても良いように、こうやって家のお手入れをして待ってるんです」

 

 「この島を出ていった奴らは、いつかまた帰ってくると、言っていたのか?」

 

 「いいえ。けれど、"もう帰ってこない" とも言ってませんよ。言葉にしなければ(・・・・・・・・)わからないこと(・・・・・・・)ですから。」

 

 「でも。それは、たぶん……」

 

 少女の言葉に、トトロットは言い淀む。

 

 トトロットだけでなく、少女を除くこの場にいる全員が、"もう誰も帰ってはこない" と思った。けれど、その少女にそれを伝えるのは、どうしても心が傷んだのだ。

 

 「もう夜も深いですから、どうぞ、あの空き家でお休みになってください。あの家は個人のものではなく、来客用に建てられた宿みたいなものですから! ようやく出番ですね、ふふ」

 

 「……ああ、そうだな」

 

 「では、わたしも自分の家で眠ります。おやすみなさい」

 

 丁寧にお辞儀をして、少女は帰っていった。

 

 

 「ライネック、あの子どうする……?」

 

 トトロットは、横目でそう訊ねた。

 

 

 「………明日の朝、この島を出る。みんなすまないが、"行きよりも一人ぶん多く" 水と食料を準備してくれるか?」

 

 

 「──────ライネック!」

 

 「ふん……まあ、おまえさんなら、そう言うと思った」

 

 エクターたちは、そう言って苦笑する。

 

 

 

 ──────けれど。

 この時の選択が誤ち(・・)だったとは。

 誰一人として気づくことは出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「それじゃあ、お気をつけて。また気が向いたら、この島に遊びにきてくださいね!」

 

 少女はそう言って、笑顔で手を振る。

 

 「───いや。悪いが、おまえも一緒に来い」

 

 「え─────────?」

 

 ライネックの言葉に、少女は目を丸くする。

 

 「………でも、わたし、この島に残らないと」

 

 「それ、誰かに言われたわけじゃねぇんだろ? だったら一人で背負い込まなくてもいいんじゃねぇか?」

 

 グリムはそう言って、水や食料の入ったカバンを少女に差し出す。

 

 「いいのかな、ホントに……」

 

 「誰も君を責めたりしないぜ。もしそんな奴がいたら、僕たちがひっぱたいてやるんだわ!」

 

 トトロットは誇らしく自身の胸を叩く。

 

 「そういうわけだ。……どうだ?一緒に来ないか?」

 

 

 「───はい。ありがとうございます、みなさん」

 

 

 ライネックの差し出した手を、少女は握った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「くそ、なんだって急にこんなことに…!」

 

 全員で砂漠を抜け、ジャングルに突入した時、天候は急速に悪化した。

 

 「大雨も大雨! 雷雨なんだわ!!」

 

 「グリム!方角はこっちであってるのか!?」

 

 あまりの土砂降りに、行きと同じルートを通っているにも関わらず、彼らの足取りは重かった。

 

 「オレのルーンでは、ちゃんと船の方角を向いてる!大丈夫なはずだ!」

 

 「おまえのそれ、普通に方位磁針を頼っちゃいかんのか!?」

 

 「バカ言うな!この場所(・・・・)じゃ、時間の経過も土地の方角も表面的なもんにすぎねぇ!こっちの方が確実性がある!」

 

 「グリムさん、崖です!お気をつけて!」

 

 「おわっと!?」

 

 少女に忠告され、すんでのところで足を滑らせずに立ち止まる。

 

 

 「参ったね。この雨と暴風じゃ、その岩の橋をゆっくり渡る余裕はないぞ…」

 

 ウーサーをはじめ、全員がこの状況に危険を感じた。

 

 「そこの(つる)命綱(いのちづな)代わりにもって、渡るのはどうでしょうか? わたしは渡り慣れてますから、最後尾で蔓の張りを確かめます!」

 

 「ナイス アイデアなんだわ!みんな、慎重にね!」

 

 

 全員で一列に並び、岩の橋を渡る。

 

 

 

 ゴロゴロ、と。

 遠くで雷の音がする。

 

 

 それに隠れるように。

 

 ズリズリ、と。

 "なにかが近づいてくる音" が聴こえてきた。

 

 

 

 「なんだ、この音──────、」

 

 そんなライネックの呟きを遮るように、

 

 「だめ…!この雷の音で、周辺の巣穴にいる魔獣(・・)が目を覚ましました……!!」

 

 少女が、切羽詰まった表情でそう口にした。

 

 「なん、だって──────?」

 

 

 

 「キシャァァア─────────!!!!」

 

 

 

 その凶悪な鳴き声に。

 この場にいた全員が、死を覚悟した。

 

 

 「急いで!この道は、その魔獣がよく通る場所なんです! 早く……!」

 

 少女に促されるように、その橋を駆ける。

 

 

 

 けれど。ピシッ、と。

 

 

 

 

 最後尾から一つ前。

 ライネックがその橋を渡り切った時点で。

 もう、その岩の橋はとっくに()たなかったのだ。

 

 

 「あ─────────、」

 

 最後尾にいた少女は、崩れ落ちた橋とともに転落する。

 

 

 「ダメだ─────────ッ!!」

 

 振り返ったライネックは、必死に彼女へ手を伸ばす。

 

 けれど。

 彼が伸ばしたその手も、少女の生命線となっていた蔓も、降り注ぐ大雨によって、無慈悲に滑り落ちていく。

 

 

 

 

 そして、そのまま。

 濁流となった川の底へ、少女は消えていった。

 

 

 

 「────────────、」

 

 

 誰一人として、言葉が出なかった。

 

 

 

 

 「ッ───、ライネック!……ライネック!魔獣がくる!!早くするんだ!」

 

 その静寂を、ウーサーが破った。

 

 「あいつを置いていけっていうのか!?ウーサー!!」

 

 「わかってるだろ!あの子はもう助けられない(・・・・・・)!このまま、他のみんなも犠牲にするのか!!?」

 

 「ッ──────!」

 

 

 ライネックは俯き、

 

 「───────わかった。早くこの島を出よう」

 

 奥歯を噛み砕きながら、その決断をした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして。

 彼らの旅は、終着点に到着する。

 

 その島の名は、キャメロット。

 

 

 女王の手によって、未だ発展途上だったその島は、多方面の知識や技術を有する彼らを快く受け入れた。

 

 

 「(われ)がこの島の女王だ。(なんじ)らの技術力を買ってやろう、旅人よ。我に協力すれば、必ずや汝の夢(・・・)は叶えられよう。望み通り、"恒久の楽園" を築き上げてやる。」

 

 

 その島は、まさに彼が望んだ夢を叶えるための島だったのだ。

 その夢の実現を目指して、彼とその仲間たちが、その島の女王の直属の職人として島に貢献する道を選ぶことになるのは、もはや必然だった。

 

 それが、彼らの旅の終わり。

 彼の夢は、今まさに少しずつ叶えられようとしている。

 

 

 ──────けれど。

 彼には、その夢を前にして、たったひとつだけ。

 その旅を通して得た、もう二度とは叶えられない後悔(・・)があったのだ。

 

 

 

 「──────結局 自分は。

 あの少女の名前(・・・・・・・)を最後まで知らないままだった。」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 「それが、ライネックさん達の旅の結末……」

 

 

 わたしは、エクターさんから聞いたその話を、ひと息に受け止めることができませんでした。

 

 「コイツがおまえさんの名前を知りたがってたのは、そういう理由だ。」

 

 目を覚まさないままのライネックさんを見ながら、エクターさんはそう言いました。

 

 「愉快な話じゃなくて、すまなかったな。……ワシは少し、トトロットの様子を見てくる」

 

 「うん。ありがとう、エクターさん」

 

 わたしの言葉に頷いて、エクターさんは部屋を出ていきました。

 

 

 

 

 「………にしてもまさか、オレもここまでライネックたちとの付き合いが続くとは、思ってなかったよ」

 

 「グリムさん……?」

 

 部屋に残ったグリムさんは、そう言って不敵に微笑みました。

 

 「オレは、ちょいとばかし特殊な立ち位置でよ。"関わらないことに意味がある端役"ってヤツなんだ」

 

 「え──────?」

 

 「まあ、今のアンタが理解できなくても無理はない。それを承知の上であえて話すと、オレと同じ……いや、"類似した存在" が、実はこの夢にもう一人(・・・・)いるんだ。」

 

 わたしは、グリムさんの言葉が理解できずに目を丸くしました。

 

 「わかり易く説明すんなら、そっくりさん?ってヤツか。……んで、コイツがコイツで厄介なヤツでよ。規格外の神さまと繋がっちまってるがために、色々と知りすぎちまうんだ。神さまってのは、どいつもこいつも(・・・・・・・・)節介(せっかい)焼きだよなぁ」

 

 彼は、そんなわたしを気にせずに話し続けます。

 

 「未開の旅で、仲間の中にゴール地点を知っちまってるヤツがいるようなもんだ。迷惑だろ? ……だから、そうならねぇようにオレがいる。本来はあっちにいくはずの情報を、極力 オレが受け取って阻害(そがい)してるってワケ」

 

 そう言って、彼は淡く微笑み、

 

 「────だからよ。オレはひっそりと医者の真似ごとして、どっかの女王さんが毒飲んでぶっ倒れたりしねぇか、街の人間は問題ねぇか診て過ごせればそれでよかったんだ。……けれど、いつの間にか。気まぐれについてったコイツらとの生活が、かけがえのないものになっちまってた」

 

 「グリムさん──────、」

 

 「アンタも、もう足はだいぶ回復したんだろ? なら、オレたちみてぇな、こんな末端の夢に付き合うことはねぇぜ。早めに区切りをつけて、立ち去った方がいい。……アンタはアンタの "やるべきこと" があって、ここに呼ばれたんだろ?」

 

 最後の彼の言葉は、わたしのためを思って言ってくれた優しさだということは、わたしにもわかりました。

 

 「わたしの、やるべきこと………」

 

 そう呟いたわたしのもとへ、

 

 

 「久しぶりに顔を出してみれば。これは驚いたな」

 

 

 部屋の扉を開ける音とともに、見知らぬ人物がやってきたのです。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「だれ………?」

 

 部屋に入ってきたのは、初めて会う金髪の男性でした。

 

 「ウーサー(・・・・)!? 女王さんの世話はいいのか!?」

 

 グリムさんの言葉で、彼が誰なのか、わたしにもわかりました。

 

 「身内が倒れたんだ。さすがの僕でも顔を出すよ」

 

 「あなたが、ウーサーさんなんですね。はじめまして、わたしはトネリコ……という名前で、ここでお世話になっている者です」

 

 わたしは、ぺこりと彼に頭を下げました。

 

 「ああ、よろしく。ぼくはウーサーだ。女王の従者として働いている者だよ。……けれど、まさか目を覚ましていた(・・・・・・・・)とは。そこまで把握していなかったな」

 

 彼の言葉に、グリムさんと二人揃って目を丸くしました。

 

 「なに言ってんだ、ウーサー。ライネックならまだ目を覚ましちゃいねぇぞ?」

 

 「いや、僕が言っているのは彼のことじゃない。……君のことだよ」

 

 そう言って、彼はまっすぐにわたしを見据えました。

 

 「え──────?」

 

 「まさか、ライネックからは何も聞いていないのかい?」

 

 彼は一体、なにを言っているのでしょうか。

 

 「女王の伝言(・・・・・)を忘れたのか、ライネック……」

 

 

 「ちょっと待って。伝言(でんごん)って? 女王さまが、わたしに?」

 

 「──────そうだ。君が目を覚ましたら伝えるよう、女王から頼まれていた伝言が、彼にはあったはずだ。けれどその様子だと、まだ君は伝えられていないようだね」

 

 奇妙な悪寒が、背中に走りました。

 

 それを聞いたら。

 今日までのすべてをなくしてしまいそうな。

 そんな予感がしたのです。

 

 「その伝言。ウーサーさんも、知っているの……?」

 

 聞いてはダメだと、思いながら。

 その一方で、知りたいという欲求をもつ自分がいました。

 

 「ああ。……ライネックに伝える気がないのなら、僕の口から伝えよう」

 

 

 わたしは、誰にも聞こえないくらいの小さな生唾を呑んで、

 

 

 「キャメロットの女王から、君への伝言はこうだ。……"カルデア(・・・・)を罠にかけ、予言の子(・・・・)の力が込められた純愛の鐘、これを五つ鳴らし終えたティターニアという娘から、それに用いる錫杖を回収しろ。"」

 

 

 その "おしまい" の言葉を聞きました。

 

 

 

 「え──────、あ──────?」

 

 その言葉が、わたしの中の何かに、響き渡る。

 

 

 

 「っ─────────!」

 

 途端、まるで撃鉄が落ちるように、脳裏に痛みが走った。

 

 「おい、トネリコ!? 大丈夫か!?」

 

 心配してわたしに寄ろうとしたグリムさんを、自らの手を向けて制止する。

 

 「ええ、大丈夫、だから。……ごめんなさい、ちょっとわたしも寝室で横になるわ。教えてくれてありがとう、ウーサーさん」

 

 そうしてわたしは、おぼつかない足どりで、自らの部屋へと戻った。

 

 

 ──────これが。

 わたし(・・・)として過ごす、最後の時間だとも知らずに。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 微睡みの中、()は目を覚ます。

 

 この地そのものが夢であるが故に、この地では夢を見ることはない。

 であればこの景色は、自らの内側。心の核(・・・)に他ならない。

 

 

 "無垢(むく)心理(しんり)領域"。

 

 

 

 

 

 辺りには、一面の()が広がっていた。

 その中で、()だけが、ぽつりと()を放っている。

 

 

 そうして独り、その一面の白を見渡す。

 

 

 「─────────いた。」

 

 

 そんな真っ白な世界で、いつかのわたし(・・・)が、倒れていた。

 

 使いすぎて棄てられた、汚らしい妖精。

 手足をもがれた、落ちこぼれの妖精。

 

 "人の善いわたし" は、虚ろな瞳で何もないソラを見上げていた。

 

 

 ()は、

 そんな彼女にかけるべき言葉を知っている。

 

 

 だから躊躇うことなく、まっすぐにその雑巾のような少女へ歩み寄ろうとして、

 

 

 ぎゅっ、と。

 

 背後から、それを引き止めるように "誰かの手" が私の腕を掴んだ。

 

 大きく振り返ることはせず、ちらりと、掴まれた自身の腕を見る。

 

 

 そこにあった手は、

 まっしろくて、おおきくて。

 そしてなにより、(あたた)かかった。

 

 その(ぬく)もりから、音のない言葉が伝わってくる。

 

 

 "それをえらんだら、きみはきっと、またかなしいおもいをすることになる"

 

 

 この夢の中くらい、忘れていてもいいだろうと。

 辛い記憶にはフタをして、無垢なきみとして。

 このまま過ごしていくことが幸せだろうと。

 

 ああ。

 それが慈悲(やさしさ)であることは、私にもわかる。

 

 

 でも───、

 

 

 「いいえ。……生憎だけど、私はもう、私の生き方を決めたの」

 

 あの日。

 もう()がなかったわたしを生き返らせて、あの人はその生き方を与えてくれた。

 

 

 "それが、みんなにきらわれるいきかたでも?"

 

 

 「──────それでも。お母様(・・・)を知らないわたしなんて、そんなの私じゃないから」

 

 だから今さら、自分の生き方を変えることなんてできない。

 きっとあの時間(わたし)は、ほんの少しの気まぐれで、あってはならない幻想なのだ。

 

 たとえどれほど醜くて、汚らしくて、憐れでも。

 私は、あの人のために生きると決めている。

 

 いつも。いつも。

 わたしのために泣いてくれた(・・・・・・・・・・・・・)、私のお母様。

 

 

 "じゃあ、いってらっしゃい"

 

 

 「ええ。こんな私のために、ご苦労さま。……それから、ありがとう。お節介なかみさま(・・・・・・・・)

 

 

 

 白い手が、私の腕からほどかれる。

 

 

 

 そうして、私はわたしに駆け寄る。

 

 かけるべき言葉は、()のすべて。

 

 

 「目を覚ましなさい、"バーヴァン・シー"。

 悪逆(お母様のため)に生きるの。残忍(自分のため)に生きるの。

 おまえは、そうでなければ生きれない。」

 

 

 その言葉とともに、一面の白い景色は、シミが広がるように漆黒へと染まっていく。

 

 

 そう。これでいい。

 私は、そのためにここにやってきた。

 

 わたしの出番はこれにて、おしまい。

 ここから先は、私が目を覚ます番。

 

 「………おやすみ、人の善いわたし。」

 

 わたしは、暗闇に沈むように溶けていく。

 

 

 そのおわりに。

 

 

 「お───、ねがい──────、」

 

 

 「え──────?」

 

 

 「─────────、

  ───────────」

 

 

 そんな、

 吐き気を催すような、善性(ことば)を残していった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 その夜。一人の少女が、その島に現れた。

 

 

 「………ほう。そういうことか」

 

 その島(キャメロット)の女王は、ほくそ笑んで、オレにその少女を運ぶように命じた。

 

 「その娘は、汝の宿舎で寝かせておけ。そして、もしもその娘が目を覚ましたのなら、今から言う我の伝言(・・)を伝えろ」

 

 「伝言……?」

 

 女王は無言で頷き、

 

 「"カルデアを罠にかけ、予言の子の力が込められた純愛の鐘、これを五つ鳴らし終えたティターニアという娘から、それに用いる錫杖を回収しろ。" とな」

 

 刻みつけるような言霊(ことだま)を、オレに言い放った。

 

 「女王、それは───、」

 

 オレには、その言葉の意味は理解できなかった。

 ただ自身が腕に抱えているこの少女は、なにか大切な役割があるのだということだけは、察することができた。

 

 「……我は城に戻る。予定変更だ。この土地には大規模な舞踏会場(・・・・)を建てることにする。大穴は我が明日中に埋め立てよう。設計図は汝たちに任せるぞ、ライネック」

 

 そう言って、女王は踵を返す。

 

 「ウーサー、島の見取り図はあるか? 土砂の代用となる土地を選別したい」

 

 「はい。それでしたら、城内の倉庫の方に…」

 

 女王とウーサーは、そのまま城へと戻っていった。

 

 

 

 オレは女王の命令通り、目を覚まさぬ少女を抱えたまま、宿舎を目指して森を歩く。

 

 

 夜の森の静寂に、

 自身の足音だけが重なっていく。

 

 

 そんな、物悲しい夜に。

 

 

 「ごめん、なさい──────、」

 

 

 ぽつり、と。

 その少女は、眠りながら呟いた。

 

 「──────!」

 

 思わず驚くも、きっとただの寝言だと思って、なにも返さずに、オレは歩みを止めなかった。

 

 

 「うまくできなくて、ごめん、なさい、」

 

 

 「いつも、迷惑をかけて、ごめん、なさい、」

 

 

 「助けられなくて、ごめん、なさい───、」

 

 

 

 その呟きは、誰に向けて吐き出されたモノだったのだろうか。

 

 

 オレには、この少女の境遇はわからない。

 おそらく、知っても理解などできないのかもしれない。

 

 けれど、あんまりだ。

 

 弱々しく吐露するその少女を見て、先ほど女王が言い放った伝言という名の "命令" を与えることなど、オレには到底できなかった。

 

 

 ああ。わかっている。

 女王の命令に背けば、せっかく目前にまで迫ったあの夢を、叶えることができなくなってしまうかもしれない。

 そんなことは、百も承知だ。

 

 

 それでも──────、

 

 

 

 「幸せになれなくて(・・・・・・・・)、ごめん、なさい───、」

 

 

 

 オレは、"こういうもの" のために、あの夢を願ったのではなかったのか。

 

 孤独で儚げなその顔と姿が、かつて助けられなかった、あの少女(・・・・)と重なった。

 

 であれば、この選択は間違いじゃない。

 たった一人の少女の幸福(・・)も叶えられずに、どうして幸福な世界など叶えられよう。

 

 

 

 「っ─────────、」

 

 

 もうとっくに流し枯れきったその少女の代わりに、オレはただ無言で涙を流した(・・・・・)

 

 

 その日、ライネックという男は。

 女王を裏切る道を選び、そして誓った。

 

 

 この少女の為に。

 オレの()を捧げても、良い と。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして、

 窓から差す朝日で、オレは目を覚ました。

 

 視界の端には、今まさにこの部屋を出ていこうとする、あの少女の姿があった。

 

 

 「トネ、リコ──────?」

 

 

 少女は、振り返ることなく、扉の前で立ち止まる。

 

 

 「どこに、いくんだ───、?」

 

 曖昧な意識の中、少女を呼び止める。

 

 

 「…………ねえ、最後に教えて」

 

 

 少女は顔を向けぬまま、

 

 

 「あの日、どうして私を助けたの。

 ……どうして、お母様の伝言を黙っていたの?」

 

 

 その問いを投げかけた。

 

 

 ああ。その疑問はもっともだ。

 その二つの行為は、余人(よじん)から見れば背反(はいはん)した行動だと思われても仕方がない。

 

 女王の命令を守りながら、

 女王の命令に逆らったのだから。

 

 「それは──────、」

 

 けれど。

 なんということはない。

 

 オレにとっては、どちらも理にかなった選択だった。

 

 単純なことなのだ。

 難しいことではない。

 

 オレは、ただ。

 

 

 「きみに、幸福になってほしかった(・・・・・・・・・・・)から」

 

 

 あたりまえの幸せを、噛み締められる今日を。

 オレは、きみにあげたかったんだ。

 

 

 

 「─────────、そう。」

 

 

 それだけを言い残して、少女は扉を開く。

 

 

 その去り際、

 

 「さようなら。……ありがとう、ライネックさん」

 

 

 微かな声色で、別れの言葉を伝えていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 宿舎を出た先には、どこかで見覚えのある顔をした黒衣の女が、私が来るのを待っていたかのように立っていた。

 

 

 「アナタ、もしかしてムリアン………?」

 

 「残念ですが、人違いです。わたしは、貴方をここへ呼んだ人物の協力者…と言えば、ある程度 理解していただけますか?」

 

 初めて会う相手だったけど、それを言われて、この女のおおよその立ち位置を私は理解した。

 

 「──────そう。ならちょうどよかった。そこの宿舎にいる人間(ニンゲン)たちから、私の記憶を消して(・・・・・・・・)もらえない?」

 

 その言葉を聞いた彼女は、無言で私を見つめる。

 

 「これから私が動く上で、変に知り合い(ヅラ)をされたら面倒だもの。それくらいできるでしょ?お母様の知り合いなら」

 

 彼女を試すように、そう頼み込んだ。

 

 「──────ええ。はじめからそのつもりでしたよ。わたしはあの人(・・・)ほど放任主義ではありませんので。もとより彼らは、本筋に関わってはならない住人です。どのみち、貴方がこの島の女王の下で動くのであれば、もう従者は必要ないと彼女も(おっしゃ)っていましたから」

 

 「なら決まりね。私はこれからお母様に会ってくるから、後のことはよろしく。見知らぬ協力者さん?」

 

 そう言って、彼女と無言ですれ違う。

 

 

 「──────らしくないですね。正直者の貴方が嘘をつく(・・・・)なんて。これから何をしようとしているのか、わたしにはわかりますよ」

 

 そう言って、私を呼び止めた。

 

 「……なんのことかしら。私がお母様に会いたくないとでも思ってるの?」

 

 「いいえ。貴方のその願望は紛れもない本心でしょう。ですが、貴方が "これからしようとしている" ことは、貴方の願望ではないのでは?」

 

 

 どうやらホントに。心底 頭にきたけど。

 この女は、私が考えていることを見透かしているみたい。

 

 

 「ここにいるのは、"夢の中だけの住人" です。現実には影も形も残さない、架空の人々。助けたところで見返りはないし、情を抱いたところで救われるものもない。ただのNPC(端役)にすぎません。……そんな、取るに足らない路傍の石(・・・・)に、貴方は数少ない自由を費やすのですか?」

 

 

 女は言う。

 その行動に、意味などないと。

 誰にも目を向けられぬ道端の石ころに、オマエは語りかける馬鹿なのかと。

 

 

 でも。

 それは大きな間違い(・・・)だ。

 

 

 「勘違いしているようだから、教えてあげる」

 

 

 彼女の方へと、僅かに振り返って。

 

 

 

 「……路傍(ろぼう)の石だったのはね、わたしの方(・・・・・)なの」

 

 

 自嘲(じちょう)混じりに微笑んで、そう答えた。

 

 

 ゴミのように棄てられ、置き去りにされたもの。

 使い潰されるだけだったそんなわたしの、幸福を願ってくれた人がいた。

 

 

 そして、

 

 

 "わたしのために泣いてくれた(・・・・・・・・・・・・・)

  あの人に恩返しをしてあげて───"

 

 

 たとえ夢幻(ゆめまぼろし)でも。

 おとぎ話のような創作(ニセモノ)だったとしても。

 お母様(そんなひと)と同じように、わたしの幸福を願ってくれる人がいたのだ。

 

 

 「────────────、」

 

 

 なにも言い返さなかった彼女を置いて、私は、わたしの最後の願いを叶えるために、その場を後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして、私はキャメロットの港へと到着する。

 

 「さて、どうしよっかな……」

 

 ああは言ったものの、私には島を移動する手段がない。

 適当な島の人間(ニンゲン)を脅して、無理やりにでも船に乗せてもらおうか、などと思案していたら。

 

 

 「おや? こんな早朝から潮風を浴びに来られるとは。海の醍醐味(だいごみ)がわかっておりますね、お嬢さん」

 

 

 いたいた。適当(・・)なヤツが。

 

 そこには、つい先日 会ったばかりの、あの変わった行商人の船乗りがいたのだ。

 

 「おい、(ウマ)ヅラ。ちょっとその船 乗せてけよ」

 

 「(ウマ)ヅラ──────!!??」

 

 困惑する彼に、無言で圧をかける。

 

 「──────構いませんが。なんだか昨日に比べて、ずいぶんと雰囲気 変わりましたか?お嬢さん」

 

 「そう?気のせいじゃない? ……とりあえず、話が早くて助かるわ」

 

 そう言って、彼の船の船尾に乗る。

 

 「……ところで、目的地はどちらまで?」

 

 彼のその言葉に、私は振り返って、

 

 「……人のいない島、ソールズベリー(・・・・・・・)

 

 その場所の名前を口にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 潮風を切って、船は進んでいく。

 

 「どうです?私のビット号の乗り心地は! まさに優雅に草原をかける草食動物が如きクルージング!ああ、船の両脇で戯れるイルカの群れが見えるようですな…」

 

 「見えないけど?」

 

 「お嬢さん、大事なのは想像力。イメージするのは、常に最速の自分ですよ」

 

 彼の言葉を適当に流して、私ははじめて(・・・・)の船旅の景色に目を細めていた。

 

 

 「それにしても、なぜソールズベリーに? 人がいないこともご存知のようですし、もしや一人キャンプ……ソロキャンってヤツですか?」

 

 「は? この私が好き好んでこんな蒸し暑い中、外で寝泊まりなんかするわけねぇだろ。オマエには関係ないから、黙って操縦してろ」

 

 「あ、ハイ。では、間もなく到着しますので、しばしの波の音をお楽しみください……っと!?」

 

 彼の驚いた声とともに、船は唐突に減速する。

 

 「今度はなに……?」

 

 「渦潮(・・)があります。……驚きましたね。ソールズベリー近海で、このようなものを目にするのは私もはじめてですよ」

 

 彼のその言葉を聞いて、私も船首の方へと移動する。

 

 「見てください。砂浜に一隻(・・) 漂着している船があります。可哀想に。救難を要請してあげたいところですが、この渦潮ではそも救助ができませんね……」

 

 「ねえ、島を迂回(うかい)して、別のところから入れないの?」

 

 「構いませんが、ソールズベリーの島は南側にしか船を乗せれる砂浜がありませんよ? 他は切り立った崖になっておりますし…」

 

 「それでも構わないから、早くまわって」

 

 私の指示に渋々(うなず)いて、彼は船を迂回させ、反時計回りに島の周りを進んでいく。

 

 「──────!」

 

 その途中。

 ソールズベリーの島の東側。

 切り立った崖の下に、海と繋がった洞窟(・・)があったのだ。

 

 「ねえ、あそこ。中に入れる?」

 

 「……正気ですか?島そのものには入れますが、ここからでは島の陸にはあがれませんよ?」

 

 「どういう意味…?」

 

 「ソールズベリーには、島の山頂より滝が流れ、それが大規模な川をつくっています。この洞窟は、その川と外海が繋がっている場所なのです」

 

 「だったら、ここを上っていけば島に入れるだろ?」

 

 私の言葉に、彼は頭を振る。

 

 「ソールズベリーの川はかなり崖下を流れておりまして、ロッククライミングの技術でもないと、上にあがるのは困難ですよ」

 

 なるほど。

 けれどそれなら問題ない。

 私の目的は、"島にあがること" ではないのだから。

 

 「なら別にいいわ。いいからこの洞窟を進んでくれる?」

 

 「え?私の話きいてました?」

 

 再び無言の圧を彼にかける。

 それで観念したのか、彼は船を洞窟の中へと進ませた。

 

 

 

 水の流れる音と、滴る音だけが、暗闇の洞窟に響く。

 

 船の船首に取り付けられた明かりだけが、辛うじて進行方向を照らしていた。

 

 

 「……ここ、両脇に下りれる」

 

 人が一人通れるくらいの脇道が、洞窟の両脇にはできていたのだ。

 

 「オススメはしませんよ。なにせ、その脇道の横には、まるで(アリ)の巣穴のようにいくつも洞穴が広がっておりますから。……そしてお察しの通り、魔獣(・・)がいます」

 

 彼は冷や汗をかきながら、そう言った。

 

 「──────そう。じゃあ、私はここに用事があるから、オマエはそこで船を停めて待ってろ」

 

 「さっきからホントに話きいてます!!? 洞穴は複雑に広がっておりますし、上に繋がっているわけでもないのですよ!!? 迷路のように迷って野垂れ死にますよ、お嬢さん!!」

 

 「うっさい。大きな声だすなっての。二日もすれば戻ってくるから、帰りはよろしく」

 

 そう言って、私は船から飛び降りる。

 

 「…………わかりました。私も腹を括りましょう。こんな薄気味悪い洞窟の中で過ごすのは、ぶっちゃけ気が触れそうですが、貴方のお帰りを待ってます、お嬢さん。必ずお戻りになられますよう」

 

 

 彼のその言葉に、振り返ることなく手を振って、私は暗闇の洞穴を進んでいった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 わたし(・・・)の世界は、この暗闇だけです。

 

 "朝のひばり" を、知りません。

 "夜のとばり" も、わかりません。

 "夏のひでり" が、感じられません。

 

 "夢のおわり" は、どこにもないのです。

 

 なので。

 "生まれた理由" はないのです。

 

 だって誰もわたしを知りません。

 わたし()わたしを知らないのです。

 

 いつから、ここにいたのでしょう。

 なんのために、生きているのでしょう。

 

 知らないづくしのわたしには、

 そもそも答えがありません。

 

 

 水は、一日ひとくち。

 食べものは、一日ひとかけら。

 

 それももう、ずいぶんと前に尽きました。

 

 だから、ひっそりと。

 誰にも見向きもされないまま終わるのです。

 

 ああ。"夢のおわり" は、今でした。

 

 

 

 

 ──────でも。

 願い(・・)だけはあるのです。

 

 

 "朝のひばり" が、見たいのです。

 "夜のとばり" が、見たいのです。

 "夏のひでり" を、ただ浴びたいのです。

 

 

 もしも生まれ変われたら、

 そんな希望(・・)に満ちた日々を。

 

 

 そう願って、わたしは瞼を閉じます。

 

 

 

 「─────────みつけた。」

 

 

 そんなわたしのもとへ。

 "暖かな光" が、まっすぐに差したのです。

 

 

 

 そのひとは、青白い不思議な灯りをもって。

 わたしを見つけてくれました。

 

 

 「あなたは、"魔女さま" ですか……?」

 

 天使と呼ぶには少し汚れていて。

 悪魔と呼ぶにはどこか美しくて。

 

 魔女と呼ぶのが、相応しく思えたのです。

 

 

 「そう。………とりあえず、これ食べて」

 

 どさっと。

 水と食べものが入ったかばんを置きました。

 

 

 でも。

 彼女の顔と姿を見ればわかるのです。

 

 傷と泥だらけの手で。

 魔獣たちの返り血に染まった服で。

 

 ぼろぼろになりながら、立っているのです。

 

 

 「いいえ。どうか、それは魔女さまがお食べください。だって、とても頑張ったのだとわかります」

 

 

 「──────私にはいらないものだから。いいから、さっさと食べろ!」

 

 そう言って、彼女は強引にわたしの口へ。

 ちぎったパンと水を飲ませてきました。

 

 わたしはもごもごと、それらを呑み込んで。

 

 「ありがとう、魔女さま。

 わたしなんかのために、ありがとう。」

 

 心からの感謝を口にしました。

 

 

 「………じゃあ、ついてきて」

 

 

 そうして。

 わたしはその魔女さまと手を繋いで、その暗闇を歩きました。

 

 魔女さまの進む先には、綺麗な光の粉のようなものが散らばっていました。きっと道しるべに撒いてきたのでしょう。

 

 「……どうして、わたしの居場所がわかったの?」

 

 彼女の顔を見上げて、そう訊ねます。

 

 「わかるかよ。手当り次第にまわっただけ」

 

 その言葉に、わたしは驚きました。

 だってそこまでのことをされる理由がありません。

 

 「……ありがとう、でもどうして?」

 

 わたしは彼女を知りません。

 でも、彼女もわたしを知らないはずなのです。

 

 

 「オマエの名前(・・・・・・)を、

 知りたがってるひとがいたから」

 

 

 ああ。

 なんて、純粋で素朴な理由なのでしょう。

 

 「ありがとう。でもごめんなさい、魔女さま。……わたし、"自分の名前がわからない" んです」

 

 それを聞いて彼女は、ほんの僅かだけ立ち止まりました。

 

 それは、一瞬の動揺です。

 だって、それはそうなのです。

 

 彼女がここまで頑張った理由を。

 こんなにも、ぼろぼろになりながらやってきた、ただひとつの理由を、わたしは彼女に返せないのです。

 

 「ごめんなさい、本当にごめんなさい、魔女さま」

 

 こんなにも惨めでごめんなさい。

 それだけのこともできなくてごめんなさい。

 

 わたしは、ただ悲しくて、涙が出てきました。

 

 

 「………そう。

 でも、名前がないコトってそんなに悲しい?」

 

 「え──────?」

 

 だって彼女の努力が無駄になってしまうのです。

 それはとてもとても、彼女にとって悲しいことのはずなのです。

 

 「なら、こうしたらどう?

 ま、ただの思いつきだけどさ───」

 

 彼女はなんてことのないように。

 

 「わたし(・・・)の名前を使えよ。

 ──────────トネリコ(・・・・)。」

 

 思わず、わたしは目を丸くしました。

 

 「どうせもう使わないし。

 …大事な名前(・・・・・)だから、忘れんじゃねぇぞ」

 

 

 その名前に。

 どれほどの想いが篭っていたのでしょう。

 

 「──────うん。わかった」

 

 わたしは嬉しくて。ただ、ぎゅっと。

 彼女の手を握り返しました。

 

 

 

 

 ***

 

 

 そうして私は、少女(・・)を連れて船に戻る。

 律儀にも、ちょうど約束の二日が経っていた。

 

 「よくぞご無事で!……そちらの女の子は?」

 

 船乗りもまた、律儀に私を待っていた。

 

 「たまたま見つけただけ。もうここに用はないから、キャメロットまでお願い」

 

 

 少女を船に乗せ、私たちはあの島へと戻る。

 

 その最中、この世界のあらゆるモノに目を輝かせる、その少女の表情が強く私の脳裏にこびりついた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「……ほら、あそこがオマエの家」

 

 船を降り街のはずれに出た私は、そう言って少女にその家を指さす。

 

 「……でも、わたし。なにも覚えてないのに、いいのかな」

 

 「まだそんなこと気にしてんのかよ。……安心しろ、あの家、お人好しの変わり者しかいねぇから」

 

 そう言って、私は少女の背中を軽く押す。

 

 「──────うん。」

 

 そうして心を決め、歩み出す少女を見送って。

 

 「……それじゃ、あの人たちをよろしく」

 

 私は踵を返す。

 

 

 

 その背中に、

 

 

 「────ありがとう!

 大切に───大切にするね!」

 

 少女の言葉が届く。

 

 

 「このお名前、だけじゃなくて、

 あなたの心を、いつまでも、いつまでも…!」

 

 

 

 そんな取るに足らない。

 けれど何よりも輝かしい言葉が、投げかけられた。

 

 

 「──────ああ。そうだったんだ」

 

 こんなのは、ただの気まぐれ。

 あの少女に深い想い入れがあったわけでも、消えゆくわたし(・・・)に同情したわけでもない。

 他人からみれば、取るに足らない彼への恩返し(りゆう)だったのだ。

 

 けれど。

 ただそれだけのことで。

 あの少女が残した言葉が。

 こんなにも胸を温かくする。

 

 「だから、私を助けてくれたの? ……お母様」

 

 

 ようやく気づけた。あのひとの理由。

 だから、あの少女に礼を言うべきなのは、私の方だったんだ。

 

 

 「……違う。

 教えてくれて、ありがとう。」

 

 感謝の呟きは、か細く僅かに。

 けれどその想いは、心へ確かに。

 

 

 さようなら、幼いわたし。

 たとえ夢幻に終わっても。

 胸に残る星の鼓動。

 誰かの愛(・・・・)は、やがて誰かの(むね)に届くでしょう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 港に戻った私は、独り海を眺める。

 

 「少しお休みになられては? ……あの二日間、ろくに眠っていらっしゃらなかったでしょう」

 

 あの船乗りが話しかけてきた。

 

 「アナタ、まだいたんだ。もう用はないからさっさと消えてもらって構わな───、」

 

 い、と言いかけた手前で。

 

 どこからか、鐘の音(・・・)が響き渡った。

 

 「おや。ここ最近、よく耳にしますね。これで三回目(・・・)でしたか?」

 

 それで。

 自分のやるべきことを思い出した。

 

 「ねえ、この鐘について、アナタ詳しく知ってる?たとえば、鳴らす順番とか」

 

 「いえ、特には。……ですが、ここ最近ロンディニウムに来られた旅人の方たちが関わっていらっしゃるそうで。なんでもあちこちの島を巡ってるそうですよ。……順番に関しては、彼ら次第なのでは?」

 

 「……そう。なら追っ払って無理やり六つ目にさせるしかないか」

 

 独り呟く私に、船乗りは首を傾げる。

 

 「ねえアナタ、ひとつ頼まれてくれない?」

 

 「既にひとつどころではないくらい色々と頼まれておりますが、なんでしょう」

 

 「そのロンディニウムの旅人たちとやらに、"鐘を五つ鳴らさなきゃキャメロットは門前払いにする" って、伝えてくれる?」

 

 船乗りは、その理由を理解できずとも頷いた。

 

 「では、おまかせを。Umazon(ウマゾン)はメール便の配達も(うけたまわ)っておりますからね」

 

 一体いくつの事業をまわしてんだ、コイツは。

 

 「しかし、さすがの私も今日明日くらいは暖かいベッドでぐっすりと眠らせていただこうと思います。お嬢さんもどうか、お休みになられてください」

 

 「ええ。……ま、それくらいは許してやるよ」

 

 そう言って、私はその船乗りと別れる。

 

 目的地は今度こそ。

 あのお母様が待つ "キャメロットの城" だ。

 

 

 

 ***

 

 

 けれど。その城に辿り着くよりも前に。

 私は衝撃的なモノを目にした。

 

 

 島の中央。

 大きくそびえ立つ、ドーム型の建築物(・・・・・・・・)

 

 「なに、これ──────?」

 

 はじめて目にするその異物に、目を丸くしていると。

 

 

 「"ダーリントンの歌舞会(ケイリー)"。……この島の女王と住民が、貴方のため(・・・・・)に建てたダンスホールですよ、トリスタン」

 

 背後から、あの黒衣の女に声をかけられた。

 

 「アナタ、どういうこと……? だってもう、あの人たちはみんな…」

 

 「ええ。約束通り、彼らが貴方と関わることはもうありませんよ。……ですが、たとえ記憶を消したとしても、その過程で築き上げたもの(・・・・・・・・・・・・)だけは、消すことはできませんから」

 

 女は、コホンと咳払いをして。

 

 「そ、れ、と! またしても女王からの伝言になりますが、"カルデアの皆さんが来訪してくるまでの間、このダンスホールを貴方の持ち場にする" とのことです」

 

 そう、僅かに微笑んだ。

 

 

 「──────そっか。」

 

 

 それはいつか願った、私のしたいこと(・・・・・)だった。

 

 

 ここが。

 私のための、居場所だというのなら。

 

 私は望まれるように。望むように。

 

 

 「それじゃ、最ッ高の踊りを魅せねぇとな?」

 

 

 どうか、そのおわりが訪れる時まで。

 ──────私は、ここで踊り続けましょう。

 

 

 

 ここまでが、私の "余聞"。

 ここから先は、私のしたいこと。

 ここに残したのは、わたし(・・・)(はなし)です。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして。時は最後の日(・・・・)に至る。

 

 "復興のお祭り" を終えて、私はカルデアの船から、遠ざかるあの島(キャメロット)を眺めていた。

 

 

 「どうかしたの、トリスタン」

 

 そんな私に、あの予言の子(・・・・)が声をかけた。

 

 「───別に。オマエには関係ねぇよ」

 

 私のその言葉に、そっか、と言いながらも、彼女は同じく隣で遠ざかる島を眺め出す。

 

 その姿をちらりと横目で見た時、どこかで見覚えのある白い花の髪飾り(・・・・・・・)が、彼女の頭に飾られているのが目に入った。

 

 

 それで、ふと。

 

 

 「なぁ、ティターニア。馬鹿げたこと聞くけどさ」

 

 「───うん。」

 

 「"誰もが許し合う世界" なんて、あると思う?」

 

 そんな私の言葉に、しばし彼女は目を丸くする。

 

 それが気まずくなって、

 

 「わるい、やっぱ今のナシ」

 

 そう取り消した私に、

 

 「うん。少なくとも、"私たちの世界" では、できなかったよ」

 

 彼女はそう答えた。

 

 

 ああ。言えてる。

 その言葉を、私は否定できない。

 

 

 「────それでも(・・・・)、まだ。

 "()の世界" は、終わりじゃないから」

 

 その言葉に、今度は私が目を丸くした。

 

 

 「何百年、何千年。……ううん。もっともっと先かもしれない。でも、"その先がある" っていうのは、それだけで希望(・・)に溢れてると思うんだ」

 

 私たちの世界はここまでだったけど。

 "アイツらの世界" なら、きっと。

 

 今はまだ程遠くても。

 きっと叶えてくれると信じている。

 

 彼女はそう言っているのだ。

 

 

 「……そんな手に入らないもの、本気で信じてるんだ、オマエ。自分で言ってて、虚しくならない?」

 

 「そうかな。……うーん、これは誰か(・・)の受け売りなんだけど」

 

 彼女は少し照れくさそうにしながら、

 

 

 「ありもしない()を探すのは、

 寂しいけど、ちょっとだけ楽しいよ。」

 

 

 

 噛み締めるように、そう口にした。

 

 

 「……ふーん。オマエ、もっと悲観的なヤツじゃなかったっけ? 誰かさんの楽観的なウザさが移ってない?」

 

 少し面白がって、そう馬鹿にする。

 

 「し、失礼な!聞いてきたのはそっちじゃん!」

 

 彼女は顔を赤らめてムキになった。

 

 

 その姿を揶揄(からか)ってひとしきり笑った後、

 

 

 「────まあ、でも。それなら、別にいいか。」

 

 

 私のしたいこと(・・・・・)は、もう叶っている。

 だったら、最後の最後は。

 

 そんな馬鹿げた希望(・・)に。

 誰もがくだらないと思う理由に。

 

 託してみてもいいかもしれない。

 

 

 ねえ、お母様。

 もしもそんな世界になったら、

 そこは。お母様の居場所(・・・)に、なってくれるかな。

 

 

 

 

 『蘇芳』-了-

 

 




 
 
 
 まずは、ここまでお読みくださいまして、誠にありがとうございました。本編の与太話……余聞も、これで最後となります。楽しんでいただけたのなら感無量です。
 
 いやぁ、それにしても2部6.5章のトラオム、面白かったですね〜!やはり東出先生は、サーヴァント同士の関係性や、彼らの()としての"第二の生"の描き方が大変趣深くて尊敬するばかりです。……え?そんなことはいいから早く今回の補足を話せって? ハイ、わかりました。()
 
 というわけで、話は逸れましたが、今回描いた最後の余聞は、とある少女とその幸福を願った誰かの話でした。
 
 
 ・忘れた少女
 
 幸福を願われた少女。
 あえて空白にしていた彼女の時間を、与太話ってなんだっけ?と思ってしまうくらい、今回はがっつりと書いてしまいました。最後だし、別にいいよネ!
 冒頭、彼女が記憶ごとその悪性を忘れ去っていたのは、"呪い"の厄災を切り離して召喚したことによる副作用でした。ですが、彼女の母への想いを受けて、お節介な神は手を解いて見送り、ふたたび悪の華は咲くことになったのでした。
 自身の言葉に嘘偽りをのせない彼女ですが、実は余聞ではなく本編の方で、彼女は二回(・・)ほど嘘をついています。そのふたつはどちらも、彼女が自分自身の善良さを露呈させないためのものなのですが、そのうちのひとつが、ティターニアの錫杖を奪いその理由を語った際、「召喚されてから真っ先にお母様に会いに行った」という部分です。その後、すぐにランスロットたちから、その穴だらけの言葉を看破されておりますので、わかりやすかったでしょうが。
  二つ目の嘘も同じく第七節にて。こちらもわかりやすい反応なので、すぐ見つけられると思います。(ちなみに最終節の "UMA" を言ったと言い張る嘘は、邪神の見せた幻なのでノーカンね!)
 
 また、黒衣の少女───BBちゃんは彼女の来訪時から、ずっと監視し、なんならどこぞの妖精さんを偵察に行かせたりもしましたが、深い介入は、最後の最後までしませんでした。それもそのはず。善良でありながら、"たった一人のため" に悪逆に生きる道を選んだ彼女に、何か思うところがあったからでしょう。
 その温かな時間の価値を知る、路傍の石であるが故に。
 
 
 ・忘れぬ男
 
 幸福を願った男。
 「迫害、裏切り、喪失。そういった悲しみを抱えた者でも笑って暮らせる國をつくりたい」という夢を彼が最初に抱いたのは、その魂の根っこに、どれほど生まれ変わっても潰えぬ、誰かの後悔(・・)があったからなのかもしれません。
 女王たちの準備期間に旅をしていた彼らですが、どの島も女王たちの偏った夏の思想が介入した楽園だったので、彼の夢は叶えられずじまいでした。(例を出すと、グロスターは "娯楽" のみに傾倒、オークニーはその骨子が"恋のため"であったから)
 そんな彼にとってキャメロットは、思い描いた理想の世界を描ける余白があったのです。その理由は、「"罪" を体現する純愛の鐘がないこと」なのですが…話が逸れるので後述します。
 やがて彼は、そんな日々の中、唐突に現れたその悲しみの少女に、たった一人すら救えなかったかつての自分を思い浮かべ、"次こそは" と己の夢を捨ててでも助けようと決心するのでした。
 
 
 ・忘れられた少女
 
 幸福を願わない少女。
 彼らがソールズベリーで出会った、人なしの森の少女。
 彼女の立ち位置は、バーヴァン・シーの合わせ鏡でありながら真逆。"自分で自分を使い潰していた" 少女です。
 川に転落後、なんとか洞窟にあがることで一命を取り留めていた彼女ですが、魔獣蔓延(はびこ)るその洞窟で、逃げることも助けを呼ぶこともできずに、彼らから渡されていた食料を食べながら数ヶ月生き続けていました。その孤独の時間は、やがて彼女に諦観という名の絶望(・・)を与えました。…そうしてその今際の際、唯一にしてただひとりの "救世主" が訪れたのです。
 お察しかと思いますが、トリスタンが少女を救出した際の時間軸は、本編でティターニアたちがソールズベリー、最後の四周目を攻略中の時です。なので、あの少女が記憶をなくしていたのは、ヴリトラによる "この島での経験と記憶の没収" という常夏領域を受けていたからでした。
 キャメロットに帰還し、トリスタンが少女を見送った後、無事にティターニアたちの手で鐘は鳴らされましたので、少女はあの後しっかりと記憶を取り戻しています。
 ちなみに数ヶ月も前に亡くなったと思われていた少女をトリスタンが探しに行こうとしたのは、生きているという確信があったからではありません。仮に亡くなっていたとしても、彼女は蘇生させるつもりだったのです。
 かつて自らの母が、そうして自分を救ってくれたように。
 
 
 そしてここからは、先ほど後述すると言った、少し難しい設定面の話を。長いので本編ではあえて語りませんでした。
 冒頭、BBちゃんが「ここは楽園でありながら、楽園ではない場所。同じく偽りの姿だから彼女たち(妖精騎士)は、その矛盾に照応させて呼び出せる」と仰っていましたが、これはこの特異点の成り立ち、原理を指したセリフでした。
 
 この特異点は、"星の内海"という元々が楽園の場所でありながら、別の(・・)楽園の姿をカレンは描きました。この行為はそもそもが星への冒涜、罪深いことに他なりません。加えてそれぞれの島を形成する純愛の鐘は、元々は "罪を認めた妖精の証" である巡礼の鐘とそれに結びつく、楽園の妖精の力が由来なのです。
 そのため、この特異点の常夏領域は、因果(いんが)的に罪源(ざいげん)……すなわち"七つの大罪"がモチーフとなっています。
 グロスターであれば、
 「恐怖心という自己を尊重する傲慢(・・)
 ノリッジであれば、
 「自身の空想を現実に写し出す強欲(・・)
 ソールズベリーでは、
 「他者の経験を羨んで奪い去る嫉妬(・・)
 オークニーならば、
 「恋情に己の身も心も委ねる色欲(・・)
 オックスフォードでは、
 「空腹感から自分を抑えられぬ暴食(・・)
 ロンディニウムであれば、
 「諍いを失くし誰もが忘れた憤怒(・・)
 ……といった風に。
 
 常夏領域を、あえて真っ当に名付け直すのであれば、『楽園罪理(ギルト・アヴァロン)』といったところでしょうか。
 なぜキリストにおける大罪を?となるかと思いますが、それは媒介となったカレンが、生前はその道の人物だったからです。
 そして、あれ?六つしかなくね?と思ったそこの貴方、ズバリその通り。ですが思い出してください、そもこの特異点そのものが、カレンと楽園の妖精の二人がかりで出来た常夏領域(・・・・)でしたよね?
 
 なので最後のひとつは、この特異点すべて。
 「いつまでも幸福な夢に微睡む怠惰(・・)」なのです。
 
 なぜ "怠惰" だけが、他の六つを束ねる大罪として在るのかと申しますと、そも怠惰こそが、あの世界───ブリテン異聞帯における最大の罪にしてはじまりの罪。"聖剣を造ることをサボった" という怠惰だったからです。
 
 なので妖精騎士の三人が、あの方法で介入できたのは、この "罪を羽織っていながら、楽園の姿をしている" 特異点と同じく "罪を羽織っていながら、正義の騎士の姿をしている" という矛盾に照らし合わされていたからなのでした。
 
 
 と、いうわけで!FGO第二部第六章のアフターを描いたこの二次創作も、これにて正真正銘のおしまいです。この作品の更新は、これで完全に終了となります。
 この二次創作の原点であるFGO第二部第六章「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」も、配信から一年が経ちました。あっという間ですね!
 そしてただのファンが夢想した、その先の "もしも" を描いたこの物語、そしてさらに先の観測者をもたぬ番外編。こんな枝葉の先の先まで読んでいただけたのなら、作者としては大変喜ばしいかぎりです。
 
 かの妖精王が抱いたように。
 この物語も、いずれは最後のページとともに忘れ去られ、置いていかれます。ですがそれでも、その後に残り続ける、権利があったのなら。
 
 この物語を愛していただけましたら幸いです。
 
 改めまして、本当に最後までこの作品をお読みくださり、誠にありがとうございました!
 
 
 それでは、またいつか。
 文章を通して、お会いしましょう。
 
 


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