元男子高校生、現最強魔術師候補——彼女面メスガキが住み着いた我が家に同居人が増えました。 (草葉 ヤス)
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第一話   不知裕介は木綿豆腐と女子校生を拾う

 

 パパ活、援助交際、神待ち。

 それは、家に居場所がない少女や何らかの理由で家に帰る事が出来ない少女が、経済的余裕のある成人男性を頼り夜を明かす宿や食事などを求める代わりに何かしらを提供すると言う、限りなくブラックに近いグレーラインに存在する社会問題だ。

 多様化や社会問題の発生によっておこる様になった社会現象の代表は、魔術と科学に共和によって他の国や都市に比べて大きく発展しているこの進化特区オリュンパスでも時折発生する。

 巡回している警察官や民間警備員の数が多いオリュンパスでは外に比べて数が少ないものの、完全にゼロになっているという訳では無い。

 

 さて、なぜ突如そんな話が持ち上がったのかというと、今現在それらしき状況が目の前で起こっているからだ。

 進化特区オリュンパス内の第七居住区内にある小さなコンビニエンスストアへつながる路地。チカチカと揺れる電灯の光に照らされるメデューサの様に曲がりうねった髪の毛を持つ一見普通の男子高校生、不知(しらず)裕介(ゆうすけ)は、同じマンションの一室で暮らす同居人からの頼みを受け、今夜の晩飯となる鍋の具材、木綿豆腐を買うため夜の帳が降りた街中を歩き、コンビニへ向かっていた。

 

 住居のマンションの周囲には、家賃の値段に影響を及ぼす程にスーパーマーケットと言う物が無く、複数のコンビニエンスストアを豆腐を求めて彷徨っていた裕介だったが、次こそあると良いな、と考えながら足を運んだ自宅から少し離れたコンビニの前、駐車場にて見るからに自分とほぼ同年代だろうと思われる栗毛の少女と、その少女に声を掛ける汗かきの小太り中年が会話している場面に遭遇した。

 

「ね、ねぇ。よ、良かったらウチ来ない?ほら、君ずっとここにいたよね……」

「えっ?……良いの?」

「う、うん。ほら、ご飯もいっぱいあるし、ゲームも、あと、漫画も沢山あるから、ね、ね?」

「ホントッ!?行く行くッ!」

 

 会話の内容だけであったとしても、何処となく危険な香りがたつ危なげな会話。

 それを放しているのが、土埃で汚れた灰色のフード付きパーカーと足を大胆に露出したホットパンツを身に纏った、顔に生気の無い少女と見るからに下心があるとわかる成人男性となると、もはや弁明の余地も無いだろう。

 この場にお巡りさんがいれば、何のためらいも無く肩に手を置き、ニッコリと微笑みながらパトカーの車内へと案内するだろう。

 

(あのおっさん、露骨すぎだろ。それにアイツも気づけよ。めっちゃ胸と足見られてんぞ)

 

 豆腐を求めて歩き回っていた足を止め、明転を繰り返す舞台の様に光が揺れる電灯の下に留まった裕介が、眉を(しか)めて目の前の二人を眺める。

 

 ご飯、と言う単語に反応して目を輝かせている少女は、薄汚れた衣服やどことなく痩せているような印象を抱かせる頬を見るに、家出中か何かだろうか。スラリと伸びた足やキラキラと輝かせる顔に傷らしきものが一つもない所を見ると、少なくとも家庭内暴力等による家出ではない様に思える。

 それに対し少女に声を掛ける中年男性は、何処にでもいるようなサラリーマン風だ。少しばかり腹部が出ている事と、鼻の下をこれでもかと伸ばしている事と、ギラギラと血走った眼で少女の真っ白な太ももやパーカー越しでもわかる程膨らんだ胸部をチラチラと眺めている事を除けばどこにでもいるサラリーマンだ。

 

(……正直、おっさんともあの女とも面識はねぇけど、流石に……)

 

 舞台の上で俳優が探偵の扮装をして考えるように、裕介もまた明転するスポットライトの下で小首を傾げて目の前に広がる光景に対する行動を思案する。

 

 一番簡単でリスクもメリットも無い手段としては、何も見なかった事にしてこのままコンビニの中へ入ってしまう事だ。少女と中年どちらの名前も知らない間柄だ。ただの通行人として隣を通り抜けたところで何かが起こる事は無いだろう。

 しかし、その手段では胸の内に何とも言えない後味の悪さの様な物が残るだろう。今目の前に広がっている光景が、ほんの数時間後にどういった光景になるかなど、そういった女性との経験がない裕介にでもわかる。そしてそれが、少女にとって望んでいた物とは違うのもまた明らかだ。

 それを止められる立場にいて、それでいて止めないと言う手段を取ったと言う事が心の内に杭として残るだろう。

 

 次は目の前の二人の会話に割って入り、あの中年を退ける事だ。正義感に満ち溢れたヒーローの様に、ちょっとあなた達何してるんですか、と声を掛ければ、少なくともあの中年には動揺も走るだろう。

 何せ、あの少女は見るからに未成年だ。それはあの中年もわかってるはずで、そしてこのオリュンパスであっても未成年に手を出すと言う事は社会的な死を意味する事だ。あのスーツ姿から見ても、あの中年がこの事を勤務先に知られるのは避けたいだろう。

 しかし、その手段では万が一の場合こちらが手傷を追う可能性がある。人を見かけで判断してはいけません。母の教えから考えるに、あの中年がいきなり豹変して襲い掛かってくる可能性も決してゼロではない。

 無論、対抗する手段が無い訳では無いが、無益な争いを行うのは裕介にとっても好みではないし、リスクを伴い行動もまた好みではない。

 

 ならばどうするか。裕介が一度目を閉じ、肺の中により多くの空気を集めるように息を吸い込んで生まれた、選ぶべき手段は実に効率的な物だった。

 

「おまわりさ~ん!あのおっさんが未成年淫行しようとしてます~!!」

 

 国家権力の体現者、すなわち警察官(おまわりさん)へ報告する事だった。

 地面にそびえ立つように両足に力を籠め、ピンと伸ばした右腕でコンビニ前の二人を指差し、もう片方で手を口の横へ添えメガホンの様に使い、少女や中年からは死角となっている別の路地へと声を荒げる。

 無論、こんな時間に人通りがほとんどない寒蘭とした住宅区を見回っている警察官といない。

 裕介が声を飛ばした路地の奥にも、警察官どころか人影一つ見当たらない。しかし、それがわかるのは路地の様子を確認できる裕介のみだ。

 少女と中年からは死角となっていて確認が出来ない。そして確認が出来ない状況では、人は自分にとって都合の悪い方を考えてしまう。

 

「な、なっ!?そんなつもりじゃっ!」

 

 ジロジロと少女の体を舐めるように眺めていた中年の顔が一気に青ざめ、ワタワタと両手を振り回しながら慌てだした。一方、少女はと言うと何が起こったのか分からない、と言った様子で目をパチパチと瞬かせながら裕介と中年に視線を向けていた。

 

「本当に、そんなんじゃないからぁっ!」

「えっ、あっ、ちょっと!?」

 

 バタバタとせわしなく両腕を振り回していた中年だが、裕介が顔を向けていた路地から警察官が姿を表さない事、裕介の声がまるで遠くの誰かに声を掛けるように大きなものであった事から、警察官がすぐに来れる距離ではないと考え、そして脱兎のごとく逃げ出す。

 その動きは小太りな体型には見合わない程俊敏な物であり、歳を感じさせない程に軽やかな走りだった。

 取り残された少女は走り去った中年の後ろ姿へ慌てたように手を伸ばし、何か抗議するような声を零す。そして中年の姿が見えなくなったところで、しおしおと萎むようにその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 それを見た裕介が、少し駆け足気味に少女の元へ駆け寄る。

 

「おいアンタ。大丈夫か?」

「……ッ!」

 

 突如床にしゃがみ込み、一見すると体調でも悪いのかと思えてしまう様な素振りを取った少女へ駆け寄った裕介に与えられたのは、声を掛けた少女からの敵意の籠った視線だった。

 夜明け前の透き通った空の様な、光り輝くアメジストの様な、そんな瞳に怒りを籠めて、鋭い視線を裕介へとぶつけてくる。

 

「もうっ!あのおじさんご飯くれるって言ってたのにっ!」

「……いや、あれ絶対体目当てだったろ。あの目つき思い出してみろよ」

 

 鋭い視線に身を貫かれながら、はぁ、と小さなため息を零しながらスチールウールにうねった髪を掻きながら、少女へ言葉を返す。

 裕介の言葉を聞いた少女は不満そうに眉を(しか)めながら数秒程黙りこくり、そして何かに気づいたようにパッと目を見開かせたと思うとワナワナと小刻みに震えだして顔を真っ赤に染めた。

 どうやら先ほどまでの状況について、理解が出来たようだ。

 

「あのなぁ。何があったのかは知らないけど、もっと自分を大事にだな」

「う、うん。そう、そうね。ありが……」

 

 とう、と続くハズだったであろう言葉は、突如周囲に響いた地響きの様に大きなぐぅぅぅぅ、と言う音にかき消されてしまった。

 音からして誰かの腹の音なのだろうが、この場には雄介と謎の少女の二人しかいない。更に、その少女が腹を抱えるように両腕を回して力なく頭を下げていた。

 つまり、この音の出所は目の前の少女であり、そしてその少女は物凄く腹が減っているのだろう。

 

「うぅぅ……。お腹、空いたぁ…………」

 

 掻き消えるような、掠れた力弱い声が少女の口から零れる。

 土埃で汚れた衣服や生気が感じられない顔から見るに、もう長い期間食事を取っていないのかもしれない。

 

「……とりあえず、俺の家来るか?腹減ってんだろ?」

「えっ?ご飯あるっ!?」

「まぁ、豪華な物ではないけどな」

 

 毒も食らわば皿まで、乗り掛かった舟と言う言葉がある通り、この場で少女を見捨てていくわけにもいかない。

 それこそ、知らぬふりをして少女と中年から目を逸らした場合以上の杭が胸の内に撃ち込まれる事になるだろう。このままこの少女を捨て置けば確実に野垂れ死ぬ。

 

(しかしコイツ、身の危険って言うのを考えないのか?)

 

 つい先ほど全く同じ手口であの中年に釣られそうになっていたと言うのに、数分も開けずに同じ手口で警戒心を失った少女を見て頭に小さな鈍痛が走る。

 しかし、少女の様子から見ても余程空腹が応えているのだろう。それに変に警戒されてもこの先面倒なだけ、と独りでに納得して視線を少女からコンビニへと向けて足を動かす。

 

「……もしかして、そこが君の家?」

「な訳あるか」

 

 学園祭の高校生漫才ですら出ないようなひねりの無いボケを言ってのけた少女へ鼻で笑ったような言葉を返す。

 いや、ここで待っていろ。や、ちょっと買い物がある。と言わなかった自分にも非があるか、と考えて裕介が足を止めて少女へと視線を向ける。

 

「ただ豆腐を買ってくるだけだよ」

 

 目の前の少女の事も重要だが、ひとまずは同居人から頼まれた木綿豆腐の確保も同じように重要なのだ。



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第二話   空腹ギャルと世話焼きプンプンメスガキ

 

 夕飯の具材にと同居人から木綿豆腐の買い出しを頼まれた不知(しらず)裕介(ゆうすけ)は、木綿豆腐と家出少女を手に入れ、鍋の準備をして裕介の帰宅を待つ同居人がいるマンションへと戻って来ていた。

 築十五年のワンルームマンション。生活空間である室内であれば幾らか小奇麗にも見えるマンションだが、残念な事に外見は少しばかりボロい。

 この九階建てマンションの五階にある一室が、裕介と同居人が生活を送る場所だ。

 昇降音がやたらとやかましいエレベーターに乗って五階へ上がり、自室となっている角部屋まで通路を進む。

 

「わっ、いい匂いしてきた!」

 

 隣の家出少女がエレベーターを降りてすぐ、小さな鼻をクンクンと動かして通路内に漂っている暖かな食事の匂いを嗅ぎつけた。

 時刻は夕飯時より少しばかり後ろにズレた時間。恐らく裕介宅以外にも夕飯の準備をしている部屋があるのだろう。様々な匂いが入り混じった匂いが心地よく鼻をくすぐり、空腹感を刺激する。

 

「ねぇ、ご飯って何?」

「石狩鍋って聞いてるけど……」

「鍋?もう夏になるのに?」

「鮭が安かったんだとさ」

 

 我が家の夕飯が石狩鍋である事を聞いて、小首を傾げる家出少女。

 確かに徐々に気温が上がってきているこの季節にこぞって食べるような料理では無いが、元々季節にあった料理を食う事なんてほとんど無い裕介にとっては食事に季節は関係ない。

 夏に鍋を食う事だってあるし、冬にそうめんを食う事だってある。そもそも部屋の外がどれだけ暑かろうが寒かろうが、部屋の中は備え付けのエアコンが尽力しているお陰で常に同じような室温を保っている。

 故に熱いから、寒いからとメニューを決める事はほとんど無いのだ。

 

「……もしかして君以外にも住んでる人いる?」

「ん?……あぁ、そう言えば言ってなかったっけ。俺ともう一人同居人がいるんだ。飯の準備をしているのもそいつ」

「その人に断られてご飯お預けとか無いよね……?」

「いやまぁ、説明すれば大丈夫だろ。多分」

「多分……」

 

 まだ見ぬ同居人を想像し、その同居人から自宅に上げる事を拒否されて食事にありつけない事を想像した家出少女がおずおずと胸の前で指を絡めながら、縋るような視線で裕介を見つめる。

 そう言われてみれば同居人の許可など一切取らずにここまで連れてきてしまったのだが、流石に野垂れ死にそうだった少女を無視できなかった、と言えば快く、とまではいかなくとも受け入れてくれるだろう。

 そんな事を考えながら通路の一番奥まで進み、扉の前でポケットの中から自宅の鍵を取り出して扉の鍵を開ける。

 

「靴は適当に脱いでくれ。スリッパ的なのは我が家じゃ使わないから、そのまま上がって良いぞ」

「う、うん。おじゃまします……」

 

 見慣れた玄関で履いていた靴を乱雑に脱ぎ捨て、自分の跡に続く家出少女を招き入れる。

 家出少女は他人の家にあがる事が無かったのか、妙に緊張した様な面持ちでチラチラと左右を見渡して警戒感を出しながら玄関へと入って来た。

 

「おかえりなさいっ!随分時間掛かったけど、どうかし、たの…………誰?ソイツ」

 

 ひとまず台所かリビングにいるであろう同居人へ買ってきた豆腐を渡そうと振り返ったところで、部屋の奥からパタパタと軽快な足音が鳴り響き、そして底の無い深海の様な藍色をした短髪と明るく光る金色の瞳を持つ小柄な少女メア・フォーメルンが首から掛けたエプロンの裾で両手を拭きながら、裕介たちがいる玄関まで駆け寄ってくる。

 

 そして、コンビニ袋を手に下げている裕介の姿を見てパァッと表情を明るくしてから、裕介の隣にいる小汚いフード付きパーカーを着ている少女を見て表情を険しい物に変えてギラリと視線を鋭くした。

 家出少女の方も、裕介の同居人が女性だと言う事は考えていなかったようで、部屋の奥から駆け寄って来た年下にも見える幼児体型の少女を見て、目を大きく見開かせている。

 

「あ~、もしかして君って結構プレイボーイ?」

「違う。コイツはそんなんじゃなくて、居候みたいなもんだ」

 

 前方のメアから鋭い批難の視線を浴び、後方の少女から疑惑の帯びた視線を浴びた裕介が髪を搔きながら向けられる視線から逃れるように視線を逸らして廊下を進む。

 そしてリビングへ通じる扉よりも手前にある扉を開いて、中からバスタオルを一枚取り出して家出少女へと投げつけた。

 

「とりあえず、一度シャワー浴びて来い。洗濯機も使っていいから」

「へっ?あ、うん。ありがと」

 

 裕介が会話の内容をすり替えるべく、家出少女へと投げつけて脱衣所へつながる扉を指差す。

 それを見てハッと目を見開かせて自分の衣服や体が汚れている事に気づいた少女が、ぺこりと頭を下げてパタパタと足音を立てて裕介が指さした脱衣所へ姿を消していく。

 

 廊下に取り残されたのは、ドロドロとした底の無いような瞳で裕介を見つめ続けるメアとその視線から目を背けて冷や汗を流す裕介のみだ。

 

「……で、誰なの?アイツ」

「………拾った」

「へぇ~。ボクと言う物がありながら、家に女の子を連れ込むんだ」

「い、いや。別にそう言うのじゃなくて……」

 

 小さな体から放たれる巨大なプレッシャーに背を丸めながら、裕介が歯切れ悪くポツポツと言葉を零す。

 しかし、同居人であるメアに断りも無く家にあの少女を連れ込んだ事には非があるとは思うが、ミアがここまで頭に血を昇らせている原因はわからないままだ。

 何やら浮気が交際相手にバレた時の様な言葉をぶつけてきているが、別にミアと裕介が男女の仲と言う訳では無い。

 

 しかし、そんな事は関係ないとばかりに敵意を孕んだ視線をぶつけてくるメアに返す言葉も見当たらない。

 そしてミアの機嫌を直す言葉もまた見当たらない。ならばせめてと、裕介は右手に持っていたレジ袋をメアへと差し出す。

 

「豆腐、買って来たぜ」

 

 せめて頼まれていたお使いは果たしたぜ、とおずおずとレジ袋に入った木綿豆腐を差し出すのであった。

 



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第三話   カノシャツには胸が大きすぎる。だから彼女はカレシャツした。

 進化特区オリュンパス第七居住区の外れにある古びたボロマンション。 

 そのマンションの一室では、二人の少年少女が重苦しい空気の中、リビングの中央に置かれた折り畳み式のローテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。

 二人の間には浴室から響いて来るシャワーノズルからお湯が流れる音だけが悲しく響いている。

 

「ふ~ん……。それで、放っておけないから連れ帰って来たんだ」

「あぁ。流石に野垂れ死にさせるわけにもいかないだろ?だから別に他意がある訳じゃ……」

 

 蛇に睨まれた蛙、妻にキャバクラ名刺を見られた夫の様にジトっとした不満げな視線を向けてくるメアに背中を丸くしながら、必死に弁明を続ける裕介。

 会話の内容的には嘘など一切ついていない。裕介自身、あの少女相手に何か下心があった訳では無く、正義感のみでこの家まで連れ帰って来たのだ。

 それに自宅にはメアが帰りを待っている事も理解していたし、邪な話メアがいる以上そう言った行為に発展する事は無い断言出来る。

 

「なっ?飯と一泊ぐらい良いだろ?頼むよ、お前もアイツが野垂れ死ぬのは後味悪いだろ?」

「んむぅ……。まぁ、そりゃそうだけど……」

 

 頭の上で両手を合わせながら頭を下げ、拝むような体勢になって裕介が必死に頼む込むと、メアは複雑そうな表情を浮かべながら言葉を言い渋った。

 心の底から彼女を受け入れる事を拒絶している訳では無いようだが、他に何か懸念点がまだ残っている。そう言った面持ちだ。

 メアが小さな胸の前で両腕を組み、目を細めながらむんむんと(うな)りながら頭を捻る。そうして数秒程(うな)ってから、はぁ、と小さくため息を零して口を開いた。

 

「別に、お米は明日の朝用に多めに炊いているし、鍋も多いぐらいだったから問題は無いんだけど、そもそもあの人ご飯食べて一日泊ってハイお世話になりましたサヨウナラ、ってなるの?」

「……ん?」

「だって、あの顔つきや服の汚れから見て数日はまともな生活を送ってない事になるよ。多分、家出か何かの事情があるんだろうけど、明日以降の泊まる場所とか、食べるご飯とかはあるの?」

「……あ~………」

「きっと君の事だから後先考えずに連れて来たんだろうけどね。……まぁ確かに放っておくわけにもいかないし、数日程度なら良いけど」

「あ、あぁ!ありがと…」

「で~も!ずっとは無理だよ!ボクにもキミにも立場があるし、仕事だってある!」

 

 色々と頭の中で考えを並べた結果、最終的にメアは彼女を泊める事には許可を出してくれた。

 それを見て裕介が更に深々と頭を下げて、ほっと安堵のため息を零した。あの少女を拾った時は多少お小言は言われる程度だろう、と考えていたのだが、実際には大分メアを怒らせてしまったようだ。しかしひとまず追い出される事やこれ以上何かを言及される事は無いだろう、と裕介が胸を撫でおろす。

 

「そうだな、とりあえず数日は様子見って事で」

「ウン、それでいいよ。それで、あの人何て言うの?」

「……何が?」

「いや、だから名前さ。ボクあの人の名前まだ教えてもらってないんだけど」

 

 メアが不思議そうに眉間に皴を寄せながら、小首を傾げてパチパチと目を動かして裕介に問いかける。 

 その質問を聞いて何だそんな事か、と笑いながら答えようとした裕介の口が止まり、そして頭の中で思想がグルグルと回り出す。

 

(……そう言えば、アイツ何て言うんだ?)

 

 思い返してみれば、一度として彼女の名前を尋ねた事が無い事に気づく。それどころか、お互いに名前も事情も知らない。

 

「キミねぇ……」

「……まぁ、それは飯の時にでも聞くよ。ホント」

 

 メアから再び向けられるジトっとした鋭い視線を受けられた裕介が出来たのは、自身の頬を人差し指の先で掻きながら向けられる視線から逃げるように目を背けるだけだった。

 

 

 

 

===

 

 

 

 

 

「ふぅ、さっぱりした~!」

 

 メアからの追及を逃れてから数分後。

 裕介がベッドに寝転がりながら本棚に詰め込まれた漫画の内一冊を読み、メアが台所で夕飯である石狩鍋の準備をしているところで、リビングと玄関を繋ぐ通路から明るい声色が響いてペタペタと素足がフローリングを叩く音が鳴る。

 声色や先ほどまで浴室にいた事から、声の持ち主は家出少女だろう。

 

「お~…ゔっ!?」

 

 頭上に持ち上げて開いていた漫画の単行本から目を放し、音の出所である通路の方へ眼を向けると、そこには見慣れた服を身に纏った例の少女の姿があった。

 明らかにオーバーサイズの白いロゴ付きTシャツと今にもずり落ちそうな白いラインが入っている黒ジャージのズボン。それは普段裕介が就寝時に着ている衣服のワンセットだった。

 

 裕介と少女では体格差があるせいか、シャツの襟は重力に引っ張られるようにずり下がっており、胸部にある大きな膨らみに引っ掛かっている。

 大きく開かれた襟からは温まった事で火照った胸元が露出しており、お湯か汗かの影響で艶やかに光を放っている。

 その扇情的(せんじょうてき)な様に裕介が無意識下でゴクリと唾を大きく飲み込み、そしてハッと弾かれるように視線を吸向けた。

 

「なぁっ!?何でその服着てるのさ!?」

 

 裕介の反応を見て何かを察したメアが台所から飛び出し、少女が身に着けているのが裕介の衣服である事に気づくとクワッと目を見開かせて、ワナワナと身を振るわせながら声を荒げた。

 

「え?だって私の服選択機に入れちゃったし……」

「だからって裕介の服を着なくていいだろ!脱衣所にはボクの服もあったのに、あざとい真似はよせ!」

「あ~、うん。君の服もあったんだけど、ほら、こう、サイズがね?」

「…ッ!」

 

 強い口調で少女に言い寄るメアだったが、少女が苦笑いを浮かべて自分の胸に手を置きながら言った一言を聞いてまるで雷に打たれたかのように一度ビクンと痙攣してから、石の様に固まってしまった。

 確かに脱衣所にはメア用の衣服もあった。しかし、頭二つ分背丈の小さいメアの服を着る事は難しいだろう。更に言ってしまえば、メアが普段着ている衣服ではあの大きな膨らみを収納する事は出来ないだろう。

 

「な、なっ、なぁっ……!」

 

 少女の口から出た言葉が余程刺さったのか、陸地に打ち上げられた魚の様に口をパクパクと開閉させながら、ワナワナと震える両手を自分の胸へと運ぶメア。震える両手で自分の胸を何度か叩き、(さす)る。

 しかし何度自分の胸を確かめてみても、目の前にそびえる大きな膨らみはメアの胸部には無い。

 その事実を突きつけられたメアは先ほどまでの怒気を纏ったオーラを瞬く間に消し去り、ドンヨリとした暗く湿った雰囲気を纏って猫の様に背を丸めてしまった。

 

「ほ、ほら。そんな事より飯にしようぜ、な?」

 

 付き合いの長い同居人が絶望している様を気の毒そうに見ていた裕介だったが、流石に見ている事が出来なくなり暗い顔色をしたメアと苦笑いを浮かべる少女へと声を投げかける。

 

「うんっ!食べる食べる!」

「う、うん……」

 

 心底嬉しそうな明るい声と、酷く落ち込んだ暗い声と対照的な反応を受けて裕介がはぐらかすような苦笑いを浮かべながらベッドから起き上がり、台所に置かれている炊飯器と鍋をリビングのローテーブルへ移動させるべく移動する。

 普段であれば自分がやるから座っていてよ、と小さな胸を張って自慢げに話す同居人は、今日ばかりは自分の胸に手を当てたままドンヨリと立ち尽くすばかりだった。

 



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