俺の迷い込んだ世界が…… Season2 (月島柊)
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第0章 オープニング
第1話 再び、みんなと。


 社長になってから数ヶ月、高校のシステム点検に向かった。システム点検の仕組みとしては、俺が学校の端末にUSBを差し込み、会社にいる社員が点検を行う。ざっと1つあたり10分ほどで終わる。

宮益坂女子学園が今回の場所だ。予定だと1週間にわたって作業を行う。

学園の中に入ると、聞き覚えのある声が聞こえた。志歩の声だ。

 

「志歩?」

「柊くん!?」

 

志歩は俺に驚いていた。

 

「なんでここに居るの!」

「システム点検でさ。志歩ってこの学校だったんだな」

 

志歩は1人でブツブツ呟いていたが、俺が聞くとすぐ答えた。

 

「一歌もこの学校か?」

「うん。今頃焼きそばパン買ってると思う」

 

焼きそばパンかよ。確かに昼頃だけど、そこまでして焼きそばパンが食いたいか。

 

「ありがと。じゃあちょっと会いに行ってみるかぁ」

 

俺は仕事を始める前に購買に行って一歌と会った。

 

「やっほ、一歌」

「ん!?はんへいうほ!(え!?なんでいるの!)」

 

焼きそばパンを咥えたまま言った。

 

「仕事でね。さっき志歩に会って、一歌にも会いたいなーって思って」

「そうだったんだ。あ、昼休み、中庭に来れる?」

「え?まぁ、仕事が終わったら」

「じゃあ来てっ」

 

一歌は焼きそばパンを食べながら歩いていった。何だったんだろう……

 

 5分で終わらせて、俺はさっさと中庭に向かった。中庭には穂波、志歩、咲希、一歌が座っていた。

 

「どうしたんだ」

「あともう1人見せてあげようって」

 

一歌はホログラムのミクを出した。本物みたいだな。

 

「柊くんだ!久しぶり!」

「久しぶり、ミク」

 

ミクは俺に手を振った。

 

「仕事順調?」

「順調だよ」

「順調なんだ。だから今日も?」

「そう」

 

ミクはかわいく微笑んだ。

 

「柊くん、セカイにいるときと髪型違うんだね」

 

一歌が俺の髪を見て言った。

 

「あぁ。少し髪型変えたんだ」

「かっこよくなったね」

 

ミクが言った。そのあと、一歌も言った。

 

「うん。かっこいい」

「そりゃどうも」

 

一歌は次々と話した。会えてうれしいのかな。

 

「こっちでもバンド手伝ってくれる?」

「一歌たちがいいんだったら」

 

一歌はかなり喜んでいた。もちろん、お互いに時間がある時だけだが、できるんだったらやってもいい。

 

「柊くんは何か楽器やってるの?」

 

穂波が聞いた。

 

「中学の時は吹奏楽やってて、高校ではエレキギターとベースをやってた」

 

みんなは意外だったのか、驚いていた。

 

「ギターやってたの!?」

「アコギもエレキも両方な」

 

アコギはそんなに長くはやってなかったけど。

 

「柊くん、今度ベース弾いてよ」

「考えとく」

 

俺が志歩に言うと、志歩はすんなりと言った。

 

「今日私の家ね」

「あぁ、分かった──ん?」

 

いやちょっとまて、さっき、「私の家」って言ったか?しかも今日?

 

「ちょ、ちょっとシステム点検行ってくる」

 

その場を離れたが、恐らく待ってるんだろうなぁ、志歩が。

 

 案の定、放課後の時間になると、志歩はみんなと一緒に校門で待っていた。

 

「柊くん、行くよ」

 

俺は言われるがままに志歩たちについていった。

 

「志歩ちゃんが柊くんを家に連れ込むなんて~」

 

咲希が冷やかすように言った。

 

「べっ、別にただベースを弾いてもらいたいだけ……」

 

そんなに俺を嫌がるように言うなよ……

 

「そういえば、志歩って姉がいるんだっけ?」

「うん。あ、家に帰ったらうるさいかも」

 

どんな姉だよ……

 

「今度は私にもギター聴かせてね」

「あぁ。いつか、な」

 

俺は志歩についていき、家まで行った。



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第1章 助ける絆
第2話 私の好きな人


 「あら、この人は?」

「あ、月島っていいます」

 

志歩の家に上がらせてもらうと、姉の雫が迎えてくれた。

 

「しぃちゃん、ついに彼氏を──」

 

いや待て、何を言っているんだこの人は。この返し方は1番困る。特に志歩がいるところだと。

まず、肯定的な返事を出すと、志歩から冷たい視線を送られることだろう。

逆に、否定的な返事をすると、今度は志歩のことを嫌ったようで、傷つけてしまう。

だったら、曖昧な返事を出す。しかし、これでも相手から「もっとハッキリ答えろ」と言われる可能性がある。

そこで、俺は少々志歩には申し訳ないが、笑って誤魔化すことにした。

 

「お姉ちゃん、そういうのじゃないから……」

「あら?でも、目が恋人同士の目をしてたわよ?」

 

どんな目だ。というか、俺もそんな目をしてたのか?なぜわずか数秒前の自分はそんな目をした。

 

「もういいから……柊くん、行こ」

 

志歩も諦めたようで、志歩は俺を強く引っ張って、志歩の部屋に連れ込んだ。

連れ込んだのはいいが、俺も志歩も、黙り込んでしまった。そりゃあ、あの後だ。話しづらいだろう。

 

「あの、志歩?」

「……」

 

志歩は聞こえていないのか、無言のまま。

 

「志歩?」

「……やっぱり、好きなのかな……」

 

なにかボソッと言った気がしたが、よく聞こえなかった。

 

「志歩?なんて言った?」

「え、あ、なんでもない」

 

珍しく焦っていた。

俺はとりあえず、志歩にどうすればいいか聞いた。

 

「それで、何をすればいい」

「あ、えっと、ベースを弾いてもらいたい」

「俺、ベース今ここにないけど」

「私の予備のやつ使って」

 

そこまでして、俺のベースが聴きたいんだろうか。

ベースは、高校1年から4年間続け、大学2年生まで続けていた。

俺はベースを持ち、志歩の前で弾いた。

 

「……上手」

 

志歩が笑って言った。

 

「志歩とセッションしたらいいんだろうけど」

「ここじゃうるさいでしょ」

 

それもそうだ。

志歩はベースを弾いて、俺の反応を求めた。

 

「いいじゃん。低音もあるし」

 

俺は志歩にベースを色々と教えていた。

 

 それから1時間くらい、志歩の家でゆっくりしていたが、帰る時間になったため、俺は帰る準備をした。

 

「そろそろ帰ろうかな」

「もう帰るの?」

「時間だし、ね」

 

俺は志歩の部屋から出て、玄関に向かった。

 

「あら、帰るんですか?」

「あぁ、はい」

 

俺は雫に見送られて家をあとにした。

 

 翌日、点検が終わってから教室を適当に回っていた。

 

(1-Cか)

 

俺はC組の中を見てみた。丁度みんなが帰り始める時間で、話ながら楽しんでいた。

その中で、黄色い髪の1人が俺に手を振った。咲希だ。俺は中に入って、咲希に話しかけた。

 

「どうした、咲希」

「遥ちゃんに紹介しようと思って」

 

咲希は俺のことを遥に紹介した。遥は礼儀正しくお辞儀した。

 

「柊くん、そこにいたんだ」

 

一歌も来た。

 

「みんな同じクラスなんだね」

「うん。仲良いからやりやすいよ」

 

俺たちがそう話していると、外から女の子の声が聞こえた。

 

「遥ちゃん、ちょっといい?」

「うん」

 

遥はその女の子のところに向かった。

 

「柊くん、今度練習したいんだけど」

「ん?セカイの方と俺の方、どっちがいい」

「交互かな。週に4回あるから、土日は柊くんでいい?」

「あっ、長いからでしょ」

 

咲希が一歌に言った。

 

「そうだけど……」

「いいよ。じゃあ、明後日かな」

「うん。ありがとう──」

 

すると、さっき話しに行ったはずの遥が俺に寄ってきた。

 

「柊くん、手伝って!」

「え?」

 

俺だって、緊張してないわけじゃない。だって、桐谷遥は、元ASURANのメンバーなんだから。

 

「えっと、何を」

「いいから、このあとね!」

 

何も分からず、俺はとりあえず行くことにした。

 

「咲希、一歌、一緒に来て」

「え、うん」

「うんっ!」

 



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第3話 人を助ける力

 遥は俺のことを引っ張って走り出した。遥が向かった先は、普通の飲食店。なぜこんなところに連れてきたんだろうか。

 

「ごめんね、ここに」

 

みのりも一緒だったんだが、飲食店に入る理由なんて……

 

「みのりがストーカー被害受けてるらしくて」

 

アイドルをやってるんだったらあり得る話だが、気持ち悪いだろう。

 

「それで、遥ちゃんが、柊くんに任せようって」

 

俺が一緒にいたら、ストーカーがいなくなるってことだろう。

 

「だからここに?」

「うん。仲良くしてるフリでいいから」

「何言ってんだ、もう仲良いだろ」

 

俺は遥とみのりを掴んで、飲食店に入った。

 

「3名様でしょうか」

 

店員から聞かれた。

 

「はい」

「個室とテーブル、どちらになさいますか」

「個室で」

 

遥が言った。ストーカーが近づけないようにだろう。

俺は定められた個室に3人で向かった。

個室は4人まで入れて、俺の向かい側にみのり、隣に遥が座った。

 

「とりあえず、なんか話そうか」

「学校のこととか?」

「そんなことだろうな」

 

みのりは俺と遥と親しく話していた。俺はたまに外を気にしていたが、ストーカーのような人物はいなかった。

 

「それにしても、柊くんって志歩ちゃんと仲良かったんだね」

「あぁ。同じバンドだったりして」

 

俺が話していると、通路側から視線を感じ、俺は通路側を見た。

俺が見るのと同時に、隠れた何かがあったため、俺は立ち上がった。

 

「どうしたの?」

「遥、みのりを守って」

 

遥はみのりの隣へ移動し、みのりが見えないようにした。俺はドアを開け、隠れた先を見た。

 

「どうしたんですか、そんなところで隠れて」

 

予想通り。太った男性が室内から見えないところに隠れていた。

 

「い、いやぁ、何のことですかね」

「みのりを追ってんですか?」

「っ……」

 

すると、男性は俺を押しのけ、俺が開けたドアから室内へ入った。みのりに何かするつもりだ。

俺はすぐに叫び、助けを呼んだ。

 

「警察を呼んでくれ!今すぐ!」

 

俺はそう叫ぶと、すぐに室内へ入った。

案の定、男性はみのりを押し倒していた。遥がそれを退かそうとしていたが、ストーカーの体重も相まって、びくともしていない。

 

「おい、どけよ!」

 

俺はストーカーを後ろに引っ張る。

 

「みのりちゃん、かわいいよ。みのりちゃん、ぐへへ」

 

気持ち悪く言っている。俺はまた力を入れてどかそうとした。

 

「離れろ!」

 

俺がそうしていると、警察が到着した。

 

「どうしたんですか!」

「こいつ、ストーカーです!」

 

俺がそう言うと、警察の人も協力してストーカーを離そうとした。

 

「僕に触るんじゃない!」

 

ストーカーが腕を振り回して、俺と警察官を殴った。

 

「いっ……」

 

地面に俺は倒れ込んだ。窓枠に顔を打ったせいで、激しい痛みだった。

 

「公妨!公妨!公務執行妨害で現行犯逮捕する!」

 

警察はすぐに手錠をかける。

 

「なんでこんなことしたの」

 

遥がストーカーに言った。

 

「うるせぇ。お前みたいな出来損ないに言う権利はねぇよ」

「いいから、ほら、早く行くぞ」

 

警察がストーカーのことを連れていく。みのりは泣き、遥は目の輝きを失い、ただ壁を見ていた。

 

「遥、みのり。おいで」

 

みのりは少し涙を拭いたあと、こっちに寄ってきた。

 

「みのり、怖かったな。もう大丈夫だから」

 

倒れていた俺だったが、この2人は俺より辛いはずだ。

 

「遥、おいで」

「……出来損ない……」

 

遥はあの一言に酷く傷ついていた。

 

「君はスーパーアイドルだろう?」

「そうだよ、今だって、ASURANのCDは売れてるし」

 

みのりも励ましていた。

 

「私、もう終わりだよね。MOREMOREJUMPでやっていけないもん」

 

遥はもう自分を責める方向にいた。俺は痛みを堪えながら立った。

 

「そんな深く考えるな。人生って、深く考えたらきりがないから」

「でも、出来損ないだし……」

「出来損ないって、意味考えたことあるか?」

「……え?」

 

俺はスマホで検索して、その画面を見せた。

 

「でき上がりが見事でないこと」

「だから、私は見事じゃないってことでしょ」

「遥はいつから出来上がりになったんだ」

 

俺は遥に強く言った。

 

「お前はMOREMOREJUMPのメンバーだろ。まだ途中だし、目標を達成してもいない。そんなの、出来上がりって言わない」

「……」

「だから、出来損ないなんかじゃない。でき上がりじゃないから。まだ努力できる。まだ成長できる」

 

遥も泣き出してしまい、なんか気まずくなった。

 

「そうだよね……そうだよね、柊くん」

 

俺はみのりと遥を両手で抱きしめ、安心させた。

 



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第4話 Leo/needとの深い絆

 翌日、また学校に行くと、A組からみのりが出てきた。俺はみのりに気付き、その場に止まった。

 

「おはよう、みのり」

「おはようっ!」

 

みのりは歩こうとする俺の手を掴んだ。

 

「昨日はありがとう」

「あぁ、いいよ」

 

みのりは手を離した。お礼したかっただけなんだろう。

俺はまた1年C組に向かった。休みの時間はほとんどC組にいた。

 

「おはよう、一歌」

「おはよう。明日だね」

 

おそらくレッスンのことだろう。場所はもう決まってるし、問題ない。

 

「そうだな」

 

俺は一歌の隣に行って、一緒に話した。

 

 そして、ついにレッスンの日になった。俺が待ち合わせ場所につく頃には、もうみんな着いていた。

 

「遅かったかな」

「大丈夫だよ。行こ」

 

一歌は俺の真後ろをついてくる。俺はレッスンの場所に歩いて向かった。

 

「柊くん、手繋ご」

 

言ってきたのは一歌……ではなく、志歩だった。

 

「え?」

「なに」

「あぁ……手、繋ぐか」

 

志歩がこんなことをしてくるのが以外で、少し戸惑ってしまった。

 

「柊くん、私とも」

「しょうがないな」

 

俺は一歌とも手を繋いだ。

レッスンの場所は、会社の空き部屋。防音も効いていて、丁度良かった。

 

「よし。俺は甘く練習はしないよ。厳しく、ね」

「うん」

 

俺は全員の音を出させた。

 

「みんないい音だね。じゃあ最初から通そうか」

「MEIKOのパートは」

 

今からやるのは「流星のパルス」という曲。MEIKOが歌う箇所が数回ある。

 

「じゃあ、一緒にやろうか。一歌、ボーカルに専念して」

「分かった」

「志歩は、ベースをギターに寄せて。キーボードは音量調節、ドラムは拍に合わせて。じゃあ、いくよ」

 

俺はギターを持ち、一緒に練習を始めた。

 

 4時間ほどやっていただろうか。朝から始めた練習は、気付いたら昼間になっていた。

昼食もまだだし、とりあえず昼食でも採ろうか。

 

「そろそろ昼ご飯食べようか」

「どこに行くの?」

「そうだな……会社の食堂でいいかな」

「私はいいよ」

 

穂波は笑顔で言った。

 

「私もいいよ!ね、いっちゃん」

「うん。私もいいよ」

「みんながいいんだったら……」

「決まりだな」

 

俺は会社の食堂に向かった。結構レパートリーがあって、いい食堂だ。

もちろん、俺が社長だからか、食堂にいた社員たちは急に姿勢を良くした。一歌たちはそれに少し引いていたが、俺が話題を逸らしたことで、どうにか平常に保てた。

 

「一歌、何食べる──」

「焼きそばパン」

「おう、早いな……」

「じゃあ私はアップルパイ」

 

各自好きな物を頼んでいく。

 

「私もいっちゃんと同じの!」

「柊くん何にするの」

「俺?味噌ラーメンとかかな」

「じゃあ私も」

 

志歩は俺が頼んだ物にそろえた。俺が決めたみたいでいやなんだが。

 

「柊くんって、なんか免許持ってるの?」

「なんだ、急に」

 

穂波が聞いてきた。

 

「なんかそういう顔してたからさ」

「えっと、全部言うか?」

「うん」

 

「うん」と答えてしまったこと、後悔するだろうな。

 

「数学教員免許、危険物取扱者免状、第一種電気工事士、認定電気工事従事者、電気取扱者、普通二輪免許、大型二輪免許、中型免許……このくらいか?」

「うわぁ、ものすごいもってるじゃん」

 

志歩が少し引いてしまった。いや、引かないでくれ。頼むから。

 

「じゃあ、バイク持ってるってこと?」

 

一歌が言った。すると咲希が

 

「え、バイクの免許なんて言ってたっけ?」

 

と言った。言ったわ。最後の方に言ったわ。多分覚えてるの一歌くらいだけど。

 

「バイクの免許は持ってるぞ。2人乗りも一般道だったらできる。高速はあと1年足りないから」

「決まりあるの?」

 

志歩が聞いた。

 

「一般道での2人乗りは普通二輪免許か大型二輪免許をとってから1年、高速道路は免許取得から3年必要だ。俺はまだ一昨年取ったばっかりだから」

 

すると、志歩が目を輝かせて俺を見た。一歌は目を輝かせるどころか、テーブルに身をのりだしていた。

 

「……じゃあ、いつか連れてくよ。ツーリング」

「やった!」

 

一歌は声を上げ、志歩は笑った。

 



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第2章 STAR NIGHT
第5話 練習場所


 あれから何ヶ月か経ち、季節は夏になった。とても暑く、俺はエアコンの効いた部屋から動きたくなくなっていた。

 

「社長、お客様です」

「え……分かった」

 

俺は渋々入り口に向かった。暑い中待たせるのも悪いと思ったし。

 

「すいません、遅くなりました──」

「やっほ。学校休みだから来ちゃった」

 

一歌だった。そうか、夏休みで学校が休みなのか。

 

「なんかあったか」

「練習していいかなって思って」

 

いつもの空き部屋だろう。エアコンは効いてたっけ?

 

「エアコンが効いてない気がするけど」

「ついてないの?」

「普段使ってない部屋だからな。確認して来るから、中に入って待ってて」

「うん」

 

一歌は俺の後ろを途中までついてきた。俺は空き部屋のエアコンを確認しに向かった。

結果から述べると、ついているわけなかった。最後に会社が使ったのは俺が社長になる前だったし、それ以降は一歌たちが練習に使い始めるまで物置として使われてたんだから。

 

「一歌、どうする。エアコン付いてなかったんだけど」

「仕事って何時くらいに終わる?」

「それまで待つっていうと、まだ4時間くらいあるぞ」

 

今は15時半。今日は何もなければ19時が定時、20時半までには全員帰宅になる。俺は電気や窓の施錠などの確認で30分定時より遅れて帰るから、あと4時間くらいだ。

 

「じゃあ、明日にしよっかな」

「すまんな。明日にしてくれ」

 

そう言うと、一歌は小さく手を振って帰って行ってしまった。

 

「社長、エアコンの設置、依頼しますね」

「あぁ、よろしく頼む」

 

秘書が連絡してくれた。俺は社長室でまた作業を始めた。

 

 翌日、仕事は休みだった。俺は一歌を呼びにバイクで走った。多分家に居るだろうし。

 

「あ、柊くん」

「一歌」

 

俺は途中で一歌とすれ違い、一歌の横に止まった。

 

「練習に向かってたか」

「うん」

「乗ってけ。練習場所に連れてく」

 

俺は一歌を後ろに乗っけた。一歌にヘルメットを被らせると、俺はバイクを走らせた。

 

「ちょっ、速い!」

「これでも法定速度は守ってるぞ」

 

原付並みの45kmほどで走っているが、恐らく始めて何だろう。

 

「どこ行くの?」

「My house」

「え?」

 

一歌はきょとんとした。

俺が家に着くと、一歌を家の中へ入れた。

 

「え、ちょ、見つかったら……」

「指導だろ?」

 

俺は一歌と一緒に入った。それから、我に返った。女の子を入れるのって、初めてでは?

 

「防音?」

「おう。エアコンもあるしな」

 

俺は一歌に言った。一歌は早速ギターを出し、練習を1人で始めた。

 

「あ、ごめん……」

「いいんだ。俺もギター取ってくる」

 

俺は部屋にあるギターを持ってきた。いつもの愛用しているギターだ。

 

「かっこいい……」

 

一歌は思わず声を上げた。まるで夜空のようにキラキラしている。もう使い始めて3年になるか。

 

「ありがとう。一歌だってかっこいい音色だよ」

「そんなことない。柊くんのほうがいいよ」

 

ギターなんて上手になるのはなかなか時間がかかる。もちろん毎日毎日練習していればいずれか上手くはなるが、俺も1年半かかった。

 

「練習しようか」

「うん」

 

俺は一歌と一緒に練習を始めた。

 

2時間ほど練習しただろうか。一歌の手に疲れが見られたため、俺はさり気なく休憩を取るように言った。

 

「一歌、なんか飲まないか。一歌と一緒に飲みたい」

「えっ!?」

 

あ、言い方のチョイスをミスったか。まるで恋人みたいになったか。しかし、こうなってしまってはもう乗り越えるしかない。

 

「一歌、オレンジジュースとアップルジュースどっちがいい。一応コーヒーもある。ブラックだが」

「え、えっと……アップルジュース……」

「おっけ。じゃあ俺もそれにしようかな」

「え、あ、えっと、まだ、心の準備が……」

 

何を言っているんだ。一緒に飲食をすることだったら前回にもあった。会社の食堂でのことだ。

 

「ほら、アップル」

「ありがと……」

 

俺は不思議に思ったが、恐らく恋人みたいに言ったことに対しての緊張だろう、と俺は思っていた。




ハッピーバレンタイン。
ただの自分語りですが、初めてバレンタインチョコを貰いました。しかも3つ!
2人の分はまだ食べていないですが、恐らく市販のもの。そして、なんともう1人がくれたチョコは、手作りチョコだったのです!
いやぁ、人生もう何年も経ってますけど、こんなに嬉しいことはないです。今までは母親からのばかりでしたから。(苦笑)
いくら本命チョコではないとはいえ、やはり嬉しいのは嬉しいです!
あ、手作りチョコ、かなりおいしかったです。クッキーの上にホワイトチョコが乗っていたり。大好物でした。

はい、これだけです。ありがとうございました。
来年は貰えるかなぁ?


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第6話 また

 一歌が路上ライブに行った。

 俺はそれを見送ると、近くを散歩し始めた。近くで路上ライブをやっているところがあり、たまには行ってみようと思ったからだ。

 

「お、やってる」

 

俺が聴いていると、となりに聞きなじみのある声が聞こえた。

 

「へぇ、柊くんも聴くんだ」

「あぁ」

 

それにしてもこの人の演奏、すごく心が引き込まれる。今まで考えていたことを全て忘れ、全てこの曲に意識がもってかれていた。

 

「ありがとうございました」

 

演奏が終わってしまった。すると、その人は志歩に寄っていった。

 

「ありがとう、聴きに来てくれて」

「うん。いい演奏だった」

 

恐らく俺は邪魔になるだろう、と思い、その場から離れようとした。

 

「待って」

 

演奏していた人に呼び止められた。

 

「俺か……?」

「日野森さんと話してたから」

 

知り合いだったりしたか。

 

「あぁ、志歩のバンドの指導、みたいな感じ」

「じゃあ、仲良いってこと?」

 

そう考えたことは無かったな。ただ、一緒に練習してて楽しいからな。

 

「そういうことだ」

「そっか。私も、仲良いんだよ」

「そうか。話してあげてくれ」

 

俺はその子に言った。

 

「柊くん、どうしたの」

「ん?あぁ、この子と話してたんだよ」

「日野森さん、よかったね。仲良い人が増えて」

 

志歩は不思議そうな顔をして、首を傾げた。

 

「じゃあ、俺はもう行くから。じゃ」

「また聴きにきてね」

「もちろん来るさ」

 

俺は家に帰った。あの子、志歩と仲がいいのか。

 

 家に帰ってしばらくすると、一歌が戻ってきた。もう一歌の家と化しているが。

 

「おかえり」

「ただいま」

 

一歌はクールな返しをした。

 

「疲れたから、いい?」

「ん?あぁ、いいよ」

 

俺は一歌を膝の上に乗せた。見た目とは裏腹に、結構2人のときは甘えてくる。そういうところが可愛いのだが。

 

「一歌、髪サラサラしてるな」

「そう?」

「いいじゃん」

「ありがとう」

 

一歌のことを撫でながら言った。一歌って、ホントにかわいい。

 

 しばらくしてから、俺は一歌と練習を始めた。かれこれもう4時間は俺と一緒にいることになる。

 

「柊くんってさ、路上ライブやったことある?」

「あるよ。2回だけ」

 

高校生のときだけ。バンドを辞めてから、どうしても諦めずにいたから路上ライブをやった。

 

「じゃあ経験は結構あるの?」

「まぁね」

「だからそんなに上手いんだ」

 

そう言われると照れてくるが。

 

「だって、柊くんギターのこと何でも知ってそう」

「そんなことないよ。一歌も上手いしさ」

 

お互いに褒めるだけのものになってしまった。

 

「じゃあ、始めるか」

「うん」

 

俺はギターをもってきて、一歌と練習を始めた。

 

「よし。やろう」

「うん」

 

俺たちは練習を始めた。結構長くなると思うが、それはそれでいい。

 

 3時間ほど続けたが、もう暗くなり始めていたため、俺は一歌を帰らせた。一歌が帰ってしまうのは残念だが、暗くなってからだと危ないから。

 

「じゃあな。また明日、会社で」

「うん。またね」

 

一歌は手を振って出ていった。

俺1人になった。一歌が居てくれることで、結構楽しいんだよなぁ。今のままだと全く楽しくない。一人暮らしだし、料理もなんもできない。

 

「穂波が居たらなー」

 

料理もできて、みんなに優しくしてくれる。声も相まって、まるでお母さんのようだ。

 

「……寝よ……」

 

俺はその場で寝てしまった。

 

 



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第7話 秘密

今回は日野森志歩視点から始まります。


 柊くんより先にきて練習していると、私はある物に気付いた。なんだろう、これ。「失敗」って書いてある。

 

「志歩ちゃん?どうしたの?」

 

咲希が練習をやめてこっちに来た。それにつられて、みんなもやって来た。

 

「このファイルが気になって」

 

パソコンの中に入っているファイルだったが、たまたま点いていて気付いた。

 

「なんだろう、これ」

 

一歌も気になっていた。

 

「ちょっと見てみる?」

「うん。見てみよ」

 

咲希の提案にのった。再生を始めると、少し昔っぽい動画で、バンドの映像が流れた。

 

「上手だね……」

「うん……ん?」

 

見覚えのある人。すると、歌声が聞こえた。

 

「これ、柊くん?」

「そうだよね」

 

柊くんのところが終わると、その瞬間に「バンッ」と大きな銃声がなった。

 

「あっ!」

 

「STAR NIGHT」と書かれたプレートが落ちた。

 

「柊くんは……」

 

その2分後、救急車の音が聞こえ始め、救急隊員が来た。

 

「見てしまったか……」

 

後ろから柊くんの声が聞こえた。

 

「え……?」

「見たんだったら、概要を話すしかないだろう」

 

柊くんはこのファイルの概要を話し始めた。

 

「高校2年生のとき、STAR NIGHTっていう俺が入ってたバンドのライブがあった。その時に起きた事件だ」

 

事件ってことは、やっぱり誰かがやったんだ。

 

「落ちた影響で、1人は重症、他3人は軽症ですんだ。重症の1人は3日間意識を戻さずに、意識が戻っても全治3ヶ月の怪我を負った」

 

なんでそんなに詳しく知ってるんだろう。

 

「どうしてそんなに詳しく知ってるの?」

 

咲希が聞いた。

 

「ん。あぁ、それは俺がその重傷者だったからだ」

 

みんな衝撃を受けた。まさか柊くんがその人だったなんて。

 

「全部まともに受けてね。ギターだけは無事で、俺は重症」

 

一歌は何かを察した気がした。何を察したんだろう。

 

「じゃあ、あのギターって……」

「そう。あの無事だったギターだね」

 

柊くんは笑っていたが、何か辛そうだった。私は思うより先に動いてしまった。

 

「志歩……?」

「辛そうだから」

 

柊くんはさっきより緩んだ顔になった。

 

「なんだ志歩、心配してくれたのかー?」

 

柊くんに撫でられた。なんか気恥ずかしい。

 

「別に、してない……」

 

私は恥ずかしがりながら言った。

 

【月島柊視点】

 

 志歩に心配されるとは。なんか惨めだな。少し過去のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、俺は退院しても車いすでの生活だった。幼馴染みが来て介護してくれていた。

 

「もう、急に高校に行きたいなんて」

「すまんな」

 

俺が高校に行った理由は、あのギターを取りに行くためだった。俺の相棒みたいなギター。

 

「ここだな」

 

俺はドアを開けた。いつもより軽い気がしたが。

 

「おっ、柊。遅いぞ」

「待ちくたびれた。ほら、ギター」

 

バンドメンバー。4人バンドで、リーダー兼ギターは俺。ベース担当の幸山(こうやま)(かい)。ドラム担当の春先(はるさき)龍夜(りゅうや)。キーボード担当の犀山(さいやま)海音(かいと)

 

「悪い。みんな」

「そんな怪我だったんだな。大丈夫か」

「私が介護してるので。面倒ですけど」

 

周りが笑った。

 

「んじゃ、俺たちも帰るか」

「また集まろうぜ!みんなで」

「そうするか」

 

俺はみんなと一緒に帰った。

 



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第8話 合同

結構長くなると思います。制作にもかなり時間をかけているので。


 俺はまた暇だった。一歌たちの学校は始まってしまったが、俺の会社は遅めの夏季休業で1週間休み。社長は代理をたのんでるし、ホントに暇だ。

そんな中、ある1通のメールが来た。

 

魁〈みんな、路上ライブの許可が下りたんだ。久しぶりに全員集まってやらないか〉15:16

柊〈いいけど、みんなは〉15:16

龍夜〈いいよ。暇だったし〉15:17

海音〈俺もいいぜ!〉15:17

魁〈じゃあ駅前の公園な。16:00に来い〉15:17

柊〈ん〉15:18

海音〈オーケー!〉15:18

龍夜〈分かった〉15:19

 

路上ライブか。楽しそうだ。またあの4人で集まれるからな。

 

 そして16時になった。俺は公園に丁度着いた。もうみんな着いていて、準備を始めていた。

 

「柊。アンプ、これ使え」

「おう。サンキュ」

 

通行人が数人ほどこちらを見ている。

 

「あと10分くらいで路上ライブ始めます!」

 

こういうのが得意な海音だ。機械に強い俺、接客が得意な海音、器用な龍夜、計画的な魁。みんな合わさって完成だ。

 

「よし、セット完了!」

「ホワイトボード書いといた」

 

龍夜が言った。シンプルに「16時10分 STAR NIGHT」と書かれていた。

 

「いやぁ、またやれるんだな」

「あぁ。ありがとな、魁」

 

時間が経つにつれて観客も増えてくる。最初は2人程度だったのに、今はもう10人以上はいる。

 

「じゃ、始めます!」

 

16時10分、時間通り始まった。

 

16時20分、ラストの曲が終わった。たった10分だけだったが、観客は大勢いた。

 

「ありがとうございました!」

 

俺たちが撤収作業に入ると、俺たちに話しかけた人がいた。

 

「柊くん」

 

一歌だ。

 

「一歌?聴いてたのか」

「うん」

「ん?知り合いか?」

「バンドを教えててな。その教え子みたいな感じだ」

「そうか」

 

俺は片付けながら話した。

 

「みんなも来てるよ」

「え、そうなのか」

 

一歌が手招きすると、みんなが俺のところに駆け寄ってきた。

 

「すごいね、STAR NIGHTって」

 

志歩が言った。

 

「ありがと」

「ん、そのベース、いいね。手入れが完璧にできてる。半端な覚悟でやってないっていうのが伝わる」

 

魁が言った。

 

「え、あ、どうも……」

「デザインが出てるし、手入れによっていい音が出そうだ」

「分かるんですか」

「ベース弾いてるし」

 

魁と志歩はもう仲良くなったらしく、ベースの話で盛り上がっている。

 

「柊くん」

「ん?」

「今度、この8人で演奏したい」

「おぉ、じゃあ次の土曜な」

 

俺はみんなに言った。

 

「次の土曜、この近くのホール来て」

「ホール?あぁ、お前の会社のか」

「そう。土曜な」

 

みんなが魁のトラックに詰め込むと、魁は志歩とわかれてトラックに乗った。

 

「曲用意しとくね」

「分かった。じゃ、またな」

 

俺はギターを持って家に帰った。

 

 

 

 そしてやって来た土曜日。俺たちはホールの中で集合した。

 

「よう、一歌、みんな」

「今日持ってきた曲、流星のパルスとPeaky Peakyにしたよ」

 

8人だと結構楽な曲だ。

 

「じゃあ、やるか」

「練習からやろうぜ」

 

海音が言った。それもそうか。

 

「じゃあ、1時間練習するか」

 

俺たちは1時間個人練習と合同練習をやり続けた。

その間に俺と一歌、志歩と魁、咲希と海音、穂波と龍夜がペアをくむことが決まった。歌うパートは1番2番で分かれ、ラスサビ前が混合、ラスサビが全員という形になった。Peaky Peakyは後から決める。

 

あの日と同じ星を僕ら 目印にして声を重ねた

浮かび上がった憧憬濃く滲んでいた後悔も

自分らしく話せたのなら どんなに楽だろう

ねえどんな音で夢を鳴らしたらいい

分かってたんだ 立ち止まっていたのは僕の方だろう

零れ落ちた何気ない言葉たち

大事にしてあげられなかった

見て見ぬフリしたって

ここにいるんだよってまだ

叫んでる ねえ

なんで笑ってるんだろう

何一つ 言いたい想いも 書き出せないくせに

(変わりたい 進みたい)

気づけたんだ

音にのせて 流れてく一筋の光に 僕らもなれるから

(かまわない 進もう)

伝えるんだ 今

Wow wow……

聞こえている? この声が

積もり積もった投影 拙く歪んだ防衛も

自分らしく解けたのなら どんなに楽だろう

 ねえ どんな詩で僕を晒したらいい

独りぼっち 涙堪えてたのは過去の僕だ

崩れ落ちたしょうもないプライドたち

逃げ出したくて たまらなかった

ただ傍にいるよって

信じてるんだよってほら

聞こえてる ねえ

なんで迷ってるんだろう

何一つ 捨てられるような想いなどないのでしょう?

(叶えたい 届けたい)

抱えて行くんだ

歌にのせて 世界中駆け巡る音に僕らもなれるかな

(大丈夫 進もう)

登っていくんだ

 僕ら

日が沈むまで笑い合った

星を見に夜を走った

先なんてどうでもよかった

あの気持ちを

忘れないで 忘れないよ

ずっと

変わっていくもの 過ぎるもの

誰も止めることなんて出来やしないから

出来やしないけど

この瞬間に 生きている

逃せない「今」を見つけ出したいから

ここにいるんだ

響かせたいよ

この歌を 待っている誰かがそこにいるのなら

(奏でよう 伝えよう)

生まれたセカイで

声に乗せて 暗い夜も

空で 僕らまだ弱くても 光るから

伝えるんだ

Wow wow……

聞こえてる? この声が

 

 

 歌い終わると、それぞれのペアで盛り上がった。俺も一歌と一緒に盛り上がっていたが。

 

「なんか新鮮だったね」

「うん。こんな大人数でやったことないから」

 

いつもの4人ではなく、8人でやったるんだ。新鮮な気持ちになるだろう。

 

「さぁ、Peaky Peakyもやるか」

「じゃあ、全員集まろうぜ」

 

俺は海音の指示の元、パートの話し合いに参加した。

 

「えっと、最初はどうした方がいい?」

「元のパートはどうだったんだ」

「えっと、私と一歌」

 

少し緊張してるかな。

 

「一歌、志歩、緊張しなくていいんだよ」

「あぁ、うん」

「んじゃ、魁と志歩が一緒でいいんじゃないか」

「いいよ。志歩、よろしく」

 

魁はすんなり受け入れた。

 

「じゃあ、柊と一歌が一緒だな」

「ちょっと待って、セカイでKAITOが歌ってるとこは」

「ん?呼んだ?」

「お前じゃない」

 

海音が反応した。

 

「そうだな……みんなが手分けしてやるか」

「分かった」

 

その後も話し合いが1時間ほど続き、2時間練習して歌い始めた。

 

和気あいあいと言葉交わすだけじゃ

憧れや夢には近づけない

鳴らすBeatでTakingしようよ

馴れ合いはいらない いらない

転がる石のように

I want to be legit

最後に笑えるように

さあ もう一回

Try it Try it

振り切って

Peaky Peaky

わかりあえなくたっていい

悲しみのリズムも かき鳴らしてBurning up

響けセカイに Our Fire Music

Try it Try it

Peaky Peaky

Try it Try it

Peaky Peaky

すれ違ってしまうのは誰のせい?

目的地へ向かうのは私だけ?

散らばる音符を縦に合わせて

冷静なままで ままで

躁状態に突入

Do you want to be Shining

その未来を信じて

行こう

Flying Flying

弾けて

Supernova

孤独だってわかってても

胸の奥に秘めた

燃える音の粒よ

響け世界に

Our fire music

 

 

最後に笑えるように

何万回でも

Try it Try it

振り切って

Peaky Peaky

わかりあえなくたっていい

悲しみのリズムも

かき鳴らしてBurning up

響けセカイに

Our Fire Music

Flying Flying

弾けて

Supernova

孤独だってわかってても

胸の奥に秘めた

燃える音の粒よ

響け世界に

Our Fire Music

 

Try it Try it

Peaky Peaky

Try it Try it

Peaky Peaky

Try it Try it

Peaky Peaky

Try it Try it

Peaky Peaky

 

最後の盛り上がりが上手くいってよかった。みんな各自で行動を開始してしまったが、俺と海音は2人でいた。

 

「柊はどうなんだ?ほら、幼馴染みとの関係とか」

「言ってなかったっけ、幼馴染みはもう引っ越した」

 

海音に言ってなかったっけな。

 

「そうだったのか。じゃあ、1人か」

「一歌がいるけどな。週1くらいで」

「よかったじゃないか」

 

いいのかどうかは分からないが。

 

「まぁ、1人ではない」

「そうか。じゃあいい」

 

海音はそう言うと、咲希のところに行った。俺は一歌のところへ。

 

「一歌、今日はよかったね」

「今日は、なんだ」

「いつもだけど、特にね」

 

俺は一歌と話した。

そう、一歌は俺の高校時代なんかより全然いい。

きっと、俺よりもいい人生を歩んできたのだろう。

 

「俺よりもいい人生を送ってるんだな」

「え?」

「いや、俺の中学のときとは違うなって思っただけだ」

 

今の魁たちだって、高校に入ってから出会ったのだ。

 

「柊くん」

 

志歩がこっちに来た。

 

「ん?」

「魁さんが言ってた。中学の時は一匹狼だったって」

 

魁……まぁ、そうだ。

 

「そうだね。それで?」

「話を聞かせてほしい」

 

志歩がそんなことを言い出すのか。

 

「いいよ。みんなにも話したいな。集めるか」

 

俺は全員を呼び集め、俺の過去の話をし始めた。

 




星乃一歌
日野森志歩
天馬咲希
望月穂波
月島柊
幸山魁
春先龍夜
犀山海音
月島柊、星乃一歌
日野森志歩、幸山魁
日野森志歩、天馬咲希
天馬咲希、望月穂波
日野森志歩、天馬咲希、望月穂波
幸山魁、春先龍夜、犀山海音
星乃一歌、日野森志歩、天馬咲希、望月穂波
月島柊、幸山魁、春先龍夜、犀山海音
星乃一歌、月島柊、日野森志歩、幸山魁
日野森志歩、天馬咲希、望月穂波、幸山魁、
春先龍夜、犀山海音

星乃一歌、日野森志歩、天馬咲希、望月穂波、
月島柊、幸山魁、春先龍夜、犀山海音


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第9話 日常

 それから結構経って、秋が始まった。気温も丁度よく、暖かい。

俺は土日の練習のためにホールに行っていると、一歌と志歩が2人で先に来た。

 

「よっ」

「あ、柊くん」

 

一歌はすぐに俺のところに寄ってきた。

 

「志歩もおいで」

「うん」

 

志歩は俺の隣にピッタリくっついた。

 

「みんなが来るまでこうしてるか」

 

ホールの近くにある木の下に座った。

 

「あったかい……」

「うん……」

「寝そう……」

 

俺たち3人はゆっくり、のんびり過ごしていた。

 

「おやすみ……」

「寝ないでよ?」

 

寝そう。ホントに。

 

「あ、いっちゃん。ひなたぼっこ?」

「うん。咲希と穂波もおいでよ」

 

咲希と穂波が来て、俺たちの隣に座った。

 

「あったかーいっ」

「あったかいね」

 

5人でのんびり。練習なんて忘れていた。

 

 俺は休日の昼休憩で、近くのハンバーガー店に行った。久しぶりに食べたかったし。

 

「ご注文お決まりでしたらどうぞ」

「えっと、ダブルチーズバーガーで、アイスコーヒーMサイズで」

「890円です」

 

俺がお金を出すと、俺はあることに気付いた。

 

「これで多分ジャストかな」

「ん?990円ですけど……」

「あ、ごめん」

 

敬語を外し始めた。だって相手が……

 

「これでいい?」

「あ、はい。丁度いただきます」

「ついでに、スマイルお願いできる?一歌」

「え?」

 

一歌はようやく気付いたらしく、要望通りスマイルをしてくれた。

 

「はいっ」

 

かわいい……!ここに天使がいた……!

 

「ありがとう……」

 

俺は列から外れ、後ろに行った。まずい、あれは耐えられない。かわいすぎる。

 

「何してるの、柊くん」

 

志歩が俺の横に来た。

 

「いや、ただの昼休憩だけど」

「一歌に会いに来たの?」

「たまたまだよ」

 

志歩はベースを背中に背負っていた。

 

「志歩こそ、なんでここに?」

「バイトの昼休憩。あと、一歌にスマイル頼めるかなって」

 

いたずらっ子のような顔で言った。

 

「さっき頼んだらしてくれたよ」

「かわいいでしょ、スマイル」

「あぁ。天使だった」

 

志歩は笑った。

 

「301番でお待ちの方」

「あ、私だ」

志歩が自分のものを取りに行った。

 

「302番でお待ちのかたー」

 

一歌が俺を呼ぶ。俺は一歌のところに取りに行く。

 

「ありがと」

「また来てね、スマイルしてあげる」

 

あぁ、リピーターになりそうだ。

俺は取ると、志歩の隣に向かった。その途中の広告にログハウスのことがかかれていた。

 

(ログハウスか……)

 

俺は志歩の隣に座って言った。

 

「志歩、合宿とか憧れないか?」

「合宿?」

「5人でさ、自然豊かな環境で弾きたいだろ」

「うん。それで、いつ頃?」

 

そうだな……連休がいいけど、4連休とかあるか?

 

「9月19日……」

「丁度バイトもしばらくない。4連休だけど、全部?」

「折角だからな。みんなで行くか」

 

俺は志歩と約束した。楽しみだな、合宿。

 

 仕事が早く終わると、丁度一歌たち4人がタピオカを持って集まっていた。

 

「よ」

「あ、柊くん!丁度よかった」

 

みんなキョトンとしていたが、咲希は構わずスマホを掲げる。

 

「写真撮るよ!はいチーズ!」

 

いきなりで、俺は咄嗟にピースサインをした。

 

「結構よく撮れてる!」

「咲希、いきなりだね」

 

一歌が咲希に言った。

 

「咲希ちゃんっぽいけどね」

 

穂波がそう言うと、咲希は写真を見てこう言った。

 

「あっ、いっちゃんと柊くんのピースサイン一緒だ!」

 

一歌も俺と同じく、人差し指と中指を立て、親指を横に出すようなピースサインだった。

 

「柊くん、癖?」

 

志歩が聞いてきた。

 

「まずピースサインってこんなもんだと思ってた」

「本来は親指ださないんじゃない?」

 

穂波がピースサインをして言った。

 

「そうなんだ」

「私はこのピースサインに慣れちゃったから」

 

ピースサインに慣れるとかあるのか。

 

「ってか、俺はスーツのままなんだが」

「いいんじゃない?柊くんだったら」

「社長だしね」

 

一歌と志歩が言った。俺ってそんなイメージ?

 

「じゃあ、俺は先に帰ってるよ」

「うん。あ、あれ言っとく」

 

志歩が言った。合宿のことだろう。

 

「あぁ。よろしく」

 

俺はそう言って帰って行った。




ちなみに一歌ちゃんのピースサインは、レオニの日常ってところから来てます。


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第3章 Our Feeling
第10話 合宿1日目


 合宿当日、俺は4人のことをいつもの場所まで迎えに行った。ドラムとシンセサイザー、アンプ以外は自分で持ってくるため、ギターやベースはトランクに入れていた。

5人乗りの車で、前に2人、後ろに3人の2列構成。助手席に座るのはなんとなく予想はできていたが。一歌だろう。

 

「よっ、みんな」

「おはよう、柊くん」

「じゃあ、荷物はトランクに入れてくれ」

 

そう言うと、一歌たちはトランクに荷物を入れた。

 

「いっちゃん、一緒に座ろ」

「うん。いいよ」

 

一歌は後ろになったか。予想と違うな。

 

「じゃあ、私も後ろにしよっかな」

 

穂波、きっと志歩のことを思ったな。きっとそうだ。そうじゃないとしたら、俺が穂波に嫌われてる?

いや、考えたくない。ポジティブに考えるんだ。

もしかしたら本当に志歩が俺の隣がいいと思っているのを予想して言ったのかもしれない。

あとはただ単に咲希たちの隣が良かった。

いや、後者だと俺や志歩が嫌われてるみたいになる。

うっ、考えたくない……

 

「柊くん、助手席座るよ」

「あ、おう」

 

考え事をしていただけあって、慌てて返事をした。穂波、嫌ってないよな?

そんなことを思っていても仕方ない。俺は車を走らせた。

 

「いっちゃん、しりとりしよーっ」

「じゃあ、『り』からね。りんご」

「じゃあ、ごま」

 

後ろではしりとりをして盛り上がっている。それを見るからに、ただ単に咲希たちの隣が良かっただけになる。

ああ、運転に集中できない。今は運転に集中だ。

高速道路に入り、速度を上げた。志歩はずっと前を見ていた。暇そうだ。

 

「志歩、暇なのか」

「……」

 

志歩からの返事がない。え、もしかして志歩からも嫌われた?

 

「志歩?」

「なに」

 

あ、反応した。

 

「あ、いや。暇なんかなーって」

「うん」

 

返事が少ない。やっぱり嫌われてる?

 

 ログハウスに着くと、俺たちは荷物を下ろし、中に入った。

 

「すごいね、咲希ちゃん」

「うん!アニメの世界みたい」

 

志歩は一歌たちと4人で行動中。やっぱり俺からは距離をとっている。

 

 今日はすぐに就職時間外がきた。みんなで布団を敷いたのだが、俺の隣はまさかの志歩。少し気まずい。

 

「じゃあ、寝るぞー」

 

俺は電気を消して、布団の中に入った。志歩も寝ていそうだったし、ひとまず今日はこのまま寝れそうだ。

と思っていたが、声を掛けられた。

 

「柊くん」

「ん?」

「起こしちゃった?」

「いや、大丈夫」

 

志歩が俺の近くに寄って言った。

 

「今日はごめん、冷たい態度とっちゃって」

「大丈夫だよ」

「私、柊くんが好き」

 

突然の告白だった。

 

「ツンデレか」

「……」

 

顔が紅くなっている。かわいいところもあるじゃないか。

 

「志歩、おいで」

 

俺は同じ布団に志歩を入れた。

 

「好きだよ。だから、今日はこれで寝ないか」

「……うん」

 

俺は志歩を抱き寄せたまま寝た。自分より細く小さい身体。抱いていると少し気持ちいい。

 

 翌朝、俺の腕の中で志歩が寝ていた。俺を抱き寄せて。

 

「離れないで……」

 

志歩の寝言だ。

 

「……分かった」

 

思わず答えてしまった。

 

「柊くん、志歩と仲良くなったね」

「あぁ。良かったよ」

 

一歌は俺の後ろから言った。

 

「私も好きなんだけどね」

「知ってる」

 

一歌は俺の隣に正座した。志歩は全く起きる気配がなく、心配になってくるほどだ。

 

「志歩って朝弱いのか?」

「咲希の方が弱いと思うけど……」

 

そう話していると、志歩が俺のことを強く抱き寄せた。そのあとすぐ、志歩は目を覚ました。

 

「おはよ、志歩」

「おはよう、志歩」

「ん……」

 

志歩はしばらく静止していたが、状況が把握できたのか、顔を紅くして俺から離れた。

 

「えっ、あっ」

「寝てるうちに抱きついてきたもんな」

「好きなんでしょ、志歩」

 

2人からからかわれるようにされて、志歩はうずくまった。

 

「悪いな。ほら、みんなで朝ご飯食べよう」

「……うん」

 

志歩は俺の手を握って歩き始めた。

 

(結局手は繋ぐんだな)

 

 



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第11話 夜の星 流星

 「上手くいかないーっ!」

 

咲希の声で練習が始まった気がする。

 

「練習だな」

「うぅ……」

「がんばろ?咲希ちゃん」

 

もう少しなんだけどなぁ。なんでできないかな。

 

「咲希、体勢変えてみたらどうだ」

「どういう風に?」

「重心を真ん中に移す」

 

そして練習を再開する。さっきまでできていなかったところもできて、次に進んでいった。

 

 2時間くらい経っただろうか。そろそろ疲れてきたのもあって、俺はみんなに呼びかけた。

 

「休憩するぞー」

「うん!いっちゃん、外行ってみよ!」

「うん。志歩と穂波も行こ」

「うん、志歩ちゃん、行ってみよ?」

「みんなが行くんだったら……」

 

4人は外に飛び出していった。俺は中からみんなの様子を見ていた。こうしていると、本当の先生みたいに思えてくる。

 

「元気だなぁ……」

 

俺は呟いた。外から一歌と穂波が俺を呼んでいるのが見え、俺も外に出ていった。

 

「どうした」

「柊くんも一緒に遊ばないかなーって」

 

穂波が言った。

 

「みんなで鬼ごっこしようよ!」

「子どもっぽくない?」

 

苦笑いして志歩が言った。

 

「いいのっ」

「ま、咲希がいいんだったらいいけど」

「私もいいよ」

「私も。柊くんは?」

「俺もいいよ。あ、じゃあ鬼になった人はこれつけて」

 

俺は会社の空き時間に作ったバンドを配った。

 

「赤のやつが穂波、青が一歌、黄色が咲希で、黄緑が志歩ね」

「すっごーい!星がある!」

「ホントだ」

 

1週間くらいかけて5人分作った。それぞれの色で薄く星をかいた。ゴムでできていて、そう簡単に塗装も消えないようになっている。あとは、会社らしく中にマイクロGPSが入っている。

 

「鬼じゃないときにはポケットに入れといて」

「じゃあ、最初私鬼ねっ!」

 

咲希は早速バンドを手首に付けた。

 

「10、9、8」

 

俺たちは一斉に逃げ始める。

 

「柊くん、どこか隠れやすいところない?」

 

穂波が聞いてきた。

 

「ここを降りたところにある洞窟じゃないかな。狭いけど」

「とりあえずそこ行ってみよう」

 

俺と穂波は洞窟に向けて走った。

洞窟は2人入れればいいレベル。俺は穂波とその中に入った。

 

「狭いね、ここ」

 

穂波と俺が密着している。柔らかい何かが当たっている。

 

「そうだな……」

 

胸だ。やけに大きい。本当に高校生か?

 

「なんか、こうしてるの初めてだね」

「そうだな。穂波とはこうやってしないもんな」

 

会話が上手くいかない。

 

「あっ……」

「……気にしないでくれ」

 

穂波も胸に気付いたようだった。咲希、早く見つけてくれ。

 

「柊くん……恥ずかしいよ……」

「ごめん……」

 

俺たちが顔を紅くしていると、物音が聞こえた。咲希が来たんだろう。

 

「みーつけた──」

 

咲希は口を開けたまま立ちすくんでいた。

 

「咲希ちゃん、引っ張ってくれる?」

「あ、うん」

 

咲希は穂波の手を引っ張る。胸が俺につっかえていたが、ぷるんと反動をつけて穂波が抜けた。

 

「ふぅ……」

 

俺も洞窟から抜け出した。

 

「柊くん……ごめんね」

「あ、いや、大丈夫……」

 

穂波、胸大きすぎるだろ……

 

 鬼ごっこが終わり、穂波と俺の距離がなぜか近くなったが、練習が再開された。

 

「鬼ごっこで逃げてるときに、開けてるところあったんだけど」

 

一歌が言いだした。

 

「星がよく見えそうだったよ」

「そこ行こう!今夜」

 

咲希が手を挙げて言った。

 

「そうしようか」

 

9月だと流星群はないか……

 

「しし座流星群っていつだっけ?」

『11月』

 

俺と志歩が同時に言った。俺と志歩は見合って、2人で笑った。

 

「じゃあ、そのためにも練習しようか。みんな調子良さそうだし」

「うん。このままいこう」

 

俺たち5人は再び練習を再開させた。

 

 気がつくともう20時過ぎだった。外はもう真っ暗で、星を見るには丁度いいだろう。

 

「みんな、一歌が言ってたところに行こう」

「あっ、私が案内する」

 

一歌は俺たちの前を歩いていく。そうすると、志歩が少し不安になるか。1番後ろで1人だと。

 

「志歩、行くよ」

「っ!」

 

志歩は驚いた表情で俺を見た。

 

「志歩は仲間だから。ね、みんな」

「うん!志歩ちゃん、行こ!」

「みんな……」

 

志歩はそう言ってから笑った。

 

「ふふっ、分かった。行く」

 

志歩は俺たちのすぐ横に来た。

 

「みんな、ついてきてる?」

「ついて行ってるよ」

 

穂波が言った。一歌の後を4人で歩いていく。

 

 一歌が俺たちの方を振り向くと、一歌は俺たちに言った。

 

「ここがその場所だよ」

 

空を見ると、満点の星空が広がっていた。どこを見ても星が広がっていて、綺麗。この一言に限る。

 

「みんなで仰向けになって見ようよ!」

 

咲希が仰向けになって言った。

 

「いいね」

 

穂波が続いて仰向けになる。

 

「俺たちもそうしよう」

 

俺がそう言うと、一歌と志歩が俺と一緒に仰向けになった。

 

「綺麗だね……」

「あぁ……」

 

これが夜の星なんだな。

スターナイト。これが本当のスターナイトなんだろう。

 

「11月だったらね」

「なんで?」

「しし座流星群だろ」

 

咲希がきょとんとした顔からハッとした顔に変わった。俺と志歩はそれが面白くて笑ってしまう。

 

「もう!なんで2人して笑うの?」

「ごめん、咲希。顔が変わったのが面白くて」

 

志歩が笑いながら説明した。咲希が口をとがらせると、一歌と穂波も笑い始め、それにつられて咲希が笑って、最終的にはみんなが笑ってしまった。

 

「あっ、流れ星!」

「えっ、どこ」

 

みんなが探し始める。

 

「ほら!」

 

咲希がそう言うと、確かに流れ星が流れていた。

 

「ホントだ……」

「俺たちを応援してるみたいだな」

「うん……」

 

流れ星は30秒に1回ほどの頻度で流れていた。数が多かったが、みんな飽きずに、ずっと見ていた。

 



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第12話 翌朝

 

 あのあと、みんなでワイワイ話ながらログハウスに戻った。すぐに夕食と入浴を済ませ、みんなすぐに眠ってしまった。寝顔を見ていると俺も眠くなって、結局俺も寝てしまった。

 

 翌日、俺は5時過ぎに起きた。誰も起きていないだろうと思い、俺は練習している部屋に入った。

案の定誰もいなかった。というより、真っ暗だから誰もいないと判断した。

 

(電気どこだっけな……)

 

俺が手探りで探したが、見つからない。

 

(取りあえず真ん中に……)

 

俺が真ん中に行くと、何かにぶつかった。人のようなぬくもりだ。

 

「ん?」

「あ、俺」

 

その人が電気を点けると、それが志歩だったことに気付いた。

 

「あ、志歩」

 

志歩は着替えている途中で、ブラとパンツだけの姿だった。

 

「おはよ」

「おはよう」

 

志歩は気にしないでその姿のまま話を進める。

 

「起きるの早いね」

「たまたまだよ」

「練習しにきたの?」

「まぁ、そんなとこ」

 

志歩はそれから構わず着替えていく。俺にだったら見られてもいい、みたいな感じだろうか。

 

「あれ、ブラ外すのか」

「あ……」

 

志歩は慌ててブラをつける。

 

「寝ぼけてた……」

 

俺は少し笑ってしまう。

 

「というか、下着姿見られてもいいのか」

「今更?というより、別に見られてもいい」

 

志歩は着替え終わると、俺に近づいてきた。

 

「襲わないんだ?」

 

小悪魔のような目。

 

「襲わない」

「そっか。じゃ、練習しよ」

 

志歩はベースを持って定位置に立った。俺も定位置に立ったが、みんな寝てるのに弾くのもな……

 

「志歩、2人でセッションしないか」

「ん。いいけど」

「じゃあ俺についてきて」

 

俺は外に出て、少し丘を登った。

聞こえないだろうところまで来ると、俺はギターを構えた。

 

「ここでやろう」

「分かった」

 

志歩もベースを構え、2人で弾き始めた。

ギターとベースが合わさって、落ち着いている音色になった。志歩と2人で弾いたことなんてあったかな。合わせるときにしか一緒に弾いてない気がするから、なんか珍しい気分になる。

 

「ありがとう、志歩」

「うん。またやろうね」

 

俺と志歩はまたログハウスに戻った。6時になったくらいで、誰も起きていなかった。

 

「じゃあ、待ってようか」

 

俺はギターを置いて、誰かが起きてくるのを待っていた。

最初に起きてきたのは穂波。イメージ通りだった。

 

「おはよう、穂波」

「おはよう。2人とも早いね」

「穂波も十分早いけどね」

 

志歩が穂波に言った。

 

「いっちゃん!寝ぼけないのっ!」

 

咲希の声が聞こえた。

 

「一歌ちゃんの方が眠いんだね」

「一歌、朝弱かったっけ」

「一歌……」

 

俺たちがそう話していると、一歌が咲希に支えられて入ってきた。

 

「おはよ、咲希」

「おはよう!志歩ちゃん。いっちゃん、志歩ちゃんいるよ」

 

それで起きないだろ。

 

「焼きそばパンもあるけど?」

 

志歩が言った。それいいかもしれない。

案の定、一歌は焼きそばパンのところへ。志歩が焼きそばパンを持って取れないようにしていて、志歩は左右に動かした。

 

「わっ、よっ」

 

一歌は声が漏れるほど必死に焼きそばパンをとろうとする。

ん?猫がいるって?気のせいだ。

 

「一歌がちゃんと起きたらあげる」

 

志歩は動きを止めて、また小悪魔のような目をして言った。

 

「もう起きてるってば……」

 

一歌は「ぶぅ」と頬を膨らませていた。かわいい。

 

「はい、一歌」

 

志歩がやっと焼きそばパンを一歌にあげた。

 

「一歌ちゃん、おいしそうに食べるね」

「あぁ。焼きそばパンでできてるのか?」

「柊くん、それ面白いっ!」

 

咲希が笑った。

 

「みんなして私のこと言って……」

 

一歌は恥ずかしそうに言った。それもまた、かわいいんだけどなぁ。

 



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第13話 合宿2日目

 

 昼間の練習中、俺はみんなと演奏していた。

 

「柊くんと演奏してるって楽しいね!」

「そうか?サンキュー」

 

俺はピースサインをした。

 

「というか、もう14時だね」

「じゃあ5時間くらいやってたのか」

「休憩しよっか」

 

みんな楽器を置いて、前の広いところで座った。

 

「なんか眠いな……」

「あったかいもんね」

 

穂波がいった。同情してくれてよかった。

 

「私も眠い……」

 

志歩もあくびした。

 

【望月穂波視点】

 

 柊くんと志歩ちゃんがあくびすると、2人は一歌ちゃんにもたれかかった。志歩ちゃんが背中から、柊くんが横からもたれかかっていて、一歌ちゃんは結局横になった。

 

「もう……」

 

柊くんと志歩ちゃんはそれでも寝ている。一歌ちゃんは横になったままだったけど。

 

「まぁ、いっか」

「いいの?」

「うん。志歩も柊くんも眠かったんだし」

 

一歌ちゃんは2人のことを撫でた。

というより、志歩ちゃんと柊くん、寝てるとすごい似てるな……

 

【星乃一歌視点】

 

 2人が私の上で寝ている。顔だけ乗ってるからか、あんまり重くない。あと、この2人、すごい似てる。髪も短いからかな。

 

「うぐ……」

 

柊くんが寝返った。ちょうど私の胸あたりにきて、くすぐったい。

 

「ふふっ」

「んん?」

 

柊くんが起きた。

 

「あ、ごめん……」

「いいよ、別に」

 

そうしていると、志歩も起きた。

 

「あ、一歌……ごめん」

「別にいいよ」

 

2人はお互い見合って、頷いた。何をするんだろう。

 

『一歌』

 

志歩と柊くんは前後からそれぞれハグしてきた。

 

「えっ、ちょっ」

 

どうなってる、の?訳が分からない。志歩が抱きついて、柊くんも抱きついてる。なんで?

 

「一歌、もっと私の傍にいて」

「一歌、ずっとこうしてたい」

 

2人ともどうしちゃったのーっ!

私は頭が働かなくなった。

 

【月島柊視点】

 

 少し落ち着いた一歌は普段通り練習を開始した。

 

「穂波、少し先走ってる」

「うん!」

 

みんなが一生懸命頑張っている。次のライブを目標にやってるんだろうか。

 

「一歌、立ち位置もう少し後ろがいいな」

「分かった」

 

目標があるのはいいことだ。どんな目標かも知りたいが。

 

「みんな、何を目標にしてるんだ?」

「ライブ!」

 

やっぱりそうだったか。

 

「見に行ければいいんだけどな」

「仕事があるもんね」

 

毎回被る。仕事とライブが。

 

「その分練習で聴いてるけどな」

「じゃあ、柊くんも私たちのライブが成功するように指導してね」

 

志歩が言った。

 

「そうだな。じゃあ、志歩は取りあえず落ち着け」

 

熱が入ってるのもあるが。

 

「じゃ、練習するぞ」

 

俺はみんなに言った。

 

 その日の夜、俺たちは近くの温泉に行った。広いところで入りたいと思ったのが率直な感想だが。

 

「じゃあ、20時にここ集合で」

「うん。ゆっくり入ろーねっ」

 

咲希が他の3人を連れて女湯の脱衣所へ向かっていった。

 

(俺も行くか……)

 

俺は男湯の方に向かった。

てっきり、綺麗な景色で大人気かと思ったら、人はほとんどいなかった。脱衣所で服を脱ぎ、俺は浴場に出た。

 

「おぉ……」

 

想像以上に広い露天風呂。思わず声が出た。

 

「みんな、早く行こーよー」

 

咲希の声。仕切りの奥で呼んでるんだろう。

 

「俺もさっさと洗って入っちゃうか」

 

俺はシャワーを浴びた。髪を洗い、身体を洗い、全身が洗い終わると俺は大きい露天風呂に入った。

 

「ん?」

 

声が聞こえた。俺が振り返ると、そこにはタオルを巻き、全裸の一歌たちがいた。

 

「柊くんだーっ!」

「ちょっと話すか」

「うん!」

 

もう何も気にしてない。咲希が俺の隣にくっつき、俺と話した。

 

「柊くんはどういう感じで教えてくれてるの?」

「俺はみんなに合わせてるよ。みんなの気持ちに」

「私たちの気持ち……」

「そう。咲希にもあるだろ?」

 

咲希は「うんっ!」と言った。その後、咲希は俺に密着して、同じことをみんなに聴いていた。

一歌は「昔みたいに仲良くなりたい」

咲希は「みんなと一緒にライブをやりたい」

穂波は「みんな仲良くしたい」

志歩は「絆を取り戻すことは前提として、ライブを完璧にやりこなす」

ということだった。

 

「みんなそれぞれだろう?それを目指して俺は教える」

「じゃあ、私たちもそれを目標にしないとね」

 

志歩が言うと、みんなが頷いた。

 

「それにしても、なんで咲希と柊くんがそんなにべったり?そんなに距離近かったっけ」

 

志歩が俺をじっと見てきた。

 

「だったら志歩もくっつくか?」

「咲希ちゃん、身体洗おうよ」

「あ、うん!」

 

咲希が穂波に呼ばれて出ていった。俺と志歩が2人だけになり、志歩はくっつきたかったのか俺に寄ってきた。

 

(横からか~)

 

俺がそう思っていると、志歩は正面から来た。そのまま正面からくっつく。

 

「これでもいいんでしょ」

 

志歩は俺の背中を寄せ、ますます密着させた。

 

「志歩……これは……」

「くっついていいって言ったじゃん」

 

小悪魔のような目をしていない。少し恥ずかしそうな、緊張してそうな目。

 

「柊くん、洗い終わったから入るよー」

 

3人が入ってきた。

 

「志歩ちゃん独り占めだね」

「あとは一歌にあげる」

 

志歩は俺から離れると、一歌は俺を抱き寄せた。

 

「まったく、君らは……」

 

苦笑いをした。ただ、これも含めてLeo/needなんだろうな。

 



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第14話 ヤキモチ?

 

 風呂から上がり、ログハウスに戻ると、俺たちは練習はせずに寝室に向かった。さすがに風呂に入ってから練習はしない。というより、ベースが心配だ。指で弾くわけだから、剥けやすい。

 

「もう入っちゃおーっと」

 

咲希が布団に入った。早いな。

 

「まだ7時だよ?」

「私も入ろっかな」

「あ、じゃあ俺も」

 

一歌に続くように言った。今日は一歌と同じ布団。一歌が一緒がいいって言ったのもあるし、俺が一緒に寝たいのもある。

 

「咲希って結構子どもっぽかったりするか?」

「えーっ?ないよぉ」

「ちょっとはあるでしょ」

 

志歩がすかさず突っ込む。

 

「ホントに?」

「多分?」

「リンっぽいもんな」

 

リン。うん。イメージが近い。

 

「リンはなんか最近の女子高生って感じかな」

「同じような感じだけどね」

 

穂波も言った。

 

「咲希ちゃん、悪い意味じゃないよ?」

「だといいけどっ」

 

咲希が頬を膨らませた。それを一歌がふふっと笑った。それに続いて、俺と志歩、穂波も笑い始めた。

 

「君らといると楽しいな」

「ずっと笑顔だもんね」

 

一歌が少し俺に寄った気がした。みんなと俺が話してるからヤキモチかな?かわいい子だなぁ。もう少しもてあそぼうかな?

 

「穂波はドラムやってて困ったことあるか?」

「困ったことっていうか、大きな音に驚かなくなったかな」

「それっていいことなのかな」

 

咲希が言った。たしかにいいことではないかもしれない。

 

「それより、穂波って怖い物があんまりなさそうなんだけど」

 

志歩が言う。

 

「そんなことないよ?あ、柊くんはなんか怖い物ある?」

「俺?俺はあんまりないかな。あ、けどお化け屋敷は苦手かな」

「へぇ、なんか意外」

 

志歩が興味深そうに言った。穂波も頷いていた。

 

「お化け屋敷、平気そうに入りそうだけど」

 

咲希が言った。正反対のことだな。

 

「リアクションはしない。放心状態になるから」

「放心状態になったら出るまでずっと?」

 

穂波が俺に少し近づいて言った。穂波はうつ伏せで顔をこっちに向けている。みんなそんな体勢だけど。

 

「ずっとだね。というか出てもそのままなことある」

「ふーん、一歌のことエスコートしそうだったのに」

 

志歩が一歌を見て言った。

 

「え、私を?」

「いやぁ、できなかったな。お化け屋敷は頑張れ。俺は入れないから」

 

一歌は少し話したけど足りなかったらしく、またくっついた。今度は俺の服を少し引っ張っていた。かわいい……

 

「あ、みんな飲み物いる?夜の話って盛り上がるでしょ?」

「あ、私も行く!」

「私も行こっかな」

「あ、じゃあ俺も」

「えっ、じゃあ、私も」

 

4人が布団から出てきた。5人で用意されていた飲み物を取りにキッチンへ。

冷蔵庫の中には4日分にちょうどいい飲み物と調味料が入っていた。飲み物は未開封のオレンジジュース、アルコール度数の低い酒、炭酸飲料、お茶。調味料は醤油など。

 

「何飲もっかな~」

「無難にオレンジジュースとか?あ、柊くんはお酒の方が良いかな」

「あ、俺お酒ダメなんだよ。君らを襲ってもいいんだったら別だけど」

「じゃあダメだね」

 

穂波がきっぱり言った。

 

「俺はみんなに合わせよっかな」

「じゃあオレンジジュースにしようか?」

「いいね!志歩ちゃんといっちゃんは?」

「私もいいよ。一歌は」

「え、あ、私もいいよ」

 

一歌は俺の方をずっと見ていた。俺からは少し距離をとってたけど。

 

「じゃあ、いこっか」

 

俺たちは寝室に戻った。

一歌は俺の後ろで咲希と話していたが、たまに視線を感じた。

 



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第15話 柊の過去

 

 翌日の朝、みんな少し遅めに起きた。明日もう帰ることになっているため、俺たちは使わない物を車の中に積んでいた。

 

「ドラムセットどうする?」

「明日龍夜を呼んでるから、龍夜がトラックで運んでくれる」

「アンプは?」

「トラックに乗せてく」

「ギターとベースは私たちだけど、シンセは?」

「トラックかな?」

 

俺は質問攻めにされていた。俺は返答が終わると、みんなと休憩した。

 

「そういえばさ、柊くんの思ってること聞いてなくない?」

「え?」

「確かに、柊くんもことあんまり聞いてないかも」

 

そうか。話したのは一歌だけだったっけな。

 

「みんなにも話した方がいいか」

「うん。できれば」

「いいよ。じゃあ、始めようか……」

 

本当は少し辛い気持ちになるんだがな……

 

【回想】

 

 高校の時、バンドを結成してから数ヶ月、初ライブを行った。観客は学校のほとんど全校生徒。入場無料で、体育館でやった。確か、入場者数は250人くらいだったと思う。

 

「いやぁ、バンド楽しいな」

「そうだな。またライブやろうぜ」

「今度はもっと来るといいな!」

「400人くらい来るんじゃね?」

 

ステージ裏で話していた。4人はも仲が良く、かなり話す。

それから、俺たちがステージ裏から出ると、ある1人の女子が立っていた。

結果から話すと、将来的に俺の彼女になる人だ。その時彼女はすぐに走っていってしまったが、俺たちは気にもとめずに次のライブを目指した。

 

 初ライブから1ヶ月くらいして、第2回のライブがやれた。今度は野外ライブみたいな感じで、周辺住民に許可を得て校庭でやった。

ライブを観に来てくれた人は約500人。初ライブの2倍だ。

 

「今回も良かったな」

「あ、そうだ!リピーター増やせるようにサイン会やろうよ!」

 

海斗が提案した。みんなが賛成して、サイン会をライブの翌日に実施することにした。

 

 サイン会当日。昼の放送でサイン会を実施することを校内に放送した。1年A組で行っていたが、俺のところには誰も来なかった。

 

「なんで俺だけ……」

「気にすんなって。ファンはいるだろうよ」

 

龍夜が励ましてくれた。俺は龍夜に「そうだよな……」と言って廊下に出て行った。

 

「あ、サイン会って終わっちゃった?」

 

出てすぐ、あの時の女の子に出くわした。

 

「あぁ。終わっちゃったな」

「今サインってできる?」

 

女の子はサインの色紙を出した。

 

「あ、うん。いいよ」

 

俺はペンでサインをした。女の子はサイン色紙を抱いて飛び跳ねた。

 

「大事にするね!」

「あぁ。ありがとう」

 

女の子は戻っていった。そこに、俺が言った。考えるより先に。

 

「来週の土曜、リハーサル来ない?」

「え?リハーサル?」

「日曜にライブやるからそのリハーサルなんだ」

 

その子は「うんっ!」と言ってスキップしていった。

 

 ライブが終わって、片付けも済んで俺が1人でいるところに、女の子が来た。

 

「好きです!」

 

告白だ。

了承した。嬉しかった。単純に。

 

 付き合い始めて2年、3年生になった俺と彼女はデートで外出していた。横断歩道。安全に信号までついていて、俺と彼女は青に変わってから渡り始めた。

 

「柊くん、早くっ♡」

「待てって」

 

俺と彼女は相性のいいカップルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

       この5秒後までは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5秒後、俺の前にあったのは倒れた彼女。頭から大量に血を流していた。なにがあった。最初は状況を捉えられなかった。

やがて、分かってくる。彼女が亡くなったことに。

ただ立ちすくむだけで、何もできなかった。

救急車の高い音。俺にはただ夏の蒸し暑い風がぶつかってくる。

 

 俺は通常通り学校に行った。どこか隅の方で彼女のことは思っていたが、バンドに専念していた。

 

 【現在】

 

 「という感じなんだけど」

「私にだけは言ってたんだよね」

 

俺は頷いた。

 

「まぁ、今は一歌が大好きだからな」

「私たちは?」

 

咲希が俺に言った。

 

「勿論君たちもだよ」

「わーいっ」

 

みんなは笑ってくれる。だから俺も楽しめるんだろう。

当時の笑うことができなかった俺は、どうしてるだろう。今、この瞬間が、俺の楽しい時の1つだ。

 



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第16話 合宿最終日

 

 龍夜が来たのは9時を過ぎたあたり。大型トラックがログハウスの目の前に止まるわけだからかなり目立つ。

 

「よう、柊」

「おう、来たか」

 

俺は穂波と一緒にドラムを運んできた。龍夜はトラックから降りてシンセを運んでいた。

 

「奥の方入れようか」

「うん」

 

俺と穂波はトラックの荷台に入って奥に入れる。

 

「あ、柊、ほなちゃん、これも頼んだ」

 

ほなちゃん?

 

「うん。ありがとう、りゅうくん」

 

りゅうくん?

 

「穂波、あだ名か?」

「うん。2人であだ名付けたの。呼びやすいからって」

 

穂波はシンセを置いて言った。

 

「柊くんもなんか欲しい?あだ名」

「俺は元から短いからいいよ」

 

俺は次が来るまでトラックの荷台に座って待っていた。穂波も俺の隣に座っていた。

 

「穂波と龍夜も仲良いな」

「たまに一緒に居るんだ」

 

穂波は龍夜のことを話していると楽しそうだった。

そのところに、一歌と志歩が横並びでアンプを運んできた。

 

「はい、アンプ」

「はいよ」

 

俺はアンプを少し手前に置いた。穂波もそのすぐ横にもう1つのアンプを置いた。

 

「これで最後か?」

「うん。柊くん、行こ」

 

俺は一歌についていった。その後龍夜も走ってきて、穂波と志歩も後から龍夜と一緒についてきた。

 

「咲希、帰るぞ」

「うん!」

 

咲希を呼びに行ったあと、俺は車の方に向かった。

すると、クラクションが聞こえて、俺は立ち止まった。

 

「俺もいるからな」

「咲希!こっちこっち!」

 

海斗と魁だ。

 

「なんで君らも」

「龍夜が行くって言ったからさ」

 

それだけでみんな来るか……

 

「まぁいい。じゃあ、各パートのとこ乗っていこうか」

 

一歌意外はすぐに各パートのところに走っていった。一歌は歩いて来たが、すぐに密着した。

 

「じゃ、帰るぞ」

「道、柊任せた」

「しょうがないな」

 

途中まで俺が先導することになった。魁がバイクで来ていたため、それを待つ。

 

「志歩、ヘルメット被っとけ」

 

魁はヘルメットを志歩に向けて投げた。志歩はキャッチすると、ヘルメットを被って魁の後ろに座った。

 

「それだと後ろから落ちる。俺の腹に捕まってろ」

 

志歩は魁に密着した。

 

「すまん、柊。もう行っていいぞ」

「了解。1回いつもの練習場所に1番近いSAに寄るからな」

 

俺はそう言って車を走らせた。一歌は助手席で、ずっと話していた。

 

「柊くんって誰に似てるんだろうね」

「なんか志歩と一歌を足して2で割った感じなんだけど」

「たしかに。志歩みたいなエピソードもあれば、私と気が合うもんね」

 

一歌は前を向いたまま言った。

 

「あと、好きだし?」

「ん、それもある」

 

一歌は顔を紅くした。あぁ、撫でたい。どっかで渋滞に引っかからないかな。

と思っていると、すぐに帰省ラッシュの15kmの渋滞に引っかかった。俺は一歌を撫でた。

 

「よしよし」

「柊くん……恥ずかしいよ……」

「かわいいんだもんなぁ」

 

俺は一歌の髪を崩さないように撫でた。

 

「一歌の髪サラサラしてるな……」

「柊くんの髪もサラサラしてるよ」

 

一歌も俺の髪を触る。渋滞は一向に進まないが、こうしてられるんだったらいいや。

 

「柊くん、今度のライブ……」

「あぁ、成功させような」

 

合同ライブ。収容人数2000人のワンマンライブ。

 

「楽しもう、一歌」

「うん」

 

俺は一歌の髪を撫でながら言った。

 

 




最近短い気がするんですよね。実際、前と比べて大体600~800字程度減ってます。
忙しい日が続いて、2週間に1回程度ですし、その分長くできればいいんですけどね。
いつもと同じ長さだと、1話あたり平均1700字程度で2週間で10回は投稿してたので、17000字ですか……
これまた長いですね。次は10000字目標かな?
それでは、さらば!


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第4章 Re:Start
第17話 計画


 

 俺は魁に呼ばれて、大学時代俺たちがSTAR NIGHTで使っていたビルの一室に集まった。

 

「おはよ。みんなもういたのか」

「あぁ。それじゃ、魁。話ってなんだ」

 

魁は少し間を開けて言った。

 

「バンドを再開したい」

 

俺たちは少し考えた。だが、すぐに答えは出た。

 

「再開しよう!また前みたいにさ」

「俺も賛成だ。柊もいいよな」

「あぁ。もちろん」

 

俺たちはこうして約7年ぶりにバンド活動を再開した。

決定してすぐ、俺たちはライブについて考え始めた。まぁ、これもすぐに決定したけど。

 

「Leo/needと合同ライブか」

「いいな。早速話しに行こうか」

 

龍夜はすぐにLeo/needを練習場所に招集した。

 

「俺らも行こうか」

「ん。練習場所でな」

 

俺たちは個人で車に乗って練習場所に向かった。

合同ライブなんて初めてだな……Leo/needと合同ライブやれるのは楽しそうだな。

 

 練習場所に着くと、俺たちより先にLeo/needが着いていた。みんなステージの段差に座って俺たちを待っていた。

 

「話しって?」

「あぁ。合同ライブの件でね」

 

一歌たちは驚いたような表情をする。

 

「合同ライブって、柊くんたちと?」

「あぁ。もちろん」

 

一歌たちはもう何も聞かなかったが、合同ライブのことについて話し始めた。

 

「いつぐらいなの」

「来月かな」

 

一歌たちは素早く練習を始めた。ライブのためだろう。

俺はSTAR NIGHTで集まって合同ライブを決めた。

 

「ワンマンライブになるか」

「別にどっかのライブハウス貸し切ったっていいが」

 

そうなると利益の話になるか。

 

「あ、学校の近くにあったライブハウスってどのくらいだっけ」

「あそこだったらざっと10万くらいかな。あとはスタッフとかも関係するから15万とかかも」

 

チケット1枚1000円だとすると、1500人来てやっと±0円か。

 

「ワンマンだったら?」

「まず場所から探さないといけない」

 

そうか……

 

「ライブハウス貸し切ろうぜ」

 

魁が提案した。

 

「1500人だぞ?」

「それがどうした。高校の時思い出してみろ。定員130人で1日何回ライブした。5回だぞ?しかもそれで座席全部埋まった。これだけで650人は来てる。それに、Leo/needも有名だしな」

 

言われてみればそうだ。俺たちとLeo/needを合わせれば1500人なんて結構簡単にいくかもしれない。

 

「やってみるか」

「あぁ。やってやろう」

 

1500人を目標に、俺たちはライブの準備を始めていった。

最初は演奏する曲について。時間から曲数、プログラム……かなり決める量がある。

 

「一歌、おいで」

 

俺は一歌を手招きした。一歌は歩いてこっちに来る。

 

「ん?」

「ほれほれー」

 

俺は一歌の顎を猫にするようにわしゃわしゃする。

 

「な、なに……?」

「じゃあ、本題に移ろうか」

 

俺はわしゃわしゃするのをやめる。

 

「一歌と俺でライブのプログラムを決めたい。取りあえず最初はセトリからだけど」

「え、いいけど」

「ありがとな~」

 

一歌は俺がハグする前に避けるが、そのあと一歌の方からハグした。

 

「柊くん……」

 

かわいい……

 

「取りあえず進めよっか。今日の練習終わったらついてきて」

「うん。分かった」

 

俺たちはみんなのところに戻った。

 

 練習が終わって、俺の家に一歌を連れてきた。端から見たら誘拐みたいに見えるが、誘拐じゃない。間違いない。

 

「それじゃ、話し合い始めるよ」

「うん」

「曲数って何曲くらいがいい?」

「私たちは4曲くらいだったら連続で」

 

 

 一歌と俺は2人で2時間ほど話し合った。結構内容が濃く、決まったのは各バンドの曲数だけ。まだライブ全体の時間、演奏する曲、楽器配置、ライブ日時、チケットの値段……様々な決めることがある。

 

「じゃあ、そろそろ終わりにしようか」

「うん。また明日やる?」

「そうしようか」

 

時間はもう21時を回っていた。一歌は真っ暗な廊下を歩いていく。

 

「あー、ちょっと、危ない」

 

俺は一歌についていった。廊下は電球の取り替えで、今は電気がつかない。

 

「大丈夫だよ。じゃ、また明日ね」

 

一歌が玄関で自分の靴を履こうとする。

 

「そうか?じゃあ、また明日な」

 

俺が一歌に言うと、一歌は少しフラついた。そして、靴のかかとを踏んで後ろに倒れる。

 

「あっ!」

「一歌!」

 

俺は咄嗟に一歌の後ろに行って支えた。思ったよりも力が加わり、俺は一歌を後ろから抱く形になった。

 

「あ、ありがとう……」

「お、おう……」

 

一歌はまた履こうとする。まだフラつきそうだったため、俺は一歌に肩を貸した。

 

「……あれ……」

「……」

 

一歌は履けなさそうにしていた。

 

「……家まで送るよ」

「うぅ……お願いします……」

 

一歌は俺のアシストで靴を履いた。俺はバイクのヘルメットを2つ持って外に出た。

この付近は街灯が少なく、お世辞にも明るいとは言えない。こんな時間に1人で少女を出歩かせるのはどうしても気が気でない。

 

「一歌、髪崩れるかもしれないけど、被ってくれる?」

「うん。分かった」

 

一歌はヘルメットを被った。俺はバイクに乗り、一歌を後ろに乗せた。一歌はまだ数回しか乗っていないからなのか、強く抱き寄せる。

 

「一歌……」

「こうしてたいから。ダメ?」

 

一歌は俺の背中に頬を当てて言った。そんなことされたら断りようがない。

 

「いいよ。そうしてて」

 

俺は一歌の家までバイクを走らせた。

交差点で止まったとき、一歌は俺に話しかけた。

 

「柊くん、明日、19時くらいにきていい?」

「あぁ。いいよ」

 

一歌はそんな質問をした。

 

「一歌?」

「少し悲しくなってきちゃった」

 

一歌は続けて言った。

 

「合宿のとき、みんなと楽しそうにしてて、少し寂しかった。志歩ってこんな感じだったのかなって」

「一歌……」

 

俺は青信号になって、バイクを走らせることしかできなかった。そうか、一歌はこんなことを思ってたのか……

 

 一歌の家に着くと、俺は一歌をバイクから降ろした。

 

「ありがとう、柊くん」

「あぁ」

 

そう話していると、一歌のお母さんが出てきた。

 

「何時だと思ってるの?」

 

一歌は悲しそうに俯いた。ここは少しでも一歌にかかる罪を減らさないと。

 

「すみません。僕が一歌を家に入れてたんです。話し合いがあって。なので、遅くなってしまったのは僕のせいなんです。すみませんでした」

「あー、いや、そんな……」

「どうか、一歌は怒らないであげてください。非は僕にあるので」

 

お母さんは「あー、はい」と言って中に入っていった。

 

「一歌」

「ん?」

 

俺は交差点で止まったときに言っていたことに答えた。

 

「一歌が1番だよ」

 

俺は恥ずかしくなって、そう言ってすぐにバイクに乗って帰った。

 

 翌日も、仕事が終わった後に話し合いが始まった。19時から始まる。

 

「ライブの時間ってどのくらいがいいかな……1時間?」

「でも2つのバンドだしな……」

 

一歌と俺はこれだけで30分くらい悩んでいた。俺はあぐらをかき、一歌は俺の足の上にいる。

 

「2時間かなぁ……」

「そんなもんかな。それで計画してみようか」

「うん。曲決めてから細かい調整しよっか」

 

俺と一歌の話し合いが終わった。一歌は俺の上から立ち上がり、荷物を持って玄関に行く。

 

「帰るか」

「うん」

「送るからさ、車の前で待ってて」

 

俺は車の鍵を取った。一歌は俺の視界にはいるところにいた。

 

「行く?」

「行く」

 

俺は一歌と一緒に外に出ていった。

 

 家に着くと、俺は一歌を降ろした。

 

「じゃ、また土曜ね」

「あぁ。じゃあな」

 

俺は車を走らせた。

 



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第18話 ライブ前日

 

 俺は練習場所に行って、今までで決まったことを報告した。

 

「時間は2時間程度とって、曲数はそれに合わせて」

「柊くんが場所を取ってくれたから、ワンマンライブに変更。値段は1人1000円で」

 

俺は値段配分の表をみんなに配った。全部で2枚の表紙を含めた3ページ。

 

「2ページを開いて。まず、ステージ貸切で10万円、フェンス等の利用料で4万円、臨時交通機関確保で20万円、CM料で15万円、ポスター掲示で3万円、その他は各自で見てもらう物として、その他合計25万円。総額77万円」

 

一歌が電卓で計算して、何人来ればいいかを算出した。

 

「770人来れば均衡状態、それ以下だと赤字、それ以上だと黒字」

 

770人はまぁいけると思う。結構広いから収容人数は3500人はいける。今回は観客同士の距離を保つため、収容人数を3400人で設定した。

 

「じゃあ、曲を決めようか。あと、最後にアンケート結果に基づいたコラボ演奏もあるから、曲は弾けるようにね」

『はい!』

 

全員が返事をして、今日は練習に移った。

 

 もう全てが決まった。STAR NIGHTは6曲用意、Leo/needは5曲用意した。俺はSTAR NIGHTと一緒に練習した。6曲のうち、全てが4~5分で構成されている。

 

「あうぅ……」

「なんだ、海斗」

 

海斗が唸った。

 

「咲希ちゃんに会いたいんだよぉ……」

「あ、俺もほなちゃんに会いたい……」

「あぁ、俺も志歩に……」

「一歌……」

 

練習がままならない。みんなLeo/needのメンバーが好きすぎて、いないといけないらしい。

 

「呼ぶか」

「あぁ」

 

魁はLeo/need全員に連絡をした。魁は少し話すと、すぐにこっちを向いた。

 

「来るって?」

「2分以内に」

 

早いなぁ……

 

「俺たちは練習してようか」

 

俺たちは少し練習をした。

言っていたとおり、2分以内に一歌たちは来た。部屋に入るなりみんな自分のパートのところに駆け寄った。

 

「一歌、会いたかった」

「私もっ」

 

結局、バンドごとで練習するはずがみんな集まって練習になった。

 

 俺たちは3時間程練習したあと、みんなで休んだ。どっちも全曲練習したため、指や腕が疲れ果てていた。

 

「柊くん、疲れた……」

「焼きそばパン食べるか?」

「うん……」

 

一歌は焼きそばパンを食べる。俺も一緒に食べていた。

 

「あと30分休もうか」

 

一歌は焼きそばパンを咥えたまま俺の隣に来た。一方、俺と一歌以外もみんな横になったりしてくつろいでいた。

 

 俺たちの休憩が終わると、楽器を持ち始める。手の力も入らない人が多く、手を何回も柔軟していた。

 

「あ、私たちの前回のライブ、反応どうかな」

「あーっ!気になる!」

 

一歌と咲希が言った。志歩と穂波も寄っていって、みんな一歌の携帯を見る。

 

「俺たちは……な」

「あぁ」

 

活動休止した理由なんて、公にしてるのは建前だ。言ってしまえば、「猫を被っていた」。

 

「今回はどうなるか、だよな」

 

龍夜が俺たちの方を向いて暗そうに言った。

 

「大丈夫、きっとうまくいく」

 

海斗が励ます。ただ、海斗だって分かっていた。

またそうなるかもしれない。活動休止までなるかもしれない。

全員が知っている。このバンドの、全員が知っている。ただ、それでも今回はライブをやるんだ。

 

 ライブ前夜。

俺は自宅でギターの手入れをしていた。

 

(明日か……)

 

また、コメントで言われるのだろうか。

 

〈別にそんな上手くなくね?〉

〈こんなんでバンド組んでんの?〉

〈バンド業界舐めすぎ 笑 〉

〈バンド業界舐めんな〉

〈他のバンドの方がいいや〉

〈聞いてても苦しい〉

〈というか吐き気〉

 

活動休止前最後のライブで書かれたコメントの一部だ。

 

「……っ」

 

またこうなるのか、あるいはもうこんなことにはならないのか……

 

(まだ、バンドを続けたい……)

 

そう思っていると、TwitterのSTAR NIGHT公式アカウントにDMが来た。

 

〈ついに明日ですよね!結成当初からのファンです!絶対行きます。応援してますね!〉

 

励ましのコメントだ。

なんだろう、少し鳥肌が立つ。いつ以来だろう、こんな励ましのコメントを貰ったのは。

 

〈ありがとうございます!明日のライブ、大成功させますので、楽しみにしていてくださいね Guitar担当月島柊〉

 

他のメンバーからも返信が来る。

 

〈ありがとう!励ましのコメント嬉しい!楽しみにしててね! keyboard担当犀山海斗〉

〈励ましのコメントありがとうございます。4人で全力でやるので、楽しみにしていてくださいね bass担当幸山魁〉

〈明日のライブ楽しみにしててくださいね!全力で演奏します! drum担当春先龍夜〉

 

そして、DMを送ってくれた人からも返信が来る。

 

〈みなさんからコメントありがとうございます!楽しみにしてますね!〉

 

明日が、俺たちの復帰ライブになる。

どんなことになるかは分からないが、このような観客も中にはいる。

明日来る観客のために、俺たちは…演奏するだけだ。

 



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第19話 バンドを始めた理由

 

 今から11年前、高校2年生の時だ。

それまで俺は、バンドとは縁もゆかりもなかった。それまで俺はずっとピアノばかりだったから。

 

いつだっただろうか。俺がバンドに興味を持ったのは。当時は父さんや母さんに反対されていた。ピアノばかりやっていたのもあって、両親からすればピアノ以外は音楽ではない。といった感じだった。

 

バンドに興味を持って、ずっと仲の良かった魁と海斗、そして1年生の時に入ってきた龍夜でバンドを結成した。その時は黙っていたのだが、やがて気付かれる。

 

「今日も良かった。また明日な」

「あぁ。また明日」

「また明日な!」

「ありがとな、魁」

 

俺たちは各自家に帰った。

俺はライブハウスで1時間程度練習をした後、家に帰った。もう20時を過ぎ、外は暗かった。

家に帰ると、リビングの薄暗い光が俺を包み込んだ。いつもの空気感じゃない。重い。

 

「遅かったんじゃないか」

「えぇ。何時だと思ってるの」

 

両親から質問される。

 

「すまん」

「何遊んできたんだ」

 

俺はその言葉に反応して素早く返した。

 

「遊んできてなんかない!」

「じゃあ何をしてきたんだ」

「バンドの活動だ」

 

父さんは立ち上がった。

 

「ピアノをやめたのか」

「あぁ、そうだ」

「なぜだ。お前はピアノじゃないと輝けないんだ」

 

俺はハッとした。

それでしか俺は認められてなかったことに。

 

「ピアノじゃないと主役になれない。それがお前だ」

「あんたがピアノを始めた理由、分かってるんでしょうね」

 

何も言い返せなかった。

 

「それでも、バンドはやっていいだろ?」

「ここまで聞いてその決断に陥るか」

 

父さんは冷酷に言った。

 

「今日はもう寝る。おやすみ」

 

俺はその場から去った。これ以上、俺の意見を反対されたくない。

 

 翌日、またバンドで練習をしているときに、俺は両親のことをバンド仲間に話した。

 

「そうか……ん、柊がギター担当になった理由ってそれか」

「そうだ」

 

海斗は手を高く上げていった。

 

「今度のライブ、来てもらえばいいんじゃない」

「え?いや、来てもらえるか?」

 

俺は海斗に言った。

 

「バンド続けたいんだろ?だったらまっすぐな気持ち伝えるべきだって」

 

海斗は俺の肩に手を置いて言った。

 

「ダメだったらその時考えればいい。今は取りあえずやってみろ」

 

海斗は笑顔で言った。だったら、やるだけやってみるか。

 

 俺は早めに家に帰って、ライブのことを両親に話した。

 

「お前、何言ってるか分かってるんだろうな」

「分かってる。ただ、一回聴いてから決めてもらえないか」

 

俺はまっすぐな気持ちを伝えた。

 

「俺はバンドをやりたい」

 

両親は黙ったままだった。

 

「これ、チケットだから。じゃ」

 

俺は自分の部屋に戻った。俺のやることは終わった。もう、これでいいんだ。

 

 

 ライブ当日

 俺はステージ裏で、みんなに両親に言ったことを話した。みんな笑顔になって俺に言った。

 

「いいじゃないか!」

「これで無理だったら考えればいい。今はこれでいいじゃん」

 

そう話していると、スタッフから呼び出しがかかった。

 

「STAR NIGHT、出番です」

『はい!』

 

俺は必死で演奏をした。両親に思いが届くように。

 

 

 家に帰ると、もう親は帰っていた。

 

「遅かったな」

「……」

 

恐らく、来ていなかったんだろう。

 

「お前の気持ち、少しは伝わった」

「……っ!じゃあ」

「まだやることがある。早く戻りなさい」

 

俺は自分の部屋に戻った。きっと、来て聴いてくれていたんだろう。

 

 そうして、俺はSTAR NIGHTのギター担当として活動し始めた。今考えると大変だった気もするが、結局バンドをやれているんだしいいんだろう。

 

「どうした、柊」

「柊くん、行こ!」

 

魁と一歌が俺を呼んだ。

 

「あぁ、行こう!」

 

今はこんなに楽しくやれている。これが、俺のバンドなんだ。

 



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第20話 ライブが終わって

 

 ライブが始まった。

俺はLeo/needとSTAR NIGHTの7人と一緒にステージに上がった。歓声がステージ全体に響き渡り、約10年ぶりのライブがスタートした。

 

「みんな、久しぶり」

 

海斗のその一言で始まった。その瞬間、歓声が一気に増える。

 

「およそ10年ぶりの復活、STAR NIGHTです」

 

俺が言う。歓声は拍手へと変わり、明るくなった。

 

「10年経っても俺たちの絆は切れないまま、今回ライブします」

「今回俺たちだけじゃ物足りないので、Leo/needにも来てもらいました」

 

4人全員がセリフを言った。

 

「みなさん、こんにちは。Leo/needギター担当、星乃一歌です。みんな全力で演奏するので、是非聴いてください!」

 

一歌が勇気を振り絞って言った。

 

「まずはSTAR NIGHTから!曲は──」

 

 

 あぁ、懐かしい。

ペンライトが様々な色で光り輝き、汗をかくほどに全力で歌っている。

確か10年前もこんな感じだったっけ?みんなでライブして、ライブの次の長期休暇で気分転換に出かけて……

あ、そうだ、次はどこに行こうかな。長期休暇だったら一歌たちも休みだろう。どこ行こうかなぁ……

 

 ライブが終わる。舞台裏にあったアンケート結果を見るために舞台裏に向かった。個人でいいと思ったバンドにシールを貼っていく。計算しやすいように、excelで先に線を引き、横20枚ずつしか貼れないようにした。

 

「えっと、STAR NIGHTは8列と17枚」

「Leo/needは……」

 

一歌は数え始める。

 

「8列と17枚……」

 

同率か……それぞれ177枚で、354枚。票入れてない人もいるが、収支は黒字。

 

「引き分けだな」

「俺たちと同じレベルか。Leo/needもすごいな」

 

バンド歴7年とかの俺たちと同レベルまで来てる。恐らく、いや、絶対に上手い。間違いない。

 

「私たちなんてまだまだだよ……」

「まだ改善するところはあるし」

 

一歌と志歩が言った。

 

「だって俺たちと同じレベルなんだろう?俺たちはもう累計で7年はやってるんだし、それと同じなのはすごいと思うけど」

「もっと向上させるのはいいと思うが、自信は持ってくれよ」

 

俺と魁が言う。

 

「あ、うん。それは分かってるんだけど、なんか、その、柊くんたちが何か考え事してたから」

 

あ、気付かれてた。さすがLeo/needだ。

 

「あぁ。次の長期休みにどこ行こうって考えてたんだ」

「毎年遊園地だから、他のとこも行きたいしな」

 

Leo/needはみんな考えていた。

 

「あ、でも、私たちが行くわけじゃないよね」

 

穂波が言った。

 

「え?誰が君たちと行かない、なんて言った?」

「え?」

「え?君たちも行くよ?」

 

咲希と穂波は向かい合って飛び跳ねた。穂波、胸、揺れてるよ。

 

「だからどこがいいかなって」

「……すき……」

 

一歌と志歩がなんか言った。

 

「スキー?いいね」

 

魁がスキーって言ってるし、多分スキーって言ったんだろうな。

 

「あぁ。じゃあ、スキーで決定な。スキー板とかは俺たちの知り合いが作ってくれるから。ちゃんと教えるよ」

「え、うん」

 

一歌は少し焦って言った。

 

「どしたの?一歌ちゃん」

 

海斗が覗き込んだ。悔しいというか、羨ましいという気持ちになって海斗より前に出た。

 

「なんか顔赤いね」

 

俺は一歌の手を掴んだ。一歌の手を握ることって、今までになかったな……

 

「行くよ、一歌」

 

俺はみんなの中から抜け出した。一歌と2人きりでいたい。そんな思いがあった。

一歌と2人でいられる、観覧車まで来た。他のみんなはSTAR NIGHTそれぞれの家や、練習場所で2人きりになっているらしい。

 

「一歌」

「なに……?」

 

一歌に俺は抱きついた。

 

「んん!?」

「好き」

 

一歌は最初は硬直していたが、ずっと抱きついているうちに力が抜けてきて、一歌からもハグしてくれた。

 

「私も……」

「ん。知ってた」

 

すると、俺の胸ポケットにあるスマホのバイブが鳴った。

 

「ひゃうん!?」

 

一歌が驚いて俺から離れる。

 

「あ、ごめん」

 

俺はスマホを取り出した。

 

「もしもし」

《あ、来週からのスキーさ、ちょっと話し合いたくてさ》

 

龍夜からだ。って、今は……

 

「え、あ、えっと……」

 

まずい、この状況見られると……

 

「悪い、今ちょっと外せないんだ」

 

俺は時計を見る。18時半、夜景が綺麗。って、そうじゃない。この近くに確かテレワークのスペースがあるはずだ。そこまで歩いたら5分くらいか?

 

「19時からでお願いできるかな」

《あぁ、分かった。じゃ》

 

龍夜は電話を切った。

 

「はああぁぁぁ」

 

俺は大きなため息をついた。

 

「ふふっ」

「な、なんだよ……」

「なんか、そういう柊くん初めて見た」

 

一歌は笑った。笑顔が天使だ。

 

「そ、そうか……?」

 

一歌のかわいさと見られた恥ずかしさで少し暑くなる。

 

「あ、ほら。夜景綺麗だよ」

 

俺は会話の話題を逸らした。それに一歌も気付いて、話を逸らしてくれた。

 

「ホントだ。綺麗だね……あっ、そういえば──」

 

夜景は綺麗だった。ただ、それよりも一歌の横顔が、俺は印象に残った。

 



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第5章 STARNIGHTの思い
第21話 スキー出発


 

 12月25日。

俺たちSTAR NIGHT4人は知り合いのスキー関係こものを作っている工場に向かった。

 

「光矢さん」

 

赤崎光矢さん。俺たちよりも6つほど年上だが、昔から仲がよかった。

 

「お、龍也くんたちじゃないか。どうしたんだい、また要望か」

「察しがいいっすね」

 

龍夜が言った。

 

「28日までに、8人分のスキー板って作れます?」

 

海人が言う。無理なのは承知の上だが、せめて4人分でも……

 

「そう言うと思ったよ。実はな、もう君らの分は作ってあるんだ。27日に送ろうかと思っていたんだが」

 

さすが、光矢さん。

 

「んで、スキーウェアは」

「え?いや、レンタルですけど」

「8人分か?そんな無駄金使うなよ。もうスキーウェアは8人分作ってあるんだ。えっと、君ら4人と星空みたいな子たち4人だよな?」

 

なんで知ってるんだ?教えた覚えはないが……

 

「はい。合ってます」

 

魁が言った。

 

「は?魁、もう言ってたのか!?」

「あぁ。もう2週間くらい前に」

「スキー板は27日にはできるからな。スキーウェアはもう持って帰ってしまいなさい。27日に来るか?」

「じゃあ、そうします」

 

光矢さんはハンガーに掛けてあったスキーウェア8着を俺たちに渡した。

 

「おぉ……」

「すごいな……」

「魁くんが言ったとおり、首元にカラーセロハンが挟まってるから」

 

よく見ると、赤、黄色、黄緑、青のカラーセロハンが貼ってあった。Leo/needのメンバーカラーだ。

 

「君らのスキーウェアは楽でいいね。身長、体型みんな一緒だから」

「あはは。じゃあ、スキー板4枚持って帰っちゃいますよ」

「じゃあ、頼むよ」

 

光矢さんはスキー板4枚持ってきた。

 

「じゃ、また27日な」

「はい。ありがとうございます」

 

俺たちは車にスキーウェア、スキー板を乗せて工場をあとにした。

出発は28日。ガーラのスキー場だ。

 

 ずっと一歌たちに会えないまま27日になった。一昨日と同じように光矢さんのところに行った。明日が出発だ。

 

「おぉ、来たか。ちゃんとできてるぞ」

「ありがとうございます」

 

俺たちはそれぞれパートの人のスキー板を持った。

 

「すごいな……キラキラしてる」

「星屑か……」

 

俺たちはスキー板を車に乗せ、STAR NIGHTの家に向かった。

帰っている途中、みんなで話し合った。どこで合流するか、時間だ。時間の関係上、新幹線で行くことになる。

 

「とりあえず、どこから新幹線に乗る」

「大宮か東京だな」

 

それぞれ、魁が戸塚、海斗が学芸大学、俺が中野、龍夜が三鷹に住んでいる。Leo/needも渋谷だし、東京と大宮どっちからでも乗れる。

 

「魁が東京で合流、Leo/needと俺と龍夜が渋谷で合流すればどうだ」

「俺が恵比寿まで日比谷線ってこと?」

 

海斗が言った。

 

「そうなるな」

「じゃあ、東京から新幹線でいいな」

「待って、あの東京駅で合流できるか?」

 

確かに、少し難しいかもしれない。

 

「確かにな……」

「じゃあ、Leo/needと柊、龍夜が渋谷で合流、海斗が横浜まで来て、俺と全員が横浜で合流。これでどうだ」

 

それだったら、東海道線ホームは1つだけだし、東京駅ほど広くない。

 

「いいじゃないか。時間を調べればいけそうだ」

「じゃあ咲希たちに教えとくよ」

 

海斗はスマホでLeo/need全員に送った。

 

「んで、レンタルは何が必要だ」

「靴かな?」

 

ストックはスキー板とセットになってるし、ゴーグルは買ったし、手袋もみんなで買ったからそんなもんだろう。

 

「楽しみだな、柊」

「柊ってスノボ残ってるんじゃないの?」

 

海斗が俺に聞く。

 

「あるけど、持ってくか?」

「結構長くやってないし、それは柊に任せるよ」

 

スノボなんて久しぶりだもんなぁ。

 

「あ、みんなからOK貰ったよ」

「じゃあ、当日まで待つだけだな」

 

 

 12月27日に残りの板を取りに行って、12月28日、早朝から出発した。

時間の都合上、龍夜、俺、Leo/needは横浜ではなく品川で合流になった。また、海斗は恵比寿から山手線で品川に向かうため、品川からみんな同じ電車になった。

龍夜と俺は4:40発快速東京行きで新宿まで行き、5:03発の山手線内回りで品川まで。渋谷でLeo/needが合流する。

海斗は学芸大学5:12発和光市行きで中目黒、5:22発南栗橋行きで恵比寿、5:28発山手線内回りで品川。

品川からは全員で5:44発に乗る。

 

「おはよう、龍夜」

 

電車の中で合流した。

 

「おはよう。今日は早いな」

 

まだ外も薄暗いし、確かに早い。

 

「こうでもしないと合流できないから」

 

俺は自分のスキー板と一歌のスキー板をドア横に立てた。次が降りる駅だからというのもある。

新宿に着くと、14番線から山手線内回りに乗車。渋谷から一歌たちが乗ってくるはずだ。

渋谷に着いてすぐ、Leo/needの4人が乗ってきた。

 

「おはよう、りゅうくん」

「おはよう、柊くん」

 

志歩が俺の横に来た。

 

「あ、そうそう。君たちに少し遅れたクリスマスプレゼントがあってね」

 

そう言ったのを俺が聞くと、俺は一歌と志歩のスキー板とストックを差し出した。

 

「スキー板とストック。今日使うから、プレゼント」

「えっ、いいの?」

「これからも使うかもしれないし」

 

みんなはスキー板を押さえて、笑顔になっていた。よかった、気に入ってもらえて。

 

 品川から全員が集まり、大宮には6:25に着いた。7:09発ガーラ湯沢行き臨時に乗車するため、俺たちは新幹線改札に入り、待合室で待った。

 

「今日って何号車だっけ?」

「11号車1番ABCD、2番ABCD」

 

Leo/needは4人で固まって暖まっていた。

確かに、今日はかなり寒い。東京でも最高気温14℃と、寒い日だ。

 

「スキー、教えれるのか」

「大丈夫だって。以外といけると思うし」

 

怪我さえしなければいいだけだ。あとは楽しくやろう。

そして、待合室にチャイムが鳴った。

 

《17番線に、6:57発、はやぶさ1号新函館北斗行きとこまち1号秋田行きが17両編成でまいります。この電車は──》

 

6:57発が到着するらしい。俺たちが乗る7:09発まで12分だ。

 

「そろそろホーム行くか?」

「そうだな。みんな、行くよ」

 

Leo/needが固まってついてきた。STARNIGHT4人にLeo/need4人がついてきて、カルガモ親子みたいだった。

 

「さむーっ」

「思ったより寒いかも……」

 

咲希と一歌が身を震わせて言った。新幹線ホームは屋根と壁に覆われている、シェルターのような構造にはなっているが、それでも寒い。

 

「あと10分くらいだから。それまで待ってよう」

 

そのあと、18番線に7:01発ガーラ湯沢行きが出て行ったが、それより先に7:09発ガーラ湯沢行きが到着する。

7:08、時刻通りやって来た。俺たちが乗る11号車はグリーン車で、2人掛けシートが2組列んでいる。そこに座った。

 

「あったかーい」

「どのくらいで着くの」

 

志歩が聞いた。魁がすかさず答える。

 

「50分くらい」

 

一歌はそれを聞いてから、スキー板とストックを荷物棚に乗せ、俺の隣に座った。

 

「楽しみだね、柊くん」

「あぁ。楽しみだな」

 

一歌は外を眺める。外にすっかり夢中で、他のことは気にしていなかった。

 

「柊」

 

俺の右隣から龍夜が話しかけた。

 

「ん?どうした」

「ほなちゃん、もう寝ちゃったよ」

 

穂波を見ると、龍夜の肩に頭を乗せて、かわいい寝息をたてながら寝ていた。

 

「ホントだ」

「一歌は外に夢中だな」

「かわいいけど」

 

龍夜は笑って穂波の方を向いた。

 

「外どう?」

「速い……目に追えなくて疲れてきた」

 

一歌は背もたれにもたれ掛かって言った。

 

「まだあるからさ」

「柊くんと一緒だから何時間でもいいけど」

「一歌~~」

 

俺は一歌を抱きしめた。

 

「ちょっ、苦しいって……」

「あ、ごめん」

「けど、ありがと」

 

一歌は微笑んだ。

新幹線はスピードを上げていき、最初の熊谷を通過した。

 



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第22話 スキー1日目

 

 スキー場に着き、レンタルする物をレンタルして、俺たちはロッカーに向かった。

 

「2人で1つロッカー使おうか」

「私柊くんのところに入れる」

 

そう言ったのは一歌……ではなく志歩だった。一瞬戸惑ったが、一歌は咲希と同じところに、魁は海斗と同じところに入れたことで仲間はずれにはならなかった。穂波と龍夜はいつものペアだ。

 

「中から必要な物出して。靴は海斗が持ってきてるから」

「スキーウェアは?」

「そうだ。このバッグから出してくれ。首元についてるカラーセロハンで誰のか分かるから」

 

みんな一斉に取り始めた。海斗も戻ってきて、荷物を持ったまま男女兼用の更衣室に向かった。

 

「え、更衣室って……」

「服は脱がないよ?」

「あ……」

 

志歩は少し顔を紅くした。

 

「行こう、志歩」

 

俺は志歩を連れて更衣室に入った。

 

 

 

 ギターパートとベースパートのSTARNIGHTを交換した感じでスキーをすることになった。魁と一歌、俺と志歩ということだ。

ゴンドラは6人乗れるが、4人で乗ることにした。

 

「あっ」

 

志歩はおぼつかない足取りで歩く。スキー靴に慣れないんだろう。

 

「大丈夫?」

「慣れてないから……」

「手繋ごうか?」

「……お願い……」

 

俺は志歩の手を握る。志歩のスピードに合わせるように、足取りを揃えて歩く。

 

「おい、あれ、カップルじゃね?」

「うわぁ、ホントだ。両方クール♪」

 

周りからそんな声が聞こえる。普通に恥ずかしい。端から見れば俺もクールに見えてるだろうけど、内心無茶苦茶緊張してるし。

 

「志歩」

 

話しかけると、志歩は強く俺の手を握る。

 

「志歩?」

「な、何」

 

志歩は鋭い目で俺を見る。

 

「あ、えっと、視線が……」

 

そう言うと、志歩は俺に寄ってきた。

 

「言わないでよ……恥ずかしいから……」

 

志歩は俺にくっついたまま言った。やっぱり、乙女心もあるらしい。

 

 ゴンドラの列に並ぶと、志歩は恥ずかしくなくなったのか、俺から少し離れた。手は繋いだままだけど。

 

「あ、もうすぐだよ」

 

志歩はスキー板とストックを持って俺についてきた。

ゴンドラが来ると、スキー板をゴンドラの横に掛け、ゴンドラに乗った。

 

「志歩、おいで」

 

志歩はゴンドラに乗るタイミングを見失っていた。俺は志歩に手を差し伸べ、こっちに優しく引いた。

 

「おいで、志歩」

 

志歩は俺の手を掴んでこっちに来る。

 

「わっ」

 

志歩が飛び込んできた。そのままで支えられるほど軽かった。

 

「大丈夫?」

「うん。ありがと」

 

志歩は俺の隣に座った。ゴンドラが動き出すと、志歩は外を眺め始めた。

 

「雪、すごいね」

「あぁ。この雪の上を滑るんだな」

 

 

 ゴンドラが着くと、志歩はすぐに降りた。俺が降りると、また手を握る。

 

「早く滑ろう、柊くん」

「あぁ」

 

俺と志歩は室内から外に出てスキーを始めた。

スキー板の履き方を教えたあと、俺は基本的なことを教えた。

 

「滑ってるときは基本的にハの字にしてて」

「こう?」

 

志歩は内股になった。かわいい……

 

「ちょっとやりすぎかな。足だけ内側に傾ける感じで」

 

志歩はさっきより立てていた。

 

「オッケー。それで止まれるから」

 

俺は志歩の方を向いて手招きした。

 

「おいで。少し滑ってみよう」

 

志歩はストックで勢いをつけ、俺の方向に滑ってくる。

初めてにしては上手くいき、停止も上手くいった。

 

「上手だ。そういう感じ」

「ちゃんと滑りたい」

「おっ、じゃあリフトで上がろうか」

 

俺はリフトに向けて歩き出す。すると、志歩が足を前に出して滑るのを繰り返していた。

 

「歩くときは板を横にするんだよ。そうすると歩きやすいから」

 

志歩は言われたとおりに歩き出す。まともに歩けている。

リフトの前に並ぶと、志歩がすぐ横に来た。

 

「前の人が行ったらすぐに前に出てね。乗り逃すから」

 

前の人が行ってから、志歩はすぐにストックで前に出た。

 

「もうすぐ来るよ」

 

志歩はリフトに座ると、すぐに横の手すりに掴まった。

 

「上から降ろすから」

 

俺が上から安全バーを降ろすと、志歩はすぐにそれに掴まった。

 

「怖いか?」

「……」

 

志歩は小さく頷いた。

 

「俺が話してれば大丈夫じゃない?」

「じゃあ、ずっと話しててよ」

 

志歩は俺の方を向いた。

 

「リフトから降りたら、すぐにハの字にして」

「ん。どうして」

「後ろから追突されるからな」

 

リフトがもうすぐ終点に着くときになって志歩はハの字の準備をした。安全バーを上げ、俺たちはリフトから降りた。

志歩は俺より先に降り、速く行った。しかし、すぐに止まれていて、俺は安心した。

 

「よかった。じゃあ、行こうか」

「ま、待ってよ」

 

俺は目の前の初心者コースを滑り始めた。志歩は戸惑って立ち止まっていたが、少ししてから滑り出した。

 

(来れるかなぁ)

 

俺は曲がった後にいた。どっちに進むかは分かってるはずだし、大丈夫なはずだ。

少しして、志歩がゆっくりと俺の方に来た。曲がれて、転んだ様子もない。

 

「よかった、来れたね」

「緊張したけど」

 

志歩は少し不機嫌そう。

 

「ごめんごめん。もう一緒に滑るからさ」

 

俺は志歩の隣に行った。

 

「さっきと同じように滑って。真横で滑ってるよ」

 

志歩はさっきと同じように滑り始めた。少し怖がっているような感じではあったが、初日にしては上手く滑れていた。

 

 昼食の時間を少し過ぎた午後1時半、少し遅めの昼食としてフードコートに向かった。志歩は暖まりたいと言ってラーメンだったが、まぁ、うん。好きだからだよな。

 

「このあとは新幹線の終電に合わせて帰るからな」

「少し話してたいんだけど……あ、スキーが嫌いだからじゃなくて」

 

志歩は遠慮気味に言った。

 

「志歩も俺に段々心開けてきたね」

「そ、そういうわけじゃ……」

 

俺は志歩のことを見た。

 

「それで、何話す?」

「あ、そうだ。柊くんっていつからスキーやってたの」

 

スキー関連の話をするあたり、興味がないわけじゃないのは本当だろう。

 

「中学2年のときかな。そのあと高校と大学でもやってたよ」

「柊くん、スキーやってるときかっこよかったから」

 

志歩にそう言われると、少し照れる。

 

「あ、どうも……」

「柊くん、照れてる?」

「……んにゃろ」

 

俺は志歩の頬を両手で挟んだ。

 

「分かってるだろ」

「むぐ……分かったから、はなひて」

 

俺は志歩の頬から手を離した。

 

「なんか、このやりとり面白いな」

「うん。なんか楽しい」

 

俺たちは時間を忘れて志歩と話していた。

 

 

 時間はいつの間にかゴンドラが終わる1時間前だった。最後に滑ってきた龍夜と穂波が着くと、俺たちはゴンドラの行列に並んだ。ここでペアを戻し、俺と一歌、魁と志歩にした。

 

「このあと、また着替えて19:10発で越後湯沢に戻って今日は終わりね」

「ホテルって越後湯沢なんだ」

「この近くに無くてね」

 

ゴンドラの列はそこまで長くなくて、後ろに大勢並んでいる感じだった。

 

「じゃあ、乗るよ」

 

俺と一歌はゴンドラにゆっくりと乗った。

 

 

 

 着替え終わり、俺たちは17:00頃に戻ってしまったため、休憩スペースで8人固まって駄弁っていた。フリースペースで、たまたま周りに人もいなかったため気兼ねなく話せた。

 

「このあとどうする?」

「越後湯沢ってなんかあるかな」

「風呂入りたい」

「腹減った」

 

みんなで話し合ってるのかは知らないけど、色々話していた。

 

「疲れたな」

「うん。ホテル行ってお風呂入ろうね」

 

一歌は俺の話に乗ってくれた。やさしい。よかった。

 

「明日って何するんだっけ」

「明日は午前中だけスキーやって、午後はちょっと、ね」

「?」

 

一歌は頭の上に?を浮かばせた。明日の午後は廃墟探索なんだけど、今一歌に教えると来ない。うん、間違いない。

 

「きっと楽しいことさ」

「じゃあいいけど……」

 

俺は一歌と2人で話していた。

 

 18時頃、俺たちは待つことに飽きてきて、海斗がある提案をした。

 

「みんなで温泉行かない?飽きたし」

「俺はいいよ」

 

龍夜が言うと、みんなが風呂の支度をし始めた。俺も支度をして、STARNIGHTについていった。

 

 

「みんなで風呂なんて久しぶりだな」

「な。あれ、柊は咲希ちゃんたちと入ったんだっけ?」

「あぁ。混浴だったから」

 

みんな結構男子で、少し羨ましそうに俺を見ていた。

 

「ホテルで一緒に入ればいいじゃないか」

「それでもいいけどさぁ」

 

海斗は上を向いた。そんなに羨ましいか、俺が。

 

「志歩……」

「あれ?好きになったか?」

「……そんなわけじゃ……」

「ま、そういうことにしておくよ」

 

龍夜が魁を冷やかす。やめてやれ、龍夜。というか、好きなんならそれでいいのに。な、一歌。って言っても伝わらないか。ま、俺だって一歌のこと好きだし。

 

 

【星乃一歌視点】

 

 みんなが一緒に入って最初にした話はやっぱり恋バナ。咲希たちも好きだったみたい。

 

「それで、ほなちゃんはいるの?好きな人とか」

「うーん、恋愛的じゃないかもだけど……」

 

きっと龍夜くんだ。

 

「私たちみんな柊くんと一緒に入ったもんね~」

「うん。よかったなぁ」

 

穂波は咲希の近くで笑っていた。一方志歩は咲希と穂波の背中に隠れていた。

 

「志歩?」

「魁と入りたかった……」

「え?」

 

志歩がまさかのことを言いだした。

 

「な、なんでもない……」

 

咲希はそれに口を挟んで。

 

「魁くんのこと好きなんでしょ」

「べ、別にそんなわけじゃ……」

 

照れなくていいのに。好きだったらそれでいいんだけどなぁ。ね、柊くん。って言っても伝わらないか。

 

「ふふっ」

「そ、そんなんじゃないって……」

 

志歩は少し顔を紅くして湯船に口まで浸かった。

 

 

【月島柊視点】

 

 俺が1人で温泉から出ると、丁度あがった一歌と出くわした。一歌の頬は少し紅くなっていて、ほかほかしてそうだった。

 

「どうだった、一歌」

「気持ちよかったよ。柊くんは?」

「一歌たちの話してた。魁が志歩のこと好きって認めないけど」

「あ、こっちもだった。志歩が」

 

両方似たような会話してたんだな。

 

「んじゃ、みんなと集まってホテル帰ろうか」

「うん」

 

俺と一歌は手をつないでフリースペースに向かった。

 

 新幹線に乗って、一歌と志歩は疲れ果てたのか俺の肩を借りて寝ていた。

 

「かわいい……」

 

俺以外みんな寝ていて、席は端から一歌、俺、志歩が3人席、魁、龍夜で2人席、その前に穂波と咲希が座っている。

 

「ホテルに着いたら一緒に寝ような、一歌」

 

俺はこっそり一歌にそう言った。

 



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第23話 平和の反対

 

 ホテルに着いた俺たちは泊まる部屋を決めた。

3階の部屋を4部屋取っていて、301、302、303、304の4部屋。今回は比較的空いていて、隣の部屋などは誰もいない。

 

「んじゃ、301がいい人」

「あ、じゃあ俺たちでいいかな」

 

魁と志歩が301になった。

そのあと、302を龍夜穂波ペア、303を海斗咲希ペア、そして304を柊一歌ペアが使うことになった。

304号室に入ったあと、ベットを見つけた。

 

「ベットどっち使う?」

 

2つあったため、右と左どっちを使うか聞いた。

 

「1つだけ使う」

「ん?同じ布団で寝るってことか」

「そう。寒いし」

 

確かに、豪雪地帯ということもあってかなり雪が積もっている。それもあって、寒い。部屋の気温は9℃。これでも窓を閉め切り、ドアも閉めている。ストーブは寝ているときに危険なためつけていない。

 

「寒いな……」

「じゃあ布団に入る?」

「そうしたい」

 

俺は一歌と一緒に布団の中に入った。

 

「あったけー……」

「あったかい……」

 

俺は布団から出ずにいたかった。一歌も布団から出ることは考えていなかった。

 

「待って、歯磨いてきたい」

「あ、俺も」

 

俺と一歌は歯を磨きに布団から出た。なんか、夫婦みたいだな。

 

「柊くん、もっと近づいて?」

「あぁ」

 

俺は一歌のすぐ横に寄って歯を磨いた。少し動いたら当たってしまうほどの距離だ。

歯を磨き終わると、俺と一歌はさっきの布団に戻った。一歌は俺に背中を向け、俺が後ろからくっついている形になった。

 

「一歌」 「柊くん」

 

俺が一歌を呼ぶのと、一歌が俺を呼ぶのが同時になった。一歌は俺を見てかわいい顔で微笑んだ。俺もかっこいいかは分からないが、笑顔で返した。

 

「どうした、一歌」

「そっちこそ。どうしたの?」

 

2人とも答えられない。一歌がこっちを向いたままくっついてほしいんだが……

 

「一歌からいいよ」

「じゃあ……」

 

一歌はこっちを向いたまま近づいてきて言った。

 

「この向きでくっついてたい」

「奇遇だな。俺もだよ」

 

一歌は細い手を俺の背中にやり、さっきよりも近づいてきた。いや、もう「近づいている」ではなく「くっついている」だ。

 

「一歌……そんな簡単に男を抱いちゃダメだって」

「さすがに気持ち悪い人だったらやらないよ。でも、柊くんは悪い人じゃないでしょ?」

「そうは限らないんじゃない?」

 

俺は少しいたずらっ子のような目で言った。

 

「だってかっこいいし……信用できるよ」

 

俺は少し照れてる一歌にドキッとした。かわいい……さすがに襲わない。かわいい子、守りたい。

 

「いちかぁ」

 

俺は一歌のころをハグした。

 

「ふふっ、柊くん」

 

俺は一歌と一緒に、くっついて布団の中にいた。

一歌は遠慮せずに、それどころか俺が少し離れようとするだけで強く抱きしめるほど。

 

「ちょっと飲み物買ってくる……」

 

疲れている俺は一歌にそう言った。

 

「待って、一緒に行く」

「え?いいよ。寒いし」

「手繋いでればあったかいよ?」

 

一歌は上目遣いで俺に言った。そんな言い方されちゃあおいていけないじゃないか。

 

「じゃあ行こう、一歌」

「うん!」

 

俺と一歌はベットから出て自販機に飲み物を買いに行った。

行く途中龍夜と会ったため、俺は龍夜、一歌と一緒に買いに行った。

 

「龍夜くんはいつからドラム始めたの?」

「高校でバンド組んでから本格的に始めたよ。ドラム自体は中学の部活でやってた」

「中学の部活ってなんだったの?」

「吹奏楽部。パーカッションだったからさ」

 

龍夜と一歌はそんな話で盛り上がっていた。

 

「柊くんは興味あったんだっけ、ギターに」

「あぁ。親の反抗もあったけど」

「どうやって2人は上手くなったの?」

 

一歌にそう聞かれて、俺と龍夜は目を合わせた。

 

「なんだろうな?」

「俺かよ。なんだろうな」

 

結局、過程を覚えていない。自然に上手くなったわけではないが、気付いたら上手くなっていた。

 

「疲れたら練習やめてたよな」

 

龍夜が言った。

 

「なんか気楽だったよな」

「そうなんだ。1日10時間とか決めてなかったの?」

 

10時間は普通に長いと思うけど。

 

「決めてなかった。大変じゃん?」

「そうだけど……」

「あんまり練習しても楽しくないからさ」

 

俺は一歌の頭をポンポンとして言った。

 

「さ、何買う」

「もも水がいい」

「俺もー」

 

龍夜が言った。お前にも買わなきゃいけねぇのか。

 

「お前は自分で買えよ……」

「しょうがねぇな」

 

俺はもも水を2つ買い、一歌に1つ渡した。

 

「ありがとう、柊くん」

「あぁ。いつでも頼っていいからな」

「うん!」

 

一歌は俺をじっと見て言った。

 

「どうした?俺に何かついてるか」

「ううん、何もついてない」

「じゃあどうしてそんなに見てるんだ」

「なんとなく」

 

一歌はその後もしばらく見続けた。何なんだろう?

 

 俺は翌日、近くの公園に路上ライブをしに行った。

路上ライブは反応がなく、不思議だった。

 

「ありがとうございました」

 

俺がそう言うと、観客はおもむろに立ち上がり、俺の近くに寄った。

 

「えっと……どうしましたか──」

 

ゴンッ

 

俺はその場に倒れ込んだ。意識が朦朧とする中、これだけは聞こえた。

 

「こんな酷い演奏、聴かせるんじゃない」

 

 

【星乃一歌視点】

 

 柊くんのあとをみんなでつけていくと、路上ライブするための公園に着いた。私たちは物陰に隠れて柊くんを見ていた。

 

「終わったみたいだな」

「うん」

 

観客拍手をすることなく立ち上がった。

 

「拍手しないのか?」

「いい演奏だったんだけど……」

 

次の瞬間、柊くんを殴る人が数人いて、柊くんはその場に倒れ込んだ。

 

「柊くん!」

「柊!」

 

私は柊くんのところに走っていった。STARNIGHTの3人が柊くんを殴打した人たちを取り押さえた。Leo/need4人で柊くんの救護。

柊くんは首元に殴られたあざと、同じく首元に切り傷があった。切り傷からは血が止まることなく流れていて、恐らく切っただけではなく、刺されるなどされている。

 

「柊くん!」

「柊くん」

 

私は第一優先として、首で脈拍をとった。

脈拍は正常。動いている。ただ、呼吸はしていなくて、さらにはびくともしない。

 

「柊くん……」

「一歌!AED持って来い!」

「うん!」

 

魁に言われて、近くのAEDを探した。公園のトイレにあるかな……

行ってみると、AEDの看板があった。私は矢印通りに進んだ。

しかし、そこにあったのはガムテープでガッチリ止められたAED。貼られていた紙に「月島は裏切り者」と書かれていた。

 

(月島……って、柊くんだよね。柊くんが裏切り者?どうして……?)

 

私はトイレから出て叫んだ。

 

「魁!AEDが!」

 

すると、魁はすぐにこっちに走ってきた。

 

「AEDがどうした」

「ガムテープで固定されてて、あと」

 

魁はそれだけ聞くと走ってAEDに向かった。

 

「なんだよ、これ……」

 

魁もガムテープで止められているAEDを見て驚いた。

 

「裏切り者?柊が裏切り者なんて、どういうことだ」

「それも分からないし、ガムテープで止めたってことは、計画してたってことでしょ?」

 

前から計画しているなんて、そんなに恨みがあったんだろうか。

 

「これ撮っておこうか。救急車呼んで」

「うん」

 

私は救急車を呼び、柊くんのところに向かった。

 

「柊くん……」

 

STARNIGHTの2人はやって来た警察に状況を伝えていた。

 

「柊くん、起きてよぉ……」

 

私は柊くんに触れた。いつもの柊くんじゃない。

 

 

 柊くんが意識を失ってから数時間が経ち、外は暗くなった。最初は龍夜に「早く帰った方がいいよ」と言われたが、柊くんの傍にいたいと言ったらすぐに承諾してくれた。

 

「柊くん、起きて?」

 

私はずっと柊くんの傍にいた。心拍数は正常値に戻ったため、あとは目が覚めればいいだけ。

すると、柊くんから「スー」と息の音が聞こえた。

 

「柊くん!」

「……この声、一歌だな」

 

柊くんはゆっくり私の方を見た。柊くんは苦しそうな声だ。

 

「柊くん!」

「一歌……いたのか……」

 

柊くんは手を伸ばした。私はその手をいつもより強く握る。

 

「強いよ、一歌……」

「でも、嬉しいんだもん」

 

私は柊くんから手を話した。柊くんは自分の手を私の目に当てた。

 

「泣くなって。似合わないよ」

 

柊くんは涙を拭いてくれた。あ、泣いてたんだ……

 

「一歌に会えて嬉しい。病院の人から聞いたんだけど、救急車呼んだの一歌なんだって?黒いロングヘアの人が呼んでくれたって言ってたよ」

「うん……え、一回起きてたの?」

「さっきまで昼寝してた」

 

私が心配してた意味って……

 

「もーっ!」

 

私は柊くんのお腹をたたいた。

 

「あはは、ポカポカするなって」

 

私は柊くんのお腹の上に顔をのっけて止まった。そして、埋まったままいった。

 

「じゃあさっさと起きてよぉ」

「ごめん。でも、まだ痛いけどね」

 

柊くんは微笑んで言った。

 

「他のみんなは?」

「ホテルで待ってるって」

「そっか。じゃあ、早く帰ってあげようか」

 

柊くんは笑った。今までより少し苦しそうに。

 



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第24話 帰還

志歩ちゃんの視点から始まります。
(雫って出てきたことあるよね……?)



 

 部屋にいたのは私だけの1人。魁は病院に行っているそうだ。一歌の迎えとかなんとか言ってた。

 

(暇だな……)

 

私がそう思っていると、私のスマホが鳴った。電話だ。私は相手を確認した。

 

「お姉ちゃん……」

 

お姉ちゃんだ……電話は大丈夫だって言ったのに……でも、出ないとダメだよね。

 

「もしもし──」

《しぃちゃん元気!?》

 

うるさっ……

 

「大丈夫だって。というか、電話はしなくていいって言ったじゃん」

《あら、大丈夫ってそういう意味だったのね》

 

解釈の食い違いか……

 

《いつ帰ってくるの?》

「1月4日。初日の出と初詣は私たちでやるから」

《分かったわ。気をつけてね、しぃちゃん。あと──》

 

私は電話を切った。もう、なんでお姉ちゃんの声をここでも……

再びスマホが鳴った。またお姉ちゃんかな、さっき切ったし……

見てみると、相手は柊くんだった。

 

(柊くん……!)

 

私は急いで応答を押した。

 

「もしもし」

《志歩か》

 

出たのは魁だった。病院に着いたんだ。

 

《柊が志歩と話したいんだとよ。いいか》

「うん。いいよ」

 

次に出たのは柊くんだった。

 

《もしもし、志歩?》

「柊くん!」

《俺は大丈夫だよ。今日中に帰るから》

「一歌たちと帰ってくるの?」

《そう。3人で帰ってくる》

 

よかった……柊くん帰ってくるんだ。

 

「わかった。話ってそれ?」

《うん。あとは志歩の声聞きたいなって思っただけ》

「分かった。早く帰ってきてね」

《分かった。じゃあね》

 

柊くんは魁に代わった。

 

《ということだ。なんかあるか》

「大丈夫。じゃあね」

 

魁は電話を切った。柊くん帰ってくる……大丈夫だったんだ。

 

 夜になって、辺りは暗くなった。

 

【月島柊視点】

 

 俺の搬送された病院は新潟県内であることに変わりは無いが、長岡にある病院だった。どうも越後湯沢付近にある病院が空いていなかったらしい。

 

「こっからどう帰ろうか」

「取りあえず最寄り駅まで行くか」

 

魁は最寄り駅を調べてくれた。地図上、最寄り駅は宮内駅らしく、歩いて行ける距離だった。

宮内駅に着くと、俺たち3人は電車に乗った。17時に着いたためかなり暇だったが、18:02発越後中里行きに乗車。越後湯沢まで1本だ。新幹線でもよかったんだが、俺たちお金持ちじゃないから。節約だ。

 

「越後湯沢何時に着く?」

「19:15だってよ」

 

1時間余りか。

 

「結構空いてるし、なんか話さない?」

「誰か1人くらいいるだろ」

 

俺が立ち上がって見てみると、宮内出発時点で1号車は俺たちしかいなかった。2号車には数人いそうかな。

 

「いない」

「迷惑にならない程度だったらいいだろ」

「柊くんの怪我も治ってきたし?」

「そうだな」

 

俺たちは何もバンドに関係ないことを話し始めた。明日何するだとか、スキーの内容どうするだとか、果てにはまだ2日後の大晦日何するかまで。本当に関係ない。

ただ、楽しかった。こんな話するのもいいものだ。

一歌も、魁も笑ってたし。

 

 電車は浦佐駅を発車。新幹線だったら宮内を17:25に出る長岡行きで長岡へ、そのあと長岡17:44発とき338号東京行きで越後湯沢へ向かえば18:10には着けた。そのあとの18:08発とき340号東京行きでも18:28に着けた。

普通電車だから遅いが、浦佐で7分乗り換えをすればとき342号東京行きに乗れる。越後湯沢到着は19:01。15分ほど早く着く。

しかし、俺たちは普通電車のまま向かった。

 

「外すごい雪だな」

「少し不安になってきた……」

 

一歌が言った。確かに、こんなに積もってると心配だ。積もった雪は電車の屋根まで積もっていて、線路だけ除雪されている程度。それでも線路はあまり見えないが。

 

 六日町に18:53に到着すると、車掌からの放送が流れた。

 

「この先、石打~越後湯沢駅間の大雪のため、この電車当駅で一旦運転を見合わせます」

 

運転見合わせ。外は確かにすごい雪だ。

 

「まずいかもな……」

「帰れるかな……?」

 

俺たちは不安でいっぱいだった。

5分後、新たな放送が入った。

 

「お客様にご案内いたします。この電車、当駅にて運転を取りやめます。この先塩沢、越後湯沢をご利用のお客様は4番線からの19:03発、ほくほく線からの普通越後湯沢行きをご利用ください。上越国際スキー場前、大沢、石打ご利用のお客様は、このあと19:57発普通電車越後湯沢行きをご利用ください」

 

俺たちは指示に従い、4番線に移動した。越後湯沢に向かう人たちが全員4番線に移動したため、一瞬でホームはいっぱいになった。

19:02、時刻通り到着。上越線からの乗り換え客で少し混雑した列車は19:04、六日町を出発した。

さっきまで乗ってきた電車は、六日町19:09発長岡行きで折り返したらしい。越後湯沢~水上駅間運転見合わせのため、19:09発長岡行きは水上~六日町間で運休、六日町始発として運転したそうだ。

 

「少し混んでるね」

「まだ立ち客が出るくらいだから大丈夫さ」

 

この電車の後を走る、六日町19:57発越後湯沢行きが今日の最終となり、長岡方面も越後湯沢20:31発長岡行きが最終となった。越後湯沢20:31発も越後中里~越後湯沢間運休だ。

ほくほく線からの電車は全て六日町折り返しで、俺たちがギリギリだった。

 

 越後湯沢には途中の徐行もあって19:25、4分遅れて到着。少し歩いて、19:45にはホテルに無事帰還。

志歩がエントランスで待っていて、俺が着くなりすぐに近づいて手をつないだ。

 

「ただいま、志歩」

「心配したんだから。無事でよかった」

 

志歩を含めた4人で俺たちは自分の部屋に戻った。

3回まで上がると、穂波と咲希が俺たちをお出迎え。龍夜と海斗は穂波と咲希の後にいた。

 

「ただいま」

「おかえり、柊くん」

「おかえり!」

 

俺はその4人に手を振って部屋に入った。

 



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初音ミク生誕祭!

ミクの生誕祭です。
え?一歌の生誕祭がなかっただって?知らんな()
無理矢理31日に合わせました。


 

 俺はある残暑の厳しい日に、一歌たちに呼び出された。明日から9月だし、平日だ。

そんな日の夕方になんの用だろう。

 

「呼び出されたから来たぞ」

 

俺が一歌のところに行くと、一歌は早速今日呼び出した理由を話し始めた。

 

「今日、ミクの誕生日なんだ。だから柊くんもどうかなって」

「柊くん以外みんなダメでさ~」

 

平日だし無理もないだろう。

 

「だったらいいよ」

「じゃあ、早速行こう」

 

一歌は手をつないで俺と一緒にセカイに行った。

セカイでは、ルカとMEIKOが教室にいた。

 

「みんな来たのね」

「ルカ、準備できてる?」

「えぇ。もちろんよ」

 

ルカは隅に置いてあった机の上に箱を置いた。

 

「で、デカいな……」

 

その箱は見たことも無いほどの大きさで、かつ箱はケーキが入っているんだろうけど、ケーキの入れ物に見えない。リボンではなく、ただの真っ白の箱。楽器の器具を入れている箱と見分けがつかない。

 

「Lサイズだったのよ」

「L以上あるでしょ、これ……」

 

志歩が呆れたように言った。

 

「そうだ、お誕生日おめでとうって言うの揃えない?」

「どういう合図にする?」

 

一歌と穂波が言った。

 

「私が机を2回鳴らすから、それに合わせてくれる?」

「分かったわ」

「分かった」

 

一歌の合図で言うことにした。

 

「ミクって何時に来るの?」

「あと10分くらいだったと思うけど」

「じゃあ、演奏して迎え入れない?」

 

一歌がそう言った。なるほど、ありかもな。

 

「いいわね。じゃあ、needleでいいかしら?」

「うん。あ、けどミクのパートいない……」

 

ミクのパートなんてここに最適人物がいるじゃないか。

 

「柊くんがいるじゃない」

「あぁ。俺がやればいいんだろ?担当もギターだし」

 

一歌は「うん!」と言って早速後ろに楽器を用意し始めた。よかった、ギター持ってきといて。

ミクが入ってくる気配を感じ取ると、俺たちは演奏を始めた。ミクは曲の1番サビで入ってきて、ルカたちに言われて席に座った。

曲が終わると、ミクは笑顔になった。席はミクから時計回りに一歌、志歩、穂波、咲希、俺、MEIKO、ルカだった。

 

「ミク、ごめんなさいね。今日は一歌たちの演奏を聴いて貰おうと思って」

 

誕生日パーティであることは言わないのか。

 

「どうだったかな、ミク」

「うん。前より上手くなってる。柊くんも、一歌たちに合ってきた?」

 

ただ単に褒められている。照れるな……

 

「柊くんと仲良くなったもんねーっ」

 

咲希が目を合わせてくる。

 

「そうだな。みんな俺に合わせてたみたいだったけど」

「そんなことないよ?みんな自由だったし」

 

そうだったの?結構俺についてきてた気がするけど。

 

「そうだ。ミク、その箱の中にLeo/needに必要不可欠な関係の物が入ってるの。開けてみて?」

 

一歌が振った。そうだ。もうそろそろか。

 

「うん。アンプとか入ってそう」

 

ミクは横から開けた。

 

「下に台座があるからそれごと取ってね」

 

MEIKOが言った。さりげなく言ってるから気付かないよな。

 

「あれ?なんか軽い」

 

ミクは半分くらい出して、驚いた表情をした。

 

「何が入ってた?」

 

俺が聞いた。ミクは全部出して箱を置いた。

 

「え、うそ、私に?」

 

一歌が机を2回鳴らした。合図だ。

 

『ミク、誕生日おめでとう!』

 

全員が言った。

 

「あ、ありがとう、みんな」

 

ミクはケーキを見て言った。

 

「さ、みんなで分けましょ」

 

ルカがケーキをみんなに分けた。

ミクは思いっきり楽しんでいて、それにつられて俺たちも楽しんでいた。

 



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第25話 再会

 

 「そうそう!そんな感じだよ、一歌」

 

俺は一歌に言った。いやぁ、上手くなったなぁ。

 

「うん!もう慣れてきたかも」

 

それもそうだろう。今までハの字でしか滑れていなかったのに、今日はミドルターンの練習。なんかミドルターンっていうよりロングターンだけど、ターンができるだけでそれっぽくなる。

 

「もう少しターンを素早くやってみようか。曲がったって感じたらすぐに反対に切り返す感じで」

 

一歌は一度止まってからターンを始めた。ミドルターンの形にはなっている。ちなみに、俺たちがよくやるのもミドルターンに近い感じ。傾く角度は人によって違うが、俺は結構角度が急な人。海斗は緩やかだ。

 

「柊くん、このままミドルで降りてっていい?」

「あぁ。いいぞ」

 

一歌は速度を上げてミドルで降りていった。俺もその後ろをミドルターンではなく、ショートターンで降りていく。結構苦手なんだが、練習だ。

他のみんなは、基本的にみんな自由で、一歌は俺と滑りたいってことで一緒に。魁と龍夜が今日はスノボだ。俺だって怪我の翌日な訳だが、そうは思えないほどに動いている。今日が大晦日なのもあるが、みんなで滑りたかった。

 

 一歌が滑り終えてからしばらくして、俺も下に着いた。ミドルターンの練習で4回程度転んだけど。

 

「次どうする?」

「お、まだ滑りたい?」

「まだ疲れてないから」

 

一歌はリフトに向けて歩いていった。まだ歩き方はぎこちないか。

 

「じゃあ行くか」

「うん」

 

一歌は俺と並んでリフトに乗った。

リフトに乗ってから、俺と一歌は話を始めた。

 

「みんな、スノーボードとかできるんだね」

「あぁ。今日は魁と龍夜がやってるよ」

「スノーボード、難しそうじゃない?」

「あぁ。難しいよ」

 

「木の葉」と呼ばれる技みたいなのがあるんだが、あれができるまでも結構かかった。できると楽しいけど、俺はやっぱりスキーだ。

 

「もうちょっと上手くなったら初めてもいいかな」

「おっ、興味持ってきたな」

「スキーが好きになってきたから」

 

一歌がそう思ってくれてよかった。これでLeo/needも大人に近づいたな。STARNIGHTはそれを望んでいた。

 

「STARNIGHTにも思いがあるんだよ。君たちに対しての」

「そうなの?知りたい」

「それはみんなが集まってからだな」

 

リフトが上に着き、俺と一歌はリフトから降りた。

 

「一緒に滑ろう?柊くん」

「もちろん。一歌に合わせるよ」

 

一歌はミドルターンで降りていく。俺がその横を滑っていく。一歌と意思疎通して、どっちに曲がるか、などを予測していたため、ぶつからなかった。

 

 

 

 

 

 

 俺はフードコートで、たった1人で休んでいた。休めてもいないが。

 

「いってぇ……」

 

どうして俺が悶絶してるかって?それは今から10分前に遡る。

 

 俺は途中で志歩と合流した。だから、一歌、俺、志歩の3人で滑っていた。

しかし、途中から吹いてきた吹雪が強くなり、指導のために外していたゴーグルを着けた。

視界は吹雪で悪く、かろうじて見えるゲレンデを滑っていった。

一歌は俺のすぐ隣に、志歩はその後ろにいた。

吹雪で見えなくなり、俺は安全のために一度止まろうとした。

 

「一歌、一回止まるよ」

「うん。って、柊くん!そこ!」

 

一歌は俺の手を掴んだ。しかし、スキーウェアで滑り、一歌の手は離れていく。

止まろうとしたところが平坦でなく、平坦だと思っていた俺はバランスを崩し、そのまま転倒。転倒だけならよかったのだが、足首や腕、さらには肩を強く打ったため、昨日刺された傷口がまた開いてきた。

 

 

 というのが一連の流れ。転倒した俺はどうにか下まで滑り、フードコートで休憩をとった。

傷口からまた血が出てきて、スキーウェアの下に着ていた服を見ると、血が滲んできていた。

 

「……」

 

血を見る度に昨日のことを思い出す。

醜い演奏、酷い歌。

事実ではないデタラメと信じたいが、どうもそうは思えなかった。

 

「柊くんっ」

 

俺の背後から俺を呼ぶ声。Leo/needじゃない女の人の声。

俺はその声がする方へ振り返った。そこには、誰もいない。俺の幻聴だろうか。

 

「なんだ……幻聴か」

「幻聴じゃないって」

 

俺の独り言に反応した。俺は周囲を見回した。

すると、俺の左後ろに女の人が立っていた。

 

「……お前……」

 

俺は手を伸ばした。夢か、現実か。

俺が手を伸ばすと、女の人は俺の手を握った。

 

「何年ぶりかな。10年くらい?」

 

俺は痛みを堪えて立ち上がった。俺より少し低い身長。声は少し変わってるか、いや、あまり変わってないか。

そこにいたのは、交通事故で亡くなったと聞いていた、咲良だった。

 

「酷いんだよ?私死んでないのに、他の人と取り違えて死んだことになってるんだから」

「けど……両親が……」

「柊くんを驚かせようとした嘘だってさ。やになっちゃう」

 

話し方も昔と変わってない。間違いない、咲良だ。

スキーウェアに、スノーボード。ぎこちない歩き方で俺に寄ってくる。

 

「柊くんは変わったね。色々と」

「そうか……?」

 

俺は今の状況についていけてなかった。

 

「もうっ、柊くん、なんかぎこちないよ」

「あぁ、ごめん……」

 

衝撃なのもそうだが、髪型が俺のタイプにそっくりだ。一度咲良に言ったことはあったが、それ通り。というより、もしかして……

 

「髪型さ、もしかして──」

「あ、気付いた?高校の時に柊くんがタイプって言ってた髪型なんだ!」

「へぇ、かわいい」

「ありがとっ」

 

俺が咲良と話していると、後ろからSTARNIGHTとLeo/needもやってきた。

 

「おっ、咲良。来てたか」

「あっ、みんな。久しぶり~」

 

俺は魁のことを呼んで聞いた。

 

「おい、来るの知ってたのか」

「あぁ。柊以外知ってたぞ」

「マジかよ……」

 

俺はみんなの方を見た。

 

「一歌たちも知ってたのか」

「うん。知ってた」

 

ホントに俺だけ知らなかったのか。

 

「柊くんは何してたの?」

「怪我だ」

 

咲良は俺の横に立った。

 

「うわ、すごい……」

「大丈夫さ。あ、そういえばスノボやってたんだっけ?」

「うん」

「魁と龍夜に教えてもらえ。スノボ得意じゃないだろ」

「分かった」

 

咲良は魁と龍夜と一緒に外に出て行った。

 

「柊くん、怪我は治ってきた?」

「まぁ、多少は」

「もうちょっと休んでよっか」

 

一歌は俺の隣に座って、俺のことを見守ってくれた。

 

 その日の夕方、咲良は俺たちとは違うホテルに戻っていった。明日の10時に待ち合わせしている。

俺たちは年越しの瞬間をホテルで迎えた。みんな大広間に集まり、時計を見ながら年越しの瞬間を伺った。



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第26話 新年

 

 12月31日23:40、俺たちはホテルから出て近くの空き地に向かった。雪が高く積もり、俺たちはその上に上った。

 

「あと20分くらいかな?」

 

一歌が言った。23時46分17秒。あと13分ちょっとだ。

 

「あと13分ちょっとだね」

「うーっ、さむーい」

 

咲希が海斗に抱きついた。確かに、寒い。上着は着ていたが、Leo/needはこっちの気温が分かっていなかったのと慣れていなかったため、関東と大して変わらない服装だった。俺たちは厚めのコートだけど。

 

「一歌、寒くないか」

「んー、ちょっと寒いかも。手とか」

 

一歌は小悪魔のような目で俺を見つめた。手を出していて、多分握ってくれると思っている。

 

「分かった」

 

俺は一歌の手を握った。一歌は俺にくっついて年越しを待った。

23時58分45秒。あと1分ちょっと。一歌は俺の腕時計をずっと見ていた。

 

「なぁ、年越しの瞬間全員でジャンプしようぜ」

 

龍夜が提案した。

 

「あぁ、いいぞ」

「いいよ!」

 

みんなでジャンプすることが決まった。

23時59分50秒、俺の声でカウントダウンが始まった。

 

「10、9、8」

 

一歌は俺の手を握り、みんなもパートごとに手をつないだ。

 

「3、2、1!」

 

1月1日0時0分0秒、新年を迎えた。

 

『ハッピーニューイヤー!』

 

 

 

 

 1月1日15時40分

俺たちは咲良に帰ることを言った。

 

「咲良、なんかあったら連絡してくれよ」

 

今日来てすぐ、俺は咲良と連絡先を交換した。

 

「うん。またね、柊くん」

 

俺は手を振って、改札の前に行った。15:57発たにがわ412号で渋谷へ帰る。15分前の15:42から改札は開始している。

 

「柊くん、帰りはどういう感じ?」

「あ、そうだ。座席バラバラなんだ」

 

俺は一歌に聞かれたのを瞬時に返した。

 

「よく分かったな、どういう感じかだけで」

「気があったんだよ。な、一歌」

「うん」

 

俺は指定した座席を読み上げる。

 

「7号車2番ABC、17番DE、9号車10番ABC」

「じゃあ席はじゃんけんで決めよう。STARNIGHTの勝った順とLeo/needの勝った順でいいだろう」

 

俺たちはじゃんけんを始めた。

俺は3番目。多分3人席だろう。

 

「Leo/needで1番に勝った人~」

 

海斗が言った。

 

「はーいっ!」

 

咲希が手を挙げた。

 

「じゃあ7号車の17番で」

「うん!それでいいよ!」

 

海斗と咲希が17番DE。あとは6人を半分に分けるだけだ。

 

「じゃあグーとパーで分かれよう」

 

俺はパー。あとパーを出したのは穂波、志歩の2人。

ペアは

俺、穂波、志歩

魁、一歌、龍夜

海斗、咲希

になった。

俺は両方を女子に囲まれてたんだけど、穂波がずっとくっついていて、志歩はそれに嫉妬していた。

 

「柊くん、ちょっと眠い」

「嘘つけ。俺にくっついてるだけだろ」

「だって、こういうときじゃないとくっつけないから……」

 

左側から穂波が言った。右側の志歩からの視線がすごい。

 

「あのな、志歩」

「な、なに」

 

志歩は一瞬にして視線を逸らした。

 

「お前、視線感じるって」

「そんなことないでしょ」

「志歩ちゃん、柊くんのこと取ろうとしてるんだね」

「ち、違うって」

 

素直にならないなぁ。いや、そう言うと自惚れてるみたいになるか。

 

「15:57発たにがわ412号東京行き発車いたします。次は越後湯沢に停まります」

 

発車のアナウンスが入った。俺たちは高崎まで乗車し、高崎からは湘南新宿ライン。渋谷のSTARNIGHTの事務所で泊まる。

 

「柊くん、雪、すごいよ」

 

線路脇の雪は途轍もない高さだった。窓から見える景色は全てが白。一面の銀世界だ。

 

「おぉ、すごいな」

「もう帰るんだけどね」

 

志歩はふふっと笑って言った。2人とも雪を名残惜しく思っているようだ。

 

 越後湯沢を出ると、すぐにトンネルの中へ。上越国境だ。抜けると上毛高原に停車し、その次が高崎だ。

 

「柊くん、魁から」

 

志歩はLINEを見せた。魁からのLINEだ。なぜ志歩に。

俺は魁とのLINEを2人だけのLINEでやった。

 

柊〈なんで志歩の方に〉16:02

魁〈ミスった〉16:02

魁〈セナツムギって知ってるか〉16:03

柊〈なんかの植物か?〉16:03

魁〈人の名前〉16:03

柊〈なんか聞いたことはある〉16:04

魁〈なんか連絡来たんだけど。セナツムギから〉16:05

柊〈分かった。ちょっと調べてみる〉16:05

 

セナツムギ……知らない名前だ。

上越国境のトンネルは電波が通らない。しばらく待ってから調べ始めた。

上毛高原を出発し、俺はセナツムギの連絡先を調べていった。俺が知ってるんだったら、連絡先もあるはずだ。

 

「瀬那紬希……あ」

 

俺は瀬那を見つけた。電話番号の中に瀬那がいた。

 

「どうかしたの?」

 

穂波が聞く。関係ないことだし、いいだろう。

 

「なんでもないよ。次高崎だから降りる準備しておけ」

 

俺は穂波と志歩に降りる支度をするように言った。

瀬那って、どんなやつだったかな。何せ10年くらい前のことだ。覚えてることも少ない。

 

 16:30、高崎に到着。他の5人も降り、合流してから在来線ホームに向かった。

次は17:12発快速平塚行き。40分ほど時間があり、俺は瀬那に電話した。

 

《やっほ》

「あぁ、瀬那。久しぶり」

《久しぶり。魁くんから聞いたんでしょ?》

「そう。そんで、なんか用か?」

《柊くん元気かなって》

 

そんなことかよ……

 

「あぁ、元気だよ」

《そっか。よかった》

 

瀬那はそれからしばらくして言った。

 

《あの時はありがとね》

「ん?あ、あの事件か」

 

瀬那がストーカー被害に遭っていたときのことだ。

 

《そうそう》

「そんなのいいよ。お前だって困ってたんだし」

《そう?折角会おうかなって思ってたのに》

「是非会いたいです」

 

俺は即答だった。

 

《よし、じゃあ明後日中野駅でねー》

「北口?」

《うん!》

「分かった」

 

電話が切れた。瀬那って、ロングヘアの似合う子だったな。茶色のロングヘアがかわいかった。

 

「終わったか」

「あぁ。瀬那ってあいつのことか」

 

俺は魁に言った。瀬那は魁の方が仲良かったっけ。

 

 17:04、特別快速高崎行きの折返しとして入線。俺たちは5号車前寄りの8人席に座った。1つの個室を貸し切ってるみたいになって、話せる。

 

「じゃあパートごとね」

 

一歌が窓側、俺が通路側で座った。座席を回転させて、俺と一歌は進行方向に向いている感じだった。

 

「一歌?」

「なに……」

 

一歌は不貞腐れたみたいに外を見た。まだ発車してないのに。

 

「ヤキモチ?」

 

志歩が言った。

 

「うっ……」

 

図星か。

 

「志歩とか穂波に対して?」

「他にも、咲良さんとか瀬那さんとか……」

 

俺が他の女の人と話してたのが気になったのか。

 

「かわいいなぁ、一歌」

 

俺は一歌のことをハグした。一歌は戸惑っていたが、俺は一歌のことをハグしたまま離さなかった。

 

「柊くん、私のだもん……」

 

一歌が小声でそう言ったのが聞こえた。俺はハグをやめ、一歌の方を向いた。

 

「一歌は俺のだよ」

 

同じように言った。

一歌は笑顔になって顔を俺の肩に乗せた。

 

「一歌、かわいい」

「柊くん、女たらし?」

「違うわ!」

 

志歩が俺のことをからかう。全く、誰に似たんだか……あ、魁か。

 

「実際高校の時も女友達多かったよな」

 

龍夜が言った。

 

「なんか4股とか噂あったじゃん」

「そんな噂知らないんだけど!?」

 

なんだその噂。そんなの知らないんだが。

 

「うぅ……」

「ち、違うから、一歌……」

 

一歌は不貞腐れた。なんか大変なことになりそうだ。

 



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第27話 STARNIGHTは

 

 1月2日、俺たちは別々で行動した。19時集合、19時半解散で計画されている。

今は9時半前。一歌と一緒にいるんだが、今いるのは大宮氷川神社。初詣に来ている。

志歩は雫のお願いで姉妹そろって初詣へ。魁も一緒に行っているらしいが。

咲希は海斗と一緒に初詣へ。お兄さんもいるらしいが、お兄さんの方は他の人と初詣に行っているらしい。

穂波は龍夜と一緒にデート。初詣ではなく、デートに行っているらしい。

さて、俺の話に戻ろう。

俺は大宮氷川神社に来ているのだが、人はやはり大勢いる。初詣のピークということもあるが、鳥居をくぐる前にすごい行列。屋台もあったが、行くだけでも苦労しそうだ。

 

「一歌、手繋いでおいて」

「うん」

 

一歌は俺と手を繋ぐ。まだかなりの時間がかかりそうだ。

 

「人混み大丈夫か?」

「うん。大丈夫」

 

列は少しずつ進んでいく。

 

 お賽銭のところまで来て、一歌は俺から5円を貰い、俺は10円を投げた。

願い事はもう決まっていた。

 

(Leo/needとSTARNIGHTがずっと一緒に、頂点を目指せますように)

 

STARNIGHTだけで頂点に行くんじゃ、物足りない。8人全員で行くのだ。

俺と一歌は人混みをかき分け、おみくじをしに向かった。

 

「柊くん、見て。あれ」

 

一歌はおみくじを指した。

 

「あぁ。行こうか」

 

俺たちはおみくじを買いに行った。

結果は、俺が吉、一歌が中吉。

 

「何事にも全力を尽くして行動せよ、だとさ」

「恋愛のところ、最もあなたを愛している人はあなたの最も近くにいるでしょう……」

 

一歌は顔を紅くして言った。

 

「俺は、あなたのことを大切に思っている人でしょう。共に行動することが多い人こそ、あなたを愛している人でしょう……」

 

これ、お互いのことだよな。

一歌は俺の顔を見た。身長差で上目遣いになっていて、なんか、かわいい。

 

「どうした?」

「私を愛してる人……」

「俺だろ?」

 

俺は一歌のことを撫でた。一歌は笑って撫でられていた。あぁ、かわいすぎる。

 

「一歌、行こう?」

「うん」

 

俺は一歌の手を握って氷川神社から出た。

 

 このあとどこに行こうか、もう決めていた。取りあえず昼ご飯を済ませた俺と一歌は、目的地を一歌に教えずに電車に乗った。12:39発快速大船行きで南浦和へ。気付かれないようにわざと遠いルートで行った。

 

「柊くん、どこ行くの?」

「一歌に似合う場所だよ」

 

俺はそれだけ言った。

12:51、南浦和に到着。13:15発東京行きで目的地へ行きたいのだが、まだ時間が早い。もう少し迂回しよう。

 

「13:04発南船橋行きね」

「ねえ、どこ行くの?」

「内緒」

「むぅ……」

 

一歌は頬を膨らませた。

 

 南船橋には13:54。13:58発快速蘇我行きで蘇我。14:15に蘇我に到着。14:20発千葉行きで千葉、千葉を14:31に出発する成田行きに乗車中。

 

「ねぇ、飛行機乗るの?」

「乗らないよ」

「じゃあどこ行くの?」

「あと3時間くらいかなぁ」

 

時間はそのくらいだ。

14:49、佐倉に到着。そのあとすぐ、15:03発銚子行きで成東へ。成東15:28。15:37発大網行きで大網、16:00発快速東京行きで蘇我。

蘇我である物を買い、16:35発各駅停車東京行きで海浜幕張、17:03発各駅停車東京行きで目的地へ。本当はもっと速く着けたが、時間もあるからだ。

 

「一歌、悪いな。着いたぞ」

「公園?」

 

俺と一歌は駅から出て歩き始めた。

 

「一歌、ちょっとごめん」

 

俺は一歌に目隠しをした。

 

「えっ!」

 

俺は一歌の手をつなぎ、例の場所に向かった。

観覧車。デートといえばここだろう。夜景を一歌と2人きりで見たかったのだ。

 

「柊くん、見えないよぉ」

「もう少しだから、ね」

 

俺は観覧車の乗り場の前に立った。俺はスタッフさんに人差し指で合図を送り、一歌を乗せた。スタッフさんも笑って手を振ってくれた。

 

「一歌、外すよ」

 

俺は一歌の目隠しを外した。一歌は目をこすってから、外を見た。

 

「うわぁ……!」

 

一歌は外の景色に釘付けだった。

 

(今のうちだな)

 

俺はバッグの中からある物を出した。一歌は相変わらず外を見ている。

 

「一歌」

「ん?」

 

一歌はこっちを向いた。俺は一歌の前でこれを差し出した。

 

「大好きだ。一歌」

 

俺は一歌に渡した。

 

「これ、指輪……?」

 

そう、指輪だった。

 

「おみくじの結果からね」

 

一歌は左薬指にはめて、俺に抱きついた。

 

「柊くん……!大好き!」

 

 

 辺りは暗く、もう集合時間も近かった。場所は渋谷駅より表参道駅の方が近いため、地下鉄で行くことにした。

18:13発各駅停車東京行きで新木場へ、新木場18:21発各駅停車石神井公園行きで永田町に向かう。

 

「結構早く着いちゃいそう?」

「そこまでだよ。10分前くらい」

 

永田町から半蔵門線に乗っていくが、そこまで時間はかからない。

 

「今日で一旦終わりだもんね」

「あぁ。まぁ、うちの会社も三が日が終わって忙しくなるからね」

 

三が日が終わって忙しくなるため、会社が貸している練習場所もしばらく使えなくなる。

 

「なんか寂しいな」

「そうか?だってまた来週には会えるじゃないか」

「そうだけど、長いじゃん」

 

確かに、今までほぼ毎日会っていると長く感じるか。

 

「その分、上手くなった演奏を聴かせてくれるんだろ?」

「うん、頑張る」

 

もうお別れみたいだけど、まだ1時間ある。みんなで話し合いがあるからだ。

永田町には18:38。このあと18:45発各駅停車中央林間行きで表参道へ。

 

「みんなもう着いてるかな」

「どうだろうな。俺たちが早いかもしれないし」

 

もう15分前だが、着いてるか分からない。

18:49、表参道に到着。事務所は表参道から徒歩2分のところにある。

 

「あっ、柊」

 

龍夜が穂波と手をつないでこっちに歩いてきた。

 

「よう。って、そっち渋谷駅の方向じゃないだろ」

「あぁ。というか、君らもだろ」

「半蔵門線で来たからな」

「だったら俺らも千代田線で来てるから」

 

両方表参道からだったらしい。目的地の詮索はやめておくが、多分小田急の方向だろう。

事務所に着くと、先に魁と志歩がいた。

 

「魁、海斗たちは」

「なんか電車が遅れてるらしい」

 

電車が遅れてるんだったら仕方ないか。

俺たちはホワイトボードを持ってきて、話し合いの準備を始めた。

 

「次はライブハウスのゲスト出演だったな」

「あぁ。何もSTARNIGHTにOPS(オープニングソング)、Leo/needにEDS(エンディングソング)をやってほしい。ということだ」

 

俺たちがそんなことを話していると、咲希と海斗が3分遅れてやってきた。

 

「ごめん、ちょっと遅れたよな」

「いや、たった3分だ。気にするな」

 

咲希と海斗はすぐに席に座り、話し合いに参加した。

 

「ホワイトボードに書いてある通りな」

「了解!」

 

咲希が元気よく言った。

 

「とりあえず、配置はいつも通りの、広さがそこまでだから、そこまで音量は出さなくていいかな」

「分かった。ドラムの位置も同じでいいか」

「いいんじゃないかな。というか、若干後ろでもいいかも」

 

STARNIGHTとLeo/needに分かれてるが、やはり時間がかかる。

 

「じゃあ次は──」

 

俺たちは次々に書いていく。Leo/needと頂点に立ちたい。みんなと一緒に過ごしたい。そんな思いの一心だった。

 

 20:40、1時間10分遅れて話し合いが終わった。一歌たちを家まで送り、俺たちは帰路についた。

全員渋谷駅まで歩いていき、全員別々の電車に乗る。

魁が21:10発湘南新宿ライン快速小田原行き

海斗が21:10発東急東横線各駅停車元町・中華街行き

龍夜が21:15発京王井の頭線急行吉祥寺行き

俺が21:12発山手線外回り

龍夜が井の頭線で帰るのは珍しいが、井の頭線で行くと若干早く着くかららしい。

俺は新宿で21:24発中野行きに乗り換え、21:31に中野に着いた。

これで俺たちのスキー旅行が終わった。次Leo/needに会うのは来週。1月8日になる。

 



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第6章 柊がいない間
第28話 GW


 

 5月

一歌たちは2年生になり、どうやら一歌と志歩が同じA組、咲希と穂波はC組になったらしい。

俺たちはというと、海斗が引っ越した。学芸大学の自宅から、多摩川駅近くに引っ越したらしい。相変わらず、急行までが止まる駅に引っ越している。

俺と魁、龍夜は特に変わらず、今日も渋谷に来ていた。ゴールデンウィークだ。

暖かく、快適。俺と魁は事務所の屋上に出て、少し外の空気を吸っていた。

 

「柊、お前、咲良と紬希、一歌はどうするんだ」

「結局紬希はどっか行ったし」

 

会いたいって言ってたのに、結局どっか行った。

 

「紬希だってボブヘアでかわいいだろ?」

「俺と絡んだことなんてほとんど無かったがな」

「それはそれだ。紬希自身、柊を怖いと思ってたことあったし」

 

怖いの?俺。魁の方が怖い気がするんだが、気のせいだろうか。

 

「なーにしてんだ、お二人さん」

 

海斗がやってきた。咲希というおまけ付きだが、一歌たちはどこに行ったんだろうか。

 

「みんな数学の勉強中でさぁ、助けてやってくれよ。理系のお二人さん」

 

海斗と龍夜は文系選択、俺と魁は理系選択だった。その中でも、魁は物理選択、俺は数学選択だった。

 

「仕方ないな」

 

俺と魁は海斗についていった。数学Ⅱとかほとんど覚えてないぞ?

行ってみると、悩んでいたのは数学Ⅱではなく数学Ⅰだった。

 

「なんで数学Ⅰ?」

「今度復習テストがあるの」

 

みんながやってたのは因数分解、式の変形だった。咲希だけ化学基礎だったが、俺たちは手分けして教えていた。

 

 ゴールデンウィークと言っても、何かするわけでもなかった。ただみんなで練習するだけ。いつもの休日と何ら変わらない。

というか、いつもよりやることは少ない。さらに言うと、練習にも休みが必要だから。と言って練習も2日だけ。毎日事務所には来てたけど。

 

「柊、腹減らないか」

「んあ?」

 

俺は魁と休んでいた。いつもの暖かい屋上。

 

「なんだその気のない返事」

「あったかいんだよ。暇だし」

「だったら昼飯行くぞ」

 

俺は魁に連れてかれた。

店に着くと、俺と魁はすぐに一歌たちの話になった。

 

「そうだよなぁ。あ、志歩は違うか」

「志歩だって静かだ。なんか積極的みたいな感じするけど」

「志歩ってそんな感じだっけ」

 

志歩って感情を表に出すことない気がするんだけどな。

 

「一歌はどうなんだ。静かって言ってたけど」

「ホントに静かだよ。天然なのかたまにおかしいけど」

「いいじゃん」

「いいんだよ」

 

かわいい。それがいい。

 

「なんか一歌って恥ずかしがるところもあれば大胆なところもあるよな」

「そうだな。一歌ってバンドには人一倍気が入ってるし」

「ギタリストとして中々だよ」

 

魁も認めるほどだ。やっぱり一歌はすごいな。一歌の方がクールだったり、一歌の方が上手だったりしていたため、俺はもういらないのではないか。

 

「柊、お前はいるからな」

 

心読まれたんかな?

 

「あぁ、ありがとな」

 

俺は魁に向けて微笑んだ。

 

 昼飯が済んだ俺たちは事務所に戻ることにした。一歌たちがいるかもしれないって思ったからだ。

 

「いっちゃんてば!」

 

咲希が一歌に何か言っていた。俺たちは少しだけ外から聞いていた。

 

「だから、別に大きくなってないって……」

 

何がだろう。大きく感じることなんて何かあっただろうか。

 

「絶対おっきくなってるよー!ほら!」

「きゃっ、ちょ、咲希!」

 

何かあったんじゃないか?

 

「魁、入るか?」

 

俺は小声で聞いてみた。

 

「あぁ。行くぞ」

 

俺と魁は何も無かったかのように入った。

 

「なんだもういたのか──」

 

そこには、咲希が一歌のことを後ろから抱きついている光景が広がっていた。

 

「え?」

 

よく見ると、咲希が一歌の胸を揉んでいた。というか、現在進行形で揉んでいる。

 

「あっ、魁くん、柊くん!いっちゃんの胸、おっきくなったよね」

 

なんて答えづらい質問をするんだ。

 

「もう、咲希……」

 

一歌は俺に寄ってきた。助けを求めに来たか。

 

「あー……えと……」

「柊、正直に言ってやれ」

 

(魁!この野郎……!)

 

魁に言われた俺はもう正直に言うしかなかった。

 

「まぁ、なったんじゃね……」

 

俺は小声で言った。一歌は俺からバッと離れ、顔を真っ赤にした。

 

「こんにちは、って、どうしたの?一歌」

「え、あ、え?あ……」

 

しゃべれてない。

 

「おっきくなってるって言ったの?」

 

咲希が俺の横に来て小声で言った。

 

「あぁ……」

「ふーん、柊くんそう思ってたの?」

「……どう答えればいいんだ、それ」

 

咲希は笑って俺から離れた。志歩はどういう状況なのか分からずに、一歌と俺を交互に見て黙っていた。

 

 



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第29話 柊の教え

 俺はしばらくの間、Leo/needから離れることになった。まぁ、と言っても杏の手伝いなんだが。

 

「いらっしゃい」

 

俺がカフェに着くと、謙さんが俺を迎えてくれた。

 

「お久しぶりです、謙さん」

「あぁ。久しぶりだな。今日はどうした」

「杏ちゃんに呼ばれてたんですよ」

 

俺は謙さんの前に座った。杏ちゃんが来るまでどれくらいかかるかな。

 

「杏に会うのは久しぶりだろう?まぁ、変わってないがな」

 

変わってないって……しばらく会ってないからなぁ……

 

「あっ、柊くん来てたんだ」

 

後ろから女性の声が聞こえた。後ろを振り返ると、杏ちゃんが立っていた。

 

「久しぶりー、柊くん」

「杏ちゃん。大きくなったね」

 

俺が高校の頃に少し世話をしていた。

 

「柊くんも!」

 

杏ちゃんは俺の隣に座った。杏ちゃんと会うのも久しぶりだし、なんか無邪気なのは変わってない。

 

「そうだ、どうして呼んだんだ?」

「あー、私たちの歌を見て欲しくてさ?」

 

そういえば今はストリート系やってるとか言ってたっけな。確かに歌唱力は大事か。

 

「そういうことか。なら大丈夫だ」

「ホント?じゃあよろしくね」

 

杏ちゃんは俺の手を握った。

 

「そうだ!私の仲間紹介するね」

 

そう言って杏ちゃんは後ろにいる3人を紹介し始めた。

 

「まずはこっちのがさつな人」

「おい、がさつってなんだよ」

「この人が彰人ね。それで、こっちが冬弥!」

「青柳冬弥だ」

 

男子も2人いるのか。

 

「そして!私のパートナー、こはね!」

 

ん、小動物みたいだな。

 

「はじめまして!小豆沢こはねです」

 

うん。ハムスターかな?いや、言っちゃ悪いけどさ。

 

「よろしくね。じゃあ、早速君たちの歌を聴きたいんだけど」

「うん!行こっ!」

 

杏ちゃんは俺の手を引いて走る。無邪気な感じ、やっぱり変わってないな。

杏ちゃんは近くの公園に。あとからみんなもついてきたが、こんなところで練習やるのか。

 

「じゃあ、いくよっ」

 

杏ちゃんは着いてすぐ歌を始めた。

 

 歌は十分だった。ただ、所々修正すべき点もある。

 

「ありがとう。えっと、杏ちゃん。歌唱力には問題は無い」

「ホント?じゃあ!」

「表現力の問題だ。表現力がみんなバラバラすぎる。彰人くんと冬弥くんはバッチリだ。振り付けも日頃から意識してるんだろう」

 

それは見ているだけで分かった。明らかに杏ちゃんとこはねちゃんの方が動きに違和感がある。

 

「杏ちゃんとこはねちゃんは動きが固い。1つ1つの動きが目立ちすぎてる」

 

杏ちゃんは俺を見つめたまま止まった。

 

「振り付けの練習を重点的にやった方がいいんじゃないか。多分歌が変にきこえるのは振り付けのせいだ」

 

俺がそう言うと、杏ちゃんは俺にこう言った。

 

「じゃあ、柊くんが教えてよ」

 

杏ちゃんは俺をじっと見た。

 

「いいけど、大変だぞ」

「それでもいい!上達するんだったら」

 

こはねちゃんも一緒になって言った。

 

「じゃあおいで。彰人くんたちはどうする?来るか?」

「はい。こはねたちが行くんだったら」

 

彰人が言った。これは疲れそうだな……

 

 全員来てしまった。

今は近くのカラオケに来ている。部屋が大きく、全員入っても窮屈に感じることはなかったが、彰人と冬弥は隣の部屋へ。2人で練習がしたかったらしい。

 

「じゃあ、始めようか。なんか女子2人と俺だけって気まずいけど」

「大丈夫じゃん!だって柊くん、高校のときモテてたんでしょ?」

「その噂どこまで広がってんの?」

 

STARNIGHTにも言われた。一体どこまで広がってんだ。

 

「まぁいい。ほら、早く始めるぞ」

 

俺は踊りやすい曲を選曲した。多分知ってるだろうし。

 

「じゃあ、やってごらん?アドリブだ」

 

杏ちゃんとこはねちゃんは曲が流れ始めてすぐに踊り始めた。かわいく踊っているように見えるが、実際この曲はバンドだし、しかもSTARNIGHTの曲。かわいい曲調ではない。

 

「うん。やっぱりかわいく見える。多分ダンスのメリハリがダメなんだろうね」

 

俺はリモコンを操作しながら言った。

 

「取りあえず、1つ1つの動きをつなげないで。全て別々で」

 

俺がそう言うと、こはねちゃんはダンスの練習をし始めた。本来は直接触って覚えさせた方がいいんだろうけど、それやるとセクハラなるから。

 

「どう?」

「意識してる感じは出た。ただ、癖なんだろうね。動きが1つ1つ別のようになってる」

「じゃあ、アシストしてくれない?私たちの腕動かしてさ」

 

さっき考えてたことが破綻した。けど、相手がそう言ってるんだし大丈夫なんかな?

 

「分かったよ」

 

俺は杏ちゃんの後ろに行って腕を動かした。

 

「なるべく動きを止めるんだ。こうやって」

 

杏ちゃんは俺の動きに合わせて動かす。俺が手を離すと、感覚を掴んだのかできるようになった。

 

「そうそう、そんな感じ」

「やった!こはね、こうだってさ」

 

杏ちゃんはこはねちゃんに踊り方を教えた。

 

 

 「今日はありがと、柊くん」

「あぁ。また明日ね」

「うん!じゃあね!」

 

俺は杏ちゃんに見送られて改札に入った。杏ちゃんはまるで永遠の別れのように見送っていた。

 

「ただいま、埼京線、湘南新宿ライン、山手線は池袋駅人身事故の影響で、全区間で運転を見合わせております。ご利用のお客様は──」

 

なんだ、結局すぐには帰れないのか。定期だし、振替乗車使うか。

俺は吉祥寺まで井の頭線、吉祥寺から中央線で帰ることにした。

19:47、中野に到着し、俺は家に帰るとすぐにベットに突っ込んだ。明日も行くんだ。なるべく休んでおこう。

 



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第30話 不貞腐れ……?

柊がいない間のLeo/need編です。
次回はネタバレすると、また柊と一歌の2人が主役になります。ビビバス編はメインじゃないのでないです。
いずれか出す予定ですが、時期は未定です。予定は未定ってね。


 

 私は柊くんが弾くパートも一緒に弾くことになった。柊くんがいないから弾いてるんだけど、柊くんが弾いてるところ、難易度が桁違いに難しい。

 

「違う、こうじゃない……」

「なんだ?」

 

魁くんが見てきた。

 

「柊くんが弾いてるところ、難しくて……」

「そうか。そのままアレンジもしてないのか」

 

魁くんは私に言った。

 

「え?」

「柊のやつ、すごい難しくなってんだよ。柊の楽譜そのまま弾けたらもうプロだよ。柊だって1ヶ月やってようやくなんだからな」

 

柊くんってそんなに難しい楽譜にしてるんだ。

 

「アレンジした方がいいと思うぞ。ま、一歌の勝手だが」

「魁くんはどこ行くの?」

 

魁くんはやけに大きな荷物を持っていた。

 

「言ってなかったか。今日から2週間の帰省だ。冬だからな」

 

魁くんは大きな荷物を持って入口に立った。誰か来るのかな。

 

「お、お待たせ……」

 

来たのは志歩だった。白いスカートをはいていて、いつもよりかわいい感じがする。寒くないのかな……

 

「おう。じゃあ行くか。一歌、しばらく1人になるが、頑張れよ」

 

魁くんは志歩と一緒にもう外に出て行ってしまった。

 

「……はぁ……」

 

私は1人になってからため息をついた。

穂波と龍夜くんは宿泊デート、咲希と海斗は帰省。柊くんはどこか行ってるし、魁くんと志歩はさっきの通り。

 

「なんで私だけなの……」

 

私はまた黙々と練習を始めた。

 

 2時間が過ぎた。弾き終わるとしんとした室内。事務所はいつもよりかなり静かだ。

 

「はぁ……」

「なんだよ、そんなため息ついて」

「だって──」

 

私は答えてしまった。後ろを振り向こうとした瞬間、私はさっきの声の正体に身体を包まれた。

 

「えっ?」

「みんないないんだもんな。俺も明明後日から帰省だし」

 

柊くん。

 

「え?明明後日から帰省って……」

「6年ぶりの帰省さ。冬だからな」

「そっか……」

 

柊くんはリュックの小さいところから切符を出した。

 

「ほら。これが明明後日の切符。乗車券と特急券だな。行きと帰りがある」

「うん……」

 

あまり元気になれなかった。柊くんもしばらくいない。なんだろう、胸がきゅっと締め付けられる気持ち。

 

「6年ぶりだからな。楽しんでこないと」

 

柊くんはそう言って切符4枚をずらした。すると、さっきまで4枚だった切符が8枚に増えた。

 

「……!」

「一緒に帰省しよう。親御さんにはもう許可は取った」

 

もう、仕事早いんだから……

 

「ダメかな」

「いいよ。もうそこまでしちゃったんだし」

 

柊くんは切符を8枚全てしまった。

 

「じゃあ明明後日、表参道駅に4:40な」

「うん!」

 

 



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第7章Homecoming〈一歌と柊〉
第31話 帰省 1日目


 

 俺は一歌に事情を伝え、一歌は表参道5:03発浅草行きで神田まで来るように伝えた。

俺ができなかった理由は、電車の始発だ。

集合が4:30だったが、中野駅を出る始発は4:25。到底間に合わないため、仕方なく集合を表参道から神田に変えた。

一歌は表参道5:03発浅草行きで神田まで、俺は中野4:25発千葉行きで秋葉原、そのあと5:15発の山手線外回りで神田まで。

俺の方が8分早く着くが、一歌が地下から来るため、大して変わらない。

 

「柊くん!おはよう」

「おはよう。ごめんね、朝早く」

「ううん。楽しみだったから」

 

一歌は俺の手を握り、笑った。

 

「行こ、柊くん」

 

俺はホームに戻った。5:29発各駅停車大宮行き。上野まで乗る。

 

「一歌、元気?」

「うん。柊くんは?」

「眠い」

 

そりゃあそうだ。起床は2:00だったんだから。最終チェック、家の鍵閉め、充電器を詰めてたりしてたらもう4:00だ。25分発だからさっさと出て電車に乗った。

 

「じゃあ、私が起こしてあげよっか?」

 

一歌って攻めだっけ。

 

「大丈夫。一歌が隣にいれば眠気吹っ飛ぶから」

「ふふっ、じゃあよかった」

 

一歌は電車が着いてから、空いている車内で俺とくっついていた。

 

 5:35、上野に到着。このあと、臨時のこまち49号に乗る。

 

「柊くん、帰省したら何する?」

「取りあえずお隣さんとかに挨拶かな」

 

一歌は「そっかー」と興味なさそうな返事。

 

「甘えていいよ?」

「じゃあする」

 

俺は一歌のかわいい姿にすっかり夢中だった。

上野6:06発こまち49号秋田行きで秋田へ。

 

「そうだ。秋田に俺の妹いるからさ。俺の6つ下なんだけど、かわいいよ。あとは従妹の小町もいるし。小町は俺の11個下なんだ」

「11個って、私と同い年?」

「そういうことだね」

 

一歌は少し安心したような顔をした。少し不安だったのかな?

すると、駅のスピーカーからピンポンパンポン♪と音が鳴り、放送が流れた。

 

20番線に、こまち49号秋田行きと、はやぶさ49号新青森行きが、17両編成でまいります。

こまち49号秋田行きは、11号車~17号車。大宮、仙台、盛岡、田沢湖、角館、大曲、終点秋田に停まります。こまち号は全部の車両が指定席です。グリーン車は、11号車です。なお、全車両禁煙です。

はやぶさ49号新青森行きは、1号車~10号車。大宮、仙台、盛岡、二戸、八戸、七戸十和田、終点新青森に停まります。はやぶさ号は全部の車両が指定席です。グランクラスは10号車、グリーン車は9号車です。なお、全車両禁煙です。

まもなく、20番線に、こまち49号秋田行きと、はやぶさ49号新青森行きが、17両編成でまいります。

 

 Attention please.

The Komachi 49 for Akita and The Hayabusa 49 for Shin-Aomori.

Will soon make a stop at track NO,20.

Thenk you.

 

長い放送がおわると、こまち49号が入ってきた。一歌は入ってくる風で髪が靡いたため、髪を押さえていた。

 

「これで行くの?」

「あぁ。飛行機でもよかったんだけどさ、秋田駅に近い方が良いから」

 

一歌は乗った瞬間に身体の力を抜いた。

 

「あったかーい……」

「まぁ、車内だからな。ここから4時間くらい車内にいるから。あったかいぞ」

 

俺と一歌が乗る席は11号車の1番前。

一歌は客席に入ると、立ち止まった。人は思ったより少なく、11号車には誰もいなかった。後ろもいないから止まっても迷惑じゃないんだけどさ。

 

「え、え?」

「いやぁ、4時間だからな。ここでもいいだろう」

 

ここはグリーン車。放送でもあったとおり。

 

「い、いいの?」

「もちろん。ほら、そこだよ」

 

一歌は先に歩いていって席の前に来た。

 

「すごい……豪華……」

「一歌は窓際の方がいいか?」

「いいの?」

「あぁ。外見てると楽しいよ」

 

一歌は窓際の席に座った。俺が座席に座ると、電車は出発する。上野駅は地下から出発するため、一歌は外ではなく俺をずっと見ていた。

 

「どうかしたか?」

 

一歌は頭を俺の方に近づけた。多分、そうだよな?

 

「よしよし」

 

俺は一歌のことを撫でた。途中から一歌の髪を触るのに夢中だったが、一歌は気持ちよさそうにしていた。

 

「柊くん……」

 

一歌は俺のことを見つめる。なんだ、かわいい。

 

「なんだ」

「これ気持ちいい。席倒れるよ」

「あぁ。席取ったときは後ろの座席は人いなかったし」

 

一歌は何かを思い出したように言った。

 

「値段って……」

「あぁ、一歌の分は22880円なんだけど、それは一歌の親御さんにも協力してもらってるんだ」

 

俺と親御さんで大体7:3で出している。16020円を俺が、6790円を親御さんが出し、余りの10円を半分で分けた。

最初は5:5で出そうと提案してきたが、俺が多い方がいいと言うと、6:4になった。俺があまり変わらないと言って7:3になった。

これでも飛行機より安く、飛行機は羽田~秋田だけで30720円。新幹線グリーン車の方が安くすむ。

といっても、帰りは自由席で、ケチる。

盛岡までこまちで行くため、特急券1580円、盛岡からやまびこの自由席なため、自由席券4480円。乗車券10010円で合計で16070円。全部こまちで行くより1410円安い。こっちも俺と親御さんで7:3で分け、11250円を俺が、4820円を親御さんが出した。

これを一歌に話すと、一歌はホッとした。

 

「そうだったんだ」

「帰りはゆっくり帰るよ。一歌と長く一緒にいたいし」

 

電車は大宮駅を出発。次は仙台だ。

 

 



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第32話 帰省 1日目

 

 盛岡を出発し、しばらくが経った。

反対方面の電車の待ち合わせで停車中、一歌が起きた。

一歌は仙台を出てからしばらく寝ていた。結局睡魔には勝てなかったんだろう。

 

「ん……」

「おはよ」

「おはよう……」

 

そこまで長くは止まらないと思うし、もうすぐだろう。

 

「雪降ってるの?」

「あぁ。東北の、しかも山奥だからな」

 

岩手と秋田の県境らへんにあるが、結構雪が降る。標高が比較的高いこともあるが。

 

「……動かないね」

「だな」

 

もう5分は停まってるか。

ホームはないため、外にも出られない。出れたとしても雪で出たくないけど。

 

 それから10分、まだ停まっていた。

どうやら反対方面の電車が雪の規定量を超えたため運転を見合わせているらしい。

こまち49号もやっと出発した。15分遅れだ。

 

「ん、柊くん、誰と連絡してるの?」

「あぁ、唯菜。あの従妹だよ」

 

俺は従妹の唯菜と連絡を取っていた。唯菜と会うのは何年だろう。俺が最後に帰ったのが6年前だったし、多分7年くらい前かな。

 

「……」

「ヤキモチ焼いてる?」

「そ、そんなんじゃないもん……」

「全く、かわいいんだから」

 

俺は一歌のことをハグして撫でた。

 

「むぅ……」

 

 

 10:18、15分遅れて到着した。

秋田駅にも雪が降っていて、降りた瞬間に凍えるような寒さだった。

 

「うっ、さむ……」

 

一歌も俺に飛びついた。かなり寒い。

 

「あ、柊くんあったかい……」

「一歌も……」

 

俺たちは秋田駅のホームで抱き合った。お互い今の状態に気づき、すっと離れた。

 

「……行こっか」

「……うん」

 

俺と一歌は手をつないで階段を上がっていった。

階段を上り、後ろに向かうと改札がある。改札の向こう側には帰省してくる人を待つ人が大勢いた。

そんな中で、俺は唯菜を見つけた。

 

「唯菜。久しぶり」

「久しぶり。そっちが一歌ちゃん?」

「あぁ」

「なぎちゃん待ってるから行こっ」

 

唯菜は俺の手を引く。一歌は俺の後ろをトコトコ歩いてくる。

 

「柊くん、もう6年くらい帰ってきてないんだって?」

「あぁ。大学とか仕事とかあって」

「なぎちゃんは大学あっても来てるけど」

 

大丈夫か、あいつ。

 

「大学って大変なの?」

「人によるが。なぎは大変じゃないんかな」

「さぁ。って、一歌ちゃんは?トイレ?」

 

一歌の存在に気付いてないのか?まぁ初対面だったらしょうがないが。

 

「後ろついてきてるだろ。トコトコと」

「柊くんには空気がついてきてるの?」

「え?」

 

俺は後ろを振り向いた。後ろには一歌がいなかった。周囲を見渡しても、一歌はいない。

 

「一歌!?」

「柊くん!?」

 

俺は手に持っていた荷物を捨て、改札前の待合室に入った。唯菜のことなんて気にしなかった。

 

「……っ」

 

俺は待合室から出た。待合室にいなかったのだ。

そう考えると、やっぱり……

俺は駅を走り抜ける。トピコを横目に、西口へ抜けた。

 

「一歌……」

 

俺は人目につかない場所までくまなく探した。

それでも一歌はいない。一歌はどこに行ったんだろうか。

俺がそんなことを考えていると、男2人組が俺にぶつかった。

 

「チッ」

 

男のうち1人が舌打ちした。したいのは俺の方なんだが。

 

「一歌……どこだよ……」

 

俺は階段脇のくらい場所に入った。

そこに入った瞬間、俺は身体を包まれた。

 

「柊くん……」

 

一歌だった。一歌の髪はボサボサになり、いつもとは全く違う。頬と手の甲には引っ掻かれた跡のような切り傷があり、何かされたような感じがする。見ているだけで痛々しい。

 

「一歌……」

 

一歌は左手の指をずっと隠していた。何かあるんだろうか。

 

「一歌、左手見せてくれる?」

 

一歌は黙ったまま左手を見せた。

 

「……」

「これ、さっきの男2人にされたのか」

 

一歌は頷いた。そうか、きっと指輪目当てだったんだろう。取られてなくてよかった。

 

「一歌は無事だったんだね」

「柊くん……」

 

一歌は泣き始めた。きっと痛かったんだろう。

 

「辛かったよな。もう大丈夫だよ」

 

一歌は泣いたまま俺を強く抱きしめた。

 

 一歌が落ち着いてきたあと、俺は東口に戻った。一歌はまだ黙っていたが、それほど痛かったんだろう。

 

「もう、柊くん。いきなり走り出してさ」

 

唯菜がエレベーターの前で待っていた。

 

「って、一歌ちゃんどうしたの!」

「男2人に絡まれたらしい」

 

唯菜は一歌のところに駆け寄って言った。

 

「家に帰ったら応急処置するから、ちょっと我慢してね」

「はい……」

 

一歌は小さい声で言った。

 

「なぎちゃんに駅前まで来てって言ってあるから」

「お、頼もしいな」

 

俺はエレベーターから地上に降りた。

下りてロータリーの方に向くと、目の前になぎが立っていた。

 

「おかえり、お兄ちゃん」

「ただいま。ちょっと急いでくれるかな」

「うん。あ、一歌ちゃんのことは聞いてるよ。一歌ちゃん、後ろ乗っていいからね」

 

俺はトランクに荷物を置き、一歌を後ろの席に寝かせた。俺の膝枕で寝かせていた。

 

「柊くん、東京ってどう?」

「まぁ、うるさいよ。交通量多いし」

「私みたいに関東郊外に住んだらいいのに」

 

なぎは神奈川の伊勢原に住んでいる。結構自然も多いところらしく、俺とは違う。

唯菜は都会っ子で、生まれたときから下北沢。ただ都会は好きじゃないらしいけど。

 

「アクセスがなぁ」

「それは都心の方がいいけどね」

「けどこっちもいいよね~」

 

唯菜が言った。

一歌は俺のことを下から見ていた。俺は傷に触れないように一歌を撫でた。

 

「一歌、痛い?」

「大丈夫。ありがとう」

 

一歌は両手を開いて挙げた。

 

「ぎゅってして?」

「怪我してんだろ?いいのかよ」

「いいよ。もうあんまり痛くないから」

 

俺は一歌を起こして抱いた。膝の上にのっけると、一歌は嬉しそうにこっちを向いた。

 

「ふふっ」

「あーっ、お兄ちゃん、またイチャついてる~」

「おい、なんだよまたって」

「だって、お兄ちゃん高校生のときモテてたんでしょ?」

 

その話はどこまでもついてくるなぁ。

 

「まぁ、そうなのかな?」

「へぇ、柊くんモテてたんだ~」

「確かに告白は3回くらいあったけど、俺は振ってるぞ?」

 

2人は「なーんだ」と口を揃えて言った。全く、一体誰だこの噂を流し始めたのは。

 

 それから30分ほど経って、ようやく家に着いた。俺は一歌と一緒に降りたが、すごい雪で歩くのも一苦労。

 

「一歌、俺の母親がいるから、母親に処置してもらえ」

「あっ、私がやる!私保健委員だし」

 

それって関係あるのか?

 

「まぁ、じゃあ任せたよ」

「任せでけれ!(任せてよ!)」

 

唯菜が家の中に入っていった。俺はなぎと一緒に除雪を始めた。

 

「あっ、手伝ってくれるの?」

「早く終わらせようぜ」

 

俺はスノーダンプで車庫前の雪を除雪し始めた。恐らく10cmくらい積もっているだろうか。

 

「あっ」

「おいおい、何雪に足とられてんだよ」

 

俺はなぎのところに酔って身体を支えた。

 

「ゆっくり足取れ」

「うん。っしょ」

 

なぎの足が抜けると、俺の方に倒れてきた。俺が支えようとして前に体重をかけると、2人同時に前に倒れた。

 

「あっと……大丈夫か?」

「うん。えっと、離れてくれるかな……」

「え、あ、ごめん」

 

俺はなぎを押し倒してしまっていたため、すぐに立ち上がった。

 

「もうちょっと、がんばろ」

「あぁ」

 

俺となぎは再び除雪を始めた。

 



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第33話 帰省 2日目

 

 夜になって、雪は再び強くなってきた。

気温は氷点下まで下がり、今は秋田市で-5℃らしい。

 

「柊、ストーブ焚いでけれ(柊、ストーブ焚いといて)」

「分かった。あ、薪ってどこにある?」

「窓の近くさ置いてあるはずだども(窓の近くに置いてあるはずだけど)」

 

俺は母さんに頼まれて薪ストーブを焚く。それを聞きつけたなぎと唯菜が一歌を連れてこっちにやって来た。7年前もこんな感じだったかな。

 

「柊くん、はやくはやく」

「ちょっと待てって」

 

俺はストーブの中に薪を入れ、チャッカマンで火をつける。

 

「おー!」

 

唯菜がストーブの前に手を近づける。

 

「暖まるまで少しまっとけよ」

「はーい」

「お兄ちゃんはどこ行くの?」

「倉庫さ薪取りに行ってくる(倉庫に薪取りに行ってくる)」

 

俺は玄関から外に出て薪を取りに行った。2階にあったはずだけど……

 

「おっ、あったあった」

「おっ、柊くんじゃないか。久しぶりだね」

 

唯菜のお父さんだ。

 

「久しぶり。7年くらい会ってなかったかな」

 

結構仲は良いから敬語は外して話す。

 

「それにしても、倉庫に何しに来てたのさ」

「いやぁ、スノーダンプがここにあるって言われたから」

「スノーダンプだったら車庫だよ。今日俺たちが使って車庫に置いたから」

「そうか。ありがとう」

 

唯菜のお父さんは倉庫を降りていった。俺も薪を5本持って家の中に戻った。

外はやはり寒く、凍えそうだ。やっぱり薄い長袖で室内にいるからだろうか。

ちなみに、東北の家は冬にストーブを焚いている時は半袖が普通。まだ焚いたばかりだから寒いしで長袖だけど。

 

「一歌?寒いだろ」

「柊くんも寒いかなって」

 

一歌は玄関で出迎えてくれていた。

昔っぽい家で、玄関は横に開けるタイプのドア。入ると広く、さらに同じ幅の廊下がある。右側が居間、左が小さい冷蔵庫とゲーム部屋だ。

もちろん廊下は寒い。フローリングだし、ストーブもない。

 

「柊くん、寒いでしょ」

 

一歌は廊下に上がった俺をすぐにハグした。薪があるのに。

 

「一歌の身体あったか……」

「あーっ!」

 

そんな声が聞こえると、唯菜となぎが出てきて、俺を3人でハグした。暑苦しくない……あったか……

 

「あったかいな……」

「ストーブ効いてるよ。はやくはやく!」

 

俺は唯菜に連れられて居間に入った。部屋全体があったかい。寝れそう。

 

「あったかい……」

「お兄ちゃん、ここで寝ないでよ?」

「寝ないさ。上に寝室あるんだし」

 

俺はテーブルの前に座った。

テーブルは低く、床に直接座る形だ。居間と外が1枚の扉で繋がっていて、ベランダもない。その分寒いんだが。

障子が閉まっていて、外は見えない。

 

「柊くん、ギターって……」

「あぁ。明日届くよ。明日は除雪になりそうだけど」

 

俺は一歌を撫でて言った。

22時過ぎ、俺は歯を磨き、2階に上がった。結構急な階段で、上がると右側に1部屋、左に1部屋、振り返ったところに廊下があって2部屋ある。その奥側が防音室だ。

寝室は防音室の隣。

 

「ここだよ。俺たちの部屋は」

「敷き布団なんだね」

「あぁ。嫌か?」

「ううん。平気」

 

一歌はすぐに布団の中に入った。寒いのかな。

俺もすぐに一歌と同じ布団に入った。そのまま暖かくて眠り、翌朝になった。

 

 翌日早朝5:40。

秋田の朝は早い。もう全員出て除雪開始だ。

 

「おめぇが道路の雪寄せしといてけれ(君が道路の雪寄せしといて)」

「んだども、雪寄せる車さどこあるんだ(だけど、雪寄せの車どこあるの)」

「車庫の中さ入ってら。はだげの前さこげから、そごからな(車庫の中に入ってる。畑の前すごいから、そこからね)」

 

秋田弁のオンパレード。俺には伝わるから車庫の中から車を出してきて、一歌を乗せた。

 

「この車、どこで売ってるの?」

「トラクター改造した。改造したのは俺だ」

「え?」

 

トラクターを買ってきて、近くの町工場で鉄を曲げてもらって、それをトラクターに取り付ける。強度は十分ある。

 

「改造した本人が運転しないとな。私有地だけだったら一歌でもいいんだよ?」

「いや、大丈夫……」

 

俺はトラクター改を車庫から出し、少し離れたところにある畑の前まで走らせた。一歌は俺の膝の上に座っている。

畑の前に着くと、俺は方向転換して、鉄製のスノーダンプを前にする。

このスノーダンプカーについて少し説明。

トラクターだった下に温水タンクを搭載し、ボタンを押すと鉄製のスノーダンプの下から温水が噴射される。高圧になるように設計されていて、雪を早く溶かせる。

さらに、トラクターを改造したため、タイヤは柔らかいところに強い。雪なんて軽々走れる。

スノーダンプは左を向くように斜めに設置されていて、雪を押すと左側に寄せる。しかも温水で溶かしながら進むため、固い雪でも大丈夫。

ついでに動作の仕組みもガソリンから電気モーターに変更。電車を参考にして、かなり出力の高いモーターを積む。電気についてはガソリンで発電し、それを蓄電池に貯め、それを使う。環境にやさしい。

 

「よし、いくか」

 

俺はスノーダンプカーを走らせる。まだ積もったばかりの雪なため、温水は出さない。

進んでいくに連れて雪はどんどん左側へ。左側は水路になっていて、乗っていない俺の両親、唯菜の両親、なぎ、唯菜の6人がスノーダンプやスコップを使って砕き、水に流していく。

 

「柊くん、これ作ったの、すごい……」

「まだ雪掻き専用の車、あるぞ。つっても、軽トラをほんの少し改造したやつだけど」

 

ただ運搬用に作っただけ。今使ってる軽トラそれだし。

軽トラの方はただ骨組みを強化して重さに耐えられるようにして、タイヤを頑丈な物に交換したくらい。

 

「これってどこら辺まで行くの?」

「隣の家の前までかな、大体」

 

俺はゆっくり進めていく。一歌も身を乗り出して雪を寄せているのを見ている。夢中になっててかわいい。

 

 除雪が終わると、俺は居間に戻ってストーブの前に座った。

 

『あったかーい』

 

俺と一歌が同時に言った。

すると、玄関に大きい荷物を2つ持った人が向かっているのに気付いた。俺と一歌はなんとなく察し、玄関に向かった。

 

「すいませーん、お届け物でーす」

「はい」

 

俺がはんこを持って行き、紙にはんこを押した。

一歌が荷物2つを持ち、それを居間に運ぶ。

 

「ギター!」

「あぁ。丁度今届く予定だったからな」

 

他の6人が雪掻きをやっている最中、俺たちはギターを出した。

 

「ちゃんと傷なしに届いたな」

「帰りは持ってくんだっけ」

「あぁ。人もいないだろうしな」

 

一歌は立ち上がって言った。

 

「練習、しようよ」

 

一歌と俺は2階の防音室に向かった。

 



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第34話 帰省 2日目

 

 「もう少しだな。そこは別の運指のほうがいいし──」

 

俺は一歌と練習をしていた。一歌は少し汗をかき、俺もなるべく上手くなるように指示した。

 

「この運指でいいかな」

「あぁ。次のコードにいけるような感じだったらいい」

 

一歌は楽譜を見て、もう一回練習し始めた。

 

「そこ、弾く弦が1つズレてる。2弦じゃないか?」

「けど、ここって3弦じゃないの?」

 

俺は楽譜を見る。確かに2弦なはずだが……

 

「それ、1列下見てるよ。そこはEmで2弦」

「あっ、じゃあ、運指もこう?」

「そうそう。じゃあ、いけそうだね」

 

一歌はゆっくり弾き始めた。

もう練習開始から3時間。かなり練習している。

 

「今日はどこまでやる」

「Dまでは終わらせたい」

 

あと15小節か。

 

「じゃあ、さっさと終わらせよう。時間もあるし」

 

俺はDまで練習を進めていった。

 

 ようやく練習が終わり、俺たちは防音室から出た。廊下は寒く、防音室とは違かった。閉め切ってたから暖かかったんだろう。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

なぎが階段の下から呼んだ。

 

「何してんだ、なぎ」

「んー?ちょっと和室行ってた。電波繋がらないんだもん」

「だったら裏行けばいいだろ。裏の方が繋がるぞ」

「私は和室くらいの電波の強さでいいの」

 

なぎは「ふふん」と自信を持ったように言った。何に自信を持ったんだ?

 

「あ、ゆっち、薪変えた?」

「変えたよー。あったかいよ」

 

ゆっち。唯菜のあだ名だ。というか、なぎもあだ名だ。凪紗って名前なんだけど、俺がただ単になぎって呼んでる。理由なんてない。

 

「一歌、先に──」

 

一歌は俺の横を通り抜け、ストーブの前に手をかざした。

 

「はや」

「あったかー……」

 

唯菜が一歌の隣でにこにこして見ている。あぁ、ほんわかしてるなぁ。

 

「ちょっと連絡してこようかな。唯菜、なぎ。一歌を頼んだ」

「まかせて」

 

俺は外に出て、少し歩いた。雪は若干積もっていたが、歩けるくらいだ。

少し家から離れないと電波が繋がらない。俺は電波が繋がるところまで来ると、魁、海斗、龍夜の3人とビデオ通話を繋いだ。一瞬で入ってきて、そこには志歩、咲希、穂波もいた。

 

「久しぶり。みんな帰省中?」

龍夜《俺たちだけ違う。旅行中だ》

 

龍夜が言った。龍夜だけは旅行か。

 

「みんな、どこ行ってるんだ」

魁《俺は静岡の実家。涼しいぞ》

 

魁だ。

 

「こっちは寒いけどな」

咲希《どこ行ってるの?》

 

咲希が聞く。そうか、みんな知らないか。

 

「秋田だよ。雪は降ってないけど、積もってるね」

咲希《へぇ、秋田かぁ。美人とかたくさんいるでしょ!》

「さぁな。意識して見たこと無いから」

 

秋田美人ってホントにいるのかな。

 

龍夜《そう言うけどよ、お前妹さんすげぇかわいいじゃん》

 

龍夜が言う。そんなかな。いや、そうかもしれない。

 

「そう、なのかな」

龍夜《そうだって。会ったことあるの俺しかいねぇけどさ》

 

龍夜は1回だけ俺の実家に来たことがある。まだ祖父母も生きていた頃に。

 

海斗《一歌とどっちがかわいいんだ?》

龍夜《おい、それってどっちに対しても傷つくじゃないか》

穂波《一歌ちゃんもかわいいよね》

志歩《けど、一歌いないよね》

 

あ、気付いたか。流石志歩。

 

「あぁ。寒いからな」

志歩《柊くんだけ外いるの?》

「外じゃないと通話できないんだよ」

 

中でもいけるかもしれないけど。

 

龍夜《あれ、前行ったときは中でもできたよな?》

「そうだっけ?じゃあちょっとしてみるよ」

 

俺は歩いて家に戻る。

 

咲希《志歩ちゃん、静岡どう?》

志歩《うん。けっこう静かで、気持ちいいよ》

穂波《へぇ、静岡ってそういう感じなんだ》

魁《結構田舎の方だからな。新幹線の駅から遠いし》

「なんだ、俺を置いて」

龍夜《静岡の話に夢中だったな》

 

俺が話してないとこうなるのか。けど、聞いてるのも楽しいな。

 

「富士山は見えるのか」

魁《見えない。そんな近くないし、あと別の山で見えないな》

海斗《静岡でも見えないんだな》

龍夜《こっから富士山見えてるよ》

咲希《どこにいるの?》

穂波《スカイツリー。りゅうくんと2人でいるんだ》

「スカイツリーからって富士山見えんだ」

龍夜《見えるぞ。ぼんやりとだが》

「さすがに龍夜以外は見えないもんな」

 

俺は家の中に入り、今に入る。一歌がストーブの横で唯菜と話していた。

 

「おっ、終わった?」

「いや、一歌に会いたいって声があってね」

 

そう言うと、一歌はむくっと起き上がり、俺の左後ろから顔を出した。

 

「聞こえてるか?」

魁《おう。家の中に入ったのか》

 

意外と聞こえるもんだな。

 

「一歌もいるぞ」

咲希《一歌ちゃん!》

「咲希。どこいるの?」

咲希《群馬の水上ってとこ。海斗と一緒に帰省してるんだ!》

 

海斗たちも帰省か。

 

龍夜《あれ、凪紗いないのか》

「なぎ、お呼びがかかってるぞ」

「ほえ?」

 

なぎが俺の右側から顔を出す。

 

「あ、龍夜さん!」

龍夜《久しぶり。大きくなったなぁ。大学生?》

「はい。大学4年です」

龍夜《そうか。卒業も近いんだ》

「あんまりナンパっぽくするなよ」

龍夜《ははは、すまん》

 

みんなも画面越しに笑っていた。

 

「じゃあ、そろそろ終えるか」

魁《あぁ。じゃ、またな》

 

俺はビデオ通話を切った。

 



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第35話 帰省 6日目

 

 帰省もあと1日になった。

こっちにいる間、そこまで何かやったわけじゃないが、久しぶりの帰省はやはり楽しかった。

 

「柊くん、お隣さんだよ。風那だってさ」

「風那?分かった」

 

俺は玄関に行った。

風那って、こっちに住んでたんだ。

 

「はーい」

「あ、こんにちは」

 

風那。

俺より2つ年下の元隣人。

こっちにいたときはよく遊びに来ていたが、結構前に会わなくなった。

 

「元気か?」

「うん。あ、帰省してるんだよね」

 

風那はレジ袋の中から何かを取り出す。

 

「お土産。首飾り」

 

黒を基調とした勾玉のような物がついている首飾りだった。

 

「いいのか?」

「もちろん。私とお揃いだよ」

 

風那は緑色の同じ形をした首飾りを出した。ただ緑という訳ではなく、キラキラしている。何か波のような模様も入っているし、デザインは気に入った。

 

「ちょっと休んでけ。寒いだろ」

「けど歩いて10分くらいだから」

「いいって。唯菜たちと話してけって」

 

風那は少し悩んだが、頷いて上がった。

 

「あっ、風那ちゃん。おいで!」

 

唯菜がストーブの前に呼ぶ。

 

「風那ちゃん、久しぶり」

「うん。久しぶり」

 

風那は唯菜と話していた。すると、一歌が俺の横に来て言った。

 

「柊くん、風那さんってあんな話し方なの?」

「やっぱり違和感あるよな。昔は違ったんだ」

 

俺は風那に聞こえないように和室に移動した。廊下を歩き、少し歩いて和室につく。

 

「それで、話し方……」

「あぁ。最後に話したのは多分13~14年くらい前なんだけど、その時は誰より明るかったんだ」

「柊くんって、こっちに住んでたことあるの?」

「小学3年生までね。もう19年前だ」

 

風那のことを、俺は1つずつ順を追って説明していった。

 

「風那は幼い頃に両親を亡くしてね。確か2歳の頃だったかな。それから祖父母に育てて貰ってた」

「ご両親を……」

 

一歌は悲しそうな顔をした。

 

「その祖父母と俺は結構仲がよくてね。小さい頃はよく遊びに行ってた」

 

俺は一歌が落ち着いてから、次の話をした。

 

「けど、その祖父母も風那が14歳の頃に亡くなった」

「今って、風那さん何歳なの?」

「26だよ。俺の2つ下」

 

今から12年前になるか。

 

「祖父母が亡くなってから1ヶ月程度は俺の母親が行ってたんだけど、それからは変わりの義母が来た。親戚だったかな」

 

これから先の話をするのはすこし気が引けるが、しておこう。

 

「その義母が酷くてね。受験の時期だったのもあるんだろうけど、完璧主義で、上手くいかないとすぐに暴力だった」

「……今は……?」

「なんか義母の方が高校に入ってから元の家に戻ったって聞いたけどね。詳しくは分からない」

 

一歌は何かをひらめいたように言った。

 

「じゃあさ、今いる可能性も……」

 

確かに。把握してないんだから、今いる可能性もある。そう考えると、まさか……

俺は今に急いで戻った。悪いことが起きそうで。

 

「唯菜!風那は!」

「え?さっき邪魔しちゃ悪いって帰ったよ?」

「どっち行った」

「右」

 

やっぱり。風那の家は左なはずだ。右に行くはずがない。

 

「ありがとう」

 

俺は家から飛び出た。

近くの崖になっている場所に着いた。風那は崖の先端に立ち、拳を握りしめていた。

次の瞬間、風那は1歩前に出た。あと少し前に出たら、ホントに落ちてしまう。

俺は風那の手を取り、俺の方に引っ張った。

 

「えっ」

「死のうとするなよ」

「だって……叔母さんが……」

 

やっぱり。一歌の予想通りだった。

 

「……金はあるのか」

「え?あ、うん」

「ついてこい。家で財布と荷物まとめてこい」

 

俺は風那を帰り道に寄せた。死のうとするからだ。

 

 俺が家に着くと、一歌が玄関で待っていた。ただ、いつものとは違うだろう。

 

「大丈夫だった?風那さん」

「あぁ。このあともう一回こっち来るから」

 

俺がそう言うと、後ろからスーツケースと大きめのリュックを持った風那が来た。

 

「あ、風那」

「来たけど……何するの?」

「明日出発するから。ここにいろ」

「え……」

「あの、風那さん。一緒にいましょ?」

「うん……」

 

風那と一歌は2人で2階に上がっていった。

なぎと唯菜に事情を話すと、2人とも2階に上がっていった。多分励ましに行ったんだろう。

俺は下であの4人が来るのを待つと同時に、叔母さんが来ないか見ていた。

 



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第36話 帰宅

 

 俺たちは1週間の滞在を終え、秋田駅に向かっていた。

風那をこっちで引き取ることになった他は特に何事もなかった。

秋田駅まで来たのは我が妹、なぎだ。

 

「今度はそっちの家に行くからね」

「あぁ。検見川だっけ?家」

「うん。お兄ちゃんの家、絶対行くから」

 

なぎは改札前にある待合室でそう言った。

帰りの新幹線は節約だ。盛岡まで特定特急券でこまちに乗り、盛岡から新幹線自由席で大宮まで。やまびこに乗る。

 

「柊くん、16:12発だよ」

「あぁ。じゃあ、なぎ。バイバイ」

 

俺が手を振ると、なぎはこっちに寄ってきた。そのままハグして、10秒ほどしてから笑顔で離れた。

 

「バイバイ、お兄ちゃん」

 

俺はそれに手を振って返した。なぎは俺が改札に入って、階段を下って見えなくなるまで手を振ってくれた。

 

 16:12発こまち38号東京行きは、盛岡まで約1時間半かかる。在来線普通列車だと3時間以上かかるため、かなり早く移動できる。

 

「柊くん、隣いい?」

 

風那が言った。

 

「あぁ。もちろん──」

 

一歌が頬を膨らませて見つめてくる。うっ、その視線、勝てない……

 

「ごめん、一歌が」

「ありゃ。ごめんね、一歌ちゃん」

「別にいいですけど……」

 

不貞腐れたか?ヤキモチかな。

 

 大曲16:45、田沢湖17:11に到着し、雫石を17:32に定刻通り出発した。

 

「2人とも、降りるよ」

「うん」

「はーい」

 

風那も明るい性格に戻った。なんかいつもの感じで安心する。

 

「あ、ちょっとはあったかくなった?」

「そうだな。ほら、そこに停まってるやつ乗るぞ」

 

3人で一緒に向かい側の電車に乗った。

この電車はやまびこ68号東京行き。自由席を連結していて、1~4号車が自由席。

やまびこ68号は、仙台まで各駅に停車し、仙台からは、福島、郡山、宇都宮、大宮、上野、東京に停車する。

途中、一ノ関、郡山、宇都宮では後続の通過待ちを行う。遅いが、ただ安い。

 

「あっ、3人席……」

 

一歌が言った。そうだ。E5系には3人席がある。じゃあ、何となく俺がどこに座るかは分かっているが。

 

「柊くん、真ん中いって!」

 

やっぱりそうだよな。そんなことだろうと思った。

 

「じゃあ、柊くん。失礼します」

 

風那は俺の肩に頭を乗せ、眠そうにした。まだ18時前だが。

 

「柊くん、これなんだけど」

 

一歌はスマホの画像を見せてきた。スケジュール表で、来週はあまり埋まっていないが、再来週は埋まっている。

 

「私たちもライブやりたくて」

「あぁ。もちろんいいんじゃないか」

 

STARNIGHTの独自ライブっていつだったか。来月上旬だとは思うが。

 

「STARNIGHTの単独ライブおいで。来月上旬だった気がするから」

「うん、ありがとう」

 

一歌は次に楽譜をテーブルの上に出し、運指を俺に聞きながら弾きやすいように書いていった。

 

 やまびこだから当然時間がかかる。

仙台までもかなりかかったが、ここからは通過運転が始まる。

風那は最初は俺の肩に頭を乗せてたのに、今は普通に座席についているヘッドレストに頭を乗っけて寝ている。

 

「一歌、眠くないか?」

「寝たら風那さんに盗られちゃうから」

 

これでも、普段はクールでかっこいいの、すごいな。

 

「あ、志歩だ」

「志歩?」

 

一歌はスマホを俺にも見せてくれた。

 

志歩〈一歌、ちょっといい?〉19:15

一歌〈うん。どうかした?〉19:15

志歩〈今度、柊くん借りていい?〉19:16

 

俺はそこまでのやりとりで言った。

 

「俺借りられんの?」

「ふふっ、かもね」

 

一歌はそう言って返信した。

 

一歌〈いいよ。どうしたの?〉19:17

志歩〈ちょっと行きたいところがあるだけ〉19:18

一歌〈そっか〉19:19

志歩〈一歌たちって、もう東京ついた?〉19:23

一歌〈ううん。今仙台あたりだよ〉19:24

志歩〈じゃあ、渋谷ついたら連絡ちょうだい〉19:25

一歌〈オッケー〉19:26

 

一歌と志歩のやりとりが終わると、電車は少しして福島に到着した。

郡山19:49、宇都宮20:23に発車し、大宮には20:47に時間通り到着した。

 

「ふわぁ……眠いよぉ」

「寝起きだからな。さぁ、表参道目指すぞ」

 

俺は大宮から湘南新宿ラインで渋谷を目指す。ホントは地下鉄に乗った方が早いんだが、切符がJRの渋谷なため湘南新宿ラインで行く。

 

「柊くん、明日って練習あったっけ」

「練習は君らで自由にやっていいさ。特に事務所を使う予定はない」

 

一歌は俺に言った。練習は各バンドでやるようになってるし、俺たち全員で練習をする必要がない。

 

「じゃあ、明日志歩に呼ばれるかもね?」

「マジでどこに連れてかれるんだ」

 

志歩、なんで俺を。魁でいいじゃないか。

 

 21:09発逗子行きで渋谷まで1本。赤羽21:24、池袋21:38、新宿21:45と発車していき、渋谷には21:49に到着した。

風那は、今日のところは近くのホテルで泊まり、明日以降は俺の家で泊まるらしい。家が見つかるまでだが。

 

「じゃあ、風那。また明日な」

「うん。バイバイ」

 

風那は近くのホテルを探しに歩いていった。

一歌と俺は一度事務所に戻り、そのあとすぐに家に帰る。

事務所は表参道近くの12階建てのビルの内10階を使っている。

 

「事務所は流石にこの時間だと誰もいないな」

「そうだよね。明日になったらいるかな」

「STARNIGHTくらいいるだろ」

 

俺は鍵を閉め、外に出ていった。

 

「このビルって他の会社も使ってるの?」

「そうだな。色んな会社が使ってる」

 

俺の会社も11階から上を使ってるし。まぁ滅多に俺は行かないけど。

 

「じゃあ、もうみんな帰ったんだ」

「もう10時近いからな」

 

一歌と俺は渋谷駅に戻った。一歌は今日だけ俺の家で泊まり、明日の朝帰ることになっている。

 

 家に着くと、一歌は長い髪を持ち上げ、椅子に座った。髪が椅子の背もたれを覆い、背もたれが見えなくなっている。

 

「一歌、なんかいるか?」

「えっと……お茶でいいよ」

 

俺はコップにお茶を盛って一歌に持っていった。

 

「ありがとう」

「あぁ。って、志歩からだ」

 

俺は電話がかかっているのに気付き、電話に出た。志歩が一体何の用だ。あ、いや、俺を借りるっていうあれか。

 

「志歩?どうかしたか」

《明日、渋谷駅に朝9時》

 

急に言われて、俺は志歩に聞き返した。

 

「いや、なんで急に」

《いいから。よろしく》

 

志歩はそれだけ言って電話を切った。

 

「俺、なんかされるんかな」

「志歩のことだから、ベースのこととかじゃない?」

「それもあるな」

 

俺は一歌の反対側に座った。

 

「ベースのこととかだったら結構時間かかるかもね」

「それだったらいいんだけどな」

 

どっか、いわゆる「デート」みたいな感じじゃなかったらいい。

 

「きっと大丈夫だよ」

 

一歌は顎を手の甲に乗せて、俺を見つめた。だったらいいけどな。

 



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第7章Homecoming〈魁と志歩〉
第37話 帰省 1日目


今回から魁と志歩の帰省になります。


 

 私は、魁から柊くんがどっか行った翌日くらいに話があった。それは、「帰省しないか」というものだった。

一応暇だったし、軽々しくオッケーしたんだけど、いざ当日になってみると結構後悔してる。

まず、私の服装。お姉ちゃんに言われて新しい服を買ってみたけど、意外とかわいい。かわいいのはちょっと困るんだけど……スカートだし。

 

「その服、買ったのか」

 

魁から聞かれた。やっぱり聞かれるよね。

 

「うん。ちょっと慣れないんだけど」

「かわいいからいいじゃん」

 

魁は車を走らせた。

目的地は静岡。中々遠いけど、車で行く。

家に帰ったら美人さんがいるらしいけど、なんかちょっと気まずい。多分年上なんだろうけど、年上の人と話すのはちょっと抵抗がある。

 

「どうした、志歩」

「いや、なんでもない」

 

同い年だったらいいけど、美人さんって言い方するってことは多分年上。

 

「私ってどういう扱いで話つけてあるの?」

「女友達。周りが騒いじゃったけど」

 

結構静かな家じゃなさそう。魁とは真逆だ。

 

「静か……」

「あぁ。基本的には」

 

ホントかな……

 

 家に着くと、魁は私と手をつないだ。急に繋いだから、私は思わずビクッとした。

 

「あ、ごめん」

「あ、ううん」

 

私は魁と一緒に家の中に入った。魁は私のことを守るようにしていて、結構安心した。

 

「ただいま、母さん、父さん」

 

魁がそう言うと、両親が私たちを迎え入れた。

 

「おかえりなさい。そちらが志歩さん?」

「あぁ。俺のガールフレンド」

 

魁は私のことを紹介する。

 

「そうか。よく帰ってきたな。荷物は2階置いといてくれ。あと、お前の部屋の隣に彩花がいるはずだ」

 

彩花さんが魁が美人さんって言ってた人かな。

 

「ありがと。志歩、行くよ」

 

私は魁と一緒に2階へ上がる。2階は1階より少し狭くて、私たちが使う部屋は狭い。

 

「志歩、一回寝てごらん」

「分かった」

 

私は敷いてある布団に横になった。魁が私の横に寝ると、やっぱり近い。

 

「意外と近いね」

「……恥ずかしいから……」

 

魁とここまで近くにいられると、結構恥ずかしい。寝るときはこれなんだ……

 

「志歩、ハグしていい?」

「えっ、ちょっ」

 

魁は私に抱きついてきた。あったかいけど……

 

「恥ずかしいって……」

「悪い。んじゃ、美人さんに会いに行くか」

 

さっきの……彩花さんだっけ。その人なんだろう。

隣の部屋は階の部屋とはちょっと違う。ドアがあんまりデコレーションされてない。女の子、だよね。

 

「彩花、入っていいか」

 

魁がそう言うと、ドアが静かに開いた。

 

「なに……その子が、ガールフレンド?」

「そうだ。志歩っていうんだ」

「……高校生……」

「あ、はい」

 

私はボソッと呟いた言葉に返した。

 

「私も。よろしくね」

 

彩花さんはそう言うとドアを閉めた。同い年くらいなのかな。

 

「結構恥ずかしがり屋?」

「いや、そうじゃない」

「どういうこと?」

 

私は魁に聞き返した。恥ずかしがり屋じゃなかったらあの態度は取らないと思うけど。

 

「1回死のうと思ったんだよ。あの子は」

 

魁が部屋の中に入りながら言った。魁は写真を見せてくれて、見せながら話した。

 

「かわいいだろ?これが彩花だ」

 

そこにはポニーテールのさらさらした髪をした少女が写っていた。薄い黄色のワンピースで、笑顔。これが彩花さんなんて……

 

「それで、これがこの写真の2年後」

 

魁は次の写真を見せた。ワンピースからゆとりのある灰色の服に。髪はさらさらしてそうだったけど、結んでいない。しかも胸の付近に包帯を巻いていそうな感じがする。ちょっと首元から見えてるし。

 

「通り魔に襲われたんだ。その犯人が彩花の知人でね、結構恨まれてたらしい。悔しさ、痛み、俺たちがいるから安心感、再び襲われるかもしれない恐怖感が一斉に来て」

 

彩花さん、そんなことあったんだ。でも、かわいいところは残ってた。

 

「まぁ、あいつも仲良くしたいとは思ってるさ。話してみな」

「うん。分かった」

 

私は彩花さんのところに行って話しに行った。

 



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第38話 帰省 2日目

 

 俺は志歩と別れ、父さんと一緒に今日のバーベキューの材料を買いに行った。静岡の中心部から若干離れたところにあるため、車で移動する。

 

「何入れようかな。やっぱ肉だよな」

「まぁ……そうだな。あとは野菜もほどよくあれば」

 

なりとど、

女子も結構いるし。

 

「魁、そっちの方に野菜あるから」

「了解」

 

俺は父さんに言われて野菜を買いに行った。

 

 家に帰ると、1階に彩花と志歩が一緒に降りていた。なんか仲が良さそうだ。

 

「ベースってどんな感じなの」

「音が低い。あと、周りを引っ張ってる感じがする」

 

2人で会話が盛り上がっててよかった。そこまで長い付き合いじゃなかったんだけどな。

 

「あ、おかえり、魁」

「おかえり、お兄ちゃん」

 

2人が俺の方を向いた。なんだ、意外と合うなこの二人。

 

「よ。仲良くなったのか」

「うん。楽しい」

 

彩花が言った。相変わらず無表情だが、内心はきっと嬉しいだろう。

 

「そうか。何話してたんだ」

「お互いがやってること。お兄ちゃんも話す?」

「そうしようかな」

 

志歩とやってることは大して変わらないけど。

彩花は俺を隣に呼んで、話し始める。

 

「お兄ちゃん、東京で何してるの?」

「JRに勤めてるよ」

「じゃあ、ベースやる時間って」

 

志歩には話してなかった。というか、みんなの職業も教えてる人は少ないか。

 

「1日1時間程度はやってるけどね」

「お兄ちゃん、楽器好きだもんね」

 

彩花が横から言った。

 

「そうなの?」

「早い時期に引っ越したけどね」

 

中学からあいつらと一緒だったし。

 

「STARNIGHTだっけ。どう?」

「面白いな。STARNIGHTでいると」

 

あいつらといるとなぜか楽しくなってくる。みんなある程度本気で、ただ無理しない。平和なバンドだ。

 

「私もバンド組みたいな」

「組めばいいじゃん」

「そんな人いない」

 

この辺だと誰もいないか。そもそも同級生も離れてるもんな。

 

「なんか楽器やってるの?」

 

志歩が彩花に聞く。

 

「ギター。アコギはできるけど、エレキは……」

「エレキだったらバンド内に上手いやついるぞ」

 

俺は彩花の部屋に連れて行った。

彩花の部屋で俺のスマホとテレビを繋げ、柊の動画を見せた。ちゃんと撮るって許可はした。

 

「これ、柊くんだよね」

「許可は取った。多分」

 

そう話していると、柊がギターを弾き始めた。

こう見ると、柊がギターを弾いてる姿勢、綺麗だ。意識して見たことがなかったが、意外と前向いてるな。

 

「あ、ここでもう1人入ってくる」

 

入ってきたのは一歌。途中から志歩も入ってきて、ギターとベースのセッションになった。

 

「かわいい、この人……」

「昔のお前に似てたか」

 

ロングヘアなのもあるけど、笑顔を見せる。彩花もそうなれるように努力してるんだろうな。

 

「あれ、これお兄ちゃん?」

「あ、そう。志歩が俺と交代した」

「疲れてきたから」

 

動画はそれからちょっとして終了。このときはギターの練習で動画を撮っていた。

 

「アコギはできるんだっけ」

「うん。ちょっと待ってて」

 

彩花はギターを取りに行った。すぐに戻ってきて、ちょっとだけだが弾いてみせてくれた。

 

「どう?」

「上手いじゃん」

「うん。大人しい感じだった」

 

彩花は少し照れた様子でギターを置いた。

 

「ね、その人のこと教えて」

「柊のことか?」

 

彩花は頷いた。こういうところであいつは女から好かれるんだよなぁ。

 



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第39話 帰省4日目

 

 俺は彩花と志歩を連れて静岡市の方まで出た。

実家があるのは結構内陸で、静岡市までは車で1時間程度。みんなでショッピングセンターにでも行こうという話になった。

そうしようとしていると、柊からビデオ通話がかかってきた。一瞬で入ってきて、そこには咲希と穂波もいた。

 

柊《久しぶり。みんな帰省中?》

龍夜《俺たちだけ違う。旅行中だ》

 

龍夜が言った。俺たちとは違うんだな。

 

柊《みんな、どこ行ってるんだ》

「俺は静岡の実家。涼しいぞ」

 

東京よりかは気温が低い。低すぎるわけでもないが。

 

柊《こっちは寒いけどな》

咲希《どこ行ってるの?》

 

咲希が聞く。確かに俺も知らないし。

 

柊《秋田だよ。雪は降ってないけど、積もってるね》

咲希《へぇ、秋田かぁ。美人とかたくさんいるでしょ!》

柊《さぁな。意識して見たこと無いから》

 

意識したことないのに女が寄ってくるなんて羨ましいやつだ。

 

龍夜《そう言うけどよ、お前妹さんすげぇかわいいじゃん》

 

龍夜が言う。そこまで言うほどかわいいのか。

 

柊《そう、なのかな》

龍夜《そうだって。会ったことあるの俺しかいねぇけどさ》

海斗《一歌とどっちがかわいいんだ?》

龍夜《おい、それってどっちに対しても傷つくじゃないか》

穂波《一歌ちゃんもかわいいよね》

「けど、一歌いないよね」

 

志歩が言ってようやく気付いた。確かに一歌がいない。

 

柊《あぁ。寒いからな》

「柊くんだけ外いるの?」

柊《外じゃないと通話できないんだよ》

 

そんなに電波悪いのか。田舎なのか?

 

龍夜《あれ、前行ったときは中でもできたよな?》

柊《そうだっけ?じゃあちょっとしてみるよ》

咲希《志歩ちゃん、静岡どう?》

 

咲希が志歩に話しかける。

 

「うん。けっこう静かで、気持ちいいよ」

穂波《へぇ、静岡ってそういう感じなんだ》

「結構田舎の方だからな。新幹線の駅から遠いし」

 

近いのは新富士だろうけど、車で行くのが一般的だろう。

 

柊《なんだ、俺を置いて》

龍夜《静岡の話に夢中だったな》

柊《富士山は見えるのか》

「見えない。そんな近くないし、あと別の山で見えないな」

海斗《静岡でも見えないんだな》

 

近すぎるってのもあるだろうけど。

 

龍夜《こっから富士山見えてるよ》

咲希《どこにいるの?》

穂波《スカイツリー。りゅうくんと2人でいるんだ》

柊《スカイツリーからって富士山見えんだ》

龍夜《見えるぞ。ぼんやりとだが》

柊《さすがに龍夜以外は見えないもんな》

 

柊の映像を見ると、家の中に入ったようだった。

 

??《おっ、終わった?》

柊《いや、一歌に会いたいって声があってね》

 

そう言うと、一歌はむくっと起き上がり、柊の右後ろから顔を出した。

 

柊《聞こえてるか?》

「おう。家の中に入ったのか」

柊《一歌もいるぞ》

咲希《一歌ちゃん!》

一歌《咲希。どこいるの?》

 

一歌が会話に入ってきた。

 

咲希《群馬の水上ってとこ。海斗と一緒に帰省してるんだ!》

 

海斗たちも帰省か。みんな実家に帰りたいんだろうな。

 

龍夜《あれ、凪紗いないのか》

柊《なぎ、お呼びがかかってるぞ》

凪紗《ほえ?》

 

凪紗と呼ばれた人が柊の左側から顔を出す。

 

凪紗《あ、龍夜さん!》

龍夜《久しぶり。大きくなったなぁ。大学生?》

凪紗《はい。大学4年です》

龍夜《そうか。卒業も近いんだ》

柊《あんまりナンパっぽくするなよ》

龍夜《ははは、すまん》

 

結構女子を守るんだな。なんか龍夜も笑ってたし。思わず笑ってしまった。みんなも画面越しに笑っていた。

 

柊《じゃあ、そろそろ終えるか》

「あぁ。じゃ、またな」

 

柊はビデオ通話を切った。結構長かったかな。

 

「柊くん、帰省してたんだ」

「レッスンとか言ってたの終わったんだな」

 

志歩は小声でなんか「だったら……」とか言ってたけど、何を言ってるかは分からなかった。

 

「お兄ちゃん、終わった?」

 

彩花が外から話しかける。

 

「終わった。行くぞ」

 

彩花と志歩が後ろの席に座った。2人で隣がよかったらしい。

 

「じゃあ、行くか」

「うん」

 

俺はショッピングセンターに向けて車を走らせた。

 



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第40話 帰省4~5日目

 

 「ね、電車で行かない?」

 

俺が富士駅の前を通ろうとしたとき、彩花が言った。

 

「まぁ、いいけど」

「じゃあそうしよ」

 

彩花は車を止めるとすぐに車から降りた。そんなに電車が好きだった訳でもないはずだが……

取りあえず降りた俺たちは、彩花に連れてかれるままホームに行った。次は14:34発島田行き。

 

「彩花、急にどうしたんだ?」

「なんか、電車旅してみたかった」

「なんかゆっくりしたかったってこと?」

 

志歩がそう聞くと、彩花は頷いた。

 

「まぁいいけどさ。ほら、来たぞ」

 

俺たちは電車に乗った。

 

 イオン清水に着くと、彩花や志歩の行きたいところについていった。服を買いに行ったり、少し買い物したり。

今は志歩の新しい服を探しているところだった。普段着で、軽めな感じがいいらしい。多分志歩の性格上、かわいいのは好きじゃないだろう。

 

「志歩、こんなのどうだ」

 

俺は志歩を呼んで、俺が選んだ服を見せた。

 

「ロゴ派手じゃない……?」

「そうか。じゃあ彩花のとこ行ってな。あいつだったらいいの持ってくる」

 

志歩は彩花のところに行った。俺にはファッションセンスはないし、彩花の方が圧倒的にファッションセンスはある。

 

「志歩、ねぇ」

 

あんまり分からないからなぁ。やっぱり柊みたく長い時間いた方がいいのだろうか。

結局、服は見つからず、俺たちは昼食のためにフードコートに行った。全員ラーメンで、志歩も幸せそうだった。

 

「志歩、おいしいか」

「うん」

 

志歩は静かに答えた。静かに食べたいんだろう。

 

「あと少しだからなぁ、こっちにいられるの」

「え、そうなの?」

 

彩花が言った。志歩は黙々と麺をすする。

 

「あと今日入れて2日だからな」

「そうなんだ」

 

俺たちはラーメンをさっさと食った。

 

 家に着いたあと、俺と志歩は2人で部屋にいた。夜になっても同じ部屋にいたが、少し気まずい空気。なんでだろう。

 

「志歩、なんかあったか?」

「ううん。魁こそ、何かあった?」

「なにもない。じゃあ、寝るよ」

 

俺は電気を消した。同じ布団に入るのもあって、流石に両方とも無愛想にはしない。

 

「ん……」

 

志歩が俺の胸に顔を埋めた。

 

「志歩?」

「寒い……」

 

起きてたのかよ。寝ぼけてんだったら別だけど。

 

「あったかくしろよ」

「じゃあ……」

 

志歩は俺のことを抱きまくらにして眠った。

 

「まったく……」

 

 

 翌朝、帰る準備をし始めた。1週間くらいしかいられなかったが、彩花も嬉しそうだったし、なんか満足だ。

 

「志歩、荷物まとめとけよ」

「ん。しばらく練習もしてないし」

 

志歩はスーツケースに着替えをまとめ、2階に行った。

 

「着替えの準備するから、入らないでよ」

「分かった」

 

俺はリビングに行った。って、着替えだったらもうまとめたんじゃないのか?

 

「あと志歩が入れてない物……あ、フェニーくん」

 

フェニーくん、そういえば入れてないよな?ってことは……

 

「フェニーくん取りに行ったな」

 

そう思っていると、志歩が戻ってきた。フェニーくん1つを両手で持って降りてきた。

 

「ふふ、かわいい」

「志歩、彩花に帰るって言ったか」

「っ!!!」

 

志歩はフェニーくんを後ろに隠す。あ、そんなに見られたくなかったんだな。

 

「い、言ってくる!」

「いってらっしゃい」

 

志歩はフェニーくんをすぐにリュックの中に入れて彩花の部屋に行った。

しばらくして、彩花と一緒に戻ってきた。明日帰るんだし、まだ帰るって言うのは早かったか。

 

「明日帰るの?」

「あぁ。俺の仕事もあるからな」

 

彩花はリビングに行って志歩と話していた。すっかり仲良くなったようで、志歩も楽しそうだ。

 

(よかった。志歩楽しそうで)

 



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第41話 帰宅

 

 「またね、お兄ちゃん」

 

彩花が車の横まで来てくれた。今日神奈川に戻り、明日の仕事に備える。

志歩は俺の家から1番近い戸塚駅で降ろし、志歩1人で帰ってもらう。

 

「あぁ。じゃあな」

「彩花、いつでも連絡していいよ」

「ありがと、志歩」

 

俺は彩花に手を振り、車を走らせた。彩花はバックミラーで見えなくなるくらいまで手を振っていた。

戸塚まではひたすら東名高速を使っていく。戸塚駅までは約2時間、家までは2時間強かかる。

 

「魁、明日って仕事なの?」

「まぁな。志歩は明日どうするんだ」

「練習してよっかな」

 

相変わらず練習熱心だな。まぁ志歩はそうじゃないとおかしいか。

 

「柊くん、まだ帰ってこないんだっけ」

「ん?多分まだだね」

 

なんで柊を……好きだったりするのかな。

 

「柊に会いたいか」

「べ、ベース教えてもらいたいだけだから……」

「俺いるじゃん」

 

志歩は、そう言うと「そ、そうだけど……」と濁らせた。多分柊に会いたいんだろうなぁ。

 

「まぁいいけどさ。どっちも教えられるし」

 

志歩は頷いた。誤魔化すのが下手だな。俺も結構下手だけど。

 

 神奈川県に入り、一般道におりた。あと少しで戸塚駅だ。志歩はICカードを手に持ち、着くのを待っていた。

 

「志歩、楽しかったか」

「うん。彩花、かわいかった」

 

そっちかよ。まぁけど、仲良くなったようでよかった。

 

「また行こうな」

「うん」

 

そう話しているうちに、もう戸塚駅の看板が見え始めた。

 

「ほら、荷物忘れんなよ」

 

俺は志歩にそう呼びかけた。

ロータリーに車を止め、俺は志歩を降ろした。志歩はスーツケースとバッグを持ってきていて、結構荷物が多い。

 

「忘れ物ないか」

「うん。なんかあったら次会うとき持ってきて」

「仕方ないな。じゃあな」

 

志歩は階段を上がりながら手を振る。小さく振ってるし、結構恥ずかしいんだろうな。

俺は志歩を見送ると、家に向けて走らせた。

 

【日野森志歩視点】

 

 戸塚駅で魁と別れ、私は1番線に向かった。

11:11発君津行きに乗り、武蔵小杉まで。結構空いていて、座ることができた。

そういえば、1人で電車に乗るのなんて久しぶりかもしれない。いつも魁とか柊くんと一緒だったから。

 

(ちゃんと行けるかな)

 

少し不安になりながらも、私は席に座っていた。

 

 西大井に到着する前に、この電車が渋谷、新宿方面に行かないことに気付き、次の西大井ですぐに降りた。

 

(危なかった……もう少し行ってたら……)

 

11:40、西大井に到着した。次の電車は11:51発宇都宮行き。10分くらい時間が空いてしまった。

そういえば、咲希たちはもう帰ってるのかな。連絡してみよ。

 

志歩〈咲希たちってもう渋谷いるの?〉11:43

咲希〈まだだよ。今帰ってる〉11:44

志歩〈穂波は〉11:44

咲希〈直接聞けばいいじゃーん〉11:45

 

しょうがないか。自分で聞こ。

 

志歩〈穂波ってもう帰ってきてる?〉11:46

穂波〈うん。今事務所にいるよ〉11:48

志歩〈待っててくれない?〉11:48

穂波〈寂しいの?〉11:49

志歩〈そんなわけじゃないけど〉11:49

志歩〈とにかく待ってて〉11:50

 

丁度電車が来て、私は来た宇都宮行きに乗った。

 

穂波〈分かった。りゅうくんと一緒の待ってるね〉11:52

 

いつも思うけど、穂波って他のみんなと比べて打つスピード遅いよね。なんかそれも穂波っぽいけど。

 

志歩〈お願い。一歌たちはまだでしょ〉11:52

穂波〈うん〉11:53

志歩〈分かった。12時過ぎくらいに着く〉11:54

穂波〈了解〉11:55

 

そのあとに、「OK!」とスタンプが来た。

一歌、元気かな。

 

 事務所に着くと、やっぱり穂波と龍夜くんがいた。なんかすごい準備できてるけど、なんかあったかな。

 

「志歩、ラーメン食いに行くぞ」

「えっ、なんで急に」

「昼飯食ってないだろ?」

 

確かに食べてないけど、随分急だな。

 

「荷物はここに置いていい。鍵閉めるから」

 

私は言われたとおりに荷物を部屋の端に置いて龍夜くんについていった。

 

「志歩ちゃん、おかえり」

「うん。ただいま、穂波」

 

穂波は私の横を寄り添うように歩いてくれた。

 

「静岡どうだった?」

「楽しかったよ。仲良くなった人いるし」

「そっか。よかったね」

 

そんなことを話しているうちに、私たちは近くのラーメン屋についた。

 

「志歩、行くよ」

 

私は龍夜くんと穂波と一緒にラーメンを食べた。結構おいしかった。くどくない味で。

 

 

 

 

 

 

 

 2日後の夜、私は一歌に連絡を入れた。

 

志歩〈一歌、ちょっといい?〉19:15

一歌〈うん。どうかした?〉19:15

志歩〈今度、柊くん借りていい?〉19:16

一歌〈いいよ。どうしたの?〉19:17

志歩〈ちょっと行きたいところがあるだけ〉19:18

一歌〈そっか〉19:19

志歩〈一歌たちって、もう東京ついた?〉19:23

一歌〈ううん。今仙台あたりだよ〉19:24

志歩〈じゃあ、渋谷ついたら連絡ちょうだい〉19:25

一歌〈オッケー〉19:26

 

柊くんと一緒に服買いに行くんだもん。なんか楽しみ。

 

 それから2時間くらいして、一歌から連絡が来た。

 

「もしもし」

《志歩?帰ってきたよ》

「分かった。ありがと」

《うん。あ、今度一緒にセッションしようね》

 

そう言って私は電話を切った。

そのあと、柊くんに電話をかけた。

 

《志歩?どうかしたか》

「明日、渋谷駅に朝9時」

 

私は少し早く、端的に言った。

 

《いや、なんで急に》

「いいから。よろしく」

 

私はそれだけ言って電話を切った。柊くんだったら来てくれるはず。

私はそう信じて電話した。

 



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第42話 志歩の作戦

 

 翌日朝9時、俺は志歩に呼ばれた渋谷駅に行った。

何も聞かされずに渋谷駅に行ったし、ホントに何か分からない。

 

「あ、志歩」

「おはよ」

 

志歩は俺に寄ってきた。なんかいつもよりオシャレしてる……

 

「今日はいつもと違うんだ」

「だって柊くんとなんだし」

 

俺とだったらオシャレしてくるのか。

 

「行こ、柊くん」

「あぁ」

 

俺は志歩に引っ張られて向かった。

向かった先は洋服店。志歩はその中に入っていき、俺を呼んだ。

 

「早く」

「ん、おう」

 

俺は志歩の横に立った。志歩は服をいくつか取ってきて俺に見せた。

 

「どれがいいと思う?」

 

灰色に黄緑のワンポイントの服、黒に白のワンポイントの服の2種類だ。どっちも志歩に合ってると思うけどな……

 

「どっちも志歩に合ってるなぁ」

「ちゃんと決めてよ」

 

こういうのが男のわるいとこなんだよな。何でもいいとか言っちゃうの。

 

「黄緑のワンポイント、志歩に合ってるね」

「じゃあこれにする」

 

志歩がレジに行くのに俺はついていった。なんか本当のデートだな。

会計を済ませ、俺と志歩は近くの喫茶店によってくつろいだ。色々話も聞きたかったし。

 

「志歩、なんで俺を?」

「魁に頼んだら決まんなかったから」

 

魁に頼んじゃダメだよ。あいつは年がら年中真っ黒の服着て過ごしてんだから。

 

「魁に頼んじゃダメだよ」

「ファッション性なかった」

「STARNIGHTで1番ファッション性ないぞ、あいつ」

 

志歩はオレンジジュースを口に含んだ。美味しそうだな……オレンジジュース……最近コーヒーとカルピスしか飲んでないから恋しくなる。

 

「ん?どうしたの?」

「いや、美味しそうだなぁって」

「飲む?」

 

志歩はストローを俺の方に向けた。いや、飲んでいいのか?志歩の飲みかけを。

 

「え?」

「別にいいよ。気持ち悪くないし」

 

志歩はオレンジジュースを差し出す。勇気くらい持たないとな、うん。

俺は志歩が使ったストローを口につけ、オレンジジュースを少し飲んだ。

こんなに甘酸っぱかったっけ?なんか前飲んだときより甘酸っぱかった。志歩のことを意識してたってのもあるのかな。

 

「どう?」

「なんか甘酸っぱかった」

「どうして?」

「さぁ」

 

俺はオレンジジュースを試補のところに戻した。志歩は何事もなかったかのように普通にオレンジジュースをストローから飲んだ。意識してんの俺だけかよ……

 

【日野森志歩視点】

 

 「飲む?」

 

私は柊くんに言った。なんかデートっぽいけど、初めてって知られないように慣れてる感じ出そう。

 

「え?」

 

柊くんが戸惑う。

 

「別にいいよ。気持ち悪くないし」

 

私は慣れてるような感じで言った。大丈夫かな。私はオレンジジュースの入った容器を半回転させ、ストローを柊くんの方に向けた。

 

「どう?」

「なんか甘酸っぱかった」

 

柊くんの方は意識してるんだろうな。恋の味とか言うし。

 

「どうして?」

「さぁ」

 

柊くんも知らないように言った。多分知ってると思うんだけどな。鈍感だったりは多少するけど。

 

「柊くん、一歌といて楽しい?」

「あぁ。楽しいぞ。志歩と居るときももちろん楽しいが」

 

柊くんは平然と言っていた。少し恥ずかしくなってくる……

 

「あのさ、柊くんと今日一緒に来たの、デートが理由で」

 

もう正直に言ってしまおう。そう思って私は正直に全て話した。

 

「そうだよな。だと思った」

 

そう言って柊くんは立ち上がる。

 

「ありがとう。志歩。好きだよ」

 

そう言って柊くんは立ち去っていく。お金を支払って先に出ていく姿を見て、私は何か不思議な感情を抱いた。

 



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第7章 Homecoming〈海斗と咲希〉
第43話 帰省 1日目


今回から咲希と海斗の帰省になります。


 

 俺は咲希と一緒に水上まで行った。帰省だ。と言っても、関東なのもあってそこまで帰省みたいな感じはしなかったが。一方、咲希は助手席で俺と話していた。

 

「それでさ、いっちゃんが焼きそばパンいっぱい買ってきたんだ」

「相変わらず好きなんだね、一歌は」

「うん。購買でも4つくらい買ってくるよ」

 

焼きそばパン4つ……絶対味に飽きるな。

 

「飽きたりとかしないのか」

「しないらしいよ?好きだからって」

 

本当に好きだと飽きることはないのか。

 

「そうか。咲希はそういうものあったりするか」

「海斗とはどれだけ一緒に居ても飽きないよ!」

 

おう、中々すごいこと言ってくるな。嬉しい。

 

「俺も咲希と一緒に居ると楽しいな」

「じゃあもっと一緒に居ようね!」

「もちろん!」

 

車を運転しながらだと咲希の方を向けないからどんなかは分からないけど。

 

「そういえば実家に両親はいるの?」

「それが居ないんだよ。両親は実家の隣町にいる。実家には姉と妹がいる」

「え、3兄妹なんだ」

 

姉、俺、妹と3人。姉は俺より2つ上で30歳、妹も2つ下で26歳。咲希からしたら少し居づらいかな。

 

「俺が二男なんだよ」

「へぇ。妹さんって私よりも上?」

「あぁ。9つ上」

「えっ!」

 

咲希は驚いたような声を出した。まぁ9つ上だと知ればな。

 

「少し居づらいかもな。でも、そうだったら俺がいるからな!」

「うん!」

 

そんなこんな話していると、もう水上。

 

「ほーら、降りるよ」

「うん」

 

俺と咲希は車から降りた。俺の実家は普通の一軒家で、そこら辺にあるようなのと同じ。

 

「ただいまー」

 

俺がそう言うと、リビングの方から1匹の猫が顔を出した。

 

「あっ、かわいい」

 

咲希が声を出した。そしてすぐ、2階から姉である桜花が降りてきた。

 

「おかえり、海斗」

「ただいま、桜花」

 

桜花は俺の横にいた咲希に興味があったのか、そっちの話をし始めた。

 

「この子は?」

「Leo/needってバンドやってる、咲希っていうんだ」

「天馬咲希です。初めまして」

 

桜花はニコッと笑って挨拶した。

 

「初めまして。私は海斗の姉、桜花よ。よろしくね」

 

桜花がそう言うと、猫がこっちに来た。ハナって名前のメスだ。

 

「ハナ、ただいま」

「ニャー」

 

ハナが鳴いた。そして、妹の藤花がやって来た。

 

「聞いてた。咲希ちゃん、おいで」

 

咲希は「失礼します」と言って入っていった。多分うさぎのきなこかな。

 

「海斗、ハナと戯れてて」

「なんか言い方あれだな」

「猫と戯れるのは得意でしょ?」

 

そう言って桜花は2階に上がっていった。ハナだけ取り残されてるし、戯れるか。

 

「ハナ、おいで」

 

俺はハナの前に両手を出した。ハナはニャーと言って俺に抱かれた。

 

「お前の飼い主は無責任だなぁ」

 

俺は撫でながらそう言った。

すると、きなこがピョンピョン飛び跳ねながらこっちに来た。

 

「おう、どうした」

 

きなこは俺の足の周りを回り、俺の後ろに止まった。

 

「きなこが逃げるんだよぉ」

「お前が追っかけるからだろ」

 

きなこを片手で撫でると、きなこは再びぐるぐる回り始めた。

 

「海斗、動物2匹飼ってるの?」

 

咲希がこっちに来て言った。

 

「そうだよ。ほら、撫でてやれ」

 

咲希はハナを撫でた。ハナは気持ちよさそうに頭を動かした。

 

「かわいい~」

「人懐っこいんだよ、この猫」

 

ハナのことを下ろすと、ハナはタタタッとリビングに走っていった。

 

「お兄ちゃん、餌あげて」

「きなこ食ってないの?」

「うん。ここにあるからさ」

 

リビングに行ってきなこの餌を取りに行った。

 

「おっ、きなこついてきてるな」

 

俺はきなこに餌をあげた。きなこは餌を全て食べる勢いで頬張った。

 

「よく食べるね」

「お腹空いてたんじゃないかな」

 

咲希が後ろから見ていた。俺は咲希と場所を変わり、餌を渡した。

 

「わぁっ!もしゃもしゃ食べてる!」

「かわいいでしょ?」

 

咲希はうさぎを撫でて癒やされていた。

 

「きなこかわいいでしょう?」

 

桜花が来て、俺の後ろから言った。

 

「はい!もふもふしてますね」

「でしょ?」

「さくら、ハナどこ行った」

 

桜花は後ろを向いて指差した。

 

「あそこいるよ」

「おっ、いた」

 

俺は床を叩いてハナを呼んだ。それで来たのはハナではなくきなこ。お前じゃないんだよ。おい。

 

「お前じゃないんだよなぁ」

「ふふっ、仲良いね」

 

桜花は俺の代わりにハナを呼んだ。ハナはゆっくり歩いてきた。

 

「ハナ、お手」

 

ハナは桜花の手を舐める。

 

「違うってばぁ……」

「やらしてみ。ほら。ハナ、お手」

 

ハナは右足をあげて俺の手のひらに乗せる。俺はハナのことを撫でて、餌をやる。

 

「こうするとやってくれるようになるよ」

「そうなの?すごいね」

「だよな?ハナ」

 

ハナは俺の手に顔を擦り付けてくる。

 

「かわいい」

「そうか?ハナ、よかったな」

 

俺はハナを撫でて桜花の部屋に行った。

 



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第44話 帰省初日

 

 家は暖かくて、1回入るともう外に出れなくなった。咲希も俺の隣できなこを抱いて座っていた。

 

「あったか~い……」

「あったかいな……」

 

2人でそんな感じにくつろいでいると、桜花がこっちに来て俺の隣に座った。

 

「どうしたん?」

「ヒント、もこもこ」

 

桜花の手にはハナがいた。

 

「ハナ、冬毛に変わってたんだね」

「うん。もふもふだよ」

 

ハナはこっちに歩いてきて、俺と桜花の間に丸くなった。

 

『かわいい!』

 

俺と桜花が同時に言った。

 

「あの、桜花さんと海斗って姉弟ですか?」

「うん。そうよ」

「こいつが姉だとはな」

 

俺がそう言うと、桜花は俺の頬を引っ張った。

 

「痛いって」

「いいでしょ、こういう姉でも」

 

多分不満を言ったら殺される。間違いない。

 

「そうっすね」

「んー?」

 

怪しげな目で見るな。

 

「ほら、藤花いるんだろ?」

「藤花も暇だしねー」

 

俺は立ち上がって藤花のところへ行った。藤花はリビングのカーペットの上に横を向いて寝ている。行儀悪いな、こいつ。

 

「藤花、起きろ。風邪ひくぞ」

 

藤花はピクリとも動かない。俺を脅かそうとしてるのか?俺は藤花の脇のあたりをつまむ。それでも反応がない。

 

「藤花?」

「っ!」

 

藤花が少し笑い始めた。あ、絶対起きてるわ。

 

「あれ、藤花起きてないな……」

 

俺は藤花の頬をつつく。

 

「むっ」

「あ、起きた?」

 

藤花は起き上がって、俺をにらみつけた。

 

「気付いてたでしょ」

「バレた?」

 

藤花は俺をポカポカグーで叩く。なんか子どもっぽい。

 

「どうしたの?って、海斗?それに藤花さんも」

 

藤花は咲希の横に行った。

 

「海斗には気をつけてね?」

「誤解を与えるな」

 

藤花はふふっと笑って桜花のところに行った。俺も咲希と一緒にそのあとをついていく。

結局みんなで温まることになり、誰もそこから動かない。まぁ、前にストーブがあったらそうだよね。

 

「ハナ、おいで」

 

桜花はハナを抱きかかえる。ハナは桜花を上ろうとするが、桜花に押さえられて諦めた。

 

「全く、やらしい猫……」

「ん?」

「私の乳首プニプニするのよ?やらしい猫め……」

 

俺はハナをこっちに呼んだ。ハナはぴょんっと跳んで俺の膝の上にのっかる。

 

「ハナ、肉球」

 

俺は肉球を触った。ハナは動じていない。

 

「柔らかいなぁ、肉球」

「きなこ、突進」

 

きなこは藤花の命令に従わず、俺にスリスリしただけ。

 

「藤花もプニプニするか」

「うん!」

 

俺はハナを藤花に預ける。きなこは藤花の隣にいる咲希のところへ。

 

「ねぇ、かわいくない?咲希ちゃん」

「だよな。元気だし」

 

桜花は咲希を笑顔で見ていた。咲希はかわいい。異論はない。

 

「いいなぁ、海斗も彼女か」

「相手は高校生だよ。いくらなんでも、ね」

 

桜花は「そうねぇ」とおっとりとした声で言った。

藤花に少し似てるかな。明るさは少し上だけど、なんか何事にも突っ込んでいくのは藤花に似てるかも。

 

「あ、海斗、そこ──」

 

桜花の方を向くと、ハナときなこが俺の膝をクンクン嗅いでいた。

 

「なぜ嗅ぐ」

「さぁ?」

 

俺はハナを右手に、きなこを左手で抱え、藤花と咲希に渡した。

 

「ハナ、撫でさせてっ」

「きなこちゃん、みみー」

 

2人ともかわいがってる。咲希に至っては耳が目的か。

 

「かわいいな……」

「どっちが?」

「両方」

 

俺は咲希たちを見ながら言った。

 

 俺は今日から泊まる部屋に移動した。元々俺が使っていた部屋をそのままだ。

 

「結構広いんだね」

「2人で過ごせるくらいには」

 

俺は荷物を置くと、ベットに横になった。咲希も荷物を置いてから俺の隣に来た。

 

「疲れたねー」

「だなー」

 

俺と咲希は同じ布団に入ってくっついた。布団が少し冷たかったが、くっついているうちに暖かくなってきた。

 

「あったか……」

「海斗つめたーい」

 

咲希は俺の手をぎゅっと掴んだ。

 

「あったかいな。なんでそんなにあったかいの?」

「体温高いんだ、私」

 

平熱高いと暖かくなるって本当なんだな。なんか気持ち的なものだと思ってた。

 

「咲希のことずっとこうしてたいな~」

「えぇ?それはちょっと困っちゃうなぁ」

 

俺と咲希はハグし合いながら話していた。

 



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第45話 帰省2日目

 

 俺と咲希は帰省中、ずっと2人ペアでいた。どっちかが欠けることもなく、ずっと一緒だった。

桜花は俺の隣の部屋で爆睡中、藤花はリビングでなんかしてる。

 

「ねぇねぇ、雪降ってるよ」

 

外を見ると雪が降っていた。草津なのもあって雪は降る。まだ冬だからな。

 

「外行ってみるか?」

「行く!」

 

咲希は家を飛び出て雪を堪能しにいった。俺もそのあとゆっくり外に出て咲希を見ていた。無邪気に雪ではしゃいでいる。子どもっぽいな。

 

「お兄ちゃん、雪だるま作ってあげたら?」

「雪だるま?あぁ、よく作ったな」

 

母さんが帰ってくる前に俺と桜花で作って藤花に見せてたな。懐かしい。もう10年以上前だ。

 

「お兄ちゃんの雪だるま、かわいいんだもん」

 

俺はそこら辺の雪をかき集め、転がして球をつくった。雪を固めて、直径20cmくらいの雪玉を作った。その上に直径15cmくらいの雪玉をのせる。

作っていると桜花が降りてきて、俺と一緒に作り始めた。腕はそこら辺の木の枝で、目はそこら辺の丸い石、鼻は枝を使い、雪だるまができた。

 

「すごーい!おっきい!」

「流石だね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

雪だるまを久しぶりに作ったが、案外疲れる。いい運動になるな、これ。

 

「海斗、この雪だるまどうする?」

「かまくらにでもするか?」

 

桜花は雪だるまの前を見て言った。

 

「ちっちゃくない?」

「別の作るか」

 

俺と桜花はさっきよりもっとデカい雪玉、直径1mくらいの雪玉を作り始めた。咲希も少し手伝って、かまくら作り。豪雪地帯で、雪は多い。

 

「さむ……」

「海斗、手袋しないで作ってるからよ。藤花と休んでていいから、手温めなさい?」

「う……じゃあ、頼んだ」

 

俺は家の中に行って藤花の隣で手を温めた。

 

「手赤っ!」

「ずっと雪触ってたから」

 

手がジンジンする。温まっている証拠だろうか。

 

「お兄ちゃん、1回無理して凍傷なってるんだから、無理しないでよ?」

「分かってるって。あの時は少しやり過ぎただけだ」

 

凍傷になったときは辛かったなぁ。両手使えなくなって。

 

「お兄ちゃん、手が命なんだから」

「善処します……」

「手使えなくなったらバンドできないじゃん」

 

それは困る。取りあえずバンドはやりたい。

 

「バンドは俺の一部だからな。あ、藤花こそ大丈夫なのか?肺の方は」

 

藤花は中学の頃、肺が弱く、半年に1回くらいの頻度で入院していた。

 

「肺はすっかり治ったよ。1回死んじゃうかと思ったけど」

 

そう言うと、外から桜花が言った。

 

「藤花、1回入院中に点滴まで行ったの。まぁ、その後治ったんだけど」

「今治ってるんだったらいいことだ。昔があるから今がある。この通りだな」

 

みんな「なにそれ」と俺を見つめる。

 

「昔があるから今がある。俺の座右の銘だ。STARNIGHTはみんなについてる」

 

俺が始めたことだが、いつの間にかSTARNIGHT全員についていた。

 

「海斗にも座右の銘があったのね」

「いいだろ?別にあっても」

 

俺は藤花の肩に手をまわした。藤花は俺を見て、俺の肩に頭を乗せた。

 

 かまくらが出来上がると、桜花と咲希は家に入ってきて、ストーブの前に座った。寒いんだろうな。

 

「咲希、寒いか」

「うん……」

 

寒そう。結構暖かい服装だと思ったけど。

 

「じゃあ、ちょっとしたらかまくら入る!」

「そうね。海斗もそうする?」

「そうしようかな」

「私も入りたい!」

 

咲希も俺たちに溶け込んでいた。家族だと思うくらいだ。

 

 



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第46話 パーティー

先に行っちゃいます。
咲希の帰省は次回になります


 

 真夏、8月1日。STARNIGHTと志歩、咲希、穂波の間である計画があがった。

それは……

 

「ログハウスかぁ。いいね」

「エアコン完備だし、最高だな」

「バースデーパーティー、喜んでくれるかな」

 

そう、バースデーパーティー。8月11日が一歌の誕生日で、みんなでバースデーパーティーを計画していたのだ。

バースデーパーティーはログハウスでやる。冷房完備、風呂トイレ別、木目のある自然豊かなログハウスだ。木目は塗装でできたもので、実際の素材は普通の家と同じ。

 

「とりあえず、合宿ってことにしておかない?」

 

志歩が提案した。たしかにいいかもしれない。そうすれば変に怪しまれないし。

 

「Leo/needはいいかもしれないけど、俺たちは仕事あるだろ?」

 

海斗が言った。俺はもう社長から外れたが、一応会社の指揮は俺がやることになってるし、スケジュール管理も俺だ。俺の休みは今のところ8月8日から8月16日。一歌の誕生日である8月11日は休みだが、準備の時間はないかもしれない。

 

「休みの日、みんな教えてくれるか?俺は7日から16までと休日」

 

海斗が言う。1日多いのか。

 

「俺年休余ってるから、休もうとすればいつでも」

「俺は8日から16まで」

「俺は10日から」

「私は4日で終わりだから」

「私たちは大丈夫だよ。バイトもないから」

 

じゃあ、二手に分かれる感じになるか。

 

「だったら、5日から毎日かな」

「Leo/needの送り迎えは」

『俺がやる』

 

俺と龍夜が同時に言った。仕事の前か後に行く感じだ。

 

「送るのは俺がやるよ」

 

俺は龍夜に言った。

 

「じゃあ迎えは俺が」

「決定だな」

 

Leo/needは3人来ることになる。一歌は来ちゃいけないし、STARNIGHTやLeo/needの誰かがこっちにいれば怪しくない。

 

「じゃあ、一歌には内緒だからな」

 

俺たちはこうして解散した。

 

 8月5日、俺は朝早く渋谷まで車を走らせた。まだ日も昇ったばかりで、外は薄暗い。

午前4時15分、俺は事務所に着いた。5時の集合には早かったが、俺は事務所の中でくつろいだ。

5時前に志歩と穂波が来て、俺の車に乗った。

 

「咲希は?」

「家族で出かけるって」

 

じゃあ今日は咲希と一歌以外か。休日でよかった。

 

「どのくらいかかるの?」

「1時間半くらいかな」

「じゃあ、助手席行く」

 

志歩が助手席に座った。なんとなく前のことを思い出して、緊張した。

 

「じゃ、行くぞ」

 

俺は車を走らせた。

首都高速から中央自動車道に入り、そのまま山梨まで行くルートだが、1時間半しかないのもあって疲れないはずだ。

 

 出発から1時間、もう高速から降り、一般道を進んでいた。段々と山道になり、今回のログハウスが近づいてきた。

 

「志歩、眠くないか?」

「ん。大丈夫」

 

朝6時過ぎなのもあって、起きてきてのかな。

 

「私はちょっと眠いかな……」

 

穂波は少し眠そう。やっぱり規則正しい生活してるのかな。朝早すぎて眠いのかもしれない。

 

「あと少しだから。頑張れ」

 

 

 それから20分ほど走り、ログハウスの駐車場に着いた。別荘は結構広く、2階建て。海斗と魁に合流し、俺はログハウスに入った。

 

「龍夜は?」

「体調不良だってさ。倦怠感とかなんか」

「穂波たちの帰りは」

「俺が送ってくことになった。戸塚までで渋谷経由すればいいから」

 

じゃあ帰りは1人か。

ログハウスの中は目の前に広い廊下があり、右に進んでいくと3つほど部屋があり、左には露天風呂が付いている。階段は玄関からまっすぐ廊下を歩き、大広間の隣にある。大広間はまっすぐ廊下を歩いて右にある。

 

「じゃあ、どうしようか。大広間で練習したいよな」

「じゃあ2階の部屋行こうか。そっちで寝よう」

 

2階の部屋は1階より少し少ないが、広間と廊下、小部屋が4箇所ある。

 

「さぁ、準備するぞー」

「まずは当日の計画だな」

 

俺と魁で当日の計画をし始める。ホワイトボードに計画の案を出していき、それをみんなに聞く。

 

「一歌ってどんなのが喜んでくれるかな」

「やってくれるだけでも喜んでくれると思うけど」

 

志歩が言う。まぁ、一歌の性格からみて多分そうだろう。

 

「それ面白そうだね。入ってきたらライトアップって」

 

入ったときには真っ暗だが、誰かがライトをつける。そんなサプライズだ。

 

「あ、そうだ。結婚式風は?」

 

海斗が提案する。

 

「誰のだよ」

「一歌と柊に決まってんじゃん」

「いいかもな。よし、採用」

 

勝手に採用されたが、俺のことだよな?

 

「柊もいいだろ?」

「あ、まぁいいけど」

 

結局半ば強引で決まった。

 

 当日の計画は、全体の話し合いとして一歌を俺と一緒に呼び出す。そして、俺が真っ暗な部屋で装飾の電気を点ける。そのあとに、クラッカーと同時に部屋の電気がつく。中々いい計画だ。

 

「じゃあ装飾とか配置しないとだね」

「今は設計を決めてようか。どこでやるんだっけ」

「2階の広間でやろうと思ってる。1階の大広間と同じくらいだし」

 

一歌の誕生日だし、なんか派手に行いたい。

 

「んじゃ、買い出し行ってくるかな。というか、一歌今日事務所来るんだろ?」

 

そう言われて気付いた。そういえばそうだった。朝早く来て忘れていたが、一歌来るんだった。

 

「魁が帰ると志歩たちが帰れないからな」

「俺も帰ると買い出し行けないね。リスト俺が作ってるし」

 

そうなると、俺か。

 

「じゃあ、俺が戻るよ。俺なんか気付かれそうなものしてないよな?」

「してない。じゃあ、また明日な」

「あぁ。また明日」

 

俺は来てすぐだったが、ログハウスから事務所に戻った。志歩と穂波を送っただけか、俺。

 

 



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第47話 事務所で

 

 実家からは結構すぐに帰った。まぁ顔見せたかっただけだし。

 

「桜花、ありがとな」

「えぇ。気をつけて帰ってよ?」

「そんな過保護になることないだろ。大丈夫だって」

 

藤花も見送りに来ていた。ずっと咲希と何か話してたけど。

見送りの言葉が終わると、俺と咲希は車に乗り、手を振った。

 

「じゃあな、また来年かな」

「うん。またね」

 

俺は車を走らせた。咲希は後ろで手を振っているようだった。バックミラーから少し見えた。

 

「咲希、藤花と何話してたんだ?」

「海斗のこと」

 

俺のことを話すって、なんかあったかな。

 

「なんて?」

「ちょっとバカなところもあるけどよろしくねって」

「余計なお世話だ」

 

藤花に言われたくなかったなぁ。俺よりもバカなとこあるだろ。

咲希は笑って席の間から顔を出した。

 

「けどさ、海斗はかっこいいよ。キーボード上手いし」

「ありがとな。咲希はキーボードどうなんだ、上手いと思うけど」

「もうちょっとかな」

 

結構上を追求する。それがLeo/needだと思っている。プロを目指してるだけあるんだろうか。

 

「戻ったら何したい」

「とりあえず練習かな。誰か帰ってるんだっけ」

 

先に魁と龍夜が帰ってたかな。

 

「魁と龍夜はいると思う」

「じゃあ志歩ちゃんたち誘ってセカイに行こっかなー」

 

1人じゃ寂しいんだろうな。まぁ、見れば分かる。咲希は結構寂しがり屋っぽいし。

 

 渋谷の事務所に着くと、事務所の中に龍夜と魁がいた。志歩と穂波は居ないんだな。

 

「お、帰ったか」

「どうだった、水上は」

「楽しかったぞ。寒かったけど」

 

咲希は荷物を置いて俺の隣に座った。

 

「志歩ちゃんたちは?」

「ほなちゃんはなんかバイトとか言ってた」

「志歩は隣の防音室。考え事だってさ」

 

考え事、か。志歩だと結構重そうなんだよなぁ。

そう思っていると、防音室から志歩が出てきた。手の甲を少し切っていて、血が滲んでいる。

 

「志歩、どうしたの?」

「……クラスメイトから、ちょっと……」

「志歩ちゃん、それって中等部のときと同じ?」

 

咲希がそう聞くと、志歩は頷いた。

 

「志歩、そのやり取りって残ってるか?」

「あ、うん……」

「龍夜、ここから発信元って辿れるか」

「まぁ、できないことはない。僅かなラグとかから」

 

魁がUSBで繋げ、龍夜はノートPCで発信元を調べ始める。

 

「志歩、あとは俺たちに任せろ。海斗、志歩のフリしてやりとり続けてくれ」

「任せろ」

 

俺は志歩のスマホを借りてやりとりを始めた。口調は多分大人しい方か。刺激しないようにしないと。

 

〈ねぇ、聞いてる?〉15:02

〈ごめん。聞いてる〉15:18

 

俺は返信した。すぐに既読が付いた。

 

〈じゃあ、分かるよね。あんたがしてること〉15:19

 

少し遠回しに内容を言わせた方がいいか。

 

〈どのこと?〉15:20

 

これで聞きたいことを1つずつ聞いてくるはずだ。

 

〈あんたがさ、みのりたちと仲良くするの、やめてって〉15:22

 

みのり、か。多分知り合いかな。

 

〈クラスメイトだから〉15:24

〈そういうの、ムカつく〉15:25

 

相手がそう言うと、龍夜が俺を呼んだ。龍夜は少し笑っている。

 

「発信元特定完了。近いね」

 

地図上に表示されたのはここから200mくらいのところにある店。友達と一緒に居るだろう。

 

「魁、現地調査」

「はいよ」

 

魁はすぐに出て行った。志歩は咲希と話して少しずつ落ち着いてきた。咲希、いいぞ。

 

「結構理不尽な怒りだ。自分勝手みたいな」

 

龍夜も見てるし、分かってるはずだ。

 

「少し様子見ようか」

 

俺は龍夜に言われて、やり取りを続けた。

 

〈そんなこといわれても〉15:29

〈なに、私が悪いって言うの?〉15:32

 

おう、少し熱くさせすぎたか。

 

〈私にも非はあると思う。でも、仲良くした方がいいから〉15:34

〈あんた仲良い人たちいるじゃん。星乃さんたちだっけ。あんた嫌われ者なんだから、それでいいじゃない〉15:37

〈っていうか、その人たちにも嫌われてるかw〉15:38

 

許せない。なんだこの言い方は。

 

「うるせぇな、こいつ。もうやるか」

 

龍夜は魁に連絡を飛ばした。内容は「捕まえろ」だった。

数分後、さっきまで俺がやりとりしていたところに連絡が来た。

 

〈捕まえたぞ〉15:45

〈サンキュ〉15:47

 

俺は志歩にスマホを返した。もうこれで大丈夫。

 

「志歩、お前にはたくさんの味方がいる。STARNIGHT、Leo/needとかな。なんかあったらいつでも言ってね」

 

志歩は俯いたまま頷いた。

 



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第48話 パーティー前日

前後してしまって申し訳ない。
第46話の続きになります。
さて、新年あけましておめでとうございます。
去年は不定期でしたが、今年は定期的にしたいですね。と言っても、しばらく先になりそうですが。試験もあるので、ね。
4月~5月には定期的な投稿にしたいです。
去年の振り返りを今回の後書きでやるので、最後まで見てってください。
それでは本編へ、どうぞ!


 

 8月9日、俺たちは最終確認に来ていた。

今日着ているのは俺、穂波、魁、咲希の4人。一歌、志歩、海斗、龍夜は事務所待機で、一歌に怪しまれないようにしている。

昨日は俺と一歌、魁、咲希が事務所待機で、毎日ほとんど違うメンツだ。

と言っても、俺が1番ログハウスに来ていて、確認役を俺がやっている。

 

「……ってことで、2階はいいかな」

「装飾ってどんなタイミングで付ける?」

 

咲希が聞いた。一歌が来る前からあると気付かれそうだし、かと言って直前だとそれはそれで怪しまれる。

 

「柊が連れ出せばいいんじゃないか?そうすれば一歌に気付かれないだろ」

「確かに。じゃあ、そうしようか。19時くらいに一緒に風呂とか入ってるからさ、20分で終わりそうか?」

 

1時間は流石に上せるし、10分や15分は短い。

 

「30分はほしいかも」

「分かった。じゃあ40分入ってるから、その間に頼んだ」

 

魁は親指を立て、俺にサインした。

 

 全ての作業が終わり、俺たちは帰ることになった。

いるメンツの都合上、帰りは俺1人。寂しい。

志歩と咲希が一緒に魁の車に乗った。俺と魁は永福PAまで一緒に行くが、俺がその先で甲州街道に出るため、永福PAで休憩し、その時に分かれる。

永福PAに着き、俺は休憩で外に出た。魁たちも一緒に降り、休憩した。

 

「柊はこれから1人か」

「そうだね。変える方向が違うから」

 

本当は魁も八王子JCTで圏央道に入り、東名高速を使っていけば最速だが、まぁ1番近かったし。海斗が近いかもしれないけど。

 

「じゃあ、明日ログハウスで会おう」

「おう。じゃ、気をつけて帰れよ」

 

俺は魁たちより先に永福PAを出た。

甲州街道に入り、自宅まで着いたが、俺の家の前に座っている少女がいた。見慣れた少女。かわいい。

 

「どうした?」

「柊くんと長くいたくて合宿の日1日早く教えたの」

 

それで俺の家に来たわけだ。誰もいないからいいが、少し事件性あるな。ここにいられると。

 

「取りあえず鍵渡すから先入ってて。俺車止めてくる」

 

俺は一歌に鍵を渡し、車を車庫に入れた。

一歌って、クールそうでかわいい。「アイドルやってます」って言っても違和感はない。いや、しないでほしいけど。

家の中に入ると、一歌は椅子に座って俺を待っていた。

 

「どこ行ってたの?」

「出張。ちょっと仕事が入ってさ」

「私服なんだ?」

「ホテルから直接帰ってきたから」

 

まずい。少し怪しまれたか?

 

「寂しかったんだよ?」

「ごめん」

 

怪しまれてないらしい。よかった。

 

「柊くん、そろそろお風呂入る?」

「そうするか」

 

俺と一歌はバスタオルを持ってお風呂へ。もうすっかり一緒に入ることも躊躇わなくなった。

 

 

 「柊くん、これからもずっと一緒に演奏しようね」

 

一歌が急にそんなことを言った。いままでそんなことを言うことはなかったのに。

 

「急にどうした」

「STARNIGHT、もうみんな30代になっちゃうじゃん?バンドで30代だと1つの節目に思えちゃって」

 

たしかに、30を超えても高校の仲間とバンドをやっているグループは少ないかもしれない。

 

「まだやめる気は無いよ。引退も考えてないし」

「よかった。じゃあ、まだ一緒にやれるね」

 

一歌は安心したような声で言った。

30代、か。

体力も落ちてきたし、バンドも危ないか。

 




 2022年の振り返り

 去年はなんか短く感じた一年でした。(私個人の意見ですが)
まだ書いてるのは年明け前なんですが、あと2日で何か起こるわけでもないですしね、もう書いちゃってます。
さて、去年は恐らく最も少ない投稿数だったんじゃないでしょうか?私自身もそう思ってます。ちょっと実際に数えたので見てみましょう。
小説投稿を始めた2020年から2年間の物語別投稿数ですね。
高校生からの物語1期(完結)
2020年 170話
2021年 33話
2022年 投稿なし
高校生からの物語2期
2020年 投稿なし
2021年 31話
2022年 12話
近づく二人
2020年 19話
2021年 投稿なし
2022年 投稿なし
俺の彼女が何人もいるのだが。1期(完結)
2020年 9話
2021年 投稿なし
2022年 投稿なし
俺の彼女が何人もいるのだが。2期
2020年 3話
2021年 投稿なし
2022年 投稿なし
離れて近づいて1期(完結)
2020年 7話
2021年 19話
2022年 投稿なし
離れて近づいて~infinite world~
2020年 投稿なし
2021年 11話
2022年 投稿なし
鈍感な彼氏と直接言えない彼女の物語(完結)
2020年 2話
2021年 25話
2022年 投稿なし
俺の迷い込んだ世界が……1期(完結)
2020年 8話
2021年 24話
2022年 投稿なし
俺の迷い込んだ世界が……2期
2020年 投稿なし
2021年 投稿なし
2022年 49話
マイシスター マイブラザー
2020年 投稿なし
2021年 7話
2022年 投稿なし
こうなったら、そうなれたら
2020年 投稿なし
2021年 9話
2022年 投稿なし
かっこいいと言われるのは嫌。なのに付き合った
2020年 投稿なし
2021年 16話
2022年 2話
終着点への道
2020年 投稿なし
2021年 投稿なし
2022年 6話
その他
2020年 6話
2021年 なし
2022年 なし
合計
2020年 224話
2021年 175話
2022年 69話

2021年の半分以下まで減ってたんですね。意外でした。
まだ続けるので、楽しみにしていてくださいね。2020年のように毎日投稿とはいかないですが……
それでは、みなさんもよいお年を!


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第49話 バースデーパーティー

 

 俺は一歌を車に乗せて、ログハウスに向かった。バースデーパーティーのことはまだ誰からも言われてないっぽいし、俺も言っていない。

 

「急に合宿なんて、急だね」

「ライブのことも話したいし、君らも楽しくできると思うから」

 

一歌は助手席に座っていて、俺の運転を見ていた。なんかずっと見られてて恥ずかしい。

 

「一歌?」

「ん?」

 

一歌は返事した。なんも気にしてないっぽいなぁ。

 

「いや、なんでもない」

 

俺は引き続き気にせずに運転をした。やっぱ気になるけど。

 

 ログハウスに着くと、みんなが出迎えてくれた。作業は大方もう終わってるんだろう。

大広間に荷物を置き、一歌と一緒にギターのチューニングを始める。気付かれないようにするためのものだ。実際、2階で他のみんなは作業している。

時間を見て、俺はチューニングを終わりにした。準備が終わる時間だからだ。俺は一歌と大広間に戻り、他のみんなを待っていた。

 

「みんな揃ってるか」

「あぁ」

 

魁がホワイトボードを出してきて、それに書き始める。

 

「今日は8:00からライブのセトリ決め、9:30からライブの曲練習、12:00から昼食、13:30からまた曲練習、15:00から合同練習、16:30からライブの最終確認、17:00~18:40まで入浴、18:50から話し合い、結構重要だから長くやる。18:50~19:20まで話し合い、19:20~20:50で少し遅めの夕食、23:30就寝で」

 

入浴が18:40で中途半端なのは、18:00まで俺と一歌以外が入浴、18:00から40分で俺と一歌が入るためだ。セッティングで40分という約束があったし。

そして、18:50~19:20の話し合いと19:20~20:50まで夕食っていうのは恐らくでっち上げ。実際は18:50~20:50までバースデーパーティーだ。一歌に気付かれないようにしたんだろう。

 

「じゃあ、早速ライブのセトリ決め始めるぞ。司会の柊、前に来い」

 

俺は魁に呼ばれて前に出た。ライブのセトリ決めなんて、中々長いから正直好き好んでやるってことはない。今回は俺が言い出したライブだから仕方ないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……」

 

一歌と2人で風呂に入っている。露店風呂で、かなり広い。温泉に入ったのは18:05。40分って約束だからどうにか5分遅れて出よう。

 

「一歌、どうだ」

「気持ちい……疲れが取れるよ」

 

一歌は足を伸ばして、肩まで浸かっていた。このあとパーティーがあることも知らずに。

 

「髪洗おうか」

「うん」

 

俺と一歌は髪を洗いに温泉から出た。一歌は俺より早く洗い始めたが、髪が長いのもあって時間がかかる。今からしたら都合がいい。

 

「一歌の髪やっぱり長いね。流そうか?」

「ありがとう。お願いできる?」

 

俺はシャワーを取って一歌の髪についた泡を流した。桶をひっくり返したり一歌に悪いことはしない。

 

「気持ちいい?」

「うん……柊くん上手いね?」

「妹の髪たまに流してたからさ」

 

一歌の髪は大切にしないといけない。それもあった。

18:35、あと10分だが、もう上がりたくなってきた。流石に40分は長かったか。

 

「柊くん、上がる?」

「上がろうか。一歌はもう大丈夫?」

「うん。ちょっと暑くなってきちゃったから」

 

俺は一歌と一緒にお風呂から出た。脱衣所で身体を拭いて着替えていると、一歌が髪を結んでいるのに気付いた。

 

「一歌も髪結ぶんだね?」

「お風呂上がりはね。服が濡れるから」

 

一歌は高い位置でポニーテールにしていた。いつもほどいて可愛いところを見てるからか、なんか新鮮。

 

「なに?」

「いや、なんでもない」

 

俺は一歌と2人で脱衣所から出た。18:40。もう妥当な時間だろう。

俺たちが大広間に行くと、みんなが駄弁っていた。少し前に作業を終わらせたんだろう。

 

「おっ、2人とも来たか。じゃあ、話し合い行くぞ」

 

魁が2階に上がっていった。俺たちもその後ろに着いていく。さりげなく1番後ろになり、時間を稼いだ。

 

「そうだ、ちょっと魁と準備するのもあるから先行ってて」

「うん。分かった」

 

俺は一歌にそう言って裏にある入口から入った。

 

「来たな。柊、そこにみんなと並んでて」

 

俺は龍夜に言われてみんなと1列に並んだ。龍夜も来て、正面のドアが開く音が聞こえた。海斗がスイッチを押し、飾りのライトがつく。

 

「えっ」

 

一歌が戸惑う。

 

『ハッピーバースデー!一歌ちゃん/一歌』

 

みんな一斉に呼んだ。一歌は俺たちを見たまま静止していた。

 

「さぁ、一歌。おいで」

 

一歌は俺の隣に来る。一歌は何をするのか分からないままだったが、俺は一歌の手を握った。

 

「新郎、月島柊は、新婦、星乃一歌を一生幸せにすることを誓いますか?」

 

魁が言う。

 

「誓います」

 

俺は一歌の方を見て言った。一歌は顔を真っ赤にして俺を見た。

 

「星乃一歌、誓いますか」

「誓います」

 

一歌も言った。一歌は俺に抱きついて、俺の耳元で囁いた。

 

「サプライズ、ありがとう」

 

みんなは拍手した。俺と一歌はみんなと同じ円形のテーブルについた。

 

「おめでとう!いっちゃん」

「おめでとう、一歌ちゃん」

 

咲希と穂波が一歌に言った。

 

「ありがとう、咲希」

「一歌先輩、おめでとうございます」

 

志歩がニヤリと笑って言った。志歩よりも年上にあたるのか。少しだけ。

 

「志歩!」

 

一歌が志歩に言った。志歩は「ふふっ」と笑って一歌から離れた。

バースデーパーティーは3時間続いた。明日のお昼はバーベキュー。明日はみんなでワイワイ楽しむ日だ。

 



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第50話 バーベキュー準備

 

 俺は志歩と龍夜、咲希と一緒に居た。中々珍しい組み合わせだが、これには理由があった。

 

「これで演奏するの初めてかな」

「多分な。さて、これが楽譜な」

 

龍夜が全員に楽譜を渡した。全員各パートの楽譜を貰ったが、1つだけ何か見慣れないものがあった。

 

「これ、歌詞か?」

「なんか色も分けられてるよ?」

 

咲希と俺が不思議に思った。志歩は無言で龍夜を見ていた。

 

「みんなに歌ってもらいたくてさ」

「歌うって、全員がか?」

「もちろん。俺たち全員で」

 

龍夜は全員のところに行って、歌詞の確認、パートがあっているかの確認をした。

 

「じゃあ、練習すっか」

 

俺はギターのコードを確認しながら口ずさんでいった。

 

「すごいね、柊くん。そんなすぐに」

「なんとなくさ。なくとなくだったら意外とできるよ」

 

咲希は俺の横で練習を始めた。歌声、きれいだな。Leo/needのみんなの歌声は綺麗で好きだ。

 

「このあとバーベキューもあるからな」

「それまでがんばろーっ!」

 

咲希が拳をあげた。

志歩は俺の隣で歌のレッスンを受けていた。志歩が来るなんて珍しかったが、多分聞いたんだろうな。

 

「弾き語りの先輩、お願いしますよ」

 

龍夜が言う。やっぱり。

 

「弾き語りやってたって言っても、全員歌ったことあるだろ?」

「それでも1番慣れてるのは柊だからな」

 

志歩は俺の服の袖を引く。教えるしかないんだよな。

 

「じゃあ、やるか」

「うん」

 

志歩は俺の隣に座った。

 

「ここはこういう風に──」

 

俺は志歩に教えていく。結構時間のかかりそうな曲だが、いつも通りやれば1ヶ月以内に仕上げられるはず。

 

 昼になって、みんなが集まった。昼は外でバーベキュー。準備はSTARNIGHT4人でやった。コンロの用意や、炭の用意など。

 

「あれ、ライターどこ置いた?」

「無いからマッチでいいだろ?」

「じゃあマッチどこなん?」

 

4人でいつも通り慌ただしくやっていた。4人でやるとわちゃわちゃするが、楽しい。

 

「ほら、マッチあるぞ」

「おっ、ありがとな。柊」

 

龍夜がマッチを取った。手慣れたようにマッチに火を付けて炭の上に投げる。

 

「あとは空気さえ入り込めば」

「じゃあ金網用意しようぜ」

 

海斗が金網を取りに行った。

 

「マシュマロ刺す棒どこだ?」

「そこにある」

 

俺は棒を取って、海斗が置いた金網に突き刺した。

 

「んで、あとは」

「紙皿とかどんくらいあるの?」

 

龍夜が聞く。魁が紙皿の入っている袋を持ってくる。

 

「100はある」

「じゃあ足りるか。紙コップも8つくらいあるだろ?」

「最悪俺と一歌は同じコップでもいいよ。今もペットボトルシェアしてるし」

 

紙コップの個数を確認する。

 

「6つしかないけど?」

「だったら俺とほなちゃん、柊と一歌ちゃんが同じコップシェアでいっか。よし、食材持って来い」

 

俺と魁が食材を取りに行く。牛肉とか豚肉の肉、キャベツ、ナスなどの野菜もある。マシュマロは袋ごとかな。

 

「マシュマロって袋ごと持ってく?」

 

一歌がマシュマロを持って言った。

 

「あぁ。袋ごとでいい」

「んで、そのにんじんと焼きそばの麺は誰が持ってくんだ」

 

俺と魁はもう荷物がいっぱい。一歌も片手でマシュマロの袋持ってるし厳しそう。

 

「まぁ、もう1回来ればいいだろ」

 

俺と魁、一歌は外に出た。外では龍夜と海斗がイスを用意していた。

 

「持ってきたぞ」

 

俺はマシュマロを置いてあったイスの上に置いた。

 

「ありがと。あれ、一歌もいたんだ」

「うん。あ、焼きそばの麺って持ってくる?」

 

一歌が聞いてくれる。気が利く娘だ。娘じゃないけど。

 

「お願いできるかな」

「一歌、俺も行く」

 

俺は一歌についていった。一歌と一緒に麺を持ってきて、イスの上に置く。

 

「よし、みんな呼ぶか」

「もう来るよ」

 

一歌は言った。もう呼んであるのかな。

 

「早く食べよっ!」

 

咲希が走ってきた。そのあとに穂波と志歩も来た。なんだ、呼んであったのか。

 

「じゃあ好きなとこ座ってくれ。バーベキュー始めるぞ」

 

龍夜がみんなに言ってバーベキューが始まった。

 



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第51話 2日目

 

 バーベキューが始まると、すぐに龍夜は焼きそばを作り始めた。鉄板でへらを使って本格的だ。

 

「龍夜、焼きそばも作れるんだ」

 

一歌が言った。まぁ、一歌と龍夜はそんなに会わないからな。

 

「作れるぞー。もう少しだからな」

 

俺は一歌の前に紙皿を出した。焼きそばだったし。もしかしたら焼きそばパン目当てかな。

 

「柊くん、コッペパンある?」

「あるよ。ちょっと待ってて」

 

俺は反対側からコッペパンが入っているタッパを取り出した。一歌の前に出すと、一歌はコッペパンを取り出して切り始めた。

 

「やっぱり焼きそばパンか」

「美味しいよ?」

 

一歌はコッペパンを俺に渡す。俺も食えってことか。

 

「美味しいよな、焼きそばパン」

 

俺は紙皿にコッペパンを乗せる。

 

「お前ら準備早すぎるだろ……ちょっと待て」

 

龍夜は紙皿の空いているところに焼きそばを乗っけた。一歌は焼きそばをそっとコッペパンの切り込みに入れていく。

 

「いただきまーす」

 

俺は紙コップにオレンジジュースを入れて一歌の前に置いた。一歌は焼きそばパンを美味しそうに食べている。幸せそうでよかった。

 

「一歌、急いで食うと詰まるぞ」

「ふぐっ?」

 

咥えたままこっちを見る。1つ食べ終わると、一歌はこっちを見た。

 

「柊くんも食べよ?」

「あぁ。ただ一歌が幸せそうだったから」

「だって、美味しいもん」

 

一歌はオレンジジュースを飲み、俺は焼きそばパンを食べた。他のみんなは肉とか野菜とかを焼いて食べていた。

コップを一緒に使うのは一歌も俺も躊躇わなかった。口着けた場所で飲んだりもしてた。

 

「一歌、あーん」

 

一歌は口を開けた。俺はその中に肉を入れる。ちゃんと冷ましてからだ。

 

「もぐっ」

 

かわいかった。一歌が食べてるときってこんなにかわいかったっけ。

 

「柊くんも、あーん」

 

俺が口を開けると、マシュマロを口の中に移した。一歌が咥えてたものだったのもあり、少し恥ずかしかった。口移しだったし。

 

「おーい、イチャイチャするなよ~」

 

海斗が言う。イチャイチャしてるのは一歌のほうなんだけどな。

 

「だめ?」

「ダメって言えないじゃん」

 

俺と一歌は抱き合った。イチャイチャするなよって言われたそばからしてる。

 

「ほら、肉焼けたぞ」

「志歩、食べるか」

 

魁が聞く。志歩は頷いて魁が紙皿に乗せる。

 

「いっぱい食えよ~」

「一歌も焼きそばパン以外も食べろよ?」

「分かった」

 

一歌は肉を鉄板の上にのっける。焼きそば以外に食べようとしたのは肉だったか。

 

 バーベキューが終わると、8人で雑談する時間になった。珍しい組み合わせでの演奏もあり、8人で話す時間が必要だった。

 

「志歩って歌得意?」

「そんなかな。一歌ほどじゃないし」

 

一歌はやっぱり歌得意なんだな。聴いているだけでそう思えてくる。

 

「私も歌は得意じゃないよ」

「穂波も得意じゃないんだ。上手いイメージあった」

 

海斗が言う。穂波は確かに上手いイメージがあった。見かけによらないな。

 

「じゃあ教えてあげないとな」

「龍夜も歌はできるもんな」

「ある程度は、な」

 

STARNIGHTは以前にみんなでカラオケに行って歌を練習していた。それのあって歌が上手い人は多い。

 

「じゃあみんな練習行こうか」

「教えてね、柊くん」

 

4人ずつのさっきのグループに分かれた。

俺と咲希が意外と話していたり、志歩と龍夜が思ったよりも仲が良かったりと、意外な一面もあった。歌を教えていたのは俺だったが。

志歩は「まだ足りないから」と言って、俺と一歌と一緒に部屋で練習した。防音室とまではいかないが、密室であはある。

 

「じゃあ、早速練習始めるけど」

「うん。よろしく」

 

歌の練習と言ったって何をすればいいのだろうか。結局数をこなすしかないと言われればそこまでだが、やるからにはちゃんとやりたい。

 

「何かの曲歌ってみる?」

 

一歌が提案した。いいかもしれない。

 

「そうしようか。志歩、何か歌えるか?」

 

志歩はスマホで調べる。レパートリーが少ないのかな。

 

「一歌が勧めてくれた曲だけど……」

 

ミクの曲だった。やっぱり一歌っぽい。一歌は顔を少し紅くした。

 

「それでいいから歌ってみよ」

 

俺は志歩の歌声を聴いた。

志歩の声は低音が目立つ。高音も綺麗だけど、やはり低音が印象に残る。

 

「低音綺麗だね」

「うん。低音重視してみたら?」

 

志歩は頷いた。これで納得してきたらしい。

あとはそのあと5曲ほど練習し、休憩に入った。

 

 志歩は歌い終わると疲れ果てたようにソファに座った。



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第52話 終えて

 

 合宿を終え、俺たちは各自帰路についた。が、魁はこの後の仕事のためまっすぐ自宅へ。それもあって俺は一歌と志歩が一緒に乗っていた。

 

「志歩、柊くんと帰れてよかったね?」

 

一歌が冷やかすように言った。

 

「やめてよ、一歌。恥ずかしいから……」

 

志歩は恥ずかしそう。後ろでなんて会話が繰り広げられてるんだ。

 

「志歩、いいんだよ?」

 

俺は志歩に言ってみる。

 

「だ、だから……もう」

 

諦めたようだ。

俺は龍夜の車についていく。行く場所は魁以外はみんな同じだからだ。

 

 サービスエリアで休憩をする。魁はもう休憩なしで先に帰った。それ以外の7人で小休憩。

 

「なんか小腹空いたな」

「あそこにたこ焼きあるよ!」

 

咲希が指を指す。色んなものを売っている店があり、俺たちはそこに向かった。他には焼きそばや焼き鳥、ラーメンもあった。

 

「みんな何にする?」

「私焼きそばにしようかな」

 

一歌が言う。

 

「私はたこ焼きかな」

「じゃあ私もほなちゃんと同じの!」

 

俺は志歩の横に行って聞く。

 

「志歩は?」

「味噌ラーメンかな」

 

俺は受付に行って全員分注文した。

外にあるテーブルでみんなで食べた。まだ時間はあったし、ゆっくりみんなで話ながら食べていた。

 

「明日ってみんな仕事?」

「俺は休みだよ」

「俺も」

「俺は休み取った」

 

海斗だけは少し違うが、みんな休みだった。

 

「じゃあ魁以外はみんな休みなんだ」

「まぁな。ただ、君らのご両親が心配するからな」

 

それもあって早く帰ることにした。俺はこのあと別の場所に行く用事があるし。

石山海里という俺の幼馴染みで、今はシンガーソングライター。愛知に住んでるとか言ってたから行ってみようと思った。

 

 渋谷の事務所に着くと、一歌たちを降ろし、解散した。俺はそのあと中野の家に帰り、留守番を頼んでいた風那と交代した。

 

「ありがとな、風那」

「ずっとネカフェだったからね。ちゃんと寝れたよ」

 

部屋は俺がいたときより綺麗になっている。やはり日本人の性だろうか。元の状態より綺麗にして返す。これがふさわしいくらい綺麗だ。

 

「じゃあ、私はもう戻るね」

「いや、また留守番を頼みたい。明日から海里のところに行くから」

 

風那は喜んだ。寝心地いいんだろうな、ネカフェよりかは。

 

「今日は俺と一緒に寝て、明日から2日間留守番頼むよ」

「任せて!」

 

風那はキッチンに行って夕食を作り始めた。食材も俺がいたときの食材を使ってくれている。消費期限切れで捨てるより全然ありがたい。

 

 その日の夜、風那とは違う部屋で寝た。というより、床で寝た。明日は朝が早いからだ。

翌朝3時半、俺は置き手紙を書いた。

 

 もう4時くらいに出たよ。

また2日間留守番頼んだ。ごめんね、大変だよな

愛知のお土産買ってきてやるから許してくれ

あと、冷蔵庫のものなるべく使ってほしい。遠慮しなくていいから。

じゃあ、また3日後。2泊3日だから。

 

俺は家を出て、朝早い中野駅に向かった。

外は蒸し暑く、暗い。1番嫌な気候で、ジメジメしていて暗く、汗ばむ。

ルートは、STARNIGHT3人で行くのもあって共通。新宿まで総武線で、新宿から山手線で品川、京浜東北線と横浜戦を乗り継いで新横浜、新横浜6:00発ひかり533号広島行きで名古屋へ。魁は仕事で無理だったが、俺たち3人は行けた。龍夜と海斗はただの付き添いだが。

 

「お前に知り合いなんていたんだなー」

 

海斗が俺にからかうように言った。

 

「知り合いの1人や2人くらいいるわ」

「人との関係拒絶してるような奴がな」

 

龍夜ものってきた。こいつら、言わせておけば……

 

「お前らだっていないだろ、知り合い」

「俺はいるぞ。実家に帰れば姉妹が待ってる」

「俺も穂波が居るし……」

 

2人ともいない感じだな。だってどっちも身内じゃないか。

ひかり533号は最速の「のぞみ」ではないものの、朝早いからか名古屋には先に着いてくれる。海里の家は犬山の方なため、集合は名鉄名古屋。JR名古屋からしばらく歩く。

 

 名鉄名古屋で海里と合流し、俺たちは一同喫茶店へ。海里からしたら知らない人が2人いるが、以外とフレンドリー。

 

「へぇ、君たちは柊のバンドメンバーなんだ」

 

クールでおとなしい声をしているのが海里。結構クールで昔からモテてる。

 

「海里さんはシンガーソングライターでしたっけ」

 

龍夜は敬語で話しかける。

 

「そうだよ。あ、敬語は外してもらって構わないから」

 

優しい口調で、女を虜にしてきたんだろうか。

 

「柊は相変わらずモテてるかい?」

「モテてるね。ガールズバンドの子とはカップルみたいだもんな?」

「まぁな。海里もモテてるのか」

 

海里は両手を横にして言った。

 

「そうだね。ただ、告白が多くて困ってるよ」

「贅沢な悩みだこと」

 

俺が言うと、海里は「そうかい?」と笑いながら言った。

 

「ん、柊。ケータイ鳴ってるぞ」

「あ、ホントだ」

 

俺はケータイを取り出す。志歩からのメッセージで、「志歩から写真が送信されました」と表示されていた。俺は3人に席を外すことを伝える。

 

「ごめん、ちょっと連絡してくる」

「あぁ。いってらっしゃい」

 

俺は志歩から送られてきた写真を見た。写真をタップして大きくする。写真をちゃんと見てなかったが、志歩の顔はあったような。

志歩からの写真を見ると、そこには上半身の服を脱いで、ブラジャー姿でいる志歩が写っていた。俺はあたりを見渡して、誰もいないことを確認してから返信した。

 

柊〈志歩、なんだこの写真は〉8:01

志歩〈ベースの弾き方を聞きたいなって思って〉8:02

 

気付いてないのか?写真送り間違えてるが。

 

柊〈送る写真間違えてないか?〉8:02

 

俺が志歩に聞くと、すぐに写真は消えてTAB譜の画像と志歩が弾いている様子の画像が送られてきた。

 

志歩〈どうすればいいかな〉8:04

柊〈さっきのは?〉8:04

志歩〈一歌と咲希に下着のこと聞いたときの写真〉8:07

 

少し慌てたな。返信が遅かった。

 

柊〈それでベースのことだけど、多分それ左手の位置もう少し下じゃないかな〉8:08

志歩〈ありがとう〉8:09

 

志歩の下着、初めて見たな……

俺は3人がいる席に戻った。3人は仲良く話していた。

 

「おっ、戻ったか」

「柊のバンドSTARNIGHTっていうんだってね。いい名前だね」

 

海里が言う。

 

「ありがと」

 

海里は書類を机の上に出して言った。

 

「これなんだけどさ」

 

書類には「石山海里と演奏したいバンド募集」と書かれていた。

 

「演奏したいバンドか。この辺にいないのか」

「結構ガチなところが多くてね」

 

そうか。ガチすぎて参加できるわけがないって感じか。なんかかわいそう。

 

「俺たちも検討してみるよ。海里も知名度はあるし」

「ありがとう。助かるよ」

 

STARNIGHT全員で立ち上がり、喫茶店をあとにした。

 

「じゃあな、海里」

「また明日、犬山駅でいいかな」

「もちろん。明日の9時な」

 

俺たちは喫茶店から出てホテルに向かった。

 

 

 

 【幸山魁視点】

 

 仕事なんて、そんなの嘘だった。

柊が知り合いのところに行くのを俺は知っていた。どうせ柊は一歌がいないと本気出さないんだろうと思い、俺は先に戸塚に帰って「青春18きっぷ」を買っていた。まぁ、在来線しか使えない切符だが、5回分入っている。

今回は俺とLeo/needの5人で1回使って終わりだが、帰りも買えば別にどうってことない。

 

「お待たせ、魁」

 

志歩が1番最初に来て、そのあとすぐみんなが集まった。早朝から出発してもよかったが、朝起きるのもいやだろうし、朝は8時頃の出発にした。

 

「柊くん何してるんだろうね」

「どうせ一歌がいないから本領発揮してないな」

 

みんなも早く会いたそう。いや、穂波や咲希からしたら龍夜と海斗に会いたいだけか。

 

「そうだ、志歩。柊に怪しまれないように連絡してくれよ」

「分かった」

 

志歩は連絡を送ってくれる。もう湘南新宿ラインのホームにいるため、余裕はないけど。

しばらくすると、志歩が顔を真っ赤にした。え、連絡するだけでそんなになるか?

渋谷からは8:05発の湘南新宿ライン東海道線直通、快速小田原行きに乗った。休日ダイヤで、人はほとんど観光客らしき人だけ。

志歩は乗ったあとも少し連絡していた。終わると深呼吸して俺にもたれ掛かった。

 

「柊くん今頃何してるんだろう」

「もう知り合いと会ってると思う。新幹線は朝早いので行ったし」

「……送る画像間違ってた……」

「え?」

 

一歌と咲希がニヤリと笑う。穂波はキョトンとしていた。

 

「前の下着の写真?」

「……」

 

図星だったんだろう。そんな写真撮ってたのか。

 

 大崎に8:12、横浜8:30、大船8:49、小田原には9:27に到着。そのあとすぐにやってくる9:31発東海道線普通熱海行きで熱海へ。

 

「魁、柊くんと合流するのどこにする?」

「あ、確かに」

 

そんなこと考えてなかった。

 

「私連絡しようか?」

 

一歌が言う。

 

「じゃあそうしてくれるかな」

 

一歌は連絡してくれる。一歌がやったら違和感もないだろう。

 

 熱海には9:54。そのあとすぐに10:00発東海道本線普通静岡行きに乗り換える。座るために静岡までではなく、途中の興津までにする。

 

「柊なんだって?」

「柊くんまだ見てない……忙しいのかな」

 

心配そうにする。

 

「大丈夫だよ。柊なんだし」

 

電車は10:58に興津に到着。11:03発東海道本線普通浜松行きに乗り換える。

12:34、浜松に到着。お昼くらいのため、俺たちは昼食にした。

駅から出て、そばを啜る。一歌は咲希と一緒に食べていて、穂波は2人のお母さんみたい。

 

「ほなちゃん、これ長くない?」

「ほんとだね。一歌ちゃんのそれも長そうだよ」

 

3人で話しているのを見ると、俺と志歩は笑ってしまう。

 

「元気だな」

「うん。まぁ、咲希らしいかな」

 

結局それで済んでしまう。仲が良い証拠だ。

 

 昼休憩をはさみ、13:39、東海道本線普通豊橋行きで豊橋へ。豊橋に14:14に着くと、14:20発東海道本線新快速大垣行きで名古屋へ。柊が待ってるはずなんだけどな。

 

「一歌、なんて送ったんだ?」

「15:15にJR名古屋駅を出発する東海道本線にSTARNIGHTのポスター貼ってあるよって」

 

それで柊が来るかな。

 

「柊くん、それで来るの?」

 

志歩が聞く。心読んだのか?

 

「柊くんだったら来るよ。きっと」

 

一歌と柊の気持ち、みたいな感じなんだろうか。

15:12、新快速大垣行きは名古屋に到着。柊は1番後ろのドア前にいた。

 

「柊くんいたよ」

「ふふっ、一歌ちゃん、嬉しそうだね」

 

穂波の言うとおりだ。今までと全然違う。

電車から降りると、一歌は走って柊のところへ。柊は一歌を受け止めてくるっと一回転。勢いがすごかったのか。

 

「あれ、みんないるんだ」

 

龍夜と海斗も来た。穂波と咲希が磁石のように引きつけられる。

 

「海斗!」

「なんだ、来てたんだね」

 

15:15、来た電車が出発する。

 

「なんで来たんだ、君ら」

「どうせ一歌がいないと本領発揮できないだろ?」

 

一歌は柊にピッタリくっついている。柊は無意識に撫でてるけど。

 

「それもそうだな。じゃあみんな、ホテル行こうか」

 

8人でホテルに向かうため、俺は引き続き東海道本線を西に向かう。

15:30発快速米原行きで岐阜へ向かう。岐阜がホテルの最寄りらしい。

 

 15:48、岐阜に到着。俺と志歩は飛び入りだったためホテルが岐阜で取れず、岐阜の近くである笠松という駅まで行き、近くのホテルで泊まる。

 

「じゃあな、また明日、犬山で合流でいいか?」

「いいよ。時間だけ教えてくれれば」

「朝9時。頼むよ」

 

俺は柊たちと分かれて名鉄岐阜駅へ。

笠松駅はミュースカイ以外は止まる駅で、名鉄岐阜からもいける電車が多い。

 

「一歌たちと一緒の方がよかったか?」

「いや、魁と一緒だったらいい」

 

志歩は冷静に言う。嬉しいな、そう言ってもらえると。

16:02発特急中部国際空港行きで笠松へ。

笠松には16:06。ホテルまで10分ほど歩き、俺は志歩と同じ部屋のため、部屋に荷物を置くと志歩の用意を手伝った。

 

「やっぱりあの2人は一緒じゃないとね」

「そうだよ。あいつらは一緒がいい」

 

俺は志歩の隣に座った。

 



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第8章 海里
第53話 海里と


 

 なぜか一歌たちが来て、賑やかになった。ホテルも一歌と一緒の部屋にした。正直、確かに一歌がいた方が実力が発揮できる気がする。一歌ってかわいいじゃん。素直だし、たまに天然みたいなとこあるし。

 

「一歌、荷物はそっちね」

「うん」

 

俺はベットに飛び込む。

 

「疲れたの?」

「ん?あぁ」

 

一歌は荷物を置いてベットに座る。

 

「明日がメインなんだっけ」

「そうだよ」

 

実際話があるって言われたのは明日だった。なんの話かは分からないが。

 

「隣で寝ていい?」

 

一歌が聞く。

 

「逆に寝ないつもりだったの?」

 

俺がそう言うと、一歌は同じ毛布に入った。

 

「ありがと、柊くん」

「いいんだよ、一歌」

 

俺と一歌は2人で眠りについた。

 

 

 翌朝、起きてみると一歌が俺に抱きついて寝ていた。かわいいなぁ。一歌ってクールにみえてかわいいところもあるんだよな。

 

「ふふっ」

 

俺は思わず笑ってしまった。

 

「ん~……」

 

一歌が唸る。起こしちゃったかな。

時刻は6:30。まだ早いかな。

 

「ん?柊くん……」

 

一歌の髪には寝癖が少しあり、いつものあの髪型とは全く違う。ぴょんと跳ねた髪は俺を誘惑してくる。

 

「かわいい……寝癖……」

「え?……なおす?」

 

一歌は頭を俺の方にやった。俺は直すというより撫でた。

 

「一歌の寝癖言うこと聞くね」

「直る?」

 

簡単に直る。撫でるだけでもある程度直った。

 

「けど、女の子の髪は分からないな」

「じゃああとは私が直すね」

 

少し寝ぼけたような声で言った。大丈夫だろうか……

結果、一歌はいつもの髪型になった上に寝ぼけていない。

 

「いく?」

「いや、まだ早いかな」

 

まだ7:00になってないし、犬山駅に着いても暇なだけだろう。

朝日はもうすっかり上り、地面を明るく照らしていた。流石夏なだけある。

 

 

 

 7:30、俺たちは部屋から出て他の魁と志歩以外と合流した。

 

「もう行くの?」

「あぁ、行こうか」

 

俺はホテルの部屋から出た。魁と志歩以外と合流し、集合の犬山駅を目指した。

名鉄岐阜駅まで歩き、8:11発名鉄各務原線普通犬山行きで犬山まで向かう。

電車に乗っている最中、貫通扉を開けてこっちに来る人影があった。

 

「あれ、魁。この電車だったんだ」

「名鉄岐阜まで戻ったからな」

 

これで全員が揃った。

 

 犬山には8:51。海里は駅前で待ってるらしいが、どこだろう。犬山には来たことがないから分からない。

 

「柊、こっちだよ」

 

優しい声が聞こえたと思うと、そっちに海里はいた。海里は車の前で待っていたが、どう見ても乗れるのは運転士含めて5人ほど。俺らだけで8人いるのにどうやって乗せるんだ。

 

「おいおい、車で来たのか?」

「そうだよ。人数面は大丈夫。無理矢理詰め込むから」

 

みんなが「え……」と少し引いていた。ただ、こいつのことだ。何かあるに違いない。

 

「ホントはどうなんだ」

「ふふっ、ホント吊れないね、柊は」

 

そう言うと、少し離れたところに手招きした。そうしてやって来たのはスラッとしていてスタイルのいい女性だった。

 

「紹介するよ。俺のマネージャー、兼雑用係だ」

「石山瑞穂です。本日はよろしくお願いします」

 

かわいい声をしている。しかも、俺はあることに引っかかった。

 

「苗字同じなんだな」

「あぁ、そうだ。瑞穂は俺の彼女でもあるんだ」

 

彼女、マネージャー、雑用係。海里のこんな役なんて大変そうだな。

 

「マネージャーって聞くと、結構固い人なのかと思ったんですけど、柔らかいんですね」

 

一歌がそう言った。言われてみればそうだった。

 

「海里から柔らかく接してくれと言われているので」

「人間、固い人は嫌だろう?」

 

そういうことだったか。海里らしい。

 

「さて、俺の方に入りきらない人は瑞穂の方に乗ってくれ。まぁ、瑞穂の方が車は大きいんだが」

 

俺たちはそれぞれの車に向かった。俺が瑞穂さんの方に行こうとすると、海里が止めた。

 

「待て。柊はこっちに乗ってほしいな」

「なんでだ」

「少し話がある。あ、できれば魁くんもいいかな」

「構わない」

 

結局、俺たち2人と咲希がこっちに来た。それ以外は向こうの車だ。

車を走らせると、瑞穂さんの車が後ろをついてくる。

 

「話ってなんだ」

「あぁ、昨日渡した募集のことなんだけど」

 

海里はそのことについてゆっくり話していく。

 

「もし空いてたらでいいんだけど、できそうかな」

 

俺は魁に少し話す。

 

「海里と一緒に演奏できるバンドの募集なんだ。できそうか」

 

そう言うと、魁は即答だった。

 

「もちろん。やらないって手はないだろう。海里も知名度は高いし、俺たちを知ってもらういい機会だ」

 

メリットが多いのもあったんだろう。

 

「よかった。それで、いつ頃がいいかな」

「いつでも構わないが……他の人にも予定を聞いてからだな」

 

一気に話が進んでいった。海里も満足げだし、俺たちもいい機会だった。

 

 



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第54話 ライブ準備〈前編〉

 

 海里の家に着くと、みんな揃った状態でコラボの話をした。もう決定というような感じだったが、今は日付を決めている。

 

「なるべく早い方がいいよな」

「まぁ、そうだろうね」

 

俺たちに海里が合わせる、というようになったため、日付は俺たちが基準で決めるしかない。

 

「来週末って無理だっけ?」

 

海斗がカレンダーを見て言う。全員がカレンダーと予定を併せて見る。

 

「俺はいいけど。空いてない人いる?」

「俺も空いてるよ」

「空いてる」

 

全員空いていた。海里はそのことを聞いて、俺たち全員に言った。

 

「じゃあ来週末、来週の日曜でいいかな」

 

その言葉に全員が頷いた。意見は全員一致し、コラボの日程が決まった。

 

「Leo/needは留守番か?」

「そういうことになるね」

 

心なしか、一歌たちの表情が暗くなったがする。まぁ、せっかくのライブのチャンスを俺らだけっていうのは残念だろう。

 

「Leo/needにはあとでライブの機会作ってやるから」

 

そう言うと、一歌たちの表情は少しは元の表情に戻った。一歌たちもライブはやりたいだろうし、機会は与えないと。

 

「さぁ、じゃあ会場の下見でも行こうか」

「あぁ」

 

俺たちは全員でライブの会場に向かう。本来Leo/needは来る必要はないが、ライブができなくてかわいそうだったから連れてきた。

マネージャーの車にも半分くらい乗って、車は走り出す。俺たちの乗っている海里の車も動き出すかと思うと、海里はこっちを見て俺に言った。

 

「柊、免許持ってるかい?」

「ん、持ってるけど」

「運転してみてくれないかな」

 

海里は笑顔で言った。仕掛けてきたのだろうか。俺の運転を見てみたい、といった感じだろうか。

 

「何で俺が」

「面白そうじゃないか。昔ながらの仲だろう?」

 

海里は俺を運転席に誘導する。もうそうするしかないか。

 

「分かったよ。カーナビの行き先だけ設定してくれ」

 

海里はカーナビに目的地を設定する。道が分からないと流石に運転できない。

 

「頼んだぞ、柊」

「……ったく」

 

俺は運転席に座り、ハンドルを握る。こんな大人数乗せたことあったっけな。大体2~3人くらいだったから4人はあんまりない。

カーナビに従って走っていく。まぁ前を走っている瑞穂さんの車についていけばいい話なのだが。

 

 車を30分ほど走らせると、後ろから魁が顔を出して言った。

 

「あとどのくらいなんだ」

 

俺はカーナビを見る。ぱっと見半分もまだ行っていない。というか、多分県外だろう。一般道のみで2時間弱。もう愛知県ではないことが確実だ。

 

「まだ1時間半くらいあるかな」

「そんなか……」

 

海里は予定表を取り出し、後ろにいる2人に見せた。後ろにいる2人とは、魁と龍夜。俺は耳だけ貸している。

 

「滋賀県のライブホールなんだ。遠いぞ」

「うわぁ、なんだこれ……」

 

2人は驚いていた。そんなにヤバいスケジュールなのか。死なないよな、俺たち。

 

 愛知県を出て、岐阜県へ。ただ、まだまだ着かない。前を走っている瑞穂さんの車も、少しずつ疲れてきたのか速度が遅くなっている。

俺のスマホのバイブが鳴る。誰からだろうか。

 

「海里、ポケットの中にあるスマホ取って俺に見せて」

 

海里はスマホを俺から取り出し、発信元をこっちに見せた。一歌からだ。

 

「出て。それでスピーカーに変えて」

 

海里はスピーカーに変え、運転席前にあるボードの上に置いた。

 

「もしもし、一歌?」

《あ、あの、瑞穂さんから伝言があって》

 

瑞穂さんからか。伝言ってなんだろうか。

 

《月島さん、ですよね。運転してるの》

「はい。そうですけど」

 

俺がそう言うと、瑞穂さんは言った。

 

《道の駅伊吹の里っていうところで休憩するので、ついてきてください》

 

休憩場所の話だったか。俺は運転しながら瑞穂さんに言った。

 

「分かりました。ついていきます」

 

そう言うと、電話は切れた伊吹の里って一体どこにあるんだろうか。ずっと一般道で来ているのもあって流石に休憩なしはキツかった。

 

「休憩場所入れるらしいけど、どの辺だろうね」

「さぁ」

「瑞穂のことだ。多分滋賀県に入ってからじゃないかな」

 

海里が言う。海里が言うんだったらそうなんだろう。彼女だから分かるんだろう。

1時間ほど運転したため、あと半分。滋賀県だったらあと30分しないくらいで入れる。俺はとにかく休憩を目標に向かった。

 



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第55話 ホール

 

 道の駅伊吹の里に着いた俺たちは、車から降りて少し休憩した。休憩無しでは俺も体力がもたない。

一歌たちはLeo/need4人で行動し、俺たちがあとをついていく。

 

「あとどのくらいなんだ、海里」

「あと1時間しないくらいで着くよ。まぁ、着いたところで下見とかあるから休めないけど」

 

そうだった。ライブの下見のために行ってるんだった。

 

「帰るのっていつなんだ、柊たちは」

「明日だ。今日はホテルに戻って、明日の朝の新幹線取ってある」

 

俺がそう言うと、あとから来た5人は揃って言った。

 

『私たち』

    『ないんだけど!』

『俺たち』

 

わざわざこいつらの分を買うのもな。しかも今は繁忙期だし、指定席は中々空いてないだろう。

 

「自由席でもいいんだったら取れるかもよ。指定席は分からん」

 

何せ来ると思ってなかったんだから。海斗と龍夜と俺の分しか取ってない。

 

「じゃあ今日の帰りにでも取ってこようか」

 

魁が残念そうに言った。まず取れるか分からないけどな。

 

 

 

 

 

 ライブ会場は想像よりも広かった。もう「ホール」と行った方がいいくらいの広さだ。

石山海里の知名度もあるのだろうが、やはりさすがだ。俺たちがこんなに広いところを使っていいのだろうか。

 

「広いだろう?」

「あぁ……というか、広すぎる……」

 

声も簡単に響きそうだ。というか、今まででもう響いている。

 

「来週末はここでやるんだ。隅々まで見てきて」

 

俺たちはホールの後ろに4人揃って走った。Leo/needと海里はかなり驚いていた。こんな様子は見たことがなかったのだろうか。

後ろに行ってみると、やはりステージはかなり遠い。ココまでそう簡単に音は届くのだろうか。

 

「向こうに戻ったらドラムの音量も調整しよう。俺たちはアンプがあるからどうにかなるが、ドラムは、な」

 

ドラムが小さすぎると立体感が生まれない。しかも、ドラムは機械で音量が調節できない。実は最も大事なパートとも言える。

 

「あと、ここまで後ろにされると音ズレもあるかもな」

 

魁が言う。確かに、前のスピーカーからだと音ズレを起こす。俺たちの動作と音が合わないのだ。

 

「後ろのスピーカーも出さないとね」

 

海斗が言う。

 

「そうだな。交渉してみよう」

 

龍夜が交渉しに行く。その隙にLeo/needの4人と海里と合流する。

 

「このホール、広いな」

「そうかい?気に入ってくれたならいいんだけど」

「あぁ。気に入った」

 

俺たちが会話していると、一歌が俺の裾を引っ張る。

 

「どうした?一歌」

「私たち、こういうところでやれるかな」

 

不安からの質問だった。俺は一歌の頭を撫でて言った。

 

「いずれできるよ、すぐにじゃなくても。俺たちだってホールでやるのは2回目だし、久しぶりだから」

 

前回ホールでやったのは活動休止前。もうしばらくやっていなかった。

 

「柊くんたちでも2回なんだ」

 

穂波が言う。

 

「場所取りが難しいからね」

「STARNIGHTだったらできそうだけど」

 

志歩がからかう。だったら俺も少しからかってみよう。

 

「だったら志歩が許可取ってくるか?」

「そ、そこまでは言ってない……」

 

ひるんだか。あんまりやると魁から怒られるからやめておくが。

 

「なんか柊くんと志歩仲良いね?」

 

そう言ったのは一歌だった。

 

「そうか?」

 

一歌は頷いた。お得意のヤキモチだろうか。

 

「大丈夫。柊くんは一歌のだから」

「そ、そうじゃないから……」

 

顔を赤くして言う。説得力ないぞ、そんな顔されても。

 

「柊、後ろのスピーカー使えるってよ」

 

龍夜が戻ってきた。戻って来るなりすぐに穂波の隣に行く。端から見たら中々すごい光景だ。

 

「おう、ありがとう」

 

俺たちはホールの後ろ側にある席に座って話した。海里を含めた9人だが、本来の人数より5人ほど増えている。

 

「増えたね、人数」

「そうだな。途中でなんか来たからな」

「虫みたいに言うな」

 

魁が俺をにらみつける。

 

「まぁまぁ、そんな怒るな。悪い意味で言ったんじゃないさ」

 

魁は俺のことを疑いの目で見たあと、志歩の隣に座った。

 

「それで、ホールのことは分かったかい?」

「あぁ。にしても広いよな、このホール」

 

海里は笑って言った。

 

「ホールを借りたいって言ったらこんなに広いところを貸してもらっちゃってね。ホントはもう少し小さい方が良かったんだけど」

 

海里も使い慣れていないのだろうか。まぁこんなの使い慣れてる人の方が少ないか。

 

「その日は私たち練習してる?」

 

穂波が聞く。

 

「うん。こういうライブにも出たいし」

「いいね!私たちも早く海斗たちに追いつこう!」

 

咲希が元気に言った。いつもの咲希だ。

 

「いい気合いだね」

 

海里が咲希のことを見て言った。

 

「それが咲希の取り柄だからね」

 

海里が咲希のことを紹介する。

 

「それしかないみたいに言わないでよー!」

「実際そうなんじゃない?」

 

志歩が言うと、みんな揃って笑った。咲希だけが頬を膨らませて不満そうにしたけど。

 

 



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第56話 解決の道は

 

 そして、一旦帰る日になった。俺と海斗、龍夜は名古屋から新幹線で東京へ、魁は本当の出張で甲府まで特急、それ以外のLeo/needは在来線で帰ることになった。切符は魁が用意してくれたらしい。

 

まず、全員で6:03発区間快速豊橋行きに乗車。俺と海斗、龍夜、魁は名古屋で降り、魁以外は6:37発のぞみ268号東京行き、魁は7:00発特急しなの1号長野行き、Leo/needは引き続き区間快速豊橋行きに乗り続ける。

 

Leo/needは7:36、豊橋に到着。7:48発浜松行きに乗車し、8:26浜松。8:37発沼津行きで富士まで乗車。その後も富士10:47発熱海行きで熱海へ、熱海11:34発高崎行きで小田原、小田原12:04発特別快速高崎行きで渋谷まで帰る。13:14に渋谷に到着。

 

魁は7:00発特急しなの1号長野行きを8:57、塩尻で降り、塩尻から9:18発特急あずさ16号東京行きで甲府へ。10:19に甲府に到着。

 

俺たち3人は6:37発のぞみ268号東京行きに乗り、途中の新横浜まで乗る。新横浜でみんな家族などにお土産を買い、海斗は8:33発東急新横浜線、東急東横線直通、急行和光市行きで学芸大学。

 

俺と龍夜は少し前の8:24発東急新横浜線、東急目黒線、都営三田線直通、急行高島平行きで白金高輪、8:55発南北線、埼玉高速鉄道線直通、浦和美園行きで飯田橋、9:15発東西線中野行きで中野。龍夜だけそのまま9:36発快速高尾行きで三鷹へ。

 

みんなそれぞれ家や職場に着き、名古屋への旅行(?)は終わった。

 

俺は家に帰ると風那がいる。しばらく留守番させてたのもあり、少し申し訳なかった。

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさい。お昼ごはん何にしようか考えてたんだ」

 

1人分しか作らないはずなんだが、なぜ考えてるんだ。

 

「俺帰ってくるの知ってたのか」

「まさか。唯菜ちゃんが来るんだよ」

 

唯菜が?何でそんな急に。

 

「なんで唯菜が?」

「ただ来たいだけらしいけど、あわよくばお兄ちゃんを連行しようとか言ってたよ」

 

怖い従妹だ。俺を実家に連行しようとするなんて。

 

「じゃあ、そんなに豪華なものじゃない方が明日美味しいか」

「そうそう。だから何にしよっかなって」

 

風那はレシピを見ながら考えていた。唯菜が来るのか。あれ、じゃあ実家って誰がいるんだろ。まさか、なぎがいるわけないよな。あいつも大学あるし。

 

「なぁ、実家って誰いるんだ」

「たしかに。唯菜ちゃんいないと誰もいないよね」

 

やっぱり風那も知らないのか。

 

「ちゃんと戸締まりしてるといいけど……」

 

戸締まりしてなかったら大変だろ。いくら人がいないからって心配だ。

 

 

 

 翌日昼間、唯菜が俺の家に来た。外は蝉が鳴いていて暑そうだった。

 

「久しぶり、柊くん」

「よく来たね。さ、上がって」

 

俺は唯菜を家に上げた。家の中の方が涼しいし。

 

「家って誰かいるのか?」

「うん。凪沙ちゃんが来てくれたよ」

「大学は」

「単位足りてるからいいって」

 

ホント、あいつよく秋田行くな。

それより、今はこっちの話だ。

 

「来た理由はなんなの?」

 

風那が聞く。唯菜はリュックの中から紙を出した。

 

「あのね」

 

唯菜の口から衝撃のことが言われた。

 

 

 

 

 

「帰ってきてくれない?」

 

 

 

 

 

 

真剣な眼差しだった。真剣な口調で、一瞬で静まりかえった。

 

「俺が、どうして」

「畑仕事が追いつかないの。生活も苦しくて……」

 

そうか……たしかに放っておけない。ただ、俺も仕事があるし……

 

「俺も仕事が……」

「分かってる。でも、今のままだと……」

 

畑ができないと生活がやっていけないのは分かる。ただ、こっちも忙しい。

 

「ちょっと待ってくれ。こっちもすぐに行けるわけじゃない」

 

出された紙には先月の収支が書かれていた。たしかに収支は多少の額しかない。

 

「……時間あるか」

「どのくらい?」

「1日4~5時間でいいんだ。俺の会社で働かないか」

 

パソコンでの作業だったら秋田でもできる。そしたら収入は入る。

 

「いいけど……畑は……」

「畑と言っても米だろう。その時期にはSTARNIGHT全員で手伝いに行ってやる」

 

そうすれば、収入も入り、畑作業も追いつく。

 

「手伝いが欲しくなる1ヶ月前に呼べば行くさ」

「うん……!ありがとう!柊くん!」

 

これで解決、といったところだろう。

唯菜は俺にハグしてくる。よっぽど嬉しいんだろう。

 

 



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初音ミク生誕祭! in 2023

 

 セカイに行き、俺とミクは久しぶりに2人で話していた。普段は一歌たちも一緒のため、2人きりなのは珍しい。

 

「一歌たちもプロになってさ。随分成長したよ」

「ふふ、柊くんを超えちゃったね」

 

ミクは笑う。だが、これでいい気がする。

 

「ミクだって望んでたんだろ?一歌たちがプロになることを」

 

俺がそう言うと、ミクは少し悩んでからこう言った。

 

「分かんない」

 

俺は驚いた。てっきりミクのことだから「そうなのかもね」と言うのかと思ったんだが、違うらしい。

 

「でも、プロになっちゃうと私たちから離れていっちゃうんじゃないかっていう不安もある」

 

ミクは立ち上がって1つの写真の前に行った。

 

「一歌たちがいるから、こんなに楽しく過ごせてるんじゃないかって思って」

「そうか……」

 

みんなが写った写真だった。確かにこの時のみんなの表情は楽しそうだ。

 

「ミク、もし来てくれなくなるんだったら、この写真は撮らないと思う」

「え?」

 

俺はミクの横に立つ。

 

「プロになるって目標は持ってただろ?ならプロになってからのことも考えてるはずだ」

 

プロになってからのことも考えているはずだった。もしプロになってから来ないんだったらこの写真は撮らないはずだ。

 

「ずっと来るから、ミクたちと写真を撮ったんじゃないか。ミクは一歌たちからしたら先生なんだしさ」

 

俺がミクにそう言うと、少しずつ笑顔になった。

 

「そうだね。また来てくれる」

 

ミクの表情は写真の笑顔とほとんど変わらぬ表情だった。

 

 

 

 しばらくして、一歌たちがセカイにやってきた。今回はミクと一歌たちが主役なんだから、俺は席を外しておこう。

 

「俺ルカたちと話があるから」

「うん」

 

何も気付いていない様子のミクはそう言った。俺は一歌たちの後ろを通るときに小声で言った。

 

「喜ばせろよ」

 

俺はそう言って教室から出た。ルカたちは多分隣にいるんだろうな。

 

 

 案の定隣の教室にいた。少しでも声が聞こえるようにだろう。

 

「あれ、柊くんじゃない。どうしたの?」

「主役はあいつらだからな。俺は席を外した」

 

ルカは笑って言う。

 

「優しいのね」

「あぁ、そうかもな」

 

隣の教室にはリン、レン、ルカ、MEIKO、KAITOがいて、全員揃っていた。

 

「そろそろかな~」

 

リンがそわそわしているように言った。

 

「きっと、そろそろだと思う」

 

KAITOが言う。相変わらずクールで冷静だった。だが、みんな少し笑顔が足りない気がした。

 

「一歌たちはずっと来てくれる」

「え?」

「一歌たちは、プロになってからもずっとセカイに来てくれる。みんながいるから」

 

そう言うと、みんなは一斉に笑顔になった。

 

「そうね。来てくれるわ」

「ねぇねぇ!なんか話してるよ!」

「リン、大声出さなくても分かってるよ」

 

レンが注意する。いつものことだ。

俺たちは壁に一斉に寄る。確かに何か話している。

 

「ミク、誕生日おめでとう!」

 

壁の向こう側から、Leo/need全員の声が重なって聞こえた。



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第57話 ライブ

 

 海里との合同ライブ当日、俺はSTARNIGHTより一足早くライブ会場に向かった。滋賀の集合のため、今日の集合は米原駅。米原駅に海里が迎えに来てくれる。

家から出るときに、来ていた唯菜が離してくれなかった。

 

「もうちょっといてもいいじゃーん」

「もう時間なんだよ。頼むから離してくれ」

 

俺がそう言うと、風那がやってきた。

 

「柊くんも忙しいんだから。ほら、離れて」

 

風那に言われて唯菜は離れた。これでようやく行ける。

中野駅から中央線、埼京線で渋谷まで行き、渋谷から東横線と新横浜線で新横浜まで向かう。

7:11発快速東京行きで新宿、新宿7:22発各駅停車新木場行きで渋谷、7:38発東横特急元町・中華街行きで武蔵小杉、そして7:55発各駅停車新横浜行きで新横浜。新横浜からは8:18発のぞみ61号広島行きで名古屋、名古屋でこだまに乗り換えて9:43発こだま703号新大阪行きで米原へ向かった。

米原は10:10。STARNIGHTはこのあと11:47着のひかり637号で来る。

米原駅の前に海里の車があり、俺はその車に向かった。車の中に海里がいて、俺は海里に話しかけた。

 

「海里、来たぞ」

「ん?ああ、来たんだ」

 

海里はシートベルトを締め、車を走らせる。

 

「今日はよろしくね、柊」

「あぁ。頑張ろう」

 

合同ライブでファンを獲得する。そういった目的もある。

 

 ライブの会場に着いて、俺は観客入場前に最後の確認を海里と一緒にしていた。

 

「結構広いんだよな、ここ」

「観客は入るけどね。STARNIGHTは俺がやったあとだったよね」

 

メインは海里のライブだ。それのコラボということになる。だから曲もSTARNIGHTのものではない。

 

「そういえば、他のみんなは何時に米原に着くんだい?」

「11:47着だったはず」

「ならそろそろだね。瑞穂に行かせよう」

 

そう言うと、海里はその場から「みっちゃーん」と呼んだ。なるほど、プライベートではそう呼んでるのか。

 

「なに?海里」

「STARNIGHTの迎えに行ってくれる?米原駅なんだけど」

「分かった。行ってくるね」

「ありがと、みっちゃん」

 

瑞穂さんはライブホールの外に出ていった。

 

「仲良いんだな」

「もちろん。夫婦だからね」

 

海里はピースして言った。

 

 STARNIGHTの全員が揃い、リハーサルがしばらくして始まった。

14:00からの開演に向けて、13:00からリハーサル、13:30から軽食を食べて、13:50にSTARNIGHTはステージ裏待機、14:00に開演だ。

 

「結構調子はいいか」

「うん。俺はいいね」

「俺も」

「俺も良さげだ」

 

みんな調子がいいようだった。よかった。

 

「みんな、リハーサルは終わったかい?」

「あぁ、終わったよ」

「ならこっちに来てくれ。みっちゃ……瑞穂がサンドイッチを作ってくれたよ」

 

一瞬「みっちゃん」って言いかけたよな。やっぱりその呼び方がしっくりくるんだろうか。

STARNIGHT全員で海里についていくと、楽屋の中のテーブルにサンドイッチがたくさんあった。

 

「20分くらいしかないので、このくらいだったら食べやすいかなと」

 

STARNIGHTはみんなお礼を言ってから食べ始める。海里は食べようとしたのを瑞穂さんに止められた。

 

「あーんっ!」

「え、あ、あーん」

 

戸惑っていた。それはそうだ。こんなところでするとは思えなかった。

 

「お前ら、羨ましいとか思ってないよな」

 

俺が海斗、龍夜、魁に聞くと、俺から目をそらした。あ、羨ましいと思ってるな。

 

「べ、別にほなちゃんいるし……」

「志歩だってしてくれるからな……」

「それは嘘だろ」

 

志歩がやるはずない。そんなことをする性格じゃないし。

 

「ぐっ……」

「そういう柊はどうなのさー」

 

海斗が聞いてきた。

 

「従妹とかしてくれたりするけど」

「チッ」

 

おい、舌打ちしたよな。聞き逃さなかったぞ。

 

「海里さん、裏待機です」

「うん。分かったよ」

 

海里はスタッフに呼ばれてステージ裏へ。この部屋には瑞穂さんとSTARNIGHTだけが残った。

 

「みなさんは付き合っている女性とか居ないんですか?」

『いないっス……』

 

全員が口を揃えていった。

 

「柊さんは?」

「付き合っている女性はいない、とだけ言っておきます」

 

瑞穂さんは「ふふっ」と笑って楽屋から出ていった。

 

 ステージ裏待機中、俺たちは次来る順番を待っていた。あと2分ほどだろうか。

 

「なんか緊張するな」

「いつもと同じなんだがな」

 

コラボだからだろうか。いつもより緊張する。

 

「きっと大丈夫だって」

「そうそう。大丈夫」

 

龍夜は置いていたスマホからLINEの画面を見せた。

 

「さっき連絡来てさ。Leo/need全員で写真撮ったらしい」

 

画像にはLeo/need4人が手をピースで出して円を作っていた。

 

「この手が一歌で……」

「これが志歩だ」

「咲希が両手出してて……」

「ほなちゃんがこれだ」

 

そう思った俺たちは、Leo/needと同じように手をピースにして円を作った。

 

「今回は柊が両手出そうぜ」

「俺が?いいけど」

 

俺は咲希の代わりに両手を出した。

 

「みんな、これが終わったら打ち上げしよう。行くぞ!」

 

俺のかけ声に合わせてみんなが言う。

 

『おーっ』

 

そうして、俺たちの番が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「みんなすごかったね。コラボ嬉しかったよ」

 

海里が外に出てから言った。

 

「俺たちも楽しかったよ。そうだ、打ち上げ来るか、海里」

 

俺が聞くと、海里は首を横に振った。

 

「いや、遠慮しておくよ。このあと瑞穂と予定があるからね」

「そうか。じゃあ、また会えたら会おうな」

「うん。またな」

 

俺たちと海里はホールを出てすぐに分かれた。

 

米原駅から16:57発ひかり658号東京行きで名古屋、17:29発のぞみ168号東京行きで品川、19:08発山手線外回りで海斗と魁は渋谷、俺と龍夜は新宿まで行き、俺は向かい側の19:31発総武線各駅停車三鷹行きで中野、龍夜は19:36発中央線快速青梅行きで三鷹まで向かった。龍夜よりも1分ほど早く着き、2人の待つ家に向かう。

ドアを開けると、案の定唯菜が抱き付いてきた。これも大人になってからだと少し恥ずかしかったりもする。

 

「おかえりーっ!」

 

アレが小さくて良かった。うん。

 

「もう、私より先に抱き付かないでよ」

 

そう言いながら風那も抱き付いてるのだが。風那はあるからな。普通に大きい。

 

「や、やめろよ……」

「んー?はずかし?」

 

小悪魔のような目をする。

 

「うりうりー♡」

「マジでやめろ……ほら、夕飯は」

 

俺がそう言うと、風那は俺の腕にしがみついたまま俺を引っ張るようにしてキッチンに向かった。

 

「はい、見れたね。じゃあいっぱいイチャイチャしよ」

「ズルい!私も!」

「やめろ!」

 

俺は2人から逃げ続けた。

 



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第58話 ちゃんとした旅行

 

 「柊くん、ここなんだけど」

「あぁ、少し遅くなってるかもしれない。気持ち早めでいいと思うな」

 

「りゅうくん、ちょっと速いかな」

「ううん、そんなことないと思うけどね。まぁ、そう思うんだったら遅くしてもいいかな」

 

「ねぇ、ここって引っ張りすぎ?」

「ベースなんだから引っ張らないとだろ。別に引っ張りすぎてもいない」

 

「ここちょっとアレンジ加えたいんだけど、どうしたらいいかな」

「なら、ここを少し変えればいいんじゃないかな。そうすればもっと曲のイメージが着きやすくなると思うよ」

 

久しぶりの長めの練習時間。俺たちはLeo/needから聞かれたことにそれぞれ答えていた。

 

「ねぇねぇ!なんかみんなで旅行行きたくない?」

 

咲希が唐突に言う。そんな話も何も無かったろ。

 

「随分急だね」

「だって!合宿はやったけど旅行って行ってなくない?」

 

咲希と龍夜がそう言っていると、海斗が咲希の後ろから言った。

 

「スキー行ったろ。冬に」

「あれは私たちがついていったから、今度はみんなで楽しく!ね!」

 

スキーが楽しくないみたいな感じに聞こえなくもないが。

咲希は必死で俺たちに旅行をせがむ。

 

「咲希、魁たちも仕事あるんだから」

「えーっ、行けないかぁ……」

 

Leo/needの悲しい顔を見なければならないのは心に来る。苦しくなってくる。

 

「……10月の三連休全部空けとけ。秋田行くぞ」

「きりたんぽ!」

「お前は食べ物しか頭の中にないのか」

 

咲希と海斗はいつも通りの感じか。これでいいんだけど。

 

「じゃあ、先に言っておく。集合は東京駅、朝6時な」

「うん!」

 

旅行に行きたいのはみんなもなんだろうか。なんか咲希だけな気がする

 

「ホテルとかは?」

「俺の実家使うけど、どうかしたか」

「持ち物とかは?」

 

一歌と穂波が立て続けに聞いてくる。楽しみにしていそうだ。

 

「洗濯してもらえるから、2日分の着替えとあとは汚れてもいい服は用意しておいてくれ」

「何で汚れてもいい服?」

 

志歩が聞いてくる。

 

「多分手伝いがあるから。畑作業とか」

「ま、とりあえず用意しておこう。当日、みんな楽しみだろ」

 

龍夜が聞くと、みんなほぼ同時に頷いた。なんだ、少し嬉しさを隠していただけか。

 

「ほら、とにかく練習するぞ。秋田に行くまでに少しはしておかないと」

 

魁の言葉でみんなは練習を始めた。

 

 

 

 

 

 三連休初日、朝5時半に集合した。海斗と魁が始発で出ても東京着が5:47のため、仕方なくその2人はホームで合流することになった。

5時半、2人を除いた全員が着き、先にホームに向かった。10月7日、今日は三連休初日なのもあり、新幹線も臨時便が出ている。普段は秋田行き始発は6:32発だが、今日は6:00発が始発。

 

「ごめんね、先に向かわせちゃって」

 

海斗がやって来た。その後ろから魁が荷物をひいてやって来る。

 

「っ!」

 

志歩が魁に反応する。何かあったかな。

 

「ん、あぁ、着てきたぞ」

 

魁が志歩に言う。ということは、やっぱり何かしてたんだな。

 

「志歩ちゃん、何してたの?」

「べ、別に穂波には──」

「昨日2人で服を買いに行ったんだ。急に呼び出されて」

 

志歩は顔を必死に隠す。顔が真っ赤なのはバレているが。

 

「いいじゃないか。志歩が選んだのか」

「あぁ。これだったら似合うって言ったからな」

 

さらに志歩は目をそらす。

 

「別に恥ずかしがることじゃないと思うが」

「うっ……」

 

もうやめてやれ、魁。志歩はもう限界だ。

 

「ほら、もう乗るぞ」

 

俺たちは臨時こまち49号秋田行きに乗る。

普段のこまちの場合は盛岡と、盛岡から先までの始発で、仙台までは東京6:04発やまびこ51号が先に着く。そのため、仙台までの始発ではないのだが、臨時49号は東京駅から出る新幹線の始発。どの駅へも東京駅からは始発になる。

ちなみに、飛行機の場合は7:00発JAL161便で行くと早く着き、秋田空港に8:10に到着する。だが、実家からは秋田駅の方が行きやすく、飛行機だと3万円以上かかるのに対し、新幹線は2万円かからず移動できる。8人でも飛行機は24万超、新幹線は16万未満と、8万円以上安くなる。新幹線の方がいいだろう。

 

「秋田駅って何時着?」

「10:03。4時間くらいだね」

 

東京からの最速は秋田行き最終のこまち45号。20:16発、23:53着の3時間37分。俺たちの49号よりも約30分速い。停車駅も2駅多いのもあり、俺たちの49号は遅くなっている。

 

「じゃあ少し寝れるね」

「秋田近づいたら起こすから大丈夫だよ」

「じゃあ、ちょっと寝るね……」

 

一歌は俺の肩に頭を乗せて目を瞑った。

 

「柊、顔がニヤけてるぞ」

「えっ!?そ、そんなことないだろ」

「いや、すごい笑ってた」

 

龍夜に言われて俺はようやく気付く。そんなに俺ニヤけてたのか。

 

「けど、一歌が肩で寝てくれてるから」

「あぁ、幸せだな」

 

ホント幸せだ。もうこれ以上何も望まない。

 

「朝早かったもんな」

「あぁ。俺と龍夜は1本だからそんな早くなかったもんな」

 

4時半に起きても間に合うくらいの電車だ。

 

「ゆっくり寝かせてあげようか」

「あぁ。疲れてるだろうし」

 

一歌をそっと寝かせ、俺はそこから動かずに黙っていた。

 



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第59話 バンド旅行1日目

 

 俺たちは秋田駅に着くと、すぐに改札から出て旅行先をみんなで話し合った。秋田駅まで来ても行ける場所は多くないが、少なくとも楽しめる程度ではある。

 

「それで、どこに行くんだ」

「行きたい場所があればそこに」

 

秋田駅周辺に行きたいところなんてあるのか、という感じだが。そもそも秋田駅周辺なんて全く来たことがない。全部山の中だったし。

 

「あ、ここ行ってみたいかも。ポートタワーってとこ?」

 

一歌が言った。ポートタワーか。だが、ポートタワーって秋田駅から距離あった気がするけどな。

 

「柊、知ってるか」

「知ってるけど、確か秋田駅から遠いぞ?」

 

一歌が道を調べると、驚愕の数字が出てきた。

 

「1時間50分だって……」

「2時間近いのか……なら、他に──」

 

魁が言いかけた。だが、秋田駅から歩いて2時間ってことは、おそらく……

 

「土崎だな」

「土崎?どこだそれ」

 

土崎は秋田駅から2駅先の駅だ。秋田港に近く、当然ポートタワーも近くなる。

 

「土崎からだったら1時間かからないだろ」

 

俺がそう言うと、一歌がすぐに調べてくれた。調べてみると、俺の予想通りだった。

 

「25分くらい」

「流石秋田の人だね」

 

穂波が言う。このくらい地図を見れば分かった気がするが、もしかして全員方向音痴か?いや、違うはずだろう。特にLeo/needは。

 

このあとの普通電車は10:38発の男鹿行き。男鹿線に向かうが、追分までは奥羽本線各駅に停車する。

 

「ただ30分歩きか」

「遠いには遠いね」

 

龍夜と海斗が言う。それもそうだ。まだ2キロ弱あるのだから、全然遠い。

 

「まぁ1時間以上短縮できただけいいじゃん」

「徒歩時間ゼロにしたいよね」

 

1時間以上短縮できたのは確かに良かった。咲希の言うとおりだ。ただ、その後の声。最近聞いた覚えのない声だ。

 

「あれ、柊の妹さんじゃないか」

「どうも、龍夜さん」

 

何でここになぎがいるんだ。どう考えてもおかしいだろうに。

 

「なんでここに」

「なんかポートタワー行くって言ってたからついてきたの。あ、ちょっと待って貰えれば秋田駅から車取ってくるけど」

 

20分くらいかかるんだったかな。それくらいだったら待ってやるか。戻るのを含めても1時間はかからないだろう。

 

「お願いできるか」

「オッケー。土崎の駅で待ってて」

 

なぎは泉外旭川駅で降りた。12分後に秋田行きがやって来る。

 

「車使えるんだ」

「良かったな。というか、なぎと会うのは龍夜と一歌以外初めてか」

「あぁ。かわいいじゃん。ね」

 

海斗が共感を得る。なぎってかわいいのか。いつも一緒にいたからか感じなかった。

 

「妹さん、彼氏とかいるのか」

「知らん。ってか、もらおうとするな」

 

危うく海斗に取られるところだった。

 

「それで、土崎着いたら待ってればいいのか」

「あぁ。1時間かからないだろうし」

 

12分後に電車が来て、10分かからずに戻り、車で20分。1時間はかからないだろう。

 

 

 土崎に着き、俺たちは駅前でなぎが来るまで待った。なぎがどれだけ早く来るかは分からないが、10月とは言えども秋田は寒い。今も14℃程度で、暖かくはない。

 

「やっぱり東京より寒いな」

 

龍夜が言う。だが、龍夜は言えるような格好ではなかった。

 

「何言ってんだよ。半袖着てさ」

 

龍夜は下は長ズボンだが、上は半袖。14℃で半袖でいて、終いには寒いなんて。

 

「東京は20℃超えてたから大丈夫だと思ったんだよ。全く大丈夫じゃないが」

「私言ったんだよ?寒いって」

 

穂波が言ってたのに着てこなかったのかよ。

 

「持ってきてるのか?上着は」

「いや……」

 

こいつ、死んだな。今の時期から秋田は寒くなっていくってのに。

 

「頑張れ、龍夜」

 

魁が少しからかうように言う。

 

「氷にはならないようにね」

 

海斗も笑って言う。笑うしかないだろう、こんなの。

 

「うぐ……次は持ってくるからな……」

 

龍夜は風の通りにくいところに移動した。穂波もそれについていった。

 

 

 

 40分ほど待つと、なぎが車で俺たちを迎えに来た。

 

「何人いるんだっけ?」

「8。無理だろ」

「ふふーん、じゃあじゃんけんして。お兄ちゃんも一緒にねっ」

 

やな予感がする。

 

「勝った4人が私の車ね。負けた4人はこのあと30分後くらいに来るゆっちの車」

「待て。唯菜来てるのか」

「出席足りてるらしいよ。ほら、じゃんけんしてっ」

 

ということは負けたらまた寒い中で30分待機ってことだ。

 

「やるか……」

 

俺たちは8人でじゃんけんをした。

 

勝ったのは一歌、志歩、龍夜、そして魁。

 

「なんだ、龍夜勝ったのか」

「面白くないな」

「なんだと!」

 

冗談交じりで言った。30分待機だったら面白かったんだが。まぁ、30分待機になったのが俺なんだが。

 

「じゃあ温かいとこ行こっか」

 

勝った4人が乗ると、なぎはすぐに車を出した。さて、30分待機だ。

 

「さぁ、30分待つか」

「龍夜は行っちゃったからね~」

 

海斗は未だに龍夜をいじる。面白かったが。

 

「というか、その唯菜ちゃんって誰?」

「あぁ、従妹なんだけどな。大学生なんだよ」

「だから来てて驚いてたんだ」

 

あいつ、よく出席足りてるな。

 

 30分後、唯菜が車で俺たちを迎えに来た。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「ん、なんだ」

 

俺が唯菜の横に行くと、咲希と穂波、海斗をそっちのけで俺にぎゅーっと抱き付いた。

 

「何してんだよ、唯菜」

「エネルギー補給。よし、できたからいいよ。乗って!」

 

こいつ、エネルギー補給で人に抱き付くって一体何なんだ……俺だけにしてくれよ……?

 

「どこに行くんだっけ」

「ポートタワー。一歌がもう言ってくれてると思うから向かってくれ」

「はいはーい」

 

唯菜は車を走らせた。ポートタワーまでは数分で着く。

 

「唯菜さん、柊くんと従妹なんですか?」

「ん。そだよ」

「なんか大学生らしいな」

「前こっちに帰ってきてから毎日行ってたから。出席は足りてるの」

 

前来たときって、そんな前でもないだろ。

 

「足りてるんだったらいい」

「ふふーん、でしょー?」

 

そんなことを話していると、すぐにポートタワーに着いた。言ったとおりそこまで遠くなかった。

 

「あ、あれなぎの車だ」

「もう来てたか」

 

俺たちが着くと、なぎたちも俺たちと合流した。ポートタワーの根元あたりで俺たち10人は固まり、頂上へ上る。

 

「ここって結構高い?」

 

咲希が俺に聞いてくる。

 

「まぁ県内だと高い方かな」

「今日晴れてるからねー。遠くまで見えるよ」

 

ポートタワーの頂上まではエレベーターで上がる。10人全員が乗れるくらいの大きさで、頂上まで早く上がれる。

 

「一歌、怖くないか」

「うん、まだ平気」

 

絶叫マシンが苦手な一歌からしたら今回のエレベーターが意外と怖いと思ったのだが、これくらいだったら大丈夫か。

 

頂上へ着くと、ガラス張りの壁の近くに咲希が駆け寄った。みんな高所恐怖症は克服して、ゆっくりではあるが壁の近くまで寄った。

 

「高いね、やっぱり」

「高くなかったらタワーじゃないだろ」

 

魁が咲希にツッコミを入れる。

 

「一歌ちゃん、怖くない?」

「うん。大丈夫だよ」

「一歌、大丈夫なんだ」

「いっちゃん克服したんだね」

 

4人は外を見ながらそんなことを話していた。

 

「私も来たの久しぶりかも」

「そうだね。久しぶりかも」

 

なぎと唯菜も久しぶりだったらしい。

 

 

 

 ポートタワーから降りた俺たちは、昼食のために駐車場まで戻った。次の車はさっき乗っていない方の車に乗った。

 

「なぎ、チャイナタウン行けるか」

「あ、そこ行く?いいよ」

 

俺はなぎに昼食を食べる場所を提案した。秋田に来て食べてみたいものだとチャイナタウンのアレだろう。

 

「チャイナタウンって何?」

 

咲希が聞いてきた。そうか、チャイナタウンって言ってもわからないか。

 

「行けばわかるけど、すごいよ」

「ちゃんぽんなんだけどね、見ると驚くよ」

 

なぎが運転しながら言った。

 

「へぇ、なんかおもしろそうだな」

「うん!ね、ほなちゃん」

「うん」

 

なぎは少しうれしそうにした。

 



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