手違い夢主の彼女たち (空下眼子)
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つまりこれが手違い夢主(人物紹介)※挿絵アリ

 
まだ人物紹介は我慢するつもりだったけど、ちょっと全期間各話UA数を確認したら「ヒロイン登場回で帰ってんじゃねぇよ!!!!」となったので手違い夢主の二人の分を解禁しておきます。御検収ください。(2023.04.08)

【挿絵表示】


※2023.04.08時点で「『亡者』 その2」までのネタバレを盛大に含みます。


 

【挿絵表示】

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼ 夢主 ▼▼▼▼▼▼▼▼

「ナクス」と呼ばれている。死者。

生前の思い出もなくしている。死人ジョークを擦りがち。

 

【見た目】

 ・カラーリングはおおよそ宿儺in悠仁ベース。

 ・目の色が悠仁と同じで、両手の五指が付け根の関節まで黒い。

 ・犬歯× 牙〇 って感じだけど、おめめきゅるきゅるで下がり眉。

 

生い立ち 死に立ち】

 ・文字通りの『死の際』で駄々を捏ねまくったら自我を失うことなくなんとかなってしまった。

 ・宿儺の立場とか荷が重い、なんて思ってたけど十五年間やることもなかったので完全に開き直っている。

 

【性格】

 ・基本的に明るくて享楽主義で本気で怒ることは滅多にない。

 ・自分を偽るのは死ぬほどヘタクソだが人を騙すのは上手い方。

 ・覚えてはいないが、生前から「うわー! コレ死ぬヤツ!!」→「なんとかなった、やはり私は天才だった」っていうのばっかりやってる。

 

【能力】

 ・術式

 「絶対開錠(イフタフ・ヤー・シムシム)」

  どんなものでも絶対に開く。

  例え獄門彊だろうが絶対に開く。だってアタイは本物の地獄の門を開けて通ってきた女。

 

 ・■■■■(■■■■■■■)※まだ秘密

 

 ・領域展開

 「■■■■(■■■■■■■■)」※まだ秘密

 

 ・縛り

 「呪術廻戦(ジュジュツカイセン)」

  悠仁がメタ知識を思い出す自爆技。

 

 「畳語の禁止」

  度々、早々、などの『畳語』の使用を禁止する。ドキドキ、きらきらなどの擬音語も含める。

  それと引き換えに呪力量の底上げをしている。

  ただし「佐々木」だとか「ここ」だとか、明らかに会話に支障をきたすものは例外とする。

  この縛りを解くには『両面宿儺』という存在にバグを引き起こさせる必要がある。

 

【イメソン】

 ・阿修羅ちゃん

 ・※もう一個欲しいけど考え中

 

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼ 宿儺 ▼▼▼▼▼▼▼▼

朱紅赤(しゅくあ)」と呼ばれている。生者。

人格も記憶もバリバリに両面宿儺。スタバで一人で注文できる。

 

【見た目】

 ・カラーリングは赤目の悠仁。顔に木の板みたいなヤツの名残的な模様がある。

 ・爪は自分で黒のマニキュアを塗っている。

 ・体型は生前宿儺女体化な感じのドン・ギュッ・ドン。

 ・髪は肩甲骨の下くらいの長さのオールバックで、恵から貰ったカチューシャをしている。毛先に生前の名残を感じる。可愛い。

 

【生い立ち】

 ※まだ秘密

 

【性格】

 ・二十一世紀、人間として暮らしててもそれなりに楽しいことを見ないふりしてなぁなぁに過ごして来たものの、指の回収が始まる前に悠仁くんに割り込まれて情緒がメチャクチャになった。

 ・でもナクスがあまりにも馬鹿を晒しているので開き直った。

 ・とはいえ感性は特に変わってない。人間殺すの最高!

 

【能力】

 ・術式(?)

 「開(フーガ)」

  炎を細く寄り合わせたものを鞭やフェンシングの様に振るったり突き立てたりして、斬撃として使う。

  斬撃の質の変化の仕組みとしては、本人曰く「点AからBへの結びつきを物理演算にするか座標を相対的に固定とするかで変わる」らしい。その説明を受けた夏油の脳裏には、一緒に見ていたゲーム作成のインタビュー番組が過ぎっていた。うちの子、天才。

 

 ・縛り

  『宿痾(しゅくあ)計画』(注1)により、本人の意思とは全く関係なく勝手に縛りが結ばれている。

 

 「■■■■■■■」※まだ秘密

 「■■■■■■■■■」※まだ秘密

 

 「■■■■■■■」※まだ秘密

 

【イメソン】

 ・レディメイド

 ・※もう一個欲しいけど考え中

 

──────────────

注1:『宿痾計画』

   意思のない状態で両面宿儺を受肉させるための計画らしい。

   詳しくはまだ秘密。

 




女の子足太いよ!!!!!
やった~~~~~~!!!!!!!

人間殺すの大好きだってよ!!!!!!!!!
ヤッァウッッッッッタァアアアアアア↑↑↑↑!!!!!!!!!!!


あとコレは朱紅赤がジャンプの表紙で水着になってた時の衣装(存在しない記憶)。お前も『ラスボス系キャラがヒロインやってるの最高!!沼』に来ないか?

【挿絵表示】

 


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『二十九』 その1

数日間、ほぼ毎日投稿になると思います。
ストックが尽きるまでの短い間とは思いますが、宜しくお願いします。


 かつて高熱を出して死にかけた時、真っ暗な空間で、硬くて重くて温度のない石の扉に押し付けられるイメージを覚えた。

 ああ、この向こう側へ行くには、骨肉が砕けて潰れてミンチになって自分が何だったかさえ忘れて、扉の隙間へ押し込まれていくしかないのだな。と確信したのだ。

 

 だから私は爪を立てて地面を掻いて抗った。

 

 縺イ繧峨¢……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから体感で十数年が経過。

 待ち人、未だ来ず。

 

『えーん、スクナ、さみしい〜!』

 

 赤い浅瀬の上へ強引に建てたお座敷の畳に仰向けになり、そこから虚しく声を上げてみる。しかし何も起こらない。

 元より決してアウトドア派ではなかったが、流石に十年以上も強制引きこもり虚無生活を送っていれば外に出たくもなる。

 

『この際、原作軸でなくてもいいから何か始まってくれ。暇死する』

 

 蝶結びにした帯の余りを両手で掴んで適当に振り回しながら一人で愚痴る。それでも何も起こらない。

 もちろん、始めのひと月くらいは原作のことやら身の振り方やらを考えながら憂鬱に暮らしていたが、この広大な閉鎖空間ではあまりにもやることがなさ過ぎ、一年も経つころには完全に開き直っていた。

 

 原作主人公が十五歳なので十五年目に賭けて術式やら両面宿儺ロールプレイやらを手探りで練習してきたが、しかしいつまで経っても受肉の気配がない。もう十五年経っても良い頃合いだと思っているのに誰も私をお呼びでないと来た。

 

『もしや千年コース……? 流石に不安になってきた。15/1000なんぞほぼ進んでいないも同然では……?』

 

 それだけでも悲し過ぎるが、でかい問題はまだある。指の一本がどっかに行ってるのだ。左複腕の小指がない。この世に。

 

 指一本ずつの具体的な場所はともかく、概念的に存在の有無くらいはなんとか把握できたのだが、どうも左複腕小指ちゃんが消滅している。

 それは悠仁くんの死刑が執り行われないという話であるが、逆に言って数多の読者を地獄へ突き落して来たあの作者がそんな都合の良い展開をするはずもなく、絶対に一波乱あるんだなあ。すくを。

 

 などとふざけていると、急に生得領域が揺らぎ、夢から醒めるような感覚があった。

 

『ア゜!!!!

 オカ研!!?!?? ゆーじくゅ!?!?? 五億年待ったぞ!! いやウソ十五年だがすこぶる待った!! 早く私をメゾン虎杖に連れてって!!!』

 

 主人公を待ち侘び過ぎたせいで初対面にして情緒が限界になった。まだこちらの声は向こうに聞こえていないとは思うが、我ながら今後の展開に自信がない。

 

 そんなことを考えながらも、名もなき雑魚が視界に入った途端に脳死で腕に呪力が宿る。練習のし過ぎにより、もはや見敵必殺とは作業のことである。

 ただ、呪いの王の身では呪力を『込める』必要はなかったかも知れない。あんなに重量級な姿の呪霊なのにメレンゲでも叩いたかのような柔らかさだった。

 

「うん、なるほど。悪くない……!」

 

 受肉の勢いで爪が馬鹿ほど伸びたのを適当な長さに縮め、手を握ったり開いたり、ぐるりと辺りを見渡したりして具合を確かめる。

 想像以上に『生』だ。もっと膜を隔てたようなモッタリした感覚や、ゲーム操作のようなタイムラグを懸念していたが、そんなことはない。自分の体のように動かせる。風も光も匂いまでも、いわゆる『ぼくのかんがえた』でなく現実そのもので感動してしまう。そう、現実ってこういうのだったと思う。十何年ぶりだから忘れてるかも知れんが。

 

 それから、主人公の着ているパーカーを確認するつもりでちょっと服の裾を掴んで引っ張ったら肩の縫い目のところがビリっといった。仕方がないので、いっそ誤魔化すために原作の様に全部引き裂く。

 

「人の体でなにしてくれてんだ」

「は? 特に何もしていないが?」

 

 口が勝手に動いたかと思うといきなり体の自由が奪われ、そこから全く動けなくなった。

 特に物騒な発言をしていないのに、何故か悠仁くんは少しばかりご立腹らしい。

 

「俺の服返せよ、アレ結構お気に入りだったのに」

 

 それについてはすまんかった。

 

「もうない」

「だから何してくれてんだよ」

「勢い余った」

 

 悠仁くんに口を掴まれる。半分私の体でもある状態なので訳が分からなくなりそうな感覚だ。

 ……そういえば、生得領域の外で無から物質創造ができるかどうかは試せなかったから、チリと化したパーカーをぶっつけ本番で直してあげられる見込みはほぼない。

 

「や、恵」

 

 不意に、軽薄そうな声色が響く。

 

「五条先生! どうしてここに……!?」

 

 腕に目を作って声のした方を確かめると、長身に目隠しの不審者が立っている。まだ私と悠仁くんは服のことで戯れているが、もう五条先生が到着したらしい。

 

「え~? 特に戦闘のある仕事じゃないのに恵のLINEが未読無視だったから来てあげたんだよ」

「……スミマセン、助かりました」

「ていうかなにこれ、どういう状況?」

「今、その……色々あって、彼が両面宿儺の指を食べてしまって、受肉が確認されたんですが……」

 

 伏黒くんは一旦こちらを見て、五条先生に向き直る。

 

「着ていた衣服を破いたことで器と軽くモメています」

「ごめん全然わかんない。なに?」

 

 何かとぶち壊しで本当にすまない。既に呪いの王の威厳なんてものは存在しないが末永くよろしくお願いします。

 

「聞くより見た方が早いか。恵、これちょっと預かってて。お土産と、僕が食べるやつ」

 

 そう言って五条先生は喜久福の紙袋を二つ、伏黒くんへ放り投げ、こちらへ歩み寄ってくる。

 いや待て。たしかここは自分の分しかなかった筈では?

 

「へぇ、ホントに同居しちゃってるよ。ウケる」

「あ、うん、なに? ていうか、どちら様?」

「恵の先生。グレート・ティーチャー・ゴジョウ。よろしく」

 

 五条先生の距離感のバグった観察にたじろぐ悠仁くん。

 しかしまあ、あまりにも近い。ちょっと体を前に傾けたらチュッてなりそうなので、やってみようとしたら悠仁くんに全力で拒絶された。

 

「……なんか既に仲良くやってるところ悪いけど、体の主導権、両面宿儺に代われるかい?」

「リョウメン? あぁ、コイツのこと? たぶんできるけど」

「私の意思は無視か?」

「この子のお洋服、破いた分だと思ってさ。じゃ、きみは十秒で戻ってきて。両面宿儺は自発的に引っ込んじゃダメだよ。見て分かるからね」

 

 先生は恐らく悠仁くんではなく私の方を見て、怪しむように目を細めた後、数歩離れて指を鳴らした。

 合図かと理解した途端にパッと体が自由になる。が、私としてはできればこんなところで戦うのは若干気が引ける。

 

「い〜ち」

「ちょっとナシナシ! かかって来てってば。なんでそんなテキトーな感じでやり過ごそうとするかなぁ」

 

 十まで数えて誤魔化したかったが。流石に駄目か。

 

「千年ぶりだ。下手くそでも笑うなよ?」

「わ」

 

 どうせ当たらないので最初の一撃から呪霊歴十五年目のひよっこボンバーをぶちかます。

 単純に呪力をぶっ放すだけだが、アニメ版よりも更に力任せの大火力。渡り廊下の天井の一部どころか、先生を通り過ぎて空き教室をいくつか消し飛ばし、給水タンクを巻き込み、ちょっとした隕石でも落ちてきたかのような景色の一丁上がり。準備の甲斐あったな。これなら技術は拙くとも格はそう下がって見えまい。

 

「ちょっと、校舎とか直すのもお金かかるんだけど? 馬鹿の闘い方じゃん!」

「だから下手くそでも笑うなと最初に言った!」

「帳下ろしてないし。やっちゃったな~~」

 

 もう一発やってやろうとするが、少し真面目になったのか、動いて的を絞らせないように立ち回られる。

 伏黒くんは私のひよっこボンバーの威力を目の当たりにしてかなり絶望した顔を見せてくれているが、それより五条先生に違和感がある。このヒト、絶対に修繕費だとかを気にするような性格ではなかった筈だ。

 

「はい十秒! ただいま!」

 

 ぼんやり考え事をしているうちに威勢のいい宣言と共に主導権を奪い返される。肩を掴まれてグイと後ろに引かれるような、催眠術で無理に寝かされるような不思議な感覚だった。

 そうやって押し込められはしたものの、改めて生得領域を眺めれば以前より格段に快適になったのが分かる。受肉前は生得領域単体が虚無空間に浮いているような感覚だったのが、今はその外側に虎杖悠仁という器がインターフェースとして機能し、現世の情報が得られているのだ。幸福へのハードルが下がり過ぎている自覚はあるが、代わり映えする景色が見られるだなんてそれだけで劇的ビフォーアフターである。

 

「うわぁ、壊したなぁ。五条……先生、だっけ? 怪我とかはしてなさそうだけど、お財布大丈夫?」

「うん、ホントに制御できてるみたいだね。別に修繕自体はポケットマネーから出してる訳じゃないから僕は良いんだけど、周りが煩いんだよねぇ〜。ていうかキミこそ大丈夫? 両面宿儺、中で煩くない?」

「ちょっと声はするけど、なんか、出てこようとするより俺の中に住み着く気満々っぽい」

「ま、確かに僕らが思ってたより別のベクトルで面倒くさそうなヤツだったしね。でもそれで済んでるのが奇跡だよ」

 

 五条先生は歩み寄りながら手を構えて来て、トン、と悠仁くんの額に指を置く。

 あっという間に景色が暗くなっていき、完全に意識がシャットダウンする前に、すかさずこちらへ引っ張ってきて私とご対面。

 

『え!? もしかして俺、あの流れで殺された!?』

『阿呆、そんなワケあるか』

『俺……? 刺青……? あっ、オマエ、両面宿儺か!』

『ここは私の生得領域、つまりまあ、精神世界のような場所だな。ひとつ忠告しておきたいことがあったので、気絶させられがてらお前を呼んだ』

『忠告?』

 

 骨の山の上にいる私を見上げる悠仁くんに対し、私は自分の隣の頭蓋を掌で軽く叩いて手招きする。

 一応、長らく両面宿儺をやっていて根本的な人格に影響は出ていなさそうなので、『悪い呪いじゃないよ』ムーブをしたって今後もきっと大丈夫だろうという判断だ。まぁ、万が一私のタガが吹っ飛んだ場合には悠仁くんごと頂いて行く所存だが。

 

『私の指は呪術界において、核爆弾並みに取扱注意なのだが、お前はそれを学舎の片隅のどーでもよさげな場所で拾った。私が言いたいのは『そんな頭の悪い偶然が起こるとは考えにくい』ということだ。お前は私の指を『拾わされた』可能性が高い』

『……オマエがやったんじゃなくてか?』

 

 悠仁くんはうたぐる様な顔をしながらも、素直に骨の山を登ってくる。

 高校生可愛いね……。地獄みてーな界隈に入るのだからもう少し人を疑っても良いとは思うが、その辺は構い倒しながら教えていこう。

 

『私が自力でそんなことをやれちまってたら封印の意味がないだろ。ともかく、だ。個人か組織かも分からんが、この先、知り合ってすぐの相手に気を許すなよ』

 

 メタ的に、どことなく原作通りでもなさそうだし。

 

『分かった、まあ忠告は聞くだけ聞いとく。けど、その……』

『なんだ?』

 

 陽の権化の悠仁くんに似合わず、言いにくそうに言葉を濁して私の隣に腰を下ろし、改めて口を開いた。

 

『オマエ、こうなるのが分かってたみたいなこと言ったじゃん、早くメゾン虎杖に連れてって。しかもテンション爆上がりで』

 

 スクナチャン、終了のお知らせ。

 

 ご愛読ありがとうございました!

 両面宿儺先生の次回作にご期待ください!

 

 




これで終わりではないので、その点はご安心ください。



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『二十九』 その2

あと2日待ってくれればこのシリーズの一番やりてぇ展開に到達します。


----悠仁視点----

 

 その『リョウメンスクナ』とかいう『特級呪物』は、両手で顔を覆って、悲鳴を零しながら仰向けに倒れた。 

 

『……待っ…………いや……本当に…………誰もお前を愛さない…………!』

 

 ざっくり言えば、あの指は魔王が封印されたアイテム……みたいな話だったハズなのに、魔王は俺の目の前で夏休み最終日で宿題が終わらない小学生みてーな絶望を全開にしてて、威厳ゼロ。ヒビの入った牛の頭蓋骨の山の上で器用に左右に転がっている。

 

『あの……大丈夫?』

『大丈夫じゃない』

 

 案外コイツ、悪いヤツじゃないっぽい。

 けど、勝手に自爆して勝手に落ち込まれてるせいで俺には何が何やら全然分からん。

 

『は、……ハァ……、やばい、控えめに言ってこの世の終わり、開幕と同時に終了。……今なんとかして解決策を整えるから待ってくれぇ……』

 

 顔も体も俺と同じ。ただし、着物を着てて、体中に刺青みたいな模様が入ってて、爪まで黒くて尖っている。

 いかにも悪役らしい衣装なのに、こんな態度取られたらどうしたら良いかさっぱりだ。

 

『……よし、やはり私は天才だった』

『急に前向きだな』

 

 しばらくして、考えがまとまったのか、顔を覆っていた手を除けてノソノソと身体を起こして座る。

 

『良いか、❛ 今から────は、──だ。だが────────、聞き流してくれても構わん』

『まぁ、とりあえず聞くよ』

『うん、是非とも聞いてくれ』

 

 俺、他に何もできねーし。ここでヤダつっても、たぶんどうにもならんし。

 そう思って頷いて見せれば、リョウメンスクナは少しだけ希望の見えた目で話し始めた。

 

 

 

 

『────で、この話を前提として、この先あの、──では、知識に不足も出るだろう。そこで私からお前に呪術についてそれなりに助言もするし、質問があれば答えられる範囲で答える。────。だからお前は私が、■■■■と、────、──────────を忘れる。❜ この縛り、飲んでくれるか……?』

 

 一通り話終わると、顔の前で両手の黒い指を組んで首を傾げられる。

 俺と同じ顔で眉を八の字にして、俺が『うん』と言うのを全身全霊で期待してんのが嫌でも分かる。

 

『俺の顔でぶりっ子されてもあんま可愛くねーんだけど』

『ん!? いや、特段ぶりっ子のつもりはなかったが……。どうすれば良い、頼む、心から頼む。というかもう話してしまったのでこれでお前が飲んでくれなければもはや羞恥と絶望で爆発四散して死ぬしかない』

『オマエなぁ! それもう脅迫じゃん!!』

『悪いと思っている、完全に私の不注意というか気が緩み過ぎたことが原因だ。……だから、かなり好条件にしたつもりだが、駄目か?』

 

 もはや首を傾げすぎて見上げてきている。圧がスゲェ。

 

『一応聞くけど、オマエが死んだら俺はどうなんの?』

『伝説のポケモンをドブに捨てるようなマネをするな』

 

 流石にちょっと可哀想な気もしてきたし、一撃で学校ぶっ壊すくらい火力あるから味方になったら心強いよなぁ。

 とはいえ、信用して良いのかも微妙だ……。

 

『うーん……、要するに、ちゃんと俺に味方してくれるってことで良いんだよな?』

『そうだ』

『あの、なんだっけ、縛り?』

『それなら、────。ただし、────ぞ』

『❛ イタズラに一般人を傷つけたり殺したりしないって約束できる? ❜』

『❛ 勿論 ❜』

『❛ じゃあ、良いぜ ❜』

『助かる!』

 

 俺が頷くや否や、スクナは今までの絶望っぷりが嘘みてぇな明るい顔になった。

 こいつ、俺より俺の表情筋使うじゃん。

 

『ではそういうことで契約成立だな!』

『は?』

 

 パン、と柏手を合図に気が遠くなる。

 あんまりにも強引な終わりに俺が呆気に取られていると、狭くなる視界の中でスクナは笑顔で俺に手を振っていた。それから、──。

 

 

 気づけば俺は両手を後ろに固定された状態で、目の前に五条先生が座っていた。

 

 ……で、俺は死刑だと。

 どいつもこいつもメッチャクチャかよ。

 

 



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『二十九』 その3


あと1日待ってくれればこのシリーズの一番やりてぇ展開に到達します。


 

 

 一晩経って頭も冷えた。

 

 メゾン虎杖については誠実にご説明させて頂いた後、交換条件の縛りを結んで忘れてもらった。

 あぶねぇ。縛りの効果で物事を忘れるという法則が存在していない世界だったら本当に全てが終わっていた。

 

 ただし、今後もしメタ知識が必要な敵が現れたりした時には私の合図で思い出せるように保険もかけている。ある意味かなりの自爆技だが、恥で安全が買えるならお安いものと思ってしまった。元の顔も名前もなくした私だったが、いつの間にか羞恥心もなくしたか……。

 

「悠仁が取り込んだ両面宿儺っていうのはさ、鬼神、神とさえ呼ばれてたんだよね」

「へぇー、やっぱこいつ有名なの?」

「もちろん」

 

 悠仁くんと五条先生が高専への山道を歩きながら『両面宿儺』の話を始めた。

 別に私の方からちょっかいかける理由もなし。この世界の知識があって困ることもないので大人しく聞いておく。

 

「呪術全盛の時代、術師が総力を挙げて彼に挑み敗れた。強すぎて災害と同じような扱いだったらしい。死後に残った死蝋は僕でさえ消し去ることができないでいるんだから、紛うことなき呪いの王だ……と思ってたんだけどな」

「イメージ崩れるよなぁ」

「そのことについて本人はなんて言ってる?」

 

 馬鹿正直に言えば原作とお変わりないみたいですね、レベルの感想しかない。

 だが用意しておいた回答があるので、悠仁くんの頬に口だけ作ってそれを述べておく。

 

「千年前の記憶などない。おじいちゃんだからな。おおよそのことは忘れたわ」

「お、おじいちゃん!」

「両面宿儺、オマエにはがっかりだよ」

「勝手に期待しておいて失望するな」

 

 両面宿儺としての準備期間は十何年もあったが、その間、当然ながら原作を確認することも何らかの資料を見ることも叶わなかった。

 そこで私は一周回って適当な言い訳を採用。下手に過去を捏造したりはせず、分かることだけ書き起こして頭に叩き込み、分からないことは全て分からないで通すことにしたのだ。真偽はともかく協力する気ゼロなんだな、くらいに認識してくれればよし。

 

「言い伝えと本人、だいぶかけ離れてない?」

「でも、僕としてはだからこそ『呪い』な気もしてきたかな」

「どゆこと?」

「キョーミないんでしょ、人間ひとりひとりのことなんか」

 

 いや、訳も分からず強制的に引き篭もり生活をさせられただけの私が両面宿儺の何を語れるというのか。

 とはいえ今の状況を正直に伝えても千年封印されて気が狂ったのかとか思われそうだし、六眼で見えないなら話は終わり。解散である。もし見えていたならお札の部屋なんて絶好の問答場所だった筈なのに、それがないのだから。

 

「ところで悠仁」

 

 ふいに、五条先生が悠仁くんの方を見て真面目な態度で立ち止まった。

 

「きみ、何か両面宿儺と約束してない?」

 

 なぜ縛りの有無まで見えるのに、中に知らん人がいることは見えないのか。

 本来の術式も結局使い方が分からず手動で再現した脳筋だというのに、そんなにも私は両面宿儺か。

 

「約束……? そーいえば、なんかを忘れる代わりに、ちょこちょこ呪術のこと教えてくれるっていう縛り? ってのを約束したな」

 

 そして素直代表、悠仁くん。

 私があれだけ瀕死の重体になりながら交わした約束をあっさり五条先生に告げてしまった。ちょっと待て悠仁くん、ちょっと。ほんと待て。

 

「何を忘れさせられたのかは分かる?」

「……うーん」

「なんで悠仁が嫌そうな顔するの?」

「宿儺が恥ずかしいって言うから……」

「ええ? すっごく気になっちゃう、教えて?」

 

 楽しそうに質問する五条先生。

 悠仁くん! ちょっとマジで頼む黙っといてくれ、新しい縛りおかわりして良いから!!

 

「うっかり恥ずかしいところ見ちゃった? のを、忘れさせられた」

「それが何なのかは分からないんだね?」

「うん、ごめん」

「謝ることないさ」

「でもめっちゃ切実な感じで約束したことは覚えてる」

「なぜ! 言う!!」

「うわ出てきた。言った方がオマエもいらない疑われ方しなくて良いじゃん。あの時、なんかマジでこの世の終わりみたいなテンションだったろ」

「め~っちゃくちゃ気になるな~!」

 

 はー、もう引き篭もるか……。

 食事の時だけ出てきて、悠仁くんのご飯、勝手に食べてやろう。今から日暮れまでブブゼラ演奏してやるのも良いなぁ。ブブゼラってどういう構造してるんだ? 太鼓で良いか。私、今から太鼓の達人になる。

 

「宿儺何してんの、太鼓? ……ちょ、ごめんて! うるさっ!! 悪かったって!」

『夕餉』

「ゆーげ? あぁ、夕飯のことだっけか? 分けて欲しいって?」

『全部だ、私に代われ。私が食う』

「今日だけなら」

『許す』

 

 謝ったので良しとしよう。

 ご飯も食べられるしな。ずーっと生得領域にいたのでピザとか食べたかった。面倒くさいムーブをかました甲斐があるというものだ。

 

「両面宿儺、夕飯で許してくれたんだ?」

「うん。なぁ先生、コイツのことどういう気持ちで見てればいい?」

「僕もまだ分かんないかなー。取り合えずペットの珍獣だと思ってて良いんじゃない? 急に噛んでくるかもしれないから気を付けてね」

「噛んでくるって……そっか」

 

 五条先生はあまり深く考えてないかもしれないが、さては悠仁くん、私の昨日の言葉があるから『噛んでくるかも』を『裏切るかも』って解釈して『誰も信じられねぇな』みたいなこと思ってるな。意外と考えていて驚きだ。……私が晒した醜態のせいで自分がしっかりしなきゃとなったのかもしれないが、それは僥倖ということで前向きに行こう。

 

 ここからなんとかして渋谷までに悠仁くんの好感度をマックスにしなければ。

 なにしろ私には渋谷以降の知識がほとんどない。

 

 分かっているのは何が起きたのかというネタバレ知識だけだ。一般人が沢山閉じ込められてなんだかんだ死ぬ、昔馴染みという名の知らない人が出てくる、俺はお兄ちゃんだぞ、禪院直哉、死す、デュエルスタンバイ。などは把握しているが、ストーリーの流れは追えていない。特に、両面宿儺過激派の元お抱え料理人、裏梅との関係性の情報が不足しまくっているのがかなり痛い。

 

 私も一応、呪霊的な思惑は抱えているが、その為としても千年前のことを本気で知らんコトとして扱うのも違和感があるし、なにより根本から性格が違うため、呪霊サイドに私の中身を疑問に思われてしまうこと必至。最悪呪術師側にすら『じゃあ、マジで誰?』という空気が流れるまであり得る。そこから『世界 VS 私』に陥る可能性がないと言い切れない以上、悠仁プラスの攻略は絶対。

 

 まあ、生前の私はゲームですら恋愛をしたことがないわけだが。なんとかしよう。

 

 

 




次回!
ヒロイン回!!


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『二十九』 その4

ヒロインは悪ければ悪いほど可愛い。異論は認める。


 生得領域から悠仁くんの様子を眺める。

 男子高校生、本当に部屋にグラビアのポスターを貼るものなんだな。オタクが好きなキャラのポスター貼るのと同じような感覚だろうか。

 

「きみは器であると同時にレーダーでもあるわけだ。現場にいないと始まらない」

「へー、宿儺、そんなことできんの?」

「近くへ寄ればなんとか」

「何メートルくらい?」

「知らん、場合による」

「はぁ、オマエマジで頼りになんないね、呪いの王もっと頑張ってくんない?」

 

 寮のお部屋案内も済んだところで早速呪いの王としての性能を疑われているが、実際、探ろうにも今の時点では良く分からない。火葬場で先生が指を持っているのは分かったが、あれは『持っている』と知っていたので意識を向けていたのもある。

 だがそれはそれとして五条先生の発言は普通にムカつくので言われっぱなしにはできない。

 

「呪術界では未だにパワハラが横行しているのか? しばらく前に、人類にはついぞ『基本的人権』なるものが確立されたはずだが?」

「パワハラとか知ってるんだ。そういえば最初から現代の言葉遣いだったけど、常識までアップデートされてんの、ウケる」

 

 先生はお土産分の手提げを指に引っかけて軽く回して笑った。

 呪術界、人権を無視した采配のせいで結構な人死にが出ているのでウケてる場合じゃないと思うが、強がりだとか威圧ではなく、普通に笑ったように見える。私に弱味を見せないためだろうか。

 

「げ、隣かよ」

 

 二人が廊下へ出ると少し離れたところからもドアの開く音がして、伏黒くんと鉢合わせになる。

 

「伏黒! 今度こそ元気そうだな!」

「丁度良かった。悠仁に恵の幼馴染紹介したいから一緒に来てよ」

 

 はしゃぐ悠仁くんの隣で、五条先生から聞き捨てならない単語が飛び出す。

 おさななじみ、とは。

 

「幼馴染?」

「……それ、俺いる必要あります?」

「必要必要。てなワケで今から女子寮ね」

 

 はぁ? 女子寮? ちょっと恵、誰よその女! え? この世界、まさか、夢主ちゃんが、いる……?

 原作過激派、もしくは宿儺過激派以外なら現地主人公でも良いが、欲張って言えば救済派の転生ちゃんが望ましい。なんとかして今後の展開の相談をする仲になりたい。知識はあるほど良い。

 

「あ、ご対面の前に聞いときたいんだけど、そういえば悠仁って金髪美女が好みなの?」

「え? いや、うーん? 先生、もしかして恋バナ好き?」

 

 唐突に、五条先生が東堂みたいな話題を提供してきた。

 

「キライじゃないけど、僕も別に積極的にするほどじゃないかな」

「じゃあなんで今?」

 

 悠仁くんは困惑気味だ。それはそう。彼の『尻と身長のデカい女の子』っていうのは雄としてお世話になりがちなタイプであって、恋愛的なことはあんまり考えたことなさそうな印象だった。

 

「ちょっときみの今後に影響してくることだからさ」

「俺の好きなタイプが?」

「まあね。で、話戻すけど、ジェニファー・ローレンスのどの辺が好みなの?」

「強いて言うなら、尻と身長のデカいところ、かなぁ……」

「マジ? 良かったね。割と合ってると思うよ」

「合ってるたって、俺そんな急にクラスメイト相手にお見合いみたいなこと言われても困るんだけど。どういう意味があんの? だいたい、そんなことされても他のクラスメイトとも気まずくね?」

 

 会話が進むほどに、黙って聞いている伏黒くんの目が死んでいく。

 

「あれ? 言ってなかったっけ、新入生は悠仁含めて四人だけだよ」

「少なっ!」

「だからまあ、できれば仲良くして欲しいんだ」

「仲良くも何も先生、アイツ」

「恵~、会ってみてのお楽しみでしょ。ダメならダメなりに僕からもフォローするから」

 

 伏黒くんは五条先生に対し、ついぞ「このヒト正気か」みたいな顔を向けた。

 会ったこともないのに悠仁くんと夢主ちゃんはそんなに仲良くできる見込みが薄いのか。現地主人公、特に伏黒くんの幼馴染なら悠仁くんを嫌う理由はあまりないだろう。かといって転生で悠仁くんアンチだなんて、悠仁くんの死=人類滅亡RTAが始まるだろうし前途多難だ。となれば極度のコミュ障、もしくはパンダ先輩みたいに人間ではないパターンも考えられる。

 

 

 などと考えながらいざ蓋を開けて見れば。

 

「じゃーん! この、悠仁を親の仇を見るみたいな顔して睨んでるのが恵の幼馴染、シュクア。漢字は朱色、紅色、赤色で『朱紅赤』ね!」

 

 悠仁くんに似たピンクの髪をカチューシャで後ろに流した、赤い吊り目の女の子。制服姿を見るに、彼女は任務帰りらしい。因みにシルエットはドン・ギュッ・ドンの爆裂ボディ。腰とかギュってしたら、指の間にいい感じにお肉がギュってなりそう。太くねぇって!

 

「…………」

 

 しかし無言。

 すっげぇ夢主ちゃんらしい名前に反して、殺意五億パーセントの視線。

 

「よ、宜しく。……。先生、俺、なんかした?」

「強いて言えば、指を取り込んだかな」

 

 悠仁くんは不安そうに朱紅赤ちゃんを見て、そっと五条先生に視線を移す。

 主人公に対してこんなに殺意が高い夢主ちゃん、初めて見たかも。逆嫌われじゃん。

 

「虎杖悠仁、といったか。何故貴様のようなぽっと出がそんなにも馴染んでいる」

「朱紅赤は両面宿儺の器を作ろうっていうマッドサイエンティストの研究施設から保護したんだけど、その時すでに思考回路が呪霊寄りに仕上がってて一般常識教えるの大変だったんだよ」

 

 あ~~、現地主人公ちゃんの方でしたか。

 しかも脳味噌野郎のひろし(正式な名前は忘れた)謹製、悠仁くんとは別の器。これは関係の複雑骨折待ったなし。

 

「貴様に教わった記憶はないが?」

「常識お勉強会たくさん開いたでしょ」

「あれは五条も生徒だっただろう」

 

 彼女は目が赤かったり爪が黒かったりダイナマイツボディだったりと、だいぶ本来の宿儺寄りの見た目だ。

 どう対応しようか。可愛がりたい気持ちもあるが、そこにたどり着くまで時間がかかるぞこれは。

 

「ていうか、元々悠仁の死刑の内容って、まんま朱紅赤が成人してから担うはずだった内容なんだけど、そうなる前に悠仁が割り込んじゃったってワケ」

「その男はまだ祓うのにそう苦労もないだろう。今からでも残りの指を全て俺が取り込む方に舵を切れと散々申し立てたが、これは全く聞かん」

 

 今、気のせいでなければ一人称「俺」だった?

 待て? 呪力は私と違うけど、態度といい口調といい、中身ご本家様だったりしないか?

 

「僕も散々説明したけど、残念ながら悠仁の方に受肉が確認されてる以上、お上は悠仁の死刑を覆したりはしてくれない。対して朱紅赤は危険視されてるとはいえ、きみ個人の死刑は今の時点では必須じゃない。ここで朱紅赤が指を取り込みだすと、無駄に二人死ぬことになる。だからダメ」

 

 二人はかなり気心知れた様子で言い合っている。

 話を聞く分に朱紅赤ちゃんは六眼で見てもあくまで『器』であって『人間』なのか? 暴力に訴えずきちんと異議申し立てをするにょた宿儺は違和感の塊だし、生い立ちが夢主ちゃん過ぎて中身の判断がしにくい。

 とはいえ、彼女がご本家様であれば小指の件もどことなく腑に落ちるのも確かなのだ。

 

「さて悠仁、ここで問題です!」

 

 朱紅赤ちゃんはまだ何か言いたそうだったが、五条先生は朱紅赤ちゃんにお土産の喜久福を押し付けながら、ビッ、と指を立てて無理やり話を切り替えた。

 

「きみが両面宿儺に乗っ取られる、もしくは指をニ十本集めない内に死んだらどうなるでしょうか?」

「死刑だろ? ん? いや、死んだら……?」

「正解は、その時点で自動的に朱紅赤の死刑も確定する、だよ。朱紅赤の死刑は『予備』の扱いとして一時的に保留になってるだけ。だから朱紅赤を死なせたくなかったら、意地でも二十本コンプリートしなくちゃいけない」

「ヤバいじゃん」

「俺としては今すぐ死んでくれて構わんぞ」

「朱紅赤ってばこの通り、天邪鬼で意地っ張りで暴力系ヒロインだけど案外可愛いヤツだから宜しく。ね、恵」

 

 つまり朱紅赤ちゃんは、主人公のタイプの見た目で、命がけで守らなきゃいけない立場で、そしてピンク髪ツンギレ属性であると。なるほど。ヒロインパワーが強すぎて眩暈がするわ。

 

「俺に話題振らないで下さい」

「壁のシミ決め込んでたトコ悪いけど、僕はこの話、ちゃんと恵にも立ち会ってもらわなきゃいけないと思って連れて来たんだから、そこんとこ考えて欲しいな」

 

 しかも改めて見ると、制服の上は右前だし、ボタンがリボンにカスタマイズされている。高専のボタンはリボンの中央の飾りで付いているだけだ。ボタンなるものに慣れなかったからだろうが、シンプルに可愛い。しかも下はこれキュロットか? ヤバい。これで本当に中身がご本家様だったら限界オタクを抑えられる自信がない。このヒロイン、推せる。

 

「……まあ、そうですね。虎杖。朱紅赤は性格は悪いが頼りにはなる。一級だし、実力も確かだ」

「恵ってば淡白すぎ! 可愛いところも紹介して!」

「朱紅赤は、どっちかって言えば『カッコいい』じゃないすかね」

「ケヒッ」

 

 あっ、この笑いは完全にご本家。

 

 でもそんな伏黒くんに褒められたタイミングで嬉しそうな顔をしないでくれ。限界オタクになりそう。なるわ。貴方、この世界でも恵活していらして? 伏宿ですわね(限界オタクの極論)。いや、伏朱と呼んだ方が良いか? は~~? すこ。男の子サイドにライバルがいるタイプの少年誌、読みたいが過ぎる。これから毎日この虎朱/伏朱が拝めるだなんて、ありがとう世界。呪いなのに神に感謝したわ。

 

「でも先生、朱紅赤のこともっと早く言ってくれれば良かったのに」

「そこはあえてさ」

 

 人命がかかってると分かり不満そうな声を上げる悠仁くんだったが、五条先生はケータイを弄りながら軽く諭す。

 

「さっきの面接でもやったでしょ。呪術師になる理由は自分の中で完結していた方が良い。特定の誰かの為っていうのじゃ、死に際にその人を呪いかねない」

「そっか……。たしかにそうだな。朱紅赤、あっ、もし俺に名前で呼ばれるの嫌だったら苗字でも良いけど」

「朱紅赤で良い。上の名はない」

「じゃあ、朱紅赤。宜しくな!」

「チッ……」

 

 朱紅赤ちゃんは悠仁くんの「宜しく」に対し、分かり易く舌打ちしてそっぽを向いた。

 なんというあからさまな態度。可愛いやんけ。とはいえ原因の何割かが私である可能性もあるので、仲良くなるのが当分先になるのに違いはなさそうだ。

 

 それにしても朱紅赤ちゃん、赤系のカラーだし小エビちゃん的な気持ちを込めて小指ちゃんと呼びたいが、そんなことをしたら即刻死刑になりそうだからやめておこう。どっちかといえば伊勢海老ちゃんて見た目だし。

 

「なに? 両面宿儺、さっきから朱紅赤のこと見過ぎじゃない?」

「伊勢海老」

「はぁ???」

 

 先生が急に話しかけるから口が滑った。

 これには五条先生もセルフ無量空処。すまんて。朱紅赤ちゃんが気になるあまり目が出ていたらしい。気づかなかった。しかも私、長らく一人で過ごしたせいか思ったことがストレートに口から出がちだな。マジでやべぇ。冗談抜きにカスみてぇな詰み方やらかしかねんわ。ちょっと意識して黙っとく努力しよ。

 

「宿儺? 伊勢海老がなに?」

 

 空気が死んでる中、陽キャの悠仁くんが先陣を切って私に話しかけた。流石だが掘り返さないで欲しかった。

 

「……朱紅赤が伊勢海老みたい……ってこと……?」

 

 そして余計なことを言う五条先生。常識お勉強会とは何だったのか。まだお勉強が足りないらしい。

 

「五条、それを抑えておけ。俺が今この場で殺してやる」

「え!? 俺ごと!?」

 

 朱紅赤ちゃん!

 そうだけどそうじゃない、華奢で可愛い小エビちゃんっていう前提があってのセクシーダイナマイツ伊勢海老ちゃんであって、馬鹿にしたつもりはなかった。

 

「も〜、朱紅赤ってば煽り耐性が低いんだから〜」

「まぁまぁまぁ、まだどういう意味か分かんないだろ、宿儺説明してくんない!?」

「まぁ正直、伊勢海老みたいだという意味だったが」

 

 特に言い訳も思いつかないので、ヤケクソになって正直に答えてみる。

 

「殺そう」

「宿儺〜〜〜〜!!!?!??」

 

 私の言葉を受けた朱紅赤ちゃんは青筋を立てて喜久福の紙袋を床に置き、悠仁くんに向かって術式を放とうと指を構えた。それはそう。

 しかも術式が完全に炎の矢のアレだったので、これはもう疑う余地なくご本人様だと思う。私は喜びのあまり変な声が出そうになったが、これまでの反省を踏まえて表情を殺しながら頭の中でだけ大はしゃぎしておく。この世界、ありがたすぎて怖い。メッキ剥がれそうで怖い。

 

「宿儺ァ! オマエまじでテキトーなこと言うのやめろよな!!」

『普通にすまんかった、気をつける』

「素直に謝られると逆にやりづれぇんだけど!?」

 

 人間とぶつかったら相手が死ぬ速度で駆ける悠仁くんと生得領域越しに会話しながら、私はようやく思い至ったことがある。

 

 

 これ、本来なら私が朱紅赤ちゃんとして育つはずだったのを、マッドサイエンティストの儀式失敗だかなんらかの要らない奇跡が起きて、運命に深刻な手違いが生じたのでは?

 

 

 因みに五条先生はおろか伏黒くんも朱紅赤ちゃんを真剣に止めようという気概は全く見えない。

 かたや私の発言に爆笑しており、かたや朱紅赤がキレてるのなんていつものことだ、みたいな顔をして喜久福を保護している。つまり朱紅赤ちゃんもこれまで何かとあって多少丸くなったのだと思っておきたいが、彼女はマジで術式を放ったのか、逃げる悠仁くんの後方から無情にも炎が風を切る音が聞こえる。

 

「おや。案の定、朱紅赤と上手くいかなかったか」

 

 悠仁くんが逃げる先に突然降って湧いて出てきた声。

 あろうことか、その人は燃え盛る矢を素手で掴んでしまった。

 

 一瞬だけ登場人物の計算が合わずに混乱したが、姿を認めてテンションが爆上がりした。すまない、名も知らぬマッドサイエンティストよ。要らない奇跡なんかじゃない、必要な奇跡だった。こんなん掌がドリルになる。

 

「うお!」

「はいはい回収」

 

 更に車と同レベルの速度で駆ける悠仁くんをひょいと確保。

 悠仁くんは担がれた状態でみんなと再び合流、地面に下ろされた。

 朱紅赤ちゃんも許してはいないが手出しはしてこない様子だ。たしかに原作を思えば丸くなっていないこともない。かわいいね(脳死)。

 

「傑、報告終わったの」

「さっきね」

 

 特級、夏油傑。離反していないので『夏油先生』だろうか。

 術式を掴んだその掌には黒い塊が残っている。呪霊と同じように取り込めるのだろう。ただ、呪霊操術ってそんなことできたっけか。

 

「悠仁、こっちも紹介しとくね。僕の同期で同じく特級の夏油先生で~す!」

「虎杖悠仁くん、だったね。悟と恵からことの次第は聞いてるよ。基本的に私と悟が交代で朱紅赤についてるから、会う頻度は高めかな。よろしく」

「よろしくおなしゃす!」

 

 人権問題を持ち出したときの五条先生の余裕はこれかと思ったが、それよりも「朱紅赤についてる」という言葉が気になった。

 

「ついている、とは?」

「ああもう宿儺、オマエ急に出てくるなよ」

 

 悠仁くんが特に気に留めずに流してしまいそうだったので自分で質問する。

 

「──朱紅赤は、基本的に私か悟が監視の名目で傍にいないと高専の外に出る許可が下りないんだ」

「え!? じゃあ俺も?」

 

 瞬き一回分、夏油先生は私を見て動きを止めた。

 両面宿儺だから、という以上に意味ありげだったが、何事もなかったかのように話を続けられたので追求はできなかった。読者としては呪術師サイドにいるのは喜ばしいが、両面宿儺としては厄介そうな相手で複雑な気持ちだ。

 

「虎杖くんにはそこまで厳しくないよ。上としては道半ばで倒れてくれた方が嬉しいワケだし」

「げ、闇じゃん」

「上層部は老害ばかりだからね。基本的にいつでも謀殺を狙われていると思った方が良い」

「そんなサスペンスみてーなことになってんの!?」

 

 驚愕する悠仁くんとは対照的に、朱紅赤ちゃんと伏黒くんは分かりみが深そうに無言で頷く。

 まあ~、呪霊操術の特級に加えて両面宿儺の器候補(それも女の子でメタクソ強い)まで東京に揃って五条悟にベッタリとくりゃあ、原作以上の謀略が掃いて捨てるほどあっただろう。それらも全部叩き潰して今に至るようだが。

 

「おかげで正義を信じるピュアな高校生だった私も、すっかり汚れた大人になってしまったよ……」

「きゃ♡ 傑、心強~い♡」

「そりゃどうも。それより悟は自分の任務の報告書は出したんだろうね?」

「出してないけど色々大変だったし明日くらいまで大丈夫っしょ!」

「まあ、事務方から死にそうな催促が来る前に出してやれよ」

 

 五条先生のぶりっ子を軽くいなしつつ黒い塊を弄んでいた夏油先生だったが、ふいに朱紅赤ちゃんの方へ向き直る。

 

「ということで、はい朱紅赤、あ~ん」

「……ッ!?」

 

 何がということでなのか。

 なんの脈絡もなく術式の塊を出たところへ戻そうとし始めた。自分で放った術式とはいえ、黒い塊を口に迫られた朱紅赤ちゃんは音がしそうな勢いで首を横に振っている。可愛いね……なに、食べたことあるの? すごい、可愛いね……。私もう、朱紅赤ちゃん見てるだけで限界化がとまらんのだけど。

 嫌がる朱紅赤ちゃんに対して夏油先生が尚も押し進めると、それはガブ、と勢いよく口に入った。悠仁くんの。

 

「ウェ、まっず……! 宿儺の指とどっこいどっこいだな」

「虎杖! オマエそうホイホイ呪いを口に入れるな!!」

「だって食べて良いヤツだと思ったから」

「犬じゃねーんだぞ!」

 

 悠仁くんはせっかく火傷もなく無傷だったのに、伏黒くんに思いっきり背中を叩かれて噎せ返る。

 しかし黒い塊を吐き出したりはしなかった。生得領域にも落ちてこない。アレは悠仁くん個人のものになってしまったらしい。

 

「あはは、ちゃんとイカれてるね」

「夏油先生、その確認の為に呪塊喰うよう仕向けたんですか」

「まあね」

 

 ジュコン、呪いの黒い塊のことか。

 伏黒くんの顔を見るに、彼もあれを食べさせられたことがありそうだ。夏油先生、まさか味の共有とかいう最悪の方法でみんなと和解したのか。悪い大人だ。

 

「朱紅赤、宿儺の指、さっきのと同じくらい不味いし、やっぱ俺が全部喰うよ」

「……、それとこれとは話が別だろうが!」

「今ちょっと考えたじゃん!」

「ほら悠仁、朱紅赤かわいいトコあるでしょ」

「うるさい黙れそして死ね」

 

 ご本家様はどうやら人間の食生活に馴染みすぎて戻れないところまで来ているらしい。なんかの情報で食べるのが好きってあったしな。

 無限に阻まれながらも蹴りを入れようとしていたり、出てくる言葉が「殺す」じゃなくて「死ね」なあたり五条先生との関係を感じるのも可愛い。

 

「あとそのお土産もね~、朱紅赤の為にわざわざ買ってきてあげてんの。ないとめっちゃ機嫌悪くなるから」

「経緯が抜けているぞ! そもそも貴様が最初の最初に土産なんぞ拾ってこなければ俺は大人しくこんなところに……ッ!!」

「僕だって偶には自発的にお土産くらい持ってきますぅ~! それをバッカみたいな縛りで賭けにしてたの朱紅赤なんだから、もう諦めなって!」

 

 なんもわからんが尊いということだけは把握した。

 私、朱紅赤ちゃんのこと一生推すわ。

 

 




タイトル回収。
このタイプの『成り代わり』と『女体化』の話、五千兆件増えて❤


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『二十九』 その5

 

----悠仁視点----

 

 日も暮れた今は俺の部屋で寿司とピザを食ってる。宿儺が。

 

 その辺のスーパーで調達して、トマトとチーズを追加で乗っけて電子レンジのオーブン機能で焼いただけのピザ。でもマジで美味そうに食う。

 ストローでカルピスソーダを飲みつつ、「夢にまで見たピザ。……ピザ? これが、現実……?」とか馬鹿みたいなことを言って、また黒い指を油でベトベトにしながら口いっぱいに頬張る。

 

『宿儺ってさ』

 

 ……。

 話しかけたのに返事がなかった。

 聞こえてねぇのか聞いてねぇのか分からん。無視すんなと思ったけど、パックの寿司を一口食べて「は? ウマ、意味が分からん。天才だ。ウマすぎて馬になったわ」なんて真面目な顔で言うもんだから、俺が後で食べようと思ってた雪見だいふくを食べだしたけど止める気も起きない。分かった、オマエはもう好きなだけ食え。

 

 宿儺が返事をしてくれない以上、俺にできることはそうない。

 散策しようにも、辺り一面血の浅瀬の風景。ところどころ崩れたアバラ骨の柱。適当に積まれてヒビの入った牛の頭蓋骨。そればっかりだった。

 目につくものといえば不自然に浮かんだお座敷ぐらい。上がったら畳が血まみれになりそうで悩んだものの、縁側に腰掛けて足を持ち上げてみたら靴も足も汚れてなかったから、脱いで中に入る。

 

 つっても、ここも特になんにもない。

 八畳くらいのただのお座敷。ホントなら腕が四本の大男っていうから、本人的にそんなに広くはないと思う。畳の上にちゃぶ台があって、床の間には時代劇に出てくるような油の入った小皿に『こより』が浸かった灯りが直に置いてあるだけだ。押し入れどころか、壁すら一方向にしかなくて、他は木でできた柱と天井。障子も襖もない。以上。

 

『なんっっっにも、ねぇなあ』

 

 仰向けになって、俺の体でアイス食べてピザ食べて寿司食べて楽しそうにやってる宿儺を見る。見るって言っても目で見てるワケじゃないから変な感じだけど。眺めてるうちにカルピスソーダとコーラを混ぜだした。酒は買ってないハズなのにとことん遊んでやがる。

 

 アイツ、よくこんなトコに一人で閉じ込められててあんな元気だよな。

 宿儺も先生も生得領域ってのは心の中みたいなもんだって言ってたけど、信じられねぇ。そんなワケねーじゃん。

 

『…………そうだよ、そんなワケなくね?』

 

 畳とか引っぺがしてみる。床板が出てきた。

 天井が外れないか試してみる。取れない。

 ちゃぶ台の裏。なんにもない。

 

 じゃあ、床の間が回転するとか。……しない!

 いや絶対ウソ。あいつの心の中がこんな寂しい空間なんておかしい。絶対、絶対なんか仕掛けがある。

 宿儺が食べ終わる前になんとかして見つけてやろうと思って部屋の外側まで全部じっくり探してみた。でもやっぱりなんにも見つからない。

 

『あ゙~~! 分からん!』

 

 嫌になってまた畳の上に倒れる。

 ため息を吐きながらまた宿儺の方を見ようとして、何気なく灯りが目に留まった。

 手を翳すと熱いし、持ち上げてみても何も起こらない。でも、灯りがないと困るような本もないのに、これは何を照らしてんだ?

 

「ご馳走様でした! 満足! 代わって良いぞ!!」

 

 嬉しそうな宿儺の声が響く。

 見れば全部食べ切って、食後の残骸をドサドサとビニール袋に流し入れてるところだった。

 

『ちょっと待ってくれ』

「はぁ?」

 

 でも悔しいので延長戦だ。

 火とか消してみたら何か起こらないかと思って息を吸い込んで、──。

 

『イデッ』

 

 横から蹴り飛ばされて浅瀬に落ちた。

 

『何すんだよ!』

『それは勝手に家探しをされた私のセリフだが?』

『む……』

 

 血が口に入ったのに味がない。

 触った感触はあるのに濡れた感覚もない。変な感じだ。鉄臭いけど血じゃないのか。嫌にドロドロした不透明な赤黒い水が全部、手や服の表面を滑って落ちていく。

 

『アホ面晒してないで上がってこい』

『ちょっとオマエにはアホ面云々言われたくねぇんだけど』

 

 宿儺を見上げると床の間に灯りを戻すところで、それから畳の上に正座で座った。好き勝手漁られた割りに機嫌の悪そうな素振りは全然ない。まだ美味すぎてウマになったままなのかもしれない。

 

『……ていうか、宿儺がこっち来たんなら俺の体は?』

『ぶっ倒れているが?』

『息は!?』

『している。体を留守にするのは昨日もやったろ。別に死んだりはしない。それに手も拭っておいたから床だのは汚れていないぞ』

 

 ひとまず安全らしいので、取り合えず俺も座敷の方に上がる。胡坐で座ったけど何も言われなかった。

 コイツマジで『呪い』って雰囲気なくて調子狂うんだよな。さっきも後片付けまでやってくれちゃったし。

 

『それで? 私に何か話があるんじゃなかったのか。ピザ食ってる間に呼んだろう』

『聞こえてたのかよ』

『ピザに夢中だったので無視した』

『素直か! も~、オマエ相手に緊張感保つのスゲー疲れる』

 

 宿儺は俺と同じ姿で、違うのは刺青と爪と服装くらいの筈なのに、姿勢は良いし態度はテキトーだしで、向かい合って座っても『他人』って感じだ。

 

『別に大した話じゃねーんだけどさ、朱紅赤と宿儺って、呼び分けしにくくね? 伏黒とか先生らもいちいち『両面宿儺』って呼ぶじゃん』

『確かにそうだな』

『だからアダ名でも考えたいと思って』

『朱紅赤にあだ名は怒り狂うと思うが』

『だから宿儺の方につけようぜって話』

『はー草』

『草を生やすな呪いの王』

 

 どこで覚えるんだそういうの。

 ピザが何かってことも分かってたし、電車とか電子レンジとかも理解してたし、ネットスラングまで使いこなす。封印緩み過ぎだろ。

 

『ダメ?』

『よほど出来が悪いものでなければ許す』

『オッケ。じゃあどうすっかなぁ。リョウメンスクナだろ? す、く、な……。ん~~。両面宿儺、リョウ。似合わねぇ〜。……リョーメン、スクナ……』

 

 ……たしか、千年前のことは忘れたって言ってたっけ。

 指もなければ記憶もない。じゃあ……。

 

『「ナクス」は?』

『なくす……?』

 

 宿儺は考えるように顎に手を当てる。

 付け根から真っ黒な指が良く見えた。二本分取り返したはずだけど、それと刺青とは特に関係ないらしい。

 

『──あ?』

『え? 不満?』

 

 急に宿儺が体を強張らせた。

 そのあと、ゆっくり自分の手を見る。

 

『いや……不満はない。忘れていた。違う、認識できなかった。……そう、私の……。そういえば、あれは明確になくしてきたなと』

『なにを?』

『なるほど。向こうに、私の……置いてきたから。いや、こちらにある可能性も……、うん? いや……?』

 

 呼びかけると独り言みたいなのが返ってくるものの、膝の上で両手の指を絡めて上の空。俺のことが見えてない様子だ。

 

『宿儺……?』

『…………』

 

 それから、十秒、二十秒、三十秒くらい、赤黒い浅瀬を眺めて押し黙った。

 俺が名前を付けたせいで宿儺が何かをなくしてたことに気づいたっぽいのはなんとなく分かる。ただ、宿儺に嬉しそうな感じは全然ない。相変わらず途方に暮れた、ぼーっとした顔で水面を見ている。時々、ドプ、だか、ゴポ、だか、重たい水の音が聞こえる。一応どっかに水源があって、流れがあるのかもしれない。

 

『まあなんでもよし!』

『あれだけ考えて、結果なんでも良いのかよ』

『分からないということだけが分かった。それより、ナクスだったか。良い名だ。私を良く表している』

 

 なんだかさっぱり話が見えないが勝手に納得いったらしい。こいついっつも自己完結してんな。

 宿儺は機嫌よく俺の方に向き直って姿勢を正す。

 

『気に入ったんなら良かったけど』

『何かとなくしものが多い私だが、この先よろしく頼むぞ、悠仁くん』

『悠仁くんて、オ……』

 

 そう言われて差し出された手と素直に握手したら、宿儺の雰囲気に似合わず指先がめっちゃくちゃに冷えていた。

 

『不満か?』

『まー、別に、いいけどさ』

 

 人間だったら『つめてー』で終わったけど、反射的に『あ、呪霊なんだ』と思った。

 指、集まってきたら温かくなったりすんのかな。

 

 

 




サブタイ回収
 


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『二十九』 その6

 
ストックがここまでなので、いったん凍結になります。
主人公死亡あたりまでは気が向けば。それ以降は原作完結後にやる気があったりした場合に続きを書くと思います。


 

 かつて高熱を出して死にかけた時、真っ暗な空間で、硬くて重くて温度のない石の扉に押し付けられるイメージを覚えた。

 ああ、この向こう側へ行くには、骨肉が砕けて潰れてミンチになって自分が何だったかさえ忘れて、扉の隙間へ押し込まれていくしかないのだな。と確信したのだ。

 

 だから私は爪を立てて地面を掻いて抗った。

 何も見えなくても、引き寄せられる先がどういうものだか分かったから、爪どころか指が取れるほど抗った。

 

 でも、死、というやつは、そんなことでどうにかなるようなものじゃなくて、ついには扉の形をしたそいつに押し付けられて、私はいよいよ向こう側へ連れていかれるらしい。そんなの死んでもごめんだ。もう死んでるけど。死んでいるので馬鹿ほど駄々をこねても恥ずかしくない筈だ。

 

 暗闇に落ちてからは痛みは感じなくなっていた。ただひたすらに重くて苦しくて、何も分からなくなっていく。

 まだ藻掻けるうちに扉に向き直る。指のない掌でどれだけ探ってみても、ドアノブだとか鍵穴だとか、そういう親切なものは見つからなかった。くそが。許さん。扉が開かない。もう死んでいるのは分かっているが、生きぎたなく扉の外周をなぞって何かないか探る。なにもない。冷たさもわからなくなってきた。重い。あばらがおれる、ないぞうが口から出そうだ。生き返りたいだとか、しぜんのせつりに反したことは言わない。自分をうしないたくない。死んでやるから、このさきどんなじごくだってじぶんであるいてってやるから、あけろ。これをあけろ。

 

 あけろ、hらけ。

 縺イ繧峨¢……縲€繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�

 

 

 

 

 

 

 

 その結果、ナ ク ス チ ャ ン 爆 誕 !

 

 となったわけだ、なるほどなぁ。

 悠仁くんも寝静まったので、概念的に細工して灯りの形に誤魔化していた『鍵』を拾い上げる。

 これは炎を摘まむという動作によって小さな鍵に戻るのだ。灯りを鍵にしたのは無意識にあの経験をもとにしたのかもしれない。それから、床の間の壁をシャッターのように下から上に持ち上げて、裏の扉を出す。悠仁くん、結構目の付け所が良くて少し焦った。もっと分かりにくいところに付け直そうか。

 

『さて、また新しく分かったことが増えたな』

 

 隠し部屋は広めの漫画喫茶の個室のような内装になっていて、藍色のカーペットにゲーミングチェア、机の上にはノートPCが置いてある。メゾン虎杖に入居する前は、この部屋の作り物の空しか見えない窓が一番お気に入りだった。ノートPCはもちろん見た目だけというか、インターネットブラウザだとかエクセルだとかの高尚なアプリは使えないのだが、メモをするのに毎度紙に書いていたら場所を取るのでこれに落ち着いた。電源を入れてメモ帳を開く。

 

 まずは私の死に際のくだり。

 流石に存在がバグった後のことはよく思い出せないが、なんとかして完全にミンチになる前に扉を開けることに成功したらしい。死んだ後になってからあそこまで駆け足で堕ちて世界の摂理に抗い切るだなんて、私、呪霊の才能があったのか。いや、どんな才能だ。

 

 次に今の私について。

 悠仁くんから私だけを指し示す名前を貰えたことで存在がしっかりしたのか、自分のキャラデザや生得領域の内装が、若干『ナクス仕様』に書き換えられてるのが認識できるようになった。悠仁くん、マジでいっぱいちゅき。流石主人公。というか、私のお口がゆるかったのも名前がなかったせいでは? きっとそうに違いない。

 

 キャラデザの差異は瞳の色が悠仁くんとおそろいで、指が真っ黒なくらいだ。指を見ると『私』がなくした方の指のことを想ってしまう。よく今までこれを認識しなかったな。お前も呪いにならないか、ってか。

 それから生得領域。お座敷は自分で意識して建てたので当然として、元の内装はかなり風化が激しい。柱や牛骨がヒビだらけだ。それから、下を流れる赤黒いこれらは、きっと扉を開けられなかった『誰か』の残骸。悠仁くんは触っても汚れたりしなかったが、おそらく毒物耐性、もしくは、彼らはこの世界の死者ではないので悠仁くんには混ざれないのだろう。

 

 他に書き留めておきたいのは夏油先生と、もちろん朱紅赤ちゃんのことだ。

 夏油先生は、術式が原作以上に『解釈を広げて』大変なことになっている。意味深な視線もあったことだし、対立しないようにしたい。最悪の場合、比喩でなくマジで丸められて喰われるENDもあり得なくないので。……この世界、両面宿儺の器候補が多すぎないか? 散れ、この席は私と悠仁くんが取った。誰にも譲らん。

 肝心な朱紅赤ちゃんについてだが、彼女は99.999%ご本家様である。

 彼女と私がこうなってしまった経緯は推測になるが、マッドサイエンティストの儀式と、私が死に対してゴネまくったことが相互作用し、その他も何かとミラクルが重なった結果、私が両面宿儺へログイン、ご本家様が朱紅赤ちゃんとして両面宿儺からログアウト。みたいな話で良いと思う。

 私の思惑としても、千年の記憶を朱紅赤ちゃんが持って行ったことにすればメタ話を持ち込まずとも説明可能になるのは大変ありがたい。おかげで渋谷も乗り切れそうだ。ただしこれは彼女以外に話したら即刻死刑が実行されてしまいかねないので、その他の人間に対しては変わらず『忘れた』とゴリ押そう。なんにせよ『ナクス』という特級呪霊は、これからかたちづくっていけば良い。

 

『ナクス?』

『 ん゙ぎゃ゙ッ!?!??!?? 』

 

 座った姿勢で五十センチくらい飛び上がってしまった。

 

『ビビり過ぎだろ。でもやっぱ中に隠し部屋かなんかがあるんだな。いなくなったかと思った』

『私は死んだかと思った! まあ、とっくに死んでるが……』

 

 悠仁くんは生得領域に入ってきたわけではないらしい。

 外を見れば、彼はケータイを弄るでもなく真っ暗な部屋で壁を背にして横向けにベッドへ横たわり、目は開いた状態でぼんやり反対側の壁を眺めていた。どのみちこの部屋を知らないから覗き方は分からない筈だが、形だけの心臓が爆発しそうだ。

 

『悠仁くん、寝たんじゃなかったのか?』

『ちょっと寝てたけど、なんかベッドとか慣れなくてさ』

『そんな繊細なキャラには見えんが』

『繊細じゃなくても、あんだけ色々あってグッスリとはいかねーよ』

 

 深呼吸をした後、保存してPCを閉じる。

 こうなってしまうと壁抜けどころか物理的なものを完全に無視して一瞬で移動しなければ部屋から出られない。

 丁度いい機会なので、意図的に少しバグってお座敷に戻ってみる。

 

『え、オマエ今どっから出てきたん?』

『秘密だ。教えたら今度こそ私は死ぬ』

『ぜってー嘘。前もそんな感じだった。縛り結んでなかったことにして済ますだろナクスは』

 

 やってみたらできてしまった。

 気まずさというか、「良いのか?」という気持ちを誤魔化したくて自分の指をさする。

 やはり私には呪霊の才能が馬鹿ほどあるらしい。いや、たぶん今のは呪術ではないので、呪霊というか……怪異としての才能があるな。だからどんな才能なんだ。

 

『はーぁ、そうかもな』

『開き直んな』

『そう怒るな、頑張れば悠仁くんだってやれるようになるかもしれん技術だぞ』

『マジ!?』

『たぶんの話だが』

『ぶっ飛ばすぞ』

 

 話をしながら畳に寝転んで自分の指を眺める。

 ……なくしてきてしまったな。元の顔も名前も。まずどんなだったかが思い出せない。完全な喪失だ。ようやくその意味をきちんと考えられるようになった。潰れたのか、指と概念的に混ざり合って持っていかれたのかは分からない。少し寂しくなるので目を閉じて、悠仁くんに添い寝している気分になろう。

 

『そう言われても、一度自分自身を解体して再構成するというか、マインクラフトで言うネザーに行って数歩進んでまた戻ってくるようなことをすれば良いのだが、人間がそんなことをして大丈夫かと言われると……』

『マイクラ知ってんのかよ、ネザーって何?』

『ネザーとは簡単に説明すると世界の縮尺が異なる場所だ。まあ『指』が集まればなんとかなるかもしれん』

 

 私の指が集まったらの話だが。

 どこまでやれるだろうか。悠仁くんが無下限を無視して五条先生に触ってみせたら、先生ひっくり返るだろうな。

 

『指集めろったって、オマエ他力本願じゃねーか』

『は? 協力はするが?』

『ポンコツレーダー頼りになんねぇじゃん』

『まだ出来るかどうかも分からん、ということは出来るかも知れないということだ』

『ポジティブか』

 

 悠仁くんと話していて思う。今、すこぶる楽しい。

 自分自身に対する認識が阻害されていたのは十何年も一人で過ごす上でメンタルを守るのに良かったかもしれない。あの空間に一人きりで放り出されて何にも感じませんでしたなんて正気じゃねぇ。実際正気じゃなかった訳だが。

 

『そういえば悠仁くんに宣言しておきたいことがあった』

『なに?』

『特級を目指すぞ』

『……そりゃ、憧れるけど、因みになんで?』

『世界で一番強くなれば、問答無用で死刑を拒否できるだろ』

『脳筋じゃん』

 

 本当は両面宿儺として、いや、『ナクス』としてのドでかい思惑に関係があるのだがそれは黙っておく。

 

 呪いの王、両面宿儺は呪術界隈、ひいてはその有害さを知る人類に消滅を願われている。呪われているのだ。

 私は両面宿儺準備期間に、この前提を利用して概念的バグを引き起こせると考え至った。上手くいけば結果としてその前提すらをも破壊、特級の更に上へと到達できる筈だ。できなかったとしてもご本家様との技量の差を埋めるために自身に課した縛りが取れないくらいで、死刑の撤回さえ叶えば諦めはつく。

 

『でもやっぱそれしかねーのかなぁ』

『特級二人が上層部を全員ぶち殺せば死刑は亡くなるだろうな』

『そりゃダメだって。他にはなんか良い案ねぇの』

『……悠仁くん、死刑に納得したような口ぶりだったクセに案外と足掻くんだな』

 

 私がポンコツを晒したものだから、悠仁くんが知略に乗り気になってしまったか……。

 いや、ナクスちゃんになったからにはこれまでよりシッカリした筈だ。

 

『どーにもなんないなら仕方ないって思うけど、やっぱ死ななくて済む方法があるならそうしてぇよ』

 

 他の方法か。

 さっきも半分冗談で考えたことだが。この世界に『私』の指があれば、もしかして、万が一、あれば。今この時点でこれだけ怪異の才能がある私の指が集まったら。これまでの呪いの概念を丸ごと無視した存在になってしまえるかもしれない。それがどうやって死刑撤回に直接作用させられるかは分からないが、悠仁くんを世界最強にする特効薬には違いない。

 

『……あるかは分からないが……』

『言うだけ言ってみ、あっ、ちゃんと言って良いか考えてから言えよ?』

『信頼が低いな』

『オマエ深く考えないで喋り過ぎなんだよ。これでまた記憶ぶっ飛ばされたらかなわん』

『少し考える、待て』

 

 集める対象を悠仁くんに知っておいてもらわなければ回収のしようがない。

 とはいえ、きっと『女の指』の形をしているだろうそれが何であるかを説明するのは難しい。朱紅赤ちゃんの指に黒い模様はなかった。では、誰の指か? という話になってしまう。謀略慣れしている特級二人に知られたらを考えると怖い。

 かといって詳細を語らずに『集めろ』と言うのも信頼関係に問題が生じそうだし、他言無用の縛りでは、緊急で助けを乞いたい状況に陥った時に致命傷になりそうだ。

 

 それもこれも、現物がなければお話にならないが。

 

『……存在しない可能性もあるので、あったときに改めて考えることにする』

『ナクス、さっきも明確になくしたとかナントカ言ってたな。指と記憶以外にもなくしものがあんの?』

『まあな』

『ほんとに『ナクス』じゃん』

『私にピッタリの名だ』

『言ってる場合か』

『別にアレはないならないで良い』

『本人が良いなら良いけどさ……』

 

 悠仁くんは布団の中で仰向けに寝返りを打った。

 私のイメージの中で添い寝が崩壊したので、こちらは起き上がって座り直す。

 

『……ナクス』

『うん?』

『オマエがテキトーでちょっと助かった。気ィまぎれるわ。眠たくなってきたから、おやすみ』

『うん、おやすみ悠仁くん』

 

 よし、好感度上がったな。

 私も悠仁くんから新しく貰った顔と名前、大事にしよう。

 

 




Q:「縲€繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�」とは?
A:「イフタフヤーシムシム」の文字化け。ナクスの縛りに関係がある。


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『宿痾』 その1

 
朱紅赤がヒロインしてる話。


----朱紅赤視点----

 

 これは単なる土砂崩れだ。

 

 伏黒恵を引っ掴んで少し駆ければ済む。

 頭では理解している。

 

 それでも身体が動かないのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爪に黒を塗る。

 

 それなりに良い値段の速乾タイプとはいえ、乾くまでは多少時間がかかる。塗り直しが一番腹が立つので、誰も見ていないのを良いことに先に乾いた足で教科書を捲った。任務で出られなかった授業の宿題を解きながら時間を潰す。

 中学に通わされていた頃は自身の爪が肉の桃色を透かして見せていることに何とも言い難い不愉快さがあったが、今は存分に両手足の五指に黒を塗っている。卒業式の後、伊地知に寄り道をさせて黒を塗る権利を買った帰路は中々悪くない気分だった。

 

 出題分が全て解き終わって、改めて時間を確認する。

 これは五条に押し付けられたものの、値段を調べてゼロが五つも付いていたので卓上時計と化した、文字盤の赤い仕様の腕時計。

 その隣にあるのは東京タワーに観光に行った際に買ったスノードーム。

 そこから何気なく視線を滑らせて部屋を眺めれば、見慣れた『自分の部屋』だ。

 俺が寝るためのベッドがあり、着替えが仕舞われていて、時折五条が持って帰ってくる土産がローテーブルに置かれる、使い慣れた部屋。

 ベッドの端に行き場もなく貼りついているのは夜蛾の作ったいまひとつ嬉しくないマグネット。入り口に揃えて置かれているのは入学祝いだとか言って夏油が寄こした新しいブーツ。洗面台にあるのは家入に渡されたその辺で買える化粧品。百均のフックにかかっているのは髪を伸ばすことにした時に恵がくれたカチューシャ。

 

 努めて何も考えないように、シャーペンを握って、先ほど出した回答をノートに並べる。

 答えだけ書くと文句を付けられるので丁寧に経緯も入れてやった。

 

 生前を思えばあきれ返るほど平和だが、任務に行かされるのは当然として、程々に自分の命を狙われたり保護者の命を狙われたり、並行して学業も強制されるのでそれなりに忙しい。こんなにも先の予定が見えている生活はここ十数年だけだ。

 ケータイの通知が来たので画面を見れば、中学で慣れあっていた娘らからのLINEだった。人を無意味に殺すなと夏油が煩いため、あまり熱心に連絡を取るとオマエの命も危ぶまれるので控えろとは伝えてある。ので、週に一度、あるかないか程度しか来ない。完全にヤの付く職業のご令嬢か何かだと思われている。都合がいいのでそういうことにして久しい。

 

 そのままロック画面で日付を確認すると、今日で五月も半ば。

 あと数年で全てが崩壊すると思えばぼんやり過ごしきれそうだと思っていた。

 

 その後もこれといって何事もなく任務と授業を繰り返すだけで六月になり、夏油と二人で出張任務を片付けた後、ホテルの個室へ入った。始めの頃は視線が刺さるので特級の二人が出張任務の際は高専に軟禁状態だったが、この身体は発育が良いのでその内どんどん連れまわされるようになった。

 シャワーを浴びた後でベッドに横になってDODの解説動画を眺めて過ごす。二月からアップロードされていたのを最近になって見つけたものだ。モタモタとした単調な殺戮の日々を思い返しながら、思っていた以上に主人公の闇が深かったことに少し笑った。

 しばらくすると、ふいに指が熱くなる。共振だ。すぐに落ち着くかと放っておいたが呪力の勢いは増すばかりで、いよいよ夏油に連絡を入れるかと動画を止めた。そこに丁度、指の回収の任務に出ていた筈の恵から通話がかかってくる。

 

「恵か。さては任務で何かあったな」

〈簡潔に言う、両面宿儺が受肉した〉

「……は…………?」

 

 相手が五条であればお得意の笑えない冗談だと思えたのに、深刻な恵の声色はどうしようもなく現実味を帯びていた。

 

〈俺の力不足も大きいが、回収に向かった高校の男子生徒が呪霊に追い詰められて、俺に呪力がありゃ良いんだろとか言って指を食いやがった。宿痾計画とは全然関係ない、天然物の器だ〉

「受肉した……というのは、『両面宿儺』がそやつの肉体を乗っ取ったということか?」

〈違う、五条先生曰く『同居』してるらしい。二重人格みてーにひとつの身体を共有してんだ。器側の意思で自由に主導権を切り替えられてる〉

 

 思わず指が燻り出すのを火災報知器がなる前に握り潰して消火する。

 俺がここにいるというのに、同世代の天然物の両面宿儺の器。そんな天文学的偶然が起きてたまるか。

 

〈それで、先生から、色々済めばオマエが担う指の取込と破壊の任、その器に移すことになるだろうって話をされた〉

「ふざけるな、呪術規定を忘れたのか。一般の生まれの只人ひとり。なんのデータも信頼もないではないか。即刻殺せ」

〈……朱紅赤、そこまでして、まだ呪いになりてぇのかよ〉

「何の問題がある?」

〈俺が嫌だ〉

 

 自分が思わず眉をひそめたのが分かった。

 今の俺には我儘を押し通すに足る力も地位もない。だから現状に甘んじてやっていたのに。己の無力さにため息が出る。

 勝手に指が集まり出すならと待っている間、この手の問答は度々繰り返してきた。言えば即刻死刑なのは目に見えているので口にしたことはないが、そもそも前提が違う。なるならないじゃない、俺は呪いだ。

 

「……前にも言ったが俺の身体はそのためにある。感性ばかりは仕方なかろう」

〈分かってんだよそんなことは〉

「分かっておらんかったではないか」

〈そういう意味じゃねぇよ馬鹿、……チッ〉

 

 まだ何か言いたげな舌打ちがあったが、毎度話が平行線になってうやむやに終わる経験からこれ以上は諦めたか、恵は一度押し黙った。

 その間、何気なく視線を移して壁にかかっている制服を見る。俺が自分で注文したものだ。どうせ走り回るのにスカートを履きたくないので股下に線を入れてズボンにして、ついでに上も紐で結わえるようにしたのは記憶に新しい。

 

〈……とにかく、五条先生も譲る気はない様子だ。その天然物の器の方にはもう、動いて喋って、完全に受肉が確認されてる。だから指の収集も並行してやることになるだろうってよ〉

「そもそも身元は洗ったのか。いずこかの刺客の可能性は?」

〈ついさっきの話だから裏取りはこれからだが、あいつの態度が演技とは思えねぇ〉

「ほぉ? 随分と信用しているな」

〈勝手に人に話すのも……。あー、まあ、そいつに接触した時、丁度誰か身内が死んだ手続きをしてたところで……目元に泣いた痕があった〉

「俺が言うのもなんだが、そんな『真っ当』な人間を引き込んでオマエは胸が痛まんのか?」

〈俺だってできればこっちの道を無理強いなんてしたくねぇよ。でももう、今すぐ死ぬかお前の任を引き継いで死ぬかしか選択肢がない〉

「その二択を突き付けるよりは問答無用で殺してやった方がマシやもしれんぞ」

〈うるせぇ。人間としちゃ情のある相手にはできるだけ生きてて欲しいんだよ。そういうことだからオマエも少しは将来のこととか考えろ〉

「分かった分かった。ではアレに伝言で伝えろ。『くたばれ糖尿』」

 

 通話の切れたLINEの画面を眺めた。

 赤いケースに収まったこのケータイは、四年前、五条に恵と買いにつれ出されて、画面がでかいものを適当に選んだのを覚えている。

 

「……」

 

 五条から同じ話が回ってきただろう夏油からのメッセージには既読だけ付けて、腹ばいになり、五秒ほど腕に顔を埋めた。

 その後、部屋の電気を消し、任務での外泊でいつもやっているように、マットレスにきっちり詰められたベッドカバーを全て引きずり出して、足が自由に動かせるようにした掛け布団を被る。

 

 動いて喋っている、か。

 完全に別個体として『起きて』しまった。

 

 最終的に、人間相手に勝つにしても負けるにしても、どの道こんなママゴトは残り四、五年で終わると思っていた。だから人間の女としての将来など、考えたことがないどころか考えないように過ごしてきた。それを今更、俺にどうしろというのか。向こうの器が途中で死ねば話は別だが、守ることに慣れてしまった周囲の者たちはそんな隙を許さないだろう。……なんにせよ、その受肉した方の俺がどう動くかにもよる。

 

 そんなことを思って高専に戻ってみれば、──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ正直、伊勢海老みたいだという意味だったが」

 

 何なのだ、これは。どうすればいいのだ。

 

 

 




生まれて初めてプレイしたゲームがDODの女、朱紅赤。

前話のアンケートにあるナクスの縛りの内容は活動報告の方へ載せています。
※先の展開についてほんのりネタバレです。
 


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『宿痾』 その2

 
【宿痾】
 長くなおらない病気。持病。


----伏黒視点----

 

 朱紅赤は原宿まで来てマックシェイクのストロベリーを啜っていた。

 たしかに最近はめっきりジャンクフードと遠い生活をしていたが、言ってくれりゃ買ってくるのに。

 

「あ、そういえば先生、みんなが宿儺のこと毎回『両面宿儺』って呼んでんの、朱紅赤と呼び分けしにくいからだろ?」

「そうだよ。というか、今までは『指』とかで会話してて全然名前で呼んでなかったかな」

 

 前を行く五条先生の横を虎杖が並んで歩き、すっかり2-2の形で落ち着いている。朱紅赤が虎杖を無視する上、五条先生としては素直な虎杖の反応が新鮮で嬉しいらしいので、この並びは必然と言えた。

 ただ、ポップコーン片手に恥ずかしげもなく浮かれたサングラスをかける虎杖の姿を『器だな』と思ってしまう自分が嫌だ。

 

「やっぱそっか。実は俺、昨日の夜『宿儺』の方に『ナクス』ってあだ名つけたから。よろしく!」

「ハァ?」

「なフェッ、変な声出た! なんて?」

「オマエなぁ……」

 

 朱紅赤は一気に機嫌が悪くなったし、五条先生は噴き出した。

 虎杖には『両面宿儺』が一体何なのかをしっかり説明したつもりだったが、さてはコイツ、速攻で絆されてやがるな。

 

「それ、本人は納得してるの?」

「してるよ。良い名前だって言ってくれたくらいだし。なぁ?」

「うん」

 

 虎杖の頬の傷が目になり、人目を気にしてか、パーカーで見えづらい首に口が現れた。

 相変わらず身体が大変なことになっているのに、本人に危機感が全くなさそうで心配になる。

 

「あーおもしろ。ナクスかぁ。お返事も「うん」だって。可愛いねぇ、ナクスちゃん!」

「可愛いだろう」

「んぶッ……! フ、フフ……かわいくて良いんだ?」

「先生、コイツ結構かわい子ぶるよ」

「別にぶっているわけではないぞ」

「やめて! 僕こんなの耐えられない! の、呪いの王! なに!? アハ、フッ、マジでこんな……面白すぎる……!」

 

 ナクスが話せば話すほど、朱紅赤が死ぬほど嫌そうな顔になっていく。

 もっとも、これと人格が混ざるか、虎杖と同じような二重人格になる可能性があったと思えば妥当な反応だ。朱紅赤なら問答無用で人格を雁字搦めにして完封するかもしれない。俺も呪いの王に威厳がなさ過ぎて勘弁して欲しい。理想と現実の差が激しい。朱紅赤と過ごした時間が、俺たちに両面宿儺という存在をもっと高尚なものだと思わせていた。

 

「貴様、プライドというものがないのか?」

「ないが?」

「何故偉そうなんだ」

「偉いからだが?」

「二言目で矛盾するな死んで詫びろ」

「嫌だが?」

「その馬鹿の一つ覚えのような物言いはなんだ……!」

 

 煽り耐性が低くてキレがちな朱紅赤と、能天気で攻守共に煽りに強いナクス。口調は似ているのに性格が真逆過ぎる。

 もちろん虎杖への罪悪感はあるが、朱紅赤がこれと一つにならなくて済みそうで良かったと思わずにはいられない。

 

「ねぇ僕お腹イタイ、もうナクス黙って!」

「先生、アンタこそ笑ってないで仕事してください」

 

 ガルガルして今にも虎杖を殴りそうな朱紅赤を引き剥がして朱紅赤と二人の間に入り、五条先生の背中を押して先を促した。

 だが、なんとかして集合場所まで辿り着いてみれば、今度は高専の制服を着た女がスカウトマンを脅迫している。余りにも前途多難。どいつもこいつも普通に生きられねぇのか。

 

「俺たち今からアレに話しかけんの? ちょっと恥ずかしいなぁ……」

「鏡を見てから言え阿呆が」

「おーい、こっちこっち~」

 

 恥ずかしいと言う虎杖本人も、任務でもないのに目隠しをしたまま平然と街中を出歩く五条先生も相当に恥ずかしい。

 思わず朱紅赤と顔を見合わせて一歩下がる。外見に関しての感性はなんだかんだ朱紅赤の方がまともだ。かつての常識勉強会にファッションの項目がなかったことがこうも差をつけるとは思ってもみなかった。

 

 荷物の多い四人目のために駅付近のコインロッカーに向かい、そこでリュックと紙袋を片付ける。

 

「そんじゃ、改めて自己紹介しよっか」

「釘崎野薔薇、喜べ男子、紅一点よ。って、言ってやろうと思ってたけど、女子いるじゃない」

「まあ、不本意ながらな……」

 

 朱紅赤の顔が少し引きつった。

 大人しく学校へ通っていることを突かれる度に嫌でも思い出すんだろう。

 いつぞやに出張任務から帰ってくる五条先生が果たしてお土産を持ってくるかを縛り付きで賭けにした結果、ゴミ捨て場から拾ったとかいう実写デビルマンのDVDを『オミヤゲ』と宣言して手渡されて学校に行くことになった、あの大事故を。

 正直あれは時間が経つほど笑い話になっていくが、言えば三日は不貞腐れるので黙っておく。

 

「俺、虎杖悠仁。仙台から」

「伏黒恵」

「朱紅赤だ。『(しゅ)』に『(くれない)』に『(あか)』と書く。上の名はない。入学前に聞いているだろうが、両面宿儺の器だ」

「ちょっと待って、両面宿儺の器って女の子だったの?」

「女では何か不都合でもあるのか?」

「全然。むしろ良いわ、アンタ相当『強い』わね。仲良くなれそう」

「ほう、オマエ見る目があるな」

 

 今、二人の中で『強い』の意味が綺麗にすれ違ったな。

 釘崎が言ったのは絶対『強い女』の意味だ。まあ、朱紅赤が友好的にやってくれそうだからこれも黙っとくのが正解だな。

 

「でも、じゃあ虎杖はどこの誰なの? 聞いてた話じゃ器はどっかの怪しい施設から保護されたっていうけど、仙台……? 明らかに血のつながりあるでしょ」

「悠仁は偶然見つかった天然物の器。たしかに髪色とか、僕もかなり思うところあるけど、詳しいことはまだ調査中」

「はぁ? 見つかったって、どういうことよ」

「あ~~、実は、ちょっと状況的に追い詰められてて、指、俺が食べちゃって……」

「食べたぁ!? 指、特級呪物を!?」

 

 釘崎から虎杖に対する態度が興味から拒絶にひっくり返る瞬間が見て分かった。

 確かに、虎杖の行いは危険性を理解していない状態だったからこそ、そんな良く分からんものを食うなと言える。会う人会う人全員に突かれるのは大変だろうが、それだけのことをした自覚を持って欲しい。なにせ『ナクス』があのザマだから、とにかく緊張感が足りない。

 

 その後、五条先生の適当な発言を無邪気に信じた二人を連れて到着したのは廃ビル。この人、遅刻はともかく、なんでこういう意味のない嘘吐くクセ治んねぇんだか。

 二人が荒れるのも分かっていたので、やりとりを半分聞き流して釘崎と虎杖が廃ビルに入るのを見送った。

 することもないのでその辺に腰掛けて待つ。

 

「おい五条、今日の用事がこれだけなら、俺が出てくる必要があったか?」

「せっかく新入生が揃うんだから、朱紅赤も連れて行きたいのが先生心ってもんだよ。それに朱紅赤はこういう任務の関係ない外出、久しぶりでしょ」

「……はー、うざ」

 

 朱紅赤はいつものウザがらみをあしらう態度を見せたものの、五条先生の言う通りだ。

 中学は馬鹿みたいな縛りのせいというかおかげというか、アレがあったから、五条先生が朱紅赤用に買ったマンションから学校までの通学路はそれなりに自由に歩けていた。それも高専に進学してからは解消されて、今の朱紅赤には『ちょっと外へ出かける』ということができない。

 

「じゃ、僕ちょっと飲み物買ってくるから」

「おい不良教師、監督不行き届きだぞ」

「悠仁たちなら一級の朱紅赤がいるんだから一瞬僕が席外しても大丈夫だって」

「俺を見張るのがオマエの仕事だろう」

「ン~~見てる見てる、心の目で」

「六眼で見ろ」

「五条悟が良いって言ってんだから良いんだよ。五分くらいで戻るから、ちょっと待ってて」

 

 経験上、十分は戻らないと確信する。

 五条先生は時々こうして適当なことを言っていなくなるが、大抵、子供だけの時間を作ったり、朱紅赤にその辺を好きに歩かせたりするための言い訳だ。傍にいると構い過ぎて不満を買う五条先生が散々文句を言われてようやく身に着けた『その場からいなくなる』という最大の気遣いである。

 

「……朱紅赤」

「なんだ」

「アレ見てまだ、指、取り込みたいか」

「……」

 

 先生が見えなくなった後で投げやりに質問をしてみれば、朱紅赤は顎に梅干しを作って目を逸らした。

 

「両面宿儺、思ってたのと違ったな」

「もはやそういう次元じゃない」

「オマエ自分でも虎杖が来てくれて良かったって思っただろ」

「……」

「無言やめろ」

「言葉が見つからんのだ、許せ」

「正直、朱紅赤の態度だとかは両面宿儺がそうだからだと思ってた。だから、ナクスの何もかもに違和感しかねぇ」

「……そうだな、俺も生まれてすぐ自我があったのでそうだと思っていた……」

 

 朱紅赤はそう言いながら正面に向き直ったが、その視線は何を見るでもなく地面を適当に這うだけ。

 なら、朱紅赤の性格はどこから来たのか。

 昔聞いた話じゃ、両面宿儺の器を人為的につくろうという試み自体があまりに禁忌だとかなんとかで、研究施設は五条先生が文字通りに潰してしまい、今はキレイな更地になっているらしいので確かめる術はない。「流石に任務内容が性急だったと思うんだよね~」なんて言ってた記憶もあるが、これまでに命を狙われすぎて何がどの策略に紐づいていたのか把握しきれていない。

 

 ……会話が途切れてしまったので、少しだけ話題を変えてみる。

 

「虎杖のこと、殺すなよ」

「今問題なのはそこじゃなくてだな……。あるだろうが、色々と。呪いらしさだとか、風格だとかが。アレはどこでなくしてきたのだ」

「現実見ろ。元々あんな調子だったにしても、千年のうちに色々なくしたにしても、アレが現代の両面宿儺だ」

「認めん」

「朱紅赤」

「 嫌 だ 」

「駄々っ子か」

「なんなら赤子の様に駄々を捏ねてやろうか、今ここで」

「落ち着け、五条先生と同じ脅し文句はやめろ」

「……」

 

 聞き覚えのある言い回しを指摘すると、無意識だったらしく、ピタと口を閉じた後、額に手をついて深いため息を吐いた。

 実写デビルマン事件に並ぶか、それ以上にメンタルにキてるらしい。朱紅赤は存在自体が呪いに片足突っ込んでるだけあって、緊張感が台無しになるようなくだらない悪戯の被害に遭ったりすると、かなり弱る。単純にプライドが高いだけの可能性もあるが。

 これがあるから『人間』になっちまえば楽なのにといつも思う。夏油先生相手には何もかも開き直っちまえとか説教かましたらしいクセして、自分自身はいずれ呪いになるからと、人間になり切れない。俺の知ってる呪霊はゲーセンのカードを財布に入れてたりUFOキャッチャーに金を払って遊んだりしないのに、本人はまだ、人間じゃないつもりでいる。

 

「……恵」

「ん」

 

 朱紅赤は一瞬腰を浮かせて、俺の方へ距離を詰めて座り直した。

 

「俺がこの十数年で一番よく身に付けたことは『何も考えないこと』だ」

「どういう、──」

「どうなるにせよ時間があまりないのは理解しているが、……もう少しだけ先延ばしにさせろ」

 

 体を傾けて体重を預けてくる。

 あまり身長差がないから朱紅赤の頭がガッツリ肩に乗り上げて、二年前にその辺で適当に買ってやったきりのカチューシャが目についた。貰っている給料を思えばもっと良いものに買い直せるはずなのに、よくよく見れば修繕の跡まで見つけてしまった。

 

「……ああ」

 

 それきり、話しかける空気にもならなくて、お互い無言で五条先生が帰ってくるのを待った。

 

 




【実写デビルマンの馬鹿みたいな縛り】
悟「エ~~。❛ 特級呪術師、五条悟並びに夏油傑の監視下にあります両面宿儺の器、通称、朱紅赤は、△△年○月×日、出張任務より帰還予定であったワタクシ、五条悟がお土産を持ってくるか否かについて、持ってくれば大人しく学校へ通う、持ってこなければ夏油傑の呪霊操術により作られる呪塊の摂取を自らの意思で拒否可能とする。との内容で縛りを結び、結果、ワタクシ五条悟は帰還中に□□区▽丁目のゴミステーションにて発見した、『映画、実写デビルマンのDVD』を拾って帰り『オミヤゲ』と宣言して朱紅赤に手渡したため、彼女は学業のため学校へ通うこととなりました。 ❜」
朱「しねばか」
悟「ん゙っ……。だ、だから、❛ 以上のことに嘘偽りがあればワタクシ五条悟はたった今この場で命を失うものとします。❜ ……ハイ、どお? 僕無事でしょ? 満足? 細かい縛りは追々決めてくけど、これでマジだってみんな分かったね。はいヨロシク~~。朱紅赤、帰ろ」
朱「……」
悟「あ~もう、恥ずかしくて死にそうなのは分かるけどおじいちゃんたちが現実を受け入れられてない内に帰った方が良いって。ほら、担ぐけど後々セクハラとか言うなよ」



【実デビ観賞会】
悟「これ気になってたんだよね、一回くらい観てやろうと思って」
朱「しねばか」
傑「朱紅赤まだ溶けちゃってるけど」
悟「これからツマンネー映画観るんだから溶けてるくらいでいいっしょ」

 ~ 二時間後 ~

傑「二度と観ない」
朱「時空が歪んでいる……二時間しか経っていないだと……? 六時間はあったろう……?」
悟「え~? 馬鹿馬鹿しくて結構面白かったじゃん?」
硝「ハッピーバースデー、デビルマン」
悟「あははは! 僕あのデブが出てくるところが好き! そこで人襲うの悪魔じゃねーのかよ!!」
傑「はぁ……、マジで特級術師の貴重な二時間をドブに捨てたな」
硝「素面で一人だったら耐えられなかった」
悟「めっちゃ不評! でも観た人同士で一生ネタにできるし悪くないと思うけどなぁ?」
朱「伏黒恵、静かだがどうした?」
硝「途中で寝たよ」
悟「今度灰原達にも観せよっと」
傑「やめろそんなムゴいことは」
 


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『宿痾』 その3


少年院編の前にどうしても必要な回。


 

 昼休み真っただ中で誰もいないグラウンド。随分と早くに来てしまった。

 今回、初めての体育に五条先生が指導してくれるというので私と悠仁くんのテンションが高いのも理由の一つだが、単純に生徒が少なすぎるのだ。

 

『悠仁くん』

『なに』

『朱紅赤の術式を食べたろう、あれを取り出してみてくれ』

 

 さきほどは一年生みんなで食堂のお昼ご飯を食べた後、伏黒くんは二年生に用事があるらしく別行動になったし、野薔薇ちゃん、いや、ウッカリ声に出してしまうと今後それで通し切らないといけない空気になりかねんので、先生以外は全員『くん』づけで呼んでいこう。釘崎くんと……朱紅赤は呼び捨ての方がそれっぽくて良いか。

 二人は高専に顔を出すことのある家柄差別男尊女卑セクハラカスおじさんなどの警戒人物トークに盛り上がっており、二人からの、特に朱紅赤からの好感度の問題でぼっちになってしまった悠仁くんはやることもなくて今に至る。

 

『やりかた分からんけど』

『私に話しかける時、内側に向けている感覚の矛先をあちこちに回し向けて探せ』

『いや、それが分かんねーんだって』

 

 それにしても、朱紅赤が人間の女の子として生活ができているのが不思議だ。中身は絶対にご本家様であるのに、それなりに順応してなんとかやってる。可愛くて推せる。いや、恐らく女の子であろう裏梅と信頼関係がある的な描写をTwitterで見たのは間違いないし、実力があれば生まれは関係ないみたいな価値観は元からお持ちだったのかもしれない。ていうか宿儺自身が死ぬほど迫害されてたと思うし、力こそパワー派にもなるか。納得。解決。

 

『ならば今どうやって話しているのだ』

『勘……?』

『分かった、二秒代われ』

『先生にぶっ殺されん?』

『呪印が出ないようにはする』

 

 一応、サッと見渡してその辺りに先生方がいないことを確かめ、ナクススキャンで悠仁くんの身体を探るだけ探って速攻で引っ込む。

 

『……あった?』

『両腕にある。取り出すには、こう……手を前に持って来て』

「持って来て?」

『手汗をかくイメージで』

「てあせを」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな顔をしながらも悠仁くんは素直にやってみてくれる。

 良い生徒だ。素直に言うことを聞いてくれるのはありがたい。

 

『腹から何かを送れ』

「何かってなんだよ」

『祈り……?』

「ナクスも俺と大差ねーじゃん!」

『まだ悠仁くんには呪力と言っても良く分からんだろ』

「まぁそりゃそーだけど」

『どうせ初めてなのだから感覚でいけ』

「ん~~……」

 

 それからボンヤリ五分ほど掌を眺めていると、悠仁くんの掌に波立つような気配があった。

 

「……なんかある? 気がしてきた。あったかい」

『おそらくそれだ』

 

 悠仁くん、難しい理屈には置いて行かれる節があるけど集中力はとんでもないから、スイッチさえ入れば原作にない技術の習得も早い筈。たぶん。

 

「違ったら?」

『何があっても私が治してやるから取り敢えず当たって砕けてみろ』

「あつ……くねぇな。お風呂のお湯くらい。でもこっからどうやって出すん?」

『頑張れ』

「ウソだろ」

『頑張って手汗をかくイメージでひりだせ』

「そんな出産みたいな」

『こういうのは一回やれさえすればなんとかなる』

 

 それから彼は長らく唸って跳ねて座り込んで手を眺めた。

 別に今日できなくても良いのだが、やはり、できるまでやるみたいな集中力の高さと諦めの悪さで念じ続ける。こういうタイプ、教えがいあって好き。

 

 予鈴が鳴って少しして、視界の端から釘崎くんと朱紅赤がグラウンドに出てきたのが見え……、エッ!? 朱紅赤、髪の毛リボンで結ってるんやが!?

 

「スゲー! 炎、手で持て、あっ──」

 

 丁度私の気が逸れたタイミングで悠仁くんの掌が発火、次の瞬間、まさに「あっ」と言う間にコントロールを失ったエネルギーが、パン、とかいう音を立てて両腕を爆発させた。それはもう風船が割れるかの如き儚さである。当然、肘から先の血肉と骨を撒き散らした本人はショックと痛みでその場にぶっ倒れた。え、ごめん。

 

「虎杖!?」

 

 流石に驚いたのか釘崎くんが駆け寄って来たので、彼女がたどり着く前に大急ぎで両腕を完治。

 肉体に意識があった方が必要以上にシリアスな心配をさせないと思い、悠仁くんの代わりに私が表へ出て、何事もなかったかのように起き上がる。

 

「いやぁ〜、びっくりしたな」

「びっくりしたのはこっちだっつーの! アンタ人の体なんだと思ってんのよ!」

「借アパート」

「賃貸ぶっ壊すな!!」

「だから綺麗に治しただろ」

「このっ……、ああ言えばこう言う……! 家主気絶してるわよ。それはどーするつもり?」

「そのうち起きる」

「起きたらアンタのこと二度と信用すんなって言っとく」

「なんとでも言え」

「……虎杖の肉片掃除しなきゃだから、私、先生に伝えてくるわ。朱紅赤、この馬鹿頼む」

「ああ」

 

 釘崎くんは道端のゲロを見る様な目で私を一瞥した後、職員室へ歩いて行った。

 

「…………馬鹿か?」

「そうかもしれん」

 

 朱紅赤もかなりの虚無顔を私に向けているが、単なる私の監督ガバで深刻な空気になってしまうよりは五億倍マシだと思うので安いものである。

 そう。私は計画性がないだけで頭脳派なのだ。みんな信じてくれないが、ちゃんと場の空気とか好感度とかを考えて対処できる頭脳派なのだ。

 

「その顔」

「顔?」

 

 顔、と言われて思わず頬を撫でたものの、顔の凹凸、呪力の流れ。どうやっても悠仁くんの顔である筈だ。むしろ私としてのパーツなどひとつとしてない。表情に呪霊らしさ、邪悪さがないと言いたいのか?

 

「いや、良い」

 

 朱紅赤は何がどうとは言わず、一人で納得したのか腕を構える。

 おっと、この構えは。

 

「開」

 

 躊躇なく術式を撃ち込まれた。

 私はそれを呪力の防壁で受け流す。エネルギーは防壁の表面を滑って何にぶつかることもなく空中で霧散。単純なつるりとした形の盾ではなく、円形にカーブし、攻撃のエネルギーを分散させるための溝がついているのだ。

 

 訝しむように私の盾を眺めた朱紅赤だが、今のは勿論術式ではない。試行錯誤して『こうすればこうなる』を身体で暗記したコマンドだ。

 数学の問題を解くのも、料理の味付けも、ゲームのコマンド入力も、初めてやるには論理的にたくさん悩みながらやるものだが、何度も繰り返せばそのうち深く考えずとも出来るようになる。なんたって呪術は『術』だ。求めたい解が求められる最短の術(すべ)を、気が遠くなるほど研究した。

 

 そう、誰が何と言おうとナクスちゃんは頭脳派なので!

 

「随分と『俺の』とは性質が異なるようだ」

 

 とはいえ実戦経験は皆無。

 戦い慣れているニンゲンから見れば死ぬほどぎこちない使い方だろうとは思う。

 

 現に今も、朱紅赤から振るわれる攻撃に対してそれがどのくらいの脅威で、どのように避ければ効率が良いのかも見当がつかないので、『かわす』というより『当たらない場所へ移動する』やり方になっている。

 現実の格闘技の知識からすればミリ単位でかわすのが理想なのだと思うが、呪力がある以上、触れなければオールOKとは言い切れないし、元の『私』は思い出すまでもなく非戦闘員である。戦場に出ないようにするのが正しい戦い方だ。単純に『殴られそうになる』状況がイヤだ。

 

「ふん、何もかも忘れたというのは本当らしいな?」

「八割九割はナクしてしまった」

 

 彼女は術式を誤魔化しているのか、斬撃にも炎を纏わせている。

 可視化されているので対処しやすくてありがたいが、当たればお洋服まで燃えてしまう、いやん、えっち。とか言ったらブチのギーレェウルトラスーパーデラックスになるだろうから黙っておく。伊勢海老の悲劇は繰り返さない。

 

 

 というか、ちょっと言わせて欲しいが、『呪術』って『呪い(まじない)の術(すべ)』の筈なのに直接戦ってたらおかしくない? 呪い(まじない)っていうのは本来、超常のものから力を借りて現実をどうこうする術なのに、一個人の体内で生成したエネルギーで手から炎出したり、ビームとか撃つの? なに?

 まあ、この世界はその『超常のもの』の大半が呪霊。人類と人外との間に敬意とか存在しねぇ修羅の国だから仕方がない。いや、ワンチャン修羅の国の方が敬意とかあるかもしれない。この世界の呪術は『呪い(まじない)』でなくて『呪い(のろい)』で正解なのだ。霊の大半は魂でなく、恨みつらみの塊。相手へ向けるのは漏れなく殺意。……霊的治安が終わっている。

 

 オラこんな国いやだぁ~、こんな国、いやだぁ~。

 バグらせるだぁ~。バグらせたなら理(ことわり)変えて~、呪い(まじない)流行らせるだぁ~~。

 

 

 ……何言ってんだ自分?

 くだらない嫌気を振り払うように、力任せのひよっこボンバーをぶっ放す。

 朱紅赤は軽やかにステップを踏んで、それを余裕でかわした。すると何が起こるかというと、校舎の壁に大穴が空く。

 

「あっ」

「ケヒッ」

 

 ハメられた!

 

「ナクス〜! 今の見てたよ〜!」

 

 しかも最悪なタイミングで五条先生が来てしまった。始業のチャイムが絶望の合図。

 釘崎くんも金づちを片手に、完全に殺す気で来ている。

 

 くそやば。

 引っ込もう。

 

「ん?」

 

 しかし、見えない壁に拒まれているように生得領域へ戻れない。

 

「ゆ、悠仁くん?」

『……オマエは忘れてたかもしんないけど、表に出る出ないの決定権、俺にあるから』

 

 いつの間に起きていたのか。

 少し低めの声で、抑揚がないのに音量は大きい。これはつまり、悠仁くんはかなり怒っているし、そうこうしているうちにも五条先生は身体の半分以上が脚という抜群のプロポーションを活かして凄まじい歩行速度で距離を詰めて来ている。

 

「最強が来てるから! ヤバイぶっ殺されるマジで頼む代わってくれ!!」

『ちょっと、ハンセーして』

「すいませんでした! いや本当にすまん別に陥れたとかそういうわけではないのだ!! そも、私が悪いことをするならこんな無計画にはしないし、壁を壊したのもワザとではないッ!!!」

 

 五条先生の歩みに、わずかに跳ねるような調子が見えた。

 これはもう絶対にあと数歩で拳だか蹴りだかが飛んでくる。 

 

 

「クソが、もう赤ちゃんになるしかないなッ!

『ごめんなんて?』

 

 

 千八百の肉片とまでは言わないが、先ほど腕が弾け飛んだ要領で余分な血肉をキャストオフ。

 怪我を治すように身長八十センチのマシュマロボディに調整、華麗にトランスフォームを成し遂げる。

 

「ばぶ……」

『マジで赤ちゃんになんないでくれん!? 俺の身体どうなっちゃったの!?』

 

 血染めのお洋服はご愛敬。まだ悠仁くんの肉体以外の物質創造技術は未開拓なもので、今後に期待してくれ。

 どうだ、流石の五条悟もこの姿なら殴る蹴るの暴行はできまい。たぶん。

 

「……ナクス、バカだけど天才じゃん、ORじゃなくてANDじゃん」

「ハァ~~? ムチャクチャね……」

 

 先生は目隠しを押し上げながらしゃがんで覗き込んだ後、無下限を張らずに親指の腹で私の血まみれの顔を優しく拭う。

 釘崎くんも、殴るべき対象が赤ちゃんになってしまったためか、ポーチに金づちを納めてくれた。よし、勝った!

 

「しぇんしぇ?」

 

 先生が意外と幼児に対する扱いがやさしかったので、前に悠仁くんに言われた『可愛く』を意識して首を傾げてみる。未発達な赤ちゃんハンド状態なせいで指を組みにくかったがそこも可愛いポイントだ。可愛がってくれ。

 

「それ、何歳くらい?」

「いっしゃいと、しゅこし」

「アラかわい~。けど、まさか中身まで『いっしゃいとしゅこし』じゃないよね?」

「あちゃいまえやよ」

「どっち?」

「ききとぇないか? なっていないぞ」

「あっそ、じゃあ可愛がっちゃお~~!」

 

 私の返事を聞くや否や、先生は躊躇なく脇に腕を差し込み、ひょいと私を抱きかかえた。

 マ、マジで慣れている……? なんで……? 朱紅赤の面倒、ちゃんと見てたのか……? でも計算的に、赤ちゃんて程の幼児じゃなかったと思うが……。

 朱紅赤の方を見れば、駆け付けた伏黒くんと並んで呆然とこちらを見ている。赤ちゃんになるのに必死だったので二人が何か会話をしたのかも把握していないが、「マジで馬鹿じゃん」みたいな顔をしていることだけは確か。否定はしない。

 

「んぅ。しぇんしぇ、かわいがゆのはいいが、しょんなにちゅちゅくな」

「本物じゃ泣かれちゃってできないんだから、存分にちゅちゅかせてよ」

 

 しかし五条悟は五条悟。

 頬に人差し指が刺さる。爪は整っているが戦う人間の手なので普通に硬くて少し痛い。父性母性ではなく軽めのキュートアグレッションだったか。

 

「先生、ソレ、噛まない?」

「しちゅれいな」

 

 釘崎くんは指差して距離を取った。

 え? こんなに可愛い赤ちゃんなのに……?

 

「因みにこれってこのまま悠仁出てこれる?」

「ゆーじくんが、しょのきなら」

『やだ』

「やだ、って」

「え~~、ただの好奇心じゃなくて、僕にもちゃんと考えがあるから出て来て欲しいな~~」

『ほんとかよ……』

「……私、アッチ行って勝手に始めてるから。先生も満足したら来てよね」

「はぁ~い」

 

 いつまで経っても授業が始まる気配がないので、釘崎くんは見切りをつけて伏黒くんと朱紅赤の方へ歩いて行く。

 先生は完全に授業を放棄しながら幾つか悠仁くんと言葉を交わし、最終的に丸め込まれた悠仁くんがようやく私と変わってくれた。

 

「……ね~、しぇんしぇ……。たのし……?」

「くふっ、ふふっ……! 悠仁の方が拗ねてるのサイコーに面白いな」

「あのしゃ~~、おれ、マジでどーなっちゃってんのぉ~~……?」

「別に体作り直されただけで、いやまぁそれも結構なことだけど、他は大丈夫そうだよ。主導権は悠仁にあるんなら、なんとか言うこと聞かせてみたら?」

「そうおもって、しぇんしぇにぶつけようとしたけっかが、こりぇなんだけど……」

「アハハ、たしかに」

 

 ふふん、私の『なんとかする』能力を甘く見るなよ。

 死んでも何とかなっているくらいだぞ。

 

「それで悠仁、骨格とか頭、もしかして脳もちょっと削れてると思うんだけど、思考力の低下とか自覚ある?」

「のう!?」

「そりゃそうでしょ。頭囲、つまり頭の大きさが、十センチくらいかな? 縮んでるし」

「おれのからりゃ……」

『既に悠仁くんは魂と身体が切り離されているも同然なわけだから支障ないはずだが』

「んぇ~~? しこうりょく、て、いわりぇても……、わかりゃん、なんかもんだいだして」

「14+17は?」

「……さんじゅいち」

「18×3は?」

「え、まって……。にじゅし……で、さん……ごじゅうよん」

「普段からそんな感じ?」

「ン゙ッ! そう、でしゅ……」

「いいね~~! オッケー大丈夫そう!」

「なにが?」

「ウフフ、こっちの話~。もしかしたら悠仁とナクスにお願いすることがあるかもしれないけどその時は宜しくね」

「なにが!? じんせぇのなかで、あかちゃんになってよってことありゅ!?」

「いやいや、今のところは赤ちゃんが必要な予定はないからダイジョーブ!」

 

 自信ありげにピースされてもなんのこっちゃだが、先生の中で何らかの計画が進んでいることだけは分かる。

 この世界、戦力的には原作以上だし、夏油先生も元気に先生やってるようだし、シリアスなことではなくてくだらない悪戯のような話だと思いたい。

 

「ナクシュ」

『今考えても何も分からん。その時になったら考えれば良いと思う』

「ばか! いきあたりばっちゃり!!」

「ナクス、僕もう満足したから悠仁のこと戻してあげてよ」

『今すぐ戻しても良いが、下を穿かないと悠仁くんのアレがコンニチハするぞ』

「しぇんしぇ、おりょして。パンチュとか、はくかりゃ」

「……この血みどろのやつ?」

「……やっぱ、おれのへやまで、ちゅれてって……」

 

 先生は散らばった悠仁くんの肉片と制服を蒼で集めて赫で消し飛ばす。お掃除完了。

 悠仁くんは先生にだっこされたまま男子寮へ向かう。

 

「まっさか一週間ももたずにあんなビリビリのグチャグチャにするとは僕も思わなかったな~~。悠仁の制服、十着くらい注文しとこっか」

「あい、おなしゃす……」

 

 元に戻った後、軽くシャワーを浴びて血を落とし、制服がなくなってしまったので、初期装備のパーカーに着替えて再びグラウンドへ出る。

 その間、特に私に何も言ってこないが悠仁くん的にかなりおかんむりだと思うのでなんとか謝りたい気持ちはある。しかし具体的に何にそこまでおかんむりなのか良く分かっていないので下手なことが言えない。傷つけたくて傷つけたわけではないし、治したしな……。具体的にどこがダメだっただろうか。駄目だ、ニンゲンの気持ち、一生分からん。呪霊か。呪霊だったわ。

 

 五条先生は自分で時間を潰しておいて時間が勿体ないと言い出し、男子寮を出てから悠仁くんごと瞬間移動で三人に合流。

 

「じゃあ仕切り直していこうか!」

「……ウス」

「虎杖……」

「大変そうね」

「俺としては一周回って気持ちの整理がついてきたので構わん。オマエは一生その阿呆と二人で仲良くしていろ」

「見捨てんといて!」

 

 釘崎くんと伏黒くんからはかなり同情の目が向けられ、朱紅赤に至っては私を見て何かと吹っ切れてきたようだった。

 良いことだ。馬鹿に付ける薬はないが、馬鹿はシリアスの特効薬だとボーボボにも書いてある。生きている間は生きていくしかないのだから、きみは私を服用してもっと楽しくお気楽に生きてくれ。

 

「寄るな、阿呆がうつる」

 

 あ、そのリボン見覚えがあると思ったら宿儺衣装の帯と同じ柄なのか。可愛い。

 

 

 




悠「……まぁ、「治してやる」って言ったじゃんて言い分は分かるんよ。でも腕が丸ごとぶっ飛んだりとか、そういうの、もうちっと深刻なトーンで先に言ってくんない?」
ナ「すまん。ショックがデカかったか。謝る。ただ、これからもそういうことはかなりあると思う」
悠「やだ」
ナ「正直、私を抜きにしても手足が取れたり目の前で人が死んだりすると思う」
悠「呪術界、なに?」
ナ「異常者の集まり」
悠「自己紹介?」
ナ「言うようになったな! 今の切れ味良かったぞ!」
悠「やっぱ自己紹介じゃん! 嬉しそうにすんな!!」



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『亡者』 その1

【前回のあらすじ】
 悠仁くん、初めての体育で肉体を爆破されて赤ちゃんになる。


----伏黒視点----

 

 七月。

 西東京市、英集少年院。

 

 一年だけ。

 朱紅赤抜き。

 特級案件。

 

「五条先生と夏油先生には?」

「正式にご連絡済みです。しかし、お二人とも現在ご担当の出張任務も特級案件なので、ご確認されるのがいつになるか……」

「分かりました」

「すみません、お気をつけて……」

 

 面会に来ていたという保護者に避難してもらった後、伊地知さんに念押ししてみたが、やっぱりと言うべきか先生らに連絡はつかない。

 諦めて虎杖と釘崎の方へ合流して宿舎の扉に向かう。

 

「伏黒、先生ダメそう?」

「難しいだろうな。それでも任務が人命救助な以上、ここで待ってるワケにもいかない」

「そっか……」

 

 確かに万年人手不足じゃ等級違いの任務もままあることだし、特級案件が同時に発生すればどうしても後手になる場所は出る。

 それでも三か所同時。更に見た目からして明らかに変態の余地がありそうな呪霊相手に、一般人五名の生存者の確認と救出とかいう『接敵しないことが前提』の任務内容。手数としては俺一人でも大差ないハズなのに、わざわざ三級と二級相当も付けるあたり、逆に上の『御意向』ってやつが透けて見えるようだ。

 受肉した両面宿儺の器を消す。そのついでとカモフラージュで俺と釘先を巻き込んだのが本音だろう。

 

「虎杖、ナクスの調子はどうだ」

 

 伊地知さんが帳を降ろしてくれたのを横目に、こっちのジョーカーの最終確認をしておく。

 

「……生得領域で折り紙してる」

「今日も絶好調に呑気だな」

 

 一応、ナクスがフライパンいっぱいの巨大ハンバーグを作って喜んだり縄跳びで本気を出し過ぎて千切れた縄がどっか跳んでったりしているバカ動画を撮って五条先生から上層部へ送って貰ったはずだが、こんなのの為に労力を惜しまないなんて上層部も暇だな。

 

「ナクス折り紙しまっ、あっ! 燃やさんでも良かったのに!」

「作品があるとつい眺めてしまうので無に帰した」

「小学生?」

 

 虎杖の顔にナクスが出てきた。

 送った映像に余りにも説得力がないせいで五条先生の冗談だと思われたか、もしくは認めた上で歴史を守るために抹殺しようとしている可能性もある。

 

「なんだ、みなしてそんな不安げな顔をするな。今回の任務、駄目そうな時は私がなんとかしてやる」

「その心意気はありがたいんだけど、よそ見せんといてね」

「土壇場でミスったら未来永劫呪うわよ」

「建物崩落だけはマジで気を付けろ」

「誰ひとり私を信じてくれんな」

 

 味方してくれるかどうかよりも注意力散漫なことの方が信じられない呪いの王ってなんだ。パワーだけは信頼できるが、それならまだ五条先生の方が良い。これに命を預けるしかないなんて不安過ぎる。

 

「……準備良いなら入るぞ」

 

 玉犬を出して両開きの扉を押し開けると、外観と全くかみ合わない入り組んだ路地裏のような空間が広がっていた。

 

「な、え? どうなってんだ? 二階建ての寮の中だよな!? 生得領域……?」

「生得領域!? このバカ広いメゾネットみたいなのが!?」

 

 立ち並ぶビル。絡まる配管、電線。室外機や配電盤も見える。

 路地裏、というか、治安の良くない地下道への入り口に近いかもしれない。

 

「……扉は!?」

 

 基本、領域に出入り口はない。

 入ってきた場所を振り返ると、扉は設置されたままだった。

 

「なによ、びっくりさせやがって」

「……一応、俺開けてみよっか?」

「慎重にやれ」

「分かった」

 

 虎杖がそっと取っ手を掴んで。

 

「……開かねぇ。……ん、いよいっ……しょ……!」

 

 押してみて開かず、引いてみて開かず。

 

「ダメだ、全然、開かねえ!!」

「カタチだけ残しとくなんて陰湿なことするわね。これじゃ帰りどうすんのよ」

「場所は玉犬が臭いで覚えてる。ナクスならこの扉突破できそうか?」 

「……」

 

 虎杖は扉から手を離した後、何故か呆然とその場に立ち尽くしている。

 

「虎杖?」

「んぉ? ああ、ごめん、大丈夫。ナクスもたぶんいけるって」

「なんか気になったことがあるなら言っとけ」

「いやちょっと、こう『扉、開かない』ってのをちょっと噛み締めちゃったっていうか……?」

「それ大丈夫か?」

「ちょっとドキドキしてる」

「ハァ、緊張感……」

「しょうがねーじゃん! こんな規模の超常現象初めてなんだから!」

「ナクスには負けんだろ、奥行くぞ」

「んぇ……。……」

 

 強引に先を促せば、虎杖は微妙な顔をしたままついてきた。

 ナクスのインパクトの方向性が違うのは俺も分かってるので敢えて突っ込まない。

 

 低級呪霊に会うこともなく薄暗い通路を十五分程度歩き回ると、ふいに虎杖が腕を摩った。

 

「なあ、なんかここ、寒くねぇ?」

 

 気づかないうちに気温が低くなってたかと思ったが、改めて意識しても体に冷えはない。

 

「いや、俺はなんともない」

「私も平気だけど……」

「マジ? 俺だけ?」

「そういえば虎杖、前にナクスの手が冷たいって言ってたわね」

 

 釘崎が思い出したように言う。

 手? たしかにナクスの指は呪印で黒かったが、『冷たい』ってなんだ……?

 

「あ〜、たしかに。じゃあ俺、呪力を寒く感じんのかも」

「呪力を? でもアンタ、先生に転がされたり、一緒に任務行ってもそんなん一回も言ったことないじゃない」

「釘崎、虎杖。その話を前提に考えると、この呪霊、ナクスの指を取り込んでる可能性があるんじゃねーのか」

「……」

「……」

「……もしもしナクスさん?」

 

 全員、一瞬足を止めて虎杖の頬に視線を送った。

 

「そうかもしれん」

 

 呪いの王は小学生並みの開き直りをして見せる。

 

「ポンコツレーダー!」

「いや別にサボっていたわけではない。努力していたが気配が全く分からなかったので黙っていただけだ。これはもう悠仁くんの方がレーダーとして機能するまであるな」

「も~~! ホントにぃ?」

「縛りで証明しても構わんぞ」

「いーよそれは。夏油先生にも縛りはくだんないことで乱用しちゃ駄目って言われたろ」

 

 自分の顔と言い合っている。

 客観的に見て中々な絵面だが、虎杖はもう随分慣れた様子だ。

 

 縛りで証明して良いとは言うが、こんなんでも『両面宿儺』だから、百パー信じて良いとも思えない。

 

「はぁ……。虎杖、取り合えず今後のことは生きて帰ってから考えりゃ良い。今は任務だ」

「私コイツに頼るしかないのすっごいイヤなんだけど……」

「俺も」

「二十四時間一緒にいる俺の気持ち考えたことある?」

 

 そんなことを言いながらも更に先に進んで、分かりやすいT字の分かれ道にぶつかった。

 虎杖に『寒くない』方を選んでもらって通路を曲がる。道なりに冷気が漂ってきてるのか単純な距離によるものかまでは判別できないらしいが、ないよりマシだ。

 

 ただ、虎杖がナクスの手、両面宿儺の指を『冷たい』と感じるのは気になる。朱紅赤はいつも指の反応を『熱い』と言うが、これは二人の器としての性質が逆ってことなのか?

 

 考えながら、かなり開けた部屋に出る。特に何もないと思って通り過ぎようとすると、玉犬に軽く裾を食まれた。

 

「どうした」

 

 視線を辿って部屋の隅を見れば、ほとんど人間の形をしていないせいで気づかなかったが、そこには、ひしゃげた、というより、巨大なものに踏み潰されたような肉塊が床に落ちていた。飛び出た内容物が混ざり合って、近寄るとかなり臭う。一応、写真で見た英集少年院の制服が三セットと、大きめの肉のまとまりが三つあるので三名で間違いはなさそうだ。

 

「伏黒、それ、人間なのか……?」

「……死者、三名確認だな」

 

 確認するまでもなくとっくに息はない。

 なんなら、息を吸うための機能が完全に破壊されている。これはかなり遊ばれたか、犯人がとてつもなく巨大かの二択。どちらにせよ、現時点で特級が孵ってると見て良さそうだ。

 

「なぁ、この遺体、持って帰れねぇかな」

 

 ……虎杖にそう言われて、どうするか迷う。

 上下で分離してるだとか頭が取れてるくらいは覚悟していたが、流石にここまで汚いとかなり抵抗がある。遺体袋、いや、デカめのビニール袋でも用意しときゃ良かった。

 

「この名札、あの人の子供だと思うし……」

「……一応、前提として言っとくが。こいつらは受刑者で、そいつは二度目の無免許運転で女児を跳ねてる。で、俺たちの任務は『生存者』の確認と救出。正直、俺としては死体になってまで助けたいとは思えない」

「犯罪者だから見捨てるってのかよ!」

「っ、……分かった。でもちょっと聞け」

 

 虎杖は優しい。

 俺の人生、人間なんて結局みんなケダモノだと言いたくなるような人達に囲まれてきたから、尚のこと眩しく見える。

 そんな『真っ当』な人間の言い分は叶えてやりたいとは思うが、現実的に考えるとそうもいかない。 

 

「『持って帰る』方法はある。が、持って帰る為に、言っちまえばそのゲロとかウンコとかが混ざった体液まみれになる覚悟、あるか?」

「ふ、伏黒なに言って……?」

「釘崎もだ」

「私も!?」

「道具袋と緊急回避場所が一緒くたになってる。接敵すればまずそれを使う。つまり持ち帰る場合、いざって時、負傷してるかもしれない状況で全身に浴びることになる。もちろん俺は生理的にも衛生的にも嫌だ」

「ゔ……、でも、だからって、死体もなしに死にましたなんて……!」

 

 なおも食い下がろうとする虎杖だが、もう最初ほどの勢いはない。

 

 すまん、夏油先生に教えてもらった手法だ。

 感情論で喧嘩になりそうなとき、まず『分かって欲しい』のか『我儘を押し通したいのか』で分ける。もし我儘を押し通したいだけなら、相手の意見は否定せず、別方向からネガキャンになる『事実』を威力高めの表現で伝えてみるなどして、兎に角相手の意思を揺らがせる。

 虎杖には悪いが今ここで人助け云々でモメたくねぇし、この『内容物』とはマジで一緒になりたくないので、狡い大人に倣わせてもらう。

 

「……分かったわ」

「釘崎!?」

「もう覚悟したん!? 男前過ぎねえ!?」

「違う!! 名札! 名札持って帰ったら良いでしょ!! 脳みそとかモロモロ出ちゃってる遺体見せるのも酷だ、し……?」

 

 釘崎が口を噤んだ。

 地面が揺れている。

 建物内に、重たく巨大なものが高速で暴れ回るような音が響く。

 

「なんかデケーのがこっち来てる……?」

「特級!? どういうサイズなのよ!」

「いや、この感じは、ど──」

 

 

 ──土砂崩れ。

 

 

 音の響いてきていた側の壁が吹き飛んだ。

 部屋いっぱいに真っ赤な濁流が広がって、どう見ても回避できない。

 

「しゅく、──」

 

 ここにいない人間を真っ先に心配してどうする!

 

「ッ釘崎、虎杖! 影に入ってやり過ごす!」

「カゲ!?」

「さっき話した緊急回避だ!」

 

 見せたことはなかったが、時間がないので問答無用で二人を玉犬ごと影に匿って自分も中に沈んだ。

 直後、赤黒くて粘度の高い液体がその上を掻きむしるように暴れまわっていく。

 

「助かったわ、アンタこんなことできたのね」

「まぁ、今のところ隠遁とか物の持ち運びくらいにしか使いこなせてねーけどな」

「今くらい素直に誇りなさいよ」

「……ん」

「二点」

「褒めたいのか難癖つけてーのかどっちかにしろ」

「こちとらマジで死ぬとこだったんだから感謝してるっての」

「だから態度どっちかにしろって」

 

 状況が似ていて、つい昔のことを思い出す。

 朱紅赤は、怖いことなんてこの世にひとつもなさそうな顔をしておいて、土砂崩れを目の前に動けなくなったことがあった。

 

 本来なら俺を抱えてでも逃げられるだけの時間的余裕があったはずなのに、肝心の本人が心ここにあらず。俺は玉犬を出そうとしながら駆け寄って、それでも間に合うか分からなくて、影の中に入ることを思いついたのと同時に朱紅赤に飛びついた。

 朱紅赤は影の中で「また流されると思った」と呟いたきり何も語らなかったが、五条先生が言うには堕胎のイメージじゃないかって話だ。器である朱紅赤が形作られた際の手順は喪失しているものの、口にするのも憚られる内容であるのは考えるまでもない。

 

 

 

「伏黒くん」

 

 

 

 優しく名前を呼ばれて我に帰る。

 見れば、虎杖の顔に呪印が浮かんでいた。一応俺たちを助ける気はあったらしい。

 

「外が落ち着いたら選手交代だ。お相手は本当に『私の指』らしいからな。お前たちにはあまりに荷が重い。まあ、挑んでみたいなら止めはしないが、どうなっても私は知らん」

「ナクス。オマエ本当に自分の指を感知できねぇのか」

「……やれなくはなさそうだが、まだやり方が掴めん」

「どういう意味よ」

「認識能力に問題がある。『指』が集まってくればたぶんなんとかなる可能性がありそうなので今後に期待してくれ」

 

 ナクスは全然なんともなりそうじゃない希望的観測を口にしながら下がり眉で軽く笑った。

 

「アンタほんっとにポンコツね」

「悪かったとは思っているし、だからこそ今から私が代打で出る。大目に見ろ」

 

 罪悪感は薄そうだが、釘崎に詰め寄られても素直に詫びる。

 特級呪物のクセに基本的な性格が穏やかで素直で俗っぽくて行き当たりばったりでマジで調子が狂う。

 

 つい一ヶ月前までは、まさか『両面宿儺』が俺のことを『伏黒くん』と呼ぶなんて想像もしなかったくらいだ。

 しかも、よく見れば右手には汚れた布切れが握られている。

 

「……名札、回収したのか?」

「うん、三つな」

「なんでだ?」

「なんで? とは?」

 

 俺の問いかけに、本気でなんのことか分からない顔で小首をかしげられた。

 言動に似合わず何気ない所作に品がある。虎杖の顔なのにしっかり別人だ。

 

「オマエ自身は虎杖とそんなやりとりしてなかっただろ」

「まぁ、そうだが、回収した方が嬉しいだろ?」

「嬉しい?」

「主に悠仁くんが」

 

 ……そんなことを言われても、朱紅赤ならあの局面でそんなお優しいことは絶対にしない。

 なんなら、この間なんて呪詛師の手足の関節を逆パカして用水路に突き落として溺れる姿を見て、心底楽しそうに笑ってたのに……。ただ、言い訳すれば、あれは呪詛師を捕縛する任務だったから呪術師的には合法的行為だった。

 もちろん後で家入さんから「放置したら死ぬってレベルまでやるな」と怒られたりはしたが。

 

「呪いの言うことなど信じられんという顔だな」

「当たり前だろ」

「そうか、なら……」

 

 ナクスは少し悩みながら制服のパーカー部分を外して、それに受刑者の名札を包む。

 ついでに手まで拭ってから俺に押し付けて来た。

 

「見返りに朝マックでも要求しておこう」

「ふざけてんのか」

「何故キレられねばならんのか」

「この状況下でまでそんな呪いらしくない振る舞いされても、逆に納得できねぇ」

「はー草。呪いに対して変に誠実であろうとするな」

「せいじつ」

「本人がそれで良いと言い切ったのだからそういうものと思え。済んだことに負い目を抱えていては容易く引っ張られるぞ」

「……何に?」

「……脳筋」

「はぁ?」

「いや、良い。伝わらんということが十分伝わった」

 

 のうきん?

 脳筋に引っ張られる? 今ので理解できなかったのが脳筋だって言いたいのか?

 どういう意味かさっぱり分からない。釘崎を見ても俺と同じように困惑している。

 

「さて」

 

 パン、と柏手を一つ。ナクスは上を指差した。

 つられて上をうかがう。相変わらず赤黒くて何も見えないものの、音や揺れはかなり落ち着いていた。

 

「私は外へ出る」

「大丈夫か」

「死にはしまい。いや、私は既に死んでいるのでこれ以上死ぬことのない身だが、悠仁くんを死なせはしない」

 

 不安しかないが任せるしかない。

 水面に出来たナクスの影に移って外を見渡すと一面に赤い浅瀬が行きわたっていた。

 不思議と壁や天井は濡れてなくて、液体砂時計の粒のように、液体は不自然なくらい綺麗に床まで滑り落ちている。

 

「アハハ」

 

 何がおかしいのかナクスが笑った。

 頭の方を見上げると、制服は綺麗なのに何故か髪だけびしょ濡れ。初めは血かと思ってたが、随分とモタついた質感から見て血よりも粘度が高そうだ。

 

「では案内は頼むぞ悠仁くん」

 

 前髪を撫でつけるように持ち上げて、どぷどぷと重たい水音を立てて通路の一つを歩いて行く。

 

「……よく考えたらナクスに脳筋て言われたの、癪ね」

「それでも実際、何を言ってるのか全く分からなかった」

「夏油先生に聞いたら教えてくれるかしら」

「知ってればな」

 

 やっぱり、記憶なくしたっての嘘だろ。

 自分にとっては常識だった技術が、今は失われているらしいので強引に話を打ち切った。そんな風な態度だった。

 

 迷いなく進んでいくナクスの横顔を見上げれば、いつもより真面目な顔をしていて、顔の呪印も相まって呪いの王の風格があるかのように錯覚する。

 だがどう考えても役割が逆だ。

 なんで虎杖がレーダーやってんだよ。安全面を考えるとこっちの方が良いのもなんかムカつく。

 

 それから何度目かの角を曲がると、ふいにナクスが歩みを止めた。

 

「見つけた」

 

 通路の先の暗がりに目を凝らす。

 ナクスの影から見上げるアングルの上、相手がこっちより少し低い位置にいて見づらいが、確かに縦に長い、人間の様なシルエットが見えた。

 

 俺たちから横向きに立っていて、寝袋の様なものを胸の辺りまで引き上げ、腕を身体の前に伸ばしている。

 

 向こうからも十分気づける距離の筈なのに、ナクスは構わず無造作に移動を再開した。

 近づくにつれ、分かることが増えていく。

 

 

 

 

「……アア、あ゙、……サあぁあ……む、イ……」

 

 何か喋っている声が聞こえる。

 

「……さ、む……」

 

 扉に爪を立てて掻いているのが分かる。

 

「あ゙けええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ──……………てェ……」

 

 横顔から、目が四つあるらしいのが分かる。

 

「あけてぇ」

 

 指が黒いのが見える。

 

「あけてぇえええええええええ゙え゙」

 

 時折、カチカチと歯を鳴らしているのが聞こえる。

 

「さぁ゙、さむぅイ゙いいいいぃいいいイィよぉお、お、お? サ、あ? あ、ぉ゙も゙、モぉイ゙」

 

 ナクスに気づいてこちらに向き直った後、右に左に首を傾げて、少し後ずさった。

 

「ゔぅううううううあああああああぁ゙……つ、うれぇ、るぅ゙……」

 

 ミノムシの様な姿の特級が寒がるように自分の肩を抱きすくめると、赤黒い水かさが増す。

 ナクスはそれでも馬鹿正直に真っ直ぐ近づいていく。

 

 

 

 

 特級の放つ圧よりも、余りにも異様な雰囲気が気になり、思わず釘崎と目を合わせてお互いに首を捻った。

 

「寒い……?」

「やっぱ、寒い、開けて、って言ってるわよね。私、特級ってもうちょい安定した自我があると思ってたけど」

「そのハズだ」

 

 呪霊がうわ言のような言葉を繰り返すことは良くある。ただ、それは特定疾病呪霊や仮想怨霊が自分自身の設定に沿った言動をするのがほとんど。あれの『由来』になりそうなのは少年院という場所くらいだが、現代社会で少年院で寒さに震えることなんてそうないし、被害者達の怨念にしたって、訴える内容が寒さなのは不自然過ぎる。

 

 さっき虎杖も寒いと言ってたが、呪いにしか感じられないなにかがある……?

 

「そこな特級くん、良く分からないものを拾い食いしてはいけないぞ」

「アぁアァ、あ、あじぇ、て、ぇえ、えええぇえ……」

 

 喋りながら、ナクスが更に数歩前に出た。

 重たい水をかき混ぜる音がする。

 

「それは私のだから返してもらえるか?」

「あ゙ァ゙アアアア!! や゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ だ ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア ァ゙ !!!!」

「メンがヘラって会話も進まん。お前を苦しめているのはそれなのに、そんなにも離れがたいか」

 

 影の中まで振動が伝わるほどの叫びだってのに、ナクスの声は不自然なくらいよく聞こえた。

 呪霊は呪いが集まってできているものだし、これまでに両面宿儺の指を取り込んだ呪霊がこんなことになった事例を聞いたこともない。呪霊自身が呪いによって気が狂っているなんて前代未聞だ。

 大体、『良く分からないもの』ってなんだ。『両面宿儺の指』は『良く分からないもの』じゃない。少なくとも、今まではそうじゃなかった。

 つまりナクスは、呪いとして大きく変質していて、更にその自覚がある可能性も高い。

 

「ん。伏黒くん。私の後ろに回れ、死ぬぞ」

「ッ!」

 

 俺が影をずらしたのと特級の口から呪力の塊が放たれたのはほぼ同時。

 ナクスはそれを、虎杖を爆破した日に見せた例の防壁で受け流す。通路が狭かったせいで少し壁が抉れたが、崩落までは至らなかった。

 指の数は二対一。しかもこっちは両面宿儺本人。無名の特級に勝算はないに等しい。

 

「どうしたものやら」

 

 通路から特級のいる部屋へは階段になっているらしく、通路の終わりで赤い水が段差を作って滑り落ちていた。

 

「……なるほど、ここに帰ってきたか」

 

 ナクスの言葉を聞いて辺りを見渡せば、多少レイアウトがずれているものの、俺たちが入ってきた場所で間違いなさそうだった。

 特級が開かないと引っ掻いていた扉も最初に俺たちが入ってきた扉だ。

 

「水位があるので少し煩わしいが……、まぁよし」

 

 ナクスが階段を踏み切って開けた場所へ飛び降りると、腰のあたりまで沈む。

 特級は水面に浮かぶように立っているので、かなりこちらが不利な立ち位置に見えるものの、ナクスは気にした様子もなく手を伸ばす。

 

「ゔ、ァ゙あッ────」

 

 特級は体を庇おうと腕を前に出して、そのまま呪力の砲撃にぶち抜かれ、モーセの十戒の様に赤い水を縦に割って吹き飛んだ。

 ナクスは相手の腕を消し飛ばした上から更に何発も呪力を撃ち込み、壁が割れた先でボロ雑巾の様に転がるそれに近づいていく。認めたくないが、俺一人じゃ絶対に太刀打ちできない相手をこうも簡単に追い詰める姿は、確かに呪いの王だ。

 

「今一度聞こう」

 

 壁をぶち抜いた先は、手前から奥に向かって平らな橋が複数架かった構造で、赤い水が橋の三分の一辺りで全て横に流れて尽きている。

 

「それは私のだから、返してもらえるか?」

「イ゙、……」

 

 特級は橋の中央辺りで蹲っていた。

 消し飛んだ腕はボコボコと再生しつつあるが、その両手で頭を抱えながらカチカチと歯を鳴らし、動けない様子だ。寝袋の様なパーツも破れたまま治らず、脚が出ている。

 ナクスは特級の前まで来るとしゃがみ込み、肩を掴んで上体を起こさせた。

 

「……なぁ、何故被害者の様な顔をする。この空間を閉ざしているのも、自身の心を苛むそれを大事に抱え込んでいるのも、人間を数名圧殺したのも、お前なのに」

 

 角度的に表情は良く見えないが、もはや抵抗を諦めたらしい。特級の腕はダラリと下がって、再生を止めた。

 

「人を呪わば穴二つ。……早く楽になりたいのなら、潔く『それ』を差し出せ」

 

 ナクスの黒い指先が、直に胸へ触れる。

 

 そこから軽く突いて押しただけで、特級の胸が、ビシュ、という音を立てて大きく内側から裂ける。 

 何らかの技法かもしれないが、呪術を行使したようには感じられなかった。にも関わらず、相手はドロドロに崩れ去って、赤い水がズルズルと消えていく。

 

 呪いの王は、表れた自分の指を■■、手に取った。

 ■■? ■■は、■の■……?

 

「あ〜〜、我ながらこれを口に入れるのは気が引ける……」

 

 とか言っておいて速攻で食った。

 相当不味いのか、一瞬、顔のパーツが中央に寄る。

 

「……オェ゙ッ! よし、終わったぞ、悠仁くん。……もし? ……聞こえますかユージくん!!」

 

 何度かの呼びかけの後、部屋はシン、と静まり返る。

 切り変わる気配も、虎杖の返事も聞こえない。

 

「二人とも助けてくれ、悠仁くんから返事がない」

「助けてくれじゃねーよ」

 

 呪いの王にどうしようもないことを俺たちにどうしろってんだ。

 とりあえず、影から出て釘崎を引っ張り上げる。

 

「なんで今ここで食ったのよ馬鹿」

「大丈夫だと思った。やってみたら駄目だった」

「マジで馬鹿だな」

「え? ていうか虎杖、さっきまで元気だったのに……死んだの……?」

「死んではいない、生得領域でぶっ倒れている」

 

 かける言葉がないオブザイヤー受賞。

 五条先生の言った「バカだけど天才」が宇宙一似合う男。

 ため息が零れた。人生で一番深かった気がする。

 

「故意じゃなかったにしても、どうすんだよ。まさかそのまま高専に帰るワケにいかねぇだろ」

「……なら私が悠仁くんのフリをするか」

「やめとけ無理だ」

「いや、呪印は消せる」

「そういう話じゃねーだろ馬鹿」

 

 ナクスは俺の言葉を無視して呪印を引っ込めて前髪を降ろした。

 

「えーと? うん、ほら、俺ってこんな感じだろ? どう? それっぽくできてるっしょ?」

「……なんかキモいわね」

「なにが!? そこまで不自然じゃないだろ!?」

 

 赤い水が消えたのでベトベトだった髪は元通り。

 釘崎の言う通り、それなりに上手く演技できてるのが逆に気持ち悪い。

 

「見て一発で気づく五条先生もノッてくれると思うし、別に内部で一日二日くらい大丈夫だと思うけどなぁ?」

「五条先生が大丈夫だからこそ絶対駄目だ。あの人らは絶ッッッッ対に、悪ノリする。なんとか虎杖不在で場を繋ぐ方法を……」

 

 自分でも驚くほど力の篭った「絶ッッッッ対」が出た。

 と同時に、特級術師による不謹慎の極みみたいな「遺影でイエーイ」がフラッシュバックして解決策を思いつく。実際の遺影でやるな。

 

「……よし、虎杖は死んだことにするか」

「ちょっと、先生にどう説明すんのよ」

「まぁ聞け。ナクスなら腕だの内臓だの吹っ飛ばしてもすぐに治せるだろ。あえて重傷を負って瀕死になって高専に戻って、処置が間に合わず死亡したことにする。で、虎杖の意識が復活次第、何事もなかったかの様にしらばっくれて戻ってくれば丁度いい」

「丁度いいって何よ」

 

 事情を知らないらしい釘崎に、今回の呪霊発生の不自然さの解説と合わせて、今まで結構な数の謀殺を仕掛けられていることを説明する。

 逆に何で聞いてねぇんだ。教師陣の顔を思い浮かべる。納得した。

 

「イ゙~~ッ、オエライサマってのは他人の足引っ張るしかできないワケ?」

「割と昔っからこんなことばっかだからな。嫌になったら京都に転校した方が良いぞ」

「しないわよ、こんなことするようなヤツらの息がかかったトコ入るなんてクソ田舎にいるのと大差ないわ」

「……なら良い」

 

 田舎が嫌だから東京にある呪術高専に入学した。

 それだけの理由でと思ってたが、それなりに根は深そうだ。

 

「伏黒くん、死んだフリをするのは構わんが、敵はもう倒してしまったぞ。どうする」

「自決しろ、細かいカバーストーリーは怪我の状態から後で考える」

「現代日本とは思えんパワハラぶりだな」

 

 とかなんとか言いながら、ナクスは制服の前を開いて胸に指を突き立て、あろうことかそのまま心臓を抉り出した。

 

「まだやるんじゃねぇ!」

「心配するな。別に心臓のひとつやふたつ、なくなったところで死にはしない」

「人間は死ぬんだよ!!」

 

 とはいえ本人はマジで元気そうだったので、そのまま施設を一通り確認した後、伊地知さんに軽く説明し、ナクスをトランクに詰めて高専に帰った。

 

 




●オマケ●

釘「それより私、そういう謀略云々て話、先生からなんにも聞いてないんだけど!」
伏「夏油先生からも?」
釘「聞いてない!」
伏「たぶん、迎え行ったとき五条先生から伝える筈だったのを忘れられたとかだな」
釘「テキトー過ぎるでしょ! 生徒の命狙われてんのよ!?」
伏「こんな早い段階から釘崎巻き込む強引な手に出るなんてってのもあるが、十年くらいそんな感じだから何かと麻痺してんだよ。俺だって虎杖の手前ああ言ったが、今回ナクスがいなかったら適当な理由付けて先生のどっちかが来るまで粘るつもりだった」
釘「うわ~、遺体見つけた時も思ったけど、伏黒、やっぱ助ける相手選ぶタイプか……。私の感じた重油カモメ着火マンの第一印象はあながち間違ってなかったってことね……」
伏「なんだその嫌な第一印象」
 


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『亡者』 その2


※今更だけどナクスの言う呪いや死ぬことについての世界観は作者の創作なので調べても何も出てこないハズだっちゃ。出て来たとしても全然関係ないのでこっちのお話の内容を真に受けないでね。


----悠仁視点----

 

 腹周りが少し締め付けられてる。

 袖が嵩張ってて、動きにくくて……これ、着物か。

 

 気力も体力も尽きてるみたいな感じがして、強烈に体が重い。目も開けていられない。違う、開けても何も見えない。真っ暗な地面の上に直に倒れてるらしい。少し湿った石の感触……、冷たい筈なのによく分からない、頭が痛いし、さっきから息も碌に吸えてない。胸が締め付けられる。喉が乾いて舌の奥が貼り付く。音も聞こえないし、周りに誰もいないのかもしれない。

 

 これ、まさかナクスが死ぬときの。

 

 あ、と思う間もなく緩いぬかるみに沈むように五感と身体の噛み合いがなくなって、どこかに落ちていく。このままだと死ぬ、いや、たぶんもう死んでるけど、自分がなくなる、と思った。

 上下の感覚が曖昧になって、無機質な壁に押しつけられて、骨が軋んで、それでもまだ引き付けられるみたいにひたすら重たくて、内臓が潰れそうだ。重たい、やばい、自分の意識が、『自分』の最後の砦が、崩壊しちまう、でも、押してくる何かに形はない。拒めねぇ。壁の方は、切れ込みみたいな細い隙間しかなくて、やばい、やばい、これ、もしかして、扉だったりしてくんねぇか、開け方、開け方が分かんねえ、早く、早く……! なくなる! 自分がなくなる!! こんな、何もないところで、一人でひき肉になって、終わりなんて、嫌だ! 寒い!!

 

 冷たさは感じてないのに、異様に寒い。

 魂が急速に冷えてくような感覚が余計に寒さを煽る。

 

 追い詰められすぎて物事がうまく考えられなくなっていく。

 

『 悠仁くん 』

 

 味わったこともない嫌な焦りに完全に飲まれそうになった瞬間、扉の向こう側から声が聞こえた。

 

『 正直 かつてどうやって開けたのかを覚えていない まだ かなり 頑張ってもらうことに 』

『……お゙、ま゙ぇ゙……!!』

 

 声の質は聞き覚えがない、いや、朱紅赤に似てる気もするが、発言がどう聞いてもナクスだ。

 救世主かと思ったけどよく考えたらこの状況自体オマエのせいだよ。

 

 それから、永遠にも感じられる、たぶん数十秒の間を耐えていると、ずっと押しつけられてたそれが突然両開きに開いて、明るい方へ崩れ落ちる。

 

『ぅオ゙!? げほっ……! は、……!』

 

 ナクスの生得領域だ。

 

『し、しぬ゙かと……!!』

『悠仁くん』

『ナ、なく、ナクス、さむい……!』

 

 死んでない、制服を着ている。

 ただ、猛烈に寒い。思わずナクスの手を取っても冷たくない。これは逆に言って、俺が冷えすぎてるってことだ。

 死にそうなことに変わりはねぇ。そう思ってると、掴んでたナクスの手が解かれて、なんでか頭から足まで撫でまわされる。よく分からんままナクスにもみくちゃにされた。

 

『うん、ざっと見て分かるような明らかな骨折や出血はないか。すまんな、良く耐えた。偉い。今から少しずつ私の体温を上げる』

 

 そう言った後、改めてナクスの方から手を向けてくれる。

 や、優し……! これ俺騙されてるかなぁ!? コイツマジで他人をいたわることに躊躇なくて信頼パラメータカンスト待ったなしなんだけど!! まぁ過失もヤバいんだけど!!

 

『し、死ぬ……! 重くて、体がミシミシいった……!』

『悪かった、生きているお前がアレを味わうのは理不尽でしかないよな』

『……ん゛ぐぅ゛〜〜……』

 

 やっぱアレ、ナクスの死ぬときのやつだったんか。

 とは思いつつ、まだ頭の中の警戒アラートが鳴りまくってて上手く言葉にまとめらんなかったから、取り合えず自分と同じサイズのカイロを抱え込む。

 

 …………死ぬのって、あんなに怖いのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----ナクス視点----

 

 悠仁くんは生得領域でぶっ倒れていると言ったな。

 アレは嘘だ。

 

 本当のところはどっか行った。

 なので今、悠仁くんを必死こいて探している。

 

 主人公消滅とかいうウルトラスーパーヤバ案件。早いとこ確保せねば 茈→チュンッ→ナクス消滅 となって全てが終わりかねん。……おかしい、前もこんな風に死ぬほど追い詰められた気がする。何故だ。

 いや勿論『私』の指を取り込んだのが原因だと分かり切っているし、そのおかげで多少の目処もついている。しかし、目処をつけた取っ掛かりが見つからない。

 

『流れが緩やか過ぎて分からん……』

 

 生得領域、ナクス仕様。

 先程からその片端を彷徨い続け、白い着物はすっかり赤くなってしまった。今の段階では私の意志で死者を動かすのは結構な重労働になりそうなので、不透明で粘度の高い死者に腕を突っ込んでひたすらに床を撫でている。私の記憶と解釈が間違っていなければ、流れ的に『死』がこの辺りにあると思うのだが……。

 

『悠仁くん!』

 

 名前を呼んでみても返事がない。

 頭を抱えようとした両手が血みどろなのを思い出し再び両腕を死者に突っ込む。オイマジでヤッベェよ。お願い、死なないで悠仁くん。あなたが死んだらこの世界はどうなっちゃうの? ここを耐えれば映画鑑賞修行パートに入れるんだから!

 

『……床にあるのではない?』

 

 呪術廻戦で詰まった時の定石、『解釈を広げろ』をやってみるか。

 顔を上げて景色を見渡しても扉のようなものは一切ないが、これだけご本家様仕様が風化しているのだから、領域自体にひび割れが生じている可能性は大いにある。

 

 生得領域も無限に広がっているわけではない。

 呪印と死者で赤黒く染まった手を前にかざし、無下限の様に何もぶつかっていないのに不自然に前へ進めなくなる場所、いわゆる世界の端、見えない壁を探る。そこまで行ってから、もう一度足元の死者に腕を突っ込み、見えない壁伝いに空間の隙間がないかを探った。

 

『……きた』

 

 他よりも腕を突きだせる箇所がある。その上の空間にひよっこ呪霊ボンバーをぶちかましてみれば、上手いこと何もない筈の位置にひび割れが走った。そこから見えない壁を強引に引き剥がすと、領域が新たに拡張される。

 開けた空間に鎮座するのは、黒くて、滑らかで、外周と中央の隙間から赤黒いものが染み出している、軽く見上げる程度の大きさの、両開きの扉の形をしたもの。

 

『……できれば対面したくなかったが、可愛い悠仁くんのためならば仕方あるまい』

 

 流石に震えそうになるが、一度は捻じ伏せたのだからかっこつけて平然を装う。

 

『悠仁くん、聞こえるか!』

 

 耳をつけて大声で呼びかけてみると微かに気配が返ってきた。

 何か言っているかまでは聞き取れないが、とりあえず、まだ死んでいないらしいことが確認できたので及第点だ。

 

『正直! かつてどうやって開けたのかを覚えていないので悠仁くんにはまだかなり頑張ってもらうことになるが、頑張ってくれ!!』

『……、……!!』

『良く聞こえんがそれだけ元気があればなんとか耐え得るだろう!!』

 

 勢いからして、魂が完全に潰れるまで幾らか猶予がありそうだ。

 

『今、必要なことを思い出す』

 

 昔取った杵柄。取っていたであろう杵柄。

 私は『降ろす』のと『降りる』のが得意だったと思う。

 相変わらずエピソード記憶、いわゆる思い出の方はさっぱりだが、『死者に同調してなんとかする』為の知識記憶は取り戻した。

 

 倒れない程度に脱力し、意図的に理性のタガを緩めてぼんやりする。

 知覚しながら共感しない塩梅で、窓の外を雨が伝って流れていくのを眺めるように、死者の中へ意識を『降ろして』いく。

 

 呪いを行うには、お目通りするためにたくさん手順を踏んで手間そのものを料金としたり直接的に捧げものをしたりして『降りてきてもらう』か、もしくは『自分ごとそれになる』ことで『自分自身が向こう側へ降りる』等の方法がある。特に、今の私は死者なので、既に『それ』であるようなものだ。降りるのに大してチューニングは必要ない。

 

 次に、この目の前の『これ』。

 これに自分が『降りる』必要がある。

 

 冷たくて、無感動で、固く閉ざしたこれ。文字通りに次元が違う。

 しかし関係ねぇ、一度やれたのだからもう一度やれるはずだ。

 

 自らを解体して相手の環境に合わせて再編する。

 

 人を呪わば穴二つ。

 しかし呪わないのなら髢「菫ゅ�縺ェ縺�%縺ィ

 ごく単純な髢矩哩のみが行えれば良い。

 

 ……繧医@、蛻�°縺」縺ヲ縺阪◆。

 正面を指差して、命ずる。

 

 

『縲€繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�』

 

 

 潮が引くように扉周りの水位が下がり、黒い地面が露になった。

 滑らかで無機質で、蝶番も見えない黒い門扉は却って人工物らしさが感じられない。

 

 シン、と静まり返った後、『死』は何の予備動作もなく、手抜きのアニメーションの様に閉じた状態から開いた状態へと一瞬で切り代わり、押し付けられる先を失った主人公くんが赤いものと一緒に勢いよく転がり出てきた。

 

『ぅオ゙!? げほっ……! は、……! し、しぬ゙かと……!!』

 

 蕩けた頭を切り替えながら悠仁くんの脇に手を差し込んで上体を起こし、咳き込むその背中をさする。

 

 これはもう渋谷編勝ったな。風呂入って来る。

 アタイは本物の地獄の門すら開けた女(今はもう女ではない)、帳だろうが獄門彊だろうが三秒で開けてやるんだから。

 

『悠仁くん』

『ナ、なく、ナクス、さむい……!』

 

 悠仁くんは暖を求めてか私の手を取るが、あまり温度差がない。

 つまり悠仁くんの体温が死者レベルに馬鹿低いのだ。いっそ意識があることを褒めても良い。

 

『うん、ざっと見て分かるような明らかな骨折や出血はないか。すまんな、良く耐えた。偉い。今から少しずつ私の体温を上げる』

 

 指も全てあるし、頭も腹も背中も足も腕も触ってみて変な風にへこんだりしていない。よし。

 

『し、死ぬ……! 重くて、体がミシミシいった……!』

『悪かった、生きているお前がアレを味わうのは理不尽でしかないよな』

『……ん゛ぐぅ゛〜〜……』

 

 慰めて屈んでいた体勢から、悠仁くんに縋るようにぎゅうと抱え込まれ、膝上に座る形になった。

 ガチムキの男の体で十五年程度過ごしたとはいえ胸に顔を埋められるのには少し抵抗があるが、悠仁くんのメンタルを慮って優しく抱きしめ返す。

 

『四十度程度がどのくらいか自分では分からないので、熱くなったら自己申告してくれ』

『わかった……』

 

 私の着物は真っ赤に染まっているが、幸い、悠仁くんは死者に濡れることはない。ひとまずお座敷への移動は諦めることにする。

 悠仁くんも黙り込んでしまったことだし、温めている間に軽く自分のことを整理したい。

 

 私はかなり日常的にこういうことをしていたらしい。

 だからこそこの世界の『呪術』が何とも納得いかない。毛色が違い過ぎるのだ。

 この世界の呪術は超能力、HUNTER×HUNTERの念みたいな先天性の才能で、私の呪術はきっと技術、NARUTOの仙術みたいな後天的に習得できるもの。私の呪術は自分が何者か分からなくなる可能性を多分に含んでいるし、実際、既に何者か分からなくなっている。

 

 しかし日常が送れぬレベルで困ってはいない。

 所持品をなくしたみたいな寂しさや喪失感はあるが、別に具体的に困ってはいないのだ。

 どうにも、自分のプロフィールはまっさらなのにオタク知識だけは手放さず抱えている現状が私という存在を物語っている気がする。地位や肩書や家族や友人、本棚や預金通帳はこれから作っていけるのだから、ひとまず自分としての意識が保てているなら上出来だ。

 ……とか思って切り捨てたかもな。この先、指が集まっても思い出は返ってこない可能性まである。

 

『……ナクス』

『どうした』

 

 悠仁くんが話しかけてきたので中断。

 まぁこの世界で過ごす分には無理に思い出す必要もなさそうだし、一旦未来の自分に丸投げしておくか。

 

『死ぬって、あんな感じなん……?』

『私はそうだった。『死』とはやはり、丁寧に潰れて、自分が何だったかすら忘れなければ通れないものだ。死霊とは、あまりに唐突な死に様で、魂が『死』に叩きつけられた勢いで部品が飛び散った結果かもしれないし、腕しか残らずとも、首しか残らずとも、声しか残らずとも、と、引力に逆らった結果かもしれない。だから成仏するとかいう発想を持てる者は素直に死んでしまい、そうでない拗らせた者だけがいつまでもこの世に居残る』

『……そっか』

 

 この世界の死がどういうものか、まだ私には知るよしもないが、私はそうだったので『嘘』は吐いていない。

 

『ナクスの、指だけ、だった時は、こんなこと起きなかったのに。あの指、誰の指……?』

『……そうだなぁ』

 

 少年院の特級が取り込んでいたのは赤黒い男の指と青白い女の指とで計二本。

 だからこそ私は伏黒くんと釘崎くんに認識させない為にあの場で勝手に食べてしまったワケだが、やっぱり私の指は『女の指』の形をしていた。

 

『教えてやっても構わんが、その場合、悠仁くんには少し、私の特訓を受けてもらう必要が出てくるぞ』

『特訓?』

『息をするように人を欺くための特訓だ』

『んなこと教えられんのか? 馬鹿正直のお手本みたいなナクスに?』

『は? 私は自分に嘘を吐くのは死ぬほど苦手だが、必要とあらば他人をだますことに躊躇はないぞ』

 

 やっぱり信じてくれないが、ナクスちゃんは頭脳派なので。

 

『……やる』

『よし』

 

 少し逡巡する仕草があったが、悠仁くんは頭を縦に振ってくれた。

 可愛いので頭を撫でる。流石に振り払われるかと思いきや、大人しくされるがままだ。

 

『でも、俺もさ……、ちょっと……自惚れてたかも……。運動もできるし、呪いの耐性とかも人よりあって、呪われても平気だって思ってた』

『ちょっとというか、だいぶだと思うぞ』

『う゛っ』

 

 ……悠仁くん、素直過ぎる。危ない。

 素直で正直なのは美徳だし、人としてそういう気質は有って良いものだが、必要以上の負い目は抱えないに越したことはない。

 

『だがそれよりも良くないと思う点は、今、悠仁くんは『自分にも責任がある』と考えてしまっていることだ。悪いことをしていないのに呪われたら、呪ったヤツが五億パーセント悪いに決まっているだろ』

『まぁ……たしかに……?』

『大概にして、呪い合いの場ではそういった精神面での後ろめたさには全力で付け入られる。死ぬほど厚かましく構えていた方が良い』

『ナクス最強じゃん』

『そうだが?』

『え? 待って? 五条先生とかも最強じゃん』

『そうだが?』

『あのテキトーさは呪いの防御術だった!?』

『いや単に生来の気質だろうが、結果として最強の盾になっている』

 

 この世界では、後ろめたさの分、リアルタイムで意識だとか魂みたいなものを『持って行かれる』ようなことはあまりないだろうが、結果として死ぬことは多く思う。自分の心に嘘を吐くとポテンシャルにムラが出やすい。命のやりとりをしている状況下では致命的だ。

 

『能天気でシンプルに生きているヤツの方が呪術に向いていることは間違いない』

『それで言うと、伏黒とかは?』

『苦労人気質には違いないが、それは自分で正しいと思ったことを正しいこととして押し通したがる節が原因な気がするな。彼はあれでいて、世の中のルールより自分で引いた境界線の方を優先する男だと勝手に思っている』

『おお~! なるほど! ……え? ナクスってもしかして、呪いの王……?』

『そうだが???』

『ゴメン、今まで割と両面宿儺の伝説が嘘だったか、指がパチモンだったんではって思ってた』

『そうかもしれん』

『否定しねぇの』

『もはや私が『何』であったかはさしたる問題ではないのでな』

 

 ここにいる私は『ナクス』である。

 今はそれだけで良い。

 

『……おー、なんか、なるほどなって感じ』

『何がだ?』

『ん~、言葉にすんのムズいけど、ナクスは毎日楽しかったらそれで十分なんだろ』

『如何にもそうだが』

『全然呪いじゃねーじゃん』

『それは流石に同意しかねる。現状、世界の仕組みが私に『呪いの王たれ』と成っている』

『呪いの王って立場、不本意なのか?』

『いや別に』

『マジで世の中に関心ないな……』

 

 私が両面宿儺になったのは純然たる事故だと思うし、特に本意も不本意もないというか……。

 

 悠仁くんはそんな私の肩に頭を預けて、更にしっかりと私を抱え込む。

 異性としての意識は勿論なくて良いのだが、同性相手にしてもスキンシップに躊躇いがなさ過ぎる。まぁ一応今の私は人間ですらないので、悠仁くんがそのつもりなら納得だが。

 

『それにしても、死ぬのって、あんなに苦しくて寂しいんだなって思うと、やっぱ改めて死にたくねぇって思ったわ』

『寂しい?』

『めちゃくちゃにヒトリって感じだった』

『ふふ、私はそれどころではなかったな』

 

 高校生らしい若い感想だ。

 いや、善人らしい柔い感性だと言うべきか。

 

『私が『死』に押し潰されているとき、世界の仕組みそのものを呪っていた。扉が開かないことにキレ散らかしていた』

『言ってること呪霊じゃん……』

『そうだが?』

『急に呪いの顔出して来られるとビビんだけど』

『……うん、これはまあ天賦の呪いの才だな』

 

 やはり私は元から呪いの天才だったってことか……。

 前線で戦う才能はなさそうだけど……。

 

 あっ。

 

『今更だが状況を説明していなかったな』

『確かに』

 

 あぶねぇ、悠仁くんから皆に女指の話をされたらまた詰むところだった。

 しかし自力で気づけたので進歩している。素晴らしいことだ。

 

『特級呪霊から指を回収したら、この前に話したナクシモノである女指まで出てきてしまって、釘崎くんと伏黒くんからそれを隠すために指を飲み込んだら悠仁くんが死にかけたのだが、ここまでは良いか?』

『勢い百パーなんだよなぁ……』

『一秒を争う状況だったので許して欲しい』

『取り合えずもう良いから、続き話して』

『指の存在を見られていたので、女指を回収したパワー上昇の勢いで二人の認知を歪めて、女指のことを忘れてもらった。だからあの場で回収できたのは男指の一本だけということで口裏合わせを頼みたい』

『俺のメリットは?』

『死刑への追い風が吹かない』

『……二人にも黙っとく意味は?』

 

 そこに気づくとは賢いやん。

 

『本人の意思に関わらず呪術的策略で隠し事を喋らざるを得ない状況を作られると詰むし、二人は呪術師なので、此方に肩入れし過ぎた場合、それが明らかになった時点で犯罪者扱いになると考えられる』

『あ~~、そう言われると確かに黙っといた方が良い気がして来た』

 

 よし、悠仁くんをこちら寄りにできた。最高。

 内心はどうあれ表向きは呪術規定に従わなければならないのが呪術師。しかし呪いそのものである私にはそんなこと関係ない。ガッツリ直接具体的に悠仁くんの死刑回避をアシストできるのだ。お~ほほほほ! この調子でヒロインレースをぶっちぎりの優勝ですわよ~!!

 

『で、悠仁くんが意識を失った後の現世の動きだが、簡潔に言うと、今回の任務の等級違いぶりは上層部のハカリゴトの臭いが凄まじいので、伏黒くんの提案により、悠仁くんは死んだこととして一旦身を隠すことになった』

『死亡偽装とかサスペンスなんよ』

『伏黒くんの様子からして、カバーストーリーを練るくらい良くあることらしかったぞ』

『あいつも苦労してんね! 呪術界、なに!? こわい!!』

『地獄』

『限度があるでしょ! 俺ら高校生よ!?』

 

 更にギュっと抱きしめられる。

 悠仁くん、私のことをぬいぐるみか何かと勘違いしてやいないだろうか。

 

『ていうかナクス温度上げすぎ! アチい!』

 

 かと思えば肩を掴んで引きはがされる。情緒不安定か?

 

『単純に強く抱きしめ過ぎだ』

『世の中厳しくて辛いからちょっと甘えてみたかった』

『常人なら全身複雑骨折待ったなしの腕力でか……?』

『まぁな。久しぶりに全力で誰かのこと抱きしめたわ。俺がやるとシンプルに相手が死ぬし』

『悲しいモンスターだな……』

 

 子供は可愛くて好きだ。

 体格で言えば既に成人男性と変わらない悠仁くんを子供と言って良いのかは少し疑問が残るが、十五歳と言えば現代日本ではまだ子供だ。まだ何も背負っていなくても良いような、だからこそ世界を背負うに相応しい年頃の子供。

 しかし世界の仕組みを理解した上で自分で選んだ道ならともかく、彼は周囲の策略でなし崩しに血の道をゆく少年。

 

 許せねぇよなぁ……?

 

 親として、設計者としての説明義務を果たせ、脳みそ野郎のひろし(名前が思い出せない)。

 力とは、本人が全てを納得した上で手にするのが望ましいものだろうが。

 

『さて悠仁くん』

『なに』

 

 ひとまず落ち着ける程度には魂が暖まったらしいので、悠仁くんの手を引いて立たせてやる。

 

『私と一緒にシステムから解脱してやろうな』

『システム? げだつ?』

『詳しくは物事をしらばっくれる為の特訓が進んでから話すが、私達の生存戦略についての話だ』

 

 折本里香や花御の存在からして、この世界は霊魂や精霊の存在が『アリ』なことは分かっている。

 そして仮想怨霊や特定疾病ナントカは『名』ありきで生まれるものだ。

 悠仁くんから『ナクス』の名を貰えたことは全く意図していなかったがウルトラ僥倖。そこで更に『私の指』が見つかった今、尚のこと私の野望もやれないことはないハズだ。

 

『世界の法則に則り、和マンチスタイルで優勝していくぞ』

『やべー、日本語喋ってるのになんも分からん』

 

 で、その為にはやはり悠仁プラスの攻略が必須。

 誠心誠意、真正面から口説いていこう。

 

 

 




●オマケ●
特に今後の展開に影響はない予定なのでマジで読まなくてもいい。たぶん。


ナ『まぁ、生存戦略と言っても私はもう生きていないが』
悠『ナクス偶にそれ言うけどさ、生き返りたいとか自由に使える体が欲しいとか思わんの?』
ナ『死者は生き返らないからな』
悠『……? ちょっと言ってる意味が分からん』
ナ『え……? 悠仁くん、死者が生き返れるとか思っているのか……?』
悠『普通は無理だけど、ナクスならやれそうだとは思ってる』
ナ『あー……、説明が難しいな、ややこしい状態に陥るので死者の蘇生は禁じられている』

ナ『先ほども言った通り、基本的に死ぬと成仏しなくとも魂は潰れたり欠けたりするものなので、死者は生前と同じ精神状態ではいられないし、死んでからも時間は経過していくので、死の直前までに脳に保存された情報と、魂で持っている情報の間にズレが生じる』

ナ『なので、死者の魂を生きた肉体にぶち込んでも、それが本人の肉体であっても上手く機能させられなかったり、アカウントの乗っ取り行為と判断されて管理者にBANを喰らうリスクがある』
悠『……世の中って、SNS……?』
ナ『利用者同士が交流できるサービスだからそんな様なものだな。死者は死者としてゼロから作った新規アカウントで現世に居座る方が良い』
悠『……いやちょっと待て、ゼロから作った新規アカウントって、生き返ってね?』
ナ『それは死んだ本人そのものとして生き返ったのではない、死者として勝手に人生延長線を引いているだけで、SNS引退詐欺みたいなものだ。だから規約上は問題ないが、知り合いに会うと『お前、死んだはずでは……!?』ってなるアレだ』
悠『ナクスの説明スゲーな。なんか分かった気になってきた』

悠『じゃあ俺が生き返るのはどういう判定になんの?』
ナ『厳密に言うと『生き返る』ではなく『死ななかった』判定になる。赤ちゃんになったときにも少し言ったが、もはや悠仁くんの肉体は対して情報を保持していない。SNSで晒していた個人情報をアナログのノートに書き写したような感じだ。そのノートに当たる悠仁くんの魂は五体満足な訳だし……、んー、要するに悠仁くんの長期不在でアカウントが凍結されないよう私が適当に呟いておいたと思っておいてくれ』
悠『呪いの王、マジでスゲー、完全に理解した気になれた。まぁ、俺が強制ログアウトさせられたのもオマエのせいだけど』




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ちゃんねる感想妄想番外編


ちゃんねる感想妄想番外編パート。
※すけべな主張やちょっと汚めの表現があるので苦手な人はスルー推奨。


47:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

朱紅赤とかいう性癖破壊ヒロイン

 

 

48:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

女の子足太いよ!

 

 

49:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

太ぇけどそれが何か?

 

 

50:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

細い女もいれば文句あるまいという開き直り、アッパレでござった。

 

 

51:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

スリーマンセルかと思ったら四人目を迎えに行って、その四人目もツエー女とかいうね

 

 

52:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

太ももが太いゆえにパンツが見えそうにないがそれが返ってえちえちなキュロット。伏黒くんは絶対に幼馴染に性癖を破壊され続けている。2ポンド賭けても良い。

 

 

53:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

ダイナマイツボディでカチューシャピンクヘアの凶悪ツンギレ幼馴染ヒロイン

オムそばカレーハンバーグエビカキフライ付きチーズ乗せって感じ

 

 

54:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

まぁ少年誌のメインヒロインってどうしてもスタンダードな細身が多い中で思い切ったよ。ボンボン読んでたんだっけと思ったわ。

 

 

55:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

笑顔凶悪すぎるでしょ

ケヒッて笑い声もメインヒロインのそれではない

可愛い(性癖が壊れる音)

 

 

56:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

しかも俺っ子と来た

これにはモルペコもにっこりの盛り具合

 

 

57:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

思い出の中でさらっと敵の四肢を逆パカしてるヒロイン、なに?

 

 

58:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>57

呪術師としては合法的行為だったらしいから許してクレメンス

 

 

59:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

あんまり強すぎるとエロ同人の竿役おじさんが超人になってしまうんだが

 

 

60:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>59

たしかにエロトラップダンジョン燃やし尽くして自力で生還しそう

 

 

61:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>60

エロ同人でもキャラの弱体化をしないとは分かっていらっしゃる。キャラの根本を歪めるくらいなら竿役を盛ってくれ。

 

 

62:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>61

なんだァ?てめェ……

強キャラがご自慢のパワーを封じられて絶望する展開、ニッチャニチャの笑顔になれるやろがい!

 

 

63:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

は?

誰がなんと言おうとあの手のヤツには無知シチュが似合う、譲れない。

なんなら「大人はセッ久とやらをするらしいな?」みたいなやつもうネーム書き始めてるから。

 

 

64:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

俺はむしろ朱紅赤 に 四肢を折られて逆レされる本を何年でも待つよ

ツエー女っていうのは、ツエーから良いんだ…………。

 

 

65:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

拙者、何とは言わぬが、両想いの睨みつけ大好き侍と申す。カレピが奥手過ぎてキレ気味の襲い受けシチュこそ至高。

世の中、あと5000000000000000件増えて欲しいところでござる。

 

 

66:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>65

ほんそれ

せっかく両想い幼馴染なんだから侍兎の時みたいに夫婦ラブラブすけべが欲しい

世の中のすけべ、無理やりが多すぎる、好きな子には笑ってて欲しい

 

 

67:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

心ゆくまでひとり遊びする話が一番えっちだって何度言っても同意が得られない。

真の童貞は顔の出ない竿役にすら感情移入できない。俺にそんなメロメロにさせる技術があるわけないだろいい加減にしろ!!ってなる。その点、ひとり遊びならやりたくてやってる優しいシチュの上、納得の乱れ放題ってワケ。やってるのがバレちゃうオチでもいいよ。そこがオチな。その先はいらない。

 

 

68:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

必然的に性癖強めの紳士ばかりお集まりなさっていて草ですわよ

 

 

69:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

みんな難儀な拗らせ方してて笑うww

 

 

70:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

でも幼馴染って言っても、朱紅赤と幼馴染なのは主人公じゃなくてサスケポジの伏黒くんなんだわ

 

 

71:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

スタートダッシュの公式伏朱展開、なに?

主人公を当て馬にする教師キャラ、カスの極みで笑っちゃったんだけど。

ここまで前振りしといてなんやかんやで虎杖とくっつこうもんなら少年達の脳破壊されるでしょ。

 

 

72:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

少年誌で…主人公が寝取りを…!?

 

 

73:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

悠仁くんはナクスちゃんとラブラブしといてくれや

伏黒BSS展開は俺の心が保たない

 

 

74:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>73

そこは釘崎じゃないのかよ

 

 

75:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>74

そりゃだって、今のところ虎杖に対してのヒロインレースはナクスがトップ走ってるじゃん

釘崎は朱紅赤と仲良くしててくれればそれ以上求めない

 

 

76:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>74

中にナクスがいなかったら釘崎との可能性ももうちょっと高かったとは思う

 

 

77:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

いや待て釘崎が朱紅赤を寝とる可能性が…!?

 

 

78:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>77

少年誌で寝取り展開を推すなww

 

 

79:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

重たい運命を背負った女と、何にも背負ってない女の友情。てぇてぇ展開待ってます。

 

 

80:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

朱紅赤と虎杖は友情止まりかな~、

マジで現状から虎杖×朱紅赤になるのは伏黒BSS間違いなし、俺の死亡も間違いなし。

友情止まりにして下さい! 命がかかってるんです!!

 

 

81:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

これほど主人公じゃない方とくっつくことを応援されるヒロインも中々いねぇよ

 

 

82:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

いやまだ釘崎との展開を諦めるには早すぎる、希望を捨てるな

 

 

83:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>82

虎杖本人は普通に良いヤツだけど、中に小学生が住んでるからどうだろうなあ

例え美男美女のバツイチでも、子供がヒトに鼻クソなびって来るようなクソガキだったりしたら一気に恋の間口狭まるし

 

 

84:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>83

分かるけど例えが汚くてワロタww

 

 

85:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>83

ナクスのクソガキベクトルは下品とか不躾とかじゃなくて

ひとりでできるもん!って言ってジュース注げなくて盛大に零したり、眠くない~!とか大騒ぎした5分後に爆睡してるみたいなタイプの子供のイメージ

 

 

86:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>85

ナクス「大丈夫だと思った。やってみたら駄目だった」

 

 

87:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>85-86

振る舞いがマジでちっちゃい子のそれ

最近はもう可愛い気がしてきた

 

 

88:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

大体アイツさ〜、なんで千年前の悪霊的な奴がイマドキYouTuberみたいなテンションなの?

 

 

89:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

普通あのポジションはツンデレか黒幕キャラだと思うだろ?

どっこいチャラチャラの馬鹿なんだよなあ…

 

 

90:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

一人だけボーボボ世界の住人

 

 

91:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

追い詰められて赤ちゃんになるって無惨みたいなことをあんな序盤で…

 

 

92:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

頭が無惨なのは確かにそう

 

 

93:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

でも呪いとしてのカリスマは見せつけられましたわね!

 

 

94:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

パワーで圧殺じゃなく諭して倒したの、逆に怖い

 

 

95:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

時々見せる呪いの王としての顔と、色々と欠落してる感じ、ドキドキする

 

 

96:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

性癖をめちゃくちゃにする女、朱紅赤

情緒をめちゃくちゃにする男、ナクス

 

 

97:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

ほんと、不覚にもトドメ刺す時ちょっとかっこいいと思った俺のトキメキ返して欲しい

 

 

98:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

次の瞬間には主人公を意識不明に追い込んでるからな、過失で。

 

 

99:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

もう馬鹿

 

 

100:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

生得領域で「やべぇ〜〜」って顔してドロドロになりながら悠仁くん探してんのはもう流石ですわwww

 

 

101:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

ってことは伏黒と釘崎に言い訳したとかじゃなくて、嘘偽りなく大丈夫と思ったらダメだったってことだから…

 

 

102:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

和マンチスタイルで優勝していく宣言をかます呪いの王、俺は嫌いじゃないよ

 

 

103:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>102

本当に和マンチスタイルで戦えるのかという疑問は残る

 

 

104:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>103

レスバはともかく煽り偏差値は相当高いだろ

 

 

105:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

性根は、悪いヤツではないけど、

行き当たりばったりの化身だから、信じてはいけないとかいう、最悪な信頼度のバランスの取り方

 

 

106:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

それにしても、膝の上に乗って抱きしめて温めるとかヒロインしかしないようなムーブしやがって

 

 

107:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

あれは悠仁くんの方から抱きついてきたんだゾ

 

 

108:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

他に暖を取れるもんないし、まぁ…ね…?

 

 

109:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

あの話さ、直前のナクスのクソ馬鹿ムーブと、膝の上に座ってる絵面のせいでそんな深刻な感じになってないけどさ、

「この世界では死んだら自我を全損します」

って宣言も同然で、転生パロ妄想を公式で丁寧に叩き潰した回だったよな

呪術師の殉職率高いはずなのに

 

 

110:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>109

何言ってんだオタクなんてそれを無視して同人誌刷ってなんぼだろが!

 

 

111:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>109

でもほら、そのおかげで無害なお化けを誤認でぶち殺しちゃうみたいな可能性は全然考えなくて良いって分かったからいいジャン

 

 

112:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>111

全然良くないジャンだよ

ただでさえ上層部に命狙われたりしてんのに、世界が厳し過ぎる

 

 

113:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

悠仁くんのこれまで

 

・人を助けたくて呪物を飲み込む

 →それが理由で死刑宣告される

 →しかも今のところ取り消される気配なし

 

・東京の呪術師学校に入学する

 →入学試験でボコボコに殴られる

 →呪術師に後悔のない死はないとか言われる

 

・えちえちなヒロインを紹介される

 →自分が道半ばで死ぬとヒロインの死刑確定

 →しかも好感度がマイナス振り切ってるし、既にサスケポジの幼馴染といい感じになってる

 

・初めての体育

 →肉体を爆破されて赤ちゃんになる

 →新衣装が早速お陀仏になる

 

・初めての特級

 →早速謀殺を仕掛けられている

 →寄生虫のうっかりで意識不明

 

・初めての蘇生

 →魂が潰れかけて低体温症みたいになる

 →この世界では死ぬと魂がミンチになると判明 ←new!

 

 

114:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

何も見たくねえ…

 

 

115:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

なんか小さくてかわいいやつになってチヤホヤされてえ

 

 

116:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

文字にして並べてみると割と辛い状況だな

 

 

117:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

生存戦略しないとマジで詰みそうでわろた

悠仁くん可愛そうで可愛いね…

 

 

118:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

「初めての体育で肉体を爆破されて赤ちゃんになる」

その通りなのに意味不明。

割り箸畑からメルヘンチック遊園地が獲れた回の話してる?

 

 

119:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>118

現代ダークファンタジーで伝説のあらすじを産むな

 

 

120:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

寄生虫呼ばわり草

 

 

121:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

まあ主人公の体内に住み着いてるんだからほぼ寄生虫みたいなもんよ!

 

 

122:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

そう考えるとナクスがあんな感じなのは必要な設定なのかもな、あのアホがいてくれないと虎杖の行く先が地獄になってしまう。

 

 

123:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

いてくれても既に地獄なんですがそれは…

 

 

124:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

気分の問題。

ナクスいなかったら既に悠仁くん曇りまくってるよ。

言うて後半は全部ナクスのせいだけど。

 

 

125:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

展開だけ見ると最悪なマッチポンプなのに本人に悪気がないから余計どうしようもない

 

 

126:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

ま、ナクスちゃんのアドバイス通り、開き直って心を強く持ってもろて

 

 

127:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

開き直った方が強いシステム、最悪で好き

 

 

128:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>127

呪術師はイカれてる方が良いとは聞いてたけど、そんなことある? みたいな理屈。

 

 

129:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

五条はもちろんかなりテキトーそうだし、伏黒も実は助ける相手を選ぶヤツだったし、釘崎も命かけるには浅過ぎる理由でバチバチに覚悟決まりまくってるし、大なり小なり呪術師ってマジで狂ってるのが「普通」なんだろうな。

 

 

130:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>129

それを思うと穏やかで常識ありそうな夏油の今後に期待高まる

 

 

131:名無し廻戦 XX/XX(X) XX:XX:XX.XX ID:---

>130

分かる、ああいうのがホントは一番やばいって相場が決まってる、俺は詳しいんだ

 

 




ハーメルンと言えばこれよ。


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『亡者』 その3


完結まで我慢できなかったのでこちら投稿しておきます。
今回は穏やかで常識ありそうな夏油先生メインのお話。


 

「おつかれ、写真も撮ったしもう良いよ」

「……ウス! おつかれ~!」

 

 家入先生による写真撮影が終わった後、私が心臓を治して悠仁くんは何の問題もなく起床。

 救出したばかりの時は寒さと恐怖で凹んでいたが、私が直に温め、開き直り理論で諭し、予定時刻には完全復活。見事完全犯罪を成し遂げた。

 

「クラスメイトの遺体写真の撮影現場、こんな和気あいあいとしてて良いの……?」

「本人が馬鹿みたいに元気だからな」

「馬鹿だから元気の間違いじゃない?」

「かもしれねぇ」

 

 釘崎くんと伏黒くんは壁際で悠仁くんの蘇生待ちだったが、私が渋る筈もなく秒で終わったのですっかり緊張感を失っていた。因みに特級二人はまだ合流できていない。外面では直帰と言いつつ、悠仁くんは実際には死んでいないので寄り道でもしているのか。

 

「虎杖、身体大丈夫か?」

「全然元気、違和感とかなんもない」

「じゃあもう問題ないわね、行くわよ伏黒」

「ああ、またな虎杖」

「おう」

 

 二人が悠仁くんと別れて安置室を出て行こうと扉を開ける。

 

「はいストップ」

 

 と、何故か丁度そこに夏油先生が立っていた。

 

「先生?」

「なんで入って来なかったんですか」

「二人とも元気そうだけど、クラスメイトも亡くなったことだしもっと暗い顔してね」

「無視かよ……」

「だから口開けて」

「は? ム゙も゙ッ!?」

「嫌です」

 

 夏油先生のありがたいお言葉に思わず釘崎くんが固まり、一瞬の隙に呪塊を口に詰められた。今日イチ惨いシーンと言って過言ではない。伏黒くんはあらかじめ予想がついていたのか、答えと同時に影に沈んで逃走を始める。

 

「……っゔ、ふ! っふじ、伏黒ォ゙! アイツ私のこと見捨てやがった!! ……ヴェっ、家入先生、この部屋水道ある……?」

「ちょっと待て」

「く、釘崎、ダイジョブ……?」

「なわけねーだろ! 人生で一番不味い!! 早く濯ぎたい!!」

「アハハ、誰かに虎杖くんの話題振られたらその味思い出してみて。因みに蠅頭だから大した影響はないよ」

「夏油先生はマトモだって思ってたのに゙ィ゙~!!」

 

 喉を掻きむしらんばかりの勢いで身悶える釘崎くん。

 こうして見ると原作夏油が如何に我慢を重ねていたのかが良く分かるが、隙あらば生徒にゲロ拭いた雑巾味の塊食わせて喜んでる教師夏油、嫌だな。でもこれが私たちの夏油先生という現実。離反してなくて毎日が楽しそうだから文句は言えないが、嫌だな……。

 

「はいよ、取り合えずミネラルウォーター」

「神よ!!」

 

 家入先生からペットボトルを受け取り、その場でがぶ飲みする釘崎くん。

 そして帰ってこない伏黒くん。植物トリオの友情大丈夫かこれ。

 

「よし、じゃあ釘崎さんは恵と追いかけっこでもしておいで」

「アレ食わせたのアンタでしょーが!!」

「でも私には絶対勝てないだろ?」

「性格が悪い!! 分かったわよ絶対伏黒とっちめてやっから!!」

 

 釘崎くんは叩きつけるように扉を閉めて退室した。

 

「で、虎杖くんは私と少し話そうか。おいで」

「あ、ハイ」

 

 まるで嵐のようだったが、その元凶は穏やかなものだ。性格が悪い。

 

「夏油。ナクスはともかく、虎杖にあんま陰険なことすんなよ」

「え゙っ、夏油先生……? ……せめてなんか言って?」

 

 促されるまま素直に立ち上がった悠仁くんの後ろから家入先生の声が飛ぶ。夏油先生はそれに胡散臭くにこやかな笑顔で無言で返した。

 家入先生、私にも味方して。

 

『……なぁナクス、陰険なことされたらどうする?』

『後で五条先生にチクろう』

『他力本願』

『私から一つアドバイスだ、勝てない相手に真っ向から戦おうとするな。ジョセフ・ジョースターを見習え』

『う~ん、俺ジョジョそんな詳しくない』

『読め、ちょっとした古典だぞあれは』

 

 部屋を出て通路を右へ左へ。

 不穏なセリフを聞いたために悠仁くんは表向き完全に無言で夏油先生について行っているが、先生もまた無言で前を歩いている。沈黙が重い。

 

「虎杖くん」

「はい!」

「両面宿儺と何か話してるね」

「はい……」

「内容を聞いても?」

 

 夏油先生IQ五億あるな。

 カマかけたにしても確信があったにしてもそこを突いてくるとは、やりよる……、油断ならねぇ。もっとも、基本私は悪い話をしないので突かれて痛いことはそうないが。

 

「あーっと、その、陰険なことされたら五条先生にチクろうって」

「両面宿儺、本当にプライドとか欠片も持ち合わせていないな」

「賢いと言ってくれ。私には幼児がプロボクサーに挑むレベルの無謀を冒す趣味はない」

「かしこい……?」

「かし……???」

「二人して賢いという概念を見失うな」

 

 私は理知的な振る舞いと実際の賢さは別のものだと思っているが、凡人にはそれが理解できないらしい。天才はいつだって孤独だ。

 

 取り留めの無い話をしつつ、地下室へ到達する。

 石壁はなんとなく記憶にあるが、ここでやるのは映画鑑賞ではなかっただろうか。

 何故か上下左右に開けた何もない部屋に通された。

 

「おーすげー、秘密の特訓場って感じする」

「実際そんなところさ、多少元気よく暴れても大丈夫なようにしっかり作ってる」

 

 床や壁、天井にも、凹みや切り傷、煤けた跡が見える。

 0巻で五条先生が転送術に使っていた様な書き込み、結界的なものは見えないが、まぁ内側の見えるところに書いてもすぐに掻き消されて無効になるだろうし、そんなものか。

 

「まず虎杖くんは呪力や術式についてどの程度習ったかな」

「呪力は魔力、術式は生まれつき備わってる魔法陣。呪力でも直接殴ったりできるけど、普通は術式があればそれで発動する魔法みたいな特殊攻撃を鍛える」

「合格、だけど悟はよく電気と家電に例える。それ、誰に教わった?」

「ナクス」

「悟からは?」

「特に聞いたことない」

「きみにはあとで悟に殴り込みする時に一緒に参加できる権利をあげよう」

「えぇ……」

「話を戻すと、術式は基本的に先天性のもので、新しく習得することはできない。ここまでは良いね?」

「うす」

「でもきみには他人の呪いを身に宿せる体質がある。私の作った呪塊を取り込めば、単発にはなるが術式を使用できる見込みがあるってことだ」

「じゃあやっぱ俺も必殺技みたいなのできる!?」

「今のきみじゃまたどこかしらが爆発して終わりだよ」

「なら今の前振りなに!?」

「くくく、虎杖くんは素直で良い子だね。簡単に死にそうだ。なのでそうならない為、きみには呪力コントロールの訓練をしてもらう」

「ふ、不穏過ぎる……!!」

 

 夏油先生、何かにつけて性格が悪いな。

 離反ルートは外れたが綺麗な大人になれなかったか。いや寧ろ逆で、綺麗な大人になれなかったから離反ルートを外れた。が正しそうだ。世知辛い。

 

「今ちょうど悟が訓練に必要な道具を買いに行ってるから、来るまでちょっと私と遊ぼうか」

 

 おそらくLINEで少しやりとりをした後、先生はケータイを内ポケットにしまった。

 今までに見せつけられた悪い大人ぶりからして嫌な予感しかしない。

 

「手、出して」

「手……?」

 

 握手をするような形で差し出された夏油先生の右手に、悠仁くんは躊躇いがちに自分の右手を合わせる。

 ぎゅっと握り込まれた瞬間、左の抜き手に心臓を貫かれた。

 

『悠仁くんチェンジッ!!』

『任した!! なに!? めっちゃイ゙ッテェ!!!』

 

 代わった途端、胸から毒が回る様な重たくドロついた感覚があった。呪霊操術。

 

 先生の腕を、いや切断できる自信はないし、ここで斬ろうとしては本気で来られそうだ。呪力をドーム状に放出して弾き飛ばす。しかしそれすら辛うじて抜け出せただけ。穴を塞ぎつつ回避に全力を注ぐことでなんとか二手三手をかわすも、戦う者としての練度に差があり過ぎる。パワーでゴリ押せない以上、長くは持ちそうにない。

 扉。入ってきたばかりのドアに向かいたいが、それも当たり前のように阻まれて辿り着けない。

 

 ちょっと思惑が理解できないが命を、いやこれは『私』を狙われているのか。やはり術式(笑)は使おう。

 二回目の呪力の放出に合わせて斬る用の手動術式(笑)を展開する。

 

「円、火車かな……?」

 

 私にはそれ自体が一撃必殺みたいな原作宿儺の綺麗な術式はどう唸っても使えなかった。

 原作宿儺とのキャラデザの差異を自覚した後にも、自信を持って、私という存在の全てを浚って洗って確かめたと言い切れるほど探ってみたが、そんな術式は持っていなかった。なので、切断の攻撃には安直に呪力を薄く鋭利に固めたマルノコを沢山用意する。そしてそれを猛烈に回して廻しまくる。以上。

 操作の練習は飽きるほどしたが、なにせ相手がいなかったので実戦においては拙いことこの上ない。本気で当てるつもりでも夏油先生には全く当たらない。右に左に上に下に、後ろに目でもついてるのかというレベルで簡単に避けられる。ので、とにかく数を増やして空間を埋めていく。

 

「多数同時操作、思ったより頭脳派だね」

「先ほども私は賢いと申告した筈だが?」

 

 性質上、円の動きが基本なため、相手にとっても機動は予想しやすいが、私は多少被弾しても良いので自分が走り回るよりは数段やりやすい。それに完全手動で『術式』ではない。取られても再現されない。量にものを言わせて壁を作ってしまえば夏油先生にも相性で多少は持つ。

 などと思っていた時期が私にもあった。

 

「 渦 」

「はあ!?」

 

 一切の躊躇なく私、ひいては悠仁くんに向けて呪霊ビームを構えやがる夏油先生。

 壁状に並べたマルノコの隙間から、渦巻き状の呪霊の塊が此方を見ている。半瞬出遅れたが、発動までのタイムラグのおかげで辛うじてひよっこボンバーでの相殺が間に合った。直撃していれば流石に消し飛んでいたかもしれない。

 

「──な゙」

 

 首が折れた。

 上下左右がめちゃくちゃになって硬いものに叩きつけられる。

 

 ……冷たい。

 

『ナクスそれ壁!!』

『あ? あー、……?』

 

 悠仁くんに言われてから自分がどうなったか思考が追い付いてきた。大技をしのいで気が緩んだところで首を蹴られたのだ。そうだ、これは『死』ではない。ただの石壁だ。

 『両面宿儺』になってから痛覚と感情の接続が甘いのが幸いしてさほどメンタルに響いてはいないが、私では当然のように普通に撃たれ弱いな。頭に強めのダメージが入ると思考が明後日の方向に吹っ飛ぶ。

 

「さて」

「さてじゃないが!?」

 

 首を治すも、意識が表層に戻った時点で既に首が完全に抑えられていた。

 壁を背に押し付けられて逃れられそうもない。呪力の放出で距離を取っても振り出しに戻るだけ。寧ろ、私の拙さが原因で、振り出しに戻るまでのサイクルが短くなるばかりだろう。

 ならば仕方がない。『降りる』『降りない』はこちらの土俵だ。先生の目的が呪霊操術での私の捕獲であるなら正面からやってやる。

 

「私の『呪霊操術』は文字通り呪霊を操る力とされてるけど、これは私が付けた名前じゃない」

 

 術式の開示。

 そうと分かった瞬間、脳死でノイズを走らせる。

 

「前にして見せたように、呪霊に限らず術式だけでも能力の対象だ。だから私はこれを『呪操術式(じゅそうじゅつしき)』と呼んでいる。それが呪いであるならば従えられない道理は存在しないつもりさ」

 

 この世界の呪術とは別の理屈を持ち出して、私を(クラック)せんと勢いを増した不正アクセスを完全に受け流す。

 

「……へぇ、面白いな。明らかに私が勝ってるのに凌ぐなんて。そもそも『術式自体が空ぶっている』みたいな感覚は初めてだ」

 

 そう言いながら、私の喉を抑える手の力が少し増す。

 CVに違わぬいかがわしさ。0巻よりも邪悪な笑顔。寧ろどうしてこれで先生をしているのか。

 

 透明な膜の上を大量の情報が滑っていく。

 現実世界のことも気にかけなければならないので、あまり深く精神を傾けてしまうと不味い。台風の日に窓の外を眺めているようだ。ガラスが割れないか不安になる。

 

「……ンフッ、ふ、っあは……!」

「何故笑っている?」

 

 術式を回すのは止めないままに、何故か突然夏油先生が噴き出した。

 理屈が分からなくて怖い。

 

「両面宿儺、虎杖くんに代わらないんだ?」

「心臓を貫いておいてどういう思考回路だ」

「虎杖くんがいなくなっても、まだ朱紅赤が残ってるだろう」

「???」

「朱紅赤が大事に育てられてきてるのも察してると思うけど、オマエとしては虎杖くんが特別大事な理由がある?」

「うん……?」

『どういう意味?』

「……あーと? ここで悠仁くんを見殺して、朱紅赤に鞍替えしないのかという話か?」

「そうそう」

『え゙!? 見捨てんといて!!』

「私とて、居候の身で家主を置いて助かろうなどという恥知らずではないつもりだ」

「ふーん、悟が言ってた『同居』って本当にそんな感覚なんだ? 普通の受肉だともっと混ざった感じになるらしいけど、ちょっと違うね」

 

 原作と違い、私が悠仁くんのことを『自分の身体』だと思っておらず、メゾン虎杖に部屋を借りているだけのつもりだからそうなったのだろうが、教えてはやらない。それに私の野望の都合上、混ざってしまっては不都合がある。お互いに『降りる』『降りない』はしても良いが、悠仁くんには極力人間でいてもらわねば。

 

「……」

 

 いい加減、私には術式が通らないと諦めてくれることを期待して、改めて夏油先生のお顔を伺い見る。悪い顔だ。現状、客観的に考えても夏油先生の方が圧倒的に悪役。ナクスちゃんは何も悪いことをしていないのに問答無用でいじめないで欲しい。

 

「……そのつぶらな瞳、面白くなっちゃうからやめて欲しいんだけど」

「は? これは自前だ。やめるやめないの話ではないし、四つのキュートな瞳がハエトリグモみたいで可愛いだろうが」

「アハッ、くっ……! じ、自覚あったんだね、フフッ……!」

「この世に可愛いものは幾らあっても良い。お得だ。ありがたく思え」

 

 この綺麗な目は貴重な『私』の持ち物だ。これをなくすだなんてとんでもない。

 

「……ふー、いや、仕切り直そう。それで、随分と律儀だけど、見捨てないことに縛りとか関係ある?」

「そんなに悠仁くんを殺したいのか? 夏油先生は寧ろ朱紅赤が器となることを歓迎していない方だと思っていたが」

「質問してるのは私だよ」

「ぐ」

 

 また胸に風穴があいた。

 いくら呪いに人権がないとはいえ悠仁くんの血肉だというのに。

 彼は躊躇という概念をお持ちでない様だ。

 

『悠仁くん大変だ、こいつイカレてるぞ』

『見りゃ分かる! ナクスなんとかならん!?』

『どうにもならんからこうなっている。私が助けて欲しいくらいだ』

『無理!!』

 

 この陰険な尋問、もとい拷問は五条先生が来るまで終わりそうにない。

 既に死んでいる私が表に出ている間はこれ以上死ぬことはないが、こうも呪いである前提で食ってかかられると流石に参る。私は本質的には『死者』であって、『呪い』の看板は建前でしかないつもりなので、積極的に人を害する気は全くない。とはいえ、呪術廻戦の世界ではそう主張してみたところで到底納得してもらえるとも思えない。

 

『……そうだな。最悪ここへ『降ろす』か』

『降ろす?』

『生得領域に夏油先生の精神を受け入れ、そのまま『死』の向こう側、幽世へ追いやる』

『それ先生死なない?』

『魂の欠損はさせん。先生の肉体は死亡判定(アカウント停止)されんよう私が維持する。五条先生が来たら蘇らす』

「で、両面宿儺、返答は?」

「ぅ、ゎ、……」

 

 夏油先生の催促に答えてやろうとしたが声が出なかった。気管に穴が開いて息が吸えていない。

 治すのも面倒になってきたが、その辺の理屈を無視して喋れることは伏せておきたいので律儀に傷を癒す。

 

「はぁ。別に器は必ずしも悠仁くんでなくても良いし、守ることに縛りは関係ない」

「なら何故?」

「ただ、私は子供を矢面に立たせるからにはそれなりに尽くすべきだと考えている」

「自分が積極的に矢面に立つ気はないのか」

「完全に盲点だった、一理ある」

『ナクスさん?』

 

 原作に囚われ過ぎていたかもしれない。

 渋谷までの流れを思い返すに、戦闘時にはナクス無双で敵を千切っては投げで行ってもダメな要素は特にない気がする。

 

「悠仁くん的にはどうだ?」

『……いや、ちょっと、人間性とかじゃなくて、オマエに任すのは心配って言うか……』

「お問い合わせをしてみたが悠仁ママの許可が下りなかったので、やはり私は基本的に奥の手扱いでいたいと思う」

「ふーん……? ❛「器は必ずしも」から「奥の手扱いでいたいと思う」までの発言、嘘はないって自分の存在を懸けて証明できるか? ❜」

「……? ❛ 是 ❜ ではあるが、縛りを乱用するなと教えておいて、何故ここで縛りを……?」

「 あ  は は  は は  は !! 」

 

 理屈は全く分からないが夏油先生はひとりで大ウケし始めた。

 私の首を掴み胸に腕を突き刺した状態で大口を開けて歯を覗かせて喉を逸らして、いきなり悪役三段笑いの最上位。怖い。

 

「良いねぇ! 合格だよナクス!!」 

『なに? なんの話?』

「情緒が全く分からん……」

「私はきみを人間として扱ってあげようじゃないか!」

 

 

    タ イ ム 。

 

 

 この発言が『夏油傑』から出たということが大変に問題だ。

 やはりこの人、『離反はしていないが闇落ちはしている』状態では……?

 

「❛ 私と真面目な理由で敵対しない限り、私は虎杖悠仁またはナクスに対し、私個人の都合でそちらにとって理不尽な形で術を仕掛けない ❜。これでこの場は良いだろう、尋問は終わりだ」

「蹴ったり殴ったりもするなよ」

「その時は悟にチクってもらって構わない」

「……」

 

 怖すぎるが、手を放して貰った後で身構えるのをやめる。

 一応そこに腕や脚が撃ち込まれることはなくて一安心だ。心臓がなくても死にはしないが、心臓に悪い。胸の穴を治して血の巡りと呼吸を入念に確かめる。詰まりのある状態で悠仁くんに返そうものなら血栓だとかでうっかり死にかねんからな……。

 

「あれ、もしかしてチクるのもう確定?」

「当たり前だろうが。随分と好き勝手ボコしてくれたが結局のところ冤罪だぞ。正面から質問すれば済んだ筈のことに対して手段がえげつなさ過ぎる。人間性のサービスが終了しているな」

「あっはっは! 用意された返答だと抜け道があるかもしれないからね、できるだけ咄嗟の言葉が聞きたかった。それに私の人間性は十年前にサ終したよ。ここにいる私はその時に壊れてしまった夏油少年の名残り、亡者みたいなものさ」

 

 やっぱ闇落ちしてるやんけ!!

 

『ナクス、もう代わって平気だよな?』

『ん』

「用が済んだなら私は戻るが、構わんな」

「良いよ」

 

 悠仁くんとバトンタッチ。

 

『はぁ~~~~~~……』

 

 ようやっと緊張を解いてお座敷で横になって、へっちょりと溶ける。メゾン虎杖に引っ越してから一番緊張感があった。

 というか、夏油先生は済んだ話だからと雰囲気で誤魔化そうとしているが、呪霊操術で私を掴まえられていたら絶対に取り込む気だっただろう。マジで油断ならねぇ。心、許さず接していこう。

 

「さて虎杖くん」

「……うん」

「怒ってるね」

「そりゃそうだろ」

「気持ちは察するよ。でもきみ、本当なら私や悟、特に恵に対して、その為の場を設けるくらいの心構えで伝えるべきことがあるんじゃないのか」

 

 はた。

 

 音が聞こえそうなくらいの精度で、悠仁くんの動きが完全に停止する。

 

「ほら、謝罪とか、感謝とか、色々とねぇ?」

「……あ、いや……ウン、ソウカモ……」

「いやぁ、色々とあったからさ、最初はちょっと待ってあげようと思ってたんだけど。一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、これは完全にその気がないなと判断して今に至るワケだよ。反省したかい?」

「はい……」

 

 悠仁くん……、先生はそれらしいことを言ってみてはいるが、だからといってアレは明らかにやり過ぎだからそこまで落ち込まなくて良いぞ。厚かましく生きていけ。

 

 

 




夏「ナクスが助けに出て来なくても硝子緊急コールで助けるつもりはあったし、大体、私がもっと本気だったら態々手なんか握らないで初手で領域展開してるよ」
悠「ひぇ」

全てが完全に破壊された夏油傑からしか摂取できねぇ栄養素がある。

それにしてもナクス、書けば書くほど諏訪部さんの声ではないなと思う。



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『映画鑑賞』 その1


ひたすら映画観るって展開で実写デビルマンを観ずして何を観るというのか。
※因みに今ならアマプラで低画質版が300円で見れます。


 

----釘崎視点----

 

 追いかけれども追いかけれども可愛げなく逃げ続ける重油カモメ着火マン(ふしぐろ)

 最終的に鵺まで出して空飛び始めやがったから、一旦諦めて作戦を考える。式神破壊したら復活しないってのが仲間内でやり合う時に逆にネックなのよね。私の戦法だと傷つけない搦手って難しいし、アイツも絶対それ分かってて式神使ってるし。やっぱり伏黒、夏油先生の生徒だわ。

 

「ただいま~。なんで野薔薇そんな疲れてんの?」

「五条先生!」

 

 スタバの新作片手に担任が帰って来た。

 色々とこんな時に暢気すぎるけど、今はそれより伏黒だから一旦突っ込まない。

 

「あそこの重油カモメ着火マンが生徒にゲロ味の塊食わせて喜ぶ変態の毒牙にかかる私のこと見捨てたの!! なのに捕まってシバかれてやろうっていう男気も誠意もないマジのクソ野郎だからずっと追いかけまわしてたのよっ!!」

「う~ん、見事な罵詈雑言の詰め合わせセット。重油カモメ着火マンってなに?」

「重油塗れのカモメに火を点けて喜んだりしてそうって意味」

「重油カモメ着火マン、そろそろ捕まってあげて~!」

「それ広めようとすんのやめろ!!」

「じゃあこっち来なさいよ!!」

「…………」

「そんなだから重油カモメ着火マンなのよアンタは!!」

 

 伏黒は相変わらず遠巻きにこっちを見てるだけ。

 ダメね、モテないわ。

 

 でも朱紅赤的にはああいう可愛げのない男が好みなのかしら……、いや違うわね、朱紅赤は一級だから、伏黒が全力で来ても圧勝する。たぶん、伏黒は自分より強い人間に囲まれて育ってきたから手加減ってモンを知らないんだわ。それはそれとして性格が悪いのもあると思うから絶対シバくけど。

 

「ていうか先生、朱紅赤は? 任務一緒じゃなかったの?」

「校舎までは一緒だったけど、今は傑にDVDのお届け物中」

「DVD? そんな単純なおつかい、良く引き受けてくれたわね」

「いや、あれは同じ地獄を視聴済みの仲間を増やしに行っただけ」

「地獄を視聴済み……?」

「実写デビルマン」

「デビルマン?」

「え!? まさか伝説のアレを知らない!? ジェネギャ!?!??」

 

 デビルマンの漫画だかアニメだかの存在くらいは知ってるけど、実写映画がどうってことまでは知らない。

 

「伝説?」

「そう! 十億円かけて生まれた歴史に残るクソ映画! 興行収入はなんと五.二億円ッ!!」

「そんなウキウキでクソ映画紹介する人初めて見たわ」

「だって僕としては観た側の人間同士で永遠に話のネタにできるし、ヘタに内容がない映画より全然面白いと思うんだけど、中々同意が得られなくってさぁ! 初めて見た日から時間が経つほど好きになってくる味わい深い作品だよ!!」

 

 先生はそう力説するものの、そっと重油カモメ着火マンに視線を送ると黙って首を横に振られた。

 相当ヤバそうね。

 

 

 

 

 

 

----悠仁視点----

 

 最近、やたら重傷ばっかり負ってる気がする。

 

 腕が爆発したり心臓取られたり魂が圧死しかけたり、心臓貫かれたり首の骨へし折られたり心臓貫かれたり。

 割合的にはナクスが原因の怪我とナクスの怪我で十割だけど、ナクスがいなかったらそれはそれで自衛手段もなくなるから、いてもらわんと困る。世知辛い。

 

「普段のナクスってどんな感じ?」

 

 夏油先生は特訓場に飛び散った俺の血肉を呪霊に片付けさせながら、何事もなかったかのように話しかけてきた。どういうメンタルしてんだ。

 人間性のサービス、なんとかして再開してくんねぇかな……。

 

「いつ見ても楽しそう」

「それはそうだろうけど、具体的に」

「ん~、最近は、生得領域に物を引っ張り込む練習をずっとやってる。絶対漫画取り込んでまとめ読みすんだって」

「……そういう小っちゃい動機で全力でやれるから天才なんだろうね……」

『は? 漫画、読みたいだろうが。そんなことを言うヤツは永遠に漫画を読むな』

「先生、ナクスから全然小っちゃくないって抗議来てるよ」

「ごめんて」

 

 畳の上に適当に放り出されたマリオネットって感じの体勢でクチャクチャになったまま起き上がらないナクス。

 もちろん威厳とか一ミリもない。裾がはだけて膝が見えてる。

 

「あと、よく折り紙してたり、ペーパークラフトみたいなの作ったりしてる」

「暇だな~。何作ってるんだ?」

「ドラゴンとか薔薇とか、校舎とか俺の部屋の立体模型とか」

「思ったより凄い凝ってる」

「静かだなって思って見ると黙々と作業してんだよね」

「完全に暇だな」

 

 兎に角いっつも暇してて、娯楽に飢えてる感じはある。

 用事があって声かけると大抵嬉しそうに返事するからちょっと可愛い。

 

「他には、寝る時とか畳の上でうつぶせになったりして、そんで顔に畳の跡つけてる」

「……かわいいね」

「……弟とかいたらこんな感じかなって思う」

「今は何してる?」

「夏油先生にいじめられたから、グレてちゃぶ台退かして寝転がってるよ」

「ナクスの生得領域、ちゃぶ台があるんだ」

「うん、それっぽい景色の中に、後付け感ある床の間みたいなのがポンて建ってんの」

「へぇ、領域なのにちぐはぐなのか」

「ナクス、別に好きで呪いの王やってるって感じしないから、あっちの床の間みたいな方がナクス本来の場所なのかなって」

 

 俺が死にかけた時、ナクスが言う『死』を見つけるのに自分で領域破壊してたし、なんかボロくて脆いし、やっぱあの領域は『ナクスの心の中』じゃないと思う。

 

「……ふ~~ん、面白いね?」

 

 夏油先生は顎に手を当てて目を細めて意味深に優しく笑った。逆に怖い。

 

『先生、私を人間扱いするとは言ったが、人間だとは思っていないだろ』

「夏油先生、ナクス取らんといてね。今更抜き取られたら、そのあと一般社会に放逐してくれたとしても今後の俺の人生ヤバそうだから……」

「エッ賢い、意外だ」

「怖い怖い怖い! マジで取らんでよ!?」

 

 マジで取れたら取りたそうな発言。思わずちょっと距離を取る。

 元々二メートルくらい離れてたけど、五メートルくらい離れたところに改めて座る。冗談抜きで生存戦略固めてかないと先生にモルモットにされたりしそう。

 

「フフフ、虎杖くん、そういうこと考えられるんだ。ナクスの助言かな?」

「そぉ、だけどぉ……!」

「実際、私がきみくらいの時より社会の汚さを分かってる。立場的にもそのくらい警戒してるくらいが丁度いいよ」

「呪術界、なんでこんな地獄なん?」

「人類が愚かだから」

「主語デッッカ!!」

『思考が完全に闇落ちしているそれだが』

 

 話が通じそうな優しい表情で人類を滅ぼす側のセリフを吐く先生。

 

 壊れてしまった。名残り。亡者。自分でそう言った割りに外面は元気。

 この人、ナクスの三十倍くらい得体の知れなさがあって近寄りがたい。適当でも遅刻されても五条先生の方が良い。

 

 夏油先生との心の距離を噛み締めてると、入り口のドアが二回ノックされる。

 

「おい、土産だ」

 

 そこから朱紅赤が入ってきた。

 腕にビニール袋を引っかけて、ぬいぐるみを手に持ってる。訓練の道具……?

 

「朱紅赤おかえり~、ツカモトⅢも持って来てくれたんだ。悟は?」

「グラウンドで鬼事に夢中な二人の様子を見に行った」

「ああ、私が仕掛けたヤツだよ」

「なるほど、実力を伸ばすには仲間内で揉めるのが一番効率が良いからな」

 

 なんか地獄みたいな会話してる。

 先生達、仲良さそうだったけど学生時代は仲悪かったりしたんかな。喧嘩するたびに周りのモノ破壊しまくってそう。

 

「で、オマエにはこれだ」

 

 朱紅赤はちょっと嫌そうな顔で袋の中のモノを取り出して掲げる。DVD。

 

「DEVILMAN……?」

「実写デビルマン、虎杖くんは聞いたことないかい?」

「あー、なんか、聞いたことある気はする」

 

 有名らしいけど実際観たことはない。

 中学の友達が、兄貴がDVD持ってたけど全然意味わかんなかった、みたいな話をしてたかもしれない、くらいの記憶しかない。

 

「観ろ」

「実写デビルマンを?」

「この話の流れで他の何を観る気だ」

 

 パッケージを手渡された。

 朱紅赤、やたら実写デビルマン推してくるな。意外だ。B級映画とか趣味なのか?

 

「可能であれば一人で素面で挑んで欲しいところだが、中のモノと分離できんのが惜しいな」

「めちゃくちゃ推すじゃん」

「これを観ずしてクソ映画だのなんだのを語るな、オマエだけ助かるのは許さん」

「オススメじゃなくて道連れかよ!」

 

 パッケージは綺麗でちゃんとしてそうに見えるけど、そんなに酷いのかコレ。

 

「それと、三代目ツカモトだ」

 

 もう一つ押し付けられたのは、ボクシンググローブをしたキモカワ系のクマのぬいぐるみ。

 

「……なにこォぼッ!?」

「ケヒヒッ、常に一定の呪力を流さんとそうなる」

「先に言ってくんない!?」

 

 学長の呪骸か!

 パンチを手で塞ぎながらなんとか調整して落ち着かせる。顎が痛い。

 

「明らかな呪骸を何の警戒もなく受け取る方が悪い」

「スパルタ……」

「虎杖くんには映画を観ながらその呪骸に一定の呪力を流し続ける訓練をやってもらう。呪力は負の感情を元に生成されるけど、呪術師なら感情に左右されずに一定の呪力を生成する技術は必須だ。泣いても笑っても怒っても、自分の意思で呪力の出力を調整できないと、大事な場面でこそ大きなミスに繋がるからね」

「腕が爆発したり?」

「そうそう! その件のおかげかな。呪力の出力もできてるし、コントロールの重要性も身に染みて良く分かってるみたいだから、今日から早速やってみようか」

 

 ナクスを見ると無言のまま着物の袖で顔を隠した。

 

『アレは百パーオマエのせいだから反省して』

 

 移動し始める二人について行こうとしたところで、はたと気づいてツカモトが起きそうになった。

 ビニール袋の中にはもう他に何も入ってないように見える。なんなら朱紅赤は袋を三角に織り込んで、いわゆるオニギリ状態にしてポケットにしまった。

 

「……え? 待って、実写デビルマン以外のDVDは……?」

「部屋にあるよ、流石にね。それは安心して」

「だよね!? いやビビった!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「虎杖くんには当分ここで生活してもらう」

「おおー、寮より広い!」

 

 1K30平米はある。

 

「こっちは初めから数人で泊まれる作りにしてあるからね。東京校のメンバーは特訓場を使う名目で普通に虎杖くんに会いに来れるし、外出はNGだけどお泊まり会くらいの夏の思い出は作れるよ」

「至れり尽くせりじゃん! 良いの!?」

「最初は特訓場だけだったんだけど、悟が秘密基地欲しいとか言い出してなんやかんやで自分らで増築したんだ」

「増築!! この部屋造ったん!?」

「でも大人は忙しくてね、折角だからキミらで存分に使ってくれ」

 

 ちょっと見ただけでもトイレと風呂らしい扉が別で付いてるし、デカいソファ、デカい机、デカいテレビ、DVDプレイヤー。本棚に漫画とDVDとボードゲーム。エアコンも付いててかなり充実してる。造ったって。マジか。

 

「業者入れたら外にバレるし、石壁用の石をちょっとゴニョゴニョして調達して着色したり、校内の電気水道の配線配管勝手に伸ばしたり、家具持ち込んだり、大変だったけど良い思い出さ」

「DASH村? いや今さりげなく犯罪行為なかった?」

「大丈夫、今は学長も黙認してる」

「今は」

「オマエら、あの頃激務の合間に他にもっとやることがあっただろうに」

 

 朱紅赤がDVDプレイヤーのコードをテレビに繋ぐ。

 いつも高飛車なお嬢様みたいな感じだけど、意外とこういうのも手慣れてるらしい。まぁ、実際はお嬢様じゃないしそれもそっか。

 

「そうは言っても、朱紅赤だって悟が作業現場に持ち込んだ激甘麦茶サーバーに夢中でよく顔出してただろ」

「食堂常備の砂糖の入っとらん麦茶はただの虚無だ」

「お茶だよ」

 

 夏油先生は本棚からDVDを取り出して机に積み上げてく。

 手伝う隙も無く二人が準備してくれるのをツカモトを持ってぼんやり見てると、何故かプレイヤーにはデビルマンじゃなくてドラえもんが吸い込まれていった。

 

「デビルマンは?」

「初回でアレはどうせ訓練にならん、明日にしろ」

「そんなに……」

「確かに内容はあるが、内容があればよいというものではないからな」

「どゆこと?」

「観れば分かる」

 

 朱紅赤はリモコンが動くことを確認すると、それを投げて寄こした。

 

「絶対に観ろ。絶対にだ。明日の夜、感想を聞かせてもらう」

「えー、まぁ、観るけど、因みにどんくらいキツい?」

「懲役二時間を覚悟しておけ」

「懲役を!? あッぶ!」

 

 あまりの衝撃にツカモトが起きかけて慌てて眠らせた。

 映画観るのに懲役って単位出てくることある?

 

「でも、そんなキツいならなんで観たん?」

「死ね」

「会話のデッドボール!!」

「いやぁ、悟がえらく気に入っちゃっててねぇ。私も二周観てるし。……三周目はもう一生いらないと思ってるけど」

 

 夏油先生の手が俺の肩に軽く置かれる。

 

「虎杖くんも早く、『観た側の人間』になろうか?」

「お、おう、ハイ……、頑張りますぅ……」

 

 強く握り締められたりとかもないのに圧が半端ない。

 絶対に道連れになって貰いたいという意志がゴリゴリに伝わってくる。

 

 その後、二人は俺に地獄の事前情報を吹き込むだけ吹き込んだあと、ほこほこの満足顔で帰ってった。

 めちゃくちゃに性格が悪い。

 

『でも、だんだん分かって来たけど、朱紅赤、さては可愛いとこあんね……?』

『んふふ、悠仁くんも分かってきたか』

『ナクスそれどこ目線?』

 

 もちろん性格が悪いのは疑いようもないけど、用件だけ伝えたらすぐ帰るのかと思ってたら準備してくれたし、なんか、振る舞いの育ちが良い。それから、甘い物好きで、いつも五条先生と同じのを飲んでるのも可愛い。

 夏油先生も、どう頑張って見ても良い人じゃないけど甲斐甲斐しくはある。かといって、悪い人じゃないとも言えない、信じちゃいけない人だけど世話焼きな感じ。ビミョーな関係だ。

 

「ナクス、俺、生き残れるかなぁ」

『全力は尽くす。ただまぁ、最悪死んでしまっても私と仲良く死者ライフを楽しめばいい』

「死んでたらライフって言わなくね?」

『そうかも知れん』

 

 体内に元気な死者が住んでるとちょっと安心する。

 取り合えず今はドラえもんを観ることにした。

 

 ……そういえば、なんで実写デビルマンだけ外のどっかに取り行ったんだ?

 あの袋、明らかにお菓子屋さんとかのだったし、ケースにカバーも付いてないから、買ってきた感じじゃない。

 

 えーと、朱紅赤は高専に住んでるんだから、五条先生の私物ってことか……?

 

「えゥ゙ッ!? ……おぉ゙……っ! ヅカモト……! 鳩尾はやばいって……!!」

『悠仁くん内臓大丈夫か』

「きっついけどそこまではだいじょぶそう」

 

 

 




悪の帝王みたいなキャラがちゃんとした保護者の元で良い子に育つ展開、控えめに言って性癖ですね。
フカフカに大事に育てられて欲しい。転生とかしてなくて原型まるのままフカフカに大事にされても良い。かわいい。

でも趣味嗜好は悪属性のまま変わらないでいて欲しい。
L4Kとかオフロとかでキル取りまくって高笑いしたり、パラノイアで最悪のタイミングで裏切って一人勝ちしてキャッキャしてて欲しい。かわいい。輝いてる。最高。

 


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『映画鑑賞』 その2


展開の都合上短めです。

どうしてそんなことするんですか?
そう思って頂ければ幸いです。因みに私の趣味だからです。


 

 和やかな昼の公園の東屋。

 一つ目、タコ、木、全身継ぎ接ぎ。

 

 どう好意的に解釈してもコスプレ集団、悪く解釈して化け物の集まりが居座っているのに、目の前を通り過ぎる人間達は誰一人こちらを見ない。幼い子供も無反応。

 だって誰も俺たちのことが見えていないから。

 

 でもここに座ろうとする人間もいない。

 特級呪霊が四体も集まってるから無意識に圧を感じて避けるみたいだ。

 

「その女指、一本使った割りに反応がない。どう言い訳をするつもりだ?」

「寧ろ逆だよ漏瑚。回収されてるのに反応がないってことは、これが何だか分かってるヤツが持って行ったってことだ。呪術師が持ち帰ったなら高専もその上も黙ってるハズがない。つまり、宿儺は『これ』を知っていて、コッソリ回収して知らないふりをしている」

 

 俺の手の中にあるのは青白い女の指。

 呪力はないのに、呪霊の手で持っていても酷く冷たくて重苦しい。

 

「……なるほど? とにかく実験は終わったのだから話して貰おう、真人。それは誰の指だ?」

「いやこれは誰かの体の一部って言うより、アカシックレコード、宇宙の本棚と呼ぶべきかな」

「アカシック?」

螳?ョ?(宇宙?)

「ぶふぅー……?」

「うーん、これは『大地』や『森』や『海』が知らなくても仕方ない話か。説明してあげるよ」

 

 三人から良く見えるよう、木製のテーブルの上に指を置く。

 

「宇宙の本棚。それはこの世の全て、過去現在未来の宇宙の全てが記録されている情報源。と、言われている概念。でも実際にこの世でそれに触れた人間は公的な記録には残されていない。宇宙の本棚に触れた人間、いや、自称知的生命体達は皆、情報量や世界の真実に耐え切れず精神崩壊する。っていうのが、この概念について論じられる物語のお決まりになってる。実際に存在していて、それに触れられたとしても誰かに報告できる状態じゃなくなるんだ」

 

 すっかり血の気の失せているこれは、一般人が遠目に見ても人体の一部とは分からないだろう。

 

「もちろん俺もこれ、最初はなんだか分からなかったんだけどさ。宿儺が受肉して『共振』があったろ。アレでちょっとだけ覗けたんだよね」

「何が見えた」

「YouTube」

「は?」

「いわゆるMAD? いろんな漫画とかアニメとか切り貼りして作るファン動画さ」

「……その人間のお遊びがなんだ?」

「通じて良かった。じゃあその人間のお遊び劇場の登場人物として、どう見ても自分が出てきたら?」

 

 三者三様。

 漏瑚はじっとりと目を細め、花御は緩く首を傾げ、陀艮は話を聞いていたのかも微妙でおっかなびっくり指を突いている。まぁ一人に通じていれば後々仲間内で情報共有するだろうから構わず話を続ける。

 

「話が変わってくるだろ? 俺は宿儺が馬鹿になっちゃった理由はこれにあると思ってる。俺までああなりたくないから取り込んだりはできないけど」

「あれは……まあ……たしかにな……」

「俺はね〜、宿儺がたこ焼きにお餅とカレーとチーズ乗せて焼いたやつ作ってる動画が好きかな。馬鹿動画として呪術界のネットミーム化したの最高だけど、オーブンの前でべったり貼りついて見守ってる姿見て、宿儺おじいちゃんボケちゃったのかと思った。いやある意味ボケちゃってはいるけど」

「やめろ、思い出させるな」

「最後に千切った味海苔かけるところに拘りを感じたよね」

 

 あれを見せた時のこの世の終わりみたいな漏瑚の顔は面白かった。

 写真に取れないのが残念なくらいだ。

 

「……それで、朱紅赤についてはどう説明する」

「たぶんあっちも宿儺。記憶は微妙なところだけど、俺の目で見て、朱紅赤の魂はどうやっても見た目通りの女の子じゃない」

「呪物から人格だけが分離するなどあり得るのか?」

「あり得てるんだから仕方ないだろ? それに、彼、いや、彼女? 宿儺は異形とはいえ呪詛師、人間だった。呪霊とは成り立ちの異なる呪いだ。魂と呪いを引き剥がすことが無理だとは言い切れない。……特に、宇宙の本棚から好きに情報が引き出せればやれるだろうね」

 

 魂の形が見えるというのは面白い能力だ。

 術式の都合でそう捉えているだけなのか、魂なんてものが本当に実在しているのかはまだ不明だけど、相手がどんな変装の達人でもポーカーフェイスを装っていても簡単に見抜けるのは嬉しい。

 

「おかしなガキだ……、最近生まれた割に随分と知識が豊富だな」

「え、変かな? 漏瑚だって、今どこの山が活火山だとか、火成岩の種類が何だとかどこで取れるだとか、調べなくても知ってるものと思ってたけど。『人』の呪霊は『人』について詳しいものじゃない?」

「……」

「あれ?」

「まあよいわ」

 

 信じていない顔。

 でも別に構わない。ここまで『仲良く』して一番肝心なことに気づかないなら呪霊も人間も同じ。姿形と呪力、振る舞いさえ合っていれば相手を誤認する。

 

 非術師の目からは、呪霊に食われる人間は透明なものに覆われて消えた様に見える。伏黒甚爾は、呪力の全くない体に呪霊を飲み込むことでその呪力を覆い隠して持ち歩いた。なら、呪霊の体内に入ってそこから呪霊を操れるのなら、完璧に呪霊のふりができると考えられた。

 

 呪霊でも内臓を持っている個体は多いし、ヒトガタの呪霊ならほぼ間違いなく脳がある。

 それに、心臓や脳などの重要な器官を破壊されるのは呪霊でも結構な深手なワケで。

 

 だから相手が呪霊だろうと、司令塔たる『脳』さえ取り換えてしまえば、その身体は『私』のものだ。

 

縺ァ縺ッ(では)縺薙l縺ッ(これは)螳?ョ(宇宙)縺ョ蜻ェ髴翫?謖(の呪霊の指)縺ィ縺?≧縺薙→縺ォ縺ェ繧翫∪縺帙s縺(ということになりませんか)

「花御!! 貴様は喋るでない!! 何を言ってるか分からんのに内容は頭に流れてきて気色悪いのだ!!!!」

「アハハ! そうかも! 良いね花御。宇宙を恐れる気持ちから生まれた宇宙の本棚。相打ちで宿儺は壊れたし、宇宙も今は『これ』だって? 良い線いってるんじゃない? ヤバ、宇宙の呪霊か。イマドキって感じするね!」

 

 宇宙の本棚。

 

 計画実行の間際になって新しい本命ができてしまった。

 やはりこの女指、なんとかして安全に中身を覗けないものか。計画の邪魔だからって朱紅赤の研究所を潰させたのは早計だったかもしれない。でも実際邪魔だった。宿儺が人間の制御下に置かれるなんてのは絶対避けなきゃいけないし、今は結果として一番面白くなりそうな進みになっているし、良しとしておこう。

 

「で、まぁ、本題なんだけど。肝心の両面宿儺があんな感じになっちゃったからさ、獄門彊一つじゃ何かと足りないだろ? だから俺の育ててる呪詛師を連れてくよ」

「呪霊の癖に人間なんぞ育てとるのか、何のためだ?」

「今、今。こういうときに戦力として役に立つじゃん。勝ち確定の状態に持って行きたいなら手段に拘らず使っときなって。特級相当だっているしさ、これまた特級呪霊付きのとっておき!」

「人間なんぞにいい様にされとるヤツが特級だと? 大体、呪詛師が勝ったところでそれでは意味が、──」

「違う違う、安心してよ。二人はね、相思相愛なんだ」

「ああ?」

「死さえ二人を分かてないラブラブカップル。術師の方も死ねば間違いなく呪霊化する。しかも、自分の力を認識すらできずにショボショボに落ち込んでたところを俺が見つけて手塩にかけて育てたから、俺のことを絶対的に信頼してくれてる『良い子』達だ」

「生まれてすぐ子育てとは……」

「あっはっは! 縷々連綿と続いてきた人類の営み、地獄の子育て! 得意だよ俺は! ……とはいえ、彼はある程度育ってたし、大したことはしてないさ」

 

 これまでに色々やってみた結論として、欲しい人材の条件がニッチな場合は探すより作った方が早い。

 俺の寿命が実質無限だからそう思うのかもしれないけど。

 

……縺ァ縺吶′(……ですが)螳ソ蜆コ縺ッ縺ゥ縺?☆繧九?縺ァ縺(宿儺はどうするのです)?」

「花御!!!!」

「まぁまぁ漏瑚、落ち着いて。いい質問だよ。朱紅赤が宿儺じゃなかったら指はどうすんのって話だろ?」

「妥協点でそのまま朱紅赤に取り込ませる他ないだろう。記憶は兎も角、性格も呪いとして悪くはない。ナクスとか名乗っている阿呆よりはマシだ」

「まぁねぇ。俺もできれば『宿儺』が見たいけど、でも、彼女が人間の味方をするようなら意味がない」

「んぐ……ッ」

 

 女指を改めてテーブルから拾い上げて、それをゆっくりとそれぞれに差し向ける。

 

「……ねぇ、漏瑚、花御、陀艮。もし、王が失脚したんなら、女王が政権を握っても良いよね?」

「えぇい! いちいち回りくどいわッ!! 言いたいことがあるなら早く言え!!」

 

「特級過呪怨霊、祈本里香。朱紅赤が呪術師側だった場合、宿儺の指は彼女に取り込んでもらう」

 

「できるのか、そんなことが……!!」

「俺の無為転変なら里香をベースとして馴染む様に調整が可能だ。なにせ呪術師に俺を特定されない為に態々飛行機で外国まで行って試しまくったからね。術式の腕に自信はある」

 

 普通は『器』でなければ宿儺の指は馴染まない。

 その辺の適当な呪霊に指を取り込ませても、両面宿儺の指を核として呪霊の存在ごと再構成されたり、指単位で別の身体で出てきてしまったりするし、何よりどう見てもエネルギー効率が悪い。ニ十本与えたところで宿儺に匹敵する呪霊にはなれない。だから『器』が必要だった。

 

 でも今はそんなことのために奔走する必要なんてない。

 素材さえあればお好みの術師も呪霊も作り放題。

 

 ちょっと前までは星漿体が、六眼が、呪霊操術が……!

 なんて思ってたけど、無為転変さえあれば大抵のことはどうにかなる。なんなら星漿体護衛任務、別に失敗させる必要はなかったかもしれない。触れられれば勝ちだし。

 

縺イ縺薙≧縺(ひこうき)

「? うん、飛行機」

「乗ったのか……?」

「え? うん」

 

 彼らから反応がないとは思ったけど、そんなことか。

 その場に留まりたがる呪霊の性質。でも『人間の呪霊』ならそんなの知ったこっちゃない。必要なら宇宙まで行ったって良い。

 

「みんなもしかして移動徒歩なの? 乗り物使えば? 俺達タダだよ?」

「ぶ」

「お、陀艮は興味ある? 海路も良かったよ。海の呪霊が船に乗っちゃいけないキマリなんてないし、今度一緒に乗ってみる?」

「ぶふぅ」

 

 二体は日本的な要素が殆どなのに比べて、陀艮は『ダゴン』だからか、外国に行くのに抵抗はあまりなさそうだ。

 

 六眼と呪霊操術が丁度全盛期なのと、陀艮のこのバブバブ具合からして、出来ればあと四、五十年くらい待ってくれた方が戦力的には確実なんだけどなぁ……。

 でも漏瑚と花御はもう待てないみたいだし、呪術師側で宿儺の指の回収が本腰入れて始まったし、宿儺の状態とか女指とか、その辺ほっとく方がリスキーだ。延期はできない。

 

「二人も手段を択ばす自由にやろうよ『人間』ならさ。俺は別に面白ければそれで良いっていうか。だからこそ、呪霊と人間の立場を逆転させたい、戦争がしたいだなんて、乗らない手はないと思ったワケだし」

 

 嘘は吐いていない。

 呪霊の癖に『人間になりたい』だなんて隣の芝が青い思考回路。既に実質人間みたいなものだ。存在がギャグとして面白い。

 まぁ、それ以上のことは特に期待してないし、『私』には他にやりたいことがあって、アンタらの野望がその計画に都合が良いから手伝ってもらうつもりなんだ、とも言ってないってだけで。

 

 

 




ゆたりか呪詛師ルート。
愛する女が死んでるくらいで止まるんじゃねぇぞ…。

真人のデザインと羂索ママの術式については原作読んでて絶対こうなるための真人だと思ったが全くそんなことはなかったので自家発電するぜ!
最悪と最悪がかけ合わさり、もっと最悪になる、つまり最高!!
なにひとつ『真人』じゃない状態の真人、可愛いですね……。今日から『偽人』だよきみは……、可愛いね……。

因みに羂索が頭の中でも真人やってるのは、人前じゃナチュラルに頭の中切り替えて過ごしてきただろうなと思ってそうしてます。
 


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『映画鑑賞』 その3

 
年末まで堪えようとしたけど今年中に原作が終わるとしたらソードマスターヤマト並みの展開じゃないと終わらないし、やっぱ我慢できないので投稿します。

実デビのことボロカス書いてるものの、五条先生と同じく絆が深まるという意味で好きだし、ネトフリとGYAOとアマプラの計3周走ったので許して。
アマプラに至っては本当に実写デビルマンを観るためだけに追加で300円払ったので許して。

今回観てる映画もこれを書くために2周目走ったので許して。
1周目の後につまりどういうことだったのかを調べて、展開が分かってる状態で見た2周目は心穏やかにそれなりに映像を楽しめました(ダイレクトマーケティング)。


 

 ここまでのあらすじ:

  お夕飯前に実写デビルマンを倒した!

  片付けの後、2001年宇宙の旅の視聴を開始した!

 

 だが、それが大きな間違いだった。

 

『ナクス……これ、さ……』

『何も言うな』

『…………いや無理、なんか話して』

 

 ハッキリ言って限りなく虚無である。

 

 真っ黒で何の変化もない画面から不穏な音楽が映像が流れること三分。

 漸く朝日が昇って来て進展かと思えば、お次は荒野のお猿がすこ~しずつ進化していくだけの映像が十五分ほど続いていた。

 

 これを集中して観ろというのはキツい。

 

『この調子で宇宙に行くまで二時間かかるのか?』

『やだぁあ~~!』

『遂に悠仁くんが赤ちゃんになってしまった……』

『あっ待って宇宙のシーン来た!!!!』

 

 場面は唐突に荒野から宇宙空間へ。

 しかし現実は無情にも、そこから更に衛星基地だかスペースコロニーだかの綺麗な映像と綺麗な音楽だけで五分が経過。

 

『実デビよりキツいかもしんない……』

『今のところ一切ストーリーが見えんからな……』

『やっとBGM切れた、なんか展開ある? 喋った!!』

『セリフ一つでここまで感動させられるとは』

『SFだ……長かった……』

 

 しかし! 数分の会話パートの後、再び映画は綺麗な映像と綺麗な音楽だけの時間に戻る!!

 

『……絵面も音楽も、たしかに文句なしに綺麗なんよ』

『そうだな』

『でも癒し動画って集中して見続けるもんじゃなくない? ながら作業とか寝るときに流してほっとくもんじゃない……?』

『うん、私も一人だったら間違いなく観るのをやめていた』

『ツカモトに呪力を流すっていう『やること』があるのが逆に救い』

『作られた時代的にも芸術点が高いのは認めるが、映画にエンターテイメントが欲しい層にとってはひたすらに苦行だな』

 

 ティロンッ

 

『おっ』

 

 僅か一秒ほどのメッセージ通知音、それが止むか否かという速度でケータイを拾って確認する悠仁くん。

 ツカモトの鼻提灯が割れるも落ち着いて呪力を再注入。

 

 だいぶこなれてきている。やはり実写デビルマンを乗り越えた男はひと味違う。

 

『伏黒から! 二人とこっち来るって!!』

『朱紅赤もか。遂に実デビを通して分かり合う時が来たようだな』

『今それ以上のヤツ観始めちゃってるけども』

『まぁたぶんこれも視聴済みだろ』

 

 そんなこんなで視聴開始から約四十五分。

 未だストーリーは見えてこず、二人して死んだ目で画面を眺めていると唐突に部屋のドアが開いた。赤い目が覗いて、誰も部屋に入らず閉じる。

 朱紅赤がまさか『そっ閉じ』を習得しているとは。やりよる。

 

「……何故そんなものを観ている」

 

 五秒ほど後に改めて入って来てくれた。

 朱紅赤は蟻にたかられたセミの死骸を見るような目を画面に向けている。

 

「評価調べないで片っ端から観てった結果」

「遊んでいる後ろで流しておくものだぞそれは」

「虎杖、取り合えずこれ冷蔵庫に入れんの手伝いなさい。どこに何入ってるか分かんなくなるでしょ」

 

 三人が持って来てくれたのは山盛りの食材だ。十キロのお米と、スーパーのビニール袋が三つ。

 釘崎くんが掲げた袋からはお野菜やらお肉が透けて見え、ネギまで飛び出している。ネギが似合わない女。可愛い。

 

「マジ? 合法的中止!!」

 

 悠仁くんがゴキゲンで一時停止ボタンを押した。

 私達には致命的に合わないというだけで決して作品の出来が悪い訳ではないと思うのだが、合わないので仕方がない。

 

 ツカモトにはその辺でシャドーボクシングをしておいてもらい、早速キッチンで中身を広げて振り分けていく。

 

 肩肉切り落とし、牛カルビ、鶏胸、冷凍のからあげ、ハム、卵、シーチキン、レトルトカレー、キャベツ、ニンジン、タマネギ、ピーマン、etc。取り合えずベタに買いまくった感じで、調味料と飲み物もそれなり。

 

「この量、もしかして三人とも入り浸る気?」

「当然でしょ、アンタこんな良い部屋一人で使うつもり?」

「夏油先生が絶対そうなるから量買っとけって」

 

 飲料は主に紙パックとペットボトル。特に学校の自動販売機では買えない種類なのが凄く嬉しい。そして何よりカフェイン。アッ、粉珈琲がある! インスタント!! ブランドに拘りなし。カフェイン、LOVE。見つけてしまったからには是非とも欲しい。漫画も良いがやっぱり珈琲も必須。絶対に取り込んで領域で直にキメる。

 

「このでっかい画面でゲームしたら楽しそうよね」

「折角ならスプラが良い、白ッパーで蜂の巣にしてやる」

「プラべで朱紅赤対三人」

「構わん」

 

 ……は?

 ちょっと待て。朱紅赤、スプラトゥーン既プレイどころか好きなのか?

 呪いの王、キルを取り合うゲームが得意。それはそう。でも平和すぎて和まざるを得ない。一人でリスキルして対戦相手の脳を破壊し尽くすのが容易く想像できる。可愛さが致死量で私の脳も破壊されている。

 

『ナクスさぁ、朱紅赤のことかなりお気に入りだろ』

 

 推しに狂うオタクの笑顔を見られてしまった。

 悠仁くん、なんでこのタイミングで私のこと見てんだ。大人しく朱紅赤を見ていてくれ。

 

『可愛いからな。幸せでいてくれると嬉しい』

『……乗り換える?』

『なんだ不安になったのか? 安心しろ、私はこう見えて約束事には煩い。悠仁くんの生存戦略を途中で放り出すつもりは毛頭ない』

『マジでこう見えてだからなぁ……』

『聞いてきておいて失礼過ぎんか?』

 

 いくつかを冷蔵室に残して直近食べないものは片っ端から処理して冷凍、ビニール袋はおにぎり状にして冷蔵庫の上に。

 仕分け終わった後、朱紅赤が改めて悠仁くんに向き直る。

 

「で、アレの感想は」

「……あーーーーー」

 

 悠仁くんの声帯から発せられし、実写デビルマンを観た者にしか伝わらないセリフ。

 悲しいかな、「あーーーーー」はマジでセリフである。

 

 それを受けた朱紅赤が右手を、伏黒くんが左手を差し出す。

 

 固い握手。

 

 ここに実写デビルマン視聴済み同士の絆が結ばれた。

 恐らくこの世で指折り三つに入るであろうレベルの難解な絆である。

 一方、ひとり未視聴の釘崎くんはUMAと対面したみたいな顔をしていた。

 

「今ので何を分かち合ったのよ」

「ほんとに「あーーーーー」がいっちゃんヤバいんだって!!」

「いや切れた指押し付けてくっついた方が意味不明だったろ」

「ネットで検索しても原作者の感想が見つからない辺りに『本物』だと思わされる」

「怖い怖い!! 一瞬で急に仲良くなったわね!?」

「「「釘崎も「  N  O  」

 

 息の合った漫才。

 仲が良くて何よりだが、友情の方向性が心配になる。

 

「ほらやっぱり実デビを観た者同士にしか築けない絆があるってワケ」

「先生!」

「つまり実デビは良い映画。Q.E.D. 」

 

 いつの間に部屋に入って来たのか。当然の様に会話に混ざってくるGLG五条悟。

 イベントまで数日は空くつもりでいたが、もしかして今日が漏瑚戦か。

 

「それはちょっと無理あると思う」

「悠仁、ここは快く、その通りでした! って言うとこだよ」

 

 五条先生の主張も虚しく、伏黒くんと朱紅赤も黙って首を横に振るだけだった。

 私としても実デビは決して嫌いではないが一週間以内に二周しようと言われたらその場で赤ちゃんになる自信がある。

 

「ん~、悠仁だけ連れてくつもりだったけど、折角だからみんなで課外授業行こっか」

「俺、外出ちゃダメなんじゃなかった?」

「まぁ人いない場所だし、いても今頃死んでると思うから大丈夫大丈夫」

「それ大丈夫って言わんくない?」

「諦めろ虎杖、こういう人だ」

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 一年全員での課外授業。

 

「皮肉だよね、全てを与えられると何もできず緩やかに死ぬなんて」

『……は? つまりどゆこと? ナクス解説して』

『情報過多による強制宇宙猫領域、相手は死ぬ。だが今回の相手は特級呪霊なので死にはしない』

『分かったけど急に安っぽくなった』

 

 今日この場で初めて五条先生から領域の説明を受けたことで悠仁くんから先生への信頼度が下がったが、それ以外の展開は概ね順調だ。

 私は他人の印象を下げてまで自分を上げようとかは全く思っていないのだが、普通に先生の自業自得なので私が悠仁くんを攻略した後にでも存分に悔いてくれ。

 

「で。まぁ脳が焼き切れてるのを僕がボコボコにしても良いんだけど、朱紅赤、やってみる?」

「……あ? ……ケヒッ、ケヒヒヒッ! クハッ、そうこなくてはなぁ?」

 

 振って貰えると思っていなかったらしく、話半分にぼんやりしていた朱紅赤は一瞬きょとんとした後、口の端をニンマリと吊り上げた。

 

 笑い方が邪悪過ぎる。五億点満点。

 少年少女の性癖、その調子で破壊し尽くしていけ。

 

「じゃ、ヨロシク。僕コイツ起きる前に帳下ろしとくね」

「ん」

 

 先生に投げ捨てられて水面に叩きつけられた漏瑚に続いて、無下限バリアから外れた朱紅赤が浅瀬に降り立つ。

 

「回復するまで待ってやる」

 

 うわ出た!! 舐めプ!!

 どうしてこの手のキャラはそう現実の戦闘で舐めプしたがるのか。舐めプして良いのはバーチャルだけだと古事記にも書いておくので教育省は教科書を訂正してくれ。

 

「ちょっと! 相手特級でしょ!? タイマン張らせて大丈夫なの!?」

「平気さ」

 

 釘崎くんの抗議に対する、五条先生のなんてことなさそうな返事と同時。

 どう、という低い音を上げ、朱紅赤の真下から白と黒の混じった煙の柱が聳える。マグマと水の接触による軽い水蒸気爆発が朱紅赤を包んだ。

 

 悠仁くんと釘崎くんが軽く悲鳴を上げたが、一瞬遅れて噴き出たマグマが散って煙が晴れると、朱紅赤は一糸纏わず傷ひとつない姿でそこにいた。一糸、纏わず。

 

「ほぉ、威力はある方か」

 

 片眉を上げた舐め腐った表情。なだらかな首、肩。柔そうな腕。胸はその手の性癖の人が描くレベルの巨乳でこそないが、片手では持て余しそうなたわわ。そして意外と括れはありつつも、これまた意外にも柔らかそうなシックスパック不在のお腹。特に腰周りから膝にかけては重量感たっぷり。

 

 彼女のまろやかモッチリダイナマイツボディラインがこれでもかと見えてしまっているが、大事なところは変身中の魔法少女の様に身体を覆う謎の光で見えない。

 

 漏瑚の攻撃の残火だとか比喩だとかではなく、朱紅赤自身が眩く燃えている。

 淡い桃色の髪が蜃気楼の様に揺らめいて神秘的だ。

 

「あ、しまった。まぁよい」

 

 衣服が消滅したことに後から気づいたようだ。全裸だが、よいのか。

 無知とは別の恥じらわない属性。ここまで来ると朱紅赤一人でどれ程の性癖を抱えていくのか楽しみになってきた。

 

「キャーー! 朱紅赤のえっち!! 僕捕まっちゃうから早めに服着て!!」

「黙っていろ戯け」

「貴様ァ! 若い娘が恥を知れ恥を!!」

「オマエもいちいち喧しい。身なりを気にして死ねばそれこそ恥だろうが」

 

 八割九割がおふざけだろう五条先生はともかく、漏瑚の感性がまとも過ぎる。名誉人間。お前はもう今日から人間を名乗って良い。『その手の力』を扱うならもっと毎日楽しく狂っていないとプチっと死ぬぞ。いや、マジで死ぬんだった。

 展開的に私が殺さなければ死なない可能性もあるが、漏瑚は人類に対して有害なので殺せたら殺す。だから残りの生を悔いのない様に生きろ。

 

「恵、悠仁」

 

 五条先生が二人の肩を軽く叩く。

 

「僕の後ろに居て良いよ」

 

 何故か二人は無言で頷くと、先生の後ろに移動し、そこから少し前屈みに戦場を覗く姿勢になった。

 あっ(察し)。

 

「なん……、」

 

 釘崎くんも察したようだ。

 男の子には己の意志ではどうにもできないことがあるからな、仕方ないな。

 

「……まぁ、見逃してやるわ」

 

 本人が恥じらっていない上、今回はvs特級の『見学』である。貴重な経験値。見るなとも言えない。釘崎くんは微妙な顔をしながらも無罪判決をくれた。

 

 で、早速性癖ブレイクしたみたいだが悠仁くん大丈夫か?

 

『悠仁くん』

『全力で『無』になるから話しかけんといて』

『うん、石の様に黙ろう』

 

 駄目かもしれん。

 綺麗でえっちな人外フォルムは男子高校生には刺激が強い。見えてなかろうが『全裸』の破壊力は耐え切れなかった様だ。

 

 ……というか、朱紅赤、身体鍛えていないのか。いやそれは考えにくいし、マッスルの上にお肉が乗っている状態、シンプルに現代メシが美味すぎて食べ過ぎている可能性が高いな。可愛いので良いと思います。

 

「さて」

 

 朱紅赤が矢を構える。

 

「火力を上げて行こうか」

 

 改めて観察すると、朱紅赤の炎は温度が高いとされる青ではない。

 どちらかというと黄色がかった白を軸に青や赤色が散っている。

 

 炎? 熱?

 そこまで深い知識がないので分からないが、白ベースの熱の塊を扱うということは分類的には『光』とかの術式だろうか。

 ……両面宿儺なのに? 鬼『神』だから? 玉折の産土神がどうのが伏線だった可能性もある。

 

「……受けて立、ッ!?」

 

 漏瑚は手に火球を構えようとしたが、朱紅赤は向こうの準備が終わる前に矢を放った。あれ!? たしかに正面からの火力勝負とは一言も言っていないけれども!

 しかもそれは散弾の様にバラけて飛び散って、威力は低め(当社比)で着弾地点で強めに発光している。帳の中なのに目が眩むほど明るい。

 

「そら、弾けるぞ」

 

 呆気にとられた漏瑚の掌の中の火球を、朱紅赤の右拳が勢いよく穿とうとする。

 が、スカした。基礎スペックとして漏瑚の方が速い。

 

 にもかかわらず、景色が白く飛んだ。朱紅赤の熱量が上がったらしい。

 辛うじて彼女の足元が煮立っていることが分かるが、光と湯煙で何も見えない。熱気も凄まじい。いつからここは温泉地になったのか。

 

「なぁ先生、なんかこれ、下手したら呪霊の領域よりアツくね?」

「まぁ朱紅赤、太陽だから」

「なんて?」

「『陽降苛輪(ようこうかりん)』。今は結果として朱紅赤が燃えてるけど、指定した座標に太陽を『降ろす』術式でね。火力マックスにされたらこの辺一帯隕石が落ちて来たみたいにぶっ飛ぶよ」

「アレで手加減してんの!?」

 

 知らん、なにそれ。

 

 つまり宿儺は斬撃の伏魔御厨子と炎熱のヨウコウカリン、術式二重持ちだった?

 それとも『朱紅赤』の術式か? 性質も呪い(まじない)に近いし、マッドサイエンティストの手違いがなければアレが私の術式に? 馬鹿な……、私にあんなアタッカー術式ねじ込まれても絶対に腐らせる自信しかない。一周して今の状態がベスト。

 

「手加減ていうか、あんまりアゲると人型が保てなくなって朱紅赤ごと爆発しちゃうの」

「やっべぇ術式じゃん」

「そーかな? 僕とか恵のもやろうと思えば即自滅するし、自爆ボタン付きの術式は別に珍しくないよ」

「呪術、こわ!」

「体内に呪いの王飼育してる男がなんか言ってるわね」

「まさかこうなるとは俺も思ってなかったから……」

「タッパーでハエトリグモ飼ってるテンションで特級呪物の面倒見てるヤツが何か言ってるな」

「ナクスが残念な感じなのは俺のせいじゃねぇから!」

「お前らさっきからバチクソに失礼だぞ」

「呪いの王がバチクソ言うなし」

「言論の自由を主張いたしますわ」

 

 そうこう言ってる間にも、朱紅赤は炎の蟲で爆破されたり怪獣映画や巨大ヒーローもの宜しく熱線をぶち込まれたりしている。しかもそれらを受けても位置座標的な意味で軽く吹っ飛ぶだけだったり貫通している様に見えて平然としているので、正に通常兵器の効かないゴジラの様だ。

 

 硬いというか、恐らくダメージ条件が噛み合っていない。

 もらいび持ちのポケモンに幾らほのおタイプの技をぶつけても意味がないのと同じである。

 

「  極 ノ 番 ・『隕』 !!!!!!!!  」

 

 おいちょい待てい。

 

「先生アレ一帯がぶっ飛ぶヤツだろ止めんのか」

「まぁ見てなって」

 

 ブチギレ極まれりの漏瑚に対し、朱紅赤は私にも引けを取らない喜びに満ちた輝く瞳で空を見ていた。

 大丈夫そうである。

 

「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」

 

 朱紅赤は印を結び帳の中に小さめの帳を下ろすも、範囲に何も含めず空中で閉じた。

 そこに先生の帳を通り抜けて隕石が落ちて来る。

 

「 陽 降 苛 輪(ようこうかりん) 『黑』 」

 

 漏瑚の『隕』は朱紅赤の帳より少し大きく見えたが、帳に綺麗に吸い込まれて消滅した。

 

「な゙っ……、……あ゙……!?」

「ケヒヒ、やはり素直に落ちてくるだけの(つぶて)には術式の開示など狡い真似は不要だったな」

 

 ひとつもわからん。

 何が起きたのか。

 

 太陽の術式を帳の中で使ったように思える。

 つまり、太陽の重力で引き寄せて熱で溶かしながら相手の術式を飲み込ませたのか。

 少し理解できた気がする。やはり私は天才だった。

 

 呆然自失で隙だらけの漏瑚は朱紅赤に首を掴まれて、そのまま溶かし切られ(・・・)た。いわゆる『熱切断』だ。

 

「甘い」

 

 漏瑚の胴体がうつ伏せに倒れかかり、軽く蹴り飛ばされて消失する。

 

 朱紅赤、小指一本でこれならもう他の指は要らないまであるのでは?

 両面宿儺として復活しなくても十分特級。属性特盛最強夢主力が五十三万ありますわよ。

 

「砂糖よりも甘いなァ?」

 

 夏油先生のこともそうだが、何とかして朱紅赤としての昔話が聞きたい。

 真面目な顔をして私から内緒話を持ち掛ければいける気がするので期を伺ってなんとかしよう。

 

「確かにオマエならば基礎能力(スペック)だけで大概の相手には勝てるだろう。だからこそ同格や格上、上位互換との経験に乏しい。地球のマグマが熱で太陽に勝てるハズがないのに矜持(プライド)が定石を捨てることを許さず、手札をぶつけることしか考えられていない」

「朱紅赤お疲れヘイパース」

 

 バスケットボールみたいなテンションで先生に投げ渡される頭部だけの漏瑚。

 

「祓うな五条、ソレはこれまで火力で押し通せてきてしまったせいでワンパターン戦法なだけだ。まだ消すには惜しい」

「僕も傑のお土産に持って帰りたいけどね、盗聴器とかGPSの術が付いてるかもだし、せめてここで情報搾り取らないと」

「夏油の腹の裡に何か仕込んだところで逆探知されて終わる気もするがな」

 

 これが主人公サイドの会話か?

 悪の組織の幹部とかでなく?

 

「さぁて、誰に言われてきた? 主犯がこんな鉄砲玉みたいなマネしないだろ?」

 

 漏瑚が地べたに転がされ、五条先生の下ろした帳が晴れて月が見えてきた。

 

 そこに無数の花束が着弾。

 領域でもないのに『場』がお花畑に塗り替えられる。

 

 花御だ。

 さては人数が多いので出力上げて来たな。

 尤も、私に対しては相性が悪く、効果はあって無い様なものだが。

 

『悠仁くん、主導権ヘイパス』

『パス!』

 

 折角なのでこの場で花御も捕まえる。

 まぁ渋谷編がないと私の野望達成もだいぶ遠退くものの、脳しかない奴の脳が破壊されるところが見たい気持ちも大きいのでそちらを優先する。原作の展開は脳味噌がなんとかしてくれることでしょう。知らんけど。

 

 疾風の様に駆け抜けんとする花御。

 私は五条先生再起動までの時間が稼げれば良い。悟られないよう引き付けて、十分に射程内へ入った時点で腕を振り上げたが、振り上げた私の腕は綺麗な曲線を描いて夜のお空へ飛んで行った。

 

「は? おァ゙ッ!?」

 

 二撃三撃、業物が描く銀の軌跡。

 かわし切れず深めに斬られる。

 斬られた傍から治していくので大事には至らないが、もはや悠仁くんの服がおじゃんになったのが何度目かも分からない。

 

 相手は花御が目的を達成してすぐに離脱したが、その直前、朱紅赤の炎に照らされた、幸薄そうな隈のある垂れ目と視線がかち合った。

 あ、どうも、お早い登場ですね。

 

 

  ど   う   し   て  。

 

 

蜉ゥ縺九j縺セ縺励◆(助かりました)!」

 

 五条先生の再起動直前。仕上げと言わんばかりに、交流会で見る筈の大型樹木が出現して物理的に壁を作って分断され、凶悪なパックンフラワーみたいな子機達がポップコーンの様に上に(・・)弾けた。

 樹木の壁は先生が大穴を開け、種子の雨は朱紅赤が焼き祓ったが、次の瞬間には三人ともこつ然と消えている。

 

「アララ、こうも鮮やかに撒かれるとはね。徒党を組んでる上に戦略慣れしてるときた」

 

 釘崎くんと伏黒くんがまだお花畑から帰って来れていない様子だったので、これ幸いにと頬を突いてみたら手を叩き落とされた。元気そうで良かった。満足したので悠仁くんに身体を返す。

 

「にしても今の、人間だったね? それも随分と呪力が多い。センスもある。朱紅赤と同じタイプかな」

「また新しい両面宿儺の器だとか抜かすんじゃなかろうな」

「それは見ても分かんないけど、いけちゃう可能性はゼロじゃない」

「キショ、無限に自然発生するな、研究所の奴らも草葉の陰で泣いているぞ」

 

 いや露骨に乙骨くんでしたやん(激ウマギャグ)。

 五条先生、彼と面識ありませんの? マ?

 乙骨くんを呪霊側に取られてんのはだいぶやべぇですわよ。

 

「ところで五条、今夜は夜蛾と何か約束事があったんじゃないのか」

「あっ、たかも」

 

 朱紅赤の放った一言で辺りが静寂に包まれる。

 

 五条先生の思考が「遅れても良いよね」ではなく「失念しておりました」なのは物凄く人間的成長が見られるのだが、本来の有様を知るのは私だけなので誰も彼を評価してあげることはない。現実は非情である。

 

「みんな集合! 取り合えず高専(おうち)帰るよ!! いやその前に朱紅赤はこれ着て!!」

「……」

 

 五条先生は自分の上着を脱いで朱紅赤に差し出す。

 朱紅赤は露骨に嫌な顔をした。

 

「嫌そうな顔しないの、スッポンポンより良いでしょ!」

 

 そして爆誕する彼シャツ朱紅赤。

 裸に上着一枚。背徳的だ。

 

「……あの、恥ずかしくねーの?」

 

 もうさっきからサービスシーンが多すぎて『無』になるのに失敗した悠仁くんが露骨に意識してしまっている。態度に出ている。

 身長と尻がデカイ女。神秘的で火力の高い術式を使う。性格は悪いが可愛いところもある。食べるのが好き。これは人生狂わされそうになるのも仕方がない。

 

「隠しただろうが」

「そりゃまぁ、見えてはないけど、気持ち的に」

「TPOの概念は理解しているし、品定めの視線はハエに集られるような不快さがあるが、荒事で衣服が消し飛ぶのをいちいち気にしてどうなる」

 

 そうは言っても、後ろで伏黒くんが顎に梅干しを作って何か言いたげにしているぞ。

 

「こらこら、余裕あったんだし呪力で水着ゾーンぐらい守ろうね」

「はー、ウザ。リソースの無駄だ。毎回裸になっているワケでもなしにそう騒ぐな」

「毎回裸になってたら傑と三者面談だよ。ハイ回収、みんなぎゅっと集合、飛ぶからちゃんと掴まって」

 

 ……常識が、ある……!

 五条悟に……! 常識が……!!!

 

 その代償として夏油先生の性格が歪んでいるのは如何と思うが、五条悟に原作よりも常識が備わっているのは眩しいくらいの功績だ。

 

「あっ待って先生、さっき飛んでった俺の腕回収しないとヤバくね?」

「悠仁、順調に感覚狂ってきたね」

 

 先生は悠仁くんの腕を回収した後、速攻で一年ズを帰して夜蛾先生の元へ消えた。

 

 




陽降苛輪(ようこうかりん):
ぼくのかんがえたゆめしゅちゃんのじゅつしき。
勿論呪力は消費しますが本人が燃料になって燃えている感じではないので、燃えた分痩せるとかはないです。 な い で す 。
因みに『黑』は無下限の『蒼』と太陽の黒点から着想得てます。

さ「じゃじゃーん、お土産の悠仁の腕で~す」
し「そのうち吹っ飛ばしたパーツだけで虎杖悠仁がもう一体出来上がりそうだな」
す「ディアゴスティーニ?」
 


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『映画鑑賞』 その4

 
ロボコが朱紅赤に張り合ってくる妄想で二時間ぐらい過ごした。
パワーは足りてる自信があるから、後は発光すれば並ぶとか言い出す回。
寧ろ膝は勝ててませんかとか言う回。

でもきみの可愛さはナクス寄りだと思うよ。


----悠仁視点----

 

 

「朱紅赤、ほんとは特級だったんだな」

「まぁバレれば即日死刑だからな」

「二級でも暗殺者が仕掛けられる世界だしな」

「二人共マジで健やかに生きて」

「アンタもよ」

 

 高専に帰ってきて各自解散。

 伏黒と釘崎と、もちろん五条先生の上着一枚の朱紅赤も帰ってった。

 

 てことは、あとはナクスだけだ。

 

『ナクス……』

『うん』

『あの……』

『うん』

『ヒジョ~~~~~~に言いにくいんだけどさ』

『今夜ひとりでえっちなことがしたいから、しばらく行方不明になって欲しいという話か? 別に構わんぞ?』

『ナクス、急に大人の余裕見せてくるじゃん』

 

 特級スゲーとか色々思わなかったワケじゃないけど、それどころじゃない。

 このままじゃ寝れない自信しかない。

 

『大人だからな』

『赤ちゃんだと思ってた』

『赤ちゃんになるのは都合が悪い時だけだ』

『堂々と言い切った!』

 

 

 そんで次の日の朝。

 

 

『昨夜は捗ったか?』

『ハカドリマシタ』

『はかどりゆうじ……!?』

『ねぇちょっとそーゆーのやめてくんない!?』

『すまん、舞い降りて来たひらめきを伝えずにいられなかった』

『もぉ~!』

 

 とか言いながら支度をして朝飯を用意してると、腕に目が出てきた。

 インスタントコーヒーに釘付け。

 

『ナクス、コーヒー気になる?』

『瓶ごと欲しい』

『どうやって?』

『早急に領域へ物を取り込む技術を完成させてみせる、絶対にだ。決意は固い。だが今日のところは飲ませて欲しい』

『食後のコーヒーとかなら良いけど』

 

 朝飯を片付けた後、マグカップにコーヒーを淹れてナクスに代わる。

 ナクスはうきうきな様子でミルクと砂糖を入れて、それを持ってソファに座って、ひとくち。

 

「……ぅお……うま……、粉珈琲、文明の味……! ……?」

 

 カップを両手で持ってうっとり見つめた後、不思議そうに首を傾げた。

 

「効かない……」

『効かない? あー、そういえば俺、モンエナとか飲んでもキマるとか分かんないタイプだからな』

『つまり、飲み放題……ということか……!??』

『は?』

『こ……、珈琲を……!? 浴びるように!?!??』

『ナクスどうした?』

『ありがとう、お前は最高の器だ。愛してるぜ珈琲』

 

 超お気に入りじゃん。

 誕生日にプリキュア衣装貰った女児くらい良い笑顔。

 

『そんな好き? 平安にコーヒーなかっただろ』

『んー、なかっただろうなぁ』

『なんにも覚えてねぇな……』

『まぁな。覚えていないので否定もできん』

 

 知らない、分からない、覚えてない。

 でも、別にそれを思い出したそうな感じは全然ない。

 幸せそうにコーヒーをちびちび味わってる。

 

『そっか、コーヒー美味い?』

『んまい』

 

 自分のことが分からない状況が全く深刻じゃないのって、やっぱ人間じゃないからかなって思う。

 

『アサイチ何観る?』

『実写ドラゴンボール』

『昨日の今日で攻めてくじゃん』

 

 

 

 ドラゴンボール、なんでこうなっちゃったワケ?

 脚本家が謝罪。へー、めちゃくちゃ正直に謝ってんね!

 

 高専にDVDが置いてあるのもどうかと思うけど、これも五条先生が買ってきたっぽいな。

 

 

 

『実デビより面白かったか?』

『映画のストーリーは理解できたし、まとまってたんじゃない?』

『面白かったか?』

『ん~、正直言うと、原作読んだ? 以外のインパクトが物足りないかも……』

『アレはそういう問題ではなかったからな』

 

 

 

 そんな感じで映画を観続けて、更に次の日の朝。

 

 

 

『 分 か っ た !!!!! 』

 

 

「うるっっっさ! 朝っぱらからなに!?」

『大勝利ですのよ! やはりわたくし、天才でしたわ〜!!!』

 

 寝起きとは思えん声量。

 起床二言目にはお嬢様になって、見ればどこからともなく取り出した扇子で自分を仰ぎ始めるナクス。

 こいつマジで毎日元気だな。

 

『悠仁くん、取り敢えずその辺の物、丸めたティッシュで良いので掌に乗せてくれ』

「全然要領得ないんだけど……」

 

 時計を見ると朝七時。

 目覚ましが鳴るちょっと前。うーん、ギリ許す。

 

『いや間違いなく勝ったな。全てを理解した。絶対にいけるという確信がある』

「何が?」

『まぁ見ていろ』

 

 とりあえず、寝起きでぼんやりしたまま言われた様にティッシュを一枚、手の上で丸めて指を開く。

 

  ズズ。

 

 と、手のひらにティッシュが沈んで消えた。

 

「俺の体ーーーーッ!!!!!」

『大丈夫だティッシュはここにある』

「それでも俺の体ーーッ!! どーなっちゃってんのこれ!?」

『んふふ』

 

 ナクスは嬉しそうにティッシュをポンポン投げてはキャッチしている。

 二十四時間一緒にいるから分かる。これは成し遂げた自分の天才ぶりを自分が一番喜んでる顔だ。自己肯定感が青天井。今日もナクスの空は快晴で眩しい。

 

『私が領域から体表に出て来れるのだから、体表から領域に入って来れなければ話が矛盾すると解釈できた』

「天才じゃん! バカじゃん!!」

『どっちかにしろ』

「バカ!! ビビったわ!!! もぉ!!! ヒトの体どうにかするなら事前に説明しろって!!!!」

『ん……、サプライズ的なつもりだったのだが』

「ウワ、そのハエトリグモみたいなツヤツヤの瞳で申し訳なさそうな顔せんといて、眩し……!」

 

 ナクスの顔、ちょーっとしおらしくするだけで死ぬ程落ち込んで見えるのズルいな。いやでも、本来俺と同じ顔のハズ……。俺にもこれと同等の可愛さのポテンシャルが……?

 許しそうになるけどここでGO出したらどこまでされるか分かんなくてヤバい。賃貸アパートを宇宙戦艦にリフォームするなら家主に確認くらいしてくれ。

 

『そんな無碍に断んねぇから、マジで確認取って』

『分かった、次からは相談しよう』

 

 どうやらコイツ、マジで性格は人畜無害だけど、価値観が男子小学生レベルなせいで何がそんなにダメなのかを分かってない。

 専用の体持ってたら猫とか蝶々追いかけて迷子になりそう。そのまま野生化して帰ってこなそう。そう思うと一生中にいといて欲しい。

 

『……悠仁くん、朝ご飯作ったら食べるか?』

 

 ご機嫌取りの距離感が家族。

 領域からこっちを伺い見てくる様子がタッパーの中のハエトリグモ。

 

『何作ってくれんの』

『ベーコンに溶き卵と刻みネギと醤油をかけて焼いたものと、レンチンで錬成可能な味噌汁の作り置き』

『食う』

 

 

 その流れで体を貸して、最後にコーヒーの瓶を持って行かれたりもしたけど、危なげなく料理して出来上がったものがこちら。

 

 

 宣言通りの和風ベーコンエッグ、わかめとネギと板麩のゴマ入り味噌汁。

 ご飯にはふわふわのとろろ昆布をほぐしたのとちりめんじゃこと醤油もかかってる。

 

 普通に美味そう。

 当たり前なんだけど『手料理の香り』がする。

 

『……ナクス、俺が指食う前に現代のチュートリアル済ませてない?』

『知らん、たぶんYouTubeとかだろ』

『YouTubeすげー、いただきまーす』

 

 いつどうやって見たんだよってツッコミはしないことにした。

 ……うん、うまい。

 

『今日の一発目何観る?』

『景気よくゾンビかサメが観たい』

『そのラインナップの形容詞が『景気よく』なのが如何にもナクスって感じ』

『この辺の映画は制作の気が狂っているほど良い』

 

 洗い物を片付けた後、タイトルに『ゾンビ』って入ってるのを適当に選んだら、脚の悪いおじいちゃんと足の遅いゾンビのデッドヒートが始まった。その後なんやかんやで無双してハッピーエンド。

 

『和やかな光景だった』

『この展開で死なんでしょっていう安心感は否定せんけど』

 

 

 そのまま映画観ながら昼飯も食ってお昼過ぎ。

 心優しい死刑囚の不思議な力で主人公のちんこの病気が治る。

 

 

「 悠 仁 元 気 ぃ !? 」

「うるっさ、隣にいる人間に配慮できんのか」

 

 そこまで観たところで部屋のドアが勢いよく開いて五条先生と朱紅赤が入って来た。

 

 めちゃくちゃに既視感。

 寝起きにもこのテンション味わった気がする。

 

「うんまぁ元気。先生昨日来なかったけど、忙しかった?」

「まーね、メンドイ案件持ち込まれて泣いてたよ」

「適当なことを言うな、泣いていたのは伊地知だろうが。二十八にもなって遅刻でゲンコツは喰らうわ、どこに出しても恥ずかしい男だなオマエは」

「先生……」 

「気を取り直して今日はお姉ちゃんからの特別授業でーす!」

「おね……?」

「DNA鑑定したんだ。朱紅赤と悠仁、正真正銘、同じご両親から生まれた姉弟だったよ」

「マジで姉ちゃんなの!?」

 

 姉ちゃん。

 朱紅赤が。

 

「はー、うざ。斯様な愚弟を持った覚えはない」

「い、良いよ、俺も無理に姉弟せんでも大丈夫だから!」

「二人とも折角見つかった家族なのに?」

「オ゙ェ、要らんわ。百億歩譲って中のクソガキを始末してから出直せ」

 

 ……裸で怪獣みたいな戦いぶりをしていた光景が脳裏をよぎる。

 こう、モチモチで……触れたら比喩じゃなくて火傷しそうな白い肌……。

 それから、ナクスのクッキングバカのたこ焼きドリアを一人で半分くらい食べちゃったりとか、リボンで髪の毛縛ってたり、ネイルのこと釘崎と話してたり、あ、それ、自分で塗ってるんだ、みたいな……。

 

 『無』になりたい!!

 

 ヤバい! 今日も捗りそう! もうちょい早く言って欲しかったなぁ!

 近親相姦じゃん!! 事実は何もないけど手遅れじゃん!!

 

「悠仁?」

「ハイ!! 生まれ変わったら虫になりたいです!!」

「どういう進路宣言?」

「あれ? でもDNAって姉とか弟とか分かったっけ?」

「いや、単純に恵と一緒に学校行かせたかっただけで、ホントなら朱紅赤はもう一年上の扱いでも良かったんだよ」

「……年上なのね……」

『属性を盛り過ぎてどんぶりから零れそうだな』

 

 ナクスの感想はどこ目線なんだよ。

 

「そ。まぁ僕その辺で内職してるから悠仁は修行部屋で朱紅赤とドンパチやってきて」

「えっ先生は?」

「しばらくしたら顔出すけど、お札のストック作んないとでさ」

「……だんだん分かって来たけど、先生、案外戦わない感じだよね?」

「いや別にサボってないよ!? コレも立派な呪術師としての仕事だよ!? 五条悟が手書きしたお札!! スッゴイ貴重だから!!」

「そうじゃなくて、最強って言うくらいだから毎日任務漬けなのかと思ってた」

「あー、そりゃまぁ重めのが定期湧きする場所は傑が派遣した呪霊チームがリスキルしてるし、僕は割と『今来て今!』みたいなのの担当が多いかな」

「だから突然自習になんのか」

「……オマエはあらかじめその辺の説明をしておけ、説明を……」

「エヘ!」

 

 グーにした両手を顎に沿えてみても愛嬌で誤魔化しきれない悲しい大人を放置して、朱紅赤は冷蔵庫からソルティライチを取り出した。

 

「アクエリとポカリ」

「アクエリで」

 

 アクエリを投げて寄こされる。

 

「無視されると先生さみしいんだけど」

「俺と朱紅赤より先生とナクスのが似てない?」

「ごめん悔い改めて真面目にやるよ、死なない程度に行っといで」

『何故拒否られたのか』

 

 住んでる方の部屋を出てすぐに五条先生と別れて修行部屋に向かう。

 朱紅赤と二人っきり、一方的に気まずい。

 

「虎杖」

「ん?」

「俺に懸想するのは勝手だが、死んでも『ナイ』とだけ覚えておけ」

『因みに『けそう』とは恋することだぞ』

「まって」

 

 なんでもないテンションのナクスからありがたい解説。

 思わず膝から崩れ落ちた。

 

「ウソ……やだ……そんな……!」

「ケヒヒ、分かりやす過ぎていっそ憐れだな」

「なんのアクションもしてない段階でこんなことある!? 感情の整理が追い付かねぇって!!」

「情緒不安定で結構、中の阿呆がもう治せんと音を上げるまで破壊し尽くしてやる」

「呪力! 呪力コントロールが!!」

 

 崩れ落ちた首根っこを掴まれてそのまま連れ去られる。

 ちからつよ。

 

「オマエは殺してしまう心配がない、相手をするのを楽しみにしていた」

「先生助けて!! 俺の姉ちゃんが俺()遊ぶ気満々なんだけど!!」

「死なんと分かり切っている以上、アレは確実にほったらかしだぞ」

「お手柔らかに! なにとぞ手心を!!」

「安心しろ、手足が捥げても内臓が潰れても笑っていられる様にしてやる!」

「それは心が壊れちゃってない!?」

 

 爺ちゃんの最期の話、ちゃんと聞いてたらもしかして朱紅赤のこと聞けてたかな。

 でももし知ってたとしても、姉がいるとか、いたとか、そのくらいしか知らなかったかも。

 

 まぁ、どっちにしろ流石に人体を破壊するのが趣味の姉がいるとは言ってくれないか……。

 

「あっ、待って早速やめ゙っ……!」

 

 部屋に入るなり壁に叩きつけられて、そこに蹴り、というか朱紅赤自身が跳んでくる。

 身を捻ってかわした箇所にひびが入った。

 

  た す け て 。

 

「かっ開始の合図もなしに!!」

「殺し合いにそんなものはない、修行部屋まで待ってやっただけ温情だ」

「え」

 

 朱紅赤が右手を銃の形にしたと思ったら、右の視界が白く飛んで、黒くなった。

 

「い゙……っ!! あ゙、ぁ……!?」

「ケヒッ、良い声で鳴く! だがすぐに治るクセにそんなことでは意味がない、手足を落とされながらそのまま突っ込んでくるくらいの気概を見せろ!」

 

 手で抑え込むと、顔の皮膚が溶けてるのが分かる。

 そこからすぐに炭酸が鼻に抜けたみたいにキツめにじゅわじゅわ弾ける感覚がして、視力が戻って来た。痛い。それもかなり。

 これは……ちょっと、ヤバいかもしんない。

 

『俺、五条先生が来るまで生きてるかなぁ!?』

『死ぬことはない』

『生きてるかなぁ!!?』

『……アドバイスとして、自分の身体は『自分』ではなく『自分の所有物』だと思え……』

『そこは嘘でもウンって言っといて!!』

『ウン!』

 

 ナクスの空返事を聞いたのを最後に、暴力の化身が襲ってきて、何がどうなってるのかすら分からなくなった。

 

 

 

 

 * その頃の地上 *

 

「禪院真希先輩、下水を煮詰めたドブのカラメルみたいな実家を潰す為に当主を目指してる」

「その通りだけど人に言われると腹立つな」

「俺マジで禪院には何回か殺されかけてるんで早く滅ぼして欲しいんですけど」

 

「狗巻棘先輩、呪言師で、それが作用しないように語彙がおにぎりの具しかない」

「しゃけ」

 

「パンダ先輩、見ての通りパンダだ」

「宜しく」

 

「伏黒恵、知っての通り重油塗れのカモメに火を点けて喜びそうな男よ」

「そのネタいつまで引っ張んだよ!」

「ま、それは確かに私も良く知ってっから」

「んなことしませんよ! 貸してた呪具早く返してください」

 

 




ヒ ロ イ ン は 悪 け れ ば 悪 い 程 か わ い い 。

実写ドラゴンボールもこれを書くために観たので許(以下略)。
※ゾンビのやつはロンドンゾンビ紀行、病気が治ったやつはグリーンマイルです。
 


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『映画鑑賞』 その5※後書挿絵アリ

 
みんなでキャッキャしてるくだりは羂索くんちゃんの脳破壊の前振りの一部になるかなぁと思いながら書いています。


----悠仁視点----

 

 

 ──神とは、相対して今そこにいないものである。

 ──正気とは、認識の共有からやってくる。

 ──生とは、記憶と思考の両立からなる。

 

 

 ……えーっと、何してたんだっけ。

 

 

 ──汝、何を求む。

 ──汝、何を捧ぐ。

 

 

 巨大なダンゴムシの背中、いや、長い、ヘビ……、脚がある……。

 ムカデ、じゃないな、ムカデにしちゃ脚が長すぎるし、六本しかない。

 

 なんだコレ、なんの虫? 呪霊?

 

 

 ──呪い(まじない)を。

 ──契りを。

 ──約束を。

 

 

 頭は……、なくて、切り落とされたみたいに平坦なところに、黒い布がかかってる。

 それがゆっくりこっちに向けられて。

 

 

 ──おや、イキの良い魂でしたので、別のお客様と間違えてしまいました。

 ──失礼。

 

 

 目が開く。

 

『悠仁くん! 良かった生きていたか!!』

 

 視界に飛び込んできたのは床。

 目だけで少し上を見ると、腕に脚、耳とか顎とか目とか。

 あと心臓やら肋骨やらを単体で引っこ抜かれたのもあるし、焼け焦げた何かが適当に散らばってる。

 

 ……もちろん、全部俺の。

 

「ディアゴスティーニ在庫余りまくってるじゃん。いや流石に脳とかは足りないか」

 

 蒼という名のDIESONに俺の肉体のパーツが吸い込まれてって、倫理のない独り言を呟く五条先生の掌の中で消滅した。

 

 あー、状況分かってきた。

 先生が来る前に失神したワケね。

 

「悠仁生きてる?」

「殺してはおらん」

「……お元気ですか~?」

「…………」

「生き返って悠仁!」

 

 先生がペットボトルにストローを刺してくれた。

 アクエリ……オマエ、生きてたのか……とっくに中身ぶちまけてダメになったと思ってた……。

 裸で床に転がったままアクエリアスを啜る。ちょっとぬるいけど心身共に干からびまくってたからメチャクチャ染みる。

 

「……おれのからだ、たりてる……?」

「足りてる足りてる! 五体満足だよ!! なんにも着てないから良く見える!!」

 

 服が切り刻まれて燃え尽きて、全裸になって二秒くらいは気にしたけど、朱紅赤の破壊神ぶりがヤバ過ぎて自分の格好なんてすぐにどうでもよくなった。

 

「しおしおのとこ悪いけど、何とか頑張って起き上がって」

「…………」

「朱紅赤ちょっとやり過ぎたんじゃない?」

「先ほどの地獄絵図を見て『ちょっと』とかほざいてるヤツに何を言われてもな」

「やり過ぎの自覚あるんなら尚更その前に手加減してやってよ」

「はー、メンド……」

 

 ソルティライチ片手に、かったるそうにしながら血塗れの朱紅赤が寄ってきた。

 なんかホイミ的なのをかけてくれるのかと思ったら、しゃがみ込んで俺の耳元に顔を寄せる。

 

がんばれ がんばれ♡

「ヤメテェッ!! 俺を狂わせないでっ!!!!! 実の姉なのにっ!!!!!!」

「ケヒッ」

 

 甘い声に思わず飛び上がって耳を塞いでしゃがんだ。

 百年の恋も冷めるレベルでバラバラ死体にされても悠仁の悠仁が正直で困る。

 

 コイツ、意外と自分の『良さ』に自覚がある! 性格が悪い……!

 

「これで問題あるまい」

「きゃ! 朱紅赤ってば小悪魔!」

「ウソだろ? このノリでさっきのこと済まされちゃう感じ?」

 

 血でバリバリの髪の毛をこれまた血でバリバリの手で弄ってる姿は『小悪魔』じゃなくて『悪魔』だと思う。

 

「そんなこと言われても、僕らの世代も割と仲間内で人体実験したり怪獣になったりしてるからねぇ。日常だよ日常」

「ここ、呪いを勉強する学校だよな?」

「そうだよ?」

 

 今ちょっと、悪の秘密結社が出てくる様な作品でしか聞かない表現が出たけど?

 まだ内臓足りてない気がしてきた。胸と腹を触って確かめる。分からん。ナクスさん、これ大丈夫? 平気? ホントに? 死なないからって適当に詰め物してない?

 

「それより元気出たんならちゃんと掃除しよっか。その後シャワー浴びて支度して僕と体術ね」

「鬼!!」

「も~、ほんと二人ともすぐ服ダメにしちゃうんだから」

「まるで人が脱ぎたがりみたいな言いがかりをやめろ、術式がバリアのオマエと一緒に考えるな」

「俺だって好きでスッポンポンなんじゃないんだけど!!」

 

 とはいえこのペースで着るものがなくなり続けたら、死んだことになってる俺の服をどうやって補充したら良いのかっていう不安はだいぶある。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 夜になって、伏黒と釘崎も映画部屋に呼ばれた。

 

「はいコレ、悠仁はツカモトⅢ、恵と野薔薇はⅡ、朱紅赤はⅠね」

 

 先生から黒い熊のぬいぐるみを配られる。お馴染みツカモト。

 番号が若返るごとにサイズが上がって、キモカワイイからナチュラルカワイイになっていく。

 

 手触りが良さそうなふわふわのクマちゃんを両手で抱えてモフモフ楽しむ朱紅赤。

 ……誰か俺に『無』になるスイッチくれん?

 

『朱紅赤がでっかいクマちゃん抱えてんの、破壊力ヤバイ』

『分かる』

『分かられた』

 

 ナクス、なんでそんな朱紅赤好きなんだ。

 それ用に創られた器だからウケが良いとか? 朱紅赤の性格がカスタマイズされたものとかそんなことある? 技術的なこと全然分からんけど、アレを手動で設定とか相当しんどくない?

 

 ナクスも尻と身長がデカい子が好きだったりする?

 

「Ⅰだけ普通に可愛いわね」

「Ⅰはクタクタのテディベアを呪骸として復活させたヤツだから。朱紅赤のお気に入りだったやつ」

「塩と砂糖に気を付けろよ五条」

「不意打ちで角砂糖 角塩にすり替えるのは勘弁して」

 

 お気に入り。

 尚更かわいい……!

 

 でもなるほど、五条先生相手にはそうやって仕返しすれば良いのか。

 ナクスにもそういう手使えんかな。泣きそうなチワワみたいな悲しい顔で良心に訴えかけてきそう。やめよ。

 

「これってつまり私らも虎杖と同じことするの? 基礎をしっかりとかそういう話?」

「いや、基礎だけど、どっちかっていうと悠仁の修行のギアをみんなに合わせて上げる感じ。映画観るだけだったのをもう一段階難しくすんの」

「俺聞いてないよ先生」

「今言ったからね。でもデビルマン観て一気にコントロール良くなったでしょ」

「……まぁ。ナクスの解説なかったら心折れてたと思うくらいだし」

「は?」

 

 朱紅赤が信じられないものを見る目を向けて来た。

 伏黒と釘崎は明後日の方向を向いた。

 

「あっ、朱紅赤的に解説付きNGだった? 俺の孤独な視聴(たたかい)を期待してた感じ?」

「観てもいない筈の映画の解説をするな、もはや何の王だ」

「あー、ナクスね。俺も大体のことは『ナクスだから』でもう良いかなって思ってる」

「イマドキのコンテンツくらい抑えておかねば人類と会話も成り立たんからな」

「趣味が偏り過ぎて人類側が置いて行かれているだろうが」

「導いてやろうと思って」

「やはりこのクソバカ殺して良いか?」

 

 ナクス、朱紅赤に話しかける度に好感度下がってる気がする。

 

「えっと、たぶんこれ、ナクス的には普通に喋ってるだけで煽ってるワケじゃないと思うんよ。ナチュラルにふざけるから朱紅赤みたいなタイプと会話になんないだけで」

「ならもっと普通に喋れ」

「退屈で餓死するので無理だが」

「殺して良いか?」

「やめて、俺ごとやらんといて!」

 

 フォローしようとしたけどダメだった。自由過ぎる。我儘っ子ちゃんか。

 

「昼間に散々切り刻んだんだろ」

「……」

 

 伏黒が朱紅赤をレッカーしてくれた。

 絶対ちょっとでも抵抗しようとしたら一ミリも動かないハズなのに、朱紅赤は素直に連れていかれてクマちゃんを抱えたままソファに座らせられる。

 

『なぁ、もしかしてだけど』

『いや、もしかしなくてもだろ』

『先生ェ……。じゃあ、朱紅赤のこと、なんであんな風に紹介したん……?』

『適当だからだろ』

 

 おかしい、特級教師二人の信頼度が下方向に競って来てる。

 間違いなく最強だしスゴイ人達だけど、スゴイんだけど、全面的に信じてたらヤバイことになる。

 

「うーん、みんな順調に切れ味の良い絆が育って来てるね」

「コレを『絆』って呼ぶ教師、どうなのよ」

「成長の足引っ張り合うのはダメだけど、『俺が俺が』って前に出ようとするのは歓迎。僕としては恵はもちろん、悠仁も野薔薇も昨日のアイツくらい祓えるようになって貰いたいし」

「また初耳! 良いけどさぁ!!」

 

 ナクスとはちょっと違うけど、やっぱり五条先生も『本人に悪気はないけど完全に信じたらダメな人』だ……!

 

「や、……やってやろうじゃない……!」

「ヘイヘイ野薔薇ビビってるぅ!」

「ビビッてねーし!!」

「というわけで皆にはスマブラをして貰います」

「勝ったわ」

「それはど~かな? あと桃鉄とスプラのプラベもやろうか」

「先生、俺たちのなけなしの友情崩壊しませんか」

「いやキミらもうING系で友情崩壊しながら仲良くしてるでしょ」

「そうね。覚悟しなさい重油カモメ着火マン」

「定着させようとすんじゃねぇ!!」

「ナニソレ」

 

 釘崎の口から俺の知らない呼称が出てきた。

 

「重油塗れのカモメに火を点けて喜びそうって意味」

「ふ、伏黒、オマエ……!」

「100%釘崎の妄想だから気にすんな」

「20%くらい事実でしょ」

「切れ味!! 二人なんでそこまでギャリギャリになってんの!?」

「伏黒に可愛げがないからよ」

「あ?」

「切れ味!!!!」

「んじゃあとヨロシク~!」

「先生!? ちょっとくらい『先生』してって!??」

 

 

 五条先生が全てをぶん投げて居なくなってから三十分後。

 

 

 ようやく試合開始になって更に十分後。

 みんなスマブラめっちゃ強いってことが分かった。

 特に朱紅赤から俺への殺意が高すぎる。全然勝てん。

 

「姉ちゃん手心頂戴……」

「そこになければない」

「姉ちゃ……???」

「ね……???」

「まぁた説明していないのかあの戯け!!」

「あっヤバ呪力足りなくなる! こんな時に爆弾落とすんじゃないわよ!!」

 

 一試合三十分。

 ツカモトはタイムアップと同時に呪力切れになるくらいのキツめの設定。

 格上との実戦を想定した、ずっと高出力でいるためのメニュー。余裕があるように見せて相手に圧をかけるブラフにもなる。

 

「虎杖、オマエ、弟だったのか……」

「DNA鑑定してもらって、今日先生に教えてもらった。一個年上なのも今日知った」

「年上なの!? 私も初めて知ったんだけど!」

「だからどうという話もないがな」

「ヴッ……!」

「い、虎杖……!! メテオ貰ったわ……!!」

「ギャー! 誰か手心持って来てぇ!!」

 

 マジで全然勝てん。

 普通の殴り合いなら朱紅赤以外には勝てる自信があるけど、ビックリするくらいボコボコにされてる。意外と伏黒もやり込んでる。

 

「でもこんな内容でちゃんと修行になってんの、古い漫画の『アレは修行だった……!?』みたいな感じすんね」

「五条先生も強くなることにかけて だけは マジだからな」

「しかも五条自身があのチャランポランぶりだ、退屈な座学は教えるのも好まん」

「あの性格が周りに有益なことあるのね」

 

 もふ。

 

 朱紅赤は何気なくクマちゃんを深めに抱え込んで、その頭に自分の顎を乗せた。

 あざと……。まぶし……。

 

 ヤバい、何してても可愛く見え始めてるかも。

 マジでヤバい。

 

『まぁそういう時はキュートなナクスチャンでも眺めて落ち着け』

『スマブラしながら呪力調節しながら生得領域も見るのムリなんだけど』

『朱紅赤を見る余裕はあっただろうが』

 

 一瞬だけ領域を覗くと、ナクスは座布団を三つ並べてその上で横向けになってBlue Heavenとかいう漫画を読んでた。

 世の中楽しみ過ぎ。自分の娯楽の為に人類に滅んで欲しくないタイプ。

 

「明日は俺が作ったステージでやる」

「朱紅赤謹製の地獄、初めてじゃステージとして機能しねぇだろ」

「あのぉー、次回、ハンデ付けて貰って良い?」

「修行にならないでしょ足搔きなさい」

 

 後で昼間にスマブラ練習して良いか聞いとこ。

 ナクスにコントローラー渡して領域越しに感知してくれっかな。

 

 

 でも俺、なんか重要なことを忘れてる気がする。

 なんだっけ……、ヤベ、忙しすぎて考える暇なかったから全然思い出せねぇ。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

----夏油視点----

 

 受肉した呪物は器の脳から情報を得る。

 

「だから虎杖くんに実写デビルマンの解説ができてちゃ可笑しい」

「そーだっけ」

「教員免許返納しろ」

「やだ」

 

 悟、十年前から全く成長してない。

 脳に反転術式をかけ続けるとそういう副作用があるのかもしれない。

 いや別に朱紅赤はそんなことないな、悟個人の問題だ。

 

「朱紅赤が何言ってんだコイツ、みたいな反応してたのソレかぁ」

「朱紅赤はもちろん、恵も二級になってから教えたことだし、釘崎さんも家単位で呪術師だから、聞いてる可能性はある。分かってないのはナクスと虎杖くんと、……悟だけかな」

「ワスレテマシタ」

 

 悟は片言になって、スプーンでメロンクリームソーダをぐるぐるかき混ぜた。

 

 何かあれば土地ごと更地にすれば良いからと道のない山奥に建てた別荘のリビングで、でかいテレビに全身蜂蜜塗れの実写真選組局長が映し出されている。

 悟、生まれる世界のジャンル間違えてるんじゃないのか。銀さんのパチモンハイスペックテキトー天人としてひと暴れしてても可笑しくないよ。

 

「でも恵と野薔薇の反応薄かったけど、その辺のことどう思ってんだろ」

「その辺どころじゃないから気にしてないと思う」

「そりゃそーね。ナクス、言動が知識豊かな赤ちゃんだからね」

「うんうん。自分大好き、享楽主義、いい歳こいて赤ちゃん継続中」

「異議あり」

「目の前のことに夢中になってやらかすところも誰かにそっくりだ」

「異議あり!」

「言ってみな」

「仮想怨霊化してたとして! 口調が朱紅赤なのは分かる。で、傑とか九十九さんとか、他の特級成分はどこ行っちゃったワケ?」

 

 仮想怨霊(・・・・)

 ある特定の妖怪や都市伝説などの怪異に対する恐れやイメージが呪霊化したもの。

 

 しかし当然、非術師達は『呪い』や『両面宿儺』をそこまで大きく恐れてはいない。

 術師達から零れる呪力だって微々たるもので、呪霊の仕組みも理解している術師が仮想怨霊を生むことは通常ならばあり得ない。

 

 だが『両面宿儺』は違う。

 かつて生きていた天災にも等しい術師、その強大な呪いを宿した呪物は実在している。

 術師達はその呪物が『呪いの王』で『両面宿儺』だと確信している。

 

 ナクスの意識が『千年前の術師』のものではなく、『現代の呪霊』として再構築されたものであるとするなら、現代の知識が備わっていることに辻褄は合うし、術師達からの畏怖によって己が何者であるかの定義くらいは挟み込まれていても話に無理はない。

 更に言うと、現代版『呪いの王』のイメージとして、現代最強と謳われる悟の影響は当然あるものと推測できる。

 

「んー、私なら頭脳派なところと優しさかな」

「何言ってんの沸点バリ低の脳筋のクセに」

「表出ろ」

「ほらぁ~!!」

「失敬だな、私はいつだって人類の味方だよ」

「大事な局面で三回くらい裏切りそうな顔して良く言う」

「ちょっと北海道行かないか?」

「試される大地を試しに行く感じ? 僕、明日は朝からホテルのレストラン梯子して一日ケーキ食べて過ごすって心に決めてるから遠慮しとくよ。日本沈没とか地球滅亡案件以外絶対働かないし」

 

 ……働かない、ね。

 悟のコレはいわゆる『テスト全然勉強やってない』と同義だ。

 去年、体内に直で呪霊を召喚して腹を食い破ってやってから、無下限で座標指定の概念を弾くのに躍起になってるらしい。やってる側の感覚として体表を通り抜けるフェーズは存在しないから、果たして防げるものか私にも分からないが。

 

「その休日、誰のおかげで確保できてるんだっけ?」

「傑のおかげです!! いつもありがと!!!! SUPER・BIG・LOVE!!!!!!」

「よろしい」

 

 私と悟がいなかったら呪術師はその内自然消滅すると思う。

 なにせ殉職率が高い理由が思ってたのと違った。陰謀もあるが、人員がカツカツ過ぎた。何割かはコンディション不良による殉職(かろうし)だ。そんなんでどうやって生き残って来たんだ、余りに儚い。もっと休め。

 

 私自身、今やよっぽど『欲しい』のが回ってこない限り、他の用事を置いてまで前線に出ることは少ない。

 二級以下の任務なんて呪霊のシフト管理で終わる。三~五体ずつのチームにしているし、人命がかかってなくて勝てなさそうなら帰ってきて良いことにしているから、手駒が減ることもそうそうない。

 

 そうやって私達が現役で数を潰しまくっている間に駆け出し術師達には安定して実力をつけてもらって、十年後くらいには呪術師全体の質も勝手に上がってる見込みだ。後は禪院の超次元マウンティングモンキー共と唾の飛沫くらいしか勢いのない憐れなお年寄りに早めに滅んでもらえれば最低限は許せる。

 

「え~~~~、性格がほぼ僕参照、みたいなの納得いかないんだけど」

「自分のこと可愛いって信じて疑わなくて、常に『何してんの?』って感じ」

「朱紅赤と九十九さん……」

「頭脳派で優しい」

「だから傑成分にソレは無理あるって」

「 は ? 」

「分かった分かった頭脳派で優しいところが傑成分で良いよもう。……そーいう意思の押し通しぶりがいやなんでもないでぇ~す!」

 

 話しながら高いワインのボトルを開ける。

 グラスに注いで香りを十分に楽しんでから口に含んだ。

 

 それでも当然何の味もしないが、アルコール自体は楽しめるし、これは真冬に暖房をガンガンにかけた部屋でアイスを食べるのと似たような贅沢だ。

 

「でもさぁ、そもそも朱紅赤が自分のこと可愛いって思ってるの、傑ママが愛情たっぷりに育てたからでしょ」

「自暴自棄なクソガキを自己肯定感たっぷりのツヤツヤのお嬢さんに仕上げたことを褒めて欲しいね」

「アレは『お嬢さん』って言うより『お嬢』だよ。ヘイお嬢、如何いたしやすか」

「イチゴミルク」

「かわい~」

 

 始めは嫌そうだったけど、ことあるごとに可愛い可愛い言って育ててたらすっかり『俺は可愛い』が標準になった。

 そう、可愛いからね。なにせ朱紅赤のお陰で私はまだ人間をやっていると言っても過言じゃない。恩人というか、親愛というか、自覚のある巨大感情を一言に詰めると『可愛いと思ってる』になる。

 

「……ねぇ傑、まさかとは思うんだけど、ナクスが偶に『お嬢様』になるのって……」

「そんなもの曲解して吸収するくらいなら他にもっと得るべき情報あっただろ、戦い方とか」

「その辺なんでインストールされてないんだろ」

「宿痾計画?」

意思は要らなくても(・・・・・・・・・)戦闘スキルは要るんじゃないの」

「それもそうだな、エネルギー源として扱う気だったんなら辻褄合うと思ったけど、指のままじゃ駄目な理由も特に思い浮かばない」

「となると、何かして欲しいことがあった?」

「して欲しいこと、不利な縛りを課す為に意思を奪う。アリじゃないか?」

「得られる情報にフィルタリングかけて仮想怨霊化させたとして、途中からメンテもなしにほったらかされた結果がアレなのはご愁傷様だね。ってことは、計画としては最終的に出来上がったナクスで朱紅赤の人格を上書く予定だったかも」

 

 ワイングラスの脚が折れた。

 

「おっと」

 

 それをそのまま呪霊に食わせて処分して、ついでに新しいのを持って来させる。

 

「傑、そのルート潰れたんだから落ち着きなよ。ナクスの性格的に、今はもう取り込んでも上書きは起こんないと思うし、悠仁のと傑の縛りから見ても、まぁ、積極的に人類と敵対する意思はあんまなさそうじゃない?」

 

 存在を弄られ過ぎてもはや呪霊なのかも微妙な感じだけど、あのバカっぷりが演技だったら大事だ。

 それでも現状、虎杖くんの人権に配慮している内はどうにもできない。

 

 少なからず朱紅赤に乗り換える気はなさそうだし、様子見かな。

 

「……でも、ナクスと離れられないストレスはヤバそうだ」

「耐えられなさそう、朱紅赤倒れちゃいそう」

「やっぱり虎杖くんがいて良かったよ」

「人類に友好的なのに全然劇物で笑っちゃうね」

「そうそう、本人に悪意はないけど手に負えないタイプが一番面倒見るの大変なんだよ。ね、悟」

「え? ごめん傑、それどういう意味?」

「アハハ!」

「やっぱ北海道で去年の続きしたくなってきたかも」

「でも悟、銀魂観たかったんじゃなかったっけ? 今面白いところだよ?」

「…………」

 

 立ち上がりかけた悟が座り直す。

 テレビの中では愉快な不審者たちが金色に輝くカブトムシを追って全力疾走中だ。

 

「フッ、全く。二十八にもなって銀魂が優先だなんて……」

「オマエ喧嘩したいのかしたくないのかどっちなんだよ! ていうか銀魂に謝れよ面白いだろ!!」

「ごめんて。そうだね、私も結構好きな方だよ」

 

 それにしても去年の喧嘩は盛り上がったな。

 私の前歯がどっか行って、硝子が「インプラントか……」とか言い出したら悟が見たことない焦り方してさ。別に私だって悟の内臓を呪霊で美味しく頂いてるくらいだし、歯の数本くらい植え替えて貰っても全然良かったのに。

 

 尤も、アレは喧嘩というより、上層部にも高専にも見つかっていない両面宿儺の指の所有権をかけての大戦争だったことは、みんなには秘密のままだけど。

 

 




※うろジョジョより先に完結させたいと勝手に思ってるジョジョの二次創作があるので、こっちの頻度下がります。死ぬまでにはこっちも完結させるつもり。
うろジョジョ完結まであと2年くらいあると思って余裕ぶっこいてたら次回最終回っぽくて焦る。

で、これ↓は性癖を破壊された虎杖の図。
【挿絵表示】

 


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『どんな女がタイプだ』

 
感想・ましゅまろThanks...
人外味よりもニンゲン味の方を手探りで書いてるみたいなところがあるので助かります。

朱紅赤がいる過去編の展開をある程度敷いてから原作軸を書いており、原作との言動の差異が詳しく語られないまま話が進んで行く部分があるかと思いますが、大体は仕様なので「そーゆーことね」にできるつもりです。
でも解釈違いとか解像度不足があるかもしれねぇ。言われたけど展開の都合上直せないって場合はそのまま行くぜ。

因みにタイトル付けの都合で短めです。


 

 七月某日。

 楽巌寺嘉伸、東堂葵、禪院真依、三輪霞、東京着。

 

 呪術廻戦ファンの間で五億回は擦り倒された質問が繰り出された。

 

 

----釘崎視点----

 

 真希さんのおつかいで自販機のところまで来た。

 業者に敷地の奥の方まで入らせるのは問題あるってのは分かるけど、地味に距離あるのよね。

 

「にしてもなんでこの希少な枠におしるこが入ってんのかしら」

「朱紅赤が欲しがったら入った」

「愛されてるわね」

「いちごミルクは五条先生、ウィルキンソンの無糖の炭酸が夏油先生」

「やりたい放題か」

 

 権力振りかざし過ぎ。

 いやちょっと待て。

 

「……伏黒のは?」

「……ウィルキンソンのジンジャーエール」

「私の注文も聞きなさい」

「一人一枠な」

 

 朱紅赤のお嬢様感で霞みがちだけど、コイツもあの二人に育ててもらってんのよね。

 そりゃちゃっかりしてるわ。

 

「そこの二人、一年だな」

 

 声のした方を見ると、パイナップルみたいな髪型のゴリラ。

 制服の上着を手に持ってるおかげで辛うじて生徒だって判断できるくらいの老け顔。

 

「えーっと、誰?」

「知らねぇ」

「たしか伏黒とかいったか、どんな女がタイプだ」

 

 伏黒が突然現れた不審者に絡まれた。

 

 どんなも何も。

 一人しかいないでしょ。

 

「因みに俺は尻と身長のデカい子が好きです!」

 

 クソみたいな宣言をしながら着てるシャツをビリビリに破いた。

 仮に好きだったとして、好きなことまではギリ許すとして、白昼堂々初対面の女の前でそれ言っちゃカスなのよ。

 

「まず誰なんですかアンタ、初対面の人間に一発目で振って良い話題じゃないですよ」

 

 そうよ、一年の間でもまだ触れてない話題なのに、伏黒にはハードルが高いわ。

 

「京都三年、東堂葵、自己紹介終わり。これでお友達だな」

「友達ではないです」

「早く答えろ男でも良いぞ」

「なるほど、話が通じないタイプですね」

 

 ……この際だし朱紅赤に通報しときましょ。

【今、伏黒がトウドウとかいう不審者に好きな女のタイプ聞かれてるわ。自販機のとこ】

 

 よし、既読。

 我ながら良い仕事をしたわね。

 

「性癖にはそいつの全てが反映される、性癖がつまらんヤツはソイツ自身もつまらん。俺はつまらん男が大嫌いだ」

 

 正直に語ったら絶対伏黒の方が強いと思うけど、ムッツリにそれを口にする度胸はないのよ。

 

「好みとかありませんよ」

 

 こっちはこっちで堂々と嘘を吐くな。

 アンタどう見ても朱紅赤と両想いで付き合ってないだけみたいな状態じゃない。

 

「……その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません」

 

 ふーん、オブラートに包みまくって中身見えなくなってるけど、ものは言いようね。

 

「良いんじゃない? ここで「俺も尻と身長のある女が好きです」とか言い出すよりは好感持てるわ」

「オマエは黙ってろ、状況ややこしくすんな」

「やっぱりだ、退屈だよ伏黒」

「ッ!!」

「伏黒!!」

 

 伏黒がぶん殴られて地面を転がる。

 

「ちょっと!! アンタいきなりぶん殴るなんて頭の中までパイナップルなの!?」

「黙れ」

 

 丸腰でおつかい来たのはマズったかしら。

 いやなんで高専の敷地内で生徒が襲ってくんのよ、0:100で向こうが悪いわ。

 

「交流会は血沸き肉躍る、俺の魂の独壇場。最後の交流会が退屈に終わるなんて絶対に認めん。コイツを半殺しにして、今年もまた朱紅赤を出させる。ヤツは呪術師としても女としても最高だ」

「あ?」

 

 マジで生理的に無理かも。

 心からの賞賛のつもりで言ってそうなのがまた無理。

 

「……一応、聞くだけ聞いてあげるけど、尻と身長がデカいから『良い女』ってワケ?」

「勿論!」

 

 よし、殺していいわね。

 

「やれ、伏黒」

「言われずとも!」

 

 地面すれすれを思いっきり突っ込んでくる鵺と、伏黒の周りを固める蝦蟇。

 パイナップル野郎は余裕で鵺をかわしながら蝦蟇も殴り飛ばして伏黒を捕まえた。どうなってんのよ。

 

 でもこれで良い。

 鵺が方向転換する瞬間に首を傾げて釘と金槌を落としたのを横目に、朱紅赤に通話をかける。

 夏油先生の授業で教わった通り、直の殴り合いで勝てない相手には作戦勝ちを狙う。

 

「うわっ、ちょっとアイツホントに脳みその代わりに果肉詰まってんじゃないの!?」

 

 助けを呼ぶ丸腰アピールを兼ねてのつもりだったのに、繋がる前に伏黒が一方的にやられて清水寺(通称)の上までぶっ飛ばされた。

 眼中にないのは結構だけどそれはそれでムカつく。

 

 LINEに履歴は残せたし急いで金づちと釘を拾って、狙うのは無防備に散らかったシャツの残骸。

 本気で心肺停止させちゃ問題になるからこのくらいの繋がりで十分。

 

「構えで分かった。芻霊呪法だな」

 

 腕は振り下ろせなかった。

 

「い゙ッ……!」

 

 さっきまで上にいた筈なのに、掴まれた腕をそのまま引っ張られてぶん投げられる。

 身体の方は呪力強化でなんとか耐えたけど、おろしたてのジャージが破れた。

 

「ざけんなっつの、速すぎでしょ……」

「たしかに前線でやり合わなくて良いのは強みだが、見えるところでやるのは避けた方が良いぞ」

「……アドバイスどーも」

 

 最悪。急いでたからポーチは装備してない。

 金槌は手放さなかったけど釘はあの変態の足元に転がったまま。もう拾わせてくれないだろうしだいぶキツイ。

 

「釘崎、ケガは」

「ナシ。スマブラのお陰で咄嗟の最大出力は上がってんのよ」

 

 伏黒が鵺に乗って上から合流してきた。

 割と元気そう。伏黒がやられたから私の方に来たんじゃないのは良かったけど、つまり各個撃破を焦らず私の術式や援護を警戒して泳がされてたのね。性格はあんななのに嘘みたいに上手い。

 

「さっき思い出したが、アイツ一級術師の東堂だ」

「一級! ゆ、許せねぇ~~っ!!!」

 

 女を尻と身長で判断して、男を性癖で判断するこのパイナップルが、一級!!

 ぜってぇツブす。良いわよ、一級、なってやろうじゃない。

 

 でも一旦深呼吸、悔しいけど今の実力でこの変態に正面切って勝つのはムズいわね。こういう時にアツくなると夏油先生が笑顔で詰め寄ってくるからいい加減ブレーキ覚えてきたわ。軽率にブチ切れても良いけど冷静に殺れ。押忍。

 さっき秒で既読が付いたのを信じて朱紅赤待っとく方が良いかも。

 

「伏黒よりもこっちの方がまだ面白そうだ。オマエ、どんな男がタイプだ」

「……()斐性なし、()欠、()い、()チ、()ときれてる、はマジでムリ、自分の性癖を聖典か何かだと思い込んでるのも心からムリ!」

「ほう、まぁまぁ平凡だがその力強さは悪くない。だが伏黒がオマエのサポート役になっている現実を見ろ。やはり術師は術式じゃない、性癖だ」

「言われてるわよ伏黒、この際語って聞かせてやりなさい」

「なんでそういう方向に舵切ろうとしてんだ!」

 

 朱紅赤に連絡済だから時間稼ごうとしてんのよ。

 始めに私がスマホいじってたの思い出しなさいバカ。

 

「なんだ性癖の訂正か? 後出しで言われても説得力がないぞ、手短に頼む」

「は? アンタと違って伏黒はオブラートに包める紳士なだけよ」

「コイツら……! もっと具体的に言えば満足かよ!」

 

 伏黒は二秒くらい歯を食いしばって葛藤を見せた後、深めに息を吸った。

 

「……背が高くて、目つきが鋭くて、……発育が良くて。……自分に、正直なタイプ」

「つまり、俺みたいなヤツってことか……?」

 

 

 その瞬間、気温が三度くらい下がった。

 

 

「布瑠部由良由良」

「伏黒! 待ちなさい、早まんな!」

 

 自爆技の印を組もうとする伏黒を慌てて羽交い絞めにする。

 

「あいつはここで、ブッ殺す!!!!!!」

「その為にアンタまで死んでどーすんのよ!!」

「フフフ、やはり性癖に正直になると呪力の質も上がる。そう照れるな。俺には心に決めた高身長アイドル、高田ちゃんがいるからその気持ちには答えられんが」

「ガ、ぐぉ……! 絶対ッ殺す……!!!」

「伏黒! 待て伏黒ォ!! 今発動したら私も巻き込まれるから!! こんなクソみたいなことで死にたくないからっ!!」

「冗談だ、つまり朱紅赤のことだろう」

 

 パイナップル頭の不審者の思わぬ追撃に、伏黒が今度はピクリとも動かなくなった。

 まぁそうだけど、それ以外ないけど。

 

「なるほど、だが言い淀み方からして尻と身長よりもあの性格の方が好きか。何を恥じた? 無味乾燥な性癖ではなかった様だがやっぱりつまらん男だな。己の心に嘘を吐くな! 好きなものはもっとハッキリ好きだと言え!」

「アンタは時と場合を弁えなさいよ!! レディの前では口を慎みなさい!!」

 

 コイツ、意外と戦い以外のことにも頭がキレる……!

 なんか却ってムカつく……!

 

「それは絶対にできん相談だ、俺はいついかなる時でも性癖に正直に生きていなければ死ぬ」

「え、ちょっとまさか、そんなアホみたいな縛りに命を?」

「いや、呪術的なことは関係ない。だがこの信念を曲げることは俺の命に関わる」

「つまり?」

「呪術師は任務中でなくても常に死地に立っている。悔いを残さんよう、毎秒最大限自分に正直に生きるのは至極当然のこ──」

 

 気持ちよさそうに喋ってる途中で顔面に靴底がめり込んで綺麗に飛んでった。

 

「ナイス朱紅赤!!」

「京都に圧をかける仕事をしていて遅くなった」

 

 朱紅赤はスタイリッシュに着地して、立ち上がりながら少し乱れた後ろ髪を手でかきあげる。

 超かっけぇ女。最高。百点。

 

「東堂、交流会はオマエの為の催しじゃない。暴力で事を通したいなら格下ではなくルールを敷いている上に噛みつくことだ。ここで恵を潰しても自分が出場停止になるだけだぞ」

「流石だ、去年よりも良い女になったな朱紅赤! オマエも出ろ!」

「貴様と会話を試みた俺が愚かだった、今すぐ帰れ」

「言われずとも帰るところだ。伏黒も性癖に正直になれば退屈しっぱなしというワケではなさそうだし、何より個握の時間が近い」

「こあく?」

 

 マジで会話が通じてねぇ。悲しいくらいの会話のデッドボール。

 私が首を傾げると、東堂はズボンのポケットから紙の束を取り出した。

 

「高田ちゃんの個別握手会だ!! そういうことだから俺はもう行く。次会う時までに覚悟を決めておくんだなシャイボーイ!」

「アンタのそれもう天与呪縛でしょ……」

「勝ったみたいな雰囲気出してんじゃねぇ!! 初対面の変質者と恋バナしたいヤツなんかいねーんだよ!!」

 

 ようやく伏黒が再起動する。

 正直シャイボーイなのは否定できないと私も思うけど。

 

 勝手に襲ってきて勝手に帰りだしたとはいえ、誰も追いかけてまで相手したくないから後は放置して帰らせる。

 東堂が見えなくなった辺りで、朱紅赤はスマホをタプタプし始めた。

 

「さて、修繕費治療費諸々東堂の給与から差し引くよう手を回しておくか……」

「朱紅赤ってあらゆる方向に『戦える』女よね」

「楽しいからな。それに、規律は隣人を愛する為のおまじないではなく、人間の作りだした形のない道具の一つだ。夏油もそう言っている。馬鹿と鋏は使いようと言うだろう」

「あの人マジでなんなの?」

「人類に絶望し過ぎた結果、一周して呪術師をやっている男」

「怖いって!!」

 

 

 




東堂は別に好みじゃない女を軽んじたりする様なタイプではないけど、それを恐らく話すまでもない当然のことだと思ってるからいちいちそういう弁明をしなくて第一印象が死ぬし、それが判明したところで好感度がプラスに傾くかって言われるとそうでもねぇ難儀な男だと思う。
まぁでもオタクのSNSでは常時性癖開示しといてのフォロー、交流は良くあることだから私は結構好き。ところで私、完全合意両想い神隠しがこの世でいちばん性癖なんですけれど……、待ってください、どこへ行くんですか、尋ねたからには最後まで聞いて。シチュではなくタイプ? タイプはですねぇ……、どこへ行くんですか、尋ねたからには最後まで聞いて下さい。問いかけたということに覚悟と責任を持ってください。
 


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『妹』

 
その頃の真希真依。
タイトル混線事故回避の為に話数を分けてみたけどあんまり効果なかったかも。


----真依視点----

 

 隠蔽の結界を施した空き教室。

 

 特別製の札を剥がして、眼球の浮いたガラス瓶を机に並べる。

 深追いし過ぎた反動で昼間倒れた甲斐あって、ようやく内側に結界が保てるまでになった。

 

 それを青い瞳が覗き込む。

 

「うーん、内側に場を区切るだけの結界。以上か。百点中、二点てトコかな」

 

 二点。

 最初の一つから半年かかって、五十分の一。

 

「課題以前の問題。やっとやりたい内容に手が付けられたって感じ? ま、この調子でもっと煮詰めて来てよ」

「無茶言わないで。眼球創るのに視力が1.0保証できるまでにどれだけかかったと思ってんのよ。毎日必死に顕微鏡覗いて、自分の視力が下がりそうだわ」

「一年。それまで散々自分の術式から逃げてたにしては才能あるんじゃない?」

「別にやりたくもなかったのに、指差して大声でコイツ才能ありますよって言いふらした人でなしはアンタなんだけどね」

「じゃあこんな危ないコト(・・・・・)やめたら?」

 

 失敗作の呪物は新しい札で改めてきっちり封印された。

 後で任務の時にどさくさに紛れて消し飛ばされる。

 

「デリカシーのない男は嫌われるわよ」

「は~? 誰に?」

「まず私よね」

「それから?」

「歌姫先生」

「適当言うね~」

「は?」

「高専時代からなかよぴだもんっ」

 

 きゃぴ。

 

 眩しいくらいに痛々しいぶりっ子を披露された。

 嘘でしょ。

 この男、本気で言ってるのかしら。言ってそうね。顔の造形がバカの免罪符になるのは十代までよ。

 歌姫先生のお土産はちょっとイイヤツ買って帰ろう。

 

「でも良い時代になったよ、まさかご家庭で肉が培養できるなんて」

「……」

 

 今のをマジで冗談だと思ったらしい五条悟は、目隠しを戻しながら飲みかけのポカリスエットをちゃぷちゃぷさせた。

 

 この無自覚のアホの言う通り、私は人の細胞を培養している。

 外向きに創ってるのと別のことをするには呪力を節約しないといけないから、基礎練習の為の基盤を科学で捻り出す。

 といっても、培養方法は別に自分で研究したものじゃなくて、家入硝子に渡されたマニュアルに沿ってやってるだけだし、元になった情報は牛肉とか豚肉を培養する為のものだったけど。

 

「良い時代かしら……?」

「練習し放題でしょ」

「どこにも許可取らないで肉の膜が張ったシャーレ並べてるの、すっごい違法っぽいんだけど」

「呪術界にも一般社会にもまだ『人肉の培養は違法』みたいなルールないよ」

「まだなだけで今後三十年以内に違法になりそうじゃない」

「大丈夫! 悪いことはしてないし、法律は時をさかのぼって適用されないから。今のうちにガンガン増やしてガンガン練習しよ!」

 

 口ぶりが完全に脱法業者のそれ。

 

「頭が痛くなってきたわ。……言うことないなら私もう行くから」

 

 ていうかこの目隠しの不審者に法律の知識があるの、マジで『嫌』なんだけど。

 鞄の底板の下に新しい札をしまい込んで教室を出る。

 

「真希に会ってかないの」

「……顔も見たくない、分かるでしょ」

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

----真希視点----

 

「真希~、真依来てたよ~」

「来たな。ノンデリの天与呪縛を持つ男が」

「こんぶ」

「パンダでももっと気遣うぞ」

「……」

 

 一年をパシったタイミングで、妹が制服の襟首を掴まれて子猫みたいに持ってこられた。

 ムリヤリ病院に連れてこられた猫の表情をしてる。

 

「だから、別に話すことなんかないわよ。呪力すらない万年四級と人体錬成の呪術師とじゃ、レベルが違い過ぎて会話が成り立たないもの」

「ツンデレ語を翻訳すると、術式の調子はまぁボチボチって感じで元気によろしくやってるってトコかな」

「ほんとかよ、こないだ鼻血が止まらなくてぶっ倒れたって聞いたぞ」

「なんで情報筒抜けなのよ!!」

「えっ、僕それ聞いてない」

 

 直哉が硝子に拉致られて飲まされて吐かされてる(ダブルミーニング)からな。

 アル中の息子の癖に、安酒ちゃんぽん喰らうと一瞬でペース分かんなくなって簡単に屍になるらしい。度数覚えりゃ良いのに意地でも安い酒のことは覚えないから、毎回グループLINEに潰れた写真が上げられてる。

 

「さぁ?」

「……情報漏洩で始末されても知らないわよ」

「漏洩した上が怒られるんじゃなくて知った側の下っ端が殺されんの、いかにも禪院(ウチ)って感じだな」

「理解できたかしら、もうアンタとは立場が違うんだから弁えてよね」

「おかかしゃけ」

「おかかしゃけじゃん」

「おかかしゃけだよな」

「おかかしゃけだねぇ」

「なに通じ合ってんのよ!!」

「ツナマヨ! “ 真依、素直になれ ”、ン゙、ゲホッ……!」

 

 名指し。棘が吐血した。

 無防備だったし呪力差めちゃくちゃあるハズだろ、どんだけ力いっぱい言ったんだよ。

 

「うっ、ア゙、お゙ッ……! お゙ね゙ぇ゙ぢゃ゙ぁ゙ん゙!!」

 

 真依が号泣し始めた。

 悟がスマホを構えた。

 棘は血まみれの手でサムズアップした。

 パンダは体から取り出したポケットティッシュとビニール袋を真依と棘に無言で渡した。

 

 バカしかいねぇ。

 最高だな。

 

「もう実家帰りたいんだけど!! いつ呪術師やめるのよ!! エンドレス人体錬成でしょっちゅう鼻血出してぶっ倒れてるくらいなら出戻りで一生下っ端で良いのよ私は!! おかげですっかり鼻炎持ちよ!!!」

「もう私がどうなろうとオマエに影響ねぇだろ」

「イ゙ヤ゙!! こんなことになるならあの胡散臭男(うさんくさお)の前歯なんて創らないで惚けとけば良がったわ゙っ!!!」

「傑のこと素直に呼ぶと胡散臭男(うさんくさお)になるんだ、ウケる」

 

 構築術式。

 無から物体を産み出せるが、術式に必要な呪力が膨大すぎて、真依じゃ丸一年丁寧に鍛えられても片手で握り込める程度のモノしか創れない。呪力量は鍛えても上がるもんじゃない以上、この先サイズが上がる見込みもほとんどない。

 だから悟が傑と強めの喧嘩をして傑の前歯をどっかになくすまでハズレ扱いの術式だったし、真依自身、自分に術式があること自体、ずっと言わないでいた。

 

 でも前歯を調達したかった悟が真依の術式を言い当てて、『人体錬成』の可能性を京都の学長の目の前で話した。そっからはもうあれよあれよと出世して籠の鳥よろしくだ。

 

 硝子にすらパーツがなければ他人の部位欠損を治したりはできない。

 指一本、眼球一つ。一日に一人分が限度でも、あるのとないのじゃ段違いだ。

 

「お陰で傑の顔面が無事に修復できたって悟にも感謝されたろ」

「だから権力者からの注目とか要らないのよそういうの!!!!!! 今まで散々、役立たず扱いしといて急に掌返されでも゙、行きつくのがこれなら寧ろ状況悪くなってん゙の゙よ゙!!!!!!!!」

 

 真依はギャンギャン吠えた後、律儀に鼻をかんでビニール袋に捨てた。

 

「はぁっ、もう!! バカみたい!! 最悪!! クソ呪言師!!!!」

「じゃげ!」

 

 硝子の愚痴によると、ぶっちゃけ『ちょっとくらい欠損しても真依に創って貰えば良い』の気持ちで、術師の怪我人の割合は寧ろ増えたらしい。で、硝子の京都出張で直哉が屍になるサイクルが完成した。

 真依からしたら『治るならOK』みたいな捨て身の考えもムリ過ぎてめちゃくちゃに怒るが、皮肉と罵倒も要約すると『怪我をするな』のおかかしゃけ(ツンデレ)じゃ、大抵の呪術師は反省しない。

 

「オマエもう保健室で寝て来いよ」

「……東京まで寝て来たからそれは良いの。観光して帰るし……」

「散々文句言っといて適応してんじゃねーか」

「適応せざるを得なかったのよ! こうでもしないと折角実家から出てるのに貴重な青春が蒸発するわ」

「帰りたいのか帰りたくないのかどっちだよ」

「だ・か・ら! 私はずっと雑用で良かったって言ってるじゃない! 姉が術師やるなら妹も前線出て当然だ、とかで引っ張り出されたと思ったら、今度は命狙われるから護衛付ける、身の振り方考えろとか、マジで本当にあり得ないんだけど!! 姉妹、だから、おいてかないって言ったのに、なんでっ、私と、落ちぶれてくれなかったのよ、……バカ!! 嘘つき!!!!」

 

 真依はポケットティッシュとビニール袋を握りしめたまま走り出した。

 ……ここで追いかけたらマジで嫌われそうだから放っておく。

 

「私としちゃ、あの家で雑用で良いって言ってんのがもう良くねーんだけどな」

「禪院、家事の扱いで給料出さないよね」

「何時代よ、今時パンダでも働いたら給料貰えるのに」

「戦国とかだろ。直哉が高専から話持って帰るまで、XY染色体の知識も男性不妊の概念もなかったくらいだぞ」

「ずじご」

「棘は早く保健室行け」

「じゃげ」

 

 本人が乗り気じゃないのが一番でかい問題だが、禪院とかいう蠱毒の檻がなくても、もう真依が路頭に迷う様なことはない。

 これで私も心置きなく自分の為だけに猿山ぶっ壊せるってもんだ。

 

「おい悟、動画」

「今送った」

「助かる」

 

 後で真依から悟がスマホを構えてたことについて大量LINEと鬼電が来たけど、全部しらばっくれといた。

 

 

 * その頃の応接室 *

 

夏「 (圧) 」

楽「 (汗) 」

三「(生夏油傑、こわ……)」

 

※夏油先生は朱紅赤だけ応援に行かせて夜蛾先生が来るまで無言で二時間居座った。

 

 

 




猿山:
東京校では超次元マウンティングモンキーどもの巣窟のことを指す。

早く直哉にXY染色体の知識と男性不妊の概念を持って帰られた時の禪院家の話が読みたい。書かないと読めねぇ。
一体何年後になるんや、テノジョシリーズがそこに到達すんのは。
 


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