悪事を働かない、あくタイプ使い (羽虫の唄)
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悪事を働かない、あくタイプ使い

あくタイプはかっこいい、異論は認める。


 春。

 

 キレイハナやドレディア、メブキジカと言った草タイプポケモンが一斉に花を咲かす、命芽吹くこの季節は、同時にトレーナーズスクールを卒業した少年少女たちが、夢と期待を胸に、大冒険の一歩を踏み出す季節でもあった。

 

 生まれ故郷である町を離れて目の当たりにする、数々のポケモン。世界の広さ。

 彼ら彼女らは、道中様々な出会いを繰り返しながら、一歩一歩と進んでいく。例え、火の中水の中草の中。相棒さえいれば、どんな困難だって乗り越えられる──そんな思いと共に。

 

 

「あわわわわ……」

 

 

 ()()()、なのだろう。

 トレーナーズスクールを卒業したばかりの、10歳前後の少年少女たち。年頃の彼ら彼女らは、心強い相棒の存在と、未知の世界を前に浮き足立ち、『自分たちならどこにでも行ける』『どんな困難でも乗り越えられる』……と言った、根拠の無い全能感に取り憑かれてしまうことがままあった。

 故に、この様な失態を犯してしまうのだろう。

 

 場所は、ファストタウンから東へ進み、スクールのあるセカンシティを抜けた先。トライシティへ向かうその途中に存在する、適度に生い茂った森林だ。

 

 木々はそこまで高くなくある程度の日照量が確保されており、付近に清潔な小川も存在することで生存場所としてはかなりの安全地帯である。

 その為、比較的温和な性格の多くのポケモンが存在し、むし・くさ・みず・ひこう・ノーマル、それと少数ながらかくとうと言った具合にタイプも豊富であることから、初心者にはうってつけの場所として認知された森。

 

 

「──ククク…。こりゃあまた、可愛らしいお客さんだ」

 

 

 通称『ビギンの森』と呼ばれるそこで、先日スクールを卒業したばかりの少年・カモミが出会ったのは、不気味に口角を吊り上げて笑う一人の男性だった。

 

 10歳のカモミはもちろん、同年代の平均身長を大きく越す男性は、目測でも190はあるだろう。

 娯楽の少ない田舎育ち、日々野山を駆け回っていたカモミは短パン小僧然としたしっかりした体付きではあるものの、相対する男性とは天と地の差。服の上からでも分かる、鍛え上げられた筋肉は見事の一言に尽きる。

 

 服装からしてエリートトレーナー。ヒメンカを思わせる萌葱色の前髪を、気障ったらしく流した彼は目前で震えるカモミを前に、その笑みを崩すことなく一歩近づいた。

 

 

「ククク…。スクールを卒業したばかりの新人トレーナーは、自分の力を過信して無茶をすることが多い。無謀にも格上に挑んで退き際を誤ったり、欲を出して危険地帯に自ら飛び込んだりなァ……」

 

 

 あわわわ……、と震えるカモミは、男性の言うとおり、欲をかいて森の奥深くへと足を運んでしまっていた。と言うのも、『ビギンの森』の奥深くには時折強大な力を持ったポケモンが出没すると言う噂を小耳に挟んだからである。

 回復アイテムには余裕があり、相棒のヒトカゲもまだまだ元気いっぱい。そんな余裕……いや、慢心が、この事態を引き起こしていた。

 

 

「ここは森の奥深い場所。人目につき辛く、助けを呼んだところで意味がねェ。──こうは考えなかったのか? 強いポケモンがいるって言う『噂』の真意は、駆け出しのトレーナーを言葉巧みに騙くらかし、人目につかない場所で襲撃するための下準備だってよォ」

 

 

 ククク…、と笑いながらこちらに近づいて来る男性。彼の発する言葉を聞いたカモミは、男性の正体について理解する。

 ──初心者トレーナー狩り。知識・経験・身体能力に物を言わせ、右も左も分からない駆け出しのトレーナーを文字通り『狩る』、最低の行いをする輩。

 

 彼らとのポケモンバトルに負けて待ち受けているのは、ポケモン協会が制定した賞金額を遥かに上回る金銭の要求や、酷い時には手持ちポケモンを奪われるケースも存在した。

 

 最悪だ、とカモミは心中で嘆くも、既に後の祭り。見るからに優れた身体能力を持っている男性から逃げ切る自信は湧かず、かと言って、立ち向かったところでポケモンバトルの行方は、ホルスターに収まった6つのボールの種別がハイパーボールであることから一目瞭然である。

 

 

「俺様もなるべく手荒な真似はしたくねェ。お前が黙って言うとおりにすれば、コトは一瞬で終わる……」

 

 

 万事休す。自身に降り掛かる不幸を前に、カモミは諦観し、その目を固く閉じた。

 そして──。

 

 

「──ククク…。俺様直々に出口まで案内してやる。着いて来な!」

 

 

 えっ、優し…。

 その人相や独特の笑い声に反した、予想外の発言を聞いたカモミ。不覚にも、先導を始めた男性の背中に惚れそうになった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ククク…。最近、ここら一帯は初心者トレーナー狩りが問題になってきていてよォ。セカンシティのスクール卒業生として、こうして俺様は警邏(けいら)を始めたってわけだ」

 

 

 後輩愛がすごい。

 ポケモン協会から指示を受けたわけでもなく、OBとして相談を受けたわけでもなく、自ら初心者狩り対策に身を乗り出したと言う話を聞き、カモミは素直にそう思った。

 

 不気味に口角を吊り上げたエリートトレーナー。その人相とは酷く釣り合わない優しさに、カモミは自分でも不思議に思うほどに鼓動を早めていた。いわゆる、ギャップ萌えと言うやつである。

 

 

「ククク…。ファスト生まれ、セカン育ち。…俺様の地元(シマ)で好き勝手するとはいい度胸だ。初心者狩りなんてする反吐野郎は、見つけ次第身柄を拘束してあらゆる証拠を揃え、ジュンサーさんに突き出してやらねェとなァ……」

 

 

 地元愛がすごい。

 ついでに問題解決方法も一般常識的である。てっきり怒りに身を任せ、暴力に訴えるかと思ったのだが、カモミの予想に反して男性の口からは物騒な単語が飛び出すことはなかった。

 一体何故か? 思わず理由を訊ねたカモミに返ってきたのは、次の言葉である。

 

 

「例え悪人だろうと、暴力を振るったら加害者になるのは俺様だ。トレーナーズスクールのOBである俺様がそんなことをすりゃァ、後輩であるお前たちにも示しがつかねェし、迷惑がかかっちまうだろォが、ククク……!」

 

 

 えっ、優し…。

 まさかまさかの、卒業生として後輩たちに万が一が起こらない様にしての考えであった。ギャップにカモミの胸キュンが止まらない。

 

 さて、そうこうしている内にすっかり出口である。長年、多くのトレーナーたちが歩んだことによって、自然と生まれた平坦な道を進む間、男性の口から飛び出して来る地元愛・後輩愛に溢れる言葉の数々…。

 

 先輩トレーナーとして送られた、激励やアドバイス、過去に彼が経験した冒険譚が終わってしまうことに、カモミは少なからず肩を落としてしまっていた。

 出会いがあれば別れもある。本音を言えばもっと会話に花を咲かせたいところなのだが、口を一文字に固く結び、カモミはそれを堪える。欲を出し、一歩間違えば初心者狩りに巻き込まれていたかもしれない事実を思い出してのことだった。

 

 何事も程々に。

 足るを知らなければ、と自制をしたカモミは、男性に頭を下げつつ礼を述べると、別れを惜しみながら、ビギンの森を後にする。

 

 

「──おっと、待ちなぁ!」

 

 

 ……後にしようとして、そこに待ったをかける者が現れた。

 

 カモミの前に立ち塞がったのは、ルガルガンを思わせるワイルドな髪型の少年である。纏う衣服は多くのトレーナー御用達(ごようたし)の、スポーツウェアである。素人目に見ても高性能・高価格なそれはゴテゴテと多様なアクセサリーで飾られており、少年の他者を見下した様な表情も合わさることで、見る者に悪印象を抱かせた。

 現に、カモミは少々むっと表情を曇らせている。男性との別れの後の第一歩を邪魔されたことで、余計に。

 

 不快です、と表情で語るカモミを前に、その心境を知ってか知らずか少年は続ける。

 

 

「ここを通るには通行料が必要なんだ! 通りたかったのなら、この僕に10,000円払うんだね!」

 

 

 お前は高速道路のETCか何か、とカモミがツッコミを入れるよりも早く、少年に声が発せられた。カモミの背後にいた男性である。

 カモミの隣へ移動した彼は、片手でカモミを自身の背後に移動させながら。

 

 

「ククク…。駆け出しトレーナーには到底払えない額だなァ。そうして相手はポケモンバトルを挑むが、初心者相手じゃァ、当然敵うはずがねェ。お前は負かした相手から金銭や持ち物を取り上げるだけ取り上げる。……テメェが噂の初心者狩りだな、神妙にお縄に付きなァ」

 

 

 男性の言葉を聞き、カモミは義憤の念に駆られる。

 なんと言う陰湿なやり方だろうか。相手からバトルを挑ませるところなんか、特に酷い。

 

 男性の言葉を聞くも、初心者狩りの少年はくつくつと嘲笑を零すだけだ。余程、自身の腕に自信があるのだろう。

 

 

「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。僕がやっているのは、先輩トレーナーとしての『講義』じゃないか。講義には料金が必要だろう? 当たり前のことを要求して何が悪いってんだか…。感謝こそされ、非難されるのはお門違いもいいところさ」

 

 

 やれやれ、と言わんばかりに肩を竦める少年。腹立たしさを覚えたカモミが「ふざけるな!」と声を荒げ、それを背中で受け止める男性は、ホルスターから1つのハイパーボールを取り出した。

 

 

「おっと、ポケモンバトルかい? 負けたらもちろん、分かっているよね? ──来い、ムクホーク!」

「ホォーック!」

 

 

 男性の戦意を確認した少年。彼が放ったハイパーボールから飛び出したのは、特徴的なトサカを持った大型の鳥ポケモン・ムクホーク。

 ビギンの森にも生息している、むくどりポケモンであるムックルの最終進化形態であり、素早い飛行と高い攻撃力を誇るポケモンだ。ムックルが捕まえやすいこと、比較的に進化までが早いこともあり、多くのトレーナーがパートナーに選んでいる。

 

 相当鍛えられているのであろう、素人目に見てもかなりの強個体であり、その鋭い眼光を前にしたカモミは、自身が戦うわけでもないのに思わず冷や汗を流してしまう。

 

 そんな彼とは異なり、男性は落ち着いた様子だ。少年に続き、彼もハイパーボールを目前の地面目掛けて投擲(とうてき)する。

 

 

「いきなモルペコ。──その腐った性根、叩き直してやれ」

「うらら〜!」

 

 

 開閉したボールから光線が放たれ現れたのは、寸胴鍋の様な胴体に小さな手足と耳を備えた、小柄なポケモンだった。ムクホークと比べるとその体長は1/4程度。ぱっちりとした目をしたそのポケモンは、ピカチュウやイーブイに似た愛嬌を持っている。

 

 えっ、かわいい…。

 男性の人相とのギャップに、思わずカモミが声を漏らした。続いて、少年が失笑。腹を抱えて笑い始める。

 

 

「あっははは! おいおい、随分と可愛らしいポケモンじゃないか! ──そんな弱そうなヤツでこの僕に勝てるとでも? 人を馬鹿にするのも程々にしてほしいね。…ムクホーク、いけっ! 〝ブレイブバード〟だ!」

 

 

 繰り出されたのは、ひこうタイプの技の中でも強力な部類に入る代物だった。反動を受けるデメリットに目を瞑ればその威力は折り紙付き。また、少年のムクホークの特性が〝すてみ〟であることも合わさり、その攻撃は必殺の一撃と化す。

 だが、しかし。

 

 

「──先輩として1つ言っておく。自分(テメェ)の知らないポケモンを前にしたのなら、相手の特性・タイプを見極めてから指示を出せ。戦ってンのはテメェじゃねェ、テメェのポケモンだ。思考放棄のゴリ押し戦法は無駄にパートナーを傷つけるだけなんだよ、クソ野郎。……モルペコ、〝オーラぐるま〟」

 

 

 30cm程の小柄な体躯目掛けて飛びかかるムクホーク。

 弾丸の様な速度で接近するムクホークに、しかし、男性もモルペコも笑顔を崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──クソっ、離せ! あんなポケモンに僕が負けるわけないんだ、クソぉ!」

 

 

 初心者狩りのトレーナーが暴れる声が、カモミの背後で発せられる。

 用意周到なことに、少年との一連の会話は男性によって録音されており、それが証拠として少年は駆け付けたジュンサーたちに連行されて行った。

 

 

「ご協力、感謝します!」

「ククク…。1人のトレーナーとして当然のことをしたまで、お勤めご苦労様です」

 

 

 えっ、礼儀正しい…。

 口角を吊り上げた不気味な笑顔に反し、ピシッとした敬礼を返されたジュンサーさんが思わず声を漏らした。その顔は、少し前のカモミと同じくギャップから来る胸キュンにより、若干赤くなっている。

 

 無事トレーナーは身柄を拘束され、初心者狩りの問題は解決した。少年を乗せたパトカーがサイレンを鳴らしながら向こう側へと消えて行き、その姿が見えなくなると、終わったとばかりに男性が独特な笑いを漏らす。

 

 

「ククク…。これで一件落着だな。それじゃあ気をつけて行けよ。…餞別にすごいキズぐすりをくれてやる。精々頑張りなァ、ククク…!」

 

 

 カモミの様な駆け出しトレーナーにとっては、破格の施しをさも当然の様に手渡して来た男性。トライシティを目指すカモミとは逆に、森の中へと歩みを進めるその背中に向けて、カモミの声が発せられた。

 

 

「ありがとうございますっ! ──あの、俺、カモミって言います! チャンピオンを目指していて……あの、そのっ。今はまだ、駆け出しだけど…! いつか、もっともっと強くなった時、俺とポケモンバトルをしてくれませんか!?」

 

 

 …チャンピオンを目指して始めた、カモミの地方巡り。しかしこの日、少年の目標は頂点から目の前の男性へと切り替わる。

 最終進化形態のポケモンを相手に、その体格差など問題にならないとばかり、真正面から打ち倒した彼のモルペコ。繰り出された〝オーラぐるま〟によって()()()()()()()()()()()()()()を見て、カモミの体は感嘆から震えを覚える。

 

 目前の男性の様なトレーナーに成りたいと思った。そして、それと同時に戦い、勝ちたいとも。

 

 

「ギガンだ」

 

 

 カモミには顔を向けず、背中越しに男性・ギガンは答えた。

 

 

「テメェの名、覚えたぜカモミ。『その時』を楽しみに待ってるぜェ、ククク…!」

「──はい!」

 

 

 そのやり取りを最後に、2人は別れる。足取りは互いに力強く、確かなものだった。

 

 

「すごかったなヒトカゲ…! 俺たちも、あんな風になろうぜ!」

「カゲッ!」

 

 

 まずはトライシティにてトライジムを打ち破る。相棒のヒトカゲを連れるカモミは、ギガンのバトルを目の当たりにした熱が冷めず、自然と走り出していた。それは彼の相棒も同じらしく、彼らは揃って3番道路を駆けて行く。

 

 

「ククク…! あくタイプのエキスパートであるこの俺様に、あんなギラついた視線をむけるたァ、なんとも見所のあるガキだ。これは気を抜いてられねェぞ、モルペコ…!」

「うらうらっ、うら〜」

 

 

 ──これはあくまで、『序章』に過ぎない。

 あくタイプ使いのトレーナー・ギガン。ある者は彼を目指し、ある者は彼と啀み合い、またある者は彼に想いを寄せる。ギガンを中心に巻き起こる喧騒は、いつしか地方全体を巻き込んだ大事件にまで発展するのだが……それはまだ誰も知らない、先のことだ。

 

 ポケットモンスター、縮めてポケモン。不思議な生き物と共に生きる彼らの冒険は、まだまだ始まったばかり──。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──ククク…。それじゃあ始めるとするか。メチャクチャにしちまったフィールドの、後片付けをなァ…ッ!」

「手伝いますッ!!」

「うォッ!?」




こんな感じの見た目勘違いもののポケモン二次が読みたい。


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悪事を企てない、あくタイプ使い

評価、感想、お気に入り登録ありがとうございます。

あくタイプを崇めよ、無理強いはしない。


 セカンシティは街全体でトレーナー育成に力を注いでおり、地方でも有数のトレーナーズスクールがあることで有名だ。

 

 

「ククク…。俺様はギガン、あくタイプのエキスパートだ。今日から1週間よろしくなァ!」

 

 

 ヤ◯ザが来た、と言うのが、赤と黒の2色が混じった髪を腰まで伸ばした少女・バルディアの素直な感想である。

 

 今し方自己紹介を行った、ヒメンカに似た配色の髪を気障ったらしく流した男性・ギガン。彼は本日より1週間ほどスクールに通い、生徒たちのポケモンバトルの相手を務めるとのことだ。

 話を聞くに、彼は卒業生らしい。

 

 OB・OGを招聘(しょうへい)し、ポケモンバトルを行う特別授業自体は以前から何度かあったものの、またなんとも『濃い』のが来たなぁ、と。ギガンの人相に怯え、若干顔を蒼くしているクラスメートを何人か見つけた彼女は、心中にて独りごちることになった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 アイツは悪の組織の親玉だ!

 ……なんて噂が生徒間で発生するのには、そう時間を要さなかった。

 

 あっという間に『ギガン=悪の組織』やら『ギガン=何かを企んでいる』説が流布され、一部からは、彼を学校から追い出そうとする『ヒーロー』まで登場する始末である。

 

 

「ち、ちくしょー! 悪者のくせにー!」

 

 

 場所はスクールの敷地内に何箇所か造られた、バトルコートの内の1つ。そこでは、ギガンを追い出す名目で勝負を挑んだものの、相棒のワンリキーが返り討ちにあったことで、少年トレーナーが地団駄を踏んでいる最中だった。

 

 

「ククク…! 俺様があくタイプ使いだからって油断したなァ。タイプ相性だけで勝てる程、ポケモンバトルは甘くねェンだよ、ククク……!」

 

 

 もるぺこっ! と今し方ワンリキーを沈めたモルペコを撫でながらギガンが笑う。

 勝負を挑む発端はともかく、一応ポケモンバトル自体は行えているので、その務めを果たせてはいるギガンだ。

 

 オボンの実を彼から受け取り美味しそうに頬張るモルペコを見て、その愛くるしい姿から女子生徒はメロメロ状態。逆に、男子生徒はそんな女子たちの姿を前にギガンを睨み付けながら団結力を高め、打倒悪の親玉っ! と声を荒げていた。

 

 子供ながらに「子供だなぁ」とそれを眺めていたバルディアは、ふと、ギガンが何かしていることに気づく。手元のメモ帳に向け、何かしらを物凄い速度で書き込んでいく彼を見て、疑問に思った彼女は何をしているのかと訊ねた。

 すると、ギガンは「あン?」と声を漏らす。

 

 

「何をしているかだァ? …決まってンだろォが。さっきのバトルの問題点・良かった点、そこから考えられる改善案を分かりやすくまとめてやってンだよォ、ククク…!」

 

 

 えっ、優し…。

 不気味に笑うギガンを前に、バルディアは不覚にもそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「み、見ろ! あれは監視カメラか盗聴器を仕掛けているに違いないぞ…!」

「なんて悪いやつなんだ!」

 

 

 物陰にて何かを話し合う男子生徒たち。彼らの視線の先にはやはりと言うべきかギガンがおり、通路の窓の近くで何かの作業を行っている様である。

 

 人やポケモン問わず、何事も外見だけで判断することを嫌うバルディアは、先日のやりとりで既にギガンの人となりについては分かっている為に、臆することなく彼の近くへ移動して──その間、背後からは「危ないぞ!?」と慌てた声が聞こえたものの、彼女はこれをスルー。辿り着いた先でギガンに訊ねれば、彼は相変わらずの不気味な笑顔をこちらへと向けた。

 

 

「ククク…! 割り箸に布を巻き付け、輪ゴムで留める…。たったこれだけで、狭いサッシに詰まった埃を絡め取る、お手軽掃除グッズの完成だ……!」

「ポケモンバトルをしに来たんだよね?」

 

 

 ギガンが行なっていたこと。それは、まさかまさかの校内清掃である。これには流石のバルディアもツッコミを入れざるを得なかった。彼の務めはあくまでも、生徒たちとのポケモンバトルを行う実戦形式での授業である。しかもこのスクールでは清掃員を雇っているし、何なら生徒たちで指定の時間に清掃を行なうことになっていた。

 

 

「ククク…。補修や改築で、俺様が通っていた頃とは随分と様変わりしちまったが──それでも俺様の出身校であることに変わりはねェ。…卒業生として、思い入れのある母校に何かしたくなっちまってなァ」

 

 

 母校愛がすごい。

 彼の手によって汚れを取り除かれ、その美しさを取り戻していく通路の窓たち。見る見る内に通路の窓がピカピカと輝き始める。

 

 

「どんな隙間にも入り込んで埃をごっそり絡め取りやがる、流石はおばあちゃんの知恵袋だぜェ、ククク…!」

 

 

 ついでにおばあちゃんへのリスペクトもすごいギガンであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「み、見ろ! あれは何かの化学兵器を作っているに違いないぞ…!」

「なんて悪いやつなんだ!」

 

 

 さて、別の日。何やら見たことのあるやりとりをする男子生徒2人の頭を「アホか」と小突くバルディア。彼女たちが居るのは調理室の前である。調理器具が揃うこの場所でどうやって化学兵器など作ると言うのか。

 

 そんなやりとりを行う彼女たちの視線の先では、調理室にて、1人黙々と何かを作っているギガンの姿がある。「おい、危ないぞ!」と言う制止の声を無視して入室したバルディアが訊ねれば、ギガンは彼女に不気味な笑顔を向けた。

 

 

「ククク…。見て分からねェのかァ? ──お前らと親睦を深める為に、ポフィンを作ってるンだよォ、ククク…!」

「うちのクラス50人くらい居るよ!?」

 

 

 加えて言えば、その手持ちを含めると、その数はとんでもないことになるだろう。

 マホイップがイラストされたエプロンや三角巾を纏い、手際良く作業を続けるギガンを前にしてその労力を考えたバルディアは、思わず大きな声を出してしまった。

 

 

「わ、私も手伝うよ」

「ククク…! そいつはありがてェが、こう言ったことは自分でやってこそだ。……が、テメェのその申し出を無下にしちまうのも申し訳ねェ。──と言うわけで、作ったポフィンに問題がねェか味見を頼ませてもらおうかァ!」

 

 

 えっ、美味し…。

 食べたポフィンは欠片程の大きさであったが、正直、お店で販売されていてもおかしくない出来栄えだとバルディアは舌鼓を打つ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 …──そんなことをしている内に、あっという間に1週間が経過しようとしていた。

 今日はギガンがこのスクールに居られる最終日。既に彼は顔が怖いだけで中身は良い人間であることは周知であり、生徒たちは男女問わず彼との親交を強めている。

 

 

「くそぅ、結局最後まで悪の親玉の尻尾を掴めなかった──うまっ」

「このままでは見す見す奴を取り逃がすことに──あまっ」

 

 

 ……極一部、未だに彼が悪の組織の親玉であることを信じて疑わない者も居るには居るが。

 

 ギガンお手製のポフィンを頬張る2人組の姿を発見し、溜息を吐いたバルディアが立っているのは、中心にモンスターボールのマークが描かれた長方形のバトルコート、その片端である。対面にて両手をポケットに入れて不気味な──見慣れた笑みを浮かべているのは、ギガンだ。

 既に彼の相棒であるモルペコはボールから外に出ており、彼の頭の上で元気にきのみを頬張っている。

 

 

「ククク…。逃げることなく俺様の前まで現れたか……褒めてやろう」

「そーいうこと言ってるから悪の親玉とか言われるんでしょ…」

「ククク…! 違いねェ」

 

 

 まるで悪役の様なセリフを吐くギガンと、それを諌めるバルディア。

 

 ギガンがスクールを去る前日、バルディアは彼にポケモンバトルを申し込んでいた。この数日間、他生徒とギガンのバトルを徹底して観察し、ギガンのモルペコを相手取った時にどうすれば有利に立ち回れるか、研究に研究を重ねた彼女は、満を持してギガンへの挑戦に一歩を踏み出した次第である。

 

 

「ルールの確認は必要かァ?」

「お互い手持ちは1体だけのシングルバトル。交代なし、道具の使用はダメ」

「分かってるンなら問題ねェな。それじゃァ始めるとするか……!」

 

 

 ギガンのその言葉を合図に、バトルが開始された。

 バルディアがモンスターボールを放り投げ、それが地面にぶつかれば、光線と共に彼女の目前に相棒の姿が現れる。

 

 体色は黄。首元に白い体毛がファーの様に生え揃い、紐の先端に5円硬貨(の様なもの)をぶら下げた物を持っている。

 さいみんポケモン・スリーパー。バルディアのパートナーであるポケモンは、やる気十分と言った具合で、ギガンたちを睨みつけつつ振り子を左右に揺らした。

 

 

「ククク…! あくタイプ使いである俺様相手に、エスパータイプで挑んで来るとは、片腹痛い…! いきなモルペコ、テメェの力を見せてやれ──」

 

 

 獰猛に笑いつつモルペコへ指示を出そうとしたギガン。

 しかし彼は、その途中で視界にある生徒たちの姿を捉えた。女子とそれを囲う男子の数名の集まりは、バトルコートをぐるりと囲う様に設けられた観客席にて、何やら会話を行なっている。彼らの視線はバルディアへ。より厳密に言えば、その手持ちであるスリーパーへと。更に言えばその表情も、バルディアの勝利を応援すると言うよりは、どこか、彼女たちを嘲弄しているかの様な──いやな、笑み。

 

 

「──と。思ったが、ククク…。この数日の間でモルペコには対策が練られているだろォからなァ。ここは少し、別のポケモンを使わせてもらうとするか…!」

 

 

 その発言に驚いたのはバルディアである。この数日で築かれた彼女の作戦は、対モルペコ用に調整された物だ。これでモルペコ以外のポケモンを出されてしまっては意味がない。

 

 

「ちょっと、直前にそんなのって卑怯じゃない!」

「ククク…! なんとでも言いなァ! 卑怯・汚いはあくタイプ使いにとって最大の褒め言葉だ。──来い!」

 

 

 非難するバルディアに対し、ギガンは笑みを深めるだけであった。自身の頭の上から飛び出そうとしていたモルペコを止めた彼は、ホルスターからハイパーボールを放り上げる。

 

 一体、どんなポケモンが飛び出すのか。生徒たちの脳裏には、ブラッキーやレパルダスと言った、可愛い系の姿が思い浮かべられた。今までギガンがモルペコばかりを使っていたことから、自然とそう言ったイメージが定着していたからである。

 

 しかし彼らの予想は裏切られた。

 地面にぶつかった衝撃でボールから吐き出されたのは、サイケデリックな軟体に、幾つもの有毒物質の結晶を浮かび上がらせたポケモンである。

 その名も…、

 

 

「…──ベ、ベトベトンだあっ!?」

 

 

 ヘドロポケモン・ベトベトン、そのリージョンフォーム。

 彼らが通った後には、草一本残ることがない程、その体には猛毒が溜め込まれているとされている、実に恐ろしいポケモンである。そんなベトベトンの登場に、パニックとなるのは必然だ。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。悲鳴を上げながら逃げ惑う少年少女の姿を眺めるギガンは、その不気味な笑みをより一層深める。

 

 

「ククク…! コイツをただのベトベトンと思ったら大間違いだ。──何を隠そう、コイツは本場アローラで1年をかけ、ありとあらゆるゴミを喰らい尽くした恐るべき個体…! コイツが通った後には草木は疎か、塵1つ残らねェ!」

 

 

 うわぁ、すごいキレイ。

 ズリズリと軟泥で出来た体をベトベトンが引き摺る度、バトルコートが磨かれた大理石の様な輝きに包まれて行くのを見て、バルディアは何とも言えない表情となった。

 

 環境汚染問題を解決する為に、敢えてベトベトンの様な生態のポケモンがあてがわれる話は聞いたことがあったが、彼のベトベトンもその手の類なのだろう。

 訓練を積んだのか、悪臭などはベトベトンからは発せられておらず、落ち着きを取り戻した生徒たちは、次第に観客席に戻りバトルの行方を見守り始めた。

 

 

「さァて早速行くとするか……。ベトベトン、〝とける〟だ!」

 

 

 十分に混乱が収まったところで、ギガンがベトベトンに指示を繰り出す。

 元々、半流体だったその体は更に柔らかさを得たことで、バトルコート全体を包み込む勢いで広がって行った。

 

 

「続けて〝とける〟!」

 

 

 立て続けに指示を受けたベトベトンによって、既にコートの3/4がカラフルなヘドロの海に飲み込まれる。

 すごい…、と、バルディアは自身も気付かない内に声を漏らした。体を液状に変化させることで、相手の攻撃を受け流す(ぼうぎょをぐーんとあげる)〝とける〟だが、ここまでの規模の物は、中々お目にかかれるものではないだろう。

 

 

「ククク…。単純な変化技も、訓練を積めばここまで()()()ものさ…。──ベトベトン、〝かみくだく〟ッ!」

「〝リフレクター〟!」

 

 

 スリーパーの四方を囲んでいたヘドロが脈動を行えば、一斉にその体目がけて襲いかかった。指示を受けたスリーパーは念動力を用いて壁を形成し、それを自身の周囲に展開することで身を守り抜く。

 

 

「──俺様のベトベトンの〝かみくだく〟は、〝リフレクター〟だけで耐えられるほどヤワじゃねぇ。となると……ククク、〝じこあんじ〟か」

 

 

 暗示により、相手にかかった補助効果を自身にも付与する〝じこあんじ〟。〝とける〟を重ねたベトベトンの防御力をコピーしたことで、スリーパーは先程の攻撃を耐えたのである。

 物理的攻撃力に優れるベトベトンの一撃を耐えたこともそうだが、目を見張るべきなのは、バルディアの指示を受けていないにも関わらずスリーパーが〝じこあんじ〟を行ったことだ。

 

 

「ククク…! 敢えてポケモンの自己判断に委ねる、か。並大抵の信頼関係じゃァ、まず出来ない芸当だ。──〝ちょうはつ〟」

「っ!」

「スリスリ…!」

 

 

 ヘドロ海の一部が盛り上がったかと思えば、形成された手の様なものが指を揺らし、かかってこいとでも言わんばかりに挑発した。それを見たスリーパーは眼光を鋭いものに変え、闘争心を露わにする。

 

 

(……これで変化技は使えなくなったけど、まだ負けた訳じゃない!)

 

 

 〝ちょうはつ〟によって変化技を封じられ、タイプ相性、レベル差や、トレーナー自身の経験値の差もある。

 何を取っても不利なこの状況、しかしバルディアとスリーパーの闘志は一切揺らぐことはない。真っ直ぐにこちらを見据える彼女たちの視線に、ギガンは口角を一層吊り上げ、笑みを深めた。

 

 

「良い眼じゃねェか…! 俺様に見せてみなァ、テメェらの全力! 〝ヘドロウェーブ〟!」

 

 

 ギガンが声を張り上げた直後、ヘドロの海が爆発的な動きを見せる。隆起したその様はまさに『壁』。スリーパーを飲み込もうと迫り来るその一撃を前に、バルディアが声を張り上げた。

 

 

「スリーパー、〝マジカルシャイン〟!」

 

 

 繰り出されたのは、光の束。〝マジカルシャイン〟は『壁』の一部に風穴を開け、生み出されたそこへスリーパーは駆け出す。エスパーらしからぬ、力強い跳躍を見せたスリーパーの視線の先には、大技を放ったことで露わになった『本体』の姿が──。

 

 

「〝きあいだま〟!」

 

 

 放たれる、高濃度のエネルギーの塊。ベトベトンに向けて放たれたそれは、着弾と同時に辺りに衝撃と土煙を広げる。

 そして──。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「…──ククク…! この俺様が教育を施してやったんだ、立派なトレーナーになるんだぞテメェら…!」

 

 

 この1週間で随分と懐かれたもので、彼を見送る為に多くの生徒が集まっていた。別れを惜しむ彼らへ、エールを送ったギガンが細部まで作り込まれた校門を通ると、横合いから声をかけられる。

 声の方向へ視線を向ければ、そこにはバルディアが居た。

 

 

「何だ、こんなところにいたのか。見送りの時に姿が見えなかったから、てっきり嫌われたものかとヒヤヒヤしたぜェ、ククク…!」

「あの程度で嫌ったりしないから、悔しかったけどさ」

 

 

 さて、今日行われたベトベトンvsスリーパーの試合の行方だが、〝ヘドロウェーブ〟を突破したスリーパーによって、渾身の〝きあいだま〟が放たれたのは『本体』を真似た体の一部であった。その後、背後からの〝かみくだく〟によって、スリーパーは戦闘不能となる。

 

 スクール入りたての幼児から、学年のエースまで。誰1人として一切勝ちを譲らなかったギガンに対し、バルディアも善戦したものの、その結果は惜しくも一歩及ばなかった。

 

 

「………ありがと」

 

 

 バルディアの唐突なその一言に、ギガンはいつもの調子で笑い、「何のことだァ?」と声を漏らすと、ほんの少しだけ、間を置く。

 

 

「…──悲しいが、その見た目や生態、タイプや過去の出来事から、偏見を受けちまうポケモンが居ンのは事実だ。丁度、俺様のベトベトンを見てあいつらが逃げ出した様になァ」

 

 

 ギガンの言葉を聞き、バルディアは僅かに目を伏せた。

 さいみんポケモン・スリーパー。彼女の相棒であるそのポケモンは、過去に起きた誘拐事件などの影響から悪印象を与えられ、気分を害される様な仕打ちを受けたことが多々あったのである。

 

 

「だが、ククク…! 外野なんざ好きに言わせておけ。今日みてェな熱いバトルを見せてやれば、テメェらに対する認識なんざあっという間に覆るだろうからなァ…!」

 

 

 獰猛な笑みを見せるギガンに、バルディアは少しばかり照れ笑いを浮かべる。気付かないふりをしていただけで、陰で自分たちがどんな風に言われていたか、それを知っていた彼女にとって、その言葉は心の底から嬉しさを覚えるものだった。

 

 

「俺様はもう行くぜ。縁があれば、またどこかで会うかもなァ、ククク…!」

「──その時は、ポケモンバトル! 今度は負けないよ!」

 

 

 楽しみにしておくぜ。

 

 その言葉を最後に、ギガンはスクールを去って行く。

 バルディアは、彼の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。




技構成とかは割と雑です。


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悪事を見逃さない、あくタイプ使い(上)

小説情報を見て、バルスを食らったムスカみたいになったので初投稿。これからもこの作品をよろしくお願いします。

あくタイプを勧めよ、常識の範囲内で。


 場所はセカンシティを抜け、3番道路を進んだ先。

 

 南西に位置するお隣のヨツバタウンと協力し、海底遺跡の調査や地質学研究に力を注いでいるトライシティは、都市部でありながらもビル群などの建造物は少なく、博物館や研究施設の方が多いくらいであった。

 

 また、全体的に古代遺跡をモチーフにした外装やデザインの為、現代から切り離された街並みはどこか、ノスタルジックに似た感情を彷彿とさせる。

 

 ポケモンの進化に必要な石や、単純な能力強化用の類を数多く販売しており、特産品である各種タイプのジュエルを扱う売店では、今日もうれしい悲鳴が上がっていた。

 

 

「タタッコー? うぉーい?」

 

 

 そんなトライシティにて、ポケモンの名前を呼びつつ辺りを散策している人物が居た。

 

 背格好は中肉中背。モンジャラに似たボリュームのある頭髪は薄い桃色。眼鏡の奥では覇気の見られないタレ目が、キョロキョロとあちこちに向けて動き回っている。

 上下ともジャージの、如何にも『惰眠を貪っていました』な格好をしたその人物は、シバザと言う青年であった。

 

 

「タタッコやーい」

 

 

 寝起きで気だるそうに声を漏らす彼は、現在自身の手持ちであるタタッコを探している最中である。

 シバザはトレーナーではないのだが、いつの頃からか自宅に居着いて以来、縁を感じたことから、スクール時代に触れたのが最後のモンスターボールを購入し、晴れてタタッコとパートナーの関係を結んでいた。

 

 相棒、と言うとむず痒さを覚える程度の仲である彼は、今朝──と言うには少し遅い時間帯にて、目覚めた時にタタッコが居ないことを即座に察知。こうして家を出て探し回っている次第である。

 

 

「──ククク…。よォ、探しているのはこいつかァ?」

 

 

 ふと発せられた声に振り返ると、シバザは「ひぃっ」と情けない声を漏らした。

 彼が捉えたのは、長身の男性である。服の上からでも分かる引き締まった肉体に加え、ギラついた眼光を放つ切長の双眸。黄色から赤、赤から緑へとまるでヒメンカの体色の様なグラデーションの髪を、気障ったらしく流した男性は、シバザに不気味な笑顔を向けていた。

 

 背丈や筋肉質な肉体に加え、口角を吊り上げたその表情。10人が見れば15人が悲鳴を上げるであろうその外見を持った男性は、シバザの方へと歩み寄り始める。

 

 すわ、強盗か。

 そんな風に考えたシバザであったが、そこで漸く男性の先程の言葉について頭を働かせ、次いで彼が抱きかかえているポケモンが、自身が探していたタタッコであることに気付く。

 どうやら男性はシバザにタタッコを届けに現れたらしい。「ああありありがとうござざざざ」と、元来、小心者の彼は恐怖から声を震わせながらも、必死に感謝の言葉を男性に述べた。

 

 

「ククク…。出会い頭に〝いわくだき〟を仕掛けて来てなァ。良い一撃だったぜ。中々見所のあるタタッコだ、ククク…」

「すんまっせんしたァ──!!」

「うォッ」

 

 

 記録、0.24秒。

 シバザの人生において最速の土下座であった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 別に気にしてねェ、と男性は語るも、後々何かを請求されても怖いので、取り敢えず謝罪を兼ねて昼食を奢ることにしたシバザ。

 自分の今の格好がジャージであることなどお構いなし、知っている中でも一番高級な料理店……に、入ろうとしたところで、予想外にも男性の方からチェーン店の要望が入った為、急遽そちらへと移行。

 

 

(……気を遣われた?)

 

 

 などと考えつつ、運ばれて来たカルボナーラをフォークで突くシバザ。対面の席の男性・ギガンは、ハンバーグやスパゲティにチャーハンなどが一皿に纏められた……『大人用お子様ランチ』みたいな一品に舌鼓を打っている。

 

 膝の上で「俺にもそれ食わせろうおおおおおおお!」と暴れるタタッコを抑えつつ、シバザはあらためて頭を下げた。

 

 

「その、本日は誠に申し訳なく…」

「ククク、気にすることはねェ。元々タタッコは好奇心旺盛で、何でもかんでもブン殴る習性のあるポケモンだ。特に怪我もしていねェし、こうしてメシまで奢ってもらっちまったからなァ。──まァ、心配なら俺様からは何も要求しねェ旨の念書を作るが」

 

 

 言うや否や、ボールペンで自身の指を黒く塗り潰し、ボディバッグから取り出した用紙に押し付けたので、シバザは半ば悲鳴を上げながらそれを拒否する。

 

 白紙の念書なんて言う恐ろしい物を目の当たりにしたことで、彼のバチュルの心臓が早鐘を打ち、そこらじゅうから冷や汗が噴き出始めた。

 その見た目に反し、別ベクトルに向けて恐ろしい人物である。米一粒残すことなく、綺麗に食べ終えた皿を前に両手を合わせるギガンを前にして、シバザは素直にそう思った。

 

 

「…──ところで、アンタはトレーナーか?」

 

 

 さて。なんとも心臓に悪い食事を終え、店を後にした別れ際のことである。ふとした様子でギガンに訊ねられたシバザは、若干慌てながらそれを否定した。

 自分は冴えないフリーターであると語る彼に、ギガンは「そォか」と短く声を漏らす。

 

 

「いや、なに。そのタタッコだが、多分バトルがしたいんじゃねェかと思ってなァ。戦う相手を探して出歩いた可能性もあるかもしれねェぜ、ククク…」

 

 

 その言葉を最後に、シバザはギガンと別れ、帰路に着いた。

 

 

「……君、バトルしたいの?」

「?」

 

 

 道中、そう訊ねるも、腕の中のタタッコは不思議そうにこちらを見つめるだけである。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 翌日、天気は晴れ。

 日光を浴びると気力を失うタイプの人類であるシバザは、なけなしの気力を振り絞って近所の公園へ足を運んでいた。まだ朝と呼べる時間にも関わらず、意外と人が多いことに、出不精の彼は舌を巻くことになる。

 

 

「ええっと、なになに…? 〝いわくだき〟に〝にらみつける〟、それと〝しめつける〟……」

 

 

 ぷっちゅぴぎゅるーっ、と鳴き声を上げるタタッコにシバザが向けているのは、市販で買える簡易性のポケモン図鑑だ。

 カメラを向けることで、対象の強さ(レベル)や覚えている技を読み取ることが可能であり、それを使ってタタッコの情報を確認していたところである。

 

 

「特性は〝じゅうなん〟……。まあ、柔らかいしね」

 

 

 普段を家の中で過ごす生活のタタッコは、シバザと共に外に出たことを新鮮に思っているのか、ぶんぶんとグローブに似た形状の諸手を振り、元気な様子を見せていた。

 そんなタタッコに向けて、シバザはしゃがみ込むと両の掌を構える。さながら、ボクシングのスパーリングミットに見立てた格好だ。

 

 

「よ、よーし来いタタッコ。〝いわくだき〟っ」

 

 

 先日出会った男性、ギガン。彼の『タタッコはバトルをしたい』と言う言葉が気になり、しかし自分はトレーナーではないし…、と1人悩んでいたシバザが導き出したのは、タタッコの運動相手になることだった。こうすれば多少はタタッコも満足して、この前の様に突然家を飛び出すこともしないだろうとの考えである。

 

 少しばかり屁っ放り腰なシバザの言葉に、タタッコは目を輝かせつつ構えを取った。彼の考えは存外的を射ていた様で、嬉しそうにしているタタッコを見たシバザは、ホッと安堵のため息を吐く。

 直後だった。

 

 

「ぐわあ──っ!?」

 

 

 タタッコの〝いわくだき〟が命中した瞬間、受け止めた掌が衝撃で弾かれ、その手首からはごりっ、と嫌な音が発せられ、結果としてシバザは激痛に悲鳴を上げることになる。

 

 進化前の種ポケモンと言えども、ポケモンはポケモンだ。火炎を吹き、大地を隆起させ、時に天候すらも操る彼ら彼女らの力を侮った故の……トレーナーではない素人考えから来た悲しい結末である。

 

 悲鳴を聞き、何事かと駆け付けるのは公園内でポケモンバトルを行なっていた少年少女たちだった。痛みに悶えるシバザを前に、「ばっかでー」やら「自業自得じゃん」と、中々に言いたい放題であるが、今のシバザにはそれに言い返すだけの余裕が存在しない。

 

 まるで『これじゃあ相手にならない』とばかり、不満そうに、べちんっ、べちんっ、と追撃の──ただのパンチを繰り出すタタッコ。五分ほどが経過した頃、漸くシバザが力無く立ち上がる。

 彼はちょっと泣いていた。

 

 

「おにーさん、その子がちっちゃいからって甘く見たらダメだよ」

「うん…。今、心の底から後悔してる」

 

 

 スクール生と思しき幼女が、先達として呆れた様子でシバザを嗜める。わふっ、と手持ちらしきガーディが主人の隣で可愛らしく鳴き声を上げた。

 

 〝いわくだき〟自体、そこまで威力の高い技でもないのだが、実際にはご覧の有り様である。これは中々どうして大変だ、と頭を悩ませるシバザであったが、案外すんなりとその解決策は導き出された。

 

 そう、自分で…と言うか、生身の人間では付き合えないのであれば、同じポケモンにして貰えば良いのである。自分はトレーナーではない為にバトルはてんで分からないものの、トレーナー同士のバトルなどに、このタタッコを混ぜて貰えば良いのだ。

 ……と言うか、記憶が正しければギガンはタタッコの〝いわくだき〟を受けて怪我は無いと言っていた気がするが…?

 

 兎にも角にも、これにて万事解決、我ながら良い考えだと笑みを浮かべるシバザ。そうと決まれば早速とばかり、彼は自分とタタッコを取り囲む少年少女らに提案を行う。

 

 

「ねぇ、君たち。お願いがあるんだけど──」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 タタッコをバトルに混ぜてもらったお礼として、モンスターボールやらキズぐすりを受け取った少年少女は、元気に手を振って公園から走り去って行った。

 時刻は昼時。そろそろご飯にしようと、シバザもそれに続こうとベンチから腰を上げる。

 

 

「よーし、帰るよタタッコ」

「みゅぎーっ!」

「駄々こねないの」

「タタッ!」

 

 

 だだっこポケモンを相手に、駄々をこねるなと言うのも変な話ではある。

 

 まだまだ遊び足りないと暴れるタタッコを、苦笑しつつ眺めるシバザは思考を巡らせた。

 タタッコの欲求解消の為に、今日の様に公園に訪れるなどしてトレーナー同士のバトルに混ぜてもらうのは良いかもしれない。毎日は難しくとも、休日であれば問題ないだろう。…少々、出不精気味の自分にはキツイものがあるかも知れないが、と。

 

 そんな具合に、若干げんなりするシバザが耳にしたのは、べちんっ、と言うタタッコの柔らかくも威力のあるパンチが何かに衝突した音である。

 

 何だ、と音の出どころを探ろうとシバザは視界を巡らせ──そうして捉えたのは、いつの間にか自分の足元から居なくなっていたタタッコが、公園に居た他の人物たちに拳をぶつけた、丁度その瞬間であった。

 

 ひゅうぅ、と彼の喉が変な音を鳴らすが、それも仕方のないこと。今し方タタッコに殴られたのは、どこからどう見てもバッドなガイであったからだ。

 

 3人組の彼らは、その内の誰かの手持ちであろう、ヒールポケモン・ガオガエンにタタッコを摘み上げさせると、顔を青くしているシバザの元へと一直線に向かって来る。

 タタッコを見捨てるわけにもいかず、シバザは死刑宣告を受ける気分で、彼らが目前に到着するのを震えて待つことになった。

 バッドガイの1人は、ガオガエンにまるでボールの様に鷲掴みにされたタタッコを指差しながら。

 

 

「よー、これアンタのポケモン?」

「い、いやあの…」

 

 

 しどろもどろになるシバザに、バッドガイは一見朗らかに笑うものの、その手はシバザの胸ぐらを掴み上げている。

 

 

「どーゆー躾してんのねぇ。オレのお気に入りのズボン汚れちゃったんだけど?」

「すみません…」

「あ゛?」

「す、すみません……!」

 

 

 自分を情けなく思いつつも、下手なことをすれば痛い思いをすることなってしまうし、最悪なのはタタッコに危害が加えられてしまうことだ。何とか穏便に済ませようと、下手下手に出る。プライドなんてもの、彼にとっては百害あって一利無しも同然なのだ。

 

 

「分かってるよね? 出すもん出そっか」

 

 

 日々を重ね持ちしたアルバイトで潰すシバザは、泣く泣く財布から数枚の札を取り出し、手渡す。額の低さから、受け取ったバッドガイは舌打ち混じりにそれをポケットに捩じ込むと、ガオガエンに指示を下し、タタッコを解放──と言うよりも、放り投げた。

 

 それを慌ててキャッチすれば、自分が何をしたかよく分かっていない様子で、タタッコはシバザの腕の中にてガオガエンに闘争心を露わにしている。

 手痛い出費となってしまったが、タタッコが無事であったので良しと思うべきだろう、シバザはこれ以上問題を起こしたくは無いので、そそくさとその場を後にした。

 

 

「ガオガエン、〝ほのおのパンチ〟」

 

 

 ──する直前。聞こえて来たその言葉に、シバザの思考は真っ白になる。

 振り返って彼が目にしたのは、既に興味の失せた様子で仲間と共にその場を後にしつつあるバッドガイと、拳に炎を纏わせ今まさに突き出そうとしている、牙を剥いた獰猛な表情のガオガエンだった。

 

 

「っ! タタッコ!!」

 

 

 咄嗟に、反射的に、自然と。

 弾かれる様に動いたシバザは、その体全てを使ってタタッコを包み込んだ。




↓キャラクターの名前の由来は今のところこんな感じです。

・ギガン→アリウムギガンチューム
花言葉は『不屈、円満な人柄』

・カモミ→カモミール
花言葉は『逆境に耐える、逆境で生まれる力』

・バルディア→ブバルディア
花言葉は『友情』

・シバザ→シバザクラ
花言葉は『臆病な心』


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悪事を見逃さない、あくタイプ使い(下)

無理して一話にまとめた結果、バトルが味気なさすぎると思ったので前後編に改稿しました。ワンパンバトルは一話だけで十分ですね…。

あくタイプをすこれ、いやもう好いているか。


「──ククク…。無抵抗の人間相手にポケモンを(けしか)けるとは、随分と活きが良いじゃねェか。どうした、何か楽しいことでもあったのかァ?」

 

 

 バッドガイの機嫌を損ねたことで、その手持ちであるガオガエンから〝ほのおのパンチ〟を見舞われることとなったシバザ。

 悪逆非道の一言に尽きる攻撃に対し、自身の体でもってタタッコを庇ったシバザであるが、彼の身に到来したのは〝ほのおのパンチ〟による高温と衝撃ではなく、一日前に出会った男性の声であった。

 

 固く閉じていた瞼を開き、そうしてシバザが見たのは、自身を守る様にして立ち塞がった、男性と、その手持ちと思しきポケモンの背中である。

 

 一方はヒメンカの様な髪色をした長身の男性・ギガン。彼の目前にてガオガエンの〝ほのおのパンチ〟を制しているのは、緑色の体の至る所に棘を生やした、カカシぐさポケモンであるノクタス。

 

 ほのおタイプの技は、あく/くさタイプであるノクタスにとっては致命的(こうかばつぐん)であるにも関わらず、しかし当のノクタスはけろりとした様子であり、タイプ相性の差など微塵も感じさせることなく、ガオガエンに視線を向けていた。

 

 

「……突然現れて、なんなのアンタ? オレは別に、レーギのなってねえソイツに、社会のなんたるかをキョーイクしてやっただけなんだけど。まるでオレが悪者みたいな言い方、やめてくれる?」

 

 

 悪いことしたら何されたって文句は言えないだろ、とバッドガイが言えば、その取り巻きが続いてせせら笑う。

 シバザがガオガエンに攻撃を仕掛けられるまでの一連のやり取りを、ギガンが目撃したことを彼らは十分理解していた。その上で余裕を見せているのは、彼らにとってギガンは取るに足らない存在だからだろう。こちらはガオガエン、対して彼は相性不利のノクタスだ。バッドガイたちがそう思うのも無理はないだろう。

 

 

「丸ごとぶちのめせ。ガオガエン、〝フレアドライブ〟」

 

 

 一度ノクタスから距離を取る為に、飛び退いたガオガエンに向けてバッドガイは指示を飛ばした。人相手に何の躊躇いもなく攻撃を仕掛けられるその精神にシバザは改めて顔から血の気を失せ──しかしながら、いつまで経ってもガオガエンがバッドガイの命令を熟すことはなく、彼らは眉を(ひそ)めることとなる。

 

 

「おい、ガオガエン…?」

 

 

 不思議に思ったバッドガイが、つぃ、と横合いに視線を向けた。そうして彼が見たのは、全身の毛を逆立て、牙を剥き出しにして唸り声を上げている自身の手持ちである。ノクタスとギガンのコンビに向けて、闘争心を剥き出しにした鋭い視線を注ぎ続けるその様子を前に、バッドガイたちは混乱。対してギガンは、「ククク…」と不気味な笑顔のまま、独特の笑いを発していた。

 

 

「トレーナーと違って、そのガオガエンの(おつむ)は上等らしいな。俺様のノクタスの強さをきちんと理解したんだろうよ」

 

 

 ガオガエンの異常な様子を前に、ギガンのその言葉を受けたバッドガイたちの間に、緊張が伝播する。表情を強張らせた彼らに向けて、ギガンは僅かに笑みを引っ込めながら語った。

 

 

「──御託は良い、聞く気もねェ。来な若造(クソガキ)、俺様が直々に遊んでやる」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ──先ず前提として。ガオガエンの身長は個体にもよるが、平均して1.8m前後。対してノクタスは1.3m程と、その差は0.5m。そこそこの差である。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 〝ほのおのパンチ〟を受け止められたガオガエンの脳裏に浮かんだのは、『岩山』だった。自身の体躯を大きく超える背丈の岩塊を殴りつけたかと思える程、拳に伝わって来た反動が堅く、そして微動だにしなかったのである。

 

 

「──ガァアアオオオオッ!!」

 

 

 ──そんなことは。彼我との力の差がそこまで隔たっているなど認めないとばかり、ガオガエンが咆哮を上げた。己を誇示するかの如くその筋肉は膨れ上がり、赤と黒の体毛が逆立つことで、側から見れば一回り程度体の大きさが増した様に見えることだろう。

 

 特性の〝いかく〟が発動。これで多少なり、ノクタスは萎縮したことで本来の力を発揮出来なくなる。

 

 

「ワケ分かんねえこと言ってんじゃねえぞテメェ…ッ。ガオガエン、〝フレアドライブ〟だッ!」

「ノクタス、〝ねをはる〟。続けて〝ニードルガード〟」

 

 

 猛々しい炎で全身を覆ったガオガエンが突撃し、対するノクタスは足底から生やした根を地中深くまで伸ばすことで、その場に体を固定した。

 

 〝ねをはる〟はその場から動いたり、他のポケモンと交代を行えなくなるデメリットが存在するものの、地中から栄養を補給することで継続して体力を回復することが出来る技である。

 

 選択を誤れば一気に窮地に立たされる、使い所の難しい技だ。それはギガンも承知の上であり、それを補うべく続け様に指示を飛ばす。

 

 

「ガオァ!?」

 

 

 業火の塊となったガオガエンが悲痛な声を上げた。

 ノクタスが繰り出したのは、自身の棘を伸ばして防御する、〝ニードルガード〟。攻撃を無効化するだけでなく、直接攻撃で接触した相手にダメージを与える、攻防一体となった技である。

 

 予想外の痛みで怯んだガオガエンに向けて、ノクタスが片腕を引き絞った。その体表にある棘はより一層鋭さを増している。

 

 

「〝ニードルアーム〟だ」

「ノォ……ックス!」

 

 

 ノクタスが拳を振るい、その棘だらけの腕がガオガエンの顔面目がけ、容赦なく振るわれた。ザグリ、と言う音は寧ろ、ギガンの後ろで腰を抜かしていたシバザの方が顔を覆ってしまう程である。

 

 

「ギガァオ…っ!!」

 

 

 痛みで悶えつつも、ガオガエンは冷静ではあった。一度体制を立て直す為に距離を取り──

 

 

「──俺様のノクタスは寂しがり屋でなァ。そんな遠くに行かずに、もっと近くで遊んでやってくれよォ、ククク…!」

 

 

 直後、根を張っていた筈のノクタスがガオガエンの目前まで距離を詰めた。

 これに驚いたのはバッドガイである。「な!?」と驚愕を露わにする彼の目前で、ノクタスがガオガエンに向けてその剛脚(〝メガトンキック〟)を振るう……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ガォオオオ……ッ!」

 

 

 ほのおタイプのガオガエンにとって、その一撃はかなり手痛い。追撃を喰らう前に〝フレアドライブ〟を発動したガオガエンは熱波でノクタスを吹き飛ばし、距離を取らされたノクタスはギガンから〝ねをはる〟の指示を受け、今度は足からではなく、手先から根を伸ばし──そうして十分に根を走らせたところで力任せに手を引き上げれば、土石製のグローブの完成である。

 

 

「怯んでんじゃねえぞガオガエン! 〝DDラリアット〟で迎え撃て!」

 

 

 バッドガイの指示に、苛立った様子を見せながらも従うガオガエン。拳を握り両腕を広げ、まるで竜巻の様な高速回転を行い、ノクタスの土石を伴った〝ニードルアーム〟を粉砕した。

 バラバラと音を立てて、辺りに砂や砕けた石が散らばる。

 

 ノクタスが根を伸ばして土石を掴み、ガオガエンがそれを迎撃する──そんな応酬を、その後も数回繰り広げた頃。ギガンはボディバッグからあるものを取り出すと、それを背後のシバザとタタッコに投げ渡した。

 シバザは慌ててそれをキャッチ。

 

 

「あ、あのっ。コレは!?」

「ククク、防塵ゴーグルだ。タタッコにもつけてやりな!」

 

 

 彼らに手渡した物と同じ物を自身も装着したギガン。シバザたちがゴーグルを着け終えたことを確認した彼は、ノクタスに向けて声を発する。

 

 

「そろそろ頃合いだなァ。ノクタス、テメェの本気を見せてやりな。──〝すなあらし〟!」

 

 

 体内でエネルギーを練り、それを地面に向けて放つと、ノクタスを中心にして辺りに散らばっていた土石が脈動し──直後、強風に乗りそれが辺り一面に吹き荒れた。

 

 昼時でギガンたち以外に人が居ないこともあり、ノクタスは気兼ねなく大規模な〝すなあらし〟を引き起こす。公園全体に及ぶ砂嵐によって、ギガンやシバザの様にゴーグルを身に着けていないバッドガイたちは、揃って悲鳴を上げることになってしまった。

 

 口に潜り込んだり、目に入り込んだ砂塵で仲間たちが悲鳴を上げる中。ガオガエンのトレーナーであるバッドガイは黄土色に飲まれた視界の中で、混乱に陥っていた。

 

 

(〝ねをはる〟、〝ニードルガード〟、〝ニードルアーム〟に〝メガトンキック〟……更に〝すなあらし〟だと!? どう言うことだ、ポケモンの技は4つまでで限界の筈だ!)

 

 

 ──その効果を十分に発揮し、『技』として扱えるのはどんなポケモンであろうとも4つまで。例えそれが野生であろうとトレーナーが付いていようと、ジムリーダーや四天王、チャンピオンのポケモンであろうとも、その『摂理』からは逃れられない。

 

 ポケモンと言えど、彼ら彼女たちも生物である。その脳には許容量があるし、処理能力にも限界が存在するのは仕方のないことだ。

 

 にも関わらず、目前の男とそのポケモンはそれをひっくり返して見せた。バッドガイの混乱は最早、恐慌一歩手前まで進んでしまっている。

 

 

(何が、どうなって……!?)

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 種明かしをすれば、ノクタスは4つの技しか覚えてはいない。

 〝ねをはる〟、〝すなあらし〟、それとまだ見せてはいない近接戦闘用の〝だましうち〟と、遠距離迎撃用の〝エナジーボール〟が、ノクタスが覚えている技である。

 

 〝ニードルアーム〟及び〝ニードルガード〟は、根を張った時に得た余剰エネルギーで棘を成長させ、それらの技を模倣したに過ぎない。本来の技の威力や効果の2割も出せてはいないだろう。

 

 ノクタスの元来の攻撃力の高さと、訓練によって得た優れた技巧が組み合わさることで初めて効果を発する芸当だ。見事相手は術中に嵌り、冷静さを欠くことで本来の力を発揮出来なくなっていた。

 

 実際に戦闘を行うポケモンの負担を少しでも軽減する為、ギガンが注力する盤外戦術。その心理を揺らがせ、虚を生み出させれば、後はそこを衝くだけだ。

 指示をくれと言わんばかり、ノクタスはゆっくりと振り返り、笠の下から僅かに覗かせた金色の瞳で、ギガンを真っ直ぐに見据える。

 

 相棒の力強いその眼光に、ギガンは一層笑みを深めた。

 

 

「ククク…! 決めてやりな、ノクタス! 〝だましうち〟だ!」

 

 

 その声を聞いた、ノクタスは…。

 

 

「──ノッ?!」

「こ、コラこのおバカさんがァ! 〝すなあらし〟が強すぎて俺様の声が聞こえなくなっていやがる!? 〝だましうち〟だノクタス、〝だーまーしーうーち〟!」

「ノォッ!!?」

「〝だ・ま・し・う・ち〟ィッ!!」

 

 

 漸く聞こえたらしく慌てて駆け出す、ちょっとお茶目なノクタスであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 激しい砂嵐に視界の殆どを奪われつつも、こちらに向かって来たノクタスの影に、ガオガエンは何とか対応する。真っ直ぐに突っ込んで来たノクタス目掛け、〝ほのおのパンチ〟を繰り出し……、

 

 

「!?」

 

 しかしながら、振るった拳が捉えたのは『砂の塊』である。ざざざァ、と音を立てて崩れる虚像に驚愕していると、横合いから棘に覆われた拳が振るわれ、予想外の一撃にガオガエンの巨体が僅かに揺らいだ。

 

 

「ガ……ガオガァア!」

 

 

 攻撃が飛んで来た方向へ、乱雑に爪を振るう。が、捉えたのはやはり砂。そうして即座の対応が不可能な角度と方向から攻撃が飛来し、そちらに向かい、また別方向から。

 

 

「くそ…っ、落ち着けガオガエン! 冷静に…!!」

 

 

 既に、ガオガエンにトレーナーの声は届いていない。やたらめったらな攻撃を四方八方に繰り返し行い、そしてその悉くを外し、一方的に攻撃を受け続ける。

 

 ノクタスの特性〝すながくれ〟。天候がすなあらし状態の時、砂塵によるダメージを無効化しつつ、隠密能力が上昇する特性だ。更にそこに巻き上げた砂を囮にする技術も組み合わせることで、ギガンのノクタスは驚異的な隠密を見せている。

 

 

「ガァアアオオオオガオァアッ!!」

 

 

 繰り出された〝フレアドライブ〟。なけなしの余力を持って発せられた熱波は辺りの砂を纏めて吹き飛ばし──それと同時に〝すなあらし〟の効果が解除され、クリアになったガオガエンの視界がノクタスの姿を捉える。

 

 

「──ノォック!」

 

 

 ──よりも早く、懐に潜り込んだノクタスが〝だましうち〟を放った。鋭いアッパーカットじみた一撃により、ガオガエンの意識は途切れ、その体が大地に沈む。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ガオガエンが戦闘不能となり手持ちを失ったバッドガイたち。その人相を活かしたギガンに詰め寄られ、シバザから奪った金銭を返却した彼らは、倒れたガオガエンをボールに戻すと大急ぎで公園から逃げ帰って行った。

 

 

「ククク…。よォ、終わったぜ」

 

 

 バトルが終わった後も、タタッコを抱えて暫く呆然としていたシバザに、ギガンが手を差し伸べる。差し出されたその手を掴み立ち上がったシバザは、思わずと言った様子で訊ねた。

 

 

「──僕、も。今からじゃ、遅いかも知れませんけど。……貴方みたいな、ポケモントレーナーに、なれるでしょうか…」

 

 

 昔から、シバザにはトレーナーとしての才覚と呼べるものがおおよそ存在しない。テストで良い点を取ったとしてもそれを実践するとなるとさっぱりであり、負けに負けを重ね──いつしか彼は、『自分には無理だ』と答えを出してしまった。

 

 そうして夢を諦めて、今ではバイトを転々としているつまらない大人になっている。日々を労働と惰眠で食い潰すだけの存在と化したシバザの目前で、脈絡の無い、唐突な質問を受けたギガンは僅かに訝しんだ表情を見せたものの、すぐに見慣れた不気味な笑顔を浮かべ、言葉を返した。

 彼はバッドガイから奪い返したシバザの金銭を手渡しながら、

 

 

「──遅いなんてことは決してねェ。ククク…、自分の身よりも相棒のことを案じて、その身を呈してタタッコを庇ったんだ。それが出来たアンタは、きっと立派なトレーナーになれると俺様は思うぜ、ククク…!」

 

 

 ──どくん。と言うのは、何の音だろう。タタッコか、それとも自分の鼓動の音か。

 その時のシバザには分からなかったが、それはきっと、かつての夢を思い出し、その心に火が灯った音だったのだろう。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 今ここに、夢を思い出したとある青年が、再びそれを目指す為に立ち上がる。

 

 それは1人のトレーナーの誕生の瞬間であり、そして同時に、数年後に世界に名を馳せることになる、オトスパスを付き従えたとあるかくとうタイプ使いの誕生の瞬間でもあった。




はがねの人気すげぇ…。


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悪行を重ねない、あくタイプ使い

お待たせしました。
いよいよアルセウス発売です、楽しみですね。
…そしてサブタイが早速ネタ切れを起こしています。

あくタイプは可愛い、当たり前だけど。


 青い空、青い海。…と来れば、並ぶ言葉の大半は白い砂浜なのだが、ここヨツバタウンではそれが当て嵌らず、続く言葉は『(あお)い砂浜』だった。

 

 珍妙な色彩の砂浜の正体は、適量を集めた上で特定の加工を行うことで、みずのいしやリーフのいしと言った、各種進化の石に成る『かけら』である。

 

 極小サイズとなった『あおいかけら』や『みどりのかけら』が(…総量は少ないが『あかいかけら』や『きいろいかけら』も)通常の砂粒と大量に混ざり合うことで生み出された『碧い砂浜』は、ヨツバタウンの観光名所として名を広め、様々な場所から『碧い砂浜』を一目見ようと観光客が足を運ぶきっかけとなった。

 

 そこに近年、ヨツバタウンから進んだ先にある158番水道の海底に、古代遺跡の存在が確認されたことによって、観光客や移住者によってヨツバタウンは大いに賑わいを見せることとなる。

 その賑わいたるや凄まじく、そう遠くない未来で、ヨツバタウンからヨツバシティへと名を変えているかもしれないほどだった。

 

 以上が沿岸に出来たヨツバタウンの歴史である。地方的に温暖な気候であることが関係し、季節は春だが今日も砂浜は海水浴客で賑わっていた。

 

 

「…──ちょっと、そこの方! 一体何をしておりますか!」

 

 

 さて。そんな砂浜に、1人の女性の声が響き渡る。

 

 特徴的な水色の髪は幾つかの房に分かれており、さながらヒドイデの様な髪型をした彼女の名はアトリ。彼女が身に着けているのは周囲の海水浴客の様な、ビキニやそれに似た水着とは異なり、オレンジを基調にしたラッシュガードであった。

 

 アトリの正体は、砂浜(ビーチ)で問題が起きていないかの巡回を行うポケモンレンジャーである。

 と言うのも、ヨツバタウンでは昨今、人の往来が増えたことによるトラブルの増加が問題となっているのだ。

 

 ゴミの不法投棄から始まり、観光客と住民とのいざこざや、酷い時には『碧い砂浜』を構成するかけらを集めようと、夜半に大型トラックが砂浜に侵入したりなどと言ったことも起きていたりする。

 

 この問題解決に立ち上がったのが、地元住民で結成された警邏隊であった。有志によって築き上げられた彼ら彼女らは、最初こそ唯の地元住民の集まりであったが、今となっては全員が国際資格であるレンジャーで構成されるまでに至っている。

 地元愛がすごい。

 

 アトリもそんな地元愛に優れた1人だ。彼女が発見したのは、何やら揉めている様子の3人の男性であった。

 内2人は学生ほどの年齢の少年で……さて問題なのが、3人目の男性である。

 

 見上げる様な背丈に、それを十分に支える鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体。ヒメンカの様な配色の髪を気障ったらしく流したその男性は、アトリの問いかけに「あァ?」と声を漏らす。

 

 正直に言えば、口角をこれでもかと吊り上げたその不気味な笑顔を前にした時、アトリは自身の務めも忘れて逃げ出したくなったのが本音であった。…しかし、恐怖をなんとか抑え込んだ彼女は、恐ろしい人相をした男に果敢に詰め寄る。

 

 

「一体、何をしているのかとお聞きしたのです。遠目ですが、そちらの少年たちを何やら脅していた様にも見えましたが……。…私はポケモンレンジャーです! 問題ありと判断した場合、即座にその身柄を拘束させていただきます!」

 

 

 アトリの横で、パートナーであるフローゼルが牙を剥いて威嚇を始めた。

 その様子を認めつつアトリの言葉を聞いた男性は、強調する様に持っていた飲料水の缶を一度揺らした後、自身の顎で少年らを指し示すと、静かに説明を始める。

 

 

「ククク…。俺様が何をしているのか、だァ? ──教えてやるよ。この兄ちゃんたちがゴミのポイ捨てを行なっていたんでなァ。それを注意してたんだよ、ククク…!」

「はうわぁごめんなさ──い!」

 

 

 まさかの発言を聞き、アトリは勢いを付けて頭を下げることになった。

 なんとも素晴らしい腰の角度である。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 男性に謝罪をしこたま繰り返したアトリはその後、気合いを入れ直し、名誉挽回の為にも問題が起こっていないかビーチの警邏に戻る──その直後聞こえてくる、子供の悲鳴。何事かとそちらへ向かったアトリが目にしたのは、幼い男児に向けて手を伸ばしている、先程の男性・ギガンの姿だ。

 

 まさか何か暴力を!? と、ついさっき彼の見た目で誤解をしてしまったばかりの彼女は、内心でそう考えてしまうのだが……それもまた仕方のないこと。ギガンの人相はそれだけ恐ろしいのだ。

 サザンドラ(きょうぼうポケモン)も顔負けの〝こわいかお〟である。

 

 人を食った様な凶悪な面構えのギガンは、自身の目前で泣きじゃくる男の子の頭に手を乗せた。アトリが制止の声を発しながら駆け寄るよりも早く、彼女の視線の先でギガンが言葉を発する。

 

 

「──ククク…。悪ィな坊主。俺様のズボンがアイスを食っちまった。こいつでもっと良いもン買ってもらいなァ」

 

 

 はうわぁ某漫画のワンシーン! とアトリが小さく悲鳴を上げた。

 よくよく見れば、確かに。彼の脛辺りまでの丈のズボンには、バニラと思しきアイスクリームがべったりと付着しており、男の子の手にも容器が握られている。

 

 その小さな手に500円玉を握らせるギガンに対し、男の子の父親だろう、眼鏡をかけた細身の男性が顔を青くしつつ何度も頭を下げ続けており、そんな男性に、ギガンは一言。

 

 

「ククク…。──お父さん、あんまりこの子を怒らないでやって下さい。この子が泣いてンのは、アイスを食べられなかったことじゃァなくて、貴方に買ってもらったアイスをダメにしちまったことに対してですから。良い子じゃないですか、ククク…!」

 

 

 はうわぁ親御さんにもフォローを──! とアトリが叫ぶ一方で、お父さんはお父さんでギガンのギャップに頬を赤くしたりしていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 一度ならず二度までも。

 ギガンをその外見だけで判断してしまったアトリは大いに反省し……しかしそんな彼女を嘲笑うかの様に、物陰から何やら不穏な会話が発せられ、アトリの意識をそちらに固定した。

 

 

「ねぇ……早くしてよ」

 

 

 場所は浮き輪やビーチパラソルなどの販売店、その裏からである。聞こえて来た少女の声に続いたのは、件の男性・ギガンの声だ。

 

 

「ククク…。安心しなァ、そう急かさずとも直ぐに用意してやる。…このブツがあれば一気に5人はキまるぜェ、ククク…!」

 

 

 ブツ…?キまる…? ま、まさか麻薬の類…!?

 と、聞こえて来た会話に耳を澄ませていたアトリは、地元で行われている違法薬物の密売を阻止するべく、勢い良く物陰から飛び出すことになる。

 そうして彼女が目にしたのは…、

 

 

「さァ出来たぜ。存分に遊んで来なァ、ククク…!」

 

 

 はうわぁナナのみ(バナナ)ボート(5人乗り)──! と、コミカルな悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 なんだかいつもよりも疲れる警邏である。若干、ぐったりしているアトリがそうして目撃したのは、野太い悲鳴を上げてもがいている中年男性だ。彼の足は、『碧い砂浜』に潜っていたらしいカカシぐさポケモンのノクタスが半身だけ露わにしつつ、その両手から伸ばされた根によって絡め取られている。

 ノクタスの見た目も合わさり、これはポケウッドのA級ホラー映画ばりに恐ろしい。

 

 

「一体なんの騒ぎですか!?」

「あっ、レンジャーさん!」

 

 

 これは只事ではないと判断したアトリ。慌てて駆け寄って来た彼女に、ビキニ姿の数人組の少女の1人が声を発した。

 そしてその横から現れるのが、ギガンである。彼は未だ悲鳴を上げつつ身を捩る中年男性を前に、しかし彼を無視してその足を拘束しているノクタスに向けて、

 

 

「ククク…。いいぞノクタス。そのまま捕まえてなァ」

 

 

 まさかまさかの、ノクタスのトレーナーはギガンであった。

 今度と言う今度は、看過できる様な事態ではない。今すぐ男性を解放する様に指示を出そうとするアトリは、それよりも早く発せられた少女たちの声を聞くことになる。

 

 

「聞いて下さいレンジャーさん! そのおじさん、私たちのこと遠くからカメラで撮ってたんですよ!」

「白昼堂々盗撮とは良い度胸じゃねェか。神妙にしなァ…!」

 

 

 …何と言うか、もう膝から崩れ落ちそうになるアトリであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「はぁー…。今日はなんだか上手くいきません……」

 

 

 場所はビーチに建てられた海の家。昼休憩に入ったアトリは、通されたデッキ席にて力無く上体を机に任せていた。そんな彼女の鼻腔を(くすぐ)るのは、運ばれて来た焼きそばである。平皿に盛られたそれは、中々にボリューミーだ。

 

 

「あいよー、お疲れさん。どしたよ、やけに疲れているっぽいじゃん」

 

 

 声をかけて来たのは、この海の家を切り盛りしている男性である。アトリと同じくヨツバタウン出身であり、彼女とは慣れ親しんだ仲だ。

 

 どうしたもこうしたも、と先程まで起きたことをアトリが話せば、店主の男性は「ご愁傷様」と苦笑いしつつそう声を漏らす。…そうして視線を突っ伏したアトリから移し、ビーチに向けた彼は「もしかして、彼?」と声を発した。

 その声に釣られてアトリが視線を向ければ、予想通りにギガンの姿がそこにはある。ある、のだが……何やら様子がおかしい。

 

 

「ど、どうしまふぃ──ごっくん。どうしましたか!」

 

 

 食べかけていた分の焼きそばを飲み込んだアトリ。彼女の問いかけに答えたのは、ギガンではなく、彼の隣に立っていた女性であった。

 

 

「す、すみません! ウチの子とはぐれてしまいまして…っ」

 

 

 少し顔を青くしている女性を安心させるべく、アトリは努めて明るい笑顔と口調に整えつつ女性から子供の特徴と名前を聞くと、その場で片手の人差し指と中指の二指を顳顬(こめかみ)へ。

 ──途端、アトリのヒドイデを思わせる髪が、やおら立ち上がり始めた。見開かれたその瞳にも、不可思議な虹彩が淡く灯り始めている。

 

 

「サイキッカーか」

 

 

 ギガンの呟きに、アトリは意識を集中しつつも肯定の言葉を短く返した。

 

 サイキッカー。生身でありながら、エスパータイプのポケモンの様に念動力(サイコキネシス)を扱うことが出来る人間を指す。単純な物体浮遊や操作から始まり、生体エネルギーの探知や、感情の起伏から相手の思考を読む……と、その能力は多岐に渡った。

 

 アトリはその中の、生体エネルギーを探知する能力を有しているらしい。

 オロオロとする女性とギガンの前で、アトリはサイキッカーの能力で周辺を探索し、そして。

 

 

「…──マズ、い…っ!?」

 

 

 そう呟いた彼女の視線は、ビーチから外れ、穏やかな表情を見せている海へと向けられる。

 

 

「サメハダー! 〝アクアジェット〟だッ!!」

 

 

 腰のホルスターからハイパーボールを素早く抜き取ったギガン。彼の鋭い声が発せられた直後、轟音と共に砂が巻き上げられ、アトリたちが衝撃から立て直す頃には、そこにギガンの姿は既に無かった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ごぼぽッ、と少年の口から泡が溢れ、その体はどんどんと水底へ向けて沈んで行く。

 

 少年を引き摺り込まんとしているのは、それぞれ水色の体と桃色の体を持ったポケモン・プルリルだ。少年の抵抗がその意識と共に次第に弱々しいものになるに連れ、プルリルたちもその気味の悪い笑顔を一層歪め、邪悪な表情を作り上げていく。

 

 びくり、と一度大きく少年の体が震えた瞬間、それきり一切の動きが感じられなくなり、プルリルたちは互いに顔を見合わせ、その幼い体を一息に引き込むべく力を込めた。

 直後である。

 

 

「(〝バークアウト〟ッ!)」

 

 

 ドバゥ! とプルリルたちに襲いかかったのは、黒いエネルギーを纏った音波攻撃だ。甲高い悲鳴を上げ、少年の体から離れたプルリルたちが目にしたのは、こちらに迫り来る海のギャングことサメハダーである。

 

 無数の牙を惜しげもなくぎらつかせるその様に、プルリルたちは慌てて海底へと逃げ込んで行った。残された少年の体を掴み取るのは、サメハダーの背ビレにしがみ付いていたギガンである。

 

 

「──ぶっは!」

 

 

 サメハダーに後押しされ、海面を突き破ったギガン。

 荒く呼吸を繰り返す彼の元に迫るのは、フローゼルの背に跨った格好のアトリだ。

 

 

「そ、その子は!?」

「大丈夫だ、弱いがまだ息はある! 陸に上げたら急いで海水を吐かせろ!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「──ああ、あぁ!本当にありがとうございます、ありがとう…!」

 

 

 涙ながらに我が子を抱き締める女性は、ギガンとアトリへ向けて何度も頭を下げ続ける。

 

 アトリのサイキッカーとしての能力による探索と、ギガンの手持ちが速度に優れたサメハダーであったことが幸いし、少年はなんとか大事には至らなかった。

 奇跡の救出劇を前に、海水浴客たちは拍手喝采。…しかしながら、賞賛の声を上げる彼ら彼女を前にしたアトリは、暗い表情で俯いている。

 

 どうかしたか、と訊ねるギガン。アトリはそれに、小さな声音で返した。

 

 

「私…。ポケモンレンジャーなのに……。──こうなる前に、未然に防がなければならなかったのに…っ。情けない、情けない…!」

 

 

 …アトリが生まれ育った町・ヨツバタウン。

 大好きな地元へ何か恩返しが出来ないかと思い立ち、困難な資格取得に尽力し、無事に成功。地元の為、そして、このヨツバタウンに訪れた人が笑顔になれる様に──そんな思いを胸に抱いていた彼女は、今回の出来事を重く受け止めている様だ。

 

 悔しさを滲ませ、噛んだ下唇から血を滴らせるアトリ。そんな彼女を前にしたギガンはと言えば、割と結構な力でその背中を引っ叩くと言った行動に出た。バシリと言う音と衝撃に、アトリは「ぴぃ!?」と悲鳴を上げ、その場で小さく跳ねる。

 

 

「アンタの能力がなきゃァ、俺様も子供が溺れていたことには気付けなかった。……反省も大事だが、ちゃんと胸を張って自分が成したことを見るんだなァ、ククク…!」

 

 

 ギガンに言われ、アトリは視線を恐ろしい人相の彼から正面へ。そこに居たのは、ギガンと彼女とで救い出した少年だ。

 

 

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 

 

 …──はあぅ、と。アトリの目尻からは涙が溢れ落ち、それを眺めたギガンは1人、その場から離れて海へと歩き始める。それに気付いたアトリが慌てて声をかければ、ギガンは不気味な笑顔をそちらに向ける。

 

 

「──ぐすっ。あ、あの。どちらへ?」

「あァ? …決まってンだろォが。こんなことがあった後じゃァ安心して泳げねェだろ? 俺様がサメハダーと一緒に辺りを警戒してやるのさ、ククク…!」

 

 

 えっ、優し…。

 と、彼の人相と噛み合わないその発言に、観光客たちは一様にギャップ萌えに胸を高鳴らせることとなった。ある程度慣れた様子のアトリはと言えば、ギガンの申し出に1人苦い表情となっている。

 

 

「い、いえ。それは誠に有難い申し出なのですが…。サメハダーに任せると言うのも……」

 

 

 サメハダーと言えば、高頻度でサメ映画の主役に抜擢されるポケモンだ。実際にその生態も凶暴極まりなく、こんなことがあった後で大変失礼であることを自覚しつつも、アトリはギガンの協力に些か消極的である。

 そんな彼女の様子に察したのだろう、ギガンはしかし「フッ」と小さく声を漏らした。

 

 

「ククク…。安心しなァ。俺様のサメハダーの特性は〝かそく〟。その肌はしっとりスベスベで、触ったところで怪我を負うことはねェ。──その上、こいつは血なんて見た日には貧血を起こしてぶっ倒れちまうほど臆病な性格をしているンだぜェ、ククク…!」

「それでいいんですか海のギャング!?」

 

 

 アトリの声が響いたビーチではその後、ギガンとサメハダーのコンビによってプルリルたちは寄り付かず、みな存分に海水浴を楽しむことが出来た。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──ククク…。因みにこれが証拠の写真だ」

「打ち上げられたママンボウの様になっています!?」




・アトリ→リアトリス
花言葉は『燃える思い、向上心』


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小馬鹿にしたり罵ったりしない、メスガキ (上)

心の中の無免ライダーが「お前(スランプ)に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」と立ち上がったので初投稿です。

※今回、オリジナルリージョンフォームとして、原作とは異なる姿のサーナイトが登場します。その姿や設定が、とある方のイラストと似通っておりますが、そのイラストの作者様、自分の双方に、接点はございません。
詳しくはこちらの活動報告をご確認下さい。何か問題が起これば、即座に該当キャラクターを変更する予定です。


 日に数回、(あお)い砂浜を観光名物にしているヨツバタウンからは、近くの離島とを繋ぐフェリーが出発する。

 向かう先は、幽幽(ユユ)島と呼ばれる人口200人程度の小さな島だ。

 

 ゴーストタイプの群生地として有名なユユ島に向かう為、フェリーを利用した乗客の1人である、筋骨隆々の男性・ギガンは、常に浮かべているその不気味な人相の所為か、出発前・搭乗中・到着後に徹底した手荷物検査を受けたものの、無事に波止場へと足を下ろした。

 

 人相だけで危険物を持ち込んでいる可能性を疑われると言う、失礼極まりない事態に遭遇したが、別段、それを気にしている様子はギガンには見られない。

 寧ろ、その口角を更に吊り上げてさえいる。

 

 

「さァて。それじゃァ早速向かうとするか、ククク……!」

 

 

 ヒメンカに似た色彩の頭髪を気障ったらしく流した彼は、自身の不気味な笑いを前に、周囲の人間がサッと身を引くのも構うことなく、目的の場所に向かって歩み始めた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ──さて。ギガンが辿り着いたそこは、根だろうと幹だろうと、枝だろうと葉だろうとその全てが黒い木々で形成された、おどろおどろしい森である。鬱蒼と茂った木々は陽の光を通さず、日中であろうとも灯りを必要とする森の中は夜半とそう変わらない、そんな場所だ。

 

 島民から『いざよいの森』の名で知られているそこに住まうポケモンは、それぞれが中々の強個体。並のエリートトレーナー程度では歯が立たず、少なくともポケモンリーグ未経験者では、まず返り討ちにされるのがオチである。

 

 

「──ククク…! 随分とまァ、威勢の良い…。思う存分相手をしてやりなァ、テメェら!」

 

 

 そんな、地元住民すらも寄り付かない危険地帯に訪れたギガンはと言えば、『いざよいの森』に到着するや否や、腰のホルスターからハイパーボールを抜き出し、自身の相棒たちを登場させた。

 

 暗闇に潜むゴーストタイプのポケモンたちは、ギガンたちに向けて容赦無く攻撃を仕掛け、四方八方から襲い来る〝シャドーボール〟や〝ナイトヘッド〟を前に、しかし彼らは獰猛に牙を剥いて笑みを浮かべている。

 

 

「モルペコ、〝オーラぐるま〟で蹴散らしてやれ!」

 

 

 もるぺこっ! とギガンから指示を受けたモルペコが、頬袋で貯めたエネルギーを放出。その場で回転車の様に動かし、目にも留まらぬ速度で森の中を駆け巡る。

 

 エネルギーの消費に合わせて起こるホルモンの変質により、モルペコの模様と一緒にタイプも切り替わる〝オーラぐるま〟は、言わずもがなゴーストタイプにとっては致命的(こうかばつぐん)であり、手痛い一撃を受けたオーロットたちは、加速を続けるモルペコを忌々しげに睨み付けた。

 

 

「ベトベトン、〝かみくだく〟!」

 

 

 モルペコの一撃を受け、動きの止まった彼らに繰り出されるのは、リージョンフォームのベトベトンによる、凶悪な〝かみくだく〟。有害物質の結晶体を牙代わりに放たれた容赦無い一撃に、屈強なオーロットたちは悲鳴を上げつつ撤退していく。

 

 

「ククク…! 〝れいとうビーム〟だサメハダー!」

 

 

 に、追撃を仕掛けるのは、海のギャングとして名高いサメハダーだった。モルペコやベトベトンに手傷を負わされ退いていくゴーストポケモンたちを、射出された氷結エネルギーが貫いていく。

 その命中精度は凄まじく、正確無比という言葉がぴったりだった。……当のサメハダー自体が無数のゴーストタイプを前に、発狂寸前で涙目になっていることが玉に瑕ではあるものの。

 

 

「ヌ───ッ」

 

 

 森に踏み入ったかと思えば、次の瞬間には猛威を払い始めたギガン。

 どちらが先に手を出したかで言えば──僅差ではあるものの──森に住まう彼らの方が先ではあったのだが、どちらにせよ、ギガンたちが脅威であることに変わりはない。

 

 余裕綽々の様子で自身の手持ちたちを見やるギガン。その背後にこっそりと近づくのは、ぬけがらポケモンであるヌケニンだ。

 

 生身の人間がポケモンの……ましてや、霊魂や生命に深く関わることが可能な種から攻撃を喰らえば、その結果は火を見るよりも明らかだろう。

 なので、

 

 

「ノォック!」

「ヌ!?」

 

 

 身を潜めていたノクタスがヌケニンを打ち落とす。ギガンのパーティの中でも、随一の隠密能力を備えたノクタスによって、ヌケニンは呆気なく地に伏すこととなった。

 

 

「ククク…。()()()()()ながら、随分と手厚い歓迎をするじゃねェか。…──ッ、ベトベトン!」

 

 

 ジムトレーナーでさえも手こずる強さのポケモンが、しかも何体も。

 そんな危険地帯に踏み入っても不気味な笑みを崩すことのなかったギガンであるが、唐突にそれを引っ込めると、力の限り声を張り上げる。

 

 彼に名を呼ばれたベトベトンは、〝とける〟を使い自身の面積を広げると、触手の様にヘドロの体を動かし、周辺を駆け回っていたモルペコを手繰り寄せつつ、ギガンの元へと集合した。

 

 即座に襲いかかって来るのは、鋭い輝きを伴った無数の(つぶて)である。身体を隆起させギガンたちを丸ごと覆ったベトベトンの活躍により、その攻撃ではベトベトンしかダメージを負うことはない。

 

 

「相変わらず、えげつねェ威力の〝パワージェム〟を放ちやがる。──本丸の登場だ。気合い入れていくぜェ、テメェら…!」

 

 

 傷を負ったベトベトンにオボンのみを与えつつ、覚悟を決めるかの様に、不気味な笑みを浮かべ直すギガン。その目前では、黒く染まった木々が軋んだ音を発しながら形を変え、『道』を作り出している最中だった。

 今し方彼らに、まるで超大規模な散弾銃の様な攻撃を仕掛けた主が、道の奥先に姿を露わにする。

 

 華奢な体躯。赤い大きな瞳。頭髪を思わせる緑色の頭部…。

 

 ほうようポケモンとして知られているサーナイト──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──の登場に、ユユ島のゴーストタイプのポケモンたちが、イトマルを散らす様にして一斉に身を隠した。

 

 それだけで、如実にそのサーナイトの実力は推し量れる。

 指をさす様な動作の後に繰り出されるのは〝サイコキネシス〟。シンプルでありつつ強力なエスパータイプの技により、ギガンたちの周辺の空間が丸ごと圧縮されてしまう。

 

 言わずもがな、モルペコたちあくタイプのポケモンは、表皮や体内に存在するあくタイプエネルギーによってエスパータイプのエネルギーを中和する為に、その攻撃は無意味である。

 しかしそれはあくまでもポケモンに於いての話だ。人間であるギガンにとっては、勝手が異なるのは言うまでもない。

 

 

「ぐうゥ……ッ!?」

 

 

 ギシギシ、ぎちぃッ。

 ……そんな不気味な音を全身で奏でるギガンに、サーナイトの口が弧を描いた。ギガンの野趣溢れる獰猛な物と異なり、薄氷の様なそれは、見る者にその冷徹さをこれでもかと伺わせる代物である。

 

 サーナイトの攻撃に、苦悶の表情を浮かべるギガン。その鼻や目尻からは、次第にどろりとした血液が流れ始めた。それを見たサーナイトは裂けんばかりに笑みを深め、そして主人の危機にモルペコたちが一斉に飛び掛かる。

 直後であった。

 

 

「……(フン)ッッッ!!!」

 

 

 ──音にするなら、どぱーんっ、とかそんな具合だろう。

 

 ギガンが叫ぶや否や、サーナイトが展開していたサイコパワーによる空間圧縮が内側から破られ、圧力から解放された空気が小規模な爆発を引き起こした。木々が激しく揺れ、近くにいたモルペコたちや、隠れていたゴーストポケモンたちが派手に吹き飛んでいく。

 

 目を見開いて驚くサーナイト。自身の実力を微塵も疑っていなかった彼女の前で、鼻から垂れた血を拭いながらギガンが獰猛な笑みを浮かべて見せた。

 

 

「ククク…! どうしたァ? そんな驚天動地の瞬間を目の当たりにした様な間抜けた面を晒して。──分からねェのなら、俺様が一体何をしたのか教えてやるよ……」

 

 

 信じられない、と表情で語るサーナイトに向け、ギガンが告げる。

 

 

「力いっぱい動いただけだッ!!」

 

 

 ──この、ゴリランダーが!

 サーナイトのそんな悲鳴が、森に木霊した様な気がした。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 〝パワージェム〟や〝サイコキネシス〟、加えて〝シャドーボール〟などなど…。

 

 その特殊攻撃力の高さに物を言わせた遠距離からの攻撃を前に、特防と体力に優れたベトベトンが前衛を務め、動きの素早いモルペコやサメハダーが援護しつつ攻撃を仕掛け、ノクタスがギガンを護衛する。

 

 そんなやりとりを続けて、暫く経った頃。

 ギガンたちの苛烈極まりない戦いは、しかし1匹のポケモンの登場により、唐突に終わりを告げることになった。

 

 

「…… …… ……」

 

 

 まるで始めからそこに居たかの様に。

 

 漆黒の体躯と、対照的、毛髪を思わせる白い頭部。サーナイトとギガンたちの間に突如現れたそのポケモンは、両者を諌めるかの様にそれぞれへ向けて掌を向けている。

 

 

「…… …… ……」

 

 

 双方退け、とでも言わんばかりの眼光が鋭く向けられた。先に矛を収めたギガンに続き、サーナイトも展開していたサイコパワーを解除する。

 それを確認すると、黒いポケモンも両手を下げ──その先の掌に収束させていたあくタイプエネルギーを霧散させた。

 

 木々を捻じ曲げて作った『道』の端に寄り、丁度お辞儀をする様な格好となるサーナイト。彼女の側を黒いポケモンは通り過ぎ、その途中で、ギガンに向けて指をちょいちょいと細かく動かす。

 まるで着いて来いとでも言わんばかりの仕草だ。それを見たギガンは、乱戦によって服に付いた土埃を叩き落とし、後に続く。

 

 

「──サナっ!」

「うォッ。急に威嚇すンじゃねェ!」

 

 

 途中、サーナイトが苛立たしげに声を発し、ギガンは思わず声を荒げることとなった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 黒いポケモン・ダークライの後を追って辿り着いたのは、『いざよいの森』で唯一陽光が射し込む場所である。

 

 大きく扇状に開けたそこで、ギガンはと言えばキャンプグッズを広げ、特製のきのみカレーを作っていた。業務用の大型鍋にきのみやルー、その他諸々の食材を投入して煮込めば、辺りにはなんとも美味しそうな匂いが立ち上り始める。

 

 その頃になると、初めは炎に慄いていたオーロットやパンプジンたちも、次第に鍋の周りに集まり出していた。モルペコやノクタスが器用に草葉で皿を作っているのを横目に見ながら、ギガンは仕上げとばかりに両手を使い、ハートマークを作り出した。

 

 その人相とは、とてもではないが似合わない。

 

 

「ククク…。──セイヤッ!」

 

 

 どぉう…っ! と、本場ガラルにてキャンプカレーの極意を学んだギガンにより、真心(物理)が投入された鍋は、天高く光の柱を聳えさせる。

 

 突然の怪奇現象を前に、オーロットたちはまたも鍋から距離を置いたものの、ギガンが草で出来た皿にカレーを装えば、『まぁ食えればどうでもいいか』と言った様子でそれを受け取り始めた。

 

 〝ポルターガイスト〟などで、器用にカレーの盛られた草の皿を仲間たちに配る彼ら彼女らを眺めるギガンは、彼自身の手持ちたちにも配り終えると、あるポケモンたちの元へと足を運ぶ。

 

 そこに居るのは、ダークライとサーナイトだ。

 これ美味いな、とでも言わんばかりの表情を見せるダークライと対照的に、サーナイトの方は、カレーを頬張りながらもじっとりとした視線をギガンに向けている。

 模様のせいで濃い(くま)が出来ている様に見えるサーナイトは、『原種』よりも幾分か青白い肌も合わさり、酷く不健康に見えた。

 

 

「ククク…! 本場ガラルで学んだカレーは一味違ェだろ? おかわりもまだある、腹が膨れるまで好きなだけ食うンだなァ、ククク…!」

 

 

 その言葉を聞くと、サーナイトはぶすっとした表情を見せる。容赦無く攻撃を仕掛けたことからも分かるとおり、あまり、ギガンのことを好んでいないらしい。

 

 ……が、それとカレーが絶品であることはまた別である。ギガンと視線を合わせることなく、食べ終えた皿を彼に渡すと、おかわりを要求するサーナイトであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ククク…。と、笑い声を発しながらカレーを振る舞う不気味な形相の成人男性という、なんともヘンテコな図はその後、巨大な鍋が空になるまで続けられた。

 

 マニアからすれば垂涎(すいぜん)は必至、苦手な者にとっては卒倒待ったなしの数と種類のゴーストタイプのポケモンたちも、特殊な部類とは言え生物であることに変わりはない。腹が満たされれば、眠りに就くのは必然的であった。

 

 次第に雑魚寝を始めた彼ら彼女らに混ざり、ギガンも適当な場所で寝転がる。頭の後ろで組んだ両手を枕代わりにする彼は、雑草で作られた天然物のベッドの具合を気に入った為か、直ぐに寝息を立て始めた。

 

 因みに、彼の手持ちは全てハイパーボールに収まっている。

 幾ら寝ているとは言えど、ゴーストタイプに囲まれつつ食後の惰眠を貪る姿は、愚鈍と言われても仕方がない。豪胆、と評されることはまず無いだろう。

 

 

「…… …… ……」

 

 

 一際大きく聳える樹木を背もたれにするダークライ。その視線の先では、寝入ったギガンの元へ、静かに近づくサーナイトの姿が。直ぐ側で膝を折り、自身を見下ろすサーナイトにギガンは気付くことなく──寝ているので当たり前だが──そのまま、一定のリズムで寝息を繰り返している。

 

 サーナイトが何かしても止められる様に、指先に黒いエネルギーを収束させていたダークライだったが、それも、サーナイトが静かに横になったのを確認すると、霧散させ、ダークライ自身もまた心地良い眠気に身を任せた。

 

 青い瞳が完全に閉じ切り──そうして、特性(ナイトメア)が発動する。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「─────」

 

 

 名前を呼ばれた()()()()は、声の方へと振り返った。

 見渡す限りの暗闇の中で、その幼い少女の姿だけがぽっかりと浮かび上がっている。

 

 

「─────」

 

 

 ニコニコと純真無垢な笑顔を浮かべる少女……キルリアのトレーナーは、駆け寄って来た自身のパートナーを優しく抱き止めると、そのままキルリアの頭を優しく、数度撫でた。

 

 

「─────」

 

 

 今日も可愛いね、などと褒められたことで、キルリアの心が温かなもので満たされる。そうして得た感情エネルギーを、エスパータイプとしての能力と、種族(かんじょうポケモン)としての特性を駆使して増幅して伝えれば、少女は更に笑みを柔らかく、温かなものに変えた。

 

 

「─────」

 

 

 キルリアは、優しい少女とのこうしたやり取りが好きだった。

 

 確かに、勝負の時には普段の様相が形を潜め、()()()()()鹿()()()()()()()()()が目立つものの、キルリアからしてみればそこもまた魅力的な一面である。

 やれガキの癖に、やら、やれ大人をバカにしやがって、などと言ってくる輩は悉く返り討ちにしていた。それを出来るだけの実力が、少女とキルリアには備わっていた。

 

 

「─────」

 

 

 バトルでは大人も舌を巻く程の腕前を披露し、自身のパートナーには惜しみなく愛情を注ぐ、とても素敵な人が、キルリアのパートナーである。

 

 

「─────」

 

 

 

 

 ……とても、素敵な、人で、あった。

 

 

 

 

「よォ」

 

 

 ふと、少女の温もりを堪能していたキルリアの聴覚が、少女と自身とは別の、第三者の声を拾い上げる。

 

 低く太い、芯の有る声の持ち主の正体は、そちらを見ずとも判別がついた。

 

 弱っちいのにやたらと負けず嫌いで、暇を見つけては挑んで来て、その度に実力差を理解させてやっても、決して挫折せずに何度でも立ち上がってくる、鬱陶しいことこの上ない奴である。

 自身と少女との憩いの時間を邪魔するのはもちろん、なんだかんだでバトルに付き合う少女の表情が、自身に向けられる笑顔と同じくらい、明るく柔らかなものなのが、キルリアはとても気に食わなかった。

 

 

「ククク…! なァに、俺様は別に邪魔をするつもりは毛ほども無ェよ。──満足するまで、そうしてなァ」

 

 

 ……弱いくせに、ザコなくせに、頭の悪いくせに、一度だって勝てたことがないくせに、1から10まで分かった様に、上から目線で言うコイツが、キルリアは──サーナイトは、とても、嫌いだった。

 

 理解者面で物を言うギガンに苛立たしさを覚えたサーナイトが、それまで抱きついていた少女から距離を取る。キルリアの体躯で見上げていた筈の少女は、サーナイトの体では酷く小さなものであった。

 

 背後から「……もう良いのか?」と確認の声が発せられれば、サーナイトは枷の嵌められた腕で溢れる雫を拭いながら、小さく、首を縦に揺らす。

 ギガンに手を引かれる形で、サーナイトは暗闇の中を進んで行く。

 

 

「─────」

 

 

 その途中、一度だけ振り返れば、少女は変わらぬ姿で、変われない姿で、かつての笑顔をサーナイトに向けていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──あらぁ〜、ギガン君! ごめんねぇ、毎度のことながら」

「ククク…! このくらい、なんてことはありませんとも。自分で良ければ、何時でも手伝わさせてもらいますよォ、ククク…!」

 

 

 さて、その後。

 目を覚ましたギガンは、『墓守(ダークライ)』に邪魔をした礼と合わせて別れを告げ、サーナイトと共にとある民家に足を運んでいた。

 

 ギガンを出迎えた初老の女性は、彼が抱えていたサーナイト──眠っている──の運搬をイエッサンに任せ、〝サイコキネシス〟でサーナイトが寝室に運ばれていくのを眺めながら、ギガンを招き入れる。

 

 

「今、ちょうど塩釜焼きが出来上がったのよ! 良かったら食べていってね!」

「ほォ…! 塩釜焼きですか、そいつはまた凄い…! では、少しお邪魔させてもらうとしますか…!」

 

 

 女性に連れられ、通路を進むギガン。

 案内された先では、巨魚を丸ごと使った見事な塩釜焼きを主役に、素晴らしい出来栄えの郷土料理たちの数々が彼を出迎えた。

 

 席に着き、さぁ料理をいただこう──その前に、ふと、彼が視線を巡らせれば、その双眸が、棚に飾られた写真立てを捉える。

 収められた古い写真には、1人の少女とキルリアが、屈託のない素敵な笑顔と共にピースサインを掲げている姿が写っていた。

 

 

「……もう、7年にもなるんだねぇ」

 

 

 写真へと視線を移していたギガンに向けて、女性の……少女の母親の呟きが発せられる。寂寥(せきりょう)を含んだ声音に、ギガンは何かを言わず、代わりに、懐からジュース缶を取り出すと、それを写真立ての横へと供えた。

 

 

「ったく、勝ち逃げなんざつまんねェ真似しやがって。……向こうで会ったら、続きをしようじゃねェか、ククク…!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──にしても本当にごめんねぇ。サーナイトったら、未だに予防接種の時期になると逃げ出すのよねぇ。いつまで経っても注射に慣れてくれないんだから、困っちゃうわ」

「ククク…! まあまあ。自分は大丈夫なンで、気軽に呼んで下さって構いませんよォ、ククク…!」




サーナイト:【ことなるすがた】
タイプ:いわ/ゴースト
モチーフ:墓石、泣き女(バンシー)
とくせい:〝なきさけぶ〟
場のポケモンが戦闘不能になった時、自分が覚えている音系の技を、ランダムに1つ発動する。
・進化方法
充分に懐いた状態のキルリアを、キルリア以外の手持ちポケモンが全てひんしの状態、もしくは手持ちがキルリアのみの状態で戦闘に出し、その戦闘で敗北すると進化。






誤:小馬鹿にしたり罵ったりしない、メスガキ
正:もう小馬鹿にしたり罵ったり出来ない、メスガキ

お久しぶりです。
今日までガチ目になんにも書けなかったので、割と今、虫の息になってます。今までのクオリティを保てているのかすら判別がつかん。

以下、補足説明↓
登場した『いざよいの森』周辺は樹木葬地帯の設定。ダークライはそこで『墓守』を務め、墓参りに来た人物をゴーストポケモンたちから守ったり、もしくは、サーナイトの様に『もう会うことの出来ない生前の人物・ポケモン』との思い出を、悪夢を利用して見せたりしている……みたいな感じです。
優しさと言うより、生者が死者を追いかけることがない様に、ある程度『満足』させている感じ。(言い方がアレですけど)

これからは、ちょくちょく投稿が再開……出来れば良いのですが、まぁ、頑張ってみます。長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
他の作品も頑張らねば……。

次回はちゃんとしたメスガキものになると思います(震え)



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小馬鹿にしたり罵ったりしない、メスガキ (中)

※前回、オリジナルリージョンフォームとして、原作とは異なる姿のサーナイトが登場しました。その姿や設定が、とある方のイラストと似通っておりますが、そのイラストの作者様、自分の双方に、接点はございません。
詳しくはこちらの活動報告をご確認下さい。何か問題が起これば、即座に該当キャラクターを変更する予定です。


 ユユ島でも数少ない医療機関であるトクニシ診療所は、この時期、あるイベントの為に、大変騒がしくなる。

 

 ズバリ予防接種である。

 

 

「う、うぅー……」

 

 

 ヒャンヒャン、ギャンギャン、グオォン。

 

 診察室からは、現在進行形で、注射針の餌食になっているであろうポケモンたちの悲鳴が轟いて来ていた。

 

 この時期は(もっぱ)ら、親たちからプレゼントされた、幼い少年少女らの手持ちポケモンたちへの予防接種が主であった。彼ら彼女らのポケモンは、悲痛な雄叫びに感化され、さながら、断頭処刑の順番を待つ死刑囚の面持ちである。

 

 そんな内の1人、赤いTシャツを着た少年は、引っ切り無しに聞こえてくる悲鳴に対し、自身の膝の上で縮こまっているポチエナと同じ様に、怯えを見せていた。

 

 父親であろう、隣に座る細身の男性が「大丈夫、大丈夫」と繰り返し声をかけるも、少年は青ざめた表情で神経質にポチエナを撫でるばかりである。

 

 大人になれば、必要とは分かっていても面倒な部類に入るだけの予防接種も、やはり子供の身からすれば恐怖の対象でしかない。自分も幼い頃はこうだったとは思うが、さてどうしたものか、と頭を悩ませる父親は、ちらりと一瞬、視線を息子たちから外し、とある席へと向けた。

 

 そこに座っていたのはとある男性だ。ヒメンカに似た配色の髪を気障ったらしく流した彼は、彼の手持ちと思しきドンカラスと揃い、ニヤニヤとしたいやらしい笑顔を貼り付けている。

 

 

「ククク…! たかが注射に怯えきって情けねェやつらだ、ククク…!」

 

 

 どうしてそうするかの理由こそ不明だが、挑発的なその発言に、しかし男性の何とも恐ろしい人相を前に、それを諌めたり注意しようとする人物は現れず、ただただ言わせるがままとなっていた。

 

 遠回しに息子たちを嘲笑われたことに内心で腹を立てたものの、あの人相の男性を相手に立ち向かう度胸は、残念ながら父親は持ち合わせてはおらず。

 …あれぜってぇカタギじゃないって。いや別にビビってねぇし、英断だし。今日はちょっと調子悪いだけだし。

 

 

「くすくす……♡」

 

 

 と、誰に言うわけでもなく、心中にて言い訳と息子への謝罪を繰り返していた父親は、横合いから飛来してきた笑い声に、慌ててそちらを見やる。

 

 さて、そこに居たのは──何と表現すべきか。

 

 いつの間にか隣に座っていたのは、とある少女である。

 プラチナブランドを基調に、赤やら青、緑、黒、紫、銀、ピンクのメッシュが混じる短めのツインテール。コンタクトなのか、ハートマークが幾つも浮かんだピンクの右目と、煌びやかな五芒星が並ぶ水色の左の瞳。マーブル模様のパステルカラーのパーカーの裾から、ちょんと覗く指先はマニキュアが施されているが、これまた同じ色・同じ模様が無く、派手だったり単一色だったりと、何ともチグハグであった。

 

 上品に言い表せば、〝デコレーション〟の施されたマホイップ。言葉を選ばなければ、まるで〝ビビッドボディ〟のハギギシリみたいな少女である。

 

 やたらカラフルな少女の名はササ。父親である男性の記憶が正しければ、ユユ島分校に通う生徒の1人で、息子の同級生の筈だ。

 

 

「あれぇ〜♡ トモ君のポチエナちゃん、もしかして注射が怖いのぉ♡? キャハ☆! かぁわいい〜♡」

 

 

 何やら妙に甘ったるい声を出すササ。人相の恐ろしい男性に続き、予防接種に怯える子らを嘲笑する人物・第2号の登場である。

 

 これ以上は流石に、息子や他の待合室に居る人にも迷惑だ。男性と異なり、年端も行かない少女相手ならば言い寄れるのかと何度目かの自己嫌悪に陥りつつも、目前の少女に向けて注意しようとする父親。それよりも早く声を発したのは、他でもない彼の息子であった。

 

 

「な……なんだよっ。注射なんて、みんな怖くて当たり前じゃんか!」

 

 

 まるで膝の上のポチエナを庇う様に声を荒げる少年。同時に診察室から、ギャオアン、とデルビルのものらしき叫びが放たれる。

 

 少年の言葉にササは、くすくす、と人を小馬鹿にした様な笑い声を零すばかりだ。

 

 

「えぇ〜♡? ただの注射だよ♡? 変なのぉ、くすくす…♡!」

 

 

 その発言に、かぁっ、と少年の顔に熱が集まった。なんだと、とか、自分はどうなんだよ、と。そんな言葉を、拳を握ると同時に言おうとした少年だが、それよりも早く、ササが続ける。

 

 

「──だってポチエナちゃん、この前、上級生のスコルピくんから〝ミサイルばり〟受けてたけど、全然平気そうだったじゃん。注射針ぐらい、なんてことないんじゃないの?」

 

 

 ぇえ? と。突然の発言に、少年が素っ頓狂な声を漏らした。

 

 ササの言葉に一瞬固まるも、その後に記憶を巡らせた少年が思い出したのは、先日に行われたポケモンバトルでの一場面。

 分校内でも指折りの腕前の上級生とのバトルにて、確かに。彼女の言うとおりに、ポチエナは相手のスコルピが繰り出した〝ミサイルばり〟を受けても、怯むことなく勇猛果敢に立ち向かって見せていた。

 

 

「他にもチイちゃんのジグザグマから〝とっしん〟受けたり、ヨシ君のヤミカラスから〝ついばむ〟受けてたりしたけど、どれも平気そうだったよね? 今更注射針に怯える必要なんて、ないんじゃない?」

 

 

 ふふふ、と笑うササには、既に相手を小馬鹿にした様な雰囲気は見られず、どこか母性を感じさせる優しげなものへ変わりつつある。

 

 彼女の発言に、少年はポチエナへと視線を向けた。そうして思い出される、同級生たちと繰り広げた勝負にて見せた、相棒の活躍の数々…。

 

 

「……そうだポチエナ。今更、注射ぐらいなんだってんだ。あの時も、あの時も! お前は立ち向かって見せただろ!?」

 

 

 ……残酷なことをしている自覚は、幼いながらも少年は理解していたのだろう。今なお怯えきっている自身のパートナーに向けて、立ち向かえなどと。

 

 しかしながら彼は、ポチエナが持っている心の強さを忘れてほしくはなく、ポチエナに自身が如何に勇敢であるかを思い出してほしかったのだ。

 

 

「あんなやつに笑われっぱなしでいいのか!? 大丈夫だお前ならっ。注射ぐらい、どうってことないさ!」

 

 

 唐突に少年が不気味な人相の男性をあんなやつ呼ばわりしたことで、お父さんがひえぇっ、と情けない声を漏らすも、少年たちに気にした様子はなく、互いに見つめ合った後に、意を決した様子でポチエナが頷いた。

 

 今にも泣き出しそうではあるものの、歯を食い縛り恐怖を堪えるポチエナの表情は力に溢れている。「かっこいいね!」とササが快活に笑い、それとほぼ同時に、少年たちが呼び出された。──いざ、戦いの時である。

 

 

「うぅーっ。頑張れポチエナ、頑張れ……!」

 

 

 招かれた診察室にて診察台に寝かされたポチエナは、小太りの院長先生により、臀部に注射針を突き刺される。前脚で両耳を押さえ、ヒャインヒャインと小さく声を漏らしながらも、懸命に、気丈に耐えるポチエナ。そんな相棒の様子を前に、少年は涙を流しながら励ましの言葉を並べ……。

 

 

「──はい、これで終わり! よく頑張りました!」

 

 

 院長先生が言うや否や、ポチエナを力一杯抱き締める少年。彼の腕の中では、憔悴した様子のポチエナがほろりと涙を零しつつ、少年の顔を舌で舐めていた。

 

 礼を述べる父親を背後に、診察室を後にする。彼を出迎えたササは小さく拍手を送り、後は会計を済ませて帰宅するだけである。

 診療所の玄関に向かう途中、ゴシゴシと袖で涙と鼻水を拭う少年。彼は、自分たちを嘲笑っていた男性の前を通りがかった時、その人相に怯むことなく、力強く睨みつけた。

 

 

「…………フンッ」

 

 

 どうだ! と言わんばかりの少年の表情に、男性はドンカラスと共に、吊り上げていた口角を分かりやすく落とす。面白くなさそうなその様子に、少年は自身の勝利を確信した。

 

 年端も行かない、未熟な少年トレーナー。そんな彼が、一歩、確かに成長した瞬間である。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 …はてさて。息子の行いに冷や汗を流していた父親であるが、ここに来て彼は首を傾げていた。

 

 ユユ島は人口200人程度の小さな島である。その為、島民の殆どの顔と名前は分かるのだ。良くも悪くも、200人と言う決して多いとは言えない人数なのだから。

 

 さて、ここで父親の男性は自身の記憶を探る。そう言えば、あんな男性はこの島に居ただろうか? あの人相だ、一度見たら忘れることはまず無いと思うのだが、残念ながら彼の脳内フォルダーに該当人物は存在せず…。

 

 ならば、彼は一体──? そう疑問に思った男性が振り返った先には、何やら院長先生のトクニシと会話をしている、件の男性の姿がそこにはあった。

 

 

「──いやぁ毎度のことだけど、損な役回りをさせてしまって悪いね、ギガン君。ササちゃんもフォローありがとうね」

「え〜♡? このくらい、別にどぉってことないよぉ? くすくす…♡!」

「ククク…! なァに、センセイには普段世話になってンだ、俺様が1人憎まれてアイツらが勇気を出せるってンなら、幾らでも手伝いますとも…! ──それに、俺様は損だなんて思ったことは一度も無いですよ。なんせ、未来のポケモンマスターたちの成長を、誰よりも早く間近(とくとうせき)で見られるンですからねェ、ククク…!」

 

 

「ウ、ウ、ウ、ウオアァ──ッ!」

 

 

 ──ギャップにやられたお父さんの叫びが、トクニシ診療所に轟いた。




・トクニシ→ドクニンジン
花言葉は『貴方は私を殺すでしょう(※注射をされるポケモン目線的な意味で)

・ササ→笹
花言葉は『ささやかな幸せ』



メスガキちゃんはギガンの再従姉妹です。

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