聖翔音楽学園99期生たちは、卒業する。 (瑞華)
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「皆んな、準備は良いわね?では各自位置に付け!」
私の声を合図に3年A組の生徒達はそれぞれの武器を手に持って一斉に散開した。
掃除機・箒・雑巾・スプレー・ワックス・ブラシ・バケツなどなど、あらゆる掃除用具で武装した舞台少女たちと、彼女らに与えられた今回のレヴューのタイトルは「清潔」
私、聖翔音楽学園第99代生徒会長、星見純那もまた、3年間積もった星光館の汚れと埃を倒す為に私の武器を手に持った。
勿論、現在は生徒会長でもないし私が仕切るような立場にある理由も必然性も無いけれど、皆んなは未だに自然に受け入れているようだった。現状維持バイアスとは外から観測した時にこそ空恐ろしい物に違いない。
学級の行事仕切るのは学級委員の仕事だろうけど、卒業式が目の前まで来ている今になってそんな事を気にする理由も無いし、何はともあれ 99期俳優育成科にとっては最後まで私が学級委員であるのが一番自然な事かも知らない。
だが、たった一人だけはなにを言われようが目障りな位置に突っ立てピクッともしないのすら変わりが無いってのは、ちょっとひどいと考えてしまう。
「ね、花柳さん?」
「何ですの?」
皆んなが指定された自分の担当区域に向かっていると言うのに、花柳香子だけは何時も持ち歩いてる扇を両手持ちしてはニヤリと笑っているだけ。
特に理由と語るのも無い。結局は花柳香子が生まれながらそんな人だからと言おう。遠からずの未来に「千華流第12代宗家花柳彗仙」の学生時代に関するインタビューを申し込まれたら、私は日本舞踊を考察するドキュメンタリーが彼女を訴えるプログラムに書き換えられるようにしてやるつもりだ。
ケーキの上のチェリーだけを取り上げる行為を今まで見ていただけだとしても、いつまでもそれが許される筈ない。せめて与えられた仕事はやってもらうわ。
「準備が出来たのなら早速位置についてちょうだい」
そうやって、私は最大限の親切を尽くし早く身を動かす事を急かしたが、この京女はそこで一歩も動かずして、そのムカつく「芍薬のような笑顔」を作るだけだった。
「ご心配なさらず、うちの担当なら双葉はんがちゃんと整理してくれますから」
「ふざけた事言わないの!」
「きやっ!?双葉、双葉はん!この、このメガネが私を足て蹴りましたよ!」
ちょっとつま先でふくらに触っただけなのに、花柳は侮辱的な表現と大げさな動きで真実をごまかしながら、自分の担当のある1階でなく、石動さんのある2階に上る階段の方へ消えて行った。
私はその後ろ姿を睨みつけるだけ、訂正させたり追い付いて捕まってくるのは考慮しなかった。面倒臭いのもそうだけど、石動さん直々正しく処分してくれると信じて、または直々に花柳さんの分までやってくれると信じて、そのままほっといた。
長い溜息であり最後の溜息を吐きながら、私はバケツを持ち上げた。
「ふふっ、最後の最後まで変わらぬ者もあるようですね」
天堂さんの声が、雑巾とバケツを持って窓際に向かっていた私を立ち止まらせた。声の来た方に振り向くと、天堂さんはリビングのTV台の中に入ってる物たちを取り出し、捨てるか処分するものだけを分けていた。
特に私と目を合わせたりはしなかった為、私も窓をふきながら話を続けた。
「今まで苦労したんだから。でも、あれもこれも明日で最後だしね」
「それもまた残念な事ですね」
「そうかな?そうだね」
なんと答えたら良いのかほんの少しだけ悩んだけど、天堂さんの言葉にあえて別の言葉を付け加える必要性は感じなかった。
明日には28人の聖翔音楽学園99期俳優育成科生徒の皆んなが3年間お世話になったここを立ち去る。彼女の言葉がそれだけを意味するのではないだろうけど、それだけで充分である。
個人の能力と才能には千差万別の違いが存在するけれど、人間の感性はそれほど大きい違いは無いかも。サラブレッドと呼ばれる天才天堂真矢だとしても、所詮は卒業式を前にした高校生に過ぎない単なる人間。どんな考えをしていてどんな感情を抱いているのか手に取るように分かる。
それとも、自分がそう考えているからかも。
今更だけど、天堂真矢との会話は相手が誰であろうとも結局の所禅問答に流れ陥る場合が多い。
悪い意味でじゃなく、人生と舞台にとっての本質を探る会話。キャッチボールを考えて投げた球が、難攻不落の高速スライダーとなって飛んでくるような感覚。私と言う人間がその重くて速い球を眼で追いながらどう攻略すれば良いのか幾万の計算を繰り返すとしたら、西條さんは迷いなど無く本能が赴くままにバットを振る。
「ふうん、今更似合わないわよ。残念なんてね!」
こうして、透き通る声の現実的な言葉が飛び掛かるのある。
どうやら、廊下の西條さんは掃除機を持ち歩きながらも口を出さずには居られなかったようだ。
壁を越えてでも突っ込まずには居られない性格と、周りの音を全て飲み込む掃除機を回してるノイズにも負けない声、舞台人なら誰もが欲しがる物を、彼女は持っている。
「背後は振り向かない。西條さんらしいですね」
「当然でしょう?あんたも未練は燃やし尽くしたんじゃなかったの?」
「未練も残った思いも、前に進もうとする向上心と共存出来ないってのではありません」
「そんなの二律背反よ!」
壁を間にして、自分の仕事を遂行しながらも口争いを繰り広げる。
まさに天堂真矢らしい、西條クロディーヌらしい口争いだったけれど、私は学級委員であり元生徒会長として放って置く訳にも行かない為、停戦を試みた。
「もう良いから、二人とも目の前の事に集中してくれる?」
勿論全然聞いてくれる気は無さそうだが。
「ふふふん〜、私はいいと思います〜」
鼻歌まじりながら、エプロンと三角巾で本格的な装備まで着こなして現れたななは、何時もと同じくスマホを手に持っていた。スマホカメラのシャッターを押す音が聞こえて来るけど、果たしてあれを良い被写体と言えるのだろう?写真では音まで残せない。今この瞬間を撮るなら写真よりは動画が良さそうだ。
とにかく、二人は相変わらず人の言葉なんか聞いてくれる気は無さそうだった。
(無駄な努力はしない主義で生きた方がいいかな)
いつの日か舞台の上で聞いた台詞を思い浮かびながら、私はもう気にしないと決めた。私は口を出さなくても自分の仕事くらいは問題なく成し遂げる子たちだから。
そっちの方よりあえて気にかけるとしたら、花柳さん……それとも華恋でしょう。勿論そっちにも対策は組んである。
「あーもう!そんな風に出たら誕生日も何も、私はもう知らないからな!」
「はあ?双葉はんが私にそんな事を言いますの?この薄情もん!」
2階から聞こえて来る聞き慣れた声に耳を澄ますと、片方は正常に作動してるようだ。きっと残りの片方も私の期待通り動いてくれている筈。
露崎さんには重責を押し付けてしまったけど、本人が喜ぶならそれはそれでWin-Winになる正しい関係じゃないかな?掃除に置いて一番の難問だとも言える大浴湯を前にしてもむしろ期待してる様子だったし、きっとそうだ。我にも無く、びしょ濡れになった露崎さんが「華恋ちゃんたら〜冷たいよもう〜!えへっ」なんて夏の海辺ですべきな台詞を言い出す姿を想像してしまったが、多分そんな事はない。もしそうあっても構わないけど。
如何あれ今日と言う一日を無事に終えますようにと祈りながら、私は私の仕事に集中した。
寮の共用部分の大掃除は日が暮れる前には収まった。
その後は各自の個人室を整理して、今日でも寮から出る子は取り除いて個人室の名牌を鍵と一緒に返して星光館を去った。誰かに命令された訳でもないけど、その間に私はずっと玄関の前のテーブルに居座って、寮を出る皆んなを見送った。絶対やらなきゃいけない事でもないし、卒業式でもう一度顔を合わせるだろうけど。
これは私の自己満足だ。個人室の外にもあっちこっち散らばってた私物は消えて行って、出入り口の前に持ち出すダンボール箱でいっぱになって行くのを見守るだけ。今から3年前、空っぽのまま99期を待っていた星光館に一番目に到着したのも私だった。その時も人より先に届いた荷物で玄関がいっぱいだっただけで、その奥は静寂のみが漂っていた。
こうして私たちが去って行ったら、間も無くして102期がここに入る。新たな3年が積もる寮から、私たちの手で直接思い出を取り消して掃除するのは、99期生皆んなの誠意。たとえ102期とはお互い聖翔音楽学園の生徒のままでは会えないとしても、だからこそこれくらいの距離が合ってると思う。
玄関の前で一人、そんなどうでもいい考え事を繰り返していたら、我に返った時はもう宵闇が迫っていた。まだ夜の方が長い時期、外の空気は肌寒くて寮生たちが半分以上出て行った寮の空気はひえるよう冷めていた。勿論暖房は付けてるけど、人の無い空の建物はすぐ冷めてしまうものだ。
もう玄関に残ってる荷物もほとんどない。今日中に出ると言っていた子も一人しか残ってないので、ここに居座ってるのも〆るべきだと思いながら、私は読んでいたページに栞を挟み本を閉じた。
ソファーから立ち上がってそっと窓の外を覗いてみたら、外は完全に夜になっていた。
私は感傷に浸っていたその頃、キャリーバックの輪が転がる音が近付いてきた。
「純那ちゃん、華恋ちゃんも今出るって」
私を呼ぶななの声が先き聞こえて、その後から華恋と西條さんが付いて来た。
「お父さんが今着いたって。それじゃ、私先に行くね!外寒そうだし出てこなくても大丈夫ですよ皆の衆」
疲れててもおかしくないのに元気が有り余るのか、華恋は生き生きしてる。
「そう、じゃまたあした卒業式でね。荷物は?そのキャリーバック一つに全部入りそうにはないけど」
私がキャリーバックを指差しながらそう尋ねると、そのまま出ようとしたに違いなかった華恋はうっかり顔からすぐ表情を変えて何時そうだったかのように演技をする。
「昼に出しといたんだよね、確か……これ!」
華恋は相当な大きさを誇るダンボール箱を指差した。その側面には露崎さんの筆跡らしい文字で「愛城華恋」と名前が大きく書かれてる。どうやら新国立組の中露崎さんだけ遅く出発した理由はこれらしい。おそらくだけど、この中身を整理するにも相当露崎まひるの手が込んだのではないだろうか。
なんであれ、予想したより多い荷物を華恋一人で持って行くのは難しそうで、由緒正しい聖翔音楽学園の寮に生徒の親御さんだとしても男性が入るのは許可出来ない。掟は掟、元生徒会長として守らざるを得ない。
故に私が上掛けを取りに戻ろうとしたら、西條さんが真っ先にその箱を両手で持ち上げた。
「仕方ない、これくらい私が車まで運んであげる。二人は付いてこなくても大丈夫よ」
「ありがとう〜クロちゃん」
「De rien、如何致しまして」
「なな、じゅんじゅん、またあしたね〜」
華恋は純粋で綺麗な微笑みを浮かんで私とななに手を振り、ななは何時もと同じくその姿をスマホのカメラで収めるに余念がない。ここ3年間は毎日見てきた風景だ。
それなら私も変わらぬ学級委員星見純那を演じ切るだけ。
「頼むから明日は遅刻しないでね」
「分かってるって〜じゅんじゅんは心配症なんだから。それじゃ!」
西條さんと華恋が扉を開けて出ていくと、寒い空気が私達二人をすり抜けるのを感じた。
「もう今日中に出るって子はないし、私も部屋に戻ろかな」
「ね、純那ちゃん。折角だしクロちゃんと3人でDVDでも見る?」
「まぁ、それも悪くないわね」
ななの提案に私はすぐ二つ返事をした。
「花柳さんは?」
「もう寝てると思うよ。先もバナナケーキ食べながら眠いって言ってたし」
明明後日3月3日の為にななが用意してくれた花柳さんの誕生日ケーキは本当に美味しかった。甘過ぎるのでもなく、丁度気持ちのいい糖分が脳にまわって元気が出るようなバナナケーキ。まだバナナケーキの香りが漂うリビングの方に入ってみると、空っぽの部屋にはテーブルの上にケーキの残骸が残ってるだけで静かだった。他の子たちは皆んな自分の部屋で荷物の整理をしてるか休んでるだろう。
もう私とななのようにルームメイト二人とも残ってる部屋は無い。
聖翔は日本最高峰の俳優育成施設、聖翔の卒業生って名前だけでも呼ばれる舞台と劇団は無数に有る。聖翔の卒業生に進む道か無くなるなど有り得ない事なのだ。
新国立第一歌劇団に合格した3人はとっくの昔に寮から出た。天堂さんは本家に、石動さんと露崎さんは劇団の寮。西條さんは明日卒業式が終わればすぐフランスに行くと言っていたし、花柳さんも明日の内には京都に帰る。私も両親には明日長崎に帰ると言っておいた。
これからも同期達と外で会ったり食事を一緒にしたりする事はその気になれば出来るだろうけど、息をするような、くだらない日常を一緒にするのは今日で最後。
「私、今純那ちゃんがどんな事考えてるのか分かる気がする」
TVの向かい側のソファーに座った私を見下ろしながら、にゅっと訳の分からない言葉を言い出したななはカメラレンズを私に向けていた。
私が何を考えているのかは超能力者じゃなければ分かる筈無いけど、「ななだったら」と考えてしまう。でもななにとっても高校卒業は初めての出来事、ななの再演の向こうに有る今日を見て来た筈はないのに。
「何?言ってみて」
私はその言葉をそっと流す代わりに聞き返した。本当に私が何を考えてるのか分かるなら、それは私も知りたいもの。
「それは、皆んなと離れたくない〜みたいな?」
「違うし」
まるで「図星だよね?」と言ってるような、ななの表情を見上げて私は冷たい声で即答した。それだけは絶対に違うから。違う上に、それだけは違うべきだから。
でも、優しいななは私のそばにピッタリとくっついて座る。
こんなところが嫌いなんだよ。
「じゃぁ何かな?教えてくれる?」
ただでは離してくれないななの質問に、私は複雑な感情の中で今言葉にしても恥ずかしくない事実一つを取り上げるしかなかった。
「明日、家に帰りたくないって考えてた」
勿論嘘ではない。何時も思ってた事の一つだから。
「卒業するまで帰らないって自己ルールじゃなかったの?もう卒業だよ?」
「それ私が言ってたけ?」
「あらら……」
どうやら、ななは最後の再演中に何処まで踏み込んでいたのか測る事をうっかり間違えたらしい。
でもそれくらいは平気だ。私より星見純那をもう少し知っていても、私はななを責めるつもりなどこれっポチも無い。
「まぁ良いわ。とにかく卒業したってね、帰りたくないって言うか……東京に残っていた方が気楽って言うか……私の道を認めてくれなくても支援してくれるのは親だからね。お金的に」
「それじゃぁ、家に来る?東京じゃないけど」
そんな言葉を口にして何気無くななは何時も私を掻き回す。私が聞きたい言葉を聞かせてくれるのは「私をよく知ってる人だから」だろうね。
ここで付いて行くと言ったら、ななは私を連れて行ってくれるかな?
ななの笑顔に、私は甘えたくなる。
でも、ここは私の乗り換える駅じゃない。
「ありがたいけど、カーテンコールは舞台の上でやってあげる」
聖翔の星見純那は、聖翔の大場ななと、誰も呼んでないカーテンコールをするつもりは無いよ。
まもなく私が乗り換える駅に着く筈だから。列車じゃなくても構わない。車でも、船でも、飛行機でも、何にでも乗り換えよう。
「分かった、待ってる」
ななは私にそう言ってくれた。
私の路線図はどんどん長くなっていつつある。
まだ建てられてない駅があるなら、ななの列車と交差する駅でありますように。
西條さんが戻って来たら、第101回聖翔祭のスタァライトを見よう。
ましななに付いて行くと言ったら、ななは乗せてくれませんよね。
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バカひる
今日は朝から空が青いです。外出日和ですね。
寒さの終わりを過ぎて行く途中。この冬が過ぎれば私は星翔音楽学園を去り、新国立第1歌劇団にて新たな生活が始まります。期待してるのですが、不安や心配が無いと言ったら嘘になるでしょう。劇団員ってのは学生の立場とは違うと思います。何時も私を舞台に立たせる理由と私自身の価値を証明しなければだし、その上に昨日とは違う自分に変わらなければ。私に与えられた役をこなすのではなく、私の役を探し出し、価値を証明してこそ新たな役がもらえるのです。
私、露崎まひるは今までの人生で、孫として、娘として、お姉さんとして、最近の3年間は華恋ちゃんのルームメイトとして生きて来ました。常時あらゆる人達の中での「露崎まひる」としてです。一時も休まず誰かの前で私に与えられた役を演じて来た人生でした。そんな私が新たな役を何処で探し出せるのか、次のステージが目に見えて来たら、私の中には荒ぶる気持ちでいっぱいです。
だからなのか最近は華恋ちゃんと一緒に寮に居ても、それぞれの時間を過ごす場合が多くなったようです。華恋ちゃんに声を掛ければ結局これからの話が出てくるだろうし、私はそれを回避したいのかも知りません。心の底に離れたくないという感情を抱えているからでしょうね。
今日も私はベッドの隅に腰を掛け本に目を通してるふりをしながら、華恋ちゃんの後ろ姿を覗き見していました。
「うむ、これくらいでいいよね」
休日の朝からクロージェットのドアを開けっばなしにした華恋ちゃんは服を整理しながら鞄に詰め込んでいました。
華恋ちゃんは卒業を前にしてさらに忙しくなっています。私と違ってまだどの劇団にも入ってないままです。進学を選択したのでもありません。劇団でも舞台でも、心の向く所ならそれが何処だって足で直接訪ねて、遠い所なら外出許可を得て一泊の場合も有りました。これから進むべき華恋ちゃんが立つ舞台を探しているんでしょう。今してる事もその為です。お互いカレンダーにした印がかぶっちゃって覚えています。多分、今回の行き先は札幌だったとか。
……札幌?
「華恋ちゃん、そんな薄着で行くつもりなの?」
「えっ?これが薄い?」
私の声に後ろを向いた華恋ちゃんは手に持ってるコートを見せながら疑問を表しました。華恋ちゃんなりには防寒に気をつけたのかもですけど、私としては東京でしか通用しない中途半端な性能のコートを見せるところから認められません。冬の北海道は、東京生まれの娘が気軽に出入りして良い地ではありません。
「冬も終わりかけてるけどね、北海道はまだすごく寒い時期だよ?東京と同じ感覚で選んじゃダメなの」
「分かった分かった。まひるってば心配症なんだから」
軽すぎる言い草の華恋ちゃんは、やっぱり私の言葉を真面目に受け入れるつもりは無さそうでした。こういう時は仕方ありません。私直々実力行使に出るしか。これは全て華恋ちゃんの為の事です。
「まったくもう、退いて退いて。服は私が選んであげるから」
「えええ……」
華恋ちゃんを追い出して私が直接鞄の中身を一つづつ出して確認してみます。こうしてから私は、この子がどれだけ北の地を甘く見てるのか、まさしく言葉を失いました。はぁ……ため息が。でもだからとして放っておく訳には行きませんよね。私は華恋ちゃんのルームメイトですから。
「上着はこれだけなの?ダメ、ダメだよ。他に無いならニットでもちゃんとした物にしなきゃ。ストッキングもこれは絶対ダメ。こんなの無いのも同然なの。ね、聞いてるの華恋ちゃん?」
「ま…まひるちゃん?」
「何?」
私が精一杯優しい笑顔で振り向くと、華恋ちゃんは何故か私と目線を合わせなくなりました。どうやら私の助言を真面目に聞き入れるつもりが無いようです。本当ガッカリ。
「華恋ちゃん、私はもうここには居ないよ?お世話を焼いてあげる人はもう居ないから」
「わ…分かってるって」
今の言葉は言い過ぎました。華恋ちゃんの返事に力が入ってません。華恋ちゃんは華恋ちゃんなりに頑張ってるのに、それを私の基準で測ろうとしてはいけませんよね。
「しょうがない。今から出かけよう」
「え?」
外出日和のお天気で晴れの土曜日午後、私は華恋ちゃんの手を引っ張って強制的に出て来ました。華恋ちゃんを一人で札幌まで行かせても安心出来る服を手に入れる為に、一応出発です。
行き先は単刀直入に言ってショッピングセンター、私の頭の中に入ってる新宿駅に向かいます。荻窪駅から丸ノ内線で行ける所でもありますし、あらゆる物がある中心地ですから。冬の寒さに街を歩いて店を回るのは、北海道の冬で鍛えられた私でも、あんまり気に入る事ではありません。やっぱり室内で全て解決できる大型ショッピングモールの方が楽です。伊勢丹、マルイ、高島屋、なんならユニクロでも。とにかく新宿駅の近くには何でもありますから。
東京はちょっと行けば何でもあるのは本当便利です。寒くないし、人も多いし、これ以上ない街ですけど、複雑で終わりなく続く建物に囲まれた寂しさも共存しています。数えられない人々が歯車のように噛み合い絡み合いくるくる回る巨大な機械装置みたいな都市。ここで私はちゃんと挟まれる場所を探せるのでしょうか?
荻窪駅から丸ノ内線に乗ってる間、そんな事を考えてました。窓の外には何も見えない地下鉄に乗ってると、ふっとそんな不安がやって来るのです。それは華恋ちゃんが声を掛けてくれるまで続きました。
「まひるちゃん、今日はなんだか行動力あるね」
「だって、今日かぎりでふたり一緒は最後でしょ?」
「そう言えばそうね」
華恋ちゃんは淡々とそう言いました。
明日、私は新国立第1歌劇団の寮に移ります。もちろん卒業までのカリキュラムがまだ残ってるので完全に離れるのではありませんが、正式の入団まで可能な限り後回しにしてるとあっと言う間に引っ越しどころじゃなくなります。ちょっとでも余裕がある時にやっておくのが良いと思いまして出来る限り早い日程を選んだらこうなりました。華恋ちゃんが札幌から戻ってくる日にはもう華恋ちゃん一人だけの部屋になるでしょう。
華恋ちゃんも私と同じ気持ちならと思いましたけど、それは貪欲過ぎるかも。華恋ちゃんはもう別れには慣れてますから。私が欲張り過ぎるんです。
いつの間にか列車は新宿駅に接近して降りる時間です。もう正確な行き先を決めないといけないです。
「華恋ちゃん、まずは何処に行こうか?行ってみた所とかあるの?」
私がそう質問すると、華恋ちゃんは前触れも無くいきなり私の手を握ってこう言いました。
「まひるちゃんとのデートなら何処でもいいよ」
ここまで来る間、私は暗い顔をしていたのかも。
列車から降りてからは出かけようと発案した私の方が華恋ちゃんの手に引っ張られながら歩いていました。華恋ちゃんと初めて出会った時のようにです。当たり前ですが、その時も今もこの街に関しては私より華恋ちゃんの方がずっと良く知っています。それとも私が華恋ちゃんに押し付けた選択を代わりにしてくれてるのかもですね。
どっちにしろ当面は私に出来る事に集中しました。華恋ちゃんといろんなブランドを見回って必要な物を取り上げます。冬が終わる時期ですから店の品物が変わってますが、その中から私の審美眼を最大限に発揮して華恋ちゃんに似合う服をです。
目的がハッキリしてると服を選ぶのにはそれ程時間を費やす必要ありません。ショッピングを口実に一緒に出回るとかが目的だったら違いますが、今は最小限に備えるのに集中してますから。ダウンジャケット・ニット、華恋ちゃんが今度また北海道に行く事が有るか無いかも知らないですし、これくらいで十分でしょう。
でもその2個確保したらもうお昼の時間はとっくに過ぎていました。帰りの列車を待っていたら少し腹が減った感じも。
「ありがとう、まひるちゃん。そしてごめん、今日のバナナランチ食べ損ねちゃったね」
私はお腹空いたとか言ってませんのにどう分かったのか、華恋ちゃんはそう言いました。そう言えば寮に残ってたら今頃ばななちゃんが作ってくれたランチにデザートまで完食して寝転がってたかもです。それも今日で最後なら最後ですけど、そこまで気にする事ではありません。
「いやいや、私から誘ったから。むしろお節介じゃなかったの?」
「全然そんな事ないよ!」
「私の貸してあげられたら良かったんだけど、華恋ちゃんとはサイズ合わないから仕方なかったの」
「ううっ……やっぱりそうだよね」
そう言った華恋ちゃんは何処か気の抜けた顔になって、私の方をジロジロと見てました。外見だけならそこまで違いは無いんですが、小さい方にとって身長5センチは決して小さくないようです。
普段華恋ちゃんの背が低いと思った事はありませんけど、隣でそうしてるのを見てたら私からも身長差を意識しちゃいます。華恋ちゃんと目を合わせると目線がちょっとだけ下を向くくらいの差、何度も何度も一緒に受けた授業できっとデータとしての身長差は認識してましたけど……いや、私の中で華恋ちゃんはもっと大きかったような。
「華恋ちゃん、よく見たらちっちゃいね」
「ええっ、ほんの少しだけだよ!?」
うっかり飛び出した私の言葉が、華恋ちゃんからすぐ激しい反応になって帰って来ました。
「そこまで言うのは失礼だよ」
「あ…あはは、ごめん。ぷふぅっ……」
「ええ……なんで笑うのよ?」
今のは自分で考えてもこれは意地の悪い言い方過ぎました。でも、拗ねたのが丸見えの華恋ちゃんを見たら何だか笑いを堪えるのが出来なくて、私がバカらしくて。
「ねぇ〜、まひるちゃん〜?」
「ごめん、ごめん。何となくね。華恋ちゃんは私の妹に見えたの」
「……まひるちゃん、今日はやけに失礼ない事言うね」
華恋ちゃんの言う通りです。家族に接する時の言葉で友達と話すなんて無礼すぎますよね。ですが、まひるのバカ・バカひるはやっと分かったのです。家族と離れるのは何ともなかったクセに、華恋ちゃんと別れるのは怖がってた自分がバカらしくて。
「もう、家族みたいだからかな?華恋ちゃん、今日から露崎華恋になっても良いよ」
「えええ……それはちょっとね」
私の提案とも呼べない戯言に華恋ちゃんは変な顔になっちゃいました。
「華恋ちゃん、いつも頑張ってるのは分かるけどね?よく忘れがちなんだからお姉ちゃんは心配なの」
「もう!まひるちゃん!」
翌日の朝、私は一番乗りに出かける華恋ちゃんに私の緑色のマフラーをしてあげました。
別れるのは怖いけど、離れても家族であるように、別れても友達だから。
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花柳香子、18歳
3月3日午前7時、東京都千代田区所在、帝国ホテルスイートルーム。
カーテンが掛かってる窓際から客室の中に光が差してるのでもないし、アラームが鳴ってるのもないけど、普段だったらとっくに起きてるはずの時間。身に付いた舞台少女としての習慣が勝手に花柳香子を目覚めさせた。
目もちゃんと開けてないのに自分が眠りから目覚めたって事実だけは気づいた香子は布団にしがみ付いたまま手だけを動かした。
「ううん……確かここら辺に置いたはずやけど……」
体を起こす気は無くベッドに横になったまま肩から指先までを使い、寝る前ベッドの何処かへほったらかしたのだけは覚えてるスマホを探すその姿は哀れで見づらい。すぐ起きてからベッドを片付けたら体力を無駄遣いする事も無かっただろうに、香子は時間と体力を浪費して結局はスマホを探し出した。
半分は枕に埋もれてる顔の近くまで持って来たスマホで花柳香子が最初にやったのは最近の現代人と同じく着信メッセージの確認。未確認メッセージが有ると知らせる赤い表示が浮かんでるアイコンを押すと幾つかが並んでる。もう午前7時が過ぎてる時刻。当然舞台少女なら既に今日と言う日を始めた筈だ。今から1時間ほど前に来たメッセージも、数分前に来たのも有るし、中には寝る前に送ったのか午前0時ぴったりに転送されたのも。ありがたいがちょっと執着が強い感があるそのメッセージには香子も引いちゃう。
「バナナはんたら、真面目過ぎやな」
香子に送られたのは言葉付きや話し口は違くとも内容はみんな似たものたちだった。みんなは今日3月3日がどの日なのか忘れたないようだ。
花柳香子は友達からもらった誕生日祝いを一つづつ確認しながら、18歳を迎えた。
スマホだけ弄ってベッドの上から何分かたち、少し眠気が弱くなった香子は重い上半身を起こしやっとベッドから抜け出す事が出来た。生きた屍のように歩いて行った洗面場の鏡の向こうから、めちゃくちゃに歪んだ顔をした女を見かけて冷たい水で眠気を消した。それでやっと今日を始められる。
「はぁ……疲れたわ。まったくもう」
香子が今日も洗面台の前でひょろひょろしてるのは過労したからではない。昨日は一日中ずっとホテルの中で休んでただけ、出かけたりもしなかった。普段自己管理を粗末にしたのでもない。常時万全の状態とは言えなくても、他人の手を借りても最善の状態を維持する努力くらいはしてきた。花柳香子はもう日本舞踊という分野で頂上に近い舞台人。権威有る日本舞踊の家で生まれ、自分がどんな人間なのかアイデンティティーを自覚する前から厳しい教育を受けながら育ち、もうすぐ襲名する家の名前に相応しいきらめきを持った天才エリート俳優にそんな基礎的な問題は残ってる筈など無い。
だけど、18歳の花柳香子はまだ大人と自称するには幼く、少女と言うには大きい歳に過ぎない。香子は自分に欠けてる事が何か知ってる故に、まだ自分の舞台に戻らなかった。
朝一番にシャワーを浴びた香子は客室の窓全部に掛けたカーテンをひとつづつ開けた。睡眠を邪魔する要素を排除する為の一環で眠りに着く前に掛けたんだが、結局朝遅くまで寝坊をするという方向性が歪んだ努力は報われなかったのだ。十数年間に身に焼き付いた習慣は一日くらいでは取れないと、再確認しただけ。寝坊とは、やるからってやりこなせる物でもないと感じながら香子は窓の外を眺めた。
「ほぅ、ええやないか」
帝国ホテルのスイートルームで見下ろす景色は、結構それっぽい物出会った。別に広いなら良いと適当にお任せして取った部屋だったけど、窓のすぐ下には日比谷公園の緑が広がっていてその向こうには霞ヶ関方面の都会感が交わって悪くない風光だ。
京都で生まれ京都で育った香子は、京都こそが中心で歴史からの
訳も無く外を眺めるのをやめた香子は今まとったシャワーガウンを脱ぎ捨てて着替えた。
「ほな、お客さんがいらっしゃる前に朝飯くらいは食べなくきゃ」
眠りから目覚めた人間は誰れでも腹ペコ。食事などいらない女神を演じる舞台人でも、舞台の外ではただの人間なのだ。
二日前3月1日聖翔音楽学園第99期の卒業式が有った日、香子は仲間と3年間を一緒にした星光館を去った。荷物は業者を使って京都の家に送り、99期の皆んなとは違う道に小さいキャリーバック一つだけを持って。
石動双葉は駅まで見送ると言ってきたんだけど、香子はその好意を断った。双葉は居なくても一人で新幹線くらい乗れるし、昔一度だけ挑んだ時は結局乗らなかったけど取り敢えず一人でも何の問題もなく乗り場までは行った。だから見送りは要らない。
皆んなに別れを告げやがて一人になった香子はタクシーに乗った。なのに香子がタクシーから降りた所は東京駅はなかった。
帝国ホテル本館の向こう、車道の挟んで向き合ってる建物。東京のど真ん中、日本最高棒と言われるカンパニー。その劇場が目の前に有った。
「新国立第一歌劇団……か」
白く派手な建物と今上演してる劇のポスターが見えると、香子の胸の中から数ヶ月も積もったモヤモヤした気持ちが湧き上がった。花柳香子はこの数ヶ月かん、来た事もないここに捉われた気持ちから抜け出せなかった。結局3年生の時の見学には参加出来なかった。原因を辿ればキリンとなながやらかした事のせいもあるが、最初からそこの役者達が繰り広げる演技を目に留める考えする無かったから、その二人のせいにするつもりはない。
劇場を見上げた香子はそのまま横断歩道を渡りホテルにチェックインして、二日もホテルの外には出なかった。万が一ここでは絶対出会したくない人と会えるかも知らないから。
12時がちょっと過ぎた時刻、香子が待っていたお客は前触れも無く尋ねドアをノックした。
「花柳さん、いらっしゃいますか?」
ノックの音の後に聞こえる聴き慣れた声に香子はすぐに客室の入口まで走り出す。ドアを開けると外にはジャージ姿に上掛けだけの見慣れた顔が立っている。
「お誕生日おめでとうございます、花柳さん」
天堂真矢、新国立第一歌劇団の団員である彼女は前髪が少し汗で濡れていた。今すぐお稽古から出てきたのかもと思いながら香子は挨拶をする。
「お久しぶりどす、天堂はん」
たった二日ぶりに会った中に使う言葉ではないと思ったけど、天堂真矢はこの勝手なお嬢さんに言い返したくは無かった。ただ要件をすませば良い、それだけ。
「これは頼まれた物です。お誕生日祝いと思ってください」
「おほほっ、これはありがたいお言葉」
真っ白い封筒を渡された香子はそれをすんなりとバックに入れたのだが、急に目が変わって天堂真矢の目をジッと睨む。
「もしや、昔の仕返しをするおつもりではありませんわね?」
「仕返し……?」
急に何を言い出すんやら訳の分からない話に真矢は首を傾げた。だけど、香子の目にはむしろそれっぽく感じたのか、慌てて声を上げた。
「お菓子の事どす、お菓子!あめちゃん!」
真矢は香子の黒く染まった心の底が見えるような眼を見て、もう2年前に近い事を思い出す事が出来た。それは確か香子が京都に帰ると騒ぎを起こした次の日に有った朝の事。先に悪戯を仕掛けたのは自分のくせに過ぎた事を持ち出すとは、器の小さいこのお嬢には驚いたが、天堂真矢は冷静沈着を維持する。
「御心配なく。私は何方とは違ってそのような些細なことで恨みを持つなどしませんよ」
天堂真矢の余裕のある返事に香子は気後になってしまう。
真矢が渡したのは紛れも無く新国立第一歌劇団の今日昼公演の入場券だ。ここの定期休演日は月曜。昨日3月2日がそうだったので卒業式以後は今日のが一番早い。そんなチケットを手に入れるのもさぞ難しかったのに、こんな仕打ちに怒ってもおかしくないが、真矢はむきにならない。香子がどんな子かは経験でよく知ってるから。
「私も一団員に過ぎません。でも花柳さんの頼みだったから応じたのです。下心などありません」
「流石天堂はん、頼りになるお方」
先まで疑っていたくせにすぐ手のひらを変えて、世の中の汚れなど一滴も見つからない大和撫子となってる香子には、真矢も驚きを隠せないが、それも3年間馴染んだ。
それより聞きたい事は他になる。
「それにしても、どうしてここの公演が見たいとおっしゃったのですか?」
天堂真矢が花柳香子に聞きたかったのはそれだった。今更新国立の公演が見たいとは。チケットくらいホテルまで足を運んで直接渡す必要は無かったのだが、こうやって顔を合わせて聞かないと香子は絶対この質問には返事してくれないだろう。
だから香子も返事もせずにこのままドアを閉めて真矢を追い払うなど出来なかった。どうせ天堂真矢には答えなくてもバレる。バレるなら明かしてしまえばいいと、香子は思った。
「勝ちたいから、それだけどす。学生時代は終わったんや。ウチも、あんたも」
「だから確かめたかったのですか?新国立の劇を見て」
「まぁ、日本一のカンパニー。そこならウチにも意志を与えてくれるかも知らんでしょう?ウチにジャンルを超越し舞台人として闘う意志をどす」
その気持ち、真矢にも理解出来ないもんでは無かった。運命のライバルとしても社会では同じ舞台に立つ事すらままならない。
「もうウチとあんさん達は同じ舞台には立てまへん。双葉はんが私と違う道に行くって言った時怒った理由の一つでもありますんや」
香子は客観的な立場で過去の自分を批評するような口振りだったが、真矢の目にはこの時から変わってないように見えた。
でも疑問はもう一つ残ってる。
「なら、何故石動さんではなく私にこんな頼みを?」
「はぁ?こんなん双葉はんに頼む訳ないっしょう」
「その、訳が分からんのですが」
鈍いふりなのか空気が読めないのか更に問い詰めてくると、香子は面倒臭さそうに答えてあげる。
「目指すって言ったのを無惨に否定して、今更見たいから予約して〜って言える訳あらへんやろ」
「そんな理由なら石動さんだけじゃなく、皆んなの前でも結構酷く言っていたと思いますが」
「何をおっしゃるかと思ったら。天堂はんの前でウチがどんなにけなしたって、天堂はんは何か思いました?例えるなら……そう、天堂はんから千華流に対してどうのこうの言われったらウチがどう感じると思います?」
「おそらくは……何も感じないでしょう」
「ほら〜、良く存じてらっしゃる。やっぱウチらは同類どす」
彼女達は他人からどう言われようが関係ない。自分の領域に対しては絶対と言えるくらいの信念を持ってる人間だから。天堂真矢も、花柳香子も。
「そんなお方でも石動さんの前なら「花柳彗仙では居られない」という事ですね」
「なんでそんな話になるんや!」
双葉の事になると怒ってしまう香子を可愛く思いながら、天堂真矢は一歩後ろに引いた。
「では私はこれで。楽しい観劇になりますように」
腕を大きく動かす派手な挨拶を残して天堂真矢は去って行った。今回も花柳香子は、天堂に負けた気持ちになってしまった。
その夜、京都に帰る東海道新幹線の列車の中で、香子は真矢と短いメッセージを取り合った。
『天堂はんは、大したことのない人間になってしまうのが怖いですか?』
『だからこそ何度も舞台に上がるのでしょう』
『ウチも同じどす』
京都弁難しいんやわ。
皆はん、かんべんどす。
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C'est moi, la flamme
私は炎
炎は後ろに逃げはしない。
焼き尽くせるモノが手に届く限り、もっと熱くもっと大きく広がるだけ、退く方法なんて知らない。炎にはそれしかないから。
けれど何時か全てを焼き尽くしひとりになった時には、灰だけを残し消えてしまうのだろう。
「聖翔音楽学園第99期生出席番号11番西條クロディーヌ、入ります」
誰より早くレッスン室に足を運び入れるとそこは誰も居ない空間。その中に響く私の声が壁にぶつかり帰ってくる残響。この時間でしか味わえないこの音が、私は好きよ。
今日の日直は私。同然私より先に来る者など居ないだろうと思ったけど、やっぱり予想通りね。同然だけど今は皆んな忙しい時期だから。決まったトレーニング量以上に睡眠時間を削りオーバーワークしたって返って体に悪いし。今思えば聖翔には思春期のやる気に満ちて自分を追い込む子たちばっかりだったのに、皆んな大人になったわね。
私ったら、昔話のように語っちゃって。
夜明けって言うか、窓からぼんのりとした光だけ差す朝がすっきりと感じられるのは何故だろう?私みたいな誰にでも牙を向くきつい性格のヤな女が落ち着けるのは独りになれる朝だけ。人って夜になりつつ神経質になるんだよね。
窓の外がどんどん明るくなるのを意識しながらストレッチをし始めただけなのに、いつもより早い時間からドアが開けられる音が聞こえてきた。
ああ、もうちょっとだけこのまま居たかったのに。私を放って置いてはくれないんだから。集合時間はまだまだなのに。
あの子じゃないだろうけど、私の眼はすぐに入り口の方に行ってしまう。
「出席番号1番、愛城華恋!入ります〜!」
いつも元気の溢れる明るい声。この声が聞こえてくると朗らかな声もそれに連れて聞こえて来たんだよね。もうそれは出来なくなっちゃったけど。その理由も知ってるのに、華恋の後ろにまひるが見えないと変な感じ。それすらも私に日常になってしまったのかな?
なんだかんだ言ったけど、華恋はお世話してくれる人が居なくてもよく起きるのね。こうなったらむしろまひるが一緒に居たから甘えん坊さんになっちゃったのかも。
まぁまひるが悪いって訳じゃないけど。
兎に角、レッスン室に入った華恋はストレッチの最中の私を見かけては目を丸くして、笑いながら近付いて来たわ。
「クロちゃん今日日直だったの?ストレッチなら一緒にやろう」
「Bien sûr」
私は二つ返事をしてすぐ華恋の手を握った。同然断る理由なんてないし。ふたり一緒じゃなきゃ出来ない動作なんて幾らでもあるから。
「ううっ……」
後ろに高く上げた脚が一直線になるよう膝の所を引っ張ると、華恋のうめきが私の胸元から上がってきた。これは結構不思議な感じね。震えてるのが体を渡って感じられる。
変なんだよね。華恋はいつもこうなんだから。知らないけど今までの人生で2/3はレッスンだらけで生きて来ただろうに。これも不思議だよね。
「朝はいつも固いわね。普段はチョロチョロよく動くのに」
「ふうう……だから私も、困ってる最中…なの」
これも体質的な問題かな?生まれ持った事はどうしようもなく仕方ない。でも、だからと言って手加減してやる私ではないわ。だからこそ今ちゃんと筋肉をほぐして実戦で怪我にならないようするのよ。努力で才能を越えるのこそ、舞台少女が持つべき姿勢。
だからこれは全部華恋の為よ。
「ひやああぁっ!」
「あら」
もう少し引っ張っただけなのに、華恋が悲鳴をあげると私もびっくりしちゃった。
まぁ、大丈夫よね?身体だけは頑丈って有名な華恋だから。
華恋と朝のストレッチをしたのが原因なのかしら。どうもずっと華恋が付きまとわれてる感じ。朝も授業中にもお昼まで。私と言う女が飼い主を亡くした犬を見たら無視出来ないタイプだなんて、私も今知った所。いつの間にか「ばななちゃんランチ」の群れに混ざり自然とおにぎりを食べてても違和感なんかまったく感じないだなんて、怖いわね。
「流石ばなな、今日も美味しそう〜バナナイス!だね」
「そう?ありがとう華恋ちゃん」
なながした料理が美味しくない筈ないのに。それは私達99期には常識。華恋は当たり前な事を言って、前に置いてるおにぎりを取っては口いっぱいに食べたわ。梅干しで赤く染まった米粒を口元に付けてね。勿論私も美味しく頂いてるからには同じか。
他のおにぎりには何が入ってるんだろうと楽しく想像しながらもう一個掴むと、ふっと小さな違和感が脳に浮かんだわ。
「これ、3人で食べるには多くない?」
なな、純那、華恋。私はたまたま連れて来られたんだから、元はと言えば3人のお昼だけど、女子高生3人のお昼だったら少し多すぎな感じは確か。
「あはっ、まひるちゃんも入れて考えちゃうから、気づいたらこうなっちゃったんです」
「ふうん〜」
ななは自然と流したけど、私は言葉をそのまま受け入れるお人好しじゃないもん。私が嫌いな梅干しのおにぎりだけ華恋の前に置いてあるじゃない。何時言ったかもあやふやな些細な好みまで覚えてるななが一人抜けてるのを忘れるなんて、妥当だけど綺麗な答えじゃないよ。
「おかげで今日はクロちゃんも誘えたんだし、良かったよね」
「学食のカツ丼よりは栄養も味もこっちの方がずっとマシだから感謝しなさい」
「はいはい、なんで純那が自慢げなのかは分からないけど、それで良いわよ」
ななを弁護するのか私を追い詰めたいのか、純那もこう言う時は刺々しいんだから。あ、普段もそうか。私はこの方が気楽だから良いけど。半年前の純那は観ていられなかったし。
私や純那みたいな人間が丸く見えるとそれは何処か壊れてる証拠だから気を付ける方が良いわよ。私も人の事言えないわね。
「でもまひるちゃん、明日は来るって言ってたよ。明日はみんなでお昼出来るね」
明日のお昼はどうでも良いけど、まひるが登校するってなら他の入団希望組も一段落したって事かな?
「そう?なら双葉と天堂真矢も来るって事?」
「それは……多分そうだよね?」
この言い草だったら華恋も知らないようね。多分同じ劇団に入るならスケジュールは大抵一緒じゃないかな。
そんな事を口には出さないままジュースのパックを取ったら、何故か純那と目が合ってしまったわ。テーブルの上に倒れたまま、なんて言うか……見てるだけでイラつく表情でニヤリとしてるのが気持ち悪い。
「気になったら直接聞いたらどう?天堂さんに」
「別に天堂真矢だけ意識して言ったんじゃないけど!?」
挑発に乗って言っちゃったけど、言ってから後悔してしまう。ムキになっちゃうと認めてる見たいじゃない。純那と意気投合したのか華恋もこっち見てるし……。
「へぇ〜そう?ならそれで良いわよ」
「か、華恋にまでそんな事言われるだなんて!」
ああもう!私の前であんた達だけで笑い合うんじゃないわよ!
授業が終わった後のトレーニング。オレンジ色の夕暮れはもう沈んで東の空では黒が押し寄ってるのが見えと、昼が短く夜が長い冬だと実感出来る。今日もこのトレーニングルームには私一人だけ。最近はこうして一人で居られる時間が増えた感じ。何時も私より一歩先に来てるアイツも居ないし。
みんなやる事が多いから仕方ないよね。とっくに卒業後の進路が決まった私の場合は運が良かったって何度も感じるんだから。
誰も居ないトレーニングルームを独り占めして床を蹴り何度も高く飛ぶと私は汗だらけ。腕と脚が重くなりつつあるけど、頭は日差しを浴びて登校する朝のように清らかになれるわ。舞台の上に立ってる時だけは、無駄な考えは全て消えるから。
ずっとそうやって練習を繰り返して、水分補給の為に瓶を取ろうとした時、何時からそこに居たのかななが声を掛けて来た。
「クロちゃん、ここに居たんだね」
「なに?遅い時間にここまで訪ねるだなんて」
ななは制服に着替えてバックも持ってた。下校する用意もしてなんでここに来たのか疑問に思ってそう言ったんだけど。
「クロちゃんが一人で寂しくないかな〜と思って」
どうやら私を追いかけていた理由がありそうね。
「いやいや、私って寂しななど知らない女だから」
「あはっ、実はクロちゃんに聞きたい事がありまして」
「そう?昼にでも良かったんじゃない?」
「でもふたりっきりで話したかったんだもん」
ああ、こういう時のななの笑顔は何て言うか、確かにお人好しで優しい性格だって分かってるのに、裏がありそうで禍々しいんだよね。
「なんた、怪しいな。急に何の話?」
「ふむふむ、そうだよね。最近感じたんだけど、クロちゃんは執着しすぎと思うの」
「はあ?」
「真矢ちゃんに勝ったのかむしろ裏目にでたのかな?」
その名前が出た瞬間から、私は冷静では居られない。
「何が言いたいの?」
冷たい声で睨み付けても、ななはずっとその表情のままピクっともしなかった。むしろ予想してたのか、私の方に一歩づつ歩いて来たわ。
「私ね、真矢ちゃんにずっとずっとずっと何回も何十回も、もう覚えられないくらい勝ったけど、渇いたままだったの。クロちゃんに勝った時も……多分そうだったかな」
言葉の最後に付ける私への笑顔は、私なんかは見えてなかったとの挑発。
「私は安い挑発には乗らないわ」
「あはははっ、冗談冗談。クロちゃんたら真面目になっちゃって。私が何が言いたいのか実は分かってるでしょ?鈍感なふり?それとも本当に空気が読めないのかな。私たちの中に空気読めない子は私一人で足りてるんだけどな〜」
ななは話を止めてから爪先で立ち一気に私と距離を取った。私から3メートルくらい離れた次の瞬間、私に向かって大きく台詞を投げてくる。
「次のオーディションか〜まだ実感が湧かないな。だってまだはっきりと目に焼き付いているもの。私達のスタァライト!皆んなで作った最高の、私達だけの舞台。もう作れないのかな?同じ舞台は……」
私はすぐ気づいた、これは「大場なな」が自分を演じているのだと。
相手は私一人だけなのに、ななは体を広く動かして存在しない2階席に向けての演技も忘れず、ここを舞台の上に変えてしまう。
過去に縋り虚像を追い求めた自分を私にぶつける。
なぜ?
私が目でその疑問を表したけど、ななはやめる気はなさそうだった。わざと足で音を立て、今度は反対側に歩いて行き私の方を振り向き私を睨んだ。
そして今度は別人となる。
「恵まれた体躯、素晴らしく伸びる声、舞台全体を見渡せる広い視野。なのに、貴方は何故!」
私が、過去のあんたと同じって言いたいの?大場なな
「あははははっ!!」
私の叫びは視線に込めただけなのに、ななは私の心の中を見抜いたかのように笑った。やっぱり禍々しい。
「私の先走りだと思いたいんだけど、私は隠されたのを捲ってやっと気が済むの。最近のクロちゃんを見てるとね、舞台少女の死が、クロちゃんには印象弱かったんじゃないかな〜と心配になちゃって」
「私がそんなに柔な女に見える訳?」
「さぁ、どうだろうね?作る者の目、演じる者の目、私の目に西條クロディーヌは一人の俳優に見えているのかしら」
「何を言い出すかと思えば」
よくも戯言を。
「作る者、演じる者、二つの目で私一人を見てるのなら、あんたはそこで終わりよ。大場なな」
まだその二つを全部抱え込んで私を評価する?そんなの許せる訳がない。
「へぇー……それ、良い言葉だね」
なながそう言った時、なんだかななの眼からきらめきが見えた気がした。
でも、それじゃダメだよ。そんな何でもない言葉一つに感化されちゃね。隙だらけじゃない。新しいおもちゃを見つけた子供のようにね。
気の抜けたななを、お姫様のように私の腕の中で抱くのは簡単だったわ。私より背の高い女を相手にするのは慣れてるから、一瞬で十分よ。
はい、おしまい。抱かれてるななは可愛いわね。
「えっ、クロちゃん?」
私の動作に合わせて動いてくれたくせに、今更私の名前は何で呼ぶのか分からないけど、今日の劇は私が締めてもらうわ。
「私に良い言葉は要らない。だから欲しければあげる。条件はなな、あんたが私の燃料になるのよ。なれる?私を燃やす燃料に」
顔をピッタリと合わせてそう囁くと、見えてないけどななは笑っていた。間違いなくね。ななは私に抱かれても圧倒的な存在感で笑っていると、その感情を私に伝えたから。
「どう?もう私が見える?」
「うん、眩しい。きらめいてるよ」
「当たり前よ。私は炎だから」
「囚われ変わらないモノはやがて朽ち果て死んで行く」
だから、舞台少女の死が何時だって私は関係ない。
心の赴くままに、舞台を焼き尽くしても、私は何時までも燃え上がるから。
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選ばなかった過去たちへ静かに捧ぐ讃美歌を
レビュー、それは歌とダンスが織りなす魅惑の舞台
舞台少女のキラめきを感じれば感じるほど、照明機材が、音響装置が、舞台機構が勝手に動き出す。芝居に、歌に、ダンスに、舞台少女のキラめきに、の舞台は応じてくれる。
最もキラめいたレビューを見せてくれた方には、トップスタァへの道が開かれるでしょう。
運命の舞台に立つ者、無限のキラめきを放ち、全ての才能を開花させ、時を越えて輝き続ける、永遠の主役。
興味無かった。そんなものには。
第99回聖翔祭スタァライト。
唯一それだけが目を焼かれる程眩しかったから。
朝の5時、うるさくなるアラムに起こされた大場ななの部屋には春雨の音も満ちていた。ベッドから覗ける窓を通して床に就く前に確認した天気予報通り雨が降ってるのを確認したななは、夜の間めちゃくちゃになった髪の毛と布団を整理する。
ななは朝の空気を寒くさせるこの雨があんまり気に入らなかった。雨の音や雨の日の静かさが好きな人ならいくらでも有るだろうけど、湿った空気が好きな人は無い。不快指数は一般的な数値だから。そのへんでは大場ななもごく普通な感性の持ち主。それに雨の日は何時もより一歩早く学校に行く準備をしなきゃならないのも気に入らない理由の一つだ。毎日のように行き来してる学校までは遠いとも近いとも言えない距離なので、天気にはよく神経質になってしまう。
起きた直後にシャワー。その後は朝ごはんを作って昼の弁当を用意する。で、服を着替えたらもう定時までギリギリ。
玄関から出る前まで交通手段に悩んだななは、最後の最後に来てやっと決めた。こういう天気なら自転車の方が危ないと。故にななは愛車のキーを手に取る。雨での運転に自信があるってわけではないけど、もう歩きでは時間が足りないからどうしようもない。
久々に運転席に座ったななは、一気に学校まで飛ばす。
青嵐総合芸術院、創立から約40年もジャンルを問わず様々な分野で数多く人材を出してきた名門。その中でも舞台学科ステージ専攻は100年以上の歴史を持った有名校にも並ぶくらいに成長した。
ななの職場はその青嵐。舞台学科ステージ専攻1年生担当教師、大場なな。現在の肩書きはそれだ。
「おはようございます」
先に来ている先輩教師たちに軽く挨拶をして職員室に入ったななの席は入り口のすぐ近い新入りに相応しい席。そこに座ったどたん、隣席の先輩がすっと体を寄せて近づいた。
「大場先生、そろそろリストアップしたいんですけど、今年の1年はどうですか?選手権に出せる見込みのある原石は?」
いきなり降って来た質問。勿論朝からこんな話を出してくる理由は、ななも知っている。全国高校演劇選手権、優勝を狙うならそろそろ形にしなきゃいけない。
「そう…ですね。目立つ娘は居ますけど、まだもっと引き出せるような娘も居て今は誰って言いずらいんです」
「ああ〜なな先生の目を信頼してますから、1年生の方はよろしくお願いしますよ」
選手権は基本的に2年生が中心となるが、才能で1年や2年の差くらい飛び越える人材はいるものだ。教師としては全員の能力を引き出すのが理想的だが、この先輩が才能のある新入生を欲しがる理由も、ななは知ってる。
人気に耳を立て周りを確認した先輩はもっとななの耳に近寄った。
「学科長、今年こそ選手権優勝を取るべきと言ってるみたいですよ。今年は忙しくなりそうです」
「あはは……頑張だって叶えられる事じゃないのに」
押して出来る事もある一方、そうじゃない事もある。振り回されるのは何時も現場の人たちなのだ。
「今年は審査委員に天堂さんが出るらしいんですよ。まったく最近は全部新国立だな〜それが現実だけど」
「天堂さん?」
「天堂真矢さんですよ。大場先生と聖翔同期の」
「え、真矢ちゃんが審査委員?」
それは初耳だった。その名前だ出た途端ななは相当慌てているように見える。不安にも見える意外な一面に先輩は首を傾げる。
「知らなかった?昨年だったかな……新国立退団してから活動中止だったけど丁度この前に協会に入ったらしいですよ。大場先生は顔が広いから知ってたかと」
「そう…でしたか。いやぁーちょくちょく連絡取り合う中は同期の中でもほんの一握りでして。ははっ!」
笑いで誤魔化したななはまだ浮かない顔のままモニターの方へ目線を移した。
半分は本当、半分は嘘。昨年末に真矢が退団した事までは存じていた。大抵の学生時代の因縁がそうであるように、遠のくと連絡は段々減り、知らない内に途切れる。聖翔を卒業してから、ななの99期も似たようなものだったけど、ななは直接連絡を取り合わなくなった友達がどうしているのか調べられる限りは一歩通行でも調べて来た。その中でも天堂真矢はマスコミで調べられる有名人だったので公式な情報なら全て頭の中に入っていた。
でも、その真矢の行き先が劇団じゃ無かっただなんて。
「もう、誰も残ってないわね」
ななは独り言を小さく呟いた。
お昼のななは自作弁当の蓋を開けたまま、食事よりスマホをいじった。
『新国立第1歌劇団は世代交代の中、空に登る新たなスタァ』
真矢の名前が載った最後の記事はもう何ヶ月も前のものだけど、それは変わらず天堂真矢の名前が載った最新の記事だった。真矢の父親で協会のお偉いさんの天堂さんに付いてなら他にも幾つかはあるけど、娘の方はさっぱり。
「本当に辞めたんだね」
ななに取っては「あの天堂真矢」が舞台から降りるなんて信じ難い話。舞台女優じゃない天堂真矢だって現実感のまったく感じられないけど、先輩からもらった大会資料には間違いなく天堂真矢の名前が書かれてる。
「真矢ちゃんだけは奈落で見上げる様になっても、舞台の外には出ないと思ったのに」
聖翔を卒業してからは一度も舞台に立たなかった自分が何だかんだ言える立場ではないと分かってるけど、ななの奥深くに何とも言えない喪失感みたいなのが刺さる。
感情に押されたななは、またスマホを手に持った。
『華恋ちゃん、真矢ちゃんが演劇やめたって知ってた?』
その前触れもないメッセージに1分も経たず返事が帰って来た。
『いや、今初耳だよ。他の劇団に移るんじゃなかったの?』
『ちょっと調べたんだけどね、劇団じゃなくて協会に入ったみたい』
『まじ本当?じゃぁ私たちの中で現役は香子ちゃんしかなくなったのか』
花柳香子、花柳彗仙はおそらく13代目を託せる逸材が現れるまでにはずっと舞台に立つってななも知ってる。そうするしかないから。香子が背負っているのはそういうものだ。
『変だよ。私、真矢ちゃんはずっと俳優で居続けると思ってた』
『その考えはノンノンだよ。舞台少女じゃなくても毎日進化中なら良いんだよ!私たちもう少女じゃないけどね!ワハハ」
文字だけのメッセージでも華恋は相変わらず前向きだった。
『そうよね』
『やれやれ、うちの可愛いばななちゃん凹んでるのかな。仕方ない、私が遊んであげなくちゃ!店はひかりに任せられるから何時でもいいよ。週末にでも見ようか?』
『うん、そうしよう』
『私とばななは決まりで、近所に住んでるの星見さんしかないけど、来れるかな?』
『ふたりでも十分よ。ありがとう』
『でも連絡はしてみるね』
知らないけど純那まで呼び出せるのは難しいんじゃないかと思ったが華恋を止めはしなかった。自分以外にも連絡する友達が居た方が、純那も少しは喜ぶんじゃないかと思ったから。
「結局私たちの中でスタァになったのは純那ちゃんだけね」
ななは複雑な感情で、指導書と積み上げた資料の間に挟んで置いた小説一本を眺めた。「眩しい少女」と言うタイトルの下に書かれてる作者の名前は星見純那。聖翔音楽学園俳優育成科出身、早稲田大学文学部首席卒業、今はそんな肩書きなど要らない有名作家。
少し心が緩んだななは箸を持ち上げた。
「美味しい」
北海道露崎ファーム産地直送の野菜がいっぱいの大場ななの手作り弁当。自分で言うには何だけど、今日も材料も腕も完璧だし美味しいに違いない。
「はぁ…」
どうせ大抵に人生はこう流れるのだと、ななは自分に言い聞かせた。でも、心の靄はそう簡単には晴れない。
一日中らしくもなくななは早く帰って休みたいと、頭がいっぱいだった。まひるが送ってくれた食材もそろそろ尽きてるし車も出して来たから買い物するなら今日なのに、それすらも面倒に感じた。
なので定時になった直後、ななは一番早く職員室から出た。少し歩けば校舎の裏には駐車場がある。そこに停まってる黄色い愛車の前で、ななは思ってなかったシルエットと出会した。
頭半分くらい小さい背の普通な体躯、右寄りに結んで腰まで伸びた髪の毛、舞台の上でのみ外す分厚いメガネ。ななが知ってる限りそう言う女は一人だけ。
「純那ちゃん?」
「……なな?」
「どうしたの?なんでここに?」
直接会ったのも結構昔の事、嬉しいのは同然だけど久しぶりに会った友達に対する嬉しさより、何でここに来たのかがもっと気になった。知らないけど友達の職場まで呑気に来れるほどの暇は無いはずだから。
なのに純那は、ななとは違う意味で開会の友達の顔じゃない。ニコニコして近づくななと目が会った瞬間、吠えるよう叫んだ。
「今まで何処にいたのよ!」
「え、ええ?学校だよ?」
教師が平日に学校に居るのは同然な事なのに、どうしてそんな事を叫び声で聞くのかななには理解出来ない。なのに純那の眼は燃えるように本気である。
「一体何して今更現れたのよ!なな、本当にななだよね?」
「え…私だよ。どうしたの?純那ちゃん」
「どうしたのはあんたよ!今まで…急に居なくなって!」
泣くように叫び続ける純那は、ななを腕を捕まえたまま放せてくれない。
「ううん?ずっと家と学校の行き来だけだったよ?」
「私が今まで貴方をどれほど探したと思うの?ずっとずっと探し続けたのに、なのになのに、急に愛城さんから一緒に会いに行こうって、だから私は冗談だって、愛城さんちょっと空気読めないところあるから悪い冗談だと思ったのに、なのに何で!」
「愛城さんって華恋ちゃんの事だよね?」
「早く答えなさいよ!今まで何してたのよ!なな、青嵐には何時から?それに教師って、私が探してた時には何も無かったのに、幻みたく消えてた!」
もう涙いっぱいで泣き叫ぶ純那の言葉は理解出来ない事ばっかり。何にそんなに怒ってるのか、ななとしては分からなかったけど、目の前の純那を落ち着かせるのが先だった。冷静に純那の目を見て話したかったけど、それすらもままならない。
「先ずは落ち着こう?純那ちゃん、うちの学校にはもうずっと前から……あれ?」
単語から感じられる違和感。自分の口から出たはずの単語から異物感が走る。
うちの学校って、青嵐だったけ?
「帰る時間ですよ、大場ななさん」
「え?」
それは頭の中に鳴り響く中低音の声、耳の聴覚が捉えた音ではなかった。だが、何処から聞こえてきたかは感じられた。その方へ、ななはゆっくり後ろを振り向く。
頭の上に垂れた巨大な生き物の影、後ろ向いたんそこでは、巨大なキリンが自分と純那を見下ろしている。
「もう何度目か分かりませんね。貴方の迎えにくるのは」
「キリン……?」
「無限な輝きを放つトップスタァ、舞台少女が目指す頂点。ですが、トップスタァが居なくても、舞台は存在し続ける」
曇り空の下で時間が停まったように、雨は降らない。雨粒たちはその場に立ち止まり何も動かない。純那の泣き声も聞こえない。
喋るキリンを見上げながら、ななは立ち止まっていた。
非現実的なシーンの中に落とされたけど、何故なのかななは戸惑いを感じない。自然とこのシーンに溶け込む事、それは自分の役だと、心の向こうから声が聞こえてるから。
「ここは何処?貴方は何者?私は、誰?」
「ここはオーディションに合格し星のティアラを手にいれトップスタァとなった貴方が選ばなかった過去。ですが、キラめきが消えるとしても舞台は止まりません。観客が望む限り」
「ここが、私の選ばなかった過去?」
「そう、ここに貴方の役はありません。貴方の運命の舞台はここにありませんから」
ななは思い出した。運命の舞台、ななの運命の舞台は第99回聖翔祭スタァライトだったはず。だから何度もそれだけを求めて。
「私がキラめきを奪ったから……」
「キラめきを失っても、トップスタァを失っても、残された役者たちは自分の役を演じ続けます。だからこそ劇は止まらない。観客が望む限り舞台は続く。それが舞台のことわり。燃え尽きる舞台の火が消えないように貪欲な観客たちが喜んで差し出したキラめき!その輝きで貴方たち舞台少女がもう一度観客たちにキラめきを与えるのは同然の使命!」
「キラめきの再生産」
その言葉を待ったかのように、キリンは首を下ろしてななに近付いた。
「分かります。だから、ななさんもこれから貴方の役にお戻りください。観客たちがそれを望んています」
「そう、私は私の役に戻らなきゃ」
青い照明の差す舞台の上で、ななは純那の手を離した。
「さよなら、星見純那」
wi(l)d-screen baroque
2019年5月15日、星光館の2人室
大場ななは朝早く目を覚ました。
「おはよう、純那ちゃん」
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あたしの帰る場所は
「じゃ、これくらいにしますか」
「ああ」
クロ子との特訓はいつも厳しい。立っているだけで心臓の鼓動が感じられ、息は苦しく、手足は重い。あたしはこんななのに、やっぱり学年次席にもなるお方は、こんな遅くまで自主練を重ねても何ともないらしいな。今まで数々の事を学んだが、何をしようが緩みのないペースを維持しても最後まで鈍くならないあいつを見てると、同然悔しい感情が溢れ出す。
今のあたしが最初クロ子に教えを頼んだ頃の西條クロディーヌにも及ばないとは思わないが、その間クロ子も成長した筈。考えてみると同然なのかも。
あたしが一歩踏み出す間、教えてくれたクロ子も一歩成長出来た筈に違いない。だからこそクロ子との訓練はやり甲斐が有る。最後まで付いて行けるって事が昨日より成長したという証明になってくれるから。
だからこそ残念で気に掛かるかも知れない。香子に付いて行く為に払ったあたしの1年、あの地獄のような受験生としての時間が朧げになるくらい時間が経ったという事も、頭にも体にも染み付いた聖翔での生活がもうすぐ終わりを迎るという事も。
「クロ子と遊べるのもそろそろ終わりか」
次にこんな時間を持てるかは誰も知らない。クロ子はフランスに行くだろうし、そうでなくとも各自自分の道に進むと誰だって会う事は難しくなる。
だかららしくもない恥ずかしいセリフを口に出したのに、こいつは雰囲気と言う事を知らないのか、ふっと笑うだけだ。
「じゃぁ、これからは新国立組でやりなさいよ」
「それは嫌だな」
「何で?」
あたしの答えが意外だったのかクロ子は首を傾げた。
「同じ場所で同じ位置を目指す以上、お互い競い合う関係だろう?もう学生でもないのに、互いに刺激して一緒に成長する青春ドラマなんかはごめんだ。だったら落ちこぼれになるのは今一番弱い自分になるから」
「何でらしくもない弱音吐いてるの?今更自信でも失くした?」
不満なのかクロ子から冷たい返事が返ってきた。まぁ、こんなの言ったらその反応が同然だろう。でも言っておきたかった。せめて貴方には。
「自信は有る。自分自身を信じるのが「自信」でしょ?誰にでも勝てると根拠のない前向きよりは、あたしの気量を冷静に判断してその中で勝つ方法を探す方が自分を信じるって事になるだろう」
言葉のあや、詭弁だと思っても構わない。良くも悪くも、これがあたしの覚悟だから。
「へぇー」
なのになんだ?この微妙な反応は。
「双葉らしくない能弁ね」
「何だとう!?」
「冗談よ」
逆に戯言とでも言って来たら何ともなかっただろうけどな……だからと言って、こっちに人の良さそうな笑みを見せるクロ子にキレるのも出来なかった。
この娘西條クロディーヌ、表にはいつも軽く明るく見せる所があるけど、その明るさはわざと作った演出ってのがすぐ分かるタイプだ。子役出身だからか?芸能人に要求される自己演出が上手だけど、それが上手に見える自体が作った演出って、人に教えてるようなものなんだよな。
でも、そんな一面があるから香子には死んでも絶対言えない事も、クロ子なら大丈夫だろと思ってしまう。それに、香子に認められたい気持ちと同等にクロ子にも認められたい。
「何年が掛かるか知れないけどさ、天堂にもまひるにも、誰にだって勝つって覚悟は本当だ。そしていつか香子の所に帰った時も、後ろじゃなくて隣に立ちたい。いや、前に立つから」
あたしは人なら誰だって持ってる承認欲求を西條クロディーヌの前に剥き出しにした。
なのに、あたしの期待を裏切るようにクロ子の顔からは感情が消えていた。
「いい話だけど、その「帰る」って考えはしない方が良いよ。そう考えてると一人になっちゃうから」
「……それはどういう意味だ?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと変に聞こえちゃったかしら?いつか香子と同じ舞台に立ちたいってのは良い。それは私も良い目標だと思うよ。でも、「帰る」って言葉には魔力があるの。こっちからいつか帰る旅人になる必要はないからね。遠からず去る人が自分の舞台に立ってる人間に勝てる?果たして追いつく事が出来るかな」
言葉を紡いだ途中、クロ子声はすごく低い声に変わっていた。珍しく冷たいと言うか、あたしの思う西條クロディーヌらしくない、空恐ろしさが滲み出る声に。
そしてあたしを見下ろすその眼は綺麗すぎるて何とも言い返せない。
「私も同じ。ね、双葉は西條クロディーヌが日本人とフランス人のどっちだと思う?」
「ん?そりゃ…まぁ…」
「私は、ここから行く。そこに帰る。どっちだろうね」
悔しくもクロ子の質問にあたしは何も言えなくて同然だった。そりゃ、あたしがそんな事考えた筈ないから。
あたしにとって西條クロディーヌという女はわたしと同じ聖翔99期同じクラスの友達「クロ子」でだけで、少し加えたらフランスとのハーフで幼かった頃は芸能界で活躍した天才子役、聖翔に入学してからずっと学年次席。なのにどっちかって、答えしにくて同然だ。クロ子もそれを知った上での質問だろうけど、あたしは悔しくてどう仕様も無い。それはクロ子の事でありながら、あたしの事でも有る。なのにあたしは何も言えない。
あたしがそのまま固まってると、クロ子が先にあたしの肩を叩いた。
「そんな深く考えないでよ。正解なんてないから。実は私も知らないの」
そう言ったクロ子は、あたしの初めて見る表情をしていた。表には笑ってるけど、目が笑ってない曖昧模糊な表情。
「どうせ私みたいな欲張りは両方もらうけどー」
「クロ子にはそれが似合うかも知れないな」
あたしは捻るんじゃなくて心からそう思った。クロ子は自分が欲しいものは全部手に入れようと足掻くのが似合う女だし。多分そこでも足掻いて藻搔いて最後の最後にはやってやるだろう。
だったらあたしは、どう考えれば良いんだ?
「ただいま」
寮に戻ったら誰も居ない部屋の中にあたしの声だけが響いて返って来た。中を見回してみたけど、香子のベッドの上に抜け殻のような制服が散らかってるだけで、香子本人の姿は見当たらない。
「何だ?香子のやつ、どこ行ったんだよ。ったく」
正直な所、服の整理もまともにやらないやつのお世話をするのは面倒な事だ。あたしは昭和の妻じゃないっての。こんなものにまで手を出さなきゃいけないのかとため息が出てしまった。
でも、こんな所にまで手を出さずには居られないあたしにも責任があるかもな。結局はあたしが香子を甘やかしてる。
「もういい、帰って来たら自分でやらせる」
そうだ、私の仕事じゃないし頼まれたのでもないのにこっちからやってやる必要はどこにもない。
面倒見の本能に勝ったあたしはすぐベッドに倒れ込んだ。自主練で汗だらけで少しは臭いだろうけど今は何もかも面倒だ。これはね、香子の事も言えないよな。
ぼうっと倒れて天井の蛍光灯の灯りを見てると時間が止まったみたい。休まずあらゆる雑談を吐き出す香子がいないと部屋は静かで、相変わらずあたしの脳内ではクロ子の声がルーフして流れている。
「そんなのあたしは知らないっての。それにあたしがどうしようと勝手だろ。まったくクロ子のやつは人に余計な事吹き込むのは上手なんだよな」
でも誰を恨んでもこの雑念は消えたりしない。こういう時に気楽にベッドの上で横になりこうしてああしてって、どうでもいい話しか出来ない香子が隣に居たらとっくにこんなのは頭から吹き飛んだだろうに、今は何処で何をしているんやら。こんな時間まで一人でする事なんかない筈なのに。ったく。
体を動かしたら忘れられるんだろう?でもクロ子のおかげで今日分の体力は使い切った状態だ。
「鍵、何処だっけ?」
外の空気を吸ったら楽になれるかもと思って、あたしはポケットを確認したが当たり前に何もない。いや、常識的に考えてジャージにバイクの鍵はないか。それからあたしは下校した時に制服ポケットの中身を全部机の上に置いたって事を思い出した。
なのに横目で確認した机の上から、バイクの鍵だけが見当たらない。
……!
「あ……またかよ」
香子のやつ、また勝手に持ち出したな。
それから30分程だった時間。白いバイクが一体、静かに星光館の敷地内に入って来た。ヘルメットを被った犯人の顔を確認出来たいが、その正体なんて知れた事だ。
「御帰りなさいませ、お嬢様」
「ふ、双葉はん」
あたしのバイクを押してる香子の様子を見る限り、何をして来たのかは明確だ。完全犯罪を試みて路地からエンジンを止めて来たのはご苦労様だけど、本当に完全犯罪を成功したかったらあたしより先に戻るべきだった。
あたしと目を合わせない様子から反省はしてるようだ。いや、そんな訳ないか。
「そっちこそ、クロはんとさぞ楽しかったようですな」
少しは弱腰に出るかと思ったが、すぐ切り替えて堂々と出るようじゃ、いつもの香子だ。
「まぁな、お前は一人でも楽しそうだな。いや、あたしのバイクと二人か」
「そ、そうとも。もうウチの物と同然どす。当たり前の事やん」
堂々としてのか慌ててるのか曖昧な態度の香子はヘルメットで顔を隠してるけど声は隠せない。バイクを停める姿も何だか自然には見えない。
「香子、練習したかったら先に言えって何度も言ったろ?一人じゃ危いって」
「そういう双葉はど素人の時からウチを乗せてたでしょ?」
「はぁ?あたしは何年自転車であんたを乗せてたと思うんだ?」
「それとこれは話が別やろ。バイクと自転車は別物どす」
そりゃ合っては合ってるけど、あたしが誰のせいでバイクの免許取って3年もずっと後ろの乗せてたんだと思ってるんだ?最初から喜んで乗っといて今更どの口がそんな言葉を。
「ウチだって双葉に出来たのなら楽に出来ます」
「よう言ってるけど、実際今はまだ下手だろ?お前一人で事故でも合ったらどうするんだ?バイク任せるって言ったのはあたしだけど、それはもっと練習してからでもいいじゃん」
「それは双葉がウチの面倒を見てくれる暇があらへんから。違います?そもそも双葉が悪いんやん。そう不満ならもうええわ!乗らへんから!」
そう声を上げた香子はあたしにヘルメットを投げつけた。
あたしだって最近は色々有って構ってあげなかったのはわかるけど、こんなに恨まれる事はないと思うんだけどな。
「またあたしのせいかよ」
「ふん、ウチが誰のせいでバイクの免許取ってこうしてるんだと思います?そもそも双葉に心配なんか要りまへん」
もうため息しか出ない。
「分かったよ。はい、任せたあたしが悪いんだな。バイクは返さなくていいからもう好きにしろ」
「え、双葉?そうじゃなくて」
後ろから香子がなんか言ってたけど、あたしは耳を仕向けなかった。あたしが要らないんなら、面倒を見ると押し付ける理由はない。
客観的に考えてあたしはあんまり面倒見の良い性格って訳じゃない。やりすぎに見えるくらい面倒見の良いまひるや、一歩後ろから見守って必要な時に支えてくれるばななみたいなやつらとは違うと言えるだろう。なんだかんだで守ってあげなきゃいけない娘と幼馴染になってしまった為こうなっただけだから。
そもそも面倒を見るってのは面倒見られる相手より上の人間に出来る事だ。親子、兄弟、先輩と後輩。そんなふうに上の人から下の人に。面倒を見るってのはそういう関係。悪く聞こえるかも知れないけど、私の場合は面倒を見るより香子に仕えると言うべきじゃないかな。あたしはそういう関係でも構わないが。
花柳香子という女に仕えるのは、周りから見てあんまり楽しそうな仕事ではないと思う。ああして、こうして、要求はキリが無いし、自己中心的な性格によいしょする役は理不尽過ぎる。でもその同時にあたしが要らなくなる時が来るとも知っていた。あたしは香子の後ろに付いて行くのも背いっぱいだったから。
それでもあたしは逃げようとした香子を止めて、今度は香子の隣に立つ為に旅立つ決心までしといて、いつになるかも知らない未来に悩んている。何故だろう?理にかなう理由などない。香子にあたしが必要だったと同じに、あたしにも香子が必要だから。結局相手から卒業出来ず束縛されてるのは香子ではなくあたした。認めるしかない。
「双葉、寝てます?」
短い冷戦で先に敗北宣言をしたのは香子の方だった。灯を消して自分のベッドに入り布団に入っても互いの息音まで聞こえる狭い寮の中でルームメイト同士の喧嘩など長引き出来ない。
それでも今晩くらい意地悪したい気持ちがなかったとしたら嘘になる。このまま無視して寝るふりをしようかと少しは悩んだけど、やっぱりそこまでするのはあたしの性に合わない。
「寝てねーよ」
「まだ怒った?」
あたしが気軽に答えると、香子の声がちょっと明るくなったように感じる。
「何であたしが怒るんだよ」
「だってだって……」
似合わなくあたしの機嫌を伺う声を聞かせると、もう意地悪なんか出来なくなる。こうなったらあたしが悪いみたいじゃないか。
「はいはい、もう怒ってないよ」
「よかった。じゃぁこれからは秘密にしないからお許しくださいませ」
「もうそんな必要もないよ。免許も取ってるのに今更あたしが止めるのもおかしいし」
「ほんまに?」
「ああ、そうよ」
間違ってはない。香子は努力して免許取ってるから法律で国から許可をもらったのにあたしがやめさせる権利はない。そもそもバイクを任せたのもあたしだし、一人でやれるってんなら、それが良い。
「本当かな〜?ウチの前だから強がってるんじゃありまへん?」
「香子に強がってどうするんだよ」
「ふーん?心の中では「香子にもうあたしは要らないって言われたらどうしよう?」と心配してるのかも知れまへんし」
香子は大げさに演じる声で全然似てないあたしの真似までして、笑っていた。コイツ……少し持ち上げるとすぐこれなんだから。
「それはお前がするべき心配だろ?」
「そうどす。ウチがその心配をしてるから双葉の心配などすぐお見通しどすえ。ウチらの考えてる事なんか違いありまへん」
「はあ!?」
「早う告白したらどうどす?「あたしが要らなくなったようで怒ってたんだ」って」
香子のざれごとに、あたしは「何恥ずかしい事言ってるんだよ!」とは言えなかった。そんな事を言ってしまえば取り返しのつかないから。
「ウチは常時一緒に京都へ帰るってお言葉を待ってますんや。いつでも声を掛けてくださいませ」
「ぜってー言わないからな!」
「それでも待つだけどす。では、今日はもうお休みなさい」
香子はそのまま布団の中に顔を隠した。
あたしにあたしの顔は見えないけど、多分赤くなってたんだと思う。月明かりもない暗い夜でよかった。
やっぱあたしは香子に束縛されたままだ。どうやら、あたしはこれからも香子のそばに帰るつもりで生きて行くしかないようだ。
それがあたしの本音だから。
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君の手から、その星を奪いたかった。
「私はフローラと」
「私はクレールと」
「運命の出会いをした」
「行こう、一緒に。あの星を摘みに」
記憶を無くし闇の中に堕ちても、決して屈する事無く、塔の前に立ち向かう孤高で強い少女。
それが私のクレール、私の中のクレール、私が作り上げたクレール。
私は第99回聖翔祭、スタァライトの舞台でクレールとなり、星を摘んだ。私のクレールの為なら私は何度でも星を摘みに上がれる。どんな逆境が襲っても、どんな誘惑が阻んでも、決して屈する事無く諦めずに、塔の前に立ち向かえる。
だから私は、私のクレールの為に君に奪われたその星をまた奪いたかった。
私の中のクレールの為、私が作り上げたクレールの為、私自身の為に、この鬱憤を晴らしたい、ぶつけたい。
その星を、この手に掴みたい。
だけど私は君の手からその星を奪う事は出来なかった。
導火線に火を付ける前に、バケツに溺れてしまった夏の日の花火のように何も叶えず、始まる前に堂々と「どんと来い」と言ってた君は居なくなった。
君は見捨てた主役を取り戻しても、誰もがそれを当たり前の事に受け入れるだろうと、他の誰よりも私自身が一番よく知っている。
不動の学年首席、親の七光、サラブレッド。私が他人の後ろに立つ姿を想像出来ない彼女達の前で、私がその星を取り戻しても、それは彼女らにとって「天堂真矢」の新しい成就ではないから。
守る為ではなく奪う為の戦いが、もう一度やれると思ったのに。
神楽ひかり、君は君の星を捨てて去った。
だから私は、魂を空にして空っぽの器となり、その中に輝くその星を照らした。
「小さな星を摘んだなら、あなたは小さな幸せを手に入れる。大きいな星を摘んだなら、あなたは大きいな富を手に入れる。その両方を摘んだなら、あなたは永遠の願いを手に入れる」
「星摘みは罪の赦し、星摘みは夜の奇跡──」
「これが星摘みの塔。綺麗だけど怖い。そしてなぜだろう……私はこの塔を、知っている。私はあの頂で星を掴──」
「ちょっと、天堂さん」
遠く空高く立っている星摘みの塔を見上げていたフローラの声は止まり、あの星摘みの塔に向けた視線と腕ゆっくりと下がる。
セリフが止まり、舞台は途切れた。
舞台が途切れた瞬間、フローラとクレールの二人を包んだ空気もまた、遠い星の、ずっと昔の、遥か未来から、東京の、今この時の、聖翔音楽学園の教室に戻った。1年に一度の、夏の星祭りから殺風景な教室の中に。
台本を次のページに捲る為に動いてた指を止め、雨宮詩音の目線は、立ち止まったフローラ、演技を止めた天堂真矢に向かった。
天堂真矢の目線もまた、消えてしまった星摘みの塔から雨宮の方に向かう。
「はい」
「いや、ごめん。続けて。いや違う……ちょっと少しだけ待って」
何を言うべきか決められず、雨宮の視線は台本と真矢の間を走る。待っても縁起の再開の合図は出てこなかった。その代わり、すごく疲れが染みついた顔で数多くのメモが書き込まれた台本を握ったまま、眞井霧子と大場ななに来てくれと手を振った。
演者達をそのまま待たせて眞井とひそひそと話をする雨宮の顔色は暗い。それから雨宮だけが一人で教室から立ち去った。すると、困った笑いを浮かべた眞井は慣れた事のよう、この場を整理する。
「はい皆ごめんね、10分後に再開するよ。あと天堂さん、終わったらちょっとお話出来るかな?」
「はい、分かりました」
眞井に二つ返事をして、真矢はずっと立っていた白いバミリから離れる事だ出来た。短い休憩時間の間、簡易舞台セットに腰を下ろした真矢は台本を手に取った。手の中の台本は、既に片手で握る形に曲がってるのが自然な形になってる。それは練習の積み重ねの証拠。
「ふぅー、結構しんどいかも」
台本に目を通してた真矢の隣にそっと近寄ったのは愛城華恋だった。
「雨宮さん、いつもと違って緊張してるらしいね。やっぱ卒業公演だからかな?」
暇つぶしの雑談に真矢は淡々と答える。
「今回、3回目のスタァライトで、観客に見せるべきフローラの姿について、まだ雨宮さん自身も戸惑っているのでしょう」
「へぇーそうなんだ……って、お互い一言も喋ってないのに分かるの?」
なんて事の何一言に大げさに驚く華恋に向けて、真矢は薄い笑みで答える。
「私も、全く同じ事をお考え中ですから。まだ私の中のフローラがどんな子なのか完全には結論が出ていません。多分、雨宮さんも」
「え?天堂さんがそんな悩みを?あの天堂さんが?」
後輩達には勿論相当数の同級生達の間でも、自分のイメージが実際より膨んでるのは慣れた事だけど、それを直接自分の耳で聴くと、流石の天堂真矢でも少しは困った気分になってしまう。
「それくらいの苦悩は有って当たり前です。一体私を何だと思ってるんですか?」
「ううん……、さぁ?」
「さぁ?って……」
「天堂さんは、天堂さんだよ」
華恋の答えは正解と言えば正解だけど、それを合ってるとするには真矢のプライドが許さない。
「同然、私は私ですが、第101回聖翔祭のスタァライトのフローラが、私と言う人間そのままではいけませんから」
「うむうむ。でもそれがどんな役だって同じじゃない?」
「私たちが3年間に渡って3回、聖翔祭で同じ演目を演じる訳を考えたら少し難しく感じられまして。それに前回のスタァライトを意識せずにはいられません。特に脚本がこれでは」
雨宮が出した3回目のスタァライトの脚本。内容自体は難しいまではない。むしろストーリーの流れは遠回りせず直線的で理解に苦しむ事は無いし分かりやすい方だけど、演者にとっては決して簡単ではないのが問題だった。
重い荷物を背負ったのは二人、フローラとクレール。
愛城華恋もまたその重さに押し潰され不快ため息を吐いた。
「はぁ、やっぱそうだよね。今度のは何だっけ?ループもの?」
「三度目の星摘み、前回のクレールと女神達を覚えてるフローラになり切るのは、思ったより難しい事でした」
「雨宮さんたら、こんな宿題を出してくるとは思わなかったよ」
頭痛が押し寄せそうな表現の重さと難しさに苦しんでる華恋の手の中の台本も、真矢のものと同じくらいボロボロになってる。
「本当その言葉通りです。99回聖翔祭で私が演じたクレール、昨年の神楽さんのクレール、そしてその2回とはまた違う愛城さんのクレール。その全部を覚えて心に抱くフローラになるのがどんなに難しい事なのか実感しています」
「そうだね。最高の脚本に合わせた新しい演技を見せなくちゃね。雨宮さんの脚本、私もすごくいいと思うよ。勿論演じる私は難しくて難しくて酷いとも思ってるけど……」
俯いた華恋を、キレイな星の前で絶望するクレールを、真矢はフローラになって見守る。
「勿論、立派な脚本の故に難しいのもありますが、私は、私の中に西條さんのフローラと、愛城さんのフローラを作りだす事にも手間取っています」
「えっ、私?私の演技が天堂さんに?」
「はい、愛城さんのフローラを作るのは簡単ではありません。そのスタァライトでは誰よりも愛城さんが眩しく輝いていましたから。私にその光が全部受け止められるか、今も心配です」
学年首席の天堂真矢の激賛を聴くのは聞くのは勿論嬉しい事だけど、華恋にはその芝居を褒められたって純粋に喜ぶのは難しい事だった。
「ううん……恥ずかしいかも。私の演じたフローラはね、今思えば」
「それ以上は言わないでください」
「え?」
言葉を遮った真矢に、華恋は慌てた表情が剥き出しとなる。
「私は私が見た通りに、私が感じたままに、愛城さんのフローラを作り上げるつもりです。本人の考えを直接聞くのは何だかルール違反の感じがしますから」
真矢の本音、真面目な態度に華恋も納得だった。むしろ圧倒されたっていうか、人ってここまで真剣になれるんだと、その言葉には覚悟が溶け込んでいると、華恋にでも分かる。
「鳥肌立っちゃうよ、天堂さん。やっぱり学年首席」
「そんなに褒められる事ではありませんよ。それに、神楽さんには本人から聞いていますし。今考えばその時聞かなかったらと思ってます」
口では後悔してるように言っているけど、真矢の顔には、ひかりと一緒に感情を吐き出し、互いにぶつかり合った楽しい時間を思い返して咲いた微笑みが広がっていた。
天堂真矢と、神楽ひかりと、星見純那だけの思い出。それは愛城華恋には無いもの。
「え──!私はひかりちゃんにそんなの聞いてないよ!ずるい!私にも教えて!」
「ダメです。聞きたいのなら神楽さんに直接聴いてください」
「ええ、やっぱずるいよ天堂さん」
露骨に拗ねっては顔を逸らす華恋。真矢はそんな華恋の耳に唇を近付ける。
「全部終わったら教えて差し上げますよ、クレール」
「あれは……何?」
「星、あれが星よ」
「星……キレイ」
「星摘みは罪の赦し、星摘みは夜の奇跡」
「何それ、難しくてよくわかんない」
「あの星を追い続ける限り、誰も私を止めることは出来ない。星を追う私は、何にだってなれるんだから」
「キレイだね。クレール」
「そう、星はキレイなのよ。フローラ」
「ちがうよ、キレイなのは、クレールだよ」
「えっ?」
「ふふっ!」
「フローラ……うふふっ!」
今日の練習が終わって、制服に着替えた真矢は一人で大道具室を訪ねた。眞井から伝えられた約束時刻に合わせて。遅い時間だけど多分ここで待ってる筈だ。雨宮詩音が。
扉を開く音が大きく鳴り響き、真矢は大道具室の中、丸く白いテーブルの上に原稿用紙の束を載せて座ってる雨宮に向けて大きく言う。
「天堂真矢、入ります」
「ごめん天堂さん、忙しいのに呼び出したりして」
片付けられてない大道具、小物、その中には舞台少女達の私物まで混じってる。大道具室は舞台少女達の3年間が宿った場所。最後の聖翔祭の話をするには打ってつけの場所だ。真矢はそう思いながら雨宮の前に立つ。
「それで私に話とは何でしょう?やっぱり聖翔祭の事ですね?」
「まぁ、そうね」
A組の首席、B組の脚本が時間を作ってまでやらなきゃいけない話。彼女らに残った最後の公演、第101回聖翔祭に関する事しか考えられない。
真矢と目線を同じくする為、椅子から立ち上がった雨宮はテーブルの上に載せてた原稿から何枚を取り上げ、高らかに力強く言葉を放つ。
「それは、クレールがいたから」
「今、私たちは――星を手放す」
「幾度も繰り返されてきた、この塔を巡る旅を終わらせ」
「さあ女神よ、武器を降ろして」
「行こう」
「私達は新たな星を求めて旅立ち」
「道しるべだった塔は役目を終える」
「行こう、女神達よ。私たちとともに」
最後まで自分の書いたフローラのセリフだけを読み終えた雨宮は、原稿用紙をターブルの上に戻す。
天堂真矢に、雨宮の声は買い被ってもこの狭い部屋すら響いてない。でも、文章に魂を宿した創作者の声ならはっきりと聞こえた。でも、彼女本人はとても満足出来てない顔で、真矢と目を合わす。
「言い回すつもりないから、単刀直入に言うわ。貴方のフローラは強い。私の考えたよりずっと。クレールを、フローラを、女神達を覚えてる天堂さんが作ったフローラは強すぎる。正直、私が貴方にどんな要求をすべきかも分からなくなったわ」
「それでは駄目です、雨宮さん」
「そうよ、私も分かってる。分かるから余計にいらつくの」
テーブルの上に散らばった原稿のように髪の毛を靡き、雨宮はテーブルを叩いた。その音と一緒に、積み上げてた原稿用紙は下へ下へと床に落ちて散らばる。
創作者として苦悩する雨宮の前に、天堂真矢もまた俳優として舞台人としてここに立っている。真矢は、足元に散らばった紙をゆっくりと丁寧に拾い集め始めた。
「自ら解釈して役作りをして披露する事だけが良い役者の素質とは言えません。監督のディレクトに従って製作者が求めるキャラーを作るのも役者の仕事です。脚本家、演出家、何であれその上を目指す者なら、堂々と私に指示してください」
「でも、私は貴方の演技を台無しにしたくない」
「何が言いたんですか?」
真矢は、白いテーブルの上に全部集めた原稿用紙を下ろして彼女と目を合わせた。
「夜の星光は大きくなって小さくなって瞬くでしょ?人間の感情のようにね。貴方達A組からその輝きを見たのよ。その輝き、貴方の演技を見て、もう一度脚本を変えたくなったわ、今になってね」
天堂真矢は、この会話から意味を感じられなかった。だって、この会話は不要な時間だから。
「雨宮さん、裏方と俳優、B組とA組は協力する関係です。ですが同時に一箇所に集まってやっと一つの作品しか作れない半人前でもあります。製作者のわがままを聞くのも、私達役者の仕事だと、私は思います」
英雄に試練は付き纏うモノ、遠慮はしない。英雄になる道を歩むとするならば、あって同然な逆境だ。
真矢が手を伸ばすと、雨宮は笑ってるけど、泣きそうな顔でその手を握る。
「貴方をフローラに選んで正解だった。天堂さん」
「ありがたいお言葉ですが、それは愛城さんをクレールに選んで正解だったって事でもありますよね?」
「それは、まぁ」
真矢が投げた意地悪な言葉に、雨宮は少しだけ答えに戸惑ったけど、すぐに返事をした。
「そうよ。今回のクレールには愛城さんが一番相応しい。私の考えは変わらない」
「それは良かったです。私もそう思ってますから」
舞台の上なら全て曝け出せる。何もかも全部全部。醜くて美しい感情を。
「でも、舞台人として彼女認める同時に、その星を奪いたくなりました」
フローラ 道しるべだった塔は役目を終えた。
クレール 目指すべきものが何か、どこにあるのか、わからないけれど……
フローラ 愛しき日々を血肉に変えて。私は踏み出す、果てしなく続くこの道に
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また:書き下ろす
帰り道にふっと目に入ったポスト。その入口に挟まれてるのは文字通りのメールたち。ただ数日気にしなかっただけなのに、うちのポストは埋まり尽くされ容量オーバーになっていた。
もう毎日のようにポストを開けてみたりはしない。私宛に届いた郵便なんていくら多くても、私が待ってたのは何時も華恋からの手紙だけだった。それがポストなんか滅多に確認すらしなくなったのは、今更その理由を考えるまでもないでしょう。
どうせこんな物の殆どは読んでも無駄。このまま永遠に読まなくても一生関係のない。その筈。
でもこれをほっとくのはまた別の話。次に来る郵便屋さんが困るだろうし、仕方ない。今晩はこれの整理でもすると決めてから、私は私の部屋に戻った。
なのになんと、机の上にはもう両手いっぱいの郵便を置く所が見つからなかった。詰め上げたノートとペン、まだ読み終えてない何冊かの本たち、開いだまま電源が切れてるノートパソコン、そしてヘアピン。色々あるけど、机の外に出せるのはない。
もう仕方ない。郵便は一応ベッドの上に降ろしておこう。そうなったら布団も片付けなければ。こん朝には忙しかったから帰ってから片付ける予定だったから。よく見たら脱いだパジャマも下着も布団と一つになってる。あれこれ空いた空間が見当たらない。
何故家事ってのはこんなに次々と襲ってくるのだろう?掃除はやってもやっても終わりのないウロボロスのような怪物だし。皆んなはどうやって、こんな化け物と戦って生きて行くんだろうか?
まひる、どうやら私はこの怪物を倒すには不足してる見たい。
私って誠実で自己管理には抜かりの無い人の筈。友達も仲間も皆んながそう言っていた。今まで多くの人と知り合ったけど、何もかも私が悪いと指摘したのはまひるしか無かったから間違いない。うん、だから私は悪くない。この環境が悪いのよ。きっとそうだ。
ひとまずこの郵便の塊は布団の上に置くとしよう。
食事もまた自己管理に含まれるもの。舞台に立つ役者として粗末には出来ない。午後6時が過ぎる前にいち早く夕食を済ませて外の空が暗くなり始める前に、ベッドに戻って郵便を広げて置いた。
勿論これの分類はすぐ終わる。この中から見つけ出すべき物は一つしかないから。そうするべき物は一眼にも分かるデザインの目立つ色合いのエアメール。何時もそれ以外の物は捨ててしまった。
でも、それはもう私に来ないって分かってる。でも、もしかしてって気持ちが私に、一つ一つ捲ってみろうと命じるわ。それは私はまだ、華恋からの手紙を待っているからね。
この間違った期待は何時になったら消えるのだろう?未だに怯えて、勇気も無いくせに、他人にする忠告だけは出来る、神楽ひかりだから、今も華恋の字が書かれてる封筒を探してる。でも無駄な期待を抱いたって、存在するわけはない。
だったらもうこの紙切れにようは無いわ。私の個人情報が書かれてそうな物もないし、全部ゴミに出すだけ。
郵便の塊、今はただのゴミを一つに纏めて起きろとしたその時、一枚の封筒が刷り落とされた。面倒いけど腰を下ろして取り上げた私は、その偶然に、その封筒に目を奪われてしまった。
隅っこにプリントされてるのは見慣れた印、RATA
それは私の130gを失くした場所。
「レヴュー。それは歌とダンスが織りなす魅惑の舞台。これから始まるオーディションで最もキラめいたレヴューを見せてくれた方には、星のティアラが与えられトップスタァへの道が拓かれるでしょう」
「トップ…スタァ?」
「運命の舞台に立つ者。無限のキラめきを放ち、すべての才能を開花させ、時を超えて輝き続ける永遠の主役」
晴れた天気を想像する事が出来ない都市、ロンドン。今日も私の頭の上にはステレオタイプみたいな相変わらずの灰色の雲が空を埋めて流れていた。ロンドンの天気は毎日こんなだし、私も相変わらず家を出る前には傘を忘れない。
何時雨が降るか分からない程度が普段の姿であるこの街で天気は悪いのを理由にする訳にもいかないけど、今日は真っ直ぐ駅の方に向かう。3年前には、雨が振ってなきゃ毎回歩いてた。その道が今目の前に続いてるけど、私はそこから顔を逸らしてしまう。
その頃は毎日のように繰り返したルーチンだから?まだ私の体はその時を覚えてるらしい。今更考えると、それを守ったのはたった1年くらい。ルーチンに従った時間より、これから流れた時間の方が長くなったけど、きっと私が何も考えた無かったら、私の足は私をその道の上に導いたはず。
だけど今の私にはテムズ川もタワーブリッジの階段も似合わない。今は似合わない道の上で終わりなく迷い、道標なき別れ道に至る度に苦悩するより、決められた線路を走る列車に乗った方が楽よ。
「列車は必ず次の駅へ。では舞台は?神楽ひかりは?」
スマホをポケットに閉まって前時代的な感傷に浸ったまま、列車が連れてくれた場所はベーカー・ストリート駅。出入り口から駅の外に出ると東西に続くメリルボーン・ロードが目の前に居る。その道から東に2ブロック。少し歩けば王立演劇学院がそこに居る。
The Royal Academy of Theatrical Actors, 'RATA'が。
私が失くした130g・何時ものハンドクリーム1瓶・クロスタウンのサーモンサンド・マクベスの文庫本・2ポンド硬貨11枚・心臓一つ分の重さ。
それは華恋との約束であり、キラめき。
たった130gでありながら、私の全てだったモノを失くした場所。
「……久しぶりね」
白いく赤い建物、そしてど真ん中に吊られた学校の旗を見たら、私は独り言を口から出してしまった。どうせ通りすがりの人達が私の独り言を分かる筈もないし、別にいいけど。ここで私が突っ立ってても誰もおかしくは思わない。でも中に入ったら私を覚えてる人と出会すかも知れない。その時に私は普通に接する事が出来るだろうか。
とにかく、ここまで来た以上は入るしかない。私は観る為に来たのだから。
私のキラめきを持った彼女、ジュディはきっと今日の主役として舞台に立つのだろう。私に届いたパンフレットにもそう書いていたから間違いない。
あの娘の運命の舞台が今日なのか、遙か未来なのか、それとも既に過ぎてしまったのかは、私には分からないけど、時を越えて輝き続ける永遠の主役なら今日も変わらずキラめいてる筈だから関係ないわ。
華恋、私のキラめきで貫くのが出来るかな?
案内文に書かれた卒業公演という単語から何だか懐かしさを感じる。考えてみれば私は結局卒業公演なんて出来なかった。でも特別なのは行う時期だけで、本質的にはRATAに通ってた時期にしていた定期公演や、聖翔祭とも変わらないと思う。違うのはここでの最後の上演の目の当たりにした俳優と裏方の心構えだけ。
今日この劇場では観客でしかない私に、今から上演される劇が特別である理由なんて無いけど、何だか私の両足はすんなりと動いてくれない。
開演は誰も待ってくれないのに。
もう負けないと、諦めないと、逃げ出さないと、涙しないと、そう決めたのに、やっぱり観客席に座るのが怖い。
貴方は舞台少女よ、神楽ひかり。
「それでも怖い」
「じゃぁ、一緒に居てあげてもいいよ」
聞き慣れたけど、ここで聞くのは不思議な言葉。
聞き慣れたけど、ここで聞くのは不思議な音声。
私はこの声をよく知ってる。後ろを振り向かずとも、もう私の背中に迫ってるこの娘を。
「怖くても大丈夫だと思うよ、ひかりちゃん」
聖翔音楽学園99期生出席番号15番、大場なな。これからは'RATA acting main course' 受講生の 'nana daiba'だけど、私にとっては「なな」だ。それ以上もそれ以下でもない。
とにかく、ここで私も待っていたななに、私は嘘を吐いてしまう。
「怖くない」
身長170cmを超えるななを見上げながらも、私は彼女に並ぶように背筋を伸ばして、私の嘘を真実に変えようとしたけど、それは多分無駄でしょうね。
でもななはそれを追求したりはしなかった。それよりは連絡を無視して待たせたのが不満らしい。
「なんでメッセージに答えなしなの?来ないかと思ったよ、ひかりちゃん」
ななは手に持ったスマホを見せながら不満を行ってきたけど、そんな事で私は罪悪感など感じない。そんなキリンくさいメッセージを出しといて返事を求めるなどありえない。そんなのに返事なんてする訳ないでしょう。
「そうよ、来たくなかった」
「あっ、急に素直になった」
私は言うこともないけど、相当気まずい口ぶりだったのに、ななはそこについては何も聞いてこない。
「建前とかしないの?」
「私はそんな文化知らないわ」
「へぇ〜そうだよね。ひかりちゃんはそうでした」
いっその事怒るかあざ笑うならいいけど、私を見ながら優しく笑うだけのななの顔を見てると何だか、イラつく。やっぱり来るんじゃなかった。でも、ななに弄ばれたって後悔はしない。決めたのは私だから。
だから私は前に進むと決めた。ななは置いといて。
「ええっ!ひかりちゃん、逃げないで〜」
私に逃げるだなんて、気持ち悪いわ。これは逃げるのではない。面倒いから避けるだけ。
勢いよく校内に先に行ったけど、現実で人を振り切るなどは不可能だった。私の後ろにくっ付いてるななの方を振り向こうとすると、ななは相変わらず明るい表情のままだ。
周りを楽しそうに見渡しながらも、ほんの一瞬だけ振り向いた私の目線を逃さず、目を合わせて笑顔を作る。
「今日は卒業公演も見られるし、最高にバナナイスな日になりそうだね。世界最高の人材だけが集まったと呼ばれるレベルがどれ程のモノか、新入生としてななは気になります〜。きっとすごいよね。ひかりちゃんは知ってるでしょう?同期の子達だし」
「さぁ?私に聞いても」
そう、私には知らない。ななの言う通り入学同期なのは事実だけど、今更知ってると言い張るのは思い上がりだと私は思う。卒業するあの子達と一緒に居たのはたった1年にも至らない。
「その頃よりずっと成長してる筈よ。私よりむしろ大場さんの方が知ってるんじゃないかな」
「ええ!なんで『大場さん』になっちゃったの?一度もそんな呼び方した事ないよね?酷いよひかりちゃん」
「貴方がウザいからよ。ダイバッカ、ナナ」
「それは悪くないかも」
そっちを気に入るのもまた困るけど。やっぱり気の毒。
聖翔時代にもななはそうだった。なんでも自分のペースに巻き込み揺さぶって、気づくと自分は遠くからの現物。自分の中の脚本からはみだすとすぐ壊れるけど。
でも、ななんだって成長した筈。
「なんで私を呼んだの?」
「うん?だって一人より友達と一緒の方が楽しいでしょ?それにひかりちゃん、一人では絶対来ないと思ったから」
それは自分か来たかったと言うより、私を呼び出す為に来たとしか聞こえない。
「私に構う必要ない。所詮貴方と私もクラスメイトだったのは1年しかないから」
「時間は関係ないんじゃないかな?1年でも10年でも、一日の因縁より運命より重いとは限らないよ。例えば〜そうだ、華恋ちゃんと一緒に居た時間だってひかりちゃんより私の方が長いよ?」
華恋の名前を口にしたななは、明らかに私を蒸発していた。言い換えせと、その笑顔で私に言ってる。聖翔の3年より、私と華恋の1年の方が重いって。
「ひかりちゃんもそう思うよね?」
ななの言う通りかも。でも「はい、そうですね」って言うにはその名前は重い過ぎる。
「でも、運命は変わる」
「だから帰らないの?」
ななは私の弱い所を次々と刺した。13年も生きたここが私の帰る場所と、堂々と言い切れないと、ななは最初から知ってた。
「運命が変わったなら、ここで探し出せなかったら、新しく書けば良いんだよ。ひかりちゃんに似合う新たな劇を」
私は歩みを止めた時、私とななはシアターの入り口前まで来ていた。もうすぐ始める。
「私は逃げない。それだけ」
これは私を納得させるための言葉。
きっと私に向けての言葉だったけど、ななは両腕を広げ、声を整った。
「逃げ出した先に楽園なんてありゃしねぇのさ。辿り着いた先、そこにあるのはやっぱり戦場だけだ」
太くて低い男子の声。その一言を終えてはまるで星見の真似をするかのように、存在しないメガネに指を当てる。ななは訳の分からない鼻高々と私を見た。
「ガッツの言葉よ」
ななの言動に理解を苦しむ私は、首を傾げるのが精一杯だ。
初めて聞くし、それは誰?それ以前に人の名前とは思えない。
「誰?」
私がそう言い返したら、ななは逆に私を変に見つめる。
「ひかりちゃん、ベルセルクも知らないの?」
「知らない……」
「あ、そうか。5歳の時に離れたなら知らないのも納得です」
自分だけ完結してるけど、私はそれ以上その言葉の原典を探ろうとは思わない。やっぱり大場ななはめんどいし、気まずい。
でも少しくらいは私の前に立ってるのは貴方で、ななでよかったと思う。
「ありがとう」
「うん?」
「逃げた私に役をくれた事、ありがとう」
「ああ、うん……それはなんと言うか……」
私は純粋に感謝の言葉を述べただけなのに、ななは珍しくい目線を逸らした。あの時の話はななとしても恥ずかしいのかも。
「それは、キリンの仕業なの」
「キリン」
キリン、ね。
「ではキリンを糧とした私たちは?」
「舞台少女」
ななはそう言い切った。
「舞台少女は客席に座ったって舞台少女よ」
何時だって、何処だって、私達は舞台少女。
ならば、今の私はキリンのせいで、キリンのお陰て舞台少女として居られるの?否定したいけど、否定は出来ない。
だからむかつく。バッカみたい。
舞台少女、神楽ひかり
入る、シアターに。
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愛城華恋は次の舞台へ
舞台裏から役者達を呼び出す、観客席からのカーテンコール
その拍手と歓声に応じて再び舞台に上がる私達
体に刻まれた、舞台と俳優と観客を熱く焦がす照明の熱気
額と髪の毛から終わりなく流れ落ちる汗
開演前に比べると何倍も重く感じる衣装
ゆっくりと動くドレープカーテンが舞台の前を隠しても、その向こうからは果てしなく拍手が聞こえてくる。
左右を振り向くと誰一人例外無く皆んなが涙篭った目をしてる。
それをこの目で確認する度、舞台上での感情を、胸の奥のキラめきを残さず放ち上げたのは、いつもこの瞬間の為だったって実感したよ。
───ピビビビッ クオオォォ ピビビビッ
うるさいアラム時計、朝を告げる青いプラスチック恐竜の鳴き声が部屋の中に鳴り響くと起床しなければならない。そうするべきとは言え、朝6時に平気で起きられる10代が、この世にある筈がない。愛城華恋もまた極めて普通な10代の一人でしかないのだ。
布団の中でもじもじとしていたい気分だけど、人生って楽だけって訳にはいかない。そんな類の、小さな幸せは10年も前に諦めている。
勿論諦めたってその欲望も一緒に消えるのではない故に、顰めっ面の華恋は仕様がなくベッドの左、机の上に置いたはずの恐竜の時計に手を伸ばした。
なのに何故か、その手は固い壁にぶつかってしまう。
「え……?」
自然とくるり右に回った華恋の前には、冷たい壁とそこに吊られてるカレンダーが見えるだけ。自分からして部屋の反対側、華恋の目線が届いた先に、露崎まひるのベッドは見当たらない。
「まひるちゃん……?」
まだ眠気から逃れてない表情で布団から出た華恋は周囲を見回したけど、ここは間違いなく愛城華恋の部屋だった。ベッドも机も恐竜の時計も皆んな居るべき場所。ただ、間違ったのは華恋の無意識。
それは仕方ないかも知れない。その理由を思い出すに、起き上がったばっかりの愛城華恋には少し時間が必要だった。
「今日って……」
華恋は顔を上げて壁のカレンダーをゆっくりと覗いた。
「…あれれ……?」
その中には鮮明に書かれてるレッスンとお稽古と公演の日付。そして千秋楽だった昨日には大きい丸。そしてカレンダーの一番上には2020年。
そこまで遡ってからやっと愛城華恋は記憶の中、夢の中から現実に戻れた。
「そうだ、うん。やっぱ私の部屋だった。あははっ」
14年前に引っ越して来た港区の住宅、その2階にある愛城華恋の部屋。聖翔音楽学園の寮星光館の二人部屋から戻ってきてから数ヶ月も過ぎたけど、時々眠りから覚めた時同然な事を忘れてしまう。でもそれくらいの事なら誰にだって有り得るとも思わなくもないだろう。
聖翔で日直だった日、まひるが起こしてくれた朝にはもっとめちゃくちゃだったし、その日に比べると日付を忘れるくらいはなんて事ない。今みたいに目覚めた時、露崎まひると一緒の部屋だって勘違いしてもおかしくない。
でもそれは過ぎた過去。愛城華恋は新しい一日を迎えるべき。
ベッドから出て、窓を開けて、布団を畳んで、春から夏に変わる季節のまだ冷たさを感じる夜明けの空気を大きく吸って吐き出す。
その後、机の上に置かれてる小さい鏡の中に写る自分に挨拶をする。
「おはよう、華恋」
ここから愛城華恋の新しい一日は始まった。
あの日、上演は終わって少し遅くまで大劇場に残っていた私達は、確かそこにあった舞台が嘘のように消えて行くのを見届けたよ。
長かった3年間と最後の聖翔祭に打つピリオドを私達99期の手で。それはきっと意味の有る事だった筈だよね?きっとそう。
聖翔大劇場から出る前にもう一回振り向いた舞台に向けて、その上から放った胸の中のキラめきを全部全部掻き集めて叫んだよ。「ありがとう!」って。
前触れ無しに急に叫んだら皆んな不思議そうに私を見つめたけど、でも恥ずかしくはなかったよ!じゅんじゅんには一言言われたけど。でも、それを言ってこそ、塔から降りたクレールと私達のスタァライトの幕が下りるって思ったの。
「華恋、朝ごはんよ」
朝のジョギング後、シャワーを浴びた華恋を、母の朝ご飯は迎えてくれる。家とはこんなにも温もりのある場所だって事を、家族の大切さを目に見える形で確認した華恋の顔は、食卓に座る前にもう幸せて溶けていた。
「はぁ〜今日も幸せ……。グッドグッドだよ〜」
ポカンとした顔の華恋は、向かいに座って自分の方をじっと見詰める母の視線に気づいて首を傾げた。
「どうしたの?」
「昨日は帰ってすぐ寝てたのに、もう元気出た?」
「そうだったけ?ううん……舞台挨拶してたらベッドから起きたって感じだけど」
口はもぐもぐしながら昨日の記憶を手繰ったけど、眠気は残ってないのに雲が掛かったように思い出せない。
カーテンコールに応えて再び舞台に上がった時は、限りなく煌めいて眩しかったのははっきりと覚えてるけど、そこまで。初めて受けた一人のプロとしての仕事を最後まで無事に終えたのは十分に印象的な経験だけど、まるで夢のように過ぎた一月の時間を全て燃やして一欠片の灰になった気分。妙な感情が押し寄せると、華恋は眉を顰めた。
で、母はそんな娘が心配になる。
「この子ったら、最初からそのようじゃ、これからが心配だわ」
「大丈夫大丈夫、ちっともないよ!元気元気!」
口の中にご飯を入れたまま明るい表情を作ってみせるけど、母とは娘の言葉をそのまま受け入れられないのだ。それでも娘を信じるしかないのも母。これ以上心配したって、娘の負担になるだけだって事に、話題を変えようとする。
「今日は何時くらいに戻るの?」
「事務所寄ってレッスン終わったらまひるちゃんとちょっと顔合わせてすぐ帰るよ。まだマフラーも返せてないんだよね」
「まひるちゃん?あ、露崎さん。実はお母さんも公演に行った時に会ったよ」
「へぇーそうなんだ」
偶然ながら同じ日に華恋の劇を見にくれたのは前から知ってたけど、二人が会ってたのは今初耳だ。華恋がもっと詳しい経緯を聞くよりも先に、母はその時を思い浮かべながら楽しそうに自分から話を始める。
「露崎さんって、舞台では本当に大胆に演じたのに、人の前ではすっごく緊張してて可愛かったよ」
「へへっ、まひるちゃんは可愛いよ」
愛城華恋を挟んでるだけで接点なんて一つも無いふたりが向かい合ってる姿を想像してみた華恋はすぐ駆体的なイメージを得られた。
多分お母さんが覚えてる筈の露崎まひる、聖翔祭のスタァライトで『嫉妬の女神』だった露崎まひるの明るく朗らかながらも情熱的で燃える演技をする女優と、普段のまひるちゃんは全くの別人。
「華恋に良いお友達が出来て嬉しいわ。露崎さんに来てくれてありがとうって言ったらね、『私も華恋ちゃんは家族と同じだって思ってますから!』って。本当可愛かった」
華恋は母の反応から、まひるがこの話をしなかった訳について分かってきた気がした。確かお母さんにとっては、そのギャップがただの可愛い娘にしか見えなかった筈だと、そう思いながらニッコリと笑う。
「まひるちゃんとは3年も同じ部屋で過ごした因縁だもんね」
「露崎さんも忙しだろうに、会ったらまずありがとうって言うんだよ?」
「するよ〜。まひるちゃんだからこそ。お母さんはまだ私の事お子ちゃまって思ってるの?」
「だって、華恋はまだお子ちゃまでしょ?」
「もう、お母さんたら!」
口をツンと尖らすけど、娘が母の前で大人になれる方法なんてこの世には存在しない。永遠に子供である娘の前で母は早くも空になった茶碗におかわりをあげる。
「そう、夕食にはマキおばさんも来るって事だから、あんまり遅くならないで」
「マキちゃん?公演も見に来てくれて嬉しいんだけど、わざわざ今日まで祝いに来なくても良いのに」
「大丈夫」
微妙な表情から気にしてるって事がバレバレの華恋に向けて、母はキッパリと言い切った。
劇団アネモネの頃と変わらず、マキおばさんは当たり前の如く母と一緒で見に来てくれた。家族での些細なお祝いで何度も尋ねるマキちゃんに、少しくらいは悪いと思う娘の気持ちが分からなくもないけど、それでも母は気にしない。娘にも気にしないで欲しい。
「華恋はこれから輝くスタァになるんでしょ?ひかりちゃんとふたりで」
「いや、それは……まぁ、そうだけど」
突然の母からの質問に華恋は即答出来なかった。少し語尾を伸ばしたけど、自分に向けられたお母さんの温かく純粋な微笑みに華恋は頷く。そうするしかなかった。他人からしては訳の分からない自分ルールを堂々と言っていた子供の頃よりは少し大人になったから。
「じゃ、スタァになって顔合わせ難くなる前にいっぱい見ておかないと。悪く思わなくていいの」
「うん、分かった」
また頷いた華恋は喉の中にいろんな事を飲み干した。ご飯も言葉も。
舞台少女の道は、普通の喜び、女の子の楽しも、その全てを焼き尽くして、遙かなキラめきを目指す道。もう数え切れない事をキラめきの為に諦めてきた華恋は知っている。この道のスタートラインに立つ事すら、多くの事を諦めてやっと踏み入れる事が許されるんだと。
全寮制の聖翔音楽学園で得られた経験も、家族との時間と言う普通の喜び、小さな幸せを諦めて得られた成果。今は毎日母と父と会えるけど、この道を進むからには何れにせよまた失う事になると、他の誰より華恋自身がよく知っている。
愛城華恋は舞台少女だから。
でも何時訪れるか知らないスタァになる日よりも、華恋には目の前に迫るレッスンとオーディションを突き進む事で頭がいっぱい。余所見する時間は無い。
故にのんびりと朝食を楽しめる余裕もほんのひととき。食卓に座って長くないのに、スマホから支度する時間を教えるアラームがうるさく鳴る。
「じゃ、行ってくるね」
今思えば、クレール気持ちを深く理解したとは思えないよ。私はクレールを助ける為なら諦めない、何度だって立ち上がるフローラになり切ろうとしただけど、本当のクレールの事は知らなかったのかも。クレールを理解してあげられるのはフローラだけなのに。
多分、塔から降りたクレールも、フローラも、女神たちも、自分だけの道に進んだはずだよ。みんな星摘みの塔から降りたけど、生まれた場所も、やりたい事も、目指す場所も、みんな違うもの。別れるのは仕方のない事だし。
でもね、みんなの運命が変わっても、ずっと友達で仲間としている筈。ずっと一緒になんて諦めたかも知れないけど、再び会える日を諦めたんじゃない。
だから私も、私たちも先に進めばいいんだよね?
午前中に到着した事務所の雰囲気は一眼に見ても煩わしかった。机とパソコンの前には数多くの職員たちは慌ただしく、華恋の眼では正体が分からないガラクタ──にしか見えない何かが片隅に積み上がって華恋の心象を乱す。
勿論事前に約束した担当マネージャーさんとさえ顔を合わせば良いものの、華恋はここに入ってすぐ悪い予感が働いた。
そして予感は悪い予想にだけ絶対当たる。担当マネージャーさんの席のパソコンには明かりが付いてない。
「ま、まだお戻りになってない……?」
華恋は少し顔覚えがある隣の職員から、早くから出た外勤で戻ってないだけを聞く事ができた。
「はい、一応こっちから連絡入れて置きます」
「お…お願いします…あははっ」
気まずい笑いとその頼みだけを残して、華恋はそのまま事務室から出るしかなかった。不透明なガラスのドアから出て、廊下に誰の影も見当たらないのを確認してから小さくため息を吐く。
頭では理解してる。だって一つの日程を終えたって、企業の業務はそこで終わりじゃないから。会計や書類仕事、その他にも数え切れない事務は、お客さんの為の舞台が終わってからまた湧き上がる。舞台に立つ役者が仕事を終える事で、また別の人に仕事が回る。事務所はそんな業務が回り回る最前列。ひよこのまま社会という野生に放たれた愛城華恋はまだ舞台の外で戦う方法をよく知らない。
「はぁ……何ヶ月経っても事務所は慣れないよ」
課題提出期限が先延ばしになったように緊張が少し解れ、華恋は自販機に向かった。そこで飲み物を買い、ぼっと何もない廊下を眺める。
ここには同期も友達も無い。新人の俳優が楽に出来る場所なんては居ないのだ。そして世は華恋を楽にはさせてくれない。
「愛城さん、無事終演したって聞いたわ。おめでとう」
安直に自販機前のソファに座ってた華恋は、その声にすぐ立ち上がった。
華恋に挨拶をしてくれた彼女は何年か上の先輩。普段の華恋からは想像出来ない礼儀正しい身動きがすっと出て来る。
「あ、ありがとうございます!」
見た目も声もぎこちない華恋を見下ろした先輩は、自分も自販機で飲み物を買う。どうやらこのまま楽にはさせないとの予感が、華恋の脳裏を過ぎる。
案の定、缶コーヒーを手に持った先輩は自然にソファの方に座り、立ち上がったままの華恋には、横に座ろとの合図をする。勿論上下関係が支配する業界の後輩は笑って従うとの選択肢しか持ってない。この後起こるのは、全てを先輩が仕切る綱渡りのような雑談。それが笑いから華恋を襲う。
「そう、次の仕事は決まった?あ、事務所に出てるのに私が当たり前の事を聞いちゃったかしら」
「いいえ、まだです。幾つかオーディションだけ決まって今日その資料とか貰いに来ました」
「へーそう?愛城さんなら受かるでしょうね。初舞台から準主演に受かった大型新人だもの。それ、すごい事だよ?」
「えへへっ、だったら良いんですけど。まだ経験が浅くて困ってます」
「私は初めて会った時から普通じゃないって思ったけど?やっぱりすごいな、聖翔のお嬢さんは」
華恋は純粋な顔で頭を掻く。
「これから愛城さんを探す所がどんどん増えるだろうし、心配いらないわ」
「そ、そうでしょうか?そうなる為にも頑張ります!」
「上からも愛城さんには相当期待してると思うよ。聖翔のトップにもなると期待しない方がおかしいよ」
「いえいえ、トップって!全然違います」
両手を振りながら必死に否定する華恋を、先輩はどうしたのって顔で振り向いた。
「え?聞くには卒業公演で主役だったそうじゃない。それってトップって事でしょ?」
「本当全然です!首席は3年もずっと天堂さんだったし、次席もクロちゃんで……私はただあのスタァライトで一番相応しい役に選ばれただけです」
「そう?でもどんな舞台にでも主役が持つ意味は違うのよ。それに聖翔の卒業公演にもなると有名人も観にくる立派な舞台だし、それは誇り以上に自慢してもいいと思うけど」
「いた、でも……」
先輩の言うのも間違ってもない。どこまでも主役を手に入れたのは個人の成果だから。
「ウチの聖翔お嬢は、いい子なんだね」
でもトップと呼ばれた事に、恥ずかしがるのではなく、面目無さそうな後輩を見て、先輩は缶コーヒーをちびちびと飲んだ。
「まぁ、とにかく心配しなくてもウチの会社で聖翔出身は初めてだし、ある程度はプッシュもしてくれる筈よ。有名劇団くらいじゃないでしょうけど、なんとかしてくれるから」
「え?あ、そ……そうでしょうか。あはは……」
華恋は横を振り向いた先輩の笑みと目が合ってしまった。自分を見つめる先輩の言葉に込められた意味を、刺々しい言葉に気づくのは何時も遅れてしまう。
それでも華恋に出来る事は一つだけ。
「スタァになる為には日々進化すべきですから、頑張ります!」
「スタァ?ああ、そう」
短かった会話だけで後輩に飽きてしまった先輩は、ソファから立ち上がり、中身が半分以上残ってる音が鳴る缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れた。
「それじゃ頑張ってね。私先に行くから」
偶にはこの道を歩くのがしんどくても、目を瞑れないのは遠くからキラめくあの星が眩しいからだろう。だって私たちは皆んなその星を摘む事を望んでいるから。
変だよね?あんな事が有ったのに私たちまだ飢えて乾くって。私たちは最初から変な娘だけが集まったのかも。普通を捨てたんじゃなくて、最初から私たちに普通は無かったって。そんなのが時々浮かぶんだ。
私たちが見てる星が特別であるくらいに、星を目指す私たちがどう見えてるのか、少し考えれば分かってたはずの簡単な事にやっと気づいたみたい。舞台を観る観客がどんなふうに考えるか、どんな感情を感じるのかを考えながら演じる俳優なのにね。
「まひるちゃん〜〜!!」
「はいはい、辛かったよね。華恋ちゃん」
華恋は何時しかまひるがそうしたように、まひるの背中と肩に絡まってくっ付き、涙目でうるうるしていた。本当に泣いてるんじゃないけど、子供になってしまった華恋を、露崎まひるはおんぶしてるのか分からない状態で、嫌な素振りも見せないまま一歩づつ進む。どっちかって言うと嬉しそうにも見える。
「皆んな私の事避けて、除け者にして〜!こんなの初めてだよ!」
華恋は周囲の目線なんか気にせず、一度始まったら止まる気味のない愚痴を次々と吐き出す。
「私が悪いの?普通じゃないから?」
「何処だって人が集まったら、仲が悪いとか、気まずいとか、距離を置く相手が一人や二人は出来るものだよ?」
「でも……そうかもだけど……それでも!」
「新国立だって同じ。100年の歴史を持つ演劇界を牽引する世界最高峰のカンパニー。そう気取っても結局は人の集団だよ」
「ううん……よくわかんないよ」
当たり前だけど理解したくない現実を拒み自分の顔をまひるの背中に押し当てた華恋の声は低く広がる。
「じゃ、華恋ちゃんは今まで運が良かったんだね。羨ましいな」
「え?」
華恋は有り得ない言葉を聞いたかのようにパッと顔を上げた。
「まひるも仲の悪い相手が居たって事なの?」
「私も普通の女の子です!小学生の時も中学生だった時も、聖翔にでも一人くらいは居たよ。一言も交わした事ない子も、気まずかった子も、嫌いだった人も」
「え〜以外。想像出来ないな」
優しいまひると仲が悪くなるには何をどうすれば良いのか、華恋にはその方法を思い浮かべるだけで難問だった。勿論部屋を散らかすだけで、まひるを怒らせるのは出来るけど、それは結局相手の為に怒るまひるの優しさだから。
でも、露崎まひるは自分でそんなに優しくぬくもりの有るとは思ってない。華恋が想像するくらい良い人とは到底思えないくらい、あの娘が嫌いだったから。
「私、ひかりちゃんが嫌いだったよ」
本当の感情が篭った小さな声。でも愛城華恋は少しも驚いたりしなかった。
「まひるちゃんのそれは、本当の嫌いとは違うでしょ?」
そして露崎まひるもまた、少しも驚いたりしない。
「やっぱり華恋ちゃんは知ってたんだ」
「えっ、まぁ……ごめん、あの時は知らないフリしちゃった」
勿論それも知ってる。それでも好きだから。それも含めて好きだから。おかげて皆んなを、ひかりちゃんを、何よりも自分がまた好きになれたから。
「今はひかりちゃんの事嫌いじゃないよ。ううん、今は好き。嫌いだったのは過去形、好きなのは現在進行形。だから、一人くらいはこれから華恋ちゃんの事が好きになるよ」
「どうかな」
似合わなく力の抜かれた声。華恋には少しも似合わない。愛城華恋が積み上げた愛城華恋には。せめてまひるはそう思った。
だから足を止めて立ち止まったまひるは腕を後ろに回した。そして力いっぱいに両手で油断してる華恋のお尻を持ち上げる。
「ええっ!?ま、まひるちゃん??」
背中から慌てた華恋が少し足掻いてだけど、むしろまひるの腕はもっと強く締まるだけ。まひるは少しも降ろしてあげるつもりはない。そのまま真っ直ぐ駅の方に歩いて行く。
いい大人の女がおんぶされてるのは恥ずかしさ極まり無いけど、こう言う時にまひるには逆らえないと、3年間の経験から学んでる華恋はずっと黙ったまま静かにしてる以外何も出来なかった。
自分の背中で静かになった華恋を感じながら、まひるは止まらない。
「華恋ちゃんがそこで一人でも、今はここに私が居るよ?どんなに離れてたって皆んな一緒なの。心配しないで」
やけに広く感じるまひるの背中から、一歩一歩前に進む足音を身体中で感じながら、華恋はまひるの耳元に小さく囁く。
「まひるちゃん」
「なーに?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
華恋のありがとうに、嬉しそうな声で答えたまひるは歩みを止める。
「華恋ちゃん」
「はーい」
「じゃ、もう一人でも歩けるよね?」
「あ、うん!勿論だよ!」
華恋が急いでそう答えると、まひるは少し腰を下げ華恋を降ろしてあげた。変な経験のせいでホッペが少しは赤く見える華恋と向き合って、まひるの顔には笑顔が広がる。
「まだ駅までは遠いよ、早く行こう!」
前を走るまひるに手を引っ張られながら、華恋はあそこに見える次の駅に走る。
ひかりちゃん。
この手紙を出してもいいのか分からないけど、気づいたら何時もこう書いてる。だって10年以上毎月手紙を書くのが当たり前になってるんだもん。無事に上演を言えたらこうしてひかりちゃんに報告する事で本当に終わったって感じになれるんだ。
公演が終わって観客も役者も無い舞台、時間が止まった劇場、全てが終わった空間ってのを何度も見て分かったの。現実に「終わり」は来ないって事に。
ドレープカーテンの裏、回し終わった映写機のフィルムには行けない。幕が下りると、役者も裏方も皆んな次の舞台までの戦いを始めるだけ。
舞台には幕が下りるけど、人生はそこで終わらない。舞台が終わったら後片付けして劇場を出たら打ち上げ。キラめきをすべて舞台の上に放って、胸の中が空っぽになっても「愛城華恋」はここに居る。
舞台の上に立った時見えるのはいつも綺麗で夢のような光景だったよ。その瞬間にだけ見られる光景を見る為に、私たちは舞台に登るんだよね。
次もその眩しいキラめきを見る為に、次に駅に行くね。
そして、待ってるよ。
愛城華恋
敬具
「みんなを、スタァライトしちゃいます!!」
聖翔音楽学園第99期生、九つの話はここまでです。
劇場版を観て感じた事を小説に、ここまで書きながら楽しかったです。
ありがとうございました。
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