ぼくがかんがえた架空のNARUTOにおける絵本概念 (匿名希望)
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ぼくがかんがえた架空のNARUTOにおける絵本概念

 夕方から夜へと向けての、一日が終わろうとするこの時間帯が、ナルトは嫌いだった。

 できるだけ夕方になる前に、物心ついた頃から生活しているアパートの一室に戻ろうと努めていた。

 ただでさえ嫌悪を以て避けられると言うのに、その時間帯は、自分と同い年の子供達が親に探され手を引かれる場面が、あちらこちら、当たり前のように散らばっているのだから。

 みんなが当たり前のように持っているものを、自分だけが持っていない孤独に居た堪れなくなるから。

 

 

 

 

 カップラーメンを食べ終えて、歯も磨いて、お風呂もカラスの行水だけど終わらせて、あとはベッドに潜るだけ。

 けれども、ベッドに到着する前にとナルトは本棚を漁る。その容量の割には数冊だけ雑に放り込まれていて、がらんとしている。申し訳程度に置かれている書物とて、殆ど読まれておらず新品同然。

 そんな中で、たった一冊だけ、読み込まれている書物が────と言うか、絵本があった。

 

 本棚に並ぶ、何冊かの書物。後にして思えば情操教育の一環なのだと納得できる、絵本ばかりが並ぶ棚の列に置かれていた、その中の一冊。

 それを手に取った発端こそ何の意味もない偶然だったが、二回目以降は必然だった。己の人生の指針にせんとばかりに読み耽る程の、必然だった。

 

 

【二代目火影 千手扉間】

 

 

 それは、初めて読んだ時から、毎日のように、夜に眠る寂しさを紛らわせるように愛読し続けている、二代目火影の生涯を綴った物語だった。

 絵本と称するには絵よりも文章に比重が置かれており、絵物語に近いのが実態だった。物心がついた頃に触れるには難易度が高く、かと言って絵物語寄りとは言え詰まる所は絵本なので、忍者学校(アカデミー)に入学するような歳になってまで読むには幼稚だ。

 尤も、ナルトには、年齢にそぐう書物を改めて与えたり、忍者学校(アカデミー)に入学したのだからと取り上げて窘めるような保護者は居ない。

 だからこそ、こうして毎晩のように、いつの間にか寝落ちするまで読み耽るのが習慣化していた。

 

「……んあ?あちゃあ、途中で寝ちま、ってああああ!!!」

 

 窓から朝の日が差し込み、その眩しさで目を覚まし、瞼をこすっていたナルトは絶叫した。口を開けたまま寝ていた所為で、読んでいたページが涎を吸って汚れてしまっていたのだ。

 

「たったたた大変だってばよ!買い替えたくないってのに!」

 

 ベッドから転げ落ちそうになりながら箱ごとティッシュをひったくり、無駄になるくらいティッシュを大量に引っ張り出して、それで涎の痕跡を一生懸命に拭き始めた。

 ナルトがこうも焦っている理由は、幼い頃より大切にしている物を汚してしまった焦燥感もあるが、先程の発言通り、できれば買い替えたくないのだ。

 

 

 この絵本は、二冊目だ。

 一冊目は、絵本を読みながらカップラーメンを食べていた時、うっかり汁をぶちまけてしまって台無しにしてしまった。

 その後、一日三食を二食に減らす等して生活費をやりくりして貯蓄した。成長期の子供がするべきではないやりくりの仕方だったが、そもそもにおいて、それを指摘してくれる保護者が居てくれれば、そこまで絵本にどっぷりと浸かったりしていない。

 一冊分を買えるだけのお金を握り締めて、当時のナルトは本屋へと走ったのだが、そこで嫌な思いをした。

 訳もわからず迫害されているとは言え、買い物自体はできる。実際、できた。できたのだが。

 

 レジまで持って行った時の、対応していた店員の目。口。

 子供とは言え大きくなった身でありながら絵本を購入しようとしたナルトの、その幼児性を嘲笑していた。

 

 それに委縮して、思わず、言い訳のように間違えたと苦笑しながら、絵本を元の棚へと戻して、全く興味のない別の書物を購入してしまった。

 当然、帰ってから頭を抱えた。こんな物を買う為にひもじい思いを我慢してまで貯蓄した訳ではないのだから。

 その後悔が頭の中を占めて、その晩、なかなか寝付く事ができず、とうとう、衝動的にアパートを飛び出し、あの本屋へと戻った。

 まだギリギリ閉店時間ではない筈。嫌そうな顔をされるだろうし、もしかしたら相手にもされないかも知れないが、それでも、どうにかこの本を返品して、改めて、あの絵本を……。

 

 そう考えていたナルトは、打ちのめされた。

 それは、到着した時、既に本屋が閉店していたからではない。だから、店員から直接何かをされた訳ではない。

 それでも、ナルトは打ちのめされた。

 

 間に合わなかったと肩を落としながら帰ろうとしたナルトは、ふと、本屋の脇の路地裏に視線を遣り、目を見張った。

 本屋に隣接されている、蓋がずれている青いポリバケツ。ゴミ箱だった。既に中身がパンパンに詰められていたポリバケツ内へと無理矢理挟み込むように、絵本が捨てられていた。

 なぜ、あの絵本が捨てられているのか。その理由を察して、ナルトは堪らなくなって、近寄り、その絵本を拾い上げた。

 

 自分が触った物だから捨てられた事が悲しい──のでは、ない。

 それだって悲しいが、それよりも深い悲しみが胸の奥から湧いた。

 この本は、本屋の店員の手で捨てられた。

 自分が幼稚だと嘲笑されるのが辛いからと、恥ずかしいからと、見捨ててしまったせいで、こんな無残な有様になっている。

 

 たかが絵本に対するものにしては、情緒はあり得ない程に膨らんで、滅茶苦茶にされていた。

 この場に誰かが居れば、たかが絵本の為に泣いていると嘲笑された事だろう。

 しかし現実には、この場にはナルトしか居なかった。本屋のゴミ箱から絵本を拾ったナルトを泥棒呼ばわりするような人すら存在しない、ナルトだけの孤独な空間だった。

 それがまたナルトを罪悪感で苛んだ。

 ならばこそ、自分がこうして通りがからなければ、この絵本は明日にでもゴミ収集所へと送られていただろうから。

 

 あの時、恥ずかしいとか馬鹿にされるとか、そんな事に構わず、買っていれば、こうはならなかったのに。

 

 たかが絵本に感情移入し過ぎだった。

 しかし、ナルトにとって、その絵本は、苦境でも諦めずめげない人物を描いたその物語は、希望だった。

 孤独で迫害されていた少年が、皆から認められて火影となる。

 同じく孤独で迫害に晒されているナルトにとって、希望にならない筈がなかった。

 

 だからこそナルトはその絵本を回収した。幸いにも絵本の消失が発覚してナルトが疑われるなんて胸糞悪い事態にまでは発展しなかったが、それを幸運だと思えるだけの余裕はなかった。

 一冊目の、ラーメンの汁で零してしまった絵本は、悩んだ末に捨てた。本当にごめんなさいと一生懸命に謝りながら、捨てた。

 故に、二冊目は、駄目にしてはならない。駄目にしたとして、買い替えたくなかった。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 忍者学校(アカデミー)を卒業してからも、第七班に編成されてからも、ナルトは絵本を読み続けた。任務に出かける際は紛失してはまずいから流石に持ち歩かず、帰れぬ夜は頭の中で内容を諳んじた。

 

 ただ、自来也の下でみっちり修行を付けられていた間だけは、絵本を持参した。

 ナルトが夜毎にその絵本を読んでいても、自来也は何も言わなかった。

 

 いや。厳密には、最初の日の夜こそ何か言いたげに口を動かしかけたが、その絵本の年季が入った読み込み具合を感じ取り、放とうとしていた内容を噤んだのだ。

 

 

 

 

 

「おい、ナルト、…………」

「……ん?なんだってばよ」

「…………随分、読み込んどるな」

 

 好きなのは知っておるが、まだ読んどるのか、それ。

 

 その苦言を自ら封じた後、自来也は代わりに質問を投げかけた。うつ伏せ寝しながら絵本の頁を捲っていたナルトは目を輝かせながら、「おう!」と相槌を打った。

 

「ずーっと、ずーっと、読んでるってばよ!」

「毎晩か?」

「ああ。何度読んでも飽きねぇからな!っつっても、任務で出かける時は持ってったりしねぇけど」

「なのに、今回は持ってきたのか?」

「だってよ、何年も読めないのは辛いってばよ」

「……そうか」

 

 苦言を封じて正解だった。そもそもにおいて、こうして自来也の前で堂々と絵本を開いている時点で信頼されている証だ。それを裏切らずに済んだ。

 自来也はそう確信しながら、「邪魔になるかも知れんが、もうちっといいか?」と更に質問を投げかける。

 

「二代目様がそんなに好きか?」

「そんなの当たり前だってばよ」

「そうか、そうか。道理で」

「ん?」

「いいや。お前が綱手に激怒した時のことを思い出してな」

「うっ、…も、もう、やめてくれってばよ。あの時、怒ってる理由がそれぞれ違ってたのにバチバチしちまって、もーちょっと冷静だったらなぁ、って反省してるんだからよ」

「ははは。あの時はどうなる事かと冷や冷やさせられたぞ」

 

 二代目が存命だった頃を知る者として、自来也は感慨深そうに目を細めていた。

 幼い頃より迫害されていた少年が火影へと成りあがるサクセスストーリー。ナルトが好きにならない筈がない。むしろ、ナルトが火影を目指すきっかけになったと推察さえ可能だ。

 

 しかし、二代目が存命だった頃を知るからこそ、同時に複雑な気分でもあった。

 綱手が五代目火影に就任するのを拒んでいた時、二代目を特に腐すような物言いをしていたのは、彼女もまた二代目が存命していた頃を知っていたからだ。

 いいや。綱手に関して言えば、知っていたどころではない。彼女の祖父である千手柱間は、二代目と義兄弟の契りを交わしていた。その関係で綱手は本人と面識があり、大層可愛がって貰えていたと聞く。

 

 だからこそ、ナルトが綱手と初めて会った時は、本当に大変だった。

 綱手が『何が孤高の英雄だ、馬鹿馬鹿しい』と口走っていたのは、等身大の大叔父を知るが故。プロパガンダに利用され、実像とは乖離した人物像が罷り通っている現状を唾棄していたからだ。

 あの時の綱手が、絵本から二代目を知ったと語ったナルトを鼻で笑ったのはそういう事情が背景にあった。絵本という柔らかで幼いイメージで包められたその物語は、綱手にとっては忌々しいイメージ操作の象徴だったからだ。

 とは言え、さすがに大人げないんじゃないかと同席していた自来也は眉を顰めたものだが、そんな懸念が吹っ飛ぶ程に、その後のナルトの激怒は凄まじかった。綱手の事情を知らなかったナルトは、二代目本人を愚弄したと勘違いしたのだ。

 それから、すったもんだの末、和解し、謝り合ったのだが、何度でも言うが、あの時は本当に大変だった。仲裁役にならざるを得なかった恨み節を込めて、何度でも溜息を吐きたくなる。

 

「本っ当になあ、全く、ワシゃあの時、どんだけなあ」

「わー!わー!!!続きを読むから!もう終わり!お終いってばよ!」

「……ったく。そうだな。これ以上は邪魔せん」

 

 実際本当に溜息を吐きながら愚痴ろうとしたら、ナルトが顔を真っ青にしながら手をぶんぶんと振り、慌てて視線を絵本へと落とした。焦り過ぎる余り、パニックになりながら、読めてもいないのに次々とページを捲っていた。

 

「(はあ。ナルトの気持ちはわかるし、かと言って綱手の気持ちもわかるし。これが板挟みって奴かのう)」

 

 絵本とは、後世に希望を伝える物語だ。

 ならば、絵本として整える際、取り除かれた要素とは。その闇とは。

 

 尤も、それを、絵本に希望を見出す者を前にして、わざわざ口にするのは野暮というもの。

 

 それに、ナルトとて馬鹿ではない。

 明るく振る舞ってはいるが、もうとっくに気づいているのだ。

 それでも信じたいのだ。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 髪の色が皆とは違うという、自力ではどうしようもない身体的特徴で迫害されながらも、遂には認められた英雄譚。

 無邪気だった幼少期、そう信じて疑わなかった。

 だからこそ、歴史を紐解いて客観的事実を知った時、ナルトの失望感は凄まじかった。

 

 それでも、今でも、絵本を部屋に置き続けていて、今でも夜毎にページを捲っている。幼い頃より愛読し続けたのだから、劣化は激しい。

 かつてのようにワクワクしながら読み進める事ができず、真冬の夜のように静かで凍えた心境にも拘わらず、それでも。

 この絵本を入手した経緯を思えば、捨てるなんてできないけれども、それでも、もう読まないという選択肢があるのに。

 

 習慣としてすっかり根付いてしまったからか、それでも、読む為に捲る手を止められなかった。

 

 綺麗に整えられているだけで、この憧れの人は、失意の中で亡くなったのではないかという恐れ。己が人生の目標にし続けたが故、認めれば、自らの人生まで根底から引っ繰り返されそうだった。

 もし、この恐れが、真実だったとするなら。自分が信じてきた希望とは何だったのか、と泣きそうにさえなる。

 

 それでも、それでも。

 それでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たに編成された、新第七班。

 サスケの代わりにと補充されたのは、暗部に所属していたサイという少年だった。根の出身だけあって感情を殺す事に長けているようだが、同じ根の出身であるヤマトですら目を覆いたくなる程に協調性が欠けていた。

 サスケの穴埋めだと抵抗感を覚えていたナルトや、サスケの客観的事実を指摘されて激怒したサクラにも問題はあるが、サイもサイだ。散文的では済まないストレート過ぎる物言いは、例えナルトやサクラが最初から好意的だったとしても軋轢が生じていただろう。

 絶望的なチームワークに見兼ねる余り、ヤマトは三人を引き連れて温泉へ向かった。互いを知り、少しでも溝が埋まればという淡い期待によるものだった。今すぐには改善できずとも、そのとっかかりになれば、と。

 

「サイ、絵本に興味あんのか?」

 

 なので、温泉から上がって、サクラが女湯から上がって来るまでの間、当然ながら待っていようという話になり。

 休憩所にて腰を下ろしたサイが自らの荷物の中から手作りの絵本を取り出し、何をするでもなくぼんやりと眺めている所へと、ナルトが意欲的に声掛けしたのは、ヤマトの期待を僅かでも膨らませた。

 

「ううん。興味はないよ。ただ持ってるだけ」

 

 しかし、その期待をすぐさま萎ませるような、サイの断言。それでは会話が続かない。断ち切られてしまう。

 短時間で二人の関係が改善するのを期待するのは楽観的過ぎるとは言え、もう少し何とかならないものかとヤマトは表情を変えずに心中で溜息を零す。

 

「持ってるだけで、元気になるようなもん、なのか?」

「……?」

 

 が、何と、意外にも、ナルトがまだ食いついていた。しかも、サイをカカシ班の新たな一員とは認めないと断言していたのに、質問の内容が好意的に寄っている。

 サイの方も理解し難そうに首を傾げていた。

 

「さっきから、何が言いたいの?ナルトくん」

「いや、ただ、お守りみてぇなもんなのかな、って思っただけで」

「違うよ。さっきも言ったけど、ただ持ってるだけ」

「……何か、意味があるから、持ってるんじゃねえの?」

「どうしよう。ナルトくん、ボク達は今、会話をしているんだよね?しているはずだよね?なのに全く会話している気がしないんだけど」

「っ、だぁ!わかった、ズバッと言ってやるってばよ!」

「最初からそうすればいいのに」

「ちょっと恥ずかしくて……い、いや!恥ずかしくねぇし!だから言ってやるし!」

 

 何がどうして、サイが絵本を持ち歩く意味に固執するのか。サイだけでなくヤマトも疑問だった。

 ナルトは恥ずかしそうに顔を赤らめたかと思えば、恥じる自分を恥じるという二重状態に陥り、頭を両手でがりがりと掻いた。

 

「俺さ!好きなんだよ!絵本が!」

「へえ、そう」

「もうちょっと反応しろよ!ガ、ガキっぽいって笑ってもいいんだぞ!俺はそういうの全然平気だし!」

「ナルトくんが何を好いていようが、ボクには関係ないよ」

「てっ、てめー!ただの絵本だと思うなよ!あの二代目火影の大スペタククル、いや、じゃなくて、大スペクタクルなんだからな!」

「────、二代目火影の、絵本?」

「!お、おお!そうだってばよ!知ってんのか?」

「知ってるよ」

 

 何と。サイも食いついてくれた。ヤマトは密かに驚き、感動していた。

 

 ナルトが好きだと豪語する例の絵本は、政治的意図が大いに絡んでいるとは言え、その知名度は里でも随一だ。

 確か、三代目火影が主導となって作成した絵本の第二弾だ。小難しい書物ではなく絵本という形態にこだわったのは、小さな子にも偉業がわかり易いようにという意図だったが、結果としてそのわかり易さは知名度に貢献した。

 現在では、第一弾の初代火影の物語を差し置いて有名だ。何せ、美談として完成度が高過ぎた。何なら他里にも知られている。

 

 尤も、だからこそ、いざその人生を歴史書を辿って調べ始めると、度肝を抜かされるのだが。一部では、絵本詐欺などと嘆かれている。

 

「俺、ガキの頃からずーっと読んでてさ。まあ、今は、実際には絵本みたいに何もかもが上手くいってたんじゃねぇって、わかってんだけどさ」

 

 ナルトもどうやらそれを理解しているらしい。幼い頃より好む美談は、不都合な闇を排除して形作られたのだと。だからどこか歯切れが悪く、弁明めいた言い方になっている。

 

「それでも、好きなんだよな。だってさ、だって──」

「あれが好きだなんて、頭にウジでも湧いてるんじゃないの?」

「──…………、は?」

 

 場の空気が凍り付いた。

 

「確認したいんだけど、千手扉間の旧名がうちはトビラだってのは知ってる?」

「し、知ってるってばよ。絵本には描かれてなかったけど、歴史書には……」

「歴史書を読んだの?じゃあなんで好きなの。捨てなよ」

「なっ何言いやがるんだってばよ!」

 

 サイは基本的にストレートな物言いをするが、それは己の心に基づいて事実だと判断した事を淡々と述べているのであって、善悪を基準にしていない。尤も、それはそれでタチが悪いのだが。

 だからこそ、ヤマトは場の空気の豹変に危機感を抱かされながら、サイの言い方がサイらしくない事に強烈な違和感を覚えた。あまりにも露悪的だ。

 

「黒髪黒目ばかりのうちは一族に白髪赤目で生まれたものだから、ずっとずっと、白子だの鬼子だの忌子だのといじめられていた。目が弱いから強烈な光が苦手で、だからってわざと火遁の練習に付き合わされていた」

「……やめろ」

「大罪人マダラの反逆によって信頼が失墜した一族を守るべく、初代火影である千手柱間の義兄弟になり名まで改め、うちは一族は千手を裏切っていないと自ら体現し、死ぬまで里の為に尽くした。でも、そんな二代目火影を、うちは一族の人達は死ぬまで認めなかった。死んでも認めなかった。里は認めたけど、うちは一族は認めなかった。うちは一族は里の一員だという自覚が欠落している」

「やめろよ、サイ」

「次の火影に推薦してもらう為に媚びていただけだと陰口を叩かれて、いざ火影になればやっぱりそうだったじゃないかと勝手に納得され、それでも二代目火影はうちは一族を守り続けた。だというのに、うちは一族は恩知らず。ああ、そう言えば、自分の身体的特徴を自ら揶揄する悪癖があって」

「やめろっつってんだろ!!!」

「その通り。やめなさい」

 

 二人の関係を育むべく見守る、なんて言っていられなくなった。

 ナルトは最初こそ虚を衝かれた顔で唖然としていたが、次第に怒りで歪ませていき、とうとうサイの胸倉を引っ掴んで殴り掛かろうとした。それでも口を止めず、むしろよりすらすらと『感想』を垂れ流すサイは、相変わらずの能面だった。

 が、本当にナルトがサイを殴ってしまう前に、ヤマトは割って入る。ナルトの拳がサイの横っ面を叩き込まれる前に、無理矢理サイを引き寄せた。

 

「ヤマト隊長!そいつを庇うってのかよ!?」

「いいや。今から二人っきりの個人的指導に入る。だからナルト────それに、サクラ。抑えるんだ」

「っ、え?なんでサクラちゃんの名前……って、サクラちゃん!いつの間に!?」

 

 ヤマトが指摘して初めてナルトは、サクラが女湯から上がっていたのだと把握した。

 サクラはこの場にそぐわぬ爽やか過ぎる笑顔を浮かべながら、密かに右手の拳を握り締めていたが、ナルトに名前を呼ばれるや否やスッと表情を軽蔑に染め上げ、サイを睨む。

 

「あんた、サスケくんやナルトの好きな絵本が嫌い……って言うより、うちは一族が嫌いみたいね」

「そういうわけじゃ──」

「サイ。それ以上喋ったら舌を引っこ抜くよ」

 

 サクラに返事をしようとしたサイを一瞥し、脅す。それ以上喋らせれば、間違いなくサクラに拳を振るわせてしまうと察しての牽制だった。

 

「二人とも、ここで待機しているように。戻ってくるまで適当に寛いでてね」

 

 到底そんな事ができる精神状態ではないだろうが、それでもあえてそう言い残し、引き寄せたサイの首を胸と腕でがっちりとホールドしたまま、ヤマトはこの場を離れた。

 

 

 

 残されたナルトとサクラは、特にナルトは、沈痛な面持ちで項垂れていた。普段の饒舌さはどこへやら、片手で顔を押さえながら、たまに溜息を零してばかりだった。

 

「わかってんだってばよ」

「ナルト……」

「絵本のオッチャン、里のみんなから認められはしたけど、でも、そのみんなの中に、本当に認めて欲しかった人達が含まれていなかったこと。わかってるってばよ」

 

 沈黙を不意打ちで破ったかと思えば、ナルトは自虐し、自嘲していた。

 ナルトがやめろと叫びながら殴ろうとしたのは、具体的な反論ができなかったからだ。悪意的な曲解があったにせよ、歴史書の事実の通りの内容がサイの口から痛烈に放たれ、頭が真っ白になっていた。

 

「サイに言われた事、全部、図星……いや、違ぇ。サスケの一族をあんなに悪く言うなんて。でも、絵本のオッチャンを認めてなかったみたいなのも、事実で……あ、頭、痛ぇ」

 

 千手扉間。その旧名は、うちはトビラ。

 うちは一族の一員にして、大罪人マダラの実弟。

 マダラが犯した罪を禊ぐべく、初代火影だった千手柱間と義兄弟の杯を交わし、名を千手扉間に改め、以後、里の発展に尽力した。

 その生き様、そして死に様は里の殆どの者達から讃えられたが、うちは一族だけは蛇蝎の如く忌み嫌った。

 髪や目の色が違うからと差別しておきながら、名を変えれば途端に裏切り者扱い。

 近年でのうちは一族での扱いも、どうやら悪かったらしくて。

 なら、サスケは、どう思っているのだろうか。

 まだ第七班を組んだばかりだった頃、絵本を読んでいる事を知られても笑わなかったけど、実際はどう思っていたのだろう。サスケが里抜けしてから歴史的事実を知ってしまったものだから、確認できない。するのも恐ろしい。怖い。

 

 わかっている。わかってしまっている。

 絵本は、綺麗事を纏めただけだ。

 千手扉間は、いや、うちはトビラは、自らの生まれであるうちは一族から終ぞ認められなかった、悲劇の火影。

 かつて、綱手からもはっきりと言われたではないか。

 道半ばで倒れた大馬鹿者だと────今ならわかる。あれは嘲笑ではなかった。なぜ、あの時の自分は、あれを嘲笑だと誤解してしまったのか。自らの大叔父を思い、目や口を怒りで歪ませていたのに。

 

 二代目火影の物語の基となった当人の人生を、歴史書という残酷な形で突き付けられた。

 サイの暴言によって、改めて突き付けられた。

 二代目火影の人生を調べれば調べる程、迫害の事実ばかりが綴られた歴史書を捲れば捲る程、ナルトの胸中は纏まりを失っていった。

 

 そもそもにおいて、自分が信じていた、いや、信じたかった希望は、何だったっけ。

 火影になっても認めて欲しい人達から認めて貰えなかった悲劇やら、英雄だと信じていた、いや、信じたかった二代目火影は絶望の中で死んだかも知れない可能性やら、ナルトの頭の中でぐちゃぐちゃと巡り続けて全く纏まらない。

 

「しっかりしなさいよ、ナルト!」

「っ、痛ぇ!!!」

 

 いきなりサクラから背中を勢いよく叩かれ、その痛みで思わず背筋をぴんと伸ばす。

 

「い、いきなり、何すんだってばよサクラちゃん!」

「あんたねぇ!前に私に堂々と言ってたじゃないの!」

「前って……」

「私が、…その歳で、絵本を読んでるなんて、って、笑った時よ」

「そんなことあったっけ」

「あったわよ。……はあ」

 

 言われてからようやっと思い出したが、ナルトにとってはその程度の事だった。絵本を愛読していると言えばその幼児性故に笑われるなんて当たり前だった。

 だからこそナルトは、幼児性ではなく絵本自体を侮辱するサイの暴言に深く傷つけられたのだが。

 サクラは呆れたように肩を竦める。その眼差しが一瞬、自身の過去の言動を悔いて揺らいだのだが、残念ながらナルトは気づかなかった。

 

「『だって、絵本のオッチャンがカッコイイから』って逆に私を笑い返してた、あの頃のあんたはどこ行ったのよ!」

「あー、そういうこと言ってた記憶はあるってばよ。けど、あの頃は何も知らなかったし……」

「だから何よ!」

「え」

「なんであんたまで、他の人達みたいに二代目火影様を不幸だって決めつけてんのよ!」

 

 涙目になってまで怒るサクラに、ナルトは狼狽える。

 

「私ね、そのことを綱手様に話したのよ?そうしたら綱手様、他の人とは違うって喜んでいらしたのよ!」

「綱手のばあちゃんが?」

「そうよ!可哀想な悲劇の主人公扱いする人達とは違うって!」

「で、でも、絵本には、カッコイイ所しか、載ってなくて」

「絵本を読んだ人達の大半はね、可哀想って思うのよ!可哀想な二代目様って!」

「えっ!?」

「驚いたでしょ?ビックリしたでしょ?子供の頃の感性ってね、残酷で、平気な顔をして可哀想だって言い切れちゃうの。可哀想って言いながらも平気で読めるの。悲劇の英雄を、だからこそ面白いって!」

「なな、な、泣き止んでくれよ、サクラちゃん」

「ただ単純にカッコイイって思えるあんたの感想、実は少数派なのよ!あんたは他の人達とは違う、違うのよ、なのに……っ」

「サ、サクラちゃん……」

 

 そしてついに泣き出されてしまって、ナルトはますます狼狽えながらも、不器用ながらにサクラの背中をさすって宥めようとする。だが、逆効果だったのか、ますます泣かれてしまって、ナルトは途方に暮れた。

 

「悲劇だと思わなかったんでしょ?カッコイイんでしょ!?それでいい、それでいいのよ!他ならぬ、二代目様を直接知っておられる綱手様が太鼓判を押してくださっているのよ!」

「……綱手のばあちゃんが、そんなことを」

「そうよ!なのに、今のあんたは何やってんの!綱手様だけじゃなく、昔のあんたからも軽蔑されるような事を考えてんじゃないわよ!」

「…わ、悪かったって。だから、いい加減泣き止んでくれよ、サクラちゃん」

「泣きたくもなるわよ!いつの間にかナルトがこんなにもカッコ悪くなってんだから!」

「──」

 

 逆切れのように怒鳴られて、尚も泣かれて、しかしその内容はどうしようもない程にナルトの心に突き刺さった。今のナルトの心に、よく突き刺さった。

 とうとう滂沱の領域に達したサクラの叫びに、ナルトはとうとう何も返せなくなり、無言でひたすらに彼女の背中を撫で続けた。

 サクラが叫んだ通り、確かに、昔の自分に殴られた気分だった。

 

 歴史を紐解いて、幻滅した。

 現代に渡るまでうちは一族から裏切り者扱いされていたと知って、幻滅した。

 

 だったら、ならばこそ、当時を生きていた二代目火影は、一族が自分を決して認めてくれないという風潮を肌で感じ取っていた筈だ。

 それでも、頑張っていたという事になる筈だ。

 なぜ、頑張っていたのだろうか。

 なぜ、頑張れたのだろうか。

 

「(…………あぁ、そうか)」

 

 過酷な状況下でも、ずっと頑張り抜いた、凄い人。

 そうじゃないか。

 だから、小さい頃から惹かれ続けたのではないか。どんなに辛そうな状況下でもめげずに頑張る、その姿に励まされてきたというのに。

 いつの間に忘れてしまったのだろうか。

 火影になれば認められる、という、めでたしめでたしのカーテンフォールに気を取られ過ぎていた。

 絵本を読んでいる時、一番ワクワクしていたのは、苦境でも諦めずに頑張っている二代目火影の姿を眺めていた時ではないか。

 一番胸を躍らせていたのは結末では無く、二代目火影の歩き方、生き様だったではないか。

 

 ただ、自分の人生を、歩いているだけなのに。

 やれ可哀想、やれ哀れ、やれ悲劇だと寄って集って評価されては。

 きっと、あの人も困惑するだろう。

 

 会った事もないけれども、ナルトは、そう信じると決めた。

 例え、現実の二代目火影が失意の内に亡くなっていようとも、だからどうした。

 もしも会えた時、それがかの人の真実の姿だったとしたら、なんて事はない。ただ、こう言えばいいのだ。

 

「凄ぇよ、絵本のオッチャン。カッコイイ」

「っ、当たり前でしょ、バカナルト!」

「そうだな。ありがとうな、サクラちゃん。励ましてくれて」

 

 ファンだと公言しておいて、応援しなくて、認めなくて、どうすると言うのだ。

 

 それを言える日が来るとすれば、不吉だが死んだ後の事だろう。

 その時に、尊敬する人に情けない顔を見せながら悲劇の主人公扱いするなんて、本当に格好悪いではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、サイはヤマトから告げられた懲罰の内容に、無表情ながらに理解できずに固まっていた。

 

「読書感想文、ですか」

「そうだ」

「それがボクへの罰になるんですか?」

「ただ書くんじゃない。君が思った事を書くんだぞ」

「はあ……」

 

 二代目火影が主役の絵本について、読書感想文を纏める。

 それを御大層にも真面目な顔で告げられた。感情を殺す訓練を受け続けてきた身だが、あまりにも突飛で理解に苦しめられ、思考の速度が落ちてしまう。

 感情を殺せていると思い込んでいるサイは気づいていないが、その実、かなり困惑していた。

 

「さっきのあれ、君の感想じゃないだろう?」

「いえ。感想です。あの絵本に対する、あるべき正しき感想だと教わりました」

「……はあ。やっぱり」

「……?」

 

 サイ自身としては、何も間違った事を言ったつもりはなかった。当然だ。常識を口にしただけなのだから。

 しかし、サイが疑わない常識は、ヤマトを腑に落ちさせた。

 

「君自身が心からそう思ったのなら、僕もこんなお節介は焼かないけどね。違うだろう」

「……ボクがどう感じたか、というのは、問題外なのでは」

「いいや。大問題だ。君のそれはただの受け売りだ」

「それの、何がいけないのでしょうか」

 

 サイは心の底からそう思っていた。

 理由をよく思い出せないが死に別れた兄は残念ながら聞き分けが悪かったけど、サイは聞き分けが良かった。

 

 ダンゾウから密命を授かるにあたって、うずまきナルトや春野サクラに纏わる情報を資料として渡され、サイはその全てを網羅し記憶した。

 その中には、ナルトが三代目火影であった猿飛ヒルゼンによる情操教育の一環で、あの絵本を与えられたというプライバシーを無視した旨も記載されていた。

 たかが絵本、されど絵本の件がわざわざ記されていたのは、ダンゾウの執着に由来する。三代目火影やその他仲間と共に出版したのを今では後悔している、とはっきり断言された。プロパガンダに利用しておきながら後悔している矛盾に対して、サイは特に何も思わなかった。

 

 なので、サイは、むしろ親切のつもりでナルトに述べていたのだ。ダンゾウから直々に仕込まれた通り、正しい感想を。

 そんなサイの事を、ヤマトは、言葉に出す前からその眼光だけで間違っているのだと否定していた。

 

「サイ。あの絵本、読んだ事は?」

「あります」

「ないだろ」

「いえ、ありますって」

「読んだ事もないのに、読んだナルトの感想を批判するなんて、それ自体が失礼だ。ちゃんと読め。そして感想文を書け」

「……あの。聞こえていますか?」

「聞こえている。その上で答えている。文字が()()()のと()()のは違うからな」

「…………はあ」

 

 急に哲学を唱えられて、サイにはどうしようもなかった。ヤマトの意図がまるでわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、サイは感想文を書くべく、堂々と絵本を購入し、任務中だろうがお構いなしに読み耽るようになるのだが、最初はただの情報の羅列としか思えなかった。

 絵本と呼ぶには文字が多過ぎて絵物語に近いが、それでも小さい子に理解させようという苦心が見て取れる。

 だが、だからどうしたのだ。

 二代目火影の人生は、歴史書を読んだ方がずっとわかるというのに。

 わざわざ、なんで、絵本という媒体で触れる必要があるのだろうか。

 

「ズルしてんじゃねぇぞバカヤロー!!!」

「……参考にしようとしただけだよ」

「ヤマト隊長から聞いてんだぞ!他人の又聞きで作品を語るような不届き者だって!それやっちゃいけねえヤツじゃねえか!」

 

 どれだけ読んでも大した思いを抱けない。兄の死と向き合って乗り越え、情緒を取り戻しつつある今でも、皆が口々に語るような心揺さぶられるような感慨を抱けない。

 絵本の感想を聞き回ってもまともに相手にされないので、二代目火影本人についてどうかという尋ね方をして回っているのだが、誰も彼もが似たり寄ったりだった。しかも、サイにはいまいち共感し辛い。

 そしてその現場をナルトに押さえられ、詰められていた。

 

「今吐け!てめぇあの絵本読んでどう思った!」

「文字数が感想文に書ける程の量に達してないよ」

「それでもいい!言え!!!」

 

 相当お冠だ。話が通じない状態になっている。

 サイは思案する。ナルトに見つかる前に聞いて回った、皆にとっての二代目火影を。感想に困ったからと他人からの情報収集をしておいて今更だが、確か、他人の又聞きで語ってはならないのだっけ。

 幸い、サイの感じ方は皆とは違っているようで(それが果たして良い事なのかはさておき)、被らずに済む。だから又聞きだと誤解されまい。

 

 可哀想とか、悲劇の主人公だとか、悲しいけど素晴らしい人とか。

 そういうのは、除ける。

 と言うより、元よりサイの思う所ではない。

 サイには、二代目火影をそうだとは思えなかった。

 

「頑張ってるなあ、と思ったよ」

「許す!!!!!」

 

 大変そうな状況で、ひたすらに頑張り続けている。ただそれだけ。皆が思うような感動物語ではないと思う。

 それは、サイ自身でも、あんまりにも素朴を極め過ぎていてつまらないと呆れるようなものだったが、なぜだかナルトに甚く感動され、強く抱き着かれた。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 第四次忍界大戦、終局。

 十尾が今正にナルト達に襲いかからんとしている局面で、大蛇丸の穢土転生によってこの世に再び舞い戻った歴代火影達が、現場に駆け付けた。

 

「……え、絵本のオッチャン」

「絵本?」

「あっ、あの、え、えーっと」

「いや。答えんでも良い。ワシの人生を基にした絵本があるらしいのは、既に知っておる」

「あ!そうなん、です、か」

 

 その中に、ナルトが尊敬して止まない、かの二代目火影である千手扉間の姿もあった。

 白い髪、赤い目。間違いない。火影室に飾ってある写真の顔がそのまま、そこにある。強いて言えば、穢土転生体である弊害で、白目が黒くなっている点か。

 兎にも角にも、こんな局面なのにナルトは緊張して、慣れない敬語をたどたどしく使いながら、委縮するように背を丸めかけてしまう。

 

「サル。お前が出版した絵本は随分と有名なようだな」

「…ええ」

「その割には、浮かない顔をしておるが」

「思っていたのとは違う評価をされてしまいましたからな」

「作者の意図通りになる作品など、そうそうないと思うが」

 

 心臓がばくばくと激しく脈打つ。どうしよう。

 千手扉間。もしくは、うちはトビラ。もし会えた時、なんて言うんだっけ。決めていた筈なのに記憶が飛んでしまった。

 

「どうしたんだいナルト、具合が悪いのか?」

「父ちゃん!ごめん!話しかけるのはやめてくれってばよ!」

「ええ!?」

「い、今は、そ、そのっ、あ、頭の中が、ま、真っ白、で、なな、何を言おうと、してたん、だっけ」

 

 緊張の余り凄まじい形相で黙り込んでいるナルトを案じ、近寄ったのは四代目火影こと波風ミナトだったが、当のナルトはパニックになりながらミナトから逃げるように距離を取った。

 

「……ふむ」

「に、二代目様」

 

 何やら緊張しているようだ、と扉間は判断した。そんな二代目火影の横顔を眺めていた三代目火影改め猿飛ヒルゼンは、猛烈に嫌な予感がした。

 

「ナルトと言ったか」

「っ、は、はい!そうです!!!」

 

 憧れの人に名指しで呼ばれ、ナルトは起立の姿勢を取りながら返事をした。

 

「頭が真っ白になっておるのか?」

「は、はぃ、い、っそ、その!緊張、しちまって!」

「なら、お揃いだな」

「は、え?お揃いって」

「ほれ」

 

 扉間は少しばかり微笑みながら、自らの髪を指先でつまんで見せた。

 その瞬間、場の空気が文字通り凍り付いた。ナルトだけではなく、その場にいた戦争参加者全員が、肩を張り、息を詰めた。

 

「ううむ。トビラよ。この時代の笑いのツボは、どうやらワシらの時代とは変わっておるらしい」

「初代様……その頃から、二代目様の笑いのセンスは、受け入れられてはおりませんでしたぞ……」

「なぬ!?だ、だがしかし猿飛よ、少なくともお前は笑っておったろう!」

「気を遣っていただけです!」

「その気遣いがなぜ今は発揮されぬのだ?」

「さすがに厳しいものがありますぞ……!」

 

 初代火影こと柱間が残念そうに腕を組み、ヒルゼンは顔を手で覆いながら嘆いていた。ミナトですら、どう反応すれば良いのだろうと悩みつつ、扉間による自虐的ジョークを真っ向から浴びたナルトへ心配そうに声を掛ける。

 

「ナ、ナルト。そのね、二代目様は、どうやらこういった冗談を好んで使われるようで。あっ、でも、歴史書の通りではあるんだけど、歴史書の通りじゃないって言うか」

「……」

「……ナルト?ねえ、聞いてる?もしもーし?ナルト!?」

 

 自らの身体的蝶を揶揄し、道化を演じていた。歴史書にあった記述そのままの行為により、ナルトは俯いたまま何も喋らなくなった。

 

「そんなに笑えんか?ワシは笑えると思っておるが」

 

 誰も笑ってくれないどころか場が凍り付いた事に、扉間は意外そうに両目を瞬かせた。

 扉間本人は何とも思っていない。自分の身体的特徴など、当然のように許容している。差別に晒されたが、そんなものは間違っていると声高に叫んで庇ってくれた大きな背中を知るからこそ、決して恥じていない。だからこそ堂々と冗談の種にしている。

 の、だが。誰も彼もが、反応に困って沈黙していた。場を和ませようとして失敗してしまい、扉間は肩を竦めた。

 

「笑えるわけ、ないじゃないですか」

 

 そんな中で、一人の若者が、怒りに張り詰めた顔で扉間へと歩み寄った。サイだった。

 他の者達は驚いた。サイは物静かで、このように激情を露わにするような性質ではなかった。しかし実際には、不機嫌そうな形相で扉間を睨みつけていた。

 

「何者だ、貴様は」

「ボクはサイ。ナルトの友人です」

 

 ナルトと扉間の間に割って入り、扉間と対面し、サイは目つきを更に鋭くさせた。

 

「もしかしたら、笑っていいのかも知れません。だけどボクは笑えません。冗談に本気になっている、空気の読めない男だと思ってくれて構いませんが……ナルトは、あなたを尊敬しています。そのナルトの前で、そんな自虐、やめてください」

「……っ、ぶははっ!違ぇって、サイ!」

「えっ」

 

 ナルトが尊敬していた人物が、自虐で周囲の気を引くような悲しい性質の持ち主だった。その事実に純然たる怒りを抱いていたサイは、背後からの哄笑に耳を疑い、思わずきょとんとした表情になる。

 

「すっげぇー!!!ちっとも気にしてなきゃ言えねぇよ、それ!凄ぇよ絵本のオッチャン!はっはははっ!!!」

「ナルト?それ、どういう感情で笑ってるの?ボクは怒り損だったの?」

「いやいや、まあ、でも、サイに便乗するわけじゃねえけどよ、オッチャンの笑いのセンスってよくわかんねぇってばよ」

「だったらナルトはなんで笑ってるの?」

「ご、ごめっ、ごめんっ、感激し過ぎて、はは、腹が痛ぇ!」

 

 今度はナルトの大爆笑に周囲の者達は唖然とさせられた。迂闊に発言できない空間が出来上がってしまった。

 

「サイ、紙と筆貸せ!サインもらうから!」

「それはいいけど」

「お前の分も貰ってきてやるからな!」

「いや、ボクは」

「絵本毎日読んでんじゃねーか!お前もファンだろ!?」

「まだ感想文を書けてないから、書ける文字量に達するまでやめるにやめられなくなってるだけだよ。ヤマト隊長は現在消息不明だけど、だからってやめるわけにはいかないし」

「もーいいってー!前に言った感想で俺は満足だってばよ!」

「……はあ」

 

 よくわからないが、ナルトが傷ついた訳じゃないなら、まあいいか。サイはそう諦めつつ、要求された通りに紙と筆を手渡した。

 

「絵本のオッチャン!今すっげぇ忙しい状況だからさ、花丸でもいいから、サインよろしくだってばよ!」

「っくく、ははっ、面白い奴よ」

 

 ルンルンと鼻歌さえ交えそうな上機嫌で、ナルトは扉間へ紙と筆を差し出した。

 そんなナルトの姿を見ていた扉間は肩を震わせ、愉快そうに笑いながら、ナルトの望み通りにサインを書いて返してやった。

 千手扉間、うちはトビラの二通りの名を達筆で。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 うちはマダラは、ナルトが気に食わなかった。

 絵本の愛読者だと主張して憚らず、弟に尊敬の眼差しを注ぐ。頭を空っぽにすれば、何とも素晴らしい光景ではないか。

 それができないから、マダラは苛立っていた。

 

「砂利がぁ!貴様がトビラを語るな!」

「トビラじゃねえ、トビラマだろ、絵本のオッチャンは!」

「あいつの本当の名前はトビラだ!!!」

「トビラマのマの意味ならさっき初代のオッチャンが説明してただろ!?今更引けなくなったからって逆切れしやがって!!!」

「黙れ!!!!!」

 

 戦いの真っ只中にも拘わらず、マダラは吠えた。負けじとナルトに吠え返され、マダラの怒りは更に増す。

 これがマダラの集中力を削ごうとする作戦なら、逆効果だ。反吐が出る。逆にマダラの心は研ぎ澄まされていた。

 

「ファンだの何だのと戯言ばっかりほざきおって!あんなお涙頂戴の物語を見聞きしただけでトビラの理解者のような顔をするな!」

 

 マダラの苛立ちは、あの胸糞悪い程に美しく整えられた美談に酔って弟を崇拝するナルトだけではなく、弟本人にすら向けられていた。

 

 なぜ、笑っている。

 あんな物語でお前を知った気になっている砂利から尊敬されて、なぜ笑えるのだ。

 どうして。

 死んでも利用されていると、なぜ怒らないのだ。

 怒るどころか、こうして死んでも尚、里の為にと尽くすだなんて。昔から何も変わっていない。

 まるで奴隷のように奉仕する、その献身に何度胸を打たれた事か。

 その献身を裏切るような一族の醜態に、何度、族長にあるまじき憎悪を滾らせた事か。

 うちは一族が事実上の壊滅を辿った時、どれほど喜ばしかった事か。

 

「っ、絵本のオッチャンを悲劇の主人公にしてんじゃねぇ、バカヤロウ!!!」

 

 そうやって弟を可哀想だと哀れむのは、兄だからこその情。然れども、その行き過ぎた憐憫により心の目が曇っている。

 

 それをナルトから堂々と指摘され、マダラは歯噛みした。

 結局の所は堂々巡りだ。お前に何がわかるのだ、と。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 大戦終結後。

 将来の火影として経験値を積む為の任務から帰ってきたナルトは、偶然鉢合わせたヒナタと一楽でラーメンを食べていた。曰く、今日は外で食べたい気分だったが、何を食べようか悩んでいた所にたまたまナルトが通りがかったらしい。

 

「私、あんまり好きじゃないの、絵本のお話」

「そうなのか?」

「……うん。ごめんね」

「い、いや。ヒナタが苦手だからって、それで俺に謝るのはおかしいってばよ」

「…そっか。ありがとうね、ナルトくん」

 

 ヒナタの主張を疑わずに信じ、こうして共にラーメンを食べている最中、話題は絵本へと移った。

 ナルトがあの絵本の愛好家なのは既に周知の事実で、かつてを思えば信じられない程に容易く口にし易くなった。常日頃から持参するようになったし、何なら今でも持っている。ラーメンの汁で汚すようなヘマをしないよう、流石に食べながら読むような真似はせず、鞄に入れているのだが。

 なので遠慮なく切り出したのだが、ヒナタの反応は意外にも芳しくなかった。

 

「でもさ、なんで苦手なんだ?」

「……眩しい、から」

「眩しい?」

「うん。強過ぎて、眩し過ぎて、ずっと見ているのが怖くなっちゃうから」

 

 ナルトより先んじてラーメンを食べ終えたヒナタは、どんぶりに箸を置いた後、俯いて膝の上で手を握った。ナルトが好きな絵本を自分も好きなのだと嘘でも言ってあげられない、そんな自分の不器用さに項垂れていた。

 過酷な状況下でも迷わず前を進める、強い人の御伽噺。尊敬の念よりも恐怖が勝ってしまった。自分はここまで強くなれない、と心が挫けてしまった。

 だからこそ、絵本に憧れて努力しているのだと豪語するナルトも眩しく感じて仕方なかった。絵本は苦手だけど、その絵本が好きなナルトは好きになった。

 何とも、不器用としか言いようがない。そんな自分がヒナタは嫌になっていた。

 

「だよな!」

「……え?」

 

 怒られるか、そうじゃなくても失望されるか。そう恐れていたヒナタは、ナルトの喜ばしそうな同意が信じ難くて、戸惑いながら顔を上げた。

 ナルトは目を輝かせながら、うんうんと両手を組んで頷いている。

 

「確かに絵本のオッチャンは凄ぇもんな。凄過ぎて恐縮するよな。俺も実際会った時は頭がしっちゃかめっちゃかだったし!ヒナタの気持ち、超わかるってばよ!……あ、もう1杯追加で!」

 

 好きになった人の手前、嘘でもこの絵本が好きだと褒めるべきかどうか真剣に悩んでいたヒナタは、衝撃を受けていた。

 

「でもさ、でもさ。眩し過ぎるからこそ見失わずに済むと思うんだよ」

「そう、かな」

「そうそう!見失う事がないってさ、凄い安心できるってばよ!」

「…………そう、だね。そうかも知れない」

 

 ヒナタはそう答えながら、追加の麺を投入されるや否や笑顔で啜り始めたナルトの横顔をじっと見つめていた。

 

「見ていて怖くなるくらい眩しいって事は、どこに居てもすぐに見つけられるって事だもんね」

「そーそー!オッチャンは人と毛色が違うからすぐに見つか……あっ、忘れてくれヒナタ。絵本のオッチャン流のジョーク、あんまり面白くねぇぞこれ」

「…ふふ。そうだね。そこは真似しない方がいいよ、ナルトくん」

「だよなー」

 

 絵本の話をしながらも、ヒナタの眼差しはずっとナルトの横顔へと注がれていた。一楽の店主もその娘もそれに気づいている。気づいていないのはナルトだけだった。

 

「ねえ、ナルトくん」

「ん?」

「私、やっぱり、絵本のお話が苦手だよ」

「それはもう聞いたってばよ」

「ううん。まだ言ってない事があってね」

「マジ!?聞かせてくれよ!」

 

 ヒナタは数秒だけ沈黙した後、意を決して口を開く。

 

「一人で何でも頑張りましたって物語、凄いけど好きになれない」

「おお?」

「きっと、居たはずだよ。居たと思うの。助けてくれた人が、守ってくれた人が、愛してくれた人が。どこにも描いてなくても、きっと居たと思うの。だから、そういうのを省いて、一人で頑張りましたって風に整えちゃってる、このお話は好きになれない」

「そうだな!実際、初代のオッチャンとか居たしな。あのマダラだって、ヤベェ奴だったけど、絵本のオッチャンを愛してるのは本当だったし」

「そっか。そうだったんだね。じゃあ、今更だったかな。こういう感想」

「とんでもねぇよ!むしろばんばん聞かせてくれってばよ!」

 

 一人で頑張っている。一人で頑張るしかない。孤独だから、自力で何とかするしかなかった。

 幼かった頃のヒナタには、その絵本が恐ろしく残酷な物語に映った。二度と読む気になれなかった。

 こんなにも大変な目に遭っているこの人を、どうして誰も助けようとせず、一人で頑張らせるのかと。

 どれだけ過酷でもたった一人で努力するしかないと強迫観念さえ抱かされて、辛かった。ナルトのように希望を見出すには、ヒナタは繊細に感情移入し過ぎてしまっていた。

 だからこそ、祈るようにこう思いたかった。絵本に描かれていないだけで、誰かがこの人を愛してくれていた筈だと。現実逃避の妄想だと自嘲しながらも、そう願わずにはいられなかった。

 

「ありがとう、ナルトくん」

「礼を言うのはこっちだってばよ、ヒナタ!」

 

 そして現実は、ヒナタが祈り、願っていた通りのものだったとナルトから太鼓判を押され、安心した。

 残酷な物語だと震えていた幼かった頃の自分が、救われた。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 イタチから初めてその話を聞かされたのは、五歳の頃。

 森の奥でイタチに手裏剣の練習を見て貰っていた最中、休憩がてら、イタチが周囲の様子を窺いながら声を潜めてこう言った。

 

『秘密の話をしてやろう』

『秘密?』

『そうだ。二人だけの、秘密の話だ。守れるな?サスケ』

『ああ!もちろんだ!』

 

 その時は、話の内容よりも、イタチと秘密を共有できる喜びの方が勝っていて、迷わずに頷いた。

 そして、イタチは語り始めてくれた。

 千手へ名を変えてでも一族を守ろうとした、一人の英雄の物語を。

 

 今なら、わかる。イタチがどれほどの気持ちで、一族でタブー視されていた、あの人についてサスケへ語り継いだのかを。誰かから悪意的な曲解を吹き込まれる前にと、せめてもの抵抗だったのだろう。

 イタチが諳んじてくれたのは、里で絵本という体で流布されている物語とは少々趣が異なっていた。だから後に絵本の内容を又聞きした時は、違うじゃないかと密かに驚かされていたものだ。

 今となっては確認する術はないが、二人だけの秘密というのはサスケの口を堅くする為の方便で、実際には族長であった実家に代々伝えられていた物語で両親も知っていたのかも知れない。千手扉間が信頼していたと自ら言い切ったカガミの子孫であったシスイも、もしかしたら。

 

 ただ、イタチの気持ちに思いを馳せられても、それと千手扉間の生き様に納得できるかどうかはまた別の話だ。

 いっそ、世間一般に流布されている悲劇的な美談として処理した方が楽だ。しかし、なまじ自ら望んで本人と会ってしまった以上、そうはいかなかった。

 里の成り立ち、里の意義について話を聞くべく、大蛇丸の力を借りて穢土転生体で蘇った千手扉間は────うちはトビラは、境遇に反して凄まじく強靭な自己肯定感の持ち主だった。

 その場に居合わせていた者達は全員絶句した。あの大蛇丸ですら、少し動揺していた。

 

 里に隷属しているかと思えば自らの意思によるもので、自分を認めないうちは一族を恨んで隔離政策の発端となった警務部隊を発足させたかと思えばそうではなく、無私の権化かと思えば、存外、笑えない冗談を口にできる程度の余裕があって。

 境遇からは想像も付かないような強固な精神性、自己確立力。イタチと言い、あの男と言い、どうしてあそこまで強くなれると言うのか。

 イタチは良いとして、あの男の信念は理解するには苦しい。わかるにはわかるが、よくあそこまで己を見失わず、貫けるものだと畏怖さえ覚える。

 

 理論上はわかるのだ。あの男の自己確立力の根源は、マダラから揺るぎなく愛されたおかげだろうと。

 サスケが知るマダラは恐ろしい敵でしかないが、そういう事のはずだ。

 だとしても、やはり、納得し難い。

 率直に言ってしまおうか。メンタルの強度がおかし過ぎる。

 

「じゃ、じゃあサスケは、絵本のオッチャンのこと、嫌いじゃないんだな!?」

「……嫌いじゃないが。顔が近ぇんだよ、ウスラトンカチ」

「へへっ、良かった!」

「聞けよ」

 

 あんなわけのわからない精神性の人物をよくもまぁまっすぐと直視して尊敬できるものだと、ある種、ナルトを尊敬してしまいそうだった。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 ナルトは今、諸々の重圧から一時だけ解放され、土手で寛ぎながら絵本を捲っていた。

 すっかり年季が入ってしまった。文字も一部掠れてしまって読めなくなった。自分が付けた涎やら何やらの汚れも相俟って、随分とくたくたになったものだ。

 

 ヒナタとの結婚式に向けて準備しているのだが、どうも自分の絵本に対する姿勢が一部誤解されているらしいと悪い意味で唸らされた件があった。

 結婚式で披露される催しにしなくても良い。演劇にしなくても良い。十中八九、悲劇性が盛られてしまう。それは嫌だ。

 提案した側にとっては厚意なのだろうとわかっていても、それでも、ナルトは首を縦に振れなかった。

 よりにもよって結婚式で、尊敬する人を悲劇の主人公にした物語が上演されるなんて、むしろ嫌がらせでしかない。

 

 物語としては、例えそちらの方が美しくとも、御免被る。

 そもそもにおいて、現実は物語を超えていた。あの人の生き様は、死に様は、そして死んでからの言動は、絵本の終わりの常套句であるめでたしめでたしを遥かに超えていた。

 現実のあの人は、物語なんか鳥のように易々と飛び越えてしまっていたのだ。

 

「ナルト兄ちゃん、まーた読んでる」

「おっ、木の葉丸」

 

 だが、それでも、初心を忘れない為に。何より、自分があの人に見出したものを忘れない為に。

 今でもナルトにとって絵本は宝物だった。そこに直接的には描かれていない、向こう側にあるものを見る為にも、今だって暇さえあれば読んでいる。

 

「当ったり前だろ!これは人生の歩き方が載ってる指南書だかんな!」

 

 ナルトは爽快に笑いながら「お前も読むか?」と木の葉丸に勧めたが、木の葉丸からは「所々読めなくなってんじゃねーかよ」と冷静に返されてしまい、少しばかり肩を落とした。

 

 

 

 

 

(終わり)




 やりたいようにやりました。悔いはありません。


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番外編
SASUKE①


 当初の予定では、サスケ関連のエピソードだけで纏めるつもりでした。
 ですが情報の取捨選択ができないと諦め、もういっそ全部可能な限り形にしていこうかなと頑張る事としました。

 BORUTO世代をオチにした物語を手掛けていたはずなのに、なんで……?どうして……???
 BORUTO世代まで遠いですね……。



 イタチからその物語を聞かされたのは、五歳の頃だった。

 夏だったが、手裏剣投げの修行場として利用していた森の奥は季節の割には涼しかった。燦々と降り注ぐ陽光が枝々に阻まれていて、それでいて風が吹き抜けていたおかげだろう。

 

「秘密の話をしてやろう」

「秘密?」

「そうだ」

 

 多忙だからと留守にしがちなイタチとの修行が実現し、ただでさえ浮足立っていたサスケは、休憩中に告げられた言葉にぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、興奮しながら尋ね返した。

 大人びているイタチが口にした秘密という囁きに興奮して然るべきだったし、何より、純粋に嬉しかった。

 

「二人だけの、秘密の話だ。守れるな?サスケ」

「ああ!もちろんだ!」

 

 イタチが周囲を窺い、警戒しながら声を潜めてくれたのも、秘密を共有するのだという高揚感を深めてくれた。

 

「ある英雄のお話だ」

「英雄?」

「二代目火影・千手扉間」

「初代じゃなくて、二代目?」

「里を創設した第一人者という意味では初代になる。だが、うちは一族にとって重要な人物と言えるのは、二代目だ」

「なんで?」

「二代目には、実はな、別の名がある。トビラ。うちはトビラだ」

「えっ!?」

 

 年齢的に忍者学校(アカデミー)に通う前だったが、それでも歴代火影の名は把握していた。その中の一人、里の創設期に活躍したとされる二代目火影がうちは一族の人間だったなんて初耳だった。

 

「二代目が健在だった頃から既に久しいからな。里の人々の大半は、生まれた時より千手扉間だったと思っている」

「でも、うちは一族の重要な人って事は、父さんも母さんも知ってるんじゃ?」

「そうだな。シスイも、近所のおじさんやおばさんも、みんな知ってる」

「なら秘密じゃないだろ!」

「逸るな、サスケ。俺が伝えたい秘密とは、二代目がうちは一族の人間だったという事じゃない」

「…そうなのか?」

「ああ」

 

 イタチは頷き、それから語り始めてくれた。

 寝物語を口ずさむように柔らかな語り口で、ともすれば退屈だとあくびをしかねなかった。英雄という牽引力の強いフレーズを前置きされたのもあって、そのギャップは顕著で戸惑わされた。

 しかし、それでも、耳を傾けずにはいられなかった。

 

 

 まだ里が創られる前、うちは一族にトビラという少年が生まれた。

 トビラは白い髪と赤い目を持って生まれていたせいで、一族の者達から疎まれていた。

 しかし、トビラは不幸ではなかった。なぜなら家族から愛されていたからだ。特に、トビラの一番上の兄はトビラを殊更愛していた。

 

 トビラが大人になった頃、うちは一族と千手一族が協力し合い、里ができた。

 トビラは里の為に尽くした。ひいては、それが一族の為になるのだと信じて。

 かつて家族が愛してくれたように。兄がその背中で守ってくれたように。与えられた優しさを、里の子供達へと分け与える為に。

 そんなトビラの事を認めてくれる人は、家族以外にも、少しずつだが増えていった。

 

 しかし、里ができて暫くが経った頃、事件が起こった。うちは一族から裏切り者が現れた。

 それは、トビラが敬愛する、トビラが目指していた背中であった筈の兄だった。

 兄と里。トビラは天秤に掛けて悩んだ末、里を取った。兄が弓を引いた里で暮らす、多くの子供達の顔を想いながら。

 兄を討つ初代火影・千手柱間の方へと味方し、柱間と共に里を守った。

 

 兄が柱間によって討たれてから少し経った頃、トビラは柱間から二代目火影にならないかと話を持ち掛けられた。

 トビラは悩んだ末、それを引き受けると決めた。

 兄の悪評は、トビラのみならず、一族にまで影を落としていた。誰かが何とかしなければならなかった。その誰かに自分がなろうとトビラは決めた。

 

 他ならぬあの兄の弟であったトビラが二代目火影になるには、一計を案じる必要があった。

 柱間と義兄弟の杯を交わし、トビラはうちはトビラから千手扉間と名を改めた。

 トビラが二代目火影となるには、千手へと名を変えるしかなかった。

 里の為に、一族の為に励むべく、トビラはそう選択した。

 

 その後、トビラは亡くなるまで里に尽くした。

 里に尽くす事で、ひいては一族の為になるのだと信じながら、最期まで。

 

 

 それは、うちはから千手へと名を変えてでも一族を守ろうとした、一人の英雄の物語。

 最後まで里を愛した男の、悲しくも勇ましい物語────

 

「……いや、違うな」

「え?」

「表現を変えよう」

 

 ────では、ない、らしい。

 感情移入していたサスケの不意を衝くように、イタチは困ったように眉を寄せながら語るのを一旦中断してしまった。

 

「俺からすれば、英雄なのだが」

「じゃあ、それでいいんじゃないの?」

「……けど、そうじゃない」

「……?」

「お前がそう思うにはまだ早い。そう思わない可能性がある。まだ段階を踏んでいない」

 

 数秒ほどの思案の後、イタチは再び口を開いた。

 しかし、それはサスケを沈黙の中へただ一人置き去りにしない為の配慮に過ぎない。心情的な混迷を残留させながら口を開いている所為で、どうにも歯切れの悪く、踏ん切りがついていない。しかも難解だ。

 それが却って、沈黙の中へ置き去りにするよりもサスケを困惑させていた。

 

「これは、一人の忍の物語だ」

「……一人の、忍?」

 

 理解が追い付かない内に表現を訂正され、サスケは惜しむように不満げに唇を尖らせた。

 英雄譚だからこそ胸を躍らせていたのに、なぜ英雄という言い回しを撤回し、ただの一人の忍だと普遍的に寄せた表現に変えてしまうのか。

 うちはトビラが二代目火影となった成功譚ならば、素直に英雄と呼称しても差し支えないだろうに。

 

「彼は、うちは一族の人間だ」

「いや、それは知ってるよ」

 

 イタチは困ったように微笑みながら多少の特別感を出すが、それでも英雄へと表現を戻さない。なぜだか、イタチはここぞとばかりに意固地になっていた。

 

「一族の為、里の為にと命を賭して戦った。だが、それは彼の行動原理の結果に過ぎない」

「…どういうこと?」

 

 真意が掴めないながらも、サスケはその真意を知りたくて、続きを促した。

 イタチは一度目を伏せると、再びゆっくりと目を開きながら続けた。

 

「自分が生き残る事ではない。己の名誉でもない。大切な人を守る。それが、彼の行動原理だ」

「大切だから守るって事だろ?」

「まあ、そうなんだが。もう少し具体的に言うなら、自分にとって大事な誰かを守りたいからこそ、彼は戦う道を選んだ」

「……うーん」

 

 どうにも抽象的過ぎる。もっとわかりやすく教えてくれと不満そうに唸りながら、サスケはイタチを見上げた。

 イタチは優しく微笑み返すばかりで、決してサスケが期待する通りに物語の語り口を変えず、妥協しない。それがまたもどかしさを増長させていた。

 

「誰かの為に戦う。それは、自分を二の次三の次とした、他人ありきの行動指針によるものだ」

「それって、やっぱり英雄なんじゃ?」

「それがサスケの考え抜いた末の結論なら、それでいい。だが、そうじゃないなら、もう少しだけ考えて欲しい」

 

 イタチの言い回しは多少回りくどい傾向にある。だが、今回のそれは普段と比べると輪に掛けて難解だった。

 イタチの真意は、伝えたい本質は、どこにあるのか。

 秘密を共有できると興奮していた分、だんだんと面倒になってきてしまった現状への落差は激しく、苛立ちは確かにある。

 だが、それにも増して、不思議と惹き込まれた。

 イタチがこうも頑固になるのは珍しい。いや、あるいは初めてかも知れない。

 それだけ、イタチにとっては特別な意味のある物語であるのか。

 

「すまない、サスケ」

「え?」

「トビラへの尊敬の念を前面に出し過ぎて、英雄という呼称を用いてしまった。それは俺の感想なのに、要らぬフィルターを掛けてしまった。ただ一人の人間の生涯として伝えるに留めるべきだった。彼をどう思うか、サスケに委ねたかったのに」

 

 うちはトビラという個人についてどう思うか、サスケに考えさせて結論を出させるのがイタチの目的。

 本来、無題であるべき物語の表紙。表紙のタイトルは、読んだ者が各自自由につけるべし。それがイタチの信念。

 しかし、イタチの信念に則るならば無題の儘で渡すべきそれを、実際の行動としては『英雄』と名付けた状態でサスケへと渡してしまった。

 故に、イタチは自らの信念と行動の矛盾によって途中でふと我に返り、悩み、迷走してしまっている。

 

「トビラがお前にとって尊敬するに値するかどうか、時間を置いて、ゆっくりと向き合って欲しい」

「それで俺がトビラを嫌ったりしたら、兄さんは嫌なんじゃないのか?」

「いいや。サスケが考え抜いた末の結論なら、それでいい」

「…っ、あのさ!」

 

 イタチの望みや困惑を意味をようやく察せられて、その光明から混迷の渦から脱却できたサスケは、これまで散々焦らされた怒りを押し出し、詰め寄り、せがむ。

 

「細かい拘りとか気にしないで、とにかく話してよ!」

「だが、俺の感想が混じってしまうのは……」

「それも込みで何が悪いんだ!?」

「サスケの感想を阻害しないかと」

「性に合わないものは、押し付けられたって受け入れたりしないから!」

「……それもそうだな」

 

 心底合点がいったようにイタチは頷いた。なぜこちらが指摘するまで思い至らなかったのかと、逆にサスケは面食う。

 

「トビラの信念は伝えたから、そうだな……トビラは、よく笑い、戸惑い、怒り、悲しんだそうだ。しかし、他者からは不愛想で人間嫌いだと誤解されていたという」

「矛盾してない?」

「奥が深いんだ」

「そ、そう……」

 

 しみじみとイタチは呟くが、サスケからすればわけがわからない。

 確固たる解答を持ち合わせている癖に、それを覆い隠してサスケ自身に考えさせサスケなりの答えへ行き着かせようとする様は、遠回しで煙に巻く言葉の迷宮と化していた。

 

「に、兄さんは、トビラを尊敬してるんだよな?」

「それは間違いじゃない。だが、絶対ではないんだ」

「どっちだよ!」

「俺にとっては真実だが、事実とは異なるかも知れないし、サスケがいずれ行き着く答えともズレてしまうかも」

「や、やめて兄さん!だんだん話が変な方向に転がっちゃってるよ!」

 

 イタチの言い方は抒情的と言うよりは哲学へと傾きつつあって、このままでは理解に苦しむ事すらできず及ばなくなるという危機感を幼いながらに察し、サスケは制止の叫びを上げた。

 

「……それもそうだな」

 

 当のイタチ本人から悪びれられるどころか感心され認められてしまうのだが、それはそれでサスケは靴の中に砂が紛れ込んだような落ち着きの無さに駆られる。

 自らの中に確たる結論が形作られているからこそ、余裕でいられる。梃子でも動かぬ所存とでも示すように。

 柳のようにしなやかに曲がるが、どこまでも曲がるからこそ折れない。硬さとは異なる方向性での頑固さを示され、サスケは呆気に取られてしまった。

 

「いいか、サスケ。色んな人が、この英雄(ひと)について、お前に質問するかも知れない」

 

 だが、だからこそ、寧ろ、サスケの記憶に根強く残った。

 

「ただ、これだけは忘れないでくれ。あの人は里を愛していた。それだけは確かなんだ」

 

 ただ一人の人間の逸話に過ぎないと訂正しておきながら、それでも、秘密にしておきたい程に大切だなんて、文字だけ並べれば見事に矛盾する。

 ならばこそ、鮮烈に記憶に残った。イタチの優美な笑顔と共に。

 それがイタチにとって絶対に譲れない一線なのだと理解させられて、サスケは思わず頷いた。

 

「……これで、いいのか?」

「い、いいよ!それでいいと思うよ!」

 

 せっかく流れが綺麗に収束しそうにいなった段階で、イタチは不安そうに首を傾げた。

 人を介して話を知る以上、それが声であれ文字であれ、どう足掻いても色眼鏡が掛かるものだ。その意味において、イタチは潔癖だった。

 五歳であるサスケはそこまで思い至れていないものの、イタチの細か過ぎる拘りを少々煩わしく感じていた。

 なのでサスケは、イタチが熟考を重ね過ぎる余り、またしても撤回される前にと力強く肯定した。

 『これで、いいのか?』と尋ねられた時は、なぜ何も知らない己に確認するのかとサスケは心底不可解だったが、ここで下手に口を挟めばまたイタチが変な方向へ思考の舵を切りかねないと幼いながらに危惧した。

 

「また今度に備えて、改めて纏めておく」

「つ、続きがあるの?」

「改められた名前である扉間の由来とかな。さあ、休憩は終わりだ。修行を再開するぞ」

 

 非常に気になる情報を言い残し、イタチは早々に気持ちを切り替えた。一方のサスケは、期待を持たされて気落ちさせられて、また期待を持たされる情緒の反復に翻弄され、精神的にどっと疲れてしまった。

 秘密の話だと持ち掛けられた時は、その蠱惑的な響きに胸を躍らせていたというのに、想定していたのとは全く異なる当惑や苛立ちに振り回されてしまった。

 

 

 

 

 ────それは、在りし日の残響。

 

 

 

 

 

 今や忌々しいと唾棄する他にない、懐かしくて胸が痞えそうな夢から覚醒すれば、そこは既に見慣れた自分の部屋だった。

 家族はなく、一族もなく、たった一人で暮らす、自分の部屋。

 枕元に置かれた時計を見る。定刻通りに起きる事が叶った。

 しかし、特別睡眠不足ではない筈なのに、頭の中が妙にぼんやりとしていて、上手く思考が纏まらない。

 あの夢のせいだ。懐かしくも忌まわしく、忘れられない、あの思い出のせいだ。

 

 窓の外では蝉の声が響いている。今日もまた暑くなりそうな予感がした。

 一人で過ごすには広すぎる部屋に居る事が急に寂しくなって、サスケは一族がイタチの手で皆殺しにされて以来生活しているアパートから発った。

 忍者学校(アカデミー)を卒業し、第七班に配属されてから、それなりの日々が経過した。担当上忍であるカカシは遅刻が常態化しているので、指定された時間通りに到着しても待ちぼうけを食らわされる。

 かと言って、ならば自分達も指定通りの時間に来なくて良い、という事にはならない。それではあまりに無秩序だ。

 

「あんたねー、いつまで絵本にハマってんのよ。いい加減に卒業したら?」

「だってさ、だってさ!超カッコイイんだってばよ!」

「いくつだと思ってんのよ。絵本から入る人達はごまんと居るけど、この歳になっても絵本を読み続けてるのなんて……」

「歳なんて関係ねぇって!あれは俺のバイブルなんだってばよサクラちゃん!」

「…ったく、しょうがないんだから」

 

 散歩がてら、少しばかり遠回りして集合場所に到着すれば、既にサクラとナルトが雑談に興じて時間を潰していた。

 優等生だったサクラは、担当上忍が遅刻するならばと自分まで自堕落になったりしない。それは生真面目と言って然るべきで、穿った見方をすれば不器用とも言えた。

 そしてナルトも、惚れているサクラにつられてという理由が大きいにせよ、忍術学校(アカデミー)で落ちこぼれていた態度が嘘のように遅刻するまいと努めている。

 

「あっ、サスケ!サスケもカッコイイって思うだろ!?」

「ちょっと、急にサスケくんを巻き込まないでよ!」

「…ンなの、ろくに読んでねぇよ」

「何だよ!二代目火影の大スペクタクルストーリーだってのに!」

「伝記の方を読めよ」

「そ、そっちだって目を通してるってばよ!その上で絵本が好きなんだよ!」

 

 ナルトは慌てたように弁解する。伝記を読んだ事がないか、もしくは読むのに難航しているか。

 どちらにせよ、あくまでも絵本に拘っている。固執と称しても差し支えない程だ。

 

 ナルトは二代目火影のファンだ。と言うより、絵本のファンと表現した方が正しい。

 二代目火影を尊敬しているのは構わないが、愛読している媒体が子供向けでは侮られても庇うのが難しい。

 一般的には年齢不相応な幼稚さだ。現にサクラは呆れているし、サスケとて肩を竦めている。

 しかし、ナルトは臍を曲げる事はあっても、恥ずかしがらずに堂々としている。だからこそ余計に幼稚なのだと誰かから嘲られてもお構いなしだ。

 

 ナルトが目を輝かせる絵本とやらは、一度目を通した事があるものの、それっきりだ。

 それでも、幼い頃の記憶が蘇り、懐かしさに胸の奥底で何かが軋む。

 

 ナルトが愛読していると公言して憚らない絵本とは、イタチが語ってくれたうちはトビラの生涯を成功譚として編成し、世へ出版した児童向けの書物だ。

 迫害に晒された少年が苦境でも諦めずに立ち向かい続け、遂には火影として皆に認められた、その出自の悲劇性が読む者の心をくすぐる英雄譚。

 一族がイタチによって滅ぼされて以降、サスケは初めて絵本に触れたのだが、当時は衝撃を受けたものだ。

 かつて敬愛していた、今や憎悪するべき対象でしかないイタチから語られた物語と似通っていたが、細部は異なっていた。

 その最大の違いは、敬愛して憚らぬ、血の繋がった長兄の存在の有無。

 内容をスマートに整える為には余分だと切り捨てられたか、初代火影との絆を強調する政治的意図によるものか。どちらにせよ、何が絡むにせよ、その差異は歴然としていた。

 

 所詮は、大人の手垢が付いた、大人の都合による英雄譚。

 ナルトの熱狂は、孤独を紛らわせる手段として頼っている、否、依存しているだけなのだと、サスケは冷ややかな心境で俯瞰していた。

 例え実在の人物を参考にしていようが、絵本とは絵空事だ。

 だからこそ憧れ、没頭しているのだろう。結局は、夢見がちなお子様の要望に応じる幻想に過ぎない。

 

 だが。

 かと言って、幻想から醒めてしまい、絵本をおざなりに捨てるナルトの姿を想像しようとすれば、輪郭すら描けず、描けたとしてもすぐさま歪んでしまう。

 想像できないのか、それとも想像すらしたくないのか。

 自分で自分の感情がわからず、こんなふざけた妄想に感けていられないという口実でサスケはそれ以上思考を進めるのを止めた。

 

「おーい、待たせたな」

「遅いですよ、カカシ先生!」

「悪い悪い。人生という迷路に迷っちまっててな」

「まったく、相変わらずですね」

 

 遅れて現れたカカシは、サクラから怒られても、悪びれた様子もなくへらりと笑っていた。

 

 

 

 

 

 ────もう、過ぎ去った日々だ。終わってしまった日々だ。

 

 自分が生きるべき、進むべき道を、再び現れたイタチによって思い知らされてからというもの、置き去りにするしかなかった日々だ。

 

 

 

 ******

 

 

 

 イタチへの復讐の為、仲間との日々を捨てた。里を抜けた。

 大蛇丸の下で力を付け、その大蛇丸をも殺して、水月、香燐、重吾を従えて、イタチを殺すべく木ノ葉へと戻った。

 木ノ葉の里は暁によって壊滅状態にあったが、斯様な情勢など厭わず、そこに居るイタチへの殺意を凝らせた。

 紆余曲折を経て、イタチとの対面が叶ったサスケは、互いに瞳術を用いた幻術で化かし合い、遂には接近が叶った。

 

「あんたには聞きたいことがある!」

 

 その瞬間、イタチの右手が、指先が、静かに、サスケの額へと向かう。

 一族が滅ぼされる前、平穏だった頃、サスケの我が儘を叶えられず任務を優先せざるを得なかったイタチから、よく、額を小突かれるついでに『許せ、サスケ』と謝られていた。

 生温い思い出が脳裏に過った所為で、サスケの動きは止まった。戦闘中にあるまじき失態だ。イタチへの殺意でこの身を迸らせていた筈なのに。

 

 在りし日のように、額を小突かれるのか。『許せ、サスケ』という謝罪を手向けられながら。

 殺意の塊になれたと驕ったつもりか、と嘲笑されるように。無駄だぞ、と軽快に笑われるように。

 たったそれだけの思わせぶりな仕草で、サスケの胸中は黒も白も綯い交ぜにされ掻き混ぜられて堪らなかった。

 

「……!」

 

 ……期待してしまった己の甘さを、サスケは歯噛みした。

 イタチの指先は、サスケの額に触れる事無く、その脇を逸れて、スッとサスケの背後へと指差した。

 サスケの視線は、そちらへと誘導される。

 そこには、戦闘していた室内に備えられていた、誰が座る為なのかわからぬながらに形作られた玉座へと座る、イタチの姿があった。

 今の今まで、幻術相手に真剣に戦っていただけで、イタチはずっとあの玉座に座っていたのだ。

 やっと殺せるとどす黒く昂ぶっていたのに、その実、そうではなく、ずっとイタチの(てのひら)の上で踊らされていたと判明し、恥辱に打ち震える。

 

「何が知りたい?」

 

 簡単に殺されはしない。そう言わんばかりの、悠長な物言い。

 何もかもが、サスケを馬鹿にしている。

 まるで、こちらの努力を高見から見物しているような余裕が、その得体の知れなさが、サスケの神経を逆撫でする。悔しかった。

 その後、玉座の背後に回り込み、背もたれごとイタチを草薙の太刀で串刺しにしようとしたが、玉座に座っていたイタチの姿さえも幻術だった。

 幻術で化かし合っていただなんてとんでもない。

 最初から負けていた。何という無様な体たらくなのか。滾る復讐心と裏腹に突き付けられる現実で精神の均衡を崩しながら、サスケは膝を付いた。

 

「万華鏡写輪眼、そして、うちはマダラについて…」

「……ふむ」

 

 サスケを掌の上で弄べている余裕からか、イタチはサスケの疑問に積極的に応えようとする意思を見せた。

 

「ならば、南賀ノ神社本堂にある石碑を読んでくるがいい」

「ん、だと…」

「続きはそれからだ」

 

 殺し合いの最中、わざわざ途中で離脱し、用を済ませたらここへ戻るようにという、イタチからの指示。

 その手順を守らなければ応じる気はないと言わんばかりに、イタチは姿を消してしまった。

 ぽつんと取り残されてしまったサスケは、イタチと再び相見(あいまみ)えるべく、尋常ならざる殺意を零しかけながらも、指示に従い、南賀ノ神社本堂へと向かった。

 

 南賀ノ神社本堂の内部。その右奥から七枚目の畳の下、そこに一族が集会場として利用してきた秘密の空間があった。

 その空間は本来、石碑の為だけに用意されたのだろう。

 サスケは、読んだ。自分が読み得る限りの全てを、その眼に焼き付けた。

 うちは一族の瞳術が本来、何の為に存在するのか、その秘密が記されていた。

 

 そうして戻ってきたサスケを、イタチは玉座に腰を下ろしながら迎えた。

 行ったり来たりを強いられたサスケは、イタチを睥睨した。

 イタチは、己を殺す為に己の指示に従ったサスケを、見据えていた。

 

「読んできたようだな」

「ああ。今度こそ答えろ、イタチ」

 

 玉座から立ち上がり、イタチはゆっくりと階段を降りてくる。

 

「マダラとは、この眼を以てして九尾を手懐けた最初の人間。俺の相棒であり、師であり、不滅であり、そして、万華鏡写輪眼の秘密を暴いた男だ」

 

 マダラ。名だけでも、忍界に及ぼす影響は計り知れない。

 マダラとイタチが繋がっていたとは、如何様な意味なのか。如何様な関係性なのか。

 だが、その疑念は、復讐の前では些事であり、故に追究しなかった。

 

 イタチの瞳が、万華鏡写輪眼の紋様へと移り変わる。その瞳に捉えられた者を強力な幻術世界へと招き入れる、月読。

 それを発動したのは、幻術世界を以てして、映像も交えて、より詳しく説明する為。

 もしもイタチに害意があったのならば、それはサスケの精神を摩耗させるだけの罠となるのだが、サスケは驚きながらも抗わずに許容した。

 真実への欲求が上回ったのだ。

 

「その瞳力を以てして、マダラは()()()()()でうちはを束ねていた」

 

 イタチの説明と共に、芸術世界の景色が移り変わる。

 うちはマダラと思しき男が、同じ家紋を背負う一族達を侍させている。狼の如し尖った広がりを見せる黒髪を風で靡かせながら、大団扇を携える男は、多くの一族を背後に従えながらも、孤高の貫禄を醸していた。

 幻術世界の景色が移ろう。

 うちはマダラが、戦場で鎬を削っていた相手と握手していた。まっすぐとした長髪の、精悍な顔つきの武人。初代火影となる千手柱間その人だった。

 森の千手一族と手を組み、新たな組織を、即ち木ノ葉隠れの里を設立した。

 

「だが、マダラの身に異変が生じた。大きな瞳力を得る代わり、やがては完全に光を失う。それが万華鏡写輪眼だった。使えば使う程、闇に落ち、終いには視力と共に力まで閉じる。それを避けるには、どうすればいいのか」

 

 話が進む毎に景色が移ろう。

 マダラが暮らす屋敷の中だろう。当のマダラが病人の如く布団に身を横たえ、両手で目を押さえながら、慄くように頭を振っている。

 

「ある日、マダラは解決策を得た。それによってマダラは永遠の光を得ただけでなく、新たな瞳術まで刻まれた」

 

 術者が勿体ぶるように、もしくは言い淀むように黙っても、幻術世界の景色は構わずに移ろう。

 見目は若いのに老人のような白髪の、地肌が病的に白い男が、布団に仰臥している。病人用の簡素な着衣、清潔な白い布団、枕元に置かれている手拭いが掛けられた桶。

 病人、もしくは怪我人として安静に寝かせられているようだった。

 

「マダラには弟が居た。マダラの光を取り戻す為、日夜、寝る間も惜しみ、研究していた弟だ。その弟の眼を、マダラは……」

 

 サスケの隣をスッと通り、白髪の男へと、異様な重圧感を纏って引きずりながらゆっくりと歩く、マダラの姿。

 マダラは傍らに座り込み、覆い被さるように迫り、白髪の男の瞼へと指を伸ばし、無理矢理にこじ開けた。

 その瞳の色は、血を透かして浮かしたような鮮やかな赤色。

 白い髪、赤い瞳。この世界は広く、髪や瞳の色には多岐に渡るバリエーションがある。なので、取り立てて不自然ではない。

 だが、その特徴は、しかもうちは一族に関与するとなれば、どうしてもある人物を連想してしまう。

 

『許せ、我が愚弟トビラよ』

 

 低く地を這うように絞り出されたマダラの声色が紡いだ、その名に、サスケは両目を見開いた。

 その直後、サスケの方角へと血飛沫が飛ぶ。絶叫も。

 マダラは弟の眼を奪い、下卑た笑みを湛えていた。臥している真っ只中で眼を奪われた弟は、夥しく流血する両目を必死に押さえつけながら、激痛で背を丸めながら悶絶していた。

 イタチが生み出した幻術世界の景色に過ぎないとわかっていても凄惨で、サスケは絶句しながらも食い入るように見入る。

 イタチもまた、自らが生み出した光景を剣呑な目付きながら無言で見守っていた。

 

「弟ってのは、まさか」

「二代目火影・千手扉間。改め、うちはトビラだ」

「……マダラと兄弟だったなんて、教えてくれなかったじゃないか」

「全ての秘密を共有する義理はない」

 

 こんな重要な局面で、在りし日の残照に脳裏を焼かれた。

 思わず零してしまったサスケの呟きを律義に拾った上で、それを無慈悲に手放すようにイタチは冷淡に言い捨てた。

 

「瞳のやりとりは一族の間でしか執り行えない。しかも、この方法で誰もが新たな力を得られるとも限らない。これが万華鏡写輪眼の、血に濡れた秘密だ」

 

 幻術世界の映像にて、マダラは弟の眼を嵌め終えた。適合し、瞳の紋様にまで変化が現れる。

 血の涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、歪め、苦しんでいる弟に見向きもせず、室内にて凝る血の悪臭に咽ぶ事もなく、マダラは歓喜で喉を震わせ哄笑していた。

 

「マダラはその力を使い、里の今後を巡って千手柱間と対立したが、敗れた。しかし、今でもマダラは生きている。暁の設立に深く関与し、その影に身を隠している。16年前の九尾襲撃事件とて、マダラによるものだ」

 

 そこで、イタチが見せたい景色は終わりを迎えた。

 幻術世界から現実世界へと戻る。だが、現実へ戻れたという認識さえ幻術の一部に過ぎないかも知れない。警戒すればきりはなく、然れどもそれに値するのがイタチの瞳力の恐ろしさだ。

 

「今のマダラは、悲劇に酔っている負け犬だ」

 

 冷淡に言い捨てていた筈なのに、不意に感情を言の葉へと乗せられた。憐憫とも憤怒とも付かぬ、軽蔑に最も酷似した、真冬の海底のように底冷えする青黒い感情。

 だが、それは気のせいだったと思い直す程度の、刹那の瞬きに過ぎなかった。

 

「うちはの真の高みを手にするのは、奴のような負け犬ではない!」

 

 そこには、愉悦へと表情を悪辣に変容させたイタチが居た。

 

「元来、うちは一族はこの眼の為に殺し合ってきた!永遠の瞳力を得るべく兄弟で殺し合い、力を誇示し続けてきた穢れた一族!お前もこの血を引く以上は、この血濡れた運命から逃れられはしない!

 お前は、俺にとっての新たな光!マダラがトビラの眼を奪ったように、俺もお前の眼を奪おう!」

 

 サスケは、イタチから掛けられていた幻術を自力で解く。

 やはり、現実へ戻ってきたという認識も含めて幻術に包まれ続けていたのだと────これから殺すべき相手の正しい位置を見定めながら、サスケは羽織っていたマントを荒々しく投げ捨てた。

 

「そうだ!来い、弟よ!俺はお前を殺し、一族の宿命から解放され、本当の変化を手にする!これがうちはの兄弟の絆なのだ!」

 

 マダラの再来、いや、マダラを超越するのだと声高々に傲慢な自己陶酔を吐き散らすイタチへと、剣を構えた。

 

 

 

 

 

 イタチに、勝った。

 勝ったのだ。

 殺せたのだ、とうとう。

 遂に、その時を迎えたのだ。

 野望の片方を、実現させられたのだ。

 

「許せ、サスケ。これで最後だ」

 

 なのに、なぜ。

 どうして、最後の最後に、優しい顔をして、イタチは、死んでいったのか。

 解消されぬ疑問の渦に呑み込まれながら、死闘の果て、サスケの意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻した時、サスケは柱に括りつけられ、拘束されていた。

 抜け忍となったサスケを捕縛した木ノ葉の忍によるものかと敵愾心を昂ぶらせるも、すぐに事情は異なるのだと突き付けられる。

 

「手当はしておいたぞ」

「っ、…これが、怪我人への扱いか?」

 

 拘束した張本人が闇から現れ、サスケはその相手を睨みつける。

 渦状の模様が施された橙色の面を被った、軽快な立ち居振る舞いの男。確か、デイダラと組んでいた、トビという男だったか。

 印象に残り易い軽快な立ち居振る舞いは形を潜め、別人のように落ち着き払った態度でサスケと接してくる。

 

「暴れられて傷口が開かれても困るんでな」

「暴れるだと?」

 

 トビは、被っていた仮面をずらす。

 

「俺は、お前と同じうちは一族の生き残りであり、うちはイタチの真実を知る者だ」

 

 その途端、サスケの左目から血の涙が溢れ、眼の模様が変わり、トビの右肩が燃え上がった。右肩から瞬く間に前進へと燃え広がった黒い炎に耐え切れず、トビは仮面を落とし、苦痛に足掻きながら転げ回った。

 目の前の出来事を視覚で認知しながらも、サスケは呆けていた。目の前の光景がなぜ生まれたのか、サスケ自身、よくわからなかったからだ。

 

「な、んだ、今のは…」

「イタチがお前に仕込んでいた天照だ」

「っ!?」

 

 黒い炎に焼かれて転げ回っていた筈のトビが、先程の登場を繰り返すように、再び闇の奥から現れた。黒い炎に焼かれた消し炭の傍らに転がっていた仮面を拾い、装着する。

 

「死んでもなお驚かされる。俺をお前から遠ざける為にと、お前が俺の写輪眼を見れば天照が自動的に発動するようにと仕掛けていた」

「何の、話だ……」

「イタチは死ぬ寸前にと、お前の瞳に自らの瞳力を注ぎ込んでいたのだ」

 

 サスケは思い返す。思い返してしまう。

 イタチが死に際になって、サスケの想像を逸脱する程に優しい笑顔を浮かべながら、サスケの額を小突いた時の事を。

 何かを仕込む隙があったとすれば、あの時だろう。

 あの笑顔と共に、仕込まれていたのだ。天照を。

 

「なぜ、イタチがそんなことを……」

「お前を守る為だ」

「っ、冗談はよせ!ふざけんな!イタチは一族を殺した、父さんも母さんも殺した、俺だって殺そうとしたんだぞ!」

「……やはり縛っておいて正解だったな」

 

 縄でしかと縛られているが、それも厭わずに逃れようと激しく抵抗するサスケの様子を眺めながら、トビは嘆息した。

 

「俺の名は、うちはマダラ。イタチが一族を滅ぼした日の夜、協力した者だ」

 

 トビは、否、マダラを名乗る男は、サスケを駄々っ子だと呆れるように上から目線で自己紹介してきた。

 サスケは固まった。一体何様のつもりで他人事のように呆れているのかという怒りがあれば、イタチの協力者にして師であるという男への追究も疼いた。

 イタチへの復讐を達成できた今だからこそ、追究するだけの余裕があった。

 

 ならばこそ、マダラを名乗る男が打ち明けた真実とは、衝撃の連続だった。

 イタチが一族を滅ぼし、里を抜け、暁に所属したのは、木ノ葉の里からの任務だった。

 因縁の始まりを辿れば、遡る事、80年以上も昔。

 千手一族とうちは一族の対立、柱間とマダラの因縁。

 マダラが里へ弓を引いた大事件が尾を引き、16年前の九尾の襲来はうちは一族によるものではないかと里の上役達は勘繰っていた。

 故にそれ以来、うちは一族は暗部によって監視を徹底されていた。

 うちは一族も九尾事件以来、里の隅へと一族単位の居住を強制され隔離され、里からの信用を失っていたのをひしひしと感じていた。不信を募らせ、例の石碑があった集会場で議論とは名ばかりのクーデター計画を練っていた。

 

「イタチは二重スパイだった。木ノ葉の里は暗部に所属していたイタチに一族を探るようにと命じられていたが、同時に、クーデターの首謀者だったフガク……お前達の父親の命で、里の動きも探っていた」

「……それで、なんで、イタチは……うちは側を、裏切った……?」

「第三次忍界大戦。そこで当時4歳だったイタチは数多くの死に触れ、その経験から平和を愛する男となった。その性質を里の上層部は利用した。里を愛するならば、うちは一族を滅ぼせと」

 

 里を愛するならば。

 その響きが、サスケの胸中でいやらしく残留し、反響し、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、闇に滲むように溶けて消えていった。

 

「そしてイタチは選択を下した。己の手で一族の歴史に幕を下ろすのだと。故にイタチは犠牲となった。確執のツケをたった一人で背負い、沈んでいった」

 

 なんだ、それ。

 

『忘れないでくれ。あの人は里を愛していた。それだけは確かなんだ』

 

 なんで、今頃になって、あの言葉が、蘇るのか。

 

「戦争の機を窺っていた俺にイタチは取引をした。うちは一族への復讐を手引きする代わり、里に手を出すなと。俺はその手を取り、協力者となった」

 

 里から下された、選択肢ですらない事実上の命令を実行したイタチは、一族を虐殺した犯罪者として汚名を背負ったまま抜け忍となった。

 クーデターが決行される前に一族を皆殺しにする必要があった。決行されてしまえば、何も知らぬ者を生かしておく理由が失われるからだ。

 残される者には、うちは一族は木ノ葉隠れの誇り高き一族なのだと信じさせておきたかったのだ。

 里を抜けるにあたって、イタチは残される者を、つまりはサスケを上層部から保護するようにと三代目火影に嘆願していた。

 

「イタチは里を愛していたが、それ以上にお前を愛していた。生き残るお前が惨めな思いをせずに済むように。お前に新たな力を与えようと。大罪人を処した英雄として讃えられるようにと」

 

 これまで費やしてきた復讐の意義を根底から引っ繰り返される言葉を次々と畳み掛けられ、サスケは身も心も虚脱した。

 

「これが、イタチの真実だ」

「そん、なの、嘘、だ……何度も、殺されかけた……」

「そもそもイタチが本気だったら、とっくに殺されていたはずだ」

「イタチは、一族を殺し、暁に染まった犯罪者だ!」

「里から抜けてもなお、暁に入り込み、里にとって危険な組織を内側から見張っていた」

 

 悉く反論されてしまい、サスケは自分がやってしまった事の意味を理解させられてしまう。

 本来、イタチが墓場まで隠し通したはずの秘密を、イタチの協力者によって詳らかに暴露される。

 イタチの名誉を回復する為と称するには歪だ。何よりイタチ本人がそう望まない以上、暴露する男のエゴでしかない。

 イタチを殺し終えてから暴露されてしまっては、サスケはイタチの愛に感激などできやしない。

 世界が足元から崩れ去るような罪悪感が去来し、その心は奈落へと真っ逆さまに堕ちていくばかりだった。

 

「三代目火影の死後、あの男が里に現れたのだって、本当の目当てはナルトではない。ダンゾウを含む里の上層部に自らの生存を伝える事で、お前を守ろうと……」

「うっ、嘘だ、そんなの、そんな!」

「お前が生きているのが、その証だろう?」

 

 奈落に底があったとして。底へと激突した心は悲鳴を上げる間もなく、ひしゃげて潰れてしまった。

 マダラを名乗る男から、イタチの揺るぎない愛を肯定させられ納得させられてしまったサスケは、己の取り返しのつかない罪と業に身震いし、嘔吐(えず)くが如く滂沱した。

 マダラを名乗る男が縄を解き、解放してくれたというのに、サスケは構わずにひたすらに泣いた。

 里への愛を利用され、人生を最後まで弄ばれたイタチの生涯を想って。

 

 

 後戻りができなくなった段階で、イタチの愛を知ってしまったサスケは、イタチが望んだとおりの英雄として木ノ葉の里へと帰還するばかりか。

 マダラを名乗る男の勧誘に乗り、暁へと入り。水影、香燐、重吾を従え、集団の名を鷹を改めて。

 木ノ葉の里の重鎮・志村ダンゾウを殺害し、五影会談を襲撃して。

 

 自ら退路を断つように、次々と罪を重ねていった。

 

 

 

 




 ※イタチによる幻術世界の光景は、イタチの意図を多分に含んだイメージ映像で、実際とは異なる部分があります。


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SASUKE②

 うちはトビラの存在は世界の義務教育!!!みんな!!!知ってて当然だよなァアア!!!!!
 ……という冗談はさておき、他国・他里でもうちはトビラの話が扱われていないかな等とあーだこーだと考えながら形にしました。


 休憩がてら、行き着いた自然の洞穴に入り、身を休ませ、各々好きに寛いでいた。

 自然の洞穴と表現したが、サスケ達が来る前から微かに足跡が確認できるので、この付近を行き来する聡い旅人が一定の頻度で利用しているのだろう。

 

 サスケは愛用の刀を手入れしていた。

 打ち粉を包んだ布をぽん、ぽん、と刀身に優しく押し付け、酸化した古い油を取り除き、新たな丁子油を塗り直す。

 この刀で復讐を達成する瞬間を思い、どろついた黒い感情とは裏腹にその手つきは丁寧だった。

 

「……なぜだ?なぜ、知りたがるんだ?」

「散々含みを持たされてきたんだ。はっきりさせて、スッキリしたい」

 

 刀を手入れし終える間際、サスケはそう言って重吾に話の続きを促すのだが、重吾の口は重く、なかなか切り出してくれない。

 筋肉質で大柄な外見とは裏腹に、重吾の性格は繊細で臆病だ。生まれながらに持つ呪印によって人生を狂わされ続けた反動により、その性格は形成された。

 重吾は沈黙している。その表情には、複雑な感情が浮かんでいた。決して意地悪で勿体ぶっているのではなく、寧ろ善意に寄るものだろう。

 だとしても、却って関心を煽られるばかりなので、どちらかと言えば余計なお世話なのだが。

 

「…かつて君麻呂が聞かせてくれた。俺は、それしか知らない」

「構わない」

「……君麻呂は、霧隠れの里の生まれだ。その土地にそぐうようにと改変されている。サスケが知って得をするかどうか、わからない」

「重吾。俺に命令させるな」

 

 苛立ちを隠す事なく声を凄ませるも、重吾は居た堪れなさそうに沈黙する。

 重吾の躊躇いは、大蛇丸やカブトのように余裕のある態度よりは、サスケの心情としては逆撫でされないだけマシだった。

 

『猿飛先生とそのお仲間達の失敗作よ。なのに人気になったものだから、当時まだ実感の薄かった著作権という概念を明文化したのよ。権利は木ノ葉にあるってね。……上手くいかなかったようだけど』

 

 大蛇丸がまだ存命で、そのアジトに滞在していた頃、大蛇丸から絵本に纏わる逸話を耳にした事があった。

 だから、木ノ葉の里に限らず、他里の忍も知っている者は知っているだろう、と。

 具体的にどの里が木ノ葉から許可を取ったのかまでは知らないが、少なくとも霧隠れの里は該当するようだ。

 

「そりゃそうなるでしょ。霧隠れの里のはングッ」

「茶々入れてんじゃねぇ!」

 

 実際その通りで、重吾は反応した。水月や香燐も。

 困ったように眉を下げる重吾に曲がりなりにも助け船を出した水月は、横から香燐に殴られる。

 通常であれば怪我を負っても致し方ない程の攻撃であったが、水月はその特殊体質から物理攻撃を意に介さない。殴られた途端にびしゃっと水と化し、そして散った水は再び水月の形に戻る。

 

「ほ、補強だって。別に躊躇わなくていいだろ?他ならぬサスケが興味持ってんだから」

「バカヤロー!!!」

「えぇ~、何だよもう。応えればいいだろ。質問してる時点で、サスケだって覚悟してるだろうし」

 

 水月は喋る気が比較的ある方で、香燐や重吾はサスケへの配慮が過ぎて沈黙を良しとする方らしい。

 そのスタンスの違いだけでも、サスケの、否、うちは一族の前では、うちは出身の火影の名を控えるべきだという風潮を歴然と示されているも同然なのだが、そこを突っ込んでいたらきりがない。

 配慮の名目により濁され逸らされる度に、サスケの探求心は意図せずして膨れる一途だった。

 

「水月の言った通り、遠慮は要らない。まずは重吾」

「まずは、ってウチらも!?水月!てめぇのせいだぞ!」

「いやいやいやいや、そういう態度が逆にサスケを焚き付けてんだってば!」

 

 香燐や水月の反応から、二人も知っているようだからとサスケは追々話を振るつもりだった。

 それを重吾への呼びかけで察した香燐は事の発端である水月に再び殴り掛かり、水月はまたもや水化しながら慌てて弁明していた。

 

「重吾」

「……わかったよ。話す」

 

 ただ目を伏せていただけだったが、サスケから何度も促された事で遂に観念したようで、重吾は語り出す前に一度深呼吸をして、それからゆっくりと口を開いた。

 その後、重吾が紡いだ内容は、成る程、躊躇するだけあって、木ノ葉の里の物とは趣が異なっていた。

 なまじ歴史的事実を引用されているものだから、否定するには知識が必要とされるだろう。

 

「へぇ、それがスッとわかるってことは結構勉強して……ってぇ、香燐、やめろって!Sは打たれ弱いんだっつーの!」

「水月。お前の知っているのも、似たような内容か?」

「あ、ああっ、そうだよ!霧隠れの里じゃそんな感じにアレンジされてる!」

 

 二代目火影の生涯をわかり易く英雄的に纏めた絵本は、里の黎明期を支えた偉人という扱いにより、一定の年齢に達すれば積極的に読み聞かせるようにと奨励されている。

 そのあらすじは、逆境に数多く晒されても忍耐と不屈の精神で乗り越えた、といった内容だ。

 初めて読んだ時、イタチ伝の物語との差異に静かに驚かされたものだ。似たような筋書きでも、語り口次第で印象がこうも変わるものなのか、と。

 里の英雄として斯くあるべしという理念に基づくのか、逆境の憂き目に遭い続けた事実を記しながらも、できる限り勇ましく表現しようと努めている。そんな印象を受けた。

 

 それですら、里人の感想は、二代目火影の逆境にばかり焦点を当てていて、彼自身の忍耐や不屈の精神を二の次としていた。

 ならば、そこから一切の配慮を取り除き、迫害に晒され続けた挙げ句に非業の死を遂げたという、編集者が求める情報のみを意図的にピックアップすれば、どうなるかと言えば。

 霧隠れの里における二代目火影の逸話は、意図されて悲劇性のみで構築された、醜悪なお涙頂戴話と成り果てていた。

 

「霧隠れの里は血継限界への風当たりが強いと噂されているが、政策としても弾圧を公認していたってわけか」

 

 気に食わないが、当時の霧隠れの里にはやり手が居たらしい。

 木ノ葉で出版された絵本を、木ノ葉から得た著作権を下に引用し、新たな絵本を作成した。

 本来ならばストーリーを歪められないようにと明文化された著作権が悪用されただけでなく、寧ろ大義名分が確立されてしまっていた。

 使用の許可を得たストーリーに史実を取り入れて新たに創作しただけ、と。

 

 黒髪黒目ばかりの一族に誕生した、白髪赤目の少年。

 一族は少年を阻害し続けた。火影になっても認める所か、火影になる為だけに初代である柱間に媚びを売っていたのだと陰口を叩き続けた。

 他国との同盟を結ぶにあたって失敗して非業の死を遂げても、誰も悲しまなかった。

 そのようなロクデナシばかりの一族なのだという、うちは一族どころか木ノ葉の里自体に中指を立てているとしか思えない、恣意的に改悪された世論誘導(プロパガンダ)だ。

 

 身構えていたとは言え、想像が及ぶ範囲だけでも耳が腐りそうだった。

 サスケは途中から顔を顰め、口元を手で押さえてしまった。

 一族を侮辱された怒りもあるのだが、それよりも、木ノ葉の里よりも露悪的な政治的利用に開いた口が塞がらない。

 

「君麻呂は、かぐや一族の中で……巨大過ぎる力もそうだが、一族はみんな黒髪なのに自分一人だけ白い髪だったからと……その、色々とあったらしい」

 

 語り終えてからというもの、重吾は口を噤み、ちらちらと申し訳なさそうにサスケの顔色を窺っている。

 俯きかける重吾の橙色の頭髪を見据えながら、サスケは胡乱そうに眇める。

 

「それでよく俺に従う気になったな。それとも、従う振りをして、いつか俺の背中を刺すつもりか?」

「っ、ま、待ってくれ!違う!」

「何が違う。親友だったんだろう?」

「君麻呂はそんなことを決して望まなかった!俺だって望んじゃいない!っ、むしろ、サスケの方こそ傷ついたんじゃ…」

「……質問しといて、みっともない姿を晒したりしない。話してくれて感謝してるくらいだ」

 

 信じた訳ではない。仮に重吾に欺かれていたとして、その時が来るまで利用し、始末すれば良いだけだ。そう結論付け、サスケは重吾との対話を収束させた。

 サスケが頷いたのは決して信じてくれたからではないと重吾も承知しているが、かと言ってサスケを信じさせるだけの証拠など用意できないので、気まずそうに項垂れてしまう。

 

「どーすんだよ水月!このジメッとした空気!!!」

「元を辿ればサスケが原因だろ!?俺らが黙ってたら、サスケが不機嫌になってそれはそれで空気が……」

「自己弁護垂れてんじゃねぇーッ!!!」

「もうやめろォ!何度も!何度も!これ結構疲れごぶっ!!!」

 

 場の雰囲気の重みに耐え切れず、香燐は激怒しながらまたもや水月の顔面に拳を叩き込む。

 水月は相変わらず水化で回避し続けるものの、ウンザリしてヘトヘトに疲れていた。そしてとうとう香燐の拳が右頬に華麗に決まってしまい、派手に転倒する。

 爽快な明るさとは程遠い騒音のようなやり取りだが、それでも賑やかと言えば賑やかなので、無理矢理ではあったが重苦しい場の雰囲気は換気された。

 

「香燐、水月。次はお前らだ」

「えぇえッ!?サ、サスケェ!無理しなくていいんじゃね!?気分悪くなってない!?」

「この際だ。吐け」

「そっ、そんなん言われたって!たったぶんウチが知ってるのって別に面白くないっつーか」

「構わない」

 

 好奇心ではあるが、遊びのつもりはない。

 

「…わかったよ。サスケがそこまで言うんなら。でも、ホント、大したことは知らねーし」

「ん-、俺の場合は重吾と被るからな。いい感じに面白そうなスパイスを」

「余計なテコ入れすんじゃねぇバカヤロー!!!」

「ぶっ」

 

 観念したように香燐は口を開きかけたが、自らが知る物語を語る前にと水月の背中を蹴飛ばして派手に横転させて昏倒させた。

 

「ウチの生まれ故郷……渦潮隠れの里じゃあ、改変されてないはず。髪の色が違っていてもめげずに頑張って、遂には受け入れてもらえたって、母さんが話してくれた。

 草隠れじゃ草原からやって来たとか意味不明なアレンジが入ってて、いやホントわけわかんねェ。ウケてる題材に好き勝手な設定付けてる感があってマジ受け付けなかったわ」

 

 母から伝えられた部分は記憶をおずおずと辿るようにたどたどしかった口調が、一時的に身を寄せていた草隠れでのエピソードに突入した途端に苦虫を噛み潰したように蓮っ葉になった。

 大蛇丸に拾われたのを感謝する程度には草隠れの里で過酷な扱いを受けていた、その反動に違いなかった。

 

「草原からやって来たってファンタジーな拾い子の言い方だな。先にネタ潰されちまったよ。木ノ葉と同盟関係にある癖に、草隠れって意外とガッツがあるんだな」

「ネタとか不謹慎な言い方はやめろ!」

「あれ?香燐、まさか意外と好きなの?」

「好きとか嫌いとかじゃねェ!ほら、子守唄って、好きとか嫌いとか関係なく、何となく頭に残るだろ!」

「こんなのをお供に眠ってたの?」

「うるせぇ!母さんと暮らしてた頃はそうだったんだよ!てめぇだって親から伝えられたんだろうが水月!」

「どっちかっつーと周囲がくっちゃべってたのを耳で覚えたけど」

 

 香燐に殴られて慌てていたさっきまでの様子が嘘のように、水月は愉快そうに肩を震わせて笑っていた。打たれ弱いのか強かなのか、その振れ幅が定まらない男だ。

 

「重吾と被るし、香燐のあとだし、もう殆ど喋ることねーなァ。強いて言えば、最後には自分の一族に討ち死にされて犬死しました、なんて史実を無視した二次創作を非公式にくっつけられてるってぐらいか」

「…同盟関係にあった渦潮隠れの里や、地理的に近い草隠れの里はまだ納得できる。だが、なぜ海を隔てた霧隠れの里が二代目火影にそうも執着する?」

「ご存じの通り、血継限界に厳しい所でね。血継限界の一族に拾われた、血継限界とは無関係な拾い子が、いじめ抜かれるも最終的には見返す地位を得て……ってストーリーがウケたって言うか、そっちのが都合が良かったと言うか」

「なんだそれ」

「非公式って扱いで色々と盛られてるんだよ」

 

 どうも、霧隠れの里では、二代目火影の逸話は混沌としているようだ。

 

「わざわざ木ノ葉の許可を取って、その上更に非公式で?いちゃもんを付けられるかも知れないってのに、何を考えてるんだ」

「有名な元ネタに色々とひっつけた方が知名度補正が掛かって便利だったんだよ。みんなが知ってて共有できるってのがポイント。仮に木ノ葉から怒られても、たかが絵本にムキになっちゃって~って言い訳する気満々」

 

 霧隠れの里の名門・鬼灯一族の一員だけあって、水月は政治的観点に物知り顔で断言していた。

 

「本当か嘘かはどうでもいい。それは木ノ葉でも同じだろ?ケチつけられても、たかが絵本に何をマジになっちゃってんのってね」

 

 生きている間、里の繁栄の為にと尽くし続けて。

 死んでからは、プロパガンダとして、骨までしゃぶられて利用され尽くされる。

 実態を調べようとしても、()()()()と触れる機会を逸した時代に生まれた以上、触れられるのは()()()()ばかり。

 

「二代目火影が写輪眼を使えたかどうかを疑う記述は、確かに存在した」

「え、マジ?拾い子疑惑がガチの可能性あんの?」

「俺が読んだ歴史書ではな。それを書いた著者も、二代目火影が果たして本当にうちは一族なのかどうかを疑っていたらしい」

「へー。オリジナルもそうなんだ。案外、霧隠れの里バージョンって真実に近いのかもな」

 

 サスケの物言いがほんの少しばかり断言から遠のいているのは、歴史書とて結局は筆者によって好き勝手に書き連ねられているだけの、俯瞰を気取った主観の記述でしかないと、とうに冷めた達観を得てしまったからだ。

 

「…………強く生きられるのは、御伽噺の中だけだ。現実は、……あ、いや、忘れてくれ、サスケ」

「続けろ、香燐」

 

 撤回しようとした香燐の呟きを逃さず、サスケは囲い込むように即座に促した。

 

「……あの人の生涯ってさ。ウチらみたいな俗人には耐えられねーよ。弱って、死んで、それで終わりだ。お話にもならず、土に還って終わる」

「やっぱ香燐、気に入ってるんじゃ」

「好き嫌いの次元じゃねえっつってんだろうが!一歩も動いてねー癖に忘れてんじゃねぇ!鳥頭より馬鹿なのかてめぇ!」

「だから痛いって!!!」

 

 偶然にしろ、必然にしろ、二代目火影の逸話でこうも盛り上がるとは。

 木ノ葉の里の二代目火影の逸話など、知らないときょとんと首を傾げられる確率の方が高かった筈なのに。

 しかも、よりにもよって、推測だが二代目火影本人に煮え湯を飲まされた影響で政治的に固執しているらしい霧隠れの里の情報を耳にできるとは。

 運が良いのか、悪いのか。

 

 不意に、イタチの顔を連想しかける。嫌でも思い出してしまう。頭を振っても、消えやしない。

 だから、代わりにと、無理矢理に軌道修正し、どうにかナルトの顔を思い浮かべる。

 二代目火影の逸話と言えばナルトだ、と認識を上塗りしようと意識して努めた。

 

 

 

 




 次話でもう少し具体的に触れますが、霧隠れの里でうちはトビラの逸話がオモチャのチャチャチャと化しています。


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OBITO

 思いついたのをとにかく書くと決めたものの、タイトルをSASUKEとしか決めていなかった弊害が早速出始めました。
 この話はまだいいんですよ……いずれ来るITACHIも構わないんですよ……。
 三忍は三忍でいいんですかね……?

 あとOBITOとタイトルを付けましたが、オビトのエピソードから派生して霧隠れの里について触れていたり、カカシが出たりします。
 書いていて思ったより膨らんで我ながら驚きました。

 追記:後の展開の関係上、マダラの目の色についての描写を撤去。


 人参、大根、大根の葉っぱ、長ネギ、榎茸(えのきたけ)、厚揚げ豆腐、真鱈の切り身、それから白子。

 つい先程までぐつぐつと煮えていた名残で鍋の底から小さな気泡がぶくぶくと上がってきている。

 

 祖母の料理の腕前は、かつて女中として働いていた経験もあり上手だった。当時のオビトには自覚できなかったが、旅館で提供される食膳と並ぶ程であった。

 使用されている鰹の出汁(だし)も、えぐみが滲む前にとサッと取り出されていて、見た目が澄んでいる。実に手慣れた、上品な一番出汁だった。

 

「あら。好き嫌いはいけないわ、オビト」

「だってよぉ、ばあちゃん。変な味なんだもん」

「白子って高級食材なのよ?」

「値段の話してねーし」

 

 だが、料理の腕前が卓越しているからと言って、子供舌だったオビトが嬉々として具材の一つである白子に馴染めるかどうかは、また別の話だった。

 寧ろ、白子を避けるように、ついでに野菜にも食指が伸びず、切り身や豆腐を箸で突いていた矢先に祖母からやんわりと指摘されてしまい、ばつが悪そうにオビトは唇を尖らせた。

 

「そうかしら。トビラ様の好物なのだけど」

「いや、それとこれは関係ねぇって」

 

 そんなやり取りを交わしながら、祖母と二人きりで食事を進めていた。

 両親を亡くしてからというもの、祖母が親代わりだった。

 成長していくオビトと反比例して、祖母は年々歳を重ねるに連れて体を弱らせていく。祖母に育ってもらいながら、家事の一部を代行しつつあった。

 今晩の鍋の食材だってオビトが購入してきた物ばかりだ。だが、買い物に携わった事と、実際に食べられるかどうかは、また別の話だ。

 

「トビラ様が特に好まれていたのは、白子のポン酢和えだったわね。サッと湯通しして氷水で冷やして、紅葉おろしとネギを乗せて、仕上げにポン酢と七味でね」

「どう味付けしたって白子は白子じゃん」

「ふふ。野菜だけの方がいいかしら」

「ま、まあ、まだ食べられる」

「じゃあ、おばあちゃんが白子を全部頂くから、オビトは残った野菜をお願いね」

「お、おう」

 

 祖母はいつものように優しく微笑んでいたが、その瞳の奥には、してやったりと企みが上手くいった茶目っ気満載の光が潜んでいた。

 結局、白子は祖母が全て平らげたのだが、代わりにオビトは人参や大根、その葉っぱ等の野菜を食べる破目となった。

 見事なまでに、苦手な物を食べさせる為の一計に乗せられてしまった。

 

 

 

 

 

 火影になる夢を持つオビトにとって、うちは一族出身の火影である千手扉間改めうちはトビラは尊敬の対象に成り得た。

 しかし、祖母と食卓を囲むとかなりの頻度で語られる逸聞の影響も大いに受けた結果、自身が生まれる前に亡くなった近しい親戚に対する情も抱かされた。

 それは、良く言えば素朴な親しみであり、悪く言えば不敬な馴れ馴れしさであった。

 

「ホントだって!二代目様は柴漬のおにぎりが好物だったんだって!」

「へー」

「てめっカカシ!信じてねぇだろ!ばあちゃんが言ってたんだぞ!信じねぇなら返せよおにぎり!」

「信じてるよ。信じてるから返さない」

「じゃあ何だよそのジト目は!」

「私、オビトのおばあちゃんのおにぎり、美味しくてもう食べちゃった…」

「いやいやいやリンはいいんだよ!ありがとう!」

 

 後に同じ班となるリンやカカシとは、忍術学校(アカデミー)に入学する前から付き合いがあった。

 他の同世代とも公園でよく遊び、交流していたが、後に同じ班になったからか、その二人との思い出がオビトには馴染み深かった。

 その日は、三人で千手公園の林深くまで探索した後、ちょうど良さそうな石舞台の上で弁当を広げた。実際、人為的で整然としたその石舞台は、休憩所を目的として設置されていた。

 

「しょ、しょっぺぇ……」

「オビトは柴漬が好きじゃないのか。二代目様が好きな癖に」

「しょ、しょうがねぇだろ!それと味覚は別だ!」

「梅干とか柴漬とか、そういう具材は通って感じがするよね」

「そ、そう!二代目様は通だったんだ!」

「じゃあ俺も通だな」

「う、うぐ…」

 

 三人の弁当はそれぞれの家庭の個性で彩られていて、それぞれが持ち寄った弁当の中身を一部交換し合っていた。

 オビトの弁当はおにぎりがメインでシンプルだったが、そのおにぎり自体に具をふんだんに混ぜ込んでいる。

 青ネギ、天かす、鮭、縮緬雑魚(ちりめんじゃこ)、オカカ、そして柴漬。具が多いので柴漬の比率が少なく、柴漬が苦手なオビトでも問題なく食べられる。

 海苔を巻いているので手に米粒が付かず、箸がなくても片手だけで食事を満喫できる。

 リンの弁当箱には、半分は白ご飯が、残り半分には色々なおかずが詰められていた。

 タコさんウィンナーだったり、青ネギや大葉を混ぜた玉子焼きだったり、アスパラガスをベーコンで巻いて焼いた物だったり、レンコンの穴に挽肉を詰めて一緒に火を通した物だったり。

 白いご飯のお供にと、食欲をそそるようなおかずが並んでいた。

 

「ってか、カカシの父ちゃんって料理上手じゃなかったっけ。なんで漬物ばっかなんだよ」

「張り切り過ぎて空回って、入れる予定だったおかずを全部焦がしちゃったから」

「そ、そっか……なんか怒ってごめん。これやるから、その白い握り飯くれよ」

「ねえ、梅干とタコさんウィンナー交換していい?」

「二人とも、別にいいから」

「柴漬で口がしょっぱくなったからバランスを取らせろ!俺のおにぎりって全部味が付いてるから、逆に白い握り飯がちょうどいいんだよ!」

「私もね、梅干が欲しいの。駄目かな?」

「……わかったよ」

 

 そしてカカシの弁当は、白ご飯のおにぎりと漬物だけという極めてシンプルな出来栄えだった。

 赤の梅干、黄の沢庵、緑の高菜漬、濃紺の茄子漬、紫の柴漬と揃えられているのは、せめて彩りだけはという意地によるものか。

 肩を竦めているカカシの説明通りなら、カカシの父親は用意したかった物と実際の出来栄えの差に今頃溜息を零しているかも知れない。オビトはそう思った。

 そして実際の所はと言えば、カカシの父・サクモは溜息を零すどころか盛大に落ち込み、任務の説明が右耳から左耳へと通り抜けていた。

 

 

 後日、オビトはサクモに挨拶をした時に厚意で「柴漬ありがとうございました!」と言い、それによってせっかく持ち直していたサクモが再び激しく落ち込む珍事が発生した。

 

「あ、あの!俺の所もおにぎりだけだったんですよ!天かすとか鮭とか、あとオカカとか、色んな物が入ってて……!」

「同じおにぎりなのに……どうして、せめて、玉子焼きの焦げてない部分を取り出して、具にしなかったのかな、私は……ごめん、ごめんよ、カカシ……」

「やめろオビト!それ以上余計なことを言うな!」

 

 失言だったと気づいたオビトの慰めは、却ってサクモをますます気落ちさせ、カカシを怒鳴らせた。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕餉は、鮎の甘露煮が主菜だった。

 夏の間に獲っておいた鮎を甘く濃く味付けして煮込んで保存食にし、寒い冬でも鮎を口にできるようにされていた物だ。

 更には、ご近所さんから予期せずして入手したというワカサギの天ぷらまで並んでいた。

 

「冬でもウグイやワカサギが獲れるのだけどね、どうしても鮎を口にされたい時があったのよ」

 

 女中だった祖母が知るのは、為政者としての二代目火影ではなく、食膳についてあれこれと反応を示す二代目火影だ。

 祖母は、その頃を思い返すように、二代目火影が好んでいた料理を再現する事で、忘れないようにとしているのだろう。

 

「トビラ様の兄君も一緒だった時があってね。その時ばかりは白子がどうしても食べられないって、裏でこっそり呟かれていたわねぇ」

「なーんだ、初代様も白子が苦手だったのか。大人になっても食べられないんじゃん」

「…………あぁ、そうねぇ。そうだったわね。柱間様と盃を交わされたものね」

「……?」

 

 甘露煮の濃い味を口に残しながら、炊き立ての白いご飯をかき込む。

 何かと二代目火影の思い出話に花を咲かせる祖母の口が、不自然に一時的に止まり、少しばかり沈黙が置かれていた。その違和感をオビトは不思議に思いながら、今度はワカサギの天ぷらへと箸を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクモの死以来、カカシは変わってしまった。

 サクモが自死した要因から、仲間の命を度外視してても任務を達成しようとする、掟に囚われて融通が利かない少年になってしまった。

 目的と手段の境目が壊れてしまっていた。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、そんなカカシも、オビトの死に際になって、かつての想いを取り戻してくれた。

 

 

 

 ……と。そこで自らの人生は終わったと、オビトは思い込んでいたのだが。

 如何様な運命の巡り合わせなのか、巨大な岩に押し潰されたオビトは、その真下の空洞で暮らす老人に保護され、命拾いした。

 かの里の創始者にして大罪人である、うちはマダラなのだと自称した老人は、外道魔像なる物からの管を背に繋げて延命している。

 食事や睡眠といった生理的欲求と無縁になって以来、ひたすらにこの暗い洞で日々を過ごしていたそうだ。

 

 助けられたばかりで、体がまともに動かず、用意された寝床に横たえるより他になかったオビトは、老いたマダラの奇癖を静観せざるを得なかった。

 マダラの肉体は、外道魔像と管で繋がっている。管は長く伸びるにせよ、この洞から外出できる程ではない。

 なので、時間を潰さざるを得ない時は、この洞の中で可能な何かでなければならないのだが。

 

 ここは、自然物に人間が居候しているだけの空間だ。

 激しい雨が降れば、僅かながら雨漏りする。

 外道魔像から生み出された白ゼツやグルグル曰く、土を潜って移動できる自分達の特性を用いて雨漏りしないように改装を命じられたそうだが、ほんの一ヵ所だけ例外があった。

 マダラが腰掛けている定位置の、すぐ近く。例え足腰が弱って歩けなくなっても、身を乗り出せばすぐに着ける。

 何年も何十年もかけて、そこは窪みと化していて、雨が降れば時間を掛けて水溜まりとなる。

 その後、溜まった水は時間を要しながらも地下へ吸収されるので、溜まった水が腐る心配もない。

 

 疑似的な池を拵えたマダラの用途は、それを水鏡にする事だった。

 下手をすれば、雨漏りでマダラ自身まで濡れかねない。

 現にそういった事は何度もあって、かつて白ゼツやグルグルは慇懃無礼ながら忠告してきたそうだが、マダラは一度として聞く耳を持たなかったという。

 寧ろ、殺されかけた事すらあったらしいと聞かされた時は、もしや極度のナルシストなのかとオビトは呆気に取られた。

 

 死神めいた厳つく取っ付き難い風貌の老人は、水鏡を見下ろす時だけは、この世のしがらみから解放されたような、優しい、慈悲深い顔をしていたものだから。

 

 

 

 

 

 いつか、カカシとリンの所へ帰るのだと目標を掲げていたオビトは、その二人が霧隠れの忍達に囲まれていると白ゼツから聞かされ、居ても立ってもいられなくなり、助けに向かった。

 柱間細胞という物で潰された肉体を補われて以降、まともに立って歩くのも儘ならなかったが、グルグルを『着る』という方法でそれを解決した。

 

 解決したが、手遅れだった。

 リンは死に、リンを手に掛ける破目になったカカシは心に深い傷を負って闇へと混迷した。

 仲間を助けるべく馳せ参じたオビトが現場に駆けつけてできた事と言えば、二人をそこまで追い詰めた霧隠れの忍達の鏖殺だった。

 助けられなかったからこそ、取り返しがつかないからこそ、その場に居た全ての敵を殺すしかなかった。

 殺した所で何もならないからこそ、殺す以外の選択肢がなかった。

 

 地獄とは、そういうものだ。

 

 

 

 マダラがオビトの命を救ったのは、善意からではない。

 マダラは極めて性格が悪い。そんな男がオビトを救ったのは、老いて先のない自らの代わりに、自らが掲げる夢を叶える駒を育て上げる為だ。

 助けられた当時のオビトはそれを馬鹿馬鹿しいと一蹴していたが、この世は地獄なのだと心を折ってしまったオビトにはもう否定できなかった。

 現実が地獄であるならば、夢で楽園を築くしかないのだと諦めてしまった。

 

 マダラがその写輪眼で魅せる幻術世界に誘われ、オビトは若かりし頃のマダラから何度殺されたかわからない程の修行を強いられた。

 幻術世界での経験が現実で活かされるとは、もはや幻術世界とて一つの現実なのではないかと錯覚しそうになる。

 マダラの掲げる夢────無限月読を疑似的に模したような空間で、オビトは悪態を吐きながらも、仕留められ命を奪われる程の経験を蓄積する事によって、強くなった。

 何も守れなかった後悔に咽びながら、強くなるしかなかった。

 本物の無限月読ならば、痛みも苦しみもなく、安寧に包まれて微笑めるのだろうかと、空虚になってしまった心で物思う。

 

「阿呆が。自己陶酔などではない。歳を取って、トビラと同じように髪が白くなったのが感慨深かっただけだ」

 

 性根が腐っている癖に、独善的ながら救世主を目指すマダラの人柄というものが、オビトには不可解だった。

 腐敗とは、綺麗だったものが悪化した状態を指す。

 綺麗だった頃に抱いていた夢を叶えようとし続けて、いつしか心が根腐れしてしまったのだろうかと、オビトのマダラへの情は曲りなりにも師に対するものにしては不穏だった。

 その夢には同調するが、人としてはそりが合わないと既に投げ槍になっていた。

 

「…本当に二代目様の兄貴なのかよ」

「何度も言わせるな。トビラは我が弟だ」

「初耳だぞ」

「俺の存在は、歴史の闇に没するべき恥だと忌み嫌われた。トビラは本来の名を奪われ、柱間の弟であるという後付けばかりが強調されている。時代が更に下れば、千手扉間としか呼ばれなくなるだろうよ」

「誰のせいだよ」

「…………俺のせいだと?抜かせ、砂利が」

 

 そんな男が、祖母の奉公先だった二代目火影の実兄だなんて。

 振り返って思い返せば、祖母の物言いには多少引っ掛かる部分があった。

 祖母は知っていた。知っていた上で、伝えないと選択した。

 祖母以外の人は、伝える選択を取ったのだろうか。

 

「あの飯炊き女、俺の存在を省いていたか」

「そうされるだけの真似をしでかしておいて、ばあちゃんを責める気か?」

「いいや。そのような点は些末だ。憤るにも値しない」

 

 マダラの正体が二代目火影の実兄だという話題に及んでいるのは、元を辿れば、マダラがオビトに木ノ葉にて伝わる二代目火影の逸話を強請ったからだ。

 音だけなら可愛らしいものだが、実際には文字の通りに高圧的だった。

 

「俺が居なくなってからも、少しは楽しみがあったようで何よりだ」

 

 俗世を悲観し軽蔑するような様相を常としているマダラが、目元を和らげ、兄としての誇らしげな顔をしているというのは、強烈な違和感が拭えなかった。

 

 オビトに強請った時点では、マダラはうちは一族内での扱いを知るのが目的だった。

 だが、いざ出てきたのは女中として働いていた祖母の実体験。何が好物だったとか、これを出した時は食が進まなかったとか、ささやかな日常の一部を呈されて、あのマダラが間抜けにも瞠目して数秒ほど沈黙していた。

 それから、くつくつと愉快そうに喉を震わせて笑っていた。

 威圧的に二の腕を組んで仁王立ちをしていた儘だったが、口元を草臥れたように歪ませながら、それでも兄としての顔つきで笑っていた。

 弟想いである事と、里へ仇成した事は、矛盾しないと体現せんとばかりに。

 

「功績ぐらいしかわからなかったからな」

「白ゼツとかグルグルとか、あいつらに探ってもらうのは……」

「できると思うか」

「…うーん」

 

 言い出しっぺながら、返答に詰まってしまった。

 白ゼツもグルグルも、情報収集は可能だろう。現にオビトとて、カカシとリンの窮地を彼らに教えてもらったのだから。

 だが、彼らの明るさは、人間という生き物を馬鹿にする嫌な軽妙さから起因する。

 その実態を実感してしまうと、能力はさておき感覚的に信用し難い。

 と、オビトが頭を悩ませていたら、マダラはそんなオビトを嘲笑する。兄としての顔からの切り替わりが、異様なまでに早い。

 

「冗談だ。既に頼み済みだ」

「って、おい、てめぇ…」

「可哀想だとチヤホヤ可愛がられているだの、神格化されているだの、そんな話しか報告してこないものでな」

 

 だから新鮮だったぞ、とマダラは表情を嘲笑の形に歪めながらも、オビトへ曲がりなりにも感謝を述べた。

 

「おかげで、まだ俺の決意はぬるかったのだと改めて実感させられた」

 

 なお、その感謝は、明後日の方角へと注がれていたのだが。

 オビトには、マダラの瞳に凝る闇の向こう側を窺い知る事はできない。知ろうとするつもりもない。知った所で、この世を諦めてしまったオビトに何の利も齎しはしない。

 

 何がどうして如何様な結論へ至ったのか、その過程はマダラの胸中にしか存在しない。

 それでいてマダラは、決して過程を外へと零さない。

 如何様な袋小路を草臥れる程に彷徨い抜いても、辿り着いたという結論のみを吐き出す。

 臆病な自尊心によるものか、それとも他者を拒絶する故か、共感を求めない。

 ならばこそ。共感を求めぬ者の行き着く理想が無限月読というのは、凄まじい説得力が付随していた。

 

 誰も存在しない空虚な暗がりへと優しく語りかけるような己一人で成立する献身は、究極的な自己満足の塊だった。

 現実の世に救済はないのだと自己完結してしまったが故の、成れの果てだった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 水の国、霧隠れの里。

 その日、長年幻術によって支配され操られ、霧隠れの里に暴政を強いていた橘やぐらは、配下であった青の尽力によって正気を取り戻した後、己が晒してしまった醜態に歯噛みし、眩暈を覚えた。

 正気を取り戻した時点で、既に、橘やぐらとは、血霧の里で暴政を働いた暴君の汚名に染まり切っていた。

 その汚名に染まるだけの所業を、罪を、重ねていた。

 

 あえてその汚名を被った儘、照美メイに次を託し、水影の座を退こうとしたが、青と他ならぬ照美メイ本人からの必死の説得で思い留まった。

 特に青の説得は、もはや憤怒の域だった。

 霧隠れの里の泥を被って清算しようとする姿勢は立派だが、同時に無責任でもあるのだと力強く説かれてしまった。確かにその通りだとやぐらが思い直すまで、青から懇々と諭された。

 メイからは、やぐらの変化を洗脳によるものだと感づけなかった不甲斐なさを詫びられた。

 三尾の人柱力になった為に、体内の尾獣に感化されて性格が豹変したのだと誤解し、遠巻きにしてしまったと涙ながらに謝られた。

 

 

 洗脳されていたから、そこに自我はなかったから、だから無罪なのだと、そう開き直るには、あまりにも己の名は罪深く穢されてしまった。

 洗脳されていた事実を公表すれば、やぐらの名誉を回復できたとしても、霧隠れの里の威信を徒に傷つけるばかりになる。

 だから、やぐらは、これから厳しい戦いを強いられる。

 三代目水影の代からの過酷な政策を徒に悪化させておきながら急に穏健派に鞍替えしたという、支離滅裂の一言に尽きる人物評に屈さず、水影の座で戦い続ける。

 贖罪の一心がなければ、耐えられない道だ。

 

 いや、耐えねばならない。

 まずは、霧隠れの里で広まってしまった、あのおぞましく改悪された絵本を、愛が欠落した惨劇仕立ての世論誘導(プロパガンダ)を禁じなければ。時機を見計らいながら、元々の筋書きへと正さなければ。

 為政者として、一人の親として、何とかしなければ。

 

「っ、うちはマダラ!この外道め!実の弟を貶めてまで何を望む!?」

「先に貶めたのはそちらだろう?」

 

 しかし、決意とは裏腹に、償いを果たす事すらできず、過酷な道も歩めず、橘やぐらは志半ばで無念の死を遂げる事となる。

 やぐらを洗脳して実権を握り、霧隠れの里を陰鬱な恐怖に陥れた、うちはマダラの手によって。やぐらが身の内に宿す三尾を奪いたいという、うちはマダラの欲望の為に。

 

「二代目水影・鬼灯幻月が我が弟によって散々辛酸を舐めさせられたからと、それを建前に悪趣味な物語を流布させた。民衆の生活を改善させるまともな政策を打ち出せずとも、現実逃避のガス抜きになればと期待を込めて。そしてそれは成功した」

「その風潮を僕は、僕らは変えようとした!そ、それを、貴様は、止めるどころか逆に煽った……っ!」

「木ノ葉との外交に支障を来すからという弱腰な政治的判断に基づくだけの癖に、情に訴えるとは甚だ滑稽だな」

 

 やぐらは、己の内に眠る三尾目当てに現れたマダラとの、あまりにも意味を成さない問答に血の気が引いた。

 渦巻き模様の橙色をした仮面を被るマダラは、その隙間から写輪眼を覗かせながら、やぐらからの訴えを冷笑していた。

 

 うちはマダラは、二代目火影の実兄だ。

 にも拘わらず、霧隠れの里を支配するにあたって、改悪された物語を禁じるのではなく、逆に煽った。悪化させた。悲劇性を加速させた。

 一族に虐め抜かれた可哀想な弟なのだ、と。

 それは、二代目火影の生涯を腹癒せにとプロパガンダに利用する風潮を良しとしなかったやぐらにとって、屈辱的だった。困惑もした。

 なぜ、実兄が、弟の醜聞を拭おうとするのではなく、逆に醜く上塗りしたのか、と。

 弟を軽蔑し、嫌悪し、憎悪していなければ、できやしない。

 

「トビラの真実は、うちはマダラだけが正しく理解している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのに、さも己は弟を庇護しているのだと言わんばかりに、己がしでかした事を悪びれず胸を張られては。

 自分だけは味方なのだと主張するように、逆にやぐら達を軽蔑し、嫌悪し、憎悪する傲慢な姿勢を燦々と示されてしまっては。

 命の危機にも拘わらず、やぐらは困惑するより他になかった。

 理解など、できやしなかった。

 

 

 

 薄れ逝く意識で、やぐらは思う。

 

 あの物語は、この里では長引く内戦の影響で迫害の対象となった血継限界を批判する為だけのプロパガンダに落ちぶれてしまった。

 しかも、やぐらの洗脳後、物語はよりプロパガンダ色を強められ、堕とされてしまった。

 虐殺の憂き目に遭ったうちは一族の名をわざわざ明記するだなんて、木ノ葉との外交に差し障る以前に、死者への冒涜だ。愚弄だ。

 うちはマダラの、うちは一族への憎悪は底が知れない。自らに従わなかった一族に、そこまでの仕打ちを科すとは。

 

 たかが絵本、されど絵本。

 たかが絵本ではないかと木ノ葉に対してシラを切る意図が明白過ぎて、その厚顔無恥に同じ国の民ながら吐き気を催す。

 ……それを、改善したかったのに。

 己の名を用いられて、望みとは逆の現実へと成り果ててしまっただなんて。

 

 死の間際で、やぐらは妻や我が子の顔を思い出そうと努めたが、肉体の限界の所為か随分と顔がぼやけてしまっている。

 その分、ただ愛しいという感情ばかりが頭の中を占める。

 己の運命を打開できないからこそ開き直ってしまったとも言えるが、それでも、その瞬間だけは、為政者としてではなく、夫として、親として、自責と無念の念に溺れて沈んでいった。

 

 妻は、自分とは違って強い人だ。夫が非道に零落しようが、我が子にあの絵本を語り継ぐような人ではない筈だ。そんな人だからこそ、己は彼女を愛し、結ばれたのだ。

 メイを配下として重用したのだって、彼女ならば後釜として信用できると期待していたからで。

 嗚呼。やりたかった事を、何一つ成せなかった。

 実際にやってしまった事は、どれもこれもが汚点ばかり。

 

 

 うちはマダラに弄ばれ、尾獣を奪われ、そのついでにと殺されて、橘やぐらの人生は終わってしまった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 四代目水影・橘やぐらが急死し、照美メイが五代目として就任した。

 やぐらへのクーデターを決行するも失敗し、国外へと逃げ果せた元忍刀七人衆の一人・桃地再不斬は、その報せを風の噂で耳にした時、存外呆気ないものだと淡々と思った。

 仮に時を遡れたら、やぐらが勝手にくたばるまで待てただろうかと無意味な逡巡をしかけて、頭を左右に振った。

 

「……お前。いい加減、言えよ」

 

 夜中に焚火を熾していては誰かの目につき易い。

 水の国の北方だったなら凍死の危機を思えば妥協するしかなかったが、幸い、この界隈は夜でも暖かかった。

 寝床として利用している人気のない荒れた納屋にゴロツキが住み着いておらず、素直に利用できるのも幸運だった。

 

「さもなきゃ、これまで通りチビって呼び続けるぞ」

「構いません。再不斬さんが好きなように呼んでください」

「…ちっ。強情だな」

 

 クーデターを仕掛ける前、一人の少年を拾った。

 色白で、幼いながらに女と見紛う程の端正な美貌のその少年は、雪一族の血を引いている。既に氷遁の血継限界に覚醒しており、それ故に生まれ故郷からの出奔を強いられた。

 

 水の国において、血継限界は長年に渡って迫害の憂き目に遭い続けてきた。

 近年の内戦にて、血継限界の血を引く者達は地位向上をちらつかされ、どこからも利用された。結果、地位向上どころか、どこからも恨まれるようになった。

 立場の向上を目指して武功を上げても、それがまた迫害の原因として追加されるという悪循環により、今や問答無用で殺されても仕方がないという風潮にまで陥っている。

 そこに更に、トドメを刺すと言わんばかりに、他国の里の指導者を憐れんで蔑む物語が里公認で流布されたものだから。

 ……そこから先は語るまい。

 

 再不斬からすれば、あの絵本はくだらないと一蹴するに尽きる。モデルにされた人物の人格を無視し、持ち得る属性だけを切り取り、強調され喧伝されても雑音でしかない。

 尤も、それは血継限界とは無縁の再不斬の所感だ。

 当の血継限界の血を引く、勝手に重ねられ怨嗟の対象として石を投げ続けられてきたこの少年にとっては、他人事にするには人生の根幹に関与し過ぎている。

 

 

 

 再不斬は少年を忍として鍛えながらも差別しなかったが、かと言ってに余計な配慮もしなかった。

 抜け忍でも職にありつけるという理由で滞在する国が火の国と交流があった関係からか、水の国とは趣は違えども絵本の元ネタになった人物についてやたらと耳にする機会はあったが、その度に再不斬は煩わしそうに話半分の態度を取った。

 創作の題材にされるとはこういう事か、と多少は思う所があるものの、それよりも鬱陶しさの方が勝っていた。

 

「師匠を金儲けに利用するとは、三代目もいい趣味してんな。おかげでうざったいったらありゃしねぇよ」

「……」

 

 無関心ではなくとも、興味よりも煩雑さを抱きがちで、煙たがり続ける再不斬の姿勢は、名乗るのを拒んでいた少年の心をいつしか解きほぐしていた。

 

「………………(ハク)

「あ?」

「ボクの、名前です」

「……へえ。そうか」

 

 なぜ、少年が名乗るのを拒んでいたのか。自分の名前を嫌い、拒絶し、口を噤んでいたのか。再不斬は何となく察した。

 が、再不斬は同情するでも嘲笑するでもなく、素晴らしい名前だと誉めそやすのでもなく、非常に淡白と応じた。

 あぁ、そうか、そういう名前なのか、と。ただそれだけで済ませた。

 何なら、再不斬の関心は既に別のものへと、食い扶持として誰それの用心棒になるべきかという思案へと傾いていた。

 

 だからこそ白と名乗った少年はホッと安堵し、再不斬への尊敬の念をますます強固なものとした。

 

 

 

 ******

 

 

 

『ああいうお話こそ貴重なんだよ。大抵、誰も残そうとしないからね』

『どういうこと?』

『例えばだけどカカシ。今日、お友達と缶蹴りをして遊んだことを後世の記録として書き残したりするか?』

『いちいち残したりしないよ、そんなの』

『そうだ。だからこそ、だよ。功績は図書館に行けば幾らでも調べられる。だけど、書き残すに値しない、さりげない日常の話は、本当に運に左右されてしまうからね。父さんはオビトくんが羨ましいよ』

『……父さんは、会ったことあったっけ?』

『はは。あるにはあるけど、父さんは遠巻きから眺めていた内の一人に過ぎなかったよ。なかなか口を利けなくって。むしろ、気を遣われて、逆に声を掛けて頂いたんだ。この髪は遺伝なのかとか、自分の場合は突然変異だとか』

『…場が凍らなかった?』

『いや、その、まぁ、あの人はカラッとした性格だから、そんなには……』

 

 夢に父親が現れたというのに、とても爽やかな目覚めを迎えられたので、カカシは密かに感動しながらベッドから起き上がった。

 せっかくだからと、良くも悪くも思い出深いあの献立にしようかと思い立つ。

 予約でセットしておいた炊き立ての白米を茶碗に盛る。おかずは冷蔵庫にあった梅干だけ。種類が一品だけな代わり、小皿に幾つも乗せて量を補う。蜂蜜漬けだから大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 腹ごしらえを済ませ、里で滞在中の日課である墓参りに赴く。

 そこに死体はなく、墓石だけが置かれているが、それでもオビトの死を悼むにはここに立ち寄るより他にない。

 オビトを亡くし、リンをこの手で殺し、師であったミナトとその妻クシナに先立たれて。

 嗚呼、そもそもにおいて、実感させられた最初の喪失は父だったか。実感の有無を除けば、物心つく前に亡くなった母になる。

 

「オビト。もう少しで、お前のお祖母さんの七回忌だ」

 

 今日は、第七班が初めてCランクの任務を受ける。

 場所は波の国。依頼人は大工のタズナという老人で、橋の建設を妨害するヤクザから彼を含めた職人達を護衛するのが依頼内容だ。

 第七班が集合し、波の国へと出発する時間は疾うに過ぎてしまったが、カカシの足は墓前に縫い付けられたように動けなかった。

 何年経過しても、心の整理をつけるのには何時間も要してしまう。

 

「時間ができた時、ちょくちょく様子見に行ってたんだけどさ。お前のお祖母さん、よく天ぷらを御馳走してくれたから参ったよ。俺、天ぷらが苦手だからさ。南蛮漬けにしてくれたからどうにかなったけど」

 

 オビトの祖母は、うちは一族がイタチによってサスケ以外皆殺しにされる、その一年ほど前に亡くなった。

 リンの家族もそうだったが、オビトを亡くして以来塞ぎ込みがちになった。

 それから程無くして(まだら)認知症を発症したが、老衰するまで自立して生活できたものだから、老衰するまで入院には至らなかった。

 

『あら、オビト。いつから白子が平気になったの?』

『ん、ああ。舌が変わって……』

『逆に天ぷらが嫌いになるなんて不思議ねぇ。ほら。まだ浸かって浅いけど、南蛮漬け。これならどう?』

『そ、それなら、何とか。ありがとう、おばあさ…おばあちゃん』

 

 カカシをオビトだと誤認しては、食卓を共に囲もうと何度も家に無理矢理上がらされたものだ。

 オビトとは食の好みが食い違っていたし、オビトの振りだって上手とは言い難かったが、それでもオビトだと勘違いされ続けた。オビトの祖母の心情を思えば、それで寧ろ良かったのだろう。

 カカシとしても、歪な関係ながらに、誰かの手作り家庭料理を口にするのは、複雑な心境ではあったが悪い気はしなかった。

 

「あとさ。二代目様が柴漬のおにぎりが好物だって昔言ってただろ。実はさ、柴漬って名称の漁があるらしいんだよ。偶然か、それとも関係あったりするのかな」

 

 尤も、頻繁には窺えなかったのだが。

 暗部に所属して多忙だったのもあったが、うちは一族とは無関係だったカカシがオビトの写輪眼を継承した件で、うちは一族内では緊張感が張り詰めていた。

 うちは一族が一ヵ所で固まって生活するようになったのは、九尾事件によって里に甚大な被害が出た際、ついでにと区画整理された一環によるもの。

 当時は比較的バラけていたので、オビトの自宅へ訪問しても他のうちは一族と遭遇する事は滅多になかったが、それでも嫌な視線を何度も浴びてきたものだ。

 ミナトからも、心情的に理解できるが彼らの神経を逆撫でしかねないから程々に、と遠回しに忠告されていたものだ。

 

 

 

 

 

 心の整理が終わった頃には、定刻から一時間ほど過ぎていた。

 それでも悪びれず、「よっ、お待たせ」と片手を上げて挨拶しながら阿吽の門前の集合場所に到着すれば、待ち草臥れていたナルト、サクラ、サスケの三人の視線が一斉に集まった。

 

「いやぁ、すみませんねタズナさん」

「遅いですよ先生!」

「すまんな。昨晩、二代目様の書物を遅くまで読み耽っていて、そのせいで寝坊しちゃってな」

「えっ!?」

「真に受けてんじゃないわよ!完全にアンタ向けに特化した言い訳じゃないの!」

 

 雇い主のタズナもすっかり待たせてしまっているので、サクラが怒るのも止む無しだ。寧ろ、カカシの飄々とした態度は理解し難く映るだろう。

 タズナの視線だけでも、この面子は、と言うよりこの上忍師は頼りになるのかと勘繰られているのが、痛い程によく伝わる。

 一時間も待たされたのに当惑してばかりで怒ってすらいない。案外気が長い依頼人なのか、それとも、待たされようが護衛を敢行して欲しいだけの何かがあるのか。

 後者は流石に穿ち過ぎた憶測だと、カカシはその考えを一旦追い出した。

 

「まあ、確かにそれが理由で遅刻したのは冗談だが……あ、そうそう。二代目様が大層な川魚好きだってのは知ってるか?」

「マジかってばよカカシ先生!」

「海の幸も好まれていたそうでね。特に真鱈の白子にはある種の拘りがあったとか」

「シラコ?なんだってばよ、それ」

「魚の、まぁ、特定の部位。内臓みたいなもんだよ」

「へぇ!絵本のオッチャンって通だったんだな!」

 

 二代目の、と言うより絵本のファンを豪語するナルトは、カカシの予想通りに目を輝かせ、腕をぶんぶんと振り上げる等のオーバーリアクションを示してくれた。

 功績や偉業などを仰々しく堅苦しく語られるより、肩から力が抜けたさりげない日常の一部を紹介される方がナルトには合うらしい。

 

 絵本に描かれた英雄譚に自身の境遇と重ねて投影している割には、二代目の偉業を述べても意外と反応が薄く、何度か首を捻らされた。

 それはナルトが勉強嫌いだから、と一方的に押し付けて当て嵌めるのは違うんじゃないのか、とカカシは思っている。

 言語化できない違和感を、年齢不相応に絵本に浮かれている馬鹿だからなんて済ませるのは躊躇われた。

 ナルトが絵本に惹かれているのは、主人公の境遇に親近感を寄せているのもあるが、それ以外にも理由がある。

 今後も付き合いが続いていけば、それが何であるのか、いつかわかるだろうか。

 

 ……等と呑気に物思っている場合ではない。

 二代目のエピソードを披露する代わりにカカシの遅刻をなあなあで誤魔化されてくれるのは、あくまでもナルトだけである。

 

「先生!ナルトはそういうのすぐ信じちゃうんですから、出任せはやめてくださいよ!」

「いやホントなんだってば」

 

 サクラから作り話だと疑われたのは、遅刻する度に嘘か本当かわからない、と言うより嘘臭い言い訳を重ねてきた弊害だろう。

 

「…魚をよく食べていたのは事実らしいな」

「えっ!?サ、サスケくんまで?じゃあホントなの!?」

「なんだよ~!サスケも詳しいじゃねぇか!」

「やめろバカ、痛ぇんだよ!」

 

 しかし、望まずして賑やかになった場に嘆息しながらも、まさかサスケが便乗してくるとは意外だった。

 サクラは目を丸くして、ナルトは嬉しそうにサスケの背中をバシバシと叩いて鬱陶しがられていた。

 カカシとて驚かされた。

 うちは一族における二代目火影の扱いを触りだけとは言え知るからこそ、オビトの祖母のような人がサスケの身近にも居たのだとホッコリと和みそうになって────待て。

 それに該当しそうな人物に覚えがあるのだが、その人物が犯した大罪を思うと和んでばかりもいられないと気を引き締めた。

 

「それじゃ任務開始といきますかね。相手が忍じゃないからって油断しないように。優先するべきは倒す事じゃなくてタズナさん達を守る事ってのを履き違えないように」

「本当なら一時間前にはもう出ていたはずだったんですよ!」

「その件を突っつかれると弱いなー。タズナさん、重ね重ねお詫び申し上げます」

 

 自分から広げた雑談を切り上げ、カカシ達は阿吽の門から出発した。

 

 

 道中は、波の国の国境を越え、森まで進んだ辺りまでは特に問題なく進んだのだが。

 休憩を取ろうとした矢先、この任務の実態がCランクどころかA、いや、Sランクなのだと判明する事となる。

 

 橋の建設を妨害しているのはあくまでヤクザであったと説明されたが、実際には、ヤクザの元締めであるガトーは忍者を雇っていた。

 水溜まりに身を潜めていた忍達から一斉に襲われた際、カカシが咄嗟に対処していなければ、下忍になりたてのナルト達は危うかった。

 しかも、その直後、あの桃地再不斬が現れたものだから、とんだランク詐欺だった。

 

 

 

 




 マダラは、この世は余興と割り切ったからと凄まじい方向で思い切りが良くなっている感じです。
 念の為に明記しますが、マダラはトビラが大好きです。過去の悶着で関係が冷めたとかそんな事は一切なく、ずーっと弟想いです。
 感情と言動の乖離が凄まじいだけなんですよ……。

 それと個人的に予想外なのですが、ナルトと白で化学反応が起きそうですね。
 話を書くと物語が、キャラが動くとはこの事か。
 ナルトと白が具体的にどんな会話をするのか、これはちょっと考えませんと。
 うーむ。こういう事ばっかりしているからBORUTOへの道が長くなってしまうんですよね。

・没ネタ
 うちはトビラが霧隠れの里で白子鍋を出される侮辱的な接待を~と思いついたものの、当時恐らく鬼灯幻月の治世だろうから、そうはならんやろうと思い直して撤回しました。
 木ノ葉と敵対する気満々だったらワンチャンあるかも知れませんが、それはそれであの人がそんなみみっちい真似を……するかしないかで言えば、たぶんしない……となるので、やっぱりボツ。


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ITACHI①

 イタチ関係は1話完結の予定でした(過去形)
 里とうちは一族のあーだこーだを形にした所、当初の予定より長くなりました。


 父の死を契機に、母の故郷である木ノ葉の里へと引っ越してきた。

 よその里へ嫁いだ母が故郷へ戻ってくる事が叶ったのは、どうやらイズミが写輪眼を開眼したのが関係しているらしかったが、母は薄暗い大人の事情についてイズミに明け透けに伝えたりせず、口を噤んでいた。

 

 木ノ葉で新たな生活を始めるにあたって、イズミは母から一つだけ忠告されていた。

 二代目火影の話は、自分からしない事。

 

「母さん、どうして?」

 

 両目を真ん丸にして問い返せば、母は少し困った顔をして、それから答えた。

 

「一族で特別な御方だからこそ、軽はずみに口にしちゃいけないのよ。だから、誰かに何かを尋ねられても、あんまり知らないんですって答えなさい。ね?」

「……わかった」

 

 イズミとしては知りたい欲求はあったが、それがルールなら仕方ないと納得するしかなかった。

 なぜ頑なに隠したがるのかと不思議で堪らなかったが、真剣に説いてくる母へ逆に尋ね返しても、火に油を注ぐ事態へと陥りかねないと危惧し、避けた。

 

 

 

 

 イタチと出逢ったのは、その頃だった。

 同じうちはの姓を名乗る同胞だからと興味を持って、随分と綺麗な顔立ちをした男の子だと驚かされたものだ。

 男の子相手に可愛いだなんて失礼だとすぐに反省したが、それでもそれで心を奪われてしまったのだから仕方なかった。

 

「またお話をお願いします、コスケさん。また今度」

 

 公園では、同い年の子達が活発に体を動かし、はしゃぎ回っている。

 景観の為にと人為的に作られた池の付近で、イタチが何者かと話をしていた。

 それだけだったら、イタチが誰かと居る、と思っただけで済んだだろうが、そうではなかった。

 人付き合いが苦手なようで孤立しがちなイタチが、お年寄りに懐いて、理知的な眼差しを躍動的にきらきらと輝かせながら会話を弾ませていたのだから、イズミは面食らった。

 

「……、どうした?イズミ」

 

 お年寄りに手を振って別れを告げたイタチが、イズミの存在に気づいて振り返った瞬間、その面差しに普段の年齢不相応の、ともすれば得体の知れない怜悧さが宿った。

 それは、イズミだけでなく、皆が良く知るイタチとしての在り様だった。

 

「何の話をしてたの?」

「それは…」

「『内緒』はなしよ、イタチ」

「……」

 

 普段とは違う一面は、まるで別人のようだった。

 何がイタチをそこまで瑞々しい少年らしく足らしめたのかと、その好奇心を成就させるべくイズミは先手を打った。

 賢いが律義な所もあるイタチは、迷うように黙り込んだ。

 だが、その沈黙は、イズミに痛い所を突かれたからと納得するにしては、やたらと長かった。

 

「…………イズミは、二代目様について、既に、誰かから、何かを言われた、か?」

 

 イズミは瞠目し、イタチは探るようにイズミの目をじっと凝視してくる。

 母からの言いつけを思い返す。自分から二代目の話を振って、尋ねるような真似は控えろ、と。

 ならば、向こうから振られた場合は別に構わないのだろうか。

 もしかすれば、それも含めて二代目の話題を避けろという母の真意が言外にあるのかも知れないが、今は好奇心が勝っていた。

 イタチの振る舞いが憧憬に満ちた少年そのものになる、その答えがあるのか、と。

 

「誰からも、具体的には……だから、この里の二代目を務められた人だっていう、言葉通りの事しか知らないわ」

「…そうか」

「イタチ、教えてくれる?」

「……そうだな」

 

 イズミの質問に、イタチは逡巡を挟みながらも首肯してくれた。

 

「俺の知っている事で良ければ」

 

 後になって思い返せば、友達が相手なのだとしても慎重になるべきだった。

 しかし、イズミは幸運だった。相手がイタチだったからだ。

 

「あの人は、里を愛していた」

 

 だからこそ、新たに芽生えた疑問が氷解するのに時間を要した。

 里を愛していた人の名を迂闊に諳んじる事が許されず、窮屈にも口を閉ざさねばならない現状への答えは、後に他の人達からの『ありがたいお話』を耳にするまで得られなかった。

 最初に話を聞いた相手がイタチで良かったと心底実感させられるのだが、現時点では、ただ、イタチからの説明にただただ一心に耳を傾けていた。

 

「だったら、なんで、その……安易に言い触らすのを嫌がる人が、居るの?」

 

 母から迂闊に口外するなという言いつけを、なるべくオブラートに包んで伝えた。

 この言い方で果たして伝わるだろうかというイズミの危惧は、呆気なく解決した。

 イタチは理解したと言わんばかりに頷き、目を半ば伏せる。

 

「里の為に一生懸命な人だった。みんな、それを知っていた。けど、だからこそ許せなかった」

「どういう事?」

 

 イタチの口振りは穏やかだったが、少しだけ遠い目をしていた。

 

「里の為ならば、自分の身を犠牲にする事を厭わなかった。それをわかっていたからこそ、余計に嫌だったんだ…」

 

 イタチは反復させるように、重複させるように、似たような意味の発言を噛み締めるように発していた。まるで実際に見てきたかのような臨場感を伴っていた。

 

「『里人(みんな)』はちゃんとわかっているのに、『うちは一族(あいつら)』だけは、という風潮が積み重なっていった」

 

 みんな。あいつら。

 イズミの耳に届いた音は、それらだ。

 だが、それらに含まれ、込められた意味が、ずしんとイズミの身の内に圧し掛かり、響いた。

 

「うちはは、黒い鳥…カラスのようなものだと言われる事がある」

「カラス……?」

 

 それはカラス特有の習性を指しているのか。

 当惑するイズミに、イタチは「黒いのが当たり前の鳥と言えば、という意味で…」と補足してくれた。

 

「白く生まれた個体を迫害した群れ、だと」

 

 言葉の意味を理解するのに時間を要した。

 そして、理解した後も暫く混乱してしまった。

 当人の死を以てしてもなお、終焉を迎える事が叶わず、継続している『何か』がある。

 『何か』と濁しても無意味な程に歴然とした歴史的事実があるのだ、と否応なしに突きつけられた。

 

「本当なら、こんな後ろ向きの内容ばかりを伝えるのは……だが、たぶん、イズミは、外から越してきたからと、誰かがいつか近寄ってくる……だから、印象を偏らせるのを覚悟で、言う」

「か、覚悟が要るの?」

「…………要る。誰かに尋ねられたら、俺にあらましを教えてもらったと答えるんだ。いいな?」

「…そうした方が、いいの?」

「俺は、そう思っている…」

「……わかったわ」

 

 歯切れの悪い、曖昧な、けれども祈りと切望を溢れんばかりに乗せた言い方。

 イタチは少しだけ寂しげで自嘲的な笑みを浮かべながら、説明を続けた。

 

 

 

 

 その後、母から慌てて教えられた内容は、要点だけを搔い摘めばイタチから伝えられたものと大差がなかった。

 

「そ、そう。族長の御子息から教えて頂いたなら、大丈夫ね。…ごめんなさいね、イズミ。少し見ない内に、情勢が()()変わってたみたいで……」

 

 だが、イタチのものは、内容こそ同じだったが、言い方が優しかった。口調から語彙に至るまで、哀れみ深く、思いやりがあった。

 念の為に明言するが、母からの説明が二代目火影を軽んじていたとか、そういう意味ではない。

 母自身の考えは中立だが、一族内の多数を占める思想は二代目火影を疎んでいるからと、イズミにそれを処世術として教える。

 帰ってきて間もない郷で、居場所を失う事がないように。

 

 イタチは、言い淀みながらも教えてくれた。

 二代目火影が亡くなった直後、うちは一族の一部の人々が二代目火影を口さがなく中傷していた。

 それが、他の里人からは、うちは一族全体の傾向なのだと誤解され、そこから里とうちはの間で時たま軋轢が生じるようになったという。

 

 歴史が下るに連れて下火になっている筈なのに。

 たかが下火、されど下火。

 まだ続いているのか。

 

 火を()ける、という表現がある。

 火を消さないよう、灰に埋める行為だ。

 着火した炭に灰をかけて空気の接触を減らす事により、一気に燃え尽きるのを防ぎ、火を長持ちさせる事ができるという。

 

 …………まだ、続いているのか。

 

 

 

 ******

 

 

 

 当時の族長だったマダラの離反、そしてその弟がうちはから千手へと改名したのに伴い、族長の座を代わりに継いだのがフガクの祖父だった。

 なお、その千手へと改名した弟こそが、二代目火影と知られる千手扉間である。

 

 フガクが通っていた頃とは異なり、現在の忍者学校(アカデミー)では、二代目火影が改名した件はあえて教えない方針が採用され、教科書の記述からも撤去されている。

 歴史書にこそ残されているが、皆が皆、わざわざ詳細を紐解こうと熱意を抱いている訳ではない。

 そもそも、今や一般的に普及した子供向けの絵本ですら、改名の件に触れていない。

 その結果、二代目火影は最初から千手扉間だったという誤認が一般化しつつあった。

 

 偽りこそしないが、代わりに真実を教えないという手法。

 この現状に対し、うちはは、一族としては概ね賛成の立場を取っている。むしろ、望んだ事であった。

 二代目火影の改名の経緯には、あのマダラが関与している。マダラの悪評を懇切丁寧に未来へと語り継ぎ続けるのを、里も、そしてうちはも望まなかった。

 里も、うちはも、マダラの脅威を忘れてはならないと戒めながらも、逃れたかったのだ。

 明るい未来を目指して等とそれらしい理屈を掲げて、うちはが輩出した汚点から目を背ける事を望んだのだ。

 

 では、一族単位ではなく、個々人ではどう認識しているのかと言えば、恐らく大差はないだろう。

 明言しておくが、二代目火影をうちはの名を捨てた裏切り者だと忌み嫌い、差別しているから、だなんて単純な話ではない。

 特にフガクの世代にとって、一方的で単純化された勧善懲悪で語られるなど論外である。

 

 

 フガクが忍者学校(アカデミー)に通っていた頃、二代目火影の生涯について歴史の授業で詳しく取り扱われていた。

 改名の件だけでも、他の学生からの視線が痛かった。中には『二代目様から見捨てられた一族』だなんて物申す馬鹿が居た。

 そして、もっと悪い事に、教科書に載っていない幼少期からの苦節、差別まで事細かに教えてくれる、傍迷惑な二代目火影の狂信者(ファン)が教員をしていたのだ。

 その教員は一年後に更迭されたが、それまでの間、フガク達は“加害者の一族”として白い目で見られていた。

 二代目火影が亡くなってまだ月日が浅かったのもあって、血気盛んな自称・正義の味方共が鬱陶しかったものだ。

 あの頃の経験から教員や同級生だけでなく二代目火影まで嫌いになった者を何人も知っているが、フガクにはそれを責められなかった。

 

 先生が教えてくれたから、という免罪符を振りかざす自称・正義の味方共から自衛するべく、フガク達は決して単独行動しないよう、クラスも学年も年齢も超えて団結した。

 そしてその防衛は、うちはは排他的な連中だという見当違いな陰口を生み、うちはとそれ以外という溝は深まるばかりだった。

 無論、全員が全員そうではなく、個人として仲良くなれた場合もあったりしたのだが、それは極稀でしかなく、全体的にギスギスといがみ合っていた。

 子供達ですら斯様な有様だったのだ。大人達は、教員と親達は、激しく対立し、抗議と反論の応酬が繰り返されていた。

 二代目火影が設立した忍者学校(アカデミー)で二代目火影を輩出した一族が白眼視されていた、非常に険悪な時期だった。

 

 そして最終的にどうなったのかと言えば、三代目火影・猿飛ヒルゼンが介入する騒動にまで発展した。

 ヒルゼンが二代目火影の愛弟子だったのは周知の事実だったので、うちは側は当初こそ警戒していたが、蓋を開けてみれば向かい風ではなく追い風だった。

 うちは側が配慮されると決まり、例の教員は更迭され、隠蔽だと批判する声を抑えながらも教科書は新たに見直された。

 師への誤った敬愛に基づく義憤が暴走した本末転倒の事態である、というのがヒルゼンの論だった。

 噂によると騒動後、ヒルゼンだけでなく相談役達も揃って嘆いたそうだが、真偽の程は定かではない。

 ヒルゼンは人柄から事実だろうが、相談役達までそうだったかは不明だ。

 特にその内の一人である志村ダンゾウは流石にあり得ないだろう、というのが一般的な見解だ。

 

 

 ……ろくでもない学生時代だったな、と今更ながらにフガクは嘆息した。

 妻のミコトが入学した頃には改善されていたそうだ。

 息子のイタチが入学する頃には、もはや過去のものとなっているだろう。

 わざわざ取り立てて論う馬鹿が居たとしても、フガクの時代とは違う筈だ。そうであって欲しかった。

 

 フガクは、祖父や父から二代目火影の人となりを聞かされて育ったので、ろくでもない学生時代を送りながらも二代目火影を嫌わずに済んだ。

 だが、嫌いにならずに済んだだけであって、過激な信奉者のせいで煮え湯を飲まされた悪影響は否定し切れない。

 どれだけ口伝を詳細に語られようとも、当人を知らぬフガクは、当人を知る祖父や父との温度差を感じていて、それは埋め難いだろうと観念していた。

 そこまで慕われる程の御仁だからあのような狂信者が生まれたのか、と冷めた心境でさえあった。

 

 戦争で亡くなった祖父や父の遺言に従い、我が子であるイタチにも二代目火影の口伝を伝えたものの、その熱量は祖父や父と比べられるレベルに達さず、淡々とした語り口となった。

 いずれ一族を率いる立場として二代目火影に好意的なのは危険ではないかと悩みながらも、かと言って否定的ならば良いだなんて単純な話でもなく、その結果、中途半端になったと自嘲している。

 

「火の他に、水の属性にも適性があったようだな」

「っ、はい…!」

「……」

 

 なので、フガクは、イタチが二代目火影を素直に憧憬している事に、かなり困惑していた。

 水遁を使えて大喜びしたイタチを前にして唇を引き締めるように沈黙したのは、先述した経験を経たフガクには、頬を紅潮させたイタチの興奮に共感するのが困難だったからだ。

 

 森の奥にある修練場にて、フガクはイタチに修行を付けていた。

 尤も、イタチの才覚は抜きん出ていて、己に教えられる事は既に少ないと実感させられていた。

 親としては喜ぶべきだが、忍としては嫉妬を禁じ得ず、複雑な思いに駆られていた。

 

 イタチが水遁を使えるようになったのは、その矢先だった。

 火遁とは違って発現したばかりだからか、組んだ印から一定量の水が放流されただけの単調な水遁だったのに、イタチの目が満天のように輝いた。

 水の属性を有していた二代目火影との共通点を得られたイタチは、フガクのものと遜色のない業火球を吹いた時よりも鮮烈な歓喜を体現し、そわそわとしていた。

 

 周囲に音符や星を散らすが如しイタチの喜び様に、フガクは呆気に取られた。

 天才だと持て囃されながらも驕らぬ優秀過ぎるイタチの、初めて見る天真爛漫さ。

 好悪のどちらかで言えば好ましい新鮮さではあったものの、フガクは何と言葉を掛けるべきかと迷い、思案した。

 つい少し前までは、流石は俺の子だと褒める事ができたのに、言葉が喉元で痞えてなかなか出て来なかった。

 

「……良かったな」

 

 どうにか絞り出したのが、その一言だった。

 もっと気の利いた言葉を紡げれば良かったのだが、フガクは目を逸らすように顔を背けた。

 

「父さん、どうかしましたか?」

「いや。気を、つけろよ」

「何を、でしょうか」

「お前がどう思おうが、お前の自由だ。だが…」

 

 フガクは思考を多方面へと働かせていた。

 信奉者に振り回された過去を苦々しく思い返しながら、それでいてあの教員とイタチを同列にするのはイタチに失礼だと遠慮も忍ばせながら。

 それでいて、イタチが実直過ぎた場合、一族内で針の筵になりかねないと憂慮しながら。

 

「一族内での扱いが難しい存在だからな。ここには俺だけだから目を瞑るが、人前ではあまり浮かれるなよ」

「…………、わかりました」

 

 それによってイタチの喜びに水を差してしまったが、フガクの機微を読み取ったらしいイタチは素直に引き下がった。

 フガクは決まりの悪い思いをしながらも、かと言って訂正するにしても何と言いかえれば良いのかわからなかった。

 

 

 

 

 うちは出身の火影である以上、うちは一族の誉れとして率先して讃えるべきである筈なのだが、然うは問屋が卸さない。

 改名し、千手に下ったという点を除いたとしても、だ。

 

 二代目火影が発足した警務部隊は、うちは専門の役職だ。一定の権限も与えられている。

 だが、警務部隊以外に所属して出世しようとすると、与えられた権限が足枷となる。それ以上は過ぎたる恩恵だと、時には力ずくを用いて説得される。

 うちはの里内での在り方を強要されている現状に不満を抱く者は少なからず居て、疑り深い者は二代目火影の陰謀論だと邪推している。

 自分自身は政治の中枢で思う存分采配を振るっておきながら、後の世代を政治の中枢から遠のかせる政策を固めたのは、一族への復讐ではないか、と。

 

 先述した邪推は、自分達に復讐されるだけの因縁があるのだと認めるも同然だ。

 誇るべき自らの血筋に瑕があるだなんて、普通ならば認め難い。

 だが、特にフガクの世代は、復讐されるだけの正当な理由があるのだと、自称・正義の味方による糾弾によって力ずくで思い知らされてしまった。

 有能な二代目火影を髪や瞳の色如きで迫害した愚かな一族なのだから当然の報いだと、断罪を振りかざされてきた。

 先祖の咎で実害を齎された側からすれば堪ったものではなく、その恨み辛みを我が子にまで伝播させる者が現れる始末だ。

 そこにもはや二代目火影の真意は関係無いのだと理性で判断を下せたとしても、感情は止め処なく血の涙を流してしまうのだ。

 

 とは言え、現状においては恩恵の方が上回っているので、不満は表面化していない。

 それでも、一族と里の間に流れる微妙な空気を鑑みれば、二代目火影を尊敬するイタチの今後が不安だった。

 聡い子なので、フガクの懸念を察し、立ち回れるだろうが、それでも今後を思えば心労は絶えなかった。

 

「良かったじゃないですか」

「……そうか?」

「ええ」

「……」

「考え過ぎですよ」

 

 帰宅後。

 イタチが風呂に入っている間にと修練場での件を伝えた所、ミコトが嬉しそうに微笑んだのに対し、フガクは眉間の皺を深め、沈黙した。

 ミコトが用意してくれたお茶を口にもせず、黙り込んでいると言うのに、席を共にしたミコトは機嫌を保った儘、自分のお茶を啜っていた。

 

 フガクの祖父は穏健派で、二代目火影に理解があり、彼を取り巻く環境に心を痛めていた。

 父は祖父から教えを授かる一方、二代目火影自身の人となりに接する機会があったという。

 そしてフガクはと言えば、二代目火影がどんな人柄なのか実感が沸かないながら、一族の為に尽くした人なのだと教えられると同時に忍者学校(アカデミー)では辛酸を舐めさせられ、父の死に水を取った時には『それでも……』と遺言を託されてしまった。

 

 世代を超えた絆と尊ぶべきか、血を渡って継がれた呪いと忌み嫌うべきか、フガク自身では判断できなかった。

 だから、イタチには、客観的事実しか教えられなかった。

 遺言を尊重して扱き下ろす事はなかったが、実体験を噛み締めると庇い立てる事も難しく、淡白になってしまった。

 

 故に、それでも尊敬できるイタチの在り様は、決して口にはできないが、フガクには解し難かった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ミコトの訪問のついでにと連れられたイタチは、目を瞬かせながら絵本を読んでいた。

 その様子を眺めていると、天才と称されていても、その実態は可愛らしい子供なのだと実感させられて、クシナはうんうんと楽しそうに頷く。

 

「俺の知っている話と、少し違いますね」

「んん?そう?」

 

 朱、薄紅、赤紫、桃花と春めいた色彩が揃えられた金平糖の詰め合わせを袋からお皿へと移し、ほうじ茶と一緒にイタチへと勧めた。

 イタチはお礼を言いながらも、一通り目を通した絵本の感想を述べ、再び最初から読み直しながら、金平糖を齧る。ほうじ茶に目もくれない辺り、金平糖を余程気に入ったようだ。

 

「バージョン違いがあったってばね?」

「そうじゃなくて、家じゃああいうのを置いてないのよ」

「まあ、ミコトの所なら知ってるだろうけど。けど凄い気に入ってるみたいだし、買ってあげたら?」

「……ちょっと難しいわね」

「ん?なんかあるの?」

「買ったり読んだりしている所を見られるとね、厄介かも知れないって空気があるのよ」

「んんん、面倒だってばね…」

 

 そんなイタチを後目に、クシナはミコトとのお茶を満喫していた。

 クシナの夫は四代目火影その人で、クシナを伝にして知り合おうとする有象無象は幾らでも居るので、余程親しい関係でもなければ家に上げたりしない。

 そして、ミコトはその余程親しい関係に該当する。

 ミコトから適当な甘味処ではなくわざわざ自宅を指定されてもクシナは然程不自然に思わなかったが、雑談が進むに連れてミコトの、と言うよりうちは一族の微妙な緊迫感を察し、肩を竦める。

 

「自分達こそ詳しいんだから余所からの指図は受けない、って人達の声が大きいのよ」

「お、思ってたより拗れてるってばね」

「特にね、フガクさんの世代はその認識が強くって。自衛の為にって張り切って、若い人達に色々と教えているのよ」

「自衛?」

「余所から変な教えを受ける前に、ちゃんと正しい知識を授けるとかどうとか」

「……念の為に聞くけど、イタチくん、あれを読んでて大丈夫、なのよね?」

「ええ。フガクさんまでそういう人達と同類だったら、そもそもここに来られないわよ」

「いつの間にそんなビミョーな空気になっちゃったのよ…」

「本当にねぇ」

 

 一族内で継承されている内容の精度以前の問題で、どうにも胡散臭い流れになりつつあるとクシナは親友に同情した。

 

「クシナさん。こちらは初代様の?」

「そうだってばね。イタチくん、興味ある?」

「……はい。少し、よろしいでしょうか」

「いいってばね。もう存分に読んでいきなさい」

 

 イタチの視線が本棚へと移ったのは、二代目火影の絵本を読み直しを終え、集中の糸がふと緩んだ隙に目に入ったからだろう。

 クシナからの許可を得たイタチは、持っていた絵本を戻しながら、代わりにと初代火影に纏わる絵本を手に取る。

 ページの開き方が先程より格段と落ち着いていて、冷静な眼差しは参考資料に目を通すかの如く。

 

「普段はああなんだけど、二代目様に関してだけは目の色を変えるのよ。よっぽど特別なんでしょうね」

 

 あれ、とクシナが内心で疑問に思ったのと、ミコトの注釈のタイミングは完璧に一致していた。

 イタチの態度が冷めたのではなく、普段の状態に戻っただけ。むしろ、先程までのテンションが特別なのだと教えられて、そういうものかとクシナは納得した。

 

 

 

 

 その晩、ミナトが久々に我が家へと帰ってきた。

 ミナトは火影として多忙な身。たまに帰ってきた時ぐらいはのんびりと寛ぎたいだろうし、スタミナも付けるべきだ。

 そう思って焼き肉を準備していたクシナは、両手で中身が詰まって膨らんだ買い物袋を抱えて帰ってきたミナトと玄関で鉢合わせした時、張り切っていた分、怒りを交えて口論した。

 

「俺だってクシナの為にご飯を作りたかったんだよ!」

「ばっばば馬鹿ぁ!私の特製焼き肉を食べたくないんだってばね!?」

「食べたい!!!」

「んじゃあ冷蔵庫に仕舞うわよ!あぁもう、事前に言ってくれたら良かったのに!なんで鳥を飛ばさなかったの!」

「ビックリさせたくて」

「冷蔵庫を管理する側としちゃ二度とやらないで欲しいってばね!」

「ご、ごめん……」

 

 豪勢な料理をするつもりだったのかやたらと食材を買い込んでいた。

 消費期限が切れるまでにそれらを何とか使い切る必要に迫られたと頭を悩ませながら、ミナト本人にも手伝って貰い、ひとまずは冷蔵庫に全て収納した。

 その騒動を終え、改めてホットプレートによる焼き肉に取り掛かるのだが、今後の買い物や献立の予定を狂わされたクシナの機嫌は悪かった。

 

「次からは勝手に買い物はしないよ」

「わかればいいのよ。はい、お肉」

「ん、ありがとう」

 

 尤も、持ち前の切り替えの良さで肉が焼けた頃には持ち直したので、食事中まで気まずさを引きずらずに済んだ。

 

「へぇ。クシナの友達がお子さんと一緒に」

「そうそう。あそこの本棚にあった絵本、喜んでくれてたってばね」

「まだ子供もできていないのに早いかなって悩んだけど、買っておいて良かったよ」

「ミコトの所、ああいうの読むのが難しいから助かったって感謝されたわ」

「うーん、そうかぁ」

 

 市販のタレをたっぷりと掛けて焼き肉を味わいながら、クシナは今日の出来事を話した。

 

「肩の力を抜いて気軽に読み聞かせればいいと思うんだけどなぁ。クシナの故郷でも知られていたのは凄いと思うんだけど……」

 

 ミナトはひょいひょいと皿に重ねられた肉を平らげていく。顔色にこそ変化はないが、激務による疲弊を察せられた。

 

「千手扉間を尊敬する事、過去を持ち出してうちは一族を攻撃する事。全く違うはずなのにね」

「へえ。ミナトは二代目様をそっちの方で呼ぶってばね」

「あれ。クシナはうちはトビラ派だっけ」

「どっちでもいいってばね。別に千手派ってわけでもないし。ただ、ずーっと二代目様って呼んでたのに、急に名前で呼んだから驚いてね」

「火影になったからね。立場をはっきりさせる必要に迫られて……あ、焦げちゃう!」

「っとと、はい」

 

 幼い頃、渦潮隠れの里からの難民として、そして次代の人柱力として木ノ葉の里へと保護されたクシナは、二代目火影の風評に纏わるけったいな実態に絶句させられたものだ。

 その生涯を英雄的に纏め上げた絵本が爆発的に有名になった余波は様々あって、その中でもうちは一族への被害は洒落になっていなかった。

 クシナが忍者学校(アカデミー)に転校した頃は少し前と比べれば改善されていたそうだが、それでもうちは一族にヒソヒソと囁く馬鹿が一定数居た。

 そしてその馬鹿は、同時に、異国からの余所者であるクシナの髪の赤さが鮮やか過ぎて気持ち悪いとも嘲笑していた。

 迫害を許さないと訳知り顔で豪語して新たな迫害の芽を生み出しつつ、別の誰かを迫害する。

 そのような矛盾が横行していた忍者学校(アカデミー)で、クシナがうちはミコトと親友になり、後に夫となる波風ミナトと交流していたのは、偶然の皮を被った必然だった。

 

 先程、うちはトビラ派だの何だのとやり取りを交わしたのは、名称一つでも馬鹿馬鹿しい揉め事がたまに起こり得るからだ。

 二代目火影が姓名を改めたのは、政治的事情によるものだ。

 だが、本人の過去や好悪も関係すると邪推する者が多過ぎて、二代目と称するのが無難になってしまった。底意地が悪い者はあえて名前を呼ばせようとするのだから、救い難い。

 ミナトが少し困ったように眉を寄せながら立場上止むを得ないと溢していたのは、面倒だがその辺りが関係している。

 

「二代目様がどういう理由で『扉間』って名乗り始めたのか、そこを考え出すと嫌になってくるってばね」

「最近、“()”の由来を知らない人が増えてきてるみたいだよ」

「いやいや、図書館で調べればわかる内容じゃないの。……え、嘘でしょ?マジ?」

「嘘であって欲しかったんだけどなぁ。寂しいよ」

 

 ミナトは相変わらず困ったように眉を寄せていたが、その程度で済みつつ食事を進められるなんて、とクシナはある意味感心させられていた。

 

 クシナは元々、実を言えば二代目火影の絵本をそこまで好いていなかった。

 故郷で過ごしていた頃は、木ノ葉での寓話だと愕然と認識していただけだった。

 それが、故郷が亡国となり、木ノ葉が第二の故郷となってからは否応なしに意識せざるを得なくなり、好悪の域を越えた特別な対象となった。

 

 この人、本当に大変よね。

 権限を与えられたエリート層への僻みを誤魔化すように過去の件でうちはを嘲弄する者達の前で、何度、意図して、そのように呟き、嘆息し、呆れ返ってきた事か。

 とりあえず、今思った事を率直に言語化するのであれば。

 

「……ちゃんと読めってばね」

「案外利用しないものなんだね。俺らの頃にはもう授業で取り扱うのを避けてたし。別に隠されてるわけでもないのに、知る人ぞ知る話になっていくのかな」

「もう既になってるわよ…」

 

 ミナトは苦笑しながら答え、クシナは嫌々ながら同意した。

 

「ねえ、ミナト」

「ん?」

「自分の人生が絵本になって、それが原因で色んな人達が喧嘩しちゃったら、悲しい?」

「ああ、そっか。俺もいつかは…………んん、死んだ後の事だからなぁ」

 

 クシナは冷えた肉を口に入れ、もぐもぐと咀噛して飲み込み、ミナトに視線を向けた。

 

「残された家族が嫌な目に遭いさえしなければ、広告塔にしてもらっても…うぅん、クシナ、目が怖い」

「私としては愉快な話じゃないわよ」

「火影は里の顔だからね。ちょっとぐらいはしょうがない」

「“ちょっと”…?」

「落ち着いて。扉間様の場合、知名度が例外的になっちゃっただけ、のはずだから」

 

 不快感を刺々しく露わにし、箸を握る力を強めてミシリ…と音を立てたクシナを宥めるべく、ミナトは慌てて言った。

 

 ミナトは二代目火影が考案した術の一部を愛用するが、それはそれ、これはこれ。二代目火影に心酔しているかどうかは別の話だ。

 だが、周囲の入れ込み具合から、他人事で済ませる事もできない。

 初代も二代目もそれぞれ等しく尊敬し、二代目だけ読み物として特段の知名度を誇る現状に首を傾げながらも、自らも程度の差はあれどやがて娯楽として消費されかねない未来を許容していた。

 

「そもそも、続編を出すとは限らないしね。全二作で終わるかも」

「え、そうなの?」

「先代が乗り気じゃないから……あ、自分自身が題材にされるのは別に構わないけど、自分以降の火影も巻き込んでいいのかって悩んでるんだよ」

 

 決して、師匠達の人生を先んじて書籍化した結果、怖気付いた訳ではないのだと努めて強調してきた。

 ミナトの必死さが滲む口振りから、散々そのように疑われてきたのだろうと同情し、クシナは「わかってるわよ」と言った。

 ミナトの、知らず知らずの内に強張っていた肩から力が多少抜けた。

 

「現行の分だけで止めちゃえば、創設に携わった人達に限定したって事にできるからね」

「…それって、もしかしてミナトの将来のお仕事になるってばね?」

「たぶんね。先代とよーく吟味して、最終的に俺が決定を下す予定」

「うわー。責任重大じゃない」

「ん、頑張るよ」

 

 ミナトは苦笑しつつ、クシナを安心させるべく力強く言い切った。

 

「どうしたいのか、もう決めてる?」

「ん、決めてる」

 

 ミナトは即答した。

 

「出したいよ、続きを。せっかくなんだから歴史を積み重ねていきたい」

「三代目様はどう説得するの?」

「『木を隠すなら森の中』。ま、俺だけが決める話じゃないし、無理だったらその時はその時だ」

「そ。頑張ってね、ミナト」

「うん、ありがとう」

 

 クシナは微笑み、ミナトも笑顔で応じた。

 

 

 

 

 

 それから、およそ一年後。

 子宝を授かり、出産したその日、クシナの体内に封印されていた九尾が“何者か”によって引きずり出され、木ノ葉の里で暴れる大惨事が起こった。

 

 ミナトはクシナから学んだ封印術を用い、産まれたばかりの我が子のへその緒へと九尾を再封印した。

 自らとクシナのチャクラを練り合わせ、自分達は九尾の陰を、我が子には陽をそれぞれ担わせる形で。

 

 封印の代償、そして尾獣を引きずり出された人柱力の定めにより、ミナトとクシナは亡くなった。

 その後、五代目火影を決められる状況ではなかった為、引退していたヒルゼンが復権した。

 

 ちなみに、新世代のプロパガンダとして、里を九尾から救った英雄というストーリーでミナトの絵本を出版するかどうか検討されたが、議論の末、保留となった。

 ミナトの任期は僅か一年である以上、物語の筋は変わらないだろうが、それでも。

 二代目火影が有名になり過ぎた弊害でうちは一族が被害に晒された前例から、新たな人柱力が余計な中傷に晒されかねないと危惧されて。

 

 ……その配慮を利かせた上であっても、新たな人柱力・うずまきナルトは、里人達から疎まれる幼少期を強いられた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 シスイが居を構える家屋に招かれた。

 斯様にどことなく余所余所しい言い回しになったのは、五年前の九尾事件に端を発し、与えられた……と言うより、住むようにと命令された建物だからだ。

 九尾によって荒らし尽くされた里の再建に伴い、うちは一族全員が里の一角へと強制的に隔離された。シスイだけでなく、一族が暮らす家々は仮設住宅のような物だ。

 

「まあ座れよ」

「…ああ」

 

 シスイに案内されて通された居間は畳敷きで、床の間に掛け軸があり、卓袱台と座布団があった。

 勧められる儘、イタチも腰を下ろした。

 部屋の広さは八帖ほど。畳に使用される藺草(いぐさ)の、新品同然の微かながら爽やかな匂い。

 シスイは多忙な身だが、ここ最近は自宅を長期間空けるような事態に陥っていない筈なので、畳を張り替えたばかりなのだろう。

 

「茶でも出すから待ってろ」

「いや……」

「いいから。お客さんらしくしてろって」

「……そうする」

 

 言い残し、台所へと消えるシスイ。その背中を見送っている内に、何とはなしに部屋の中を観察してしまう。

 板張りの壁には木目調のカレンダーや時計が掛けられている他、写真立てが幾つか飾られている。

 アカデミー卒業記念にと撮影された物であったり、仲睦まじそうな様子が伝わる亡き両親の物であったり、その瞬間を切り抜かれた光景はシスイの過去を思わせた。

 

「ほらよ」

 

 程なくして戻ってきたシスイの手には御盆があった。

 湯呑みが二つ、急須が一つ。菓子鉢も一緒にあった。

 

「悪いな」

「気にすんなって。じゃ、取って来るから」

 

 湯飲みに緑茶を注ぎ終え、シスイは立ち上がる。御盆を片付けるついでにと、イタチがここへ訪れた本題を取りに行くべく奥へと消えて行った。

 残されたイタチは厚意に甘え、菓子鉢の蓋を開けた。

 最中(もなか)がずっしりと詰められている。イタチは微笑んだ。持つべきものは理解のある友である。

 書物を読む前に食べて良し、途中でも良し、終えてからでも良し。手が汚れない上、何よりイタチの好みだ。

 

「イタチ、いくつ食った?」

「まだ一つ目だ。……煎餅屋の人達も、芸が広いな」

「最中の原型って甘い煎餅みたいな物だったみたいでさ、その関係で取り扱ってるらしいぜ」

「甘い煎餅か。それもいいな」

 

 戻ってきたシスイは、イタチのお目当ての物を、丁寧に両手で抱えながら運んできた。

 シスイは座り、桐の小箱を開ける。

 年季を感じさせる古びた何冊かの日記帳を始めとして、錆びないようにと白い紙で包まれている刀の鍔、細々とした物を収めた藍色の巾着袋。

 シスイの祖父・カガミの遺品だった。

 

「これだよ。祖父さんの形見」

「…本当にいいんだな」

「いいんだって。遺してる時点で、読まれるのは覚悟済みだろうし」

「そうじゃなくて、汚さないかと」

「最中程度じゃ手は汚れないだろ」

「……手汗を、かいていないだろうか」

「そんな緊張するなって」

 

 表紙や背表紙など至る所に傷があり、何度も補修した跡がある。しかしそれが逆に味わい深さを増していた。

 シスイから苦笑しながら「どうぞ」と差し出されたそれを受け取って、イタチは礼を述べつつ表紙を開いた。

 宝物の如く丁重に扱っていたのが幸いし、挟まっていた幾つかの便箋が開いた拍子に落ちずに済んだ。

 

「手紙も残っていたのか」

「あー、手紙じゃなくて写真だよ。都合良く包んで保管できるのが便箋だったってだけじゃないかな」

「シスイの祖父さんが写っているのか」

「いや、二代目火影」

「…っ!?」

「祖父さんの顔が写ってるのもあったけど、どの写真も二代目火影関連なんだよ」

 

 イタチはそれらを丁重に桐の小箱へと戻した後にシスイに尋ね、その返答に両目を見開いた。

 動揺するイタチを後目にしつつ、シスイは便箋を開いてみせる。封がされていなかった便箋の中身は、更に紙で包まれていた一葉の写真。

 ほんの僅か桃色がかった紙を捲れば、時を感じさせながらも綺麗に保存されていた写真が姿を現した。

 

「これが、あの方の御尊顔…」

「落ち着けイタチ。火影室にも飾ってあっただろ?むしろ、あっちの方が格式高かっただろ?」

「写真写りの格の話はしていないが」

「俺だってしてるつもりはなくて、言葉のあやなんだけど」

 

 シスイから写真を差し出され、イタチは日記帳を膝の上に一旦置いてから受け取った。

 写っている人物は、シスイの祖父その人に非ず。火影室にも飾られていた、二代目火影だった。

 場所は茶屋だろうか。湯飲みを片手に、赤い布を敷かれた縁台に座っている。

 鼻筋が通った、凛々しい面差し。恐らくプライベートで撮影された物だろうに、不愛想だと敬遠しかねない無表情だった。

 

 シスイの祖父が手ずから撮ったのだと推察される。

 イタチは写真を翻し、裏面に記されている情報を読み取る。

 二代目火影、御年41。

 年齢と相反するように若々しい。顔立ちは童顔で通るかも知れないが、肌の瑞々しい張りや艶が若人と大差がなかった。

 だが、イタチは、読み取った通り、41歳なのか、と思うだけで終わった。

 年齢不相応の若さに思う所はあったが、それ以上に気になる点へと意識が割かれていたからだ。

 

「いい顔だ」

「それは、どういう?造形って意味か?」

「楽しそうだ」

「え」

「俺の方が照れ臭くなってくる」

「……流石だな」

 

 イタチはそう褒めながら、写真を便箋や紙が重ねられている場所へと置いた。

 視覚から得た情報に対して非常に前向きなイタチの言葉の数々に、感服するやら恐れ入るやら、シスイは複雑な心境を経ながらも、最終的には面映ゆさが一番強くなって頬を掻いた。

 

「何冊かある。鍵のスペアを渡しとくから、今後は勝手に来てもらっていいぞ。俺が都合良く居るとは限らないし……って、おいおいおいイタチどうした」

 

 茶で喉を潤したばかりなのに、イタチが急に咽た。

 イタチからすれば、シスイからの提案は信じ難い程の厚遇だった。驚きの余り声が出ず、しかしそれでも無理に返事をしようとして、矛盾した行為を並列させようとした結果、激しく咽た。

 間違っても日記に唾が飛ばないよう、片手で口元をしっかりと覆いながら。

 

「っ、シ、スイ…持つべきものは、素晴らしい、友だ……」

「お、おお、そうか」

「……お、お手拭き。手が、汚れた」

「わかった、わかったよ。お前の好きなようにしろよ」

「ぐふっ」

「気管支痛めてんのか!?」

 

 感極まり過ぎて、読む前から情緒が乱れつつあるイタチを心配しながら、シスイは台所の綺麗なタオルを濡らして絞ってきた。乾いたタオルもセットだ。

 症状が鎮まってきたイタチは、「ありがとう…」と礼を言いながらシスイから二種類のタオルを受け取り、両手を清めた。

 

「感、極まる…ッ、……ありがとう、本当にありがとう、シスイ……」

「あ、ああ…」

 

 シスイは口にこそ出さなかったが、イタチの感謝に比例して判明する二代目火影に対する憧憬の根深さに、少しばかり温度差というものを実感させられた。

 

「予め言っておくがな、イタチ」

「やめろシスイ!!!」

「えっ!?」

「お前の感想を言わないでくれ!俺が踏破し、俺の心で感じ取るまで、控えてくれ!」

「え、えぇ…そ、その、注意も駄目なのか?お前があんまりにも期待してるみたいだから、あえて言っておきたくなったんだが」

「構うな!……お前の不安はわかる。これはシスイの祖父さんの日記だ。シスイの祖父さんの人生が記されているのであって、トビラの解説書ではない。そこを履き違えるな、と警告したいんだろう?」

「あーうんそれがわかってるならいいわもう」

 

 二代目火影の部下を祖父に持つ己から見ても、イタチの熱量は計り知れない。

 そこまでかと驚かされ気まずい気持ちになると同時に、却って興味が湧き、ますます読ませたくなったのも事実だった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 あのダンゾウの推薦で暗部の所属となったうちはイタチは、若干11歳という若過ぎる年齢もそうだが、うちはの姓によって悪目立ちしていた。

 

 うちは一族は、九尾事件以降、里内での立場を悪くしていた。

 九尾が暴れ回っていた最中、警務部隊が全員避難誘導に回っていた。その後、前線に出ず待機していた為に、里人から悪感情を向けられていた。

 加えて、上層部の疑心暗鬼は更に根深かった。

 かつて、大罪人うちはマダラは写輪眼によって九尾を操り、里を襲撃した。

 それと同じように九尾事件も、裏でうちは一族が関与しているかも知れないと危険視されていた。

 

 実際、イタチの暗部入りに賛成していたのはヒルゼンだけで、相談役は殆どが反対していた。

 だが、反対派筆頭だと思われていたダンゾウの強い推薦により、叶った。

 その結果、うちは一族に最も懐疑的である筈のダンゾウを如何に誑し込んだのかと、イタチは好奇の目に晒される事となった。

 

「はい、はーい、ちょっとお借りしますよぉーっと」

 

 カカシは、上司である自分が出しゃばれば却って嫌がらせが加速するかと思い悩んだが、一度ぐらいは釘を刺すべきだろうと結論付けて、わざとらしく助け船を出した。

 複数人に絡まれていた現場へ堂々と赴き、イタチの肩を掴みながら連れ出した。

 

「カカシさん…」

「生真面目に付き合い過ぎじゃない?不当な扱いを受けてますってクレーム入れてもいいと思うんだけど」

「…いえ、そこまでは」

「そう?余計な横槍だったかな。でも、今回は見逃してよ」

「……」

 

 うちは一族の置かれた状況下としても、イタチ本人の性格としても、どうせ強くは出られまいと高を括られているのか。

 下手な哀れみはそれこそ余計なお世話かも知れなかったが、それでも看過できなかった。

 黙って耐える必要はないだろう、と。

 

「…失礼を承知で物申しますが、構いませんでしたよ」

「ん、あれ、イタチ?」

「二代目火影の話は、内容がどうであれ、興味深いものですから」

 

 だが、予想外にもイタチは少しむくれていた。

 感謝を求めていた訳ではないし、プライドを傷つけられたと怒られる可能性さえ検討していたのだが、そのどちらでもなく、イタチは拗ねていた。

 なぜなのか。カカシは率直に疑問符を浮かべた。

 

「カカシさん。あなたの御厚意には痛み入ります。しかし、俺は……悪い気は、しなかったんです」

 

 その血を身に宿す者だからと理不尽な言いがかりを付けられるのは、言葉による暴力でしかないと思うのだが、イタチにとっては違う何かであったらしい。

 強がっている可能性を考慮して、カカシは思わず凝視しそうになった。

 

「二代目火影の知名度と影響力が如何程なのかと、よく響きました」

「…そう?」

「ええ。ただ、“()”の逸話を思えば胡散臭くはありました」

「もうちょっとバッサリ切り捨ててもいいんじゃ」

「これでも、そうしているつもりなんですが…」

 

 感情を隠すのが得意なのか、それとも本気なのか。暗部に適性があるが故、どちらとも判断が付かない。

 自分から首を突っ込んだので自業自得なのだが、イタチの真意が掴めず、悩ましかった。

 ひとまずは、言葉通りに受け取っておくのが無難か。重要な腹の探り合いではなく雑談の範疇なのだから、疑うのは何かしら違和感を拾ってからでも良いだろう。

 

「カカシさんも、何か御存知ですか?千手扉間について」

 

 おや、とカカシは内心で意外に思った。

 まさか向こうから話を振ってくるとは思わなかったし、表現も『千手扉間』とは。

 暗部に入るだけあって建前を立てているのか、それとも。

 

「俺に質問?」

「はい」

「……へえ」

 

 千手扉間という呼び方もそうだし、カカシへの質問も邪推できてしまう。

 面と向かって指摘された事こそないが、カカシはうちはオビトの眼を強奪するべく見殺しにした疑惑が持たれている。

 ある任務で、仲間だったのはらリンを()()して以来、嫌疑は一層濃くなった。

 

 二代目火影と同じ白髪であるカカシが、うちは一族から眼を強奪したかも知れないというのは、その実、センシティブなのだ。

 そんなカカシに、うちはイタチが、二代目火影について尋ねるとは。

 

 ……なんて偏見と疑心は、いくらでも膨らませる事ができる。

 

 先程から、似たよう思考ばかりを延々と堂々巡りさせている。結論が出ない、中身がない、薄っぺらな躊躇い。

 仮に建前だったとして、だからどうしたと言うのだ。

 同じうちはの人間だから普段はうちはトビラと呼んでいるが、公的な場では千手扉間と呼んでいるとして。それを問題として論うのは、必死過ぎて一周回って馬鹿馬鹿しい。

 

 そもそも、好きなように呼べないとは、何事なのか。

 改名に託された願いを知るからこそ、もしくは改名に託された願いを知っても尚。どちらであろうと、良い悪いの二元論では括り難い筈だ。

 そこに政治的意図を見出し、勘繰るだけの下地と過去があったとして、百歩譲って公の場なら仕方ないとしても、プライベートなら関係ないだろう。

 

 詰まる所、大局とは無意味な細事を、真面目を気取って偏執的に拘っても意味がない。

 疑惑と勘繰りと邪推はそれぞれ似て非なるものだ。

 

 肩の力を抜いて、そんな人も居たねぇ、と何かのついでに気楽に語る事ができれば、それで上々だ。

 あの人が偉大なのは確かだが、里の平和はあの人も含めた数々の人々による努力の賜物なのだから。

 ────今は亡き師が、かつて、そう言葉を溢していた。

 

「んん、そうだな。これね、友達から聞いたナイショの話なんだけどさ」

「はい」

「どこかの会食で、川魚の刺身を振る舞われて、とっても怒ったらしいんだよ」

「……」

 

 真実を話せと言われたので、カカシなりにその通りに実行した。

 今は亡き友人から渡された思い出を、今度はカカシがイタチへと渡した。

 信憑性が欠落したいい加減な与太話だと切り捨てられようが、それはそれで構わなかったが、イタチは生真面目に耳を傾けてくれた。

 

「でも、相手に恥をかかせられない状況だったから、食べた振りをしたんだって。で、あとからこっそり吐いた」

「なぜ?まさか、毒を…?」

「いいや。そうじゃなくて、川魚を刺身にするのは実は怖い事だって知ってたからだそうだ」

「……川魚だと、いけないんですか?」

「寄生虫の危険性がね、海の幸とは全然違うらしいんだよ。焼き魚なり何なり、火を通してくれていれば良かったのにって愚痴ったそうだよ」

「魚に詳しかったんですね」

「そうそう」

 

 まるで知り合いのように馴れ馴れしく、相手次第では無礼だと激昂されるような語り口だったが、イタチは感心してくれていた。

 

「とまぁ、こんあ風に何々を食べた~って感じのネタなら、ある程度はストックがあるよ。こんなんで良ければ折を見て教えるけど」

「是非、お願いします」

「…我ながら作り話みたいだなぁって思ってるんだけど、イタチはそう思わないわけ?」

「カカシさんの御友人は、嘘を吐く人ですか?」

「いや、それはない」

「でしたら、よろしいのではないでしょうか」

 

 単に素直と称するには、イタチは竹を割ったように割り切っていた。

 

「数十年しか経過しておりませんが、既に真偽が曖昧になっています。文献から正誤を突き詰める事は可能ですが、良くても精度を上げるのが限度かと」

「それは、まあ、そうだろうな」

「結局、信じたいもの、見たいものしか享受できない。どれだけ尽くそうが、『自分はあの人をこう解釈している』と証明されるだけで……ですから、真実は人の数だけあるのでしょう」

「考えてるねぇ」

「いえ、考え過ぎているかも知れません」

 

 正解の存在しない議題に対する、一つの答え。

 聡明であるが故、()()()()()()()()()()()()()()()()────という矛盾すら、イタチはきっと自覚している。

 その葛藤自体が、一つの答えだ。

 

 事実なんて、主観で幾らでも捻じ曲げられる。

 どれだけ公然とした証拠が積み重なろうが信じなければ終わりだし、逆に、何一つ確証がなくとも、盲目だと罵倒されようが、信じる心さえあれば満ち足りる。

 書いてあるから正しいのだとする主張さえ、著者を疑い出せばキリがない。

 疑心の輪はどこまでも広げられる。

 どこかで留まり、信じなければ、いつまでも広げ続けられる。

 無論、正誤の問題ではないので、広げ続けるのが悪いという訳ではないし、そうしなければ辿り着けない境地だってあるだろう。

 

 ……なんて、御大層な講釈を垂れるような議題ではないのだが。

 先程の会話なんて、カカシが適当にふかしているだけかも知れないなんていう、ただそれだけのものだ。

 しかし、どうやらイタチが随分真面目なようだから、それに影響されてカカシも少しばかり真面目に思案してしまった。

 

「突き詰めれば好き嫌いでしかないなら、俺は、カカシさんの御友人からの話が好きです」

「そう?そりゃどうも」

 

 言葉選びや冗談ではなく、本気なのだと察せられた。

 自分の話を信じてくれたから、という単純明快さに基づくのだとしても、だからこそ悪い気はしなかった。何だか楽しくなってきた。

 まっすぐな信頼が面映くて、むず痒くなる。

 つい少し前まで疑りに掛かっていたのが恥ずかしくなり、照れそうにさえなった。

 

 

 

 ******

 

 

 

 里が創設される以前の乱世、千手とうちはは互いに名を馳せていた。

 だが、長い戦いの中で疲弊していき、二つの一族は休戦した。

 それから、領土の平定を望んでいた火の国と協定を結んで、里が創設された。

 里長に選ばれたのは、千手の長であった千手柱間だった。

 

 うちはの長であった、うちはマダラの乱心。

 たった一人で里を抜け、九尾を従えて里を襲撃し、終末の谷にて千手柱間に討たれた狂人。

 その理由は、公的には、全くの不明であるが故にただの乱心としてのみ処理された。

 

 千手柱間の人望に嫉妬したとも、万華鏡写輪眼の力に驕り溺れたとも、その他様々な根拠のない憶測が数多囁かれている。

 不自然なのは、長でありながら、その身一つで里から抜けた事である。

 これが、一族に呼びかけた上で誰も従わなかったのならば、人望と無縁だった故に一人で抜けるしかなかったのだと納得されよう。

 だが、マダラは、一族の者にさえ一言すら連絡せず、己が独断で敢行した。

 己が一人の力を過信していたのか、己が一族を一切信頼していなかったのか、マダラの真意は定かではない。

 

 自分達が戴いていた長が事前通告もなしに突然里を裏切ったものだから、うちは一族は大混乱に陥ったし、里内での立場も非常に危ぶまれた。

 その危機的状況からうちは一族を守り、一族に新たな居場所として木ノ葉警務部署という特別な役職を与えたのが、マダラの弟であるトビラ改め千手扉間だ。

 

 ……なのだが、それを口にするのを憚られるような重苦しさが、現在のうちは一族内に漂っていた。

 

「マダラが里抜けした理由が、二代目様への嫉妬ねえ。死人に口なしだからって、最近ますます過激になってきたな」

「トビラの当て擦りだけでなく、マダラへの再評価が進んでいる事が知られれば、里からの信用はますます損なわれるだろうな」

「再評価って言うよりは願望の投影だけどな」

 

 六年前の九尾襲来以来、うちは一族は里内で隔離された。

 うちはの瞳力は九尾を操る事ができるのだが、それが仇となり、主権を狙ったうちは一族の者による仕業だと上層部から嫌疑を掛けられてしまったのだ。

 それに伴っての警務部隊の予算削減などの里からの明確な不信に晒され続け、一族内の不満は限界に近づきつつあり、神社の地下で催される集会ではクーデター計画が現実味を帯びていっている。

 そして、これはイタチやシスイは知らない事だが、族長としてクーデター計画の中心人物に据えられたフガクはその実、一族の高まり過ぎた不満を抑えるのは無理だと屈し、せめて無血革命を成し遂げようと苦慮していた。

 

 神社などの一族の核となる重要施設を除き、うちは一族の居住区は暗部によって監視されている。

 その監視からギリギリ外れた死角となる懸崖付近で、シスイとイタチは、それでも周囲に警戒しながら、声を潜ませながらやり取りを交わしていた。

 

「…って言うか、ないよな」

「ああ」

「だよなー……はあ」

 

 集会で槍玉に挙げられている、二代目火影。

 これまではあくまでも二代目火影個人への悪感情で済んでいたのに、近頃は罵詈雑言の域を不躾に踏み越えている。

 本題としては里への不満を募らせているのだが、それと連動するように二代目火影の政策への疑心暗鬼が、激情の波に乗って真実であるかの如く一族内で伝播している。

 無論、全員が全員、そう思い込んでいるとは、希望的観測だが信じたくない。

 だが、歴史的事実を持ち出して指摘するのは自殺行為だと口を閉ざさざるを得ない程、集会の空気は異様に淀んでいた。

 集会では、二代目火影はもはや千手へと阿り遜った裏切り者であり、うちは一族を怨んで隔離政策を実施した復讐者だと扱われている。

 そう蔑まねば精神の均衡を保てない程に、多くの者達が過激派へと傾倒し、荒んでいた。

 

「マダラを差し置いて初代火影の補佐として活躍していた当時の二代目様に嫉妬し、次の火影にはなれないと嫉妬し、やっかみ、絶望したマダラが里抜け……いや、ない、ないない。ないって。けど、それ言ったら、誰に後ろから刺されるかわかりゃしねぇな」

 

 シスイがそう断言する根拠は、彼の祖父の日記の記述だ。

 二代目火影の直属の部下だったシスイの祖父が遺した記録は、当時の里内の空気を察する材料として活用できるものだった。

 だが、それは、シスイやイタチの分析及び冷静な傍観には役に立っても、一族の疑心を取り除くには心許ない。それどころか、出鱈目だと糾弾されて焚書されかねないのが実情だった。

 

「祖父さんからの受け売りだけど、マダラは嫉妬するどころか、むしろ逆に推薦していたみたいなんだよなぁ…」

「……ああ」

 

 シスイは困ったように頭を掻き、イタチは同意するように頷いた。

 二代目火影、否、当時うちはトビラと呼ばれていた男だけでなく、マダラをも知っていたシスイの祖父は、其の節の里内での空気も綴ってくれていた。

 所々黒塗りで内容が一部潰されていたのは、マダラの里抜けが関係しているだろう。

 だが、それでも、残しても問題ないとシスイの祖父が自己判断を下した箇所だけでも、里抜けする以前のマダラの人柄の一端に触れる事が叶った。

 

 曰く、トビラが初代火影であった千手柱間から甚く気に入られていたのは事実だが、殊の外、柱間よりもマダラの方が盛り上がっていたという。

 トビラを補佐役にする為ならば、自分に用意された重役の椅子を譲るとさえ断言していたそうだ。

 結局兄弟二人とも重役となった訳だが、トビラが補佐役として、忍として、術の開発者として功績を重ねる度、マダラは歓喜していたらしい。

 それでいて、戦一辺倒で自らの一族との交流を疎かにしがちだったマダラは、トビラからの叱咤激励を受け、地道ながら改善しようと努力していたという。

 疑う余地もない程、仲の良い兄弟だったのだと記されていた。

 

 ならばこそ、マダラの里抜けについては『わからない』を意味する多くの困惑の言葉で埋め尽くされていた。

 一度は共存の為に取り合った手を、なぜ自ずと振り払ったのか。

 直近に思い当たる事件があったようだが、それについて主に記されていたのであろうページは丸ごと黒く塗り潰されていた。

 なぜ、思い当たる事件について、一度は書き記しておきながら、丸ごと墨で潰して隠してしまったのか。

 シスイの祖父の真意は本人のみぞ知る所だ。

 

 歴史とは、先人達の足跡だ。

 足跡だけで、人となりの全てを把握するのは至難であり、身も蓋もない事を言ってしまえば不可能である。

 増してや、当事者達は既に亡き者で、生き残っている者とて当時幼かった者達ばかり。

 故に想像の余地が働くが、その想像が下衆の勘繰りばかり。

 自分達の後ろ暗い欲望を満たさんが為の道具にするべく、先人の足跡を利用する者の、何と多い事か。

 

「火影へ就任した結果から逆算した、辻褄の合わない後付けだ。……なんと報告すればいいのか、判断に困る」

「三代目様も相談役も、二代目様の部下だった人達だしな。ホンットに何とかしないと、どうしようもない」

 

 イタチはうちは一族に上層部の情報を報告しながら、上層部にうちは一族の情報を流している二重スパイだった。

 カカシをリーダーとする班からダンゾウの直轄組織である『根』に移動してからというもの、特に軋轢が無駄に生じないように苦慮しながら立ち回っているのだが、集会の存在やその内容をどれほど穏便に報告した所でささやかな配慮は水泡に帰す。

 

 イタチが暗部に入るにあたって、ダンゾウから直々に、嘘発見器を取り付けられた上で、二代目火影について様々な質問を受けた。

 結果、イタチの二代目火影への尊敬の念が証明された。他にも試験があったものの、その件は暗部入りを認められるにあたって貢献した。

 うちは一族だからという理由で、二代目火影に対する感情を追及された経験から断言する。

 クーデターを計画しているだけでも重罪だというのに、それに加えて二代目火影を侮辱しているのは、非常にまずい。

 後者だけでも隠し通そうと繕っても、ダンゾウの方から根掘り葉掘り尋ねてくるだろう。そうなればイタチに黙秘権はない。

 

「で、その具体的な『何とか』についてなんだが。イタチ、もうちょっと時間はあるか?」

「…無論だ」

 

 シスイはそう前置きすると、表情を引き締めてイタチを見据えた。

 シスイの意図する所は明白だ。イタチは首肯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、シスイから持ち掛けられた計画は、ダンゾウからの横槍で失敗した。

 ヒルゼンからの許可を得た上で、シスイの万華鏡写輪眼・別天神の能力でクーデターを目論む一族の意思を上書きする算段だったが、頓挫した。

 共にうちは一族の居住区へと赴く筈だったダンゾウからうちはは信用ならないと言い捨てられ、片目を奪われてしまったのだと、空っぽの眼窩から血の涙を流しながらシスイは説明した。

 

 ダンゾウに強襲された事が露見すれば、激情に駆られたうちは一族がクーデターを決行し、里だけでなく国まで情勢不安となって他国から侵略されかねない。

 そう恐れたシスイは、イタチに残された片目を託した後、襲われた形跡を隠蔽するべく自殺した。

 

 

 

 

 

 あの日の真夜中。

 虚無の面差しで裏通りを歩いていたイタチは、とある書店の壁際に置かれていた青いポリバケツに捨てられていた物を目に留め、思わず立ち止まり、瞠目した。

 うちは一族内における、二代目火影への悪評の横行。イタチの腐心など構わず、悪化していく里と一族の間の不和。

 精神的に酷く草臥れていたイタチにとって、見過ごす事などできない物が、ポリバケツとその蓋の間に無理矢理挟み込むように捨てられていた。

 

 二代目火影の、絵本。

 里で普及しているそれは、幾らでも刷られている。

 汚れたなり何なりで廃棄されたのだろう。

 だが、この時のイタチの追い詰められた精神状況下において、ただ絵本が捨てられているだけの光景が酷く惨たらしく映り、血の気が引いた。

 

 真夜中だから、人の気配はなかった。書店も閉店時間をとうに過ぎ、灯りは消えている。

 捨てられた物なのだ。それを拾った所で、盗まれた等と謂れを付けられる義理はない。

 手を伸ばしかけたイタチは、ふと何者かの気配を察し、咄嗟に物陰へと身を隠し、気配も宵闇へ溶け込ませた。

 

 この里において有名な、一人の少年だった。

 子供どころか大人すら出歩かない時間帯、ここまで走って来たらしい少年は息を切らしていた。

 顔を悲しそうにぐしゃぐしゃに歪ませながら、「ごめん、ごめん…」と謝りながら、ポリバケツへと乱雑に捨てられていた絵本を拾って、胸に抱いて、とぼとぼとした足取りで帰って行った。

 

 その背中を、イタチはじっとひたむきに見つめ続けていた。

 

 

 

 イタチが件の少年・うずまきナルトと接触したのは、それから数日後の夕方だった。

 公園で一人きり、ブランコを漕いでいた。

 誰も居なくならなければ、遊具を利用する事も儘ならない。だが、その頃には同世代の子達が、親の迎えで帰宅していく。

 それらを寂しそうに見送りながら、一人ぼっちでブランコを漕いでいた。

 

 イタチは、忍としての能力は高いが、社交的とは言い難い性格だ。

 しかし、二代目火影の事になると行動力が爆発的に増す。

 ならばこそ、この里で、九尾の人柱力として恐れられ、忌避され、距離を置かれているナルトに臆する事なく近寄った。

 現状において、うちは一族が九尾の人柱力と接触する場面を目撃されれば、あらぬ疑いを掛けられるのは火を見るよりも明らかなのに、それでも二代目火影に関する事だからと行動した。

 

「なあ、君」

 

 ナルトは、見知らぬ何者かに、それも悪意もなく声を掛けられて、酷く驚いたように顔を上げた。

 暗部の装束と仮面で素性を隠しているイタチは、ゆっくりと歩み寄り、ナルトの真ん前で立ち止まり、一度深呼吸を挟んだ。

 

「絵本を持って帰っていたな」

「…っ、ぁ、み、見て、たの?」

「ああ」

「そ、それ、は」

 

 途端、ナルトが蒼褪めた。

 狼狽えるように視線を泳がせ、弁明しようと必死に口を動かそうとする。

 

「ぬ、盗んだってわけじゃ……っ!」

「そうだな。捨てられていた。それを、助けてくれた」

「…………え?」

「ありがとう」

 

 感謝の一言をどうしても伝えたい一心だった。

 ナルトからすれば、いきなり現れた謎の人物に数日前の出来事を目撃されていた上、なぜだか感謝されたのだから、理解が追い付かずにぽかんとしていた。

 

「一つ、尋ねてもいいだろうか」

「な、何ってばよ」

「君にとって、千手扉間は何だ?」

「……?」

 

 数日前の事で因縁を付けられている訳ではないと安堵したナルトは、イタチからの質問の意味が漠然としていたので首を傾げていた。

 イタチは、質問の意図をわかり易くしようと努め、改めて尋ね直す。

 

「千手扉間の、どういう所が好きだ?」

「あっ、それなら!諦めずに頑張ってる所!」

「…そうか」

 

 即答だった。

 ふっ、とイタチは仮面の奥で微笑み、それから少しだけ考え込むような仕草をしてみせた後、口を開いた。

 

「俺も、好きだ」

「そっか。みんな好きだよな、絵本のオッチャンの事」

「…………そうだな」

「あ、あのさ!あのさっ、兄ちゃんは絵本のオッチャンのどこが好き?」

 

 立ち去ろうとしたイタチの背に、ナルトから上擦った声で質問を投げかけられた。

 イタチは振り向き直し、こう答えた。

 

「里を愛し、…里の為に戦った所、だな」

 

 以前までなら、里を愛していたから、の一言で済ませていた。それだけで充分だった。

 しかし、逼迫した精神は、元来の理由に他の要素も付加させた。

 基本の理念は変わらないが、方向性が定まり、それ故に視野が鋭くなり、狭まる。

 

「(里に弓を引いた、一族を裏切った兄を討つ側に回った事で、トビラは英雄と讃えられた…)」

 

 普及している絵本には記されていない内容については内心での吐露に留めながら、イタチは今度こそ立ち去った。

 夕焼けの赤さがまるで血のように鮮明で、独特の鉄っぽい生臭ささえ感じるような気がした。

 ぼんやりとそう思ったが、程無くしてその雑感を邪魔だと掻き消した。

 

 

 

 イタチが里からの命で弟以外の一族を皆殺しにしたのは、それから間もなくの事だった。

 

 

 

 




 イタチはTPOを重んじる事を求められる場面が多そうですし、状況に合わせてトビラの呼び方を変える事に躊躇いはないかな、と(なおストレス)
 イタチは「俺自身も含めて、結局、見たいものを見てるんだよな…主観が正しいと認識したものを真実だと、少なくとも個人的な真実だと定義しているだけで…」みたいな抒情的で繊細な事を言いそうなイメージを持っています。

 扉間小隊が初代・二代目の絵本を制作したという体なんですが、カガミは享年的に携わる事ができなかったのではないかという疑惑が個人的に浮上しています。
 「たぶん矛盾してない……よな……?」ぐらいの気持ちでトビラ41歳の写真を出した身ですし、あんまり気にしない方がいいんですかね……。


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創設期①

①マダラが無限月読ルートへ進むには、永遠の万華鏡写輪眼を獲得している必要がある
②トビラがうちはの石碑について調べられない状態にしたい
③本編でナルトが穢土転生体のトビラに赤い目が存在する事をしかと認識している描写がある、というか自分が過去に執筆した
④千手扉間がうちはトビラになっているように、うちはイズナが千手飯綱(いいづな)になっている

 上記の諸々、特に②を踏まえ、この時空における創設期を考えてみました。
 調印式から始まる1話完結の予定でしたが、予定は予定に終わりました。続きます。

 追記:タイトル変更


 弟の飯綱(いいづな)が誕生したのは、二月。

 時候の上では春ではあったが、しんしんと降り注ぐ雪で庭が一面白銀に覆われていた。

 梅の花が丸く咲いていて、周囲の白銀との対比も相俟って、その紅がとても印象に残ったものだ。

 

「柱間。あなたの、初めての弟ですよ」

 

 飯綱は、出産という大事を成し遂げ、床に就いていた母の腕に抱かれていた。

 色彩の機敏に疎い己ですら驚かされるような、射干玉(ぬばたま)の黒髪。柱間自身も黒髪だが、同じ黒でこうも違うのかと思わず目を奪われた。

 母に似て色白で、まるで雪の妖精のようだった。

 ちょうど梅の枝にシマエナガが停まっていたのを見かけた時、あれだ、と直感した。白くてふわふわとしていて、眼だけがぽつんと黒い。

 飯綱はシマエナガに瓜二つなのだ、と。

 

 

 

 飯綱は、女子かと見紛うような、白皙の美丈夫へと成長していった。

 

 弟達を産んでから数年後に亡くなった母の形見分けの際、飯綱が望んだのは、母が愛用していた濃紅(こいくれない)の梅が刺繍された香り袋だった。

 母を懐かしむ為にと、野山で摘んできた花々から香料を抽出し、色とりどりの和紙へと染み込ませて折り畳み、香り袋へと入れて優雅に楽しむ。

 「飯綱の部屋は、線香を焚きっ放しにしてるみたいぞ…」と柱間が苦言を漏らした時、飯綱は「……まぁ、そういう表現は、お誂え向きなのかな」と曖昧に微笑んでいた。

 母からの形見に手を加える訳にはいかぬからと、他の香り袋を調達し、ほんの少しの力加減で香りがひときわ広がるように創意工夫を凝らす飯綱は、母譲りにしては玉響(たまゆら)が過ぎる風貌だからこそ実に絵になっていた。

 

「程々にしておけよ。千手宗家の男子が白粉臭いと風評が立っては名折れだ」

「みんなの前へ出る時は、匂いはきちんと消しています。弁えているつもりです」

「…ったく、お前という奴は」

「一つお伺いしたいんですが、“おしろい”とはどういった香りなのでしょうか。父様が嫌うのでしたら、避けますよ」

「……まだ知らんでいいものだ」

 

 だが、戦える者には雄々しさが要求される戦乱の世において、花を、香りを愛でる飯綱の趣味は、非常に心配されていた。

 父・仏間から忠告されても、飯綱は威圧されるどころか、けろりと悪びれずに笑いながら返事してみせる。

 わかっているのか、わかっていないのか。どちらにせよ許されてしまうような、不思議な魅力が飯綱にはあった。

 仏間から飯綱への注意は、その性格を思えば随分と丸かった。

 鍛錬の時は厳しく稽古を付けるのに、飯綱の調香の件になると妙に強く出られないのは、飯綱の顔立ちと母を偲ぶ物言い、香り袋の元々の出所が相互的に関係していたのだろう。

 

 母との思い出を懐かしむ、母の血を濃く受け継いだ美少年。それが飯綱だった。

 女顔であるだけでなく、千手一族の者にしては体躯の線が細く、決して恵体とは言い難かった。

 食事は肉も含めてしっかりと摂っているし、鍛錬だって後れを取っていない。

 だが、座れば牡丹の如し儚げな佇まいは、桜の如くすぐに散ってしまうのではないかという不安な印象を見た者に与えた。

 しかも趣味が趣味であるから、一層、浮世絵離れしていた。

 

 初陣が近いからと、額から両頬にかけて覆う金属製の面具である半首(はつぶり)を与えられた時、飯綱ははしゃいでいた。

 自らの華奢さにコンプレックスがあったからこそ、強制的に髪型がオールバックになるその防具を用いる事で、多少は大人びた精悍な雰囲気になると喜んでいた。

 

「気にしておるんだったら、何度も言っているだろう。せめてあの趣味は程々にしろと」

「それとこれは別です」

「なぜそれだけは譲ろうとせんのだ、飯綱。戦場では皆、気が立っている。不釣り合いな匂いを持ち込めば、お前は良くとも周囲の苛立ちを募らせるだけだぞ」

「ご安心を。戦場へ持参する香り袋は、思いっきり潰さないと香りが立たないようにと細工を施していますので」

「おっ、まえ!儂は染み付いた匂いの事を言ったのに、言うに事を欠いて持参するだと!」

「匂いなら消していると何度も申し上げているではありませんか。それに、これは母様の形見です。手放しません」

「……っ、好きにしろ。どう言われようが、儂は知らんからな」

 

 直々に指南していた仏間も、共に修行していた柱間も、飯綱の儚げな印象に引きずられ、飯綱を密かに案じていた。

 それでも仏間は、飯綱を六歳で戦場へ出す采配を下した。

 

「兄者、余計なこと言いに行かないで」

「余計とはなんぞ!俺はお前が心配なんだぞ!」

「…下の弟達だったとしても、同じように直訴する?それとも、一人だけ女みたいな僕だから直訴するの?」

「な、なんぞ、急にまくし立てて」

「役に立たないって同情されてるみたいで嫌だよ」

「そ、そんなつもりではないんぞ」

「僕にはそう見えちゃうんだよ。ちょっとは信じてよね」

「飯綱……」

 

 柱間は兄として、幼子すら命のやり取りの数に含める戦場へ赴く弟の身を案じずにはいられなかった。

 しかし、飯綱からすればそれは強者からの憐憫に映り、自尊心を甚く傷つけられた。

 

 柱間は、飯綱の怒りは、飯綱の熱意を阻害してしまったからだと理解したものの、それでも、ここまで臍を曲げられるなんてと困惑していた。

 信頼の有無の問題ではない。死ぬ危険性と隣り合わせである以上、柱間としては口を出さずにはいられないのに。

 

 

 結論を述べれば、飯綱は初陣を無事に達成したし、それからも生還し続けた。

 柱間は胸を撫で下ろしたし、仏間も裏では肩の荷を下ろしていたものだ。

 

 

 

 

 飯綱の強みとして何よりも特筆するべきは、その巧みなチャクラコントロールだった。

 飯綱が保有するチャクラ量は平均だが、その代わり、扱う技術が極めて繊細で卓越している。燃費が極限まで合理化されている、と表現するのが妥当か。

 幻術に秀でていると評価されていたが、蓋を開けば正にその通り、否、それ以上だった。

 あのうちは一族を、化かしてしまったのだから。

 

 

 飯綱が配属されていた部隊が壊滅したという報せを受け、同胞の亡骸を回収するが為に柱間を含めた部隊が編成された。

 柱間は絶望的な心地で現場へ赴き、何十人もの千手の同胞が無残にも転がる光景に目の奥が焼かれるように痛みながらも、飯綱の体を捜した。

 残された遺体は千手一族のものばかり。

 うちは一族と交戦した筈だが、彼らは撤退するついでに自らの同胞の遺体を回収したのだろう。

 

 飯綱の体は、同胞の屍の下敷きになっていた。

 すぐに見つけられたのは、飯綱がお守りように携行している香り袋のおかげだ。ひときわ、その匂いが強くなったのを感じて、足を止めたからだ。

 香り袋から強烈な香りが漂っているのは、押し潰された衝撃か、それとも生前に惨い仕打ちを受けた拍子か。

 地面と大人の屍に挟まれて飛び出していた天を仰ぐ爪先を発見し、柱間は感情を失った顔で無心ながらに同胞の屍を除けた。

 

「よか、よかった。来てくれた…」

「っ、飯綱!?」

 

 その途端、飯綱がバネのように飛び起きてきた。

 忍の肉体は、屍であっても情報の塊だ。故にこうして回収せざるを得ないのだが、だからこそ屍に起爆札を仕込んでおく等の罠が張られている危険性がある。

 だが、そういった危険性を考慮する間をすっ飛ばし、柱間は飯綱を抱擁した。

 間違いなく、生きた人間の温かさだった。起爆札も仕込まれておらず、故に不用心でも何の問題も生じなかった。

 

「いっ、生きて、おるんぞ?」

「うん」

「ならばよし!!!」

「やめてよ!潰れるんじゃないかってずっと苦しかったんだから!」

 

 柱間は涙ながらに飯綱を抱擁したが、飯綱は暑苦しそうに藻掻く。

 ハッとして柱間は飯綱の体を検分する。何なら襟元を大きく開き、胴も直接目視した。

 射干玉の髪や白磁のように透き通った肌、ふっくらとした可愛らしい顔が赤黒く汚れていた。

 それらは大抵返り血だったが、飯綱自身も出血していた。

 脇腹の傷を目にした途端、柱間は戻っていた血の気を再び引かせながら手を当ててチャクラを送る。

 

「いいなぁ。僕も覚えようかな、それ。どうやるの?」

「チャクラを送るんぞ」

「その送り方を質問してるんだけど」

「……?」

「…他の人に聞くよ」

 

 負傷していたが、それでも飯綱が生存していた。

 柱間は心の奥底から安堵しながら飯綱の脇腹を治す。そんな柱間を意味深にじっと見つめた後、飯綱は溜息を零す。

 

「よくぞ生きててくれたな、飯綱」

「僕がやられたって幻術をかけてね、その隙に隠れさせてもらったんだよ」

「……今、なんと?」

「だから、幻術をかけたんだよ」

「…………な、なんと」

「……兄者、耳が遠くなってる?どこかで爆発にでも巻き込まれかけた?」

 

 飯綱の話に、柱間は絶句させられた。

 血継限界の一族であるうちはは、かの写輪眼を有する。

 写輪眼の瞳力は多岐に渡るが、その代表例が幻術だ。

 写輪眼による幻術は、そこらに居る幻術使いなど並ぶのも烏滸がましい程に卓越している。

 飯綱の証言通りだというなら、飯綱の幻術はレベルが違い過ぎる。

 

「どう、やって」

「この香り袋を利用したよ。嗅覚から作用して、幻術へと誘い易いようにって」

 

 懐から例の香り袋を取り出しながら、飯綱はあっけらかんと言ってのけた。

 

「怪我を負った状態で命乞いしながら握って蹲ったから、全く警戒されなかったね」

「それ趣味じゃなかったんぞ!?」

「僕の趣味は修行だからねぇ。小道具の作成も含めて修行みたいなものだよ。母様の形見って言えば、持ってても変じゃないでしょ」

「はっ母上の形見をそういう気持ちで!?」

「それはそれ。これはこれ」

「母上の形見に手を加えたんぞ!?」

「袋自体には手を付けてないよ。肝心要は入れてる中身」

「な、なんという……」

「母様の事は好きだよ。でも、母様だって僕の事が好きなはずだから、母様を理由にして堂々と香りを弄ってても問題ないんじゃないかな」

「い、飯綱、お前という奴は……」

 

 柱間が、飯綱は見た目とは裏腹に肝が強かで図太いのではなかろうかと疑問を抱き始めたのは、この時からだった。

 健気で懸命に頑張る弟というイメージ図を修正する必要がある、と。

 柱間がそう思い知らされた通り、飯綱は表面的な言動通りの性格ではない。

 なお、柱間が悪意を以てして親へ告げ口するような事はなかったので、仏間は生涯飯綱の性格を誤解した儘だったが、それはまた別の話だ。

 

「フローラルな香りが単純に好きなものだとばかりに!」

「香りの強い花を厳選してたんだよ」

「道理でいっつもクサかったはずぞ!」

「そりゃあね。いざって時に通りが良くないと意味ないし」

 

 嗅覚を起点とする幻術ならば、対象を選び難い代わり、一定の範囲に居る者達を幻術へ誘う鍵足り得るだろう。

 だが、実現できるかどうかはまた別の話である。

 それを、飯綱はやってのけてみせた。

 柱間は、我が弟ながら、幸いにも才に抜きん出てくれている飯綱に感動した。この戦乱の世、共に大人になるまで生きていける望みにホッとした。

 

 ならばこそ、逆説的に、ふと、思ってしまった。

 もし、幻術の才がなければ、飯綱は本当に殺されていただろう。

 飯綱には良い所がたくさんあると言うのに、戦い、殺し、生き延びる才能がなかったから、というだけで殺されていただろう。

 そしてそれが当然とされていただろう。

 

 そんなもしもの可能性を思い浮かべると、果たして素直に喜んでばかりで良いのだろうかという疑問が鎌首をもたげる。

 子供なのに大人に囲まれても生き延びられた事自体は凄まじい。武勇伝だと讃えられても良いくらいだ。

 だが、そもそもにおいて。

 それを武勇伝として大々的に喧伝するような、この時代とは一体……。

 

 この疑問を如何様に言語化するべきか、暗礁に乗り上げてしまい、柱間は仕方なく断念した。

 だが、この衝動だけは忘れてはならないのだと、本能的に心へと刻み込んだ。

 

 他に生存者が居ないかどうかをあらかた調べ終えた大人達が、柱間と飯綱の所へとぞろぞろと集まる。

 皆、飯綱の生存に驚いていた。

 

「みんな!この通り、飯綱は生きておる!」

 

 柱間は集まってきた者達をぐるりと一瞥した後、飯綱がなぜ生き残ったのかを説明した。

 飯綱は、あのうちは一族に幻術で相手取り、打ち勝ってみせた。飯綱は凄いのだ、と。

 

 だが、柱間の説明を聞き終えた後、皆、一様に、異様に静かだった。

 だからこそ、誰かが洩らした失笑が嫌に響いた。

 そんな訳はない。証人が不在だからと見え透いた誇張にも程がある、と。

 

「なんぞ」

 

 その者は、うちは一族の、写輪眼の恐ろしさを長年戦ってきたからこそ熟知しており、故に真に受けなかった。

 だが、その失笑を耳にした途端、すぅっと柱間の表情から感情が消え失せた。

 当の飯綱が反応を起こすよりも先に、柱間は今一度、ぐるりと周囲の顔触れを一瞥した。

 

「誰か、飯綱を嗤ったか?」

 

 一体、誰が、弟を侮辱したのだろうかと、柱間は真顔になった。少なくとも、柱間としては真顔になった程度のつもりだった。

 だが、そうではなかったから、飯綱の生存への驚きも、信じ難い生存秘話への当惑も、この場から瞬く間に掻き消された。

 

 宗家とは言え少年が表情を消した程度、大人からすれば臍で茶を沸かす程度の些事である筈なのに。

 すぐ隣に居た飯綱でさえ、柱間のいつもと違い過ぎる様子に、こめかみから汗が滲んで垂れそうになった。

 庇ってくれている心強さをも上回る、大人達をも尻込みさせる鬼気迫る威圧感をあの柱間が迸らせているという事実への衝撃。

 

「……風の音じゃない?」

「む。そうか、そうか。気のせいだったか」

 

 他ならぬ飯綱が、失笑した何者かを庇うように場をとりなした。

 そんな飯綱の心積もりは柱間にすぐに伝わり、パッと顔色が変わる。場を支配し、縛り付けていた重圧も、その瞬間に解れた。

 

 飯綱は、大人達が目に見えて安堵したのを横目で俯瞰していた。

 脇腹に傷を負い、決して万全な状態ではなかった。だからこそうちはの大人達の慢心を利用できると踏み、一か八かと挑んだ幻術返し。

 命からがら成功させたそれをハナから信じない大人達にカチンと来たものの、兄に翻弄されるだけのか弱き者達なのだと思ってしまうと、途端にどうでも良くなった。

 尤も、兄はそこらの大人より既に強いので、比べるのは可哀想だが。

 いや、僕の話を信じないような奴らなんてやっぱり可哀想じゃない、と飯綱は思い直した。

 

「とにかく、飯綱、生きていてくれて良かったんぞ」

「あのさ、兄者。傷口は塞がったけど、それでも僕は一応怪我人……」

「まだ元気が足りぬか!?ほれ!俺のチャクラをもっと分けてやる!元気になれ!」

「それで元気になるのは体だけだって…」

 

 飯綱のよく知る笑顔を浮かべた柱間は、死を覚悟させられた反動で、改めて飯綱を抱擁した。

 肉体的に多少生気を取り戻した飯綱から鬱陶しがられて押し返されるも、そんな力などものともせず、力強く。

 

「(僕、怪我してるって言うか、怪我してたんだけどなぁ…)」

 

 柱間の医療忍術により治療されたとは言え、怪我人だったのに。

 内心で独り()ちるも、飯綱は抵抗を諦めて力を抜き、成すが儘となった。結果的にその方が労力を減らさずに済むと判断したからだ。

 

「本当に良かったんぞ!」

「そう?」

「ああ!」

「……ならいいよ。僕も兄者が来てくれたから助かったんだからね。ありがとう、助けに来てくれて」

「飯綱ぁ!素直なお前は可愛いんぞ!」

「その、いい加減、遠慮してよ…」

「ありがとう、ありがとうな!」

 

 柱間は、飯綱の髪をわしょわしょと掻き分けるように撫でながら、何度も感謝の言葉を口にした。

 

 飯綱は訪れつつある疲労感で瞼が重くなりながらも、悪い気はしなかった。

 柱間が来てくれなければ、自分は脇腹の傷によって確実に死んでいただろうから。

 それに、大人達が誰も信じなかった話を、柱間が無条件に信じてくれたのは嬉しかった。

 飯綱を信じるが故の大人達への激怒が、度合いも方向性も予想外だったとは言え、それでも。

 

 さて、このまま眠ってしまおうか。

 どうせ柱間がおんぶしてくれるだろうし。

 

「飯綱、お疲れさんだ。俺がおぶってやるからな!」

「……やっぱり」

「ん?なんか言ったか?」

「いいや。お願いね、兄者」

「任せろ!」

 

 案の定、柱間はぐったりと身を委ねた飯綱を事も無げに背負った。

 

 

 

 ******

 

 

 

 満月を控えた十四夜の月は、まるで何かに怯えるように薄い雲を幾重にも纏い隠れてしまっていて、おかげで月光が殆ど地上へと届かなかった。

 

 うちは一族の統領であるタジマは、すこぶる機嫌が悪かった。

 今日の特大の要件を済ませ終えて自室に戻ってからも、荒れ狂う心は鎮まらず、室内に誰も居ないのを良い事にひたすら顔を顰め、奥歯を力強く噛み締めていた。

 

 千手の付近に潜伏させている“草”から、始末したと報告された筈の千手飯綱が生存していると真逆の報せが届いた時から嫌な予感はしていたが、いやはや。

 是非とも、この予感だけは、影武者なり何なりで裏切って欲しかったというのに。

 (はらわた)が煮え繰り返るとはこの事か、とタジマはかつてない程に思い知らされ、屈辱で心を焦がしていた。

 激怒で身を焼かれそうになりながら、過ぎたる怨讐の念を少しでも発散するべく、自傷行為の如く爪を噛む。

 爪が割れようが、肉へ刺さろうが、剥がれようが、そこから血が滲もうが、お構いなく、寧ろ力を込めて噛み締めた。

 

 最期まで命乞いしていたと嘲笑混じりに報告されていた次男の実態は、随分と逞しく強かであるらしい。

 幻術世界へとうちはの者を誘い、その隙に逃げ果せたのだから。

 

 さぞや素晴らしい才能があったのだろう。

 それともあいつらが油断し切っていたのか。

 嗚呼、誰かが、写輪眼をまともに使っていなかったからと失言を漏らして、他の誰かによって慌てて口を押さえられて……そんな情けない醜態を、この統領タジマの前で堂々と晒されてしまったのだったか。

 いずれにせよ、関係ない。

 うちは一族が、千手とは言え一般の幻術使い如きの幻に眩まされたという事実に変わりない。

 その事実こそが、最も大事なのだから。

 情けなく、みすぼらしいまでに、その一点こそが重要なのだから。

 

 写輪眼を持たぬ者の幻術など、写輪眼の前では儚く脆く、壊され蹂躙されるだけの有象無象。

 ……その不文律を見事に壊してくれたのが、千手飯綱だ。

 まだ若く、芽が出たばかりの、子供の内に始末しなければ危険だと約束された、幻術の怪物だ。

 ────うちは一族でもない癖に!

 

「仏間。素晴らしい息子に恵まれたようだな。鳶が鷹を産むとは、この事か」

 

 腹の奥から生じた、上辺だけの皮肉すら意味を成さぬ程の根深い憎悪。

 それを喉から吐き出せば、それは血生臭く、粘ついていた。

 実際には血など吐いていない。あくまでも声を発しただけだ。地の底を伝うような、低い声だけだ。

 だというのに、まるで血に汚れたような実感を伴っていた。

 

「だが、私の子供達の方が、ずっと素晴らしいからな…ッ」

 

 それは、我が子を贔屓目にする親の情念と呼べば感動できよう。

 だが、それは歴史全体から俯瞰すれば、親から子へと殺し合いの連鎖を受け渡すだけの、視野が狭まった意思の継承に過ぎなかった。

 血反吐を吐く程の思いは、親としての情である事は確かだが、同時に、遥か古来より続いてきた歴史の繰り返しでしかなかった。

 

 そして、それはタジマだけの話ではない。

 どこもかしこも、そうだった。

 先祖代々そうであったからと、次代へ延々と憎悪を受け継がせ続けている。

 それが、今の時代、この世の中であった。

 

「父上」

「…………トビラ。何用だ」

「白湯をお持ちしました」

 

 タジマは憎悪の念を駄々洩れにさせていたが、鼓膜を打ってきた声によって若干だが和らいだ。

 泥沼から身を起こすが如くゆっくりと視線を傾けて、障子を見遣る。

 小さな人影が、タジマの返答を待って控え続けていた。

 立ち居振る舞いを整えなければと理性も働いて、つい先程まで血走らせていた両目も表面上は凪がせて、ふと自らの右手の薬指を見下ろす。

 太刀を振るうのに最も実害がない指を選び、その爪をひたすらに噛み締めていたのだが、赤い亀裂が入り、そこから更に赤がじんわりと滲んでいる。

 ここまで感情的になったのは久方振りだと他人事のように思いながら、左手で爪先を整える無意味な仕草をした。

 

「…不要でしたら、このまま下がります」

「……いや。ちょうど喉を潤したかった所だ。入れ」

「畏まりました」

 

 湯飲みを乗せた御盆を片手にそっと入室してきたのは、タジマの子が一人であるトビラだった。

 トビラが畳の(へり)を踏まずに所作を済ませられるかどうか、タジマは無言で観察する。

 畳の縁は、上座と下座を区分し、格式や序列を分ける境目。遵守するべき最低限の作法だ。

 トビラは難なくそれをこなしながら、机へと茶托ごと湯飲みを置いた。

 それから、御盆を持ったまま、去るでもなく、意味深そうに視線を投げかけてくる。

 それは決して予想外ではなかった。白湯を運んできたのは建前で、本題が別にあるのは既に察していた。

 

「父上。お話があります」

「…そうか。なんだ?言ってみろ」

「はい」

 

 トビラは脇に抱えていた御盆を机の隅に置いた後、タジマと向かい合うように正座する。

 逡巡するように一呼吸を置いてから、トビラは口を開いた。

 

「千手飯綱の討伐部隊、俺も加えさせて頂けませんか」

「ならぬ」

 

 トビラからの懇請を、タジマは即答で切った。

 

「討伐部隊は、千手飯綱から雪辱を受けた者達のみで編成する。お前の出る幕ではない。我が采配に異議があると、そう申し立てるつもりか?」

「……そうではありません」

 

 物言いたげながら、トビラは目を伏せる。

 年齢不相応なまでに物分かりが良過ぎるトビラが、決定事項にわざわざ口出しするように提言してきた事の意味を頭の中で巡らせながらも、タジマは続ける。

 

「彼らはうちはの名を穢した。彼ら自身に拭わせなければ、千手の幻術使いに敗北を喫したと一生涯後ろ指を指され続けるだろう。この采配は彼らへの懲罰だが、同時に慈悲でもある。お前にもわかるだろう、トビラ」

「はい」

「では、なぜ私に愚問を寄越した?」

「千手飯綱の幻術が如何程なのか。それを耳で聞くだけでなく、しかと確かめたいのです」

 

 本日の夕刻、タジマは例の千手の部隊を壊滅したと報告してきた者達を呼びつけて、叱責を浴びせたばかりだ。

 今後の指針を定める軍議とは名ばかりの、言い訳の立てようがない程に一族の名を穢した者達への、罵声を交えた説教。

 その熱が続いているやも知れぬのに、それでもあえてタジマの前で千手飯綱の名を蒸し返すとは。

 

「…ただの好奇心だと、そうのたまうなら、許さぬが」

「千手飯綱は視力ではなく、他の五感のいずれかに作用する幻術を用いたそうですね。話を聞く所によると、嗅覚だとか」

「……ああ。母の名を呼びながら、泣きながら袋を握り締めていたと聞く。恐らく、その袋に細工が仕掛けられていた。……全く。実際に命乞いしていたかどうか、甚だ疑問だがな」

 

 聡明なこの子でなければ、何か思惑があるのだろうと察する努力さえせず、退室を叫んでいただろう。

 タジマはそう思うからこそ、トビラの話に耳を貸しながら、応じてもいた。

 

「だが、我らが眼に頼るならばと、例えば音幻術で対策を取る者は一定数居る。各段珍しくもない。そして、そんな者達をも平伏してきたからこそ、うちはの地位は確立された」

「存じ上げております」

「他の五感から作用した幻術だろうと関係なく返せるのが写輪眼だ」

「はい。異常事態だとわかっております。ならばこそ分析せねばなりません。闇雲に戦うだけで足りるかどうか、見極めねばなりません」

「……」

 

 トビラの提言は、悪意的に曲解してあげつらえば、討伐部隊を編成するだけでは足りないという、決定事項への口出しだった。

 千手飯綱は対策を講じる必要のある。

 故に、討伐部隊が雪辱を濯ぐ事にばかり気を取られ、焦れば、無駄死にするだけで終わる、と。

 

 その癖、最初は自分も討伐部隊に加えてくれと請うとは。

 最初の打診でタジマが万が一にでも頷いていた場合でも、それはそれでトビラは良しとしただろうか。目論見を外されたと慌てただろうか。

 どちらにせよ、過ぎた話である。

 

「私からお前へ命じる事はない。此度の件、あくまでも彼らに任せる。お前はいつも通り、斥候に集中していろ」

「……左様ですか。出過ぎた発言の数々、失礼しました。父上」

「構わん」

 

 その段階で、タジマはようやっと用意された白湯を呷った。

 ひび割れ、赤が滲み、腫れつつある右手の薬指の爪がトビラの目に触れてしまったが、タジマは意に掛けなかったし、トビラも動じなかった。

 

()()()()()()()()()、私から言う事はない。結果を出せれば()()()()()()()()()()()()()

「……、はい」

「御馳走になった。もう下がれ」

 

 これが、タジマが許容できる最大限の譲歩だ。

 それを示してやれば、トビラはすぐにそれを察して頷き、御盆に湯飲みを乗せ直して退出した。

 

 

 

 

 

 

 マダラは、そわそわとしながら室内を行ったり来たりを繰り返し、無意味にうろうろと歩き回っていた。

 

 父は聡い人だ。トビラの意図を察してくれるだろう。

 だが、故に出過ぎた真似だとトビラの意図をあえて封じる可能性も否めない。家族愛と統領としての判断は全く別の話なのだから。

 決定事項に横槍を入れた愚か者として折檻されていないだろうかと、マダラは気が気でなかった。

 

 やはり、自分も随伴するべきだったのではないか。

 トビラ一人の意見ではなく、兄弟で話し合った上での意見として父へ献上するべきではなかったか。

 しかし、それを他ならぬトビラ当人から拒絶された。

 寧ろ、叱られてしまった。

 父の判断次第では却下された挙げ句殴られかねないのに、それでも弟の我が儘に付き合うだなんて寝言同然だ、と。

 

 トビラが自発的に言い出した時点で、それは世に蔓延る一般的な我が儘とは意味が違う。

 マダラはそう思うのだが、最終的にはトビラの意思に折れる形で、こうして不安に駆られながら帰りを待っていた。

 

 トビラは、芯の強い弟だ。

 だからこそ、白子に忌子、果てには鬼子と陰口を叩かれても、心が捻じ曲がる事無く、まっすぐと歩いていられる。

 その凛とした背筋は、マダラの誇りだった。

 ……ならばこそ、その背中に好き勝手に貼り付けられた数々の薄汚いレッテルが対比となって際立ってしまって、鬱陶しくて、苦しくて、辛くて、堪らないのだが。

 

 小さくとも立派な背中だ。

 だというのに、なぜ、皆、好き勝手にある事ない事を並び立てられるのか、理解したくもなかった。

 マダラの同族への疑心暗鬼は、日に日に増すばかりだった。

 父からは幾度も弁えろと叱られてきたが、マダラからすれば、そう叱咤する父への理解に苦しむばかりだった。

 父が嫌いなのではない。ただ、父の立場が、どうにも理解し難いのだ。

 父は、トビラを除け者扱いする同胞への対処に苦慮しながら、同時に統領として同胞の行く末を守ろうと立ち回っている。

 マダラは長兄だ。いずれ父の跡を継ぐのは己だ。

 だから、恐ろしい。

 己は、父のように、トビラを愛しながらも、トビラを迫害する一族にも心を配るだなんて器用な真似が、果たしてできるだろうか、と。

 

「……何をやっているんだ、兄さん」

「っ、トビラ!」

 

 そんな風にぐるぐると考えながら右往左往としていたら、トビラが帰ってきた。

 

「どうだった、トビラ」

「先に寝ていて良かったんだぞ」

「それはいいから、どうだったっつってんだよ」

「許可、と言うよりは黙認して頂ける事になった」

「……、そうか」

 

 マダラは安堵したような、しかしそれはそれで不安の種が増えたような、複雑そうな顔をしていた。

 

「…心配してくれてるのか?」

「いや、…お前なら、大丈夫だろうとは思ってるよ」

 

 嘘だ。本音では、全く逆の事を思い、憂えている。

 手負いだと油断されていたからとは言え、大人相手に幻術で逃げ果せた千手の次男坊。

 トビラはあくまでも斥候のついでに遠くから様子を窺うだけなので交戦する事はあるまいが、戦場には万が一が付き纏う。

 

「けど、危ないと思ったらすぐに逃げろよ」

「ああ。わかってるよ、兄さん」

 

 力強く頷いてみせたトビラを、マダラは内心では酷く心配していた。

 信頼していない訳ではない。目に余る過保護は、トビラの自尊心を傷つけかねないのも心得ている。

 だが、それでも、祈らずにはいられないのだ。

 兄とは、そういうものだ。

 

 

 

 ******

 

 

 

 幻術を操り、五属性の中では火遁を得意とする千手飯綱は、長男である柱間を差し置いて有名になってしまった。

 うちは一族相手に幻術で化かしたという逸話が、飯綱の与り知らぬ所でまるで生き物のように成長してしまったのだ。

 

 決定打は、報復にと襲いかかってきたあの一団と決着を付けた件だった。

 どいつもこいつも、前回獲り損ねた飯綱の首を獲ろうと必死だった。

 後になって冷静に思い返せば、恐らく一族内で糾弾されて肩身が狭かったのだろうと同情するが、かと言って彼らの事情を酌んで殺されてやる義理なんて飯綱には無かった。

 

 飯綱からすれば、頭の痛い話だった。

 チャクラ量が平凡な己は、その扱い方の効率を極め、突き詰め、磨かなければ、到底生き残る事など叶わない。

 うちは一族相手に幻術で逃げ果せた一件に尾鰭背鰭が付きまくっているが、勘弁して欲しい。

 過小評価されるのは癇に障るが、かと言って喧伝されるのも好ましくない。

 勝ってなどいなかった。負けないようにと知恵を振り絞っただけだし、柱間を含めた部隊が駆けつけてくれたという運も絡んで命拾いした。

 

 うちは一族のプライドを傷つけたなんて知らない。虚仮にしたつもりはない。

 ただ生きたかっただけだ。

 その為の術が、たまたま幻術だっただけだ。

 自分の得意分野が、そうであっただけだ。

 うちは一族への当てつけだなんて、自意識過剰ではないかと本気で悩ましかった。

 幻術も火遁も、うちはだけの専売特許ではあるまいし。

 ……等とさらりと思えてしまう時点で、飯綱の思考はある種傲慢の域に達していたのだが、開示されぬ思考を咎める者は居なかった。

 

 兎にも角にも、飯綱からすれば八つ当たりに巻き込まれているようで理不尽極まりなかった。

 とは言え、報復自体は予想の範疇だった。

 尾鰭背鰭と自意識過剰が現実に反映された場合、せっかく生き延びた己は再び狙われると予測していた。

 そして、それが正に的中し、部隊から離れて一人きりの時を狙われた。

 

 生きたかった。死にたくなかった。だから、戦うしかなかった。

 飯綱は、周囲には敵しか居なかったからこそ、周囲の被害の鑑みず、できる限りを対策を披露し、尽くした。

 前回は劣勢からの一か八かの起死回生だったが、今回は対策を練った上での迎撃だ。

 実を結ばなければ。結ばせなければ。

 

 

 

 飯綱は舞うように地を蹴った。その瞬間、蹴られた地を中心とし、周辺が激しく地割れした。

 華奢な細い足に見合わぬ怪力で砕いた、に非ず。

 緻密なチャクラコントロール技術により、瞬発的に肉体を活性化させた。

 失敗すれば地面ではなく蹴った足自体が骨折どころか粉々に粉砕する、高度な技術だった。

 

 足元を崩して怯ませた敵の頸動脈を、瞬身で迫り、クナイで掻っ切る。

 柱間が扱う術のような派手な大技を好んで羨む飯綱にとって、己が選択せざるを得なかった戦術は、自己嫌悪と呼ぶ程ではないがいけ好かなかった

 小細工を幾重にも張り巡らせてちまちまと敵を屠る度、己の非力を思い知らされる。

 潤沢な才能があれば、工夫を凝らすべく思考のリソースを割かずに済んだものを。

 搦め手は数多くあれど、実質的な攻撃手段は少ないという悩みに翻弄されずに済んだものを。

 

 ────そんな事を思っている飯綱とて、比較対象が桁違いなだけで、充分に天才だった。

 

 体格的なハンデなど些末だと思い知らせる程に、剣技の才が突出していた。

 そこら辺の死体から奪い、使い捨て、投げ捨て、また奪う。

 飯綱本人の自意識としては、その場にある物を活用しているに過ぎないのだが、敵からすれば大太刀だろうが匕首だろうがお構いなしに使いこなす飯綱は、剣術の小鬼だった。

 子供だから小鬼という表現を用いたが、その力量は既に鬼だった。

 

 今回は香水入りの瓶を複数用意していた。

 香水入りの瓶の蓋を開け、中身をぶちまけて飛散させながら、瞬時に火遁を放った。

 香りが広がる速度よりも、香水に着火する速度の方がずっと上だった。

 幻術に利用するも良し、火炎瓶代わりに利用するも良し。

 臨機応変に対応できなければ待つのが死である以上、飯綱は必死に頭を働かせた。

 

「(ああ、もう!兄者ほどとは言わないけど、もっと余裕があればいいのに!僕だって、白粉臭くなんかなりたくないんだっつーの!)」

 

 チャクラの使用量を合理化し、少しでも使わずに済むようにと、こうして道具に頼る。

 この儚げな見た目も母との縁も言い訳に利用し、捏ね繰り回して多用している。

 戦場では、一瞬の判断の遅れや隙こそが致命傷になる。

 故に、飯綱は妥協できなかった。

 道具も含めた己の持てる力を余す事無く発揮する事が、生存に繋がると信じた。

 

「っ、ふー…」

 

 最後の一人を斬り殺し、息を吐きながら、奪い取った剣をぽいっと捨てる。

 血を吸い、油で汚れてしまったので、もう切れ味には期待できない。わざわざ洗って再利用するまでもない。

 

 ひとまず、これで安心だろうか。

 飯綱は周囲を見渡した。

 辺り一面に死体が転がっている。急所を斬られていたり、丸焦げだったり。全員、飯綱が始末した。

 生存者は居ないかと目を凝らす。見当たらない。

 飯綱は安堵の溜め息を吐いた。

 無事に切り抜けたのだ。さっさと逃げよう。

 

「……」

 

 そう思った矢先だった。

 気配を感じ取った飯綱は、素早く振り返った。

 しかし、そこには誰も居なかった。

 

 過敏になり過ぎていただろうかと思い直して、飯綱はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 飯綱の首を奪おうと殺気立っていたうちはの大人達を逆に返り討ちにしてやったので、陣地に戻った後、色んな人達から大層褒めて貰えた。

 返り血に染まった飯綱の姿は誇っても良いのだと、仏間からだって褒められた。

 事前の準備に苦労させられたとは言え、だからこそ報われると胸がすくような思いになった。

 みんなの反応からして歴然としている。これで正しいのだ、と。

 

「……よくやったな、飯綱」

 

 だというのに、この場にて、たった一人、どうにも腑に落ちないような、浮かない顔をしている者が居た。

 兄である柱間だけ、反応が違っていた。

 口では褒めてくれたし、笑ってもくれたのだが、あの時、救助に駆け付けてくれた時の笑顔とは、明らかに質が異なっていた。

 

 数多くの殺意に晒されても無事に生還し、返り血で汚れても臆さずにいる飯綱の事を、まるで憐れむように見つめてくる。

 それが飯綱には非常に不可解で、故に困惑した。

 

 飯綱には、柱間の憐憫を慈悲だと捉える事ができなかった。

 みんな認めてくれているのに、どうして兄者はそんな目をするの、とムカつきさえした。

 

「当然だよ。僕、強いんだから」

「飯綱が強いのはわかっとるんぞ。だが、戦場とは何が起こるかわからんし」

「はあ?対策して帰ってきたのに、何その言い草」

「ど、どうしたんぞ、刺々しい。そうではない。強くても、もしかしたらと不安になるのだ。兄として心配なんぞ」

「……ふーん、そう」

「ま、全く機嫌が直っておらんのだが、飯綱……は、反抗期か?」

「さあてね」

 

 兄に対して、こんな態度を取るべきではない事は分かっていたが、どうしても我慢ならなかった。

 飯綱にとって、柱間は尊敬するべき存在だった。

 性格が合うとは言い辛いし、寧ろ振り回される事が多いものの、快活な人柄は好ましく認識しているのだ。

 

「(こういう時、兄者が真っ先に喜んでくれるんじゃないの…?)」

 

 だからこそ、そんな兄一人だけがまるで飯綱を認めていないような挙動が非常に居心地が悪くて、有体に言えば混乱していた。

 

 

 一方の柱間は、飯綱を気遣っているつもりなのに、どうしてこうも仏頂面で拗ねられるのかと本気で困惑していた。

 柱間は単純に心配しているだけで、飯綱が思うような仄暗い意図などなく、その擦れ違いが絶妙に噛み合っていなかった。

 

 強いて述べるのであれば。

 弟が、複数の大人から本気の殺意を以てして追い回されたのかと、その光景を想像すると胸の奥が底冷えしていた。

 今回だけでなくこれからも勝手に目の敵にされ、追い回されるのだろうかと胸を痛めていた。

 

 子供でも強いんだぞ、凄いんだぞ、と無邪気に喜んでいる場合だろうかと、その疑問と対峙させられていた。

 それが顔に、動作に表れてしまっていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 集落の雰囲気は最悪に近い。

 お通夜のように静かだと思いきや、急に怒声が飛び交って喧しく盛り上がったりと、静寂と喧騒の差が激しい。

 大人達が雁首揃えて、何やら話し込んでいるのだ。

 尤も、何やら、と濁しはしたが、そのお題目はおおよそ見当が付いている。一日や二日で纏まる話でもなさそうだと諦めてもいた。

 

 子供は戦場での頭数に数えられている癖、深刻な軍議となると除け者扱いされ易いのだが、今回ばかりは清々した。

 大人の都合で子供扱いされたこの状況にあえて甘えて、マダラはトビラを連れて河原で水切りに興じていた。

 

「こんな時に外に出ているのは、俺達ぐらいのものだと思うんだが」

「いいんだよ。俺が聞かん坊なのはとっくに周知されてんだからな。お前はそれに巻き込まれただけだ、気にすんな」

 

 マダラは足元の石を拾っては、これではない、あれではない、と頭を振りながら捨てていた。

 

「兄さん。吟味もいいが、投げて練習しないのか?」

「こ、こだわってんだよ」

 

 石の選別と並行して物思っている間に、トビラは足元の石を拾っては川へと投げるのを繰り返していた。

 川の表面を幾度か弾くように飛んで行くも、途中で水没してしまう。

 

「なあ、兄さん」

「なんだ?」

 

 それを何度か繰り返した後、今度は石を投げずに水面を見つめた。

 

「綺麗だな」

「……ああ、そうだな。いつも見慣れてるけど、今日は特に澄んでる気がする」

「そうか」

 

 天気が良い日は、川が日光を反射して眩しくなる危険性があるが、今日の天候は曇っているのでその心配はなさそうだ。

 マダラ自身は川の表面が眩く反射したからと言ってどうという事はないが、トビラには負荷が掛かる恐れがある。

 実際、急にトビラが片腕で両目を隠しながら樹の陰へと避難した事は何度もあった。

 

 マダラからすれば今にも泣き出しそうな曇り空だが、トビラにとっては居心地が良い最適な天候なのだ。

 川の景色だって、天候に左右される。

 空が曇っていれば、その青色はくすんで見える。

 マダラ自身は目の前の川が綺麗だとは到底思えないのだが、トビラが綺麗だと感じるのならばと否定せず、むしろ肯定する為ならば嘘も辞さずに表現を選んでいた。

 燦々と照らされた太陽の下ならもっと綺麗なんだぞ、という本音をぐっと呑み込みながら。

 

「それで兄さん。いつまで探してるんだ」

「み、見つけたし!見てろよ!向こう岸まで届くから!」

 

 マダラの心情など傍からはわかる筈もなく、トビラが石を投げている背後で延々と石の吟味をしてばかりであった。

 その事をトビラから呆れられながら突っ込まれ、マダラはムキになりながら、掴んでいた石を投げた。

 が、川の半分まで滑った石は、ぼちゃん、と沈んでしまった。

 トビラが最後に投げた石よりも早くに、その跳躍は終わってしまった。

 

「……兄さん」

「…ち、違ェし。ほら、あれだ。朝、そんなに食ってなかったから、力が入らなくて……」

 

 散々石選びに時間を掛けておいての結果がしょぼかったものだから、トビラは何とも言い難そうにマダラをじっと見つめていたし、マダラも弟の手前で恰好が付かず目を泳がせていた。

 

「だ、だが!次こそ向こう岸にっ」

 

 トビラの手前、恰好を付け直そうとマダラは足元の石を拾って、今正に投げようとした。

 その時、唐突に、後方から何者かによって投げられた石がマダラの真横を通り過ぎ、水上を滑るようにぽんっぽんっぽんっと渡り、向こう岸まで到着した。

 

「気持ち、少し上に投げる感じ。コツとしては…」

 

 初めて聞く、少年の声。実に軽快で、少しばかり自慢げな声。

 マダラは声のした方を向いた。そこには、少々時代を感じさせる袴姿の見知らぬ少年が、どうだと言わんばかりに笑っていた。

 トビラも瞠目し、警戒するように、あえて少年から一歩後退して距離を取った。

 自分だけでなく、自分よりも感知に優れているトビラまで気配に気づけなかっただなんて。

 もしも少年にトビラへの害意があったら、今頃。ぞっとする。想像したくもない。

 

「誰だテメェ!!!」

 

 マダラは一歩退いたトビラとは逆に、急に現れた少年へと詰め寄った。

 まっすぐとした髪をおかっぱに切り揃えた、人好きのする笑顔を浮かべていた少年は、マダラの敵意を剥き出しにした対応に両目を真ん丸にしてたじろぐ。

 

「ま、ままま待つんぞ。俺らは水切りのライバルだろ?」

「初対面だろうが!名乗れ!何者だ!」

 

 一族において何かと差別されるトビラの手前、相手が一族とは無関係な人間だろうが関係なく、マダラは子連れ熊のように激怒し、威嚇していた。

 

「名か?名は柱間ぞ。姓は訳あって言えぬが…」

 

 だが、マダラの殺気立った様子に困ったような顔をしながらも、少年は呑気そうに頬を掻きながら自己紹介した。

 

 

 

 




 飯綱に千手ブーストを掛けつつ原作通りっぽい能力を搭載した結果、幻術タイプとなりました。

 最後のシーンは柱間とマダラの二人だけの予定だったんですが、この時空のマダラはトビラを一人にしないと思ったのでこうなりました。 
 柱間とマダラとトビラの三人で共有できる思い出になってしまいました。
 この件で飯綱が後にキレそうだなぁと思いました。


 ぼくのかんがえた柱間・飯綱兄弟とマダラ・トビラ兄弟の関係性

 柱間・飯綱兄弟
・お互いに思い遣っているが絶妙に噛み合わない
・お互いへの兄弟愛が存在するからこそ後に揉める
・飯綱はちょっと湿度があるので、他の弟達の死後、柱間を独占したい又は自分の理想通りに動いて欲しい念が強まり「僕を殺そうとするうちはのヤツと仲良くしちゃうの?」ぐらい言う(予言)
・だが↑を言われても折れないしめげない柱間なので、うーむこれは修羅場。できる限り穏やかにしたい(願望)

 マダラ・トビラ兄弟
・凄く仲が良い
・喧嘩しそうにない
・口下手のマダラ、迫害されているトビラ。申し訳ないが、一族を束ねるという意味では、タジマの死後に苦労しそうな組み合わせだと思った
・トビラは景色を褒めるとマダラが色々と言ってくれるので、それを聞きたいが為にわざと口にしている節がある


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こういうのを思いついているよ(ネタ帳)

 うちはトビラ概念に気ぶっている者による「こういうのを書きたいなぁ」という願望集。
 展開次第では幻と消えたり、急に別の何かが生えてきたりします。
 呼び方はトビラで統一しています。
 お話として消化したネタは横線を引いています。


SASUKE

 

・歴代火影が復活した時、トビラと問答して欲しい。

 トビラに圧を掛けられてもなんか持ち堪えて欲しい。

 

・トビラは自分の絵本について、後世における自分のイメージがどうとかは別に触れないが(思う所はあるけど口には出さない)、その代わり絵本の著作権関連は気にしそう(イメージ:J●SRAC)

 だがその時の状況的にJ●SRACみたいに絵本の著作権を気にしてるトビラってシュール過ぎるし、どうしようね。

 

・柱間に凄くビックリされるサスケ。この世界観においては、サスケは千手飯綱に瓜二つだからね。

 

・マダラに言わせたい台詞「()()()()……」

 

・過去スレでお漏らししたけど、トビラの前例に基づいて、サスケがナルトと杯を交わし、ナルトと義兄弟になってうずまきサスケへ改名するってのをやりてぇ~!!!

 そこから更に一般家庭出身の忍の姓(春野)も使うようになるサスケぇ~!!!

 具体的な流れが過去スレでお漏らしした分と変わるかも知れない。

 考えてみたら、うちは一族最後の生き残りがうずまき姓に変わるとか、有名な話になるだろコレ。

 

・うちは最後の生き残りである己がうちは姓を捨てた事について精神的に思い詰めて悪夢を見たりするけど、どんな悪夢に魘されても最後はイタチに導かれて目を覚ますんだ。

 

・そしてBORUTOへ……。

 

 

 

 

ITACHI

 

・イタチはナルトとは別方向のファン。イタチには是非とも繊細で厄介なファンムーブをして欲しい。

 

・水遁を使える事が判明し、凄く喜ぶイタチはここに居る。

 

・うちはトビラと呼ぶか?それとも千手扉間と呼ぶか?

 ……みたいなくだらない論争が一部の界隈で真面目にありそう(ぼくのかんがえた、この世界観における里とうちはの軋轢)

 

・暁には雲隠れ以外の各里の色んな人達が揃っているし、話を聞けばいいと思う。現状思いついているのは以下の通り。

→角都:イタチから話を振られた直後に殺し合うも、イタチの執念に根負けする。

 この世界観の柱間暗殺は、柱間・トビラ・マダラが仲良く連携するからヤバかったと思う。

→飛段:特に何もないよな~、性格や境遇的に絵本の存在すら知らない可能性が……とか思っていたんですが、ジャシン教の神が卑劣様説が存在するらしいですね……。

→サソリ:チヨバアから何か聞いてるだろ?チヨバアはきっとトビラとバトルした事があるだろう?

 傀儡術って写輪眼殺しらしいし、けどトビラはきっとその戦いでは写輪眼を使わなかったとか……なんか、そういう感じの……。

→鬼鮫:気遣いのできる紳士だから自分からは振らないと思う。だからイタチから質問されまくって凄く困りそう。

→マダラ(オビト):マダラとして色々とイタチに教えるも、マダラ本人の代わりにイタチから軽蔑の念を向けられる。

 

・穢土転生後、ナルトと話して欲しい。

 第四次忍界大戦真っ只中、穢土転生の術で各地が偉い事になっている状況下だからこそ、トビラを尊敬している者同士で話をして欲しい。

 トビラを尊敬していると豪語するなら、穢土転生の術を開発した件についてはどう思っている?って議題は避けられないかと。

 二人とも、「本人は尊敬しているけど、この術は別」という認識だと思う。

 

・浄土にてナルトVSサスケの最終決戦を見守って欲しい。そしてその隣にトビラが居て欲しい。

 マダラの弟であるトビラは、マダラの再来(インドラの転生体的な意味)であるサスケに思う所がありそう。

 

 

 

 

その他の思い付き

 

・三忍でそれぞれエピソードやりたいね。

→自来也:小説を書いているんだから、そこから何とか繋げたい。

→大蛇丸:白蛇でなんかエピソードできんかな。トビラの見た目が死ぬまで若々しかった事についても触れて欲しい。トビラ細胞の可能性がワンチャン……?

→綱手:大好きな大叔父の名前が利用されまくって辛かっただろうな。

 

・我愛羅はナルトが好きだからって理由で絵本に目を通しそう。

 ただ我愛羅はナルトほど入れ込めない(ナルトの入り込み様が凄いのだが)ので、その温度差で悩みそう。

 ナルトが別に気にしてないよってわかれば一気に解決する。

 

・波の国のエピソードが重要過ぎるばかりに、ナルトと白で何かしら会話が発生しそう……(具体的には思いつかない悲しみ)

 

・血之池一族の生き残りの方々、うずまき姓を名乗るようになったサスケについてどう思ってるんだろう。

 ある意味においてうちは一族は全滅したようなものだし、どう思っているんだろう本当に。

 

・創設期は考えるだけで自分の情緒が滅茶苦茶になるので迂闊に語れない。

 ほんとに情緒が滅茶苦茶になるので、書いてたけど消すね……。

 

 

 

 

BORUTO世代

 

・サラダは春野姓(うずまき姓を名乗るifもありそうだが、有名になった弊害云々でサスケが嫌がりそう)

 

・うちはシン騒動

①うちはの姓を捨てて以来一族や家族から責められる悪夢に魘されるので、定期的に春野家に通って精神的ケアをしている。

②①を実行するにあたって、うずまきサスケが春野家に通っていると有名になるのを防ぐべく、サスケは変化の術で見た目を変えている。

③②の関係上、サラダは変化した状態のサスケを父親だと認識している。

④ある日、サラダはサクラと本物のサスケの二人が写っている写真を見つけるが、②と③の複合でサクラの不義を疑う。

⑤うちはシンの方から積極性を発揮され、サクラが誘拐される。

⑥サラダは本物のサスケと会った時、父親だと認識できずに攻撃してしまう。

⑦遅まきながら事情を説明されるも、サラダはパニックを起こして「何がパパの『本当』なの!?」と叫ぶ。

⑧⑦の出来事で情緒が不安定になったサスケだが、うちはシンからイタチの名を出された事で怒りバフが掛かってパワーアップしてうちはシンを打倒する。

⑨仲直り。良かったね!

 ⑧と⑨の間が飛んでいる気がするけど、今の所思いつかないんだ……⑨に行き着くまでナルトのフォロー力が試されそう……。

 うちはシンのサスケへの当たりは原作よりも確実に強い。

 

・自分とヒマワリの誕生日の件でブチギレしたボルトが、ナルトの絵本をビリビリに破く。

 ナルトが父親として試される。

 

・ナルトはトビラのファンだけど、トビラ関連のグッズが出ても意外と冷静だと思う。

 ナルトはトビラの生き様が好きなのであって、それ以外はそうでもない。

 とは言えゲマキでトビラのカードが販売されたら買うと思う。ただ箱買いを期待されると困惑する。ナルトはそこら辺の線引きがシビアそう。

 もしイタチが生きていたらクソみたいなグッズで部屋を埋め尽くしていそうな気がする。

 

・ナルトの厚意により、イタチの墓前にはトビラ関連のグッズ(ゲマキのカード)が置かれていると思う。

 墓参りにやって来たサスケは困惑する。

 荼毘に付すという概念を採用するなら、イタチ宛てにとカードを“火葬”しそう。

 サスケが“火葬”するのかな。どんな気持ちなのサスケ。

 

・木ノ葉と霧隠れの交流って修学旅行の件だけじゃなかったの!?(視聴中)

 照美メイ及び長十郎は間違いなくトビラ関連の創作について全力で取り組んだに違いない。外交問題がヤバイってレベルじゃないしな。

 サラダが春野姓で良かった……うちは姓の儘だったら絶対に気まずかった……いや春野姓でも写輪眼は使えるし気まずいんだけどさ……(vs黒鋤文淡)

 

・イワベエくんの先人に対するファンムーブやべえな…???

 

・無限月読を崇める宗教だって…?なんだって…???

 

 

 

 

(終)



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