ウマ息子 イケメンダービー (嘘だッッ!!) (マックイーンめぐんでくだしゃい)
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自分の事をラノベ主人公だと思い込んでいる一般ウマ息子

感想とかくれると嬉しいです。


 ウマ娘。それは驚異的な身体能力を持ち、頭部に耳、腰から伸びる尻尾が生えている、人間に限りなく近く、しかし明確に異なるとても神秘的な種族が居た。

 

 彼女達は陸上競技に情熱を抱き、そのレースは人間の心を、世界を虜にさせて見せた。別世界からやってきたウマソウルが、ウマ娘達の闘争心を燃やし、厳しいレースを勝ち抜いたウマ娘はステージに上がり、ウイニングライブと呼ばれるライブで歌って踊り――

 

 

 

まるで意味がわからんぞ!?

 

 えー、コホン。失礼、お見苦しい所をお見せいたしました。

 

 しかし理解できる部分はある。まずウマ娘とはどう考えても馬の擬人化だ。そして恐らく、ウマソウルというのは()()()()()の馬の魂の様な物。この()()で行われているレースは、多分競馬だ。馬券の類こそないものの、馬と来てレースとなれば、競馬を連想するのは自然だろう。

 

 しかし自分はその競馬についての知識が皆無である為推測になるが、このレースは前世であった競馬が再現されているのではなかろうか。

 

 でだ。さっきから前世だなんだとほざいている点からあっ(察し)となったことだろう。ええ、お察しの通り。

 

 自分は転生者だ。そしてこの世界は唯の異世界ではない。恐らく……

 

 

 何かのハーレムクソラノベの世界ではないかと考えている。

 

 

 確かな確証があるわけじゃない。ただ、何故ウマ娘には女性しかいないのか? ウマ息子はいないのか? 生物学的な話は兎も角、この特異な種族に女性しかいないという点は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界が物語の世界であるならば、恐らくその物語の中心的な存在であるウマ娘が女性ばかりであるのも納得がいく。

 

 であるならば、恐らく自分は主人公という奴だ。これだけは間違いないと言える。この場合転生と言うより憑依と言うのだろうか? しかし何故そこまで確信を持って言えるのか。

 

 その前に一つ、インフィニット・ストラトスというラノベ作品に触れる。このラノベは、軍事バランスをひっくり返すほどの力を秘めたパワードスーツであるISという物があり、それは本来女性にしか使えないのだが、何故か男である主人公はそのISを使えるのだ。そういう理由でヒロイン達と一緒にISでもって戦っていく学園バトル物の物語なのだが、この世界とインフィニット・ストラトスにはちょっとした共通点が見えるのだ。

 

 女にしか存在しない(使えない)世界で、男にして唯一ウマソウル(IS)存在する(使える)主人公。

 

 見て欲しい。俺の頭部に生えているこの馬の耳。俺のケツより少し高い位置に生えている馬の尻尾。先ほど、ウマ娘には女しかいないと言ったが、俺の場合コレでイチモツが存在する。

 

 何故だかは分からない。だが、俺という例外がいたのだ。

 

 もう分かるだろう。この主人公は、アスリートとしてウマ娘と混ざって走り、時にキャッキャウフフな展開を楽しんでいたに違いあるまい。

 

 しかしまあ、この主人公はインフィニット・ストラトスの主人公みたく鈍感ムーブでもかましていたのではなかろうか。なにせこの体、性欲よりも闘争心の方が圧倒的に強い。大方、ヒロインからの誘いをレースに因んだ勘違いをしていた……という所だろう。

 

 まあ、だが俺は違う、みたいな事言うつもりはないのだが……

 

 

 ……少し考え事をし過ぎた。今日は受験という大事な日じゃないか。しっかりせねばなるまいて。

 

 昨日は速く寝たおかげで殆ど二度寝という欲望がない。鞄の中身をチェック。……大丈夫だ。持っていくべきものは全部入ってる。

 

 体操着入れにジャージ、ヨシ! シューズ、ヨシ! 蹄鉄、ヨシ! 服装は指定されていなかったから多分大丈夫だとは思うが、なるべく清潔感のあるものを選んだ。面接もあるのだから手は抜けない。

 

 親父がくれた合格祈願のお守りも鞄についてる。神頼み、ヨシ! 現代人としてスマホは語るに及ばず。

 

 持ち物、ヨシ!(現場猫)

 

 さて、朝ごはんで補給だ。

 

「あら。ロー、おはよう。朝ごはんもうできてるから、さっさと食べちゃいなさい」

 

「ん、はよ」

 

 おふくろに軽く挨拶して食卓につく。親父と姉さんはもう既に食事を始めていた。

 

「いただきます」

 

 俺の食事は他の3人と比べて常軌を逸した多さだ。山盛りの銀シャリ、ラーメン用の皿に入った味噌汁、鮭の塩焼きも10個とまるでギャグ漫画のような有様だ。

 

「毎度毎度思うけど、バカみたいに多いわよね。友達に聞いたけど、ウマ娘でもそんなに食べるの珍しいらしいわよ?」

 

「姉さん、よしてくれ。これでも抑えた方なんだ」

 

「別に悪いとは言ってないわよ。入試頑張んなさいよ」

 

「ああ、ありがと」

 

「そりゃこんだけ食べりゃ、体もデッかくならぁな! 1年前はこーんなチビ助だったのによぉ!」

 

「親父……そろそろ食費教え――」

 

「まーたその話か! 気にしなくていいっつってんだろ? 食べたいだけ食べればいいんだよ! ウチだってそこまで家計苦しいわけじゃないんだからよ!」

 

「そうか……すまん」

 

「まーたアナタったら、そんなこと言って! またローが太ったらどうするの!」

 

「食いたいだけ食う! それが男ってもんよ!! な、ロー!」

 

「さあな。入試の折に詳しい人とかに話を聞けるようならそれとなく聞いてみるよ。ゴックン! ごっそさん!」

 

「ちょっとロー!? ちゃんと噛んで食べてるの!?」

 

「噛んでる噛んでる! んじゃ行ってきます!」

 

 食事を終え、鞄と体操着入れを手に玄関のドアから飛び出した。

 

 駅に向かう途中、近所のおっさんおばさんとすれ違う。暇を持て余しているのか、朝からタバコだ。

 

「おー! マス坊! 今日受験か!」

 

「早起きだな、おっさん! そうだよ! 誰もが羨むエリート校だ!」

 

「すごいわねぇマス坊。そういえばお姉ちゃんはどうしたの?」

 

「姉さんも同じ日に受験! 親父が送ってくんだよ。俺は電車!」

 

「そうなんだ、偉いわねぇマス坊。頑張っておいで!」

 

「ありがと! 2人もいい加減禁煙したらどうだ?」

 

「「断るッ!」」

 

「そんなに元気じゃまだ死にはしないな! んじゃあな!」

 

 軽く挨拶を済ませ、走ること1分もしないうちに駅に到達した。ベンチに腰掛けて、電車を待ちながら国語、算数、理科、社会、そしてレース座学を予習する。これは電車に乗った後も続いた。

 

 たったの1秒たりとも時間を無駄にはできない。俺が受けようとしているのは、東京都府中市にある日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。難関中の難関だ。入試に落ちた。受かってもその後の過酷なトレーニングに耐えられず、離れてしまう。残酷な現実に打ちのめされて涙を流したウマ娘は数知れず。そんな噂の絶えない学園、準備をし過ぎるという事はない筈だ。

 

 

 気が付いたころには、もう乗り換えの時間だ。もう自分の県を出て東京に入ってる頃だろうか。

 

 乗り換えた後も、予習は続ける。集中……集中……しゅうちゅ――

 

 ぐいっ

 

「ぬぁいってえええええ!?」

 

 誰かに尻尾を掴まれて思い切り引っ張られた。誰か知らないけどあのマジで止めてください。それ本当に痛いんです。

 

「ちょっ、何してるの!? ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 尻尾の痛みを尻目に見てみると、母親であろう大人の女性と……幼稚園児ぐらいの年だろうか。幼女が一人。状況を鑑みて、幼女が尻尾を好奇心に従い、面白半分に引っ張ったという所だろう。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 子供のやる事……穏便に済まさねば……俺だってガキの性分があったんだ。

 

 いやいや、だから幼女先輩!? 隙あらば俺の尻尾掴もうとしないで!?

 

「葉子! いい加減にしなさい!」

 

 葉子と言われた幼女が尻尾を掴もうとして、俺が尻尾を咄嗟に引っ込めた所で母親に叱られた。

 

 だが少し言葉の圧が強かったのか、「う……ううっ……」と瞳を潤した。

 

 これは不味い。こんな人の目が多い中、子供が大声で泣きだせば母親は盛大に恥をかくだろう。

 

「あー……お、お嬢ちゃん! ちょっとこれを見てもらえるかな?」

 

 葉子がこちらに振り向く。そこで俺が差し出したのは親指だけ立てた右手。バッチグーの形だ。その立てた親指を、左手で覆い被せるようにする。これで葉子の視点からは左手で右の親指を掴んだように見えるはずだ。

 

「ふんっ! ぬう~お~!」

 

 そこで俺は左手と右手が、血管が浮き出る程に力を込めて、左手を上に上げる……ように見せかける。葉子の視点では、左手で親指を引き抜こうとしているように見えるはず。

 

 ようやくという所で親指を折り曲げて隠し、左手をちょっとずつ上に上げる。葉子は仰天を隠せない。なにせ葉子からは左手で親指を引き抜いたように見えるからだ。

 

「お”~あ”~!! お、俺の親指があああ~~~」

 

 親指が取れた……という設定で右手を震わせ……

 

「ああ、ああっ、ああ~~~あ……あるッ!!」

 

 瞬時に右手を開き、あたかも取れた親指がよみがえったかのように見せかける。

 

 ちょっと年を食ってれば誰でも見破れそうなガバガバマジックだが、どうだ……?

 

「……わあ~~!」

 

 セーーフ!! どうやら涙を忘れて喜んでくれたようだ。これで丸く収まった。

 

「ふぃ~……」

 

「す、すみません……何から何まで」

 

 そう言う母親は、葉子を抱きかかえて尻尾を掴まないようにした。

 

「あ、いやいや! こんぐらいお安い御用っす!」

 

「いえ、本当にありがとうございます。……もしかして中央のトレセン学園に?」

 

「あ、はい! 入試受けるんです!」

 

「そうなんですか! すごく難しいって話ですけど……」

 

「らしいっすね。偏差値も高いし実技も厳しいとか。まあ、だからこうやって電車に乗ってる合間に予習とかをですね」

 

「じゃあ、葉子ったら勉強の邪魔を……?」

 

「あーいや! それは本当に大丈夫です! こんなことで合否が分かれるようなら根本的な勉強不足ですから!」

 

「本当にすみません……あの、合格できるよう、祈っていますね。それと、もしもレースに出るようなことがあれば、応援しに行きますね」

 

「! はい、ありがとうございます! 励みになるっす! あっ、じゃあ、有マ記念では俺に投票よろしくお願いします! なんて、気の早い話ですかね?」

 

 こうしてお互いに笑みを零した所で、「まもなく、府中。まもなく、府中。お出口は――」というアナウンスが流れてきた。

 

「あ、じゃあ俺もう行きます」

 

 俺は開く扉に待機して、今か今かと扉が開くのを待った。

 

 母親は優しく手を振り、「ウマ娘さん! お名前何て言うの?」と葉子が聞いてくる。

 

 

 

 

 

「『マスタングロード』と言います! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 それだけを言い残して、開いた扉に飛び込み電車を出た。

 

「…………ウマ娘、よね?」

 

 最後にその疑問が、母親の頭の中に残った。

 

 

 

 

 駅を出た後、俺は自動車も追い越す勢いでトレセン学園に一直線で向かった。途中でウマ耳とウマ尻尾の特徴的なウマ娘を見かける。目的地に近づくにつれ、そのウマ娘も多くなっていく。やがて辺り一面がウマ娘で覆いつくす程になった所で、到頭到着したのだった。

 

「ここが……トレセン学園……」

 

 既に空気が違った。弱者に立ち入る資格なしと言わんばかりの威圧感、それでいて爽やかな匂い。気のせいか、学園から熱気が漂ってくるようにも感じる。

 

 上等だ。俺だっていい加減な気持ちで来たわけじゃない。勉強も運動も、自分なりに努力はした。親父とおふくろも、飯を沢山食わせてくれた。ウマソウルは滾り、しかしウマ耳とウマ尻尾の動きを抑える。心は熱く、頭はクールにってやつだ。

 

 大丈夫だ。いざ、尋常に勝負――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウソです助けて……(泣)

 

 いや、確かにテストは難しい。だがそれ以上にこの視線だよ。

 

 こういうのは電車に乗ってた時からあったんだ。そりゃ珍しかろうよウマ息子なんて。187cmという長身なのも拍車をかけている。周りのウマ娘が怪訝そうな目で見てくるんだ。()()()()が!

 

 ワンサマー(織斑一夏)の気持ちが分かった! 周りの異性達に見られるってしんどい!

 

 いかんいかん、集中集中。そうだ、この視線をテストに集中することによって無理やり無視する。大丈夫、問題はちゃんとわかる。通じるぞ……今までの勉強が……トレセン学園の入試に……!

 

 こうして、午前中に行われたトレセン学園入試の筆記試験は終了する。職員さんの案内に従い、カフェテリアで食事をとらせてもらう。これで一息――

 

 

 

 

 

 つけませんでした……(震え声)

 

 今現在より多くの視線を集めております。試験中だったから比較的視線は少なかったのだと実感する。いやいやカフェテリアで食事をとるよりもテストしてる時の方が気が楽ってどういう事ぉ?

 

 そうだ、現実逃避してカフェテリアを堪能するナリ!

 

 わあー! ビュッフェ形式のカフェテリアだー! よそい放題食べ放題だー! わー、プロレスラーが付けてそうなマスクをしたウマ娘が見てるナー。

 

 カレーライスおいちい! とんかつを乗せてカツカレーにしてもっとおいちい! トレセン学園さいこう! わー、ロングのパーマでウマ耳カバーが青いウマ娘が見てるナー。

 

 パクパクですわ! 食べ放題最高ですわ! 食材が何でもそろってますわ! クッソうめえですわ! わー、栗毛の大和撫子風のウマ娘が見てるナー。

 

 んほおおおおおおシメのデザートも超美味いのおおおお! 甘いのは何でもしゅきだけど特に和菓子がしゅきなのおおおおお! 羊羹が口の中でとろけるのおおおおおおおおおおおおお!!! わー、菊の髪飾りをしたショートヘアーのウマ娘が見て――

 

 

 お願いしますもう勘弁してください……

 

 よそった分を全て完食した所でもう精神が持たなかった。顔を両掌で覆うが、気休めにもならない。

 

 あと何でか知らないけどさっきから窓にウマ娘がいるし、何だこの銀髪ロングウマ娘!? 窓の出っ張りをつま先だけで立ってるし、その状態で何で連邦に反省を促すダンスを踊れるんですかねぇ? そのウマ娘は視線だけはガッツリこっち向いてるし……

 

 いやまあそりゃね、期待してないと言えばウソになるのよ? 主人公がハーレムを築くように自分もハーレムとまではいかずとも、可愛い彼女ができたらなーとかは確かにちょっとだけ思いましたよ! ウマ娘は皆美人だからな! だからこそこの仕打ちですか!? そりゃ確かに不安になるよね! 女しかいない所で、黒一点とか。そこを何とかお願いしますこれからやる実技テストと面接しっかりやります、レースもトレーニングも勉強も真面目にやるから勘弁してえええええええええ!

 

 

 

 カフェテリアで食事を終えた後、受験者は更衣室でジャージに着替える。かくいう俺は、職員さんの指示に従ってトイレで着替えていた。緑色のスーツを着ていた職員のお姉さんが言うには、急な事で男性用の更衣室を用意できなかったのだそうだ。

 

 そりゃそうだ。たった一人の為に男性用の更衣室を突貫工事でという訳にはいかないだろう。ましてや受かるか分からない受験者に。トイレで済むんだから我儘などほざく訳にはいかない。

 

 ジャージに着替え終わると、職員さんが実技試験の会場まで案内してくれた。控えめに言って、とても助かる。東京ドームもかくやと言うほどの広さは、迷わないという自信を損失させるには十分すぎる。

 

 会場に到着すると、職員さんから受験番号364番が描かれたゼッケンを手渡され、それを羽織ると準備運動をするよう指示される。その後、列に並ばされる。

 

 列の前にはレース場があり、まっすぐ進むと途中からカーブ。カーブを突破して直線に入り、そこを進むとゴールになる。距離は800メートル。短距離最短の1000メートルより短く、スタミナは気にしないでよさそうだ。ゲートは9門あるが、安全面を気にしてか5人ずつでの出走だった。

 

 先頭のウマ娘5人が出走。審査員5人がタイムを計る。しかし皆速い……! 流石は中央を受ける受験者。

 

 こんな中で走り、結果を残さなければならない。チャンスは一回。レースに関する教育が中心のトレセン学園では恐らく、実技の評価が最も重要になる。ここでコケたら最悪、たとえ筆記と面接がよくても……

 

 ……大丈夫だ。今までの努力を信じろ。平常心、平常心、へいじょ――ま、周りはあまり気にしないようにしよう(震え声)。努力は必ず実るとは限らない。ましてや中央ならば尚更だ。だが、それが諦めなければならない理由にはならない。

 

 絶対に……

 

「受験番号361番、362番、363番、364番、365番、ゲートに入って準備してください」

 

 受かって見せる。

 

 他4人のウマ娘と共に、ゲートに入る。全員が走る構えを取り、ゲートが開くのを今か今かと待ちわびる。

 

 …………

 

 ……

 

 ガパッ――

 

 晴れの日に窓を開けたかのような解放感。重々しい金属音がウマ耳を震わせた瞬間、体が勝手に動いていた。

 

 俺はそこそこいいスタートを切れたと思う。他のウマ娘は……1人大きく後方に居る。出遅れたのか?

 

 先頭に立ったのは俺だ。身長というアドバンテージが効いてる。他のウマ娘は大体150cmぐらい。30cmほどの差がある。足が長い分、一歩で進める距離も長いんだ。

 

 直線はよほどの実力差がない限りその差が埋まることはない。逃げと言う奴だろうか。俺はカーブの直前まで全力で直線を駆け抜けた。

 

 新潟直線1000mのような直線だけのコースならこのまま突き進むだけでよかったのだが、カーブがあると話は変わってくる。減速せざるを得ない。

 

 だがそれは他のウマ娘も条件は同じ。大丈夫、800mならこのペースでも最後まで持つ。

 

 ってちょっと待て!? すぐ後ろに一人来てる! 減速したからか!?

 

 冗談じゃねえ! 合格が掛かった一大勝負、差し切られてたまるかっ!! 

 

 もっと、速く……速く……速く!

 

 あと何mだ? いや、そんなこと考えてる場合じゃない。この直線が最後の勝負。逃げ切ること以外考えるな!

 

 もっと地面を強く蹴れ! 速く動け俺の足ッ!

 

 逃げきれ、逃げ切れ、逃げ――

 

 

 

 ……何とか、1着に終わったっぽかった。タイムは59秒と言い渡されたが正直良いのか悪いのか分かんね。

 

 直前まで俺を差し切ろうとしていたウマ娘は、歯ぎしりして拳を壁にドン! と打ち付けた。出遅れていたウマ娘に至っては、審査員にやり直しを懇願している。

 

 俺は彼女たちに、どんな感情を抱いたらいいのか分からなかった。俺の実力が、少なくとも彼女達には通じたという事実を喜べばいいのか、それとも彼女達の夢が閉ざされるかもしれない可能性を悲しみ、嘆けばいいのか。

 

「っ……!」

 

 しっかりしろ。まだ終わりじゃない。面接が残っている。

 

 来そうな質問のおさらい、イメージトレーニング、やることはまだある。ベストを尽くせ……!

 

 

 

 職員さんの案内に従い、トイレで元の服に着替えた後、少し休憩時間が設けられた。

 

 周りからの視線を、面接の対策ノートとにらめっこでもして気を紛らわせていると、俺の番は直ぐに来た。

 

 職員さんに案内されて到着したその先には、会議室と書かれた表示板。

 

「次の方どうぞ!」という声が聞こえたので、俺は扉を3回ノックする。「許可ッ!! 入ってくれ!」という返答が来たので、「失礼します」という一言の後にドアを開けて入った。

 

「本日はよろしくお願いします!」

 

 俺がそう言い、30°のお辞儀を行うと、「礼儀正しさ、関心ッ!! こちらこそ、よろしく頼むッ!」と特徴的な返答をしたのは、漢字が書かれた扇を仰いで席の真ん中に座っている……ロリ? 何故ここにロリが?

 

 だがさらに驚愕すべき人物がいる。

 

 左の席に座っているウマ娘、誰もが知っている有名人、『シンボリルドルフ』! この人も面接官をするのか……! まだ生徒だったはずだが、さすがは自由な校風……!

 

 右の席に居るメガネの女性も見たことがあるぞ。確か、シンボリルドルフのトレーナーで、トレセン学園所属最強のチーム『リギル』のトレーナーだった筈だ。名前は……忘れてしまったが。

 

「では、掛けてくれ!」

 

 目の前にある一つの椅子に座る許可が下りたので「失礼します」と一言断り、着席。

 

 足の開き具合、ヨシ! 拳の位置、ヨシ! イメトレ、(多分)ヨシ!

 

 ヨシ!(現場猫)

 

「紹介ッ!! 私の名は秋川やよいだ。このトレセン学園の理事長をやっている!」←(HA?)

 

「シンボリルドルフです。中央トレセン学園所属のウマ娘です」

 

「私は東条ハナと言います。中央トレセン学園所属のトレーナーです。こちらのシンボリルドルフの担当をしております」

 

「では早速ッ!! 君の名前を教えてくれ」

 

 しっかり平常心を保て……! 多分、こうして大物を面接官にすることによって緊張を促し、失言を誘うのが目的だ。

 

「はい! マスタングロードと言います!」

 

「マスタングロード君、これより面接を始めよう! まず、この学校を志望する理由を教えて欲しい!」

 

「はい、貴校を選んだ理由は、レースに出て、そして勝ちたい。強くなりたいからです!」

 

「なるほど、しかしそれはほかの地方のトレセン学園でも出来ますよね。何故あえて中央トレセン学園を希望したのですか?」

 

 東条さんの発言に、そら来た。と思った。

 

「中央トレセン学園は地方とは全体的なレベルが違います。設備、人員、レースの盛り上がり等も、地方とでは明確に差があります。妥協はしたくないんです。中央に相応しい人員になれるよう、努力してきたつもりです」

 

「そうですか……では具体的にどのような努力をなされてきたのですか?」

 

「そうですね……例えば、レースの中距離を視野に入れて、2400mに耐えうる体力を作るために毎日走り込みをします。ただの道路を走っているだけですし、実際のバ場とは明らかに違うでしょうが、それでも2400mを20往復。時間がある時はもっと増やします。これを欠かしたことはありません。それと、柔軟体操も毎日やっています。そのおかげで、足を広げながら体を地面にペッタリと貼り付けることも出来るようになりました」

 

「ふむ、なるほど……では次の質問に移ろう! 筆記試験と実技試験を実施してもらったと思うが、その感想を聞かせて欲しい!」

 

「結果が出ていないので、まだ何とも言えませんが……個人的にはおおむねよくできたのではないかと思います」

 

「なるほど……今度は私から」

 

 そう切り出したのはシンボリルドルフだった。

 

「君の交友関係について聞かせて欲しい。友人は、自分にとってどういう存在かな?」

 

「ッ……!!」

 

 そ、想定していた事だが、何て質問しやがる……! これが皇帝ルドルフか……! 友達がいることを前提で話をするとは!

 

「じ、自分個人の考えとしては、時に助け合い、時に戦い、共に切磋琢磨していく存在であると認識しています! し、小学校の頃からウマ娘の競争相手がおり、レースの知識を共有したり、並走したりと、互いを高めあいました!」

 

 半分……いや、4/5ぐらい嘘だ。同級生のウマ娘と一緒にレースをしたりとかはしたが、6バ身差でフルボッコにしてからはメチャクチャ嫌われた。ヒトオスからは、ウマ娘のくせにランドセル黒なのかよ! とか言われてからかわれたし(ウマ息子だって言ってんだろヒトオスのクソガキがよぉ……)、ヒトメスからはウマ娘泣かした件でどんな噂が経ってるのかこれまた嫌われたし、そもそも俺友達いねえんだわ!! 

 

 前世じゃ上等とまでは言えないまでも、一人も友達がいない今世よりはマシだったんだよ! 何でこうなったんだチクショウ!!

 

 さて、面接で嘘をつくという暴挙に及んでしまったが、これが吉と出るか凶と出るか……

 

 その後も、何度か質問をされて、友達の件に関して以外は一応危なげなく答えられたと思う(虚勢)。

 

「終了ッ!! これにて、面接を終える! ここまでご苦労だった! 帰宅して結果を待つように!」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 許しを得て俺は逃げるように会議室から退室した。別に友達の事聞かれたから苦手意識を持ってる訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 

 

 

「ふう……やっと終わった……」

 

 校内を出ようとしている途中で、自販機を見つけたのでコーラを購入。少しだけの間、入試の疲れをコースを走っているウマ娘を眺めながらコーラを飲んで一休みしていた。

 

 試験は終わった。後はもうなるようにしかならない。そこまで希望の見えない結果じゃないんだ。そんなに不安がる必要はないだろう。

 

 そうとは分かっていても……

 

「前世であれだけ落とされたからなぁ……」

 

 そういえば目の前にあるコースで走っているウマ娘達……見覚えがある。鹿毛のボブカットは『エアグルーヴ』。草を咥えてるポニーテールは『ナリタブライアン』か。おっぱいとタッパのデカい金髪は、勝負服がやべぇと噂の『タイキシャトル』だな。 それから――

 

「なるほどなるほど、がっちりした足だな! 服越しでも分かるぞぉ!」

 

「ふぅおっ!?」

 

 太腿の触覚を刺激する10本の棒。それが指、及び手であることを察した俺は、恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「しっかしウマ娘は言っちゃなんだが触りなれたもんだが、ウマ息子は初めてだなぁ! トモの作りもなかなか――」

 

「いやいやいやいや、何やってんだアンタ!?」

 

 やはりと思った俺は、すぐさま後ろに飛んで()()から距離を取る。年齢は30代前後のヒトオスといったところだろうか。口にくわえているのは、副流煙が発生していない事からタバコではないだろう。ペロペロキャンディかココアシュガレットというやつか。癖毛に左側頭部の刈り上げと非常に特徴的な髪型だ。

 

 あろうことか……俺は今、この男に痴漢された。

 

「君、中央の受験を?」

 

「えっ? ああ、はい……そうっす」

 

「そうかそうか! その足だ。合格間違いなしだんだろう?」

 

「い、いや……そうと決まったわけじゃ――」

 

「ところで君、何処出身? 年齢は? ウマ息子って他にもいるのかぁい?」

 

 目の前の不審者 男は質問一つするたびに一歩にじり寄り、手もイソギンチャクの様にわさわささせている。その様はまるで、わざと恐怖感を煽っているようにも見えた。

 

「ち、痴漢野郎に教える事なんかなんもねえよ! あと俺はホモじゃねえ!!」

 

 間違いない。この男は「ねえねえ君キャワうぃーねぇー! 今から俺らと遊ばなーい?w」とか言ったりするチャラ男だ(断言)。ただ一つ違うのは、彼が同性愛者だという事だけだ。

 

 身の危険を感じた俺は、踵を返してその場から逃げ出した。

 

 トレセン学園内に出入りできているという事は、彼も此処の職員なのだろうか。だとしたら早まったことをしただろうか。しかし不用意に他人の太腿を触った上に個人情報を引き出そうとしたのは例え中央トレセン学園だとしても許容は出来ない。

 

 ある種の不安を抱えながらも、俺は即座に学園を出て電車に一直線に向かうのだった。

 

 

 

 

「ホモじゃない、か……なんか勘違いされちまったかな? だがあのトモ、いいものを持ってる気がするな! アイツには是非ともスピカに――」

 

 そこでピロロロロと着信音。中央トレセン学園所属のトレーナー、『沖野リョウ』はすぐさま着信に応答。

 

「たづなさんから? 一体何の用だ? ……もしもし、何か用で……えっ、今から会議室にですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よかったですね、理事長。彼がこの学園にふさわしい人材で」

 

「行幸ッ!! 最悪、成績不良でも面接の評価と言い張って学園で囲むつもりでいたが、筆記試験3位、実技試験5位! これなら誰も文句は言えまい!」

 

 マスタングロードの面接官を担当していた『秋川やよい』と、その秘書『駿川たづな』と、チームリギルのトレーナー『東条ハナ』は、一仕事を済ませた後会議室まで歩を進めていた。

 

「しかし幸か不幸か、随分と発見が遅れたものだ。まさか役所が、医師の診断書もあったというのに、ウマ息子だと言われてデマだと思い込んでいたとは」

 

「私も驚きました。役所から提出された書類にはウマ娘と書かれていましたが、医師の診断書でははっきりと()()()()と診断されていました。――病院にも確認を取った結果、その……陰茎も確認されているようで、間違いありません」

 

「だが……憂鬱ッ……マスタング君、ひいてはウマ息子の扱いは我々が舵取りを行っていく以上、これから忙しくなりそうだ!」

 

「それなんですが理事長、私立那智須大学から、マスタング君の引き渡しの要求が来ています」

 

「煩労ッ!! またその手合いか! マスタング君は我々の所有物でなければ奴隷でもないというのに度し難い! 抑々、こういう手合いからマスタング君を守る為に我々がこうやって行動しているのだ! だがURAの幹部からも、彼をモルモットにすべきという意見が出るなど、世も末だッ!!」

 

 そこで疑問に思ったのが東条だった。

 

「それでは、あのまま返しても良かったのですか?」

 

「流石に身体能力に天と地の差がある相手だ。そう易々とリスクの高い行動はとれないと考える。それに当たり前の事だが、URA内でもそういう意見は少数派だ。国家権力に介入できるような状態じゃない。警察に賄賂を渡して、マスタング君の件を見逃してもらうというのも極めて難しいだろう。当分は大丈夫だと思うが、まあ、このまま地元で暮らさせるという訳にもいかないか……」

 

「…………今後、トゥインクル・シリーズはどうなるんでしょうか……」

 

 心配そうに胸に手を当てるたづな。

 

「杞憂ッ!! そう心配するものではないぞ、たづな! 確かに、人間の男と女とで身体能力に差があるように、ウマ娘とウマ息子とでも同じようなことがあるならば、公平性に欠けるという意見も勿論あるだろう。だが、現状ウマ息子が一人しかいない以上、それを証明するのは不可能だ。公平性に関しては、ウマ息子が増えた時に考えればいい! 今は、マスタング君の身の安全と、学園生活を保障する努力をしよう」

 

「理事長……はい、私も全力を尽くします!」

 

「……それで、そのために私も呼ばれたわけですか」

 

「明察ッ!! 後ろ盾は中央トレセン学園だけでも十分だとは思うが、万全は尽くしたい! そこで、集客力と影響力の大きいチーム、リギルにマスタング君が加入することは、非常に大きな意味を持つ! 勿論、加入させるかどうかは東条くんの判断だが、どうだろう! 私個人の考えでは、彼はリギルでも恥ずかしくない活躍ができると考えているが……?」

 

「…………ふぅ、分かりました。前向きに検討させていただきます。しかし、特別枠のようなものを作っては公平性に欠けます。彼が入部テストを申し込んだ時の話になりますが?」

 

「いいだろう! 彼の向上心ならばきっと、リギルの入部を申し込む事だろう! そういう訳だ、たづな。今ここに居るトレーナーを全員かき集めてきてくれ! マスタング君の事情について話をしておかなければならない! スカウトも控えてくれと言う話も含めてな!」

 

「はい!」

 

「それと、学園用の制服に、ウイニングライブ用の制服はもう出来ているか?」

 

「大丈夫ですよ、既に手元にあります」

 

「彼専用の個室はもう出来ているか?」

 

「既に滞りなく」

 

「克明ッ!! 近いうちに学園に呼べそうだな! 迎え入れる準備を引き続き頼むぞ!」

 

「はい、分かりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロー、ちょっと大変よ! すぐに来て!」

 

「は? どうしたおふくろ。またGか?」

 

 入試を終え、リン〇フィットをプレイ中の俺だったが、途中で乱入してきたおふくろ。この慌てっぷりを見て俺は例のアレを思い浮かべたが、どうも違うようだ。

 

「違うのよ! 今トレセン学園から電話があって、しかも相手はシンボリルドルフさんよ!?」

 

「は? なんで?」

 

「入試の事じゃないの? 待たせてるから、いいから早く出て頂戴!」

 

「わーったわーった」

 

 急かされた俺は、swi〇chの電源を切って電話の方に向かった。

 

 とは言え納得は行かないのは事実。普通は封筒等に書類を入れて通知を行うか、学園に受験番号が書かれた貼り紙で表示するものだと思っていたが、中央トレセン学園はこういう形式なのだろうか。

 

 受話器の前まで歩を進めた俺は、さっそく応答。

 

「もしもし、お電話変わりました」

 

「もしもし、マスタング君かな? 入試ぶりだね」

 

 マジでシンボリルドルフだ……

 

「シンボリルドルフさん、今日はどういったご用件でしょうか? もしかして、入試の結果ですか?」

 

「要件の一つはそれだ。試験の結果は合格だよ。おめでとう、君は4月から正式に中央トレセン学園の生徒だ」

 

「へっ? 合格……マジっすか?」

 

「ああ、合格だ」

 

「いよしゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 や  っ  た  ぜ

 

 投稿者 変態糞ウマ息子 8月16日水曜日 7時14分22秒

 

「あ……っと、すみません。失礼しました。それで、要件の一つって事は、他にも用が?」

 

「こちらとしては寧ろ、そっちの方が本題でね。これから順を追って説明するつもりだが、そうだね。まずは単刀直入に言おうか。

 

マスタングロード君、急な話だとは思うのだが、出来れば今すぐにでも決めてもらいたい。もう既に君を迎え入れる準備は出来ている。

 

明後日から、君はトレセン学園の寮で生活して欲しい」

 

「……はぇ?」



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ちーとのうりょくをいただきました

想定よりも多くの方々に見て頂けて嬉しく思います。誠にありがとうございます。


 車の窓から見える景色には、前に見た時ほどのウマ娘の数はいなかった。入試が終わるとこうも減るものなのか。トレセン学園が近くにあるというのに、ここ府中も地元とそこまで変わらない。

 

 女性8人に1人はウマ娘だというデータがある。この光景を見る限りではまさにその通りであった。

 

「乗り心地が悪かったかな? マスタング君」

 

「そういう訳では。ただ、万が一この高級車を汚すようなことがあったら、いくら請求されるのだろうかと戦々恐怖してしまうのが庶民というものでして」

 

 多少なりともおどけてみせるが、全く心が休まらない。車に詳しいわけではないが、そんな素人から見てもこれはヤバいと思わせる程の立派な外観は、自分のような庶民を委縮させるのには十分すぎたのだ。こんな高級車に乗車するような機会、今限りではないだろうか。

 

 ましてや、今はかの皇帝シンボリルドルフが自分の隣に座っているのだ。気が付いたころには、手汗がみっともないほどに漏れ出し、体も無意識のうちに小刻みに震える。それほどまでに自分の手元から余裕が消えていた。

 

 何故自分は高級車に乗ってトレセン学園に向かっているのか。一昨日の話になる。

 

 

 

「当然ながら、こちらに強制する権利はない。だからこれはマスタング君の判断だ。だが、まずは私の話を聞いて欲しい」

 

 話を要約するとこういう事らしい。

 

 俺がトレセン学園に入試を受けるための書類を提出した所で、今まで都市伝説と思われてきたウマ息子が、ただ一人日本で発見されてURA及び学会は騒然。

 

 自分のデータや身柄は高値で取引できることが予想される為、一応現段階では強硬策に出る研究機関が出てくる可能性は少ないものの、事態はどう急変するか分からない。

 

 そこでトレセン学園側としては、ウマ息子、つまり自分の保護を最優先に考えており、ひいては早期から自分を目の届くところに、つまり学園に置いておきたい。

 

 その為明後日から学園で過ごしてほしいと。

 

 

 

「いやいや……そんなに大事にすることってあります?」

 

「……これからウマ息子が生まれてくる可能性はある。君がそうだったように、まだウマ息子の多くが発見できていないだけかもしれない。しかしそれでも、現状君は世界でただ一人のウマ息子だ。それだけでも莫大な資金を生み出すには十分なんだよ。残念な事にね」

 

 莫大な資金ねえ……何だろ。専属のアスリートは博打要素が強いから、やっぱ看板役とかモルモットとか、後はホモの玩具?

 

 考えたくねえ……

 

「あ……いやでも、えっと自分、まだ小学校の授業残ってるんすけど……」

 

「それに関しては大丈夫だ。君の所の小学校にはすでに話を通してある。君がここで頷けば、すぐにでも卒業証書は保証される」

 

「あ……そうっすか」

 

 正直、助かると思わないでもなかった。187cmの長身がランドセル背負ってるのは流石にグロテスクで不審者そのものであった。ここ最近の事だ。6年生の頃から急激に身長が伸びだしたのは。本格化というらしいが、元一般人としてはこの身長の急変っぷりに驚かざるを得ない。

 

「……なんていうか、妙にトントンと話しが進むっすけど、あの、もしかして俺が入試受ける時点で、俺の合格決まってたりとかしませんか?」

 

 考えてみれば少し疑問が残るんだ。いくら何でも話が早過ぎる。自惚れる訳ではないが、そこまでウマ息子の重要性が高いのであれば、もしかしたらと思った。

 

「あー……まあ、非常に言いにくい事なんだが、まあその通りだ」

 

「……っあ、そう……っすか……」

 

 それを聞いて俺は、深い絶望が心の中を這いずり回った。とどのつまり、俺の今までの努力は殆ど意味をなさなかったという訳だ。

 

 そんな俺の様子が電話越しに感じられたのか、「そう気を落とさないでくれ」とシンボリルドルフが励ます。

 

「筆記試験3位、実技試験5位、まさに文武両道の猛者だ。仮に君がウマ娘であったとしても、合格は揺るぎなかっただろう。それに……」

 

 それに、とは一体なんだろうか。合格は変わらないと言ってくれただけでも幾つか救われる思いだが、これ以上に言うことがあるのか? という疑問が頭の中を支配した。

 

「君の成績が優秀なのは、我々にとって非常に都合がいいんだ。何せ、君の身柄を引き渡す要求が既に何件か来ていてね。無論応じる義務はないんだが、君があまりにも学園に相応しくないウマ息子となれば、学園で囲むのも難しい。これからも引き続き、勉学と鍛錬を重ねて、優秀な成績を残してほしい」

 

 それを聞かされてまあ、安堵したし、悪い気はしなかった。少なくとも自分の努力は無駄ではない。最も、冷静に考えてみればここで努力できないようであれば、トレセン学園でやっていけるはずもないのだが……

 

 いやしかし待てよ? 俺の方にはそういう声は来てねえんだけど? 本人の意思は関係ない? 俺の立ち位置割とヤバかったりする?

 

 そう思うと、顔からぶわっと汗が噴き出してきた。トレセン学園側のウマ息子に対する緊急性と重要性の認識も、そういうことだとしたら説明がつく。

 

 二つ返事で了承……したい所ではある。だが、まだ心の準備が出来ていない。

 

 小学校の同級生との別れも、不甲斐ない話だが友達がいない為これはさしたる問題ではない。ただ、自分はまだこんなにも早く家族と離れて暮らさなければならないとは想定していなかったのだ。

 

「……少し、考えさせてください。身内の者と相談を……」

 

「当然だ……と言いたい所だが、出来るだけ早く答えが欲しい。先程も言ったが、事態はどう急変するか分からない」

 

「分かっています。自分個人としては、前向きに考える……とだけ」

 

「ありがとう。それと、これは理事長からの言葉だ。……急な話で本当に申し訳ない。と」

 

「痛み入ります」

 

「では、重ねて申し訳ないのだが、また親御さんに代わってもらえないだろうか。親御さんにも、この話を知ってもらわなければならないだろう」

 

「分かりました。少し待ってください」

 

 その後、おふくろを呼んで電話に向かわせた。その途中で合格した事を報告するや否や、大喜びだったものの、電話に応じた後で戻ってきたおふくろは、顔に手を当てていた。

 

 そして親父も一緒になって話し合いになる。別に自分がやんちゃをやらかした訳ではないものの、喜びと、小さくて奇妙な悲しみがこの空気の中を渦巻いてこれ以上なく気まずい話し合いとなった。

 

 その沈黙を破ったのは親父だった。

 

 「……ロー。実の所な、父さんと母さんも、いつの日かこうなるんじゃないかとは思っていたんだ」

 

「……まあ、俺がトレセン学園に通うって決めた時点でな」

 

「いや、違うんだロー。そういう事じゃなくてだな……現状、お前はツチノコと同列な存在ってのは分かるな? 今までは、ウチは田舎だってのと、半信半疑だったってのが幸いしたが、父さんと母さんだけじゃ、お前を守っていくのは難しいんじゃないかって。いい機会だと思うぞ。トレセン学園に守ってもらいな」

 

 確かに、中央のウマ娘のトレーニングを観察できる機会と考えれば、前向きに考えたい案件であった。

 

 ただ……

 

「なんだよロー。父さん達と離れ離れになるのがそんなに寂しいか?」

 

「……ああ寂しいよ。凄く寂しい……!」

 

 みっともないと笑うがいい。精神年齢36歳のオッサンが、寂しさで親との別れを拒否したがっている自分がいる。

 

「……そう、か……そういやお前、まだ小学生だよな」

 

「年齢は関係ねえよ」

 

「そうかそうか! で、お前はどうするつもりでいるんだ?」

 

「……受けるよ、この話。だから言っておく! 親父、おふくろ、今まで本当にありがとう! 飯をたくさん食わせてくれてありがとう! 走る練習、いつも付き合ってくれてありがとう! 家事とか色々やってくれてありがとう! ここまで育ててくれてありがとう! この御恩、一生忘れねぇ! 今まで世話になった! ありがとうっ!!!」

 

 吐き出したいことを吐き出し終わった後、親父の手が俺の頭をポンと優しく乗っかる。

 

「いいんだよ。ガキってのは、親に迷惑をかけるのも仕事の内だ」

 

 そう言って撫でられて、自然と俺のウマ耳は垂れ下がった。

 

 

 

 大事に過ごそおうと思っていたこの2日間、それが過ぎるのはあっという間だった。玄関の前で停まっているあまりにも田舎に似つかわしくない高級車を見て、改めてそれを実感させる。

 

 シンボリルドルフから「では、乗ってくれ」と言われ、その言葉に従って乗車した。その途中で手を振って見送る親父とおふくろ、それと姉さんの姿を見て、一滴の涙と共に、断じて情けない走りなどすまいと、決意を新たにする。

 

 そうして今に至った訳であった。

 

 

 

 トレセン学園に入学を決めた時点で、家族と離れ離れになる覚悟は決めていたつもりだった。

 

 ただまぁ、想像していた以上に、堪えるかもしれない。学園に到着した俺は車から降り、これから理事長に挨拶すると、シンボリルドルフに案内をしてもらっている最中なのだが……

 

「っ……」

 

 またと言うべきか、これから先輩になるであろうウマ娘達から夥しい程の視線を感じるのだ。ウマ息子である事に加え、シンボリルドルフもいる。どう努力したって目立たない訳がないのだ。

 

「そういえば、試験を受ける途中ずっと居心地が悪そうにしていたと聞いたぞ。大丈夫か?」

 

「あ……まぁ、なんとか?」

 

「……この学園の生徒は、皆真面目で他人思いなんだ。きっと君も、この学園に馴染むだろう」

 

「そう……っすか……」

 

 だといいんだけどなぁ……まあ、前提として、自分が誠実であれって事なんだろう。学園の風紀は乱しませんことよ? ……本当ですよー。

 

 さて、学園を練り歩くこと1、2分、理事長室と書かれているプレートが飾られている茶色の扉が目の前にあった。シンボリルドルフは「失礼します」と一言断りを入れて入室。ノックもしない所を見るに、頻繁に行ったり来たりしているのだろうか。

 

「おお、連れてきてくれたか! 歓迎ッ! マスタング君、少し早いが、ようこそトレセン学園へ!」

 

「ありがとうございます。4月からは、どうかよろしくお願いいたします」

 

「うむ、では早速だが、マスタング君にはいくつか受け取って欲しいものがある」

 

 理事長さんの横で待機していた緑色のスーツ姿のお姉さんが、紙袋を渡してくる。そういえばこの人、試験会場を案内してくれた人だ。

 

「確認しても?」

 

「はい、どうぞ」

 

 許しを得て中身を見た。かなり大きい紙袋なので、一体何が入っているのかと言えば、中には学園指定の制服、ジャージ、水着、そして恐らくウイニングライブ服が入っていた。

 

 恐らく、と言ったのは、当然ながら今までウマ息子などいなかった訳で、ウマ息子用の衣装など存在するはずがない為、確信を持てなかったからである。しかし見た目こそタキシード風だが、色合いはウマ娘が着ているような衣装と似通っている為、多分間違いないと思われる。

 

「見ての通り、制服とジャージと水着とウイニングライブ服一式だ。それと、こちらも渡しておこう」

 

 理事長さんの机に腕章が入った袋が置かれた。俺はそれを受け取ってはみたが、どういう用途か分からない。

 

「これは……?」

 

「厳密には君はまだこの学園の生徒ではない。なので学園に入るにはこの腕章をつけてもらう事になる。これがあればカフェテリアで食事を摂れるし、許可があればトレーニングルームも使える。まあ、一般生徒と比べて制限はあるがな」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

 などと言ってみたものの、正直コレいらないな……。何故かと聞くまでもないだろう。俺が変に学園に居座ってると悪目立ちするんだ。折角用意してくれたのに申し訳ない。

 

「時にマスタング君! 君には何か目標はあるかな?」

 

「目標……ですか?」

 

 目標……そういや考えたことってなかった気がする。

 

 何だろうか。皆さんご存知クラシック3冠とか? 全距離重賞制覇、天皇賞春秋制覇……いや、多分そういうことではない気がする。

 

「そんなに難しく考えなくていい。ただ、あった方が多少はやりやすいだろうと言いたかっただけなんだ。確かにいきなり目標と言われても、大抵のウマ娘は君のように困惑してしまうな」

 

 その後、色々と学園の事について説明を受けたが、理事長直々に説明してもらっている所を申し訳ないとは思ったが半分は聞き流してしまった。

 

 自分は一体、何のために走るのか。気にし過ぎても仕方がないとは思いつつも、それが歯と歯の間に挟まった野菜のように頭の中に引っかかっていた。

 

 

 

 理事長との挨拶、及び説明が終わって寮まで案内される途中でも、まだ頭の中にしつこく存在していた。

 

 ウマソウルに従った。そう説明するのは簡単だ。しかし、本当にそれだけだったら自分にとっては虚無感に襲われる事実だ。

 

 自分を支えてくれた家族の為? 確かにそれは絶対にある。だが、本当にそれだけかと聞かれると、それは少し違う気がする。

 

 走るのが趣味だから? 確かに走るのは好きだ。だが趣味を仕事にしたい的なアレではないと確信している。

 

 この問いは何故ここまでつっかかえさせるのか。考え過ぎても仕方がないじゃないか。理事長もそう言っている事だ。

 

 そう長いこと考え事をしながら歩いていると、3体ウマ娘の銅像が自分の視界に飛び込んできた。

 

「あっ、……三女神様の像か……これ?」

 

 三女神。ウマ娘の生みの親とか何とか言われ、崇められている存在だ。宗教を蔑ろにしがちな日本人も、これだけは決して雑な扱いをする事はなかった。それだけでなく、驚くべき事に他の神の存在を一切認めない一神教でさえ、この三女神の存在は認めている。それ程までに、この三女神の存在は人類の生活に深く関わっていた。

 

 にしてもこんなに作りがしっかりした像は初めて見た。おかげで俺は、一瞬自分が知っている三女神という存在と違う存在だと勘違いしてしまった。

 

 三女神なら知っているのだろうか。何故俺は走るのか。いや、そもそも俺は、何故この世界に転生してきたのだろう。

 

「……なんて、聞いても答えてくれる訳ねぇか――」

 

 さあ寮に向かおう。その時だった。

 

 自分の視界を、暗闇が支配した。

 

 立ちくらみや眩暈とは違う。体調は悪くないし、下を向けば自分の体がちゃんと見える。

 

 というか、辺りが暗闇なのに自分の体は見えるというのは少しおかしいのではないか。いや、そもそも……ここはどこだ? 俺は今トレセン学園にいるのではないのか?

 

 辺りをどんなに見渡しても闇……闇……闇。

 

「……ん?」

 

 いや、あそこに一つ……違う。二つの人影が見えた。すみません! と話しかけようとして、声が出ない事に今更気付いた。

 

 それでもこの状況は埒が開かないと思い、近づいてコンタクトを取ろうとする。近づくうちに、二つの人影からウマ耳とウマ尻尾が見える。どうやらウマ娘のようだ。

 

 二つの人影、よく見てみれば一人はマルゼンスキーではないか。赤を強調した勝負服に、ロングのパーマ。そして豊満な胸と、特徴が一致する。間違いない。

 

 二人目は……分からない。ロングヘアーに、白と緑の勝負服。マルゼンスキーのそれに対して、彼女は非常にスレンダーだ。それも胸だけでなく、フィギュアスケーターのように体全体が恐ろしく華奢であった。少し小突けばへし折れてしまいそうなその体は、顔こそ窶れてはいないものの、ちゃんと物を食べてるのかと心配になる程だ。いやでも、何処かで見たことがあるような……?

 

 その二人は自分の存在に気付いていないかのように両手を合わせあう。

 

その瞬間――突如二人の間に、光が出現した。この宇宙空間のような深い暗闇、それをまるで太陽のように照らすそれは、徐々に天まで登っていき――

 

 その光が地に落ち始めては、自分の方に向かっていった。

 

 何かしらの害があるようには見えないし、そんな感じもしなかった。俺は抵抗する事なくその光に呑まれ――

 

 

 

「――タング君、……マスタング君!」

 

 はっ、と気が付いた頃には、三女神の像があるトレセン学園の光景が広がっていた。

 

「マスタング君、どうかしたかい? 体調でも悪いのか?」

 

 どうやら何度か呼びかけたらしいシンボリルドルフ。申し訳ないと思いながら、体調を確認すると……

 

「あ……いや、すいません。えっと、何でもないっす。体調は……いや、寧ろ体調は良いっていうか……」

 

 寧ろ力が溢れてくるぐらいだった。まるでエナジードリンクでも飲んだかのように意識ははっきりとしているし、全身から力がこみ上げてきて、この力をどうにかして発散させたいという欲望に駆られる。気のせいか、筋肉が膨らんでいるような気もしてくる。

 

「……マスタング君、もしかして因子を継承したのか?」

 

 シンボリルドルフのその問いに対して、質問の意図が分からなかった俺は「……因子?」とオウム返しのような返答しか出来なかった。

 

「時々いるんだよ。この三女神様の像の前で、2人のウマ娘の姿を見たっていう子がね」

 

 それを聞いて、ハッと先ほどまでの光景を思い出した。

 

「お……俺、見ました。二人のウマ娘の姿!」

 

「なるほど。やはり因子継承で間違いないようだね。そうだね……何から話せばいいか……まず、君は並行世界というのは分かるかな?」

 

「えっと、この世界とは違う別の世界、とか宇宙……とかですかね? SF小説とかであるような」

 

「おおむねその通り。その並行世界はね、存在証明自体は出来てはいないんだが……状況証拠自体はあるんだ」

 

「というと……?」

 

「君が見たそのウマ娘は、この世界とは別の世界線のウマ娘ということだよ。マスタング君、今力が沸いてきたりしていないかい?」

 

「ああ、はい。今にも走り出したいぐらいです」

 

「その力は、さっき君が見たウマ娘の力、能力、そして想い、思想、それらを纏めて、因子と呼んでいるが、それを受け継いでいる証拠だ。それで、どんなウマ娘が見えたのかな?」

 

「えっと、一人はマルゼンスキーでした。えっと、てことは俺、マルゼンスキーの力を継承したってことになるんですか?」

 

「へえ、マルゼンスキーの……さっきも言ったが、並行世界のウマ娘であってこの世界の、ではないがね。それで、力をそのまま授かる訳ではないが、君の場合マルゼンスキーの長所と同じ能力が伸びたり、似通った戦い方ができるといった所だ。それで、もう一人いるだろう?」

 

「それが……分からなくて。ロングヘアーで、華奢ってのは分かってるんですが……」

 

「それだけじゃ、学園の生徒は十人十色と言えど該当者は複数出てきそうだな。まあ、気になるなら学園内をフラフラするといい」

 

 困ったような顔をしつつも「しかしめでたい事だ」と続けた。

 

「見たっていうウマ娘は、えてして国士無双とでも言うべき戦績を成し遂げているんだよ。君もそうなるかもしれないね」

 

 無論、相応の努力があればの話だがね、と釘を刺されたものの、因子継承という事実は心を躍らせた。まるで異世界転生お約束の転生特典のチート能力のようではないか。

 

 なるほど、やはりこの体はこのクソラノベ世界の主人公の物でで間違いないらしい。だって何もしてないけどチート能力が手に入りましたー、なんていくら何でも都合がよすぎる話だ。これもこの世界がクソラノベの世界だというのであれば納得がいく話だ。

 

 だが、このチート能力で戦績が認められようものであれば、自分の努力など大して評価されないのではと思うと寂しいような気がするのであった。

 

 いや、今はシンボリルドルフの言葉を信じよう。これはめでたい事なのだ。それに、相応の努力があればの話と言っていたではないか。少なくとも中央で過信できるような代物ではない筈だ。

 

 

 

 

 ウマ娘の基準ではあるが、そう時間のかからない距離にトレセン学園の寮があった。通学途中で走り込みをすることを想定しているのだろうか。途中でジャージ姿でジョギングしているウマ娘の姿がチラホラ見える。どうも通学途中は落ち着ける環境ではないらしい。

 

「フジキセキ!」

 

 シンボリルドルフにそう呼ばれて顔を出したそのウマ娘は、ショートカットの黒髪に青い瞳のツリ目、どんな異名が似合うかと聞かれれば乙女よりも貴公子だし、どんな花が似合うかと聞かれれば薔薇と言いたくなるほどの美形であった。

 

 フジキセキ。リギルのメンバーの一人。自分も知っている有名人だ。(あとキザとかなんとか……)

 

「おや、会長。隣にいるのがもしかして例の?」

 

「ああ、そうだ。マスタング君、紹介しよう。彼女はフジキセキ。私と同じリギル所属で、ここ栗東寮の寮長も兼任しているんだ」

 

「やあ、君がマスタング君だね? 話は聞いているよ。早速だけど、君の部屋まで案内しよう」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 やはり慣れない。こうして有名人と話をするのは。

 

 そんな落ち着かない様子が客観的にも分かりやすかったのか、フジキセキは自分にフォローを入れた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。私が寮長で、君が生徒になるっていう事は、これから毎日僕と顔を合わせるって事だよ。そんな調子じゃ疲れちゃうよ」

 

「あ……そう、っすか。すいません、あざます……」

 

「……マスタング君、申し訳ないんだが、君の部屋は一人部屋となる。異性と同室という訳にはいかないからね。それと、他の部屋には原則立ち入り禁止。だから、君には寂しい思いをさせてしまうが……」

 

「ああ……いえ、当然の配慮だと思います」

 

「そう言ってくれると助かるよ。ただね、こうして悪い意味で特別扱いされるというのも、意外と堪える物だよ。私の経験則で言えばね。だ・か・ら……」

 

 俺はフジキセキに何かされたのだろうか。フジキセキの右手が俺の腰に手が当たった瞬間、身体のバランスを崩し、膝が自然と折り曲がって転びそうになるのを、フジキセキが腰に当てている手で支えている。

 

 その体制のまま、フジキセキは左手の親指で俺の顎をクイッと乙女ゲームのヒーローのように押し上げた。

 

「寂しくなったら、私の元に来るといい。大丈夫、他人の心を埋めさせたら、私の右に出る者はいない」

 

 俺の事を見下ろすフジキセキのイケメンな表情が、俺の視界を支配した。

 

 ミントのような爽やかな香りが嗅覚を優しく刺激し、鼻から全身を覆っていくような感覚に襲われ、思考能力が低下すると錯覚する。

 

 フジキセキファンの女性陣が、フジキセキが登場するたびにキャーキャーと騒いでいたのは記憶に新しいが、その理由が分かった。こんなのに見つめられたら、森羅万象ありとあらゆる生命は視線を奪われてしまうし、ましてやこんな風に言い寄られてしまえばこの胸の高鳴りを抑えるなど不可能だ。

 

「ふふっ、百獣の王の如く逞しい君も、これでは子猫同然だね。ポニーくん?」

 

「ああ……えっと、その」

 

「フジキセキ……緊張するなと言っておいてそれでは逆効果だろう?」

 

「あっはっは! いや、すまない。ちょっとした冗談だ。まあ、本当に寂しくなったら、話し相手ぐらいにはなるよ」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「さてと、それじゃ早速部屋の紹介だ」

 

 栗東寮の外側に一か所、ドアのプレートには『000』と書かれていた。ここが俺の部屋になるらしい。すぐ隣の壁はまだ新しかった。突貫工事で作ったのだろうか。

 

 中に入ってみれば、そこそこ広い。少なくともリン〇フィットのプレイに支障をきたすことはない程度には。ベットに机にトイレ、エアコンやテレビ、簡単なキッチンに小さいがシャワー室もある。

 

「君の方で希望していた荷物はそこにあるから、後で確認してくれ」

 

 とフジキセキが指さした先に段ボール箱があった。実家から持ち込みたい物が敷き詰められているはずである。sw〇tchとかP〇4とか普段着とか色々。

 

 それにしても、ホテルの一室のようなこの部屋は自分の心を躍らせるのには十分であったが、一人部屋にしては少し不自然さのある広さに、気のせいかまるで負い目でもあるかのように家具の殆どは最新のものであった。

 

 もしかしたらこの部屋、元々は置物部屋だったりするのだろうか。まあ、だとしてもあまり関係のない話だが……

 

 

 

 シンボリルドルフとフジキセキから、この部屋を自由に使ってくれて構わないとのお達しが出たので、お言葉に甘えて早速段ボール箱の中に入っていたsw〇tchを堪能していた。いやあ、部屋が広いっていいな!

 

 しかしこの物置部屋(推測)を改装するに至った理由は、猶予があるスペースがここぐらいしかないとかそういう理由も考えられるが、恐らく一番の理由は場所にあるんじゃないかと推測する。

 

 何しろこの部屋、寮長の待機所からドアがバッチリ見える。監視にはうってつけじゃないか。

 

 まあ当然の話だ。トレセン学園は実質的には女子高だ。こうして同じ寮に住まわせてもらっているだけでも奇跡的と言ってもいいだろう。

 

 

 

 それよりも、先ほどの出来事がまだ頭から離れない。

 

 三女神の像の前で見たあの光景……あの華奢な体のウマ娘、何処かで見たことがある気がするんだ。

 

 何処だっただろうか……レースなのは間違いない。ただ、何のレースだったか……G1レース? クラシックレースは……否、多分距離は短かった気がする。それに出走者も恐ろしく少なかったように思う。

 

 だがそれはそれとして大勢の人がレースに詰め掛けていた気がするんだ。何処だったか……短距離だったような気がする。

 

 ……いや、そもそも実在しない? 確かに並行世界であればそういう可能性もあり得るか? 思えばあのレースは不審な点が多くあった。出走者は走りのフォームは滅茶苦茶だし、障害物というレースにあるまじき要素があったような気がしなくもない。

 

 そんな度し難いレースを、何処かで見たような気がするんだ。そこにあのウマ娘がいた筈だ。何処だったか……

 

 そんな事を思い悩んでいると、段ボール箱の中にあるソフト、『バイ〇ハザードRE2』が自分の視界に飛び込んできた。個人的にこのゲームに登場するゾンビが歴代最強だと思っているが、ゾンビ……

 

 ゾンビ……ゾンビねぇ…………

 

 ……

 

 

 

 思い出した!!

 

 中国発のゾンビゲームのクソ広告!!!

 

 確か両手を頭に当てて腰振りダンスをゲートが開く直前まで踊っていて、コースで屯しているゾンビを蹴散らしながらレースをしていた! そして多分、ゲームの内容にレースは全然関係がない!

 

 嘘だろ……? 俺、アレの因子を継承したのか……? てことは俺、ゾンビを蹴散らしながらレースとかしたりするのか……?

 

 何かの悪い冗談だ!! 

 

 どうなるんだよ俺の選手生命!!!!




スピード☆☆☆

スタミナ☆☆☆

スピード☆☆☆

スピード☆☆☆

根性☆☆☆

スタミナ☆☆☆

紅焔ギア/LP1211-MのヒントLvが上がった。

先頭の景色は譲らない...!のヒントLvが上がった。


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