黄金の時計 (なんかいけ丸)
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1.

 ───この本によれば。

 

 常盤ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる運命が待ち受けていた。

 友の死、仲間の犠牲。悲しみを背負い運命の通りオーマジオウとなった常盤ソウゴは、孤独の王であることに意味がないと悟り、その力を持って創造の力を行使した。

 今ある時空を壊し、別の時空を創る。それは仮面ライダーのいない世界、いずれ滅びるかもしれない世界。ジオウの力を受け継げないのであれば、もう二度と王になることは出来ない。

 それでも彼は決して諦めない。再び王となる道を。

 

 普通の高校生、常盤ソウゴ。彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待ち受けている──

 ──のかも、しれない。

 

 嗚呼、楽しみだ。若き私よ。

 お前はどの私とも違う、真の王者へのための道を選択した。私が若き頃にはなかった力を持ち、友を持ち、そして決意を持った。なればきっと、お前が私になることはないのかもしれない。

 常盤ソウゴ、彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる運命が待ち受けている。どの世界の私も、必ずその運命を背負っている。

 私には分かる。平行世界の数々、その一つ一つにオーマジオウが誕生していくのが。運命は決して止められない。オーマジオウが運命の終着点であり、歴史の終局である。

 故に私は、どこかで諦めを持つしかなかった。50年――長い、長い時間の間。最高最善の魔王として君臨している中、知覚できるオーマジオウが増えていくのを感じていた。

 多くのレジスタンスを、虐殺しながら。

 だがその絶望も、もう終わる。若き日の私が今の時空を破壊し、新たな歴史を創り上げる。未来は、白紙に戻る。

 これからは私もお前も、知らぬ未来がやって来るのだろう。

 ――楽しみだ、若き私よ。お前がどのような道を行き、そして王へとなるのか。

 既に平行世界の私には記憶を共有してある。この時空の私はここで消えるが、他の私にも残しておくべきだ。

 最後の希望とやらを。

 

「祝え。新たなる、未来の誕生を」

 

 最後に座った玉座、慣れ親しんだその感触には僅かに満足感があった。

 

 

 

 夢を見た。

 遠い誰かの、夢を見た。

 

 それは生まれながらの王。荒廃した大地、小さな生命一つない場所でただ一つの玉座に座る人の、悲しい夢だ。

 最高、最善の王。それがその人の夢だった。言葉通りのものをきっとその人は目指して、そして願って突き進んでいたんだと思う。

 当たり前のように自然があって、人がいて、文明があって。いざこざはあるけれど皆優しく楽しく笑えている。そんな絵に描いたような未来を。

 

 絶望。目の前の景色は、まさにその二文字が相応しい。

 銃弾が飛び交い、兵器が大地を抉り、巨大なロボットがその猛威を奮っている。

 たった一人の、玉座の人間に。

 怨嗟の叫びが戦場に響く。人々の心の底から沸き上がっているその言葉は、たった一人の人間に向けるにはあまりにも酷すぎる。まるで全ての悪いの感情を、彼一人に向けているかのよう。

 魔王、その文字が脳裏を掠めた。

 

 爆音と悲鳴。飛び交うのは蹴られた小石のように吹き飛ぶ人間、大地を抉るのは一人の王の力、その触れずに奮われる猛威はロボットをいとも容易く鉄屑へと変えていく。

 暴力という名の炎が大地を、人を焼いていった。もはや最後に立っているのは、玉座の人間ただ一人。

 

「お前達に私を倒すことは不可能だ。何故だか分かるか?」

 

 死に体の軍に発せられたその言葉は威厳に満ちていた。王に相応しいオーラ、それが言葉一つにも籠められていた。

 軍の人間たちにはその言葉はどう聞こえたのだろう。嘲られているとも取れるかもしれないその言葉。

 でも、俺には──

 

「私は生まれながらの、王である」

 

 とても、とても寂しい言葉に聞こえたんだ。

 

 

◆◆

 

 

「そういや、さ。聞いたことあるか? 旧校舎の噂話」

 

「なにそれ」

 

 日が傾きつつある時間、喧騒が絶えない放課後のこと。教科書を指定鞄に詰めている中、ゴシップ好きの友人が話しかけてきた。

 その時は一度話し出すと長いから、なんとか理由をつけてはぐらかして早く帰りたいな、なんて考えていた。中学生の放課後というのは、宿題よりも大事なことをするための時間なのだ。

 ゲーセンとか、メールとか。

 

「知らないのかよ~。結構有名だぜ、高等部の人間が夜な夜な通ってるとか」

 

「オカルトクラブの人間だと思うけど。それか肝試し」

 

「まぁそこはそうだろうけどさ。でもこれは分からないぜ?」

 

 そう得意気に笑いながら、彼は語り出した。

 

 旧校舎のとある教室には、幽霊が住んでいるのだと。

 

「根拠は?」

 

「噂話に根拠もくそもあるかよ」

 

 ごもっともで。

 

「でも信憑性は結構高いぜ。お前がさっき言った肝試しに入った連中が、何人も聞いてるんだってさ。女の子の啜り泣く声をさ」

 

 旧校舎で啜り泣く女幽霊の噂。それは夜、旧校舎に肝試しで入った学生が懐中電灯を片手に入った時のことである。

 その日は台風が近づきつつある日であるというのに(そもそも台風が上陸しようという日に肝試しなんかするな、という突っ込みは置いておいて)、妙に風が静かであったという。

 主催者はこれ幸いにと肝試しを横行したが、それを嫌な予感や前兆として捉えてしまうのは仕方のないことと言えるだろう。

 物音は自分達の足音だけ、静かな校舎にはよく響く。意気揚々と進むとある男子生徒たち、その後ろで固まり動く女子生徒たち。その内の一人が言い出した。

 何か声が聞こえてくると。周りは皆冗談として扱い、朗らかに笑い出す。ビビっているからそんな幻聴が聞こえるんだと。しかしそれはすぐに幻等ではなくなった。

 声が聞こえてくるのだ、一人二人と、それを認め始めていく。場は混乱と恐怖に包まれていく中、それは確かに全員の耳に入った。

 泣き混じりの甲高い、女の悲鳴を。

 

「なんというか。よく出来た、どこにでもありそうな噂だな」

 

「だろ? 実際に行った人間から話を聞き出してまとめた、俺渾身の出来だぜ」

 

 さらっと自分で作った噂を自分で流していると自供したが、今更そんなことで驚いても仕方ない。彼はそういう人間であり、そういう友人なんだから。

 こいつはそういう話を聞いては誇大にまとめて適当に広げる、そしていつもすぐに沈静化する。人の噂も七十五日というが、彼の場合は一週間立たずだ。

 未だに何が楽しくてそういうことをしているのかは、よくわからない。

 

「……幽霊、か」

 

「お、お前もちょっと気になってきた口か? なんならちょっと現地調査の一つでも頼みたいんだけど」

 

「ん、そうだな。そうしてみる」

 

「そっかぁ、駄目か~……え?」

 

 今日聞いた幽霊の噂、そして久しぶりに見たあの夢。何か明確な根拠があるわけじゃない、けれど不思議と、漠然とした自信がある。

 なんか、繋がっている気がした。

 

「それで、旧校舎のどの辺りにいるんだ?」

 

 ──そうして聞き出したのが数時間前のことだ。

 

 深夜の旧校舎は酷く静かで、なるほど確かにおどろおどろしい雰囲気を感じる。森の中にあるのも相まって、不気味と言う他ない。肝試しに挑む人が後を絶えない、というのも本当らしい。

 

 しかし旧校舎という割には少し小綺麗が過ぎると思う。確かに壁や窓には汚れが見受けられるが、床に目立った埃が溜まっていない。それに肝試しに人が来ているのなら、もっと隅に埃があっても可笑しくない。

 誰か最低限の清掃でもしているのだろうか。例のオカルトクラブの誰かが? いや、オカルトを好むのなら雰囲気を好んでもいいはずだ。雰囲気があるというのなら、やはりもう少し埃があってもおかしくない。

 だから何だと言われれば、特に何かあるわけじゃない。ただ不思議と思わずにはいられない。

 何か気になる理由がある気がする。

 

「──考え事する前に動かないとな」

 

 折角見回りの目を掻い潜ってここまで来れたんだ。ここまで誰かが来るとも思えないけど、もし来て鉢合わせなんてことがあったら内申にも響く。

 あくまで、個人の興味で終わらせなければならない。

 

「場所は…………確か、上の方だったか。渡された紙にはどう書いてあったかな……」

 

 友人から説明を聞いたものの旧校舎に入るのはこれが初めて。だから気を効かせてくれた友人がこうして紙に残してくれたのだけど――

 

「あれに期待したのが間違いだったか……?」

 

 雑。地図と言うにはそれはあまりにもアバウトすぎた。あっちだのこっちだの、ギュンだのズバーンだの。なんだこれは落書きか何かか。ピカソか。本人的にはきっと分かりやすくしたつもりなんだろうが、正直これならまだ小学生に書かせた方が上手いまである。

 いや中学生なんてまだ小学生の延長線上みたいなものだけど、にしたってこれは酷すぎる。

 

「……泣き声に期待して回ってみるしかないか」

 

 そんな簡単に泣いてくれるとはこっちも思ってはいないが。とはいえ無駄足で帰るのも(あまりにも汚すぎるとはいえ)善意で地図を描いてくれた友人に申し訳ない。

 

 とりあえず、上から順に攻めていくことにした。特にこれといった理由はない、強いて言うなら現地調査だけど何もなかったら帰るだけなので、そうなった場合下から探すのではなく上から探した方が帰る時に楽になるから。

 そうして一階、また一階と下っていく。今のところ成果無し、さっきオカルトクラブの部室らしき部屋を見かけたので、やっぱりここで部活動をしているのは間違いないみたいだ。じゃあ掃除とかもクラブの人がやっているのだろうか。今度放課後に聞いてみよう。

 こういうことを聞くと友人は「いやお前……行動力ありすぎるだろ」と言ってくるのだが、聞きたいことがあるなら素直に聞いた方が良いと思うのは普通だと思う。こういうのを、デリカシーがないと言われたこともあるが。

 

「確か有名人がメンバーだった気がする。……り、り…………りんご酢……?」

 

 多分違うとは自分でも思う。

 くだらない事を考えつつ、おどろおどろしさにも慣れ作業的に見回りを続けていたその時だった。

 

『イヤァァァァァァッッ!!』

 

 森のざわめき一つ聞こえない校舎で、静寂を切り裂くように女性の悲鳴が上がったのは。

 

「……奥の方だ」

 

 確かにこの階の突き当たりの方から聞こえてきた。この校舎の設計が毎階ほとんど一緒なら、そこには教室が一つあったはず。切迫してきた緊張を抱えながら声の方へ真っ直ぐ駆け抜ける。こんな所で悲鳴があげるなんて、きっと何かヤバい問題が起こったに違いないと確信したからだ。

 

 運動靴で木床を蹴る騒々しい足音を立てながら着いた先には、自分よりも背丈のある扉が一つ。ここだ、廊下ですれ違わなかったということは声の主がいるのはここしかない。

 何があるのか、何がいるのか。分からない、でも人命に代わるものはない。

 深呼吸を一つ、覚悟を持ってドアノブを握り、こじ開ける。その先にあったのは──!

 

「……棺?」

 

 部屋にあったのは幽霊でもなければ化け物でもなく、アンティークの棺。何故か灯っている燭台にまるで囲まれるよう部屋の真ん中に配置された謎の棺が一つ鎮座されている。

 なんだかより一層不気味さを感じさせる。まさか、この棺の中に幽霊が……?

 啜り泣く声は聞こえないけれど、幽霊にだって気分があるだろう。もしかしたら先程悲鳴をあげた女性は幽霊の怒りを買って、この棺の中に引きずりこまれたのかもしれない。となると次に開けるべきはこの棺の蓋。

 

「……」

 

 思わず生唾を飲む。自分は感情が薄い方だとは思っていたが、まだ恐怖を感じる心が俺にもあったとは自分自身に驚きを感じてる。

 しかし怖がっていても始まらない。人命優先、蓋に手をかけそして──一気に引き剥がす。

 

「……へ」

 

「……は?」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげる。いかにもな扉の先にはいかにもな棺があり、そしていかにもな棺の中にあった、いや居たのは高校クラスの女子生徒の制服を着た金髪の美少女。まるで棺をベッドのように寝転がっていたようで、蓋を開けた俺と視線が合う。まるでワインのような、綺麗な薄紅の瞳。

 なんと声をかけたものかと悩んだその瞬間、彼女の瞳が涙に潤み表情が強ばる。そして、

 

「い、イヤァァァァァァッッ!!」

 

 悲鳴。ろくに音を聞いてなかった耳に突然入ってくる大音量に、思考が吹っ飛ぶ。

 

「あ、ま、まままた、やってしまった……! うう、どうして僕はこんなにダメダメなんだろう……!」

 

「……おい」

 

「リアスお姉様にも眷属の皆にも迷惑かけっぱなしで、自分の神器もまともに制御できない……ううやっぱり僕なんて一人でこうやって棺の中に収まって光も浴びずに、いつか愛想をつかれるのが──」

 

「おい」

 

「……? だ、誰ですか……!? め、目の前のこの人は止まっちゃってるから違うだろうし……」

 

「その俺だよさっきから声をかけてるのは」

 

「イヤァァァァァァッッ!!??」

 

 耳につんざく大音量の甲高い悲鳴が鼓膜を破れんばかりに揺らす。深夜に誰もいないからっていくらなんでも声がでかすぎる、近所迷惑とか考えないのかこの女子生徒は。

 

「流石にうるさすぎる、もう少しボリュームを落としてほしい」

 

「あ、ご、ごめんなさい……。……なんで動けるんですかァァァァ!??」

 

「うるさすぎる……」

 

 棺から壁まで悲鳴をあげながら後退りをする女子生徒、ゴキブリみたいな速さだ。というかあんまりにもうるさいものだから怒りを通り越して呆れの方が強くなってきた。

 

「ひぃいい!? 神器は間違いなく暴発してるのに、なんで停まらないんですかぁーっ!?」

 

「……? せい、なんだって? というかなんで俺が止まるんだ。理由がないだろう」

 

 さっきから彼女は一体何を言っているのか、せいなんとかがどうとか、眷属がどうとか、止まらないだの止まるだの。別に拘束されてないんだからそれは動くだろう、マグロじゃないから止まったら死ぬわけではないけど。いや多分そういう話はしてないんだろうな。

 

「ところで聞きたいことがあって……」

 

「ひぃい! ぼ、僕なんか尋問しても何にも良いことないです! 僕は無害なただのバンピールなんですーっ!」

 

「いや尋問ではなく質問を……」

 

「何度見ても停まらないし平然と動いてますぅぅうっ! もうダメだ僕はここでこの人に拷問されてボロボロにされちゃうんだぁあ!」

 

 埒が明かない、とりあえず臆病であることはわかったが話すら聞いてもらえないというのは困った。どうにも錯乱しているようだし、何とか落ち着いてほしいところだ。

 ならば、ここは俺の十八番を持って彼女の感心を引いて見せよう。

 その為には最大限近づかなくてはならない。

 

「……」

 

「ひっ! こ、来ないでくださいーっ!」

 

 無言でつかつかと距離を詰める。

 

「ぼ、僕なんか食べても美味しくないです! 絶対お腹壊します!」

 

 既に準備は出来ている。あとは目の前で見せるだけ。

 そしてついに0距離、膝をつき彼女と目線を合わす。

 

「い、イヤァァァァッ! リアスお姉様ーーーっ!!」

 

 校舎全体に響くような悲鳴。それを塞ぐように女子として整った顔に手を伸ばし、指を鳴らす。

 

「……へ?」

 

 チューリップの花を1本、彼女へと差し出す。

 

「驚かせてごめん。怖がらせるつもりもなかった、ただ話を聞きたいだけなんだ。聞いたらすぐに出ていくよ。これは、そのお詫びとして受け取ってほしい」

 

 声はなるべく優しく。恭しく頭を下げて、花を一輪差し出す絵面はまるでプロポーズの一幕のよう。そうからかわれたこともある俺の一番の得意技。それがこの花を出すマジックだ。

 

「へ……あの、その……」

 

「チューリップは嫌いだった?」

 

「い、いえ! 大好きですっ」

 

「良かった。是非君に受け取ってほしい、これは俺の気持ちでもあるから」

 

 そう言うと女子生徒は恐る恐る花を手に取り、じっくりと見ている。そして香るチューリップの匂いに初めて表情を緩ませて、笑顔を見せた。

 ここだ、もっと緊張を解してもらうにはここしかない。

 

「因みに、こういうことも出来る」

 

 つまんだ指を更につまんで引っ張ると、つままれた指と指の間から糸に繋がれた色んな国旗が伸びていく。おぉ、と声をあげ見入る彼女に国旗と繋がった糸先を渡して、手のひらで先を促すように引っ張ってくれとジェスチャー。彼女が手渡された糸を引っ張ると止まることなくどんどん伸びていく糸と国旗。

 

「わぁ……! あ、あの、マジシャンさんなんですか……?」

 

「いや、まだマジシャン志望のド素人。夢は本物のマジシャンになって、大きなステージでショーを披露すること。それで皆を笑顔にしたい」

 

 そう言うと彼女はどこかキラキラと目を輝かせ、拙いながらもすごいですねと、応援してますと言ってくれた。そう言ってくれるだけで夢へのエンジンはますます熱を持つばかりだ。

 どうやらだいぶ落ち着いてくれた様子だし、これなら話も聞いてくれるかもしれない。

 

「それで、話を聞きたいんだけど」

 

「は、話、ですか?」

 

「そんなに身構えなくても大丈夫」

 

 聞きたかった質問、それはさっき女性の悲鳴らしきものがこの部屋から聞こえてきたが、俺以外の誰かが来た感じはしただろうか、というもの。

 これは俺の早とちりだったというか、だいぶ丸く収まる答えだった。

 悲鳴の正体とはつまり、目の前の女子生徒のものだったということらしい。燭台の火に揺らめいた影が自分の苦手なものに見えてしまって、それでつい驚いて声をあげてしまった。とのこと。確かにこれだけ臆病ならそれも全然あり得るか。ということは命を失おうとしている女性はいなかったんだな、それだけは喜ばしい。

 

「紛らわしくってごめんなさいぃ……!」

 

「謝らなくていい、俺も早とちりしたからな」

 

 しかしこの女子生徒、本当に気が弱い。女子校でも平気でカツアゲは起こると言うし、こんな純心で気が弱い子は虐めの標的にされやすい。出来ればそれが原因で棺で暮らしてるなんて言葉が出てこないことを願うばかりだ。

 

 続いての質問、それは啜り泣く幽霊のことなんだが、これもすぐに解決した。

 

「た、多分、なんですけど……それも僕、です……自分のことを考えると、ついつい涙が出ちゃうんです……」

 

「まさか、本当に四六時中棺の中で過ごしてるのか?」

 

 と口に出してから自らのデリカシーのなさに感づいた。人間誰しも話したくないことの一つや二つはある、だと言うのに俺はいつもの癖でわからないことはわかる人間に聞けばいいとそれを口に出してしまった。機嫌を損ねたりしないといいが。

 

「ぼ、僕、外に出たくないんです……この部屋と棺だけあれば僕はもうそれでいいんです……人と会いたくもないですし……」

 

「……そうか」

 

 そこまでして閉じ籠る理由はなんなのだろうか、聞いてしまいそうになる口を力ずくで閉じる。それこそさっき出会ったばかりの俺が聞くべき話ではない、彼女には彼女のそうなるだけの理由があったんだろう。

 ここは少しでも明るい話題に持っていくべきか。

 

「だが日の光ぐらいは浴びないといけないんじゃないか? 日光浴は大事らしいぞ」

 

「あ、それこそ大丈夫です。僕はその、えいっ」

 

 少し力むような声と同時に何か薄い物が広がったような音。彼女の背中に広がる影、いやもしかして、翼なのだろうか。

 信じられないが、彼女の背中に蝙蝠のような黒い翼が生えている。

 

「悪魔なんですっ」

 

「…………」

 

 思わずポッカリと開いた口、間抜けな姿をした俺を不思議そうに眺める彼女。

 これが俺のギャスパー・ヴラディとの初邂逅。歯車の噛み合う、そんな音がした気がする。




描写の指摘などあればよろしくお願いいたします。


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2.

 悪魔、それは空想上の存在。人に取り憑いて悪い方へ唆したり、人を襲って傷つけたり、干渉してくる方法は様々。一貫しているのは、関わることで物事が良い方向に転がるというわけではないということ。

 でも所詮は空想、本の中の存在でしかない。悪魔なんて医療の発達してなかった時代の人達の妄想にすぎない。吸血鬼だってそう、狼人間もそうだ。存在する訳がない。

 ──ちょっと前まではそんなことを考えていたんだ。

 

「え、えっと……どうかした……?」

 

「……いや、未だに少し信じきれなくて」

 

 じっとそれを見ていると、面白いように焦り困惑する美少女。いや、美男子というべきか。

 動きに合わせて流れる金髪、引き込まれそうな薄紅の瞳、そして同世代の女子を圧倒的に上回る端整な美貌。

 ギャスパー・ヴラディ、それが彼女──いや彼の名前だ。驚くべきことに彼は悪魔であるという。実際に翼が生えているところも見たし、悪魔かどうかはさておき人間でないのは間違いない。この世界のどこかで翼が生えてる人種でもいれば話は別だろうけど、そんなニュースも聞いたことがない。

 けど一番驚いたのはそこじゃなくって、さっきから訂正しているところ。

 

「本当に男なのか……?」

 

「お、男だよ!」

 

「しかも年上?」

 

「一応高校一年、だけどぉ……」

 

 色んな意味で信じられない、こんな顔をした男がいていいのか? そういえば友人が男の娘とかいて「おとこのこ」と呼べる女子寄りの顔をした男子の存在を口にしていた気がするが、あれはそういうジャンルの話じゃなかったのか。

 しかし年上……年上かぁ。幼少中高大一貫校、それが特大マンモス校私立駒王学園。俺はその中学三年生、つまりギャスパーの一つ下。いやもしかして悪魔っていうからには実はものすごく年上だったりするかもしれないのか。

 

「だとしても、敬語は使う気になれないけど」

 

「えっ!? ぼ、僕年上なのに!?」

 

「ギャスパー、日本では敬う語りと書いて敬語なんだ」

 

「それぐらいは知ってるから~!」

 

 ううやっぱり僕なんて~! とか言いながら完全に蓋をした棺の中で啜り泣く美少女、いや美男子。さっきまでは顔だけ覗かせていたのに、もう引きこもってしまった。

 しかし自己肯定感の無さがすごい、すぐに自分を下に下にと見る。最初こそ敬語だったのに今はタメ語なところからある程度の自負はあるはずなんだけど、それとも吸血鬼というのは皆こうなのか? いやそれこそ信じられない話か。

 

「ほら、もう泣き止んでくれ。今日も俺のショーの練習に付き合ってくれるんだろう?」

 

「う、うう……わかった……」

 

 内側から開けられる棺、覗くのは金髪美少女、ではなく美男子。頭で蓋を押し退け外を最低限見れるようにしている、あの蓋そこそこ重かった気がするんだけど首とか痛くならないのだろうか。それとも悪魔なら大丈夫なのか。

 しかしそれにしても、だ。

 

「本当に棺から出たがらないな……」

 

 初対面からなんだかんだ1ヶ月ほど経つ、全身を見たのはあの日だけでそれからはこうして棺から少し姿が覗ける程度。臆病なのは最初から知っていたが、ここまで内気というのには驚いた。周りにそういう人間がいなかったから、ある意味では新鮮だ。

 

 1ヶ月前、俺は幽霊の存在を確認するため旧校舎に入り込みそこでたまたま彼と出会った。悪魔だと知ったその日はあまり長居するつもりもなかったから帰ったが、そこ翌日に何となく気になって放課後に旧校舎に入り部屋の前に立った。しかし部屋は謎のテープのようなもので塞がれていたので断念。

 数日後の深夜に教室の前に向かうとテープは無くなっており、入れるようになっていたので侵入。

 

『な、なんでまた来てるんですかァァアア!?!?』

 

 とか叫ばれる羽目になったが気になったことは確認できた。本当に彼が存在していて本当に悪魔だったのか、それがどうにも信じきれず、また深夜だったこともあり夢だったんじゃないかと考えてもいた。のでその疑惑を解消すべく再び訪れたというのが経緯。

 こういう弄りがいがあるというか反応がいいタイプは中々出会わないので、何度も弄りに訪れ、その度にマジックで機嫌を治すという少々生活に支障は出るものの今ではなんでもない日常の一幕。

 その過程でお互いの学年を知り、お互いの性格を知り、お互いの好みを知って、気付けば彼の敬語も取れていた。

 だというのにかの美男子はまだ俺の事を怖がっている、教室に訪れる度に棺を揺らして何かに怯えている。しかし、

 

「さて、皆様お待ちかね。本日披露するショーは──」

 

 そういう客を笑顔にすることこそがマジシャンの仕事。

 

◆◆

 

 明くる日の放課後、今日も眠たい授業が終わり一息をつく。なんとか居眠りはせずにすんだけど集中力が無くなってきているのが目に見えて感じられる。筆記されたノートの内容もいつもに比べて適当で、そろそろ纏まった予習と復習の時間を取らないと着いていけなさそうだ。

 一週間ぐらい彼の元に行くのは止めて、放課後は図書室に籠って勉強でもしようか。そんな算段を立てている時に荒っぽい足音が近づいてくる、ふと顔を上げると教室の出入口の方からこちらへ向かって急いで来ていた。噂好きの友人だ。

 

「お、お前なんかしたんじゃないだろうな!?」

 

「いきなりなんの話」

 

「しらばっくれるなよ! じゃないと先輩に名指しなんてされないだろ!」

 

「……誰が誰に名指しされてるって?」

 

 興奮冷めやらぬ友人は顔を赤くしたまま「だから!」と吠え、こう続けた。

 

「お前が! 姫島朱乃先輩に名指しされてるんだよ!」

 

「……いや本当に誰だ、聞いたことないんだけど」

 

 そもそも聞いたことがない名前だ、そんな知り合いは俺にはいない。ましてや先輩ともなれば絶対と言いきれる。部活にも入ってない俺が、先輩と交流を持つ機会なんてそもそもない。

 

「駒王学園の二大お姉様だぞ!? ああいや、とにかく廊下に行け! 姫島先輩が待ってるから!」

 

 ほら、と大声で背中を叩かれる。結構な力で叩かれた、覚えていろよ噂好きの友人。そもそもそんな急かされずとも呼ばれているのならそっちに行く、避ける理由もないんだから。

 

 そうして廊下に出ると、なんだかおかしな雰囲気。よく見ると帰宅途中の同級生達の視線は男女問わず一点に集中されていた、こちらに嫋やかな笑顔で手を振る一人の女子生徒。

 艶やかな黒髪に抜群のプロポーション、スラリとした脚線美。あれが噂の姫島朱乃先輩、やっぱり全然見覚えもないし話した記憶もない。

 

「急に訪れてごめんなさいね」

 

「いえ、お構い無く」

 

「この後の予定は大丈夫? もし時間があるなら、少し着いてきてほしいのだけど」

 

「いいですよ」

 

 本当は予習復習をしておきたかったんだけど、先輩からのお願いというのは断りにくい。従順に頷くと先輩は柔らかい笑みを浮かべてこちらに礼を述べた後にこっちに来てと先導を始める。揺れる一房の髪を目印に、アヒルの子供のように後を着いていく。

 道中で姫島先輩が一言二言話しかけてきたので、それに軽い返答をする。さっきの子は友達なのかとか、寝不足気味なのかとか。簡単な世間話みたいなもの。そして歩いている方向で向かう先がどこなのか気付き、少しだけ憂鬱になる。やっぱり勝手に入るのは良くないことだっただろうか。

 

 旧校舎、とある階にて、オカルト研究部とプレートに書かれた教室の前。言われる内容もおおよそ予想が着く、深夜での侵入の件だろう。謝罪だけで済めばいいけど。

 先に部屋の前へ立った姫島先輩が引戸の前で二度のノック。

 

「部長、お連れしましたわ」

 

『ええ、入ってちょうだい』

 

 部長と呼ばれる人の返事が来てすぐに戸を開け入っていく先輩、若干の居心地の悪さを感じながら後に続く。

 扉の先の光景、部屋の風景に強い既視感を覚える。複数設置されている燭台、壁や床に多数描かれた謎の魔法陣、そしてこの薄暗さ。見覚えどころかつい最近似たような部屋に入った覚えまである。旧校舎の教室というのはどこもこんなものなのだろうか。

 扉から入って真正面、まるで校長先生が使うような机に偉い人がよく座る椅子に腰かけているのは髪も目も紅いまさに悪魔的美貌を持ち合わせた女性。あれが部長さん、だろうか。他にも銀髪の女子生徒と金髪の男子生徒もいる。

 しかし思ったより人が多い、居づらさがますます跳ね上がる。

 紅い長髪を揺らしながら部長さんが立ち上がり、こちらとしっかりと見据えて口を開けた。

 

「よく来てくれたわね、常磐ジュンイチロウ君、よね?」

 

「はい、常磐ジュンイチロウです。よろしくお願いします」

 

 何はともあれ初対面だから深くお辞儀をしつつ挨拶、今からなんの話がされるのかは分からないが向こうの心象を良くしておくことに越したことはない。少々小狡い手であることはわかっているが、やれることはやっておく。

 

「えぇ、よろしく。私はリアス・グレモリー、オカルト研究部の部長を務めているわ。どうぞ、そこに腰かけてちょうだい」

 

 そう笑顔で指し示したのはなんだか高そうな黒いソファー、緊張のせいか少しおかしな足取りでそこへ向かい、腰かける。

 あっ、これすごい良いソファーだ。ふかふかしてるし座り心地抜群。

 

「ふふ、そのソファーはうちの方で取り扱ってるものでね。取り寄せたのよ。良い座り心地でしょう?」

 

「……はい、すごく良いと思います」

 

 思わず手でソファーを何度も上から手のひらで押してしまう。おお、良い反発力。ソファーの材料に詳しくないけどこれは絶対高いもの使ってる。

 

「それで……早速で悪いんだけど、本題に入らせてもらうわね」

 

「っ。……はい」

 

 少しだけ緩んでいた空気がリアス部長の言葉だけで張り詰めていく。生唾の一つも呑み込みたいけど、むしろ緊張が強くてそれも出来ない。

 

「ギャスパー・ヴラディ、知っているでしょう? 単刀直入に言うわ、あの子に近づく目的はなに?」

 

 こちらを射貫くように見つめる紅い目が細まる。オーラというのだろうか、それが彼女の背中で立ち上っていくのがまるで見えるかのような、そんな強い覇気のようなものを感じる。空気の圧が違う、本当に押し潰されてしまいそうだ。

 ギャスパーに近づく理由、偶然出会った彼に何度も会いに行く理由。じゃあこれしかない、こんな時にも俺の十八番は役に立つ。こんな大勢の前でするのは初めてだけど、覚悟を決めるしかない。いずれはこの十倍の客を前に披露するのだから。

 瞳を閉じた上で深く息を吸い、改めて目を開く。

 

「僕の右手を、見ていてもらっていいですか?」

 

「それとこれがどう関係するの?」

 

「理由を、証明するためです」

 

 目尻がつり上がる、射貫く眼力がますます強くなるのを感じた。目の前からだけでなく、それこそ全員から。

 部長は何も言わない、やってもいいという無言の許可と見た。思わず止めたくなる弱い心をねじ伏せ、乾いた唇を動かす。

 

「行きます。3、2、1」

 

 カウントダウンに合わせて指を鳴らす。手汗をかいているせいで綺麗な音は出ないが、魔法は成功した。手には一輪の赤い薔薇が握られている。

 目を丸くしている部長に握った手を差し出す。

 

「どうぞ。これはお近づきの印に」

 

「え、えぇ、どうも」

 

「皆々様も是非受け取ってください」

 

 指を鳴らす、今度は綺麗な音が教室に鳴り響いた。と同時に手には3本の薔薇。立ち上がり一人ずつに配っていく、驚いた様子ではあったがとにかく薔薇を受け取ってくれた。ではこのまま次のマジックをするとしよう。

 

「それでは次にお見せするは、」

 

 背へ手を回しマジシャンご用達シルクハットをどこからともなく取り出し、そのまま被る。誰かの感嘆の声が聞こえた。

 

「これまたメジャーではありますが、僕のお友達をお呼びいたしましょう」

 

 すぐに外した帽子に手をいれ、どこからともなく杖を取り出す。

 

「お友達は寝坊助でして、この杖でカウントダウンに合わせて叩かないと出てきてくれないのですよ。それでは行きます、321」

 

 コツコツと叩くと、次の瞬間には純白の鳩が次々に帽子から飛び出していく。その数合わせて四羽。白い羽毛が宙を舞う中、少しそこらを旋回した後にそれぞれの鳩が部員の肩や頭、手などで羽を休める。その姿に思わず表情を緩めているのが何人か見えた。

 

「こらこら、お客様に迷惑をかけてはいけないよ。帰っておいで」

 

 次にコツコツと杖で帽子を叩くと、鳩達は飛び上がり逆さまにした帽子の中へ順々に帰っていく。そうして杖もついでに仕舞い込み、帽子も背へと隠す。

 

「以上です。ありがとうございました」

 

 深くお辞儀をすると控えめな拍手の音が聞こえてくる。どうやら金髪の男子部員の人が拍手してくれているらしい、すごく良い人だ。

 

「マジックっていうのは、人をびっくりさせたり笑顔にするのが仕事です。いつか大きなステージでショーをして、来てくれた人全員を笑顔にするのが僕の夢です」

 

 思い出すのは、原初の光景。そこに俺の憧れと夢が全てある。一人のマジシャンと、一つの大きなショー。ハプニングに見せかけた演出、思わず笑ってしまいそうな派手なマジック。大きな歓声と多くの拍手、何もかもがキラキラと輝く空間。

 ああ成りたい、こうしたい、いつか俺も。

 

「でも僕はまだまだ素人で、マジシャンとして未熟も良いところです。だからまずは、偶然だけど知り合った泣き虫で臆病な悪魔を僕のショーで笑わせてあげたいんです。

 ──いつか人に慣れてくれるその時まで」

 

「……」

 

「これじゃあ、足りないでしょうか?」

 

 リアス先輩が目を閉じて何かを深く考えている様を見ながら、静かに早くなっていく鼓動が耳にうるさい。息一つさえ大きく聞こえる空間で、それはより顕著に感じられる。

 数秒、いや数分かもしれない。とても長く感じられた時間の末、部長が顔を上げた。こちらに向けられたその表情は、笑顔。

 

「いえ、十分よ。それと、ごめんなさい。私は貴方を疑っていたわ」

 

「大丈夫です。でも……僕は本当に、なんで呼ばれたんですか?」

 

 それだけが分からなかった。旧校舎への侵入を咎めるわけじゃなく、ギャスパーとの接触する理由を聞いてきた。それが本当に分からない、あの箱入り息子が実は相当な権力の持ち主だったりとか。だとしたら俺の首はいつ飛んでもおかしくないんだけど、俺弄りまくってるし。

 

「貴方も知っての通り、あの子は悪魔なの。そして、」

 

 バサリ、と聞き覚えのある羽音。艶のある紅髪を押し退けて出てきたのは見覚えのある黒い羽。

 

「私達もね」

 

 その言葉に思わず周りを見渡す。銀髪の女子にも金髪の男子にも、そして姫島先輩にも。三人の背には同じような蝙蝠を思わせる羽が生えている。

 悪魔四人が、俺の前に姿を表した。

 

「……意外と悪魔って身近にいるんですね、それも親しみやすく」

 

「ははは……この羽を見せてそんな反応をされたのは初めてだよ」

 

「……よく、変わってるって言われませんか?」

 

 笑う男性部員に対して、クールな女性部員は鋭い突っ込み。心当たりはあるけど口には出さない。認めてしまったみたいで悔しいし俺はそんなに変わった人間ではないから。多分。

 

「ここにいる子は皆私の眷属よ、そしてギャスパーもね。でもあの子は一際特別なの、あの部屋に封印しておかないといけないぐらい」

 

 封印。あまり良いニュアンスでは聞こえない言葉だ。

 もしかしてあの日見た扉を閉ざすように張られていたあの黄色のテープ、あれがそうだったのだろうか。だとすれば深夜には無くなってる理由は一体なんなんだろうか。

 

「深夜には自由に歩けるように封印が解けるのだけど、まさか出ていくのではなく入ってこられるなんてね」

 

 まるで心の内を読んだかのような補足の説明に疑問が綺麗に解消される。

 なるほど、リアス先輩は決して監禁したいわけではないから深夜限定で解放しているけど、あの根っからの引きこもりが出てくるわけもなくその限定的な解禁が無駄になりつつあった頃に、俺がやってきたと。

 でも、それだけじゃまだ分からない。

 

「どうして封印をすることになったんですか?」

 

「貴方も体験したでしょう? あの子の力……神器の力を」

 

 セイグリッド・ギア。確かそれはギャスパーの口から聞いたことがある。あまりにも聞き覚えの無さすぎる単語だったから無視したが、どうやらここがキーポイントであるらしい。

 けど体験したと言われても俺はそんなもの微塵も感じてない、一体どんな力だと言うのか。

 

「『停止世界の邪眼』、それが貴方を止めた神器の名前よ」

 

「停めた……?」

 

「分からないのも無理はないわ、あの子の視界に入るだけでも条件は満たされてるのだから。まるであの子が瞬間移動したかのように感じたことはない?」

 

「ないですね」

 

「それは貴方も知らぬ間に停められているか……なんですって?」

 

「瞬間移動する力、なんですよね? それはまだ見たことないです」

 

 棺に引きこもってるから移動出来ても彼はしないんだろうけど、初対面の時でさえされたことはない。でもそうか、どこにでも行けてしまう瞬間移動する能力を持っているのなら封印しておかないと逆にどこに行ってしまうのかわからないからか……なるほどそういうことか。にしたって過剰すぎる気もするけど。

 

「……ギャスパーの姿は見たことある?」

 

「はい。女装してるんですよねあれ。びっくりしました」

 

「逆に貴方も見られたのよね」

 

「そうですね」

 

「停められなかったの?」

 

「多分ですけど。……そういえば、初対面で動いてるだのなんで停まらないだの言ってた気がします」

 

 なんのことか全く分からなかったから気にも止めてなかったんだけど、もしかして結構大事なことだったりするのだろうか。そういうことならもっとちゃんと覚えておくべきだった、流石にもううろ覚えだ。

 

「……朱乃、まさかあの子も」

 

「──確かに、深く探れば……感じられます、神器のような気配を」

 

 何か二人で小声で話し合ってるみたいだけど、流石に俺には聞こえない。周りの部員の二人は聞こえてるのか表情がこわばっているような気がする。

 そんなに動くのがおかしいんだろうか、もしかして生命の否定をされようとしているのか。

 

「ごめんなさいジュンイチロウ君。申し訳ないのだけど……もう少しだけ付き合ってくれるかしら?」

 

 そう微笑みながら伝えてくる先輩の姿に、何やら大事になってしまっているのを悟った。



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3.

投稿貯めです


 夢を見た。最高にして最善、最大にして最強の王の夢と邂逅する夢を。

 気が付くと人工的な物や暖かみが何一つ残っていない荒野に一人立っていて、目の前には玉座に座る男が一人。こちらに一瞥もせずただどこか遠い所を眺めている。

 その姿がどうにも気になって、気付けば声をかけていた。

 

『何を見てるんですか?』

 

 と尋ねると、やっぱりこっちを見ることもなく、

 

『お前には見えぬものだ』

 

 なんて地の底に響くような重い、果てしなく重い覇気のこもった、言い返すことすら許さないような低い声で返された。

 俺には見えてこの人には見えないもの、それは一体なんなんだろうか。未だにそれはわからない。

 夢だとは分かっているけど、こんな荒野じゃ何かすることがあるわけでもないので、目の前の彼にいくつか言葉をかける。

 

『一人なんですか?』

 

『そうだ』

 

『今までずっと?』

 

『そうだ』

 

『寂しくないんですか?』

 

『寂しさなど、もはや何も感じない』

 

 視線をどこかに剃らすことなく、ただ一点を強く見つめている。その目線の先にあるものはやはり無く、ただ虚空を見つめているようにしか見えない。

 その姿とさっきの言葉に、嘘だと感じた。正確には嘘ついているわけではなく、隠していると感じられたんだ。

 

『それ、寂しいってことじゃないんですか。感覚が麻痺して、寂しいことすらわからないってことじゃないんですか?』

 

『……最高最善であり、最大最強であるこの魔王の私が、寂しいと感じていると?』

 

『絶対そうです』

 

 強く断言すると、どこかを見ていた男は初めて俺を見て、そして鼻で笑った。

 

『王というのは、孤高であるものだ。兵士と王では見る対局が違うように、所詮普通の人間では私と同じものを感じることなど出来はしない。そして逆もまた然り』

 

『なんで隠すんですか』

 

『なに?』

 

 今度もすぐに分かった、目の前の老人が自分の心を王という風呂敷で覆うように隠していることが。そして一つのことを悟った。この人は隠すのが上手いんじゃなくて、隠すのが癖になってしまっている人間なのだと。

 どうしてか、まるで自分と男が一体になっているかのように、それが分かってしまったんだ。

 

『寂しい時に寂しいと言えないのは、ただの傲慢です。人の気持ちを分かろうとしない王なんて、最高の王じゃありません』

 

 だから隠す必要なんてないんだと、何もかもを遠ざける必要なんてないんだと、そんな曲がってしまった背中で何もかもを抱える必要なんてないんだと、そんな想いを今の言葉に全てを詰め込んだ。

 伝わるはずだ、俺がこの人の心が分かるように、きっとあの人も俺の心が分かるはずなんだから。

 

『──ふ、はは。ハハハハハッ!』

 

 突然の大きな笑い声、それはきっと荒野の地平線まで届くような、そんな純粋で朗らかな笑い声。きっとこれが、この人の本当の気持ちなんだ。本当はこんな風に笑う人なんだと、なんとなく感じ取れた。

 

『若者よ、名はなんと言う?』

 

 もう最初のような膝をついてしまいそうな重圧のこもった言葉ではなく、年齢に不釣り合いな好奇心が滲み出た明るいトーン。

 

『ジュンイチロウ、常磐ジュンイチロウです』

 

 名を告げると、目の前の男は目を大きく広げて驚いたような表情を見せたあとに、静かに柔らかな言葉を紡いだ。

 

『──嗚呼……それはなんとも、良い名だな』

 

 その時浮かべた笑顔の、なんと優しいことか。きっとこの人には俺と同じ名前の大切な人がいたんだろう、そんなことがすぐにわかってしまった。今彼の瞳に映っているのは今ではなく過去であることに気付いてしまったから。

 

『ならばジュンイチロウ、お前に見せてもらおう。寂しいを寂しいと言える者が王の力を持った時、どのような出会いに恵まれ、そしてどのような結末を描くのかを』

 

 老人がこちらへ手をかざす。すると手のひらの中から光が現れ、真っ直ぐ俺へと向かい一度目の前でその動きを止めた。

 その時、何が強く光を放っているのかが見えた。

 

『時計……?』

 

 腕時計でも置時計でもない、黄金に輝く懐中時計のような形をした何かはすぐに動き出し、そのまま体の中へと入っていく。不思議と痛みはなく、その光景に違和感もなかった。

 するとすぐに、不可解な眠気に襲われる。俺が夢から覚めようとしているのだろうか、覚めるために寝るとはどういうことなんだろうか。わからない、しかし少しずつ何かから離れていく感覚。

 

『その力の行く末を、私達はここで見守っているぞ』

 

 あの時、意識が途切れるその刹那に、そんな楽しげな声が聞こえた気がした。

 

◆◆

 

 着いてきてほしい、と言われ先導されるままに旧校舎の廊下を歩く。前を行くのはオカルト研究部の部長にして偉いらしいリアス・グレモリー先輩。腰まで伸びる紅い長髪が特徴的な、意外と優しい人。

 その隣を歩くのが艶やかな黒髪と嫋やかな雰囲気が似合う大和撫子を体現したような女性、姫島朱乃先輩。

 そして残る二人、金髪の先輩と銀髪の先輩は俺の両隣。

 

「そういえば、自己紹介していなかったよね」

 

 そう切り出したのは浮かべた爽やかな笑みがやけに似合う好青年の言葉が相応しい金髪の美男子、正しくギャスパーは真逆の人間と言っていいだろう。

 

「僕は木場祐斗、よろしくね。それで隣の彼女は塔城子猫」

 

「……どうも」

 

「よろしくお願いします、木場先輩に塔城先輩」

 

 口数の少ない女性だが、俺としてはこれぐらいの方が付き合いやすい。自分のことに集中しやすいし、何より無理して話題を探すこともない。最近はよく喋っている気がするけど、俺と言う人間はそもそも基本的にコミュニケーションが上手くはない。喋れば喋るほどその事実が浮き彫りとなり目立って仕方がない。

 とはいえマジシャンを目指すのなら語る技術は必要となる、早く喋ることにもそろそろ慣れていかないと。

 

「そういえば気になってたんですけど、眷属ってどういうことなんですか? 役職の上下での部下とはまた違うんですか?」

 

「もちろんそういう意味もあるけど、少し違うんだ。僕たちは後天的に悪魔になった存在。この中で生まれながらにして悪魔なのは部長だけでね、後から悪魔になろうとするには『悪魔の駒』というのを使用して転生する必要があるんだよ」

 

 駒を使って、転生。聞いただけではよく分からない、想像も出来ないから上手く飲み込めないことばかりだ。けれど大事なのはそういうものだと割り切ってちゃんと覚えることだ、そうすれば後で繋がることがあれば一気に理解出来る。

 悪魔になるためには駒を使って転生しないといけない、何の役に立つかはさておき覚えておこう。

 

「じゃあそれさえあれば悪魔から悪魔へねずみ算式に増やしていけるってことですか」

 

「いえ、そう美味しい話はないのよ」

 

 前を歩きながらリアス先輩が木場先輩の言葉を引き継ぐように口を開いた。

 

「『悪魔の駒』は誰でも持っているわけじゃないし、誰にでも渡されるものではないの。上級悪魔にだけ。それに数も十五個と決められているのよ」

 

「十五個、ですか」

 

「えぇ、丁度人間界のチェスと同じ数ね。そして転生した悪魔は駒の持ち主が主人とならなきゃならない」

 

「眷属や下僕というのはそういう意味だったんですね」

 

 なるほど、なんとなく掴みかけてきた。悪魔側には無限に増やしてはいけない理由があるし、そして悪魔となったからと言って必ずしも最強なわけじゃないし偉いと言うわけでもないということも。なったからと言って成りたてと純粋な悪魔なら、それは後者の方が強いだろう。

 それに数が限られてるなら意味のない転生なんてしても無駄になるだけ、それなら自分のためになりそうな人間を見込んでから転生させた方がすっといい。

 

「さ、着いたわ」

 

 徐々に日もくれてきた時間帯、俺達以外誰もいない旧校舎で部長の透き通るような声がよく響く。

 廊下の突き当たり、教室の扉には黄色のテープ。すごく見覚えがある。

 

「これって、彼のいる教室」

 

「えぇ。ジュンイチロウ、貴方は今までギャスパーの力を見たことがないと、そう言ったわよね」

 

「はい、少なくとも瞬間移動したのは見たことないです」

 

 この一ヶ月、一緒にいる間はギャスパーから目をほとんど離さなかったけど何の拍子も、特に音もなく移動したことなんてない。後退りだって棺に入るのだって何かしらの音を立てていた。だから彼に変わった力があったなんて知りも思いもしなかった。

 

「ギャスパーの神器は見たものを停止させる力があるの、それは人だけじゃなく全てに影響があるわ。水でも火でも風でも、それこと時間だろうと。ギャスパーが力を使うだけでその場で停止する。それも見たことがない?」

 

「……いえ、見たことないです」

 

 彼はそんなことまで出来るのか、ますます驚かされる。あんなに慌てん坊で臆病で泣き虫のギャスパーに、そんな化け物染みた力があるなんて驚きだ。

 

「ギャスパーはね、神器の力を制御しきれていないの。だから少し感情が昂ってしまうだけでも勝手に力が暴発してしまう。私達も何度も停められたことがあるわ……だからこそこうやって昼間は封印しているのだけど……」

 

 怪訝そうな表情を浮かべながらそう語る部長、その気持ちはなんとなくだけど俺にも分かる。だって少し話がおかしくなってきてるのだから。

 ギャスパーは神器とやらの制御が出来ておらず、声をあげたり怖がってしまうだけでも力が暴発して行使されてしまう。あんな臆病者で弱虫な美男子が驚かないようにしたり声をなるべく抑えることなんて出来るわけがない。ある意味ギャスパーは自分にすごく素直なのだから。

 だからこそリアス先輩達も停められたことがあると言っている。

 じゃあなんで俺は一度もそんな経験がないんだ? 俺だけじゃなく、物だって停まったのを見たことがない。部長達が嘘言う理由なんてない──ああやっとわかった、そういうことなのか。

 

「だから確かめに行くんですね」

 

「えぇ。でも正確には、貴方の体に眠ってる力を確かに行くの」

 

「力……?」

 

「貴方には神器が宿ってるの」

 

 セイグリッド・ギア。さっきから何度も聞いてる謎のもの。それがギャスパーにも宿ってるんだと、名前が確か『停止世界の邪眼』だったか。色んな種類の神器があるんだろうなってことは言葉の端々から分かってはいたけど。

 

「僕、普通の人間ですよ?」

 

「テレビやニュースで聞くような著名人も、歴史に名を残してきた偉人も、実は神器使いだったっていうのは私たちじゃ結構有名な通説なの。そういう意味では人間の方が神器使いがずっと多い可能性だってある。だから貴方に宿ってたって、なにもおかしくもないわ」

 

 なんて急に言われても、信じ切れないでしょうね。そう言って顔をテープに防がれた扉へ向ける部長。そしてこう続けた。

 

「だから確かめに行くのよ、この中へ」

 

 彼女の白い指が扉に触れる。すると同時に何かのロックが解除されたような音が響き、テープは真ん中で断ち切られ重力に従い垂れ下がる。

 

「封印を一時的に解いたわ。さ、行きましょう」

 

 そう言うと同時に扉が開かれる。いつも通り、魔法陣の上には棺があって燭台がいくつか置かれてるだけ。他にも色々と装飾はされているけど、さっきの部室に比べれば質素な部屋だ。

 全員が入り、扉を閉めたと同時に中央の棺がガタガタと震え出す。

 

「ギャスパー、私よ」

 

『り、リアスお姉様!? なんで……』

 

「よかった、元気そうね。今日は貴方に会わせたい子がいるの。顔を見せてくれないかしら?」

 

 棺の近くにしゃがみこみ語りかけるリアス先輩のすぐ後ろで、黙々と準備を進めておく。ギャスパーの力を見るためだというなら、つまりは暴発させないといけないということだろうし。

 そうしている間にパカリと棺の蓋が少しだけ持ち上がる。

 

「み、見せるだけなら……」

 

「ありがとう。それじゃあ、ジュンイチロウ」

 

「ジュンイチロウ……?」

 

 視線がこっちを向いた。今だ。

 手に持っていた箱を開く。

 

『──ヒャハハハハハハッッッ!!!』

 

 同時にバネの力で飛び出す、世にも恐ろしいピエロの顔とその笑い声。狙いはバッチリ、ギャスパーの目と鼻の先まで急接近。これぞマジシャン御用達のビックリ箱。

 

「イヤァァァァァッ!?」

 

 校舎全体に響きそうな、甲高い女の子の悲鳴が響き渡る。なんだったらグラスの一つや二つぐらいは叩き割れそうな声量、サプライズは大成功みたいだ。

 

「こんにちはギャスパー。サプラーイズ」

 

「酷いよジュンイチロウくん~~!!」

 

「つい弄りたくなって、ごめんな」

 

「うううう~~!」

 

 閉められてしまった棺の中からすすり泣く声。こうなると暫く泣き止まない、ちょっとやりすぎてしまっただろうか。とびきり驚かすならこれぐらい迫力がある方がいいかなと踏んでいたのだけど。

 

「……祐斗、子猫。どうだった?」

 

「……本当に停まってませんでした。ビックリ箱も部長も、その人も」

 

「これが彼の、神器の力……なんでしょうか」

 

「停止を無効化……? いえ、神器を無効化しているのかしら」

 

 なにやら後ろで研究部の人達が喋っているけれど、生憎ギャスパーを慰めるのに忙しすぎて耳を傾ける暇もない。

 だからごめんって、今度からは絶対使わないから泣き止んでほしい。

 

「……ジュンイチロウ、少しいいかしら」

 

「ごめんごめ……はい? なんでしょうか?」

 

 背後からの声に振り向き、対応する。ギャスパーのことは、とりあえず置いておく。こんな感じでしばらくはこのままだろうし。

 

「貴方は無自覚に神器を発動させているのかもしれないわ」

 

「ギャスパーの神器で止まらなかったから、ですか?」

 

 その言葉に彼女が静かに頷く。

 

「貴方は知らないでしょうけど、『停止世界の邪眼』は数ある神器の中でも上位に食い込むほどにすごい力なの。

 その気になればここら一帯の時間を止めることでさえ訳無いわ。そうなればもう誰にも止められない、解除できるのは本人だけ」

 

「……ギャスパーは、そんなにすごい力を持ってるんですか?」

 

 じゃあなんで、ギャスパーはあんなに怖がっているんだろうか。神器が制御出来ないからってあそこまで臆病なのはおかしい気もする。

 だってその気になればギャスパーに敵なんていないのに。

 

「そしてそれを無効化出来るだけの神器が、貴方の中にもある」

 

 そんなにすごい、か分からないけど。でもそれぐらいの力が俺の中にあるだなんて少し信じられない。今までなんの支障もなく普通の人間として暮らしてきたのだから、そういう非日常に夢を見なかった時期がなかったといえば嘘になるけれど、現実と空想の線引きぐらいは出来ているつもりだった。

 悪魔が目の前に居て、吸血鬼も居て、線引きが曖昧になりかけてきた。でもそれでも自分に異能があるかなんて信じられない。だって力が漲るわけでも、その力が目に見えるわけでもないのだ。効果がまるで実感出来ない、それでどう信じればいいというのか。

 いっそ全部嘘なんだと、ドッキリなんだと言ってくれた方がまだ信じられる。

 そんな考えが顔に出ていたのだろうか、リアス先輩が語り始めた。

 

「信じられないのも無理はないわ、今のところ目に見えて実感出来るような要素は貴方には何もないのだから」

 

「……」

 

「悪魔とか、神器とか、色々と聞かせた身でこういうことを言うのは間違っているのかもしれないけど。ジュンイチロウ、貴方にお願いがあるの」

 

 そう言ってリアス先輩は目線を合わせる。その瞳にはまるで春に感じる木漏れ日のようなそんな柔らかい光と、母のように暖かい慈愛が込められているように見えた。

 

「これまで通り、ギャスパーと仲良くしてあげてほしいの。あの子はずっと自分の力に怯えて過ごしてきたから」

 

 その言葉に、なんとなく合点がいった。

 ギャスパーはすごい怖がりだ、ゴキブリにも鼠にも、それこそ見知らぬ赤の他人にさえ過剰なまでに恐れる。どうしてそんなに怖がるのだろうと不思議だった、でもようやくその理由を理解出来そうだ。

 ギャスパーが怯えてたのは自分自身だったんだ、見たことはないけれど本当に何もかもを停めれる力が自分の中にあるのだとしたら、きっとその事実が何よりも恐ろしかったんだろう。

 出会ってもう、いやまだ一ヶ月。

 俺はもしかして彼のことを、何も理解出来てなかったんじゃないだろうか。

 

「もちろん、強制なんかしないわ。だからこれは眷属を持つ王としての悪魔の命令なんかじゃなく、ギャスパーの姉であるリアス・グレモリーとしてのお願い」

 

 まるで本当の家族のように、本物の弟を思いやるような、そんな慈愛を感じる声。その顔はとても柔らかで、とても優しい。彼女は悪魔だけど、まるで女神様みたいだ。なんてことを思ってしまうほどに。

 そんなお願いを断れるわけがない。

 

「……僕、自慢じゃないんですけど、全然友達がいないんですよ」

 

 昔からそうだ、誰も彼も知人どころか顔見知り程度。喋るのも得意じゃないし、出来ることはマジックぐらい。輪の中に入るのもすごい苦手だ。

 

「多分、僕は友達を作るのが下手なんですよね」

 

 ドラマも見ない、見る動画はマジック関係、遊びも知らない練習以外は全部勉強。小さい頃からずっとそうだった、周りの子達の流行なんて分かりもしない。

 そんな俺に唯一出来た友人が、噂好きのアイツ。人の輪にも入らない話もしないずっと机に向かって勉強ばかりしてる俺のパーソナルスペースにズカズカと入り込んできて、話をするだけして帰っていく。

 

「そんな僕でも知りたいです、もっとギャスパーの色んなことを。俺は全然、ギャスパーのことを分かってないって知ったから」

 

 だから今日ぐらい、たまには友人として、アイツをリスペクトしてみようかと思う。

 友達を作るための第一歩として。

 

「分からないなら一緒に探してみたい。知らないなら一緒に学んでいきたい。言いたくないならそれでもいい、俺はギャスパーと──」

 

 いつか偉大となるマジシャンの第一のファンとして綺麗な笑顔にしてあげたいから。

 だから、本当になんでもない。悪魔も神器もない、常磐ジュンイチロウとギャスパー・ヴラディとして。

 

「友達になりたい」

 

 同時に背後で棺が揺れる、蓋が持ち上がる音がする。

 振り向くと、棺の中から手が差し伸べられている。

 

「……ぼ、僕も、同じ気持ちだから。ジュンイチロウくんのこと、まだ全然知らないから……だから……僕も、君と」

 

 差し出された手と同じように、聞こえる声は震えている。それでも彼は確かに言いきった。俺と同じ答えを言ってくれた。

 

「友達になりたい……!」

 

 答えはもう決まっている。

 その震えた華奢な手と迷わず交わした。

 友達の握手を。

 

◆◆

 

「良かったんですか? 悪魔に勧誘しないで」

 

 人と馴れ合うのが下手な二人の初々しい交流を眺めながら、朱乃は王であるリアスにそう投げかけた。

 

「時間すらも停めてしまえる神器を無効化に出来る神器……正直、喉から手が出るほど欲しいわ。僧侶も一枠空いていることだしね」

 

「きっとあの子は巻き込まれていくでしょうね、本人の意思に関わらず、否が応にも」

 

「させないわ」

 

 神器を持つものの宿命、それは大なり小なりの闘争に巻き込まれてしまうということ。特に龍が近くにいるのならば、それはより確実性を増す。龍は必ず力と闘争を引き寄せる。

 だとしても守ってみせる。リアス・グレモリーにとって常磐ジュンイチロウとは守るべき民、そして可愛い下僕にとって大切な友達なのだから。

 

「この地を任されたグレモリー家の者として、そして一人の悪魔として。必ずあの子もギャスパーも、守ってみせるわ」

 

 今この地の土を踏みながらも好き放題をしている堕天使達は必ず葬り去る。彼に被害が出ることは決して許さない、それが『紅髪の滅殺姫』としての矜持。

 

「その為に、皆の力を貸してちょうだい」

 

 それは眷属達にする必要のない発言であった。彼女達は必ず自分に力を貸してくれると知っているから、血よりも深い絆で結ばれていると信じているから。

 今一度投げかけた言葉に三人が頷いたのを確認してから、リアスは努めて明るい声色で話しかけた。

 

「それじゃあ、そろそろ迎えに行きましょうか。私の新しい下僕を」

 

 一組の友人が生まれた頃、赤き龍の激動が始まろうとしていた。



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