IS:UC (かのえ)
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一章 ユニコーンの影


主人公声優が同じということでクロス
ネタでしかない

6/24 加筆修正


 ある晴れた日のことだ。心地の良い、澄み渡った青空。この空が汚染されているだなんて思えない晴天。市街地から離れたその土地はそこよりかは清浄ではあるものの、人類の営みの結果かはるか昔に比べると汚くなってしまっている。

 

 足音が響く。晴天のせいでカラカラに乾いた土を踏みしめる音だ。すらりと高い背丈に流れる長髪。凛としたその瞳の先には倒れている少年(侵入者)がいた。

 

 少年は、うつ伏せに倒れていた。

 少し長めの茶髪。西欧人らしい掘りの深い顔立ち、しかし、その瞳は安らかに閉じられていて、色を知ることは出来ない。

 細身の身体、投げ出された腕、そしてその先にある手。男らしくなる途上のやわらかく、そして角ばった手の先には純白のペンダントらしきものがあった。それに埋め込まれた純白の宝石には、一角獣(ユニコーン)の文様が描かれている。

 

 長身の女性の影が少年の身体を覆う。

 

「どこのどいつだと思ったら男、だと? やれやれ……IS関連だというのに最近は男での問題が多すぎる」

 

 女性――IS学園の教師の一人で、そして警備とあればこれ以上有用な人はいない。そんな彼女、織斑千冬はそう呟くと手にしていた通信機器に声を吹き込んだ。

 

「侵入者と思われる人間を発見。10代中ごろの男だと思われる。私が来る前から気絶している模様。各員、武装を解除して良いだろう」

 

 通信相手が彼女の声に抗議しようとするが、関係が無い。それよりも早めにこの男を拘束し、事情を聞くことが先だ。そう彼女は自らの体重と同じか、それ以上あると思われる少年を軽々と担いだ。

 

 千冬が彼を背負うと同時に手からペンダントが零れ落ちた。美しい宝石、一角獣の文様。首を傾げながらもこれは彼の私物であると判断した彼女は彼を背負いながらかがみ、それを手にして校舎のほうへと向かうのであった。

 

 数分歩き、彼女がたどり着いたのは簡素な部屋。扉を開くとベッドがあり、治療器具が視界に入る。そこは保健室。この学校の特性上、保健室というものはとても重要な役割を負っている。将来世界に羽ばたいていくであろう少女たちのケアはとても大事なのだ。それも、思春期と言えば尚更の事。

 そんな彼女たちが相談しやすいためにも普通の学校でもある集団で使う保健室とは別に、ここのような個室が作られた。

 

 少年をベッドに横たえた千冬は前傾姿勢となった時に顔にかかった髪を背中に払い、椅子に座る。無理やり起こすことも考えたが、相手の感情を鑑みてそれは却下した。

 よく考えなくとも不自然な侵入だ。ここに来るためには海からか、モノレールでしか方法が無い。そして、不審者など即座に発見できるセキュリティもある。

 だというのにこの少年は海を渡ってきた形跡も無い、モノレールを利用した形跡も無い、セキュリティにも引っかからない。突如『はじめからそこにいた』かのように現れたのだ。

 

 彼の身体が動く、目覚めるのだろうか。部屋の外には警備員が配置されている。もしものことがあったときの保険だ。

 

「ここは……」

「目覚めたか」

「その声、ミヒロ少尉……?」

「私はミヒロなどという名ではない」

 

 頭を揺らしながら上半身を立ち上げる少年。別の名前を呼ばれたのもあるが、その声に千冬は顔をしかめる。なぜならば、その声が彼女の『唯一の肉親』と似ているそれだったからだ。

 

「あなたは?」

「私は織斑千冬。IS学園の教師だ。そして、お前を尋問する人間でもある」

「尋問? それにIS学園って……それに、海? ということは地球? 地球にいるのか、おれは……」

 

 遠くに見える青。それを見た少年はそんなことを呟く。なんだこいつ、頭がおかしいのではないか? まるで『地球以外にいた』かの言い方を――

 いや、そんなことよりも、と千冬は考え直す。彼女がやるべきなのは彼の尋問なのだから。

 

「お前の名前は」

「バナージ・リンクスです」

「年は」

「16になります」

「何故ここにきた」

「何故って――どうして? おれは『ユニコーン』に乗って。そして」

 

 はじめは素直に答えていた彼、バナージだったが急に返答に詰まる。

 記憶が混濁する、頭痛がする。 コロニーレーザーをサイコフィールドで打ち消して、彼女の語る『箱』の真実を世界に。

 ここまで考えて、さらに激しい痛みが襲った。何故、何故という疑問ばかりで答えは出ない。

 

「ユニコーン? しかも乗る、だと?」

 

 千冬はそんな彼の言葉をまるで『男なのにISに乗っていた』ように感じた。

 

 IS――正式名称「インフィニット・ストラトス」

 一人の天才が作り出した、なぜか女性にしか扱えない宇宙空間で活動することを想定したもの。

 

 この少年の年で乗れる乗り物といったらバイク、自転車くらいしかない。そして、それに名前をつけるなど中学生までに許されることだろう。だからといって、彼が口にした『ユニコーン』がISである、という発想に至るのは普段の彼女なら絶対にしないものであったが。

 しかしながら、『男なのにISを動かした』という前例があるのだ。数ヶ月前ならそんな何をバカな事を、と一笑に付すようなことなのだが。

 

 もしそうだとすればあのペンダントは。しかも、一角獣の文様。これは調べる必要がある。そう考えた千冬は口を開く。

 

「リンクス。お前が倒れていたところにこんなものがあった。お前のものか?」

「それは、いえ。見覚えが無いです」

 

 見せたのは彼が所持していたペンダント。しかし、そうにも関わらず彼はそれを知らないと答えた。それは、ISの待機状態であることを隠すためだろうと千冬は判断。ならば少しこれを調べてもいいか、と聞く。

 あっさり受け入れられたそれに疑惑を感じながらも、彼女は外の人間にそのペンダントを手渡した。

 

「さて、お前がどこから来て、何をしようとしたのかを教えてもらおうか」

「おれは……それよりここは何処なんです? おれは帰らないといけないんだ」

「なら帰るためにもこちらの質問に答えるのが早いぞ?」

「それはそう、ですけれど」

 

 バナージは考える。自分がユニコーンのパイロットであるというのは悟られていないだろう。何せ、先ほどこの女性は言った。学園の教師だと。

 そしてユニコーンが地球に落ちているのならば軍関係者が来てもおかしくない。ならば、ユニコーンに乗る前のただの学生だったバナージ・リンクスを教えればいい。幸い、パイロットスーツではなく私服だ。

 

「インダストリアル7のアナハイム工業専門学校に通っているただの学生です。自分でも全くしらないうちに地球に来ていたみたいでここが何処なのかすらもわかりません。何がしたい、と聞かれたならば、コロニーに帰りたい。それだけです」

 

 しかしながら、それは悪手だったと言える。――否、ここが『宇宙世紀』ではないとバナージが知らないのだから、仕方のない事だった。

 

「コロニーだと? お前は何を言っているんだ。嘘をつくにもほどほどにしろ。人間はまだ宇宙に居住を構えていないし、進出のためのISですらその領域に達していない」

「な、え……それはどういうことですか!」

「言葉通りだ。お前の言っていることはただの妄想だ」

 

 なんだって、と目を見開く。ならば、とバナージは問う。

 

「待ってください! それなら、今は宇宙世紀――いや、西暦なんですか!?」

「ああ、もちろん西暦だ。宇宙世紀だなんて、そんなものありやしない」

 

 バナージは目の前が真っ暗になったかのような気がした。

 西暦、それはもう100年近く前の暦だ。おれは過去に来てしまったというのか? それよりも、これまでのことが妄想だとされて帰る手がかりすら掴めなくなってしまう可能性だってある。

 黙って思考を始めたバナージを放置し、早々にこの男が妄想に取り付かれていると判断した千冬は、尋問は終わりだと言わんばかりに部屋を出ようとする。

 それを止めようとベッドの上からバナージが手を伸ばし、彼女が扉を開こうとする。二人のその行動とほぼ同時に、女性が部屋へと駆け込んできた。

 扉を開こうとしていた千冬と真正面に衝突しかけるも、ギリギリのタイミングで避けたその女性は、千冬へと慌てた様子で報告する。

 

「お、織斑先生!」

「どうした山田先生? ああ、尋問なら終わりだ」

「いいえ、それよりももっと大変なことです! あのペンダントからISの反応、そして起動しようにもバイオメトリクスが登録されていてお手上げ状態なんです」

「それで? 登録されている人間は誰だ」

「わかりませんが――おそらく彼、じゃないでしょうか?」

 

 山田と呼ばれた女性は神妙な雰囲気を出しながら、ベッドの上でいきなり部屋に入ってきた彼女に驚いているバナージを見ながらそう言う。

 だが、千冬はそれに反発した。

 

「山田先生、あいつが、織斑一夏が現れたからと言ってそんな」

「でも、世界各国で男の人を調べようという動きがありますが」

「ここはIS学園だ」

「調べてみるだけ調べてもいいのではないですか?」

 

 後輩の言い分にふむ、と千冬は一考する。もし、もし本当に彼が言っているとおり宇宙世紀があって、そこでの事故で過去に逆行したとするならば。

 未来の人間はこの時代と違うかもしれない。ISを動かせる可能性すらある。

 そう、そういえば確かに説明できないことはあった。セキュリティがどんなところよりも高いと自負できるこの学園に侵入できたという事実。これが出来るのは『あの馬鹿』か、この時代を超える技術力。

 

 その可能性を感じた千冬は彼の耳にだけ聞こえるように近づき、口を開いた。

 

「バナージ・リンクス」

「……はい」

「おまえ、工業専門学校に通っていると言ったな? もし宇宙世紀が実在しているのであれば、お前の持っている学生の知識程度でもこの世界の新発見にすらなり得る。そして、私には世界最高峰の頭脳を持つ知り合いがいる」

 

 あまり頼るのは好まないが、と付け加える。

 

「その人物であってもこの時代の技術を発展したものしか作りえなかった。宇宙には一歩届かない。だが、お前の持っている知識、それが本物であってその科学者が立証できれば――お前の言っていることを認めてやらんでもない」

「ほ、本当ですか!」

 

 限りなく近い距離でいきなり大声を出された千冬は不快そうに顔をしかめるも、続ける。

 

「ただ、条件がある。今からの実験に付き合ってもらうだけだ。いや、身構えなくてもいい。ただあるものに触れてもらうだけだ」

 

 バナージはしばし考え込み、そして了承の意を伝えた。

 ついて来い、と言われて彼は立ち上がり、歩く。

 そこから数分経ってたどり着いたのはパワードスーツのような機械が点在している空間。そこにはこの学校の女生徒と思われる少女たちが整備をしていて、千冬の背後を歩いているバナージを見てはぽかんとした表情を浮かべた。

 彼の鋭敏な感覚は『興味』、『驚愕』を彼女らの様子から感じ取る。

 

「ここでいいだろう。もし展開できたとしても邪魔にならない」

「何を?」

「このペンダント、調べた結果そこにあるIS――パワードスーツと言ったほうがいいか。それだということが分かった」

 

 触ってみろ、と言われたバナージはそのペンダントに触れる。そして何故かバナージは、それとアレを重ねた。

 宇宙を駆ける純白の彗星。あの日、導かれるように出会った巨大な白い体躯と。

 

「『ユニコーン』」

 

 瞬時に彼はパワードスーツ、ISを纏っていた。

 その身は純白。頭部にはブレードアンテナ。それは装甲の色と全身のシルエットを持って一角獣を思わせる。

 装甲の継ぎ目からはちらちらと赤の光が漏れる。それはサイコフレームの発光。何故光るのか誰も分からない、けれど確かに光を発している。

 バナージのバイザーに隠された視界は360度。彼は今までそれをなんとなく、で知覚はできていたがそれとは違う。全く別次元の視覚。

 

「ほ、本当に」

「全く。面倒なことをしてくれる」

 

 自分を連れてきた二人の女性が驚いた声を出しているのをバナージは鮮明に聴きとった。そして更に同じ空間でISを整備していた女生徒すべてがISを起動させた彼に注目している。

 しかしながら、それの視線よりも自らの直感が動いた。

 

「応えろ、『ユニコーン』!」

 

 それは突如始まった。バナージの目の前には『NT-D』の文字が一瞬浮かび上がり、そしてキィン、と金属が共鳴するかのような音が頭に響いた。

『ユニコーン』を構成する装甲。それがスライドを始める。胸部、腕部、脚部。全身の継ぎ目が割れ、先ほどまで少ししか見えなかったサイコフレームの光が露出し、全身から赤の光が放たれた。

 続いて胸部、フロントアーマーも展開し、『ユニコーン』の体躯が一周り大きくなる。

 ビームサーベルのグリップが背中から肩へ、そして頭部が特徴的な変化を始めた。

 頭部に屹立していた一本の角。そしてその下にあったバナージの瞳を覆うかのようなバイザーが動き出す。

 バイザーは収納され二つの瞳に、角が割れてV状の角に。金の角が完全に開いてその変化が終わる。

 

 その姿は『ガンダム』

 この場所、時代に知るものはいない。しかしながら、宇宙世紀であるならば別の話。

 

 変化が終わり一息ついたバナージの視界には『La+』 の文字が浮かび、そして座標を示していた。直感と共に『NT-D』を発動させたが、それは正しかった。この示された座標にいけば自分がこの世界に現れた理由、そして帰る道筋も分かるかもしれない。

 

「せ、第二形態移行(セカンドシフト)を……?」

「いいや、違うな。おそらくだが、違う予感がする」

 

 千冬がそう言い終わったと同時に、『ユニコーン』は先ほどと全く逆の変化を始めた

 V字のアンテナは一本角に、デュアルアイセンサーはバイザーに包まれ、全身の赤はスライドして装甲の影に。

 もとの一角獣のフォルムへと戻った機体を見て彼女は再び口を開く。

 

「おそらく単一仕様能力(ワンオフアビリティ)だろうな。……バナージ・リンクス。とりあえず先ほどまでの話は置いておいて、お前の身の安全はこの私、織斑千冬とIS学園が保障しよう」

 

 唐突な彼女の言葉に、バナージはバイザーの下で困惑した表情を浮かべる。

 

「お前はしばらく、この学園に通うんだ。ようこそ、IS学園へ。私は歓迎しよう。型式番号RX-0『ユニコーン』、お前の専用機と共に」

 

 そして、全てが始まった。

 

 

 

 

 

 

 バナージが『ユニコーン』を纏ったこの部屋は整備科のための部屋。そこにはある少女が一人いた。

 数多くいる女子生徒中で異質な存在、自らでISを作り上げようと入学式前だというのに学園に住み着いている少女。

 彼女は偶然、その光景を見た。

 

 最初はまた男か、と思っただけだった。もう一人の男のせいで自らの手で完成させなくてはならなくなった機体。それに手を加えながらもチラチラと様子を伺っていた。

 そして、彼女は、その純白の機体が見せた『変身』に心を奪われた。格好いい、と。

 

 変身するIS、そんな世にも珍しい機体。しかもそれに乗るのは男。興味を抱くのも当然であった。なぜなら彼女は勧善懲悪のヒーロー、例を挙げるなら変身ヒーローに憧れているのだから。

 もしかしたら、と思う。彼ならば、本物のヒーローになり得るかもしれない。この世の中を揺るがす、そんなヒーローに。

 

 見たいと思った。これまで仮想上だったヒーローが、現実になるところを。彼がこの歪んだ世界に光を差してくれるところを。

 

 その日、更識簪にとってバナージ・リンクスは興味以上の対象となった。



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6/25 加筆修正


 二人目の男、その噂はバナージがIS学園で『ユニコーン』を身に纏ったその日に世界中に広まった。多くの生徒の前で男がISを纏ったのだ、それも仕方があるまい。

 おしゃべり好きの女子生徒のこと、瞬く間に噂は広がっていき、そして各国がバナージの所有権を争うこととなった。

 何故か、一人目の織斑一夏は確固とした国籍があった。だが、遠い未来、しかも本当にこの時代から続いているのか疑問すら覚えるところから来た彼なのだ。当然そんなものあるわけが無い。家族や知人を名乗る者が現れ、彼との面会を希望するようなことも起きたが、すべてを学園側でシャットアウトされた。

 

 どこの国出身でもない。これまで生活してきた痕跡が無い。

 このことからマスコミは、非人道的な研究機関で彼が人為的に生み出された(ついでにISも作られた)とするようなことを言い出したりもするのであったが、過去が無い以上そういった結論に至るのは仕方の無いことだろうか、と当事者のバナージはぼんやりと考えた。

 学校が始まるまでの間、男一人でIS学園にほぼ軟禁状態だった彼のところには多くの書簡が届けられた。どれもが我が国の国民に、といった内容で彼は辟易としていた。

 

 入学式の日、彼はもうすっかり慣れた寮と食堂、そして売店への道から大きく外れて会場となる体育館に向かった。当然周囲は全員女子、二人しかいない男に向けられるのは好奇の視線。

 そしてそこから憎悪、そして恐怖といった負の感情をバナージは敏感に感じ取っていた。おそらく女性優位の世界に突如現れた自分という男、それが許せないのだろうか。

 

 地球と宇宙の対立に匹敵する大規模な対立だ、と彼は考える。かつて、男尊女卑の時代があった。そのときはそれが当たり前で、女性は男性の都合で日々の生活をしていた。

 だが、第二次世界大戦の後に徐々に女性の人権が重要視され、ISが現れる前までにはおそらくその不均衡がある程度是正されていたに違いない。しかしながら、どこの時代も活動家というのは存在する。男尊女卑だ、女性軽視だと言えば非難されることすらあった。

 

 でも、それでも宇宙世紀の頃にはそのような問題は全くと言っていいほどに無くなっていったのだった。一介の学生であっても人権の問題くらいは学校で学んだ。

 だが、この世界は違う。

 少し女尊男卑に向かいかけたところに圧倒的女性優位の象徴であるISの登場。これにより何の努力もなしに、ISと全く関係の無い生活をしていた女性までが男を見下しあごで使うようになった。何の努力も無しに――いや、努力して力を付けたとしても人を見下すなど言語道断ではあるが。

 

 バナージはこのようなことを誰よりも敏感に感じ取ってしまう。だからこそ強く思う。わかりあう必要がある、性別でもなんであれ人を見下すような世界は駄目だ、と。

 だから、自分に課せられた男たちの――いや、不平等を正したいと願う人達の思いも嫌というほどに、重い。

 

「バナージ・リンクスか?」

「君は織斑一夏、だね」

 

 入学式の会場。そこには自分と同じく視線を集めている男がいた。それは織斑一夏、あのとき自分を尋問した女性の弟。一人目の男。彼はなるほど凛々しい顔立ちをしており、女の子が放っておくようには見えなかった。さぞかしモテるのだろうな、とバナージは握手しながら考える。

 

「い、いやあよかったバナージ! 俺以外に男がいて。一人だったら絶対この入学式の記憶が飛んでた!」

「針のむしろ、っていった感じだ。誰もが興味を持っておれたちを見るんだ。見られるだけでこれだけ精神を擦り減らすとは思わなかったよ」

 

 入学式が終わり教室へ向かう。主役の一年生、しかも男だからということで先頭で式を迎えることとなり、背後からの視線に溜息をつくこと数回。バナージと一夏はたったの二時間でこれからの生活に不安を覚えた。

 そして同じように視線を受けながら教室へと移動する。指定された席へと座るが、何故か男二人でツートップ。前にいるから観察しやすいのか、背中に視線をひしひしと感じる。しんと静まった教室で教師が来るまで二人は辛い思いをしながら待機するのであった。

 

「おはようございます、もうクラスには慣れましたか?」

 

 入ってきた女性は山田真耶、副担任だという。しかし元気よく教室へと入ってkチア彼女のその言葉に反応するものは誰一人としておらず、彼女の顔色が少し悪くなった。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします! とりあえず出席番号順!」

 

 重い空気に耐え切れなかったのか、彼女はそういってそそくさと教室の隅へと移動してしまう。名前があ行にある一夏の順番はすぐに来た。だが、この環境になじめていないのか、次が自分の番だというのに自己紹介をする気配が無い

 

「お……織斑君」

「は、はい!」

「ごめんね脅かしちゃって。でも、次の自己紹介、織斑君の番なんだ。お願いできるかな?」

「だ、大丈夫です!」

 

 咳払いを一つ、彼は覚悟をキメて背後を振り返り教室全体を見渡した。わかっていたことではあるが視界一杯に女、女、女。そんな光景に怯えながらも彼は無難に自己紹介を済ませようとした。

 

「織斑一夏です」

 

 えーっと、と口にしつつ次に何を言えばいいのか考える。こういうとき一番最初の学生の真似をするというのが日本の学校でよくある光景なのだが、生憎のところ彼はその一番最初の生徒の自己紹介を聞いていなかった。

 止まってしまった一夏に誰もが視線を集中させる。ついにこの静寂に耐え切れなくなった彼の頭は、適当なことを口走って全てを終わらせようとした。

 

「以上です」

 

 彼の言葉に前のめりになって情報を求めていた生徒たちは姿勢を崩してしまう。このしらけた空気から一刻も早く逃げ出したい一夏ではあるがそれはかなわない。したがって、急いで着席し次の生徒に自己紹介を譲ろうとする。

 しかし、その一夏の頭上に影が落ちた。あ、と考える間もなく乾いた音が教室へと響く。叩かれた、と気付きその叩いてきた人物を視認しようとした。その人物の向こう側で自動扉が閉まる音がする。

 

 ふと視線を上に上げる、そこには世界で唯一の肉親の顔があった。

 

「まともな自己紹介の一つすらできんのか」

「げ、千冬姉!? つか、どうしてここ――あいたっ」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 二度目の打撃、流石に縦で叩くと痛いと思ったのか、千冬が手に持ち、今は一夏の頭上にある出席簿は横だった。それをに気付き一夏は青ざめる。縦で叩かれたらどれほどの衝撃だっただろう、それも二度。

 

「ぶ、ブリュンヒルデ……」

 

 呆然としている一夏の耳には入らなかったが、その声が教室の何処からか響いた。それを契機に誰もが彼女が自分の担任であることに驚き、声を上げた。

 

「うるさい、黙れ! ……よし、少しはマシだ」

 

 二言でその騒ぎを収めた彼女は続ける。

 

「諸君、私が貴様らの担任になる織斑千冬だ。これから毎日ISの基礎応用を叩き込むのが私の仕事。返事は肯定しか認めん、逆らうならば……いいな?」

 

 シン、と静まった教室。そして彼女が手をたたいて自己紹介の続きを催促した。次々に自己紹介が続いていきそして最後となる。ら行、バナージの番がやってきた。

 好奇の視線と様々な感情が彼に襲い掛かるがそれを踏ん張り、言葉をつむぐ。

 

「バナージ・リンクスです、機械いじりは多少できます。これからよろしくお願いします」

 

 一夏と同じように簡素な言葉。彼の少し短い自己紹介を聞いて教室からはヒソヒソと話し声が聞こえる。主に彼と一夏の声質が似ている、ということについてだ。中には後ろから話しかけられたら絶対分からない、とまで言う生徒までいる。

 そんな内緒話をしている生徒を無視して千冬は強引にHRを終わらせた。

 

 最初のHRが終わり、休み時間となったが男子二人にとって休み時間は逆に授業よりも気が重い時間。誰もが自分たちに話を聞きたがっているし、そして牽制しあっているために教室に声が無い。

 よって、静まり返ったこの空気で男二人が話すわけにも行かず、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 の、だが

 

「少しいいか?」

「箒……?」

「来い」

 

 強引に一人の長いポニーテールをした少女が一夏を連れ去っていってしまった。突然のことに驚きながらも肩をつかまれ連れて行かれた一夏はバナージに両の手を合わせ、口でごめんと形作った。謝罪の念と視線を感じたバナージは苦笑して一夏と同じように声に出さずいってらっしゃい、と言うのだった。

 

 さて、と彼は現実を直視する。もうここには男はおれしかいない。なら、この視線を全て受け止めるのはおれだけだ、と。また溜息を一つついてバナージは他の生徒からの質問攻めに合うはめになった。

 

 休み時間が終わり、そして授業が始まる。ぎりぎりで帰ってきた二人を尻目にバナージは教科書と参考書を取り出した。入学式があったからといって解散ではない。この学校で学ぶことは多すぎて時間が少しでも要るのだ。

 

「――と、ここまでで分からないところはありませんか?」

「はい」

「織斑君」

「全然わかりません」

 

 一夏のそのふざけた言葉に真っ先に動いたのは千冬だった。一夏はただならぬ気配を感じて視線を動かす。その先には出席簿を構えた己の姉の姿があり、そして再び叩かれた。

 

「理由を聞くだけ聞いてやろう。教科書すら持っていないから大方予想できるが」

「いっつぅ~……間違えて捨てました」

 

 一夏は頭を抱えて机に突っ伏す。不安に思った真耶は同じく男性のバナージへと問いかける。

 

「え、えっと。じゃあリンクス君は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ある程度予習してあります」

「少しはこいつを見習え、織斑」

 

 結局、その授業はバナージから教科書を見せてもらうことで乗り切った一夏。そして休み時間。きちんと予習をしていて授業を理解できていたバナージにとってはこの時間が苦痛であったが、逆に予習すらしておらず、教科書すらなかった一夏にとってはそうではないようで、少しくつろいでいる様子だった。

 

「少しよろしくて?」

 

 その声は誰に向けたものだろうか、少なくとも理解したバナージは声の主に顔を向ける。ロールした金髪に碧い瞳。高貴な雰囲気を漂わせた彼女であったが、それでも物怖じすることなくバナージは視線を返した。

 一方の一夏は自分にかけられた言葉だと理解できなかったようで、振り向くことは無い。それもそうだ、普通は分からないものだ。

 

「聞いてます? そちらの」

「一夏、話しかけられてる」

「え、俺?」

 

 ようやく自分を認識された少女、セシリア・オルコットは教室中に響くような声を上げる。

 

「まあ何ですの! 私(わたくし)に話しかけられるだけでも相当の名誉だというのに」

 

 そういった彼女が言外に乗せてきた侮蔑の感情、それを真正面に受け止めてバナージは返答する。

 

「君は自己紹介でイギリスの代表候補生って言っていた。そう、セシリア・オルコット……だったっけ」

「代表候補生って何だ?」

 

 だが、間の抜けた一夏の言葉に思わずバナージは頭痛を覚えて額に手を当ててしまう。さすがにそこまで無知なのはどうにかしている、と思いながら。

 

「言葉の通り、代表の候補だ。IS国家代表候補」

「そうですわ。主席入学のこの私、教官を唯一倒した『この私』が直々に手取り足取り教えて差し上げてもよろしくてよ? 代表候補生と同じクラスだというのに技術が全くない、ということになれば私――いいえ、我が祖国イギリスが無能ということになってしまうので」

 

 そういってピシッと人差し指を二人に向けるセシリア。だが、一夏の言葉にその見下した表情とポーズを崩す。

 

「俺も倒したぞ、教官」

「な、何ですって?」

「女子では、ということじゃないのか?」

 

 そう言い放った一夏に顔を驚愕で染めながらもセシリアはバナージに続けて問う。

 

「な、なら、そちらの方は?」

「おれは引き分けだった。時間切れ」

「ふ、ふん。どうせそこら一介の教師でしょう」

「担任の織斑先生だった」

 

 だが、その思いもよらない人物の名が上げられた途端誰もが驚愕の表情を浮かべ教室がどよめく。バナージは認識していなかったのだ。彼女と引き分けた、それがどういう意味を持つのか。

 確かにバナージは一夏に比べたらISについて学んだ。しかしながら、どのようなものかということだけにとらわれて、『世界最強』と呼ばれる人物のことを一切知らなかったのだ。

 

「――っ!」

「どうかしたのか?」

「あ、あな」

 

 何か言い終わるより先にチャイムが響く。休み時間が終わった。

 

「お、覚えてらっしゃい! 織斑先生が手を抜いてるのも気付かないお馬鹿さん!」

 

 そう言い残して彼女は去っていった。授業が始まり、千冬が教壇に立ったのだったがまだざわついている教室内を見渡して苦言を呈する。

 

「何を浮ついている? ……授業にならないな、なら先にクラス代表でも決めるか」

 

 誰か自薦、他薦問わずにいないか、と見渡す千冬。そして、おずおずとあげられた手に、自薦かと問う。手を上げた少女は頭を横に振ってから聞いた、バナージが千冬と引き分けだったと言ったがそれは本当か、と。

 それを聞いた千冬はしかめっ面をして、そしてバナージを睨む。どうして睨まれているのか分からないが面倒なことをしてくれたな、という気持ちだけは理解できた。

 

「――事実だ」

 

 そしてその返答を聞いた教室中が一気に周囲がうるさくなるが彼女は続ける。

 

「だが、本気ではなかった。全力ではあったがな」

 

 千冬は回想する。そう、確かに彼女とバナージは引き分けに終わった。

 これまでどのような相手であろうとその敵を一刀両断してきた彼女。だが、その刃が届かなかったのだ。

 殺気を感じて避けられる、ガードされる。暫く斬りあっていたが途中で彼女は感じた。なるほど彼は殺気に敏感なのだと。

 

 そうとわかったら殺気を消して斬ればいい。そうやって暫く斬りつけていると、今度は彼が対応を始めた。なんと、殺気を消しているというのに先ほどまでと同じような回避と防御を始めたのだ。

 久しぶりの好敵手に顔に笑みが浮かぶ千冬。同時に歯がゆく思う。どうせならば、自らに最も適合したISで戦ってみたいものだ、と。

 結果は時間切れ。だが、彼女はまだ彼が手札を残している気がしてならなかった。

 

 彼女の返答に、周囲のざわめきがおさまる。手を抜いていたのか、と。誰もが千冬がそうだったとしか認識せずに『互いに万全で戦ってなかった』という彼女の本意を汲み取れなかった。

 

「このことは置いておこう、本題だ。では誰かいないか?」

 

 落ち着いてからもう一度問う。すると返答があった。

 

「織斑君がいいと思います!」

 

 突如名前を出された一夏は立ち上がって抗議しようとするが、そんな姿勢を見せた瞬間に千冬が拒否権は無いぞ、と告げて黙らせる。

 

「リンクス君はどうでしょうか」

 

 同じようにバナージも推薦されるが、彼はあきらめたような表情で推移を見守る。何を言っても千冬が辞退を認めないだろうな、となんとなく思ってしまったからである。

 

「納得いきませんわ!」

 

 そして、好奇心だけで推薦されるこの状況に、努力で勝ち取った地位に自信を持つ彼女の声が響いたのは必然とも言えた。



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 納得いかない、そういったのは大方の予想通りセシリアであった。彼女はその綺麗な白い顔を赤く染め、たった今推薦されたばかりの二人を睨みながら自己主張をする。

 

「まるで男が珍しいから――そう、動物園に展示された希少生物だからと言って祭り上げている、そう見えますわ。クラス代表、重要な役目をそんな理由でさせるなんて言語道断、私のような優秀な人間がなるべきではなくて?」

「一理あるな、オルコットの言うことも。推薦した奴はクラス代表ってやつがそのクラス全体の履修状況の目安となる人間ということを当然理解しているだろうな?」

 

 先まで散々男二人を押していた生徒の声が途端おさまる。

 

「――とは言っても、専用機持ちや代表候補生がいるクラスは少ない。どうせ変わらんだろうな、今のお前らのように物珍しさでクラス代表を選んでも、そうでなくてもだ」

 

 それで、他に立候補するものは居ないのか。そういった意味をこめて千冬は視線を投げるが、もう誰も手を上げない。

 とするならばこの三人の中から誰かを選ぶことになる。生徒の自主性を重んじるならば投票といった形になるだろうが、入学直後のこの状況においては調度いい塩梅にはならないだろう。

 

「この三人から選ぼうと思うが……さて、どうやって選んだものか」

「織斑先生、やはりここは私以外にはありえませんわ。あの男二人は推薦されたというのに胸を張るどころか、面倒そうな顔をしている。それに対して私はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生というエリート中のエリート、そして自ら立候補している。決まったも同然ではないでしょうか」

 

 その口ぶりは一見ただの傲慢さしか見えないだろうが、しかし。裏には努力による確固たる自信があった。血の滲むような努力を外に見せない、貴族は貴族らしく優雅たれ。だが、それは裏を返せば事情を知らないものからすればただの嫌な奴としか見えない。

 

「私はISを学ぶためにわざわざこのような遠くの地まで来たのです。こんな、物珍しさで人を祭り上げるような、そんなところに来た覚えはありません!」

 

 更に続ける。男が女の前に立って戦うなんて前時代的なものを見せる、それではこのクラスは滑稽な世にも珍しいものを見せるサーカスと同じではないか、と。

 それを聞いていて黙っていられるほど、一夏は忍耐強くは無かった。確かに現代の価値観からしたら男が女と戦うということは間違っているのではあるが、いい意味でも悪い意味でも前時代的な『男らしさ』を持つ一夏からすれば我慢ならない内容だった。

 

「黙って言わせておけば、オルコット。俺たちを動物園の猿か何かと間違ってはいないのか? やるときはやるんだ、男だって。口だけ達者でまくし立てるような誰かとは違ってな!」

「な、なんですって! 貴方、私を侮辱しますの!?」

「先に侮辱したのはそっちだろ! 馬鹿にされて、頭に来ないやつなんていない!」

 

 二人はたったまま睨み合う、そしてどちらともなくセシリアと一夏は相手に戦いを挑む。

 

「決闘ですわ! その傲慢な顔を吹き飛ばして差し上げます!」

「そうかい! その尊大な自信、叩き斬ってやる!」

 

 そしてその様子を見ていた千冬はその幼稚な喧嘩に眉間の皺を濃くさせながらも告げた。たしかにこれは手っ取り早いし、誰もが納得するだろうと思いつつ。

 

「では、こうしよう。一週間後の月曜、アリーナで勝負をして勝者をクラス代表とする」

「決まりですね。……そして、そっちで黙っている貴方はどうするおつもり?」

 

 途中から完全に傍観者と化していたバナージにセシリアは言葉を投げかけた。千冬も彼に向かって参加するように告げる。

 

「お前も勝負に参加しろ、リンクス。……いや、調度いい。お前とオルコットなら即日勝負が出来るだろう。初心者同士ではない、準備も必要ないはずだ」

「待ってください」

 

 だが、ここで今までなにも口にしてこなかったバナージが声を出した。

 これまでの二人の言い争いを聞いていて、彼自身もセシリアに言いたいことができたからであった。彼女はどうも男のことを誰もが頼りのないやつばかりとしか思っていない。きっと、誰もが椅子を尻で磨くような連中だとでも思っているのだろう。

 

 だが、とバナージは思い出す。そんな人間じゃなかった、彼がここまで触れ合ってきた大人の男たちは。

 先までの会話について周囲の生徒はむしろ一夏がおかしい、といった雰囲気だった。ただ、セシリアの物言いはあまり好まれなかったようではあるが。

 

 バナージはしっかりとセシリアの瞳を見据える。

 

「いまさら怖気つきましたの?」

「違う、そうじゃない」

 

 バナージは椅子をゆっくりと立ち上がる。その瞳には芯の通った光が灯されていた。それを真正面から見たセシリアは、どこか遠い過去の哀愁を感じた。何か、温かくて大切だった何かを思い出しそうだったのだが、続けられた彼の言葉に現実に戻る。

 

「セシリア・オルコット、君はどうしてそこまで一夏を――いや、戦おうとする男をまるで見世物みたいに言うんだ?」

「決まっています。男は矮小で、卑屈で、どうしようもない生物なのですから。私たち女が導いて差し上げなくてはなりません……かつての父のように」

 

 違う、そうじゃない、とバナージは言う。セシリアがどういう過去を過ごして男に対してこういう態度になったのかを垣間見たバナージは、自分の過去を持って否定する。

 

「少なくともおれは知っているんだ、誰かのために何かをしようと一生懸命に生きた男を、大人たちを。確かに君の言うとおり、今は腑抜けた男ばかりかもしれない。けれど、誰も可能性を持っているんだ」

 

 キャプテンや多くの大人たちのように、と胸で続ける。

 

「それは理想ですわ。そんな男なんて、この世界に誰一人としていない!」

「だったら、おれがその『可能性』を示す。男が虐げられるだけではなく――いや、弱くても、いつかは誰かを守れる、大きな背中を持つ人間になれる、そんな可能性を」

 

 あの人達は、尊敬できる人間だ。おれも、いつかはあんな大人になりたい。宇宙(そら)で、地球で、たくさん教えてくれた。誰もが立派な人間だった。

 

 夕方、そのままアリーナへと移動となり準備が始まった。新学期早々だったからもあったが、あっさりとそこの使用許可が下りて試合が始まることとなる。

 ホームルームでの経緯を頭で振り返っていたがもうそろそろ予定の時刻だ。飛び立たなければならない。

 

『ユニコーン』は人の心を増幅するマシーン。己の心が強ければ強いほど『ユニコーン』は無二の力を与えてくれる。左頬に手を添える。今はその温もりを感じない、けれどあの時確かに感じた暖かさ。信じろ、自分の可能性を。為すべきと思ったことを、為せ。そういったのは

 

「父さん……」

 

 そして必ず帰ると約束をした少女オードリー。おれはその約束を果たさねばならない。だけれど、おれは今、ここでやりたいことができた。だから届かないけど彼女に謝る。

 

「オードリー、ごめん。おれは……」

 

 一度瞳を閉じて、そして開く。その時にはすでに彼の身体には純白が纏われていた。

 伝説上の生き物をかたどった一本角、バイザーで覆われた瞳はなにも映さず、脳内に直接『ユニコーン』が得た周囲の情報を映し出していた。

 ぐっと四肢に力を込める。

 

「バナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』、行きます!」

 

 刹那、空に純白の機体が舞い上がる。

 そしてその少し前、アリーナの観客席。そこで一夏は千冬と箒にはさまれるようにして座っていた。

 

「ちふ――織斑先生、勝てますか、バナージ」

 

 一夏の問いに返されたのはただの笑み。それがどういう意味か図りかねていると、ブザーが鳴って試合開始の合図となった。オープンチャンネルでISとアリーナは繋がっている。つまり、戦闘中の会話がある程度は聞けるということだ。ただ、歓声に掻き消されることもあるのだが。

 

「セシリア・オルコット。『ブルー・ティアーズ』、出ます!」

 

 ふわっと舞い上がった蒼の機体。第三世代IS、イギリスの技術力の粋を集めて作られた実験的な役目も負う『ブルー・ティアーズ』

 

「バナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』、行きます!」

 

 そして、正体不明、スペックは開示できたものの、多くの情報が不明のまま、何世代に相当するのかも分からないIS『ユニコーン』

 

「褒めて差し上げますわ、逃げずにここまで来たことを! 最後の通告です、降伏するならそれを良しとしましょう!」

「おれは、逃げない」

「専用機持ちで良かったですわね、負けたときに言い訳できますもの。さあ、踊りましょう! 『ブルー・ティアーズ』と、私と一緒に!」

 

 先手必勝、といったところか。セシリアは手に持っていたレーザーライフルを目にも留まらぬ速さで打ち出した。

 無論、相手の実力を見るといった理由もあってそこまで照準を合わせてはいなかったが、さすが代表候補生と言ったところか、狙いは丁度バナージの胸元であった。しかしながら撃ち出すか、それよりも先に彼は動いた。その純白の機体は彼のイメージに完全に沿った動きをする。

 

「やりますわね!」

 

 すかさず彼女はバナージがこれから先移動するであろう点を狙ってライフルを撃つ。しかしながらそのどの攻撃も掠めることなく彼の接近を許してしまう

『ユニコーン』の武装は少ない、手に持っているビームサーベルか、頭部のバルカン程度。ビーム・マグナムは威力は高いが撃てる数が限られている。だからこそ、彼は接近戦を選んだ

 だが、多数方向からの『それ』を察知し、とっさに『ブルー・ティアーズ』と逆方向へ飛びのく。それとほぼ同時に『それ』からの砲撃が彼のいた場所に炸裂した。

 

「これは!」

「ブルー・ティアーズの奇襲にも対応できるだなんて……ええい、きっとまぐれに決まってますわ! 行きなさい!」

 

 次々と打ち出されるビット兵器。四つの砲台。それらは全て己を狙っている。なるほど、それが隠し玉というわけか。

――いや、それにしては早々に出しすぎだ。まだ何かあるかもしれない

 バナージは瞬時に先までの思考を破棄してそこまで考える。

 

 次々と打ち出されるビーム、隙を見てセシリアに攻撃をしかけはするが、接近は難しく、ビーム・マグナムは撃ち出すまでのラグで避けられることが多い。もしこれが宇宙空間であったならばすぐに勝利できていたのかもしれないが、重力に慣れていない彼には加減がどうも難しいのだった。

 ならば、数で圧倒されるのならこちらも対抗するしかない。『ユニコーン』のシールドをバナージは手放した

 

「防御を捨てて私に向かうつもり? まぐれの連続が続いたからと言って届くことはありません。ブルー・ティアーズ!」

 

 それを見たセシリアは攻撃を集中させようと一斉に司令を出そうとした。だが、すぐに中断させられる。

 

「っ! どこから!?」

 

 不意に撃たれたビーム・ガトリングガン。確かに避けた、避けたはずなのにそれは追尾して追ってくる。真正面の『ユニコーン』は何もしていない。ならばどこだ、どこが攻撃の起点か。

 そして見つける。

 

「まさか貴方もBT兵器を――!?」

 

 そこには先ほど『ユニコーン』が手放したはずのシールドが浮遊していた。それは自由に動き回り逃げ惑うセシリアを攻撃し続ける。そして、全く想像してもいなかった武器の存在に集中が乱れ、ブルー・ティアーズの制御が困難となった。それらはあらぬ方向にビームを放ち、バナージにその弱点を悟られる結果となる。

 

 何故、BT兵器で一番トップを走っているのはイギリスだったはず。そう混乱しながらもなんとか集中を取り戻してセシリアはバナージに一点集中砲火を加える。もし、自分と同じような操作方法だったなら、ビットの操作中は動けまいと考えての事だった。

 だが、その集中砲火もシールドによって阻まれた。いとも容易く弾かれてしまった攻撃に、一瞬思考が追いつかなかった。

 

「化け物……!」

 

 恐怖を抱く。どうやっても勝てない、勝てるビジョンが見えない。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 悲鳴を上げるように更に二機、それを追加する。隠し武装だったはずのそれ。奇襲用にとっておきたかったそれ。だが、そんなことを言っている場合ではない。攻撃は当たらず、BT兵器の精度もあちらが上。敵のシールドは通らない。なら、手札を増やすしか道が無い。

 

 対するバナージは増えたビットの対処に悩んでいた。ユニコーンモードで全てを対処しきるのは不可能。一見こちらが有利には見えるものの、決定打となる攻撃は未だ与えられていない。

 片手でビーム・マグナムを発射した直後に強い瞳の輝きを持って、バナージは自らを『ユニコーン』に感知させた。

 

 その一瞬の隙、ユニコーンが変形を始めようとする一瞬。セシリアは何が起きるのかは分からなかったが、とにかく隙があったから撃った。それは、間違いなく『ユニコーン』に全弾命中する筈であった。

 しかしそれは全て外れた。ユニコーンを中心とする同心円を描くかのように全てのビームが屈折したのだった。

 

「なんてっ!」

 

 一瞬の驚愕、そしてハイパーセンサーで拡張された己の視界にセシリアは見た。それまで『ユニコーン』のバイザーに隠されていた彼の瞳を。

 

「あっ……」

 

 その力強い瞳。そして美しい赤が機体から次々と露出していく光景。それはどこか神秘的で、無意識のうちに見惚れてしまっていた。

 

(父様……)

 

 その瞳に何故か、自らの思い描く父性を重ねた彼女だったが、一瞬でその妄想を振り払い迎撃体制に入る

『ユニコーン』の変身は完了していた。全身の赤は強く輝き、露出したバナージの真剣な表情が誰にも見て取れた。

 

「なにをするのかしりませんがっ!」

 

 ビットを全て『ユニコーン』にもう一度向け、撃った。

 だが、その全ての攻撃を一瞬のうちに避けたのか、否、まさに瞬間移動。その機体は先ほどまでと全く別の位置に存在していた。

 その全身から放つ赤の燐光。それが残像を引き、ハイパーセンサーであっても知覚出来ないほどの速さを持って『ユニコーン』は動いた。

 

「また消え……っ!?」

 

 もう一度良く狙って放った攻撃も、『ユニコーン』は高速で避けた。アリーナの生徒の誰もがその動きについていくことができず、ただ赤の曲線が描かれていく様を見ることしかできない。

 高速でジグザグに動く。いくら慣性をある程度打ち消しているとはいえ、そんな動きをすれば操縦者もひとたまりも無いはず。いままで見たことのない機動を見せる機体だけではなく、操縦者(パイロット)も化け物。そんな想像までしてしまう。

 

 ビットの一撃を回避した『ユニコーン』はその手に持ったビームサーベルでそのまま一機粉砕した。偶然かまぐれか、いままでそんな言葉で目の前の男を誤魔化してきた。いや、違う。これは必然だ。彼は自分の攻撃を察知し、そしてブルー・ティアーズの軌道が確実に見えている。

 自らを守るようにビットを呼び戻したが、その過程で数機落とされた。もうガラ空きだ。

 

「インターセプター!」

 

 最後の足掻き、悲鳴のような声を上げて唯一の近接戦闘用武器を呼び出すセシリアであったが。

 

「セシリア――ッ!」

 

それが呼び出されるよりも先に彼女の視界に最後に映ったのは美しい白と赤の機体、そして力強いバナージの瞳だった。

 ブザーが鳴り、勝者が誰だったかを告げる。

 

 最後の攻撃と共に気を失ったセシリア。彼女が重力に引かれて落ちるまでに即座に回収、腕に抱き、バナージは地面へとゆっくりと降下していった。全身の露出した赤は収められ、頭部の角は一本に。元の『ユニコーン』にふさわしいシルエットへと戻る。

 地面に着地、それと同時に大きな歓声が沸き起こった。



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「ワンオフアビリティ『NT-D』、それがお前の隠し玉だったのか、リンクス」

「『NT-D』?」

 

 見ろ、と端末を手渡される一夏。同時に周囲の生徒がわらわらと集まってきて圧倒的な性能を誇った『ユニコーン』の情報を見ようとする

 それを、ええい、邪魔だ、散れと千冬は言うのであったが、誰も離れることは無かった

 遠くの女生徒が織斑君、私にも分かるように読んでって言ったので、一夏は詳細を読み上げる

 

「『ニュータイプ・デストロイヤー』、略して『NT-D』……おいおい物騒だな。で、詳細は――うん、文字化けしてる」

 

 気になっていた情報が全く持って手に入らなかったために、誰もが前のめりの姿勢から崩れ落ちそうになる

 

「いや、一つだけ記述が――『サイコミュ・ジャック』、サイコミュ兵器のコントロールを奪う。すごいな、敵の装備を奪うって事か。……で、サイコミュって何?」

 

 誰もが知らないようで、隣に座っている千冬でさえも首を横に振った。誰も知らない未知の兵器、それを奪う能力

 そして、そこから一夏は突拍子も無いことを思いつく

 

「もしかして、誰も知らないそのサイコミュってのをあの『ユニコーン』は使っているんじゃないのか?」

 

 と。それは当たりであったのだが、そもそもサイコミュとは何かを知らない時点で誰もそのことを確認する手立ては無かったのだった

 

「それよりも気になるのはデストロイされるその『ニュータイプ』ってやつだよな」

「あれほどの高性能を持って攻撃される『ニュータイプ』、どれほど強いのだろうな」

「ああ、千冬姉のアレがまた始まった」

 

 好戦的な自分の姉に呆れながらも、一夏は身支度をして観客席に来るであろうバナージとセシリアを待つのであった

 

 この試合、見ていたのは一夏達が在籍している一組の生徒だけではなかった。一年だけでなく、上の学年の生徒でさえも、代表候補生と男が戦うという噂を聞いて集まってきたのだった

 

「珍しいよねぇ、かんちゃんがこんなイベントに興味を持つなんて」

「数少ない男、そして専用機――見てみる価値はあると思う」

「それもそうだねえ。そういえば、男の子二人はとってもかっこいいんだよ」

 

 更識簪、『ユニコーン』が初めてこの世界に立ったときにその現場に居た少女。彼女は昔からの付き合いである布仏本音と共にその試合を見ていた

 純白の一本角。その機体も十二分に格好がいい。搭乗者の表情を隠すバイザーに、装甲の継ぎ目から見える赤の線。大きめなシールドもいかにもといった形で格好がいいし、大口径の背負われた銃も重そうで格好がいい。頭部にバルカンがあるのも評価点高いし、そしてなにより

 

「見て、今からあの機体が『変身』する」

 

 簪はその現象を心の中で角割れと呼んでいた。自分がつけているディスプレイに情報が次々に表示されていく。上昇していく機体性能、それを見て

 

「これは……多分、この姿が本当の『ユニコーン』。性能向上目的の変身ではなくて、リミッター解除の類」

 

 とても興味深そうに、それこそ彼女が趣味に没頭しているときのような熱い視線でバナージを見ているそんな姿を見て、本音は一瞬驚いたような顔をした後、笑うのだった

 

 試合が終わって暫く、先に帰るねと本音に言って席を立ち、アリーナの階段を下りる彼女。そして、その途中に彼とすれ違った

 

「あっ……」

 

 咄嗟に振り返り、何か声をかけようかするものの、突然の自分の行動に驚いてしまった。あまり他者との関わりを持たない、社交的ではないといえる自分が突然知らない人、しかも男に話しかけようとするだなんて

 

「バナージ・リンクス……」

 

 簪とすれ違い、そのまま階段を登って観客席に辿り着いたバナージ。既に制服に着替えており、汗もシャワーでパッと流してやってきた

 

「リンクス、見事な試合だった。これから先この小娘共が目指す、そんな目標になれるようなそれだった」

「ありがとうございます、織斑先生」

「さて、あとはオルコットが来たら今後の予定を……ああそうだ。織斑、これを」

 

 千冬から手渡されたのは部屋の鍵だった。暫くの間自宅から通う予定だと聞かされていた彼は、その鍵に驚く

 

「寮の鍵ですか?」

「そうだ、準備が出来たから今日から入ってもらう。必要そうなもの――まあ元々物欲が無いお前のことだ。充電器と木刀があれば十分だろう? あと当分の着替えだ。既に運び込んである」

「ありがとうございます?」

 

 手渡された鍵の番号を見る。1025、その番号は

 

「ああ、おれと一緒か。よろしく、一夏」

「バナージか。まあ流石に女の子と一緒の部屋ってわけにはいかないしな」

 

 懐から同じ番号の鍵を取り出したバナージ。男二人で同じ部屋になるようだった

 

「お待たせしました」

「来たか、オルコット。では、明日以降の予定を話すからメモをとるなりしてしっかり覚えておけよ」

 

 そして諸連絡が終わり、解散となった

 一夏と肩を並べて寮へと向かおうとするバナージ。そして、そんな二人の後ろに並ぶように歩く一組の生徒、そしてしれっと一夏の真後ろにいるのは箒

 

「お待ちください」

 

 バナージは声をかけられる。声の主は誰もが想像したとおりにセシリアだった

 

「セシリア」

「貴方の言うとおり、まだ男にも腑抜けていない、強い者がいるのですね」

 

 ごめんなさい、と謝罪するセシリア。そして一夏に向かって告げる

 

「織斑さん、私は男の――人間の可能性に、バナージさんの言葉に賭けてみたくなりました。一週間後、私は全力で、手加減抜きで貴方と戦います」

 

 だから、一週間。そんな短い間でどれだけ強くなれるのか、見せてください。そう言って去っていくセシリア。朝までにあった見下すような態度は消えて、対等な、そんな感じがした

 

「変わったな、オルコット。……バナージ、俺は強くなりたい。だから、力を貸してくれないか?」

「一夏――わかった」

 

 そんな二人の会話を聞きながら歩くセシリア。彼女は自分が意識を失う直前、バナージが、『ユニコーン』が自分を抱えたときに伝わってきた暖かさを思い出していた

 機械と機械が触れ合っていただけなのに、何故か暖かさを感じた

 とても心地がよくて、どこか昔を思い出すような切ない感覚……そう、小さい頃に父に抱かれていた安心感。そんなものだった

 

 思い出した――いや、世の中の風潮に流されてそういう偏見を抱いていただけだったのかもしれない。本当は心のどこかで分かっていたのだ。父はただの腑抜けた人間ではなかったと

 ISが世に広まる前までは、彼がオルコット家の当主として家を切り盛りしていたのだ。そんな父の姿をどうして忘れてしまっていたのか

 女性優位の世界において、家の品位を落とさないために敢えて一歩引いた態度をとっていたのではないか?

 今ではもう亡い人だ、どうやっても確かめられない。見下していた過去を謝ることも出来ない

 

「父様……」

 

 自分の父親だった男と同じ暖かさを持つバナージ。彼と触れ合ったあの一瞬、それがどうしようも無く切なかった

 

「バナージさん……」

 

 これが欠けてしまった父への愛情が生み出した哀愁なのか、それとももっと他の感情なのかは分からない。でも、私はこの感情を大事にしようと思う

 

「今度は、負けません」

 

 胸に手を当てて、そう誓う

 

 

 

 

 次の日の朝、バナージと一夏、そして箒は何故か外を走っていた。やはり何をするからにしても基本の体力は必要だろう、ということで早くに起きたのだ

 すると、偶然日課で走り込みをしている箒と遭遇して、一緒に走ろうということになったのだ

 早起きに慣れていたバナージはともかく、新聞配達などをやっていた一夏のどちらも寝坊する事が無かった

 

「しかし、一夏はともかくバナージまで体力が無いとは」

 

 バイト三昧で、一般的な同学年の男子よりかは多少ある程度の体力しか無かった一夏。それと同じくらいにしか走れなかったバナージ。先の戦闘を見てかなりの実力者だとは思っていたが、バナージは体力が無かった

 それもそのはず、ずっと宇宙に居たのだ。重力下の生活が辛くないはずが無い

 

「め、面目ない」

「おれはただの工専生だったから」

 

 大汗をかいて地面に座りながら三人は話す。ふと、先のバナージの言葉にひっかかりを覚えて問う

 

「工専生? てことはもしかしてバナージって年上?」

「一年先に生まれたことになるのかな? まあ別に今までと同じように接してくれて良いよ」

 

 じゃあ箒、あとで食堂で会おう、そう言ってバナージはシャワー室へと向かっていく。残された一夏と箒は顔を見合わせる

 

「リンクスって結構フランクだな。私の事を普通に箒と呼ぶし」

「西欧人だからファーストネーム呼びが普通なんじゃないのか?」

「それもそうか」

 

 そして食堂、もう一度集合した三人はトレーを持ってあいている席を探していた。すると、手招きをする人影をみて、それが誰かが分かり三人は向かう

 

「おはよう、のほほんさん」

「おはよ、おりむー。ほらふたりも座って座って」

 

 勧められた席に座り、本音と他に居た二人も会話に加わる

 

「織斑君朝からそんなに食べるんだ~!」

「それほどでもない」

 

 冗談めかしてそう言う一夏。そして逆に彼は問う

 

「皆は逆にそれだけで足りるの?」

「お菓子食べるし?」

「そっかぁ」

 

 女の子の主食は甘味、なるほどと脳内にその事を留めておく彼だったが、ふと隣の箒のトレーを見て考えを改める

 

「お前、お菓子食べるのに朝食そんな食べて大丈夫なのか?」

 

 見るからに和食。米、味噌汁、卵焼き、焼き鮭。そんな一夏の発言に顔を少ししかめながら箒は私はあまりそう言うのは好まない、と返した

 人生損しているな、と三食きっちり食べて適度にスナック菓子を嗜む一夏はそう思う

 

「で、バナージはどうしてそうなった」

 

 彼のトレーには箒と同じような和食。それが2セット

 

「ジャパニーズワショクは既に絶滅したと思っていたんだ! それがこんなところで食べられるだなんて!」

「あー、ちょっとリンくんは日本を勘違いしているかな?」

 

 本音は苦笑いをする。周囲の日本人生徒も同様のようで、どこか嬉しそうに日本食を食べているバナージを、温かい目で見守るのだった

 別に今日だけで食べられなくなるわけでもないのに一生懸命日本食を堪能するバナージであった

 

 そして放課後、なんとか借りる事のできたアリーナと、IS『打鉄』を纏った一夏。そして一緒に同じ機体を纏う箒、その二人の前にバナージは立っていた

 

 授業中に一夏に専用機が与えられるとか、休み時間に先輩からISの操縦教えるよ、と言われたりしたのだが、専用機はもしかすると試合に間に合わないかもだし、ISの操縦はバナージに教えてもらえばいい。よって、一夏にとってそれらの事はほとんど脳内からきれいさっぱり忘れ去られていた

 

 そんなことよりも、このアリーナが使えるようになるまでの間に剣道場で箒にボコボコにされた事が脳内に残っていたのだったが――

 

「空を飛ぶってイメージが中々に難しいな」

「宇宙で――いや、水中で移動するような気分になればある程度は上手くいくと思うけど」

 

 最初のうちは四苦八苦しながらも、ようやく自由に空を飛んで身体を動かせるようになった二人。元々武道をやっている身だ、自分の身体を客観的に捉えることは易しい

 

 地道な訓練を続けて一週間、ようやくその日がやってきた

 

 専用機はギリギリ間に合った。けれども一次移行(ファーストシフト)をするための時間は無かった。本日の予定は一夏とセシリアの戦いの後に、一夏対バナージは行われるはずであったが、急遽その順序を逆になった

 万全な状態で一夏と戦いたい、セシリアが申し出た結果だった

 

「バナージとの戦いでモノにしろ。いいな?」

「了解」

 

 機体に背中を預ける一夏。そんな彼にマニュアルなどを渡す千冬と真耶。そして応援のためにピットに来ていた箒

 

「意地でも『NT-D』くらいは引き出してくるさ」

「意識が低いぞ一夏。――勝って来い」

 

 箒はそう激励する。少し面食らった一夏だったが、すぐに表情を引き締めて分かった、と告げる

 

「織斑一夏、『白式』、出る!」

 

 直線的な軌道で空へと飛んだ一夏。そして目の前の白と対峙する。『ユニコーン』の白、『白式』の白。二つの白が、互いに激突をした

 

「バナァァァァジィィィィイイイイイイ!!」

 

 呼び出したのは刀一本、無銘。チキチキと視界の隅で最適化の作業を行っている様子が見て取れる。説明されたのを聞く分だと、武器はこれ一つしかないようだ

 しかしながら、自分には射撃センスは全くないし、これが似合っている。一夏は先手をかけながらそう考えていた

 

 振った刀はバナージが振ったビームサーベルと交錯し、激しい火花を散らせたのだった



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 織斑一夏にとって、姉とは自分を庇護してくれる唯一の存在であったし、いつかは逆に守るべき人だと考えていた

 しかしながら、姉は世間一般で言われる『かよわいおんなのこ』などではなく、むしろ逆。男勝りで誰よりも強い――比喩ではなく――女性だった

 そんな存在をどうやって守るというのだろう、一夏は中学生の間、それもとある『事件』が起きた後から考えるようになっていった

 

 自分が弱いから、迷惑をかけた。彼女の栄光を汚した

 けれど、強さとはなんだ? 現代日本の一般社会であのような事件に遭遇するなどまずありえないと言えるし、そもそもプロレスラーが強いから誰かを守れているなんて話も聞いた事は無い

 

 それならば、と一夏は考えた。現代社会で守るとは何か。その結果、思い立ったのが自らの社会的地位の向上に、裕福さ。その二つがあれば姉を『武』の面ではなくても守る事ができる、そう考えたのだ

 

 無論、姉はそうそう簡単に守らせてくれるような社会的地位でもないし、貧困に喘いでいない。ブリュンヒルデという称号は誰もが納得するものであったし、女手一人で自分をここまで育て上げるなど、やりくりも上手ではあった。彼女は有り余る金を持ったとしても使い果たす事など出来ない人間だ

 つまり、一夏が考える『守る』は、ほぼ不可能と言ってもよかった

 

 答えが出ないまま、一夏は『守る』とは何かを考え続けた

 

「まだまだァ!」

 

 いくら殺気を読まれて避けられ、防がれ、反撃されても、一夏は一歩も引く事は無かった。元来直情的で真っ直ぐな彼はそれしか能が無かったのもあるし、他に手段が無いのもあった

 

「織斑は攻めあぐねているな」

「飛び道具に対する訓練はリンクスとやりはしたが、所詮訓練は訓練。初心者の一夏が本気のリンクスと戦うのは初めてだ」

 

 形態移行も出来ずにシールドエネルギーが削られていく一夏。対するバナージはほとんどと言って良いほどダメージを喰らってはおらず、このまま試合の決着が付くかのように思えた

 

「まだ10分か……最適化は間に合わんのか」

「お、織斑先生落ち着いてください」

 

 千冬を真耶が宥める

 

「一夏、分かっているとは思うけどもう君のシールドエネルギーは残り少ない」

「ああ」

「でも、諦めていないんだろ?」

「当たり前だ」

 

 唯一の武装である無銘の刀を両手に持ち、一夏は息も絶え絶えにバナージを見据える

 

「俺は1%でも……いや、たとえほぼ0%の勝率であっても、可能性があるなら賭けてみたい、そんな馬鹿な男だからな」

 

 ギリギリと奥歯を噛み締めて、加速に身体を整える。一瞬の爆発、まさに刹那的な時間でバナージの眼前へとその機体を移動させ、そして全力を持って刀を振るう

 敵が殺気を感じ取るなら、避ける前に斬りつける!

 しかしながらバナージはそれすらも対応して見せた。目にも留まらぬ速さでビームサーベルを振りぬき、その刀にぶつけたのだ

 一瞬の交錯の後に、両機ともそのまま8の字を描くようにまた衝突。バルカンで牽制してくる『ユニコーン』に、あたらない様にジグザグに動き続ける一夏

 直線的軌道を暫く取れば、それはとまっているのと同じ。そう言ったバナージの言葉を脳裏に思い浮かべながらもう一度刀を叩き込む機会を覗く

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 そして、今だ! と踏み込み、加速。イグニッション・ブーストと呼ばれるそれを持って彼は突撃する。観客のほとんどが視認できないそれ、ハイパーセンサーを持ってしても対応に難しいそれ

 しかし、バナージと『ユニコーン』は見事に防いで見せた。それも、身体の捻りを加えた威力の高いビームサーベルでの一振りで

 一夏は体制が崩れ、後方に飛んでしまう。それを見てすかさず『ユニコーン』は背中に装備したビーム・マグナムを構える

 本来、それはとてつもない威力を持って『ユニコーン』がMSだった頃は戦艦すらも掠める程度で撃墜させるほどのものだった。しかしながら、ISサイズに縮小した事と、競技用にとIS自体にリミッターが掛けられている、それに加えて絶対防御というシステム。それのおかげでバナージはセシリアや一夏に対して気兼ねなく撃てた

 

 銃口に溜まる球状のエネルギー、一秒もしないうちに放たれるであろうそれを、一夏はハイパーセンサーが引き伸ばした時間、それ以上に危機を感じる身体が作り出した加速された思考を持って感じていた

 だからといって、出来る事は一つしか無い。元よりこの機体は斬ることに特化した機体!

 

(何も出来ないまま終わる? そんなこと――)

 

 無常にもそれは放たれた。圧倒的な威力を持って、自らを確実に落すために。それでも、と一夏は心から、そして腹のそこから叫ぶ

 

「さ、せるかぁぁっ!」

 

 無銘の刀を振るうその一瞬先、彼の耳には電子音が響き、それの終わりを伝えた

 

「一夏っ!」

 

 ビームマグナムと彼の刀とがぶつかり合った衝撃と轟音、それがアリーナ中を揺らし、こぶしを握り締めて応援していた箒を立たせるには十分であった

 

「織斑君……」

「いいや、あいつは負けていない。むしろ、これからだ」

 

 ビームマグナムの光とはまた別種の光、それが一夏のいたはずの場所から噴きあがっていた。先ほどまでの無骨な装甲はなめらかに、そして手に持っていた無銘の刀は――そう、昔に見た美しいそれへと形を変えていた

 

「あれは、雪片(ゆきひら)? いや、違う。それの発展系」

 

 千冬がかつて己の愛刀だったそれと、一夏の持っている刀とを重ねる。しかしながら、細部が記憶と異なっていた

 

「俺はまた千冬姉に助けられたのか?」

 

 攻撃を切り裂いたその刀はバナージの脳裏に警鐘を鳴らすのには十分すぎた

 

(あれは、危険だ)

 

 ぐっと気を引き締めてバナージは一夏に向かう。形態移行したことにより、彼の機体は文字通り彼専用の機体となった

 細かなレスポンス、そして戦闘スタイルなどが反映され最適化された『白式』真の姿、それを持って一夏はバナージに対峙する

 先ほどまでとは違った迫力を持って一夏は突撃の姿勢を取る。形態移行したとは言っても、経験の差は埋める事は難しい

 

「でも、力を感じる。この『雪片弐型』からは、途方も無い!」

 

 雪片弐型が輝く。その光は一夏の意志の光でもあった

 

「これで、最後だあああああっ!」

 

 一瞬の爆発。先ほどまでの速度とは比較にならないそれ。そして極限状態の一夏はまさに無我の境地に至っていた。圧倒的速度と無心の心で『ユニコーン』との距離を縮める

 殺気に鋭く、直感も良いバナージであっても間に合わない、そう思わせた

 

 だが、そこでブザーが鳴った。誰もがあっけに取られる中、一人だけ何がどうなったのか理解できた千冬はやれやれと首を横に振った

 

――勝者、バナージ・リンクス

 

 当の本人たちを置いてけぼりにした結果を残しながらも、とりあえず両者とも互いのピットに戻るのだった

 

 ピットに戻った一夏を出迎えたのは呆れた表情の千冬と、説明を求める視線を彼女に送る箒、そして残念そうな表情の真耶だった

 

「ごめん箒、勝てなかった」

「いいや、充分だった。銃弾を切り裂き、あと少し持てばあのオルコットでさえ与えられなかった強烈な一撃を与えられるとこまで行ったんだ。文句は無い」

「……そっか」

 

 そして首を自らの姉に向ける

 

「で、ちふ……織斑先生。一体全体どうなったんですか?」

「とりあえずISを待機状態にしろ。話はそれからだ」

 

 了解、と応えて待機状態に戻されるIS。それは真っ白なガントレットとなって一夏の腕におさまっていた。そして真耶から与えられる学内でのIS仕様についての注意が書かれた本などをもらい、落ち着いたところで本題にはいる

 

「それで、どうして俺は負けたんですか?」

「簡単だ。あの刀は自らのシールドエネルギーを使い、相手を一刀両断にするもの。当たれば必勝、外れれば大ダメージ。そんな諸刃の剣だ」

 

 そんなのをお前は斬る一瞬だけでなく振りかぶったときから発動させていたんだ、当然バナージに良い様に削られていたエネルギーが枯渇するのも当然の帰結だ

 と千冬は締めくくった

 

「と、いうことはつまり当たっていれば勝っていたかもしれない、と」

「もしもの事を話すな馬鹿者。結果は結果だ、揺るぎはしない。……まあ、確かに当たれば勝っていたな。それでも、お前の武器はそれだけだ。隠し通すだなんて不可能だと思っておけ」

「つまり、次回以降は対応されるってことか」

「当然だ。むしろ当たれば負ける武器を持っている相手に警戒しないのがおかしいだろう」

「それもそうだ」

 

 しかし、こんなピーキーな機体、よくもまあ初心者にくれたものだと一夏は思ってしまう。だからといって射撃武器があれば勝てたかと聞かれると否、ではあるが

 

「ファーストシフトしたばかり、それにエネルギー切れで負けたようなものなので機体の整備は要らないですね。織斑君が暫く休憩したら次の試合に移りたいと思いますけど良いですか?」

「はい、山田先生」

「あ、それと。私たちは片方の生徒に肩入れするわけには行かないので次は観客席にいますね。運搬と書類を渡すために今回はここに居ただけなので」

「大丈夫です、分かっています」

「あ、篠ノ之さんはここにいても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

 

 千冬と真耶は去っていった。残ったのは一夏と箒の二人。ベンチに座ってスポーツドリンクを飲む一夏を横目に、箒は呟く

 

「強いな、リンクスは」

「ああ、強かった」

「……勝ちたいか?」

「勝ちたいさ。負けっぱなしじゃいられねえよ」

 

 意地があるのさ、男の子には。と続ける。それを聞いて、いつも無表情でそれを崩すときは怒りばかりだった彼女の顔に笑顔が浮かぶ

 幼馴染の滅多に見られないその表情に一夏は惚けてしまった

 

「どうしたんだよ、急に笑って」

「昔を思い出したんだ。私に負けてばかりだったのに、ずっと挑んできたお前を。――ああ、悪かった。前に剣を捨てた、お前は変わったと言ってしまって。お前はお前だ、織斑一夏は変わっていなかった」

 

 かつて、同じ道場で剣を学んでいた二人。先にずっと修練していた箒に勝てるわけが無かった一夏。それでも、意地になって何度も何度も戦いを挑んでいき、そして最後には勝利を飾ったのだった

 中学になり、家庭のために剣を諦めなければならなかった一夏。そんな彼を彼女は入学初日に罵ったのだ。剣を捨てた! 私との思い出を捨てた! と

 

 それでも彼の根本は変わっていなかった。愚直なまでに真っ直ぐで、意地っ張りで、家族思いで――ああそうだ。彼は家族が大事だったからこそ剣を諦めたんだ

 ずっと彼との思い出を胸に、淡い初恋の感情。剣道をする事が彼との絆のような気がして、事情があったのにやめた彼を罵ってしまった。ただの独りよがり

 

「すなまい、一夏。私は不器用で、その……感情を表に出すのが苦手なんだ。たまにきつい事を言って、時には手が出てしまうかもしれない。それでも――私と共に居てくれるか?」

 

 縋るような目。確かにこの一週間、理不尽に怒られたりした。手も出された事は、まあ一度や二度だけでは無かったと言っておこう。それでも

 

「当たり前だろう。お前は俺の大事な幼馴染なんだ。悪いところの一つや二つ、目を瞑ってやる。もっとも、それをただ放っておくなんて事はしないがな」

「……ありがとう」

 

 箒は、ここ数年誰にも見せなかった笑顔を一夏に向けた。最後に笑ったのも、そう。一夏の前だったな、と彼女は思い返すのであった

 

 それとほぼ同時刻、バナージは観客席にいた

 彼は考えていた。『La+』の示す座標、そこに『ユニコーン』で向かうにはそれなりの理由が要るのだ。ISの学外での展開には特別な許可がいる

 そして、その座標にもっとも近づくイベントが、IS学園一年生にはあった。臨海学校だ

 その座標に何があるのか、分からない。けれどもバナージの直感は何かとてつもなく大きな変化が起きるだろうと予感していた

 おれは帰らなければならない。彼女の、オードリーの元へ

 

「で、話とはなんだリンクス」

「クラス代表の事です」

 

 けれども、それよりも先に考える事がある。おれは、異分子だ。この世界の人間じゃない

 もし、おれが居なかったのならば一夏かセシリアのどちらかがクラス代表となり、その潜在能力を開花させていただろう。だから、おれの存在というイレギュラーが彼らの可能性を潰すだなんてことはしたくない

 そう思うからこそ、バナージは千冬にクラス代表の辞退を申し出るのだった

 

「おれは二勝して、このままだとクラス代表。けれども、おれがなるよりも可能性を秘めた一夏やセシリアにその役目を全うしてほしいと考えています」

「お前も可能性を持っているのではないか?」

「おれはここにいていい人間じゃあありませんよ。おれの居場所は皆の待つUC(宇宙世紀)ですから」

 

 千冬は少し考えた後、バナージの申し出を是とし、そして、一夏とセシリアの戦いが始まろうとしていた



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 バナージ・リンクスは確実にこの時代よりも先を生きていた、そう千冬に告げたのは彼女の古い付き合いで、そしてISというものを作り上げてしまった篠ノ之束という人物だった

 彼が書き出した公式、理論を彼女に見せ、そして研究した結果それが正しかったからそれが確認できた、らしい

 らしいというのはそういうものに疎いからであって、解説はされたが千冬はそれを左から右へと完全に流していた

 しかしながら、己の頼みごとならば一日とかからずに仕上げて連絡をしてくる彼女が一週間もの間連絡してこなかったのが気になる。否、己との会話を文字ではなく言葉ですることを好む彼女が、立証した結果を翌日に文章で送ってきたのに、その日に電話が無かったのが気になったのだ

 実験に時間がかかったわけではないのだろう、なにせ、結果だけはすぐに伝えられたからだ

 ならば、彼女はいったい何をしていたのだろうか

 

『未知のISコアが何なのか、それを調べていただけだよ』

 

 未知のISコア、それはつまり『ユニコーン』のコアのことだろうか? そもそもISコアを作る事が出来るのは彼女だけだというのに未知とはどういうことなのか

 バナージのいた世界の歴史にはISというものが存在していなかったという、ならば彼が持ち込んだと考えるのは無理だ

 ならば『ユニコーン』は何だ、どうしてそれが彼の乗っていたモビルスーツとやらとほぼ同一の容姿、性能を持っているのか。そういう疑問に辿り着くのは当然である

 

『流石の束さんでもわからないなあ。何故ISという形になったのか、どうしてバナージ・リンクスがこの世界にいるのか。それが分かるのは最早神以外の何者でもないよ』

 

 ただね、一つだけ分かった事がある。と彼女は言った

 

『それはね――』

 

 激しい衝突の音に千冬の意識は現実に戻された。目の前では一夏とセシリアが激しく戦闘を繰り広げている様子が見て取れる

 セシリアに慢心は無い、それでいて一夏が攻めているのはIS同士の相性があるだろうか?

 ちらりと彼を鍛え上げたであろう男を見る。その真剣な眼差しは二人の戦いを見つめていてこちらの視線に気付いていない

 

(束、いくらなんでもそれは無茶苦茶だ)

 

 彼のまだ若い、小さな身体を見てそう思う。しかし、いつも突拍子も無い事を言い出しては大概真実に辿り着く彼女の事だ。確信があって私にそれを言ったのだろう

 彼女は他人に対して愛情か無関心かの二通りしか感情を現してこなかった。好意を持つものには愛称を、その他には侮蔑を。しかし、束からはそのどちらの感情も伺えなかった

 ならば、あいつはあいつなりにもう確信を得てしまったのだろう

 

(リンクス、お前がこの世界を救うか滅ぼすか、その鍵になるぞ)

 

 やり場の無い感情に、彼女は拳を握り締めた

 

「ええい、ちょこまかと!」

 

 ブルー・ティアーズは始めから六機。既に手札を切ってしまったからには隠していても仕方が無い。だからセシリアは全てを操り一夏を追い詰める

 しかしながら、彼は不恰好ながらも対応し、避けて、落そうとしていた。彼もバナージと同じくビットの軌道が読めているらしい

 

「男は皆カンがいいのでしょうね!」

 

 バナージのそれは最早カン、などと言う物ではなく完全な確信を持った対応に見えた。しかしながら一夏はそこまでの領域には達していない。それでも初心者とは思えない精度でかわし、反撃しようとしていた

 

(しかし、一週間前まで全くの初心者だったとは思えない動きですわ)

 

 セシリアは思う。それに、この戦いの中で彼は格段に生長して行っている。むしろ、これは成長などではなく、腕を取り戻しているようにも――

 

(考えすぎですわ)

 

 しかしながら、本国から送られてきた情報、即ち彼が小学生以前の記憶がほとんど無いというものがどうしても引っかかる

 

(それに、織斑先生のことも)

 

 どんな国よりも治安がいいとされる日本において、あれほどの『武』を誇る人間がどうして生まれ得るのか。現在どんなIS乗りでも倒せないまで強いのはどうしてなのか

 

(でも)

 

 今はそんな事はどうでもいい。やるべきことは一つだ。目の前で強烈な強さを魅せつける彼との真剣勝負、それがどうしようもなく気分を高揚させ、楽しい

 

「貴方は才能がありますわ。本国でもここまで私に対応して見せた者はあまりいなくてよ」

 

 司令を下す。出来る限りの全力を持って目の前の男を落す!

 

「しかし、まだまだ実力が足りなくてよ!」

 

 ライフルを構えて、撃つ。直線軌道を全く行わない上に高機動で一撃離脱の高速戦を得意とする『白式』

 どうしても射撃武器は構えて狙うのにラグが生じる。そのためにセシリアは相性的に不利だった。それに

 

(一撃でも食らえば負け、そんなの反則ですわ)

 

 バナージとの戦いで彼が手にした刀、それは千冬が現役時代に使っていたそれに酷似していて、それも能力が同じと来た

 その能力を細大にまで発揮する千冬が一瞬で勝負をつけるのを何度も映像で見た

 だからこそセシリアは弾を撃ちだすのをやめない。彼を近づけさせないために

 それでも、果敢にその一撃を己に届かせようと足掻くその男は、誰よりも無様でいて、美しかった

 

(エネルギー残量的にものこり一撃、といった所でしょうか)

 

 武器を自在に扱えていない彼は、無駄な消費が多い。それ故に相性が悪いには悪いなりにセシリアはまだ戦えていた

 もしこれがバナージで、彼も一撃必殺の武器を持っていたならば、彼女は直ぐに負けていただろう

 ならば、己がやる事は唯一つ。懐に飛び込んでくる彼を――

 

 瞬間、距離はゼロとなった。刀を振りかぶる一夏、そしてライフルをそんな彼に突きつける彼女。勢いはとまらない、斬られるが先か、撃たれるが先か

 

「この距離なら、外しません」

 

 不適な笑みを浮かべて、セシリアは引き金を引いた

 

 そして数十分後

 

「と、いうことでクラス代表は織斑くんです。いやあ、一つながりでいいですね」

「いや、どうしてですか!」

 

 一夏の叫びがアリーナに響く。結果、勝利したのはセシリアだった。引き金を引いたのが早かったのか、それと一夏が自滅したのか、どちらかははっきりしないが、ともかく彼は全敗でクラス代表になんかなるはずがなかった

 それなのに

 

「バナージ、お前どうして全勝なのに辞退するんだ」

「試しに先生に辞退を願い出てみたら許されたんだよ」

「そしてオルコットも!」

「それは一夏さん、貴方の成長が見たかったからですわ。あとセシリアでいいですわよ」

 

 はぁ、と盛大に大きな溜息をつく一夏。こうして彼はクラス代表に選ばれた。そしてその日の夜、彼のクラス代表祝いのパーティが開かれたのだったが

 

「リンクス君、リンクス君」

「何ですか?」

「ガンダムって何?」

 

 そう質問をしたのは黛薫子、新聞部の二年生だった。どうしてクラスだけでのパーティに彼女がいるのか、まあそんなことはどうでもいいのだ。噂好きな女子は気になっていることがあった

 

「出撃のときに『ユニコーンガンダム』って言ったよね? その機体は『ユニコーン』って名前のはずだったけど」

 

 ああ、と納得する。なるほどそういうことか。けれどもこの世界においてガンダムの名前は浸透していない。はてさてどう説明したものか、と彼は悩むが、結局

 

「『NT-D』を使って変身した『ユニコーン』、それがガンダムです。『ユニコーンガンダム』は愛称になりますね」

 

 おおかたこれで納得できるだろうな、との予想通り彼女は納得してくれたようで次の質問に移った

 

「そういえば、織斑君とリンクス君に聞きたかったんだけど、彼女とかっている?」

 

 途端、その手の話題に敏感な女子が彼らの周囲に集まり始めた

 

「俺はいませんよ、いたこともありませんし」

「おっと、織斑君はフリーだって? これはお姉さんが立候補しちゃおうかな~」

 

 冗談交じりでそう言う薫子。そして、バナージにも話を振る

 

「リンクス君は?」

「彼女、といえるかどうか分かりませんけど、大切な女性ならいます」

 

 おおお、とどよめく女子生徒達。そのなかにはそういうことに疎そうなバナージが気にするような女性への興味や、彼女持ちかという落胆の色もあったがバナージはそのことに反応することなく答えた

 

「へえ、写真とかってある?」

「写真? 写真……そういえばオードリーと写真撮ったことって」

 

 そういえばそんな余裕なんてなかったな、と今更ながら思う

 

「へえ、なんだか面白いね。そういう関係って」

 

 とりあえず、今にもそのオードリーとやらとの馴れ初めやらを聞きたそうにしている女の子たちが暴走しそうだ、と薫子はあわてて提案する

 

「じゃ、じゃあとりあえず記念に写真でも撮っちゃおうか。専用機持ち三人で」

 

 はい、いくよ~と言って彼女はシャッターを切った。そして、その写真に写っていたのはその三人だけではなくクラス全員であった

 

「一瞬で全員が映りこむだなんて、やるわね」

 

 妙なところで感心した薫子であった

 

 

 それにしても、とバナージは考える

 もうこんな環境に慣れ始めたんだな、と思ったのは突然見知らぬ少女が一夏に宣戦布告をし、そして千冬に殴られて逃走する姿を見たからだった

 そして、そんな少女が今まさに箒と臨戦態勢なのだから頭も抱えたくなってしまうのは仕方の無い事だろうか

 なるほど二人は一夏に好意を持つもの同士、反発し合っているのだなと分かってしまう。その思いを素直に口にすればいいのに、とも

 少なくとも部外者の男がそんなどうでもいい喧嘩を仲裁する意味などなく、久しぶりに一人で食事を取ろうかと考えていた

 一夏の救助信号を込めた視線に気付かないふりをしながら

 

「おーい、リンくーん!」

 

 少し間延びした知った声に気付き、その方向を見る。そこには本音とバナージが知らない少女、簪が二人で食事をしていた

 何故か簪の方は慌てた表情で本音を静止しているが、おそらく見知らぬ男との食事が気まずいから止めているのだろうな、とあたりをつけて呼ばれたところへと向かう

 

「どうしたんだ、本音」

「察しが悪いね~、一緒にごはんたべよ~」

「ちょ、ちょっと」

「いや、そっちの子は嫌みたいだしおれは遠慮するよ」

 

 去ろうとするバナージに後ろから話しかけたのは簪だった

 

「べ、べつに嫌ってわけじゃ……その、あまり初対面の人は苦手だから……」

「うん、だからおれは一人で」

「でも、私は貴方とお友達に! ……その、駄目、かな?」

 

 よく言えました、と言いたげな本音の満足そうな笑みを横目に、たまには知り合いを増やすのもいいか、と思いながらバナージは席に座る

 しばらく一箇所にとどまっていたせいか、セシリアがバナージを見つけるのは容易だった。いつもとは違うメンバーで食事をしようとしている彼に気付き、たまにはいいかもしれませんね、と呟いて彼女はそれに混ざろうと歩き出した

 

「それで――」

「ストップ、ストップかんちゃん。リンくん引いちゃうよ」

「あぅ、ごめんなさい……」

「別にいいよ、おれの友達にも同じようなのがいるから、大丈夫」

 

 簪がバナージに熱心に伝えていたのは『ユニコーン』の格好良さから自分の考える理想のIS、そしてヒーロー像にまで及んだ

 

「面白い話をしていますわね、更識さん、私も混ぜてもらえませんか?」

 

 そして現れたのはセシリアだった

 

「オルコット、さん」

「久しぶりですわ、更識簪さん。ここに来ているとは思っていましたが、クラスが違うせいか全く会いませんでしたね」

 

 面識があるようだ。そしてここでようやく目の前でさっきまで熱心に語っていた少女の名前を知った。そしてどういう関係かを問う

 

「私はイギリスの代表候補生、彼女は日本の代表候補生。代表候補生同士の交流試合などで面識がありました」

 

 なるほど、とバナージは納得する。しばらく歓談した後、休み時間が残りわずかとなり、教室に戻るのだった

 

 午後一番の授業、そこで千冬は次のイベントについて説明をする

 

「まだ話していなかったな。クラス対抗戦、それが近々行われる。無論、このクラスの代表は織斑だ」

 

 説明が終わると、彼女はそのことについて綺麗さっぱり忘れたような口調で授業が始まった

 そして数日がたち、そのクラス対抗戦が始まった

 転校してきた少女、鈴と一夏から呼ばれる彼女は初日までは彼と比較的会話をしているところを見たものの、その後は全然一緒にいるところを見かけない

 たまに廊下ですれ違うときには明らかに一夏へ敵意の感情を向けているのを見たバナージはどうしたのかを聞こうとするも、何も分かっていなさそうな表情の一夏を見て聞くのをやめた

 

 聞くところによると、件の少女も中国の代表候補生らしい。どうしてこんな微妙な時期に転校してきたのかは知らないが、それなりに強いのだろう。まだ成長過程の一夏が勝てる確立は限りなく低そうではあった



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 相手は代表候補生、そして自分は全くのド素人。鈴と離れていた期間、それだけでその地位まで上り詰めた彼女は才能に、そして努力もしてきたのだろう

 だからといって、一夏は簡単に負けるような男ではない。どんなに醜くとも足掻いて足掻いて足掻いて、一筋の光を手繰り寄せる、そんな男だ

 バナージにとって、彼のそういう愚直なところは好ましかった。何度も挫け、ガンダムから遠ざかろうとしてきた自分とは境遇が違うにしても、メンタルの面で優れているのは分かる

 

「じゃあ、勝ってくるぜ」

 

 彼はそう言ってバナージ、箒、セシリアに背を向ける。クラス対抗戦があるからというわけでもないが、彼らは四人で強化に勤しんでいた

 日々もう立ち上がるのも辛いような、そんな激しい訓練をしていた一夏(日頃の鍛錬を怠らない箒とセシリア、そしてユニコーンに『慣れた』バナージにはそこまででもなかった)はメキメキと実力をつけていき、セシリアとの模擬戦の勝率は二割を超えだした

 それが、彼に自信を付けたのだろうか、負ける事などないと言ったような表情で一夏はピットに向かう

 

「あの馬鹿、浮かれているな」

 

 そう言うのは千冬。学校生活では厳しく接してはいるものの、時に見せる肉親への感情は微笑ましい

 

「自信が付いたところで壁を見せる、そうすることで一夏は更に強くなるだろうな」

「箒さんは一夏さんが負けるとお思いで?」

 

 セシリアは不思議そうな表情を箒に向けた。いつでも勝て、男子たるもの云々と一夏に発破をかける彼女らしからぬ発言だったからだ

 

「無論、負けてほしいなどとは思わん。勝ってほしいと思っているが――それがあいつの成長に繋がるかどうか、それを考えるならば負けたほうが良い、とは思っている。まあ、どのみち勝ったところで上には上がいる。初心者の一夏や私が天狗になったとしても壁となってくれる存在が、な」

 

 ちらりとバナージを伺う。その視線を受け止めて、彼はこれは大きな期待をかけられたものだ、という内心を出さずにそうだね、とだけ応えた

 

 そうこうしているうちに試合が始まる。クラス対抗戦ということもあって一年生の大半に、そして上級生がちらほら見える

 アナウンスに従い、アリーナへと飛び上がった一夏と鈴、彼らは互いににらみ合ったまま動かない

 

『甲龍』、鈴の専用機。彼女に触れることなく浮いているユニットが特徴的で、赤と黒のその装甲が勝気の鈴に似合ってると言えた

 

「覚悟してきたかしら?」

「当たり前だ。お前こそどうなんだよ」

「はん、あんた相手に覚悟なんていらないわ」

 

 スッと青龍刀を持ち上げる。それに応えて一夏も雪片弐型を担ぐ

 

「言ってくれるな……」

 

 そして直後に来る爆発に身体を整え

 

「それでこそ鈴だ!」

 

 突撃――! だが、そう簡単に一撃を貰うようであれば代表候補生になどなってはいない、当然のように彼女は持っていたその双天牙月で雪片弐型と斬り結んだ

 

「奇襲? 残念! 丸見えよ!」

 

 一気に出力を上げて押し出してくる。それに応えよと一夏も全力でそれに迎え撃つ。だが、互いにその拮抗状態にいるわけにもいかず、どちらが先かは分からなかったが、いったん距離を取った

 

「ごめんね、一夏。斬るしか能が無いのに斬らせてあげられなくて」

 

 そんな挑発。しかし、一夏はそれが聞こえなかったかのようにもう一度突撃を仕掛ける

 ジグザグの軌道を描き、その全てが瞬間的な加速。暴力的なGに振り回されそうになりながらも一夏は敵の一瞬の隙を探す

 無論、そんな子供だましのフェイントともいえない彼の動きに惑わされる鈴でもない。速度を使ってかく乱してくるならば、全身全霊でその動きを見極めるのみ

 

 ある人が言っていた。IS乗りはたまに殺気を感じることがある、と。それはISコア同士がネットワークで繋がっているがゆえに、僅かな機微がそれにより相手に伝わってしまうのだ、と

 バナージ・リンクス。織斑一夏を鍛え、そしてその技量も圧倒的と目される人物。対セシリア、一夏の情報は既に世界中の関連研究施設に轟いている

 対戦の履歴を見るに、彼の人物は『攻撃が来る前に回避行動を起こしていた』

 そのこともあり、先ほどの仮説は真実味を帯びて、研究が活発になり始めていた

 

 その事を知らない鈴でもない

 彼女自身、感じたことがあるのだ。ハイパーセンサーに頼るでもなく、相手が何をしてくるのか、極限状態に至ったときに一瞬、わずかな一瞬脳裏に浮かぶ、そんな感覚を

 それは中国拳法における気、とも関連付けられるのではないか、そっちの方面にも彼女は最近知識をつけ始めていた

 

 故に

 

「見えるのよ」

 

 彼の一撃を難なくかわす。そしてがら空きのボディにその青龍刀を叩き込もうと振り上げるが、それを彼も感じたのか、咄嗟に反転し、また火花が散る

 

「まるで動物みたいだな!」

「だからこそ、あんたに一撃を食らわなくてすむのよ!」

 

 そして再び距離が開く

 

「中々やるじゃない。――なら、これは避けられるかしら?」

 

 彼女の『甲龍』の肩に位置しているアーマーが変化した。その中から現れた球体が光を発し、そして

 

「っ!」

 

 間一髪だった。立ち上るような彼女の闘気。それが膨れ上がったかと思うと、一気に先ほどまで一夏のいた場所へと突き抜けたのだった。完全に避けてしまってはそれがどのような指向を持ったものかは分からない

 だからこそ、彼はわざと雪片弐型がその闘気に当たるように回避したのだった

 腕がはじかれるように後方へと傾く。それは物理的な攻撃だった? エネルギーは己付近から感知していない。なれば、これは

 

「空気を圧縮して撃ちだしているとでも言うのか……?」

 

 なるほど、それならばハイパーセンサーで察知する事など無いだろう。ならば、それをもって不可視の攻撃を仕掛けてくる鈴に対抗する手段は

 

「ほら、避けてみなさいよ! さっきあんたが私に言った、動物みたいに直感でさ!」

 

 次々に撃ちだされるその衝撃砲。未だ未完成である一夏はそれを避けることは叶わず、その大半をモロに食らってしまう。一撃一撃でシールドエネルギーが削られる

 見えない、避けられない、俺は、負けるしかないのか?

 

「そんなの、認められるわけが無いだろ」

 

 目を、閉じる。見るんじゃない、感じろ。理解しなくてもいい、ありのまま、水のような澄み切った心で。燃え上がる炎のような己では感じられない、水の波紋がその原点を示す、そういうイメージを

 

 そして、目を開けた。精神統一、幼い頃に叩き込まれたそれ。己と向き合い無垢な心になるための儀式

 白であるならば、黒が分かる。意識の外に現れた敵意という墨汁が、はっきりとその在り処を示すのだ――!

 

 バナージが思考訓練と称した、多方向からの敵意を次々と倒していくゲーム。意識を集中させる、それが魂レベルで叩き込まれていた彼にとって容易く、それでいて効果的だったそれは、鈴に対しては圧倒的な効果を出した

 

「どうして、避けるのよ……」

 

 呆然と、鈴が呟く。アリーナに観戦しにきていた誰もが思ったその言葉を彼女が代弁した

 

 沈黙が落ちるアリーナ。断続的に砲撃の音がするものの、それは一夏に当たった音などではなく、彼の背後にあるシールドに衝突するそれだった

 目の前で彼女の闘気と共に空気が爆発したのを感じながらバナージは呟く

 

「一夏、君は――」

 

 彼は驚いていた。自らが幼い頃、父親である男に遊びとしてやらされたそれ。幼い頃という何もかもを吸収しやすい時期に行われた数々の遊びという皮を着た訓練

 それがあったからこそ、バナージはただの日常にずれを感じていたし、そしてあのような事態になっても自分が何をするべきかが何故か分かった。マシーンを介した戦闘、その中でも殺気を感知して闘う事が出来た

 そういう下地があって、今のバナージがいるのだ

 

 だが、一夏はどうだ? 親が行ったそれの真似事を試しにやってみただけで彼は不可視の攻撃を避けることが出来た。小学生以前の記憶が無い、つまりそれはかつての己と同じか、それともあの女性(ひと)のように――

 いいや、考えすぎだと頭を振る。宇宙にも出ていないのに、そのような思想があってたまるものか

 

 途端、眉間に光が弾けるようなイメージを持って、バナージはそれを感知した

 

「織斑先生! 直ちに試合を中断してください! 生徒の避難をお願いします!」

「リンクス? いったいいきなり何を」

「お願いします! おれは『ユニコーン』で出ます!」

「おい、リンクス!」

 

 駆け出した彼に周囲の誰もが驚き、そしてその後ろ姿を見送る事しか出来なかった

 一介の生徒が口出しした内容に、教師が簡単に答えることなどできない、それも試合の中断や生徒の避難など

 しかしながら、十数秒遅れて鳴り出したアリーナの警報、そして轟音と共にそこに張られていたシールドが突破された事実を持って、彼女らは彼の発言がただの妄言ではなかったと理解した

 一瞬の空気の波。恐怖や困惑が乗ったそれが観客席に広がる。どこかで冷静な脳内が、彼女らの思考を進める

 

 侵入者? それもISのそれよりも格段に強いアリーナのシールドを破って来た。それは、やろうと思えば自分たちを殺せるというのと同じ――

 

 彼女らは優秀だった。だからこそ、恐怖した

 

 そんな侵入者に戦いを邪魔され、そして今正に真正面で対峙している一夏と鈴は一時的に休戦をしていた。彼らとて、馬鹿ではない。侵入者がシールドを破ったという事はISの持つ絶対防御も貫いて殺される可能性すらあるということ

 畏れはある。でも、一夏は守らなければならない。それが彼の本質なのだから

 アリーナには姉がいる。いくら世界最強とはいえ、ISの攻撃を食らって無傷で居られる訳が無い。ならば、俺が食い止めなければ

 

「一夏! 逃げるわよ!」

「馬鹿か、鈴! いま逃げたらアリーナが滅茶苦茶だ!」

「だから何よ! ただの学生にアレをどうこうできるとでも思ってるの!」

 

 ぐっ、と言葉に詰まる。確かに彼女の言うとおり、俺に何が出来るわけでもないだろう。こんな緊急事態は教師が解決してくれる

 心はそちらに傾いていた。だが

 

「私が撤退までの時間を稼ぐわ。だからあんたは逃げなさい」

 

 その言葉で、そんな自分は霧散した

 

「ふざけるなよ、お前を残して逃げるなんて、死んでもできないね」

 

 熱源反応、相手はこっちを狙っている。逃げなくて良かったな、少なくとも俺が的になるんだから

 しかし、と一夏は一瞬で思考を切り替える。先ほどの攻撃から、避けた場合の被害がありうるかもしれない。アリーナのシールドは壊される事なんて想定もされていないはずだ、何か起きてもおかしくは無い――

 

 避けられない、ならば斬るしかない!

 

 だが、その覚悟は必要が無かった。何故ならば

 

「一夏!」

「バナージ!」

 

 白の機影、一角獣を模したフォルム。『ユニコーン』、それが現れてそのシールドでビーム攻撃を防いだのだった

 

「どうにか隔壁が封鎖される前に来れた!」

「馬鹿なのあんた! 死にたいわけ!?」

 

 突如現れたバナージに鈴は罵声を浴びせる。それもそうだ、バナージは自ら死にに来たようなものだったからだ

 バイザーで隠された彼の表情は見えなかった

 罵声を自らに上げた彼女に彼は一歩も引くことはない。既に『ユニコーン』と分離したシールドファンネルが『三機』、彼の周囲を浮かんでいた

 

「増えた?」

「『ユニコーン』の拡張領域(バススロット)にあったんだ。特別な装備でもないから重火器もまだ入ってる」

「なら、生きて帰って見せてもらわないとな!」

 

 再びの砲撃。しかし、それらは全てIフィールドに弾かれた。その爆発に防がれながらも、鈴はバナージに声を上げる

 

「いくらあんたのシールドが強いからと言って、耐え切れる保障は――!」

「なんとかする!」

 

 彼女の言葉を遮り、シールドが縦横無尽に動き回る。サイコフレームの発する物理的な力によるそれは、既存の物理学では説明の出来ない事だった

 次々に発射される敵の砲撃。しかしながら、一撃必殺の威力を持つであろうそれは発射までのラグがあり、そう連射は出来ない

 故に、防御をするのは容易かった

 

「撤退しろ、なんて言ってもどうせ聞かないんだろ? なら、三人でやるしかない!」

 

 ビームマグナムを相手の正体不明機(アンノウン)に向けて撃った。強烈なその一射を避けた相手、だが、その隙を見て鈴が衝撃砲を撃ちだす

 

「セェェェェェアッ!」

 

 零落白夜、それは一撃必殺の技。一夏はそれを持って全身装甲(フルスキン)の敵機を撃破しようとしていた

 しかし、それを崩れた体制からさらに身体を捻ってかわした敵機は、すぐさま一夏に照準を合わせる。しかし、それも『ユニコーン』のシールドによって防がれた

 

「この分からず屋!」

 

 バナージは声を荒げる。彼は通信で許可を求めていた。それは、『NT-D』の発動。PICがあるにしても、システム発動時のパイロットへの負担は看過できない、それも、まだ成長期の少年だ。だから、『NT-D』は封印させられた

 この事態においても、上はそう簡単に許可を下ろさなかった。貴重な男性操縦者が身体を壊してしまうなんて事があってはならない。今、そんな事を言っている場合ではないのに

 

 だから、バナージは命令無視をした。己が為すべきと思ったことを、為すために



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『NT-D』を発動させたバナージ――否、『ユニコーン』にとって稼動するのに必要なのはバナージの操舵などではなく、彼の意思だけだった

 故に、身体を動かそうとするその脳の電気信号が各筋肉に伝わる前にはその機体は動作を終えている

 一秒が幾秒にも引き伸ばされたかのような感覚、それを感じながらもバナージは敵を見据える

 一本角は金のV字アンテナに。彼の瞳を隠していたバイザーは稼動してデュアルアイ・センサーを露出させ、そして全身のサイコフレームは赤に発光する

 その拘束を解かれた一匹の可能性の獣は、その敵にビーム・マグナムを片手で向けた

 

「リンクス!」

 

 その行為に声を上げたのが千冬だった。駄目だ、と脳内で叫ぶ。競技用に出力を抑えていたはずのその武器が『本来の』性能を持って敵を撃墜させようとしている。既にアリーナには彼ら以外の人間はいないし、確かに流れ弾があったとしても問題は無い

 しかしながら、相手は人間だ。『ISは人間にしか動かせない』

 

「バナージ! 駄目だ! 相手はにんげ――」

 

 一夏のその叫びが届く前に、バナージは意識のトリガーを引いた。指が動くよりも早く、ユニコーンはその引き金を引く

 一瞬の溜め。そして放たれた弾丸は圧倒的な威力を持って敵を蒸発させよと直進する。だが、敵はそれを間一髪で避けた。が、爆発に巻き込まれて甚大なダメージを負ってしまう

 

「あんた、人殺しを」

「違う、あれは人間じゃない。プログラムだ!」

 

 え、とその声がするのと共に煙が晴れる。そこには片腕を失った全身装甲の機体があったが、千切れた肩からは血が滴っているわけでもなく、むしろコードなどの機械類が露出していた

 

「リンクス、お前はいったい何が見えているんだ……」

 

 モニターで様子を見ながら千冬は呆然としていた。なるほど確かに言われてみればあの全身装甲機は無人だった。だが、それをこれだけの短時間で見破るだなんて、ちょっとやそっとじゃあ出来ない

 画面の中の赤の燐光は残像を伴いながら再び無人機へと特攻を掛けようとしていた

 

「一夏! 零落白夜を!」

「言われなくても!」

 

 片腕を失いながらも『ユニコーン』と格闘を続ける無人機。しかしながら、それは圧倒的に『ユニコーン』が有利であった

 やろうと思えばビーム・マグナムで相手を蒸発させる事はできる。しかしながら、それをしてしまうと何故こうなったのか、誰が『これ』を送り込んだのかの情報が分からなくなってしまう。だから、相手の動力源(エネルギー)を刈り取る事が出来る一夏に後を任せる事にした

 

 先ほどまでの『ユニコーン』では想像も出来ないような高速軌道でバナージは敵を翻弄する。撒き散らされるビーム攻撃は先ほどまでの威力から比較出来ないくらい弱体化しており、Iフィールドで防ぐまでもなかった

 どうしても一撃必殺が効かないなら、数撃てばいいという無人機の主の意思なのだろうか

 しかしながらバナージはともかく、一夏や鈴も避けながら参戦出来ているという事態からそれは悪手だったのではないだろうか

 

 中々に一撃を加える隙を見せない無人機。奥の手は確実に仕留めるときにだけ使うように、と心の中で決めた一夏は臆病なくらいに零落白夜を使おうとはしなかったが、確かにこう何度も避けられていると使っていたならばもう自滅していたであろう事は誰の目にも明らかであった

 即席のチームワークではあったが、三人は少しずつ敵のシールドエネルギーを刈り取っていった。鈴の衝撃砲も、無人機には見えないようで、しょっちゅう胴体に直撃させられている

 

「バナージ、あいつの動きを止めることは出来ないか?」

「やってみる!」

 

 そして、ついに逃げ回っていた無人機が『ユニコーン』に掴まれた

 背後から敵機を羽交い絞めにした『ユニコーン』は圧倒的な力を持ってそれが抜け出そうともがくのを阻止する

 完全に一撃を加えられる状況だ。一夏は零落白夜を発動させ、そして刀のきらめきがその機体に振り下ろされるのだった

 

「おおおおおおおお――!!」

 

 正に一撃必殺、一夏のそれは敵のエネルギーを全て刈り取り、完全に沈黙させる事に成功した

 崩れ落ちた無人機の背後に浮かんでいた『ユニコーン』も、その光が消えて元の姿に戻っていく

 なんとかなった、と肩で息をする一夏。この戦いにおいて『ユニコーン』の高機動によるかく乱はとてつもなく有効だった。もし、彼がいなかったならばとても厳しい状況に陥っていただろう

 自分や鈴の動きは完全に見切られていた。なら、勝てるとするならば瞬間加速に鈴の衝撃砲の威力を利用した命がけの加速、まさに諸刃の剣ともいえる方法しかなかったのではないか

 体躯が一回り小さくなった『ユニコーン』。バナージが無人機を抱えて地面に降下すると、ずんずんと詰め寄ってくる機影が。それを止める気力は既に無く、一夏は幼馴染の猛攻からバナージを守る事は出来なかった

 

「ちょっと! 説明くらいしなさいよ! どうしてあれが無人機って分かったわけ!?」

 

 まあまあ、となだめる一夏とどう返答すればいいのか悩むバナージ。ピクリとも動かなくなった無人機はそのまま、暫く教師が突入してくるまでこの状況は続くのであった

 

「はあ、心配して損した。貴様らは元気だな――まあ、とりあえず休め。暫くしたら事情徴収もあるだろうからな」

 

 現れた打鉄を纏った千冬に三人は「はい」、と答える

 その後に行われた事情徴収では専ら、どうして対峙したのか、運よく勝てたものの死んだかもしれないんだ、と心からの心配をぶつけてくる千冬に少し居心地の悪い三人であった

 

 今回の事件は、対抗戦を観戦していなかった上級生にも広まった

 

 正体不明のISに襲われ、そしてそれに対峙した三人。しかも、相手はアリーナのシールドを破ってくるような火力を持っている

 そんなのとは相対するだけで危険だというのに、彼らは撃退した。それはまるで物語の英雄譚のようだった

 

 正体不明に対して果敢に挑み、そして多くの人間を救った。そんな三人が学校中で人気にならないわけが無い

 

「なーんか、客寄せパンダみたいで嫌になるわ」

「廊下を歩くだけで人だかりが出来るだなんて、芸能人にでもなった気分だ」

 

 鈴と一夏はそう愚痴を言いながらも昼食を掻きこんでいる。文句を言うのか食べるのかはっきりしろ、と箒に突っ込まれた二人は食べる事を最優先にして呆れられたのだが

 

「いや、そもそも一夏さんは数少ない男性だったのですからこういうのには慣れていると思っていましたが」

「慣れないよ。慣れたら苦労しない!」

 

 セシリアの指摘にああああ、と頭を抱えてのた打ち回る一夏。よほど辛かったらしい。箒がよく頑張った、と頭をポンポンと叩く。一夏が落ち着くまでそうしていた箒が不意に呟く

 

「しかし、リンクスは絶対安静か」

「『NT-D』を使ったからとの事ね。全く、何なのよあの馬鹿げた性能。ハイパーセンサーで

も見切れないってどういうことよ」

 

 鈴は再びギャーギャーと喚く。ああ、うるさいとはその場に居たほかの三人、一夏、箒、セシリアはげんなりとしながら何度も繰り返されたその光景を見る

 

「絶対あのムカつく面を吹き飛ばしてやるんだから!」

「なあ、なんで鈴はバナージに怒っているんだ?」

「感謝の裏返しですわ、おそらく。素直になれないんでしょう」

「理不尽だな」

 

 お前が言うな、と一夏とセシリアの心のツッコミが箒に入った。穏やかな昼休みの中、いつものメンバーは一番の功労者を欠いたままそのゆったりとした時間を享受するのだった

 

 一方、バナージはというと命令違反についての書類を書かされる羽目になっていた

 アリーナ外でのIS展開(今回の事件発生直前の移動時に使っていた)、封印された『NT-D』の使用についての始末書だ

 

「はあ」

 

 ペンを転がす。こういう作業は誰も好き好んでやるわけが無く、もちろんバナージも気が進まなかった

 

「頑張って……」

「ふぁいとー!」

 

 どうしてここに簪と本音がいるのだろうか、そんなことを考えながらも彼は保健室の薬品の匂いを感じながら文章を書き続けた

 

「リンくんが心配だったから来た、じゃ駄目?」

「別に駄目ってわけじゃないけど……」

 

 はあ、と溜息をつく。作業をしているのを食い入るように見られるのはあまり好きではない。気が散ってしまうから

 

「簪?」

「ご、ごめん。邪魔だった、かな?」

「いや、そんなに見られると。何ていうか……」

 

 あの事件の日からずっとこうだ。簪がおれのところにしょっちゅう来る。何がしたいのか、何をして欲しいのか分からないけれど

 それに、彼女と一緒にいると自分に向けて殺気が現れる。その方向を見ると、簪と同じ髪色が見えたりするのも悩みだった

 

(更識楯無、簪の姉で生徒会長、か)

 

 妹に近づく男に警戒しているのだろうか。そのうち接触してくる可能性のある彼女の事を考えても頭が痛くなるような気がした

 

 

 あ、倒されちゃった

 そう篠ノ之束は戦闘データや映像を見て、それだけの感想しか抱く事は無かった。送り込んだ無人機は現行のISの『どれよりも強い』はずだったのに、結果は圧倒的な敗北だった

 

「計画を早急に進めようとしたから『神様』から罰が下ったのかな?」

 

 うふふ、と妖艶に笑う。彼女としてはバナージ・リンクスの参戦は容易に想像できたものだった。否、参戦してもらわなければいけなかったのだ

 ある程度のところで一夏を痛めつけるのをやめて、あの妙に彼につっかかる小娘を殺そうとまで思っていたのだったが、早すぎるバナージの参加によってその計画すらも壊されてしまった

 

「IS学園の隔壁はそう簡単に壊す事は出来ない。あの『ユニコーンガンダム』の『デストロイモード』でもそれは同じはずだったけど……なるほど、ニュータイプか」

 

 ニュータイプ、と同じ言葉を繰り返す

 

「ああ、早く見たいな。この世の果て――宇宙も越えたその先にある世界を」

 

 だから、と『ユニコーンモード』へと戻っていく機体を眺め、そしてそれを愛でるかのように画面に指を這わせながら束はささやく

 

「だから、お願いします。私を、導いて」

 

 しばらく、その白亜の機体に思いを寄せていた彼女であったが、突然電子音がその部屋に響く。暗い部屋の中、電子機器が散在し、どうしようもなく足元も怪しいその部屋の中。それであっても、彼女はその電子音がどこから響いてくるのかが分かったし、数瞬もおかずに誰から見てもごみ山の中から目当てのものを取り出した

 天才だから為せる事。ありとあらゆるものの保存場所はその頭に叩き込む事も無く分かっている。整理する必要は無い、そこにあるのは分かっているのだから

 散在する中にも彼女なりの秩序があり、必要なものは容易く手に取ることは出来た

 

「やっほー、ちーちゃん。束さんだよー?」

「おい束、あれは一体何だ!」

「え? あれ?」

「お前が送り込んできた無人機の事だ!」

 

 ああ、あの何にも役に立たなかったゴミの事か、と思い至る。電話口の千冬がどうしてそんなに怒っているのかは理解できないが

 

「それが、どうにかしたの?」

「どうかした、どころではない。無人機だという時点でおかしいというのに、搭載されている兵器、そのどれもが既存のそれよりも危険な代物だ。お前は一体何が目的で――」

「あるべき物(ヒト)を、あるべき姿に戻すだけさ」

 

 それに、私にとってはちーちゃんやいっくん、そしてあの子以外はどうなってもいいんだよ、と付け加える。どんなに危険であってもちーちゃん達に危害なんて加えないよ、とも

 

「篠ノ之は――箒はお前の夢を真剣に応援して、そして願っているんだぞ。夢のために他の人間はどうでもいいだなんて」

「分かってくれるよ。だって、私の妹だもん!」

 

 自信を持って答える

 

「それに、今私がやっていることは必ず人間のためになる。そう、どうしようもなく使えない人間が一つの『可能性』になるんだ。これほど喜ばしい事は無いよ」

「……そんなことのためにバナージを利用するつもりか」

 

 千冬は問い詰める。だが、束には理解できなかった。利用する? そんなことができるのは誰もいない。私がやるのはただの手伝い。それだけで願いは叶うのだから

 

「さっきも言ったでしょ。あるべき人(モノ)を、あるべき姿に戻すだけって。だから、安心して」

 

 きっと、世界はよりよくなるんだから

 

 ふふふ、はははと声を上げて笑う。そうだ、これが効かなかったんだからもっと別のプランを考えなきゃ。調度いいことに夏には彼がこの近くに来る。なら、迎え撃てばいい

 一夏や箒を追い払って危険が無いようにするためにはどうすればいいのか悩むけれども、この好機を逃したのならば暫くチャンスは来ない

 

「ねえちーちゃん。この世界は面白い? 私はぜんぜん面白くなんてないよ。IS、圧倒的な性能を持って技術革新を促して人を一段階上のステージへと乗せる。そんな計画が馬鹿共によって頓挫したんだ。ああ、面白いわけが無い。けどね、私は今はとても希望に満ち溢れているんだ!」

 

 楽しい、楽しいよと束は笑い続けた




二章に続く


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二章 彼方の世界で


「学年別トーナメント?」

 

 一夏は突如姉であり、そして今いるクラスの担任である千冬がそうクラスに向けて発した言葉に困惑する。それもそうだ、学年別トーナメントと言ったところで、結局優勝するのはどこかのクラス代表に決まっている。少し前にクラス対抗戦があったばかりで、同じようなイベントが連続するというのはどういうことだろうか

 

「と、まあこんな事を誰も考えるだろう」

 

 一夏が想像していた内容を千冬は全体に説明する。皆、同じような疑問を持っていたのか、首を縦に振った

 

「しかしだ、優勝だけが全てではないだろう? 今の貴様らに勝ち負けは意味が無い、参加する事に意味があるんだ。勝敗だけに拘り過ぎるのではまだ青いぞ? ま、後は自分たちで考えるんだな」

 

 以上、と言い放ち彼女が教室を出て行った後、誰もが始めての試合になるであろうそのイベントに思いを馳せるのであった

 

「今年の一年の優勝は誰だろうね?」

「専用機持ちの誰かでしょ」

「それ以外にもなんか素質ある子いたら面白いよね」

 

 夜の食堂、そこには情報が各クラスの教師から伝えられた学園の生徒達は学年別トーナメントの一件で持ちきりだった

 中には身内で誰が優勝するのかを賭けたりもしており、その様子が耳に入ったバナージは気が早いな、と思うのだった

 新聞部の黛薫子が聞いてもいないのに教えてきた情報によると、先の一件で学園の危機を防いだ、と人気のあるバナージや一夏、そして二組で一夏の幼馴染である鈴の三人のうち誰かが優勝するだろうと予想されているらしい

 

「話題にもされていませんわ。バナージさんや一夏さんが話題に出すぎて入試トップだというのに「ああ、いたね」程度……納得いきません」

「仕方が無いだろう、この三人は目立ちすぎた」

 

 イギリス代表候補生、そして主席合格だったはずのセシリアが優勝するかもという話は全くと言っていいほど出ていない。それは先の一件が大きくなりすぎたというのと、その前の決闘騒ぎでバナージにいい様にされたというのも影響していた

 箒は最近ちやほやされる一夏に若干の苛立ちがあるのか、多少不機嫌気味だった

 

「まあ、私はそれよりもあの新聞部の先輩が言ってた転校生というのが気になるわね」

「鈴の言うとおりだ。またお前みたいに微妙な時期に転入してくるんだなあ、しかも二人」

「私が微妙だって?」

 

 鈴の冗談に笑いながら一夏は、その食べ物の選択が微妙だよ、と言う。確かに鈴はラーメンに白飯という炭水化物に炭水化物を食べるという、見る人によっては不思議に思われるような選択をしていた

 

「いいのよ、私はこれで。……思うに、この二人は専用機持ちね」

「根拠は?」

「逆にセシリア、普通の生徒がこの時期に入学するという勇気ある行動をしたとして許されると思うの?」

「それは確かに」

 

 その場に居た誰もが鈴の仮説に納得し、そして多分そうだろうなと思うのだった。そして、それが正しかったのだと翌日の朝、HRによって彼らは理解した

 クラス中転入生の話で持ちきりだった。そういう噂好きな子が情報を仕入れてくるのもあったし、なにやらどの教師もあわてているような様子があったからだった

 きっと、これは本当に来るかもしれないと機体を抱いていたのである

 

「転入生二人を紹介します! 入ってください」

 

 教室のドアがスライドして開く。扉の向こうに居たのは金と銀。綺麗な金髪を持った人物は、そのシルエットから誰もが驚愕した

 

「お、男?」

 

 どこからともなく声がする。そう、現れた人物の一人は男だった

 騒然とする教室内であったが、彼の背後から現れた銀の人影の放つ異質な雰囲気とその容姿に少し戸惑いを誰もが抱く

 長い銀髪に、黒の眼帯。凛とした視線はどこかの誰かを連想させた

 

「挨拶をどうぞ、ではデュノア君」

 

 呼ばれた金の彼は教壇に立ち、自己紹介を始める。その優しげな眼差しに柔らかな物腰と雰囲気。そして誰もが安心するような、そんな声を持つ彼は堂々と立つ

 

「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。ISを使える男、ということで一時保護されていましたが、色々と上のほうであったようで、こうやってここに来る事が出来ました。これからよろしくお願いします」

 

 一礼。よく躾けられたと思われる所作に誰もがほう、と息を吐く

 

「では、もう一人。ボーデヴィッヒさん」

 

 続いて前に進んだ小柄な身体は、それでいて大きく見せるような存在感を持って誰もを威圧する

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以前はそちらの教官の下で師事を受けていた。以上」

 

 ラウラはそう言って千冬に視線を向ける。それを受けた千冬は補足説明をした

 

「以前ドイツ軍で世話になっていたときの教え子だ。その点では貴様らの先輩にあたるとも言えるな。……あと、ボーデヴィッヒ。教官はよせ」

 

 了解しました、そう言って一礼し一歩下がった彼女はそのまま沈黙した

 誰もが色々聞きたくてたまらないが、その雰囲気に質問できないというこの空気に、生徒との和気藹々とした生活を夢見て教師になった副担任たる真耶は多少打ちひしがれていた

 それでも、と教師の職務を全うしようと声を上げた

 

「で、ではHRをはじめます! 二人には席を用意してありますのでそこに着席してください!」

 

 シャルルとラウラの足音だけが響く。だが、数歩もしないうちに片方の足音が止まった。ラウラは教壇の目の前に座っていた一夏の目の前に立ち止まったのだ

 

「貴様が織斑一夏か?」

「ああ、そうだけど」

「……認めたくないものだ。貴様が教官――いや、織斑先生の弟だという事を」

 

 何故、と問おうとするもその視線の圧力に気圧されて一夏は何も言えなくなってしまう

 

「存在の重みが無い。少なくとも、そこのもう一人の男は重いぞ?」

 

 急に向けられた顔に、背筋がひやりとする感覚をバナージは覚えた

 

「さっさと座れ。ボーデヴィッヒ」

「了解しました」

 

 千冬にそう言われて直ぐに行動を起こすその姿に、どこかの誰かの影をバナージは重ねた。自らにとって絶対的な存在に追従する、そんな男の影を

 あの男はどうなったのだろうか。殺してはいない、生きてはいるだろう。だが、彼の全てだった男はこの手で殺めた。信じたものを失った彼はどうなるのだろう

 

「HRはこれで終わりだ。そこの二人に聞きたいことは山ほどあると思うが、授業に遅れないようにしろ。いいな?」

 

 千冬のその声でバナージは現実に戻る。考えていても仕方が無い、それよりも今の困難を乗り切るのが先だ

 そう考えてバナージは一夏に目配せをする。何を言いたいのか察したのか、一夏は頷き、千冬が教室を出たと同時に行動を開始する

 

「あ、二人とも始めまして。僕は」

「さっさと移動するぞ! バナージ!」

「ああ、質問攻めにあってる時間は無い!」

 

 戸惑っているシャルルの腕を取ってバナージと一夏は走り出した。ちょっとまってよ、という声が教室中から響いたが、二人は無視して足り続ける

 更衣室について一息をつく。ここには女子は来ない、ようやく三人は安心できるのだった

 

「い、いつもこんなことを?」

「いや、君がいるからだよ」

 

 バナージは苦笑しつつ答える。シャルルは鈍感だな、と思いながら

 

「さっさと着替えようぜ」

「そうだね。下に着てるから脱ぐだけだけどさ」

 

 言ったとおりに、バナージは下にISスーツを着ていた。一夏も同じく、服を脱ぐだけで行為を済ませ、脱いだ服は無造作に投げた

 几帳面で、自室は片付いているものの、こういった一つ一つの一夏の行動は、実は雑なところが多い

 が、きちんとするべきところではしているために、彼の姉の部屋のようなひどい有様にはまずならないのだった

 もっとも、そう言う面で適当なバナージと生活するようになってからは少し部屋が散らかるようにはなったが

 

「ふ、二人とも早いんだね」

「まあな、千冬姉にどやされるのは嫌だし」

「シャルルもこうしたらいいよ。じゃ、おれたちは先に行っとくよ」

 

 え、待たないのかよ、と一夏は言うものの、どうせ織斑先生のことだ。実習で使うISの運搬はおれたちがするに決まってると言われて納得したのだった

 

「確かに、初日のシャルルには荷が重いもんな」

「そういうこと」

 

 バナージが言ったとおり、実習で使う事になるISは彼らが運搬する事になっていた。それぞれISを纏ってそれらを運んでいると、ぞろぞろと生徒が集まっていき、そして一人で作業を眺めていたシャルルを包囲するかのようになってしまった

 

「あ、それは考えてなかった」

「バナージ……」

 

 生徒から投げかけられる多くの質問に丁寧に答えながらも、助けてという視線を投げてくる彼の姿はハイパーセンサーで感じてはいたが、わざわざその中に飛び込んでいく勇気はないために、二人はわざとゆっくりと準備をするのだった

 

「今日はまず最初に実際の戦闘を見てもらうか……おいボーデヴィッヒ。リンクスと試合をしてみろ」

 

 ざわ、と空気が変わる。それはやってきた転校生、しかも千冬にかつて師事していたという彼女がどれほどの実力を持っているのか、という興味。そして今だ底を見せていないバナージとどんな戦闘をするのか、という期待

 

「あれ、織斑先生。私は」

「山田先生はさっきここに来るときに間違って地面に落ちただろう? 身体を痛めていないか、という心配があってだな」

「め、名誉挽回のチャンスが……」

 

 元々、模擬戦は真耶がやる予定だったのだが、千冬の一声で変わってしまう。それに、彼女には思うところがあってこの組み合わせを選んだのだった

 

(あの時からずっと彼女は変わっていない)

 

 千冬の知っていたラウラ・ボーデヴィッヒは、今のラウラ・ボーデヴィッヒと寸分違いがなかった。少なくとも、人は変わる。それは良くも、悪くも、だ

 だというのに彼女は全く変わっていない。その姿勢、そして心が

 

(だが、あいつはオルコットを変えた)

 

 このままでは彼女が駄目になる。そんな危惧を抱えたまま千冬は帰国した。何度も文通したものの、どうにもならなかった

 これでは教育者失格だな、とも思ってしまう。教え子が不幸に向かって走り続けるのをとめる事が出来ない、そんな己に不甲斐なさを覚えてしまう

 でも、凝り固まった思想を容易く溶かしてしまった男がいる。バナージだ

 彼ならもしかして、と思ってしまう。それでも、と言い続ける彼の姿勢に賭けてみたくなったのだ

 

「先生、何も転入してきたばかりのボーデヴィッヒさんが」

「構わん、やれ。突然の事態に対処できないようでは軍人など出来ない」

「そのとおりだ、イギリスの代表候補生。オルコット、と言ったか? 心配は無用だ」

 

 既に黒を纏ったラウラは腕を組んですでに待機していた。対するバナージは少し戸惑ったものの、『ユニコーン』を出現させる

 

「バナージ・リンクス。貴様の戦闘データは既に目を通してある」

 

 だから、出し惜しみせずに全力でかかってこい――!

 

 突如放たれたラウラの専用機、『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンを間一髪で避けたバナージは、突如自らの機体が勝手に変形しようとしているのに気がつく

 

「駄目だ、ユニコーン」

 

 怒りに飲まれ、暴れかけていた『ユニコーン』は、彼の言葉と共に制御下に戻った。だが、バナージは不安が残る。これはどういうことだ? ニュータイプはおれ以外にいるはずがない

 

「動きが止まっているぞ!」

 

 次砲、それも避けてバナージは攻めに転じる。ビームサーベルを抜き取り、そしてラウラの黒い機体、『シュヴァルツェア・レーゲン』に接近

 火花を散らしてビームサーベルとプラズマ手刀がぶつかる

 危険を察知し、バナージはその場を一瞬で離れた。一拍も置かずにその場を何かが通過する。それは一本の線で、そして彼女の機体から発せられていた

 

「避けるか」

 

 ならば、と次々に同じワイヤーブレードが発射され、バナージへと向かう。思いのままに『ユニコーン』と一体化したバナージはその卓越した空間認識力を持ってそれを全て掠る程度に避けるか、弾くことに成功した

 両手でビームマグナムを構えて、ラウラに放つ。だが当たる事は適わず、その場から圧倒的加速で離脱し、そして攻撃に転じてきたラウラにシールドを突き出す

 

「早い!?」

「瞬間加速(イグニッション・ブースト)くらい出来ずに何がIS乗りか!」

 

『ユニコーン』のシールドに手刀が当たるが、ビクともしない。舌打ちと共に超至近距離からレールカノンが放たれようとした。当然、この距離なら直撃でとてつもないダメージが予想される

 だが、バナージはその『ユニコーン』の化け物の如き出力で彼女の腕を掴み、そして地面に叩きつけた

 

「やるな! だが!」

 

 ふと、何もない虚空から殺気が通る。マズい、そんな直感と共にその場から離れる。一瞬の差で避ける事が出来たものの、それが何を意味する殺気だったのかまでは分からなかった

 

「チッ、やはり貴様はカンが良すぎる」

 

 ラウラは再び加速をして、『NT-D』を封じられている『ユニコーン』へと襲い掛かるのだった



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 一瞬で入れ替わる攻めと守り。白と黒の交差は戦いを知らない少女たちでも、それがどれほどの技量を持って行われているのかが分かった

 紙一重でかわされる攻撃、一瞬遅れていたら致命的だった掠り傷。二人は持てる力を本気で出してはいるものの、まだ『全力』ではなかった

 しかしながら、そうであっても今の初心者である少女たちには充分すぎる刺激だった

 

「ふむ、そうだな……デュノア。ボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』について説明してみろ」

 

 不意に千冬がシャルルに声をかける。突然の事に驚くが、彼は説明を始める

 

「え、はい。ドイツの第3世代型ISで、確かAIC――『慣性停止結界』といわれるPICを発展させた能力を持っています。これを使われると任意の対象は身動きが取れなくなります。流石に軍用機体なので公表されているカタログスペックは本当にそうか怪しいし、これ以外にも何か持っていてもおかしくないですね」

 

 金属と金属がぶつかり合う音があたりに響き渡りながらも、シャルルの声は響いた。そして、彼の説明したAICがいかに一対一だと反則か、ということを直ぐに誰もが思い至る

 動けなければ何も出来ないのだ。一度捕まったら最後、抜け出せずに一方的な蹂躙を受ける事は誰もが察せた

 

「ただ、AICを使うにはおそらくそちらのオルコットさんのIS、『ブルー・ティアーズ』のビット制御と同じく多大な集中力を要すると思われます。現に『ユニコーン』は捕らえられていません」

 

 その説明に真っ先に頷いたのがセシリアだった。ただでさえ多くのことに気を配らなければならない戦闘中において、一点に集中する事の難しさを良く知っているからだ

 シャルルの説明にうむ、と頷いた千冬は続いて問いかける。ならば、リンクスの『ユニコーン』はどういう機体か、と

 

「『ユニコーン』は、篠ノ之束博士が開発した、第四世代とも見て取れるISです。彼がどうしてそれを手に入れたのか推測はされていますが、誰もわからず。今は関係ないのでおいておきますが」

 

 彼が言ったとおり、『ユニコーン』の立ち位置はそういうことになっていた。全くの虚空から生み出されたISだなんて、誰も信じない

 運の良いことに、人の好き嫌いが激しい彼女がバナージをどうでもいい存在とは見なさなかった。姿を隠してはいるものの、マスコミにその事が事実であると触れ回った

 

「特徴は何と言ってもリミッター解除でもある『NT-D』ですね。装甲が展開されると同時に機体性能が格段に上昇、並みのISや人間では対応するだけでもやっと。研究が進んでいるISコアネットワークを通じた『揺らぎ』による殺気の探知くらいしか対応手は今のところないと言われています」

 

 最近研究され始めたISコアネットワークの揺らぎ。IS乗りは数年前から戦闘時の極限的状況下において神がかった反応を見せていることが分かった

 攻撃の前に避ける、集団戦においての不意打ちが効かない、など。そのような反応を見せた彼女らはこう言うのだ。何故か分かった、と

 研究者はそれを見て、聞いて一つの説を作り上げたのだ。ISコアネットワークが、操縦者の意識を拾い上げる事で相手がそれを測らずも察知してしまう事がある、と

 そうでなければならない。そんな、超能力とも言えることが存在するだなんてありえないのだから――

 

「良く勉強しているな」

「同じ男性の事なので、興味がありました」

「……続けろ」

 

 分かりました、と彼は続ける。その瞳を空中で自由自在に飛行しているシールドファンネルに向けながら

 

「そして不可解なのがあのシールド。動力源もなしに空を飛ぶのは現代の物理学を馬鹿にしているとしか言いようがありませんね」

 

 全く、そんな謎だらけな機体を自分の身体のように扱っている彼を尊敬しますよ、と締めた

 彼の説明に充分と判断したのか、彼女は大きく頷いて、そして時計を見る

 

「……うむ、これ以上続けさせると実習時間が足りなくなるな。おい!」

 

 待ったを二人にかけた。仕方がない、ISを扱える時間は限られているのだ、少しでも搭乗時間を重ねるほうが、未来に目指すものを見るよりもそれに近づくには良いだろう

 

 千冬の静止の声を聞いて二人は再びぶつかり合おうとしていた所を寸でのところで止めた

 空からゆっくりと降下してくる二つの機体を待ちながらも、彼女は次々に生徒達に指示を飛ばしていく

 

「最終的な貴様らの目標はこのくらいだ――が、まずは歩くところから始めるぞ」

 

 予め振っておいた番号ごとに生徒を纏めていく。そのまとまりの数は調度現在この1、2組にいる専用機持ちの人数と同じだった。それも当然、見越してグループを作らせたからだ

 千冬は続いて専用機持ちたちに番号を告げる。バナージや一夏、そしてシャルルの番号のときに歓声や落胆の声があがったりもしたが、彼女はそれを無視して続ける

 

「では、同じ番号の専用機持ちに基礎を学べ。私と山田先生は補佐に回る」

 

 実習では、用意された『打鉄』か『リヴァイヴ』のどちらかを使用して行われた

 

「そうそう、じゃあ手をつなぐから歩いてみるか」

 

 一夏は優しくエスコートする。彼と共にある程度IS操縦について訓練していた箒は補佐に周り、待機している生徒達に細やかなアドバイスをしていた

 

「あ、間違って立たせたままだった」

「次の人乗れないけど……デュノア君、抱えてくれない?」

 

 シャルルの班ではそのような事があってから、誰もがわざとISを立たせたまま降りるという事態が起きた。無論、彼に抱えられたいからだろう

 それを分かっていてもいやな顔一つせず彼は彼女らを指導する

 

「もし……はい、緊張なさらず」

 

 両手両足一緒に出てしまっていた少女を優しく落ち着かせるセシリア

 

「もう! ほら! そう! 出来たでしょ!」

 

 出来の悪い子達に声を荒げながらも、なんだかんだで面倒を見ている鈴

 

「そう、何も特別な事はないんだ。歩く、そう思って足を出せば歩ける」

 

 バナージはそう言いながら、周囲の様子を見渡して以上のように思った。専用機持ち達は多少教える事に戸惑いながらも次々と女生徒達を歩かせていく

 だが、穏やかに訓練が進んでいない班もあるにはあった

 

「……リンクス君。あそこ、軍隊みたいだね」

「うん、おれも思ったよ」

 

 バナージは視線を向ける。そこにはピシッと整列して指導されている生徒を一心に観察する集団があった

 そして、そのリーダーは無論、黒いISを纏った銀の少女。ラウラだった

 

「貴様らの成長しだいではこの私の顔に泥を塗る事になる! 軍人、しかも一部隊を預かる隊長としてそれは許されぬ事だ! だから諸君、初心者(ルーキー)だからと言って容赦はせんぞ!」

 

 ピシッと敬礼。そんな光景を見て千冬は顔を少し顰めるのだったが、彼女らが成長するのならまあいいか、とその場を通り過ぎた

 

「織斑先生もスルーしたけど……」

「ま、まあ。あの子達も楽しそうだしいいんじゃない?」

 

 他のグループの少女たちもその異様な光景に目を奪われていたが、次に自分の番がくるとなるとその事をすっかり忘れて歩く事に没頭するのだった

 

 

 最後の授業が終わり、放課後になる。バナージと一夏、そしてシャルルは残された。なんでも話があるらしい

 そのことをホームルームで告げられたのだから、クラスのほとんどが教室を出ようとせずに、三人の様子を伺う

 無論、中にはそれを無視して教室を出て行く少女もいるわけで、そして出て行った少女が誰かと気付いた者たちは納得する

 

「ボーデヴィッヒさんはあまり噂とか好きじゃなさそうだしね」

「本物の軍人だから真実だけあれば充分なんじゃない?」

「かっこいい!」

 

 そして暫くすると、ホームルームが終わって出て行った真耶が戻ってきた。手には一つの鍵

 

「お待たせしました。……えっと、申し訳ないんだけど」

「何でしょう? 先生」

 

 シャルルが率先して声をかける。どうも暫く言いにくそうな表情をした後、決心したようで口を開く

 

「空き部屋が無いので、男の子三人で1025室で暫く過ごしてくれませんか? デュノアくんが女の子だったらボーデヴィッヒさんと一緒の部屋に、てなったんだけど。ごめんなさい!」

 

 突然の要請にクラス中に衝撃が走る。元々寮の部屋にはベッドが二つしかない、つまり誰かが二人で寝る? そんなことを想像したのだ

 

「ふ、二人で寝ても良いんですけど、先生は男の子同士は……いえ、駄目ってわけでなく!」

「ちょ、落ち着いてください!」

 

 一夏が静止にかかる

 

「ほら、二人は北欧系の人だけど俺は日本人だからさ、地面でも何処でも寝れます! 布団さえ用意してもらえればいいので!」

「おれがベッドでしか寝ないとでも思っているのか、一夏は」

 

 バナージは少し呆れるのだった

 少し落ち着いた真耶は、では上にかけあってみます、と言って再び教室を出て行くのだった。とりあえず、今夜はどうにかしてください、と言って

 三人は顔を見合わせる。シャルルは突然の事に混乱したのか少し俯きがちだった

 

「野郎三人であの部屋か。とりあえずバナージは荷物の整理な」

「わかったよ……」

 

 散乱している部屋の主な原因に一夏はそう言って、シャルルを案内するのだった

 道中、なんだかんだでようやく落ち着いて三人で話す機会が始めて出来たので、他愛のない雑談をしていた

 男三人が集まっているからか、かなり注目されるのを感じる

 

「なるほどね、そういうことがあったんだ」

「そうなんだよ。全く千冬姉は……」

 

 今は小さい頃の一夏の話をしているところだった。幼い頃から今のような武人的性格を見せていたエピソードをあげて、バナージとシャルルの笑いを誘っていた

 

「そういえばさ、バナージの『ユニコーン』って、そのままユニコーンがモデルなんだよね?」

「唐突だけど、そうだよ」

「なんか親近感沸くかな。僕の国の美術館に『La Dame à la licorne』、日本語で『貴婦人と一角獣』っていう六枚のタペストリーがあるんだ。そうだ、一度二人もおいでよ! きっと気に入ってくれると思うよ。僕も好きで小さい頃母さんと見に行ったんだ」

 

 ガン、と頭を打つような衝撃を感じてバナージは手を左頬に当てる。フラッシュバックする光景。自らを抱え上げる父、そしてタペストリーを指差して何事かを己に告げる

 かつて封印されていた記憶が開放された今、彼が何を言っていたのかは鮮明に思い出せる

 そして、その最期も。『ユニコーン』を託された事も

 

「私の、たった一つの望み。父さんはいつもおれにタペストリーを見せて難しい事を話していた」

「バナージは、見たことあるの?」

「小さい頃に、だけど」

 

 部屋の前に辿り着いて、荷物を下ろす。とりあえずは夕食だ。三人はまたもと来た道を引き返して食堂へとむかうのであった

 食堂へと辿り着くと、手招きする影が。バナージたちはそこへと向かう

 すっかりいつものメンバーに混ざっている簪と本音はやってきたバナージを近くに座らせると、端末を取り出す

 

「食事中だぞ」

 

 む、と箒は顔を顰めるも、その端末に書かれていたものを盗み見して、驚く。更にセシリア、鈴と続くも同様に驚きで顔を染めた

 

「どうしたんだ」

「どうしたの?」

 

 一夏とシャルルがその様子に気付いて話しかけてくる

 

「一夏には言ってたかな。『ユニコーン』の強化プランだよ。拡張領域に入っていた装備一式を取り出して解析を頼んでいたんだ」

「あれか。『フルアーマーユニコーンガンダム』……もっとも、フルアーマーと言うよりかはただの武器の寄せ集めにしか見えないけど」

「ああ、だからおれは『ユニコーン』の稼動データと引き換えにそれの調整を一緒にする事を二人に頼んでいたんだ」

 

 なるほどなあ、と一夏はデータをみる。ぜんぜんさっぱりなデータに手を上げて、シャルルへと譲った

 

「……すごい。これはすごいよ。『NT-D』への稼動も考慮されていながらも高火力を実現、そしてブースターも。そしてこれら全て既存のISに使われている武装にしか過ぎない」

「流石に私が全て作り上げてはない……。元々の強化プランを調整しただけ」

「それでも、だ。ありがとう簪」

「こちらこそ。この機体のデータや、貴方の技術は本当に調整するだけでつりあうのか疑問」

 

 バナージは元々工専生だ。それなりに知識もあるし、幼い頃にもらったペットロボだって自分で修理するくらいはできていた。それに、すんでいた時代も未来

 ただ、ISに関する知識は殆どと言っていいほど無い。だから二人の手を借りたのだ

 

「遠距離攻撃が出来るようになるとか、ずるいぞバナージ」

「大体取り回しに優れていた武器がビームサーベルだけだったんだ。別にいいだろう?」

「俺だって雪片弐型だけだ」

「そうだった」

 

 ともかく、数日中にはその姿がお披露目されるということで、誰もがその姿に期待を膨らましていた

 

「ふむ……なるほどな」

 

 そして、この少女。ラウラも

 




6/23 誤字修正。指摘ありがとうございます。


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「どうして君は!!」

「こうするしか無かったのだ!!」

 

 交差する白と黒の機体。競技用にかけられていた機体のリミッターは解除され、その攻撃の一つ一つがより強烈になっている

 アリーナ、そこで『フルアーマーユニコーンガンダム』の調整が終了して、本格的に稼動できるような状態になったそれを試験的に動かしていただけだった。だが、突然の乱入、各ピットはそれと同時にハッキングされたのか隔壁が下ろされて、誰も手出しができない状態になってしまっている

 先日あった二人の模擬戦とは比較にならないほどの激しい攻防に、一夏たちは呆然と見ていることしかできなかった

 駆けつけてきた教師も殺し合いをしている彼らを止めようと必死になっているが、何の成果も得られずに、両方が傷ついていく

 

「通信はできないのか!?」

「駄目です! ボーデヴィッヒさんの側から拒絶されています!」

「やはり、彼女が隔壁を……」

 

 アリーナの観客席でシールドに拳を叩きつけながら一夏は叫ぶ。どうにかして止めなければ、と

 ISによる通信は拒絶されていても、肉声は届くはずだ。己の声を届かせればあるいは――

 同じように箒、セシリア、鈴、シャルル、本音、そして簪が声を張り上げて静止する。聞こえていないはずがない、それは自分たちがよく知っている。ISのハイパーセンサーは己の知覚を極限まで増幅させるのだから

 

「ラウラ!」

「はあああああっ!」

 

 ミサイルが発射される。『ユニコーン』のインテンション・オートマチック・システムによって狙いが定められて発射されたそれを空中で迎撃しながらラウラは叫ぶ

 彼女といえば誰もが思い浮かべる黒の眼帯は取り外され、そこに現れていたのは黄金に光る瞳『ヴォーダン・オージェ』。それは脳と視覚情報とのラグを極限にまで縮め、そしてこのような高速先頭下で有用となる反射を高める、言わば生体ハイパーセンサー

 誰も――否、軍で教導をしていた千冬のみが知り、聞く限りどのような実戦でも彼女が頑なに使おうとしなかったそれを用いて、それでもバナージは倒せない

 

「貴様がいなければこんな事には!!」

 

 激情のまま、それでも培われた冷静さは捨てずに彼女は戦い続ける

 

「私だって、私だってこんなことはしたくなかった! だがこれ以上時間がない!」

 

 ハイレベルな戦い。状況が状況でなければこれは全校生徒の前で行われ、参考にされるものであるそれは、しかし、純粋な殺し合いだった

 

「やめてくれ! ラウラ!」

「完璧なISを操るためだけの人型兵器として私は産まれた! 戦うためだけに遺伝子を調整され、投薬や精神の操作で恐怖も克服した! 要所の筋肉は強烈なGに耐えうるために人とは違うものを移植された! この瞳もそうだ!」

 

 迫り来る攻撃を躱し、撃墜し、ときには当たりながらも彼女はバナージに迫る。バナージもビーム・ガトリングガンを斉射しつつも、止まることなく絶えず動き続ける

 身につけたシールドによるIフィールドとて無敵ではない。衝撃はそのまま彼の体へと伝わり、それが隙となって減速してしまう

 手足のように扱える『ユニコーン』、だからこそスペースノイドでかつ大気圏下での戦闘経験の乏しいバナージにはディスアドバンテージとなってしまう。そう、地球でしか戦ったことのない少女に対して

 

 苛烈な打撃感。胴体に感じたそれは『シュヴァルツェア・レーゲン』による蹴りだった。ISを操るために作られ、その上鍛えあげられた身体によるそれは『ユニコーン』も耐えられずに吹き飛んでしまう

 壁に激突してようやく止まりはしたが、追撃が来る――!

 咄嗟に分離したシールド・ファンネルがラウラの行く手を阻んだ。その隙に離脱するが、しかしこれ以上シールド・ファンネルを動かせなかった

 原因は『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載されたAIC(慣性停止結界)だ。咄嗟の判断で動かしてしまったシールドはラウラにより補足されてその場に固定されてしまう。思わずバナージはくそ、と呻いた

 

 そして、どうしてこうなったのかを思わず思い返す

 

 自らでISを作ろうと試みていた少女、簪にその友人の本音が調整しただけに、『フルアーマーユニコーンガンダム』は納得の完成度となっていた

 

「調整はした。あとは動かすだけ」

「ああ、ありがとう」

 

 バナージは自らの正面に立つ白の機体を見つめる。全身に重火器を搭載しており、シールドは三つほど。そして大型のブースターにより更なる高機動が可能となる

 

「バナージ・リンクス。『ユニコーンガンダム』。行きます!」

 

 乗り込んで、意識を空へと向ける。彼の思考と同速度で動き出した機体は瞬く間に最高速へと加速した。ピットを飛び出してアリーナへ

 縦横無尽に駆けるその『ユニコーン』はどこからどう誰が見ても万全と言える状態であった

 

「ブースター誤差は許容範囲内……」

「各武装も完全! 的への命中率上々!」

 

 機体情報を逐一チェックしていた二人から万全であることが伝えられて、バナージはアリーナ中央へと降り立つ。各火器のパージが出来るか確かめるためだ

 結果はいうまでもなく成功。ここに完全武装の白き一角獣が誕生したのだ

 

「バナージ、大丈夫なら模擬戦しようぜ!」

 

 一夏が観客席から声を書ける。彼と同じくそこにはいつも行動を共にしている少女たちがいた

 

「ちょっと一夏、私まだあいつをぶったおしていないんだけど? 譲りなさいよ」

「そうだよ。一夏。僕も彼と戦ってみたい」

 

 鈴とシャルルが横から口を挟む。むむ、わかったよと一夏は引き下がろうとするが、ふと背後に人の気配を感じて振り返る

 その場にいた誰もが感じたのか、同時に背後を見ると、そこには黒い眼帯をした銀の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた

 

 

「面白そうなことをしているじゃないか」

「貴女は、ラウラさん」

「やあセシリア・オルコット。今日は皆して奴の新装備を観察にでもきたのか?」

 

 どこか遠くを見るような目はその場にいる誰も映していない。どこか、心あらずといった様子の彼女はめったに見られないものだった

 どこか、おかしい。そう箒は考える

 常に自らを律し、そして立派な軍人であることを既定している彼女がそのような様子をするのは、何かあるはずだ

 

「バナージ・リンクス……」

 

 目の焦点がやっと合う。その視線の先には白の機体

 

「ちょっと、ラウ――」

「喋るな、煩い」

 

 いつもと違う調子の彼女に鈴が声をかけようとした、その瞬間。ラウラは黒のISを身にまとい、そしてその銃口を観客席にいた人間全員に向けたのだった

 

「お、お前は何をしたいんだ。今日のお前は普通じゃない……」

「普通? 普通と言ったか織斑一夏。――ああ、確かに私は普通じゃないだろうな。兵器を人間に向けるなど、正気なら出来ない」

 

 淡々と、それでいてどこか黒い感情を込めた言葉を彼女は放つ

 

「これは人質だ。バナージ・リンクス」

『ラウラ! 君は何をしているんだ!』

「一対一、誰にも邪魔をされずに貴様との戦いを、私は望む」

『どうして人質をとる必要がある?』

「私の覚悟を示すためだ」

 

 照準を少しずらして、レールカノンを放つ。少女らの背後にある椅子が爆発し、轟音を立てて、そしてそこにあった物体はただのガラクタ以下の存在となった

 

「……生徒に対し明確な敵意を持って、ISを使用してはならないこの場で私はこれを撃った。アリーナの映像記録により、私のこの行為は全教員に伝わり、もちろん教官も知るだろうな」

 

 ということは、これ以降私が両手を上げて投降をしたところで、何がどうなっても拘束され、自由を奪われ、退学。加えてドイツ軍からは脱退させられるだろう、と続ける

 

「つまり、先日隊長職を解かれ、守るべき『家族』すらいないこの状況で私は失うものはもう無い。……たったい一つ、残されたこの私(いのち)も、これ以降のいかなる行動において何があろうとも『死』が決まっているのだから」

「死? おおげさね! 人一人殺していないこの状況であなたに死刑が下されるとでも? だから、馬鹿なことはやめなさい。いまなら事故ってことで先生にも話して――」

「私は『法で裁かれず』死ぬのだよ。凰鈴音。これが役目で、後世のためだ。そして奴の次には、目覚めかけている貴様も殺す」

 

 ラウラは唇を噛みしめる。その顔は普段の無表情を貫き通す彼女からは想像も絶するほどの苦悩と焦燥が見て取れた

 

「で、どうだ? バナージ・リンクス。私の最後の『たった一つの望み』――真剣勝負、命を賭けたISのリミッターを全解除した戦い。受けるか?」

『そんな望み、悲しすぎるよラウラ……』

 

 彼女は眼帯を取り外して美しい黄金の瞳を現し――

 

 轟音とともに現実へ意識を戻される。そうだ、おれは考え事をしている場合ではない。一刻も早く彼女を止めなくては

 2つのシールド・ファンネルを分離させて三方向からの攻撃。AICには多大な集中力を要すると聞く。だからこそ、彼女からシールドを奪い返すにはこうするのが良いだろう、そう思ったからだ

 

 だが、簡単に事は進まない。集中力が必要、それは確かにそうだ。だが、それは本当か。長年の愛機の欠点をそのままにするのだろうか? ラウラほどの少女が、軍人が?

 答えは否、だった

 

「まさか! バナージさんのシールドを使って!!」

 

 同じく集中力を要するものを使用しているセシリアが驚愕して思わず叫ぶ。そう、彼女の言ったとおりラウラはバナージから奪ったシールドを己の手足のように使用し、攻撃を防いだのだ

 

「マルチタスクとでも言うの……? 人間の脳はそんなことは出来るように出来ていないはず」

「いや、かんちゃん。断定はできないよ。解離性同一性障害、二重人格と言われるそれによって思考を分割してしまえば」

「それはない、布仏。ボーデヴィッヒにそのような兆候は見られなかったはずだ」

 

 だが、と千冬は黙考する。先日の時点では上手くバナージを補足できていなかったはずだ。だのに、何故……

 

 彼女らの疑問をよそに、戦局は徐々にラウラへと寄り始めた。バナージの手から離れてしまったがために、本来の力であるIフィールドは発生させていないものの、遠隔で操作できる頑丈なシールドというのは心強い。それも、相手がミサイルなどの銃火器を大量に所持している状態とあれば、だ

 

「かつて」

 

 ラウラのつぶやきは拾われ、アリーナ全体に響く

 

「かつて篠ノ之束は、ある機械の設計図を世界に公表した。誰もが知っている、今のISの原型機だ」

「それがどうした!」

 

 箒は叫ぶ。そんなことよりも、さっさとやめろ、と

 

「そこまでは良かったのだ。それだけを、公表していれば……」

 

 一夏は姉の息を呑む音を聞いたような気がして、振り向く。そこには目を見開き、今までにない驚愕の表情を浮かべた千冬の姿があった

 バナージの攻撃を避け、説得を無視し、一方的に彼女は語る。それと同時にはるか昔に語られた、親友の与太話を千冬は思い出す

 そうだ、どこか引っかかっていたのだ。バナージの直感、空間認識力。彼は宇宙で育ち、戦ったと。何故、どうしてそんなことを忘れてしまっていたのだ――

 

『ねえちーちゃん。人間ってさ、猿が進化して産まれたって話、どう思う?』

『どう思うって、束。それは常識だろう?』

『人間は木の上で生活していたのに、狩猟を始めたか生活地の減少から地に足をつけ、今のような完全な二足歩行になり、脳が増大し、今に至る。……なら、地球という地を離れて、宇宙という大いなる空へ居住を移した人類はどうなるのかな?』

 

 かつて、まだ幼かったあの日々。親はいなかったけれど、ISも無く、近くには一夏、束、箒がいた何も無く愛おしい日々

 

『私はね、人類はもっともっと進化すると思うよ。でも、生きているうちには見ることができない。それどころか進化する前に地球が無くなっちゃうかもしれない。だけどね、ちーちゃん。私はどうしても見たいんだ。空へ、宇宙へ、無限の彼方へ行った誰も想像できない世界』

『盲目の方は直感が鋭くなると聞く。宇宙は広い、目があっても見えるのは星だけだろう。ならば認識能力でも広がるのではないか?』

『そうだね、そしていまは見えないものですら見えるようになるかもしれない。三次元ではない、今の私達ではわかりもしない物が』

 

 私は、それを見たい

 

 そうだ、そうだった。あいつが宇宙を目指す意味。宇宙は目的ではなく手段、本当に目指していたのは違うもの。だからこそバナージ・リンクスに執着したのか

 

「なあ、バナージ・リンクス。貴様には分かっているのだろう? 私が次にどこを狙い、どう攻撃してくるのか」

「まさか、そんな……」

「貴様のような存在を脅威と捉えた者がいた。その新人類が既存の人類を滅ぼすだろう、とな」

 

 

――だから、私が産まれた。貴様のような新人類(ニュータイプ)を殺すために、な

 

 

 そう言って、ラウラは呆然としているバナージへ、再び襲い掛かるのだった

 

 



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タグ追加 残酷な描写


 理不尽だ、世の中は理不尽すぎる、とバナージは自らの心が熱く脈打つのを感じる。家族の暖かさを知らず、ただ戦うだけに生み出されて、人を殺すために育ち、今こうして戦っている

 彼女の境遇がおれを肯定して、後押ししてくれた『彼女』と重なる

 ああ、約束を果たせなかったと今更ながらに思い出す。うまい店に連れて行ってあげるって、約束したのに

 

「そんなことのために私は鉄の子宮から生まれ落ちたのだ!」

 彼女の攻撃はますます強烈に、そして鋭く正確になっていく。バナージ・リンクスのような存在をこの世から消滅させる、これが彼女のこれまでの人生の全てだった

「くっ、う……!」

 レールカノンを真正面に受けてバナージは後退する。明確な殺意を持って攻撃されながらも、本格的にこちらに敵意を向けてこないその姿勢に呆れと、そして妬みがラウラの中で渦巻く

 

 ラウラにとってバナージはそこそこ出来るやつではあるが、所詮は素人の域だと推測した。生まれてから絶えず、時にはその存在理由を隠し、失敗作の烙印を押されようとも訓練をし続けてきたのだ。素人ごときには遅れをとってはならないし、取らない

 だから気をつけなければならないのは彼の戦闘能力ではない。いや、広義では戦闘能力とも取れるニュータイプとしての力だろうか

 それにまだ、『ユニコーン』は本性を表していない。NT-Dを使われたらこの金の瞳を持ってしてでも補足は困難を極める。強化人間として常人以上の力を自負してはいるがどこまで通用するか

 

 と、そこまで思考を続けて目の前の『ユニコーン』を見る。バイザーで隠されたバナージの顔は見ることができない。だからか、彼の存在の重みとも言えるものを全身から感じる

 背筋にひやりと、冷水を流し込まれたような感覚。きっとあのバイザーの下には『自分の生き死には自分で決める』、そう自己主張する綺麗な瞳があるのだろう

 私はあの瞳が羨ましく、そして嫌いだとラウラは嗤う。ニュータイプ、それは宇宙で生まれるだろうと予言され、私は一生出会うことが無いだろうと思っていた存在。人類の新たな可能性として、それは賞賛されてしかるべき存在だ

 それに比べてどうだ? この薄汚れた馬鹿げた考えから産まれた身体に何の意味がある? 人を殺すために生きているこの身体に?

 

 バナージはどこか、かの大戦を生き残った老兵たちと通じる匂いを感じる。自らの手で殺めたことが感触として残らない現代の戦場の中で、血の匂いとも言えるそれ

 けれども彼の人となりを見て、思う。彼にはきっと彼なりの思いや苦悩を持ってそれを為し、後悔をしていないと

 だが、私はどうなる。バナージ・リンクスを殺したところでもうニュータイプが存在してしまうのは明らかなのだ。永遠と殺し殺される戦場に身を投じる覚悟はあるのか。そしてこの日を後悔しないか

 

「ラウラ! そんな悲しい理由で戦っちゃ駄目なんだ!」

「もう止まれないのだ、バナージ・リンクス」

 女としての臓器、そんなものは戦いに不要と取り出され、中に入れられたのはナノマシン製造プラント。子を育てるべきところで生み出されるのは冷たい機械。それによって身体に受けた傷は即座に修復されるが――あの狂った研究者たちにとってはそれが副次的効果でしか無いことは説明されていなくても分かる

 要するに怖いのだ、私のような存在が。裏切られて殺されるのが、だから脅しとして体内に爆弾を埋め込んだ。従え、でなければいつでも殺せる、と

 ああそうだ。私は脅されたのだ。軍人でもない、ただの研究者に

 だから絶対に負けてはならない。勝たなければならないのだ。『私達』の未来のためにも

「その未来に、お前は邪魔だ」

 ワイヤーブレードを自在に操り、バナージを襲う。地面スレスレを飛行しながらも、彼は躱し、そして銃口をラウラへと向ける

 悩みは消えた。そう、本来悩みなんて無かった。弱くなったな、とラウラはまた嗤う。その原因は

「教官、すみません。でも」

 

 教え子同士が殺し合う。女手一つで弟を育て、ISの世界チャンピオンになった。それほど過酷な運命を背負っていても平和ボケした日本に住むまだ30にも満たない小娘は何もできずに、この光景を割れんばかりに歯を食いしばって見ることしかできない

「まだか、まだ隔壁は」

「もう少しです!」

「早くしろ!」

 今にも飛び出して行きそうな彼女、だが飛び出しても結局は今は何もできない。歯痒い思いをしながらも祈るしか無かった

 

 次々と襲いかかってくる攻撃。レールカノン、手刀、そしてワイヤーブレード。『ユニコーン』は規格外とも言えるMSで、今はISだった。しかしながら主が明確な指針を出さず逃げ回っている限り打開はできない

 両手でビームマグナムを構えて、撃つ。これで残弾2だ。隙の大きいこの砲撃は容易く避けられてしまう

 ビームサーベルを振るう。彼女のプラズマ手刀とぶつかり火花が散る。横からは奪われたシールドファンネル、それに取り付けられたビーム・ガトリングガンの銃口が向けられていた

「おおおおっ!!」

 雄叫びを上げてラウラは力任せにこちらを押してくる。どうすれば、どう――

 

――お前は光だ

 

「……マリーダさん」

 言葉が、聞こえた気がした

 

――なすべきと感じたことに、力を尽くせばよい。自分の中の『可能性』を信じて

 

 迷った時に言葉をくれた、助けられた。彼女だけではない、おれには沢山の人に教えてもらった事がある。自分が何をするべきか、ラウラをどうしたいのか。そうだ、最初から決まっていたではないか

「おれは」

 蹴りを受けて地面に叩きつけられてしまった。長い距離を滑り、ようやく止まった。それでもバナージは立ち上がった

「彼女を止めたい。こんな悲しいことを続けさせたくない、だから!」

 その白い機体が背を伸ばした。足から順に、装甲が移動していく。バナージにだけ聞こえた金属の音。『ユニコーン』の頭部が彼の思いを、願いを受信して動き始めた

 赤の光、ニュータイプを殺すための『ニュータイプ・デストロイヤー』。いや、バナージはそんなマシンの憎しみに呑まれない

 装甲が展開し、そしてバイザーが開けて角が割れる。血のような赤色、だが、彼の思いとともにサイコフレームが色彩を変化させた

 

「おれに力を貸せ、『ガンダム』!」

 

 力強い心臓の脈動、それが弾けるかのように赤の燐光が輝きを増して真っ白に染まった。彼の願いを叶えるために、力を振るう。これが本当の『NT-D』、『ニュータイプ・ドライブ』

 手のひらをラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』へと向ける。暖かな波動が伝わり、そして制御を奪っていたはずのシールドファンネルが彼の元へと戻っていった

「AICが!?」

 無効化された、馬鹿な! 今まで無かった出来事に困惑する。そしてこの光、いままでの『ユニコーン』とは明らかに違う

 そして、白から緑へ。最大共振したサイコフレームは暖かな色へと変わった

 

「なんだ、この光……」

 ただ声を上げることしかできなかったアリーナの一夏たちも、ただ目の前に起こっている出来事を理解することができなかった。でも、口から溢れる言葉は停めることはできない

「綺麗……」

 セシリアの言葉は誰もが思ったことだった。赤色も綺麗ではあったが、それよりも温かいこの光のほうが好ましい

「戦いの光じゃない。止めたいって思う、リンくんの気持ち、それがあの光なのかもしれない」

 彼女らの見つめている先で、ユニコーンが動く。緑色の燐光を残しながら、悠然と。それをただぼうっと見ているだけのラウラではない。攻撃を仕掛ける。だが、あっさりとそれは躱されて、ワイヤーブレードを掴まれてしまう

「嘘でしょ、あれを掴むだなんて!」

 鈴が驚愕する、それと同時に緑が、彼女の機体に伝わっていった

 

 ラウラはNT-Dを発動させた『ユニコーン』、そして伝わってくる緑の波動。それよりもこちらに向けてくる彼の手が何かと重なるかのような錯覚を覚えた

 巨大で、ISとは言えない異質なロボット、そうだ、あの手にかかればひとたまりも――

 殺される、と思わず見を縮めてしまう。馬鹿な、こちらが先に殺そうとしたのにと一瞬で思考を巡らせるが、もう遅い。あの巨人はすでに自らを

 

 無機質なはずの巨人の瞳が腕の向こうから見てくる。無機で有機、アンバランス。理解できない、理解したくもない。あれは無機物であって生物――

 

 そして、世界が変わった

 

 

 

 

 抱き上げられている。自分より大きな存在に抱かれながら見上げたそこには、立派な一角獣のタペストリーが飾られていた

 大きな存在は語りかける。タペストリーに込められた意味。ピアノの旋律が耳に残った

 

 屋敷を見ていた。繋がれた柔らかな手は、それでいて心強かった。不安を残しながらも度々振り返る。そして、もうそこで暮らすことは無かった

 

 薄暗かった。暴力がありふれていて、だから自らを守るために多少の荒事は慣れた。荒れた人が集まっていて、治安が悪い

 誕生日には誰かからのプレゼントが届いた。誰かは分かった、けれど口には出さなかった。母が不機嫌になるから

 

 母が死んだ。でも、厳かで安らかだった。ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊になり、ガスを他人に撒き散らしながら放って置かれるような死に方がまともじゃないことは分かった

 

 顔も知らない父に呼ばれて学校に入学した。そこそこの友人付き合いをして、バイトのために朝早く起き、より良いプチモビを借りるために同居人を出し抜く。それは普通の生活、当たり前の日々

 

――でも、どこかずれを感じていた

 

 そして、白の流星と出会う。その姿はまるで『彼』が身にまとっているIS

 

 ラウラは気づいた、これはバナージ・リンクスの記憶であると。何が起きているのかはわからない、人智を超えた現象だ

 夢を見ているのか、とも思ったがなぜかこれがそうではないと断言できた

 彼がどのように思い、行動し、そして悩んで答えをだしたのか、その軌跡を追っていった

 

 

 

 

 

 

「やあ、はじめましてだな。被験体LB-4」

 大きなガラス製の容器から出される。満たされていた液体に濡れた身体は当然裸で、初めて地に立とうとするが、それすら叶わず倒れこんでしまう

 無機質なコンクリートの冷たさ、これが彼女にとって初めての記憶

 肺に溜まった液体を口から出す。初めての肺呼吸は苦痛で、思わず泣き出してしまった。それを咎めること無く白衣の男たちは手に持った端末に情報を書き加えていく

「ようやく形になったか」

 虚ろな瞳で周囲を確認する。知識はこの頭に詰め込まれているが、知識は知識だ。体験ではない

 

 やっと焦点を合わせることができた。たったいま自らが出てきた容器に似たものが並べられている。隣を見る、そして何も入っていない胃から胃酸だけを吐き出した

 生理的嫌悪感を醸し出すそれは、内臓だけが浮き、それを守護する脂肪や骨、皮が存在しない人のような何かだった

 皮を持たず筋肉だけ露出したヒトガタ、脳髄だけだったり、異常発達した眼球が飛び出た奇形。普通に生きていたならば目にすることすらないそれら、原初の感情は恐怖だった

「おや、気が利かなかった」

 白衣の男はそう言ってからようやく端末を操作し、容器にスモークをかけて見えないようにした

 

「完全な人となるのはかなり確率が低い。でも、あそこからもらった技術によって結構あっさり出来たな」

「第二次大戦以前から存在していたらしい、つまりその時代からクローンを作ろうとしてたってことだろ」

 

――あのヒットラーのクローンだとよ。んなことしたらドイツは袋叩きだな

――違いない

 

 徐々に遠くなっていく声。これが彼女の初めての睡眠だった

 

 バナージはラウラの記憶を追体験する。身体の基礎が出来上がる時期から戦うために特化した筋肉づくり、移植手術、不要な臓器を取り除き代替品を埋め込まれる

 感情もなく、ただ研究者たちのなすがままにされ続ける

 

 けれども、彼女は心を折ることがなかった

 

「おねーちゃん!」

 妹達、同じ境遇で創りだされ、同じ目的で育てられた。同じ鉄の子宮で生み出された少女たちを妹と言わずに何と言う

 研究者は最初期に生み出され、成果を出し続けているラウラに言う。君が今後もこの子たちが要らないくらいに成長するのであれば、普通の人間として社会に出してあげよう、と

 ラウラは契約した。最初のニュータイプは必ず殺す、その代わりに妹達は人として生きさせろ、と

 目の前の男は一つの条件を提示して、ラウラは了承し、ここに契約は成った

 

――もし国家権力に捕まるようなことがあれば死、だけだ

 

 それが条件




6/23 誤字修正。指摘ありがとうございます。


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 ラウラの全ては妹達だった。同じ境遇、同じ処置を行われた血の通わない家族。しかし、戦闘能力を高めるためだけに創りだされた身体は強くて、脆かった

 ラウラが軍隊に入った時に、妹の数は半数以上減ってしまっていた。薬品の拒絶反応、人工臓器の不具合、ナノマシンの異常増殖。人の形になるのも奇跡だった、だが、それ以上に生き続けるラウラ自体も奇跡の塊だったのだ

 

 契約は交わした。妹達は普通の人として生活をしている。否、生活だけはしている。研究者たちも想定していなかったアクシデントの多発による相次ぐ死者。ささいな要因で死んでしまう可能性があるというのにラウラだけに研究を絞ることなんて出来なかったのだ

 もしものときのバックアップ、妹達は学校で初めて出来た友人と語らいながらも、その身体は非人道的な処置が続けられていた

 一人、また一人と妹が減っていく中、ラウラの心は冷たく凍っていってしまった。自分が何をしても無駄なのではないか、どう足掻いても彼女らに『普通』を与えてやることすら出来ないのか

 

 だが、ある日、そんなことも言えない事態が起きた

 

「なんだと! 手術は成功したはずだ! 今更になって拒絶反応だと!?」

「おちつけ! クソッ、今まででの最高傑作をここで壊すのか私達は!」

 

 ISの本格的運用が始まると同時に行われた『ヴォーダン・オージェ』の移植手術。術後の経過は順調だったかのように思われた。しかし、ラウラはその時神を呪った

 一命は取り留めた。しかし、その瞳の制御に精一杯で普通の軍人よりも劣る成績しか出なくなってしまったのだ。それはそうだ、常日頃常人の数十倍とも言える知覚を強いられるのだ、脳が焼き切れて廃人と化してもおかしくもない。過負荷の情報は毒にしかならないのだ

 

 だが、彼女は常人よりも優れた精神力を持ってそれを耐えた。発狂しかねない情報の奔流に耐え、自らを保った。そしてようやくある程度のレベルにまで扱えるようにはなったが、常人より優れた肉体を持とうにも、真に同じ瞳を最大限に扱える者からすればラウラは赤子の手をひねるくらいの容易さで倒されてしまう

 馬鹿な、と日々苦悶した。このままでは妹達が戦いに出されてしまう、とも。だからがむしゃらになった。幸い身体は頑丈だ、無茶をしてもちょっとやそっとでは倒れない

 

 必死に、瞳を使えるものに追いつこうとラウラは一人で訓練を続けた。片目のハンデを背負いながらでは、手術直前に与えられた黒の機体の特徴であるAICを万全に使えない。誰もいない訓練室でラウラはISに乗り続けた

 

 そして、自らを虐め続け、妹達を守るただそれだけのことを為そうと尽くしてきたラウラは、似た思いで戦ってきた絶対的な強さである織斑千冬に出会う

 彼女は語った。自分は弟を守るために強くなった、と。そして同時に語る。『強いだけでは守れない』とも

 ラウラは理解できなかった。それもそうだ、彼女がこの世に生を受けてから今まで、強いラウラだけが必要とされ続けていたからだ

 

 無論、自らが強さを求める理由なぞ千冬に話せる訳がない。非人道的な研究によって生み出された己はドイツの汚点でしか無いから

 だからこそ千冬は誤解をした。彼女が強さを求めるのは『誰かに認められたい』という幼さ故の過ちだと。一人の人間として生きていくにはそんな強さだなんて要らず、其れがなくとも誰かから必要とされるのだと、見当違いな事をラウラに語ることしかできなかった

 ラウラはそんな千冬の見当違いな言葉に表面では頷くも、本当の事を知ったらどのような言葉をかけてくれるのか、それしか頭になかった

 

 私のようなヒトとも言えない存在を、今と同じように扱ってくれるのだろうか、と

 

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。『不良品』として判断される前にその汚名を返上しなくてはならない

 ISに乗り、自らを鍛えていくうちに人の気配、殺気、闘志を感じることが出来るようになったという千冬に目が十二分に使えないラウラは縋った。彼女の技術、それを手に入れることができれば妹達を救える。聞くに、織斑千冬も幼い頃から一人で弟を守ってきたらしい。なるほど、彼女の強さがあれば妹を守れる

 

「私の国には『座頭市』という物語がある。盲目の剣士が荒くれ者たちをなぎ倒していく話だ」

 

 訓練された軍人十数人相手に、目隠しをしたまま木刀で戦い、そして勝利した彼女が強さの秘訣を聞いてきたラウラに答える

 

「もちろん、あれはフィクションだ。――が、人間というものは不思議な生き物でな、偶に人ならざる気配すら察知することがあるのだ。が、それすらもあの篠ノ之束には当たり前の出来事のようなことを言っていたがな」

 

 そうだ、私が彼女になれば――

 

 そんな全くもってどうしようもない願いを抱きながら、ラウラは織斑千冬を教官と慕う

 瞳を完全制御し、彼女から教わった技術がなくとも唯一無二の強さを取り戻すことに成功したラウラは、それでも彼女を慕い続ける。絶望から救ってくれた彼女に憧れたのだ

 

 バナージは彼女の生い立ちからこの出会いの記憶を持ってラウラを識った。彼女の生きる意味や、自分に襲いかかってきた理由もすべて

 同じようにラウラもバナージのすべてを識ったのだろう、そういう確信を持って未だ胸に残る彼女の鈍く輝く思惟を思う

 

 二人は向かい合った。彼ら以外の誰もいない、どこまでも続く空間に

 

「貴様は強いな。そして、私は弱かった。力のない自分が嫌いで、強さの象徴である軍人、そしてどうにかして教官そのものになろうとしていた。そんなこと、不可能だって知っていたのにな」

「人は誰かにはなれないから……悲しいことを、悲しくしなくするために、自分のままで強くならなくちゃいけないんだ。ラウラ」

 

 ふ、と寂しげにラウラは笑う。そして胸元に手を当てる

 

「死んでしまった妹達は、もういない。だけど私の心に、そして『シュヴァルツェア・レーゲン』に思惟は一つとして残っている。篠ノ之束が三年前、唯一試験的に創りだしたISコアだからこそ私は彼女らに触れることが出来た」

「三年前……?」

 

 どういうことだ、とバナージは困惑する。彼は彼女の記憶をすべて識ったはずなのだ、彼女が知っていておれが知らない事なんて無いはずなのに

 そして可能性に思い至る

 

「サイコ、フレーム」

「マリーダ・クルスに教えてもらったよ」

 

 だからこそ、今こうやって落ち着いて話しができているのだ、とラウラは呟く

 彼女の考えは口にせずとも伝わってくる。三年前にこの世界に隕石が降った、それはバラバラの残骸になりながらも壊れること無く一部は篠ノ之束の手に渡ったことも

 それはこの世界のオーパーツ。サイコミュの機能を持ったコンピューターチップを金属粒子レベルでMSの構造部材へと鋳込んだモノ

 どうして三年前に隕石として降ったのかは分からない。だがしかし、大いなる宇宙へ飛び立とうとしていた篠ノ之束はその宇宙からの贈り物と思い、嬉々としてISのコアに混ぜ込んだのだ。未知の技術を

 

 ラウラはバナージの記憶、そして矛盾、彼の存在自体への疑問、それらをすべて理解し、どうして彼がこの世界にいるのかを『ユニコーンガンダム』に残った思惟に教えられた。彼女は、だが、それに無関心にこれから何をするのかを決意した

 

「それでも私は止まれないんだ」

「そんな悲しいことを続けるのか君は!」

「分かっているさ。貴様はもう私を『識った』だろう? 止めることは出来ない、分かり合っていても、どうしようもないこともあるのだ。……アンジェロ・ザウパーみたいにな」

 

 バナージは苦虫を噛み潰したような思いをラウラに伝える。分かり合ったはずなのに、アンジェロはバナージを拒絶して自害した。静止も聞かず、勝ち誇った笑みを浮かべて

 

 もうすぐ現実に戻る。そうすればラウラは新たな決意を持って世界に立ち向かうのだろう。目の前の障害(バナージ・リンクス)を跳ね除けて

 ああそうだ、そう言ってラウラはバナージへと言葉を投げかけた。それはこれからまた殺し合いをする相手にかける声音とは程遠い、穏やかでいて、そして自らを勝利へと近づけるための布石でもあった

 

「私の記憶を分かっているのなら、そして私に勝てたとしたら『シャルロット・デュノア』には気をつけておけ。そして」

 

――宇宙世紀の公用語は今で言う英語なのに、どうしてお前は日本語を流暢に扱っているんだ?

 

 不敵な笑みを浮かべて放たれた彼女の言葉と同時に、意識はアリーナへと戻っていった

 

 

 

 

 

 緑色の光が『シュヴァルツェア・レーゲン』から失われて、代わりに透明でいて真っ黒なオーラがその機体を覆う。バナージは『ユニコーン』を後退させてその場を通り過ぎるAICの効力から逃れた

 どうしてこんな、と叫びたい思いが『ユニコーン』に伝わり、彼の心の震えがそのまま力となる。ありったけの念を込めて機体を飛ばす

 英語? 日本語? ぐるぐると脳内に彼女が残した言葉が駆け巡る。何故だ、何故おれはそんなことを疑問に思わなかったか。知ってはならないという本能の警告と、どこからか起きる焦燥感。戦場においてその迷いは間違いなく命取りになる

 そうだ、間違いなく彼女の狙いはそれだ。どのような手段を用いてでも妹を守る、そのための言葉だ

 

 対するラウラはその機体に宿った思惟と心を通わせて飛ぶ。自分は一人じゃない、逝った『妹達』がずっと側にいる――!

 布石は打った。自らの存在への疑問はアイデンティティの喪失を招きかねない。特に、『バナージ・リンクス』に対しては有効な手段だった。存在根幹への疑問の提示、自分が自分であるという事実を揺さぶるそれ

 『ユニコーン』の思惟の断片的な情報、彼がこの世界にやって来る直前の行動、そしてそこから導かれる仮説。バナージ・リンクスという人間は『もう宇宙世紀に存在していない』

 

 ならば、目の前の彼は何か。それは先程『視た』それの創りだした影。己のなかの『肉の器』を模した存在

 ラウラは自らの言葉によって戸惑いを覚えるバナージが、その本来の姿を取り戻した後どうなるのか、そんなことまでは推測することは出来ない。何故ならば本来の彼の記憶は彼の意識を吸い、力としたサイコフレームによる巨大なサイコフィールドでコロニーレーザーを相殺しようとした直後、そこからIS学園の保健室へと移っていたのだから

 彼はコロニーレーザーを相殺すると決めた直後、多くの思惟に『もう戻れないかもしれない』という警告を受けていた。それをバナージは理解して、二度とオードリーの身体を抱けない、ぬくもりを感じることも出来ないことを必死に耐えて、それでも「きっと帰る」と、そう言った

 

 彼は約束を守れず、『ユニコーンガンダム』という生まれたての生命体が世界を本当に『識る』ための情報端末として外宇宙へと弾き出されたのではないか。『ユニコーンガンダム』が時を知覚して、現在過去未来すべての思惟を内包しうるのならば、それは一種の『神』であり、アカシックレコード。人々の意識の集合体であるならば、彼は人のいる世界に存在することが出来るのではないだろうか

 

 ラウラはそこまで思考を巡らせて、今更ながらに相対しているものの大きさに恐怖した。だが、それでも彼女は動きを止めない

 

「私のじゃまをするのなら、この地球から出て行け――!!」

「ッ! しまった!」

 

 NT-Dを発動させた『ユニコーン』は彼の思考と同速度で動く。そして、鈍った思考では速度は出るはずもない。反射により必殺の一撃を避けようとするが、その隙を逃すラウラではなかった

 

 だが

 

「なっ!? 何者かによってアリーナのシールドが!!」

 

 教師の一人の叫びとともにすべて無効化されてしまう。内部の攻撃が客席に流れ弾として当たらないように張られているそれが、勝手に解除されたのだ

 が、しかしながら唯一。空からやってくる『懐かしい気配』を感じ取って、叫ぶ人物がいた

 

「全員その場で伏せろ!」

 

 千冬の声と同時にそこにいた人間は全員頭を抱えて伏せた。空から降ってくるのはレーザー。エネルギーの塊であるそれはアリーナの地面を抉る。それがどれほどの威力を持った物だったかは、とっさにバナージへ攻撃をしかけようとした体勢から無理に飛び退いて、そして地面に転がったラウラの驚愕の表情で見て取れるだろう

 土埃が巻き上がる。幸い生身の人間は客席やモニターでその様子を見ているだけだったために被害はなかったが、観客席で二人を止めようとしていた専用機持ちは只ならぬ雰囲気や状況からISを瞬時に装着した

 

 空から降りてくるのは赤。真紅。美しい機体はそれでいてまだ未完成だった。ISを創りだした人間が、次世代機として開発したそれは、驚いている面々を無視して悠々と地面へと降り立つ

 モニター越しで捉えたその人物に千冬は苦々しい表情を浮かべ、ラウラは目を見開き、バナージは何とも言えない奇妙な感覚に襲われたのだった

 

 自らの内面を覗かれているようなその感覚、しかしそれはすぐに薄れ、注目を集めている少し垂れ下がった瞳をほにゃりと笑みの形に変えたその女性は、包囲されながらも堂々と、自らの存在を主張した



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「やっほー! 今君たちが使っているISを作った、篠ノ之束さんだよ!」

 

 織斑先生、と誰かが無意識に口にするが、大丈夫だという彼女の言葉に下がる。しかし、警戒態勢は解かなかった。誰もが動けない中、真っ先に動き出した千冬は、突然現れた親友へと真正面に向かう。

 

「いきなり現れてどうした束。今ここで拘束して国につきだしてやってもいいんだぞ?」

「やだなあ、冗談きついよちーちゃん。……ここにバリアが無い今の状況で私と戦って施設が無事ですむと思うの? それはちーちゃんがよぉ~く知っているはずだよ」

 

 押し黙る。篠ノ之束は科学者として有名であるが、しかし。身内しか知らないことであるがその実武道にも長けている。

 人は一人では強くなれない。必ず相手が必要だ。世界一である織斑千冬は彼女以外誰もたどり着けない領域にいる――否、彼女以外同じ高みにいる者がいない、と考えられている。が、しかし、そこまでの高みに一人で登れるはずがない。

 どんな天才にでも切磋琢磨しあう者が必要なのだ。

 

「姉さんは、何をしたいんだ」

 

 防御姿勢を取った箒が一夏の『白式』の影で呟く。姉妹として長く暮らしていたのだ、姉の強さは知っている。嫌というほどに、武に実直だった自らよりかは身体のキレは良くないが、その頭脳を持って圧倒的優位に立ち回り、箒でも『一度も勝てたことがない』

 彼女はその知略で、そして常人離れした記憶能力で相手の思考を誘導、傾向をインプットし、常に最善手をうつ事が出来る。

 瞬時瞬時の判断が必要な場面において、それは大きな武器となる。対応できるのは彼女の全てを小細工と鼻で笑うことの出来る千冬だけだった。

 

「とりあえず礼を。ラウラ・ボーデヴィッヒ……ながいから黒眼帯で。黒眼帯のおかげで物事がよりよい方向に進んだ。ありがとう、お礼として君達の体内にあるナノマシンから身体に害をなす機能を削除、ついでに研究所は壊してきてあげたよ」

 

 だから感謝してよね? と無垢な笑みを向ける。まあこれでもお礼が足りないから何かして欲しければその『シュヴァルツェア・レーゲン』でコンタクトを取ればいい、とも言う

 ハッ、とした表情でどこかに連絡を取ろうとするラウラ。そして、応答がないことに目を見開き、目の前の女が口にしたことが真実だと知る。

 先ほどまでの決意が無駄だったかのように、ほんのすこしの間で起こった出来事。事実を適切に処理しようとして、ラウラは思考が乱れた。

 

 そんな彼女の表情を見て、どこか満足気な笑みを浮かべた束は、次に純白に緑の光を煌めかせる機体へと顔を向ける。

 再び目を向けられたバナージは、自分を見ているようでいて、何処か違う物をみる彼女にたじろぐ。

 

「そしてバナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』……ニュータイプの一つの結末、私の理想。はじめまして、ISの開発者、篠ノ之束だよ。名前くらい知ってるよね?」

 

 クスクスと笑いながら一歩進む

 

「天才というのはアカシックレコードから情報を引き出しているにすぎない。宇宙の果て、時間を視認できる領域にまで進化した人間はアカシックレコードそのものになる。ニュータイプはその卵、可能性。そして私はそれを開花させたい。この世界に神を存在させたい!」

 

 狂信者のように、もしくは救いを求めるただ一信徒のように。束はその紅い機体を移動させながら一歩一歩、バナージの方向へと近づいていく。

 ニュータイプは思惟をつなげることが出来る。それは生者に限ったことではない。肉体を開放された存在、異なる時間軸ですら可能なのだ。

 人の思惟が重なり、時間すら輝いて見える場所。そこに到達した真のニュータイプは文字通り『神』たりえる。篠ノ之束という科学者は、聞いた誰もが一笑に付すようなその理想を声を大にして言う。

 

「ねえ、バナージ・リンクス。時間の最果て、人間はどうなってると思う? まだまだ繁栄しているかな? それともとっくの昔に滅んでいるか。または全てが終わり世界は暗黒に包まれているか、はたまたそれすらも克服してしまっている」

 

――そして、その時間軸から見ればISも、ニュータイプも、忘れ去られた産物。封印された歴史になるんだ。

 

 ISを待機形態に戻した束は、バナージからほんの数歩の距離で立ち止まる。

 

「私は英知に触れた。そして怖くなった。いつかは死ぬと知ってしまい怯える子どものように、怖くて怖くて仕方がなかったんだ。その未来に私がいないというのにね」

 

 結局のところ、自分が今やっていることが果たして人類の存続につながるかどうかさえ分からない。けれども、少なくともこの恐怖は小さくなるだろう。

 そう語る彼女にバナージは分からない、とだけ呟く。

 

「わからない……わかりませんよ! いきなり現れて好き勝手言って!」

「そうだよね、わからないよね。――そう言って世界は私を否定したんだ」

 

 束は泣きそうな顔に無理やり笑みを浮かべる。

 

「いずれ地球は汚染されて住めなくなる。人類は居住を宇宙に移す。けれど、今みたいに争ってばかりじゃあ戦争の規模が大きくなるだけで、いずれ取り返しがつかなくなる。愚かでどうしようもない人類を導く神が必要なんだ」

「俺に器になれ、とでも言うんですか」

 

 まるでフロンタルみたいじゃないか、とバナージは思う。

 

「人間に可能性なんて無い。信じるだけ無駄なんだっていつかは気付く。信じて裏切られて、やっと遅くなって分かるんだよ。まだ若い君には分からないかもしれないけどね」

「それでも、俺は人間を信じたい。神様に強制なんてされたくない! 俺の、俺自身の可能性という内なる光を信じたいんだ」

「その結果が、なにも存在しない無に繋がるとしても?」

 

 束の問いにバナージは首を縦に振る。何故ならば見たからだ。光すら超える力を手にした人類が虹の彼方を目指す可能性を。遠い未来の『光』、現在を生きる彼らがよりよい未来を、その『光』を次の世代に繋いでいく姿を。人間は時の彼方までその『光』を繋いでいけるのだ。

 

 バナージの無言の答えを受け取った束は彼に背を向ける。分かり合えることはない、根本から考えが異なっているのだ。ならば、仕方のない事だけれども例の計画を実行しなければならない。

 それはつまり、人一人にISでは対処できない大きな衝撃を与えること。ニュータイプの感応とサイコフレームの共振があれば神は出来上がる。本人の意思とは関係なく。力には、代償が必要なのだから。

 

 彼女は左手首に巻き付いた『それ』を、自らの妹の方向へと投げる。それは先程まで彼女が身に纏っていたISの待機形態。自ら手がけた第四世代機『赤椿』

 それは操縦者に合わせて成長していく。そのために直前まで他人が使っていたそれは一見、箒にとっては無用なものかもしれない。だがしかし、血がつながり、体型が類似し、そして修めている武術が同一なれば、一転してアドバンテージとなる。

 

「どういう、つもりですか」

「や、なになに。遅めの入学祝い、ってね」

 

 先ほどまでの表情とはがらりとかわり、箒にとっては見慣れた顔となる束。要らないと投げて返そうとするものの、その対象の彼女は既に別の『白』を纏っていた。それを見たバナージの表情が驚愕に染まる。

 

「ガンダム……ッ!?」

 

 シールドに描かれた紅い一角獣。三年前に飛来したサイコフレームをふんだんに使った機体は、それは知る人が見ればこう言うであろう。

『νガンダム』、と。

 

「言ってなかったけど私も、君には及ばないまでもニュータイプではあるんだ」

 

 ガンダムタイプの双眸、それに隠された束の表情は伺えない。

 

「三年前、君の世界で起きた事件。巨大隕石を押し返した力。サイコフレームに宿った思惟が教えてくれたよ」

「アクシズ・ショック……」

「じゃあね、バナージ・リンクス。私はきっと君を――神様にする」

 

 飛び去る束。それを追いかけようと、バナージは飛ぼうとするが、しかし。精神の感応と戦闘による疲労、そして『NT-D』の限界で、そうすることが出来なかった。

 緑の光が消えて、むき出しのサイコフレームが灰色となる。そして一回り小さくなる『ユニコーンガンダム』は、ユニコーンモードへと機体を戻した後、ゆらりと揺れて地面へと伏した。

 それとほぼ時を同じくして、膝立ちの状態だったラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』も彼女の疲労から同じように地面へと崩れ落ちてしまった。

 アリーナのロックが解除されると同時に、待機していた教員が彼らへと駆け寄る。その様子を一夏たちは見ていることしか出来なかった。

 

 担架に乗せられる二人、めちゃくちゃになったアリーナの惨状。しかしながら、本当にどっちかが死ぬような結末にならなくて良かったと、千冬は大きなため息をつく。その点では束に感謝したかった。

 しかしながら、彼女の理想、夢。それは容認しがたい。バナージは生徒だ、そして千冬は教師。教師は生徒を守るものだし、それに――

 

「あいつの目を、覚まさせてやらねばな」

 

 束はなにかに取り憑かれている、そう千冬は感じた。

 昔、彼女が語った夢は、今日の言葉とはぜんぜん違う。ただ、純粋に宇宙の果てを見たいというもののはずだった。

 まあ、しかし。それはもう少し先の話だ。早急にしなければならないことが出来てしまった。千冬は箒の手の中にある『赤椿』を見て、どうしたものか、とまた大きなため息をつく。

 これはまた面倒事を残していったものだ、そう思いながらちらりと横目で過ぎた機体(おもちゃ)を渡されてしまった箒の表情を伺う。戸惑いと喜び。複雑な感情が混ぜこぜになったその表情は、先行きを不安にさせる。

 

 千冬の不安の通り、箒は脳内に様々な思いを巡らせていた。

 

 どうして姉さんは、という思い。そして、これで一夏の横に立てるという喜び。

 箒は無力さに自らを呪っていた。あのクラス対抗戦で、なにも出来なかった歯がゆさは胸に今の重くのしかかっている。

 文字通り降って湧いたIS、それも篠ノ之束が手作りしたというそれは今の自分には過ぎたもの、だけど手放したくない。それに加え、姉がISが世に出したせいで転校を繰り返し、その性格から周囲を寄せ付けないできた箒が初めて出来た学友のバナージ・リンクス。そんな彼をよくわからないことに巻き込もうとしている姉への不信感。

 

 多くの感情がせめぎあい、そして、結局結論は出ない。

 荒れ果てたアリーナから動けないでいる一同の中で、箒は口を開く。

 

「ち……織斑先生。これ、預けます」



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 誰かがおれを呼んでいる、バナージはそう感じた。それはここ最近聞いていないはずなのに、それでもついさっき耳にしたように感じる声だった。

 バナージを呼ぶ人影は――いや、人影ではない。ニュータイプの感じる形容しがたい知覚、それでバナージは彼女を感じ取っている。彼女もまた、同じように自分を感じているのだろう。……いや、感じて『いた』

 彼女は泣いていた。両の手を広げ、背後にある『箱』の真実を全ての人々に伝えるために立って、話している彼女が一人の人間のために泣いていた。戻ってこない領域に至ってしまった人を思って。

 

 そして、また別の声がした。その声は自分のそれと全く同一で、口にしていないことを喋っているかのような錯覚を覚える。そう、それは最近寝食を共にしている一夏だ。一夏の声だ。

 そう感じると、唐突に意識が浮上した。

 

 瞳を開けると、そこは以前この時代にやってきたときと全く同じ光景が広がっている。保健室の白、今はカーテンに仕切られた窓の外には夜空に、昼と全く変わらない営みを繰り返す海があるのだろう。バナージは上半身を腕をつかって起こそうとし、全身がとてもだるいことに気がつく。

 

「バナージ」

「一夏、そしてシャルルか」

「大丈夫? というか、起こしちゃったね、ごめん。僕は先生を呼んでくるよ」

 

 タッタッタ、とシャルルが駆けていく様子を見送る。廊下は走ってはいけないのだが、そうも言ってられないのだろう。シャルルの足音が遠くなり、夜の部屋は全くの無音となる。しばらくしてバナージが声をかけた。

 

「ラウラは……?」

「あいつは別の部屋で寝てるよ。けど、見張りがされている」

「――そっか」

 

 気にした様子を見せないバナージに、一夏が片眉を跳ねさせる。

 

「気に、ならないのかよ」

「気にはなった。……けれど、多分悪いようにはならない、と思うんだ」

 

 右手で額あたりを触れる。自分でもわからないけれど、それが絶対だという確信。根拠もないのに間違っていると思えないそれは、説明しても分かってもらえないにきまっている。

 はあ、と息を漏らす。

 そして、また沈黙が二人を包む。なにか言いたいのだけれど、言葉に出来ない。

 

「ああ、そうだバナージ。よかったな、お前に親族が見つかったみたいだ」

「な――」

「今日テレビを見ててびっくりしたよ。ハゲたおじさんがお前に『バナージ、お前は生き別れた子どもだ。一度たりとも忘れたことがなかった。お父さんに会ってくれないか?』ってよ」

 

 本当にいいことがあったかのように語る一夏。しかしながら、バナージに身に覚えなどあるわけがない。どうせこれも以前から多々あった自称親族の先走った行動だろう、と思っていたのだが一夏が取り出した携帯端末に映る画像に、一瞬頭が真っ白になった。

 血に濡れた手を思い出す。無意識に左手の頬を撫でた。

 

「バナージ?」

「いや、なんでもない」

「でも、顔がひどいぞ。もう休んだほうがいい、話は」

「大丈夫だ、一夏。つづけてくれ。それで、その人の名前はなんだ」

 

 血の色を失った顔。彼の瞳に映っていたのは、ユニコーンに乗り込んだあの日に炎の中へと消えていった男と全く同一だった。小さい頃に何度も見た穏やかな表情は鳴りを潜めて、険しかったそれに灰色がかった髪。どれもこれも全く――

 

「ビス……?いや『ヴィスト』、だったか」

「カーディアス・ビスト?」

「いや、そんな名前じゃなかった」

 

 その答えを聞いて、バナージの顔に色が戻る。そうか、と口にして考える。

 この世界はおそらく平行世界の過去だ。つまり一夏の見せてきた男は平行世界の祖先なのだろう、とあたりをつける。ならば顔が似通っていてもおかしくはあるまい。

 まさか死んだはずの父が、自分と同じように何らかの理由でここにやってきて呼びかけたわけではないとは分かった。しかし、そこでどうして彼が自分を生き別れた息子、などと呼んだのだろうと疑問を抱く。

 本当にそんなのがいるのならば問題はないけれど、もし本当はいなかったら?

 

「一夏、そのヴィストって人について調べられないか?」

「と言われると思って調べておいたよ。……というか、大半はシャルルがやってくれた。あいつ喜んでたな、『まさか同郷だったなんて!』って」

「同郷、ということはヴィストって人はフランス人なのか?」

 

 聞くと、彼はフランスでも有数の資産家らしい。デュノア社とのつながりもあってシャルルも昔から縁があるのだとか。

 だが、どうしても引っかかった。それは、シャルルの存在だ。

 数時間前にバナージはラウラを『識った』。軍の情報、という圧倒的な信頼性のあるものを持っている彼女を『識った』ために、バナージはドイツ軍の集めた『シャルロット・デュノア』についての情報を全て知っている。――否、知ってしまった。

 

『シャルロット・デュノアには気をつけておけ。』

 

 ISを扱える三人目の男として入学してきたシャルル・デュノア。しかし、それは違う。

 彼、いや彼女『シャルロット・デュノア』はフランス政府やデュノア社によって送り込まれた、一夏やバナージの情報を盗み出す存在。ISを使える男というのは真っ赤な嘘だった。

 

 ドイツ軍はあらかじめ調査により知っていた。デュノア社という大規模でISに関わる会社に縁があり、その上に最近ISに乗れると判明した男性でありながら代表候補生。だれがどう見ても怪しすぎる。

 デュノア社は

『彼はその希少性故に保護されていた。織斑一夏が脚光を集めたことにより彼も安心して世に出られると思ったから公表したのである。それまで彼は社でテストパイロットとして働いてもらっていた』

 と言い訳をしている。

 

「なるほど、分かった」

 

 シャルルは自分を騙していた、そう分かったけれどもバナージは怒る気になれない。なぜならドイツ軍の調査ではシャルロット自体はこれに反対していたと分かっていたし、バナージ自身、彼女がすすんでそういうことをする人間じゃないと分かっているからだ。

 

(これはフランス政府かデュノア社が絡んでいる可能性が高いな)

 

 

 ヴィスト家は平行世界の先祖だ。一夏が続けて見せてくれた父に似た男の若いころの写真は、自分から見てこの顔に瓜二つだ、とバナージは感心してしまうくらいだ。血縁関係にあると言われてしまえば誰もが信じるだろう。こうやって自分をフランスに囲い込ませるのだろうか?

 

 本当に良かったな、という表情をしている一夏。違うんだ、と言いたいけれどもどうすればいいのか分からない。どう対策を取るべきか、この疲れた身体と頭では思いつくわけもない。

 再び黙り込んだバナージを不審に思った一夏が声をかけようとして――扉が開く音に邪魔された。

 

「リンクスくん、目が覚めたって?」

「気分はどうだ、リンクス。先生、診察を頼む」

 

 ここ、IS学園はISという危険なものを扱うために、校医も医者を多数雇っている。シャルロットに連れて来られたのは校医の一人に、千冬だった。

 心音や簡単な問診を行った後、大丈夫だがしばらく安静すること、と言って校医は去っていった。そして少し話したいから、と千冬が一夏とシャルロットを追い払う。

 

 不満そうな一夏に、不安げなシャルロット。二人が部屋から出て行くと、バナージはありがとうございます、と千冬に頭を下げた。どういうことだ、と千冬が困惑する。

 

「すみません、ヴィスト家がテレビに出たって聞きました。その、それを見て一夏が自分のことのように喜んでて」

「……その様子だと聞いたみたいだな。事情を知らなければ私も親族として対応してただろう」

「まさか」

「ああ、こっちに接近してきた。事情を知らない山田先生なんかは一夏と同じだ。自分のことのように喜んでて、面会を謝絶した私に不満をこぼしていたよ。滅多にそういう不満を口にしない彼女が、だ」

 

 苦笑いの中にも、少し楽しげな色があったのをバナージは感じ取った。普段滅多に見せない真耶の態度がよほど面白かったのだろうか。それに、バナージは少しむっとする。

 

「織斑先生、笑い事じゃないですよ。あの人の昔の写真、どうみたっておれと親族のようにしか見えないじゃないですか!」

「フランスが嫌なのか?」

「そうじゃないですけど。俺には帰るところがあるんだ。縛られるようなところには行きたくないんです」

 

 フッ、と笑みを浮かべる。

 

「わかった。相手にはそう言っておこう」

「ありがとうございます」

「だが、会ってはもらう」

 

 は? とバナージは声に出してしまった。千冬は続けて、私とお前、そしてデュノアでフランスに行くぞと言い出した。バナージは全身の倦怠感を忘れて、思わずベッドの上で立ち上がりかけた。それを静止して千冬は聞く。どうせお前のことだ、デュノアの本当の性別くらい分かってるんだろう? と。

 

 それを聞いて、バナージは本日何度目かのマヌケな表情をさらした。今、織斑先生は何を言ったんだ? と硬直する。

 

「まさか……まさか知っていてあなたはシャルルを見逃したんですか!」

「ああ、知っていたさ」

「標的は一夏もなんですよ!」

「だからなんだ? 不幸へと突き進む少女を見捨てろ、とでも言うのかお前は」

 

 何を言っているんだ、という顔で千冬は続ける

 

「加えて、一夏がそんな簡単にハニートラップにかかる男だと思うのか? リンクスは」

「あ、思わないです」

 

 即答だった。千冬はそんな彼の返答に対して、心底面白そうに笑う。

 

「そういうことさ。フランスに行くついでにデュノアも家の不幸から解き放ってやらなければな」

「できれば俺にもなにか明確な対策をして欲しいんですけれど……」

 

 まだ笑い続ける千冬に何を言っても無駄だろう、とバナージは諦めた。笑い続けた千冬が落ち着くのを待ってから、次に懸念している事案を聞く。

 

「ラウラはどうなるんですか?」

「どうもこうも、束のやつがやってくれたよ。監視がいるにしても、それもすぐに解かれる。全部ボーデヴィッヒを作り出した施設の仕業、ということになった」

 

 千冬が語る。篠ノ之束が去った後、IS学園教員の一部、そしてドイツ上層部へとメールが送られた。差出人は篠ノ之束だという。IS学園について知るのは分かるが、ドイツについてバナージが疑問に思い、聞く。すると、昔のコネクションで知ったんだと隠すこと無く教えられた。

 彼女は続ける。その中にはラウラの出生に関すること、姉妹について、そして今回の事件に至った経緯までもが事細かく書かれていた。

 

 束が言ったことについてラウラ自身が語ったことと一致していたと千冬が言う。決定的な証拠や、研究施設の場所までもがはっきりと記してあった。

 そして、研究員は一人残らず動けないようにしてから警察につき出された、と。

 

「束は、今回の事件の全てをIS学園教員に、ドイツの政治家や軍人の上層部に広めてしまったんだ。おそらく、この情報はいずれ漏れてしまうかもしれない」

 

 人とは違う生まれをしたことで、もしかすると差別をされるかもしれない。それがとても心苦しいんだ、と言いたげに千冬の顔が歪んだ。

 バナージも同じ気持だった。そして思う、篠ノ之束は周囲の事を一切気にしていないのだ、と。

 

 今回のことでラウラをかばうつもりだったのなら、研究については伏せておいても良かったはずだ。ただ単純に脅されてやったこと、とすれば角が立たなかったに違いない。

 しかし、束はドイツ上層はまだいいまでも、一般のIS学園教師にまでそれを知らせてしまった。軍人を育成するわけではない学校の教員が、上の人間とはいえどれくらいまで喋らずにいられるのか。

 

「……そうは言ってもそこまで心配しなくてもいい、リンクス。うちの先生はできてる人ばかりだから大丈夫だ」

 

 人を安心させるような笑み。自分も同じように不安に思っているはずだというのに、彼女が浮かべるその笑みはとても美しく、バナージの心臓を跳ねさせた。

 

「先生も、そんな表情ができるんですね。なんか、不思議な気持ちだ」

「……お前が私のことをどう見ているのかよく分かった」

 

 ラウラは療養が済み次第、精密検査のために一時帰国するという。戦うために特化していじられた体だ、今まで不具合が少なかったにしても、今後どうなるかは誰にも分からない。残された研究資料からラウラや妹たちの身体をケアするようだ。

 それを聞いてバナージは安堵する。よかった、これでラウラは人を殺さなくて済む、と。人を殺さないと得られない幸せなんて、認める訳にはいかない。だが思い当たる。もしかすると彼女たちみたいにニュータイプを殺すために育てられた存在は、もっと――

 

「リンクス、思うところがあるのは分かる。だが、恐れるな。誰もが敵視しているわけではない、むしろその将来を楽しみにしているやつだっているんだ」

「織斑先生……」

「ニュータイプだって人間だ。不完全で、泣くし、理不尽に怒る。それがどうして脅威にしかならない?」

 

 篠ノ之束のニュータイプに関する論文。それは、ボロボロになった地球を救うために一度、地球を捨てるべきだという話から始まる。宇宙という過酷な環境に対応した新人類、『ニュータイプ』はその進化した力で浄化された地球を昔よりも大切にしながら発展できるだろう、と。

 

「それでも。今の人間と違う力を持っていても、同じ人なんだ。ニュータイプ――そう、お前だってもっとより良くしていこうとする人間なんだ。それを忘れるなよ?」

「……はい!」

 

 バナージは心臓のあたりに手を当てて、何かを思い返すように瞳を閉じてから返事をした。

 

 もしかすると超能力のようなことが可能になる、と体系立てて述べていたが、最終的には『今現在の人類よりも隣人を愛し、相互理解を深く行えるよう進化した存在がニュータイプである』、と束の論文は締めくくられていた。

 決して人類に絶望なんてしていなかった。昔の彼女は、よりよい未来を夢見たはずだった。

 

(束……)

 

 千冬は考えが変わってしまった友を思う。未来に絶望しかない、なんて昔は絶対に言わなかった。絶対に目を覚まさせてやる、と千冬は誓うのだった。



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 翌日、普通に授業に向かうバナージ。彼の肉体は常人に比べて遥かに急激なG変化に適応している。MSサイズでの『NT-D』に耐えうる彼がISサイズのそれで耐えられないわけがない。以前、使用禁止を言い渡されていた『NT-D』であるものの、その後の精密検査などから使用してもいいこととなっている。が、しかし、やはりもしものことはあってはならないために時間制限付きだが。

 とは言っても『NT-D』自体基本的に五分程度までしか使用ができないからその制限はあってないようなもの。

 

「大丈夫かよ」

「平気だよ、むしろ調子がいいくらいだ」

 

 寮から教室への道中、一夏からの問いかけに笑って答える。ほんとか、と一夏は思うもののバナージが大丈夫と言ってるし校医のお墨付きだ、と納得する。

 先日の出来事について現場にいた人間には口外が禁じられた。ラウラの出生の秘密、そして世界中を飛び回っていた篠ノ之束が表舞台に出てきた、第四世代ISまで完成していたなど、口外したらどうなることかわからない先日の全てのことについて、だ。

 口外するとどれほどまずいことになるのかは、世間に少し疎い一夏でもさすがに理解が出来た。

 

「っと、一夏。ごめん、用事を思い出した」

「用事? こんな朝にか?」

「ごめん、先に行っておいてくれ」

 

 わかった、と一夏は一足先に教室へと向かう。バナージは今別れた一夏と同じように寮から教室へと移動する生徒の流れとは反対に歩く。道中同級生上級生問わずに挨拶をされるのを軽く返しながら、人の少ないところへと歩を進めていく。

 女生徒が楽しげに会話をするのを遠くに聞きながらバナージは廊下を進む。そして、背後からやってきた人影に声をかけた。

 

「……何か用事ですか? 会長」

「あら、気付かれちゃった? さすがはバナージくん、といったところかしら」

 

 現れたのは顔立ちが簪に似ている少女――いや、既に少女という繭から美しい女性へと羽化しようとしているそれだ。少し意思が強そうな瞳は、それでいてどこか彼女(簪)に似ているように見えた。

 美人、と誰もが評するような整った顔に片手で持った扇子を広げる。バナージは何度見ても面白いものだ、とその扇子を興味深く観察する。彼にとってそれは異文化の塊。たまにここに文字が書かれていたりするのはどういうギミックなのだろう、といつも考える。

 

「ずっと付け回されていたら誰だって気付きますよ」

「そうかしら? 私の気配に気付いたひとなんて片手の指で数えるほどしかいないのだけれど」

 

 扇子で隠れた口元は楽しげに弧を描いている。バナージは警戒心を持っていない。ただ、相手の意図が本当にわからないだけだ。

 

 彼女、更識楯無はバナージの境遇について全て知っている。何故ならば、千冬が信用に値すると全てのことを話したからだ。当然、その時から面識があった。

 以前も今と同じように付け回されたことがある。毎回毎回、簪と行動を共にした後にちょっかいをかけられる。そのたびにげんなりしていた。こういう人をからかって遊ぶようなタイプの人はバナージにとってはじめてだった。

 

「それで、今日はどうしたんですか? 別にかん……」

「今日は違うわ」

「……意外だ、会長が簪のこと以外で言いがかりをつけてくるだなんて」

 

 いつもなにかと簪との関係について言いがかりをつけてつっかかってくる楯無。今回もそのパターンかと思ったら違ったらしい。また言いがかりかと決めつけていた彼の様子を見て楯無は頬をふくらませた。

 

「あのね、バナージくん。おねーさんがいつもキミに言いがかりをつけてるような言い方やめてちょうだい?」

 

 少し芝居がかった口調でそう言った楯無に対して事実でしょうに、とバナージは心のなかで呟く。口にしたら何をされるかわかったもんじゃないからだ。こういう相手には無駄に口を開かないことがいいということを嫌というほどに彼は学習していた。

 

「まったく、失礼しちゃう。……まあいいわ。呼び出したのはこれよ、これ」

 

 ツカツカとバナージと少し離れていた距離を眼前まで歩み寄り、手に持っていた紙を渡す。受け取ってそれに視線を落とすと、それは学年別トーナメントがタッグ制になったことを知らせる書類だった。いきなりのルール変更にバナージは首を傾げる。

 

「それに加えて専用機持ち同士のタッグは禁止、か」

「シャルロットちゃんについては本音ちゃんがタッグになるって方向で調整しているわ」

「……やっぱりあなたも知っていたんですか」

 

 織斑先生と言い、とバナージはなんとも言えない表情になる。それを見て楯無は苦笑いで返し、今朝決まったことだからまだ全校生徒この事をしらないわ、と言った。

 

「それで? ……大体言いたいことがわかりました。ありがとうございます、会長」

「もう少しで関係各所との調整が終わるんだけどそれまでに事実発覚しちゃったら水の泡。シャルロットちゃんのためのルール変更、みたいなものよ」

 

 ISを使った練習には『もしも』のことがありうる。軍事にも転用できる機械だ、絶対防御だって生命に別状のない威力ならば操縦者にダメージが行くために万能ではないとも言える。そのような攻撃を続けられたら一撃一撃は致命的でなくとも、大変なことになる可能性だってありうる。

 本当に『もしも』が起こったその場合、救急救命の過程で性別がバレてシャルロットの名誉が傷ついてしまう。ハニートラップとして入学しただなんて知られたら、それこそ特大ニュースだ。彼女にその気がなかったとしても、だ。そういった事を防ぐにも、事実を知った人間が近くにいてやる必要があった。

 

 話がすんだ楯無はそれじゃあトーナメント頑張ってね、と手を振りながら歩き去っていく。バナージも時計を見て、HRの時間が近いのに気が付き早足でその場を去る。

 教室へと彼がたどり着いたのは本当にギリギリのタイミングだった。もう二、三分でも遅かったものならば、その頭上に世界最強の打撃を与えられてしまったであろう。

 

「間に合ったか」

「うん、ちょっと生徒会長に呼び出されててね」

 

 そうやってバナージが一夏と話しているとチャイムが鳴り、教室に千冬と真耶が入ってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 集中していると本当に時が流れるのは早い、とバナージは夕方になりHRが終わろうとしているときに思った。通常科目については元の時代で学んでいたことが多かったバナージはISについて、そして歴史科目だけに集中していればいいだけにそうではない一夏とくらべて余裕を持って授業にのぞめていた。

 対して一夏、入学前に間違えて参考書を捨てるということもあってその分遅れている。それに加えて過保護な千冬がISに関しての情報をシャットアウトしていたのだ。夕方になるころにはぐったりしているのが常になっている。

 

「では放課――の前に伝え忘れていたな。学年別トーナメントの話だ。結論だけ言うと、タッグマッチとなった」

 

 千冬がそう言った瞬間に、教室の最前席に座っている一夏とバナージ、そしてシャルロット(シャルル)は背中に多数の視線が刺さったような錯覚を覚えた。元々『カンのいい』バナージに至っては鳥肌が立つほどの寒気を感じている。顔を真正面に向けたまま彼らは互いに瞳だけ動かして視線を交わす。

 

「そして、なるべく公平を期するために専用機持ち同士でのタッグは不可。専用機自体の使用を制限するという話も出たのだが、専用機はISの発展のために重要なもの、新装備のテストも兼ねていることもある。そこのオルコットのように」

 

 で、あるから専用機の使用は禁じない、と告げてHRが終わった。千冬は教室から出て、扉が閉まる。――否、閉まるか閉まらないかの瞬間に、一夏たちに声をかけようとする生徒が多数、詰め寄ることが発生した。無論、その裏で

 

「あ、あのオルコットさん。わたしとペアに……」

 

 なんて、微笑ましい光景があったりしたのだけれども。中には

 

「あーあ、ボーデヴィッヒさん帰国中かあ。組みたかったのにな~」

「あたしも」

 

 と言いながら残念がっている生徒もいた。そう、彼女らの言うように表向きラウラは軍の関係で一時帰国した、ということになっている。事実、ドイツに今ラウラはいるのだから間違っていない、嘘もついていない。少し踏み入ったことを言っていないだけだ。

 

 教室内の喧騒を眺めながら箒は以上のようにラウラのことを思い返していた。彼女は現時点では『専用機持ちではない』。昨日受け取った――いや、受け取ってしまった第四世代IS『紅椿』は現在のところその処遇をIS学園の上のほうで揉めている。

 と、言ってもどのような経緯で箒に手渡ったということにするか、という点でだが。『紅椿』はバナージの『ユニコーンガンダム』と同じように使用者に制限がかけられていた。貴重な第四世代型故にコアを初期化して使う、などという話は一切でなかった。故に、使える人間に使わせるという選択になったわけだ。

 

 もっとも、篠ノ之束が初期化されそうになったことを想定していないわけがない。厳重にプロテクトされているため、正攻法では先数年くらいかけても解けるか怪しいものをかけていたのだが、それが知られるのはもっと先のこと。

 

「だーめー! でゅっちーとは私が組むの~!」

「えー、のほほんさんずるい~!」

 

 そんな声を聞きながら、箒は一夏の方へと視線をやった。すると、彼も助けを求めるように視線を箒へと向けており、それに気付いた彼女はぷいっと顔を背けた。その様子を見た一夏は情けない声で

 

「助けてくれ~! 箒~!」

 

 と呼びかける。むっとなりながらも、内心嬉しい箒は少し頬を緩ませて席を立ち、一夏の方へと向かおうとして

 

「一夏! あたしと組むわよ!」

 

 などと、隣のクラスから走って教室に突撃してきたルールを理解できていない鈴に邪魔されるのであった。最近は一組に彼女がいることが当たり前のようになっており、ほとんどの生徒が気にすること無く一夏争奪戦が続けられた。

 その様子を横目で見つつ、バナージは教室から離れようとする。実は、昼の時点で彼は誰とタッグを組むのか決めているのだった。普段はのほほんとしつつも抜け目のない、今はシャルロットに絡んでいる本音に頼まれたからだ。

 

『ねえリンくん。かんちゃんとタッグ組んでもらえないかな?』

『いいけど、どうして?』

『私はでゅっちーと組むから。かいちょーから聞いたでしょー? そうするとかんちゃんは一人になっちゃう』

 

 昼、屋上で本音に話があると言われたために二人きりでそこにいた。のほほんさんのことだし別にそういう話じゃないでしょ、と周囲から認識されたため、特段疑われずに会話ができた。もしかすると本音のいつもの行動はこういうときのためのものなのか、などとバナージは思ってしまったものの、即座にこれは素の行動だろう、と結論づけた。

 

『それはないだろ、簪には友達が』

『ちがうよ。かんちゃんはこんな行事に時間を取られるくらいなら打鉄弐式を完成させる、て言って辞退しちゃう子。もう代表候補生だからわざわざ外にアピールする必要はないって』

『それは……』

『だから特別な理由付けがいるの。特に仲の良い友達に参加しよう、って言われるくらい特別な。幸いと言っていいのか分からないけどタッグになっちゃいけないのは専用機持ち同士だもんね~』

 

 本音の言いたいことがバナージは理解できた。ルールに抜け穴を作ったのが楯無ならば、それを見破るのが本音。少し女の子ってこわい、とバナージは思ってしまった。

 

『――打鉄弐式は完成していない。だから』

『そう。代表候補生と専用機持ちが組んじゃいけないって書いてないもんね。おじょうさまさすがだよね~』

 

 友達が、簪がただ学校生活を満喫することなくISのことだけで学園生活を終わらせてしまうのが嫌。だからお願い、と本音はバナージに頼み込んだ。バナージも確かに、簪がISだけにとらわれて他の楽しいことを体験しないまま卒業するのは見過ごせない。だから

 

「ごめんみんな、おれは一緒にタッグを組みたい子がいるんだ」

 

 と断るのだった。

 これで済めばいいのだが、さすが噂好きの女子、相手がどんなのかが気になって問い詰める。

 

「リンクス君がタッグを組みたい子!?」

「ま、まさか」

「ちがうよ! そういうのじゃなくて、ただ最近ちょっと迷惑をかけたから」

 

 迷惑をかけた、というのは『ユニコーン』のフルアーマープランのことだ。『ユニコーン』についての稼働データなんて、バナージにとっては至極どうでもいい。La+プログラムが何故か走っているもののこの世界に『ラプラスの箱』なんて存在するわけがないし、『NT-D』に至ってはサイコフレームがなければ再現しようもない。いくら調べられても痛くも痒くもないからだ。だからこそ、そのデータが貴重で、対価に値すると言われてもバナージはピンとこなかったのである。

 

「もしかして四組の更識さん?」

「最近一緒にいること多かったよね~。邪推するなって言われてもそれは難しいよリンクスくん」

「前に大切なひとがいるって言ってたけど……それってまさか」

「だからちがうって」

 

 いろいろな意味で疲れながらも、バナージはどうにかして教室を抜け出すことに成功した。それはHRが終わってから30分後のこと。その間に別のクラスからタッグの申し入れが一夏やバナージに大量に入ったり(シャルロットは本音がガードしていたために無事)、一夏を巡って箒と鈴がなにやら物騒なことをはじめてギャラリーが湧いたり、と騒がしいことが多々あった。

 ちなみに箒と鈴の一夏を巡っての勝負、のようなものは既に一組名物と化している。その様子を来る日も来る日も眺めているセシリアが『これが日本の求愛行動なのですね』、と何やら間違った日本感を抱いてしまったのだが仕方のない事だろうか。

 

「あ、リンクスくん。また簪ちゃんに用事?」

「さっき整備室に行っちゃったよ~。タッグのことかな? ……いいなあ羨ましい」

 

 四組にたどり着いたバナージは既に教室にいないと聞き、いつものように一人で作業しているだろう整備室へと向かった。

 友人とのイベント、それに心を踊らせながらバナージは歩く。La+プログラムの示す先が、いずれ行く場所だと知っていても。

 

 夏には臨海学校がある、と夕方のHRで千冬が言った。場所を調べるとそこの近くがプログラムの示す座標。バナージはプログラムのこと自体誰にも言っていない、知っているのは自分だけだ。

 なぜかはわからないけれど、なにか大きなことがある。そんな予感を彼は感じていた。

 

 どこかの海中で兎が笑った。




三章に続く

6/23 誤字修正。指摘ありがとうございます。


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三章


「バナージ? おーい! バナージはいるかー?」

 

 ある休日、一夏は朝起きた時から姿を見せないバナージを探していた。いつもの早朝トレーニングも休日はしない、やるとしても軽いストレッチだけだ。さて、どうして一夏がバナージを探しているのか、それは九時頃にもらったメールが原因だった。

 中学校時代の同級生と前々から遊ぼうという話になっていたのだが、互いの予定がつかずなあなあになっていたのだが、今日いきなりそちらの予定が無くなったために急遽遊ぼうという流れとなったのだ。そして、IS学園の数少ない男子生徒であるバナージも交えてどうだ、という一夏の意見に彼も賛成、そのために一夏は今バナージを探しているのである。

 

「一夏さん、バナージさんをお探しですか? 彼は確か織斑先生に呼ばれてデュノアさんと職員室に」

「ありがとうセシリア。お前は今日はテニスか?」

「ええ、一夏さんもバナージさん、デュノアさんとどうです?」

 

 一夏の声に反応したのはセシリアだった。彼女は涼しそうなテニスウェアにラケットを入れたバッグを背負っている。運動しやすいように彼女は長い髪をまとめており、一夏はなんかいつもと違う印象をセシリアから受けた。最近はバナージやシャルルと同じ部屋で過ごしていることもあり、彼らの日本人とは異なった白い肌に見慣れてきたなと思っていたのだが、彼女の履いたスカートから覗く白い太ももはとてもまぶしく見えた。

 

 しかし、女性の肌を見続けるのはさすがに無神経、そして『そういった感情』で見られていると気付かれたらほぼ女子校であるここではどうなるか分からない。一夏は吸い込まれそうになるそこから視線を外して、そしてセシリアからの誘いを申し訳無さそうな表情で断る。

 

「あー、いや。ちょっと外出の用事があるんだ。それにバナージを連れて行こうと思って」

「そうでしたか。デュノアさんは?」

「あいつも誘ってはいるんだけど、少し消極的でなあ。口では行きたい、って言ってるんだけどどうもな」

 

 どう伝えればいいのか分からない、といった顔で一夏は口ごもる。ここ最近どうもこうなのだ。訳の分からない確信が脳内にあって、けれどもそれを相手に伝える術がない。そういった経験が徐々に増えつつある。一度バナージに相談をしてみたのだが、彼も困惑した表情でどういうことだろう、と考えこむ。

 

「――そうですか、一夏さんが言うのであれば間違いないでしょうね」

 

 シャルルにセシリアがテニスをしようと言っていたと伝えてください、と彼女は言ってから去っていった。一夏は暫くの間その場に突っ立っていたのだが、探しているバナージが移動してしまうと、職員室へと足を向けるのだった。

 

 それにしても休日の校舎というものは新鮮だ、と中学の頃部活をしていなかった一夏は余計にそう思う。登校日以外に学校に行く用事など、姉に心配をかけないように優等生たろうと心がけてきた彼にとってはほとんどなかったのだ。

 

「旅程についてはこちらから再度連絡する。……ああ、扉は開けておいてくれ。私も出る」

 

 職員室の前にたどり着くと、丁度部屋から出てきたバナージとシャルル、そして千冬がいた。

 

「バナージ! あ、おはようございます……織斑先生?」

「休日だ、いつもどおりでいい」

 

 手を振りながら歩み寄ってきた一夏の額を千冬が小突く。その二人の様子をみてシャルルがくすくすと面白そうに笑った。

 一夏が二人の様子をみると、手には何枚かの紙があった。さきほど自分の姉が言った旅程、という言葉となにか関連があるのだろうかと思い、聞いてみることにした。聞いてからプライベートなことだからだめだったかな、と頭によぎったのだけれど、それに反して千冬は簡単に答えた。

 

「ああ、二人はフランスに招待されたんだ。リンクスの『自称親族』ヴィスト家からな。当初こちらは断ったのだが、さすがに血縁関係があるかもと言われる者からの招待を無視することは出来ず、仕方があるまい」

「IS学園がどの組織からも切り離されていると言っても、さすがに『親族の再会を阻んだ非情な学校』なんて評判が出るのは痛いだろうし仕方がないさ。それに、おれも一度いかなきゃいけないと思ってたところだし」

「バナージ……そう言ってくれると助かるよ、同じフランス人として謝るよ」

 

 シャルルの謝罪にバナージはいいよいいよと両手を振る。

 

「ヴィスト家が盛大に宣伝しようとしてな、おそらく今日の夜にはニュースになるだろう。こいつはいつも以上に時の人だからな、マスコミは盛大に騒ぐだろう」

 

 頭がいたいよ、といった表情で千冬はこめかみに手を当てる。一夏はいつも学校では何事も涼し気な顔で解決していく自らの姉の見たことのない一面を見た気がして驚いていた。家の中ではだらっとしていることもあるものの、何かについて悩んだ表情を見たことは無い。

 いや、悩んでいたことは多分あった。それは彼女の親友であり問題児の束関連だっただろうか。しかしながら、そのことについて頭を悩ます彼女はどこかしら楽しそうに見えた。こう、本当に頭が痛そうな千冬を見るのは初めてかもしれない。

 

「で、一夏はどうしておれを?」

 

 バナージは真っ先に自分を呼んだ一夏に問う。

 

「そうだそうだった。前々から言ってた俺の友達、そいつが今日予定開いたみたいでさ。それに、確か俺らもなんも無かっただろう? 今日」

「なるほどね……ああ、でもシャルルはどうするんだ? 『同じ男子』だし呼ばないのか?」

 

 どことなく同じ男子、という言葉をバナージは強調した。それはおそらくシャルルに向けたものだったのだろう。実際に彼の視線はシャルルに向けられていたのだから。

 シャルルは自分の性別についてバナージが知っているということを知らない。だから、多少気乗りがしなかったのだが、ここで断ると不自然だろうかと思い悩み、そして口を開こうとするが、それをバナージが続けた言葉が遮る。

 

「そういえば日本には裸の付き合いって言葉があったよな」

 

 しばらくここで生活しているうちに、宇宙世紀で知っていた極東の島国とこの日本との違いをようやく理解してきたバナージ。日本にサムライやニンジャはいないし(しかしニンジャは某生徒会長のせいで実在しているのではと再び思い始めた)、謎の古代武術ジュードーやSUMOUは無いのだ。が、あえて彼はここでとぼけた。

 

「裸で付き合うことで絆を確かめ合う、つまり両手を上げる以上に非武装であることを宣言しながら腹を割って話す……それが日本の文化なんだよな、一夏!」

「え、バナージちが」

「そうだよな!」

「あ、はい」

 

 バナージの謎の攻勢に押されつつ多少不思議に思うも、そういえばこいつ日本を誤解していたなと思い出す。

 

「どうだ、シャルル。君もおれたちと裸の」

「あ、アハハごめん二人共。僕はちょっと用事を思い出したから行けないや」

「そうか……残念だ」

 

 事情が見えている千冬は目の前の教え子たちの様子を見て少し微笑む。三人とも、いい子だ。三人が三人、色々な事情や困難を抱えているけれども、それでも折れずに成長している。まっすぐだ。

 だから、と彼女はシャルルにちらりと瞳を向ける。間違いなく、この娘は三人の中では我が強くなく、そして折れかかっている。過去に乗り越えてきた二人とは違って、シャルルは今現在苦しんでいるのだ。教師として見逃せない。

 

「一夏、その口ぶりからすれば今日、家に帰るのか?」

「ああ、弾の家に行くんだ」

「そうか、何か欲しいものはあるか?」

「ん、特に無い」

 

 千冬は一夏に夜には家に行く、と告げてから去っていった。その様子を三人で見送り、そして自室へと足を向ける。

 一夏は二人からフランス行きの旅程を聞き、そして自分の脳内にあったスケジュールと照らし合わせる。

 

「あー、金曜の放課後から日曜夜、または月曜日か」

「うん、ラウラと入れ違いになるみたいだ?」

 

 バナージはようやく学園に帰ってくる銀の少女を思い浮かべる。画面越しに会話をしたのだが、彼女の表情はどこか安らいでいて、どこかで見たことのあるような顔に見えた。それは間違いなく、あの人だろうとあたりをつける。

 ふと、その女性のことを思い出した。ラウラは俗世に疎いと聞いている、ならば連れて行ってみるのもいいかもしれない。

 

「なあ、二人とも。ラウラが帰ってきたらみんなも誘ってアイスクリームを食べにいかないか? うまい店を知っているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度のことには慣れてきたし、対応できるとバナージは思っていたのだけれども、こういった歓待を受けたことはあまり無かった。どこかに行っては捕虜にされ、尋問をされるなどといったことばかりで、こうやって大人数から拍手で迎え入れられるなど経験にない。

 成田から飛行機で飛んでフランスへ。着陸後窓から見えたとてつもない歓迎ムードを漂わせた人々は、けれどもとても温かい気持ちになった。

 善意だ、これは全部善意だ。誰かのために何かをしてあげたいという気持ち、それがバナージにはすごく伝わってくる。しかし、その中にも一部、そうではない気配もあるように見えて

 

「どうしたの? いこう、バナージ」

「ごめん、シャルル。行くよ」

 

 外に気を取られていた彼にシャルルが声をかけた。ようやく椅子から立ち上がった彼の後ろに千冬が歩く。黒服を着たボディーガードの女性が三人を先導するのだが、背後に世界最強がいるのだから良いのではないか、と疑問に思ったのだけれど。バナージはそれを口に出さずに女性のあとを歩いた。

 

 目の前の女性はフランスの国家代表とのことだ。身に付けるのは専用機、なるほどフランスの力の入りようが伺えると千冬は思考する。このご時勢、世界標準語は日本語と言っても過言ではない。ISに明るい者はすべからく日本語を完璧に使いこなしている。目の前の彼女もそうだ、がしかし。千冬は目の前を歩くバナージを注視する。

 彼女に空港で迎え入れられた時、その時も数少ない男性IS操縦者ということでバナージはすごく視線を集めていたのだが。それはともかく、だ。

 

 挨拶をした。それは別に良い。しかし、そのときにバナージは『フランス語を完璧に使って会話をした』。驚いた。しかも怪訝に思ったのは、そのことをバナージが無意識に行っていたということだ。

 

『やはり、あなたはフランスのご出身ですね。違和感の全くない、自然な発音です』

『え? ……ああ、そうか。ただ語学が趣味なだけです』

『フランス語で喋れるだなんて知らなかったよ。英語はセシリアと普通に話せるくらいって知ってたけれど教えてくれてもよかったじゃないか』

 

 目の前で行われる彼女らの母国語での会話。その内容をバナージに聞いて千冬は考え、そして小声で問う。

 

「宇宙世紀の標準語は日本語ではないのか?」

「え? いえ。英語ですが……ああ、なるほど」

 

 バナージは千冬の問いに答えようと口を開く。

 

「本来、俺は英語標準語で、それしか話せないはずなんですが」

 

 だが、彼はここで口を閉じた。これは話していいことなのだろうか、と一瞬悩むが。だが、いつかは伝えるべきことだろうと続ける

 

「――おれはあの日、この世界に飛ばされる直前にニュータイプとして『完成してしまった』んです。他者との意思疎通なんて次元じゃないレベルで。あの篠ノ之束と友人ならばどういうことか、推測できるでしょう?」

 

『あるべき物(ヒト)を、あるべき姿に戻すだけさ』

『あるべき人(モノ)を、あるべき姿に戻すだけって』

 

 いつかの束の言葉が千冬の脳裏をよぎった。

 

「馬鹿な、それでは……お前は」

「バナージ? 先生? 行きますよ」

 

 シャルルの声に現実に引き戻される。束は先日、去る時にバナージに向かって『君を神様にする』、と言った。つまりはそういうことなのだろう。束はどうしてかバナージのことを知って、だから彼をあるべき姿に戻すと言ったのだ。

 そんなの認めない、と千冬は拳を握る。そんな結果があってたまるものか。そんなこと誰も望んではいないのだ。一足飛びに飛んでしまうなどといったことは。

 

「行きましょう先生。……多分、臨海学校が最期です。俺自身が、『ユニコーンガンダム』がその近くの座標を示しているんだ」

 

 どこか遠くを見つめるバナージの姿を見て、その姿に純白の意思を持った無機質な巨人の姿が重なるように見えて。千冬の背筋が凍った。



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2/11
ずっと違和感があったのでオリキャラから名前を剥奪しました

3/31
全話に挿入の予定につき話数変更


 カツカツと靴を鳴らして歩く。先頭を歩くのは日本から同行しているフランス代表候補生の女性、続いてバナージ、シャルルが横に並びその後ろを千冬と並ぶ。

 豪華な屋敷だった。世界有数の大富豪『ヴィスト家』は伊達ではない、といったところだろうか。かつて歩いた『ビスト財団』の屋敷と同等だろうか、どこか懐かしさを感じたバナージはちらりと窓から見える風景を見る。

 

 外には広がる無限の青空があった。人間には見えないのだろうけれど、そこには無数の電波が飛び交っていて電波に載せた人間の言葉、声が遠く離れたところにまで届いているのだろう。まったく、バナージからすれば到底理解しようもないことだった。

 宇宙世紀では有線で通信が行われることが常であり、重要なデータなどはすぐにプリントするということが常識でもあった。当たり前に道行く人が携帯電話を持って会話をしている様子などまず見ることなど出来ないし記録の中の光景だった。

 

 また大きな広間に出た。同じように見える部屋がいくつもいくつもありよく迷わないな、と苦笑してしまう。バナージのそんな様子を見たシャルルはどうかしたのかと問うが、なんでもないよとだけ言った。

 大きなシャンデリア、無駄に横に広い階段に絨毯が敷かれている。いつか見た映画でこういったところを女優が悠然とあるいていたな、と脳内で思い浮かべる。

 しかし、バナージはどうしてもいつか見た映画の女優ではなくて別の女性を脳裏に思い描いてしまう。その女性は遠く離れた彼女だった。なるほど、確かにお姫様なんだから似合うのだろうなと納得してしまう。

 

 十二分に清掃された綺麗な廊下をまだ歩く。こうも長く歩かされると飽きてしまうものなのだろうが、しかし。それよりも先に目的の場所にたどり着いたようだった。先頭の彼女により大きな扉がまた開かれる。

 

「……これって」

 

 シャルルが声を漏らした。彼女だけでなく、その目の前の光景にバナージも目を見開いた。二人は目の前に現れた大きなそれに驚愕したのだ。双方とも過去を思い出す、このタペストリーに込められた想い、家族の声を。

 二人とは異なりそれに何の縁もない千冬だけが、ただ美しいものだなとそれを眺めた。

 

「私の、たったひとつの望み」

 

 目の前のタペストリーは記憶のものよりも遥かに新しかった。長年大切に保存され、補修されたとしてもどうしても古くなってしまう、それに戦争などといったことが起きればなおさらだ。バナージは知らないが、あのタペストリーを手に入れたサイアム・ビストはもともと裕福な人間ではなかった。戦争の動乱や『箱』をつかって手に入れたものだった。

 これはオリジナルのものではない、レプリカだ。しかしレプリカであれどその美しさはその場で見上げた全員の胸をうつ。絵画とはそういうものだ。

 

「やはり読めるか」

 

 目の前のタペストリー『貴婦人とユニコーン』に目を奪われていたために、少し離れたところに立っている男性に気が付かなかった。はっ、とそちらにバナージとシャルルは目を向けると、そこには髪の毛がほとんど真っ白になってしまった男性が立っているのが視界に入った。彼とは初対面のはずだったがバナージはどこか既視感を感じる。それはバナージのことをよく知る人間も同じだった。

 

「っ! バナージ・リンクスです」

「シャルル・デュノアです」

 

 各々が自らの名前を告げていることから、千冬は彼らが自己紹介をしているのだ、ということは理解できた。そう、今ここで行われている会話はフランス語だった。

 自己紹介が終わり、ヴィスト家当主はバナージだけを連れて奥の部屋へと入っていく。残った人間はしばらくここで待っていることとなったのだが、幸いここには豪華なソファーや机があり二人を待つのにはちょうどいい空間となっている。もっともくつろぐことが出来るのであれば、だが。

 

 シャルルは一番落ち着いていた。もともと大企業デュノア社で長く過ごしていたことがあるからだ。これくらいのもてなしは慣れている。

 次に落ち着いていたのは千冬。ブリュンヒルデとして世界中を飛び回っていた彼女は動じない。

 一番動揺しているのは通訳兼案内のフランス代表候補生の彼女だった。一生踏み入ることのないだろうと思っていた豪華な邸宅に通され、しかも案内を任されるなど。半月前に聞かされた時には意識をやりそうになったほどだ。

 

 ヴィスト家とはフランスだけではなく、世界中でもトップクラスの大富豪。どこかで石油を掘り当てたわけでもなく、今バブルが起きているIS産業に一枚噛んでいるわけでもない。女尊男卑のこの世界で男性が当主をやれているのはつまり、それほど彼の才覚が確かだという証明でもある。

 

 どことなく各々の緊張度合いを感じ取っていたバナージは、扉を挟んだ向こうで当主と向かい合って座ることとなった。

 いったいどういうつもりで自分を呼んだのか、そもそも本当に自分を生き別れた息子とでも思っているのだろうか、と思案してた。もし本当に生き別れた息子がいるのだとすれば、彼には申し訳ないことになる。もう会えないと思っていた家族と出会うということは、それほどのことなのだから。バナージは身に沁みて感じる。

 

 もし、そうだとして目の前の男は自分に何を要求するのだろうか。遺伝子検査はもう手はずを整えているに違いない、もし彼が平行世界の祖先だったとすれば血縁関係が証明される可能性だってあるだろう。生き別れた息子など存在せず『バナージ・リンクス』が目的なのだとしたら自分を手中におさめて何か企んででもいるのだろうか。

 

 彼は世界的大富豪の一人だと聞いた。それならばこれを元手に新たなビジネスを、と考えていてもおかしくはない。だが、そう考えていたからか最初に口を開いた目の前の男に驚愕することとなる。

 

「すまない、勝手に呼び出して。君と私には繋がりがないというのに」

「それは……つまり」

「しかし、あの子のためには必要なことだったのだ。私の恩人の娘、シャルロット・デュノアのためには」

 

 彼の目的は別のところにあったようだ。だが、それに関連して思ってもなかった人物の名前が出てきて一瞬息がつまった。目の前の彼はシャルロットのことを知っているのだ。彼は、どうして、と脳内で様々な理由としてありえることをバナージは思い浮かべる。

 

「その様子だともう知っているのか」

「はい、だけどシャルルは……彼女はおれが知っているということを知りません」

「責めるつもりはないのか? 悪い言い方をすればハニートラップだろうに、彼女は」

 

 一瞬顔を顰めてからそう口にした彼の瞳に自分が映っている。それから目を逸らすこと無くバナージは答えた。

 

「悪い人じゃないって、分かってますから。だけど彼女はこんなことを望んでいない、今だって苦しんでいるんだ」

「――良かったよ、君が彼女を知っていて、そして手を差し伸べてくれる人間で」

 

 彼は続ける。もしバナージがこのことを知っていないのならば情報を明かした後に、その有り余る金で懐柔しようとしていたのだと。だが、当主はバナージを一目見てからそんなことが通用しない人間だと理解した。その真っ直ぐな瞳は薄汚れた社交界では一切見ることのない、曇りのないものだったから。

 彼は信用しても良い男だ、と。

 

「始まりはフランスが欧州のIS事業に乗り遅れたことだった。デュノアの社長も悩みに悩んだ。彼個人は良い人だったが、会社には多くの人がいる。首を切って路頭に迷うのは社員だけではない、家族もなのだ」

「だから実の娘である彼女をつかっておれたちの情報を盗もうとした、というのか」

 

 彼はその動きを察知して当然ながら止めようとした。もしバレたら今のまま破産して社員を路頭に迷わせたほうがマシになるくらいの痛手になるはずだからだ。ハニートラップをしかけた会社の社員、なんて肩書はマイナス要素にしかならないだろう。

 デュノア社長自体にはシャルロットをハニートラップに使うなどといった考えは一切なかった。しかしこうなってしまったのは一重に周囲の暴走、ただの思いつきでつぶやいた言葉にのっかった周囲が全てを推し進めて戻れないところまできてしまったのだ。

 

「私が気が付きどうにかしようとしても無駄だった。金で解決もできなかった、今だって交渉し続けているのだが……」

「あなたが男であるということが足を引っ張った」

「そう、そしてデュノアも」

 

 すでにデュノア社長の実権はほぼ無い状態に陥っている、男ということで力を削がれて彼はいざというときに見せしめに切られるだけの立場だった。

 バナージは考える、どうすれば最良の結果を得られるのか。楯無が秘密裏にシャルロットが女性としてIS学園にいられるように動いてはいるのだが、事態はそんな簡単なことではない。

 

 それでも、バナージはシャルロットを救いたい。どこか無理をしている笑顔を浮かべる彼女が、本当に笑えるようにしてあげたい。

 だからバナージは決めた。おそらく目の前の彼も同じ結論に至っているのだろう、真正面のバナージをしっかりと見据えている。しかしそれをするのには問題がある。それはバナージ自身がこの世界の人間ではなく『宇宙世紀』の人間であることだった。だから、彼はそれを目の前にいる彼に話すことにした。彼が生まれ、育ち、そしてこの世界に落ちたという全てを。

 

 いつか自分がこの世界から消えても、シャルロットが笑っていられるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん」

 

 日本の夕方、楯無は学園に帰ってきた銀の少女を呼び止めた。ラウラを呼びかけてきた人間は極めて察知しにくいほどまでに気配を消していたのだが、それに気付いてあえて無視をしていた。彼女からは学園のほかの女子とはちがった『匂い』を感じ取っていたからだが。楯無はあえて無視されているのを感じ取り、話しかけることにしたのである。

 

「貴様は……生徒会長か」

「そうよ、『せ・ん・ぱ・い』って呼んでいいわよ?」

 

 楯無は手に持っていた扇子を開く。そこには『おかえりなさい』と書かれていたのだが、ラウラの興味はそこの文字にはなかった。異文化の塊とも言える扇子事態をまじまじと観察する。

 そういえば、とラウラは思い出した。国の部下の一人が日本かぶれで、彼女の披露した知識の中に目の前のものについてあったことを。曰く、日本の高貴な身分の者は必ず扇を身に着けている。だが、それは一見綺麗であるのだけれどうちに秘めた破壊力は侮れない、その扇を極めたものは心身共に優れており一振りで幾多もの首が飛ぶという。

 

 ラウラは目を輝かせた。人生経験はある意味で豊富なのだけれどこういった未知に関する好奇心は見た目相応にあった。今まで自分を律してきたためにそれを抑えていたのだが、今の彼女は違う。伝説の武器に興味津々といったところだ。

 対して正面の楯無は苦笑いを浮かべる。バナージ、ラウラに限らずこういった反応を海外の人間からはしょっちゅうされるのだ、そして沈黙を美徳とする日本人からはその扇子について何も突っ込まれない。最近会話した時に一夏が言い放った『扇での奥義ってどんなものなんですか?』というしょうもない駄洒落に笑ってしまうほどに、驚かれたり無視されることが日常だった。ちなみにいい笑顔で駄洒落を言った直後の一夏は隣りにいた箒と鈴に頭を叩かれている。

 

「生徒会長、それ触らせてもらえないか?」

「『先輩、お願い?』って可愛くおねだりしてくれたらいいわよ」

「……生徒会長は私の姉弟子なのか? 私より以前に教官に師事していたと……?」

「はい?」

「先輩とは即ち姉、兄弟子のことだろう、クラリッサが言っていた。いや、の場合だとお姉さまと呼ぶのが良いのだろうか。どうだ、生徒会長?」

 

 彼女にどこか間違っている日本文化を吹き込んだのは誰だ、と頭痛を覚えながら楯無はラウラのすこしズレた日本観の修正を行い、すこし疲れたが本題に入った。

 

「貴女、見たでしょう? バナージ・リンクスの過去を」

「見たがそれがどうかしたか?」

「私に話してもらえないかしら。大まかな概要は彼から聞いたけれど、それは主観的な情報。彼の推測はもしかすると自分自身によって歪められている可能性だってある。だってそうでしょう? 彼が日本語を話すことはまず不可能なはずなのだから」

 

 楯無はこう言っているのだ。彼の記憶をラウラという客観的な視点で語ってくれないか、と。バナージが元の世界に戻るために、束に利用されないために、楯無はただ一人の人間として、知人として手助けをしたかった。

 

 もちろん、サイコフレームやニュータイプなどといった情報も得たいと思っている。いずれ人類はその境地に至る。なにせ近くに『4つ』もサイコフレームを搭載したISがあり、ニュータイプがいるのだから。時を待てば、世界に広まる。

 けれども人間は弱い。はじめは善意だったことだって、捻じ曲げられて不幸に繋がってしまう。だからこそ宇宙世紀というコロニーが落ち、多くの人が死んでしまった『失敗例』を知る必要があった。いずれロシアの、そして世界の頂点に立つつもりである彼女には義務がある。人々が道を違えないために。

 

「篠ノ之束の論文によれば、ニュータイプの発現は宇宙進出後のことだった。けれどもISは宇宙空間という新たなストレスと同等のものを人間――いや、ISに乗れる女性のみに与えてしまっている」

「つまり私のようなまがい物ではなく、本物が現れる。現れるニュータイプは全て女性で、この女尊男卑が更に加速する、と」

 

 織斑一夏、凰鈴音が徴候を強く見せ始めている。とくに一夏は凄まじい勢いであった。入学からの短期間で、相性の問題もあるものの一定の割合でセシリアや他の代表候補生に勝つようになっているのだから。

 だが、それでも男一人だ。世界中でIS操縦者の女性が少しずつ今までの科学では証明できないような動き、反応を見せ始めてきた。

 

「地球とコロニーの対立は両勢力ともの内戦で消え去るかもしれない。一度に大量破壊兵器が使われて人類総全滅なんて事態以外では人は生まれ続ける。けれども、男女間の優劣が大きく付いてしまったのなら人類種そのものの危機に陥る。……男女対立の結果子どもが生まれなくなったから絶滅しちゃった、だなんて間抜けな結果は嫌よ?」

「いや、女が男を攫って種馬のような扱いをするかもしれないが――それで人間が生き延びるというのもあまり喜ばしくない未来だな」

 

 ラウラが眉を顰めながらそう言うが、楯無は真面目だった雰囲気を一変させてこう言った。

 

「ラウラちゃん、女の子がそんなえっちな話をしちゃ駄目よ」

「貴様は真面目な話をするのかふざけるのかどっちかにしろ……」

「もう、先輩って呼んでっていったじゃない。ラ・ウ・ラちゃん」

 

 無駄にリズムよく名前を言われてラウラはげんなりとした。こういう相手はつかれるな、とバナージと同じ感想を彼女は抱いた。ラウラは知らないが一夏と箒も同じく楯無と対峙した後に考えたという。特に箒は一夏のことについてからかわれるので、なおさらだった。

 

「了解した。……貴様のことだ。どうせ他にも私の話を聴かせるつもりなのだろう?」

 

 ラウラは声を潜めてから楯無に問う。その言葉に彼女は無言でウインクすることで答えた。



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