異能持ち格闘少女の爆裂英雄譚 (gxdh)
しおりを挟む

一章 次元の悪魔編
一話 悪夢からの目覚め


「んあ゛あ゛あ゛──!! 今日もおちごと! ちかれたポン!!」

 

 時間は深夜、雨が降る片側二車線の国道沿いの道。周囲に誰もいなく、雨に声がかき消されるのをいいことに、ストレス解消だとばかりに叫ぶスーツを着た筋肉質の男がいた。

 

「ふぅ……スッキリしたぜ。ったくあのハゲ、一人だけさっさと帰りやがって」

 

 一通り叫んでストレスを解消した男の脳内に浮かぶのは、部下に仕事を押し付け、そそくさと帰って行った禿げ頭の上司の姿。

 脳内でその上司に、同僚と共に制裁を加える景色を想像し──少し冷静になった頭で、男はひとりごちる。

 

「やっぱこの仕事つまらんな……こんなことなら夢を追っかけてた方が……いやでも安定がなぁ……」

 

 男はプロの格闘家を目指し、破塵流という、それなりに名を知られた道場で鍛錬を積んでいた。才能もそれなりにあった。

 しかし、大学生になったあたりだろうか。家族や友人、恋人など周囲の人間から「格闘家は危ないし、なにより不安定」「普通に働いた方が楽で安定する」「強い男の人は格好いいけど、事故とか怖いし……」などと何度も説得された結果、夢を諦めて一般企業に就職することを決意したのだった。

 しかし、いざ就職してしばらく働いてみると、やはり夢への未練が次々と湧き出してきて止まらない。

 

「人生一度きりだし、やっぱ挑戦すべきだったかもな……。う゛ーん、ミスったかもな……ん?」

 

 現状への愚痴を言いつつ、それでも今更会社を辞め「やっぱ夢追います、格闘家の道に戻ります」とか言うのは、なんかカッコ悪いし言い出せねえよなあと悶々とする男。

 そんな男の後方から、大型のトラックが走ってきたかと思うと、そのままスピードを落として男の前方にて停止する。

 

「……お? トラブルかなんかか?」

 

 何もない場所に停止したトラックを訝しむも、自分には関係ないだろうと思考を切り上げて歩き続ける男。

 しかし、そんな男の前でトラックの荷室の側面が機械音を響かせて横にスライド。荷室の中から複数の大きな人影が姿を現す。

 

「オイオイオイ……。なんだよ一体……!」

 

 男が流石に異常に感づいて声を上げたその瞬間、その人影が人間とは思えぬ速度で男目掛けて駆け出してきた。

 

「チッ!」

 

 高速で接近する影から敵意を感じ取った男は、舌打ちをすると傘とカバンを放り投げ、構えをとると同時に気を練り上げる。

 実戦からしばらく離れていたとはいえ、その一連の動作はスムーズであり、ブランクを感じさせないものだった。

 

『Guoooooooo!!』

 

 そうして男が戦闘準備を整えた瞬間。謎の人影はこれまた人間とは思えない、獣のような咆哮を上げながらその腕を振りかぶる。

 

「うおっとぉ! どこのどいつか知らねぇが、随分と舐めたマ……ネ……」

 

 男は頭蓋を叩き割らんと放たれた、その頭上からの一撃をバックステップで回避し、遠くからでは暗くてよく見えなかった下手人の顔を確認。

 ギラギラと不気味に輝く瞳を持つ、狼のような頭部。発達した鎧のような筋肉を纏う四肢。ナイフかと思えるほど発達した分厚くて鋭い爪。

 人間じゃありません。どこからどう見ても化け物です。本当にありがとうございました──。

 

「う、う、うおおおおおお!? バ、バケモノ!? く、来るんじゃねぇー!」

『Guooooooooo!!』

「う、うわあああぁぁぁぁ!!」

 

 予想外の化け物との遭遇に思わず情けない叫び声を上げ、距離を取ってしまう男。

 人さらいか殺し屋か、一体どんな悪人が襲い掛かってきたのかと思いきや、正解はまさかのゲームや漫画の世界から飛び出してきたような怪物だったのだから無理もない。

 

「し、しまった!」

 

 しかし、男はあまりの衝撃に忘れていたがトラックから降りてきた怪物は一体だけではないのだ。すぐさま残りの怪物たちが男を取り囲み、その退路を奪う。

 未知の怪物に襲われ、退路を奪われ、悲鳴を上げることしかできない哀れな獲物と化した男。

 そんな男に対し、その命を奪わんと怪物たちが一斉に飛び掛かった──。

 

 

 

 

 

 

 数分後、雨の降る歩道の上。そこには無残な死体が転がっていた。

 首から上が消し飛んだ人型。胴体から下が消し飛んだ人型。胴体以外の部分が吹き飛ばされた人型。

 そして、その胴体から下の無い怪物の頭部を踏みつぶし、グリグリと踏みにじりながら、戦闘の高揚からかクハハと上機嫌に笑う男が一人。

 

「ったく驚かせやがって。強そうなのは見た目だけじゃねーか。あー、驚いて損したぜ」

『…………』

「スーツが破れちまっただろ雑魚が、死んで詫びろやガッハッハ!」

 

 戦闘は一方的なものだった。怪物の爪は気を練り込んだ男の肉体の前に傷一つつけることなくへし折れ、逆に男の拳は一撃で怪物の肉体を吹き飛ばす。

 人間は野生動物の中では弱い方だと言われているが、それは気を使えない一般人の話だ。気を運用できる格闘家にとっては、熊やライオンなどの大型肉食獣もただの獲物でしかない。

 最近は駆け出し格闘家の自主練による野生動物の虐待が問題となっているらしいが──それと同様に、この怪物たちも男の前ではただ蹂躙されるだけの弱者でしかなかった。それだけの話だ。

 

(……ノリと勢いでつい始末しちまったが、損害賠償とか請求されねーよな? いや、明らかに俺被害者だし大丈夫だろ。つーかあのトラック、怪物共降ろしてから全く動きが無いな。不気味だ)

 

 敵対者を始末し終えて余裕が出来たからか、つい余計なことを考え始めてしまう男。

 しかし、まだ肝心な敵が残っていると気持ちを切り替えると怪物を載せていたトラックを睨みつける。

 

「……放っておいたら不味いことになりそうだしな。せめて警察(ポリ)さんにでも捕まえて貰わにゃ──!?」

 

 トラックへ向けて男が歩みだそうとしたその瞬間。男の胸にズンと衝撃が走り、口元から血が逆流する。

 熱い、熱い、痛いと男の体が訴える。男がその痛みの源、自身の胸部を見ると、黒いグローブに包まれた手刀が生えていた。

 背後からの刺突。警戒は怠っていなかった。心臓破壊。何故、いつの間に。悔しい。もう助からない。男の脳裏を、一瞬で複数の思考が駆け巡る。

 

「て……めえ……」

「データ収集への協力、感謝しよう。なに、これは報酬だ」

 

 男の耳に、一切の感情が込められていない、男性のものと思われる声が届く。

 ふざけるなと言ってやりたい。あらん限りの罵声を叩きつけてやりたい。あらゆる障害を打ち破り、塵へと返す破塵の奥義をもって、原型が残らない程に破壊しつくしてやりたい。

 しかし、残念ながらもう男にはそれだけの力は残されていない。

 

「ぐ……。こ……の……」

「フン……!」

 

 ならば、せめて下手人の顔だけでも確認しようと男は最後の力を振り絞り、必死に振り向こうとする。

 しかし、男が振り向き終わる前にその胸から手刀が引き抜かれ、そのまま背後から蹴り倒される。

 

(顔くらい見せろやチクショウ……)

「撤収する。この男も回収しておけ。何かの役に立つかもしれん」

「了解!」

「了解です!」

「了解! ……行ったな。ふいー、オレあの人怖いからニガテなんよね」

「俺も俺も。にしても、やっぱ渡航制限食らうレベルの格闘家はやっぱちげーな」

「同感だぜ。いくらなんでもコイツの爪受けてノーダメとか引くぜ」

「これでAランクの最下位ってんだからな。恐ろしいわ」

 

 下手人の男の部下らしき、複数人の声と足音がする。しかし、もはや倒れ伏した男の耳にその音は届かない。

 出血多量と胸部によるダメージで遠くなる意識の中、男の頭を占めるのは己の非力さからくる無念だけであった。

 

(ああクソ……もっと、もっと強ければ……畜生……。もっと……修行……積ん……で……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 電気の消えた暗い部屋の中、ベッドに寝ていた少女が飛び起きる。

 幼い顔立ちをした、青い瞳に腰の辺りまで届くだろう長い黒髪が特徴的な小柄な少女だ。

 少女は興奮した様子できょろきょろと周囲を見回し、そこが自室であることを確認すると──ほっと息を吐いて、ベッドに仰向けで倒れ込む。

 

(夢、か……)

 

 輪廻転生。一度死んだ者がまた新たな生命として生まれ変わるという仏教の教え。

 あの雨の日に死んだ男は、前世とよく似たこの世界に再び生を受けた。何故か記憶を保ったまま、前世とは異なる性別で。

 姓は不知火(しらぬい)、名前は緋乃(ひの)。1月15日生まれの12歳。父親はいないが、優しい母・優奈(ゆうな)と隣に住むお節介な幼馴染・明乃(あけの)のおかげで寂しいと思ったことは一度もない。

 

(久々……だな……。死ぬときの……記憶……)

 

 ベッドに寝転がり、天井をぼんやりと見つめながら緋乃は考えを巡らせる。

 二度目の生を受けてからはや12年。

 物心ついた当初は少々困惑したが、前世から元々切り替えが早いタイプの人間だったのもあり、二度目の生に関しては普通に受け入れた。

 獣や虫ではなく、再び人として生まれることが出来たんだ。性別なんてそれに比べれば些細な問題でしかない、と。

 

(前世の記憶、か……。もう、かなり忘れちゃったなぁ。やっぱりメモにでも残しておくべきだったかな?)

 

 そんな考えだからかろうか、前世の記憶に関してはもうかなり朧気だ。前世の名も顔も、自他問わずほとんど忘れてしまった。

 気の練り方やその運用方法みたいな、現在進行形で役立てている知識や──その逆にどうでもいい知識に関しては不思議と覚えていたりするのだが。

 

(まあいっか。重要なことは覚えてるし、それに……)

 

 いや、記憶の大部分は失ったが、それでも。

 それでもとある衝動だけは、今でも決して消え去ることなく緋乃の胸に残り続けている。

 ──強くなりたい。誰よりも。

 今度は、今度こそは卑怯な不意打ちなんかに負けたりしない。返り討ちにしてやる。

 

「…………」

 

 緋乃は無言のまま手のひらを顔の前まで持ってきて気を込める。すると、手のひらが薄い白光に包まれる。気を運用した際に現れる光だ。

 

(身体能力は前世とは比べ物にならないほど低い。まあ女の子だし仕方ないよね。でも……)

 

 それなりに鍛錬を積んできた成人男性と、まだ体の出来上がっていない女子中学生。差なんて考えるまでもない。

 だがしかし、それを覆すモノをこの身体は持っていた。

 

(気の量も質も、前世とは比べ物にならない。生命エネルギーである気がこの体のどこにこれだけあるのかは不思議だけど……まあ天才とか言う奴だろう、きっと。流石わたし)

 

 驚くべきことに、緋乃の肉体はこれといった鍛錬を積んでいないのにも関わらず、前世を遥かに超える膨大な気を秘めていたのだ。

 もし前世の記憶が無く、気を操る術を知らなかったのなら──間違いなく身体を壊していたであろうと思わせるほどの膨大な気だ。

 

(もしかしたら、この気を制御するために肉体が魂の記憶を呼び起こしたとか? うん、なんかありえそう。我ながらいい線行ってるんじゃ?)

 

 実際にほんの少しだが壊れているのだ。これ以上の自壊を恐れた肉体が、大慌てで記憶をサルベージしたという可能性もありえなくはないだろうと緋乃は考える。

 

(気で増幅すれば筋力は補えるとして、問題は耐久力……。これも一応は気で補えるけど……まあ、受け流しと回避の技術を磨いて対処かな。幸い、受け流しは得意な方。それに……)

 

 軽く頭を振ることで気を取り直してベッドから起き上がった緋乃は、パジャマ姿のまま部屋の中央に立つ。軽く目を閉じて深呼吸をし、完全に息を吐き終えると再び目を開く。

 

(この、新しい力がある)

 

 緋乃の青い瞳が薄く発光し、まるで重力の影響から抜け出したかのようにその体が床から浮き上がる。

 いや、本当に重力の檻から抜け出したのだ。

 これこそ前世にはなかった概念。女性にのみ100人に1人の割合で発現するという、ギフトと呼ばれる超能力。緋乃もこのギフト能力者──通称ギフテッド──であり、その力は重力操作。

 その名の通り、指定範囲内の空間に発生する重力を操作することができるギフトだ。

 

(まあ、今はまだ大っぴらには使えないけど。大人になって、有名になって、一人前になったら……)

 

 もっとも、何やら極めて希少なギフトであるらしく、母親からは「他人に教えるのは禁止」と口煩く言われているのだが。

 なんでもバレたら拉致されて怪しい研究所でモルモット確定だとか、実際に赤ん坊の頃に誘拐されかけたとか。

 なので、人前では同じように見えない力を操るギフト、念動力(サイコキネシス)ということにしているのだ。

 こちらも珍しい能力ではあるが何人も発現している前例があるし、そもそも隣に住む明乃もこの能力だし問題はないだろう。

 

(もっと強くなりたい。今度こそ、途中で諦めたりなんかしない)

 

 目を閉じて腕を組み、床から10cmほどの高さで浮いた状態のまま緋乃は考えを巡らせる。

 身体は小さくて貧弱。しかしそれを補って余りある、膨大な気にギフトという二つの力。

 この力があれば、前世では諦めてしまった最強という名の頂に手をかけることも夢ではないかもしれない。いや、絶対になってみせる。

 

(そう、今度こそ……。今度こそ、私はこの世界の頂点に立つ!)

 

 現在の格闘界はギフトの有り無しで階級が分かれているが、炎やら氷やら電撃やら派手に超能力が飛び交うギフトありの階級の方が圧倒的に人気であり──そして強いという認識だ。

 これは強力なギフトを持つ緋乃にとって、とても都合がいい。

 

「ふぁ……。そろそろ寝ないと……」

 

 そう考えを巡らせているうちに、いい感じに眠気が戻ってきたのを感じた緋乃は思考を打ち切るとギフトを解除して床に降り立つ。

 壁に掛けられた時計を見ると、時刻は深夜1時20分。朝7時には起きて学校へ行く準備をしなければいけないので、いい加減に寝ないとマズい。

 

「てりゃりゃ……。うん、これでよし。おやすみなさい……」

 

 ベッドに戻った緋乃は布団をかけ直すと、布団の中で足をパタパタしてポジションを整えた後に目を閉じる。

 まだ幼い緋乃の身体は睡眠を求めていたのだろう。ベッドからはすぐに小さな寝息が上がり、部屋は再び静まり返るのであった。




感想とかくださると超うれしいです(感想乞食)
小躍りして喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 学校にて

「起立、礼、着席!」

 

 帰りのホームルーム終了の合図を告げる、号令係の少年の声が教室に響く。それを受けてクラスメイト達も席を立ち一礼し再び座る。

 その一連の流れを見届けた担任である男、小山田は生徒たちへ向けてやる気のなさそうな声を出す。

 

「うーっし、じゃあ車に気をつけて帰れよ~。ほい解散、また明日なー」

 

 小山田は教卓の天板で日誌やプリントの束をトントンと叩いて纏めると教卓を離れ、それを見て生徒たちも次々と騒ぎ始める。

 

「じゃあ帰ったら公園集合な!」

「それじゃあまた明日ね~」

「駅前のゲーセン行こうぜ!」

「カラオケ行く人手ぇ上げてー!」

「汚物は消毒せねばならんな」

「ほざきやがれぇ~!」

「バイバーイ」

 

(ん~、今日はどうしよっかな。ゲーセン行く? うーん、ちょっと気分じゃないかな……)

「おっつっかれ~緋乃! ねえねえ今日暇?」

 

 緋乃は騒がしい同級生たちを横目に放課後の予定を考えつつ、カバンに今日使った教科書や配布されたプリントに筆箱、そしてこっそり持ち込んだチョコレートの銀紙等を仕舞い込んでいく。

 するとそんな緋乃の机の元に、勢いよく赤い髪の少女がやってきたかと思えば、その勢いのまま話しかけてきた。

 

「明乃? ん、別に暇だけど……どうしたの?」

 

 少女の名は赤神明乃(あかがみあけの)。緋乃のお隣さんであり、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染にして親友だ。

 スタイルの良い美少女な上に活発で明るく、世話焼きな性格をしているためみんなの人気者であり、趣味嗜好が合わないからと同年代との人間関係をおざなりにしていた緋乃がいじめの対象にならなかったのもだいたい彼女のおかげである。

 

「ってまーたお菓子持ち込んで。いい加減怒られても知らないぞっと」

「バレてないから問題ない。それにほら、わたしは燃費悪いから仕方ない」

 

 小さく丸められたチョコの銀紙を目ざとく見つけた明乃が、もしかしたら外の廊下を歩いているかもしれない先生たちへ聞こえないよう気をつけながら呆れ声を出す。

 しかし明乃のその声を受けた緋乃は開き直った様子で、軽く目を閉じつつすまし顔で返答する。

 

「まったく、なら無理矢理にでも昼ごはんを詰め込めばいいのに」

「まあそれはそれ、これはこれだよ」

 

 人並外れた膨大な気を保有する影響か、それとも希少なギフトの影響か。

 緋乃の燃費が悪いというのは事実であり、また本人が極めて小食であるのも相まってどこかでエネルギーを補給する必要があったのだ。

 別に補給しなくても命に別状はないのだが、お腹がとても減って授業どころではなくなってしまうので緋乃にとっては重大な問題なのだ。

 

「まあ、それより空いてるなら一緒に理奈のとこ遊びに行かない? 今日遊びに来ないかって誘われててさ。もちろん緋乃も一緒に」

「理奈の方から? 珍しいね。うん、いいよ」

 

 緋乃と明乃共通の友人であり、明乃がついうっかりバラしてしまったことで数少ない緋乃のギフトについて知る少女、水城理奈(みずしろりな)

 身長は緋乃よりも少し高くて、明るい水色の髪をサイドテールに纏めた、柔らかい雰囲気の少女だ。

 少々気弱なところがあるがしっかり者で、割とその場のノリで動くことの多い二人のストッパー役兼、頭脳担当でもある。

 

 小学校時代は緋乃、明乃、理奈の三人とも同じクラスで、休み時間ごとに三人で集まってお喋りしていたものだが、中学に上がった際に理奈だけ別のクラスになってしまったのだ。

 もっともそれで疎遠になるなどということはなく、今でも放課後や休日は三人でよく集まって遊んでいるのだが。

 今回はどうやら、その理奈からの遊びの誘いだったらしい。ちょうど予定の無かった緋乃は二つ返事でその誘いを受け入れた。

 

「よし、じゃあ帰ろっか。ちょいと待ってて~」

「ん」

 

 緋乃が帰る準備を終えたのを見た明乃が、自分の鞄を取るために小走りで自分の机へ戻る。明乃は素早く自分の鞄を取ると、緋乃の横へ戻ってきてほら行くよと催促する。

 

「じゃあみんな、また明日ね〜!」

「また明日……」

 

 それを受けて緋乃も椅子から立ち上がると、二人で教室に残っていたクラスメイトたちに別れの挨拶をして、二人で並んでお喋りをしながら帰宅するのであった。

 

 

 

 

 

 

「また明日ね~!」

「また明日……」

 

 クラスメイトの女子たちに向けて一人は大きくぶんぶんと、もう一人は小さくひらひらと手を振ってから教室を出ていくセミロングの赤い髪の少女と、長いツインテールが特徴的な黒い髪の少女。

 赤神明乃と不知火緋乃、A組が誇る学校トップクラスの、いやこの勝陽市でも最上位クラスの美少女二人。

 明るく社交的で、胸が大きくてアイドルみたいな美人系の赤神。クールなようでいて実はけっこう天然で隙だらけな、小柄で可愛い系の緋乃。

 下手なアイドル顔負け──というより、むしろあの二人より顔のいいアイドルを見たことがないと男子たちに大評判であり、休み時間なんかは通り過ぎるふりをして彼女たちの顔を見ようとする男子生徒やら、ちょっと道を拗らせた女子生徒などで教室前が地味に混雑するくらいだ。

 

「はぁ……」

 

 ぼんやりとそんな二人を自分の席に座ったまま眺めつつ、二人が見えなくなると同時に小さなため息を吐く少年が一人。

 少年の名は天野翔(あまのかける)。小学一年生の頃からずっと二人の、特に緋乃のクラスメイトであることが秘かな自慢の、どこにでもいる中学生である。

 

「赤神と不知火か~。やっぱあの二人いいよな~。なんかもう別格っていうか? マジやべーよな。あーあ、贅沢言わねえから俺もあんな彼女が欲しいなぁ~」

「滅茶苦茶贅沢言ってるじゃねーかテメー」

 

 そんな翔の元に、仲良くなったクラスメイトの少年がやってきて翔に同調する様子で話しかけてくる。

 翔も笑いながらそれに応えると、そこへまた別のクラスメイトが何人かやってきて男の雑談タイムが開始された。

 

「でもあの二人っていつも一緒なんだろ? 告白も全部断ってるらしいし実はデキてんじゃねーの?」

「他の男とイチャイチャしてるの見せつけられたらショックで死ぬしそっちの方がありがてえわ」

「どうせ俺らは眼中にねーしな。あの二人ならお似合いだしアリだわ」

「ナンパ男から不知火を守る赤神か。けっこー似合うじゃん、俺も一票」

「いやキレた不知火がナンパ野郎ボコって終わりだろ。赤神は止める側で」

「見た目と役割逆だもんな。確か元プロのコバセンより強いんだろ?」

「コバセンは才能すげーやべー言ってただけで実際に戦ったことはないだろ。いくらあのゴリラでも生徒とガチバトルはねーっしょ」

「いや赤神もつえーらしいぞ。なんか不知火に勝ち越してるらしい。横から聞こえた」

「フッ……甘いな。俺の手持ちのテータによると、不知火は対赤神戦において──」

 

 女子生徒が減ってきて、自分たちの会話が聞こえないであろうことを確認したからか、好き勝手に話し始める男子生徒たち。

 最初は赤神と不知火の恋愛談義だったのが、いつの間にかあの二人を中心とした強さ談議に変わっていったあたりで翔は会話から離脱。

 うおーマジかよスッゲーなどと盛り上がる友人達を尻目に、頬杖を突きながら不知火緋乃という少女に想いを馳せる。

 

(やっぱ緋乃って可愛いよな。あーあ、赤神が羨ましいわ。俺もあのポジになりてえなー)

 

 妄想するのは緋乃と付き合い、常に行動を共にする自分。一緒に通学し、一緒に飯を食い、放課後は部屋にお邪魔していちゃついちゃったり。

 翔も年頃の少年、女の子には当然興味がある。仲間にからかわれたりするのが恥ずかしいので出来る限り表には出さないが、そういう感情は持っている。

 

(赤神も悪くないけど、やっぱ緋乃には及ばないな)

 

 仲間内のそっち方面の話はスタイルのいい赤神が人気だが、翔にとってそういう対象は昔から緋乃一択だ。むしろ、緋乃以外の女の子をそういう目で見ることが出来ない。

 翔は緋乃に対し初めて会った小学生の頃から惚れており、緋乃に会ってからというもの、他の女の子たちが色褪せて見えてしまうのだ。

 

(でも無理だよなー、俺ってそんなに凄くねーもん。告白する勇気もねえヘタレだしなあ)

 

 叶わぬ恋だとはわかっている。向こうはいつアイドルのスカウトが来てもおかしくないレベルの美少女で、他校の男子生徒からも告白されるほどの人気者。

 大してこちらはこれといった取り柄の特にない、平凡な男子中学生。頭が良いわけでもなく、スポーツが得意なわけでもない。

 

(顔はまあ、それなりだとは思うけど……)

 

 顔に関しては自画自賛っぽくなってしまうが、まあそれなりだとは思う。しかし素直なイケメンタイプではなく、スカート似合いそうだよねとか、男子校なら人気出そうだよねだとかのちょっとズレた、ありがたくない路線の顔の良さだ。

 故に自信も持てず、告白する勇気もなければフラれて諦める勇気もない半端者。緋乃を見ると幸せな気分になれるが、同時にちょっと憂鬱にもなる。

 

(振り向いてほしくて格闘技やってみたけど、才能なかったしな)

 

 サンドバッグや木の板を殴るのは楽しいが、人間が相手だとちょっと気が乗らない。安全を確保した試合だとはいえ、殴られるのも怖いし嫌だ。

 親に頼んで近くの道場にお試し入会をさせて貰ったことがあるが、自分に合ってないと速攻で理解できたのでさっさとやめた。

 一応、案内してくれたコーチは「筋は悪くない」と言って褒めてくれたが……まあ、セールストークという奴だろう。

 

「はぁ……」

「お、どした?」

「ああ、なんでもない。そろそろ帰りたいから、ちょっといい?」

 

 ため息をつく翔に、机を取り囲んでいた一人の生徒が反応したのでそれに返事をし、ついでに道をあけてくれと催促する。

 お疲れー、また明日なー、と言うクラスメイトたちに翔もまた明日と返し、歩いて教室から出ていく。

 

(沈んでても仕方ない。さて、楽しいことでも考えながら帰りますか。……ふふっ)

 

 翔は気持ちを切り替えると、とあるお気に入りの動画を脳内再生。時折思い出し笑いをしつつ帰宅するのであった。




明乃の身長は163くらい。大きい。ちな緋乃は150くらい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 楽しいひと時

「珍しく今日は平和ね~! うーん、いつもこうならいいのに」

「ふふっ、そうだね」

「何笑ってんのよ緋乃。あんたが喧嘩売りまくるせいで面倒な事になったんでしょうが」

「あーあーきこえなーい」

「まったくもうこの娘は……」

 

 他校の不良が襲い掛かってきたり、ラブレターを携えた男子が突撃してきたりというイベントも特になく、無事に帰宅することができた緋乃と明乃。

 進学して新たな人との接点が増えたからか、最近は謎の告白ラッシュが続いていたのでこのような何も起きない日は貴重だ。

 心なしか明乃の機嫌もよく、それを見て緋乃の機嫌も自然と上向きになる。

 

「んじゃ、着替えたらチャイム押すから待っててね」

「わかった」

 

 二人は玄関前で家の境界である柵を挟んで横並びになりながら集合の約束をし、それぞれの家のドアノブへと手を伸ばす。

 

「ただいまー」

 

 家へ入り、鍵を閉めた緋乃は廊下を歩きながら声を上げる。すると、居間の方から母である優奈の返事が聞こえてきたので、居間へと移動する。

 緋乃が居間へ移動すると、そこには鼻歌を歌いながら食料品の通販カタログにボールペンで丸をつけている母の姿があった。

 

「~♪」

 

 美少女として近所でも有名な緋乃の母ということで、当然だが優奈もかなりの美人である。

 今年で30歳になるその姿はとても若々しく──事実、12歳の娘を持つ母としてはかなり若いのだが──とても子持ちの女性には見えない。

 女子大生と言っても普通に通用してしまうほどであり、実際に緋乃と並ぶとその姿は母娘ではなく姉妹にしか見えない。

 この若く美しく、そして優しい母は緋乃にとって最大級の自慢であり、誇りでもあった。

 

「あら、おかえりなさい緋乃」

「ただいま、お母さん。そうそう、今日は着替えたら理奈のところに遊びに行ってくるから」

 

 母と顔を合わせ、あらためて帰宅の挨拶をした緋乃。

 緋乃は母に対し友人宅へ遊びに行くのを告げると、そのまま洗面所へ行き手洗いとうがいを手早く済ませる。

 そんな緋乃の様子を見て、微笑みながら優奈が声をかける。

 

「あらあら、失礼のないようにね~」

「ん、わかってるー!」

 

 トントンと軽快な音を響かせて、階段を登りながら返事をする緋乃。

 優奈はそんな娘の姿を見て目を細め、再びカタログとにらめっこを開始するのであった。

 

「さて……」

 

 自室に戻った緋乃は勉強机の横にカバンを置き、セーラー服と下着一式を脱いでベッドへ放り投げると、そのまま今日着ていく服についての思案を開始する。

 もっとも、ファッションについてそこまで興味のない緋乃はあまり衣装持ちではなく、持っている服は明乃や理奈と一緒にお出かけした際に勧められたものや、母が買ってきてくれたものが大半だ。

 

(うーん、どうしよ。……まあ、いつものでいいかな)

 

 今日着ていく服を決めた緋乃はタンスを開けて黒いレースの下着を取り出すとベッドへ置き、続いてタンクトップとホットパンツにソックスも取り出した。

 着替え一式を取り出した緋乃はベッドに腰掛けながらいそいそとそれを着ると、壁の洋服掛けからジャケットを取り、肩を露出するように羽織る。俗にいう肩落としスタイルだ。

 

(あとは仕上げに……っと)

 

 最後にアクセサリーとして、昔、明乃とお揃いで買ったロケットペンダントを首にかけ、左側の太ももに細めの黒いベルトを巻くと……緋乃お出かけモードの完成だ。

 

(よし、完璧。これぞ、動きやすさと色気と格好良さを兼ね合わせたパーフェクトスタイル……! 色々試してみたけど、やっぱりこれが一番かな……)

 

 緋乃は部屋の片隅に置いてある姿見の前に立つと、着替え終わった自身の姿を確認する。

 胸のすぐ下あたりまでの長さの黒いショートタンクトップに、こちらも黒いローライズのホットパンツのへそ出しファッション。足元はお気に入りの黒いショートブーツに合わせて黒ソックスだ。

 そうして内側を黒で揃え、外側にはグレーのジャケットだ。あえて肩を見せるのが緋乃こだわりのセクシーポイントである。

 

(うん、我ながら完璧な美少女だね。可愛くて、セクシーで、格好いい……! これぞアルティメット緋乃ちゃん……!)

 

 髪に櫛を入れて整えた後、鏡の前で何度か姿勢を変更して、自身や服装に問題がないことを確認した緋乃は満足した様子で小さく笑みを浮かべる。

 服装を整えた緋乃は、今度はお出かけ用のショルダーバッグを手に取るとその中身を確認して足りないものを入れていく。

 

(よし、これで準備完了。忘れ物はたぶんなし、オールオッケー)

 

 準備が完了した緋乃は最後に部屋の中を見回すとショルダーバッグを肩に掛け、先ほど脱ぎ捨てた下着とセーラー服を手に持つと部屋から出て電気を消し、階段を下りる。

 一階に下りた緋乃は洗面所へ向かい、洗濯物の仕分けカゴに下着とセーラー服を分けて入れると台所へ行き、冷蔵庫の中からゼリー飲料のパウチを2個取り出す。

 

(エネルギー補給っと)

 

 1個はバッグの中へと放り込み、残る一個はふたを開けてパウチを潰しながら中身を吸い上げ、お腹の中へ。

 緋乃がゼリー飲料を飲んでいるちょうどその時、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。明乃からの合図だと、緋乃は残ったゼリーを勢いよく吸い上げる。

 

「ん、合図だ。それじゃあ行ってくるね、お母さん」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

 中身を吸い終え、空になったパウチを握り潰してゴミ箱へ入れた緋乃は居間にいる母へ声をかけ、それを受けて母も娘へ声を返す。

 緋乃は玄関へ早歩きで移動し、そのままショートブーツを履くとドアを開けて外へ出た。

 

「お待たせ~。待たせちゃった?」

「いや、わたしもちょうど準備が終わったところ」

 

 玄関の鍵を閉め、門柱までトコトコと歩いて行った緋乃に、私服へ着替えた明乃から声がかかる。

 白い上着に、赤と黒のチェックのミニスカート。全体的に暗色系で固めた緋乃とは対極の、明るい感じのコーデだ。元気で明るい明乃らしいとも言える。

 そんな明乃の気遣いに対し、緋乃は待ってないよと声を出す。すると明乃はそっかと軽い感じで頷くと、笑顔で緋乃へと語りかけた。

 

「じゃあ、行きましょっか! 忘れ物はないわよね?」

「ん、問題なし。おっけー」

 

 しゅっぱーつと元気に歩き始める明乃の横に、緋乃が早歩きで並び立つ。

 明乃の笑顔に釣られて、緋乃の顔からも小さく笑顔がこぼれるのであった。

 

 

 

 

 15分ほど歩いただろうか、明乃と緋乃の二人は理奈の家に到着した。周辺の家や二人の家と比べると、建物が一回りほど大きい上に庭の広い家だ。

 理奈の父がどのような仕事をしているかは知らないが、稼ぎはよいのだろう。眼鏡をかけた、優しそうで知的なお父さんだったし。

 明乃がインターホンを押して理奈を呼び出している姿を見ながら、そんなことをぼんやりと緋乃が考えていると、玄関のドアがガチャリと空いて中から私服の理奈が出てきた。

 白いシャツにベージュのカーディガンと茶色のロングスカートがよく似合っている。

 

「待ってたよ~。二人とも入って入って~」

「じゃあお邪魔しまーす」

「お邪魔します」

 

 玄関から笑顔で催促する理奈に従い、門を開けて理奈の家の敷地内へと入っていく明乃と緋乃。

 二人の姿が玄関の中へ消え、ガチャリと鍵が閉められるその様子。それを、近くにある電柱の陰からじっと観察している一つの影があった。

 

 

 

 

 カードゲームの対戦を楽しんだり、格闘ゲームでハメたりハメられたりして盛り上がったり、再びカードゲームの対戦をしたり。三人は全力ではしゃぎ回り、遊びを満喫した。

 しかし、いくら体力の有り余っている中学生とはいえ流石にはしゃぎ過ぎたか。ちょっと疲れたから休憩しようよと理奈が提案をし、明乃と緋乃もそれを了承。

 三人はだらけた雰囲気の中、思い思いの楽な姿勢を取りながら駄弁っていた。

 

「そういえば、緋乃ちゃんって世界一の格闘家になるのが夢なんだよね?」

 

 そんな中、自身の用意したクッキーの包みを開けながら、ふと思いついたといった様子で緋乃に質問を飛ばす理奈。

 

「ん。ギフトとかなんでもありの方。なんだっけ? まあ、あっちのチャンピオン」

 

 そんな理奈に対し、緋乃はお茶の入ったグラスを傾けて水分補給を行いながら、軽い調子でそれに答える。その回答を受け、理奈が再び疑問を口にする。

 

「WFCね。でも出場は確定としてさ、シードとかどうするの? 大会で活躍してたら貰えるんでしょ?」

「ん……」

 

 顎に手を当て、目を軽く閉じてうんうん唸りながら考え込む緋乃と、それを見ながらクッキーを頬張る理奈。

 

 ワールド・ファイティング・チャンピオンシップ。通称WFC。全世界に放映される、世界最強の格闘家を決める超大規模な大会。

 世界中に放映される、全世界の人間が注目して熱狂するお祭り。これに優勝することこそが、今現在の緋乃にとっての最大の目標だ。

 大会の大まかな流れとしては、世界各国で予選を行い本戦出場者を選出。そうして選ばれた選手でトーナメントを開始するというありふれた形式だ。

 だがこの予選の段階で、大規模な大会の優勝実績などがある選手は優遇措置を受けることが出来る。俗にいうシード権だ。

 理奈は緋乃に対し、この優遇措置を受けるために大規模大会における優勝実績を作るのかどうかを聞いているのだろう。

 緋乃はしばらくの間考え込んでいたが、答えが決まったのかゆっくりと目を開くと理奈に向かって口を開いた。

 

「とりあえずその時の気分でシードは決めるとして、受けたくなった時に受けれるように、どこかで優勝はしておきたい」

「ふふっ、めっちゃ適当じゃん」

「う~ん、緋乃ちゃんらしいといっちゃあらしいけど……。でもまあ、WFCは16歳以上じゃなきゃ駄目だしね。その時になってみないとわかんないよね。シードを受けて優勝してもそれは真の優勝ではない~って人たちも意外といるしね」

「でもまあ確かに、緋乃なら予選くらい余裕だしね。そういうの避けるためにシード受けませんってのもアリだよね。でもWFCか……どうしよっかな~。せっかくだしあたしも予選くらい出てみよっかな。緋乃の模擬戦の相手やっててかなり鍛えられたし、結構いい線行けると思うんだけど」

 

 緋乃の絞り出した答えに軽く笑いながら突っ込みを入れる明乃と、自分のコップへお茶を注ぎながら、適当な相槌をうつ理奈。

 理奈も明乃も、緋乃の持つ圧倒的な実力と、更に彼女が周囲に隠しているギフトの存在について詳しく知る為か、茶化しながらも緋乃の活躍は疑っていない様子だ。

 緋乃も二人の口調や態度から自身への信頼を感じ取り、嬉しそうにはにかみながらその薄い胸を張る。

 

「なら、わたしが一位で明乃が二位だね。世界の格闘家の一位二位を独占とか、この国の未来は明るいね」

「なんだとぉ~。あたしが一番だろぉ~。ナマイキなことを言うちびっ子は……こうだ!」

「あふん。ちょっとおも……◎※△∀@ΛΣ§Φ!?」

 

 

 緋乃の言葉を受け、楽しそうな声を上げつつ明乃が緋乃にのしかかり、そのまま押し倒すと緋乃の脇ををくすぐり始める。

 不意打ちで弱点の脇を突かれ、もはや言語になっていない意味不明な悲鳴を上げながらのたうち回り、なんとか逃げようとする緋乃。

 それに対し、逃がさんとばかりにのしかかる力を強め、緋乃の身動きを封じつつくすぐりを続行する明乃。

 

「あ゛──!? あ゛──!?」

「緋乃ちゃんうるさいよ? にしし、うるさい娘には……こうだっ!」

 

 脱出に失敗した緋乃は最後の抵抗として唯一動かせる足を必死にジタバタさせるも──その悪あがきは理奈に抱き着かれたことで止められる。

 そればかりか理奈による足裏くすぐりも追加され、もはや声にもならない悲鳴を上げる緋乃。

 気を用いて身体能力の強化を行えば簡単にこの状況から脱出できるのだろうが、気を練るにはある程度集中する必要がある。くすぐりによってその集中力を奪われ、笑い転げる緋乃にはとてもではないがそのような余裕はなかった。

 

「お゛っ!? お゛お゛っ──!?」

「うふふふ……! いい顔よ緋乃……!」

「あははっ! ほ~らこちょこちょこちょ~!」

 

 身動き一つ取れない状態のまま二人によるくすぐり地獄は続けられ、数分後。そこには涙と涎を垂れ流し、声にもならないうめき声を上げながらピクピクと痙攣する、黒髪ツインテールの元美少女の姿があった。

 

「はっ……ひっ……あっ……」

「やっべ、やりすぎた。明乃ちゃんはんせーい。許して緋乃☆ 謝るから許して~☆」

「うーん、相変わらず敏感だねぇ。あ、理奈ちゃんも反省してるのでお許しを~。ナムナム」

 

 四肢を投げ出し、無残な姿で痙攣する緋乃。その緋乃を前に、流石に調子に乗りすぎたと両手を合わせて痙攣する緋乃を拝みながら反省の意を示す明乃と理奈。

 二人の頭に、緋乃による割と本気の気を込めた怒りのスーパー拳骨が炸裂するまで、あと15分。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話 帰り道

「明乃ちゃん、緋乃ちゃん。また明日ね~。……イテテ」

「お邪魔しました~! また明日ねー、理奈」

「お邪魔しました。……また明日」

 

 時刻は夕方の6時。流石に遅くなってきたのでそろそろお開きということになり、自宅へ帰ることにした明乃と緋乃を門のところまで見送る理奈。

 ついうっかりはしゃぎ過ぎた代償として、緋乃から拳骨をお見舞いされた明乃と理奈だったが、既に回復し終えた明乃に対し、理奈の方はまだ痛みが抜けきっていないようだ。

 

(むぅ……流石に気を込めるのはやりすぎだったかな? いやいや、わたしは悪くない。悪いのは二人の方なんだから……)

 

 理奈を見て一瞬だけ申し訳なさそうな顔をする緋乃だったが、軽く頭を振ることで自分は悪くないと思い直し、素早くポーカーフェイスを作り上げて貼り付ける。

 もっとも、心配そうな顔をしたところは二人にばっちり見られており、緋乃にバレないよう明乃と理奈は目線を合わせて頷き合い、同時に苦笑する。

 

「……ふふっ」

「やれやれ……」

 

 緋乃自身は自分のことをクールな大人だと思っており、日ごろからそのように見える態度を心掛けているつもりだ。

 そして、幼馴染たちを含めた周囲からもそう思われていると信じている。

 しかし完璧な態度だと思っているのは当人だけであり、実際には予想外のことが起こるとすぐあわあわと混乱してボロを出す上、行動も大半がノリと勢いに身を任せた行き当たりばったりなものだったりと穴が非常に多い。

 当然ながら幼馴染で長い付き合いのある明乃と理奈の二人にはとっくの昔からその本性はバレバレであり、「大人ぶってクール系気取ってる緋乃ちゃん可愛い」と生暖かい目線で見られているのだが、知らぬが仏とはこのことか。

 

 

 

 

「緋乃、右後ろの方。マンションの陰に男。尾けられてるわよ。コートにサングラスとマフラー。100点満点の不審者ね……」

「んえ? ああ、うん。わかってる」

「うそつけ」

 

 自宅への帰路を歩む二人だったが、途中で明乃が背後から誰かに尾行されていることに気付き、険しい顔をしながら小声で緋乃に忠告する。

 緋乃もその忠告を受け、遊び疲れてボーっとしていた頭と顔を引き締め、意識を戦闘用のそれに切り替える。

 

(むぅ……。あ、ホントだ。変な気配があるね)

 

 緋乃が周囲へと意識を張り巡らせてみると、確かに明乃の言う通りの位置に怪しげな気配が一つ。

 

「理奈の家に入る時から、こっちを見てた奴だよ。理奈の家って大きいし、てっきり泥棒かと思ってたけど……」

「え? 初耳なんだけど。理奈には伝えたの?」

「もちろん。ていうか、やっぱあれも気づいてなかったんだ」

「えと、その。まあ、えへへ……。ていうか、なんでわたしには教えてくれなかったの?」

「緋乃に教えたら突っ込んでくでしょ。不審者め、死ねぇ! って感じで。理奈のお母さんにも伝えたら、とりあえず様子見でって話になったの」

 

 二人は尾けてきているであろう男に聞こえないよう、なんでもない雰囲気を装いつつ、小声でやり取りをする。

 明乃から不審者情報の共有から自分だけハブられていたことを教えられて緋乃はショックを受けるが、同時にその主張が正しいことも理解してしまったので文句を言うことも出来なかった。

 

「む~……」

 

 余計な面倒ごとを避けるという考えの元、自分に教えなかったということは理解できる。理解はできるけど、なんかモヤモヤする。

 少し落ち込んだ雰囲気を漂わせ、不満げな表情のまま黙りこくってしまった緋乃。

 そんな緋乃を見て、明乃が少し慌てた様子でフォローに走る。

 

「あーもう、黙ってたのはゴメンって。だから機嫌直してよね~」

「……別に。怒ってなんかいないし。それより、どうするの?」

 

 顔の前に手を持ってきて、緋乃に対し謝罪の意を示す明乃。緋乃もそこまで深刻には悩んでいなかったのだろう。その謝罪に対し強がりを言うと、話題を不審者へどう対処するかについて戻す。

 

「うーん、そうねえ。理奈の家から離れたあたり、狙いはあたしか緋乃。自分で言うのもなんだけど、あたしたちってかなり可愛いからねー。人さらいの可能性はありえる。あと少し危険度下がって盗撮魔とか? でも告白前の下調べとか、そういうまあまあ無害な人って可能性も捨てきれないし……」

「つまり?」

「臨機応変ってヤツよ。このまま帰って何もしてこなければヨシ。相手は一人みたいだし、襲い掛かってくるようなら二人で迎撃。人が増えたり無理そうなら逃げで」

 

 フフン、と得意気に人差し指を立てながら不審者への方針を示す明乃。常識で考えるのならば、女子中学生に過ぎない二人が不審者に戦いを挑むなど愚の骨頂。論外も論外だ。

 明乃は同年代の女子に比べると確かに発育が進んでいるものの、男性との筋力差を覆すには程遠い。ましてや、小柄な緋乃なんてもう考えるまでもない。

 

 しかしあいにく、明乃も緋乃も強力な能力を持つギフテッドであり、更に気の運用まで身に着けた、女子中学生の領域をはるかに超えた戦闘能力の持ち主。

 その力は既に下手なプロ格闘家をも上回っており、国内でも最上位レベル相当に達している。ただの不審者程度に後れを取ることなどありえないのだ。

 

「あたしも緋乃も、いざとなったら空飛んで逃げられるからね~」

「疲れるからあまりやりたくはないんだけどね」

「ま、緋乃の重力操作は燃費悪いものね。……でも視界全域が射程距離な上に、念じるだけで即時発動とか反則じゃない?」

 

 明乃は念動力で自身を持ち上げることで、緋乃は重力反転による浮遊から、水平方向に「落ちる」ことで空を飛ぶことが出来る。

 相手はコートにマフラーとサングラスで全身を隠してはいるものの体格的に間違いなく男性で、当然ながら女性しか持たないギフト能力は持っていない。もしヤバくなったら、空へ逃げてしまえば追いかけられないという寸法だ。

 

 拳銃などの飛び道具を出されたら追撃されてしまう危険性はあるが、その程度なら明乃と緋乃にとっては何ら脅威にならない。

 明乃の場合はバリアのように周囲に力場を展開することで銃弾を弾けばいいし、緋乃の場合は明乃と同様のことを気でやればいいのだから。

 

「いい? 緋乃。本当にヤバくなったら空を飛んで逃げること。相手は男だから飛べないし、あたしたちなら下手な飛び道具は弾けるし」

「ん、おっけー」

「よし! じゃあそういうわけで、ちょっぴり警戒しつつ帰りましょっか」

「らじゃ」

 

 明乃は素直に頷き、了承の意を示す緋乃に満足した様子を見せ、そのまま歩き続ける。

 尾けてきている不審者にはバレないよう、なんでもない風を装いつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もしばらく歩き続けた明乃だったが、結局何も起こらずに無事に自宅前まで帰ることが出来た。

 心配しすぎか、よかった。でも念のため両親と緋乃のお母さんにも伝えておこうかなーなどと思いつつ、明乃がその顔に笑顔を浮かべながら振り返る。

 

「いやー、結局何もなかったわね。あたしの考えす……ぎ……。緋乃?」

 

 しかし、そこにはついてきているであろう親友の姿はどこにもなく。

 

「緋乃? え? 緋乃?」

 

 キョロキョロと周囲を見回すも、見えるのは少し離れた家のおばさんが、自宅の駐車場に入り込んだ落ち葉を箒で片付けている姿のみ。

 不安になった明乃は大慌てでカバンからスマホを取り出し、震える指先で連絡先にある緋乃の名前をタップ。緋乃のスマホへと連絡を試みる。

 

(落ち着けあたし! 緋乃のことだし、勝手に寄り道でもしたんでしょ。……ちょっと、遅いわね! ええい、早く出なさいよ緋乃!)

 

 しかし、何度コールしても緋乃は出ず、留守番電話サービスに繋がるのみ。明乃は舌打ちするともう一度緋乃の連絡先をタップする。

 スマホを耳に当て、緋乃からの受信を待つ明乃。その脳裏に、不審者に気絶させられてその細い両手と両足を縛られた緋乃が車に連れ込まれる姿がよぎった。

 

「ええいもうっ! なんで出ないのよ!」

 

 結局、2回目の発信にも何の反応もなかった。明乃はスマホをカバンに投げ込むと、震える胸に手を当てて深呼吸した。

 

(……落ち着け。まだ何か事件に巻き込まれたと決まったわけじゃないんだし、落ち着くのよあたし)

 

 そのまま深呼吸を繰り返し、緊張からくる震えが収まった明乃は、自身に落ち着けと言い聞かせながら出来る限り冷静に考える。

 

 警察に連絡? いや、事件じゃなかったら緋乃に迷惑がかかる。緋乃の母親に連絡? スマホに連絡先入ってるし、後でも大丈夫だろう。もし事件じゃなかったら緋乃に迷惑だろうし。

 大丈夫、緋乃はとても強い。平常時は割とビビりでヘタれなところもあるが、いざというときの負けん気は滅茶苦茶強いし、大人しく連れ去らわれたりするようなタマじゃない。

 

(今はとりあえず、急いで道を再確認! どうせどっかのコンビニにでもいるはず!)

 

 結論を出した明乃は、来た道を戻る方向へ全力で駆けていく。理奈の家から自分たちの家までの間にあるコンビニは二か所。ほんのちょっぴりルートを変えたところにあるもう一つのコンビニを加えれば三か所だ。そのどれかに緋乃がいると信じて。

 

 そうして内心の不安を押し殺しながら駆けている明乃であったが、その胸に一つの疑問がふと湧き上がる。

 

(そういえば、なんで帰る時に緋乃とお喋りしなかったんだろう……。ネタならいくらでもあるし、いつもなら絶対に喋ってたはずなのに……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 閑散とした住宅街の、とある袋小路。カァカァと鳴くカラスの声に、ぼーっと立っていた緋乃はふと我に返る。

 

(ここどこ? 確か、明乃と一緒に帰ってたはず。……だよね?)

 

 何故か見覚えのない場所へとやってきていた緋乃は、その原因を探ろうとその場に留まって頭を回転させる。

 しかし何一つ思い当たることはなく、仕方ないので緋乃は釈然としない気持ちのままとりあえず現在地を確認しようと、袋小路から出るために足を進めたその瞬間。

 

「…………」

(さっきの不審者。もしかして、こいつが犯人? ……いや、犯人にしてもどうやって? 催眠術……なわけないか……)

 

 つい先ほど明乃と話していた不審者──帽子を深くかぶり、マフラーとサングラスで顔を隠した、茶色いコートを着込んだ謎の男──が袋小路からの出口をふさぐように立ちはだかった。

 全身全霊をかけて私怪しいですアピールをしているその男を見て、緋乃は警戒を深めた。

 意識を戦闘モードに切り替え、相手にバレない程度に軽く気を練り上げ、全身へ回す準備をする。

 

 互いに10メートルほどの距離を開けたまま、緋乃と不審者は向かい合う。そのまま十数秒ほど経過しただろうか、これといった反応を示さない不審者に業を煮やした緋乃が口を開こうとしたその先に、不審者が声を上げた。低くかすれた、不気味な声だった。

 

「力を……示せ……」

「……それはつまり、わたしに喧嘩売ってるってコト?」

「…………」

「それと、なんかここに来るまでの記憶が曖昧なんだけど。これってあなたのせい?」

「…………」

「はぁ……。まったく」

 

 緋乃は少しでも情報を引き出そうと何度か話しかけるも、男からは最初の一言以外何の言葉も帰ってこない。

 緋乃の形の良い眉が歪み、不機嫌そうな表情が形作られる。

 

「ちゃんと言葉のキャッチボールしてくれない?」 

 

 緋乃は男から情報を引き出すのは諦め、とりあえず状況と雰囲気からこの男こそ現状況を引き起こした犯人と結論付けた。

 どのように自分をここへ連れてきたのか。自分と一緒にいたはずの明乃は無事なのか。目的は何なのか。気になることは山のようにある。

 

 しかし最初に口を開いて以来、男はずっとだんまりを決め込んでいる。語彙に乏しく、余り頭もよくない自分では会話で情報を引き出すことは困難。……ならば、力づくで聞きだすまでのこと。

 そこまで考えた緋乃は、内心の攻撃の意志を悟られないよう、注意深く表情を作る。

 

(先制攻撃。イライラしながらも会話で情報を引き出そうとしている風に振舞って、油断させる)

「ねえ。いつまで黙ってるの? わたし、いい加減怒るよ?」

 

 男へと文句を言う演技をしつつ、注意深くその隙を伺う緋乃。隙を見つけたら容赦なく蹴り飛ばしてやると内心で息巻いていたが、その機会は思っていたよりもすぐにやってきた。

 

「わたし、こう見えても……ッ!」

 

 会話で情報を引き出そうとする緋乃に対し焦れたのか、それとも別の狙いか。男が何らかの動きを見せようとしたその瞬間。その隙を見逃すことなく、緋乃は動いた。

 

(遅い……!)

 

 瞬時に気を練り上げて全身に纏うと、動き出そうとしている男目掛けて一気に突撃。一瞬で男を抜き去ると、その背後へと回り込む。

 

「……!?」

「せいっ!」

 

 男が振り向こうとアクションを起こしているが、もう遅い。

 緋乃は右脚へとさらに気を集中させ──先制攻撃は貰ったとばかりに、男の頭部目掛けて強烈な回し蹴りを繰り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話 vs不審者

 ──妙に硬い。

 

 不審者の男を蹴り飛ばした緋乃は、蹴り飛ばされた勢いのまま倒れて、袋小路に向けて地面を転がっていく男を見てそう思った。

 頭部への蹴撃を左腕でガードされたのはまあいい。予測の範囲内だ。

 いや、少し嘘をついた。まさか気も使えないような相手にガードされるとは思っていなかった。

 

(まさか防がれるなんてね。これなら頭より足狙った方が良かっ……いや、そうじゃない)

 

 一発KO狙いの頭ではなく、防ぎにくいローキックで足にダメージを蓄積させた方がよかったかもと、脇道へ逸れる思考を修正する緋乃。

 今の問題はそこではない。問題はこの蹴った右脚に残る感覚だと、倒れた男を観察しながら緋乃は考える。

 

(気を使ったようには見えなかった。でも、この強度は生身の人間じゃない。硬い。生身にしては硬すぎる)

 

 相手が気を使えるかわからないので、もし一般人でも死んだり大怪我をしないよう、それなりに加減して放った蹴り。

 事実、緋乃の蹴りを食らう直前になっても男は気を使う素振りを見せなかったので、手加減しておいて正解だと緋乃は思ったのだが──いざ蹴ったときに帰ってきた感触は想像よりも硬かった。

 明らかに人間以上の強度であり、間違いなく気を用いた身体強化……のはずなのだが。何かが違う。

 気の運用にともなう発光現象は蹴りが直撃する寸前にも、直撃してからも確認できなかったのだから。

 

(どう見ても達人には見えない……っていうか達人ならこんな蹴りは受けないか)

 

 気を完全に使いこなせる達人中の達人だとしたら発光現象は起こらないが、それならこんな手加減された蹴りなどそもそも通じないはずだと緋乃は思い直す。

 もし達人が相手だったのならば、今の蹴りくらいなら簡単に受け流すか回避され、その隙に反撃を叩き込まれてこちらが倒れていたことだろう。

 

(むぅ……。変な奴……)

 

 動きは素人丸出しで、気も使えない。

 これだけなら図体がでかいだけの一般人にしか見えないが、でも妙に防御力だけは高い。

 緋乃が男の正体について考えを巡らせていると、その男が遠くで無言のままゆっくりと立ち上がる姿が確認できた。

 

(うめき声とか、これといった反応もなし、か。……人間っぽくないね。まさか、最近みた夢と一緒? また化け物?)

 

 不気味な男の様子からつい最近見た悪夢を思い出し、警戒を強める緋乃。邪魔なカバンを──不意打ち狙いを悟られないよう、あえて肩にかけたままにしておいたそれを──道の端に向かい投げ捨てると警戒のレベルを引き上げ、感覚というセンサーをフル稼働させる。

 ここは住宅街で、隠れる場所はたくさんあるのだ。かつての悪夢のように不意打ちを食らうかもしれないと、緋乃の目の前の男に対する意識が薄れたその瞬間。

 

「……!」

「むっ」

 

 偶然か、それとも緋乃の隙を感じ取ったのか。男は無言のまま、緋乃目掛けて猛スピードで一気に走り寄ってきた。

 その速度は明らかに人間の出せる速度ではないが、やはり男からは気を使っている様子が見られない。

 男は走りながら右腕を振りかぶり、その勢いとパワーを利用した強烈なパンチを緋乃の顔面目掛けて放つ──が。

 

「見え見えだよ──吹っ飛べ」

 

 緋乃は体を捻り、その右拳を腕で受け流しつつ、男の右側に回り込む形で回避。そのまますかさず右脚を持ち上げると同時に気を集中させ、がら空きになった男の右わき腹へと足刀蹴りを叩き込んだ。

 ボキボキと骨の砕ける感触がブーツを通して緋乃に伝わってくる。今度の蹴りは先ほどの蹴りよりも手加減のレベルを引き下げており、対格闘家レベル──気の運用を行える、きちんとした格闘家を想定したもの──の蹴りだ。

 

「──!?」

 

 男は蹴られた勢いのまま横に吹き飛び、電柱に勢いよく叩きつけられた。しかし、それなりに大きいダメージを負ったはずだというのにも関わらず、悲鳴どころか声一つ上げない男に対して緋乃は不信感を募らせていく。

 

(今のでノーリアクション? 怪しい、怪しすぎる。蹴った感触も人間とは少し違うし、やっぱりこいつ人間じゃない……?)

 

 男が人外の存在だと徐々に確信し始めるも、万が一人間だとしたら困るので、確認の為にもその顔を覆うマフラーとサングラスを破壊せねばと次の一手を巡らせる緋乃。

 気弾、あるいは遠当てとも呼ばれるそれが使えれば。このように相手をダウンさせてから、その顔面目掛けて撃ち込むことで割と安全に隠された素顔を確認できるのだが──生憎と、緋乃は適性がないのかそれを使うことができなかった。

 

(まあいいや。普通に近寄って、普通に吹き飛ばそう)

 

 戦闘中に長々と思考を巡らせている暇はないと、緋乃は思考を一瞬で打ち切り、立ち上がろうとする男へ素早く接近。その顔を蹴り上げようと脚を振り上げる。

 

「せやっ!」

 

 男はその緋乃の蹴りに対し間一髪のところで腕を差し込むことに成功した──が、まるで無駄な抵抗だと言わんばかりに緋乃はそのまま防御の腕ごと蹴り上げ、男の顔を強制的にかち上げた。

 

「……!」

「はじけろ」

 

 緋乃の左の掌が薄く輝く。男は必死によろめく身体に力を込め、広い袋小路の入り口側へ跳ぼうとする。恐らく、体勢を整えて仕切り直しを狙っているのだろう。しかし、緋乃に対してその動きはあまりにも遅すぎた。

 男の顔面に、素早く踏み込んできた緋乃の左掌底が突き刺さり──次の瞬間。男の頭部が白い爆炎に包まれると同時に、周囲へと爆音が響き渡った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「これは……犬?」

 

 意識を失ったのだろうか。仰向けに倒れ、ピクリとも動かない男に対し、緋乃は不意打ちを警戒しつつも接近。気の爆発により変装用具が吹き飛び、露になったその顔を確認する。

 それは緋乃の予測通り、人間の顔ではなかった。変装用具の下から現れたのは黒い犬の顔であり、それに緋乃が驚いていると男の体から黒い煙のようなものが吹きだしてきた。

 

「!?」

 

 緋乃は慌てて飛びずさると、次は何が起こるんだと警戒しつつ構えを取る。ゲームのお約束みたいにパワーアップして復活? それとも道連れにしようと自爆? 緋乃は警戒しつつも次に起こる事象を想像する。

 しかし、緋乃の警戒とは裏腹に怪物は復活したり爆発を起こすのではなく、そのまま消えて無くなってしまった。影も形もなく、まるで元からこの世界に存在しなかったかのように。

 

「……おわり? おわった? ……ふぅ」

 

 怪物が着せ去ってからもしばらくの間、念のために警戒を怠らなかった緋乃だが、本当に何も起こらないことを確認すると気を抜いて大きく息を吐いた。

 

(一体何だったんだろ、今の。倒したら消えるとか、まるでゲームみたい)

 

 緋乃はそう思いつつも先ほど投げ捨てたカバンへと近寄り、ゆっくりと拾い上げる。そして、カバンに付着した土やほこりをパンパンと叩いて払うと、肩にかけた。

 

(……そうだ、明乃だ。明乃は無事?)

 

 戦闘の緊張感が吹き飛んだからだろうか、それとも勝利の達成感からだろうか。

 少しだけ頭がぼんやりとする緋乃だったが、途中まで共に帰宅していた明乃について思い出すと、素早くカバンの中からスマホを取り出して明乃に連絡を取ろうとする。しかし……。

 

「圏外? え、なんで?」

 

 スマホの画面に表示される圏外の文字。緋乃は慌ててスマホの電源を入れ直したり、機内モードを一瞬だけONにしてみたりと、ネットで見た対処法を次々と行うが、すべて効果なし。

 戦闘前にカバンを投げ捨てたときにその衝撃で壊れたのだろうかと疑うが、普通に操作はできるのでそれはないかと思い直す。

 その後もスマホを弄り続ける緋乃だったが、結局圏外の状態から直らなかった。

 

「はぁ~……」

 

 緋乃は大きくため息を吐くとスマホをカバンに仕舞い込み、頭をぶんぶんと何度か振った後に両手の平で頭をパンと叩いて気合を入れ直した。

 

(まあいいや、急いで帰ろう。とりあえず家に戻って、そこからだ。明乃が無事ならよし、いなかったら探す)

 

 緋乃は大きく深呼吸して気持ちを整えると、その顔を引き締めて走り出した。

 まずは通りに出よう。見覚えのない場所だから、まずは現在地の確認からだと緋乃は駆け続けた。しかし……。

 

「……おかしい。出れない。なんで……?」

 

 いつまで駆けても住宅街から出られない。何度道を変えても同じような住宅街が続くことから、流石の緋乃でも異常事態に気付くが、気付いたところでどうしようもない。

 

「このっ……! なんで!」

 

 どれだけ走っても住宅街から抜けられない状況に思わず声を荒げ、地団駄を踏んで悔しさを紛らわす緋乃。

 注意深く観察すれば、同じ場所を何度も通っているということに気付けただろうが、冷静さを大きく欠いた現在の緋乃ではそれに気付くことができなかった。

 

「どうしよう……」

 

 悔しさと焦燥感から弱りはてた緋乃の脳裏に、ちょっと前に貰った明乃のアドバイスが浮かびかける。

 

(なんだっけ、困ったらなにかしろと明乃が言ってた気がするけど……。駄目だ、思い出せない)

 

 しばらくその場に留まり、ぼんやりする頭を必死に働かせ、忘れた何かを思い出そうとする緋乃。しかし、どうしても思い出せずにやる気だけがどんどん下がっていく。

 

(はぁ……。もうちょっとで思い出せそうなんだけど。まあいいや、頭もなんか熱っぽいし、ちょっと休憩……)

 

 ついにはぺたんと道路の真ん中に座り込み、ぼーっと空を見上げる緋乃。

 しばらくこうしていればやる気も戻るだろうと、ため息を吐きながら夕焼けの空を見上げていた緋乃だが、そんな緋乃の元に小さな声が届いた。

 

「あった、結界あったよ明乃ちゃん! たぶん緋乃ちゃんここだよ!」

「言われてみれば確かに違和感が……! 理奈、お願い!」

「まっかせてぇー! ……うおりゃぁー!!」

 

(あれ、今の声……?)

 

 聴き慣れた声がすると、緋乃が声の聞こえてきた方向へ顔を向けた瞬間。その先にある景色が砕け散り、砕けた景色の向こうから夜空と共に二人の少女が姿を現した。

 

「いたーっ! よかった、よかった緋乃ちゃーん!」

「……っ! 良かった……! もう本当に心配かけて……!」

「あ、あれっ? 明乃……? 理奈……? どうしてここに……?」

 

 明乃と理奈、二人の少女が姿を現すと同時に緋乃の頭に巣くう靄も晴れ、制限されていた思考が一気に回復する。

 思わず立ち上がって二人の友人に駆け寄ろうとする緋乃だったが、それよりも早く、猛スピードで駆けてきた明乃が飛びついてきて押し倒される。

 

「あーもう! 本当に良かった!」

「え? えぇ? ていうか今なんか砕けなかった?」

 

 本気で緋乃を心配しつつ、強い力で緋乃に抱き着く明乃に、先ほど起こった出来事に混乱する緋乃。

 無事だったんだ明乃。なんか今パリーンって割れた。というか迷って困ったなら飛んだりすればいいのに、なんで律儀に走ってたんだろう恥ずかしい。

 様々な考えが混乱した緋乃の頭を駆け巡る。そんな緋乃に対し、明乃に遅れて緋乃の元へやってきた理奈がその答えを教えてくれた。

 

「さっき緋乃ちゃんが閉じ込められてたのは結界だよ。ぐるぐると同じ場所に閉じ込められてたの」

「結界……?」

 

 思わずといった様子で聞き返す緋乃に、苦笑しながら理奈が返す。

 

「うん。認識を歪めるオーソドックスなタイプ。きっと空を飛んだり、家を壊して無理やり出る選択肢も奪われてたんじゃないかな?」

「あ、うん。確かに……」

 

 理奈の指摘を受け、つい先程までの自身の行動を思い返して納得したように頷く緋乃。

 確かに、何故か走る以外の案が浮かんでこなかった。そうか、あれはわたしのミスじゃなくて結界とやらの効果か。と緋乃は内心で少し安心する。

 

「ファンタジーだね……」

「うん、ファンタジー。もう今更だけど、実は魔法って空想上の存在じゃなかったりするのですよこれが」

「まあ、実際に味わうと信じるしかない、か……。でも、便利そうだね」

「うん、まあ。でも便利だからこそ悪用されると困るというかなんというか」

 

 緋乃の言葉に対し、腕組みをして難しそうな顔をしながら回答する理奈。

 実際に悪用されて困った側の存在である緋乃も、その回答に対しまあ確かにと頷く。

 

「ああそうそう、さっき結界解除しちゃったから、そろそろ誰か来てもおかしくないよ。だからほらほら、二人とも早く移動しないと危ないよー」

「ああ、ゴメンゴメン。ほら行くよ、緋乃」

 

 理奈の指摘を受け、立ち上がった明乃が緋乃に手を差し伸べる。緋乃がその手を握ったのを確認した明乃はぐいと緋乃を引っ張り上げると、三人で歩道に避難する。

 三人が移動し終えたちょうどその時、タイミングを計ったかのようにライトをつけた自動車が通り過ぎて行った。

 

「ナイスタイミングね……」

「うん」

「ああそうだ緋乃、背中こっち向けて。ああ、やっぱり。あたしのせいで砂ついちゃったわ、ごめんね」

 

 先程押し倒された時についたのだろう。緋乃は明乃に背中を向け、服の背中についた砂をパンパンと払ってもらう。

 

「よし、こんなもんでしょ」

「ん、ありがと」

 

 服の砂を落として貰った緋乃は、ふと理奈の服装へと目線を送る。

 次に何を言われるのか察したのだろう。理奈が慌てて口を開きかけたが、緋乃の口から言葉が飛び出る方が早かった。

 

「その格好……。魔法少女?」

「うっ……。これは魔女としての正装と言いますか、ぶっちゃけるとお母さんの趣味と言いますか……」

「いいじゃん似合ってるんだし。可愛いよ、魔法少女理奈ちゃん」

「ん。明乃の言う通り。似合ってる」

「う゛あ゛あ゛……。嬉しいような恥ずかしいような、緋乃ちゃんを助けられたのはよかったけど、やっぱ恥ずかしいから見れたくはなかったような……」

 

 いつもの私服ではなく、白を基調としたフリフリの服に、これまた白のロングブーツを着用する理奈。

 そんな理奈をからかうような軽い口調で褒める明乃と、真面目な顔でうんうんと頷きながら褒める緋乃。

 友人二人に面と向かって褒められたのが恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして唸る理奈であった。

 

 

 

 

「……へえ、犬の化け物ね。んで倒したら煙吹いて消滅と。これも魔法?」

「うん、多分ね。犬の使い魔を人型に変化させたか、そういう生物を生み出したか。詳しくはわからないけど、とりあえずこっち側の人間が関わってると思う」

「ってことはやっぱ緋乃を狙った魔法使いがいて、そいつはまだ無事って事ね?」

「うん……。多分、最後に緋乃ちゃんを結界に閉じ込めたのもそいつだと思う」

「くっそー……よくも緋乃を……」

「たぶん結界はただの嫌がらせで、ほっといてもあとちょっとで消えたと思うけど……。私もちょっと許せないな、こっちでも対処してみる」

「サンキュー理奈。あたしたちは魔法とかさっぱりだから、頼りにしてるわよ」

「まっかせて! ……でもあれだね。緋乃ちゃんって真正面から戦うとすごく強いけど、精神操作とか結界みたいな搦手には弱いみたいだね」

 

 心配だから家まで送るという理奈の申し出を有難く受けた明乃と緋乃は、三人で日の落ちた歩道を歩いていた。

 帰宅するにあたり、服装で目立ちたくない理奈は魔法で他者から自分たち三人への興味を薄れさせていた。理奈が堂々と歩いても注目されないのはそのためだ。

 

 明乃と理奈はこの魔法で注目されないのを利用して緋乃から聞いた今までの出来事について話し合い、そんな二人を緋乃はコンビニで買ってきたペットボトルの水を飲みながら聞いていた。

 

「緋乃ちゃん、はいこれ」

「ん?」

「魔法対策のアミュレットだよ。悪い魔力を弾いてくれるの。まあ私用のだから効果はかなり落ちちゃうけど、無いよりはずっとましだと思うから、今回みたいな事件対策にね。とりあえず身に着けててよ。お母さんにも頼んで、すぐに緋乃ちゃん専用の作るから」

 

 歩道を塞ぐのはマナー違反だよねと、二人から一歩引いた位置を歩きながら話を聞いていた緋乃であったが、その緋乃に対し理奈が振り向き、自分の胸にかけていたアミュレットのネックレスを外して差し出す。

 

「あ、ありがとう。……どう?」

「うん、似合う似合う」

「ま、緋乃は元がいいからね。でも学校に行くときは首にかけるんじゃなくて、ちゃんとバレない場所にしまっておくんだぞ~」

 

 受け取ったアミュレットを首にかけた緋乃を見て、にっこりと笑う理奈と、微笑みながらアドバイスを送る明乃。

 それに対し、ありがとうとはにかみながら返す緋乃であった。

 

「ところで、わたし専用っていいの? 面倒なんじゃ?」

「緋乃ちゃんに何かあったほうが大変だからね。だからお金とかも別に気にしなくていいよ、私からのせめてものお詫びとプレゼント」

「お、太っ腹~。ねえねえ、あたしには無いの? 催眠とか洗脳とかこわ~い」

 

 わざとらしくくねくねと体を動かしながら、甘えた声を出す明乃。それを見て、理奈はうーんと一泊置いてから声を上げる。

 

「明乃ちゃんは緋乃ちゃんと違ってなんかそういうの食らうイメージないしな~。気合と根性で打ち破りそう。こう、ふんがー! って感じでさ」

「はぁ? 誰が野生開放ゴリラの擬人化ですって~?」

「そこまで言ってな、ぐぇー! まいった、まいりました超絶美少女明乃ちゃん様お許しを~」

 

 明乃にコブラツイストを決められ、理奈が悲鳴を上げる。思わずといった様子で降伏宣言を行う理奈と、それを受けて勝ち誇る明乃。

 

「うおぉー、勝ったどー! ふんがー!」

「あ、今ゴリラの本性がぐぉあー!? ギブギブ! 参りました、許してー!」

「ふふっ」

 

 再びじゃれ合う明乃と理奈。そして、それを見て笑う緋乃。今まで落ち込んでいた緋乃の顔に笑顔が戻ったのを見て、明乃と理奈の顔にも笑顔が浮かぶ。

 

「ねえねえ、早く帰ろ? わたしお腹すいた」

「そうね、もう暗いし早く帰らなきゃ。うーん、お母さんにどう言い訳するかなぁ」

「あ、それならうちのお母さんが電話で適当に理由つけてくれたはずだから、心配しなくていいと思うよ」

 

 謎の使い魔による緋乃襲撃に、結界による監禁。最後の最後でケチのついた一日だが、それでもなんとか無事に帰ることが出来た。

 三人で笑い合いながら、帰路を歩む緋乃たちであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話 悪だくみ

 とある屋敷の地下にある、大きな円卓が配置された会議室。既に何人かの影があるそこへ、新たに一人の黒いスーツ姿の男が入ってきた。

 どっこいしょと声を上げながらどかりと椅子へ座る男に対し、既に着席していた茶色いスーツの男が話しかける。

 

「フン、随分と遅いじゃないか犬飼。お前のせいで会議の開始が7分も遅れたぞ」

「……鼠野か。悪いな。だがその代わりと言っちゃあなんだが、いい情報を持ってきてやったぞ」

 

 黒いスーツの男の名は犬飼。その名の通り、犬を使い魔として運用する魔法使いの一族の人間だ。犬という戦闘能力の高い生き物を使い魔とするだけあり、前衛は犬に任せ、自身は後衛としてそれを補助することで高い戦闘力を発揮する、武闘派の一族である。

 

 茶色いスーツの男は鼠野といい、こちらは鼠を使い魔とする魔法使いの一族だ。主に情報収集や暗殺で活躍している。

 

「ほう、それはそれは。我々の貴重な時間を奪ってまでの情報だ。さぞや素晴らしい情報なのであろう。期待して待っておこうか」

「チッ……。相変わらずイヤミな奴だ」

「ホラホラ、くだらない喧嘩なんてしてないでさっさと会議始めるわよ。『あのお方』復活の時は近いのだから」

「……フン。蛇沢サンが言うなら仕方ねえ。ま、あとで俺様の仕入れた情報にビビりな」

 

 パンパンと手を鳴らし、中年女性が二人の男の会話に割り込む。女性の名は蛇沢。蛇を使い魔とする一族の出であり、魅了や精神操作のような搦手を得意とする魔法使いだ。

 

 それまで喧嘩をしていた犬飼と鼠野の二人が蛇沢に注意されると素直に黙るあたり、彼女のこの会議内における序列は彼らよりも上らしい。

 

「まあ今更言うまでもないことでしょうが、念のため一応確認しておくわよ。『あのお方』復活の時は近く、その為には生贄が必要。若く、強い生命力を持つ生贄が」

「うむ。ゆえに我々は資金を出し合い、若者を対象とした格闘技の大会を開くことにした。生贄の選別を行う大会を、な。既に根回しも完了しており、大会の開催については問題ない。既に会場の手配も宣伝も完了しており、後は開催を待つだけだ」

 

 蛇沢の説明を引き継ぎ年老いた男の声が響く。その老人の目線は新入りと称された仮面の男へと向けられていた。

 恐らくは彼への説明なのだろう。その説明を受け、仮面の男は老人にぺこりと頭を下げ、それを受けて老人は満足そうに頷いた。

 

「ホントは洗脳やらでサクっと集められたら簡単なんだけどね。でも生命力の高い人間は大体精神操作への抵抗力も高いし、強くて有名だったりするから、うかつに攫えないのよね~」

「うむ。昔と違い、今は人が一人消えると大騒ぎになるからの。まあ騒動が起こる程度なら別に握りつぶしてしまえばいいんじゃが、騒動を不審に思った『表側』に組する者どもが動くと厄介じゃしのう……」

 

 ため息を吐きながら口にした蛇沢の愚痴に対し、鷹野が同調する。昔の時代を知っている彼らにとって、監視カメラがそこら中に配置され、うかつに犯罪行為を行えなくなった現代は随分とやりにくいらしい。

 そんな二人に対し、犬飼が明るい調子で語りかける。

 

「でもまあ、あともうちょっとで全部上手くいくし……。もうすぐだ、『あのお方』さえ復活しちまえばこっちのもんよ」

「『あのお方』の眷属となることで、我らは永遠の命と圧倒的な力を手に入れ、この世界を支配することができる……。ふふ、ワクワクしますね」

「ククク、わかってんじゃねえか鶴野」

 

 犬飼と仮面の男……鶴野が楽しそうに口を開く。それを見て、呆れたような口調で鼠野が犬飼へと質問を飛ばした。

 

「フン、そんなことより本戦会場への仕掛けはどうなっている? 犬飼、貴様の担当だったはずだが」

「できてるに決まってるだろ。魔法陣の敷設も隠ぺいも完璧だ。これで、本選トーナメントで発生する格闘家共のエナジーはすべて『あのお方』へと捧げられる……」

「うむ、ならば良い。我々がこれまで長い年月をかけて蓄えてきた魔力に、大会で発生するであろう膨大なエネルギー。それらを贄として『あのお方』は復活なされるのだ」

 

 犬飼の回答を聞いて、鼠野ではなく鷹野が満足そうな声を出す。そう、犬飼は格闘大会の本戦会場に、選手共たちが戦いで発散する闘気や生命力を──本来なら周囲の大気に飛び散って消えてしまうそれを──集める魔法陣を仕掛けていた。大会を無駄なく活用する為に。

 

「そうそう爺さん、□×局のから俺の方に連絡が来たぜ。放映権が欲しいとさ」

「ほう……後で詳しく聞こうじゃないか。ククッ、生贄の選別を行う大会だとも知らずに次々と寄ってきて……。愉快愉快」

「それが『いい情報』か? くだらんな」

「なわけねーだろ。こっちはオマケだよオ・マ・ケ! おい鶴野、大会についてちょっと説明してみてくれ」

 

 うっかり忘れていたという様子で鷹野に報告をする犬飼だが、鼠野に茶々を入れられて一気に不機嫌になる。そして不機嫌さを隠そうともしない犬飼は鶴野を指名すると、大会の概要についての説明を求めた。

 

 会議に参加したメンバー全員からの視線を受けた鶴野はコホンと小さく咳払いをし、軽く一礼をすると口を開く。

 

「大会名称は全日本新世代格闘家選手権。優勝者には賞金二千万円。参加資格は16歳以上25歳以下の男女全て。武器及びギフトの使用に関しては不可。予選は一週間後に各地にてトーナメント形式で……」

「おっとストップストップ。行き過ぎだもういい。しっかり覚えてて偉い偉い。俺が問題にしてーのはそう、参加者の年齢制限でな」

 

 犬飼が両手のひらを机の上で立てながら鶴野の言葉を遮り、新たに口を開いた。

 

「引き上げか? 一応、35歳までなら生贄には出来るが、新世代というには歳を食い過ぎている事や、格闘関連の技術は向上しても生命力的には衰えてきているということで25までになったハズだが……」

「逆だ馬鹿。引き下げんだよ。参加資格は10歳以上25歳以下の男女全て、だ」

 

 鼠野の反論に対し、犬飼が得意気に言い放つ。しかし鼠野も黙ってはいない。気に食わない犬飼の意見など受け入れるものかとすぐさま反論を口にした。

 

「まあ確かにより若く強い格闘家はいる。俺も何人か知っているしな。しかしいることは確かだが、安全規定というものがある。大会の開催と生贄のレベルを考慮すると、面倒を犯してまで引き下げるものではないと思うが? 引き下げたところで生贄の質が劇的に上がるわけでも無いしな……」

「それが上がるんだよなあ。爺さん、爺さんなら知ってるだろ? 水城家が根城にしてる勝陽市って所なんだけどよ……」

「ああ、あの水城か。知っとるわ、全く忌々しい一族よ……。裏切者の分際で……」

「元は我々と同じくあのお方に使えていたというのに、力と金さえ確保したら速攻で『表側』へ寝返った裏切者ね。何がお前たちにはついていけないよ。あれだけ悪どいことやっておきながら、よくもまあいけしゃあしゃあと……」

「うむ、我々の先祖が目にかけてやった恩を忘れおって……。嘆かわしい、本当に嘆かわしいわい。裏切者の水城も、それをあっさりと受け入れて喜ぶ『表側』の無能な猿どもも、ああ嘆かわしい……」

 

 犬飼から水城という名が出てくると、鷹野と蛇沢の女性が顔色を変えて一気に食いついた。どうやらこの二人は水城という家に対し、あまり良い感情を抱いてはいないようだ。

 先祖代々の因縁があるとはいえ、直接的に水城家とやりあったことのない犬飼にはあまり理解できないことだが、現在進行形で水城とやり合っている二人にとっては特大の地雷だったらしい。

 

 議題を無視して悪口でヒートアップしていく二人を見て、鼠野が犬飼を非難するような目線を投げかける。若干だが、鶴野からも非難の目線を感じる犬飼であった。

 大嫌いな鼠野が相手とはいえ、流石の犬飼もこれには申し訳なく思ったのか、スマンとばかりに軽く目を閉じて頭を僅かに下げた。

 

「あーっと……話を戻させてもらうぜ。その勝陽市って所でかなり活きのいい小娘を見つけてよ。どのくらいかって言うと、うちのワン公を一方的にボコって殺しやがったレベルだ」

「そうなのよ! 全く、これだから水城の連中は……へー、凄いじゃない。あんたんとこのワンちゃん、結構レベル高かったわよね? もちろん人化済みよね?」

「ああ、人化済みだ。まあ水城の領地だし、無くしても惜しくない偵察用って事で寿命寸前のいっちゃん弱い奴を使ってたが、それでも中堅上位くらいの力は持ってたぜ」

「フン、自分トコの使い魔がやられた癖に随分得意気じゃないか。荒事担当の名が泣くぜ?」

 

 犬飼の報告を聞き、ほう、と感心したような声が蛇沢と鷹野から漏れた。犬飼をよく思わない鼠野は少々不愉快そうな面をしており、それが犬飼にとっては心地よい。

 続きを促す二人の目線を受け、犬飼は再び口を開いた。

 

「まあ別に雑魚が一匹やられただけだしな。痛くも痒くもねえよ。俺様が本気になれば普通に対処できる……。話を戻すがそれだけじゃねえぜ、更に恐ろしいことにその小娘、相当手加減してたみたいだってオマケ付きだ。真の実力は……まあ多分国内でも最上位クラスの力はあるんじゃねえかな? んで気になってその小娘についてちょいと調べたデータがこれだ」

 

 黒スーツの男が指をパチンと鳴らすと、会議室の中央に画像が浮かび上がる。そこには黒髪をツインテールに纏め、全体的に黒で揃えた私服を着た、青い瞳の美少女が映っていた。

 

「あら随分と可愛いじゃない。うちのペットに欲しいかも」

「不知火緋乃、12歳。身長150cm、体重38kg。勝陽西中学校一年生。ギフト能力『念動力』の保持者。能力強度はCランク。将来の夢は格闘家で、ちょいと前まで地元の腕自慢に喧嘩を売りまくってたらしい」

 

 犬飼は蛇沢の妄言を意図的に無視し、自身が見つけたその活きのいい小娘こと不知火緋乃についての情報を読み上げる。

 

「オイオイ、完全にガキじゃねーか。そんなのがてめーの使い魔を始末したとか冗談だろ?」

「それがマジなんだよ。論より証拠だ、映像出すぞ」

 

 個人的に犬飼という男のことを嫌ってはいても、戦力としては認めていたのだろう。鼠野が少し驚いたような声を出す。

 鼠野の疑問を受け、犬飼が再び指をパチンと鳴らす。緋乃の全身を映していた画像が消え、とある袋小路における緋乃と人化した犬の使い魔の戦いの動画が流れ出す。

 

 犬飼が烏の視界をジャックして俯瞰視点で見た緋乃の戦闘。その記憶を映像化し、動画として流したのだ。その戦いを見て、会議に集まっていたメンバーが次々に反応する。

 

「うーむ、これは素晴らしい生贄の素養! 生命エネルギーたる気をこんなにもふんだんに使い、息切れの一つすらしないというのは実に素晴らしい! まさに『あのお方』の生贄になるために生まれてきたといっても過言ではあるまい!」

「マジかよこれ。最近のガキはおっそろしいな……」

「あらぁ、動くと思っていたのよりも更に可愛いじゃない。可愛くて強いとか完璧ね。生贄なんてもったいない、うちのペットにしなきゃ」

「ほう……受け流しもスムーズですし見た目に反してなかなかやる……気による爆破も凄まじいが足技の威力も侮れない……」

「だろ? 爺さんの言う通り、生贄にピッタシだろ? でもコイツ、どうやら水城の娘の大のお気に入りらしくてよ……」

 

 いけ好かない鼠野すら黙るレベルの、非常に高いレベルの生贄を見つけてきたことを得意気に報告する犬飼。犬飼の報告を聞き、確かにこれならルールを曲げる手間をかけても問題ないかもしれないと皆の思いが一致する。

 

「なるほどな。ならば今頃は水城の連中が必死にアフターケアと護衛を行っている頃か。故に格闘大会という餌で水城の領地から引き離すと」

「12歳の彼女の参加できる大会は精々中学生レベル。これだけの腕を持つ彼女にとっては物足りないにも程があるでしょう。そこで高額賞金で釣ったアマチュアや若きプロが大勢参加する我々の大会への参加を許可すれば、腕試しと実績作りが出来ると大喜びで飛びつく……ということですか」

 

 鷹野と鶴野の同意を得て、更に得意気になる犬飼。鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌がよいのが見て取れる。

 

「そういうコトだ。もし参加しないってんなら面倒だが直接攫いに行くしかねえが、まあ俺が調べた性格じゃ参加するだろ。大会の背後に俺たちがいるってバレてなければ、だが」

「ふん、小僧が儂の手腕を疑うか? 安心せい、尻尾なぞ微塵も出しておらんわ。あくまでこの大会は未発掘の人材を求め、表側の連中が企画して開催する真っ白な大会じゃ」

「へへっ、爺さんを疑うわけじゃねえからよ、気を悪くしないでくれよ。ほら情報ってのはどっから漏れるかわかんねーだろ? 念のために聞いといただけさ」

 

 少々不愉快そうに鷹野が鼻を鳴らしたのを見て、犬飼がすかさず言い訳に走る。今はこの老人の機嫌を損ね、協力を得られなくなるのは不味いからだ。

 

「でもまあ、爺さんがそこまで自信満々ならマジで大丈夫なんだろう。なにしろ政治力ぶっちぎりナンバーワンの鷹野家様だ。というワケで年齢制限の件、出来れば爺さん側から頼みたいんだけどよ……。まあ別にこっちから圧力かけても全然いいんだが、俺たちは政治方面はからっきしでな。水城の連中に嗅ぎ付けられるかもしれねぇ」

「フン……見え見えのお世辞など使いおって。だがまあいいじゃろ、儂の方から働きかけておいてやる。お前さんたちは何というか、雑だからの」

 

 無事に鷹野からの協力を取り付けられた犬飼はほっとした息を漏らす。鷹野の言う通り、自分たちの一族は雑な性格の持ち主が多いため、裏工作といったものは非常に苦手なのだ。

 大会の開催や運営についても、資金だけ鷹野家に渡して工作関連はほぼすべてを丸投げしているという体たらくである。

 

「ちょっと、なんかさっきからワタシ無視されてない? ひどくない?」

「フン、癪ではあるがまあそれなりにはいい情報じゃないか」

「私も若輩者ながら協力させていただきます。私にできそうなことがあれば、なんなりとお命じ下さい……」

「ねえ無視しないでくれる?」

 

 その後も大会の準備状況の確認やら反対派の排除に各地の支援者への資金配分等の打ち合わせは続き、およそ2時間後に全ての会議は無事終了。

 各自解散することとなり、メンバーは次々と席を立つのだった。

 

「それじゃあお疲れ様だ。次の会議で会おうぜ。爺さんも働き過ぎてポックリ逝ったりすんなよ。リーダーのアンタがいなきゃ俺たちはみんな困っちまう」

「ふん、儂はまだまだこれからじゃ」

「へっ、急に態度がデカくなりやがって。ヘマこくんじゃねえぞ」

「あー、疲れた。じゃあ、ワタシはこれで失礼~」

「では、私もこれにて失礼させていただきます」

 

 

 

 

 屋敷に備え付けられている転送用の魔法陣を使い、自身が拠点にしているマンションのリビングへと戻った鶴野。

 来客用のソファーと机に、観葉植物くらいしか置いてない、生活感の感じられない部屋だ。

 

 カーテンを閉め切り、外部から覗かれる心配のないそこへ戻った鶴野は仮面を外す。するとその下からは、醜く焼け爛れた素顔が覗く。

 

「……ふう、流石はエリザさんの変装術だ。全く気づかれてなかったぞ」

 

 鶴野は独りごちながらスーツのポケットから一枚の呪符を取り出すと、自身の額にそれを当てた。

 すると焼け爛れていた顔がみるみると変化していき、子供っぽいあどけなさを残した若い男の顔が現れる。魔法を用いた変装術だ。

 

 男はとある組織から派遣されたエージェントであり、一年ほど前から組織の用意した偽りの経歴と名を用いて、犬飼たちの会議に潜り込んでいたのだ。

 潜入はうまくいき、彼らの目的とその為の手段を知ることができた。成果は上々と言えるだろう。

 

「世界を喰らう次元の悪魔、ねぇ……。世界を滅ぼすってのはまあ誇張表現だとしても、これ復活させたらまずいヤツでしょ絶対。あーあ、なんか予想以上にヤバい気配がプンプン。生きて帰れるといいけど……」

 

 男はどかりとソファーに座り込むと、自身へ潜入を命じた若い女上司の顔を思い浮かべ、ため息を吐きながら愚痴をこぼす。

 

「あーやだやだ。なんかこう、都合よく可愛い女の子が生えてきて助けてくれねーかな……。そしてラブロマンスが始まっちゃったりしてさ。はあ……」

 

男の脳裏に、豊かな金髪を縦ロールに纏めて高級そうな衣服を着た美少女の姿が浮かぶ。

 

『歴史のある妖怪やら悪霊ならともかく、極東に根を下ろした悪魔なんて大したことないでしょう。こっちも人員不足なのよ。どうしても無理というのなら追加で人員を送り込みますが、出来るのなら現地の魔法使いたちと協力して片づけて下さいな』

 

「まあ、ソニアさんなら一瞬で片付くレベルなのかもしれねえけど……。二流の俺にはキツいってこれ。もし死んだら恨みますよ、ソニアさん……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話 事情の説明

 放課後、理奈の自室に明乃と緋乃、そして理奈の三人は集合していた。

 理奈から先日の事件について、魔法使い側の現状況について説明したいとの申し入れがあったためだ。

 魔法について全くの情報を持っていなかった明乃と緋乃はこれを二つ返事で了承し、現在に至る。

 

「つまり、魔力ってのは大雑把に言うと精神のエネルギーと……なんて言えばいいのかな。そう、大気に満ちる世界そのものの生命力というか、武術で言う外気? 的なそんな感じのアレを混ぜ合わせたものなの。まあ厳密には違うんだろうけど、大体そんな感じのハズ。純粋な生命エネルギーである気に比べたら自由度も低いし、外気を取り込んで加工するってステップを踏む分一手遅いんだけど、体力を消耗する気と違って、使いすぎても頭の働きが鈍くなる程度とデメリットが薄いのよね。まあ限界を超えて使うと気絶するんだけど、ぶっちゃけそこまで行く前に魔力が練れなくなるから無問題的な感じで。んで、その魔力をより効率的に使って色々な現象を引き起こすのが魔法ね。魔法にも色々あって……」

「????」

「理奈理奈、緋乃がついてけなくなってる。緋乃は長い話を聞けないんだから手短にしなきゃ」

「あ、ごめんね緋乃ちゃん。私も説明とかニガテだから……」

「いやわかるし。ぜんぜんついてけるし」

「ホントか~? 目線が浮ついてるぞ~?」

 

 明乃と緋乃は理奈から簡単な説明を受けていたのだが、途中から緋乃の頭が煙を吹き始めたので休憩をはさむことにしたようだ。

 水分補給用にと出されたアイスティーのグラスを傾けながら、緋乃が大きく息を吐きながらぼけーっと窓から外の景色を見やる。

 そんな緋乃を横目に、明乃と理奈は情報の共有を引き続き行っていた。

 

「昨日緋乃ちゃんを襲ったのは、犬飼って一族の関係者だと思う。使い魔の犬を前衛にして、本体の魔法使いは後衛として動くのが基本スタイルの連中ね」

「犬の使い魔って珍しいの? 強くて従順だし扱いやすそうだと思うんだけど」

「犬の使い魔は別に珍しくもないんだけど、わざわざ人間型にして格闘させるなんて面倒なことをするのはあいつらぐらいだよ。地味に高等技術だしね」

 

 理奈の説明を受けた明乃が、ふんふんと興味深そうに頷いた後に新たな疑問を口にした。

 

「なるほど。ところで、なんで緋乃が襲われたの? やっぱり人身売買とか?」

「ごめんね、そこら辺はまだなんとも……。でもそうだね、緋乃ちゃん可愛いし、細くて小柄だから誘拐しやすそうだし。あと隣を歩いてた赤くてデカいのに比べたら弱そうに見えちゃうし、その線だとは思うかな……」

 

 からかうように放たれた理奈の言葉を耳にした明乃の額に、小さく青筋が浮かぶ。

 そうしてそのまま明乃は理奈の顔へと手を伸ばし──。

 

「は? 明乃ちゃんはどこからどう見ても美少女なんですが? ご近所さんからもアイドルみたいって大評判なんですが?」

「いふぁい~。ふぉめんなさい~。ふぁやまるはらふるひへ~」

「楽しそうなところ悪いけど、思い出した。そう言えばあの犬人間、戦う前に力を示せとか言ってた」

「力を示す……? ってことは目的は誘拐じゃない?」

 

 明乃が理奈の頬肉を摘み、むにむにと引き延ばしてじゃれ合っているすぐ横に緋乃がひょいと顔を覗かせて口を開く。

 緋乃の発言を受けて明乃は即座に理奈の頬から手を放し、自身の顎に手を添えて考える素振りを見せる。

 そうして明乃と緋乃が考え込んでいるところに、理奈は開放された自身の頬を両手で撫でながら己の意見を述べた。

 

「力を示せってことは戦闘力を見定めるのが目的だったんだと思う。んで、わざわざ喧嘩を売ってまで戦闘力を調べるとなると……。新しい術式の実戦での確認、洗脳して手駒にする、人体実験のモルモット、なんかの儀式で使う生贄。パっと思いつくのはこの辺かな……」

「!?」

「はあ? モルモットとか生贄とか……ふざけんじゃないわよ……!」

 

 深く考えず、ただ適当に思いついた可能性を口にしたのであろう理奈。

 しかし、その理奈の発言をを聞いた明乃が怒りを露にし、緋乃が不安そうな眼差しを理奈へと向けたことで自身の失敗を悟ったのか。慌てて緋乃へのフォローを開始する理奈であった。

 

「ああうん、落ち着いて明乃ちゃん。ただ思いついた可能性を適当に上げただけだから、まだ決まったわけじゃないから。ほら緋乃ちゃんも怯えないで」

「べ、べつにおびえなないし? 一気にこう、過激になって、驚いただけだし」

 

 理奈からのフォローに対し強がりで返す緋乃であったが、呂律が怪しいことや不安そうな眼差しがそのままだということを鑑みると、理奈の上げたワードは緋乃の心に相当深く刺さったようだ。

 その緋乃の反応を見て、理奈が続けて口を開こうとするが──。

 

「大丈夫よー緋乃ちゃん。私たちがいる限り、そんな真似は絶対にさせませんからね」

 

 理奈が口を開くよりも先に理奈の部屋のドアが開き、入ってきた理奈の母親が緋乃を励ます。

 その手にはアイスティーの入ったポットとお菓子の皿が載せられた木製のお盆が握られており、娘のとその友人たちにお茶のおかわりとお菓子を持ってきたことが伺える。

 恐らくは部屋の前で三人の話し声が聞こえてきて、その会話の内容から緋乃が怯えているのを察したのであろう。

 

「そうだよ緋乃ちゃん、お母さんの言う通り。水城(ウチ)って魔法使いの中じゃけっこう有名でね、勝陽(ここ)にいれば絶対安心だから! あと自分で言うのもなんだけど、私も結構優秀なんだし!」

「ふふっ、そっか。ん、頼りにしてる」

 

 えっへんと胸を張る理奈とその母を目にして緋乃の顔に微笑みが浮かび、それを見てうんうんと満足そうに頷く明乃。

 理奈の母親はそのまま理奈に対しどこまで話が進んだのかを確認すると、満足気に頷いた後に再び部屋の外へと出て行った。

 

「とりあえず今日明日で術式込めて、緋乃ちゃんのアミュレットは仕上げるから。だから土曜日! 土曜日にもっかい会えるかな?」

「ん、問題ないよ。どうせヒマだし」

「あたしもヒマだし一緒に来ていい? そのまま三人で遊んじゃおうよ」

 

 理奈と緋乃の会話に、シュバっと勢いよく挙手をした明乃が割り込んできて提案を行う。

 明乃のその提案を受けた理奈は笑顔を浮かべながら頷き、その提案を受け入れた。

 

「いいよいいよー。じゃあどうする? せっかくだし外行かない? 駅前に新しい店がオープンしたし、三人で行こうよ」

「駅前行くならわたしゲーセン行きたい」

「またゲーセン? まあいいけど、好きだね緋乃も。ところで土曜って晴れだっけ?」

 

 ゲームセンターへ行きたがる緋乃に対し、ほんの少し呆れたような表情を浮かべながらも許可を出す明乃。理奈からも特に文句はないようで、反論は出てこない。

 ここまで予定を決めた時点で、ふと肝心の土曜日の天気を調べていなかったことに気が付く明乃。

 明乃の声を受けて、理奈がスマホを手早く操作し、お天気ニュースアプリを起動。土曜日の天気を確認する。

 

「晴れだよ~。晴れ晴れ~。じゃあ土曜日に……どこ集合にしよっか。南口の時計台でいい?」

「ん」

「いーよー」

 

 天気が晴れであることを確認した理奈は、それを声に出して明乃と緋乃に伝え、そのまま集合場所の提案も行う。

 理奈からの提案に対し、緋乃も明乃も即座に頷いてそれを受け入れた。

 

「じゃあ場所は時計台で、何時にする? 午前中に集まって、向こうでご飯食べてもいいし、食べてから集合でもいいし……」

「せっかくだし皆で食べようよ。緋乃もそれでいいでしょ?」

「ん、そうだね。せっかくだしみんな一緒がいい」

「ん~、じゃあ11時とかどうかな?」

「異議なーし」

「おなじく」

 

 遊ぶ場所と集合場所が決まれば、最後は集合時間だ。理奈が音頭を取って二人の意見を集った結果、午前中に集合して三人で昼食を共にすることが決定した。

 店はまだ決めてはいないが、駅前には飲食店も多いのでその時の気分や開店状況を見てからで問題ないだろうという判断だ。

 最後に音頭を取った理奈が三人を代表し、最終確認のため、これまでの話し合いで決定した予定を声に出す。

 

「よーし、じゃあ朝11時に駅前、南口の時計台に集合ね!」

「アイアイサー」

「りょーかーい」

 

 それぞれスマホを取り出して弄り、予定表に今決定した遊ぶ予定を書き込む明乃と緋乃。

 その後も明乃と緋乃は理奈から魔法について聞いたりその実演を見たり、折角集まったんだからと三人でゲームを楽しんだり、門限ギリギリまで理奈の家へお邪魔しているのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話 お出かけ三人娘

「緋乃ちゃん、明乃ちゃん、ごめ~ん、お待たせ~!」

「待ってないから大丈夫だよ」

「あたし達もついさっき来たとこだしね」

「いやー、まさかもう着いてたとは。二人とも早いねー」

 

 土曜日の午前10:50。駅前の時計台の下にて理奈、緋乃、明乃は無事に合流することができた。

 当然ながら三人とも私服であり、明乃と緋乃という極上の美少女と、二人には僅かに劣るものの、こちらも間違いなく美少女である理奈の三人組は周囲の目線を一気に集めていた。

 

「緋乃ちゃん、はいこれ。こちら、ご注文の品でございます。お納めください」

「おお……なんかキレイ……すごい」

「うわぁー凄いじゃん。なんかお店のよりレベル高く見えるんだけど」

 

 理奈が手提げのバッグの中から白い箱を取り出して緋乃へと差し出す。

 緋乃がそれを受け取り箱を開けてみると、中から出てきたのは七色の石がはめ込まれた銀色のリングネックレス。

 

「お母さんが張り切っちゃってね」

「おおー。でも本当にいいの?」

「もちろん! そのために作ったんだし、貰ってくれない方が困るよ~」

 

 想像していたそれよりも上等なものが出てきて、緋乃はつい理奈へと確認を取ってしまうが、理奈は何でもないことのように手を振り、緋乃へと着用を促す。

 理奈の催促を受け、緋乃はその新しいアミュレットを首に掛けた。

 

「うんうん、緋乃ちゃんは黒系統の服が好きだからシルバーにしたんだけど正解だったね。似合ってるよ。あ、そしてこれは明乃ちゃんに。明乃ちゃんは耐性かなり高めだから、そういうものがあるって知った今なら別になくても問題なさげだけど、まあ一応ね。ないよりはあったほうがいいし」

「あ、ホントに用意してくれたんだ。サンキュー理奈。持つべきものは友達だねぇ〜。明乃ちゃん感謝感激」

「あ、ありがとう……。あ、そうだ、これ。理奈から借りてたやつ」

 

 理奈はアミュレットを首に掛けた緋乃を褒めつつ、明乃にも緋乃と同様に精神防御や呪い対策を施したアミュレットを渡す。

 理奈から褒められて軽く頬を染めた緋乃だったが、ふと思い出した様子で自分のカバンを探り、小さな紙袋を取り出した。

 緋乃の反応から、おそらく中に入っているのはこの前渡したアミュレットだろうと考えた理奈は、顔の前で軽く手を振りながら口を開いた。

 

「いいよいいよ、それもプレゼント。私のお古になっちゃうけど、まあ何かあった時の予備って事で」

「え、でも」

「いいんだって。私はもう新しいの使ってるし、だったら緋乃ちゃんに使ってもらった方がその子も嬉しいから」

 

 うーんと悩むそぶりを見せる緋乃に対し、明乃が気楽そうな様子で助け舟を出す。

 

「理奈もいいって言ってるんだし、貰っときなよ。アクセサリーが増えたと思えばいいじゃん」

「そうそう」

「わかった。ありがとう、理奈」

「どういたしまして」

 

 緋乃がカバンへと紙袋を戻したのを見て、よしと理奈が頷く。

 緋乃がカバンの口を閉めて動く準備が整ったことを確認すると、改めて理奈が口を開いた。

 

「ところでご飯どうする? 私はまだそこまで減ってないかなって」

「あたしもまだいいかなー。緋乃は?」

「まだもつ。よゆーよゆー」

「おっけー。じゃあご飯は後回しで、先にお店でも見て回ろっか」

「ゲーセンゲーセン」

「後回し!」

「がーん」

 

 いきなりゲーセンへ行こうとする緋乃の要求は明乃により一刀両断され、三人は先にウィンドウショッピングから行うことに。

 ファンシーショップでは可愛いぬいぐるみを見て、可愛いもの好きの明乃と緋乃が反応したり。アクセサリーショップにてアクセサリーに詳しい理奈が実物を前に豆知識を披露し、それを聞いて緋乃が感心したり。雑貨店では様々なギミックのオルゴールに緋乃が目を輝かせたり。

 一通り見て回ったころには時刻は既に13:00を回っていたので、三人は近くにあったハンバーガーショップへと足を運んだ。

 

「ふう、さすがにお腹すいたね」

「軽く見る予定だったけど結構経っちゃったね~」

「なんだかんだで緋乃が一番楽しんでたわよね」

 

 ハンバーガーショップはお昼のピーク時は超えたものの、まだそれなりに混雑していた。なので緋乃が席を確保しに列から離れ、残る明乃と理奈の二人は注文と受け取りを担当することに。

 二人は自分たちの番が回ってくるとそれぞれの商品を注文し、受け取ると緋乃の確保した席へと向かって移動。まとめて会計してくれた理奈にそれぞれ自分のバーガー代を渡すと──理奈はこのくらいなら別にいいよとうるさかったが、明乃と緋乃が無理矢理渡した──そのまま食事を開始した。

 

 先ほど見て回った店について話しながら食事をしていた三人だったが、ふとその耳にとある宣伝の声が飛び込んできた。

 

『若き格闘家たちよ、朗報だ! なんとこのたび! 新世代の格闘家たちの集う祭典の対象年齢が引き下げられたぞ! 今までは16歳以上25歳以下の男女が対象ということで募集させてもらっていたが、若き格闘家たちの熱い声援を受け! なんと! 12歳以上25歳以下が対象に! 腕には自信があるけれど年齢制限のせいで出られず悲しみに暮れていたそこの君! このチャンスを見逃すな! 今すぐインターネットにアクセス! 熱いバトルが君を待ってるぜ!』

 

 店に備え付けられていたテレビから聞こえてきたその宣伝を聞いて、緋乃は考え込む。

 全日本新世代格闘家選手権。当然緋乃もその名前は知っていたが、出場には16歳以上という年齢制限が存在するため、自分には関係ないものだと思いあまり興味はなかった。

 賞金が高額なのでそれなりにいい選手が集まってくるだろうし、準決勝と決勝くらいなら見てもいいかな程度の認識だったのだ。

 しかしどうやら、今聞いた宣伝を信じるのならその大会の年齢制限が引き下げられたらしい。そうなれば話は一気に変わる。そこまで考えると、緋乃はゆっくりと口を開いた。

 

「……ねぇ、今のきいた?」

「ああ、そういえばネットニュースに載ってたね。緋乃知らなかったんだ。絶対出るんだとか騒ぐと思ってたのに。なるほどねー、静かだったのはそれでかー」

「うーん……」

 

 念には念を、聞き間違いではないかと目の前で食事をしていた二人に確認をとる緋乃だったが、逆に明乃からは「え、知らなかったの?」と驚かれてしまう。

 いつもならばいや知ってましたけど? たまたま宣伝が聞こえてきたから話題に上げただけですが? とばかりに適当に見栄を張って言い返す緋乃であったが、しかし今回は何も言わず、目を閉じて大会について考えを巡らせる。

 そして、そんな緋乃の姿を不安そうな顔をしながら見守る理奈の姿があった。

 

 

 

 

「あー、楽しかった。やっぱなんだかんだで、行けば盛り上がっちゃうよね~」

「ん、満足。ふふっ、勝ち逃げは気分がいいね」

「むうぅ~、相方がハズレでさえなければ~……」

「ふっ、相方のせいにするとは未熟千万。だからお前はアホなのだー、だよ」

「あ、緋乃ちゃんひどーい。この前思いっきり台パンして、店員さんに怒られて頭ペコペコ下げてた癖に~!」

「うぐっ」

「ちょいとあたしが目を離してる隙にね~。ホントこの問題児は。いやあ、凄い音してビビったわー。やったのが緋乃じゃなくて男子だったら出禁食らってたんじゃない?」

「記憶にございません」

 

 時刻は夕方。駅前から緋乃たちが自宅に戻るには歩いて40分程度と、それなりに時間がかかるので少し早めにゲームセンターを出た三人。

 そんな三人は、本日のゲームセンターにおける戦果について話しながら歩いていた。

 

「ようやく見つけたぞ! 不知火緋乃!」

 

 そうして緋乃たち三人がお喋りをしながら歩いていると、背後の方から男の大きな声が聞こえてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話 路上試合

 三人が振り返って声の持ち主を確認すれば、そこには白い空手着に黒帯を締め、逆立てた髪をした見るからに暑苦しそうな少年が一人。

 少年といっても中学生である緋乃達よりも年上で、恐らくは高校生くらいの年齢はあるだろうか。

 当然ながらその体は大きく、身長に関しても170cm以上はあり、更にその引き締まった体には筋肉がしっかりと付いているのが見て取れる。

 

「やはりお前だったか。いや、人違いじゃなくてよかったぜ」

「……ああ、あの時の」

 

 どこか見覚えがあったのだろう。少年を見た緋乃は少し考えこんだ様子だったが、すぐにその正体に思い当たり、得心のいった顔をする。

 その緋乃の反応を見て、少年を初めて見る理奈が緋乃に対して質問を飛ばした。

 

「緋乃ちゃん知り合い?」

「ん。近くの空手道場のエース……だったはず」

「ああ、緋乃の被害者ね」

「被害者? ああ、なるほどー……」

 

 緋乃の口から少年の正体が語られ、明乃がそれを補足する。

 二人の説明を受け、理奈も納得がいったのか、少し同情したような視線を少年に向けた。

 

「ふん、確かに俺はあの時、お前に後れを取った。言い訳ならいくらでもあるが、それは男らしくないからな。言い訳はせん」

 

「ふーん。で、なにか用? リベンジ?」

「ふむ。その通りだと言ったら……どうする?」

「かっこわるい」

「なんだと?」

「ん。女子中学生に男子高校生がリベンジとか、かっこわるい」

「ひ、緋乃ちゃん。そんな煽らなくても……」

 

 左手を口元に当て、見下すような目線を向けつつ口元を歪めて少年を挑発する緋乃。その言葉を受け、少年の額に青筋が浮かんだ。

 二人の様子を見て、理奈が慌てた様子で緋乃を諫めるがもう遅い。既に少年はその身に気を纏い、緋乃に対して完全に闘いを挑む体勢を取っていた。

 

「ふん、下手な挑発だ……。今回は宣戦布告だけで済ませるつもりだったんだがな。だが、しかし! いいだろう! その下手な挑発、乗ってやろうじゃないか!」

「宣戦布告?」

 

 眉をひそめながら男の言葉を反芻する緋乃に対し、少年はゆっくりと構えを取りながらその疑問に答える。

 

「そうだ、お前も知っているだろう? 新世代……新世代……。……格闘大会のことだ! あれの年齢制限が引き下げられたからな。どうせお前も出るんだろう? 本当ならそこで進化した俺を見せつけてやるつもりだったんだが、予定変更だ」

「なるほど、そういうことか。ふふっ、いいよ。格の違いってやつを教えてあげる……。明乃、理奈。悪いけど少し下がってて。すぐ終わらせちゃうから」

「ふ、言ってくれるじゃないか」

 

 緋乃の徴発を受け、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる少年。そんな二人を見て、明乃は仕方ないわねとでも言いたげな様子でため息を吐き、理奈は驚いたような顔を浮かべる。

 

「ちゃんと手加減しなさいよー」

「え、本気でやるの? 今、ここで? 明乃ちゃんも止めないの!?」

「いやなんかもう止める雰囲気じゃないし仕方ないでしょ。誰かさんが挑発するから向こうもやる気満々だし」

「ふふん。あ、理奈。これ持ってて、お願い」

 

 緋乃は得意げな表情を浮かべると、未だに戸惑った様子の理奈にカバンを預け、構えを取る少年と向かい合うように前へと出る。

 自然体のまま、緋乃はその全身に気を纏い──その余波でジャケットがはためく。

 構えこそ取ってはいないが、緋乃が戦闘態勢を整えたことを察したのだろう。最終通告とばかりに少年は緋乃に向かって口を開いた。

 

「以前の、お前にやられた時の俺と思うなよ。俺はお前に敗北してから毎日毎日、必死に鍛錬を積んできたんだ。お前が今日みたいに遊び惚けてる間にもな」

「む、失礼。ちゃんと毎晩トレーニングしてるし、日曜日は鍛錬の日にしてるんだから」

「…………そうか。…………それは悪かったな。では、いくぞ!」

「いつでもいいよ」

 

 緋乃の言葉に対し、何か言いたそうな表情を浮かべるも、結局口には出さず言葉を濁す少年。

 戦闘開始の宣言をした少年は一息に駆け寄るのではなく、じりじりと距離を詰める。そのままお互いの攻撃が届かないであろう、間合いの一歩手前で睨み合う。

 

(威勢がいいことを言う割には慎重。なるほど、何も考えず適当に突っ込むだけのあの時よりかは確かに成長してる)

 

 そのまま十秒ほどお互いに手を出さず、睨み合いが続いただろうか。焦れた様子で緋乃が口を開く。

 

「来ないの? わたし、早く帰りたいんだけど」

「ふん。そうやって手を出させたところをカウンターで沈めるつもりなんだろう? その手は食わんぞ」

「そう……。はぁ、仕方ない」

 

 緋乃は呆れたような表情と声色を作って少年を挑発してみるが、少年はそれに乗る気はないようだ。

 眉一つ動かさない少年を見て、このままではらちが明かぬと自分から攻め込むことを決めたのだろう。

 緋乃が小さくため息を吐いたかと思った次の瞬間。少年との距離を一瞬で詰めた緋乃が、その右脚を少年の頭部目掛けて振り上げていた。

 

「ふっ!」

「ぐぅ……!」

 

 文字通り目にもとまらぬスピードで仕掛けた緋乃ではあったが、少年はそのハイキックに対し、とっさに腕を掲げて防ぐことに成功した。

 しかし緋乃の攻撃はそこで止まらない。そのまま二発、三発と連続して蹴りを繰り出す。

 

「それそれぇ!」

「あぎぃっ!」

 

 二発目のミドルキックはギリギリ防御されてしまったが、三発目のローキックは少年の脚に直撃。

 少年はその蹴りの衝撃と痛みに悲鳴を上げると、その体勢を大きく崩す。

 そして当然、そのような大きな隙を見逃すほど緋乃は甘くない。

 緋乃はすかさずステップで距離を詰めると、そのまま追撃の膝蹴りを放ち──少年の脇腹へ、その膝をめり込ませる。

 

「がはぁっ……!?」

「沈め」

 

 緋乃は少年がその意識を痛みに支配されている隙に、素早くその頭部へと右腕を伸ばして少年の頭を掴む。

 そうして掴んだ頭を勢いよく引き倒すと同時に、緋乃はその右膝を少年の顔面目掛けて振り上げた。

 

「ひぇっ……」

 

 鈍い音と共に少年の顔面へと突き刺さる緋乃の膝。その衝撃で飛び散る血。それを見て思わず声を出してしまう理奈。

 緋乃とよく行動を共にしてその闘いぶりを知っており、本人もまた闘う人間である明乃ならともかく──あまり緋乃の闘いを知らない理奈には刺激が強かったのだろう。

 ほんの一瞬だけ声を上げた理奈の方に気を取られた緋乃であったが、まだ戦闘中だと即座に意識を切り替える。

 

(これでラスト……!)

 

 先ほどの膝蹴りが効いたのだろう。緋乃はフラフラとよろめく少年に対し、これでトドメだとばかりに強烈な後ろ回し蹴りを放った。

 少年の頭部目掛け猛烈な勢いで迫る緋乃の踵。大きく体勢を崩した少年にはそれを防ぐことも避けることもかなわず、緋乃の踵はそのまま少年の頭部へと直撃し──。

 しっかりと筋肉がついていて重いだろうその体を、豪快に吹き飛ばした。

 

 

「ふぅ……」

 

 少年が白目を剥き、気を失っていることを確認した緋乃は纏っていた気を消去。ふうと小さく息を吐いて、意識を戦闘モードから平常時のそれへと戻す。

 

「わたしの勝ち。大勝利。ぶい」

 

 緋乃は自身の背後で観戦していた理奈と明乃に振り返ると、得意げな表情を浮かべつつ両手でピースサインをして勝利宣言。

 

「お、おぉ〜、緋乃ちゃんすごい……」

「理奈ちょっと引いててウケる」

 

 それに対し理奈は少し引いた様子を見せつつもパチパチと小さく拍手をし、そんな理奈を見て明乃が小さく笑う。

 預けていたカバンを受け取ろうと、緋乃がトテトテと理奈へ向かって歩き出したその時。緋乃の背後で少年がゆっくりと起き上がってきた。

 

「まだだ……! まだ……!」

「ひえ、まだ動けるの!?」

「さっすが男の子。凄い根性だねぇー」

「はあ、面倒。まあいいや、さっさと始末…………ん?」

 

 驚く理奈と感心する明乃を背に、再び緋乃が戦闘態勢を取ろうとする。しかし、起き上がった状態のままピクリとも動かない少年に違和感を感じたのだろう。

 訝しげな表情を浮かべつつ少年へとゆっくりと近づいてみるものの、少年は一向に反応を示さない。

 そう、少年は立ったまま気絶していたのだ。

 

「うーん、立ったまま気絶とか凄いね。リアルで見たの初めてだわ」

「男の意地、って奴を感じるね……」

「ん。びっくり」

 

 意識を取り戻した少年に襲われることを誰も考慮していないのか、それとも襲われても迎撃する自信があるのか。

 気絶する少年に近づいた明乃、理奈、緋乃の三人。三人は少年が本当に気を失っていることを確認すると、それぞれ好き勝手な感想を言い合う。

 

「じゃ、緋乃の勝ちってことで帰りましょっか」

「だね」

「え、ほっといていいの? この人怪我してるんじゃ……」

 

「いやー、別にいいよ。アタシが治しとくから。うちのセンパイが迷惑かけてゴメンねー」

 

 少年を放置して帰ろうと反転する明乃と緋乃に咎めるような声と眼差して訴えかける理奈だったが、しかし、三人の後方、少年の背後からその理奈を止める声が上がった。

 慌てた様子で理奈が振り返ると、そこには少年と同じ空手着を着た、茶髪の少女の姿があった。もっとも、この少女も三人達より年上ではあったが。

 

「や、初めまして。アタシ、そこに転がってる人の後輩。んでんで、アタシってば治癒のギフト持ちだったり。イェイ。まあそういう訳だから、君たちは気にせず帰っていいよー」

 

 明るい調子で声を上げる少女。それを受け、三人は少女に対し軽く頭を下げるとお礼を言う。

 

「じゃあお願いしまーす」

「お願いします」

「あ、アリガトウゴザイマス。では私たちはこれにて……」

 

 じゃあねーと手をひらひら振る少女を背に、三人は再び帰路に就いた。

 緋乃は歩きながらジャケットのポケットからハンカチを取り出すと首筋や髪の根元などををぬぐい、再びハンカチをポケットに仕舞う。

 そうして汗を拭くと、今度はカバンから小さなスプレーを取り出し、首筋にその中身を数回ほどプッシュ。緋乃の周囲にふわりと甘い香りが漂う。

 

「どう?」

「うん、オッケー」

 

 隣を歩く明乃に確認して太鼓判を貰った緋乃は機嫌のよい笑みを浮かべると、そのまま三人で横並びになり歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 お喋りをしながら歩いていく三人の姿が遠くなり、角を曲がって完全に見えなくなったことを確認すると、空手着を着た少女はため息を吐いた。

 

「はーい。もうあの娘たち見えなくなったんで、気絶のフリやめていいッスよセンパイ。まああの赤髪の子には、バレてたっぽいっすけどね」

「そうか……いや正直助かった。なんか、意識飛んでる間に近寄られてて、ちょっと困ってたとこでな。完全に終わった雰囲気だったし。あ、治癒頼んでいいか?」

 

 少年はパンパンと空手着をはたきながら少女へ礼を言う。

 実は立ったまま気を失っていた少年だが、三人娘に近寄られた時点で意識を取り戻していたのだ。

 しかし意識を取り戻したはいいものの、完全に試合終了とばかりに気を抜いていた緋乃に襲い掛かるのは流石に躊躇われ、また闘いを再開する雰囲気でもなくなってしまった為、仕方なく気絶したフリで三人娘が帰るまでやり過ごそうとしていたのだ。

 

「はいはい。じゃ治すんでじっとしててくださーい。むんっ」

 

 少年の治癒要請を受けた少女は、少年の怪我をした部分にへ手のひらを近づけると気合を入れる。すると少年の肌が淡い光に包まれ、怪我がみるみると治っていく。

 同様の行為を何回か繰り返し、目に見える範囲の怪我を全て治し終えると、少女は呆れた様子で口を開いた。

 

「ほい終了っと。にしてもあの娘、可愛らしい顔して結構エグいっすね~。センパイが頑丈だから良かったものの」

「まあ、あいつの闘いはお互いに気を使えるのを前提としている節があるからな……。でもまあ、だからか小学生の時は大会とか遠慮してたみたいだぞ?」

「あー、なる。だから完全に無名なんすね。いやまあ最近は小学生の大会を無視する子供も増えてきましたケド」

「原則で気の使用は禁止だからな。まあそりゃあ、気を扱える子たちからすると物足りんわな」

 

 三人娘が去った方角を見つめながら、雑談をする少年と少女。その様子からは二人の仲の良さが伺える。

 

「で。見ていて気持ちいいくらいのボロ負けでしたが、何か掴めましたかセンパイ?」

「ぬぅ……」

 

 手を口元に当て、ププっと笑いながら少年を煽る少女。

 少年はそれに対し、何か言い返したさそうな表情を浮かべるが、怪我を治癒してもらった恩がある手前強く出れず、また無視することもできないので相槌代わりにとりあえず唸る。

 

「あいつの動きは読めていた。読めていたんだが体がついてこなかった。技術がどうこう以前にスペック不足だ。とりあえずは身体強化のレベルを上げることが急務だな」

「前回の時よりもっと速くなってましたもんね。なんか蹴りも重そうでしたし。多分前は舐めプしてたんすよきっと」

「だろうな。それに恐らくだが、あいつはまだ本気じゃない。思い返せば、雰囲気に余裕があったしな。……まったく、才能というのは恐ろしいな」

 

 少年は腕組みをしつつ先ほどの闘いについて自己分析を行い、自身に足りない部分を述べる。それを受けて少女も自身の意見を返した。

 

(思い上がっていたのは俺の方だったか。……いや、大会前で助かったと思おう。今ならまだ間に合う。鍛え直せる。うむ、ポジティブに考えよう)

 

 そのつもりはなかったのだが、知らず知らずのうちに自身が増長していたことを悟り、内心で戒める少年。拳を握りしめ、大会の期日までに自信を鍛え直すことを誓う。

 そんな少年の内心はいざ知らず、その横で少女が暢気な声を上げる。

 

「にしてもあんな細い体でこの破壊力とかやべえっすねえ。存在そのものが初見殺しじゃないっすか」

 

 少女の発言を聞いた少年は握りしめていた拳を開放し、近くの電柱からカアカアと鳴きながら飛び去って行くカラスを眺めながら声を出す。

 

「まあ確かにな。俺も最初は引っかかったし。……ただでさえ小さい上に、あんな筋肉以前にそもそも肉がついてない体しといて実はゴリゴリの近接タイプですとかなあ。絶対予測できんわ」

「お顔の方もめっちゃレベル高いですしね。あの可愛いお顔に攻撃叩き込めってのも難易度高いっすわ。アタシには無理、出来ない。いやまあ、たぶんアタシのレベルじゃあ当たってもノーダメでしょうが」

 

 そんな少女の意見に対し、少年もフッと小さく笑いながら頷き同意の意を示す。

 

「見た目とは対極の重戦車タイプだからなあいつは。でも格闘技なんかよりも、アイドルとかモデルとか、そっちの方が絶対似合ってると思うんだがなあ」

「あー、確かに。声も可愛いし、歌とか歌ったら凄そう。天下取れますって絶対」

 

 しばらくの間、他愛のない雑談をしていた少年と少女だったが、ふと話題が切れた瞬間。少年は自身の顔を両手で強く叩いて気合を入れる。

 恐らくはおしゃべり好きの少女に合わせていたものの、予想以上に雑談が長引いてしまったので打ち切るタイミングを狙っていたのだろう。

 

「よし、休憩ここまで! 急いで鍛え直しだ! 大会までに何とか仕上げる! 道場に戻るぞ、ついてこい!」

「えぇー、一応怪我してたんだしのんびりしましょうよー。んな急がなくっても」

「急がねばヤツという高い壁は超えられん! ヤツが本気でトレーニングに励んでいない今のうちに差を縮めなくては! さあ行くぞ!」

「あ、待って。待ってくださいよセンパーイ!」

 

 うおおと雄たけびを上げつつ、自身の所属する道場へダッシュで戻る少年と、慌ててそれを追いかける少女。

 その様子を家から出てきた近所のおばあさんが偶然目撃し、おやおやと微笑ましいものを見る表情を浮かべるのであった。

 

「おやまあ。若いっていいわねぇ……。ああ、南米でギャング相手に暴れ回ってた頃を思い出すわぁ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話 必殺技の練習

 日曜日の午前中。周囲に人気のない河川敷にて、二人の少女の姿があった。一人は赤い髪の少女、明乃。もう一人は長い黒髪をツインテールに纏めた少女、緋乃。

 二人とも動きやすいように、また汚れてもいいようにということだろう。その姿はいつもの私服ではなく、学校指定のジャージとハーフパンツを着ており、靴もスニーカーだ。

 

「いっくよー、緋乃!」

「おっけー。いつでもいいよ」

「そりゃあ!」

 

 明乃が声を上げながら、成人男性の姿と重量を模した白い人形を緋乃へ向かって山なりの軌道を描くように投げつける。

 緋乃はその投げつけられた人形を、構えを取ることなく待ち構える。

 彼我の距離がぐんぐんと縮まり、緋乃に人形がぶつかると思ったその次の瞬間。緋乃は物凄い速度で右脚を天高く突き出した。

 

「ふっ!」

 

 周囲にズドンという音と衝撃を響かせて緋乃の足裏が人形の腹部へめり込み、その勢いのまま人形を右脚で天高く掲げて磔にする。

 緋乃はそのまま数秒ほどその姿勢を保つと、素早く足を引っ込めて人形を開放。どさりと音をたてて地面に転がる人形を見て満足げに息を吐いた。

 

「うん、形になってきた。どう? 今のカッコよかった?」

「うーん、見た感じ派手でいいんじゃない? 技をかける速度もかなり速くなってきたし、これで飛び掛かってきた相手をズドンと迎撃できたらかなり盛り上がりそう」

「ふふ、頑張った。やっぱり派手な技で盛り上げてこそだよね」

 

 明乃からの賞賛を受け、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべながら小さくガッツポーズをする緋乃。

 二人は現在、試合を盛り上げるための派手な必殺技のトレーニング中であった。

 もっとも、必殺技を欲しがったのは緋乃だけであり、明乃は緋乃のトレーニングを手伝ってあげているだけなのだが。

 

「完成形は脚で持ち上げた相手に気を送り込んで起爆だっけ? もうそっちやっちゃう?」

 

 明乃は緋乃の前に転がっている人形へ手を向けると、掴み上げて自分の手元へ持ってくるような仕草をする。

 するとその手の動きに連動して独りでに人形が持ち上がり、明乃の目の前まで移動する。明乃が自身のギフトである念動力で人形を回収したのだ。

 

「ん……。もう少し何回か技をかける練習してから、そのあとに完成形の練習をしたいんだけど、いい?」

「おっけー。じゃあ投げるわよー。そーれっ!」

「……せいっ!」

 

 人差し指を唇に当て、少々申し訳なさそうな表情を浮かべながら明乃へ手伝いをお願いをする緋乃。

 明乃は軽い調子で緋乃のそのお願いを聞き入れると、目の前で浮遊する人形をつかみ取り、再び緋乃へ向かって掛け声を上げてから放り投げる。

 そうして始まるのは先ほどの光景の焼き直し。緋乃は人形をギリギリまで引き付けるとふたたび脚を天高く掲げて人形を磔にし、その後地面へどさりと降ろす。その人形を明乃がまた念動力で回収し……。

 緋乃が技の初動について満足すると、今度は脚で掲げた人形へと気を送り込み、爆発させる特訓へと移行した。

 

「はああぁぁぁ!」

「お、今の爆発はいい感じね!」

 

 手ではなく足から気を放出し、さらにそれを爆発させるという行為は相当に難易度も高く、気の扱いに秀でる緋乃でも最初は上手くいかなかった。

 しかし、何度も繰り返すうちに、徐々に爆発の規模が向上していき──最終的に、素手で相手を掴んだ時と同等の爆発を引き起こせるようにるまで、緋乃の特訓は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このマネキン便利ねー。どんなに雑に扱っても壊れないし、緋乃の爆破にも耐えるし。これって緋乃のお母さんが仕入れたんでしょ? どこで買ったんだろ?」

「ん……。格闘技の練習用具作ってる知り合いから貰ったとしか聞いてない……」

 

 

 栄養補給と休憩の為、並んで河川敷に座りながら持参した弁当を食べ、食べ終わった後はそのまま川の流れを眺めていた明乃と緋乃。

 緋乃の引き起こした爆発をあれだけ受けても破損一つない人形を見て、明乃が感心したような声を漏らす。

 明乃の横に座る緋乃は技の練習で大量の気を使ったため、少々辛そうな表情をしている。生命エネルギーである気は、使えば使うだけ体力を消耗するからだ。

 

「調子に乗ってドカンドカンやるからよ。でも大丈夫? 辛いならおぶってあげよっか?」

 

 緋乃を心配しつつ、言外に帰宅を促す明乃。そんな明乃に対し、緋乃はその顔にぎこちなく笑みの表情を浮かべると立ち上がった。

 

「いや、だいじょうぶ。まだいける。爆破はもう使えないけど、動きを体に染み込ませるくらいなら問題ない」

「いや緋乃あんたねぇ、そんな顔色で……。あーもう、本当にしょうがないわね……」

 

 明乃は明らかに不調である緋乃を心配する表情を浮かべるも、止めたところでこの親友は聞かないし、下手に連れ帰って拗ねられても困るし、とでも考えたのだろう。

 頭をがしがしと掻いて不機嫌そうな声を出すと、自身も立ち上がる。

 

「わかったわ、最後までつきあったげる。でも明日は学校なんだし、そこんとこ気をつけなさいよね。倒れたら放って帰るんだから」

 

「あいあいさー……」

 

 ビシッ、と効果音を口に出して敬礼を行う緋乃を見て、明乃がため息を吐く。

 明乃は口では放って帰ると言っているものの、実際に緋乃が気を使いすぎて気絶した場合、面倒見のいい明乃はなんだかんだ適当に理由をつけて緋乃を背負って帰るだろう。

 緋乃もそれを理解しているからこそ、明乃に迷惑をかけないためにセーブするのだが。

 

(まったく、明乃は心配性だね。わたしは大人なんだから、ギリギリのラインぐらい見極められるのに)

 

 

「で、次は何の特訓するの? あんまり無茶なのは手伝わないわよ?」

 

 向かい合う緋乃の青い瞳を見つめながら問いを飛ばす明乃。

 明乃の問いを受け、緋乃は人差し指を立てて得意げな表情を浮かべながら次に行う予定だった特訓を告げる。

 

「次はコンビネーション攻撃の練習かな。ジャブからのストレートとか、打ち下ろしからのアッパーとか、そんな感じのあれ」

「連続攻撃ね。つまり組手の相手か、いいわよ。でもどんな連携組むの?」

「ん゛っ。ん~っとね……ん~と……」

「……考えてなかったのね」

 

 何の特訓を行うかは考えていたが、その内容までは考えていなかった緋乃。明乃の追及を受け、あっけなく撃沈した緋乃は頭を必死に捻り、回答を導き出そうとする。

 そんな様子の緋乃を見て、明乃は呆れた様子でため息を吐く。

 

「しょうがないわねぇ。せっかくだし、あたしも考えたげる。どんな攻撃にしたいの? ガードを固める相手対策とか、よろけた相手への追撃とか、コンセプトが色々あるでしょ?」

「派手なやつ。出したらうおおー! 必殺コンボだあーって観客が盛り上がる感じのすごいやつ」

「はいはい、派手ね。で、他には?」

「……? うん、とにかく派手な感じで」

「だから迎撃とか追撃とかコンセプトを言えっての!」

「ひふぁい」

 

 自身の発言を理解せず、たわけたことを言う緋乃に対し、思わず手が出てしまう明乃。

 明乃は緋乃のその柔らかいほっぺをつまみ上げ、しばらくの間むにむにと上下左右に伸ばしてその感触を楽しみ、もとい制裁を加えていたのだが、緋乃が涙目になってきたので開放することに。

 

「ひどい、もうお嫁にいけない。よよよ」

「はいはい。で、コンセプト決まった? 派手ってのはもう聞いたわよ」

「は……うん、体勢を崩した相手への必殺技って感じでいきたい」

 

「今派手って言おうとしたでしょ。また派手って言おうとしたでしょこのポンコツ娘。……まあいいわ、なら威力重視ってことね。緋乃は蹴りが得意だし、蹴り主体の連携技がいいわね。んでまあ、派手ってんなら〆にはどかーんと爆発を叩き込みたいわね」

「おおー」

「感心してないであんたも考えんのよ。自分の必殺技なんでしょ?」

「ん」

 

 明乃と緋乃、二人で見栄えを重視しつつ、それでいて実用性のある連続攻撃を考える。

 しばらくの間二人は案を出し合い、緋乃がその案に従い実際に体を動かし、明乃が離れて観察を行い見栄えを確認。

 これを繰り返した結果、およそ30分後にどのような連続攻撃を行うかが決定した。

 

「後ろ回し蹴りで相手をカチ上げて、右掌底で追撃して〆に爆破。うーん派手派手。わたし満足」

「派手にこだわりすぎて決めるシーン少なすぎじゃない? 後ろ回し蹴りスタートって隙だらけ過ぎるし、ロマン全振りすぎるでしょ」

「ま、まあ……これが決まったら勝ちってやつだし。フィニッシュブローみたいなもんだし」

「緋乃がそれでいいなら別にいいけどね。じゃ、練習しますか……といきたいところだけど、いくらあたしでも流石にカチ上げられるのは無理だし、この人形使うわよ?」

 

 明乃は地面に落ちていた人形へ目線を向けると手を動かし、それに同期する形で発動した念動力で人形を拾い上げる。

 人形を念動力で人間のように立たせ、吹き飛び具合を人間のように調整することで鍛錬の的にしてくれるというのだろう。

 明乃の意図を察した緋乃は微笑みながらそれに頷き、明乃に対し感謝の意を述べる。

 

「ん、それで十分だよ。ありがとう」

「よし、じゃあいつでもいいわよー」

「じゃあいくよ……!」

 

 明乃の合図を受け、緋乃は一度軽くバックステップして人形から5mほど距離を取る。

 その後緋乃は軽く目を閉じたあとに深呼吸を行うことで精神を切り替え、カっと目を見開いた次の瞬間、勢いよく人形の懐へ飛び込むと同時に体を捻り、人形を盛大に蹴り上げた──。

 

「あっ」

「あっ、駄目ねこれ」

 

 人形は空高く盛大に吹き飛び、追撃もクソもない高さを飛ぶ。試合なら間違いなく天井に叩きつけられるか、場外間違いなしだ。

 どちらにしろ盛大なリングアウトであり、これでは回し蹴りを叩き込んだ時点で緋乃の勝利である。二人で考えた連携も何もなかった。

 派手な必殺技には違いないが、求めていたものとは全然違うと緋乃がショックを受ける中、明乃はサッと手を動かして念動力を発動。

 今だ空中を舞う人形を手早く回収し、緋乃の前へと舞い戻らせた。

 

「うーん、これ実行するならアレね。初撃をガードされてあまり吹っ飛ばなかったって想定でやんなきゃ駄目ね。ものすごい限定的な技になっちゃうけど……どうする?」

「う、うん……。せっかくだし、記念に一回だけやっとく……。いい感じに吹き飛び調整お願いしていい……?」

「まあそう落ち込まないの。もしかしたらいつか役に立つかもしれないし」

「そうだね……。ばいばい、私のネオ必殺技。さようなら、ツインアサルト……」

「もう名前つけてたんかい」

 

 その後、明乃の念動力による見事な吹き飛びコントロールを受け、無事に緋乃の新必殺技(失敗)が炸裂──気の残量不足により爆発はさせなかったが──し、なんだかんだで綺麗に技が決まったことから緋乃の機嫌もある程度戻った。

 それを見て、やっぱりちょろいなコイツとでも言わんばかりに明乃は苦笑していたが、当の緋乃は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、新世代格闘……新世代格闘……あった、これだね」

 

 時刻は夜。あれから鍛錬を終え、自宅に戻ってきた緋乃は食事と風呂、翌日の学校の準備を終えると、パジャマ姿で自室のパソコンでとある格闘大会について検索していた。

 土曜日に三人で遊びに出かけた際に知った、夏の格闘大会における年齢制限の引き下げ。当然ながら緋乃にこのチャンスを見逃すつもりはなく、その参加条件や参加方法を確認する為にネットを開いたのだ。

 

「武器及びギフトの使用は不可。元は高校生以上が対象なのにギフト駄目なんだ。なんでだろ……。気は使ってよし。募集期限は月末……。まだもうちょっと先、か」

 

 カレンダーと大会の公式サイトを見比べ、募集の締め切りまでに一週間以上の猶予があることを確認した緋乃は安堵の息をつく。

 しかし大会の本戦及び決勝戦が行われる会場を見ると表情は一転。渋い顔をしつつ、ため息を吐いた。

 

(決勝の会場はお隣の県か……)

 

 緋乃の頭に思い出されるは土曜日の帰り際、理奈と別れる際に言われた一言。

 

『緋乃ちゃん、明乃ちゃん。改めて言わせてもらうけどさ、しばらくの間は勝陽市(ここ)から出ないで欲しいなって……』

 

 緋乃と明乃は理奈から魔法を悪用して何かを企む悪い魔法使いの連中から緋乃を守る為、ゴタゴタが終わるまでは自分たちの領域(テリトリー)であるこの市から出ないで欲しいと言われてしまったのである。

 市内であれば自分たちが即駆け付けられるし、この勝陽市全域が水城家にとって有利なフィールドであるため極めて安全なのだが、市外になってしまうとどうしても対応が一歩遅れてしまうかららしい。

 

 緋乃になにかあったことを感知して駆け付けるも、その時には既に緋乃は攫われてどこかに連れ去られた後でした、ということが絶対に起こらないとは言えないので、しばらくは大人しくしていて欲しいと理奈に頼まれたのだ。

 

(理由はわかるけどなぁ……。でも大会出たい……というか、このままじゃ夏の中学生大会にも出れないじゃん……)

 

 パソコンの前で頭を抱え、椅子に座ったまま足をパタパタさせる緋乃。

 そんな緋乃の目に、壁の洋服掛けに掛けられた、前日に理奈から貰ったばかりの精神操作対策のアミュレットが映った。

 

「うーん……。ワンチャン賭けて理奈に頼んでみる……?」




リーサル・インパクトは格ゲー史上最高に格好いい技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話 おねだり

「ダメです」

「そこを何とかして欲しいなって。わたしにできることなら何でもするから……」

「いくら緋乃ちゃんの頼みでもダメです」

「まあしゃーない。大会は来年もあるんだし、諦めなよ緋乃」

 

 緋乃たちの通う勝陽西中学校の昼休みの時間。誰にも話を聞かれないようにとこっそり潜り込んだ屋上にて話し合ういつもの三人。

 今度開催される格闘大会に出たいんだけどなんとかならないかという緋乃のお願いに対し、なんともならないとばっさり両断する理奈。

 普段のおふざけの入った喋り方ではなく、真顔でキッパリと言い切るその姿勢から本当に無理だということを感じ取った明乃が緋乃を宥めるも、緋乃は納得がいかない様子だ。

 

「緋乃ちゃんは理解してないみたいだからもう一度言うよ? 緋乃ちゃんは精神操作に対してほんっとうに弱いの。普通ならあるはずの抵抗力というか、そういうのが皆無なの。びっくりするほど簡単に精神を操られちゃうの。なりたてのへっぽこ魔法使いでも、簡単に緋乃ちゃんをいいなりのお人形さんにできるの」

「でも、それを補うアミュレットくれたし……」

「うーん、どう説明したものかなあ。あれはこの街に留まるなら有効だけど、ここから出ちゃうと効果は一気に弱まるの。詳しい説明は省くけど、そういうものだと思って。だから町内格闘大会とかそういうのならともかく、隣の県まで出かけるのは絶対にダメ」

「え、ちょっと待って……。この街から出たら効果を失うってことは、じゃあわたしは一生この街から出れない……?」

 

 理奈の説明を受け、ショックを受けたように一歩後ずさる緋乃。その表情は不安に満ちており、それを見て理奈も自身がヒートアップしすぎて言い過ぎたことを悟る。

 

「いや、それはないっしょ。魔法使いにもルールがあるって理奈も言ってたし、今はそのルールを守らない悪い奴がうろついてるから警戒しましょうって話でしょ?」

「そう、それ! 明乃ちゃんいいこと言う! 魔法は便利だし、その気になればいくらでも悪用できる力なんだけど、だからこそ気軽に使っちゃいけない決まりになってるの。また魔女狩りとか始まったらみーんな困るしね!」

 

 明乃から飛んできた援護射撃に対し、感謝の意を示しつつ全力で乗っかる理奈。

 手をぶんぶんと振り回しながらアピールをする理奈を見て、緋乃は少しだけ考え込んだ後に口を開いた。

 

「つまり、その犯人が捕まればわたしは自由ってことであってる?」

「そういうコトだよ、緋乃ちゃん。だから本当に悪いんだけど、もう少しだけ大人しくしてて! お願い!」

「そういうことなら、まあ……。なんだ、この街から出てもいいんだ……よかった……」

 

 ほうと安堵の息を吐き、理奈の提案を受け入れた緋乃。

 それを見てやれやれと息を吐きながら安心した様子を見せる理奈だったが、予想外の方向から爆弾を投下されて焦ることになる。

 

「あれ? そういえば犬飼って奴らがが犯人確定とかちょっと前に理奈言ってなかったっけ? 結局アレどうなったの?」

「ぎくぅ!」

「え、犯人見つかってるの? 理奈、どういうこと?」

「え、えーっと、それはですねぇ……」

 

 明乃と緋乃に詰め寄られ、明後日の方向を眺めてしどろもどろになりながら冷や汗を流す理奈。

 その反応を見て理奈が何かを隠しているということを確信した明乃と緋乃の二人は顔を見合わせると、壁際に理奈を追いやり、囲うように壁に手を押し付けた。俗に言う壁ドンである。

 

「おらぁ、知ってること全部キリキリ吐かんかい! ネタは割れてるんじゃ……!」

「無駄な抵抗はやめて我々に投降せよ……。大人しく降伏するというのなら悪いようにはしない……」

 

 ノリノリで刑事の真似事をする明乃と、降伏を迫る緋乃。二人ともネタっぽく振舞ってはいるものの、目は笑っていない。理奈から真実を聞き出すまで開放してはくれないだろう。

 理奈は一縷の望みをかけて時計を見降ろして残り時間を確認するも、昼休みが終わるにはまだまだ時間があった。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。魔法を悪用して裏で悪いことやりまくってる一族ねえ」

「はい……。今、そいつらを一網打尽するためにお父さんとお母さんが仲間を集めて頑張ってるんです……」

「なんか思ったより大事になってる……?」

「そうなのぉ、めっちゃ大事なのぉ。だから足引っ張ると不味いのぉ……。てなわけでしばらく大人しくしてて欲しいなって。テヘ☆」

 

 理奈から本当の現状について聞いた明乃と緋乃は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。

 洗脳や思考誘導による直接操作から、盗聴や盗撮などによる弱みを握っての間接操作。魔法をこれでもかと悪用して裏から資産家やら政治家やらを操り、甘い蜜をすする悪人たち。

 中学生でしかない自分たちの手に負える領域をはるかに超えており、理奈の両親やその協力者に任せるしかない現状。

 ……と普通の少女なら考えるのであろうが、生憎と明乃も緋乃も、意志力やら戦闘能力やらいろいろな面で普通じゃない少女たちであった。

 

「なるほどねえ……。で、理奈。あたしたちに手伝えるのってどんな感じ?」

「暴力ならまかせろー」

「こいつら何も理解してなーい!? いやお願いだから大人しくしててよぉ!」

 

 それでも何かできることがあるはずだと首を突っ込もうとする明乃と緋乃の二人を見て、思わず叫んで突っ込みを入れてしまう理奈。

 そんな理奈の反応を見た明乃と緋乃は互いに顔を見合わせ、数秒ほどその目線を交わらせる。お互いに目の前の親友が本気であることを確認したのだ。

 

「でもまあ、あたし達も当事者だし。それに自分たちで言うのもなんだけどあたしと緋乃ってかなり強い方だと思うしね?」

「ん、わたし強い。あの犬人間くらいならフルボッコ。がおー」

「いやまあ二人が強いのは知ってるし……。確かに緋乃ちゃんは実績もあるけど……。でも……」

 

 自分たちの戦闘力をアピールすることで関わろうとする二人を見て、理奈が頭を抱える。

 戦力として二人をアテにしたい気持ちと、親友を危ない目に合わせたくないという気持ち。理奈の中で二つの意識が拮抗しているのだろう。

 明乃は葛藤する理奈の肩をポンポンと叩くと助け舟を出した。

 

「話を聞くに、理奈のお父さんとお母さんが悪者潰し連合のリーダーやってるんでしょ? なら、あたしと緋乃で手伝えることないか聞いてみる」

 

「うっ……。それは……」

「いいね。怯えて待ってるなんて、わたしのキャラじゃない」

「……」

「……」

 

 不敵な笑みを浮かべて強がる緋乃であったが、即座に同意してくれると思った親友二人からはそれを得られず、あれ? と小さく首をかしげる。

 理奈はそんな緋乃を見つめてため息を吐くと、諦めたような表情を浮かべながら口を開いた。

 

「あのね。お父さんたちが言ってたけど、最近はなにやらその悪い魔法使い一族が集まってなんか企んでるんだって。緋乃ちゃんが参加しようとしてた大会も関わってる企業が胡散臭いわ、やけに賞金高いわ、緋乃ちゃんに合わせてピンポイントで年齢制限引き下げるわでめっちゃ怪しいから、絶対に参加させるなって口煩く言われてて……」

「……もしかしてわたし、まだ狙われてる系?」

「たぶんね。だから昨日の二人が特訓してる間も私、ずーっと緋乃ちゃんのそばに張り付いてたんだよ? 魔法で隠れてたからわかんなかっただろうけど」

 

 理奈の告白を聞いて、理奈にも昨日の失敗やらバテている姿を見られていたことを知り、その恥ずかしさから少し頬を赤らめる緋乃。そして、そんな緋乃を悪戯めいた笑みを浮かべながら見やる理奈。

 

「あーあ、全部教えちゃった。これは怒られちゃうかも。でもスッキリ……! やっぱ隠し事は心に良くないねー」

 

 やれやれと伸びをして晴れやかな表情を浮かべる理奈に対し、目を閉じて唸りながら理奈からもたらされた情報を整理する緋乃。

 理奈は何かを言おうとして直前でやめることを繰り返し、あー、うーんと言葉にならない声を出す緋乃に微笑みかけながら口を開く。

 

「黙っててゴメンね。でも二人を巻き込みたくなかったの。緋乃ちゃんが実はまだ狙われてまーすなんて知ったら、二人とも、もう意地でも首を挟もうとするでしょ?」

「そうね、理奈には悪いけど意地でも関わらせてもらうわ……。自分たちの平和は、自分たちでつかみ取るのよ!」

「おー」

 

 ガッツポーズをして気合を入れる明乃に合わせて緋乃も拳を突き上げ、その意見に賛同を示す。

 理奈はそんな二人を見て、仕方ないなあといった様子で肩をすくめると、軽くため息を吐くのであった。

 

 

「で、あたし達も手伝うとしてなにすればいいの? 探偵みたいに調査する人の護衛とか? あ、緋乃はお留守番ね」

「えっ」

「『えっ』じゃないわよ。理奈の話もう忘れたの? 緋乃は精神操作への耐性がガバガバなんだから、この街から出すわけに行かないって言ってたじゃない」

 

 明乃の話を聞き、理奈から言われた自身の弱点について思い出した緋乃。縋るような眼差しを理奈に向ける緋乃であったが、帰ってくるのは苦笑だった。

 

「絶望した。欝だ死のう」

「あ、それならうちのメイドさんになってよ勿体ない。とびっきりのメイド服用意しちゃうから」

「メイド緋乃か、いいわねー。メイド服はミニスカ? ロング?」

「うーん。ミニスカパンチラメイド緋乃ちゃんってのにはすごく惹かれるものがあるんだけど、やはりここは基礎中の基礎であるクラシカルメイド服を……。いやでも小柄な体系と綺麗な黒髪を活かした和風メイドも捨てがたいよね……」

「この子って意外とえぐい下着大量に持ってるし、個人的にはそっち活かせるミニを推したいわね。和風ミニってのはどう?」

「えっ、ちょっ。えっ? 何故それを……」

「えー嘘っ、緋乃ちゃんって意外と大胆なんだね!」

「いけない、わたしの尊厳とかなんか色々が完全に無視されてる……。訴えなきゃ……」

 

 一瞬で話が横道にそれた挙句、誰にも知られていないと思っていた自身の秘密を暴露され、顔を赤くする緋乃。

 その後もしばらくの間明乃と理奈による緋乃メイド着せ替え談議は続き、緋乃がやっとの思いで話題を元の路線に戻した瞬間。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 無慈悲に鳴り響くは昼休憩の終了を告げるチャイム。三人は無言のまま顔を見合わせると、仲良く揃ってスマホを取り出して時刻を確認する。

 スマホのディスプレイに表示されている時刻は13:20。昼休憩が終了し、5時間目が始まる時刻だ。

 

「ねえ理奈、これ魔法で何とかならない?」

「無理。流石に無理。急いで走るしかない……!」

「お先」

「あ、コラ! 一人だけズルい、待ちなさい緋乃!」

「かしこい! それいただき!」

 

 明乃と理奈が話し合っている隙に、一人屋上から飛び降りて大幅なショートカットを図る緋乃。そして緋乃に少し遅れて飛び降りる明乃と理奈。

 降下の際の風圧でスカートが完全にめくれ上がり、その中身が完全にさらけ出されるが、今は既に授業中。幸か不幸か目撃される心配はない。

 地上へ降り立った三人はそのまま自分の教室へ向かい、素早く駆け出すのであった。

 

 

「セーフ! ギリギリ!」

「アウトに決まってんだろ赤神ィ! あと後ろでコソコソしてる不知火! おめーも見えとるからな! もう授業始まっとるぞ、はよ座らんかい!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話 作戦会議

「理奈のせいで怒られてしまった……」

「ホントよね、理奈のせいで……」

「え、なんで私!? 私も怒られたのに!」

「理奈が魔法でサクっと学校中の人間を昏睡させれば有耶無耶に……」

「天使のような笑顔でゲスいこと言うのやめよう緋乃ちゃん」

 

 放課後。緋乃、明乃、理奈の三人は制服のまま学校近くの公園のベンチで駄弁っていた。

 普段ならば見目麗しい美少女が三人集まってるということで多少は注目を集めてしまう状況だが、現在は理奈が余計な人目を集めないように魔法で意識を逸らしてくれている。

 そのため、人が時折通りかかる状況であっても堂々と魔法に関わる会議が出来るという寸法だ。

 

「理奈、わたしはあれから、授業中の間ずっと考えていたんだけど」

「授業はちゃんと受けないと駄目だよ緋乃ちゃん」

「……理奈、わたしはずっと考えていたんだけど」

「うんうん」

「わたしの精神操作に対する抵抗力がゼロで、単独で動くとすぐ無力化されるのが問題なんでしょ? なら、洗脳解除できる人とかと一緒に行動すればいいんじゃないかなって」

「なるほど、他の魔法使いの人を後衛に据えて、緋乃が前衛として動くってことね」

「そう。明乃が言った感じ。ゲームでいうバッファーみたいな、単独では戦闘能力の低い人と組めばわたしでも役に立てると思うんだけど……。どう?」

「う゛~ん……」

 

 緋乃の提案を聞いた理奈は腕組みをし、眉間に皺を刻んだ難しそうな表情をしながら深く考える。

 そんな理奈の様子を見守る緋乃は自身の提案に自信があるのか、少々得意気な表情だ。

 それを視界の端で捕らえた理奈は、このすぐ調子に乗る可愛らしい親友を、なんとかしてこの件から遠ざけるべく知恵を絞る。

 

(……緋乃ちゃんを巻き込むのは断固反対。でもこの調子じゃあの手この手で絶対関わろうとしてくるし、実際に世界クラスの実力者である緋乃ちゃんからの協力要請はありがたいはずだから、このままじゃ連合の戦力として組み込まれちゃう)

 

「理奈?」

 

(……緋乃ちゃんママ経由で大人しくしてもらうよう頼む? いや駄目だ、あの人は緋乃ちゃんに駄々甘だから、緋乃ちゃんがキリっとした顔で決意表明とかしたら一瞬で流される)

 

「理奈? 聞いてる?」

 

(いや待て、そもそも緋乃ちゃんは駄目と言われたから大人しく待ちますってタマじゃないよね。勝手に動いたり、こっちの作戦に割り込んで、そのままなし崩しで戦力として活躍する機会を狙ってくるはず。だったらせめて、お母さんに頼んで市内の見回りとか安全な場所に回してもらう方がいいかな? そうだ、私の補佐としてつけてもらうのもアリだよね。それならずっと一緒で安心だし、なんならどさくさに紛れてうれし恥ずかしあんなことやこんなことをするチャンスも……)

 

「なんかキモい顔してる。ムカつく。先生、明乃先生。お祓いお願いします」

「あいや任せられい。悪霊退散、煩悩退散。チェストー!」

「ごはぁ!」

 

 途中から妄想を垂れ流し、ぐへへと気持ち悪い笑みを浮かべていた理奈に明乃のボディーブローが突き刺さる。妄想界へと旅立っていた理奈の魂を現世へと呼び戻す。

 呼び戻すことに成功したのはいいものの、勢い余ってそのまま黄泉の国へと飛び出そうとしているのもご愛敬だ。

 

「あ、明乃ちゃん。何するのさ……」

「いやあ、可愛い可愛いお姫様がぷりぷりお怒りでねー。あとあたしもそろそろ帰りたいしー」

「いつまでも考えこんで戻ってこない理奈がわるい」

「だ、だからといって……ガクリ」

 

 頭の後ろで腕を組み、呆れたような表情を浮かべる明乃と、ツーンと拗ねた表情を理奈に向けた後にプイと顔を背ける緋乃。

 理奈はとりあえずのお約束として気絶した風の演技を一度行うと、すぐさま上半身を引き起こして真面目な顔に戻る。

 真面目な様子に戻った理奈を見て、緋乃もその顔に不満を浮かべつつも渋々といった様子で向き直った。

 

「えーっとね。とりあえず緋乃ちゃんの件についてはお父さんとお母さんに聞いてみる。だから二人も本当に関わるつもりなら、親御さんに全部に話していいから、許可とか貰ってきてよ」

 

 理奈の言葉に対し、明乃は神妙な顔を浮かべながら頷き、緋乃は嬉しそうな顔を浮かべながら頷いた。

 そんな二人の様子を見て、理奈は心の中で大きなため息を吐きながら愚痴をこぼす。

 

(これで許可が下りなければいいんだけど、というか普通は許可なんて出さないんだけど、まあ二人ともなんだかんだで説得して許可貰ってきちゃうんだろうなぁ……)

 

 この後、理奈の予感は的中。二日後の夜には理奈の元へ、無事に両親の説得を終えたと明乃と緋乃からの連絡があった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一週間の授業を終え、解放された学生たちが街ではしゃぎ回る土曜日の午後一時。緋乃、明乃、理奈の三人は緋乃の部屋に集合して作戦会議を行っていた。

 部屋の主たる緋乃は自分のベッドに、明乃は緋乃の学習用の机から拝借した椅子を反転させ、組んだ腕を背もたれに置きながら、理奈は来客用に用意されているテーブルの前に行儀よくと、それぞれ思い思いの体勢で座っている。

 

「え、わたし、大会に出ていいの?」

「それほんとに大丈夫? なんかあれだけ駄目だ駄目だって言ってたのに……」

「うん……。私も本当は大反対なんだけどね」

 

 作戦会議を始めた直後。理奈から緋乃に対し、来月に行われる格闘大会へ参加して欲しいという要望の声が上がる。

 それを聞いて訝しむ緋乃と明乃の二人。当然だ、つい先日はあれだけ理奈に参加してはいけないと口を酸っぱくして怒られたのに、今度は逆に参加しろと言われたのだ。

 二人が不審に思うのも無理はないと思った理奈は、その要望が上がるに至った経緯を話すべく口を開いた。

 

「えっとね。みんながいろいろと調べた結果、犬飼、鼠野、蛇沢、鷹野。少なくともこの四つの家が手を組んでいる事。そこまではわかったんだけど、こっちがいろいろと嗅ぎ回っているのがバレちゃったらしくてね。そこから先の情報が全く入ってこなくなっちゃったんだ」

「で、そいつらが関わってるらしい怪しい大会に緋乃を参加させて、動きを見ようってワケ?」

 

 理奈の言葉を受け、明乃がじろりと不機嫌そうな眼差しを理奈に向けた。明乃は緋乃に対し非常に甘いため、罠だとわかっている場所へ緋乃を差し向ける采配が気に食わないのだろう。

 そんな明乃に対し理奈は両手を上げてひらひらさせ、降参アピールを行いつつ話の続きを口にする。

 

「う、うん。そうなの。その四つの家が大会の背後にいるってのはわかったんだけど、なんでそんな格闘大会を開催したのかが不明なんだよね」

「普通にお金儲けがしたくて起こした大会とかの可能性はないの?」

 

 できれば汚い裏事情などない、真っ当な大会であって欲しいという願いを込めて緋乃が口を開くが、現実はそう甘くはなかった。

 

「いや、それならこそこそ隠れる必要はないからねー。何か隠れないといけない理由があるはずなの。で、その理由で真っ先に思いつくのが……」

「魔法関連ってわけね」

 

 理奈の言葉を引き継ぎ、真剣な表情をした明乃がその答えを言い当てる。明乃の答えを聞いた理奈は頷き、その答えが正解であることを示す。

 

「そう。さっき上げた四つの家は、魔法使いの中じゃ有名だから。……悪い意味でね」

「悪い?」

「うん、裏で色々と悪い事をやってるんだけど、肝心な証拠がないから手を出せない。あと魔法使いとしての技量も高いから下手に手を出せない。だから怖がられてるし、嫌われてる厄介者」

「要は魔法使い版のヤ〇ザね」

「うん、そんな感じ。マジカルヤ〇ザ」

 

 理奈は明乃の補足に対し軽く微笑み、コミカルな口調で返すことで硬くなってきていた雰囲気を解しにかかる。

 その気遣いに気付いているのか気付いてないのかは不明だが、理奈の言葉を受けて明乃と緋乃がふふっと小さく笑う。

 

「魔法使いであることを隠し、わざわざ高い賞金を用意してまで格闘大会を開く。このことから考えられる奴らの目的は、強くて若い格闘家」

「でもこの大会ってテレビでも大規模に放映されるみたいだし、優勝者にちょっかいだしたら大きなニュースになっちゃうんじゃないの?」

「そうなんだよねぇ~。若くて強い人間を求める理由と言えば、儀式の生贄とかが定番なんだけど……。その為に格闘大会なんて開くかなーって」

 

 明乃の突っ込みを受け、理奈がため息を吐きつつ、ぐでーっとテーブルの上に倒れ込む。

 緋乃は話についていけないのか、ベッドに腰掛けたまま、話し合う二人の様子をぼーっと眺めていた。

 

「よくわからないけど、とりあえずわたしは大会に出て優勝すればいいんだよね?」

 

 理奈と明乃の話が途切れたとみるや、今まで黙っていた緋乃が会話へと割り込む。

 表情こそ無表情を装ってはいるもののその目は輝いており、大会へ参加できることへの期待感でわくわくしている様子が見て取れる。

 

「うん、そういうことになっちゃった。でもまあ魔法関連の小細工に関しては安心していいよ! 私が緋乃ちゃんのすぐ側でサポートすることになったから!」

「え、理奈が? ホントに大丈夫?」

「明乃ちゃんひっどーい。私、こう見えても超優秀なんだから。神童とか歴代最優とか言われちゃうくらい凄いんだからね!」

 

 明乃からの懐疑的な声と視線を受け、ぷんぷんと怒る理奈。

 明乃と緋乃の二人は魔法使いとしての理奈をこれまで知らなかったので無理はないが、事実、理奈の魔法使いとしての腕前は非常に高い。

 本人の資質が後衛よりであるため近接戦闘こそ苦手ではあるものの、攻撃に補助に回復と、使える術は幅広い上にその練度も高く、間違いなく一流の魔法使いなのだq

 

「というわけでハイ、緋乃ちゃん」

「……指輪?」

 

 緋乃が理奈から差し出してきた小さな箱を受け取り、その中身を確認してみると、銀色に光輝く指輪が入っていた。これといった装飾の無い、シンプルなストレートタイプの指輪だ。

 箱から指輪を取り出し、顔の前に持ってきてまじまじと観察している緋乃に、理奈が指輪についての説明をする。

 

「なんて説明するかな、その指輪は緋乃ちゃんの状態を私に教えてくれてね、あと私の魔法の受信アンテナとしても機能するの。つまり、緋乃ちゃんが洗脳されたりしたら私が即座にそれを察知して、遠隔で補助魔法を飛ばして洗脳解除! みたいなことができるようになるわけね」

「おー、便利」

「なるほど。理奈が手動で魔法を飛ばす必要はあるけど、逆に理奈の手が空いてさえいれば状態異常の解除やら、バフをかけたり回復させたりとあれこれできるってわけね。……最初からそれ渡しといてもよかったんじゃない?」

 

 理奈から指輪の解説を受け、感心した声を上げる緋乃と明乃。

 二人からの賞賛を受けた理奈は照れ臭そうに頬をかきながら、何故緋乃にこの指輪をさっさと渡しておかなかったのかを語る。

 

「いやー、そういうわけにもいかないんだよね。その指輪、洗脳解除ができるってことはその逆も出来ちゃうと言いますか……。なんかこう、倫理的に不味いかなーって……。だから緋乃ちゃんも、無理して着けなくていいからね? 危なさそうな時だけ着けてくれればいいから」

「ふーん、魔法使い的な感性ってやつ? ああ、いやでもまあ確かに、冷静に考えてみたら遠隔操作でいつでも洗脳できますってのは怖い気がしないでもないわね」

「へー。でも、わたしは気にしないから大丈夫だよ。頼りにしてるね?」

 

 理奈の説明に納得した様子を示す明乃と、興味が無さそうに気の抜けた返事をする緋乃。

 しばらくの間興味深そうに指輪をくるくる回して観察していた緋乃だったが、満足したのか観察をやめると左手の小指に指輪を着けた。

 しかし、サイズが合わなかったのだろう。軽く首を傾げた緋乃は何度か手を握っては開くという動作を繰り返すと、小指から指輪を外して、人差し指へと着け変える。

 今度は丁度良いサイズだったのか、緋乃は指輪を着けたその手を理奈へ見せながら薄く微笑んだ。

 

「う、うん。私に任せて! 緋乃ちゃんは私が守るから!」

 

 緋乃に向かい守護宣言をする理奈と、そんな二人を笑みを浮かべながら見守る明乃。

 その後、緋乃は明乃と理奈の目の前でパソコンから大会へ参加申請を行う。

 無事に申請が完了すると、三人は右手を重ね合わせ、頑張るぞと声を合わせて気合を入れるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話 予選トーナメント会場にて

 全日本新世代格闘家選手権、予選トーナメント会場。

 勝陽市の隣の市である菊石市の運動公園に設置されたその会場入り口に、明乃と緋乃と理奈の三人の姿があった。

 夏に入り、気温が上がってきたことから三人とも軽装であり──特に緋乃はジャケットを脱いだことで、その肌を大きくさらしている。

 

「うわぁ~、なんか思ってたのよりずっと人が多いねぇ~」

「ん。うんざり……」

「まあ賞金凄いしねー。でも予選なのにこんな集まるなんてねー」

 

 観戦や応援に押し寄せた人数の多さに感心する理奈と明乃に対し、辟易とした声を上げる緋乃。

 身長が少々低め(自己申告)である緋乃にとって、自身よりも背の高い人間たちに周囲を囲まれ、周りを見渡せないこの状況はかなりのストレスなのだろう。

 

「緋乃が倒れても困るし、速く移動しましょ?」

「そだねー。観戦場所も確保しないといけないし。緋乃ちゃんって何ブロックだっけ?」

「Bブロック~」

 

 選手受付で貰った小さな紙を、顔の横でひらひらさせる緋乃。その紙には緋乃の言葉通り、Bのアルファベットが印刷されていた。

 それを見て明乃は緋乃と繋いでいた手を放すと、受付で貰ったパンフレットを開いてBブロックの場所を確認する。

 

「Bブロックはあっちね。あの池の向こう側にリングがあるはずよ。ほら、緋乃」

「ん」

「あ、待って待ってー」

 

 明乃は池の向こう側を指さすと、パンフレットをカバンに仕舞い込み、緋乃に向かって手を差し伸べる。

 緋乃が返事をし、差し出されたその手を握りしめると明乃は歩き始め、二人が動いたのを見て理奈もそれを追いかける。

 理奈は素早く明乃の反対側、緋乃の横に立つと空いていた緋乃の手を握り、三人でBブロックのリングを目指して移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

『さあさあ! 新世代格闘家選手権、予選Bブロック! まもなく試合開始です! 予選第一試合は……』

 

「緋乃は三試合目か。にしてもやっぱ男の人多いねー」

「まあ、女の子は普通痛いのとか嫌だし……。緋乃ちゃんみたいにアグレッシブな娘は少ないんじゃないかな……」

「みんな道着とかユニフォーム着てるし、私服の緋乃とかこれ絶対浮くでしょ。マジウケるんだけど」

「緋乃ちゃん細いし、場違い感すっごいだろうねー。実際にはぶっちぎりで強いんだけど。うふふふふ。ちょっとこう、周りの反応とか楽しみだよね。あんな小っちゃい子がすげえ! とか絶対言われるよね」

「ふふ、まあね。きっとみんなビックリするわよ~」

 

『第一試合、始まりましたァ!』

 

 リングから少し離れた位置にて、実況を務める男の声を聴きながら、明乃と理奈が話し合う。

 二人がここにはいない緋乃について話し合っていると、カーンと試合開始のゴングが鳴り、実況の声が響き渡る。第一試合が開始されたのだ。

 

(すすむ)選手、ジャブ、ジャブ、ジャブ! 相変わらずの素早いジャブの嵐に(たける)選手近寄れ……! おおっ! ああーっ! 仕掛けた! 仕掛けました武選手! ジャブの嵐をかいくぐり、自慢の正拳突きィ! これは効いたァー! 進選手苦しそうだァー!』

 

 リングの上で、ボクシングのユニフォームを身に纏った長身痩躯の進選手と、空手の道着を身に纏った筋肉質な武選手がぶつかり合う。

 序盤から進選手に滅多打ちにされていた武選手ではあったが、後が無いと覚悟を決めたのか、突如パンチの連打の中に突っ込んだかと思うと強引に正拳突きを当てに行く。

 その作戦は成功し、攻守は逆転。盛り上がる観客たち。そんな試合を緋乃は選手の控えエリアである地点から、そこに生えていた木に手を当てながら冷めた目で眺めていた。

 

(レベルが低い……。まあ、所詮は予選ってことかな。手加減してあげないと死んじゃうかもだね……)

「俺の相手はキミか。オイオイ、随分と可愛らしい女の子じゃないか!」

「んゅ?」

 

 背後から声をかけられて緋乃が振り返る。するとそこには、日焼けした肌に黒いジャージを着た金髪の男が立っていた。

 

「俺、一也(かずや)ってんだ。君の対戦相手。ヨロシク!」

「ん、よろしく……」

 

 サムズアップをしながら歯をキランと輝かせ、爽やかな挨拶を飛ばしてくる一也と名乗る男。チャラい見た目に反して礼儀正しい男のようだ。

 邪険に扱われるのならばともかく、礼儀には礼儀で返すのが大人の対応ということで、緋乃も挨拶を返す。

 

「いきなりで悪いんだけどさ、キミって気とか使える系? ああいや、偵察とかそんなんじゃないよ? なんか予想以上に可愛い子だったからさ、マジメに戦っちゃっていいのかなーって」

 

 それを偵察というのでは? と緋乃は思ったが、あえて口には出さなかった。

 緋乃は自身の外見が全く強そうに見えないということは一応理解しており、一也の疑問も最もだと思ったためだ。

 しかし、理性で理解してはいても感情の方はそうはいかない。緋乃の目が不機嫌そうに細められ、その体から不穏な気が発散されていく。

 

「もちろん使える……。使えないのならここに来ない……」

「あ、やっぱ気ィ使えるんだよかった! それはそうとキミ滅茶苦茶可愛いねー! ねえ何歳?」

「12歳……」

「12歳!? 下限じゃん! 幼く見えるタイプかと思ったらガチ幼い系か……。うっわー残念。もうちょい上なら絶対に告ってたんだけどなー!」

 

 不機嫌そうに対応する緋乃の様子に気付かないのか、あえて無視しているのか。緋乃への態度からして恐らく前者なのだろうが、機嫌良さそうに話す一也に対し、緋乃の機嫌はどんどん下がっていく。

 

「ああここにいた、探しましたよ一也選手。そろそろ準備をお願いします」

「お、もうそんな時間ー? すーいまっせーん、すぐ戻りまーっす。んじゃ緋乃ちゃんまたね。痛くないようちゃんと手ぇ抜いたげるから安心していーよー」

「…………!」

 

 大会の運営委員らしき男に連れられ、緋乃に手をヒラヒラ振りながら離れていく一也。

 緋乃は誰かと付き合った経験がないのであまり理解はできていないが、彼がずっとこちらに気を遣っていたことぐらいはわかる。

 きっと、自身より幼い相手に必要以上に怪我をさせないように緋乃の大まかな戦闘力を確認しに来て、更には緋乃が年上の男性相手に怯えないようにと優しく接したつもりなのだろう。

 

 しかし、その気遣いが逆に緋乃の逆鱗に触れた。もっとも、緋乃にもすぐ相手を見下して手を抜く悪癖があるのであまり人のことは言えないのだが。

 だがしかし、緋乃はそれを棚に上げて静かに怒りのボルテージを上げていく。

 

「ひぇっ……」

 

 一也が見えなくなった瞬間。緋乃の拳がすぐ横にあった大木へと突き刺さり、一瞬の抵抗も許さず貫通する。

 ちょうど緋乃を案内しに来たのだろう。若い女性スタッフがその光景を目撃して情けない声を上げたが、今の緋乃にスタッフを気遣う余裕などない。

 声を上げたスタッフへとジロリと不機嫌丸出しの目線を向ける。

 

「ひ、緋乃選手……ですよね? もうすぐ出番なので、準備していただけたらなぁ~って……」

「わかった……」

 

 機嫌の悪い緋乃に対しビクビクと怯えた様子を見せながらも、自身の務めをしっかりと果たそうとするスタッフ。

 ボランティアだというのに仕事を投げ出さない、とても偉い女性である。

 

「え! あの娘も選手!?」

「ウッソ~! カワイイ~!」

「キャー! すっごい可愛いー! こっち見てー!」

「ほう。余分な肉の無い、すらりとしたいい脚……。是非とも踏んで欲しい!」

「ゲェーッ! あれは地獄(ヘル)子猫(キティ)! やはり出ていたか、大将に報告せねば!」

「いや、確かに可愛いけどよぉ。これ格闘大会だろ!? ホントに戦えるのかよ、大丈夫か!?」

「緋乃ちゃん頑張れ~! フレー! フレー!」

 

 緋乃はそのままスタッフの先導に従って移動し、予選のリングへとたどり着く。緋乃が姿を現した瞬間に黄色い声が飛び交い、大きく盛り上がりを見せる会場。

 しかし、緋乃のその可憐な外見を褒め称える声は数多くあれど、実力に関して声を上げる人間はほとんどいない。あっても緋乃を弱者と見なし、心配する声ばかりだ。

 

「むぅ……」

 

 声援に対し、その唇を尖らせて不満の声を漏らす緋乃。

 しかし当然だろう。今まで大会などに参加したことのない緋乃は完全に無名であり、観客は緋乃のことを外見で判断するしかないのだから。

 そして緋乃の外見はどこに出しても恥ずかしくの無い、小柄な細身の美少女。格闘というイメージから対極の存在だと言っても過言ではない。

 

『Bブロック予選第三試合! 対戦するのは数々の高校生大会において活躍し、華々しい実績を持つ高校生格闘家! 格闘スタイル、ジークンドー! 神速の大森一也! 相対するは……おっと、これは驚き! 本当に戦えるのか!? なんと本大会最年少12歳! 格闘スタイル不明! 謎に満ちた可憐なる美少女! 不知火緋乃!』

 

「フフッ、お手柔らかに頼むよ」

「…………こちらこそ」

 

 リングに上がり、向かい合って挨拶を交わす一也と緋乃。二人が挨拶を終えると同時に、試合開始を示すゴングが鳴り響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話 予選Bブロック第一試合

「シィッ!」

 

 ゴングが鳴ると同時に、全身に気を纏った一也が動く。緋乃に向かい素早く踏み込んで距離を詰めると、その顔面へ向けて高速の縦拳を放つ。

 試合前の邂逅時の宣言通り、手を抜いた一撃なのだろう。まだまだ余裕を残していることが伺える、温い一撃だった。

 

「……!」

 

 当然のごとく、そんな手抜きの拳など緋乃には通じない。軽く顔を動かすことで危なげなく回避。同時に右脚へ気を込め、強烈なミドルキックを一也へ目掛け放ち──直撃。緋乃の脚に、骨の軋む感覚が伝わってくる。

 

「ぐぁっ……! はあっ!」

 

 ダウンこそ避けたもの、の後ろに吹き飛び苦悶の声を上げる一也。そして、それを片脚を上げた態勢で無表情で眺める緋乃。

 

『おおーっと! 緋乃選手! 一也選手の素早い拳を回避し、カウンターの蹴り! 緋乃選手、見た目に反してパワータイプのようだ! マトモに食らった一也選手、苦しそう!』

 

「おおおおぉぉ、いきなりかよ!」

「頑張って一也くーん!」

「嬢ちゃんいいぞー!」

「イェー! 流石緋乃ちゃん! ぶっちぎりー!」

 

 試合開始直後のクリーンヒット。それを見て解説の声が響き渡り、遅れて観客から歓声や悲鳴が上がる。緋乃を褒め称える声、一也を心配する声。歓声の内容は様々だ。

 

「ぐぅっ、やるじゃないか。可愛い見た目に反してなかなか狂暴だね……。なら!」

「無駄口」

 

 緋乃の蹴りの威力が予想以上だったのだろう。一也の表情から緋乃に対する侮りの色が消えた。それを見て少し機嫌をよくする緋乃。

 一也は体勢を立て直すと再び半身の構えを取り、緋乃へと牽制の拳を連続で繰り出した。

 

「せああぁぁっ!」

(拳から躊躇いを感じる。まさか、この期に及んで躊躇うなんて)

 

 一也は隙の少ない速度重視の拳で緋乃を牽制し、その回避や防御の隙を見つけては蹴り技を挟み込む。しかし、緋乃はそれらすべてを防ぎ、かわし、受け流す。

 

『一也選手、攻める攻める! 猛攻だぁー! しかし緋乃選手も負けていない! 一也選手の猛攻を上手く受け流しております!』

 

 だが、しかし。緋乃という少女は、そのような躊躇いを含んだ腑抜けた技で倒せるほど甘くはない。一瞬でも気を抜けば、容赦なく喉笛に牙を突き立ててくる猛獣だ。

 そして今、その猛獣が一也へと牙を剥こうとしていた。

 

「いくよ」

「しまッ……!」

 

 試合開始直後にカウンターの蹴りを叩き込んでから、ひたすら防御に徹していた緋乃が逆襲を開始する。

 パンチを放った一也の腕が伸び切る瞬間を狙い、左腕を用いてその拳を外側へ強く弾き飛ばすと──すかさず踏み込んで、先ほど蹴りを叩き込んだ部位へと気を纏った拳を叩き込む。

 

「か……は……っ!」

 

 先ほどの蹴りで既にダメージを負っていた部位への追加攻撃。目を見開き、肺の中の息を全て吐きだして苦しむ一也。

 拳から一也の骨がボキボキと折れる感触を感じ取った緋乃は、与えたダメージの大きさに口元を歪める。

 

(まだまだ……!)

 

 緋乃の攻撃は終わらない。短いバックステップで素早く距離を整えると、今度は左脚へ気を集中。よろめく一也の頭部へ向けて、強烈なハイキックを叩き込む。

 

「せいっ!」

「があああぁっ!?」

 

 悲鳴を上げ、吹き飛んでその勢いのままリング上を転がっていく一也。それを見て、静まり返る観客と実況。

 うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない一也の姿に、観客たちがざわめきだす。

 

「決まったな……。あんなん貰ったらもう起き上がれねえだろ」

「ていうかあれ死んだんじゃね? なんか倒れ方ヤバくね?」

「か、一也くん……」

 

『…………はっ! ダウーン! ダウンダウンダウーン! これは決まったか!? これは決まったかー!? 緋乃選手の強烈な蹴りが頭に決まってしまったァー!』

 

「カウント1!」

 

 ざわめく観客の声を受け、我を取り戻した実況が高らかに叫びを上げ、レフェリーがカウントを開始する。このまま10カウントが経過すれば緋乃のKO勝ちだ。

 

「2! 3!」

「う……ぐ……」

 

「おい動いたぞ! 生きてるぜ!」

「さっさと起きろー! 負けちまうぞバカヤロー!」

 

 カウントが開始されてすぐ、一也が意識を取り戻したのか身じろぎをする。それを見て歓声を上げる観客たち。

 はじめはぼーっとした様子だった一也だが、観客たちの大声を受けてすぐにその意識をはっきりさせると立ち上がるために動き出す。

 

「ま、まだだ……。まだ、やれる……」

「いいぞー! 立てぇー! あの生意気なガキをぶっ飛ばせぇ!」

(馬鹿だね……。起き上がったところで、わたしに勝てるわけないのに)

 

 意識を取り戻した一也が起き上がろうともがくが、受けたダメージが大きすぎるためになかなか立ち上がることが出来ない。

 一方、何とか立ち上がって戦闘を続行しようともがく一也に対し、冷たい視線を送る緋乃。

 

(確かに、意識を取り戻したのは予想外。でも、それだけダメージの蓄積した肉体ではもうまともに動けない。わたしの勝ち)

「ぐ……お……おおっ……!」

 

 一也がもがいているその間にも、無情にカウントは進んでいく。

 

「7!」

「ぐっ……。ちく……しょ……」

 

 10カウントにはどうあがいても間に合わないことを悟ったのだろう。一也は立ち上がろうとするのを諦め、どすんと尻もちをついた体制で座り込む。

 一也はそのまま頭を下げ、大きく深呼吸を繰り返し続けた。

 

「10!」

 

 試合終了のゴングが鳴り、実況の男が大きく叫ぶ。観客たちからこれまで以上の歓声や悲鳴が上がる。

 

『試合終了ーッ! 勝者、不知火緋乃選手ー!』

 

「うあああー! すっげえ、マジかよ! マジかよ!」

「うおおおおー! 緋乃ちゃんサイコー! ファンになりましたー!」

「すっげー! あんなちっこい娘が一也を倒しやがった!」

「情けねえぞー! 何そんなチビ助に負けてやがるー!」

 

 興奮冷めやらぬ観客たちの声を背に、座り込んだまま動けない一也へと緋乃が歩いて近づいていく。

 目線は向けていないが、足音が聞こえていたのだろう。一也は近寄ってくる緋乃へ顔を向けると、苦しそうにしながらも笑顔を浮かべた。

 

「ははっ、強いねキミ。俺なんかよりもずっと強い。手加減するとか偉そうなこと言っといてこれとはね……。お恥ずかしい限りだ」

「ん。あなたもなかなか強かった」

「ははは、お世辞はいいよ。俺はキミに一方的に負けた。何もできなかった。これが事実だ。……はぁ、悔しいなあ」

「リベンジ、待ってる。……次は、手を抜いていないあなたと戦いたい」

 

 一也を叩きのめしたことで満足したのか、緋乃は試合前にあれだけ荒ぶっていた心が嘘のように落ち着いていることに気付いた。

 内心のわだかまりを解消した緋乃は、座り込んだ一也へと微笑みながら手を伸ばす。それを見て、一也も笑みを浮かべながら緋乃の手を取った。

 

『両選手、互いの健闘を称える握手! 凄まじい試合でした! 本当に凄まじい試合でした!』

 

 握手する二人を見て、観客から拍手が飛ぶ。観客たちも一通り叫んで満足したのだろう。その顔は試合中の必死な形相とはうってかわり、落ち着いた様子だ。

 しかし、そんな観客たちの後方がふと騒がしくなってきた。何の騒ぎだと緋乃は思ったが、直後に聞こえてきた声ですぐにその疑問は氷解することとなる。

 

「救護班、急げ―! こっちこっち!」

(ああ。そういえば骨、砕いちゃったね。でも、今はすぐ治るからいいよね)

 

 タンカに乗せられ、運ばれていく一也をリングの外から見送る緋乃。もっとも、特に心配はしていないが。

 クローン技術を利用した再生医療やらなにやら、最近の医療技術の進歩には凄まじいものがあり、即死でさえなければ大体治せると言われるほどだ。

 故に現在の格闘家たちの試合は割と荒く、骨折程度は日常茶飯事なのだ。

 

(わたしの前世の時は、確かもっと技術とか低かったよね。ギフトなんて便利な能力もなかったし)

 

 内心で前世における医療技術と今世における医療技術の差を比べ、いい時代になったものだと一人頷く緋乃。例え肌を切り裂かれても傷痕が残ったりすることはないので、緋乃のような女の子にとっても優しいのだ。

 傷痕やらを気にするのなら格闘技なんかやるなよと言われてしまいそうだが、それはそれ。これはこれ。治るのなら治ったほうがいいに決まっていると自己弁護をする緋乃であった。

 

(とりあえず、これで第一関門突破ヨシ。ええと、あともう一試合に勝てば、本戦出場者を決めるトーナメントに出れるんだっけ?)

 

 そのまま数秒ほどかつての世界について思いを馳せていた緋乃だが、今はそれよりも重要なことがあると思い直して思考を切り替えることに。

 軽く目を閉じると、パンパンと両手で頬を叩いて気合を入れ直す緋乃。まだ第一試合を突破しただけであり、終わりではないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話 第一試合を終えて

「緋乃ちゃ~ん! 勝利おめでとー!」

「余裕の勝利、流石ね」

「ぶい」

 

 予選第一試合に無事勝利した緋乃は、リングから離れた地点で理奈と明乃と合流していた。

 ハイタッチをし、喜びを分かち合う三人の少女。そんな三人を見て、周囲の人間がざわつき始める。

 

「おい、あれって……」

「あらかわいい……」

「こんな子供があの一也をね……」

 

 恐らくは先ほどの試合を見ていた人間だろう。視線の大半は緋乃へと注がれている。

 その大半が好奇の眼差しであり、批判的なものがほとんど含まれていなかったことは緋乃にとっての救いか。

 

「う……」

 

 大勢の人間からじろじろと視線を向けられ、少しだが怯む緋乃。

 これが敵意の籠った視線ならば容易に跳ねのけ、逆に好意的な視線なら素直に受け入れることができただろう。

 しかし緋乃にはそのどちらでもない、好奇心からくる無遠慮な視線にはどう対応していいかわからなかった。故に怯んだのだ。

 

「……行くよ、二人とも」

「うわーお……」

「あ、待って待って!」

 

 居心地が悪そうに肩をすくめる緋乃を見て明乃は軽くため息をつくと、その手を引いて速足で歩きだす。

 ずんずんと進む明乃に引っ張られ、転びそうになりながらも何とかついていく緋乃。一泊遅れて、理奈もその後へと慌てて続く。

 周囲の群衆も、わざわざ追いかけてまで話を聞いたりするほどの興味を抱いていなかったのであろう。三人はあっさりと人込みから離れることが出来た。

 

 

「ありがと、明乃」

「どういたしまして」

「もー、何なのあの人たち!」

 

 予選大会から離れた、なだらかな丘のような運動エリアまで来たことでようやく好奇の目から逃れられた三人。

 人の目が減ったことで余裕が出てきたのか、先ほどまでの緋乃に対する仕打ちに対し憤る理奈。そんな理奈に対し、明乃が宥めるかのように口を開く。

 

「まあそりゃねえ。あの一也って人、結構有名なんでしょ? そんな奴を緋乃みたいにちっちゃな女の子がいきなりボコボコにしたら、注目されるのもしゃーないでしょ」

「小さくない。わたし平均」

「まあ、緋乃ちゃん可愛いから注目する気持ちはわかるよ? でも、だからといってあんなジロジロ見るのは失礼だって。ねえ緋乃ちゃん?」

「ん……」

 

 理奈から話を振られるも、どう答えていいかわからないので言葉を濁して誤魔化す緋乃。

 理奈の言う通り無遠慮な目線で見られるのは好きではないが、同時に自分が注目される理由もわかるので強く否定することもできない。

 どう答えるべきか少し困った様子を見せる緋乃だったが、そんな緋乃を見かねたのだろう。それまでの会話を打ち切るように、明乃が新たな話題を口にする。

 

「それより、次の試合は午後でしょ? 適当にお店探して昼ご飯食べようよ」

「賛成。この近くって何かあるっけ?」

「ちょっと待って。今調べるから」

「わたしも調べる」

「ふっふっふー」

 

 スマホをカバンから取り出し、周囲の飲食店を調べようとする明乃と緋乃。そんな二人を前に、理奈が不敵な笑みを浮かべる。

 何事だと明乃と緋乃の二人が理奈へ目を向けると、理奈は得意げな顔を浮かべながら口を開いた。

 

「じゃーん! 実はお弁当用意してきました!」

「うお、理奈それどこから出したの!?」

「でかい……!」

 

 理奈が両手を体の前に出すと、一瞬にしてその手に大きな弁当箱が現れた。

 それを見て、驚いた声を上げる明乃と緋乃。理奈が魔法使いだということを知ってはいても、ここまでのことが出来るとは思っていなかったのだろう。

 驚く二人に対し、笑顔でネタ晴らしをする理奈。

 

「アポート。遠くにあるものを取り寄せる魔法だよ。ふふふ、びっくりした?」

「こんなこともできるんだ。便利」

「いやまあ、確かにびっくりしたけど人目とか……」

「大丈夫だよ、そこら辺は抜かりないです」

 

 目を輝かせて素直に感心する緋乃に対し、周囲へチラチラと目線を送りながら理奈へと苦言を呈する明乃。

 しかし、理奈は心配ご無用とばかりに笑みを浮かべてその指摘に声を返す。

 

「いわゆる認識阻害ってやつだよ。周囲からの注目を避けるのは私たちの基本スキルみたいなものだからねー。さっきみたいに既に注目された後だと難しいけど、そうじゃないなら余裕だよ」

「おー、便利。とても便利。わたしも使ってみたい」

「まったく、そういうことは先に言いなさいよね。焦っちゃったじゃない」

「てへへ、二人をびっくりさせたくて。あと残念ながら緋乃ちゃんは魔法の才能ゼロなので、私が代わりに使ってあげます」

「がーん。ショック。しくしく」

 

 騙す気がまるで感じられない泣き真似をする緋乃を見て、小さく笑い声を上げる理奈と明乃。

 三人はその後、適当なベンチを探すとそこに座って少し早めの昼食をとることにした。

 大きな木をぐるりと取り囲む形で配置されたベンチに緋乃、理奈、明乃の順に座り、弁当箱は理奈の膝の上とその左右に計三箱置かれている。

 

「緋乃ちゃん、午後からの試合って何時からだっけ?」

「んむ? んぐんぐ……ぷは……。ちょっと待って。今確認する」

 

 緋乃が弁当箱の中から取り出したおにぎりを両手で持ち頬張っていると、同じようにおにぎりを片手に持つ理奈が話しかけてきた。

 その声を受け、緋乃は急いで頬張っていた分のおにぎりを飲み込むとペットボトルのお茶で胃へと流し込み、ふうと一息ついてから口を開く。

 

「んとね。13時まで休憩で、13時15分から試合再開。んで、わたしの試合は14時からみたい。そしてそれに勝ったら、1時間ちょっとの休憩を挟んで15時半からBブロックの決勝戦。それで今日は終わり。本戦出場者を決めるトーナメントはまた明日」

「今は……12時15分だから、結構余裕あるわね」

「まあ緋乃ちゃんは自分の試合サクっと終わらせたもんねー」

「ん……」

 

 カバンから受付で貰った予選大会のパンフレットと、試合勝利後に貰った小さな紙を取り出して予定を確認する緋乃。

 その予定を聞いた明乃はスマホを取り出して現在の時刻を確認して声に出し、横に座る二人に伝える。

 それを聞いた理奈は隣に座る緋乃を褒めながら、空いている手でその長いツインテールに手ぐしを通す。理奈に髪を梳かれた緋乃は軽く目を閉じ、心地良さ気な声を上げる。

 

「コラ、手ぐしは髪を痛めるわよ~」

「え、そうなの? ごめんね緋乃ちゃん」

「ん、大丈夫。わたしも初耳」

 

 明乃から注意を受けたことで、理奈は慌てて緋乃の髪から手を放し、申し訳なさそうな声で緋乃に謝る。

 そんな理奈に対し、気にしないでと声を上げる緋乃。

 

「ふふん、そうなのよ。手ぐしだと摩擦が大きすぎて髪にダメージが行っちゃうってネットに書いてあったのよね。ちゃんとした櫛を使いなさい、だって」

「へー、そうなんだ」

「う、わたし結構手ぐしやってた……」

「ま、まあ摩擦とかがいけないらしいし? 緋乃は髪すっごいサラサラで、手ぐしでも全然ひっかからないからダメージ少ないわよ。きっと」

 

 ネットで得た知識を得意げな顔で披露する明乃と、それに感心する理奈。それに対し、これまでの自信の行いを思い返して落ち込む緋乃。

 そんな緋乃に、理奈が救いの手を差し伸べる。

 

「ふふふ、じゃあそんな緋乃ちゃんには私愛用のシャンプーとトリートメントをプレゼントしちゃおうかな!」

「いや、緋乃ってかなりお高くていいやつを使ってた……まさか!」

「ふふ、そのまさかだよ明乃ちゃん。魔法薬学の専門家が、髪にいい薬草やら霊草やらの成分を抽出して独自に配合した、マジカルシャンプーでございます!」

「おおっ……! さすが理奈、わたしの最高の親友……! 困ったことがあったら何でも言って。わたしにできることなら何でもするよ」

「うっそーずるーい! 理奈、あたしにもわけてわけて! ほら、あたし達って小っちゃい頃からの友達じゃない!」

「ふっふっふ~、どうしよっかな~。最近ほら、明乃ちゃんの私への扱い悪いしな~。あ、緋乃ちゃん、私その卵焼きが食べたいなぁ。あ~ん」

「お任せくださいお嬢様。はい、あ~ん」

 

 理奈の話を聞いた緋乃と明乃が一気に目を輝かせ、全力で食いつく。二人からの賛美を受けた理奈は得意満面といった様子だ。

 自身の圧倒的優位を確信して、ニヤニヤと笑いながら全力で調子に乗る理奈と、自分もそのシャンプーを分けてもらおうとして媚びる明乃。

 いやらしい笑みを浮かべながら召使いのように緋乃を侍らし、その手から卵焼きを直接食べさせてもらう理奈の姿はさながら悪徳貴族のようであった。

 

 

 

 

「ご馳走様でした。いやー、美味しかったわよ。ありがとうね、理奈」

「ご馳走様でした」

「ふふ、お粗末様でした。まあ、作ったのは私じゃなくてお母さんだけどね」

「じゃあ理奈のお母さんにも伝えといてよ。明乃がお礼言ってたよーって」

「あ、一緒にわたしのも」

「はいさー」

 

 元からそのつもりであったのだろう。あれからすぐ理奈からシャンプーを分けてもらえることになった明乃は、食事を終えると上機嫌に手を合わせる。

 それを見て、普段は面倒だからと口で挨拶を言うことはあっても合掌まではしない緋乃も手を合わせた。

 理奈は二人から弁当を用意してくれた事への礼を受けるも、自身が作ったわけではないので少々照れくさそうな表情を浮かべる。

 

「ほい転送っと。はい、これで身軽になりました」

「へー、改めて見ると便利ねぇ」

「わたしも魔法、使いたかったな……」

 

 理奈が空になった弁当箱を自宅へと転送し、それを見て感心した表情をする明乃と緋乃。

 大きい弁当箱が突然フッと消える様子が興味をひいたらしく、緋乃が未練がましい声を上げる。しかし、理奈曰く魔法を扱う才能がないのでどうしようもない。

 そのままなんとなく、誰が口を開いたわけでも無いが食休みを行う流れになり、三人は食事を行ったベンチでそのまま休憩することとなった。

 

「あ、そうだ緋乃、ちょっと休憩したら軽く組手しない? 緋乃の試合見てたらあたしも体動かしたくなってきちゃってさー」

「え、緋乃ちゃん午後から試合なのに?」

「わたしは別にいいけど? 食後の運動にもなるし」

 

 思い思いに足を延ばし、のんびりとベンチで休憩していた三人だが、ふと思いついたといった様子で明乃が緋乃へと組手の誘いをかける。

 言外にやめておいた方がいいのではと理奈が声を上げるも、緋乃は腹ごなしに丁度いいとばかりにこの誘いを受けることに。

 その後、三人は20分ほどベンチで休憩しつつ他愛のない雑談を行い、動いても問題ない程度に調子が回復したところで、明乃と緋乃の二人は軽く組手を開始することになったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話 明乃との組手

「いやー。あたしのワガママにつき合わせちゃって悪いわね、緋乃」

「ん。別にいいよ、大丈夫」

「二人とも、怪我とかしない程度にね! 特に緋乃ちゃんはもうすぐ試合なんだから、絶対に怪我したりしちゃ駄目なんだからね!」

「だいじょーぶだって。あたしと緋乃はしょっちゅう手合わせしてるんだから」

「軽く合わせるだけだから、安全だよ」

 

 ベンチからほんの少し、10m程離れた位置にて向かい合う明乃と緋乃。

 理奈はそんな二人から少し離れた位置に立ち、心配した様子で二人へと忠告をするが、二人ともリラックスした様子でその言葉を受け流す。

 

「うう……。それじゃあ、はじめ!」

「しっ……!」

「ふっ……!」

 

 渋々といった様子で理奈が手合わせ開始の宣言をすると、明乃と緋乃はお互いに気を纏って前方へ突進。

 緋乃は突進の勢いのまま回し蹴りを、明乃は緋乃の脚に合わせるように右拳を振るい……二人の脚と拳が激突。パァンという空気が弾ける音が周囲へと響き渡り、その際に発生した衝撃波で木々が騒めき、芝が揺れる。

 明乃と緋乃は互いにバックステップを行って距離を取ると、顔を見合わせてニヤリと笑う。

 

「それじゃあ行くわよ緋乃。熱くなり過ぎないよう注意ね」

「わかってる」

 

 緋乃は言葉を発し終えると同時に再び明乃へと踏み込み、加減してミドルキックを放つ。今回は本気の闘いではなくただの組手なので、あえてガードしやすい位置を狙ったのだ。

 しかし、手加減した蹴りとはいえどもその速度はかなりのものであり、午前中の試合で放たれた蹴りに匹敵するほどの速度だ。

 

「ほいっと。お返し!」

 

 明乃は涼しい顔をしてその蹴りを片腕で受け止めると、緋乃にお返しと言わんばかりの中段蹴りを返してくる。

 こちらの蹴りもかなりの速度であり、緋乃が放ったものと遜色のないレベルだ。

 

「むっ」

「どんどん行くわよー!」

 

 明乃と同じように、腕で蹴りを受け止めた緋乃。そんな緋乃に対し、明乃が連続攻撃を繰り出す。拳、拳、蹴り、拳、蹴り、拳、拳。

 次々と繰り出される明乃の攻撃に対し、緋乃も合わせるように攻撃を繰り出して迎撃する。中空で何度もぶつかり合う拳と脚。

 炸裂音が何度も響き渡り、周囲に潜んでいた鳩やカラスが飛んで逃げ、そしてその炸裂音を聞きつけた人間が寄ってくる。

 

「おっ、なんだなんだ?」

「喧嘩か? うわっ、なにあれ。二人ともめっちゃ可愛いじゃん」

「お、美少女同士の喧嘩だって? 動画動画」

「おっほー、これは目の保養になりますぞぉ」

 

(うわぁ……、なんかどんどん人集まってきちゃった……。でもしょうがないよね、あんな凄い音パンパンさせたら注目集めるに決まってるし。うーん、そろそろ止めさせた方がいいのかな?)

 

 二人の組手の影響が、理奈の使っていた視線除けの魔法の効果を超えたのだ。

 元々、あくまで相手の視線をなんとなく寄せ付けない程度の魔法であり、そこまで大した効果の魔法ではないのだからこの結果も当然だろう。

 組手ということでお互いに手加減をしていたからか。明乃と緋乃も少しづつ周囲に人が増えてきたことを察知すると、見合わせたように同時にバックステップを行って距離を取る。

 

「ふう、そろそろ終わりにしよっか。万が一でも騒ぎになったら困るし」

「だね。人増えてきちゃったし」

「じゃあ、次でラストね。気持ちよくデカいので〆ましょっか」

「おっけー」

 

 互いに手を休め、次の一撃を最後にすることを確認し合った明乃と緋乃。二人の纏う気が膨れ上がり、互いの肉体を包む光がより一層強くなる。それを見て、二人の組手を遠巻きに見守っていた野次馬たちも息をのむ。

 

「いくわよ!」

「ん!」

 

 明乃の宣言に緋乃が返すと同時に、これまで以上のスピードで踏み込む二人。その速度は、もはや常人では目で追えない程の領域に到達している。

 互いに超高速で接近した二人は、同時にその脚を振り上げ──脚と脚がXの字を描くようにぶつかり合い──これまでとは比べ物にならないレベルの爆音が響き渡った。

 

「うおおお、なんだ!?」

「ひええ!」

「爆発!?」

「なんだ、事故か?」

 

 一般人からすると、二人の少女が大技を打ち合うのは予測できても、その破壊力までは予想外だったのだろう。

 予想をはるかに超える爆音に対し、目の前の少女たちこそがその発生源であるとは認められず、事故かテロでも起きたのかと周囲をきょろきょろと見回す野次馬たち。

 周囲がざわめいているその隙に、明乃と緋乃は動いた。

 

「いよっし、満足! さあ、さっさと逃げるわよ~!」

「理奈、じっとしててね」

「え、え? うひぃ!? ひ、緋乃ちゃん!?」

 

 明乃は野次馬たちの反対方向、運動公園に設置された大会予選会場側へ向かって猛スピードで駆け抜ける。

 緋乃は理奈の元までダッシュで戻ると、素早く理奈をお姫様抱っこの形に抱きかかえて、既に走り去った明乃を追いかける。

 瞬時の判断力と対応力に優れる明乃が先導して、人の少なく姿を隠せる道を選び取り、スピードに優れる緋乃がそれを追いかける逃走のコンビネーションだ。

 三人の少女たちの姿はあっという間に見えなくなり、その場には、嵐のように去っていった少女たちにぽかんとする野次馬たちが残された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いっやー、ちょいとはしゃぎ過ぎちゃったわね! あっはっはっは!」

「うん。まさかあそこまで目立つとは……」

「いやいや、あんなにパンパンとデカい音させたら目立つに決まってるでしょ! 二人とももうちょっと手加減しなよ!」

 

 野次馬を振り切り、予選会場へと戻ってきた三人。陽気に笑いながら反省の意を述べる明乃とそれに同調する緋乃に対し、理奈が容赦なく突っ込みを入れる。

 しかし、理奈に突っ込まれても主犯の二人はへらへらと笑うばかりで全く効いた様子を見せない。それを見て、あーもうと頭を抱える理奈であった。

 

「まったくもうー。喧嘩とかと勘違いされてケーサツとか来たら、時間取られて大変なんだからね。緋乃ちゃんとか、試合に間に合わなくなって失格になってたかもしれないんだよ」

「げ、それは困るわね……」

「困る。とても困る」

「だったら時と場所を選ぶこと!」

「はーい……」

 

 緋乃の試合を引き合いに出され、ようやくマトモな反省の意を示す明乃と緋乃。

 それを見て理奈も溜飲を下げたのか、つりあがっていた眉が元に戻る。

 

「にしても、明乃ちゃんも凄いんだね。緋乃ちゃんとやり合えるぐらい強いとは聞いてたけど……」

「まあねー。緋乃の特訓相手って大体あたしだったし、付き合ってるうちに自然とね」

「明乃はすごいよ。ちょっと教えたら気の扱いもあっという間に身に着けちゃったし、ギフト込みならわたしとほぼ互角だもん」

「そうは聞いていたけど、正直、緋乃ちゃんの身内評価だと思ってたよ……。緋乃ちゃんの評価ってかなりガバガバだし……」

「怒るよ?」

 

 ふふーんと得意気にふんぞり返る明乃と、そんな明乃を褒める緋乃。そんな明乃を見て、理奈が感心した声を上げる。

 

「いやいや、それは緋乃が手加減してくれるからだよ。本気の緋乃は流石に無理」

「まあそうだよね。緋乃ちゃんって知り合いには優しいし」

「そんなことないと思うけど……」

「本気の緋乃は急所攻撃とか部位破壊とか平気で狙ってくるからね。正直なとこ、脳と心臓さえ動いていれば後はなにしたって問題ないとか思ってるでしょ」

「ん? 問題ないでしょ? どうせ治るんだし……」

「…………」

「…………」

「え、なんで黙るの。こわい」

 

 三人が話し合っていると、公園に備え付けられたスピーカーからジジジとという音が聞こえてきた。古いスピーカー特有の、起動直後に鳴る音だ。

 その音を聞き、三人だけではなく周囲にいる大勢の人間も話を一斉に話をやめる。

 

『お待たせしました。これより全日本新世代格闘家選手権予選、午後の部を開始いたします。試合に参加する選手は所定の場所への集合をお願いいたします。繰り返します。これより全日本……』

 

「始まったわね。頑張ってね、緋乃」

「緋乃ちゃん、ファイトだよ!」

「ん。がんばる」

 

 明乃と理奈からの応援を受け、微笑む緋乃。三人はそのまま、緋乃の予選会場であるBブロックへと移動するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話 Bブロック予選準決勝

『さあBブロック予選準決勝第二試合! 大川剛二選手対不知火緋乃選手、まもなく開始です!』

 

「キャー! 緋乃ちゃん頑張ってー! 頑張れー!」

「頑張れチビ助ー!」

「緋乃ちゃーん! あ、こっち見た! 可愛いー!」

「照れててカワイイー! ガンバレー!」

 

 リングへと姿を現した緋乃に対し、黄色い声援が乱れ飛ぶ。既に前世の記憶の大半を忘れてしまった緋乃にとって、これだけの声援を受けるのは初めての経験だ。

 

 声援を受けた緋乃は目を丸くして驚いていたが、すぐ我に返ると慌てた様子で観客へとはにかみながら手を振った。

 頬を染め、照れくさそうに手を振るその姿を見て、観客たちがより一層盛り上がる。

 

『先の予選第一試合で見せた雄姿の影響か!? リングに咲く可憐なる花、緋乃選手! 一気にファンを増やしたようです! やや女性ファンが多めか! 声援を受けて照れています! 年相応の可愛らしい姿だ! しかし見た目に騙されてはいけません! その可愛らしい見た目に反し、かなりのパワーの持ち主です!』

 

 緋乃が声援に照れている間。その反対側からは裸足に柔道着姿の、筋骨隆々の大男が登場する。

 その身長は180cm以上はあるだろうか。せいぜい150cm程度の身長しかない緋乃から見ると、まさに巨人だ。

 

「うおおお剛二ー! 剛二ー!」

「寝技だー! 寝技でいけー!」

「チクショー、羨ましいぞコノヤロー!」

「緋乃ちゃんに怪我させたらぶっ殺すからなー!」

 

『声援なら剛二選手も負けていない! 駆け付けた大学の友人や道場の仲間たちが熱いエールを送る! 皆様ご存じ、全日本学生柔道選手権優勝者! パワー、テクニック、スピード! 全てがハイレベル! 予選では豪快な背負い投げによるKOを決めてくれました剛二選手ですが、この試合でも魅せてくれるのでしょうか!?』

 

「ふむ。できれば、君のような可愛い子と闘いたくはないのだがな」

「む。わたし、こう見えて強いから。舐めてると怪我するよ?」

「ははは、知ってるさ。なにせ、あの一也を倒した相手だからな。悪いが油断はせん」

「ん、当然。手を抜いた相手を自慢にならないからね」

「フフフ、言うじゃないか」

 

 リング中央で向かい合い、軽口を飛ばし合う剛二と緋乃。しかしその目はお互いに笑っておらず、真剣な表情だ。

 静かに闘志を高めていく二人を見て、観客席にも緊張した空気が流れていく。そして、そんな空気を引き裂くかのように試合開始のゴングが鳴り響く。

 

『さあ試合開始のゴングが鳴りました! 両者、リング中央にて睨み合い!』

 

(……この人。結構やる。いいね、ワクワクしてきた)

 

 その音を聞くやいなや、緋乃と剛二はほぼ同時に気を練り上げてその身に纏う。

 その手際と、纏っている気の量を見て、目の前の男がこれまでの相手とは少々違うことを悟った緋乃。表情こそ変えないが、その内心では久々に出会えた強者に心が躍っている。

 

「……行くよ」

「いいだろう、来い!」

「……ふっ!」

 

 先に動いたのは緋乃だ。素早く踏み込むと同時に右足へと気を集中させ、その勢いのままローキックを繰り出した。

 スピード、破壊力。どちらを取っても午前中に行われた一也戦の比ではない。一般人や未熟な格闘家が相手ならば確実に骨をへし折り粉砕し、一般的な格闘家が相手なら罅くらいは入れるであろう一撃。

 しかし、生憎と剛二は並ではない。学生という枠組みの中ではあるが、それでも日本の頂点に立った実力は伊達ではない。

 慌てず騒がず、冷静に狙われた脚を開いて防御態勢を取ると同時に気を集中させ、緋乃の蹴りを受け止める。

 

「ぬぅん!」

「!?」

 

 防がれることなど織り込み済みだと言わんばかりに、左脚へと気を集中させ、追撃を繰り出そうとする緋乃。

 しかし、剛二の方が早かった。素早くその太い右腕を伸ばし、緋乃の胸ぐらを掴まんとする。

 緋乃の体重はその小柄な体躯に相応しく、たったの38kgしかない。筋肉質な大男である剛二にとっては、気を用いずとも簡単に振り回し、放り投げられる程度の重さだ。

 気で足りない筋力を補うことは出来ても、体重まではどうしようもない。

 もし掴まれてしまえば、簡単に投げられて地面へ叩きつけられ、そのまま体重差を利用して圧し潰されたり、寝技などに持ち込まれてしまう危険もある。

 捕まれば一巻の終わりと大慌てで緋乃は攻撃をキャンセルし、必死に体を逸らしてその手を避けようとする。

 

(あぶなかった)

 

『これはーっ! 先に仕掛けたのは緋乃選手! だが剛二選手、その攻撃を軽く受け止めると反撃! 緋乃選手、掴まれまいと必死にかわすー!』

 

 回避はギリギリ成功。剛二の太い指は緋乃の胸をかすめるのみに終わった。冷や汗をかき、内心で安堵の声を漏らす緋乃。

 しかし、攻撃を中断して無理矢理な回避を行ったため、その体勢は大きく崩れてしまっている。当然ながらそのような隙を見逃してくれるほど剛二は甘くない。緋乃のピンチはまだまだ続く。

 

「甘いわ! そらそらぁ!」

「くぅ……!」

 

 距離を取り、崩れた態勢を立て直そうとバックステップを行う緋乃。だがその動きは剛二に読まれており、勢い良く踏み込んできた剛二は緋乃を掴まんと素早く何度も腕を伸ばしてくる。必死に腕を振るいそれを弾く緋乃。

 

『逃げる緋乃選手を追いかける剛二選手! 逃がさない! 緋乃選手追い込まれた! 伸ばされる手を必死に弾くがこれは不味い! 掴まれたら終わりだぞ!』

 

「このゴリラー! 少しは手加減しなさーい!」

「緋乃ちゃん頑張ってー!」

「うーん、流石にあの体格差は厳しいか……」

「大学生と中学生だしな。油断がなきゃこんなもんだろうよ。大人気ねえな」

 

 実況が緋乃の不利を告げ、それに合わせて観客からも徐々に諦めのムードが流れ出す。確かにあの少女は強かった。年齢の割には異常だと言ってもいい。

 だがいくら天才的な才能を持っていようと、所詮は小さな子供。きちんと鍛錬を積んできた、大の男には敵わない。そのような雰囲気が観客席には漂っていた。

 観客席にて緋乃の闘いを見守る明乃と理奈もその空気を感じ取り、不安そうな顔をした理奈が明乃へと声をかける。

 

「明乃ちゃん、緋乃ちゃん大丈夫かな……!?」

 

 しかし、不安そうな顔をする理奈に対し、明乃は気楽な様子で口を開く。

 

「まあ、何とかなるでしょ。大丈夫、緋乃は強いよ」

「う、うん。そうだよね。緋乃ちゃんはあんな筋肉ダルマになんか負けないよね! 頑張れ緋乃ちゃーん! 頑張れー!」

 

 明乃に励まされ、笑顔を取り戻した理奈は声を張り上げ、手を大きく振って緋乃の応援をする。しかし……。

 

「取ったァ!」

「あっ……!」

 

『掴んだァー! 剛二選手、緋乃選手を捕まえたァー!』

 

 必死の防御も空しく、ついに剛二の手が緋乃を捕らえた。弾き損ねた手で、着ているジャケットの袖を掴まれた緋乃。

 その手を振りほどこうと、緋乃は掴まれた側の手を振り回す。しかし、当然ながらその程度で手を放してくれるわけがない。

 

「この……! 放し……あっ……」

「ふん!」

「かはっ!」

 

『なーげーたー! 剛二選手、片腕で緋乃選手をブン投げたぁ!』

 

「うわああ、やめてー!」

「よっしゃトドメだあー!」

「少しは手加減しなさいよこのクソゴリラー!」

 

 緋乃にこれ以上の抵抗をさせまいと、剛二は掴んだ腕を振り回して緋乃を背中からリングへと叩きつけた。

 その衝撃に思わず息を吐きだし、苦しそうな声を上げる緋乃。それを見て観客たちから悲鳴が次々と上がる。しかし、たかが野次ごときで怯む剛二ではない。顔色一つ変えず、リングへと叩きつけられた衝撃で怯む緋乃を引っ張り上げると、その勢いのまま緋乃を背中に背負いもう一度リング目掛けて叩きつける──。

 

「どおおりゃあああ!」

「んぎゅ!?」

 

 ドゴォンという大きな衝撃と共に、先ほどをはるかに超える勢いでリングへと叩きつけられた緋乃。

 その破壊力は凄まじく、緋乃が叩きつけられた部分がその衝撃で凹んでいるほどだ。

 観客たちも、まさか小さな子供である緋乃相手に剛二がここまでやるとは思っていなかったのであろう。それまでワーワーと騒がしかった観客席が一斉に静まり返る。

 そんな観客達を尻目に、サッと緋乃から離れて油断なく構えを取る剛二。

 

『決まったァー! 決まったぞ剛二選手の背負い投げー! 完全に決まりました! 緋乃選手もよくやりましたが、流石に立てないでしょう!』

 

「…………むう」

「…………」

 

 仰向けに倒れたまま、目を閉じて動かない緋乃。それを見て剛二の勝利を確信したのであろう。実況が声を張り上げ、観客席のどよめきが大きくなってくる。

 しかし肝心の剛二は勝利に喜ぶわけでもなく、倒れた緋乃を心配するわけでもなく、眉をひそめて難しそうな顔をしながら倒れた緋乃をじっと観察していた。

 

「カウント1! 2! 3!」

 

 力任せにリングへとただ叩きつけた先ほどの雑な投げとは違い、今決まったのは全身の力を使っての背負い投げ。これといった抵抗もなく、綺麗に決まった剛二の得意技。

 誰もが剛二の勝利を確信する中──しかしその本人だけは緋乃への警戒を緩めない。

 

「4! 5! 6! 7!」

 

「気のせいか……? いや、しかし……」

「……ふう。よっこいしょ」

 

 カウントが進み、剛二がふと呟きを漏らした直後。

 それまで倒れたまま微動だにしなかった緋乃が、突然その目をぱちりと開いたかと思うと、何事もなかったかのように軽快に起き上がる。

 

『おおっと立った! 緋乃選手立ったー! 何事もないかのように起き上がったぞ! 信じられません! なんという耐久力だァー!』

 

「うおおおおお!? すっげー!」

「マジかよ立つのかよ! しかも全然へっちゃらじゃん! やべー!」

「キャー! 緋乃ちゃんサイコー! 信じてたー!」

 

「大丈夫かい? やれるね?」

「ん。よゆーよゆー。ほら」

 

 平然と起き上がる緋乃の姿を見て、実況と観客が一気に湧き上がる。大歓声だ。

 ワーワー騒がしい観客たちを背に、淀みのない動きでファイティングポースを取り試合続行の意を示す緋乃。それを見て剛二は己の嫌な予感が正しかったことを思い知る。

 

「嫌な予感は当たるものだな。しかも大してダメージを受けてる様子もなし、か……。今のは結構自信あったんだがな……」

「ふふん。いや、今のはすごかったよ。まあ普通の相手なら、あれで決まってたんじゃないかな? でも残念。わたしはちょっと普通じゃないんだよね」

 

 渾身の技を叩き込んだというのに全くダメージを受けた様子がない緋乃を見て、思わずため息を吐く剛二。それに対し緋乃は得意げな表情を浮かべつつ、何の慰めにもならない言葉を吐く。

 

「Fight!」

 

「ふふっ」

「うおおおっ! ……ぬ?」

 

 レフェリーによる試合再開の合図と同時に、緋乃目掛けて剛二が突進する。両腕を広げ、雄叫びを上げながら緋乃へと掴みかかった剛二だが、掴んだと思った瞬間には緋乃の姿はそこになかった。

 

「こっちだよ」

「なにっ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に剛二が大慌てて振り向くと、数mほど離れた位置に緋乃の姿があった。

 腰に片手を当て、目を閉じて。余裕たっぷりのポーズを取りながら、緋乃は剛二へと語りかけてきていた。

 

「馬鹿な……」

「ごめんね、お兄さん。正直わたし、お兄さんのこと舐めてた。まさか、ここまでやるとは思ってなかった」

 

 今までとは段違いのスピードに戦慄する剛二と、そんな剛二の内心を知ってか知らずか、ゆっくりと謝罪の声を上げる緋乃。

 

『な、なんというスピード! なんというスピードだ緋乃選手! まったく目で追えませんでした! まるでテレポートだ!』

 

「むぅ……」

 

 これまでの闘いで手を抜いていたともとれる緋乃の謝罪。それに対し、剛二も言いたいことが一つか二つはあったのだろう。

 しかし、今は圧倒的な速度の差を見せつけられた直後だ。もし緋乃があのまま話しかけてくるのではなく、黙って攻撃する道を選んでいたら。

 無防備な背中にあの圧倒的破壊力の蹴り技を貰い、間違いなく剛二は撃沈していたことであろう。

 そこまで理解してしまったが故に、何も言えずただ唸ることしか出来ない剛二。

 

「だからさ、そのお詫びと言ってはなんだけど──」

 

 ──ちょっとだけ、見せてあげるよ。わたしの本気。

 

 緋乃はそこまで言うと目を開き、剛二と正面から向き合うように体勢を整える。

 その口元からはつい先ほどまで浮かべていた笑みが消え、真剣そのものといった表情だ。

 それを見て、剛二はごくりと唾を飲み込んだ。

 観客たちも緋乃の変化を本能的に感じ取ったのだろう。静かに、緊張した面持ちで緋乃を見守っている。

 そうして周囲の人間たちが固唾を呑んで緋乃を見守る中。ゆらり、と緋乃の周囲の空気が揺らめいた──。次の瞬間。

 緋乃の纏う気の量が、爆発的に増加した。

 

「な!?」

 

『なんということだ……。緋乃選手、切り札か!? 緋乃選手の小さな体を、膨大なエネルギーが包んでおります! 信じられない……。プロと比べても……、いやプロ以上か!? とにかくすごい! すごい気です!』

「す、すげぇ……」

「こんな必殺技を隠し持ってたのか……」

「一也が負けるわけだ……」

 

 これまでの時点で既にプロの格闘家と比べても遜色のないレベルの気を纏っていた緋乃ではあるが、今回緋乃が解放した気の量はそれを遥かに凌駕していた。

 昼間だというのに、はっきりと確認できる気の光。もしもこれが夜間なら、LEDランプのように周囲を明るく照らす緋乃が見れたことだろう。

 緋乃の気の解放を見て、やれ必殺技だ切り札だと騒ぐ周囲の観客や実況たち。

 

「凄まじいな……。なるほど、今まで感じた余裕はコレがあったからか……! だが、しかし! おおおぉぉぉ!」

 

 剛二は膨大な気を惜しげもなく撒き散らす緋乃を睨みつけると、雄叫びを上げるとともに気を一気に練り上げ、その身に纏った。

 互いの纏う気の量の差は歴然であり、例えるのならキャンプファイヤーとロウソクの火ほどの圧倒的な差が存在する。

 しかし、それでも。圧倒的な気の保有量の差を目にしても、剛二は諦めた様子を見せず──それを見た緋乃はニヤリと、犬歯を剥き出しにした狂暴な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。いいね、その目。死んでない。まだわたしに勝つ気でいる」

「当然だ。負ける気で相手に立ち向かう格闘家がどこにいる」

「くふ、ふふふっ、うふふっ! ああうん、そうだね! そうでなくっちゃ!」

 

 圧倒的なスペックの差を見せつけられても、折れることなく立ち向かってくる剛二を見て嬉しそうに笑う緋乃。しかし、その笑みからはいつもの可憐さは微塵も感じ取れない。獲物を叩きのめし、食い千切ろうとせん肉食獣の笑みだ。

 

「随分とご機嫌だな。まあ君のような可愛い女の子に喜んで貰えるなら何よりだ」

「ふふ。褒めても何も出ないよ。……いや、一つだけいいことを教えてあげるよ」

 

 緋乃の顔から笑みが消え、再び真剣な表情に戻る。それを見て、何を言い出すのかと訝しげな表情をする剛二。

 

「次の一撃。わたしは真正面から蹴り飛ばしに行く。大怪我したくないなら、ガードを固めておいた方がいいよ」

「……大きく出たな」

「ガードの上からでもわたしの蹴りはかなり効くよ?」

「だろうな。一般人ならほぼ確実に即死だな」

「うん。まあ、本当は教える気なかったんだけどね。黙って蹴飛ばして病院送りにしてあげるつもりだったけど。いっぱい褒めてくれたからそのお礼にね」

「随分と物騒な礼だ。できれば勝利を譲ってくれる方がありがたいんだが」

「譲って欲しい?」

「冗談。勝利とは、己の手で勝ち取ってこそ!」

「だよね」

 

 剛二の啖呵を聞いた緋乃は満足気に微笑むと、左腕を前に出して半身に構える。

 そして緋乃が構えるとほぼ同時に、剛二も構えを取っていた。

 

『試合もクライマックス! 気を爆発的に増大させた緋乃選手に対し、剛二選手も気を高めましたが、緋乃選手に比べると少々心もとないか! だがしかし、闘いとは気の量で決まるものではありません! ここは何とかしのいで再び自分の流れに持っていきたい剛二せん──』

 

「──!」

 

 実況の男がすべての台詞を言い終わる前に、機先を制さんと緋乃が動く。

 先ほどの宣言通り、小細工も何もなく真正面から突進する単純な動き。だがしかし、その速度が尋常ではなかった。

 

「!?」

 

 剛二がその一撃を防げたのは、事前に緋乃が攻撃を宣言していたからに他ならないだろう。

 事前に攻撃する方向を聞いていたから、事前に攻撃手段を聞いていたから、とっさに両腕を割り込ませることが出来た。それだけだ。

 もし緋乃が気まぐれを起こさなかったら。もし緋乃の宣言が無かったら。剛二は何の抵抗も出来ずに蹴り飛ばされて、瀕死の重傷を負っていたことだろう。

 まあ、もっとも。ガードが間に合ったところで、本来の実力を開放した緋乃の蹴りを受けて無事で済む筈もないのだが。

 

「げぼふぁ!?」

 

 体の前面で腕をクロスさせ、緋乃の蹴りをガードした剛二。だがしかし、そんなものなど関係ないとばかりに剛二の両腕を粉砕し、緋乃の脚は振り抜かれる。

 悲鳴を上げ、まるで交通事故にでもあったのかのように後方へと物凄い勢いで吹き飛ばされる剛二。

 リング上に張られていたロープを突き破り、観客席の間に存在する剥き出しの地面へと叩きつけられ、そのままバウンドした後ゴロゴロと遠ざかっていく。

 

『…………あ。きょ、強烈ー! 緋乃選手の超強烈な蹴りが炸裂ゥー! というか救急班―!』

 

「救急車だ、救急車呼べ!」

「誰か治癒のギフテッド連れてこい! 急げ!」

 

「お、オイ……。あれ冗談抜きに死んだだろ……」

「なんだよ今の……。交通事故でもあんな吹き飛ばねーぞ……」

「人って飛ぶんだな……。俺、一つ賢くなっちまったぜ……」

「ひ、緋乃ちゃんって随分とアグレッシブなのね……」

「あの細い身体でこのパワーか……」

 

 あまりの衝撃に十秒ほどの間、完全に硬直していた実況と観客たちが我に返る。

 実況や観客からすれば、剛二と距離を置いて構えていた筈の緋乃が、何の前触れもなく消えたかと思うと──いつの間にか前方へ大きく移動してその脚を振り上げており、剛二が吹き飛んでいたのだ。その驚愕も仕方のないものだろう。

 

「うーん」

 

 大会運営に関わる者たちの大声と、観客たちのざわめきでうるさくなるリング上。一人首をかしげる緋乃がいた。

 

「手加減って難しいね……。ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話 お昼の休憩

「もう、いくらテンション上がったからってやりすぎよ。一歩間違えれば死んでたし、観客席に突っ込んでたらどうすんのよ」

「むぅ。ちゃんと蹴り飛ばす方向は調整してたし。いくらわたしでも、観客席には蹴らないよ」

「じゃあ手加減の方もちゃんとしなさいよね。相手の人、両腕の骨が粉々になってて肋骨もベキベキらしいわよ」

「ガード間に合うようにあらかじめ狙う場所教えたし、間に合わなくてもギリギリ死なないように胴体狙ったもん」

 

 準決勝を終えて、再び会場へと戻ってきた緋乃。今度は昼前の反省を生かし、人気の少ない場所での合流だ。

 しかし、無事に勝利したことだし、親友二人による祝福が待ち構えているだろうと思って上機嫌で戻った緋乃に与えられたのは明乃によるお叱りの言葉だった。

 与えられて当然だと思っていた賛辞の言葉が受けられず、拗ねる緋乃。

 そんな緋乃に対し、理奈が苦笑しながら緋乃へとスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出す。

 

「まあまあ、明乃ちゃんもそれくらいで。緋乃ちゃんも拗ねないの。はい、これでも飲んで機嫌直して?」

「んぐんぐ……。拗ねてなんかない。んぐ……。ぷはぁ。ありがと、理奈」

「どういたしまして。あと緋乃ちゃん、勝利おめでとう!」

「ん、ありがと……」

 

 ペットボトルの四分の一ほどを飲んだ緋乃は、飲みきれなかった分を理奈へと返却する。理奈はそれを大事そうに受け取るとカバンへと仕舞い込み、笑顔で緋乃の準決勝勝利を祝う。

 

「そうね……。準決勝勝利おめでと、緋乃」

「明乃も……。うん、ありがと。二人ともありがとう」

 

 それを受け嬉しそうにはにかみながら理奈へと礼を言う緋乃を見て、明乃も緋乃の勝利を祝っていないことに気付いたのか、軽く頭を振って気持ちを入れ替えると笑顔で緋乃の勝利を祝う言葉を贈る。

 一番欲しかった親友二人からの賛辞の言葉。それを与えられたことで緋乃の機嫌は一気に回復。

 その顔に満面の笑みを浮かべると、親友たちへと礼を返すのだった。

 

 

「緋乃ちゃん、あと1時間くらいしたら決勝でしょ? 思いっきり投げられてたりしたけど、怪我とか体調とか大丈夫?」

「ん、平気だよ。余裕。あの程度じゃ、わたしの気の鎧は抜けないから」

「あー、緋乃って防御面も凄いからね。軽くてちっちゃいから投げとか吹っ飛ばしには弱いけど、めったな事じゃダメージ入らないのよね」

「なるほど。まあ確かに、あれだけのパワーを出せるってことは防御面も相当だよね」

「そういうこと。まあ、逆にダメージが通ると一気に大ピンチなんだけどね。緋乃自体はかよわい女の子なんだから」

「……むぅ」

 

 自身の体系を気にしている緋乃が、明乃の小さいという言葉に対し突っ込もうとしたその矢先。真面目な表情をした理奈が口を開いたことで発言のタイミングを奪われてしまった。

 できれば抗議してやりたいんだけど、今はそんなこと言う雰囲気じゃないよねということを察した緋乃は不満げな表情を浮かべたまま引き下がる。

 

「でもそっかー。むーん。もし疲労とかダメージが残ってるようなら理奈ちゃんスペシャルマッサージの出番かなと思ってたんだけどなあ」

「マッサージって……。そんなことまで出来るのね……」

「理奈って多芸だよね……」

 

 口元に手を当て、首を傾げながら飛び出てきた理奈の発言。

 それを聞いた明乃と緋乃の二人は、芸達者な理奈に対し尊敬しているような、呆れているような。複雑な目線を送るのであった。

 

「え? 褒めてる? これって褒められちゃってる系? えへへ。私凄いでしょ」

「ええ、まあ割と真面目に凄いと思うわよ。ねえ緋乃?」

「うん。明乃の言う通り、真面目にすごい」

「うわー、面と向かって褒められると照れちゃうなあ。むふふ、もっと褒めてもいいんだよ?」

 

 半分投げやりな明乃の賞賛と、純度100%の尊敬を込めた緋乃の賞賛。これらを受けた理奈は──特に理奈としては後者こそ最重要である──両腕を腰に当てながら胸を逸らし、まさに得意満面といった表情を浮かべる。

 

「でも、折角ならマッサージ受けといたら? ほら、筋肉とかに自分でもわからないダメージとか疲労とかが溜まってるかもしれないしさ」

「む」

「ああ、そうだね。疲労って自分じゃ意外とわからないものだからね~。どうする? 緋乃ちゃん。一発やっとく?」

「うーん……。そうだね……。なら、折角だし──」

 

 両手をわきわきさせながらマッサージを勧めてくる理奈。

 確かに、そこまで強くない相手とは言え今日は二回闘ったのだ。自分でも気づかない疲労が溜まっているという可能性はあるかもしれない。なら、せっかくだしここは理奈の厚意に甘えるのが正解かな。

 そう考えた緋乃は理奈へマッサージを頼もうとするが、いざ口を開こうとしたその瞬間。ふと重要なことに気付いた。気付いてしまった。

 

「ほえ? 緋乃ちゃんどしたの? 急に真面目な顔しちゃって」

「ねえ、理奈。一つ聞きたいんだけどさ」

「え、うん? な、なにかな? 答えるのはいいけど、顔近いよ! いやちょっと嬉しいけど近い近い! 緋乃ちゃんいい匂いだね!」

 

 真顔になり、理奈へと詰め寄る緋乃。理奈の両肩を自身の両手でがっちりとホールドし、虚偽は許さないとばかりに顔を近づけて目と目を合わせる。

 理奈が何やら騒いでいるが関係ない。今から自分はとても大事なことを聞くのだ。嘘でもつかれたらたまったものじゃない。

 

「そのマッサージって……痛い?」

「ああ、明乃ちゃんも見てるのに! ってえ、痛い?」

「マッサージ、痛い? 痛くない? わたし、痛いのキライ。ていうか無理。オーケー?」

「お、オーケー。うーん、無理矢理こりをほぐしたりしなければ痛くない、かな? 特別なお茶を飲んで体をほぐして、オイルを塗ってからやるちゃんとしたやつなら、痛くないしむしろ気持ちイイと思うけど……」

 

 理奈のその言葉を聞いた緋乃は理奈を開放すると、顎に手を当てて深く考え込む。

 整体とかマッサージは、その気持ちよさそうな名前の響きに反して、なんか体をゴキゴキされてめっちゃ痛いものだということを物知りな緋乃は知っている。漫画やネットのネタで見たからだ。

 しかし、理奈の言葉を信じるのならば別に痛くないらしい。できれば痛みの心配のなさそうな「ちゃんとしたやつ」とやらを受けてみたいが──ここは外であり、お茶やらオイルなんて理奈は持ってないだろうからそれは無理だろう。

 いやまあ、理奈は優しいので頼めば魔法やらを駆使して何とかしてくれそうではあるが、だからといってワガママを言って迷惑をかけたくはないのだ。何故なら、緋乃は大人だからである。

 

「特別なお茶ねえ。なるほど、アレ関係ね!」

「いえーす。アレ関係なのです」

「アレ関係……? ああ、もしかして……」

「うん、それだよ。イニシャルがMな例のアレです。まあ人目を避けてるとはいえ、万が一ってこともあるしね。さっき試合待ってる間に、人前ではアレとかソレで誤魔化そうって話になったの」

 

 理奈からの説明を聞いて、得心が行ったとばかりに頷く緋乃。確かに、人前で魔法魔法言ってたら頭の残念な子と思われてしまうこと間違いなしだ。まあ自分たちはまだ中一なので見逃して貰える可能性は高いだろうが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 隠語で誤魔化すというのは理にかなっているし、なにより裏社会の人間っぽくて格好いい。緋乃は喜んで二人に倣うことにした。

 

「じゃあアレ関係のちゃんとしたやつはまた今度お願いするとして。マッサージ、お願いして……いい?」

 

 上目遣いで首を傾げながらお願いをしてくる緋乃。それを見た理奈の答えなど決まっている。

 理奈は二つ返事で緋乃のお願いを了承。近くの空いているベンチを探すと、そこへ緋乃を寝かせてマッサージを行うことに。

 

「……ねえ、理奈。お願いがあるんだけど」

「なにかな? 緋乃ちゃんのお願いならなんでもおっけーだよ? 世界征服だってどんとこい!」

「え、そう? じゃあ永遠の命と若さをお願い。わたしと理奈と明乃の三人で、世界が終わるまで永遠に楽しく過ごすの」

「え、あ、いや。それはまだ研究中なので今後にご期待くださいと……」

 

 寝そべる緋乃に向かってジョークのつもりで気軽に言葉を飛ばしたら、真面目な声色でとんでもないお願いが帰ってきて慌てる理奈。

 そんな理奈を横目で見て満足したのか、微笑みながら緋乃が口を開く。

 

「ふふ、冗談だよ。そんなに慌てなくても」

「いや、今のはマジトーンだったわよ緋乃」

「うん、急に真顔で言い出すからびっくりしちゃった」

 

 冗談が微塵も通じていなかったことに少し落ち込む緋乃を見て、小さく笑う明乃と理奈。

 そんな二人に対し、ぷんすかと怒った風を装いながら緋乃が話しかける。

 

「そんなことより、わたしのお願い聞いてくれる?」

「はいはい、聞いてるから大丈夫だよ」

「うん。えっとね。その……」

 

 肝心のお願いとやらを言い出すのが恥ずかしいのか、言いにくそうにもごもごと口を動かす緋乃を微笑みながら見守る理奈と明乃。そのまま数言ほど詰まっていた緋乃ではあるが、意を決したのか恥ずかしそうに頬を染めて口を開いた。

 

「痛くしないで……ね?」




本作品は小説家になろう様に投稿した分を何話か纏めて投稿しているのですが、区切りの問題で長くできない話があったりします。この話とか。
ですので、時折やけに短い話が出てきてしまいますが、ご容赦頂けたらなーと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話 Bブロック決勝戦

『さあBブロック決勝戦! 本日最後の試合は、不知火緋乃選手対鬼瓦凛子選手です! 試合前だというのに、既に両者のファンは大盛り上がり! 彼女たちの人気っぷりが伺えるというものです!』

 

「うおおお凛子ちゃーん!」

「り・ん・こ! り・ん・こ!」

「緋乃ちゃーん! 頑張れー!」

「負けるな緋乃、頑張れ緋乃! うおおー、お兄ちゃんたちがついてるぞぉー!」

「うおおおおぶっ殺せぇー!」

 

『まずは圧倒的パワーで強敵を次々と下してきた不知火緋乃選手! 幼い外見に騙されてはいけません! 一瞬でも気を抜けば命取り! その強烈な蹴り技はガード諸共相手を粉砕! 速い、硬い、強い! 三拍子揃った強烈なインファイター!』

 

 リングへと緋乃が上がると同時に実況が緋乃の紹介を行い、それを受けて観客たちも歓声を上げる。

 Bブロックの決勝戦ということだからか、それとも本日最後の試合だからか。実況による選手紹介にもこれまで以上の気合が入っている。

 

『対するは女子高生格闘家の鬼瓦凛子選手! 本来は肉体の一部を鋼鉄のように硬化するするギフトを用いて闘う選手なのですが、残念ながら今大会においてギフトの使用は不可! 苦しい戦いを強いられると思いきや……! ギフトなど無くても関係無いとばかりに、型に縛られない我流の格闘術で危なげない戦いを披露! このまま優勝からの本戦進出を目指したい!』

 

 緋乃と向かい合うは高校の制服らしきセーラー服を着た、見目麗しいショートカットの黒髪少女だ。

 両拳には赤いバンテージが巻かれており、恐らくは拳による打撃技を得意とするだろうことが伺える。

 もっとも、相手にそう誤認させるためのフェイクである可能性も存在するが。

 

「君のことは聞いているよ。滅茶苦茶強くて滅茶苦茶可愛い女の子がいるってね。先に君と戦った二人は病院送りだとか。私は痛いの好きじゃないから、出来れば手加減してくれると嬉しいなぁ~」

「痛い思いをしたくないのなら棄権をおすすめするよ。今ならまだ間に合うし」

「うーん、聞いてた通り生意気だねー。でも可愛いから許せちゃうかも」

 

 リング中央にて向かい合う凛子と緋乃。口では手加減を要求していたが、別に本気でそれを求めていたわけではないのだろう。挑発で返す緋乃を更に弄り返すと、あっさりと口を閉じて構えを取る。

 そんな凛子を見て、緋乃も構えを取るのであった。

 

『両者ともに構えを取り、気合十分といった様子! この試合に勝った者が明日行われる本戦出場者決定トーナメントへの出場権を獲得! 是非とも勝ち残りたい! だがしかし、勝ち残れるのは一人のみ! 果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!?』

 

 実況の男が喋り終えるとほぼ同時。試合開始のゴングが鳴り、緋乃と凛子は同時にその身に気を纏う。

 

『さあ試合開始です! 一体どのような立ち上がりを見せるのでしょうか!』

 

「へえ、前の試合で使ったあの凄い技は使わないんだ」

「……技? ああ、まあ、うん。あれは疲れるから……」

 

 凛子が前試合で使った技──実はただ気を開放しただけで技でも何でもないのだが──について言及し、緋乃はそれについて適当に返した。

 わざわざ敵に本当のことを教えなくてもいいだろうと判断した結果である。

 

「なるほど。まあ確かにあんなに気を撒き散らしてたらね……」

「…………」

(まあ、普通はそう思うよね。実際にはまだまだ余裕なんだけど)

 

 しかし、凛子はその緋乃の回答を聞いて納得がいった顔で頷くと再び真剣な表情に戻る。そんな凛子の様子を見て内心で自身の持つ膨大な気を誇る緋乃であった。

 

「だったら、私にも勝機はあるね! せぇい!」

(む、速い。だけど──)

 

『おおっとぉ! 凛子選手いきなり仕掛けたぁ!』

 

 先に仕掛けたのは凛子。素早く駆け寄り、一瞬で緋乃との距離を詰めると、挨拶代わりとばかりにその右拳を緋乃へ向かって繰り出してきた。

 その速度はこれまでの相手とは比べ物にならないほどであり、凛子がここまで勝ち残ってきたのはまぐれでも何でもなく実力によるものだということを理解した緋乃。

 しかし、速いといってもそれは一般的な格闘家から見ての話だ。一般のレベルを大きく超えた緋乃から見れば十分に余裕を持って対処可能な速度である。

 緋乃はその拳を受け流し、お返しに蹴りを叩き込もうとその脚を振るった。しかし──。

 

「あま──にゅあ゛!?」

「ちぇいっ!」

 

 その蹴りはさらにスピードを上げた凛子によって回避された。軽快なステップで緋乃の蹴りを躱した凛子は、ローキックで緋乃の軸足を蹴り飛ばさんとする。

 蹴りをすかされて隙の生まれていた緋乃はそれを回避することが出来ず、直撃。

 緋乃の小さな体が宙を舞い、リングへと叩きつけられた。

 

「に゛ゃっ!?」

「よし!」

 

『おおっと! 緋乃選手ダウーン! 凛子選手のスピードを捕らえきれなかったか!?』

 

「いよぉっし! まずは先制!」

「緋乃ちゃんしっかりー!」

 

 得意のカウンター技を回避され、反撃を貰った緋乃にを見て観客たちが湧き上がる。

 凛子のファンと思わしき者たちがガッツポーズをして喜びの意を示し、緋乃のファンらしき者はダウンした緋乃へと声援を送る。

 

「カウント1!」

「いける、行けます! 油断しただけ!」

 

 カウントを開始するレフェリーに対し、苛立ちを隠せない様子で声を上げると素早く立ち上がる緋乃。

 レフェリーは緋乃がファイティングポーズを取り、戦闘続行の意を示すと軽く頷いて試合再開を宣言した。

 

「Fight!」

 

「へへ、どうだ! 驚いたでしょー。こう見えてもスピードには自信あるんだよね。甘く見てると痛い目みちゃうゾ☆」

「……っ! うん、驚いたよ。でも、もう見た。もう見たからそれは通じない……!」

 

 凛子からの言葉を煽りの言葉として受け取ったのか、その眼を鋭くして凛子を睨みつける緋乃。そして、苛立っている緋乃に対して余裕を見せる凛子。

 そんなリング上の二人を、観客席から不安そうに眺めている明乃と理奈の二人の姿があった。

 

「うわー、緋乃ちゃんかなりイラついてるよ~。あの人大丈夫かな? 勢い余った緋乃ちゃんにボコボコにされちゃうんじゃ……」

「ま、まあいくら緋乃でも流石にそこまでは……。そこまでは……。うーん……やっぱやるかも。緋乃って理屈じゃなく感情論全開で動くタイプだし」

「明乃ちゃ~ん!?」

 

 そんな観客席の様子などいざ知らず。苛立った緋乃はその怒りに身を任せて気を解き放つ。様子見の手加減モード終了のお知らせだ。

 

「……潰す!」

「うっわ、もう来た!? 沸点低い!」

 

『緋乃選手! 凛子選手を強敵と見たか!? 前試合で見せた自己強化技を解禁だぁー!』

 

「うわっ、出た! やべーやつだ!」

「凛子ちゃん逃げてー!」

 

 ちょっと闘いが思い通りに行かなかったからといって、いきなり切り札を切るかと慌てる凛子と観客たち。しかし、凛子や観客たちは勘違いしているが緋乃にとってこれは必殺技でも何でもなく、ただの通常戦闘形態なのだ。

 手を抜いていては苦戦しそうなので、ちょっとだけ本気出す。緋乃にとってはその程度の認識であり、またそれは事実なのである。

 

「小細工抜き。いくよ!」

「……ぐぅ。ええい、来なさい! 年上の意地を見せて──」

 

 構えを取りながら啖呵を切ろうとする凛子。しかし、その台詞を最後まで言い切ることは出来なかった。

 凛子がまだ啖呵を切っている最中、緋乃が動いたのだ。

 

「──ぎっ!」

 

 瞬時に凛子の背後へと回り込んだ緋乃は、自身の動きに反応しきれていない凛子目掛けてその脚を振り上げる。狙いは凛子の右肩。少し低めのハイキックだ。

 ここならば、多少骨が砕けたところで別に命にかかわるようなことは無いと判断したのであろう。

 怒りに身を任せているように見えてきちんと手加減は行っている辺り、緋乃もそこまで冷静さを失ったわけではないということがわかる。

 

「あ゛あ゛っ!?」

 

 緋乃の脚が凛子の肩へとぶち当たり、気で強化されているはずのその肉体をあっさりと破壊する。

 メキメキと骨が軋み、砕け。激痛が凛子の体内を駆け巡る。

 そのあまりの痛みに悲鳴を上げ、蹴られた勢いのままリングへと叩きつけられてダウンする凛子。

 

『直撃ー! 緋乃選手の超破壊力の蹴りが凛子選手に直撃ー! 痛い、これは痛い! 凛子選手辛そうだ!』

「カウント1! 2!」

 

「あー! 終わったー! めっちゃ泣いてるし折れたか?」

「だからはええって! あんなの避けれらんねえよ」

「気の量が一定ラインに満たないと問答無用の一撃死か。緋乃ちゃんキックやばすぎだろ。笑うしかねえな」

「でも世界戦とか見てるとこんなもんだけどな。気が足りない奴は通用しねえ」

 

「ぐっ……! ぎっ……!」

 

 実況が凛子を心配する声を出し、そしてもはや試合終了とばかりに好き勝手に議論を始める観客たち。

 そんな観客達を気にしている余裕もなく、必死に痛みを堪える凛子。その目からは大粒の涙がぽろぽろと零れており、見るからに辛そうだ。

 

「3! 4! 5! 6!」

「あ゛あ゛……!」

 

 それでも必死に立ち上がろうとする凛子。痛みによろめきながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 しかし、なんとか立ち上がることには成功したものの、その右腕は力なく吊り下げられたまま動かない。

 

『立ち上がった! 立ち上がったぞ凛子選手! だが腕が、右腕が上がらない! 緋乃選手の蹴りで破壊されてしまったか!?』

 

「はーっ! はーっ!」

 

 その整った顔に脂汗を滲ませながら、必死に動く左腕だけでファイティングポーズを作る凛子。

 レフェリーに対しまだやれるとアピールをするが、その様子を見ていたレフェリーは目を閉じて首を横に振る。

 

「そんな……! まだ、まだやれ……ぎっ!」

 

 レフェリーに抗議をしようとする凛子であったが、痛みがぶり返してきたのかその顔を歪めて砕かれた肩を抱く。

 その隙にレフェリーは手を上げ、笛を吹いた。TKOの合図だ。

 その合図を受け、実況が声高らかに勝者の名を叫び上げる。

 

『試合終了ー! 勝者! 不知火緋乃選手ー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、終わってみれば全戦全勝。しかも全試合KO勝ちとは、さっすが緋乃ちゃん」

「えっへん」

「強くて可愛い緋乃ちゃんにみんなメロメロだよ~。ほら、ネットでも話題になってるし」

「おおー、わたしの写真。うん、なかなか格好よく撮れてるね。許す」

「緋乃ちゃん脚長いからね。ハイキックとか映えていいよねー」

「ほらほら、あまり褒めすぎないの。緋乃はすぐ調子に乗ってやらかすんだから」

 

 時刻は16:30。予選一日目の全工程を終えた緋乃たちは、自宅へと戻る為に電車へと乗っていた。

 一両目の運転席側の角。それなりに広いスペースのそこへと集まり、周囲からの注目を集めないようボリュームを落とした声ではしゃぐ三人。

 

「ま、なんにせよ緋乃に怪我がなくて良かったわ」

「うんうん。緋乃ちゃんの可愛いお顔とすべすべお肌に傷がつかなくて本当に良かったよ~」

「ひゃうっ! あ、理奈、そこ駄目……。撫でるのやめ……ひんっ!」

「うへへへ、よいではないかーよいではないかー」

 

 大きく露出している緋乃の太ももを両手ですりすりと撫でまわし、まるで悪代官のようなセリフを吐く理奈。そしてそのくすぐったさに声を上げないよう、震えながらも固く口元を結んで必死にこらえる緋乃。

 そんな二人を、呆れたような目で見ている明乃。

 

「ほらほら、人目もあるんだし。そこまでにしときなさい」

「にゅ……! にゃぁ……!」

「ぐへへ、人様に見られながらのプレイも乙なもんじゃ……あ、やめて。すいません調子こいてました。だから無言でげんこつ構えるのやめて明乃ちゃん」

「はー。まったく」

 

 見かねた明乃からの注意を受けるも、それでもやめようとしない理奈に対して明乃が実力行使を匂わせることでようやく理奈の魔手から解放された緋乃。

 はーはーと息を整えながら、理奈に撫でまわされた部分を自分の手で上書きするように何度も擦る。

 そのまま数十秒ほど擦っていただろうか。ようやく違和感が消えたのか、いつもの調子を取り戻した緋乃が明乃へと礼を言う。

 

「ふう。助かった。ありがと明乃」

「はいはい。でもそんなに敏感なら長ズボンとか履けばいいのに。ちょっと露出しすぎなんじゃない?」

「えー、折角きれいな脚なんだから勿体ないよー。ねー緋乃ちゃん」

「あんたは黙っとらんかい」

 

 ホットパンツにタンクトップと、大きく脚とお腹を露出した緋乃の服装を見ながら衣装替えについて提案をする明乃。

 それに対し、緋乃が反応する前に理奈が反論をするも再び握り拳を見せつけてきた明乃によって一刀両断されていた。

 そんな二人の親友を見て苦笑しながら口を開く緋乃。

 

「いや、これでいいかな。長ズボンはキュークツだし、なんかゴワゴワしててちょっとね……。何より、こっちのが動きやすい」

「ふーん、そう。まあ緋乃がいいってんなら別にいいけどね。確かに似合ってることは似合ってるし」

「ん、ありがと」

「うんうん。私も今のままがいいと思うなぁ。……目の保養にもなるし」

「ん? 何か言った?」

「ナンデモナイヨー」

 

 緋乃の意見を聞いて、渋々といった様子で引き下がる明乃と喜びを示す理奈。理奈が最後にボソッと呟いた言葉が聞き取れなかったので聞き返す緋乃だったが、適当にはぐらかされてしまった。

 

「ふぁ……」

「なんか眠そうだね緋乃ちゃん」

「ん……。なんだろ、緊張の糸が切れたってやつかな……。まだ5時なのにね」

「席座る? 私でよければ肩貸すよ?」

「んぁ……。いや、我慢する。もうすぐだしね……」

 

 眠そうに欠伸をする緋乃を見て、心配そうな顔をした理奈が席で一眠りすることを提案するも、目的地が近いことから緋乃はそれを断る。

 しかし眠たげに目を細めながら言う為に説得力があまり存在せず、そんな緋乃を見て明乃が苦笑する。

 

「まあ、なんだかんだでけっこう気を消耗してたしね。運動量換算したら結構行くんじゃないかしら?」

「そうだね……。なにせ今日だけで三試合だもんね。体力のある大人たちならともかく、緋乃ちゃんにはキツいよね」

「むぅ……」

 

 子ども扱いするなと言いたいところだが、実際に眠気に襲われて意識をふわふわさせているところなので反論が出来ない緋乃。

 仕方がないので眉をひそめて不満ですアピールをするものの、明乃と理奈には通じていないようで残念そうな声を上げる。

 

「眠いのなら寝てもいいわよ? あたしがおぶって連れ帰ってあげるから」

「いや、それはちょっと恥ずかしいから遠慮しておく。大丈夫だよ。ちょっと眠気がするだけで、別に落ちそうってほどじゃないもん」

 

 にししと笑みを浮かべながら、からかうような口調でおんぶを提案してくる明乃。当然ながら緋乃はそれを拒否し、自分の足で帰ると言い放つ。

 話しているうちに意識が覚醒してきたのか、それとも明乃と理奈の二人に心配をかけさせないための意地か。

 眠たげに欠伸を繰り返していた先ほどに比べると、随分とマシな表情になった緋乃へと理奈が口を開いた。

 

「じゃあ明日の予定について話そっか。明日も今日と同じく、駅前に9時集合でいいのかな?」

「えーっとね。ちょっと待って……。うん。10時半スタートだし、それで問題なさそう」

 

 理奈からの質問を受け、カバンからパンフレットを取り出して大会の進行予定について印刷されたページを開き、二日目の予定を確認する緋乃。

 それを聞いた明乃が、二日目に行われる本戦出場者決定トーナメントについての記憶を思い出しながら声を上げる。

 

「明日は各ブロックの優勝者でトーナメントよね。確かAブロックからFブロックまでの6ブロックだから、最短で2試合、運が悪ければ3試合か」

「各ブロックでの試合成績が良ければシード側なんだっけ? 緋乃ちゃんなら多分シード側だろうし、2試合で済みそうだよね」

「そうね。あれだけ大暴れしといてシード入れなかったらコネとかワイロとかそういう系よ絶対」

 

 翌日に行われる試合について話し合う明乃と理奈。観客として目の前で緋乃の活躍を見ていた二人は、緋乃がトーナメントにおいてシード側へと進むであろうことを確信した様子だ。

 親友二人からの信頼を感じ取り、喜びの感情で胸の中が満ち溢れる緋乃。

 そんな緋乃が二人へと感謝の意を込めた言葉を紡ごうとしたその瞬間。電車のアナウンスが流れた。

 

『次は勝陽。勝陽。お降りの方は、お忘れ物のないようご注意ください』

 

「お、もうすぐね。降りるわよ、緋乃」

「…………」

「緋乃ちゃんどしたの? 難しい顔しちゃって」

「……いや、なんでもないよ」

 

 小さくため息を吐きながら、内心でタイミングの悪いアナウンスへと文句を言う緋乃。そんな緋乃を見て、首を傾げる明乃と理奈であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話 掲示板回モドキ

【新世代】全日本新世代格闘家選手権について語るスレ【発掘】

 

1:名前:名無しの見習い格闘家

ここはこの夏に開催される全日本新世代格闘家選手権について語り合うスレです

出場選手やその実績からこんな選手出て欲しいといった願望までなんでもOK

とにかく新たな時代を切り開く若き格闘家たちについて語り合いましょう

 

・荒らしは黙ってNG

・荒らしに反応する奴も荒らしです

・次スレは>>970が立てること。規制で立てられない場合は安価を

 

 

125:名前:名無しの見習い格闘家

東京も大坂も結局いつメンじゃねーか

なんか面白い奴いねえの?

 

126:名前:名無しの見習い格闘家

お前が出ろ

 

127:名前:名無しの見習い格闘家

ほならね?

 

128:名前:名無しの見習い格闘家

>>125が尻から気弾を出す斬新なスタイルで出場すると聞いて

 

129:名前:名無しの見習い格闘家

そんなんに負けたら末代までの恥やな

 

130:名前:名無しの見習い格闘家

でもいきなり対戦相手が尻向けてきたら困惑するやろ?

その隙にごんぶとビームとか撃てればワンチャンあるかもしれん

 

131:名前:名無しの見習い格闘家

男なら前から出せ

お前の股間についているもんは何のためにあると思ってる

 

 

「新世代大会かー。そういや年齢制限引き下げられたけど緋乃って出んのかな?」

 

 天野翔。勝陽西中学校に通う、どこにでもいる男子中学生。

 日曜日ということで前日は深夜まで起きてネットゲームをしていた彼は、午前11:30現在にようやく起床して一階のキッチンヘ降りてきた。

 両親に「いつまで寝とんねん!」とその遅すぎる起床時間を咎められた翔は、お湯を沸かして朝飯兼昼飯のカップ麺を作りながらスマホを弄っていた。

 

「もし出たらあいつがTVに出るかもしれないのか……。そうなったら絶対告白とか無理だし、今からしておくべきか? でもなぁ……」

 

 8月に開催される全日本新世代格闘家選手権──通称、新世代大会──について語り合う掲示板。

 コンロの前に立ち、お湯が沸くまでの短い間。その暇つぶしとして掲示板サイトを開いた翔は、たまたま一番上に上がっていたその板をタップして内容を読んでいた。

 

 

214:名前:名無しの見習い格闘家

そういや昨日近くの公園で予選の予選やってたから何となく見に行ったんだが

クソ強くてクソ可愛いロリがいたわ

なんか有名っぽい奴を一撃で蹴り殺しとってやばかった

 

215:名前:名無しの見習い格闘家

予選の予選ってなんだよw

 

216:名前:名無しの見習い格闘家

有名っぽい奴ってなんだよww該当者多すぎるわwww

 

217:名前:名無しの見習い格闘家

>>215

試合数が多くなるからって事で予選が二日に分かれてるんだよ

一日目の予選で半分にして二日目で決めるらしい

 

218:名前:名無しの見習い格闘家

随分とお優しい地区やな

ワイのとこは一日で5試合やらされとったで

後半とか時間が押してるのか15分くらいしか休憩させてもらえんくてヘロヘロやし見てて可哀想やったわ

 

219:名前:名無しの見習い格闘家

勝ったわ

こっちは7試合だわどうだ恐ろしいか

 

220:名前:名無しの見習い格闘家

そのロリについてくやしく

可愛いか可愛くないか

それがすべてだ

 

221:名前:名無しの見習い格闘家

スマン写真とかとってねーわ

でもTwi〇terに動画とか上がっとったで

菊石市 新世代大会で検索したら今でも見れたわ

 

222:名前:名無しの見習い格闘家

無能

 

223:名前:名無しの見習い格闘家

無能

 

224:名前:名無しの見習い格闘家

はーつっかえ

 

 

「菊石市ってお隣じゃん。クソ強いロリってまさかな……」

 

 掲示板を読み進めた翔は、菊石市とクソ強いロリという二つのワードから自身が思いを寄せる少女──緋乃を連想。

 まさかと思いながら画面を掲示板からTwi〇terに切り替え、掲示板に示されていたワードを検索。

 すると検索結果の中から「この試合ヤバすぎて草」という、短い動画が添付された呟きを発見。ドキドキしながらその呟きをタップしたところで──。

 

「うおおおっー! ビクったぁー!」

 

 ピィィーッ! という甲高い音がキッチンの中に響き渡り、スマホへと集中していた翔はその身体をビクっと大きく跳ねさせた。

 

「あーびっくりした。心臓止まるかと思ったわ……」

 

 スマホを寝巻にしていたジャージのポケットに放り込み、カップ麺へとお湯を注ぎながらやかんへの愚痴を口にする翔。

 翔はそのままカップ麺へとお湯を注ぎ終えるとキッチンタイマーを取り出し、3分にセット。そのままカップ麺の蓋の上にタイマーを載せて重石にすると、カップ麺を手にしたまま階段を登って自室へと戻った。

 

「さて、続き続き」

 

 自室の勉強机の上にカップ麺の容器を置いた翔は、改めてスマホを取り出して先ほどの呟きをタップ。動画を再生した。するとその動画に映っていたのは──。

 

「マジか……。マジで出てたのかアイツ……」

 

 長い黒髪のツインテールをたなびかせる、可愛らしい顔をした小柄な少女。

 毎日のように見るセーラー服姿ではないが、お腹と脚を大きく露出する私服を着たその少女は間違いなく翔が思いを寄せる少女──不知火緋乃だった。

 

 

234:名前:名無しの見習い格闘家

すまん>>221の娘めっちゃ可愛いんだがめっちゃタイプなんだが

なにこれ可愛すぎだろ

 

235:名前:名無しの見習い格闘家

貼ってくれめんどい

 

237:名前:名無しの見習い格闘家

書き込んでる暇があんなら見に行け矢カス

 

238:名前:名無しの見習い格闘家

お?やんのかカス

 

242:名前:名無しの見習い格闘家

見て北

マジ美少女で吹いた

筋肉モリモリの兄ちゃんに即死キック叩き込んでてもっと吹いた

ゲームでよくあるガード不能技をリアルで再現するとああなるんやね

 

244:名前:名無しの見習い格闘家

はえーそんなにかわいいのか

ちょっとみてくる

 

246:名前:名無しの見習い格闘家

シコココココココ

 

251:名前:名無しの見習い格闘家

乳は控えめだが足とお腹が性的すぎる

クソッ俺はおっぱいデカいお姉さんが好みなのにクソッ

うっ

 

252:名前:名無しの見習い格闘家

背は小さいがスタイルめっちゃええな

顔小さいし足長いしえっちだし最近の子はやべーな

 

255:名前:名無しの見習い格闘家

ロリいうてもJKかJDくらいやろ?

外見年齢がクッソ低い奴ってたまにおるやん

この子もたぶんその手合いやろ

 

260:名前:名無しの見習い格闘家

>>252

いや最近の子でもここまでレベル高いのはそうそういねーよ

ていうかこんなレベルたけーのに格闘家とか勿体なさすぎるだろ

地下アイドルとかそっちの方行ってくれれば全力で応援するんだが

 

 

「あーあー、俺の緋乃の可愛さがバレちまったか。いや俺のじゃないけど。ていうかあいつをJD扱いはねーわ。やっぱこいつら目腐ってんなー。どれどれ……」

 

 自分のボケに自分でツッコミを入れながら、翔はスマホを操作して掲示板へと書き込んだ。その目的はもちろん、緋乃の年齢についての訂正を入れるためだ。

 

 

251:名前:名無しの見習い格闘家

いやこの子12歳だぞ。現役の女子中学生

ちなみに地元じゃクソ可愛くてクソ強いからちょっとした有名人

 

253:名前:名無しの見習い格闘家

JCマジ?

 

254:名前:名無しの見習い格闘家

ガチロリじゃん

 

257:名前:名無しの見習い格闘家

いやJCならロリじゃないだろ

 

260:名前:名無しの見習い格闘家

いや15歳以下はロリやろこのペド野郎

 

262:名前:名無しの見習い格闘家

JCのソースあくしろ

 

263:名前:名無しの見習い格闘家

ソースあく

 

264:名前:名無しの見習い格闘家

悪いなうちは醤油派でな

 

266:名前:名無しの見習い格闘家

>>264

つまんね

 

「しまった、ソースか……。緋乃ってSNS系はやってなかったはずだしな……。小学校のアルバムは論外だし……」

 

 掲示板の住民から緋乃が12歳だということを証明するソースを要求された翔は、鳴り出したタイマーを止めてカップ麺の蓋を開けつつ、自身の書き込みの正しさを証明する為の証拠をどう用意するか頭を捻る。

 

「そうだ、赤神だ! あいつならたぶんTwi〇terやってるだろ!」

 

 カップ麺をすすりつつ、スマホを操作して明乃のアカウントを検索する翔。

 そのアカウントはあっさりと見つかったのだが、次は掲示板の住民に対しこのアカウントをどう見つけたのかの言い訳について悩みだす。

 

(いきなり緋乃の名前出すのは不自然だしな……。いや待て地元じゃ有名って言ったんだから別に名前出しても不自然じゃないのか? でも万が一身バレしたら困るしな……)

 

 カップ麺を食しながら、再びうーんうーんと唸りながら頭を捻る翔であった。

 

 

297:名前:名無しの見習い格闘家

Twi〇terで菊石市の予選についてちょっと調べたら出てきたわ

不知火緋乃ちゃん12歳 勝陽西中学校在籍だってよ

本人はTwi〇terやってねーみたいだがこの子の友達がやってた

個人のURLって勝手に貼っていいんだっけ?

 

300:名前:名無しの見習い格闘家

JCマジか

 

302:名前:名無しの見習い格闘家

マジで12歳かよ

ていうかこんなんがクラスメイトにいたらやべーな

審美眼こわれる

 

303:名前:名無しの見習い格闘家

個人垢晒しは不味いっしょやめとけ

ていうか個人名出すのもアウトじゃね

 

305:名前:名無しの見習い格闘家

クラスメイトの審美眼を壊す悪い子にはおしおきしなきゃ

 

307:名前:名無しの見習い格闘家

予選とはいえ大会に出てるんだし名前くらいはええやろ

そこら辺の道歩いてる一般人の名前晒してるわけでもなし

 

312:名前:名無しの見習い格闘家

友達ちゃん曰く子猫みたいな性格らしいで

緋乃ちゃん性格もよさげやん

というかこの友達ちゃんもレベルめっちゃ高くて吹いたわ

 

315:名前:名無しの見習い格闘家

今北

なんかJCについて語るスレになってて吹いた

お前らそんなに美少女が好きか

 

316:名前:名無しの見習い格闘家

可愛い女の子が好きで何が悪い

 

 

「おっ、ラッキー。代わりに説明してくれる奴がいたか。助かったぜ……。ふう、ご馳走様っと。……のど乾いたな」

 

 掲示板の住民たちにどう説明したものか迷いながらも食事をしている間に、誰かが自分に代わってソースを貼ってくれたことへ感謝の言葉を呟く翔。

 味の濃いものを食べ終わった事で体が水分を欲したか。翔は水を求めて、空になった容器と箸を手に階段を下りてキッチンへ向かう。掲示板の自動更新モードがONになったスマホを机の上に放置したままで。

 主の姿がが階下に消えてもスマホはしばらくの間、その設定に従い掲示板を自動で更新してスクロールし続けていた。

 

 

415:名前:名無しの見習い格闘家

でも緋乃ちゃん戦闘力もすげーな

これ絶対本戦出てくるだろ

 

417:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんはとにかく気の量がやべーわ

ここまで飛びぬけてると技術がどーこーのレベルじゃねえ

気の少ない奴らは問答無用で死ゾ

 

418:名前:名無しの見習い格闘家

でも所詮は12歳のロリっ娘だろ?

背も低いし身体も細いし予選はともかく本戦では通用せんだろ

っぱ筋肉よ

 

419:名前:名無しの見習い格闘家

そんなことより緋乃ちゃんの脚ぺろぺろしたい

 

422:名前:名無しの見習い格闘家

攻撃はすげーけど防御はどうなんかね

こんなちっこい体じゃちょっと小突かれただけでアウトやろ

 

423:名前:名無しの見習い格闘家

リングが凹む勢いで投げられてもノーダメじゃねえか

お前は目が見えぬのか

 

424:名前:名無しの見習い格闘家

技術がどうこういっても結局は気の量が拮抗してるの前提の話だからな

ここまでぶっちぎられたらどうしようもねーわな

 

425:名前:名無しの見習い格闘家

気って脳のリミッター解除すれば爆発的に増えるらしいやん

体が緊急用に隠し持ってる分を使えるとかどーこー

この子もそれじゃねえの?

 

428:名前:名無しの見習い格闘家

>>425

リミッター解除は疲労困憊状態まで垂れ流しだしこの娘のとはちょい違う

緋乃ちゃんはスムーズに気を爆発させてスムーズに抑え込んでるからな

 

429:名前:名無しの見習い格闘家

>>428

エアプ乙

リミッターを素早く外して素早く戻す技とか普通にあるからな

これだから口だけのもやしは

 

432:名前:名無しの見習い格闘家

>>429

それガチ達人の技じゃねーか

エアプはどっちだよ

 

434:名前:名無しの見習い格闘家

そんなことより友達ちゃんの呟きに緋乃ちゃんの写真がちょくちょく出てくるんだが可愛すぎて胸が苦しくなる

俺もこんな幼馴染が欲しかった

 

435:名前:名無しの見習い格闘家

間違ってもいいねとかリ○イート押すんじゃねえぞ

赤の他人のオッサンからそんなん押されたら恐怖だぞ

 

436:名前:名無しの見習い格闘家

は?このスレは美少女率95割なんだが?

 

437:名前:名無しの見習い格闘家

ハーレムの術やめろ

 

 

 

 

531:名前:名無しの見習い格闘家

そういやさっき上がってた緋乃ちゃんは本戦で通用すんの?

あの娘が活躍してる姿が見たいんだが

 

532:名前:名無しの見習い格闘家

普通に行けるし間違いなく最上位クラス

優勝も狙えるかもしれん

 

535:名前:名無しの見習い格闘家

>>532

マジかサンキュー

来月が楽しみだぜ

 

536:名前:名無しの見習い格闘家

あまり期待しすぎない方がいいけどな

確かに気は凄いが所詮は12歳のロリや

技術面は未熟だろうから上位勢と序盤で当たったら意外とあっさり落ちるかも

 

539:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんは真面目に考えるのなら膨大な気に物を言わせたパワーと防御力は凄いけど小柄すぎるのがネック

小さいからリーチが短い

軽いので簡単に投げられる

なんやかんやで上位勢はパワー馬鹿の相手に慣れてるし根性もある

とりあえず不安要素はこんなところか?

でもまあ上位勢以外には無双できると思うで

 

541:名前:名無しの見習い格闘家

倒れたとこ抑え込みに行けばあっさり落ちそう

 

 

 

 

 

1001:名前:名無しの見習い格闘家

このスレッドは1000を超えました。

新しいスレッドを立ててください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一話 お泊り会

「それじゃあ、緋乃の予選1日目の活躍を祝ってカンパーイ!」

「かんぱーい」

 

 カチャンと小さな音を立てて、明乃の持つコップと緋乃の持つコップがぶつかり合う。

 コップの中にはなみなみとお茶が注がれており、乾杯を終えた二人は同時にコップへと口をつけてその中身を飲む。

 時刻は夜の21時。緋乃の自室にて、パジャマ姿の明乃と緋乃が語り合う姿があった。

 風呂上がりなので二人の髪はうっすらと湿っており、緋乃もいつものツインテールを解いて、その腰ほどまである長い髪を無造作に流している。

 

「ぷはー! いやー、緋乃の家にお泊りするのもなんか久々ねー」

「そうだね……別に遠慮しなくても、明乃ならいつでも来ていいんだよ?」

 

 家が隣同士ということもあり、明乃は小学校時代は週末になるとほぼ必ず、緋乃の家へとお邪魔して眠くなるまで一緒に遊び、眠くなったら同じベッドで眠りについていたのだ。

 それなのに急に二週間も明乃が泊まりに来なくなるだなんて、異常事態と言っても過言ではないだろう。

 明乃から言われたことにより、その事実に気づいた緋乃。

 今までは別に気にしていなかったというのに、いざ気付くと急に寂しく感じるのは人間の性というものだろうか。

 その目に不安そうな色をたたえ、自分より背の高い明乃を見上げながら、もっと泊まりに来て欲しいと遠回しに明乃へと要求する緋乃であった。

 

「ゴメン、ちょっと待って。その顔やめて。その顔でお泊まり要求とか、なんか開いちゃいけない扉を開きそうになるからマジで」

「?」

「きょとんと首を傾げるな! ええい無駄に可愛いなチクショウ!」

「わたしはいつでも可愛いよ? 強くて可愛いスーパーガール、緋乃ちゃんです」

 

両手の人差し指を口元に当て、にぱーと笑みを浮かべながら自画自賛をする緋乃。そして、そんな緋乃を見て頭をガリガリとかく明乃。

 

「ハァ~」

「どうしたの? ため息なんてついて」

 

 大きくため息をつきながら、自分のコップへとペットボトルからお茶を注ぐ明乃。まさかそのため息の原因が自分だとはつゆにも思わず、原因を聞いてくる緋乃の姿を見て明乃の額に青筋が浮かんだ。

 

「ふ、ふふふ。なんでもないわよ緋乃。それにしても緋乃ってあれよね。最初に出会ったときはもっと賢くて大人びてた気がするんだけど、なんか年を取るたびにどんどん子供っぽくなってきてるわよね」

「む。わたしは──」

「はいはい、大人ならすぐムキにならない。全く。昔の緋乃はもっと目つきも鋭かったし、なんか知的な雰囲気がして格好良かったのに。いつの間にやらずいぶんと可愛らしくなっちゃって……」

「照れる。えへへ……」

「褒めてない褒めてない。いや、これって褒めてるのかしら……?」

 

 明乃は知らないことなので無理はないが、緋乃の中にはかつて世界一の格闘家を目指していた男の記憶が眠っている。

 物心ついたばかりのときはその記憶も色濃く、子供として生きる中でも自然と大人としての立ち振る舞いや気配が漏れ出ていたのを、幼い頃の明乃は子供特有の鋭い感性で察していたのだろう。

 しかし、前世への未練などを速攻で切り捨ててしまった緋乃は、かつての記憶を書き留めたりして保存するなどの行為を一切行ってこなかった。

 故に年月を重ねるに従い前世の記憶はどんどんと薄れていき、逆にその部分を緋乃本来の性格が埋めていった。

 これこそが明乃の感じた違和感。昔は本気で大人っぽかったのに、いつの間にか大人気取りのお子様と化していた緋乃という少女の実態だ。

 

「そんなことより明乃。ゲームしようよ」

「いいわよー。でも明日も大会なんだから、夜更かしは禁止だからね。11時……。いや、10時半には寝るわよ。いいわね?」

「わかってるわかってる」

 

 緋乃の誘いを受け、共にゲームを楽しむことにした明乃。翌日の大会に響かないよう、早く寝ることを条件とて出すが緋乃は二つ返事でそれを了承。

 明乃と一緒に遊べることが嬉しくて仕方ないという様子を隠そうともせず、ニコニコと笑顔を浮かべながらゲーム機の準備をする緋乃を見て、明乃の顔からも思わず笑みがこぼれた。

 

「ふふ、じゃあまずはこれからやろっか。いでよ、マイフェイバリットゲーム」

「E〇Fね。おっけー任せなさい。……そういえば緋乃って虫は死ぬほど嫌いなくせに、このゲームはいいのね」

 

 明乃は緋乃が取り出した、地球を侵略しに来た異星人の手先である巨大な昆虫や怪獣を銃火器で退治するゲームを見て、ふと呟いた。

 

「うーん……。いやまあ確かにゾクっとするシーンは多々あるけど、ゲームだし。実在するわけじゃないからまあ許せるかなって……」

「ふーん、なるほどね。ところで、どの面からスタートするの?」

 

 緋乃から理由を聞いた明乃は、一応の納得を示すとゲームの攻略について話題を変える。

 このまま下手に追求して緋乃の虫嫌いが進化し、ゲームの虫もダメになりましたとなる事態を恐れたというのもある。

 

「実はDLCの面がクリアできなくてね……」

「マジかー、あたしDLC面は初見なのよね」

「へえ、じゃあソロで初見プレイいっちゃう? わたしは明乃の死にっぷりを見れれば満足だから」

 

 挑発的な笑みを浮かべながら明乃を見やる緋乃に対し、カチンと来たのかその顔を引き攣らせながら明乃が口を開いた。

 

「ふふふ、言うじゃない。じゃあもしあたしが初見クリア出来ちゃったら緋乃はどうする?」

「くふふ。最高難易度の初見プレイとか、いくら明乃でも無理に決まってるよ。でもそうだね……。もしクリア出来たのなら、わたしにできる範囲内ならなんでもしてあげるよ?」

「……言ったわね? よっしゃあ、見せてやろうじゃない! 女の意地を!」

「よし、じゃあ準備するね」

 

 気合を入れてコントローラーを握りしめる明乃を横目に、黒い笑いを浮かべながら一人用モードを選択し、ステージを選択する緋乃。

 表には出さないよう細心の注意を払っているものの、その内心は邪悪な愉悦感で一杯だった。

 

(ふふふっ。確かに明乃はゲームが上手だけどね。通常面ならともかく、初見殺しや嫌がらせが満載のDLC面を初見プレイとか出来るわけないじゃん。明乃の無様な死にっぷりが楽しみだよ……)

 

 

 

 

 

 

「む~! む~!」

「むふふ……。いいザマねぇ、緋乃」

 

 明乃がゲームに挑戦してから30分後。ベッドの上には万歳をさせられた状態で両手両足を縛られ、アイマスクと猿轡を装着された下着姿の緋乃が転がっていた。

 

「うふふふふふ。明乃様の腕前を舐めるからこうなるのよ。いやあ、人間本気になれば意外と何とかなるもんね。正直なとこ自分でも驚いてるわ」

「むぉ~! むぐぉ~!」

 

 視界と動きを封じられ、猿轡により声を出すことも封じられた緋乃。そんな緋乃を見下ろすのは、一仕事を終えたとばかりに満足げな表情をした明乃だ。

 あれから意地と根性を総動員して、緋乃から提示されたステージを無事クリアした明乃は、驚愕に目を見開く緋乃に対し罰ゲームもといお仕置きの実行を宣言。

 勝手知ったる緋乃の部屋を手早く捜索したかと思えば、あっという間に緋乃を剥いてその自由を奪い去ったのだ。

 

「ふ。まさかこれで終わりだなんて思ってないわよね? こっからがお仕置き本番よ?」

「む゛ぉ゛~! む゛ぉ゛~!」

「こら動くな!」

 

 嗜虐心のたっぷりと込められた明乃の言葉を聞き、身の危険を感じた緋乃が必死に逃れようとその体を動かす。しかしそんな緋乃に対し、逃がさんとばかりに念動力を開放してその動きを封じる明乃。

 気を用いればその手足を戒めるロープなど簡単に引き千切れるだろうに、それをしないのは賭けに負けた負い目からか、それとも別の理由か。

 

「も゛~! も゛~!」

「さあ、お仕置き開始!」

 

 これからされる「お仕置き」の内容を察したのであろう。許しを請うような情けない響きを上げる緋乃だが、当然のごとく明乃はそれを無視。

 そのまま動きを封じられ、まな板の上の鯉と化した緋乃の上へと軽快に飛び乗ると、その大きく広げられて無防備な腋へと魔手を伸ばした。

 

「ほーらこちょこちょこちょ~。ここか? ここがええんか?」

「◎Λ§ΣΦ@Δ!?」

 

 猿轡越しに悲鳴を上げながらビクンビクンと大きく跳ねる緋乃。そんな緋乃を見て、明乃の口元が大きく歪められる。

 

「あはは、緋乃ってば何言ってるかわかんなーい。日本語喋って~? ふふふ、うふふふふ。人様を舐め腐った罰よ。意識がぶっとぶまでくすぐり倒してあげるから覚悟なさい?」

「¶ΓΘΞΠΨΩ!?」

 

 緋乃のその、無駄毛の一切生えていないすべすべの腋を。お腹を。太ももを。

 ある時は素手で、ある時は先ほど緋乃の部屋を捜索した際に用意したのであろう羽ペンで。ひたすらにくすぐり倒していた。

 

(お願い許して! 調子に乗ってましたごめんなさい!)

 

 明乃によるお仕置きが開始されてからおよそ3分。緋乃の心は完全に粉砕されていた。その身体を激しく何度も跳ねさせながら、内心でただひたすらに明乃への謝罪を繰り返す緋乃。

 

「あーはっはっはー! たーのしー! でもそろそろ限界っぽい感じね緋乃。ならこれでトドメよ! 必殺のぉ~! サイキックこちょこちょ~!」

 

「────!?」

 

 念動力を起用に操り、浮遊させた複数の羽ペンを同時に操作して緋乃の弱点を──基本的に緋乃は全身が弱点なのだが、その中でも特に脇の下と脇腹と内ももが特別に弱い──一斉にくすぐり倒す明乃。

 これまでとは比べ物にならない圧倒的な笑撃に襲われた緋乃は、まるで地面に打ち上げられた魚のようにその身体を必死に跳ねさせ──。あっさりと、その意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話 予選二日目

「緋乃ちゃん明乃ちゃんおっはよー!」

「おはよー理奈」

「おはよう……」

 

 午前10:20。約束の時間よりも10分早い時間に集合した理奈、明乃、緋乃の三人。

 元気よく手を振り上げ、ご機嫌な挨拶をする理奈に対し苦笑しながらも軽く手を振りながら挨拶を返す明乃と緋乃。

 

「およ? 緋乃ちゃんなんか顔が硬いね。……ははーん、さては緊張してるな? 緋乃ちゃんって繊細だもんねぇ~」

「ああ、うん。それもあるかもね……」

「それも?」

 

 緋乃の返事を聞き、可愛らしく首を傾げる理奈。そんな理奈に対し、緋乃は隣に立つ明乃に対し半目を向けながら口を開いた。

 

「うん。実は昨日の夜、明乃にいじめられて……」

「うふふ。乱れる緋乃も可愛かったわよ」

「乱れるって……。いやまあ確かにそうと言えばそうだけど言い方……」

「え」

 

 困ったような顔を浮かべながら理奈へと愚痴を言う緋乃に対し、口元に手を当てながらニヤニヤとした笑いを浮かべる明乃。

 しかし、それを聞いた瞬間。まるで時間でも止められたかのように理奈の動きと表情が固まる。

 

「ちょっと待って。ちょっと待ってどういうことそれ詳しく。ていうかえ、何? 明乃ちゃん散々自分はノーマルですぅ〜とかほざいといて緋乃ちゃんにあんなことやこんなことしちゃったの!? この泥棒猫ぉ!」

 

 混乱した様子の理奈が、明乃へと恨み言を早口でまくし立てながらその首元へ掴みかかる。

 

「フッ。悪いわね理奈。安心しなさい、式にはちゃんと呼んであげるから!」

「ムッキー!」

 

 明乃がサムズアップをしながら更に煽りの言葉を並び立てれば、理奈は明乃の首元を掴んだ腕を前後に揺らして猛抗議。

 一方、そんな二人の話題の中心になっている緋乃はというと。

 

「ふ、二人とも。見られてる。見られてるから静かに……! ほら、行くよ……!」

 

 黙って立っているだけでも周囲からの注目を集める美少女三人が、キャーキャーと黄色い声を上げて騒いでいるのだ。より一層の好奇の目を集めるのは言うまでもない。

 周囲から向けられる目線に耐え切れなくなった緋乃が羞恥心からその顔を赤くし、大慌てで二人の手を掴んで強制的に駅の中へ連れ込んだのも仕方のないことだろう。

 

「あ、ちょっと待って緋乃! こける、こけちゃう!」

「おわわわわ、緋乃ちゃん速い! 速いって!」

 

 緋乃にぐいぐいと引っ張られ、駅の中へと姿を消してゆく三人。

 そんな三人の少女たちの騒がしい様子の一部始終を見ていた、ジョギング中だと思われるジャージ姿の中年男性がふと呟いた──。

 

「朝からいいものを見させてもらった……。神に感謝だな……」

 

 

 

 

「で、実際のとこはどうなの明乃ちゃん」

「緋乃がなんか賭け仕掛けてきたから、サクっと返り討ちにして、くすぐりの刑に処しました!」

「あーはいはい、いつもの流れねー。緋乃ちゃんもいい加減学習すればいいのに」

「ぐ……! 今回は、今回こそは行けると思ったの! いや、途中まで上手く行ってたんだけどまさかの豪運発動で……!」

「それ前も言ってたよね。いやホント学習しようよ~」

 

 人影もまばらな電車の中。あえて椅子には座らず吊革と手すりに掴まり、ガタンゴトンと揺られながら昨夜の出来事について語る三人。

 明乃により簡潔に纏められたそれを聞いた理奈は、呆れた顔を緋乃へと向ける。

 ここ数年。緋乃は半月に一度は調子に乗って明乃へと賭け事を吹っ掛け、その度に毎回敗北して明乃より様々な「お仕置き」を受けているのだ。いくら緋乃にはとことん甘い理奈とはいえ、流石に呆れを隠せなくなってくるのも仕方あるまい。

 

「むぐぐ……」

「やっぱり緋乃ちゃんってアレだよね」

「ああうん、理奈もそう思う?」

 

 悔しそうに唸る緋乃を眺めながら、明乃と理奈はその顔を見合わせ、小声で話し合う。

 いくら賭けに負けた結果の罰ゲームとはいえ、大した抵抗もせずに毎回律儀にそれを受けて気を失い。そこから目覚めてもちょろっと文句を言うだけですぐ機嫌を戻し、尻尾を振りながらすり寄ってくるその姿はどこからどう見ても──。

 

「うんうん、どう考えても……M(アレ)だよね」

「……なんか、今馬鹿にされた気がする」

「気のせいでしょ」

「気のせいだよ」

 

 普段は鈍いくせに、妙な察しの良さを見せて半目で睨みつけてくる緋乃へとごまかしの言葉を吐いて目を逸らす明乃と理奈。

 そのまま目を合わせない二人へと疑いの眼を向け続ける緋乃であったが、ふと諦めたようにため息を吐いて口を開く。

 

「まあいいや。それより聞いてよ理奈。昨日ね──」

「あれ? すいません、もし違ったら申し訳ないんですが……。もしかして、不知火緋乃さんですか?」

「──へ? あ、うん。そうだよ。わたしが緋乃。えっと……」

 

 緋乃が理奈へと語りかけたその瞬間。同じ車両に乗り合わせていた若い女性が緋乃へと話しかけてきた。

 突然、見知らぬ人間に話しかけられたことできょとんと首を傾げる緋乃。その両隣にいる明乃と理奈もその顔に疑問を浮かべているあたり、二人の知り合いというわけでもなさそうだ。

 戸惑う緋乃たち三人の内心を知ってか知らずか。女性は喜びの表情を浮かべながら自らその正体を明かしだした。

 

「あ、やっぱり! あの、昨日の試合見ました! 凄かったよ! 私、緋乃ちゃんのファンになっちゃいました!」

「あー、なるほどー」

「そういう事ねー」

 

 女性の言葉を聞き、納得したような顔をする明乃と理奈の二人。一方、その言葉を向けられた緋乃はというと。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 恥ずかしそうに頬を染め、女性へとお礼の言葉を返していた。

 

「うっわ~! 遠目で見てても可愛かったけど、近くで見てもすっごく可愛い~! 私、こんなに可愛い女の子見るの初めて……! ねね、写真一枚いいかな? 一枚だけでいいからさ。ダメ?」

「え、あ、はい。いいよ……いいですけど?」

「ふふっ。緋乃めっちゃ照れてる」

「うんうん。いつもの緋乃ちゃんもいいけど、しおらしい緋乃ちゃんも可愛いね」

 

 くすくすと笑いながら茶化してくる明乃と理奈に返事をする余裕も無いのか、あわあわとしながら女性に対応する緋乃。

 女性はそんな緋乃を微笑ましいものを見るような目つきで見やると、手持ちの鞄からスマホを取り出してそのカメラを緋乃へと向けた。

 

「はい、じゃあいきますよー。はい、チーズ」

「ん……」

 

 女性の合図に合わせ、はにかみながら片手でピースサインを取る緋乃。その直後、女性の持つスマホからカシャッという撮影完了を示すシャッター音が響いた。

 女性はスマホを操作して今撮ったばかりの写真を確認すると、満足気に微笑みながら緋乃へと礼を言う。

 

「うん、いい写真が撮れました。はー、めっちゃカワイイ……。おっとっと、緋乃ちゃんありがとうね! 今日のトーナメントも応援してるから、頑張って~!」

「ん……! がんばる……!」

 

 両手を胸の前に出して小さくガッツポーズをする緋乃に対し、笑顔を向けてひらひらと手を振りながら離れていく女性。

 女性が緋乃たちから少し離れた位置の座席へと座り、スマホを弄りだしたのを見て明乃と理奈が緋乃へと笑顔で語りかける。

 

「やったじゃん緋乃。ファンゲットおめでとう」

「緋乃ちゃんおめでと~!」

「明乃。理奈。うん……。ありがと……!」

 

 親友二人からの賞賛の声に対し、満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を返す緋乃であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「むっ。不知火か……」

「お久し……ぶり?」

 

 移動を終えて会場に到着し、二日目の開会の挨拶や注意事項の通達にトーナメントの組み合わせ発表等の一通りのイベントを終えた緋乃。

 本戦出場者を選ぶトーナメント特設リング──昨日までの広場に雑にリングが設置されただけのそれとは違い、コンサート用の野外ステージとも言うべきすり鉢状の広大な空間にリングが設置され、その周囲は気弾対策と思われるネットを被せた金網で囲われた、きちんとしたリングだ──の外で明乃や理奈と別れ、ステージの左右に併設された選手控え室へと移動しようとしていた緋乃は、その通路で先月に路上試合を行った空手道場のエースと再会した。

 

「やはり勝ち残っていたか」

「当然」

 

 ニヤリと笑いながら話しかけてきた少年に対し、得意気な笑みを浮かべながら返す緋乃。

 ガタイのよい男子高校生と華奢な女子中学生が向かい合い、火花を散らす。事情を知らぬものが見たら、一発で通報されてしまいそうな状況だ。

 しかし、ここは格闘大会の控え室エリアであり、ここにいるのは緋乃と少年の外には大会のスタッフのみ。当然ながら昨日までの戦績など既に知っていて、二人に対しそのような目線を向けるスタッフはいない。

 むしろ、やりたい放題大暴れして対戦相手の全てを病院送りにした、小さな暴君へと立ち向かう少年に対し感心したような眼差しが向けられている始末だ。

 

「あれから俺はさらに鍛錬を積んだ」

「またそれ? 懲りないね」

「ぐぬぅ……。まあ確かに何度も同じことを言っているような気がするが、今回の俺は本当にこれまでとは一味違う! あの時の俺と同じだとは思うなよ、おまえを倒すのはこの俺。佐々木 (がく)なのだからな!」

 

 少年改め岳が呆れ顔の緋乃へと向かい、啖呵を切るとほぼ同時。大会の運営スタッフの男性がやってきたかと思うと、岳と緋乃へと声をかけた。

 

「佐々木選手、もうすぐ試合なので試合準備をお願いします! 不知火選手は、試合の順番が回ってくるまで控え室の方にお願いします!」

「応!」

 

 スタッフの呼びかけに応じ、岳が緋乃へと背を向ける。

 

「不知火、確かお前は第三試合だったな。控え室のモニターで見ているがいい。あれから超進化を果たしたこの俺の姿を!」

 

 言いたいことは言い終えたとばかりに、スタッフへと連れられてリングへ向かう岳。その背中に向けて緋乃が声をかけた。

 

「頑張ってね」

 

 緋乃のその声を聴いた岳は、振り返らずそのまま歩き去りながらもサムズアップを行い、緋乃の応援へと感謝の意を示す。

 緋乃は通路の向こう側へと岳が消えるのを見送ると、自身に割り当てられた控え室の扉をゆっくりと開く。

 

(なんか余裕とつわものオーラを感じちゃうし、本当に強くなったっぽいね)

 

 控え室に用意された椅子へと座りながら、モニターの電源を着ける緋乃。

 その青くぱっちりとした瞳に、岳がリングへと上がるシーンが映った。対戦相手は黒い学ランを着た、岳と同じくらいの体格をした男性だ。

 実況の男が叫んでいるのを聞く限り、学ラン男は幸也(ゆきや)という名で、我流の喧嘩殺法で戦うこの菊石市の不良高校生らしい。

 

「お手並み拝見、だね」

 

 ゴングが鳴り、ぶつかり合う二人の男。それをわくわくとした面持ちで眺める緋乃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『岳選手、攻める攻めるー! 力強い拳と蹴りのラッシュがが幸也選手を襲う!』

 

 モニターに映るのは二人の男たちが闘う姿。攻める岳と防ぐ幸也。

 試合開始のゴングが鳴ると同時に岳は幸也へと飛び掛かると、そのまま一気呵成に攻め立てた。何度も拳を繰り出し、少しでも隙があれば威力に優れる足技を叩き込む。

 ガードを固め、岳の攻撃を的確に防いでいく幸也だったが、そのガードごと叩き潰さんとばかりに拳と足を勢いよく叩きつける岳。

 

「おらおらぁ! ふんっ!」

「がっ……!」

 

 いつまでも受け手に回っていることに焦れたのか。幸也のガードが緩んだその瞬間。その隙に岳の前蹴りが腹部へと炸裂し、幸也は後方へ吹き飛ばされながらその顔を苦しげに歪めた。

 

「てっめぇ! らぁっ!」

「ちっ!」

 

 このまま一気に試合を決めんと、空いた距離を一気に詰めようとする岳。しかし、そんな岳へ向けて幸也は咄嗟に生み出した気の塊をアンダースローのモーションで投げつけた。

 岳はこの攻撃に対し、回避は間に合わないと判断。顔面の前で両腕をクロス。直後、その腕に気弾が激突して岳の腕に衝撃が走る。

 

「むう、この威力は! ……やるな!」

「ちっ。大人しく食らってろってんだ」

『おおっとお! これまで上手く防いでいた幸也選手だがついに防ぎきれず前蹴りがクリーンヒットォ! しかし幸也選手もただでは終わらない! とっさに気の塊を投げつけて追撃を防いだぞ!』

 

 距離を取り、呼吸を整える二人の男。実況が一連の流れを簡潔に纏め、激しい攻防を前にした観客たちが大きく盛り上がる。その大歓声がモニターの外からも緋乃の耳に届いた。

 

「へー、咄嗟の気弾にしてはけっこう威力高いね……」

 

 男たちの闘いぶりを見て、のんきな感想を漏らす緋乃。

 通常、遠当てや気弾というものはそこまで大した威力ではない。気というものはその持ち主の体から離れた時点でどんどん霧散していくのだから当然だろう。

 一般的には気弾による攻撃は──互いの距離によって変動するので、あくまで目安として──同じだけの気を込めたパンチの半分程度の威力だと言われている。

 故に、大して気を溜める時間もなかったあの状況下で、岳の体勢を崩すほどの威力の気弾を放った幸也へと驚きの言葉を漏らしたのだ。

 

(あの見た目で実は気弾メインの遠距離型ですってのも面白いけどね)

 

 気弾という技は主力に据えるには扱いが難しく、牽制などに使う者は多々いてもそれをメインで使う格闘家(へんたい)はあまりいないのが現状だ。

 別にいないことはないのだが、格闘家としてのランクが低かったり、ギフトとの併用がメインだったりでWFCでは純粋な気弾使いは絶滅危惧種扱いさてれいる。

 遠距離攻撃の癖に互いの距離が開いていれば開いているほど威力が下がってしまう気弾を使うよりも、素直にそのまま身体強化で殴りかかったほうが手っ取り早いし強いというのが一番の理由だ。

 

「もう見えたね。なんか面白いニュース無いかな……」

 

 気弾の練度にはちょっぴり驚かされたが、所詮は一発芸の域を出ない小技に過ぎない。それ以外の技の練度や身体強化のレベルは岳の方が普通に上だ。

 よっぽど凄い隠し玉でもない限り、岳の勝利は決まったも同然だと判断した緋乃はモニターから目を外してスマホを弄りだす。

 

「む~……。わたしの記事ない……。残念……」

 

 朝の電車の中で自分のファンだと言ってくれる女性に出会えたので、もしかしたら有名になっちゃったりしてないかなと検索サイトに自身の名前を打ち込む緋乃。しかし、出てくるのは名前の似た芸人や二次元のキャラクターのみで肩を落とす。

 

「Twi〇terなら……。あ、あった。えへへ……」

 

 こっちならどうだとばかりに自身も利用しているSNSで検索をしてみると、今度はヒット。大会を見に来ているであろう人たちの呟きが検索結果に上ってきた。

 その内容は「可愛い」やら「推せる」やら、「外見とパワーのギャップが最高」などの肯定的な意見が大半だ。「泣かせたい」や「この笑顔曇らせたい」といった否定的な意見もあることはあるのだが、そちらは少数派なので緋乃は目を背けることに。

 

(今はまだ無名だけど、いつかきっと、わたしの名を世界中に……)

 

 緋乃はそっと目を閉じて、WFCに優勝した自分が大勢の人間に祝福されている姿を妄想する。

 トロフィーを掲げて喜ぶ、高校生くらいになって明乃以上の身長と明乃以上のバストを手に入れた自分。そしてその横に立ち、自分のことのように一緒に喜んでくれる明乃と理奈。

 

(それでそれで、家に帰るとお母さんがいっぱい褒めてくれて──)

 

 にへらと笑いながら妄想を膨らませていく緋乃。しかし、モニターと外から流れてきた大歓声がそんな緋乃を現実へと引き戻した。

 

『おおーっと! なんということだー! まさかまさかの大逆転だー! 幸也選手、今までの鬱憤を晴らすかの如く攻め立てるー!』

「ん?」

 

 大歓声で意識を引き戻されたところに岳の不利を告げる実況の声を聴いた緋乃は、妄想を打ち切ると目を開いてモニターへと目線を向ける。するとそこには、頭から血を流した岳が幸也の猛攻を必死に捌いているところだった。

 

「へー、以外。絶対負けると思ってたのに……」

 

 少し驚いた様子でそれを見る緋乃。緋乃の見立てではあの幸也という選手は岳よりも下のランクで、最後に一矢報いる程度はできるかもしれないが結局岳には勝てない程度の選手だったのだが……。

 しかしどうだろう、実際には追い詰められているのは岳の方であり、追い詰めているのは幸也の方だ。

 

(いや、よく見ると幸也って人も苦しそう。ギリギリの勝負だね。なるほど、だからこんなに盛り上がってるのかー)

 

 観客たちの盛り上がり具合と、モニターに映る男たちの様子からそう判断し直した緋乃。その緋乃の読みの正しさを証明するように、実況の声が聞こえてくる。

 

『幸也選手、起死回生の爆弾ナックルでしたがやはり気の消耗が大きいのか! 攻めているにもかかわらず苦しそうだ! 必死の猛攻だがスタミナは持つのか!? 持たないのか!?』

「ちっくしょお! さっさと沈めや!」

「生憎とその技には見覚えがあってなあ!」

 

(……は? 爆弾? 激しい消耗? 見覚えがある技……? まさか……)

 

 実況の解説と、偶然にもマイクが拾った二人の掛け合い。そして、ド派手な必殺技でも決めたかのような観客の大歓声。

 押し寄せる不安からか緋乃の鈍い頭が珍しくフル回転し、パズルのピースが組み上がっていく。

 

「こいつ、人の技パクったなー!? 殺せ、殺してやれ! わたしが許す!」

 

 モニターへと飛びつき、そのまま両腕でモニターをガタガタと揺らしながら声を荒げて必死に岳へとエール(?)を送る緋乃。

 別に気を爆発させる技は緋乃が個人的に開発した技でもなんでもないので、緋乃には文句を言う筋合いも権利もないのだが、そんなことは知らぬとばかりにモニターを揺らす緋乃。

 

「隠してたのに! ここ一番で使って盛り上げるために隠してたのに! ひどい! バカ! 死ね!」

 

 可愛らしい少女から繰り出される暴言の嵐。もし幸也が聞いたら目を見開いて驚愕すること間違いなしだろう。

 あまりにも激しい消耗と、それに見合わぬ威力から誰もやらないロマン技を必死に磨き挙げて実用レベルにまでしたというのに、何という言い草だと猛抗議してくるのは間違いない。

 

「オラオラァ! ぐっ……オラァ!」

「まだまだぁ!」

 

 一方、控え室で独り盛り上がっている緋乃のことなど露知らず真剣勝負を繰り広げる二人。

 やはり気の消耗が大きすぎたのか。徐々に幸也の繰り出す連続攻撃のスピードが落ちていき……。それを待っていた岳が逆襲に転ずる。

 

「貰ったぁ!」

「しまっ……! がはっ!」

『うおおおおお!? ここにきて! ここにきて! 再度ぎゃくてーん!?』

 

 幸也の拳に己の拳を合わせ、大きく弾き飛ばすとそのまま踏み込んで幸也の正中線へと連続で正拳突きを叩き込み、そして──。

 

『ダウーン! ダウンだー! これは決まったか!? 幸也選手動けなーい!』

「カウント1! 2!」

 

 正拳を叩き込まれた勢いのまま吹き飛び、仰向けに倒れる幸也。その目は閉ざされており、口元からは僅かに血が流れ出ている。

 すかさずレフェリーのカウントが開始され、目の前で再度行われた逆転劇に観客も大喜びだ。

 

「7! 8! 9!」

 

 観客が大騒ぎする中、レフェリーによるカウントがどんどん進んでいく。しかし、幸也は起き上がる様子を見せず……そして……。

 

『試合終了ー! 勝者、岳選手ー!』

「うおおおおおぉぉぉっ!」

 

 試合終了のゴングが鳴り、実況の勝者を告げる声が高らかに響き渡る。それを受けて苦戦を乗り越えた岳が咆哮を上げながら喜びを示し、観客席からも歓声と拍手が飛ぶ。

 そして、岳の勝利を喜ぶ者がここにも一人。

 

「いよっし! 悪は滅びた……! 人の技パクるからだよ、ばーか! ばーか!」

 

 大人気取りの余裕を取り繕うことも忘れ、手を叩いて喜びながら。タンカで運ばれる意識の無い幸也へ向けて、少ない語彙の中から必死に罵倒の言葉を選んで贈るお子様の姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話 お弁当タイム

『決まったァー! 勝者、鈴木奈々選手ー! 華麗な受け流し技の数々! 見事、実に見事でした! これが境月流古武術! 歴史と伝統の重みか!?』

 

(カウンター主体か……。見てる分には面白いけど、相手にはしたくないタイプだね。ギフト有りなら体勢ゴロゴロだし余裕なんだけど……。まあわたしが相手するなら、やっぱり掴んで起爆かな)

 

 岳と幸也の試合をモニター越しに身を得た緋乃は、続く第二試合の松本健二対鈴木奈々の試合も観戦。

 我流の喧嘩空手の健二と、受け流しからの反撃を主体とした古武術の奈々。二人の試合は健二の攻撃を奈々が受け止めては投げ返し、受け流しては当て身を加えといった流れで奈々の圧勝だった。

 

(流石にここら辺まで来るとレベルも結構上がってるね。舐めてたら痛い目見そうだし、真面目にやらなきゃ。うん、あくまで死人が出ないよう出力を下げるだけであって、手抜きは厳禁。気分は真面目にGO(ゴー)っと……)

「緋乃選手、もう間もなく試合が開始されるので準備をお願いします」

「はーい。……むんっ!」

 

 控え室のドアがノックされ、スタッフが試合が近いことを告げる。

 緋乃はそれに対し返事をすると、パンパンと軽く顔を叩いて気合を入れる。これまでののんびり観戦モードから試合モードへと気持ちを入れ替え、ドアを開いて控え室から出ていく。

 

(わたしの相手は確か、志賀 (たくみ)って人だっけ。相変わらず背の高い人ばっかで嫌になるなぁ……。あれ180は絶対あるよね。その身長ちょっとよこせ)

 

 スタッフの案内に従って移動しながら次の対戦相手について考えを巡らせる緋乃。

 朝のトーナメント組み合わせ発表の時に出会った相手は、スーツを着た長身痩躯で短髪の男だった。

 格闘家というより会社員といった感じの風貌だったが、戦闘能力を計る際に見た目が当てにならないことは緋乃自身が証明しているので油断はしない。

 

(あれかな。かつては格闘家を目指していたけど、周りの人間に反対されたとかで夢を諦めて就職。だけどやっぱり夢を捨てきれずに大会へとこっそり出場とか、そんなドラマがあったりして!)

 

 脳内で対戦相手に対し、勝手にストーリーを作り上げて盛り上がる緋乃。自身が作り上げたその設定に、どこかで聞いたことあるような気がするとデジャヴを感じる緋乃だったが、きっと気のせいだろうと思い直す。

 

『皆様お待たせしました! トーナメント第三試合、不知火緋乃選手対志賀巧選手! まもなく開始です!』

(さて……。一体どんな戦闘スタイルなんだろうね。ちょっとワクワクしてきちゃった)

「緋乃ちゃーん! ガンバレー!」

「負けるなよー!」

「しっかりー!」

 

 スタッフの合図に従い、リングへと姿を現した緋乃を出迎えるのは前日までの試合を超える歓声の嵐。

 それを受け、一瞬だけ驚愕の表情を浮かべるものの、前日の試合で歓声を受けることに少しだけ慣れていた緋乃はすぐに気を取り直すと歩みを再開してリングへと上がる。

 

『まずは不知火緋乃選手! 小さな体に秘めたるは圧倒的なパワー! 今日もその暴れっぷりを見せてくれるのでしょうか!?』

 

 実況の紹介を受けた緋乃が軽く手を上げると、リングを囲む観客たちから歓声が上がる。その顔は相変わらず照れ笑いを浮かべてはいるものの、前日までのぎこちなさが少しだけ抜けてきていた。

 

『対するは闘うサラリーマン、志賀巧選手! 長いリーチと遠当てで相手を近づけさせないその独自の格闘術は、圧倒的なパワーとスピードで蹂躙してくる小さな暴君を防ぎきれるか!?』

 

 緋乃が姿を現したすぐ後に、対戦相手の巧もリング上へとその姿を現した。

 流石に上下ともにスーツ姿というのは動きづらかったのか、午前中の顔合わせの時点では着ていた上着とネクタイは脱いだようだ。

 カッターシャツ姿の巧が姿を現したことで再び歓声が上がり、リングが喧騒に包まれる。

 

「フフフ、お手柔らかにお願いしますよ」

「やだ。本気でいく」

「いやいや、そこは嘘でもいいから合わせるとこですよ。社交辞令ってやつです」

「そんなの知らないし、手加減する方が失礼じゃ?」

「フーム……」

 

 緋乃の発言を受け、少し考えこむ様子を見せる巧。しかし、その姿からは隙などが一切見当たらないあたり、あくまで相手を油断させるポーズなのだろう。

 

「むー……」

 

 こちらの闘志を素直に盛り上げさせてくれないその言動を受け、緋乃は頬を膨らませる。が、すぐに気を取り直すと半身に構える。それを見て、巧も緋乃と同じくオーソドックスな半身の構えを取った。

 

「……」

「……」

 

 構えたまま静かに試合開始のゴングが鳴るのを待つ緋乃と巧。リング上の空気が張り詰め、観客たちの声も少しづつ静かになっていき……。会場が静まり返った数秒後。試合開始を告げるゴングが高らかに鳴り響く。

 

『さあ試合開始です! 先に動いたのは巧選──いや、これはぁー!?』

 

 ゴングが鳴ると同時に巧はその両手に気を集中させ、素早くバックステップをすると同時に解き放つ。緋乃目掛けて二つの気弾が突き進む──と思いきや、その気弾が突如はじけ飛ぶ。

 

「……ッ!」

 

 試合開始と同時に巧へと突進してきた緋乃が、その拳で気弾を撃ち落としたのだ。

 しかし気弾の迎撃には成功したものの、そちらへ対処してしまったがために開幕の速攻は失敗に終わってしまった。そんな緋乃に対し、今度はこちらの番だと言わんばかりに巧の拳が襲い掛かる。

 

「シィッ!」

「むっ!」

『巧選手、連打連打連打ー! パンチの嵐を前に緋乃選手近づけない!』

 

 身長150cmの緋乃に対し、身長180cm超の巧。30cmもの身長差より生まれるリーチの差はかなり大きく、緋乃の間合いの外から次々と拳を打ち込んでくる巧。

 緋乃はそれを的確に受け流していくものの、流石にリーチの差が大きすぎたか。反撃しようと間合いを詰める前に次の拳が飛んでくるため、中々近寄ることが出来ない緋乃。

 

「このっ……!」

「しゃあっ!」

 

 速度とリーチを重視した拳ならば大してダメージはないはずだと、緋乃が被弾前提で反撃をしようと覚悟を決めれば、狙い澄ましたかのように気を込めた右ストレート(主砲)が飛んできてその逆襲は阻止される。

 持久戦で巧の動きが鈍ったところを叩くという手もあるが、巧も流石に予選をここまで勝ち残ってきただけのことはある。

 その動きに衰える様子は微塵もなく、このまま緋乃の不利が続くと誰もが思ったその瞬間──。

 

「……ッ! せぁ!」

「ぐふっ!?」

 

 牽制の拳に裏拳を合わせてを弾き飛ばし、それにより生まれた一瞬の隙をついて踏み込んだ緋乃の足刀蹴りが巧の腰へと直撃──。巧は後方へと大きく吹き飛ばされ、ロープを背負うことに。

 

『緋乃選手のカウンターだぁー! 嵐のような連打、その一瞬の隙をついて攻守逆転!』

「くうぅ!」

「今度はこっちの番……!」

 

 倒れまいと腰を落として耐える巧が、その体勢を整え終わるその前に。超高速で踏み込んできた緋乃のその脚が振り上げられ──。

 

「くらえっ!」

 

 巧の胸部へと、緋乃の履くブーツの底が勢いよく叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふっふふん~♪」

 

 選手控え室にて、上機嫌で鼻歌を歌う緋乃。

 あれから胸部へと緋乃の前蹴りを叩き込まれた巧は血を吐いてダウン。カウントギリギリの状況から根性で立ち上がったのだが、当然ながら大ダメージを負って動きの鈍くなった巧など緋乃の敵ではない。

 

「完全勝利は気分がいいね」

 

 緋乃は気を開放するとともに、巧の繰り出すその拳へと的確に脚を合わせることで両腕を粉砕。巧の戦闘能力を奪い去りTKO勝利を手にしたのだ。

 

(さて、これでわたしは決勝進出。次に上がってくる人を潰せば、本戦出場の権利が貰えるんだよね……)

 

 鼻歌をやめ、顎に手を当てて考えを巡らせる緋乃。

 控室の中をうろうろと歩き回りながら、自身の対戦相手が岳と奈々のどちらになるかを考える。

 

(個人的には顔見知りの岳を押してあげたいけど、あの人単純だからなあ。真正面から攻めてあっさりカウンター貰って沈むとか普通にありそう。対戦相手の奈々さんはカウンターが大得意みたいだし)

 

 緋乃はよく言えば爆発力のある、悪く言えば考え無しの勢い任せの戦法を得意とする岳に対して厳しめの評価をしつつも、それでも勝つのは岳の方だと思っていた。

 別に自分が岳と顔見知りだからという理由でも、岳と同じような本能に任せた戦法を好むからではない。

 

(岳は頑丈だし根性もあるからね。奈々って人じゃ火力不足で最後の最後に押し切られる気がする)

 

 もっとも、あくまで希望的観測でしかないことは緋乃も理解してはいる。

 何故なら、岳の対戦相手を務める鈴木奈々という選手にはまだまだ余裕が感じられたからだ。

 

(でもまあ、奈々って人の切り札次第かな。なーんかまだ大技隠し持ってると思うんだよね)

 

 口元に人差し指を当て、首を傾げながら奈々の試合を思い出す緋乃。

 前試合において、奈々は技を二つしか使っていないのだ。

 相手の腕の間接を決めながらの背負い投げと、相手の打撃を捌いてからの心臓への掌打の二つである。

 背負い投げ二回で腕を粉砕し、攻撃が一気に甘くなった隙をついての心臓打ちでKO。クリーンヒットの一発も貰わない、実に鮮やかな闘いぶりには思わず緋乃も称賛の声を上げてしまった程だ。

 

「おっと、いけないいけない。明乃たちが待ってるんだった」

 

 奈々の試合に思いを馳せていた緋乃は、ふと我に返ると慌てた様子で頭を振って気分を切り替える。

 午前中に行う試合が全て終わったため、予定表に記された時刻よりも少々早いが──岳の方は3ラウンドほどかかったようだが、緋乃も奈々も1ラウンドでKOを決めたためである──昼休憩の時間になったのだ。恐らく、観客席では明乃と理奈が緋乃の事を待っている事だろう。

 緋乃は慌てた様子で荷物を纏めると、スマホを取り出して明乃へとコールしながら控え室を出た。

 

「ごめん、ちょっと遅れちゃった。今どこ? ……うん、わかった。ありがとう、すぐ行くね」

 

 慌ただし気に控え室を出て、通路を小走りで駆けていく緋乃を、まだ業務の残っていたスタッフたちが微笑ましげな顔をしながら見送るのであった──。

 

 

 

 

 

 

「いやー、緋乃ちゃん凄かったねー! こう、相手のパンチに合わせてシュバッって蹴りを繰り出しちゃってさー!」

「理奈、少し抑えなさい。ご飯粒飛ぶわよ?」

「ごめーん☆」

 

 昨日と同じように、理奈の用意してくれた弁当に舌鼓を打つ明乃、理奈、緋乃の三人。

 興奮した様子で緋乃の試合を語る理奈を明乃がたしなめるその姿を、嬉しそうに微笑みながら緋乃が眺めていた。

 

「ふふん。格好良かった?」

「うんうん、カッコよったよ~。ねえ明乃ちゃん」

「まあねー。試合中の緋乃はキリっとしててイケメンだしね。ま、あたしは見慣れてるんだけど」

「……そっか。よかった」

 

 照れくさそうに頬を染める緋乃の頭を、箸を置いた明乃がよしよしと褒めながら撫で回す。それを受けて、気持ちよさげに目を閉じる緋乃。

 そんな緋乃に対し、先ほどから緋乃が弁当に手を付けていないことに気付いた理奈が声をかける。

 

「あれ、緋乃ちゃんもうおしまい? もっと食べなきゃダメだよ~? ただでさえ細いんだからさ」

「ん……。ごめん、もうおなかいっぱい。限界」

「こんなちっこいおにぎり二個で限界とか、相変わらず小食ねー。燃費悪いんだからもっと詰め込めばいいのに」

「うん……、でも……。ううん、なんでもない」

 

 言い訳を口にしようとしたものの、それは今話すべきではないことだと思い直した緋乃は申し訳なさそうな顔をしながら俯いた。

 

「あー、ごめん。地雷踏んじゃったわね。ごめんね緋乃」

「いや、私が余計なこと言っちゃったから……。ゴメンね二人とも」

 

 落ち込む緋乃の姿を見た明乃と理奈が、慌ててフォローに入る。

 そんな二人を見て、自分のせいで楽しい食事の空気が落ち込んでしまったことを理解した緋乃は慌てて自分も謝罪の言葉を口にした。

 

「いや、二人とも悪くないよ。わたしこそ余計なこと言っちゃってごめんね。わたしは気にしないから、二人とも気にしないでくれると嬉しいなって……。ね?」

 

 不安そうな顔を浮かべ、オロオロとしながらも自分たちを気遣う言葉を口にする緋乃。それを見た明乃は、軽くため息を吐くとその顔に笑顔を作り勢いよく口を開く。

 

「わかったわ! よし、じゃあ今のナシ! 今の空気ナシ! 何もなかった! ってことでいいわね二人とも」

 

 新規臭い空気を吹き飛ばすかのように手をぶんぶんと振りながら、元気よく声を上げる明乃を見て緋乃と理奈もその顔に笑みを浮かべてその明乃の発言に同調する。

 

「ん、そうだね。何もなかった」

「そうそう、何もない何もない。何もなかった。あ、そうだ緋乃ちゃん、お茶飲む?」

「じゃあ折角だし貰おうかな」

 

 先ほどまでの空気をなかったことにした三人は、意図的に明るい声を出しつつも食事を再開。

 弁当へと箸を伸ばす明乃。温かいお茶の入った水筒を手に、緋乃へそれを勧める理奈。理奈の気遣いを受け、水筒のコップを受け取ってお茶を注いでもらう緋乃。

 ほんの数分前までのお通夜じみた空気はそこにはなく、笑顔で談笑する三人の少女たちの暖かい空気があった。

 

 

「じゃあ緋乃。ラスト一試合、頑張るのよ!」

「緋乃ちゃん頑張ってね! 応援してるから!」

「ん! まかせて! ……じゃあ、行ってくるね!」

 

 昼食のほかにも選手の休憩と治療を兼ねた、少し長めの昼休憩を終えた緋乃たちは観客席の前で別れた。

 明乃と理奈は既に人で埋まり始めている観客席の方へ。緋乃は一人、選手控え室の方へ。

 二人の親友から貰ったエールを胸に、緋乃はきりりとその顔を引き締めながら控え室の扉を開けた。

 

(ラスト一試合。誰が相手でも関係ない、全力で叩き潰す! ……いや、全力は不味いよね、うん。えっと、割と本気で叩き潰す!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話 vs不良学生

「む~……!」

「あはは……」

「まったくもう……」

 

 不機嫌オーラをその小さな体から噴出させ、不満そうにその頬を膨らませながらテクテクと歩く緋乃。

 そんな、大会が終わってからずっと拗ねてしまっている緋乃を見て。困ったような笑顔をする理奈と呆れた顔をする明乃。

 時刻は午後15時。とある「アクシデント」により、予定よりもかなり早めに大会を終えた緋乃たち三人は、自宅へと帰るために駅へと向かう途中であった。

 

「いつまでふくれてんのよ。楽に終わってよかったじゃない? ポジティブに考えなさいよポジティブに」

「でも……! いくらなんでも不戦勝だなんて……!」

 

 明乃からの説得を受けるも、相変わらず不満そうな声を上げる緋乃。内心の不満を示そうとジロリと明乃へと半目を向ける緋乃であったが、その顔立ちが災いして怖さよりも可愛らしさが前面へ出てしまっているのがご愛敬か。

 

 本戦出場者決定トーナメント準決勝戦。佐々木岳対鈴木奈々。勝った方が緋乃の待つ決勝戦へと進むその試合。

 一進一退の激しい攻防の果てに勝利を掴んだのは岳であったが、その闘いの中で利き腕である右腕を骨折してしまったのだ。

 いくら優秀な治癒の能力を持つギフテッドが医療スタッフとして控えているとはいえ、たかが1~2時間程度で折れた腕を再び戦闘可能なレベルにまで元に戻すというのは流石に不可能である。

 故に。事前から決めてあった大会規定に則り、決勝戦は緋乃の不戦勝ということになったのだ。

 

「むー」

 

 準決勝で持てる全てを出し尽くした岳はその結末も──確かに強かったが、あの程度の相手に腕を持っていかれるようではお前(緋乃)の相手など務まらんだろうと──納得して受け入れたが、岳や奈々との戦いを心から楽しみにしていた緋乃はそうはいかなかった。

 表彰や激励の言葉を貰っている間はなんとか笑顔を取り繕っていたものの、周囲から人目が消えたとたんに不貞腐れてしまい──。

 

「腕を上げたっていうし、実際にすごく強くなってたから楽しみにしてたのに……。もう一人の境月流って人も戦ったことのないタイプだったし……」

「へー、ずいぶん買ってるわね。いつもの緋乃なら『わたしなら余裕で勝てる相手だよ』とか言って気に留めないのに。……大会の熱気に当てられた系?」

「むぅ……。確かに、そうかも」

 

 明乃から悪戯めいた笑みを浮かべながらの指摘を受けて考え込む緋乃。

 確かに、ちょっと舞い上がってる所があったかもしれない。冷静ではなかったかもしれないと自身の精神状態を顧みると、肩を落としてため息を吐く。

 

「ふぅ……」

「ようやく落ち着いたわね」

「いつもの緋乃ちゃんが帰ってきたね」

「ん、ごめんね?」

「いいってことよ。ま、あまり気にしないことね」

 

 緋乃からの謝罪の言葉を、その頭を軽くコツンと小突きながら受け入れる明乃。

 一瞬だが、小突かれたことに対する不満の顔を浮かべる緋乃であったが、今回の件に関しては自分が悪いということを一応は理解しているのですぐにその顔を引っ込める。

 

「ねえねえ。それよりもさ、折角早く帰れたんだし駅前で遊んでかない?」

「うーん、そうだね。明乃は──」

「いいわね。緋乃は──」

 

 緋乃の不貞腐れモードが終わったと見るや、笑顔の理奈がこれからの予定について提案する。

 確かに、このまま帰っても門限までにはかなりの余裕がある。それなら、駅前で遊んでから帰るというのも悪くないかもしれない。

 そう考えた緋乃は明乃の意見を聞くべく声を上げるが、タイミングを同じくして明乃も緋乃に対して声を上げたところだった。

 

「ふふっ」

「あははっ」

「ふふふ、問題ないみたいだね。それじゃあ──」

 

 考えていることは同じかと、二人で笑い合う緋乃と明乃。そんな二人の姿を見て、自身の提案が受け入れられたことを悟った理奈が音頭を取ろうとしたその瞬間──。

 

「待て待てぇーい!!」

 

 背後から三人へと向けて放たれる、男性のものらしき大きな声。

 なんか以前にもこんなことがあったような、と呆れと困惑の入り混じった表情を浮かべて顔を見合わせる明乃と緋乃と理奈。

 嫌々とこれまで歩んできた道を振り返ってみれば、どたどたと慌ただしく駆け寄ってくる四人の男たちが三人のその目に映る。

 

「はぁ、はぁ! ぐふふふふ、ギリギリ間に合ったようじゃな……」

「げふっ! ごふっ! ひひひ、不戦勝で安心してるとこ悪いがなぁ……。げふっ! げふっ!」

 

 ゼエハアと息を荒くしながら、緋乃へ向けて話しかけてくる男たちのリーダー格らしき一番背の高くてガタイのいい男と、それに続く取り巻きらしき出っ歯の男。

 学ランを着た四人の男が全員揃って両手を膝に当て、中腰になりながら息を整えているその姿は正直言ってかなりアレなものがあり、緋乃たち三人は心底嫌そうな顔を男たちへ向けている。

 

「緋乃ちゃん、この人たち知り合い?」

 

 声をかけられ、反応してしまったた以上。ここから無視するわけにもいかないと、男たちの狙いらしき緋乃に対して理奈がその正体を尋ねる。

 しかし、理奈の質問を受けた緋乃は困った表情でその首を横に振った。

 

「ううん、知らない。初対面……」

「待てぇーい!」

「馬鹿な、俺たちの顔を忘れたってのか!?」

「くっそー! ちょっと可愛くてちょっと強いからって調子に乗りやがってー!」

「ちっくしょー!」

 

 愕然とした表情を浮かべて緋乃にツッコミを入れるリーダーの男とその取り巻きたち。

 無駄にうるさいその声が周囲へと響き渡り、ちらほらと見える通行人たちが何事かとその顔を向けてくる。

 しかし、その声の発生源である男たちを見たとたんに興味を失ったのか、それとも関わり合いになりたくないのか。知らんぷりを決め込んで速足で歩き去ってしまった。

 

「えっと……。うん……。その……ごめん?」

「謝るな! 申し訳なさそうな顔をするな! こっちが惨めになるじゃろがい!」

 

 緋乃の謝罪に対し、大きな声で吼えながらそれを咎めるリーダー(仮)。

 本気で緋乃が自分たちについて覚えていないことを理解した男たちは、渋々といった様子で正体と目的を語った。

 

「ワシはここ、菊石市でもチョッピリ名の知れた(ワル)でのう。剛腕の玄次郎(げんじろう)と呼ばれ、恐れられとった……。そう、恐れられとったんじゃ……。あの時までは!」

「なんか長くなりそうだね」

「シッ、黙ってなさい理奈」

 

 目を閉じ、しみじみとした様子で己について語る玄次郎。

 その話を聞いた理奈がうんざりした表情のまま愚痴をこぼすが、これ以上話をややこしくするなとばかりに明乃がそれを咎めた。

 幸いにして理奈の愚痴は玄次郎の耳へと届いていなかったようで、玄次郎はそのまま己の過去に何があったかを語り続けた。

 

「忘れもしない、あれは今から二年前の事じゃ。野暮用で勝陽市へとやってきたワシらは、用事を済ませたついでに近くにあったゲーセンへと立ち寄った……」

「あ、なんか読めたわ……。読めちゃった……」

「ふゅー♪ ふゅー♪」

「明乃ちゃん? どしたの急に頭抱えちゃって……。って緋乃ちゃん、それ口笛のつもり? 吹けてないけど……」

 

 玄次郎の過去話を聞いた途端に、急に頭を抱えて座り込んでしまった明乃と目を逸らしながら下手な口笛(吹けてない)を吹き出す緋乃。

 急変した二人の様子に困惑する理奈であったが、目を閉じたままの玄次郎はその様子に気付いた様子を見せず、そのまま過去語りを続ける。

 

「喧嘩だけでなく、ゲームの腕前も一流だったワシらは地元の腕自慢たちを前に連戦連勝。気分よく連勝記録を積み立てていたんじゃが……、そこにヤツが現れた! そう、貴様じゃい不知火緋乃!」

 

 閉じていた眼をカッと目を見開き、緋乃を指さしながら吠える玄次郎。

 一方、玄次郎に指名された緋乃はというと、相変わらずばつの悪そうな顔をしながらその目を逸らしていた。

 

「あー、はいはい。わかったわ。この子がゲームで負けた腹いせにリアルファイト仕掛けたんでしょ?」

「その通りじゃ! そいつはワシのこのイケとる顔面にいきなり灰皿を叩き込んできての! 『表へ出ろ』とほざきおったんじゃ!」

「イケてる……? イケてるかなぁ……?」

 

 明乃からの質問に対し、自身の顔を指さしながらそれに答える玄次郎。

 玄次郎の発言に対し、思わず呟きを漏らしてしまう理奈であったが……幸いにして、その呟きは玄次郎たちの耳には届かなかったようだ。

 

「緋―乃ー?」

「ち、違う。わたしじゃない! えっと、その。灰皿が勝手に!」

「あ、そうなの。じゃあ緋乃は悪くないわね……。なわけあるかーい!」

「み゛に゛ゃー!?」

 

 明乃は見苦しく言い訳をする緋乃の背後に立つとそのこめかみを拳骨で挟み込み、俗に言うグリグリ攻撃で大暴走してくれた大馬鹿者へと制裁を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまましばらくの間制裁を加えられていた緋乃であったが、このままでは話が進まないと判断した玄次郎により開放を促されたことでその制裁は終わりを告げた。

 

「あううー……。ごめんなさい……。もうしないから許して……」

「お、おう……。まあそれに関してはもうええ。昔のことだし、挑発したワシらも悪かったしの。……あとまあ、ワシらも似たようなことよくやっとるし」

「あれ、意外と優しい?」

 

 涙目になり弱り切った様子の緋乃に、少し引きながらも発せられた玄次郎の言葉を受け、意外そうな顔をする理奈と明乃。最後にボソリと呟かれた言葉は、二人の耳には入らなかったようだ。

 しかし、別に緋乃に対してのお礼参りではないというのならば、何のために緋乃を呼び止めたのだと、疑問の表情を浮かべる三人の少女たち。

 

「まあ、問題は貴様に負けたその後じゃ。どこからかワシが負けたと……。よりにもよって、小学生の女の子に負けたということが広まってのう……。それまで一目置かれていたワシは、一気にその名声を失った……。舎弟たちも蜘蛛の子を散らすように消えてしまってのう……」

「えと、それはその……」

「ご愁傷さまです……」

 

 なんと言えばいいのかわからず、とりあえず慰めの言葉を吐く明乃と理奈。

 しかし、そんな二人の言葉など聞こえていないかのように。玄次郎は二たび、力強く緋乃を指さしながら声を上げた。

 

「しかーし! それも貴様の名が知れていなかったがゆえの事!」

「つまり、予選とはいえ圧倒的な力を見せつけた今のお前をボスが倒せば!」

「ボスの名を再び轟かせることが出来る!」

 

 玄次郎の言葉を引き継ぐように、取り巻きである小太りの男と眼鏡をかけた男が声を張り上げてその目的を告げる。

 

「ガッハッハッハ! そういうわけじゃ、大人しく闘ってもらおうかのう? まさか、トーナメント優勝者様が逃げるなんてことは言うまい?」

「むっ……」

 

 玄次郎のその挑発的な物言いを受けて、カチンと来たのか緋乃が不機嫌そうな表情をその顔に浮かべた。

 緋乃のその表情を見て、うまくいったとばかりにニヤリと笑いながら腕まくりをする玄次郎。

 しかし、そんな玄次郎へ向けて理奈が疑問の声を上げた。

 

「でも、それならトーナメントで戦ったほうが観客の目もあってよかったんじゃ?」

「ギクッ!」

「そ、それはじゃのう……」

 

 理奈の指摘を受けて明らかに狼狽する取り巻きの男たち。玄次郎も苦虫を噛み潰した様な表情をしており、歯切れの悪い返答を返すのみ。

 そんな男たちの様子を見て、何かを察した様子の明乃が悪い笑みを浮かべた。

 

「ははぁ……。なるほどなるほど~。つまり……参加したはいいけど負けたのね?」

「な、ななな何を根拠に!?」

「うちのボスが負けるわけなかろうて!?」

「そうとも、うちのボスは頭は悪いが腕っぷしは本当に強いんだ!」

「…………。馬鹿で悪かったのぅ……」

 

 取り巻きの男が慌てた勢いでついうっかり失言をしてしまい、それを聞いて拗ねてしまった玄次郎。

 大慌てで尊敬するボスのご機嫌を取ろうと取り巻きたちがおべっかを使うが、どれも大して効果を発揮せず玄次郎はムスっとした顔のまま緋乃を睨みつける。

 

「んで、闘(や)るのか、闘(や)らんのか。どっちじゃ?」

「もちろん受けるよ。わたしは、挑まれた闘いからは逃げも隠れもしないから」

「よう言うた。んじゃあちょい待て……」

「ちょっと緋乃ちゃん!?」

「あー、うん。緋乃ならそう言うわよね……」

 

 緋乃の返事を聞いて満足そうな笑みを浮かべた玄次郎は、ごそごそとポケットの中をまさぐったかと思うとその中から10円玉を一枚取り出した。

 

「こいつが地面に落ちたら試合開始じゃ。ルールはまあ……。路上試合(ストリートファイト)の基本的なやつでええじゃろ」

「気絶か戦意喪失で終了。急所攻撃とか貫通系で過度なダメージを与えるのは厳禁、だね」

「うむ。最近はマッポが五月蠅いからの……。とりあえず出血やら大怪我は厳禁じゃ」

 

 念のためにとルールを声に出す緋乃に対して玄次郎が頷き、そのまま取り出した10円玉を親指の上に乗せてコイントスの準備をする。

 

「ではいくぞ……。……そらっ!」

「……!」

 

 ピンッという小気味よい音と共に、高速で回転しつつ大きく宙を舞う10円玉。

 明乃と理奈と、そして取り巻きの男たちが。一斉に宙を舞うコインへと注目し、そして──。

 コインが地面に落ち、チャリーンという音が鳴り響く。

 

「キエエエエェェェー!!」

 

 コインの音が鳴るとほぼ同時。大きな叫び声を上げるとともに、勢いよく緋乃へと飛び掛かる玄次郎。宙を舞いながらもその太い腕を大きく振りかぶり、巨体ゆえの重い体重を最大限利用した一撃を放とうとする。

 それに対し、構えこそ取ってはいるものの微動だにしない緋乃。

 その身体を気の光が包んでいることから、別に戦意を失ったわけではないということは理解できる。

 しかし、避けようとも受け止めようともしない緋乃のその姿勢を見て。玄次郎はほんの一瞬だけ怪訝な顔をするのだが──。

 

「貰ったァ!」

 

 取り巻きの男たちの言う通り、深く考えることが苦手なのだろう。

 玄次郎はそれをチャンスと捉えたようで、そのまま攻撃の続行を選択。

 案山子のように動かない緋乃に対し、その拳を叩き込まんと勢いよく腕を振り下ろす──。

 

「甘い」

「おごっ!?」

 

 ──が、その一撃は当然のように迎撃された。

 玄次郎の拳が緋乃へと届く直前。飛び掛かってくる玄次郎の腹に、ズンという重い衝撃と共に緋乃の履くブーツの裏面がめり込み、その巨体が宙に浮いたまま固定される。

 玄次郎の飛び込みにタイミングを合わせ、緋乃がその右脚を天空目掛けて一気に突き上げたのだ。

 腹部に緋乃の足が突き刺さったその衝撃で、肺の中の空気が一気に飛び出したのだろう。言葉にならない悲鳴を上げる玄次郎。

 

「ボ、ボスー!?」

「ゲェー!? 右脚一本でボスの巨体を持ち上げるだと!」

「すげえ! なんちゅー体の柔らかさ!」

 

 小柄な緋乃が、片脚で大柄な玄次郎を宙に磔にしている光景を見て玄次郎の子分たちが騒ぎ出す。

 しかし、緋乃の反撃はこれで終わりではない。まだ続きがあるのだ。緋乃の鍛錬に付き合っていた明乃と、それを覗き見ていた理奈はそれを知っている。

 故に、明乃と理奈の二人は緋乃の勝利を確信。そのまま緋乃に対してエールを送る。

 

「いよっし、トドメよ!」

「やっちゃえ緋乃ちゃん!」

「はじけろ……っ!」

 

 親友二人からのエールを受けた緋乃は、玄次郎をその右脚で磔にしたまま足の裏に気を集中。

 玄次郎の腹と、それにめり込んでいる緋乃のブーツの裏。その僅かな隙間に白光が走ったかと思った次の瞬間。

 

「うぼおおおぉぉ!?」

「ボス──!?」

 

 轟音と共に大きな爆発が巻き起こり、その直撃を受けた玄次郎が悲鳴を上げる。

 爆発の衝撃で宙を舞った玄次郎は、そのままドサリとアスファルトの上に背中から叩きつけられて小さくバウンドする。

 

「ボス! しっかりボス!?」

「流石は地獄の子猫(ヘル・キティ)……! 強すぎる……!」

「撤退だ、撤退ー!」

「むっ……!?」

「どうしたの明乃ちゃん?」

 

 白目を剥いたままピクリとも動かない玄次郎へと大慌てで駆けよる子分たち。

 玄次郎がとりあえず息をしている事を確認すると、そのまま三人がかりでその巨体を抱えて緋乃たちの進行方向とは逆の向きへ。彼らがやってきた方向へと向かって走り出す──。

 のだが、その前方へと。これまで静観していた筈の明乃が急に立ち塞がった。

 

「ひぇ……! じゃ、邪魔すんなや!?」

「見逃してくれやー!」

「もうちょっかいかけんよう、ボスには言っとくから! な!?」

 

 明乃の実力のことも知っているのか、それとも友人に手を出された場合の緋乃からの報復を恐れているのか。

 恐らくは後者だろうが、情けない声を上げる三人の男たちに対し、明乃は笑顔を浮かべたままゆっくりと話しかけた。

 

「いやいや、一つだけ聞きたいことがあってねぇ~? それさえ答えてくれたら別に何もしないし、なんなら緋乃が追いかけないように説得したげる」

「マジか!?」

「本当か!? 何でも答えるぜ!」

「さあ聞いてくれ!」

 

 気を失った玄次郎を抱えたまま、ドヤ顔で質問を催促する男たち。

 急に元気の良くなった男たちへと苦笑しつつ、明乃はその「聞きたいこと」を口にする。

 

「いや、さっきあなたたちの言ってたヘルキティだっけ? えっと、それって何なのかなーって」

「ああ、それのことか。それならホラ、アレだよ」

「そこのおっかねえガ──不知火さんの異名です」

「子猫みたいな小さく可愛らしい外見に反し、暴力丸出しな格闘スタイル! そこから取って俺らが名付けたんだ! ……まあ、あんまり広まらなかったけど。ていうか、広まってたらボスの地位はここまで落ちなかったしな……」

「なるほどなるほど。ありがとね、おかげさまで疑問が解けて満足したわ。邪魔して悪かったわね~」

 

 男たちの回答を聞いて満足したのか、笑顔のまま横にずれて道を開く明乃。

 

「お、お邪魔しましたー!」

「バイバーイ」

 

 情けない捨て台詞を吐きながら、猛ダッシュで逃げていく三人の男たち。

 そして、ニコニコとした笑顔を浮かべながらそれを見送る明乃。

 三人の姿が見えなくなると、明乃は笑顔のまま緋乃と理奈のいる方向へと向き直った。

 

「うふふふふ、地獄の子猫(ヘル・キティ)だって。なかなかお似合いだと思わない?」

「確かに。実際緋乃ちゃんって子猫っぽいしね。あと、ほんのり漂うダサさが逆に緋乃ちゃんの可愛さを引き立てていいね」

「ねー。よし緋乃! あんたの異名は今日から地獄の子猫(ヘル・キティ)よ!」

「え、嫌だよ恥ずかしい……。もっと格好いいやつの方がいい……」

 

 ズビシ! と困惑する緋乃を勢いよく指差しながらその異名を勝手に決める明乃。

 緋乃は頬を染めながらそれを拒否するが、よほどその異名が気に入ったのか。肝心の明乃はけらけらと笑ったまま緋乃の反論を無視して理奈へと語りかけた。

 

「よし、帰ったらみんなに広めるわよ。理奈もお願いね?」

「いいよー」

「いや、よくない。全然よくない。なんか、もっとこう、センスが爆発していて格好いい奴をわたしは所望する」

「センス爆発? なら地獄の子猫(ヘル・キティ)でいいじゃないのさ」

「だね。これはセンスが爆発してるよ。……ふふっ」

 

 緋乃をからかいながら、駅へ向けての歩みを再開する明乃と理奈。そんな二人に対して抗議の声を上げ続ける緋乃であったが、語彙に乏しい緋乃は二人を論破することが出来ずにあの手この手で言い分を封じられていく。

 

「あの四人組め、覚えてろー! 次会ったらボコボコにしてやるー!」

 

 人気の少ない道に、緋乃の声が響くのであった。




この世界における格ゲープレイヤーの8割はリアルファイターです。
怖いね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話 本戦開幕

 緋乃が落ちぶれた不良である玄次郎を一蹴してから約2週間の時が流れた。

 特にこれといった事件やイベントもなく、学校が夏休みに入ったことから大会に備えて多めに鍛錬を行ってきた緋乃。

 

 そんな緋乃の姿は今、全日本新世代格闘家選手権の本戦会場となるスタジアムにあった。

 新造されたばかりで汚れ一つないその通路を、行きかう人たちを避けながら歩く明乃と緋乃と理奈の三人。

 

「うっわー、やっぱり人多いわね……」

「ん、そだね。TVでも放映されるらしいし、カッコ悪いところは見せられないね。……理奈のお父さんとお母さんは、もう観客席にいるのかな?」

「多分そうじゃないかな?」

 

 敵の企みごとの重要な位置を占めるであろうこの会場には、理奈の両親である水城 (いつき)と水城 美緒(みお)も保護者兼非常事態発生の際の護衛及びサポート役として同行しており、彼らはスタジアムに到着するとすぐ、怪しい仕掛けなどがないかを調べる為に別行動をとっていたのだ。

 

 それには保護者として預かった子供たちを出来るだけ危険から遠ざけようとする義務感のほかにも、自分たち大人がそばにいては遠慮して騒げないだろうという娘とその友達たちへの気遣いも含まれていた。

 

「……気を付けてね、緋乃ちゃん。お父さんたちも言ってたけど、この大会に合わせて建造されたスタジアム、絶対に何かあるんだから。指輪は絶対に外しちゃだめなんだからね?」

 

 緋乃の左人差し指に輝く指輪へと目をやりながら、少し緊張した様子の理奈が口を開いた。

 理奈はこのスタジアムに入ってからというもの、油断なく周囲へと気を配り続けており、その姿からはいつものふざけた様子が微塵も見当たらない。

 

 そんな理奈から不安の込められた眼差しと声を受けた緋乃は微笑みながら理奈の手を取ると、その手を自身の両手で優しく包み込む。

 

「だいじょうぶだよ、理奈。わたしは強いから物理的な襲撃は返り討ち。で、洗脳とかの搦手からは理奈が守ってくれるんでしょ?」

 

 ──むしろ、理奈たちこそ邪魔者として襲われたりしないか気を付けて欲しい。

 真顔に戻り、そう口にした緋乃を見て。理奈は必要以上に緊張してしまい、視野の狭くなりかけていた自身を省みる。

 

「……そうだね。緋乃ちゃんの精神防御を担っている私が先に倒れたら意味がないもんね。うん、頑張らないと!」

「お、燃えてるわね理奈。まー、理奈にはあたしがついてるから大丈夫よ。緋乃の練習に付き合わされた結果、無駄に強くなっちゃった明乃ちゃんを信じなさい!」

 

 シュッシュっと効果音を口にしながらシャドーボクシングをする明乃。そんな風におどける明乃の姿を見て緋乃の頬が緩み、いつもののんびりとした雰囲気へと戻る。

 そのまま緋乃たちは通路を進み、控え室の前まで無事に辿り着く。

 

「じゃあ、行ってくる。応援よろしくね?」

「任せなさい! 緋乃も頑張るのよ、ファイト!」

「頑張ってね、緋乃ちゃん!」

 

 控え室の前で別れ、そのまま緋乃は控え室に。明乃と理奈は来た道を戻り、観客席へとそれぞれ移動する。

 本来なら選手控え室のあるエリアは一般客立ち入り禁止なのだが、理奈は認識疎外の術式を使うことでそれを誤魔化して緋乃に付き添っていたのだ。

 

 まったくもって褒められた魔法の使い方ではないのだが、三人とも所詮は中学一年生のお子様。

 別に迷惑をかけているわけじゃないんだし、このくらいなら別にいいよねと。誰に聞かせるわけでもない言い訳と共に不法侵入を正当化していた。

 

「ふう……」

 

 控え室に入った緋乃は備え付けられていた机に着替えやタオルに水筒などの荷物が入ったスポーツバッグを置いて一息つく。

 壁に掛けられている時計を見れば、選手入場からの開会式までは少々時間があることが確認できた。

 

「んん~っ、ふぅ……。ついに本番……。わたしの夢への第一歩、か」

 

 緋乃は長椅子へと座ると足を投げ出し、そのまま背筋を伸ばすと同時に腕を大きく広げて伸びをする。

 そのまま数秒ほど体を伸ばしていた緋乃だが、やがて満足したのか、力を抜いたかと思うと椅子にお行儀よく座り直して物思いにふけり始めた。

 

(この大会はなんか裏で悪い人たちが動いてるらしいけど、そっちは理奈のお父さんやお母さんがなんとかしてくれるだろうから大丈夫。仮にわたしが狙われたとしても、理奈がすぐ気づいてなんとかしてくれるし。とりあえず、わたしは目の前の試合だけ考えていればいい……)

 

 左手に嵌められた銀色の指輪を見て、満足気にその目を閉じる緋乃。

 そのまま深呼吸を繰り返し──大きなスタジアムであるがゆえにこれまで以上に注目される事や、更にTVで自分の闘いぶりが放映されることから──今更高まってきた緊張感を解すべく悪戦苦闘する緋乃であった。

 

(わたし強い、大丈夫。わたしめっちゃつよい、大丈夫……)

「緋乃選手、緋乃選手! 入ってもよろしいでしょうか?」

「ひゃい!? にゃああ、ど、どうぞ!」

「失礼します!」

 

 目を固く閉じて自己暗示を繰り返している緋乃の耳に、ドンドンと扉を強く叩く音が飛び込んでくる。

 完全に意識の外からやってきたそれを受けて、心臓が飛び出そうになるほど驚く緋乃。

 

 驚きのあまりに椅子から軽く飛びあがり、悲鳴染みた返答をしてしまう緋乃であったが、スタッフの人間もこの手の反応には慣れているのだろうか。部屋に入ってきたその男性は苦笑したり呆れたりといったような反応は特に見せず、緋乃の顔を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「いやあ、驚かせてしまってすいません。一応、ノックの方はさせて頂いたのですが気付いていらっしゃらない様子だったので……。てっきり眠っておられるのかな、と」

「い、いえいえ! こちらこそ気付かないでスイマセン……」

 

 スタッフから謝罪を受けるものの、その言葉から自身の方に10割の非があることを悟った緋乃はその恥ずかしさから顔を真っ赤にして、俯きながら謝罪を返す。

 

「ありがとうございます。それでは緋乃選手、そろそろ開会式の時間なので、所定の場所へと移動の方をお願いします!」

 

 ニカっと爽やかな笑顔を浮かべて緋乃の謝罪を受け取ったスタッフは、そのまま緋乃に対し移動の時間が来たことを告げると控え室から出て扉を閉めた。

 緋乃が顔を上げて壁の時計へと目をやれば、時間は既に開会式の直前だ。

 

「もうこんな時間……。あぶなかった……!」

 

 あやうく遅刻して大迷惑をかけた上に大恥をかくところだったと、冷や汗をかく緋乃。

 そのまま大慌てで部屋から飛び出た緋乃の目に、先ほどのスタッフが通路で待機している姿が映る。

 

「ご案内します、こちらです!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 心なしか早歩きのスタッフに案内された緋乃はなんとか時間ギリギリに間に合い、無事に選手入場から開会式までをこなすことが出来た。

 試合会場となるスタジアムの中にて。日本各地から集められた他の15人の猛者と共に、キャーキャーと騒ぐ観客たちやTVカメラへと手を振りながら、緋乃は自分を導いてくれたスタッフの男性へと感謝の思いを念じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ皆様、お待たせいたしました! 全日本新世代格闘家選手権、第二試合。5分3ラウンド。間もなく開始です!』

「待ってました待ってました! さぁて、緋乃ちゃんの格好いいシーンいっぱい撮るぞぉ~♪」

「あーもう、はしゃいじゃって。ここに来たときの真面目さは何処に……ってちょっと待ちなさい。そのビデオカメラって魔法(アレ)で取り出したんじゃなくてカバンから取り出したわよね? ってことは真面目なフリして最初から……?」

「それはそれ、これはこれだよ明乃ちゃん。緋乃ちゃんの晴れの舞台、これを撮らずして何を撮る……!」

 

 実況の声が観客で一杯のスタジアム内部へと響き渡り、それを受けてもう待ちきれないという様子の観客たちが次々に騒ぎ出す。

 そのように周囲が喧騒に包まれる中。観客席に座る理奈がごそごそとカバンの中を漁ったかと思えば、その中から出てきたのはつい最近発売されたばかりの最新式ビデオカメラ。

 

 4K映像の撮影は当然のこととして、高いズーム倍率や高性能の手ブレ補正やオートフォーカスを始めとした様々な機能の他に大容量メモリまで備えた逸品だ。

 本来なら女子中学生のお小遣い程度では絶対に手の届くような値段の品ではないのだが……。

 

「理奈、そのビデオカメラってかなり値の張るやつじゃ?」

「うん? ああこれ? そうだよ~。へへ、いいでしょ。お父さんにおねだりして買ってもらったんだ~♪」

「ぐぬぬ、このブルジョアめ……」

「撮れた映像は明乃ちゃんにもプレゼント!」

「さっすが理奈ね! いい友達をもってあたしは幸せだわ!」

 

 明乃の疑問の声に対し、笑顔を浮かべながら答える理奈。

 それを受けて明乃は、ほんのちょっぴりだけ自分の懐事情と理奈の懐事情を比べてしまい、緋乃の追っかけという趣味に全力をつぎ込める理奈へと嫉妬してしまうのであった……のだが、続く理奈の言葉を聞いた途端にその態度を一転。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら理奈を褒めそやすのであった。

 

『赤コーナーからは現役の総合格闘家! CROWN(クラウン)を始めとする数々の大会で優勝、準優勝を手にしてきた若き天才、本郷翼(ほんごうつばさ)21歳! 本大会においても優勝候補と目されており、活躍を期待されております!』

 

 赤コーナーから現れた、黒い拳法着を着用した橙色の髪の男性が実況の声に合わせて腕を上げる。

 それと同時に観客席から上がる歓声も大きくなり、明乃と理奈はその声量に眉を顰めた。

 

「うわー、凄いわね。結構な有名人じゃない。予選の連中とはもう全然格が違うわよ」

「へーそうなんだ。そんなに凄い人が相手なら、うまい具合に緋乃ちゃんの服が破れてポロリとかないかなーぐへへへへ」

「おっさんみたいな笑い声出すのやめんかい! 無駄にエミュ上手いわね!」

「いやーそれほどでも」

「褒めてない褒めてない、微塵も褒めてないから。ったく。ていうかそんなの撮りたいなら、サクっと洗脳でもして撮っちゃえば? 理奈ならできるんでしょ?」

「いやー、前に一回やったんだけど、罪悪感とかがけっこう来てね……。もうやめておこって決めたんだ~」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら理奈をからかう明乃であったが、えへへと笑いながら放たれた理奈の返事を聞いた途端に真顔になり距離を取る。

 そうしてそのまま上着のポケットからスマホを取り出したかと思うと、緋乃の連絡先をタップ──しようとしたところで、飛びついてきた理奈によってそれは阻止された。

 

「ジョークだってばジョーク! やるわけないじゃん! そんなこと知られたら後が怖いし、何よりそんな映像に価値はないっ! こういうのはね、偶然撮れてしまったた映像だからこそ尊いんだよ。価値があるんだよ!」

「いや、だって理奈だし……。まあコイツならやりかねないかなって……」

「泣いた! 明乃ちゃんからの信頼度の低さに全私が泣いた!」

「いや、信頼してるわよ? 主にマイナス方面にだけどね」

「もっとひどいー!?」

 

『続きまして青コーナー! 聞いて驚け、見て驚け! 本大会最年少! 小柄で細身のその身体からは信じられないパワーを発揮し、予選を蹂躙しつくした小さな暴君! 誰が呼んだか地獄の子猫(ヘル・キティ)! 不知火緋乃、12歳ー!』

 

 青コーナーから緊張した面持ちの緋乃が姿を現すと、観客たちの歓声がこれまで以上に大きくなる。

 予選会場で見られたような困惑の声は少なく、純粋に緋乃の暴れっぷりに期待している様子だ。

 それも当然。既に予選における試合の動画はネットに出回っており、TV中継ではなく会場で生の試合を観たいと駆け付ける程に熱心な観客たちはそれを予習済みだからだ。

 登場した緋乃も先に姿を現した翼を見習い、実況の紹介に合わせて腕を上げる……が、実況がいつの間にかついていた異名について声を上げた瞬間にその体制を大きく崩した。

 

「あ、コケそうになった」

「ギリ耐えたわね。あ、こっち睨んでる。流石緋乃、よくこの観客の山の中からあたしたちを見つけたわね」

「えへへ、頑張ってネットで広めた甲斐があったね明乃ちゃん」

「おうともさ。ふふふ、いいあだ名をつけてくれたあの不良組には感謝しないとね」

「うんうん。すごく可愛くてすごく強い、もう緋乃ちゃんにぴったしって感じのあだ名だもんね」

 

 不機嫌そうな表情を作りこちらを見てくる緋乃に対し、見せつけるようにピースサインを揺らす明乃と理奈。

 地獄の子猫という異名については嫌がる素振りを見せているものの、ただ気恥ずかしいからそのような態度をとっているだけであり、実際には本人も割と気に入っているということは長い付き合いの二人にはお見通しだ。

 

 そもそも、本気で嫌がる時の緋乃はもっと真剣な表情と声で、相手が折れるまでしつこく「お願い」をしてくるのだ。

 それが無く、頬を染めながらやめてやめてと繰り返すのはむしろ遠回しな許可の合図であり、ここで逆に異名を広めていなかった場合は少し寂しそうな表情をしていたことは間違いないだろう。

 

「あ、諦めた。でもちょっと嬉しそうだよ」

「あの反応、やっぱ気に入ってたわね。素直なのか素直じゃないのか、相変わらずね」

「そのちょっぴり面倒なところがまた可愛いんじゃない」

「まあねー」

 

 緋乃の反応について観客席で語り合う二人をよそに、試合の準備は着々と進んでいく。

 リング中央に立ち、試合前の挨拶を交わす緋乃と翼。それを見て実況が声を上げる。

 

『両選手が中央で向かい合います。身長186cmと身長150cm。まさに……。いや、実際に大人と子供と言ってもいいほどの年齢差と体格差です。一体この試合、どのような結果となるのでしょうか!』

 

 挨拶を終え、ニュートラルコーナーまで移動して構えを取る緋乃と翼。

 一見すると緊張しているかのような硬い表情をしている緋乃であったが、その胸の中にあるのは圧倒的な歓喜だった。

 

(まさか、TVの中でしか見たことのない相手と闘えるなんて……!)

 

 対戦相手である本郷翼という男は、現役で活躍しているプロの格闘家だ。

 その試合は何度かTVでも放映されたことがあり、当然ながら緋乃はそれを視聴していた。

 翼の闘う姿を見ながら「自分ならこう行ってこう倒す」「あの攻撃、自分ならこうやって対処した」と妄想して遊んでいた緋乃だが、まさかそれを実現できる日が来るなんて──とその心を躍らせる。

 

(相手は本物のプロ。わたしが今まで相手してきたアマチュアとは比べ物にならないはず。手加減なんて論外、最初から飛ばしていかなきゃ)

 

 内心で気合を入れ、その目を鋭くする緋乃。そんな緋乃の姿を見て、対戦相手の翼もより一層の気合を入れる。

 観客たちの歓声が鳴り響き、騒がしい会場内。しかしリングの上に立つ二人その喧騒に飲まれることなく精神を研ぎ澄まし──。

 

『ゴングが鳴りました! 試合開始です!』

 

 試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、緋乃が動いた。

 

「てりゃあぁぁ!」

「なっ!?」

 

 試合開始と同時にその身に眠る膨大な気を解き放った緋乃は、翼との間にあったおよそ10mほどの距離を一瞬で詰めるとその勢いを利用し、翼の腹部目掛けて蹴りを繰り出した。

 緋乃の身を覆う膨大な気を見てか、それともその圧倒的な速度を見てか。翼は驚愕した様子で目を見開くと、大慌てで防御態勢を取り──その直後。掲げた両腕に緋乃の蹴りが直撃する。

 

「ぐうぅぅぅ!?」

 

 流石はプロと言うべきか、常人ならば胴体が千切れ飛び、アマチュアレベルでも即死は免れないであろうその一撃を受け止める翼。

 しかしその衝撃で勢いよく後方へと吹き飛ばされ、もんどりを打って倒れてしまう。

 素早く立ち上がったことからも命に別状はなさそうだが、緋乃の一撃を躱すのではなく受け止めてしまった代償は大きかった。

 

『きょ、強烈ー! 試合開始と同時に緋乃選手が仕掛けたァー! 強烈な蹴り、強烈な蹴りです! 翼選手がボールのように吹き飛びました!』

「ぐっ……! 痛ッ!?」

「ふふっ、その反応。逝っちゃったね? 右腕……」

「……さて、どうだろうね?」

 

 翼が右腕を動かそうとした瞬間、その顔を歪めたのを目ざとく見つけた緋乃はニヤリと笑いながら声を上げる。

 緋乃のその言葉に対し強がりを返す翼であったが、右腕を動かすたびに脂汗を流すその姿を見れば答えは一目瞭然だ。

 

「まさかここまでとはね。まったく、予選の時はどんだけ手を抜いていたんだい?」

「別に手は抜いていないよ。ただ、相手のレベルに合わせていただけ」

「まあ、確かに。予選でこんなんやられちゃあ、確実に死人が出るか……」

「そうそう。……ところで、時間稼ぎはもう十分?」

「あ、バレた? できればもうちょっと待ってくれない? まだ腕が痺れててねぇ」

「いやだよっ!」

 

 時間稼ぎの会話を強制的に打ち切った緋乃は、再び翼目掛けて超高速で接近。

 試合開始直後と同様。再び助走の付いた蹴りを叩き込まんとする──と見せかけ、翼の背後へと回り込むとその側頭部目掛けて拳を放つ。──だが、しかし。

 

「甘いッ!」

「……ッ!」

 

 その動きを読んでいた翼は軽く身を屈めて緋乃の拳を回避すると、そのまま向き直る動きを利用して拳を振るう。

 慌てて腕を掲げ、その反撃を防ぐ緋乃。しかし、これで攻守が逆転した。

 翼は緋乃の顔面へと素早く拳を叩き込むと、緋乃が怯んだ隙にその機動力を少しでも奪わんとローキックを繰り出す。

 

「くっ……!」

「ッ!? 硬いなっ!」

 

 翼のローキック自体は緋乃の左脚に直撃。その衝撃で緋乃の体勢を崩すことには成功した。

 だが、しかし。緋乃が鎧のように全身へと纏う膨大な気によりそのダメージの大半は減衰し、緋乃本体へは僅かなダメージを与えるにとどまった。

 

「はあああぁぁ!」

「むぅ!」

 

 そのまま体制を崩した緋乃に対し連続で拳と蹴りを繰り出し続ける翼。

 その大半は緋乃に回避、あるいは防御されるのだが、少ない数ながらも一応は緋乃へと命中する。だが──。

 

『翼選手、ラッシュだぁー! だが右腕が動いていない! 動いていないぞ! 緋乃選手の初撃を受け止めた際に負傷したのか!?』

 

 利き腕ではない拳では緋乃の纏う気を貫くことができず、貫ける可能性のある蹴りは当然のごとく緋乃にマークされており、徹底的に弾かれるか回避される。

 

「クソッ……!」

 

 攻めているのは翼だ。しかし、翼自身も緋乃への有効打が無いことを理解しているのだろう。悪態をつきながらその顔を歪め──。

 焦りからか、その攻めがほんの一瞬だけ緩んだその瞬間。その一瞬の隙を緋乃は見逃さなかった。

 

「そこっ!」

「ぐ!? なにをっ……!」

『おっと! 連撃の合間を縫って緋乃選手が翼選手の顔面を掴んだ―! 一体何をする気だー!?』

 

 緋乃の小さな手の平が翼の顔面を鷲掴みにし、その視界を奪う。

 パンチやキックのような打撃技でも、掴んで投げ飛ばすわけでも無いその行動へ疑問の声を上げる翼であったが、流石というべきか。すぐに気を取り戻したようで、がら空きとなった緋乃の脇腹目掛け拳を振るう。

 

「このっ!」

「無駄だよ」

 

 しかし、その拳が緋乃へと届くその前に。

 翼の顔面を掴む緋乃の手の平から眩いまでの白光があふれ出し──。

 その直後、リング上を白い閃光が駆け抜ける。

 それに一瞬遅れて会場内へ轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れた。

 

 

『うおおおおぉぉぉぉー!? なんだこれ!? なんだこれはァー!?  凄まじいぞッ! 凄まじいまでの大爆発だぁー!』

「すっご……。これが緋乃ちゃんの本気……?」

『信じられません、信じられません! こんな技見たことない! これが、これが緋乃選手の真の切り札なのか!? いやそれより翼選手は無事なのかー!?』

 

 混乱した様子で叫ぶ実況と、悲鳴や怒号が飛び交う観客席。

 そんな周囲の騒がしい様子には目もくれず、ビデオカメラを構えたまま目を丸くして、思わずといった様子で呟く観客席の理奈。

 

「まだ上はあるけどかなり真剣(マジ)ね。緋乃が制御できるギリギリの威力ってとこね。これ以上は威力の調整が出来なくてガチで殺しちゃうってことで封印してるのよ」

「まだ上あるんだ……。すっごい……」

 

 その理奈の呟きに対し、真剣な表情をした明乃からの補足説明が加えられた。

 それを受けた理奈は感心のため息を漏らすと、そのまま緋乃の立つリングへと熱い視線を送る作業へと戻った。

 頬を上気させ、潤んだ瞳で緋乃を見つめ続ける親友へと苦笑しながら、明乃もリング上の緋乃へと視線を集中させる。

 

『ああっ! 翼選手倒れてる! 倒れています! 無事なのでしょうか!?』

 

 緋乃の起こした爆発により巻き起こされた煙が晴れると、その中から倒れ伏した翼と無言で立ち続ける緋乃の姿が現れる。

 レフェリーが大慌てで翼に駆け寄り、その安否を確認する。

 翼の胸が上下に動いていることを確認したレフェリーは大きく頷くジェスチャーをしたかと思うと、腕を振り上げてカウントを開始した。

 

「カウント1!」

 

 レフェリーがカウントを開始したのを見て、落ち着きを取り戻した観客たちから再び歓声が上がる。

 翼を応援する声、心配する声。そのまま寝てろと緋乃の応援をする声に、リングを無視して先ほどの緋乃の技について語り合う声まで様々な声が上がり、会場内が喧騒に包まれる。

 

「今夜のネットは面白いことになりそうね。実況板とかどんな感じかしら……」

 

 思わずといった様子でカバンからスマホを取り出す明乃だったが、そのまま数秒ほどスマホの黒い画面を見つめると再びカバンへと仕舞い込む。

 ネットの確認は後からでもできるということで、緋乃の試合を見届けることを優先したのだろう。

 そうして明乃の見守る前でレフェリーによるカウントは進んでいき──。

 

『ゴングです! 試合終了ゥー! 勝者、不知火緋乃選手! 第二回戦へ進出です!』

 

 そのまま翼が立ち上がることはなく、試合終了のゴングが鳴った。

 観客たちから歓声や悲鳴が上がると共に、実況が勝者である緋乃の名を高らかに叫び上げる。

 意識のないままタンカに載せられて退出する翼と、蓋を開けてみれば大したダメージを受けていなかった緋乃が悠々とリングを後にする。

 

『それにしても凄まじい試合でした。素晴らしい試合でした! 両選手に惜しみない拍手が送られています!』

 

 激闘を演じた二人の選手に対し、拍手の雨が降り注ぐ。

 二人が姿を消した後も、その拍手はしばらくの間鳴り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタジアムの地下に、まるで隠されるかのように作られたモニタールーム。

 薄暗いその部屋にて、これまでの全試合をモニターしていた黒いスーツを着た強面の男──犬飼(じん)が頭をガシガシと掻きながら、困ったような声で独りごちる。

 

「つえーとは思っていたがまさかここまでとはな。……やべえな、失敗したかもしんねぇ。推薦しない方が良かったかもなぁ。……あんたはどう思う?」

 

 ギィ、と座ったままの椅子を回転させて部屋のの入り口へと向き直る仁。

 すると部屋のドアがガチャリと開き、その顔に優しげな笑みを貼り付けた一人の男が入ってきた。

 その男の顔を見た仁は軽く鼻を鳴らすと、再びモニターへと向き直る。

 仁はそのまま両手を頭の裏で組むと、やる気のなさそうな声で背後にいる男へと語りかけた。

 

「あんたのオススメ通りねじ込んだはいいものの、ここまで強いとヤバくねえか? 本当に大丈夫なのかよ? 水城樹先生よぉ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話 ホテルにて(掲示板回モドキその二)

「ここがあたしたちの部屋ね。……お、なかなかいい感じじゃな~い! えへへ、誘ってくれてありがとね緋乃!」

「どういたしまして? まあ、用意したのは大会の運営だけどね」

「へー、なかなかいい部屋だね。うん、合格! それでベッドは二台かぁ……。二台ねぇ……。うん、よし! ねぇねぇ緋乃ちゃん、今日は私と一緒に寝ようよ!」

「あ、ずるいわよ理奈。緋乃はあたしと一緒に寝るんだから!」

「えー、明乃ちゃんはよく一緒に寝てたんでしょ? たまには私に譲ってよ~。緋乃ちゃんの独占は法律で禁止されてますぅ~!」

「……あれ? わたしの意思は?」

 

 無事に試合に勝利し、本日の日程をすべて終えた緋乃。そんな緋乃は午後16:20現在、明乃と理奈の二人を連れて選手用にと用意されたホテルの一室へと入っていた。

 その部屋はなかなかの豪華さであり、お金持ちの理奈から見ても高得点らしい。

 なんでも本戦トーナメントは選手に最高のコンディションで戦ってもらう為とのことらしく、部屋だけでなく食事も豪華なものが用意されているのだとか。

 食事に関しては微塵も興味のない緋乃であったが、この豪勢なホテルで寝泊まりできるという点に関しては素直に大会運営へと感謝しているのであった。

 

「あいこでしょ! あいこでしょ! いよぉーっし、勝ったぁー! 緋乃ちゃんゲットォー!」

「くぁー、負けたぁー! ううう、ごめんなさい緋乃。守れなかった……!」

「え? あ、うん。残念だね。でもどうせならわたしの意思の方を守って欲しかったなって……」

 

 緋乃という抱き枕を巡る明乃と理奈の話し合いは決着がつかず、最終的にジャンケンで決めることになった。

 そうしてその結果、初日と最終日は理奈が。二日目は明乃が緋乃と同じベッドで眠ることに。

 自身で独占禁止を宣言した手前、三日間緋乃を独り占めすることは出来なかったのだが、それでも肝心な初日と最終日の緋乃を手に入れられたことで満足気な笑顔を浮かべる理奈。

 一方。いつもと違う環境に放り込まれた結果、確実に普段以上に擦り寄ってくるであろう緋乃を一日しか確保できなかった明乃は不満顔だ。

 

 ちなみに「なんで試合に出るわたしが一人でベッド使っちゃダメなの?」という緋乃のツッコミはガン無視されていた。

 どうせそうしたら寂しくて自分たちの眠るベッドに潜り込んでくるくせに、という明乃と理奈の共通判断による結果だ。

 

「さぁーて、夕飯まで時間が地味~にあるわけだけどどうする?」

「ここら辺は観光地じゃないし、外出てもねぇ~。それに今出ると、さっきの試合で急増した緋乃ちゃんのにわかファンやら記者やらがまーた押し寄せてきて鬱陶しいだろうし」

「うーん、ゲーム機持ってくればよかったかな……?」

「こんなとこまで来てゲームとか禁止よ禁止! 理奈も取り寄せちゃ駄目だからね!」

「あいあいさー。先手打たれちゃったし、ごめんね緋乃ちゃん」

「ひどい、わたしの何個かある生きがいのうちの一つを奪うなんて……!」

「他にもあるなら別にいいじゃない」

 

 ベッドの上にて三人で寝転がりながら、話に花を咲かせる明乃と理奈と緋乃。

 そのままとりとめのない話を続けていた三人だが、ふと思い立ったことでもあるのか、そうだわ! という言葉と共に突然がばりと身を起こした明乃がスマホを弄り始める。

 

「急にどうしたの明乃? なんか面白いことでもあった?」

「ふふーん、ちょっと待ってなさい……。えっと、格闘技板の……。あったあった、これよ!」

「どれどれ……。えっと、全日本新世代格闘家選手権について語るスレ? ああ、なるほど。緋乃ちゃんがどれくらいウケてるか確認しようってわけね」

「そうそう。緋乃って今日の試合、ド派手に決めてきたじゃない? しかも現役のプロ選手相手に圧勝だったし、絶対話題になってるわよ」

「そうだね。こんなに可愛くて強いんだもん。絶対話題になってるよ。ふふふ、もしかしたら緋乃ちゃんの話題で埋め尽くされてたりして!」

「うーん。そうだと嬉しいけど、アンチとかがついてたら嫌だな……。『こんな弱そうな奴がなんで翼を倒すんじゃー!』とかあったらやだなー」

「とは言いつつ興味津々ね」

 

 ベッドに座る明乃を左右から挟み込むように移動した理奈と緋乃は、その手に握るスマホの画面を観ようと顔を覗き込ませる。

 左右の二人が体勢を整え、自身の持つスマホへと注目したことを確認した明乃は指で画面をスライドさせ、掲示板を読み進めるのであった。

 

 

 

436:名前:名無しの見習い格闘家

っぱ緋乃ちゃんよ

あの翼相手に圧勝とかもうこれ決まっただろ

 

437:名前:名無しの見習い格闘家

スケベロリの緋乃ちゃんも捨てがたいがそれでも俺は結ちゃんを応援するって決めたんだ……!

だというのに緋乃ちゃんの脚が頭から離れてくれないくそっくそっ

 

438:名前:名無しの見習い格闘家

結ちゃん可愛いけど脱いでくれねーしな

せめて袴にスリット入れるとかサービス精神見せてくれてもええのに

その点緋乃ちゃんは立派やね

 

439:名前:名無しの見習い格闘家

>>437

ようこそ「こちら側」へ……

 

440:名前:名無しの見習い格闘家

男衆も応援したれや

虎太郎(こたろう)君が泣いとるで

 

441:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんシコココ

 

442:名前:名無しの見習い格闘家

えっ今日は緋乃ニーしてもいいのか!?

 

443:名前:名無しの見習い格闘家

虎太郎は煽り癖さえなければ人気出るだろうに

いややっぱねーわどう見てもチンピラだもんあいつ

 

444:名前:名無しの見習い格闘家

負けた瞬間から一気に名前の上がらなくなる翼くんかわいそう

まったく名前の上がらない大地くんもっとかわいそう

 

445:名前:名無しの見習い格闘家

>>442

ああ……好きなだけやれ……

 

446:名前:名無しの見習い格闘家

翼くんはマジでいいとこなかったな

 

447:名前:名無しの見習い格闘家

いうても別に悪い動きしてなかったやろ翼くん

リアルガー不仕掛けてくる緋乃ちゃんがおかしいんや

 

448:名前:名無しの見習い格闘家

大地はなぁ……

強いんだけどムラっ気ありすぎてようわからん

優勝候補に圧勝したかと思えばアマチュアに負けたりするし意味不明だわ

 

449:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんのふとももスリスリ

 

450:名前:名無しの見習い格闘家

>>445

おかわり(素材追加)もあるぞ!

一回戦突破したしな!

 

451:名前:名無しの見習い格闘家

警察だ! ここに緋乃ニーをしている者がいると聞いた!

 

452:名前:名無しの見習い格闘家

ガー不よりも最後の発破の方がやべーやろ

なんやねんあの即死攻撃

 

453:名前:名無しの見習い格闘家

ラストの爆破投げってあれって気を爆発させとるんだろ?

まずあんな大爆発起こせる時点でやべー

あの技使って平然と立ってる時点でもっとやべー

そもそも最初からなんか使ってる気の量がおかしすぎてやべー

 

454:名前:名無しの見習い格闘家

やばさで言うならそもそも12歳であの強さなのが一番やべーよ

ついこないだまでランドセル背負ってたお子様だぜ?やっべ興奮してきた

 

455:名前:名無しの見習い格闘家

一番やばいのは脚定期

 

456:名前:名無しの見習い格闘家

いや腋だろ

俺は今ほど夏という季節に感謝したことはない

 

457:名前:名無しの見習い格闘家

でも緋乃ちゃんはもうちょっと肉付けて欲しいわ

ちょっと細すぎる

 

 

 

「おお、これは……」

「見事に緋乃ちゃん一色だね……」

「ふっ、どうやらみんなわたしの美貌にメロメロのようだね……。ああ、自分の美しさがこわい……!」

「さっきまで不安そうにしてた癖に急に調子に乗ってきたわね」

「せっかくだしドヤ顔緋乃ちゃん一枚いただきーっと。はいチーズ」

「どやーん……!」

「いいよいいよー! 次は別のポーズねー!」

 

 物凄く得意気な表情を浮かべる緋乃にスマホのカメラを向ける理奈。

 調子に乗りまくっている緋乃はベッドから降りると理奈の前に立ち、カメラに向かい両手でピースサインを決めながら謎の効果音を口にする。

 そんな緋乃の姿に苦笑すると、明乃は二人が自分のスマホから目を離している隙にスマホを操作して掲示板へと書き込みをするのであった。

 

 

472:名前:名無しの見習い格闘家

>>456

いやあの細さがいいんだろうが

余分な肉のついてないあの身体が俺を狂わせる

緋乃ちゃんの太ももに顔挟まれたい

 

473:名前:名無しの見習い格闘家

しかしねぇ……最近はムチムチ系が流行りなのだから……

 

474:名前:名無しの見習い格闘家

太い奴はそこら中にいるけど細い子は貴重

 

475:名前:名無しの見習い格闘家

気ってなんかエネルギーすげえ消費するんだろ?

そりゃそんなのバンバン使ってりゃ細くなるよね

 

476:名前:名無しの見習い格闘家

マジかよじゃあ俺も気の使い方を身に着ければ

ちょっと近くの道場行ってくる

 

477:名前:名無しの見習い格闘家

気の運用はセンスの問題だから無理なやつには無理

まあ死ぬ気で努力すれば誰でも使えるらしいがデブにそんな努力できるわけねーし

 

478:名前:名無しの見習い格闘家

まあそんな努力できるならデブってねーわな

 

479:名前:名無しの見習い格闘家

しかし待ってほしい

一度苦労して気の使い方さえマスターしてしまえば以後はイージーモードのダイエットが出来ると考えれば

 

480:名前:名無しの見習い格闘家

安心しろ

そんな考えの奴には身に着けられん

 

481:名前:名無しの見習い格闘家

昔似たこと考えて頑張ったことあるわ

んで普通にダイエットした方が楽だってことを思い知った

 

482:名前:名無しの見習い格闘家

気が使えるようになっても素振りじゃ大して消費しねーしな

気弾撃てればダイエットになるんだろうがまたセンスと練習の壁が立ちはだかる

 

483:名前:名無しの見習い格闘家

そもそも気でエネルギー消費しても消費した分以上に食うだろおめーら

なにしようが結局デブはデブなんだよ

 

484:名前:名無しの見習い格闘家

じゃあ何ですか!

痩せたければ物を食うなとでも言うんですか!

 

485:名前:名無しの見習い格闘家

はい

 

486:名前:名無しの見習い格闘家

当然じゃボケ

 

487:名前:名無しの見習い格闘家

せやな

 

 

「なんかダイエットスレになってきちゃったわね……。別のないかしら。えっと……お?」

 

 他人が緋乃について語り合っているところが見たくて掲示板を開いたのに、いつの間にやらダイエットについて熱く語り始める住民たち。

 明乃は自分の望む方向とは違う方向へと進んだ掲示板に見切りをつけると、緋乃について語り合っていそうな別の板を探し出す。

 格闘について語り合う様々な掲示板をスクロールしてお目当ての板を探す明乃の目に、ズバリそのまま明乃の探し求めることについて語り合う掲示板が映る。その板の名は──。

 

「不知火緋乃ちゃんを応援するスレ……。へぇ、どれどれ……」

 

 その顔に笑みを浮かべながら、明乃がその板を開こうと指を伸ばす。

 が、そんな明乃に忍び寄る影が二つ──。

 

「明乃? 何見てるの?」

「うわぁ! 緋乃!? ちょっともう、驚かさないでよー」

 

 スマホに集中していた明乃はいつの間にか真横にやってきていた緋乃の存在に気付かず、横からひょいっと顔を覗かせてきた緋乃に対し驚きの声を上げる。

 明乃のその大げさな驚きっぷりに対し逆に驚く緋乃と理奈であったが、驚いたのも一瞬のこと。すぐにその顔は悪戯めいた笑みへと変わり、手に入れたばかりの新鮮なネタで明乃を弄りだす。

 

「ぷふっ。うわぁ!? だって。驚きすぎだよ明乃ちゃん」

「悪かったわね! ちょっとこっちに集中してたのよ! ……それで、急に話しかけてきてどうしたの?」

「ふふふっ。いやね、せっかくだしこのホテルのお土産コーナー見に行かないかって話になってね」

「明乃ちゃんも一緒にどうかなーって。ふふふ」

 

 ニヤニヤ笑いながらも、明乃に対し話しかけたその理由を告げる二人。

 それを聞いた明乃は少しだけ考える素振りを見せるも、自身も暇を持て余していたのは確かなので二人の提案を受け入れることに決めた。

 

「おっけー、じゃあ行きましょっか」

「ん! いこいこ!」

「なんかいい感じのお土産あるといいけどな~」

 

 まだ見ぬお土産について話しながら玄関へと歩いていき、靴へ履き替える三人。

 そのまま部屋から出ていく少女たちの姿を、傾き始めた太陽が窓の外から優しく見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~オマケ~

 

明乃が本編で開けなかった掲示板です。内容はこんなんでした。

 

 

 

【Yesロリータ】不知火緋乃ちゃんを応援するスレpart1【Noタッチ】

 

1:名前:名無しの見習い格闘家

ここは全日本新世代格闘家選手権において、彗星の如く現れた現役女子中学生の格闘家である不知火緋乃ちゃんについて語り合うスレです。

基本sage進行でお願いします。

妄想や願望を書くのは自由ですが、R-18な話題は控えてください。

荒らしは黙ってNG。荒らしに反応する人も荒らしです

 

 

 

247:名前:名無しの見習い格闘家

にしてもまさかここまで大暴れするとは思ってなかったわ

予選の時点で既に膨大な気を垂れ流してたのにまさか本戦でさらに増えるとは

 

248:名前:名無しの見習い格闘家

翼クンのラッシュを的確に弾くあたり技量もやべーぞ

まだ子供だから技術は低いとか言ってた奴息してるかー?

 

249:名前:名無しの見習い格闘家

言うてもあの時の翼くん利き腕折られとったやん

 

250:名前:名無しの見習い格闘家

あれなんか律儀に打ち合い付き合ってたけど別に付き合う必要なかったよね

大半の攻撃は気の鎧で弾けるんだし強引に掴みに行って爆破を狙いに行くこともできたやろ

 

251:名前:名無しの見習い格闘家

>>249

緋乃ちゃん馬鹿力だから普通にへし折り狙えるしなあ

ガードの上から適当に強打叩き込めばボキボキよ

 

252:名前:名無しの見習い格闘家

ガー不は助走込みだからやろ

流石に立ちっぱの状態であのレベルの強打は打てないっしょ

……打てないよな?

 

262:名前:名無しの見習い格闘家

最後の爆破投げが最高にカッコええわ

何度も見直してる

 

263:名前:名無しの見習い格闘家

あれ凄いけど気を爆発させるのってなんか相当燃費悪いクソ技扱いされてなかったっけ?

 

264:名前:名無しの見習い格闘家

爆発系はエネルギーが拡散しちゃうからな

相手に当たらない分が無駄になる

あと爆発を引き起こす時点で大量の気が必要だからロマン技で正解

使いこなしてる緋乃ちゃんが異常なだけ

 

265:名前:名無しの見習い格闘家

たまに使う奴らもいるけどだいたい圧倒的有利な状態での魅せ技みたいな扱いだしな

ワイの知っとる限り主砲として採用してるのは緋乃ちゃんだけや

 

266:名前:名無しの見習い格闘家

あの技で緋乃ちゃんに惚れたわ

 

267:名前:名無しの見習い格闘家

普通の気を込めたパンチを気の消耗100で威力100とすると遠当てが消耗100で威力0~100って感じ

遠いとカス威力やし近くなら直接殴ったほうが早いしで小技としては便利だけど主力にはならん

んで爆発系は消耗1000で威力500ってとこか?

瞬間火力は確かにすげーが消耗でかすぎるしロスも多い

正直こんなん狙うより普通にパンチを連続で叩き込む方がお手軽で燃費もええ

だから結局みんな肉体強化して直接殴りに行くんだよな

 

268:名前:名無しの見習い格闘家

爆破がパンチの5倍程度ってマ?

緋乃ちゃんのヤツ見てるととても5倍程度には見えんのだが

リングも抉れてたし

 

269:名前:名無しの見習い格闘家

そんだけ大量に気を込めたんだろ

 

270:名前:名無しの見習い格闘家

普通に殴ったほうが強いってことは緋乃ちゃんはロマンチストか

 

271:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんは12歳だぞ

そりゃ派手な技とか必殺技とか大好きに決まってんだろ

 

272:名前:名無しの見習い格闘家

いや緋乃ちゃんクラスの気の持ち主なら爆破も悪くないぞ

消費はでかいが瞬間火力が高いのも事実だし

パンチやキックじゃいくら気を込めても威力には限界があるしな

 

273:名前:名無しの見習い格闘家

>>268

スマン威力についてはかなり適当だから気にせんでくれ

多分こんくらいありそうだよなーと思って想像で書いた

 

274:名前:名無しの見習い格闘家

ワロタ

 

275:名前:名無しの見習い格闘家

適当かい

 

276:名前:名無しの見習い格闘家

自信満々に語れば人は騙せるってマジなんやね

俺も騙されたわこの野郎

 

277:名前:名無しの見習い格闘家

上手い嘘のつき方は真実の中に嘘を紛れ込ますのがいいらしい

>>267は遠当てとか最終的に直接打撃に行きつくあたりは真実で爆破技の威力についてだけが嘘だから見事にこれに当てはまってるわけだ

 

278:名前:名無しの見習い格闘家

最悪じゃねーか

 

279:名前:名無しの見習い格闘家

クソワロ

 

280:名前:名無しの見習い格闘家

当然の事実をドヤ顔で語った後にそれっぽい嘘を吹き込むとか詐欺師のやり口やん

まさかこいつ……

 

281:名前:名無しの見習い格闘家

ひでー言われようだ

ちょっと適当ぶっこいただけで何故ここまで怒られねばならんのだ

 

282:名前:名無しの見習い格闘家

最低なんだこいつ!

 

283:名前:名無しの見習い格闘家

うーんこれはギルティ

 

284:名前:名無しの見習い格闘家

開き直ってんじゃねーよw

 

285:名前:名無しの見習い格闘家

でも他の連中が使う爆裂拳見てると割と信憑性高めな数値な気もするがな

緋乃ちゃんはバカでかい気の持ち主だから爆発が相手の全身襲って大ダメージ

でもギリ爆発起こせる程度の気だと爆発規模もショボくて結果的に威力も低くなる的な

 

286:名前:名無しの見習い格闘家

一定ライン超えると威力が激増するってか?

面白いな

 

287:名前:名無しの見習い格闘家

割とありそう

 

288:名前:名無しの見習い格闘家

まあ緋乃ちゃん以外使い手いねーから真実は闇の中だがな

 

289:名前:名無しの見習い格闘家

実質緋乃ちゃん専用技か

なんかかっこええな

 

290:名前:名無しの見習い格闘家

ところで緋乃ちゃんの次の対戦相手って結ちゃんじゃろ?

厳しいとは思うけどこれに勝ったらマジで優勝見えてこねえ?

 

291:名前:名無しの見習い格闘家

翼に圧勝した時点で割と見えてる

 

292:名前:名無しの見習い格闘家

翼くんは全能力が高いオールラウンダー

結ちゃんは技量全振りのカウンター特化型

タイプが全然違うから安心はできんぞ

 

293:名前:名無しの見習い格闘家

結じゃ緋乃ちゃんのパワーに対抗できんだろ

次も勝ったわ

 

294:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんスピードもあるし防御もくそかてーからな

足でひっかきまわして小技連打すれば勝てる

 

295:名前:名無しの見習い格闘家

でも予選からの動画見てると緋乃ちゃん派手な技決めたがる癖ないか?

 

296:名前:名無しの見習い格闘家

境月流って結構歴史あるはずだし緋乃ちゃんみたいなパワー馬鹿対策の技あるかもしれんからそれ次第やろ

 

297:名前:名無しの見習い格闘家

結局わからんのか

まあいいや俺は緋乃ちゃんを信じてるぜ

 

298:名前:名無しの見習い格闘家

>>295

確かにそれは感じる

必殺技脳というかそんな感じがした

 

299:名前:名無しの見習い格闘家

でも結ちゃん倒せたらほぼ優勝確定みたいなもんだろ

パワーでは文句なしでこの大会最強だし

 

300:名前:名無しの見習い格闘家

まあ翼と結倒したらもう敵はいねーな

それにしてもすげえな緋乃ちゃん

まさか予選見てた頃にはここまで行くとは思ってなかった

俺も鼻が高いぜ

 

301:名前:名無しの見習い格闘家

翼をボコってから一気に評価値上がったよな

 

302:名前:名無しの見習い格闘家

まあ優勝候補ですしおすし

 

303:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんスレの乱立具合には笑ったわ

 

304:名前:名無しの見習い格闘家

馬鹿みたいに顔がいい上に戦闘力も高いとか人気出ないわけが無いんだよなぁ

 

305:名前:名無しの見習い格闘家

何なら顔だけで人気高かったしな

 

306:名前:名無しの見習い格闘家

顔だけじゃ無くてスタイルも滅茶苦茶いいぞ

緋乃ちゃんで小顔の重要性を再確認した奴多いだろ

 

307:名前:名無しの見習い格闘家

まさかこんな子が眠っていたとはなあ

というか12歳でこんなに強いとか成長してデカくなったら隙ねーじゃん

 

308:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんには小っちゃいままでいて欲しい

 

309:名前:名無しの見習い格闘家

わかる

 

310:名前:名無しの見習い格闘家

まあわかる

子猫みたいでかわええもん

 

311:名前:名無しの見習い格闘家

地獄の子猫とかいうクソダサ異名割とすき

成長したらあだ名変えなきゃいけねえもんな

 

312:名前:名無しの見習い格闘家

あの異名一部の奴がごり押ししてて好きじゃないんだけどなんか定着しててショック

 

313:名前:名無しの見習い格闘家

まあ意味は通るし分かりやすいからな

ダサいだけで

 

314:名前:名無しの見習い格闘家

割と致命的な欠点じゃないすかねそれ

 

315:名前:名無しの見習い格闘家

というかネットの一部で流行ってるようなあだ名を実況が拾うとは正直思わんかった

緋乃ちゃんずっこけてたし可哀想

 

316:名前:名無しの見習い格闘家

そうか? 俺には割と気に入ってるように見えたけど

インタビューで言われた時も嫌がってなかったし

 

317:名前:名無しの見習い格闘家

あの時ガチガチに緊張しとったし言い返す余裕ないだろ

 

318:名前:名無しの見習い格闘家

そんなことより次の試合楽しみすぎるんだが

休みが減るのは悲しいから時間にはゆっくり過ぎて欲しいんだけど緋乃ちゃんの活躍は早く見たいという矛盾に苦しめられとるわ

 

319:名前:名無しの見習い格闘家

まあわかる

俺も緋乃ちゃんの予選動画とか見直し始めちゃったし

ああ^緋乃ちゃんに俺の時間が奪われてしまう~

 

320:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃「>>319の時間なんていらないです」

 

321:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんにそんなこと言われたら興奮して眠れなくなるわ

 

322:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんは敬語苦手だからこれは偽物

 

323:名前:名無しの見習い格闘家

すぐ素が出てタメになる緋乃ちゃんすこ

あの生意気感がまたかわええ

 

324:名前:名無しの見習い格闘家

リング上だと凛々しいけどリングから降りると急にポンコツ化するのあざといわ

 

325:名前:名無しの見習い格闘家

大人には許されないムーブだよな

そういう意味でも緋乃ちゃんにはずっとこのままでいて欲しいわ

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話 本戦第二試合

 全日本新世代各塚選手権二日目。

 その会場であるスタジアムの控え室にて、緋乃は一人瞑想を行っていた。

 長椅子の上で足を組んで目を閉じ、呼吸を整えながら精神を落ち着かせる緋乃。

 やがてその心から雑念が消え、頭を空っぽにした緋乃の口からすぅすぅという寝息が漏れ──。

 

「──はっ! いけないいけない。寝るところだった……」

 

 完全に寝落ちするギリギリ直前で踏みとどまることに成功する。

 危うく不戦敗になるところだったと、ドキドキする心臓を抑えながら、慣れないことはするもんじゃないねと反省する緋乃。

 

(今日の相手は予選で見たお姉さんと同じ流派のカウンター使い。でも練度はあのお姉さんよりもずっと上。うかつな打撃はやめておいた方がよさそうだね……。今回は打撃じゃなくて、掴んでからの起爆をメイン戦法に据えていこう)

 

 瞑想は自分に向いていないと諦め、対戦相手について分析しつつイメージトレーニングを行うことにした緋乃。

 今日の対戦相手、境月結(きょうげつゆい)選手は紺色の髪をボブヘアーにした大学一年生の女性格闘家だ。その身長は165cmとこれまでの相手に比べれば低い方ではあるが、それでも緋乃よりかはかなり大きい。

 

 ネットで調べた情報や過去の試合と予選の動画を信じるのであれば、結の格闘スタイルである境月流はカウンターを主体とした「待ち」の型であり、自分から攻めるのはあまり得意ではないように思えた。

 だがしかし、仮にも歴史のある武術なわけだし、そんなあからさまな弱点を放っておくわけがないことは頭の出来があまりよろしくない緋乃にもわかる。

 

(ゴングと同時に突っ込んで……。いや、それは前回やったし読まれてると思うからちょっと睨み合ってから……。いやいやそんなことしたら読み合いのチャンスを与えることになっちゃう。やっぱり速攻で掴みに行くべきかな……?)

 

 カウンターが得意な相手にどう攻め込むか頭を悩ませる緋乃。

 そのまましばらくの間悩み続けた結果、最終的に速攻で掴みに行くことを決めた緋乃は目を閉じて試合開始の時刻を待つ。

 するとしばらくして、緋乃のいる控え室のドアがノックされた。

 

「緋乃選手、時間になりました。準備をお願いします」

「わかりました」

 

 ドアの外にいるスタッフへ返事をすると、控え室から出てその後に続く緋乃。

 その瞳に迷いはなく、目の前の闘いに向けた闘志が燃えているのであった。

 

 

 

『さあ、全日本新世代格闘家選手権も二日目! 16人いた選手たちもその数を半分に減らし残り8名! 優勝し、最後に笑うのは一体どの選手なのでしょうか!? 注目の第一試合が間もなく始まります!』

 

 実況の台詞が終わると同時に、観客席から盛大な歓声が上げられる。

 彼らのテンションは非常に高く、そこかしこからピーピーという口笛の音が響き、近くの観客同士で肩を組みながら陽気に踊る姿が見て取れる。

 それもそのはず。この試合は前日、優勝候補とも目されるプロ格闘家の本郷翼を圧倒した緋乃の試合ということで極めて高い注目度を誇っているのだ。

 

 元々、緋乃はその12歳という異常なまでの若さや、まるで作り物であるかのように整った容姿などからネットを中心に非常に注目されていたのだが、それが昨日の試合で優勝候補相手に圧勝を収めたことで一気に爆発。

 スタジアムがここまでの大盛り上がりを見せる大きな要因となったのだ。

 

『赤コーナーから姿を見せますは、境月流の正統後継者! 境月結選手! 今日もその華麗なカウンター技を見せてくれるのでしょうか!?』

 

 実況の紹介に合わせ、赤コーナーから姿を現した袴姿の結が観客席に向かい一礼をする。それに合わせて彼女を応援する者たちが大きな拍手の後にエールを送った。

 

『続きましては青コーナー! 予選からこの試合まで、これまでの全試合を1ラウンドで終わらせてきた驚異の新人! 不知火緋乃選手ですっ!』

 

 緋乃が姿を現した瞬間、会場内の歓声が一際大きくなる。

 そこら中から緋乃を応援する声が飛び交い、それを受けて結の応援団が悔しそうな顔をしながら唇を噛む。

 声援を貰うことにも慣れてきた緋乃であったが、流石にここまでの応援を受けることは完全に予想外であり、その目を丸くして驚きの表情を見せる。

 が、対戦相手に無様な姿は見せられぬとばかりにすぐに気を取り直し、歩みを再開。リング中央にて結と向かい合う。

 

「貴方がが緋乃さんですね。新進気鋭と名高い貴方とお会いできて光栄です。いい闘いにしましょう」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 笑顔を浮かべながら右手を差し出してくる結に対し、緋乃も右手を差し出して答える。

 その手を取り合い、握手を結ぶ二人を見てレフェリーが満足気に頷く。

 

『試合前の握手を終え、二人が離れていきます。力の緋乃選手対、技の結選手。勝利の女神は一体どちらに微笑むのでしょう……。会場内に緊張した空気が流れております』

 

 ニュートラルコーナーにて向かい合う結と緋乃。今か今かとゴングを待ち構えるその姿は獲物を前にした肉食獣のようであり、観客たちも思わず固唾を呑む。

 そうして高まる緊張感の中、ついに試合開始のゴングが鳴る。

 

『試合開始です!』

(貰った……!)

 

 ゴングが鳴ると同時に高速で突進した緋乃は、結の顔面へとその右手を伸ばす。

 結の反応速度を超えていたのか、それとも虚をつくことに成功したのか。その右手が弾かれも避けられもしなかったことから速攻の成功を確信して内心で喜びの声を上げる緋乃。しかし──。

 

「えっ……? み゛ぃ!?」

「てりゃあぁ!」

 

 気づけば緋乃の体は宙を舞っており、困惑の声を洩らすと同時にリングへと背中から勢いよく叩きつけられる。

 その衝撃に悲鳴を上げる緋乃であったが、結の攻撃はそれで終わりではない。仰向けに倒れる緋乃のそのわずかに膨らむ胸へと両掌を当てると、裂帛の気合と共に渾身の気を放つ。

 

「はあああぁぁぁぁぁ!」

「がっ!?」

 

 衝撃がリング上を駆け抜け、緋乃の背がリングへとめり込むと共に蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 声にならない悲鳴を上げ、苦しそうにその顔を歪める緋乃を見て緋乃の応援をする観客たちから悲鳴が上がる。

 

『おおっとぉ! 緋乃選手の先制攻撃を上手く捌いた結選手! そのまま投げ飛ばしてからの追撃を決めたぁ! カウントが開始されます!」

「緋乃さん、確かに貴方の纏う膨大な気は脅威です。並の攻撃では弾かれ、仮に強打を叩き込んだとしてもその威力を大幅に減衰させてしまう……。恐るべき力です」

「カウント1! 2!」

「ぐっ……!」

 

 胸を押さえながらゆっくりと立ち上がる緋乃に対し、まるで講義でもするかのようにゆっくりと語りかける結。

 

「ですが、それも完璧ではない。密着状態でならばあなたの纏う気をすり抜け、本体に直接攻撃することができる」

 

 圧倒的な防御力を誇る緋乃に対し、どのようにダメージを与えたのかを淡々と解説する結。

 その解説を受け、観客席から感心したような声が上がる。が、それを遮るかのように呼吸を整えた緋乃が力強い声を上げた。

 

「確かに……、密着状態からの攻撃ならわたしにもある程度は効いちゃうね……。だけど、気の鎧を無視することはできても、身体強化までは無視できない……!」

「7! ……行けるね?」

「行けます!」

 

 ファイティングポーズを取る緋乃を見て、レフェリーがカウントを止めた。

 念のためといった様子で声をかけてくるレフェリーに対し、緋乃が力強く頷きながら声を返すと、レフェリーがその手を振り上げながら声を張り上げる。

 

「Fight!」

「はああぁぁっ!」

「甘いっ!」

 

 大会に参加してから初めて受けた大ダメージ。何でもないようには振舞っているものの、それが緋乃に与えた衝撃は大きかった。

 今度は投げ飛ばされないようにと引きの速度を意識した拳や蹴りを繰り出す緋乃であったが、ズキズキと痛む胸の方へと意識を取られてその動きは明らかに精彩を欠いていた。

 いくら圧倒的な身体能力を誇る緋乃といえども、そのような精神状態では碌な有効打を叩き込むことが出来ず──。ただ、時間のみが過ぎ去っていく。

 

『緋乃選手のラッシュです! その見た目にそぐわぬ重い拳と蹴りが何度も結選手を襲う! しかしさすがは境月流後継者! 見事にこれを捌いていますっ!』

(くっ……! 落ち着け、落ち着けわたし……。ええと、残り時間は……)

 

 速度を重視した攻撃は結へ反撃を許さない。しかし、焦った緋乃の攻撃は結に次々と受け流されてこれといったダメージを与えられない。

 緋乃はその事実に焦りながらも、戦略を立て直すべく、残り時間を確認しようと電光掲示板へと目をやる。

 

(残り22秒──いや20秒として……駄目だ、時間が足りない)

 

 そこに表示されていた残り時間はわずか20秒といったところであり、結を倒すには少々心もとない時間だった。

 ここからではどう攻めても時間が足りないということを理解した緋乃はこのラウンドで決めることを諦め、内心で自身の失敗を反省する。

 

(1ラウンドKOを狙い過ぎてたかも。自分でも気づかないうちに焦ってたんだ……。でも今ので底は見えた。最初から大技を狙うんじゃなくて、堅実に攻めて隙をつくスタイルでいけば……)

 

 特に狙っていたわけではなかったのだが、それでもできれば成し遂げたかった全試合1ラウンド勝利。それを阻まれた緋乃は不満げにその眉を顰めるのであった。

 

 

 

 

「はあぁっ! せいっ!」

「ぐっ……! てりゃっ!」

 

 第二ラウンド開始のゴングが鳴ると共に素早く結との距離を詰めた緋乃は、カウンターを貰わないよう気をつけながら、腕や足を絡め取られないよう出の早い小技を連打して結の体力を削りにかかる。

 一撃で仕留めるのではなく、小技で体勢が崩れたところを仕留めに行く作戦だ。

 動き自体は第一ラウンド後半とそう変わらないのだが、落ち着きを取り戻した緋乃の攻撃は鋭く、今度は結の迎撃を掻い潜り次々と命中する。

 

『第二ラウンド、先ほどの鬱憤を晴らすかのように開幕から攻め立てる緋乃選手ー! 結選手、何とか持ちこたえてはいるもののこれはピーンチ!』

 

 当然ながら緋乃の作戦には結も気付いてはいるものの、圧倒的な気の保有量の差からくる身体能力差の前に圧倒され、手も足も出ないのが現状だ。

 必死に緋乃の繰り出す拳や脚を防いではいるものの、防御や迎撃が間に合わずにその肩へと緋乃の拳が突き刺さり、その脚へと緋乃の蹴りが炸裂する。

 第二ラウンド開始から僅か数十秒にして満身創痍。結の敗北も時間の問題かと思われた。

 

「……せやっ!」

「あぐっ!? このっ──」

 

 常識外れの威力を誇る緋乃の拳や脚を何度も受け止め続けてきたことから既にボロボロであり、いつ折れてもおかしくはない結の細腕。

 そんな結の腕に対してトドメを刺さんとばかりに、緋乃はガードの上から強引に前蹴りを叩き込む。

 ガードの奥に控える肉体ではなく、掲げる腕そのものを目標として放たれた蹴りは結の骨を軋ませ──。

 

「捕まえた……!」

「あっ……」

 

 結がその痛みにほんの一瞬だけ気を取られた隙に、緋乃のその手が結の顔を覆う。

 自身の顔に張り付く手の平に、膨大な気が集中するのを感じ取ったのだろう。結が思わずといった様子で絶望の声を漏らし、そして──。

 

「じゃあね」

「──ッ!?」

 

 結が絶望の声を漏らした直後。キンッという小気味よい音と共にリング上を白い閃光が駆け抜け──。

 第二試合と同様。轟音と爆風が会場内を駆け巡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話 楽しい深夜徘徊

「緋乃選手! 勝利おめでとうございます!」

「おめでとうございます! 素晴らしい試合でしたね!」

「なんでもいいから一言お願いします!」

「最後の大技、すごかったですね! 何か技名とかはあるのでしょうか!?」

「うわっ……! え、ええと、その……」

 

 試合を終え、スタジアムから出た緋乃を待ち構えていた記者たちが取り囲む。

 パシャパシャと大量のフラッシュが焚かれ、眩しそうに目を細める緋乃。そんな遠慮というものが感じ取れない記者たちに対し、不機嫌そうに眉を顰める明乃と理奈。

 

「あの、緋乃ちゃんは試合を終えて疲れて──」

「緋乃さんのお友達ですね! いやー、随分と可愛らしいお友達だ! 三人で並んでいるととても絵になる!」

「お友達の方もポーズお願いします!」

「緋乃選手、何か一言!」

「──えへへ、可愛いだって明乃ちゃん! 褒められちゃったよ!」

「何一瞬で懐柔されてんのよ! ええい、強行突破よ緋乃!」

「がってん」

 

 緋乃は行く手を塞ぐよう伸ばされる記者たちの手をするりと掻い潜ると、そのまま自身の名を叫ぶ記者たちを背に駆け抜ける。

 そうして記者たちが緋乃に気を取られたその隙に、明乃が理奈をその腕に抱えて大ジャンプ。記者たちを飛び越えると、緋乃の背を追いかけた。

 

「へへーん! 悪いわねおじさんたち!」

「いい試合でした! またやりたいです! 技名はまだ考えてません!」

「律儀だね緋乃ちゃん……」

 

 呆然とこちらを見やる記者たちを煽る明乃と、先ほどされた質問についてとりあえず答える緋乃。

 我を取り戻した記者たちが追いかけてくるその前に、三人は自分たちの泊まるホテルへと向かい駆け出すのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(眠れない……)

 

 その日の深夜。夕食後に一眠りしてしまったことが災いし、0時を超えても眠りにつくことが出来なかった緋乃がむくりとベッドから起き上がる。

 いつもなら抱き着いた上で足まで絡めてくる明乃だが、今夜に限っては珍しくキチンと寝ていたのでスムーズに起きれた緋乃。

 そんな緋乃は、寝ている二人を起こさないよう細心の注意を払ってパジャマからショート丈のキャミソールとホットパンツに着替えるとルームキーを持って部屋から出た。

 

「ふー、いい風……」

 

 ホテルの外にて、夜風を浴びながら散歩をする緋乃。

 夜遅くに出歩くという、まるで不良みたいな行為に弾む心を抑えながらホテルの周囲を散策していた緋乃は、まるで人目を避けるかのように移動するローブ姿の怪しげな人影を発見した。

 

(む……。怪しい……)

 

 植え込みの陰を隠れるかのように駆け抜けるその人影を見て、目を細める緋乃。

 この大会の背後に蠢く者たちが存在するということを知っている緋乃は、即座にその人影を暗躍する魔法使い一派の手の者と判断。

 もしかしたらただの泥棒やたまたま通りがかっただけの一般人なのかもしれないが、的中率4割を誇る緋乃の感がその可能性はないと告げていた。

 

(……ふっ。不知火緋乃、これより不審者の追跡と捕縛に移ります……!)

 

 もし魔法関係者なら、捕まえて理奈の両親の元へ突き出せばきっと喜んで褒めてくれるに違いない。

 魔法関係者でなければ……まあ、疑わしきは罰せよということで、泥棒みたいな行動をする方が悪いとでもゴリ押そう。

 理奈の両親からよくやったと褒められ、そんな自分を尊敬の眼差しで見る明乃と理奈。

 ──そのような明るい未来を幻視した緋乃は、音もなく不審者の追跡を開始した。

 

 

「ふぅ。ったく犬飼のヤローめ、人使いの荒い……。ていうかなんで『蛇』に所属する俺があんな犬臭いヤローのお使いなんぞをせにゃならんのだ。手前の所の人間使えってん──」

「こんばんはー。いい夜だね、おじさん」

 

 ホテル横の雑木林に紛れながら愚痴のようなものを零す不審な男。

 その男の背後より、ニコニコと笑顔を浮かべた緋乃が姿を現して話しかける。

 

「なっ!?」

 

 突然背後から話しかけられたことで、大慌てで男が振り向いた。警戒した様子を崩さぬまま、突然話しかけてきた少女──緋乃の姿を確認した男の目が驚愕に見開かれる。

 

「お前は……まさか!」

「ねぇねぇおじさん。今おじさんさ、『犬飼』とか『蛇』とか言わなかった?」

 

 ニコニコとした笑顔を崩さぬまま──その目は全く笑ってはいないのだが──男の反応を無視して語り掛ける緋乃。

 そんな緋乃に対し、男は焦った様子で言い訳を口にするのだが──。

 

「チッ……。聞き間違いじゃねえのか? ほらほら、ガキはもう寝る時間だぞ。とっとと帰って──」

「せいっ……!」

「──うおぉ!? こ、このガキ……!」

「あれ? 避けるんだ今の。へー、意外とやるね」

 

 間一髪。偶然にも顔面を狙って放たれた緋乃の蹴りを回避することに成功した男が声を荒げる。

 しかし、男の怒りを受けてもなお緋乃の表情は涼しげだ。

 

「テメェ……! 丁度いい、テメェを手土産に戻れば俺は出世確定だ……! 悪く思うな──あっ?」

 

 そんな圧倒的な余裕を見せつけてくる緋乃に対し、男がさらに声を荒げながら緋乃に向かい手を伸ばそうとした瞬間。異変が起こった。

 

「──これはっ!?」

 

 緋乃の眼が一瞬輝いたかと思うと、男の体がほんの一瞬ではあるがふわりと浮き、その足が大地から離れ──。

 

「ちぇりゃ!」

「ぎゃふ!?」

 

 その隙を見逃さず、男との距離を詰めた緋乃が今度こそその顔面を蹴り飛ばす。

 無様な悲鳴を上げながら吹き飛び、ゴロゴロと転がる男へと歩み寄りながら緋乃が声を上げた。

 

「抵抗は無駄だよ。大人しくわたしと一緒に来てもらおっか? こっちには、『正義の魔法使い』がついてるんだからね」

「あが、おぉ……。ぎぃ……。ち、ちくしょ……! このっ……!」

「へぇ? まだやるんだ。──それっ!」

「あびぃ!?」

 

 緋乃からの降伏勧告を無視し、性懲りもなくその手をこちら側へと向けてくる男に対しもう一度蹴りをプレゼントすることでその心を折りにかかる緋乃。

 まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされた男が地面を転がり、生えていた一本の木にぶつかりその動きを止め──。

 

「はいトドメっと」

「ひっ! や、やめ──!」

 

 その意識を奪わんと、三回目の蹴りを叩き込まんと緋乃がその足を振りかぶった瞬間──。

 避けられぬ破滅を前にして、潜在能力が目覚めでもしたのだろうか。

 男の瞳に一瞬だが緑色の魔法陣が浮かび上がったかと思うと、そこへ怪し気な濃いピンク色の光が宿り──。

 

「ほよ? はぇ…… ? ほぉ……」

「てく……れ……?」

 

 その怪しく光る瞳と緋乃の瞳が合った瞬間。急に目をとろんとさせてふらつき出す緋乃。

 それを見て最初は困惑した様子の男だったが、力なく首を傾けながらぼんやりとした顔で男を見つめる緋乃の姿を確認した瞬間。男は笑い声を上げだした。

 

「ひ、ひひひひっ、ひひっ! うひひひひひひ! このクソ餓鬼が! 驚かせやがって! この馬鹿が! このっ! はぁ……。はぁ……。……にしてもさすがは俺だぜ。この土壇場で無詠唱呪文を成功させちまうなんてな……」

 

 男は独り言を呟きながら、自身の言うがままの人形と化した緋乃の頬を撫で回す。

 

「こいつを献上すりゃあ、うちの女王様も大満足にちげぇねえ。計画もスムーズに進められるだろうし、俺の出世はもはや確定……! 幹部だってワンチャンあるかもしれん! ぐふ、ぐふふふふふ!」

 

 その顔を下品に歪めながら、汚い笑い声をあげる男。

 ひとしきり笑い満足したのか、やがて落ち着きを取り戻した男は自身の成果たる緋乃へと目をやる。

 

「……にしてもこのガキ、本当に見てくれはいいな。ふむ……」

 

 人形のように端正な顔立ち。余分な肉のついてない、すらりとした肢体。きめ細かい肌にはシミ一つなく、街灯の光を反射して陶器のように輝いている。

 これまで生きてきてそれなりに多くの女を見てきたつもりの男だが、そんな男でも見たことのない極上の美少女。

 ──そんな美少女が今、自分の手の内にある。

 今ならこの美少女に対し、どんなことでもやらせることができる。

 

「…………」

 

 無言で緋乃を見つめていた男が唾を飲み込む。そしてその手が控えめに膨らむ緋乃の胸へと伸び──。

 

「このド変態がー! 私の緋乃ちゃんに何するつもりだーっ!」

「おごおおーっ!?」

 

 緋乃の異変を察知し、大慌てで駆け付けたパジャマ姿の理奈の飛び蹴りが男の顔面に炸裂した。

 勢いよく吹き飛び、地面を転がる男を尻目に理奈は緋乃に掛けられた精神操作を解除。意識を失い、くずおれる緋乃を優しく抱きとめると安堵の息を漏らす。

 

「あがが、クソっ! 次から次へと……!」

「うるさいよ。このクズがっ!」

 

 その顔を赤く染め、怒り心頭といった様子で立ち上がる男に対し殺意の籠った冷たい目線を向ける理奈。

 理奈は素早く懐から名刺サイズにカットされた羊皮紙を取り出すと、そこに魔力を込める。すると、羊皮紙に書かれた文字が赤く発光して燃え上がる。

 これは羊皮紙にあらかじめ魔方式を書き込んでおき、魔力を通すことで呪文詠唱の代わりとするものであり──呪文発動簡略化媒体(スクロール・カード)などと呼ばれる、現代の魔法使いが魔法を発動させる際に使用する、使い捨ての魔導書だ。

 

「あぎいいいぃぃぃぃ!?」

 

 カードを使用して魔法を発動した理奈のすぐ側に鈍く輝く杭のような物体が数本現れたかと思うと、それは超スピードで発射されて男を串刺しにする。

 飛来した杭に胴体と脚を貫かれ、情けない悲鳴を上げながらのたうち回る男だが、その体からは血の一滴すら流れていない。

 ──幻痛の杭。対象の肉体は一切傷つけることなく、ただ痛みのみを与える魔法。暴徒の鎮圧や捕縛に……そして、拷問を目的として生み出された魔法だ。

 

「許さない……! 絶対に許さない……! よくも、よくも緋乃ちゃんを……!」

「おっごおおおお!? あがあああ!?」

 

 怒り狂う理奈は再び懐からカードを取り出すと魔力を込め、男を幻痛の杭で串刺しにし、またカードを取り出し──。

 

「あ、あぎ……。ごおぉぉ……」

「はーっ……! はーっ……!」

 

 何度それを繰り返しただろうか。

 息を荒くする理奈の前にて、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、その股間を自ら垂れ流した汚物で汚した男が痙攣しながら転がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話 急変

 窮地に陥った緋乃を理奈が救い出した翌日の朝。

 朝食を摂りに来た客で賑わう、ホテルのバイキング会場に緋乃たち三人の姿があった。

 

「うん。うんうん……。わかった。うん、お父さんも気をつけてね。……ふぅ」

「理奈。お父さんはなんだって?」

 

 会場の隅、周囲の喧騒から少し離れたところでスマホを耳に当て、父親と連絡を取り合う理奈。

 その通話が終わったと見るや、明乃が食い気味に話しかける。

 昨日の深夜に緋乃が遭遇した魔法関係者について、理奈の父──樹が尋問を行ったその結果を知りたがっているのだろう。

 理奈はそんな明乃に対し、たった今得たばかりの情報を整理しながら述べていく。

 

「うん、昨日緋乃ちゃんを襲ったのは蛇沢家の下っ端中の下っ端で、大した情報は握ってなかったって。なんでも買い出しのパシりをやらされてるとこを緋乃ちゃんに見つかって~って話らしいよ」

「……はぁ。まあ、そりゃそうよね。緋乃に見つかるような奴が重要なポジションにいるわけないわよね……」

「むっ……」

「あら、何か言いたいことでも? 一人で勝手にホテル抜け出して深夜徘徊した挙句、敵の下っ端から精神操作を食らって大ピンチだった緋乃ちゃん?」

 

 明乃がふと漏らした言葉に不満げな声を上げる緋乃だったが、それを耳ざとく聞きつけた明乃に小言を貰った結果、気まずそうに目を逸らす羽目になるのであった。

 

「ちなみに緋乃ちゃんが食らった精神操作の魔法は一般人でも普通に抵抗(レジスト)出来るレベルだそうです。……ま、幹部ならともかく、下っ端ならそんなもんだよね。でもホント、なんで緋乃ちゃんってこんなに精神操作への耐性低いんだろうね。普通は気を使える人間は高い抵抗力を持つもんだけど……」

「そういえば前も言ってたわよね、それ。なに? 緋乃の抵抗力ってそんなに酷いの?」

「うん、まあね。ぶっちゃけちゃうと緋乃ちゃんのこの耐性の無さは異常だよ。正直言ってありえない。意味不明」

「うぐぅ……」

「緋乃ちゃんの場合は気だけじゃなくてギフト持ちでもあるしね。ギフトはどちらかというと魔法寄りの力だから、強力なギフテッドは高い抵抗力を持つの。だから、気とギフトっていう二重の耐性を持つ緋乃ちゃんは本当なら並の精神操作は受け付けないはずなんだけど……」

「ふえぇ……」

「ああうん、緋乃がヤバいのは分かったからその辺で勘弁してやって……。ほらほら、朝食の続きと行きましょ?」

 

 理奈の言葉を聞いた緋乃が涙目になりながら情けない声を漏らし、それを聞いた明乃が慌ててフォローに入る。

 緋乃と理奈は、樹からの連絡が来たことによって中断状態になっていた朝食の再開を促す明乃の提案に頷くと、再び会場の中央へと向かうのであった。

 

 

 

 

「うーん、これ美味しいわね~♪ 流石はお高いホテルなだけなことはあるわねー」

「うん、かなりイケるよコレ……! 油断してた、こんなに美味しいなら主食は控えておくべきだった……!」

 

 朝食を終えた明乃と理奈が、その身体のどこにこれだけの量が入るんだというほどの大量のデザートを机に並べてその感想を述べあう。

 二人とも大変満足しているようであり、満面の笑みを浮かべながらケーキを頬張っている。

 ──そして、そんな二人のすぐ側で。

 

「うわぁ……」

 

 水の入ったグラスを手に、二人のその食いっぷりに少しばかり引いた様子を見せる緋乃であった。

 

「──あ、ごめんね緋乃ちゃん。私たちだけはしゃいじゃって……」

「あちゃあ、ごめん。忘れてたわ、緋乃の前で──」

 

 その緋乃の様子を見て、急に申し訳なさそうな顔を緋乃へと向けながら謝罪の言葉を口にする明乃と理奈。

 二人が勘違いしていることを悟った緋乃は、面倒くさそうに小さくため息を吐くと、その勘違いを正すために口を開く。

 

「いや、そうじゃないそうじゃない。赤の他人ならともかく、二人が美味しそうにしてる分にはわたしも嬉しいから。ただ、よくそんなに食えるなって……」

「ああ、なんだそっちか……。よかったー」

「チッチッチ。甘いわね緋乃。本当に甘いわ。ほら、よく言うでしょ? デザートは別腹だって」

「そうそう。そういう事だよ緋乃ちゃん」

(いや、それにしたってこの量は食いすぎ……)

 

 得意げな笑みを浮かべながら反論する二人。

 しかし、そんな二人に向けて思わず白い目を向けてしまう緋乃であった。

 

 

「あー食った食った。満足っ!」

「う~ん、美味しかったね~。特にあのモンブランが……」

「あたし的にはチョコレートケーキね。甘みと苦みのバランスが丁度良くて……」

「二人とも凄い食べたね……。見てただけなのにこっちまで胸やけしそう……」

 

 自室に戻った緋乃たちは、正午から始まる試合に備えて英気を養っていた。

 ベッドの上に寝転がりながら駄弁る三人であったが、ふと何かを思い出した様子の理奈が真剣な表情を浮かべて緋乃へと語りかける。

 

「緋乃ちゃんは今日で準決勝だよね? 敵の目的はまだわからないけど、明日の決勝になったら絶対動き出すはずだから、怪我とかには細心の注意を払ってね? できれば余裕をもって決勝に勝って、決勝後に何があってもいいようにするってのが理想なんだけど……」

「うん、任せて。今日の相手、虎太郎選手について軽く調べたけど、特に問題はなさそうだったし」

「浪花の喧嘩師、藤堂虎太郎。ボクシングとか空手とかを色々好き勝手に組み合わせた、拳主体の喧嘩スタイルが特徴ね。喧嘩師を名乗るだけあって、かなり荒い闘いが得意みたいよ」

「喧嘩師とかチンピラみたいな異名だね……」

 

 明乃の解説を聞いた理奈が嫌そうな顔をし、明乃もその意見に同調する。

 

「まあねぇ。実際見た目もそんなんだし、マニアックなファンはついてるけど一般受けは悪いっていうか……。でもまあ、緋乃の相手じゃないわよ。緋乃が倒した翼さんや結さんよりランクは下だしね」

「ふーん、そっか。なら安心だね……。今だ、隙ありぃ〜! むふふー」

「ひんっ……!」

 

 明乃の解説を聞いた理奈は安心した様子で笑顔を浮かべると、真横に伸ばされていた緋乃の太ももへとその顔を擦り付ける。

 そのこそばゆさから小さな悲鳴を上げ、抗議の意を込めて理奈の頭をぺしぺしと叩く緋乃。

 しかし、理奈は緋乃のその抗議を無視して、顔を擦り続けながら緋乃へと語り掛ける。

 

「気をつけてね、緋乃ちゃん。昨日みたいな無茶はしちゃ駄目なんだからね……」

「むっ……。うん……。わかってる……」

 

 理奈のその心配そうな声を聞いた緋乃は昨夜の自身の行いを改めて反省。

 理奈の頭を叩くのをやめ、優しく撫でるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆様! 大変長らくお待たせいたしました! 日本中から集った若き猛者たちが熱き魂をぶつけ合う、全日本新世代格闘家選手権! 選手も残すところ僅か4名! この大会の終わりもいよいよ近づいてまいりました!』

「凄い盛り上がり……。でもそっか、これに勝てば最低でも二位確定なんだよね……」

 

 リングへと続く選手入場口にて、大盛り上がりを見せるスタジアム内の歓声と実況の声を耳にし、独り言を呟く緋乃。

 内部の熱狂ぶりにはじめは気圧されていた緋乃だったが、頬を叩いて気合を入れるとその小さな体に闘志を漲らせて己の名が呼ばれるのを待つのであった。

 

『果たして、最後まで勝ち残り優勝の栄冠を手にするのは誰なのでしょうか!? それでは、準決勝第一試合! 不知火緋乃選手対藤堂虎太郎(とうどうこたろう)選手! 間もなく──』

 

 実況の声より出番が近いことを理解した緋乃が、その身体をピクリと跳ねさせた瞬間──それは起こった。

 ズガァンという爆音が響き渡ったかと思うと、それに遅れて観客たちの悲鳴がスタジアム内部に木霊する。

 異常事態を察知した緋乃が通路を駆け抜け、スタジアム内部を伺えば──。

 

「うわっ、なにこれ……」

『観客の皆様、落ち着いてください! 係員の指示に従い、慌てず、落ち着いて避難してください! 繰り返します──』

 

 つい少し前まで晴天だったはずの空は黒い雲にて埋め尽くされ、何度も稲光が走っていた。

 恐らく、先程の轟音はスタジアムに雷が落ちた音だろう。

 観客席は避難しようとする観客たちでごった返しており、悲鳴と怒号が飛び交う混沌の場と化している。

 それらを確認した緋乃が呆然とした様子で言葉を漏らした次の瞬間。

 

『ふぉっふぉっふぉ……。初めまして、下等民の諸君! 我が名は鷹野。鷹野三郎! この大会の真の主催者にして、新世界の王となるもの!』

 

 突如として年老いた男の声がスタジアムに響き渡り、リング上空へと袴姿の老人の映像が投射される。

 突然見知らぬ老人が姿を現したことで更に混乱する観客たち。

 しかし、その老人が明らかに観客たちを馬鹿にする声を上げたことでその混乱は怒りへと変化。観客たちは異常事態に巻き込まれたことによるストレスをその老人──鷹野へ向けて解き放つ。

 

『くくくくく、随分と威勢のいい猿どもよ……。魔法の一つも使えぬ出来損ない。我々になることが出来なかった哀れな負け犬……! これから待ち受ける破滅の運命も知らずに……!』

 

 しかし、スタジアム中の人間から敵意をぶつけられているというのに鷹野は余裕の態度を崩さない。

 それだけに飽き足らず、魔法やら訳の分からないことまで言い出して更に観客たちを煽る始末だ。

 観客たちの怒りはどんどん高まっていき、一部の人間は空き缶やペットボトルなどのゴミを鷹野の映像へと投げつけていた。

 

「破滅……? 一体何を……?」

『やれやれ、礼儀も知らぬ猿どもにはお仕置きをしてやらねばならんな。──やれ』

 

 訝し気にその目を細める緋乃の前で、映像の鷹野がゆっくりと、見せつけるかのようにその右腕を掲げて指を鳴らす。

 観客たちが騒がしい声を上げる中、そのパチンというやけに響く音はスタジアム内を駆け巡り……。

 

「ッ!?」

 

 スタジアム上空に巨大な魔法陣が展開され、そこから現れるは巨大な二つの影。それはそのまま落下するとリングへ着弾して轟音を響かせる。

 影が降ってきたその衝撃で舞っていた砂埃が晴れると、そこから姿を現したのは──。

 

「でかい──!」

「緋乃ちゃん無事!? ──ってこれは!」

「うわっ、なにあれでっか! モンスター!?」

 

 体長3mほどはあろうかという巨大な三つ首の犬に、更にそれよりも巨大な蛇。

 ゲームの中から飛び出してきたかのようなその怪物を見て、緋乃の元へと駆け付けた理奈と明乃も思わず驚きの声を漏らす。

 

『ふぉっふぉっふぉっふぉ! そうだ! ようやく理解したか猿どもめ! そう、実在するのだよ! 魔法も! それを扱う魔法使いも!』

 

 魔法陣から突如とした現れた巨大な怪物を目撃し、悲鳴を上げて必死に逃げ惑う観客たち。その哀れな様子を見た鷹野は満足そうな笑い声を上げながら自分たちの正体を明かすのだった。

 

「何アレ! あんなの私知らないよ……っ! 合成獣(キメラ)でもないみたいだし……いったいなんなの!?」

「ゲーム的に言うならケルベロスにバジリスクってとこかしら? 石化能力とか持ってたら厄介ね。気で防げたらいいけど……」

「冷静だね明乃……。ううん、どうやって戦えばいいんだろう。わたし、モンスター退治の経験なんてないから……!」

「奇遇ね緋乃。あたしもそんな経験ないわっ!」

 

 緋乃たちがきゃいきゃいと騒ぐ目の前で、黒いスーツ姿の男と派手なドレスを着た美女がそれぞれ犬の魔物と蛇の魔物の側へと降り立つ。

 二人は選手入場口付近に立つ緋乃たち三人へと目をやると、ニヤリと笑った後に逃げ惑う観客たちへと目をやり、そして──。

 

『まずはあの目障りな猿どもから片づけてしまえっ! 犬飼! 蛇沢!』

「あいよーっと。悪く思うなよ雑魚共……。よし、やっちまいな!」

「久々の召喚だし、準備運動には丁度いいわね。いきなさいっ!」

 

 鷹野の命に従い、それぞれ自身の操る魔物へと指示を下して観客たちを襲わせようとする。

 主の命を受け、唸り声を上げながらその身体を沈ませる二匹の魔物。力を溜め、いざ突撃せんとしようとしたその瞬間。

 

「させっかよォ!」

「どおりゃああぁぁぁぁ!」

 

 素肌の上に革ジャンを着たガラの悪い男と、トランクス姿の半裸の男がそれぞれケルベロス(犬の魔物)バジリスク(蛇の魔物)へと渾身の飛び蹴りを放ってその動きを妨害した。

 

「なっ!? てめっ! この野郎!」

「きゃああぁぁ!? うちの子に何するのよ!」

 

 不意打ちを受け、キャインとその外見からは想像できない悲鳴を上げながら転がるケルベロスとその上半身をくねらせるバジリスク。

 突然現れた二人の男、藤堂虎太郎と大武大地(おおたけだいち)に対して大声で文句を上げる犬飼と蛇沢であったが、虎太郎と大地はその声を無視して緋乃たちへと怒鳴り声を上げる。

 

「ボサっとしてんじゃねえぞクソガキィ! 怖くて戦えねえってんなら邪魔だから消えろや!」

「緋乃君にはできれば手伝ってほしいが、強制はせん! 逃げたければ逃げていい! 早く離れるんだ!」

 

 口こそ悪いが一応はこちらを気遣っているらしい虎太郎と、手伝ってほしいという本音を覗かせながらも逃走を促す大地。

 二人のその声を受けた緋乃は軽く目を閉じ──。

 

「明乃、理奈。手伝って欲しい。──いい?」

「当然! こんなの見過ごすわけにはいかないわよねぇ!」

「それはこっちの台詞だよ! 水城家の一員として……いや、人としてこんな暴挙は見過ごせない!」

 

 理奈が懐から一枚のカードを取り出し、そこへ魔力を送り込められていた呪文を起動する。すると、緋乃たち三人と、更に虎太郎と大地の身体をも暖かい光が覆う。

 

「光の祝福──ダメージ軽減と、いわゆる状態異常保護です! でも完全に防ぐわけじゃ無いから過信しないで!」

「へぇ、テメェも魔法使いって奴か。有難く受け取っとくぜぇ」

「緋乃君の友人よ、恩に着る!」

 

 不思議そうに自身を覆う光を見ていた虎太郎と大地に、理奈がその効果を説明する。

 説明を受けた二人は理奈へと感謝の意を述べると、すぐに魔物へと向き直り気を高める。

 

「へっ……。ガキどもが。我らが主より賜ったこの異界の魔物相手に勝つ気でいやがるぜ」

「うっふふふ……。無知って怖いわねぇ……」

 

 四人の格闘家と一人の魔法使いから敵意を向けられているにもかかわらず、犬飼と蛇沢は余裕の表情を崩さない。

 それどころか、逆に自分たちへと歯向かう格闘家チームに対し嘲笑の笑みを向ける。

 

『やれやれ。闘いに集中できるようにと、せっかく君たちの為にうるさい猿どもを始末してあげようとしたというのに……。人の気遣いは素直に受け取っておくものじゃぞ?』

「うっせえよこのクソジジイ! オレ様の晴れの舞台の邪魔しやがって! 覚悟はできてんだろォな!?」

「魔法使いだが何だか知らんが、弱きものを守るのが格闘家の務め! 力なきものを狙う外道どもめ! 行くぞォ!」

 

 宙に浮く鷹野の映像へと啖呵を切った二人の男が魔物へ向かい駆けてゆく。

 それを見て緋乃たちも──。 

 

「行くわよ緋乃! 耐性ガバってる緋乃は犬! あたしは蛇! 理奈は緋乃のサポートよろしくっ!」

「んっ! 気をつけてね明乃!」

「いいや、二人まとめてサポートするよ! 伊達に神童なんて呼ばれちゃいないんだから!」

「そりゃ心強いわね! っしゃあ! 異世界の魔物だが何だか知らないけど、人間様を舐めるなぁー!」

 

 気と魔力を開放し、男たちに続くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十話 魔物との戦い

『GAAAAAAAAA!!』

「おっとォ! あめえんだよカスが! 食らいやが──ゲッ!?」

 

 その口を大きく開き、自身へ向かい駆け寄る虎太郎目掛けて火を噴くケルベロス。

 虎太郎はその火炎放射を横っ飛びで回避すると、ケルベロスの胴体目掛けて飛び蹴りを放つ──が。その蹴りが黒い巨体へと直撃する寸前にてケルベロスは大きくバックステップ。

 結果として、虎太郎はケルベロスの眼前にて大きな隙を晒す事となってしまった。

 

「やっべ!?」

『GRUAAAAAAA!!』

「させない……! てやぁ!」

 

 うかつに飛びあがったことで身動きの取れぬ虎太郎を噛み殺さんと、獰猛な唸り声を上げながらケルベロスが飛び掛かる。哀れ虎太郎はその牙の餌食に──と思われたその瞬間。

 緋乃の重力操作によりケルベロスの身体が地面へと叩きつけられ、そのまま駆け付けた緋乃によりその腹を蹴り上げられる。

 キャインキャインという鳴き声と共に大型のトラックに匹敵する巨体が宙を舞い──。

 

「ナイス緋乃ちゃん! いよぉっし、とっておきを食ら──」

「理奈っ!」

「──きゃあっ!?」

 

 カードを構え、特大の隙を晒すケルベロスへと追撃の魔法を叩き込もうとする理奈。

 しかし、理奈がそのカードへと魔力を込めるその直前。顔色を変え、猛スピードで駆け付けてきた緋乃が理奈へと組みつき押し倒し、一緒になって転がりながらその場を離脱。

 何事かと思い理奈が自分のいた場所へと目をやれば──。

 

「チッ。余計な真似を……!」

「ひぇっ……。あ、ありがと緋乃ちゃん……!」

 

 理奈のいた地点に、燃え盛る炎の剣が何本も突き立てられていた。緋乃たちがケルベロスに対処している隙に、フリーになっていた犬飼が魔法で攻撃してきていたのだ。

 もし緋乃が間に合わなければあれに串刺しにされていたと、身震いしながら礼を言う理奈。

 そして、緋乃が理奈を救出しているその隙に。地面へと降り立ったケルベロスが犬飼の横へと並び立つ。

 

「そういえば、理奈のお父さんとお母さんは?」

「二人は他の関係者と一緒に、一般人の避難誘導と保護に回ってるよ。私の方が魔法使いとしてはずっと強いから……」

「なるほどね」

「わりぃなあ。さっきは助かったぜガキ」

 

 理奈と話し合う緋乃の側にやってきた虎太郎が照れくさそうに礼を述べる。

 それに対し、緋乃は不満そうに唇を尖らせて文句を言う。

 

「ガキじゃない。わたしには緋乃って名前が──」

「メンドくせーなァ。あー悪かった、助かったぜ緋乃」

「ん。どういたしまして」

 

 頬を染め、人差し指でポリポリと掻きながら緋乃へと改めて礼を言うその姿を見て、怖そうな見た目に反して意外と優しいのかも──と内心で虎太郎の評価を上方修正する緋乃。そして、そんな虎太郎を嫉妬の籠ったような目線で睨む理奈。

 そんな三人に対し、パチパチと拍手をしながら犬飼が話しかけてきた。

 

「いやぁー、即席チームにしてはやるじゃねえか。すっかり忘れてたが、ちっこい嬢ちゃんはギフテッドだったなそういや。とてもじゃねえがCランクの念動力(サイコキネシス)には見えねえが……まあいい。どっちにしろ俺とコイツの敵じゃねえ」

 

 手近にあったケルベロスの頭の一つを撫でながら、ふんぞり返る犬飼。

 随分と機嫌の良さそうなその姿を見て、今なら何か情報を引き出せるかもと思った緋乃が声を上げた。

 

「異世界のモンスター……だっけ? 魔法ってそんなこともできるの? 異世界からモンスターを呼び出すなんて……」

「ククク、まさか。俺たち人間じゃどんなに魔法を極めたとこでそんな大それたことは出来ねえよ。これはな、俺たちの偉大なる主──次元の悪魔とも呼ばれるあのお方から、俺たちのご先祖様が授かったんだ」

「次元の悪魔?」

 

 緋乃の読み通り、機嫌の良い犬飼は得意げな表情でケルベロスの出所とそれをもたらした者の名を語ってくれた。

 内心でガッツポーズをしながら、さらに情報を引き出そうとする緋乃。しかし……。

 

「へっ。それを知る必要はねえ。話すと長くなるから面倒くせえし……ここで死ぬお前らに教えたところでなぁ! 殺れ!」

「来るよっ! それぇ!」

 

 犬飼は話を打ち切り、ケルベロスへと指示を下す。主の指示に従い、その巨体に見合わぬスピードで駆けるケルベロス。

 それに対し、理奈が鋭く尖った氷の塊を大量に撃ち込むが──。

 

「うそっ、無傷!?」

「たりめーだぁ! こいつはなぁ、日常的に魔法でドンパチやってる世界からやってきたんだぜ!? そんなしょっぺえ魔法なんて効くか! 死ねェ!」

 

 理奈の攻撃魔法はその黒い毛皮に弾かれ、ケルベロスに何のダメージも与えることが出来なかった。驚愕に目を見開き、隙を晒した理奈へと飛び掛かってくるケルベロス。その三つの口が大きく開き、中に生える鋭い牙が理奈へと襲い掛かる──。

 

「ひっ──!」

「──させないっ!」

『GYAN!?』

 

 ──その直前。理奈の前に割り込んできた緋乃が、その脚を振り上げてケルベロスの顔面を蹴り上げる。そして蹴りと同時に発動された重力操作により、その重量を半減されたケルベロスの巨体が宙を舞い──。

 

「せやあぁぁぁ!」

『──!?』

 

 重力操作が解除されたことにより、本来の重力に引かれて落ちてきたケルベロスの胴体へと向けて突き上げられる緋乃の足。

 上空の相手めがけて放たれたその蹴りはケルベロスの胴体へと突き刺さり──更にその巨体を磔にして固定する。

 まるで、地面に突き刺さる杭に向けて腹から落ちたかのようなその状態。その圧倒的なダメージから、声にならない悲鳴を上げるケルベロス。

 

「し、ねえぇぇぇぇ──!」

「させるかよぉ!」

「それはこっちの台詞だぜェ!」

 

 その状態から、トドメとばかりに自身の発揮できる最大火力──気の爆撃を叩き込まんと、ケルベロスを持ち上げる足裏に向けて文字通り全力全開の気を流し込む緋乃。

 渾身の叫びを上げる緋乃に対し、流石にこれは不味いとでも思ったのか犬飼が妨害の為に攻撃を仕掛けようとするが──それは横から飛び出してきた虎太郎によって阻止された。

 

「クソ、邪魔すんなやクソガキィ!」

「邪魔すんに決まってんだろォ! 決めてやれやァ、緋乃ー!」

 

 片や魔力で、片や気で。強化された肉体から繰り出される拳がぶつかり合い火花を散らす。

 犬飼がその動きを封じられた事で、もはや緋乃の行動を止めるものは何もなく──。

 

「やったぁ、勝った!」

 

 喜びの声を上げつつ、緋乃の必殺技へと巻き込まれないように距離を取る理奈の前で。

 白い閃光が全てを飲み込んだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、この爆発は──あの娘のっ!?」

「これは緋乃の──ふふっ、向こうは決着ついたみたいね、オバサン!」

 

 緋乃の引き起こした巨大な爆発による閃光と衝撃は、緋乃たちから離れた地点にて激しい戦いを繰り広げる明乃たちの元にも伝わってきた。

 バジリスクの噛みつきを交わした明乃は、バックステップで距離を取りながらその主たる蛇沢を煽る言葉を放つ。

 

「ふっ、それはどうかしら? ──っていうか誰がおばさんよ! この美しい姿を見てよくそんなことが言えるわね!」

「美しい……?」

「美しいでしょうが! 何首を傾げてるのよ可愛くないわね!」

 

 明乃のおばさん発言が相当気に食わなかったのか、顔を真っ赤にして怒りを露にする蛇沢。

 確かに顔立ちはキツめでこそあるものの、街を歩けば10人中10人が振り返るレベルの美女であることには間違いないのだが……。更にその上を行く存在を知っている明乃は余裕の笑みを崩さないまま蛇沢を煽り続けた。

 

「いやー、だって緋乃と比べたらね~。まあ確かに美人かもしれないけど? やっぱな~って」

「ぐっ! 痛いところついて来るわね……!」

「あれ意外。てっきり自分が世界で一番ってタイプだと思ってたのに」

 

 緋乃の名前を出した途端、悔しそうに唇を噛みながら己自身の敗北を認める蛇沢。

 あまりにも素直に敗北を認めるその姿を疑問に思った明乃が、思わずといった様子でそれを口にする。

 

「ふんっ、お生憎様ね。自分の客観視くらいは出来るわよ。流石にあの娘に勝てるだなんてほど思い上がっちゃいないわ! そらっ!」

「へー、緋乃の良さがわかるん……だっ! おっと!?」

 

 襲い掛かるバジリスクの尻尾を跳んで避けた明乃の元へ、蛇沢の放った巨大な火球が迫りくる。明乃はその火球に対し指鉄砲を向けると、念動力による衝撃波を放ってそれを打ち消す。

 だが明乃が火球に気を取られている間に、その着地の隙を狙わんと忍び寄ったバジリスクが大口を開けて飛び掛かり──。

 

「させん!」

「大地さんサンキュ!」

「うむ!」

 

 横合いから大地に殴りつけられて阻止された。

 

「ふう。蛇って動きが読みづらくてやりにくいわね……」

「同感だ。まあ、そこまで硬くないからダメージが通りやすいことだけは救いか」

 

 互いの距離が開いたことにより、一息つく明乃と大地。

 相手である蛇沢の方も、深呼吸を繰り返して魔法の連続使用で消耗した精神力を回復させているようだ。

 お互いの攻め手が一瞬だが止み、張り詰めた空気が少しだけ和らいだその瞬間──。

 

「隙ありィ!」

「──おごぉっ!? ぐ、このっ!」

 

 蛇沢の意識が自分から離れたほんの一瞬の隙をつき、明乃は蛇沢へとその両掌を向けると念動力を発動。

 明乃の赤い髪の毛が輝きを放つと同時に、その手を砲門として放たれた見えない衝撃波が蛇沢を襲い──その体を勢いよく吹き飛ばした。

 しかし、彼女の配下たるバジリスクが器用に尻尾を使い吹き飛ぶ蛇沢をキャッチ。その身体がスタジアム外壁へと叩きつけられることを阻止するのであった。

 

「ぐぅ、惜しい!」

「今のもダメか。さて、どうやって倒したものか……」

「……そうだ、いいこと思いついた。大地さん手伝ってくれる?」

「む? 別に構わんが何をすれば?」

「時間稼ぎ。あのオバサンは引き受けたから、なんとかして蛇の動きをちょっとだけ止めて──ほいさっ!」

「よくもやってくれたわね! 覚悟しなさい!」

 

 明乃と大地の作戦会議が終わる前に、お返しとばかりに放たれた蛇沢の攻撃魔法が二人を襲う。

 二人は地面から飛び出してきた、先端の鋭く尖った岩を左右に跳んで回避。そのまま二人がかりでバジリスクへと向かい突進する。

 

「チッ、先にその子を片付けようってわけね。そうはいかないわ! ──火竜の息吹よッ!」

「うわっ、厄介な!」

 

 蛇沢は強力な遠距離攻撃手段を持つ明乃に向かいカードを掲げると、そこから勢いよく火炎を放つ。

 明乃は自身へ向けて放たれたその火炎放射を、自身の周囲に球状に展開した力場で防ぎ──。

 

「大地さんお願い!」

「任せろォ! ぬおおおぉぉぉ!」

『────!?』

 

 大地は自身目掛け振るわれるバジリスクの尻尾を、眼前でクロスした両腕で受け止めると、そのまま胴体に向けて連続で拳を放つ。

 それを受けたバジリスクは声にならない悲鳴を上げるが、素早く体を引き戻すと大地目掛けて噛みつきを仕掛け──。

 

「それは──もう見た! うおりゃああああぁぁ!」

 

 大地はその噛みつきを跳んでかわすと両手を組み、そのまま下降する勢いを利用した一撃をバジリスクの顔面目掛けて叩き込む。

 

「大地さんナイス! よし、いくわよ……」

「くっ、なんでこんな半裸の男なんかにウチの子が! 納得いかないわ!」

「うおぉっとぉ! 熱っ! 熱っ!? ふんぬうう!?」

 

 大地の渾身の一撃を顔面に受け、その痛みからのたうち回るバジリスクを見て蛇沢が愚痴を漏らす。

 可愛い配下を痛めつけてくれたことへの礼とばかりに、ドレスのポケットから取り出したカードから大量の火球を生み出しては大地目掛け発射する蛇沢。

 しかし大地は器用に体を捻り、火球の隙間を潜り抜ける。そうして、蛇沢が明乃から意識を離した隙に──。

 

「いよっしゃあ、準備完了! 完璧な時間稼ぎよ大地さん!」

 

 大声を上げた明乃へと蛇沢と大地の目線が向かう。するとそこには両腕を天に向かって掲げた明乃と──その頭上に浮遊する、恐らくはスタジアムの天井から拝借したのであろう大量の鉄骨や鉄柱が。

 

「なっ、なにそれ!? ちょっと待ちなさい! 待って!?」

「おお、これは……!? いいぞ明乃君、やってしまえ!」

 

 それを目にした蛇沢は明乃の狙いを速攻で理解し、大慌てでそれを止めさせようと言葉を口にする。

 だがしかし、敵にやめろと言われてやめる人間などいるわけがない。明乃はニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべ──。

 

「待たないに決まってんでしょーが! いっけー!」

「やめてええええ!?」

 

 悲鳴を上げる蛇沢の前で、バジリスクへと大量の鉄柱が降り注ぐ。その衝撃に地面が揺れ、土埃が舞い上がる。

 そうして、全ての鉄柱がバジリスクへと叩き込まれてからおよそ十数秒後。

 その場にいた三人が見守る中、土埃が晴れた中から姿を現したのは……その全身を串刺しにされ、絶命したバジリスクの姿だった。

 

「いよっしゃああ、討伐完了! これでさっきの緋乃の分と合わせて2-0、あたしたちの完全勝利ィ!」

「痛つつ……。やれやれ、意外と何とかなるもんだな……。最初は無理かと思ってたが……」

「あ、あああ……。そんな……」

 

 それを目にし、笑顔で拳をぶつけ合い勝利の喜びを分かち合う明乃と大地。

 一方、バジリスクの死体に駆け寄った蛇沢は涙を流しながら、物言わぬ躯と化したその頭を撫でていた。

 

「ゆ、許さない……。よくもアタシの可愛いペットを……!」

「うーん、そう言われてもねぇ……。こっちだって命かかってるわけだし……」

 

 涙を流しながら明乃を睨む蛇沢。それに対し、ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる明乃。

 横からその二人を見ていた大地は、蛇沢が明乃からは見えないよう、こっそりと魔法の込められたカードを手に取ったのを見て──。

 

「むっ! 貴様何を──!」

「とっておきよ──これでも食らいなさいっ!」

 

 目も眩むようなピンク色の閃光が、明乃と大地の二人を包み込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一話 幸せな世界

「あれ、ここは……? あたし、今まで何を……?」

 

 いつの間にか、見慣れぬ部屋の中央に立っていた明乃。

 周囲を見回せば、ここはどうやらマンションのリビングであるらしく、背後にはキッチンが。

 そして正面には大きな窓とベランダがあり、窓からは外の景色が覗いていた。

 

「それにスーツ……? あたしこんな服持ってたかしら……?」

 

 いつの間にやら自身の身を包んでいた黒いスーツを引っ張り、疑問の声を漏らす明乃。

 今まで自分が何をやっていたのか、自分がなぜここにいるのか。それらを全く思い出せず混乱する明乃の元に、ガチャリとドアの開く音が届いた。

 

「あれ、帰ってたんだ。もう……帰ってくるなら連絡してって言ったのに……」

「緋乃……? あれ? 緋乃……だよね?」

「ん、そうだけど……? 急にどうしたの? もしかして顔に何か……ついてないよね、うん。よかった」

 

 明乃が音のする方向へと振り返ってみれば、そこに見えるのは毎日のように見てきた緋乃の顔。

 スーパーの買い物袋を手に、茶色いスウェットと白いロングスカートを身に着けたその姿は相変わらず可愛らしく、どこに出しても恥ずかしくの無い自慢の()だ。

 

(ん……? 妻……?)

 

 自分のその思考に一瞬の疑問を抱く明乃であったが、買い物袋を机に置いた緋乃が抱き着いて来たことでその思考は強制的に打ち切られた。

 

「えへへ……お帰り、()()()

 

 嬉しそうにはにかみながらキスをしてくる緋乃の姿を見て、明乃の脳内にこれまでの記憶が一気に蘇る。

 緋乃と共に過ごした中学に高校。大学に進学したところで緋乃に告白して、自分も好きだったと涙と共に受け入れられた記憶。

 それから必死にバイトと就職活動を頑張って、友人達に祝福されながら挙げた結婚式。

 勉強を頑張ってきた結果、無事にそこそこの収入と定時に帰れることを両立したホワイト企業へと就職でき、緋乃を養いながらイチャイチャする幸せな毎日。

 

(ああ、そうだ。そうだった……。なんで忘れてたんだろ……。なんで、()()()()()()()ことを忘れてたんだろ……)

 

 これまでの記憶を取り戻した明乃は、中学時代から全く姿の変わらぬ、相変わらず小さいままの緋乃を抱きしめ返すと返事を返す。

 

「ただいま、緋乃」

 

 

 

 

「もうすぐできるから待っててね~」

「おっけー」

 

 部屋着に着替えた明乃は、キッチンで料理をする最愛の妻の姿をソファに寝転がりながら眺めていた。

 パタパタとその小さな体でキッチンを歩き回るその姿はいつ見ても愛らしく、思わず襲い掛かりたくなってしまうのだが、我慢我慢と自分に言い聞かせて明乃はTVの電源を入れる。

 

『はい、ここで味見をして、塩気が足りないようならもう一つまみほど──』

 

 明乃は情報番組の料理コーナーをぼーっと眺めながら、緋乃の作る料理について思いを馳せる。

 

(付き合った当初は本当にダメダメだったのに、よくぞここまで上達してくれたものよねぇ。……いや、()()()()()()()()()()んだから下手で当然っていうか、仕方のないことなんだけどさ)

 

 非常に残念なことではあるが、緋乃の味覚と嗅覚は幼い頃から完全に機能していなかったのだ。

 進んだ科学技術でも緋乃のそれらの感覚を治すことはできず、結果として緋乃は食事という行為が大嫌いになってしまった過去を持つ。

 食事は10秒飯こと栄養補給ゼリーやカロリーバーにサプリメントで適当に済ませ、レストランや食堂など大勢の人間が美味しそうに食事をする場には決して近寄らない。

 仕方なくそれらの施設の前を通らざるを得ない状況になっても、悲しそうに目を逸らしてできるだけ視界から外そうとする。

 そんな緋乃が自分の為だけに料理の腕を磨いてくれて、今ではレストランにも負けない程の美味しい料理を作ってくれるのだ。

 運命を共にする夫として、これほど嬉しいものはないと緩む頬を抑えながら明乃は緋乃が料理を作り終えるのを待ち、そして──。

 

「ごちそうさま。美味しかったわよ、緋乃。こんなに可愛くて料理上手なお嫁さんを持てて、あたしは幸せだわ~」

「……もう、恥ずかしいよ。……でもありがとね。わたしも、あなたと結婚できてとても嬉しい……」

 

 食事を終えた明乃は、緋乃のその膝の上にごろんと寝転がりながら、その可愛らしい顔へと手を伸ばす。

 ゆっくりと頬を撫でらると、緋乃は気持ちよさそうに目を細めながら甘えた声を出す。明乃にとって──いや緋乃の反応を見る限り、緋乃にとっても至福のひと時に違いない。

 そのまま思う存分、明乃は緋乃との甘い時間を過ごし……。

 

 

 

 

「あっ……。ちょ、緋乃……! こんなところで……!」

「あなたが……、あなたが悪いんだよ……。誘惑ばかりして……!」

 

 いつの間にやら緋乃に押し倒されていた明乃が恥ずかしげに声を上げる。

 ズボンは足首あたりにまで下げられてまるで足枷のようになっており、トレーナーも大きくめくり上げられて明乃の豊満なバストが露になってしまっている。

 そして、服の下から姿を現した明乃の白い肌の上を緋乃の小さくて暖かい手が這い回り──。

 

「ふふっ……。いつもはわたしが責められてるからね……。お返し、だよ……!」

「あ、そこは──んぅっ!?」

「ふふふ……可愛い。可愛いよ、あなた……」

「せめて……、シャワー浴びてからに……! 仕事の後だから汗くさ──」

「んむっ……、ふふ、あなたの汗、しょっぱい……」

「──え?」

 

 頬を赤く染めた緋乃にいいように弄ばれ、喘ぎ声を上げる明乃。

 緋乃の責めはどんどんエスカレートしていき、明乃はその全身にじわりと汗を滲ませ──。

 その汗をぺろりと舐めとった緋乃がその感想を漏らした瞬間。明乃の思考は一気に冷めた。

 

「──ねえ、緋乃。やっぱりシャワー浴びてからでいいかしら?」

「え……? わたしはこのままでも……?」

「いや、だって今のあたし、かなり臭いもん……。ちょっと恥ずかしいよ……」

 

 先ほどまでとは別の意味で早鐘を打つ心臓。それを悟られないよう、照れた笑みを浮かべながら恥ずかし気にシャワーを要求する明乃。

 自分の勘違いであってくれと、もっと緋乃とイチャつきたいという願望を込めて放たれたその言葉に緋乃は──。

 

「ふふっ、そんなことないよ……。わたし、あなたの匂いは好きだから……。すんすん……。うん、いい匂い……」

「…………そう。()()()()なんだ」

 

 可愛らしい顔をぐりぐりと明乃の体に押し付けて、その体臭を嗅いだ緋乃は、はにかみながらもその感想を口にした。

 それを受け、明乃は長いため息を吐き──緋乃の偽物を、念動力で大きく吹き飛ばして天井に叩きつけた。

 

「──がぁ!? あなた、なに……を……。わたし、なにか……悪い事……?」

「うるさい、この偽物め。緋乃の顔で、緋乃の声で。それ以上喋るな」

「にせ……もの……? いったい……?」

 

 天井から落ちてきて床に叩きつけられた緋乃が、苦しそうに、悲しそうに声を上げる。

 そのぱっちりとした目に涙を浮かべながら、弱弱しく話しかけてくる緋乃を見て。思わず駆け寄って抱きしめてやりたくなる明乃だったが──。

 ぐっとその気持ちを堪え、冷たい言葉を吐き捨てる。

 

「もういいって。わかってるんだから。……あのさ、知らなかったみたいだから教えてあげるわ。本物の緋乃はね、味覚と嗅覚が死んでるの。そして、それを物凄くコンプレックスに思ってる……。だから、間違ってもしょっぱいなんて感想は口にしない。このにおいが好きだなんて感想は口にしないの」

「──ふ」

 

 冷たい顔をした明乃からの指摘を受けた緋乃は、その顔を俯かせてプルプルと震え──。

 

「ふふふ……。あははははははっ! あはははははは! ああそうか、そうだったのか! 残念! もう少しで堕とせてたのに! ほんっとーに残念!」

「ふん。あたしを騙そうだなんて百年早いのよっ! もうバレたんだからさっさとここから出しなさい!」

 

 腹を抱え、本当におかしそうにケラケラと笑う偽緋乃に対し啖呵を切る明乃。

 しかし、その強気な顔とは裏腹に。強がってはみたものの、このままここに閉じ込められたらどうしよう──と内心で不安を抱いていた。

 そんな明乃の内心を知ってか知らずか、偽緋乃は笑いすぎたあまり流れてきた涙を拭いながら、明乃にとって嬉しい事実を告げる。

 

「ああ、それは大丈夫。わたしを見破った時点で、もうこの世界は終わりだから。──ほら、端っこから崩れてきてるでしょ? もうすぐ起きられるよ。よかったね」

「あ、そうなの。じゃあボコボコにするのだけは勘弁してあげるわ」

「わーい、たすかったー。わーいわーい」

 

 棒読みの台詞と共に、やる気のなさそうな適当なバンザイを繰り返す偽緋乃。

 それを見て、明乃は再び大きなため息を吐くと。

 

「じゃあね。まあ、結構楽しかったわよ? 催眠だとか精神操作とか、そんな物騒なもんじゃなくて、普通に見る夢としてなら大歓迎だったのに」

 

 明乃からの慰めの言葉を受けた偽緋乃は一瞬だけきょとんとした顔を浮かべたが、それはすぐにニヤニヤとした笑みに変わった。

 

「ああ、やっぱりそっちの趣味あったんだ~。まあ欲望を反映するわたしがこの姿になった時点で察してたけど? にしても、いくら可愛いからって幼馴染の女の子相手に欲情するとかちょっとド変態過ぎない~?」

「む、ぐぐぐぐぐ……。あーはいはい、もうそれでいいわよそれで! 明乃ちゃんは幼馴染の緋乃のことが大大大好きでーす! ……これで満足!?」

「うん、満足! やっぱり人間、素直が一番だよね!」

 

 厭らしい笑みを浮かべたままからかいの言葉を口にする偽緋乃に対し、明乃は不貞腐れたような返事をするが、それは偽緋乃に軽くあしらわれてしまう。

 二人が語り合っているその間も世界の崩壊はどんどん進んでいき、もはやこの世界も明乃と偽緋乃の周囲を僅かに残すのみだ。

 

「むー」

「うふふっ、それじゃあね。起きたら起きたで大変だろうけど、頑張ってね~」

 

 不満げに口を尖らせる明乃に対し、偽緋乃は笑顔で手を振りながら別れの挨拶を述べ──。

 

 

 

 

 

 

「はー……。御免なさいね。アタシがもっと強かったら……。美容や策謀なんかに明け暮れてないで、鷹野爺様や犬飼みたいに体を鍛えていれば……」

 

 倒れ伏す明乃と大地の前で、バジリスクの死体を撫でながら後悔の言葉を口にする蛇沢。

 しかしバジリスクの死体へと注目している蛇沢は気付いた様子を見せないが、意識を失っているはずの明乃の指がピクピクと何度か動き──その次の瞬間。

 

「どっせええええいぃ!」

 

 がばりと勢いよく空き上がった明乃が、そのまま蛇沢に対し念動力を行使した。完全に油断していた蛇沢は突然放たれたその攻撃に対応できず。

 

「え!? まさ──キャアアアァァァ!?」

「いよっしゃー! 今度こそあたしの勝ちィ!」

 

 明乃の念動力砲をまともに食らい、大きく吹き飛ばされた後に気を失う蛇沢。

 蛇沢が意識を失ったことを確認した明乃は、今度こそ勝利の雄叫びを上げるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十二話 超必殺技

「よし、これでケルベロスは撃破! あとは明乃ちゃんの援護に──え?」

 

 時間は少し戻り、緋乃がケルベロスへと気の爆撃を叩き込んだその直後。

 緋乃の必殺技がケルベロスに炸裂したのを見て、勝利を確信したかのような笑みを浮かべながら煙が晴れるのを待機する理奈。

 しかし煙が少しずつ晴れていくのにつれ、理奈の顔から笑顔が消え、まるで信じられないものを見たかのような驚愕の表情へと変わっていく。

 

「──う、嘘。なんで……」

「うん? ──お、オイオイ!? マジかよ……!?」

 

 呆然とした様子で呟かれる理奈の声を聞きとめたのだろう。

 犬飼と激しい格闘戦を繰り広げる虎太郎が、打ち合いの隙をついて爆発の発生源へと目をやり──理奈と同様に驚愕の声を上げた。

 そう。煙が晴れたとき、そこに立っているのは緋乃ではなく──。

 

「う……ぁ……」

「ひ、緋乃ちゃん!? 緋乃ちゃんしっかり!」

「無傷だと……!?」

 

 血を流しながらケルベロスの大きな口に咥えられ、その右腕が曲がってはいけない方向へと曲がってしまっている緋乃の姿と。全身が煤けてはいるものの、特にこれといったダメージの無いケルベロスの姿だった。

 

「おっとぉ! 隙ありだぜ!」

「しまっ──がああああっ!?」

「虎太郎さん!?」

 

 予想外の光景を見て、思わず固まってしまったのだろう。

 格闘戦の際中だというのに、その動きを止めて大きな隙を晒してしまった虎太郎。そして、その隙を見逃してくれるほど犬飼は甘い敵ではなかった。

 虎太郎の顔面へと拳を叩き込むと、そのまま腹に膝蹴りを加える。更に、胃液を吐き出しながら苦しむ虎太郎へと追撃の上段回し蹴りを叩き込み──。

 まるで交通事故にでもあったかのように、虎太郎は吹き飛ばされた。

 

「へっ、何を驚いていやがる水城のガキが。てめえ人の話聞いてなかったな? 俺言ったよな? アイツは魔法に対して高い耐性を持つって……」

「……ッ! そうだ、魔力も気も似たようなものだから──」

「そういうこった。あの嬢ちゃんの必殺技──気を用いた爆破技はアイツにゃあ効かねえ。残念だったなぁ!」

 

 ケルベロスが大してダメージを受けていなかった理由を得意げに明かされ、悔しそうに唇を噛む理奈。

 そんな理奈に対し、圧倒的優位な状況に立った犬飼はゆっくりと歩み寄り──。

 

「……さて、じゃあお別れの時間だ。まあ安心していいぜ? お前が懸想してるあのガキも、儀式の贄に使われてすぐそっちに行くことになっからよ……」

「ぐっ……! そんな事……!」

 

 近寄ってくる犬飼の姿に怯えた様子を見せながらも、気丈にそれを睨みつける理奈。

 この状況をひっくり返さんとポケットからカードを取り出そうとする理奈であったが、しかし理奈がカードを取り出すよりも早く犬飼がその距離を詰め──。

 

「じゃあな……! ──おごぁ!?」

「えっ──!?」

 

 理奈を殴り倒さんとその腕を振り上げた瞬間。突如として現れた人影が犬飼を吹き飛ばした。

 

「無事か、理奈!」

「お、お父さん!?」

「テメェ……水城樹!? クソ、邪魔すんじゃねえ!」

「ぐっ……! それはこちらの台詞だ!」

 

 その人影──自身の父である樹を見て、驚きの声を上げる理奈。

 突然現れた樹に妨害されたことで怒りを露にした犬飼がその顔を殴りつけるが、樹はそれに耐えるとお返しとばかりに殴り返す。

 

「チィ……! この野郎……!」

「こう見えても鍛えている方でね……! 魔法はともかく、殴り合いなら負けはせん! ──理奈、今のうちに!」

「──うん! 癒しの光よっ!」

 

 樹に促され、我に返った理奈が緋乃へと指輪を経由して治癒魔法をかける。

 緋乃の身体が優しい緑色の光に包まれたかと思うと、その身を苛む怪我を消し去り──。

 

「!? 離せ、このぉ!」

『────!?』

 

 意識を取り戻した緋乃がケルベロスの目へと貫き手を放ち、眼球という弱点を突かれたケルベロスが悲鳴を上げる。

 緋乃は自身へと噛みつく力が弱まったその隙をついてケルベロスの口から脱出し──理奈の横へと飛びずさり並び立つ。

 

「クソが! ──ぐっ!?」

 

 その一連の流れを見ていることしか出来なかった犬飼が悪態をつくが、その直後に樹の蹴りが叩き込まれて大きく吹き飛ばされた。

 

「ヤツは任せろ! 君たちはあの魔物を頼む!」

「任せて! お父さんこそ負けないで!」

「任された……!」

 

 緋乃と理奈に声をかけた樹は、二人の返事を聞くと満足気に頷き、吹き飛んで行った犬飼を追いかけるかのように跳躍。

 そのまま緋乃たちより少しばかり離れた地点にて、犬飼と格闘戦を行い始めた。

 

「緋乃ちゃん動かないで。もう二枚くらい使って怪我全部直すから」

「ありがとう、助かる」

 

 唸り声を上げつつこちらを睨んだまま動かないケルベロスを見て、治療のチャンスだと言わんばかりに理奈は先ほど使った治癒魔法の込められたカードを取り出す。

 そうして全ての怪我を癒して貰った緋乃が、ケルベロスへと挑発的な笑みを向けつつ理奈へと礼を言う。

 

「緋乃ちゃん。あいつは気の通りが悪いから、打撃技でなんとかして欲しいんだけど……」

「ん、痛い目見たばかりだからわかってる。でも困った、流石にあの巨体を殴り殺すのはちょっと手間。なんか回復速度やけに速いし……」

「うん……。多分、空気中の魔力を吸って自己再生してるんだと思う。一気に仕留めないとジリ貧だね……。でも私の魔法も通りが悪いし、どうしたものか……」

 

 既に何度も緋乃が蹴りを叩き込んでいるというのに、ケルベロスは倒れるどころか動きが鈍る様子すら見せない。

 それを見て、理奈がそのカラクリに──即ち、再生能力(リジェネ)持ちだと──目星を付け、一息で倒すことを提案する。

 

 しかし、蛇のような柔らかい生物ならともかく、全身が毛皮と筋肉で保護されたケルベロスを短時間で始末するのはかなりの手間だ。

 これといった有効手段が思いつかず、困ったような顔を向け合う緋乃と理奈。

 そしてその瞬間。緋乃の目線が自分から外れたのをチャンスとでも思ったのか、ケルベロスが一気に二人目掛けて駆け出し──。

 

「はい残念。──そらっ!」

『GYANN!?』

 

 緋乃へと飛び掛かろうとしたその直前。緋乃の重力操作により、重力を反転させられたことで大きく体勢を崩したケルベロス。そして、緋乃はその横っ腹へと強烈な飛び蹴りを叩き込んでその巨体を吹き飛ばした。

 悲鳴を上げながら吹き飛び、地面を転がるケルベロス。

 その姿を見て、新たな必殺技を閃いた緋乃が理奈へと向かい声を上げる。

 

「理奈。もう一回私がダウンさせるから、拘束お願い。その隙に大技叩き込む……!」

「うん、わかった!」

「よし、じゃあ行くよ!」

 

 手短に作戦会議を終えた緋乃は、ケルベロス目掛けて一気に駆け出す。ケルベロスは自身へと向かい駆け寄る緋乃を見て一瞬怯えたような表情を浮かべるもの、その表情はすぐに怒りのそれへと切り替わる。

 

『GAAAAAAAAAA!!』

「甘いっ……!」

 

 一つ目の首から緋乃目掛けて勢いよく火を吐くケルベロス。緋乃はそれを跳んでかわすが、ケルベロスもそれに合わせて首を動かして二つ目の首から空中の緋乃目掛けて二発目の火を吐き──。

 

「無駄っ!」

 

 ケルベロスの放った火炎放射が直撃するその寸前。緋乃は重力操作を発動して自身の落下速度を大きく上げた。緋乃が地面へと罅を入れながら着地すると同時に、何もない空中を炎が駆ける。

 

「はああぁぁぁ!」

『──!?』

 

 着地した緋乃はそのまま素早くケルベロスへと接近。噛みつき攻撃をかわすと、その勢いのまま胴体側へと回り込み──その足裏を天空に向けて全力で突き上げる。

 緋乃の踵がケルベロスの胴体へとめり込み、ズンという衝撃が響くと共にその巨体が軽く宙へと浮く。その一撃がよほど効いたのか、血を吐き、のたうち回りながら苦しむケルベロス。

 

「今っ!」

「わかった! ──戒めの鎖よ!」

 

 理奈の魔力により編み出された鈍色の鎖が、ケルベロスを縛り上げてその動きを封じる。

 それを見た緋乃は、理奈へ礼を言う時間も惜しいとばかりに重力操作を発動。自身の周囲の重力を反転させ、大きく跳び上がる。

 膨大な気に物を言わせて強化した身体能力と重力操作の組み合わせは凄まじく、一息で雲よりも高く跳びあがった緋乃。

 そうして緋乃はそのまま空中にて、胡麻粒よりも小さくなったケルベロスを見下ろしながら──これから自身が行う攻撃について考えを巡らせる。

 

(このまま重力を倍加させて、私の身体を砲弾代わりにあの犬に着弾させる……!)

 

 重力操作を利用した、超高高度からの急降下踏みつけ攻撃。それこそが緋乃の思いついた、気を用いた技の通りが悪い相手に対する一撃必殺。

 問題は着弾までに時間がかかることだが、今回は大ダメージを与えてダウンを奪ったのに加えて理奈の拘束まであるのだ。絶対に上手く行くに違いないと緋乃は考えていた。

 

(落ち着け、落ち着いて狙って……うん、ここだ)

 

 思いついたばかりの技を、練習もなしに実戦投入しようというのだ。緋乃は早鐘を打つ心臓を抑えながら、慎重に狙いを定め──。

 

(そうだ、両足で踏むより片足で踏みつけた方が狙いも絞れるし威力も高くなるはず……。えっと、脚を上げて……よし。後は気を纏えば……むんっ!)

 

 緋乃はその右脚を大きく掲げ、右腕で抱え込む姿勢──俗に言うI字バランスの体勢を取ると、バリアを貼るかのようにその全身に気を纏う。体や服の凸凹による空気抵抗を無くすためだ。

 そして、準備を終えた緋乃は改めて重力操作の能力を発動。超高速での落下を開始した。

 

(うっ、怖い……! でもなんか気持ちいい……。これが……鳥の気持ち?)

 

 全身に気を纏うことで空気抵抗を大幅に軽減した上に、重力操作で重力を数倍に引き上げているのだ。

 緋乃の落下速度には凄まじいものがあり、見る見るうちに地面と、重力と魔法という二重の鎖で縛り付けられたケルベロスの姿が迫り──。

 

(見えた──! くらえっ!!)

 

 そのまま巨大な一本の杭となった緋乃はケルベロスへと着弾。

 直後、轟音と衝撃波がスタジアムの内部を駆け巡るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話 裏切り

 全日本新世代格闘家選手権。日本全国より集められた、若き格闘家たちの頂点を決める大会。その本戦会場となったスタジアム。

 その内部はまるで大きな爆弾でも爆発したかのように荒れ果てており、無残に瓦礫が転がっていた。

 

「むぅ……やりすぎた?」

 

 すり鉢状に大きくへこむスタジアム中央部。周囲を瓦礫に囲まれる中、困ったような表情をしながら首を傾げる緋乃。

 そんな緋乃の背後に、土埃でその全身を汚した明乃と理奈の二人がゆっくりと近寄ってきた。

 

「……緋乃。ちょっといいかしら?」

「緋乃ちゃん、お話があります」

 

 満面の笑みを浮かべながら近づいて来た二人の親友を見て、その顔を綻ばせる緋乃。

 親友たちを自分の新必殺技へと巻き込まなかったことに。親友たちを自分の不手際で殺さずに済んだことに。

 歓喜の笑みを浮かべながら、明乃と理奈へと駆け寄った緋乃は――。

 

「あっ、二人とも。無事でよか――」

「マジで死ぬかと思ったわこの馬鹿ー!!」

「――に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 明乃からそのこめかみを拳骨で締め上げられ――。

 

「周囲への影響とか! 少しは! 考えてよ馬鹿ぁ!?」

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!?」

 

 理奈からその頬を思い切り引き延ばされるのであった――。

 

 

 

「はーっ、はーっ……。酷い目に遭った……」

「それはこっちの台詞じゃい!」

「みんなが避難した後でほんっと―に良かった……!」

 

 緋乃の新必殺技が巻き起こした大破壊。明乃と理奈が念動力によるバリアや防御魔法を展開してくれたおかげで、かなり被害は抑えられたのだが……それでも大きすぎる被害を見て二人はため息を吐く。

 

「幸い、緋乃の技に巻き込まれて死んだ人はいなさそうね……」

「そういえば、虎太郎さんと大地さんは?」

 

「虎太郎さんは犬飼にやられて重傷で、大地さんは緋乃ちゃんの技に巻き込まれて足を怪我。二人とも気を使い果たしてたみたいだし、捕まえた蛇沢と一緒にお父さんが病院に連れて行ったよ。ちなみに犬飼は緋乃ちゃんの技のどさくさに紛れて逃げたってさ……」

「は、反省してます……。でもでも、まさかあんなに破壊力あるだなんて流石に予想――」

「言い訳?」

「――はい、ごめんなさい」

 

 ジロリと明乃から睨まれた緋乃は、その体を小さく縮めながら反省の意を示す。涙目になりながらしょぼくれるその姿を見て、明乃は深いため息を吐きながら小さく呟く。

 

「はぁ。ホント、なんでこんなのにあたしは……」

「明乃? どうかしたの? よく聞こえない」

「うわっ! 近いわよ緋乃!?」

「ほえ?」

 

 明乃の呟く言葉がよく聞こえなかったので、その顔を近づけながら何を言っていたのかを聞き返す緋乃。

 しかし、明乃は距離を詰めてきた緋乃の顔を見るとその頬を染めて逆に離れて行ってしまった。

 このくらいの距離なら普段から取っているのに、何が近いんだろうと首を傾げる緋乃。そんな二人を見て、複雑そうな顔をする理奈であった。

 

 

「ふぉっふぉっふぉ。随分派手に暴れてくれたのう……。活きが良くて結構結構。ふぉっふぉっふぉ……」

「やれやれ、このスタジアムの建設にも結構お金がかかっているんですがね……」

 

 スタジアムへ来ていた観客を避難させた上に、犬飼と蛇沢という二人の幹部クラスの人間を退けたことから気を緩めていた緋乃たち三人。

 その三人の前に、敵のリーダーともいえる存在――鷹野と、仮面をつけた男――鶴野が姿を現した。

 突然姿を現した敵の首魁と、その配下と思わしき男を見て緋乃たちは驚愕に目を見開き――素早く戦闘態勢を取る。

 

「まさかまだいたなんてね! あんたの部下二人はあたしたちがやっつけたわよ!」

「随分と大それたことをしてくれたね……! みんながスマホを持ってるこのネット社会で、あんなに大勢の前で魔法を公表するわ魔獣を呼び出すわ……。大混乱待ったなしだよ! なんてことしてくれるのさ!」

「理奈の敵はわたしの敵……。容赦はしない……!」

 

 三者三様の構えを取る緋乃たち。気合十分といった様子で自分たちに敵意を向ける少女たちを見て、鷹野が楽しそうに目を細める。

 

「混乱……? ククク……ああ、その心配はいらんぞ水城の娘。何故なら……もう間もなく、この世界は滅ぶのだからのう……。ふぉっふぉっふぉ……!」

「世界が滅ぶ……? 何言ってんのよこのクソジジイは……」

「明乃ちゃんの言う通りだよ。私たち程度にここまで苦戦してる癖に、世界を滅ぼすだなんて……」

 

 鷹野の言葉を聞いた明乃と理奈が、その言葉を馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。

 頭のそれほど良くない緋乃ではあるが、それでも目の前の老人がどれだけ荒唐無稽なことを口にしているかぐらいは分かる。

 鷹野に対し、白い目を向ける三人の少女たち。しかし、その目線を向けられた鷹野は余裕の表情を崩さず、ただ楽しげに笑っていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ……これだから無知な輩は……。いいだろう、ここまで戦ったご褒美だ。せっかくだから教えてやろうではないか……」

「へえ、そりゃありがたいわね。じゃあ教えてくださいなお爺さん。どうやってこの状態から世界を滅ぼすのかを……!」

 

 敵の首魁自らが自分たちの目的を明かしてくれるというのだ。緋乃たちにそれを止める理由などなく、奇襲などを警戒しつつもその拳を下げて話を聞く姿勢を取る三人。

 それを見て、鷹野は満足そうに頷くとゆっくりと自分たちの計画について語り始めた。

 

「我々の目的。それは……その力の大半を失い、休眠状態にある偉大なる我らが主。ゲルセミウム様を復活させることよ……!」

「ゲルセミウム様ぁ?」

 

 鷹野より飛び出してきたその単語――恐らくは個人名であると思われるそれを繰り返す明乃。

 

「左様。世界そのものを主食とする超越存在。我ら人間などでは足元にも及ばぬ、偉大なるお方。貴様らは知らんだろうがな、世界とは我々の生きるこの世界だけではなく、他にも大量に存在するのだ。そして、それらの世界は壁によって隔てられておる……」

「へー……」

 

 鷹野の説明を聞いた明乃が興味深そうに頷く。犬飼の発言より異世界が存在することを知っていた緋乃たち三人ではあるが、鷹野がより詳しく説明してくれたことでようやくその仕組みが理解できたのだ。

 

「そして。我らが主は、この壁を消し去ることが出来るのだ。似たような世界同士なら別に混ざったところで大して影響はないが……相反する属性を持つ世界同士を混ぜ合わせると……」

「滅ぶ……って事?」

「ほっほっほ……。飲みこみが早くて助かるわい。その通りよ……。そうして相反する世界を混ぜ合わせ、世界法則が崩壊した事で吸収しやすくなったエネルギーを取り込むことで更に強く、更に偉大になるのよ。故に、ついた異名が『次元の悪魔』『世界の捕食者』!」

 

 予想以上の大事になってることを知った緋乃たち三人が息をのむ。そうしてそのまま黙りこくってしまう三人を見て、鷹野が得意げに笑う。

 

「くくく、言葉も出んか。世界が敵になる? それがどうしたというのだ。あのお方が復活すれば、この世界そのものが消えて無くなるというのに……! そして我々はあのお方を復活させた褒美として、その眷属になる栄誉と、好みの世界を下賜される! そうして永遠の命と絶大なる力を手に、世界の支配者として君臨するのだ! うははははは!」

 

 上機嫌に笑う鷹野。難しそうに顔をしかめる明乃と理奈。

 それらを見て、緋乃はそっと目を閉じて心の中で決意を固める。

 

「させない……」

「ふむ?」

「そんなことはさせない。わたしたちが絶対にさせない。わたしは魔法や儀式には詳しくないけど……今ここでお前たちを倒せば、それで解決するんでしょ?」

 

 緋乃が一歩前に出て、鷹野とその横に立つ鶴野を睨みつける。

 そして、啖呵を切る緋乃の姿を見て勇気づけられたのであろう。理奈と明乃の二人もそれに続いた。

 

「……そうだよ、緋乃ちゃんの言う通り! 裏にどんな大物が控えていようと、出させなければ何の問題もない!」

「そっちの仮面男はともかく、しょぼくれた爺さん一人くらい、あたしたちで何とかして見せるわ!」

「ほう……血気盛んなお嬢さん方だ。鷹野様、いかがいたしましょう? 私がまず――」

「よい、鶴野。下がっておれ……。犬飼や蛇沢程度を倒したくらいで調子に乗られても困るしの。儂が直々に相手をしてやろうじゃないか……」

 

 話が終わったということで、改めて構えを取る緋乃たち三人。

 それを見て、鷹野の横に控えていた鶴野が一歩前に出ようとするが――鷹野は腕を伸ばしてそれを制止。自ら相手することを告げた。

 

「へぇ、爺さん闘えるの? 大人しくその護衛の人に任せといた方がいいんじゃない? 腰とかやっっちゃっても知らないわよ?」

「ぬかせ、この小娘が。年季と格の違いというものをたっぷりと教えてやるわい……」

「言ってくれるねこの爺さん。……私たちは負けない! 勝ってこの世界を――みんなを守るっ!」

 

 ニヤリと笑いながら明乃の軽口を受け流す鷹野。それを受けて今度は理奈が啖呵を切る。

 その場にいる全員の間に、戦闘前特有の緊張感が走り――。

 

「よかろう。では見せてやろう……あのお方より賜りし最強の魔獣を! 人間では決して抗えぬ、究極の暴力というものを! 来たれ、我が僕たる大空の主よ! この小娘どもにその力――ぐふっ!?」

 

 鷹野がその右腕を大きく掲げ、自身の従える最強の魔物を呼び出そうとしたその瞬間。

 全員の注意が鷹野へと向かったその瞬間に、鶴野が動いた。

 戦闘に巻き込まれないよう下がるふりをして鷹野の背後へと回った鶴野が、隠し持っていた短刀でその背を突いたのだ。

 

「この瞬間を……待っていた!」

「ぐうぅ!? 鶴野、貴様――!?」

「えっ!?」

 

 目の前で突然始まった仲間割れ。それを目撃した緋乃たち三人から驚きの声が漏れた。

 敵のボスの取り巻き兼護衛役と思っていた男が、突如自分の主を刺したのだ。驚くのも当然であろう。

 急変する事態を前に、目を丸くする三人。そんな三人を無視して事態は進んでいく。

 

「確かにアンタは凄腕だが、それでも大物を呼び出す際中は完全な無防備になるからな……!」

「鶴野、貴様……貴様ァ――」

「流石に空飛ぶ魔物なんて呼ばれちゃ俺たちやそこのお嬢さん方の手には余っちまう! ……世界をどうこうなんてさせるかよ、アンタはここで終わ――何っ!?」

「――なぁんちゃって」

 

 鶴野が鷹野に対しとどめを刺さんとしたその瞬間。

 鷹野はそれまで見せていた怒りを急にひっこめたかと思いきや、まるで悪戯が成功したかのような茶目っ気に満ちた声を出す。

 そうしてそのまま気合の声を上げると、鷹野の肉体が急激に膨れ上がり――。

 

「ぐっ、これは……!? ――ぐあっ!?」

「フン、貴様の正体に気付いてないとでも思ったか! 貴様の正体など最初からお見通しよ、この機構の犬めが! こんなオモチャでワシに傷をつけられると思うたか!」

「い、一体何が起こってるの……!?」

 

 上半身が裸の、筋骨隆々とした大男へと変貌した鷹野が背後にいた鶴野を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた鶴野は勢いよく吹き飛び、何度も地面をバウンドした後にその動きを止めた。

 そうしてそのまま、気を失いでもしたのか動かなくなった鶴野へと侮蔑の言葉を吐き捨てる鷹野。

 その一連の流れを見ていた理奈が、三人を代表するかのように困惑の声を上げた。

 

「ふぅ、いつ裏切るのかと思ってワクワクしてたが……こんなありふれたタイミングとはな。つまらん男じゃ。さあて、見苦しいところを見せて悪かったの。改めて続きと――」

 

 パンパンと手を払った鷹野が、改めてその腕を天に掲げた。

 鋭く細められたその目は緋乃たち三人をしっかりと捉えており、異能や魔法による不意打ちに対して最大限の警戒を払っている様子が見て取れる。

 そうして鷹野の右腕に魔力が集中したその瞬間。鷹野のその肉体を鈍色の鎖が縛り上げた。

 

「それだけは呼び出させん!」

「――ええい!? またか! ふざけるなぁ! こんな鎖など……!」

「お、お父さん!?」

 

 不意打ちのタイミングを窺っていたのであろう。魔法で鎖を生み出し、鷹野を縛り上げると同時に瓦礫の影に隠れていた樹が未だ発動中のカードを掲げながら姿を現した。

 

「今だ、理奈! やれぇー!」

「ぐぬぬぬぬっ!? やられてたまるものかぁ……! うおおおぉぉ――!」

「きゃああ!?」

「これは――攻撃じゃない、目くらまし!?」

 

 樹は娘の理奈に鷹野への攻撃を指示。理奈は突然の出来事に驚きつつも、それに答えようとする。

 しかし、理奈がポケットからカードを取り出すのとほぼ同時。自身の窮地を悟った鷹野が無詠唱魔法を放ち、自身の目の前の地面を爆発させた。

 爆発で土埃を巻き上げ、目くらましの煙幕とすると同時に自分を吹き飛ばすことで離脱する逃げの一手。

 

「ぐうぅ……! おのれ水城……! じゃが、これで奴らの手札はもうないはず……。今度こそ――」

 

 拘束状態で一斉攻撃されるという窮地を見事に脱出した鷹野は、己の巻き上げた土煙に紛れながら今度こそ己の切り札の召喚を行おうとその右腕を掲げる。

 そうして鷹野の右腕に魔力が集中し、ぼんやりと薄い光が宿ったその瞬間。

 

「――がっ!?」

「おっとぉ、油断大敵だぜ爺さん?」

「貴様、犬飼!? 何故お前が――!?」

 

 度重なる不測の事態に苛立ち、更に緋乃たちからの追撃を恐れて慌てていたがために周囲への警戒を怠っていた鷹野。

 その背後へといつの間にか忍び寄っていた男――樹との戦いの後に逃げたとされていた犬飼が、その胸に貫手を叩き込んだのだ。

 胸を貫かれ、口の端から血を漏らしながら困惑の叫びを上げる鷹野。

 

「見つけた! あそこ――え?」

「ま、また仲間割れ……?」

「一体どうなってんのよ……」

 

 鷹野の叫びを聞きつけた緋乃たち三人がそちらへと目を向ければ、視界に映るのは敵の親玉である鷹野がその配下である犬飼に胸を貫かれている姿。

 先ほどから続く予想外の連続に、思わず困惑の声を漏らしてしまう緋乃たち。

 

「何故かって? へっ、いいぜ爺さん。教えてやるよ……。俺はな――ゲルセミウムとか言う野郎を復活させんのには反対だからだよ」

「馬鹿なッ――何故!? 貴様、永遠の命が欲しくないのか!? 絶大な力が欲しくないのか!? 世界の支配者として君臨したくはないのか!?」

 

 犬飼の返事を聞いた鷹野が、思わずといった様子で疑問の叫びを口にする。

 鷹野のその叫びを聞いた犬飼は、その顔を呆れに歪めながら何故反対なのか、その理由を口にした。

 

「いやあ、俺だってそれは欲しいさ。世界の頂点にだって立ちてぇ。でもよぉ……俺が支配してえのは、俺が君臨してえのは……『この世界』なんだよ」

「なっ……なんじゃと……?」

「俺は、生まれ育ったこの世界で全てを跪かせてえ。いけ好かない世界中の権力者をボコボコにして、全ての富を手に入れてえ。世界中の芸術品を俺のものにして、俺専用の博物館を作りてえ。この地球という星の歴史を全部手に入れてえ。……だからよ、異世界なんて貰っても嬉しくねえんだよな」

「うわぁ……強欲……」

「でもわかる。わたしもよくわかんない異世界なんかよりも、この星の支配者になりたいもん」

「まあ、確かにそう考えればわからなくも……?」

 

 大げさに手を振り回しながら、自分の野望について語る犬飼。

 その演説を聞いた緋乃たちが三者三様の反応を見せる中、鷹野の顔は怒りからか徐々に赤く染まっていく。

 

「貴様……そんな下らぬ理由で水城と組んで……このワシを……」

「俺、こう見えて郷土愛とか強いんだぜ? 流石に故郷が消えて無くなっちまうってのはなぁ〜。それに、樹先生がこっち側につけばそれなりにいい地位は保証してくれるって言うし? ちゃんと魔法遺物(アーティファクト)使って契約結んでくれるし、なんか色々と根回ししてお偉いさんの紹介状くれるし? こりゃもうこっち側につくしかねえだろって。へへへ、色々と世話にはなったが悪いな爺さん」

「うわぁ……お父さん……」

「うん、みんなを守るためにパパ頑張ったよ。褒めてもいいんだよ?」

 

 自らの与り知らぬところで暗躍していた父親へとドン引きの視線を向ける理奈。

 その視線の意味に気付いているのか、あえて気付かぬふりをしているのか。どちらかは不明だが、樹は誇らしげな笑みを浮かべつつ胸を張ってそれに答えていた。

 

「お、おの……! おのれえええぇぇぇぇぇ!!」

 

 出血多量でもはや立つこともままならなくなったのだろう。鷹野が膝をつき、ゆっくりと倒れていく。

 しかし、それでも土壇場で裏切ってくれた犬飼と、それを教唆した水城への怒りの方が痛みや朦朧感を上回ったのであろう。

 怒り狂う鷹野の叫びが、荒れ果てたスタジアムに木霊した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話 復活

「えっと……。とりあえずこれで終わり、なのかな?」

「う、うん。相手のリーダーは倒したし……多分これで終わりだと思う……よ?」

「なんか拍子抜けな気もしなくはないけど……とりあえず、みんな無事でよかったわね!」

 

 倒れ伏す鷹野と、ついでに気を失った鶴野へと応急処置を行う樹を見ながら、緋乃たち三人は話し合う。

 最初は困惑した様子の緋乃と理奈であったが、明乃の明るい声を聞いているうちに喜びの感情が上回ってきたのだろう。緋乃と理奈の顔からも笑顔がこぼれ出す。

 そんな三人を横目で眺めている犬飼の元へ、茶色いスーツを着た男──鼠野が頭から血を流し、片脚を引きずった状態で姿を現した。

 

「……ぐっ、犬飼。貴様──」

「ああ、そういえばまだ一匹残ってたな……。今頃何の用だよこのクソ雑魚が」

「雑魚、だと……?」

「ああ。真正面からろくに戦うこともできねえ腰抜けの雑魚共。俺たち戦闘班がいなきゃなんもできねえ能無し集団。てめーらの事だよ。まったく、情報収集なんて誰にでもできるカスみてえな仕事でハシャぎやがって……。弱っちい癖に態度ばかりデカくて本当に目障りだったなぁ」

「テ、メェ……」

 

 その顔に嘲笑を浮かべながら鼠野を煽る犬飼。

 二人の話し声が聞こえてきたことで緋乃たちも鼠野の存在に気付き、最後の敵幹部を拘束しようと動き出す──が、それを犬飼が制した。

 

「まあまあ落ち着けや嬢ちゃんたち。こいつはコソコソ隠れるしか能のねえ雑魚だから、ちょっとぐらいいいだろ? もうコイツらの悪巧みは終わったんだしな……」

「もう終わった……だと? ふ、ふふふふふ! ふはははははは!」

「ん、どうした頭でも打ったか? いやさっきお前をぶん殴ったの俺だったな! わはは、すまんすまん!」

 

 突然、気でも狂ったかのように笑い声を上げる鼠野。それを犬飼はただの発狂と捉えて更に鼠野を馬鹿にする言葉を吐くのだが──。

 

「ちげえよ馬鹿! お前は本当に馬鹿だな犬飼! もう終わった? 馬鹿が! まだ終わっちゃいねえよ! もうあのお方に捧げる分のエネルギーは溜まってんだぜ!? そこのチビがドカンドカンと盛大にやってくれたおかげでな──!」

「え、わたし? えっと、よくわからないけど……やっちゃった系?」

「違うからおろおろすんなや。ただの苦し紛れさ。復活ラインには結構ギリギリだが……まだ足りねえよ。足りてたら俺も樹サンももっと慌ててらあ」

 

 突然鼠野から名指しにされたことで、不安そうに理奈と明乃を見やる緋乃であったが犬飼がそれを否定。

 胸ポケットから出した煙草に火をつけ、のんびりと一服しながら緋乃を諭す。

 それを受けたことで、緋乃も落ち着きを取り戻した。

 しかし、犬飼のその指摘を受けても鼠野はその自信に満ちた表情を覆さない。

 それを見て、流石にこれは何かあるなということに気付いたのだろう。犬飼が鼠野へと動き出そうとするのだが──鼠野の動きの方がほんの僅かに速かった。

 

「ギリギリ足りない? いいや、逆だ。ギリギリ足りてるんだよ! ──こうすることでなァ!」

「てめェ……一体何を──なっ!? これは……! てめ、いつの間に!」

 

 鼠野が指を鳴らした瞬間。樹による応急処置が終わり寝かされていた鷹野と、鼠野自身の足元へ魔法陣が展開される。

 そうしてその魔法陣から発生した光の柱へと飲みこまれる二人。

 

「ヒャハハハ! 馬鹿が! なんでわざわざ俺がテメエ等の前に姿を表したと思う!? (こっち)に注目を集めるために決まってんだろ! まんまと引っかかりやがって、バーカ!」

 

 突然のことに慌てる犬飼と緋乃たちを目に、光の柱の中から愉快そうに口を開く鼠野。

 その鼠野の体をこれ見よがしに一匹の小さな鼠が駆け上がり、その肩へとちょこんと座る。それを見て、犬飼が呻き声を上げた。

 

「そうか、使い魔に術式を仕込んで……!」

「そういうこった! 鷹野のジジイと俺自身を贄に──あのお方は復活する! 褒美を貰えねえのは残念だが……まあ、ここで捕まって全てを失うよりかはよっぽどマシだ! てめえらも道連れにしてやんよ! 俺って実は寂しがり屋でねぇ!」

「やらせるとでも思って──グッ! 硬いなオイ!」

「せやぁ! ──むぅ……!」

「どいて二人とも! こんなもの! はああぁぁぁ! ──嘘、効いてない!?」

「イヒヒヒヒ! イーッヒッヒッヒッ!」

 

 

 大慌てで光の柱へと拳と脚を叩き込む犬飼と緋乃に、念動力を撃ち込む明乃。しかし、三人の攻撃を受けても光の柱はビクともしない。

 そのまま鼠野の高笑いが響き──中身ごと光の柱は消失した。

 

「……ねえ理奈。これ、不味いんじゃない?」

「や、やっぱりあのジジイはさっさと始末しておくべきだったー!? もうおしまいだよ緋乃ちゃん! せめて最後に──ぎゃん!?」

「ええい落ち着きなさいこの馬鹿! あれよ! ギリギリで復活ってことは、復活しても本調子じゃないはず! そこをみんなで叩けば──」

 

 大声で喚いた後、緋乃へと飛び掛かる理奈。しかし、それは割り込んできた明乃によって阻止された。

 そうしてそのまま明乃に諭されたことで冷静さを取り戻したのだろう。理奈の瞳に理性が戻り、覚悟を決めた様子で鼠野がいた地点へと向き直る。

 

「あー、悪いなあ。のんびりお喋りしてねえでさっさと潰すべきだったわ……。いやほんとスマン。マジ反省だわ」

「ホントだよこの戦犯! 大戦犯!」

「死んだら呪う」

「全部終わったら殴らせなさい」

「うーん、俺様の評価ボロボロ。悲しいねえ」

 

 流石にこの状況に対し申し訳ないとでも思ったのか、緋乃たちに向け謝罪の言葉を口にした犬飼。

 しかし、それに対する三人の反応は冷たく。理奈、緋乃、明乃の順で次々に怒りの言葉を貰うのであった。

 

「すまない、鷹野から目を離した私の落ち度だ……。理奈、それに緋乃君と明乃君も。本当に済まないと思うのだが、今一度だけ力を貸して欲しい。とりあえず、仲間たちに連絡は取ったが……はっきり言って、誰も彼も君たちの力量には遠く及ばない程度のレベルなんだ……」

「お父さん……」

 

 緋乃たちの前にやってきた樹が、頭を下げてこれから始まるであろう戦闘への協力を改めて依頼する。

 樹の言葉を信じるのならば、ここで自分たちが闘わないと大惨事になるらしい。それを聞いた緋乃は明乃と目を合わせて頷き合う。

 

「任せて! ここまで来たらもう、乗り掛かった舟ってやつよ! 最後まで手伝うわ! ねえ緋乃?」

「うん。さっきまで休憩してて回復したから、まだまだ気は残ってる。大丈夫、戦えるよ」

「明乃ちゃん……緋乃ちゃん……。ありがとう! 私も戦うよお父さん!」

「すまない……。本当にすまない……!」

 

 目頭を押さえ、申し訳なさそうに謝罪の言葉を吐く樹に対し笑顔で返す三人。

 そうして犬飼と樹に、緋乃たち三人を加えた五人が戦闘準備を整える目の前で──空間にピシリと罅が入った。

 

「来るぜ……覚悟はいいな嬢ちゃんたち!」

「これが終われば、ようやくこの騒動も終わりなんだよね……。ん! 頑張る!」

「そういえば……コイツ倒したら、国から報酬とか出ちゃったりするのかしら?」

「ふふ、上に掛け合ってみるよ。一般には知られていないが、妖魔やら悪霊の退治を専門にする部署があるからね……」

「私、ちょうど新しいパソコン欲しかったんだよね~。サクっとやっつけて、報酬で買っちゃおっと」

 

 明乃の軽口に対し律儀に答える樹。それに理奈が乗っかったことで5人の間に小さな笑いが走る。そうしてそれから間もなく──。

 

「来たッ!」

 

 空間に入った罅の量が次々と加速度的に増えていき……その最後に、空間が砕けてその中から漆黒の闇が覗く。

 そうしてその闇の中から姿を現したのは──。 

 

『フム。活動限界ギリギリと言ったところか……。使えないと唾棄すべきか、それともよくやったと褒めるべきか──貴様等はどう思う? 人間よ……』

 

 およそ、全長3m程だろうか。まるで人型の戦闘ロボットのようなスマートなフォルムをし、背中から翼のように6本のワイヤーを生やした──人型の異形だった。

 

「か、カッコいい……。これはちょっと、ときめいちゃうかも……!」

「し、しっかりして緋乃ちゃん!? 目を輝かせてる場合じゃないよ! あれ敵だからね!?」

「ああうん、緋乃ってああいうスタイリッシュな戦闘メカ好きだもんね──じゃなくて! あれが次元の悪魔……?」

 

 ゲルセミウムのその姿を見た後、確認を取るかのように犬飼へと目をやる明乃。

 しかし、主に緋乃のせいで緩い雰囲気を纏う三人の少女たちとは裏腹に大人二人の表情は非常に暗かった。

 

「ああ、そうだ。昔見させられたご先祖サマの記憶そのままだぜ……!」

「ぐぅ、なんというプレッシャー……。なるほど、これを見せられたから我が祖先は彼らを……!」

 

 額に汗を滲ませ、緊張した面持ちで次元の悪魔──ゲルセミウムを睨む犬飼と樹。

 一方、そんな人間たちの事情など知った事かとばかりにゲルセミウムは己の拳をその横一文字に赤く光る目で見つめていた。

 

『「壁」の破壊は不能……。大規模捕食が行えない以上、地道にエナジーを吸収するしかないか……。まあ贅沢の言える立場ではないか。復活できただけでも良しとしよう……』

 

 己の能力についてブツブツと独り言を呟いていたゲルセミウムは、ふとその顔を上げて自身の目の前に立つ5人の人間──その中でも特に緋乃へと目線を向けた。

 

『ホゥ……。人間にしてはなかなかの生命力だな、小娘。普段ならばお前のような美しい娘は愛玩動物(ペット)として飼ってやるのだが……運が悪かったな。その生命(いのち)──我に捧げるがいい』

「来るぞ! 備えろ!」

 

 ゲルセミウムの背から生える、先端に鋼色の(やじり)が付いた細いワイヤーが一斉に緋乃へと狙いを定めたかと思った次の瞬間。

 音を置き去りにして、それらのワイヤーが一斉に撃ち出された。

 

「──ッ!? てやああぁぁぁぁぁぁ!」

「うおおぉぉぉぉぉぉ!?」

「きゃああぁぁ!?」

 

 緋乃は必死にその場から飛び退くことで撃ち出された6本のワイヤーのうち4本の回避に成功。そのうち避けきれないと判断した残り2本に関しては拳で迎撃を図り──それ自体はなんとか成功した。緋乃の両拳を犠牲にして。

 

(痛い!? あんな手抜きの攻撃でこの威力だなんて!?)

「緋乃ちゃん!? その手──!? くっ……! 癒しの光よ!」

 

 緋乃の拳には深い傷跡が刻まれており、その痛みから緋乃は目に涙を滲ませる。

 怪我自体は理奈がすぐ直したのだが、メンバーの中で一番の防御力を誇る緋乃でも防ぎきれないその破壊力を目撃した全員に驚愕と緊張が走る。

 

「ちょ、ちょっと! 復活直後だから弱ってるなんて言ったの誰よ! めっちゃ強いじゃない!?」

「るせぇ! 本来なら世界ごと喰われて終わってたんだ! それに比べりゃまだマシだ……!」

「これは、不味いな……!」

『ほう、今のを防ぐか。人間にしてはやるではないか……。ふむ、興が乗った。少しだけ遊んでやろう……』

 

 攻撃の為に伸ばしたワイヤーを本来の長さへと戻しながら、ゲルセミウムは今の攻撃を防ぎ切った緋乃へと賞賛の言葉を贈る。

 そうして再びワイヤーを持ち上げ、先ほどと同様に緋乃へと狙いを定めようとしたその時。理奈が動いた。

 

「城塞の加護よ! 癒しの風よ! 鷹の目の加護よ! 光の祝福よ──! お父さんと犬飼さんはいても役に立たないから逃げて! 邪魔! 私と明乃ちゃんは下がって緋乃ちゃんの援護! いいね!?」

「これは!? ありがと理奈! これなら──!」

「っしゃあ! こうなったら覚悟決めたわ! 援護は任せろ!」

「待て理奈! いくらなんでもお前たちだけでは──!」

「うるさい! いいから逃げて! いても邪魔だってのがわからないの!?」

 

 防御力大幅強化に持続回復(リジェネ)。更に動体視力の強化に全能力強化。緋乃と明乃、そして自身へととにかく補助魔法をかけまくる理奈。

 補助魔法というのはかけたらそれで終わりというものではなく、解除するまで精神力を消費し続ける上に、その維持のために意識も割かねばならぬという非常に「重い」魔法である。

 それを三人もの人数に同時にこれだけの量をかけるというのは高い才能を持つ理奈にとってもかなりの負担であり、賭けにも等しい。

 もし途中で重い負担に耐え切れず補助魔法を維持できなくなれば、待っているのは全員の死なのだから。

 故に理奈は足手纏いと判断した大人二人に対し、必死で暴言にも等しい言葉を吐いてこれを逃がそうとするのだが──。

 

「クソが! ガキにそこまで言われて──そこまでさせといて逃げれるか! いくら最強の悪魔とはいえ、今は復活直後でガス欠寸前! 今なら俺たちにだって──」

「待ってオジサン!? うかつに突っ込んじゃ──」

 

 理奈の言葉を受け、逆に奮起した──奮起してしまった犬飼が、明乃の忠告を無視してその肉体を限界まで強化してゲルセミウムへと駆けだした。だが、しかし……。

 

「うおおおぉぉぉー! ──ガッ!?」

『フン。我も甘く見られたものだ……。人間風情が、身の程を弁えよ』

「お、おじさん!? おじさぁぁん!」

 

 ゲルセミウムは緋乃を狙っていたワイヤーのうち、4本の狙いを犬飼へと即座に変更。冷静にこれを迎撃した。

 雄たけびを上げながら突進していた犬飼は撃ち出されたワイヤーのうち2本を回避することには成功するものの、残りの2本は胴体と左脚に直撃。その身体を貫かれてしまうのであった。

 

「グウゥ……ちく、しょ……!」

『愚かだな。そこの魔法使いの小娘の言う通り、素直に逃げていればよかったものを……フン!』

「ぐあああぁぁぁぁ!?」

 

 ゲルセミウムは血反吐を吐き、地面へと倒れた犬飼を再度ワイヤーの先端に存在する鏃で突き刺す。するとその直後、犬飼の身体が光に包まれ──影も形も残さず、消滅してしまった。

 

『フム。エネルギー量も大したことがない……。質も微妙だ……。お前たち人間風に言えば、「不味い」と言った感じか?』

「そ、そんな……」

「う、嘘……。まさか……食ったっての……?」

「即死攻撃ってことだね……! これは厄介……!」

 

 突然の犬飼の死に衝撃を受ける理奈と明乃。

 その驚愕から立ち直れない二人をよそに、緋乃は敵の攻撃手段の一つを暴いてくれた戦友へと感謝の祈りを内心で捧げ──勢いよくゲルセミウムへ向かい突撃した。

 

(先端の鏃が刺さると不味い! 距離を離されたらあの突きの乱舞が始まるから駄目……! 接近戦でべったり張り付く!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話 最終決戦

「はああぁぁぁぁぁ!」

『ホウ……やるではないか!』

「まだまだぁ!」

 

 犬飼がその命を散らした直後。再びワイヤーによる刺突祭りが始まる前に、ゲルセミウムとの距離を一気に詰めた緋乃はそのまま接近戦を開始した。

 距離を離されないようその動きに細心の注意を払いながら、拳や脚や膝を連続で叩き込む。

 小柄な緋乃に接近されたことからか、ワイヤーによる攻撃を大きく制限されたゲルセミウムはその四肢を駆使して緋乃の攻撃を捌いていく。

 

「てりゃああぁぁぁ!」

『ヌゥン!』

 

 緋乃の拳がゲルセミウムの脇腹に突き刺さったかと思えば、逆にゲルセミウムの拳が緋乃の顔面へと突き刺さる。

 顔面を殴られた緋乃は負けじとゲルセミウムの顔面へと殴り返す──と見せかけ、ローキックで体勢を崩してからの膝蹴りを叩き込んだ。

 

『グッ、だが──!』

 

 ゲルセミウムはその膝蹴りで少し距離が開いたのを利用し、ワイヤーを緋乃の左右に展開。緋乃の斜め後ろから挟み込むように射出することで緋乃に前進を強要する。

 

『馬鹿め! これで終わりだ!』

「──それは、どうかな!?」

「何──!?」

 

 踏み込んできた緋乃をカウンターで沈めようという狙いなのだろう。ゲルセミウムがその右腕を大きく振りかぶる──が、ほんの一瞬。突如として重力が上向きに働いたことによりその体制を大きく崩す羽目となった。

 ここぞという時に撃ち込む為、あえて見せず温存しておいた重力操作の力を緋乃が解き放ったのだ。

 緋乃のその目論見は成功。緋乃に関する事前情報を持たぬゲルセミウムは当然、重力操作について何の警戒もしていなかったので反転する重力へ何の対応も出来ず──宙に浮き、間抜けに藻掻く羽目となった。

 そうして、無防備な姿を晒すゲルセミウムの顎を緋乃の左肘がかち上げ──。

 

「──う、お、おおおおおおぉぉぉぉ!」

『グウウゥゥ!?』

 

 続いて放った渾身のハイキックがゲルセミウムの胴体へと炸裂。その体に罅を入れ、大きく吹き飛ばした。

 

「はぁ……はぁ……! どうだっ!」

『グヌゥ……貴様、よくもこの我に傷を──!』

 

 連続攻撃の反動で息を切らしながらも勝ち誇る緋乃に対し、怒りを露にした様子のゲルセミウムがワイヤーを放たんと狙いを定めたその瞬間。

 

「やらせるかあああぁぁぁぁ!」

『グウゥ! 貴様ァー!』

 

 大きく跳び上がった明乃が上空から放った最大出力の念動力砲を全身に受け、スタジアムの硬い地面へとめり込むゲルセミウム。

 これまで緋乃にしか目を向けていなかったゲルセミウムは、予想外の妨害を受けたことでこれまで以上の激昂を見せる。

 そのまま上空の明乃と地上のゲルセミウムの間で力比べが始まり──。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ! 大人しくつ、ぶ、れ、ろー!」

『羽虫風情が……! 見逃してやっていれば──!』

 

 人外の面目躍如といったところだろうか。

 不意打ちを受けたことで最初は圧し潰されていたゲルセミウムであったが、そのパワーに物を言わせて徐々にその体勢を立て直していく。

 そうしてある程度崩れた姿勢を立て直したゲルセミウムは、無粋な乱入者──上空の明乃目掛けてその指先を向けた。

 

『消え去るがい──ガハァ!?』

「させないっ!」

 

 ゲルセミウムの指先へと赤い光が宿ったその瞬間。息を整え、戦闘前に理奈にかけて貰った持続回復魔法でダメージを回復させた緋乃がゲルセミウムの顔面目掛けて飛び蹴りを放った。

 再び意識の外からの攻撃を食らったゲルセミウムは大きく吹き飛ばされ、スタジアムの地面を何度もバウンドする。

 

『貴様らぁ──! よくもこの我をここまでコケに──!』

「うわ、めっちゃ怒ってる。怒らせすぎるのもヤバいんじゃ?」

「でも手加減なんかしたらこっちが死んじゃう。わたし死にたくないよ?」

『もういい、遊びは終わりだ! まずは──魔法使い! 貴様からだ!』

「理奈!? 不味い──!」

 

 まずは緋乃たちを強化している理奈を始末し、その後で弱体化──いや、本来の実力に戻った緋乃たちを始末しようというのだろう。

 ゲルセミウムは緋乃たちの邪魔にならないよう、距離を取るように逃げ回っていた理奈へとその両腕を向けた。

 

『消えて無くなれ……!』

「させるか! でりゃああぁぁ! ──嘘、効いてない!? 緋乃!」

「駄目! あいつ、ワイヤーを地面に撃ち込んでる! わたしの重力操作が効かない!」

 

 ゲルセミウムの両腕に目も眩むような赤い光が集まるのを見て、大慌てで明乃と緋乃がそれぞれのギフトを全力で発動する。

 しかし、明乃の念動力はゲルセミウムの発する膨大な魔力の壁に阻まれて届かず──緋乃の重力反転もゲルセミウムが地面へとワイヤーを撃ち込み、それをアンカーとして自身を固定していることで効果を発揮できなかった。

 

「そんな……! 理奈……!」

「……どうしよう、どうすれば!」

 

 飛び蹴りで派手に吹き飛ばして距離が大きく離れてしまった上に、ギフトで時間を無駄に使ってしまったのだ。今から駆けつけていてはゲルセミウムへの直接攻撃も理奈の救出も間に合わないだろう。

 補助魔法の維持に全力を注いでいる理奈にゲルセミウムの攻撃を防ぐ余力などないだろうし──補助魔法を解除すれば理奈は逃げられるだろうが、今度はスペックが大幅にダウンした明乃と緋乃の二人が死ぬ。

 いや、補助魔法を解除せずとも、理奈が死ねば結果的に補助魔法も解け、残る二人も死ぬ羽目になるのだ。

 限りなく詰みに近い状況を前に、緋乃の顔が絶望に染まり──そんな緋乃を見て、明乃が軽く笑った。

 

「明乃? 何笑って──!」

「ゴメンね緋乃。いろいろ考えたけど、あたしの頭じゃこれしか思いつかないわ」

「──え? 明乃?」

「理奈だけは意地でも守る。だから緋乃──あとは任せたわ。絶対に勝ちなさい! 約束だからね!」

 

 サムズアップをしながらニカっと笑い、緋乃に背を向ける明乃。

 まるで死地に向かうようなその明乃の姿を見て、緋乃が悲痛な叫びを上げる。

 

「明乃!?」

「そんな顔しなさんな! 大丈夫よ、理奈の補助魔法もあるんだし死にゃしないって! ただまあ、とてもじゃないけど戦う余力なんて残らないだろうから……」

「…………わかった。絶対に勝つ。だから明乃──絶対に死んじゃ駄目だよ」

「当然! あたしだってまだまだやりたいことあるんだから! ──それじゃあ、頼んだわよ! 奴の攻撃は意地でも防ぐから、緋乃は奴が力を出し尽くした隙を突きなさい!」

 

 力強い笑顔で必ず帰ってくることを約束した明乃を見て、緋乃も覚悟を決める。

 必ず勝つ。明乃の作戦通り、奴が撃ち終わった瞬間の無防備な状態をついて、全力で叩きのめす。

 そう決意した緋乃は呼吸を整え、消耗した気と精神力を少しでも回復させる体勢に入った。

 

『散々手こずらせてくれたが、これで終わりだ……! 貴様さえいなくなれば、あの小娘共は我の敵ではない……! さらば!』

「くっそぉ……。前衛無視して後衛を狙うなんて卑怯なぁ……!」

 

 誰に聞かせるわけでも無い独り言を呟きながら、ゲルセミウムがその腕に溜めた魔力を解き放つ。

 それは真紅の光線となり、理奈を飲み込まんと一気にスタジアム内部を駆け抜け──射線上に割り込んできた明乃へと直撃した。

 

『何だと!?』

「んっぎぎぎぎぎ……! だああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あ、明乃ちゃん!? ダメだよ逃げ──じゃない! 負けないで! 頑張って!」

『しまった! 威力を抑えすぎたか!』

 

 両腕を前に突き出し、そこに渾身の力場を発生させてゲルセミウムの魔力砲を防ぎ止める明乃。

 恐らくはゲルセミウムも明乃が割り込んできて受け止めるとは思っていなかったのだろう。思わずといった様子で驚愕の声を上げ──それを聞いた明乃がニヤリと笑う。

 

「へっ! 燃費とか気にしてっからこーなんのよ! 勝ちに行くときは全力で行くもんでしょーが! うおおおぉぉぉぉ!」

『ぐっ、おのれ……! どこからこんな力が──!? クソッ! 我を……舐めるなァ!』

(不味い! 明乃が死んじゃう!)

 

 魔力砲を必死に受け止めている明乃だったが、少しずつ力場が削られて砲撃が明乃の体に迫る。

 それを横から見ていた緋乃は明乃を守るために、明乃の立てた作戦を投げ捨ててゲルセミウムへと駈け出そうとして──。

 

「頑張れ明乃ちゃん──守護結界、三重展開!」

 

 明乃の背後にて、防御用の魔法を発動した理奈を見て動きを止めた。

 理奈の身体から補助魔法の効果を示す薄い光が消えているあたり、恐らくは自身への補助魔法を打ち切ることで精神力に余裕を作ったのだろう。

 確かに先ほどまでの様に逃げ回る状態ならともかく、現状況において理奈が自身へと補助魔法をかける意味は薄い。

 緋乃は理奈のその選択に気付き、関心の吐息を漏らしながら動きを止めた。

 

(うん、これなら大丈夫そう……。わたしは作戦通りタイミングを窺って……)

「サンキュー理奈! これなら……!」

『おのれ……! おのれおのれ……! 羽虫風情がァー!』

 

 怒りの声を上げるゲルセミウムだが、その威勢に反し魔力砲の威力は少しづつ下がっていく。

 そうして緋乃の見守る前で、明乃はなんとかゲルセミウムの魔力砲を防ぎ切ることに成功した。

 

「へ、へへへ……どんなもんよ……。でももう無理ィ……」

「明乃ちゃんしっかり!」

 

 疲労困憊といった様子で地面へと倒れ、大の字になる明乃。そこへ理奈が駆け寄り、その身体を抱き起こす。

 見下していた人間に、自身の砲撃を防がれたのが相当にショックだったのであろう。ゲルセミウムが呆然自失といった様子で声を漏らし──。

 

『ば、馬鹿な……! 我が砲撃を防ぎきるなど──しまっ!?』

「し、ねえええぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 怒り狂う緋乃の拳が、その頭部へと突き刺さった。

 

『グアアァァァ!?』

「この……! よくも明乃を……! よくも理奈を……! 死ね、死ねぇっ!」

 

 目の前で親友を殺されかけた怒りで脳のリミッターが外れたのだろう。先ほどまでよりさらに大きな気を纏った緋乃がゲルセミウムをひたすらに殴りつける。

 その拳が突き刺さるごとにゲルセミウムのボディに罅が入り、その蹴りが炸裂するごとに砕けたボディから小さな欠片が零れ落ちる。

 怒り狂う緋乃の勢いは凄まじく、魔力砲で消耗した直後ということもあってゲルセミウムは防戦一方だ。

 

『グ、グゥ……。何という力、貴様本当に人間──!?』

「は、じ、け、ろォ!!」

『ガアアアァァ!?』

 

 殺意を剥き出しにして襲い掛かる緋乃を前に、ゲルセミウムがついに怯えの籠った声を上げ始めたその瞬間。

 緋乃はゲルセミウムの顔面を鷲掴みにするとそのまま体を大きく捻り、反対側の地面へと勢いよく叩きつけ──それと同時に気を流し込んでゲルセミウムの顔面を爆破。

 その一撃はゲルセミウムの顔面を大きく抉り──黒一色で染まったその中身を曝け出させた。

 

『ク、クソッ。見かけに反し何という狂暴性……! ここは一旦引くべきか……!? いや、しかし……』

 

 失った肉体を即座に再生しつつ、躊躇いつつも緋乃から距離を取ろうとするゲルセミウム。

 しかし、大地を蹴ろうとしたその足が不意にふわりと浮き上がり地面から離れ──。

 

「逃がさない……! 逃がすものか……!」

『重力操作!? しまっ──ウゴアァァ!?』

 

 その原因に気付いたゲルセミウムが大慌てで声を上げ、地面へとワイヤーを撃ち込むことで体勢を立て直そうとするが──それよりも前に、追い縋ってきた緋乃の前蹴りがゲルセミウムの胴体へと炸裂。

 ゲルセミウムは猛スピードで吹き飛び──スタジアムの外壁へと叩きつけられた。

 

『ウ……グ……。クソッ、せめてマトモに復活さえできていればこのような……』

「はーっ! はーっ! お前は、ここでわたしが……!」

『クッ……。まさか、ここまで強い人間がいるとはな……』

(不味いね、ちょっとキツくなってきた……。時間はもうあまりない、か……)

 

 一見すると緋乃が一方的にゲルセミウムを痛めつけているかのように見えるこの状況。

 しかし、緋乃のパワーアップは怒りにより脳内のリミッターが外れたことに起因するものであり、生存に必要なエネルギーをも燃やして発揮している一時的なものでしかない。

 故に、緋乃に残された時間は残り少なく──逆に、素の能力で緋乃を上回るゲルセミウムの方が圧倒的に有利なのだ。

 それを知る緋乃はゲルセミウムを早く仕留めようと渾身の一撃を繰り返していたのだが……相手の耐久度が予想以上に高かった為、中々致命傷を与えられずにいた。

 

(殴っても蹴っても駄目。仕留めるにはもう、あのケルベロスを倒した新必殺技しかない。でもあんな大技を当てる隙なんてコイツには無いし、隙を作ろうにもそこまでのダメージを与える技がない。せめて何か武器でも──ん、武器?)

 

 目の前の敵をどう倒すか施策を巡らせていた緋乃の脳裏に、一つの考えが浮かぶ。

 武器が無い? いや、丁度いい武器があるじゃないか。両腕の先端に、それぞれ一つづつ。とっておきの武器が付いているじゃないか。

 

(ふふ、ふ……! いける、これならいける! 後はわたしの生命力(いのち)が持ってくれさえすれば……!)

『聞け。強く、美しい娘よ。我から提案がある』

「提案? 一体どんな……?」

 

 緋乃がゲルセミウムを仕留める算段をつけると同時に、ゲルセミウム側から緋乃へと話しかけてきた。

 別に無視してもよかったのだが──いや、むしろ気の消耗を抑えるために無視するべきだったのだろうが──目の前の悪魔が一体どのような提案をしてくるのかが気になった緋乃は、とりあえずそれを聞いてみることにした。

 

『我が妻となれ』

「……は?」

 

 てっきり財や力を与えるから見逃せなどといった、ありふれた命乞いのような提案が飛び出してくるかと思っていた緋乃であったが……いざゲルセミウムから飛び出してきた言葉を聞いて完全に固まった。

 

(求婚……? え、わたしプロポーズされてる? なんで!?)

『このまま闘いを続けては、我もお前もただでは済むまい。美しさと強さを兼ね備えるお前は、ここで失うには惜しい存在だ。我と同格の存在としてお前を認めよう。眷属などという上下関係ではなく、対等の存在としてお前を扱おう。──我の元へ来い、娘よ。我と共に、永遠の時を過ごそうではないか。我と共に、思うがままに力を振るおうではないか』

「ああ……、そっちね……。そういう事ね……」

『……? 返事を聞こう。我が提案、受け入れるか否か』

 

 あまりに予想外の言葉を聞いて混乱した緋乃であったが、続く言葉を聞いてゲルセミウムの真意を理解した緋乃が気の抜けた声を出した。

 

 妻って言うから私に惚れたのかと思ったじゃん。ただの同盟のお誘いじゃないか紛らわしい。

 まあ永遠の命というのは確かに魅力的だが、明乃と理奈も一緒じゃなければ意味はないし──なにより、ほんの数十秒前まで命がけで殺し合っていた相手を信用するほど自分は愚かではない。

 そこまで考えた緋乃は、ゲルセミウムを睨みながら己の意志を告げた。

 

「やだ。いくらなんでも信用できない。それに、お前は明野と理奈を──わたしの大切な、本当に大切な友達を殺そうとした。絶対に許せない」

『そうか……残念だ……。ならば仕方ないな──死ぬがよい!』

「それはこっちの台詞──ッ!」

 

 交渉決裂と同時に繰り出される、ゲルセミウムのワイヤー刺突攻撃。同時に繰り出すのではなく、隙を埋めるよう連続で繰り出されたその攻撃を緋乃は拳で迎撃、あるいは受け流しつつゲルセミウムへと近づいていく。

 そうしてワイヤーの槍衾をやり過ごした緋乃に対し、今度はゲルセミウム本体から拳打が繰り出される。緋乃はこれも身を大きく屈めることでかわし──。

 

「とっておきだよ。食らえ──!」

『何!? ──ギッ!?』

 

 自身の指へと帰ってくるダメージを一切考えない、渾身の貫手をゲルセミウムの腹部へと叩き込んだ。

 ボキボキと指の骨が折れ、激しい痛みが襲ってくる。指がぐにゃぐにゃに曲がる気持ち悪い感触が伝わってくる。

 

「ぐ、うぅぅ……!」

 

 緋乃は涙目になりながらもそれらの感覚に必死に耐え、ゲルセミウムの体内に己の手首から先を全て侵入させ──自身の制御限界を遥かに超える量の気をその手へと流し込み、()()()()

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」

『グガアアアアアア!?』

 

 緋乃は手首から先が弾け飛んで無くなる痛みから。ゲルセミウムは体内にて大爆発が起こり、腹部がごっそりと吹き飛ぶ痛みから。お互いに悲鳴を上げ──それでも緋乃は止まらない。

 

(痛い、痛い、痛い! だけど──どんな痛みが来るのかがわかってれば、耐えられる!)

 

 気で痛みを軽減する技術──それを突き抜けてとんでもない痛みが襲ってくる。

 でも、それがどうしたというのだ。このくらいの怪我なら多少時間はかかるものの別に治るんだし──それに何より、ここでこの敵を倒さないと自分は死ぬんだ。

 命と手。どちらが大事かと言われたら、命の方に決まってる! 

 

「うおおおおぉぉぉぉ! ──吹っ飛べええぇぇぇ!」

「────!?!?」

 

 緋乃は必死に後ずさるゲルセミウムを追いかけ──その腹に空いた大穴の中に、残った左手も突き刺した。

 そうしてそのまま、より多くの肉が残る胸側へとその手を潜り込ませ──右手と同様に起爆。自身の手もろとも、再びゲルセミウムの肉体を大きく消し飛ばす。

 もはや悲鳴を上げる余力も無いのか、爆発の勢いで後方へと吹き飛んで仰向けに倒れるゲルセミウム。

 

(あ、これヤバ──ううん、もうちょっと。あともうちょっとなんだ……! だから、まだ倒れるわけには……!)

 

 そして、それと同時に猛烈な脱力感が緋乃を襲う。これまでの戦闘において、あまりにも多くの気を消費しすぎたのだ。

 しかし、それでも緋乃は止まらない。今更止まるわけにはいかない。

 今ここで倒れてしまえば、これまでの全てが無駄になってしまうのだから。

 

「これでっ──!」

『ここ……まで……か……』

 

 緋乃は飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、重力を反転させると同時に大ジャンプ。一気に天高く飛びあがると、そのまま右脚を掲げてそれに腕を絡ませ──脚を掲げた状態で固定する。

 自身を一本の杭と見立てた緋乃は、そのまま全身を覆うように気を纏うとすかさず限界まで重力を引き上げる。そうして猛烈な勢いで落下していき──。

 

「終わりだあぁぁぁぁ──!!」

『み、見事……だ……。あぁ……美し──』

 

 着弾。スタジアムの残骸もろとも、ゲルセミウムを──次元の悪魔とも呼ばれ、恐れられたそれを消し飛ばすのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章最終話 帰ってきた日常

『では次のニュースです。次元の悪魔事件からおよそ一か月が経過した現在、現代を生きる魔法使いの代表を務める水城樹氏が記者会見において──』

 

 次元の悪魔事件。

 表舞台から追いやられ、社会の裏に潜むことを余儀なくされた魔法使いたちの末裔が、表側の支配者となるべく一発逆転をかけて引き起こしたテロ事件。

 かつて緋乃たちが巻き込まれ、必死の思いで解決した事件がそう報道されてから一ヵ月余りの時がたった。

 監視カメラがそこら中に配置され、大半の人間がスマホを持っている現代社会においてここまで大規模な事件を隠蔽するのは不可能であり──結果として、魔法使いの存在は公表された。

 

「理奈ちゃんのお父さん、大変そうねぇ……。日本中を飛び回ってるんでしょう? 体とか壊さないといいけど……」

「うん、責任の押し付け合いが酷くて嫌になるって。とりあえず魔法使い側がこっそりやってきた悪行を主犯の一族に押し付けることでなんとか収めてるらしいよ」

「あらあら……」

 

 土曜日の午前10時。緋乃とその母、優奈(ゆうな)は自宅の居間にてニュース番組を眺めながらその感想を述べあっていた。

 9月に突入して季節上は秋になったのだが、まだまだ残暑は厳しく、緋乃と優奈の姿は夏の頃からそう変わり映えのしない薄着である。

 特に緋乃は相変わらず──時々色こそ変えているものの──ショート丈のキャミソールにホットパンツと、動きやすさを最優先した露出の多い衣装を好んでおり、その美しい肢体を見せつけるかのように曝け出している。

 ──いや、実際に緋乃本人としては「このセクシーで格好いいわたしを見ろ!」と見せつけているつもりなのだが。

 

「でも、あの人たちには本当に感謝ねぇ……。おかげで緋乃の可愛いお顔や綺麗な体に、傷が残らなくて済んだんだから……」

「可愛いって……照れるよお母さん。えへへ……」

 

 優奈から顔を優しく撫でられ、頬を染めながら喜びの言葉を口にする緋乃。

 そんな緋乃の腰からは、かの悪魔が背中から生やしていたような──黒い皮膜で覆われたワイヤーのような、先端に鏃のついた尻尾が一本生えていた。

 

「まあ、尻尾を生やして帰って来た時は流石に驚いたけどねぇ……。でもまあ、可愛いからこれはこれでいいのかしら……?」

「うん。敵の大ボスの悪魔との戦いで気を使い果たして死にかけてたら、死にかけのその悪魔がなんか最後の力を譲ってくれた……らしくて? 気が付いたらなんか生えてた。あと身体もちょっとだけ丈夫になったよ」

 

 緩く伸ばされ、宙に揺れる緋乃の尻尾を見ながら、優奈がそれについての言葉を漏らす。

 かつての最終決戦において、限界を超えて気と異能を使い続けた緋乃は最後の一撃を決めると同時に意識を失い──その消耗の激しさから死の直前を彷徨っていたらしい。

 らしいというのはあくまで明乃や理奈から聞いた話であるからだ。

 そうして、そのままでは確実に命を落としていた緋乃だったが……そんな緋乃を救う者がいた。直前まで死闘を演じていた悪魔ことゲルセミウムだ。

 

「何も残せずただ無意味に朽ち果てるよりも、勝者であるわたしの糧となる方がマシだとかなんとか」

「意外と潔いのね。うーん、緋乃を殺しかけたことに関しては責めたいけれど……。でも緋乃をパワーアップして復活させてくれたのは確かだし……、複雑ねぇ」

 

 四肢が吹き飛び、首と背中の一部を残す程度にまでそのボディを大きく欠損したゲルセミウムは明乃と理奈が見守る前で──緋乃の体に最後に残った一本のワイヤーを突き刺し、そこからエネルギーを送り込んできたというのだ。

 そうして残った力の全てを緋乃に注ぎ込んだゲルセミウムは完全に消滅。緋乃は息を吹き返し、欠損した両手も癒やされ──ついでに尻尾が生えてきたという結末だ。

 

(にしてもあの求婚、表現の違いとか言い間違えじゃなくてガチだったんだ……。もっと真剣に答えてあげればよかったかも……)

 

 明乃曰くゲルセミウムは消滅する直前、緋乃に対し『惚れた女の一部になるというのも悪くはない』との言葉をかけてから消えたらしいのだ。

 それを思い出し、ちょっぴり複雑な気分になる緋乃であった。

 

 

 

 

 

 

 それから時間は少し過ぎて午後13時。

 緋乃は明乃と共に理奈に連れられ、水城家が個人所有する森の中へとやってきていた。

 ゲルセミウム戦を乗り越えて緋乃が新たに得た力──悪魔の尻尾を使いこなす訓練をするために、緋乃が理奈へと頼み込んだ結果だ。

 

「よーし、次はあの木だよ緋乃ちゃん! 左、右、真ん中の順ね!」

「ん、わかった」

「ステンバーイ……ステンバーイ……GO!」

「むんっ……!」

 

 理奈の合図を受けた緋乃が尻尾へと力を込める。すると尻尾は音を置き去りにするほどの猛烈な勢いでグングンと伸び──100mほど離れた位置にある、理奈の指定した大木を次々と撃ち抜いていく。

 一番左側の木の幹を真正面からぶち抜いて粉砕。そのままブーメランが戻ってくるかのような軌跡を描いて右側の木も粉砕。そうして最後に中央の木を貫いたところで理奈が拍手をする。

 

「タイム0.3秒! 凄いよ緋乃ちゃん! 見事なしっぽ捌き!」

 

 拍手を終えた理奈が、ストップウォッチのアプリを起動したスマホを緋乃と明乃の二人へと見せつける。

 そこには理奈の発言通り00:00:30という数字が表示されており、それを見た緋乃が満足気に頷いた。

 

「えへへ、頑張ったもん。でもまだまだだよ。わたしの尻尾はまだまだこんなものじゃないって、わたしの魂が叫んでる……!」

 

 上機嫌そうにその尻尾を左右へふりふりと振りながら、嬉しそうな笑みを浮かべる緋乃。

 一方、緋乃の尻尾訓練を初めて目撃した明乃はそんな緋乃の尻尾へと戦慄の眼差しを送っていた。

 

「いやいや十分凶悪だと思うんだけど。なにコレ射程距離と威力ふざけすぎでしょ……」

「ちなみに先週検証した結果だと、緋乃ちゃんのしっぽは厚さ10cmの鉄板を一瞬でぶち抜きました。一撃必殺だね!」

「なにそれこっわ。とてもそんなパワーがあるようには見えないのにねぇ~」

 

 緋乃の尻尾に対する感想を漏らしつつ、明乃はごく自然な様子で尻尾を手に取ると優しく撫でる。

 

「ひゃぁん!?」

 

 すると突然緋乃が可愛らしい悲鳴をあげ、その体ビクンと大きく跳ねさせた。

 

「あ、ごめんごめん。そういやめっちゃ敏感だったわね。忘れてたわ」

「う、うん……。できれば突然撫でるのはやめて欲しいかなって。言ってくれれば感覚オフにするからさ……」

 

 後付けの器官だからだろうか。緋乃の尻尾は異常なまでに敏感な感覚を持っており、うっかりそこを撫でてしまった明乃が謝罪の声を上げる。

 

「しっぽの部分は半精神体だからね。慣れれば程よい感覚を維持できるようになると思うよ? ま、敏感のままの方が緋乃ちゃんっぽくていいと思うけど」

「わたしっぽいってどういう事なの……?」

「半精神体ねぇ。あたしはよくわかんないけど、出したり消したり出来たり伸び縮み自由なのは便利でいいわよね」

 

 緋乃の尻尾は人間の器官とは違い、悪魔のそれに近い性質を持っている。

 即ち、精神力──魔力によって形作られる仮初の肉体。故に欠損しても容易に再生でき、その形状や有無なども自由自在。

 一見すると人間の上位互換にしか見えないが、もちろん欠点も存在する。

 それは、デフォルト()の状態から変化させる際は常に意識を割く必要がある点と──元々の形状からかけ離れた形には変化させられないといった点だ。

 まあ元から悪魔として生まれた者なら腕を動かしたり指を曲げる程度の感覚で行えるものではあるが、つい最近この器官を手に入れたばかりの緋乃ではそうはいかなかった。

 

「でも変化させるのって結構意識割かないといけないから……。戦闘中とか、気を張ってる時だけやるってのならともかく、日常的にやるのは結構きついよ?」

 

 緋乃の尻尾の場合だと、およそ長さ1m程で敏感な感覚を持つというデフォルトの状態から変化させるには変化中は常にお腹を引っ込める程度の意識を割いてやる必要があり──常時尻尾を消した状態を維持したりするのは地味に困難である。

 緋乃よりその説明を受けた明乃は、納得した様子でふんふんと頷いた。

 

「なるほどね、だからいつも尻尾出しっぱなしだったんだ。てっきり緋乃の事だから、『この方が格好いい!』とかそんな理由かと……」

「怒るよ?」

「ごめんごめーん」

 

 明乃は不機嫌そうに目を細めながら威嚇するように尻尾の先端を向けてくる緋乃に対し、即座に降伏の意を示す。

 それを受けた緋乃は仕方ないとでも言わんばかりに軽くため息を吐くと、悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「まあいいや。折角だし、明乃にはもっとすごい技を見せてあげるよ。ふふふ、スペシャルな緋乃ちゃんの奥義を見て恐れ慄くがいいよ……」

「お、アレをやるんだね緋乃ちゃん。明乃ちゃんもビックリするよ~?」

「へ―そりゃ楽しみ。どんな技どんな技?」

「それは見てのお楽しみ。……そうだね、あの木にしようか。あの木をターゲットに仕掛けるから、よーく見ててね」

 

 そう言って緋乃が指さしたのは、森の中でも一際大きい大木だった。

 緋乃は明乃が頷いたのを見ると、ニヤリとその顔に笑みを浮かべ──地面へとその尻尾を撃ち込んだ。

 

「地面に……? あっ……まさか!?」

「さすが明乃。もう気付いたんだ。そう、そのまさかだよ! 地面に尻尾を撃ち込んで、相手の視覚外、即ち──」

 

 驚愕の表情を浮かべる明乃に向かい、得意気な笑みを浮かべた緋乃が胸を張る。

 そうして明乃が目を見張る前で緋乃がターゲットと定めた大木の根元から勢いよく緋乃の尻尾が飛び出し──。

 

「──下から襲う!」

 

 ──その大木の幹を貫き、粉々に粉砕した。




これにて一章完結です! 長々とお付き合いありがとうございました!
ここまで読んでくださった皆様には本当に感謝です。
物語はまだ続きますので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 とあるスレッドにて(掲示板回)

【若き英雄】不知火緋乃ちゃんを応援するスレpart38

 

1:名前:名無しの見習い格闘家

ここは全日本新世代格闘家選手権において彗星の如く現れ、同大会の黒幕である悪魔信奉者の魔法使い一族及び彼らの崇める悪魔を退治した若き英雄である不知火緋乃ちゃんについて語り合うスレです。

基本sage進行でお願いします。

緋乃ちゃんは12歳の女子中学生だということを忘れずに。過激なレスは控え、健全なレスを心掛けましょう。

どうしてもR-18な話題をしたいのならR-18スレにてお願いします。

荒らしは黙ってNG。荒らしに反応する人も荒らしです

 

 

123:名前:名無しの見習い格闘家

次の大会まだかよ

緋乃ちゃん欠乏症なんだが

 

124:名前:名無しの見習い格闘家

新世代大会終わってまだ一ヵ月しかたってないんだよな

魔法使いやらで大騒ぎしてたからすげー昔のことに感じるが

 

125:名前:名無しの見習い格闘家

新世代大会って準決勝でジジイが発狂したせいで緋乃ちゃん優勝実績と賞金逃したんだよな……

かわいそう

 

126:名前:名無しの見習い格闘家

その代わり悪魔パワー吸い取ってパワーアップしたからまあ

 

127:名前:名無しの見習い格闘家

優勝実績は

 

128:名前:名無しの見習い格闘家

この前生緋乃見たけどマジで尻尾生えてたわ

太ももに尻尾をぐるぐる巻きつけててなんかエロかった

 

129:名前:名無しの見習い格闘家

途中送信しちった

優勝実績は得られなかったけどそれよりもっとデカい名声得たからええやろ

テロリストぶちのめした英雄ぞ

 

130:名前:名無しの見習い格闘家

名声で腹は膨れねえんだよなあ

 

131:名前:名無しの見習い格闘家

>>128

写真うpはやくしてやくめでしょ

そういや今の緋乃ちゃんってハーフデビルならぬクォーターデビルだからリアル悪魔っ娘なんだよな

 

132:名前:名無しの見習い格闘家

常時微量回復+両腕の硬質化+尻尾による遠距離攻撃

ただでさえ強い緋乃ちゃんがもっと化け物になってわろた

弱点のリーチの短さが尻尾で解消されちゃったしもう最強だろこれ

 

133:名前:名無しの見習い格闘家

>>131

撮ろうとしたが隣にいたお友達らしき赤い髪の美少女にガチ睨みされてな

ビビって即逃げたわ

マジもんの殺意感じたわ

 

134:名前:名無しの見習い格闘家

お友達ちゃんガード優秀だな

あの子も緋乃ちゃんほどじゃないがかなりレベルたけーよな

というか撮ってたら犯罪ぞ

 

135:名前:名無しの見習い格闘家

お友達ちゃんって今百合疑惑でとるしな

 

136:名前:名無しの見習い格闘家

マジかよ緋乃ちゃんレズだったのかよ

まあ変な男とくっつかれるよりそっちの方がええか

 

137:名前:名無しの見習い格闘家

友達ちゃんも緋乃ちゃんの美貌に狂わされた被害者だよ

あんな奇跡のような美少女と仲良くしてりゃ価値観も狂うわ

中学生とかいう多感な時期ならなおさら

 

138:名前:名無しの見習い格闘家

>>131

悪魔っ娘というには要素が足りなさすぎるわ

流石に尻尾だけじゃあな

というかその尻尾もなんか無機質でメカっぽいし

 

139:名前:名無しの見習い格闘家

まあ戦闘ロボみたいな奴から奪った力だし多少はね?

ていうか正直あのゲルセミウムとかいう奴格好良すぎて濡れたんだが

そういや緋乃ちゃんって人間辞めちゃったんだよなー

今後の大会とか出れるのかね? レギュ的に

 

140:名前:名無しの見習い格闘家

ちょっと混ざっただけで別に人間は辞めてないってのが専門家の見解やで

 

141:名前:名無しの見習い格闘家

ちょっと混ざっただけ(リジェネや尻尾の超破壊力から目を逸らしつつ)

でも海外とか宗教的な意味でうるさそうだし反応が怖いよな

暗殺者とか送り込まれてきたらどうしよう

 

142:名前:名無しの見習い格闘家

いや俺らが勝手に悪魔って呼称してるだけで実際は異世界人とかそっちカテゴリーだぞ

 

143:名前:名無しの見習い格闘家

次元の悪魔に関してはそもそも俺たち地球人が勝手に悪魔って呼んでるだけだしな

もしかしたら異世界側では神だとか呼ばれてたりする可能性もある

 

144:名前:名無しの見習い格闘家

>>142-143

結局のところそれなんだよな

異世界からやってきた超つえーやつってだけで宗教の悪魔とはガチで無関係だし

むしろうかつに悪者扱いすると異世界と交流があった際に困るからか皆だんまりしてる

 

145:名前:名無しの見習い格闘家

むしろ異世界の存在が明らかになったことの方に頭抱えてる感じするわ

宗教も科学も

 

146:名前:名無しの見習い格闘家

ただでさえ人種や信仰に関係なく発現するギフト能力で頭抱えてんのに追加で魔法と異世界までお出しされて白目剥いてるだろ

いいぞクソ坊主共もっと苦しめ

 

147:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんって次元の悪魔から力を奪って生き延びたんでそ?

なら緋乃ちゃんに頼めば異世界への扉開いたりできんじゃね?

 

148:名前:名無しの見習い格闘家

>>147

取材受けた際に本人がやり方わからんしそもそものパワー足りないから無理って言っとるで

まあ奪ったいうても限界まで弱ってる状態の奴の更に搾りカスのパワーだしな

 

 

 

371:名前:名無しの見習い格闘家

でも実際緋乃ちゃん今後の大会どうするんだろな

年齢的には15歳以下の部なんだが今更同年代を相手にしてもなあ

一方的にボコって終わりだろ

 

372:名前:名無しの見習い格闘家

1.特例で大人たちに混じる

2.大人しく16歳になるまで待つ

3.子供相手とか関係ねえ実績作りの為にボコる

 

373:名前:名無しの見習い格闘家

たぶん2だろうな

大会関係者も頭下げて出場ご遠慮願うだり

緋乃ちゃん乗り込んで来たら大会にならねーもん

 

374:名前:名無しの見習い格闘家

2だな

まあ緋乃ちゃん遊び盛りのお年頃だから大会出れなくても気にしなさそう

 

375:名前:名無しの見習い格闘家

本人も弱い者いじめして喜ぶタイプじゃないしな

 

376:名前:名無しの見習い格闘家

俺も緋乃ちゃんに遊ばれてえなー

緋乃ちゃん顔に関しては言うまでもないが表情もコロコロ変わって可愛いし性格も素直で可愛いしで完璧すぎる

 

377:名前:名無しの見習い格闘家

そういや緋乃ちゃんママもめっちゃ美人だよな

というか若すぎだろ並んでたら姉妹にしか見えんぞマジで

 

378:名前:名無しの見習い格闘家

母娘だからやっぱそっくりだよな

緋乃ちゃんの方が二重でおめめパッチリしてたり鼻筋がすっきりしてたりでやっぱ美人だけど

多分お父さん側も相当なイケメンだったんやろな

 

379:名前:名無しの見習い格闘家

乳だけは遺伝しなかったみたいだけどな!

 

380:名前:名無しの見習い格闘家

あの膨らみかけの緋乃っぱいの良さがわからんとはこれだから素人は

 

381:名前:名無しの見習い格闘家

黙れロリコン

大は小を兼ねるというこの世の真理から目を背けるな

 

382:名前:名無しの見習い格闘家

かねないんだよなぁ……

 

383:名前:名無しの見習い格闘家

働け

 

384:名前:名無しの見習い格闘家

金じゃねーよハゲ

 

385:名前:名無しの見習い格闘家

全体のバランス考えると今の貧の方がいいと思うけどな

そんなことより緋乃ちゃんのしっぽってエロくね?

あの細くて艶々した魅惑のしっぽで首絞めてもらいてえ

 

386:名前:名無しの見習い格闘家

わかる

太ももとか腰に巻き付けた状態も悪くはないが開放状態のふりふり揺れるしっぽが最高にエロい

一日中撫でまわしたい

 

387:名前:名無しの見習い格闘家

しゃぶりつきたいよな

 

388:名前:名無しの見習い格闘家

太もも勢とお腹勢に次いで尻尾勢まで出来たか

これが天下三分の計ですか

 

389:名前:名無しの見習い格闘家

公明に謝れ

 

390:名前:名無しの見習い格闘家

二の腕勢と膝勢も忘れないでくれよ

 

391:名前:名無しの見習い格闘家

肩と腋を忘れるとはなんということだ嘆かわしい

 

392:名前:名無しの見習い格闘家

マイナー性癖勢共わらわらで草

でも冬になったら緋乃ちゃんも厚着になっちゃうんだろうな

太ももだけは太ももだけは見逃してください!

 

393:名前:名無しの見習い格闘家

新参乙

友達ちゃんのTwi〇ter漁れば解るが緋乃ちゃんは年中ホットパンツだぞ

まあ格闘家連中は年中薄着勢も珍しくはないが

代謝を高められるって便利だよな

 

394:名前:名無しの見習い格闘家

尻尾が生えたから今年は冬でもおへそワンチャンないか期待してる

尻尾の生え際が引っ掛かるのが嫌だとかそんな感じで

 

 

395:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんって割と見せたがりだよな

ドヤ顔で太ももや腋を見せつけるポーズ取るわ大開脚するわ

やっぱスケベだわあの娘

ふぅ……

 

396:名前:名無しの見習い格闘家

まあ鏡見りゃ自分のレベルの高さくらいわかるだろうしな

あそこまで美少女だと注目されまくりで気持ちええやろなあ

俺も美少女になりてえわ

 

397:名前:名無しの見習い格闘家

まあ確かにあそこまでスタイルいいと見せつけたくなるって気持ちもわかる

 

398:名前:名無しの見習い格闘家

つまりスケベって事じゃな

 

399:名前:名無しの見習い格闘家

それはそう

 

400:名前:名無しの見習い格闘家

大会終わっちゃうとどうしても話題がねーな

緋乃ちゃんかわいいばっかじゃねーか

 

401:名前:名無しの見習い格闘家

実際外見SSSだからしゃーない

あとパワーアップ後の動画とか出てないから語ろうにも語れないって理由もある

 

402:名前:名無しの見習い格闘家

両手が硬質化できるようになったので多分パンチ力と貫手の威力が上がったと思います

尻尾による遠隔攻撃で蹴りと同レベルの攻撃を自由自在に叩き込めると思います

自動回復で実質的な耐久力は相当上がってるはずです

全部憶測でしかねえからな

 

403:名前:名無しの見習い格闘家

尻尾が蹴りと同威力ってのは本人の発言だっけ?

本人が言うならまあ信用してもええやろ

 

404:名前:名無しの見習い格闘家

でも緋乃ちゃんの尻尾って先端に鋭い刃がついとるしなあ

貫通力とか考えると絶対蹴りどころの威力じゃないだろ

蹴りのパワーが乗ったナイフ攻撃と考えるとマジもんの即死攻撃やぞ

 

405:名前:名無しの見習い格闘家

しかも出し入れ自由自在だしな

かわされて尻尾掴まれました→じゃあ尻尾消しますね

とか出来ちゃうんだろ? 出し得じゃん卑怯すぎる

 

406:名前:名無しの見習い格闘家

しかも近寄ると超威力の蹴りや爆破掴みが飛んでくるからな

遠距離で尻尾にいたぶられて死ぬか近接戦で蹴られて死ぬか好きな方を選べ

 

407:名前:名無しの見習い格闘家

最悪すぎる

絶対戦いたくねえ

 

408:名前:名無しの見習い格闘家

とりあえずギフト解禁しなきゃ話にならんだろうな

もしくはあの尻尾もギフト扱いするか

ギフトのない男はまあ頑張れ

 

409:名前:名無しの見習い格闘家

尻尾がギフト扱いで禁止はありそう

というかそれしかねえわな

 

410:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃんの必殺技ってどれもこれも殺意高いよな

確定気絶の爆破技ホワイトアウトに超高度落下攻撃のブレイジングバスター

そんで更に尻尾攻撃とどいつもこいつも一撃で殺しに行きすぎだろ

 

411:名前:名無しの見習い格闘家

そりゃまあ必ず殺す技だからな……

 

412:名前:名無しの見習い格闘家

マジで殺しに行くやつがあるか

 

413:名前:名無しの見習い格闘家

ブレバスは一撃でスタジアムを粉砕するからな

何が何でも絶対に殺すという鋼の意志を感じる

 

414:名前:名無しの見習い格闘家

まあ対テロリスト戦で編み出した技だから多少はね?

 

415:名前:名無しの見習い格闘家

ていうか緋乃ちゃんってアレ二発撃ってるんだよな

一発は悪魔とやらに撃ったとしてもう一発ってまさか……?

 

416:名前:名無しの見習い格闘家

それ以上いけない

そうだよな尻尾以前に緋乃ちゃんにはブレイジングバスターとかいう問答無用の即死技があったな

試合中に緋乃ちゃんが大ジャンプしたら絶望やろ

 

417:名前:名無しの見習い格闘家

観客も絶望だな

 

418:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃「これで終わりだー!(ブレバスぶっぱ)」

試合相手「グェー死んだンゴ」

審判「グェー死んだンゴ」

観客「グェー死んだンゴ」

全 滅

 

419:名前:名無しの見習い格闘家

これはひどい

 

420:名前:名無しの見習い格闘家

これ半分殺戮やろ

 

421:名前:名無しの見習い格闘家

言うほど半分か?

 

422:名前:名無しの見習い格闘家

一部の格闘家やギフテッドに渡航制限がかけられる理由がよくわかるな

 

423:名前:名無しの見習い格闘家

でもブレバスって念動力で自分を押し込む技だから国内大会ではまず出番無いだろ

海外? まあ世界の猛者なら何とかなるやろ……

 

424:名前:名無しの見習い格闘家

緋乃ちゃん子供だからか割と容赦ないよな

 

425:名前:名無しの見習い格闘家

割と……?

 

426:名前:名無しの見習い格闘家

普通に容赦ゼロな件について

 

427:名前:名無しの見習い格闘家

でもそんな容赦のない緋乃ちゃんが好きです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 能力検証

「よーし、じゃあ手始めに精神操作耐性の検証からいこっか。ゲルセミウムの魔力を吸い取った事で、多少の耐性はついてると思うんだけど……」

「うん、お願い理奈。頑張って耐えてみせるよ」

「ま、流石に多少の耐性ぐらいはついてるでしょ。なにせ伝説の悪魔のパワーを受け継いだんだからね」

 

 ある日の放課後、理奈の家に遊びに来た緋乃と明乃。

 いつものようにTVゲームに興じる三人であったが、ふとしたことからゲルセミウムの力を取り込んでパワーアップした緋乃の性能(スペック)の細かい検証をしようという話になり──手始めに、かつてはゼロにも等しかった精神操作に対する耐性からスタートすることになった。

 

「よーし緋乃ちゃんいくよー。私の目をよーく見てね……」

「ん……」

「幻惑の光よ、我が眼(まなこ)に宿りて我に仇なすものを欺き惑わせ──夢幻の瞳!」

 

 一分一秒を争う戦闘中ならともかく、これから行うのはただの検証だ。

 特に発動を急ぐ状況でもないのでそれなりに値の張る品であるカードは使わず、普通に呪文の詠唱を終えた理奈の瞳が薄いピンク色の光を宿す。

 

「ふにゅう……はっ!? むん!」

 

 それを真正面から見た緋乃の瞳がとろんと緩み、その精神が理奈の支配下に置かれる──その直前。緋乃は何とか我を取り戻すことができ、そのまま気合を入れて理奈の精神操作を防ぐことに成功した。

 

「おおー、耐えた耐えた。結構ギリギリだったけど耐えれたねー」

「やるじゃん緋乃。前は一瞬で理奈の言いなりになってたのに」

「あぶなかった……。こう、寝落ちする直前みたいな感じになって……そのまま持ってかれるところだった……」

 

 かつての緋乃では一瞬たりとも耐えることが出来なかった理奈の精神操作。

 今回、ギリギリではあるがなんとかそれを防ぐことに成功した緋乃に対し、理奈と明乃の二人は賞賛の拍手を送るのであった。

 

「うーん。耐性ゼロの状態から、一般人よりちょいマシくらいには上がったかな? まだまだ低いけど、これくらいの耐性があればアミュレットと組み合わせることで大体の精神干渉は弾けるようになると思うよ?」

「うーん。思ったより耐性低くて悲しむべきか、耐性獲得に喜ぶべきか迷うレベルだね……」

「素直に喜んどきなさいよ。かなりの進歩じゃない!」

 

 理奈からの自身の耐性に関する評価を聞いた緋乃は、喜びと不満の入り混じったような何とも言えない表情をする。

 しかし、そんな緋乃の背をバンバンと叩きながら嬉しそうに笑う明乃を見て気を取り直したのだろう。

 緋乃は明乃に向かい、ニッコリと笑顔を浮かべると──その尻尾を明乃の眼前に突き出しながら口を開いた。

 

「明乃、ちょっと痛いんだけど?」

「あはは、ごめんごめーん。で、次は何調べるの? さっき言ってた自動回復を調べるにしても、まさか緋乃に怪我させるわけにもいかないでしょ? やっぱその両手?」

 

 明乃は緋乃に対して笑いながら謝罪をすると、そのまま次は何の検証をするのかを尋ねた。

 その質問を受けた緋乃はしばらく迷った後──。

 

「いや、今なら回復魔法を使える理奈がいるし、それについて調べたいかな。どの程度の怪我ならどのくらいの時間で再生完了するのかを調べるのは重要。とても重要」

「え、マジでやるの緋乃ちゃん? いやまあ確かに重要な検証項目だけど、わざわざ自分の体を傷つけるってのはやめといた方が……。ほら、血とかが飛び散って大変だし、また今度にしようよ今度!」

 

 緋乃の身に宿った新たな力。多少の怪我なら周囲の大気に満ちる気を吸収して勝手に治るという、いわゆる自動回復能力(リジェネ)。

 その性能を詳しく検証したいと提案する緋乃であったが、明乃と理奈は目の前で緋乃の傷つく姿なんかを見たくないとそれを激しく拒否。

 当然、緋乃はあの手この手で二人を説得しようとするのだが──語彙の少ない緋乃では二人を説得することなどできる訳もなく。結果、自動回復能力についての検証はまた後日ということで後回しにされるのであった。

 

「はい、じゃあ次は両手の硬質化だね。今の緋乃ちゃんの両手は、元々あったけど欠損した器官を半精神体で補って──それが定着して実体を得たっていう、割と複雑な状態なんだよね」

「だから、尻尾みたいに出し入れしたり伸ばしたりと大きく形状を変化させることは出来ない。でも簡単な変化くらいならできる……って事よね?」

「うん。あとやったことはないけど、再生もできる気がする。たぶん」

 

 理奈から現在の緋乃の両手に関する説明を受けた明乃が、緋乃に向かいできることとできないことの再確認を行う。

 明乃からの確認を受けた緋乃は、自信なさげにではあるがそれを肯定。そうして、緋乃の次なる能力の検証が始まった。

 

「よし、じゃあ緋乃ちゃん両手を硬くして~?」

「ん、待ってて……。……むんっ!」

「おお、色が変わった……! まるで手袋でもしてるみたいね」

 

 理奈に促されるまま緋乃がその両手に硬くなれという念を送る。

 すると、緋乃の手首から先が真っ黒に染まり──思わずといった様子で明乃がその感想を口にした。

 

「うん、できた」

「どれどれ。うーん、カチカチ。これなら刃物も怖くないわね」

「ふんふん……。うん、これは金属くらいの強度はありそうだね。これにさらに気を乗せられるってことを考えると……うん、まさに凶器! ……緋乃ちゃん、間違っても一般人をこれで殴っちゃだめだからね?」

「わ、わかってるって。大丈夫大丈夫」

 

 硬質化した緋乃の手をつついたり指で弾いたりしてその硬度を確認する明乃と理奈。

 興味半分の明乃とは違い真面目な表情でその硬度を検証していた理奈であったが、一通り確認して満足したのだろう。そのまま笑顔で緋乃へと注意を送るのであった。

 

 

 

 

「いやー、それにしてもなんか一気に強くなっちゃったわね緋乃。なんか置いてかれちゃった感じがして悔しいなー」

『だよねー。うーん、ちょっと私も鍛え直そうかな……。ねえ明乃ちゃん、ちょっと一緒に特訓しない? 緋乃ちゃんに置いて行かれないようにさ』

 

 その日の夜。夕食を終えた明乃は自室にてスマホを用い、理奈とお喋りに興じていた。

 とりとめのない話をしているうちに話題が緋乃のことへと移り──気が付けば、理奈から特訓のお誘いが持ちかけられていた。

 

「あ、それいいわねー。ならちょっと魔法について教えてよ」

『うーん、別にそれはいいけど……。でも明乃ちゃんには念動力っていう武器があるんだからそっちを磨いた方がいいと思うな。ぶっちゃけ明乃ちゃんのギフトって下手な魔法より強いよ?』

「そっか……。まあ、理奈が言うのなら……。うん、じゃあ下手に手を広げるのはやめておくわ」

『うんうん、その方がいいよ。じゃあとりあえず今週の土曜あたりに一緒に特訓しよっか? ……緋乃ちゃんには内緒でね!』

「おっけーい。緋乃にはなんか適当に用事でっちあげとくわ。じゃあそろそろ切るわね? おやすみなさーい」

『はいはーい。おやすみ~』

 

 通話を終えた明乃は充電器へとスマホをセットすると、勢いよくベッドの上に飛び乗りそのまま仰向けに寝転がる。

 そうしてそのまま、天井に向かい手を伸ばし──。

 

「待ってなさいよ、緋乃。すぐにあんたの横に追いついてみせるんだから……!」

 

 決意の言葉を口にするのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二章 妖怪退治編
1話 特殊事象対策室


「不知火! 今日こそは覚悟ォ!」

「てめえの連勝記録を止めてやるぜ!」

「伝説もここまでってことよ!」

 

 十月も半ばを過ぎ、残暑が終わり心地よい風が吹くようになった通学路。

 一日の授業を終え、帰宅中の学生の姿でざわつくそこに不良少年たちの威勢のいい声が響き渡る。

 大声をあげて駆けていく彼ら三人の少年の先にいるのは長い黒髪をツインテールに纏めた小柄な美少女──即ち緋乃であり、また緋乃から少し離れた地点では明乃があくびをしながら立っていた。

 

「喰らえやぁ!」

 

 腕組みをし、余裕たっぷりの笑みを浮かべる緋乃へ向かい少年が拳を振るう。

 しかし、緋乃はその一撃に対し避ける様子も防ぐ様子も見せず──そもそもそれ以前の問題として気を纏ってすらいなかった。

 結果、無防備な緋乃の側頭部へと少年の拳が直撃するかと思われたその直前。

 

「甘い」

 

 素早く足元から飛び出してきた緋乃の尻尾が少年の腕に巻きつき、ギリギリでその一撃を受け止める。

 

「──それっ!」

「うおぉぉぉぉ!?」

「か、かっちゃん!? む、黒──あぎょ!?」

「うお!? 透け──ぱじゃす!?」

 

 そうして少年の攻撃を防いだ緋乃は、今度はこちらの番だと言わんばかりに尻尾を大きく振り回し──尻尾で絡めとった少年のその体をハンマー代わりに、残りの二人を蹴散らすのであった。

 

「むぎゅう……」

「はいおしまいっと。よわよわだったけど、まあ尻尾の練習台にはなったかな? ……ふふっ、終わったよ、明乃」

 

 襲い掛かってきた不良三人をあっさりと蹴散らした緋乃はその顔に笑顔を浮かべると、尻尾をぴんと逆立て、左右へ勢いよくぶんぶんと振りながら明乃へと駆け寄った。

 当然、そんなことをすれば尻尾の上に覆いかぶさる、その短いスカートも派手にまくれ上がり──。

 

「ちょ、こら!? わかったから尻尾を振らない! スカート全開よ!?」

「ふぇ……? ひゃん!?」

 

 明乃からの指摘を受け、公衆の面前で下着をさらけ出していることに気付いた緋乃が慌ててスカートを抑える。

 緋乃がその羞恥心から顔を赤く染め、周囲の人間に見られていないかと周りを勢いよく見回す。

 しかし、緋乃のその様子を見た男子生徒は目線を合わさないように目を逸らし──女子生徒は苦笑いを浮かべるのであった。

 

「はうぁー……」

 

 周囲の反応から、大人数にばっちりと下着を見られたことを理解した緋乃が肩を落とす。先ほどまでご機嫌に振られていた尻尾も、その感情を反映してかしゅんと落ち込み、力なくうなだれている。

 

「はいはい落ち込まないの。気軽に尻尾を振り回さない──ってのは難しそうだし、もう見られるのは仕方ないとしてスパッツでも履いたら?」

「セクシーなわたしには似合わないからやだ……。それならまだ見られる方がわたしのイメージは守られる……」

「あーはいはい」

 

 落ち込んだ様子を見せながらも、割と余裕のある返事をしてきた緋乃へと呆れた目線を送る明乃。

 最後は締まらなかったものの、なんにせよ襲い掛かってきた不良たちを撃退した緋乃たちが帰宅を再開しようと一歩踏み出したその時。

 緋乃たちの背後から、パチパチと拍手をする音が聞こえてきた。

 

「いやー、お見事です。さすがは次元の悪魔をも退治したお方だ……。鮮やかなお点前でした」

 

 緋乃たちが振り向くと、そこには綺麗にスーツを着用した男が一人。

 ニコニコと笑顔を浮かべ、いかにも「仕事のできる男」なオーラを漂わせるその男を見て、顔を見合わせる明乃と緋乃。

 そんな二人の少女を見て、男は微笑むと胸ポケットから名刺入れを取り出した。

 

「申し遅れました。私、こういう者でして……」

「あ、わざわざどうも……」

「どうも……」

 

 男から名刺を受け取る明乃と緋乃。

 緋乃がその名刺へと目をやると、そこには「警視庁特殊事象対策室」の文字と共に、野中和久(のなかかずひさ)という男の名前が書かれていた。

 

「特殊事象対策室?」

「おっと、静かにお願いしますよ。表沙汰になると不味い部署なので……」

「は、はあ……」

 

 思わずといった様子で名刺を読み上げる明乃をやんわりと制する野中。

 そんな二人を尻目に、緋乃が何やら思い出した様子で口を開いた。

 

「ああ、もしかして理奈のお父さんが言ってた──」

「ああ、水城樹氏から聞かれていましたか。そうです、いわゆる『裏側』の厄介事を片付ける部署でして……。もしよろしければ、あそこのお店でお話などさせて頂けないでしょうか? ああ、もちろん代金はこちらが出させて貰いますので……」

 

 そう言って野中が指差したのは、とあるチェーン店のファミリーレストランだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー、悪霊に妖魔ねぇ。そんなのまでいたんだ……」

「まあ、魔法使いやら悪魔がいたんだし、確かにいてもおかしくはないのかな……?」

 

 ファミレスの端のテーブルにて、認識阻害の術式を発動した野中から普段、自分たちがどのような業務をしているかの説明を受けた明乃と緋乃。

 野中からの話を簡潔に纏めると──

 

①この世界には悪霊や妖魔に妖怪という、人に仇なす人ならざる者が存在し──それを退治、あるいは調伏するのが特殊事象対策室の仕事である。

 

②とはいえ、科学が発達してきたこの時代。人々の不安や畏れといったものから生まれる悪霊とその悪霊の進化形態である妖魔の発生件数は減少してきており、対策室の仕事も民間の退魔師や協力関係にある退魔の名家への依頼の斡旋がメイン業務になっている。

 

③しかし、つい最近起きた次元の悪魔事件で状況が変化。悪霊及び妖魔の発生件数が跳ね上がり、現状の戦力では手が追いつかなくなってきている上──国のお偉いさんが有事の際に動かせる戦力を求めたというのもあり、才能のある人間に手当たり次第に声をかけている。

 

 ──とのことであり、それを聞いた明乃と緋乃は困ったように頬をかく。

 

「うーん、でもあたしも緋乃もまだ学生だし……。就職とかそういうのはまだよくわからないっていうか……」

「うんうん」

 

 明乃の言葉に頷き、同意を示す緋乃。

 

「いえいえ、重々承知しておりますとも。ただ、将来進路を選ぶ際に、その選択肢の一つに入れてもらえればと……。それに、本業の片手間にアルバイト感覚で簡単な妖魔退治を引き受けてくださる方もいますし、もしよろしければそちらの方も検討していただければ……」

 

 野中のその言葉を聞いた緋乃が、興味深そうに体を乗り出す。

 

「ふーん。ねえねえ野中さん。その妖魔退治のアルバイトって今でも受けれるの?」

「ちょ、緋乃!」

「別にいいでしょ? 危険な奴はプロにお任せしておいて、わたしでも対処できそうな奴を回してもらえばいいんだし。それに、いい鍛錬になりそうだし──お小遣いも稼げそうだし」

「あんたねぇ……。そんな甘い考えの人間に仕事を任せられるわけ──」

 

 緋乃のお気楽な発言へと突っ込みを入れる明乃。

 下手をすれば命に関わるかもしれない仕事なのだから、その懸念は当然のものだろう。

 首を傾げる緋乃に対し、呆れ声を上げる明乃であったが──。

 

「かまいませんよ?」

「──いいの!?」

 

 緋乃のその発言を聞いた野中からの言葉を受け、目を丸くして驚愕の声を上げる明乃。

 野中はそんなわかりやすい反応を返す明乃に苦笑しながら、自身の発言の意図を明かす。

 

「ええ。今は本当に人手が足りてない状況ですし、不知火さんには次元の悪魔──ゲルセミウムを退治したという大きな実績があるわけですしね」

 

 その後、野中から仕事についての一通りの説明を受けた緋乃と明乃は妖魔退治の業務委託に関する書類を受け取り──それぞれの親からの同意と許可を求めることとなった。

 当然、緋乃の母である優奈も、明乃の両親も、可愛い娘をそんな危険な仕事に行かせることには反対したのだが……まず、緋乃が癇癪を起こしたことで優奈が折れ。その緋乃を守るためという名目で明乃の両親も折れるのであった。




二章開始です。気軽に感想とかくださると激烈に嬉しいです(乞食は二度刺す)

まんもすぅに朝活潰されて草


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 衝撃

 とある片田舎にある大きな和風の屋敷。

 雨戸を閉じ、光が遮られたその一室にて、一人の男がプロジェクターで映像を鑑賞していた。

 

『捕まえた……!』

『あっ……』

 

 映像に映っていたのは、先々月に行われた全日本新世代格闘家選手権の試合であり──ちょうど緋乃が必殺技でフィニッシュを決めるシーンであった。

 映像の中にて巨大な爆発が巻き起こり、煙が晴れると同時に全身をボロボロにした相手選手が姿を現す。

 そのシーンを見た男の口元がニヤリと歪み、機嫌の良さそうな声が漏れ出る。

 

「不知火緋乃……。ああ、やはりいい……」

「──総一郎様、間もなくお時間です」

「わかった。すぐ向かおう」

 

 男が独り言を呟いたそのタイミング。

 木製の扉の向こうから聞こえてきた女中と思わしき声を受け、男の口元が引き締められた。

 いいところで邪魔をされたと言わんばかりに、男は小さくため息を吐くと部屋の明かりをつけ、プロジェクターの電源を落としてから部屋を出る。

 

「人間関係において、第一印象こそ最重要。気を引き締めねばな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、大きなお屋敷ね……」

「お城みたいだね……」

 

 日曜日、明乃と緋乃は野中に連れられてとある田舎にある、退魔の名家へとやってきていた。

 この大神家という家は長い歴史と伝統を誇る、日本の退魔師の中でも最上位クラスの名家であり──今回の訪問は、特殊事象対策室の民間協力者として妖魔退治に関わることとなった二人の、いわゆる挨拶回りというものだ。

 

「お二人は学生ですので、細かいマナーなどは問われないでしょうが……。くれぐれも、失礼だけは無いようにお願いしますよ? 相手側の機嫌を損ねたら、私の首くらいなら簡単に飛んじゃいますからね……」

 

 額の汗をハンカチで拭いながら、明乃と緋乃に釘を刺す野中。

 本来、ここに来るのは悪魔退治でその名を一気に上げた緋乃だけであったのだが──。

 

『あたしも行くわ! 緋乃だけを行かせてトラブルがあったら困るもの!』

 

 と明乃がひたすらゴリ押した結果、緋乃だけでなく明乃もついてくることになったのであったのだ。

 

「大丈夫ですよ野中さん。わかってますって!」

「黙って適当にうんうん頷いてればいいんでしょ? 任せて……」

「ははは……。本当にお願いしますよ? 特に明乃さんは、何があっても大声で叫んだりしないで下さいよ……?」

 

 気楽に返事をする二人に対し、しつこく釘を刺す野中。

 野中の説明通りなら、大神家という家は特殊事象対策室の最大の取引先ともいえる相手なのでその機嫌を窺うことは当然なのだろうが──緋乃を差し置いて名指しで注意された明乃は不満げに唇を尖らせる。

 

「なんであたし……? 問題起こすなら緋乃じゃないの……」

「ふふっ、野中さんは分かってるね。冷静沈着でクールなわたしと、直情型の明乃。どっちがトラブルの原因になるか、よくわかってる」

「はぁ? 口より先に手が出るのは緋乃の方でしょうが! このこの~!」

ひふぁいひふぁい(いたいいたい)

「お二人とも、じゃれ合いはそこまでにして行きますよ」

 

 自身の所業を棚に上げ、失礼なことをのたまう緋乃の頬を引き延ばして制裁を加える明乃。

 そのようにじゃれ合う二人の少女を見て、野中はため息を吐くと屋敷目掛けて歩き出すのであった。

 

 

 

 

「そういう訳でして。こちらが今回、我々の業務を手伝ってくれることになった不知火緋乃さんと赤神明乃さんです。二人ともまだまだ若いですが、その実力は先の事件解決に大きく貢献したことからも折り紙付きで──」

「ふむ、確かに実力は認めるが……。しかしまあ、なんだ。このような子供を鉄火場に送り込まねばならんとはな……」

「魔法使いの存在とその悪事の公表。次元の悪魔などという訳の分からない存在に、あやうくこの国が滅ぼされかねなかったという事実。一見すると世間は落ち着いた様子を見せていますが……実際にはまだまだ混乱しているのでしょう。妖魔の発生件数は跳ね上がり、このままでは民間にも大きな被害が出てしまいかねません。ですが逆に、今ここを乗り切りさえすれば──」

 

 女中に連れられて屋敷の応接室へと案内された緋乃たち。

 椅子に腰を下ろし、テーブルの上に用意されたお茶を啜りながら、野中と大神家の現当主である大神一心が話し合うのをぼーっと緋乃は聞き流していた。

 明乃は真剣そうな表情で大人たちの会話をしっかりと聞いているようなので、後で困ったら明乃に聞けばいいやという判断だ。

 

「──了解した。それでは野中君、これからもよろしく頼むよ」

「ありがとうございます。こちらこそ、これからも末永いお付き合いをしていきたいと──」

(あ、そろそろ終わりか。長かった……。なんで大人って無駄に長い話を好むんだろうね……)

 

 そのまま退屈そうに大人たちの話を聞き流していた緋乃は、ふと会話の終わりが近いことを悟ると、内心で回りくどい話を好む大人たちへと不満を抱きながらもその姿勢を整える。

 

「よし、では最後にアレだ。実はな、うちの息子が緋乃君に会いたがっていてだな……」

「おや、そうなのですか。いやー、ツイてますねえ不知火さん。退魔の名家たる大神家の次期当主と名高い総一郎氏にお会いできるなどなかなかの幸運ですよ?」

「んん……?」

「えっ、わたし?」

 

 突如として自身の名を呼ばれたことに驚愕の声を上げる緋乃と、急に明るい声を出した大人たちへ訝しの目線を向ける明乃。

 そんな二人の前で、がらりと勢いよく応接室の扉が開き──長身痩躯の硬い雰囲気を漂わせる男が姿を現した。

 

「初めまして、大神総一郎だ。不知火緋乃とその友人の赤神明乃だな? 先の事件解決の立役者たる二人に会えて光栄だ……」

「あ、どうも……。緋乃です……」

「赤神明乃です。こちらこそ、お会いできて光栄です……」

 

 じっと緋乃を見つめながら二人の少女たちへ挨拶をする総一郎。

 まさか自分の出番が来るとは思わず、慌てて返事を返す緋乃と──大人たちの態度や総一郎の雰囲気から何かを察知したのだろう。その目を鋭くしながら返事を返す明乃。

 総一郎は挨拶を終えると、そのままゆっくりと緋乃へ歩み寄り──。

 

「不知火緋乃、君に惚れた。どうか俺と──結婚してくれないか?」

 

 緋乃の前に跪いて、衝撃の発言をかますのであった。

 

「は、はあぁぁぁ!? いきなり現れて何言ってんのよアンタ! 初対面でしょうが!? 緋乃もなんか言って──って魂抜けてる!」

「ほあぁ……」

 

 突如行われた総一郎から緋乃へのプロポーズ。

 それを目の当たりにした明乃はの中から事前に受けていた注意を完全に忘れ──総一郎に対し大声を上げていた。

 

「あ、コラ明乃君、声のボリューム──」

「うっさい! 野中さんは関係ないでしょうが! 黙ってて!」

「ガハハハハ! 元気が良くていいじゃないか」

 

 次期当主とも呼ばれる男に対する、暴言とも取られかねない明乃のその発言。

 それを聞いた野中は大慌てで明乃を咎める声を出すのだが、怒り心頭といった様子の明乃により大きい声で怒鳴り返されてその身を竦める。

 なぜ怒鳴られたのかがわからないと困惑する総一郎に、突然の求婚に呆ける緋乃。あたふたと慌てる野中に、怒る明乃。

 一瞬で混沌の渦に巻き込まれた応接室。それを見て、この騒動の仕掛け人の一人──大神一心は爆笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、落ち着きを取り戻した明乃は野中と一心へ詰め寄り、今回の顔合わせの真の目的が総一郎と緋乃を合わせる事だったということを知った。

 そうして再び椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う五人。

 

「へー、つまりアレね? この顔合わせって緋乃に一目惚れしたこのお兄さんの要望でセッティングされたと? んで実際に会ったら思いを抑えきれずに告白通り越して求婚まで行っちゃったと?」

「あ、明乃君……。もうちょっと丁寧な言葉を……」

 

 総一郎をじろりと睨みながら、不機嫌さ全開で声を上げる明乃を野中が咎めるのだが──当然のごとく明乃はそれを無視していた。

 ちなみに緋乃はまだ情報の整理がついていないのか、呆けた様子で総一郎の顔を眺めている。

 

「まあ、そういうことになるな。コイツは女嫌いで割と有名だったんだが、緋乃君にだけはやけに興味を示すから話を聞いてみりゃあ──いきなり惚れたとか言い出してきおってな。面白いから一回会わせてやろうかと思ってな」

「別に、女が嫌いというわけではない。こちらの顔色をひたすら伺い、媚びへつらうことしかしてこない弱者が好かんというだけの話だ」

「いやー、我が家の立場とお前の能力でそりゃ厳しいだろ。普通は委縮するわ」

 

 総一郎の言葉に困ったような声を出す一心。

 日本に住まう退魔の一族の中でも最高峰の勢力を誇る大神家。

 その次期当主であり、本人もまた百年に一人の天才と称えられる総一郎へ対等の態度を取れる相手などいるわけがないと一心は口にするのだが、ちょうどそこで復帰した緋乃がその総一郎の言葉へと反応した。

 

「じゃあ敬語とかそういうのやんなくていいの? やった、わたしアレよくわかんないから苦手なんだよね」

「ああ、構わん。その自然体が心地良い。ますます惚れてしまうな」

「えへへ、また一人わたしの虜にしてしまった。うーん、わたしってば罪な女……!」

 

 総一郎からのお墨付きを得た緋乃が早速調子に乗るが、今回は相手側がそれを望んでいるということもあり咎めるものは誰もいなかった。

 そうして調子に乗っていた緋乃であったが、すぐにそのご機嫌な表情を引っ込めて困ったような表情を浮かべる。

 

「えと、それで告白の返事なんだけど……」

「別に無理して今すぐ結論を出さなくても構わないぞ? 我ながら、あれは少し急ぎすぎたと反省している。柄にもなく緊張していたようだ……」

「少し……?」

 

 総一郎の呟きに対し、訝し気な声を挟む明乃。

 しかしこれ以上話がこじれることを恐れてか、明乃のその突っ込みに反応するものは誰もいなかった。

 

「ああ、よかった。正直なところ……わたし、恋愛とかよくわからなくて……。一緒にいて楽しいってのはわかるし実感できるけど、愛かって言われるとまあ違うよねって感じで……」

「まあ、緋乃君はまだまだ若いですしね。そういうことはおいおい知っていけばよろしいかと……。それではまあ、顔合わせも終わったということで今日はこのあたりで……」

「うむ、こちらの我儘に付き合わせてすまなかったな野中君。緋乃君も、できれば色よい返事を期待したいものだが──無理は言わん。嫌なら嫌とフッてやってくれ。さぁて、ではお開きと──」

「──待ちなさい!」

 

 野中が持ちかけた会合の終了に一心が乗りかけたその時。

 勢いよく部屋の扉を開け、一人の少女が乗り込んできた。

 年頃は高校生ぐらいだろうか。黒を基調とした制服を身に纏い、長い黒髪を背中へとそのまま流した、赤い瞳の気が強そうな少女だ。

 

「おお、六花(りっか)か。大声なんて上げて一体どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもありません! 話は聞かせて貰いましたが、何ですか一体! まあ確かに顔の出来はよろしいですが──こんなどこの馬の骨とも知れぬ、()()()()()の小娘を相手に求婚など!」

「まざりもの?」

 

 その少女、六花は怒りを露にした様子で緋乃を指差す。

 一方、指差された側の緋乃は不満げに眉を顰め、不機嫌そうな声を出すのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 模擬戦

「ええ。生き残るために悪魔の力を奪い取った、それはまあいいでしょう。しかし、奪い取ったその力に身を蝕まれ──魂を犯され、汚された貴女にお兄様の隣に立つ資格はありません! 人間には本来存在しないその尻尾こそ、貴方の魂が人のそれではないことの証明!」

「六花! お前は言っていいことと悪いことの区別も──」

 

 それまで六花の発言を黙って聞いていた総一郎と一心であったが、流石にその発言は一線を超えたのか。

 総一郎が声を荒げ、六花のその発言を咎める。

 

「黙っててくださいお兄様! お兄様だってわかってるでしょう? 大神家は退魔の名家。この国の退魔師にとっての模範でなければならないのです! その次期当主ともあろうお方が、こんな尻尾の生えた小娘に現を抜かすなど……! しかもまだ彼女は12歳だそうじゃないですか! 犯罪ですよ犯罪!」

「むぅ……! し、しかし……」

 

 しかし、兄からの怒声を受けても六花は止まらない。むしろより声を荒げる始末だ。

 六花のその発言を受け、痛いところを突かれたとばかりに怯む総一郎。

 それを見て、一心が動き出そうとしたその瞬間。散々槍玉に挙げられていた緋乃が口を開いた。

 

「弱っちいくせに随分偉そうだね。退魔の名家って言うなら、権威どうこうの前に実力を重視すべきなんじゃないの?」

「──なんですって?」

 

 緋乃のその言葉を聞いた瞬間、ギロリという擬音が似合いそうな形相で六花は緋乃を睨む。

 緋乃はそんな六花に対し、これまで散々好き勝手言ってくれた鬱憤を晴らすかの如く挑発的な言葉をお返しするのであった。

 

「だって事実だし。ゲルセミウムとの──ああ、次元の悪魔の名前ね。そのゲルセミウムとの戦いのとき安全圏でぬくぬくしてたような奴に好き勝手言われてもね。いやまあ、仮にいたとしても瞬殺されてただろうけど……」

「……言ってくれますわね。偶々現場にいて、運よく黒幕を倒せただけの小娘が……」

 

 小馬鹿にした様子で口を開く緋乃を、まるで親の仇でも見るかのような目で睨む六花と──事情があったにせよ、国の危機に動けなかったのは事実なので気まずそうに緋乃から目を逸らす総一郎と一心。

 緋乃に痛いところを突かれた退魔師組が一斉に黙り、状況が膠着したその瞬間。

 これまでの流れを静観していた──実際には緋乃が馬鹿にされたあたりで動こうとしたのだが、先に総一郎や緋乃が動いたためにタイミングを逃しただけである──明乃が動いた。

 

「じゃあさ、実際に戦ってみればいいじゃん」

 

 

 

 

 

 

「ルールは一本先取で、生命に関わるような怪我をさせる技および術式は禁止。逆にこれさえ守れるのならば術式、武装、ギフト。どれも使用可とします。──何か質問は?」

「ありませんわ。さっさと始めましょう? わたくし、こう見えて忙しいので」

「へぇ、なら運がいいね。わたしが一瞬で終わらせてあげるから、すぐ用事に取り掛かれるよ?」

「減らず口を……!」

 

 屋敷の中央に位置する、その広い庭へと移動した緋乃たち。

 互いに10m程の距離を開け、向かい合う緋乃と六花。

 二人は試合のルールを説明する野中をよそに挑発を飛ばし合っていた。

 

「うーむ、すまないね明乃君……。うちの娘が君の友人に……」

「六花にはあとで俺からきつく言っておこう。緋乃に負けた後ならば、少しは頭も冷えているはずだ」

「へぇ意外。総一郎さんは妹さんの応援しないんだ?」

 

 表面上は何でもない風を装ってはいるものの、明乃も相当頭に来ていたのだろう。

 大神家の二人に対し、刺々しい言葉を放つ明乃。

 

「現在の緋乃の力量は知らないが、恐らくは悪魔の力を取り込んだことで相当に強化されている事だろう。それに対し、六花の戦闘力はそうだな──新世代選手権の時の手加減状態の緋乃に対しても8:2で不利といったところか? なんにせよ、六花に勝てる要素などない」

「え、あの時の緋乃がかなり手加減してたっての知ってるの!?」

 

 そんな明乃の様子に気付いていないのか──あるいは藪蛇にならないよう、意図的に触れないようにしているのか。

 六花に対し、冷徹な目を向けながら緋乃と六花の戦力差を評する総一郎。

 それを聞いた明乃は思わずといった様子で驚愕の声を漏らした。

 

「……? 君は何を言っているんだ? そんなの、見ればわかるだろう? いやまあ、あの愚妹は気付いていなかったようだが……」

「うむ、表情にもまだまだ余裕が感じられたし、それに本戦において二度使用した決め技であるあの爆破技──確か、ホワイトアウトだったかな? それで膨大な気を消費したにも関わらず、微塵も消耗した様子を見せていなかったからね……」

 

 まるで当然のことを語るかのように、緋乃の手加減に対する根拠を口にする大神家の男たち。

 それを聞いた明乃は、何とも言えない表情をして緋乃と六花の方へ目をやるのであった。

 

 

「それでは……始め!」

「先手必勝──!」

 

 野中が試合開始の合図を叫ぶと同時。六花はスカートの裾部分に仕込んでいた短刀を素早く両手に2本ずつ手に取ると緋乃の周囲へばら撒くようそれを投擲。

 一見すると見当違いの方向へと飛んでいく短刀であったが──。

 

「むっ!」

 

 その短刀はある程度の距離を進むと、まるで意思を持っているかの如く、緋乃目掛けて方向を修正。更にそれだけではなく、速度も急激に倍加。

 術式が仕込んでありますよと言わんばかりに、これ見よがしに青く輝く刃が銃弾もかくやという速度で緋乃へと迫りくる。

 

「甘い」

 

 それに対し、緋乃が取った手段は回避でも防御でもなく迎撃だった。

 緋乃は素早く尻尾を操ると、飛んでくる短刀の腹を次々と撃ち抜き──その刃を爆散させた。

 

「なっ、四本とも!? ──ならっ! 爆雷符!」

 

 流石にすべてを迎撃されるのは予想外だったのか、驚愕の声を漏らす六花。

 しかし驚いた様子を見せながらも、攻撃の手を止めないのはさすがに退魔の名家と言ったところか。

 緋乃へ短刀を投げつけた直後に懐から取り出した呪符へと素早く霊力──魔力のことを退魔師はこう呼ぶ──を込め、そのまま投げつける。

 その呪符は薄い紙であるというのに、まるでボールでも投げたかのように高速で緋乃目掛けて飛び──先ほどの短刀と同様に緋乃の尻尾に撃ち抜かれた。

 

「きゃ!?」

「──かかった!」

 

 しかし、緋乃の尻尾が呪符を撃ち抜いたその瞬間。呪符は目も眩むような光と共に大爆発を引き起こす。

 爆雷符──巨大な爆発と共に雷撃を撒き散らし、爆発のダメージと電気ショックで相手を行動不能にすることを目的とした呪符だ。

 爆発くらいまでは予想できていた緋乃だったが、閃光までは予想外だったのか思わず悲鳴を漏らしてしまう。

 

「食らいなさい! これで──」

 

 そんな緋乃を見て、勝利を確信したのか六花は再びスカートの裾から短刀を取り出してその両拳に挟み込む。片手に4本ずつでその数8本。試合開始直後に投げつけてきた倍の数だ。

 六花はその短刀を雑にばら撒くよう投げつけると、隠し持っていた小太刀を抜き音もなく緋乃へと駆け寄り──。

 

「なんてね?」

「──終わ!? なっ!?」

 

 その手に握る小太刀で緋乃を斬りつけんと六花が一歩踏み出したその瞬間。

 これまでの数倍の速度。音速をも凌駕する圧倒的なスピードで振るわれた緋乃の尻尾が瞬時に全ての短刀を撃ち抜き──その勢いのまま、六花の全身に巻き付いて縛り上げた。

 

「あぎ……! がぁ……!?」

「はぁ~、いくらなんでも弱すぎ。わたしは一歩も動いてないし、お前が馬鹿にしたこの尻尾しか使ってないんだよ? 全然ダメダメだね。そんな情けない戦闘力で名家とか名乗ってて恥ずかしいと思わないの?」

 

 その顔に嘲りの表情を浮かべ、六花をこれでもかと煽り倒す緋乃。

 しかし全身を緋乃の尻尾で締め上げられ、悲鳴を上げている六花には緋乃に対し言い返す余裕もなく──いや、そもそもその煽りを聞けているのかも怪しい始末だ。

 

「がっ……! ああぁ……!」

「ほらほら、早く抜け出さないと死んじゃうよ~? いや、これはお遊びだから殺さないけどさ。ちゃんと死ぬ寸前で止めるけど」

 

 試合開始地点から一歩も動かず、クスクスと笑いながら六花を締め上げる緋乃。

 

「あ゛あ゛っ!?」

 

 そのまま六花を締め上げる緋乃であったが、やがて六花の肉体が耐久限界を迎えたのか。

 その身体がミシミシと軋み、六花が目を見開いて大粒の涙を流し──。

 

「そこまで!」

 

 六花の心が完全に折れたのを確認した野中の、試合終了の声が庭に響き渡った。




BLタグは付け忘れたとかそういう訳ではありません。
つまりはまあ、そういう事です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 実地訓練

「妖魔退治のアルバイトぉ!? ちょ、二人とも何勝手に危ないことやってんの!」

 

 大神家への挨拶回りを終えた翌日の学校、その昼休み。封鎖されて誰もいないはずの屋上に理奈の声が木霊する。

 周囲に誰もいない場所で落ち着いて内緒話が出来るという屋上の環境に味を占めた緋乃たちは昼休みになるとちょくちょく屋上へ侵入しており──今日もまた侵入していたのだ。

 

「いや、あたしは止めたわよ? でも緋乃が……」

 

 明乃から緋乃と共に、妖魔退治のアルバイトを始めたことを聞いた理奈は明乃に対し、何故止めなかったのかと非難の眼差しを送り──それに対し、困ったような声と表情で言い訳をする明乃。

 それを見て、即座に緋乃の我儘が発動したのだということを悟った理奈は、頭を抱えながら愚痴を漏らすのであった。

 

「あーもう、ちょっと目を離すとすぐ悪い大人に寄り付かれて……! お金に困ってるなら私が工面してあげるし、何なら雇ってあげるのに……!」

「いや、お小遣い目当てってのもあるけど、それより鍛錬目当ての割合が大きいよ? 妖魔だったら殺しても問題ないんだし、人間には出来ない技を試したりとかいい鍛錬になりそうじゃない? ふふっ、わたしってば冴えてるね」

 

 理奈の思わず零したのであろう呟きに対し、得意気な顔を浮かべながらアルバイトを受けた理由を説明する緋乃。

 そんな緋乃を見て、理奈は大きなため息を吐く。

 

「そんな適当な理由で危ない橋を渡らなくても……」

「まあ、安心しなさいよ理奈。あくまであたしたちがやるのは雑魚散らしのお手伝い。強い妖魔はプロが対処するってことになってんだし、そもそも気が乗らなかったりしたら別に依頼受けなくてもいいんだから!」

「わたしたちは学生で、将来有望だからかなり甘くしてくれてるんだって。なんかゲームでよくある、冒険者ギルドの討伐クエストみたいだよね」

「まあ、もう受けちゃったのなら仕方ないけどさ……。でも、本当に気をつけてよ?」

 

 明乃と緋乃の二人がかりの説明を受け、渋々といった様子で納得を示す理奈。

 なんとか理奈の説得に成功した緋乃と明乃は、ほっと一息を吐くのであった。

 

 

 

「そう言えば、妖魔ってどこにでも湧くらしいけど……ここら辺の妖魔退治ってどうなってんの? もしかして理奈がやってたり?」

 

 話題がそれから始まったからということもあり、その後も妖魔やその最終進化形態ともいえる妖怪についての話をする三人であったが、ふと緋乃が自身の住む町の妖魔退治の状況についての疑問を口にした。

 

「ううん、そんなことしないよ? ここら辺はそもそも妖魔が発生しないからね。……まあ、たまーによそから紛れ込んでくることがあるから、その時は近くにいる魔法関係者が出張るって形を取ってるけど」

「妖魔が発生しない……? あれ、でも妖魔って自然災害みたいなもんで勝手に湧いてくるって……」

 

 明乃や緋乃が野中から聞いた話では、妖魔とは人々から湧き出る負の思念と大気に満ちる陰の気が混ざり合った結果自然発生する悪霊が進化し、実態を得た存在であり──人が住んでいる場所ならどこにでも発生する可能性があるとのことだった。

 しかし、理奈が言うには自分たちの住むこのあたりでは妖魔が発生しないらしい。

 教えられたことと食い違う、それを聞いた緋乃が疑問の声を上げると、理奈が笑いながらそのカラクリについて教えてくれた。

 

「ふふん、普通はそうなんだけどね。私たちは優秀ですので、このあたり一帯にちょっとした仕掛けをして、いわゆる陰の気が溜まらないようにしてあるんだよね。だから悪霊が発生しないってわけ。そして、悪霊が発生しないってことはその進化形態である妖魔も当然出てこない」

「ふーん。なら、他のところもそれ真似すればいいのに……」

 

 理奈の説明を受けた緋乃が、思わずといった様子でその感想を漏らす。

 しかし、その緋乃の感想に対し理奈は難しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

「いやー、それは難しいと思うよ? うちの場合はポストや電柱やらに色々と細工をして、市の全域を巨大な魔法陣に見立ててこれをやってる訳だけど……これまた維持管理が面倒なんだよねえ。ぶっちゃけちゃうと、悪霊が発生してから人を派遣した方が安上がりだから、そろそろやめないかって話が上がってるくらいで……」

「下手にシステムやらを構築して原因を無くすより、人間使って対処した方が安上がりって事ね。なんか、世知辛いわねぇ……」

「ホントにね……」

 

 理奈の話を聞いた明乃が、やるせない表情を浮かべながら肩を落とす。

 それを見て、三人の間にしんみりとした空気が流れるのであった。

 

 

 

 

「お、メールだ。もしかして……」

 

 その日の夜。食事と風呂を終え、寝巻に着替えた緋乃がベッドに腰掛けながらスマホを弄っていると、ちょうど一件のメールを受信した。

 僅かばかりの期待を胸に、緋乃はメールのアプリを起動。するとそこには、送信者として特殊事象対策課の文字が記されていた。

 

「おお、もう来たんだ……。ふふっ、いいね。わくわくしてきちゃった……」

 

 緋乃が微笑みながらそのメールを開くと、そこには妖魔退治についての実地訓練を行うので次の土曜日は開けておいて欲しいという旨が書かれていた。

 それを見た緋乃は笑みを深くすると、すぐさま了解の返信を送り、ベッドにごろんと横になる。

 

(たしか目安としては、格闘家に置き換えるとアマチュア以上プロ以下くらいだっけ? まあ大した相手じゃないけど……遠慮なくこの尻尾や蹴りを叩き込めるってのはワクワクするね)

 

 顔の前へと持ってきた尻尾を優しく撫でながら、緋乃は土曜日の実地訓練について思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 待ちに待った土曜日、その夕暮れ時。

 勝陽市から車で3時間ほどの田舎町に存在する、両隣を雑木林に挟まれた人気のない寂れた道路。そこに緋乃と総一郎の姿があった。

 

「えっと……ここに妖魔が?」

「ああ。逢魔が時という言葉は聞いたことがあるだろう? 昼と夜の境目。人々の心に巣食う不安が最も大きくなり、また同時に陰の気が高まりだすこの時間に奴ら──妖魔は発生する。いや、進化すると言うべきかな?」

 

 二人の目的は妖魔退治の実地訓練。

 妖魔という存在を見たことのない緋乃のために、その倒し方や注意すべき点などをレクチャーするというのが今日の目的だ。

 

「えっと……。総一郎さんって──」

「『さん』はいらん。総一郎でいい、気軽に呼んでくれ。なんならあだ名をつけても構わんぞ?」

「いや、さすがにそれは難易度高いかなーって。じゃあ、総一郎。総一郎って結構なお偉いさんなんだよね? わたしの訓練なんかに付き合ってて大丈夫なの?」

 

 いくら期待されてるとはいえ、退魔師たちを取り纏める名家の次期当主とも呼ばれる男がペーペーの新米である自分なんかに構っていていいのかという当然の疑問を抱いた緋乃。

 そんな緋乃に対し、総一郎は薄く微笑みながら口を開く。

 

「構わんさ。俺が対処すべき案件は、既に全て終わらせてきた。それに、俺にとって今一番重要なのは──お前の好感度稼ぎだからな」

「ふふっ、そっか。でも、わたしの攻略難易度はすごく高いよ?」

「構わんさ。困難な壁ほど乗り越えがいがあるというものだ」

 

 妖魔出現までの暇つぶしとばかりに、にこやかに会話を続ける緋乃と総一郎。

 そんな二人を物陰からこっそりと盗み見る二つの影があった。

 

「ぐぬぬ、あの小娘ぇ……。ちょっとお兄様との距離近すぎでしょう……? 少しは恥じらいとかそういうのはないんですの……!?」

「うわー、凄い顔。鬼の形相ってこういうことかー……」

 

 つい先日、緋乃に戦闘者としての格の違いを嫌というほど叩き込まれた大神六花と、緋乃の大親友にして、最大の理解者を自任する明乃である。

 

「それにしても、まさか六花さんからあたしに連絡が来るとはね……。言っとくけど、緋乃に悪い事をしようってのなら容赦しませんよ? どんな手を使ってでも邪魔しますから」

「ふん、その点については安心していいわよ? ぶっちゃけもうあの娘の相手は懲りたし──お兄様とお父様からも大目玉を食らっちゃいましたからね……。うう、尻尾怖い尻尾怖い……。ああ、骨がミシミシ……」

 

 緋乃に一方的に痛めつけられたのがトラウマと化しているのか、両腕でその身体を抱いてカタカタと震える六花。

 そんな六花を見た明乃はため息を吐くと、再び緋乃と総一郎の観察を再開するのであった。

 

「理奈ならともかく、あんなぽっと出の奴に緋乃を渡してなるもんか……!」

 

 

 

「……しゅん!」

「ふ、可愛らしいくしゃみだ」

「うう、これはあれだよ。きっとどこかで、誰かがわたしを褒め称えてるに違いない……」

「それは困るな。俺の仕事が減ってしまうでは──む、来たか」

 

 総一郎の注意を受けた緋乃が気を引き締めて前方を注視すると、まるで巨大なレンズでも設置したかのように雑木林の一部が歪む。

 それを見た緋乃が息をのみ、アクセサリーのように太ももへ巻き付けていた尻尾を開放して戦闘態勢を取る。

 

「では実地訓練の開始と行こうか。わからないことがあったらその時点で質問してくれ」

「うん」

「よし、ではまず一つ目。妖魔の発生前にその現場にたどり着けた場合は人払いの術式、あるいは呪符や呪具を用いて一般人の侵入を阻止。今回はもう俺がこのあたりに結界を張っておいたから使う必要はないが、もし一人で討伐を行う場合は忘れないでくれ」

「わかった」

 

 総一郎の教えに対し、素直に頷く緋乃。

 

「もし発生前に現場へとたどり着けなかった場合も、基本は人払いからだが──妖魔が逃げようとしていたら、先に討伐してしまっても構わん。そして、もし人払いが間に合わなかった場合や、一般人の前で妖魔が発生してしまった場合。この場合は臨機応変としか言いようがないな。一般人に被害が出ないことを最優先とし、隠蔽は二の次だ」

「人優先ね、わかった」

 

 再び緋乃が頷くと、ちょうどそのタイミングで歪みが小さくなり──その歪みの中から緑色の肌をした、全長2.5mほどはあろうかという一つ目の巨人が姿を現した。

 

「えっと……。サイクロプス……?」

 

 妖魔というので和風の怪物をイメージしていた緋乃であるが、実際に目にした妖魔の姿はゲームなどでよく見る、ある意味で緋乃にとっても馴染み深いものであった。

 思わず困惑の声を上げてしまう緋乃であったが、総一郎がその現象についての解説を入れる。

 

「妖魔の外見は人々のイメージで変化する。昔はもっと妖怪然とした奴らが見られたらしいが、最近はテレビゲームの影響やらでこういう外見の奴らが増えてきてな。直近だと次元の悪魔事件の影響でメカっぽい妖魔も見られるようになってきたぞ?」

「そっか……。人々の思念が素材だから、みんなの意識する魔物のイメージに引っ張られるんだね……」

「そういう事だ」

 

 緋乃と総一郎が語り合っている間に、歪みから完全に出てきたサイクロプス。

 それは周囲をきょろきょろと見回すと、自身の獲物であり怨敵でもある退魔師──強い陽の気を漂わせる人間を発見して雄叫びを上げた。

 

「こちらに気付いたな。では二つ目だ。普通に退治──と言いたいが、ここで注意が一つ。妖魔とは実体を持ってこそいるものの、基本的には陰の気の集合体だ。故に通常兵器や気の込められていない打撃は利きが悪い。陽の力である霊力──即ち、気を用いた攻撃を心掛けろ。まあ、膨大な気を持つお前に言うべきことではないか」

 

 サイクロプスは手近にあった街路樹を手ごろな大きさにへし折り、即席の棍棒を作るとそれに黒い瘴気のようなもやを纏わせる。

 恐らくは妖魔流の武装強化なのだろう。それを見た緋乃の目が細められ、その武装強化に対抗するかのように気を纏う。

 

「ほう、尻尾は使わないのか?」

 

 緋乃とサイクロプス、互いの距離は30m程度。

 尻尾を伸ばせば安全に、かつ一方的に攻撃できる距離ではあるが、それをせず構えを取る緋乃を見て総一郎が疑問の声を漏らす。

 

「尻尾は強いけど、加減が効きにくいから……。まずは妖魔の動きとか耐久力とか、そういう基礎スペック的なのを見たい」

 

 緋乃の回答を聞いた総一郎はなるほどと頷く。それと同時に、サイクロプスが先ほどより大きな雄叫びを上げ──緋乃目掛けて一気に走り出す。

 

「では戦闘開始だ。怪我をしないよう気をつけるんだぞ」

「うん!」

 

 総一郎は緋乃の戦闘の邪魔にならないよう、サイクロプスから距離を取るように跳んで後退。その場には構えを取る緋乃のみが残された。

 それを見て各個撃破のチャンスとでも思ったのか、緋乃へと駆け寄ったサイクロプスがその右手に握る即席棍棒を大きく振りかぶり、緋乃の頭部目掛けて勢いよく振り下ろし──。

 

「遅い」

 

 誰もいない地面へと、その棍棒が突き刺さる。

 

 

(見た目通り、パワーはそれなりにあるみたいだね。直撃したら、でかいたんこぶができちゃうな……)

 

 サイクロプスの振り下ろしを回避した緋乃は、弾け飛ぶアスファルトに目を細めながらその威力について考えを巡らせる。

 

(アマチュア格闘家レベルって聞いてたけど、パワーだけならプロレベルはありそう。……まあ、いかにもパワー系って見た目だし、多分あの個体が物理打撃特化とかそういうのなんだろうね)

 

 初撃を回避されたサイクロプスは慌てず騒がず、冷静に緋乃へと第二撃を放つ。

 振り下ろした棍棒をそのまま横方向へと振り回し、緋乃の胴体を殴り飛ばさんとし──。

 

「甘いっ! ──てやぁ!」

 

 身を屈めた緋乃に回避され、棍棒をすかされたことで隙を晒すサイクロプス。

 その丸太のように太い脚に、緋乃による反撃のローキックが叩き込まれた。

 

(耐久力は大したことない! やっぱり、強いのはパワーだけだ)

 

 蹴りを叩き込んだ脚から伝わる、ボキボキという骨のへし折れる感触。

 その心地良い感触と、自身の考察が当たっていた喜びから口元を歪める緋乃。

 逆に左脚を砕かれたサイクロプスは汚い悲鳴を上げ、その身体を大きくぐらつかせた。

 

「てやあぁ!」

 

 そして、その大きな隙を見逃してやるほど緋乃は甘くない。そのまま体勢を崩したサイクロプスへと連続攻撃を繰り出す。

 距離を詰めるついでに、その勢いを加えた左拳を脇腹に叩き込む。そのまま体を捻り、腹筋という鎧で守られた腹目掛けて右アッパーを繰り出し、拳を腹へとめり込ませる。

 悶絶し、拳を叩き込まれたその衝撃でサイクロクスの巨体が軽く後退。

 

「はあぁ!」

 

 そうして少しだけ空いた距離を最大限に利用し、緋乃はその右脚を力強く振り上げ──サイクロプスの胴体へと、ハイキックが勢いよく突き刺さる。

 緋乃の脚はサイクロプスのあばら骨を粉々に粉砕しながらその胴体へと大きくめり込み──緑色の巨体を、雑木林の中へと勢い良く吹き飛ばした。

 

「ふぅ……。肉を抉らないようある程度の手加減は必要だけど──殺さないよう気をつけなくていいってのは気持ちいね」

「妖魔をストレス解消のサンドバック扱いか。一般的な退魔師が聞いたら嫉妬間違いなしだな」

 

 勝負ありと見た総一郎が緋乃の元へと近寄ってくる。

 もはや立ち上がるだけの気力も残っていないのか、倒れ伏したままピクピクと震えるだけのサイクロプスを前に雑談を開始する緋乃と総一郎。

 しかし、自身に向けられる緋乃の興味が薄れたことを好機とでも思ったのか、力なく倒れていた筈のサイクロプスは勢い良く立ち上がるとその手に握っていた棍棒を勢いよく緋乃目掛けて投げつけてきた。

 

「おっと。第二ラウンド開始──って逃げるんだ……。怪物のクセに……」

「あいつは足が遅いから問題ないが、空飛ぶ妖魔の場合は注意が必要だな。先に羽などを潰して飛行能力を奪っておくといい」

 

 自身目掛け高速で飛んでくる大きな棍棒。それを緋乃は尻尾で器用に絡め取ると再び構えを取る──のだが、サイクロプスの次なる一手は逃走であった。

 ドタドタと背を向け、情けなく逃げるその姿を見て緋乃が思わず落胆の息を漏らす。

 

「りょーかい。さて、それじゃあ締まらないけど──トドメといこうかな?」

 

 総一郎からのアドバイスに返事をした緋乃は、その尻尾で絡め取っていた棍棒を雑木林へと投げ捨てる。

 そうしてフリーになった尻尾のその先端をサイクロプスに向け──次の瞬間、音をも超える速度で尻尾が一気に伸びた。

 尻尾は逃げるサイクロプスへ瞬時に追い付き、そのまま()()()()()()()()()

 

「む、狙いが──ああ、そういうことか」

 

 珍しいものでも見たかのように、驚きの声を漏らす総一郎。

 しかし、すぐに緋乃の真の狙いに気付いたのだろう。納得した様子でその顎に手を当てるのだった。

 

「まあ、ちょっとした攻撃のバリエーションというか……。普通に尻尾で撃ち抜くだけだとそのまま逃げられちゃうかもしれないし? ──それっ!」

 

 総一郎への言葉を口にしつつ、腕組みをしながら尻尾を操る緋乃。

 サイクロプスを追い越した緋乃の尻尾は、そのまま円を描くように緑の巨人の周囲を一周すると──緋乃が気合を込めると同時に、その円を一気に絞り上げる。

 ワイヤーのように硬く、そして細い緋乃の尻尾。それにより胴体を瞬時に締め上げられたサイクロプスは悲鳴を上げる間もなく──両腕ごとその胴体を両断されるのであった。

 

「いよっし、成功! えへへ、生物相手にやるのは初めてだけど、上手くいった!」

「切断攻撃か。うむ、柔らかい敵が相手なら極めて有効だな。……ちなみにだが、妖魔は生物ではないぞ?」

「ふふっ。まあ実体を持ってる以上、似たようなものだしいいじゃん。言葉の綾ってやつだよ」

 

 胴体を切断されながらも、それでもまだ逃げようと醜くもがくサイクロプス。

 ナメクジのように這い、ずりずりと動くその上半身に上空から尻尾を突き立て──地面へと縫い留めながら緋乃は総一郎へと笑顔を向ける。

 

「お、消えた……。これで退治完了、なのかな?」

 

 サイクロプスを地面へと縫い留めること数秒。緑色の巨人はその全身から黒いもやのようなものを吹き出し、跡形もなく消え去ってしまう。

 それを確認した緋乃は、尻尾を元の長さまで巻き戻しながら口を開く。

 

「うむ。妖魔は死ぬとああやって霧散するのだ。血や肉片も消えるから、どれだけ派手にぶちまけても構わんわけだな。ただし、破壊された道路やらは直らんからそこだけは注意だな」

「ああ、そっか……。戦力調査のためにわざと攻撃されてみたから歩道が……」

 

 総一郎の言葉を聞き、緋乃がその尻尾と肩をしゅんと落とす。

 本来なら防げた損害を出してしまい、申し訳なさそうな顔をする緋乃。

 

「気にするな。フリーの退魔師に任せていたら、この道路が使い物にならなくなる程度の被害は出ていただろうからな。それに比べればこの程度の被害などないも同然だ、胸を張れ」

 

 総一郎は苦笑しながらその頭をくしゃりと撫で、慰めの言葉を口にするのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 和解?

 夕暮れ時の人気のない廃工場を、巨大な蜂の姿をした8体の妖魔が飛び回る。

 その妖魔たちは針の先端から妖力弾を飛ばし、地上を駆け巡る二人の退魔師の少女へと攻撃を加えていた。

 8体の妖魔が交互に、連続で攻撃を加え──まるで雨のように降り注ぐ妖力弾が少女たちを襲う。

 この退魔師と妖魔の闘いは飛行能力を持ち、頭上を抑えた妖魔たちが圧倒的に有利であり──少女たちの敗北も時間の問題かと思われたその時。

 

「──そこっ!」

 

 妖力弾の発射タイミングが重なり、弾幕が一瞬だけ薄くなったその隙をつき、少女の一人──緋乃がその尻尾を勢いよく伸ばし、上空の妖魔の一体を串刺しにする。

 

「もういっちょ! ──おっと」

 

 緋乃の反撃に驚いたのか、妖魔たちの攻撃がほんの一瞬だけ遅れたその隙に、緋乃は尻尾でもう一匹の妖魔を撃ち抜くと、素早くその場を飛び退いた。

 そして、緋乃が一瞬前までいたそこに大量の妖力弾が撃ち込まれ──。

 

「隙ありです! ──爆炎符!」

 

 緋乃へと攻撃が集中したことで、ほんの一瞬だけフリーになったもう一人の少女──六花が妖魔へと素早く数枚の呪符を投げつける。

 慌てて妖魔は飛んでくる呪符をかわそうとするものの、そのうちの一体は回避が間に合わず、その身体に呪符が張り付き──炎を巻き上げ、盛大に爆発した。

 

「今よ尻尾娘っ!」

「言われなくても──!」

 

 呪符が一斉に爆発したことにより発生した強烈な爆風。

 その爆風に羽を取られ、体勢を崩した妖魔たちに緋乃の尻尾と六花の呪具が次々と襲い掛かる。

 

「一つ! 二つ! 三つ──!」

「我が刃から逃れること能わず──!」

 

 妖魔たちはその身体を緋乃の尻尾に撃ち抜かれ、あるいは六花の投擲した棒手裏剣のような大きな針や小刀で串刺しにされ──あっという間に全滅するのであった。

 

 

「……ふう、到着が遅れたときはどうなる事かと思いましたが──何とかなってよかったです。尻尾娘、貴女には感謝しなければなりませんね。……それと、この前は失礼いたしましたわ。本当に申し訳ありませんでした」

 

 全ての妖魔を退治し終えた緋乃と六花。一仕事を終えてほっと一息を吐く緋乃に対し、六花が気まずげに目を逸らしながらも話しかけ──そのまま頭を深く下げ、先の顔合わせの際の非礼を詫びる。

 

「むぅ……。まあ、謝るっていうのなら許すよ。でも尻尾娘じゃないもん、わたしには緋乃って名前が──」

 

 しかし、礼はともかくその六花の尻尾娘という呼び名が気に食わない緋乃は、何とかそれを訂正させようと眉を顰めながら文句を返すのだが──。

 

「尻尾が生えてる小娘のことを尻尾娘と呼ぶことに、何か問題でも? 言っておきますが、わたくしは先の非礼や貴女の戦闘能力に関しては認めましたが──貴女とお兄様の関係を認めたわけではありませんからね?」

「総一郎とは別にそういう関係じゃないし。わたしのことを好いてくれるのは嬉しいけど、まだわたしは愛とか恋とかそういうのは分からないし……」

「まあ! お兄様を呼び捨て!? ぐぬぬぬぬ、調子に乗るのもいい加減にしなさいよこの尻尾娘がぁ……!」

「ええい、だから尻尾娘って呼ぶなー!」

 

 六花はそんなことはどうでもいいとばかりに話題を自身の兄たる総一郎のことへと無理矢理に持っていくと緋乃へと釘を刺す。

 それに対し、緋乃は六花の心配するような関係ではないと返すのであるが──その際に総一郎を呼び捨てにしたことが六花の逆鱗に触れてしまい、話がぐだぐだになってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

「……そうか、結局六花お嬢様もあの混ざりものに絆されたわけか」

「まったく、あの馬鹿どもは一体何を考えていることやら! まあ確かに見てくれがよいことは認めよう。戦闘能力も確かだろう。──しかし、由緒正しき大神家に、人外の血を混ぜ込むなど言語道断! 論外だ!」

「うむ、長老のおっしゃる通り! 市井の血を入れることすら大問題だというのに、それを通り越して半人外の娘を嫁に迎えたいなど……ありえん!」

「それにしても総一郎め、女嫌いかと思えばまさかロリコンだったとはな……。あの時、幼い娘を当てがっておけば……」

 

 大神家本家の離れにて、老人たちの会合が行われていた。

 先代の当主に、分家の現当主や前当主など──歴史と伝統を何より重視する彼らは、次期当主である総一郎が緋乃に対し熱を上げていることが相当気に食わないようで、ただひたすら不平不満を口にしているのであった。

 

「しかしどうする? あの混ざりものの小娘はまだ拒んでおるようだが……大神家の偉大さを知れば、間違いなく股を開いて総一郎へと媚びるはずだ。そうなってしまえば……」

「代わりの娘をあてがうのはどうだ? 幼女趣味の総一郎に合わせ、10歳くらいで家柄の良い娘と婚約させて──」

「いや、あの混ざりものは顔が小さく手足が長いと──体つきに関してはどちらかというと大人のそれだ。ただ幼い娘を用意するだけでは見向きもされんだろう」

「本当に見てくれだけはええからの……。しかも大人よりの骨格と子供の肉の付き方が合わさり、妙な色気を撒き散らしとる。外見であの娘に勝つのはほぼ不可能に近い、別の手を考えよう」

「手っ取り早く始末してしまえばよいのでは?」

「誰がどうやるのだ? 万一証拠が残ってしまえば我々は破滅ぞ」

「総一郎の手の者も目を光らせておる。うかつな手は取れん」 

 

 老人たちはどのようにして緋乃を総一郎から遠ざけるかを話し合う。

 しかし、これといった案は全く出てこず──ただ時間のみが無為に過ぎ去っていく。

 

「……止むを得ん、妖魔を使うか」

「長老? しかしそれは退魔師たる我らの誇りに……」

「それに、並大抵の妖魔ではあの娘には勝てないのでは?」

 

 そんな折、先代がふと零した呟きを聞いて他の老人たちが色めき立つ。

 退魔師としての誇りが咎めるのか、それとも人としての良心が咎めるのか。老人たちは先代に気遣って柔らかい当たりの言葉を選んでいるようだが、その大半は否定意見だ。

 しかし、老人たちの言葉を聞いても先代は自身の意見を曲げようとしなかった。

 

「安心せい、儂に考えがある。妖魔を神と崇める頭のおかしい邪教集団がおるのは知っているな? そいつらの警戒度合を下げ、警備に携わる人間を削って地脈の警備に穴を作れば……」

「しかし、そんなことをすれば一般人や対処する退魔師への被害が……」

「背に腹は代えられん。犠牲となる一般人や下っ端には悪いが、彼らには代わりがいる。しかし、我々の代わりはいないのだから……」

 

 老人たちは様々な言葉で先代を説得するのだが、先代の意志は固く、その言葉は届かなかった。

 逆にあの手この手で誇りや自尊心を利用して説得され──最終的に、先代の案が通ることとなるのであった。

 

「よいか? 総一郎の馬鹿たれか混ざりものの小娘、どちらかを排除さえすれば我々の目的は叶うのだ。大神家という、古来よりこの国を守ってきた偉大なる一族の歴史を汚させるわけには絶対にいかんのだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。最近はなんだかんだで明乃も理奈も忙しくて時間が合わなかったから、三人でお出かけってのも久々だね!」

「久々って言うほどだっけ? せいぜい二週間しか開いてないじゃない。平日は一緒に遊んでたんだし……」

「二週間も開いてれば久々だよ! それに平日と休日はなんていうか、別腹なんだから。まったくもう……」

 

 とある土曜日の午前11時。緋乃、理奈、明乃の三人は仲良く駅前へと遊びに来ていた。

 肌寒くなってきたことで秋物を着用している明乃と理奈に対し、緋乃はショート丈のキャミソールにホットパンツと相変わらずの軽装ではあるが──周囲から浮いて見えることを恐れてか、ジャケットを着用するようになっていた。

 もっとも、それでも肩を露出するように軽く着崩しているあたりに、緋乃の見せたがりな癖が出ているのだが。

 

「ふんふふ〜ん♪ ふんふ~ん♪」

「ふふ、ずいぶんご機嫌だね緋乃ちゃん」

「なんか、厄介な妖魔の退治を手伝ったら報酬がたくさん貰えたらしいわよ?」

「へー、それでなんだ……」

 

 二週間もの長い間──長いといっても、緋乃にとってだが──共に土日を遊べなかった反動と、またつい先日、六花と共に蜂型妖魔を退治した際に貰えた報酬が予想よりも遥かに多かったことから、機嫌よく鼻歌を歌う緋乃。

 

「そうそう! 巨大蜂の軍団を退治したらね、すっごくいっぱい報酬が貰えちゃって……! いやー、退魔師っていいね。わたし、WFCで優勝したら退魔師になろっかな~」

「蜂……ああ、なるほどね。飛行型の妖魔に対処できる人は希少だからねー。っていうか飛行型の軍団ってかなり危険度高いやつじゃん! 危ない依頼は受けないって言ってたじゃない!?」

「ふふん。まあ確かに少しだけ厄介だったけど、わたしにはこの尻尾があるからね。隙を見つけて串刺しにして、あっという間におしまいってわけ。終わってみれば楽勝だったよ」

 

 緋乃は太ももに巻きつけていた尻尾をほどくと、理奈に見せつけるかのようにそれを顔の前まで持ち上げてふりふりと動かす。

 

「なるほど。対処が難しいから、その分報酬も高いってわけね。ちぇー、あたしもその依頼受けときゃよかったなー」

 

 元から高額報酬の依頼だったことに加え、本来なら六花と分け合うはずだった報酬を──当の六花が顔合わせの際の非礼の詫びとして受け取らなかったために──丸丸手に入れることのできた緋乃の懐はかなり暖かくなっているのだ。

 

「ふふっ、明乃と理奈にはいろいろと迷惑かけちゃったし……。お詫びといっては何だけど、今日は二人にプレゼントをしちゃうよ?」

「おお、さすが緋乃ね! よっ、大統領!」

「緋乃ちゃんからのプレゼント……! ええと、どうしよう! いつも着けれるアクセサリー? いやいや、せっかくだしここは──」

 

 緋乃のプレゼント発言を受け、喜びを露にする明乃と理奈の二人。

 この世で何よりも大事な親友たちに喜んでもらえたことから、緋乃の笑みがより一層深くなるのであった。

 

 

 

 

 

「えへへ、ありがとうね緋乃ちゃん。この指輪、宝物にするよ……!」

「いやー、本当にありがとね緋乃。このお財布、前々から気になってたのよね~」

「ふふっ、いいのいいの。二人にはいっつも助けてもらってたんだもん。ちょっとしたお返しだよ。……これからも、ずっと一緒にいてね?」

 

 夕方の帰り道にて、仲良く並んで歩きながら自宅への道を歩む三人。

 理奈は左手の薬指に嵌めたシルバーリングを眺めながら、明乃は可愛らしい財布を取り出しながら笑顔で緋乃へと礼を言う。

 そして、それを聞いた緋乃は嬉しそうに微笑みながら二人へと言葉を返す。

 三人ともが笑顔であり、楽しげなオーラをその全身から漂わせていた。

 

「ん……。なんだろ、通知来た」

「あれ、緋乃も来たの? あたし達に同時にってことは……」

 

 三人が歩いていると、ふとポケットの中に入れているスマホが振動したことに気付く緋乃。

 思わず独り言を呟く緋乃であったが、それを聞いて明乃も自身のスマホに通知が来たことを明かす。

 

「ああ、やっぱり依頼かぁ。むぅ……。今日はもうそんな気分じゃないし、パスかなー」

「あたしも面倒だしパスしよ──ってこれ菊石市じゃない。結構近いわね……」

「あ、ホントだ、お隣さんか……。うっわー厄介……」

 

 緋乃がスマホを取り出して通知内容を確認すれば、そこには明乃の予想通り妖魔発生予兆のお知らせと討伐を依頼するメールが来たことを知らせる文字が。

 面倒臭そうな声を出し、依頼を拒否するメールを返信しようとする緋乃であったが──自身と同様にスマホを確認していた明乃の声を聞くと改めてメールの内容をしっかりと確認し、心の底から嫌そうな声を出す。

 

「へー、どれどれ……。あちゃー、割とランク高いじゃんこれ……」

 

 緋乃が依頼を受けるべきか無視すべきか迷っていると、横からひょっこりと理奈の顔が現れて緋乃のスマホを横から覗き込む。

 そうして理奈は妖魔の情報に目を通すと困ったような声を上げ──それを聞いた緋乃は理奈に対し質問を飛ばす。

 

「コレって地味に強い系? ほっといたら不味かったりするの?」

「中の上……。いや、上の下って所かな……? まあ所詮は妖魔だしそこまでヤバいって訳じゃ無いけど……ほっといたら死人が出るし、退治にもそれなりのレベルが要求される相手だねぇ」

「ふーん。じゃあ、面倒だけど受けておこっか……。わたしなら走ればすぐだしね」

 

 理奈の言葉を聞いた緋乃は、ため息を吐きながらスマホを弄り、依頼を受諾する旨を示した返信を送る。

 

「せっかくだしあたしも付き合うわよ、緋乃」

「じゃあ、私もついてこっかなー。一人だけ先に帰るってのもアレだしね~」

 

 嫌々依頼を受ける緋乃を見て不憫にでも思ったのか、それとも妖魔のレベルが意外と高いということを知って持ち前の正義感を発揮したのか。明乃と理奈も緋乃へ同行する意思を示す。

 

「明乃……理奈……。ふふっ、ありがと。じゃあ、行こうか?」

「ええ!」

「うん!」

 

 それを聞いた緋乃は頬を緩ませるとその身体に気を纏い──明乃と理奈と共に、妖魔の発生が予想される菊石市へ向けて一気に駆け出すのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 退魔の剣士

「この嫌な感覚──不味いよこれ! 多分、もう出てきてる!」

「マジ!? 可愛い女の子がお出迎えしてあげようってんだから大人しく待つのが礼儀ってもんでしょ!」

「理奈、人払いお願い!」

「まかせて緋乃ちゃん!」

 

 冷たい風が吹く夕暮れ時の住宅街を高速で駆ける緋乃たち三人。

 走るスピードをほんのわずかに落としつつ、理奈がぶつぶつと呪文を呟くと、緋乃の身体を「なんとなくここに近寄りたくない」という感覚が走り抜け──頭を軽く振ることで緋乃は気を取り直す。

 

「──見えたっ! あの森の向こうにある共同墓地だよ! んん?」

 

 先頭を走る緋乃が、前方に見える森を見て声を発したその直後。

 緋乃の耳が、まるで硬い金属同士をぶつけ合うような甲高い音を捕らえた。

 その音は断続的に響いており、そのことからも一般人が巻き込まれたのではなく──退魔師や格闘家という、ある程度の戦闘能力を持つ存在が妖魔と戦闘中であることが伺える。

 

「これは──戦闘音?」

「依頼のバッティング? そんなこともあるんだ、珍しいわね」

 

 その戦闘音は理奈と明乃の耳にも届いたようで、二人とも困惑と驚愕が入り混じったような声を上げた。

 

「よくわかんないけど、とりあえず行こう……!」

「おっけー、援護は任せなさい!」

「先に補助かけとくよ! 聖なる光よ、我らに力を──」

 

 先頭は三人の中で最も高い打撃力と防御力を併せ持つ緋乃が、その後方に明乃と理奈が続く形で緋乃たちは目的地の共同墓地目掛けて駆け続けた。

 

 

 

 

 

 

「滅っ──!」

 

 紺色の制服の上に、黒いコートを纏った高校生くらいの年齢の白髪の少女が、一体の妖魔──両腕が鎌と一体化した、まるでカマキリのようなロボット型の妖魔である──と激しい剣戟を繰り広げていた。

 少女の名は白石奏(しらいしかなで)。退魔を生業とする名家、大神家の分家である白石家の娘であり──数年前まで、()()()()()と呼ばれ蔑まれていた存在だ。

 

「せいっ!」

 

 妖魔が少女を切り刻まんと振るう鎌を、奏はその手に握る刀で受け流し──お返しとばかりに斬り上げを放ち、妖魔が振りかぶっていた腕を切り落とす。

 

「これで──なっ!」

 

 奏は妖魔の腕を落とした勢いのまま、その胴体を真っ二つにせんと刃を返して体に力を込める。

 そうして腕を斬り落とされたダメージで隙を晒し──そうでなくとも、動きが鈍るであろう妖魔に対する止めの一撃を放とうとする奏。

 しかし、その一撃を放つ寸前。相手の妖魔の胴体部分の装甲がカシャリと開き、その中から砲門を覗かせたことで、慌てて攻撃をキャンセルしてその場から飛び退く。

 

「くぅ──!?」

 

 そうして飛び退いた奏のいた地点を、高威力の妖力弾が吹き飛ばす。

 これこそが最近現れるようになったロボット型妖魔の厄介な点だ。通常の生物型の妖魔であれば、大きなダメージを与えればその痛みから大きな隙を晒したり動きが鈍くなるものだが──機械には痛覚が無いという一般常識(せってい)を反映してだろうか。

 ロボット型の妖魔はダメージを受けた直後や、何なら受けている最中にも容赦なく反撃を仕掛けてくる。

 この特性のせいで、奏のような近接戦闘を主体とする退魔師はここ最近、予想外の反撃を貰うことが増え──その立場を少し落としていた。

 

「おのれ、散るがいい──!」

 

 本来ならば決めれていた筈の勝負を決めれなかった苛立ちからか、奏はその霊力を一気に開放する。

 腰を落として両足に力を籠め、同時に刀を鞘に納めてそこに霊力を集中させ──。

 

「妖断閃!」

 

 妖魔へと超高速で接近。すれ違いさまに神速の居合斬りを叩き込み、妖魔を両断するのであった。

 

 

「ふぅ……。まったく、手間をかけさせてくれ──」

 

 胴体を断ち斬られ、無残に転がる妖魔の残骸。

 黒いもやを吹き出しながら、その輪郭を薄れさせていくそれを見て奏が気を抜いたその瞬間。

 妖魔の目の部分が光ったかと思うと、再びカシャリという音が鳴り、地面に転がる妖魔の胴体から砲門が現れる。

 驚愕からその身体を硬直させる奏の前でその砲門が光り輝き──。

 

「──キャアア!?」

 

 突如として飛来した()()が地面ごとその残骸を貫き、爆散させた。

 

「けほっ、けほっ……。一体何が……」

 

 まるで大砲でもぶち込まれたかのような圧倒的な衝撃。それにより、盛大に巻き上がった土煙を手で払いながら奏は何が起こったのかを確認する。

 

「……ワイヤー?」

 

 妖魔の残骸があった地面。

 盛大に吹き飛び、クレーターのできたそこへと目をやれば──そこには、一本の細いワイヤーが撃ち込まれていた。

 疑問の声を上げる奏の前で、そのワイヤーが地面から抜け、勢いよく巻き取られていく。

 奏がそのワイヤーの巻き取られていく先を見れば、三人の少女たちがこちらへと駆けてくるのが確認できた。

 

「いや、あれは……しっぽ? ああ、成程。あの子が……」

 

 奏が目を凝らせば、先頭を駆ける少女の腰あたりから、先ほどのワイヤーと似たような尻尾が生えているのが確認できた。

 少女が駆けるたびに大きく揺れるその尻尾を見て、一人納得した声を漏らす奏。

 次元の悪魔事件を解決した小さな英雄。その少女の名と姿は、当然ながら奏も把握していた。

 

「それにしても、あの距離からこれほどの威力かぁ。凄まじすぎて、羨む気持ちも湧いてこないな……」

 

 尻尾の持ち主である少女──緋乃と奏の距離は、およそ500mほど。いや、尻尾の射出時点ではもう少し距離があっただろうから、実際には600m程度だろうか。

 それだけの距離が開いていたというのに、あれだけの破壊力と精度だ。尋常ではない。

 

「あれが味方とは、頼もしい限りだな。是非とも、退魔師(なかま)になってもらいたいところだが……」

 

 現在の退魔界隈における中堅どころとして、それなりに色々な退魔師を見てきた奏からしても緋乃という少女は別格だ。

 まだ100m程度の距離が開いているにもかかわらず、ピリピリと肌に感じられる膨大な気。

 これだけの気があれば、ただ純粋に身に纏うだけでも大抵の妖魔どころか妖怪ですら殴り殺せるだろうし──距離を取っても、先ほどの尻尾攻撃が飛んでくる。

 恐らく、彼女を超える退魔師はこの国には存在しないだろう。

 

「さて。その前に、依頼の邪魔をした言い訳を考えないと……」

 

 奏は別に依頼を受けて戦っていたわけではなく、たまたま近くを通りがかった際に妖魔の気配を感じたので駆けつけただけの部外者だ。

 そして、駆けつけてきたタイミングの良さから察するに、緋乃こそが先ほどの妖魔を退治する依頼を受けた請負人であり──自分はその依頼に割り込んだ上に勝手にピンチになり、みっともなく助けられたお邪魔虫というわけだろう。

 困惑の表情を浮かべながら近寄ってくる三人の少女たちを見ながら、奏はどう説明すればよいのか頭を捻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──という訳なんだ。君たちの獲物を横取りするような真似をして、申し訳ない。すまなかった」

「いえいえ、頭を上げてください白石さん。元はといえばあたしたちが遅れたのが悪かったんですし、おかげで被害が出ずに済んだんですから!」

 

緋乃たちは、依頼を受けた自分たちよりも先に妖魔と戦っていた、白い髪の少女──白石奏より事情を聞いていた。

 話を聞くところ、別の地域に発生した妖魔退治の依頼を終えた奏は、帰宅するためにたまたまこの菊石市を通りがかったところ偶然にも妖魔の気配を察知。

 発生地点は住宅街に近く、このまま放置すれば退魔師の到着よりも先に妖魔が暴れて被害が出ることは免れないと判断した奏は──依頼を受けてはいないのだが独断で討伐を決行。

 そうして奏が妖魔を片付けるその直前、緋乃たちが姿を現したというわけだった。

 

「そう言ってもらえると助かるかな。それと最後の一撃に感謝を。不知火さんの援護が無ければ、手痛い一撃を貰うところだった」

「ん、間に合ってよかった。ふふ、すごいでしょ? わたしの尻尾」

「ああ、凄まじい一撃だったよ」

 

 礼を言う奏に対し、微笑みながらそれを受け止める緋乃。

 奏は緋乃の背後でふりふりと左右に揺れる尻尾へと興味深そうに目をやっていたが、ふと気を取り直すと真剣な表情へ戻る。

 

「依頼の報酬に関しては、すべてそちらのものだから安心して欲しい。最後のしっぽ攻撃で抉れた地面の修繕も、私の方で直しておくから安心してくれ」

「え、いいの? わたし、最後に尻尾撃ち込んだだけで実際にはほとんど白石さんが……」

「ああ、これはあくまで君たちの受けた依頼なわけだしな。私はただの乱入者。むしろ、怒られてもおかしくない立場なわけであって……」

「むぅ……。でも、白石さんも怪我しちゃってるし……」

 

 奏の言葉を聞いた緋乃が、納得のいかない表情を浮かべる。

 それを見て奏はくすりと微笑む。

 

「怪我に関しては私の未熟だ。実際、不知火さんなら無傷で倒せただろう相手だしな……。ああ、それと私のことは気軽に奏と呼んでくれ。年齢は私の方が上かもしれないが──退魔師としての腕前なら、不知火さんの方が遥かに上なのだから」

 

 そこまで口にすると奏は緋乃が何かを口にする前にくるりと背を向け、抉れた地面へと数枚の呪符を投げ込む。

 そのまま奏が何言か呪文を呟いで印を結ぶと、抉れた地面がもこもこと盛り上がり──数秒後には、元の状態へと戻るのであった。

 

「抉れたのがただの地面で助かったよ。落ちこぼれの私には、アスファルトやコンクリートを再現するなんてことは出来ないからな」

「え? ふつ──」

 

 奏の口から洩れた落ちこぼれという言葉に対し、緋乃が反応しかける。

 普通に強かったと思うけどなんで? と思わずその理由を問いただしそうになる緋乃であったが──いくらなんでも失礼すぎると、ギリギリのところでなんとか踏み止まる。

 

「──げふん。あの、奏さん。わたしのことも気軽に緋乃って呼んでもらえれば……」

「わかった。それじゃあ今日はありがとう、緋乃。また縁があれば、その時はよろしく頼むよ。では、私はこれにて」

 

 思わず漏れてしまった声をごまかすため、慌てて呼び名に関する話題を口にした緋乃。

 幸いにして奏は緋乃の失言未遂に気付いた様子はなく、そのまま緋乃に対し改めて礼を言うと一礼して去っていった。

 

「ふう……。礼儀正しい人で良かったね、緋乃ちゃん。鋭い雰囲気の美人さんだったから、遅い! とか怒られると思ってドキドキしちゃったよ~」

「でも話してみれば優しそうだったし、報酬も全部くれたし、緋乃が尻尾で吹っ飛ばした地面も直してくれたし……良い人だったわね~。あとこう、刀でスタイリッシュに戦って格好良かったし!」

「うん、確かにカッコよかった。たなびくコートにきらめく銀閃──ちょっと憧れちゃうね」

 

 奏の姿が見えなくなったことを確認すると、理奈と明乃が笑顔で緋乃へと寄ってきて口を開く。

 素手で居合斬りの真似をしながら奏の格好良さを褒める明乃に対し、緋乃も深く頷いて同意を示す。

 

「さてと……じゃあ、わたしたちも帰ろっか? もうかなり暗くなってきちゃったし」

「うっわ、もうこんな時間じゃない! 早く帰らないとお母さんに怒られる!」

「あはは、じゃあまたダッシュで帰らないとね」

「ふふふっ……」

 

 緋乃の声を聞いた明乃がスマホで時間を確認し、そのまま慌てた声を上げる。

 そして、それを見た理奈が笑い声を上げ──緋乃もその声につられて笑い出す。

 そうして三人は大急ぎでそれぞれの自宅へと戻るのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 噂話

「おーう、そいじゃあお疲れーい。お前ら寄り道せず帰るんだぞ~」

 

 担任の小山田がそう告げると同時に、生徒たちの声で騒がしくなる教室。

 退魔剣士の奏と遭遇した三日後。無事に授業を終えた緋乃と明乃は、話しかけてくるクラスメイトへと対応をしながら帰る準備をしていた。

 

「いやー、終わった終わった! さぁーて、帰るわよ緋乃!」

「ん。それで今日はどうする? 理奈は忙しいみたいだし、うちきて遊ぶ?」

「うーん、そうねぇ……。ならお邪魔しようかしら? じゃあ家帰ったら速攻で……ってなんか騒がしいわね?」

 

 緋乃と明乃が今日の予定について話していると、にわかに教室が騒がしくなる。

 一体何事かと周囲の様子を窺えば、窓際にクラスメイトたち──それも主に女子たちが中心となって集まっており、窓の外を見てざわめいている。

 

「外がどうかしたのかしらね? まるで芸能人でも来たみたいに騒いじゃって──ってげっ!」

「どうしたの明乃? 嫌そうな顔しちゃって……。外に何かあったの?」

 

 興味本位からか、窓のそばによって外の景色を確認する明乃。

 しかし、明乃は外を確認した途端にまるで嫌なものを見てしまったと言わんばかりにその顔を歪めてしまう。

 それを見た緋乃が、一体外に何があるのかと自分も窓際によってみれば──。

 

「あれは……総一郎? なんで学校に?」

 

 校門付近に停車する一台の車。そしてそのそばには一人の男──大神総一郎が立っているのであった。

 

 

 

 

 

 

「それで……どうして急に学校に? 何か問題でもあったの?」

 

 総一郎に促されるまま、車の後部座席に乗り込んだ緋乃と明乃。

 緋乃は隣に座る、不機嫌オーラ全開の明乃へと冷や汗を流しながら、自分たちを迎えに来た総一郎へその理由を問う。

 

「そうだな……。緋乃(おまえ)の顔が見たくなった。……というのはどうだ?」

「通報していいかしら? こう、ロリコン罪的な罪で」

「それは困るからやめてくれ。揉み消すのにも手間がかかるからな。それと、勘違いしているようだが俺はロリコンではないぞ? この総一郎、緋乃以外の人間に心奪われたことは一度もない。たまたま緋乃が幼く、小柄であっただけというわけで──」

「それを世間じゃロリコンって言うのよこのヘンタイ」

「むぅ……」

 

 総一郎の言い訳に対し、不機嫌さを隠そうともしない声でそれを断ずる明乃。

 強い口調で自身の言い訳をぶった切られた総一郎が困り果てたといったような呻き声を漏らし──それを聞いた緋乃が、得意気な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「まあまあ、そうカリカリしないの。つまり、それだけわたしが魅力的だってことでしょ? うふふ、魔性の女でごめんね?」

「はぁ……。ホントに魔性だから困るわよ……」

 

 ウィンクをし、ちろりと舌を出しながら軽い調子で声を出す緋乃。

 そんな緋乃に対し、明乃は軽くため息を吐くと──誰にも聞こえないよう、小さな声を出すのであった。

 

 

「実はだな。最近、良くない噂が界隈で流れているんだ」

「良くない噂……?」

「どんな噂なの?」

 

 車を運転しながら、総一郎が緋乃たちの前に姿を現した本題を告げる。

 それを聞いた明乃が首を傾げ、緋乃がその噂の内容を告げるよう総一郎へ求める。

 

「ああ。俺もそこまで詳しいわけではないが、なんでも──悪魔の力を得た緋乃が人類を滅ぼそうとしているだとか、大神家に取り入ることで日本の退魔師を骨抜きにしようとしているだとか、そういう類の噂だ」

 

 総一郎のその言葉を聞いた明乃の顔が不愉快そうに大きく歪み──先ほどまでご機嫌な笑みを浮かべていた緋乃も、その眉を顰める。

 

「ハァ? 何よそれ、頭湧いてんじゃないの? 新進気鋭のルーキーに嫉妬でもしてんのかしら」

「ああ、恐らくはその通りだ。……情けないことだがな」

 

 湧き上がる不満を抑えきれぬとばかりに、小馬鹿にした調子で明乃が不満を口にした。

 しかし、その明乃の発言を総一郎は肯定する。

 

「えっと……どういうことなの?」

「急に現れ、獅子奮迅の活躍を見せる緋乃のことが気に食わない輩が多数いる──ということだ。特に、緋乃は一般家庭の出だからな。家柄なんかを誇る連中からしたら、この上なく目障りなんだろう……。あと、俺がお前に夢中だという情報が流れたことも影響しているかもな」

 

 緋乃の上げた疑問の声に総一郎が答えるが、その回答を受けても緋乃はわかったようなわかっていないような曖昧な表情を浮かべていた。

 そんな緋乃の様子を見た明乃が、より分かりやすいようにかみ砕いた説明をする。

 

「要は、ついこないだまで一般人だった新入りに一瞬で追い抜かされてデカい顔されるのが悔しい! お偉いさんに気に入られて、権力でも追い抜かされそうで更に悔しい! って事よ。バッカバカしい……! っていうか、最後の要因ってアンタのせいじゃん!? なに他人事な風に言ってんのよ!」

「面目ない」

 

 うがーっと怒りを露にする明乃に対し、微塵も心のこもっていない謝罪の声を上げる総一郎。

 それを受けた明乃が更にその怒りをヒートアップさせ、緋乃にまあまあと宥められる。

 

「なんにせよ、今は噂だけだが……実力行使に出る馬鹿がいないとも限らん。気をつけておくに越したことはないだろう」

「もし襲われたら、返り討ちにしちゃっていいのかしら? なんかムカつくんだけど」

 

 誰も乗っていない助手席のシートに、ボスボスと軽いパンチを撃ち込みながら疑問を口にする明乃。

 

「構わん。ただしその場合、必ずこっちに一報よこしてからにしてくれ。もし相手の背後にそれなりの家の者がいた場合、『何もしてないのにあっちから襲ってきた』と言って濡れ衣を着せてくる可能性が非常に高いからな」

「面倒だけど仕方ないわね。わかったわね? 緋乃。いきなり手を出すんじゃないわよ?」

「わかってるって」

 

 総一郎の答えに満足したのか、明乃はゆっくりと頷くと隣に座る緋乃へと注意を飛ばす。

 そんな明乃に対し、緋乃は唇を尖らせながら反論し──そんな二人の様子を見た総一郎が、小さく笑い声を漏らす。

 

「それと最後にもう一つ用事があってな。……これだ」

「これは……依頼書? えっと……スタジアム跡地の調査?」

 

 緋乃が総一郎から差し出された封筒を受け取り、その中身を確認する。

 すると、その中から出てきたのは一枚の依頼書だった。

 依頼書に軽く目を通した緋乃が疑問の声を上げると、それにこたえるかのように総一郎が口を開く。

 

「かつて、君たちが次元の悪魔を倒したスタジアムの跡地。あそこは元々、あのあたり一帯の霊力が流れ込む一種のパワースポットなんだが……奴が現れたせいか、陰の気に満ちた危険地帯と化していてな」

「陰の気……。悪霊やら妖魔のご飯だよね? でも調査といっても何すればいいの? わたしたちはそういう技能ないよ? 破壊活動なら得意だけど」

 

 依頼書を隣の明乃に渡しながら、総一郎の言葉に答える緋乃。

 

「ああ、わかっている。だがあの地帯を汚染しているのは、かの悪魔の魔力やら残留思念でな……。奴の力を持つ君なら、吸収するなり霧散させるなりして対処できないかという話になったんだ」

「ふーん。まあそういうわけなら行ってもいいけど……あまり期待しないでよ? わたしが受け継いだ力は、あいつの持つパワーのほんの一部なんだからね?」

「そのあたりは承知の上だ。とりあえず、あの場所はかの悪魔による汚染がかなり酷くてな。退魔師(われわれ)による浄化も受け付けないときたものだが──さすがに放っていくわけにもいかない。それで、打てる手は手当たり次第に打っていこうというわけだ」

 

 勝手に期待されて勝手にがっかりされたりなどしては困ると、念を押す緋乃。

 総一郎はそんな緋乃の言葉に苦笑しながらも同意を示すと、ゆっくりと車のスピードを落として停車する。話しているうちに、緋乃たちの自宅の前に到着したのだ。

 緋乃と明乃は総一郎に対し礼を言うと、そのまま車を降りて自宅へと戻るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。