オラリオに神の子が来るのは間違っているだろうか? R (ケツアゴ)
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プロローグ

オリジナル、感想が全然来ないので息抜きに!ゆるーく連載します


「私の伴侶(オーズ)は此処に居るかしら? ねぇ、アレンはどう思う?」

 

 これはベル・クラネルがオラリオへとやって来る数年前、未だ育て親である祖父と暮らしていた頃、オラリオから遠く離れた地にて美神フレイヤは微笑みながら眷属である猫人の少年へと話し掛ける。

 後に幹部となる彼だが、この時は未だLv.6にはなっておらず、外のモンスターには苦戦しない程度の力だ。

 

「俺からは何も言う事はありません。あえて言うのならば直ぐにオラリオに戻られるべきかと」

 

 このフレイヤの悪い癖である多情から来る運命の相手探し、それに出掛けようとした際に偶々近くに居た事で険悪な他の団員を出し抜いて二人旅になったのだが、彼はフレイヤ・ファミリアの中でもフレイヤの自由を制限してでも主神としての自覚ある行動を望む常識人、狂信的な程の愛を捧げていても今回の旅には不満があった。

 

 場所は黄金の麦畑が広がる長閑な田舎町、ただでさえ目立つ女神が注目を余計に浴びる場所、不逞の輩は須く肉塊に変える気ではあったが、まさか無理に連れ帰る訳にも行かずに困っていた。

 

(まあ、そう簡単に見つからないだろう)

 

 フレイヤ・ファミリアの団員にとってファミリアの構成員は愛しの女神の寵愛を奪い合う敵、殺し合いすら厭わない相手、余計なライバルが増える懸念はあったものの、フレイヤの目に留まる程の存在がそう簡単に見付かる筈もない。

 

「取り敢えず宿を取っています。……とてもフレイヤ様が泊まるのに相応しい部屋ではありませんが」

 

「あら、別に良いわ。それよりも今日は一緒に寝ましょうか?」

 

 微笑みながら告げられた誘惑の言葉、寝ずの番をして女神を守る決意に揺るぎは生じないが、それでも誘惑の力は強い。

 その笑顔を直接向けられてもいないのに周囲の農夫が魅力され目を奪われるのを威嚇する中、遠くから釣り竿を手に足取り軽くやって来るエルフ幼子の姿があった。

 

「あら? 近くにエルフの集落は無いはずだけれど珍しいわね。何処かで見た顔な気もするんだけれど……」

 

「フレイヤ様、まさか……」

 

 相手は男か女かも分からない程に幼い子供、そんなのに興味を持ったのかと思うアレンだが、同時に何時ものパターンであるとも思う。

 幼子であろうとフレイヤの魅了の前には無力、話し掛けられて真っ赤になった姿を楽しんだ後は頭でも撫でて別れる事だろう、と。

 流石に幼子に嫉妬はしない。

 

 

 

「僕? 僕は男の子だよ、女神様」

 

「なっ!?」

 

 故に性別を聞かれて答える姿にアレンは驚く事になる。

 幼い少年は……魅了を一切受けていなかった。

 

 魅了をはねのける、顔を赤らめはするが魅了にまでは到らない、そんな相手が今まで居なかった訳ではないが、目の前の少年はフレイヤに一切見惚れる様子を見せていない。

 モンスターすら魅了する美しさをはねのけたのではなく、最初から通じていないのだ。

 

 神の恩恵を得て器を何度も昇華させた冒険者でさえも困難な事を目の前の幼子は平然とやってのけた事にアレンもフレイヤも驚き、当の本人はキョトンとしている。

 

「……そう、そうなのね」

 

 不味いっ! アレンは静かに呟くフレイヤの姿を見て直感した。

 もう一度言うが彼は狂信的な愛を捧げているが、それさえ除けば良識人、女神の命令ならば悪徳な行為でさえ行っても、今からフレイヤが行おうとしている事は止めるべきだとも思う。

 

 

「ねぇ、坊や。今晩私の所に来ない? 美味しい物をご馳走するわ」

 

「フレイヤ様っ!」

 

 間違い無く目の前の子供をオラリオに連れて行く気だと察したアレンは一旦止めるべきだと動こうとして、目の前から少年の姿が消え去る。

 次に現れたのはアレン真横、極東の服、忍び装束と呼ばれる格好をして赤毛で目の辺りを隠した少年に抱えられていた。

 

「小太郎? 小太郎じゃない! 久し振りね」

 

「……お久しぶりです、フレイヤ様」

 

 フレイヤが目を付けた少年を抱えた彼の姿を見るなり嬉しそうにするフレイヤ、彼女が口にした小太郎という名にアレンは聞き覚えがある。

 

 

「此処では騒ぎになります。一旦僕達の……フレイ・ファミリアの拠点まで案内しますので」

 

 不変の存在である神、当然ながら老いず、親兄弟という物は存在しないが、極希に互いを兄弟だと認識している神々も存在する。

 フレイヤにとってのそれがフレイ、美神の兄であり、小太郎はその眷属の一人だ。

 

「そう、兄さんも居るのね。ふふふ、偶にヘルメス経由で手紙が来るけれど元気にやっているのかしら?」

 

「ええ、相変わらず」

 

「なら、結構。……それはそうとして、その子に名前を教えて貰いたいのだけれど。私の伴侶(オーズ)かも知れない子だもの」

 

「……矢っ張りか」

 

 思わず呟くアレン、流石に彼処まで幼い子供に目を付けるなど帰ったら他の団員に何か言われるのは自分だと辟易し、フレイヤの意思なら連れて帰るが小太郎の様子からして邪魔しそうだと警戒を向ける。

 

 

 

 

「いえ、この子はフレイヤ様にとって別の存在となるでしょう。その辺も含めて説明しますので」

 

 何処か言いよどみ含みを持たせた物言いに首を傾げながらもフレイヤは小太郎に続き、アレンも後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですから座学は座学、実技は実技で分けて教えるべきかと」

 

「いや、それでは生温いし時間の無駄だ。同時に叩き込めば良いだろう」

 

「話になりませんね」

 

「ああ、そうだな」

 

(……あれは”大賢者”に”影の女王”。”花の魔術師”は居ないのか……」

 

 二人が通されたのは町外れの古い屋敷、フレイ・ファミリアエンブレムを掲げたその建物の前では穏やかそうな男と厳しそうなタイツの美女が何やら言い争い、白熱の末に戦いで決める事になって争っている。

 

「フレイ様は屋敷の執務室ですね。副団長も一緒ですよ」

 

「ガウェインと会うのも久し振りね。兄さんとは仲良く……いえ、別れたのね。その子、彼女の子供でしょう? 目が似ているもの」

 

 そんな光景、未だ第一級冒険者になっていないアレンからすれば介入出来ない程の戦いを自然にスルーしながら小太郎とフレイヤは屋敷の中に入り、アレンは圧倒されながらも慌てて屋敷の中に入る。

 

 そして、屋敷の奥の執務室に通された時、アレンが見たのは……。

 

 

 

 

 

「言いましたわよね? 私、言った筈ですわよね? あの子の目に付く所にエッチな本は置かないと」

 

「ごめんよ、ガウェイン。だから降ろしてっ!」

 

 筋肉で腕も足も太い長身の女性、少年と同じ金髪でオッドアイのエルフによってフレイヤに似ている男神がアイアンクローで持ち上げられている姿だった。

 

 

「あっ! ちょっとガウェイン! フレイヤたん! フレイヤたんが来たから一旦降ろして!」

 

「え? ……お、お久しぶりですわね、フレイヤ様」

 

 フレイヤの存在に気が付いた彼女、ガウェインの名前はアレンも知っている。

 ハイエルフにも関わらず騎士に憧れ大剣を使う変わり者で有名で、黒犬(バーゲスト)と呼ばれるLv.7の冒険者にしてフレイ・ファミリア副団長……因みに父親が団長であるが、一度会っただけでアレンは彼が嫌いである。

 

 そして有名な話だが彼女とフレイは恋仲であり、神と人ながら結婚もしている。

 だからフレイヤも少年がガウェインの子供だと見抜いた時は心底意外そうにしていた。

 

 フレイヤの存在に気が付いて嬉しそうにするフレイと慌てて上品に振る舞おうとするガウェイン、そんな二人に対してフレイヤは小太郎に抱かれたままの少年の頭に手を置いて口を開いた。

 

 

「ねぇ、二人共。この子、私に預けて……」

 

「「駄目だっ!」」

 

「……んん?」

 

 フレイヤの言葉を途中で遮る二人、その声に反応したのか先程まで何時の間にか寝てしまっていた彼が目を覚ました。

 

 

 

 

「あれ? お母さん、どうかしたの? お父さん、また悪さした?」

 

「あら? ねぇ、坊や……えっと、お名前を聞けていなかったわね」

 

「僕はティオだよ、女神様」

 

「そう。ねぇ、ティオ。今、兄さん……フレイをお父さんって呼ばなかった?」

 

「呼んだよ? だってお父さんでお父さんだもの」

 

 何でそんな事を聞くのかとキョトンとしたティオ、そして両親だと言われた二人は観念した様子であり、神に嘘は通じない人間であるガウェインが口を開く。

 

 

 

 

 

「ええ、その通り。ティオはスキルの効果でフレイ様の子を宿せるようになった私が産んだ神とエルフのハーフですわ」

 

 この時、フレイヤはアレンどころか現団長でさえも見た事のない驚きの表情を浮かべていた。

 

 




感想待っています

主人公は まあバゲ子の目の男カーマとでも


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弟子一同 『普通じゃない』

九に達したのが居るそうなので修正


 僕はティオ、ティオ・アヴァロン、お母さんはガウェインで、お父さんの名前はフレイ。

 僕には先生が何人も居ます。

 

 座学と格闘術と弓を教えてくれるケイローン先生、絶対に怒鳴ったりせずに丁寧に優しく教えてくれるけれど、優しい笑顔のまま厳しい所もあるんだ。

 

「大丈夫、君なら未だ出来ますよ。じゃあ、弓を四方から放つので弾きながら走りましょう」

 

 僕が眠っちゃうまで走り込みをさせるし、組み手ではポンポン投げて来るから結構痛いんだよね。

 もー! 優しく励ましてくれるから頑張れるけれどさ。

 

 

 槍を教えてくれるのはスカサハ先生、凄く美人なんだけれど、凄く厳しい。

 槍の稽古じゃ凄く痛いし、何度も宙を舞うし、正直言って怖いんだよね。

 

「立て。限界を超えろと言った筈だ。儂の期待に応えて見せよ」

 

 お父さんの眷属の中には別行動している人も居て、中には他の先生をしてくれる人も居るんだけれど、スカサハ先生が一番怖い。

 でも、僕が武器の中で一番槍が得意だと他の先生に自慢しているのは誇らしいな。

 僕に期待してくれているんだし、張り切らなくっちゃ。

 

 

 そして剣と魔法の先生はお祖父ちゃん、名前はマーリン。

 えっとね、Lv.9に一番最初になった凄い人で、お父さんみたいな神様が恩恵(ファルナ)を与える前に試行錯誤で研究されていた古代の魔法に詳しくって、魔法スロットには無い魔法を使えるんだ。

 

 

「じゃあ、今日は四肢の強化を保とうか。大丈夫、失敗しても良いからやってご覧」

 

 朝はケイローン先生、昼はスカサハ先生が教えてくれて偶に同時にするんだけれど、お祖父ちゃんは夜に僕をお膝に乗せて魔法の勉強を教えてくれて、古代魔法で夢の中に入って剣を教えてくれる。

 お祖父ちゃんが忙しい時はお母さんが剣を教えてくれるけれど、お母さんもお祖父ちゃんから習ったらしいんだ。

 

 

 正直言って大変だけれど、皆、オラリオでも弟子が居て、同じ内容の修行をさせていたらしいし、これが普通ならもっと頑張らなくちゃね。

 

 お父さんのフレイ・ファミリアはダンジョンがあるオラリオの外で悪さをするファミリアを邪魔したり、この前みたいに喋る……あっ、これは言っちゃ駄目なんだった。

 それと三大クエストの一つである黒竜の調査とか、暴れている所から人を避難させたりとかしているんだよ、僕は危ないから小太郎さんとお留守番だけどさ。

 

 世界中を回って旅をしているけれど、僕もオラリオには行ってみたいなあ……。

 

 

 

 

 

 

「ふふふふ。ほっぺがプニプニね」

 

 今日出会ったお父さんに似ている女神様はお父さんの妹でフレイヤ様って言うらしい、伯母さんって呼ぶのは眷属の人が怒るから駄目だってさ。

 うーん、確かにアレンさんって先生達には劣るけれどちょっと怖いな、目が。

 

 そんな僕はフレイヤ様の膝に乗せられてほっぺを突っつかれながら大人の話を聞いているんだけれど、難しい話ばっかりだし、釣りに行く途中だった……あっ。

 

「先に行っているお祖父ちゃんにお弁当を持って行くんだった」

 

 今日はスカサハ先生の授業が休みの日だしお祖父ちゃんと一緒にお母さんの作ってくれたお弁当を食べる予定だったんだ。

 お母さんは凄く料理が上手で、僕もお手伝いしながら習っているんだ。

 小太郎さんは”ハイエルフが家事をしている姿をエルフが見たら卒倒しそうですね”って言ったけれど、そのハイエルフがおーぞく? だって事がよく分かんないし、お母さんも分からなくて良いってさ。

 

「覚えていなさい。私もお祖父ちゃんも王族としての義務を放棄しました。だから王族としての権利も持っていません。ティオも自分が王族だと偉そうにしては駄目ですよ」

 

 あっ、それとお父さんが神様だって言っちゃ駄目だったし、フレイヤ様に言っちゃったの後で怒られるのかな?

 明後日、お祭りに連れて行って貰うのにお小遣い減らされたら困る……。

 

 

 

「じゃあ、私はアレンも何度も言っているし、他の眷属も心配しているだろうから帰るわ。運命の相手は見つからなかったけれど、もっと良い相手に会えたから満足ね」

 

「フレイヤたん、分かっていると思うけれど……」

 

「ええ、私だって可愛い甥っ子を危ない目に遭わせたくないし、兄さんの子供だって事は黙っているわ。じゃあ、ティオ、もしオラリオに来る事があれば顔を見せなさいね。私の眷属にしたい……んだけれど、ちょっと大変な環境だし、贔屓しちゃいそうだもの、止めておくわ」

 

「うん!」

 

「……兄さん、本当に連れて帰ったら駄目?」

 

「駄目!」

 

「フレイヤ様、それは流石に……」

 

 結局、難しい話を半分寝ながら聞いていたらフレイヤ様は帰る事にしたらしく、最後に僕の頭を撫でて、抱っこして連れて帰ろうとしたけれどお父さんとアレンさんに止められていた。

 

 ……そーいえば別行動中の先生にも僕を養子にしたいって言ってお母さんに怒られている人が居たし、大人の女の人ってそんなのが多いのかな?

 

「しかし残念なのは彼女ね。一緒に行動しているって手紙で読んだから会えると思っていたのに用事で出ているだなんて。神友だから会いたかったのだけれど」

 

 そうそう、昨日から居なくて寂しいんだけれど、フレイ・ファミリアと一緒に行動している女神様が居るんだ。

 凄く綺麗な人で、僕、眷属にして貰うのはお父さんじゃなくっても良いや。

 

 うーん、ランクアップしたら体の成長が遅れるし恩恵を貰うのはある程度育って体の動かし方を身に付けてからだって言われているけれど、僕も速く欲しいなあ。

 先生達みたいになりたいんだよ。

 

 

 

 

 

 

「あれぇ? おかしいなあ。孫が私の分もお弁当を持って来てくれる筈だったんだけれど来ないぞ。困った困った」

 

 この後、思い出してお弁当を持って行ったけれどお祖父ちゃんは叱らずに持ってきた事にお礼を言ってきたんだ。

 反省しなくちゃね。

 

 

 

 そして数年後、僕はオラリオにやって来た。

 美しい女神様と一緒にだ!

 

 

「此処がオラリオか。広いな」

 

 少し受け付けで手間取ったけれど、僕と女神様は街の入り口付近で立ち止まって大勢の人が行き交うのを目にした後、バベルに目を向ける。

 

「ほら、ボサッとしていないで行くわよ。面倒な手続きでお昼過ぎになってしまったし、ご飯にしましょうか。揺れない程度に急ぎなさい」

 

「はい、ステンノ様!」

 

 僕と共にオラリオに来てくれたのは麗しの女神ステンノ様、紫の髪をした美しさ、優雅と上品を形にし、男の憧れを具現化したかの如き存在。

 そんな存在に雑踏を歩かせるなどさせられない、当然の如く僕は与えられた名誉ある仕事を全うする。

 

 

 

「女神を運ぶのだもの、揺らしたら駄目よ」

 

 それはステンノ様に触れ、抱き上げ、足となる事。

 当然お姫様抱っこである。

 まさしく恋の奴隷として麗しの存在を近くに感じる光栄さに身を震わせそうになりながらも言われるがままに歩を進めた。

 至近距離に愛しの女神のご尊顔、けれど見惚れて転んだり揺らしたりはしてはいけない。

 最大かつ細心の注意を払い、己の役目を全うするんだ、僕。

 

「ちゃんと分かっているわね。後でご褒美をあげるわ」

 

 ……よし!

 

 さて、フレイヤ様への連絡は知り合いでお祖父ちゃんに性格の似ている胡散臭い神に手紙を渡しているし、先ずはステンノ様の望みを叶えないと。

 何処か気に入りそうなお店は……。

 

 

 

 

「あれ?」

 

「……あっ」

 

 数分後、何故か都市最大ファミリアの主神であるフレイヤ様が夜は酒場をやっていそうな店で従業員として働いているのに遭遇した。

 

「あらあら、これは……ふふふ」

 

 ステンノ様、何か悟ったらしいけれど、相変わらず美しい、好きだ。

 

 

 父さんとフレイヤ様共通の友であり、僕の初恋の相手、僕の主神になってオラリオまで同行してくれた恩は生涯を掛けて返すとしよう。

 仰る事は絶対だ。

 ……夜、同じベッドで寝るのは(健全)少し恥ずかしいけれど。

 

 

「此処にしましょうか。降ろしなさい、店の中では歩くわ」

 

「はい!」

 

 言われた通りにステンノ様を店の中で降ろす。

 何人か店員が此方を見ているけれど、ただ者じゃなさそうだ。

 

 

 

 

「……いや、何でオラリオに居るんだよ」

 

 あっ、端の方にアレンさん発見。

 あれ? あの胡散臭い神様、手紙を届けてくれていないのかな?




感想待ってます

オリジナルもお願いいたします 絵とか漫画とか活動報告に乗せてるので


尚、行っていた修行×師匠の数


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ご褒美

「……ちっ」

 

 女神フレイヤ、敬愛し己の全てを捧げし美神。

 それが何を間違ったか先代団長のやってる酒場で従業員の真似事だ、だから俺は護衛として様子を見に来ているんだが……何で彼奴が居るんだよ!?

 

 ティオ・アヴァロン、ハイエルフだろうが俺には無関係でフレイヤ様に敵対しないならどうでも良い雑魚だったんだろうが、此奴は別だ。

 何せ半神半人、しかもフレイヤ様の甥っ子だ。

 

 一緒に居る女神はステンノって呼ばれているが、確かフレイヤ様のご友神でフレイ・ファミリアで食客やってるって話だったな。

 ……来るって話は聞いてないが?  

 フレイヤ様も驚いた顔しているし、知らないみたいだよな。

 

「いや、せめて事前に知らせておけってんだ。……熱っ!」

 

 呟きながらスープを飲んだら冷ましが足りなくて熱かった。

 取り敢えず”話し掛けるな”と視線とジェスチャーで伝えておくか、フレイヤ様も知らない振りを貫くみてぇだし、どうする気なのか分からないからな。

 

 

 

「アレンさん、久し振り! ……あれ?」

 

「机に突っ伏しているわね、あの子。何か対応を間違えたのね、ティオ」

 

 フレイヤ様と出会ってから数年、父さんの方針で世界中を旅しているから会うのは初対面の時以来、今は神の気配を消しているみたいだけれどシルと呼ばれていたのは間違い無くあの人で、店の端でスープを飲んでいるのはアレンさんだ。

 フレイヤ様は他の店員に見えない場所から人差し指を唇に当てているから初対面の振りをするとして、アレンさんに話し掛けたのは間違いだったかな?

 でも、もう話し掛けちゃったし、近くに行こうか。

 

「……止めておきなさい。此方に気付いた時から話し掛けて欲しくないみたいだったわよ、あの子。ほら、今は食事の時間にしましょう」

 

「え? そうだったんだっ!? 流石ステンノ様、聡明でお優しい」

 

 アレンさんには悪い事をしたかな?

 それはそうとステンノ様はお美しい。

 

 僕とステンノ様が出会ったのは……僕が生まれた日、父さんの友神だったらしく一緒に行動していたんだけれど、僕は物心付いた時から心奪われていて、ある日決心して伝える事にしたんだ、僕を眷属にして下さい、ってね。

 

 

「ステンノ様、将来僕と結婚して下さい!」

 

 いやぁ、いざ本神を前にしたら遠回しな真似はしたくなくって、ストレートに想いを伝えたくなったんだ。

 でも、ちょっと不安だったよ、”女神に求婚だなんて分を弁えなさい”と怒られると思ったけれど、ステンノ様は小さい僕の頭に手を置き、心臓が止まるかと思う程に素敵な笑顔で言ったんだ。

 

 

「ええ、貴方が私に相応しい勇士になった時は受け入れましょう。だから頑張りなさい、ティオ。女神である私の伴侶ならば中途半端な真似は許しません」

 

「うん!」

 

 それから僕は張り切った、張り切って先生達により厳しく鍛えて欲しいと頼み込んだんだ。

 

 

「成る程。それでは幼いからとしていた加減は止めておきましょう。最下級コースから上級コースに変更ですね」

 

 朝、起きたらケイローン先生による軽めの運動、朝ご飯と座学を挟んで弓を中心に武器全般、格闘術をひたすら叩き込まれる。

 確か兄弟子が大手ファミリアの団長をやってるんだっけ?

 

「ほほぅ。良かろう。だが、一度その言葉を吐いたからには甘えは許さん」

 

 午後からはスカサハ先生が槍の扱いを実戦形式で、時々走り込みをしながら手合わせ……正直やる気を出したら殺る気全開で来たんだよな……。

 スカサハ先生もケイローン先生も武器全般は得意だけれど、槍以外はケイローン先生の方が教えるのが上手いから槍だけスカサハ先生に教わっていたんだけれど、それを正直に言ってしまった時は死を覚悟したよ。

 

「そうかい。君もガウェインも難儀な相手に恋をしたね。よし! お祖父ちゃんに任せておきなさい。私が君を鍛えてあげよう」

 

 お祖父ちゃんは”冠位魔術師(グランドキャスター)”の二つ名を持っていて、魔法スロットの物以外にも開発した魔法を使える凄い人、剣も母さんの師匠だったから夜ご飯の後にゆっくりと魔法の扱いを習って、夢の中に入って剣や魔法を夢の中に再現したモンスターとの戦い中心で鍛えてくれる。

 

「ティオが決めたなら反対はしませんが、大変ですわよ?」

 

「あはははは! まあ、頑張りなさい。もしかしたらティオもガウェインみたいなスキルが発現するかもな」

 

 母さんは家事全般とか生活に必要な事、父さんからは遊び関連を習い……僕も気が付けば十五歳、国家系ファミリアで腕試し、闇派閥に殴り込み、死を覚悟して先生達と組み手、恩恵を貰う前から続けていたせいで経験値の効率は悪くなる一方、お陰で伸び悩んだ結果、僕はステンノ様とオラリオにやって来た。

 

 

「それにしても入り口で騒ぎになって面倒だったわね」

 

「ステンノ様の美しさは注目を浴びるから。あっ、プリンがある」

 

 今の僕はLv.3で既にランクアップ前の最後の更新も済ませてある。

 後はギルドに更新前に登録してランクアップの報告の手間を省いたらいよいよダンジョンだ。

 

「お待たせしました。それにしてもお二人共、オラリオの外からいらっしゃったんですね。ホームは決まってますか?」

 

「ええ、この子が前からオラリオに行きたいと言っていたし、仕方が無いから一緒に来てあげたのだけれど門の所で色々と調べられて疲れたわ。うふふふ、これは宿でマッサージをして貰わないといけないわ」

 

 僕達のテーブルに料理を持って来たのはフレイヤ様、大盛のパスタに肉料理や野菜料理が幾つか、店長のミアさんには”食べ残すんじゃないよ”と言われたけれど、この程度なら楽勝だろう。

 プリンを追加で頼み、ステンノ様と話をしているのを聞いていたけれど、ミアさんに怒鳴られると悪戯が見付かった子供みたいな態度で去って行ったけれど……。

 

「それにしてもハイエルフの方がやって来るだなんてエルフさん達が騒ぎそうですね。ねぇ、リュー?」

 

「え、ええ……」

 

「ハイ…エルフ……?」

 

 ハイエルフってエルフの王族だけれど、フレイヤ様はどうして急にハイエルフがオラリオに来たって話をしたんだろう?

 ……ちょっと気になるからアレンさんに視線を向けたら両手で頭を抱えた後で僕を指差して……あっ。

 

 

「ああ、僕ってハイエルフだった。すっかり忘れていたよ」

 

「うふふふ。それをエルフが聞いたら驚きで固まっちゃうわよ?」

 

 おっと、ステンノ様に怒られちゃったよ、フレイヤ様もクスクス笑っているけれど、王族として過ごしていないんだから勘弁して欲しい。

 リューって呼ばれたエルフのお姉さんも戸惑う中、僕の前にプリンが置かれたんだけれど何故かステンノ様が手を伸ばす。

 

「あっ、どうぞ。僕は追加で頼むから」

 

「いえ、いえ、追加注文の必要は無いわ。私は一口だけ貰えば良いし、これはさっき言ったご褒美よ」

 

 あれ? 一度使ったスプーンだし、これって間接キス? ご褒美ってもしかして……。

 ステンノ様が一口だけプリンを食べて微笑む中、僕は期待に胸を踊らせるけれど、ご褒美はそれだけじゃなかった。

 

 

「はい、口を開けなさい。最初の一口は食べさせてあげる」

 

 ……ご褒美を貰い過ぎな気がするし、これは一層張り切らなくちゃね。

 

 

 

 

「……よう、久し振りだな」

 

「やあ、アレンさん」

 

 食事後、店を出た時から尾行されるのを感じたので裏路地に入ってみればアレンさんが接触して来た。

 どうせなら店で話し掛けてくれたら良かったのに。

 

 

「フレイヤ様から聞いてくる様に言われたんだが、ホームの当ては有るのか?」

 

「一旦は宿を拠点にして、お金を貯めて購入するしかないかな?」

 

 え? ついて来いって、何処に案内してくれるんだろう?

 



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約束

本日二回目


「此処は……」

 

 アレンさんに連れられてやって来たのは大通りから少しだけ離れた場所に建てられた少し古いけれど手入れのされた何処かのファミリアのホーム、但しファミリアの紋章が有っただろう部分は看板が外されていて何処のファミリアだったのか分からないけれど……。

 

「ほらよ。フレイヤ様がテメェに返すってよ」

 

「返す? それって……」

 

 乱暴に投げられた鍵を受け取るとアレンさんは返事もせずに素早く去って行ったから答えは聞いていないんだけれど、多分思い当たったので正解だろう。

 

「ステンノ様、此処は父さん達の……」

 

「ええ、私が食客として住んでいた頃のままね。オラリオから出る時にフレイヤに管理を任せて、その後でガウェインが貴方を妊娠しちゃったから譲ったのだけれど、何時戻って来ても良いように管理をしていたって事でしょう」

 

「成る程……」

 

 ホーム自体はそんなに大きい物ではないけれど庭付きの頑丈そうな物、先生達の扱きがキツいって逃げ出す団員が多くって少人数のままだったとは聞いていたけれど……。

 鍵を開けて入ってみると掃除が行き届いているし、これはちゃんとお礼を言っておかないと。

 

「表向きは団長の孫で食客の私の眷属だからって事にするのでしょうね。じゃあ、主神の部屋は二階だから行きましょうか。案内するわ」

 

 ステンノ様に続きながらホームの中を進む中、ついつい室内を見てしまう。話でしか知らないお祖父ちゃん達の冒険が此処を拠点に行われていたと思うと、普段ならステンノ様が近くに居るのなら他の何も気にならないのに今だけは違った。

 

「ほら、此処がフレイとガウェインが使っていた部屋よ。……流石にベッドは残っていないみたいね」

 

 室内には空の本棚や机はあるけれどベッドがあったらしき場所には何も置かれていない。

 まあ、ベッドだって古くなるし、他人が使ったベッドなんて宿でも無い限りは嫌な物か。

 

「家具はある程度あるとして、食器やベッドを買わないと」

 

「そうね。二人分の食器と……ベッドは一つで良いわ。二人で使いましょう」

 

「……はい」

 

 断じて誓う、旅の途中も同じベッドで眠っていたけれど、女神様に不敬な真似をするような事は一切無かった。

 相手はステンノ様だ、許可無しに淫らな真似をするものか、実際に”おいたをしちゃ駄目よ?”と警告されているし、抱きつかれるだけで幸せなんだから僕から抱き締めたりはしない。

 抱き枕のままで終わる気は無いんだけれど……。

 

「うふふ。それじゃあギルドに向かいなさい。私は貴方の帰りを待っていてあげる」

 

「はい! 一秒でも早く帰って来ます!」

 

 これからステンノ様に送り出され、迎え入れられ、身の回りのお世話をする、つまりは幸福な日々が始まるんだ。

 気合いが漲る中、不意にステンノ様の指が僕の服に触れた。

 

「ティオ、脱ぎなさい」

 

「……え?」

 

 脱げって、此処で? それってつまり……。

 

 

 

 

 

「はい、更新終わり。貴方の魔法のお陰で一々血を出さなくて良いから助かるわ。いい子よ、ティオ」

 

「……はい」

 

 ステンノ様に対してなんて勘違いをしているんだ、僕は!?

 

 

 

 ティオ・アヴァロン

 

 Lv.4

 

力:l0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

怪力:G

 頑健:H

 精癒:I

 

《魔法》

【ゲート・オブ・バビロン】

 ・無詠唱収納放出魔法

 

【ソング・オブ・グレイル】

 ・回復魔法

 ・詠唱『白き聖杯よ、謳え』

 

 

 スキル

 

 半神半人(デミゴッド)

 ・状態異常・呪いに耐性

 ・全能力値に補正

 ・魔法スロット追加

 ・ランクアップ時の能力値上昇に補正

 ・ランクアップにより効果上昇

 

 女神従僕(サーヴァント)

 ・全能力値に補正

 ・早熟する

 ・女神への愛の丈で効果上昇

 

 弱肉強食(ワイルドルール)

 ・力の能力値に補正

 ・攻撃時、相手の生命力を吸収して回復

 

 妖精城塞(ファウル・ウェーザー)

 ・戦闘時、味方全体の耐久に補正

 ・エルフの血を引く仲間の詠唱時間短縮

 

 魔力放出(マナ・ブースト)

 ・精神力を消費し体外に放出

 ・火属性

 

 黒犬公(バーゲスト)

 ・任意発動

 ・周囲から魔力を吸収

 

 

 

 

 

 

「はい、お終いよ。魔法スロットが増えても魔法自体が増えないんじゃ意味が無いわね」

 

 ステンノ様は自分の血を入れていた小瓶とステイタスの写しの紙を手渡して来るけれど、ちゃんと成果は残っているとはいえ、折角苦労して上げたステイタスの表記が0に戻ったのは落ち込んでしまう。

 小瓶を空間の歪みに入れた後、出てくるのは僕の溜め息だ。

 

 先生達の修行は下手な格上よりも質の高い経験値になる、だからこそ肉体が未成熟な状態でランクアップによる成長の遅延が出てはいけないと僕がステンノ様の眷属になれたのはそれ程前じゃない。

 長命種のエルフだから幼い頃のランクアップは危険性が未知数で、ランクアップを先延ばしにしたとしても、そのレベルでの限界値に達してからが勿体無い、だから技術や経験、知識を身に付ける為に修行はしたけれど、何度も経験したから効率が落ち始めた。

 

「何を考えているか丸分かりだけれど、中々ランクアップ出来なかった小太郎の前で言えるのかしら? ダンジョンで戦い慣れていない相手と戦って上質な経験値を稼げば良いだけでしょう」

 

 少し呆れた様子で僕の後頭部を叩くステンノ様だけれど、発破を掛けるには十分、全部見抜かれていて、僕の扱いを分かっているからこその対応だ。

 

「そうですね、ステンノ様! 素敵です。愛しています。好きです」

 

「私も好きよ。うふふ、好きの種類は内緒で、十五段階中の十一と半分程度だけれど」

 

「十五を越えるのを頑張って目指します!」

 

 美しい声と共に背中にそっと体重が預けられるのを感じ、僕は胸が高鳴るのを感じた。

 よっしゃ! さっさとギルドで登録を済ませてダンジョンに突入するぞ!

 

 

 

「あっ、そうだわ。来週、神会(デナトゥス)が開催されるし、私も出席する事になるからドレスを新調したいわ。稼いで来てくれたならデートで買いに行きましょうか」

 

「はい! ステンノ様に相応しい品が買えるように力を尽くします!」

 

「期待しているわ。私も楽しみよ、デートが」

 

 上着を羽織った僕は玄関まで向かうのも時間の無駄だとばかりに窓から飛び降り、こっちに向かって手を振って送り出すステンノ様に手を振り返す。

 

 デート! ステンノ様とデートだ!

 一緒に出掛ける事は何度もあるけれど、お供として出掛けるのとデートだと認めての物は全く別。

 流石ステンノ様、僕の扱いを分かっている!

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふ、可愛いわね。さてと、フレイヤには女神従僕(サーヴァント)なんて嘘だって教えてあげようかしら? 本当のスキルは相思相愛(ミューチュアルラブ)、あの子と私、両方の想いが影響する物だって。本人には……もう少し待ちましょう」

 

 




現在原作開始1ヶ月半前程


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痛手

「あらら、こりゃ派手にやったわね。何処のファミリアの冒険者の仕業かしら」

 

 ティオナとティオネ、ロキ・ファミリアに所属する第一級冒険者のヒリュテ姉妹は深層への遠征を一週間程前に控えて最後の追い込みに掛かっていた途中、二十四階層にてオラリオでは高価で売れる白樹の葉(ホワイト・リーフ)の生る白大樹(ホワイト・ツリー)……の切り株を発見した。

 

「うわっ! 見事に断面だけ真っ黒焦げ、どんな魔法を使ったのかな?」

 

 ティオナがベタベタと触る切り株は断面だけが完全に炭化して焦げ臭いが側面は綺麗な白のまま、そして切り株は完全に平らな表面を真上に向けている。

 

「熱が一点に集中した鋭利な刃でスパッとって感じかしら? ほら、そんな事よりもさっさと行くわよ。こんな浅い階層じゃ経験値もお金も稼げないんだから! ……ちょっと、ティオナ?」

 

 確かに葉だけを採らずに木を切り倒して何処かに持って行ったらしいのは、切り株の上部分が見当たらない周囲の様子からして明らかだが、そんな目立つ真似をした者が全く噂にもなっていなければ来る途中に目撃していないのも妙な話。

 だが、気になりはするが調べる時間が惜しいし、精々戻った時に話の種にでもすれば良いだけ。

 大手ファミリアの幹部で第一級冒険者、借金も無いわけだから拘る必要は無いのだが、先を急ぎたいティオネに対し、ティオナは何処か遠くを眺めている。

 怒鳴って連れて行こうと近付いた時、ティオネの目にもその光景が映った。

 

 

 

 

『ギャァオオオオオオオンッ!!」

 

 離れていたからか意識するまでは聞こえなかった竜の咆哮、稀少で高価な文字通りの金の生る木ならぬ宝石の生る木、宝石樹の守護者である木竜《グリーン・ドラゴン》だ。

 別に金に困っていなくても回収したい程の価値ある宝を前にし、二人が動かなかったのはダンジョンでの暗黙の了解である獲物の横取り禁止による物。

 遠くからで顔はよく分からないものの、エルフの少年が槍を手に一人で立ち向かっていたのだ。

 

 

「……ねぇ、ティオネ。あの子の槍の使い方ってフィンのに似てない?」

 

「気のせいでしょ。団長のは小人(パルゥム)の体型に合わせた物だし、完全に一緒じゃないわよ。……まあ、基本的な部分は確かに似てはいるわね」

 

 遠くから見る少年の戦う姿が自分達の団長に確かに重なって見える事にティオナは素直に驚き、ティオネは少し気に食わない様子で眺めているが、好意を寄せる団長と同じ戦い方をする相手は男であっても気に入らない、そんな所だろう。

 

 

「でもさ、あんな子って居たっけ? 木竜はLv.4だし、圧倒しているんだからLv.5位だけれど……」

 

 巨大から繰り出される攻撃を少年は最低限の動きで回避しつつ肉薄を続け、避けられない物は槍で軌道を逸らし、そのまま攻撃に転じる。

 巨体を持つ竜に見合った耐久性の肉体は並の金属を凌駕する高度を持っているにも関わらず簡単に弾け飛んだ。

 右前足が深く切り裂かれ前のめりになる木竜が選んだのは自重を武器にしたのしかかり、目の前の敵を圧死させようと飛びかかり、相手が動けない事に勝利を確信する。

 

 

 

「……良し。もう慣らしは十分か。それじゃあ……吹っ飛べ」

 

 否、動けないのではなく、動かない。

 真上から押し寄せる巨体に対し、本来は魔法を得意とするエルフの彼が取ったのは真正面からの迎撃、見上げる程に巨大な竜の肉体を彼は左手一本で受け止めた。

 

「うわっ! 怪力だね」

 

 遠くからその様子を見ていたティオネも驚きの声を漏らす。

 勿論彼女にも同じ事が可能なのだろうが、接近戦を得意とするアマゾネスであり、彼は魔法種族であるエルフだ、力の上がり方だって違う筈。

 

 だが、驚きは次の瞬間に更に大きくなる。

 一旦離れようともがく木竜だが少年の指が腹部に食い込んで離れず、右腕ががら空きのその場所に叩き込まれた瞬間、爆炎によって巨体が数倍の高さにまで吹き飛ばされた。

 

 

「ねぇ、ティオネ。あっちも似てないかな?」

 

 その光景に呟くティオナが見詰めるのは腕が炎に包まれているにも関わらず一切熱がる様子を見せず、魔石が剥き出しになりながらも辛うじて生き残った木竜を睨む彼の姿。

 次の瞬間、槍を投擲する彼の肘から途轍もない勢いで炎が吹き出し、そして放たれた。

 

 

「ドゥリンダナ!」

 

 叫びと共に木竜目掛けて突き進む槍が炎に包まれ、着弾の瞬間に木竜を炎が飲み込んで吹き飛ばす。

 

 

「ティオナ、今、詠唱してる様子は無かったわよね?」

 

「……うん」

 

 二人の頭にはフィンではない仲間の、目の前の少年が炎を纏うのと同じで風を纏う少女の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「なんか見られているけれど……まあ、別に良いや」

 

 ステンノ様からの依頼『ドレス代を稼いで欲しい』の報酬はデート、ならば僕が可能な限界額を稼がなくては駄目だ。

 担当アドバイザーになったミイシャさん(要望はあるかと聞かれたので、特に無いが同族は少し苦手と言ったら彼女になった)も僕がLv.4だからかダンジョンに入る前の注意事項も最低限の説明で済んだし、三十階層では異常な数のモンスターと遭遇出来て……運が良かった。

 

「さてと、一旦帰ろうか」

 

 魔石も素材もドロップアイテムも沢山手に入って、目の前には宝の山……木竜に力を出し過ぎて魔石まで吹き飛ばしたし、ドロップアイテムが出たのに森の向こうじゃ探すのも一苦労なのは正直言って失敗だ。

 さっきから見ている人達の方だし、拾われて終わりだな、諦めよう。

 ステンノ様のご要望だ、時間もお金も足りやしない。

 

 でも、結構な量って事は換金にも手間取るだろうし、今日の家事も残っている。

 家事は僕の仕事だ、ステンノ様に水仕事なんかさせられるか!

 てな訳で今日は帰るとして、今回の事がバレたらどうなるのかと不安になった。

 

「お祖父ちゃんは笑うだろうし、ケイローン先生はやんわりと叱ってスカサハ先生は厳しく罵倒、その後で二人から基礎をミッチリと……」

 

 あの二人、優しいのと厳しいって違いは態度だけで、修行はどっちも……うん。

 

 しかし、”必殺技は声に出せば威力が上がる……らしいよ”、父さんが昼間から酔っ払いながら教えてくれた(その後、母さんに昼の飲酒をしこたま怒られていた)のを久々にやってみたけれど、確かに上がった……のかな?

 

「また槍が壊れたのは(財布に)痛いな……」

 

 宝石樹を倉庫から取り出した斧で切りつけ、倒れ込まないように掴んで宝石が付いたまま仕舞い込む。

 発現した時は派手な名前の割には中身が空っぽの倉庫なんてダサいと思ったけれど、こうやると本当に便利に思えてくる。

 

 

 

 

「おーい! 君ー!」

 

 地上を目指そうと踵を返した時、さっきから眺めていた人が手を振りながら駆け寄って来た。



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失態

「ねぇ、君凄かったね! 何処のファミリアなの?」

 

「僕はステンノ様の眷属だけれど……」

 

 急に寄って来たアマゾネスのティオナさんだけれど、これがダンジョン内で起きるっていう敵対ファミリアによる襲撃なのかと思ったら、木竜のドロップアイテムが飛んで来たからわざわざ届けてくれただけだった。

 まあ、普通にお礼を言ってゲート・オブ・バビロン内部に収納したんだけれど、何かグイグイ来る。

 

「……ああ、ダンジョンに入る前にLv.4が外からやって来たとは噂になってたけれどアンタだったんだ」

 

 初対面でもフレンドリーなティオナに対して姉のティオネの方は警戒……というよりは何か僕に気に入らない部分があるみたいだ。

 うーん、これはさっさと話を切り上げて帰った方が良いな。

 この二人、フレイヤ様の所とは仲が良くはないロキ・ファミリアの幹部らしいしさ。

 

「それにしても君、エルフなのに近接武器で竜を相手にするとか妖精騎士トトロットみたいだね」

 

「トトロット? ああ、あの話か。お祖父ちゃんから物語の元になった話も含めて聞かされたっけな」

 

「元の話っ!? うわっ! 凄い! ちょっと聞かせてよ!」

 

 妖精騎士トトロット、それは小柄で細身なエルフの少女が騎士に憧れて、様々な苦難を乗り越えて英雄と呼ばれる迄に成長する物語だ。

 魔法と剣を武器に知恵を使い多くの怪物を倒していく物語自体は好きで、寝る前に聞かしてくれるのは嬉しかったな。

 母さんもお祖父ちゃんから聞かされて騎士に憧れたって言っていたよ、あの人は体格に恵まれているけれどさ。

 その後、夢の中で難易度を高めて体験させられるのは別として。

 ”どうやって乗り越えたのかヒントを貰っているんだから大丈夫大丈夫”って、割と大丈夫じゃなかったりしたんだけど……。

 

「えっと……」

 

「悪いわね。その子、そうなると中々止まらないわよ」

 

 そんな訳で思わず口から出てしまった事を聞いた途端、ティオナは目を輝かせて急接近して来た。

 顔が近いし困ったから姉に止めて貰おうとしたんだけれど無理みたいだし……。

 

 うん? ロキ・ファミリアって事は……。

 

 

「僕が話さなくてもロキ・ファミリアには詳しい人が居るはずだよ?」

 

「え? 誰?」

 

「……あー、ごめん。親戚のオバさんが所属しているのは覚えているんだけれど名前は忘れちゃったよ。……じゃあね」

 

 自分達の仲間に僕の親戚が居ると聞かされた瞬間、二人の意識は一瞬だけ僕から外れ、意識を戻した時、二人の目の前で僕は無数の花弁になって消え去った。

 

 

 

 

 

 

「わわっ!? 消えちゃったっ!? トトロットは珍しく女の子が主役の話だから詳しく聞きたかったのに残念だなあ」

 

 花弁を掴もうとしたティオナだが、触れた途端にまるで夢みたいに消えて行く。目の前に確かに舞っているのが存在するが、手で触れる事は出来なかった。

 物語が好きなティオナは残念そうに肩を落とすがティオネは先を急ぎたいのか面倒臭そうにしている。

 

「はいはい、次の機会が有れば聞けば良いし、団長なら親戚のオバさんってのが誰か分かるんじゃないの?」

 

「あっ! そうだったね。それで確か物語の最後ではトトロットは王子様と結婚するんだけれど……あれ? 王子様と結婚?」

 

「エルフで、王子様と結婚。その物語のモデルって事は……」

 

 二人の脳裏に浮かんだのはファミリア内では何かと母親みたいな役割を担うハイエルフの顔だ。

 ならば親戚である彼も……、と思った所で小さな包みが置かれているのに気が付いた。

 ボロボロのバックから中身が零れない様に紐でグルグルに縛ったそれを何となくティオナが拾い上げると表面や中に入っている短剣や小さい装飾品はどれもボロボロであり、中には血が付着している物まであるではないか。

 

「これなんだろう?」

 

「遺品だよ。三十階層まで行って戻る最中に見付けた奴さ」

 

 声のした方を振り向けば何とも居たたまれなさそうな表情の少年が立っていた。

 

 

 

 ダンジョンは夢を馳せて向かう楽園ではない、それは呑気で自由奔放なお祖父ちゃんでさえ僕に言い聞かせた事だ。

 実際、ダンジョンを進んでいると偶に、三十階層に向かった時はモンスターの大量発生があった為なのか冒険者の死体が見付かって、それは同情出来ないし、してはならないのだと思ったよ。

 

「ティオ、君がダンジョンで死んだならば私は嘆きもするし涙も流すだろう。でも、送り出した事を悔いはしないよ。それは覚えておきなさい」

 

 父さんもそんな事を言っていた、珍しく真剣な顔をしながらね。

 

 でも、本人は自己責任、例外はあるだろうけれど自分で望んで選んだ道だと切り捨てられるけれど、残された家族は違うだろう。

 だから小さい持ち物を遺品として持ち帰る事にして、僕の物でないと認識しているから魔法で収納は出来ないから一人が持っていたモンスターの爪痕が残るバックを遺品代わりにしてそれに詰め、溢れ出さないように紐でキツく縛る。

 木竜と戦う時は巻き込んでしまわないようにと端の方に置いていて……。

 

 

 

「それを忘れちゃったんだね」

 

「……うん」

 

 何とまあ、正面から言われたら何を言って良いのか分からなくなる。

 お祖父ちゃんに教わった幻術を使って逃げたんだけれど、まさか忘れてしまうなんてさ。

 

 ティオナはケラケラ笑い、ティオネの方は呆れた様子だけれど、僕だって自分に呆れているさ。

 ステンノ様に知られたら叱られるだろうし、師匠一同に知られたら集中力が足りないのだと厳しい修行をさせられるのだろう。

 

「それでさっきのどうやったの? こう花弁がブワーッとなって姿が消えたじゃん! 凄いよね、さっきの。詠唱もしてなかっったでしょ」

 

「こら、ティオナ。他の冒険者のスキルとか魔法とかの詮索は御法度でしょ」

 

「えー! でもティオネも気にならない? フィンと槍の使い方が似てるって所とかさ」

 

「……まあ、そうね。偶然に決まっているけれど」

 

 フィン……ああ、ロキ・ファミリアの団長の”勇者(ブレイバー)”か。

 そっちの方は覚えているよ。

 

 

「あっ、それは偶然じゃない。会った事はないけれど兄弟子だしさ。……あー、スカサハ先生から伝言預かっているし、機会が有れば会いたいんだよね」

 

「兄弟子!? ……ちょっと待って、スカサハって……”影の女王”?」

 

「そうだけれど?」

 

 何故かショックを受けてた様子のティオネ、妹の方は興味深そうにしているだけ……今なら帰れるか。

 

 

「じゃあ、僕は此処で帰るから」

 

 遺品を抱え、脚を強化するなり一気に走り去り、飛び上がると同時に魔力を噴射して空を飛ぶ。

 さてと、今知られてしまった事程度なら大丈夫かな?

 僕が使ったのって母さんや師匠達から受け継いだ事ばかりだしさ。

 

 

 うん、だからペラペラ話ても問題無い……筈。

 

 

「……帰るわよ、ティオナ! 団長から師匠の事を色々聞き出さなくっちゃ!」

 

「え~!? もう帰るの? まあ、私もリヴェリアからトトロットのモデルについて聞きたいから帰ろっと!」

 

 二人の会話を遠くから聞かせて貰ったけれど、今は問題が無い。

 あっ、そうか、親戚のオバさんの名前はリヴェリアか

 

 それにしても妖精騎士トトロット……曾曾お祖母ちゃんか。

 お祖父ちゃんの話と物語じゃ結構違うんだよね。

 

 

 物語じゃ忘れ癖のある小柄で頑張り屋、本人はお祖父ちゃんの同類。

 僕も物語は好きだっただけに同じく好きだったらしい彼女に真実は告げづらいけれど……リヴェリアオバさんに教えて貰うなら別に良いか。

 

 

 

 

「ふぅん、そんな失態を犯したのね。ええ、ええ、決して訪れぬ再会の時を待つ子達に待ち人の遺品を届けようと思ったのも、戦いに巻き込まないようにしたのも良いでしょう。でも、それを忘れそうになっただなんて反省なさい」

 

 ダンジョンから帰還後、大量の魔石やドロップアイテムは兎も角、宝石の類は専門家が時間を掛けて調べるからと査定が全て終わるのが明日との事、だから一旦ホームに戻って来たけれど、ステンノ様は僕の失態を怒っていた。

 

「……はい」

 

「次やったら本気で怒るわ。私の眷属である自覚を持つ事ね」

 

 冷たい眼差しは視線を向けなくとも伝わり、声は重く冷たくのしかかり頭を上げる事を許してはくれない

 

 

「はい」

 

 失態、確かにそうとしか言えないだろう。

 僕はその場に跪いて叱責を受け続けるしか出来ない。

 長い時間の間、ステンノ様は無言を続け神威だけを放ち続け、そっと僕の頭に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「反省したのなら次に生かしなさい。貴方なら出来ると信じているわ」

 

「はい!」

 

 頭を優しく撫でられ、顔を上げれば向けられていたのは優しく美しい笑顔、その姿に僕の中でステンノ様への愛がいっそう大きくなるのを感じた。

 

 

「それで幾ら位になりそうなの?」

 

「大体ですが相場からして全部で五百万ヴァリス、ドレスの仕立ての時間を考えても後何度か稼ぎに行く余裕はあるかと」

 

 豪邸が一千万程度で建てられるし、今回程高価な物は見つからなくたって、頑張れば第一級冒険者の装備に使うような素材を使用した最高級品が買えるかも。

 

 でも、僕のそんな考えを否定する様にステンノ様は静かに首を横に振った。

 

「いえ、ドレスはそのお金で買える物で十分。そのお金でドレスを買って、食事をして、他の買い物を楽しみましょう。貴方の記念すべき最初の稼ぎだもの、どんな大金よりも価値があるのよ、ティオ。ほら、そろそろお風呂の時間よ。神の肉体からは老廃物なんて出ないけれど、今日の頑張りのご褒美に髪と背中を洗わしてあげるわ」

 

「は、はい!」

 

「うふふ、さっきから”はい”って言ってばかりね」

 

 ステンノ様に手を引かれて僕は風呂場へと向かって行く。

 この後、本当に髪と背中を洗う名誉を貰い、その後はご飯を食べて一緒のベッドで抱き付かれながらゆっくりと眠った。

 

 

 

 



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回収するアイテムは持っていない

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「『白き聖杯よ、謳え』」

 

 この日、僕はステンノ様とデートとしてドレスを買いに行き、ショッピングやら何やらを楽しむという夢のような一日を過ごす……筈だったのに、今現在、ダンジョンで大怪我して突っ伏している小人(パルゥム)のサポーターを魔法で助けていた。

 

 どうしてこうなったのかというと、ドレスを買い求めるのはどの店にするのかステンノ様は既に決めていたんだけれど、僕が生まれる前、オラリオに住んでいた頃に贔屓にしていたっていう一流店、一着が数百万ヴァリスは当たり前な所が今日は休みだったんだ。

 

「あら、残念ね。貴方が初めて稼いだお金で二人の記念日を作る予定なのは変わらないけれど、二日続けて探索を休むのも勿体無いから少しでも経験値を稼いでいらっしゃい」

 

 こんな風に送り出され、デートの一日が延びたのは残念だけれどもラッキーな事だって一つ、郵便受けに劇場の入場券が入れられていたんだ。

 詳しくは知らないけれど神と眷属の恋物語を描いた内容で、劇場近くにはお洒落なレストランも有るから予約しようと思ったら既にされていた。

 フレイヤ様だよね、絶対に……。

 

 何から何までお世話になっているし、何時かちゃんとした形でお礼をしないと、何時までも身内だからと甘えっぱなしは良くないしさ。

 

 

「ステンノ様、何か欲しい物は有る?」

 

「じゃあ、十八階層で果物を幾つかと、水晶なんて良いんじゃないかしら?」

 

「あ~、確かに水が出る水晶が有るし、大きな物でも丸ごと持ち帰れるから便利かも。じゃあ、愛するステンノ様のご要望とあらば絶対に持って帰るよ」

 

「そう、期待しているわ、大好きなティオ」

 

 まあ、こんな感じで今日もダンジョンに行く事にして、魔力を放出した勢いで普通に走るより速く進んでいた時の事だ、ずっと先にある横道の向こうから壁や天井から大量のモンスターが現れる音が響き、僕が前を通り過ぎた頃に大慌てで逃げて来る冒険者らしい連中の姿があった。

 

「……行くか」

 

 オラリオに冒険者になりに来たのならモンスターに殺されるのも質の悪い神に目を付けられるのも、敵対派閥に襲われるのも全部覚悟しなくてはいけない事、だから僕は彼等がボロボロだろうと気にも止めないし、何となく目を向けただけだ。

 それにしても目的の階層まで向かうのに一階層から走って行っても時間が掛かるし、ホームの掃除やら色々しなくちゃならない身としては大変だ。

 その辺りをどうにかする魔法かスキルが欲しいと考えながら突き進んだ時、その会話が僅かに耳に届いた。

 

 

 

「危ない危ない。あのサポーターが居て助かったな」

 

「役立たずなんだ、囮にはなって貰わないと。あの役立たずも俺達の役に立てて本望だろう」

 

 ……どうやらサポーターを囮に逃げたらしくゲラゲラ笑い、魔石を入れた袋だけは奪って来れたと仲間に自慢する声を聞いた僕はそのまま曲がり角の先へと進み、反転して件のサポーターが取り残されただろう場所へと急ぐ。

 途中、鬱陶しい笑い声を上げていた連中を蹴り飛ばしたけれど手加減はしたし、殺気を送ったらビビって逃げて行ったから大丈夫だろうさ。

 

 

 そうして進めばウォーシャドーに囲まれて気絶している女の子の姿、背中には爪痕が刻まれ、足を見れば靴痕が、多分さっきの連中が囮にする為に足を潰したのだろう。

 

「別に助ける義理は無いんだけれど……これは自己満足だ」

 

 目の前で困ってる連中全員を助ける趣味は無いし、わざわざ足を運んで顔も名前も知らない相手を救うのもちょっとやる気が出ないけれど、同時に死に掛けている人が手が届く範囲に居るのに見捨てた場合、僕は大切な人達の側で笑って居られるのかと自問自答してしまう。

 

 僕の背後に現れる黄金の波紋と中から切っ先を見せながら出て来るヘファイストス・ファミリアの新人鍛冶師の作品(売れ残って埃を被っていた安物)の数々、それが光にたじろいで動きを止めたウォーシャドー達に向かって飛んで行った。

 

「あっ、一本折れた」

 

 他の武器が横からぶつかったらしく見事に折れる槍、制作した人、ごめんなさい。

 

 武器ってのは新人の作品でも数千ヴァリスはする品物、募集中だったじゃが丸くんの屋台のバイトが噂によれば時給三十ヴァリス(何処かのバイトが大ミスをして損害出して減給との噂も)なのだから決して安くはないんだ、その中では安物の部類なだけで。

 

「さっさと良いのが買いたいけれど、どうせ強化しながら使う上に多少の違いじゃね……」

 

 昨日みたいに少し強めに魔力を纏わせれば粉々になるんじゃ意味が無いし、オリハルコン製には手か届かない。

 オラリオに向かう際に一から頑張るのだと没収された愛用の武器が恋しくなりつつも女の子の様子を見るけれど結構傷が深いし、起きる様子もない。

 

「まっ、傷を放置して破傷風になったら助けた意味が無いし……」

 

 そして冒頭の通りに詠唱をすれば僕の前に現れる綺麗な杯、そこから放たれる光が彼女の傷を完全に癒し、そのまま体に吸い込まれている間、僕は散らばった武器を回収していたよ……手作業で。

 

「み、見えている範囲なら回収可能になりたい。……これも刃こぼれだ」

 

 壁の中に鉱石があったらしく、刺さった剣を引き抜けば質の悪い鉱石が幾つか転がり、剣には刃こぼれが。これ、この鉱石を売っても修繕費用には足りなさそうだけれど……はあ。

 

「全速力で急がないとな。……移動速度補助の魔法かスキルが本当に欲しい、割と本気で」

 

 結構な数の冒険者が賛同してくれそうな事を呟きつつ、ちょっとだけ助けた事を後悔しながら僕は気絶継続中の彼女と荷物を担ぎ上げ、一旦地上を目指すのだった。

 

 弱肉強食、弱い者は強い者に従い、同時に強い者は弱い者を守る。

 片方だけでは駄目で、両方で成り立つこの考えは母さんから教えられ根付いている物だ。

 まあ、今回は相手が僕を認識していないんだろうけれど、誰も彼も助けはしなくても、この考え方は貫きたいんだ。

 

 

 

「此処で良いか。割と人目があるから追い剥ぎも無いだろうし……」

 

 人目があるから僕がこの子を助けた所は見られるけれど昨日だって遺品を集めたんだ、今更だ。

 後はこの子だけれども、危なくなったら誰かが助けてくれるのだと心の中で変な油断が生まれる心配までは責任取れないし、

 

「さて……全速力で行かないと」

 

 この子を助けて地上まで往復して時間を無駄にした、ステンノ様のお願いを聞かなくちゃいけないし、今日は夕飯に間に合うかな?

 

「ステンノ様に冷えたご飯ばかり食べさせられないしなあ……」

 

 空を見上げれば太陽が僅かにだけれど中央に向かって移動している、お金は昨日結構稼いだから一日分減った程度じゃ何ともないんだけれど……。

 

 

 ハウスキーパーを雇う、というのは微妙な案、だってステンノ様との暮らしに他人が入って来るのはちょっと嫌だ。

 まあ、他人じゃなければ良いけれど……。

 

 

 

「確か歓楽街にスッポンやニンニクを甘辛く煮て生地で包んで蒸したのが……いや、面倒だから此処で良いか」

 

「やあ! 君は見ない顔だけれどオラリオに来たばかりかい? 良ければ僕の眷属になってヘスティア・ファミリアの一員に……」

 

 昨日の分の査定が終わって換金したヴァリスを受け取り、ついでに防具も邪魔だからと脱いで収納したその帰り道、夕飯の下拵えはしているけれど仕上げに少し掛かるから何か小腹を満たせる物を、そんな風に思っていたら偶々近くにじゃが丸くんの屋台を発見、店員は女神だった。

 

 ああ、普通は森に住んでいるエルフの僕が武装していないから何処にも入っていないと思ったのか。

 

「小豆クリーム味三十個とチーズ味一個。それと僕は既にファミリアに入っているから無理です」

 

 後ろに並んでいた金髪の冒険者、多分第一級位強い女の子が僕の注文に何故か反応したけれど、今は気にしない。

 だって勧誘を断れば女神が見るからに落胆してしまったし、どうにか励ましたい。

 

「そ、そうかい」

 

 主神がバイトをしているって事は新米しか居ないのか、そもそも眷属を見つけられないのか。

 夢を馳せてオラリオに来てもくすぶる下級冒険者が多いのと同じで娯楽を求めてやって来ても先立つ物が無いから眷属探しも大変で、そのせいで生活が苦しい神も多いとは聞いているけれど……。

 

「……あー、多分僕の友達がオラリオに来ると思うから眷属に勧誘したら良いと思うよ? 白い髪に赤い目の小柄な少年で悪い奴じゃないから」

 

 フレイ・ファミリアの旅の途中、父さんの友神だってお爺さんに育てられていた子と少しの間だけ遊んだ事を思い出し、父さんが魂を誉めていたから勧める事にした。

 フレイヤ様なら気に入りそうだけれどモヤシだし戦いの心得も無いからファミリア探しは大変だろうから彼にとっても良いだろう。 

 だって大手でもなければ素人に一から戦いを教え、物になるまで生活の世話をするのは大変なんだからさ。

 

「うん、その子に出会ったら誘ってみるよ。感謝するぜ、エルフ君。所でなんて子だい? はい、お待たせ」

 

「ベル、ベル・クラネルさ」

 

 小腹を満たすには十分な量のじゃが丸くんを受け取り、少し行儀が悪いけれど食べ歩きをしながらホームへと進む。

 チーズ味はステンノ様に買っていくけれど、今日はチーズの気分だったら嬉しいな。

 

 うん、一口齧れば揚げ立ての芋と甘いクリームの味が合わさって帰るまでに三十個全部食べ終わりそうだ。

 

 

 

「あの、小豆クリーム味を一つ……」

 

「あっ、ごめん。今ので小豆クリーム味は売り切れちゃったよ」

 

「……そんな。今日は他の屋台でも……」

 

 

 

 

 

 

「それで手紙が来ないのは変だって思っていたら都市外から届くラブレターに混じっていたの。ヘルメスったら中途半端な仕事をするわ」

 

「あら、それはお仕置きが必要ね。所でちゃんと眷属には試練を与えている?

お気に入りの子にはちゃんと試練を与えて、乗り越えたらご褒美をあげるのが女神のあるべき姿よね」

 

「分かるわ、それ。アレン、今度何か課題を出すわね」

 

 ……ホームに戻ったらフレイヤ様とアレンさんの姿、女神が女神らしい会話をする中、僕は夕飯の支度を続けていた。

 今日は子ウサギのパイ包みに季節の野菜のシチュー、その他副菜を幾つかにデザートは十八階層の果物。

 

「仲の良い友神だとは聞いていたけれどよ……」

 

「父さんともあんな感じだったよ。お祖父ちゃんまで悪ふざけに加わって、ステンノ様だけは逃げおおせるけれど男二人揃って母さん達にとっちめられる迄がワンセットさ」

 

 僕の手伝いをしてくれているアレンさんは真面目なのだろう、溜め息を吐き、僕に同情の視線を送っている。

 

「飯時に邪魔して悪かったな……」

 

「まあ、大勢で食べた方が美味しいし……とんでもないお土産まで貰ったから」

 

 テーブルに置かれたのは土産の品である魔導書、末端価格でも億はする品だ。

 

 

 そして数日後、この魔導書で発現した魔法を知ったフレイヤ様の頼みで僕はちょっとしたゴタゴタに巻き込まれる事になる。

 

 

 ……アレンさんも一緒に。

 

 

 

 

 

 




最近じゃオリジナルも感想滅多に来ず、こっちも少ないので感想お願い!

サポーターはリリなのかは不明 モブかも


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神の同類

「うふふふ、よく眠っているようね。今日もご苦労様」

 

 夜中、私は眠った振りを止めて目を開ける。

 目の前にはティオの顔、それこそ少し動いただけで唇と唇が触れ合ってしまいそうな何時もの距離、これが私のお気に入りの距離。

 私の事が好きで……いえ、大好きでキスをしたいけれど許可無しにキスなんて出来ない可愛い子に意地悪するのは本当に楽しい。

 起こさないように首に回した腕を外し、月明かりを浴びながら上半身を起こしてティオの頬に手を触れる。

 

 完全な神でも人でもない子、私の事が大好きで、私が愛する大切な存在。

 その唇と頬の間に唇を近付けて秒に満たない僅かな間だけ触れる。

 

 

「もっと頑張って素敵な勇士になりなさい、ティオ。貴方はもっと強くなれる、もっと輝ける。その時迄は……本当のスキルも私が何をしているのかも教えてあげないわ。今のままじゃ私は女神としてしか側に居てあげません」

 

 私が女神ではなく女として寄り添いたいと思わせる勇士に成長する可愛い眷属の姿を思い浮かべながら彼の腕を枕にして寝転び直し、腕を首に絡めるようにしてギリギリの距離まで顔を寄せる。

 

「目が覚めたら麗しの女神の顔が至近距離に存在するだなんて本当は過ぎた贅沢なのよ? ええ、ええ、貴方が理解しているのは分かっています。だからと言って満足して怠惰になるのは許さないわ。女神に求婚して、条件付きで受け入れて貰えたのなら前に進み続けなさい。つんのめって転びそうな時だけは支えてあげるから」

 

 毎晩のように同じ事を繰り返し、似たような言葉で終わる。

 じゃあ起こして貰えるまで寝ている事にしましょうか……。

 

 

 

 ああ、でも私が”勝手にキスしたら駄目”や”寝ている間に変な事をしたら分かっているわね?”と言ったからって素直に従うなんて従順で可愛いんだけれど、少し微妙な気もするわ?

 

 

 

 

 

 

「あら、中々良いじゃない。気に入ったわ」

 

 今日は待ちに待ったステンノ様とのデート、真っ先に向かったドレスの店で何着か試着をして、目の保養の果てに僕に選択を迫って来た。

 何がステンノ様にお似合いなのか真剣に悩んだ時、目に入ったのは普段から着ている服に似ている物だった。

 スカートの丈は長いけれどスリットは深いしおへそも露出していて生足が輝いて見える。

 ……やましい気持ちは否定しないんだけれど、ステンノ様もその場で一回転して鏡に映った姿を上機嫌で見ているし別に良いよね?

 

「うふふふ、ティオも何だかんだ言って男の子よね。そう、こんなのが好みなのね」

 

「そりゃステンノ様にお似合いだからね。ステンノ様に似合う服が僕の好みさ」

 

「……そう」

 

 何か深層の素材を使っているとかで汚れを弾く効果があるらしいけれどお値段三百万ヴァリスと少し、三着あれば豪邸に手が届く値段だけれどステンノ様の満足そうな笑顔は豪邸よりも遥かに価値があるのさ。

 ステンノ様は僕の言葉に満足そうに微笑むと指先で僕を近くに招き、顔を引き寄せると耳元で囁いた。

 

 

「それで貴方が脱がすのと私が目の前で脱ぐのと、どっちが良いのかしら? ……冗談よ」

 

 正直言ってドキッとしたけれど、ステンノ様を脱がそうとする所で耳に息を吹きかけられて本気にするなと叱られる。

 見抜かれていたか。

 

「貴方には早いわ。……未だね。頑張りなさい」

 

「が、頑張ります」

 

 つまり頑張っていたら選択肢は本当になるって事だよね?

 美しい笑顔に心を奪われつつ拳を握りしめる。

 

 ……それにしても今日は視線を感じる日だけれど、ステンノ様のお姿が注目を集めているのかな?

 

 

神会(デナトゥス)には間に合いそうね。ちゃんと貴方の二つ名をマトモな物に出来たら良いのだけれど……」

 

 父さん曰わく神々が人間に授ける二つ名の内、力の無いファミリアには人間にとっては凄いセンスで神にとっては痛々しいとの事。

 僕としては二つ名なんて自分が恥ずかしいと思わない内容だったら別に良いんだけれど、ステンノ様まで恥ずかしい思いをするんだったら……。

 

「フレイヤ様が手を貸してくれたら良いんだけれど、目立ち過ぎるのも問題だよね。悪い意味でも目立つから……」

 

 特に歓楽街を支配するイシュタル様には徹底的に嫌われているらしいし、友神の眷属だからって庇うのは……。

 

「……またか」

 

 ステンノ様と腕を組んで歩いているんだけれど店の中に居る時も感じた視線、悪い物じゃなく、寧ろ好意的な物だ。

 

「喉が渇いたわね。其処のカフェでお茶にでもしましょうか」

 

「まあ、劇まで時間があるし、お昼前から過ぎまで掛かるから軽く何か食べて行こうか」

 

 何かされたなら対応出来るけれど、離れた場所から見て来るだけじゃ何も出来ない。

 なら、ステンノ様とのデートを楽しんだ方が有意義だよね。

 

 それにまあ、視線の理由も何となく予想出来るしさ。

 

 

 

 

「初めましてだな。俺がガネーシャだ!」

 

 カフェに入り、ステンノ様はケーキと紅茶のセット、僕はパスタを三皿とオレンジジュースを頼んだんだけれど、いざ食べようとした時に変な神が現れてポーズを取っている。

 うん? ガネーシャ?

 

「初めまして、神ガネーシャ。それでデート中に何の用ですか?」

 

 ステンノ様の優雅な姿を眺めている最中にむさ苦しいのに邪魔されたんだし、ちょっと印象が悪くなって当然さ。

 まあ、相手は気にした様子が無いし、父さんに聞いていた通りの神だ。

 市井の人々を守護する善神ではあるらしいけれどさ。

 

「うむ! 俺も野暮な真似はしたくはないが、お前に感謝と賞賛を贈りたくて声を掛けさせて貰ったのだ。集めてくれた遺品の中には俺の眷属の物もあった。ありがとう! そして遺品を集め、昨日は気絶した何処かのサポーターを助けて地上まで連れ帰ったそうだな」

 

「矢っ張り見られていたのか……」

 

「流石は妖精騎士の子孫にして王族、素晴らしい慈愛と高潔な精神の持ち主だと……」

 

「いや、只の自己満足、そんな立派な物じゃ無いですよ。僕は困っている人を助けずにはいられない正義感の持ち主でもなければ、賞賛や感謝が欲しくって動く偽善者でもない。憧憬の存在に追い付き絶対に越える為、そして僕の信念に従って動いただけなので」

 

 一度助けた所で現状を解決しないとその場しのぎにしかならなくたって徹底的に世話を焼かないし、大切な一部の人以外に認められても別に興味が無い。

 王族がどうこう言われても僕はエルフの里に行った事すら無く、王族の教育や義務とも無縁。

 母さんから受け継いだ弱肉強食の理念だって王族の物限定じゃ無いしさ。

 

「それでもだ! それでも君に救われた者は居る! それを忘れてはいけないぞ、少年。それと俺がガネーシャだ!」

 

「はあ……。あっ、そうだ」

 

 何か聞いていた以上に自己アピールの激しい神だなとポーズを取りながら改めて名乗るガネーシャ様を眺めながら思い、ついでに父さんからの手紙を取り出した。

 

「この手紙の宛名の文字はフレイの……」

 

 何処の誰かからは書いておらず、誰宛なのかのみの手紙。

 でも、友神だけあって文字で察したらしいね。

 

「オラリオから……いや、ダンジョンから密輸された珍しい物の情報。何処の港から流れているのかも……」

 

「っ! ……分かった。感謝する」

 

 大切な部分はぼかして内容を伝えれば急に真剣な様子でガネーシャ様は去って行く。

 それにしても王族らしい高潔さと慈愛、か。

 

「母さんは兎も角……あっ、劇の開始時刻が迫ってるや」

 

 視線の訳も分かったし、もう気にしなくて良いや。

 さて、ステンノ様とのデートを満喫するぞ!

 

 

 

「あっ! ステンノ様にティオさんもこのお芝居を見に来たんですね!」

 

「あら、シルじゃないの」

 

「……どうも」

 

 劇場の前は大盛況、事前に変な先入観は欲しくなかったからチケットに書かれた宣伝文句やタイトルから神と人との恋物語だとは知って、まるで両親みたいだと思いながらも楽しみにしていた時、目の前から町娘の姿になったフレイヤ様が現れた。

 見に来たもなにもチケットをくれたのはフレイヤ様だろうにさ。

 

 まあ、ステンノ様が話を合わせているし、僕も向こうが女神以外の生活を送りたいのなら今は合わせよう、幾ら甥っ子でも色々として貰い過ぎているんだしさ。

 

「……あっ」

 

 通りの向こうの建物の陰にアレンさんの姿があったから会釈したんだけれど、余計な真似はすんなって表情だ。

 

 

「それでこのお芝居って人気なんですが、モデルとなった主神と眷属がいらっしゃったのをご存知ですか?」

 

「へぇ、そうなのね」

 

 ……うん? ステンノ様が意味深な笑みをこっちに向けて来たけれど何故だろう?

 それにしてもモデル……まあ、父さんと母さん以外にも神と人間の恋は有り得る話だし気にする事は無いんだけれど、もしかして二人がモデルだったりして……まさかね。

 

 

 

「モデルはフレイ様とハイエルフの眷属の方らしいですよ。恋多き神様だったのが大勢を招いての結婚式を挙げてからは一途になったとか」

 

 そのまさかだったよっ!?

 

 ステンノ様は……分かっていたのか。

 

 フレイヤ様は……うん、僕の反応が楽しみだったって所か、身内への悪戯だね。

 

 アレンさん……あっ、目を逸らしたって事は全部知ってたな。

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 ステンノ様は笑いを堪えながら僕の手を引く。

 う、うん、そうだ!

 例え両親のラブロマンスだろうと赤の他人が描いた脚本なら気にならない筈。

 

 

 

「因みに脚本はファミリアの団長が書いた物らしいですよ。だから真実の場所が多いとか」

 

 フレイヤ様からもたらされる情報、何をやっているんだよ、お祖父ちゃん!?

 

 

 

「いや、自分達の恋が細かい所まで大々的に広まった時の二人の顔が見てみたかったのさ」

 

 僕の頭の中であの人はそんな事を語る、大体合っているだろう。

 

 

 

 ……結局、僕は劇の最中はステンノ様の横顔を眺めて過ごしたから充実した時間だったと言えるだろう。

 

 

 

 

「うふふふ、恋を描いた劇の最中に笑うなんてはしたないから我慢していたけれど、まさか細かい所まで当時交わしていた会話がそのままなんて驚いたわ。マーリンったら相変わらず神みたいな性格よね」

 

 劇が終わったのは夕暮れ時、フレイヤ様は店の仕事があるからと去って行き、アレンさんもそれに続く。

 僕とステンノ様は人の流れから少し離れた所でボケーッとしていたんだけれど、周囲は見る見る内に夜になっていた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 そう、デートはまだ終わっていない。

 今から遊覧船内のレストランでのディナー……その前に夜景を高い場所から楽しむって約束だ。

 

「『開け天界の門 我が戦車は流星の如く立ち塞がる敵を轢き潰す 神馬が引きし疾風怒濤の不死戦車』

 

 父さんが天界に居た頃、同じく地上に降りていなかったポセイドン様と賭けをして自慢の馬を手に入れ、戦車を引かせて遊んでいたらしい。

 地上に降りる時、持って来れなかった自慢の品にこう名付けた……。

 

「『トロイアス・トラゴーイディア』!」

 

 人が天界に行くのは死んだ時だけ、神だけが二度と地上に戻れないという制約を背負いながらも道を作り出せる。

 僅かな時間なら精神を他の神の肉体を借りて降ろせるケースも無くはないと父さんが言っていたけれど、例外は基本的に存在しない。

 

 神の血を引き、恩恵によって理外の力を振るえる僕を除いては。

 

 

 僅かな間だけ開いた天界への扉から出て来たのは三頭の馬に引かれた立派な戦車、空さえも駆ける秘宝。

 

 

「……ふぅ」

 

 まあ、そんなのを召喚する魔法なんで精神力がガリガリ削られて行く燃費最悪の物なんだけどさ。

 

 

「じゃあ行こうか、愛しの女神様」

 

「あら、こんな時は名前で呼ぶものよ?」

 

 幸いな事に僕はスキルで周囲から魔力を供給可能で、魔法によって大量の魔石を持っていられる。三十階層で手に入れて換金せずに持っておいた魔石を入れた袋を戦車に乗せ、ステンノ様の手を取って空へと駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

「矢っ張りオラリオから出てみるものね」

 

 そして数日後、今度はフレイヤ様とアレンさんを乗せて砂漠の上を飛んでいたんだ。

 

 

「あっ、あの船は……。フレイヤ様、知り合いがいたから挨拶をしに行っても?」

 

 砂漠を走る帆船、その甲板からマッチョな商人が僕に向かって手を振っていた。




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どうして既にマッチョなのかは……次回


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ケイローンの弟子達

 偶々目に付いた所に居たから同行する事になった旅で神と人の間に生まれた子供という冗談みたいな存在を知ってしまったアレン、当然ながらフレイヤからは他言厳禁を言い渡され、その数年後にその子供であるティオと再会して早数日、他の団員にも秘密な為かティオの所に行く時は普段一緒に居るオッタルではなく自分を連れて行く事に喜びを感じていたアレンだが、だからと言って護衛中に気を緩める事など有り得ない

 

「ねぇ、アレン。私今日から伴侶を探しに行くからお供をお願いね? それと他の子達の説得も頼んだわ」

 

「……は? 今、何と?」

 

 だが、この時は思わず女神の言葉を聞き返してしまったが、それだけの無茶振りである。

 なにせこの男、自由にさせ過ぎだ、だの、閉じ込めておくべきだ、だの、フレイヤの奔放な行動に過激な意見を口にするのだから、そんな彼がお供になってオラリオの外に出向くなど、普段から険悪な者達にどう説明しろと言うのか、である。

 

「オラリオの外に出掛けたくなったのよ、昨日、あの子が兄さんの自慢だった戦車に乗ってステンノと夜景を見ている姿を見ちゃって。天界に居た頃、兄さんに乗せて欲しいと頼もうと思っていたら地上に降りる順番が来た嬉しさに忘れてて、どうせなら乗って旅がしたいなって」

 

「………それについて説明するのも俺ですよね?」

 

「ええ、あの子との関係を知っているのはアレンだけでしょう? 私からの試練だと思って頑張って、頼りにしているから」

 

 フレイヤの側で行動出来る、そんな喜びは確かにあったが、同時に頭と胃が痛くなりそうなのが他の団員からティオに向かうヘイトであり、”お痛をしないように説得してね”とアレンに対応を丸投げされている。

 あくまでも建て前は友神であるステンノへの贈り物としているが、他の派閥の団員を誘惑して引き入れて来たフレイヤだ、信用は薄い。

 

「問題はあのチビ共か……」

 

 本人は実感が無いらしく困惑すら見せるがハイエルフ、この時点でエルフであるヘディンは積極的に動くのを躊躇う素振りを見せ、ダークエルフでライバルのヘグニを牽制すらしており、オッタルはフレイ・ファミリアの面々とは知り合いであり、どうやらティオが同門らしいと知って元々迂闊な行動をするタイプでもなかったので放置で良いだろうが、問題はガリバー四兄弟。

 

 フレイヤの旅に自分達ではなくティオが同行する事にどんな反応を示すのか、それが今から心配なアレンであった。

 

 

 

「じゃあ、ティオを暫く借りるってステンノに伝えて来るのもお願いね」

 

「いや、旅に連れて行く相手の主神に了承取って無かったんですか?」

 

 この分だと本人にも話をしていない、そんな風に思うアレン、正解である。

 兎に角自由なフレイヤの言動に本格的な頭痛を覚え出すアレンであった。

 

 

 

「……幹部にだけでも話しませんか?」

 

「あら、アレンが頑張る姿が可愛いもの。どうせなら隠せるまで隠しておきましょう」

 

 

 

 そして、現在に至る。

 

 

 カイオス砂漠を渡る砂漠の船(デザート・シップ)の上、アレンの目の前には普段から脳筋だと罵倒するオッタルみたいな筋肉の塊が大勢集まって砂漠の気温が船上でより一層増したという錯覚さえさせる。

 

「ドゥフフフ。これはこれは、我等が主神の妹君であり高名なフレイヤ様とお会いできるとは光栄ですぞ」

 

「そ、そう……」

 

 その独特な笑い方と暑苦しさにフレイヤさえもドン引きしている、それこそフレイの眷属であるという事に反応出来ない程に。

 

「おい、あの連中って……」

 

「モンスター退治専門の傭兵兼商人をやってるボフマンさん。因みに動力の魔力を供給しているのも、と……フレイ様の眷属。ちょっと昔は太っていて奴隷とかも扱っていたんだけれど、今じゃすっかり筋肉信者に」

 

 どうやらティオの両親については知らされていないとフレイヤとアレンが理解する中、昔の事を言われた事にボフマンは苦笑を始めた。

 

「ドゥフフフフ。昔の事は勘弁して欲しいですぞ、ティオ殿。我等ケイローン塾生一同、軽い気持ちで鍛えて貰おうとしていた…して…いた……愚かな頃の……」

 

「おい、なんかガタガタ震え出したぞ此奴等っ!?」

 

「完全にトラウマみたいだね。先生ってちょっと厳しいから。物腰は柔らかいのにさ」

 

 気軽な感じで肩を竦めるティオ、ボフマンと周囲の筋肉一同は完全にトラウマを再発させているのに大違いである。

 

 

 

「……矢っ張り血筋か」

 

 このマイペースな所がフレイヤに似ていると思うアレンであった。

 

 

「つーか、オラリオに居た頃から結構なスパルタだったってのは聞いているが、どんな内容ならああなるんだよ……」

 

 ”長い間お邪魔するのも悪いから”、そんな風に船からの退出を急かして飛び立った空の上、消耗した魔力の補充の為に内部の魔力を吸われた魔剣が砕ける音を聞きながらアレンは呟く。

 レベルは一度ランクアップした者が多く、ボフマンと極一部のみがLv.3、アレンからすれば雑魚の部類だが、それでもあれだけの肉体を作り上げ過酷な砂漠を中心に活動している者達の反応としては些か、と言うのが疑問の理由だ。

 

「うーん、僕はフレイ・ファミリアの人以外には鍛えられてはいないから比較相手が居なくて答えるのは難しいけれど、オラリオ行きが決まった半年前からケイローン先生に教わる午前中は毎日百本組み手だったよ」

 

 オラリオに居た頃から貯めていた経験値に加え黒竜の追跡調査やファミリア幹部同士の戦いもあって先生はLv.8になっていて、薬とスキルと魔法で回復出来るからと割と本気で来た、軽い口調でそんな風に語るティオに対し、アレンは自分とオッタルの戦いを思い浮かべる。

 Lv.7で現在のオラリオでは最強の彼は団長という立場もあってフレイヤの側に居る事が多い。

 女神の愛を奪い合う関係上、アレン達は彼が気に入らず、フレイヤの命令でダンジョンでのみ一対一の戦いを挑むも全戦全敗。

 

「オッタルの野郎の師匠だけあって随分と無茶な奴だな」

 

 ましてやオラリオに来てからランクアップでLv.4になったのだから、半年間は3以下で8と戦っていたという事を察し、越えるべき男が行ったであろう修行の凄まじさを感じ取った。

 

「それに僕がボフマンさん達と会ったのは筋肉に目覚めてからだから詳しい内容はちょっと知らないや。十年前位かな? 当時奴隷も扱っていたボフマンさんが父さんやお祖父ちゃん達に取り入ろうと近付いたらしくって、母さんと父さんの意見の違いで僕は会わせない事になったんだ」

 

「あら、会わせるのも反対だなんて、さっき本人が口にした恥じている過去に関係有るのかしら?」

 

「うん、奴隷とかの闇の部分を見せたくない母さんと、世界の一面だから知っておくべきだとする父さん、言い争っている間にケイローン先生におべっかを使った際、軽く指南するって流れになって……」

 

「それでああなったのね……うん、ケイローンったら相変わらずなんだから。それにしても兄さんったら随分と天界に居た時とは……いえ、オラリオに来て眷属を持ってからも変わらなかったのに」

 

「父さん曰く、当時の僕は物語の英雄に憧れていたし神の血も引いているからどんな風に育つか分からない。だから英雄は目の前の百人は救えても悲鳴の届かない場所の千人は救えない。英雄が沢山出た今でも人間同士で起こす悲劇すら無くならないのがその証明だ、ってさ」

 

「あら、兄さんったら小さい子供に厳しいわね。我が子なのに……いえ、我が子だからこそなのかしら? っと、見えて来たわ」

 

 フレイヤが父親らしくなった兄に感心した頃、空を飛ぶ戦車は船を遙か彼方に置き去りにして目的地であるリオードの町にたどり着こうとしていた。

 

 

「所で午前がケイローンとの組み手の時間という事は午後は休みだったのかしら?」

 

「いや、普通にスカサハ先生も最後の仕上げだって感じで組み手を五十本」

 

「あら、午前中に百本やったから気遣ってくれていたのね。彼女も随分と優しくなって……」

 

「目と耳を塞いだ状態でだけれど」

 

「……ないわね、相変わらず」

 

 

 

 

 

 

 その頃、町に接近する戦車から発せられていた緑の光に気が付いた少女が二人居た。

 

「な、何だあれは!?」

 

 片方は砂漠の民と思しき少女、何処か気品がある。

 

「何かは分かりませんが……誰なのかは分かりましたので安心して下さい」

 

 そして片方は柄の長い鎌を持った紫の髪と瞳の少女であった……。




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真面目な人は損な役

「参ったな何で彼奴が居るのさ……」

 

 戦車の手綱を握りつつ視線を向けたリオードの町、その雑踏の中から此方を真っ直ぐに見詰める少女と目があった。

 私の方が先に見つけましたよ、そんな風に勝ち誇った表情が此処からでも見えるけれど、直ぐに戦車に乗っているのがステンノ様ではないと分かったのか不満そうな顔になる。

 

「あら、知り合いでも居たのかしら?」

 

「フレイ・ファミリアの団員でステンノ様のお気に入り……僕の次に気に入られているのが。でも、彼女だけで父さん達の近くを離れる筈がないから誰か幹部が同行しているのかな?」

 

「何だ、お使いも出来ない餓鬼なのかよ」

 

 高度と速度を徐々に下げる中、フレイヤ様の問い掛けに答えるけれど、内容が意味深だったからか振り向いた先では首を傾げるフレイヤ様と怪訝そうにするアレンさん、どう答えて良いのか僕は困った。

 神には嘘は通じないし、フレイヤ様の言葉をアレンさんが疑わないだろうから説明は簡単だろうけれど、フレイヤ様は父さんの妹、性格もよく似ていると聞いている。

 気に入った相手に甘く、同時に試練を与えるタイプの女神であり、気紛れだ。

 

「と、父さんに軽率に話すなって言われているから……うん」

 

「……へぇ。訳有りって事ね」

 

 何かを察しただろうけれど、今はこうとでも言っておかないと、女神の動きを制限とか無理だからさ。

 懐に入れた相手には甘いけれど、気に入らない物を排除する事とか一度決めた事は曲げないタイプだった父さん、僕が生まれてから随分と変わったし、結婚してから母さんの意見は聞くようになったらしいけれど、それまではお祖父ちゃんと一緒にスカサハ先生さえも振り回していたらしい。

 

 結論、取り敢えず父さんの名前を出して楽しみを後に取っておくのを願おう、僕にはそれだけしか出来ないからね。

 

 

 

 

 

「久し振り……と言う程に間は開いてませんね、ティオ。其方の女神様がフレイ様の妹君のフレイヤ様ですね? アナです、名字は持っていません」

 

「あら? あらあら、変わった魂の子ね。ええ、宜しく。こっちの子はアレン、私の眷属よ」

 

 町の入り口に辿り着いた時、流石に戦車が空を飛んで来た事で人が集まり、更にフレイヤ様のフードが風で外れたせいで周囲の人達が一斉に見惚れる中、アナが知らない女の子の手を引いて人混みを縫って出て来たんだけれど、その子にフレイヤ様が目を付けたっぽい。

 他の人達と同様に見取れていたのに直ぐに我に返って視線を逸らす、フードを深く被って目立つのを嫌がる素振りは訳有りって所か。

 それに恩恵も持っている様子も無いのに抗った……抗ってしまった。

 

 フレイヤ様もそんな事情を察してかこの場では目立つ事をせず……なんて事がないのが女神って存在で、彼女の前まで行くと顎をクイッと上げて正面から顔を見る。

 まっ、女神の興味を引いてしまったのが運の悪い所だね。

 

 

「貴女、名前は?」

 

「……アリィ」

 

「あの、フレイヤ様とアレンさん……ついでにティオ。私達とアリィはボフマンさんの持つ屋敷に滞在していますし、一旦其処に向かいませんか? アリィもついでですし、神からは逃げられませんので」

 

「その言い方からして矢っ張り誰かと一緒か。……ついでって言い方は酷くない? 僕、兄弟子だし、君だってステンノ様の所に改宗予定じゃないか。未だ弱いから先の話だけれど」

 

「ええ、組み手と言いつつも実際は貴方が最長でも三分程度しか持たなかったケイローン先生との旅ですよ、ステンノ様を置いて早々に他の女神様と出掛けているティオ。いえ、フレイヤ様は責めてはいません。どうせ彼が大きな借りを返す為とかで引き受けたのでしょうから」

 

「さ、三分持っただけでも凄いって分かっているだろう、このチビ!」

 

 ステンノ様はご本神が”砂漠とか嫌よ。私は適当に過ごすわ”って仰ったから一泊八千ヴァリスの宿に泊まって頂いている訳で……糞、言い返せない!

 

 割と本気で来るLv.8の達人の拳や蹴りを何とか躱し受け流し命中と同時に背後に飛んで衝撃を殺し腕や武器を挟み込んで直撃を避ける、それを続けるのが大変なのは同門だったら分かるだろうに。

 

 僕とアナは互いに相手を睨み、フレイヤ様はそれを楽しそうに見ている。

 

 

「あらあら、仲が良いのね。ボフマン……彼の屋敷というのが気になるけれど行きましょうか」

 

 一瞬だけ微妙そうな顔をしたフレイヤ様は直ぐに気を取り直し、アナの案内に従って中心地へと向かって行く。

 その途中、大勢の奴隷が集まった奴隷市場が目に入ったのかフレイヤ様は視線を向け、アリィなんて拳を震わせ歯を食いしばった表情だ。

 

 

 

 

 

「丁度アリィと遭遇した所で奴隷狩りが現れまして、ケイローン先生の言葉での説得に応じなかったので拳の説得に切り替えて納得して貰いました。そのまま放置しては奴隷になるか砂漠で死ぬかの二択でしたし、此処まではお連れした訳ですが・・・・・・別に町で別れても良かったですね」

 

 アリィと行動している経緯を話したアナだけれど、それ程彼女には興味が無いらしい。

 まあ、いかにも訳ありって様子だけれども何も話していない様子だし、首を突っ込んで一から十まで助ける必要も無いか。

 

 

「アナ、随分と多いみたいだけれど、市場の空気がひりついているのと奴隷狩りとは関係有る?」

 

「ええ、戦争ですよ、隣国のシャルザードにワルサという国が一方的に戦を始め、軍部の恩恵持ちではワルサに雇われた傭兵系ファミリアに手も足も出なかった、それだけです。フレイ様も戦争は人の世の常だと仰っていました。人間とはそういう物なのでしょう?」

 

 冷めた声でアナは言い捨て、興味の欠片も無いように進もうとする中、フレイヤ様は少し不愉快そうに市場を見詰めている。

 あっ、まさか……。

 

「フレイヤ様……」

 

 僕と同じ結論に至ったのかアレンさんも止めようとするけれど止まらない。

 

「大丈夫よ、自重はするわ」

 

 それでも流石は都市最大派閥の主神、可愛い眷属の言いたい事は分かっているのか一旦足を止めて笑いかけて安心させるような事は言うけれど、僕とアレンさんは全っっっく! 安心なんかしていないさ。

 フレイ・ファミリアの団員が第一に教わるのは”神とマーリンの自重するって言葉は信用するな”だ。

 神と人は価値観が違い過ぎるからね。

 ましてやフレイヤ様は父さんと同様に神の中でも自由奔放、ファミリアの主神となった途端に歯止め役が出来て自重を覚える神も存在するけれど、目の前の女神の周囲には心酔した人しかいないし、鉄拳制裁なんてもっての他。

 

「マジかよ・・・・・・」

 

 かくしてアレンさんが顔を手で覆う事態の出来上がり、フレイヤ様ったら奴隷がいる光景が気に食わないからって奴隷市の奴隷を全員お買い上げ、護衛兼お目付け役役の筈のアレンさんが仲が悪い他の幹部から何を言われるのやら。

 

「フレイヤ様、自重なされる筈では・・・・・・」

 

「したわよ? 奴隷の売買を金輪際止めろとは言っていないもの」

 

 歓声の上がる中、アレンさんの嘆きにしれっと答えるフレイヤ様、因みに代金はファミリアの証文を渡してのツケ払い、中堅ファミリアじゃこうはいかないだろう。

 

「何と言うか凄まじい神ですね、フレイヤ様は・・・・・・」

 

「神の中でも別格かな。それで数百人は居るけれど一体どうする気なんだか・・・・・・」

 

 僕がこの前助けたサポーターは傷を癒して地上まで連れて帰ったけれど、あの後で結局同じような目に遭うだろうってのが僕の予想だ、だからって似た境遇のを全員集めて纏めて世話焼きはしないけれど。

 ”目に入る全ての悲劇に首を突っ込んでいても疲れるし、助けた子からの依存と助けてない子からの逆恨みを買うだけだし、悲劇が起きているという噂ではなく実際に近くで起きていて、どうしても気に入らない事だけ色々織り込み済みで関わりなさい”とは父さんの言葉、だから砂漠の広がるこの一帯で普通に存在する奴隷をどうにかしようとは思わないし、神が帰還覚悟で奴隷の要らない豊かな土地にでもしないとなくならないだろう。

 

 それでなくなるかは微妙だし、攻め込まれて他国の奴隷にされるのがオチだろうけれど、目の前の人達みたいにさ。

 

「さてと、取り敢えず休める場所と食事が必要だろうけれど・・・・・・」

 

 流石にこれだけの人数の休める場所と食料はツケ払いじゃ難しい、ツテと人員が必要だ。

 だからフレイヤ様は一旦お金を出させる相手を探して周囲の人達を値踏みし始めて・・・・・・。

 

「何やら騒ぎがしいと思いましたら奴隷を全て解放とかお見それしましたぞ、ドゥフフフフ」

 

「あら、ちょうど良いタイミングで来てくれたわね」

 

「ドゥフ?」

 

 

 

 そしてタイミングが良いのか悪いのか姿を見せたボフマンさんに目を付けた。

 まあ、神に関わるってこういう事だし・・・・・・うん。

 

 

 後に聞いた話だけれど、筋肉が足りなければ危なかった、らしい。

 

 

 

 



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閑話 その頃のステンノ様

「……退屈ね。正直言って暇だわ」

 

「くっちゃべってないで注文するならしな! 此処はお喋りだけする店じゃないんだよ!」

 

 ティオがフレイヤの頼みでオラリオの外に出て行った後、ステンノは町を出歩いていた。

 彼女がフレイとその眷属と共にオラリオの外に出たのは十数年前の話、当時と比べ治安は良くなった影響か街並みも随分と変わっている。

 だが、途中から面倒になったのか見て回るのを止めてやって来たのは豊穣の女主人、オラリオに居た頃には現役の冒険者だったミアが店主をやっているのだが、話すばかりで注文しようとしないステンノにメニュー表を押し付ける。

 

「じゃあ何か注文するから誰か話し相手になってくれないかしら? ティオが暫く居ないから暇で暇で」

 

「……ったく、アンタは相変わらずだね」

 

「あら、女神が簡単に変わると思った? うふふふ、其処のエルフ、ちょっと話を聞いてくれないかしら?」

 

「あっ、私は今仕事中で……」

 

「リュー、休憩やるからこの面倒な女神の相手をしておくれ。じゃないと厄介なんだよ、この女神は」

 

 それは休憩と呼べるのだろうかと、そんな反論が出来る店員はこの店には存在しない。

 まさに女神に捧げる生け贄となったエルフは女神が獲物を前にした蛇に見えたという……。

 

 

 

「ええ、そうです。あの子はハイエルフなのですが、昔から私の後をチョコチョコと付いて来て可愛らしかったわ。それで事あるごとに好きだの愛しているだの伝えて来ていて」

 

「は、はあ……」

 

「仕方が無いから膝枕をしてあげていたのですが、暫くしたら朝から晩まで特訓特訓で私に構う時間が無かったのだけれど、休日には私の身の回りの世話をしたり一緒に出掛けたりもしたわ」

 

「成る程……」

 

 相手は女神、ミアの言いつけ、そしてハイエルフに関する話となれば真面目なエルフのリューが知らん振りも出来ず、ただただ聞き役に徹するしかないのだ。

 どうにか助けを求めて同僚に視線を向けるものの彼方は彼女に知らん振り、女神が楽しそうに話す惚気話を受け止め続けるしかないのだが、何せ清純を良しとして多種族との肌の接触を禁じる部族も存在するエルフ、尚、リューもその教えを受けて育った。

色々と闇落ちする事も有ったが年齢イコール彼氏居ない歴であり、下手をすればお付き合いが結婚に直結する思考の持ち主、些か刺激が強いらしく……ステンノはそれを分かっていた。

 

 

「あの子はとっても良い子なのよ。私の言いつけをちゃんと守る賢い子。だからお風呂で背中と髪を洗ったり、私が抱きついて彼の腕枕で眠る時も不敬は働かないわ」

 

「腕まくっ!?」

 

 此処で重めの一撃がクリーンヒット、純情真面目なエルフには男女がお風呂場で一緒になったり同じベッドで密着あいて寝ていると聞かされるだけでも効果は抜群、更にそれこそ主神への態度が親しみよりも崇拝が強いファミリア並みにエルフから崇められるのがハイエルフ、種族に誇りを持つが故に王族の存在は絶対で神聖、最早ノックダウン寸前の彼女は耳まで真っ赤、思考も覚束無い状態だ。

 

「それに偶に……ええ、偶にですが私からお願いする事がありまして、ベッドの上で気持ち良くさせて貰っています。あの子の指先が私の柔肌に触れ、女神らしく振る舞おうとして声を押し殺すも耐えられずに声が漏れ出して……」

 

「あ、あの、ステンノ様。お言葉ですが昼間の、しかも周りに人が居る時にそのような……」

 

 此処に来てリューは反撃の一歩を踏み出さんとする。

 ファミリアにはファミリアの事情があるのだろうし、男女の関係に口を出すのも憚られるが、普通に昼日中の店中でハイエルフのそういった事情を話されるのは、そんな風に意を決しての一撃。

 

 

「あら? そんなに変な事かしら? 私はマッサージの話をしているだけよ?」

 

「……へ?」

 

「貴女、どんな勘違いをしたのか言ってみなさい。分かっていると思うけれど神には嘘は通じないわよ」

 

 だが残念、それは誘われた一撃だった。

 クロスカウンター、リューは遂にノックダウン、試合終了だ。

 

 ニヤニヤと意地悪で同時に女神らしい美しい笑みを向けられ問いかけられた言葉、リュー最大のピンチ、まさか”指先で大切な場所を弄られているのだと思いました”、そんな事をエルフの彼女が言える筈もない。

 

「そ、それは、そのですね……」

 

「そんなに顔を真っ赤にしちゃって言えないような恥ずかしい内容だったのね。うふふふ、可愛いわね、貴女。ほら、小声で良いから私に教えなさい。ティオが私に何をしているのを妄想しちゃったのかを正直に」

 

「ほら、その辺で止めときな、女神様。ウチの馬鹿が変な妄想するように仕向けたのはそっちだろう。ほら、休憩は終わりだよ、リュー。さっさと働きな」

 

 ステンノからリューを守る絶好のタイミングで大盛のパンケーキがステンノの前に乱暴に置かれる。

 注文した物よりもフルーツもクリームも増した豪華仕様、お値段千五百ヴァリス、元々の注文との差額はリューの給料からの天引きだ。

 

「……此処からが面白いのに野暮な真似をするわね、ミア。新人時代の面白エピソードとか喋っちゃおうかしら」

 

「はんっ! こっちには話されて困る過去なんて無いが、変な作り話を食っちゃべるなら商売の邪魔として追い出すよ。それに金輪際入店禁止だ」

 

 玩具を取り上げられた事への不満を隠そうともしないステンノだが、若い頃を知られていてもミアは一切怯む事はなく、放った威圧にステンノは肩を竦めて降参の意を示した。

 

「それは困るわね。この店、ティオが気に入っているもの。私の悪戯で利用不可なのは可哀想ね」

 

「……何って言うかアンタも随分と変わったもんだ。眷属を持って変わったって神は多いが、昔のアンタはフレイ様の所に居候していたが何の為に下界に降りて来たんだって思う位に退屈そうだったのにさ。……んで、その愛しい小僧がフレイヤ様とお出掛けしちまって不安じゃないのかい? 友神だってんならあの女神が気に入った相手に無節操なのは知っているだろうにさ」

 

 フレイヤの多情で気に入った相手を手に入れる為に手段を選ばない所をよく知っているミアには随分と気に入られた様子のティオも標的の一人だと思えていた。

 だが、そのフレイヤとは天界の頃からの友神であるステンノにはその心配が見られない。

 

 事実、フレイヤにはティオを甥っ子として可愛がっても手元に引き入れる気は……ちょっとは有るのだが、ステンノに恋している姿が可愛いからと横で見ている方が良いらしいが、ミアがそんな事を知る筈もない。

 

 だからステンノが余裕な理由も理解が出来なかった。

 

 

 

 

「大丈夫よ。フレイヤなら男の為に私を裏切るか裏切らないかで言うとたぶん裏切るだろうけれど、ティオは私を裏切らないわ。私が与えた試練を何度も乗り越えた可愛い可愛い私の勇士。今回はお世話になったお礼に空飛ぶ乗り物に乗せているだけ。うふふふ、多分旅先でアレン共々フレイヤから試練を課されているでしょう。なら、ご褒美をあげないといけません。……ミア、何が良いと思うかしら?」

 

「知るか。キスでもしてやりな。あのベタ惚れっぷりなら喜ぶだろうさ」

 

「ええ、それは素晴らしいわ。そうね、そうしましょうか。ちゃんと試練を乗り越えたのなら彼から私にキスをする権利を授けます。手の甲でも額でも唇でも、好きな所に一度だけの権利を」

 

「矢っ張り変わったね、アンタ」

 

「あら、変な事を言うわね。恋と愛は女を変えるわ、それが女神であったとしても同じ事よ」

 

 

 

 

 

 一方その頃、ティオとアレンだが……殴り飛ばされ気を失いながら宙を舞い、フレイヤはアナを膝に乗せてその様子を眺めていた。

 

 

 

 



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賢者の試練

「だ、大丈夫。ボフマン、頑張れる。フレイヤ様がこの町に来る時点で何となーく予想していたから……」

 

 奴隷数百人をまとめ買いするという相変わらず自由なご決断、これで全員が体を休められる程に大きな屋敷をボフマンが持ってなかったら買ってたな、絶対に。

 

 オラリオを出たとしてもゼウスやヘラの所と並ぶ程のフレイ・ファミリアだ、その末端でも恩恵は大きいって事だと屋敷内部に暗殺者が潜んでいないか見回った後で考える。

 

 数百人分の食事を買い求め提供するには結構な手間と費用が掛かっているだろうが、多少疲れた様子は見せても慣れた感じだし、フレイヤ様とフレイ様は似た者兄妹、同じ様に振り回されているって事か。

 

「さて、流石に全員を商会で雇う訳にもいかないでありますし、何割かは懇意にしている所にお願いして……」

 

 主神であるフレイが面白いと思った物や気に入った物を守り、気に入らない物を排除する、それがフレイ・ファミリアの方針と聞いてるが、目の前の男はどちらかというと裏方、戦闘員が大暴れする舞台を整え事後処理に奔走する、そんな所か。

 

 既に奴隷連中の今後を任されるであろう事を察してかブツブツと呟いているし、まあフレイヤ様の都市外の協力者は今回も広い範囲に生まれそうだと考えた俺は奴隷連中がフレイヤ様の所に集まって感謝を述べられる中、今回目を付けられた餓鬼……其奴と会話をしている男に視線を向けた。

 

 

 

 

「おや、今から出立するのは無謀では? 少女がたった一人、路銀も持たずに旅が出来る程に砂漠は甘くないのは民である貴女がご存知でしょう?」

 

「ぐっ! だが、私は今すぐにでも……」

 

「先ずは体と心を休めなさい。疲労困憊で目的地までたどり着いたとして、そんな状態で何が出来ますか? 今夜一晩体を休め、明日から今後について考えなさい」

 

 あのアリィと名乗った奴が何か目的地があって、どんな想いなのか……正直興味は無い。

 重要なのはフレイヤ様が興味を示しているって事で、俺の興味は隣に立って話をしている男、ケイローンに向けられていた。

 

 オッタルの野郎の師匠にして格上のLv.8、俺が殺気を向けているのに気が付いているだろうに涼しげな顔を一切崩しやしねぇ。

 だが、分かる。

 

「オッタルの野郎が最強だの呼ばれて微妙そうな顔をする訳だな」

 

 昔出会った時とは違って強くなったからこそ理解する強さ、まるで弱かった頃に階層主と初遭遇した時、それ以上の感覚に肌がピリピリする。

 俺は今、無性に彼奴に挑みたかった。

 

「……だが、今はフレイヤ様が優先だ」

 

 そう、俺の役目はこの世で最も美しい女神の護衛、勝手な感情に流されている場合じゃない。

 手合わせを頼むなんて私事は二の次だ。

 だから諦めようとした頃、ちょうど食事の提供も一段落した時だった。

 

 

「それでは教え子達と再会した事ですし組み手と行きましょうか。中庭に出なさい。全員纏めて相手をしてあげましょう」

 

 ニッコリと笑った途端に柔らかい笑顔のまま溢れ出す闘気に俺の全身の血が騒ぎ出す。

 願ってもない絶好の機会、フレイヤ様の方を見れば静かに頷く、見抜かれてたって事だ。

 その瞬間、俺はケイローンの前に飛び出していた。

 

 

 

「おい、俺も混ぜろ」

 

 オッタルの野郎の更に先の高い壁がどれだけのモンなのか存分に味わってやるぜ。

 

 

 

 

「それでは私をこの円から出したら貴方達の勝ち、全滅させたら私の勝ちです。私は蹴りと跳躍も禁止にしましょうか」

 

 ケイローンを囲むのは精々五歩分程度の狭い円、舐められている……とは言わない。

 目の前の男がどれだけの強さなのか正面から向き直っても把握出来ない中始まった戦い、始まったばかりだってのに冷や汗が流れるのを感じた。

 

 

「ドゥリンダナッ!」

 

「……ふむ」

 

 開始早々、只でさえ暑い周囲の気温が一気に上昇する強烈な熱気と共に放たれる槍。

 炎を吹き出しながら迫るそれに対し、ケイローンは静かに構え、槍は至近距離まで迫った所で真上へと軌道を急速に変えた。

 

「制御が甘いですね。横からの力に耐えられるようにしなさい」

 

 あの野郎、直前で横から手を添えただけで受け流しやがったっ!

 

「流石は先生……ゾクゾクして来た」

 

 Lv.4程度のモンスターなら跡形も無くぶっ飛ばせそうな威力の投擲を受け流されたにも関わらずティオは怯まず逆に闘志をギラギラと燃え上がらせる……此奴、本当にエルフか?

 どうも俺が知るエルフ像とは違い過ぎるな。

 

 

「皆の者、突撃ですぞぉぉぉっ!」

 

 ボフマンの号令に続きときの声を上げながら真正面から突っ込む筋肉達、指先が届く距離にまで近付いた奴から宙を舞うが……。

 

「十分だ、雑魚共」

 

 鎧袖一触、とても戦いにはなってねぇが精々がLv.3、こうなるのは予想の範囲だ。

 腕一本? いや、指一本で十分な相手にケイローンは汗一つ流さないが、俺が近付く隙を作る時間としては足りている。

 最後の一人を宙に舞い上げ腕が上に向いた瞬間、俺の拳がケイローンの服に触れる。

 

 

「がっ!?」

 

 そして俺の腹に背中まで貫通する衝撃が走り気が付けば殴り飛ばされたのは俺だった。

 野郎、あの一瞬で腕を引き戻して俺を殴りやがったんだ。

 

 ……ダンジョンで挑み、何度も受けて来たオッタルの拳打、悔しいが差を感じ取らされたが、これはそれ以上。

 俺が5でケイローンが7だったとしても此処までの差は感じねぇ。

 現都市最強の更に上、その領域とLv.7の差はLv.6とLv.7以上の物だった。

 

 

「『白き聖杯よ、謳え』」

 

 たった一撃で意識を刈り取られそうになった瞬間、詠唱と共に俺の体からダメージが消えて意識をつなぎ止める。

 それでも頭がクラクラする中、ティオは俺の横で構えていた。

 

 

「アレンさん、先に謝っておくけれど……ごめん。この魔法、回復させるだけじゃなくて気絶するようなダメージを受けたら回復魔法が自動で発動するから……僕の精神力が補充以上の速度で消耗して枯渇する迄は終われない。……目の前の人は終わらせてくれない人だし」

 

「……成る程な」

 

 あのチビが組み手は数分で終わったって言ってたが、さっき受けた一撃の重さを考えれば納得で、気絶しても自動で覚醒して再開してたと、そりゃ百本を午前中に出来る訳だ。

 

 

 

 

「……お前の師匠連中って人の心とか無いんじゃねぇか?」

 

「ケイローン先生には有る。……他は、うん。有る……かも」

 

「そうか……」

 

 これ以上は何も言うまいと心に決め、俺と同様に立ち上がったボフマン達と共に真正面から突っ込み、そしてぶっ飛ばされた。

 

 

 

 

「そろそろ限界ですね。随分と持ちましたよ、ティオ。この人数を癒し続けたのですから」

 

「未だ…終わって無い……」

 

 あれから何十何百回殴り飛ばされたかも分からなくなった頃、俺達を何度も立ち上がらせた魔法も遂に陰りが見え始めている。

 効果範囲も回復量もで、レベルが低い連中は蓄積したダメージで戦える状態にねぇし、もう復活は無理だな。

 

 

 

「アレンさん、こうなったら徹底的にやろう。魔力を全部つぎ込んだ一撃を放つから先生に全力の一撃をアレンさんも」

 

「……ああ」

 

 指図するなとは言わない。

 静かに頷き、その時を待つ。

 

 

 ティオの拳に魔力が集中し、燃え盛って巨大な炎の拳となったそれを振り抜くと同時に放たれる。

 

 

「エンコミウム・モリエェエエエエエエエエッ!」

 

「……ふむ。これは受け流せないでしょうし、受け止めますか」

 

 姿勢を低くし炎の拳に真正面から迎え撃とうとケイローンが構えた時、俺も突っ込んでいた。

 ケイローンの腕が炎の拳を受け止めた瞬間に俺も炎に全力で脚を突っ込む。

 凝縮された炎の魔力に脚が焼かれても気にせずに放った蹴り、岩山でも蹴りつけたような感覚と共に俺は倒れ込み、後ろの方ではティオも精神力の枯渇で仰向けに倒れ込んで……。

 

 

「おや、私の負けですね」

 

 僅か半歩、されど半歩、ケイローンの足は円から出ていた。

 ……あー、勝った気がしねぇ。

 絶対本気じゃなかっただろう、此奴。

 




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正体

 神々が地上に降り立った時、”遊びに来た”とか言ったとか言わなかったとか、父さんに聞いても笑って誤魔化されるだけだった。

 あの人、最初に降り立った神の内の一人で、バベル建設後は長い間エルフの森で過ごして居たらしいから、本当に言ったのだとしたら父さんじゃないのかなって思っている。

 

 

 

 幼い頃、父さんの膝に座って絵本を読んで貰っていた時、僕はとある疑問を口にした。

 

「ねぇ、お父さん。何で全員神様の力を封じているの? 不自由を楽しむ為って聞いたけれど、困っている人を助けたいって神様達まで同じなのはどうしてなの?」

 

 綺麗な物も汚い物も両方見せる、それが父さんの教育方針だったから、僕は幼い頃から旅先で多くの物を見た。

 

 裕福な国と貧しい国、貴族と奴隷、健康な人達と疫病、平和な国と戦争中の国、母さんが僕に見せたくなかった物を多く見て、どうしても分からなかった。

 

 戦争を司っていたり悪神や邪神って呼ばれる神様達はその通りに悪い事をしているのに、正義や医療の神や子供の守護神をやっている神様達はどうして地上で神の力を使わないんだろう。

 力を封じずに降り立てなくても、一回程度なら送還と引き換えに力が使える筈だし、それなら大勢を救えるのにってね。

 

 モンスター以外にも悲劇を引き起こす物は多く存在する。

 飢餓、戦争、疫病、貧困。

 ダンジョンについては息子の僕にさえ誤魔化すから人間が何とかする必要があるんだろうけれど、それらを神の力で解決しないのか訊ねたら、父さんは僕の頭に優しく手を置いて言ったんだ。

 

 

「お前は優しい子だな、ティオ。お父さんは嬉しいぞ。確かにお父さん達は凄いから本気を出せば何でも出来るし、何ならお父さんやフレイヤたん位の神が魅了すれば戦争も無くせるし富の分配だって自由自在だ。でも、それじゃあ人間じゃなくて人形だ。人間の営みの範囲なら人間の力で解決しなくちゃ意味が無い。お父さん達がして良いのは助ける価値が有ると感じた時に手を貸す、それだけさ。……よし、ガウェインには内緒で美味しい物でも食べに行こうか」

 

 幼い時の僕には難しくって分からなかったけれど、今なら少し理解出来る。

 目の前で飢えて困っている人にパンを与えたとして、それで助けてくれる相手が居るからと自分で糧を得る努力をしない相手なら意味が無い、そんな感じだ。

 

 

 

 

「……わーお。随分寝ていたな」

 

 黒犬公(バーゲスト)で精神力の枯渇を防いでいただけに未経験だったけれど、今回は流石に魔法を使い過過ぎだった。

 今までは自分一人だったから回復に魔力放出にと使い放題なのに今日は大勢を回復しつつ魔力放出をバンバン使って、今こうして気絶から起きたら日が傾いている。

 

「いや、ケイローンさんとの戦いがどれだけ続いたと思ってたんですか」

 

 ベッド横の椅子に座ったアナが本を読みつつ呆れたような視線を向けて来る。

 そうか、戦いに夢中だったから気が付かなかったけれど随分と続いたのか。

 

「他の人達は?」

 

「アレンさんは先に起きて既に治療済みです。ボフマンさん達は未だ気絶中ですが……フレイヤ様をどうにかして下さい、ティオ。妙に気に入られてしまったらしく構われていまして……」

 

「仕方無いなあ……」

 

 僕が何を言っても無駄なのが女神って存在なんだけれど、言うだけ言ってみるか。

 ステンノ様のお気に入りで、特訓が終わったらステンノ・ファミリアに入って僕が居ない間にステンノ様のお世話と護衛をする仲間だ。

 それに……。

 

「正体は見抜かれていないよね?」

 

「それは勿論……と言いたいのですが、そろそろ足を……いえ、尻尾(・・)を伸ばしたいので幻術をお願いします。それと一旦服を脱ぐので毛布を下さい」

 

 そう言うなり僕の了承を聞く前に毛布を奪い取られる、暑いから要らないけれどせめて話を聞いてからにしろと言いたい。

 それでも幻術でアナの姿を誤魔化し、僕が顔を逸らすと服を脱ぐ音、終わった頃に見るとシーツからニョロニョロ動く尻尾が見えている。

 

 ラミアと名付けられたモンスター、その中で人語を理解する特殊な生まれらしい。

 

 暗い地下室の中、逃げ出す力を削ぐ為に食事を制限され傷の手当ても死なない程度に放置されていたのは上半身が人間の女の子そのままのラミア。

 今まで言葉が通じる上に狂暴でもないモンスターをこっそりと飼っている連中を発見した事はあったし、人間同士同じ国内でさえ争い殺し合うのだから、と、言葉が通じて敵意がないのならばと森とかに連れ出して居たんだけれど、このラミアをステンノ様が妙に気に入った。

 髪の色や顔立ちが似ているとステンノ様が気に入り(僕はステンノ様の方が千倍綺麗だと主張)、お祖父ちゃんの幻術で人間に見せかけて一緒に行動していたある日、父さんの思い付きで恩恵が与えられる事になったんだ。

 

 因みにステンノ様じゃないのは最初の眷属は僕にするって決めていたからさ。

 いやいや、構って貰える時間を少し取られたけれど、それでもステンノ様が決めた事なら従うだけだし、僕が特別な存在なのは変わりないとも言って貰えたし?

 

 

「”自己改造(メタモルフォーゼ)”か、相変わらず便利なスキルだね。背は低いけれど。背は伸ばせないけれど」

 

「五月蠅いですよ、貴方が無駄に伸びただけですそれに尻尾を脚に変え続けるのは結構辛いのでマーリンかティオが居てくれないと困ってしまいます。……例えるなら常に顎をしゃくれさせている感じなので」

 

「分かり辛い例えだな。まあ、急に誰か入って来ても幻術で誤魔化すから安心してくつろぎなよ。仲間だし、その程度の世話は焼いてやるから」

 

 既にベッドから起きあがっても平気な状態なんだけれど、僕の幻術って有効範囲が狭いからアナが尻尾を出している間は離れられないんだよね。

 ……ったく、仲間じゃなかったら此処まで世話は焼かないよ。

 

 

「まあ、礼を言ってやっても良いですよ」

 

「相変わらず可愛げがない奴」

 

「五月蠅いですよ、ヘタレ。一緒に寝たりお風呂で体を洗ったりまでしているのにキスすらまだな癖に」

 

 本当に仲間じゃなかったらっ!

 

「め、女神の寵愛ってのは自ら進んで得る物じゃなくって、授けられるのを心の中で祈り、それに相応しいように鍛え続けるものなんだよ」

 

「声が上擦ってますよ。……好きだの愛しているだの口にして、街中でお姫様抱っこ、そしてお風呂で体を洗い同じベッドで眠る。何で肝心な所で奥手になっているんですか?」

 

 う、五月蠅いぞ、チビ!

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、あのアリィって子はどう思う?」

 

 このままじゃ喧嘩になりそうなので話題を変える。

 あの使命感に燃えて前のめりになった感じ、どうも怪しい。

 フレイヤ様の魅了をはねのけた所とか、少し気品のある感じとか、上流階級って感じなんだよね。

 

「彼女と出会ったのはシェルザードでしたが、何処かで合流しなくてはならない相手が居るとか。わざわざ戦争に敗れ、行方不明のアラム王子を探す敵国が……まさかアラム王子が王女だったって事は……」

 

「……だとしても、だ。軍部に恩恵持ちが居るのはどっちも同じで、一方的に攻めるのも今回傭兵系ファミリアが決め手となったみたいだけれど、外部戦力を雇うのも珍しくはない。国同士の争いに極力関わらないのが父さんの方針だ」

 

「ええ、戦争には関わる気は有りませんが……その傭兵系ファミリア、各地で随分と通常の場合に起きるだろう事以上に悪辣な真似をしている上に、どうも闇派閥と関わりが有るらしく」

 

「……へぇ」

 

 そうか、それなら、全く知らん振りは出来ないや。

 僕はフレイ・ファミリアの団員ではないけれど、息子として父親の気に入らない連中を始末するって親孝行位はしたいしさ。

 

 

「まあ、そもそも本当に王子かどうかなんて分からないよね」

 

 そうだとして、目的は生き残った兵士達との合流何だろうけれど、既に半壊した状態でどうやって勝てば良いのやら。

 戦力も物資も足りないし、ボロボロの国を立て直すのも大変だから勝てたとしても大変だ。

 賠償金をふんだくって、それから……。

 

 

「奴隷が随分と増えそうだね、今後もさ」

 

 敗戦国の民が奴隷になるのはよくある事、今は負けたシャルザードの民が売られているけれど、逆転した場合は次に売られるのは……。

 

「どっちが勝っても、ですね。でも、人間社会ではやったらやり返されるのでしょう? やり返せるか疑問ですが。……正直言って王子が捕まって残った軍が全面降伏、シャルザードは吸収される。それが一番被害が少ないのでは?」

 

「まあ、敗戦国の民への扱いにもよるだろうけど」

 

 アナは尻尾を存分に伸ばしたのか脚に戻して物影で着替えている。

 スカートだったら一々脱がなくても良いし、オラリオに連れて行ったら買ってやらないとな。

 

 そろそろ小腹が減ったから果物の二十個か三十個でも食べようと部屋を出た時、ちょうど向こう側から歩いて来たアリィと出会した。

 

 

 

 

 

「丁度良かった。君って実はアラム王子だったりする?」

 

「っ」

 

 あらら、分かり易い反応だ。

 そうか、ビンゴか。

 

 

 

「……それを知ってどうする気だ?」

 

「え? いや、気になったから訊ねただけだけれど? 僕、どっちの味方でもないし」

 

 幾らピンチの子が前にいても、戦争に首を突っ込むのは別の話なんだよね。

 



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忠言

「全然理由が分からない。奴隷はこの一帯で普通に存在していて、一方的な開戦で不意を打たれたにしろ今よりはマシな状況じゃないの? 生き残りたいならこのまま逃げれば良いし、民を守りたいなら勝ち目の無い戦いをするよりは首を差し出して降伏してしまえば良い」

 

 アリィと分かれた僕は小腹を満たした後で夕食前の軽い運動をしながらケイローン先生と話をしていた。

 昼過ぎに大勢で散々殴り飛ばされた中庭で互いに弓を構えながら駆け回り、僕が射た矢を先生が射落とすのを繰り返し、続いて互いに相手の矢を素手で受け止め瞬時にそれを射る。

 

「背負う物を持って生まれたのならば、そうとしか生きられない物ですよ。彼女の場合は、自分はこのような立場に生まれたのだからかくあるべし、そんな風に自らを追い込んで居ますが、貴方にも守りたい存在が居るでしょう? なら、そのモヤモヤもどうすれば消えるか分かっている筈ですよ」

 

 先生は僕の射た弓を指先で受け止め、反対に僕は手元で大きく軌道を変えた矢を後ろに一度取り逃がし、追い掛けようと振り向いた所でUターンして来た矢をギリギリで受け止めた。

 

 成る程、変な感じがすると思ったら、僕はモヤモヤしていたのか。

 弱肉強食、強い者が己に奉仕する弱い者を助ける、母さんから受け継いだ僕の信念の元になっている考えで、今回の戦争はそれに引っ掛かっていた。

 侵略先で行われているらしい数々の蛮行は気に入らない。

 でも、戦争はちょっと誰かを殴り飛ばせば良いって物じゃなく、単純な損得以外にも国の面子が掛かっている。

 国の面子が潰れたままじゃ他国に侮られるだけで、戦争を終わらせるには勝利をして反抗の芽を完全に潰すか互いに続けられないってだけのデメリットが必要だ。

 

 数日前に助けたサポーターみたいに個人じゃなく国そのものを救わないと今回は意味が無いから介入は躊躇って居たけれど・・・・・・うん、よーく分かった。

 

「目の前の相手に何もせず見捨てる、それが僕の生き方に反していたからか。ありがとう、先生」

 

「いえいえ、生徒を導くのは教師の務めですから。では、行って来なさい」

 

 先生に手を振った僕は急いでアリィの所に向かう。

 戦争に協力する気は今の所無い、それは父さんの考えに反する行為だからだ。

 

 

「フレイヤ様なら何とか出来る? だが、あの女神様は・・・・・・」

 

 だから僕は教えるだけだ、敵国を退けて祖国を守り、他国を牽制しつつ復興に助力してくれる商人を呼び込む、そんな諸々の後ろ盾になれる存在が誰かって。

 それを聞いても迷い訝しむアリィだけれども気持ちは分かる父さん同様に自分の欲求に正直で自由な女神だ、警戒せずに即座に受け入れるような思考なら国は守れない。

 

「圧倒的な劣勢を覆し、敵国を押し返して民を守り、荒廃した国を死んだ他の王族に代わって立て直す。そんな無茶を自分達だけで可能だって言うのならご勝手に。でも、一度フレイヤ様がどんな神なのかを見極めて考えるのも悪くは無いと思うけれど?」

 

「・・・・・・」

 

 だんまりか、本人も自分の存在が残った将兵の士気向上に必要でも、劣勢を覆す程の何かを持っているわけではないと分かってはいるんだろうな。

 そもそもそれが不可能だからこその現状な訳だしさ。

 

 さて、僕がやれるのは助言程度、これ以上は深入りって物だよね。

 王族の責務を放棄した以上は王族としての扱いをして貰おうとは思っていない僕だけれど、国を巻き込んだ揉め事にまでそれが通じるとは思えないし、その手の件にはお祖父ちゃんと母さんは表だって関わろうとはしていなかった。

 後は彼女次第、面倒に関わってでも輝きを見ていたいと思わせられるかどうか。

 ・・・・・・あっ、そうだ。

 

「最後に忠告だけれど、何もかも捧げるとかそういったのは面白くないって思うだろうから止めた方が良い。助けてくれるとすれば、それは君の魂の輝きを気に入ったからだろうからね」

 

「助言感謝する・・・・・・」

 

「別に良いさ。放棄した奴が背負ってる奴の手助けをしたくなっただけさ。自分の都合だから気にしないで」

 

 背後から聞こえた礼の言葉に軽く手を振って別れる僕だけれど心配が一つ。

 これ、余計な事をしたってフレイヤ様に叱られないかな?

 父さんが拗ねた時って面倒だったし、妹なら同じ可能性があると心配した僕が向かったのは屋敷の最上階の部屋、父さんが逗留する時用に作られた一番豪華な部屋がフレイヤ様が泊まる部屋。

 

 

 取り敢えず怒られる前に謝っておこう。

 そんな理由で僕は気が進まない中、階段を昇って部屋の前までやって来た。

 

「あれ? アレンさん、随分と機嫌が良いね」

 

 ノックしようとしたら先に扉が開いてアレンさんが上機嫌で出て来る。

 僕が間近にいたせいで顔を見上げる形になった途端に不機嫌そうだけれど何か良い事でもあったとか?

 

「あっ、フレイヤ様に護衛のご褒美でも貰った?」

 

「・・・・・・違う。褒美は今晩貰えるがな。ランクアップだ。次の更新でオッタルの野郎に一歩追い付ける」

 

「うわっ、良いな」

 

 僕も最近したばっかりだし、今戦ってるモンスターじゃ大した経験値にはなってくれない。

 アナもオラリオに来るし、ちょっと長めにダンジョンに潜ろうか?

 

「・・・・・・ケイローン・・・さん、は中庭か? もう一度稽古を付けて貰おうと思うんだが」

 

「あっ、僕も参加したい!」

 

 フレイヤ様への報告は・・・・・・うん、別に良いか。

 怒られた時はその時って事で・・・・・・。

 

 

 

 

 

「え? デートに出掛けた?」

 

 翌朝、ケイローン先生に早朝から散々叩きのめされた僕はステンノ様へのお土産を市場で選び、香油やら屋台の料理やらを購入して屋敷まで戻るとフレイヤ様とアリィは出掛けたのだとボフマンさんから聞かされた。

 どうも目的地までの路銀を盾に同行を許可させたとか。

 

 アレンさん? 離れての護衛だってさ。

 

 

「・・・・・・所でボフマンさんの所でシャルザードを支援とかする予定は?」

 

「モンスターや盗賊退治ならともかく、国同士の争いには首を突っ込まない主義ですぞ。まあ、もしフレイヤ様の期待に応えて勝利を得た暁には支援をする予定ですが」

 

 僕達がやる事はもう無いし、ボフマンさんは商売や解放した奴隷達を今後どうするかの相談で、僕はケイローン先生とひたすら鍛錬をする、その予定だったんだけれど・・・・・・。

 

 

 

 

 

「おや、元気そうで何よりですね、オッタル」

 

「お久しぶりです、師よ」

 

 おや、お客様が来たみたいだ。



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耳を疑う

 猛者(おうじゃ)オッタル、オラリオ現最強の冒険者でフレイヤ・ファミリアの団長……でも、アレンさんが脳味噌まで筋肉だとか何とか言っていたんだけれど、団長としての威厳は言及しない方が良いみたい。

 

「……そうか。フレイヤ様は既に旅立たれたのか……」

 

「えっと、何というか……うん。素直に謝った方が良いよね」

 

 アレンさんを連れて出たとはいえ、オラリオ最大派閥の主神だ、遠巻きに警護した方が良いから慌てて後を追いかける事になったらしい幹部一同、そこで問題が発生した。

 普通に地べたを進んだのなら目立つから情報を集めて発見するのは容易だろうけれど、実際は超高速の空の旅。

 仕方が無いので頭脳労働が得意な幹部が幾つかの候補を選定して彼がこの街にたどり着き、フレイヤ様は目立つから普通にこの屋敷にやって来た。

 

 

「さて、それでは構えなさい。貴方の名前は外にも響いていますし、お互い全力で行きましょうか」

 

「……はい」

 

 本当は追いかけたいんだけれどフレイヤ様の悪戯心なのか追い付く事を考慮して目的地を伝えていない。

 さて、困ったって顔をしているオッタルさんは中庭で弓を構えたケイローン先生と向かい合っている、今回は見学なので僕は安全だ。

 オッタルさんはフレイヤ様に置き去りにされて困り顔の上に先生との組み手を強制されているから余計に困った表情でこっちをチラチラ見ている。

 

 即座に目を逸らすギャラリー一同、尚、全員ケイローン塾塾生である。

 

 

 いやー、最強は大変だなー。

 

 

 

「ああ、貴方達も前の組み手をクリアした事ですし、オッタルが終わったら貴方達も参加するのですよ」

 

 優しい笑顔で告げられる残酷な宣言……対岸の火事だと思いきや此方にまで燃え広がったかぁ。

 

 

 

「でも、現最強の戦いを見られるのは得か」

 

 うん、僕がステンノ様に勇士と認めて貰える強さに辿り着く為に参考にさせて貰おうか。

 

 

 最初に動いたのはオッタルさんだった。

 都市最速のアレンさんには劣るけれどLv.7の脚力から生み出される凄まじい突進によって大剣を振り上げた振り上げた状態で先生の目前まで接近、両断する勢いで振り下ろす。

 

「……参りました」

 

「もう少し速度を鍛えましょう。それと動きが真っ直ぐ過ぎです。パワーに頼るのも程々に」

 

 勝敗は一瞬、オッタルさんの剣が先生に触れる瞬間、先生の姿がブレて、次の瞬間には矢を引き絞った状態で剣を踏みつけていた。

 殆ど何をしたのか分からない程の早技に先生の強さを改めて感じさせられる。

 昨日の組み手は相当手加減した結果だな、分かってはいたんだけれどさ。

 

 オッタルさんは確かに力寄りの戦い方だけれど、それでも技量だって高い筈だ。

 それをあっさりと見切ってしまうだなんて。

 

「では、仕事が無い人達は武器を持って此方に来なさい。全員纏めて相手をしましょう。安心しなさい、鏃の先は潰しておくので刺さりはしません。死ぬほど痛くて骨が折れる程度です」

 

「……師よ。それは”程度”なのでしょうか……」

 

 どうやらオッタルさんは真面目な性格らしく、先生の言葉に思わず疑問を口にしたけれど、流石はケイローン先生の教えを受けた生徒、通常ケイローン塾塾生。

 先生がやれと言ったらやる、それが強くなる為には必須なのさ。

 

「じゃあ、今回は剣で……」

 

 昨日の組み手の際、手持ちの槍は全部壊されて矢も殆ど残っていない。

 剣は……まあ、槍と弓の次に得意だし、時々使って勘を鈍らせないようにしないと実戦で困る。

 いや、この組み手も実戦みたいな物だけれど。

 

 僕に続いて武器を手にして中庭に足を踏み入れる塾生一同、殆どがLv.2だけれど臆した様子は見られない。

 後から思い出して震える事はあっても、いざ始まるとなれば意気揚々と武器を携えて臨んでこそ戦士だ。

 

「……後輩達は育っているようですね」

 

 此方を見るオッタルさんの表情は誇らしそう、塾生の多くは途中で逃げ出したらしいし、大勢の後輩が居るのが嬉しいんだろうな。

 

「ええ、嬉しい限りです。特にティオは私の外にスカサハの指導も受けるので密度を上げて恩恵を受ける前から教えていました」

 

「……は? いや、正気ですか?」

 

 でも、先生の言葉を聞いた途端にポカンとした表情になるオッタルさんだった……。

 

 

 

 

「……成る程、お前の魔法は便利だな。便利過ぎて師達の加減がおかしくなっているのだろうが」

 

 日が中央から西に傾く頃、オッタルさんが大の字に倒れる。

 僕も二度目の精神力の枯渇に気を失いそうになる中、先生も流石に傷を負って息を乱してはいるけれど立っているし、本当にこの人は無茶苦茶だ。

 

「まあ、回復が出来るからって修行が更にキツくなったのは確かかな。……特にスカサハ先生がキツいけれど、ケイローン先生もあの笑顔で頭のおかしい課題を出すからさ……」

 

「其方の方が精神的には来るな……」

 

 息も絶え絶えな中言葉を交わす。

 あっ、もう意識が……。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは私はフレイヤ様を追います。アレンもランクアップしたのならば万が一も無いでしょうが、それでもフレイヤ様の眷属としてお側でお守りするのが使命ですので」

 

 組み手をある程度こなした後、オッタルさんはフレイヤ様を追って街から出て行った、今度は目立つから大体の方角は分かるだろうし、砂漠は大変だろうけれど彼なら大丈夫だろう。

 

 ……ちょっと僕の勝手に付き合って貰って防御と回避禁止での殴り合いをして貰ったのは今更ながら悪かったと思うし、オラリオに戻ったらお礼の品でも贈ろうか。

 流石はLv.7、殴った感触も殴られた衝撃も重い。

 

 

「……師やお前の祖父のようなのが近くに居たのだ。私が最強と呼ばれるのは滑稽に映るだろう?」

 

 っと自虐的な事を言っていたけれど、彼ならきっと追い付けるだろうと思うし、目標にする相手が増えたのは嬉しい。

 

 そしてオッタルさんを見送った後は兎に角修行漬け、途中で”私は団長の弟子なので”と言って高みの見物をしていたアナも巻き込み、何度も殴り飛ばされながら技を磨いていたんだけれど、翌日になってケイローン先生は僕達を市場まで連れ出してくれた。

 

 

「頑張っていますし、ご褒美に何でも奢ってあげましょう」

 

「では、バターケーキを」

 

「あっ、僕も」

 

 うん、矢っ張り修行は容赦が皆無だけれど優しい人なんだなと思った時だ、門の辺りが急に慌ただしくなり、見に行って見れば武装した集団が町に近付いて来ている。

 しかも”アラム王子を匿ったので敵と見なす”だってさ。

 

「先生、どうする?」

 

 

 

 

 

 

「では、私が八割を相手しますので、私より先に残りの二割を倒しなさい。もし遅れた場合は罰として少し厳しい修行を課します」

 

 ……優しいけれど、厳しいんだよな、相変わらずさ。

 



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選択肢

 その戦いは……否、略奪と虐殺は簡単な筈だった。

 アラム王子が潜んで居るであろうと傭兵ファミリアの主神が予想をしたリオードの町への襲撃、王子を探すついでに略奪と陵辱を楽しむ、ワルサの兵士達はそう考えていた。

 

 実はと言うと少々癪に触る事……奴隷狩りの部隊が幾つか壊滅し、何者かの介入だと焦った上層部によって残党が居そうな砦の襲撃を急かされ、壊滅した部隊の活動場所から足取りを辿ってリオードの町までやって来た。

 憂さ晴らしに大いに破壊と陵辱を楽しもうと計画していた。

 

 だが、実際は違う。

 

 

 

「ぎゃぁああああああっ! 熱い、熱いぃいいいいいいいっ!」

 

「手が、足がぁああああああっ!」

 

 防壁を破壊して蹂躙を行うには十分だった筈の戦力、目の前に現れた三人をあざ笑い、その中の一人が幼いながらもかなりの美貌を持っている事に野卑な笑みを浮かべる者が居る中、隊の中央を黒い炎が走った。

 

「……は?」

 

 先程までどれだけの人数を殺せるか競おうと笑い合った仲間が全身に重度の火傷を負って倒れる中、それで呆けた瞬間に先程まで離れた場所にいた少女が低い姿勢で目の前まで来ており、数人纏めて鎧諸共両足を切り落とされた。

 

 

「略奪、陵辱、虐殺。戦争ではよくある事だけれど良い気はしないし……目の前に現れたなら報いを受けさせる程度には腹が立つね。ああ、でも僕は君達をなるべく殺さない。殺したいって人が大勢街に居るからね」

 

「……無駄口はその辺にして下さい。さっさと片付けないとケイローンさんの罰を受けますよ」

 

 膝から下を切断されて崩れ落ちる仲間の姿に呆然とした兵士達だが、我に返ったのかアナを囲んで槍を突き出し剣を振り下ろす。

 舞ったのは血飛沫ではなく砂塵、飛び上がり一瞬で姿を消したアナが兵士達の背後に着地した時、彼女を囲んでいた兵士達全員の腕が落ちる。

 熱砂に血が染み込んで行く中、恐怖に支配され絶叫しながらもティオに向かって槍を突き出す兵士、それに続いて武器を振り上げる仲間が殺到する中、先頭の手の中の槍が消え、ティオの手に収まっていた。

 

「武器はちゃんと持っていろよ。……ほら、返す」

 

 無造作に投げられたのは一般的な量産品の槍、軽装であろうと金属製の鎧に突き刺せば欠けるか折れるかする程度の物だが、今はマーリンから直伝された彼開発の魔法によって強化されている。

 先頭の兵士の腹を貫通し、後から続いた兵士達も串刺しにしていった。

 

 

「矢だっ! 魔法もだっ!」

 

 此処まで来れば接近戦では勝てないと分かるのだろう、一番立派な鎧を装備した男が指示を出し、途端に膝から崩れ落ちる。

 

「これ……は……」

 

 意識が遠のく感覚に彼、ラシャプ・ファミリア所属のマルザナは覚えがある。

 魔法の使用過多によって起きる精神疲労(マインドダウン)、つい先日、フレイヤ達が目指している砦で使ったが本日は全く魔法を使用していないにも関わらず起きた症状に混乱しつつ彼は意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少ないな。全然足りないや」

 

 任意の範囲から魔力を吸収するスキル【|黒犬公《バーゲスト】、母さんも持っていたこのスキルは手元の魔石や魔剣だけじゃなく、人やモンスターからも吸収可能だ。

 でも、目の前の連中から吸い取れるのは微々たる量、気絶するまで吸い取っても十分の一にも満たない。

 

「相変わらず悪役っぽい見た目になりますね、それ」

 

「五月蠅い、チビ。豆粒ドチビ」

 

 このスキルの副作用と言うべきなのか、放出する魔力が黒く染まるし、全身に纏う感じになる。

 アナが言った通りに物語の悪役っぽいんだ、それでも威力は上がるから良いし……。

 

 

「ステンノ様は格好良いって誉めてくれたんだ。この姿を悪く言うな」

 

 一斉に放たれた矢を空中で纏めて焼き尽くし、弓兵を焼くのと同時にアナに手足を切り落とされた連中の傷を焼き潰して止血する。

 死ぬほど苦しむし、長くは持たない応急処置だ。

 

 でも、それで良い。

 この連中は僕じゃなく、奴隷にされた人達の、シャルザードの民の怨敵だ。

 フレイヤ様が助けた相手だし、復讐を勝手に許して魂が汚れたとか文句を言われたら面倒だから戻って来るまで生き残ったらそれで良い。

 

「……アナ、君とは仲が悪いけれど、仲間だから家族同然には思っているよ」

 

「それ、遺言ですか? まあ、気持ちは分かりますが……」

 

 今、最後の一人が倒れる。

 やって来た兵士達の内、僕達が受け持てと指示された人数の内の一人、僕とアナ、厳しいお仕置き決定しちゃった……。

 

 

 

「惜しかったですね。約束ですからお仕置きはしますが、たった一人ですから少しは軽くしましょう」

 

 少しは軽く、か。

 この人達が”軽い修行”って言った時は全然軽く無いのが何時もの事だけれど、言い渡された課題をクリア出来なかった事へのお仕置きを軽くするって言われても、”少し”だからね。

 

「少し軽くって、髪の毛一本分程度ですよね?」

 

 あっ、馬鹿!

 アナは余計な事を平然と口にする、やぶ蛇にならなかったら良いけれど……。

 

「おや、アナはそっちの方が良いのですか? なら、そうしましょう」

 

 ほら、やぶ蛇だ、少しでも軽くなるならそれが良いのに!

 

 アナ、余計な事を言ってくれたな、恨むからな!

 

 

「では、お仕置きですが、その前に彼を尋問しましょう。どうやらターゲットのようですし」

 

 先生は気絶した男を担ぎ上げる。

 成る程、確かにワルサの兵とは違うみたいだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし今でも信じられないよな。まさか本当にケイローン先生からの罰がこの程度だなんて」

 

「いや、この程度……って」

 

 夕日が沈み始め気温がグッと下がる中、僕とアナはフレイヤ様が向かったらしいオアシスの町へと向かっていた。

 不意に風を切って迫る矢を弾き、その矢に隠れるように迫った二本目を避ける。

 

 あの男は矢っ張り傭兵ファミリアの団員だったらしく、ケイローン先生がちょっとお話したら簡単にゲロってくれた。

 男によるとアリィが味方が待っていると思っている砦は既に陥落しているらしく、それを伝えに行けという、後はその際に矢が届く範囲は狙撃を続ける、そんな軽い罰で正直言って拍子抜け。

 戦車は使用禁止だから魔力を放出して全速力で突き進む。

 

 夜の帳が落ちる頃、目当ての オアシスに辿り着いた僕達が目にしたのは……。

 

 

 

 

「……何も言うな」

 

 オアシスで存分に泳ぎたいと言い出したフレイヤ様への覗きを防ぐ為、水辺周辺を全速力で周回するアレンさんの姿だった。

 オッタルさんは合流出来たけれど、二人じゃフレイヤ様の沐浴姿を見ないようにしつつ見張るのは難しいからだそう。

 

 

 

「……あれ?」

 

 さっきまで僕は矢が始終飛んで来る程度が罰だと思っていたけれど、勘違いだと気が付いた。

 アリィとのデートを台無しにする情報を告げに行く、それが罰だった。

 

 

「ねぇ、アレンさん。フレイヤ様に無駄足踏ませるのと楽しみを邪魔するの、どっちかを選ぶしかない時はどうすれば良い?」

 

「いや、俺を巻き込むな。本当に頼むから……」




そろそろフレイヤクロニクル編終わらせたい


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蹂躙

「あらあら、そうなの? 折角のデートだったのに残念ね。それでアリィ、貴女はどうするの? 一応砦を見に行くかしら?」

 

 アレンさんに相談したけれど邪険に扱われたし、仕方が無いからフレイヤ様達が水浴びから上がって来るのを待った僕は言いにくいけれど報告する事にした。

 うわぁ、”無粋な事をするのね”って感じで笑顔の下で怒っているよ、父さんが怒る時によーく似ているから分かるんだ。

 反面、アリィの方は動揺した感じ、信じられないってよりは信じたくないって感じか。

 彼女にとって砦で待っていた筈の臣下は希望だった筈、それと同様に昔から周囲に居た相手の死を知らされて・・・・・・。

 

「・・・・・・一応見に行きたいって所かしら? ケイローンの尋問なら虚偽は通じないのだけれど、それじゃあ納得出来ないでしょうし、今から行きましょうか」

 

 ニコッと笑うフレイヤ様、これって拒否権は無いって奴で、今から戦車でバッと行けって事だ。

 

 

「あっ、私はアレンにランクアップのご褒美をあげなくちゃいけないし、貴方だけで送ってあげて」

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・・」

 

 そんなやり取りがあったのは数十分前、砂漠じゃなく空の上を飛んで行くんだから当然速い、ボロボロに壊された砦と無惨な死体を前に呆然とするアリィ。

 見たくはなかったであろう、見なければならない物だ。

 

 既に僕達が無力化した相手への敵討ちに関してはフレイヤ様に止められた、魂の輝きに良くないらしい。

 

 

「君が信じるかどうかは別として、ケイローン先生やアレンさん達のような本当の強者なら君の敵もどうにかなるだろうね。その場合、フレイヤ様に交渉するのが不可欠だけれども、間違っても自分を差し出そうとかしない事だ。価値を示せ、成長しろ、”何時かきっと”そんな風に思っていた憧れに近付け」

 

「・・・・・・」

 

 アリィは何も答えない、フレイヤ様の所に戻る最中も、デートの続きだとリオードの街にフレイヤ様と戻る最中もそうだったらしい。

 

 らしい、というのはアレンさんから聞いた話、先に戻った僕は関わっていないから。

 これは国と国との問題、唯一の王族である彼女が悩み決断する問題で、王族である事を放棄した僕じゃ何も言えない内容だ。

 

 

 

 それから僕はアナと一緒にケイローン先生に何度も殴り飛ばされて、何時の間にか朝がやって来て、流石に少し眠って起きた時・・・・・・ワルサの兵とラシャプ・ファミリアを叩き潰す手伝いをする事になっていた。

 

「ふふふ、頑張ってね。期待しているわ」

 

 

 

 

 

 それから数日、アリィがアラムとして各地に散った兵士を集め、同時にワルサの兵を集める為に演説を行ったり、ボフマンさん達が情報集めにしている中、僕とアナはというと……。

 

 

 

 

「ちょっとちょっと~! 僕、神様だって分かってる~!?」

 

「五月蝿いですよ。ティオ、猿轡を」

 

 ワルサの幕営に侵入し、ワルサが圧勝した理由であるラシャプを誘拐していた。

 本当は其処で総大将の首を貰っても良いんだけれど、そうしたら民衆にアリィ達の勝利とは認めて貰えない。

 彼女は演説で伝説に残る英雄が助けに来てくれたとか言っていたし……。

 

 猿轡を噛ませ黙らせたけれど暴れて鬱陶しい、腹を軽く蹴って気絶させると担ぎ上げ、少し騒がしくなり始めたワルサの幕営から離れた。

 

 

「それにしても此奴を誘拐して大丈夫なのですか? 取り返そうと躍起になるのでは?」

 

「大丈夫大丈夫。ケイローン先生が情報を吐かせたら……天界にお帰り頂く予定だからさ。……それにしても此奴の近くに居た団長らしい半裸、僕と目を合わせて何か唱えた後で驚いていたけれど何がしたかったんだろう?」

 

「呪詛……とか? ティオはそういった類に強いでしょう? まあ、今はどうでも良いですが、帰ったらバターケーキを作って下さいね」

 

「了解、僕も食べたいしね」

 

 

 

 

 

 

 そしてアリィをフレイヤ様がベッドに連れ込んだり、アレンさんがファミリアに勧誘したりとかしたらしいけれど僕には無関係だ。

 だって僕はステンノ・ファミリアだし。

 

 これからどうするか、それは彼女が選択すべき彼女の人生の問題だ。

 

 

 

 そして決戦当日、決戦地であるガズーブの荒原、其処にはシャルザードの兵総数二万程が集結し、その先のシンドの砂原をワルサの兵総数八万程が進む。

 

 

 

「な、何だっ!?」

 

「炎の……壁?」

 

 その周囲を突如高く分厚く熱い炎の壁が囲んだ。

 

 

 

 

 只でさえ暑い砂漠は炎の熱気で更に気温を上昇させ、ラシャプ・ファミリアという絶対の自信の元になっていたワルサの兵達に一気に混乱が走るけれど……。

 

「全ては自業自得って奴だ。只の戦争なら僕だってフレイヤ様の頼みだろうと聞かなかったけれど、君達は少しやり過ぎだ。父さんの方針とは違うけれど、身内の頼みなら仕方が無いって僕に納得させる程にね」

 

 炎の壁の外側で僕は呟く、戦争に参加するって言っても僕は兵士の相手はしない、一人残らず殲滅させる為の檻を保ち続けるのが仕事だから。

 

 

「さあ! ワルサの兵よ、前を見ろ。其処に君達の死神が立っているぞ! ……なんちゃって」

 

 何となく言いたくなった芝居掛かった台詞に少し恥ずかしくなりながら僕は炎の壁の向こうに視線を向ける。

 これ、お祖父ちゃんが語った武勇伝内での台詞をパクった物で、信用はしていないけれど尊敬はしているから真似をしてしまうんだ。

 

 中にはワルサの兵とラシャプを取り戻す為にか参加し、存在を確認するなり天に送還したから恩恵を失った眷属達……そしてLv.7二人とLv.8一人の過剰戦力が向かい合っている。

 

 炎の奥だから声は聞こえ辛いが何とか会話を聞き取れた。

 

 

 

「私は五万人を相手するので二人は一万五千ずつお願いしますね」

 

 先生の背後にはボフマンさんが必死に集めた数万本の矢、僕が此処まで収納してやって来た。

 

「師よ、流石に私達を侮り過ぎかと。……いえ、言葉ではなく結果で証明しましょう。行くぞ、アレン」

 

「偉そうに指示すんな、オッタル」

 

 さてと、ワルサの兵と+@は一体どれだけ持ちこたえるのやら……。

 

「そして僕は終わるまで展開を続けられるのか? 八万の兵を囲う炎の壁を放出し続けるのって本当に辛いんだけれど……」

 

 先生方ですが”やりなさい”って言った以上はやるしかないんだけれど……。

 

 

 

 

 

「私は行かなくて良かったのでしょうか……」

 

「あの三人で十分よ。それよりも私とお話をしましょう。貴女について色々と教えてちょうだい」

 

 アナは……フレイヤ様の相手を指名されたから置いて来た、だってフレイヤ様頼みは断れないからさ。

 

 

 

 

 

「ありがとう。君の助言が無ければフレイヤ様の助力を得られなかっただろう」

 

「いや、最終的に魂の輝きを示した君の手柄だ。僕は横からやいのやいの口出ししたに過ぎないさ」

 

 そして予想通りと言うべきか、シャルザードの兵が壁に集結する前に八万の兵は壊滅した。

 ラシャプ・ファミリアが持ち込んだらしいダンジョン産のモンスターも倒し、残ったのは戦後の処理、賠償金の交渉やら既に奴隷として売られた国民の捜索やら復興やら、ボフマンさん達が手伝うそうだけれど僕はアナを連れて一足先にオラリオに戻る事になった。

 

 フレイヤ・ファミリアの残った幹部が漸く合流したから皆で一緒に帰るってフレイヤ様が言い出したってのもあるし、僕もアナもステンノ様に早く会いたかったんだ。

 

 そんなこんなで帰る時、アリィが忙しいだろうに別れの挨拶をしに顔を見せた。

 尚、何となくだけれどフレイヤ様は彼女を眷属として連れ帰らない気がする、だってフレイヤ様が気に入ったのはアリィの王族としての輝きだからだ。

 

 ……僕じゃ目を凝らして漸く薄ボンヤリと見える程度だけれど、フレイヤ様が気に入るのが何となく分かる。

 

 

「それじゃあ僕はそろそろ戻るよ。何時までも愛しの女神様に留守番なんかさせられないだろうからね」

 

 軽く言葉を交わし、僕は手綱を握って戦車を空高く舞い上がらせる。

 こうして僕のちょっとした冒険は終わり、オラリオでの冒険の日々が再開しようとしていた。

 

 

 

 

 

「……このまま帰ったらアナの登録は二つ名の命名式の前日って所か。担当の人は大変そうだな」

 

 



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帰還

 実際の時間は一週間程度だったけれど、僕にとっては何年もに感じたステンノ様と会えない日々、相変わらず夢の中に現れて指導してくれるお祖父ちゃんに頼んで夢を繋げて貰おうとも思ったけれど、女神の寵愛は自ら希う物ではなく、与えられる為に己を高め続けた先に与えられる褒美みたいな物だ。

 ステンノ様から言い出したなら良いけれど、僕の口からはとてもとても。

 

 

「相変わらず面倒な恋愛観と信仰心の混ざりっぷりだな、君は。見ていてもどかしいという祖父としての面があるが、同時に娯楽としては最高だと個人的に思うよ」

 

 まあ、お祖父ちゃんからはそんな評価を貰った訳で、母さんはグイグイ押して行ったらしいけれど、これが僕のあり方なのだから笑わないで欲しいのと、そんなのだから母さんも僕もアイツも、父さん以外の家族はお祖父ちゃんを好きだし尊敬している一方で何をするか分からないからと信用していないんだ。

 

 父さんも僕が生まれる前は同類でも、父親になってからは身内には突飛な行動を(前に比べて)減らしたらしいのに・・・・・・。

 

 

「……疲れました。私Lv.3にまでなったので多少の事では疲れないと思っていたのですが、肉体的には兎も角、精神的に……」

 

「それは仕方ないんじゃないかな? 敵を招き入れてしまっても困るし、恩恵持ちには手続きが厳しくなるさ」

 

 オラリオに到着した僕達だけれど簡単に入る事は出来ず、アナに関する手続きで手間取ったアナは疲れた様子だ。

 僕も入る時には結構疲れたし、元々人間が苦手で身内と呼べる極僅かな数人以外とは言葉を交わすのも嫌だという程だ、ステンノ・ファミリアに入るのだからって僕も同席したけれど、僕が居なかったらどうなっていた事やら。

 

「まあ、ホームに戻って休んでいる間に甘い物でも買って来てやるよ。それからギルドにお前の登録をしないといけないし……」

 

「未だあるのですね……」

 

 気が滅入る、そんな感じで肩を落とすアナの姿に同情した僕だけれど、励ましの言葉を掛ける前に僕はその場で跪いた。

 何故かって? 目の前に愛しの女神様が御自らの足を運んで僕達の前までやって来てくれたからさ。

 

 

「使い魔から連絡があったから迎えに来たけれど待ちくたびれたから運びなさい。ああ、アナは久し振りね」

 

「はい、姉さ……ステンノ様」

 

「ふふふ、姉様って呼んで良いのよ? だって私がそんな風に呼べって言ったのだもの」

 

 手を伸ばすステンノ様を抱き上げるとステンノ様は微笑みをアナに向ける、美しい慈愛に満ちた笑みが間近にある一方、その笑顔が僕ではなくアナに向けられる事に嫉妬を覚える。

 ……むぅ、今後は僕に向けられる意識がアナにも割かれるのか。

 

「あっ、それとティオ、貴方にはフレイヤのお願いを聞いたご褒美をあげる予定だったのよ。口付けを許すわ。頬でも手の甲でも額でも好きな所にして良いわ」

 

「……唇でも?」

 

 ステンノ様は返答をしないけれど、微笑みで肯定を示す。

 歓喜に打ち振るえ高鳴る鼓動を抑えつつ粗末な失敗、それこそ歯がぶつかってステンノ様に痛い思いをさせない為に慎重に唇を重ねた。

 ああ、本当に幸せだ。

 

 数秒間唇を合わせ、そっと離すけれど足りない。

 もう一度、そんな風に思い上がって唇を近付けたけれど、感じたのは指の感触、人差し指で防がれた。

 

「駄目よ? キスはご褒美だもの。次の機会を待ちなさい」

 

 アナに向けた物と同じ笑みを僕に向け、僕の唇を防いだ人差し指にキスをしながらステンノ様は叱って来る。

 よし、頑張ろう!

 

 

「アナの好物はこれだけ買えば良いか。後は紅茶の茶葉を新しくして、武器を新しく買わないとな……」

 

 ケイローン先生との組み手の時に持っていた武器は殆ど壊されてしまったし、またヘファイストス・ファミリアで大量に買い求めないといけないけれど、予算がちょっと心許ない……。

 

 

 

 

「アナの登録もしなくちゃいけないし、共同生活のルール作り……はどうしよう。彼奴、家事はそんなに得意じゃないからな」

 

 料理は僕が下拵えをして、温めたりサラダを作ったりする程度なら出来るだろうし、掃除洗濯は僕が率先すれば良い。

 ステンノ様の身の回りのお世話は僕の役目であって欲しいし、彼奴の役目は僕が不在の間の護衛役。

 

 

「あっ、アレンさんのランクアップの件を代わりに報告してと頼まれていたんだった」

 

 ちょっと野暮用を済ませてからオラリオに戻りたいからってフレイヤ様に直筆の委任状を渡されたし、アナの登録の時についでに担当アドバイザーに頼んでおけば良いか。

 ……大変だろうなあ、神会(デナトゥス)ギリギリになるだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし驚きでした。ステンノ様が唇を許すだなんて」

 

「あら、そうかしら? あの子は頑張って成果を出している。私の期待に応えてくれているわ」

 

 ティオが出掛けている間、私はステンノ様とお茶を飲んでいた。

 彼が選んだだけあってお茶請けのクッキーは残り少ないけれど美味しい。

 

 それにしても……。

 

 

「人前でキスをするのはどうかと思いますけれど」

 

「私は女神よ。人目なんて気にしないわ」

 

 他の神様はガウェイン副団長の尻に敷かれているフレイ様と、マーリン団長の同類のヘルメス……様、残りは叩き潰して来たその他大勢の神様達、ステンノ様みたいな神様が普通なのでしょうか……。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、それでは登録完了です。アナさん、これから宜しくお願いします」

 

「……どうも」

 

 アナの担当になったのはエイナさんというアドバイザー、ハーフエルフの優しそうな人だった。

 明るそうな笑顔で差し出された手を少し戸惑いながら握る姿に今後は少し位は人に慣れてくれたら嬉しいと思う。

 

 日の射さないダンジョンで生まれ、周りは自分に襲い掛かるモンスターだらけ。

 太陽に憧れていたけれど人に捕まり暗い地下牢に捕らわれた。

 

 折角オラリオにやって来たんだ、ステンノ様との時間が減るのは嫌だけれど、凄く凄く嫌だけれど、仲間は家族、家族の世界が広がってくれるのは僕としても嬉しいんだ。

 

 

「所でフレイヤ様から頼まれ事があって……アレンさん、ランクアップしたから登録お願いだってさ」

 

 この時期、ギルド職員は忙しい、そんな状況で面倒な事を押し付けるのは凄く心が咎める、実際話が聞こえたギルド職員の顔が引きつったけれど……頑張って。

 

 

 

 さて、今日は久し振りにステンノ様と一緒に寝られる、お風呂で髪や背中も……。

 

 

「あっ、今日は私がステンノ様と一緒に寝ますし、髪と背中を洗うことになりました」

 

 なん…だと……!?

 



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命名式

 三ヶ月に一度開かれる神会(デナトゥス)、参加資格はランクアップした眷属が居る事、一見簡単な条件のようではあるが、殆どの冒険者がLv.1で終わる事を考えれば参加できる人数は限られる。

 

「なんだあれは!」

 

「鳥だ! いや、ドラゴンだ!」

 

 そんな会合だが、基本的に意味の無い事を話す暇潰しの面が多く、開催場所はバベル。

 既にそれなりの数が集まっていた時、緑の光を纏ってバベルに接近する存在に神々は騒ぎ出す。

 

 尚、それがティオが召還した神馬に引かれた戦車であると分かっているのだが、神とは基本的にノリで動く存在なので仕方が無い。

 

「てか、あれってフレイがポセイドンから賭けで貰った奴だよな? 俺、天界で見た事あるぞ」

 

「嫁さん取られて、お気に入りの戦車も使われてるのか、フレイ……」

 

 オラリオで結婚式まで挙げたのだ、ガウェインとフレイが夫婦だった事は知っているが、まさか神と人の間に子供が生まれたとは全知零能たる神であっても分かりはしない。

 

「……」

 

 既に参加しており、ティオの両親が誰なのかを知っているフレイヤを除いて。

 可愛い甥っ子が不義の子のように言われるのは神の感性であっても腹が立つのだろう、笑顔だが僅かに眉毛が動いている状態だ。

 

 

 

 

「ステンノ様、終わったら手を振って教えてくれれば迎えに来るから」

 

「ええ、分かったわ。ああ、それとこれはご褒美よ」

 

 

 そんな神々の会話など知らず、好奇の視線も気にせずにイチャイチャしている二人、腰を抱えられ密着していたステンノはお姫様抱っこされて戦車からバベル内に着地し、降ろそうとした時にステンノの唇がティオの頬に軽く触れた。

 

「……すげー。俺、フレイヤ様と出掛けたと知って何時ものパターンかと思ったよ」

 

「友神だから返したって感じじゃねーな」

 

「そんな事より空飛べる戦車とか乗りてー」

 

 そんな様子を目にして驚きつつも好き勝手口にする神々、フレイヤは二人の様子を目にしてすっかりご満悦だ。

 

 

「早く素直になって結婚すれば良いのに……」

 

 そんな彼女の呟きは誰にも気付かれてはいない。

 

 

「……ふぅん」

 

 そのフレイヤも気付いていない事だが、二人の様子をジッと眺める女神の姿があった。

 

 

 

 

 

「それで何か面白そうな話とかあるか?」

 

「はいはーい! フレイがまた大規模な盗賊団ぶっ潰したってさ」

 

「相変わらずだなー」

 

「あっ、メレンでフレイヤ様が珍しいモンスターを発見したってのは?」

 

「黙秘するわ」

 

「詰まらない。だが、それが良い!」

「それじゃあ二つ名を決めようか。先ずはアンリマユの所のカレンだ!」

 

「え? マジで俺ん所が最初? まあ、お手柔らかに頼むぜ?」

 

「確かに儚い感じの美少女だ、苛めたら可哀想だよな。だが、断る!」

 

「だと思ったぜ」

 

 基本的に二つ名は悪ノリで決定される、神にとっては痛々しく、人にとってはセンスがバツグンの物にされる事が多いのもあり、神は己の眷属が痛々しい二つ名を堂々と名乗る事にダメージを受けるのだ。

 

 

「次はフレイヤ様の所のアレンだけれど……おおっ、遂に副団長までLv.7か」

 

「確か発表では”大賢者”に散々やられても最後は課題をクリアしたとか」

 

「ロキ、うかうかしてられねぇんじゃないの?」

 

 だが、それはあくまでも力の弱いファミリアへの洗礼のような物、力のあるファミリアならばマトモな二つ名を勝ち取る事は容易であり、今回もアレンの二つ名は変更無しで終わる。

 

 

「んじゃ、続いてステンノ・ファミリアだけれど3と4か」

 

 一度のランクアップさえしない者が大半を占める以上、Lv.4にまでなった団員を抱えるステンノのファミリアは初参加ながら決して発言力が弱くは無い。

 フレイヤと親密な仲なのも周知の事実であり、フレイ・ファミリアの関係者だとも知っているので喧嘩を売ろうとする神は流石に居なかった。

 

 

「えっと、先ずはアナちゃんの方にしようか。……てか、この子ってステンノの所の妹に似てねぇ?」

 

「あー、三女が姉二人と同じ位の見た目ならこんな感じか」

 

「じゃあ……”小女神《メドゥーサ》とか?」

 

「あら、だメドゥーサよりもアナの方が可愛いわよ? 妹の癖に姉よりも無駄に大きいし。でも、悪くは無いわね」

 

「主神で姉もこう言ってるし、それで良いんじゃねぇ? じゃあ、次はティオ・アヴァロンか。……この子、戦い方はどんなの?」

 

「母親そっくりだと俺の眷属が言ってたぞ」

 

「じゃあハイエルフなのにバリバリの前衛か。あっ、俺は回復魔法使ってたって聞いたけれど……」

 

「私の所は死んだ子の遺品を持ち帰って貰ったし、変な名前は止したいわ」

 

 アナは直ぐに決まったが、ティオの方は難航する。

 そんな中、口を開いたのはフレイヤ・ファミリアと同等の規模を誇るファミリアの主神であるロキだった。

 

 

「ちょっと前に本人に会ったウチの眷属からの話やけれど、こないなのはどうや?」

 

 

 

 

 

 

 空は青くて雲一つ無い、こんな日には花畑にお弁当でも持ってピクニックにでも行きたい気分だけれどそうは行かない。

 今僕が居るのはバベルで神々が集まっている部屋の窓がよく見える建物の屋根の上だ。

 

 

「ちゃんと掃除しておくんだよ!」

 

「大丈夫大丈夫。散らかしたままになんてしないさ、ミアさん」

 

 具体的に言うと”豊穣の女主人”の屋根の上、お店で注文した食べ物と飲み物を自分で運び、食べ終わった後で掃除をしろと掃除道具を渡されて漸く許可された。

 まあ、他人の家の屋根の上で何か飲み食いしながら待つんだからその程度は仕方無い。

 

 目を凝らし、道行く人達を……その魂を観察する。

 フレイヤ様が魂を気に入った相手を引き抜いて回る気持ちが分かる、こうして眺めているだけで暇は潰せるよ。

 

 

「……おい」

 

「やあ、アレンさん。妹さんの様子でも見に……っと、そんなに睨まないで」

 

 前にピクニックに行った時は花の冠をステンノ様の分だけでなくってアナの分まで作らされて、母さんが留守だったからお弁当も全部僕が用意させられた、そんな事を思い出しているとアレンさんが背後に飛び上がって来た。

 ちょっとからかったら触れちゃ駄目な部分に直撃だったみたいだね。

 

「つい言ってしまったんだ。僕の所は何だかんだで妹とは仲良くやっているからね。……それで手に持ってる妙な物は何?」

 

 恐らく僕の所に持って来たんだろう妙な魔石、何か妙な色が混ざってるって言うか、普通の魔石とは感じる力が違う。

 舌打ちをしながら顔面目掛けて投げられたのをキャッチ、少し魔力を吸い取ってみれば確信に変わる。

 

「精霊……かな? モンスターが混じっているけれど……」

 

 多分これは僕だから分かった事だと思う。

 神だから感じ取れる事、恩恵を受けて研ぎ澄まされた感覚、それがスキルとも合わさって理解が出来た。

 

「これを調べろってフレイヤ様から……もう居ない。さて、そろそろ掃除するか」

 

 ちょっと意識を外したら既に遙か彼方に去って行ったアレンさん、どうやら戦争でケイローン先生から出された課題関連でランクアップしたばかりで生まれた自信を壊されたらしいし、フレイヤ様を迎えに行った後で鍛えにでも行くんだろう。

 

 

 

 

 ……って、戻って来た。

 

 

「いや、妹生まれてたのか。フレイヤ様に伝えてねぇだろ、それ」

 

「ついウッカリね。アレンさん、フレイヤ様のお迎えのついでに伝えて……」

 

「親戚だろうが、テメェがやれや。教え忘れの巻き添え食らうだろうが」

 

 

 

 

 



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女神の罰

「『トロイアス・トラゴーイディア』!」

 

神会から数日後、僕は戦車を飛ばして三十七階層白宮殿(ホワイトパレス)にまで来ていた。

 出しているだけで消耗するから目的地まで到達すると消し、周囲の壁や床から出て来たモンスターに向かい合う。

 

 オブディシアンソルジャーは肉体を構成する黒曜石が魔法に耐性があるから直接炎では攻撃せず、肘から噴射しての肉弾戦で相手をして、リザードマン・エリートやバーバリアンは炎や強化した武器、モンスターが使っていた天然武器を振り回し、”耐久”を上げる為にある程度は正面から受ける。

 回復魔法って本当に便利だと思いつつ、周囲のモンスターを一掃した僕は壁に手を付いた。

 

 わざと攻撃を喰らっては回復して、魔力を放出しまくっていれば消耗が凄い、九割は此処に来る迄に戦車に乗って来たからだけれどもさ。

 モンスターの核は魔石であり、ダンジョンから生まれるって事は魔石の元となる物がダンジョンの内部に存在するって事で、こうして手で触れれば魔力を吸い取れる。

 上層や中層じゃ吸収しても時間が掛かるから、壁を挟んでよりも魔石そのものから吸収した方が効率が良いんだけれど、売る為の物だからそうは行かない。

 

「まあ、こんな物かな?」

 

 周囲の魔力を吸収したからか暫くはモンスターが出現しない、少し離れた所に移動しようと思っていたら突然の地響き、おっと、これが母さんが言っていた階層を移動するモンスターか。

 床を突き破って飛び出して来たのは巨大な蛇のモンスター、名前は忘れたけれど通称はラムトン……だったっけ?

 

「デッカい」

 

 本来は深層のモンスターらしいけれど、普通に遭遇したら脅威だろうね。

 ……脅威と言えば此処に来るまで何度か危ない目に遭いそうだった冒険者を助けた。

 ミノタウロスの群れに囲まれたエルフの女の子達を助け、十八階層まで送り届けたり、大怪我してモンスターに食べられそうなドワーフを回復させたり、まあ、直ぐに死なれそうだったからひとまず安全になるようにしたけれど、手間だったよな。

 ……一時的に助けたとして、放置して直ぐに死なれたら助けた手間すら無駄になるから世話を焼いたけれど、ちゃんと”その内恩を返してくれれば良い”と伝えた通りにして貰えたら良いけれど。

 

「よっと」

 

 他にも何度か見知らぬ冒険者を助けた事を思い出しつつ僕はラムトンの突進を避けて胴体に飛び乗り、柄頭から炎を噴射させた剣を突き刺し、剣を通して内部に炎を送り込む。

 口から炎を吐き出して悶え苦しむラムトンは暴れ出し、僕は振り落とされないように剣にしがみつき……剣が折れた。

 

「ヤッバ……」

 

 振り落とされた瞬間に巨体が目前に迫り、壁に挟み込まれる。

  僕を壁との間に挟み込んだ巨体が動く事でガリガリと削るように岩盤に押し付けられて防具に激しいヒビが入り始める。

 げっ! これが壊れたら余計な出費が増えるってのに……。

 

「この、いい加減に……あれ? わっぷっ!?」

 

 力任せに押し返そうとラムトンの胴体に手を当てた瞬間、最初の炎で魔石が壊れる寸前だったらしく最後の足掻きが止めになった巨体が灰の山に変わり、僕は顔面から突っ込む形になってしまった。

 

 あっ、防具が完全に壊れた。

 

 防具は破壊され、魔石もドロップアイテムも手に入れられないって運の悪い展開だよね。

 最近偶々目の前で危なかったから助け、放置したら別の理由で直ぐに死ぬから傷を癒すなり安全な場所まで連れて行ってやった連中は運が良かったのだろう、わざわざ危ない状況の奴を探し回りはしないのだから。

 

「……帰るか」

 

 深い溜め息を吐き、ふと壁を眺める。

 さっき僕を挟み込んだ時に壊れた壁からアダマンタイトの大きな塊が幾つか零れ落ちていた。

 これで防具の代金はどうにかなると安心する一方、ちょっと激しく魔力放出をしただけでは壊れない武器を購入するにはどれだけ掛かる事やら……。

 

 

 二つ名がちょっと悩ましい物だし思い出すだけで落ち込みそうになるんだけれど、だからこそ一刻も早く帰ろう。

 ステンノ様の笑顔を見る、それだけで疲れなんて全部吹っ飛ぶんだからさ。

 

「流石は愛するステンノ様、好きだー!」

 

 あの方への愛を叫び、戦車を召還するなり飛び乗った。

 帰ったらステンノ様は出掛ける前と同様に素敵な笑顔を向けてくれるのだろう。

 明日も明後日も、あの愛する女神様が素敵なのは絶対に変わらない。

 

 

 

 

「……お帰りなさい」

 

「あ、あの、ステンノ…様?」

 

 帰った僕を玄関で出迎えて下さったステンノ様は矢張り素敵だったけれど、どうも変だ。

 素敵な笑顔なのに不機嫌そうな冷たさもあって、これはこれで美しい。

 

「その表情も素敵で益々心を奪われたよ」

 

「あら、そう。当たり前でしょう。ほら、ボサッとしていないで運びなさい」

 

 何時もは外でしか僕に運ばせないのに今日はリビングに行くのに運べと言う。

 つまり室内でもステンノ様をお姫様抱っこしても構わないって事で、喜んで抱き上げれば普段より抱き付く力が強く感じた。

 

 

 ……不機嫌な顔も素敵だけれど、どうせなら機嫌が良い方が嬉しい。

 僕、何をしたかな?

 

 

 

「自分で考えて下さい」

 

 僕がダンジョンに居る間はホームで警護や料理の暖め直しをするアナだけれど、お小遣いと経験値稼ぎの為に三日に一度は夜中にダンジョンに向かう(尚、夜行性と言ったら怒る)。

 その前に不機嫌の理由の心当たりを聞いたんだけれど、知っているのに教えないって感じの呆れ顔だ。

 よし、明日のハンバーグにチーズも入れないしパイナップルも乗せてやらない。

 付け合わせは人参多めだ。

 

 

 

「ティオ、私は不機嫌になっているわ。ええ、ええ、貴方からすれば理不尽な理由でしょう。ですが私は女神なの。人の理なんて通じないわ」

 

 何時ものようにステンノ様の髪と背中を洗い、何時もと同じく一緒のベッドで寝るけれど、今日は何時もより少し距離が近い。

 何時もよりもドキドキする中、ステンノ様が少し拗ねているのが分かった。

 

 

「貴方、此処最近はダンジョンで同業者を助けているそうね。それは別に構わないわ。積極的に助けて回る必要は無くても、目の前で死にそうな者が居るのならば動いてしまうのが貴方だもの。でも、アナとお出掛けしている時にお礼を言われたのだけれど、中には恋をしているって瞳の子も居ましたよ?」

 

「僕が好きで、結婚したくて、愛した女性はステンノ様だけだけれど?」

 

「当然でしょう。私に恋をしたのなら、それが冷める筈がないもの。私が怒っているのは付け入る隙が存在すると思わせている事よ。誰もが一瞬で諦める、その位の愛を示しなさい。だから罰として命じます」

 

 何時もの笑顔に戻ったステンノ様はそのまま僕に抱き着いて密着、抱きしめたいけれど許可が下りないのなら出来る筈がない。

 所で罰って一体・・・・・・。

 

「今夜一晩は反省の証として私を抱きしめながら褒めたたえ愛を囁きなさい。女神としての命令です」

 

 その言葉を聞いた途端、僕はステンノ様を抱きしめる。

 花のように蝶のように、その華奢な身体を傷付けないようにしながら、それでも決して擦り抜けさせない力を込めてだ。

 

 

 一晩中愛を囁く? 一日だって楽勝だ。

 

 

「じゃあ先ずは・・・・・・貴女の気まぐれも残酷さも含めて愛しています、ステンノ様」

 

「私が好きかしら?」

 

「好きです! 大好きです!」

 

「・・・・・・そう、私も好きよ」

 

 やがてステンノ様が眠ってしまっても僕は愛を語り続け、朝が来ても止められるまで喋るのを止めなかった。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・その数日後、十八階層に甘い物を集めに行った筈のアナが早々に帰って来たけれど妙に不機嫌だった。

 

 

「助けた相手がお礼も言わずに逃げ出しました。不愉快なのでやけ食いをします。パンケーキの山を作って下さい」

 




次回何があったのか ベル君の恋の相手は誰なのか

原作開始です


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出会い

妹の候補 セイバーリリィを加え忘れていた

ギルガメッシュが可憐だと称する 尚、魔法でオルタになる

キャストリアの人気凄いな 他の合わせても敵わない


「……あれ? 果物が有りませんね。どうせティオでしょうけれど」

 

 ステンノ・ファミリアは全員甘い物が大好きです(主神含めて三名ですが)、パンケーキにクリームと果物を沢山乗せて食べるのを楽しみにしていたのに予定が狂ってしまいました。

 今日はティオがダンジョンに行くのはお休みで、私もダンジョンには行かない予定でしたが、私の舌は既にダンジョン十八階層で採れる果物の受け入れ準備は万全な状態、最早他の果物では満足出来ないのでしょう。

 

 

「あら、ダンジョンに行くのね」

 

「ええ、ちょっと果物が欲しくなったので。ティオ、ついでに中層で入手可能な物で必要な物は有りますか?」

 

「いや、無い。気を付けて行って来いよ」

 

 ソファー座って体を休めるティオと、その隣に座る姉様(ステンノ様からそう呼ぶようにと言われた)に出掛ける事を伝えた私は愛用の鎌であるハルペーを肩に担ぎフードを深く被るとホームからダンジョンに向かって行きました。

 外に出れば日差しを浴び、心が躍りそうになりますが、同時に道行く人の姿が私の心を暗くさせる。

 人間は……苦手です。

 

 私は私が人間にとって恐ろしい怪物であると理解しています。

 仲良くなったとして、私の正体を知れば恐怖や罵倒と共に離れて行くのでしょう。

 

 だから寄り添えるのは極一部、人の姿に擬態する前の私を前にしても平気な顔をしていたフレイ・ファミリアの方達と姉様、周囲に居るのはそれだけで構いません。

 顔見知りに声を掛けられても嫌ですので屋根の上を素早く移動させて貰い、豊穣の女主人の前を掃除していたフレイヤ様(今はシルさんでしたね)に止まって会釈だけすると後は迷わずダンジョンに向かう。

 丁度階段にも下にも誰も居ないので螺旋階段から飛び降りて着地、邪魔になるモンスターだけを切り裂きながら進んで行きました。

 

「ギャッ!」

 

 ……人間からすれば私も同じモンスターですが敵対する事に抵抗は有りません。

 種族間の隔たり、国の内外で起きる戦争、骨肉の争い、人間だって人間同士で戦っているのですし、敵意を持って向かって来るのならば切り捨てれば良い、それだけしか思えませんよ。

 

 

「?」

 

 そんな風に手早く進んでいたのですが、急にダンジョン内の空気が変わった事に気が付いて足を止める。

 嫌な予感がした時は必要以上に慎重に、それがフレイ様からの教え……師匠とは言う事が違いますが、スカサハ師匠は頭がおかしい厳しさなので忘れましょう。

 

 遠くから聞こえて来るのは激しい足音と牛のような鳴き声、それに追われる誰かの悲鳴……ミノタウロス?

 

「まさか……」

 

 私をオラリオの外に連れ出して売り払った連中が中層から連れて来たミノタウロスが逃げ出して、新人冒険者が追われている、そんな所でしょうか。

 イケロス・ファミリアとソーマ・ファミリア、ラシャプから聞き出した密輸に関わっている連中の名を思い出し、巻き込まれているだろう誰かをどうすべきか考える。

 

 冒険者は富と名声の為にモンスターを殺しにダンジョンに向かう職業、親が団員だから強制されてなったケースは別として、ダンジョンでどんな目にあっても自己責任、助ける義理も有りませんが……。

 

「……まあ、良いでしょう」

 

 手の届く範囲で危険な目に遭っているのを知った以上、放置するのも目覚めが悪いでしょうし、怪我をしていようが地上まで送り届けるまではしないまでも、ミノタウロスから助ける程度は良いでしょう。

 

「こっちですね」

 

 直ぐにミノタウロスと逃げる誰かが居る方向に向かって急ぐ、直ぐに袋小路に追い詰められた所まで追い付きましたが、誰かが凄まじい速度で接近して来るのも感じます。

 ……ミノタウロスを中層から逃がしただけの間抜けなら良いですが、密輸に関わるような連中だった場合は此処で倒せば横取りだの何だの言われそうで厄介ですね。

 

 

「なら、殺さなければ良い」

 

 背後から迫る私にミノタウロスが気が付いて振り向いた瞬間、地面すれすれを滑るようにすれ違う私が片足を切り落とす。

 振り向いた勢いで尻餅を付いたミノタウロスを無視し、私は混乱している状態の少年に視線を向けた。

 

「大丈……っ!」

 

 背後で先程の誰かがミノタウロスを切り裂くのを感じ、咄嗟に上に飛ぶ。

 四つん這いになって私に迫ろうとしていたミノタウロスは絶命し、その血が私が居た方向に向かって勢い良く掛かった。

 

 私は飛んで避けたからブーツが汚れただけで、少年は頭から血塗れ。

 ミノタウロスを倒したのは金髪の少女だった。

 

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 

 さて、彼女は闇派閥か違うのか、悪人では無いので間抜けの方か居合わせただけかでしょうが。

 

 ……あれ? 少年が逃げ出しましたね。

 

 

「無礼ですね、あの人」

 

 曲がりなりにも私は命の恩人、謝礼の品を渡瀬とは言いませんが、言葉の一つでもあってしかるべきなのが人間社会だと私は教わったのですが。

 

 

「えっと、あの子は?」

 

「さあ? 私は助けに入っただけですので。では、私はこれで」

 

 他にも随分と強そうなのが来ますし、彼女は闇派閥らしくはないので放置で良いでしょう。

 さて、礼儀知らずの恩知らずに腹が立ったので果物を沢山食べる為にも急ぎませんと……。

 

 呼び止める声を無視して私は中層へと向かう。

 その途中、随分と大所帯の人達とすれ違いましたが……ああ、成る程。

 

 

「ロキ・ファミリアですか」

 

 確か二週間ほど前に遠征に向かったと聞いています。

 主神は確かフレイ様の元恋人、関わらないが幸ですね。

 

 

 

 

 

 

「あら、そんな失礼な子が居たのね。折角助けてあげたのに酷い話です。ええ、ええ、本当に」

 

 あの少年を助けた後、私は十八階層で果物をバックにギュウギュウに押し込めてホームに戻って来た後で、姉様に何があったのかを報告するついでに慰めて貰うという口実の下で甘えます。

 腰の辺りに抱き付いて頭を撫でて貰うのは心地良い、それに今日は私が風呂で姉様を洗い、一緒に眠る順番の日。

 

 

「それにしても恐怖から解放されても錯乱していたのか、女にお礼を言うのが嫌だって考えなのか、そんな所かな?」

 

「ミノタウロスの血を全身に浴びましたし、錯乱では? 不愉快そうな表情は向けられませんでしたし。まあ、それでも良い気分はしませんが」

 

 しかし、ミノタウロスが何故浅い階層に現れたのかは謎のままですね。

 面倒な事に繋がらなければ良いのですが……。

 

 

 

 

 

「あっ、確か明日はエイナさんとの講習の約束をしていましたね」

 

 あの人は良い人です。

 それでも、私が人でないと知ればどの様な表情を向けるかは容易く想像出来ますが。

 

 

 




まあ、巡り合わせで第一印象は悪いです


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失敗

今回ロキ・ファミリアにちょっとアンチ要素


アンケート終了! 圧倒的にキャストリア人気 リリィも使いやすそうだし候補に加えれば良かった、結果はどうなっていたか分からないけれど


「好み、ですか? 辛い物よりも甘い物が好きです。後は卵料理でしょうか?」

 

「えっとね、そうじゃなくてね」

 

 冒険者の相談等の支援が仕事のアドバイザー、その中でも特に熱心で新人にダンジョンに関する講義を行っているハーフエルフのエイナがアナの担当だ。

 希望はあるかと問われた際、ティオ同様に特に無いと答えた結果彼女となった。

 

 ちなみに今現在、ティオの担当であるミイシャは同じく担当しているロキ・ファミリアが昨日遠征から戻ったばかりなのもあって悲鳴を上げて同僚に助けを求めているが、誰も助けてくれはしない。

 神は沢山居るが神も仏も在りはしなかった。

 

 そんな講義もアナが既に知識は得ており、Lv.3なのもあって知識に穴が無いかの摺り合わせや復習が主であり、二人して真面目に行うものだからか比較的早く終わり、急に始まった雑談にアナは怪訝そうな表情を浮かべている。

 

「……成る程。アドバイザーとの親交を深める為のお話ですね。フレイ様の所に居た時、別行動している方が合流した際には女子会に参加させられました」

 

 ”専ら聞く係でしたが”と呟いた彼女が思い浮かべるのは女神の如く多情なアマゾネス。

 色事に奔放ではあったが誇り高く世話好きであり、ガウェインとは合わないようで合っていた奇妙な友人関係であった。

 尚、自分の美への拘りからアナの持つスキルに似た物を発現したり、スカサハとは相性が悪かったりしている。

 

「そ、そんな所かな? それでアナちゃんってどんな男の子が好み?」

 

「……分かりません。周りの男性はそんな風に意識もしませんでしたから。只、絶対的な条件として”何があっても私を受け入れる強い心の持ち主”でしょうか。……では、私に語らせたのですからエイナさんも話して下さい」

 

「わ、私も!? え、えっとね……」

 

 アドバイザーはギルドの顔だけあって美女揃い、当然言い寄る男も多く、話に聞き耳を立てる者がチラホラと見える。

 それに視線を向けたアナは話を切り上げるように立ち上がった。

 

 

「冗談です。詮索はするにもされるのも嫌いですし、この話は終わりにして、今後はお仕事の話だけにしましょう」

 

 それは拒絶の言葉、あくまで仕事上の関係以外は望まないという意思を示したアナはその場から去って行った。

 

 

「という事がありまして……何で撫でているのですか?」

 

 ホームに戻りエイナとの会話について話すアナ、ティオやステンノが他の人達との交流を深めて欲しいと願っているのは知っているが、モンスターと人間の関係や自分を売り買いした連中の事もあって抵抗があった。

 だから次からは頑張れと言われると思ったのだが、何故か両側から撫でられている。

 

 

「姉様は良いですが、ティオは止めて下さい、セクハラですよ」

 

 アナは心底嫌そうにティオの手を払いのけ、ステンノに抱きつくように腹に頭を埋め、ティオは少し大袈裟に肩を竦めていた。

 

「うわっ、酷っ! 人が折角お前の成長を喜んでやっているのにさ」

 

「成長……?」

 

「ええ、成長よ、アナ。出会った頃の貴女だったら講義すら受けなかったでしょうし、Lv.2になった頃の貴女じゃ講義後のお喋りになんて付き合わなかったでしょう」

 

「そうですか? 自分では分からないものですね……」

 

 二人に言われてもハッキリとは分からない、アナはそんな態度で首を傾げ、お腹がグゥとなった。

 

 

「そろそろご飯に行きましょうか。今日はロキ・ファミリアが宴会の予約を入れているらしくてフレイヤも大変そうなのよ。ちょっと見に行きましょう」

 

 悪戯をする時の少し恐ろしい笑顔を浮かべながらステンノはアナの頭をもう一度優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ! この席に座って下さい!」

 

 うわっ、フレイヤ様怒ってるっ!

 

 自信作だったクラムチャウダーを冷蔵庫に仕舞った後、僕達は豊穣の女主人にまでやって来たけれど、僕達を案内してくれたのはフレイヤ様、シルの時間だから接客スマイルだったけれど他の客やウエイトレスからは見えない角度で女神の顔になった上にテーブルの下で手を抓られた。

 

 妹の存在を伝え忘れていたの相当怒っているな、どうしよう。

 彼奴の存在は当たり前だったし、誰にでも家族構成を敢えて言う事でもないって感じだから言い忘れただけだったのに……。

 

 

「取り敢えず僕は本日のパスタとオススメ料理を魚と肉、それぞれ三人前。飲み物はジュースで」

 

「私はワインと魚料理にするわ。ティオ、食べきれない分は貴方が食べなさい。食べさせてあげるから」

 

「私はジュースと本日のパスタで」

 

「はい、少々お待ち下さい」

 

 僕達の注文を受け取ったフレイヤ様がテーブルから離れる時、小さなメモを渡されたけれど、”今度ホームに行った時に教えて貰うわよ、存分に”、か。

 

 

「彼奴についてなんて”お転婆で元気なのが取り柄”としか説明出来ないんだけれどなあ……」

 

 兄から見た妹なんてそんな物だろう、容姿が良いとか何とかは普通兄妹間でする紹介じゃないし、中身も僕からすれば元気とかその程度しか浮かばない物だ。

 そもそも紹介する相手だって身内だし……。

 

 

「アレンさんに相談するか……お祖父ちゃんに頼もうか」

 

 何処からか”馬鹿、止めろ。知るか、自分で解決しやがれ”とか聞こえた気がするけれど気のせいかな。

 

 

 そして料理が運ばれて来た頃、僕がステンノ様の顔を見つめるのに夢中になって居た時、トイレに行っていたアナがカウンターの方に視線を向けていた。

 テーブルには料理が置かれているし、誰かが席を立ったのかな……いや、誰か隠れている。

 

 

 

「知り合いでも居た?」

 

「いえ、名前も声も知らない何処かの誰かが居ただけです」

 

 ……成る程、助けられたのにお礼も言わずに逃げ去った奴がアナの姿を見て気まずくなった、そんな所か。

 アナも特に興味が無さそうだけれど、只でさえ人間不信なんだから勘弁して欲しい気分だよ。

 

「あら、騒がしいのが来たわね。ちょっと面倒だから貴方で私を隠しなさい」

 

 騒ぎながらやって来たのは周囲の話し声からしてロキ・ファミリアで間違い無いのだろう、特に興味が無い相手だ、主神と団長は別として。

 

 団長の方は兄弟子、挨拶くらいはしておきたいけれど、主神の方は父さんの元カノだから母さんに恋人を取られた、しかも女神だ、面倒臭い。

 ステンノ様が会いたくないみたいだし、僕はステンノ様を体の陰に隠しながらロキ・ファミリアに背中を向けて、アナもフードを深く被って顔を見られないようにしていた。

 まあ、印象深いだろうしさ。

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

 

 ロキ・ファミリアは随分と盛り上がっているし、他の客の陰に隠れるようにして店を出ていこうとする。

 その際、ちょっと不愉快な話が聞こえたんだけれど……。

 

 

 例のミノタウロスはロキ・ファミリアが大量に出て来たのを逃がしてしまったけれど、それに追われた例の冒険者を幹部らしい男が仲間を口説く為に貶し始めた。

 そして本人は途中で逃げ出した。

 

 

 ……まあ、彼が死にかけたのは実力からして進み過ぎな階層で、ダンジョンだからどんな理由で死にかけようとも自己責任、同情はしない。

 これで心折れるのなら逆に彼の為だ、そうなら今回の件が無くても何処かで死んでしまうだけだ。

 

 その場合、あのベートって男は彼の命の恩人って事になるのかな?

 

 

 

「あの……」

 

 おっと、彼に気が付いて追いかけようとしたのか金髪の少女がアナに話しかけようとしたけれど、アナはその横をすり抜けた。

 

 

 

 

 

 

「Lv.5や6なら逃げ出した瞬間に回り込んで大半を押さえ込んで直ぐに全部倒せたでしょうに、逃げ出した事に驚いて対処が遅れたのでしょうね。結果論かも知れませんが……実力からして直ぐに逃げ出せたから生き残ったであろう彼の方が咄嗟の判断力が優れて居るのでは? お仲間にお伝え下さい。長年やってその程度なら冒険者には向いていないから死ぬ前に辞めたらどうですか、と」

 

 その際に最大限の嫌味まで向けてだ。

 ったく、面倒な所に喧嘩を売っちゃってさ……人間不信が深まったみたいだし、店に来たのは失敗だったか。

 

 

 

 

「あら? アナ、何処に行くのかしら?」

 

 バベルの方に視線を向けたアナはそのままホームとは別の方角へと向かう。

 ステンノ様の問い掛けにアナは一瞬だけ足を止めた。

 

「恩知らずの恥知らずが命知らずだったみたいなので、誰かさん達の尻拭いです」

 




ミノタウロスがバラバラに逃げる前にベートやフィンが階段で回り込めば大半は押さえ込めて、残りが取りこぼしを追う マンガを見ていると可能だった気がするのですよね
驚いて動かなかったっぽい描写もあったし アニメでも遭遇時にナメプしてたし


アナはその場にいなかったので 結果論とは認めています

オリジナルの方も更新したのでよろしくお願いします


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お願い

 危機に瀕している者が目の前に居るのなら助けたくなる、それが真っ当な人間の感性らしいですが、私はラミアなので完全には理解しかねます。

 

 ……逆の人間も多く見て来ましたし、偶発的な事態や偶然魔石の味を知った以外では同族は襲わない(人間だって幾つかの種族に分かれていますし、モンスターだけ一纏めには疑問ですが)モンスターと違い、欲望や嫉妬、時には損益無関係で親兄弟すら手に掛ける人間の方が私は恐ろしい、だから積極的に関わりたくは無いのですが……。

 

 

「これならば助けない方が良かったかも知れません……」

 

 ダンジョンの中、防具も着けずに如何にも素人という感じの拙い動きでモンスターに立ち向かう姿からは考え無しとしか思えない。

 ロキ・ファミリアの彼女には会話の内容が不愉快でしたので少々辛辣な言葉を向けたものの、非は欠片も存在しないでしょう。

 とても五階まで行くには分不相応な実力、アレでは力を見誤って引き際を見失い死んでいただけ……ああ、大怪我をする前にダンジョンの怖さを身を持って知れたのですし、彼はロキ・ファミリアに感謝するべきなのかも知れませんね。

 

 だからまあ、殆ど自殺同然の行為をしている彼を助ける理由は思い当たらない、ダンジョンに入って富と名誉の為に命を元金にするのが冒険者、ですが彼は少々自棄になっているとしか思えない。

 ……それでもまあ、私はモンスターとしてではなく、ご恩を受けた人達と一緒に人間の真似事をしながら生きると決めましたし、あの下品な男の嘲笑で誰かが死ぬのも不愉快。

 

「貴方、勇気と無謀は別物ですよ。死ぬのは自己責任として、貴方に死なれたら困ったり悲しんだりする人も居るでしょうに」

 

「……へ? あっ、ああっ!?」

 

「また逃げるのですか……」

 

 まさか何らかのスキルで私の正体を見抜いている事も危惧しましたが、どうもそんな感じでもない。

 一度パニックで逃げたせいで気まずさから再度逃亡の悪循環なのでしょうが……好い加減不愉快です。

 

 多少素早かろうが人間でLv.1にしてはの部類、モンスターでLv.3の私なら即座に前に回り込み、硬直した彼に高位回復薬(ハイポーション)を押し付けました。

 

 ……尚、期限切れ間近の物でしたが、使えはするでしょう、多分。

 使えなかったら其処までと言う事で。

 

 

「では、私は帰りますので。……精々命はお大事に」

 

 ああ、彼の後を追うまでの事では無かったのに手助けまでしたのは何故か引っかかっていましたが、今みたいに間近に寄った事で理解しました。

 彼、あの屋台で働いている如何にも善神って感じの女神の匂いがするからですね。

 私が小さいから沢山食べて大きくなれとばかりにオマケを貰いましたし、それが理由で彼が気になったのでしょう。

 

 背後からお礼の言葉が昨日のことも含めて聞こえた気がしましたが、適当に手だけ振って私はダンジョンを後にします。

 

 

 

「……おや?」

 

 ホームに戻る最中、豊穣の女主人を覗き込めば少し殺気立った様子のエルフさん達をフレイヤ様が宥めています。

 彼、食い逃げをした上にフレイヤ様が演じるシルさんを悲しませたと同僚から怒りを向けられているらしく……。

 

 

 

「助けたのは無駄だったかも……」

 

 明日、彼が水に浮かんでいるかどうかは支払いを思い出してちゃんと謝れるかどうかですが、流石に其処までは面倒を見切れませんね。

 私は何も見なかった事にして去っていく。

 

 しかし、彼の名前が”ベル”だと言っていますが、何処かで聞いた覚えがあるのですが。

 

「はて、誰に何処で聞いたのでしたっけ……?」

 

 まあ、別にどうでも良い事だと考えるのを止め、私はホームへと急いだ。

 何せ今日は私がお風呂のお世話と添い寝をする順番の日、姉様を待たせる訳には行きませんから。

 

 

 

 

 

 

「買い物ですか? はい、ご一緒します!」

 

 次の日の朝、寝ぼけ眼を擦る私に姉様から買い物のお誘いがあり、当然快諾です。

 ティオ?

 彼は忙しそうなので……。

 

 

 

 

「えっと、妹の名前はアルトリア、僕はアルって略して呼ぶ事が多いかな? 向こうは兄さんって呼んで……」

 

「そう、会ってみたいわね。私、姪っ子の存在を昨日アレンがポロッと漏らすまで知らなかったもの。甥っ子が薄情で悲しいわ」

 

 はい、フレイヤ様が朝からいらっしゃってアルトリアについて話を聞きに来ています、お店の方は何とでもなるとか。

 今はフレイヤ様として来ていますし、私は姉様との買い物を楽しむとしましょう。

 

 笑顔の圧力が凄いですし、巻き込まれる前に行きましょうか。

 あと、アレンさんはご愁傷様です、苦労したって顔ですし、”さっさと報告しろや、ああん?”的な事でもあったのでしょうね。

 

「じゃあ、夕方には戻るわ。ティオ、お留守番はお願いね」

 

 ティオにはお姫様抱っこで運ばせますが、私と姉様の場合は手を繋いで歩きます。

 お疲れになった場合は背負いますけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

「……どうも」

 

 姉様との買い物は可愛い雑貨やお酒、邪魔になるから後でティオが取りに行く予定、彼の魔法は便利ですからね。

 その後でカフェや屋台を巡った後、服を選びに行ったのですが……。

 

 まさかロキ・ファミリアと遭遇するだなんて……面倒です。

 

 

「あっ! 君が妖精騎士(トトロット)君の所の子だね!」

 

 アマゾネス姉妹(貧乳の方)、どうもティオに興味を引かれたらしいです(恋愛的な意味では無い)。

 それにしてもトトロット……曾曾祖母をモデルにした物語の主人公の名前が二つ名になるとか。

 

 

 正直笑えるんですよね……ふっ。

 

 

 どうも金髪の彼女……アイズ・ヴァレンシュタインさんは昨夜のことを仲間には伝えていないみたいですし、此処はさっさと会話を切り上げませんと。

 

 

 

 

 

「あら、これも似合うわね」

 

「次、こっちはどうかしら?」

 

 切り上げて分かれる筈だったのですが、何故か私はアイズさんと一緒に着せ替え人形にされています。

 ……はぁ、面倒臭い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、ガウェインも上手だったけれど、ティオもそうなのね」

 

 

 漸く、漸く一応解放された……。

 僕は今、フレイヤ様とアレンさんとご飯を食べているけれど気に入ったみたいだね、母さんに習っていて良かったよ。

 

「それで未だ続ける気?」

 

「ええ、当然じゃない」

 

 妹の事を話すのは別に良いんだ、可愛い妹だ。

 でも、だからって何時間も続けて話す程の事は思い付かず、だからって適当なでっち上げは神には通じないし。

 

 アルトリア・アヴァロン、今年で十歳になるお転婆な妹。

 お祖父ちゃんに魔法を中心に習っていて、魔法関連なら僕より才能が上、まあ同じ年だったとしても戦えば僕が勝つんだけれど……いや、妹と戦うとか有り得ないけれど。

 

 

「アルの奴、ちょっと前まで”お兄ちゃん、お兄ちゃん”とカルガモみたいに後を追って来てたのに、此処最近は一人で本でも読んでいる方が好きみたいでさ」

 

「あら、寂しいのね。私も甥っ子に隠し事をされていて寂しいわ。……ねぇ、ちょっとお願いがあるのだけれど、料理を教えてくれないかしら?」

 

 ……はい?

 

「寂しい……か。彼奴、神の血を僕より濃く受け継いでいるから嘘が分かるんだ。何をしてやれば良いのかなって悩むよ」

 

 

 ……うん? 料理を教えて…欲しい……?

 



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「あ、あの、アナ……さん? でしたよね? 宜しければお聞きしたい事がありまして」

 

 私が着せ替え人形にされる少し前、服には特に拘りがないので適当に選ぼうとしていた時、不意にロキ・ファミリアのレフィーヤさんが話し掛けて来ました。

 

「マーリン団長達の事ですか?」

 

「ええっ!? どうして分かったんですか!?」

 

 用件を見抜かれて驚く彼女ですが、私にわざわざ話しかけるのなら、用件はその程度でしょう。

 私がフレイ・ファミリアに居たって情報は簡単に手に入るでしょうし。

 

 何せアレンさん達がフレイヤ様を崇めるのと同じくらいにエルフはハイエルフを崇めている……らしい。

 私が詳しく知っているエルフって王族を除けばスカサハ師匠だけですからね、絶対に崇めるとかしていないでしょう、あの人。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

「いえ、少しトラウマが蘇っただけです」

 

 師匠の顔を思い浮かべただけでゾワッとした物が背中を走る、強くなるか死ぬかを迫られる修行を平気で行いますからね、あの人って。

 

「リヴェリア様も弟子だったと聞いているんですが、風変わりな御方だったとしかおっしゃらなくって……」

 

「風変わり……ええ、私も彼に対してはそんな印象ですね」

 

 そもそも知り合いが少ない私には比較対象が限られていますが、マーリンが”善意だけで動かない”、”血縁者にさえ好かれていても信用はされていない”、”悪い意味で神にそっくり”、そんな正直クズ寄りの人だとは分かります。

 まあ、エルフの彼女には言えませんが、面倒が待っているので。

 

「……私もちょっと気になっているのがいるわ。団長の師匠だったっていうスカサハ、どんな感じなの?」

 

「厳しくってスタイルの良い美人で厳しくって厳しくって厳しい、あと戦うのが大好き、そんな感じです。……私も弟子なのですが、頼りにはなっても、頼ったら未熟者として余計な試練を与える、そんな厳しい人と思って下されば……」

 

 話に割って入って来たティオネさん、どうもスカサハ師匠が気になるのはフィンさんが関係しているみたいですね。

 

「ああ、それとハイエルフの直属部隊”影”の隊長だったそうですが、マーリン団長達への敬意は……まあ、護衛部隊でもお世話部隊でもなく、王家の敵を討ち滅ぼすのが役目の殲滅部隊なのもあるのでしょうが……」

 

「そう、美人なのね……」

 

「反応するのは其処ですか。……ああ、ガウェイン副団長は厳しい所も有りますが優しい人ですよ。教養も有りますし世話好きですから。……もう良いですか? 服を適当に選んでしまいたいので」

 

 もうこの辺で解放されたいと思ったのですが、”修行についてもっと話が聞きたい”とかアイズさんが言い出し、結局着せ替え人形として服を選んで貰いながら話をする羽目に。

 

 ……それにしても彼女、アイズさんは危うい感じがします。

 力を求める余りに前のめりになっているというか、理由はしっかりしていそうなのですが……。

 

 

 

「余計なお世話でしょうが、何かを求める場合は理由だけでなく、その理由を持つに至った動機も必要ですよ? ……例えば復讐の為に力が欲しいとして、何故復讐がしたいのか、”許せない”ではなく”何故許せないのか”をハッキリさせ、手段の為に失う物を……いえ、忘れて下さい」

 

 だからお店を出て別れ際に余計なお節介を焼いてしまいそうになりましたが、会ったばかりの私に訳知り顔で何か言われた所で影響が出るならその程度の物だった、そういう事ですからね。

 

 言葉を途中で切り上げた私は何か言い足りなさそうな彼女に一礼すると姉様と共に人混みに消えて行く。

 出来るだけ関わりにならない方が良いと、私が持つ事情からして分かっているのに何をしているのでしょうか、全く……。

 

 

「良いのよ、それで。もう少し誰かと関わりなさい。何時かやって来る大きな物に心が潰されないように、心の中に大切な物を集めておくべきよ」

 

 姉様はそう言いますが、私にはそうする理由がよく分かりませんでした……。

 

 

 

 

 ……どうも帰ってからアナの様子がおかしい、ステンノ様も何も教えてくれないしさ。

 

 

 

「ほら、ちゃんと抱き締めなさい。でも、力を入れ過ぎたら駄目よ?」

 

 今夜もステンノ様を抱き締めて眠る、恩恵を受けて常人を越えた力で万が一にでも力を入れ過ぎないようにしながら女神の匂いに包まれて幸せな気分で睡魔に身を任せる。

 

 

「やあ! 今夜も授業を始めようか」

 

「……ふぅ」

 

 直ぐに周囲から花の甘い香りが漂い、日差しが降り注ぐ楽園といった感じの場所で目の前にはお祖父ちゃんが満面の笑みで立っている。

 ……この落差よ。

 

「あれ、溜め息? おいおい、何か嫌な事でもあったのかい? 私が相談に乗ろうじゃないか」

 

「いや、兄さんはステンノ様とイチャイチャしてたのに急にお祖父ちゃんが現れたから余韻が台無しで不満なんですよ。そんな事より始めましょう。私も普通の夢が見たいので」

 

 絶対分かって言っているお祖父ちゃんの背後から出て来たのは不満顔の妹、寝るのが早い奴だから美味しい物でも食べる夢を見ていた途中でこの場所に切り替えられたんだろうな。

 まあ、よく寝る割には背がぜんぜん伸びないけれど、同じ年齢の時の僕より頭一つは小さいんじゃないか?

 

「余計なお世話ですよ、兄さん! そっちが伸び過ぎなんですー! お父さんもお母さんも身長が高いんだから私だって胸も背も伸びますー!」

 

「其処で背よりも胸の方が先に来る時点で」

 

「うんうん、ガウェインは隔世遺伝なのか妻の母、つまりは君達の曾お祖母さんの特徴を受け継いだけれど、妻の方は……アルトリアは隔世遺伝しないと良いね。まあ、妻の少女時代を思い出す限りじゃしているかもだけれど」

 

「むきー! 二人共お母さんに言いつけますからね!」

 

 頭から湯気を出して怒り狂う感じの妹だけれど、僕達家族はこの子の前では絶対に本音を隠さない事にしているんだから仕方無い。

 父さんの場合は嘘が分かっても、勘違いさせる言い方をすれば、それを見抜かれなかった場合は騙し通せる。

 神に有効なのは沈黙だけじゃないって事さ、父さんは妙に鋭いから見抜かれたりするんだけれども。

 

「それで最近は大丈夫か? ちゃんとノクアレナさん以外に遊び相手は居るのか?」

 

「まあ、何とか……」

 

 力の封印を施された神でも人の嘘は見抜けるままで、神の血を引いているけれど封印なんかされていない僕は恩恵を得る事で魂の色を見れる。

 でも妹は、アルトリアは僕よりも濃く神の血を引いたらしく、恩恵無しでも相手の本音を見抜く眼を持ってしまったんだ。

 相手を見れば本音が分かり、思い遣りから来る物でも嘘を吐く相手を前にすると濁った色が混じって見える。

 

 

 だから僕達家族だけでもアルトリアの前では絶対に本音で話す、そう決めたんだ。

 

 

「ああ、それと授業の前に最近発見した面白い物を教えてあげよう。裏で紛争を煽っていた武器商人を捕縛した時に偶然発見した地下の大空洞の遺跡なんだが……」

 

 そう言いながらお祖父ちゃんが幻術で出したのは砂漠の国で見られる三角の巨大な墓が城に逆さになって突き刺さり、その上に極東の国の城が乗っている、そんな奇妙な物だった。

 

 

 

「ははははは、意味不明とは思わないかい? じゃあ、座りなさい。授業を始めるよ」

 

 え? あの奇妙な建造物の幻を出したままで?

 凄く気が散るんだけれど……。

 

 

 

「「お祖父ちゃん、いい加減にしてくれる(ますか)?」」

 

 あっ、ハモった。



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愛のあり方

 僕達ステンノ・ファミリアの朝は早い、

 

「只今戻りました」

 

「ああ、朝ご飯もう直ぐ出来るから空いた鍋とか洗ってて」

 

 僕は朝ご飯の支度があるし、アナはダンジョンに行く日は夕食後に軽く組み手で体を温めて、朝ご飯の少し前に帰って来る、勿論ダンジョン帰りだからって直ぐに休ませなんかはしないさ。

 ステンノ様は……女神に水仕事とかさせられないから、父さんの場合は好きでやってるから除外して良いと思う。

 

 

 でも、今日は何時もと違い、約束通りにフレイヤ様が料理を習いに来ていたんだ。

 護衛としてアレンさんと一緒に来たけれど、シルの姿で来ているし、周囲にも縁があって僕に習う事にしたと店の人には言っているとか。

 

 

 そんなフレイヤ様は今回目を付けているらしい冒険者(名前は知らないけれど、白髪で赤目の魂が綺麗な少年らしい)への差し入れのお弁当を作った後、今はステンノ様と優雅な朝のティータイム。

 僕は僕でアレンさんに手伝って貰いながら僕達の朝ご飯を作っている途中だけれど、ちょっとした相談もあった。

 

 

「愛故に相手に優しくするのは間違って無いんだろうけれど、旅先では子が居てもおかしくない年齢の息子を甘やかす馬鹿貴族と会った事が有るんだ」

 

「……おう」

 

「フレイヤ様も作るからには美味しいと思って欲しいだろうし。ほら、自分が作った物を食べて貰えるなら相手の感想は興味が無い……って事は無いよね? いや、父さんは子持ちになってから変わったらしいからフレイヤ様がどうかは分からないけれど」

 

「練習するって事はそういう事だろ。ったく、だから働きに出るのは反対なんだ」

 

「……じゃあ、アレンさん、他の幹部の人達にお弁当の残りの差し入れをお願い。感想も付き合いが長い人達の方が良いと思うよ」

 

「其処は身内のテメェに任せる。……但し、言葉には気を付けろ」

 

 その料理の腕は、まあ、こんな会話から察したのかアナは何も言わずにボウルや鍋を洗ってくれている。

 ……料理って理論立ててやれば大きな失敗はしないと思っていたけれど、全知零能の神であるフレイヤ様にとって机上の空論でしかなかったらしい。

 

 美味しそうに作れたから食べて貰う、じゃなく、美味しく作れたから食べて貰う、僕としてはフレイヤ様には努力するなら報われて欲しい。

 いや、目を付けられた彼には同情するけれど……。

 

 

 尚、名前は聞かない事にしている。

 オラリオに冒険者になりに来た以上、モンスターや敵対する冒険者や悪人の他に神に狙われるのも折り込み済みで有るべき、知らなかったってのは自己責任。

 だけどまあ……名前を知ったら気になるだろうし、知らないままの方が良いだろうね。

 

 

 

 

 まあ、そんな風に思いながらカレンダーを見ると明日は怪物祭(モンスター・フィリア)、民衆に公開する形で捕まえて来たモンスターを従えてみせる日だ。

 

「……」

 

 僕と同じくカレンダーを見るアナだけれど、此奴はガネーシャ・ファミリアが行うショーには興味が無い。

 異端児(ゼノス)、人への本能的な敵意を持たず他のモンスターから敵視され、そして言葉を理解し話すモンスター、それを人間の共生の為の第一歩の為……なんだろうけれど、アナからすれば同族とは思っていなくてもモンスターを力で屈服させるのは人間が赤の他人の他種族の奴隷狩りをショーで見るみたいな気分らしいから見たいとは思わないらしい。

 

 僕達が旅先で保護し、森に逃がした異端児や売買に関わっている連中の話を聞きたいのかガネーシャ様は団員用の席を用意してくれたけれど……。

 

 

「アナ、明日は人混みに慣れる練習として街をぶらつこう。屋台巡りだ。ステンノ様と話し合って決めた事だから拒否権は無しで」

 

「……全部奢りで良いのなら」

 

 ガネーシャ様は父さんとも友神だったらしいし、フレイヤ様からも変わってるが善神だと聞いている、ステンノ様はステンノ様で話したいらしいからショーを見学していて頂くとして……家族であるアナが他人に慣れるのも助けてやらないとね。

 

 

 

 

「……所でアレンさん、僕は怖い仮説を思いついた。僕とアル……妹は例外として、神ってのは本来親兄弟は存在しない。なのに父さんとフレイヤ様は双子だと互いに認識している。……二つで一つの存在であり、一部能力が完全に片方に持って行かれてるんじゃないのかな? ……因みに父さんは料理が得意な方」

 

「おい、馬鹿。恐ろしい事言うな。……比較的マシな奴じゃない残りは俺達が食うんだぞ」

 

「……ガンバっ!」

 

 尚、僕は味見で少し食べはするけれど、ステンノ様の朝食を作るのは僕の役目だからと一口二口のみ、当然大量の残りはアレンさん達が食べる事になるんだけれど、敬愛する女神の手料理だから頑張って貰おうか。

 

 

 

 

 

 そして翌日、僕は先にステンノ様を会場まで送り届けた。

 まさか人混みの中を抱えて進むわけにも行かないから当然戦車で空をかっ飛んでだ。

 

「ご苦労様。じゃあ終わる頃に迎えに来なさい。ああ、その前に……」

 

 手の動きで屈むように指示された僕はそれに従い、ステンノ様は僕の顔を両手で挟んで引き寄せると額に軽く唇を当てる。

 唇じゃなかったけれど、それを残念とは思わない程の歓喜が僕を包み込んだ。

 

 

「……ふぅ。ティオ、貴方は私に対してもう少し貪欲になるべきね。敬意は結構、好意も愛も不足無く伝わっているわ。ええ、ええ、それは良いのです。ですが、私の愛を欲する勇士ならば……」

 

 途中で言葉を区切るステンノ様、後は察しろって事だ。

 

「はい!」

 

 当然、僕はそれに従う。

 女神からの愛とは欲して懇願する物ではなく、授けられるべく己を磨いて待ちわびる物、それが僕の考えだが、ステンノ様の言い付けを破ってまで貫く物ではない。

 全てに置いてステンノ様のご意志が優先、それは変えないけれど。

 

 その場で跪き、ステンノ様が差し出した手の甲にそっとキスを行う。

 思えば唇にはしたし、実はキスした翌日辺りから起床時と就寝時にはほっぺにキスを貰っている僕だけれど、ステンノ様の手の甲へのキスは未だだった!

 

 ならばしたいよね、手の甲へのキスをさ!

 

 

「まあ、良いでしょう。じゃあ、アナをお願いね」

 

「当然。仲間は家族、家族は守るべき相手って母さんから叩き込まれているからね」

 

 そんな返事をする僕に満足したらしいステンノ様はもう一度僕の顔を引き寄せ、今度は唇に軽くキスをした。

 

 

 

「ご褒美の先払いよ。じゃあ、本当にそろそろ行くわね」

 

 ステンノ様の姿が曲がり角に消えるまで僕は見送る。

 さて、アナを迎えに行こうか。

 

 

 

 

「は、はわわわわっ!? ご挨拶しようと思って見ていたら……」

 

「レフィーヤには刺激が強過ぎたみたいだねー」

 

「わ、私も団長と何時かあんな風に……」



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イシュタル

死妖精とどっちかで迷いましたが


あと、イシュタリンにするかどうかも


「……成る程、お祭りとは悪いものではありませんね。これなら他の町のお祭りにも顔を出した方が良かったかも知れません」

 

 ステンノ様をショーの会場まで送り、人嫌いのアナに少しでも人慣れをして貰おうと連れ出したけれど、少しは効果があったみたいだね。

 左手で大量の食べ物を抱え、今はクリームで口の周りを汚しながらクレープを食べているけれど、此奴は基本的に甘い物を食べに行くか本を買いに行く以外ではダンジョン位にしか出掛けない。

 だから今回みたいに屋台巡りがメインであっても街中をブラブラ歩くのは悪い経験じゃ無いはずだ。

 

「おや、串焼きの肉ですか。ティオ、お願いします」

 

「はいはい。買ってくるけれど、ちゃんと今右手に持っている物を食べてからにしろよ」

 

 例え全部僕持ちだろうと仕方が無い、ちょっと予想以上の出費に財布が痛いんだけれど、てか、普段は大食いキャラじゃないよな、アルの奴じゃ有るまいし。

 

僕が串焼き肉の屋台で買い物をしている間にクレープを食べ終わり、今度はイカ焼きを食べ始める姿に妹を連想する。

 普段から夢で会っているから寂しいとかは全然無いし、偶に会わない方が良いと思う時も有るけれど家族ってそんな物だろうさ。

 

 

「やれやれ……本当にどうなってるんだ?」

 

 元々が人間を越えたモンスターの能力に恩恵での底上げ、大量のエネルギーが必要になるのは分かるけれど、母さんと違って小柄なアナやアルの体に良くもまああれだけ入る……うん?

 

 

 屋台の店主も通行人も、アナも熱に浮かされた風に固まり、僕の鼻には香油の匂いが届く。

 アナは直ぐに我に返ったけれど、その視線の先を追えば理由が分かった、アマゾネスを引き連れた露出度の異様に高い女神、恐らくは美神だろうけれど、ステンノ様が可憐さ中心の庇護欲を誘う美しさでフレイヤ様が美と色気のやや美寄りなら、近付いて来るのは色気に偏った気の強そうなタイプ。

 それが息が掛かる距離まで来ている。

 

 

「……お前が妖精騎士(トトロット)か。ちっ! 私を前にしても魅了されないとは腹立たしい」

 

「同じ”美しい物”でも人によって景色や芸術品とか好みが分かれるし、芸術品でも多岐に渡る。僕の心は既にステンノ様が支配し完全に魅了しているので、神イシュタル」

 

 出会って早々に此方を睨み付ける女神に不愉快に思いながら当たり障りの無い言葉で返す。”ちょっと品の無い色気アピールは引く”とか思っても口には出さない、女神の誇りを貶すとか厄ネタでしかないからね。

 

「生意気な餓鬼だ。だが……ふぅん」

 

 これで立ち去ってくれるのが一番だったけれど、そんな風には行きはしない。

 不愉快そうにしながらもイシュタル様は僕の顔を無遠慮にジロジロと眺め始めた……これ、僕がアナを連れて立ち去れば良いのか!

 

 

「成る程ね。黒犬(バーゲスト)の奴、フレイに捨てられた後でどんな男を選んだのかと気になっちゃいたが、フレイに似たのを上手く見つけたか。餓鬼は好みじゃないんだが、今からジックリ教育すれば面白くなりそうだ」

 

「……うん?」

 

 今、カチンと来た。

 僕達兄妹を守る為に父さんの子供なのは秘密だと母さんから何度も言われているし、あの人はそれで受ける言葉を覚悟の上で子供を守ろうとしてくれている。

 

 でもさ、両親を侮辱され、ステンノ様への愛を鞍替えできる程度の物だと侮辱されて、それで黙っているのは違うだろう。

 

「何だ? 文句でも……」

 

 

 

 

 

「黙れ、性格ブス。性根の醜さが表に出てるからフレイヤ様に勝てないんだろう」

 

「……は?」

 

 言葉の意味が一瞬理解出来なかったのだろう、呆けた顔で固まり、眷属らしいアマゾネスも唖然とした様子だったのが、イシュタル様……いや、イシュタルの顔が憤怒に変わる。

 

 

 

「……ろせ、殺せぇええええええええっ! その仲間の小娘も一緒に殺してしまえぇええええええっ!」

 

「動くな、焼くぞ」

 

 イシュタルに手を伸ばし顔面を掴み片手で持ち上げ、空いた手に炎を出しながらアマゾネス達を威圧する。

 腕を掴まれ足をバタバタ動かしても逃がさない、このまま顔面焼いてやりたいけれど、向こうは殺せと指示したから今の状態になったけれど……どうしよう?

 いや、戦いになるなら顔面焼いて包帯で覆ってやるけれど。

 

 怒った勢いでやっちゃったけれど、これはどうやって収集しようか……ヤバッ。

 

 アナも僕の考えが分かったのかアマゾネス達を警戒しながらも呆れ顔を僕に向けている、帰った後で何を言われるのか分からないな。

 

 

 

「……此処は私達が退こう。だからイシュタル様を放しな。……もう気を失ってる」

 

「あっ、そうだね」

 

 考え事をしていたから気付かなかったけれど、イシュタルは顔面を掴まれる痛みでなのか気絶している。

 うん、此処等が引き際か。

 

 リーダーらしい姉御肌っぽいアマゾネスにイシュタルを投げれば慌てた様子で受け取り、そのまま去って行こうとした時だ、僕の中に妙案が浮かんだ。

 

「あっ、そうそう。僕ってフレイ様とは仲良くして貰っていて、あの方は”神の気配さえ消していたら子供を溺愛する父親にしか見えない”って言われていたんだ。家族仲も良いし、オラリオに居てもお祖父ちゃんとの連絡手段もある。報復とか敵対とか互いに面倒になるだけだよ」

 

 子供の喧嘩に親が出るのも、喧嘩に親を巻き込むのも情けないけれど、喧嘩じゃ終わらなさそうだからね。

 ……アナから先生達に情報が行ったら何をされるか分からないけれど、これでアナに闇討ちとかされても困るし……。

 

 

「……了解だ。フレイ・ファミリアと事を構えるとか面倒が過ぎるからね。イシュタル様に伝えておくよ」

 

 僕は敢えてイシュタルが気を失っている時に伝えたけれど、これで真偽が分からない以上は情報を多少与えても問題無い。

 向こうもハッタリかどうかは半信半疑だろうと伝えるしか無いわけだ。

 

 

 

 

 イシュタル達が去り、これで一安心とアナを見れば少し怒った顔だ。

 

「……本当に何をやっているんですか。精神修行のやり直しとかになれば私も巻き込まれるのですよ? ……串焼き肉も買いそびれましたし」

 

 成る程、だから怒っているのか、後者が大半の理由で。

 

 イシュタル達との争いに巻き込まれたくないのか屋台の店主も含めて逃げ出しているし、周辺には僕達二人……と物陰に隠れているアレンさんだ。

 早く出て来てくれたら楽だったのに……。

 

 

 

「アレンさん、何か用? あっ、そうそう。フレイヤ様の頼みに関する物で渡す物があるんだ。どっちが居るのか分からないから渡して欲しいんだけれど」

 

「分かった。それより伝言だ。”ちょっと騒ぎを起こすけれど、街中にモンスターが出ても極力手を出さないで欲しい。特にシルバーバックには”だとよ」

 

「シルバーバックに?」

 

 確か上層部の最後辺りに出現する猿のモンスター、それがオラリオ内に……ああ、そういう事か。

 

 

「本来なら”誰かに足止めされていたら手を出せないな”って口実で手合わせをお願いする所だけれど、食べ歩きの品が残っているから気が付かない事にして大人しくしているよ。……お目当ての彼が女神の試練を突破出来たら良いんだけれど……」

 

 誰が何を何故起こすのか感づいた僕はショーの会場に目を向ける。

 これで目論見は台無しだろうけれど、モンスターが恐怖と憎悪の対象であり、魔石製品が必需品で、人間なんて種族や国や立場の違いで憎み殺し合う生き物なのを考えれば個人レベルは別として、モンスターとの共存は元から無駄だって事で……。

 

 見捨てる事に罪悪感を抱きつつ渡す予定の物を取り出そうとしたその時、僕達三人を囲うように巨大な花のモンスターが地面から現れた。

 

 

 

 

 

「これって港町で見たって奴? これも計画の手駒……じゃないよね?」

 

「ああ、此奴達は放してないつーか、ガネーシャ・ファミリアは捕まえてねぇ」

 

 なら誰が街に放ったのだろう?

 それに僕達の前に現れた理由は?

 

 

 

「……あっ。確か人間よりモンスター、モンスターより魔法に反応するんだっけ?」

 

 僕、【ゲート・オブ・バビロン】に常に物を仕舞って発動し続けていて、アナはモンスターだ。

 

 

 

「取り敢えず……倒そう」

 

 槍を二本出して片方をアナに渡せば魔法に反応したのか一斉に襲って来る花達、アナは接近して槍を突き出し、僕は喉の奥の魔石に向かって投擲し、アレンさんは素手で引き裂く。

 

 

「雑魚が。……にしても本当に誰の仕業だ?」

 

 アレンさんが死骸から魔石を剥ぎ取った時、少し離れた場所にも一匹花のモンスターが現れた。

 やれやれ、行くか、誰が襲われているのか分からないし……。



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 モンスターの集団脱走、怪物祭で起きた事件を収集すべくティオネ・ティオナ姉妹と共に街に向かったレフィーヤの前に現れた未知のモンスター。

 二人が足止めをしている間に魔法を放とうとした時、先程まで二人の相手をしていたモンスターが彼女の方を振り向き、地面から飛び出した根によって無防備な脇腹に食らって吹き飛ばされる。

 そのまま地面に激突した後は身動きが出来ないであろう程のダメージを受け意識が飛びそうになった時、不意に飛び出して来た人影がその体を受け止めた。

 

「アイ…ズ…さん……」

 

 レフィーヤの頭に浮かんだのは憧憬の少女の姿、だが、その目に映ったのは全く違う人物、ティオだ。

 

「いや、違うよ、期待はずれで悪いね。【白き聖杯よ、謳え】」

 

 薄れそうになる意識の中、レフィーヤの体を包み込む柔らかな光、意識が飛びそうになる程の激痛が消える中、未知のモンスターは閉じた蕾を開いて花の姿を露わにする。

 ティオの放つ魔法の魔力に反応し大きな口を開き食らいつこうとするがティオは其方を見ようともせず片手を向けるだけ。

 

「逃げっ……」

 

 逃げて下さい、とレフィーヤが叫ぼうとする途中で手の平から迸る炎の矢、指一本程度の小さなそれは食人花の口の中に一直線に吸い込まれて行き、内部で膨れ上がって赤く照らす。

 上顎の奥の魔石すら焼き尽くし、二人に向かって襲い掛かろうとしていた巨体は灰になってその場で散った。

 

 

 

 

「痛みは? 毒を打ち込まれた感覚は?」

 

「は、はい。多分……」

 

「そうか。でも、一応調べて貰った方が良い」

 

 遠くに現れた花型のモンスターに襲われていたエルフを地面に降ろし、回復は十分か確認すれば戸惑った様子ながらも頷く。

 うん、だったら放置して大丈夫かと思ってその場から立ち去ろうとした時だ、風を纏ったアイズ・ヴァレンシュタインとすれ違ったけれど、その魔力は普通の人間とは違って……。

 

 

「……精霊?」

 

「え……?」

 

 思わず出た呟きに彼女は驚いた様な声を出したけれど、僕は気にせずその場から立ち去って行く。

 うん、神と人の間に僕と妹が生まれたんだし、精霊の血を与えられた人間は事例があるんだから魔力に精霊の力が混ざっていても有り得ない話ではないか。

 

 

 

 

 

「お待たせ! って、アレンさんは?」

 

「用は済んだからと帰りましたよ。じゃあ、買い食いの続きに行きましょう。たべそびれたので肉が良いです、肉が」

 

 魔力放出でバーッと加速して元の場所に戻ればアレンさんの姿は既に見えず、渡す予定の物があるって言ったのに困ったけれど、どうせ明日の朝にも料理を習いに来るんだからその時にでも渡せば良いと考える。

 

 所で結構な騒ぎだし、屋台とかやっているのかなあ?

 

 

 

 

 

「……残念です」

 

「まあ、今晩は奮発して……って、彼奴は」

 

 向こうからやって来るのは酷く慌てた様子でじゃが丸くんの屋台の女神を抱いて走るウサギみたいな見た目の小柄な少年、昔立ち寄った村で仲良くなったベル・クラネルだ。

 

「ティオ!?」

 

「久し振りだな。っと、そんな場合じゃないか。ほら、僕の所のホームが近いから一緒に来い。回復魔法を使って休ませよう」

 

 見る限りじゃ怪我や毒じゃなく疲労の類、だったら休ませるのが一番だろう。

 実際は回復魔法の他にもベッドにお祖父ちゃんに習った無詠唱魔法を使っているから疲労回復にはもってこいだ、友達相手でも手の内はそんなに晒したくはないから秘密だけれど、上質なのを使っているから大丈夫、多分誤魔化せる

 ちょうどうちのホームは直ぐ其処の曲がり角を進んだ先、勝手に部外者を入れるのはステンノ様に悪いとは思ったけれど、あの方も顔見知りだから謝って済む問題だろう。

 

「ご、ごめん。助かるよ」

 

 ベルも一刻も早く休ませたいらしく僕に誘われるままにホームにまで入って来る。

 ……それにしても今回のフレイヤ様が起こした騒ぎの中で今の状態、名前は聞かなかったけれど情報からして狙いはベルだよなあ……。

 

 女神に狙われるのも冒険者が背負う危険の一つとして関わらない予定だったけれど、僅かな付き合いだろうと友達は友達だ、フレイヤ様を止めはしないけれど、このまま見捨てるのはなあ……。

 

 モヤモヤした物を感じながらベルが抱えた女神、ヘスティア様を一旦客用のベッドに寝かせ、僕はステンノ様への報告も兼ねて迎えに行った。

 

 

 アナに残って貰う時に嫌そうな顔をしたけれど、困っているから受け入れた相手を邪険に扱う訳にも行かないのだろう。

 それにしてもベルの奴、落ち着いたと思ったらアナを前にして随分と焦っていたな。

 

 

「バレ……てはないか。アルが居れば分かったんだけれど……」

 

 いや、虚偽の場合は嫌な物を見せてしまうのか。

 見えてしまう物は仕方ないとして、わざわざ嫌な物を見せるのは兄としてどうかしているしな。

 

 

 

「あら、本当に久し振りね。大きくは、あんまりなっていないけれど。それにしてもヘスティアの所にその子が居るなんて驚いたわ」

 

「むぅ。まさか君の所のお世話になるなんてさ。まあ、助かったよ」

 

 僕がステンノ様を連れて帰った頃には既にヘスティア様は目を覚ましていて、何故かアナに敵対的、いや、嫉妬めいた物を向けていたんだけれど、今は主神同士での話し合い。

 つまり眷属は眷属でだけれど、アナはヘスティア様の態度を理由に部屋に戻ってしまった。

 

 どうやら例の恩知らずの恥知らずってベルで間違い無いみたいだけれど、アナにちゃんとお礼と謝罪の言葉を向けたけれど素っ気ない態度だ。

 

 

「……はぁ」

 

 その結果、こうして落ち込んでいるベルが誕生してしまった。

 

「彼奴は基本的に誰にでもあんな感じだから。フレイ・ファミリアに居た時もステンノ様とスカサハ先生と母さん以外にはあんな感じだったし」

 

「そ、そうなの!? じゃあ嫌われた訳じゃ無いんだ。それにしてもティオってもうLv.4なんだね。僕と一歳しか違わないのに」

 

「そりゃあ経験が違うよ。伊達に幼い頃から厳しく鍛えられてはいないって。……所で君の所の主神が妙にアナに反応してたけれど、もしかして同性嫌いか? だとしたら厄介だぞ。神も変わるけれど、人間よりも変わるのが難しい。言葉じゃなく、」

 

「ええっ!? ヘスティア様に限ってそんな事は無いよ。……あっ、でもアドバイザーのエイナさんの話をしたら不機嫌になった事が……」

 

「まあ、初めての眷属に独占欲が出てるのか、女の子に現を抜かすなって思っているのかって可能性も有るけれどな」

 

 

 ……さて、こうして話をしながら魂を見れば昔のまま、フレイヤ様が気に入るだろうって感じのままだ。

 なら、フレイヤ様の計画をちょっとだけ応援しつつ、アナに他人に慣れて貰うのに手を借りるか。

 放置するのにちょっと罪悪感も覚えているし……。

 

 

 

「なあ、ベル。良ければ早朝の訓練に参加しないか?」

 

 

 

 所でフレイヤ様といえば、渡す予定だった物を落としてしまったけれどどうしよう。

 新月の晩に儀式を行って作るから来月まで作り直せ無いし、マジックアイテムだけれど見た目は只の紙だからなあ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? レフィーヤ、それ何?」

 

「え、えっと、ティオ・アヴァロン様が落とした物で、魔力が籠もっているみたいなのですが、お礼を言いに行くにも届けるにもホームの場所が分からなくて……」

 




何だかんだで妹は可愛い 生意気だと思っているしチビなのをからかうけれど


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授業

 食人花に襲われた日の夜、ティオの落とし物を拾ったレフィーヤは不思議な夢を見ていた。

 

「此処は……夢の中?」

 

 色とりどりの花が咲き乱れ、中央には塔が建つ花畑の中、花の香りや頬を撫でる風の感触、太陽の暖かさをハッキリと感じられる事に夢なのかどうか迷う中、不意に背後から声が聞こえて来た。

 

「おやおや、迷い込む子が居るだなんて驚いた。縁があったのか、それとも相性の問題なのか。ふむふむ、興味深いな」

 

「えっと、貴方は?」

 

 夢の中だと思っている彼女ではあるが、突然現れた柔らかな笑みの胡散臭いエルフに見覚えがある気はしても思い出せない。

 

 

「私かい? そうだな、今は花のお兄さんとでも名乗っておこう。いやいや、どうも私の夢と君の夢が繋がってしまったらしくてね、あの子達の授業はお休みの日だから誰が来たのかと思いきや成る程成る程」

 

 見た目だけでなく言葉も胡散臭い彼にレフィーヤが戸惑う間も相手は一方的に何かを納得したらしく、顎に手を当てて数度頷くと手に持った杖を振るう。

 途端、レフィーヤの前に椅子と黒板が現れた。

 

「じゃあ、授業を始めようか。なぁに、気にしなくても良い。共に学ぶ仲間が居た方がアルトリアの成長の役にも立つだろうしね」

 

「え? ええっ!?」

 

「ささっ、座った座った。そうだね、並行詠唱は勿論だけれど、詠唱の際の魔力を練る速度の高速化を頑張るとしよう。後者の方はリヴェリアに教え忘れていた物だし、君から授業内容を教えてくれたまえよ」

 

 こうして一方的に始まった胡散臭い彼の授業だが、翌日この夢の事を何気なく話した際、聞かされたリヴェリアは頭痛を堪える事になる。

 

 

 

 

 

 

「ほら、目を閉じない」

 

「がっ!」

 

 ステンノ・ファミリアのホームの中庭に金属音に混じってベルが蹴り飛ばされる音が響き渡る。

 蹴り飛ばしたのはアナ、”他人に教える事で基礎の学習になる”と渋る彼奴を丸め込み、大鎌の次に得意な短剣でベルの相手をさせていた。

 小柄な見た目からは想像出来ない膂力で蹴り飛ばされたベルは意識を飛ばされるけれど、あの様子じゃ骨にヒビが入った程度だろう、なら大丈夫だな。

 気を完全に失う直前、ベルの体内から溢れる白い光が傷を癒し意識を無理矢理つなぎ止める。

 

「おっと、じゃあ次のを唱える準備をしないとな」

 

 僕の魔法”ソング・オブ・グレイル”には使用時に回復させるのに加えて一定以上のダメージに対して再び回復が発動するって効果が有るから特訓には手加減が殆ど要らない、肉体の欠損さえしていなければ大丈夫なのは僕自身の体で理解しているからな。

 

 

「ほら、正面だけ見ない。それと行動は次へと繋げる動作を意識して下さい」

 

 冒険者として生きる事を選んだのなら、それで考えられる危険は想定すべき、友人であろうとそれは同じ、それでも普通以上の危険が待っている友人に何もしないのは不義理だろう。

 

 

「ったく、情けない奴だぜ。あんなのを鍛えて意味があんのかよ?」

 

「半分は僕の自己満足、もう半分はアナに社交性を身に付ける練習をして欲しいから。まあ、独学よりはマシで、少なくとも耐久は上昇するだろうし」

 

 今はシルとして料理を習いに来ているフレイヤ様の護衛って言うのは隠し、主神同士が仲が良いからお弁当を作った後に軽く組み手をする、そんな建て前でやって来ている味見と残り物の処理役のアレンさんは僕と一緒にキッチンの窓から二人の様子を眺めている。

 

「にしても……ベルの動きからしてステイタスが二桁後半は一日で伸びているみたいだな。……僕みたいに成長促進系のスキルとか?」

 

「あら、それなら面白そうね。あの子、魂が日を追うごとに綺麗になっていっているもの」

 

「はい、塩はちゃんと匙を使う、目分量は未だ早い。卵も一個一個ボウルに割り入れて別のボウルに移して混ぜよう。じゃないと殻を取るのが面倒だから」

 

 ベルの特訓が始まって数日、アナの教えも良かったのかベルは技術は微妙に、動きからしてステイタスは順調に伸びている。

 フレイヤ様の料理は……一朝一夕では伸びそうにないし、失敗作の味はある意味で神業的、持ち帰り分はアレンさんと幹部で処理するらしいから材料の無駄は気にせず沢山作る事にしているよ。

 その中から少々ながらもマシな物を選び、フレイヤ様がシルとしてベルに渡すお弁当箱に詰めて行く。

 

「さて、じゃあそろそろ」

 

「……おう」

 

 僕が使うのは練習用の槍で魔力放出は庭への被害を考え使用禁止、アレンさんも同じく練習用の槍で魔法は禁止だ。

 

 

「おい、チビとウサギ、テメェ等もついでに掛かって来い。……死なねぇ程度に加減はしてやるよ」

 

 最後の言葉は優しそうに聞こえるけれど、ベルが竦み上がる威圧をしながらだ。

 これでも機嫌が良いのはベルに見えない角度でフレイヤ様に”あ~ん”をして貰えたから。

 

 

 結果だけ言うとベルは耐久が大幅に上がった。

 まあ、アナが立ち向かうのを見て怯えながらも前に出られただけ良いんじゃないかな?

 

 

「じゃあ、今日もお世話になりました!」

 

「私もお店に急がないと怒られる時間なので一緒に行きましょう」

 

 来る時は別々に来たベルとフレイヤ様だけれど、僕の所に来るのは同じなのを幸いにとフレイヤ様はベルと一緒に街の方へと向かって行く、アレンさんもベルから見えなくなった辺りで屋根に飛び上がると護衛の為に後を追って去って行き、僕達三人が残された。

 

 

「さてと……」

 

 ついでに言うならキッチンが凄い惨状のまま残されている。

 

 

「朝ご飯は一緒に作ったから良いとして、ダンジョンに行くのは片付けをしてからか。あっ、洗濯もしないと。アナ、手伝い頼んだ」

 

「分かりました、皿洗いは任せて下さい。……洗濯物を干すのは苦手なのでお願いしますね」

 

 この際だから苦手を克服して貰おうと思ったんだけれど、それを言う前にアナは料理の配膳を初めてしまう。

 やれやれ、次の機会は何時になるやら。

 

 

 

 

 

 そして洗濯物を干している最中、この前助けた子を連れて緑の髪のエルフが訪ねて来た。

 確かこの人が……

 

 

「突然すまない。うちの団員が助けて貰った礼を言いに来たのだが。ゴタゴタがあって遅くなって申し訳無い。私は……」

 

「リヴェリア……オバ様、かな?」

 

 母方の親戚、確か大叔父さんの”オベロン”の身内だっけ?

 誰か分かったし、相手は王族として生きていた人だから様付けしたけれど固まってしまった。

 

 

 ……何でだ?

 

 

 

 




ちょっとベル君に無茶をさせたいので強化をちょびっと  怪我を癒せるだけ容赦無い内容になった授業です


花のお兄さんが夢で会えた理由は次回


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頼み

「オバ…様……?」

 

 先日助けられた礼を言いに来た、そんな風に告げた血縁者に僕は敬意を持って様付けで呼んだけれど、何が悪かったのか固まってしまう。

 隣の子もアタフタしているし、オバさん、とかの方が堅苦しい感じが無いから良かったか?

 

「……いや、別に間違いではないな、うん。お前の母が従姉妹なのだし、その息子からオバ様呼ばわりされるのは間違ってはいない」

 

「……あっ、成る程。見た目は若いから普段はオバ様とか呼ばれないのか。じゃあ、リヴェリアさん、で」

 

「まあ、別に若く扱って欲しい訳ではないが、オバ様呼ばわりは……まあ、これ以上この話題に触れないでおこう」

 

 元が長命種のエルフな上に恩恵の効果もあって見た目は若いけれど、ヒューマンなら成人した子供が居ても不思議ではない年頃だ、王族ってのもあって周囲も敢えて若い扱いをしているのだろう、そんな風に思ったけれど正解だったか。

 微妙そうな表情の後、リヴェリアさんは咳払いと共に表情を切り替える。

 

「本当ならもう少し早く礼を言いに来たかったのだが、何度か行かせても迷って此処まで辿り着けなくてな。団員を助けられた礼とはいっても幹部が出向くのは体面上のあれこれが有ったのだが、身内である私ならば構わないと思って同行したが……予想したが、人払いの結界とはな」

 

「王族だって事でお世話するとか言って来るエルフが鬱陶しいから。身の回りの事は僕達だけで終わらせるのに、知らない相手がペコペコしながらしてくれても戸惑うだけだから」

 

 僕は王族らしい事は何一つしていない。

 貴族や王族としての扱いは義務を果たしてこその物だし、父さん達と居た頃は習った家事を分担していたからな。

 

 だから旅先でエルフに王族だと知られた時の扱いって本当にむず痒い、様付けとか違和感しかないんだよ。

 

「まあ、気持ちは分かるさ。私は幼い頃からされていたが、お前は旅をしていたし、スカサハは王族だからと下手に出て甲斐甲斐しく世話をするタイプでもあるまい。おっと、話が再び逸れたな。うちの団員が助かった」

 

「ほ、本当に有り難う御座いました! あっ、私はレフィーヤと申します、ティオ様」

 

「別に気にしなくて良いよ。一つ貸しだと思っているし、その内返してくれたら良いから。……それと様付けは何か落ち着かないから止して」

 

 さてと、話の為に手が止まったけれど洗濯物を干さないと。

 

「あっ、洗濯物を干すのならお手伝いしますよ」

 

「別に良い。同じファミリアなら兎も角、男物の下着とか肌着だって混ざってあるんだから」

 

 手伝って貰う理由は無いから僕は構わず洗濯カゴに手を入れる。

 アナの色気の欠片も無い下着とか、ステンノ様の取り扱い注意な物とか……あれ? レフィーヤさんは真っ赤になってるな。

 

 

「それって女性用のじゃ……」

 

「そりゃ僕はこんなの穿かないさ。アナは洗濯苦手だし、ステンノ様にはさせられない。ハウスメイドを雇う気も無い。なら、僕がするしかない」

 

「あわわわわわわ……」

 

「落ち着け、レフィーヤ。さて、今度改めて礼の品でも持って来よう。……おっと、忘れる所だったな。これを落としていたぞ」

 

 真っ赤になったまま固まるレフィーヤさんを連れて帰ろうとしたリヴェリアさんが手渡したのは丁寧に折り畳んだ紙、魔法陣が描かれて、僕の魔力が込められた品だ。

 

「良かった、君が拾ってくれたのか。助かったよ、レフィーヤさん」

 

「さ、さんだなんて恐れ多いっ! 呼び捨てで! 呼び捨てでお願いします!」

 

「えー……」

 

 本当、この反応は慣れないなあ……。

 

 

 

 

「”通行証”、これが兄さんから聞いた奴ね。有り難う、ティオ。これで可愛い姪っ子に会えるわ」

 

「可愛いかどうかは別だけれど。すっかりお転婆な上に生意気な子になっちゃてるしさ」

 

 お昼過ぎ、豊穣の女主人の裏でシルとして休憩を取って出て来たフレイヤ様に落としてしまっていた紙を手渡す。

 通行証、その名前の通りにお祖父ちゃんが夢を渡って現れる時に必要な物だ。

 僕も渡る魔法は兎も角、枕元に置いて寝れば使えるこれを作る程度なら可能で、本当はもう少し早く渡す予定だったけれど……。

 

「あら? 兄妹仲は良いのでしょう?」

 

「それは否定しないけれど、年々ズケズケ言い出してさ。又従姉妹のリリィちゃんは見た目が似ていても礼儀正しいのに」

 

「うふふふ。甘えて貰えなくて寂しいのね。ティオも可愛いわ。……じゃあ、そろそろ戻りますね」

 

 誰かが呼びに来たらしくフレイヤ様からシルの顔に戻って店内に入って行く。

 さてと、用事も済んだ事だし……ステンノ様とのデートだ、デート!

 

 

 今日はお昼過ぎからステンノ様とお出掛けの予定、喫茶店に入って、服を見て回って、後は予定を決めずに気の向くまま歩き回る。

 当然、僕が抱いた状態でだ。

 

 一刻も早く帰ろうと路地裏に足を踏み入れホームへと向かって進む中、僕は不意に足を止め、槍を取り出した。

 

「……誰? 僕に何か用?」

 

 気配を消して僕の様子を伺う相手、お祖父ちゃんに習った感知系の魔法でさえ途中まで誤魔化されていたし、並の相手ではないだろう。

 相手が潜む場所に視線を向ける事数秒、フードを深く被った不審者が姿を見せた。

 

「警戒しないで欲しい、妖精騎士(トトロット)。君に依頼がある。……どうした?」

 

「いや、その二つ名の元ネタがどんな人か知っているからさ。そして依頼だったら正式にギルドを通して……うん? ああ、成る程。神ウラノスの部下か」

 

 ガクッと肩を落としながらも目の前の妙な相手に似た相手の事を聞いた覚えがあるな。

 

「……知っていたのか。ああ、君はマーリンの孫だ。私と奴とは友じ……顔見知りだったからな」

 

 ああ、成る程、どんな関係だったのか大体察した。

 お祖父ちゃんだからな……。

 

 言葉の途中で何かを思い出した様子の相手……確か”フェルズ”だったっけ?

 不死を手に入れる為の薬を作ったとか何とか。

 

 

 

 

「それで依頼って?」

 

 まあ、魂を見る限りじゃ何か企みがある風には見えない、ウラノス様の部下なら報酬も期待出来るか。

 

「受けてくれるのか、それは良かった。それで依頼なのだが……三十階層にてモンスターの異常発生が起きている。調査し、何か手がかりになる物を見付けて持ち帰って欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃……。

 

 

「サポーター?」

 

「はい! 是非リリを雇って下さいませんか、お姉さん」

 

 



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企み

 偶には朝からダンジョンに行こう、そんな風に思い立った私は早速準備をして出る事にしました。

 こうして武器やら食料を用意しているとティオの魔法が羨ましくなる、特に私は沢山食べる方なので食料がかさばって困るけれど、だからといって持って行かないという選択肢は私には無い。

 

 

「それでは姉様、行って来ます」

 

「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」

 

 姉様に出発を告げ、ホームを出て狭い道を走り抜け、何か見えない膜のような物を通り抜けた感覚を覚えながら大通りに出れば何人かエルフの姿を見掛けた。

 

 

「この辺に曲がり道がある筈なのに……」

 

「ティオ様は一体何処にいらっしゃるのだろう」

 

「……王族の血を引いてるのって大変ですね」

 

 フードを深く被ってエルフ達の横を通り抜けるけれど誰も私がティオと同じファミリアの一員だとは気が付かない、勿論この場所から丸見えなホームに続く道もだ。

 このエルフ達が注意散漫な訳ではない、私の被ったフードやホームへ続く道に掛かった認識阻害や人払いの魔法の効果によるもの。

 

「流石マーリン直伝、開発者の人格はアレですが……」

 

 世界最強の魔法使い、それが彼のもう一つの二つ名、確かに多くの魔法を恩恵による発現以外の手段で生み出した天才なのでしょうが……本当にアレな人なんですよね。

 

 幼い頃からマーリンの近くで居たスカサハ師匠から聞いた話では、実の弟と妹から”グランド糞野郎”の称号を与えられたとか。

 私が知っているのは娘が生まれて僅かにマシになり、孫が生まれて微妙にマシになった結構糞野郎で実の娘からも信頼はされていないマーリンでしかないのですが、本当にどの様な人だったのやら……。

 

「まあ、オベロンさんもモルガンさんの間も仲が悪いそうですし、話半分に聞いておきましょう」

 

 バベルに向かう途中、他の冒険者もちらほら現れますが、私が最近外からやって来たLv.3である事には気が付いていない様子。

 このフード無しに出掛けた時は勧誘やら質問やらで鬱陶しい人達が、今は見向きもしない事に安堵しつつ入り口前の広場で立ち止まって思案を始める。

 

 

「さて、どの階層の食糧庫に行くべきか……」

 

 モンスターの餌場である食糧庫には普通なら冒険者は近付かない、つまりベルさんを鍛えるのには最適の場所だという事。

 幾ら格上相手でも稽古だけでは実戦に不安が生まれる物。

 なら、死地同然の実戦に追いやって鍛えれば良い。

 

「さっさと解放されたいですし……」

 

 朝の稽古ですが、幾らフレイヤ様に目を付けられたのを知らん振りする代わりとはいえ、何時までもは続けない。

 ランクアップするまでと、私に稽古を頼んだティオは言っていました。

 

「ファミリアの仲間は家族、家族は助け合う物。……ですが、だからと言って何時までも他人の世話を焼く手伝いはごめんですよ、ティオ」

 

 何気なく空を見上げれば青く澄み切った青が続いている。

 私は空を時々眺めながらの読書が好きで、姉様とフレイ・ファミリアの人達は大切ですが……その他には大して興味が湧かない。

 お世話になった人達は兎も角、一切悪意を感じないベルさんであっても私は好意を一切抱いていなかった。

 

 引き受けたから責任を持って鍛える、それだけの関係なので早々に終わらせたい。

 さて、普段は上層で戦わないので何処にするか回ってみようかと思った時、不意に話し掛けて来たのは大荷物を背負った小人族(パルゥム)の少女だった。

 

 

 ……この匂いは知っている。

 

 

 彼女から僅かに漂う移り香、大元を嗅げば深く嗅ぐとクラクラしてしまいかねないその酒の匂いを私は覚えている。

 ダンジョンから連れ出され、傷を放置した状態で飢えに苦しんでいる状態で檻の向こうから漂っていた。

 

 

「……サポーターですか。ええ、お願いします。では、前金を支払いますが、相場は千ヴァリスで合っていますか?」

 

 彼女の名前はリリ、契約相手がいないフリーのサポーターらしく、新人らしき私に声を掛けたとか。

 

「あっ、はい。リリはそれで構いません。では、お願いしますね、冒険者様」

 

「ええ、お願いします、サポーターさん」

 

 目を見れば分かるのは”劣等感”と”嫌悪”、そして利用してやろうという目論見。

 ……成る程、夢破れたのか他に選択肢が無かったのか、私には無関係な事情が大体分かった。

 

 

 同情も馴れ合いも不要、彼女はどうやら下っ端の様子ですが、本命を誘い出す役には立って貰いましょうか。

 

 

 

 

 

「お、お強いですね……」

 

 ダンジョン十二階層、リリの足に合わせながらも途中のモンスターを適当に蹴散らしながら進んだ先でインファント・ドラゴンの首を一撃で切り落とした私にリリは称賛を送りますが、予定が崩れた、そんな考えが顔から伝わってくる。

 

 ああ、途中で装備を奪って逃げる予定だったのが予想外の強さに無理だと悟ったのでしょうが、予定が狂ったのは私も同じ。

 

 最低売却価格百万ヴァリスのジャック・バードのドロップアイテムを入手してしまった以上、換金後に分け前を渡さなければならない。

 百万あれば最高級の店で連日スイーツを堪能出来たのですが、姉様の眷属の名を背負っている以上は踏み倒しなど論外。

 

 

「はぁ……」

 

「ど、どうかしましたか、アナ様!?」

 

「いえ、此方の事なのでお気になさらずに」

 

 まあ、今のベルさんならギリギリ生き残れるであろう場所も分かりましたし良いでしょう。

 他は兎も角、私やアレンさんが叩きのめし続けた数日で、痛みに怯まない訓練と耐久の上昇は徹底的にしていますからね。

 骨が折れようと腹に穴が開こうと後遺症も四肢の欠損も無いのなら無傷同然、多少の痛みは対価だと私もティオも教わりましたので、教える際はそれで行きます。

 

 

 

「……暫く予定は空いていますか? 知り合いを鍛えるのですが、魔石やドロップアイテムを回収する手間も惜しんで鍛えるので、回収役が必要になります」

 

 あっ、フードのお陰で私が何処のアナなのか伝わっていませんが、ベルさんには口止めしておかないと、何かしていると知られるのは避けたいですし……。

 

 

 

 

「で、ですが……」

 

 おや、急に此処まで連れてこられたからか警戒していますね。

 ですが効率良く鍛えつつ手掛かりを得たいので逃がしません。

 

「手付け金の先払いと色を付けて今回の報酬の取り分を四割にしましょう」

 

「宜しくお願いします!」

 

 ……さて、こき使わせて貰いますよ、さっさと解放される為にも。

 でも、取り敢えず彼女が裏の仕事に関わっていないか帰りに尾行させて貰いましょうか。



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誤解

最近ようやく十七巻読み始めてやる気がね


 風を全身に感じながら夜の路地裏を眺める。

 

「……臭い」

 

 何と言うか路地裏って掃除が行き届いていないからゴミが散乱している上に酔っ払いが色々と……。

 鼻息を必死に止めるけれど涙が出そうになる中、滲む視界でリリの姿を追う。

 人目を忍ぶ姿が犯罪者との繋がりを感じさせますが……どうやら違うみたいですね。

 

 

 

「アーデ、今日の儲けはどうだぁ?」

 

 成る程、弱い相手からお金を奪って楽をしようという部類の人間ですか。

 本当に人間は度し難い程に醜悪な顔を見せて来る。

 

 魔石の味を知って同族を襲う強化種こそいますが、言葉という高度なコミュニケーション能力を持っているにも関わらず一時的な快楽の為に……はあ。

 

「どうしましょうか……」

 

 助けるメリットとデメリットを天秤に掛けていた時、彼女が蹴り飛ばされたのですが、サポーターは役立たずだから自分達冒険者に尽くせと……。

 

「あっ、駄目ですね。弱肉強食への解釈に差があって……侮辱されている気分です」

 

 アレはいけない、アレは見過ごせない。

 私を救い、私を育ててくれた人達の理念を侮辱された気がして耐え切れなかった私は建物の屋根から飛び降り、壁から壁へと跳躍を繰り返してリルルカから金を奪った冒険者達へと迫り、背後から三人纏めて蹴り飛ばした。

 

 割とイラッとしたので最後の跳躍は両膝を曲げて勢いを付けて。

 此方に気が付くよりも前に背中に蹴りを放てば三人纏めて吹っ飛んで壁に激突、私は宙返りで華麗に着地です。

 

 

 

「彼女は明日も私が雇う契約をしています。契約料のつもりで相場よりも多く渡していますし、怪我でもされれば……おや?」

 

 警告を向けようとしても起き上がる様子が無く、よく見れば白目を剥いて仲良く気絶……えー。

 

 あれだけ偉そうにしていたのだから少しは自信があるのかと思いきや、相手のレベルに合わせて手加減した蹴りで気絶してしまうとは。

 

「大口はせめてランクアップ目前まで言ってから叩いて欲しいものですね。まあ、私はLv.3なので一度ランクアップした所で格下ですが」

 

 そもそも冒険者だと誇るのが許されるのはランクアップしてからでは?

 いい歳ですが、アレンさんに訓練という名の嬲り殺しにされているベルさんの方が強いでしょう。

 

「ア、アナ様? どうして此処に……」

 

「正直に言うと何か企んでいる様子でしたし、フレイ・ファミリアに所属中も恨みを買った相手に手を出されましたからね」

 

 どうせ此方には信頼など向けていない相手です、上辺を取り繕う必要も無いでしょうし、正直に答えながら男達が奪ったヴァリスを拾ってリリに投げると懐からハイポーションの瓶を取り出すと彼女の口に押し込んだ。

 

「ウチの馬鹿がイシュタル・ファミリアに喧嘩を売ってしまいましたし、有る程度の腕のサポーターでフリーの人だなんて簡単には見つからないでしょう。それならば何か魂胆がある貴女を雇った方が楽なので。……この薬の代金は支給品扱いで請求しませんので」

 

「……要するにリリを信用せずに雇い続けるという事ですね?」

 

「ええ、それ以外に何か?」

 

 これだけ言うと私はその場から去って行く。

 

 本当に信頼出来る相手でもないのなら関係は一切結ばないかこの程度で構わない。

 人間は嫌いです、苦手です、怖いです。

 

 

 リルルカから完全に離れ、豊穣の女主人の前を通り過ぎる時にいい匂いが鼻を擽り、空腹を覚えた私は小走りでホームに戻って行った。

 

 ホームには姉様が居る、ティオも一応居る。

 人間ばかりのこの場所でホームは唯一私が落ち着ける場所なのです……。

 

 

 

 

 

 

「つまりね。あの子が抑えきれずに私を襲うとするじゃない。そんな野性的な所も可愛いと思えそうだわ」

 

「でもティオなら落ち着いたら自己嫌悪で落ち込まないかしら? 想像しただけで可哀想」

 

「そうね、私の顔を真っ直ぐ見る事さえ出来ないでしょうけれど、ちゃんと慰めてあげれば良いわ。平気だって慰めて、お返しにって私が襲うの。ふふふ、楽しそう」

 

「「……」」

 

 あっ、本日は酒場の方はお休みでしたか、フレイヤ様。

 ホームに戻れば女神二人が麗しい笑みを浮かべながらティオを話題に盛り上がっていて、護衛のアレンさんが居心地悪そうにしているのに気が付いて視線で言葉を交わす。

 

 大変ですね、と、互いにな。

 

 胃が痛そうですがランクアップしても胃痛には強くなっていないのでしょうか?

 

「姉様、夕食はどうなさいますか? 必要なら買って来ますけれど」

 

「あら、お帰りなさい、アナ。そろそろフレイヤの所の子がお弁当を届けてくれるそうだから迎えに行ってあげて。それでフレイヤの所の子はそういうのは無理でしょう?」

 

「そうね。アレンなんかは私を鎖で繋ぎたいって言っていたらしいけれど、他の子は私に乱暴なんて出来ないわ。マンネリは面白くないし、今度注文してみようかしら?」

 

 ……アレンさんにそんな趣味が。

 

「では行って来ますが、何かあれば神威を解放してでも時間を稼いで下さい」

 

「おい、絶対誤解しているだろ!?」

 

「いえいえ、趣味嗜好に口出しなんてしませんので」

 

 アレンさんと目を合わせずにホームから一旦出て路地裏を抜ければ、許可受けていないので入って来れなくて困り顔のエルフのお兄さんが立ち尽くしていました。

 

「確かフレイヤ・ファミリア幹部の……」

 

「ヘディンだ。……此方を持って来た。許可が無いとホームにはたどり着けないと聞いているが……」

 

「生憎ティオが許可関連を管理しているのですが今は不在でして。何やらクエストを受けたと手紙が届いていました」

 

「……そうか」

 

 成る程、幹部がお弁当を持ってくるなんて不思議に思いましたが残念そうな顔になりましたし、王族であるティオの顔を見に来たのですね。

 

 

 

「あの、彼は王族扱いになれていませんし、余り畏まった扱いにはむず痒い物を感じるそうです」

 

「そうか。助言感謝する。アレンに女神に迷惑を掛けぬように伝えてくれ」

 

 それだけ言うとヘディンさんはお弁当を渡して去って行きましたが、真面目そうなので苦労していそうですね。

 

 

 

 所でガチ勢なので直接言いませんが、迷惑掛けているのは自由なフレイヤ様の方では?

 いえ、拘束監禁趣味が本当なら迷惑を掛けるのでしょうが……。




バルタン星人も案が浮かんだよ


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黒犬公

久々ですね


「随分と長い間ダンジョンに居る気がしたけれど、これもステンノ様への愛故か……」

 

 精神力の消費が激しいから時々補給を行いながら戦車で移動する事二時間程、その多くを休憩に使いながらも辿り着いた先で僕はステンノ様への愛を確かめていた。

 こう例えるなら八月の末から一月の末まで間が開いたとか、そんな意味不明な事が浮かんだけれど、今はクエストに集中しようか。

 

『グルルルルル……』

 

 僕の目前には涎を垂らしたブラッド・サウルスの群れ、それも数十体、下手すれば百にも届きそうな大群だ。

 幾ら此処から先が本格的に強さが必要になるって言っても限度が有るって物だよね。

 三十階層で起きたモンスターの異常発生とは聞いたけれど……。

 

 獲物を前に辛抱ならないという様子で一斉に殺到するブラッド・サウルス達、本来は基本的に魔石の味を覚えるか突発的な事故でも無い限りは他の種族ですらモンスターを襲わないのが此奴達の習性なのに、目の前の連中は我先にと、互いを押し合い、中には転んだ所を踏み台にさえされて圧死しそうな奴まで。

 

「随分と腹が減っているみたいだね。……成る程、食糧庫で何かあったな」

 

 僕に食らいつこうとした先頭の一匹の噛み付きを懐に潜り込んで回避し、槍で胸を一突きにして魔石を砕くけれど他の仲間は臆した様子も見せない。

 壁の出っ張りに足を掛け、僅かな足場から見下ろせば殺到したブラッド・サウルス達は何とか這い上がろうと互いを踏みつけ、歯をガチガチ鳴らして僕に向かって吠えていた。

 

「もう良いや。大体分かったし……いや、待てよ」

 

 周囲に波紋を出現させ、一気に武器を放出して殲滅しようとして思いとどまった。

 だってほら、此処まで大量にモンスターが出て来る機会なんて珍しい、怪物の宴が数回重なってやっとっていった感じじゃないか。

 

 遠目にも此方に向かって来るモンスターの大群、食糧庫に行けなかったのか機嫌が随分と悪そうだ。

 

「炎で焼き尽くすのも、”ゲート・オブ・バビロン”で殲滅するのも普段通りでしかないし……試してみるか。例のアレを」

 

 幾ら二束三文の品とはいえ、使い捨ての弾をあの大群に使うのは財布に響くし、どうせなら普段やれない事をやってみよう。

 お祖父ちゃんの考案で母さんが編み出したあの技、”黒犬公(バーゲスト)”の由来になったアレを会得するチャンスじゃないか。

 

「そうと決まれば早速……」

 

 両手の平から放出した黒い炎を圧縮、本当なら目の前の連中を纏めて灰にする程の魔力量に周囲に熱が放たれ、ブラッド・サウルス達がこの時に漸く怖じ気づいたけれど、もう遅い。

 只力任せに放出するだけの黒炎を球状に圧縮し、それにお祖父ちゃん作成の魔法……魔術を加える。

 

 恩恵を与えられる前から試行錯誤の末に独自の魔法を編み出していたエルフだからこそ可能な併せ技。

 黒炎はやがて四肢で大地を踏みしめる獣に、大型の犬の姿へと変化する。

 体毛は未だに燃え続ける黒い炎、その瞳は魔力の赤い光を放ち、自らの意思を持ってうなり声を上げていた。

 

 

「「グルルルルルルルルルルッ!!」」

 

「自分で作り出したから分かったけれど、自らの意思を持った魔力、擬似的な精霊って所かな? ……じゃあ、食い尽くせ」

 

 僕の両側に並んだ二匹は命令と共に姿勢を低くし、地面を爆ぜさせる勢いで跳んだ。

 目の前から二匹が消えた事でモンスター達が戸惑い動きを止めた瞬間、その真横を灼熱の疾風が吹き抜ける。

 余波で燃え上がり、そしてズタズタに切り裂かれたブラッド・サウルスが崩れ落ちる中、二匹は僕の方を一瞬だけ向くなり此方にやって来ようとしているモンスター達に向かって駆け出した。

 

 其処から始まったのは一方的な蹂躙、牙で、爪で、全身の熱でモンスター達を虐殺し、僕のスキルである”黒犬公(バーゲスト)”の効果範囲なのかモンスターの魔石から吸収した魔力によって更に巨大になり、その身を震わせたと思ったら元のサイズで数匹に分裂、逃げ出したモンスター達を囲い込んで追い詰める様は正しく狩りだ。

 

「これは楽で良いけれど……経験値は入るのかな?」

 

 どうせなら僕も肉弾戦を挑んで耐久とかを上げるようにすれば良かったかも知れないけれど、ぶっつけ本番で上手く行ったんだから良しとしよう。

 

 ……周囲が燃え盛っているのは要改善かな? 燃える物が多い場所とかで使ったら巻き添えを出しそうだし。

 

 実験の成果は上々、あまり贅沢を望んでも駄目だなと気を取り直し、見つめるのは階層の端、モンスター達の餌を生み出す食糧庫だ。

 飢えていたって事は此奴達が来た方向で何かあったって事だろうね。

 

 じゃあ、行くか。

 

 考えている間に粗方殲滅したのか僕の目の前には綺麗に整列し、魔力をコントロールしたのかドロップアイテムを燃やさずに咥えているのまで。

 その数、計三十匹、随分な大所帯だ。

 

 

「これだけの群れを使えば師匠連中にも一矢……は無理か。その程度の低い頂に立つ人達じゃないし」

 

 あの人達の強さは僕がよく分かっていると歩き出せば黒犬達は左右に分かれ、間を僕が通り過ぎれば後から着いてくる。

 まあ、随分と頼もしい事だが、母さんよりも知能とかの性能が上だろうな分、ちょっと取り扱いを考えないとな……。

 

 あの人が出したのは敵判定した相手を食らう凶暴なだけの獣で戦闘能力は此奴達よりは上だったけど、増えたり此処までは賢くなかった筈だ。

 スキルの影響か神である父さんの血の影響なのかは分からないけれど、使い捨ての道具にするにはちょっと気が引ける。

 ……どうしよう。

 

 

 

 

 

 

「……何だろう、これ? 植物かな?」

 

 黒犬達を用事が終われば消してしまえば良いのかと迷う中、辿り着いた先に待っていたのは緑の壁。

 こんなの僕の知識に無いと戸惑うけれど、どうやら此処で正解だったと壁に手を触れる。

 

 

 

 

 

 

『……テクレタ。……エニ来テクレタ』

 

「っ!?」

 

 その瞬間、僕の頭に知らない誰かの声が響く。

 嬉しそうな声、無邪気な女の人の声に聞き覚えが有るような無いような……。

 

 

「……うん? まさか、本当に……」

 

 後ろで控える黒犬達に視線を向け、感じる力に得たのは確信。

 次の瞬間、僕は目の前の壁を黒炎でぶち破った。

 

「通路……この先にいるのか」

 

 壁の先には似た物質で覆われた通路が広がっている。

 中に入り、黒犬達の半数が入った所で壁の穴が塞がる中、僕は迷わず進み出す。

 背後から壁を再び破る音が聞こえて来た。

 

 

 

 

「居るんだね。あの花から感じたのと同じ力を持つ精霊がこの先に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アア! ”フレイ様”ガ来テクレタ!』

 

 




感想待ってます


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精霊の呼ぶ声

 緑に覆われた通路、押し寄せる食人花、それらを前に僕は一歩も引かず、視線も前を向いたまま。

 

『コッチ! コッチ!』

 

 只ひたすら僕を……いや、僕に流れる父さんの血を待ちわびて呼び掛ける声に導かれるままに突き進むだけ。

 子供が親を呼ぶような感じの声で、僕が近寄って行くのが本当に嬉しそう。

 

 それとは正反対に僕の行く手を阻むみたいに広い通路を埋め尽くす食人花は途切れる事無く次々に奥から現れている。

 涎を垂らし、僕に食い付こうした食人花の数は数十にまで及び、それは僕に触れる前に灰になって崩れ落ちた。

 

 ”黒犬公(バーゲスト)”の力によってLv.3程度の個体は口の奥の魔石の魔力を吸い尽くされて、残った個体も僕が動くより前に黒犬達が自ら口の中に飛び込み、そのまま魔石を咥えた状態で突き抜ける。

 

「案内するんだったらモンスターは下げて欲しいんだけどな……」

 

 こんなのを呟いても無駄だとは分かっている、この声の主である精霊は狂っている、古代にダンジョンの奥でモンスターに敗れてしまった存在だ。

 そして此処まで父さんを求めるって事は……。

 

 

 精霊は神が地上に遣わした存在、その中でも今僕を呼んでいるのは多分父さんが送り込んだ存在なんだろうな。

 只呼ばれているからじゃなく、体に流れる血がこの精霊を知っていると教えてくれる。

 

 

 そして、教えてくれるのはそれだけじゃない。

 

 

「……仕方無いか」

 

 今回の依頼は調査だけ、さっさと終わらせてステンノ様の所に帰る予定だったけれど、まさか異変の理由が精霊だったなんてね。

 溜め息を小さく吐き出し、声が聞こえる先に進んで行けば、本来はモンスターの餌である液体が湧き出る水晶が存在する広い空間だった筈の場所まで辿り着く。

 

 ……経験値稼ぎに便利なんだよな、食糧庫って。

 ベルの訓練に本格的に利用しようか。

 

 天井を見上げてみれば数えるのが億劫になりそうな程の食人花、そして水晶に絡み付く巨大な食人花、多分ゴブリンとホブゴブリンみたいな上位種だろうね。

 下手に暴れれば水晶の柱を破壊してしまい部屋が崩壊するだろうし、どうすべきかと考えている間も頭に響き続ける声。

 

「アレか……」

 

 視線を向けた先、其処に存在したのは透明の膜、まるで魚や蛙の卵みたいな物に包まれた赤ん坊みたいな姿の異形。

 声も精霊の気配もその赤ん坊から感じるけれど、同時にモンスターに酷似した気配も放っている。

 

 

 

「さてと……」

 

 近付き、腰を屈めて覗き込めば目を見開いた赤ん坊と視線が交わった。

 精霊ってよりは分身……魂や体の一部を切り離した存在って所か。

 

 仮にも神が代行として地上に遣わした存在をこんなのにするだなんて、父さんさえ教えてくれなかったけれどダンジョンって本当にどうなっているんだ?

 

 赤ん坊が手を伸ばし膜を突き破って出て来ようとする所に指をかざす。

 先端を刃物で突き、軽く滲ませた血を垂らせば赤ん坊に変化が起きた。

 

 これは言ってみれば神が人に恩恵を与える奴……その真似事、擬き、劣化、半分人間の僕では本来どうにもならない事だけれど、この精霊の分身相手には少し事情が変わって来る。

 

 生まれながらの完全存在、全知全能である神、僕に流れるその血が教えてくれた。

 どうやれば良いのかを、どうすれば目の前の相手を救えるのかを。

 

 神の部分だけじゃ駄目だ、ダンジョンは神を滅ぼそうとする意思を持つ、特に黒い体を与えられた個体は神の力に強烈な耐性を持たされている程に。

 だからこそ人の部分が影響するんだ。

 

 人でも神でもなく、人であり神である僕の血だからこそダンジョンに取り込まれた精霊からダンジョンの力を取り除ける。

 血が触れた場所から光が放たれ、不気味な異形な部分は瘡蓋が剥がれ落ちるみたいに少しずつ崩れ落ちて行き、背後から巨大な影が掛かった。

 

 

 

 お前だけ救われてなるものか、共に堕ち続けよう、と目の前の精霊の分身の他の部分が嫉妬し、まるで溺れる者が他の人にしがみついてでも助かろうとして互いに溺れるかの様に、そんな負の感情を放ちながら巨大な食人花が動き出す。

 

「こっちは……未だ掛かるか」

 

 浄化終了まで残り大凡十秒、巨大食人花が僕達を叩き潰そうと巨体を振り下ろすまで二秒、下手に動かさない方が良いと思った僕は真上に視線を向け、両腕で巨体を受け止めた。

 

 

「ぐっ!」

 

 足元が沈み、腕が軋む。

 何とか一旦は受け止めたけれど押しつぶそうとする力は衰えず、僕は微動だに出来やしない。

 

 

 でも、僕だけが動く必要は無いよね?

 

 

 

「燃やせ」

 

 その一言で十分だ、それだけで黒犬達は動き出す。

 天井の食人花は既に焼き尽くし、柱に巻き付いていた厄介な邪魔者はこの通り僕の上。

 一旦逃れようとする巨体に指先を突き立てて押さえ込み、噴き出した炎が反対側まで貫いて黒炎の火柱を上げた。

 

 それでもこの巨体だ、魔石に当たらないとそう簡単には倒れない。

 だから、黒犬達は巨大な口の中に飛び込み、消化液がその身を削るよりも先に内部を炎で焼き尽くした。

 当然、魔石すらも灰になり、巨体もまた灰になった上で頭から被る間もなく灰すら残さず焼き尽くすだけ。

 

 少しだけ頭に被ってしまったけれど、別に良いか。

 

 

 

 

「さて、終わったのは良いけれど……これを着てくれるかい?」

 

 問題があるとすれば精霊に戻ったのは良いけれど、人間サイズで人型な上に全裸だって事だ。

 こんなのを地上まで連れて行ったらどうなるか分からないし、取り敢えず羽織る物を手渡した。

 

 この時、普段に比べて物が取り出し辛く、最後には手で引っ張る事で何とか出せたんだけれど、服を出す予定だったのに手に持っているのはフード付きのローブ。

 

 全身隠せるけれど、全裸にこれだけって変態臭い……。

 

 

 

「助かりました、フレイさ……誰ですか、貴方!?」

 

 それでも全裸よりは万倍マシだろうと手渡せば相手は普通に着て、僕の顔を見るなり飛び跳ねて驚いた。

 

「まあ、そんな風な反応にもなるか。じゃあ、さっさと帰るから……【開け天界の門】……あれ?」

 

 もう一秒も早く戦車に乗って地上に帰りたいと思い詠唱を始めた所で違和感を覚える。

 

「……精神力が練れない? これじゃあ魔法が……」

 

 手の平から炎は放出可能、戦うには問題無いんだけれど魔法レベルの運用は不可能、お説教の時に正座させられて足が痺れた時と同じく精神力を使うのに乱れが有るというか……。

 

 感覚からして使えるようになるまで少しだけ時間が掛かりそうで、つまりは戦車を出して速攻で地上まで帰るのは無理。

 

「え? じゃあ、ステンノ様の顔を見るのに少し時間が……」

 

 一応、食料や水は倉庫以外にも入れている、地上まで余裕があるだろうけれど、僕が帰らないという事は……。

 

 

 

「洗濯とかステンノ様の洗体とか、一体どうするんだ!?」

 

 アナに全部任せるのは無理だ、彼奴は洗濯下手だから丁寧な扱いが必要なステンノ様のお召し物が傷んでしまう!

 

 

 

 

「速攻で帰る! 走るからついて来て!」

 

「それは良いですが、それで貴方は一体……」

 

 

 

 



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問題児

 神とは完全なる存在、精神が変わる事はあっても肉体は成長せず、垢といった老廃物も出やしない。

 

 完全な存在・・・・・・父さんが?

 エロ本を子供の目の届く場所に放置して母さんに叱られていたあの人が完全な存在・・・・・・。

 

 実の子目線だから僕や妹からすれば疑問を呈したくなるんだけれど、その事は恐らく事実だ。

 だから本来ならステンノ様はシャワーの時に石鹸を使う必要なんて存在しない、埃やらはお湯で流せば良いだけで、良い香りのする物を使うにしても理想の偶像であるあの方の体臭が悪い訳も無い。

 香水なんて使うよりも素の状態の方が良い程なのさ。

 

 なら、僕が何故あの方の洗体を任されているかというと、女神とは時に不要な事役割を人間に課す存在だからであり、同時に体に触れる口実を与える事によって本来は安々と触れて良い物ではない肌に触れる名誉を与えて下さっている。

 

 

「あの方に敬愛と恋慕を向ける物としてはその役割に誇りを持っていて、だからこそそれを全うしたいんだ。決して肉欲から来る焦躁では無いと覚えておいて、ジャンヌ」

 

「なるほど・・・・・・」

 

 金色の長髪を後ろで括って青い瞳を持つ精霊、名前をジャンヌというらしい彼女は矢張り父さんが地上に遣わした精霊の内の一体であり、ダンジョン奥地でモンスターに取り込まれた精霊……正確には取り込まれた仲間を救おうとして逆に取り込まれてしまったらしい。

 

 ジャンヌ、その名前は小さい頃に父さんから聞いた覚えがある。

 妹として存在しているフレイヤ様があんな性格な様に、当時の父さんは僕が知る姿よりも更にちゃらんぽらんな感じだったらしいけれど、それとは正反対に真面目で堅物な性格で、他の精霊のリーダー格の一体だったとか。

 

 ……それと同時に問題児な所もあったと父さんは言っていたけれど。

 

 

「むむむ、確かに男女で一緒にお風呂に入るだなんて破廉恥だと思いましたが、女神としての在り方がそうならば違って来るのでしょう……か? ステンノ様については殆ど知りませんでしたし、ティオ様が洗体を最優先で心配するからと短絡的に反応していましたね」

 

 僕の父親がフレイである事を説明し、更に重要な事であるステンノ様の洗体について語れば、少し悩みながらも納得した様子だ。

 顎に手を当てて悩む姿からは生真面目さは感じるんだけれど、問題児だって事は信じられない。

 

 精霊はエルフを超えた魔法種族、神の分身とすらされる神秘の使い手だ。

 問題児にはとても思えないよ。

 

「じゃあ、他の神様とは付き合いは無かったの?」

 

「ええ、フレイヤ様にはお会いしていましたし……その、フレイ様は恋愛に奔放な方でしたし、何人かの女神様を遠くから見掛けはしたのですが、その程度ですね」

 

「確かにね……」

 

 三十階層からの脱出、ひとまず十八階層のリヴィアの街を目指そうとモンスターを蹴散らしながら雑談するけれど、彼女から聞かされる昔の話は中々面白いし、話だって上手だ。

 地上の事は当時の神って天界から眺めているだけだったし、当然父さん自身の事を話すなら客観的な視点が加わった方が良いし。

 

 父さん、話には聞いていたけれど本当に天界では女性関係がだらしなかったんだな……。

 

 多分彼女に恩恵擬きを与えたせいか暫く魔法は使えそうにないし、ジャンヌも今の肉体、僕の血で何とか取り戻した精霊の肉体がどうも久々で力が振るえないらしく、今は僕が貸した槍を使っていた。

 魔法でパッと行けたら楽だったんだけどね。

 

「それでティオ様……」

 

「はい、待った。ジャンヌ、その呼び方はどうにかならない? どうも様付けはちょっとさ……」

 

 さっきから気になっていたんだけれど、ジャンヌから敬意を向けられるのはむず痒い。

 いや、血筋に敬意を向ける事には理解を示すけど、僕は父親が神だろうが母親が王族だろうが、旅から旅の暮らしの中じゃ様付けで暮らしていなんていなかったし、慣れないんだよな。

 

 後ろ頭を掻きながら頼んでみればジャンヌは少し足を止めて考えて込む。

 僕はその横顔を見詰めていたんだけれど、こうやってじっくりと見たら思ったよ、似てるって。

 

 大叔母さんとか母さんの従姉妹のオルタさんとか、母さん側の親戚に何人か顔付きがちょっと似ているんだよな。

 ジャンヌの方が柔らかい印象の表情だし、体型は母さんよりは慎ましい感じだけれどさっき思い浮かべた二人よりは一部の肉付きが多い。

 

 ……僕はステンノ様が慎ましいからそっちの方が好き……慎ましいのが好きだからステンノ様が好きなんじゃなく、ステンノ様が好きだからそっちの体型が好み、但しステンノ様以外の慎ましい体型の人には興味無いんだけれど。

 

 間違い無くジャンヌは美人なんだろうし、なんなら精霊なせいか神秘的にさえ感じるんだろうけれど、僕は全く彼女には女性としての興味が持てない。

 精々が猪みたいなお転婆娘の妹がまかり間違えばジャンヌみたいな感じになるのかなあ、程度。

 

 いや、まあ、彼奴はお転婆娘って言葉が生温い奴だし、無理だとは思うんだけれど。

 

 

「分かりました。私と貴方の関係性や今後の事を考えても呼び方を変えた方が良いですね。では、ティオ君と呼ばせて貰います」

 

「関係性? いや、そうか……」

 

 関係性とは何の事かと思ったけれど、今後の事かと納得出来た。

 ジャンヌを地上にまで連れて行ったとして、その後はどうするのかっていうと、フレイ・ファミリアかフレイヤ・ファミリアに保護して貰うか、それかステンノ・ファミリアに入れるかどうか。

 

 父さん達は黒龍を追跡しながら世界各地を旅しているから何処に居るのかは分からないし、フレイヤ様の所はちょーっと問題が有る。

 今のジャンヌは特殊な精霊だし、野に放ったら神の玩具にされそうで……。

 

 父さん直属の精霊だった以上は見捨てるという選択肢は無い、ステンノ様の説得は……頑張る。

 

 だから多分その手の事を言っているんだろうなと先に進もうとしたんだけれど、ジャンヌは何故かその場から動かずにお腹を押さえて真剣な表情をこっちに向けて居て……。

 

 

「ティオ君、思わぬ問題が発生しています。この肉体、どうやら完全に元の私ではなくなっていました」

 

「それは一体……」

 

 まさか完全にモンスターの部分を取り除けて……。

 

 

 

 

 

「お腹が減って動けそうにありません」

 

 少し恥ずかしそうに目を背けるジャンヌから怪物のうなり声に匹敵する程に大きさの腹の音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「元の私なら食事は必要無かったのですが、まさか食事まで必要になるとは思いませんでした。あっ、お代わりをお願いします」

 

「別に良いけれど……一気に遠慮が無くなったなぁ」

 

 不足の事態を視野に入れて持って来ていた食糧だけれど、そんなに多い訳じゃない。

 なのにジャンヌは大食漢、既に七割位は食べているって食べ過ぎじゃ無いかな?

 

 僕の為の物だって忘れていないか?

 

 ナイフで切ったパンの間に挟むのはチーズに干し肉、もしくは干し魚。

 それを黒犬で軽く炙って、渡した側から消えて行く。

 

 あの細身にどれだけ入る……そもそも精霊の胃袋に限界なんて有るのかと不安さえ覚える。

 

 

 

 

 

「そうですね。確かに食べ過ぎました」

 

 僕の言葉にジャンヌは流石に食べ過ぎたと反省したらしい。

 まあ、久し振りの食事なんだ、夢中になっても仕方が無いだろうし、此処で止めてくれるのは助かる。

 

 父さん、この人の何処が問題が有るって……。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんが弟の分まで食べては姉失格です」

 

 ……成る程、意味不明だ。

 

 




何故姉なのかは  次回


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トンチキ

「……ちっ! こんなモンじゃ足りやしねぇ」

 

 Lv.7になってからの弊害か並のモンスターじゃ目障り程度の邪魔にしかなりやしねぇ、軽く手を振るうだけで吹っ飛ぶ雑魚にイライラした俺は槍先に付着した血を振るって飛ばす。

 彼奴の戦車で一気に向かえば短時間で手応えのあるモンスターが出現する階層まで行けるんだが、だからって毎度頼るのも何か癪だし……胃に来る。

 

 いや、本当にあんな秘密を抱える所とか、うちの女神の自由奔放な所とか思い出すだけで胃がキリキリ痛むんだ。

 

「フレイヤ様の側を離れすぎるのも問題だしな……」

 

 神と人の間に生まれた存在、赤の他人なら何とも思わないが愛しい女神様の甥っ子なら話は別だし、ケイローンには世話になったんだ。

 秘密を知っているのが俺だけだから女神様の護衛を任せて貰えるのは光栄な事、その名誉ある役職を他の野郎共に奪われるのも気に入らない。

 

 オッタルだ、オッタルの野郎を完膚無きまでに叩きのめして俺がファミリア最強の座を不動の物にする。

 そうすればあの馬鹿の秘密が広まったとしても俺が側に居られるからな。

 

 

「……あっ?」

 

 耳に届いたその馬鹿の声、彼奴も三十階層は手応え無いだろうに何でこんな所に居やがるんだ?

 

 

「あの兎野郎を鍛えるには強いし、休憩か?」

 

 一から連れて行けって頼むんなら癪だが、どうせ居るんならついでに同行させれば良いだろう。

 

 この時、俺はそう思って声の方に向かう……向かってしまった。

 

 

 

 

 

 

「おい、どうせ下に行くんなら……」

 

「あっ、アレンさん」

 

 戦車に乗せろと言おうとした所で金髪の女に気が付く。

 新人か? いや、此奴の事だからどうせ困ってる奴を助けている所……。

 

 

 ……何だ? 本能が告げている、今すぐ逃げろって……。

 

 

 

 

 

 

「……えっと、お姉ちゃん?」

 

「はい。お姉ちゃんです。あっ、私はお姉ちゃんって呼んで欲しいですが、ちゃんってのが恥ずかしいのなら姉さんでも構いませんよ。弟の希望は叶えます、姉なので」

 

 一瞬意味が分からず、僕が知らない符牒みたいな物かと思って聞き返したんだけれど、そのままの意味だったのかぁ。

 ニッコニコの表情で僕を見つめるジャンヌの目には迷いも曇りも存在しない、してくれていない。

 

「それはジャンヌが……」

 

「お姉ちゃん、ですよ?」

 

「……」

 

 多分父さんの分身みたいな存在だから、自分は神フレイの子供で、神フレイの息子の僕は弟って理論なんだろうけれど……。

 

 フレイ・ファミリアの団員も割とトンチキな人が多いから慣れているつもりだったけど、これは流石に……。

 

「おい、どうせ下に行くんなら……」

 

 どう扱って良い物かと悩んでいた時だ、背後からアレンさんが姿を見せたのは。

 

「あっ、アレンさん」

 

 よし! 僕一人じゃどうにもならなさそうだから巻き込もう。

 寧ろ巻き込まないと僕が限界だ。

 

 

 

「アレンさん、自称姉が出た!」

 

「人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです人違いです」

 

 即座に踵を返して都市最速の名に相応しい速度で逃げ出した。

 何か凄い勢いで敬語まで使っちゃって、余程巻き込まれたくなかったんだなあ。

 

 

「今の彼はお友達ですか?」

 

「僕の父親について知っている人で、フレイヤさまの眷属、つまり子供。つまりは……」

 

「実質的に私の従兄弟みたいなものですし、彼も私の弟ですね!」

 

「そーだね」

 

 悪いな、アレンさん。勝手に巻き込ませて貰ったよ!

 

 

 

 

『俺の胃が確実に死んだ! この人でなし!!』

 

 なんか幻聴が聞こえた気がしたけれど、実際に僕は半分人間じゃないし、ジャンヌは精霊だ。

 狐に”この女狐!”って言っても罵倒にはならないのさ。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。漸く十八階層にまでやって来ましたね。ティオ君もそうですが、どうも私の方も本調子じゃ無いというか……」

 

 アレンさんの逃亡から少し経ち、漸く僕達姉弟は……はっ!?

 訂正、僕とジャンヌは十八階層までたどり着いたんだけれど、其処までの道中は決して楽な物じゃなかったんだ。

 

 ジャンヌによる”姉洗脳”により精神に負担が掛かったのもそうだけれど、普段は戦車でパパッと飛んで行っている弊害か地図は覚えていても道を間違いそうになるし、モンスターは楽に倒していても師匠連中に知られたらどんな目に遭う事やら。

 

 肉体的には平気でも精神的には酷く疲れた、魔法も使用可能になるまで少し掛かりそうだから……。

 

「姉さ……ジャンヌ、野営してから地上に戻ろう。食料はもう(君が殆ど)食べちゃったから果物を集めないとね」

 

 少しだけ責めてみるけれど効果は無い様子、この天然め!

 

 遠目に見えるリヴィラの街まで行けばぼったくり価格だろうがベッドで休めるし、此処に来る迄に倒したモンスターの魔石は魔力を吸収したり砕いたりした物以外は回収しているから払えるんだろうけれど……。

 

 

「ジャンヌが居るから街までは行けないか……」

 

「確かにそうですね。私、冒険者として登録していませんし、何かあって精霊だと知られたら厄介ですから。じゃあ、お腹も空きましたし早速ご飯を集めましょうか」

 

「……そーだね」

 

 張り切った様子のジャンヌは森の方に駆け出して行くんだけれど、パツンパツンのローブの下が素肌なせいで正直言ってはしたない。

 

 アマゾネスなら文化的に何も思わないんだけれど、ジャンヌって一見するとヒューマンだからなぁ。

 痴女かそういった商売の人かと間違われそうなのを連れて街中に行くのはちょっと……。

 

 

「魔法だけじゃなくって魔術まで使えないのがな……」

 

 感覚的に少し休んだら使えそうな感じだし、オラリオ内では幻術を掛ければ全て解決だ。

 

 

 

 

「じゃあ、どちらが多く集められるか競争ですね。お姉ちゃんとして負けられません!」

 

「解決すべき課題が未だあった」

 

 父さんは地上に来て母さんと結婚して、そんな色々な事で随分と変わったと話には聞いている。

 ジャンヌから聞いた天界での父さんの話なんて全くの別神の話なんじゃないかって思う程だったけれど、姉を騙る不審者が父さんの分身なんて……。

 

 

 

「真面目だけど困った所が有るって……困った奴だけれど真面目な部分もある、の間違いじゃ……」

 

 せめてモンスターに食われた仲間に取り込まれた影響とか、そんな風に願いながら僕も食料を探しに向かったんだけれど……。

 

 

 

 

 

「ティオ君、困りました。私、どれが食べられる物なのか全く分かりません!」

 

「……この考え無しで行動力が高いのはアルトリア()そっくりだし、遺伝だとするとこれが素なのかな……」

 

 だとすれば嫌だ、凄く嫌だ……。

 

 

 

 この後? 結局僕が二人分の果物を探したよ。

 

 

 

 

 

 

「ティオ君、調子はどうですか?」

 

「未だ倉庫の扉を開けるのに手間取るし、戦車は無理みたいだ」

 

 野営で体を休め、ジャンヌの服装を一見すれば普通の……彼女の希望で白いドレスや防具を組み合わせた風のに見せかけて十五階層を歩いていた。

 黒犬達を先行させて面倒な雑魚を駆除して貰い、そろそろ階段が近くなって来た頃、先に進んで姿が見えない所まで向かった辺りから風が吹き抜ける。

 

 

「……この風は」

 

 精霊の力を感じる風に吹き飛ばされた黒犬達が尻尾を巻いて僕の方に逃げ帰って来る中、何があったのかを察する。

 ヘルハウンドに似ているからね、此奴達。

 

 そして風の正体にも気が付いたんだけれど、ジャンヌの姿も消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリア! アリアじゃないですか! 精霊なのに人間の振りなんかしちゃってどうしたんですか?」

 

 ……あの猪、何やってるんだ。

 




ジャンヌは第一臨とでも


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人外

「……あの猪、何をやっているんだ」

 

 精霊の力を感じる風を目にした途端に”アリア”の名を呼んで走り出したジャンヌに対して僕は頭痛を覚える。

 アリア……確か古い物語にも登場する実在の人物、いや、精霊の名前だ、父さんから聞いている。

 

 

 あの風は剣姫の魔法だろうし、クロッゾと同じく精霊の血を分け与えられたのが彼女の家系何だろうけれど、本人と間違うなんて余程強く力が発現したんだろう、知人であるジャンヌが勘違いをする程に。

 

 

「ええっ!? アリアじゃなくって、その娘!?」

 

 ……うん?

 

 剣姫以外にも誰かが居る気配はするし、ロキ・ファミリアと揉め事を起こすのは本当に面倒だ。

 神ロキが眷属を大切にするタイプだとは耳にしているし、天界でのヤバい行動だって父さんから聞いている。

 

 剣姫が精霊の血を引いて居るだなんて話は初耳だし、敢えて秘密にしているなら見抜いた此方にどんな行動をしてくるか分かったもんじゃない。

 

「何とか穏便に済まさないと……」

 

 親戚が居るからって楽観視はしない。

 何か起きればフレイヤ様にも迷惑が掛かるし、僕はステンノ・ファミリアの団長だ、愛しい方の名誉の為にも避けるべき争いは避けるさ。

 

 イシュタルの顔を焼いた件は……うん、あれは仕方ない。

 

 

 アイズ達がダンジョンに来たのはティオナが膨大な借金をした事が発端であった。

先日の遠征で破損した武器を新調した代金、それが億近くにまで及び、一人で稼ぐのは難しいとアイズを誘い、それにティオネやリヴェリア、フィンとレフィーヤが同行する事になり、ダンジョン中層まで辿り着いた時だ。

 

「アリア!」

 

 ヘルハウンドに似ていているが違う新種のモンスターかに思われた存在、リヴェリアとフィンは顔見知りが魔力によって生み出した存在と同一であり、止めようとするよりも先に風で吹き飛ばした時だ、見知らぬ女……ジャンヌが姿を見せたのは。

 

 親しげな様子で寄って来る相手に……母の名で自分を呼んだ相手にアイズは言葉を失い、リヴェリアとフィンは警戒を顕にする。

 アイズの母に関する事、それはロキ・ファミリアでも一部の幹部しか知らない極秘事項なのだから。

 

 

「彼女は一体……」

 

 

 

 

 

 相手からは敵意も感じず、なぜ知っているのか不明な以上は下手に手を出せば薮蛇になりかねない。

 どう動くべきなのかフィンとリヴェリアが動く事に躊躇する中も二人の会話は続き、平和的な内容だからか若手組は精々アイズの母親の知人程度の反応。

 

 取り敢えず話を聞き出して正体の看破に迫ろうとした時、通路の角からティオが慌てた様子で現れた。

 

 

「ジャンヌ! 初対面の相手に迷惑掛けたら駄目だって!」

 

 少し困った口調で現れた彼の姿に、この場で初対面のフィンが思ったのは彼かという物。

 

 フレイ・ファミリアの元団員という事やLv.3でオラリオに来たハイエルフという事、そして先日イシュタルと揉めて顔に怪我をさせたという事もあるが、一番の理由は兄弟弟子という事。

 

 それはティオも同じだったらしく……二人の目が同時に一瞬だけ死んだ。

 

『このスカサハに力を示すか死ぬか、それだけだ未熟者!』

 

 地獄すら生温いと初日から思い、心身共に何度も死に掛けた修行の日々が蘇った後で二人の視線が重なって思考が読めた。

 

 

『『お互い本当に大変だった!』』

 

 この時、フィンは足が、ティオは手が震えていたのだが、アイズがアリア娘だと聞かされてジャンヌが驚いた様子でいる所をティオが肩に担ぎ上げ、そのまま立ち去っていった。

 

 

 

「すいません。ご迷惑掛けました!」

 

 

 暫し呆然と立ち尽くす一行だが、気を取り直して先に進む事になり、その先で……。

 

 

 

 

「”ジャンヌ“と”フレイ“を連れ戻せと命じられて来てみれば……そうか、今の風、お前がアリアか」

 

 十八階層へと向かう階段の近くの通路にて赤髪の女と遭遇した。

 

 

 

 

 

 

「困った。どんな風に話せば良いんだ……?」

 

 依頼を受けて三十階層まで向かった事で救い上げたジャンヌだけれど、ホームの前で僕は立ち尽くす。

 ジャンヌは暢気にホームを見てワクワクした様子だけれど、僕は君の処遇について悩んんでいるからね?

 

 

「これは素敵なお宅ですね。此処で暫くお世話になれば良いんですね?」

 

「まあ、それは確定か」

 

 どの道、ジャンヌが暫くホームで過ごすのは決定しているんだけれど、問題はステンノ様に相談せずに居候を決めた事、しかも女だ。

 機嫌を損ねなかったら良いけれどと心配しながらドアを開けようとすれば先に中から開いて怪訝そうな目をジャンヌに向けるアナが立っていた。

 

 何だ、出迎えたのは此奴か。ステンノ様に出迎えをさせられないけれど、アナなのは残念だ。

 

 

「遅いと思ったらお客様連れですか。それで一体誰……いえ、何ですか? 人間じゃないですよね」

 

「其方こそ妙な気配ですが……」

 

 二人揃って相手が人間じゃないと分かったのか武器を構えて一触即発、今にも戦いが始まりそうだけれど、ダンジョンでアナについて話しておけば良かったな。

 

 母さんと結婚した後の事とか妹についてとかステンノ様についてとかステンノ様の事とかステンノ関連の話とかステンノ様の素晴らしさについてとかは話したけれど、アナについては僕の役目を奪うチビとしか伝えてなかったからね。

 

「二人共ストップ、今から説明するから」

 

 構えた武器の柄を掴み戦闘の開始を阻止しながら中に誘う。

 僕はさっさとステンノ様に会いたいんだ、邪魔はしないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

「成る程、フレイ様が納得なさっての事なら構いませんし、今は改宗していても眷属だったのは変わらないでしょう。つまりフレイ様が子供と呼ぶ存在なので私の妹ですね」

 

「ティオ、不審者を連れて帰ったら駄目じゃないですか。拾った場所に戻して来て下さい」

 

 ホームのリビングにて二人の正体についての説明を終え、これで一旦は問題解決、新しい問題が発生しても気にしない。

 

「フレイが扱い辛いって言ってたけれどこういう事だったのね。言っておくけれどアナは私の妹よ。手出しはしないでちょうだい」

 

 だってステンノ様が僕の膝にお座りになっていて、しかも抱き締めろと命じられているんだ。

 正直ジャンヌがトンチキだろうと今の僕には気にならない。

 

 

「浮かれてちゃ駄目よ? ティオ、これは罰なのですもの」

 

 笑みを浮かべていたのがバレたのか腕をつねられる。

 全く痛くないし、ステンノ様の指の感触が素晴らしいのでご褒美だけれど、確かにこれは罰だった。

 

 

 

『あら? 嫉妬して貰えるとでも思ったのかしら? 馬鹿ね、貴方の身も心も私の物なのにお客様の一人程度で何を言っているのやら。不敬よ、罰を与えます。今日一日は私のクッションになりなさい』

 

 こんな感じで今の状況に至るって訳さ。

 そうだ、今は罰の最中なんだから気を引き締めていないと。

 

 

 

 

 

「所で依頼の方はどうするんですか? 正直にジャンヌさん遠連れて説明なんて出来ないでしょう?」

 

「それもそうか。まあ、部屋は帰りがけに潰しておいたし、その辺は何とかなるとして……僕は呼び捨てなのにジャンヌはさん付けなんだ」

 

 プイっと顔を逸らされるら、答えたくないって事か。

 

 

「君にさん付けされても気持ち悪いだけだし別に良いけれどさ」

 

「じゃあ別に言わなくても良いじゃないですか。では、私は夜のダンジョン探索に向けて寝ますので。姉様、ジャンヌさん、お休みなさい。あっ、ついでにティオも」

 

「僕はついでか」

 

「そうですが、それが何か?」

 

 アナはしれっと言い放って部屋に向かって行く。

 

 

 仕方ない、ステンノ様のお昼寝の時間だし、僕もベッドに行かないとね。



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弟 ✕ 兄 ◯

 脳みそまで筋肉になっていそうな猪精霊ジャンヌが僕達のホームにやって来てから数日経った頃、彼女からこんな発言があった。

 

 

 

「少し耳にしたのですが、ソーマという美味しいお酒があるそうですね」

 

「ああ、たまにソーマ・ファミリアから流れて来る凄く高い奴だね。それで、それがどうかしたの?」

 

 今日の夕御飯は塩コショウとニンニクで濃いめの味付けにした鶏肉のソテー。

 皮をパリパリにしてキャベツと一緒にパンに挟んだら美味しそうだよね、噛んだら肉汁が染み出して来そうだし。

 

 だからお酒に合うんだろうね、僕は飲めないんだから関係無いけれど。

 

「お姉ちゃん、ちょっと飲んでみたいな~って」

 

 あっ、猪精霊に自称姉を追加で。

 

 上目遣いで指先をモジモジさせながら僕を見て来るけれど、決定的な一言は先に高価って伝えているから大丈夫でしょ。

 ファミリアの帳簿は僕の担当だからね、収入と支出がどの程度か把握していないのだからこれで良い。

 

 高いお酒? うちにそんな余裕はあるけれど買いません。

 

「良いですね。お肉なら赤ワインでしょうが、他のお酒でも飲んでみたいので買って来て下さい、ティオ」

 

おい、普段は何か欲しいとか言わない癖に、こんな時に限って主張しちゃって。

 そういう事をするんなら、普段から何にも興味有りませんって態度を取っていないでもう少しだけでも自己主張すれば良いのにさ。

 

 チラッとステンノ様の方を見れば、美しい笑みを浮かべながら頷いていらっしゃる。

 うん、これなら買わないって選択肢は無いな。

 

 

「常備薬やら他にも買っておきたい物もあるし、ついでに買って来るよ」

 

「今日は妙に太っ腹ですね。姉様のクッション役がそんなに嬉しかったのですか?」

 

「……」

 

 正直に言えば最高だったけれど、名目は罰だからね。

 じゃないと”あら、罰になっていないのなら今後は無しね”とか言いかねない。

 

 いや、実質ご褒美だったんだし、ご褒美としてお願いしても良いのか?

 でも、女神がお仕置きだと言ったのなら……。

 

 

「そうそう。買い物に行くのなら私も一緒に行きますよ。お姉ちゃんと買い物に行きましょう。街がどうなっているのかも見てみたいですしね」

 

「僕には可愛い年下の従姉妹達と可愛かった妹は居るけれど姉は居ないから」

 

 そうだよ、この猪精霊に現代の常識を最低限学ばせたけれどオラリオの安内はしていなかったっけ。

 クエストの報告も兼ねて連れて行くのは構わないけれど、不安だ。

 

「いえいえ、恥ずかしがらずにお姉ちゃんと呼んで良いんですよ」

 

「駄目だ、話が通じない」

 

 今晩はお祖父ちゃんの授業の日だし、父さんにジャンヌについて相談したいから伝言を頼もうか。

 

 もう迎えに来て貰おうかとさえ思ったけれど、一応僕が眷属にした訳だ、神が人間を眷属にした場合に向ける感情は理解出来ないけれど、父さんの姿を見ていれば責任は重いのは分かる。

 

 普段はチャランポランな父さんが師匠とか先生とか師範とかお祖父ちゃんとか、もう小太郎さんと母さんとケイローン塾生の人達以外はアレ(言及は避けた表現)な人達の主神をやり遂げていたんだ。

 

 今になって父さんを尊敬する点が増えて、その息子である僕も役割を投げ出す訳には行かないと思う。

 

 例え自称姉の不審者で猪精霊で色々厄介事の種であっても!

 

「駄目だ、ちょっと挫けそう」

 

 一瞬だけ元の主人である父さんに迎えに来て貰おうと思ったけれど、幼い妹であるキャストリアの顔が浮かんだ。

 お転婆で芋臭くて生意気で短気で単純で猪で可愛げを数年前に失くしたけれど、そんな妹でも悪影響が有りそうだと思うと預けるのは駄目という結論になる。

 

 

「じゃあ行こうか」

 

 まあ、取り敢えずフレイヤ様に相談しよう、そうしよう。

 

 例え眷属にした当日の夜にホームにやって来て大笑いしていたとしても!

 

 そう、あれはジャンヌを連れてホームに戻った僕がお仕置きとしてクッションとしてステンノ様の敷物になっていた時の事だった。

 

 

 

「ふふ、ふふふふ、あははははは! やっぱり兄さんの息子、いえ、この場合は神の子を宿したガウェインの息子といった所かしら? ふふふ、それにしても久し振りね、ジャンヌ」

 

 夜中に急に来たから最初に悩んだのはフレイヤ様にどう説明するべきかだけれど、思えば兄に仕える精霊だったんだから顔見知りだったのは当然だろう。

 そんな彼女に恩恵を与えたのが僕だという事を聞いて一瞬目を丸くしたけれど今は笑いながらジャンヌをベタベタと触っている。

 

 

「あっ、そうか。神の中には知り合いも居るんだ。他人の空似で押し通すのは……」

 

 神と人では時間感覚が違うし、バベル建設前にダンジョンに取り込まれたのが遥か昔であっても神にとってはそこまで前の話じゃない。

 天界に降りる前は女性関係がだらしなかったと聞いている父さんの事だし、今後の色々と有りそうな面倒の種に悩む僕の頭にフレイヤ様の手が置かれた。

 

「安心しなさい。兄さん、女神しか領地に呼ばなかったし、精霊達も女の子は連れ込んだ女神には会わせなかったもの」

 

「安心したけれど少し聞きたくなかった父親の所業が……」

 

「それに何かあったらウラノスに話を付けてから私が何とかしてあげる。親戚なんだもの、もう少し頼りなさい」

 

 まあ、こんな感じでジャンヌの顔見せは済んだんだけれど、アレンさんもフレイヤ様の恩恵を受けている関係で弟扱いされていたよ。

 

 

「……愚かな妹は居るが姉は居ねえ」

 

 普段は妹なんて居ないって言ってるのに、本当に嫌だったんだね。

 

 

l

 

 

 

 

 尚、”姉ビーム”なるものを使おうとしたので意味不明だけれど止めておいたよ。

 何だか危険な響きがしたからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか目立っていませんか? どうも視線を感じますが」

 

 そんな訳でジャンヌとの買い物に出掛けたんだけれど、擦れ違った人が振り返り、時に正面から来た人が固まり、一部の神が仲間を連れてこっちに走って来る。

 そんな光景に少し戸惑い気味のジャンヌだけれど、町並みが見ていて楽しいのか何度も立ち止まって眺めていた。

 

 服こそ僕が幻術で地味目な物にしているけれど、眼鏡にポニーテールってスタイルが随分と評価されていたんだよ。

 

「まあ、だろうね」

 

 自称姉が暴走するので言わないけれど周囲の反応には理解は示すよ、美人だからね。

 精霊って種族だからか人間よりも神に近い美貌にスタイルの良さ、僕はステンノ様一筋だから見惚れはしないけれど、他はそうは行かないだろうさ。

 

 

 

 

「その眼鏡は人前で外さない様にね。認識阻害が……うぇ」

 

 思わず変な声が出る。母さんに聞かれたら注意は受けるマナーの悪さだけれど、前から手を振りながらやって来る相手が相手なんだ、仕方がないと思う。

 

 

 

 

 

「おーい。ティオ君じゃないか。久し振りだなー!」

 

 お祖父ちゃんと同レベルで胡散臭い神、ヘルメス様が笑顔を浮かべて駆け寄って来た。



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閑話 妹

 ティオの前にヘルメスが現れた日の事、遠く離れた地にもう一人の半神である少女の姿があった。

 名をアルトリア•アヴァロン、ティオの幼い妹である。

 元々美形が多いエルフの王族の血統、それに神の血が加わった事に依り、今はあどけなさが勝つものの、将来は絶世の美女に育つであろう片鱗を見せている。

 

 尚、兄からの評価は 可愛げが無くなった 芋臭い お転婆  と散々なのだが……。

 

「お母さん! ミートパイお代わり!」

 

「今焼いていますから待っていなさい。……幻覚で隠したサラダを食べながらですわよ」

 

「うっ!」

 

 黒龍を追っての旅先で立ち寄った街にある拠点の一つ、久しぶりにゆっくり休める屋根の下でお母さんの料理を沢山食べているんだけれど、お祖父ちゃんに教わった魔術が見破られるなんて。

 

 お母さんは背中を向けたけれど野菜だけ消しても絶対にバレるよね?

 二つ名に犬って入ってるから嗅覚が鋭いのかも。

 

「何で分かったの?」

 

「サラダの皿まで消えていますし、そもそも少し目を離した間に食べ終わる程度に苦手でないのなら隠さないでしょう。ほら、ハムを追加してあげますからちゃんと食べなさい」

 

 サラダを食べなかったらデザート無しかも知れないし、差し出されたハムは黒胡椒たっぷりの私が好きな奴!

 

 こうなったら食べるしか無いよね!

 

 好きなトマト以外は全く手を付けていないサラダを出せば分厚く切ったハムが上に乗せられるし、これで野菜を巻けば良いかな?

 

「そうだぞ、アルちゃん。好き嫌いしていると大きくなれないからな。……所でミニトマト食べてくれない? 後でお菓子を買って……」

 

「聞こえていますわよ、フレイ様」

 

 お父さんはコソコソ話しながら嫌いなトマトを差し出したけどお母さんの厳しい声が響く。

 

 お父さんは主神でお祖父ちゃんは団長なのにお母さんが一番力を持ってるんだよね、腕力もだけれど発言権みたいな方も。

 

 

「私、大人になったらお母さんみたいになる!」

 

 特に胸! 足は逞しいから嫌だなあ。

 お母さんは大好きだけれど、あの足は似たくないもんね。

 まあ、私って大叔母さんに顔が似ているらしいけどさ。

 

 なれるかなあ、お母さんみたいな胸の持ち主に。

 

 あと身長! もっと身長が欲しい!

 

「あらあら、嬉しい事を言ってくれますわね。じゃあ、言葉遣いや礼儀作法のお勉強も頑張りませんとね」

 

「んげっ!」

 

 そっちじゃない! そっちじゃないよ!?

 

「ちょっと今のアルには難しいかしら……」

 

 えっと、お姫様っぽい方向じゃなくて。

 

 ほら、お母さんはエルフの王族として育ったけれど、私はファミリアの一員だし、お祖父ちゃんやお母さん、お兄ちゃんだって王族としての立場は捨てているって言ってるんだから……。

 

「アルちゃんはのびのび育てば良いさ。ちょっとお転婆さんは直さないとだけどね」

 

 多分目が泳いでたんだろうな、お父さんに考えている事を見抜かれたし、お母さんも肩を竦めている。

 

 

「え〜。私、お転婆じゃないって。お兄……兄さんみたいな事を言わないでよ」

 

 お兄ちゃんったら私にお転婆だお転婆だって言うんだもの、元気一杯なだけなのにね。

 お父さん達もそれを真似て渡すをお転婆扱いするし、しないのはお祖父ちゃん位だよ。

 

 

 

「やあ! 揃っているみたいだね。親子団欒で結構結構。じゃあ、私も加えて家族団欒と行こうじゃないか。ガウェイン、私にもミートパイを頼むよ」

 

「帰るなら帰るで先に連絡をなさって下さい、お父様。アルトリアの分を焼いている所ですし、少し待っていて下さい」

 

「おや、これはうっかりだ」

 

 そのお祖父ちゃんは三日前から出掛けていたんだけれど、今帰って来た。

 残念だけれどお土産は無しかぁ。

 

「お祖父ちゃん、私のを半分あげようか?」

 

「いや、良いさ。先に食べなさい。私は適当に摘みながら待つとするよ」

 

「昼間からお酒は駄目ですわよ」

 

「これは厳しい。我が娘ながら真面目だねぇ」

 

 世界を巡る旅ばかりの生活は大変だけれど、各地の名物とかを見て回れるのは楽しいんだよね、

 だからお祖父ちゃんが珍しい物でも持って帰ると思ったんだけれど。

 

「どうもオラリオから少し離れた地、女神アルテミスのファミリアが活動している周辺の遺跡で異変が起きそうでね。一応結界は張っておいたけれど、誰か送って何か起きるまで在中させた方が良さそうだよ」

 

 あーあ、私もお父さんに恩恵を貰ってオラリオの行ってみたいなあ!

 世界の中心だし、美味しい物だって沢山有るだろから。

 

 それに……。

 

「お兄ちゃんとちゃんと会いたいなぁ」

 

「あら、やはり寂しいのですわね。なら、もう少し素直になれば良いのに」

 

 

 

 

「だって何時もステンノ様の相手ばっかりであんまり遊んでくれなくなったんだもん」

 

 思わず頬を膨らませて答えるけれど、本当にお兄ちゃんは私の相手をあまりしてくれなくなったんだよね。

 もっと前は修行の合間に私と遊んでくれたし、率先して世話を焼いてくれたのに、私が少し大きくなってお祖父ちゃんから魔術を習い始めた頃からステンノ様との時間を優先させるんだもん。

 

 だから絶対に兄さんとしか呼んであげないし、甘えるのもちょっとにしてやるんだもんね!

 

 もうこの話はおしまいにするんだって顔を背けたらお父さんが指先で膨らんだ頬を突っついて来た。 

 抵抗するんだけれど変な顔までするんだから思わず笑っちゃって、そうしたら抱っこされて膝の上に乗せられたんだ。

 

 

 

 

「アルちゃんはもう少しお兄ちゃんに我が儘になったら良いと思うぞ、お父さんは。今夜はマーリンの授業を夢の中で受ける日だし、もっと遊んで欲しいとお願いし続けたら良いよ」

 

「そうですわよ。あの子、少し鈍い所がありますものちゃんと寂しいなら寂しいと伝えなさい」

 

 

 ……本当にそれで遊んでくれるのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、心配と不安って顔だね。よぉし! 此処は私が秘策を授けようじゃないか!」

 

 私のお祖父ちゃん、マーリン・アヴァロン(なお、アヴァロンってのは森からお父さん達と出て行く時に王家の血を棄てる意味でつけたらしい)は凄く凄い人。

 お兄ちゃんより魔法の適正が高いらしい私だから良く分かるんだけれど、恩恵に頼らない魔法っていう魔法種族であるエルフだからこその研究を続けて、詠唱すら要らない物まである”魔術”っていう別の呼び方がされるまでにしたんだもの。 

 私より魔法の才能は下のお兄ちゃんはお祖父ちゃんを好きだけれど胡散臭い尊敬の対象にしてるけれど、私はお兄ちゃんよりも魔法詠唱者向けの才能があるからもっと尊敬しているんだ。

 

 

 

 

 

 

「お祖父ちゃんの案かぁ」

 

 でも、胡散臭いのは同意!

 

 

 

 

 



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会合

 英雄、それは暗い未来が待ち受ける世界を救う者、追い詰められた民衆の希望。

 

 俺が見定め中の英雄候補の名はベル・クラネル、ゼウスに育てられた少年。

 今は貧弱で臆病な少年で平凡な新人冒険者だけれど、それがどう成長するのか見逃さず、時には試練を与えて行こうかな、神として。

 

 

「やあ。これから一緒にお茶でもどうだい? 俺が奢ろうじゃないか」

 

 

そのベル君だが、最近はフレイヤ・ファミリアのアレンと少し関わりが出来たと耳にしたと聞いた時は焦ったぜ。

少し接触して話を聞いた所、少しだけ朝の時間に稽古を付けて貰っているという話だったけれど、回復魔法を何度も使うの前提の稽古って聞いた時はドン引きだったな。

 

 ……それに関わっているのが元フレイ・ファミリアの彼だと聞いた時には納得しか無かったけれど。

 

 ティオ・アヴァロン、ハイエルフの血統なだけじゃなく、スカサハやケイローンやマーリンといった者達から指導を受けた少年。

 俺の中ではベル君と同様に英雄候補ではあるんだけれど、噂で聞くだけでも異常な環境で育った事による感覚のずれや才能や環境から来る出来る者の理論が少し気になる所だね。

 

 

 あと、フレイヤ様が随分と気に入っているみたいだし、ベル君以上に関わりには気を付けないとな。

 

 

「いえ、ソーマを買いに行く途中ですので」

 

 一応神には言葉遣いを変えてはいるんだけど、こりゃ俺への敬意が全く無いな。

 フレイの奴、奥さんの息子だからって過保護じゃね?

 

 そう、奥さんの息子だ、神であるフレイに子供が居る筈が無いから当然だけどさ。

 

「ソーマは安定して出回る訳じゃないし、闇雲に探しても時間を無駄にするだけだ。俺ならソーマがよく入荷する店を知っているし、案内してあげよう。じゃあ、出発だ」

 

 それでも英雄の誕生の為だ、慎重に動きつつも俺の目で直接見定める。

 

 少し強引に同行を申し出ながら一瞬視線を向けた先には誰の姿も見えないが、彼処には俺のファミリアの団長が自作のアイテムで姿を消して潜んでいる。

 装備すれば姿を消せる破格の性能で、数々のアイテムを自作した彼女の切り札ともいえる物。

 

 さてと、遠くからの観察は頼んだぜ、アスフィ。

 

 

「じゃあ、先に不審者を片付けておきますね。揉めたばかりのイシュタル・ファミリアの刺客の可能性も捨てきれないので」

 

 神である俺にはその言葉が嘘ではないと分かったんだが、経験が建前や今からの行動に正統性を持たせる為の物だと告げる。

 だが、それがどんな行動に繋がるのか思い浮かべるよりも前に空中に波紋が出現した

 

 え? いや、あの波紋で囲んでいるのってアスフィが待機している場所じゃなかったっけ?

 

 人一人が辛うじて収まる空間を囲むようにして展開された波紋から槍や剣の切っ先が姿を覗かせていて、あれじゃあ回避も無理だし強引に突破しようとしても後ろからブスッと刺されて終わりだ。

 

 

「え? もしかして見えてる? そんなスキルとか……」

 

「ステイタスの検索はご法度ですよ、ヘルメス様。そしてやはり気が付いてましたか。透明になった誰かが居るのが分かったのは経験による物ですね。師匠も師範も先生も攻撃する一瞬だけ気配を出すから森の中で一週間凌げって課題を平気で出すので。五歳児に平気で出すので」

 

「へ、へぇ……」

 

 猛者も勇者もフレイの所の団員から受けた修行がトラウマだって聞いたけれど、頭おかしいだろ、フレイ・ファミリア!

 

 神だってそんな試練を五歳児に与えたりしないぜ!?

 

 

 

「十秒待つよ、姿を見せて降伏をしてくれ。見せない場合……手足貫いて生涯何も作れない体にしてやるから」

 

「げげっ!? テ、ティオ君!? 待った! 待ってくれ! 俺の眷属だから!」

 

 ヤバイヤバイっ! 本気で言っているぞ!

 

 表情は普通なのに発言は物騒だ、これだからフレイ・ファミリアの関係者はっ!

 

 俺が慌てて手を伸ばせばアスフィを囲んだ波紋が消えて、数秒遅れてアスフィが姿を見せたんだけれど冷や汗を流しながら俺の方を見ている。

 

「だから私は反対したんですよ、ヘルメス様」

 

 うわぁ、完全に怒ってるよ。

 

 

「それで態々眷属に姿を消して見張らせながら接触して来た理由を説明して貰えますか?」

 

「返答によっては……」

 

 こっちも少し怒っているし、ジャンヌちゃんだっけ? その旗って何処から出したのかなぁ。

 

 

「え、えっと、どうなるのかな?」

 

「イルカを撃ちます」

 

「意味が分からない!?」

 

 イルカを撃つって何なのさ!?

 

 

 

 

 

「……成る程。ベルの様子がキなったと。確かヘルメス様ってゼウス様の部下でしたっけ?」

 

「そ、そうなんだよ。それに君にはバレているみたいだし正直に言うけれど、俺は彼が次世代の英雄候補の一人だと思っていてね」

 

「英雄ねぇ。まあ、フレイヤ様にちょっかいを出されているのを見過ごしている時点で僕に何も言う権利は無いと思うから言及はそこまでしませんけどね。身内の恋愛事情とか口を出したくないし」

 

 「身内ね。それなら安心だな」

 

 フレイの所の子がそんな認識だったなら最悪な事にはならないのか?

 いや、それでも目を付けている女神が女神だしな。

 

 

 

 

「所で身内といえば君の父親ってどんな奴なんだい?」

 

「夫である神フレイや出身地であり神フレイが地上に降り立った頃から過ごしていたエルフの森の皆様から何一つ文句の出ない相手とだけ」

 

 これ以上は家庭に関する事だからとティオ君は告げるし、本当の事なのは間違い無いんだけれど、気になるなあ。

 不義の子とかだったら英雄にするには問題がある訳だったけれど、

 

 これ以上の詮索は危険だと判断した俺は当初の約束通りにソーマが卸される事の多い店を幾つか案内する事にした……んだが。

 

 

 

 

「おーう。散々探したでぇ。自分、ちょっと話聞かせてくれるか?」

 

「そうですか。断れなさそうな状況ですし、ティオ君はソーマを買って先に帰っていて下さいね」

 

「いや、君だけ連れて行かせられないでしょう。そもそもが君の軽率な行動が原因って理解してるのかい?」

 

 ソーマを探して幾つかの店を周り、漸く見付けて案内役の面目躍如と思った時、思わぬ闖入者。

 現オラリオ最強の魔法詠唱者である九魔姫リヴェリアを連れたロキ、それが随分と不機嫌そうな様子で現れたんだ。

 

 どうもロキの目的はジャンヌちゃんみたいだし、巻き込まれる前にトンズラを……。

 

 

 

 

「あらあら、こんな所で出会うなんて奇遇ね、ロキ」

 

 悲報•更に現れたフレイヤ様は笑みを浮かべているけれど、俺の方を向いた時は目が笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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面倒な案件

 本当に厄介な事になったってのが今回の感想だ。

 ロキ様やリヴェリア様の表情を見れば分かるんだけれど、ジャンヌを警戒している理由は情、剣姫にとって随分と複雑で大切な部分に触れてしまったらしいからね。

 

 ジャンヌには一応注意したけれど、ダンジョンに取り込まれていたのを僕に救われたばかりの状況の直ぐ後に知り合いに会ったらそりゃ嬉しくって名前を呼んで近付くだろうさ。

 

 問題は……。

 

 

「なんや、フレイヤ。傘下のファミリアの団員庇いに態々お出ましかいな。何処まで聞いとるかは知らんけど、その女はうちのアイズに妙な関わりがあるみたいやし話は聞かせて貰うからな」

 

「安心して良いわよ、ロキ。私はそこの彼女が何者なのかだけしか聞いていないもの。後は剣姫を知った相手と間違えただけとしか。傘下といっても神友のファミリアで親類が関わって居るから余計なちょっかいを出されたくなかっただけなの」

 

 その行動の動機が情によるものだって事だ。

 

 睨んで来るロキ様も、それに普段通りの笑みを浮かべて対応しているフレイヤ様も身内への情を理由に今こうして動いている。

 オラリオの現二大ファミリアの主神同士の顔合わせだ、本来なら人目の多い所は避けたい所だけれど、フレイヤ様に周囲が魅了されているからなんとかなっている状態に過ぎないし、もしかすればギルドが介入しかねない。

 

 

 それが分かっていない二人じゃあるまいし、それでも身内への情って物は人でも神でも無関係に動かす原動力となってくれる。

 

 

「にしても随分と妖精騎士(トトロット)にお熱みたいやな。自分が此処まで動くとか驚きやで。その割にはダチの眷属といえど引き抜いて手元に置かんのは意外やけど」

 

「そうね、この子は少し特別といえば特別なんだけれど、他の子達みたいに側に置きたいってとは違うわね。少なくても恋愛の対象にする程に節操無しになった覚えはないわ」

 

 だから妥協点とかを見つけるのは本当に厄介な状況なんだ。

 

 

 そもそもジャンヌが剣姫に接触してから数日が経過しているのにロキ・ファミリアから積極的に接触する事は無く、偶発的な遭遇である今の状況になって聞き出そうとしている辺り、アリアと剣姫の関係は随分と重たいらしい。

 故に慎重に行動していたロキ様だけど、いざ本人を前にしたら我慢が出来なくなったって所だろう。

 

 

 

 さてと、これは少し情報を開示した方が良いのかな?

 

 

「ロキ様、全ては話せませんが疑問は解消しましょう。……あー、でも何処で話せば良いのかな?」

 

 ロキ・ファミリアのホームに行くのはちょっと嫌だし、ヘルメス様とかの他の誰かに情報を知られるのは避けたい。

 それは向こうだって同じだろう。

 

 得体の知れない相手、それも変な風に関われば不味い事になる爆弾。

 リヴェリアさんは親戚な上にお祖父ちゃんの弟子で、フィンさんだって兄弟弟子だけれど、それが安心して相手の本拠地に向かう理由には成り得ないからだ。

 

 僕なら向かう際は魔術で認識させない状態にしたアナでもついて来させるかな?

 もしもの時は速攻で主神の首を撥ね飛ばして天界に帰って貰うんだ。

 

 まあ、ロキ・ファミリアには面倒なのが居るから無理だけれど。

 

 なら、別の場所を話し合いの場に使えば良いんだけれど、互いに他人には知られたくない秘密が関わる以上は人払いが可能な場所が好ましいけれど……。

 

 

 

 

 何処か内緒話に都合良い所は……。

 

 

「あの、フレイヤ様に少しお願いが……」

 

「はいはい。私の所有する建物を貸してあげるわ。ロキもそれで、良いでしょう?」

 

 

 

 うん、こんな時に本当にフレイヤ様は頼りになるな。

 

「有り難う御座います、フレイヤ様」

 

「うふふふふ。気にしなくて良いわよ。この程度のお世話なら幾らでも頼ってくれて良いんだから」

 

 幾ら親戚でもフレイヤ様はファミリアを率いる主神だ、頼りっぱなしは良くないだろう。

 実際、今回の一件だって僕との関係を知らない団員からすれば敬愛してて愛を独占したい主神が他所のファミリアの世話を焼いているんだ、不満に思いそうだけれど。

 

 特に今なんて抱き寄せられて頭まで撫でられたし、フレイヤ様の所の冒険者に見られたらどうなる事やら。

 それに普通に恥ずかしい……。

 

「……」

 

 それをどうする気なのかと思った僕の視界の端に映ったのは僕との関係を知る唯一の団員のアレンさん、因みに胃の辺りを擦っている真っ最中。

 

 

 

 あっ、そういう事か。全部の後始末を誰がするかっていうと……。

 

 

 

「まあ、ええやろう。でも、条件があるで。リヴェリアだけじゃなくアイズとフィンも同席や。文句は無いな?」

 

 少し不満そうにしながらも了承したロキ様の出す交換条件、一応ジャンヌの方を向けば軽く頷いたし、僕だって別に文句は無いさ。

 

 

 

 

「それじゃあ決まったので早速行きましょう。そちらが気にしているであろうジャンヌの正体について説明しますよ」

 

 

 

 それはそうとして、全てを察して胃痛を発症したらしいアレンさんには後でしっかりと頭を下げておかないとね。

 ……胃薬の差し入れも必要かな?

 

 

 

 

 

 

「おう、助かったで、リヴェリア。流石は冠位魔術師(グランドキャスター)の弟子やな。あの小僧の隠蔽やって見破ったんやから」

 

「いや、あの眼鏡は即興で作ったものだろうし、あの女の放つ力は簡単には隠し切れんかっただけだ」

 

 フレイヤの指定した場所に向かう為の一時解散、フィンとアイズをホームまで迎えに行くその道中、予め示し合わせをしていないかの問い掛けには嘘の有無を確かめたのだが、それでも一切の油断無く進む最中の会話だ。

 

 ロキの言葉が示すのはジャンヌの正体について。

 精霊の正体を偽装してエルフだと認識させる為の魔術、それを見破った者こそがリヴェリアだった。

 

 彼女もまたマーリンの教えを受けて魔術を会得した存在、魔術の腕も今のティオよりも上であった。

 

 

「……にしても彼奴、フレイヤに密着されて頭まで撫でられても全く魅了された様子を見せん。ステンノとバカップルちゅう噂やけれど、フレイヤもフレイヤでマジで扱いが特別やんけ」

 

 色々な意味で有り得ない、と普段のひょうひょうとした態度を取りながら天を仰ぐロキに対してリヴェリアは顎に手を当てて何やら考え込んでいる。

 

 

「どないしたんや、ママ?」

 

「誰がママだ、誰が。……あの赤髪の女が姿を見せた時に言っていた言葉を思い出してな。奴はフレイ様とジャンヌを追って来たと言っていた」

 

「実際ジャンヌが居ったやんか。別に妙な事でも有るんか? 別にフレイとあの坊主を間違えたって訳じゃ有るまいし」

 

「そうだな。だが、実際にアイズを母親と間違えた。有り得んとは思うが……私の知るガウェインは一途な女だ。王族の責務で血を残せと誰かに言われたとして、それでも神と結婚したなら愛を貫いて他の男との間に子など作らんさ」

 

「フレイヤの態度もそれなら……いや、有り得へんやろ」

 

「その本来有り得ない相手を我々は知っているだろう? 気を付けろ、ロキ。神が地上に降りた頃からエルフの森で住んでいた神だぞ、フレイ様は」

 

「予想が当たっていて下手に突っついたら敵はフレイとフレイヤだけじゃ済まんって事か」

 

 ロキの足取りは重く、表情には辟易とした物が浮かぶ。

 実に面倒な事になったとリヴェリアと共に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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疑問

「話し合いに参加する以上、向こうが何を警戒しているのかは知っておきたい所だよね。ジャンヌ、剣姫は精霊の血を分け与えられた人間かい?」

 

 

 剣姫と精霊であるアリアとの関係、クロッゾの様に血を分け与えられたのかとも思ったけれど同じ精霊であるジャンヌは静かに首を左右に動かした。

 今の彼女は外出用と違って出会った時の姿、雰囲気だって自称姉のとち狂った物とは別物だ。

 

「いえ、あの気配も容姿もアリアに酷似していました。それに遠くから感じたあの風、血からを少し分け与えられた程度ではあの風は使えないでしょう」

 

 ロキ・ファミリアとの極秘の会談を行うのならば事前にステンノ様に報告するのが筋だと思い、一旦お茶をしながら

 その上で今回の会談に至った二人の関係性について考えてはみるものの答えは出ない。

 

 まさかアリアが人間の振りをしている? リヴェリアさんなら僕同様に魔術で偽装可能だから有り得るだろう。

 

 いや、それだと不可解な要素が……。

 

 そもそも精霊を人間だと偽装して団員にする理由も分からない。

 あれだけ有名なんだ、ファミリアの名を上げる為の偽装だとして、目立たさせるにも程があるからな。

 

 

 

 

 

「いや、普通にアリアと人間の間に生まれたんじゃないですか?」

 

 悩む僕に対してお茶請けのクッキーをムシャムシャ食べていたアナがそんな意見を言って来たんだけれど、アリアって精霊だよ?

 

「精霊と人間の間の子供? 流石に有り得ないと思うけれど」

 

 幾らなんでも突飛過ぎて鼻で笑える話だと呆れそうになるけれど、何故だろう? 

 少し頭に引っ掛かる物があると言うべきか、重大な事を見落としていると言うべきか……。

 

 

 

「どうしましょうか、姉様。神と人間の間に生まれた癖にそれを忘れている馬鹿がいますよ。自己の存在否定です。私がモンスターが喋る筈がないって言うみたいなものですよ。馬鹿ですね、本当に」

 

 あっ、そうだった。

 僕も妹も本来は子供の生まれない筈の神が父親だったよ。

 

 それはそうと指差すな。

 

「そうね。ティオ、もう少し柔軟に考えなさい。神と人間の間の子供が貴方達兄妹でしょう。なら、人間に見える姿のモンスターであるアナや精霊であるアリアだって子供を残せる可能性は捨てきれないわ」

 

 ……うっ。

 

 そうだ、僕にとって神である父さんが父親なのは当然の事だけれど、本来なら神は子供を残せない、僕が否定した精霊と人間の様に。

 有り得ない存在が自分自身なんだ、アナの予想も十分有り得るし、それならばロキ様達の反応も納得が行く。

 

 人と精霊の間の子供だなんて話、暇をもて余した神に玩具を与えるみたいな物だからね。

 

 

「そんなの周囲に知られたら僕達同様にどんな事になるやら。僕だってアルトリアに変な連中が纏わり付く事を考えれば過剰に反応するだろうからね。可愛げを失くそうと可愛い妹には変わりが……何だよ、その目は?」

 

「いえ、気にせずに。それよりもクッキーのお代わりは何処でしょうか?」

 

「戸棚にあるだろ?」

 

 色々と納得が行った僕は自分にも当てはめてみたけれど、神とハイエルフのハーフだなんて妙な連中に知られればアルトリアの将来に大きく関わる。

 

 僕? 僕は敵なら全部叩き潰す、それだけの簡単な話だ。

 その為に今まで強くなる為に死に物狂いで時々半分死につつも強くなって来たし、アルトリアだってお祖父ちゃんから魔術や魔力のコントロールの訓練を受けているから並大抵の奴には負けやしない。

 

 

 いや、そもそもお祖父ちゃんや母さんだけでも過剰戦力なのに、師匠とか師範といった世界最高峰の化物が常に誰かが一緒に行動しているからね。

 あの馬鹿がふらふらと勝手に出歩こうとして何かの間違いで誰もが見失わない限りは大丈夫だけれど……あの子は僕よりも父さんの血が濃いからか色々と見え過ぎる。

 

「そりゃ僕だって過剰になるし、それを悪用しようとするのが居れば敵だ。可愛い妹を守る為にも母さん達任せにしないで……徹底的に焼き潰す! ……だから、その目は何なんだ、さっきから」

 

 想像しただけで少し怒りを覚えたけれど、ふと目を移せば先程同様に呆れ顔を向けるアナがクッキーを取り出しながら僕を見ている。

 

 

「何だよ、妹を守るのは兄の役目だろ。動くには早い方が良いし、何か間違っている?」

 

 

「いえ、可愛いと思っているならちゃんと伝えれば良いのにと思っただけですが? そもそもちゃんと伝えない理由が分かりません」

 

 フッと短い溜め息の後で首を左右に振った姿が腹立たしい。

 何だよ、洗濯もちゃんと出来なくて僕任せな癖にさ。

 

 

「可愛げが無いとか生意気だとは言っても可愛い妹なのを否定した覚えはないけれど?」

 

 

 次に洗濯物を取り込む時には下着を生乾きで取り込んでやろうかと企んで、これ以上はアナなんて見るのも嫌だった僕はステンノ様に目を移す。

 ああ、ステンノ様なら呆れている姿さえも美しいのに、妹に似ているらしいアナはどうして此処まで違うのやら。

 やっぱり気品とか性格とかその辺が……ん?

 

 

「はあ……。本当に仕方のない子ね」

 

「フレイ様は女性の扱いは上手でしたのに、所帯を持って変わられたのでしょうか? いえ、それが良いのか悪いのかは精霊の私には分かりませんが」

 

 あれ? 何でジャンヌやステンノ様までアナと一緒に溜め息なんて……。

 

 

「ティオ、命令よ。夢の中で会ったらちゃんと可愛い妹だと思っているのを伝えてあげなさい。……兄妹揃って拗らせちゃってるんだから呆れるわね」

 

 ステンノ様が言うならちゃんと伝えるけれど、元から伝わってるよね?

 

 それはそうとジト目のステンノ様もお美しいので目に焼き付けておこうっと。

 

 

 そんな風に時間を使っていたんだけれど、時計に目を向ければ約束の時間が迫っている。

 今でなくても間に合うんだけれど、ギリギリはちょっと嫌だな。

 

 ロキ様や剣姫は多少待たせても良いだろう、それも交渉術の一つだし。

 

 

「あら、もう行くのね」

 

「ええ、兄弟子のフィンさんや親戚のリヴェリアさんまで待たせるのはちょっと抵抗があるので」

 

「行くのでしたら帰りに豊穣の女主人でバターケーキの持ち帰りをお願いします」

 

「今晩は食べに行く予定だからその時に頼んだら? 面倒だから却下で」

 

 本当ならステンノ様とのお茶の時間を続けたいけれど身内への礼儀は大切だと習って育ったからね。

 アナ? 向こうも結構無礼だしお邪魔虫だし礼儀とか要らないんじゃないのかな?

 

「うふふふふ。じゃあ、少し屈みなさい」

 

「はい!」

 

 ステンノ様のお言葉を耳にした瞬間、僕は即座に屈んで跪く。

 細い腕が僕の首に回され、ドキドキする暇もなく軽く触れあう唇と唇、僕が神ならこれだけで昇天して天界に帰ってしまっている所だよ。

 

 

「話し合いの成功を祈っての祝福です。有り難く受けとり、決して失敗などしないように励みなさい」

 

「はい! 勿論です!」

 

 今の僕なら何だって可能だと思える程に気分が高揚する。

 そう、今なら槍の試合で師匠に勝つ事さえも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほほう。良い自信だな。では、儂も本気で相手をしてやろう』

 

 ……うん、何か幻聴が聞こえたけれど調子に乗って失敗するなって本能の警告だな。

 

 

「行ってきます!」

 

 さてと、どうなる事やら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所でアナ、さっきは貴女も子供を宿せる可能性があるって言いはしたけれど……」

 

「無理でしょう。人間は好きではないので……」

 

「貴女とティオ、私とティオ、同時に子供を作ったとして、似た子供が出来るのかしらね?」

 

「さ、さあ。その辺はさっぱりで……それとティオは論外ですので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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正体

 ダンジョンで私をお母さんと間違えた女の人、ジャンヌというらしい彼女との話し合いの席があるから来ないかと誘われた時、ロキやリヴェリアは断って欲しい様に見えたけれど私は迷わず行く事にした。

 

 初めて会った人なのに私の中の何かが反応して、何故か懐かしいと思った不思議な人。

 

 あの人が誰なのかを知りたい、お母さんを知っている理由を知りたい。

 そして気になった事はもう一つ。

 

 

「ロキ、リヴェリア。フレイってどんな神様だったの?」

 

 あの赤い髪の人も私をお母さんと間違えたけれど、誰かに言われて私を連れて行こうとしていた彼女が現れたのはジャンヌさんと……神フレイを追い掛けて来たと行っていたけれど……。

 

「もの凄い女誑しやったで。フレイヤの兄として存在しとる奴や。天界での奴はフレイヤの噂を参考にしたら予想出来るやろ。……ウチもちょっとの間だけ恋人やったちゅうか、領地が近い女神は殆ど手を出しとったで、あの色ボケ」

 

「私が森で暮らしていた頃には随分と落ち着いていたがな。まあ、それでも冗談で口説く真似をしては私の母や祖母に叱られていたが、その口説き文句を本気にして惚れ込んだのが従姉妹に居てな。猛アタックの末に恋人になって結婚までしたのが居るんだ」

 

 神様が天界から降りて来た最初の頃からエルフと過ごしていたって聞いたからロキとリヴェリアに聞いてみたけれど、神様と人間が恋愛の末に結婚するなんて事があるんだ……。

 

 二人の反応は別物で、ロキがちょっと怒ったり拗ねた感じなのにリヴェリアは少し困った人だけれど親しみを

 

 

「あれ? でも確かその人の息子がステンノ・ファミリアの団長だってレフィーヤから……」

 

「神との結婚だが、フレイ様はエルフにとって特別な存在だからな。エルフの中では巫女として仕えているのだと判断した者も多い。ハイエルフの血を残すのも大切だと結婚相手以外との間に子が居ようが不貞とは捉えていないんだ」

 

「そ、そんな事よりも急ぐで。遅れるのも良いけれど、リヴェリアやフィンは親戚の子や弟弟子の前で遅刻する姿とか見せたくないらしいし……」

 

 本当に二人の様子は何か変。

 二人に会わせたくないないみたいな態度だったっし、今だって妖精騎士(トトロット)の父親に対する話題は避けたいみたいに見える。

 

 実は私は少し彼が気になっている、それは恋愛とかの意味じゃなく、その特異的な力への興味から。

 天界に存在していた戦車を呼び出して使えるだけでも驚きなのに、Lv.4にも関わらずLv.6以上の動きをしていたから、その力の秘密を知りたい。

 

 

 だって私はもっと強くならないといけないから……。

 

 

 神フレイヤが仲介役として用意したというのは路地を少し曲がった先にあった小さな喫茶店。

 今日はお休みらしいから使わせて貰うけれど、どうしてこんな店を建てたんだろう。

 

「おうおう、先に来てたんかい」

 

「まあ、親戚や兄弟子も来ますし、遅れる訳にはね。……どうも」

 

「どうも」

 

 彼とはダンジョンで会ったのが最後、ちゃんとした言葉も交わしていないけれど、何故かジャンヌさんみたいに私の心をざわつかせる。

 風が、お母さんから受け継いだ力が反応しているの?

 

 

 

「やあ、あの地獄を潜り抜けた同士よ。元気にしているみたいで安心したよ」

 

「フィンさんもお元気そうで。….まあ、互いにそろそろ元気じゃなくなるかも知れませんが」

 

「おいおい、何を言ってるんだい? 縁起でもない。まるで師匠がオラリオに戻って来るみたいじゃ……来るのかい? あの人がまさか……」

 

 ……あれ? フィンが震えている?

 

 

 

 

 思い出すのはフィンが師匠と呼ぶ人に鍛えられた冒険者は皆凄く強い人だと聞いた時の事。

 

 当日L v2になったあと暫く経った頃で焦っていたのを覚えている。

 今まで以上にステイタスの伸びが悪くなって、だから同じ修行をつけて欲しいとお願いしたんだけれど、その瞬間に今と同様の反応を見せた。

 

 顔を真っ青にしながら震えて、普段のフィンとは違う様子で私の肩に手を置いて言った。

 

 

『アイズ、覚えておいてくれ。僕はあんな修行という名の拷問を行う冷血無情の悪鬼羅刹の真似は到底不可能だ。うん、強くなったしお世話にもなった。尊敬もしているけれど……それでも師匠の真似はしちゃいけないんだよ、人として』

 

 あの時のフィンの表情が真剣過ぎて当時の私は諦めたけれど、今から会う相手なら第一級冒険者になった私に教えてくれるかも知れない。

 もう限界を迎えた今より殻を破る為にも、私は何か力を得る方法を……。

 

 

 

「お久し振りですね、アリ……いえ、アイズ・ヴァレンシュタインさん。先日は失礼を致しました」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

 私の中で力への欲求が高まった時、まるでそれを諌めて落ち着かせるかの様な静かな声がジャンヌさんから掛けられる。

 やっぱり彼女を前にすると変な感覚を覚えるのは勘違いじゃなかったんだ。

 懐かしくて暖かい、そんな奇妙な感覚に後押しされる様にして、気が付けば私は彼女の方へと歩み寄っていた。

 

 

「ジャンヌさんは一体何者なんですか? お母さんとは、アリアとは一体どんな関係で……」

 

「それをお話しする為に本日は参りました。では、入りましょうか、皆様」

 

 ロキ達は油断するなと言っていたけれど、私には彼女を警戒する事が出来ない。

 何だろう、この妙な感覚の正体は。

 

 お母さんと一緒にいる時に似ているみたいで違って、ファミリアの皆と過ごしている時とも似ているけれど違う、そんな安心感。

 親戚のお姉さんが居たならこんな感覚なのかな?

 

 

 

 

 

「さて、早速ですが私が何者なのかをお話し致しましょう」

 

 他に誰も居ないお店の中に入って向かい合わせに座った途端にジャンヌさんが口を開く。

 それと同時に彼女の周囲に突然現れた水、それにロキ達が咄嗟に身構えたけれど、私は宙に浮く水を目にしてとある言葉が頭に浮かんだ。

 

 

「……精霊?」

 

 そう、その水から感じ取った力はお母さんや私の風と同じ物、精霊が振るう力だったのだから。

 

 

 

 

 

「その通り、私は精霊です。主であるフレイ様の命令でダンジョン奥地へと向かった末にダンジョンに取り込まれてしまっていたのですが、ティオ様……こほん、ティオ君によってこの様に精霊に戻して貰いました」

 

 私達が驚いて声を失う中、最初に口を開いたのはロキだった。

 

「……どうやって精霊に戻ったのかもステンノ・ファミリアの冒険者を名乗ってるのかは聞かんでおいてやるわ。でも、この質問には答えて貰うで。……赤髪の妙に強い女、あれは何者や?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 誰ですか、それ?」

 

 



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意趣返し

 あれ? 変な方向に話が行っていない?

 

 今回の一件、剣姫とアリアの関係について僕達は気が付いていない体で進める筈だったよ

 だから何度も、何度も何度も何度もジャンヌには言い付けたよ。

 

「生憎、神と精霊以外で知り合いに赤い髪の人は居ませんので、恐らくは無関係かと」

 

 生真面目だけれど猪な彼女じゃ何をやらかすか分かったもんじゃないし、しっかりしている様で天然な所を発揮してか僕を様付けで読んじゃったしさ。

 

「ちょっと待ってくれ。その赤い髪の女に僕達は襲われたんだが、君を追い掛けて来たのは間違い無いんだ。何か心当たりは無いのかい?」

 

 そんな彼女が関与を否定した事に納得が行かない様子のロキ•ファミリアの反応を見る限りじゃ余程の事があったらしいね。

 

 それこそ僕達との関連を匂わす様なややこしい物で、今回の話し合いに至る大きな理由になる位のさ。

 しかもフィンさんの反応からして絶対にロクな事はしていないのは間違い無いだろう。

 じゃないとロキ•ファミリアがたった一人に襲われてここ迄の警戒をする筈が無い。

 

「僕達を知らず、僕達も噂さえみみきしない相手。それでもLv.6以上の強さだったんだ」

 

 嫌だな、その女。

 

「そうですね。……正直な所、取り込まれて他の精霊や他の物と混ざり合っている最中の記憶は朧げでして、地上に出る事を求めていた事と動く為の手駒を欲しがった事。その為に一部を切り離して、誰かがそれを管理していた事しか」

 

「いや、随分な情報量じゃないか。てか、君がホームに来てから数日経つけれど、その手の話は全く聞いていないんだけれど?」

 

 辛い記憶だろうからダンジョン内部での事は積極的に聞かなかったのは認めるよ。

 でもさ、明らかに重要な情報まで喋らないのはどうなの?

 

 もう剣姫がアリアの事を母親だって平然と言っていた以上の衝撃だよ。

 

 割と平気で話す姿にフェルズさんに話す事が増えた、とか、神じゃない彼女にジャンヌが精霊だって突飛な事実を信じて貰うにはどうするべきかと課題が増えたけれど……手駒ってもしかして。

 

 

「極彩色の花や芋虫みたいのも手駒って奴かい」

 

 手駒という言葉にロキ•ファミリアは何か対象が幾つか存在するみたいに考え込んだけれど、僕が思い当たるのは一つだけ。

 怪物祭で姿を見せた新種のモンスターだ。

 

 

 それに芋虫か、他にも居たんだね。

 

 フィンさんの問い掛けにジャンヌは少し考え込み、静かに頷いて口を開いた。

 

 

 

「ええ、確か魔石を集める為に生み出した存在が居たはずです。残念ながらこの辺も記憶が曖昧で、集めた魔石を受け取って暴れる様には指示された気がするのですが……」

 

「強化種か。リヴェリア、アイズ、芋虫が襲って来た時に出現した女性型だけれど……」

 

「アレが精霊が変化した存在、という事か? あの時は纏めて吹き飛ばしたが残っていれば更に強くなっていたかも知れんな」

 

 どうやらロキ•ファミリアの方は心当たりがあるみたいだね。

 クエストの報告の為にはジャンヌ以外の事も説明したいから情報提供をしたい所だけれども……:。

 

 

 

「あの、ジャンヌさんが助けられる前はどんな状態だったんですか? もし持ち帰れるなら同じ様に……」

 

 その精霊も助けられないか、って所か。

 

 正直言ってジャンヌの場合は父さんという共通点があったからこそで、他の神に仕えていた精霊の場合はどうなるか分からないが、多分無理だ。

 それに僕が恩恵を与える事で解放したと隠しながらってのも難易度を上げているし、どうするべきか。

 

 相性やら何やら言い訳は思い付くけれど、、ロキ様相手にどう誤魔化すかが難しい。

 剣姫の問い掛けに僕が困っている中、隣のジャンヌから思わぬ言葉が飛び出した。

 

 

「止めておいた方が良いでしょう」

 

 それは言うならば見捨てろというのと同じ事。

 真剣な声でそれを告げるジャンヌに剣姫は何かを言おうとしたけれど、続く言葉がそれを許さない。

 

「先兵となっていた私は透明の膜に包まれた赤子の見た目だったそうですが、その姿の時も外の力を感じていました。……きっと貴女の風にも反応するでしょう。持ち帰るには危険が大きいです」

 

 この言葉は自分の仲間を見捨てろという冷酷な物に聞こえるんだろうね。

 でも、助けられるかもで手を出して良い程に安全な存在じゃない、何せ精霊だ。

 それも神に選ばれてダンジョン攻略に向かった程の存在、それが怪物になって暴れる可能性がある以上は……。

 

 

「此方が提供する情報はこの程度かな? 非情な様だけれど精霊の解放には相性も有るみたいだし、もし地上で人間に寄生して暴れるなってなったら目も当てられない」

 

 剣姫は納得が行っていない見たいだけれど他の人が抑えたし、他の人も飲み込むしかないって感じか。

 

 これが仲間なら“だったらダンジョンじゃなくて、戦う力の無い人を襲うモンスターを倒して回れ”とでも言うんだけれどね。

 

「そうやな。まあ、そっちもターゲットみたいやからいもむしとかの情報をやるわ。今度紙に纏めて渡しに行くからな」

 

「……出来ればエルフ以外で」

 

「悪いな。エルフにとってハイエルフという存在が大きい。無駄な軋轢をファミリア内で生みたくないから我慢しろ。それもオラリオで暮らす事の代償だ」

 

「……」

 

 エルフに持って来るのを頼んだら絶対に面倒な事になるから嫌だったけど、同じハイエルフのリヴェリアさんに言われてしまえば文句は……いや?

 

「リヴェリアさん、少し楽しんでません?」

 

「くっくっく。悪いな。私もファミリア外のエルフにさえ世話を焼かれそうになっている。お前に分担されるなら少しは気楽になりそうなのでな」

 

 笑いを堪えていると思ったらやっぱりか!

 

 口元に指を当てて少し震えるリヴェリアさんはもう隠す気も無いらしい。

 いや、僕も気持ちは分かるけれど、少し腹立つなぁ。

 

 

「まあ、歳の離れた親戚、僕達の場合は従伯母でしたっけ? 従叔母からの助言なら大人しく従いますよ。何せ母さんが姉の様な人だと言っていた人ですし」

 

 ちょっと意趣返し、但し嘘は一つも無い。

 年上を敬うのも関係性も何一つ間違っていないんだから。

 

 あれれ? リヴェリアさんが一瞬固まった気がしたし、剣姫は顔を青ざめたけれどどうしたんだろ?

 

 ははーん。これはオバさん呼ばわりした事があるな。

 

 

「……くっ!」

 

「フィン?」

 

「い、いや、ちょっとアイズが入団したばかりの頃を思い出してね」

 

 あっ、正解だったみたいだね。

 

「じゃあ僕達はこれで」

 

 思わず吹き出したらしいフィンさんに低い声が掛けられる中、これ以上は巻き込まれるからと僕はジャンヌに合図をして立ち去ろうとする。

 

 あー怖い怖い、師匠の年齢をお祖父ちゃんが弄った時に匹敵する怖さだよ。

 

 

 

 ちょっと怖い感じの空気に背中を向けた僕が外に顔を出すと日はまだ高いけどダンジョンで稼ぐには遅い時間。

 元々休む予定の日だから行かないけれど……。

 

 

「明日にでもダンジョンの深層に行こうかな。戦車に乗れば日帰り可能だしさ」

 

 体を思いっきり動かして憂さ晴らしがしたい気分なんだよね。

 

 ジャンヌが居るから偶にはアナを誘うか、アレンさんにもストレス発散して貰うか、偶には誰か別の人を……。

 

 

「誰か一緒に行くか誘おうかな……」

 

 取り敢えず予定を聞いておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深層迄行って日帰りが……」

 

「アイズ、分かってるだろうけれど乗せて貰えないかとかは無理だからね。彼は一応フレイヤ•ファミリアの傘下の団長だからさ」

 




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九死に一生 

「馬鹿ですね、ティオは。私は貴方に任された彼の世話で忙しいんですが」

 

 食事中、バターケーキを味わっている最中にされたダンジョン深層への誘いに私は溜め息で返す。

 全く、女神に目を付けられた友人を見捨てられないからと私に協力を求めておきながら何を言っているのやら。

 

 折角の機会ですし蔑んだ目を向けておきましょうか。

 

「ぐっ! ここぞとばかりに蔑んだ目を向けて……」

 

 おや、鋭いですね。

 

「兎に角私は多忙ですので無理ですね。次の機会になら付き合いますよ。私も少し強い相手と戦いたいですし。弱い相手ばかりだと技が鈍りそうで困るので」

 

 まあ、抗議なんて無視するんですけれど。

 

 それはそうとして短時間で奥まで向かえる戦車は本当に便利ですよね。

 消費魔力の問題だってダンジョンの先へ先へと進む程に解決するスキルが有りますし、利用してあげましょう。

 

「モンスターを呼び寄せる道具の使用期限もありますし、明日は丸一日食料庫に籠って戦い続けさせる予定ですので寝言は寝て言って下さい」

 

 やり過ぎ? 命懸けの仕事を選んだのは彼ですし、女神に気に入られた以上は生半可な鍛え方では間に合いませんからね。

 

「死なない程度にね」

 

 私の言葉に少し不安を滲ませているティオですが、私を侮り過ぎでは?

 

 

「先生じゃあるまいし、臨死体験迄はさせませんよ。死ぬ程に怖くてキツいだけです」

 

 私達の場合は何度も半死半生、心臓が止まった事も有りましたが、私が彼を鍛える日は気絶したのをちゃんと背負ってダンジョンから脱出しているというのに、その程度も理解していないと思うと少し呆れてしまう。

 

「なら別に良いや。サポーターの子も気に掛けてね。ウチのファミリアと組んでくれるフリーのサポーターなんて他に居ないんだから」

 

「ええ、何処かの誰かさんがイシュタルの顔を焼きましたからね。腕の良い人は訳有りしか組んでくれませんよ」

 

 それこそ言われるまでも無い、分かりきった事ですよ。

 

 まあ、ビジネスパートナーのリリさんの最低限の安全と彼の四肢の欠損程度は保証しますよ、心が折れるならその程度でしかなかったって事でしょうし。

 

 

「すいません。蜂蜜水とバターケーキの追加をお願いします。トッピングのクリームは多めで」

 

 さて、ただでさえ夜行性の私が昼にダンジョンに行く上に嫌いな人間に関わるのですから目一杯好きな物を食べておきませんとね。

 

 

 

 モンスターの餌場である食糧庫、其処で今、絶叫が轟いていた。

 

 

「ほわぁああああああっ!?」

 

「無駄に叫んで体力を消耗しない。自分の耳も邪魔しますし、それと無駄な跳躍と大振りで隙を作っています。周囲の敵と地形を把握しながら動く事ですね」

 

 ベルさんの背後に迫ったコボルトの首を伸ばした鎌で切り飛ばし、ついでにと数匹のモンスターを鎖で殴打して包囲網に穴を開ける。

 

 ただでさえモンスターが集まる場所に血肉を用意して集めに集めたモンスター。

 今の彼なら単体なら楽でも周囲に溢れ返る数は対処が厳しく、先程から増える生傷。

 

「リリさんはタイミングを見て援護をお願いします。私は最低限しか手を出しませんので。ほら、アレンさんに指摘された癖が出ていますよ。意識しなさい」

 

「は、はい!」

 

 今まで喧嘩すらして来なかったであろう素人の動き、スキルなのかステイタスこそ伸びは良いみたいですが、アレンさんや私が稽古を付けても未だ未熟。

 

 ああ、また目を閉じそうに……:。

 

 

「臆病は慎重さになりますが目は閉じない。何度言えば分かるのですか。痛みも危機も和らぎませんよ」

 

 はあ、本当に何時になったら解放されるのやら。

 

 解放、その言葉を思い浮かべるとリリさんの方を向く。

 イシュタル•ファミリアよ揉めているウチのファミリアと関係を持つ位にはお金に困っている方ですがサポーターとしての腕は良いのでしょうね。

 

 私はその能力を、向こうは身内からの搾取を防ぐ盾を欲しがって一時的に手を組んでいる関係ですが……まあ、少し世話を焼いてやるのも良いでしょう。

 

 

「おや、もうここまでの様ですね。一旦(••)休憩にしましょうか」

 

 ですがリリさんに今後の身の振り方についての助言を与える前にベルさんの限界が来たみたいですね。

 周囲を囲まれて傷が増える中で蓄積されていった心身の疲労、それは魔石を口に突っ込んで無理矢理に強化したゴブリンを三体ほど投入した所で大きく影響を見せた。

 

 振るわれた爪をナイフで受け止めるも踏ん張りが足らずに後ろに跳ね飛ばされ、食い付きを腕の防具で受け止めた所でバランスの崩れた状態じゃ転ばされるだけ。

 背中を強かに打って立ち上がろうとした所に横から飛び掛かられてみっともなく転がり、飛び起きた所で既に囲まれてしまっている。

 

 後は嬲られるだけ、傷だらけ泥だらけ、そろそろ限界ですね。

 勝手に折れるなら兎も角、私の指導中にというのは少々不味いでしょうし、一足飛びに一帯の背後に着地すると同時に肩から脇腹までを両断。

 血が吹き出す前にベルさんの襟首を掴んで飛び退けば残った二体の顔に飛び散った血が掛かり、怯んだ瞬間には既に投げた鎌が回転しながら迫り、立ち直るよりも先に魔石を破壊しました。

 

 

「特訓のご協力感謝します。お礼に楽に死なせて差し上げました」

 

 鎌に付着した血を振り払い、ベルさんを掴んだ手を離す。

 気絶していますが毎度の事ですし、今日は未だ何度も気絶するまで扱く予定ですので構いません。

 

 

「それではリリさん、一旦お昼ご飯を兼ねた休憩にしましょう」

 

 正直この空間は私にとって毒だ。

 血肉とモンスターの餌の香りは否が応でも私が普段は抑え込んでいるモンスターの本能を刺激してしまうから。

 

「では、彼は私が運びますので休憩に向いた小部屋まで向かいましょうか。ティオが貴女の分もお弁当を作っていますので」

 

 彼女は既に大荷物を背負っているから私が背負いますが随分と軽い。

 

「前回よりは継戦時間が伸びてはいるのは認めてあげましょう。……次は十一階にでも行きましょうか」

 

「あ、あの、流石に一気に飛ばし過ぎなのでは?」

 

「死なせませんよ、明日筋肉痛が全身で起こって死にそうな程にキツい訓練を行うだけです。ステイタスだって伸びますよ」

 

 リリさんは随分と優しいのですね、と一応笑みは向けておく。

 一時的にでも組むのならば呼び方や態度は形だけでも親しみを込めろとティオに言われていますので実行しましたが、本当に面倒ですね。

 

 

 

 

「それでリリさんは脱退した後はどうする気なのですか?」

 

 休憩スペースを確保して、ティオに作らせたお弁当を食べている最中にした質問に対し、リリさんは少し考えてから答えます。

 

「….そうですね。ご迷惑をお掛けしたご夫婦がいますので償いながら冒険者とは無関係な生活を送りたいと思います」

 

 まるで抜け出す事だけを考えていたという様子ですが、まあ、ソーマ•ファミリアの実情や境遇を考えれば冒険者には関わりたくないでしょうし当然ですね。

 私だって人間に囚われ売られて変態に飼われていた過去から人間は嫌いですから。

 例外はフレイ•ファミリアの一部の人達だけ、それ以外は等しく同じです。

 

 それでも立場から来る責任感や通すべき義理から忠告はしておきましょう。

 

「脱退の代金を払えるなら蓄えの残りも期待出来る、とでも思った人に狙われる可能性も有りますし、荷物運びのスキルやサポーターとしての経験を活かして大手の商業系ファミリアに雑用として入ってみては?」

 

 フレイ•ファミリアのボフマンさんの商会は……入団の際の掟で幹部の誰かの指導を受けてから正式にというのが決まっていますし……。

 

「厳しくて常識外れに厳しい人、優しいけれど一切の容赦無しの人、変人で面倒見が良いけれど常識外れの人、何度も九割殺しな目に遭うなら誰の弟子になりたいですか」

 

 誰も嫌だと……そうでしょうね。

 

 

 そんな会話を終えた頃、そろそろフレイヤ様の手作り弁当を食べさせるかとベルさんを起こそうとすれば先に目を覚ましました。

 

 

 

「ほわぁああああああああっ!?」

 

「五月蝿いですよ。モンスターを呼び寄せたいのですか?」

 

 たかが膝枕をされていた程度で騒ぐので叩いて叱っておきましょう。

 

 

 どうして膝枕をしていたか? ちょっと理由がありまして……。

 




9割死んでても一割生きていればよし


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ファーストコンタクト

 この日、僕にとって有り得てはならない程に不幸な現実をステンノ様から告げられた。

 それは帰宅の後にステンノ様にキスをして、お風呂でその肢体を隅々までお洗いさせて頂いた後の事、普段の様に姫抱きで寝室までお運びした後で女神を抱き締めて眠るという名誉を堪能する……筈だったのに。

 

「悪いわね、ティオ。今日はアナと一緒に寝る気分なの。だって普段は抱き締められて居るけれど、たまには抱き締めて眠りたいわ」

 

「……はっ!?」

 

 

 

 意識を飛ばし思わず間抜けな声を出してしまった事にも気が付くのが遅れる程のショック。

 確かに毎日ステンノ様を抱いて寝ている訳じゃなく、父さん達と一緒に居た時からアルトリアやアナと一緒に寝るのを選ぶ姿を見送った事はあるんだけれど、だからって普段よりキスをした回数が多い日にアナを選ぶだなんて!?

 

 一体何故とは問い質さない、一応の理由は聞かされたし、何よりもステンノ様の選択が間違っている筈がないんだから。

 

「では、そういう事ですので」

 

「久し振りに髪をすいてあげるわ、アナ。じゃあね、ティオ。また明日会いましょう」

 

「お休みなさいませ」

 

 アナの奴、普段は夜行性だからって夜中にダンジョンに行くから一緒に寝れないからってここぞとばかりに得意そうな顔をして!

 保護したばかりの頃はビクビクして物陰に隠れながら警戒心を露にしていたのに、今じゃ本当に感情が豊かになって結構だよ!

 

 

「本当に豊かになって結構だよ。慣れていないと無表情で無愛想に感じるけどさ」

 

 僕は少し前だけれど結構昔にも感じる頃のアナの姿を思い出していた。

 

 

 

 

 

「ラミア? ラミアってあの下半身が蛇のお姉さんのモンスターじゃ?」

 

 当時の僕は恩恵を貰ってから漸くランクアップを目前にした頃、この頃は僕にベッタリな時期だったアルトリアが背中に張り付いて恐る恐る覗き込む相手を見て首を傾げていた。

 

 だって服を着ているのは別に良いとして、下半身が蛇じゃなくて人間の足だったんだからさ。 

 服の隙間から時々覗く肌に微妙に鱗が見えているけれど、とてもモンスターなんかには見えなかったよ。

 

 

「かんら、から、から! 希だが人間の言葉を理解して高い知性と同族とは違った容姿を持つ者が居るんだ。まあ、仲良くしてやってくれ」

 

 師範にそう言われたし、父さんが受け入れたなら僕は文句は無いんだけれど……。

 

「……」

 

 何か向こうは怯えと警戒が混じった目を向けて来ているし、背中の妹は僕の服を強く掴んでいるし、ちょっと仲良くなるのは長引きそう。

 

「取り敢えず一緒にご飯でも食べたらどうだ? 二人なら大きさが同じくらいだし、僕達よりも警戒されないだろうからね」

 

「うん、それは別に良いんだけれど」

 

 この少し妙なお姉さん……お姉さん? は父さんの眷属の一人なんだけれど別行動組のリーダーだから時々フラッと合流しては師範として僕に修行をつけてくれる。

 名前は……実は知らない。 何故か知らないけれど鬼一法眼って名乗っているし、父さん達がそれを受け入れているから僕やアルトリアも聞こうとは思わないんだ。

 

「二人とも揃って養子になるなら教えてやるぞ」

 

「別に興味無いです」

 

「お母さんとお父さんの子供のままがいい!」

 

 本名に関する話はこれで終了、今重要なのはアナの事で、先ずはご飯でも一緒に食べて仲良くなれってパンとおかずとナイフとフォークが用意されたトレイを差し出されたんだけれど……。

 

 

「っ!」

 

 ナイフとフォークが光を反射したのを見てアナは体をビクッと跳ねさせる。

 これは刃物が怖いのかな?

 

 師範も失敗したって顔をしているし間違いないみたい。

 モンスターだし、武器を持った人間に追いかけ回されたとか?

 

 アナがどんな状況で過ごして居て、どんな理由で保護されたのかは教えて貰っていない。

 その辺は父さんと母さんで協議中で、親が決めるべきだって師匠も先生も教えてくれなかったからね。

 

 じゃあ、多分アルトリアには絶対教えない方が良い事なんだろう、そんな風に思っていると師範は困り顔で銀食器を眺めていた。

 

「……少し待って木製のにするべきだったか。僕の他にも合流組がいるせいで食器に余裕がなかったからな」

 

「確かにちょっとさわがしかった。怖そうな人もいたし……」

 

「大丈夫だよ、アル。赤ん坊の時に会ったっきりの人も居るけれど、父さんが選んだ人達だし、酔っぱらって悪ふざけをして来てもお兄ちゃんが守ってやるから」

 

 正直言えば僕が今立ち向かっても小指の先で転がされるのがオチだろうけれど、お兄ちゃんだからそんな事は口にしない。

 まあ、一瞬足止めすればどうとでもなる人達が居るから嘘じゃないさ。

 

「……うん」

 

 少し無鉄砲な癖に人見知りな所のある奴だけれど、昔から頭を撫でてやれば落ち着くんだ。

 背中にしがみついてるから撫でるのは大変だったけれど妹は落ち着いた。

 

 因みに一番怖がってそうなアマゾネス姉妹の妹は僕も怖い。

 何だよ、あの巨大なトゲ鉄球はさ。

 

 

「弱虫アルが落ち着いたし、もう大丈夫だね」

 

「弱虫じゃないもん」

 

 

 じゃあ、新しい仲間の事を考える番だ。

 

「師範、ちょっと待ってて」

 

 ご飯を乗せたトレイを手にして僕は一旦その場から離れるんだけれど、アルトリアは僕の背中にくっついたままだ。

 ちょっと邪魔だなあ、だけど僕はお兄ちゃんだし……。

 

 

「ステンノ様、お出掛けから早く帰ってくれないかなあ」

 

「むぅ。お兄ちゃん、最近ステンノ様の事ばかり……」

 

「だって素敵で神秘的で色気があって可憐で優しくって美しい女神様だよ?」

 

 ちょっと拗ねた僕が向かったのは料理当番だった母さんの所、ちょっとしたお願いをしに向かったんだ。

 

 

 

「ほら、これで平気だろう?」

 

「……」

 

 ナイフやフォークが怖いなら使わないでもいい食べ方にすれば良いんだ。

 どうしたって? 少し大きいパンにして貰っておかずを挟んだんだよ。

 

「じゃあ、僕とアルは少し離れてるけれど、アルが話し掛けたら返事をしてやってよ。泣き虫だから無視されたら泣いて五月蝿いしさ」

 

「だから泣き虫じゃないもん!」

 

 これがアナと僕達の交流の始まりで、少し心を開いた切っ掛けなのかな?

 

 この後で他の団員とも仲良くなって、ステンノ様にだって直ぐに気に入られて可愛がられる事になったんだ。

 

 

 僕への言葉が酷くなったのも直ぐ後だったけどね!

 

 

 主に僕達兄妹とステンノ様が面倒を見てやっていたのにも関わらず失礼な態度を取る奴にステンノ様との添い寝の権利を奪われた、その事実に膝から崩れ落ちなかったのは偉大なる女神が最初に恩恵を与えた存在であるという自負、母や祖父を筆頭に名高き英傑達に師事したという矜持、それとついでに父さんの息子って事が僕を奮い立たせたからだ。

 

 

 

 だから寂しくなんてない、本当に平気なんだ……。

 

 

 

 

 

 そんな僕の肩に手が置かれ、振り向けばニコニコ笑うジャンヌの姿。

 

 

「寂しいのならお姉ちゃんが添い寝してあげますよ」

 

「不要だからさっさと寝なよ。まあ、お客さんの相手をしてからだけどね」

 

 依頼を受けてモンスターの大量発生を調査しに行ったのに、解決しても全然接触して来なかった依頼主。

 それがホームを守る人払いの結界を越えて漸く接触しようとする気配があった。

 

 アナの奴、さては接近する奴が居るって本能で察したな?

 

 結界には関わっていないけど、そこは恩恵を得たモンスター。

 蛇系に分類されるラミアだから匂いか熱かで探知したのかと、父さんから教わった蛇の生体を思い出しながら考える。

 何でもロキ様と別れた後に巨大な蛇を差し向けられて詳しくなったとか。

 

「大丈夫でしょうか? 相手が結果を知ってどんなに風にしたいのかも分かりませんが」

 

「ジャンヌの件で向こうがどう出るかだけれど、今は身内だしどうにかするさ。別に英雄になるとかは興味が無い僕だけれど、身内を守る為なら悪党だろうが……邪神だろうがなってやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……辿り着けん』

 

 尚、入ろうとはしているけれど、入れるかどうかは別だよ。

 



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無知

 ダンジョンの奥深く、人類未到の地にてその存在は地上に憧れていた。

 モンスターに敗れダンジョンに取り込まれ変質しせし堕ちた精霊、もはや本来の自我は殆ど失われ、残った記憶から狂気的に同族の精霊と地上への進出を追い求める怪物。

 

 それが今、新たな衝動に支配されていた。

 

 

『狡イ狡イ狡イ! ジャンヌダケ! ジャンヌダケ地上ニ出タ! フレイ様、ジャンヌダケ連レ出シタ!』

 

 それは怒りではなく嫉妬と羨望、例え堕ちても精霊、純粋な心は狂気的に捻じ曲げられても消えはしていない。

 だから精霊に戻り地上へと出たジャンヌに対して羨ましいと思っても憎いとは思ってはいなかった。

 

 

『ソウダ。フレイ様ヲ御迎エシマショウ! キット、ジャンヌミタイ二……』

 

 彼女の周囲の地面が盛り上がり無数の根や蔦が床を埋め尽くし、やがて壁を這って天井を貫くと遥か上に。

 途中、広がって行く蔦や根はモンスターに絡み付き先端を突き刺して締め上げる。

 暫しの間だけモンスターは抵抗を見せるも時に動かなくなり、灰だけになったモンスターを離した蔦や根は再び天井へと向かう。

 少しでも地上に近付く為かの如く、己が求める存在の為に上へと向かって行った。

 

 

 ダンジョンが脈動する、まるで助けを求めて悲鳴をあげるかの様に。

 犠牲になったモンスター達と同じく力を吸い取られながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪い。少し話を整理させて欲しい」

 

 ホームの敷地に入れず困っていたフェルズさんとの会談は庭に用意した椅子と机で行われ、僕はジャンヌを解放するまでの経緯を一部だけ省いて報告する。

 

 便利だよね、ステイタスを秘匿する権利って。

 不正の疑惑から開示を求められてギルドと揉めたイシュタル•ファミリアには少しだけ感謝してあげるよ。

 

 向こうが及び腰になった理由を思い浮かべつつも僕は警戒は解かないでいた。

 確かに父さんから信用出来る人物だとは聞かされていたけれど、人は変わるし、守るものの為ならば信念だって曲げられる。

 故にホームにも入れずに今の状況を作り出しているんだけれど、どうも信じ切れないって感じだね。

 

 

「堕ちた精霊が地上に出る事を目論んで切り離した一部を上の階層に送り込んで、僕がそれを解放した。確かに荒唐無稽な話だけれど、それなら其方側の神に確かめて貰って構わないよ」

 

 ガネーシャ様然りウラノス様然り、相手側に人間の嘘を見抜ける神がいて、僕の嘘は今の所は見抜ける。

 それが何時までなのかは不明だけれど、妹に危険が及ぶ可能性に繋がる父さんとの血縁に関する事は話さないけれど、それ以外なら話そうじゃないか。

 

「……この話は一旦持ち帰らせて貰う」

 

「どうぞ。ああ、信じたなら報酬はしっかり頼むよ。貧しくはないけれど、それなりに出費が激しい身なんだ」

 

 本当に武器が直ぐに壊れちゃうから困るんだよね。

 明日には死んでいても珍しくないのが冒険者だ、多額のローンなんて信用が余程でもないと組ませて貰えないのは世知辛い。

 

 少し逡巡しながらも一旦は納得って事らしくフェルズさんが去るのを見送れば少し眠気が襲って来た。

 

「……眠い。さっさと寝るか。一人は寂しいけれどね」

 

「じゃあお姉ちゃんが添い寝を」

 

「だから君の添い寝は不要だって、ジャンヌ」

 

 あーあ、こんなのが僕の眷属だなんて苦労するよ。

 

 真面目で堅物かと思ったら自称姉の不審者に豹変する彼女に僕はため息が出そうになるけれど、精霊と人じゃ精神構造が違うのなら仕方が無いとも納得出来るし、神が人から見れば理解不能な時がある程に別物の思考回路をしているみたいに神から見た人も自分達とは別物の精神構造をしているのなら苦労もありそうだ。

 

 ぶっちゃけ父さんとか絶対苦労しているよね、あの人も十分変わり者だけれどさ。

 

 

「私もそろそろダンジョンに行ってみたいですね。どうも復活してから感覚が妙で、魔法が上手く使えないのです。軽く精霊としての力を使えても、詠唱が必要な魔法まで行くと……」

 

「精霊はエルフ以上の魔法種族だし、取り込まれた時に力を削ぎ落とされたのなら経験値を稼いで恩恵を更新すれば……あっ!」

 

 恩恵を与えた以上は更新をしなくてはならないという事実に僕は気が付いて思わずジャンヌの方を見たけれど、向こうも気が付いたのか顔が真っ赤だ。

 

「そ、そうですね。最初に私が一人で脱いで寝転がっているというのはどうでしょうか? 背中なら素肌を見られてもそれ程恥ずかしくない……と思いますし」

 

「うん? ああ、確かに更新の時は背中を見せて貰わないといけなかったね。じゃあ、それでいこうか

 

 何故照れているのか一瞬理解出来なかったけれど、ステンノ様以外の素肌を見るという事に全く興味が無いから思い浮かばないだけで普通は異性に肌を見られるのって恥ずかしいってのを僕は思い出す。

 ならエルフ、特に同族以外との接触を禁じているみたいな人達は大変だろうと感じるよ。

 女性の場合は女神のファミリアに入るのかと思いつつ、根本的な問題を口にするのが情け無いから気分が落ち込んで来たんだ。

 

 

「そもそも僕って恩恵を与えるのは何となくで分かったけれど、更新とか鍵を掛けて他人に見えなくする方法が知らないんだ。…… フレイヤ様に教わるしかないのか」

 

 無知を恥じて必要な事を知ろうと動かないのは損でしかないんだけれど、幾ら実の叔母のフレイヤ様相手でも恥ずかしい事は恥ずかしい。

 

 チラリとジャンヌの方を見れば問題は解決したとニコニコしていて僕の悩みなんて気が付いてもくれやしないしさ。

 でも、仲間であるジャンヌの為にも聞くしかないんだよな。

 

 

 

「はあ……。今日は人肌恋しい夜なのに落ち込む事だらけだよ」

 

 溜め息と共に肩を落とした僕はトボトボと歩きながら自室へと戻っていった。

 普段はステンノ様を抱き締めて寝ても余裕があるベッドに今日は一人だけ。

 寂しさや虚しさがあるけれど、目を閉じて眠って、次に目覚めればステンノ様との一日がやって来るし、朝風呂で背中をお流しする役目だって……。

 

 希望があれば人は歩み続けられる。

 目を閉じれば直ぐに睡魔が襲って来て、僕の意識は深い眠りに沈んで行った。

 

 

 

 

「遅かったですね、兄さん! 私なんてご飯を食べてお風呂に入った後はお母さんに絵本を読んで貰っている最中に寝ましたよ」

 

 目を開ければ青い空と花畑の中、偉そうに平らな胸を張っているか妹の姿。

 なお、アホ毛は嬉しそうに左右に揺れ動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前かぁ……」

 

 取り敢えず抱っこして頭でも撫でてやるか、久々に:

 

 



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