アナザー タイガー (人斬り八宝菜)
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プロローグ

 

 

「与那…一緒にお姉ちゃんの所に行こう…」

 

両目を閉じ視界が真っ暗になると、眼帯に覆われた右目が最後に見た光景を思い出す。

 

戦車道は人生の大切な事柄が学べる場所だと母は繰り返し言っていた。

 

彼女がそうだったように私達姉妹も疑う事なく戦車道の門を叩いた。

 

だが、何が残ったのか…

 

もしも私が将来、子を産む事があるなら

腕に抱く我が子の重みを砲弾と比べるのだろう…

 

そんな恐怖しかない。

 

しかし、それも…起きる事はあるまい。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ケレブより全車…複数の敵戦車を確認…夜明けの森を抜けて来ます」

 

既に展開した歩兵部隊からの通達が来ずとも

その暴力的とも言って良い鋼鉄の響きは厚い装甲を抜け車内からも感じられる。

 

 

「予想通り…ってか、力押しの正攻法かよ…黒森峰らしいな!」

 

200メートル右に展開しているゴーレム2の車長「八頭恭子」が乾いた笑いと共に送信して来た。

 

「強い戦車なんでしょ!?沢山で来るとか大人気なくない?」

 

隊長車操縦士である「中原花南」が操縦レバーを叩いて叫ぶ。

 

「あれが黒森峰なりの敬意の表し方っすよ!」

 

左100メートルに展開しているゴーレム3の車長「志倉円佳」は最年少であったが元気に通信してくる。

 

恐れは無いようだ。

 

「パンサー戦車、5…6…8両…最後尾に新型パンサー…?」

 

黒森峰を監視するケレブ隊より通信が続く

 

「おそらくタイガー2型だ、逸見エリカの乗車だろう」

 

隊長車ゴーレム1の車長である「柊与那」が報告を訂正させた。

 

「キングタイガー…か」

 

後方400メートルに位置するゴーレム4戦車長「六芒桜」が呟く。

 

旧ドイツ軍の最優秀戦車として名高いパンサー8両と

大戦最強と言われたタイガー2型

全車合わせて4両の底辺高校に大盤振る舞いをしてくれたものだ。

 

 

「黒森峰はフラッグ車が代わったってな…」

 

不安なのだろう、恭子は通信を続ける。

 

乗車の無線不調を理由に黒森峰の隊長「西住マホ」は

指揮を副隊長である逸見エリカに委譲したとの事だ。

 

 

西住マホは戦列から離れ乗車であるタイガー1型を修理中…

これは好機と言って良い。

 

「あぁ、本来ならタイガー2型が最優先攻撃目標だが…」

 

遂に先頭のパンサーが隊長車の視界に入った。

 

「対戦車戦闘用意…適当に混乱させる」

 

9両ものパンサーやらタイガーをマトモに相手にしたら数分後には骸を晒す事になるのは此方だ。

 

「隊長車より全車に告ぐ、我々の標的は変わらない…西住マホだ」

 

「繰り返す、西住マホの首級一つだ…」

 

 

 

 



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隊長は、お前だ!

戦車道…

それは伝統的な文化であり

世界中で女子の嗜みとして受け継がれて来ました。

 

礼節のある淑やかで慎ましく

そして、凛々しい婦女子を育成する事を目指す武芸でもあります。

 

戦車道を学ぶことは女子としての道を極める事にもなります。

 

鉄の様に熱く強く

無限軌道の様にカタカタと愛らしい

そして大砲の様に情熱的で必殺命中

 

戦車道を学べば必ずや良き妻良き母良き職業婦人になれる事でしょう。

健康的で優しく逞しいアナタは多くの男性から好意を持って受け入れられるはずです。

 

さぁ、皆さんもぜひ戦車道を学び

心身共に美しい女性になりましょう。

 

 

 

1ヶ月前~~~~~

 

 

「と言う訳でなぁ、我が校も戦車道を始める事にした。」

 

遠挺辺(エンテベ)女子高等部の理事長室に「柊与那」「八頭恭子」「中原花南」「六芒桜」の4人は集められ

戦車道連盟のプロモーションビデオを見せられた後、理事長の高らかな宣言を聞いていた。

 

「と言う訳で…ってなんだよ!?」

 

恭子はふてぶてしく食って掛かる。

 

 

「おいおい、お前の様なズベタに乙女の嗜みをやらしてやろうってんだぞ?」

 

理事長は大柄な体を贅沢な椅子にドカリと乗せ首を横に振りながら

葉巻の先を切った。

 

「なっ!」

 

恭子は睨むが引率の女教師は彼の暴言に対し注意すらしない。

 

理事長、安民政治

 

彼は裸一貫で起業し国民的存在にまで登り詰めた男である。

 

テレビにも数多く出演し独自の教育論から事実上の少年院…

県下最低と呼ばれる遠挺辺校を買い取り見事に立て直した。

 

有能な実業家であり教育者…

そんな彼の発言に反論出来る大人は居ないだろう。

 

「ふーん…」

 

安民は4人をジロジロと値踏みでもするかのように眺めた。

 

「なっ!なんだよ!?」

 

恭子が慌ててスカートを抑えた。

 

 

「柊…柊与那ってのは、どいつだ?」

 

「彼女です」

 

この時、始めて黙りを貫いていた女教師が口を開き

与那の肩を押した。

 

「ほう…」

 

安民は関心を持って彼女を眺める。

 

黒髪ショートの整った顔立ちにではない。

 

彼女の右額から頬に走る刃物傷と右目があっただろう場所を塞いだ眼帯と残された左目の眼光に安民は心を奪われた。

 

(カタワになってもコイツの闘争心は死んじゃいねぇ…か)

 

「隊長はお前だ」

 

安民は葉巻の煙を撒き散らしながら与那を指差した。

 

「頼むぞ、西住流」

 

「ええっ!?」

 

全員の注目が与那に集中する。

 

いかに戦車道がメジャーとは言え、それを学ぶには

それなりの資金力が求められる。

 

「あーコイツは、お前等とは育ちが違うからな」

 

安民はニヤニヤと笑いながら唖然とする恭子や花南に挑発的な言葉を投げ付けた。

 

「1ヶ月後に試合を組んだからな!明日から頑張れ!」

彼は1人1人の肩をバンバン叩くと

 

「さぁ、隊長以外は帰って良いぞ」

 

追い払うかの様にシッシッと手のひらを振った。

 

「戦車道経験者として一言あるんだが」

 

与那が始めて口を開いた。

 

「おぉ!何だ言ってみろ?」

 

前向きな発言と思い気を良くした安民は葉巻を灰皿に置くと

彼女の発言を許可した。

 

 

「理事長殿は戦車を動かすのに何人必要か知っておられますか?」

 

「うーん?3人か4人か?」

安民は戦車に関心は無かった。

 

「そこそこの車両なら5人必要です。」

 

「そうか?それがどうした?」

 

「現在、高等部に在学してるのは我々4人だけですが?」

 

彼は暫し黙ると女教師に尋ねる。

 

「それは…本当か?」

 

「はい…間違いありません…」

 

女教師はオドオドしながら答えた。

 

「250人も居て高等部は4人か…」

 

「来年からなら分かるが1ヶ月後とかは無理だな…」

 

与那は背を向けると出口に向かった。

 

「冗談じゃねぇ!1ヶ月後じゃなきゃ意味が無いんだよ!!」

 

安民は絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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学園艦の夜

 

「ほら!早くしなさい!」

 

「弾薬箱は二つ持つ!二つよ!!」

 

黒森峰学園艦の戦車格納庫に逸見エリカの怒声が響く。

1ヶ月後の対戦が決まり早々に準備が始まっているのだ。

 

整備自体は整備班の仕事だが、弾薬や燃料の搭載は彼女達の仕事だ。

 

安全規則により一回戦終了ごと全ての弾薬と燃料を降ろすため

対戦となれば再び全ての弾薬燃料を搭載しなくてはならない。

 

砲弾80発、機関銃弾6000発を背より高い戦車に運びあげる作業は本戦より重労働とも言える…

 

「ふ…副隊長…」

 

88ミリ砲弾を抱えた隊員が今にも座り込みそうな顔で

MG34機関銃の弾薬箱を車上に上げているエリカを呼び止めた。

 

「なに?」

 

作業を止められたエリカは不満げに彼女を見た。

 

「私、思うんですけど…機関銃弾って必要あります?」

 

声が聞こえていた範囲の全員が手を止めてしまった。

 

中戦車以上の車両には通常、副武装として3丁の機関銃が装備されているのだが

戦車道中にそれらが火を吹いた事は無い。

 

主砲同軸機銃は砲弾の命中地点を探る為に使う事もあろうが

蝿の目すら射貫くと言われる黒森峰戦車道部に必要な行動ではない。

 

つまり、300発の7.92ミリ弾が収まるクソ重い弾薬箱を20箱も

ただ毎回、積んでは降ろすを繰り返しているだけなのである。

 

「ほ、砲弾も毎回ほとんど使いませんよね…?」

 

黒森峰は撃てば必中、半矢などあり得ない。

ほとんどの車両は1発か2発を使う程度…

 

つまり、彼女は砲弾数発あれば事足りるのではないか?

とエリカに具申した訳だ。

 

砲弾80発から数発になれば準備は格段に楽になる。

話を聞いていた他の者達も「おぉ!」っと声を上げた。

 

エリカはニッコリ微笑むと隊員の肩に手を置いた。

 

「そう、ならアナタはオヤツ抜きで」

 

「へ…?」

 

突然のオヤツ抜きに隊員は唖然としている。

 

使わない砲弾を降ろす事で燃費だって変わるのだ。

合理的な判断だと褒められると思っていたのだが…

 

「人が生きて行くだけなら日々の食事で事足りるわ」

 

「そんなぁ…」

 

隊員は半泣きでエリカを見るが彼女の冷徹な表情は変わらない。

 

「さぁ!手を止めない!15時までには終わらせるわよ!!」

 

~~~~~~~~~~

 

「終わったわね…」

 

時計は19時を指している…隊員達が帰ってから4時間が過ぎた様だ。

 

1人、全車両の最終確認を終えたエリカは

乗車ティーガー2の前部装甲に着いた汚れをボロ布で拭き取る。

 

全車両異常無し…報告すべき件無し…

 

 

彼女はチェックシートの束を抱え隊長室のドアをノックした。

 

「失礼します」

 

「ご苦労だったな…」

 

黒森峰隊長、西住マホが彼女を出迎えた。

ピリピリとした空気をエリカは頬に感じる。

 

マホが不満げだとか、そういう訳でも無いのだが…

 

「ティーガー2両、パンター8両、準備完了しました。」

 

「うん…」

 

マホはチェックシートに目を通すとバインダーに綴じた。

 

「あ、ちょっと待ってくれ!」

 

敬礼し早々に退室しようとしているエリカをマホが呼び止めた。

 

「用事が無いなら、たまには話さないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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堕ちた女王

 

「コーヒーで良かったか?」

 

「恐縮です…」

 

西住マホは伝説である。

 

戦車道を志す少女達にとって神話の様な存在だ。

 

その彼女が隊長を務める黒森峰戦車道部。

そこに入ると言う狭き門を突破し副隊長にまで登り詰めた自分。

 

今や伝説の一翼を担い、神話である彼女からコーヒーまで淹れてもらってる自分。

 

数ヶ月前まで、マホとの時間は何物にも変えれない大切な時間だった。

 

「…と、言う事なんだが…」

 

マホはエリカがコーヒーカップを無表情で眺めている事に気付き話を止めた。

 

「…大丈夫か?疲れてたのなら、すまない…」

 

「いえ、大丈夫です…次回の対戦校…聞いた事がありませんね」

 

エリカは、ぎこちない笑顔を作るとコーヒーを口に運んだ。

 

「戦車道部を新設した学校らしいな」

 

コーヒーの苦味が一気に口内に広がるのを感じる。

 

「負けると言う事は…こういう事なんですね…」

 

本来なら発足したばかりの無名校が頂点に立つ黒森峰を対戦相手に指名など有り得ない話だ。

しかし、新参も新参の大洗に全て持って行かれた大会。

 

自分達にもワンチャンあるかもと無名校が息巻いたと言う事だろう…

 

伝説は地に堕ちた…

その原因を作ったのは私だ…。

 

「それは違う!連盟から頼まれた話だ…」

 

マホは慌ててエリカの言葉を否定した。

 

黒森峰の無名校に対する敗戦は戦車道関係界隈に少なからぬ衝撃を走らせており

スター選手である西住マホが抜ける来季にはスポンサーも離れるのではないかと噂されている。

 

以前、西住ミホが敗戦の責を取り退部転校したのに

今回は誰も責任は取らないのか?

と言う話もマホには聞こえて来ているが、あんな馬鹿な事は

金輪際にして欲しい…

 

「今度の学校は少々特殊な学校なんだ…」

 

マホは資料をエリカに手渡した。

 

 

元少年院、現在は学校と言う名の施設か…

大方、あの連盟理事長が泣き落とされたのだろう。

 

どうやらテレビ局も乗った話らしい…

 

胸を貸す感じで黒森峰のPRになればスポンサーは離れないでいてくれるだろうか…?

 

スポンサーが去ってしまえば学園艦はもちろん

戦車の運用にも事欠く有り様となるだろう。

 

…黒森峰は終わる。

 

黒森峰を終わらせた伝説を担うのだ私は…

 

部活開始時、ズラリと並ぶ隊員の前で行われる隊長による訓示

 

隊長の隣に立つ自分が誇らしかった。

 

来年、私の前に並ぶ者など誰も居まい。

 

「えぇ、大丈夫です…二度と無様な事にはなりません」

 

エリカは立ち上がった。

 

「なるようなら自裁する覚悟です」

 

「エリカ!」

 

マホはエリカの手を掴もうとしたが指先は空を切った。

 

 

 

 

「コーヒー、ご馳走さまでした」

 

 

 

 

 

 

 



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女、3人寄れば…

エンテベ高等部、内部資料

 

「柊与那」高等部2年

熟慮型であり一見安定しているが厭世感が強い。

 

小学六年時に母親による心中から生き延びるが

その時の負傷により右目を失明している(母親は死亡)

母親は非常に戦車道に熱心であった為、それが原因で父親とは早くに離婚している。

事件後に父親へ彼女を引き取る様、行政が連絡したが

新たな家族が居る事を理由に引き取りを拒否。

当校へ

 

 

「八頭恭子」高等部2年

 

短慮短絡的な性格、当校へ来てからも暴力事件を幾度か

起こしている問題的学生。

 

小学三年時に母親による家庭内暴力から行政が保護。

(父親は業務中の事故で既に他界)

親戚へ彼女の引き取りを行政が連絡したが

経済的理由により拒否されている。

性格上の問題で各施設を転々とした後に当校へ

 

中等部に妹が1人居る。

 

 

 

「中原花南」高等部2年

 

家庭環境に問題が無かった為だろう性格はいたって穏やか

 

姉、両親祖父母と暮らしていたが災害により彼女を除いて

一家全滅となる。

近親の親戚も壊滅的な被害を受けており引き取り先が無く当校へ

 

柊与那を姉の様に慕っているようだ。

 

 

「六芒桜」高等部2年

 

性格は内向的だが、八頭恭子と不思議に気が合うようで

二人で居る時が多い。

幼少時に両親からネグレクト(育児放棄)を受け住民の通報から

餓死寸前で保護される。

 

行政が親戚へ引き取りを連絡したが拒否された。

施設を転々とした後に当校へ

 

趣味は、あや取り。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「結局、あれから何の話をしたんだろ?」

 

学舎の裏庭で花南は腕を組んで呟いた。

 

「いやいや、お前ら同部屋だろ?帰って来てから聞かなかったのか?」

 

恭子は呆れたと言った顔で花南を見た。

 

「聞いたよ!でも、疲れた~とか言って寝ちゃったんだよね…」

 

「ふぅん…案外、理事長から美味いものでも振る舞われてたりしてな!」

恭子が空笑いしながら軽口を叩く。

 

「隊長だけ特別にステーキだぞ~とかさ!」

 

「………」

桜は、あや取りの手を止めモジャモジャの髪から眼鏡を浮上させた。

 

 

「んなこと絶対に無いからっ!」

 

 

裏庭に花南の絶叫に近い声が響く。

裏庭から50メートルは離れてる中等部の生徒が足を止めた。

 

「与那タンに限って、そんな事は絶対に無いから!!」

 

「はいはいはいはい、分かった分かったから!」

 

掴みかかってくる花南を押し返しながら恭子は叫んだ。

 

「お前、与那の事になると人が変わるよなぁ…」

 

「変わってなんか…私は元からこういう性格だっ!!」

 

押し返して来た恭子を花南は再び押し返す。

 

「与那みたいな、ああいうのが良いのか?」

 

知らぬ間に桜が後ろに立ち花南の耳元に息を吹き掛けながら

囁いた。

 

「はぁ!?ちょっ…ちょっとぉ!!」

 

花南は真っ赤になって飛び退いた。

 

「前に借りた小説読んだ…次を頼む…」

 

桜が上着の内ポケットから小説を出した。

 

「ちょっ!そんなの此処で出さないでよっ!!」

 

花南は耳まで真っ赤にして引ったくる。

 

ガールズロマンス

 

つまり、ガールズラブ系のエッチィ小説である。

 

もちろん、こういう物品の所持は禁止だが

部屋替えの時に卒業した先輩が残して行った財産を花南が

大量に見つけ出し

こっそり私設図書館を運営しているのだった。

 

「与那は同部屋だから読み放題だろ?良いよなぁ。」

 

同じく借りている恭子も顔を赤めながら次をせがんだ。

 

「見せてないし!知らしてもいないよ!」

 

へ?何で?

と言った顔で2人は花南を見た。

 

「どうして、教えない…?」

 

桜が眼鏡のレンズ越しに花南を凝視する。

 

「そりゃぁ…与那タン、エッチな小説とか嫌いと思うしぃ…」

 

「………」

 

「変なの勧めて嫌われたくないって言うかぁ…」

 

呆気に取られた桜を押し退け恭子が花南の前に立つ。

 

「おいおいおい!俺たちは良いんかよ!?」

 

 

「何をやっているんだ?」

 

3人は声の先を見た。

 

柊与那だ…

左手には書類らしき物を抱えている。

 

「大騒ぎしているから見つけやすかった」

 

どうやら3人を探していたようだ。

 

「よぉ、あれからどーだった?何かもらえたか?」

 

恭子は親指と人差し指で輪っかを作りニヤニヤと聞く。

 

「現金か、百万もらえたぞ」

 

与那の予想外過ぎる答えに恭子のツリ目が丸くなった。

 

「いや、お前…百万て…まさか、理事長の…」

 

「部の活動資金だ」

 

「部って戦車道部?」

 

花南が不思議そうな顔で聞く、4人しか居ない戦車道部に百万もの大金は必要無いだろう…

 

「1ヶ月後に試合も組まれている」

 

「はぁ?戦車の乗り方なんて知らねーぞ!?」

 

与那の口から出たあまりに唐突な試合の話に3人は唖然とする。

 

「…どこと、やる?」

 

この町に戦車道部を持つ高校は存在しない。

どうせ聞いても市外の高校など分からないのだが

とりあえずと言った感で桜が聞いた。

 

 

「黒森峰だ」

 

3人がフリーズしたのを感じる。

 

「対戦校は黒森峰女学園だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ビジネスの時間

「いやいやいやいや…黒森峰って言ったら熊本とかの方のだろ?」

 

恭子は思わず聞き返した。

 

戦車道に詳しくなくとも黒森峰の名前くらいは知っている。

 

常に優勝か準優勝のエリート校だ。

 

今日から戦車道始めましたな地区予選も突破出来ないポッと出の高校が絡む事など絶対に無い。

 

しかも、戦車道全国大会は大洗の優勝で既に終わっている。

 

「詳しいな…」

 

与那は恭子を見ながら昨日、自分も

ああいう顔をしていたのかと思った。

 

~~~~~~~~~~

 

「黒森峰だって…!?」

 

先日、3人が退出したあと理事長室に残された与那は

対戦校の名を聞き唖然とした。

 

「聞いた事を聞き返すな…時間の無駄は馬鹿がする事だぞ?」

 

理事長はヤレヤレと言った顔で黒森峰の資料を見ろと与那に渡す。

 

「馬鹿は、そっちだ」

 

「んが!?」

 

いきなりの罵倒にキョトンとした理事長を尻目に

与那は資料を一瞥すらせず机に置いた。

 

「奇跡と言われた大洗ですら中重戦車は装備していたはずだ」

 

4号戦車、ポルシェ式タイガー

この2両が無かったら奇跡など起こり様も無かっただろう。

 

いくら西住ミホが稀代の戦略家であれ…だ。

 

結局のところ、戦車道とは性能と単純に物量を持つ事が絶対的な条件であり

上位常連校を見てもそれは証明されている。

 

大洗は以前に戦車道部が存在した為に機材の再利用となったが

戦車道部が過去に存在していない我が校は全てが購入となるのだ。

 

安民を先進的な教育者として世に知らしめたエンテベ女子だったが

台所の実情は、トイレの紙すら生徒が奪い合う酷い物だ。

中戦車など望むべくも無い…

 

軽戦車主体の貧乏学校が勝利出来る可能性は

中戦車、重戦車主体の学校に比べて非常に低い。

 

勝ち負けでは無いとは言え、そういう戦略性の低さ…

つまりゲーム性の無さが、昨今の戦車道低迷に繋がっている訳だが…

 

せいぜい配備したとして3号戦車なら御の字

逆に5号や6号を配備しても恭子達には扱えはしまい。

たちまち変速機を破損させるか履帯を破断させてしまうだけだ。

 

4号戦車、せめて長砲身シャーマンは欲しい…

いや、ヘッツァー駆逐戦車の方が…

 

ここまで考えて与那は自分の愚かしさに苦笑いした。

 

「理事長…戦車道より、まずは便所の紙からだ」

 

 

そもそも部員が全く足らない…

 

捕らぬ狸の皮算用とは良く言った物だ。

 

 

与那は立ち去ろうとしたが理事長は、その巨体に似合わないスピードで彼女の前に回り込んだ。

 

「部員も戦車も何とかする!するから引き受けてくれ!!」

 

まるで拝む様な勢いだ。

 

「来年度からボチボチやれば良いだろ?なぜ急ぐんだ?」

 

理事長の必死さに与那は困惑する。

 

「理事長、彼女に説明した方がよろしいのでは…?」

 

引率の女教師が眼鏡の冷たいレンズ越しに理事長を見た。

 

「クソ…」

 

理事長はボソリと悪態を吐いたが気を取り直して与那に言った。

 

「やって欲しいのは戦車道じゃ無ぇんだ!!」

 

 

「戦車道じゃ…ない?」

 

なら、今までの話は何だったのか…?

 

 

「柊与那と言ったか?お前、人生変えてみたくねぇか?」

 

理事長はネットビジネスか新興宗教の胡散臭さで与那の手を握った。

 

「そのツラだ、卒業しても風俗や水じゃ働けんだろ?」

 

与那の顔色が変わった。

 

「……離せ!!」

 

人前で隻眼を気にしない様にはしているが、あからさまに言われたなら話は別だ。

 

彼女は理事長の手を振り払った。

 

「お前みたいなのが掃除夫とかで消えて行くのはしのびないと言ってんだ!」

 

「余計なお世話だ!」

 

彼女は理事長を押し退けドアに向かう。

 

「その、余計なお世話に乗っかって食ってんだろがっ!?」

 

理事長は与那の腕を捻り上げると机に叩き付ける様に彼女を抑え込んだ。

 

机から書籍や資料が床に落ち、何かが割れる音が響く。

 

「りっ…理事長!?」

 

静観していた女教師が悲鳴をあげる。

 

「あ…あぁ」

 

理事長は我に返るが、全力で暴れる与那を抑えるのに必死だ。

 

「柊、落ちつけ…悪かった悪かったからよ」

 

30分ほどジタバタした後、2人はヘトヘトでカーペットの上に座り込んでいた。

 

理事長は、しばらくゼイゼイと息をしていたが

それでも与那が立ち上がる前に息を整える。

 

「よく聞け、柊与那…」

 

理事長は掴んでいた彼女の腕を放すとこう言った。

 

「これはビジネス、ビジネスの話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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