須賀京太郎断片集 (星の風)
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清澄高校
宮永咲はわからない


宮永咲はわからない。

隣にいる男、須賀京太郎との関係が。

高久田くんが、「咲ちゃんはいい嫁さんだなァ」と囃し立ててきたときに「中学で同じクラスなだけですから」と否定した。

しかし、周囲からは彼こと京ちゃんとの関係は幼なじみのようだと見られている。

なぜ幼なじみなのだろうか。

幼なじみとは読んで字の如く幼い頃からの付き合いのことを指している。

某小学生探偵の漫画でも幼稚園からの付き合いを幼なじみと称している。

なぜ中学2年生からの付き合いの京ちゃんとの関係を周囲は幼なじみと見なしているのだろうか。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

隣にいる男、須賀京太郎が妄想しているのが不愉快になるのが。

京ちゃんがおもち(彼が胸部のことをこう称していた、彼曰く奈良にいる同好の士の例え方らしい)のことが好きなのは知っている。

自分のおもちは和ちゃんと比べるとほんの少し小さいことは関係ないはずだ。

彼が家庭的な女の子が好きなことも無関係なはずだ。

そのためにひそかに料理のレパートリーを増やしていることも無関係のはずだ。

しかし、今も京ちゃんの緩んだ顔を見ていると胸がムカムカしてしまうのはなぜだろう。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

隣にいる男、須賀京太郎に対して口が悪くなってしまうのが。

京ちゃんだって頑張っているのは知っている。

優希ちゃんのためにいつの間にかタコスの腕を上げていることも。

それに伴って自分の料理の腕に密かに危機を感じていることは関係ない。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

好きという感情が。

かつて地方大会の決勝で「麻雀って楽しいよね」と発言したが、麻雀自体はあまり好きではない。

今でも麻雀はお姉ちゃんと話せるかもしれない手段としての面が大きい。

本を読むことはどうなのだろうか。

本を読み始めると続きが気になり気がつくと熱中してしまう。

しかし、この感情は好奇心と呼ばれるものではないだろうか。

和ちゃんたちとの関係はどうなのだろうか。

和ちゃんたちとは一緒に全国大会の勝利を目指すチームメイトにして、友達だと思う。

和ちゃんたちのことを思うと心が温かくなる。

これが好きという感情なのだろうか。

お姉ちゃんたちとの関係はどうなのだろうか。

お姉ちゃんとは仲直りをして昔みたいに一緒に過ごしたい。

おとーさんやおかーさんとも家族麻雀を抜きに昔みたいに一緒に過ごしたい。

お姉ちゃんたちのことを思うと胸が温かくなる。

これが好きという感情なのだろうか。

京ちゃんとの関係はどうなのだろうか。

京ちゃんとは中学2年生からの付き合いで、家に肉じゃがなどを持っていったりレディースランチを頼まれたりする関係だ。

他にもいろいろなことをしたが今は関係がないことだ。

京ちゃんのことを思うと胸がモヤモヤする気がする。

これが好きという感情なのだろうか。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

これからのことが。

“来年の事を言うと鬼が笑う”と言うことわざがあるが心の中で考えることは大丈夫なはずだ。

もし全国大会が終わってお姉ちゃんと仲直りをしたらその後はどうなのだろうか。

仲直りをしたら麻雀を続ける意味はほとんどなくなるのではないか。

そうなったら私はどうするだろうか。

そのまま麻雀を続けるだろうか、それともまたやめてしまうだろうか。

やめてしまえば和ちゃんたちとのつながりは多少薄くなるだろうがそのまま友達として接してくれると思う……多分。

京ちゃんとの関係はそのまま変わらないだろう。

そしてそのまま山も谷もなく過ごしていくだろう、そんな気がする。

もし麻雀を続ければどうなるだろう?

来年は2年生になって後輩ができるだろう、そこでまた全国を目指すだろうか。

京ちゃんも来年は選手として一緒に行きたいな。

そのまた次の年はマホちゃんたちが後輩になるだろうか。

そこでまた全国を目指すだろう。そのときは京ちゃんと一緒に個人全国一位になりたいな。

卒業したらどうなるだろう?

衣ちゃんたちを倒してここまで来ているのだからそれなりに注目されているかもしれない。

大学の推薦やプロへの誘いが来るだろうか。

もし大学に行くならどんな大学に行くだろうか。

麻雀が強い大学に推薦で行ってそこでも全国を目指して活躍するだろうか。

それともほどほどに活躍をしてキャンパスライフとやらを楽しむだろうか。

そのときは京ちゃんが一緒にいたらいいな、今からでも一緒に勉強しようかな。

もしプロに行ったらどうなるだろうか。

プロともなるとおかーさんよりも強い人がいるだろうな。

その中で私はどこまで行けるだろうか、トップランカーとまでは行けなさそうだけれど中堅ぐらいになれればいいな。

そうしたら収入も安定するから京ちゃんをマネージャーとして雇うのもいいな。

私はよく道に迷うから京ちゃんがいれば全国を回っても安心だな。

あ、けれどもプロになると婚期が遠くなるジンクスがあるからどうだろう。

おかーさんは活躍した時期が短いから大丈夫だったけれど、バリバリに活躍して小鍛治プロらみたくいじられるだろうか。

それはいやだな。

けれどこれからどうなるかわからないから自分の得意分野で稼げるうちに稼いで安心したほうがいいかな。

京ちゃんはいいな、家がわりとお金持ちでカピバラもペットにできるぐらいだからそういう心配はあまりなさそう。

私も養ってと言えば養ってくれるかな。

けれどそうなったら私の立場はカピちゃんと同じになるな。

それはイヤだな。

なんでイヤだろう?

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

隣を歩いている男がおもちに対して語っていることが不愉快なのが。

今の時代様々な要因でセクハラは直接触らない限りは寛容になっている。

そのためおもちに関して熱心に語っても周りはなあなあで済まされるのに。

私は心のどこかで不愉快に思っている。

何度もいうが私のおもちは和ちゃんや福路さんよりかは多少薄いがあるはずだ。

なのに京ちゃんは私のおもちに関して話題に挙げない。

つないでいる手を抱き寄せておもちにくっつけていつもアピールしているのに。

それを京ちゃんは「寒いのか」「俺の使っているマフラーを使うか」と言って意にも介していない。

なぜここまでムキになるのか自分でもわからないが話題に挙げさせられなければ私の負けのような気がする。

そのため、本屋に行って本を探しているときにそれとなくおもちを大きくする雑誌を確認して家で試しているのに私の体は中学からあまり変わっていない。

京ちゃんにも協力してもらっているのにあまりにも変化がなさ過ぎる。

お姉ちゃんも似たようなものだから遺伝子からそうなのだろうか。

いいやお姉ちゃんの所の淡ちゃんだって全国大会が始まったときはそこそこだったのに今では胸にボールを入れたのですか?と言われるくらいに変わったからまだまだチャンスはあるはず。

また京ちゃんに協力してもらって頑張らなきゃ。

けれど今は隣を歩いている男に対するこのモヤモヤをどうにかするのが先決だ。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

目の前の男が言っていることが。

 

「咲やっぱ俺才能ないのかな」

 

京ちゃんがあのときから頑張っていることは知っている。

必死に頑張っている京ちゃんに対して手加減をすることは京ちゃんに対して失礼だからいつも本気で相手をしている。

そのためいつもハコかその手前まで行ってしまうのはしょうがないことだ。

京ちゃんが不要牌を引き寄せやすい事も知ってる。

それも含めて私は京ちゃんの潜在能力を信用している。

だからこそ1年生の長野選抜の個人戦のとき負けて戻ってきたのが信じられなかったのだ。

あれからみんな空いた時間にできるだけ練習に付き合ってここまで来たのだ。

全国大会の後に広がった交友関係を使ってネットで練習もした。

私もできる限り教えられる事を増やせるように勉強をしてきた。

だからこそここまでの京ちゃんの頑張りを知っている。

それでも長野4位という結果は変わらない。

私は京ちゃんの頑張りを知っている。

いや私たちは京ちゃんの頑張りを知っている。

もし足りないものがあるとしたらそれは私の責任だ。

私の頑張りが足りなかったのだ。

けれど今は京ちゃんをなだめよう。

宮永咲はわからない

 

宮永咲はわからない

隣を歩いている男の言葉が。

 

「俺麻雀をやめようかな」

 

私はその言葉を聞いたとき「そっか」としか言えなかった。

あれから私はさらに勉強をした。

今では和ちゃんと牌効率について話し込めるくらいに。

京ちゃんは今では私たちで麻雀すれば3位になれる事が多くなってきた。

けれどあれから麻雀をしているとき時折苦しそうな表情することがあった。

そして全国2位、私は全国3位になったとき京ちゃんは笑って褒めてけれどそれでもどこか虚ろな感じがした。

私は京ちゃんにいつも助けてもらっていた。

だからその恩返しにひたむきに頑張っていたけれどそれが京ちゃんの重しになっていたのかな。

京ちゃんは優しいからきっとここまでしてもらって結果を出せない自分が恥ずかしいと思っているのだろう。

本当に京ちゃんのバカ。

みんな京ちゃんを助けているのは義務とか義理じゃなくて、助けてくれたから恩返しをしているだけなのに。

もう少しで京ちゃんは全国に跳べる羽を手に入れられるのに、山に咲く一輪の花を見つけられる羽が手に入れられるのに。

だから私はいつぞやのように京ちゃんの腕を私のおもちに引き寄せた。

京ちゃんは「咲?」といっている。

だから私はこう言った。

 

「京ちゃんのバカ」

「京ちゃんはいろいろと考えすぎ」

「みんな京ちゃんが好きだから手助けをしていたんだよ」

 

そういったとき私は初めて“好き”を理解したのかもしれない。

その前にこの恵まれているのに気付いていないこの男をどうにかするのが重要だ。

 

「京ちゃんこのまま私の家に行かない?」

 

今日は両親が家にいない代わりにお姉ちゃんが家にいるはずだ、衣ちゃんも呼ぼう。

 

「今日は家に泊まっていかない?」

 

私はいつもの調子で言った。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

目の前の男が言っていることが。

 

「咲、俺行けるかな」

 

京ちゃんはバカだなあ。

今じゃみんなで打っても1位になることがあるのに。

全国のみんなとネットで打っても1位になることがあるのに。

目の前の京ちゃんは不安そうにしている。

きっと去年のことが心に残っているのだろう。

あれから京ちゃんはいろいろあった。

それでもここまでたどり着いたのだ。

自信を持てばいいのに、けど京ちゃんらしいや。

こんなときどうすればいいかな。

そうだ、前に見たような気がする本の“おまじない”をしてみよう。

そう思い立って私は京ちゃんにさらに近づいて“おまじない”をした。

京ちゃんは一瞬驚いた顔をした後、あのときと同じような笑顔をした。

けれど虚ろな気配は全くしなかった。

 

「咲はいつも通りだな」

 

京ちゃんはこう言った後、背中に羽が生えたように先ほどまでの緊張など一切感じさせない足取りで決勝の舞台に歩いて行った。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

横を歩く男の言葉が。

 

「咲はこれからどうする?」

 

私は京ちゃんが何を言っているのかわからなかった。

たしかこの一つ前に話していた言葉は、「学校の進路調査表をうけとったよな」だったはず。

その流れでのこの言葉の意味はつまり。

私の進路に関して聞いているのだろうか、京ちゃんは私がプロになることは知っているはず。

それなのになぜこのような言葉を聞いてくるのだろう。

私は素直に聞き返した。

 

「あー、言葉が足りなかったなプロになってこれからどうするって聞きたかったんだよ。」

 

私は納得し、「京ちゃんはどうする?」と聞き返した。

 

「俺も大学やプロに誘われているんだよな1年生の時には考えられなかったな。」

「俺は家も余裕があるから大学でもプロでもどっちでもなー」

「だから参考までにプロになる咲の意見を聞きたかったんだ。」

 

私は考えた。

1年生の時に似たようなことを想像したはずだ。

そのときはただなんとなく京ちゃんをマネージャーにしようかなと考えていたはず。

けど今は京ちゃんもプロへの道が開かれている。

どうしようか。

京ちゃんと一緒にプロに入って男女のトップを目指すのもいいな。

それとも大学に入った京ちゃんをプロで待ち構えて壁になるのもいいかも。

どちらも魅力的だな。

でも大学に入っておもちにうつつを抜かすのはいやだな。

それならプロも変わりないか、プロも私に劣るけどおもちもちの魅力的な人が多いからな。

おもちにうつつを抜かす京ちゃんはいやだな。

けどマネージャーにして私たちが授けた羽を無意味にするのはイヤだな。

考えがまとまらないので京ちゃんに思ったことをそのまま伝えた。

 

「そっか」

 

京ちゃんはそう言って少し思索にふけっていながら歩いている。

私は無言で京ちゃんの腕におもちを押しつけながら歩いている。

木枯らしが吹くなか無言で歩く時間が続き、ある程度時間がたった後京ちゃんは口を開いた。

 

「決めた、プロになる。」

「プロになって咲と一緒に上を目指す。」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の胸に温かいものが広がった感覚がした。

 

「けどどうやって一緒に上を目指そうか、男女で別れているから絶えず咲と一緒にいられないからなー。」

 

京ちゃんの言っていることが理解できなかった。

 

「なんで一緒にいられないの?これまでもこれからも一緒にいるでしょ?」

「変な京ちゃん」

 

京ちゃんは一瞬驚いた顔をしたけどすぐにいつもの顔に戻り口を開いた。

 

「そうだな、今後もよろしく咲。」

 

その言葉を聞いて私は満足した。

宮永咲はわからない

 

宮永咲はわからない

今の状況が。

今、自分はプロに入ると同時に京ちゃんと一緒に雑誌のインタビューを受けることになった。

そのインタビューの内容が“プロ入りと同時に結婚、人生を天和であがった幸せカップル”という頭の悪い内容だ。

確かに高校個人男女1位がプロ入りと同時に結婚なら話題になるだろう。

けれどここまでことが大きくなるのは予想外だ。

なぜここまで大きくなるのだろうか。

私はただ一緒に上を目指すなら結婚すればある程度融通が利くと京ちゃんに言われて婚姻届にサインをしただけだ。

私の感覚は中学2年生からの関係の延長でしかないと考えていた。

ただ名字が変わったりするだけの感覚だ。

なぜ周囲はここまで騒ぎ立てるのだろうか。

おかーさんはおおげさに喜ぶし、お姉ちゃんは先を越されたとショックを受けているし。

けどおとーさんや和ちゃんたちはあまり反応しなかったな。

今、隣では京ちゃんがインタビューに答えている。

次は私だろうな、あまり話すのは得意じゃないけど京ちゃんのために頑張らないと。

ああ、憂鬱だな。

家に帰って私の手料理で夕飯を済ませて、京ちゃんと一緒に麻雀を打ちたいな。

ああ、今日は京ちゃんの料理の番だっけ。

その後はいつもの日課を済ませてから明日の準備をして京ちゃんの腕に抱きついて寝るだろうな。

でも、私の左手の薬指に輝く指輪の感覚は嫌いじゃないな。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲はわからない。

家族関係が複雑怪奇だった宮永咲にはわからない。

その結果、人間関係の距離感、特に異性との距離感がバグってしまった宮永咲にはわからない。

中学2年生からの付き合いの須賀京太郎との関係が幼なじみになぜ見られていたのか。

須賀京太郎というそれなりにいい物件がなぜ高校3年生まで誰とも付き合っていなかったのか。

なぜ須賀京太郎はすんなりと宮永咲と結婚したのか。

宮永咲はわからない。

 

宮永咲がわかることはただ一つ。

これまでもこれからも京ちゃんは隣に居続けることだ。

 




周囲の人々(ようやく結婚したのか)


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宮永咲の贈り物

きょうたんイェイ~
京太郎の誕生日なので思い入れのある京咲を投稿します。

評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
評価バーに色が付いていて驚きました。
これからも模索しながら投稿していきますのでよろしくお願いします。
この場を借りてお礼申し上げます。


 

麻雀部はこちら

 

 一人の少女がそう書かれた張り紙を見ながら何かを考えている。

 そんな考え込んでいる少女に眼鏡を掛けたウェーブのかかった緑髪の少女が話しかけた。

 そう、ここから少女達の様々な思いが交差する熱い夏が始まったのだ。

 

 **********

 

 それは麻雀部の強化合宿での就寝時間での一幕だった。

 女三人寄れば姦しいと言うが、5人集まれば言わずもがなである。

 宴もたけなわ、明日に響くからそろそろ寝ましょうという言葉が誰かから出てきそうな頃に爆弾は投下された。

 茶髪の少女が他の四人に好奇心からある質問を問いかけていた。

 

 「皆は初恋の人とか付き合っている人とかいるの?」

 

 その質問に他の3人は少し動揺した。

 

 「私はその…小学校の頃には胸がこのようになる前兆が出ていて、それで好奇の視線が多くて異性をそういう対象に見られなくて…。それに中学の前半は奈良の女子学院で出会いもなくて、後半は長野でゆーき達と一緒に麻雀に打ち込んでて…」

 「私は小さい頃からクラスのマスコットみたいに扱われてて異性からは恋愛対象には見られてなかったじぇ…。まあ、タコスと麻雀があったから気にはならなかったじょ。あはは…」

 「わしは小さい頃から実家の雀荘を手伝ってて出会いがのう…。お客さんからは看板娘のように扱われて悪い気はせんのじゃが…。というか久はわしのこと知ってて聞いたじゃろう!」

 「ごめんごめん。私も皆と似たようなものよ。いろいろとあって異性に気にかける余裕はなかったし…。あれ、宮永さんどうしたの?」

 「い、いや。何でもないです、部長。」

 「ふぅーん、どうやら他の三人とは事情が違うみたいね。今、白状すれば情状酌量の余地はあるわよ。それでどうなの?」

 「あはは…。そんな浮かれた話、私にはあ、ありませんよ。ほ、ほら明日に響くから皆寝ましょうよ。」

 「語るに落ちてるじぇ、咲ちゃん…」

 「そうじゃそうじゃ。皆話したんじゃけぇ白状しんさい。」

 「宮永さん…。一緒に全国を目指すと約束したじゃないですか、隠し事はなしですよ…」

 「そうそう、さっさと白状した方が楽になるわよ~」

 

 他の4人が咲と呼ばれた少女を取り囲み始めていた。

 取り囲まれている咲と呼ばれた少女は涙目でぷるぷると震え始めた。

 その直後に響き渡った

 

 「きょ、京~ちゃ~ん」

 

 という、声が咲という少女に対する疑問の答えと末路を表していた。

 

**********

 

 さて、ここで咲という少女と京ちゃんの出会いを説明していこう。

 咲という少女、本名宮永咲と京ちゃん、本名須賀京太郎が出会ったのは()()1()()()の頃だった。

 その頃の宮永咲は様々な家庭の事情から周囲に壁を作っていた。

 その壁というのは心と物理両方の壁だった、物理の壁と比喩はしたが実態は咲という少女から発せられる言いようのない威圧感が周囲を威圧していた。

 結果、宮永咲という少女は2年になるまで人と関わらないでいるはずだった。

 しかし、なにかの歯車が狂ったのか少女と少年は出会った。

 須賀京太郎という少年は、同じクラスになった宮永咲が気になっていた。

 それは一目惚れのような類いでなく、まるで小動物が傷つきたくないから周囲を威嚇しているように見えたからだ。

 少年は飼っているカピバラが始めて家に来たときのことを思い出し、なんとなく少女に声を掛けていた。

 

 「よう、俺は須賀京太郎。宮永だっけ、何してんの?」

 「…見ればわかるでしょう…本を読んでいるの。」

 「へえ~、何の本を読んでいるんだ?」

 「…海外ミステリー…」

 

 ファーストコンタクトはこんなものだ。

 それからも少年は少女に声を掛けては会話をすることを繰り返した。

 最初はウザがっていた少女も次第に少年との会話を楽しむようになっていった。

 そして、1年経つ頃にはお互いにタメ口で話す仲になった。

 その頃には帰る方角が一緒なのもあり、少女は少年の部活終わりまで図書室などで時間を潰してから一緒に帰るようになっていた。

 ある日の帰り道、少女の歩幅に合わせながら歩く少年と少女はとある会話をしていた。

 

 「京ちゃんは今の部活楽しい?」

 「ん、そうだな~。キツいことや苦しいことはあるけど、上手くなっている実感や仲間と一緒にやること自体が楽しいかな。」

 「そっか…」

 「咲も部活をやりたくなったのか?」

 「うーん、どうだろう?やりたい気持ちはあるけど、京ちゃん以外の人と話すのはまだ苦手かな。」

 「大丈夫だって、最近はクラスのヤツや俺の友人とも話せるようになってきたんだし。」

 「そうかな、けどやりたい部活がないのもね。」

 「本を読んでいるんだから文芸部とかは?」

 「無理無理、読むのが好きなだけで読ませるのは恥ずかしいよ。」

 「だったらなんか、得意なことや他に趣味とかないのか?」

 「趣味や特技か。…まーじゃ…」

 「まーじゃ?」

 「イヤイヤ、今のなし。もうそろそろ家だからじゃあね!京ちゃん。」

 「お、おう。また明日な咲。」

 「うん!また明日!」

 

 そして、そんな関係がさらに続いていき3年になったある日転換点が訪れた。

 少年が部活の県大会決勝で負けたのだ。

 しかも、エースだった少年が途中負傷で退場した結果だ。

 その翌日、少年は自室のベットで横になりながらただ天井を見つめていた。

 近くには飼っているカピバラがいて少年に寄り添っている。

 そんな時間がしばらく流れていた時、少年の母親が少女が来たことを教えてくれた。

 少年はなんとなく会いたくない気がしたが、口はいつものように許可を出していた。

 少女が部屋に入りカピバラしばらく撫でた後、少年に向き合った。

 

 「京ちゃん、昨日はその…」

 「いいよ咲、単純に運がなかっただけだった。」

 「京ちゃんはそう思ってないよね、その涙が証拠だよ。」

 「こ、これはただゴミが目に入っただけだ。」

 「ううん、ちがうよ。京ちゃんがどこか心に引っかかっているものがあるから涙が出るんだよ。」

 「う、うるさい。咲に俺の気持ちがわかるのか。」

 「わからないよ。人を怖がって部活にも入れなかった臆病者の私には京ちゃんの気持ちはわかりようがないよ。」

 「だったら…」

 「でも、隣に寄り添うことはできるよ。これまでの京ちゃんの頑張りを私はずっと見ていたから知っているよ。」

 「京ちゃんはこれまでがむしゃらに頑張ってきたんだから転ぶときもあると思う。そんなとき私は京ちゃんの隣にいて一緒に前を向いて歩きたいな。」

 「あはは…まるで告白みたいだね。でも京ちゃんと一緒に前を向いて歩きたい気持ちは本当だよ。」

 「だから、今だけは泣いていいんだよ。京ちゃん。」

 

 その言葉に少年は堰をきったように泣き始めた。

 少女は少年の隣に座って寄り添っていた。

 カピバラは空気を読んだのか二人の視界から消えていた。

 しばらくしてから落ち着いた少年は少女にお礼を言った。

 

 「ありがとう咲、なんとなく心の整理が付いたよ。」

 「どういたしまして、それで京ちゃんはどうするの?」

 「もう一回、リベンジしようと思う。高校でもハンドボールを続けてみるよ。」

 「そっか、私は京ちゃんについて行こうかな。」

 「いいのか咲、俺が行く所はスポーツ以外は話を聞かないぞ。」

 「いいんだ、京ちゃんにあれだけ言ったんだから私もどんなところでも勇気を出して頑張ってみるよ。」

 「そうか、咲が決意したのなら俺は何も言わないよ。」

 

 それから少しの時間が経った後、少年は意を決したように口を開いた。

 

 「咲…」

 「なに?京ちゃん。」

 「さっき、告白みたいって言っていたが、改めて言うよ。俺と付き合ってくれないか咲。」

 

 少女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに花が咲いたような笑顔で返事をした。

 

 「よろこんで。これからもよろしくね、京ちゃん。」

 

**********

 

 時は現代に戻り、麻雀部の合宿の場面に帰ってくる。

 

 「…ということがあって。付き合っているんですけど、私が恥ずかしくて付き合っているのは周りに秘密ということにしていたんです…。」

 

 少女は涙目になりながら少年との出会いを説明し終わった。

 聞き終えた4人はなんとも言えない顔をしていた。

 

 「思った以上に青春でなんともいえないわね…」

 「なんか苦いものが食べたくなったじぇ…」

 「そうじゃのぉ、コーヒーを飲みとうなったわ…」

 「羨ましいような、恥ずかしいような…なんともいえない話ですね…」

 「なんですか!この空気!」

 

 少女の悲鳴のような絶叫が木霊する。

 

 「いや~、もっと俗っぽい話かと思ったら、こうピュアと言うか甘酸っぱいというかなんとも表現ができない青春真っ盛りの話を聞かされて…ねえ?」

 「咲ちゃんからは想像のできない青春話だったじぇ。」

 「今日日こがいにまっとうな青春の話を聞かされるたぁ…」

 「それで勇気を出して麻雀部に入ったんですか…」

 「そうだよ!京ちゃんも頑張っているんだから私ももう一回向き合おうと思ったから麻雀部に入ったんだよ!」

 

 もはや、少女はやけくそなのか普段のキャラを投げ捨ててピンクの髪の女の子の質問に答えていた。

 

 「ごめんね、宮永さん。思った以上に青春してたから羨ましくてね。良ければその京ちゃんの写真があるなら見せて欲しいんだけど…」

 「え、ええ。いいですけど…」

 

 少女は携帯を操作して画面に二人で写った写真を表示させた。

 

 「へえ~。二人で並ぶとまさに青春恋愛漫画のワンシーンみたいで映えているわね。」

 「写真からでもわかるカップル感がすごいじぇ。」

 「そうじゃのぉ、こがいな見てわかるなぁ芸術的じゃ。」

 「二人で手をたどたどしく繋いでるのが芸術点高いですね。」

 「う、うわぁ~」

 

 少女が他の4人の褒め言葉に悶えていた。

 

 「と、とにかく。これが私の話です。もういいですよね!」

 

 少女が携帯をしまいながら早口で捲し立ててきた。

 

 「そうね、もう夜も遅いし寝ましょうか。」

 「そうですね、明日も合宿がありますからね。」

 

 その言葉で少女達は明かりを消して寝床に着いた。

 

 (京ちゃん、私頑張るからね。)

 

 先ほどまで話の中心だった少女はそう決意を新たに夢の世界に落ちていく。

 

**********

 

それから、時がさらに流れて10月27日。

 その日も二人の少年と少女は歩いていた。

 端から見ると初々しいカップルだが、少女は男友達と帰っているようにしているつもりだ。

 こんなバレバレなので入学してからしばらくすると、周囲は温かい目で見守るようになった。

 少年の方はその状況を全て把握しているが、そんな少女も愛おしいから自力で気づくまで放置するようにしていた。

 

 「京ちゃん、今日は何日だっけ?」

 

 少女はソワソワしながら少年に聞いていた。

 

 「んー、10月27日だろ。」

 

 少年は内心ニヤニヤしながら、素知らぬ顔で答えた。

 

 「そうそう、10月27日だったね。」

 

 少女はチラチラ少年を見ながら答えた。

 焦らしすぎるのはかわいそうだなと少年は思い、鞄に手を入れながら少女に話しかけた。

 

 「はは、すまんすまん。今日は咲の誕生日だよな。ほれ、誕生日プレゼント。」

 

 少年は鞄から取り出した、包装紙に包まれたかわいくラッピングされた箱を少女に手渡した。

 

 「もう~、京ちゃんのイジワル。でもありがと。」

 

 少女は隠しきれない喜びを顔に表しつつ、包みを丁寧に開けた。

 

 「これは…櫛?」

 「ああ、高校生になったから少し背伸びをしてそれなりの物を…と思ったとき、それが目に入って、咲のきれいな髪に合うと思ってな。」

 「ふーん。」

 

 少女は心底嬉しそうに返事をした。

 

 「ありがと、京ちゃん。」

 「どういたしましてお姫様。」

 「も~、茶化さないで。」

 「そういえば、今日は家にお姉さんがいるんだっけ。」

 「うん、インターハイで仲直りしてから定期的に来るようになったからね。」

 「インターハイか…。それにしてもまだ信じられないよ咲達が全国優勝して、さらに咲が全国1位になるなんてな…。」

 「それを言うなら京ちゃんもでしょ、ベスト4まで行ったんだから。私達の方は色々と噛み合って行けただけだし…」

 「咲…。全国1位が言ってもイヤミにしか聞こえないぞ。」

 「あの日からもう一回色々と学び直しての結果だからね!」

 

 少女が薄い胸を張って誇っている。

 

 「その割にはお姉さんが先鋒なのがわからなくて、後でわかった際に声を震わしながら『こ、個人戦もがんばるから。』と強がっていたくせに。」

 「あ、あれは皆のために大将を引き受けてあげただけだし…」

 「まあ、お姉さんともう一度麻雀で話し合うために立ちはだかった人たちを全て倒した結果が個人1位だからな…。しかも。お姉さん倒しているし。」

 「結果良ければ全て良し!だよ。おかげでお姉ちゃんと和解できたし。」

 「結果が『大魔王の妹は超魔王だった』って記事が特集されたけどな。」

 「インターハイの話はおしまい!プレゼントありがとう、京ちゃんの誕生日楽しみにしてね。」

 

 少女が慌てたように話の方向を転換したので、少年もあえて乗っかった。

 

 「そうだな、咲のプレゼントを楽しみにさせてもらうぜ。」

 「うん、期待してね京ちゃん。」

 「お、そろそろ咲の家だな。」

 「あ、そうだね。じゃあ、また明日京ちゃん。」

 

 少女の横顔を見ていると少年はいたずらをしたくなった。

 

 「あ、咲もう一つプレゼントがあったんだった。」

 「え、なに…」

 

 少女が疑問を言い切る前に、少年は少女の額にキスをした。

 

 「じゃあ、また明日!」

 

 少年が元気に駆けていく。

 少女はしばし固まった後、顔を真っ赤にして少年の後ろ姿を見つめていた。

 

 「もうちょっとムードを考えてよね!もう!」

 

 口から出た悪口とは正反対に少女の顔と口は緩みに緩んでいた。

 それを出迎えようと外で待っていた姉に目撃されイジり倒されるのは別の話。

 

**********

 

 そこから、時は流れて2月2日に少年は少女の家に呼ばれた。

 

 「ふふ、私はイジワルな京ちゃんと違ってプレゼントを焦らしたりはしないよ。」

 「まだ根に持っていたのか…」

 「さあ、私からのプレゼントだよ京ちゃん!」

 

 少女が綺麗に包装された箱を少年に渡した。

 少年はそれを綺麗に開けようとして少し手間取ったが無事開封した。

 その中には少し高価そうな時計が入っていた。

 

 「時計?」

 「そう、最初は鎖の付いた懐中時計にしようかと思ったけど実用性を考えて腕時計にしたよ。」

 「へー、結構高そうな時計だけど大丈夫なのか?」

 「見た目の割にお手頃な値段だから気にしなくてもいいよ。」

 「そうか…。そういえば、話は変わるけど咲の髪が伸びてきたな。」

 「ふふん。京ちゃんのプレゼントを満喫するために誕生日から伸ばし始めたんだ~。どう?似合ってる?」

 「正直に言えばすげー良い。なんていうか色っぽくていいな。」

 「そう?京ちゃんに褒められると悪い気はしないな~。」

 

 少女がくるりと1回転して伸ばした髪をアピールした。

 そんな光景に少年はイケナイ感情が芽生えそうになったのを振り切ってプレゼントの意味を少女に聞いた。

 

 「それにしても時計か…。なんか意味でもあるのか?」

 「プレゼントは何が良いかなと物色して、ピンときたのがそれだっただけだよ。」

 (ホントは少し違うけどね。)

 (実際は京ちゃんに櫛をプレゼントされて、クリスマスの有名な話が書かれた本を思い出して決めたんだけどね。)

 (それに女性に“櫛”をプレゼントしたんだから、こっちもそれなりに思いを込めてプレゼントしたかったのもあるし。)

 (“これからも同じ時を歩みたい“なーんてね。)

 「これからもよろしくね!京ちゃん。」

 

 満面の笑顔で少女は少年の胸に飛び込んだ。

 

**********

 

 さらに時は流れて…

 

 「おかーさん、これ大切な物?」

 

 特徴的な髪型をした少女が櫛を片手に長い髪の女性に問いかけていた。

 

 「それは、京ちゃ…お父さんが高校の時にプレゼントしてくれた物だよ。」

 「へ~、おとーさんがプレゼントした物なんだ。」

 「そうそう、それからだねお母さんが髪を伸ばし始めたのは。昔はもっと短かったんだよ。」

 「そうなの?」

 「“櫛”をプレゼントなんてするから一層お父さんを愛おしくなってね、プレゼントを十分に活用したいと思い立って伸ばしたんだ。」

 「櫛をプレゼントされたから?」

 「そうだね、お母さんは本全般、特に海外ミステリーが好きだけど、昔の日本の文化の本も読んだことがあってね…。その中で男性が女性に“櫛”を送るのは特別な意味があったんだ。」

 「特別な意味?」

 「それはね…」

 

 平穏な昼下がり、母親は子供に父親の無意識のプロポーズの話をしていた。

 

 少女は少年から数え切れない贈り物を受け取った。

 少女はその贈り物のお礼を少年に返そうとした。

 しかし、少年はすでに少女から数え切れない贈り物を受け取っていた。

 少年と少女は幸せだった。

 



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宮永咲は突き進む

さきたんイェイ~
咲の誕生日なので京咲を投稿します。

・・・3ヶ月も投稿が遅れてさらに揺杏の小説の続きじゃなくて本当に申し訳ありません。
作品を作っていく内にこれは京太郎なのかそれともただのオリキャラなのか解らなくなってしまい筆が進まなくなってしまいました。
自分の拙い作品をお待ちしている人がいることが励みになってなんとか今日の誕生日に間に合わせることが出来ました。
今回の作品は色々と変えているのでタグに原作改変と独自設定を追加しました。

そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想が活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 私はお姉ちゃんが言っていたように花だ。けれどお姉ちゃんが願っていたような高い山でも咲き誇れる花には成れなかった。きっとお姉ちゃんは人に依存しすぎない強い心を持った人になってほしいと想ってこの言葉を私に贈ったのだろう。けれど私はそんな花に成れなかった。

 

 私は自分で家族をそして姉である宮永“照”という日向を無くしたのだ。日の光が無ければ花はしなびて枯れていくだけだ。そのままでいればきっと私の心は死んでいたのだろう。

 

 けれど・・・今、私は、ここにいる。高い山で咲き誇れるような花には成れなかったけど・・・強い心を持った人にはなれなかったけど・・・私はここにいる。四角い宇宙の前、インハイの対局室、決勝という舞台、私はここにいる。私のために、皆のために、・・・京ちゃんのために、私はここにいる!

 

 見ていてお姉ちゃん!今の私を!お姉ちゃんが願った()には成れなかったけど、今の私はきっとその花よりも綺麗に咲き誇っている!見ていて皆!私が勝つところを!・・・見ていてね京ちゃん。

 

 京ちゃん・・・私の自慢の友だちで、大切な部員で、愛しい想い人で、・・・私の陽だまり。京ちゃんがいなければ私はここにいなかった。あの日、あの時、あの言葉を私は忘れない。だから・・・京ちゃん待っていて!私が勝つところを!

 

 あなたたちがどんな思いで何を背負ってここにいるか私は知らない。けれど思いの強さで私は絶対に負ける気は無い。私も皆の・・・京ちゃんの願いを背負ってここにいるんだ。勝負だ!私は突き進む!私の夢に!そう・・・

 

 京ちゃんのお嫁さんになる夢に!

 

**********

 

 私の名前は宮永咲、麻雀が得意で親が別居していてお姉ちゃんと冷戦している以外はどこにでもいる読書好きの清澄高校の1年生。そんな私は今京ちゃんの案内で麻雀部に向かって歩いている。

 

あっ!京ちゃんは私だけの愛称で本名は須賀京太郎って言うんだ。背が高くて綺麗な金髪で優しく明るくて・・・私のお日様なんだ。

 

 私は京ちゃんのことが大好きだ。どれくらい好きかと言えば結婚して最期まで添い遂げたいくらいには好きだ。

 

 けれど同時に京ちゃんの意思を大切にしたいと思っている。京ちゃんが他の人を好きになっても私はそれを受け入れ祝福する。もし京ちゃんが私のことを嫌いになったなら私はそれを受け入れ目の前から消えるだろう。

 

 

 

 

 

 まあ、それはそれとして今日も京ちゃんはかっこいいね!

 きっと今の私を見ればお姉ちゃんは目を疑うかもしれない。いや・・・もしかしたら「私に妹はいない」と言うかもしれない。ごめんお姉ちゃん今から謝るね!高い山でも咲き誇れる花には成れなかったけど京ちゃんという太陽で咲き誇る花になるから許して!それともしかしたら将来的に迷惑かけるかもしれないけどそれも許してね!!

 

「くしゅん!」

「わっ!テルー、風邪?」

「なんだか急に寒気が・・・うぅ」

 

 お姉ちゃんのくしゃみが聞こえた気がするけど気のせいだね。

 そんなことより京ちゃんだ。

 京ちゃんとは中学2年生のクラス替えの時に運命の出会いをしたんだ。

 

 あの時の私は・・・今思い出すと恥ずかしいけど荒んでいたんだ。そんな私を京ちゃんは救ってくれたんだ。それから色々あって私は京ちゃんへの恋心を自覚したんだ。けど京ちゃんと一緒に過ごしていく内に私は京ちゃんの好みとはかけ離れていることに気付いたんだ。京ちゃんは家庭的なおもちの大きい人が好みで、私は最低限の家事は出来る程度でおもちなんて言うにはおこがましいおせんべい体型だ。それを察した時とても悩んだな、このままだと京ちゃんは私のことを見捨てるんじゃ無いかって・・・ね。あの京ちゃんに限ってはあり得ないと今は鼻で笑えるんだけど当時の私はまだ京ちゃんのことを信じきれていなかったんだ。

 悩んで悩んで・・・私は悟ったんだ。

 

 私自身を徹底的に磨けば良いって。

 

 京ちゃんを襲って無理矢理責任を取らして繋ぎ止めることや徹底的に甘やかして依存させることも考えたんだけど・・・それは違うと思ったんだよね。そうすれば京ちゃんはきっと傍に居続けてくれるけど・・・京ちゃんを京ちゃんたらしめている何かが壊れちゃう気がしたんだ。もしそうなったら私の心もきっとまた壊れだろう。だから私は私を変えることにしたんだ。

 

 家庭的な人が好きな京ちゃんのために料理を中心に家事全般を勉強したり、おもちになるための食事やエクササイズもやったり、京ちゃんをおもち以外で魅了するために美脚やヒップアップのための体操もした。人付き合いも京ちゃんレベルは無理だけど人並みにこなすようにした。京ちゃんへのアピールに使えるかもしれないと思って嫌いな麻雀も勉強し直した。願掛けに神社へのお参りや髪を伸ばすようにした。とにかく思いつく限りのことは実行した。

 

 全ては京ちゃんのため。それにやっている内に楽しくなっていったんだ。料理も運動も人付き合いも・・・麻雀も。あれだけ嫌いだった麻雀も今はまた昔のように好きになった。

 

 そうして磨いた自分を京ちゃんに大々的にアピールすることは・・・しなかった。これもれっきとした理由があった。それは京ちゃんと私の関係が理由だ。私は京ちゃんと添い遂げたいぐらい好きだが、京ちゃんは私のことを手のかかる妹分のように見ているのだ。これは出会った頃の私が人見知りとポンコツを煮詰めたような存在だったことが原因だ。そんな私の世話を焼いている内にこの関係に落ち着いてしまったのだ。こんな状況でアピールしても効果は薄いだろう。或いは俺の手助けはもう必要無いなと判断されて、只の女友達に格下げされかねない。そうじゃなくてもがっつきすぎれば引かれてしまうだろう。

 

だから私は少しずつ外堀を埋めるようにアピールすることにした。料理はうっかり多く作りすぎた体でお裾分けをして胃袋を掴む。ボディタッチを増やして心の距離を狭めていく。ハンドボールで燃え尽きた京ちゃんにはやりんをダシにして麻雀に興味を向かせた。

 

 そうして中学を卒業する頃には私は京ちゃんと幼なじみのように見られるくらいの関係になったし、こっそり京ちゃんの部屋を探して出てきた○○本もおもちだけでなく脚やお尻のジャンルも増えていた。食べることが好きな京ちゃんが食事中に麻雀のアプリをやるようになった。アピールの結果が徐々に出始めてきているのを確信できた。

 

 

 

 高校に入学してからは麻雀でのアピールに一層力を入れることにした。京ちゃんが部活に所属して全国を目指したいって言ったのが大部分の理由だが、私の家族問題にも一段落付けたいことも含まれている。それにこれまでの総決算として全国で優勝してその場で告白すれば思いっきり印象に残るだろうし。

 

 そうして入学してから私が諸々の用事で忙しかったから先に京ちゃんに入部してもらったら・・・

 

京ちゃんったらデレデレした顔で帰ってきたんだ。私はすぐにピーンときたよ、京ちゃん好みの子が麻雀部にいたんだって。とりあえずそれには触れずにどうだったか聞くと衝撃の事実が判明したんだ。男子0、女子4人って・・・今の時代ホントの田舎じゃないとあり得ない人数だよそれ・・・。話を聞くとどうやら近くに麻雀の超有名校があって出来る人は皆そっちに行ってこんな人数になったみたい。けど・・・これは好都合かも。レギュラー争いをして変に人間関係がこじれることもないし、麻雀部の部長さんは全国を目指しているって言っているみたいだから即戦力の私の意見もある程度通るかもしれない。明日にでも京ちゃんに紹介してもらって入部しよう。そう京ちゃんに伝えようとしたら

 

「あっ咲!明日一緒に麻雀部に行くぞ。部長に入りたい人がいないか聞かれたからいるって言ったら是非連れてきて欲しいって言われたからな」

 

 ・・・まぁいいか。私は京ちゃんにわかったと返事をした。

 

 というのが昨日の話。こんなことがあって私は今京ちゃんの案内で麻雀部を目指しているんだ。そうしてしばらく歩くと牌を打つ音が聞こえる扉の前に着いた。

 京ちゃんの話だと1年生が2人、2年生と3年生が1人だったはず。きっと入部したら一局すぐに打つことになるだろうな。京ちゃんの話だとなかなか強かったって話だからとりあえずプラマイゼロで様子を見ようかな。そんなことを考えながら私は扉をくぐった。

 

 そうして入部した私は個性的だけど頼れる先輩や親友ができた。そんな人たちと一緒に全国を目指すことになったんだ。・・・それにしても和ちゃんのおもちは反則だなぁ。何を食べたらそうなるのか聞こうかな。

 

**********

 

 私の名前は宮永照、麻雀は好きじゃないけど得意で親が別居していて妹と冷戦している以外はどこにでもいるお菓子好きの白糸台高校の3年生。そんな私は今・・・控え室でインハイ決勝の大将戦を観戦している。

 

 この大将戦は色々と・・・気になることが多い。まず全員が1年生だということ。1年生で大将を任せるのは色々とリスクがある。麻雀の腕はこの際横に置いておく。必要なのはプレッシャーに負けないことだ。気持ちで負けると運も離れていく。逆に想いを込めると牌も答えてくれる。いくら麻雀の腕が良くても場の雰囲気に吞み込まれてしまえばその腕は生かせない。だからこそ全員が1年生なのは異例だ。ウチ(白糸台の大将)の淡は調子の波はあるが負けん気が強くてプレッシャーに負けることはない。阿知賀や臨海の大将も似たようなものだろう。けど清澄の大将・・・私の妹の咲はそんなタイプじゃなかった。

 

 画面に映る妹の姿を見ると私の気持ちはかき乱される。

 

「照・・・大丈夫か?」

「・・・大丈夫」

 

 どうやら顔に出ていたようだ。菫が声を掛けてきた、いや尭深も誠子もどこか気の毒そうに見ていた。それに私は平静を装って答える。

 

 そう私の妹の咲が清澄の大将として対局しているのだ。けれどその姿は私の知らない姿だ。昔の咲は対局している時は表情豊かだった。笑って泣いてコロコロと表情を変えていた。なら今打っている咲はどうだろうか。咲は・・・笑みを浮かべながら打っている。見ている人全てがその笑みを余裕の笑みだと理解できる笑みだ。それと対照的に淡を含めた残りの3人は真剣な表情で打っている。それはまるで私が対局した先鋒戦を再現しているかのような光景だった。さすがに私は笑みを浮かべていなかったが、私を止めるために他の3校が協力していた光景と同じだった。

 

「淡・・・」

 

 画面で必死に打っている後輩の名前を呼ぶ。できる限り対策はしたがそれでもここまで差があるのか・・・。今の咲はまるで大木・・・いやファンタジー小説とかで出てくる世界樹だ。決して揺るがないただそこにいるだけで存在感を発揮している。それこそ深山幽谷や宇宙、運命すらも意に介さないほどに。今の咲と打てば私も分が悪いだろう。それほどまで今の咲は強い。

 

「ああ・・・」

 

 確かに私は高い山で咲き誇る花のように強くなって欲しいと言った。けど・・・けど・・・。

 

「照・・・お前の妹だが」

「・・・私に妹はいない」

「宮永先輩・・・」

 

 菫が現実をたたきつけようとしてきたのを私は拒絶する。それを見てさらに気の毒そうに私を見る3人。

 

「私に妹はいない。そうあれが妹なわけがない。咲はもっと・・・もっと」

 

 目をつむればまぶたの裏に映るかつての咲。あの思い出に浸りながらそのまま成長した咲を思い浮かべる。私と同じおせ・・・スレンダーな体型で人懐っこい笑みを浮かべる咲。お姉ちゃんと言いながら私に駆け寄る咲。そんな咲を私は抱きしめる。それから・・・それから・・・。

 

「何度も言っているが現実を受け止めろ・・・お前の妹は」

嘘だッ!!!・・・・・・・・・嘘だと言ってよ、タカミィ

「尭深です、宮永先輩」

「うわぁ・・・」

 

 まわりのひとがなにかをいっている。ねえ、さきいっしょにぱんけーきをたべようよ。おいしいぱんけーきを・・・

 

『ツモっ  嶺上開花!』

 

 さきのこえがきこえる。おかしいなさきはここにいるのに。あれ?さき?どこにいったの?さき?

 

「照・・・」「宮永先輩・・・」「ああ、淡が・・・」

 

 そうだいまはあわいをおうえんしなきゃ。がんばれあわい。がんばれあちがのひと。がんばれりんかいのひと。まだきよすみの・・・清すみの・・・清澄の・・・

 

 画面に映るのは特徴的な髪型をした少女。笑みを浮かべて牌を切っていく清澄の大将。私と同じ顔、同じ髪型の人がツモをする。けれどその体型は・・・ああ・・・ぁぁ・・・

 

「照・・・いい加減現実を見ろ。淡が頑張っているんだ。先輩であるお前が頑張らないでどうする」

「・・・だって・・・!!!・・・・・・菫・・・・・・!!!・・・・・・・・・・・・!!!

 

 

                        胸が!!!」

 

「はあ~いい加減にしろ、宮永。たかが妹に身長や胸が追い抜かれただけだろう」

姉よりすぐれた妹なんて存在しない!!

「はいはい、今は淡を応援しような。愚痴は後で聞くから」

「そうですよ宮永先輩、淡がこれまでにないぐらい真剣に頑張っているんだから」

「緑茶です、こちらを飲んで落ち着きましょう」

 

 渡されたお茶は熱すぎず飲みやすい温度だった。尭深に感謝を告げて一息に飲み干す。そうだ今は淡だ。再び画面を見ると見たことがないくらい真剣に向き合っている淡が映っている。・・・そうだね今の私は白糸台の照だ。宮永照になるのはこの対局が終わってからにしよう。

 けど・・・やっぱり羨ましいな・・・

 

**********

 

「見ていてね、京ちゃん」

 

 そう言って少女は決勝の舞台へ進んでいった。その足取りに少しの怯えも見られない。どうやら絶好のコンディションのようだ。

 

 そんな少女を見送った俺は後ろへ振り返り皆が待つ控え室まで歩いて行く。廊下には人気は全くなく自分の足音だけが響いている。

 

 こうやって一人になったのは久々だ。たった今入り口まで見送った中学からの付き合いである少女との関係は・・・なんて言えば良いのだろうか。親友とも言えるし相方とも言える、妹分とも言えるし俺の女房役とも言える。弁当を作ってくれるし、麻雀も見てくれる・・・とにかく気がつくと隣にいるのだ。

 

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 傍から見ればいつぞやの学食であいつ(高久田誠)が言っていたように“イイ嫁さん”なんだよなァ・・・

 

 俺と少女と出会ってまだ3年しか経っていないのに少女の方の好感度がとにかく高すぎる!

 最初出会った時は小動物がするようなかわいらしい威嚇*1とかしてきたのに、気がついたら少女の方から近寄るようになっていた。

 昔の少女と今の少女を比べると何もかも違う。表情も人当たりも・・・体型も。出会った頃の少女は姉である宮永照を少女の年相応の姿にしたような姿だった。そりゃあそうだ姉妹なんだから体型もある程度似るに決まっている。しかし出会ってから半年が過ぎた頃から異変が起きはじめた。徐々に色々と育ち始めたのだ。そうして気がつけば・・・

 

 

~♪

なんということでしょう。あれだけおせんべいだったおもちが・・・お椀に生まれ変わりました。

それだけでなくあれだけ小柄だった身長も・・・麻雀部部長である竹井久と同じくらいになっているではありませんか。

これでもうちんちくりんと言われる心配はありませんね。

~♪

 

 

 思わず某番組のナレーションが頭をよぎったがそれだけ変化しているのだ。これは和の友達である新子憧さんに匹敵する変化だ。麻雀部の皆に昔の少女の写真を見せたら三度見していたのだから相当だろう。

 

 そうして成長した少女はこれまでと同じように俺に接するのだ。腕に抱きつく・・・後ろから体を密着させながら麻雀の指導・・・俺の膝に座ってネト麻・・・。とにかく気づいてからは少女の一挙手一投足全てが俺の理性を削るようになった。

 

 やんわりと少女にこのことを伝えても。

 

『え~京ちゃんの気にしすぎだよ。これぐらいは友達同士のスキンシップの範囲だって』

 

 と一蹴された。ついでに“細かいことが気になるくらい疲れているんだね”と言って膝枕をしてきた。さらに理性が削れた。

 

 ここまでされなくても途中で誰だって気付くだろう。“あっ、(京太郎)のことが好きなんだな”ってね。

 

 けれど少女から明確に好意を伝えてきていない。いやあえてしていないのだろう。少女から“好き”という言葉やそれに似た意味の言葉を聞いたことがないのがその証拠だ。

 

 ・・・俺はおもちが好きだ。それこそ和や風越の福路さん、永水の石戸さんや阿知賀の松実姉妹etc.挙げればキリがないがそれぞれのおもちに特色があってそれぞれのおもちが好きだ。けれど一番を挙げようとすれば・・・いつも少女の成長したおもちが思い浮かぶ。

 

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

「ああ・・・そうだな・・・」

 

 別に俺はおもちだけで人の好き嫌いを判断しているわけじゃない。そりゃあ気にならないといえばウソになるが・・・。人を判断する基準は人それぞれで俺はその中でおもちの比重が少し大きいだけだ。だから・・・

 

 いつからだろうか少女のことが気になり始めたのは。

 いつからだろうか少女と一緒にいるだけで胸が高鳴るようになったのは。

 いつからだろうか少女が隣にいないだけで寂しく感じるようになったのは。

 

 俺と少女の関係は親友とも言えるし相方とも言える、妹分とも言えるし俺の女房役とも言える。とにかく気がつくと隣にいるのだ。

 そして・・・ずっと隣で歩んでいきたい関係になりたいとも想っている。

 きっと少女も同じなんだろう。

 

『対局が終わったら話があるんだ』

 

 決勝の舞台に進む前に少女が顔を赤く染めながら言った言葉を思い返す。

 

「対局が終わったら俺も年貢の納め時か・・・」

 

 少女が・・・咲が勝利報告をしながら告白してくる光景を思い浮かべて思わず笑顔がこぼれる。・・・まあ悪くないな。

 

 そんなことを考えながら控え室への道を歩いて行く。

 

**********

 

「京ちゃん、大好き!」

 

 その笑顔はどんな花よりも綺麗に咲いていた。

 

*1
(他の人には魔物の威嚇に視えている)




一応完成させましたが後で追記修正するかもしれません。

追記
感想にてパーフェクト咲さんのサイズについて質問がありましたのでこちらで諸々記載します。
最初は大きくしすぎたらどうなのかと思いましたが、原作の淡のことを考えて開き直りました。
身長:キスしやすい身長差を参考に照以上部長ぐらいでイメージしました。
おもち:最近の憧ぐらいの大きさでイメージしました。
脚:竜華に1歩譲るぐらいでイメージしました。



業務連絡になりますがpixivの方でリクエストやfanbox開設しました。
ユーザーページのリンクから飛べます。
一応制作中の話を投稿してます。が現在は凍結気味です。
話を見ること自体は誰でも見られますのでよろしければどうぞ。


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須賀京太郎のおもち論 上

きょうたんイェイ~
京太郎の誕生日なので再び思い入れのあるカプを投稿します。


大変お待たせして申し訳ありません。もう2022年は終わってしまい2023年になってしまったばかりか投稿してから1周年記念も過ぎてしまいました。
そうしてできた物も「上」つまり半端な物で本当にすいません。
アイデアはというよりも書きたい物は無限に湧き上がってくるのに、それを形にするのに苦戦してます。偉大なる先達はどのようにして速度と質を両立できているのか一度ご教示いただきたいです。

おまたせした対価とも言えない物ですが練習していた物を挿絵機能の練習も兼ねてここに載せておきます。本当は見せるのも恥ずかしい物ですが先に進むためにもあえて公開します。



【挿絵表示】



評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
評価バーの色は気にしないようにしているのですが赤からオレンジになったときには少し落ち込み、また赤色になったときにはとても嬉しかったです。改めて私の拙い小説を評価していただきお礼申し上げます。
これからも少しずつですが確実に投稿していきますのでよろしくお願いします。
この場を借りて改めてお礼申し上げます。




 

「俺、いや男の大多数にとっておもちは聖域であり夢であり憧れであり・・・それらをひっくるめて浪漫と言える物だ」

 

 俺の言葉に対面に座っている存在は何も反応を返さなかった。それにかまわず俺は言葉を続ける。

 

「なぜ男の大多数はおもちにそんな感情を持つか考えたことはあるか?」

 

 俺の問いかけに対しても目の前の存在は無反応を貫く。俺はさらに持論を展開していく。

 

「きっとそれは赤ん坊の時の経験から来る物だと俺は考えた。例外はあるかもしれないが大体の人は赤ん坊の時に母親のおもちから栄養をもらっていただろう?その時心の奥底におもちに対する好印象を刻まれているんだ」

 

 空気がさらに凍り付く感覚がするが気にせず突き進む。

 

「おもちは暖かくて柔らかくておいしい物だってな。けれど赤ん坊の時の記憶なんてほとんどの人が憶えてないだろ。大体の人は幼稚園頃の記憶をかすかに憶えているくらいだ。おもちの感触なんて一切合切忘れているのさ」

 

 喉が渇いていく、しかし水分補給なんてこの状況では無理だ。

 

「それどころか成長していくにつれてそのことを恥ずかしいと思うようになる。これもまあ当然だろう記憶にすら残ってない自分の無防備な姿を他人に知られるのは恥ずかしいし、なによりそれぐらいの年になると大なり小なり親に反抗心を持ち始めるからな」

 

 親という単語に対面しているモノはほんの少しだけ反応する。それを見て俺は少し冷静になる。

 

「あー、とにかくその時点でおもちはいったん気軽に触れることのできないいわゆる聖域になるんだ。そこら辺で道徳なり倫理なりを学んでおもちを含めた性的な話題をおおっぴらに話すのはセクハラになるってな」

 

 震えそうになる体を気合いで奮い立たせる。ああ、対局相手もこんな心境だったのだろうか。

 

「けれど心の奥底に刻まれた好印象は決して消えることは無い。だから男たちは夢を見るんだ・・・実際のおもちはどうなんだろう?ってな。けれど身近な人のおもちをガン見してみろ世間体もなにもかも終わってしまうだろう?だから雑誌とかに熱意が向かうんだ」

 

 相手の視線はもはやそれだけで人を容易く仕留められるくらい鋭くなっていく。

 

「しかし雑誌には熱が無いんだ。たしかにそこにおもちはある・・・けれどそれはどこまで行っても平面の代物、三次元のおもちじゃないんだからな。そこで憧れるんだ。もし自分自身が異性で本当に親しい間柄の相手のおもちならスキンシップの名目で触ることができるんじゃないか?ってね」

 

 少しだけ冷静になっていた頭は暴走していく。

 

「そこまでいったらおもちは浪漫に到達するんだ。けっして触ることのできない、何が入っているかわからない宝箱。けれどその中はきっと想像を絶するものが入っていることだけは確信できるんだ・・・だから」

 

 

「だから?」

 

 

 その声を聞いて暴走していた頭は冷や水をかけられたように落ち着く。ここまで引き延ばしてきたがどうやらとっくの昔に執行台に乗せられていたようだ。はっきり言えばここまで語ったことはほぼすべて口からの出任せだ。“好きなものは好き”そこに理由は存在しない。たった一つの真実はおもちは浪漫であること・・・それだけだ。

 

「ご・・・」

「ご?」

「ごめんなさい」

 

 そうして俺は目の前の存在・・・咲に謝罪したのだった。

 

 

**********

 

 

 そう言った俺をしばらく見つめていた咲は大きくため息をつきながら机に乗っている件の品物に指を指す。

 

「で?これに対する申し開きは?」

「なにもありません!」

 

 指さした先に存在する物。それは本であり表紙には・・・

 

 

“おもち同好会研究集大成 永久保存版”

 

 

 と記されていた。

 それは俺と同志が研究に研究を重ねてようやくたどり着いた到達点。同志がこれまで知り合ってきた知人友人の許可を取って撮影してきた多くの写真。それらを異なる視点を持つ俺と語り合いながら厳選した物だけをまとめた本。

 

「ふ~ん?」

 

 咲は本を手に取りパラパラと流し読みをしていく。

 

「淡ちゃん・・・石戸さん・・・真屋さん・・・瑞原プロ・・・和ちゃん・・・。改めて見るとすごいね、よくこれだけ集めたね。本の装丁含めて個人で作った物とは思えないね」

 

 褒めているようで褒めてない一切の感情の揺らぎを感じない声。

 

「京ちゃんの部屋の掃除をしていたら本棚の一部が変に盛り上がっていて『あれ?』って思って調べたら出てきてさ~。表紙を見て察したんだけど・・・一応確認のために軽く中を見たけどね。それで京ちゃんが帰ってきたらこれについて聞こうとしたら、さっきのアレだよ」

「・・・」

 

 普段は完璧に隠蔽していたが今日は様々な要因が重なった結果・・・今の状況だ。悔やんでも悔やみきれないがここまで来たら後は沙汰を待つしか無い。

 そうして判決を待っている俺の顔をしばらく見ていた咲はおもむろに呆れた表情をしながら口を開いた。

 

「ねえ、私は何に怒って・・・いや不満を持っているか解る?」

「それは・・・おもちの本、それも親友のものも含まれている物を隠し持っていたから・・・」

「違うよ」

 

 俺は咲の意図が掴めなかった。一緒に対局を見ている時や出かけているときに俺がおもちに少しでも気を取られると頬や脇腹を抓ってくるからてっきり自分のおもちに対するコンプレックスから怒りを感じているのかと思っていたが・・・

 困惑している俺の表情を見てさらに呆れた表情をしながら咲は続ける。

 

「私のおもちに関しては気にしてないよ。お姉ちゃんもおかーさんもこんなおせんべい体型だからもう遺伝子のレベルでそうだと割り切っているし。京ちゃんのおもちに対する好奇心も今に始まったことじゃ無いからそっちも諦めているよ」

「だったら・・・」

 

 咲が対面から身を乗り出しながら俺のすぐ目の前まで顔を近づける。そしてじっと俺の目を見てくる。その赤い瞳はまるで俺のすべてを見透かそうとしているようだ。

 

「京ちゃん聞いていい?」

「な・・・なんだ?咲」

「私と京ちゃんの関係は何?」

 

 そして解りきった問いを投げかけてきた。

 

「え?恋人兼マネージャーだろ」

「そう。恋人兼マネージャーだね」

 

 

 




後編はできる限り近日中に上げます。


あと、気が向いたらでいいので私のFanboxなども覗いてみたりしてください。凍結気味ですが途中まで作っている作品を全体で公開しています。支援やリクエストも来たら嬉しいですが見ていただけるだけでも十分嬉しいです。それらのリンクはユーザーページのプロフィールに載せてあります。
またユーザーページにも書いてあるように同人作品を今年中に最低1作品公開できるように頑張っていきたいです。
よろしくお願いします。




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須賀京太郎のおもち論 下

近日中(約半年)……本当に申し訳ありません。
身の周りの環境が更に悪化してしまい、執筆できるメンタルでなかったです。
しかし”完璧を目指すよりまず終わらせろ”……この格言聞いてある程度完成していたこちらをなんとか完成させました。残っている作品も完成させてなんとか次の目標に向かうように努力します。
少し時間を空けてから続きを執筆したので色々と粗があるかもしれませんがお許しください。

評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
承認欲求から始めたためなのか評価バーの色が赤からまたオレンジになってしまったことで少し落ち込んでます。が、それも読者様からの正当な評価なので受け止め邁進していきます。
この場を借りて改めてお礼申し上げます。


 そう俺と咲は恋人兼マネージャーだ。

咲との関係を改めて振り返ろう。咲とは中学2年生の時になんとなく声をかけてから関係が始まった。そこから友人のような関係になって、しばらくして高校1年生のインハイが終わった日の夜、俺は咲に呼び出された。その際に、

 

「京ちゃ・・・いや、須賀京太郎さん!結婚を前提に付き合ってください!!」

 

 って、対局をしているとき以上に真剣な表情をしながらはっきりと言ってきたんだ。俺はそんな咲の今まで見たことのない真剣な表情に気圧されて「本当に俺で良いのか?俺よりも良いやつが現れるかもしれないぞ」と日和ったんだ。そしたら咲は近づいて

 

「私は京ちゃんがいい、京ちゃんとこれからの人生を一緒に過ごしたいの」

 

 そう言い切った咲に俺は・・・。

 

「・・・俺にとって咲は手間の掛かる妹のような存在だった」

「・・・うん」

「咲のことをそんな風に考えたことはなかった」

「・・・・・・うん」

「今までは・・・な」

「!」

 

 いつからだろうかコロコロ変わる咲の表情に見惚れるようになったのは。いや・・・今になって考えれば・・・

 

「俺が最初に咲に話しかけたときのことを憶えているか?」

「憶えているよ、あの時は素っ気ない態度で対応してごめんね」

「ああ、確かに少し態度が素っ気なかったな。それで、あの時なんで声をかけたか解るか?」

「え?・・・なんとなくじゃないの?京ちゃんも『なんとなく気になったんだ』って言ってたし」

「ああそう言っていたな」

「なら・・・」

「・・・もったいないって思ったんだ」

「え?」

「あの時なんで咲に声をかけたのか今まで考えたことがなかったんだ。けど、咲の告白で俺も解ったんだ。そんな暗い顔をしているのがもったいない・・・って」

「・・・・・・・・・」

「俺は・・・俺は咲の笑顔が好きだ。咲の花が咲いたような笑顔が大好きだ。だから咲・・・」

「うん・・・」

「咲の告白を受けるよ」

 

 そうして大輪の花が咲いた。

 

 話が少し脱線したが、周りの皆にからかわれながら日々を過ごして3年生の秋頃に咲もお姉さんと同じようにプロのチームにスカウトされた。咲は所属するチームが決まった日にその足で大きなトランクを持って俺の家に来てプロチームと契約したことを報告してきた。

 

「京ちゃん、無事契約できたよ」

「そうか、確か東京の咲のお姉さんとは違うチームにしたんだよな」

「うん。色々と迷ったけどお姉ちゃんとは違うチームにしたよ」

 

 咲もその点はギリギリまで迷っていた。俺や和たちにも相談して迷いに迷って選択した結果が咲のお姉さんとは違うチームに所属することだ。

 

「そうか、俺は咲の選択を尊重するよ」

「ありがとう」

 

 どんな心境でその選択したかは俺にはわからない。けれど咲の笑顔を見れば後悔は感じ取れなかった。これでいいのだろう。・・・それはそれとして。

 

「そういえばそのトランクはどうしたんだ?」

 

 いつものように泊まるなら荷物はもっと小さいバッグで収まるだろうし、麻雀道具も大分前に買い揃えたから持ってくるのはおかしい。何が入っているのか見当がつかなかった俺は素直に聞いてみたんだ。そしたら咲はイタズラが成功したような笑みを浮かべて俺に告げたんだ。

 

「あれは契約料と契約書」

「契約料と契約書?」

 

 思わずオウム返ししてしまったが、よく考えればプロチームと契約した後すぐに来たんだから持っていてもおかしくないものだ。事前に今日契約するって聞いていたからこそさっきまでのやりとりをしていたわけだし、・・・大分不用心だがそれだけ俺を信頼している証なのだろう。

 

「うん。京ちゃんに払う契約料と京ちゃんの契約書」

「は?」

「もう京ちゃんの両親に許可は取ってあるから、後は京ちゃんの返答次第だよ」

「は?」

 

 え?俺に払う契約料と契約書?咲が俺に?え?

 混乱して固まった俺の両腕から名残惜しそうな顔をしながら咲は離れていき、立ててあったトランクを床に置いて開いた。

 札、札、札。およそ学生の身分では見ることのできない金額の札束がぎっちりと詰まった光景が目に入る。咲はトランクの蓋の裏側につけられていたポケットから封筒を取り出した。

 

「はい、京ちゃん」

 

 咲は封筒から取り出した紙を俺に差し出してきた。思考がほとんど停止していた俺は反射的に受け取りその紙を眺めた。その紙には“雇用契約書”とでかでかと書かれていた。

 

「えぇ・・・」

「その紙に雇用条件がきちんと書かれているからよく目を通してね」

「俺の意思は・・・」

「もともと京ちゃんは京ちゃんのお父さんの会社に就職しようとしていたでしょ?」

「あ、ああ」

 

 俺もそれなりに麻雀ができるようになったが咲や和のようにプロから声が掛かることもなかった、大学もしっくり来なかったからとりあえず親の会社に就職して跡を継ぐか継がないか考えようとしていた。親は“そんなこと考えなくていい”と言ってくれたが、何があるかわからないからとりあえず実際に経験してから判断したいと説得して3年生の始めから少しずつ仕事を学んでいた・・・それを咲も知っているはずだ。

 

「実は京ちゃんが学んでいたことって……私の仕事内容なんだ」

「うぇ!?」

「ここまで学んできたことを少し挙げてみてよ」

「礼儀作法や簿記の勉強、個人情報の取り扱い方に運転免許…。いやいや!ちょっとまて!確かにこの契約書に書かれている咲の仕事内容にも活用できるかもしれないけ・・・」

 

 そう言いかけて俺はふと気がつく。これまで学んできたことはどんな仕事にも応用できる基礎中の基礎だ。口元をヒクつかせながら目の前の小悪魔に口を開く。

 

「・・・最近親にもっと具体的な内容を学びたいと言っても“今はとにかく基礎を大事にしろ。しっかりとした基礎があればすぐに応用は身につく”ってはぐらかされていたな・・・。いつから計画したんだ“これ”?」

「具体的に動き出したのは2年生の春頃くらいかな。そのあたりに京ちゃんのお母さんに相談したよ」

 

 完全に俺の負けだ。将を射んとする者はまず馬を射よだったか?外堀はすでに埋められていたわけだ。

 

「…はぁ~。ここまで囲い込まれていたならする気はさらさらないけど抵抗も無駄だな」

「これで卒業してからも一緒に過ごせるね」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる咲。

 そうして、俺は咲の恋人と言う肩書きにマネージャーという肩書きが追加されたのだった。

 

**********

 

 そんなことがあって俺は咲の恋人兼マネージャーになった。

 そこからは多忙な毎日を過ごすことになった。

 プロ雀士という職業の基本は公式大会に出場して対局をすることだ。しかし……ただ対局しているだけでは済まないのがプロ雀士だ。例を挙げると対局の解説、雑誌のインタビューや撮影、麻雀教室の講師、テレビ番組の出演や特殊な例だと歌ったり踊ったりもする。これら全てが世間の麻雀のイメージアップや競技人口獲得のためには欠かせないのだ。

 じゃあ咲はどうだろうか?

 本分である対局は心配ないが。他のことは大分危なっかしい。もちろん咲も改善するために努力しているがそれらをこなすためのコミュニケーション能力は一朝一夕で身につくものじゃないのだ。

 それをフォローするために俺は取れる手段は全て取ってきた。仕事なのだからきちんとこなすのは当然なんだが……単純に咲を悪く思われるのが嫌だったから全力で頑張ってきた。そう全力で……だから少しだけ疲れてしまった。

 

(そうしてこの状況だ)

 

 この本を開いたのはこの新居で生活をするようになってから初めてだった。それまではクローゼットの奥深くに丁寧に保管していたが、少しだけ昔に浸りたかったのとこれを作ったときの情熱を思い出すために封を開いたのだ。

 それで改めてこの本の出来に感動しつつ、再度厳重にしまうのがめんどくさくなって本棚に少しだけ手を加えて保管したんだが……簡単に見破られてしまった。

 

「そう。恋人兼マネージャーだね」

 

 そう言って咲は更に顔を近づけ俺の唇に自分の唇を軽く触れさせた。ほんの数秒の接触だったがそれでも咲の熱は十二分に感じた。

 

「京ちゃんは私のもので、私は京ちゃんのものなの。他の人に目移りするのは京ちゃんだから仕方ないけど……他の人を見た倍の時間、私を見て」

 

 そうして咲は元の位置まで戻っていった。そんな言葉を聞いて俺は少し熱くなった頬をかいた。

 

「あ~ごめんな咲」

 

 咲はおもちに嫉妬していたんじゃなかった。本自体に嫉妬していたんだ。

 

「それに今の京ちゃんなら熱のある私の生のおもちをいつでも好きに出来るんだよ?」

「おっ!お前なぁもっと慎みを持って…」

「こんなこと京ちゃんにしか言わないんだからいいでしょ?」

 

 そうあっけらかんと言い切る咲に俺は一生勝てないんだなとなんとなく思った。

 

「じゃあそろそろはじめる?」

「そうだな、じゃあこれを戻してから始めようか」

 

 そう言って秘蔵本を手に取り部屋に向かおうとしたが……

 

「別に奥にしまわないで本棚にそのまま入れておいて良いよ」

「え?」

「さっきも言ったでしょ、倍の時間私を見るならってね」

 

 咲はウインクをしながらこちらに笑みを向ける。自分の方がこの本よりも大切にされているという自信からくる発言に俺も思わず笑ってしまう。

 

「そうだな、じゃあお姫様の言うように倍…いやもっと見つめさせてもらうよ」

「それなら、このパーティが終わったら早速ベッドでする?今日はそれなりに危ないからできるかもね」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべ咲は俺に近づきささやく

 

「京ちゃんと私の子・ど・も」

 

 その発言を聞いて俺は本を落としそうになりながら、なんとか言葉を絞り出す。

 

「お、お手柔らかに」

 

 咲は笑みを深めながら“考えとく”と言い、俺の誕生日のケーキをテーブルに並べ始めた。

 

 もしかしたら恋人の肩書きは今日までになるかもしれない。この後に待っているであろう甘い苦痛に身を震わせながら部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 後日、無事肩書きが恋人兼マネージャーから夫婦兼マネージャーに昇格した

 






一番咲さんの話がすんなり書けるのですが、”咲”という作品には他にも素晴らしい子がたくさんいますのでその子達の話も書けるようになりたいです。

後、今PIXIVリクエストでキャンペーンを行っていますので、もし余裕があって私の作品が気に入っていたのならよろしくお願いします。

それと実験的にTwitter(X)を開設しました。ユーザーページにリンクを張っておくので気まぐれに更新ですが見てってください。


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宮永咲と花嫁衣装

きょうたんイェイ~
京太郎の誕生日なので再び思い入れのあるカプを投稿します。

あけましておめでとうございます。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。あっという間に2024年になってしまいましたが今年もなんとか頑張っていきます。

今回の話は正月に某麻雀ゲームで咲-Saki-が再びコラボした際の衣装に感銘を受けて製作しました。……本当はコラボ期間中に出したかったのですがここまでずれ込んでしまいました。

評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
この場を借りて改めて皆様にお礼申し上げます。


「う、うーん」

 

 意識が浮き上がる。

 ボーッとする頭でなんとなく目を開く。

 

「……あ?」

 

 目の前に広がるのは知らない天井だった。目を擦る。しかし目の前の光景は変わらない。

 

「!!」

 

 一気に頭は覚醒し勢いよく上半身を起こす。そして目の前に広がったのは……知らない光景だった。

 

「……」

 

 もしこれが漫画やアニメなら何か気の利いた台詞を吐くのだろうが実際にこんな状況に陥ると全く言葉が出なかった。

 状況を整理するために自分のこととこれまでのことを思い返す。

 俺の名前は須賀京太郎。俺は長野県の清澄高校の麻雀部に所属しているもうすぐ2年になる1年生だ。

 昨日は確か正月だからと皆で初詣に行って。それから優希が徹夜で麻雀をやってみたいと言い出したから受験が控えているぶ……久先輩と家業の雀荘を手伝うまこ部長以外のメンバーでやることになったからいったん解散して。大きいからって理由で俺の家に集まって麻雀をしていて……していて……。

 それからどうしたんだ? 

 

(……思い出せない)

 

 部屋以外におかしいところが色々ある。

 まずは姿勢だ。俺たちは大きい掘りごたつの上で手積みの麻雀をしていた。そのまま寝落ちしたなら座ったまま後ろに倒れるように眠るはずだ。しかし俺は仰向けに寝ていた。

 次に服装だ。和達が来るから少しおしゃれな外にも出られる部屋着でいたはずだ。しかし今は……Yシャツ、スーツ、ネクタイ……まるで親の付き合いで行く結婚式の時に着る服装に似たものを着ている。そう似たものだ。ネクタイは蝶ネクタイだし、服のグレートも更に一段階上の印象だ。

 

(わけがわからん)

 

 これが夢ならどんなに良いのだろうか? 

 しかしはっきりしすぎた意識。視界にはないがどこかで稼働している加湿器の静かな稼働音。肌に感じる空調の風。何もかもがリアルすぎた。

 

「う~ん……」

「!」

 

 自分の横から自分以外の声がした。

 その方向に顔を向けると見知った顔がいた。……が。

 

(……は?)

 

 見たことのない服装で眠っていた。…………

 

(起こさないように部屋を見るか)

 

 俺は現実から目を背けるように行動することにした。

 

 **********

 

「はぁ~~~~」

 

 眠り姫を起こさないように注意しながらベッドに腰を掛け、静かに大きくため息を吐く。

 部屋を見回ってわかったことはこの部屋には出口がないことだけだった。

 部屋自体はまるでホテルのような内装だったがテレビや窓はなく、換気口や通気口も人が通れない大きさだ。部屋には二つドアがあったが風呂とトイレに繋がるだけだった。備え付けられていた冷蔵庫には水やお茶が入っていてその横にはお茶請けも揃っていた。

 しばらくは生きていられるかもしれないがそこまでだ。外部に連絡をする手段は全くなかった。……気になるものはあるにはあったが脱出には関係の無いものだったからひとまずそれは置いておく。

 ほぼ手詰まりだった。

 

「……」

「すぅ、すぅ」

 

 暴力的な手段は眠り姫に悪影響があるかもしれないから取れなかったし、無駄だとなんとなく感じていた。

 ならもう目覚めさせるぐらいしか取れる手段は無かったが……気が進まない。

 最近は改善してきたがそれでもどこかビビりな彼女を起こして怯えさせたくなかった。

 しかしもう取れる手段はない。

 意を決し軽く肩を揺すりながら声を掛ける。

 

「起きろ…………咲」

 

 そうして俺は寝ぼけている眠り姫にして中学からの付き合いの宮永咲を起こした。

 

 **********

 

 元々朝に弱かった咲だったが今回に限って輪にかけてひどく起こすのに時間が掛かってしまった。目を覚ました咲は俺の服装を見て目を丸くし、自分の服装を見て更に丸くしていた。そうした咲に簡単に今の状況を伝えたが……思っていた以上に混乱したり怯えていなかった。何でだと問いかければ「京ちゃんがいるなら大丈夫でしょ」というなんとも脳天気な答えが返ってきて思わず脱力してしまった。

 そして今俺たちは部屋に備え付けられていたテーブルに座りながら寝る前までの状況の確認をしていたが……

 

「なあ咲?」

「ん? どうしたの京ちゃん?」

「なんでそんなにまったりしているんだ?」

「え?」

 

 咲は冷蔵庫に入っていた水を備え付けられていた電気ケトルで沸かしてお茶を淹れ、お茶請けを頬張っていた。全く緊張感のない姿に思わず苦言を呈してしまったが、咲はどこ吹く風で受け流していた。

 

「だって京ちゃんとこうやってゆったりまったり話をするのって久々でしょ」

「それは……まあ、な」

 

 俺たちを取り巻く環境は咲達が全国大会を優勝してから一気に変わってしまった。

 全国の高校との練習試合や交流。麻雀雑誌のインタビューから撮影……。最近は落ち着いてきたがそれでも普通の高校生と比べれば忙しいのは事実だった。

 

「和ちゃん達と遊ぶのもいいけど京ちゃんと話したりするのも私は楽しいんだよね」

「こんな異様な状況じゃなければな」

「まあまあ」

 

 それにしては落ち着きすぎているな。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 まさか

 

「もしかして咲、お前この状況に心当たりあるのか」

「ううん心当たり“は”ないよ」

「なら「でもなんとなく脱出方法は解るよ」……は?」

「なんとなく脱出方法は解るよ」

 

 咲の言っていることを数秒掛けて飲み込み……声を荒らげる。

 

「だったら!」

「わわっ! もう! 慌てすぎだよ京ちゃん。ほらお茶を飲んでいったん落ち着いて」

「お、お前なぁ!」

 

 さらに声をあげようとした俺の唇に咲は人差し指を添えて「京ちゃん落ち着いて」とささやく。そんな普段と違うどこか艶っぽい咲の姿に毒気が抜かれた俺は咲が淹れてくれたお茶を一気に飲み干し一息吐く。……うまいなこのお茶。

 

「はあ~~~~~~~~~~~~。…………で? どうやって出られるんだ?」

「ん~多分私が満足したら出られると思うよ」

「その根拠は?」

「なんとなくの直感かな。こうピキーンと」

「そうか」

 慌てていた俺がまるでバカみたいだ。けどまあよくよく考えてみればこんな非現実的なことは夢だな夢。そう割り切って行こう。

 

「どうやってお前は満足するんだ?」

「う~ん……こうして話していれば満足するかな? あっ! そうだ! 藪から棒になんだけどさ京ちゃん、私のこの姿どう思う?」

「え?」

「綺麗だと思わない?」

「それはまあ、そうだな」

 

 咲は立ち上がり、少し動いてからくるりと一回転をした。ふわりとドレスが舞う。

 変に意識してしまうからあえて言及してこなかったが。今の咲はドレス……ウェディングドレスを着ていた。薄緑の色合いのドレスと二の腕まで覆っている手袋、いやグローブだったか? それを付けていて。そして頭の飾りからドレスの全身に花をあしらわれている。この花は……百合か? 俺には花の種類は本当に最低限しか知らないが多分百合だろう。

 お世辞抜きに咲は綺麗だった。普段の咲はどちらかと言えば中性的な印象を受けていたが今の咲は非常に愛らしく、そして女性らしさを感じさせられた。

 

(誰だか知らないけど良いセンスしてるよな。特に花をあしらっているところがグッとくるな、咲と花の組み合わせは良く映えるし。やっぱ嶺上開花で花のイメージが咲に付いてるからか?)

 

 そう考えて不意に心臓がドクンと高鳴る。

 ……何かまずい気がする。これは俺の夢、夢だから現実に影響しないはずだ。起きてしまえば少しの間は記憶に残るかもしれないがすぐに忘れる……はずだ。

 けどこの咲を忘れるのは……嫌、だな。

 

「……本当に綺麗だ」

「ありがとう、京ちゃん」

 

 そして無意識に口を開いていた。

 本当に綺麗だ。インハイに付き添って色々なタイプの女子を見てきた。規格外のおもちに目が移ったりもした。けど目を奪われたのは……はじめてだった。今の咲は誰よりも綺麗で愛おしく感じる。花が咲いたような笑顔が眩しい。

 

「ふふ、いろんな服を着る機会はあったけど京ちゃんに生で見せられるのは今回が初めてだから嬉しいな」

 

 咲の言葉に俺は自分を取り戻した。落ち着け、俺と咲はそんな関係じゃないだろ。ただの中学からの付き合いなだけだ。動揺する心を抑えながら返答する。

 

「あ! ああ、あ~それって麻雀雑誌の企画の話か?」

「そうそう、和ちゃんや優希ちゃんと一緒に巫女服着たり企業のコラボユニフォーム着たりしたやつだね」

「ま~いくら俺が関係者だとしても普通は中に入れないだろ」

「だから京ちゃんには掲載される雑誌の見本が届いたらすぐに見せてたんだよ」

 

 本当に嬉しそうに告げてくる咲に俺も釣られて笑顔になる。

 咲もこうしていると1人の女の子だな。今は忙しくてしなくなったけど前まではこうやって俺におすすめの本を紹介していたっけ。楽しげに紹介する咲を見ていると俺も楽しくなるんだよな。

 ……これって友人同士なら当然の掛け合いだよな? それとも近すぎるのか? この夢の非日常の雰囲気に呑まれて解らなくなってきた。…………。

 

「満足したか?」

「う~ん、もう少し話をしよっか」

「そうか」

 

 取るべき手段がない以上咲に付き合うしかない。何かが変わりそうな気配に焦りが生まれるが……

 

「~♪」

 

 目の前で鼻歌を歌いながらお茶を淹れる咲をみると何も言えなくなった。

 

 **********

 

 そうして咲と話をした。例えば、最近作るようになった料理、咲のお姉さんとの近況、雑誌の撮影を機に話すようになった他校の選手の話……

 話していく内に俺も少しずつリラックスをしていき、それに比例するように咲のことがさらに気になり始めていた。

 日常と異なる空気にあてられたのか、それとも俺の服装と咲の服装がそうさせるのか元々持っていた好意と愛情の境界が曖昧になる。俺は咲をどうしたいのだろうか? 咲は俺をどう思っているのか? 

 

「……っ」

「?」

 

 暴走しかけた思考を咲が淹れてくれたお茶の苦みで修正する。これは夢だ。俺の好みはおもちが大きくて家庭的な女の子……のはずだ。

 いきなりお茶を飲み干した俺を不思議がりながら咲はおかわりを聞いてきたのでお願いする。咲は楽しそうに湯飲みにお茶を注ぐ。

 何かわからないが限界だ。これ以上はもたない。

 

「なあそろそろ満足したんじゃないか?」

「え? ……そうだね。もう大分満足したかな」

「なら「でも」……おう」

「最後に一つ私のお願いを聞いてくれない?」

 

 咲は両手を合わせて俺に頼む。これで最後ならと俺は受け入れて……

 

「京ちゃん重くない?」

「気にするな」

 

 俺はお姫様抱っこをしていた。この服装で行えばまるで結婚するカッ……

 考えるな今はただ無心で耐えろ。

 

「昔見た白○姫で憧れてたから一度この格好でやってみたかったんだよね」

「そうか」

「ほら今なら私って服装も合わさって本当のお姫様じゃない?」

「そうだな」

 

 咲は楽しそうにはしゃぎながら話しかけてくる。それに対してぶっきらぼうに返しているが気にした様子はない。

 

「それにしてもタキシード姿の京ちゃんっていつにも増してカッコいいね」

「……」

「絵本から出てきた王子様みたい。あっ! 王子様とお姫様って例えちゃうとそのまんま○雪姫だね。久々に見たくなったな~」

「……そろそろ良いか?」

「後もう少しだけお願い。この光景を目に焼き付けたいし……それに普段はこうやって甘えられないからね

 

 咲の言葉は全て聞こえていた。

 そして、俺の中で何かがちぎれる音がした。走馬灯のように流れる今までの記憶。

 

 ああそうか。

 

 俺は咲のことを手の掛かる妹のように思っていたけど本当は……

 

「京ちゃん?」

 

 俺は優しく咲をベッドの縁に降ろす。

 咲は少し戸惑ったように俺を見るが、俺は気にせず咲の左手のグローブを外した。

 

「え?」

 

 そして先ほど咲を起こす前に見つけた小さい小箱(もの)を取り出す。箱を開け中に入っていた花を象った指輪……ピンク色の宝石が中央に配置されている……を取り出し薬指にはめた。

 咲は俺の突然の行動に目を白黒させていた。嫌われたかもしれないもしかしたら絶交されるかもしれない。それでも止まれなかった。

 

「俺と付き合ってくれないか咲?」

「っっ!」

「突然こんなこと言ってすまん。そんな風に俺を見ていなかったかもしれない。それでも俺は、俺は咲のことが好きなんだ」

「……」

「はは、こんな夢を見るくらいお前のことが気になっていたのに、ここまでお膳立てされてようやく気付くなんてダメだよなおれ、っ」

「んっ」

「!」

 

 俺の自嘲は咲の唇によって閉じられる。目の前に広がる咲の顔。瑞々しい感触と先ほどまで飲んでいたお茶のかすかな苦み。頭が真っ白になる。

 

「これが答えで良いかな」

「あ、ああ」

「京ちゃんはいつも私を明るく導いてくれたよね。それが本当に嬉しかった」

「そう、か」

「昔の私は人を好きになることが怖かった……いなくなるかもしれないから」

「……」

「京ちゃんがいたから私は立ち直れた、京ちゃんが私を信じてくれたから私も京ちゃんを信じられた。だからそんな風に自分を悪く言わないでよ。いつもみたいに和ちゃんとかに鼻の下を伸ばしているみたいにして」

「言い方があるだろ。けど、まあ……ありがとうな咲」

「どういたしまして」

「しかしな」

「え?」

「咲っていうかわいい彼女がいるんだから鼻の下を伸ばすことなんてもうしないかもしれないな」

「あはは、それはあり得ないよ京ちゃんのおもち好きは筋金入りなんだから」

「そこは信じてくれよ」

「これまでの行いが悪かったね…………でも」

「え?」

 

 咲は再び俺に口づけをして。

 

「これからは私が京ちゃんの太陽になって京ちゃんを釘付けにするね」

 

 そして視界が光に塗りつぶされる。

 

 **********

 

「……きろ」

「うう、太陽に釘付けされたら失明するだろ……」

「起きろ! 京太郎!!」

「うわ!」

 

 聞き慣れた大声でたたき起こされる。ここは……家? 

 

「ようやく起きたか、京太郎が最後だじぇ」

「お、れは」

「ほらこたつから出た出た台所でお汁粉が待ってるんだからな」

「ゆうき?」

「まだ寝ぼけてるのか、ダメダメだじょ」

 

 そうか夢、夢だよな。あんな風に咲に告白するなんて……

 

「熱でもあるのか? 顔が真っ赤っかだじょ」

「あ、ああこたつで寝るもんじゃないな。体じゅうバキバキだ」

 

 ああ、思い出してきた。優希が最初に脱落して次に和が、そして……

 

「優希ちゃん? 京ちゃん起きた?」

「ああ! 少し寝ぼけてるがバッチリだじょ」

 

 更に思い出そうとした思考を聞き慣れた声が遮る。扉に目を向けるとお盆に湯飲みを乗せた咲がいた。その姿を見た俺は先ほどの夢を思い出してかすかにしかし確実に心拍数が増えていく。

 

「なら優希ちゃんは先に行っててよ」

「咲ちゃんはどうするんだじぇ?」

「京ちゃんってこたつで寝ていたから喉を痛めてると思ってはちみつしょうが湯もってきたからこれをあげてから戻るよ」

「わかったじぇ。じゃあ京太郎早く来ないと食べちゃうからな~」

「へいへい」

 

 咲と入れ替わるようにバタバタと優希が出て行く。咲は持ってきた湯飲みを俺の前に置いて俺の反対側に座った。二人きりになってしまった。夢を夢として消化するまでもう少し猶予が欲しかったがどうやら許されなさそうだ。気を落ち着かせるために深呼吸をして喉の違和感にようやく気付く。こたつに入ったまま寝たことで少し喉を痛めているようだった。どうやら先ほどまで見ていた夢でやたらとお茶を飲んでいたのはこれが原因なのだろう。咲の気遣いには頭が上がらないな。

 

「はい、京ちゃん。温めにしたからすぐ飲めるよ」

「ああ、ありがとな」

「どっちかと言えば罪滅ぼしみたいなものだから気にしないで」

「罪滅ぼし?」

 

 咲曰く和が眠ってから俺も割とすぐに落ちたみたいで起こそうとしても起きなかったからこたつの電源を落としてから毛布をかけて自分も寝たとのこと。

 それだったらしょうがないな。優希の時は俺がいたから運べたが、咲に俺を運ぶのは無理だな。

 

「だったら気兼ねなく貰うか」

「うん、それを飲んだら皆の所に行こうよ」

 

 相づちを打ちつつ湯飲みを持てばじんわりとした温かさが手に伝わって心地良い。ゆっくりと口に運ぶ。僅かにとろみをつけられているそれはほどよい甘辛さを感じさせながら喉を伝っていく。飲むほど体に活気が伝わるようだ。

 

「うまいな」

「ふふ、どういたしまして。……ねえ京ちゃん?」

「ん?」

「こうしているとまるで……夫婦みたいだね」

「ごほ!」

「え?」

 

 落ち着いてきた感情が一気に揺さぶられ思いっきりむせてしまった。頭によぎるのはドレス姿の咲とのキス。夢なのにリアルすぎた感触が鮮明に思い起こされる。

 そんな俺の姿を見た咲はなぜだか大きく目を見開いて俺のリアクションに驚いている。まるで想定していた回答とは違う反応に困惑しているようだった。

 

「京ちゃん大丈夫!?」

「いや、すまん。変な夢を見て少し、な」

「! ……そうなの?」

「ああ、気にするな」

 

 その回答で満足したのか咲はすんなりと引き下がる。……おかしい。普段ならもう少しツッコむはずだ。

 俺の疑問を知ってか知らずか咲は微笑みながらなぜだか俺の横に移動してきた。

 

「さ、咲?」

「ねえ、京ちゃん?」

「え?」

 

 唇に再びあの感触が広がる。夢と変わらない瑞々しさ。唯一違うのは味だ。夢では苦かったのに今は甘酸っぱく感じた。

 

「本番はもっと情熱的な告白がいいかな」

「え? え! え!?」

「じゃあ、私は皆の所に戻るね。京ちゃんもなるべく早く来てね」

 

 スッと立ち上がった咲はそのまま扉に向かう。

 

「さっ!」

「しーっ」

 

 思わず呼び止めようとした俺を咲は左手で静かにしてというジェスチャーをして制する。

 その姿は夢で俺を制した姿と重なる。

 

「これからもよろしくね京ちゃん」

 

 気付けばさっきまでなにも付いてなかったのにいつのまにか夢で俺がつけた指輪が薬指に収まっている。が、瞬きをした瞬間には消え去っていた。

 夢と同じ鼻歌を歌いながら部屋を出て行く咲。そんな姿を見送った俺は一言だけなんとか絞り出した。

 

「嫁さん、か」

 

 かつて友人にからかわれたことが現実になる日まであと……

 





夢の中の咲さんは夢であることを自覚していてなおかついつでも目が覚められる余裕からあのように積極的でした。


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鶴賀学園
東横桃子との食道楽


皆様お久しぶりです、星の風です。
大変お待たせしました。
初めにお礼を申し上げます。
この小説のUAが10000、お気に入りが100件超えていました。
また、某まとめwikiにてこの小説を紹介されました。
自分の拙い文章にここまでの評価をいただいたことをこの場を借りてお礼を申し上げます。

そして、この場で謝罪を申し上げます。
週1回更新を目指しておりましたが様々な要因によりかなりの期間空いてしまいました。
今後も不定期の更新になると思います。
拙作を楽しみにしてくれる皆様に改めて謝罪申し上げます。
失礼しました。


「京ちゃんって意外と凝り性だね」

 

 俺はタコスを売っている店を巡っている最中に中学2年からの付き合いの女友達の言葉を不意に思い出した。今現在俺はタコスを極めるために食べ比べをしていた。

 偏にタコスと言っても中に入れる具によって味は変わってくる。俺の好みが同じ部活仲間の優希と同じとは言い切れないが様々な種類のモノを味わうのは究極のタコスを作る足がかりになるはずだ。

 だから今日は少し遠出をして鶴賀の方まで来たのだが……

 

「次にお待ちのお客さんどうぞ~」

「あの、すいませんっす!」

「あっ!申し訳ありません!お呼びしたお客さん申し訳ありません、こちらのお客様がお先にお待ちしておりました」

「大丈夫です」

 

 前に並んでいた女子に店員が気付かなかったようで、そこで女子がアピールをしてようやく気がついたようだ。慌てた様子で注文を取っている。

 その光景を見ながら俺は不思議に思った。目の前にいる女子は大体150cmぐらいだろうか、やや小柄だが目に入らないほど低くはない。だから普通はこんなミスを店員がするはずがない。思考に耽っていると、どうやらできたようで店員が謝りながら女子に注文品を渡していた。受け取った品物を確認した女子は代金を支払った。そしてそのまま女子はその場を離れていった。俺はなんとなく移動する女子の顔を確認した。その顔はどこかで見たことがある顔だった。どこで見たか思い出そうとした瞬間、店員が注文を聞いてきたので一旦疑問は頭の隅に置いてタコスを注文した。

 俺はタコスを持って近くの公園のベンチに腰を掛けた。ちょうどよく木陰になっていて風が気持ちよく感じられる。そしてタコスを頬張りながらどこで見た顔か思い出そうとした。黒髪……低めの身長……おもち……。……おもち!そうだ県大会だ。県大会決勝で和と対局した鶴賀の選手だ。たしか名前は……

 

「東横……桃子だったか」

「!?」

 

 県大会の牌符をまとめる際に染谷先輩が「対局の際、相手をよう見るのも上手うなる一歩じゃ」と言っていたから、訓練も兼ねて対局の映像中の表情を観察しながら整理した。その際に決勝に出ていた選手の顔と名前を覚えたんだった。そういえば鶴賀学園の選手だったな。ならここにいてもおかしくないか。

 疑問を解消した俺は口コミで評判だったタコスをさらによく味わった。評判なだけあって生地も具もうまい。野菜もシャキシャキで具の肉もジューシーだ。……それにしても外の風を感じつつ普段と違うところで食べるタコスは一味も二味も違うように感じられる。この感覚を全国大会で作る予定の究極のタコスに生かせないだろうか?もちろん、全国大会で作る際は会場の外で食べさせるのは不可能だ。スパイスや使う食材で新鮮な気持ちにさせる方向になるだろう。しかし、ぶっつけ本番で普段食べ慣れていない組み合わせのタコスを食べさせた時の優希の反応が気になる。基本的にタコと名のつく物ならなんでも美味しく食べるだろう。だからこそ難敵と言える。なんでも美味しいとは裏を返せばある程度のレベル以上の物ならばそれでいいと言うことだ。それではダメだ。俺の目指す究極のタコスはそれこそ食べたら天和を連発させるくらい優希に影響が出る物が最低限の目標だ。

 俺は最後の一口を味わい、そして目標の高さを再確認したところでなんとなく周囲を見渡した。そして、目を見開いている女子と目が合った。その瞬間、世界の時が止まったように感じた。そこにいたのは紛れもなくさきほど見かけた東横桃子その人なのだから。

 

**********

 

 四校合同合宿が終わってから数日、私はとある場所を目指して歩いていた。

私こと東横桃子は趣味の一つである食べ歩きを再開した。おしゃれに興味を持っていなかった私は麻雀や深夜ラジオ、食べ歩きが気晴らしの手段だった。両親も影が極端に薄い体質の私に少しでもよりよく過ごして欲しいと思ったのか多めのお小遣いくれていたのも幸いだった。

 私が食べ歩きを始めた理由は深夜ラジオなどの影響もあるが、最初の頃は食は二の次だった。はじめは外を歩き回って物語のように私を見つけられる人との運命の出会いを期待していた。……まあそんな都合の良い夢のような出会いは全くなかったが。そんなこんなで今では純粋に食べ歩きを楽しんでいる。

 そうして高校生になってからも加治木先輩に誘われるまでは変わらない日々を過ごしていた。誘われてからは麻雀に集中して皆で全国を目指していたがあと一歩及ばなかった。思うところは今でもあるが……。

 本当は先輩方と一緒に食べ歩きに行きたかったのだが私の体質を考えると余計な気を遣わせる可能性があるので泣く泣く断念した。今度の部活にお菓子を買っていって一緒に食べることで妥協することにしよう。

 それはそれとして今回の目的は清澄のタコスさん(片岡優希)に影響を受けてタコスを食べに来たのだ。今回私が来たのは口コミ等で評判の店だ。本当はあまり調べずにふらりと行ったことのない店に訪れて食べるのが食べ歩きの醍醐味だが、タコスは初めて食べるので冒険はしないことにした。

 目的の場所に着くと何人か人が並んでいるのが見えた。私の体質を考えると並ぶのは他の人に迷惑を掛けてしまうのでどうするか迷ったが、軽く観察すると次々と店員さんが客を捌いていたのですぐに自分の順番が来るから大丈夫だろうと判断して最後尾に並んだ。

 まだ見ぬタコスの味を想像しながら並んでいるとふと後ろに気配を感じた。私はここまで近づかれていることに気付かなかったことに驚愕した。食べ歩きをし始めて私が始めに身につけたのが行列に並んだ際の気配の察知だ。私の体質を考えると行列に並んだ際に後ろの人とぶつかる可能性が高かった。誰もいないときは何もしないが。私の後ろに人が並びそうになったら電話で会話をしている振りをしている。それも気持ち大きめの声量で存在をアピールしている。今回もそれを行おうとして携帯を取り出そうとしたら店員さんの声が聞こえた。どうやら後ろに気を取られすぎていたみたいだ。

 

「次にお待ちのお客さんどうぞ~」

 

 店員さんはいつものように私に気付いておらず、店員さんの目線からおそらく後ろに並んだ人を見ながら呼んでいた。そのため、私はいつものように大きめの声量でアピールをする。

 

「あの、すいませんっす!」

「あっ!申し訳ありません!お呼びしたお客さん申し訳ありません、こちらのお客様がお先にお待ちしておりました」

「大丈夫です」

 

 店員さんは私に気付いて私と後ろの人に平謝りしていた。後ろの人の声色から全く気にしていないのが聞き取れた。そのため私も後ろの人と同じように気にしていないことを伝えつつ注文をした。

 

「先ほどは申し訳ありませんでした。こちら注文されたお品物です。暖かいうちにお召し上がりください」

 

 私は店員さんから注文したタコスを受け取ると感謝を伝えつつ後ろに並んでいた人の確認をした。……確認と言ってもチラッと一目見ただけだったが。後ろに並んでいた人は金髪にすらりとした長身……これだけだったら年上だと判断したが、顔立ちと雰囲気から同年代と判断した。まあ、まじまじとみる物じゃないし今は買ったタコスだ。近くにちょっとした公園があるはずだからそこのベンチに座って食べることにしよう。そうだ!近くにコンビニがあったからアイスコーヒーを買って一緒に味わおう。

 特徴的な入店音を聞きながらコンビニを出た。手に持っているアイスコーヒーの冷気が心地良い。これでタコスを味わう準備が整った。私は足取り軽やかに目的の公園に向かっていった。

 少し歩くと目的の公園の入り口にたどり着いた。後はベンチに座って味わうだけだ。私はベンチを探しつつ公園に入っていった。そして……

 

「東横……桃子だったか」

「!?」

 

 先客がいた。先ほど私の後ろに並んでいた人(いちいちそう呼ぶのもあれなので以降は彼としよう)がベンチに座ってタコスを食べていた。それだけなら他のベンチに座って気にせず食べるだけだが……。彼は私の名前を呼んだのだ。

彼は私の同級生だった?いやいや、中高一貫の女子校なのだからそれはあり得ない。この前の県大会で有名になった?それも考えられない、私はおっぱいさん(原村和)のようにインターミドルで有名になっていたり、龍門渕の人たちのように去年の全国で活躍してもいない県大会決勝で負けた無名高の生徒だ。

様々な可能性が浮かんでは消え浮かんでは消えて、私は混乱して彼を見つめたまま固まってしまった。そして、彼はタコスを食べ終えて周りを見渡し……私と目が合った瞬間固まってしまった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 私は彼を見つめていただけで大きなリアクションをしていない。つまり、私の体質は発揮されているはずだ。そんな私を彼は事も無げに見つけたのだ。突然現れた私を見つけられるかもしれない存在に私の内心は混乱の極みに達した。そうして私は彼と同じように完全にお地蔵さんとなり、周囲の時も止まってしまったように感じられた。そんな状況を打破したのは彼だった。彼はしばらく固まっていたが、視線を私の手に向けるとおもむろに彼が口を開いた。

 

「……ええと、その~……コーヒーが温くなりますよ」

「えっ!あっ、はい……っす」

 

**********

 

 えぇ……

 

 俺は動揺していた。なぜここに件の人物がいるんだ。なんで俺を見て固まっているんだ。もしかして、さっき口に出した名前を聞いたのか。それで固まっているのか。なんで口に出した俺。どうするんだこれ。それにしても良いおもち思っているな……。って何考えているんだ俺!くっ、この状況をどうやってやり過ごす。何かないか……何か。そもそも、先に買っていて何で後から来たんだ。

 俺は極力おもちに視線を向けないようにしつつ下げていくと彼女の手に持ったアイスコーヒーの容器が目に入った。その容器は温度差によって生じた水滴が下に落ちていた。……これだ!

 

「……ええと、その~……コーヒーが温くなりますよ」

「えっ!あっ、はい……っす」

 

 そう言った彼女は俺の隣のベンチに腰を掛けてコーヒーを飲みつつタコスを食べ始めた。

 ……なんとかこの状況は切り抜けたな。後はここを立ち去るだけだが、問題はどう去るかだ。しかしこのまま無言で立ち去れない。なぜ彼女の名前を知っていてなおかつ口に出したかを弁解しないとダメだ。もし放置したままにすれば非常にまずい。彼女が俺のことをストーカーだと勘違いすれば最悪俺の世間体が死ぬ。そうだ四校合同合宿に参加したんだからきっと咲や和とも繋がっているだろう。何かの用事で会話をして、そこでもし俺の話が出れば……

 

『東横さんから聞いたんですが、須賀くんって東横さんをストーカーしたんですか……最低ですね』

『京ちゃん……見損なったよ』

 

 そんなことを咲達に言われたらきっと立ち直れなくなる。どうする俺。どうすればいい?

 

……それにしてもアイスコーヒーか。タコスを食べて喉が渇いたな。飲み物と一緒に楽しむのは考えたことがなかったな。タコスに目を向けすぎていてそこに気がつかなかった。飲み物を工夫すれば新鮮な気持ちで優希も味わえるか?なら発祥の地であるメキシコの飲み物を用意すればいいか?いや日本固有の例えば日本茶に合うタコスを用意するか?う~ん……

 

「あの~」

「あ、どうしましたか?」

 

 しまった!タコスのことを考えすぎてこっちの問題をどうするか考えてない。もう、出たとこ勝負で行くしかない。彼女の言葉によって臨機応変に対応しよう。

 

「会ったばかりの人にこんなことを聞くのは変だと思うっすが……私のことが見えてますか?」

「?」

 

 これは……どう対応すれば良いんだ。幽霊じゃないんだから見えているのは当然だ。ならこの質問の意味は……。うーん、わからん。ここは無難に相手を持ち上げて印象を少しでもよくするしかないな。

 

「あの~……」

「ああ!すっ、すいません。い、いや~東横さんのようなかわいらしい人が見えないわけないじゃないですか!」

「か、かわ……!」

 

 東横さんは顔を赤くして黙ってしまった。なにか間違った気もするが後にはもう引けない。このまま勢いに乗って押し切ってしまおう。

 

「これはお世辞じゃなくて本心です!あっ、自己紹介がまだでしたね!俺の名前は須賀京太郎です!清澄高校の麻雀部に所属しています!東横さんの名前を知っていたのはその関係です!俺は今年から麻雀を本格的に始めた初心者なので練習も兼ねて県大会の決勝をまとめた際に東横さんのことを知りました!先ほど東横さんの名前をつぶやいたのはお店で東横さんを見かけた際に、見たことある人だなと思って思い出していたらつい口に出ただけです!もしそれで嫌な気持ちになったのなら本当にすいません!」

 

 早口で捲し立ててなぜ知っていたのか、なぜ名前を呼んだのかを説明した。これで大丈夫なはず……。もし咲達と話す機会があったとしてもストーカーだと言われないだろう。まあ少し変な人だと思われたかもしれないがそれは甘んじて受けるしかないことだ。後はここから去ることだけだ。

 

「捲し立ててすいません。それじゃあ、タコスも食べ終わったのでそろそろ帰らせていただきます。東横さんも帰る際には気を付けてください」

 

 俺はタコスの包み紙を片手に立ち上がりつつ公園の出入り口に足を向けた。冷や汗が出たがなんとか乗り切った。家に帰ったら甘い物でも食べて一息つこう。たしか、この前取り寄せたスイーツがあったはずだからそれを食べよう。それを食べたらタコスの思いついたレシピをまとめよう。色々あったが究極のタコスの……

 

「待ってくださいっす!!」

「えっ?」

 

 振り向くと東横さんが何か決意した顔で立っていた。一体何が……。

 

「須賀京太郎さん、私はあなたが欲しいっす!!」

 

 ……へっ!?

 

**********

 

 目の前の彼が困惑している。しかし、今ここで彼を引き留めなければきっと私は後悔するだろう。

 私のことを見つけられる人がいきなり現れて混乱したが、彼に促されてタコスを食べて一服したことによって落ち着いた。だから、彼に私のことが見えているのか聞いたのだが……。少しの間を置いて帰ってきたのが肯定と私を褒める言葉だった。初めて異性に褒められて動揺した私に彼はそのまま捲し立てていきそのまま帰ろうとしていた。

 私は動揺を抑えて彼を引き留めるために言葉を掛けようとしてとっさに出てきたのが先ほどの言葉だった。

 あの言葉は敬愛する加治木先輩の言葉だ。この言葉によって私はかけがえのない繋がりを得ることができた。だからこそとっさに出たんだろう。

 

「あ~、東横さん?今の言葉の意味は?」

「そっ、そのままの意味っす」

「そうか……」

 

 そう言って彼は再び目をそらして何かを考える仕草をしていた。その姿に私は不安を感じながら心の中で祈っていた。そしてしばらくすると彼は考えがまとまったのか口を開いた。

 

「……とりあえず友達からではダメですか。お互いのことをよく知りませんし……」

 

**********

 

 ということがあってから数ヶ月。今、俺は件の少女東横……いやモモと鍋を囲んでいる。

 色々と話が飛んでしまったがあれからモモの体質の話を聞いて半信半疑だったが、あの日のタコス屋の店員の反応やその後のモモの実演によって信じざるを得なかった。

 それからは、俺の宣言通りに友達としての付き合いが始まった。

 清澄と鶴賀という距離の壁があったから一緒に遊びに行くことはほどほどでもっぱらL○NE等のアプリでのやりとりや通話が中心だったが。

それでたった数ヶ月で一緒に鍋をつつく仲になるのは……まあ、俺でもそれはおかしいとツッコむと思う。

 こうなった要因はたった一つ……モモと俺の趣味が合ったからだ。

 モモの趣味は食べ歩きで、俺もそれなりに食にはこだわりを持っている。モモと話していて同じ趣味だと分かり、長野や全国の食の情報の交換や一緒に食べ歩いていたりお取り寄せをしていたらここまでの仲になった。食べるというのは人間の三大欲求の一つだから、それを共有することによって深い仲になったのかもしれない。

 ……理屈っぽく言い訳しているが、いいおもちを持っていてさらに趣味嗜好も合うモモに俺も惹かれたのが真実だ。

 

「京さん、そろそろ火が通ったんじゃないっすか?」

 

 モモの声で思考を打ち切った。そうだ、今は取り寄せた鍋だ。鍋に目を向けると具材はちょうどよく煮込まれている。火を調整して食べることにしよう。

 

「良い匂いだ。寒くなったらやっぱ鍋だよな」

「そうっすね。しかもただの鍋じゃなくてお取り寄せの水炊きだから特別感がすごいっす!」

 

 これまでも長野では食べられないものを季節に合わせて取り寄せてきた。次に何を食べるかモモと話し合ったら、寒い季節は温かい物。温かい物は?……鍋!という安直な結果になった。そこで今回もモモとお金を出し合ってお手軽な値段のブランド鳥の水炊きセットを取り寄せた。それを俺の家で調理している。

 

「それにしても、モモとこうやって鍋を囲んでいるなんてあの時からは考えられないな」

「私もこうやって同年代の男子と鍋をつつくなんて高校に入学した時の自分に教えても信じてもらえないっすよ」

 

 モモは頬を赤く染めながら答えつつ、鍋に入っている鶏団子を自分の器に装っている。そしてそれを半分に割って息を吹きかけ冷ましていた。そのまま食べるかと思えばそのまま隣にいる俺の口元に持ってきた。

 

「あ~んっす」

「んっ……良い鶏だからそのまま食べてもイケるな。けれど味を引き締めるのに王道のポン酢や七味を加えればさらにおいしくなるな」

「ふ~ふ~……あむ。……んく。そうっすね、良い鶏だからまず素材を味わってみたっすけど京さんの言う通りっすね」

 

 モモの言葉に耳を傾けながら俺は大ぶりの骨付き肉に箸を伸ばした。そして驚愕した。肉からスルッと骨が取れたのだ。そのまま器に乗せてからポン酢を垂らし口に運んだ。ホロホロの触感、噛めば噛むほど滲み出る肉汁と出し汁の旨味、そしてポン酢が味を引き締める。予想以上の味に俺はいつもよりもさらによく味わっていた。

 そんな俺の様子を見たモモは俺と同じようにして肉を口に運んだ。俺よりも口は小さいので箸で半分にした肉を……だが。そして一瞬目を見開いた後、口許を緩めつつ味わっていた。一緒に食べるようになってからよく見かける表情だ。俺はこの表情のモモが一番好きだ。じっと見つめているとモモは視線に気づいたようで。

 

「どうしたっすか?」

「いや~本当にいい表情で食べるな~ってな」

 

 そう言うとモモは顔を真っ赤にしてまったく、京さんは~とかあんまりからかうと食べちゃうっすよとか小さい声でもごもごしていた。モモを揶揄うのはこれぐらいにして本格的に味わうとしよう。モモの頭を撫でてから俺は鍋に集中した。……モモがニヘラと表現できるような笑みを浮かべているのを視界の端に捉えながら。

 

**********

 

 あ~!う~!

 

 心の中で叫びながら悶える。口がにやけるのが止められない。先ほど味わった鶏の余韻が吹き飛んでしまった。それ以上に胸の中に温かいものが広がる。こんな体質の自分がこんな恋人みたいなやり取りが行えるなんて夢みたいだ。今年に入ってからいくつものかけがえのないものを得られた。敬愛する先輩、気の置けない部活仲間、そして趣味仲間にして想いを寄せる人。

 そう想いを寄せているのだ。初めは趣味の合う友人として付き合っていた。しかし、付き合っていくうちに惹かれていったのだ。もちろん私が見えるから好きになったわけではない。一緒に歩いているときは常に周りに目を向けて自転車等が来た際にはさり気なくかばうなどそういったものが積み重なって今に至るのだ。

 今はまだこの想いを口に出して彼に告げる気はない。告げてしまえば今の居心地のいい関係が変わるかもしれないし変わらないかもしれない。だから、今はまだ趣味仲間として彼と付き合っていこう。

 そう思いつつ彼を見る。彼は鍋を堪能している。鶏肉に七味をさっと振りかけて先ほどと同じように味わっている。それを見て私も食事を再開する。きっと京さんと食べるならきっとなんでもおいしくなるんだろうな。そう考えながら私は鍋に没頭していった。

 




今回の話はとある京太郎スレのモモと京太郎の食事ネタが好きだったので自分なりに構築した結果です。
ですが、思った以上に食事ネタを組み込めなくてまだまだ未熟だと思い知らされました。
これからも精進していきます。


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東横桃子との美食巡り


ももたんイェイ~
東横桃子さんの誕生日なので投稿します。

……本当にすいません。揺杏さんの話の続きではありません。
あちらは重めの話として執筆しているのでメンタルと進行具合が比例してしまい少しずつ進めている状況です。今しばらくお待ちください。

今回の話ですが前回のリベンジとして制作していましたが、あれこれ入れると際限なくなってしまって話が長くなりすぎてしまったので少なめにしました。一応今回の料理のモチーフはあります。

そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想などは執筆活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 ジュージューと鉄板の上で肉が焼かれている。それを俺はジッと見つめている。こうしていると自分が狩りをしている気分になる。焼きが甘ければ生焼け、焼きすぎれば焦げてしまう。最適なタイミングは肉の種類や部位ごとに異なる。これはハラミだからすぐに焦げる心配はないが両面をしっかり中心で焼いてから脇に置いてじっくりと火を通す。

 

 ……ここだ! 素早く鉄板から肉を引き上げ、店特製のタレを付けて口に運ぶ。ハフッハフッと口の中で冷ましながら肉を味わう。サクリと歯で噛み切れる柔らかい食感にジワッと肉汁が出てくる。そこに甘辛い濃いめのタレの味がガツンと来る。まさに米が進む味だ。俺は片手に持った茶碗から米を掻き込んだ。

 

 チラッと正面を見る。俺と同じように肉を焼くのに集中しているモモの姿がある。髪を後ろにまとめてポニーテールにしている。普段とは違う髪型に、にじみ出ている汗がなんとも言えない色気がある。普段の俺なら目を奪われるが、今は焼き肉だ。時間差で肉を鉄板に置いたから次々と焼き上がっていく。しかしこれだけ味が濃いと次第に飽きてくる、そこでサラダやキムチ、水で口の中をリセットをする。そしてまた肉と米を味わう。

 

 ……気がつくと注文していた皿は空になっていた。

 

「あ~、モモどうする?」

「う~ん……一気に食べ過ぎたからここは一旦クールダウンしないっすか?」

 

 モモの提案に乗る形で俺はパラパラとメニューを捲ると冷麺の写真が目に入った。冷麺か……。ベターだけど外れはないし、よく見ればハーフもあるからちょうどいいか。

 

「じゃあ、この冷麺にするか? ハーフにしてそれを分け合えばちょうどいいんじゃないか?」

「いいっすね。そのぐらいの量がちょうど良いっす」

「ついでに網交換もしてもらうか」

 

 店員に注文してからモモの方を見ると、モモは楽しそうにメニューを見ていた。注文した料理が届くまでいつものようにモモを見て時間を潰すことにしよう。そうやってモモを眺めているといつものように聞いてきた。

 

「いつも疑問に思うんっすけど私を見ていて楽しいっすか?」

「楽しいぞ。モモは見ていて飽きないからな」

 

 そう返すとモモは顔を赤くしながら持っていたメニューで俺をパシパシ叩いてきた。明らかな照れ隠しなので甘んじて受け入れておく。

 

「失礼します。網交換しますー」

 

 そうこうしていると店員さんが交換用の網を持ってきた。モモも落ち着いたのか再びメニューを開いて楽しげに眺めている。手際よく交換してくれた店員さんにお礼を述べて先ほどのやりとりを振り返る。

 

 実際モモを見ている理由は見ていて飽きないのも理由の一つだが他にも理由がある。モモは今でこそ普通にしているが、食べ歩きを一緒にし始めたときはどこかおびえた表情を見せていた。本人も気付かないものだったが咲によって鍛えられた俺の目はごまかせなかった。そしてどうしてそんな表情を見せたのか理由もすぐに思い至った。

 

 モモは極端に影が薄い体質だ。人に気付かれない苦痛は俺には理解することはできないだろう。モモの学校の先輩に見つけられたことでモモは初めて家族以外の人と深く関わった。そうしてかけがえのない絆を手に入れて満足していたところに自分を見つけられる人であろう存在……すなわち俺が現れた。

 

 自分を見つけられるであろう人を見つけてモモはきっと心の底から喜んだのだろう。しかし、もしもそれが様々な要因で生じたまぐれのような物だったとしたら……。モモはそんなもしもが一番恐ろしいと無意識に感じているのだろう。それがあの表情だ。

 

 だから、一緒にいるときはできる限りモモを見るようにした。そうしていると、次第におびえた表情をすることはなくなりそれに比例して距離感も近くなっていった。

 

 とまあ、こんな理由で俺はモモを見るようになった。それをモモに伝えることはないし、これから先も伝えることはないだろう。

 

「お待たせしましたー。ご注文のお品です」

 

 コトンと冷麺がテーブルに置かれた音で俺は思考の海から引き戻された。解決した問題を気にするよりも今は冷麺だ。俺は一緒に頼んでいた小ぶりの器に手際よく麺やスープ、具を取り分けていく。そうして取り分けた物をモモの前に置いて改めて冷麺に向き合う。コシのありそうな麺、その上に鎮座する卵、スープに浮かぶ肉やキュウリにリンゴ、散らされたゴマ。なんともうまそうだ。

 

 まずは麺から行くか。ズルズルと音を立てながらすすっていく。冷麺特有のコシを歯で感じながらまとわりついてきたスープの味を楽しむ。やはりこのコシと何杯でも行けるのどごしの良さは良いな。キュウリやリンゴのシャキシャキ感もたまらない。思わずお替わりを頼みたくなるが主役は肉だからグッと堪えよう。そんなことを考えながら食べているとあっという間に器は空になってしまった。モモの方を見るとモモも完食していた。

 

「美味しかったな」

「そうっすね」

「そろそろ肉に戻るか」

「あっ、その前に私はこれを注文したいっす」

 

 モモが注文したいものを確認してから、何を注文するか考える。せっかく網を交換したのだから少し特別なものが良いな。……お、これが良いな。俺はモモに確認をしてからモモが選んだものと一緒に注文した。

 

「お待たせしましたー。ご注文のお品です」

 

 テーブルには先にモモが頼んだものが来た。モモが頼んだのは温玉ネギ塩ご飯だった。米の上には海苔とネギが散らされていて中央には温泉卵が盛り付けられている。米の白、海苔の黒、ネギの緑、そして卵の黄色。色取りの美しさがそのまま味の期待値に直結する。思わずそのまま掻っ込みたくなるが……これはきっと肉との相性が最高だろうから抑えないと……。

 

 欲求と闘っていると店員さんが来てテーブルに小さい壺とはさみが置かれた。そう壺だ。俺は壺漬けカルビを注文した。何というかなんとも言えない魅力がこの壺漬けの三文字に詰められている。

 

 俺はトングを手に取って壺の中にある分厚い肉を取り出し網に乗せる。網の中央に分厚いカルビが鎮座している光景は一層食欲がそそられる。その光景を目で楽しんでから壺に入っていた野菜を網の空いたスペースに乗せていく。そうして肉の表面に焼き色がついたら日繰り返して焼けてない部分を焼いていく作業を繰り返していき全ての面に焼き色がついたことを確認したら、片手で肉を持ちはさみで切り分けていく。切り分けた肉を軽く焼いたら完成だ。モモと均等になるように取り分けていき、温玉ネギ塩ご飯の卵を崩してからその上にタレをつけた自分の肉を乗せて……っと完成だ。おお、肉が乗ることで白、黒、緑、黄色に茶色が合わさってさらに美味しそうになった。

 

「いただきます」

 

 改めていろいろなものへの感謝も込めて手を合わせ、俺は米と肉に箸をのばした。

 

**********

 

 チラリと正面を見ると本当に幸せそうに食べている顔があった。美味しいものを食べると人は笑顔になるというのは本当なんだなとしみじみと思う。

 

 私は彼と同じように温玉ネギ塩ご飯の黄身を潰して彼が取り分けてくれた肉を乗せて食べる。口に入れて味わった瞬間、私は彼があんなに緩んだ表情になった理由が理解できた。漬けられていたことにより先ほど食べたカルビよりも味や柔らかさがさらに良くなっていて、さらに分厚い肉塊のまま焼いていたことで肉汁もより豊富に閉じ込められている。ここまで濃い味なら食べ続けると飽きが来るかもしれない。しかしそこに温玉ネギ塩ご飯が加わることでその状況は一変する。

 海苔の風味や黄身のまろやかさ、ネギのシャキシャキ感が後味を良くしてくれる。本当に最高だ。比喩でもなく無限に食べられそうだ。

 

 思う存分味わってからまたチラリと正面を見る。先ほどと変わらない顔がそこにはある。普段なら私の視線に気付いて話しかけてくるが今は没頭しているようで気付いてないようだ。話しているのも楽しいがこうやって見ているのも良い。

 

 こうしていると改めて自分が彼にゾッコンだということを自覚する。関係を壊したくないから想いを告げていないが、たまに私の中の本能がもうゴールインしても良いよねとささやきかけてくるが理性がそれを抑えている。

 ……まあ私が本気で迫れば一気にゲームセットまで持って行ける自信はある。こうやって趣味に付き合う過程で彼の両親にも会う機会があり、体質のせいで苦労したが信頼を勝ち取ったし。彼の家に行った際に時間を掛けてこっそりと調べた結果、私の体型は彼の好みドストライクなのも把握している。実際、腕に胸を思いっきりくっつけた際ほんの少し顔を緩めたのも確認したから確定だ。

 

 まあそれは置いといてもう一度彼の顔を確認する。やはり先ほどと変わらない表情だ。見る人が見ればだらしない表情だと言うかもしれないが、私はこの表情が一番好きだ。

 最初に会った時は幼さも感じられたが、ここ最近は少年から大人になってきたように思う。そんな彼が私の目の前で子供のように表情を緩ませている。私のことを心から信頼しているように感じるから私はこの表情が一番好きだ。

 

「モモ?」

 

 しまった凝視しすぎたようだ、彼がこちらの視線に気付いてしまった。

 

「どうかしたっすか? 京さん?」

「いや、さっきから俺の顔をジッと見ているからどうかしたのかと思って」

 

 どうしようさすがにそのまま理由を話すのは……。そんな私の目にあるものが写った。これだ! これとさっきのやりとりを組み合わせて……

 

「さっき、京さんに見つめられていたからそのお返しっす」

「俺の顔を見ても面白くないぞ。それに肉も冷めるぞ」

「面白いっすよ。特に右頬に着いているネギが特に」

「え!」

 

 彼が右頬に手を触れた瞬間ネギの存在に気付いたようでほんのりと顔を赤くしている。私はそれをニヤニヤとした笑みで見つめる。……なんとか乗り越えたようだ。しかし彼が言ったことも事実なのでいそいそと肉とご飯を食べ進める。

 

 それにしてもこの組み合わせは最高だ。箸が止まらなくなる。気付くとあっという間に肉とご飯を食べ終わってしまった。こうなってしまうと悩んでしまう。先ほどは無限に食べられると思ったが、実際には胃の容量という抗えない現実が存在している。他のものに挑戦するかもう一度この組み合わせを味わうか。……ここは彼の意見を聞こう。

 

「京さん、次はどうするっすか?」

「あ~、今の組み合わせにもう一度挑戦するかしないか迷うな~」

 

 彼も同じように悩んでいることに喜びを感じるが、今は食を優先しよう。彼の結論もまだ出そうにないようなので手元のメニューをパラパラと開いて再び考える。うわ~わさびバターご飯か~。さっきまでは気にならなかったけど温玉ネギ塩ご飯を食べた今なら見方が変わるな~。えっ、寿司専用ご飯!? 海苔の上にわさびの乗ったシャリ型に固められているご飯の写真が目に入る。この上に焼いた肉を乗せて食べるようだ。なんとも心が惹かれるな~。おおっとこっちはタレか~。さっぱりおろしタレもとろ~り温玉ダレもいいな~。……ダメだ誘惑が多すぎて決めきれない。どうしようか……。

 

「あ~どうするかな~」

 

 聞こえてきた声に反応して彼の方を見ると私と同じように悩んでいるようだった。普段の彼なら今頃はある程度決めているのに珍しいことだ。それだけ先ほどの組み合わせの衝撃が凄かったのだろう。私も同意しかない。

 

 ………………

 

「「よし決めた(っす)!」」

 

 声がハモる。同じタイミングで決めた事実にまた喜びを感じる。

 

「モモも決めたのか」

「そうっすね、いつもは京さんが先に決めていることが多かったっすけど今回は同時ッすね」

「そうだな、じゃあせっかく同時に決まったなら同時に発表するか?」

「いいっすね。せーのでいくっす」

「じゃあ……」

「「せーのっ」」

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 店から出る。火照った体に外気が染み渡る。今回のお店は当たりだった。味が濃いめだったがそれがご飯に良く合う。また来てもいいなと思う。

 

 隣を見ると彼も満ち足りた表情で私と同じ考えなのが読み取れた。

 

「これからどうする?」

 

 彼の言葉に私は考える。考えて思ったことを口にする。

 

「歩きながら良さそうなスイーツを探したいっす」

「じゃあ歩くか」

 

 彼はそう言いながら手を差し出す。その手を私は握りながらなんとなく思う。

 きっと彼はこの手を離さないんだろうな……と。

 

 京さん……好きっす。

 

 自分の想いを改めて確認しながら、手のぬくもりを楽しみつつ歩く。

 きっと、彼と行く場所ならどこでも楽しめる確信を持ちながら。

 



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東横桃子との美食探求

ももたんイェイ~
東横桃子さんの誕生日なので投稿します。

……今回も本当にすいません。揺杏さんの話の続きではありません。

本当に申し訳ありません。私を取り巻く状況がさらに悪化してしまい切り上げて投稿します。

この場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想などは執筆活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 長野県某所にある家、その居間にて二人の男女が座っている。

 二人はテーブルに並べられた雑誌を見ながら悩ましげな顔を浮かべている。

 

「「う~ん……」」

 

 開かれているページを指さしては悩み、違うページを開いては指さして悩む。そうして数分二人は座っているソファーにもたれこんで悩ましげにため息をつく。

 

「これだけ魅力的な物があると迷うな~」

「そうっすね~」

 

 そう言って二人……須賀京太郎と東横桃子は再びため息をついた。

 

 二人が何を悩んでいるのか、テーブルに並べてある雑誌の見出しを見れば一目瞭然だ。

 

『日本全国うまいもん100選』『お取り寄せグルメベストセレクション』etc.……

 

 そう二人はどれを食べる或いは取り寄せるのか迷っているのだ。そんなことで? と思うかもしれないが学生の身分である二人には自由に使えるお金が限られているからこそ重大な問題なのだ。

 と、言っても京太郎は家がそれなりに裕福だし、桃子も親から普通の高校生よりも多めのお小遣いをもらっているので二人とも金銭は余裕がある。しかし、お金があるからと言って毎日美味しい物を堪能するのは、何か違うなと二人は思っている。

 なにより、二人はこうしてあーだこーだ言いながら限られた予算で選ぶ過程を楽しんでいるのだ。

 

「今回は魚にしようかな~と思ったんだけどな~。見れば見るほど魅力的なのがたくさんあって迷うな~」

「すき焼き……ハンバーグ……海鮮丼……海鮮しゃぶしゃぶ……ケーキ……アイス……うう~どれもこれも美味しっそうっす……」

 

 二人はソファーに沈み込みながらあれがいいと言えばこれがいいと言い、それも良いなと言えばそっちもいいと言う。

 そうして話し合いながら二つまで候補を絞ったところで京太郎がふいに並べられていた雑誌を見ながらボソッと口を開いた

 

「それにしても……この世で一番美味いものってなんだろうな……」

「ふえっ?」

 

 京太郎本人としてもほぼ無意識に出ていたようで桃子が反応したことに驚いた様子だった。そしてそのまま自分が感じた疑問を説明しだした。

 

「ああ、ほら、こうやって定期的に食べに行ったり取り寄せたりしてきただろ? はずれもあったけど大体は美味しかったよな」

「そうっすね」

「人それぞれ好みがあるからこれが一番って決められないけど、ある程度までは絞れるんじゃないかってなんとなく思ったんだよ」

「ん~つまり100人いればだいたい90人がぐらい美味しいって答える料理ってことっすか?」

「そうそう、米が炊き上がるまで時間まで余裕があるから考えてみないか?」

「おもしろそうっすね」

 

 そう応じた桃子は先ほどの質問の答えを考えるために腕を組みながら目を閉じる。

 おもちを強調されている姿に少し目を奪われつつ京太郎も考える姿勢を取る。

 


 

(う~ん……。難しい問題っすね)

 

 今はなんの気兼ねなく食を楽しんでいるが、元々は自分の特殊な体質を受け止めてくれる人を探す名目で始めたこと。つまり最初は味とかは二の次だった。

 食材や作ってくれた人への感謝などはしていたがどこか心がここにあらず……要は感動したことはなかった。

 

(いや、先輩たちや京さんと一緒に食べるようになってからは違うっすね)

 

 店員さんに気づかれなくても一緒に食べる人がいるだけで自分の舌がまるで鮮やかに色づいたように感じた。味の感想を言い合うことの楽しさ。相手が食べている時の音でさえ自分の中の孤独を吹き飛ばす音色だった。……! 

 

(もしかすればこれがこの難題の答えのヒントになるかもしれないっす)

 

 緊張して味がわからないという表現があるように食べる状況によってその当人の味に対する感じ方は違うはずだ。例えば初めて会う人や目上の人との食事の時だ。そんな状況で正確に味を感じられるだろうか。……よほど図太い人じゃなければ大なり小なり影響はあるだろう。

 

(じゃあ逆に美味しくなる状況は?)

 

 気持ちが落ち着いている、要はリラックスした状況だろう。ならその状況にどうやってなる? 

 ……家にいるとき? 

 

(ああ、だからよくこの手の話題でお袋の味が一番になるっすね……)

 

 あれは大体の人がリラックスしながら食べるものだ。だから印象に残るし、また食べたくもなる。味付けもその人にあったものだ。ならお袋の味がこの世で一番美味い料理だろうか? 

 

(う~ん……ありきたりといえばありきたりっすけど……安牌っすね)

 

 けどもう少し突き詰められるような気がしてならない。もう少し私自身の経験、いや原点から何か得られるものはないだろうか。私は一緒に食べる人がいるときが一番美味しく感じた。それが先輩たち……それに京さんがそれに当たる。私は元々人を求めて食べ歩いていた。

 

 …

 

 ……

 

 …………! 

 

(簡単な話だったすね。お袋の味も突き詰めればそういうことっすね)

 

 隣で考えている人を見る。どうやら彼もほぼ同時に思いついたよう目が合う。私は笑みを浮かべながら同じ結論だったら嬉しいなと願う。

 

(この世で一番美味いものは……)

 


 

(あ~、美味いもの、美味いものか~)

 

 生まれて十数年、語れるほど食べてきたわけじゃないがそれでもいくつか候補は挙げられる。海鮮、肉、デザート……。思い出せばよだれが自然と出てくる。しかし……太鼓判を押せるものはない。

 この世で一番美味いもの……この条件が難点だ。俺自身は健啖家でよほどのものじゃなければ何でも美味しく食べられるが、そうじゃない人ももちろん存在するだろう。海鮮や肉の臭みや食感が嫌いな人、野菜や果物の青臭さや甘さが苦手な人……いくらでも挙げられる。

 ならば、この店の○○というような固有のものじゃなく、概念的なものを挙げればいいのだろうか? 例えば……採れたての野菜とか、釣りたての魚みたいな。

 

(困ったな……。簡単に出てくると思ったんだが……難敵だな。それに俺から話題を振ったんだからちゃんとひねり出さないとモモに悪いしな……。う~ん……)

 

 そっと横目でモモを見ればさっきと同じおもちが強調されている姿勢で考えている。改めて見てもすごいな……っと変な方向に考えが行ってしまった。反省、反省。

 採れたて……釣りたて……新鮮……刺身……美味い……食べたい……腹減った……今日のアレが楽しみ……! いかん、いかん。また思考が逸れてしまった。さっきまで雑誌とかで吟味していたからか腹の虫もメシはまだかまだかと訴えかけてきているな。まあこれも食事の醍醐味だから……ん? 

 

(これか? これで行けるか…………いやこれは違うな)

 

 さすがに空腹の時に食べるものは卑怯だろう。レギュレーション違反だ。

 

(う~あ~……腹が減ってきたな。……だめだ考えがまとまらなくなってきた、もう……単純に行くか?)

 

 俺自身の俺はもともと食べるのが好きだったのがモモと知り合ってからもっと好きになった。モモと2人で何を食べるか考えて、一緒に食う。その動作の一つ一つが楽しかった。だから俺が考えるこの世で一番美味いものだからこれでいいだろう。

 しかし、この答えをそのまま口にするのは少し……いやかなり恥ずかしいな。すこしオブラートに包んで答えよう。

 モモの方を見て目線が合う。どうやらモモも決めたようだな。だったら……

 

(この世で一番美味いものは……)

 

 

 

 2人の目線が絡み合う。どうやら結論に到達したようだ。

 

「じゃあ2人同時に言おうか」

「いいっすよ」

 

 2人はどこか緊張した顔つきで向き合う。息を思いっきり吸いながら2人は同時に口を開く。

 

「「大切な人と一緒に食べるもの(っす)」」

「「………………」」

「「……っふ、ふふ」」

 

 その答えを聞いた2人は少し顔を赤らめながらクスクスと笑い合う。

 

「いや~京さんも同じ考えで嬉しいっすよ」

「そうだな」

「その大切な人って誰っすか~?」

「あ~っと……」

 

 どうやら恥ずかしくなってきたのか京太郎の顔がさらに赤くなる。それを見ていた桃子はさらに質問していく。

 

「私は先輩たちや京さんっすね」

「…………」

「先輩たちはこんなめんどくさい体質の私を受け入れくれたっす。京さんは初めてできた異性の友達で、私を常に見ていてくれて……」

「おおっと! もうこんな時間だ!! そろそろメシにするか!!!」

 

 話を断ち切って京太郎は顔を赤くしながらいそいそと台所に向かっていった。そんな京太郎の後をニヤニヤしながら桃子がついて行く。

 

「素直じゃないっすね~」

 

 そう言った桃子の顔もさっきよりも赤くなっていた。どうやら自爆覚悟でからかっていたようだった。

 

 そんな気の置けない関係の2人の美食探求はまだまだ続くようだ。

 








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千里山女子高校
二条泉の不安


怜-Toki-は未履修なので申し訳ありません。
話に盛り込められないです。
表紙でみた泉はかわいいですけどね。



 目の前の少年に対して二条泉はどう接すればいいかわからなかった。

 目の前の少年があの原村和が所属している清澄高校の唯一の男子部員なのは、原村和について調べた際に判明はした。

 その少年とこんなところで会うなんて予想外にもほどがある。

 どうしようか、私は突然の出会いに困惑した。

 

 「どうしました?」

 「は?え?」

 「コンティニューの時間がもうないですけど。」

 「あ、あ~」

 

 私は目の前の画面のカウントダウンがほとんどないことに気づき彼に拾ってもらった硬貨を急いで筐体に投入した。

 そう私はあの準決勝の後にあまり褒められたことではないがほんの少しだけの時間、監督から許可をもらってホテル近くの店に入ってガンシューティングをやっていた。

 私はFPSが好きだが得意ではない。

 しかし、今は体も多少使わなければ気が済まなかった。

 あの準決勝において私は大幅に削られてしまった、3年ブーストとかそんなのは関係ない。

 私はあの準決勝において麻雀に余計な雑念を多く入れてしまった。

 あの時、もう少し立ち回りを変えていればもしかしたら千里山女子が決勝に進んでいたのではないかという考えが消えない。

 先輩方は気にしてないと言っているが、不安は消えない。

 もしかしたら心の中では私を責めているのではないか、あの人がいい先輩方に限りそうではないと信じてはいるが不安は消えない。

 そうでなくとも3年生の先輩方の最後のインターハイ団体の優勝の夢終わらせてしまった私は私を許せそうはない。

 考えれば考えるほどネガティブな思考に陥りそうだった。

 5位決定戦に向けて対策をしなければならないのはわかっている…わかってはいるが、自分の心の整理をつけるためにここに来てしまった。

 監督もわかっているのか私が相談した時間よりも多めの時間を許可した。

 準決勝中は大丈夫だったが、結果が出てしまった今、私は先輩方と顔を合わせると先ほどもいったように不安が生じてしまう。

 ここにいるのは問題の根本的な解決にはならない逃げでしかないが、今はただ麻雀以外で一人で没頭する時間が必要だった。

 そして、あまり得意ではないためすぐにライフをすべてなくしてしまった。

 コンティニューをするために硬貨を取り出そうとして落としてしまい、拾おうとして拾ってもらったのが彼だったのだ。

 あの原村和に関係しているであろう少年の登場により私の頭は混乱の境地に至ってしまった。

 それでも体は目の前の画面に向けて照準を合わせていた。

 私は頭の中の混乱を抑えつつ、少年に向かって顔を向けずに言った。

 

 「拾ってくれておおきに、お礼をしたいから少し待っとってくれへん。」

 

 まて、私は何を言っているんやお礼の言葉だけでいいのに図々しく待たせるなんて。

 やはり頭の混乱は収まっていないのだろう。

 私は少年に向かって謝罪の言葉を言おうとしたとき、少年の方が先に口を開いた。

 

 「わかりました、それでは少し待たせてもらいます。」

 

 私はさらに混乱してしまいそのまま「おおきに」といってしまった。

 なんでこんな失礼な言葉にふつうに返しているんや、普通は「大丈夫です」「いえお構いなく」じゃないのか。

 そんな心のまま私はゲームを進めていきほどほどに進めたところでやめた。

 余談だが混乱してしまったせいなのかわからないが1コンティニューで進められるところとしては最高記録を出してしまった。

 私は少年に顔を向け待たせてしまった謝罪をしたが、「お気になさらず」と返ってきて申し訳なく思ってしまった。

 時間を確認するとまだ余裕があったので近くのチェーン店に入りおごることにした。

 ここで自動販売機のジュースで済ませないあたりまだ混乱しているのだろう。

 席に着きお互いに自己紹介をした。

 

 「私は二条泉や、さっきはおおきに。」

 「俺は須賀京太郎です。よろしくお願いします。」

 「私と同い年だし、敬語やのうてええよ。」

 「わかった、よろしく二条さん。」

 「泉でええよ、私も京太郎って呼ぶから。」

 

 それにしてもなんで今私は同い年の男子とお茶をしているのだろうか。

 これではまるで私がインターハイにかこつけて男あさりをしているように見えるのではないだろうか。

 考えがまとまらない、私は何をしているのだろうか。

 とりあえず当たり障りのない会話をして切り上げて別れよう。

 そう考えて私は口を開こうとしたが、先に彼の方が口を開いた。

 

 「それにしても泉はなんで俺の年齢がわかったんだ。」

 「それは…」

 

 私は彼にその理由を話すべきか迷ったが話すことにした。

 

 「原村和を調べる過程で偶然わかっただけや。」

 「和を調べた?」

 「インターミドルで私は2位だったんや、1位だった原村和を意識するのは当然やろ。」

 「そうか。」

 「というよりもなんで素直に待ってたんや、そのまま離れてもよかったのに。

なんでなんや?」

 「あー、顔を見た際になんていうか気になっちゃって、それでそのまま泉の提案に乗ったんだ。」

 「気になった?」

 「鬼気迫っているというか思い悩んでいるというかそんな顔をしていたから気になってな。もしよければ話してくれないか。今会ったばかりの俺が言うのは変だけど赤の他人の俺に話せば楽になると思うからどうだ。」

 

 私は京太郎の提案に悩んだ。

 確かにあのままゲームをしていても問題の先伸ばしにしかならなかったのは明白だ。

 それは京太郎が言ったように顔に出ている時点でわかりきったことだ。

 しかし、たった今出会った人にこのようなことを相談するべきだろうか、しかもあの原村和が所属している清澄の男子生徒に。

 私は悩みに悩み、最終的には目の前の親切な少年の提案に乗ることにした。

 

 「実は…。」

 

 私は抱えていた不安をすべて話した。

 話すつもりの無かった所まで話してしまった。

 話し終わってから私は自嘲するように笑ってしまった。

 会ったばかりの同い年の男子に縋ってしまうまでに私はここまで弱っていたのか。

あの無駄に自信満々だった私は所詮虚勢を張っていただけで、今の私が本当の自分なのではないか。

 ネガティブな考えが浮かんでは消えていく。

 大事な麻雀も大切な先輩も何もかも目を背けてここにいる私はなんだろうか。

 何が高一最強だ、何がインターミドル2位だ。

 私という存在が虚勢を張ることしかできないちっぽけな存在では無いかと思えてくる。

 このことを聞いた目の前の少年もきっと私のことを心の中でバカにしているのだろう。

 それが何よりも辛かった。

 なんで目の前の少年にバカにされるのが辛いのだろうか?

 私は心の中の疑問に気がついたとき、京太郎は真剣な顔をしながら口を開いた。

 

 「俺は本当の意味で泉の気持ちを理解することはできない。俺は県予選落ちの言い方が悪いが雑用として付いてきているから、レギュラーであの舞台に立っていた泉の苦悩に対して安易な助言はできない。」

 「けど似たような体験をした俺から泉に対して経験談を話すことはできると思う。」

 

 そう言って京太郎は自分の経験談を話し始めた。

 京太郎は中学のときはハンドボールをやっていて3年の時には県予選の決勝にまで行けるくらいにはうまかったらしい。

 そのとき京太郎はエースのような立場で自分のことを中学でもっともうまい選手だと思い調子に乗っていた、そして決勝の舞台で無茶なスタンドプレイにより負傷、そのままチームは負けてしまった。

 負傷自体は後遺症が残るほどのものでは無かったが彼は自分のせいでチームが負けてしまったと思いそのままハンドボールをやめてしまった。

 チームのみんなは気にするなと言っていたが彼自身が自分のことを許せなかった。

 ハンドボールをやめてそれから目を背け、もらっていた推薦も蹴って清澄に来た。

 麻雀を始めたのは清澄の部長の勧誘だけでなく文化部ならばあの出来事を思い出さずにいられるのでは無いかという思いも少なからず存在すること。

 しかし泉の話を聞いて自分があの時とった行動はきっと正しくはなかったと思ったこと。

 このことを京太郎は話してくれた。

 

 「泉、今お前はあの時の俺と同じような状況にあると思う。あの時俺は誰にも相談せずに全てから目を背けてしまった。」

 「泉はまだ取り返しが付くところにいると思う。はっきり言って3年を相手にあそこまで戦えたのは泉の実力があったからこそ戦えたんだ。」

 「泉は悩みながらも俺に相談してくれた、あの時家族や咲にさえも相談できなかった俺よりも心が強いと思う。」

 「それにあの時の俺と違って泉にはまだ機会があるんだ。」

 「俺が保証する、泉は高一最強だって。」

 

 その言葉を聞いたとき、心の中の虚無感が晴れていくような気がした。

 そして瞳に涙を堪えながら、私は京太郎に向けて宣誓した。

 

 「そうや、私は高一最強なんや!」

 「原村和や大星淡、宮永咲なんて敵や無い!」

 「私はもうあきらめない!」

 

 言い切って私は恥ずかしくなってしまった。

 店の中で何を言っているのだろうか。

 顔を赤くして笑ってごまかしていると京太郎はハンカチを手渡してくれた。

 おもわずそのハンカチで目元を拭っていると店の時計が目に入った。

 

 「もうこんな時間や。ハンカチおおきに、洗うて返すから連絡先を教えてくれへん?」

 「ああ、わかった。泉の力に多少はなれてよかったよ。ハンカチは返せたら返していいから今はインターハイに集中してくれ。咲や和、優希や先輩方の次に応援しているよ。」

 「そこは一番に応援しているって言うところやないんか。」

 「はは、一番に応援してほしいなら5位決定戦で活躍してみることだな。」

 「それもそうやな。ほなまた会いまひょ、次会うのを楽しみにしとれや。」

 「おう、楽しみにしてるぞ。」

 

 そう言葉を交わして、店を後にした。

 結局少し遅れてしまい監督に叱られてしまったが、私の悩みが無くなったのを顔を見て判断したしたのか「いつもの泉に戻ったみたいやな。」と言葉を掛けてくれた。

 それに対して私は「心配をおかけしました、監督。」と返した。

 その後で先輩方にも謝罪したが、先輩方は暖かく迎えてくれた。

 本当に私にはもったいない監督や先輩方や。

 そんな人たちにできる恩返しは千里山女子を5位にすることだけや。

 私はそう決意を新たに5位決定戦に向けて準備を始めた。

 そのとき私の瞳に炎が灯った気がした。

 それにしても、京太郎と話しているときに何か疑問に思ったことがあったような気がするが、今は5位決定戦に集中や。

 私は思考を麻雀に切り替え没頭していった。

 

**********

 

 同い年の少女が元気に駆けていく。

 あの様子なら大丈夫だろう。

 しかし、俺も大概お人好しだな。

 ゲームをやっていた同い年の少女の様子が気になって足が止まった際に、少女が落とした硬貨を拾うことになるとはホテルを出る前の俺には想像が付かなかっただろうな。

 ああ、そうだ彼女こと二条泉が同い年なのは最初から知っていた。

 全国の強豪校のデータを調べる際にわかったことだ。

 その少女に硬貨を渡した際に見た顔が俺とダブって見えてしまった。

 あの中3の県大会決勝の後の俺の顔と。

 なぜか少女の方も俺の顔を見たらしばらく硬直していたが、俺の言葉で正気に戻ったのか急いでコンティニューしていた。

 それを見届け俺は悩んだ。

 確か彼女が所属している千里山女子は今日の準決勝で敗退したはずだ。

 そこに所属している彼女があの時の俺と同じ顔でこんなところにいるのはたぶんあの時の俺と同じなのだろう。

 自分のミスで全てを終わらせてしまった事に対する申し訳なさや不甲斐なさ、そして自分に対する失望。

 なまじ一生懸命に取り組めば取り組むほどそれは大きくのし掛かってくる。

 それに押しつぶされかかっている顔だ。

 俺はその顔をした少女に対してできることはないかと考えたが、ただ落とした硬貨を拾ってあげただけの赤の他人、しかも異性がいきなり悩んでいることは無いかと聞いたら逆に不審がられる。

 どうしようかと考えたとき少女の方からお礼がしたいという提案があったので渡りに船として提案に乗った。

 そして、少女がゲームを終えた。

 俺はそこら辺の自販機で飲み物を奢るくらいで済むだろうと思っていたところで少女は近くのチェーン店に向かったので俺もついて行くことにした。

 そして、注文した飲み物を持ち、席に着いたところでお互いに自己紹介をした。

 もちろん、名前は知ってはいたが知っていることにより不審がられるのを避けるため何も知らないふりをしながら自己紹介をした。

 そこで泉は同い年だから敬語はいいと言ってきた。

 俺は自慢じゃ無いが背が同年代平均よりも高いため年上だと勘違いされているだろうとと思っていた。

 さらに強豪校のレギュラーである泉とは違い県大会予選で敗退したから知名度なんてないと思っていたためその提案に疑問を持ち、その疑問を泉にぶつけた。

 そして、泉は少し逡巡して理由を話し納得した。

 インターミドル2位だったからこそ1位である和にある程度の執着があり、その和を調べる際に同じ1年である俺のこともどこかで見掛けたのだろう。

 そして、泉の方からなぜその場で待っていたのか疑問をぶつけてきたので、ある程度言葉を選びそれをそのまま伝え、その悩みを俺に話してくれないかと提案した。

 俺の言葉に泉は悩みそして自分の現状や思いをそのまま伝えてきた。

 それに対し俺は驚きそして羨んだ。

 あの時俺ができなかった事を目の前の少女は実行した。

 誰にも言えなかった俺とは違い、目の前の少女は話してくれた。

 その事実に俺は決意した。

 目の前の少女が勇気を振り絞り全てを話してくれたんだそれに応えなくては俺は俺が許せなくなる。

 勇気には勇気で応えよう、家族や咲にさえ話していなかった俺の本心を目の前の少女に伝えよう。

 きっと、俺と違い少女は間違えないだろう。

 俺は目の前の少女に対してあの時のことを全て伝え、俺が話を聞いて思った本心を伝え、最後にまだ間に合うと背中を押した。

 それを聞いた泉は少しだけ止まった後、目に涙を堪えながら宣誓し、恥ずかしくなったのか照れ笑いをしていた。

 俺は咲用に多めに持ち歩いているハンカチを泉に手渡した。

 泉は受け取ったハンカチで目元を拭っていると時計を確認したのか慌て始めた。

 そのまま連絡先を交換した後、俺の軽口に対して泉は好戦的な笑みを浮かべつつ軽口を返してきた。

 その笑顔で俺は目の前の少女の悩みを完全に払拭できたと確信できた。

 少女が去った後に残された俺はそのまま移動しようとしたとき、電話が掛かってきた。

 咲からだ、俺はその電話に出た。

 

 『京ちゃんもうこんな時間だよどこにいるの?』

 「ああもうそんな時間か、今咲たちに土産を買おうとして店にいるところだよ。」

 『そっか、てっきり遊び歩いているかと思ったよ。京ちゃんも清澄の仲間なんだからちゃんと打ち合わせに参加しないとだめだよ。』

 「ああ、わかったわかった。咲はいつものでいいんだよな?」

 『え、それでいいよ。』

 「わかった。じゃあ買うから切るぞ。」

 『あ、まって京ちゃんなんかあった?なんか声が明るいよ。』

 「そうだな、抱えていた問題が解決したからかな。じゃあもう切るぞ。」

 『それってどうゆう意味…』

 

 咲の言葉の続きを聞かずに俺は携帯を切った。

 俺も急いで土産を買って帰らないとな。

 俺は注文カウンターに並んで何を買うか選ぶことにした。

 

**********

 

 全てが終わり後は帰るだけになった私は監督に頼んで少し時間をもらえないか相談した。

 監督にはあの日のことを報告していたため、すんなりと許可は出た。

 しかしなぜニヤニヤしていたんや?

 私は疑問に思いながらも、貸してもらったハンカチを返すために京太郎に連絡をした。

 京太郎の方も大丈夫だったのであの時の店の前に来てもらった。

 そして急いで向かうと京太郎の方が先に来ていた。

 

 「よう、泉数日ぶり。」

 「そうやな、あの時はお世話になったわ。これハンカチ、ちゃんと返したで。」

 「おう、受け取ったぞ。それにしても泉はすごかったな。」

 「それはイヤミか、団体1位の清澄さん。」

 「ひがむな、ひがむな。俺は思ったことを言っただけだ。」

 「はは、そう言ってもらうと頑張ったかいがあったわ。」

 「実際すごかったよ、完全に立ち直ってたな。見ているときは一番に応援していたよ。」

 「よしてや、無我夢中の結果やし。あの時もこうすればよかったって今もよぎるし。完全には立ち直ってないわ。」

 「それでもだ、あのときの泉は輝いていたよ。」

 「はは、口説き文句としてはありきたりやな。でも素直に受けとっといとくわ。おおきに。」

 

 会話が途切れる。

 あとはこのまま帰るだけなのに私の口は勝手に開いた。

 

 「ああ、そうやこれからも連絡をしてもええか?」

 「いいけど、どうしてだ。」

 「京太郎から受けた恩はまだ返し切れてへんからな。このままにしとくのは気が済まん。」

 「あまり力になった気はしないけどな。俺がやったことはただ話をして励ましただけだ。そんなに恩を感じる必要はないと思うぞ。」

 「それでもや。」

 「そうか。ならこれからもよろしくな泉。」

 

 そう言って彼は私と握手を交わした。

 そして別れの挨拶を交わして私は京太郎と別れた。

 私はホテルに向かいながらなんであんなことを言ったのか考えていた。

 そして、私は一つの結論に思い至った。というよりも思い出した。

 一目惚れだったと言うことが。

 原村和を調べていた際に京太郎の顔を見た際かっこええなと、ふと思ったことが始まりだったこと。

 今に至るまで忘れていたが、それならあの日京太郎と出会ってからの不審な行動に説明が付く。

 一目惚れの男子が突然目の前に現れて無意識にテンパっていたのだろう。

 しかし、結果的にはなんとか立ち直ることができた。

 京太郎に言ったように引きずってはいるがなんとか挽回はできた。

 あの出会いは私にとって人生の分岐点だったのだろう。

 京太郎には頭が上がらんな。

 そう考えながら私はホテルに戻っていった。

 余談だが、監督から話を聞いてこっそりと付いてきた先輩方にまるで恋する乙女だったとイジられる羽目になったのは本当に余談だ。

 

**********

 

 嬉しそうに少女が元いたホテルに戻っていく。

 それを見届けながら俺は先ほどのやりとりを思い出して、思わず口を開いた。

 

 「俺の方が泉に救われたよ。」

 

 俺は心の底からそう思っている。

 もし、泉と出会ってなければ俺はあの時のことからずっと目を反らしていただろう。

 そして、また同じような事を繰り返していただろう。

 泉のおかげであの時のことと向き合う勇気をもらった。

 時間をかけてゆっくりと向き合っていこう。

 俺もまたホテルに戻っていった。

 きっと、泉とは長い付き合いになるだろう予感をさせながら。

 



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二条泉と隠しモノ

いずたんイェイ~
泉の誕生日なので京泉を投稿します。

今回は試験的に短めの話になるように作ってみました。
できる限りいちゃラブコメディになるように仕上げてみました。

この場を借りて皆様にお礼申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想が活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 ふと窓の方を見ると雲一つない青空が目に入る。窓から感じる陽気もちょうど良い感じだ。きっと土手の草むらに寝転がればすぐに眠気に誘われるだろう。そんな絶好の小春日和に・・・

 

 

「なあ?泉?」

「ん~?」

「せっかく大阪からはるばる来たんだからどこかに行かなくても本当に良いのか?」

「あ~・・・今はええや」

 

 

 そう言って目を閉じる泉。

 俺の名前は須賀京太郎。長野にある清澄高校に通っている高校生だ。

 そして俺の膝を枕に横になって目を閉じた女子が大阪にある千里山女子に通っている二条泉だ。

 

 

「きょうたろう~?」

「どうした?」

「呼んでみただけ、ふふ」

 

 

 このやりとりで察すると思うが泉と俺はまあ・・・付き合っている。大阪に住んでいる泉と長野に住んでいる俺、普通なら関わることのない関係だったが色々あってこんな関係になった。手持ち無沙汰になった手で泉の頭を撫でる。

 

 

「あ~!女の髪に勝手に触るなんて京太郎は悪いやっちゃな~」

「その割に嬉しそうな声だな」

「え~?そうかな~?」

「嫌なら止めるぞ」

「あ!ウソウソ!もっとお願い」

 

 

 家に来た泉は外で会う時と違いダダ甘だった。何回か会ったことのある泉の先輩達が見たらきっと驚くだろう。まあ最初は面を食らったが普段の活発な泉も甘えてくる泉もどっちも好きになった泉だから関係ないと気にしないことにした。撫で続けながら俺達に近づく影に気付く。

 

 

「~♪。あ!カピー!一緒に横になりに来たの?」

 

 

 近くに来たカピーを撫でながらさらに上機嫌になる泉。最初に会った時はカピーは少し警戒していたが俺とのやりとりを見て安全だと判断したのか今では平常運転になった。・・・それはそれとして。

 

 

「なあ、本当に良いのか?明日帰るんだからどこかに行かなくても?」

「こうやって京太郎と触れ合いながらカピーと過ごすのが私にとって一番や」

 

 

 泉の意思は堅いようだ。ならこれ以上は野暮か。・・・だったらあれはどうしようか。時計を見るとちょうど12:00になったのが目に入る。

 

 

「だったら昼メシはどうするんだ?」

「え?」

 

 

 そう昼メシだ。俺は元運動部だったからか食に関してはそれなりにこだわっている。どうせ食べるならうまいメシだ。だから泉と出かけたら俺のおすすめの店に行こうかと思っていたんだが・・・出かけないならどうしようか?

 泉も時計の方に目を向けると合点がいったようだった。

 

「ああ~そういうたらそんな時間か~」

「出前でも取るか?」

「出前か~。う~んそんな気分ちゃうなぁ~」

「だったらどうするんだ?お菓子とかでやり過ごすのはおすすめしないぞ」

 

 

 お菓子で済ませるのも学生らしいと言えばらしいが、俺は出来るならちゃんとしたモノを食べたい。それに・・・うまいモノは好きな人と共有したい。まあ泉がそれで済ませるって言うならそれに従うがな。

 俺の言葉に泉はカピーを撫でながらうんうん唸り始めた。そしてパッと俺の方を見て笑顔を浮かべた。

 

「ほな京太郎の手料理が食べたい」

「え?」

「インハイのインタビュー記事に書いたったで。『優勝したのは京太郎のタコスのおかげだじぇ』って。私も京太郎の作った料理が食べたい」

 

 そう言って目を輝かせる泉。

 手料理・・・手料理かぁ。別に隠すモノじゃないから良いけど。

 

 

「冷蔵庫に入っているモノでのあり合わせしか出来ないけどいいのか?」

「わがまま言うてるのはこっちなんやさかいかまへんで」

「だったら一旦台所に行くから立ち上がるぞ」

「もう少し堪能したかったけどしゃあないか」

 

 

 カピーにぶつからないように立ち上がった泉はそのまま俺のベッドに腰掛けた。カピーはそのまま寝転がっている。

 俺は冷蔵庫に何が入っていたか思い出しながら部屋から出て行った。

 

 

**********

 

 

 部屋から出て行く京太郎を見送った私は近くにあった枕を抱きしめながら後ろに倒れ込んだ。京太郎の匂いを堪能しながら口元を緩ませた。

 

 

(京太郎の手料理・・・夢みたいや)

 

 

 頬を軽くつねる。痛みを感じる。

 

 

(夢ちゃう。今私は京太郎の家で恋人として過ごしてる!)

 

 

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 宮永咲や原村和じゃなくて自分を選んでくれた!

 

 

「そらそれとして京太郎にわがままを言うてもうたな・・・」

(一緒に出かけとったらそらそれで楽しいんやろうけど、滅多に会われへんねんさかい二人っきりで過ごしたかったんや・・・)

「ん?」

 

 

 足に何かが当たった感触がして、起き上がり足下を見るとカピーがすり寄ってきていた。まるで自分もいるぞとアピールしているように。

 

 

「ごめん、ごめん。カピーもいたなぁ」

 

 

 すり寄ってきたカピーを撫でつつ気持ちを落ち着ける。そうして落ち着いたら改めて部屋を見渡す。

 

 

(それにしても男子の部屋に入ったのは初めてだけど・・・こう思たよりも片付いてるな)

 

 

 ベッドもきちんと整えられていたし。本棚も種類別に分類分けされている。見慣れないボールを飾っているのが見えるがきっと話に聞いていたハンドボールなんだろう。

 急いで片付けたみたいな違和感がないから普段から整理整頓しているんだろう。京太郎の意外な一面が見られて嬉しくなる。

 

 

(普段京太郎は何読んでるんやろう)

 

 

 普段の会話とかだとわからないさらなる一面を知りたくなった私はカピーに一声掛けてから本棚に向かう。本棚を改めて見ると多種多様な本が目に入る。麻雀の参考書・・・ハンドボールの雑誌・・・マンガ・・・料理本・・・麻雀雑誌・・・ん?麻雀雑誌だけ番号が飛び飛び?私は麻雀雑誌を手に取った。表紙には瑞原プロのグラビアが載っている。次の雑誌を手に取った戒能プロのグラビアが載っている。次の雑誌には宇野沢プロ・・・。・・・・・・。

 

 

「こらちょいな・・・」

 

 

 机の上には麻雀雑誌が並べられた。そのすべてに共通している点がある、それは・・・胸だ。胸が豊かな人が載っている雑誌だけ集められている。

 

 

「なんとなしに清水谷先輩の見る目ぇ他の先輩方と違うとった理由がこれかぁ・・・」

 

 

 改めて声に出して確認するとクルものがある。私の胸を確認する。・・・あるのは絶壁だった。さすがにこれから成長するのは無理があるだろう。京太郎が大きさで人を判断しないのは解っているが、もし瑞原プロみたいな豊かな人が迫ってきたら・・・

 少しブルーな気持ちになって大きく開いた本棚に目を向ける。・・・?なにか違和感が・・・。奥行きが合わない?

 私は麻雀雑誌が入っていた部分を改めて見る。よく見ると右上に小さい穴が見える。その穴に指を掛けると横に少しずれた。そのまま横にスライドすると完全に開き紙袋に包まれた何かが出てきた。大きさ的に雑誌が入っているように見える。袋を取り出し机に置く。

 

 

「こら多分あれやな・・・」

 

 

 18歳未満が見てはいけないモノだという予想というか確信があった。わざわざ紙袋でさらに隠しているんだからよっぽど見られたくないモノなんだろう。見なかったことにして元に戻すのが一番・・・なんだけど。ここまで来たら破れかぶれだ。意を決し袋からブツを取り出す。出てきたのは・・・

 

 

「うぇ?」

 

 

 わきを強調した女性の表紙の本とへそを強調した女性の表紙の本だった。予想と違うモノが出てきてフリーズしてしまう。

 

 

「は?え?ええ?」

 

 

 てっきり胸が豊かな人が描かれている本が出てくると思ったのに・・・これは。とりあえずわきを強調した本をさっと流し見る。

 予想通りの内容が展開されていた。へその方も同じだった。確認したモノを速やかに元の袋に戻して隠し戸を閉める。雑誌も元に戻してからベッドに戻る。

 幸い京太郎は手の込んだ物を作っているのだろう、こっちに戻ってくることはなかった。先程の出来事を考える。

 

 

(あの本の内容が正しいのなら・・・)

 

 

 京太郎と初めて会った時私の服装は夏服でわきとへそを出した改造制服を着ていた。あの本もわきを強調したモノとへそを強調していたモノだった。よくよく思い出すと書かれていた人の胸は平たかった。

 胸が平たくてわきとへそを出した人・・・

 

 

(え?ウソ?ホントに?)

 

 

 顔が熱くなる。枕を思いっきり抱きしめて再び京太郎の匂いを嗅ぐ。イケナイ気持ちに・・・

 

 

「できたぞ」

「ぴぃ!」

「うお!」

 

 

 いきなり声を掛けられて変な声と共に飛び上がってしまう。それを聞いて京太郎も驚いていた。

 

 

「どうした?そんな変な声を出して?」

「いっ、いきなり声を掛けられてびっくりしただけやで」

「ノックしてから開けたんだが・・・。とにかく出来たんだから食堂で食うぞ」

 

 完全に自分の世界に入っていて気付かなかった。京太郎に謝りつつ食堂に向かう。顔に出さないで食べられるかな・・・

 

 

 こうして食堂に行った私は無事挙動不審となり、京太郎に風邪を疑われ額に手を当てられた瞬間に限界を迎え京太郎に謝罪した。

 京太郎は最初訳がわからないようだったようだったが、『本棚の・・・』という言葉を聞いた瞬間、顔が真っ青になり土下座してきた。

 

 

**********

 

 

 そこから2人は謝罪合戦になり、最終的に相手の良い点を褒め合うこととなった。

 ひとしきり良い点を言い終わると2人同時に笑い出しこの話は終わりとなった。

 後に残ったのはより熱々になったカップルと冷めてしまった料理だった。

 

                                    カン!

 




一応完成させましたが後で追記修正するかもしれません。



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白糸台高校
宮永照はわからない


感想および評価ありがとうございます。
返信は基本しませんが皆様の感想は私の力になります。
この場を借りてお礼申し上げます。


今回の話は書き直しを重ねて作りました。


 宮永照はわからない。

 妹と同じ部員である須賀京太郎と妹の関係が。

 目の前の男と初めて会ったのはたしか咲がインターハイ後に改めて話し合いたいと言ってきてそれを受け入れた時のはずだ。

 私は付き添いに菫と淡を連れて行き、咲は原村和と件の男を連れてきた。

 その際に、咲が男を紹介して初めてその男の名前がわかった。

 そのとき咲が気安く紹介していたから印象に残っている。

 その場はそれだけで終わった。

 その後も咲と連絡を取るたびによくその男の話題が出てきたので、恋愛に疎い私でも咲と彼が好き合っているのだなと思った。

 しかし、咲にそのことを指摘すると「中学2年生からの付き合いなだけだって。」と返ってきた、浅い付き合いなら彼の家に作りすぎた物を持っては行かないと思うが…。

 少し話は変わるが私と咲が和解したことによりお父さんとお母さんの関係も多少良くなった。

 それでも離れていた時間は長いのでギクシャクはしている。

 そのため、私は橋渡しもかねて長野の家に通うようした。

 プロの契約と自由登校により時間と金銭に余裕ができたからできる芸当だ。

 それでも、淡は私から離れたくないと言っていたが、来年から私がいなくても白糸台を引っ張って行けるように心を鬼にしてなだめた。

 まあ、卒業するまでの間なるべく顔を出すようにするが。

 話が長くなってしまったが、そんなこんなで私は長野に帰ってきた。

 私は家の前に来て玄関のチャイムに手を添えて動きを止めた。

 頭では押そうとしているが体は動かなかった。

 わかってはいたがここまで露骨に出る物かと心の中でため息を吐いた。

 そして深呼吸をしてから意を決してチャイムを押した。

 バタバタとした音の後、咲が慌てながら玄関を開けてきた。

 そしてその勢いのまま私に抱きついてきた。

 こうやって見ると咲はまだまだ子供なんだな、そう思いながら咲の気の済むまで抱きつかれていた。

 落ち着いたのか咲は私から体を離して、私の目を見ながら「お帰り、お姉ちゃん。」と言ってきた。

 私も「ただいま、咲。」と言って、昔のように微笑んだ。

 そのまま家に入りお父さんにも挨拶をして、私の部屋に荷物を置き咲に導かれるままに咲の部屋に入った。

 咲は改めて話し合いがしたかったそうだ、私も電話では話しきれなかったこともあるので咲の提案に乗った。

 時間が経つのを忘れて話し込んでいたが、咲は時計を確認して晩ご飯の準備の時間だと話をいったん切り上げて、台所に向かった。

 私も何もやることがないので咲について行った。

 そのまま咲を見ていると慣れた手つきで3人で食べるには多い料理がどんどんできていく。

 私よりも手際がいいことに姉としてのプライドに傷が付いた気がしたが顔に出さずにそのまま見ていた。

 そして、晩ご飯の時間になりお父さんともぎこちなかったが話しながら食事をした。

 咲は多めに作っていたご飯を持って出かける準備をしていた。

 彼に持って行くのだろう、私も興味があったのでついて行くことにした。

 彼の家は思っていたよりも近かった、作りすぎた物を持って行こうとするなら当然か。

 それよりも想像よりも彼の家が大きいのが意外だった、庭には小さいながらもプールらしき物も見える。

 私が家を観察している間に、咲は慣れた手つきでチャイムを鳴らしていた。

 あまり待たずに扉が開き、彼が出てきて対応していた。

 彼は私に気づいたようで挨拶をしてきたので、私も挨拶を返した。

 しかし、彼と接している咲はやはり気安い気配を感じる。

 やはり、中学2年生からの付き合いに見えない、某高校生孫探偵漫画の主人公とヒロインの関係に見える、確かあれは幼なじみの関係だったはず。

 しかし、それを咲に指摘してもいつぞやのように否定するだろう。

 今度彼と話してみようか、咲と彼のやりとりを見ながらぼんやりと思った。

 

 宮永照はやはりわからない。

 目の前の男と妹の関係が。

 しばらく経ってから彼と話す機会があったので咲との関係を聞いてみた。

 彼は「一応、中学2年生からの付き合いです。」と返してきた。

 私は彼の態度に疑問を思った、彼自身どこか腑に落ちない部分があるのだろうか?

 さらに追求しようとしたら、咲が帰ってきてうやむやになってしまった。

 そこで彼のことを空いた時間に観察することにした、幸いにも機会は多く恵まれた。

 来年こそ一緒に全国に行くと咲が張り切っているので部活時間外にも彼や部活仲間を家に呼んで彼に麻雀を教えようとしている。

 我が家には自動卓があるのでちょうどいいのである。

 観察するとある程度のことがわかってきた。

 基本的には彼は咲のことを女友達として扱っている、さらに言えば彼が好意を抱いているのは原村和だ。

 彼はわかりやすかった、原村和のある一点によく目が滑っていたり妄想しているのを目にした。

 咲は彼が原村和のある部分に関わると少し不機嫌になる、まあ私も思うところが無いといえば嘘にあるが。

 原村和はどちらにも好意を抱いているがそれは友人に抱く好意だ。

 さらにそこに片岡優希などの関係も挙げられるが、話の本筋から離れすぎてしまうので省略する。

 たしかに彼は女友達として扱っているが、咲のじゃれつきを全面的に受け入れているのが疑問だ。

 麻雀を教える際に体を密着させて教えてもそれが当然だと受け入れている。

 ならばなぜ咲との関係に対して疑問を覚えているのだろうか?

 さらに観察すると彼の咲に対する行動の理由の答えがわかった。

 彼は咲のことを“手の掛かる”女友達かつ無意識に“小動物”として見ているのだ。

 この“手の掛かる”、言い換えるとポンコツがミソなのだ。

 彼の生来の性格がお節介焼きのお人好しなのだろう、咲がポンコツな行動すると彼がフォローしている。

 咲が彼にじゃれついても彼には同年代の少女ではなく小動物がじゃれついているように感じているので何も疑問に思わない。

 彼が拒絶しないので咲はそれが普通と誤解してさらに気安く接する。

 この二つが噛み合って、たった数年で幼なじみのような関係になったのだろう。

 そう結論づけながら、私はお菓子を食べながら彼の麻雀を見ていた。

 

 宮永照は考えあぐねる。

 目の前で調理している男と私の関係を。

 彼が調理している理由は簡単だ、私の為にお菓子を作っているのだ。

 なぜ彼が私のためにお菓子を作っているのか、それにはわけがある。

 きっかけは彼が私に対して麻雀の指導のお礼がしたいと言ってきたことだ。

 そう、彼を観察する過程で咲に頼まれて彼の指導の手伝いをすることになったのだ。

 私は「初心者に教えること自体、基礎を見直す良い機会なのでそちらが気にすることでは無い。」と彼に伝えた。

 しかし、彼は「さすがにそれは…」と思ったらしい。

 そこで咲にどうすればいいかと相談して、教えてもらう際に差し入れを用意することにしたようだ。

 だが、咲はその際に「手作りならさらに気持ちが伝わるよ」と吹き込まれたようで、ならばできたてを用意しようと斜め上に決意してしまった。

 その結果が今の状況だ。

 私は彼の料理の腕に大して期待しておらず、心の中で溜め息をしていた。

 しばらく待っていると彼は調理を終わらせたようで私の前に皿を持ってきた。

 その皿の上にはパンケーキが乗っており、それを見て私は懐かしさと驚きを感じた。

 パンケーキは私にとって白糸台での大切な思い出を思い出させる物であり、彼が作った物は店売りのようにふんわりふっくらと膨らんでいて素人が作った物にはとても見えなかった。

 私はフォークで一口大に切り分け口に運んだ。

 その味はあのパンケーキに比べれば劣る気はしたが、店で出しても問題の無い味だった。

 私はそのまま無心でモックモックと食べていき、あっという間に完食してしまった。

 空になった皿に寂しさを感じていたら、いつの間にか台所にいた彼がお替わりを持って現れた。

 私は「ありがとう。」とお礼を言い、お替わりもあっという間に平らげてしまった。

 後で咲に聞いたのだが彼がここまで料理が上手なのは、片岡優希のタコスの為に練習していくうちに元々あった彼の食い意地がさらなる食の探求に突き進めさせていった結果だという。

 咲はそれに危機感を感じて料理の腕をさらに上げたことも話していたがそれは余談だ。

 彼は私に味の感想を聞いてきたので、「美味しかった、また作ってほしい。」と言った。

 彼はそれを聞いて嬉しそうにしつつ、使用した道具の後片付けを始めた。

 私はそれを見ながら、今後の楽しみが増えたことを嬉しく思った。

 

 宮永照は考える。

 どのようにすれば京ちゃんのお菓子をもっと食べられるか。

 あれから京ちゃんは私が麻雀を指導するたびに差し入れとしてお菓子を用意してくれる。

 私がリクエストするとよほど難しい物でない限り答えてくれるし、その難しい物もしばらく経ったら「どうですか?」と出してくれる。

 もちろん、途中から私から材料代を出すようにはしている。

 京ちゃんは私に合わせてお菓子の味を調整してくれるのでさらに食べたくなる。

 私は淡たちの様子を見るために訪れた麻雀部にて京ちゃんが持たせてくれたクッキーを頬張りながら、京ちゃんのお菓子をさらに食べる方法を考えていた。

 深く考え込んでいたようだ、淡が私の近くに寄って頬をつついてきた。

 どうやら私を呼んでも反応が無かったので気になって近寄ったようだ。

私は淡に謝ってどうしたのか聞いた。

 淡は人懐っこい笑みを浮かべながら、「テルー、そのクッキーどうしたの?」と聞いてきた。

 私は淡に質問の意味を聞くと、「すんごい嬉しそうに食べていて気になったんだ。」と言ってきた。

 そんなにわかりやすく食べていたのかと驚きながらも、京ちゃんがたくさん持たせてくれたのでクッキーを淡に「食べてみる?」と聞いてみた。

 淡は目をキラキラさせながら「え、いいのテルー!」と言って、クッキーを頬張った。

 淡は「美味しい~、これどこのクッキー?」と聞いてきて、私は長野のクッキーとなんとなく危機感を感じたのではぐらかしながら答えた。

 淡は「え~、店の名前を教えてよ~」と言いながら私を揺すってきた。

 なぜ危機感を感じたのだろうか、菫なら包み隠さずに話したのに。

 私は淡のある一点がタプンタプンと淡の動きに合わせて揺れているのを見て合点がいった。

 淡と京ちゃんを深く関わらせると全てを持って行かれると感じたのだ。

 片岡優希の気安さ、原村和並かそれ以上の胸、そして咲までとはいかないポンコツを兼ね備えてしまっている淡は京ちゃんを籠絡してしまう確信があった。

 いくら京ちゃんの好みが家庭的な女の子だとしても淡の持つポテンシャルはバカにできない、一気にかっさらわれてしまう未来をありありと目に浮かぶ。

 もし、そうなれば京ちゃんがお菓子を作る頻度が下がってしまうかもしれない。

 私は悩みながら淡をどうなだめようか悩んでいると、一緒に来ていた菫が助け船を出してくれた。

 菫は淡をなだめながら「こら、淡。照が困っているだろう。」と言ってくれたので、淡も渋々追求の手を緩めた。

 私はさらに淡にクッキーをあげつつ、“家で作ってくれたクッキー”と意図的に誤解する言い回しで淡に言った。

 淡はクッキーを見つつ「え~!これサキが作ったんだ~」と勘違いしてくれた。

 菫はどこか怪訝そうに私を見てきたが、この場で追求したら淡もさらに乗ってくることを考慮したのかそれだけで止めたようだった。

 私は菫に感謝しつつ、もう一枚クッキーを頬張った。

 

 宮永照は深く考える。

 京ちゃんと私の今後を。

 今、私は京ちゃんの最近の成績や牌譜などを確認していた。

 京ちゃんは今なら全国でも有数の防御を手に入れた断言できる。

 私と咲と一緒に打っても飛ばないでいられるのだから。

 まあ、私と咲が一緒に打てば和解していても心の奥深くで燻っているものが現れるのか壮絶な削りあい(京ちゃんら曰く、大怪獣決戦)で残り二人はその余波を必死に耐える状況になるので、それに耐えるだけで否応なしに防御が鍛えられるのだが…

 さらに鍛えればプロも夢じゃないだろう。

 だけど、プロになれば京ちゃんも忙しくなってお菓子を作る頻度が下がるだろう。

 大学を薦めたとしてもそれは問題の先延ばしにしかならない。

 いずれは京ちゃんも就職するだろう。

 私のわがままで京ちゃんの未来を決めるなんてことはしたくない。

 しかし、京ちゃんのお菓子が食べられる頻度が下がる事実に耐えられない私がいるのも真実だ。

 先日、京ちゃんに将来の夢をそれとなく聞いたがまだ考えていないという答えが返ってきた。

 それはそうだ本当になりたい職業がある人以外はまだ遠い話だ、真剣に考えているのは今の時期では極一部だろう。

 ならば、私がマネージャーとして雇うことも考えたが、結局それも京ちゃんの未来を私のエゴで潰そうとしていることに変わりないのだ。

 私は悩みながら作業を中断して京ちゃんが作ってくれたパウンドケーキを食べていたら、京ちゃんがコーヒーを持ってきてくれた。

 それを見ながら私はなんとなく新婚の夫婦みたいだなと思った。

 …

 新婚…?

 そうだ、私が京ちゃんと結婚すれば、京ちゃんがどんな職業についても京ちゃんのお菓子を毎日食べることができるじゃないか。

 これ以上ない良案に私はパウンドケーキを頬張りながら決意した。

 

 宮永照は企てる

 京ちゃんと結婚する方法を。

 結婚とは人生において非常に重要な事柄で、大抵の人は慎重に考えるものだ。

 だからこそ、京ちゃんもいきなり言われても首を縦に振るとは思えない。

 原村和や咲ならそのままゴールインするかもしれないが、たった、1・2ヶ月の付き合いの私では無理だ。

 …たった、それだけの期間でここまで惚れ込む私は咲並にヤバイやつなのでは…

 考えないことにしよう、今は京ちゃんと結婚する方法だ。

 時間を掛ければ結婚まで持って行く確信があるがその時間がないのだ。

 プロになれば自由にできる時間が少なくなり、その間に咲や原村和、片岡優希などに先を越される可能性がある。

 咲は恋愛感情はないが今の関係のままずっと添い遂げる気が、いや添い遂げるだろう。

 私はどうすればいい。

 いっそ、既成事実を…。

 いや、だめだ。

 それでは、私も京ちゃんも今後の生活にしこりを残してしまう。

 ならば、どうするか。

 経済面でも彼の家はそれなりに裕福だから効果が薄い。

 ならば胃袋をつかむことは…不可能だ。

 私はほぼ食べる専門だ、最低限の料理の腕しかない。

 京ちゃんに体でアピールも絶望的だ、淡の一部を私に分けて欲しい。

 八方塞がりだ、名案が浮かばない。

 …

 ……

 ………

 決めた、真正面から正攻法だ。

 変に謀ろうとすれば逆に京ちゃんの印象は悪くなる。

 まっすぐ行って突き抜けよう。

 すぐに実行しよう、後回しにすれば今心の底から湧き出ている勇気が枯れてしまうかもしれない。

 私は立ち上がり、私がリクエストしたアイスクリームを作っている京ちゃんがいる台所に向かった。

 今、咲は原村和らと清澄の先輩の雀荘の手伝いに行っていて家にはいない。

 そのため、私が一人で指導しているのだ。

 私は台所に繋がる扉に手を掛けて、深呼吸をした。

 そして、扉を開き京ちゃんの近くに行った。

 京ちゃんはアイスクリームを冷凍庫にいれている所だった。

 京ちゃんは私に声を掛けようとしたが、私の雰囲気がいつもと違うことに気が付き声を掛けられないようだった。

 私はこれまでにない真剣な顔をして、告白した。

 

 「京ちゃん、私と結婚を前提に付き合ってください。」

 

 京ちゃんは困惑しているようだった。

 そうだろう、知り合ってたった1・2ヶ月の知り合いに告白されたのだから当然の反応だ。

 だから私は畳み掛けた。

 

 「京ちゃんが好き。お菓子を作ってくれる姿も、麻雀を真剣に打つ姿も、京ちゃんの全てが好き。」

 「だから結婚して欲しい。」

 「けど、私たちは知り合ってから少しの時間しか経っていないから京ちゃんは困惑していると思う。」

 「お互いのことをさらに理解するために付き合ったうえで判断して欲しい。」

 

 京ちゃんは考え込んだ、それを私はじっと見つめる。

 しばらくしてから、京ちゃんは口を開いた。

 

 「…正直に言えば、照さんはお菓子が大好きな頼れる咲のお姉さんだと思っていて、付き合ったり結婚したりすることは想像していませんでした。」

 「照さんがここまで俺に惚れ込んだのもきっとお菓子を作ったからだと思います。」

 「もっと、照さんにふさわしい人が世の中にいると思います。」

 

 さらに京ちゃんは言葉を重ねようとしたので私は背伸びをして京ちゃんの唇を私の唇で塞いだ。

 京ちゃんは目を見開いていた。

 

 「私は京ちゃんがお菓子を作ってくれるから好きになったんじゃない。京ちゃんが私を見てお菓子を作ってくれたから好きになった。」

 

 そうだ、お菓子でごまかしていたが私は私を見てくれる京ちゃんが好きなんだ。

 きっと、お菓子を作ってくれなくても私は京ちゃんが好きになっただろう。

 

 「だから、釣り合わないとかそんな言葉で誤魔化さないで京ちゃんの本心で答えてほしい。」

 

 京ちゃんは私の言葉を聞いて少し考えてから口を開いた。

 

 「…さきほど言ったように頼れるお姉さんなのは変わらないです。それに俺の好きなタイプは家庭的な女の子です。それでも俺と付き合いたいですか?」

 「問題ない。それに付き合えば私のさらなる魅力に気がついて京ちゃんはメロメロになる。」

 「…わかりました。付き合いましょう。」

 

 一世一代の告白がなんとか成功した。

 安心感とさっきまで背伸びをしていた影響が来たのかバランスを崩し倒れそうになった。

 京ちゃんが慌てて私を抱きしめて支えてくれた。

 京ちゃんの私とは違う異性の体が間近に感じられて、麻雀を教えるために後ろから密着したときとは違う感覚にドキドキする。

 私は燃え上がる思いのまま京ちゃんに再びキスをした。

 

 宮永照は噛みしめる。

 京ちゃんと暮らしている幸せを。

 あの告白から京ちゃんと私の関係は劇的に変わることは…なかった。

 私は麻雀を教えて、京ちゃんはお菓子を作る。

 そこに私が東京にいるときに電話で話すのが増えただけだ。

 ただ、咲たちには3年のインターハイまでは私たちの関係を秘密にすることにした。

 今、付き合うことを話しても咲達に悪影響があるからと説明したが、実際は私のわがままだ。

 もし、付き合っていると話してしまえば咲達は京ちゃんをさらに意識してしまうだろう。

 そうなれば、過ごした時間が短い私には咲達の持っているアドバンテージには勝てない。

 それを恐れて私は関係を秘密にすることにした。

 そのまま時が流れて私はプロになった。

 会える時間が少なくなったが、それでも時間を見つけ指導の名目で会いに行った。

 京ちゃんもメキメキと麻雀の腕を身に付け、2年生のインターハイで個人全国1位になった。

 1位になった時に私もお祝いに参加して京ちゃんを祝って、後でこっそり2人だけでもお祝いした。

 さらに時が流れて京ちゃんが3年のインターハイが来た、私は初めて解説に呼ばれた。

 京ちゃんに教えた経験が生きたのかなんとか一般向けに解説はできた。

 京ちゃんはまた個人1位になった。

 その結果、京ちゃんに大学の推薦やプロのスカウトが多く来たようで、私に相談してきた。

 私は「プロになるのも大学に行くのも京ちゃんの自由、私はどんな選択をしても京ちゃんと一緒にいる。」と言った。

 また、咲達に私達の関係を発表したが返ってきたのは「知ってた。」という反応だった。

 どうやら、私は思っている以上にわかりやすかったようだ。

 それでも、思うことがあった咲達に麻雀で徹底的に“話し合い”をさせられた。

 それから、京ちゃんはプロになることを選んだのでプロ入りと同時に結婚を発表した。

 世間の反応も咲達と同じような反応だった。

 隠していると思っていたのは私だけだったようだ。

結婚してからも、忙しいながらも京ちゃんは家に帰ってきて私にお菓子を作ってくれる。

私は作ってくれたお菓子を食べながら、これからの生活に思いを馳せた。

 



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番外:宮永照と妹? 上

星の風です。
なんとか週一投稿に間に合いました。
今回はこの前投稿した”宮永咲は突き進む”の照視点の番外編です。
いかにして宮永照がインハイ決勝でああなったかを作ってみました。
”宮永咲は突き進む”も是非読んでみてください。
来週中に下も出せるようにしたいです。
あと揺杏さんの下も鋭意制作中です、決して忘れてません。

そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想が活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 私の名前は宮永照、麻雀は好きじゃないけど得意で親が別居していて妹と冷戦している以外はどこにでもいるお菓子好きの白糸台高校の3年生。

 

 

 私は今、新入部員達の対局を見守っている。もちろんただ見守っているわけじゃない。少しだけ圧を掛けながら見守っている。これには色々と理由がある。

まず一つが全国のエースや魔物に対する耐性を付けること。

彼女らは大なり小なり自分なりの打ち筋や感覚を持っている。それは時に理に合わない打ち方をしても結果が着いてくるのだ。事前に知識として備えても実際に対面した時には映像や牌符からは感じ取れない熱に当てられ冷静さを失うかもしれない。それを防ぐためにこうしている。

 次に少しだけ最初に被るが有望な新人の見極めだ。

私は自慢ではないが打っている本人よりも正確にその人の潜在能力を含めた実力を見定められる。もちろん、皆の実績や私のネームバリューで全国から腕に自信がある人たちが集まってきている。その選りすぐりの中から金の卵、もしかすると第二の私になり得る人がいるかどうかを見ている。

 最後は・・・・・・まあファンサービスだ。私の立場は全国一万人の頂点に立っているチャンプだ。入部してくる人たちはほぼ全ての人が大なり小なり私に対して憧れを持っている・・・らしい。ピンときていないけど菫が言っているなら本当なんだろう。そんな私が目の前に現れてさらに対局を見守るとなればそれは値千金なんだろう。・・・私は憧れよりも美味しいお菓子を取るけど。

 

 

 そんなこんなで新入部員達の対局が終わり、彼女らは一旦別の部屋に通され麻雀部の説明を受けることになった。

 私はガランとなった対局室の椅子に座り持ち込んだお菓子を食べていた。そんな一人しかいない空間にガラッと扉を開ける音が響き渡る。ちょうど扉の方を見ていた私は訪問者に対して労を労うように声を掛けた。

 

「お疲れ、菫」

「お前ほどじゃないさ、・・・それでお前から見てどうだった?」

 

 入ってきた訪問者・・・麻雀部部長である弘世菫は片手にバインダーを持ちながら私の近くの椅子に座り、先程の新入部員の対局を見た結果を聞いてきた。

 

「そうだね・・・今年も有望な人たちは沢山いたよ。特に長い金髪の子・・・彼女は頭一つ抜けていたね」

「長い金髪・・・・・・。大星淡か」

「あの子を虎姫に勧誘すればインハイ優勝も格段に近づくと思うよ」

「そんなにか?」

「そんなに」

 

 虎姫とは私や今話している菫が所属しているチームの名前だ。白糸台麻雀部は所属している部員で複数のチームを結成し、そのチームで対校試合を行って最後まで勝利したたった一つのチームがインハイのレギュラーメンバーになるのだ。

 そのチームの編成には絶対に1年・2年・3年を含めなければいけない。去年の私たちのチームは3年が一人、2年が二人、1年が二人だった。そのため今年は卒業した先輩の代わりに1年生を一人勧誘する必要があった。

 

「お前がそこまで断言するなら実力は疑いようがないだろうな。しかし性格はどうだ?例えば和を乱すようなヤツなら勧誘しても足を引っ張るだけになるだろう?」

「それは・・・話してみないと解らないけど、きっと大丈夫だと思う」

「その心は?」

 

 そう聞かれて、一瞬咲のことが頭によぎる。大星さんの対局を見ていたらなんとなく咲と対局していた記憶が呼び起こされたからだ。楽しく対局していた頃の記憶が・・・。

 

「・・・勘かな」

 

 ぎこちない笑みを浮かべながら言葉を濁した私の様子を見て菫は一瞬言葉に詰まったがすぐに優しく微笑みながら“そうか・・・”と返した。

 気を遣わせたことに申し訳なく感じて食べていたお菓子を菫に差し出すと軽く礼を言って受け取り、そのまま食べ始めた。

 私もなんとなく口が寂しくなり新しいお菓子を開けて食べ始める。そんな私に対してお菓子を食べ終わった菫はおもむろに。

 

「なあ照?いつも思うんだがそんなに食べて腹回りとか大丈夫なのか?」

「大丈夫。対局とかで消費するから」

「そうだとしても色々と釣り合わないと思うんだが?」

「問題ない」

 

 そう問題ない。私の家系は体型が変わらないのだ。母も私と同じように特徴的な髪型、スラリとした体型だ。いくら食べても・・・とは言えないけどある程度までは大丈夫なのは把握している。食べた物はお腹周りに溜まらないのだ・・・ついでに胸にもね・・・

 ・・・頭によぎるのは辛い記憶。雑誌に載っていた豊胸運動を実践する私。牛乳を飲んで背や胸を伸ばそうとする私。家に転がっていた健康器具を実践する私。・・・そして母もそれに抗おうとして失敗したことを告げられ絶望する私。

背はそれなりに伸びたけど胸はストンとしたお、おせん・・・ゴニョゴニョみたいな体型。・・・ああ、私に夢を見させてよ。

 

「あ~・・・その、なんかすまん」

「気にしてない」

 

 そう気にしてない。頬に冷たい物が流れた気がするが気のせいだろう。・・・ああ、どこかに料理が上手で私みたいな面倒臭い人でもお世話してくれる背が高くて王子様みたいな人がいないかな。

 

 

 

 

 

**********

 

 

「宮永さん、少し良いかしら?」

「?」

「インハイチャンプで宮永照って名前なんだけどもしかしてあなたの親族? 例えば姪とか?」

「あっ!お姉ちゃんです!」 

「え!?お姉さん!?」

「はい!家庭の事情で東京にいますけどお姉ちゃんです!」

「そっそうなの・・・」

(恋ってこんなに変化を生むのね・・・。お姉さんはこの変化を知っているのかしら?)

 

 

**********

 

 

 虎姫専用の部室には今私しかいない。他の人は所用で外している。

 突然だけど強豪校になると色々と楽になることはいくつかある。

 例えば対校試合だ。インハイ連覇している高校というネームバリューだけで引き受けてくれやすくなる。もしも無名の高校ならここまですんなりいくことはないだろう。

 他には寄付金や合宿等も挙げられる。いま私が手に持っているタブレットもその一つだ。このタブレットの中には全国出場を決めた高校の選手や予選の牌符などのデータがまとめられている。

 それを私は流し見しながら確認していた。

 

「永水、新道寺、・・・、今回も顔ぶれは大体同じ」

 

 私が入学した白糸台みたいな例外はそうそう起きない。強豪が強豪と言われる所以はその積み重ねにある。情報を得るツテや設備、名声による選手層や指導層の厚さ・・・これらを乗り越えて代表を強豪校から奪うのは至難の業だ。

 

「千里山、姫松、・・・ん?」

 

 奈良の代表が晩成じゃなくて阿知賀女子?少し気に掛けた方が良いかも。

 

「・・・、え?」

 

 長野も龍門渕・・・じゃない?龍門渕も例外の一つだった。それまでは風越女子が代表だったのを龍門渕は質の暴力で奪い取った。特に龍門渕透華さんと天江衣さんは私から見ても全国有数の選手だ。残りの人も全国水準以上の強さだった。もし去年直接ぶつかっていたらどうなっていたかわからなかった。だからこそ今年も代表になると思ったんだけど・・・

 

「清澄・・・」

 

 全く聞いたことのない高校だ。本格的に検討するのは皆が来てからにするからとりあえず予選の最終得点収支と名前だけ確認する。先鋒は・・・まあ当然の結果と言える。風越の福路さんも派手さはないが実力は全国有数だからこうなるのも当然だ。次鋒は・・・鶴賀しかプラスになってない。中堅は清澄と龍門渕がプラスか。副将は清澄と鶴賀がプラス・・・詳細を確認しないと判断できないけど今回長野は実力者が分散したのかな。大将・・・え。

 

「・・・咲」

 

 そう・・・。咲も全国に来るんだね。きっと私と会うために来るのだろう。私はどんな顔をすれば良いのだろうか。きっと会えばまた拒絶してしまうだろうか?咲の泣きそうな顔を思い出す。私は・・・私は・・・。

 頭では咲の顔を見れば自分はきっと耐えられないことは理解しているが、心は今の咲の顔が見たがっている。私は震える手で決勝戦の対局映像の再生ボタンに触れる。タブレットに流れる映像。

 

「ん?」

 

 画面に流れる映像には咲らしき人はどこにも映っていない。天江衣さん・・・この人は確か去年も県予選決勝にいた風越の人・・・菫と同じ雰囲気の人・・・私と同じ髪型をした人。何度見返しても咲の姿はどこにもいない。強いて言えば同じ髪型をした人が似ている位だ。私は自嘲気味に笑った。

 

「インハイチャンプだとか持ち上げられても・・・一皮剥けば私もただの姉・・・か」

 

 私に咲を心配する資格はないのに・・・。タブレットを机に置き、遠くを見つめる。

 

「・・・向き合わないと」

 

 きっと今年が分水嶺だろう。卒業すれば声を掛けられているプロのどこかに所属して自由に動けなくなってしまうだろう。いや有名になればなるほど私と咲の関係はマスコミが深掘りしようとするだろう。そうなってしまえば世間の好奇の目は私たちに向けられる。私はあまり大丈夫じゃないけど耐えられる。・・・けど咲は?頭によぎるのは昔の咲。お姉ちゃんお姉ちゃんって無邪気に呼びかける咲、山の上で会話した咲。・・・咲は繊細だから耐えられないだろう。

 

「“その花のように――強く”・・・か」

 

 咲に掛けた言葉が私に返ってくる。結局の所、私は逃げているだけ。なにもかも、なにもかも。そのツケを清算することになったのが今になった・・・ただそれだけ。

 

「インハイが終わったら会いに行こう」

 

 本当ならすぐにでも会いに行きたい。けど会ってしまえばきっと私は今までの“宮永照”には戻れないだろう。麻雀はメンタルとも密接に関係している。今の私には虎姫だけじゃない今回出られなかった麻雀部の皆の分の期待を背負っている。私はそれを投げ捨てることはできない。

 

「・・・頑張ろう」

 

 動画が再生されたままのタブレットに再び手を伸ばそうとして・・・

 

 

「テル―、ただいま!」

「淡!部屋の中を走るな!・・・照戻ってきたぞ」

「おかえり」

 

 ドアを勢いよく開けて私に飛び込んできた淡を抱き留めつつ菫に声を返す。

 

「尭深達ももうすぐ来るそうだ」

「わかった」

 

 抱きついてきた淡を撫でつつ、全員が集合してからの予定を思い返す。

 

 他の3人が冷や汗をかいている中、余裕の笑みを浮かべた同じ髪型の人が映っているタブレットを忘れるように・・・

 

 

 

 

 

**********

 

 

「嶺上開花ツモドラ2――・・・2000・4000です」ボッ

「! ・・・ふふっ」

(ぴぃ!)ゾワゾワ

(あ~、やっぱこうなっちゃうか~。県予選の後、須賀くんに頑張ったご褒美の名目でおねだりして一緒に出かけてからフワフワしてたから気を引き締めるためにこの対局を用意したんだけど・・・)

「~♪」

(杞憂だったわね。・・・というよりもこの様子だと絶対に対局中はブレないわね。完璧に横綱相撲だわこれ)

 

 

**********

 







恋愛とかの描写があまり入ってないので今回は番外編として作成しました。
壮大なフリの果て宮永照がどうなるのか・・・
気長にお待ちください。


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番外:宮永照と妹? 下

星の風です。
なんとか?今回も週一投稿に間に合いました。
先週上げた宮永照と妹?の下になります。
積み上げたフリの果て照はどうなるのか?
是非確認してください。
次も頑張って1週間後に出したいですが、年末で忙しくなるのでどうなるかわかりません。

そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
皆様の評価や感想が活動の励みになっています。
改めてお礼申し上げます。


 今は2回戦の副将戦が始まったばかり、画面には誠子がツモをしている場面が映っている。今のところは余裕を持って準決勝に進められそうだ。しかし・・・

 インハイが始まってから私の中の不安が徐々に増していった。

 何か見落としているか或いは何かが少しずつ這い寄って来ている感覚が私を焦がしていく。それに比例して私のお菓子を食べる量と質は上がっていった。

 

「照・・・本当に大丈夫か?」

「問題ない」

 

 実際には問題は大ありだ。いくら対局で消費するとしても限度がある。食べる量を節制しないとお腹周りが悲惨なことになる。雑誌の取材とかある身としては致命的だ。全国にふくよかになった姿を晒して平気でいられるほど私は図太くない。止めないといけないのは分かっている。分かっているのだが・・・。

 

「テルー、そんなにサキのことが・・・」

「?」

 

 なんで今長野の大将の話題が出るのだろうか?確かに同じ髪型、同じ髪色、同姓同名で・・・あれ?あたまがなんだかいたく・・・

 

「少し根を詰めすぎたかな、少し休ませてもらうね」

「あ、ああ・・・」

「あ!私もテルに付き添う!」

「淡ちゃん、お願いね」

 

 淡の手を借りておぼつかない足取りで控え室から仮眠室に向かう。廊下には幸いなことに誰もいなかった。そうして着いた仮眠室で私は横になった。心配そうに私を見る淡に笑みを向けつつ。

 

「大丈夫・・・少し休めば良くなるから」

 

 その一言で安心したのか淡は笑みを浮かべた。実際、先程の頭痛はほとんど治まっていた。ふがいない先輩の姿を見せてしまった自己嫌悪を抱えつつ、なんとなく上を向いた。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

 

 私の疑問の声に横に座っていた淡は身を乗り出して聞き返した。身を乗り出したことで淡の胸が強調される。・・・こんなに大きかった?淡の問いかけに生返事で返して、過去の記憶を掘り返す。

入部してきた時は私と同じくらいだったはず・・・。しかし今では膨らみがはっきりと制服越しでも判るレベルになっている。さらにここ最近の淡を思い出す。・・・思い返しても記憶の中の淡は全て私と同じような大きさだ。

 

「淡・・・」

「? 本当にどうしたのテル?なんか目つきが怖いよ」

 

 淡が少し怖がっているが気にせず上半身を起き上がらせてお願いをする。

 

「いつもみたいに私に抱きついてくれない?」

「え?」

「お願い」

「わ、わかった・・・」

 

 おずおずと淡は私に抱きついてきた。ふにゅという擬音が聞こえてきそうなくらい柔らかい感触が感じる。私と淡の間に決定的な差を実感した瞬間だった。

 

「テル少しきつい・・・」

「・・・・・・」

「テル?」

「・・・・・・・・・」

「テ、テル?」

「・・・・・・・・・・・・っ!」

「テル!?」

 

 思わず目から想いが溢れてしまった。心はぐちゃぐちゃだ。大事な後輩の成長の喜び、置いてかれた絶望・・・あらゆる想いが溢れていく。

 

「え!?ええ!?」

「ごめん淡、本当にごめん」

「テル―・・・」

 

 淡が背中をさすってくる。淡の優しさが今の私にはありがたくそして辛く感じる。きっと淡は長野のそっくりさんで私は悩んでいると思っているのだろう。実際はとてもじゃないが口に出せない個人的な事情でこうなっているのがまた情けない。

 

「ありがとう・・・淡」

「ふふん、高校百年生の淡ちゃんは気遣いも出来るんだよ」

「ふふ」

 

 淡のいつも通りの姿に私の気持ちも少しずつ落ち着いていく。・・・そうだまだ淡も成長期だから成長したんだ。・・・そうに違いない。いきなり成長しすぎだがこんなこともあるだろう。

 

「もう大丈夫・・・そろそろ控え室に戻って良いよ」

「え?でも・・・」

「さっきも言ったけど、少し休めば良くなると思う。淡のおかげで大分楽になった。大将戦の準備と誠子の応援のために戻って欲しい」

「本当に大丈夫?」

「うん、私も良くなったら控え室に戻るから問題ない」

「・・・わかった!テルもしっかり休んでね!」

「行ってらっしゃい」

 

 慌ただしく淡が仮眠室から出て行く。もう一度横になり・・・なんとなく咲の近況が気になった。

 

「夜になったらお父さんに久しぶりに連絡しようかな・・・」

 

 試合が終わったらお父さんに今夜電話をする旨をメールで伝えることを決意し、一気に疲れが出たのか目の前が徐々に暗くなっていく。

まるで私の未来を暗示しているかのように・・・

 

 

**********

 

 

「あっ、お父さん・・・突然のメールごめん。急に咲のことが気になって・・・。咲は今どうしてる?」

「えっ!?インハイに出ている!?・・・それは応援で?」

「ど、どこの高校?」

「き、清すみ・・・ひ、ひかえとして?」

「たいしょう・・・こじんせん・・・」

「い、いや・・・なんでもない。ありがとう・・・おとうさんとつぜんのでんわにたいおうしてくれて。からだにきをつけてね」

「うん、じゃあまた・・・」

 

 

「ああ・・・」

 

 

**********

 

 

 インハイが進むにつれて私の心労は加速していった。

 日ごとに徐々に増す体重。軽くなっていくお財布。加速度的に大きくなっていく淡の胸。あの子がいる清澄が勝ち進む事実。全てが私を蝕んでいく。

 

「本当に大丈夫・・・テル―?」

「問題ない」

「で、でも・・・」

「問題ない」

「さすがに高級チョコをそんな早さで消費するのはもったいないよテル―・・・」

「問題ない」

 

 高級チョコをろくに味わわずに食べていく。食べながら淡をチラ見する。

 ・・・おかしい。オカシイ。可笑しい。平らだった胸がインハイ始まってから変わり果てていた。お椀を通り過ぎてスイカだ。これから対戦する清澄の副将も大概大きかったがそれに匹敵する大きさになっている。

それに淡や周りが疑問に思わないのも可笑しい。それとなく淡とかに聞きたいが・・・聞いてしまえば私が胸を気にしていることが明るみに出てしまう。これ以上私のメッキを剥がさないために聞けない。

 ああ、なんでこんなことに。私がなにをしたんですか神様。

 

「少し歩いてくる」

 

 菫たちのいたたまれない視線を背中に受けながら私は控え室を出る。少しでもカロリーを減らさないと・・・。

 そうして歩いていた私の目の前に・・・私を裁く者が現れる。

 

 

「おね・・・」

 

 

 私の体中から冷や汗が出る。もはや壊れかけの姉としての威厳が膝が崩れ落ちるのを抑える。ここから離脱するために無理矢理体を動かす。走って逃げれば最後に残っている威厳が完全に崩壊することを感じてただただ平静を装って足を動かす。無我夢中に動かして控え室に帰還する。完全に扉を閉めた瞬間、体が限界を迎え壁にぶつかる。

 

「照!?」

 

 菫が私に駆け寄り私の体を支えてくれる。

 

「会った・・・」

「?」

「清澄のあの子に会ったんだ。でも・・・何を話すべきかなんにもわからなかったよ・・・なんにも・・・・・・・・・」

 

 菫が引いたような目でこちらを見る。淡達はかわいそうな人を見る目でこちらを見てくる。

 目を背けていた事実が私を突き刺す。清澄のあの子は・・・

 

 

 

 

 

 私の妹だった。

 

 

 

 

 これ以上インハイチャンプとして、先輩としてのイメージが崩れ落ちないように耐えているが、菫たちがいなければ膝から崩れ落ちて涙を流していただろう。

 

 (あの咲が・・・)

 

 脳裏に浮かぶのはまだ長野で過ごしていた時の記憶だ。あの時の咲はおさげが似合うかわいい子だった。歩む道が分かれてしまっても大切に思う気持ちは今も変わらない。

変わらないが・・・

 今の咲は私が夢見た理想そのものだった。それなりの身長、服の上でもはっきりと判るふくらみ、キュッと引き締まっているウエスト、・・・挙げられるところはさらにあるがこれ以上はなけなしのプライドが粉々になるので考えないでおく・・・いや考えたくない。

 今の私はそれなりの・・・いや咲の横を通り過ぎた時、咲の方が大きかった・・・?いや気のせいだ。そう、それなりの身長、服の上でもはっきりと判るおせんべい、最近は危なくなってきているウエスト、・・・・・・・・・

 

 

「菫」

「何だ?照?」

 

 

 菫が投げやりな態度で返してくる。

 

「夢から醒めるにはどうすればいい?」

「は?」

 

 これは夢だ。夢に違いない。夢から目が覚めれば、長野の家でお父さんとお母さん・・・そして咲がいて・・・咲も私と同じおせんべい体型の美少女に成長していて一緒に食事したり遊んだりするんだ。ひさしぶりにぱんけーきがたべたいな、さきといっしょならとてもおいしく・・・

 

「ほらっ!これでいいか!」

「っっ!」

 

 菫に思いっきり頬を抓られて現実に引き戻される。・・・やっぱり現実なんだね・・・。

 

「しゅみれ、わかっひゃからあやまりゅからもうゆるひて」

「まったく、お前の悩みもある程度理解できるが、5位決定戦が終わったら決勝が始まるんだぞ。先鋒のお前がこんな調子なら勝てる試合も勝てないぞ」

「・・・それはわかっている」

 

 そう、私がこんな調子で相手が出来るほど生易しい相手じゃない。臨海だけじゃなく全国の強豪を倒してきた阿知賀も清澄も侮れない相手だ。しかもそれだけじゃなく・・・

 

「全力で当たってあの子の出番になる前にできるだけ稼いで淡の負担を抑えたい」

「うう、ごめんテル・・・さすがにあのサキ相手は高校百年生の私でも荷が重いよ・・・」

「気にしなくていい、はっきり言えば今のあの子は私でも分が悪い」

 

 そう分が悪い。今のあの子は高い山でも咲き誇る花を越えたナニカになっていた。

昔のあの子が持っていた精神的な揺らぎが全くない。感覚を研ぎ澄ましてその上で理論もきっちりと学んでいるからさらに手に負えなくなった。

 もう少し時間があればもっと対策を立てられたかもしれないが・・・

 

「ようやくマシになってきたな」

「ごめん、色々と思うところがあるから・・・」

 

 未だに心はグチャグチャだが、菫や皆のためにとりあえず今は居直ることにする。

 ・・・ヤケクソとも言えるけど。

 

 とりあえず最後の追い込みだ。それが終われば運命の決勝戦・・・あれ?

 

「菫?決勝戦が始まる前って・・・決勝戦のメンバー全員一度対局室に集まる・・・よね?」

「当然だ」

 

 体中からまた冷や汗が吹き出る。さっきと違って会うのはわかっているんだから備えることはできる。できるんだけど・・・

 

「菫、インハイチャンプの力で私だけ参加しないって・・・できないよね?」

 

 菫からの返答は“何言ってんだコイツ”と語りかける視線だった。

 

 

**********

 

 

(全力でそっぽ向いてるじぇ・・・)

(全力でそっぽ向いてるのぉ・・・)

(全力でそっぽ向いてるわね・・・)

(全力でそっぽ向いてますね・・・)

(お姉ちゃん・・・)

 

(うう・・・)

 

 

**********

 

 そうして波乱のインハイが終わり私は咲と和解した。

 ついでに決死の運動で危なかった体重もなんとか元に戻った。

 

 今思えば私も大人げなかったな、それで菫たちに迷惑を掛けたんだから埋め合わせをきちんとしないといけないな。

 

 そんなことを考えながら私は懐かしい道を歩いて行きとある家の前に着く。

 

「あれから何も変わってないな・・・」

 

 色々な思い出が詰まった家に着き、私はインターホンを押す。少し待ってからドアが開く。

 

「お姉ちゃん・・・お帰りなさい」

「ただいま・・・咲」

 

 咲の後ろに着いていきながら懐かしき我が家の廊下を歩く。そうしてたどり着いた部屋には・・・

 

「あ、照さんご無沙汰しています」

 

 咲と和解した際に一緒にいた男性がいた。

 

「えーと・・・たしか須賀・・・くんだっけ」

「はい、須賀京太郎です」

「咲?どうして彼がここに?」

 

 もし私を歓迎するために呼んだとしたならば、せめて最低でも同学年の片岡さんと原村さんもいないとおかしい。私の頭の中が疑問で埋め尽くされていると

 

「お姉ちゃん紹介するね、私の彼氏の京ちゃんだよ」

「え?」

 

 どうやら私の旅はここまでのようだ・・・

 





※このあとお菓子で餌付けされて即落ちする模様

後で追記修正するかもしれません。


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阿知賀女子学院
松実玄は語り合いたい


今回の話も難産でした。
登場人物を増やすと口調やキャラが合っているか不安になります。
口調やキャラが違っていたら申し訳ありません。
また、今回色々と無理のある文通の設定がありますが、そこにも
目を瞑っていただけるとありがたいです。

この場を借りて、評価及びお気に入り、感想のお礼を申し上げます。
皆様のアドバイスに基づいて日々精進していきます。
失礼しました。



 それはただなんとなくだった。

 再び皆で麻雀ができるように願って週一回部室の掃除をしていたが……しばらく経つと寂しく感じていた。

 始めたときはいつも通りにしていればきっと帰ってくる確信があったが今ではそれも少し揺らいでいる。

 綺麗にした部室を眺めながらふと持っている雑誌を思い出した。

 先日、瑞原プロの表紙に惹かれてしまい思わず買ってしまった物だ。

 いかがわしい物ではないので家で見ても問題なかったのだがなんとなく見る気が起きず鞄の中に眠らせていた。

 なんで見る気が起きなかったのか先ほどまで解らなかったが今なら解る。

 きっと麻雀に関連することを無意識に避けていたのだろう。

 私は溜め息を吐きながら椅子に座った。

 思っていたよりも弱っていたことを自覚したことにより思わず溜め息をしてしまった自分に活を入れるために両頬を叩いた。

 力を入れすぎてしまい頬がジンジンするが気合いは入った。

 時計を確認するとまだ余裕があったので雑誌を見ることにした。

 そのまま鞄から件の雑誌を取り出し瑞原プロの特集に目を通していった。

 雑誌を堪能して仕舞おうとしたとき巻末が目に入った……文通の募集ページだった。

 私はおもちが好きだ。しかし、それを語り合う同好の士は今のところいない。

 その時の私はきっとまだ完全に立ち直れてなかったと今なら言い切れる。

 普段なら気にも留めないページを私は凝視した。

 そして、雑誌に付いていた募集応募はがきにペンネームやおもちに対する愛を書き込んだ後切手を帰りがけに購入して貼り付けてからポストに投函した。

 家に帰ってから旅館の手伝い等をして、布団に入ってから正気になった。そして、顔を覆いながら悶絶した。

 私は何をやっているんだろうか……私のおもち愛が全国デビューしてしまった。

 しばらく悶絶した後、あんな文章を載せる人と文通したがる人はきっといないはずと自分に言い聞かせて就寝した。

 そんな若気の至りから1週間後、件の雑誌の最新号が目に入った。

 それを見た瞬間顔を赤くして見なかったことにした。

 それからさらに1週間後家のポストに雑誌の名義で封筒が入っていた。

 イヤな予感がしたが見ないわけにも行かないので開封したら中には手紙が入っていた。

 それを読むと送り主のペンネームと私のおもち愛に対する感動とこれからも文通を行いませんか?というお願いが書かれていた。

 私は悩んだ……思いっきり悩んだ。

 私の若気の至りが回り回って自分の身に帰ってきただけなのだが……それでも悩んだ。

 悩みに悩んで……文通することに決めた。

 私の方から募集して拒否するのは相手に悪いし、何よりおもちに関して語り合える貴重な同志が得られるのは何よりも魅力的だった。

 それから私は月に一回文通している。

 相手のペンネームはカピ太郎でどうやら男性のようだが性別は関係なかった。

 最初は警戒したが文通するに連れて相手のおもち愛は本物だと確信したからだ。

 それからは本当に楽しい文通が続いた。

 おもちに関すること以外に相手のことも知ることができた。

 カピ太郎さんはペンネームにも使われているカピバラを飼っていてハンドボールをやっているようだった。

 そして、私と文通するに連れて私の影響で料理や麻雀に目覚めたことも手紙に書かれていた。そして、今年高校で本格的に麻雀を始めたことを教えてくれた。

 そんなことを思い返しながら今月の手紙を書き終えた。

 こんなことになるなんてあの時は想像もつかなかったが、結果的に同志を得られたのだから世の中わからないものだ。

 また皆で麻雀ができることになったことを報告した手紙を丁寧に封筒に詰めた。

 

「けど……カピ太郎さんに実際に会ってみたいな」

 

 そう口に出しながら同志に思いを馳せた。

 

**********

 

 それはなんとなくだった。

 部活帰りに寄った本屋の雑誌コーナーで目を惹かれた雑誌があった。

 その雑誌はどうやら麻雀を中心に取り扱っている雑誌だった。

 その表紙に“はやりん“と呼ばれる麻雀のプロがポーズを取っていて見出しに”2週連続特集 2週目“と書かれていた。

 麻雀に興味はなかったが表紙のはやりんに惹かれてしまいつい買ってしまった。

 そのまま、家に帰りカピーのお世話をした後購入した雑誌を開いた。

 突然だが俺は胸が好きだ。大きい胸が好きだ。そこに家庭的な要素が加わればさらに最高だ。だからこそはやりんは俺の理想を体現している存在と言えた。

 そのままはやりんの特集ページを堪能してもう一周してから他の部分を流し読みした。

 麻雀自体に興味はなく体を動かしている方が性に合っているから特に目を惹かれる物はなく巻末まで進めていった。

 その巻末の文通相手募集欄のある文が目に入った瞬間、俺の目は釘付けになった。

 そこには『私は女性の胸、すなわちおもちに心を奪われた存在です。女性のおもちにこの世の全てが詰まっています。おもちは大きければ大きいほど夢が詰まっています。私と一緒に夢を語り合いませんか』と書かれていた。

 直接触らない限りセクハラにならないとはいえおおっぴらにここまで胸……いやおもちへの愛を語っていることに俺は深く感動した。

 そして、このひといや“グランドおもちマスター”さんと夢を語り合いたいと思った。

 この感動に突き動かされるまま応募欄を確認すると、どうやらプライバシー保護の観点で雑誌社を経由して相手に送られるようだった。

 親から封筒と手紙を分けてもらって封筒に雑誌社の宛名と“グランドおもちマスターさんへ”と書き込んでから、本命の便せんにできる限り字が汚くならないように気を配りながら俺のおもちに対する思いを全て詰め込んだ。

 そんな俺の思いが通じたのかグランドおもちマスターさんは返事を返してくれた。

 そこからは元々楽しかった生活がさらに輝いて感じられるようになった。

 グランドおもちマスターさんは同年代の女性のようだった。

 はじめは女性だとわかったときは少し戸惑ったがおもちを愛するのには性別は関係ないとすぐに思い直しより一層敬意を抱いた。

 グランドおもちマスターさんとの文通ではもっぱら至高のおもち対究極のおもち討論やおもち黄金比の探求といったおもちの話題に互いの近況を報告していた。

グランドおもちマスターさんは料理上手で写真が趣味だったので手紙にその月の傑作の写真がいくつか送ってきてくれたので俺の食欲が刺激されてしまい最初は親に頼んで作ってもらっていたが親に負担を掛けすぎるのはどうかと思い、次第に自分で調理するようになり料理の楽しさに目覚めていった。

 また、麻雀誌で募集していたこともありグランドおもちマスターさんは皆とやる麻雀が好きでおもちに対する愛と同じぐらい麻雀のドラを大切にしているようだった。最初は話題について行くために麻雀を勉強していたが次第に麻雀の魅力に取り憑かれていき、今では麻雀もネト麻だが空き時間にやるようになった。グランドおもちマスターさんは今は皆で麻雀ができず少し寂しいがきっと皆でできるようになることを確信していると語っていて、そこで俺も願掛けとしてネト麻でやる際にドラをなるべく大切にするようにした。

 そんなことを思い返しながら、高校では麻雀部に入ることにしたと記した手紙を書き終えた。あのとき書店であの雑誌を見つけたことでおもち同志を得られたのだから人生ってわからないもんだな。それにしても……

 

「グランドおもちマスターさんと直接語り合いたいな……」

 

 そう口に出しながら同志に思いを馳せていた。

 

**********

 

「須賀君ってドラを捨てないんですね……」

 

 清澄女子は団体及び個人で全国に行ったが、男子……いや部員が一人しかいないので須賀京太郎個人は惜しくも県予選で4位とギリギリ滑り込めず全国に行くことはできなかった。しかし、それなり以上の腕があるので雑用だけではなく期間中の練習相手としても女子と一緒に行くことになっていた。

 そして、息抜きの1年同士の東風戦後に上述した言葉を原村和が零したのだ。

 

「ん?ああ。捨てないようにしているからな」

「それなのにここまで防御がうまいのが不思議です」

「ドラを捨てないようにするための立ち回りを徹底的に研究したからな」

「けど、京ちゃん不要牌が来やすいから和了りが遠いんだよね」

「そうなんだよな~ドラがほんのり来やすい気がするんだけどそれ以上に不要牌が、な」

「それで徹底的にマークされて4位になったんだから世話ないじぇ」

「ぐぅ、返す言葉もないな……」

(ドラを捨てない……玄さんを思い起こさせますね。私の胸に対する興味も含めて)

 

 阿知賀時代の先輩との初対面を思い出しながら会話は続いていく。

 

「そういえば、聞きそびれてたんだけど何で京ちゃんはドラを捨てないの?」

「あ~、中学のときの文通相手とちょっとな」

「文通なんて京太郎には似合わないじょ」

「俺も似合わないのをわかっているよ。けどまあ悪くないもんだよ」

「ねえ、文通相手ってどんな人なの?」

「プライバシーもあるから言えるのは同年代の女性で姉がいるくらいだな」

(姉……玄さんも姉がいましたね……)

「もう少し教えてくれても良いんだじょ」

「……まあ、ここまではいいか。写真が趣味だ。これ以上はホントに教えられないからな」

(玄さん、たしか写真が趣味だったような……)

「あれ、和ちゃん微妙な顔をしてどうしたの?」

「いえ、昔の友人を思い出してただけです。皆さんそろそろ練習を再開しましょう」

 

 既視感を感じながら原村和は練習に没頭していった。

 

(そういえば、グランドおもちマスターさんもインターハイに団体で出るって報告していたな……もしかしたら会えるかな)

 

**********

 

松実玄は部活前の空き時間に部室で文通に使う写真を選んでいた。

 

「うーん、この写真もいいけどこっちのもいいな。どうしよう」

 

 写真を両手に持ちながら決めきれないようで悩んでいるようだった。

 少しの時間が流れた後、部室の扉が勢いよく開かれた。

 そこにはやる気十分の高鴨穏乃がいた。そして、少し遅れてその後ろに息を切らせた新子憧が現れた。

 

「お疲れ様です!あれ、玄さんしかいないんですか?」

「あ、穏乃ちゃんお疲れ様。今私しか来てないよ」

「はぁ…はぁ…シズ、速すぎ。あれ?玄しか来てないんだ」

「憧ちゃんもお疲れ様。今穏乃ちゃんにも話したんだけどまだ皆来てないよ」

「あっ!玄さん何しているんですか?」

「文通に使う写真を選んでいたんだよ」

「玄……文通していたんだ」

「そうだよ。こども麻雀クラブの活動が終了した後から始めたからおねーちゃん以外皆知らないはずだよ」

「どんな写真を使おうとしてたんですか?」

「うーん、見ればわかるかな?……そうだ!二人とも見て良いからどっちが良いか意見を出してくれないかな?」

「どれどれ……。うわ!どっちも美味しそう」

「これ、玄さんが作った料理の写真ですか?」

「うん。ここ1ヶ月の料理の中で見栄えや味がよかったものを印刷した写真だよ」

「どんな文通なのよ……」

「あ、玄さん文通相手のことを教えてくれれば写真を選ぶ基準になると思うんですけど大丈夫ですか?」

「いいよ~。えーと、私と同年代の元運動部の男の子だね」

「ふきゅ!?お、男!?」

「そうだね。あ、後は今年麻雀部に入ったって言ってたね」

「うーん、じゃああまり捻らずにガッツリ系の肉料理の写真がいいと思います」

「穏乃ちゃんありがとう。そうするね」

「シズもスルーしないでよ!男よ!お・と・こ!」

「え、別に文通相手の性別が男でなんか問題あるの、憧?」

「い、いや。まだ早いというか……もっと順序があるっていうか……」

「あはは、憧ちゃん気にしすぎだよ。彼と私は気が合う文通相手なだけだから。ほら、彼の飼っているカピバラの写真でも見て落ち着いて」

「あ、かわいい」

「珍しいよね、カピバラを飼っているなんて」

「うわ~。動物園以外でカピバラを飼っているのは珍しいですね」

 

二人がカピバラの写真に夢中になっている間に玄は選んでもらった写真を封筒に入れて封をした。そのまま、カピバラで盛り上がっていると、部室の扉が再び開いた。

 

「あ、玄ちゃんたち。もう来てたんだね」

「おっ、皆そろっているな」

「ハルちゃん、これどこにおけばいい?」

「あ、そこら辺でお願い」

 

 扉を開けた松実宥の後から何かを抱えた赤土晴絵と鷺森灼が入ってきた。

 カピバラに熱中していた3人も残りのメンバーが来たので練習に意識を切り替え始めた。

 

「宥さん、灼さん、赤土先生、お疲れ様です」

「じゃあ、おねーちゃん達も来たからそろそろこの写真も仕舞うね」

「あっ!く、玄!その写真スマホで撮影しても良い?」

「うん、いいよ~」

「あ、玄ちゃん達カピーちゃんの話題してたんだね」

「カピー……?」

「玄ちゃんの文通相手が飼っているカピバラの名前だよ」

「へぇ~、文通ねぇ。今の時代珍しいね。ま、気になるけどとりあえず部活を始めるよ」

 

 玄の文通に興味津々な晴絵だったが、部活の休憩時間辺りに聞けば良いかと考えたのか部活を始めるように切り出した。

 

(カピ太郎さんも選手じゃなくて雑用兼練習相手でインターハイについて行くって書いてあったからもしかしたら会えるかな?)

 

**********

 

 時は流れてインターハイの全日程が終了した。

 阿知賀女子と清澄はそれぞれが帰る前に原村和の縁でちょっとした交流会をしていた。

 ホテルの小さい会議室を借りて軽食や飲み物を摘まみながら和やかな雰囲気で進んでいた。しかし、そんな中で須賀京太郎はなんとも言えない居心地の悪さを感じているようで、人の良い笑みを浮かべているが体を微妙にソワソワさせているのがその証拠だった。

 そんな、彼に対して声を掛けたのは赤土晴絵だった。

 

「やあ、須賀くん。楽しんでいるかい?」

「赤土さん……ええ楽しんでますよ」

「そうかい?その割には所在なさげなように見えるけどね」

「あ、はは……鋭いですね……。咲達は実際に対局しているから顔合わせはある程度済んでいたと言えるんですけど……俺は対局をしていないのでほんの少し疎外感を感じているだけです」

「へぇ……てっきり私は女の園にいることによる気後れが原因だと思っていたんだけどな」

「そこは咲達と打っていると自然と感じなくなっていました」

「その割には最初この交流会に参加することを辞退していたって聞いたけどね」

「赤土さんの高校は女子校だから男が参加したら余計な気を使わせて和達の交流の邪魔になると思ったから辞退しようとしていたんですが、和が『須賀君も清澄の一員ですから気にしなくて良いですよ』と言ってくれて……」

「和は頑固だからそのまま押し切られたと」

「そうですね、和がそう口に出してくれたのも嬉しかったのでなんとか場の雰囲気を壊さないようにしていたんですが赤土さんには見抜かれてしまいましたね……」

「ま、私は見抜くのが得意だから気付けただけで須賀くんはきちんとしていたよ」

「ありがとうございます」

「まあ、私が話しかけたのはそれを指摘するのが目的じゃなくて須賀くんの麻雀に関して聞きたいことがあったから話しかけたんだ」

「俺の麻雀……?」

「そう!さっき和から聞いたんだけど須賀くんは対局の際ドラを捨てないようにしてるんだって?」

「そうですね。ドラを捨てないように立ち回ってますね」

「それも文通相手が関係してるとか」

「ええ、文通相手の話を知って俺の方が勝手に願掛けでドラを大切にするようにして、そのまま今に至りますね」

「それで文通相手は姉がいて写真が趣味と」

「?そうですね」

 

 晴絵が何か面白い物を見つけた表情になって京太郎は疑問を感じているとふと自分に対して生温かい視線が向けられているのに気付いたようだった。正確には京太郎と松実玄に向けられる生温かい視線だった。京太郎は頭に疑問を浮かべていると顔を赤くした玄が近づいてきた。そして、か細い声で京太郎に話しかけた。

 

「カ……カピ太郎さんですか?

 

 それを聞いた瞬間京太郎は一気に混乱の境地に陥った。

 

(え?え?咲達にはペンネーム教えてないはず。いやいやいや。インターハイ出場校は俺たちを除いて51校あるんだからそんなピンポイントに知り合えるはずがない……はず。だけど実際にこのペンネームを知っているのはグランドおもちマスターさんだけだから……。え、マジで。松実玄さんがグランドおもちマスター?ウソだろ……)

「松実さんが……」

「おねーちゃんと被るから玄で良いですよ……」

「えー、えーと……玄さんが……あの……えーと……グランドお、お…おもちマスターですか……」

 

 京太郎はさすがに他の阿知賀の女性達の前でおもちという単語を言うのは恥ずかしかったのか後半は玄にしか聞こえないボリュームで問いかけた。顔をさらに赤くして玄はコクンと頷いた。京太郎はそれを見て何を言えば良いのかわからなくなっているようだった。

 そこで助け船を出したのが晴絵と竹井久だった。

 

「じゃあ、積もる話もあるだろうから二人きりで話してくれば良いんじゃない?」

「須賀君もインターハイ頑張ってくれたんだから少しくらいハメを外しても良いわよ~」

 

 そう言いながら二人は固まっている玄と京太郎を入り口の扉まで押していった。

 

「赤土先生!?」

「部長!?」

「ごゆっくり~」

 

 バタンと扉が閉められ二人は強制的に二人っきりにさせられた。少しの間固まっていた二人だったがおもむろに京太郎が口を開いた。

 

「……場所を変えますか?」

「うん……」

 

 二人は無言で少し歩いて自販機やベンチがある簡単な休憩スペースに着いた。幸いにも人気はなく落ち着いて話ができる環境が整っていた。京太郎は玄に座るように促して、玄が座ったらその隣に腰掛けた。そのまま、無言の時間が流れていたが意を決したように京太郎が口を開いた。

 

「……会いたいと思っていたのにいざ会ってみると何を言えば良いのかわからないですね……」

「……私も手紙に書ききれなかった話とか色々あったのに何を言えば良いのかわからないね……」

「でも、実際に会えて嬉しいです」

「私もカピ……ううん京太郎君に会えて嬉しいよ」

「だから、俺たちは最初に立ち返ってみようと思うんですよ」

「?」

「……久しぶりに会った和のおもちはどうでしたか?」

「阿知賀にいた頃も素敵だったけど今の和ちゃんはまさに至高のおもちと言って過言じゃないよ!成長過程を撮影できなかったのが非常に残念だね……ぁ」

「グラ……玄さんはおもちについて語っているのが一番らしいですよ」

「う~、文字で書き起こすのはいいんだけど実際に語る……しかも男の子に語るのは恥ずかしいよ」

「俺もおもちについて語るんでそれでおあいこにしません?」

「……うん!そうだね、手紙では語りきれなかったこともあるから連絡先を交換する?」

「いいですよ。でも文通も続けませんか?会えたから止めるのは……こう言葉にし難いんですが違うような気がして」

「うん。私も京太郎君と知り合えた繋がりを簡単に止めたくないからいいよ」

「これからもよろしくお願いします、玄さん」

「こちらからもよろしくお願いするね京太郎君!」

 

 二人は改めて挨拶をして握手をした。

 

**********

 

 それからも二人の文通が続いたが、文通の内容が出会う前と後で少し変化していた。これまではおもちが7で近況が3だったのに対して、おもち9の近況が1になった。これは主に二人が学生だったことに起因している。話しすぎたのだ。おもち討論に熱中しすぎで日常生活に影響が出てきそうになったのである。二人はこれではいけないと思いおもちの話題を話すのを文通が届いた週の二人がまとまった時間をとれる日に限定した。文通には話す話題を便せん一枚にまとまるようにして、通話ではそれを元に討論する形式である。おもちに関していくらでも話せる二人だったがそれを限られた時間を生かすためにこのような形式になった。……その副次効果で二人の文章をまとめる力などの国語力が上がったのは余談だが。

 まあ、長々と説明してきたが二人は月一度の討論以外の連絡が全て近況報告だということが重要なのである。二人がおもちで繋がっているのが恥ずかしくて文通内容などを周りに秘密にしてきたのも原因だが、漏れ聞こえる会話の内容と雰囲気から周りは勘違いし始めたのである。そう、二人が付き合っていると思われるようになったのだ。二人は単純に同志と友好を暖めているだけなのだが……

 そして、さらに勘違いを加速させたのが清澄と阿知賀の交流戦だった。全国1位になった清澄は練習試合を全国から受ける立場になったことで阿知賀女子もその流れに乗って練習試合を申請するようになった。ここで全国1位と練習試合するのが重要なのである。これが無名の高校なら周囲はよく思わないかもしれないが、全国1位なら向上心があると思われるのである。そんなこんなで遊びに行くが主目的の1泊2日の練習試合はたびたび開かれた。そこで二人は泊まりがけの討論を行ったのである。年若い二人が一つ屋根の下で過ごすのは周りに想像の余地を与えていた。……実態はパワポなどを駆使したガチ討論だったのだが。

 このまま行けば二人の関係は恋人に進むことはなかったのだが、次の年のインターハイ少し前練習試合の際の討論であることが起きたのである。その日はおもちの黄金比に関する討論をするために参考資料を配付しようとして玄が転びそうになり京太郎が抱き留めた際に玄のおもちに触れたのだ。すぐに二人は離れたのだがその日の討論はほとんど進まなかった。

 その翌日二人は上の空で麻雀にも身が入っておらずチョンボする始末だった。

 

(玄さんのおもちやわらかかったな……)

(京太郎君の体、ガッシリしていたな……)

 

 その二人を心配して原因を聞き出そうとする人が現れた。和と憧である。二人を別の場所に連れ出して、そこで無理矢理原因を聞き出して二人は仰天した。

 

「まだ付き合っていなかったの!?」

「須賀くんと玄さんはお付き合いしているのではないのですか!?」

 

 玄は憧の言葉を聞いて首を傾げた。

 

「いや、京太郎君はただの文通仲間で……」

「普通の文通仲間はそこまで距離が近くないわよ!」

「そうかな?」

「その距離感は恋人の距離感よ!!」

「こ、恋人なんて……」

 

 それを見て憧はどこかに電話をし始めた。

 

京太郎は和の言葉を理解できてないようだった。

 

「いやいや、玄さんとはただの文通仲間で……」

「文通仲間だからといって普通は一緒に宿泊しません!」

「そうか?」

「端から見ると須賀くんと玄さんは恋人に見えます!」

「こ、恋人……」

 

 和はさらに論破しようとした瞬間、自分のスマホが鳴ったのに気づいて京太郎に断ってから通話に出た。

 

『もしもし、和?』

「なんですか、憧?今須賀くんを説教しようとしていたのですが」

『え、一体どうしたの?』

「玄さんとの関係が恋人じゃないってふざけたことを言い出したので」

『そっちもそうなの!?』

「そっちって……まさか!」

『玄も須賀とはそんな関係じゃないって……』

 

 和は目眩を感じていた。

 

「なにも知らないのは本人だけだったのですね……」

『そうね、横から見ると遠距離熱愛カップルみたいな感じだったからね……』

「しかも、今になってお互いを意識し始めたと……」

『もう行けるとこまで行ってると思ってたわ……』

「……憧、焚き付けましょう」

『の、和?』

「今のままならインターハイにも影響が出ます。そうなる前に二人が今抱えている思いを整理させてぶつけ合わせましょう」

 

 その後、一言二言話してから通話を終了させた。

 

「須賀くん」

「は、はい」

「あなたが抱いている感情は単純明快です。それは恋です」

「こ、恋!?」

「そうです、友人なら多少のボディタッチでそこまで動揺しません。そこまで動揺しているのは須賀くんが玄さんのことを心の底では異性として意識していたことに他なりません。もう一度玄さんのことを思ってください」

「思う?」

「そうです、もし玄さんが他の男の人と話していたらどう思いますか?」

「……少しモヤモヤするな……」

「それこそが須賀くんの本心です」

「本心……」

「須賀くんは玄さんのことを好きだからそう思うのです。今、玄さんがここに来ますので思いを伝えてください。私は部室に戻ってます」

「あ、和……好きか……」

 

 京太郎は目を閉じてこれまでのことを思い返していた。しばらく目を閉じていたが気配を感じて目を開けた。そこには顔を赤くした玄が立っていた。

 

「きょ、京太郎君」

「玄さん……」

「憧ちゃんは私たちの関係を恋人だと思っていたんだって、和ちゃんもそうだったの?」

「そうですね、和も俺たちの関係を恋人だと思っていましたね。真面目な和や新子さんがそう思っていたのならば他の人もそう思っていたんでしょうね……」

「京太郎君は私のことをどう思っているの?」

「大切な文通相手でおもちのことを思いっきり語り合える同志……でした。けれど、昨日玄さんを抱き留めたときわからなくなりました。おもちが好きなのかおもちを語っている玄さんが好きなのかを……」

「京太郎君……」

「玄さん」

「!」

「和に指摘されて玄さんが来るまでこれまでのことを思い返していました。そして一つの答えにたどり着きました」

「……」

「俺は玄さんが好きです!おもちを語る玄さんも、麻雀をする玄さんも、料理をする玄さんも好きです!!!玄さんの全てが大好きです!!!付き合ってください!!!!」

「…………………………」

「玄さん?」

 

 顔を伏せたまま固まった玄に京太郎が声を掛けた瞬間、玄は京太郎に飛びつき京太郎の唇に自分の唇を重ね合わせた。

 

「これが答えだよ、京太郎」

「く、玄さん……」

「付き合うなら玄って呼んで欲しいな、京太郎」

「玄……」

「私も京太郎のことが大好き。京太郎の告白を聞いて私も自分の気持ちに気づいたんだ」

「和や新子さん達に迷惑を掛けましたね」

「そうだね、憧ちゃん達が私の背中を押してくれなかったらきっと空回りしていたね」

「後で謝らないといけないですね」

「うん。けど……今はもう少し京太郎と密着していたい」

「そうですね……」

 

 しばらく抱き合っていた二人は着信音で現実に戻された。玄のスマホからその音は鳴っていて確認すると憧からの着信だった。玄は応答するともうそろそろ帰る時間だということを教える電話だった。最後に邪魔して悪いわねという謝罪と共に通話は終了した。

 

「京太郎、そろそろ帰る時間だって」

「もうそんな時間なのか……」

「名残惜しいけどそろそろ戻らないとね」

「次に直接会えるのはいつになりますかね?」

「インターハイが始まると出場校同士試合ができなくなるからね……」

「全国に行けることを確信してるんですね」

「皆を信じてるからね。もちろん和ちゃん達のこともねっ」

「じゃあ、次に会えるのは全国大会ですね」

「次に会えるのを楽しみにしているね」

「そうですね、でもその前に……」

「きょうたろ、んっ!?」

「……先ほどのお返しです。これからもよろしく、玄」

「えへへ、こちらこそよろしく、京太郎」

 

 あの日、一人誰も来ない部室を掃除していた少女は語り合う同志を得て、一緒に全国に行った仲間を得て、そして人生を分かち合う大切な人を得た。

 少女の輝く笑顔は二人の未来の明るさを表しているようだった。

 

「あ、究極と至高のおもち討論は前みたいな熱意でできないかもしれないな」

「え~?」

「俺の究極のおもちは玄さんのおもちになったからです」

「!そ、それなら仕方ないな~」

「ですが、玄さんの至高のおもちはまだまだ見つからないですよね」

「そうだね、これからもおもちを探求していこうね!」

「はい!」

 

 おもち討論もこれからも続きそうだった。

 



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松実玄と写真 上

くろたんイェイ~
玄の誕生日なので投稿します。

本当に申し訳ありません。また「上」なんです。他にも溜まっているのにこうして投稿しています。残りも作成してますが、いつになるかは約束できません。
けれどエタる気はありません。自分で始めたのですから絶対にやり遂げます。


今回の話は玄といえば「アレ」ですがそれになるべく触れないで作りました。


評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
皆様の評価や感想、お気に入り登録が励みになっています。
この場を借りて改めてお礼申し上げます。


 私の名前は松実玄。奈良県にある阿知賀女子学院の麻雀部に所属している2年生で、その麻雀部には私の他に私のおねーちゃん*1を含む4人しか所属していません。そんな私たちは今、東京にいます。初めて来る東京はやはり日本の中心なだけあって圧倒されています。私たちがここにいるのは遊びに来たわけでなくインターハイ(全国高校生麻雀大会)に奈良代表として出場するためです。そして今、何をしているかというと・・・

 

「じゃあ撮るね~」

 

 デジカメの画面に映されている仲間たちに声を掛けて決まり文句(はい、チーズ)を言いながらシャッターを押す。撮影音と共に目の前に広がる光景が切り取られる。そしてデジカメの画面に映っている画像を確認する。

 

「・・・うん!」

 

 デジカメの四角いモニターには手ブレや逆光もなく綺麗に撮れている画像が表示されている。その出来映えに満足しながら画像を保存する。

 

 私は麻雀部の仲間たちの写真を撮っていた。なぜ写真を撮っているかと言うと・・・理由は単純明快で麻雀部の顧問である赤土晴絵先生に頼まれたからだ。赤土先生は高校生の時に阿知賀女子を初のインハイ出場に導いた“阿知賀のレジェンド”と称される位に活躍した人だ。大学生の時は阿知賀こども麻雀クラブを開いていて、今の麻雀部もそのクラブの流れを一部汲んでいる。

 

「これでアルバムもさらに華やかになるね」

 

 そうつぶやきながらこれまで撮ってきた写真で埋まったアルバムを思い出す。赤土先生に頼まれたときは少し不安だったけどアルバムが埋まっていくたびに・・・なんて言えば良いかな。積み木を積み上げていく過程で感じる気持ち・・・達成感?みたいな物が感じられて不安はいつの間にか消えていた。改めて画面を確認する。

 

(うんうん、よく撮れてる♪)

 

私は写真を撮ることが好きだ。これは実益も少し兼ねてもいる。私の実家は旅館を経営している。今の時代、情報化の波がどこまでも押し寄せている。波に乗らないと取り残されてしまうだろう。だからこそ写真は波に乗る手段の一つだ。町や旅館の美しい風景、腕によりを掛けて作られた料理・・・他にも挙げられるがそれらをネットでアピールすることでお客さんが旅館に気軽に来てくれるような流れを作り出せるかもしれない。

 

(まあ、トントン拍子に上手く行くとは思わないけど・・・)

 

 それでも打てる手は打っておくのは大切だと思う。良いことも悪いこともこれから先で何があるか解らないのだから・・・

 

(お母さん・・・)

 

 私のお母さんは私が小さい頃に旅立ってしまった。そしてお母さんの写真はあまり残っていない。もちろん今でもお母さんとの思い出は、すぐに思い出せるけどそれでも本当に細かいところは朧気になってしまった。だからこそ私は写真が好きになったのかもしれない、在りし日の思い出を・・・

 

「・・・ろさん?玄さん?」

「あっ!・・・しずちゃんどうしたの?」

「玄さんが画面を見たまま動かなくて、もしかして撮るの失敗したのかなって声を掛けたんです」

 

 心配そうに私を見てくる穏乃*2ちゃん。いやよく見るとおねーちゃんや憧ちゃん*3、灼ちゃん*4もこっちを見ている。どうやら心配を掛けてしまったらしい。

 

「あはは~。あまりにも上手く撮れていて感動してたんだ~。心配掛けてごめんね。ほら、どうかな?」

 

 私は先ほどまで考えていたことを心の奥に仕舞い、皆に謝罪しつつ先ほど撮った写真を見せる。それなり以上に撮れていた写真に皆も納得してくれた。

 

 そうして見せていると遠くから赤土先生の声がした。時計を確認すると予定の時間に近づいてきていた。私たちは赤土先生の元に向かうことにした。皆が向かっている中、お姉ちゃんが私を見ながら止まっていた。

 

「おねーちゃん、どうしたの?」

「玄ちゃん・・・」

「?」

「・・・ううん。何でもない、一緒に行こうか玄ちゃん」

 

 そう言っておねーちゃんは私の手を取って赤土先生のところに歩き出した。

 

 そんなおねーちゃんの態度に疑問を持ちつつ私も足を動かす。

 

 ・・・心のどこかにモヤモヤを抱えながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 東京某所とある宿泊施設のある一室にて、その部屋は現在タイピング音だけが鳴り響いている。そんな音を聞きながら一心不乱に文章を組み上げていく。そうしてしばらく入力作業を続けていき、誤字脱字や画像の添付ミスがないかを確認して送信ボタンを押す。そうして作業が終わり軽く体をほぐしながら開放感と共に言葉を吐く。

 

「あ~、やっと終わった~」

 

 俺はそう言いながら先ほど送った()()()()()()を思い返す。何度もチェックして完成させた物はきっと大丈夫・・・なはず。どちらかと言えば体を動かすことが性に合っている身としては気になる点はいくらでもあるが・・・。

 

「いくら形式張らなくても良いって言ってもそれなりに気を張るな~」

 

 本当にこれでいいのか?これで皆の頑張りを表現できているのか?不安は尽きないが学校のテストと違って答えのないものだから時間が限られている今だとどこかで妥協しないといけない・・・いけないんだが・・・

 

「あ~部長の負担が少しでも減ればいいと思って引き受けたけど・・・ここまでキツいものだったとはな・・・」

 

 こうやって少しだけ後悔している俺の名前は須賀京太郎。長野県の清澄高校の麻雀部に所属している高校1年生だ。ここでインハイに出場するために東京に来た・・・って言えればかっこいいんだが、実際は女子部員の付き添い兼雑用係として来ている。

 

「ほぼ廃部の状態から強豪校を下したんだからなァ~」

 

 そう俺の所属している麻雀部は1年生が入部するまでは部員がたった2人だった。それが今だと長野の代表なんだからすごいとしか言えないな。

 

 話を戻すがなんでそんな付き添いの俺が報告書を悪戦苦闘しながら作成しているかと言えば・・・。なんてことはないほぼ廃部だった状況のが原因だ。

 この麻雀部は部長が全国優勝を夢見て維持してきていた。学生議会長*5を兼任しているのもきっとそのためなんだろう。・・・学食のおばちゃんと仲良くなって俺がよく咲*6に頼んでいるレディースランチや優希*7がよく頼んでいるタコスも部長の提案で追加されたのを聞いたときは開いた口が塞がらなかった。とにかく、そうして維持してきたが実際に全国に出場するには様々な問題が発生した。

 

「まさか、顧問がいないなんてな・・・」

 

 実際には名義上の顧問がいるにはいるが、麻雀部が全国に行くなんて思っていなかったらしく兼任していた運動部の大会と被ってしまったのだ。他の先生を付けようにもウチの高校はそれなりに運動部にも力を入れていて手が離せなかった。

 そんなこんなで部長が学校と交渉して条件付きで俺たちは無事に東京の土を踏めている。その際、俺の旅費もちゃっかり獲得しているんだから頭も上がらないな。

で・・・だ。その条件が件の報告書モドキだ。要は、何時頃に何をやっていたかを報告してね!・・・ということだ。

 

「まあ、そんなにキッチリしなくても良いのは良いんだけどな・・・」

 

 最初は部長がやろうとしていたんだが、ここまでこぎ着けるのに必死に頑張ってきたんだから思いっきり麻雀に集中してほしくて俺が代わりにやるって提案したんだ。部長は本当に大丈夫?と心配してくれたが、いけます!って啖呵を切った。

 そうして渡されたのがタブレットと無線キーボード、そしてデジカメだった。そこからはホントにキツかった。優希のためにタコスの練習をしつつ、報告書モドキの作成の練習の日々だ。タコスを教わっていたハギヨシ*8さんにダメ出しされながら練習した。大学でレポートや論文をヒーヒー言いながら作っている学生の気持ちがよくわかった。大学に入学することになったら真面目に作ろうと思ったよ、マジで。

 

 そんなこんなでハギヨシさんからどちらも及第点をもらっていざ鎌倉・・・じゃなくて東京に来たんだけど・・・。やっぱ、実際にまとめようとすると上手くできないものだった。

 

「皆、一生懸命頑張っているからどこを省いて良いか判断できないんだよな」

 

 

 

 

 

 けれど、こうしていると・・・自分が時々何をしているか解らなくなる。

 

「皆頑張っている中、俺は何をしているんだろうな」

 

 最近、牌を握っていない。麻雀ゲームもなんとなくやる気が出ない。こうして報告書モドキを作っていると彼女たちと自分の間に大きな溝のようなものを感じるようになってきた。何というか・・・雲の上の存在になってしまった感覚に陥ってしまう。

 

「・・・」

 

 タブレットの画像ホルダーを開く。中にはデジカメから転送した画像がある。その中の一つを拡大する。その画像は皆が気分転換に軽く対局をしているところを映したものだった。楽しそうに打っている。

 

「・・・」

 

 少し前まではその輪の中に自分がいた。なら今は?

 

「・・・」

 

 前までは当事者だったのに、今はまるで傍観者だ。

 写真を撮り、活動を文字に起こしていく度に何かが削れていく気がする。

 少女たちの(青春)があまりにも・・・あまりにも眩しすぎる。

 

「・・・明日も早いし寝るか」

 

 タブレットたちを充電器につないで、横になる。

 疲れていたのかすぐに視界黒ずんでいく。その様子がまるで自分の心のように感じた。

 

 

◇◆◇

 

*1
松実宥、私のおねーちゃんで3年生。自慢の姉なのだ!!

*2
高鴨穏乃ちゃん、1年生でクラブに所属していた子。麻雀部結成のきっかけになった子

*3
新子憧ちゃん、穏乃ちゃんと同じく1年生。憧ちゃんもクラブに所属していた子で穏乃ちゃんの熱意に触発されて入部してきた

*4
鷺森灼ちゃん、私と同じクラスの子で2年生。とてもしっかりしていて部長を任されている

*5
清澄では生徒会長のことをこう呼ぶ

*6
宮永咲、1年生。中学からの付き合い

*7
片岡優希、1年生。タコス

*8
県予選決勝で清澄と激闘を繰り広げた龍門渕のお嬢様の付き人。紆余曲折あって友人になった。因みに19歳





頑張ります。


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松実玄と写真 中


くろたんイェイ~
玄の誕生日なので投稿します。

大変お待たせして申し訳ございません。1年越しですが続きを投稿します。
以前に宣言したように絶対にエタる気はありません。


評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
皆様の評価や感想、お気に入り登録が励みになっています。
この場を借りて改めてお礼申し上げます。


 そうして、俺の気持ちとは裏腹に皆は勝ち抜いていき……

 

「それじゃあ……乾杯!」

 

 部長の音頭と共にジュースの入ったコップを掲げる。

 

「「「かんぱ~い!」」」

 

 

 グラスを傾ける。甘い液体が喉を潤していく。

 ……今、俺がいるのは清澄の団体戦優勝記念パーティの会場だ。まあ、パ-ティといっても俺たちが宿泊している所の部屋を借りて行っている規模が小さい内輪向けのものだ。

 団体戦が終わっても咲と和は個人戦が控えている。本来ならパーティはすべて終わってからのほうが色々と都合が良いかもしれない……

 

 けれど三つの要素が絡み合った結果、こうしてパーティは行われている。

 

 まず一つが目標達成による気の緩みだ。俺たちの目標は全国優勝だった。それを達成した今、個人戦に対するモチベーションは低くなっている。和は本人の性格もあってそこまで露骨じゃないが咲はわかりやすいくらい緊張の糸が切れている。いや、どちらかと言えば燃え尽きたか。咲から今回の全国大会で咲のお姉さんと向き合いたいと聞いていたから当然と言えば当然だな。こうやってパーティをすることで英気を養って個人戦を

 次に部長の意思だ。一つ目の要素の時にも挙げたが、俺たちの目標は全国優勝だった。その目標を掲げ、実現まで一番努力してきたのは部長だ。それが実現した今、一番感情を爆発させているのは部長だ。決勝戦が終わった後の部長は、部長にしては珍しいくらいのハイテンション*1、でパーティを決行しようとした。本来なら染谷先輩や和がストッパーになったかもしれない。けど染谷先輩も部長の努力を間近に見ていたからか賛成側に回り。和は……。

 視線を和側に向ける。そこには4人の少女がいる。和と優希、そしてポニーテールの少女*2とツーサイドアップの少女*3がいる。ツーサイドアップの少女は優希を見て苦笑いしながらも4人は楽しそうに話している。……これが三つ目の要素だ。

 

「京ちゃん? 和ちゃんの方を見てどうしたの?」

「いや。楽しそうに話しているな~って思ってな」

「そうだね、和ちゃんも阿知賀の人たちとは話したい話題もいっぱいあるみたい」

 

 事の始まりは決勝戦が終わった後、彼女ら……阿知賀の人たちが和と空いた時間に改めて話をしたいと言ってきたことだ。宿泊所に戻った和は後に控えている個人戦のことを考えてどのくらいの時間を割くか考えていると、話を聞きつけた部長が

 

『だったら明日やるパーティに阿知賀の人たちも呼びましょう。和の旧交を温めつつ阿知賀との繋がりも強くなる良い機会よ』

 

 と言い出して、そこからあっという間に阿知賀の顧問にも話を通してこうして実現した訳だ。そこまで回想して俺はつい口から本音が漏れてしまいそうになった。

 

「俺は……」

「ん? どうかしたの?」

 

 咲が首をかしげながらこちらを見てくる。取り繕うように俺は言葉を続ける。

 

「ああ、なんというか、……居心地が悪いと思ってな」

「京ちゃんだって麻雀部の一員だから気にしなくてもいいじゃないかな?」

「それもそうなんだが……こう、タイプの違う美少女たちに囲まれていると……な」

「京ちゃんでもそんなウブな一面があるんだ」

「よく考えてみろ、11人の内5人は見知った仲でも男子と女子が1対11だぞ。どんな人間でも緊張するだろう?」

「え~。京ちゃんなら鼻の下を伸ばしながら喜びそうだけど……」

「さすがに俺も場所を弁えるぞ……」

 

 なんとかごまかせたか? もちろんさっき話した事も事実だ。けど実際は、

 

 

 俺は……ここにいるべきじゃないよな

 

 

 と口から漏れそうになったんだ。

 

 だってそうだろう? ここにいるのは俺以外決勝までひたむきに頑張ってきたやつばかりだ。ここに至るまで泣いて笑って苦労してたどり着いた果ての喜びを分かち合う場だ。ほとんど傍観者だった俺がいて良い場所じゃない。

 だからこそ阿知賀の人と一緒にパーティを開くと聞いたとき俺はやんわりと辞退しようとしたんだ。“阿知賀は女子校だから男である俺がいても緊張させてしまうんじゃないか”ってな。ダメ押しに“長野に戻ったら改めてパーティを開くでしょう? そっちで出席しますよ“とも言ったさ。

 そしたら部長は

 

『須賀くんもうちの部員なんだから遠慮しなくてもいいわよ。本来は優勝を祝うパーティなんだから須賀くんも主役でしょう? 主役がいないと盛り上がらないじゃない? 阿知賀の人たちにはきちんと話しておくから気にせず楽しみましょう』

 

 と言われてしまい。俺は参加せざるを得なくなってしまった。

 俺は……

 

「京ちゃん?」

「……ん? どうした咲?」

「やっぱり今日の京ちゃんは少し変だよ。体調が悪いの?」

 

 まいったな……それなりに付き合いが長いせいか咲に勘ぐられているな。団体戦中は勘づかれないように気を張っていたが優勝して俺も気が抜けたか。

 

「ああ……いや、今でも優勝したのが信じられなくてな。今ここにいるのが夢じゃないかって思って少しな。これじゃ咲のことをからかえないな」

「そうだね、私もお姉ちゃんときちんと話せたのが信じられないよ」

「頬でも抓るか?」

「あはは、そんな古典的な……え? なんで私のほっぺに──っっ! ……もう京ちゃん! 私のほっぺにやっても意味ないじゃない!」

「どうやら夢じゃないな」

 

 咲が頬を膨らましながら抗議する目線を俺に向ける。ごまかせたようで心の中でほっとため息を吐く。けどこのまま咲と一緒にいると俺の汚い部分が暴かれるかもしれないな。ようやくお姉さんと和解できた咲にこんな汚い部分を見せたくない……いや正確には清澄の皆に見せたくない、だな。

 

「そんなに元気なら部長たちの所に行って気合いを入れるためのアドバイスをもらってきたらどうだ?」

「えぇ!?」

 

 部長のいる方に目を向ける。部長は染谷先輩と一緒に、阿知賀の顧問(赤土晴絵)と阿知賀の部長(鷺森灼)と話している。

 

「阿知賀もウチと同じように強豪を下して県の代表になって決勝まで進んできたし、もしかしたら気合いを入れる秘訣とかあるかもしれないだろ? なくてもここまで引っ張ってきた顧問の話を聞く機会も早々ないし良い機会だと思うぞ」

「で、でもぉ……」

「……お姉さんと話をする目標を達成して気が抜けたのもなんとなくわかるし、咲がこれからどうしたいのかわからないのもなんとなくわかる。俺もハンドボールで燃え尽きたとき同じような状態になったしな」

「う、うん。あのときの京ちゃんはまさに燃え尽きたって感じだったね」

「俺は俺のやり方で新しい目標を見つけたから立ち直ったんだ。咲にも咲に合ったやり方があると思うんだ」

「そうかな?」

「そう思うさ。それを見つけるためにも話を聞いてくるのは役に立つと思う。それに……」

「それに?」

「あのいつもおどおどしていた咲がここまで来たんだ。これくらい行けるんじゃないか?」

「……そうだね。皆のおかげでここまで来られたんだから、これくらいなんてことないんだろうね。ありがとう京ちゃん、行ってくるね」

「おう」

 

 俺の言葉に感銘を受けた咲は部長たちの方に向かっていった。大分クサい言葉を言ったがなんとか咲を説得できたな。

 

 

 

 こうやって話していると咲も変わったんだな。前までは俺が引っ張っていたのに今は……。ああ……ダメだダメだ。こんな祝いの場で暗いことを考えれば雰囲気に水を差しちまう。自分の気持ちに蓋をしないと、な。

 

 こんな時は食べるのが一番だ。食べて気を紛らわそう。

 テーブルに並べられたオードブルから唐揚げやエビフライなどの茶色いものを少しずつ取り皿に取っていき、いざ食べようとして……

 

「あのー……」

 

 声を掛けられた。

 麻雀部に所属していても雑用で尚且つこの空間では唯一の男である自分に積極的に声を掛けてくるとは思ってもいなかったので軽く動揺しながら、声が掛けられた方へ目を向けるとそこには……阿知賀の姉妹がいた。

 

「須賀さんでしたよね? 今大丈夫ですか?」

「あっ、はい。大丈夫です。え~と改めまして須賀京太郎です、そちらは松実玄さんと宥さんで間違いないでしたよね」

「ええ間違いありません。私が松実玄でこちらが姉の松実宥です」

 

 改めて声を掛けてきた2人をそれとなく観察する。妹さんは明るく活発で、お姉さんはどこか儚く感じる。あとお姉さんの真夏にマフラーという独特な格好が印象的だな。そしてどこともいわないが2人とも良いモノを持っている。

 けど……どことなく緊張しているように感じる。妹さんは上手く隠しているがお姉さんの方は表情に微かに堅さが現れている。これは……接し方に一層気をつけた方がいいな。咲と付き合っていく上で養われた経験がそう告げていた。

 それはとにかく俺に何の用だろうか? この場所の俺にできる話題なんてタコスくらいしか思いつかないぞ。

 俺の動揺をよそに妹さんが口を開いていく。

 

「事前に聞いていたんですけど須賀さんがその肩に掛けているデジカメで写真撮影をするんですか?」

「え? ええ、そうですね」

 

 んん?? 

 

 報告書用に写真撮影をする事を部長から阿知賀の人たちに伝えていたはずだ。だから俺もデジカメをこの場に持ち込んでいる。もしかして撮影した写真の確認か? たしかに撮影した写真を阿知賀の人が確認することになっていた、が。ここで疑問が生まれる。

 

 まだ撮影していないんだけど。

 

 ならこの質問の意図は……いやまて、動揺して気になってなかったが妹さんは小さめのポシェットを肩掛けしている。思い返すと阿知賀の他の人は何も持ち込んでなかった。もしかして……

 俺の中で疑問の答えが導き出される直前に、お姉さんの方から答えを提示された。

 

「すいません、玄ち……、んん、私の妹も写真を撮っているのですが、須賀さんがどのような方法で撮影しているのか妹が気になっておりまして声をお掛けしました」

「そう……ですか。ですが私は素人ですしあまり参考にならないと思いますよ」

「いえいえ、こちらも素人ですからお気になさらないでください。ただ純粋に他の方がどのようにして撮影しているのか拝見したいと思いましたのでこのような場を設けさせていただきました。もし須賀さんの方で何か不都合があるのでしたらこの話はなかったことにしても構いません。本当に気になっただけですので」

「……それでしたらこちらとしてはなにも問題はないので撮影しているところをどうぞご覧ください。あとこちらが年下ですので敬語は大丈夫です。せっかくのパーティ兼交流会ですので気楽に行きましょう」

 

 俺の言葉に姉妹は少しだが緊張が解けたようだった。

 

「気を遣わしてごめんね。須賀くん」

「須賀くんもそんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。私たちのことも下の名前で良いから」

「……わかりました。宥さん、玄さんよろしくお願いします」

 

 なんか変なことになったがまあ写真を撮るだけだし大丈夫か。

 

 

 

 それに……正直に言えば清澄の皆と関わるよりも阿知賀の人たちと関わる方が気が楽に感じる。

 

 

 そう感じる時点で俺はもうダメかもしれないな。

 

*1
決勝戦で負ったケガの痛みを隠すための空元気6割、皆への感謝3割、照れ隠し1割

*2
高鴨穏乃

*3
新子憧







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有珠山高校
岩館揺杏と存在意義 上


ゆあたんイェイ~
本日は岩館揺杏さんの誕生日なので投稿します。
…と胸を張って言えれば良かったんですけど、サブタイトルに「上」とあるように前半部分しか完成しませんでした。
本当に申し訳ありません。
もう少しすれば環境が落ち着いて執筆も進められると思いますので今しばらくお待ちください。

そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価、感想ありがとうございます。
色々と不定期ですがコツコツと頑張っていきますのでこれからもよろしくお願いします。
失礼しました。


「………っ!」

 

 目が覚める。呼吸が乱れ、汗をかいてベトつく浴衣と肌に不快感を覚える。乱れる呼吸を抑えつつゆったりと体を起こして周囲を見渡しつつ耳を澄ます。規則的な寝息をたてて眠っている友人の顔が見える。どうやら起こさずに済んだようだ。壁に掛けられた時計を見るとまだまだ夜明けまではほど遠い時間だった。明日…いや今日の5位決定戦のことを考えるともう一度寝た方が良いのは解りきっている。…解りきっているのだが。

 

「はぁ…」

 

 小さく溜め息を吐きつつ四人を起こさないように静かに寝床から出る。そしてしっとりとした髪をヘアゴムで軽くまとめつつ浴衣を脱いで服を着る。

この時間に出歩くのは色々と良くないのだが…先ほど見た夢を思い出すともう一度眠る気は起きず、かといってそのまま横になっていてもなにも問題は解決しないし最悪四人を起こしてしまう恐れがあった。それに気持ちを切り替えるために外の風を浴びたかった。財布と携帯、部屋の鍵を持って静かに泊まっていた部屋から出た。

 

「…………………」

 

 扉を閉める瞬間に起き上がった赤い髪の女性の存在に気付かずに。

 

 

 

 

 

「はぁ~」

 

 周囲を気にする必要がなくなったので思いっきり溜め息を吐く。とりあえず歩こう。薄暗い廊下を通り外に出る。確か近くに併設された広場があったはずだ。街灯に照らされた道を通って目的の場所に向かう。そうしてたどり着いた広場にあるベンチに腰を掛けて途中で購入した水を飲む。冷たい水が喉を通って行く感覚が心地よく感じる。いくらか気持ちが落ち着いてきた。上を向くと北海道に比べてぼんやりとしているが星が見える。

 

「はぁ~~」

 

 思いっきり息を吐く。胸に詰まっていた重いナニカが少しだけなくなった気がする。

 

「まさか今日…いや昨日の試合の夢を見るなんてな…」

 

 昨日の準決勝の対局はホントに良いところがなかった。焼き鳥は回避できたけどそれも姫松の愛宕姉妹の胸のない方に誘導された結果だ。…先輩だけど頭の中ではこれくらいのイヤミは許して欲しい。

 

「真剣試合なんだからしょーがない…しょーがないんだけど。…しょーじき堪えるなー」

 

 茶化すように口に出しても準決勝敗退の事実は覆らない。あのときもっと上手く立ち回れば違う結果になったかもしれないというもしもが私を蝕む。…あのメンバーが相手ではきっと何度繰り返しても結果は変わらない確信めいた予感から目を背けながら。

 

「ユキを目立たせるっていう最低限の目標は達成したんだけどなー」

 

 このインターハイもユキのために出場したんだから優勝とかは二の次のはずなのに…

 

「なんでこんなにココロは辛いんだろうな…」

 

 ポツリと口から本音が漏れ出る。そう…たった今、口に出たことが私の本音だ。皆の前では元気に振る舞っていたが準決勝が終わってから虚無感が私を襲っていた。それは時間が経つにほどに大きくなってついには夢にまで浸食してきたのだ。

 

「なんでだろうなー」

 

 茶化すように口に出しても答えは戻ってこない。私のつぶやきは夜空に吸い込まれて消えていく。私の胸に空いた穴も埋まることはない。

 

「…なにやってるんだろ、私」

 

 早く戻って明日に備えて寝ないといけないのに私の体はまるで糸の切れた人形のように動かなかった。これじゃあ皆に迷惑を掛けちゃうな。…ああどこかに…

 

「すいません」

 

心臓が跳ねる。反射的に声がした方向に振り向くとそこには金髪でだいたい180cm位の男が立っていた。顔を見れば幼い…いや女顔で磨けば光りそうな印象が与えられた。きちんと私がコーディネートすれば雑誌の表紙を飾れる自信がある。しかしそんな印象も死んだ魚のような目と重苦しい雰囲気が台無しにしていた。

 

「あ、あ」

 

 口からは意味を成さない音しか出てこなかった。突然現れた存在にどうリアクションすれば良いのか解らなかった。

 

「…隣良いですか?」

「へぁ!?」

 

 私の返事を聞かずに男はベンチの空いたスペースに腰を掛けてきた。そして間髪入れずに口を開き。

 

「なにか悩んでいることがあるんじゃないですか?」

「は!?」

「実は俺も悩んでいることがあって歩いていたんです。赤の他人に話せば少しは気が楽になるかもしれないですよ」

 

 なにを言っているんだコイツは。ナンパにしてもヤバすぎるだろ、誰も寄りつんだろそれじゃ。こんなヤバイやつからは逃げた方が良いに決まっている。決まっているんだけど…

 

「じゃ…じゃあ、お言葉に甘えて相談しちゃおっかなー」

 

 今の私はおおよそまともではなかった。ココロに生じた虚無感が私を焦らしていく。けれどこれを爽やチカセン、成香にユキには相談できなかった。相談が出来ないからさらに悪化していく。だから吐き出したかった。何もかも話して自分の中を整理してこの虚無感の正体をつかみたかった。

それに…この男から目を離せば次の瞬間には消えてしまいそうな感じがして、なんとなく初めて会った時のユキとほんの少しだけ似ていた。

それらが合わさった結果、この変なヤツに相談するというおおよそ正気でない選択肢を私はしたのだった。

 

**********

 

 目を開ける。そしてベッドから上半身を起こして時計を確認する。…眠れない。明日いや今日は大切な清澄の決勝戦だ。きちんと眠って備えなければいけないのに…。しかし俺の頭の中はいろいろなことが巡っていて気が張ってしまう。頭の整理も兼ねてもう一度今日のための確認をしよう。ベッドから出て机に置いてあるレシピを確認する。このレシピはハギヨシさんや様々な人の手を借りて作り上げた今の時点での最高傑作のレシピだ。これなら優希も満足するだろう。次に決勝戦で必要になるであろう物をまとめたメモを見る。これは皆と相談してまとめた物だからきっと大丈夫だろう。

 

「…はは。決勝か」

 

 思わず口から出た言葉が鼓膜を震わす。ああダメだ、これらを見ていると俺の醜い部分が出てきてしまう。何をしているんだろうか俺は。いや、俺はどうしてここにいるのだろうか。俺は…俺は。ああ…ダメだこれ以上は考えてはいけない。考えてしまえば俺は皆に顔向けができなくなってしまう。

 

「…!」

 

 勢いよく立ち上がりつつ腹からこみ上げるモノを抑えようとおもわず口を押さえる。涙が出てきそうになる。俺はこんなに弱い人間だったのだろうか。

 

「~!~!」

 

 叫び声を必死に噛み殺す。頭を掻きむしりたくなる衝動を必死に抑える。

 

「~!………はあ~」

 

 重い、重い溜め息を吐いて椅子に座り込む。背もたれに首を預けて脱力する。きっと今の俺の目は死んでいるのだろうな。…ああそういえば宮守の先鋒に顔が似ているって優希がからかってきたっけ。こうやって脱力して椅子に身を委ねている姿はいい線言っているだろうな。現実逃避するようになんとなくそう思った。

 

「何をしているんだろうな俺は…」

 

 清澄が全国大会一回戦を突破してからこんな風に発作が出るようになり、清澄が勝ち進むごとに重く頻度が増えてきた。皆の前では出さないようにしているがこうやって一人になると抑えられなくなる。普段の咲なら俺の様子がおかしければすぐに気付いただろう。しかし今はインターハイで姉と和解する目的が良くも悪くも咲の中の大部分を占めている。それによって咲は俺の変調に気付くことはない。…けれど咲に気付いてもらっていれば俺はもっと楽になっていたんだろうなとココロのどこかで感じる。

 

「本当に何をしているんだろうな…」

 

 …歩くか。歩いて軽く汗を流せば眠れるだろう。ゆるゆると立ち上がり携帯や財布、鍵を持って部屋から出る。最低限の明かりが灯った廊下を歩き外に出る。夜風が気持ちよく少しだけ気持ちが落ち着いてきた。そしてそのままふらふらと当てもなく歩き気がつけば宿泊している施設に併設されている広場に着いた。

 そうして歩いているとベンチに座っている女性がいることに気付いた。どうやら上を見上げていて俺には気付いてないようだった。こんな時間に出歩いている俺が言えた義理じゃないが女性がこんな時間に出歩いているのは心配になる。声を掛けるか迷ったが…もしかしたら俺と同じように夜風に当たりながら何か考え事をしているかもしれない。それにこんな時間に見知らぬ男に声を掛けられたら相手がどう思うのかは明白だ。最悪皆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。気付かれないように静かに元来た道を戻ろう。歩いて気分転換も少しできたのだから最低限の目標は達成したし。静かに振り向いた俺の鼓膜に音が響く。

 

「…なにやってるんだろ、私」

 

 ………

 

「すいません」

 

 声を掛けられた女性はものすごい勢いでこちらを見て口をパクパクとしている。このまま相手の女性の許可を取らずに座っているベンチの横に座り、相手の悩みを聞く姿勢を取る。

 俺を凄い顔で見ていた女性は逃げることなく、少し考えてから軽い口調で悩みを話し始めていった。

 



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岩館揺杏と存在意義 下(仮)

ゆあたんイェイ~
本日は岩館揺杏さんの誕生日なので投稿します。

お待ちしている皆様、申し訳ありません。今日という日に間に合うように執筆していたのですが完成しませんでした…
生存報告も兼ねて出だしの部分を投稿します。
今月中には完全版を上げます。


そしてこの場を借りてお礼を申し上げます。
お気に入り登録や評価ありがとうございます。
失礼しました。


 横に座った初対面の変な男にこれまでのことや昨日の試合のこと、そしてココロに生じている虚無感を個人情報などはぼかして話した。麻雀のことや昨日の試合のことを話した際に男の雰囲気が一瞬変わったことに内心首を傾げたが話せることは話していった。それを聞いた男は少し考える素振り見せてから口を開いた。

 

「…あなたは真面目なんですね」

「そうかぁ?どっちかというと自分のことは不真面目だと思ってんだけどなー」

 

 よく爽と一緒にふざけていたりしているし、チカセンや成香、ユキの方が真面目だと思うけどな。

 

「麻雀を頑張りつつ、後輩のために衣装を何着も仕上げるなんて俺にはとても出来ません」

「インターハイまで時間があったんだからほどほどに裁縫が出来る人ならイケると思うんだけどな」

「そうですねきっと時間があれば心得のある人なら出来ると思います」

「なら…」

「ですがインターハイ準決勝まで行きつつ衣装を仕上げるなんてのは並大抵の努力では達成できません」

 

 否定の言葉を言う前にかぶせるように男は断言してきた。こうまで持ち上げられるとむずがゆいモノがある。けれどそれと同時にココロのどこかがチクリと痛んだ気がした。

 

「俺もジャンルは違いますが物を作っています。その際にいつもこれでいいのかと自問自答しています。そうしてできた物も後から考えれば改善点が思い浮かびます」

 

 男は一呼吸置いて私に向き合って口を開いた。

 

「物を作るという行為は想像の何倍もエネルギーを使います。それを行いつつ麻雀にも取り組めているのはあなたがひたむきに努力をした結果です。それに比べて俺は…」

「?」

 

 男は目を背けて苦しそうに何かを言おうとしている。しかし、軽く首を振りつつ再びこちらを見る。

 

「すいません、話を戻します。それらをひっくるめて俺はあなたを真面目と評しました」

「あ、ああ。」

 

 先ほど男が話そうとしたことが気になるが、男の様子から今は絶対に話そうとしないことは容易に予想できるので頭の片隅に留めて置くだけにしよう。

 

「あなたは人一倍真面目にそしてひたむきに取り組んできた…」

 

 そして、次の言葉を聞いて頭が真っ白になった。

 

「・・・そして準決勝、先鋒のほぼ初心者の同級生はエースが揃っている中トばずに後に繋ぎ、次鋒の部長も食らいついていた、そんな中自分は周囲に翻弄され大幅に削られ、副将の後輩に負担を掛けてしまい、大将の親友にプレッシャーをかけてしまった」

 

 あの時のことがフラッシュバックする。

 

「思いがけず参加することになったインターハイ…準決勝まで来たならもしかしたらがあるかもしれないという淡い希望」

 

 …ろ

 

「後輩さんがきっかけだったとしても皆と一緒に目標を決めてひたむきに走ることの楽しさ、そしてそれが必ず終わることへの寂寥感」

 

 …めろ

 

「自分の得意な裁縫が皆の…特に後輩さんの助けになっている充実感とそれ以外はパッとしない自分への失望」

 

…やめろ

 

「同級生に…部長に…後輩に…親友に対するほんの少し抱いてしまった嫉妬とそれを抱いてしまった自分への怒り」

 

やめろ!

 

「皆は気にしてないと言っているが、それを信じ切れない自分の・・・」

「やめろ!!」

 

 私が無意識に抱えていたモノを暴かれて私は思わず声をあげる。男は私の言葉に体を少し震わせた後、目を伏せ申し訳なさそうに頭を下げる。・・・さらに男の存在が薄くなったような気がした。

 

「すいません・・・もう少し気にするべきでした」

 

 その姿を見て乱れていたココロが少し落ち着く。

 

「・・・いきなり大声を出してごめんな」

「いえ、こちらが全面的に悪いので気にしないでください」

 

 私のココロに土足で踏み込まれた怒りはある。けれど、それ以上に私のココロを言い当てることができた目の前にいる男に対する興味が沸いてきた。

 



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もしかしたらの話
宮永咲と二条泉は射止めたい 上


さきたんイェイ~
咲の誕生日なので京咲?を投稿します。



……はい、本当はタイトルにあるように京咲泉を投稿してます。
これが前編で本来は泉さんの誕生日に後編を投稿しようとしてましたが、今回の話は起承転結で言えば走です。
以前にも申し上げたように身の周りの環境は改善せず小説にほぼほぼ手が付けられず全く間に合いませんでした。
ここまで付いてきてくれている読者さんには本当に申し訳ないです。
ですが以前宣言したようにエタることは絶対にしないので気長にお待ちください。

評価及びお気に入り登録ありがとうございます。
評価バーの色が再度赤になりました。それと初めての10評価ありがとうございます。
この場を借りて改めて皆様にお礼申し上げます。


 私の名前は宮永咲。長野県の清澄高校麻雀部に所属している1年生だ……少し前ならそれで自己紹介は終わっていたけど今はそこにインターハイを優勝したという言葉が修飾されるようになった。そんな私は今、自分の部屋の机でとある本を読んでいる。

 

「ふぅ」

 

 見ていた本から目を離し、四つ葉のクローバーの栞を挟んで閉じる。

目頭を揉みながら先程まで読んでいた本の内容を思い返す。本の内容は麻雀の初心者から中級者になりたての人が見ることを想定した内容だ。

……優勝した部活に所属している私がそれを読むのはおかしいと思うかもしれないが、読む理由はあるのだ。それは人に教えるためだ。私の麻雀のスタイルは理論派と感覚派で分類すれば超が付くくらいには感覚派だ。インハイ前の合宿や四校合同合宿である程度改善されたが、それでも私たちの中で一番の理論派の和ちゃんには遠く及ばない。インハイが終わった今だからじっくりと本で学ぶことができるのだ。

普段読んでいる海外ミステリーなどはいくら読んでも大丈夫だが、こっち(教本)は理解しそれを言語化出来るまで読み込むので休憩を入れながら読んでいる。そうして休憩していると本から飛び出している栞が目に入る。そして私は笑みを浮かべた。

 

「~♪」

 

 それを送ってくれた彼・・・須賀京太郎こと京ちゃんはわたしの大切な人だ。彼がいなければ私はきっと前へ進めなかっただろう。そんな彼が中学2年の誕生日に送ってくれた栞は私の大切な宝物だ。本当は外で本を読む時にも使いたいが私のドジを考えると・・・。

 

「っ!」

 

嫌な方向に思考が向かいかけたので頭を振り、気分を変えるために水を飲もうとして立ち上がり台所に向かう。

そうして帰ってきて扉を開けた私の視界に本棚が映る。本棚には様々なジャンルの本が詰まっている。そして最近買ってきた教本に目を向ける。

 

(それにしても……)

 

 私にとって麻雀は楽しい物だが同時にあまり好きじゃないものだ。最大の目標だったお姉ちゃんとの和解が済んだ今、私はほぼ燃え尽きていた。そんな私が教本を買ってまで勉強をしているのはひとえに京ちゃんの為だ。インハイの結果は団体戦優勝と煌びやかな物だったが、それは京ちゃんの献身の賜物だ。もちろん他にも色々と要因はあったが、私は京ちゃんの献身が一番支えになったと考えている。

 

(だから私も恩返しのために準備したんだけど……)

 

 インハイ後に部長が用意した休みの間に本屋を巡って教本を買い込み、今度は私が支えるんだ!と意気込んで挑んだ休み明けの部活で私は・・・驚きの光景を目にした。

 

(明らかに県予選の時・・・いやインハイの時よりも上手くなっていた)

 

 インハイの時も息抜きの名目で卓を囲っていた。その時は県予選の時よりは上手くなっていたが、まだまだ初心者の域を脱していなかった。

 けどあの時の京ちゃんは初心者から中級者に半分踏み込んでいた。お姉ちゃんほど正確に読み取れないけど、もう少し経験を積めば全国に出場できるレベルに到達すると思った。

 だから私が買い込んだ教本の中で完全に初心者向けの本はお役御免となってしまい本棚の肥やしになってしまった。……後先考えずとにかく買ってしまった私の浅慮が原因だから何も言えないが、もし昔に戻れるならもう少し考えてって自分に忠告したくなった。

 そしてもう一つ私は不思議に思ったことがある。

 

(京ちゃんが明るくなっていた)

 

 これも普段の京ちゃんを知っている人なら疑問を持つかもしれない。他の人には京ちゃんは明るく誰とでも分け隔てなく接してくれて、でも時折女性の一部分に目が行ってしまう欠点を持っている三枚目のように見えるだろう。

 でもホントの京ちゃんは繊細なところがあることを私は知っている。その証拠にインハイ前までの京ちゃんは皆がいないときどこか近寄りがたい雰囲気になっているときがあった。そして私は京ちゃんがそんな風になる理由を知っていた。しかし、私は京ちゃんの深い部分に踏み込むことができないでいた。なるべくいつも通りに接することが限界だった。

 そのように二の足を踏んでいた状況が改善されたことは私にとって喜ばしいことだった。しかし、どこか心の中でモヤモヤしたモノが生まれていた。

 心当たりはインハイ中に京ちゃんが打ち合わせに遅れていて電話で連絡したときに零した『抱えていた問題が解決したからかな』という言葉。京ちゃんにそれとなく聞いてもはぐらかされてしまい、さらに疑心が深まっていた。

 

(けど京ちゃんが話してくれないなら、私はこれ以上踏み込めないな)

 

 こういう時、親友や先輩のことが羨ましくなる。

 

(優希ちゃんのように思いっきり踏み込めないし、和ちゃんのように論理立てて質問できないし、染谷先輩のように相手を気遣いつつ引き出せないし、部長のように駆け引きしつつ聞き出すこともできない……)

 

 溜め息をしつつ再び机に向かう。時計を確認すると時間はもう少し余裕がある。椅子に座り再び本を開く。

 疑問を頭の片隅に抱えながら夜は更けていく。

 

 

**********

 

 私の名前は二条泉。大阪府の麻雀の名門千里山女子麻雀部に所属している1年生や。今、私は自分の部屋でパソコンに向き合っている。

 

『じゃあ、また明日』

 

 彼の言葉に返事を返すと彼はアプリから退室していった。彼・・・京太郎との遠隔指導の回数は今日で2桁を越えた。さっきまで立ち上がっていた通話アプリと麻雀アプリが閉じた画面を見ながら思わず笑みがこぼれる。

 

(今日も上手なっとったな)

 

 先程の対局を思い出してさらに笑みを深める。

 大阪におる私と長野におる彼。そんな私たちが出会ったのはインハイだった。……恥ずかしい話なんやけどその時の私はやらかしてもうてメンタルがボロボロやった。そんな私に声を掛けてくれたのが彼やった。彼のおかげでなんとか持ち直してその後の5位決定戦で汚名返上・・・とまでは言われへんがそれなりに貢献できたと思う。そんな彼に恩返しのために連絡先を渡した。そないして彼は私に麻雀を教えて欲しいと頼んできた。

 

「自分で勉強したり、皆からアドバイスをもらって麻雀を学んでいたけど、少し煮詰まっていたから問題ない範囲で名門校の練習方法を教えてくれないか?」

 

 そんな彼の頼みに私はすぐさまOKを出して時間の許す限り教えていった。来年になったら私も後輩ができて教える場面もあること考えたらええ予行演習になったし、純粋に彼がめきめきと上達していく様を見ているのは気持ちよかった。

 

(まあ…………それだけちゃうねんけどね)

 

 9割の善意に1割の打算、いやもしかしたらもっと打算の割合が高いかもわかれへん。

 けど……

 

(私かて恋くらいね)

 

 かつて私が勝手にライバル視をしとった原村和を調べてる最中に存在を知った彼。その時はカッコええな思たくらいで終わっとったけど、インハイで偶然出会うて話して……恋をした。我ながらチョロい思うけど惚れた方が負けなんや。だから受け入れるしかあれへん。

 

…………

……

 

 ただ一つだけ気になることがある。

 

「――宮永咲」

 

 彼の指導をしながらそれとなくプライベートをちょいちょい聞き出してきた。

 部活の仲間との関係。好物と苦手なもの。カピバラを飼えるくらいには裕福なこと……色んなこと聞いていってようやく最近になって“付き合うてる人がおれへん”こと聞き出した。

 それ聞き出したその日はまったく眠られへんかった。彼女がおってもおかしない思うとったさかいに私にもチャンスがあるってわかって嬉しかった。……が。

 

(中学からの付き合いにしては……)

 

 生まれてこのかた異性の友人を持ったことのあれへんうちにはわかれへんが、彼と宮永咲の関係は少し……いや大分異質に感じた。

 例を挙げるなら“肉じゃが”だ。百歩譲って作りすぎたのをお裾分けするのはまあ理解できのうはあれへん。……が、中学からの付き合いでどうしたら“肉じゃがっつーと咲の作ったやつなんだよな”って台詞がでてくるんや!?たった数年で母親の肉じゃがの印象を塗り替えるってどういうことや!?なんぼ肉じゃが作りにハマっとったかて作りすぎやろ!?

 他にも色々とエピソードを挙げられるけど止めとく。本題は彼との関係や。彼と宮永咲は親友言うには近すぎるし、恋人言うには離れてる。何ちゅうか組み込まれてるんや。彼を構成する要素に、宮永咲を構成する要素に。二人はそれ当たり前やと受け入れてる。

 

(……う~ん)

 

 京太郎と付き合おうとしたときに避けては通られへん存在やとなんとなしに予感する。なんか些細なきっかけでどうにも転がりかねへん存在。京太郎からの話だけではこれぐらいしかわかれへん。

 そんな宮永咲のことは恋のライバル。高一最強の壁。色んな表現が思い浮かぶけど……

 

「まあ……機会があれば一度きちんと話したいかな」

 

 なんとなしにそんな言葉が口から飛び出た。

 







この話を作ろうとしたきっかけが京咲泉は私が知る限り見たことないので最初の一人になって皆様の印象に残りたい欲求から生まれました。

私の拙い作品を呼び水に京太郎の絵や小説が増えることを切に願っています。


支援やリクエストもお待ちしています。


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