木偶に息 (百合に )
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幼少期


おかしい……オレは鹿野郎とテマリ姫様の結納を邪魔する砂の暗部くノ一(百合風味)を書いてたハズ……おかしい……


 父は仕事。2つ上の姉は最近許された修行に励み、叔父は化物の憑いた弟に付いている。となると、カンクロウは一人ぼっちだった。

 

 もう少し体が大きくなれば、姉のように本格的に修行に励めるだろう。

 けれどまだまともに筋肉も付けられない体では、無理な運動は致命的な障害になりかねない為、修行は当然父に禁止されていた。

 

 少し前までは修行に向かう姉にぐずってみせたりしたのだが、今は違う。今のカンクロウには暇を潰す最高の術があった。

 

「……よし。気づかれてねぇな」

 

 カンクロウとテマリにあてがわれた部屋の周りには、あまり人がいない。テマリが修行に向かえば尚更だ。

 カンクロウはそこまで重要ではない子供だから、護衛の数だって少ない。

 

 緩くなっている窓の木枠をそうっと外し、そこからそろりと外へ抜け出る。換気のための小窓には、他の窓のように鉄格子が嵌められていない。

 子供一人通るのがやっとの枠組みでも、カンクロウには十分だ。そこから誰もいない中庭を横切り、外通路から第四倉庫棟へと入り込む。

 埃臭い空気にケホケホと咳をしながら、錆び付いた扉をどうにか開けた。

 

 秘伝の術や血継限界等の機密を収めた第一倉庫や、政の資料や砂隠れの歴史が詰まった第二倉庫、里の忍び達に支給される備品を管理する第三倉庫。

 それに連なる第四倉庫は、『ゴミ捨て場』『ガラクタ箱』と揶揄される場所だった。

 

 見張りも本当ならいるのだろうが、恐らくはサボりだ。ここは警備をサボった所で大仰に咎められないような、見放された場所なのである。

 

 第四倉庫。砂隠れの伝統的な戦法である『傀儡術』、その傀儡を保管する場所。

 とはいえ傀儡は繊細だ。使用者である傀儡使いは、基本己の操るそれを手元で大切に調整する。

 

 つまり此処は、理由はともあれ使い手のいない傀儡を押し込めた『ゴミ捨て場』なのだ。

 要らない子であるカンクロウとしては、少しばかり親近感がある。

 

 この倉庫は屋根を支える梁とは別に、細い梁が数本渡されている。この横木には木の枝のような出っ張りが等間隔に生えていて、そこから麻縄で傀儡を吊るしているのだ。

 

 長く放置された傀儡は、縄が朽ち・或いは解けて地に落ちている。接合部も馬鹿になってしまっているだろう。

 そうして崩れ落ちた傀儡が妙に哀しく思われて、カンクロウは目を背けた。

 

 こんなに精緻で、幾つも作り込みがされているのに。せめて誰かが使ってやれば、無為に壊れることもなかったろうに。

 

「……お。これなら使えそうじゃん」

 

 目を付けたそれは傀儡の中でも比較的小型な、蜘蛛を模したものだった。剥げた塗装は、かつての色鮮やかな姿を物悲しく想起させる。

 

 薄暗い中、隅から壊れかけた梯子を引っ張り出して、上段の太い梁に引っ掛けた。数段抜けた梯子に恐る恐る脚をかけて、どうにか上まで登る。

 縄を引っ張り手首に巻き付けて、カンクロウはほっと一息ついた。その瞬間。

 

「うおっ!?」

 

 バキ、という嫌な音と、臍の下が持ち上がるような浮遊感。咄嗟に蜘蛛を抱え込み、ぎゅっと目を瞑る。

 尻と背中に、衝撃。

 

「ってぇ……」

 

 尻が痛い。とはいえそこまでの激痛ではないので、骨に異常はないだろう。

 流石に指が下に来ていれば折れていただろうから、傀儡を抱え込んだことが功を奏したようだ。

 

 数本の横木が一気に折れた無残な梯子に、思わず恨めしい気持ちになる。まあ予想できない事態でもなかったが。

 

「……まあ、これは取れたじゃん」

 

 己に言い聞かせるように呟いて、抱えた蜘蛛の傀儡を広げる。カンクロウは早速それをひっくり返し、それの仕組みを調べてみるのだった。

 

 

 

「こっちか?」

 

 右足二本目。

 

「こっち?」

 

 左足四本目。

 

「これかぁ?」

 

 左足一本目。

 

「これだ!……って……」

 

 『口』の位置がパカリと開く。しかし何も出てこない。カンクロウは小難しい顔でその穴に指を突っ込み、慌ててそれを抜いた。何かベトベトしたものが固まっている。

 恐らくは、捕縛用の傀儡なのだろう。粘性のある糸か何かで敵を絡め取り、捉える。そういう機能であるようだ。

 しかしながら長年放置されたことにより、糸同士が中でくっついてしまっているらしい。

 

「何にも出ねぇじゃん……バラし方とか知らねぇしな……」

 

 辛うじてチャクラ糸の使い方は教わっているが、それ以上のことは何も知らないカンクロウは、ガックリと肩を落とした。

 不貞腐れながら手遊びにカタカタと指を伸ばし曲げし、蜘蛛にぎこちないタップダンスを踏ませてみる。

 

「げっ」

 

 絡まりやがった。最悪だ。どうにか治らないかと色々と弄ってみるも、余計に絡れてくる。

 カンクロウはため息を吐くと、ピンと指を伸ばしてチャクラ糸を解こうとし……

 

「ヘッタクソだな」

 

「!?」

 

 突如投げかけられた声に、飛び上がった。

 

 

 バッと反射的に振り向けば、そこにはいつの間にか一人の青年が佇んでいた。

 鮮血で染めたように真っ赤な髪と、無機質めいた赤褐色の瞳。色濃く感じた血の気配に、カンクロウはゾッとする。

 

 が、しかし。その、馬鹿にするような半笑いと、言われた言葉の意味を、数拍遅れて理解して。

 

「うるっせぇじゃん!!!」

 

「ふはっ」

 

 いけすかねぇ!更にクツクツ笑い出した青年に、カンクロウは思わずむくれる。青年はそれを気にも止めず、スタスタと歩み寄ってくる。

 青年は身構えたカンクロウを鼻で笑うと、しげしげと傀儡を掴んで検分した。

 

「イルマの爺の【女郎蜘蛛】か。あのクソジジイらしい陰湿さだな。痺れ薬を仕込んでやがる」

 

「イルマ……応接室の【揚羽蝶】の?」

 

「ありゃ皮肉が効いてて良い。なにせ羽が撒き散らすのは毒の鱗粉だ」

 

 十数年前に没したという傀儡作りの名手を呼び捨てた青年は、カンクロウから繋がるチャクラ糸に眉を寄せる。

 

「お前よくそれで操れてたな」

 

「へ」

 

「前後ろ逆だぞ」

 

「マジかよ!」

 

 思わずパッと糸を解けば、青年が傀儡に右手を翳す。青年はカンクロウが九本指で操っていた傀儡を、たった三本で掬い上げた。

 

「わ」

 

「いいか、傀儡ってのはこう使うんだよ」

 

 そうして蜘蛛を操る手つきは、不遜な言葉に見合う洗練されたもの。傀儡の蜘蛛は生き生きと床を這い回り、壁に飛び付いて帰ってくる。

 目を丸くするカンクロウに青年は右の口端を上げ、スッと中指を上げた。

 ぱか、と尻の部分が開く。……何も起こらない。

 

「………」

 

「……粘着縄、中でくっ付いてたぜ」

 

 プクク、と仕返しに笑うカンクロウを、青年は無言で見下ろすと。

 

「あっ、大人気ねぇじゃん!」

 

「うるせえ」

 

 小回りに走り回る蜘蛛が、パッと飛びかかってくる。捕縛機能は停止したただの小型の傀儡ではあるものの、勢いが付くとなかなかの重量だ。

 カンクロウはどうにかそれを受け止めて、傷つけぬようそっと床に下ろした。

 

「なあアンタ、傀儡部隊の人か」

 

 そんなことを聞いてから、カンクロウはパッと首を背ける。これ程卓越した傀儡使いが、かの部隊の所属でないはずがないからだ。

 しかし青年は奇妙な表情で目を細めると、苦々しげに言う。

 

「昔はな」

 

「ふーん」

 

 どうやら聞かれたくないらしいと勘づき、カンクロウは興味なさげな声で返した。それから、じゃあさ、とわざと子供っぽい口調で口を開く。

 

「アンタの傀儡ってどういうやつ?」

 

「………」

 

 青年はあの奇妙な表情のままカンクロウを見つめ、何某かを考え込む。それから不意に、フッと笑った。

 今までの馬鹿にしたような嘲笑ではない、内心から溢れたような笑みだった。

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 

 

 青年は入り口のあたりに戻ると、壁に取り付けられていた筒状のそれに、傀儡造りでも使用するレンチを当てがった。更にそのレンチに取っ手を取り付けて、ハンドルのようにする。

 

 ぐ、と力を込めれば回り出したそれに、カンクロウは背後の鉄の物体が歯車であったことに気がついた。

 ギギ、という錆びた音がして、上の梁に取り付けられた滑車がクルクル回る。滑車に取り付けられていたのは、暗がりの天井に吊るされていた鉄梯子だった。

 

 青年はある程度まで梯子を下ろすとレンチを外し、ピョイと身軽に梯子に足をかける。

 チラと投げかけられた眼差しに、カンクロウは慌ててその後を追った。

 

 

 青年を追って辿り着いたのは、2.5階とでもいうべき場所だった。事実その為の用途ではあるのだが、傀儡を吊るすために高いのだと思っていた天井は、どうやら吹き抜けの構造になっていたらしい。

 

 青年が入って行った廊下には幾つかの小部屋が隣接しており、いくつかのドアは開きっぱなしになっている。

 通りすがりに覗いたそこには、真面に吊るされもしていない傀儡が積み重なって放置されていた。

 

 酷い物置きだと思っていた一階より、余程劣悪な環境だ。まさしく『ゴミ捨て場』といった風情である。

 思わず顔を顰めるカンクロウとは対照的に、青年は何も気に留めることなく奥へと突き進んで行く。この突き当たりが、目当ての部屋であるらしい。

 

 青年が部屋のドアノブをガチャガチャとやるも、どうやら鍵か掛かっているようだ。しかし青年は、涼しい顔で思い切りノブを蹴り上げる。

 バキッ!と折れてはいけない何かが折れた音がして、鍵ごとノブが外れかかったドアがゆっくり開く。

 思わずジトッと目線を向けるカンクロウに、青年はしらっとした顔のまま言った。

 

「立て付けが悪かったらしいな」

 

「………そうみたいじゃん」

 

 カンクロウは空気が読める男であった。

 

 

 

 入った部屋の中の様子に、カンクロウは目を丸くした。これまでの上階のように酷い環境で傀儡が打ち捨てられているものとばかり思っていたが、この部屋ばかりは違ったからだ。

 吊るされた三体の傀儡は、1階に並ぶ傀儡達よりも余程丁寧に保管されている。

 

 しかし、そんなことはすぐにどうでも良くなった。その吊るされた傀儡の精密さに、目を奪われてしまったからだ。

 

「スッゲ……!」

 

「【烏】。【黒蟻】。【山椒魚】。昔に作った駄作も駄作だが、他の連中のオモチャよりかはマシだろうよ」

 

 カンクロウの感嘆に、満更嫌でもなさそうな声で青年が返す。それから手慣れた調子で【烏】と呼んだ傀儡を下ろし、スイスイと操り始めた。

 

「【烏】……毒針……毒煙……千本……ああ、捕縛縄も……とにかくなんでも仕込んだな」

 

 青年がチョイと指を捻る度、何処かしかがガタガタと開く。

 人間一人分程度の傀儡に仕込まれたあまりに多くの機能に、カンクロウは目を輝かせた。

 

 カンクロウは次期風影と謳われる忍びの息子だ。今は亡き母や弟のこともあり、生まれてこの方ずっと風影塔で育ってきた。

 そんなカンクロウを可愛がる忍びは案外に居て、傀儡に興味を示すことから、わざわざ自分の傀儡を持って来てくれることもある。

 

 カンクロウは傀儡に関して、幼いながらに己の目が肥えていることを知っている。そんじょそこらの傀儡ならば、検分するだけに飽き足らず、操ることだってできるだろう。

 

「………」

 

 けれども、これは。これは、無理だ。カンクロウは確信した。

 少なくとも今の自分では、この傀儡を『死なせて』しまう。

 

 食い入るようにその指先を見つめながら、青年の説明にじっと耳を傾ける。青年はそれに面白そうな顔をして、ピンと人差し指を跳ね上げた。

 

 たった一動作。それだけで傀儡が青年の元へと引き寄せられる。

 

「それから」

 

 青年が手繰り寄せた傀儡に触れる。途端、黒子を模した装甲は、青年そっくりの姿へと変化した。

 

「幻術じゃん!」

「ああ。チャクラとの相性が良い鋼を使ってる。余程幻術の才能が無い訳でもなけりゃ、それなりに有用に使えるだろうぜ」

 

 傀儡使いは接近に弱い。如何に軌道を誤魔化し、本体を叩かせないかが“コツ”だ。

 

 諳んじるような口振りで続けた青年は、不意に眉を顰め、己の言葉にうんざりしたように顔を歪める。

 しかしカンクロウがそれを指摘するよりも先に、青年は【烏】を戻してしまっていた。

 

「これは【黒蟻】。捕縛用の傀儡で……」

 

 青年の説明は分かりやすく、要点を押さえた理知的なものだった。カンクロウの疑問にも淡々と答え、逆にニヤリと笑って問いかけてくることもある。

 たった一人の観客に多く感想を求める対話は、授業というより鑑賞会に近い物を感じさせた。

 

「内部の針は体の中央部……要するに急所には当たらねぇようにしてある。捕縛用だからな。手や足の腱、膝・肘なんかの関節を壊す仕組みだ」

 

「印を組む手はともかく、動かせないなら足の部分は潰さなくてもよくねぇ?」

 

「そりゃ趣味と実益だな」

 

「趣味じゃん」

 

 また青年の言葉には、幼子に分類されるカンクロウへの配慮がない。そのことがまた、有り難かった。

 

 子供だから、そう言って荒事から遠ざけられることの意味が、カンクロウには分からなかった。

 どうせ数年もすれば、人を殺す訓練をされる。それを隠されたところで、という話だ。

 何より我愛羅は。弟は。……考えたって仕方のないことだが。

 

 

「このオレ直々の解説を受けておいて、考え事なんざ良い度胸だな」

「うええ!?」

 

 一瞬他所へと流れた思考に、青年はすぐに気がついたらしい。ジッとした視線にカンクロウは慌てて首を振り、それからはっと外を見た。窓の外が、やんわり茜に染まっている。

 

「い、いや、その!そろそろ帰らねえと、抜け出してんのがバレちまうからじゃん……」

 

 最初は誤魔化す為に。しかしながら続きを吐くうち、己でも言葉の意味を理解していく。そうだ。こんなに楽しいのに、もう帰らなくては。

 

 青年がスッと目を細める。その眼差し一つで、カンクロウはピシリと固まった。

 

「……そうかよ」

 

 それから、溜息一つ。一気に緩んだ空気に、呼吸することを許される。

 その犬を追い払うような仕草に立ち上がったカンクロウは、しかし、ハッと動きを止めた。

 

「な、なあ!アンタ、明日も此処にいるか!」

 

 正直な所、青年はとてつもなく怪しい。風影塔に住まうカンクロウが知らない、凄腕の忍びだ。

 何よりその足、その左腕。おそらく青年は、己が体を傀儡に作り替えている。

 

 人傀儡という忌むべき傀儡が存在する以上、人体の傀儡化とて確立された技術だ。砂隠れはそれを生かした義体の生産も行なっている。

 けれども。青年のそれが欠損による『代替』だとは、どうしても思えない。

 

 間違いなく、怪しい忍びだ。【抜け忍】という言葉だって、何度も何度も反芻した。

 それでも。この人の技術を、盗み取りたい。

 

「………」

 

 カンクロウの言葉に、青年はまたあの奇妙な表情を浮かべた。懐かしむような、怒るような、呆れたような、はにかむような、顔。

 あまりに多くを内包した感情の正体を、カンクロウは知らない。ただ、じっと、見つめ返す。

 

 青年がふいと目を逸らし、傀儡に向き直る。そして言った。

 

 

「………14時だ」

 

「へ?」

 

 

「14時きっかり。それより早くても、遅くても帰る。いいな?」

 

「早くても帰るのかよ!?」

 

「オレは待たせるのも待たされるのも嫌いなんだよ」

 

 顔は見えない。ただ、カンクロウは、青年が笑っているような気がした。

 青年が再びカンクロウを追い払う。カンクロウは今度こそニッと笑い、パッと部屋を飛び出した。

 

 

 




日頃はピクシブで活動してるんですが、友人のスマホに保護者フィルターがかかって見れなくなったらしいのでこっちで投げます。可哀想に。

アホなミスを修正しました!報告感謝!また絶対誤字するから宜しくね!(甘え)


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「じゃあ、姉さんは修行に行ってくる。良い子にしていろよ、カンクロウ」

 

「分かってるじゃん!」

 

 と、いつものように鉄扇を背負った姉を見送って、カンクロウは手を振った。

 そのままやる場もなく手を下ろし、ドスンと座椅子に座り込む。痛い。そういえば、とカンクロウは尻に大痣ができていたことを思い出した。

 

 梯子から落ちた際の打ち身は既に痣になっていて、風呂の面倒を見てくれる上忍には驚かれてしまった。

 ド派手な尻餅を付いたということで流してはくれたが、以後はもう少し気をつけなければならないだろう。

 

 約束は14時。現在は昼食を食べ終えた12時半過ぎなので、あと一時間少しは暇を潰さねばならない。早すぎても遅すぎてもいけない以上、向こうで暇を潰すという手段は取れないのだ。

 

 手持ち無沙汰な心のまま、カンクロウは絵本を広げた。月から垂れる長い糸と、それに操られる人々の話。南京操の題目としてはかなりポピュラーな物語だ。

 姉は不気味がるその物語は、カンクロウが物心つく前からのお気に入りであったらしい。弟を腹に抱えた母に、読んで読んでと幾度もせがんだのだとか。

 そんな想い出など記憶にもないが、この絵本を開くたび、何故かカンクロウは暖かい気持ちになる。

 

「【この銀糸をそうっと伝って、男が一人降りてくる。男の名前はモンザエモン】……」

 

 捲り過ぎて擦り切れたページを大事に大事に撫でながら、チラチラと時計を伺う。まだかな。まだだな。何分経っただろう。

 

「【『千歳待つなどやってはおれぬ!退屈なんぞ真っ平だ!』】」

 

 その通り!カンクロウは力強く首肯した。待つのは辛い。一時間でさえこんなに長いのだ、1000年なんてやってられないだろう。

 月の怪人モンザエモンは、退屈凌ぎに地上に降り出て、絡繰仕掛けを落としてゆく。地上の人々はそれを見つけ、すっかり傀儡に魅入られる……。

 

 おそらくは何処かしらの昔話と、傀儡操演の始祖モンザエモンの話が混じったものなのだろう。絵本と劇では少し内容が違うし、『求婚の為に来た』なんてバリエーションもある。

 語り部の婆様の噺のように、モンザエモン自身さえ傀儡であったなんてオチもあるのだ。

 喋って、動いて、傀儡だって操れる絡繰人形。そんなものが存在するなら、一度でいいから見てみたいものだ。

 

 パタン、と絵本を閉じて、カンクロウはスケッチブックを引っ張り出した。将来作ってみたい傀儡を、今から書き溜めているのだ。

 

「やっぱり合体はロマンじゃん……」

 

 姉には中々理解してもらえないが、カンクロウはめげていない。テマリだってもしも実物が目の前に現れれば、キャーカッコイイ!と腰抜けになること間違いなし……いやどうだろう。

 テマリは線の細い男が好きなメンクイだ。スパロボはちょっと雄々しすぎるじゃん……。

 

「あ」

 

 と。ハッとカンクロウは顔を上げた。時刻は13時52分。かなりアイデア構想に没頭していたらしい。

 

 慌てて外履きを履き、窓の木枠をバッと外す。焦りは禁物だ。中庭近くの廊下を何人かの中忍が歩いて行ったのを確認してから、カンクロウは駆け出した。

 

 

 

「5分遅れだ」

 

「ハッ……ハッ………押忍……」

 

 ゼェハァ肩で息をしながら遅れて辿り着いたカンクロウに、青年は思いの外怒りもせず腕を組んだ。

 曰く、長く待たれるよりよっぽどマシ、とのことである。待たされるのが嫌いな理由も、どうやら唯我独尊が故ではないらしい。

 

 青年は昨日まで身につけていた暗い灰色の街灯を脱ぎ、随分と身軽な格好をしていた。傀儡で出来た足と左手が、差し込む陽光を鈍く反射する。

 

「テメェ、気づいてたろ」

 

「……おう」

 

 面白がるような声音だ。カンクロウは少し考えてから、素直に首を縦に振った。それから、自分から踏み込む。

 

「アンタ、それ。自分で切ったんだろ」

 

「あ?」

 

「生身の右手と、ちょっと、長さが違うじゃん。足もタイショーじゃねえ。それつける前から、寸法測ってたんだろ」

 

 人体は基本、左右対称には出来ていない。利き手・利き目・利き足が存在する以上、どうしたって差異は出る。それこそ、人によって完璧な均衡で作られた、傀儡となれば話は別だが。

 青年は、ほう、と感心したような顔をした。それに気分が良くなったカンクロウはフンと胸を張る。

 感覚的に理解していたことだが、青年を前にすると、どうにも頭を働かせねばという気持ちになるのだ。

 

「なあ、なんで右手は変えねえの」

 

 カンクロウの無邪気な問いかけに、青年は失笑した。クツクツと喉で抑えるような笑い声が漏れる。

 出来ないことはあるまいと言わんばかりのカンクロウの態度が、青年はおかしくてならないようだった。

 

「ガキの癖にイカれてんな。人傀儡に抵抗がねぇのかよ」

 

「……別に。腹にバケモノ抱えるよか、腕を傀儡にした方がマシじゃん」

 

「へぇ?」

 

 青年の眉がピクリと跳ねる。しかしジッと青年の義腕を見るカンクロウは、それに気付かなかった。

 

「験担ぎ。そう、験担ぎだな。今やってる大仕事を終えたら……コイツを作る」

 

 青年は笑いながら言った。それは誰かをせせる笑いだったが、カンクロウは特に気にならない。それよりかは、目の前の傀儡の方に興味が引き寄せられていた。

 

 

 

 

 

「傀儡術ってのは、如何に初見殺しをやれるかがミソだ。長期戦には物量で対抗する以上の手札がねえしな」

 

 飛び出した刃から滴り落ちる液は、無色透明の水のような液体だ。しかし青年がそこに投げ込んだ布切れは、音もなく繊維が解けていく。どうやら溶解液の一種らしい。

 青年はチッと舌打ちし、酸化してやがる、と吐き捨てた。他よりずっとマシな状況だったとはいえ、保存状態が劣悪だったためだろう。

 

「結局の所、傀儡なんざ消耗品。傀儡師の技量である程度抑えられても、使い込むほど脆くなる……己が傀儡を長く使い続ける為には、敵を一撃で殺す手段が必要だ」

 

「それで毒?」

 

「そうだ。その点、毒ってのはうってつけの武器になる。毒と薬を勉強しておいて損はねえ」

 

「薬もかよ」

 

「毒と薬は表裏一体。人間毒で生き延びることも、薬で死ぬことだってある」

 

 今日も今日とて、青年の話は面白かった。初日は見れなかった防御用傀儡【山椒魚】が、カンクロウの指先に合わせて宙を泳ぐ。

 重たそうな見た目に反し、身を翻させる重みは軽い。回転時に自然と重心が偏る動きに、なるほど、これが空を切らせる工夫らしいと感心する。

 

 ふんふんと傀儡を遊ばせるカンクロウを、しかし青年は馬鹿にしたようにハッと笑った。

 

「ま、機能なんざ説明して見せた所で、見て盗めるもの以上の意味はねぇんだがな」

 

「え?」

 

「当然だ。それだけ巧みな操演者だろうと、製作者には敵わねえ」

 

 青年が【烏】の輪郭をなぞり、口端を片方だけ持ち上げる。貼られた蠍を象るラベルが、青年に応えるように光を受けた。

 

 作り手以上に傀儡の作り込みを知るものはいないのだから、それ以上の操り手はいない。

 優れた傀儡師とされる者は往々にして傀儡作りの名手でもあるし、言われてみれば当然の話ではあるのだ。

 実に論理的で、文句のつけようもない事実である。事実であるとは、思うのだが。

 

「……でも、そんなのは寂しいじゃん」

 

「寂しい?」

 

 カンクロウが零した言葉に、青年は怪訝そうな顔をする。カンクロウは【山椒魚】を引き寄せて、周囲を見回した。 

 

 積み重なった【ガラクタ】の山。朽ち果てるのを待つばかりの傀儡達が、積み重なって打ち捨てられている。主人が死んだか、或いは必要ないと捨てられたか。

 その中に向けて、カンクロウはツイと五本のチャクラ糸を伸ばす。

 

「そらっ」

 

 降り立った毒々しい彩色の蜘蛛は、辿々しい動きでステップを踏んだ。関節の動きは拙く、青年の言う通り作り手ほどの操演は叶わないだろう。

 けれど。

 

「作り手以上に傀儡を理解できるやつなんかいねぇだろうけどさ……作り手が居なくなった後だって、たった一人、少しでもそれを理解出来る操り手が居たんなら、【ガラクタ】だって傀儡に戻れるじゃん」

 

「………」

 

「それを、意味無いって言っちまうのは、寂しいだろ……」

 

 そう続けたカンクロウに、青年は眉を寄せた。

 

 カンクロウとて、青年が言うことの正当性は理解している。青年の戯れめいた教えは、しかし大戦を戦い抜いた者特有の具体性を帯びていて、強く在るには最も効率的な方法なのだと言うことも。

 カンクロウは戦線が膠着し始めた大戦末期の生まれだ。きっと正しく生を望まれた姉や、成功作である弟とは違う。強兵を狙って『掛け合わされた』父と母の子供としては不十分な、『要らない子供』だ。

 

 打ち捨てられた傀儡達には親近感があった。けれどもそれ以上に、ここは寂しい場所だ。この寂しい場所のガラクタを、カンクロウは必要なものなのだと証明したかった。

 ……己もまた必要とされているのだと、信じたかった。

 

「………」

 

 黙り込むカンクロウを、青年の鈍い眼差しが貫く。昏い昏いその瞳は、遠い過去を思い出すかのように細められていた。

 

 不意に、ポンと何かが頭に乗る。慣れない感覚に思わずビクついて、カンクロウは驚きのまま固まった。俯いた視線の先に、青年の鋼の腕が映り込む。

 

「な、んだよ」

 

「……いや」

 

 馬鹿にするようでいて、驚くほどに穏やかな声。ふとした瞬間みせる青年のその眼差しに、どうしようもなくむず痒くなる。

 カンクロウの頭から生身の腕を下ろして、青年がフッと口元を緩めた。それから軽やかな動作でその指を動かすと、【女郎蜘蛛】の制御をいとも容易く奪い取り。

 

「そういう生意気は、もっと巧くなってから言うんだな」

 

「いっ、言われなくても分かってるっての!!!」

 

 ガッ!と怒鳴ったカンクロウを、うるせえ、と青年が一蹴。次の瞬間その柔な表情は霧散し、常日頃のつまらなそうな仏頂面へと切り替わる。

 

「あァ、こういう小型の傀儡に関してだが……」

 

 今のやりとりなどまるで無かったかのように再開した『講義』に、カンクロウは呆気に取られた。しかし直様集中は戻り、意識するまでもなく青年の話に聞き入り始める。

 

 けれども、何故か。不思議と胸が温かいような気がした。

 

 

 

 

 

「カンクロウ、お前ここ最近機嫌が良いな。どうした、何か良いことでもあったのか?」

 

「ん゛っ、ゴホッ!」

 

 モグモグと口一杯に食事を詰め込む姉が、なんてことはないように言った。丁度干し豆を飲み込もうとしていたカンクロウは思わず蒸せる。

 

「? おいどうした、変なところに入ったか?」

 

「や、へ、平気、じゃん……」

 

「カンクロウ様、お水です」

 

 ごほ、ごほ、と気管に入った豆に苦しんでいると、叔父である夜叉丸が優しく背中を撫でてくれる。その手の優しさにぎこちないものを感じながら、どうにか口の中のものを飲み込んだ。

 目の端に浮いた涙を拭い、少し考えを纏めたのち、カンクロウはゆっくりと声が震えないように口を開く。

 

 テマリはともかく、夜叉丸には嘘が付けない。幼い頃から知られているからか、或いは取得している技能なのか、夜叉丸は嘘を見抜いてしまうからだ。

 

「良い感じの傀儡が思いついたんだ。さっき描き終わったから、姉ちゃんにも後で見せてやるよ」

 

「やっぱり傀儡か……私はいい」

 

「カンクロウ様、私には後で見せて頂けますか?」

 

「おうよ!」

 

 呆れ顔の姉の言葉と、慈しみに溢れた叔父の声に、カンクロウは安堵しながらニッと笑う。事実今日考えた『蜘蛛型』の傀儡は、これまでのどんな案より実現性が高そうに思われた。

 

「あー、オレも早く修行してぇなぁ」

 

 溢れた本心からの声に、あと2年も無いさ、と姉が笑う。鉄扇を握り始めた姉の指は、すっかり戦う者の硬さになっていた。

 

「私は、まだ早いと思いますが……」

 

 姉の力強い励ましとは対照的に、叔父は寂しそうに眉を下げる。その表情は、写真でしか知らない母の表情にそっくりだ。

 母を覚えている姉が黙り込み、茶碗に口を付けて米をかっこんだ。更に困り顔をする叔父。カンクロウはわざとらしく口を尖らせる。

 

「…姉ちゃん、最近ちょっと食い過ぎじゃねえ?」

「はぁ?」

 

 成長期と修行による疲弊で、姉は本当によく食べるようになった。カンクロウはそれに託けて、努めて能天気な声で姉を揶揄う。

 姉は短気にそれに食ってかかり、優しく叔父が窘めた。カンクロウはしらっとした顔で笑って、しばしの団欒を楽しむ。

 

 この狭い塔の中で完結した、しかし致命的に欠けた家族。それだけを、かつては世界の全てだと思っていた。

 そんなことを信じていられるほど、もう子供ではないけれど。

 

「………」

 

 ふと、カンクロウは空っぽの二つの席を見た。

 上座の席には埃がつもり、下座の席には人が座ったことはない。少なくとも、カンクロウの記憶の限りでは。

 

「夜叉丸。親父、忙しそうだな」

 

「……ええ。風影就任も迫っておりますから」

 

「我愛羅は?」

 

 何にとも、何をとも、カンクロウは言わなかった。叔父は痛みを堪えるような優しい顔をして、姉の子どもたちを安心させようとする。

 

「……きっと、近い内に」

 

 カンクロウは姉を見つめた。テマリもまた、弟を見つめていた。恐怖と罪悪感が、二人の言葉を押し流してしまう。

 にぃさま、と小さな声が聞こえた気がして、カンクロウはグッと拳を握りしめる。

 

 早く、第4倉庫に行きたかった。傀儡と無機質な青年は、カンクロウの心の支えになっていた。

 

 

 

 

 

 次の日。

 

「お前、明日は来るな」

 

「え」

 

 青年の言葉に困惑し……心のどこか納得する。

 この日々にも、終わりが来たのだ。カンクロウは唇を噛み締め、頷いた。

 




確実に追記修正するけど許して

評価感想有り難う御座います……


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ひと夏の思い出

いつもは3万字くらい書くから短いのむつかしい


 昨夜に引き続き朝食の面倒を見てくれたのは、叔父である夜叉丸だった。いつも給仕をしてくれるだけの他の父の部下達とは違い、叔父はカンクロウ達と共に食事を摂ってくれる。

 

 常日頃は末の弟に付けられている叔父がこちらにいる意味も、分かってはいるのだ。それでもテマリは嬉しそうだし、カンクロウも同じくだった。

 

 そう言う訳で、今日は二人でテマリを送り出す。テマリは名残惜しそうに手を振りながら、意気揚々と上忍に連れられて行った。

 カンクロウは叔父に向き直り……未だこの部屋に留まる彼に首を傾げる。

 

「夜叉丸?まだ戻らねえの?」

 

 夜叉丸は優れた医療忍者だ。『今の我愛羅』にこそ必要な人だろう。けれど叔父は緩く目を細めると、優しく要件を切り出した。

 

「いえ……カンクロウ様。今日は久しぶりに、私と散歩でも致しませんか?」

 

「えっ」

 

 ここ最近父が忙しくなって以降、ぱったり止んでいた散歩の誘い。更には姉もいない『二人きり』のそれに、カンクロウは目を見開いた。

 

 

 運が良かった、とカンクロウは思う。叔父の言う散歩は風影塔内外をぐるっと一回りするもので、『14時』にはその真っ最中だ。

 遅刻に厳しいあの青年が、約束をすっぽかしでもしたらどうするか。傀儡にでもされるかもしれねー、と思わずブルリと身震いする。

 

「おや、カンクロウ様。お久しゅうございますね」

 

「坊ちゃんじゃねえか。ちょっと見ねえうちにデカくなったなぁ!」

 

 叔父と手を繋いで風影塔内を練り歩けば、顔見知りの忍び達がちらほら声をかけてくる。ポケットに焼き菓子や駄菓子を詰められながら、カンクロウはキョロキョロと周囲を見渡した。

 

「やっぱ人少ねえな」

 

「ええ……皆忙しくしておりますから」

 

 そんな忙しい時期に連れ出して貰って大丈夫か、と言う顔をしたカンクロウに、叔父は優しく微笑んだ。

 

「お気になさらず。近頃はテマリ様が修行に出るようになられましたし、きっと退屈でしょう」

 

「……まあ、そうだけど……」

 

 青年と脱走のことを隠す手前、カンクロウはばつが悪かった。本当は、伝えるべきなのは分かっているのだ。言うか、言わぬか。そんなことを悶々と悩みながら、窓の外を眺めて見る。

 脱走経路の中庭を通して、普段己の暮らす部屋が伺えた。あの中での退屈な暮らしと、それを晴らした傀儡を思う。

 

「カンクロウ様?もしや、お具合がよろしくなかったですか?」

 

「…大丈夫じゃん」

 

 カンクロウは首を振り、叔父の手を握り直した。

 

 

 カツカツと階段を登り、上階へ。叔父が顔布を当てた一団と軽く手を上げあって挨拶を交わし、屋上へ続く扉を開く。

 砂隠れの殆どを眺められる展望台は、カンクロウではなくテマリのお気に入りだった。

 

 叔父が準備してくれた握り飯を受け取って、茶筒の中身と共に腹に流し込む。カンクロウはモグモグと口を動かしながら、どうにか懸命に構想した傀儡を説明した。

 叔父はクスクス笑いながらそれを聞き、己が見聞きする傀儡師達のことを話してくれる。彼が語る二つ名の数々は、皆一度は聞いたことのある強者達だ。

 

「傀儡使いといえば、チヨ婆様も忘れてはいけませんね」

 

「チヨ婆……って、いつも釣りしてるあの変な婆ちゃん?あの人ボケてんじゃん」

 

 思わぬ名に、カンクロウが目を丸くする。叔父は屈託ない子どもの言葉に苦笑すると、近頃は気落ちされていますが、と前置いた。

 

「白秘技のチヨ様と言えば、知らぬものは居ない傀儡師であらせられた方です。三代目様や二代目様を長くお支えし、その十指で十体の傀儡を綾取ったとか……」

 

「じゅっ!?」

 

 つまりは傀儡一体を、指一本で操っていたと言うことだ。なんたる絶技。カンクロウは驚愕で飛び上がり、それから眉を寄せる。

 

「そんな婆ちゃんが気落ちって、何があったんだよ」

 

「それは………、」

 

 その問いに叔父は言葉を濁らせ、眉尻を下げた。それからゆっくり口を開き、あからさまな配慮を足した声音で続ける。

 

「先の大戦で、息子夫婦を亡くされて。数年前、忘れ形見のお孫様が……抜け忍に」

 

「!」

 

 カンクロウは臓腑をつかまれたような思いで息を呑む。

 傀儡師。抜け忍。……乱雑に積まれた『持ち主の居ない』傀儡達。緊張で硬らせたカンクロウの肩に、叔父が優しく手を置く。

 

「大丈夫です。カンクロウ様方の御身は、私達がお守りします」

 

 違う。そうではない。そうではなくて。

 

「なあ、その抜け忍。その人の名前は?」

 

 カンクロウの言葉に、夜叉丸が不思議そうな顔をして。それから、言った。

 

「……【赤砂のサソリ】。かつて傀儡部隊の天才造形師と謳われた忍びです」

 

 青年が手掛けた三体の傑作。それに貼られた、『蠍』のラベル。

 そうか、とカンクロウは納得した。あの青年が身に纏う、濃密な死の気配を思った。

 

 言わなければ。カンクロウは決意を固め、心配そうな夜叉丸に向けて口を開き────

 

 

 

 

 

「────夜叉丸。」

 

「ッ」

 

 背後から投げかけられたその声に、ビクリと背筋を凍らせた。

 

 振り返る。そこには自分に似た顔立ちの……否、自分が似た顔立ちの男が、厳しい表情で立っていた。

 

「おやじ……」

 

 思わず溢した声にも、男は何も反応しない。さっと立ち上がった叔父が、カンクロウと男の間に割り込む。

 

「羅砂様。何かご用命でしょうか」

 

「………」

 

 片膝を立てたまま姿勢を正す夜叉丸に、男がさらにシワを深める。それから吐き捨てるように言った。

 

「『アレ』が世話役を始末した」

 

「ぁ、」

 

「傷を癒せ。いいな」

 

 『アレ』。バケモノを抱えた末の弟。……我愛羅。

 夜叉丸はこちらを振り返らずに、畏まりました、と頷いた。

 

「カンクロウ様」

 

 座り込んでいたカンクロウを、顔見知りの中忍であるバキが助け起こした。恐らくはそこら辺を歩いていた所を見止められたのだろう。

 バキは困惑顔ながら、生真面目が滲んだ顔付きで男に頭を下げる。

 

「ご子息はお任せ下さい」

 

「ああ」

 

 こちらに一瞥もくれずに、踵を返す男。カンクロウはハッと我にかえり、その背中に声を上げる。

 

「ま、待ってくれ、親父!」

 

「………カンクロウ」

 

「ッ、」

 

 振り返りもせず、吐き捨てられた己が名前。その声音のあまりの冷たさに、カンクロウは顔を強ばらせた。

 

「それは今、必要なことか?」

 

「ぅ…あ……」

 

 青年の前では要らぬ程に回った口が開かなくなる。何を。何を言えば。震える唇を、開き、閉じ、開いて。

 

 

「……なんでも、ない、です」

 

「………」

 

 

 その姿が去っていく。カンクロウは歯を食いしばりながら、拳が白くなるほどに固く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん」

 

 手首に晒しを巻きつける姉の背に声をかけた。眠そうな姉は首だけで振り返り、どうした、と小首を傾げる。

 

 カンクロウは口端を持ち上げてニッと笑い、大好きだと言う気持ちを込めて言った。

 

「行ってらっしゃい!」

 

「なんだ、気持ち悪いな」

 

「ひでぇじゃん!」

 

 

 昼食を食べ終えて給仕係の背を見送れば、時刻は13時過ぎだった。上靴を履いて、部屋の隅でジッと時計を見る。長針が1に着き、短針を追い越し、6を超え、8を過ぎて。

 

 カンクロウは最後の脱走を決行した。

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫の一階に、青年はいなかった。かと言って上階への梯子が下されている訳でもなく……不自然に、道の半ばに傀儡が転がっている。

 

 カンクロウはそれを拾い上げ、取り敢えず傍に避けた。顔を上げ、あからさまに誘導する半開きのドアを眺める。わざとらしく貼られた、細い一本の糸。

 『作業室』というプレートが斜めにかかったそれを、カンクロウは押し込んだ。

 

 

 

「来たか」

 

 蒸せ返るような、いっそ甘くさえ感じる悪臭の中。青年はこちらに背を向け、静かにそこに佇んでいた。

 あまりの劇臭にカンクロウは嘔吐きかけ……しかし次の瞬間、呼吸も忘れて息を呑む。

 

「見事な出来だろ?このオレの作品の中でも、至上の一作だ……」

 

 陶酔しきったその声の先には、一体の傀儡が吊るされていた。

 

 だらりと下がった手足に、おざなりに掛けられた黒のコート。量の多い黒髪は髷のように結い上げられ、空いた胸元からは絡繰仕掛けが覗いている。

 一見磔にされたように見えるその人型に、ヒトらしい温度は期待できないだろう。しかし“モノ”と片付けるには、この傀儡には『面影』が残りすぎている。

 

 ……けれど。その瞬間、そんなことはどうでも良かった。

 

「……はは」

 

 カンクロウは怯えた。カンクロウは感嘆した。そのどちらも嘘ではない。それはあまりに惨い所業であり、そしてあまりに美しい傀儡だった。

 貼られたばかりの赤い『蠍』のラベルが、堂々とその制作者を示す。

 

「【赤砂のサソリ】……」

 

 感嘆と共に吐き出した名に、青年……サソリが、クツと笑った。

 

「知ってやがったか」

 

「……隠す気もなかったじゃん」

 

「まあな」

 

 サソリに警戒の色は無い。当然だ。サソリが指一本動かせば、カンクロウは悲鳴さえ上げられずに殺されるだろう。

 けれどもカンクロウは自然体だった。腐りかけた肉片と内臓が散らばるぬかるみの中、自然体のまま、躊躇いなくサソリに近づく。

 

「いいのかよ。お前の前にいる男は犯罪者だが?」

 

「下忍にもなってねぇガキに何が出来んだって話じゃん」

 

「クク……太々しいガキだな。もう少し怯えて見せたらどうだ」

 

 怖気が無い、と言えば嘘になる。それでも興奮で震える手を握り締め、その傀儡を仰いだ。

 

 思い出すのは、叔父が見せてくれた無彩色の写真。カンクロウが生まれる少し前に『失踪』した、歴代最強の風影。

 

「アンタが………【三代目】を殺したから、か?」

 

 サソリが振り返り、横顔だけでニヤリと笑う。それは正解を言い当てた教え子を、高圧的に褒める仕草だった。

 

 

「最高の肉体、最高の素材だ。嗚呼、殺す時には本当に苦労した……!」

 

 サソリは上機嫌に語り出す。その指先がツゥと空をなぞると、人型が虚に浮遊した。広げた腕に、細かな粒子が纏わり付く。砂鉄だ。

 

「人傀儡の真骨頂は、素体が生前習得していた忍術を扱えることだ。当然相応のチャクラを消費するが……それでも十分お釣りが来る」

 

 今日の授業が始まった。サソリの語り口は軽快で、傀儡を操る指先も忙しない。

 

「砂鉄には磁力がある……クナイや剣じゃ話にもならねえ!砂の盾は忍術を弾き、砂の矛は敵を貫く。生憎、他の傀儡と併用することはできねぇが……」

 

「逆に、傀儡使いも、相手にならねえ」

 

「そうだ!関節に砂鉄を噛ませでもすりゃ、あっという間にスクラップに出来るだろうよ!」

 

 呵々。大笑。高笑い。無人の倉庫を狂気一色に塗り替えて、サソリが心底愉しげに嗤った。

 

「人傀儡を作るのに、砂以上の環境はねえ!あんなジメジメした場所じゃ、折角の素体を腐らせちまうからなぁ……時空間忍術様様だよ。肉体を保存できたおかげで、下処理から万全な状態で作業出来た………!」

 

 下処理。その言葉に、カンクロウは周囲を見回した。引き摺り出された臓物に、丁寧にこそぎ落とされたのだろう皮膚。やや黒ずんで固まり出した、鉄臭い液体。

 まるでカンクロウに説明するように……否、実際その意図で取り置かれたのだろう。人傀儡という技術が忌まれる所以を、これ以上無く表している。

 

「……ぅ、」

 

 徐々に徐々にと、カンクロウは冷静になった。己が立つ場所を自覚した途端、掌の震えが止まらなくなる。

 風影塔を背景に、【彼】は堂々と胸を張っていた。彼を囲む幾人かの中に、眉尻を下げた母がいた。……照れ臭そうに笑う、父が居た。

 

「ぅぷ」

 

 喉の奥に落とし蓋がされる。迫り上がってきた吐瀉物を抑え込みながら……カンクロウは笑っていた。

 臓物の欠片を踏み付けながら笑える己が、未だ傀儡から目を離せないでいる己が、きっと何より気持ち悪かった。

 

 目の前のこの人は、父の師を殺して。それを凄惨に飾り立てた傀儡に、カンクロウは魅入られている。

 

「オレ、親父に殺される」

 

 カンクロウはどうにか口端を持ち上げ、喘ぐように言った。いつのまにか、サソリがこちらを向いている。赤褐色の、うつくしい硝子玉。

 サソリは片眉を上げると、気負いなく返してくる。

 

「なら、オレと来るか」

 

「…は?」

 

 固まったカンクロウから再び顔を背け、サソリは唄うように続けた。機嫌の良さが滲み出た声だった。

 

「テメェはオレの傀儡が好きだろう?此処にない奴で遊ばせてやっても良いし、オレの『右腕』を作る手伝いをさせてやっても良い!」

 

「、」

 

「どうする、『カンクロウ』」

 

 思いもしない問いかけだった。きっとこの男は別れも告げずに居なくなるのだろうと、漠然と思っていたからだ。戯れか、冗談か。否、いずれにしても。

 

 その問いを真面目に考えてみて……カンクロウは、驚くほど迷わなかった。

 

「行かねえ」

 

 ピク、とサソリの肩が動く。吐き気は治まり、カンクロウの思考はクリアになっていた。

 目の前の男に殺されるかもしれないと、今初めて、馬鹿みたいに思った。

 

「……アンタのことは、師匠みたいに思ってる。本当に尊敬してるし、一緒に行けたら、きっと楽しいと思う」

 

 サソリが抜け忍であったことも、人傀儡のような外道に手を出していることにも、カンクロウは納得した。抱く尊敬心には、なんの変化もなかった。

 この人ならそういうこともするだろうと、内心どこかで分かっていたのだ。

 

「けど。オレは、行けねえ」

 

 それでもカンクロウには、サソリが欠いたそれを捨て去ることは出来ない。一度そう思ってしまっては、もう駄目だった。

 カンクロウの道は、きっとサソリの道とは交わらない。

 

 

 

「………ハ、」

 

 呆れたようなその音は、嘲笑にも、苦笑のようにも。

 

「………そうかよ」

 

 それだけだった。吐き捨てるようにそう言って、サソリは懐から巻物を取り出す。ポン、という音と共に、父の師であった傀儡は収納された。

 すれ違う。その表情は伺えない。行ってしまう。何か。何か、言わなければ。

 

「なあ!」

 

 ビチャ。踏み出した一歩は、次の一歩を躊躇う程の陰惨な感触がした。それでもカンクロウは立ち上がり、追い縋る。

 

 サソリは振り返らず、そして何も言わなかった。ただ、足を止めただけだ。それでも共に過ごした時間から、発言を許されたのだと理解できる。

 

「オレ、まだガキだし、下手くそだし、才能だってねえかもしれねえけど!」

 

「………」

 

「アンタの傀儡!オレが、貰っていい!?」

 

 要領を得ない、跡切れ跡切れの聞き苦しい言葉。その後続いた痛いほどの沈黙に、しかしカンクロウは怯えなかった。

 

 

「はァ……」

 

 サソリがゆっくりと振り返る。その表情からは、目を覆いたくなるほどの狂気が無くなっていて。

 

「……精々、オレよりうまく使えるようになってみせろ」

 

「!」

 

 呆れたような、馬鹿にするような……それでいて、驚くほど穏やかな声。カンクロウは目を見開き、それからくしゃりと顔を歪めた。




自縄自縛


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閑話
父と子


傀儡使い達の噺なので、これはあくまで番外です。
短い。



「ォエッ……!」

 

 吐いて、吐いて、吐いて。胃の中身が空になって尚、カンクロウは吐いた。生理的に受け入れられない香りが幾つも混じり合い、もう訳がわからなかった。

 

「おやじ、」

 

 カンクロウが見たこともない、気が抜けたようなあの笑顔。或いは彼の人が生きていたなら、父は未だそんな人であったかもしれない。

 

 後悔すると分かっていたのに。言い訳をつけて、オレはまだあの人を尊敬している。父の師を殺し、その亡骸を辱めた人を、ああ、あれはなんて素晴らしい傀儡だっただろう。

 

「ごめんなさい」

 

 謝らなければ。冗談でなく殺されるかもしれない。それでも。

 

 

 

 

 

 風影塔からは、更に人が少なくなっていた。第四倉庫のあまりに凄惨な有様に、調査や片付けの為の人員が送られているのだ。

 

 どう駄々を捏ねたのか、カンクロウは父と二人きりだった。執務用の机を挟み、椅子に座った無言の父。カンクロウは辿々しく口を開く。

 

 脱走していたこと。

 第四倉庫に潜り込んだこと。

 青年に出会ったこと。

 青年が怪しいと思っていたのに、それを告げなかったこと。

 青年が作り上げた人傀儡のこと。

 ……カンクロウがそれを、この上なく美しいと思ってしまったこと。

 

「そうか」

 

 父の言葉は無感情だった。カンクロウはギュウと手を握り締め、カタカタと震えながら目を瞑る。

 

 父の怒りでもサソリの所業でもなく、カンクロウは己の欲望が恐ろしかった。犯した罪の重さに、世界がひっくり返るような心地がした。

 カンクロウは、きっと誰かに罰して欲しかった。

 

「…………」

 

 ……衣擦れの音。次いで、乾いた足音がした。父は何も言わない。足音が止まる。

 

 カンクロウは恐る恐る目を開けた。……目の前に、父が立っていた。

 

「カンクロウ」

 

「ぇ……」

 

 ゴシと、髪がかき混ぜられる。頭を撫でられた、と認識するまでに、カンクロウは暫しの時間を要した。

 

 なんで。どうして。なにが。ただひたすらに、困惑する。

 

「……罪は消えない。贖うことしか出来ない。……カンクロウ」

 

 頭を撫でる腕に遮られて、父の表情は伺えない。ただ、父の声には怒りはなく、寧ろそれとは真逆の慈しみのようなものさえ介在していた。

 

「里に尽くせ」

 

「おやじ、」

 

 ああ、この人は。カンクロウは直感的に感じ取る。

 

 この人はもう、止まれないのだ。ずっとずっと後悔をして、だから里に尽くせと、己自身にも言い聞かせているのだ。

 

 グ、と肩を抱き寄せられる。カンクロウはされるがままに、ぎこちなく体を縮込めた。

 

 がっしりとした父の手は子供のように震えていて、まるで赦しを乞うているようだ。

 妻は死んだ。師も死んだ。義弟は遠ざけてしまった。そんな父の罪を叱ってくれる人は、もう誰もいない。叱られたいのは、きっと父の方なのだ。

 

 姉は、この手に撫でられたことはないだろう。弟は、この腕に抱かれたことはないだろう。

 そんな日は来ない。父はきっと、それを己に許さない。

 泣けないくらいに苦しくて、カンクロウは唇を戦慄かせた。

 

「おやじ」

 

 掠れた声で、カンクロウは言った。贖わなければと、心からそう思った。

 

「里に、尽くすよ………」

 

 子供のカンクロウには、難しいことは何も分からない。けれども二度とされないだろうその抱擁が、漠然と哀しくなった。

 カンクロウは生まれて初めて、父がどうしようもなく愛しくなった。

 

 

 

 

 三代目風影が死亡したことが通達され、父・羅砂は正式に四代目を襲名した。

 

 三代目殺しの『容疑』がかかった凶悪犯罪者【赤砂のサソリ】は、己が傀儡のみで小国を落としたことで、S級犯罪者へと繰り上がり。

 

 夜叉丸が死んだのは、それから程なくしてのこと。カンクロウが我愛羅の世話役を命じられたのも、その時のことだった。




続!

案外かけるっぽいのでもうちと書く。やりたいことあるので、カンクロウちょっと強化です。

エドテンは分からんけど……

どうしよ…少年編は書くべきか…?


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少年期


傀儡術もっと詳細欲しい。名のある傀儡師って3人しか出てきてないんだよな…。逆に言えば3人しか名のある傀儡師が居ないってことだし……


 

 午前5時・起床。衝立の向こうの姉を起こさぬよう、そっと身を起こす。もそもそと黒装束に着替え、カンクロウは欠伸を噛み殺した。

 

 5時10分。寝ぼけ眼のまま顔を洗い、化粧箱から塗料を取り出す。先ずは隈取るようにラインを引いて、顔の右半分に適当な幾何学模様を書いた。鏡と睨み合いながら、左右対称になるよう同じものを書いていく。

 

 5時30分。身支度終了。引っ掛けておいた頭巾を被り、形を整える。……やや小腹が空いたので、こっそり姉の干し柿を拝借した。大丈夫大丈夫、後で補充しときゃ平気じゃん。

 

「おはようございます、カンクロウ様」

 

「おう。おはよう」

 

 早朝の人気の無い風影塔の廊下を、誰の目も憚ることなく進む。換気窓についた木枠は、硬い鉄格子に変わって久しい。

 あれから10年弱。カンクロウは『忍』になっていた。

 

 

 第四倉庫は改装された。あの作業室を中心に、一階部分をそっくりそのまま立て替えたのだ。梁が何本も伸び出た吹き抜けは、鉄骨で仮補強が成されている。今のところ、『仮』が外れる気配はない。

 

 近頃風の国の大名は、大胆な軍縮を進めている。その軍事機関である砂隠れの里は当然盛大な煽りを受け、資金不足に喘いでいる状況だ。

 こんな『曰く付き』の、利用者もそう居ない建物なんぞに、かける金はないと言う訳である。

 

 要因はそれだけではない。傀儡が猛威を振るった第二次忍界大戦も、終戦から早40年。往時の英傑達は寿命や病で次々と亡くなっており、傀儡術は急速に力を失っている。

 

 コネと呼ぶなら好きにしろ。カンクロウはそんな気持ちで、傀儡の必要性を声高に訴えていた。

 普段カンクロウが世話になっている傀儡部隊の面々もこれ幸いとそれに乗り、嬉々として旗頭に押し上げてくる。

 傀儡師は皆性格が悪いので、更に言えば好きに傀儡が作れるならば他に文句の無い奴ばかりなので、ガキのカンクロウが代表面をしても、なんの問題も起こらないのだ。

 

 

「あー……毒袋壊れてんじゃん。うわ、うわ、腐ってやがる、くっさ!!!」

 

 蛙型の傀儡の腹を開けて、酷い悪臭に咳をする。慌てて腰に引っ掛けたガスマスクを付け、木槌で腐った部分を壊していく。

 特殊な素材で作られた作業手袋の表面が溶解しているのを見て、カンクロウはヒエッと息を呑んだ。

 

「こりゃ仕込み総取っ替えじゃんよ……」

 

 洗浄液の中にピンセットで摘んだ螺子を落としながら、骨組みをそっと外していく。これは中々手強そうだ。

 四苦八苦しながら傀儡を分解し終えて、カンクロウはやれやれと息を吐いた。最近修理した壁掛け時計を見る。時刻は6:54。そろそろ『お役目』の時間だ。

 

 弱酸性の液体で浮かせていたラベルをそっと剥がし、陽光に透かして眺めてみる。廻しを締め、張り手の構えをする蛙のラベルは、中々に愛嬌がある。

 それをペタリと手帳に貼り付け、カンクロウは満足した。このラベルも後で複製してもらおう。

 

 パタンと手帳を閉じ、カンクロウは立ち上がった。汚れた黒装束を脱いで鎖帷子を着込み、その上から新しい黒装束を身につける。

 倉庫を出たところでついつい陰鬱な気分になりかけるが、ブンブン首を振ってそれを逃した。

 

 行き先は厨房だ。然る後、カンクロウは決戦場へ向かうのである。

 

 

「……おはよう、我愛羅」

 

「………。」

 

 無視かよ。今更だけど。内心で悪態づきながら、カンクロウは朝食を机に並べた。固い面持ちのテマリが、それを手伝ってくれる。

 

 弟の食器から一口ずつ小皿に取り分け、目の前でそれを食べてみせる。弟はピクリともしない無表情のまま、漸く箸に手をつけた。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 最悪の空気である。味もまともに分からない朝食を運ぶだけの作業は、ただ只管に苦痛だ。それでもカンクロウは、出来るだけ平静を装って声を上げた。

 

「今日。出立前、四代目から話があるそうだ」

 

「、」

 

 ピタ、と一瞬、姉と弟の動きが止まる。それに気付かないフリをして、味がついている筈の海苔を白米に乗せた。

 

「オレは9時半、お前らは10時に呼び出しが掛かってる。そのままの出発らしい」

 

「………」

 

 モグ、モグ。ゴクリ。半分以上食事を残した我愛羅が立ち上がり、そのまま退室する。扉が閉まる刹那、向けられた冷たく鋭い視線に、カンクロウは思わず冷や汗を流した。

 

 パタンと扉が閉まった瞬間、のしかかるような重圧が掻き消える。テマリとカンクロウは顔を見合わせ、息を揃えて溜息をついた。

 3人で食事を取るよう命じられてからも、そこそこの歳月が経っている。末の弟との溝は深いままだ。

 

 食事にようやく味が戻ってきた。暫く無言で箸を進めていると、あからさまに気張っていた姿勢を楽にしたテマリが、ポツリと呟くように言った。

 

「……木ノ葉崩し。本当に、やるのか?」

 

 カンクロウは口端を歪め、努めて無感情に返す。

 

「命令なんだ。やるしかねえじゃん」

 

「だが……」

 

「里の為、だぞ」

 

 テマリの皿の焼き鮭の身をほぐし、ちょいちょいとその皮を剥いでやる。細かい骨は筋ごと外し、太い骨も端に避けてやった。

 憂鬱そうな表情のままモグモグと鮭を食む姉に、カンクロウは唇を引き結ぶ。

 

 命令だ。やるしかない。命令に従う他に、カンクロウに何が出来ると言うのだ。

 

 だから、カンクロウは。

 

「人柱力の状態を第一に考えろ……以上だ」

 

「はい。──それだけですか?」

 

「他に何かあるのか?」

 

「…いえ。何も」

 

 その時感じた微かな、しかし何処か致命的な違和感に、気づかないふりをしたのだ。

 

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、着いた……!着いたじゃん……!」

 

「だからやめとけって言っただろう……」

 

 呆れ顔のテマリに頭を小突かれるも、言い返す気力も湧かない。木ノ葉についた時には、カンクロウは疲労困憊の状態だった。

 【烏】に己を背負わせて、三日三晩の砂漠の行軍を乗り切るのは辛かった。とはいえ忍道何事も修行である。

 

 テマリは終始嫌そうな顔をしていたし、担当上忍のバキは物言いたげだったし、カンクロウの手も攣りかけたが、極限状態に追い込んだ脳は冴え渡っている。良い修行になった。

 

 その上カンクロウは我愛羅の世話係でもある為、その辺りの対応も消耗の一因だ。

 我愛羅の着替え、食事、不眠に不機嫌。持ち前の要領の良さでどうにか乗りきったものの、お陰で隙を突くような短時間での睡眠が得意になってしまった。

 

 父は……三代目は、とくに何を言う訳でもない。いつも通りのことだ。

 

「テマリ……オレは、寝るぜ」

 

「はいはい。ったく、しょうがない弟だね」

 

 木ノ葉側に充てがわれた自室に着いた途端宣言したカンクロウに、テマリが呆れた声で返してくる。とはいえ出ていく気配もないあたり、テマリは側にいてくれるらしかった。

 

 とはいえ一応チャクラ糸を張り廻らせて、室内への侵入を察知できるようにはしておく。分かりやすい太い糸に脆い本命の細糸を紛れさせれば、簡易的なトラップは完成だ。

 

 座布団を枕に大の字になって目を瞑ると、テマリが瞼の上に濡れタオルを乗せてくれる。妙に優しい。

 カンクロウはチラと片目を開け、側に佇む姉を見た。その拳は、硬く握りしめられている。

 

「姉ちゃん」

 

「、どうした、カンクロウ」

 

「今日オレの部屋泊まれよ」

 

 久方ぶりの呼びかけをすれば、テマリがピクリと眉を動かした。やや露骨すぎたらしい。

 姉としては弟には頼られたいと言う願望がある為、分かり易い気遣いには機嫌を損ねるのだ。

 

 しくじったか。カンクロウはそれでもヘラリと笑い、視線を逸らして続ける。

 

「なんだよ。弟の可愛いお願いじゃん」

 

「……はぁ」

 

 テマリは背負った鉄扇をゆっくり下ろし、カンクロウの枕元に座り込んだ。気丈に吊り上げられていた眉がゆるゆると下がる。こうして見ると、姉はやはり母似の美人だ。

 

「普段からこうならモテんのにな」

 

「うるさい」

 

 ペシ、と額を叩かれる。拳の一発もとんで来ないとは、これまた予想外だ。テマリは思いの外弱っているらしい。

 

 まあそれもそうか。カンクロウは自嘲し、【烏】に仕込んだ数々の劇薬を思った。

 今日オレたちを笑顔で迎え入れた全てを、オレたちは殺すのだ。

 

 

 

 

 散々な目に合った。今日は妙なガキどもに絡まれたし、ピカピカにした【烏】に石をぶつけられたのだ。カンクロウは怒り心頭だった。

 テメエこの傀儡にどれだけの価値があると、と叫びたいのを堪えていれば、我愛羅にまで注意を受けてしまった。

 

「あークソ、我愛羅の奴……」

 

 人を傷つけることしか考えていない奴なのだと納得しようとすれど、動揺もする。

 我愛羅の物言いは、どこか父に似ている。投げやりに言い捨てられた言葉の刃は、カンクロウの抱える鬱屈そのものだった。

 

 カンクロウは愚図だ。愚図な子供だった。それ故に消えない罪を背負い、取り返しのつかないことを既にしている。……償わなければならない。

 

「【里に尽くせ】」

 

 カンクロウがきな臭い任務を与えられる度、わざわざその裏を説明する父が、結び文句として無感情に告げる言葉。何度も何度も繰り返されたそれは、既に心に染み付いている。

 

「……傀儡の整備でもすっかな」

 

 思い悩んでいた所で、カンクロウはますます腑抜けるだけだ。信じられるのは己が傀儡と、磨き上げた指先だけ。

 広げた巻物から機材を取り出し、カンクロウは【烏】の汚れを払った。

 

 

 

 

 中忍選抜試験1日目。今日も今日とて我愛羅の機嫌は最悪である。

 初手は筆記試験の予定だが、一応小型の傀儡を仕込んでおいた。

 

 試験官に大型の傀儡を紛れ込ませようかとも思ったが、流石にそれは露骨すぎるだろう。珍しく【烏】を背負っていないカンクロウに、テマリが珍しそうな顔をする。

 

「良いのか?一番のお気に入りだろ」

 

「口寄せは出来る様にしてあるぜ。今日は違うの使うんじゃん」

 

「この間作っていた奴か」

 

「……なんで知ってんだよ」

 

「水臭いね。子供の頃から散々傀儡談義に付き合ってやったってのに」

 

 言ってないはずなのに、と動揺するカンクロウの肩を、したり顔のテマリが叩く。さてはスパイがいるらしい。

 誰だ、と工房の近い傀儡師達を思い浮かべて、カンクロウは首を振った。どいつもあり得る。考えるだけ無駄だろう。

 

「お前は修理ばかりやって、自分では傀儡を作らなかったんだろう?どう言う風の吹き回しだ?」

 

「……ただの試作品じゃん。オレなんかまだ大したもん作れねぇよ」

 

 装束の袖口を固く握りしめ、小さく呟く。現在のカンクロウの渾身の作品など、『あの人』の傀儡に比べれば玩具のようなもの。操演の腕とて、未だ児戯に等しいのに。

 己に才能がないとは思わない。目利きの才があるからこそ、カンクロウは頂との歴然とした差を実感しているのだから。

 

「難儀な奴だな、お前も」

 

「余計なお世話……って、あ、待てよ!」

 

 テマリは呆れたように息を吐くと、鉄扇を担いでスタスタと歩き去ってしまう。カンクロウは懐の傀儡を押し込んで、慌ててその後を追った。

 

 

 つまらない幻術を揃って通り過ぎ、席に着く。先日のガキどもが騒いでいたが、努めて無反応を貫いた。我愛羅を無駄に刺激した所で、良いことなど一つもないからだ。

 

 程なくして入ってきた試験官が、試験の概要を説明していく。

 問題は十問で、持ち点10点からの減点方式。さらにカンニングの発覚で『2点』減点され、最後の一問は追っての明示とのこと。

 前調べ通り、この試験は情報収集技能を試すためのものらしい。ご丁寧なまでにカンニング前提が主張されている。

 

「忍びなら……立派な忍びらしくすることだ」

 

 試験官の言葉が途切れた瞬間、カンクロウは耳を欹てた。困惑したような声やパラパラと意味もなく紙を捲る音にまぎれて、躊躇いなく筆記用具を手に取る音が聞こえてくる。

 

 カンクロウはパッと細いチャクラ糸を出し、前方に座るその音の持ち主、木ノ葉の額当てをつけた青年の親指に絡めた。

 己の指にも巻き付けたそれは、傀儡に慣れたカンクロウでさえ認知できるギリギリの細さだ。傀儡に疎い木ノ葉の人間には、まず見留められないものだろう。

 

 ほんの僅かな衝撃で千切れかねないそれの動きを読み取り、青年の書いた答えを書き写して行く。一応教室の角に小型の傀儡を取り付けておいたが、そちらは使わなくとも良さそうだ。

 あっという間に解答を書き終えた青年は、答案を裏返すこともなく机の上に置いている。やはり試験官の一人であったらしい。

 

 最初の一文こそ答えを写し損ねたものの、2〜9問目を埋め終え息を吐く。用紙を裏返したカンクロウは、カンニングと取られない程度に周囲を見回した。

 

 我愛羅は、まあ何とかするだろう。ならばテマリは、と視線を流すと、バッチリと視線が絡み合う。

 

「………」

 

「………」

 

 しょうがねえ姉貴だぜ……。カンクロウはテマリの5指にしっかりチャクラ糸を巻きつけ、傀儡の要領でその指先を操った。

 

 テマリとて諜報の訓練を受けてはいるが、少々豪快過ぎるきらいがあるのだ。

 下手なことをして失格し、我愛羅まで巻き込んで退出するよりかは、カンクロウに任せた方が良いと言う判断だろう。

 

 テマリはいつもそうだ。カンクロウは密かに憤った。テマリは頭が良い癖に、カンクロウが同じ任務に着くとなると、途端どんぶり勘定になる。要するに、雑になるのだ。

 我愛羅はアレだし、割を食うのはいつもカンクロウだ。世知辛いものである。真ん中っ子は辛いじゃん………。

 

「ではここに残った全員に………第一の試験・合格を言い渡す!」

 

 虚仮脅しも難なく乗り越え、一次試験はそこで終了。それと同時に飛び込んで来た木ノ葉の上忍・みたらしアンコに連れられて、カンクロウたちは第二試験に臨むことになる。

 

 殺しもありのサバイバル試験。我愛羅の手綱を握ろうなどとは考えていないが、今から胃が痛い。きっと我愛羅は暴れ回るだろう。森を平らにしなければ良いが。

 

「使わなかったにせよ、諜報の痕跡を残すのは悪手だな。オレたちの目を誤魔化す程の手段があるなら、こっちも上手くやるべきだった」

 

「……ウッス」

 

 仕掛けておいた小型傀儡を回収しようとした所、試験官から向けられた皮肉と賞賛に、カンクロウはゲンナリした。全く、先が思いやられる次第である。

 

 

 

 幸いなことに、カンクロウの危惧は的中しなかった。我愛羅は八百長を持ちかけて来た雨隠れの忍び達を惨殺したものの、それ以外は至極効率的に試験を進めたからだ。

 カンクロウの仕事といえば、専ら【烏】で巻物と自分を持ち運ぶくらいのものである。

 

 試験開始から一時間と少し。制限時間も気力も殆どを使わない形で、砂隠れチームは第2試験を合格する。

 

「が、我愛羅……お疲れ様」

 

「………」

 

 第二試験を殆ど一人で突破し、最短記録を大幅に塗り替えた我愛羅は、テマリの言葉にも無言を返すと、そのまま何処かへ消えてしまった。

 

 ……なにはともあれ、1日目は終了である。

 




中忍試験編ってどうしても説明臭くなるんだよなぁ……。それをああも面白く描かれている二次創作家の皆様はマジで凄い。見習って(自戒)。



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進級できたので初投稿です(白目)。べ、別に中忍試験読んでたらいのサク小説書きたくなってこっちサボってたとかそういうアレじゃないんで!

やや短め。次は長いと思われる。


 第二次試験が終わった為、次の試験はひと月後。第三次試験こと中忍選抜試験本戦を待つばかり……であった筈なのだが。

 

「これより第三次試験・予選を執り行う!」

 

 二次試験合格から5日後。担当上忍のバキを含む砂隠れチームは、三代目火影に呼び出される形で試験会場へと訪れていた。

 

 どうやら二次試験での脱落者が想定より大幅に少なかった為、合格者を減らすことになったらしい。中忍試験規定に則って予選を行うことになり、全ての合格者が招集されたようだ。

 

 火影から説明を代わった木ノ葉の上忍が仰々しい機械を示し、予選の形式を説明していく。

 

 ここからは個人戦。コンピュータによって2名をランダムで選出し、1対1の戦闘を行うことになるらしい。勝者のみを本選進出とするとのことから、単純計算で半数は落とされる。

 

「災難だぜ……」

 

 【烏】の中に籠ったまま、カンクロウは溜息を零した。

 予選試合を行うことによるデメリットが最も大きいのは、間違いなく傀儡使いたるカンクロウだ。

 傀儡術は仕込みが命。手の内を無闇に見せないという忍びの掟以上に、初見殺しが重要になってくる。

 

 とはいえそれも、今後のことを鑑みる余裕あっての懸念だ。見たところ、合格者の中でも『ヤバい』のはほんの一握り。それも我愛羅には敵うまい。

 

 

 うちはサスケ

 

 vs

 

 赤胴ヨロイ

 

 

 モニターに2名の名前が映る。

 木ノ葉の額当てをつけた優男風の青年が辞退し、予選出場者は20名。まあなるようになるだろうと、カンクロウは拳を握りしめた。

 

 

 

「しょ、勝者、カンクロウ!」

 

 馬鹿正直に組み付いてきた音隠れの忍びを締め倒し、そのままノックアウト。毒や仕込み武器を使う必要もないような相手だ、訳もなかった。

 【烏】に背負われ関節部を治しながら姉弟の元へ戻ると、テマリがげんなりした顔をする。

 

「首くらい付けてから戻ってきなよ……気持ち悪い……」

 

「辛辣じゃん……」

 

 フィールドでは木の葉のくノ一達がボコスカと殴り合っている。いっそ子供の喧嘩のようなそれに、テマリが呆れ笑いを零した。

 

 我愛羅は黙して語らず、ただ静かに佇むだけだ。戦いに昂揚するその性に幾度も被害を被ってきたカンクロウからすれば、妙に不穏に感じる静けさである。

 尤もレベルが低い争いを見て興が冷めただけなら、あのくの一等には感謝しなくてはならないだろうが。

 

 バキは……まあ殆ど置物のようなものだ。テマリの師である癖にテマリには弱いし、我愛羅に対しても言わずもがな。カンクロウの心労を軽くしてはくれない頼りないオトナである。

 元々ただの連絡要員だというツッコミは聞きたくない。カンクロウは心労からやや心が荒んでいた。

 

「やっと終わったか……泥試合だったな」

 

 互いにカウンターでパンチが決まり、ダブルノックアウトで両者敗退。電光掲示板にはテマリと木ノ葉のくノ一と思しき名が映り、カンクロウはチラとテマリを伺った。

 その横顔に乗る表情を見て、思わず相手に同情する。精々甚振られる前に負けさせてもらえたら良いのだが。

 

 

 

「フン……やっぱり大したこと無かったね」

 

「おつかれ」

 

 カコ、と【烏】の頭部をチャクラ糸ではめ直しながら様子を伺えば、試合を終えたテマリは足音も荒く帰ってくる。木ノ葉のくの一を訳もなく一蹴していたし、そう機嫌を悪くすることはないと思っていたのだが。

 

「どうしたんだよ。まさか相手に骨が無かったから不満、とか言わねえよな」

 

「言ってないだろうそんなこと。それよりもお前、いい加減傀儡から出たらどうだ。第二試験以降殆ど籠りっぱなしじゃないか」

 

「別に良いじゃん……」

 

 ア・コレめんどくせー奴だ、と思いながら、カンクロウは大人しく会話に付き合った。思わず横目で我愛羅を見やるも、特に反応がないことにホッと安心する。

 

 当然のことながら、テマリの試合も恙無く終わった。カンクロウもテマリも下忍ではあるが、実力はとうに中忍の基準を超えている。我愛羅が『中身』の制御をこなせるようになるまで、試験への参加を見送っていただけなのだ。

 中忍試験の合格など、出来て当然、やれて当たり前のこと。作戦上は誰か一人でも本戦に出れば良いことになっているが、そんなことは関係ない。

 

 だからこそ、『当たり前』を熟せなければどうなるか。二人の胸中には、常にそんな危惧が渦巻いていた。

 軽口めいたやりとりは、それを誤魔化す意図もある。気が立っているのはテマリだけではなく、カンクロウも同じだ。

 

「…金髪が勝ったな。順当か?」

 

「や、番狂わせじゃん?周囲の反応的に」

 

 カンクロウがテマリに絡まれている間も試合は続く。となれば話題は自然とそちらに向き、二人並んで観戦モードに入る。

 

 着々と揃いつつある本戦出場者達は、なるほど、一癖も二癖もありそうな奴ばかりだ。木ノ葉の旧家・奈良の倅に、カンクロウに絡んで来た妙な金髪。名門・日向同士の争いは、分家の方に軍配が上がった。

 勝因や戦法を好き勝手に講評していると、またモニターが切り替わる。

 

 

 ロック・リー

 

 v.s

 

 我愛羅

 

 

 対面では対戦相手である全身タイツの妙な男が、担当上忍と思しきよく似た風貌の男に、張り切った様子で送り出されている。

 その晴れやかな表情を見て、可哀想に、とカンクロウは素直に同情した。

 

 下手をすればあの忍びは、この試合で死ぬことだってあり得る。それも知らずに、哀れなものだと。

 

 先程日向の分家が戦闘を止められていたが、同じく我愛羅の試合を『中止』させることなどできやしないだろう。

 砂を使った我愛羅の戦闘スタイルは回避以外に殆ど対処法が無いだけではなく、我愛羅は殺しに躊躇をしないからだ。

 

 殺しの経験があるか否かというのは、忍びにとって大きな分岐だ。一度殺せば、人を傷つけるハードルは大きく下がる。

 

 見たところ、木ノ葉の下忍の大半は殺しの任務を経験させられていない様子だが、人数の不利を少数精鋭で補わねばならない砂隠れでそんな悠長なことはやっていられない。

 その中でも我愛羅は特別な子供だ。実の叔父を手にかけたような、冷徹な忍びであるのだ。

 

 虫の居所が悪かったなら、一瞬の躊躇いさえなく相手を殺す。そこに制止の余地があるとは思えない。

 

「……」

 

「が、我愛羅……」

 

 何も言わずに我愛羅が組んでいた腕を解き、音もなく一歩歩き出す。その凄惨なまでの笑みを見て、テマリがヒュッと喉を鳴らした。

 カンクロウも思わず冷や汗を流し、しかし強がりでどうにか笑みを作る。我愛羅は一瞬の緊張状態を気に留めることもなく、下層へ降りて行ってしまった。

 

 妙に手持ち無沙汰な心持ちになった為、目的もなく周囲を見回す。一方的になるだろう我愛羅の試合の間、どうにか気を紛らわせたかった。

 

「がんばれよ、ゲジマユー!!!」

 

 と、近くから能天気な声がして。

 

「? おいカンクロウ、どこへ行く」

 

「ちょっと情報収集してくるだけじゃん」

 

 大したことは聞き出せないだろうが、時間潰しには丁度よかろう。なにより、『はたけ』カカシには興味がある。

 カンクロウはクイっと指を曲げ、金髪頭の元へと【烏】を進めた。

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 金髪頭……うずまきナルトは、とことん無軌道な男であった。そのあんまりの能天気っぷりに、真面目に付き合う方が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 元より期待してはいなかった情報収集も、全く出来やしなかった。完全に無駄骨折らされたじゃん……とカンクロウは息を吐く。

 それだけではない。それだけではなくて。

 

「我愛羅………」

 

 木ノ葉の忍び達にはうまく取り繕えていただろうか。カンクロウがそんな当たり前のことに思い至ったのは、予選が終わったその夜、宿に帰った後のことだ。

 同じく驚愕していたテマリにさえ心配されるほどに、カンクロウは動揺していた。

 

 我愛羅の絶対防御が破られ、剰え対戦相手に翻弄させられたその光景が、目に焼き付いて離れない。

 対戦相手の少年が我愛羅に再起不能な程の傷を負わされようとも、カンクロウは愕然としていた。

 

 『中身』を使わなかったにしても、我愛羅は木ノ葉の下忍程度に砂の鎧を破られたのだ。ならば相手が上忍なら。火影ならば。我愛羅は呆気なく敗れるのではないか。

 

 勿論カンクロウとて、砂隠れの武力が尾獣だけに頼るものだとは思っていない。風影を筆頭に、五大国が一つ・風の国の隠れ里に相応しい戦力を有している。

 それでも木ノ葉からの勝利を得た見返りが、まだ未熟な人柱力を囮にするリスクに釣り合うとはどうしても思えないのだ。

 

 木ノ葉崩しは果たして成るか。仮に成されたとして、それは本当に里の益となるものか。

 

「…………まさか、あり得ねえじゃんよ」

 

 まるで砂を使い潰そうとしているようだなんて、そんなこと。ジリ、と嫌な冷や汗を掻いて、カンクロウはゆるゆると首を振った。

 

 父が、風影が命令したことなのだ。あの人が他の何より里を第一に考えていることは、他の誰よりよく知っている。カンクロウ如きにも及ぶ考えを、風影が考えていないはずがない。

 

 

 第一次試験、その最終問題を思い出す。理不尽で避けられない二択を迫られた問いに、カンクロウ達は正解した。

 正解するしかなかった。退却する道など、初めから存在しなかったからだ。

 それと全く同じこと。今更何を悩むというのだ。

 

 そして来たるは中忍選抜・本試験。即ち作戦決行の日である。

 

 

 

 

 

 作戦日の朝、父からの言葉は何も無かった。カンクロウはグッと歯の奥を噛み締めて、笑顔で朝食を下げる中居に礼を言う。

 

 テマリはあからさまにピリピリしていたし、バキも硬い面持ちを崩さない。何より我愛羅の機嫌は、最悪を通り越してドン底だった。

 

 我愛羅は生きとし生ける全てを嫌っているが、己に向けられた刺客に対しての憎しみは別格だ。

 闇討ちに来た音忍を無惨に始末した我愛羅は、木ノ葉を一人で散策しに行ったときから低迷していた機嫌を更に損ね、そのひと睨みで人を殺せそうな形相になっている。勘弁してほしい。

 

 

 訪れた試験会場では、多くの木ノ葉の忍び達が忙しなく周囲の警備を行なっていた。張り出された最新の対戦表を見るに、カンクロウは第三試合での対戦となっているらしい。

 

 興味なさげに対戦表を一瞥したテマリとは異なり、我愛羅は喜色を浮かべている。本戦開始に次ぐ第二試合、我愛羅に充てがわれた対戦相手は。

 

「うちはサスケ……」

 

 かつて木ノ葉の二枚看板であった大家、うちは一族の生き残り。我愛羅と同じ、昏い闇を飼う男。

 

 初戦で当たるならば、その間に木ノ葉崩しが始まることもないだろう。待ち望んでいたその対戦に、我愛羅は歓喜の表情を浮かべている。

 背負う瓢箪の中身が蠢く気配を、カンクロウは怖気と共に感じ取った。

 

 

 

 金髪がどんでん返しで勝利を掴んだ第一試合、うちはサスケがまさかの『遅刻』をし、試合が流れた第二試合。

 そして作戦を鑑みてカンクロウが棄権した第三試合の次は、テマリが臨む第四試合である。

 

 

「男が女に負ける訳にゃいかねえしなぁ………まあ、やるか!」

 

「!」

 

 お願いだからテマリを煽らないでくれ……!カンクロウは頭を抱えた。作戦前から不安は募る一方である。本当に勘弁してくれ。

 

 




次回は今回より早く更新出来ると思われます。亀を許して


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エタるつもりはないので……ただ遅筆なだけで……戦闘描写が苦手かつ下手なだけで……



 

 うちはサスケがまだ来ない。キリキリと痛む胃を抑えながら、カンクロウは上階に戻ってきたテマリを出迎えた。

 パッと見ただけでも、テマリの顔には隠しようの無い焦燥が浮かんでいる。勝負に負けて試合に勝たされたのだ、プライドの高い姉はさぞ傷つけられたことだろう。

 

 何が不興に変わるかも分からない我愛羅の手前声をかけることもできず、苛立ちの矛先を他方に向けようと口を開く。

 

「……アイツ、ホントに来んのかよ」

 

 臆病風に吹かれたか。そんな意志を含む終止形の疑念に、我愛羅が間髪入れずに答える。

 

「来る。……絶対にな」

 

 濃い隈の染み付いた我愛羅の眼差しは、ゾッとする程に凪いでいる。怒りも喜びも無いその表情には、戦い前の高揚さえ見当りはしなかった。

 

 何か不備があったのか、バキは未だ戻らない。見上げた空は皮肉に思える程の晴天で、陽だまりが観客たちを温めていた。

 ちらと来賓席の上層を見れば、風影は無機質な面持ちで無人の舞台の上を眺めていて───

 

 ───不意に。その視線が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 

「、ぁ」

 

 

 一瞬、あるいは数十分も過ぎたような。

 鼓動が速まる。呼吸を止めていたことを自覚した瞬間、カンクロウは引き攣った悲鳴を押し殺した。

 

 『風影』が見つめた先は、木ノ葉隠れが里の長、火影・猿飛ヒルゼンその人だ。ただ、彼を貫く『風影』の視線の……言い様もない悍ましさよ。

 

 こちらの視線は気取られているだろうが、別に目が合ったわけではないのだ。下忍如きに気づかれたとて構わないと、そう思われている。

 事実自分に向けられた訳でも無い眼差しの一欠片で、カンクロウは指一本さえ動かせずにいる。その判断は正しかった。

 

 違う。漠然とカンクロウは確信した。何が、と自分自身に問い返す。具体を絞り出すことはできなかった。加えて疑念の意味にまで頭が回るほど余裕はない。

 

「    」

 

 混乱のまま、カンクロウが思わず『余計なこと』を口走りそうになったその瞬間。

 ヒラリと一枚、木の葉が舞った。

 

「ホラ……来た」

 

 うねる旋風、渦巻く木の葉。中央に佇む漆黒の少年を見据え、心底嬉しそうに我愛羅が嗤った。去っていくその背を見送りながら、震える拳を握りしめる。

 もう一度盗み見た『風影』は、至極平静な様子で頬杖を付いている。しかしカンクロウには、ソレが人の形をしたナニカのようにしか感じることが出来ない。

 

 同じく人の形を取ると言えど、アレはカンクロウの操る傀儡とも致命的な違いがある。それでも強いて近しいモノを挙げるなら、それはきっと『あの人』の芸術だ。

 

 冒涜的な究極の一。カンクロウにあの人の芸術を解する嗜好が無ければ、あの傀儡にも同じ印象を抱いたかもしれない。

 或いはそんな子供であったなら……否、詮なきことではあるけれど。

 

「……ロウ、カンクロウ!」

 

「、おう」

 

 釘付けになった視線を遮るように、翡翠の瞳が眼前に現れた。テマリだ。オレの姉だ。数回瞬きした後、震える喉から声を絞る。

 

「どうした。具合が悪いのか?今はどうすることも出来ないが……」

 

 そうだ。どうすることも出来ない。カンクロウ達は、すでに引き返せない場所にいる。

 

「……平気だ。問題ねえじゃん」

 

 言い切って、カンクロウは舞台を見下ろした。二、三度手に絡めたチャクラ糸を弄べば、早まった鼓動も落ち着いて来る。

 

 いつの間にかバキは戻ってきており、他の砂隠れの仲間達も所定の位置に付いていた。作戦開始時刻が近い。この試合の最中で、カンクロウ達の命運は決まる。

 

「始めッ!」

 

 審判が手を振り下ろす。瞬間、大量の砂が舞台の上で嵐を作った。

 

 

 

 

「不味いな……まだ戦う前なのに、我愛羅が興奮しすぎてる……」

 

 固唾を呑んだテマリの言う通り、我愛羅は随分気が昂っているらしい。頭を抱え、ブツブツと内なる己とやり取りをする姿……カンクロウとテマリが“会話”と呼ぶそれは、我愛羅の不安定さを象徴するものだ。

 テマリは相手の強さを警戒するが、カンクロウはそうは思わない。強さであれば、うちはサスケの上はいる。であればそれ以外の何某かが、我愛羅を『感じさせる』要因なのだろう。

 

 肩で浅い息をしていた我愛羅が、ゾッとする程静かに顔を上げる。視線が交差し……状況が動いた。

 

 始まった試合は、予選を知る者には既視感のある展開で口火を切った。蹴り技主体の体術で果敢に攻めるうちはサスケが、我愛羅の防御を削って行く。

 何より驚嘆すべきは、その体術が既知のそれに見劣るものではないということだ。げに恐ろしきは写輪眼、奴はこの1ヶ月であの下忍の体術を完璧にコピーして見せたということらしい。

 

 うちはサスケは疾かった。一手一手が我愛羅の砂の鎧を破り、何体もの砂分身を飛散させる威力を持つ。

 あの我愛羅に、少なくは無いチャクラを防御の為だけに消費させている。見覚えのある流れだった。

 

 とはいえそれをなぞるだけでは、予選と同じく我愛羅に『捕まる』。攻防というには一方的すぎるやり取りではあるが、あれほどの体術を繋げば消耗は避けられまい。

 

 『中身』の影響で常人の倍ほどある我愛羅のチャクラが尽きるより、スタミナ切れでボロが出る方が早いはず。

 となれば必然、そこからの展開はうちはサスケによって一変する………かに、思われた。

 

 しかし。

 

「ッ!?」

 

 巻き上がった砂嵐が樹木の如くうねりだし、幾条かの帯となって我愛羅の肉体を覆っていく。完全な球体となったその殻は、叩き込まれた拳の勢いを完全に遮断した。

 

 そうして築き上げられたのは、我愛羅の誇る絶対防御。砂の全てを防御に回し、外界を遮断する、何より強固な穴熊戦法だ。

 後方で視覚を補う『第三の目』は、即ち攻勢に出ようとする所作そのもの。

 即ち、我愛羅が焦れた。そのあまりに分かり易過ぎるサインだった。“あの術”を使おうとしていると、カンクロウとテマリは確信する。

 

「計画どころか無茶苦茶にするつもり!?我愛羅のやつ……!」

 

 舌打ちをしたテマリが、興奮して身を乗り出す。カンクロウは努めてゆっくりと息を吐き、姉の腕を掴んで引き戻した。

 

 “あの術”を使ったなら、我愛羅の消耗は途轍もなく大きくなる筈だ。この試合が終わった時、或いは作戦が始まった時、我愛羅が手筈通りに動けるとは到底思えない。

 

 好機、逸するべからず。カンクロウは人知れず腹を決める。

 

 

「テマリ」

 

 

 口を開いた瞬間、測ったかのように閃光が煌めいた。ついで、チ、チ、チ、と鳴り響く轟音。此方を伺っていた複数の気配が、一斉に舞台下に注目する。

 この窮地にて、ようやく状況に味方されているらしい。カンクロウは苦笑した。うちはサスケの技に気を取られかけるテマリを引き寄せ、はっきりと言う。

 

「逃げんぞ」

 

「は!?」

 

 テマリが目を見開いたと同時、うちはサスケが駆け出した。その手が閃く。視認できるほどのチャクラの帯が、雷霆の如き尾を引いた。

 その手が砂を貫いた瞬間を。伸ばされた砂のバケモノの腕を。『風影』の目に、狂喜の光が灯るのを。

 カンクロウは、嫌に冷静に眺めていた。

 

 

 

 その静寂が合図だった。

 

 うちはサスケの一閃に沸き立っていたはずの会場が、唐突に静まり返る。船を漕ぐとはよく言ったもの、観客達が一様に櫂を持つよう首を垂れた光景は、気味が悪いほどに壮観だ。

 薬師カブトの上げた開戦の狼煙は、蛇の蟠のように密やかだった。

 

 木ノ葉の上忍達が間髪入れずに幻術返しを行い、迅速に現状把握に努めようとする。見れば何名かの中忍や下忍も幻術返しに成功したようだった。

 が、遅い。それより先に音の、砂の忍び達が襲い掛かる。

 

 カンクロウもそれに倣うよう近くの忍びにチャクラ糸を引っ掛け……しかし首を掻っ切ることもせず、ただ遠心力で舞台へと飛び降りた。

 絶対防御も解けて蹲る我愛羅の元へ、一目散に駆け出す。

 

「カンクロウッ!?」

 

「何かおかしいじゃんよ!オレも、訳わかんねえけど……我愛羅はここに置いておくべきじゃねえッ!」

 

 『人柱力を第一に』。風影が言いそうな台詞ではある。例えその命令の真偽が如何なれど、正しいものであることは間違いない。ただあの時……カンクロウはきっと、致命的な何かを見落とした。

 忍びにとって従うべき確固たるものなど、上官の命令の他にない。ならばそれさえ信じられなければ、一体何を信じたら良いのだろう。

 

 カンクロウは迷いなく走り出した訳ではない。寧ろ条件反射のような自分の言動に振り回され、混乱していた。

 姉を信じていないとは言わない。けれども共々謀られるリスクを忘れてもならないのだ。

 

 どうすれば、どうしたら……

 

 

 ──里に尽くせ。

 

 

 フッと脳裏に過ぎったのは、遠い昔に貰った言葉。

 

 意識が冷静になり、思考回路に油が差される。自分の体を傀儡として操っているような冴えが、混乱をも上回った。

 カンクロウは自分の中身が入れ替わったかのような錯覚をする。

 

 砂隠れとして何に変えても避けるべきは、一尾を失うこと。例え風影であろうとも、尾獣だけは命を賭して守り抜かねばならないものだ。

 人柱力は替えが効かない。スペアにもなれないカンクロウだからこそ、実感している揺るぎない事実である。即ち、選択すべきは。

 

「離脱一択!テマリ!」

 

「ああ、もうッ!信じるぞ、カンクロウ!!」

 

 三十六計逃げるに如かず。その選択は安牌ながら、戦忍としては最悪の一手だ。風影子女として有り得ない重大な任務違反に、作戦を知る者全てに動揺が伝わる。

 

 乱戦状態は最大の味方だった。ぐったりと動かない我愛羅を抱え上げて、戦線を離脱したカンクロウを、砂の忍びでさえ捕捉できない。

 追い付くことが出来たのは、事前に予告されたテマリだけだ。

 

「カンクロウ……『任務』を果たせ!」

 

 すれ違いざま木ノ葉の上忍と切り結んだバキが、怒声に近い声を上げる。一見敵前逃亡を咎める声、しかし思わず笑ってしまったのは、突風が酷く優しく背を押したからだ。

 カンクロウを狙ったクナイが、バキの風遁で巻き上げられる。生徒の説明もない強行を信じてしまう程度には、バキは昔から根の甘さが抜けない男だった。

 

「どの道その状態の我愛羅は使えん……行けッ!」

 

「悪い、先生!」

 

 遠く塔のある辺りには、毒々しく燃える紫の結界が鎮座している。カンクロウはそれを一瞥してから、無言で背を向け駆け出した。

 恐らくその離脱は、可及的速やかなものだっただろう。事実混戦状態を縫って会場から脱出した3人を、追える者はいなかった。

 

 ……だが一つだけ、カンクロウは失敗した。襟元で聞こえた羽音を、取るに足らぬと捨て置いたことだ。

 

 それは奇しくも、カンクロウが『風影』にされたのと全く同じ慢心である。しかし『風影』との決定的な差異が……未熟さ故の焦りが、急拵えの策を破綻させる。

 

 些細と捨て置いたそのミスが、砂の若き忍びたちの逃亡を妨げ……そしてその命を、紙一重で救うこととなったのだ。

 

 

 

 特別上忍・不知火ゲンマに砂忍達を追うよう指示されたサスケは、しかし隠れ里を囲む森林の前で途方に暮れていた。

 サスケが彼らの追跡を命じられた時には、砂忍達はとっくに姿を眩ませた後だった為である。

 

 ゲンマはその『写輪眼』にチャクラの痕跡を追う役割を期待したのだろうが、未だサスケは溢れんばかりの才能を持て余している身の上だ。

 試合でチャクラも体力も消耗しているし、未発達の肉体ではそう長く『眼』を開けていることはできない。仮に追いつき挑むことが出来たとしても、あっさり返り討ちに遭うだろう。

 

 更に現在のサスケの体には……あの大蛇丸とかいう忍びに刻まれた、正体不明の呪印があるのだ。

 カカシにもキツく言われているように、チャクラをからけつにすることは望ましくない。追跡は現状不可能だった。

 

 それでもサスケが会場へと戻らずにいたのは、追うならば早い方が良いという至極冷静な判断と、おめおめ尻尾を巻いて帰れるかという高いプライド……そして心の大半を占める、砂瀑の我愛羅への対抗心が故である。

 

 

「サスケ。お前はオレと行動を共にするべきだろう。なぜならオレには、アイツらを追う手段があるからだ」

 

 チャクラ以外の痕跡は無いかと、懸命に目を凝らしていたその時。後ろからかけられた声に、サスケはハッと振り返った。

 

 名前こそ覚えているものの、記憶にそう残っている訳でもないアカデミーでの同級生。クイとサングラスの位置を調整した少年は、いつものように回りくどく言った。

 

「お前が追いたいのは我愛羅だろう。ならば露払いを期待してくれて良い……なぜなら、あの忍びは元よりオレの相手であるからだ」

 

 ゴソゴソと目元を小さな虫が這う。油女シノは、埋めた口元で不敵に笑った。




次は!早いはず!夏休みだもの!
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「あ、」

 

「どうした、カンクロウ!」

 

 ブチ、と小指に絡めた糸が切れた。丁度第二関節の辺り、三本目に張ったチャクラ糸だ。唐突に手元を気にした弟に、風遁で梢を蹴散らしたテマリが厳しい声を投げる。

 焦燥するテマリに不安要素を告げたくはないが、流石に黙っている訳にもいかない。カンクロウは端的に言った。

 

「糸が切れた。森入ってから600m辺りの場所のだ」

 

「糸の長さの限界じゃないのか。或いは野生動物か」

 

「野生動物はともかく、糸の限界は有り得ねえよ。二本目はまだ切れてねえんだ」

 

 そう言った途端に四本目が切れた。カンクロウは顔色を変える。

 

「800mも切れた。手応えが野生動物のソレじゃねえ。追われてる」

 

「ッ、」

 

「テマリ、我愛羅を」

 

 テマリが鉄扇を背負い直し、カンクロウから我愛羅を受け取る。我愛羅は僅かに眉間の皺を深くしたが、未だぐったりと脱力したままだ。

 五本目が切れた。残りは400mばかり。途轍もない勢いでこちらを追跡する誰かがいる。

 

 カンクロウ達が意識のない我愛羅という重荷を抱えていること、地の利は当然木ノ葉にあることを鑑みても、そのスピードは尋常ではない。

 脳裏には自然と、我愛羅と相対した漆黒の少年の姿が浮かぶ。

 

 

「……カンクロウ、必ず追えよ」

 

「分かってるじゃん」

 

 駆け出したテマリに背を向け、息を吐いた。

 巻物を取り出し、クナイで切った血を落とす。現れた硬質な無機物は、カンクロウに応えるように頭を垂れる。

 

 六本目。術者に近づく程太くなるトラップだ、恐らく糸に気づかれた。第一関節に絡めたチャクラ糸が、わざとらしく燃やされる。

 

 七本目。それがわずかに攣った瞬間、カンクロウはグイと手元を手繰った。

 

 

【傀儡の術】

 

「【烏】ッ!」

 

 カンクロウの最も信頼する傑作が、暗器の腕を振り上げる。それと同時、現れた少年は、巧みな手裏剣術でもってその軌道を逸らした。

 

 視線が交差する。その昏い眼光に、カンクロウは覚えがあった。

 我愛羅だ。奴は我愛羅と同じだ。灼熱の如き憎悪と戦闘意欲が、その根底に蔓延っている。我愛羅の内に眠る衝動は同じものとの重力で活性化し、そして宿主を駆り立てた。

 

「うちはサスケ……スカしてみせても、所詮はガキだな!力を誇示したいのが透けて見えるじゃんよ!」

 

 我愛羅とうちはサスケを繋ぐ黒い縁が見えた気がして、カンクロウはゾッとする。しかし冷や汗をかきながら、それでも眼の前の少年に凄んでみせた。

 

 面の上に施した化粧は、傀儡師の伝統的な装いだ。古臭いしきたりに則った服装は、カンクロウを守る何よりも心強い仮面となる。

 虚仮威しは脅迫に、過剰演技はわざとらしさに、ハッタリさえもブラフへと。砂の傀儡師・カンクロウは、愚かな子供の失策を嘲る。

 

「奇襲を仕掛けたいなら、糸に気づいた時点で触るべきじゃなかったなァ!お陰で待ち構えさせて貰ったぜ!」

 

「……奇襲?そんなもんは必要ねえよ」

 

 対して涼やかな美少年は、片眉をクイとわざとらしく上げた。こちらも冷や汗、しかし上がる口端は、好戦的な色を隠し切れていない。

 

「正面からテメーを倒せばいいだけの話だ!」

 

「やれるもんならやってみやがれッ!」

 

 木ノ葉隠れの外れの森、子供達が繰り広げた戦争は、こうして幕を上げたのである。

 

 

 

 うちはサスケには、なるほど、確かに類稀なる戦闘センスがあるのだろう。正確に傀儡とカンクロウの間に割り込み、傀儡術の弱点である近接戦に持ち込もうとする。

 だが、そんな当たり前の対応策が、傀儡師に予想出来ていないわけがないのだ。

 

「!?」

 

 【烏】の後ろを取った少年、しかしその踏み込みがトリガーとなり、枝葉に絡められた糸が切れる。

 寸分違わず頭部を狙った毒霧は火遁で霧散したが、詰められた距離はとっくに引き離した後だ。

 

 カンクロウとうちはサスケを隔てるのは、避ける必要もないような些細な捲き菱。しかし彼が天性の“勘”で後方に飛んだ瞬間、鉄片が食い込んだ土煙に紛れて、起爆札が炸裂した。

 

 破片が頭を庇う腕を傷つけ、鮮血が飛ぶ。軽傷未満のかすり傷に、うちはサスケは舌打ちした。

 

「ッ……鬱陶しい……!」

 

「ハッ、偉そうな物言いじゃん。コレが傀儡師の戦い方だぜ?」

 

 卑怯で姑息で何が悪い。カンクロウはほくそ笑む。どうやらこの天才少年は、搦手との対戦経験が極めて浅いようである。

 

 なまじ力押しで敵を捩じ伏せてこれたせいだろう。こういう幼さの見える慢心は、我愛羅も同じく抱えるもの。しかしうちはサスケには…‥容赦の無さが足りないのだ。

 

 殺す気で来られれば、カンクロウはこの才能の塊に食いつく程の馬力を持たない。

 けれど奴がカンクロウを舐めてかかり……我愛羅との戦いの為の『余裕』を残そうとしているからこそ、うちはサスケは逆に消耗する羽目になっているのだ。

 

「これだけ侮ってもらえるとはな。黒子冥利に尽きるってモンじゃんよ」

 

 カンクロウの役割は時間稼ぎ。後で追うとは言ったものの、例え命を投げ捨ててでも、姉弟への追手を留める使命がある。

 死をも厭わぬ『捨て石』と、敵を“前座”と断じる甘ちゃんでは、この戦いに懸けている重みが違うのだ。

 

「オレは、こんな所で足踏みしてる場合じゃねーんだ……!」

 

「ッ……へえ。ようやく本領発揮って訳かよ?」

 

 クナイをにぎり直したうちはサスケ、その瞳が赤く染まる。こんな所呼ばわりされたカンクロウは、しかしニンマリと笑い、だくだくとなった冷や汗を拭った。

 

「ま、大人しくやられる気とか、あるわけねえじゃんッ!?」

 

「チッ……邪魔だ!」

 

 糸を一本口に咥え、もう片方を【烏】へと引っ掛ける。木々の中を縦横無尽に飛び回る【烏】の軌道は、張り巡らせた糸で蜘蛛の巣の如き様相を作り、罠を見切ろうとする写輪眼を阻害した。

 

 うちはサスケは、それでも的確にチャクラ糸を断っていく。しかしその全てが、【烏】と直接繋がっていないダミーの糸だ。

 それどころか吊り下げられていた千本が束となって落ち、回避の為の一瞬の停滞が生まれる。

 

 カンクロウはその隙に本命の糸を手繰り寄せ、無防備な団扇の紋所に、毒付きの手裏剣を放とうと───

 

 

 

「なッ………!?」

 

 

 

 カクン、と手元が軽くなる。【烏】の重みを確かに感じていた左手人差し指と中指が、予想していた反動を受けずに仰反った。

 

 糸が断たれた。正確に、【烏】との繋がりを狙われた。思わず硬直するカンクロウの耳元で、ぶうん、と羽虫が鳴る。

 体勢を立て直したうちはサスケが、ニヒルに口元を歪ませた。

 

「……おせーよ、シノ」

 

「無茶を、言うな……お前が速すぎるんだ、サスケ……」

 

 その声が投げられた先、存在感もなく木陰に佇んでいた少年が、荒んだ息を落ち着かせながら地に降り立つ。

 カンクロウは思わず襟の虫を叩き潰し、ギリと奥歯を噛み締めた。

 

 シノ……油女シノ。木ノ葉の油女一族といえば、忍界随一の蟲使いだ。そうだ、どうして気が付かなかった。

 

「会場で、オレはお前の背負ったソレに蟲を紛れ込ませた……なぜならば、お前とその仲間が妙な会話をしているのを聞いたからだ……」

 

 カンクロウに雌の蟲を付け、ほぼ無臭のその匂いを雄の蟲で辿る。たとえ途中で逸れ・或いは潰されたとしても、匂いは対象に染みついたままだ。

 

 なるほど、蟲の匂いなど人間に嗅ぎ取れるはずはない。淡々とした語り口で追跡の手法を明かされ、苦々しさを噛み砕く。

 第一試験で問われる真の適正。気取られないからこその諜報を、油女シノは見事に成し遂げた。

 

 

「…ククク……」

 

「!」

 

 ……駄目だ。冷静になれ。カンクロウは懐から巻物を取り出し、見せつけるようにそれを広げる。うちはサスケに先行を促していたその会話を、行動でもって遮ってやる。

 

 表情はまだ繕えていない。巻物で顔を隠して俯き、不気味に聞こえるよう『笑い声』もオマケした。

 

「……オレを追えたカラクリは分かった、が……テメーらも所詮はガキだな。まだモノを知らねえらしい」

 

「なんだと?」

 

「傀儡術ってのは元々、兵力で他国に劣る砂隠れが劣兵で大軍と渡り合うために開発した術……一対多こそ、本来の使い方じゃん」

 

 巻物は中身はまっさらだ。なにせ、口寄せはもうしてある。空のそれを投げ捨てて、右の五指から糸を伸ばす。

 

 木々に紛して隠した異形【黒蟻】が、チャクラ糸に応えて姿を現した。カンクロウは脅しつけるように【黒蟻】の仕込みを開き、四本の刃を煌めかせて牽制する。

 

 切られた【烏】との繋がりを結び直し、機動の早い【黒蟻】の後方へと並べ直す。

 仕切り直しだ。

 

「2:2だ!ガキ二人程度、オレだけで片付けてやんよ!」

 

 

「……気にするな。お前は行け、サスケ。あんなものは挑発だ」

 

「だが……」

 

「まだそんなこと言ってんのか?トーナメント戦の相手なんざ、知ったこっちゃねーじゃん!こっちは遊びじゃねえ、戦争なんだよ!」

 

 10分保てば良い方だろう。強気な態度に反して、カンクロウは内心で考えた。

 理想は毒煙で諸共昏倒させることだが、うちはサスケが引っかかるとは思いがたい。果たしてそれまでに、テマリ達は別働隊に合流できるか。

 

 うちはサスケなら、油女シノが囮に徹する間に離脱することも可能だろう。

 しかしカンクロウが残虐な行為を行う覚悟を見せつけたからか、奴は仲間をおいて一人離脱することを躊躇っているようだった。

 

「おいおい、お喋りしてる暇があんのかよ?ま、オレはそっちの方が都合が良いし、構わねーけどよ!」

 

「チッ……とことんウザい奴だ、テメーはよ……!」

 

「サスケ、乗るな……!」

 

 甘いことだ、と思う。木ノ葉の連中は、それが罷り通る環境で育ってきたのだ。

 手段を選べないカンクロウにとっては、それこそ都合が良いというもの。

 

【傀儡の術】

 

 身構えた幼い木ノ葉の忍び達に、柏手を打って両掌を合わせる。印としての意味合いは持たないその構えは、傀儡を操る意気込みのようなものだ。

 

 両手に糸を付けられて、手ずからカラクリの操り方を教わった。あの日の倣いが、強ばる体を解きほぐす。

 初めは『あの人』を真似た仕草が、傀儡を繋ぐ指を軽くする。

 

 初戦の熱を逃さぬままに、第二戦、開幕。

 

 

 

 

 

 

「カンクロウ……!」

 

 遠くから聞こえる戦闘の音に、テマリはグッと唇を噛む。

 カンクロウが劇場型に振る舞うのは、大概が余裕の無さの表れだ。会場でのあの一瞬から、弟は妙に焦燥していた。

 かと言って、今のテマリにどうすることもできない。今はただ、我愛羅を逃すだけで精一杯なのだ。

 

 走って走って、しかしそう距離を稼げた気はしない。弟が軽々と背負っていた我愛羅は、思っていた以上に重たかった。

 男女の性差を不甲斐なく思う余裕もなく、テマリはゼエと息を吐き……

 

 

「!」

 

「……降ろせ、テマリ……」

 

 ピクッ、と背負った我愛羅が身動ぎする。テマリは風遁で適当な枝を払い、チャクラコントロールで幹へと着地した。

 

 言葉に従い降ろした我愛羅は、しかし蹲って頭を抱える。時折漏らす苦悶の声は、ナニカと重なったかのように二重だった。

 

「くっ……ウウウ……!」

 

 その肌の内が波打つ。血走った目が釣り上がる。頬には黒く亀裂が走り、食いしばった歯から野犬のように唾液が漏れ出る。

 カタカタと音を鳴らしているのは、背負った瓢箪に嵌められた蓋だ。それが上下からの圧力で微弱に振動し、不穏な気配を強調している。

 

 己の呻き声にさえ堪え兼ねるとでも言うように、我愛羅がこめかみを抑えて身を捩った。

 

「我愛羅ッ、」

 

「テマリ……離れろ」

 

「えっ」

 

「邪魔だ……!」

 

 その小さな体では本来あり得ない怪力で突き飛ばされ、テマリは向かいの木々に向けて吹き飛んだ。どうにか落ちはすまいと木肌に張り付くも、受け身が取れずに衝突する。

 

 肺から強引に押し出された息を整えながら、テマリは慌てて我愛羅の姿を探した。

 仰いだそこに、末の弟の小さすぎる姿が見える。

 

「ウ、ア、アアア、」

 

 我愛羅の体が奇妙に痙攣する。砂の腕が顕現する。

 そして我愛羅は……カクンと、【眠った】。

 

 

 




三下感と少年漫画感をひとつまみ……ひとつまみ……よし……ふ……筆が乗った……!


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テストが終わったから全力執筆


 

 始まった戦いは、さながら鬼ごっこのような様相で展開した。

 

 うちはサスケがカンクロウを追い、油女シノはそれを援護。カンクロウはうちはサスケから逃げ回りながら、油女シノを【烏】で狙う。

 油女シノは木々を挟むようにして、直接攻撃が当たらないよう傀儡から距離を取る。傀儡で囲まれ挟み込まれれば、うちはサスケが強引に引き離す。

 

 一見油女シノがただ足手纏いになっているような構図だが、この『援護』というのがいやらしかった。奴の蟲に意図せぬタイミングで罠や傀儡を無力化され、何度もヒヤリとさせられている。

 

 更には洞察力が優れているのか、あの蟲使いは、カンクロウの行動に一定の法則を見出しているようだ。今もまた、鋭く警戒を促す声が飛ぶ。

 

「サスケ!その刃に素手で触れるな!毒が塗られている!」

 

「あァ!?……チッ!」

 

「目敏いじゃん。オレの武器には漏れなく毒が仕込んであるからな。掠り傷でも避けとけよ?」

 

 刃を蹴りで対処しようとしていたうちはサスケが身を捻り、チャクラを用いて空中で宙返りをする。

 文字通りの間一髪、頭のすぐ横を通過したナイフは火遁で無様に変形させられ、塗布した毒は一瞬で気化したようだ。

 

 カンクロウは親指と人差し指を捻るようにしてその頭部を回転させ欠けた刃を交換、今度は槍の形状のそれを振り回す。白刃の先から滴った液体が、柄を伝ってポタポタと垂れた。

 

「そのカラクリの内部に毒が仕込まれているのか……!例え替え刃が尽きたとしても、肌を裂く威力があるなら十分に武器なり得る……!」

 

「つまりどういうことだ、シノ!?」

 

「武器切れは期待できないということだ、サスケ!」

 

「元より期待してねーよ、そりゃあ!」

 

「お前ら愉快だな。そらッ!」

 

 小気味良い掛け合いに割り込むように、【烏】でうちはサスケを挟み込む。が、その瞬間、再び【黒蟻】が切り離された。

 蟲使いと【黒蟻】、カンクロウの並びはちょうど一直線。丁度いい、この瞬間を狙っていた。

 

 うちはサスケの攻撃が掠って出来た頬の出血に、袂から取り出した巻物をペッタリ付ける。即ち、口寄せ、

 

「【姫蜘蛛】!」

 

 煙と共に現れたのは、楕円形をした壺のような奇妙な物体だ。そこから小さなカラクリが飛び出し、カラカラと音を立てて後部のプロペラが回転。

 噛み切ったチャクラ糸を登ってこようとする蟲の元へ自走で突撃していく。

 

 チャクラ糸をただ『辿る』だけの機能を付けた蜘蛛型のオモチャは、途切れた線路の先、脱線事故の要因を作った油女シノへと飛びかかった。

 

「シノッ!」

 

「ぐッ!?」

 

 爆発。デザインだけで二日程こだわった造形が、気持ち良いほど無惨に破裂する。

 

 そんなものに無駄な時間を使うなとテマリには叱られたが、しかしカンクロウは傀儡師なのだ。造形だって拘りたいものである。

 現に自走式爆弾とは思えない繊細な見目は、敵の油断を誘うことにも繋がっているのだ。必要な工程である、と主張したい。

 

 ……無論、心持ちの話である。実際には言えない話だ。万一テマリの耳に入れば、十中八九殴られる。

 

 まあ造形の要不要はともかくとして、だ。

 この【姫蜘蛛】には、第二次忍界大戦時に流行した古い型組が使われている。貧しさから里存亡の危機に陥っていた当時、何故この(カンクロウ的には)傀儡とも呼び難いカラクリが流行ったのかというと、そこには極めてシンプルな理由があった。

 

 なにせこのオモチャ……材料が極めて安価かつ、仕組みが単純で簡単に製作できる為、大量生産が可能なのだ。

 

 

「そォらッ、大量だぜ!」

 

「ッ、マズイッ!」

 

 時限式なんて七面倒な仕込みは必要ない。追って現れた大量のカラクリが一斉に疾走し、手当たり次第に爆発していく。退避し損ねた蟲の群れが、機械仕掛けの虫に蹂躙される。

 

 肥沃な土壌を持たない風の国は、反面、昔から地下資源がよく取れる地だった。中でも火薬の原材料は、そこらの土を掘るだけで入手できたのだ。爆弾ほどお手軽な兵器が他にないのは、現代も同じ話である。

 

 上がる硝煙、土煙。回収した【黒蟻】を繋ぎ直せば、うちはサスケも仲間を抱えて離脱する。

 数発は攻撃をモロに浴びたようだが、【姫蜘蛛】はそのサイズ上高い威力を持っているわけではない。残念ながら、戦闘継続に支障はきたしていなさそうである。

 

「無事かよ」

 

「すまん、サスケ。問題ない……」

 

「埒が開かねえな……こっちがミスするのを待っていやがる。イヤな奴だぜ」

 

「お褒めに預かり光栄じゃん」

 

 カンクロウは傀儡使いとして求められる才能の一切を、平均を遥かに上回った水準で持っている。当然、“嫌がらせ”の才も例外ではない。嬉しい言葉である。

 

 とはいえ状況は厳しい。この分ではそう間を置かずに罠が切れるだろう。傀儡はまだまだ稼働可能だが、罠無しで二人とやりあえるとは思えない。

 

 『傀儡使いはジリ貧が常。どれだけ万全を起したところで、仕込みには必ず限度がある。それを如何に悟られず・されど誤魔化さずに戦い抜けるかが勝敗を分つ』。

 ……大丈夫、何一つとして忘れてはいない。

 

 

「……大体な……オレは親切心でお前らを止めてるんじゃん」

 

 少しでも時間を引き伸ばすべく、カンクロウは芝居がかった仕草で両手を広げた。

 傀儡師は、兎角ブラフと相性がいい。例え意味の無い些細な行動であっても、相手に緊張を与えることができるからだ。

 事実木ノ葉の忍び達は、距離を詰めずに身構えている。

 

「我愛羅に勝つとか、テメー本気で言ってんのかよ?我愛羅は……砂の誇る最強兵器だ。例え五影だろうが、アイツを倒すことは出来ねえ……いいや、倒せない方が幸せだろうよ。ソッチの方が、もっと酷い目に合う羽目になるんだからよ!」

 

「……どういう意味だ」

 

 余裕が無くなるほど、カンクロウは口が回るタイプだ。狂言が回れば調子も上がる。姉に詐欺師と呆れられる才能だ。

 

「アイツの中で眠るのは、四代目火影を殺した存在じゃん」

 

「!?」

 

 尾獣、という括りでいえば間違いはない。敢えて誤解される言葉を選び、カンクロウはニヤリと笑う。

 

 我愛羅が人柱力であることはもはや隠しようがない。我愛羅があんな人の多い場所で砂の腕を顕現させたのだ、木ノ葉の上層部には間違いなく情報が割れている。

 となれば、それもブラフとするべきだろう。利用できる分には利用しておく。砂の忍びとして、転んでもただで起きはすまい。

 

 『名誉の戦死』と公表された四代目火影の死因が『九尾』によるものであることは、各国に知られた公然の秘密だ。諜報大国木ノ葉と言えど、あれほどの被害が出た事件を隠しきることはできない。

 兄弟の中で一番風影の側に置かれていたカンクロウは当然それを知っていたし、夜叉丸に代わる人柱力の世話役として、戒めのように聞かされていた話でもある。

 

「アイツの中に封じられたバケモノは、謂わばこの世の天災そのもの!このオレ程度に足止めを食らうような奴らに、我愛羅の相手が務まる訳がねーんだ!」

 

 続けた言葉、こちらは掛け値無しの本音だった。カンクロウなど、我愛羅にかかれば瞬殺されて終わりだろう。圧倒的な暴力に、小手先の誤魔化しは通じない

 カンクロウすら容易く倒せないのであれば、勝ち目どころか勝負になるかも怪しいものだ。

 

 

 

「………」

 

 納得したか、それとも脅しすぎただろうか。黙り込んだ木ノ葉の忍び達に、思わず怪訝な顔をする。

 元より静かな油女シノは兎も角、うちはサスケが言い返して来ないことに疑問を覚えたからだ。

 

 しかし……そんな疑念を払拭するように、うちはサスケが顔を上げた。

 

 

 

「………天災そのもの?砂が誇る最強兵器?……それがどうした」

 

 齢十三の少年のものとは思えない低い声が、底冷えする声で言い放った。

 昂った時の我愛羅と同じ、深い深い闇の色。自分以外の何をも信じまいとする、裏切られた者の絶望が、言葉の上に塗り重ねられている。

 

「生き急ぐなだの、復讐は諦めろだの……御託はもう聞き飽きてんだよ。火影を殺したバケモノだと?結構なことじゃねーか」

 

 一度言葉を切った漆黒の少年が、一呼吸置いて目を瞑り、開いた。

 勾玉が踊る真っ赤な瞳。うちはが誇る写輪眼。この戦いの最中、幾度も見たその煌めきが、一際赤くカンクロウを見つめている。

 

 否……奴はカンクロウを見ているのではない。目の前の少年はこの言葉越しに、我愛羅のことを見据えている。

 

 

「オレはいつか、火影より強い男を殺す……!」

 

「!」

 

「オレは、こんなところで、足踏みしてる場合じゃねーんだ……!」

 

 初めて見た明確な殺意。それと同時、うちはサスケの白い頬に、奇妙な形の影が浮かぶ。

 酷く崩れた文字のようなその黒が、斑に少年の肌を侵食していく。視認できるほどの禍々しいチャクラが、少年を中心として滲み出す。

 

 

 

「……オイオイ」

 

 

 

 味方であるはずの油女シノがたじろぐほどに、うちはサスケは殺気立っていた。つまりは……完全にヤル気、という奴である。

 

 マズイ。煽りすぎた。カンクロウは笑みも繕えずに顔を引き攣らせた。

 チャクラ糸を手繰りながら、こりゃ死ぬかもしれねーなと内心で姉に詫びる。

 

【傀儡術】

 

 お決まりのように一拍手。向き合い、構え、仕込みの全てを打ち込む覚悟をする。

 きっと最後になる攻防が始まろうとした……その時だった。

 

 

 

 

【ウ、グ、ガ、アア、ウアアァア!!!】

 

 

 

「!?」

 

 天を裂くような絶叫、次いで立つことさえ難しいような地震。カンクロウが思わずそちらに気を取られたのと同じく、うちはサスケも構えを解く。

 遠く森の向こうから、試験会場のものとは比べ物にならない程に巨大な腕が出現していた。

 

 

【───ァ──】

 

 

 空を掻きむしる尖った掌が地面に叩きつけられ、再び揺れが起きる。立つことさえ儘ならない状況下尻もちをつくと、立っていた場所に地割れが走った。

 

 

【───ォオ────ア、アア───!!】

 

 

地獄の門が開いたならば、きっとこういう音がするだろう。そう思わせるような叫び声の重低音が───

 

 

【───ヒャッハー!!!】

 

 

「!?」

 

 ───甲高い、耳障りな『声』に掻き消される。

 

 『声』。あの声だ、とカンクロウは悟った。瞬間、ヒッと喉の奥が引き攣る。

 それは純粋な恐怖だ。『風影』の得体の知れなさとは違う、もっとわかりやすいモノ。生物として根源的な、命を脅かされる恐怖だった。

 

 

 

 あれはまだ我愛羅の世話役につけられたばかりの頃、父が手配した我愛羅への『暗殺者』を、初めて見逃したときのことだ。

 良くしてくれた暗部の彼が、母・加瑠羅を象った砂でもって圧殺された所から始まる惨劇を、カンクロウは鮮明に記憶している。

 

 忠実なる『刺客』が惨殺されるのを無感情に眺めていた父は、カンクロウが身につけた『工具』が引き寄せられたことで、初めて焦りを見せたと思う。

 それと同時、地面の染みを苛立たしげに踏みつけていた幼い我愛羅の様子が……唐突に一変したのだ。

 

 あの日我愛羅は笑っていた。その口から溢れたのは、あの甲高い奇妙な『声』だった。我愛羅を守るように渦巻いていた砂は、明確な殺意を伴って暴れ回っていた。

 

 父は砂の刃が飛び交う我愛羅の部屋へ飛び込み、そして我愛羅をねじ伏せた。

 父と我愛羅が戦っているのを見たのは、それが最初で最後のことだ。

 

 傷だらけで帰ってきた父は、我愛羅が【眠った】のだと忌々しげに言った。それを何より避けよとも。

 

 以来、カンクロウは我愛羅の睡眠の管理を慎重に行なってきた。我愛羅が眠ろうとするタイミングでは周囲で悪感情の類が起こらないよう努めたし、眠りに抗っている時は恐怖を押し殺して話しかけていた。

 ……思えば、木ノ葉に来てから。それが甘くなっていたかもしれない。

 

 

「……我愛羅が【寝ちまった】……オヤジはいない……オレは……どうすれば……」

 

「寝た……?おい、どういうことだ!アイツが何かしたのか!?」

 

 うちはサスケの声に応える余裕もなく、カンクロウは思考を巡らせる。

 

 逃げろと理性は言っている。逃げて生き延びろ、少しでも多くの情報を持ち帰れ。叩き込まれた諜報の知識を、忍びとしての判断力が引っ張り出す。

 ああなってしまえば、もうおしまいだ。父から磁遁を受け継げなかったお前に、出来ることなどありはしない。あれは【天災】だ、さっさと逃げろ、逃げるべきだ!!

 

 

 

 ……でも、あそこには……オレの『家族』が。

 

 そんな思いが過ぎれば、もう駄目だった。

 

 

 

「チクショウッ……!」

 

「おいッ!どこに行くッ!?」

 

 

 

 【烏】と【黒蟻】だけは巻物にしまい、他の罠は気にせず捨て置く。駆け出そうとするが、揺れる地面では木に飛び乗ることも難しい。

 どうにか幹の天辺にチャクラ糸を引っ掛け、ブランコの要領で木から木へと飛び移る。

 

 膝がガクガク震えている。糸を掴む腕だって、これ以上ないほど無様なものだ。

 それでも……それでも、行かなければ。

 

 傀儡師ではないただの人として、カンクロウは走った。

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

「パックン?」

 

 森をひた走る影が三つ。その先導を務めていた四つ足の小さな獣が、スンと鼻を鳴らして前方を伺う。いち早くその挙動に気が付いた少女・春野サクラが、怪訝げにその名を呼んだ。

 世に忍犬は数あれど、人語を操るものなどごく少数。その極めて稀な一匹であるパックンは、嗅ぎ取った匂いに目を丸くする。

 

「…コレは……」

 

「どうしたパックン!?もうサスケに追いつけんのか!?」

 

 パックンが溢したその言葉に、少年……うずまきナルトは希望的観測に満ちた問いをする。しかしパックンは、小器用にも首を横に振り。

 

「いや……『分からん』」

 

「はァ!?どういう意味だってばよ!?サスケの匂いが消えちまったのか!?」

 

「そうじゃない……そもそも匂いが嗅げねーんだ」

 

 その言葉を受け、少年少女はコテンと首を傾げる。彼らは所属する第七班の班長、はたけカカシに命じられるまま、この賢しい忍犬の先導に従ってきた。それは偏に、突出したもう一人の班員……うちはサスケの追跡のためだ。

 人間なぞより何千倍も優れたパックンの鼻は、正確に仲間の匂いを辿ってきた。その嗅覚は、第七班と共にサスケの追跡を命じられ、そして自ら囮として道中に残った同期の忍び、奈良シカマルの作戦成功を嗅ぎ取るほどのものである。

 

 にも関わらず、ここに来て突然の先の発言だ。困惑するのも無理はない。

 しかし人間以上に困惑した様子のパックンは、心底解せぬといった調子で言葉を繋げる。

 

「コレは……なんだ?あまりにも……デカすぎる」

 

「それって……」

 

 地面が揺れたのはその時だった。

 

 

 

【ウ、グ、ガ、アア、ウアアァア!!!】

 

 

 

「いッ!?」

 

「キャッ!……って、ナルト!?アンタ大丈夫!?」

 

 遠くから聞こえた雄叫び。一匹と二人は同時に体勢を崩し、大樹の根元ヘ退避する。しかし足元の揺れ以上に、ナルトはその絶叫が『痛かった』。

 様子がおかしいナルトに駆け寄るサクラ。好きな女の子が自分を心配してくれるという普段ならば狂喜乱舞していい状況で、ナルトはジンと痺れる頭を抱える。

 

 

【───ァ──】

 

 

【───ォオ────ア、アア───!!】

 

 

 

 『声』が小さくなっていく。声が、出せなくなっていく。苦しい、辛い、耐えられない────寂しい。

 

 痛いほど分かるその心が、どんどん小さくなっていく。

 ……だから、ナルトは決意したのだ。

 

 

「────行かなくちゃなんねーってばよ」

 

「はァ!?って、ちょ、ナルト!!!っ……ああ、もうッ!」

 

「オイ、お前らッ!」

 

 飛び出したナルト、次いでサクラが走り出し、慌ててパックンがついて行く。

 役者は揃った。しかして、事態は収束し始めたのである。

 





……当時、僕は小学校に上がってさえいませんでした。僕はお母さんの隣に座らされ、いつものようにハッピーセットを開けて、ワクワクしながらビニールを破ったものです。
そしたら……いたんですよ、“”アイツ“”がね……!

それがナルトとのファーストインプレッションです。なんでアレ捨てちゃったんだろ……ほんと後悔しかない


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