幻想郷異変~怒りの日~ (厨坊)
しおりを挟む

Chapter0

これは東方の幻想入り小説です。
能力や展開には作者の勝手な考えと解釈が反映されます。
それを不愉快に思われる方は戻るボタンを押してお帰り下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるならば、そこはまるでそう。どこまでも深く、どこまでも暗く、そしてどこまでも何もない。それを見た者は、それが誰であっても同じ感想を抱くであろう。

 

 

ここはどこまでも虚無に満ちていると。いや、そもそもどこまでも暗いというのならば、それは見えているとは言えず、距離感などはつかめる筈もない。

 

 

光も音もないこの空間では、何が有ろうと全てわからないの一言で片付いてしまうだろう。そんな、どこまでも何も見えない空間であったが、突然にフッと小さな輝きが湧き、その周辺だけを照らし出した。

 

 

そこには、何かがいた。姿形はおそらく人間であると推測はできる。光によって照らし出された影も、人型を映し出していて違和感がないように思えた。だが。その影の主は、光に照らされたモノの姿は、まるでこの空間と同じく、どこまでも不気味な存在だとしか言いようがないような存在であった。

 

 

その人物を見ようとすれば、姿がぼやける。その存在を認識しようとすると、その過程で認識したものが何重にもぶれる。ハッキリと言ってしまえば、その人物を明確にとらえることができない。これを不気味と言わずなんというのか。何より、その人物から感じられる気質というものだろうか。

 

 

それが途方もなく、歪み、曲がり、狂っているものだと、見る者すべてを不快にさせる。そんな、敢えて例えるならば幽鬼のような男は、やがて腹の底から腐りきったような、しかし嬉しそうな笑声を突如として上げ始めた。

 

「フ・・・フフフフ・・・フハハハハハハハハハッ!!」

 

 

その笑声はどこまでもこの虚無空間に響き渡り、反響し、静かだった空間を狂気と狂喜で満たし始める。やがて抑えられなくなったのか、細身の体を自身で抱えるように腹部のあたりをきつく抱きしめて、ひたすら笑声を上げ続ける。

 

 

それが止んだのは一体どれほどの時が経ってからだろうか。

 

 

それはまるで刹那の時間であっあたかのようにも感じられるし、途方もない時間のようにも感じられた。どちらにせよ、笑声が止んだ虚無空間であったが、今ではその空間も虚無と言えるだろうか?

 

 

否、そこはもう虚無ではなかった。だが、それ以上に不気味さを増した狂気の念に満ちた空間であった。

 

 

もしも最初からこの空間に人がいたとしたら、急に変わった空間の雰囲気を感じ取り、まるでその男の腹の中にいるようだと思うことだろう。

 

 

「いやはや・・・これで一体何度目か。最早数得ることなどできぬし、しようとも思わないが、これほどまでに繰り返すと不思議と回数を気にしてしまうものだ。女神の抱擁による最期、ただそれのみが望みだというのに・・・」

 

 

男の言葉は、事情を知らないものが聞けば、それはさも意味不明な言葉に聞こえるだろう。当然である。事情どころか、初めて会った人間の内面事情を察することができる人間など、いようはずもない。

 

 

いるとすればそれは、人の形をしたナニカである。だが、ことこの男の願いに至っては、それが幸運であるといえるであろう。

 

 

逆に、もしもこの男の願いがわかってしまったとすれば、その瞬間、頭の中身が沸騰しても可笑しくない。それほど、この男の願いの根底にある思いというのは、酷く歪んでいるものだった。

 

 

「しかし・・・これほどまでに繰り返したというのに、全く進歩がないというのもバカらしい事実だ。ここはひとつ、盤上を取り払い、仕切り直し・・・いや、新たに作り出すというのもありやもしれぬ」

 

 

そんな相も変わらず意味不明な言葉を吐き続ける男は、言葉を言い終えてから数秒、口元をこれ以上ないくらい歪め、そして先ほどまでとは比べ物にならない狂喜の笑みを浮かべた。

 

 

そんな男の目線の先にあるのは、新たに発生した光点。水晶のようなものに映し出された映像、いや光景は、この現代では珍しい手のくわえられていない自然という言葉があう場所を映し出していた。

 

 

「霊地的な要素はこれ以上ないくらいに破格、そしてそれ以上に強い器の存在も感じる。これならば問題はない。これが果たして吉とでるか凶とでるか・・・いずれにしても、失敗したのであれば再び繰り返すだけなのだがね。そう、私の願いが叶うまで。未来永劫、何度でも。それが那由他の先ほどの回数であろうとも」

 

 

男は心底楽しげな表情を浮かべ、やがて結論を下した。口元にいたずらを思いついたような子供のような笑みを浮かべ、まるでオーケストラの指揮者のように腕を振り上げ、含み笑ってタクトをふるう。

 

 

「さぁ、此度のクランギニョルを始めよう。我が息子、そして此度舞台に選ばれた地の住人よ。期待の程はそれほどしていないが、それでも私は希おう。どうか私に、私達に、未知を魅せてくれ」

 

 

その瞬間、男のワードを歯車として、ここではない何処かでその舞台演者たちが劇に上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ォォオオオオオオオ!?んだ、コレハァ!?」

 

「ッ、一体・・・!?」

 

「これは・・・・・・」

 

「まさか・・・」

 

「ひっ・・・!?」

 

「きゃあああああっ!?」

 

「・・・・・・」

 

「ふん」

 

「・・・・・・」

 

「ん~?」

 

 

様々な困惑な声と、そして不満そうな気を放つ演者たち。当然の事態に、頭の中は困惑を占めているだろう。当然だ。なぜなら彼らは、彼女らは、突如として下に下に落ちているのだから。しかし、そんな中でもただ一つ、別格とでもいえる器の存在が小さく微笑を浮かべて虚空に向けて言葉を吐いた。

 

 

「これも卿の計らいか?我が友、カールよ」

 

 

それに対する応えはない。だがしかし、言葉を吐いた男には友人の笑い声が頭の中で木霊していた。それを気のせいやら自身の想像と考えることはなく、男は中空に向けて言葉を吐いた。

 

 

「よかろうカールよ。では、始めようか。私も卿と同じく、希おうではないか。この狂おしい既知を、脱却不可能な牢獄(ゲットー)を壊して、私に未知を見せてくれ」

 

 

その言葉を最後に、黄金の獣と呼ばれる彼も、その姿を消した。彼らが向かったその先。そこは、幻想郷。ある意味では、彼らが行き着くには真っ当な場所なのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?紫様!!」

 

 

突如、均衡が保たれていた結界をすり抜けて幻想郷に入り込んだ異物の気配に、それを感知したキツネ耳を生やした少女が悲鳴のような声を上げた。その声に言われるまでもなく、紫様と呼ばれたキツネ耳の少女と同じ綺麗な金髪を長く伸ばした少女は、その異変に気づき眉を潜めていた。

 

 

「藍、アナタから見て結界に干渉された痕跡はわかるかしら?」

 

「え?いえ、それは私には何とも・・・っていうか、結界のことに関しては、基本的に紫様が管理されているので私にはそれほど深くわかりませんよ」

 

「それにしては、結界に何かが干渉したのは分かってた癖に~。まぁでも、何はともあれ私と霊夢の結界を壊すことなくいとも簡単に干渉をするなんて。これが何者の仕業だとしても、ただモノじゃないようね」

 

 

片目を閉じて、可愛らしく肩を落とす少女。この少女こそ、幻想郷の創始者にして守り神と言っても過言ではないすきま妖怪、八雲紫。そしてキツネ耳の少女が、九尾の式神の八雲藍である。

 

 

幻想郷は紫とこの楽園の巫女、博麗霊夢の結界によって外界との接触を遮断しており、その結界の強靭さはとてつもないレベルである。

 

 

それをいとも簡単に、しかも壊さず突破するとは一体どれほどの所業なのか。それが分かるだけに、紫と藍の2人はそれを脅威に感じているのだ。

 

 

「まぁ、それは追々調べておけばいいとして、とりあえずは幻想郷に入り込んだ目的を調べるべきかしらね?」

 

 

「簡単に言いますね?そう言って調べるのはいつも私なんですから」

 

 

「あら?式神なんだから、主の意向をくむのは当たり前の事でしょう?幸いというべきなのか、今回結界に干渉したモノは、結界の破壊を目的としているわけでもなさそうだし、それは気にしなくてもいいでしょう。それが目的ならば、わざわざ幻想郷の中に入り込まなくてもこれだけの腕前を持っているのだから、外界から結界を壊すなんて難しくなかったでしょうし」

 

 

「確かに一理ありますが、それでも悠長に調査するというのもいかないような気がしますが。これは私の勘ですが、今回幻想郷に入り込んだ異物ですが、何か良くないモノを感じる気がします」

 

 

藍が会話で緩みかけていた空気を引き締めるように、眼光を鋭くキュッと唇を引き締めて言った。すると、それは紫も同意見なのか緩んだように見える表情が、よく見れば眼だけは笑っていないのが分かる。

 

 

それを見て、藍は自分のなすべきことを理解した。それ以上は何も言わず、ただ首だけで頷いて音も立てずにその場を去る。

 

 

後にただ一人残された紫は、膝の上で丸くなって眠っている藍の式神である橙の頭をやさしく撫で、傍らに置いてあるお猪口に残った酒を一気に煽って頭上の月を見上げる。

 

 

「どうやら、また騒がしいことになりそうね」

 

 

紫の予言めいたその一言は、夜の闇にまぎれて消えていったが、その予感だけは消えることなく頭の中に残り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初めまして、厨坊です。
初めての小説投稿になります。
最早使い古されてそうな設定ですが、付き合ってくれる方はどうぞよろしくお願いします。
あと展開的に不愉快なことになるかもしれませんが、それが受け入れられないという方は申し訳ありません。
Diesキャラ勢はクロスオーバーになると扱いが難しいですが、きちんと考えて進行させていきます。
ですがニートの表現力と言い回しが難しくてやりづらいです。読んでいる皆さんに、あのニートのうざったらしい高笑いが脳内再生されていると嬉しいのですが・・・・・・無理ですね、すいません(笑)


では第1話で再び会いましょうノシ

PS.投稿は不定期になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅰ 躍動する者達

連続投稿です。と言っても書き溜めていた分ですが・・・


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぉおおおおおおおお!?ッ、一体何が起きやがった」

 

 

ズドンと、重く地面をへこませるような衝撃と共に、そこに1人の男が降り立った。男は忌々しそうな表情と困惑を混ぜ込んだ表情をしつつも、直ぐに何が起きたのか推測をたてることにした。

 

 

が、深く悩む必要性は特になかった。何故なら、このような状況に陥るのも起こす者の存在にも、これ以上ないくらい心当たりがあったからだ。

 

 

それに至ったのと同時に、男の心中はこれ以上ないくらいの負の感情に満たされた。自らの心中に溜まった鬱憤を晴らすかのように、ペッと唾を吐き捨てて異常な程尖った犬歯をむき出しにする。

 

 

そんな男の表情は、荒事に慣れたプロでも一線を引かざるを得ないであろうというほど、恐ろしく畏怖を抱かせるものだった。

 

 

身体はそれほど大男というような体躯ではない。しかし、まるでバレーダンサーのように均整がとれているものの、無駄という無駄が見られない筋肉質の体躯は、見る者が見ればその道のプロと一目で気付くだろう。

 

 

何より、男が身に纏っている服装がそれを象徴していた。複雑な星形のような図柄の記された腕章に、SSという文字の部隊証。

 

 

それは嘗て、第一次大戦言うところのWW1で恐れられることとなったヒトラー率いるナチス軍の証。しかも、SS部隊といえばどこの所属化は明白だ。だが、それ以上に男を畏怖するものはその顔にあった。

 

 

色素が完全に抜け落ちている真っ白な髪に血のように紅い瞳。特にその瞳は、飢えた獣がする目と比べても遜色ない。

 

 

「チッ!!クソがっ!!メルクリウスの野郎、今度は一体なぁに考えてやがる!!いきなり説明もなしに、意味不明なことやらかしやがって。マレウスやクリストフの野郎の気配も近くに感じねぇ。完全に孤立したってことか?」

 

 

口で悪態をつきながら、男は状況を考察する。理由はわからないもの、事の黒幕は把握している。状況は理解できず、同じ組織のメンバーも近くにいない。普通に考えれば、彼の置かれた状況は最悪の一言につき、また状況の打破も見込めるような状態ではない。だが、それは普通の人間であればの話であった。

 

 

その男、ヴィルヘルム・エーレンブルグという存在は、人間という範疇に収まることがない怪物、バケモノである。自身を吸血鬼と自称し、自分以外のものを略取し搾取する。その様は、まさに吸血鬼といっても過言ではない。

 

 

なにより、彼自身生来の体質上日の光を好まず夜の世界を好んで行動する節がある。そんな彼の常軌を逸した性質と徹底したその生き方は、まさに人外と称するに相応しいものであった。

 

 

「ま、とにかくだ。命令がないってことは、それまでは好き勝手にやっていいって解釈をしていいってことだよな?なんだかよくわからねぇが、うっすらとではあるがあの人の気配みたいなもんは感じる。だったらやることは一つしかねぇよな。カッハッハ、ククッ、フハッ、カッハッハッハッハッハ」

 

 

突如、狂ったように腹を抱え哄笑する吸血鬼。その哄笑に恐れ慄くように、静かだった森から慌ただしく羽音を立てて飛び去る夜鳥達。

 

 

それを見ることもなく、ただただ狂った笑声を上げ続けたケモノは、ただ一人、夜の闇にまぎれて行動を開始する。何故なら今は夜。彼の行動時間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイタタタ、まったくもう。一体全体何なのかしら?」

 

 

白貌の鬼が降り立ったのとほぼ同時刻、場所は異なるが彼と同じ組織に所属する者たちは、例外なく同じ世界に降り立っていた。しかし、彼らが降り立った場所はそれぞれが異なっていたのだ。いや、勿論全員が全員違う場所に降り立ったというわけではないのかもしれない。

 

 

それでも、その森には美少女と呼称してもよい外見をもつ彼女しかいなかった。

 

 

「まぁ?深く考えなくても、こんなことする奴って言ったらメルクリウスの奴くらいしか思いつかないけど、それにしたって毎度毎度説明も何もなしって。どうしてこっちの都合を考えてくれないのかしらね」

 

 

外見に違わず可愛らしく悪態をつきながら、いじけた様に頬を膨らませ地面を小突く少女。しかし、その外見とは真逆に内面の方は白貌の鬼と比べても勝るとも劣らず、濁り汚れ暗いものを宿していた。

 

 

それも当然である。彼女もヴィルヘルムと同じ組織に属する、1人を除けば最も長く生き続けている魔女なのだから。

 

 

その魔女、ルサルカ・シュベーゲリンという少女の本質は、まさに魔女と呼ぶに相応しいものだ。なにせ、拷問を趣味としていたいけな少年少女から、年齢に関係なく甚振ることに喜びを覚えるサディスト。人間など、自分の欲を満たすための餌としか考えていないような悪女。

 

 

ヴィルヘルムからも称賛されるその趣味は、それはバケモノの趣味としてという前置きが付き、普通の人間からすればただの度し難いバケモノとしかならない。

 

 

幾ら戦争経験者とはいえ、平和な世の中でもその力を発揮させる彼女は、一般人からすれば脅威の塊である。勿論、彼女だけが脅威というわけではないのだが、弱者をこれ以上なく辱めて殺すということを考えれば、他のメンバーよりも残虐性は高いのだろう。

 

 

他のメンバーは、ヴィルヘルムにせよ誰にせよ、基本的に弱者をいたぶるような性格をしているのは極少数で、それ以外はアッサリと命を刈り取るものがほとんどなのだから。

 

 

「さてと。とりあえずどうしよっかな。ベイやクリストフ、バビロンにレオンの気配は近くには感じないし。もしかして、全員が全員別の場所に飛ばされたとかなのかしら??まぁ、心配なんてするような連中でもないしね。とりあえずは、クリストフと合流するべきなのかしら」

 

 

考えを口に出しながら、唄うように言葉を紡ぐ魔女。その言葉には、妖しげな魅力のようなものが付加されているかのように、甘く優しげで誘うような音色を放っていた。そして、その魔女の言葉に吸い寄せられるようにして、人ならざる気配が数体ほど音を立てて近寄ってきた。

 

 

それを最初から感知していた魔女は口の端を釣り上げると、猫のような愛嬌を持った表情を浮かべて気配の方に体ごと振り向いた。

 

 

「さてさて、どうやらお客様が来ちゃったみたいだし、これは私からもおもてなしをしなきゃだめかなぁ?まぁ、でも構わないかしらね。何か人間の気配じゃないし、動物ってわけでもなさそうだし。一体どんな生物が見れるのかしら」

 

 

魔女は言外に、気配の正体は自分たちと同じような人外だと語っていた。そしてそれは正しい。何故なら、次の瞬間現れたのは、何とも形容しがたく醜い生物。東洋であれば妖怪、西洋であればモンスターやクリーチャーなどと呼称されるような存在だったからだ。

 

 

常人であれば、そんなものは見た瞬間に腰を抜かし、逃亡もできずに喰われて終わっていたことだろう。ただし、それは常人に限る。魔術の粋を極め、200年を超える年月を生きてきた魔女に対して常人という言葉など当て嵌まるわけもない。

 

 

魔女がしたことといえば、妖怪の姿を見た瞬間にわざとらしく可愛らしい悲鳴を上げ、それから腹を抱えて笑う。ただそれだけの事だった。そんな彼女を前にして、常時であれば人間を圧倒する妖怪たちが感じたのはただ一つ。

 

 

今目の前にいる存在は、規格外のバケモノであるという紛れもない恐怖の念だった。ここは魔法の森と呼ばれる森だ。強力な妖怪が住処とし、夜は朝や昼とは比べ物にならないほど脅威を増す魔の森。

 

 

空気でさえとてつもない魔素を含み、通常の人間であれば気にあてられる。そんな場所では、特別な人間でもない限り、満足に呼吸もすることさえ敵わず、ましてや戦闘などもってのほか。

 

 

いつもなら、出会った瞬間に喰い殺して終わりのパターン。しかしそのパターンは、今をもって全く逆の構図へと変わってしまっていた。つまり、魔女が捕食者で、妖怪が獲物。

 

 

「ふ~ん、なんか面白い姿をしてるわね。こういうのなんて言うんだっけ?クリーチャーだったか、モンスターだったか。ま、どっちにしてもいいかなぁ。どうせ何であろうと、ヤル事は変わらないんだし」

 

 

またしても可愛らしい笑声を上げる魔女。しかし、事ここに至ってもその笑声を額面通りに受け取る存在などいなかった。笑声に含まれた発狂しそうなほどに、心を恐怖で揺さぶる甘い声。その声に囚われた瞬間に、妖怪達の命運は既に決まっていたのだ。

 

 

 

そして彼女もいつも通りに、手順を間違えず事に取り掛かる。違うことといえば、脳内を駆け巡る残虐な構想そのもの。人間であれば耐えられないような苦痛も、化け物ならば耐えられるだろうと期待する。

 

 

常であればそんなことを考えるわけでもないのに、そんなことを考える理由はただ一つ。魔女なりに怒りを覚えていたからだ。

 

 

妖怪達は運がなかった。その後、魔女の狂った笑声が不気味なほどに静かに森に響き渡り、同時に形容しがたい悲鳴が木霊した。そしてそれは、魔女が満足するまで止むことはなく、妖怪達はその命が尽きるまで苦痛の念に苛まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・はぁ・・・こ、こは、一体?」

 

 

苦しげな重い息を吐き、痛む頭を右手で抑えつつ重い瞼をゆっくりと上げて黒髪の少女は立ち上がった。ゆっくりと辺りを見回してみると、そこは薄暗い森の中だった。見覚えのない風景に、困惑の表情を浮かべて一歩踏み出したその時だった。

 

 

「漸く起きたようですね、レオンハルト」

 

「ッ!?」

 

 

突如、背後から発せられた声に驚愕して振り返る少女。少女の視界に入ってきたのは、カソックに身を包み首に十字架を架けた金髪の青年。

 

 

服装からわかるように、神父である。だが、彼女にとってその存在は、神父という役割など関係なく首を垂れる存在であった。黒髪の少女、櫻井螢とルサルカとヴィルヘルム、そしてその他10名が属する組織聖槍十三騎士団黒円卓の首領代行。

 

 

聖餐杯と称される青年、クリストフ・ローエングリンは首領がいない今は現団員で事実上のトップと言っても差支えのない存在だ。加えて、幼少のころから神父にあらゆることを教わった彼女にとっては、他の団員よりも強い意味を持っている。そんなこともあるからだろうか。少女は困惑の色を載せた瞳で神父を見て問う。

 

 

「猊下、これは一体」

 

「さて、私にも何がどうなっているやらといったところですよ。あなたが気絶していたのは数分ですし、そんな僅かな時間で解決するような問題でもありませんしね。まぁ、誰の仕業かと言うのならばわからないでもないですが」

 

「・・・副首領閣下、ですか?」

 

「ええ、一体どんな御業を使われたのか、私には想像もできませんがね。ですが、気が付いた時には別の場所にいたなどと、そんな途方もないことができるのはあの方を除いて存在しないでしょう。尤も、その目的についてまでは私にもわかりかねますがね」

 

 

神父はそう言って、苦笑いを浮かべる。櫻井はその物言いから、よほど奇人だと思われているのだと副首領について認識を改めた。彼女自身は、黒円卓に属したのがここ最近だったために、副首領と呼ばれる人物に会ったことがなかった。

 

 

話題についても殆ど上がらず、ただ全員が全員一貫しているのが副首領、カール・クラフトを疎ましく思っているということだった。何故そんな風に疎まれているのかというと、理由は単純だった。櫻井を除く騎士団の全員は、彼に出会い聖遺物を授かった時に呪いをかけられたのだ。

 

 

それは人それぞれ違うものであるが、どれも一貫して言えるのが本人にとって最も最悪なものだということ。絶対的な力の生みの親でありながら、それと引き換えと言わんばかりに絶対的な呪いを一方的に言い当てられた。

 

 

それからというもの、呪いをかけられた者たちはその牢獄(ゲットー)の脱却を試みたのだが、誰一人として未だそれをなしえた者はいなかった。その理由も当然といえば当然なのだが、それについては未だ誰一人として知らない事実だ。

 

 

「それにしても・・・ここは一体何処なのでしょうか?猊下は私が気絶している間に何か手がかりを得たのですか?」

 

「いやいや、流石にそれは無理ですよ。時間はわからないものの、空を見れば深夜ということぐらいはわかりましたがね。わかったことといえば、何やら不穏な気配を感じるということと、あくまで勘ですが、我々全員が副首領閣下の用意した舞台に招待されたということですかね」

 

「ベイやマレウスの気配を感知したのですか?」

 

「それは無理でしたが、なんとなくですよ。それに、そのようなことは数日もたてば判明するでしょう。マレウスはともかくとして、ベイ中尉はこのような状況に陥った場合大人しくしているとも思えない。直ぐに何らかのアクションを起こすでしょう。となれば、その場所に赴けば済むことです」

 

「なるほど。確かに、奴が大人しくしているとは考えにくいですね」

 

 

櫻井はチラリと脳裏をかすめた白貌の男の顔に、眉を潜めて頷いた。神父はそんな櫻井を見て大きく頷くと、これからの行動方針を頭の中で考察する。元来、彼は黒円卓では戦闘系ではなく参謀系として皆を束ねる立場にある。であれば、これからの事を考えるのは彼にとっては当然といえることであった。

 

 

予測外の事態と言わざるを得ないが、この程度で狼狽える様であれば魔物の巣窟である黒円卓を仕切ることなどできていない。戦闘が得意でなくとも、これまで一癖も二癖もある連中を束ねてきたその実績と技量は、新参の櫻井から見ても疑いようがなかった。

 

 

やがて考えがまとまったのか、今までは細く閉じられたいた瞼がスッと見開かれ、冷酷な光を宿した翠眼が闇を切り裂いた。

 

 

「ではまず、私たちは情報収集をしつつ、他の団員との集結を目指しましょうか。リザは頭がキレる。私が何も言わなくとも、すぐに今なすべき事を考えて行動を起こすでしょう。となれば、操縦者が必要なトバルカインはおそらく彼女と一緒にいる筈。

 

 

もしかすると、ゾーネンキントも一緒にいるかもしれません。ベイ中尉については、先ほども話した通り。後はマレウスですが、彼女も頭がキレる。リザと同じように、いずれ向こうから接触を図ってくるでしょう。

 

レオンハルト、あなたは私と一緒に来てもらいます。必要があれば指示を出しますが、何分我々も現在土地勘には疎い。想定外の事態がないとも言い切れない以上、我々が別れて行動してしまっては不都合が出た場合どうしようもできなくなる」

 

 

「わかりました。では、一先ずはどうしますか?」

 

 

「とりあえずは、この森を抜けましょうか。何れ舗装された道に出るかもしれません。そうなれば、人の住む町なども目に入ってくるでしょう」

 

 

神父はそう言って、見開いていた眼をスッと閉じた。次の瞬間には、胡散臭い笑顔が顔に張り付いていて、それを見るだけでは彼の本質など中々見抜けるものではないだろう。櫻井は内心で感心しつつ、目の前をそれ以上何も言うことなく歩き出した神父の後姿を追って、自身も足を動かした。




第1話です。次はちょっとした戦闘のやりとりを入れる予定です。沸点の低い好戦的な彼です・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅱ 暴虐のケモノ

書き溜めです。次からは当校予定日未定です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒よりも黒く、月明かりのみが光源となって辺りを照らす幻想的な自然の景色の中。頭上に浮かぶ月は、あと数日ほどで満月となり、それを肴に酒を飲めばそれだけで楽しめるだろう、自然の至高の景色。

 

 

月の光には魔力が宿ると昔から言い伝えられているが、それを見る限りそれも迷信ではないと思ってしまうような光景。月の光に照らされた木々は、それぞれが天に届かせようと背比べをするように高々とそびえ立っている。

 

 

その大きさを見る限り、そのどれもが樹齢数百年にも渡るだろうと素人目に見てもわかるだろう偉大さだ。人間と違い、自然に何の病に侵されることなく育てば、人の数倍から数十倍は生きるであろう樹木は、それに恥じぬ壮大さを誇っていた。

 

 

だが今宵、ここに至っては、その見るからに壮大で偉大な樹木が、まるで紙細工でできた張りぼてか、砂糖菓子でできた脆い飴細工であるかのように、1匹のケモノが蹂躙していた。

 

 

「オラァアアアアア!!しつけぇんだよ、カスがぁあああああああ!!」

 

 

男の雄叫びと共に振るわれる剛腕。それはただ真っ直ぐと突き出した腕であったが、その腕が直撃した肉体は冗談のように、薄汚い液体と臓物をまき散らして四散した。男はそれを気にした風もなく次の獲物に目を向け、そして同じようにただ愚直に突進して柔らかい肉体を潰しにかかる。

 

 

それが既に両手の指で数えることができなくなった頃、辺りは血臭と死臭の腐敗した空気に満たされていた。それを最後に生物の息吹すら感じられなくなると、男は不愉快そうに大きく舌打ちをして、足元に散らばった残骸を思い切り踏みつけた。

 

 

それと同時に、踏みつけられた残骸が白い煙を上げ数秒と経たずに灰となり風に流れて散っていく。

 

 

「チッ、見慣れないモンが飛び回ってたかと思えば、立派なのは見た目だけってか?ふざけんなよ、畜生。こっちはこんなくだらない場所に連れてこられて、これ以上ないくらい鬱憤が溜まってんだ。化け物なら化け物らしく、もっと抵抗して見せろや」

 

 

言葉に含まれている感情は、これ以上はないというくらいの憤怒。自分が狩ったもはや塵すら残っていない化け物に対して、これ以上なく悪態をつく白貌の鬼、ヴィルヘルム。

 

 

彼がこれほどまでに怒るその理由は至極単純で明快なものだった。自分をその気にさせたのだから、その代金分くらいは楽しませて見せろ。

 

 

そんな、酷く自己中心的なふざけた理由。殺された側からしてみればたまったものでもないだろうが、先に襲い掛かったのは妖怪の方なだけに、一方的というのだけは少し違うであろうが、それにしてもヴィルヘルムの怒りは理解されるものではないだろう。

 

 

何せ、普通ならば殺されかけた事に怒りを覚えるというのに、自分を楽しませられなかったなどということに怒りを覚えられても共感を得られることは皆無に等しく、冗談のような感情。

 

 

では、ふざけて言っているのだろうかと言われれば、それは断固として否と答えるであろう。何故なら、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男は、存在からして闘争本能の塊であるからだ。

 

 

相手が誰であろうと牙を剥き、相手の喉笛目がけて喰らいつく。唯一の例外は彼が認めた至高天である黄金の獣のみ。

 

 

それ以外の者が自分の上に立つなど断じて認めぬ、ふざけるな、身の程をわきまえろ劣等と、口汚く相手を罵りながらその身を啜り抉り殺し尽くす。生まれからして他者とは一線を引いている彼が、普通に育つなど有りえぬからして、そんな自分と認めた黄金以外を蔑ろにするのは当然といえよう。

 

 

生まれてこの方、下種以外の生き方などしてこなかったが故に、これまでぶれずに最悪と暴虐の名を欲しいがままにしてきたのだ。

 

 

「チッ、どいつもこいつも雑魚ばっかじゃねぇか。冗談じゃねぇぞ、ふざけんなよメルクリウスのクソ野郎が。シュピーネの野郎が殺られて、漸く戦争っぽく盛り上がりかけてたってのをあの野郎。こんな見てくれだけのクソ詰まらねぇ劣等ばっかの世界に放り込みやがって。いい加減怒りで脳ミソ沸騰しそうだぜ」

 

 

ゴキゴキと、両の拳を威嚇するように鳴らし、怒りと敵意をそこら中に撒き散らしながら歩みを止めないヴィルヘルム。サングラス越しにもわかってしまう紅い光を放つ凶悪な両目は、素人ならば見ただけで息を詰まらせて死にかねない殺気を放っていた。

 

 

そのせいか、妖怪の気配は相変わらず遠くからするものの、彼が近づくたびに遠くに気配が遠ざかっていく。元々雑魚は歯牙にもかけない性格な為に、それをわざわざ追ってまでして狩り尽くそうとは思わない。

 

 

だがそれでも、今のヴィルヘルムはそんな雑魚でも憂さ晴らしに虐殺してしまおうかと、そんな風に思ってしまうほど苛ついていたのだ。元いた世界では、退屈な60年がようやく終わり、これから楽しい花火を打ち上げるという時にこの仕打ちだ。

 

 

元来沸点が低い為に怒り狂い、その怒りを撒き散らす相手ぐらいは用意しろと、今もどこかで見ているであろう水銀に向けて、所構わず殺気を投げつける。

 

 

届かぬとはわかってはいても、何もせずにはいられない。いつまでも好き勝手操っているつもりでいるな、俺が従うのは黄金の獣のみだお前じゃないと、彼以外の者にとっては理不尽な怒りをどれほど巻き続けただろうか。

 

 

生物の気配がほとんどなくなり、虫の羽音さえ聞こえなくなりヴィルヘルムの鳴らす軍靴の足音のみとなり10分が経過した頃だろうか。

 

 

急に視界が開けて、目の前に現れた毒々しい程に赤い、というより紅い洋館が姿を見せた。常人なら趣味の悪く目に痛い色彩と嘆くものを、ヴィルヘルムは口角を上げてカハッと笑みをこぼした。

 

 

「何だよ、今時分随分いい趣味した建物じゃねぇか。鮮血でもぶちまけた様な紅い屋敷たぁ、俺と随分趣味が合いそうな持ち主だ。一目会って、世辞の一つでもいいたくなりそうだぜ」

 

 

一人呟いて、先ほどまでの機嫌の悪さが嘘のように笑みを浮かべるヴィルヘルム。彼の言う世辞と言うのが、文字通り言葉通りのものであるかどうかは言うまでもないだろう。

 

 

しかし、彼がこんなに狂喜の念を浮かべているのは、自分と趣味が合うような存在を見つけたからではない。強いて言うのであれば、それは獣の嗅覚というべきか。

 

 

自身を人間ではなく、吸血鬼と名乗る獣の嗅覚が、この館にいる存在の強さを嗅ぎ分けるとと同時に、予感めいた勘が彼の脳裏に閃いていた。このような色を好んだ存在は、彼が思う限り一つしかいない。

 

 

同族の自分が思うのだから間違いないと、彼にしては丁寧に正門まで回り込むことにした。そんな風にさせられるほど、今のヴィルヘルム・エーレンブルグは機嫌がよくなっていた。

 

 

それこそ、ドイツ軍の軍歌でも歌いだしても構わないと思うほど高揚し、興奮していた。それを証明するように、彼が歩くたびに夜の闇に静かに響き渡る軍靴の足音も楽しそうに、踊っているように聞こえてくる。

 

 

やがて、彼の足がピタッと止まりその鬼火のように燃えたぎっていた瞳が、スッと正門を見据えた。門との距離はあと10メートルもなく、人外の運動能力を持つヴィルヘルムなら一瞬で詰められる位置にいた。

 

 

しかし彼はその足を止めた。否、止められた。普段であれば嫌そうな顔をする所だが、今回ばかりはそのような表情を表に出さなかった。代わりに浮かべているのは、子供のように無邪気で純粋な笑顔でありながら、想像するだけで背中を走る悍ましさ。

 

 

その瞳に見詰められれば、サングラス越しにも拘わらず戦闘のプロでさえ発狂しかねないであろう恐ろしさ。しかし、彼の悍ましい視線を受けてなお微動だにせず、きっちりと背を正して門の前に立ちふさがっている人影は人間なのか?

 

 

答えは否。そのような視線を受けて尚、顔色一つ変えない存在を人間などと認めていいはずがない。姿形は確かに人間。見目麗しいと表現しても遜色ない美顔に、性別を象徴するかのようにスラリと細い体型ながら抜群のプロポーション。

 

 

しかし、その肉体は見るものが見れば、具大的な年月はわからないものの、長い時間を鍛錬に費やしたであろう雰囲気を纏っていた。そしてその少女の敵意の宿った眼光は、まっすぐと白貌の男に向けられていた。

 

 

「カハッ」

 

 

それを感じて最早耐え切れぬとばかりに、笑い声を漏らすヴィルヘルム。心の内で石炭が暑すぎる炎によって加熱され、爆発し、エネルギーへと変えていく。彼は今すぐにでも腹を抱えて爆笑したい気持ちを必死で抑え、あまりの興奮に呂律が回らなくなりそうな舌を必死に制御して言葉を吐いた。

 

 

「よぉ、いい夜だなガキ」

 

 

吐き出されたのは、そんな短い一言。ヴィルヘルムは目の前の少女を見た目通りの年齢で捉えていない。もしかすると自分以上に、長く生きているかもしれないと思って、いや、確信している。

 

 

しかし、それでも彼は目の前の少女をガキと呼んだ。それは何故か?答えは一つである。たとえ長い年月を生きていたとしても、自分の欲求のために奪い殺し吸い尽くしてきた自分の方が、戦場に身に置いた年月が長く、経験も上だと判断したのだ。

 

 

何より、たかだか長い年月を生きた程度でヴィルヘルム・エーレンブルグという男が、自分より上だと認める筈がない。何故なら、彼が唯一負けを認め膝を屈したのは過去現在未来を通してただ1人と決めている。

 

 

それ以外の至高天など彼は認めることはないし認めていいはずもない。何故なら彼は、黄金の獣の誇り高き爪牙であり鬣の1本なのだから。故に、ヴィルヘルムがこれからとる行動がただ一つに決まっていた。

 

 

「悪ィがちょいとそこを退いてくれねぇか?俺はそこに用があるんでよォ」

 

「そう言われて素直に退くと思いますか?私はこの館、紅魔館の門番です。見ず知らずの者に退けと言われて退く門番など、いるとは思いませんが」

 

「カハッ、まぁそうだな。確かに門番が素直に退いちゃぁマズイわな」

 

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

 

ニコッと笑って美少女が言葉を切る。ヴィルヘルムも釣られるように凶悪な笑みを浮かべ、体を弛緩させた。それを見て、少女の眼がキッと細まり、スッと音もなく両腕を構えた。

 

 

その反応と判断に、ヴィルヘルムは口角を上げて牙を見せる。言われずともわかる少女の反応が好ましい。下手な口上で無粋な真似をされることもなく、スムーズに事が進行するのが喜ばしかった。

 

 

「名乗れやガキ。これから俺が何するか、もうわかってんだろうが。それとも、戦の作法も知らねぇか?」

 

「そういうあなたこそ、名乗ったらどうです?訪ねてきたのに名前も言わずに用件だけ申し付けるなんて、不作法だとは思いませんか?」

 

「ククッ、アハハッ、クッハッハッハッハッハ。いや、参ったね。そりゃすまなかったよ。先に言っておいて、俺の方が作法がなってなくて悪かった」

 

「全くですね」

 

 

少女もヴィルヘルムの軽口に、口角を上げて笑みを見せた。少しばかり張りつめた空気の中に、緩んだ空気が漂った。しかしそんな状況が長く続くはずもなく、その均衡はすぐに破れることとなる。

 

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第4位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

 

「紅魔館門番紅美鈴」

 

 

開戦の合図は名乗り終えた直後となった。全く同時のタイミングで両者はその場を駆け、そして激突した。




どうでしたでしょうか?口調に違和感があれば指摘してもらえると幸いです。
次は別の視点に移ります。我らが主人公の〇炭ですww


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅲ 紅白の巫女

説明回っぽいです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ・・・一体何だってんだよ、畜生」

 

 

着地した際、思い切り叩き付けられた背中を撫でつつ、困惑した表情で青年が呟いた。結構な高度から打ち付けられたとはいえ、実のところ痛みの方は全くと言っていいほど感じておらず、さすっているのは日頃の癖といったところか。或いは背中の汚れを払うためかもしれない。

 

 

青年自身、その判断が付くほどに冷静でいるわけではなく、しかし兎も角現実から目を背けようとしてとった行動だったが、やがてそれを諦めて落ち着いて大きなため息をついた。

 

 

つい先日までだったら今の状況も冗談の一言で済ませられただろう。しかし、そんな現実は青年の中ではとっくに壊されている現実だった。

 

 

何せ、つい先ほどまで異常な殺し合いの真っ最中にいたのであって、自身も異常な連中の仲間入りを目出度くないものの果たしたところだ。今更何が起こっても驚くようなことはないだろうが、それでも困惑を浮かべるのは避けられない事だった。

 

 

それも無理もない。何せ、いきなり地面が抜けたかと思ったら浮遊感が身を包み、下に下にと落下していったのだ。どれくらいの時間、その浮遊感に苛まれていたのかはわからなかったが、それでも結構の間その状態に居たことは間違いなかった。

 

 

次から次へと非常識な展開に鬱陶しく感じる青年だったが、とりあえずは状況を確認することにした。両足に力を込めて地面から立ち上がると、月明かりのみで照らされた夜の闇を見渡してみる。

 

 

しかし、その目に映ってきたのは自然に育ったであろう樹木の群れと、目の前にある長い長い階段のみ。上の方を見上げれば、少しばかり錆付いた赤い鳥居が見えることから、上には神社があることが伺える。

 

 

とりあえず、神社に行けばここがどこなのかわかるかもしれないと考える青年だったが、その為には目の前の長ったらしい階段を登らなければいけない。行動を決めた途端に疲れることが確定して、大きなため息をつきつつ仕方なしに階段に足を向けた。

 

 

尤も、ため息をついたのは階段を上るのがそれほど疲れるからではなく、気分的な問題である。先日まで普通の人間だったために、感覚の方がそれに付いていかないのだ。そのせいか、長い階段を登りきった頃には普通に登ったのと同じくらい精神的な意味で疲労を味わうことになってしまった。

 

 

「ハァ・・・一体どうなってんだよ。これもヤツ等の仕業だってのか?常識外れの奴相手に何を言っても無駄なんだろうが、それでもこれは外れすぎだろ。せめて説明ぐらいよこせってんだ、クソッ」

 

 

登りきって早々ついた愚痴は、ただ虚しく夜の静けさに響くのみ。いるのは青年1人の為に返ってくる答えも返事もなく、更に虚しい気持ちになってしまう。とりあえず神社の賽銭箱の前まで歩くと、せめて神社の名前ぐらいは書いてないかと周りを見てみたところ、案の定目当てのものが青年の視界に入った。

 

 

「何々・・・博麗、神社・・・って、知らねぇよ。ほんと何処なんだよ此処は。博麗神社なんて名前、聞いたこともねぇよ」

 

 

それとも俺が無学なのかと、落ち込みつつその場にしゃがみこんでしまう。本当にこれからどうしようと、わりと現実逃避が入った思考で現状を考えていると、そんな青年の腕を横からツンツンと突く感触が襲ってきた。

 

 

それを感じて横に視線を送ると、そこには困った顔をした金髪の絶妙なプロポーションをした美少女が。それを見て、今まで忘れていた存在の事を思い出してアッと声を上げる青年。少女の方は、漸く自分に向けられた視線に満足しつつ口を開いた。

 

 

「やっと、きづいてくれた。レン」

 

「あ、ああ、ごめんマリィ。って、気付くも何もさっきまでいなかっただろ?」

 

「そういういみじゃなくて・・・レン、わたしのことわすれてたでしょ」

 

 

いじけた様にマリィと呼ばれた少女が口を尖らせると、青年藤井蓮はうっと息を詰まらせた。痛い所をつかれてそんな反応をしてしまったのだが、そんな彼の様を見て更にマリィの表情が険しくなっていく。

 

 

尤も、幾ら険しくしていっても可愛らしさが増すだけで、それを向けられる本人は何とも言えない気分になり小さく笑みを漏らした。

 

 

無意識なのだろうが、彼女のいつもと変わらない態度のおかげで、不安や困惑がスッと溶けてなくなっていくような感覚が彼の心を静めて言った。一体何が起こったのかは知らないが、人外の連中と殺り合うのに比べたら、それ以上に嫌なことなどある筈もない。

 

 

おまけに、今の自分は独りではなく相棒の彼女までいるのだから大丈夫と、自分を心中で鼓舞しながら座り込んだ地面からゆっくりと立ち上がった。

 

 

何が起きたのか全く理解できず、これから何をするべきなのかもわからない。ただ、未だ自分が生きてマリィをその右腕に宿しているということは、そういうことなのだと頭の中でスイッチを切り替える。どんな事情があるのかは蓮にはわからない。

 

 

しかし、ここに来る前の状況を考えるに、ここに来たのが自分だけだとは考えにくい。何より、今の状況が先日から事を構えている連中の仕業だとしたら、答えは言っているようなものだ。そこまで考えたところで、改めて周りを見渡してみると空が真っ暗だったのを思い出す。

 

 

とりあえず、行動するのは夜が明けてからでいいかと、こんな状況でも楽観的に考えて賽銭箱にでも背を預けようとした時だった。

 

 

「おいコラ」

 

「痛ッ!?」

 

 

乱暴な言葉とは逆に、何故か可愛らしい女の声が蓮にかけられたと同時、その頭に衝撃が走った。それで横を見てみれば、そこには紅白の装束に身を包み大きなリボンで髪を束ねている茶髪の少女がいた。その手に握られているお祓いで使うような木の棒を持っていて、おそらくはそれで彼を殴ったのだと思われる。

 

 

しかし、それは何ともありえないことだった。何せ今の蓮は聖遺物の覚醒にあたって、その肉体的強度はタンクローリーが突っ込んできても傷一つ負わない様になっているのだ。それが、少女に頭を殴られたくらいで痛みを感じるとは何事なのか。

 

 

もしや、目の前の色々と派手な少女もヤツ等と同類と考えたところで、腰に手を当てていた少女が口を開いた。

 

 

「ちょっと、こんな夜遅くに男女でいちゃこらしてとは一体どんな嫌がらせよ。しかも神聖な神社で何しとるか」

 

 

「・・・・・・あ、ああ、悪い」

 

 

「悪い、じゃないわよ。わかってるなら、そういうのは他でやってくれない?全く。夜中に話し声が聞こえると思ったら、まさか神社に不届き者が現れるとはね。全く、参拝客もまともに来ないってのに何でこういう変なのばっかりくるのかしら」

 

 

「まともに参拝客が来ないって・・・」

 

 

少女の言葉に呆れてため息をつくと、キッとキツい視線を蓮に送る。ただの人間の筈なのにその眼光は、彼が思わずびくついてしまうほど迫力のあるものだった。それと同時に、自分に縁がある女がそんなのばかりだという事に気が付き、嫌気がさしてしまう。

 

 

「何よ、文句あるわけ?っていうか、見ない顔だし格好もなんか変だし。もしかしてあなた外来人かしら?こんな時間にご苦労な事ね。しかも女連れだし」

 

 

「外来人?何を言ってるんだ」

 

 

「ん?ああ、まぁいきなり言われてもわからないか。女連れでこっちに自然に迷い込むなんて変な話だし、これもまた紫の仕業かしら?だとしたら迷惑なもんね。全く、こんな時間に何を考えてるんだか」

 

 

「・・・全く話についていけない。ってか、こいつも人の話を聞いてないし」

 

 

再び困惑の表情を浮かべる蓮。それと最近の出会いは、人の話をまともに聞かずにペラペラ話し出す奴ばっかだと、ほんの少しの怒りと今更になって目の前の少女は誰なんだという疑問が上がってくる。格好と今までの話を聞く限り、どうやら目の前の神社の縁者らしいが、勝手に文句を垂れているせいで口を挟む暇がない。

 

 

少しはまともな人間を寄越して欲しいものだと思う蓮だったが、自分の存在のことを思い出してまとももクソもないかと諦めの境地に至る。何はともあれ、目の前の少女の愚痴が終わってから事情を聴いた方が速そうだと判断すると、隣でおどおどとしているマリィの手を安心させるように握りしめ、彼はとても大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あんたたちは一体誰なわけ?っていうか、名前くらいいいなさいよ」

 

 

炬燵のテーブル片肘をつき、呑気に煎餅を齧りながら博麗神社の巫女である博麗霊夢は2人に言葉を投げかけた。それを聞いて、そういえば名前も言ってなかったなと今更ながらに気付き、蓮は自分の名前とマリィの名前を告げることにした。

 

 

「そういや、お互い名前も言ってなかったっけな。俺は藤井蓮、こっちの金髪の女の子はマリィ」

 

「・・・・・・それだけ?」

 

「は?いや、名前を言えって言ったのはそっちだろう?そっちの方こそ名前くらい言ったらどうなんだよ。見たとこ、あんたも日本人みたいだけど」

 

「・・・こんな夜中に、よそ様の神社でこそこそしてたのぐらい謝ってほしかったんだけど・・・まぁいいわ。私は博麗霊夢、この博麗神社の巫女よ」

 

 

霊夢と名乗った少女はそれだけ言うと、自分で入れた茶を一口啜る。人の自己紹介にそれだけとケチ付けたくせに、自分の方はどうなんだと蓮は思わなくもなかったが、口には出さなかった。

 

 

代わりに、彼女に出されたお茶と一緒に出かかったその言葉を飲み干す。何はともあれ、右も左もわからない状況の今の状態では下手に高圧的に出ない方がいい。

 

 

一先ず蓮は、少しばかり湧きつつあった怒りの念を、隣でボーっとしているマリィを見て気持ちを和らげる。それから、目の前の彼女に聞くべき内容を頭に浮かべ一つ一つ解消していくことにした。

 

 

「じゃあ質問いいか?」

 

 

「お賽銭を暮れるなら受け付けるわよ」

 

 

「金とんのかよ!!」

 

 

思わず反射的につっこんでしまう蓮。しまったと思った時にはもう、言葉は口から飛び出していてどうしようもなかった。そして、こんな風に何気につっこみ体質になってしまった原因である悪友を思い浮かべ、思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

思えば、今のような苦労体質になってしまったのは半分以上その悪友のせいなのかもしれない。初対面の相手に、しかも恥じる事も遠慮する事もなく賽銭を面と向かって要求する巫女も、神職としてどうかと思うものだがそんなモラルは彼の頭の中ではとっくに壊れている。

 

 

そんな常識的な事は、ここ2週間もたたない間に非常識の塊のような連中によって木端微塵に壊されたといった方が正しい。

 

 

「何よ、そんなにけちることないでしょう?こんな夜中に他人様を叩き起こして、お茶まで用意させたんだからそれくらいしてくれても罰は当たらないでしょうに」

 

 

「神社の巫女が言うセリフじゃないよな、それ。ったく」

 

 

ぼやきながら、仕方ないと言いたげにポケットに入った財布を取り出す蓮。しかし、財布の中にあるのは千円札が殆どで小銭の類は数枚程度しかなかった。札を出すのは賽銭としては不釣合いだなと判断すると、そのなけなしの小銭を炬燵の上にチャラチャラと音を鳴らして放るようにして置く。

 

 

と、その小銭を見た霊夢は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、隠そうともせずに舌打ちをする。そんな彼女の態度を見て頬が引きつる蓮だったが、時を待たずして吐かれた言葉が蓮の湧き上がった感情を霧散させる。

 

 

「そういえば、あんた外来人だったわね。向こうの通貨なんて貰っても、使い道がないじゃない。うっかりしてたわ」

 

 

「待て、だからその外来人ってなんなんだよ。見たところ、ここは外国じゃないだろ?神社なんてあるし、あんたは巫女だし。景色もどう見たって日本の田舎って感じだ」

 

 

「ん?ああ、そうだったわね。そこから説明しなきゃダメか、めんどくさい」

 

 

これまた露骨に顔をしかめる霊夢。よっこいしょと、およそ年頃の少女がだすべきではない言葉を吐いて、元々だらけていた姿勢を更にだらしなく崩す。心底めんどくさそうなその様子は、別段礼儀にうるさくない蓮でさえ何か言いたくなるものがあったが、ここで話の腰を折っても仕方がない。大人しく、文句も言わずに彼女が話の続きを話すのを待つことにする。

 

 

「あんたが何でここに来たのかはわからないけど、ここは日本であって日本じゃない。いえ、日本の中にあるけど別の場所って言ったらいいのかしらね。詳しい話をすると長くなるんだけど、兎に角ここはそういう場所なのよ。ここまではいいかしら?」

 

 

「スマン、正直つっこみ所が多すぎて何を言えばいいのかわからないんだが」

 

 

「却下・・・と言いたいところだけど、仕方ないわね。あんたと私が今いるこの場所は、例えるなら鏡の中の世界みたいなものなのよ」

 

 

「鏡の中?左右が逆にできてるとか、そういう意味か?」

 

 

「違うわよ。例えって言ったでしょ?あんたバカなの」

 

 

ピクピクっと、蓮の頬が何度か引き攣った。米神を触れば、青筋が浮かんでいることがはっきり分かるくらいのレベルだ。他者から見ても怒っているとわかる態度だったが、霊夢は全く気にしていない様子だ。会話を隣で聞いていたマリィですらおろおろとしているというのに、大した神経である。

 

 

「いい?例えば、鏡の中に自分のいる世界とは全く別の世界があったとする。だとしても、普通に考えればそんな世界に干渉できるわけもないし、かといってそちらに行けるわけもない。当然よね?そんなことができるなら、それこそ世の中何でもありだもの。

 

ゲームやフィクション?っていうんだっけ。そういうものの中ではありかもしれないけど、現実としてはありえない」

 

 

「・・・ああ」

 

 

「でも、それは真っ当な手段ではというだけ。そしてあなたは、その真っ当ではない手段でこちらに来ちゃったってことよ。私が考えられるパターンとしたら、知り合いのオバカ妖怪が暇つぶしで招き入れたか、それともあなたが元いた世界で存在を忘れ去られたかってとこなんだけど」

 

 

「待て、ちょっと待ってくれ。なんだよその妖怪だとか存在を忘れ去られるだとか」

 

 

これ以上、非常識な事態に驚かないと決めていた蓮だったが、その2つ、特に前者は聞き捨てならなかった。霊夢の話をそのまま受け取るとして、彼とて元いた世界ではイカレタバケモノと殺し合いをしただけあって、人間離れした物の存在を否定する気はなかった。

 

何せ、初めて会った時のヴィルヘルムやらルサルカやら櫻井やらは、普通に考えればありえない力を有していたし、今の蓮も同じくらい非常識な力を有している。

 

 

その証拠として、彼の首にはマフラーで隠されてはいるものの、酷く不吉で端から見れば気味の悪い斬首痕が、首の周りをぐるっと回って刻まれている。それは彼の首が斬り飛ばされた証であるし、それでも今生きているというのが彼の異常性を示している。

 

 

しかし、そんな彼でも妖怪というのは聞き捨てならなかった。何故なら、そんな自分を含めて今は人外の連中でもそれはあくまで後天的な話であるはずだからだ。初めは誰も彼も真っ当な人間、と

は言い難いだろうが普通の人間と変わりのない存在だったはずだ。

 

 

それが聖遺物を得るなりして、今のような桁違いのバケモノへと進化した。故に、その存在の根底は紛れもなく人間であるはずなのだ。

 

 

にもかかわらず、目の前の少女は妖怪などと平気な口で言ってのけた。それは言外に、人間の進化版などではなく生まれからして化生の身の存在が、ここには存在しているという証明に他ならない。

 

 

「人外のバケモノならともかく、妖怪だとか・・・マジでそんなイカレタのがいるってのかよ」

 

 

「まぁ信じられないのはわかるけどね。ここはそういう場所なのよ。何せここは幻想郷。所謂忘れ去られたこの世の楽園ってとこなんだから」

 

 

「楽園だって・・・?」

 

 

「そうよ。ここは外の世界で忘れ去られた・・・っていうか、幻想となってしまった存在の集う世界。外と完全に隔離され、真っ当の手段では知ることも干渉することもできはしない。それにいるのは妖怪だけじゃないわよ?

 

 

認めたくはないけど、妖精やら神様やら天狗やら。そんな外の世界じゃ空想の生き物になっちゃった存在が、わんさかいる世界なの。まぁ、少ないけど人間もいるし人里もあるしね」

 

 

霊夢の言葉に、今度こそ蓮は顎が外れるかと思うくらい口を開いて固まった。ここ最近で常識外のことについてはだいぶ慣れたつもりだったが甘かった。今現在、蓮がいるこの幻想郷という地は、非常識なんて言葉では片付けられないほど、この世の理から外れた場所だったのだ。

 

 

目の前の少女から聞かされた真実に、彼は柄にもなく途方に暮れてしまった。黒円卓の連中も、大概ジャンル違いのバケモノ揃いだったのが、ここでは普通の存在とまではいかなくても珍しいものでもないという認識なのだ。

 

 

「本当、どうなってんだよ」

 

 

こんな時は、いつもくだらない軽口を言ってバカにしてくる悪友の存在が、心底欲しくなる。だが、無いものねだりをしても仕方がない。何より、蓮はその悪友とは絶賛絶縁状態にあり元の世界でもどこにいるのか知らない状況なのだ。

 

 

蓮はさらに悪くなる状況に唇を噛み締め、他人の家にもかかわらず唾を吐きたくなる気分に陥った。

実際にそんなことをしようもんなら、目の前の少女に何をされるか分からない為行動には移さなかったが、それでも悪態をついてしまうのは仕方がない。

 

 

蓮はこれ以上ないくらい大きなため息をつき、未だ隣で危機感というものを持っていないのか、呑気にお茶を啜っているマリィを恨めし気な目で見た。

 

 

「マリィは何て言うか、やっぱずれてるよな」

 

「ん??レン、どうかしたの?」

 

「いや、どうかしたって・・・こんな意味わからない状況に陥って、どうにかしない方が凄いと思うんだがな。俺も大概常識外れな存在になったつもりだったけど、そりゃないだろ。マリィは不安に思ったりしないのか?」

 

 

蓮が若干呆れた視線をマリィに送り直すが、彼女はそれを気にした風もない。こりゃ本格的にダメかなと諦めかけたとき、マリィがふっと笑って不安そうに顔をしかめる蓮の頬に優しく触れた。

 

 

「だいじょうぶだよ、レン」

 

「・・・マリィ?」

 

「わたしと、レン、いっしょ。だからだいじょうぶ。2人ならきっと、なんとかなるから。なんとかしてみせるから。だってわたしは・・・」

 

 

その為のモノでしょう?と、その顔に似合わぬ大人びた艶やかな色を表情にのせて、蓮の耳元で囁いた。そんな彼女の恥ずかしげな行動に、顔を赤く染めた蓮だったが、直ぐにあの時の誓いを思い出してフッと自身も笑みを浮かべた。

 

 

「そう・・・だったな。頑張ろうマリィ。独りなら無理でも、俺達2人で」

 

「うん・・・」

 

 

蓮の言葉に、向日葵が咲いたかのような明るい笑みを浮かべるマリィ。そう、彼らは決して独りではないのだ。黄金の器を持つ彼女には、時の伴侶が付いていて、そしてその逆もまた然り。彼がいるから彼女はまともでいられるし、彼女がいるから彼もまたまともでいられるのだ。

 

 

そんな、この状況でも希望を持てる雰囲気を作り出していた2人だったが、ここがどこで誰が目の前にいるか。それをすっかり忘れていた。その結果。

 

 

「で・・・何あんたたちは、勝手にいい雰囲気を作り出して世界に入っちゃってるのかしら」

 

「うぉ!?」

 

「え?」

 

 

蚊帳の外になっていた巫女の、冷水を浴びせるかのような冷たい一言が、2人を正気に戻した。いそいそと体裁を取り繕うと姿勢を正す蓮を、冷たい目で睨み付ける霊夢。こればかりは、きっと誰であっても彼女を間違っているとは言わないだろう。

 

 

質問をしておいて、勝手に自分の世界に入り込んで連れてきた女といちゃこらする。霊夢の事を深く知っている某白黒の魔女がいれば、弾幕をぶっぱなさないのが不思議なくらいの状況だった。

 

 

兎も角、こうして幻想郷の情報をほんの少し入手することができた蓮とマリィ。しかし、彼らは未だ知らなかった。こんなゆったりとしている状況の中、別の場所では文字通り生死をかけた殺し合いが繰り広げられていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダブル主人公回でした。作者ではマリィの女神度が高くかけないという、低スペック仕様。
女神さまを汚してしまってすみません。
でも殺されるなら女神の膝のうえd「超新星爆発」・・・灰になりますた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅳ 同盟

今回も主人公2人がメインです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇が静けさを醸し出す空間。月明かりのみが光源となり、辺りを照らす中。その静けさを突き破るように、綺麗ながらも烈火の気合いの籠った怒号が、その静けさを突き壊していた。

 

 

「はぁああああああああああ!!」

 

 

少女、櫻井がその身の細さからは想像もつかない様な大きな声を、身を絞るかのように発生し、それと同時に振るわれる刀身。その形は日本の太古を思わせる形状をしながら、振るわれる威力は近代兵器にも勝る爆発力を有していた。

 

 

普通ならば有りえる筈もない刀身に業火を宿した一撃は、異形の者さえその存在の一片も残さずに焼き払う。

 

 

加えて、直撃した瞬間に周りの酸素をブースターとし、その威力を爆発的に増していた。その一撃は異形を廃に帰し、岩をも溶かし、地面を叩き割り無に帰す。その様は、まさに爆薬が飛び交う戦場を思い浮かべる。

 

 

地獄の業火とまではいかないものの、いかなる生物の生存も許さぬその熱さは、少女の領域を一歩たりとも犯さんとばかりに結界を張っている。加えて、

 

 

「やれやれ、しつこいですね」

 

 

穏やかな声と共に振るわれる、その細腕からは想像できない一撃を誇るその威力。それはさながら、城門を打ち破るために作られ古来日本で振るわれてきた破壊槌。その一撃を受けた異形の身体は綺麗に風穴があき、身体の反対側にまで腕が突き抜ける。

 

 

いかに優れた生命力をもつ存在とはいえ、胸部や頭部にその一撃を受けようものなら問答無用に絶命する。そんな圧倒的暴力を振るっている彼ら2人であるが、その表情と態度は全くと言っていいほどブレていない。

 

 

唯一彼らの顔に浮かんでいる表情と言えば、鬱陶しさとでもいうべきものだった。彼らにとって、目の前の存在がいかに醜く総毛だつモノであろうと、それは大した意味を持たない。

 

 

何故なら、彼らは自分と相手の力量差というものが如何に隔たったものかを完璧に理解しているからだ。例えどれだけ数がいようと、そんなものは関係なく、大したプラスにもマイナスにもならない。

 

 

圧倒的な力量差は、そんなもので埋まるようなものではないからだ。やがて、初めは数をカウントする事さえ鬱陶しかった妖怪たちは、一方的に狩られ続けた結果、最後の1体のみとなっていた。

 

 

そしてその1体も、たまたま櫻井の一撃がずれた事によって絶命を免れたに過ぎない。それに加え、彼らの聖遺物による攻撃は肉体そのものを傷つける以上に、その魂を喰らうといったことに本質がある。故に、肉体の損傷と魂の損傷がイコールで結ばれないことはよくあることで、残る妖怪も例に漏れずその状態だった。

 

 

悲鳴を上げるのさえ無駄な時間としかならず、逃げる以外の選択肢を捨てたとしても生き残れる確率は天文学的数字の確立。しかし、彼ら2人はその本の極僅かの可能性ですら、あっさりと踏み躙った。

 

 

「往生際が悪いわね。さっさと消えなさい」

 

 

少女が面倒臭そうに軽く手に持った武器を振るう。それで終わり。魂どころか、肉体までも塵にされ妖怪の存在は冗談のように空気中に霧散した。そしてその魂は、聖遺物によって妖怪を狩った櫻井によって吸収される。彼らにとって雑魚同然の相手だったそれは、その実、人より長い年月を生きた魂であるが故に、人間の魂より極上のものとなっていた。

 

 

それは何という皮肉だろうか。今まで殺してきた人間より少ないにも関わらず、今日吸収した魂の質は彼女の何割かを占めていた。そのせいかはわからないが、櫻井はその事実に何とも言えない表情を浮かべる。そんな彼女を、細く鋭く閉じられた目で見て神父は小さな笑みを漏らした。

 

 

その笑みに気付いてか、それとも無意識にか、視線を向けられた櫻井はそっと顔をそらして神父に背を向ける。そんな彼女の様子を、ささやかな抵抗と受け取ったのかクリストフは更に笑みを深め、それを誤魔化す様に口を開いた。

 

 

「さて、まさか最初からこんな歓迎を受けるとは思いませんでしたが、相手になりませんでしたね。他の相手がどうかはともかく、感じる気配はどれもこれも似たり寄ったりのものばかり。これならば、多少別れて行動しても問題はないかもしれませんね」

 

「では、これからは別行動をとりますか?」

 

「いえ、それはまだ止めておきましょうか。少なくとも、数日はこのままの態勢のままでいたい所ですね。慢心するななどと、私含め我々に言っても詮無い事でしょうが、用心に越したことはありません」

 

「・・・そこまで警戒する必要があると?」

 

「普通であればないでしょう。ですが、ここは副首領閣下が用意した舞台です。我々全員を呼び寄せた以上、それに対する脅威があると思って然るべきでしょう。あの方の為さる事ですからね。我々には予想もつかない様な障害があると思って間違いはないと思いますよ。あなたも気を付けておいて下さい」

 

 

神父の言葉に、櫻井は唾を飲み込んで返事の代わりとした。それを肯定と受け取ると、再び胡散臭そうな笑みを浮かべて同じく声もなく首肯する。そして再び止まっていた歩みを再開させようとした1歩を踏み出したその時だ。

 

 

「ッ!?」

 

「おや?これは・・・」

 

 

クリストフと櫻井、2人同時に馴染みのある気配を空気と直感で感じて直ぐに足を止め、そちらへ視線を投げつける。距離は遠く、場所も確実にとは言えないものだ。しかしそれでも、同類である彼らにはその気配と放つ悪意ある空気が誰のものであるか直ぐに察知した。

 

 

「おやおや、彼ならばすぐに行動に移ると思ってはいましたが、まさかこれほど早く事を起こすとは」

 

「猊下、これは」

 

「ええ、あなたの頭の中にある考え通りだと思いますよ。つくづくこういう時は頼りになると思いますよ、彼の存在は。しかしこれほど殺気を感じるというのに、嬉しそうなこの気配。よっぽど興味を沸かせる好敵手でも見つけたのでしょうかね」

 

「・・・カズィクル・ベイ」

 

 

忌々しそうに呟く櫻井の表情は、吐いた言葉と一片の違いも見受けられなかった。名前ではなく、敢えて魔名で呼んだ意味は推して知るべしだ。彼が戦闘に入りその戦いを目にすると、嫌でもその意味が分かるだろう。

 

 

「行きますよレオンハルト。区切りのいいところで止めなければ、こっちにとっても取り返しのつかないことになるかもしれません」

 

「・・・そうですね。わかりました」

 

「それでは急ぎましょうか。彼が心底乗ってしまわない内に」

 

 

クリストフはまるで祈るように言葉を紡いだ。その時だけは、神父と称してもいいくらい絵になった彼のその姿は、これ以上ないくらいに皮肉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、幻想郷の説明はこれくらいだけど他に質問あるかしら?あれば手短に頼むわよ。あなたが元の世界に帰りたいっていうなら、数日もらえれば帰してあげてもいいけど」

 

「・・・いや、それはだめだ。俺とマリィだけがこっちに来たんならそれでもいいんだろうが、どうにもそんな楽観的でもない様な気がするしな。帰るとしたら、元々いた俺の世界での用事を済ませてからじゃなきゃダメだ。マリィもそれでいいか?」

 

「うん。レンがそういうならそうするよ」

 

「・・・すまない、マリィ」

 

 

眉根を寄せて申し訳なさそうに謝る蓮に、マリィは可愛らしく首を傾げた。そんな彼女の様子を見て更に悲しく思ってしまう蓮だったが、あえてその理由までは言わなかった。言ったとしても、今のままのマリィには理解できるとは思えなかったからだ。

 

 

だから、それは後々考えることにする。今はまだ、連中と戦う前に彼女に意思確認するだけでいいと、無理矢理納得することにする。そんな対照的な表情を浮かべる2人を見て、霊夢はふ~んと呑気な声を漏らして煎餅を齧ると、サッと視線を逸らした。

 

 

彼女は元々、自分から他人の事情につっこんだりはしない性格だ。消極的というべきか、無関心というべきか、ともかく自分や親しいものに害がない限り基本は常時ゆったりする派なのだ。

 

 

ついさっき来たばかりの外来人の事情になど、興味が湧くはずもない。しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。否、いかなくなったというべきか。尤も霊夢自身、彼ら2人が目の前に現れる半刻ほど前までなら例に漏れずそのスタンスを貫いていただろう。

 

 

だが、現在幻想郷に外界から入り込んだ存在がいると紫に知らされ、彼らに出会ってしまった以上そうもいかなくなってしまったようだ。本当ならばこのまま視線を逸らしていたかった彼女だが、心底嫌そうな顔をしてため息をついて口を開いた。

 

 

「で、その事情ってなによ?」

 

「は・・・?」

 

「聞こえなかったの?そっちの事情ってのを話なさいって言ってるの」

 

「・・・・・・」

 

 

霊夢の念を押すようにもう一度言うと、蓮はポカンと口を大きく開けて呆けてしまった。何故そんな風に固まってしまったかという事だが、理由は簡単だ。蓮が見る限り、霊夢は進んで人の事情に干渉するように思えなかったからだ。

 

 

未だ出会って1時間と少し程しかたっていないものの、それでも会話をこうしてしていると霊夢の性格というものが大体わかってきた。

 

 

自分から相手の事をあまり聞いてこなかったり、蓮自身から何かを話そうとしない限り深くどころか浅くもつっこんでこない。そんな習性を考えた限り、彼なりに霊夢がどういう人間なのか少しは分かっているつもりだ。

 

 

元々、自分自身が似たような性格をしている為に、彼女の事が分かりやすいというのもあるのかもしれないが。兎も角、だからこそ蓮はそんな霊夢が自身の事情に関わってくるのが意外であったし、呆けてしまったのだ。

 

 

「何よ?何か文句でもあるの?」

 

「いや、意外だなって思っただけだよ。あんたは見た限り、自分から事情やらなにやら言ってこない限り、進んで他人の事に干渉してくる性格はしてこないって思ってたからな」

 

「ふ~ん、ま、間違っちゃいないけどね。でもまぁ、こっちにも事情ってものがあるのよ。こっちも紫・・・さっき言ったおばかな妖怪が、ご丁寧に私の所に警告しに来たのよ。外界から結界に干渉して、幻想郷に入り込んだものが複数いるから気を付けろって。

 

もしかしたら異変になるかもしれないし、面倒そうな事だったら動くかは兎も角、事情だけでも知ってた方がいいかもしれないから。何となくだけど、今回は面倒そうな気がするし」

 

「何だよ、その直感で面倒そうに感じたからそうするってのは。あんたの勘は、そんなによく当たるのか?」

 

「巫女の勘は外れないのよ」

 

 

自信満々に言う彼女に、蓮は辟易してしまう。だが少なくとも、彼自身彼女を何となくだがただの人間ではないという事は分かっていた。先ほど頭を小突かれた時も、普通なら痛みなんて感じないはずの攻撃が、しっかりと脳天に痛みを与えていた。

 

その時は気のせいかとも思ったが、今でも少しばかり痛む脳天がそれを現実だと認識させているのだ。普通であれば、黒円卓のような常識外れのバケモノのことなど話すべきではないのだろうが、蓮は何故か目の前の少女には話してみようかという気になっていた。それも、巫女に言わせれば直感というやつなのだろうかと、小さな笑みを漏らしてしまう。

 

 

「わかったよ。ただ、一つだけ約束してくれ」

 

「何よ?聞くだけなら聞いてあげてもいいけど」

 

「真面目な話なんだよ、黙って聞けこの脇巫女」

 

 

蓮が何気なく少女の服装の特徴的な部分を指摘して言うと、ピキッと一瞬霊夢の額に青筋が立ったが、話の腰を折るのも面倒くさいと思ったのか、素直に折れることにした。尤も、理由はそれだけではなく蓮の真剣な表情を見て空気を読んだというのもあるが、絶対にそれだけは言ってやらないと彼女は心中で固く誓っていた。

 

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずか蓮は無視し、自分の考えと忠告をさっさと口にすることにした。

 

 

「俺の事情ってのは、正直言い難いんだが俺と一緒に来たと思うヤツ等を1人残らず殺すことなんだよ。話し合いで解決できる奴がいればいいけど、絶対にそうはならないだろうからな」

 

「随分物騒な話なのね」

 

「俺もそう思うけど、実際こっちも殺されかけてる。少し最近まで善良な一般人・・・とまでは言えないだろうが、それでも殺し合いなんて非日常的な展開には縁遠い生活だったしな。それから色々あって今の状況になっちまった訳だけど、本来なら元いた世界で片づけなきゃいけない問題だったんだ。

 

 

なのに、なんでか知らないけどこんな意味わからない世界に連れてこられちまった。俺にとっては最悪な状況なんだろうが、生憎と俺の知っているヤツ等はこんな状況でも嬉々として元いた世界でやってたことを継続してやりそうだからな。特にその内の1人は、バトルジャンキーぽかったし。

 

 

あんたがどんだけ強いかはわからないし、別に知ろうとも思わないけど、それでも俺の知っているヤツ等はここの住人の妖怪だとか神様だとか、そんな連中でも殺り合えばただで済まなそうな奴ばっかだ。下手に事情を話してそのせいであんたらが関わって、死人だの重傷者だのの犠牲が出たらなんとなく気分が悪いからな」

 

 

「・・・あんたこそ意外じゃない。あんたも私と同じで、基本的に消極的な性格をしていると思ったんだけど」

 

 

蓮の長い話を聞いて、霊夢がハッキリと告げた。しかし、言われた蓮の方は霊夢の言葉に否定も困惑もしなかった。なんのことはない。彼が彼女の性格を話していてわかったように、彼女もまた彼の性格を何となくわかってしまったのだろう。

 

 

何せ可笑しな勘で物事を決めるらしい霊夢の事だ。その程度わかってしまっても不思議はないと、蓮は自然にそう思ってしまった。

 

 

「自分でもそう思ってるよ。ただ、一様こうしてここの事情も説明してもらったしな。それくらい心配しても可笑しくないだろう?」

 

「そういうもんかしらね~。ま、とりあえず忠告として聞いておくわ」

 

「・・・できればちゃんと警告として受け取ってほしいんだけどな」

 

「そんなのは私の自由でしょ?それはそれとして、あんた自身はこれからどうするつもりなの?あんたの言い分だと、これから一緒に来たヤツ等ってのを1人で・・・いや、2人で探さなきゃいけないみたいだけど、何か作戦でもあるの?」

 

 

霊夢が齧りかけの煎餅を向けて言うと、蓮は難しそうな表情をして黙り込む。期待を込めるようにして思わずマリィを見た蓮だが、いくら聖遺物が実体化した彼女だとしても黒円卓の連中を1人残さず捕捉できるとは思っていない。

 

 

それが出来るならそれを彼に教えてるだろうし、何より彼女自身そういうのには疎そうだ。今更ながら、これからどうするにしても右も左もわからない見知らぬこの土地では、協力者が必要になるという事に気付かされ、考えを改める羽目になる蓮。

 

 

一番単純かつ簡単なのは、目の前にいる彼女に協力を申し出ることだったが、彼とて黒円卓の無茶苦茶さを知っているだけに下手なことは頼めない。結局、どうしたものかとこれ以上ないくらい悩む羽目になるのだ。

 

 

思わず頭を抱えて叫びたくなるところだが、彼は他人様の家で、しかもついさっき知り合った人間の家でそんな無様な奇行に走る程礼儀知らずではないつもりだ。本当にどうしようと、いよいよもって

最初にして行き詰りかけてた所で、霊夢がそんな蓮に向けて救いの手を差し伸べた。

 

 

「ギブ&テイクでいいなら、私が協力してあげてもいいわよ?」

 

「・・・は?」

 

「だから、交換条件よ交換条件。条件の内容は・・・そうね。私はこれからあなたの寝食を保証するし、あなたが欲しがっている情報を調べて教えてあげる。その代わり、あなたも独自で入手した情報については包み隠さず私に教える事。どう?破格の条件だと思うけど」

 

「いや、どうって・・・あんた、人の警告を聞いてたのか?」

 

 

蓮が呆れ交じりに霊夢にそう言う。しかし、言われた方の当人はふんと鼻を鳴らして僅かに膨らんだ胸を反らして、ピンとたてた人差し指を蓮に向けて偉そうに口を開いた。

 

 

「いい?あなたは自分の世界でやり遂げられなかった目的をこっちで果たさなきゃならない。何故なら、あんたの言うヤツ等ってのがそれほど危険人物なら、幻想郷で野放しにすれば関係のないこっちに被害が出るから」

 

「・・・その通りだ」

 

「で、私はこの幻想郷の、博麗の巫女なの。異変と呼ばれる現象や、この幻想郷が危機に追いやられればその身命を賭して解決する義務がある。だから、あなたの警告をそのまま受け取って大人しくしているわけにはいかないの。わかった?」

 

「・・・・・・何を言っても無駄みたいだな」

 

「ふん、私は何より人に指図されるのが嫌いなの。あんたが嫌だと言ったら、それはそれで構わない。私も勝手に動いて、勝手にかかわらせてもらうから」

 

 

殆ど蓮に拒否権のない選択肢を与える霊夢。そんな提案では、初めから条件をのむ以外の道はないような気もするが、蓮はそれについては文句を言わなかった。何となく、彼は警告をする前から、事情を彼女に話してしまえばこのような状況になるのは分かっていたような気もするからだ。

 

 

案外、彼女の言うような大義名分が欲しかっただけなのかもしれないと、らしくないことを頭の片隅で考えながら、最後に蓮はすっかり静かになってしまったマリィに一瞬視線をやり、直ぐに戻して結論をだした。

 

 

「わかった、その条件を飲もう。ただし、これは指図じゃなくてお願いだ。もしもヤツ等と戦うようなことになったら、戦闘は俺に任せてどうか遠くに逃げてくれ。命令しても警告してもダメだって言うなら、これはお互い同盟を組む同士の確約にしても構わない」

 

「条件をのまなければ不利になるのはそっちなのに、随分な物言いね?何?私が殺されるかもしれないって、本当にそんなに心配してくれてるの?ああ、さっきも気分が悪いとか言ってたっけ」

 

「さっきのは訂正だ。同盟を組んでも、勝手に戦って直ぐに死んでしまいましたじゃ同盟を組んだ意味がないからな。こうして時間までかけてるんだ、それくらいの元は取れなきゃ困る」

 

「ふ~ん・・・ま、そういうことにしときましょうか」

 

 

霊夢がここにきて初めて楽しげな笑みを口元に浮かべて言った。そんな彼女の様子に、わかってくれたかとわざとらしい皮肉を言って疲れた蓮は、少し苦労が減ったかと肩の力を抜いた。が。しかし、霊夢はそんな風に言われた程度で引くような人間ではなかった。

 

 

「でも、こっちも言っておくわ。私はこう見えても、神様から妖怪までを全部倒して幻想郷で一番強い巫女なのよ。だから、あなたが言うヤツ等ってのがどれほどのもんか知らないし、心配してもらってるんだし余計なお世話とも言わないけど、私だけ地味な情報収集に徹するなんてごめんだわ。何より最近、苛々することも多いからいい運動になるわ」

 

 

「・・・・・・呆れてもう何も言う気が起きないよ。わかった、もう勝手にしてくれ。こっちもこっちで、条件を破らない程度に勝手にするから」

 

「当り前よ。私たちはギブ&テイクの関係、いわば同等の関係なんだから。下手な遠慮や出し惜しみなんかしたら、その分のツケは払ってもらうわ」

 

 

冗談のような一言だが、蓮は不思議と頼もしく感じて声を出して笑ってしまった。何となくだが、彼は霊夢とのやり取りを自分と悪友の関係に重ねて見てしまったのだ。少し前までは、こんな光景を何度も繰り返していただけに、今は失ってしまったそれが急激に寂しく感じていたのだが、そんな感情も少しは和らいだように感じていた。

 

 

蓮は声を出して笑う自分を意外そうに見る霊夢の視線を軽く受け流して、黙って彼女に向けて右手を差し出した。すると、似た者同士その意図を直ぐに察したのか同じように右手を蓮に差し出す霊夢。それをお互い満足そうに確認すると、何の合図もなしに順番を察した蓮が先に口を開いた。

 

 

「改めて自己紹介しておくぞ。俺は蓮。藤井蓮だ」

 

「じゃあ私もしておこうかしらね。幻想郷の博麗神社の巫女、博麗霊夢よ。脇巫女って言ったら、ぶっ飛ばすからね」

 

「むぅ・・・レン、わたしのことわすれてないよね?」

 

「おぉ!?いきなり声をかけんなよマリィ。まぁそうだな、こっちももう一度紹介しとくか」

 

 

蓮が思い出したかのように言ったためか、マリィはぷいっといじけた様に頬を膨らませ顔を背ける。代わりに、霊夢のすぐ横にススッと移動すると、彼女の空いた左手に向けて自身の左手を蓮と同じように差し出した。

 

 

「わたしはマリィ。よろしくね、れいむ」

 

「ええ、よろしく頼むわ」

 

 

女同士で通じるものでもあったのか、蓮より打ち解けるのが速い。そんなやり取りを、何か輝かしいものでも見るかのようにして彼は無言で見つめ、やがて視線を逸らした。代わりに見るのは、蓮の不安とこれからの行く末を投影したかのような漆黒の夜空。

 

 

「なるようにしかならないか」

 

 

投槍に聞こえる言葉だったが、その言葉には確固たる覚悟が籠っていた。




主人公2人が、お互いの利害の為に結託するの回でした。
次でやっと戦闘回に移れそうです。
今回、主人公2人が話し合ったわけですが、うまく2人の主人公をかけたかどうか不安です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅴ 虐殺

今回ちょっと注意です。特に、美鈴好きの方すいません。先に謝っておきます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりの下、2人の人外が静かに対峙していた。だが、その不気味なまでの静けさとは裏腹に、両者のその心の内は熱く凶暴なまでに強く、目の前の敵を屠ることの身を考えていた。

 

 

1秒、2秒と静かに時が流れていくが、それでも両者は未だ動かない。1人はにやけたまま、もう1人は険しく眉根を寄せて相手の事を見据えている。

 

 

そんな状況がどれくらい続いただろうか。やがて、これ以上は待ちきれないと空気の方が悟ったのか、不意に一枚の大きな木の葉がゆらりゆらりと落ちてきた。

 

 

その木の葉は表裏が回転しながら地面へ向けて落ちていき、やがてカサッという音を立てて地面に落下した。その瞬間だった。

 

 

「オラいくぜェエエエエエエ!!」

 

 

睨み合いが木の葉の落下を合図に終わり、ほぼ同時に一歩を踏み出したヴィルヘルムと美鈴。だが、同時に動いたにも関わらず、先に相手へと肉薄していたのは彼の方だった。

 

 

「これはッ!!」

 

 

思わず美鈴が呼吸するのも忘れて驚愕を示す。恐ろしい速度と、恐ろしい威力の籠った突き。彼女は彼がただの人間ではないと気付いてはいたものの、予想していた相手の力より遥かに上だという事を初激を見ただけで見抜いた。

 

 

その攻撃を直撃はマズイと、培った観察眼と鍛え上げた肉体によってギリギリ回避を成功とする。

とはいえ、完全にその攻撃を躱せたというわけではなかった。ヴィルヘルムの空間を抉る様にして突き出された掌は、美鈴の身体にこそ当たってはいないものの、その拳圧によって引き裂かれた空気が、鋭い刃となって美鈴の肩口の服と皮膚を浅く裂いていたのだ。

 

 

それを目視で認識してコンマ5秒程経ってから、遅れてやってきた痛みに彼女は歯を食い縛って耐える。今のは危なかった。ほんの少しでも回避が遅れていれば、ヴィルヘルムの一撃は美鈴の右肩から胸のあたりまでをそのまま抉っていたことだろう。

 

 

幾ら彼女が丈夫な肉体を持ち、生存能力に優れていようと絶命は避けられなかったはずだ。それを想像したからなのか、美鈴はゾッとした表情を浮かべヴィルヘルムに視線を投げるが、向けられた方はというと攻撃を避けられたというのに、犬歯を剥き出しにして笑っていた。

 

 

「カハッ、やる、やるねぇお嬢ちゃん。あれを見て避けるなんてよぉ。素直に褒めてやるよ、大したもんだ」

 

 

「ッ、随分凶暴じゃないですか?ウォーミングアップにしてはやり過ぎだと思いますけど」

 

 

「そいつぁすまねぇな。だがよぉ、こちとら意味不明な現象に巻き込まれてからくだらねぇ雑魚ばっかの相手をしてたんだ。デキる相手を見つけてテンション上がっちまっても仕様がねぇだろ?」

 

 

「お褒めに預かり光栄ですが、随分と余裕そうじゃないですか?いらぬ油断は命取りになりますよ」

 

 

ニッと笑って、美鈴は見た目だけでも取り繕った表情を浮かべて再び構える。そして、先の一撃を冷静に思い出して相手の異常さに目を向かざるを得なかった。

 

 

先の一撃、美鈴は決して油断などしていなかったし、ましてや相手に先手を取られるような低速で間合いを詰めたわけではない。

 

 

加えて、同時に駆け出したとは言ってもヴィルヘルムは当初構えても居なかったのだ。体は妙に脱力しきって、動き出しはコンマ数秒は自分に遅れることだろうと思っていた。だが、その予想こそが間違いだったのだ。

 

 

否、間違いではなくその時まで美鈴は彼を侮っていたのかもしれない。どちらにせよ、その心の緩みが彼女が完全に回避できなかった理由であるだろう。

 

 

ヴィルヘルムの脱力した姿勢、それは決してスロースタートを意味しない。何故なら、彼にとってはそれが常に臨戦態勢の姿であり、武道等を学んでいないが故に決まった型はないものの、一番動き出しが速い姿勢なのだ。

 

 

それは彼の筋肉が脱力していたのではなく、ギリギリまで押し込められたばねの様に、身体を弛緩させていただけなのだ。常人なら決して真似できないその動きに加え、野生のケモノのような本能が、彼には想像できないほどに備わっている。

 

 

優れた格闘家である美鈴は、そんな彼の本質を先の一撃で把握することができた。

 

 

「あなたから感じる気といい、その暴力的な殺気といい。ケモノ・・・いえ、ケダモノとでも言うべきですかね。」

 

「はっ、随分ハッキリ言ってくれるじゃねぇか。嫌いじゃないぜ?そういうのは。だからこれは褒美だよ。遠慮すんなよ、俺は武器は出さねぇ。だからお前は銃でもナイフでも念力でも呪いでも、何でもいいから使ってみろや」

 

「あなたに好かれても、こっちは全然嬉しくないですけど・・・ねっ!!」

 

 

言い終えると同時にダンッと、そのの踏み込みで地面が砕け陥没し、先ほどのヴィルヘルムに匹敵するのではないかという速度で美鈴は一気に接近した。それに対して、何の反応も見せることはないヴィルヘルム。先ほどまでの美鈴だったら、それは速すぎて見えていない等と思っていたことだろうが今は違う。

 

 

サングラス越しでもわかる。彼の眼はしっかりと美鈴を補足している。それを見て、彼女は一瞬でヴィルヘルムの思考を読み取って、カッと血を頭に上らせた。彼の目はこう言っていた。お前の一撃を受けてやるから、とりあえず全力を見せてみろと。故に、彼女はその挑発に乗ってしまった。

 

 

それは、当然といえば当然なのかもしれない。何せ、美鈴の目の前にいるヴィルヘルムは防御の構えすらとっていない。先ほどと同じく、弛緩した態勢を保ったままで狙いやすいように腹部の周辺をわざとらしく開けている。

 

 

それは、武道家にとっては侮辱も過ぎる侮辱だった。

 

 

「ァアアアアアアアアッ!!」

 

 

甞め切った態度をとるヴィルヘルムの腹部の中心目がけて、気を込めた右掌の掌底を一気に叩き込む。最高のスピードと、最高のタイミングと、最高の打撃音が夜の闇に響き渡る。あまりの掌底の威力に、とてつもない風圧が発生して地面の砂が巻き上がり砂のカーテンとなる。

 

 

後から吹いてくる風により、それもだんだんと散らされていき、砂煙に包まれた人影を晴らしていく。立っている人影は1人で、もう1人の人影は態勢を崩して膝をついているようにも見える。やがて、一際強い風が吹きその場の砂煙を完全に晴らしたその時。

 

 

明確に月の光に照らされ2人の姿がさらされるが、態勢を崩して膝をついているのは美鈴で、微動だにせず立っているのはヴィルヘルムの方だった。

 

 

「よォ、どうしたよ?まさかとは思うけどよ、今のが最強な一撃とかじゃねぇよな?」

 

「ぐっ・・・まさか!!違うに決まってるじゃないですか。あなたが余りにも隙を晒し過ぎていたので、咄嗟に手加減してしまったんですよ」

 

「ククッ、アハハッ、アハハハハハハハハッ!!ああ、そうだなぁ、そうだったよなぁ!!ククッ、いやぁ、そいつぁすまねぇことしちまったぜ」

 

 

美鈴の言葉を聞いて、戦闘中にもかかわらず腹を抱えて爆笑するヴィルヘルム。そんな彼を横目で見る美鈴は、スッと音もなく一瞬で20メートル程間合いを離し、そして彼に一撃を加えた際に関節が外れた右手首を無理矢理はめ直した。その間も、ヴィルヘルムは攻撃しようとすればできたにもかかわらずしなかった。

 

 

その間を使って、美鈴は今自分が攻撃したときに起きた出来事を冷静に思い出していた。

 

 

「(さっきの一撃。あれは確かにこれ以上ない位綺麗に決まった筈。なのに、インパクトした瞬間にダメージを負ったのは私の方の手首、それも咄嗟に力を逃がしてなければ外れただけじゃすまなかった。お腹に何か仕込んでいたわけでもなさそうだし、一体どんなからくりが)」

 

 

心中穏やかでない彼女の疑問に答える者はいない。幾ら自分で考えたところで、答えが出るわけでもないし出たとしても解決できなければ意味がない。彼女としては、理由が思いついて対抗できる方に賭けたい気持であったが、実際はそうはいかないだろうと冷静に自分の敗北を受け止めていた。

 

 

そんな彼女の判断は、あらゆる意味で正しかった。一つは、腹部に何かを仕込んでいるわけではないという点。もう一つは、決して答えが出るわけはないだろうという点。最後の一つは、もしも攻撃が聞かない理由を理解できたとしても解決はできないという点だ。

 

 

そしてその答えは結局のところ、彼が持っていて彼女が持っていないという事にある。ヴィルヘルムとて、元を正せばただただ暴力的で人間離れしたただの人間である。少なくとも、人間であった頃であれば美鈴の一撃を素で受けた場合、腹を突き破ってそのままショック死させることができたかもしれない。

 

 

だが、それは彼が人間だった場合の話だ。今の彼は真実、人間などというか弱い生き物ではない。聖遺物という、大魔術の秘の粋を尽くしているとされるそれを体内に同化させたその時から、彼は人間離れした怪物から、正真正銘人外のバケモノにと変貌したのだ。

 

 

聖遺物の齎す恩恵というのは、それぞれ多々ある。それは肉体的強度であったり、超人的な能力であ

ったり、超速度の回復力にあったりと理由を上げればキリがない。ただ、そんな中でも一貫して言えることが、聖遺物の使い手を倒せるのは特殊な例外を除けば同じ聖遺物の使い手だけということだ。

 

 

その例で挙げれば、紅美鈴は聖遺物など持ってはいないし、かといって特殊な例外にも入らない。勿論、彼女も人間にしか見えないが妖怪というだけあり、その肉体的強度と持つ膂力は半端ではない。

 

 

その気になれば、拳で城壁を崩すこともできるだろうし、人間を殴れば冗談のようにその肉体を衝撃で爆散すらさせられるかもしれない。しかしそれでも、彼女はあくまで妖怪止まり。特殊な例外というには、あまりにも力が足りていない。つまりそれは、彼女には彼にダメージを負わせることはできないという事実に他ならない。

 

 

美鈴が知りたがっている答えというのは、知ってしまった瞬間にチェックメイトが同時にかかってしまうのだ。とある人間が、知ることは死ぬことだという言葉を残しているが、今の美鈴の状況は正にそれと言ってもよいだろう。

 

 

知ってしまえば、常人であれば心が折れてしまっても可笑しくはない。唯一救いなのは、美鈴がその事実に辿り着いていないという事だ。ただしそれは、絶望的な答えを完璧に知ることがないというだけであって、彼女自身は自身の勝機が万が一にもないかもしれないというのは悟っていた。自分と彼では勝負にならない。

 

 

例えこのまま戦いを続けたとしても、死ぬのは自分だと彼女の戦術眼が告げている。だが、それでも退かない、退くわけにはいかない。何故なら彼女は、幻想郷でも有数の最強候補の一角である紅魔館の門番、紅美鈴なのだから。

 

 

相手に敵う筈がないと分かっていても、彼女が門番である限り退くことは許されない。何より、彼女の今の居場所であるこの紅魔館の門を、目の前のバケモノに一撃も報いないで通すなどありえない。

美鈴は心より先に震えだした体の方を誤魔化すために、口元に不敵な笑みを浮かべてくいくいと指でおちょくり、ヴィルヘルムを挑発する。

 

 

彼我の実力差は最早覆しようがなく、かといって何か策があるわけでもない。普通の相手ならいざ知らず、目の前の相手に弾幕やスペルカードで攻撃しようものなら、視界を遮られて返って邪魔になりかねない。

 

 

一瞬でも視線を逸らせない相手だけに、美鈴はスペルカードではなく肉体による格闘戦を選んだ。と言っても、最後までスペルカードを使わないという気は彼女にはなかった。近接戦闘でダメージを与えられないまでも、零距離射程に限りなく近い距離で顔面目がけて最高出力のスペルを喰らわせる。

 

 

近接戦ではダメージを露程も与えられなかったが、スペルカードを零距離でならという考えは、本当に低いながらも捨てていなかった。余り期待をし過ぎるのは戦闘ではよくないことだが、初めから効かないと思っているのでは何をやっても同じだ。

 

 

だから、効かなかった時のことは考えない。美鈴は今はただ、目の前の敵にあてる事だけを考えた。

そんな彼女を見て、常ならそんなバカげた意味のない行動に嘲笑を浮かべても可笑しくないヴィルヘルムは、決してそのような表情は表にも裏にも出さず、ただただその凶悪な笑みを深く、鋭くさせていった。

 

 

そう、彼は認めていたのだ。目の前の敵がどうしようと自分に傷をつけられはしないと確信を持ってはいるものの、ただ愚直なまでに門番という仕事の誇りを全うしようという彼女の姿勢を。

 

 

意味は違えど、美鈴が今その命を懸けて護ろうとしているソレは、彼の持つ異常なまでの誇りと比較しても決して見劣りするものではないと。だからこそ、彼もまた無粋な真似をしてまで汚そうとは思わなかった。

 

 

元より、彼は小細工や策など弄さない。ただ真っ向からぶつかり、相手の存在を踏み潰し磨り潰し吸い尽くす。つまり、美鈴はヴィルヘルム・エーレンブルグという騎士団の中でも1,2を争う誇り高き爪牙をその気にさせてしまったという事。

 

 

「ククッ、ハッハッハ、フハッ、ハハハハハハハハハハ!!」

 

 

突如、狂ったように身を捩って哄笑する白貌の鬼。段々と大きくなっていくその笑声は、最終的には音の暴力どころか質量すら持って美鈴に降りかかった。近距離でそれを浴びた彼女は、自然と後ろに一歩下がってしまった足に喝を入れてそれよりは一歩も引かないように気を練った。それだけでも彼女は立派で、その笑声には戦闘のプロでも即死し兼ねない殺気が込められていた。

 

 

思わずゴクリと唾をのんで必要以上に警戒をする彼女に対し、ヴィルヘルムは笑声こそ止めた者のこれ以上なさそうに笑みを口元に浮かべ、サングラスの下の赤光を更に強く暗く輝かせた。それと同時に瞬間的に跳ね上がった圧力が、彼のブランド物のサングラスを粉々に吹き飛ばし、ゆっくりと一歩前に出た。それから右手を胸の辺りで水平に構え、拳を握るように掌を強く強く引き絞る。

 

 

 

「いいぞ、お前。悪くねぇ。最初はどうかと思ったが、その魂、俺が吸うに値すると認めてやる」

 

「魂・・・ですって?」

 

「おうよ、どうせ説明してもてめぇにゃ理解できねぇだろうし、せっかく盛り上がってるのに無粋な言葉で白けさせたくないんでな。だからお前は、せいぜい抗えるだけ抗って・・・死ね」

 

「・・・・・・」

 

 

そんな彼の一言に、息をするのさえ忘れた様に美鈴の心は冷えて固まり、そして選択を誤ったことを悟った。もしも本当に彼に少しでも報いたかったのなら、先のタイミングで今考えている行動をとるべきだった。

 

 

初撃で相手の力を把握したときに、直ぐに使うべきだったのだ。しかし、今更それを悔いてもどうしようもならない。彼女は相手の力量を正確に測れてしまうが故に、今の状況がどれほど絶望的なのか理解させられてしまう。

 

 

そして最悪なことに、それは誤りなどではなかった。彼、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男をその気にさせた者は、例外なく死よりも惨たらしい最期を遂げることになるからだ。

 

 

「冥土の土産だ、もってけガキ」

 

「ッ!!!」

 

『Yetzirah―― 』

 

 

ヴィルヘルムが想像もつかないほどの美声で呟いた直後、彼の身体が変貌した。言葉に数舜遅れる形で身体から生えてきた赤黒いソレは、まるで鬼の角や杭のような形状をしてヴィルヘルムの身体を突き破って発芽した。背中、型、肘、掌、あらゆるところから発芽したソレは、見るだけでも悍ましい何かを感じさせた。

 

 

普通なら、いや、普通でなくともそれでチェックメイト。相対した相手は、少なくとも同格でなければそれを見ただけで諦め、膝を屈することだろう。だが、美鈴は決して諦めようとはしなかった。諦めない限り、決して可能性はゼロではない、諦めた時に初めてゼロになるのだと、意味のない叱咤を心中で繰り返す。

 

 

しかし、それでも美鈴の身体は心より正直だった。ヴィルヘルムの鬼気に当てられたせいで、身体全体が痙攣を起こしたかのようにピクピクと震え、今の状態から動けない。そんな彼女の進退窮まった状態に、しかしヴィルヘルムは嘲笑わなかった。寧ろ立っているだけで、戦意を失っていないだけ見事と言葉には出さずに褒め称えた。

 

 

だからこそ、決着は一瞬で付ける。何せ、美鈴を殺せばいよいよヴィルヘルムの本命に辿り着けるのだから、あまり時間はとっていられない。いつまた、己の呪いが降りかかって邪魔をするのかわからないのだ。故に、彼は今度こそ手加減容赦一切なしの力をもって彼女を葬る。力を込めた足でドカンと地面を蹴り、足裏が爆発したかのような衝撃を発してダッシュするヴィルヘルム。

 

 

「逝けやヴァルハラァアアアアアアアアアアア!!!」

 

「ッ!!」

 

 

直撃する直前、悲鳴だけは漏らさんと、強く強く眼光を光らせてヴィルヘルムの眼を射殺さんとばかりに見続ける美鈴。最後まで崩れなかった心に敬意を込め、ヴィルヘルムは掌の杭を真っ直ぐ彼女の顔面目がけて突き出した。




序盤はゲームと変わらずみんな大好き中尉無双。
作者も美鈴好きなだけに、この展開はやり過ぎかなと思いましたがやっちゃいました。
不快にさせてしまったらすいません。
だが反省はしていないww
それ以上に、戦闘回だというのに文字数の少なさと会話文にちょっとやらかした気がしてしまったり・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅵ 血の宴

今回長いです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズォオオオっと、ヴィルヘルムの形成位階による単純に暴力的な威力の剛腕が周りの空気を抉りながら、標的の顔面目がけて振るわれる。

 

 

対峙している美鈴との距離は20メートルと以外にもあるものの、そんなものは今の彼には全く意味をなさない距離だった。加えて、彼女の方は身体の方が本能的な恐怖によって竦み、進退窮まった状況。

 

 

決して躱せない状況に、目視することも困難な、否、不可能な速度。今のヴィルヘルムの身体能力は先ほどの比ではなく、紅美鈴という少女には何を持っても対処することができないものだった。例え体が竦まずに動ける状況であったとしても、その結果は変わらないだろう。

 

 

スペルカードを発動したとしても、今の彼には掠りもせず風圧のみで切り裂かれ、吹き飛ばされ、無効化される。

 

 

常人であれば数秒は掛かるその距離を、文字通りコンマ数秒で詰めよってくる彼の攻撃を前に、そんな風に長い時間考えていられるのは、あくまで命の危機によって脳内がそれをスローにさせているだけであって現実の時間は変わっていない。

 

 

「逝けやヴァルハラァアアアアアアアアアア!!」

 

 

先ほど吐かれたヴィルヘルムの言葉が、数瞬遅れてくるその事実から、音速を僅かに超えていると判断したその直後。周りの地面どころか、重厚な門柱まで風圧で吹き飛ばして破壊した。

 

 

そのあまりの威力に、先程とは比べ物にならない量の砂埃が舞い上がり、辺りの視界を完全に零に覆い尽くす。それはヴィルヘルムの視界も例外ではなく、今は砂埃で何も視えていない。しかし、普通に考えれば結果は決まりきっていた。

 

 

如何に頑丈な身体を持っていたとしても、頑丈な門まで吹き飛ばし、地面を何メートルという範囲でかち割ったその攻撃を受ければ、どうなるかは一目瞭然だ。

 

 

勝者はヴィルヘルム・エーレンブルグ、敗者は紅美鈴。この勝負はこうして勝者と敗者の構図を、分かりやすく今の光景が示していた。しかし、それは普通である場合の状況だ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

砂煙が晴れかけた頃、ヴィルヘルムのその凶悪な顔が晒されていくが、その表情に浮かんでいるのは完全なる無表情。それは断じて、勝負に勝ったものがする表情でもなければ、今の勝負を勝負とすら思っていなかった為に勝って当然だという表情でもない。

 

 

彼はそのまま数秒ほど、何も喋らず無表情の顔のまま固まっていたが、やがて今潰した獲物の感触を確かめるかのように掌を何度か開閉して、そしてその表情に漸く感情を載せた。そう、やっぱこうなったかという、諦めの感情を。

 

 

「まぁ・・・薄々こうなるとは思っちゃいたけどよ。ハッ、どこにいてもかましてくれる野郎だ」

 

 

忌々しそうに歯をギリギリと、音が鳴る程に噛み締め、頭の中に浮かんだ男の顔を想像の中で磨り潰す。折角見つけた好敵手も、彼はいつもこうした形で奪われ続けてきたのだ。

 

 

彼がバケモノになって数十年。その中でも、一度として自身が認めた獲物と最後まで満足に殺し合いをできたやり遂げたことはない。

 

 

それは言うなれば呪いであり、その原因は自分にもある事を頭の中では理解しているが、それでも全ての元凶はあの男だとその怒りを捨てきることなどできはしない。普段ならば、このまま辺りを文字通り地図上から消しかねない彼の気性であるが、今日は、今日だけは特別だと自分を言い聞かせて無理やり自分を納得させた。

 

 

引き攣りそうになる頬を必死に抑え、にやけた笑みを口元に浮かべる。何はともあれ、これで邪魔者は減ったのだ。あとは思う存分、この後の戦を愉しむだけ。ヴィルヘルムは得意の哄笑を僅かな間だけ響かせ、やがて砂煙が完全に晴れるといつの間にか現れて美鈴を抱えている存在に視線を向けた。

 

 

「ま、そういうことだ。一体何をどうやったのかは知らねぇし、興味もあんまわかねぇ。だから、お前ら2人はもうそこで大人しくしとけや」

 

「・・・・・・」

 

「さく、や、さん?」

 

「全く、あっさりやられちゃって。日頃仕事をさぼって居眠りばかりしてるから、判断を見誤るのよ。3か月は給料減給するから覚悟して為さい」

 

 

フンっと、鼻を鳴らして怒りを示す少女、十六夜咲夜。その恰好はこんな物騒な場には相応しくない女性用の使用人服。所謂、メイド服というやつだ。しかし、彼女が文字通りの使用人ではないことは、彼女の露出されている太腿に巻き付けられたホルスターに収まる、幾つものナイフによって示されていた。

 

 

「あり、がとうございます。助かりました、咲夜さん」

 

「まともに喋れるようになったのなら、もう心配なさそうね。あなたはもう下ってなさい、アレの相手はあなたじゃ相性が悪すぎるわ」

 

「そんなっ!!咲夜さんだけに戦わせるわけにはっ!!」

 

「い・い・か・ら、言う事を聞きなさいこの駄門番!!」

 

「ひ、酷い!!」

 

 

緊張しなければならない状況でありながら、普段のノリで会話をする咲夜と美鈴。そんなことができるのも、目の前の彼が今現在は彼女らを攻撃する意思が見られないからだった。しかし、そんな彼も手は出さずとも口まで出さないわけではなかった。2人の会話を興味深げに聞いていたヴィルヘルムは、にやけた面で2人に呼び掛けた。

 

 

「よぉ、話し合いは終わったのかい?だったら速いとこ案内してくれると、無駄が省けんだがな」

 

「あら?そんなに待たせてしまったかしら、ごめんあそばせ。ですが、当館は何のアポもなしにこんな夜遅い時間に来る非常識な輩は遠慮願っておりますの。ですから、そちらこそさっさとお帰りになってはいかがですか?」

 

「カハッ、言うねぇ。さっきの女と言い、お前と言い、中々どうして悪かねぇ。少なくとも、今の俺の姿を見てもまともでいられるのは、本当に大したもんなんだぜ?戦が終わってからはそんな気丈な奴は、男だろうと女だろうといなかったからな」

 

「それは結構。で、答えの程は?」

 

 

白々しく訊いてくる咲夜に、ヴィルヘルムは狂喜の笑みで答えて見せた。言葉は何も言っていないものの、その意味を理解できないほど彼女は愚鈍ではない。ホルスターからナイフを数本抜き、それを両手の指で4本ずつ構えて見せる。

 

 

彼女とて、先程の美鈴の戦闘を実は館内で観察していた。その為、まともな手段で対抗できるとは思っていない。だがそれでも、紅魔館の侍従長である彼女は、招かれざる客に対して相応の持て成しをしないわけにはいかない。ナイフを構え、直ぐにでも能力を発動させる準備はする。

 

 

 

そんな彼女の態度に、ヴィルヘルムはへぇと短く言葉を漏らし、殺人的な視線を咲夜にのみ注いだ。

途端に、今まで感じていた何倍もの威力の圧力が彼女の筋肉を軋ませ、息を詰まらせる。それを歯を噛み砕きかねない力をもって噛み締め、冷や汗をブワッと掻きながらも態度だけは気丈に見えるよう立ちはだかる。正直なところ、想像以上の圧力に咲夜も自分の認識を改めなければならないことを自覚した。

 

 

水晶越しに見たそれと、現実に対峙するそれでは圧倒的なまでに違い過ぎた。そして、今現在咲夜が感じる圧力は過去に一度ならず何度も経験した感覚に似ていた。

 

 

そう、過去には彼女が何度も対峙し、そして今は主と認めているその存在。その中でも、現在の主と遜色ないといってもいい圧力。

 

 

一瞬どころか、刹那でも気を抜けば終わってしまうその感覚は、咲夜に冷徹で冷静な判断を促した。今すぐ能力を全力開放して、葬ってしまえと。咲夜もその自分の判断を、何の疑いもなく実行しようと魔術を発動させようとしたその時だった。

 

 

「下がりなさい、咲夜」

 

「っ!!」

 

 

突如、上空からかけられた命令に、咲夜は能力の発動を見送った。美鈴もその声を聞いて、声のした上空を見上げた。2人が見上げた上空には、彼女たちの主がその羽を羽ばたかせて静かに君臨していた。赤黒い翼を背に生やし、鋭くとがった牙を挑発するように見せながら小さな両腕を胸の前で強く組む、彼女らよりも遥かに幼い少女。

 

 

しかしその外見とは裏腹に、放つプレッシャーと眼下を睨む眼光は、相当な実力者であることが一目で伺えた。

 

 

「美鈴、咲夜、ご苦労だったわね。そこの客は私が持て成すから、あなたたちは離れて見ていなさい」

 

「しかしっ!!」

 

「咲夜、何度も言わせないで?それともあなた、この私が私が負けるとでも思っているのかしら?永遠に紅い幼い月である、このレミリア・スカーレットが」

 

 

殺気さえ混じった静かな声で告げるレミリア。その視線と言葉を受けた咲夜はそれ以上は何も言わず、否、言えずに美鈴と揃って頭を下げて後ろに下がる。それを目で確認してレミリアは満足そうに頷くと、今度こそ彼女はこの夜中にやってきた敵に向かって視線を投げつけ、そして狂喜と狂気の混じった視線を同時に受け取った。

 

 

「クハッ、クククッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハハハハッ!!ククッ、いやぁ、待ってた、待ってたぜェ?一目館を見た時から薄々感じちゃいたが、クヒッ、そうだよ、そうだよなぁ!!やっぱ、こういう展開じゃなきゃなぁ!!」

 

 

腹を抱えて哄笑するヴィルヘルム。その衝撃と言えば、一度笑い声が上がるたびに空気を爆発させ、館に罅を入れ、レミリアの身体をビリビリと威圧する程だ。しかし、一方でそんな歓迎を受けた彼女の方はというと、咲夜や美鈴の様に絶大な圧力に身を竦ませるようなことはなく、寧ろ愉しそうに凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

今でこそ自制して抑えているレミリアだったが、気を抜けばヴィルヘルムと同じく哄笑してしまうに違いない。何せ、今目の前にいるバケモノはどう形容しようとたった一つの言葉しか思いつかない。同族であるが故に、一目その姿を見ただけでその正体を看破し、実力までも推し量る。推し量った上で、心底愉しそうに笑みを漏らした。

 

 

それが出来る時点で、彼女は紛れもない絶対的強者。ヴィルヘルム・エーレンブルグという男を視て、心の底から一片の恐れもなく笑えるだけでその証明になっている。見下ろされる側の彼も、同じくレミリア・スカーレットの実力を視ただけで完全に把握していた。

 

だからこそ、お互いに相手の正体を探り合うなどといった無粋な真似はしない。そんなものは、お互いその目で視た瞬間に悟ってしまったのだから。だから、これから始めるのは単純にして明快なもの。

 

 

ヴィルヘルム・エーレンブルグは自分以外の吸血鬼等必要ないと殺意を覚え、レミリア・スカーレットは真祖でもない吸血鬼が威張るなと。お互い理由は異なれど、その意味の本質はたった一つ。

 

 

「「引き裂いてやる!!」」

 

 

全く同時のタイミングで、全く同じ言葉をこれ以上はないという程、壮絶な笑みと共に吐かれた殺意。

 

 

「バラバラにした後、見せしめにオブジェにでもしてエントランスに飾ってくれるわ!!」

 

「テメェ!!教会の十字架にでも突き刺してやらァ!!」

 

 

今、人外同士にしてバケモノ同士の、吸血鬼の宴が始まった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルム・エーレンブルグと、レミリア・スカーレット。その2人がお互い殺気と共にその場を駆け、戦闘を開始してから既に5分程が経過していた。しかし、その5分はその場にいる美鈴と咲夜の認識をぶち壊すには十分な時間となっていた。

 

 

既に2人とも、今殺し合いを続けている吸血鬼同士の動きを認識できないレベルに至っていた。それも当然であろう。何せ、今の2人の速度と言えば音速等とっくに超えていて、人間の認識レベルを超えているのだから。

 

 

お互い、相手の攻撃が当たるか当たらないかなど関係ない。奇声にも似た声を上げながら、2人はその戦いの中で笑い、嗤い、嘲笑っていた。そして再び、何十度目かの交差。ヴィルヘルムの腕がレミリアの脇腹を抉り、レミリアの爪がヴィルヘルムの肩を抉る。

 

 

ここで驚くのは、美鈴や咲夜の攻撃では傷一つ与えられなかったヴィルヘルムに、レミリアの攻撃が通るという事だった。武器の形成に伴い、単純な思考しかできなくなっているヴィルヘルムは兎も角として、その光景に従者の2人はホッと胸を撫で下ろし、そして希望を覚えていた。

 

 

ここで敢えて説明するならば、レミリアの攻撃がヴィルヘルムに通った理由は簡単なロジックである。聖遺物とは、人々から膨大な想念を浴びて意志と力を得た器物を指す。

 

 

それは言うなれば、年数を重ねれば重ねる程強力になっていくものであり、逆に浅ければ浅い程歴史を持っていない為に思念の大きさや信仰心は小さく狭くそれなりの力しか発揮できないものだ。

 

 

他にも、聖遺物との相性、至った位階のレベル、吸収した魂の数や質等により、聖遺物を持つモノの強さは人それぞれ変化していく。ヴィルヘルム・エーレンブルグを例に挙げるならば、彼の聖遺物はヴラド・ツェペシュの血液が風化した物であった。

 

 

串刺し公として悪名高い彼は、現代から遡れば500年以上昔の人物であり、その血液も同じ年代のものであるということだ。それは人の思念が宿る年月としては、十分すぎる時間である。加えて、彼は吸血鬼の逸話を当時から持っていた為に、その思念たるや想像もできないものである。

 

 

おまけに、彼はその聖遺物との相性が格段に良いために、その力は何倍にも増幅されているといっても過言ではない。何せ、聖遺物の生みの親である水銀にして、彼の聖遺物である闇の賜物はカズィクル・ベイを愛していると言われたほどだ。現存団員の中でも1,2位を争うというのは伊達ではない。

 

 

対して、レミリア・スカーレットという吸血鬼も、それとほぼ同等の時間を生きている存在である。おまけに、彼女は正真正銘の生まれた頃からの吸血鬼。これまで、幻想郷に来るまでは只管に自身を害する外敵を葬り続けてきた。

 

 

それは人間であり、妖怪であり、人外であり様々だった。加えて、吸血鬼という存在は他者の血を吸うことを有名とする怪物である。その他者の血を吸うという行為は、なにもそれだけを意味しない。

 

 

吸血鬼の吸血は、それを吸うことで足りなくなったものを補うと言ったり、本能的に求めると言ったりする。その血液を吸うという本質は、他者の力を搾取すると言い換えても、別解釈してもよい。

 

 

つまりそれは、吸血鬼にとっての吸血は食事という面だけではなく、血を吸えば吸うほど、血肉を喰らえば喰らうほど存在が強化されていくことに他ならない。吸血鬼が体を吹き飛ばされても超速再生できるのは、今まで搾取してきた生命力を使っているから。

 

 

その面で考えれば、レミリア・スカーレットという存在は、十分にヴィルヘルム・エーレンブルグに匹敵しても可笑しくない。それが、彼女がヴィルヘルムに傷を負わせることができる理由だった。

 

 

だがしかし、それは同時に何という皮肉なのだろうか。

 

 

「グッ、オラァアアアアアアア!!」

 

「ッッ!!ハァアアアアアアアア!!」

 

 

ヴラド・ツェペシュの聖遺物を得ることで、吸血鬼に進化したヴィルヘルムと、ツェペシュの末裔と謳われながらその実全く関係がない、生来からの吸血鬼。

 

 

吸血鬼としては偽物でも、彼の血を融合させたために本物のツェペシュの末裔ともいえるヴィルヘルム・エーレンブルグ。

 

 

吸血鬼としては本物でも、ツェペシュの末裔というのは嘘で、偽物のレミリア・スカーレット。

 

 

そんな2人が、世界を超えて幻想郷という地でお互いこそが本物だと潰しあっている。それはこれ以上ないくらいに滑稽でありながら、嘲笑えない矛盾を孕んだ者同士の衝突だった。

 

 

そんな一時の膠着状態から更に3分。お互い、そろそろ小手調べも終わりいよいよもって大技の連発を繰り返す。

 

 

「オラァ!!さっさと串刺しになって、俺に吸われて干からびやがれ!!」

 

 

ヴィルヘルムの腕や身体から、普通では不可視の赤黒い杭が無数に射出される。その数はもはや数百を超えていて、その威力もバルカン砲もかくやという威力だった。咲夜や美鈴なら回避不可。時を止めることができる咲夜でも、認識する前に殺されては意味がない。

 

 

しかし、レミリアも簡単にそれを喰らうほど弱くはない。常人なら目に見えない速度で射出された杭も、同じ吸血鬼であるレミリアは視認できるし、一瞬で位置を把握して回避にかかる。

 

 

普段から、弾幕ごっこというヴィルヘルムの杭とほぼ同数の弾幕を避けることを日常としているレミリアは、その程度回避できないわけがない。弾幕避けは一瞬の判断で、膨大な弾の量の情報を裁かなければならないのだ。

 

 

この程度、できて当然。しかし、全てを完全に避けきるというのは弾幕とは異なり、スピード的に不可能だった。ではどうするか?答えは簡単である。

 

 

 

『紅符 スカーレットマイスター』

 

 

避けられないなら、自分に向かってくるモノを全て迎え撃てばいい。声に出す暇はなくカードを掲げる暇もないものの、レミリアはスペルを発動させる。その威力たるや、ヴィルヘルムのバルカン砲並みの杭に勝るとも劣らず。杭と同じかそれ以上の弾幕が向かってくる杭を相殺し、回避に成功する。

 

 

そこで一旦止まる両者。お互い、全身を己の血と返り血で染めながらも、決して凄絶な笑みを絶やさない。痛みなど精神力で克服してみせろ、戦闘中にそんな愚かで無様な隙を生むなら容赦なく打ち抜くと、お互い眼で語っていた。

 

 

「カハッ、いいねぇ、そそるぜェ、たまんねェ!!そうだよ、これだよなァ!?こういう殺し合いを俺ァ、ずーっと待ってたんだよ」

 

 

「あらあら、外の世界の吸血鬼って言うのは随分饒舌なのね。愉しいのは分かるけど、もうちょっと落ち着きを持ったらどうかしら?品がないわよ?」

 

 

「ハッ、笑わせんなよボケがっ!!こちとらんなもんは、生まれてこの方一片たりとも持ち合わせたつもりはねぇよ」

 

 

「成程、生まれながらの畜生ってわけね」

 

 

お互い、黒い笑みを漏らす2人。それで軽口は終わり。お互い、再び戦闘に戻るべくヴィルヘルムは地面を、レミリアは空を駆けようとしたその時だった。

 

 

「「ッッ!?」」

 

 

突如、館の外壁が派手な音を立てて内側から破壊され、奇しくも揃ってそちらに意識を向けて固まるヴィルヘルムとレミリア。前者はともかく、後者の方はその理由に思い立ったのかハッとした表情になり、危機感迫った視線をそちらに固めていた。

 

 

「まさかっ!!」

 

「お嬢様!!」

 

「このタイミングでっ!?」

 

 

それだけではなく、従者の2人も驚愕した表情でそちらに視線を向ける。3人とも、その理由に思い至っているのか揃いも揃って危機感迫った顔をしている。対してヴィルヘルムはそんな3人の様子に怪訝そうな顔をして、同じく砕かれた外壁の方に視線をやった。

 

 

最初こそ、外壁が砕かれたことによって舞った埃と砂粒で視界を覆っていたが、時間が経過するにつれて残骸が風に浚われていき、やがて完全に視界が晴れるとそこにはレミリアと同じくらいの年の少女が立っていた。

 

 

しかし、どうもその少女の様子がおかしい。単純な思考しかできなくなっているが故に、僅かな異変にも敏感なヴィルヘルムはそれを他の3人よりも早く悟っていた。しかし、その顔に浮かぶ表情は事情を知っているであろう3人とは異なり、にやけた表情を顔に張り付けていた。

 

 

「おいおい、荒手か?いいじゃねぇか、久しぶりの激戦だ。多少なイレギュラーがあっても悪く・・・」

 

 

驚愕してどうするべきか固まる3人を無視して、ただ一人悠然とした態度でそちらに足を向けるヴィルヘルム。だが、その少女まであと15メートルというところで、彼のにやけた笑みは消えてなくなり、無表情に変わる。そんな彼を見て、3人が3人とも怪訝そうな顔をして首をかしげる。

 

 

「おい、どうしt・・・」

 

「匂うぜ」

 

「は?」

 

 

突然の意味不明な一言に、戦闘中にもかかわらずらしくない声を上げるレミリア。次から次へと一体何でこう面倒なことが、と内心でレミリアが舌打ちをした瞬間だった。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ドカンと、何かが爆発するような音と共に弾ける空気。レミリア、咲夜、美鈴の3人は反射的に揃いも揃って大きく後方に下がる。3人がいきなりそんな行動に出た理由は、今その場に立ち尽くして固まっているヴィルヘルムから放たれた今まで以上に禍々しく、荒々しい鬼気が発せられたせいだった。

 

 

一方で、それを感じさせたヴィルヘルムはというと、最早その3人の事など頭の中からすっぽり消え去っていた。その代わりに頭の中を占めるのは、圧倒的なまでの憎悪。

 

 

そして憎悪が込められたその視線は、真っ直ぐと突如外壁を打ち砕いて現れたレミリアの妹、フランドール・スカーレットに向けられていた。

 

 

やがて、そんな視線を向けられていることに気付いたのか、フランもヴィルヘルムに視線を投げた。ただし、その瞳は狂ったように焦点がぶれ続け、白目の部分が真っ赤に充血していて、見るからに興奮状態であることが分かる。

 

 

「ァアア、ズルイ、ズルイヨオネエサマ。オネエサマバッカリオソトデアソンデ・・・ゥウウウウ」

 

 

言葉と共に吐かれる息は、それすらも狂気を宿しているのだとわかる程だった。そんな彼女の今の状態は、姉であるレミリアでさえ嫌なものを感じえない状態だ。

 

 

だが、彼女はそれでも動かなかった。否、動くことを躊躇していた。何故なら、そのフラン以上に狂気の念を宿している吸血鬼が、彼女のほんの15メートル程手前に鬼気と共に立っているからだ。

 

 

とはいえ、いつまでもそうして立ち止まっているわけにもいかない。レミリアは今の妹の状態を放っておけるほど、薄情ではなかった。ハッと気を持ち直すと、そのまま真っ直ぐ妹の方に向かおうとして、ふとその違和感に気付いた。

 

 

「(何だ?さっきまでと比べて夜が深くなっている?)」

 

 

頭上を見上げ、夜の闇を目にし、ふと目を擦るレミリア。錯覚なのかとも思ったが、しかし時間の経過とともに気付く。それは断じて錯覚などではないと。何故なら、見上げた際に入ってきた月が、いつの間にか先ほどよりも円に近くなっている。

 

 

それに加え、月の色も金色から赤みを含んだ金へと今もその色と形を徐々に変えていっているのだ。これは一体と、口に出して確認しようとしたその時だ。

 

 

「やっぱ気のせいなんかじゃねぇ、匂うぜガキ。テメェの身体中からするその胸糞悪い匂い、あのクソと同じだ」

 

「な・・・にを・・・」

 

「おまけになんだよ、テメェのその目、表情、気!!どれもこれも、あの犬畜生と同じようなナリィイイしやがってテメェエエエエエ!!!」

 

 

ズドンと、ヴィルヘルムの憤怒の叫びが響き渡った途端、レミリアにしても異常だと思われる重圧と、そして発生する脱力感がその場を襲う。それは咲夜も美鈴も、そして狂化しているフランでさえ息苦しさを覚える感覚。ただし、レミリアとフランが感じたのはそれだけではなかった。

 

 

重圧や脱力感は確かにある。だがそれ以上に、自分自身の身体が強化されていくような、体調がよくなっていくような感覚を覚えていた。

 

 

「これは・・・一体・・・」

 

 

意味の分からない感覚に、盛大にその端正な顔の眉をしかめるレミリア。しかし、その答えは幾ら考えても湧いてこなかった。それも当然だ。なにせそれは、ヴィルヘルム自身の真の力による世界の上書きのルール『創造』位階が発現しようとしている予兆なのだから。

 

 

聖遺物を知らない彼女達がそれに気付けないのも無理はない。怒りのあまり無意識に漏れ出す彼の狂気が、詠唱を必要とせずに内なる世界を顕現させようとしているのだ。

 

 

彼の創造は、吸血鬼である彼の能力を時間と相手の強さと共に、徐々に徐々に強化していく能力だ。つまり、吸血鬼であればそれは誰であっても適応される。

 

 

とはいえ、ヴィルヘルム以外は強化はされるものの同時にその生命力を徐々に吸われていくのだ。レミリアとフランを襲う虚脱感は、それが原因であるといえる。

 

 

「そうだ、その目、その目だよォ。そこのテメェのその目が、気持ち悪いくらいあのクソヤロウの、あの時の目に似てやがって・・・・・・俺はそれを、その目を抉ってやりたくてなァアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

爆散する地面と空気と狂気。あまりにも速すぎるヴィルヘルムの速度は、初見で不意打ちに近いものがあったこともあるだろうが、瞬間的にレミリアの超人的なまでの動体視力でさえも、刹那見失うほどの速さだった。

 

 

狂って凶暴化しているが故に、脳のリミッターが外れて本来よりも爆発的なまでの膂力を有しているフランでさえも、それは例外ではなかったろう。

 

 

しかしヴィルヘルムにはそんなものは関係ない。頭の中にあるのは、目の前の存在の排除という思考のみ。半場創造位階に入りかけた彼の能力は、音速を2桁は追い越そうかという速度。

 

 

狂った頭では動き出しが遅れ、フランはそれを回避するのは不可能だと誰もが思った。だがそこで再び、誰もが予想だにしない出来事が起こる。

 

 

「やれやれ」

 

 

直後、とてつもない轟音。その衝撃に、館の外壁にビキビキと罅が無数に入り、門の外壁をあっという間に破壊し尽くす。だがそれでも、ヴィルヘルムのその恐ろしいまでに速い一撃は、獲物を仕留めるには至っていなかった。なぜなら、

 

 

「いきなり全力を出すなどと、あなたにしては随分思慮にかけるのではありませんか?カズィクル・ベイ中尉」

 

 

普段は極限までに細めた両目を見開き、冷徹すぎる翠眼を鋭く尖らせてヴィルヘルムを見る神父、クリストフ・ローエングリーンが立ちはだかっていたのだから。

 

 

しかし真正面から攻撃を受けた彼の身体には、傷どころか汚れすら見て取れなかった。そんなフランを護るかのようにして立っている彼は、真っ直ぐベイを見て一言。

 

 

「今宵はここまでです、退きますよ。ベイ」

 

 

命令する彼の言葉には、ヴィルヘルムですら従わざるを得ない様な意味が込められているようにも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘回終了です。おそらくChapter1はこれで戦闘は出ないと思われます。
さて、今回ベイ中尉無双な展開になってしまいましたが、安心してください。このままあっさり終わる様なことはありません。

なにせ、まだおぜう様は本気だしてませんし。あと、これもネタバレになっちゃうかもしれないですが、次にベイ中尉と戦う際は二対一という形になると思います。まぁ、誰と誰が組むとかはいいませんが・・・ふりじゃないですよ?

そして次回は、いよいよあの神父の名言が聞けます。Diesファンならこれだけで分かる筈。何せ、最後の演出でちょっとふりましたし。

あと今回の戦闘まで、Diesキャラが強すぎるように見えると指摘が上がる確率がありそうですが、これには理由があります。

理由については敢えてここでは言いませんが、いずれ本編で明かすつもりですので、納得がいかない方はそれを見て意見・指摘の程をお願いします。

なにせ作者、豆腐メンタルなもんで・・・


長くなりましたが今回はこれで。ではノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ-ⅶ 堕天

今回もちょっと長いかもです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「退きますよ、中尉」

 

 

突如現れた神父服に身を包んだ男、クリストフ・ローエングリーンによって阻まれたヴィルヘルムの一撃。普通なら肉片すら残さない様な一撃をその身に受けた彼は、しかしそのような事態に陥ることもなく、彼の目の前に立っていた。

 

 

尤も、ヴィルヘルム事態はその事に驚きはしない。何故なら、彼はその理由を十分すぎる程に理解しているからだ。寧ろ湧いてきたのは、困惑や驚愕などではなく、邪魔をされた事に対する憤怒の念。

 

 

しかしそれはクリストフに向けられたものではなく、自身が属する黒円卓の副首領に向けてのものであり、自身の呪いに対するものである。とはいえ、何の反論もせずに納得するような彼ではない。

 

 

無意識に展開させかけた創造を霧散させ、形成の状態までを解いたものの、その結果湧き上がってくる感情は先程よりも強く深いものだった。その場で舌打ちをし、そのまま一歩下がったところで目の前の神父を睨み付ける。

 

 

「おいこらクリストフ、一体これは何の真似だよ?俺の愉しみを邪魔してまで止めたってことは、俺を納得させるだけの理由を用意してあるってことだよな?」

 

 

「ええ、それはもう。ですが、そんなことは言うまでもなく察して欲しいのですがね?言わなければわかりませんか?」

 

 

「ハッ、そらそうさなぁ。何てったって、俺は学がないんもんでな。テメェの口から説明があるまで、素直にはいそうですかなんて頷けるわけねぇだろうが」

 

 

「ふむ、そうですか。そこまで言うのであれば、直接言った方が良いのでしょうね。あまり長居するのも、得策とは思えませんし」

 

 

そう言って、横目で突然の来訪者に警戒心を剥き出しにするレミリア、咲夜、美鈴を見て呟いた。若干頼りなさげに見える優男。それが、普通に見たクリストフ・ローエングリーンという男だった。だが、ここ事に至っては、そんな見た目だけの印象に騙される猛者はいなかった。

 

 

いつの間にか正気に戻っていたフランでさえ、背中越しにしか見えていない彼を本能的に恐れている。それを気配だけで感じたクリストフは苦笑を浮かべ、小さくため息をついた。

 

 

いつもならば人を安心させるような笑みを浮かべる彼も、この状況ではそんなことをしても意味は為さないと理解している。

 

 

ここですべきは、手早くヴィルヘルムへの説得を終えてこの場を立ち去ること以外ない。神父は考えをまとめると、服に付いたほこりを払うようにパンパンと服を叩き、それから手を擦りあわせるようにして重ねると説明を始めた。

 

 

「まず第一に、我々が戦う以上、それは宣戦布告をしなければならないということですよ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「どのような状況であろうと、我々が一同揃って牙を向けるならば、それは戦争を行うという事です。如何なる理由があろうとも、戦争の前には相手側に対して明確にその意図を伝える必要があります。

 

まぁ、中にはそのようなことをせずいきなり奇襲をかけるといった輩もいるでしょうが、そんなものは小者がやるべき行為。我々がそんな無様を晒すようでは、ハイドリヒ卿の顔に泥を塗りかねない。

 

 

何せ、我々は誰一人として例外なくあの御方の誇り高き爪牙であり、獣の鬣のその1本。そんな我々が、自ら主の意向に背いて下種な行いを先んじてするなど、これ以上ない不忠。とりわけ、あなたならばそれを意味する事が良く分かっているのではありませんか?」

 

 

「・・・・・・確かに、な。それについては認めてやるよ。あの人の顔に泥を塗るなんざ、死んだってできねぇ」

 

 

ハッと、自嘲するヴィルヘルム。彼にとってはそれだけでも十分すぎる理由であったが、クリストフはそこで終えるつもりはない。続けて、更に彼の考えを述べ始める。

 

 

「二つ目に、我々が今置かれている世界の状況がよくわからないという事です。副首領閣下が意味もなくこのようなことを為さるとは思えない。我々の此度の任務は、八つのスワスチカを完成させ、この世にハイドリヒ卿を呼び戻す事であった筈。

 

 

にも関わらず、第二のスワスチカの解放後、このような例のない状況に陥った。普通に考えれば、その時点でスワスチカの条件など破綻していても可笑しくない。

 

 

ですが、あの方の行いがそれをただ無にするという事もあり得ない。だとすれば、この我々の知らない未知の状況下でも、我々の任務が完遂できるのかという疑問に当たりますが・・・・・・」

 

 

「・・・まぁ、あのヤロウが第一の前提を覆してまでこんな規模の異常を引き起こすとは思えねぇわな」

 

 

「然り。ならば、ここでも同様にスワスチカを開放することが絶対の条件と成りえる筈です。その解放が同じ条件であれば良し、無ければここでの戦闘も全くの無意味になるという事です」

 

 

「そこまで言うからには、そこら辺はキッチリ分かってるってことだろうな??その辺ハッキリさせてもらおうじゃねぇか」

 

 

凶悪な笑みを浮かべて、からかう様に言うヴィルヘルム。その意味はただ一つ。もしも虚言や、未だ理解不能等という言葉を吐けばただでは済まさないと言外に言っている。

 

 

そしてそれは、彼と真っ向から対峙しているクリストフもしっかりと理解していた。いつものように意地の悪い笑みを貼りつかせ、言葉はなくしかし目で語る。

 

 

それだけでヴィルヘルムには十分だった。凶悪な笑みから心底愉しそうな笑みに表情を一転し、カハッと笑声さえ漏らす。それを見て満足そうに頷く神父は、改めて口を開く。

 

 

「ここまで人外と思われる化生の類を、道中レオンハルトと狩ってきましたが、それで分かったことが一つ。ここに生息する生物というのが、総じて魂の質が高いという事。そこから導き出される結論というのは・・・」

 

 

「シャンバラでつまんねぇ雑魚を虐殺するより、こっちでそれなりに狩った方が楽に済むってか?」

 

 

「然り。加えて、我々と劣らぬ質の存在もいるようですしね」

 

 

クリストフはそう言って、レミリア達3人とその後ろのフランに視線を向ける。話を端から聞く限り、その言葉の意味の程は全くわからないと言っていいものであったが、雰囲気だけでそれがろくでもないことが伺えた。

 

 

「だがよォ、スワスチカを開くとして起点はどうする?こっちじゃあのヤロウが仕掛けをする時間があったとも思えねぇ上に、現状あっちからの接触もねぇ」

 

 

「確かにそれは問題だ。ですが、それもあまり心配はいらないと思いますよ?」

 

 

「あァ?そりゃ一体・・・」

 

 

どういう意味だと、続けようとしたヴィルヘルムの口が止まる。愉しそうな表情を浮かべていたその顔も一転。能面のような無表情になりつつも、その身体は僅かにピクピクと震えていた。それが意味するのは何か。答えは一つである。

 

 

「まさか・・・」

 

 

「ええ、そのまさかだと思いますよ。最初こそ私も、ここら一体に広がっている異様な気配に気付きませんでしたが、それを多少減らしたからなのか、それともあの御方の仕業によるものか。詳しい事は分かりませんが、今ではハッキリと感じている」

 

 

「・・・・・・」

 

 

クリストフのその言葉に、ヴィルヘルムは自身もその答えに思い立ったようだ。身体の震えはますます大きくなり、しかしその震えが意味するものは恐怖ではなく。震えが意味するのは、これ以上ないくらいの歓喜。

 

 

この何十年、幾度となく狂おしく求め続けた黄金の気配。歓喜のあまり口を閉じ、表情を固まらせたヴィルヘルムを他所に置き、クリストフは胡散臭い笑みを浮かべて、いつの間にか横に立っていた少女、レオンハルトこと櫻井蛍と、それ以外の4人に向けて言葉を投げる。

 

 

「そういうことですので、レオンハルト、そして名前も見知らぬ4人の方々。せいぜい気をしっかり持ってください。でなければ、命の保証はしかねますので」

 

 

物騒な言葉をいきなり言うクリストフ。一瞬ポカンと固まってしまう、櫻井とレミリア経ち4人。しかし直ぐに正気に戻ると、代表してレミリアがキッと両目を細く尖らせて、クリストフを睨み付けた。

 

 

「おい、それはどういう意味だ?いきなりやってきて、何を意味不明なことを言っている」

 

 

「それは仰る通りだと、自分で言っておいて私もその通りだと思いますが、問答は後に為さった方が良いかと」

 

 

「だから、いきなり何を・・・・・・!!」

 

 

と、最後までレミリアが言葉を続けようとしたその時だった。最初に感じたのは違和感。時刻は深夜を回っていて、光源は月明かりのみで真っ暗だった筈の夜空。その夜空が、フッと明るくなったような違和感。

 

 

次いで訪れたのは、感じたことのない悪寒。ヴィルヘルムの最後の一撃も相当なものであった筈だが、それと比べることもできない、否。比べる事すらバカらしくなる程のプレッシャー。

 

 

それはまるで、死を宣告すような死神のような視線でありながら、どこまでも慈しむような愛を感じさせる視線でもある。しかし、その愛というのが言葉通り文字通りの愛ではない事は直ぐに理解できる、否。理解させられる。

 

 

それを感じた瞬間、その場にいた全員の頭上。そこから文字通り、黄金の空が落ちてきた。

 

 

「グッ・・・・・・!!」

 

「キャッ・・・・・・!?」

 

「ガァッ・・・・・・!?」

 

「ッッ・・・・・・!?」

 

「ァァ・・・・・・!?」

 

「うッ・・・・・・!?」

 

 

クリストフとヴィルヘルムを除く、他5人が膝を折らされる。瞬間的に跳ね上がった圧力は、もはや形容する事すらできない。クリストフが忠告をしなければ、人外であるレミリア、フラン、美鈴は兎も角として、如何に優れた者であろうとも純粋な人間である咲夜は、その瞬間蒸発していても可笑しくなかった。

 

 

しかもその圧力は今も刻一刻と増していて、最早苦鳴すら漏らせない。そんな中、一人平然と立ち尽くしているクリストフは確かに以上の塊であったが、その場にいる全員の視線は彼を視ていなかった。

 

 

視ているのは、頭上にまるで夢現のようでありながら、これ以上はないという存在の密度を占めている金髪の美丈夫、否。正しく例えるならば、黄金の獣。

 

 

5人は揃いも揃って、その存在の前に無条件でひれ伏していた。そして影響のあるのは生物だけではない。命を持たぬ筈の紅魔館や、辺りの地面、庭に生えている木々や草花。それら全てが、砕け、割れ、枯れ、壊れていく。

 

 

そんな周囲を6人は肌で感じ、絶望という文字を体現させているであろう力の持ち主を、1人は歓喜の余りに、1人は余りの恐ろしさに、4人は非常識にもほどがある存在への畏怖をもって見上げた。

 

 

そんな彼らを見て狂った笑い声を上げるクリストフ。彼はひとしきり笑った後、自然に上の存在に向けて言葉を投げる。

 

 

「お久しぶりですね、ハイドリヒ卿。突然の事態に我々は戸惑っていたというのに、御身はそのような兆しもないようで何よりです」

 

 

「成程、卿にはそのように私が見えるのか聖餐杯。これでも、多少は驚きを示したのだがな」

 

 

「その割には、いつもと変わらぬ御様子ですが」

 

 

「何、我が友のやる事のいちいちに驚いていては、あれの盟友など務まらんというだけだ。そう言う卿の行動こそ、驚いているようには見えないほど迅速的であっただろうに」

 

 

黄金の双眸を僅かに閉じ、笑みを浮かべる黄金の獣。その表情はこれ以上はいないと思うくらいの美しさでありながら、見惚れてしまえば文字通り魂を吸われてしまうであろう凶悪性が備わっていた。そんな彼は一通りクリストフとの会話を愉しむと、その視線を眼下に平伏している者達に向けた。

 

 

「さて、先ずは労いの言葉でも与えてやらねばな。動機は兎も角、宣戦布告の一番槍の役、よくぞ飾って見せたベイ」

 

 

「お、あ・・・・・・!!」

 

 

「卿の働き、真に見事。このような理解不能な状況に混乱されず、よくぞ我が軍の代表を務めて見せた。その魂、英雄と称して何の偽りもない。今後の活躍を期待しているぞ、我が誇り高き爪牙よ」

 

 

そんな獣の言葉に、ヴィルヘルムは感激の余り言葉を失くした。そして、これ以上の栄誉は他にないと、文字通り血涙を流して咆哮する。彼の人生で、これほどまでの名誉は無いが為に、その歓喜の程は何を持っても表現できない。

 

 

それを愛おしそうに見た獣は視線をずらし、次にレミリア、フラン、咲夜、美鈴の4人を視た。

 

 

「そして、よくぞ我が爪牙の猛攻を耐えて見せた。特にそこの赤髪の少女よ、勝てぬとわかっていながらよくぞ最後まで奮起し誇りを護ろうとした。卿のような従者を持てた事は、この館の主にとってもこの上ない幸せであろう。その魂、誇り、気概、真に見事。卿は紛れもなき従者だ」

 

「ッ・・・ァ・・・」

 

 

褒められてはいるものの、当の美鈴は身動きができなかった。声にならない苦悶の音を漏らし、それを返事とする。

 

 

「そして、ベイと真っ向から立ち上がり、激突し、私に甘美なる舞いを見せてくれた幼き少女よ。卿もまた、例外なく称賛しよう。そこの2人も、今後の活躍に期待しようではないか」

 

 

言って、心の底から笑みを浮かべる。そして最後に、その視線を櫻井に向けた黄金の獣であったが、それに対しては何も言わなかった。ただし、言外に自分の爪牙であるなら証を示せと殺人的なまでの視線が告げていた。

 

 

それに対する櫻井の返事は、小さく、本当に小さく首肯する。それを見て一通りの挨拶を終えたと判断したのか、黄金の獣はスッと立ち上がり居住まいを正した。

 

 

「では、最後に自己紹介といこうか。私はラインハルト・ハイドリヒ。聖槍十三騎士団黒円卓第一位、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。我が盟友曰く、悪魔のような男らしいよ」

 

 

「アガッ・・・ッ・・・!!」

 

 

「ふむ、今は限界かね?ならば良し、卿ら以降は励むといい。カールの代替の姿は見えないようだが、もしも会えたのならが代わりに挨拶を頼むぞ聖餐杯」

 

 

「となると、彼もやはりこちらに来ていると?」

 

 

「無論だ。そして、卿の知りたがっていた起点だが、丁寧にもカールが享受してくれた。2つは元の世界で解放されているから良いらしいがね」

 

 

その言葉に、クリストフは少しでも減った苦労に小さく胸を撫で下ろす。それから、この地での起点の場所を聞き出そうとするが、それを予想していたラインハルトが地名を淡々と言い始める。

 

 

「白玉楼、地底、魔法の森、博麗神社、迷いの竹林、そして紅魔館。ここが此度の起点らしい。ちなみに、卿の言う代替は博麗神社にいるとも、盟友は言っていたぞ?会いに行くというなら、そこへ向かうといい」

 

 

「ええ。どちらにせよ、行かねばならないでしょうから」

 

 

「ではこれで最後だ。卿等の奮戦に期待しよう。あまり心配はしていないがね」

 

 

それはどちらに向けた言葉だったのか。それを明確に示さないまま、黄金の獣はスッとその存在感を消していった。それと同時に消える圧力。漸く空気が戻ったことから、その場にいた全員(クリストフも含め)がホッと大きなため息をついた。

 

 

クリストフとヴィルヘルムを除く全員が、それと同時に溜まりに溜まった冷や汗を滝のように流しだす。そんな様子を見て、クリストフは困ったように笑みを浮かべると、優しげに聞こえる声で話し始める。

 

 

「やれやれ、相変わらず肝が冷えます。立てますか?レオンハルト」

 

 

「あっ・・・ぐっ・・・」

 

 

「ああ、無理はしなくてよろしい。手を貸しますよ」

 

 

「ハッ、情けねぇ面してんじゃねぇよ・・・と言いたいが、命があるだけマシってとこか?」

 

 

「ッ・・・ありがとうございました、猊下」

 

 

ヴィルヘルムの言葉にむきになったのか、自力で何とか立ち上がる櫻井。そんな彼女を見て苦笑を漏らしたクリストフは、今度は未だ座り込んでいる4人に向けて言葉を投げる。

 

 

「では、我々はこれで失礼するとしますよ。些か急であり、一方的ではありますが宣戦布告は済みました。近い内にまた会いましょうか。尤も、その時は問答無用で殺し合いになりますがね」

 

 

「ッ・・・随分、一方的、じゃないか」

 

 

「まぁ、そうですね。ですが、一方的でないにせよ、どちらにしても我々のやることは変わりません。ですから、あなた方はただ先ほど言った地で、どうか万全な準備をして待っているとよろしいでしょう。

 

 

わざわざ我々が来る場所を指定しているのですから、あなた方にとってはこれ以上ないくらいにいい条件だと思いますが」

 

 

「ハッ・・・よく言えたものだな、バケモノめ」

 

 

レミリアが口汚く罵ると、クリストフは否定も肯定もせずにただ笑みを浮かべているだけ。しかしその表情は、あなた方も同じ穴の狢でしょうと言外に言っている。

 

 

その点だけは全く持ってその通りなどで何も言い返すことはない。しかし、レミリア・スカーレットという吸血鬼は、無様を晒したままでいることなど認められるはずもない。

 

 

正体不明の輩によって地に叩き伏せられ、その上言葉の反撃さえできなかった自分自身の怒りと、自身の拠点と従者を傷つけられた貸しを、このまま何も返せずにい居られる筈もない。

 

 

仮に、屈辱を受けたままでいられるのなら、彼女とて何百年も生きながらえてはいないのだ。彼女の本質も、その実残虐にして非道な鬼なのだから。

 

 

尤も、そんなことはクリストフもとっくに承知している。彼女の身体の内から膨れ上がる瘴気が、それを物語っているからだ。それを見てやれやれと神父は肩を落とすと、少し考えた後に一つの提案をする。

 

 

「では、こういうのはどうでしょうか?」

 

 

「何?」

 

 

「私は何の防御も、構えもとりません。決して躱さないし、避けもしない。ですから、あなたは私に向かってただ全力の一撃を当てればいい。それで私が死ねばそこまで、私はその程度だったという事です。

 

 

ですが、死ななかった場合、今宵は見逃すといった形をとっていただけると幸いです。何分急な事でしたのでね、その位の侮辱は受けましょう」

 

「・・・・・・」

 

 

クリストフの提案に、レミリアは暫し考える。彼の言っている提案、それは確かに魅力的なものだった。何の抵抗もしないから、殺せるものなら殺してみろという提案。しかし、それは一方で酷く侮辱的な事にも聞こえる。真祖の吸血鬼である己が、相手の言うがままに従って攻撃するなど愚の骨頂。

 

 

とはいえ、何もせずに相手を返すのもまた同じ。レミリアとしては得体のしれない存在をここで仕留めるチャンスを得られるわけだ。相手の実力はどうあれ、未だ未知数。

 

 

殺せればそれで良し、殺せなくとも情報の1つや2つは手に入る。それを考えると、ここはもう選択肢は一つだ。レミリアは他の3人に視線を投げ、言葉もなく小さく頷いた。

 

 

その意味を察した2人と、未だポカンとしているフランはとりあえず頷いておき返事とする。

 

 

「いいだろう、その提案乗らせてもらう」

 

 

「わかりました。では、レオンハルトとベイ中尉は先に行ってください。あなた方がいると、他の3人も警戒せざるを得ないでしょうから」

 

 

「わかりました猊下」

 

 

「ハッ、正直いけすかねぇがここは大人しく引いてやる。さっさと済ませて帰ってこいや。まかり間違っても殺すんじゃねぇぞ?」

 

 

「ええ、前提条件を覆す気はありませんし、直ぐに追いかけるつもりです」

 

言外に、そいつらは俺の獲物だと主張するヴィルヘルムに、苦笑して告げるクリストフ。そんな2人の会話は、初めから神父が死ぬことは絶対にないと言っているかのようで、その余裕にレミリアは舌打ちをする。

 

 

正直、他の2人がいなくなるのは有難い。何故なら、仮に仕留めそこなっても情報が漏れるようなことはないからだ。

 

 

仮に神父が生き残っても、その情報を伝えるとは露程も思わない。気性やその下劣さはどうあれ、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男が、そのような助言を得ることなどないとレミリアはわかっているからだ。

 

 

他人の助力を得て戦う考えなど、あの男にはありはしない。そしてそれは紛れもない事実。そんな助言をもらわなくては勝てないようなら、獣の爪牙等とは呼称したりはできない。

 

 

爪牙であるなら、真っ向から戦い勝利をもぎ取るだけ。無粋な情報で決闘の場を汚すなど、そんな主を辱めるような行動など絶対にとれないのが、ヴィルヘルムという男だった。そしてそれはクリストフも同じ考えだ。

 

 

そんな情報を得なければ勝てないほど弱いなら、自らの命をもってしてスワスチカを開け。絶対的強者であるが故に、その誇りと証を示さなければならないと、そこだけはクリストフも思っていることだ。でなければ、シュピーネという男を自らの手で殺めたりはしない。

 

 

状況も整ったところで、クリストフはいよいよレミリアの真正面にただ立ち尽くす。その立ち姿は、確かに何の構えも防御もとっていなかった。それは彼にとって当然の立ち振る舞い。

 

 

レミリア達は知らないが、彼のその身体は絶対無敵の防御なのだから。ただ立ち尽くす彼の振る舞いは、その実圧倒的自身と事実に基づいたものだった。

 

 

しかしそれを知らないレミリアたちは、それをただの侮辱と受け取った。特に攻撃するレミリアは、今日一番の極大な殺気を纏わせて人ならざる膂力をもってその腕を後ろに構える。

 

 

「貴様のその思い上がり、正してくれる!!」

 

 

レミリアの言葉が終わると同時、発露される力の放流。赤く光り輝くそれは、段々と鋭い形を形成していきやがて槍のような外見を持つにいたる。

 

 

『神槍 スピア・ザ・グングニル』

 

 

それを見て初めて、クリストフの目が驚きに見開かれた。

 

 

 

「ほう、まさかあなたの全力が"槍"だとは。全く、何の因果でしょうねぇ。これを理解して、副首領閣下はこのような世界に我々を呼び寄せたのでしょうか?」

 

 

言葉に吐きだしたものの、しかしそれは流石にないと判断するクリストフ。驚きはしたものの、未だ脅威には感じない。彼が驚いた理由は単純で、奥の手が自身と同じくとてつもない"槍"だという事実に対して。

 

 

柄にもなくそんな表情を浮かべてしまった神父は、それを誤魔化す様にして胡散臭い笑みを浮かべ直した。

 

 

それを合図に、レミリアが槍を大きく振りかぶる。

 

 

「くたばれ、このエセ神父が!!」

 

「ええ、できるものならやってごらんなさい。ですが・・・・・・」

 

 

クリストフの言葉の途中で、レミリアの槍が直撃し彼の言葉を遮った。その威力たるや、その名に恥じぬ絶大なものだった。爆発の中心である彼の姿は完全に見えなくなり、辺りの者も悉く破壊して塵とかす。憤怒の感情を込めた一撃は、過去最高の威力と速度で打ち出されたものだった。

 

 

段々と砂煙が晴れていくが、その場にいる者は全員が全員、クリストフの死を疑っていなかった。しかし、

 

 

「それでも聖餐杯は壊れない」

 

「なんだとっ!?」

 

 

煙が晴れたとき、言葉と共に表されたその姿には、服こそ千切れ焼け焦げているものの、見える肌には一切の傷がなし。それは名実ともに、レミリア・スカーレットではクリストフ・ローエングリーンには勝てないという結果が導き出された瞬間だった。

 

 

そしてその事実は、彼女ら4人に絶望の文字を当てるには十分なものだった。だが、対するクリストフはというと何か浮かない表情をしてブツブツと呟いている。

 

 

「とは言え・・・ふむ、しかしこれは・・・・・・まさか、あの御方の」

 

「??」

 

「ああ、失礼。少し考え事をしていまして。ですが、これで此度の宣戦布告は終了とさせていただきますよ。約束ですからね?それと、安心させるかはわかりませんがあなた達に伝える事実が一つ。

 

 

ここに次に来るのは私ではなく、あなた達が先ほど戦っていたベイ中尉ですので。とはいえ、あまり気落ちしていると彼に殺られるのは間違いないでしょうがね」

 

 

それだけ言うと、神父は今度こそ迷いのない足取りで紅魔館を後にする。あとに残されたのは、呆然としている4人と崩壊の酷い紅魔館だけであり、その館の様はこれからの幻想郷を示しているかのようであった。

 

 

 




あのお方降臨!!
しかし大事な場面に両主人公が不在とか・・・


遂に出せましたあのセリフ、聖餐杯は壊れない(笑)

神父さんすいません。謝るので創造だけは勘弁を・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅠ epilogue

今回でChapterⅠ終わりです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッザッザっと、深夜の森の中を比較的静かに歩く足音が二つ。その内の一つは紅魔館で激戦を繰り広げた男、ヴィルヘルム・エーレンブルグのもので、もう一つは年若い少女の櫻井螢のものである。

 

 

そんな二人の間の空気は普段であれば険悪のものであるが、今だけはその例には当てはまらなかった。理由は言わずもがな、先程の彼らの首領との出会いにあった。ヴィルヘルムは機嫌がよく、櫻井は未だ畏怖の念が薄れていないのか表情が険しい。

 

 

しかしそれを必死に誤魔化す様に、キュッと形のいい唇を引き締め余計な言葉が出ないようにしていた。下手に饒舌になれば、その内心が漏れてヴィルヘルムに茶化されると思っていたからである。

 

 

しかしそんな彼女の予想とは外れ、彼は気付いているにもかかわらず何も言ってこなかった。元から仲が良くない為に、基本的には会話の少ない二人であるが、それでもこの状況はあまり例にないものである。

 

 

普段であれば、ヴィルヘルムが櫻井を一方的に罵る様な言葉を口汚く吐くのだが、今はその兆候すら見られない。どころか、寧ろ、嬉しそうな顔をして夜の闇を闊歩する彼の姿は、櫻井からすれば気味の悪い事この上なかった。

 

 

すると、そんな彼女の内心に気付いたからか、それとも敬愛する主に褒められて上機嫌かは不明だが、急にヴィルヘルムが足は止めずに櫻井に言葉を投げかけた。

 

 

「どうしたよ、レオン。お前にしちゃ、随分しおらしいじゃねぇか?いつもみたいに、お得意の文句でも垂れてみたらどうなんだ?」

 

 

「・・・そういうお前こそ、私と二人でいるというのに随分お上品なようだが?」

 

 

「ハッ、お上品ねぇ?まぁ、そういわれても可笑しくないかもな。何せ、何十年ぶりにあの人に会えたんだ、そりゃ気分が良くもなるってもんだぜ。今ならメルクリウスの野郎の呪いも、笑って受け流せそうだ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ヴィルヘルムの心底嬉しそうな声に、櫻井はやはり気持ち悪さを感じてしまう。彼女は彼の言うメルクリウスについて、新参であるために深く知る立場にない。ただ、日頃の彼の言いようからそれこそ自分以上に気に入らない存在なのだという認識は持っていた。

 

 

それこそ、口に出るたび口汚く罵り、呪い殺せるなら呪い殺さんばかりの勢いだ。その彼が、幾ら褒められたからと言ってここまで機嫌が良くなる様子は、普段の事を知っているが故に違和感を感じえない。

 

 

今なら、櫻井が幾ら皮肉やそれに準ずる何かを言おうとも笑って流すだろうと、そんなことを彼女が考えていると、後ろの物影から音を立てて残ったクリストフが姿を現した。それを見て、ヴィルヘルムと櫻井は足を止めると、そちらに体ごと振り向く。

 

 

「よぉ、随分早かったじゃねぇか?まぁ、心配なんざ一部たりともしてなかったがよ」

 

 

「あなたの口から、心配などという言葉が出るなんて、私も思いませんでしたよ」

 

 

「ハッ、確かにな。自分で言ってて、違和感が拭えねぇぐらいだし、お前がそう感じるのも無理はねぇよ。とはいえ、その服だけでもボロボロの格好はどうかとも思うがな」

 

 

そう言って、視線でクリストフの神父服を指す。確かに彼の言う通り、クリストフの神父服はボロボロだった。それこそ、殆どボロキレと化しているような見た目で、服として機能するか怪しい状態だ。彼もそれは理解しているのか、困ったような笑みを浮かべて笑声を漏らす。

 

 

「まぁ、一応私も煽るだけ煽ってしまいましたしね。ですが、少々驚いた事もあったので、服の件はそれを考えれば良しとしますよ」

 

 

「ほぉ?テメェがそこまで言うなんて、一体どれほどのことが有ったんだか」

 

 

「戦闘の内容については話しませんよ。そんなことはあなたも望んでいないでしょうし」

 

 

「あったりまえだろーが。んなもん聞いてもクソ面白くもねぇ」

 

 

ハッと、笑い飛ばすヴィルヘルム。クリストフも彼がそう言うことは分かっていたので、それについては何も言わない。しかし、彼が驚いたそのことについては話しておく事にしたのか、スッと目を細めて表情を引き締めた。

 

 

それを見て顔を顰めたのは櫻井。いつも知っているクリストフの顔とは決定的に何かが違うためか、何か感じ入るものがあったのだろう。それを気配で見て取ると、クリストフは直撃を受けたとりわけ損傷の酷い剥き出しになった腹部を抑えて口を開いた。

 

 

「我々の身体の装甲は知っての通り、常識のそれを超えています。それは例え異能の力であっても、少なくとも我々の持つ聖遺物に対抗できるものでなければ、かすり傷をつける事すらできません。

 

 

しかも、私の装甲はあなた方のそれを遥かに凌ぐものといってもいい。それはこちらの世界に来ても同じ、そう思っていました」

 

 

「・・・その言い方だと、違うって言いてぇのか?つっても、俺はいつもと変わらない様に感じられたがな。レオン、テメェは?」

 

 

「お前の言葉に同意するのは癪だが、私の感覚も違っていない。ですが、猊下はそれが違うと?」

 

 

櫻井が眉を顰めて言うと、クリストフは少しばかり困ったような表情をしてため息をつく。それは予想外の言葉に困惑しているというよりも、自分の予想が合っていて困惑しているといった感じであった。

 

 

 

「何だよその顔は?もしかして、俺らの感覚が狂ってるとかそう言う話をしてぇのか?」

 

 

「いえ、あなた達の感覚は間違っていないと思いますし、私の考えもおそらくは間違っていないと思いますよ」

 

 

「だったらその考えってのをさっさと言えよ。あんまりもったいぶられても、いい気分じゃねぇしな」

 

 

「・・・そうですね、分かりました」

 

 

ヴィルヘルムの言葉にほんの少しばかり躊躇した後、クリストフは頷いて見せた。彼としてもそれは隠しておくべき情報ではない。ただそれを言って混乱させるかもしれないというのと、その答えにヴィルヘルムが過剰に反応するのを避けたいという思いがあったのは事実だった。

 

 

「単刀直入に言いますと、どうやら私の防御力が落ちているということです」

 

 

「・・・はぁ?そりゃ一体どういう・・・」

 

 

「私も正解と言える答えを持っているのかはわかりません。ただ、一つ言えるのがそれなのですよ。今回、私は彼女の攻撃を受けたわけですが傷と言える傷は受けることはありませんでした。しかし、傷はなくともダメージはあったと・・・何というかですね、少々の違和感とでも申しますか、そういったものが私の中に残っているのですよ」

 

「・・・・・・」

 

 

最初は冗談かと思ったヴィルヘルム。だが、そんな突拍子もない事を告げた本人の顔には、冗談の類を言っている情報は見受けられない。そもそも、クリストフ・ローエングリーンという男は、彼の知る限りそんな冗談を言うような奴ではない。

 

 

その男が真面目な顔をして言っているからには、それは紛れもない真実なのだという事だ。だとしても、ヴィルヘルムは腑に落ちなかった。自分や櫻井の身体の様子はいつもと変わりがない。尤も、他人である彼女の事はどうだかは詳しく理解できないが、彼の身体は異常がないと言える。

 

 

レミリアと戦う前も、美鈴の攻撃にびくともしなかった事からそれは裏付けされている。それはつまり、人外の装甲が死んでいないという事に他ならない。

 

 

それはクリストフも同様であろうし、レミリアが如何に突出した技を使ったかは窺い知れないが、それでもヴィルヘルムは彼女にクリストフが傷つけられるとは微塵も思っていなかった。

 

 

にも関わらず、特段装甲が並外れて硬いクリストフの身体には違和感があるという。それが示すのは何か。思い当たる答えは一つしかない。そしてそれは、クリストフも同じだった。

 

 

「メルクリウスの仕業だってか?」

 

 

「それが偶然によるものか、それとも意図的なものかは判りかねますがね。おそらく、その考えは外れていない様に思います」

 

 

「あのヤロウに限って、偶然はねぇとは思うがな。意図的ってのも、なんとなく噛み合わねぇ」

 

 

「・・・私は二人が言う副首領閣下の事は分かりかねますが、こんな大それたことをやるだけでも非常識です。多少の不都合があっても可笑しくないのでは?」

 

 

櫻井が自分なりの考えを述べると、クリストフもヴィルヘルムも悩まざるを得なかった。彼女は知らないが、二人にとっては認めたくないものの、メルクリウスという男の為す術法というのは完璧なものだ。それこそ完璧でなければ文句や罵倒の飛び交うものだが、無いからこそそこは認めざるを得ない。

 

 

それは、特にヴィルヘルムにとっては受け入れがたい屈辱なのだが、事実は事実。故に、如何に突発的な行動だろうと、そのような不具合を発生させたまま黙ってみているとは思えない。

 

 

「あのヤロウの術に隙は無い、失敗するとは思えねぇ。とは言え、それに気付かず放置するとも思えねぇな」

 

 

「ええ。となれば、答えは一つですかね。あくまでこちらの世界に来た時には違和感に気付かなかったものの、後にそれに気付いたがあえてその不具合を解決していない。そういう事でしょうか?」

 

 

「まぁ実際、その位のハンデはあってもなくても変わらねぇだろうし、テメェにだけ感じられたってことは、ある程度ランク付けがあるのかもしれねぇな。そこら辺は明確には分からねぇけどよ」

 

 

「三騎士の方々でもいれば、それはそれで分かりやすいのでしょうが、それは現状無理でしょうしね」

 

 

言って小さく笑みを浮かべるクリストフ。対してヴィルヘルムはというと、三騎士という単語を聞いた途端顔を目に見えて顰めた。それを見て、櫻井はその理由に思いつかなかったが、クリストフは心当たりがあり過ぎて笑みを深めてしまう。

 

 

三騎士、その中の一人と人外になる以前からの因縁持ちなだけに、それは仕方がないのだろうと神父らしく内心に留めておく。

 

 

「とは言え、そこまで気にするほどのものではありませんよ。実際、怪我をしたという程のものでもありません。そんなことより、我々は次にどう動くべきかを決めたいと思うのですが・・・」

 

 

「話を吹っかけて来たテメェが言うのは間抜けすぎやしねぇか?」

 

 

「そこは言わないで貰いたい。で、本題ですが2,3日は情報収集に努めたいと思います」

 

 

「・・・・・・具体的には、俺らの他の連中の居場所ってとこか?」

 

 

「ええ、スワスチカがあるとなれば、好き勝手にそれを開けてもらっては困ります。そんなことをすればゾーネンキントが持たないでしょうし、もし戦闘で負けるにせよ、その時は然るべき場所で死んでもらわねば困ります」

 

 

そんな神父の言い様に、初めはポカンとしたヴィルヘルムだったが、やがていつもの笑声を漏らすと腹を抱えて神父の意地の悪さに感服する。とは言え、クリストフの考えには彼とて同意だった。もし自分が死ぬ立場にあったとしても、クリストフの言う通り然るべき場所で死ぬだろう。

 

 

それが彼の誇りであり、邪魔さえされなければ仮に自分が敗北した場合、自分の敗北だけは素直に認めるだろう。

 

 

そんな彼とは逆に、先程から口数が少ない櫻井は緊張を身体全体に走らせ唇をキュッと引き締める。彼女の願いを叶えるためには、どうしても死ぬわけにはいかないと覚悟を決める。

 

 

そんな二人を見てクリストフは満足げに頷くと、二人から視線をそらし遠くを見るように視線を山の向こうに投げかけた。

 

 

「さぁ、いよいよ始めましょうか。ここからが本番です。藤井さん、あなたがこの世界でも戦うと決めたのでしたら、どうか存分に腕を振るって我々に挑んでください。我々は逃げも隠れもしないのですから」

 

 

 

そんな神父の言葉を、風が遠くへ遠くへと運んでいく。それはまるで、その言葉を聞かせたい本人に届かせようと必死な風にも見えてしまい、クリストフは本当に小さく笑みを漏らしたのだった。




やっとChapterⅠが終わりました。
エピローグがちょっとやっつけ感が自分でもあった気がします。
もしかしたら今後修正するかもしれません。


次回は黒幕お二人の笑えない談笑回となります。
ではノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter Extra

今回自分で書いてて意味不明な出来になってしまいました。飛ばしてくれても結構です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは深く暗い陰惨な空気に満ちていた。天然の光源など微塵も存在しない、静寂が満ちた空間。感じ入るのはどこまでも広がる、常人では感知できない異様な感覚。しかしそこには、巨大と称しても足りない圧倒的な存在が、黄金の玉座に静かに座していた。

 

 

光源がないために、本来の輝きの数分の輝きも見えず、だというのにその黄金は昏い輝きを伴って、次第に辺りを照らし出す。

 

 

音も無いというのに、脳内に反響するかのようなその存在が生み出す声は、笑声と称する以外に形容できない音だった。その存在、黄金の獣と称されるラインハルト・ハイドリヒという男は、その玉座に備わる肘かけに優雅に片肘を駆け、口元に絶えることのない笑みの形を浮かべていた。

 

 

髪の色と同じく不気味に輝く黄金の瞳には、つい先程顔を合わせた異世界の住人の姿が映し出されていた。自分達と比べても、存在の種族だけで言えばラインハルトと比べても、見劣りしない怪物。その戦闘の程は、自身の部下であるヴィルヘルム・エーレンブルグと激突しても、見劣りしないそれを見せてくれた。

 

 

それだけでも十分に価値のあるものだったと言えるが、それ以上に彼と相対して尚、消えることのなかった戦意の光は彼にとってそれ以上に価値のある眩しきものに感じていた。やがてその感動を内に留めておくことができなくなったのか、ラインハルトは遂に笑声を口から響かせ、彼と唯一対等の男に向けて言葉を投げた。

 

 

「見ているのだろう?我が盟友カールよ。いい加減、その姿を私の前に現したらどうだ?」

 

 

愉しげな彼の声が、果てしなく広い空間に木霊する。そしてその声を受けて数秒の後、ラインハルトの声と存在以外感知できることの

 

なかった空間に、同じく笑声と不気味なほどに暗い存在感を伴って、影絵のような男の姿がゆっくりとその形を空間内に為し始めた。

 

 

「おや?気付いておられましたかな獣殿?」

 

「当然だ。というより、そんなことは卿も知っていただろうに。相も変わらず、誤魔化すのが得意な男だな。その性格だけはなんとかならないのか、カールよ」

 

「それはそれは。何分こういう性分なもので、どうか勘弁願いたい。そもそも、私の性格がどうであれ被害を被る者など今更いるとは思えないのだが」

 

「口は達者のようで何よりだ」

 

 

言葉は責めるようなものでありながら、その実全く思っていない事を言うラインハルト。対するカールと呼ばれた男も、そんなことは初めからわかっているのか、特に反論することもなく答えを返している。それも当然の筈だ。彼らの間に交わされる会話など、大概そんなもので両者共にその事は熟知している。

 

 

伊達に長い付き合いではないし、そのようなことで仲違いをするような狭き関係でもない。これが他の団員とならそうでもないであろうが、彼らに至ってはその限りではなかった。そんな下らない会話を何分か続けると、やがて本題を切り出す様に再びラインハルトの方から切り出した。

 

 

「ところで、此度のこの戦について何か私に話しておくことはないのか?言葉が少ないのはいつものことだが、今回ばかりはそれでは納得できないことも多々あると思うのだが」

 

「ふむ、確かにあなたの言う通りかもしれないな。他の団員は兎も角、あなたに対しては言っておくべきかもしれぬと、私も先ほどから考えていたところだ。盟友として、その程度であれば答えよう」

 

「フ、では存分に卿の言葉に甘えるとしようか。此度の趣、一体どのような趣向によるものだ、カールよ。聖餐杯にはああいったが、実際の所は私もかなり驚いているのだが」

 

「そうですな、それについては私も謝るべき所が満載なのでしょうが、まずはあなたの問いに対する答えを返しておくとしよう。とは言え、私も突然に思いついた事なので、説明の拙さについては深く言及しないで頂きたい」

 

「構わんよ。そのような些事、元から気にするような性質ではないのでね」

 

ラインハルトは含み笑って、カールに言葉を返す。対するカールも、それは初めから予期していた答えなのか同じく笑って返すだけ。

 

本音としては、この男にしては珍しくもう少しだけこの会話を楽しんでいたいと思っていたのだが、あまり盟友を待たせるのも悪いと思ったのか、それは心の内に留めておいて説明を始める。

 

 

「今回のこの事態に関して言えることと言えば、たまには趣向を変えてみようと思ったまでの事。どれだけ未知を求めて行動しようと、結局のところありきたりな既知の結果にしか辿り着けない。だというのならば・・・」

 

「いつぞよ卿が言っていたことかな?卿曰く、盤上をひっくり返し、取り払ってしまえば良いと。成程、此度のこの事態はそれを体現したものだと言いたいのだな?」

 

「言葉にするとチープなものに成り下がるが、結局の所そうなりますな。それで獣殿、あなたはこの結果に異論でも?」

 

「それこそまさかだよ、カール。卿は昔から常人にも偉人にも理解不能な行動を繰り返す男ではあったが、そのどれもが私にとっては愉快なものであることは事実だ。現に、今の私がこうあるのも、卿の仕業であろう?」

 

 

 

からかう様にラインハルトがカールに言うと、彼はその言葉の意味を噛み締めて声を漏らして笑みを浮かべる。狂ったように笑う様は正に狂人。されど、その笑みは心底嬉しそうでいて、心底滑稽なようであった。そんな悦に入っている盟友を見て、ラインハルトも笑みを浮かべるが、続く疑問が幾つもあるために申し訳なく思いつつも、彼は問いを重ねる。

 

 

「では次だ。聖餐杯が疑問に感じていた疑問。それについてはどうなっているのだ?私としては、卿に限って彼の言うような失策は犯さないと思う反面、卿ならば彼の言う通り知っていて静観するようにも思える」

 

「聖餐杯・・・というか、彼の言う身体の違和感の件ですかな?」

 

「それと、彼の言う疑問についても是非聞いておきたいところではあるな」

 

「なるほど。と言っても、彼の言った通りの事が九割を占めているといっても過言ではないのだがね。彼の感じた疑問も、獣殿が今感じている疑問も、その答えについてはもう彼が結論を出している。それでもあえて言うのであれば、私にとってこの状況は想定していない事態ではなかったということ位ですかな」

 

「ほぅ?」

 

 

それでと、続きを促すラインハルト。カールはそれに笑みをもって応え、久方ぶりの盟友との受け答えに応じる。

 

 

「私とて、獣殿や団員の思っているほど完全な存在ではないのでね。出来ることがあれば、出来ないこともある。そもそも、何でもできるのであれば、私の目的もあなたの目的も総じて果たすことは容易いことだ。しかし、結果として私が完全な存在でないがためにそれはできない。此度の件もそれと同じだ。

 

 

私が出来たのは、我らの黒円卓の団員を可能な限り無茶のない方法で、この未知なる世界に招き入れることができたというだけのこと。それ以上を不用意に望んでは、結果は果たしえずただ無駄な結果に終わっただけとなってしまう」

 

 

「つまり、簡単に表現するのであれば理には逆らえぬという事かな?」

 

 

「その解釈で間違っていないかと。元の我々の世界であるならば兎も角として、この全く未知の異世界の理ともなれば流石に不用意に接触することは容易ではない。そもそもこの地自体、言うなればシャンバラ似たような地と表現しても過言ではないのでね。何せ、外界との接触を結界によって断ち、あらゆる異界との接点を持っている地だ。

 

 

余りに高度であるがために、不用意に触れれば我々とてただですまない可能性も無きにしも非ず。最悪の場合、我らの世界とこの異世界が干渉を強めてしまい、本来絶対に関わりえることのない理同士が衝突し、対消滅を起こす可能すら起こりうる」

 

 

「故に、あまり私たちの世界の法則をそのまま持ち込むわけにはいかんと。そういう事かな?」

 

 

「然りだ、獣殿。突出した力というのは、それを治める突出した器があってこそ十全に発揮できるというもの。しかし、それを求めるには此度我々がやってきた地というのが狭すぎる。だからこそ、大きすぎる力にはそれなりの処置をしなければならない。我ら二人は元より、三騎士、そして貴方の器を持つ彼」

 

 

「成程、彼らには少し不自由を与えることになるかな?尤も、その程度で揺らぐものでもあるまいが。シュライバー辺りは、色々と不満を溜め込むだろう。とは言え・・・」

 

 

ラインハルトが不自然に言葉を切った。しかしその視線が、隣にいるカールに向けられていることからその意図は明らかだ。彼は目を瞑ってクスクスと笑うと、彼の言葉を引き次いで語りだす。

 

 

「本来なら有り得ぬ出会いだ。であれば、多少の不都合には目を瞑ってもらいたい。そして、その不満で目を曇らせずに、しっかりと相手の器を見極めてもらいたい。待遇に不満を持つ事はあれど、用意した舞台と敵の器は見劣りするものでは決してない。魑魅魍魎の類から、鬼に仙人に神仏。いずれも、粒揃いの品揃えだ」

 

「確かに。宣戦布告しかしていないものの、久方ぶりに心が躍る見世物ではあった。それで、話が変わるがカールよ。卿は今回はどうする気かね?」

 

「どうするとは、それは私が此度の戦に出るのかという問いですかな?」

 

「聞き返すまでもないだろう?先程から話を聞いている限り、卿の言葉にはまるでやる気が感じられない。いや、やる気が感じられないというのは誤解を招くかな?」

 

「・・・・・・それについても、獣殿、貴方の想像通りだと言っておきましょうか。私は今回の戦については、出ようとは思わない、否。出るわけにはいかない、とでもいいましょうかな?それは先にも答えた通り、我らが十全の力を発揮できないが故にという意味でもあるし、出すわけにもいかない為でもある」

 

 

カールは先程まで浮かべていた笑みを消し、ラインハルトに忠告するように告げる。彼はそんなカールの表情を見て小さく驚きの声を漏らし、自身も先ほどまで浮かべていた笑みを消す。それだけで周囲の空気が何倍にも重くなったように感じるが、カールの言葉はそれ以上に空気を重くしていく。

 

 

「我らがその力を不完全ながらも発揮するとなれば、それは聖遺物の第四位階"流出"を発言することに他ならない。常であれば、我らが世界でそれを行うのであればそれは全く問題がないでしょう。だが、この世界、この地に限ってはそれは最大のタブーに他ならない。流出の位階は、全ての力を出し切って発現させてこそ意味あるものと成り得るものだ。

 

 

それを中途半端な力になった我々が行えばどうなるか。答えは私としても予想に過ぎないが、その時はこの世界は、というよりこの土地に存在する者達、我らも含めその全てがこの世との接点を絶たれ消滅することになりかねない」

 

「・・・・・・卿は予想に過ぎないというが、それはほぼ確定的なのではないか?」

 

「確立としては高いと言える。何せこの幻想郷という土地は、外界と隔離され独立した世界な上に、この地にいるのは皆幻想の存在と言うべき者達だ。人々から信仰を失い、存在を忘却された者の集う場所。だからこそ、神や人外の集うべき場所と言えるのであろうが、この地に来たからには我々にもそのルールは適用されているようだ。

 

 

とりわけ、異能の力が強い者はそのルールに引きずられる。異能の塊である我々が、万が一にもこの地を掌握しない内から流出を使えばどうなるか・・・」

 

「理に従い、幻想となって消える・・・か。成程、元の世界では考えられない事だったが、そういう展開にも成り得るわけだな?」

 

 

ラインハルトはカールの結論を聞いて、驚くどころか寧ろ愉しそうに言った。そんな彼の表情を見て、ついつい笑ってしまうカール。

 

 

「全く、貴方と言う方はつくづく常人の考えられぬ方へと行かれる方だ」

 

「何、卿なら私がこう答える事など分かっていたことだろう?とは言え、全てが為せるまでは約束は守ろう。私が出しても、創造までに止めておくとしよう。私としても、卿の言うような結末は望んでいないのでね。それに・・・」

 

「ええ。此度のこれは、あくまで戦というよりは遊びに近い戦いだ」

 

「物語に例えるならば、本編とは関係のない番外編と言ったところかな?とは言え、それでも未知が得られるというのであれば踊ってみるのも一興と言うものだ。カールよ、卿の用意した舞台、確と楽しませて貰うとしよう。卿がどうするにせよ、卿なりに楽しむと良い」

 

「言われるまでもなく。私としても、異世界の住人が我々相手にどれだけ戦えるのか見てみたい気分でもある。我が息子よ、せいぜい励めよ。女神がお前に付いている以上、無様な結果は許さんよ」

 

 

カールの言葉を最後に、再び空間に闇が差し込んだ。それは段々と深まっていき、やがて完全に闇に閉ざされたが、最後までカールとラインハルトの笑声が途切れることはなかった。それはまるで、終わることのない闘争を体現しているかのようであり、酷く不気味なものに聞こえた。

 

 




超設定捏造回でした。
二次創作とは言え、やり過ぎた感じが否めない。


なので、コレのせいで不快になられた方はすみません。
無理あり過ぎじゃね?とか思われたら、これ以上は読まない方がいいかもしれません。
いかんせん、この設定で行くと両原作の設定ブレイクに繋がるかもしれませんから。
気にならない心が寛大な方はどうぞこれからもよろしくお願いします。


後、Chapter2からは少し更新が遅れるかもしれません。
中盤と後半のエピソードの構想は練り終わっているのですが、そこに至るまでのつなぎがアレですので。


ニートさんの口調が難しく、何か鬱になりそうになった作者でした。

デハノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡーⅰ 日常Ⅰ

今回は日常回、というか平穏回です。
戦闘を入れたいですが、とりあえず主人公達の活躍を入れるためと、それぞれの陣営を動かすためには伏線を張らないといけないので。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥の小さな鳴き声が、朝日と共に窓の隙間から入り込み、朝独特の冷たい空気が蓮の頬をさした。人外になった影響か、人間だった頃よりあらゆる感覚が鋭くなったせいで、いつもならこの季節は布団から出難い筈が、彼は一瞬で目を覚ました。

 

 

「・・・朝か。ってか、ここって時間の感覚とかどうなってんだ?時計とかあんのかね」

 

 

一人呟いた言葉が、朝のシーンとした部屋の中に静かに響き渡り、それが余計に虚しさを感じさせた。元から一人暮らしだったために、正直その光景に何かの感覚を覚えるわけでもないが、ここが異世界だからなのか、妙に蓮は心寂しさを覚える。

 

 

それどころか、普段はあまり考えないようにしている、悪友である遊佐司狼の事や幼馴染の事なんかも頭の中を駆け回っていた。

 

 

特に幼馴染の少女は、普段は蓮や司狼に憎まれ口ばかり垂れたり、平気で蹴ったり殴ったりして仕舞いには竹刀で殴りかかってくることも珍しくないのだが、蓮と司狼が殺し合い染みた喧嘩になった時などは、本人達以上に心配するような人間なのだ。

 

 

今現在、司狼がいなくなったことで若干落ち込んでいたというのに、これで蓮までいなくなったらどうなるのか。彼はそんな彼女の心境を何となく察してしまい、誰もいないにもかかわらず気まずそうに顔を反らしてしまった。

 

 

すると、そのタイミングを狙っていたのか、それとも本当に偶然だったのかはわからないが、昨日蓮が同盟を結んだ巫女である霊夢が、掛け声も無しに襖を勢いよく開けて現れた。

 

 

「おまっ、ノックぐらい・・・」

 

「何だ、起きてたのね関心関心。それじゃ、さっそく手伝ってもらいましょうか」

 

「人の話を聞けって。ったく、お前、本当に俺の知ってる奴に嫌味なくらい似てるな」

 

 

特に自分勝手な所とか、と蓮が口に出さずに思っていた。するとそんな彼の内心を表情を見て察したのか、霊夢はムッと顔を顰めてススッと蓮の前までやってくるとそのまま拳を振り上げて蓮の頭に振り下ろした。

 

 

「痛ッ!!?」

 

「ほら、早く立ち上がる。寝食の世話はするといったけど、手伝いも無しにいさせるわけじゃないわよ?こっちだって暇じゃないんだから」

 

「暇じゃないって、滅多に人来ないんじゃなかったのか?」

 

「・・・何か言った?」

 

「・・・・・・何でもねぇよ」

 

 

蓮は大きなため息をついて認識を改めた。似てるのは司狼だけじゃない。香純の性格も半分くらい入ってると、いよいよもって嫌気がさしつつあった。

 

 

これでは結局、元の世界とあまり変わっていないという事ではないか。腐れ縁との関係は、どうやら異世界に行ったとしても消えないようだと蓮はもう一度大きなため息をつくと、少し遅れて先に部屋を出て言った霊夢の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これあんたの分ね」

 

「・・・サンキュ」

 

 

霊夢からご飯の持った茶碗を受け取り、蓮は短く礼を言ってテーブルの上に置く。テーブルの上に載っているのは、今受け取ったご飯が盛ってある茶碗と魚一匹が載った更に味噌汁の入ったお椀、それと箸置きに乗った竹の箸のみ。決して贅沢とは言えないメニューだが、基本朝は食べない蓮からすれば十分なものだった。

 

 

ここまで本格的に朝食を食べるのは、世話になっていた幼少の頃以来な為に、彼はありがたく、しかし手早く朝食を胃の中に掻き込んでいく。結局、ものの5分もしない内に朝食を片付けた蓮は自分が使った食器類を手早く洗い、洗い終えた頃に霊夢が持ってきた食器もついでに洗って、食後の食休みを用意されたお茶を飲みながら過ごす。

 

 

 

頭の中で考えているのは、昨夜蓮が眠ろうとしたその直後に起きた、突如感じた巨大な悪寒についてだ。遠くの方からでも感じてきたプレッシャーは、紛れもなく黒円卓の連中の者であった。

 

 

 

それが誰のものなのかまでは分からなかった蓮だが、これまで会ってきたヴィルヘルムやルサルカや櫻井のそれではなかった。

 

 

しかしそれでも、アレの気配がとんでもない奴の気配だという事は蓮にもわかっていたし、最終的には倒さなければならない者だとも理解していた為に、驚きよりもそちらの方が重く蓮の肩に圧し掛かっていた。

 

 

「だがとりあえずは情報収集か。連中もいつまでも大人しくしているとは思えないしな」

 

「そうね~、昨日のとんでもない気配の事も気になるし。方角的に紅魔館の方から感じたから、レミリア達が死んでなかったら向こうから情報持ってくるかもしれないわ」

 

「レミリア?それって誰だよ」

 

 

蓮が霊夢から出てきた人命に首をかしげると、そういえば説明してなかったかとぼやきつつ、霊夢は簡単に説明をする。

 

 

「レミリアってのは吸血鬼よ。見た目は幼女って感じの」

 

「幼女・・・ってか吸血鬼だって?」

 

「そうよ。で、そいつの根城が昨日感じた謎の気配?の感じた方角にあるわけ。ここからだとそう遠くないから、こっちから出向くのも悪くはないと思うけど、すれ違いになったら面倒くさいしね」

 

「・・・本当、何でもありなんだなこの幻想郷ってとこは」

 

 

もう悩むのも面倒くさいと、蓮は幻想郷関連で頭を悩ませるのは止めにする。気にしていたらそれだけで日が暮れてしまいそうだ。とりあえず、霊夢の話から情報が向こうから来てくれるのだとしたら有難い。

 

 

だったら、それまでの時間を無駄にする気は蓮はなかった。残っていたお茶を一気に飲み干すと、サッと立ち上がってその場から10メートル程先に進んで立ち止まる。

 

 

それからゆっくりと目を閉じると、意識を深く沈めていき満足したところで、今度は右手に意識を集中させる。思い浮かべるのは、シュピーネという男に殺されそうになった時に感じたあの感覚、そして発現させる為の呪文。ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐く。間違っても暴走させるわけにはいかない。

 

 

こんな所で躓く様では、ハッキリ言ってヴィルヘルムや他の連中と満足に戦うこともできないだろう。火事場の馬鹿力ではだめなのだ。何時でもあの力を自分の意思で発現し、しっかりと制御して戦うことが出来るようにならなければならない。敵は少なくとも、聖遺物の第三位階『創造』を使いこなしているのだから。

 

 

現状、第二位階『形成』までしか使えていない蓮では、今のままではいけないのだ。だが、焦っても仕方がない。無いもの強請りをしたところで、それが叶う所ではないというのは身に染みて理解している。

 

 

だからこそ、今は出来ることを精一杯熟す。その為に、今こうして少年漫画の特訓のような真似をしているのだから。下らない雑念は全て捨て、聖遺物に意識を乗っ取られない様に頭の中をクリアにする。彼の聖遺物は、その人格とは裏腹に紛れもなく凶悪な斬首刀なのだから。

 

 

やがて意識を完全に聖遺物の事だけに向けるのを成功すると、蓮は最後に大きく息を吸い込んで吐くと同時に小さく、しかし力強くソレを発現する為の祝詞を呟いた。

 

 

『形成』

 

 

瞬間、蓮の周囲の空気が冷たく重たいものに変わる。それと同時に右腕にも変化が起こり、瞬く間に彼の腕は奇妙な刃物を宿した形へと変化した。色は黒く、まるで黒鋼を思わせるその色は酷く暗く、見る者全てに畏怖の念を感じさせるような形状をしていた。

 

 

内側に反り返ったその刃物の役割は、まるで人間の首を斬首するかのようであり、それは間違っていない。何故なら形状こそ全く違うものの、彼のその右腕は紛れもないギロチンなのだから。中世の世に在って、ありとあらゆる人間の首を落とし生き血を啜ってきた、残虐にして速やかに死を与える殺人道具。

 

 

それが蓮の聖遺物であり、マリィの本当の姿である。しかし、形を成しただけでは成功とはいえない。

 

 

「ッ!!」

 

 

突如として湧き上がる殺意の奔流に流されぬよう、蓮は歯を食い縛って自分の意志を縫い付ける。シュピーネの時の様に、しっかりと自分の意志の力をもってこの力を制御しなければ、このギロチンの刃は暴れ回り、あらゆる生物の首を跳ね飛ばして回るだろう。しかしそれはさせない、させるわけにはいかない。

 

 

「くっ、させるかよっ」

 

 

力をもって押さえつけるのではない。それではダメだ。そんなやり方では、聖遺物を使いこなすことなどできはしない。否、使いこなすという考えこそ、間違っている。一方的な力ではだめだ。何故ならば、彼は彼女と一緒に戦い抜くと決めたのだ。

 

 

だからこそ、蓮は彼女に語り掛けるように、優しく、確固たる意志をもって制御する。

 

 

その結果、

 

 

「っ、はぁ、ふぅ・・・何とか、なったか?」

 

 

荒い息と冷や汗を吐き出し、蓮は右腕のギロチンを見る。しっかりと形を成して右腕に宿るソレは、そこに確かに蓮とマリィの意志が尊重されるように安定して姿を為していた。

 

 

実戦形式ではない為完全に成功とは言い難いが、それでも聖遺物の形成はこれで二回目で蓮自身、その出来栄えには納得のいくものがある。コツは掴めた、これなら実戦でも問題ないと蓮が自己完結させたその時、ひょっこりと霊夢が後ろから現れた。

 

 

「へぇ・・・なんか物騒なもの持ってんじゃない?」

 

「おい、急に後ろから話しかけるなよ。つうか、絶対に触れんなよ。冗談抜きに危ないから」

 

「分かってるわよ、そこまで命知らずじゃないわ。それより、昨日あんたの隣にいたマリィって子の気配がするけど、もしかして彼女なのコレ?」

 

 

言って、霊夢が蓮の右腕を指す。それに少し驚いた顔をする蓮だが、コレ呼ばわりにはカチンと来たらしく、ピクリと額に青筋を立てて霊夢に抗議する。

 

 

「コレじゃねぇよ、マリィってのは合ってるけどな。このギロチンがマリィの本体で、マリィ自身はギロチンの人格っていうか、意志っていうか・・・よくわかんないけど、そんなもんらしい」

 

「ふ~ん・・・何か複雑なのねぇ。どうでもいいけど」

 

「自分で聞いといてそれかよ?」

 

「はいはい、わるぅございました。とりあえず、それをそこらで振り回すのだけは勘弁してちょうだいよ。神社ぶっ壊れでもしたら、洒落にならないんだから」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだよ」

 

 

霊夢の言葉に憤慨する蓮だが、霊夢自身は興味が尽きたのか神社の縁側で新しく淹れたお茶を呑気に啜っている。そんな彼女を見ているとヒクヒクと口元が引き攣る蓮だが、あまり感情を昂らせるわけにもいかず大人しく怒りを治めることにする。

 

 

 

それから右腕のギロチンをブンッと勢い良く一回振ると、同時に形成を解いて彼も縁側に座り直した。しばし無言でお茶を啜りあう二人。やがて十五分も経過して、太陽が丁度雲の切れ間から再び顔を出したその時、ヒュンという短い風切り音の後、二人の人影が姿を現した。

 

 

「メイドと・・・幼女か?」

 

「早速来たわね。さっき説明した、紅魔館の連中よ」

 

「どんな説明をしたかは知らないけど、私を幼女と呼ぶのは止めなさい、命が惜しかったらね」

 

「じゃあ何て呼べばいいんだよ?」

 

 

いきなり殺気を叩き付けてきた幼女改めレミリアに、蓮は小さくため息をついて言葉を返す。人間だった頃ならいざ知らず、人外に成り果ててしまった蓮はレミリアの殺気程度では怯みはしない。そんな彼を見て、彼女は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らす。

 

 

「レミリア・スカーレット、吸血鬼よ。こっちのメイドは十六夜咲夜。一応よろしくと言っておくわ、気に入らないそこの外来人」

 

「・・・藤井蓮だ。よろしくな、レミリア。と・・・」

 

「咲夜でけっこうですわ」

 

「ああ、そう。こっちも別に敬語とかつかわないでいいぞ。俺も礼儀がなってるとはいえないしな」

 

 

蓮がそういうと、咲夜は少し悩んで素振りで考え込み、それからしっかりと頷いた。

 

 

「それはそうと、用があってきたんじゃないのレミリア?だったらさっさと話してくれないかしら。お茶ぐらいだすから中に入りなさいよ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ。咲夜もいいわね」

 

 

レミリアの言葉に、咲夜は無言で頷き、二人一緒に神社の中に入っていく。蓮もそれに続き、二人の後を追って中に入り、朝食を食べた部屋に戻る。それから霊夢が無言で追加に来た二人分のお茶を用意するとそれを配り、彼女も腰を下ろした。

 

 

蓮は緑茶を出された吸血鬼を見て妙な顔をするが、普通にそれを飲んでいるのを見ると興味をなくして天井を見上げた。吸血鬼だという割には、蓮の中にあるとある男のイメージとはかけ離れている。背中に見える翼は確かに驚くべき代物であるが、見た目が見た目なだけに残念感を否めない。

 

 

とは言え、これから話を聞く立場である蓮は機嫌を損ねるわけにもいかない為に、そこはあえて口を出さなかった。そんなゆっくりとした空気が二分も続いただろうか。丁度霊夢が湯呑をテーブルの上に置いたところで、レミリアが気を見計らったのか口を開いた。いよいよ聞かされる情報に、蓮はしっかりと耳を傾けて頭の中にしまう準備をするのだった。

 

 

 




日常回でした。
次回も説明をしながら、これからどうするか、レミリアも交えて説明をする回です。
自分でも早く戦闘に入りたいのですがね、いきなり戦闘を入れては話の構成がめちゃくちゃになる上に、蓮が序盤で創造位階になっちゃいますし、東方キャラの活躍もいれられなくなっちゃう・・・


ああ、二次創作ってやっぱり難しいなwww
片っぽの陣営に力入れすぎると、クロスオーバーと言う名のdies勢による虐殺が始まっちゃうし・・・
dies勢って、死に方も格好いいからそこんとこむずかしいですよね?


ちなみにこのルート、マリィルートが終わってkkkを通じ、氷室ルートに行く。それが本家の流れですが、これはその氷室ルートの本当手前、って感じです。

























































個人的に、蓮の嫁の一人であり、最重要人物の彼女ル〇〇カさんの氷室ルートでの記憶を呼び起こす
為のルートって考えもありますのでww


何かさらっとネタバレしてしまったような・・・心の寛大な方は、聞かなかったことにしてくれれば幸いです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅱ 日常Ⅱ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢、あなたなら気付いているとは思うけど、今日の深夜に紅魔館に襲撃があったわ」

 

「例のとんでもない気配の現れた頃かしら?」

 

「いいえ、襲撃を受けたのはそれよりもう少し前。尤も、重要なのはあなたの言うとんでもない気配が言っていた事なんだけど」

 

「聞かせてもらうわ」

 

 

霊夢が珍しく真面目な表情をして言うと、レミリアもキリッと表情を引き締める。それから、直に感じたとてつもない気配を思い出して震えそうになる身体を、自身の両腕で抑えつけると同じく震えそうな唇を引き締めて事情を説明する。

 

 

「今回の事態、恐らくは異変と言うには過ぎた事件だと思うわ。連中、何を目的にしているのかはわからないけど、間違いなく私たちを殺しに来てたから」

 

「そりゃまた、随分おっかないわね?成程、外来人なだけにスペルカードルールなんてお構いなしって訳ね?」

 

「ええ、まぁ。あなたもあの場にいればわかっただろうけど、今回ばかりは洒落や冗談が通じる連中とも思えない。初めから本気で掛からなければ、一方的に殺されるだけよ?そこの貴方、蓮って言ったわよね?あなたなら何か知ってるんでしょ?」

 

 

いきなり矛先を向けられた蓮は、しかし驚くことはなくああと、短く頷いて肯定を示す。続いてそれを説明しろとレミリアが言うと、それにも頷いて彼は黒円卓の連中について語りだす。

 

 

「あいつらは俺と同じ世界からやってきた連中で、人間じゃない。俺も連中をそれほど詳しく知ってるってわけじゃないけど、それでも常識やモラルなんてのが通じない連中ってのは言える。

 

レミリアがその中の誰と会って、戦ったのかは知らないが生きてるってだけでも凄い事だぞ?俺なんか、初めて会ったときは訳も分からず殺されかけたしな。一体誰と殺り合ったんだよ?」

 

「私が直接殺し合ったのは、白髪の吸血鬼だよ。名前は確か・・・」

 

「ヴィルヘルム。あいつと戦ったのか」

 

「その表情から察するに、お前と因縁のある相手っぽいな?」

 

「ああ、俺が戦った・・・ってか、一方的にボコボコにされたのがそいつだよ。人間?の時だったからって言い訳したか無いけど、それが事実だからな」

 

 

苦い思い出、というには近すぎる実体験に蓮は嫌そうな表情をする。実際、半分死にかけてやっとこさ傷が治ったばかりの時に出くわし、再び半殺しにされかけた相手だ。

 

 

あの時はヴィルヘルムの仲間のルサルカに、妙な魔術で治療して貰ったからいいものの、そうでなければ未だに病院のベッドの上であったことは想像に難くない。

 

 

「で、いたのはヴィルヘルムだけなのか?あいつも大概だと思うが、俺が感じた威圧感はあいつの比じゃなかったと思うんだが」

 

「そこはお前の察している通りだよ。後から出てきたのは正直格が違った。それこそ、私達全員で掛かっても絶対に敵わないと悟ってしまうぐらいにな。何せまともに対峙するどころか、存在のプレッシャーだけで地面に這いつくばったまま喋ることさえままならなかった。正直な話、生きた心地がしなかったよ。アレは私達とは、根本から違った存在だとしかいいようがないな。

 

名前は・・・なんていったっけ?咲夜は覚えてる?」

 

 

「はい。というか、私も元の世界で名前くらいは知っている過去の有名人でしたし。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ、外の世界での世界大戦と言われている戦争の中でも、かなり高い地位にあり首切り人として名高い人間・・・というのが、私の知る彼の認識でしたが」

 

「冗談は言わないで欲しいね、アレが人間なんて低俗な存在であるものか」

 

 

レミリアが咲夜の話に舌打ちをして不機嫌を露わにする。存在の圧力だけで天を割り、視線を向けただけで魂を灰にし兼ねない存在を人間という枠に収めていいわけがない。レミリアの直感でなくても、ラインハルト・ハイドリヒという男と対峙した者であればそれくらいは分かるものだ。

 

 

そしてレミリアと咲夜の話を聞いた蓮はと言うと、その人物と直接の認識があるわけではないものの、その男の存在については自分が殺した男の口から簡単に聞いていたのを思い出す。シュピーネという、まるで蜘蛛を体現したような男が恐れ、慄き、二度と会いたくないとまで言っていた人物。

 

元々、シュピーネと蓮が殺し合いに発展したのも、シュピーネの提案を蹴ったことから始まったのだ。印象に残らないはずもない。そして自身を吸血鬼言い、蓮が一方的に殺されかけたヴィルヘルムとも対等に戦ったというレミリアがそこまで言うのだから、蓮は今更ながらシュピーネの話は正しかったのかもしれないと思い直していた。

 

だからと言って、もし過去に戻れたとしてもシュピーネの提案に乗る選択肢はないし、今の選択肢を選ぶ以外もあるわけがない。

 

 

「何はともあれ、レミリアが会ったラインハルトがヴィルヘルムやその仲間の連中の総大将で、そいつを倒さなきゃいけないってのは変わらないしな」

 

「正気か?貴様程度の存在で、アレにどうこう出来るとは思えないが。私が思うに、あの男は幻想郷の面子全員で挑んでも勝てるかわからない様な怪物だったぞ?」

 

「だからと言って放置してたら、どっちにしろこの幻想郷も無くなっちまうだろうよ?諦めちまったら可能性は0%になるが、諦めない限りどんなに低くても0%にはならないんだ。だったらやるしかないだろ?それでいいよな、霊夢」

 

「何もしないでやられるのは癪だしね、紫だって黙ってないだろうし。やってみなくちゃわからないでしょ?」

 

 

楽観的に聞こえるような事をいう蓮と霊夢だが、彼らは決して事を楽観的に考えているわけではない。二人とて、昨日のとんでもない威圧感を感じて危機感を抱いてもいたのだ。

 

 

正直、現状の戦力でどうこうできるか分かったものではないが、やらなければ始まらないことは確かであるし、何もせず殺されるのは彼らの本意ではない。

 

レミリアはそんな二人を見てため息をつきつつも、やっぱりこうなってしまったかと呆れ半分期待半分といった表情をつくる。

 

 

「まぁ、それでこそ私に勝った人間よね。いいわ、私も協力する」

 

「何言ってんのよ?初めから拒否しても協力させるつもりだったし、あなただってそのつもりだったでしょ?」

 

「ふふ、どうやらバレバレだったようですよ。レミリアお嬢様」

 

「うっ・・・こ、こういうのは形から入るものなのよ。というか、そこの外来人は何を笑っている!!」

 

「お前が面白い反応をするからだろ?吸血鬼って割には、ヴィルヘルムと違って話が通じるようだしな。少し拍子抜けしただけだよ」

 

 

蓮にまでそんなことを言われ、赤面するレミリア。そこ顔に最初に会ったような凛々しい表情はなく、正に年相応の反応である。普段彼女の口癖を知っているものであれば、間違いなくカリスマブレイクした吸血鬼と、バカにされそうな雰囲気である。そんな不当の評価を受けるレミリアであるが、せめて何か反撃をしなければと考えるが何も思いつかない。

 

こういう時は頼りになる従者にと、チラッと咲夜に視線を送る彼女であったが期待虚しく従者にまで微笑まれる始末。

 

 

「うーーーーー!!」

 

つい唸ってしまうレミリアだが、今の暗い雰囲気を飛ばしてくれた事をその場にいた一同は感謝していた。尤も、言えば調子に乗るとわかっていたのか、誰一人としてそれを言葉に出す者はいなかったが。やがて、時間も少し流れるとレミリアは落ち着きを取り戻し、小さく咳払いをして姿勢を正して座り直す。

 

 

そんな彼女の態度の変化を期に、再び空気が引き締まる。一時は緩んでしまったが、ここで完全に緩めるわけにはいかない。まだ話は終わっていないのだ。

 

 

特に、レミリアは敵の総大将の張本人から聞いた言葉をすべて伝えているわけではない。それを話し終えるまでは、少なくとも落ち着いている場合ではないのだ。

 

「で、レミリア。あんたはそのラインハルトとやらと会って、その目的とやらは聞いたわけ?」

 

「聞いたというよりは、あの男が勝手に仲間の神父に言っているだけだったがな」

 

「待て、神父だって?」

 

 

蓮がレミリアの言葉に驚きを示す。彼女はそんな蓮の反応に驚くが、何か心当たりがあると思ったのか、自分が会って一方的に攻撃を仕掛けた男、クリストフ・ローエングリーンとの間に起こった一部始終を蓮に伝えた。それを聞いた本人は驚きの余り固まってしまう。それも当然だろう。

 

 

何せ、蓮は元いた世界で彼と面識があるのだから。しかも、その時は彼がヴィルヘルムやルサルカの仲間なんて言うことは一切思っていなかった。おまけに、教会に住んでいるクリストフが黒円卓の連中の仲間だという事は、そこに住むシスターと学校の先輩も無関係とは考えられない。

 

 

「クソッ、そんなのってアリなのかよ」

 

「何よ蓮?今の話でそんなに気になることでもあったの?」

 

「俺にとっては・・・って、何でお前は俺の名前を普通に呼んでんだよ?」

 

「あんただって、さっき私の事名前で呼んだんだからいいじゃない。っていうか、今はそんなの気にしている場合じゃないでしょうが。空気読みなさいよ」

 

「くっ・・・何だろうな、お前に言われると物凄く腹が立つんだが」

 

 

拳をプルプロと震わせ、額に青筋を浮かばせながら言う蓮だが、確かに今はそんな事を気にしている場合ではない。こうしている今も、黒円卓の連中は何か良からぬことを企み、実行に移すかもしれないのだ。

 

 

基本的に黒円卓の連中が行動するのは夜だが、この幻想郷でも同じように動くかというと断言できるものでもない。

 

 

今は良くも悪くも、個人的感情に左右されている場合ではないのだから、多少の不満は抑えるべきだと蓮は必死に自分を説得した。基本的に、そこまで他人のいう事を気にしない蓮がこうまで気になるのも、やはり司狼に似ている面が強いのかもしれない。

 

 

「それにしても、ヴィルヘルムに神父さん、それにラインハルト。序盤から偉くとんでもない連中が出てきたな。まぁ、ラインハルトに関して言えば、シュピーネも言ってたスワスチカを全部開かなきゃいいんだろうが」

 

「ああ、そうそう。そう言えば蓮、そのスワスチカっての何なのよ?レミリアの話にも出てきてたけど」

 

「俺もそれについては詳しく知ってるわけじゃないから何とも言えないが、それを全部開くとラインハルトがこの世に蘇るって代物らしい。元々、ヴィルヘルム達の目的が俺がいた元の世界でそれを全部開くのを目的にしてたらしいし」

 

「じゃあなに?さっきのレミリアの説明に出てた家も含めて6ヵ所にあいつ等が来るってことね?」

 

「多分・・・な」

 

 

その解釈で間違ってないだろうと、蓮は念を押す霊夢に言っておく。レミリアと咲夜も神父の話をもう一度思い出し、蓮の言葉に同意する。

 

 

「ってことは何か?結局私達が黙ってても、向こうから神社と紅魔館には絶対に来るってことじゃない。ったく、もしも神社が倒壊でもしようもんなら、蓮が殺らなくても私が殺ってやるわ」

 

「いや、少しは落ち着けよ。あんまり暴れると、連中が来る前にお前の手で壊れるぞ」

 

「失礼ね!!自分の家でそこまで暴れる気はないわよ!!」

 

「だったらいいが、埃が立つから暴れるのはやめとけ」

 

 

蓮が淡々と言うと、今にも暴れだしそうだった霊夢が渋々と冷静になって座り直した。会ってまだ一日も経っていないというのに、ここまで他人と霊夢が馴れ合うのは珍しいと、そんなやり取りを傍目で見ていたレミリアと咲夜は感心する。尤も、蓮からすれば似たような悪友がいるため、扱いが慣れているからというのもあるだろうが。

 

「で、とりあえず現状で把握している連中は、ラインハルトを除けばヴィルヘルムと神父さんだけってことか」

 

「・・・あ、そういえばもう一人いたわ。黒い髪をした長髪の女。そいつは見たところ、あの白髪よりは弱そうだったけど」

 

「黒で長髪っていうと、櫻井か。あいつも当然来てるよな」

 

「何だ、一応面識あるのね」

 

「面識だけな。戦ったことはないから、あいつがどんな能力使うかはわからないが」

 

 

ただ蓮なりに、櫻井には香純と同じように剣士の気配とでもいうのか、兎も角同じ類の気配を感じていた。そしてそれは、実際間違っていない。しかし、現段階では蓮は櫻井と交戦したことがないため、ハッキリしたことが言えないのも確か。

 

 

故に、不確かな情報を与えるのも混乱させるだけだと判断し、蓮はその情報はハッキリするまで胸の内にしまっておくことにする。

 

 

それよりも、レミリアから齎された6ヵ所の場所をどうするかが問題だった。内2ヵ所は全く問題ない。紅魔館と博麗神社は、彼らの家同然であり疎かにすることなど有り得ない。特に、蓮が襲ってくるとしたら夜だろうと警告はしてあるし、レミリアは今日こそ朝にやってきたが、本来であれば夜に行動する吸血鬼だ。寧ろ夜の方が都合がいい。

 

 

しかし残りの4ヵ所、これが問題だった。

 

 

「情報だけ伝えて警戒させるってだけじゃ不十分かしらね?」

 

「連中の力がどの程度かわからない以上、危険かもしれないな。がい・・・蓮だったか?お前はどう思う?」

 

「・・・まぁ、俺もあんた達の力がどの程度かわからないからなんとも言えない。だから、もしダメだったら逃げ切れる力がある程度の奴じゃなかったら、そのままお陀仏だぞ?」

 

「・・・それもそうね。まぁ、この件に関しては私からも紫に伝えておくわ。本当はこの場に呼びたいんだけど、朝起きたら置手紙があってね。少なくとも今日中は白玉楼にいるらしいから」

 

「確か、そこもあいつ等がいう起点だったな」

 

 

蓮がポツリと呟いた。内心、行ってみるべきかと彼は思ったが、何故か嫌な予感を感じて口に出すのは止めた。今日に何か起きる気がすると、蓮の人外の勘が告げているような気がしたからだ。そんな彼を見て霊夢は察したのか、敢えて自分もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

それからも暫く会議が続き、気が付けば壁についている時計が既に13時を指していた。結構朝早くから会議をしていたというのに、あっという間に過ぎた時間に驚く一同。一先ず今日はこれで解散とし、昼をその場にいる全員で食べ終えるとレミリア達も紅魔館に引き上げて行った。

 

 

万全を期すのと、本来なら活動しない時間に起きていた為に帰って寝るためだ。それを見て蓮と霊夢も、昨夜は何だかんだで遅くまで起きていたのを思い出し、休めるときに休むことにする。布団の中に潜り、目を閉じるとやがてゆったりと睡魔が蓮を襲う。そんな中で、意識が切れる直前蓮は思う。

 

 

「(来るなら来やがれってんだ)」

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと説明回が終了です。
雷の影響と、リアルの忙しさのせいで遅れてしまいました。


次からは戦闘が混じると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅲ 開戦

やっと戦闘に入ります。
長かった・・・


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ日付が変わるな」

 

「そうね。今の所、何もないみたいだけど」

 

 

蓮の言葉に、霊夢が簡単に相槌を打った。彼らが長い昼寝から起きて数時間、その間に食事やら入浴やらを済ませていたのだが、夜が更けても今の所妖しい気配がない。この現状は、寝て起きてからずっと警戒をしていた蓮からすれば肩透かしをくらった気分だった。

 

ヴィルヘルムはレミリアにご執心な事から、博麗神社に来ることはないだろうと踏んでいたが、それでも他のメンバーが来ないというのも妙な感じだ。

 

 

「紅魔館の方も、今日は妙な気配は感じないしね。いざというときに渡してある危険察知用のお札も、何の反応もないみたいだし」

 

「もしかして、連中も数日は情報収集に徹する気なのか?」

 

「だとしたら、とりあえず警戒している私達の方がバカみたいだわ」

 

 

霊夢が小さくため息をついて、起きてから四杯目になる緑茶を啜った。蓮も二杯ほど飲んでいるため、お茶の色は薄くなり出涸らしといった感じであったが、霊夢は気にした気配もない。勿体ないと思っているのか、それとも変えるのが面倒臭いのか。

 

 

どちらにせよ、そんな下らないことを考えてしまう位には今は暇であった。こうも暇であると、蓮はほんの二、三日前に殺し合いを自分が繰り広げたなど夢か何かであったと思う方が自然になってくる。

 

 

短期間に濃密な非常識体験をしたからか、少しでも変な事件が起こらなくなると平和に感じてしまうのが生物の摂理だ。尤も、変な事件が起こらないといっても、こうして世界を超えてしまったことを入れればそれはそれで事件なのであろうが。

 

 

蓮は今日一日、何故か姿を現さないマリィの宿る右腕に視線を移し、聖遺物の事を考え出した。

 

 

「(聖遺物ってのにランクがあるって話は、あのシュピーネって奴が言ってた。あいつは形成位階までしか達してないって話だったけど、他の連中は櫻井も含めて創造位階ってのにはなってるってことだよな。だとしたら、このままじゃマズイよな)」

 

 

心の内で考えていて、自然とため息が出てしまう。ゲームで言えばレベルアップのようなものなのであろうが、生憎と蓮がそういったゲームをやったという記憶など、本当に少ないものだった。元来、彼はそういったものにのめり込むような性格ではなかった上に、暇なときは悪友の遊佐司狼とバカな事をやっていたのだ。

 

 

それが自然と楽しいと感じて、クラスメイトや周りの人間、果てはテレビまでがゲームの宣伝をするようになっていったが、蓮は結局それに深くはまったことはなかった。尤も、ゲームに幾ら詳しかったとしても、そんな簡単にレベルアップできるものなら苦労はしないというのは流石に分かっている。

 

 

蓮が見る限り、ヴィルヘルムにせよシュピーネにせよ、アレはそんな短時間で習得できるようなものではないという事は悟っていた。

 

ヴィルヘルムに関して言えば、あれは度重なる戦闘による結果で得たものだろうし、シュピーネにせよ自慢げに御高説を語っていたことから聖遺物というものをどれだけ使い込んだのかは理解していた。

 

 

櫻井も聖遺物を使いこなすためには、より強い経験や多い経験が必要だと言っていた。それはつまり、聖遺物によって殺人、否。虐殺を繰り返せという事なのだろうと。見た目が少女でも、平然とそんなことを口にし、幾ら鍛えるためだからと言って人の掌を拳銃で撃ちぬく人間が普通なわけがない。

 

 

それは即ち、櫻井螢という少女も、蓮からすれば途方もない数の人間を殺してきたという事なのだろう。

 

 

「だからって、同じように殺せるかっての」

 

「ん?何か言ったかしら?」

 

「別に。なんでもねーよ、こっちの問題だ」

 

「あ、そう。で、このまま来なかったとしたらどうするのかしら?大人しく寝とく?」

 

「バカ言え。そんなこと出来るかよ。それならそれで、周囲を探ってみる」

 

 

蓮は霊夢の考えをアッサリと切り捨てる。尤も、言ってて自分でもそうなることは分かっていたのかそれ以上は言わない。霊夢とて、こんな面倒くさい事は速く終わらせて、いつものようにのんびりと過ごしたいのだ。

 

 

それが巫女として正しいかと言われれば問題なのだろうが、彼女はいい意味でも悪い意味でも枠に収まるような人間ではない。

 

 

「ここにいると、俺の方が異端なのかもって思わされるよ」

 

「文字通り、異端じゃないの。幻想郷でもいないわよ?ギロチンを右腕に生やす人間なんて」

 

「そういう意味で言ったんじゃねぇんだけどな」

 

 

と、蓮が言い切ったその時だ。超人的に進化した蓮の直感が、自分と同類の気配を神社の下から感じ取った。霊夢も急増で張った結界内に、何か異物が入ってきたのに気付いたのか険しい表情をして、蓮と同じ方向をまっすぐ見ている。空気が変わる。

 

 

先程まで緩んだ糸のようだったのが、今は細いピアノ線を張り巡らせ少しでも触れれば切れてしまいそうな緊張感。

 

 

武道に通じるものがいれば、それは殺気だと断言することができただろう。しかしそれは、ヴィルヘルムのような濁りきったドロドロした殺気とは異なり、例えるならば日本刀のような鋭い刃物で斬られるような殺気だった。それだけで、蓮には誰が来たのか理解してしまう。

 

 

それと同時に、自分のその人物に対する認識が間違っていなかったのだと悟る。

 

 

「・・・一番最初はお前ってか、櫻井」

 

「へぇ?驚いた」

 

 

蓮の問いかけるような言葉に、数秒も待たずに応えを返した。それと同時に、姿を現す軍服に身を包んだ少女櫻井螢。つい数秒前までは下に感じた気配の主が、今蓮と霊夢の二人の前に現れていた。それは即ち、あの長い博麗神社の階段をその数秒で登り切ったという事に他ならない。

 

 

蓮は兎も角、霊夢はその事実に少しだけ驚いていた。とはいえ、単純に彼女の速度に驚いたのではない。速度だけで言えば、友人である白黒の魔女や迷惑な新聞屋という前例があるが、その二人ともが羽や箒といった補助装置のようなものを使った結果だ。決して自身の足で移動したのではない。

 

 

故に、彼女が驚いたのはその部分だ。目の前の櫻井には、背中に羽もなければ箒のような道具も持っていない。徒手空拳で、姿勢よく立っているだけ。つまりそれは、紛れもなく自身の足でしかも音も無く階段を超速度で駆け抜けた、或いは飛び越えてきたという事実に他ならない。

 

 

「成程。蓮、あんたの言ってた通り無茶苦茶ね」

 

「今更過ぎるぞそのセリフ」

 

「うっさいわね。私は自分の目で視るまで、基本信じない主義なのよ」

 

「ああそうか、だったらもう説明はいらねぇよな?ってか、今回は俺がやらせてもらうからお前の出番はないぞ」

 

「何よ?黙って見てろっての?」

 

 

霊夢の若干怒りの籠った一言に、蓮は答えなかった。しかし同時に、それが彼女に対しての無言の答えである。霊夢は大きなため息を一つつくと、それに従う様に後ろに大きく下がり、しかし警戒だけは怠らなかった。戦いに参加するにせよしないにせよ、身構えておくのは重要だ。

 

 

でなければ、急に流れ弾でも飛んできようものなら防ぐことすらままならない。いっそのこと、最終奥義で透明になってようかしらと、ふとそんなことを考える霊夢だったが、直ぐにその考えは捨て去った。どんな理由があるにせよ、いきなり切り札を晒す気はなかったからである。

 

 

蓮も、彼女が後ろに下がっても警戒だけは怠っていないのを確認して安堵すると、そのまま大きく一歩櫻井の方へと歩を進めた。

 

 

「あら?戦うのは藤井君だけでいいのかしら?私はあなた達二人が相手でも構わないのだけど」

 

「そういうお前は随分余裕なんだな。俺が言うのもなんだが、過ぎた油断は足元を掬うかもしれないぜ?」

 

「心配してくれてありがとう。でも、問題ないわ。だって、私は別に油断しているつもりなんてないもの」

 

「何だと?」

 

 

僅かに眉を顰めて、一応聞き返す蓮。そんな彼を櫻井は鼻で笑い、それから霊夢を見てもう一度笑みを浮かべた。その表情に浮かんでいるのは、紛れもない自信、否。確信だ。櫻井はわかっているのだ。何故なら、彼女は決して才能がないとは言わないが、それでも他の団員と比べるとどこか劣っている部分がある。

 

 

そんな彼女は、周りとの差を埋める為にあらゆる戦闘スキルを磨いてきた。それは膂力であり、観察眼であり、そして技術。その中でも、今は観察眼と事前の情報を持って、今の藤井蓮では自身には勝てないという確信を持った。

 

 

「あなたがどう考えているかは分からないけど、現状でもあなたが私に勝てない理由は三つある。一つは聖遺物の位階。言うのは本当に憎らしいけど、あなたの才能は本物よ。私がそれこそ血反吐を吐いて習得した活動、形成位階を数日でものにして扱えるようになった。

 

 

それは本当に大したこと。あなたは実感してないかもしれないけど、普通では絶対に為しえない結果。ほんの数日前まで、ベイに殺されかけたあなたとは全くの別人ね。あなたに聖遺物の何たるかを教えた私だから、それが本当に実感できる」

 

「だからなんだよ?」

 

「そう焦らなくてもいいじゃない?まぁ、ゆっくり話す気はこっちにもないけど、丁寧に教えてあげようとしてるんだから、少しは聞いてくれてもいいんじゃない?」

 

「悪いが余計なお世話だよ。俺とお前がどう違ってるかなんて、今更言葉で言っても埋まるもんじゃねぇだろ?」

 

「・・・まぁそうね。じゃあ一言で教えてあげる。一つ目の事実、それはあなたが形成位階までしか達していないのに対して、私が創造位階だってこと!!」

 

 

瞬間、櫻井の足元が爆ぜた。言葉が終わるのと同時に踏み込んだ彼女の脚力が、呆気なく地面を砕いたのだ。ヴィルヘルムとは異なり、全く無駄のない達人のような構えからの動き出し。滑らかさと鋭さだけで言えば、それは一度ヴィルヘルムと対峙したことのある蓮からしても、櫻井の方が上だとわかった。

 

 

しかし、スピードはそれほどでもない。無論、加減をしていたヴィルヘルムに比べれば、その速度は数段速いものだ。しかし、蓮のイメージの中で描いたヴィルヘルムのスピードは、櫻井の遥か上を言っている。いかに不意打ちであろうとも、警戒をしていた蓮にはそれを避けることができた。

 

 

ブンと、空気の振動を感じた瞬間に小さく横に避けた蓮は、完全な形で攻撃を避けることに成功する。しかし、それで満足する暇はない。避けると同時にカウンターのパンチを繰り出した蓮だが、それをアッサリと読み切って外に弾いて躱す櫻井。それと同時に、再び正確無比の拳が胴体目がけて打ち出される。

 

 

「なろっ!!」

 

「どうしたの?さっさと武器を出してくれてもいいのよ!!」

 

「っざけんな、言われてはいそうですかなんて真似できるか!!」

 

 

蓮が第二撃を躱して以降、両者は競う様に拳と足を超速度で打ち出しながら、軽口を叩きあう。お互いに自分に向かって打ち出された攻撃を、躱し、いなし、受け、そして弾く。それは純粋な格闘戦。しかし、それ故に戦闘経験値の差というのが著しく出始めてしまう。

 

 

「グォッ!?」

 

 

初めにクリーンヒットを貰ったのは蓮。櫻井の鋭い拳打が彼の腹部を直撃し、喰らった蓮は逆流する胃液を苦悶の声と共に吐き出した。しかし、苦痛に喘いでいる暇はない。

 

 

「ハァッ!!」

 

続く第二、第三の櫻井の洗練された突きや蹴りが、連続技の様に蓮目がけて飛んでくるからだ。ヴィルヘルムに比べれば威力も弱く、一発貰った程度ではどうにかなるようなものではないが、それを連続で数発、人体の急所に貰えば話は別だ。

 

 

「っくそ!!」

 

 

速くも出始めた、戦闘経験値の差というものに蓮は口汚く吐き捨てる。蓮とて、司狼と殺し合いに似た潰し合いをした事があるし、喧嘩に関しても司狼につき合わされて経験したことが多々ある。それ故に、喧嘩慣れした並の人間やら、チンピラやらは軽くあしらうことができるだろう。

 

 

しかし、今蓮の目の前にいるのはそのどれにも当てはまらない。性別は違い、身長も相手は劣り、筋力も勝っている。ただ、それでも差は中々埋まらない。何故なら、相手は女で年齢は変わらないものの、戦闘経験の差と言うものが圧倒的に勝っているからである。

 

 

蓮は確かに喧嘩慣れしているが、櫻井は殺し合いに慣れている。加え、蓮とは違い武術やら格闘技やらの指南を受けた身である。教本の様にお手本であり、軍人の様に殺人に躊躇いがなく、達人の様に鋭い攻撃。

 

 

そのどれもが、蓮とは桁ではなく格が違うのだ。それに気付いて対処しようにも、現状ではどうしようもない。つまり認めるしかないのだ。徒手空拳の格闘戦では、藤井蓮より櫻井蛍が数段勝っていると。

 

 

そしてそれは、今現在優位に立っている櫻井の口から余裕をもって告げられる。

 

 

「二つ目の理由が、今現在のそれ。戦闘経験値の差。あなたと私では、格闘戦の経験も違いすぎるし、何より喧嘩慣れした程度で場数を踏んだ軍人相手とまともに相手できるはずがない」

 

「ッ!!いちいち分かってることをうるせぇな。それに澄ました顔して随分饒舌じゃねぇか!!」

 

「あら、気に障った?ならごめんなさい、謝っておくわ。それとおまけに、三つ目も言ってあげる」

 

「いらないおまけだな。言わなくていいぞ」

 

「そう言われると、言ってあげたくなるわね」

 

 

蓮の軽口に、笑みをもって応える櫻井。余裕かましてやがると、若干苛立ちを覚える蓮だったが、次の瞬間叩き付けられた櫻井の刺す様な殺気に、大きくその場から後退する。空いた距離は20メートル程。普通ならたった一歩で下がった距離に驚くところだが、生憎とそれは経験済みのため驚きはしない。

 

 

後ろで見ていた霊夢が、そんな飛んでも身体能力に呆れた視線を送っていたが、蓮はそれを無視する。今はそんなものに付き合っている暇はない。そんな見るからに余裕がない蓮を見て、殺気を叩き付けた櫻井は漸く満足そうな表情になり、そして言葉を告げた。

 

 

「三つ目、それはあなたが私を侮っているという事。ちょっと形成を使いこなしたからといって、何をあなたは調子に乗ってるの?」

 

「調子になんてのっていないさ。ただ、少なくともお前に武器を使わせないとと思わせるぐらいできなきゃ、この先どうしようもないと思っただけだ」

 

「それが調子に乗ってるって言ってるのよ。まぁいいわ。ならお望み通り出してあげる。だからこそ、貴方はもう安心して逝きなさい」

 

「何だと?」

 

「だって、あなたにはこの先なんてないから。私の形成で終わらせてあげる」

 

 

挑発的な櫻井の一言。それで完全に、蓮の怒りに火が付いた。そして自身も、武器を出す決心をする。つまらない意地を張って死ぬのはごめんだ。とりあえずはそんなのは忘れて、目の前の敵をただ倒すと、聖遺物を顕現させるために右腕を曲げてダラリと下げる。

 

 

それと同時に櫻井も構えをとり、両者共に自身の武器を出す儀式とする。そして一時、制止する空気。風さえ止んで、真に固まったその瞬間に、蓮と櫻井は同時に呟く。

 

 

『形成』

 

 

 




今回戦闘回にしては短いと思いましたが、とりあえずここまで。

次回は完全に戦闘オンリーと言っても過言ではないかもしれません。
次回、藤井君、櫻井さんをブチ切れされる・・・かも












目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅳ 雷轟

タイトルネタバレ回です。
皆さんなら、わかっちゃいますよねww?
アレです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『形成』

 

 

示し合わせたように、正にコンマ数秒も違わないタイミングで吐かれた呪文。その瞬間、二つの異変が二人の間で巻き起こる。一つ目は蓮の右腕が、赤黒い凶悪な刃物に変形した事。二つ目は、何も握られていなかった櫻井の手に、炎が巻き起こると同時に現れた古代の剣といったような刃物。

 

 

蓮と櫻井。お互い初めて、形成した武器を見る瞬間だった。相手の武器を見て、それぞれ思ったことは一つ。蓮は予想通りの光景に驚く事はなく、櫻井も蓮の秘める本質に近い獲物を見て笑みを浮かべた。

 

 

「やっぱりね。あなたの形成、あなたの本質にそっくりよ。普段は無害を装っている癖に、やるとなったら恐ろしい本性を見せる」

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ櫻井。てめぇこそ、嫌になるくらい予想通り過ぎて、頭使ったこっちがバカバカしくなりそうだよこの野郎!!」

 

「あら?女に向かって野郎だなんて、随分口の利き方が悪いわね」

 

「それはお互い様だろうーがっ!!」

 

 

瞬間、何度目になるかわからないが地面が爆ぜ、そしてお互い打ち合わせた刃物の間で火花が散った。蓮の巨大で分厚いギロチンに対して、細身に見える櫻井の刃物は、しかし折れることなく拮抗する。どころか、徐々に蓮のギロチンを押し戻そうとさえしている。

 

 

このままでいれば、先に押されるのは自分の方だと蓮は悟ると、一瞬力を緩めた後、櫻井の刃物に弾き飛ばされつつも大きく自分から飛び退いて距離をとる。

 

 

そのまま間を空けず、再び超速度で櫻井に斬りかかるが、当然そのままでは防がれて先ほどの繰り返しだ。だからこそ、そのままバカ正直に突っ込んだりはしない。蓮は直前で地面を思い切り蹴り上げ砂煙を起こし、目潰しを兼ねた奇襲を仕掛ける。

 

 

「ッ!!」

 

 

通常なら、視界を覆うだけの砂煙も、人外の膂力で蹴られればそれなりの威力にはなる。人間離れした装甲のおかげでダメージは免れても、それ以外の要因は排除できない。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

驚愕して固まるというには、あまりにも短い一瞬の迷い。しかし、今の蓮はその一瞬を見逃さない。速度、威力共に過去最高をもって打ち出される凶悪なギロチン。もしもこれが、シュピーネだったのであれば問答無用で切り裂かれ、絶命していたに違いない。

 

彼は元々、聖餐杯と同じ類の人間だ。戦闘よりも、頭が回る。故に、他のメンバーと比べるとどうしても戦闘面では劣る。

 

 

だが、今蓮の目の前にいる櫻井はバリバリの武闘派であり、そして達人だった。視界が潰されたのなら、気配と直感で察知する。迫りくる断頭台の一撃を、櫻井は躱すのではなく刃の側面に当てて受け流す。その結果、刃物同士の擦れ合いで火花が散っただけで、お互いに血飛沫は上がらず再び距離をとることとなる。

 

 

互いに短い間に繰り広げられた激戦に、一旦息を整える。今の攻防、どちらかが一歩でも間違っていれば確実に小さくない手傷を負っていた。それをお互い理解しているが故に、空気を換えるように言葉が飛び交う。

 

 

「随分汚い真似をするのね?可愛い顔してやる事えげつないなんて、本当詐欺もいいとこよ」

 

「ハッ、殺し合いに汚いもクソもあるかよ。ルール有りの試合やってんじゃねぇんだ、そん位理解してんだろ?喧嘩だって今時目潰し位するだろうが」

 

「あらごめんなさい。私、貴方みたいに喧嘩できる友人なんていないからわからなかったわ」

 

「自虐ネタかよ?笑えねぇな」

 

 

冷や汗を垂らしながら蓮が言うと、櫻井は本当に一瞬だけ自分の言葉に傷ついたかのように顔を顰め、それから再び殺気交じりの笑みを浮かべて刀を真っ直ぐに蓮に向ける。その刀身には、先程打ち合っていた時とは比にならない程の炎が湧き上がっている。

 

 

何せ、あまりの熱量に櫻井の刀の周りが熱で歪んで見える程だ。

 

 

直撃どころか、掠りでもすればどうなるのか。それは一目瞭然の結果である。現状、近接戦では結局の所蓮は不利を覆すことができない。加えて櫻井の武器は刀と炎の二つに対し、彼の武器はギロチン一つであり相手とは異なり遠距離攻撃は出来ない。

 

 

このまま何も対策を取らなければ、そのまま負けることも考えられてしまう状況だ。蓮が櫻井に勝利するための条件は、相手に奥の手、つまり想像を出させる前に倒すことが絶対条件だ。だからこそ、それを考えれば今の状況は悪くはないのだが、それでも一杯一杯。

 

 

「(くそっ、どうすりゃいい!!経験も実力もあっちが上、おまけに俺は万能型じゃないんだ!!今の所、何か一つでも勝ててる部分がない以上、総合力で負けてるこっちが圧倒的に不利だ)」

 

「どうしたの?来ないならこっちから行くわよ!!」

 

「クソッ!!」

 

 

一向に対抗策が見つからず、次第に焦燥感に狩られる蓮だがそれに囚われるわけにはいかないと、蓮は必死に内の敵と外の敵に応戦する。下手に焦ってへまをすれば、それこそお陀仏になってしまう。何せ、さっきまでの櫻井とは違い、今の一撃一撃は直撃すればそれこそ蓮を葬りかねない威力を秘めている。

 

 

幾ら蓮の聖遺物が破格で、形成位階に至って防御力も上がっているとは言っても限度がある。空気を歪め、数メートル離れていても感じさせた熱気を放っている櫻井の直撃を受ければどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。こうして打ち合っていられているのも、後どれ程が限界か。

 

 

筋力だけは勝っているからいいものの、攻撃のリズムや癖を見抜かれれば、それこそカウンターや見切られて斬られるのも自明の理というものだ。

 

 

「(どうする?どうすればいい!!)」

 

 

既に二桁を超える斬撃をガードし、捌き、躱す蓮の心の内は焦燥が勝りつつある。そしてそれを見抜いたかのように、櫻井が更にスピードを上げ、手数を増やし蓮に斬りかかる。そして今までで限界に近かったそれが、遂に数発蓮の左腕や胴体に掠り始めた。瞬間、当たった部位が煙を上げ上がった血飛沫を即座に蒸発させる。

 

 

斬られる痛みと、焼かれる痛み、そして魂を削られる。三種類の激痛に悲鳴を上げ、悶えたくなるがここでそのような行動をとれば即座に決着となる。蓮はそれを精神力で耐えきり、悲鳴の代わりに怒号を張り上げ烈火の一撃と共に櫻井の身体を10メートル後方に弾き飛ばす。

 

 

結果、ダメージは与えられなかったものの、刃を伝った衝撃が櫻井の腕を痺れさせ少しの隙が出来る。そしてそれを見計らったかのように、ふと蓮の精神に呼び掛けるように第三者の声が耳朶をうった。

 

 

『聞こえるかしら蓮?』

 

「っ!?その声!!」

 

『しっ!!声は出さずに聞いて。喋る時は、何かを考えるようにすればこっちに伝わるから』

 

『っ!!こんな感じか?』

 

 

霊夢の言った通りに頭で考えるようにすると、即座にそれを実行に移す事に成功する。正直、色々と疑問がある蓮だったがそこは気にしていられない。余計な事を気にしている暇は、今の彼にはないのだから。こうしている今も、痺れが切れた櫻井が再び斬りかかってくる。それを必死に捌きながら、蓮は霊夢の呼びかけに対応する。

 

 

実力的に負けている蓮が、そんなことをぶっつけ本番でできているのは、頭で考えて行動するより本能が勝手にそうさせているという事に他ならない。霊夢もそれがわかっているからこそ、今は余計なことは言わず、言わせずただ用件だけを伝える。

 

 

『見てる限り、今の貴方じゃ勝ち目は薄いわ。あんたが接近戦だけしかできないのに対して、向こうの女はいざとなったら遠距離から炎をぶっ放せばそれで勝てるんだしね。だから、ちょっとだけ手助けしてあげる』

 

『手助けって!!お前にあいつを打開できる術があるってのか!?』

 

『さぁ?それはやってみなきゃわからない。けどやらなきゃ出来ることもできない。幸いにして、あっちは私の事なんか気にもかけてないようだし、上手く隙を突けばいけるかもしれないわ』

 

『隙を突くって、一体何をする気なんだよ!!』

 

 

言い切ると同時に、これまでで最大の威力の斬撃が蓮に振り下ろされる。一瞬死を覚悟する蓮だが、それよりも早く自然に右腕がその一撃を受け止めた。完全に対応できなかったそれを受けられたのは、マリィの手助けによるものなのだろうが、それに礼を言う間も惜しい。蓮は再び櫻井を弾くと、その場を走り櫻井との距離を離す。

 

 

櫻井もそれを追ってくるが、距離をそれほど詰められていないところを見ると、とった策は捨てたものではないらしい。蓮はとりあえず時間を稼ぐことに決め、霊夢との念話を続ける。

 

 

『私が隙を見て、あの女に一撃入れるわ。正直効くかどうかわからないけど、効かなかったとしても陽動にはなるだろうし、一瞬位なら隙も作れると思う。だから』

 

『その一瞬の隙を突いて、櫻井を倒すってか。どっちにしろ、それ位しか策がない以上、やるしかないだろ!!』

 

 

そこで一旦足を止め、直ぐ真後ろに迫っていた櫻井目がけて振り向きざまの一撃を叩き込む蓮。遠心力の加わったギロチンの一振りは、しかし今度は吹き飛ばすには至らず、櫻井は地面を削りながら2メートル程下るに止まった。それに若干驚く蓮だが、即座にその驚きを捨て霊夢に呼び掛ける。

 

 

『隙は俺が作ればいいんだろ?』

 

『ええ。やけに自信満々だけど、何か策でもあるのかしら?』

 

『策と言えるかわからねぇけど、あいつは見たとこ図星を突かれると激昂して突っ込んできそうなタイプだからな。ちょっと煽ればどうにかなるかもしれない。尤も、突きすぎて今以上にヤバイ事になるかもしれないが』

 

 

それでも、今の蓮にはそれしか出来ることがない。まともに打ち合って勝てないなら、それ以外の要素で揺さぶりをかけてやるまでだ。口八丁にはそれほど自信がない蓮だが、現状を打開する策がそれしかないならやるだけだ。蓮は霊夢の返答を待たず、早速それを実行すべく櫻井に言葉を投げかけた。

 

 

「一つ聞いていいかよ櫻井」

 

「へぇ?この状況で私と会話する余裕があるとは驚きね」

 

「生憎と余裕はないが、それでもこっちにも聞いておかなきゃならないことがあるんでな。だから、冥土の土産ってことで答えてくれると助かる」

 

「冥土の土産・・・ね。いいわ、私で答えてあげられることなら聞いてあげる」

 

「そうかい、ありがとよ」

 

 

全く心にも思っていない声色で礼を言う蓮。だがその実、心中では自分の呼びかけに答え、策に乗ってきそうな櫻井に感謝していた。

 

とりあえず第一段階はこれで成功。だったら後は、最後までやりきるだけだ。掌に浮かぶ汗を拳を握って誤魔化しながら、蓮は言葉を投げかける。

 

 

「お前は何で、ヴィルヘルムやルサルカ達と同じ黒円卓に属してるんだよ。見たところ、お前はあいつ等と仲がいいってわけでもないだろうし、仲間意識なんかを持ってるようにも見えない」

 

「・・・・・・」

 

「だからと言って、シュピーネが言ってたラインハルトをこの世に呼び戻すって目的を持ってるとも思えない。ヴィルヘルムやルサルカはどう思ってるのかはわからないけど、お前は俺と年も大して変わらない風に見える。そんな奴が、社会の教科書にも載ってるラインハルトなんて奴と、面識があるとも思えないしな」

 

 

蓮の言葉に、櫻井は先程までの態度を一変。険しい顔をして、蓮の問いに何も答えない。だが、蓮の言葉を聞いていく内に、その表情をただ悲しげに変えていく。そのせいか、先程までの殺気と炎が弱くなってさえいる。予想外の展開だが、今ならいけるかと蓮は思うが直ぐに思い直す。

 

 

焦りは禁物だ。櫻井の殺気や炎は弱まったものの、未だ臨戦態勢のまま。彼女ならば、今の状態からでも即座に反応し蓮を斬り捨てる

 

余裕がある。だからまだ速い。蓮は冷静に事を判断し、会話を続ける言を選ぶ。そしてそれを推すように、今までだんまりを決め込んでいた櫻井が、ゆっくりと言葉を零し始めた。

 

 

「あなたの言う通りよ藤井君。私は別に、あなたの言う様にハイドリヒ卿をこの世に呼び戻そうだとか、彼らに仲間意識をもっているとかそんな感情は初めからない。そもそも私は、ハイドリヒ卿なんて昨日まで会ったことすらなかったんだから」

 

「・・・だったら何でだ?俺と同じ年で、同じ日本人で、戦争なんて知らないし関わることもない筈のお前が。何であんな連中と絡んで、平和な街を壊そうとするんだよ?」

 

「ふふ、そうね。私もあなたと同じように、平和な街で平和に暮らしていたらそんな考えを持ったかもしれない。でも、私はあなたのように平和ボケした脳味噌をしてるわけでも、考えを持っているわけでもない。私の考えなんて、あなたには決して理解なんてできないだろうし、してもらおうとも思わない」

 

「・・・・・・」

 

 

表情とは真逆に、眼光を凄ませる櫻井。その眼は決して何かを刷り込まれたとか、言われてやっているといった感じはない。ただひたすらに、自分の意志で、自分の目的の為にやっているといった感情を見せていた。さっきまでとは逆に、今度は蓮が黙り込んでいると、櫻井はただ一方的に話し続ける。

 

 

「私達がスワスチカを開く目的は二つあるのよ。一つはハイドリヒ卿をこの世に呼び戻すという、何十年も前からの目的。そして残るもう一つ。これが私が、黒円卓に属してスワスチカを開く最大の目的。他の誰に強制されるわけでも、誰かの為にやっているわけでもない。私の望みであり、私のたった一つの願い」

 

「・・・・・・」

 

「スワスチカを開く二つ目の目的。それは、多大な数の人間の魂を供物にしてスワスチカを開けば、獣の恩恵を受けられるっていうこと。それこそその数は数百かもしれないし、数千かもしれない。それでも私の願いを、それで叶えることができるなら私は絶対にそれを成し遂げる必要がある。だってそうすれば私は兄さんと・・・私の愛する家族を取り戻すことができるんだから」

 

「お前・・・」

 

 

櫻井のその願いを聞いて漸く、蓮は彼女との相性が最悪だと感じていた理由に思い至った。櫻井の言い分から察するに、彼女の願い。

 

それはかつて失ったであろう家族を、再びこの世に呼び戻すという事なのだ。それは何という酷い願いか。失ったものは取り返せない、果てなき永遠ではなく、今を生きるこの刹那を愛していたい。それが藤井蓮という少年の、ただ一つの願い。

 

 

それに対し、彼女の願いは蓮の思いを真っ向から否定する者に他ならない。自分自身は数え切れないほどの人間を犠牲にしながら、嘗て失った大事なものを取り戻すというエゴ。それは蓮からすれば死者に対する冒涜であり、刹那を生きる人間への限りない裏切りであると同時に冒涜に他ならない。

 

 

だからこそ、それを知ってしまった蓮には最早彼女を認めることも、彼女の願いを肯定することも、彼女の境遇に悲嘆することも同情することもできなくなった。胸の内から湧き上がるのは、どうしようもないくらいの憤怒の念。最早言葉にするのすら怒りを覚えるが、それでも蓮はその思いを言葉に出さずにはいられなかった。

 

 

それが例え、この状況を更に最悪にしようとも、自身の命がこれ以上危険にさらされようとも。

 

 

「お前、バカだろう?」

 

「何ですって?」

 

「聞こえなかったのか?バカだって言ったんだよ、櫻井。昔失った家族を蘇らせる為に、今を生きてる無関係な人間を犠牲にするだって?ふざけてんじゃねぇぞ櫻井!!」

 

「な!!」

 

 

瞬間、櫻井の怒りが体中から湧き上がった。先程まで意気消沈していた心の内は燃え上がり、萎んで迫力をなくしていた炎とその熱が今まで以上に湧き上がる。傍目にみている霊夢ですら、今の光景には驚きの声を漏らして唖然としていた。それは櫻井の力に対してであり、蓮の行動に対してでもある。しかし、彼はそのどちらに対しても華麗にスルーする。

 

 

否、そもそも今の蓮の頭にはそんなことを考える余裕も、考える気もなかった。あるのは、自分のたった一つの現実と願いに泥をぶち撒け、唾を吐き捨てた櫻井への怒りの念。その全てを吐き出すべく、蓮は再び怒号を上げる。

 

 

「くだらねぇだろうがよ!!失ったものは取り返せないし、お前の言う数百や数千ぽっちで還ってくる命なんて元の価値の寸分のもんでもねぇ!!大事だったんだろ?涙し焦がれて、これ以上はないって位の大事な家族だったんだろ?だったら、何よりも大事に思ってたてめぇが、てめぇでそのバカげた理論で大事な者を汚してんじゃねぇよ!!」

 

「くだらないですって?汚したですって?何もしらないあなたなんかが、先の今まで平和にバカみたいな日々を送ってきたあなたなんかに言われたくない!!」

 

「下らねぇだろうが!!ゴミだろうがよ、そんなもんは!!替えがきかないから唯一無二なんだろうが、失ったら取り返せないからこれ以上ないくらい大事なんだろうが!!そんな事もわからねぇてめぇが、何よりも大事だなんてそんな大層な言葉吐いてんじゃねぇ!!そんな下らねぇ理由で、そんな下らない自己満足で、俺の刹那(いま)を汚すんじゃねぇ!!」

 

 

瞬間、蓮と櫻井の殺気が威力をもってその場を打ち壊した。地面が割れ、石畳が割れ、神社がきしみ、生い茂る木々が切り裂かれ、焼け、炎上する。どちらも本気。それは今、この場の雰囲気をこそが証明していた。

 

 

「いいわ!!藤井君、殺してあげる!!でも感謝してよね!?あなたには私が感じた思いを味あわせずに、今ここで処分してあげるんだから!!」

 

「思わねぇし、そんなことを考える意味もねぇよ!!」

 

『霊夢!!』

 

 

櫻井の怒りが最高潮に達したのと同時、蓮が心中で叫んだ。それを聞いた霊夢が、待ってましたとばかりに、その瞬間用意していた札と弾幕を櫻井目がけて放った。怒りに燃え上がり、蓮の言葉に逆上していた櫻井はそれに気付くのが果てしなく遅れた。否、そもそも彼女の事を戦力に入れていなかったこともあるのかもしれない。

 

 

聖遺物を持っていない霊夢のような人間では、自身をどうにかするには足らないと。必殺の構えに入っていた櫻井は、そこで漸く自分の思い違いに二つ気付いた。一つは、博麗霊夢を自分にとってはとるに足らない人間だと侮っていた事。もう一つは、彼女の放つ攻撃が自身に当たっても何も意味がないと思っていた事。

 

 

故に、霊夢の弾幕が櫻井の身体の数ヵ所に当たった瞬間に思い知る衝撃は、ダメージ以上に大きかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

驚きの声を上げて、構えを崩し奥の手を出そうとしていた意識がパッと離れる。脳内に浮かべ、口に出そうとしていた詠唱の言葉は文字通り霧散する。それにしまったと思った時にはもう遅い。怒りに燃え上がりつつも、霊夢を信じて足裏を爆発させて真っ直ぐ櫻井へと向かった蓮は目と鼻の先。振り上げられたギロチンは、櫻井の首を斬首せんと急速接近していた。

 

 

これは最早躱すことは叶わなず、奥の手を出す暇さえ与えられない。

 

「(殺った!!)」

 

「(殺られた!!)」

 

 

蓮は必殺の機会を手にした事を悟り、櫻井は必殺の機会を回避できないことを悟り、両者はそれを心中で叫んだ。そしてそれを証明す

 

るように、蓮の振りぬいたギロチンの刃は紛れもなく必殺の軌道を描き、50cm、30cm、10cmと近づき・・・

 

 

「■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

突如、劈く言葉にならない雄叫びと、それに劣らぬ雷鳴と黒い稲妻が二人の距離を突き放した。




豆腐メンタル、アホタルさん回でした。
まず一言、櫻井さん強くし過ぎたでしょうか?
自分なりには、彼女はメンタルブレイクされない限り、蓮と戦っても負けないんじゃないかと思ってます。何せ彼女、剣の腕前はかなり強いでしょうし、海外でも経験値積みまくってるでしょうから。

彼女が不憫なのは、というか弱く見えるのは、蓮がパワーアップしすぎて色々能力負けしてるのと、周りの連中が強すぎるからだと思うんですよ私は。

まぁここの所の解釈は難しいんでしょうが、ここの小説ではこういうもんなんだと納得していただければ幸いです。


あと一番の問題が一つ。霊夢さんのキャラ、ちと戦闘に対して消極的というか、空気過ぎましたかね?


作者的には、この櫻井戦でこれから戦いにどう対応するか見極めるのがあったためにこうしたんですが。サポートに徹しすぎましたかな?


まぁ、問題があればその都度言ってください。
自重するかは問題としてキリッ







最後、アホタルさんの渇望によってカインタンINしたよぉ(お呼びじゃねぇビシッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅴ リザ・ブレンナー

今回めっちゃ短いです、すいません。
本来なら一つにまとめるべきだったんでしょうが、敢えて分けました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「きゃっ!!」

 

 

突如、二人の間を裂くように放たれた黒い雷光。絶大な威力と速度をもって打ち出されたそれは、蓮と櫻井の両方に当たりながら、お互いの距離を突き放した。それでもその攻撃は手加減されていたのか、見た目ほど絶大なダメージを二人に与えたわけではなかった。

 

初めから手加減されていたのか、それとも櫻井を助ける為に放たれたからなのか。ともあれ、それを直撃に近い形で受けたにも関わらず二人が軽傷で済んだのは、神業ともいえる攻撃のコントロールによるものだった。

 

 

何故ならその攻撃は見事、目下殺し合いの最中であった二人を止め、殺される運命だった櫻井の命を救ったのだから。

 

 

「くそっ!!一体何が・・・」

 

「・・・今のはまさか」

 

 

急の襲撃に驚愕する蓮と、何か思い至ったのか蓮とは逆に納得しているような表情の櫻井。その考えを肯定するかのように、2秒と経たずに攻撃を仕掛けた本人と思われる巨体が、着地した衝撃で地面を打ち壊しながらその姿を現した。

 

 

「・・・・・・」

 

「何だ・・・あれは?」

 

「・・・ちょっと、何か物凄い嫌な予感がするんだけど」

 

 

巨体の姿を見て驚愕する蓮と霊夢。対する巨体の方は、全くの無言で聞こえてくるのは荒い息遣いのみ。しかしそれでも、今の目の前にいるのが只の人間ではないという事が分かった。筋肉で固められた盛り上がった体躯に、無言で立っているだけだというのに感じる

 

途方もない悪寒。何より、その露出した肌の色が土気色なんてものじゃなく、漆黒と比喩する方がしっくりくる。総じて考えなくてもわかってしまう。その怪物は、断じて生ある生物ではないと。生気が感じられず、自身の意思を感じさせないその立ち姿は、感じる実力以上に気持ちの悪いものを感じさせる。

 

 

以前死体を操る術者と相まみえた事のある霊夢ですら、それは不気味以外の何かを感じさせるに十分な存在感だった。

 

 

「一体今度は何だってんだ。櫻井だけでもキツイってのに、こんな意味不明な怪物が更に加わるなんて洒落になんねぇぞ?」

 

「でも何かおかしくないかしら?アレ、動く気配ないわよ?」

 

「当然よ。だって、これ以上戦闘を続ける意思なんてこっちにはないんだから」

 

「「!?」」

 

 

突如、蓮と霊夢の会話を割って入ってくる第三者の声。櫻井の声でもないいつの間にか湧いて出た声の主に、蓮と霊夢を両者違った意味で驚愕させた。霊夢は結界が貼ってあったにも関わらず、それに反応せずに入ってきたことに対して。蓮は声の主に聞き覚えがあり、嫌な予感が当たってしまったという事に対して。

 

 

しかし声の主はそんな二人を置いておいて、真っ直ぐ櫻井の方に向かい、その場で立ち竦んでいる彼女に声をかけた。

 

 

「レオン、これは一体どういうつもりなのかしら?」

 

「バビロン・・・」

 

「あなたが一体どういうつもりなのかは、敢えて深くは聞かないわ。でも、それとヴァレリアの命令に従わず、勝手にここに来たのは別問題よ。幾ら任務を遂行する為だとは言え、こっちの事情も考えずに勝手に敵の本拠地に攻め込むなんて、ヴァレリアも許可していない筈よ」

 

「っ・・・」

 

 

表情はそれ程険しくなく、それでいて責めるような口調で一方的に語る彼女、リザ・ブレンナーの心中は言葉通り穏やかではなかった。それを感じ取ったせいか、それとも自分の軽率な行動に悔いているのか、はたまたそれ以外の理由からか。

 

 

先程まで、烈火の如く怒り狂い、その牙を剥き出しにして見せていた彼女の面影は見る影もなかった。ただ悔しげに顔を俯かせ、口の端を血が出る程に強く噛み締めている今の彼女は、まるで母親に叱られて落ち込む娘のようなだった。

 

そんな彼女を見て理解したとみたのか、リザは大きくため息をつくとそれで櫻井を責めるのを止める。そして、今まで第一声をかけただけで無視をしていた蓮と霊夢の方に向き直り、表情を落ち着かせて改めて言葉をかけた。

 

 

「こんばんは藤井君、元気そうで何よりだわ。本音を言うと、あなたとはこんな再開はしたくなかったけど・・・それも無理な話か」

 

「シスター・・・神父さんがそっち側の人間だって聞いた時から、薄々気づいちゃいたけどやっぱりあんた、あいつらの側の人間だったんだな」

 

「ええ、そうよ。だから、改めて名乗っておくわね。私は聖槍十三騎士団黒円卓第十一位リザ・ブレンナー=バビロン・マグダレーナ。あなたの敵よ」

 

「ッ!!信じたくはなかったよ、シスター。それじゃあ・・・」

 

「言わなくても分かってるわ。玲愛も私達と同じ。といっても、戦闘なんかできる子じゃないけどね。彼女は私達の鍵であり、器」

 

 

リザは内心の葛藤を表情には出さず、しかし申し訳なさそうな色は消し去ることが出来ず淡々と言葉を告げる。蓮からすれば、氷室が黒円卓の一員であるという事以外、殆どリザの言葉の意味を理解することはできなかった。だがそれでも、鍵や器といった言葉が決していい意味でない事だけは理解できた。

 

 

だからこそ、蓮はそんな事を淡々と話すリザを理解できなかった。傍目からみただけだったが、少なくとも氷室はリザを母親の様に見ていたし、家族として愛しているように見えた。それはリザも同じように見えていたことは間違いない。そんな本人が、あっさりと不吉な事を告げた。それは許されることなのか。蓮は即座にそれを否とした。

 

 

これ以上無い位右腕の拳を握りしめ、唇の端を噛み切って、それでも表現しきれない怒りをリザにぶつける。

 

 

「あんたは!!そりゃ俺には先輩の事情も、あんたの事情も知らない!!それでも、先輩がシスターを母親のように慕っていたのは分かる。あの時教会で言ってくれた言葉に嘘があるとは思えないし、思いたくない。だからこそ、何より先輩に一番近しいあんたがそんな簡単に先輩を鍵だとか器だとか言っちゃいけないだろ!!

 

 

俺にはその言葉の意味なんて理解できないし、正直したくもない!!それでも、それが先輩にとって良くない事だってのは分かるし、あんたはそれを一番よく分かっていなきゃいけない筈だろうが!!母親だと呼ばれてたんだろ?娘だと言ってただろ?だったらその張本人であるあんたが、先輩をそんな風に呼んでんじゃねぇ!!!」

 

 

櫻井の時以上に湧き上がり、膨れ上がる憤怒の念。その殺気は悲しい程に痛く、そして鋭くリザの胸に突き刺さる。蓮の言葉は全く持って正しいし、同時にリザは羨ましくも思っていた。自分にはそのように思えない、否。もう思う事などできない。本来ならそんな資格もないし、間違っても母親だなんて言っていい存在ではないのだから。

 

 

自分が願うことが間違いだなんてことは理解している。その願いを叶えるための手段が、これ以上なく悍ましいのも理解している。だからと言って、もう彼女には、リザ・ブレンナーという女には今以上の選択肢は用意されていないのだ。獣の祝福という名の呪いをその身に孕んだ時から、彼女にはたった一つの選択肢しか残されていない。

 

 

だからこそ、彼女がここからとる選択は、例え蓮がどう言おうと決まっていた。無意識に湧き上がっていた迷いと甘さを捨て、冷酷な光を宿した眼光を蓮に向けた。

 

 

「言いたいことはそれだけかしら?」

 

「何ッ!?」

 

「だったら、今日は失礼するわ。元々、まだ私達はあなた達の所へ来る気はなかったし、今日の事はレオンの独断なのよ。だから正直、今ここであなたと殺り合う理由はないわ。だから、今日の所は大人しく退かせてもらえないかしら?」

 

 

リザは蓮に提案を投げる。だが、彼女はその提案が受け入れられることはないだろうと分かっていた。分かっていても、理解しても尚問わずにはいられない。甘さや迷いを捨てていながらも、結局最後の所ではこんな風に弱さを見せてしまう。それがリザ・ブレンナーという女の強さであり、同時に人外の連中の中ではどうしようもなく度し難い弱さだった。

 

 

しかし、それは蓮からすれば、優しさでも強さでもなかった。どちらかを大事に思っていながらも、結局はその一方を完全に選ぶことができていない。それは何て度し難い事実か。どんな理由があれ、敵であるなら徹底的なまでに敵に位置してほしい、でなければその為の犠牲は嘘になると、蓮は悲しいまでの怒りを押し殺さずに、既に理解しているだろう回答を返す。

 

 

「わかってるんだろう?俺はあんたを倒す。倒して、先輩の元へ連れて行ってやる。だからそこで、あんたは先輩と向き合うべきだ!!それが親ってもんだろ?それが家族ってもんだろ?両親もいない俺が、唯一の親友と喧嘩別れしてそのままの俺が、偉そうなこと言うべきじゃないってのはわかってる。

 

 

でもだからこそ、先輩には同じ目に遭って欲しくないし、取り返しの付かなくなる前に気付いて欲しい。だから!!」

 

「どうあっても、退く気はないってことね。そう、残念だわ。本当に。でも、それでいいのかもしれないわね。だって今なら、玲愛がここにいない今なら、あの子にあなたが傷つく所を目の当たりにさせないで済むんだから」

 

 

言って、目を伏せる玲愛。それから数秒と経たずに見開かれた目には、もう敵意しかなかった。そしてその視線は蓮を射抜くのと同時に、未だ沈黙して佇む生気を感じない巨人に向けられていた。

 

 

「起きなさい、カイン」

 

「・・・・・・■■ッ」

 

「そうか。シスター、それがあんたの・・・」

 

「あなたが考えてる事とはちょっと違うけど、説明する意味もないわね。でも多分、半分当たってるわ。そう、貴方の相手は彼、聖槍十三騎士団黒円卓第二位トバルカインが相手をする」

 

 

リザの一言で起動状態に入ったトバルカインは、真白い息を吐き出しズシンと一歩踏み出した。その巨体の背には、右腕に握られた巨大な剣が一振り。バチバチと黒い稲妻が走っているのを見ると、先程のとんでもない雷撃が彼から発せられたものだと理解させられる。ハッキリ言って、蓮に勝算や策などなかった。櫻井以上に状況は悪い。

 

 

たがそれでも、蓮には大人しく退く気も退かせる気もなかった。なぜなら、ここで退いてしまったらこれから先もずっと退かなければならないと思ってしまったからだ。自分の為にも、先輩の為にも、そしてリザの為にも大人しく退くわけにはいかない。例え敵がどれほど強大で、今の自分には勝ち目がなくても。

 

 

「行くぞ!!」

 

「レオン、貴方は先に退いてなさい。ここは私が受け持つから」

 

「ッ!!わか、ったわ」

 

 

何か言おうとしたものの、バビロンの視線に射抜かれ結局何も言えず退く櫻井。去り際にトバルカインを切なげに見る彼女の視線には、リザは気付かないフリをしてトバルカインに指示を出す。己の聖遺物を用いて制御しているトバルカインは、リザの指示を受けて初めて動き出すのだ。

 

 

「ぉぉおおおおおおお!!」

 

「■■■■■■■■ッ!!」

 

 

そして、交わる蓮のギロチンとトバルカインの鉄塊の剣。今再び、ここに戦火は切って開かれた。




一番短いかもしれない、やってしまった回です。
そして、アホタルさんと霊夢さんが空気。
やっちゃいました。
両ファンの方、すいません。



そして次回、練炭に変化が!?
速いけど瞳にカドゥケウスが浮かびます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅵ 片鱗

「うぉおおおおおおお!!」

 

 

腹の底から張り上げた咆哮と共に、遠心力と超速度の加わった一撃を蓮は巨体目がけて振るう。蓮の見立てでは、シスター自体に戦闘力はなく、あるのは人間離れした装甲のみ。だからこそ、目の前の巨人を使役しているのだと判断できるし、それさえ倒してしまえば櫻井がいない今勝利は確実。

 

 

だからこそ、超速攻で目の前の敵を片付けてさっさと勝利する。時間がかかればかかる程不利になるのは蓮だ。持っている力全てをここで出し切る気で、蓮はその一撃を叩き込む。しかし、

 

 

「■■■ッ!!」

 

「ぐぉっ!?」

 

 

蓮が振るった過去最高の一撃は、難なく目の前の巨体にガードされた。しかも、ノックバックをさせるどころか、打ち込んだ蓮の方が受ける力に押されそうになる。体格の差が圧倒的な為に、真正面からパワー勝負をすればどちらに分があるかは明白だ。

 

 

即座に真正面からの打ち合いを斬り捨て、新たな判断を下す蓮。力に逆らわず、自分から弾かれるようにして退避距離を稼ぐと同時、加速するための助走距離も確保する。勿論、トバルカインもそれ

を黙って見逃す様な失態はしない。

 

 

自らもその巨体からは信じられない程の速さで駆け出し、蓮に追撃すべく大剣を振り上げる。しか

し、自らの力だけでなくトバルカインの怪力まで利用した蓮の速度には一歩追いつかない。

 

 

着地すると同時、蓮は正面には向かわず左斜め前に、トバルカインの右を低い姿勢ですり抜けると同時、その脇腹を掠める様にギロチンの刃を振りぬいた。

 

 

「ッオ!?」

 

 

ダメージは軽くではあるものの与えられた。しかしそれでも、微弱。決定打には決して届かない一撃だ。

 

 

「(硬い!!その上何て感触だ。死体ってのは、こうも気持ち悪い感じなのか?)」

 

 

元々、大きなダメージを与えられるとは思っていないが、それでも残念感は否めない。だが本来ならば、まだ形成位階にしか達していない蓮が、現存団員の中でも最強クラスのトバルカインに手傷を負わせる事が奇跡にも近い所業なのだ。先程まで櫻井相手に一方的にやられていた人物とは思えない。それほど、蓮の成長ぶりは異常だった。

 

 

だからこそ、蓮以上にリザは驚いていたのだ。

 

 

「(未だ聖遺物を発言してから一月も経たずにこの成長ぶり。加えて戦闘技術の向上。さすがね。副首領閣下のいう事為す事は流石というべきか。レオンがムキになってたのも、藤井君の才能に嫉妬してたってのもあるのかもね)」

 

 

今はいない、先程までいた櫻井の事を思い出して考えるリザ。彼女の目から見ても、やはり蓮は異常と言わざるを得ない。何十年と年月を重ねた今の力を得た黒円卓の連中と比べ、藤井蓮という少年はその百分の一以下の時間でここまで成長して見せた。

 

 

確かにこれならば認めざるを得ない。カール・クラフトが告げた、ツァラトゥストラは、黒円卓にとっての恋人だと。

 

 

「本当に、羨ましいくらいに立派。だからこそ、いじめたくなるのかもしれないけど。カイン!!」

 

「■■■■■ーーーッ!!」

 

 

リザの言葉の直後、トバルカインのスピードが更に上がる。それと同時、櫻井と蓮の殺し合いを中断させたあの一撃が、大剣から繰り出された。

 

 

「なっ!?」

 

 

迫りくるは三本の黒い雷撃。普通の人間どころか、蓮のような人外でも躱すのは至難の業と言える速度。刹那、蓮はそれをどう回避するのか考えるが、回避は今の態勢では不可能と判断。わかりに、右腕のギロチンを振りぬいてそれを払う事を選択する。普通であれば、そんな事で迫る雷撃を払うのは不可能だろう。

 

 

どころか、ギロチンはもろに金属だ。触れるだけで帯電し、所有者である蓮にダメージを与えることは確実。しかし、蓮の右腕のギロチンはただのギロチンではない。トバルカインの攻撃が聖遺物によるものなら、同じ聖遺物、しかも破格の存在である彼のギロチンをもって防げない道理はない。

 

 

結果、迫りくるギロチンを見事に迎撃。正直、自分でやっていて信じられないという気持ちが蓮にはあったが、それに驚いている暇はない。何故なら、トバルカインが更なる追撃を仕掛けようとしているのが、蓮の目に入ったからだ。

 

 

「くそっ!!そう何度もやられちゃたまんねぇぞ!!」

 

 

蓮は即座にその場を離れ、その後一秒と経たずに蓮が立っていた地面を爆散させる、だけに止まらず、放たれた雷光が木の枝の様に分岐し、それに驚いて反応に遅れた蓮を射抜いた。

 

 

「ぐぁあああああっ!?」

 

「ちょ!!何バカやってんのよ蓮!!」

 

 

雷光に打ち抜かれ悶絶して吹き飛ぶ蓮と、そんな蓮を見てギョッとする霊夢。正直、文句の一つでも言ってやりたい蓮だったが、そんな暇はない。吹き飛ばされて尚、更に雷を打ち込もうとしているトバルカインを見て、蓮は無理やり態勢を捻って地面に着地。

 

 

その衝撃と、無理に体を捻ったことで身体に激痛が走るがそんなのは気にしていられない。

 

 

更に放たれた雷光が蓮に届く直前に、蓮はギロチンで再びの迎撃に成功する。それと同時に、思い切り地面を蹴って急加速。一気に接近し、トバルカイン目がけて振りかぶったギロチンを叩き込む。だが、

 

 

「■■■■ーーーッ!!!」

 

 

そんな見え透いた攻撃を直撃するトバルカインではない。構えた大剣でその一撃を見事受け斬る。しかし、蓮もそれは見抜いていた。

 

初めから、そんな見え透いた攻撃を喰らうなどと楽観視はしていない。ギロチンの刃と、トバルカインの大剣が激突した直後。自ら地面を蹴って、その衝撃を上へ逃がすと同時に自らもトバルカインの後方へと飛んで逃げる。

 

 

逃げた先には霊夢が立っていた。そのまま着地するのはまずいので、身体を捻ってそのすぐ横に着地すると、曲芸じみた今の攻防が成功したことにホッと息をつく。

 

 

「ふぅ、やってみるもんだな」

 

「な・に・が、やってみるもんだなよ!!見てるコッチが心臓止まるわよ!!あんたバカじゃないの!?あんな怪物に、勝算もないのに自分から喧嘩売るなんて何考えてんのよ!!目的達成する前に死なれたら、こっちも迷惑よ!!」

 

「ぐっ、うるせぇな!!こっちにも色々事情ってものがあるんだよ!!ってか、そう思うんなら少しは加勢してくれてもいいんじゃないか?」

 

「自分から喧嘩売っといて何言ってんのよ!!」

 

 

戦闘中にも関わらず、ゴチャゴチャ言い合う二人。その間、不思議とリザは追撃をかけてこなかった。その理由が呆れているからなのか、それとも他の理由からなのか。いずれにしても理由は分からないが、これはチャンスである。霊夢は蓮の頭を一発叩くと、自身の考えを手早く蓮に伝えることにする。

 

 

「見たとこ、さっきの女との戦闘より分が悪いのは誰が見てもわかるわ。だから、今度は私も本格的にサポートしてあげる。文句は言わせないわよ」

 

「なっ・・・おい、本気か?幾らお前が強いからって、あんなの喰らったら、ってか掠りでもしたら一瞬でミンチだぞ!!」

 

「っさいわね、そんなのみりゃわかるわよ!!いいから少しは同盟相手の事を信じなさい。私だって、伊達に今まで異変を解決してきたわけじゃないわよ。それに、あんたに任せてたら家の原型が無くなりそうで怖いのよ!!!!」

 

 

何故か最後のとこだけ力説する霊夢。その話を一方的に近い形で聞いている蓮としては、寧ろ最後のが本音だろうと言いそうになるもそれを押し止めて唾と一緒に飲み込む。今はそんなことを話している場合ではない。文句は終わった後で言えばいいのだと、自身を納得させることでこの場は収めることにする。

 

 

「だが、サポートったってどうする気だよ?俺でも反応しきれないような一撃をぶっ放す奴だぞ?」

 

「さっきも言ったけど、少しは信用しろ。こう見えても、ああいう雷だとか電撃だとかぶっ放してくる手合いとはやり慣れてるのよ。だから、寧ろ心配するべきはあんた。そこで、私があんたに防御壁張ってあげるから、少しはそれでマシになるでしょう」

 

「防御壁って・・・そんなのあんのかよ」

 

「まぁ、防ぎきれるかどうかはやってみなきゃわからないけどね。それに、私も痺れを切らして私を本気で殺しに来ない程度には攻撃もしてもいい。どちらにせよ、守ってるだけじゃ勝てないのは事実。その為には、まずあの雷撃をどうにかしないと始まらないでしょ?」

 

「・・・・・・わかった。じゃあ頼む」

 

 

数秒悩んで、結局素直に頷く蓮。その理由には、意地を張っている場合ではないというのと、自分一人では逃げ回るしか選択肢がほぼなく、神社を滅茶苦茶にしかねない為にというのもあるのかもしれない。こんな状況でも、大人しく待ってくれているリザには感謝しつつ、しかし全力で打倒することを決める。

 

 

蓮は霊夢と幾つか話のやり取りを終えて、再び巨人に立ち向かう。すると待っていましたと言わんばかりに、トバルカインの握る大剣に暗黒の雷が宿る。そしてそれは、蓮が地面を蹴った瞬間に炸裂する。向かってきたのは5本の稲妻。しかしそれほど威力はないように見える。

 

 

それを見て判断を決めると、蓮は予め振りかぶっていたギロチンで向かってきた内側3本を撃墜し、残りの外側二本はその間を潜り抜けて回避する。

 

 

が、そこを狙ったかのように、先程の5本の出力にも勝る1本の太い稲妻が蓮目がけて振り立った。刹那、判断を悩む蓮。左右に回避は

 

不可能、前進すれば直撃、後退と迎撃は間に合わない。残った選択肢は最悪の一手。即ち、直撃。脳内で下された判断に絶望的窮地に陥りそうになるが、それは独りで戦っていた先程までの場合だ。

 

 

今の蓮は独りではない。蓮は霊夢を信じて、迷わず前進を選択する。その自滅とも取れる判断に唖然とするリザだが、稲妻が直撃したにも拘らず、無傷でトバルカインに迫る蓮を見て驚愕する。

 

 

「(うそ!?何で・・・)」

 

 

躱したようには見えず、防いだにしてもあり得ない結果だ。リザはその原因を探ろうとして、ふと視界の端に捉えた右手を蓮に向けて翳している霊夢の姿が目に入る。

 

 

『夢符 二重結界!!』

 

 

「(あの女の子!!)」

 

「貰ったァアアアアア!!」

 

 

躊躇った、というより驚愕したというには余りにも短い一瞬の出来事。トバルカインは指示が遅れて回避は出来ず、手に持った大剣は振り下ろされた状態でガードは出来ない。このままならいけると、蓮が確信するがその判断は早計だった。

 

 

「クレシェンド」

 

「■■■■■■ーーーーッッッ!!!」

 

 

リザの呪文が不気味なくらい響き、トバルカインの周囲に先程までとは比べ物にならない雷撃が、蓮を巻き込んで展開された。その威力と衝撃を結界越しにとは言え、モロに喰らった蓮は展開された結界を破壊されながら庭の外れに弾き飛ばされ、木々を粉砕しながらやがて大木に打ち付けられ止まる。

 

 

そんな蓮の様を見て唖然とする霊夢。あまりのやられ様と、トバルカインが発した雷撃の威力に唖然とする霊夢だが、直ぐにハッとなって蓮の元に飛ぼうとして、固まる。とてつもない悪寒が、背筋を伝い冷や汗を促す。それを起こしている原因は、言うまでもない。

 

 

「動かない方がいいわよ?もうあなたを侮ったりなんてしないから」

 

 

先程まではリザも霊夢の事を侮っていたが、トバルカインの雷撃を防ぐような者を放っておくような状況ではなくなったのだ。それを感じた霊夢は、内心で思い切り舌打ちをする。霊夢とて、ただでトバルカインにやられる気はない。あの速度は確かに超人的で怖ろしいものではあるが、躱せないというほどでもない。

 

 

ただし、それは確実性には乏しいし、弾幕ごっこのように掠る程度に躱したぐらいでは、即死は確実。そんなダメージを、蓮が負っても即死しないのは単に防御力が凄まじいというだけの事であり、霊夢にそれがない以上同じようには戦っていられない。しかし、それでも何もしないで黙ってみていられるほど、博麗霊夢という少女は大人しくなかった。

 

 

「それは光栄ね。それより、何であなたは未だここにいるのかしら?あなたはさっきまで、戦う気はないって言ってたのに、今は進んで戦っているじゃない?逃げようと思えば、幾らでも隙があったでしょうに」

 

「確かにね。でも、それも確実とは言えない。彼が無事である以上、少なくとも追ってこられたら面倒だし。その途中で、うっかり殺してしまはないとも限らない。そんなことをすれば、無駄になっちゃうし」

 

「無駄?それって・・・」

 

「知ってるの?ああ、そういえばヴァレリアが話したんだっけ?それは兎に角、此処ならばその万が一が起こっても問題ない。それに・・・試してみたいことも出来たから」

 

 

最後の言葉は、霊夢には聞き取れなかった。しかし、戦闘中にもかかわらず一瞬でも悲しげに目を伏せたリザを、何故か心の底から憎むことができなかった。とは言え、彼女がやる気な以上霊夢もやるしかない。このままでは、蓮も霊夢もマズイのは事実。どうするべきかと、霊夢が口の端を噛んだその時、ズダンッと音を立てて霊夢の横に着地した。

 

 

「ぐっ、くそ、マジ洒落になってねぇ!!あんなのまともに喰らったら、本当にお陀仏しかねないぞ」

 

「ってあんた、無事だったの?かなりヤバイやられ方してたけど」

 

「無事じゃねーよ。実際かなりキツイの貰っちまったし。結界があったおかげで、即死と重傷は免れたけど、今のあの威力の電撃はそう喰らって・・・あぶねぇ!!」

 

「キャッ!?」

 

 

咄嗟に霊夢を抱えてその場を駆ける蓮。突然の事に驚く霊夢だったが、その一瞬後に地面を撃つ雷撃を見て顔を引き攣らせた。

 

 

「ちょっと!!あんたがこっち来たら、私まで一緒に黒焦げになるでしょうが!!」

 

「そんなこと言ってる場合か!!くそっ、何か考えねぇと」

 

「元はと言えば、あんたがあの女煽ったんでしょうが!!大人しく退かせとけばいいものを!!」

 

「うるせぇな!!さっきも言ったろ!!こっちにも事情はあるし、退けない理由も・・・がぁっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

 

会話の途中で、雷撃が蓮の背中を撃つ。雷を分散させていたからか、それほど威力は強くなかったがそれでも直撃してしまった。腕の中の霊夢は庇ったとはいえ、今の一撃で蓮が負った傷は浅くない。蓮と霊夢はそのまま地面をバウンドしながら激しく転がり、神社の壁に激突。

 

 

壁のおかげで止まったとはいえ、その衝撃で壁を粉砕する。霊夢の心中で、痛み以上にその事実に悲鳴が上がるが視界の端に移った黒い雷光にギョッとする。

 

 

「(嘘っ!?このタイミングで)」

 

 

咄嗟に札で結界を張ろうとするが、手を動かした瞬間激痛が走る。見ると、動かそうとした腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。完全に骨折していた。ではもう片方の腕でと、札を懐に入れた瞬間、横から伸びた蓮の腕が霊夢をその場から思い切り弾き飛ばす。

 

 

「バカ?!!」

 

「っ・・・!!ガァアアアアアアッ!!?」

 

 

結果、霊夢は逃げられたものの、その分遅れた蓮は雷を直撃する。一点に絞られたその雷の一撃は、蓮の身体を焼き、服を焦がし、その全身を痛めつけた。だが、死んではいなかった。蓮からしても、今の雷の一撃を直撃して生きていられるというのは奇跡にも近い出来事だと理解している。

 

 

反射的に上がったギロチンの刃がなければ、どうなっていたかは想像に難くない。蓮はそれを起こしてくれた相棒に感謝すると同時に、ボロボロの身体で立ち上がって、しかし膝を屈しかける。それは肉体的ダメージによるものだけではない。寧ろ、精神的ダメージの方が大きいだろう。

 

 

何せ、今の状態と言えば櫻井と戦闘したときの十倍以上は酷い状態だ。勝算は見えず、身体はズタボロで、状況は絶体絶命。これ以上はない不利の状況に、笑いたくなるくらいだ。次に雷を直撃したら、間違いなく死ぬ。今度は絶対に助からない。反撃するにしても、今の身体の状態では全力で攻勢に出れるのはあと一度のみ。

 

 

そんな一度で、何ができるというのか。ピンピンした身体の状態でもあの様だったのだ。霊夢との連携をするにせよ、今の状態では蓮を仕留めた後霊夢を始末するも、その逆も容易い事だろう。つまり、万策尽きたという状態。リザは自分から退くと言ったのに、彼女の話に逆上して掴みかかった結果がこの様だ。

 

 

なんて無様な結果。このままでは、こんなところで、こんな何も為せないままに、藤井蓮という少年は終焉を迎えることになる。それは受け入れられるのか?受け入れていいのか?受け入れなかった所で、何をすれば迫る雷撃を躱し、トバルカインに届くのか。刹那、蓮の頭の中で自問自答が繰り返される。

 

 

その結果は、否。このまま何もできず、何も為せないまま死ぬなんてことが出来る筈もない。こんな所で諦めてしまっては、何の為に彼女と戦うことを決めたのかわからなくなってしまう。とは言え、根性精神論だけでは何も変わらないのは事実だし、身体の状態も最悪だ。霊夢は負傷し、サポートはそれほど期待できない。

 

 

ならば如何にして、あの速さの雷撃の中を潜り抜け、怪物に刃を届かせるべきか。その自分の問いに、蓮は自然と答えを用意することができた。

 

 

「創造・・・」

 

 

聖遺物の第三位階である、創造。形成の上の位階であり、櫻井やヴィルヘルムと同じレベルの人外に。それを発現させるための条件はたった一つ。己の渇望をルールとして世界をつくる。それは酷く自己勝手なモノであり、常識外れな代物。しかしそれを、蓮は己の内にある渇望を理解していた。

 

 

時間が止まればいいと思っていた。今が永遠に続けばいいと思っていた。この日常が終わって欲しくないから、この瞬間を引き延ばしたい。いつか終わるとは分かってはいても、じゃあ終わってしまえとは思えるわけがない。だからどうか、時よ止まれ。美しく思う刹那を永遠に。

 

 

時間が過ぎると言うならば、それを止めてしまえばいい。時間の流れが速すぎるというのなら、それを停滞させてしまえばいい。何故ならそれが、あらゆる物事を飽くことなく繰り返した自身の渇望に他ならない。

 

 

「やってやるよ!!」

 

 

 

いつの間にか閉じていた眼を見開き、今なお雷光を集わせ蓮に放とうとしているトバルカインを睨む。雷の如く速く進むというのなら、その時間を分割させ停滞させてやる。俺より早く動くというのなら、お前を停滞させてやる。だからお前のような非常識が俺の日常を闊歩するなと、蓮の怒号が咆哮となって示される。

 

 

瞬間、放たれる雷光は回避不能、防御不可の威力を孕んでいた。しかし蓮はそれを見据え、その両目をしっかりと見開き浮かぶ不吉な紋章。そして・・・・・・雷が、トバルカインが、霊夢が、リザが。蓮以外の世界の全てが停止した。




やっと書き終わりました。
リアルが忙しすぎてヤバス。


次回、更新少し遅れるかもしれません。今回のこの話も、二徹した状態で書いているのでちゃんと無事なものか不安。
変なところがあれば、ご指摘いただけると幸いです。直ぐ直します。
ではノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ChapterⅡ-ⅶ 願い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンという、金属が低音を鳴らしたかのような音があたりに響く。それと同時に、蓮の視界に映る存在全てがその身を凍り付かせる。そんな光景は正に、時間が止まったというにふさわしいものである。しかしそれは、時間が停止したというものではなく、停止に近い停滞という現象に他ならない。

 

 

その停滞の感覚が、尋常ではないほどの低速な為に蓮からすれば時が止まっているかのように思えるのだ。その能力は、時間の停滞。

 

 

蓮の渇望、この瞬間を引き延ばしたいというそれが、今まさに実現しているのだ。一秒を何百何千何万という単位で切り刻み、その中で自分は普通に行動する。

 

 

とは言え、蓮自身が今発現したこの能力を十全に発揮できるかと言えば、そうではなかった。如何せん、初めての発動に驚きが勝っている為に、今の状態が長く続くとは限らない。蓮の創造は元々ブレ幅が大きいものであり、完全な状態で発動を行っても、強弱の違いが如実に表れるものだ。

 

 

それがこうして不完全な状態で発動したのと、何より蓮自身の身体も尋常ならざるダメージを受けている為に、この状態があとどれくらい持つのか。それが決して長い時間ではないという事は、今の蓮にもわかっていた。だからこそ、彼には驚いている暇などない。

 

 

 

普通に立っているだけでも倒れそうな足の震えを気合いで持ち直し、崩れ落ちそうになる身体を気力で必死に支え、なけなしの力を振り絞って蓮はその場を駆けだした。

 

 

「うっ・・・ォォォオオオオオオオオ!!」

 

 

飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、今にも激痛で叫びそうになるのを腹の底から上げる方向で共に吐き出し、蓮は通常ならそれほど速くない速度で突き進む。ここは時間の停滞した世界だ。それならば、先程までと比べ格段に落ちたスピードでもトバルカインを圧倒することが出来る。

 

 

何故なら時が動き出す前に、絶対回避不可能な位置まで踏み込んでその刃で首を刎ねる瞬間に停滞が解ければいいのだから。走りながら縺れそうになる足をそれより速く前に出し、右腕に宿したギロチンを思い切り振り上げ、僅かな距離を漸く詰める。

 

 

「これで・・・おわりだァアアアアア!!」

 

 

そして振り下ろされるギロチン。その刃が到達するまで、あと2秒もないという所で、限界が訪れた。パリンという破砕音にも似た音が聞こえたが最後、停止した時間は動き出す。

 

 

「ッッ!!」

 

 

気が付くと、いきなりトバルカインに急接近していた蓮を見て瞠目するリザ。しかし、それは何が起こったのかわからないというより、何か予想外の物をみて驚いたといったような顔だった。まるで予想していた事態より、遥かに予想を覆すかのような事態。

 

 

つまり、蓮がいきなり現れた事より、能力の方に驚いていたという事実。予め、何かが起きるというのは予測していたということだろう。

 

 

 

しかし、それでもその驚愕により起こった隙は致命的なものと成った。時間の停滞が解けたのがコンマ5秒程前。その時点で、トバルカインの首を刎ねるまでに後1.5秒程しかないということだ。その間に出来る事と言えばたかが知れている。

 

 

 

トバルカインに自我があるのならともかく、操られている死体は命じられた動きしかできない。

 

 

リザの操作で無傷で完全回避するのは不可能どころか、このままではトバルカインの首が刎ねられかねない。だからこそ、選択は限られていた。

 

 

完全回避を試みて失敗して首を刎ねられるか、それとも僅かな可能性をかけて浅くない傷を負ってでも回避するか。選択肢はその二つ。

 

 

しかも、後者の選択肢に関しては失敗する確率の方が高い。そんなさっきとは逆に、絶体絶命のリザ。そんな彼女の選んだ選択は、やはり後者だった。そしてその選択は、見事死線を乗り越えて見せる。

 

 

「グァアアッッ!!」

 

 

「■■■■ーッ!!」

 

 

リザの選んだ方法によって、蓮とそしてトバルカインの身体が大きく吹き飛ばされる。トバルカインは身体に深い傷と雷撃によるダメージ、蓮の身体にも雷撃のダメージは与えられていた。ただし、それは今までで一番浅い傷だった。

 

 

 

それでも、ダメージにダメージを重ねた蓮をダウンさせるには十分だったようだ。再び瓦礫の中に突っ込んだ蓮は、意識はあるものの起き上がれるような気力はもうなかった。出来てせいぜいが、首を動かす程度である。

 

 

リザはそれを見て安堵すると、自身が死にかけたのでもないのに緊張により乱れた呼吸を整え、ホッと胸を撫で下ろした。木乃伊取りがミイラになるようでは洒落にならなかったからだ。

 

 

リザの取った選択肢は後者であり、方法は雷撃の衝撃波によるお互いを吹き飛ばすという方法だった。身体能力だけでは無理な回避だったが、雷着弾の衝撃も加えれば無理なものも分の悪い賭け程度には難易度も下がるというもの。

 

 

元々雷を帯電させていた事もあり成功したこの作戦だが、やはり受けたダメージは両者大きかった。

 

 

雷の方はお互いいそうでもないが、カインが受けた胸を走る斬撃痕は普通の人間なら致死レベルだ。これがトバルカインだったからよかったものの、もしも生者だった場合どうなるかは想像に難くない。

 

 

だが、それ以上に損傷に関して言えば蓮の総合的傷に比べたら深いソレは、手痛い授業料になってしまったのかもしれない。

 

 

帰ったら櫻井に文句を言われそうだと、リザは大きなため息をつく。そして、トバルカインの臨戦態勢を解かせ、もう用は済んだとばかりに蓮に背を向けてトバルカインと共に歩き出す。それを見て驚くのは蓮の方だった。

 

 

「なっ・・・待、て。シスター・・・あん、たは」

 

「今は動かない方がいいわよ?藤井君、あなたの傷も決して浅くはないんだから」

 

「そういう、問題じゃねぇだろ。何で止めを刺さない!?今の状態の俺なんて、あんたなら・・・」

 

 

怪我の痛みに苦しそうに呻きながら問いかける蓮。そんな彼を見て、リザは僅かに悲しそうな笑みを浮かべると、しかしその表情は蓮に向けられる事なく言葉だけで答えを返す。

 

 

「言ったでしょう?初めから今日あなたを殺す気なんてなかったの。だから、さっきまでのアレは別に殺し合いなんかじゃない。ただ、私が試したかっただけよ」

 

「試したかっただけ・・・だって?」

 

「玲愛を守るって、そう言ったでしょう?母親なら守るべきだって言ってくれたでしょう?今まで、そんなことを面と向かって言ってくる人なんていなかったから。だから試したの。ここで一方的に負ける様なら、決してあなたは私達に勝つことなんてできないでしょうから」

 

「シスター・・・あんた」

 

「正直、予想以上だった。でも、あなたなら出来るかもって最後に思わされちゃった。だからもし。もしもあの子を守る手段が、助ける手段があるんだったらお願い。私じゃあの娘と向き合う事すらできなかったけど、藤井君にだったらきっと守ってあげられるはずだから」

 

「待ッ――――」

 

 

蓮の言葉は最後まで続けられなかった。ドンッという重音を響かせ、その際に上がる砂煙に紛れて姿を眩ませる。巨体に似合わぬ軽快な動きは相変わらずで、ダメージを感じさせない動きだったが、初めに比べるとどうもぎこちなさを拭えなかった。

 

 

それというのも、予想以上に蓮から受けたダメージが重かったというのがあるだろう。

 

 

何せ、本来であれば即死級であろう斬撃を無理矢理躱し、その上完全に避けきることはできずに自身の雷撃まで喰らっているのだ。幾ら死体と言えど、それで平然と動き回られる方が恐ろしい。ともあれ、脅威は完全に去った。リザの物言いからも、少なくとも数日は安全であるという事は伺えた。

 

 

だからだろうか。緊張の糸が完全に緩むと、ボロボロだった蓮の身体はそれに抗うことはせず、ガクッとその身を地面に横たえた。正直もう喋るのさえ億劫な蓮は、このまま眠ってしまいたい所だが、霊夢の事も考えるとそうもいかないだろう。身体はろくに動かせないものの、意識だけはしっかりと繋ぎ止めた蓮は首を動かして霊夢の方を伺った。

 

 

向こうもどうやら、連中が去ったことで漸く状況が呑み込めたようで、折れているであろう腕を庇いながら蓮の方に足を引きずってやってくる。その顔には、色々と穏やかではない感情を載せていたが、そのまま感情をぶちまける様な事はせず、口を開く前に何度か深呼吸を繰り返して己を落ち着かせていた。

 

 

それを見てホッとする蓮。流石に、今のこの状態で説教を喰らうのは嬉しくはないし、よろしくもない。

 

 

「悪かったな」

 

「本当にね。あんたのおかげで、神社の一部が倒壊したわ。まぁ、あのバカ天人の時に比べればマシだったけど・・・おかげで、あんたのいう連中の脅威度ってのもわかったし。ってか、最後のアレ何よ?あんたも咲夜みたいな能力が使えるわけ?」

 

「咲夜?ああ、レミリアの所のメイドか・・・ってか、俺自身未だ最後のアレに関してはうまく説明できないけど。あのメイドはどんな能力なんだよ」

 

「ん?ああ、時間を止める程度の能力よ。蓮が最後に使ってたアレも、似たようなもんじゃないの?」

 

「・・・多分な」

 

 

一応頭では何となく理解していた蓮は、少し悩みつつもしっかりと肯定する。蓮の能力は時間の完全な停止ではない為、そっくりそのまま同じというわけではない。それでも似たようなところは否定できないし、説明も面倒くさいのでそこら辺は省くことにする。その説明は、体を休めた後にしたい。

 

 

今は霊夢に申し訳ないが、とりあえず素直に眠らせてほしいと蓮は思った。聖遺物が覚醒して以来、防御力が増しただけでなく身体の治癒力も向上している。ゆっくりと眠り身体を休めれば、今夜受けた傷もあっという間に治癒することだろう。

 

 

「だから悪い、とりあえず寝かせてもらう。正直、今はこうしているのもキツイんでな」

 

「ああ、もうわかったわよ。私ももうボロボロだし!!はぁ、まさかこんな目に遭うなんて。永琳に見てもらうしかないかしら?骨折ぐらいすぐ直る薬くれないかしらね」

 

 

痛む身体を引き摺りつつ、自身は屋内に入り軽く応急処置を行う霊夢。酷い怪我を負ってしまったが、流石にこんな時間に永遠亭に行こうとは思わなかった。どうせ行くなら、蓮も連れて行こうという思いもある。身体中を走る痛みを無視して、霊夢はゆっくりと眠りに落ちていく。

 

 

一方で、自分から望んで外に放置された蓮は、マグレだったとはいえ発動することに成功した創造位階の感触を、忘れないようにと拳を握りしめゆっくりと襲いくる睡魔に身を委ねていった。




やっと投稿できました。
しかも短いうえに、若干意味不オイ

最近リアルが修羅場ってて、金より時間が欲しい状況です。
学生時代に戻りたいなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。