【短編】幼馴染ヒロインは今日も隣で微笑む (きりぼー)
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幼馴染ヒロインは今日も隣で微笑む

日曜のひととき、いかがお過ごしでしょうか。

ラブコメヒロインも大変だよなぁ。
そんなことを思って書いたものです。


四月。高校の入学式の朝。

 

幼馴染ヒロインは目覚まし時計の音で起きた。

鏡を見ると自分の容姿は綺麗な金髪であった。

 

「やれやれ・・・分が悪いわね」

 

正統派ヒロインは黒、昨今だとちょっとあかぬけて茶色っぽい子もいる。金髪な時点で当て馬率が高い。が、まだわからない。

 

ベタなことに主人公の隣の家に住んでいて、窓を開けると主人公の部屋に手が届く。子供頃は窓から窓へと出入りしたが、さすがにもう高校生なのでそんなはしたないまねはしない。

 

「起こし方も時代とともに変わるのよね・・・スマホ使ってとかかしら、音で起きないから、あたしが起こしているのに・・・」

 

部屋の窓を開けてから、スマホを操作すると、主人公の部屋の窓も開いた。どういう理屈か考えてないので追及しない。

 

無防備な主人公の寝顔が見える。のどかな一日の始まりである。

 

※※※

 

幼馴染ヒロインは大きく振りかぶって、スマホを投げつけた。

 

ガゴンッ!

 

派手な音とともに、主人公の頭に当たった。ストライク。

 

「・・・おい」

 

主人公が目覚める。怪訝そうな顔で窓の外をみる。悪戯っぽい顔を浮かべて、幼馴染ヒロインは微笑む。

 

「おはよ」

 

主人公はため息を一つついてから、おはようと朝の挨拶を返した。

 

※※※

 

窓越しに2人は会話をする。

 

幼馴染ヒロインは主人公のことをなんでも知っている。いや、なんでも知っているつもりだ。それがクオリティー。

 

「で、あんた双子?」

「おまえ、いっているそばから、解説と真逆で何もしらねぇーじゃねぇか!」

「細かいことはいいのよ。どうせ短編なんだから気楽にいきましょ」

「双子じゃねーよ」

 

残念。双子じゃなかった。主人公が双子なら勝率は跳ね上がる逆ハーレムの可能性があるからだ。

 

「男兄弟は?」

「いない」

「ちっ」

 

男兄弟ならワンチャンあった。

 

「女兄妹は?」

「妹が一人」

「何歳下?」

「二つ下」

 

幼馴染ヒロインはため息をつく。これでもう勝率は著しく下がる。これは相手のハーレム型パターン。幼馴染ヒロインが当て馬にされる可能性が高い。

 

「じゃ、お約束通り起こしたから、また後でね」

 

窓を閉めようとすると、主人公から話しかけてきた。

 

「なぁ、一緒に学校行かね?」

 

おっと、今回は素直な主人公のようだ。びっくりした。

 

「そう、あんたがそうしたいなら一緒に行ってあげてもいいけど?」

 

ツンデレのメリットがわからない。が、ここはキャラ分けも大事だ。油断していると執念深い陰湿なキャラになりかねない。明るくありたいと幼馴染ヒロインは思っている。

 

「とりあえず、準備できたらこっちこいよ」

「うん」

 

主人公が起き上がって、重たい頭を振りながら起き上がった。真新しい制服に袖を通す。すると、 

 

ドタドタドタッ!

 

と、階段を駆け上がってくる音がする。早すぎだろ。

 

「おはよー。さぁ行くわよ!」

「まて。顔も洗ってないし、飯も食ってない」

「じゃ、下でパンでも焼いて待ってるわよ」

「お前はどうやって準備したんだよ・・・」

「細かい事気にするとハゲるわよ?」

「そんなに急がなくてもまだ時間はあるだろ?」

「急がないと、天井を突き破って女の子が降ってきたりするのよ」

 

主人公はため息をまたつく。一理ある。メインヒロインがどうやって登場するかわからないからだ。だいたいインパクトが強い。

 

※※※

 

主人公は着替えて洗面所で顔を洗い、寝ぐせを直した。

リビングに行くとパンの焼けた香ばしい匂いがする。テーブルの上にはハムエッグも焼いてあった。

 

「お前がつくったの?」

「そうだけど」

「料理できるの?」

「これぐらいできるでしょ。普通」

「ありがと・・・いただきます」

 

おいしそうでも激マズ料理を作るスキル持ちも多い。でも大丈夫、影で猛練習した。ちょっとした自信作。指は絆創膏だらけ。

 

「・・・うまいな」

「そっ、良かった」

「なぁ、俺の家族はどこいったんだ?」

「もう、仕事いったんじゃないの?」

「妹は?」

「知らないわよ。学校にでもいったんじゃないの?」

「入学式って、普通両親も参加するんじゃ・・・」

「知らないわよ!?あたしに聞かないでよ」

「そうだな・・・すまん」

 

幼馴染ヒロインが家まできて朝食を作ってくれる。どうやらそういう関係らしい。

 

「で、あんた、どっちなの?」

「どっちって?」

「幼馴染ヒロインエンドを選ぶ主人公なのか、そうでないのかってことよ」

「それ、お前がいきなり聞くのは質問としておかしくね!?」

「もう、あたしを選んでくれないなら、学校いくのをやめようと思うのだけど」

「引籠るの?」

「で、どっちなの?」

「知らねぇよ」

「知らないわけがないでしょう?」

「今後の展開なんて知らねぇよ」

「そうじゃないでしょ?目の前にあたしがいるんだから。付き合うの?付き合わないの?」

 

幼馴染ヒロインは目を潤ませる。切実である。先行逃げ切り馬である。できるだけ他の追撃から距離を置いておきたい。もっともリードしているとふられた時のダメージもでかいが、今作は大丈夫。何しろ短編なのだ。そうだよね?

 

「おまえ・・・俺のこと好きなの?」

「うん」

 

ここは素直がいい。ツンデレとか無理。ツンしている間に短編終わる。

 

「あたしは・・・えっと、名前がないのは不便なんだけど」

「わかったよ。付き合う。それでいいな?」

「うん。しょうがないから付き合ってあげるわよ」

 

主人公はあきれ顔。

もう少しロマンスがないものかと思った。スマホを投げつけられたぐらいしか思い出がない。

 

※※※

 

2人で一緒に玄関を出る。幼馴染ヒロインが手を指しだす。主人公がしばらくそれを眺めてから、何も言わずにその手を握った。

 

「いい?ここからが大事なのよ。浮気はダメ。絶対。人助けもダメ。わかった?」

「わかったよ」

 

2人が歩いていく。最初の交差点。

 

「角からパンをくわえた子が走ってくるから、避けてね。パンチラは見られないけど我慢して」

「・・・あいよ」

交差点の角にさしかかったとき、幼馴染ヒロインは主人公の手を後ろに引き元の道に戻す。

走ってきた赤髪ヒロインがバランスを崩して転んだ。そのあと2人を見上げたが、すでに幼馴染ヒロインは主人公の手を引き、走りだして逃げだしていた。

まずは1勝。さすがに赤髪に負けるほど金髪でも弱くない。

 

※※※

 

「次は木に登っている子がいるけど、下を通ってはダメよ。落ちてくるから」

「なんで気に登ってるんだ?」

「古くは凧が引っかかっていたからだけど、昨今だと子猫が降りられないのを見かねてというのもあるわね。とにかく落ちてくるのよ。あなたがキャッチしたら成立だわ」

「なら、子猫は助けないと」

「あんた、子猫とあたし、どっちが大事なのよ?」

「うーん・・・コネコかな」

 

あたしは軽く主人公がはたく。その後2人は木に近づかずに走りぬけた。後ろでドサリッと落ちた音がしたが振り返らない。紫髪ヒロインとかただの数合わせだ。

負けるわけがない。

 

※※※

 

「ついにここまで来たわね・・・」

 

上り坂を見上げる。

両脇にはご丁寧に桜が咲き誇っている。

耳を澄ませばどこからか音楽が鳴りそうな雰囲気である。映像化されたら確定的な演出だ。嫌な予感しかしない。

 

「学校はこの上だぞ?」

「・・・学校行くのやめない?」

「入学式サボって、どんな物語になるんだよ?」

「じゃあ、目をつぶって・・・」

 

主人公が目をつぶる。あたしはその手を強く握ったまま、坂道を走って登っていく。

電信柱の横に長い黒髪の女の子が立っていた。おまけに胸もでかい。でた正統派ヒロイン。遭遇したらマジで勝てない。宿敵というか天敵みたいな存在。

幼馴染ヒロインは、あっかんべーをして、学校まで駆け抜けた。

主人公さえ会わせなければ、どうってことはない。

 

※※※

 

「目、開けていいわよ」

 

主人公が肩で息をしている。

2人が立っているのは校門の横である。多くの生徒と親が入学式に参加すべく登校している。

 

「おまえ・・・まさか・・・こりずに迎撃するの?」

「まさか、三十六計逃げるに如かずよ。このまま登校しましょ」

「なんだそれ・・・」

 

その時、「にゃーん」という、ネコの少し高い声が聴こえた。

主人公と幼馴染ヒロインが振り返る。どうやら、学校内の方だ。

 

「・・・これ、何かのフラグよ」

「でも、ほうっておくわけにもいかないだろ・・・」

 

ここは思案のしどころだ。何しろ自分のフラグもある。

すべてを回避してトゥルーエンドは訪れない。

そういえばさっき坂の上でメインヒロインらしき人のフラグは回避できた。もう大丈夫だろう。

 

「ネコ、助けにいきましょうか」

「ああ」

 

2人が校門を通り抜け、塀の裏を歩いていくと、またネコの鳴き声が聴こえる。

音を頼りに探すと、木の上に茶色い仔猫がいた。

 

「どうするのよ?」

「どうするも何も助けるさ」

主人公が荷物を幼馴染ヒロインに預ける。

その木はそんなに高い木でなく、主人公がすいすいと登っていく。

主人公が近づくと仔猫が枝の先へと逃げていく。

 

「おーい、こっちおいで」

 

声をかけても無駄だった。仔猫はもうダメだと思ったのか塀の上に飛び降りた。

「あっ!」

その光景をみて幼馴染ヒロインも声をあげる。

 

仔猫は塀に着地してそのままバランスを崩して道路側へ転落したときに、登校中の女子生徒がキャッチした。

「わっ!?」

胸元に飛び込んできた仔猫を見て驚いている。

 

「ああ、ごめん」

主人公がその女の子に声をかける。

仔猫を抱えたまま見上げた女の子は、茶色のショートボブで優しい目元をしていた。

 

「そんなとこで何しているの?」

「その仔猫が木から降りられなくて困っていたから、助けようとしたんだけど・・・」

主人公は枝の上に座りなおして話している。

 

「おーい。仔猫どうなった?」幼馴染ヒロインが声をかける。

「うん?下でキャッチしてくれたよ」

「そう、よかったわね」

 

よし、これでその仔猫を回収して、あたしの勝ちだと幼馴染ヒロインは思った。

幼馴染ヒロインよりネコが好きと答えた猫派の主人公だ。仔猫さえいれば負けない。ん?

赤髪、紫髪、黒髪・・・三人。だいたいハーレム型は5人が多い。あれ、1人見落とした?

 

「ちょっとぉ!キャッチしたのって誰?男の子?女の子?」

「女の子」

主人公が木を降りながら答えた。

 

「・・・どんな子?」

「・・・どんな・・・?」

主人公が考える。顔が少し赤くなる。

 

(ああだめだ)

 

幼馴染ヒロインは悟る。やれやれ油断した。

ちょっとした伏線でもすぐに回収しやがる。それがメインヒロインクオリティー。

 

※※※

 

仔猫を抱えて、女子生徒が駆けてくる。走り方も息遣いもあざとい。おまけに仔猫まで大人しく収まっている。小道具かよ。

 

そして、幼馴染ヒロインに気が付きませんでしたといわんばかりに無視をして、主人公と話はじめる。

1000年前から、なんなら神話の頃から恋人でしたとでもいわばんかりに自然体。

みていれば誰だって、「あれ?あの2人なんだか・・・」って思わせる雰囲気をあっというに作り出す。桜まで舞って2人を祝福しているように見える。被害妄想だろうか?

 

ここが正念場。ここで怖気づくとずるずると負ける。

 

幼馴染ヒロインは駆け寄って、主人公の腕に抱き着く。なんならたいして膨らんでいない胸を二の腕に押し付ける。

仔猫を抱えた女子生徒は、びっくりした表情を浮かべる。さすがの鉄仮面、内心は一切みえない。でも、ほら見てよ、口をパクパクしている。さてはセリフが飛んだな。

 

「さっ、いきましょ」

強引に主人公をその場から離そうとする。

「仔猫どうするんだよ・・・」

「知らないわよ、あんた仔猫とあたし、どっちが大事なのよ?」

本日二度目の同じ質問。

「あのなぁ・・・」

「泣くわよ?」

こうなったら、泣き脅ししかない。涙腺に涙をいっぱいに浮かべる。瞬きしたら涙が零れ落ちる。こちとら由緒正しいフラレ役、泣く演技は慣れたもんだ。演技だからね?

 

「にゃーん・・・」

 

仔猫が哀れな声で泣いた。

あーあ。あの子は一言も発しない。これが最適解なのを知っているんだ。何が主人公の心を動かすか、どんなセリフをしゃべったらどんな展開になるのかを知っている。

 

「ほっとけねぇだろ?」

 

ほら、主人公が少し怒りだした。ここで無理やり止めても無駄。あたしと喧嘩するだけ、状況は悪化の一途をたどる。

あたしは涙をこらえてうなずくので精一杯だった。

 

主人公が仔猫を抱えた女の子に駆け寄っていく。それから会話をして離れていった。

 

あたしはその2人の後ろ姿を見送るだけだ。みなれた光景。

目から大粒の涙がこぼれる。演技だからね?

演技だけど、いつも辛いのだ。

 

※※※

 

「あんた、短編でも完敗じゃない」

気が付くと横に黒髪ロングのヒロインが立っていた。

「だいたい、スマホ投げつけただけで幼馴染とか無理なのよ」

そんなこと知っている。だって、いつもそうやって『幼馴染』って設定だけ与えられて始まるんだからしょうがない。

 

「でも先輩、今回は料理できるんですねぇ?」

赤髪ヒロインが言った。

「これって、健気に練習したってことですか?」

あたしは絆創膏を撒いた指を見せる。ベーコンを切るだけでどうして指を怪我するのか自分でもわからない。料理とは相性が悪い。

 

「あの子には勝てる気がしないなー」

紫髪ヒロインは腕を頭の後ろに組んで、2人を見送っている。

「だって、一目惚れした上に、特別なイベントフラグ立てるんでしょ?どうしようもないじゃん」

 

まったくその通り。『運命』なんて言葉で片付けられたくない。

この短期決戦ですら勝たせてもらえない。

 

幼馴染ヒロインは制服の袖で涙をぬぐった。

暗く物語を終わらせたくない。

 

だから、幼馴染ヒロインは次の物語でも隣で微笑むのだ。

 

(END)

 




幸せにしてやりたいもんだ


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