バカとバカの弟と召喚獣 (じょーく)
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プロローグ
『人の感情を大きく分けて四つに分けられます。その四つは何か、漢字で答えなさい』
姫路瑞希の答え
『喜、怒、哀、楽』
教師のコメント
正解です。哀という漢字は間違えやすいのですが、あなたは心配なさそうですね。
土屋康太の答え
『正常、騎乗、手錠、退場』
教師のコメント
情がありません。
吉井明久の答え
『友情、努力、勝利、!』
教師のコメント
先生もジャンプは好きです。
吉井空弥の答え
『喜、怒、愛、楽』
教師のコメント
愛は
嫌いな季節というと何だろうか。それを聞くと大体の人は夏、冬の暑すぎる季節か寒すぎる季節のどちらかから選ぶのではないか。少なくとも僕はそうである。
僕は夏という季節が嫌いだ。女の子が平気で肌の大部分を露出してくれる季節であるが、それでもやはり夏の暑さでの不快感を受け入れてまでそれを見たいとは思えなかった。
では反対に、好きな季節はなんだろうか。そう聞かれると大方の人は秋、春という暑すぎず、寒すぎずの季節のどちらかから選ぶだろう。少なくともそれも僕だ。
「うん、春、僕は君のことが大好きだぜ」
好きすぎて好きすぎてチューしようか迷ってしないぐらいに大好きだ。しかしさすがは春というべきなのだろうか、真の敵は味方にある、とは良く言ったものだ。誰が言ったか忘れたし、微妙に間違っている気もするが、まあ良い。そこまで気にすることではない。
いや、そもそもの話が長すぎた。いい加減始めよう、この物語を。
この――大馬鹿な兄と、その弟の物語を!
「遅刻だああああああああああ!」
僕こと吉井空弥の、一種の物語の始まりとも言える二年生になってからの初めての学校。それは盛大に針が回った朝から始まりを迎えた。
「アキ兄起きて! 遅刻だ遅刻! ち・こ・く!」
吉井家の朝は遅い。今から走っても恐らく正規の時間に間に合わないぐらいに。
「むにゃ……あと……ぐー」
「せめて一ボケしてみろよ!」
そう言いながら有無を言わさず足に力を込めて、僕の兄であり大馬鹿である吉井明久の胴体を隠している掛け布団の上に、僕は相手が受けるダメージなんか無視するつもりに勢いを付けて飛び乗った。
するとまあ、お腹付近を突然に圧迫されたアキ兄の酸素は空気中に吐き出され、見事に目を覚ました。
「ぐぼっ! な、なになになに! 強盗犯!?」
「そうですね、大切な物を盗まれました、それは時間です」
「全部理解した!」
さっすが僕の兄。これが以心伝心ってやつか。
「というわけで来ました学校に」
「セリフだけでそれっぽくするな! まだ家すら出てないぞ!」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿なのはアキ兄だ!」
そうして。今度こそ本当の本当に家を出て、学校を目指す僕たち吉井家仲良し兄弟だった。
毎朝とはいかないまでも、こういう風に色々あって走ることには慣れているので、持久力を問われる走りは得意だ。自慢にはしないが。
±±±
「と……いう……わけで本当に来ました学校に」
相も変わらずヘビィな朝だった。早朝マラソンなんて健康的なことをする羽目になってしまった僕たち兄弟は、それでもなんとかギリギリで学校を遅刻することはなかったが、周りにはほとんど人がいないため、恐る恐るながら、僕たちがどのクラスに入るかの封筒を所持している先生――鉄人先生(名前は何だっけ?)に近づく。
本当ならここで不意打ちを仕掛けて気絶させ、怒られず封筒を持ちだすというミッションをこなしておきたいところだが、しかし残念なことにこの鉄人、鉄人と呼ばれるだけのことはあり、国際大会でアメリカ人として出れるのではないかと、まことしやかに噂が飛びかかっているため、不意打ちを仕掛けても確実に負けるぐらいの身体能力差があると分かり切っているのでそのミッションはこなさない。
「疲れたー……と、おはようございます、鉄――西村先生」
ふむ、どうやらこの鉄人先生。西村先生が本名らしい。
それにしても危ないなあ、アキ兄、もう少しで鉄人って呼んだからって怒られるところだった。
そして本当のところなら名前を忘れていた僕はただ、何も付けず先生、と呼んで終わろうと思ったが、名前を聞けたので少しでもいらない好感度をあげようと、アキ兄のように名前を付けて呼んであげようと思う。
「おはようございます、鉄村先生」
鉄の鉄槌をくらった。
「ぶたれた!」
「ぶったな」
極めて冷静なことから計画的な犯行ということは明らかだった。
「まったく……本当ならここで俺の名前を間違えてきたことに色々言ってやりたいところだが……ほら」
わざとらしいため息を吐いて、僕らに茶色い封筒を渡してくる。
ラブレターなのか……?
「? 何ですかこれ?」
「この前おこなった試験の結果だ。中にどのクラスか記してある」
ラブレターじゃなかった。良かった。そういえば封筒持ってる先生って始めに考えてたのにもう忘れてた。
「へー」
「ふーむ」
なんか……なあ。
「確かAクラスの教室は綺麗にしてある上に、エアコンとかパソコンとか付いて特別豪華、って話でしたよね」
A、B、C、D、E、F、とそれぞれクラスが分かれているらしい。この封筒の中身を見た瞬間に、僕のこの一年の待遇が決まると思うと、封筒を開ける手も動きにくくなってしまうものだ。
「まあそうだな、正直下手な一人暮らしをするよりあそこに住んでいたほうがずっと良いくらいだ」
その話を聞いたアキ兄は興味深そうに聞いていたが、すぐに苦笑いの表情に変えて、持っている封筒に目を向ける。
「そうなんですか、まあ今回の僕は多分無理だなあ」
「あれ、以外。てっきりもっと自信過剰にAクラスに入れるかも、とか言うと思ったのに」
「うーん、まあ良いとこBクラスかな?」
「へー、でもやっぱりけっこう自信過剰なんだね」
「じゃあ良いとこFクラスかなあ」
「やっぱり自信過剰だね」
「それ以下って何!?」
「留年」
「勘弁してー!」
「さっさと開けろ」
そういえば僕たちは遅刻ギリギリだということを失念していた。うーん、反省。
「せっかくだから予想でもしようか、僕はアキ兄がFクラスだと思う」
「奇遇だね、僕も空弥がFクラスだと思う」
「「………………!(不敵な笑いあい)」」
「さっさと開けろ」
良いだろう、吉井明久、僕の兄であり大馬鹿な兄よ。今こそ見せてやる。僕ら二人一緒の物語はここで終わりを告げるのだと。
とか、思うと、一種のフラグというか、なんというか、この言葉だけ聞くと『あ……』とか結果がお察しできる。
うん。
はい。
そうですね。
「「Fクラス……?」」
僕ら兄弟は二人とも、不可解そうな発言をして、桜舞うこの春に、西村先生のいるこの文月学園前で本当に最低で最悪な学園生活の幕開けをすることとなった。
「――ああ、やはり
チラ裏から引っ越しました。気ままに書いてるだけなので、評価も感想も気楽にどうぞどうぞ。
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第一問
『火星はなぜ赤く見えるのか答えなさい』
姫路瑞希の答え
『表面に酸化鉄を含んだ土や岩で覆われているため』
教師のコメント
正解です。火星にも昔は水がたくさんあったらしいですね。
土屋康太の答え
『鼻血』
教師のコメント。
血も一応は酸化鉄ですね。
吉井明久の答え
『宇宙人のしわざ』
教師のコメント
夢のある理由ですね。
吉井空弥の答え。
『表面を鉄で覆われているため』
教師のコメント
硬そうな星です。
「空弥……」
「言うな、何も言うな」
Aクラス。どれほどまでに豪華なのか興味があり、見てみたら予想以上に豪華だったでござる。この場合Fクラスってどうなるんだろう。予想より少しはマシなのだろうか。それとも予想以上にボロボロなのか。
「ていうか美男美女ばっかりだね」
「うん……あ、大丈夫! 空弥も可愛いよ!」
「男に何を言ってるんだ!」
「あれ、男だっけ?」
「やだ、この兄おバカ」
「Aクラス……羨ましいなー」
「バカ兄、行こう」
「……うん」
ふむ。バカ兄って言ってるのに、ごく自然に反応しているのを見ると、マジでAクラスが羨ましいらしい。
もちろん僕も羨ましいことに違いはないが。
それでもそんな目でAクラスを見てないでよ、情けなくなってくるし、これじゃあどっちが兄か分からないよ。
「あー、それにしても羨ましい」
「声に出して言わないで、誰かに聞かれたら恥ずかしいじゃん」
「だって個人にエアコンだよ! 僕たちは二人でも点けられないっていうのに!」
「そうだねー、バカ兄がゲームなんて買うから電気代が足りなくなっちゃうもんねー」
「そんなことより空弥、Fクラスに着いたよ!」
この兄、話をそらしやがった。いいのかそれで。
まあ、いっか。それにしてもFクラス、ドアからしてぼろいな。それとなんか貧乏オーラみたいなの放ってるし。
こう、ゴゴゴとか効果音が出てきそうな感じのオーラ。
「よし、入る?」
「待った!」
「そんな逆転裁判みたく言われても」
「空弥、僕たちは二年生になったんだよ! 初めが関心という言葉もあることだし、ここは慎重に行こう!」
「初めが肝心ね」
「肝心に行こう!」
「……うん。そだね。じゃあ、ここは頼れる兄に任せるよ」
教室の入り口から離れて、アキ兄の後ろに並ぶ。まあ僕も遅刻ギリギリの時間に来て、少しだけこの扉を開けるのは嫌だなと思っていたので、ここは普通に兄を利用……じゃなくて、頼らせてもらおう。
そしてアキ兄はゆっくりと深呼吸をしてから、扉を勢いよく開ける。
「すいません、送れちゃいましたっ♪」
すさまじい猫撫で声である。
「早く座れこの蛆虫野郎!」
ひどい返しだ。
「誰だ、僕たちの新しい生活にいきなり泥を塗るのは……って雄二?」
アキ兄の後ろで背伸びをして、教室の中を見てみると、教卓の上に居座って、赤い髪を逆立てた、最低クラスに似合ういかにも、といった感じの不良がいた。
というか、僕の友達だった。
怖いのは顔だけで、性格は結構優しくて、リーダーシップもある。顔に似合わず、という言葉を体現している人間、その名も坂本雄二だ。
「雄二、おはよう。ところでさ『最大の敵は味方にある』っていう言葉、間違ってる気がするんだけど何かわからない?」
「あん? なんだ急に? それなら『最大の敵は無能の味方である』とかじゃなかったか?」
「なるほど、つまりアキ兄のことか」
「そうだ、お前の兄のことだ」
「あはははは、安心してよ雄二、僕は絶対に君の敵だ」
「そうか、それなら安心だ。わはははは」
目を笑わせてないけど笑いあっている二人を尻目に、教室の中へと歩を進めて、Fクラスの内情をちゃんと視界に収める。
「わーお」
ボロボロだ。
予想を悪い方向に裏切った。
割れた窓。
カビの生えた畳。
座布団にちゃぶ台。
昔にタイムスリップした気分だ。それぐらいにボロい。
だがその中にも花はある。華はある!
花と華の違いはわかんないけど、とにかく美しいものがある、それは……
「ひーでーよーしー!」
「のわっ!」
「可愛い可愛い、すっごくすっごく可愛い! ちっくしょう可愛いなー、本当は女じゃないのか、どっちでもいいけど可愛いよ秀吉!」
同じクラスになったからか、嬉しそうな顔でこちらに目を向けていた秀吉に、いきなり抱きついて頬ずりをしてみた。
「空弥、落ち着くのじゃ! 同じクラスになったからといって、いきなりこれはいかん!」
「対応も可愛いーー、なんで秀吉はこんなに可愛いの? 秀吉だからか、もういいやそれで!」
「わ、ワシは
ピタリと、僕は動きを止めた。
木下秀吉♂ 生まれた性別を間違えられたと言われるほどの美貌の持ち主。
白い肌。華奢な体つき。可愛い顔立ち。喉仏すらでていないその彼は、僕の目でも女性にしか見えなかった。
「ふぅ、僕としたことが、秀吉がいて嬉しくなっちゃってやりすぎた。ごめんごめん」
「う、うむ。その……本当に、嬉しかった……のか?」
「当たり前じゃん! 友達だもん!」
「そ、そうじゃな。友達じゃな!」
どこか複雑そうな表情をしている気がするが、それは多分僕の過度なスキンシップでその立場を少し
「ところで秀吉、木下さんは?」
「姉上のことかの? それならAクラス入りを果たしたぞい」
うーむ、さすがといべきか、それとも憎いというべきか、あの豪華なAクラス入り、心底羨ましい。
「やるじゃん!」
「ワシに言われてものお……」
「あーあ、僕も兄弟が欲しかったね、それも含めて羨ましいよ」
「お主の兄ならあそこにおるぞい」
「え、僕に兄なんていたっけ?」
「現実をみるのじゃ! あそこで凶器を持ちだしているのは貴様の兄じゃ!」
「認めたくない! 百歩譲って秀吉が女なのは認める!」
「認めてはいかんものじゃ!」
「そんなあ!」
秀吉は女じゃなかったのか! 衝撃の事実だ!
「まあでも次からは抱き付かないようにするよ」
「む? そうなのか?」
「そうなんです、さすがに自重するんだ」
「……たまになら、抱き付いても良いんじゃぞ」
「僕を試そうとしたって無駄だよ秀吉、はっきり言って今すぐ抱き付いて頬ずりしてやりたくなったけれど、その言葉、耐えきって見せたぜ」
「むむむ、やるのう、どうやら本気のようじゃ」
「ふっ、当り前だ、僕を舐めるなよ」
その言葉を聞いて、悪戯っぽく秀吉はベロを出して笑いながら言った。
「まだ舐めてはおらんな」
「ぐっ……!?」
危険! 危険! 危険!
まだだ、まだメインコンピューターをやられただけだ!
「ってダメじゃん! メインのコンピュータがやられちゃったら!」
「なんじゃ急に!?」
「はっ!」
偶然、あるいは奇跡というべきなのか、自分の思考のおかしさに気づけた僕は、いつの間にか秀吉の誘惑にも耐えていた。
これが神の選択か……。僕すげえ。
「ふふふふ、ふはははは!」
耐えた!
耐えきったぞ!
人類史上最強と言えるあの秀吉の攻撃を僕は乗り切った!
「残念だったなあ秀吉、この勝負、僕の勝ちだ!」
「……そもそも勝負なぞしておらんかったのだがのう……」
ふっ、もはやその言葉、負け惜しみにしか聞こえんなあ。
「まあ実は僕もちゃんと秀吉が男だって認めてるしね」
うん、そうじゃなかったら僕秀吉に抱き付けてないし。女子にしたらスキンシップじゃなくてセクハラだ。
「ほう、ならば……今度は男同士二人っきりで遊んでみんか?」
「おー良いね、たまには二人っきりっていうのも」
まあ。
こんな感じで楽しい朝の会話だった。
セリフ中心にしてみましたー
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第二問
『なぜ脂肪があるほうが水に浮きやすいのか答えなさい』
姫路瑞希の答え
『私はカナヅチです!』
教師のコメント
問題を見間違えたのでしょうか、珍しいミスですね。
土屋康太の答え
『おっぱいの力』
教師のコメント
あとで職員室に来るように。
吉井明久の答え
『おっぱいの魔力』
教師のコメント
あとで土屋君と一緒に職員室に来るように。
吉井空也の答え
『あの日のことを思い出そうとすると頭が痛む』
教師のコメント
答えを思い出すようにしてください。
さて、秀吉成分を吸収した僕はといえば、とりあえず秀吉から離れての席決めだ。Fクラスは確か個人の自由で決めて良いんだよな。それにしても遅刻ギリギリの時間だというのに、さすがはFクラス。周りに人が全然いない。いつだって学校を遅刻するかもしれないスリルをわざわざ味わうFクラス生徒みんなのそこに痺れない憧れない! ジョジョ乙。
……自分のボケに自分で突っ込むって、結構、なんか、くるね。
「ふむ……」
どうする。はっきり言ってこれがこれからの学校生活を変える分岐点と言い換えても過言ではない。例えば秀吉の隣。一見天国に見えるだろうあのキラキラ輝いている席(座布団とちゃぶ台だけど)。
だが、良いのかそれで? 果たしてそれでちゃんと僕は授業を受けれるのか? いや、今までそこまでちゃんと受けたということは無いんだけれど、それでも僕は少しでも授業に向けていた脳を、あそこの席に座って秀吉に費やしてしまって良いのか?
僕はあそこに行ったら絶対に授業より秀吉の顔に夢中――集中(?)する。
授業を取るか秀吉を取るか。
はあ。
本当にもう。
そんなのは決まっているだろう。学生の本分はいったいなんだ? そんなの幼稚園児だって知ってるよ。
やれやれ、まったく。僕の悪魔が何か囁いてやがるけど気にしない。
僕はまるで流れるように自然な動きで秀吉の隣の席へと――
「ぐへっ」
誰かに襟首を掴まれて喉から酸素が吐き出される。
せっかく『授業に集中しろ!』とかほざいている悪魔に打ち勝ったというのに。一体誰が邪魔したんだろう。
振り向くと、金髪美少女で右手にはエクスカリバー、左手にはアルテマウェポン、真っ黒な翼を背中から生やし、燃え盛るような紅い目を――
「なに堂々と嘘吐いてんのよ!」
「え、今の中二病ど真ん中みたいな説明全部口に出てたの!?」
「振り向くと、から全部聞こえたわよ!」
よりによって嘘を吐いたところを……逆に良いのか、これ?
まあ確かに意味も無い嘘の説明をしたのは悪いので、最初からやり直し。彼女の特徴を上から順にやってみよう。
赤髪。ポニーテール。気高さまでをも感じさせるキリッとした強気な瞳。チャーミングで美少女のツンデレ女子高生。そして気になる胸は――
「巨乳」
「僕のモノローグが乗っ取られてる!?」
どうするんだよこれ!? もう読者が嘘を前提に見かねないぞ!
「悪かったわよ。確かにツンデレは違ったわね」
「違わないところを否定するな! 一番違うのは――」
ヒュン。と、顔の真横を何かが通った。視線だけをそちらに向けると、真っ白ですべすべそうな綺麗な二の腕があった。
「一番違うのは?」
にっこり、微笑んで聞いてきましたので、僕は口元を引くつかせながら答えました。
「……ツンデレカナー」
±±±
「結局、どうして僕の襟首を掴んでまで秀吉との愛の道を阻んだの?」
「……一般常識的にどうしても止めなきゃいけないようなことだけど、それは一先ず置いといて、アンタにお願いがあったのよ」
ふむ、こういう時は、『なんでも言うことを聞くからお願い』と言われるのが僕の夢だということを思い出しちゃうな。すごーくちっぽけで情けないけど、お願いだから言ってくれないかな。
とは考えたものの、彼女を相手にした場合、それはなんでもではなく、彼女が嫌がること以外になるのだが。もしも実力行使にでたら僕が負けます。
……うん、(本気を出せば勝てるけど)弱いアピールはこの辺にしておいて、どんなお願いなのかそろそろ聞いておいてあげよう(本当の実力を出せば片手で余裕だけど)。
全く、さんざん彼女に恐怖していたのが僕の本当の姿だとでも思った人間はいるのだろうか。多分ほとんどの人がいただろう。だがそんな奴らに言ってやる、それは演技だ。僕が真の姿を開放すれば、この地球どころか宇宙の命が危ないね。まあ本当のことを言うのはこれぐらいにしておこうか。
「なんだかすっごいアホみたいなことを考えている気がする……」
僕の顔を見てそんな事を言う島田さん。ふぅ、やれやれ、相手が器の大きい僕で命拾いしたな。ただし、もしもここが戦場だったら今頃君は八つ裂きになっていただろうぜ。
「で、アホアキ」
「何その微妙で絶妙なあだ名。なんか定着しそうになりそうだから止めて、なんでも言うことを聞くからお願い!」
「分かったわよ、ああああ」
「ドラクエの主人公みたくなっちゃった!」
個人的にはⅤが一番好きだったりする。あれ、DS版だと結構違うところあるんだよね。
「まあ良いわ。それで今、なんでもって言ってくれたわよね」
「……う、うん」
「なんでも」
「……僕の指は手と足を合わせても全部で二十本だよ」
それ以上折らせろって言っても無理。
「? よく分からないけど知ってるわよ。で、まあアンタにお願いがあるの」
「な、なにかなー、金はないぞ! ジャンプしたって良い!」
「ウチをどんな目で見てるのよ!」
「僕がどんな目に遭わされるかのほうが問題だ!」
グルルルルと、お互い獣のような唸り声を上げて額がくっ付きそうになるぐらいにまで近づいてにらみ合う。
畜生、どうして僕の身がここまで危険に晒されなければならんのだ。去年もこんな風になんでも言うことを聞くから、って言ったせいでとんでもない目に遭ったよなー。確か家の兄を連れてプールに行って……うん、思い出したくない。
「もう、ウチはただ……その……」
「ん?」
「だから……」
「?」
「なんでもないわよ!」
「突然の逆ギレ!?」
「勘違いしないでよね、アンタのなんでも言うことを聞くって言ったのは、絶対にチャラじゃないんだから!」
「勘違いしたい! 島田さんがツンデレだって!」
ツンデレ設定は生きていると僕は信じておこう。と、少し会話に白熱しすぎていたようで、いつのまにかFクラスの中にも人がゾロゾロと入っていた。うーん、恐怖の時間が過ぎるのは速いなあ。島田さんはそのまま赤い顔をして、近くの席に……席?
セキ……?
ヒ……デヨシ……?
それなりの人数が居る中、東大に入るより難しい倍率20倍はあろうかという秀吉の席の隣、前、後ろ、斜めは、あたりまえのように取られていた。
±±±
席の窓際や端っこ、など、良い場所は大抵取られており、ていうかそれ以外の場所も取られていて、僕が座る席は学校ランキングNO,1の最悪の席、教卓の前となった。ああ、秀吉の隣に座るか迷っていたあのころが懐かしい。島田さんは僕と話す以前にちゃぶ台の上に自分の鞄を置いて、自分の席だというアピールをしていたようだ。策士め。
あー、でもこれ、別に初日この席だからって、明日もそうだっていうわけじゃないんだっけ? ちゃぶ台だし、荷物を残せないはずだから。うん、なら今日ぐらいは我慢してみるか……。
バキッ(背後で何か音がする)
ドスッ(背後で何かが何かに刺さった音がする)
試しに座ってみたけどもう我慢の限界を迎えそうだ。
「あ……」
キーンコーンカーンコーンと、鐘が鳴ってしまった。え、本当にこの席で僕は一日過ごすの?
……ふぅ、落ち着け。まずは落ち着こう。素数を数えようかと思ったけど、そもそも素数って何から始まるのかを忘れたからやめた。となると奇数か偶数でも数えて落ち着くべきなのか、それともそれとも意表を突いて羊の数でも数えてみるか。
なんて、天才的なことを考えていると、Fクラスの担任である福原先生が鐘が鳴り終わると同時に扉を開いて入ってきた。なんかいかにも気弱そうで、すぐに誰かの意見に体ごと流されそうな、そんな先生だった。
「どうもみなさん、社会を担当させてもらっている福原慎と申します。これから一年よろしくお願いします」
こう言ってはなんだけど、Fクラスを担当するために来た気弱でうだつのあがらない先生みたいだ。暗い声、暗いオーラ、やばい、なんか悲しくなってきた。僕本当にこのクラスで一年過ごしちゃうんだ。あーあ、今回は少なくともBクラスに届いたと思ったんだけどな。
と、駄目だ駄目だ。反対から言っても駄目だ駄目だ。そう、僕よ、今こそ頑張るときだ、ポジティブにいってみよう。よし、やれる、僕ならやれる。
「それでは廊下側から、自己紹介とさせていただきましょうか」
逃げたい。
なぜ自己紹介というものがこの世にあるんだ。二年生だぞ? しかも高校生だぞ? え、なになに、しかもわざわざ教壇のところに行ってよろしくお願いしますなんて言うの? やばい、逃げようかな。
まあ待とう。さっきも言ったな、落ち着くんだ僕。いくら自己紹介が嫌でも、人にはやらなきゃいけないときがある。それが今なんだよ。僕が生きている今なんだ! さあ、もうバッドエンドはごめんだ、いい加減この長ったらしいプロローグを終わらせよう!
となるとまずは自己紹介の内容だ、まずは趣味を――
「趣味は吉井明久君を殴ることですっ♪」
「誰だ! そんな危険な趣味を持つの……あうっ、美波……」
趣味の件は無しの方向で考えよう。
となると……ふむ、ここは一つ陽気なボケでも言って――
「吉井明久ですっ♪ ダーリンって呼んでねっ♪」
『『『ダーリーン!!!』』』
……うん、さすがFクラス。おいおいアキ兄よ、そんな気持ち悪そうな顔するなって、確かに男たちの大合唱はあれだったけども。
ん、次の人終わったら僕じゃないのかこれ。……絶望的状況だ。作戦一も作戦二も、すでに前二人によって打ち砕かれた。趣味もボケも何もかも、きっと僕はこのFクラスの中では変なものになってしまうに違いない。趣味はゲームです、なんて言ってみろ、なんだこいつ、みたいな目で見られるに決まっている。
となると何がある、考えろ、脳を揺らせ、考え抜け! この絶望から抜け出すんだ!
「――です」
ついに、僕の番か。
くっくっくっ、あーはっはっはっは! やばいどうしよう。
「…………」
僕はできるだけ自然に、あくまでナチュラルに立ち上がり、そしてそれが当たり前かのように、ゆっくりと、あくまでゆっくりと畳の上を歩いてゆく。こうなったらできるだけ時間を稼いで策を考えるしかないな。大丈夫、僕なら――
「あ……えと」
「…………」
いつのまにかもう自己紹介する場所に到達してしまった、くっ、しまった、僕の第三の策が思い浮かばないまま、せめてもう少し煩かったら……あの時のダーリーンという見事なコンビネーションはどこいったんだ、同じFクラスである僕の気持ちも……。
同じ?
僕は本当に。
彼らと同じなのか?
「僕は……」
少なくとも今までここに立ってきた人と僕は違っている。
彼らはこんな風に、決してビビッてなんかいなかった! 立派に闘っていた!
趣味が違っても。
ボケが通じなくとも。
僕はきっと、胸を張って、前を見るべきなんだ。
それでやっと、ここに立っていたみんなと――Fクラスのみんなと対等になれるんだ。
「…………!」
それにやっと気付けた僕は、自然と微笑むことができた。
今ではFクラスのみんなが審査員にでも見えるようだ。極度の緊張状態だった僕が急激にリラックスできたことに、彼らも気がつくことができたのだろう、大体の人が目を見開いて驚いている。さあ、これで僕も君らと対等に、なれたのかな?
そのまま僕は笑みを崩さないように、普通に――言った。
「吉井空にゃ――……」
…………。
「…………」
…………。
「…………!」
僕はあくまで自然に、素早くナチュラルに自分の席へと戻った。ああ、ゆっくり行っても教壇のすぐ前だったんだから、関係なかったんだね。あははっ、おかしいな、ちゃぶ台が滅茶苦茶可愛く見える。あれれ、しょっぱい雨も降ってきたよ。
おいおい、可愛いとか言わないでよ。あの噛み方は確かになかったよ。だからって今ここで大合唱するほどじゃないでしょ? だからもうこれ以上僕の傷を抉らないで。
「……はい、次の人」
やばいなこの先生、イケメンじゃないですか。このFクラスの先生がこの人で良かった……。
ああ、ああ、ああ、あああああ!
落ち着けない! これは今日一日落ち着けない!
なぜだ……なぜだ! なぜ僕は、僕って奴はああああだな本当に!
「木下秀吉じゃ」
自己嫌悪から何分、あるいは何十分と経ったのだろう。声が聞こえた。
僕は自分の頭を押さえていた両手を、軽く離して、視線をそちらに向ける。
「これから――」
そう言って、僕のほうをチラッと見てから彼女は両手を丸めて、頭の上に付け、首を少し傾げて――言った。
「これからよろしく頼むにゃっ♪」
……ひでよし。
君って奴は……全く、本当に、敵わないな。
今気づいた、島田美波さんを作者の書き方次第でオリ主のヒロイン化できる。
……でも明久の相手の一人として外したくないなあ。
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第三問
『イタリアの独裁者で、ファシズム理論を独自に構築した人物は誰か答えなさい』
姫路瑞希の答え
『ムッソリーニ』
教師のコメント
正解です。簡単な暗記問題でしたね。
坂本雄二の答え
『…………』
教師のコメント
消した跡がありますが、おそらく書いてたら正解ですよ?
吉井空弥の答え
『ムッツリーニ』
教師のコメント
坂本君のは撤回です。
「なぜじゃ!? どうして誰も笑ってくれないのじゃ!」
薄れゆく意識の中、秀吉のアルトの声が耳に届く。ふぅ、やれやれ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
どうやら秀吉、敵は無能の味方であるという言葉、君のせいで変えなきゃいけないらしいぜ。
僕はもうほとんど見えない眼で、
雄二と先生と……頬をひくつかせてる島田さんぐらいしか無事なのいねえや。
「すみません、遅れてしまい――きゃああああああああああああああ!」
自己紹介タイムが始まり、次の鐘が鳴るまで開かれないと思われていた扉から現れたのは、先生でも転校生でもなく、元から文月学園に在籍していた生徒、ウェーブのかかった桃色の髪をして、胸は――すごく、大きいです。目立つところを見ようとして髪の次に胸を見てしまう辺り、僕の思春期さがにじみ出た。
あ、顔は普通に美形だね。しかしどうだろう、Aクラスで美形の人ばかりのを見て、ああ――天は人に二物を与えるんだなあと考えたあれを、僕は撤回しなければならないのかもしれない。
と思ったけど、そういえばやっぱりこの子も普通に頭が良いな、ということを思い出して、僕は神を憎んだ。
そしてそんな彼女はこの畳が紅く塗られた惨状を見て、いまにも卒倒してしまうのではないかと心配できる。教室への扉をあけたら大量殺人事件の現場だったということを考えれば、それは当然の反応だろう。
「ああ、姫路さんですか。今はちょうど自己紹介をしていたところです」
「自己紹介でどうしたらこうなるんです――ケホッ」
走ったばかりの上、この環境が人に優しくないようなFクラスで叫ぼうとして、咳き込む彼女。
ああ、まあ見た目通り、体が強いとかじゃないんだろうな。
……これは、ちょっとなあ。
Fクラスに入るというのは、たいてい勉強よりも運動が得意だとか、少なくとも勉強なんかしないで遊んだりする人間ばかりなので、こういう最低な環境でもあんまり構わないで良いはずなんだけど……。
「私はちょっと拭くものを用意してくるので、どうぞ済ませておいてください。みなさん、私は少し出ますので、姫路さんの自己紹介が終わった後、少しだけ待っていてください」
普通じゃないこの状況を見て、何時も通りの態度だという福原先生は普通にすごいと思う。
「え、と……あれ?」
と、姫路さんが少し目を離した隙に復活している僕たちだった。秀吉も席に「なぜじゃ……」とつぶやきながら戻っている。
『…………』
いったいどうしたら、あれだけの現場がこんなありふれたようなクラス風景になるのだろう。しかしそれを気にしてはいけない。なぜなら僕も既に慣れてしまったから。
「ひ、
彼女は慣れていないからか、少しだけこのまま自己紹介するのを躊躇したが、それでもさすがの優等生と言うべきかなのか、深々と礼儀正しく頭を下げて自己紹介を終了させた。
僕みたいに噛まないかなと思ってしまった辺り、僕の器の小ささが知れる。
『はい! 質問です! どうしてここにいるんですか?』
Aクラス入り確実であるような姫路さんがどうしてこのバカの集まりなFクラスにいるのか、僕も疑問だった。
Fクラスはバカの集まり、ここ重要。
「あ、はい。えと、実は振り分け試験で熱を出してしまって……」
『実は俺も熱(の問題)が出てな』
そうそうそうだった。僕も熱が出てた気がする。
『ああ、科学だろ? 難しかったなあ』
科学はともかく、生物は普通に苦手なんだよな。
『彼女が寝かせてくれなくて……』
今年一番の大嘘をありがとう。
『今年一番の大嘘をありがとう』
……Fクラスの皆の声と僕の考えが重なって、少しの感動を覚えた。
さて、それにしても福原先生が拭くものを取りに行っちゃったし、秀吉のところにでも行って
「あの……」
「ん? どうしたの、姫路……ちゃん」
さん付けかちゃん付けで迷ったが、ここはまあアキ兄とは違った呼び方をしてみよう。
「えと、吉井君の弟さんですよね? 吉井君は……」
「弟だから僕も吉井だよ、そんな吉井君はここにいます」
「ああ、ええと、そうじゃなくて、吉井明久君は違うクラスなんですか?」
ちっ、フルネームで攻めてきたか。美人な姫路さんに急に名前呼びされて慌てふためくアキ兄を見たかったのに。
「アキ兄ならそこに……いないね」
「あ……違うクラスなんですか……」
ズーンと暗いものを背負うように肩を落とす彼女。秀吉とは違って、いちいち感情を露わにするので小動物のような可愛さが感じられる。
それにしてもアキ兄どこにいったんだろう。実はFクラスというのは間違いで、Aクラスに入っていたという怒涛のパターンが0、000000000000000000001%ぐらいはあるかもしれない。
「いやいや、アキ兄がFクラス以外とか、ないわー。安心して良いよ姫路ちゃん。アキ兄は一生バカだ」
「ええと、安心してはいけないんじゃないんですか?」
正論だった。
「じゃあ、今年は少なくともFクラス以外は有り得ないぐらいにバカだよ」
「そうなんですか! 良かったです……あ、ごめんなさい! 喜んだりしちゃって……」
良かった、アキ兄がバカで喜んでくれる人がいてくれて。確かに僕がFクラスに入る中、アキ兄がEクラスなんかにいっちゃってたりしたら、僕もしばらくは寝込むという事態に陥っても仕方がないしな。
と、噂をすればと言うのか、廊下に出ていたらしいアキ兄と雄二が、先生がいないためほとんど無法地帯となって騒がしくなっているFクラスに入ってくる。
「ほら、アキ兄が来たよ。もうすぐ先生が来るだろうから、言いたいことがあるなら行けば?」
「はいっ♪」
おとなしそうで、頭が良くて、礼儀正しくて誰にも人気がありそうな彼女は、また、感情を露わにしながら嬉しそうに雄二と一緒にいるアキ兄の場所へと向かった。
きっと彼女がFクラスに染まって、誰かに暴力をふるうようなことは無いんだろうなとか、それはそれで寂しいなとか思いながら、一人で雑巾を持ってきているはずの福原先生を待つこととした。
「……ずっと覗いてたけど(スカートの中)見えたの?」
姫路ちゃんが去ったあと、彼女の影に隠れていた彼、比喩でもなんでもなく、影に隠れるぐらいに畳の上に這いずって彼女のスカートの中を必死に覗こうとしていた男に、僕はようやく気づくことができて、僕は話しかける。
「……覗いてない」
「畳の跡がついてるけど」
「……気のせいだ」
「手で隠してもバレバレだよ……」
一年生のときに
僕はそのあだ名を聞くたびに思う。似たような名前をしている偉人に謝れ。そのあだ名のせいで僕は歴史の問題を一問間違えたんだぞと。
「……吉井あきにゃ――」
「お前も僕の名前を噛んじゃったとしてもあとで屋上な!」
人のトラウマをえぐりやがって。
「……ちゃんと赤い顔をしたところは写真に収めた」
「ごめんなさい、今すぐ消してくださいお願いします!」
「……安心しろ」
おお、やっぱり一年からの付き合いでいるだけある、さすがは僕の友達、戦友である親友の康太! これからもズッ友だよ――
「……もうお前の兄が予約済みだ」
「オーケー、僕はアキ兄もろとも康太を消し去れば良いんだね」
「……それは困る」
「僕は今現在困ってるよ!」
なんで家族が写真買ってんだ! 確かに撮らせて言われても撮らせないだろうけどさ。
「……お前のこの写真、ほかの奴にも売れる」
「売るなよ!? フリじゃなくて絶対に売るなよ!」
「……そして男のほうがよく買っている」
「そんな情報いらないよ! 僕が女っぽいって設定がバレちゃったじゃん!」
秀吉には負けるけど、男よりも女寄りの外見をしているという僕の隠し設定がこんなところで!
「……だけどそのおかげで命びろいしてることもある」
「あん? なにそれ」
「……例えば明久がお前のように秀吉に抱き付く」
「うんうん」
「……明久が死ぬ」
「どうなった!? 説明省いてんじゃないよ!」
秀吉の可愛さにあてられたのか!?
あまりの可愛さで死んでしまう秀吉大好き病、自己紹介のときを思い出すとそれも有り得そうで怖い。
「……具体的にはFFF団の手によって」
「FFF団……ああ、そんな団あったね」
確かこのクラスにいる須川君という男がその団の会長だったはずだ。そしてあのアキ兄も入っているという団。
「あれって何の会だっけ?」
「……異端審問会」
「ああ、そうそうそれそれ」
モテない男のモテない男によるモテない男のための団、通称FFF団。平気でリア充たちに鉄槌どころか、死神のような大きい鎌で、嫉妬による攻撃をしてくる団である。
「なるほど、それで秀吉に抱き付いたら嫉妬で攻撃されてアキ兄が殺されちゃうと」
「……(コクリ)」
「それでなんで僕は平気なの?」
「……お前は抱き付いても女の子同士だということで済む」
「僕も秀吉も男だよ!」
みんな秀吉を女扱いしてるのは、なんだかんだでネタかと思ったら本気かよ! 僕も一緒にお風呂に入ろうなんて、秀吉に言われでもしたら気絶しちゃうだろうけどさ!
わざとらしく康太の前で大きなため息をついて、この話にいったん区切りをつける。本当ならば僕の男らしさを小十時間ほど説明してやりたかったところだが、あいにく、もう少しで福原先生は帰ってきてしまうことだろう。
「ところでさ、赤い顔になった僕の写真、消してくんない?」
「……断固拒否する」
「ちっ」
「……吉井あきにゃ……」
「こうなったら実力行使もいとわないぞ!」
「……悪いが俺はのぞ――バードウォッチングで鍛えられた足がある」
「どうやったらバードウォッチングでそこまでの自信がつく足ができるんだよ!」
鳥を走って追いかけでもしたのか!?
「ふっ、だが言ったよな康太。僕は実力行使もいとわない。そして、僕はやると言ったら最後までやり遂げるかもしれないと小学校のころの先生に言われた記憶がなくもない僕のことを、君は知っているはずだ」
「……初耳だ」
「いくぞ! これが僕の全力だ!」
「……!?」
ギュッ(僕が康太に抱き付く)
ジャラン(黒魔術師のように全身を黒いマントで隠している20人以上の誰かが鎌を持った音)
「わー、ごめんねこうたー。えふえふだんの話を聞いたばかりなのにー」
秀吉に抱き付いても女みたいな容姿だからと許されるぐらいの僕。
そんな僕が、一人の男に抱き付いたところを見たら、FFF団のみんなはどう思うだろうか。
「「「異端者には死の鉄槌を!」」」
……なんか、思ったよりすごそうな感じだな。
「……誤解だ!」
ごめんね康太。自分でやっといてなんだけど本当にごめんなさい。まさかここまでとは思わなかったんです。
僕から離れて逃げようとする康太を、あっという間に数の差で追い詰めて捕まえるFFF団。恐怖で逃げ場がないかとアタフタと周りを忙しく見渡す康太を見て、僕は静かに合掌した。
いや、本当にごめん。まさかここまで反応する人がいるとは。
「はぁ……なんとか拭けるぐらいの雑巾があって良かったで……す」
「……(現在進行形でやばいことになってるFクラス)」
「……あの木下君? みんな被り物をしてどうしたんでしょうか?」
「…………青春、かのう」
福原先生。雑巾、ありがとうございました。
とりあえず僕も今すぐ代わりの卓袱台と座布団を取ってきます。
今回は土屋康太君と姫路瑞希さんの回でしたー。
……自己紹介ってこんな長いものだったっけ?
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