不思議な光景だった。
彼女が目を覚ますと、色とりどりに咲き誇りながらも、どこか悲しく閉ざされた世界を俯瞰できる存在していない場所に座していた。
──あぁ、これはきっと夢ですね。
彼女はこれがすぐに夢であることに気がついた。それもそうだろう、自身を支える地面すらない限りなく世界の天蓋近い所で、ポツリと椅子と共に佇んでいたのだから。
「隣、いいですか?」
どこからだろうか、女性が声と共にまるでモヤがかかった様な影をふらりと彼女の横に現していた。
「どうぞどうぞ。私自身、なんでここにきてるか分かりませんから」
彼女は社交用に作り、切って貼られた様な笑顔を影に向かい投げかけると影しかないきっと、女性であろうものに返答する。
それでは失礼しますね──と、いつの間にかにそこにあった少し古びた椅子にその影は腰をかけ、どこか懐かしく下界を眺め始めた。
※※※※
「この世界、どう思いますか」
少し経った頃だろうか、影は俯瞰をし続けながらも悲しく憂う様な表情になっていく彼女に問いかけた。
彼女にはその問いの意味がよくわからなかった。何に基づいてどう思うのか──それすら説明されてないのだ。
だというのに、彼女は思った事をそのまま口にしていた。
「とても──悲しい世界です。絶えず害虫と争い続け、いつ終わるかもわからない戦いに身を焦す。まるで予めそうある事を宿命づけられてる様に…」
影は何も言わず、ただ頷く。
「もしも、この世界が作った神様みたいなものがいたらちょっと聞いてみたいです」
──どうして、こんな世界にしたんですか。って
彼女は下に広がるとても大きくも、狭すぎる世界を見つめ、自身の思考を広げる。
だが、どの思考も結論づけて、ある事実だけを彼女自身に突き返す。
私達は──人類は、絶対害虫に勝てない。
と、戦うための力を諦めと共に拒絶したそんな声と共に──
「嘘、ですね」
彼女は影から発された言葉に耳を疑った。
この影は一体私の何がわかるのだろう──と、彼女は燻るような苛立ちを覚えた。
そんな彼女を見てなお、影は語りをかけてきた。
「貴女も気がついてるはずです。『作られた世界』なんてないことに──」
今度は彼女が口を紡ぐ番であった。
「だってそうでしょう?もし、仮に貴女が作られた盤上を行き交っているだけならば、その気持ちですら、きっと作られたもの。ですが貴女は、いえ、貴女達は誰もそうだとは思っていない。そうある事に抗い続けている──そうでしょう?」
「なら、きっと貴女達は作られたものなんかじゃないです。言ってしまえば成功と失敗を繰り返す日常の中、けして戻ることのない時の刻みを全力で生き抜いている──そんな貴女達がこの世界を作っていっているんですよ」
多くを語った影は一呼吸入れると語りを締め括るように口を開く。
「だから、悟った観測者めいた行動はやめて動き出しませんか?」
彼女は影をじっと見つめる。
また、影も彼女をじっと見つめた。
瞳は見えずとも、どこか懐かしい幼い希望に満ち溢れた眼差し
──あぁ、この影がようやく誰かわかりました。
そして私はきっとこの夢を幾度となく見てるのでしょうね…
だとしても、彼女は問わずにはいられなかった。
「貴女の名前は──?」
まとわりついていた影が晴れる。そこにいたのは紛れもなく彼女自身の姿であった。
私の名前ですか?私は
夢の糸はここで途切れた。
大切であったその内容を思い出せず、なぜか無気力に一雫伝う涙に、静かに首を傾げるのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む