これが私の道 (corin7121)
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見た目は良くても中身は化物ってココではよくある話

私がトレセン学園に入学してから少し経ったある日の事。担当のトレーナーさんも決まりデビューまで順風満帆と思えた矢先、私に衝撃が走った。

 

「チーム対抗レース『アオハル杯』の開催をここに宣言する!!」

 

マイルダート・短距離・マイル・中距離・長距離の五種目をチームで走るこの大会。トウィンクル・シリーズと並行して行われる上に、まだデビュー前でも参加資格を与えられる。つまり。

 

まだ見ぬ芦毛の美少女と並走できる。

 

あわよくば

 

並走を超えたその先のステージを・・・!

 

こうしてはいられません。早速目星を付けている方々にお声掛けをしなければ。全ては私の野望のために。

 

それではまず、私の親友を誘うこととしましょう。()()()は一応チームシリウスに所属しているので早いところヘッドハンティングをしてしまわないと。問題は自由気儘に一ヶ所に留まることを知らない好奇心の塊のような人ですから、普通の人に捕まえるのは至難の業でしょう。

しかし私には秘密兵器があります。それがこの『芦毛レーダー』!これさえあれば何処に隠れていようとどれだけ離れていようと見つけ出すのは造作もありません。早速レーダーに感あり!方向はグラウンドだね?さあこれから始まる大レースの第一歩♪

 

「ああ・・・待っててね、ゴルちゃん?」

 

 

 

 

 

「!この感覚・・・。間違いねえ。私の第六感が囁いてるぜ。今すぐ此処から逃げるべきだと!」

 

丁度トレーニングを始めようとしていた長身の芦毛のウマ娘は背筋に感じた悪寒から急遽予定を変更して海にでも行こうと考えていた。今日は天気もいいから沖まで行けばジンベエザメを一本釣りできるだろう。しかしそんな思いを馳せる彼女の肩には悪魔の手が添えられていた。

 

「ゴ~ルちゃん♪」

「お、おう。ジャスタ。なんかスゲー調子がよさそうだな?」

 

ゴルちゃんこと芦毛の不沈艦ゴールドシップが振り返った先にいたのは同室の鹿毛色のウマ娘・ジャスタウェイだった。ジャスタウェイはいつも以上にニコニコしていたが、この顔を見たゴルシは冷や汗が止まらなかった。

 

(あ、これやべぇ奴だ)

 

直感で理解した。なぜならこの顔には見覚えがある。自分が親友のマックイーンにいたずらを仕掛ける時と同じような顔をしていたのだから。

 

「実はお願いがあってね?」

「お・・お願い?」

「そう!さっきの全校集会!それで今一緒に走ってくれるメンバーを探しているんだけれど」

「悪いなジャスタ!あたしはこれからカスタネットのお稽古があるからアディオス!!」

 

食い気味にジャスタウェイの勧誘を断ったゴルシは普段は見せないようなそれはそれは綺麗なスタートダッシュを決めていた。しかし残念かな、ゴルシが逃げようとした相手は爆発的破壊力と喩えられる加速力を持っていた。結果1ハロンもかからずあっという間にゴルシは取っ捕まった。

 

「ふっふっふ。私から逃げ切るには10年早いよゴルちゃん?」

「放せジャスタ!あたしはもうチーム入ってるの知っているだろ!?」

 

そう。ゴルシはトレセン学園に入学してから直ぐシリウスに入籍した。当然ゴルシは勝手知ったる仲間達とアオハル杯に挑むつもりでいたのだ。

 

「でも確かシリウスってゴルちゃんを筆頭にステイヤーだらけでしょ?」

「それは・・・そうだけどよ」

 

確かにチームリーダーのマックイーンも淀の鬼のライスシャワーも。シリウスに所属しているウマ娘は揃いも揃って得意距離が中長距離だ。スズカがギリギリマイル寄りという点を除けばだがステイヤーだらけと言われても過言ではない。

 

「ということは――――マイルとかスプリントが弱点になるよね?」

「それはそうだけどよぉ。そこは補強すればいいだけの話じゃん?」

「そう、補強です!私のチームにはステイヤーが不足しているんです!だからまずは貴女に声を掛けたんです!」

「いや、いくらジャスタの頼みでも」

「なるほど。ではトレーナーさんに直談判(ちょっと面貸せや)しましょう!」

「あ!?待、おい!?ゴルちゃん置いてけぼりかよ!?」

 

最早ブレーキがぶっ壊れた暴走トレーラーと化したジャスタウェイを止めるものはおらず、ゴルシは大変なことに巻き込まれたことを心底後悔していた。

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします!!」

「ええ。いいですわよ」

「「本当ですか!?」」

 

チームシリウスの部室に突撃したジャスタウェイは偶然部室内で隠れて大福を食っていたリーダーにゴールドシップの引き抜きを嘆願した。それはもう非の打ち所がない程綺麗な土下座を披露し、自分にどれだけ彼女が必要なのかを熱く語った。

対してパクパク御嬢様はというとつまみ食いがバレたことに加え、驚いた拍子に大福をのどに詰まらせかけてそれどころではなかったが。

 

「はい。トレーナーには私から伝えておきますわ」

「やったあ!ゴルちゃん!これで一緒に走れるね!」

「なあ、マックイーンよ!あたしの意見ぐらい聞いてくれてもいいじゃんかよ!?」

 

最後の砦としてマックイーンは反対してくれる。ゴールドシップはそう思っていたが現実は大福のようにそう甘くはなかった。

 

「友達は大切にするものでしてよ。それにこの度のアオハル杯開催でライスさんをはじめ、友達と参加をしたい方がいましたのでそちらを優先するようにとトレーナーとも相談したところです」

「なあ、マックイーンよ。あたしはこいつとはそこまで友達ってわけじゃ」

「ズッ友だよね、ゴルちゃん!」

「いや、違

「ゴルちゃん?」

ハイ唯一無二ノ親友デス

「ヤッター!」

(この方、どことなくテイオーに似ていますわね。執着力とか)

「コホン。まあ私達以外と交友関係を深める良い機会かと思われます。貴女はただでさえ周りから問題児扱いされているのですから、これを機に理解してくれる方を増やしてはどうです?」

「うんうん。ゴルちゃんはすっごいイイ子なのに勘違いしている娘が多いんだよね」

 

仲間想いではある。付き合いもいいしエンターテイナーとしての腕も一流だ。ただ突拍子もないことをし過ぎているのが悪い。どれだけプラスを重ねても特大のマイナス要素がすべてを台無しにしているだけで本当はとても良い子なのだ。本当に。

 

「まあ私としては余計な荷を下ろせて軽くなりましたが」

「ああん?隠れて大福食っておいて軽くはならねえだろ!」

「この後のトレーニングで消費しますから問題はありません!」

「でもマック様、私が見た感じだとお腹周りが目測2センチは増えて」

「出ていきなさい!!」

 

それまでの和やかな雰囲気はどっかに行ってしまい、ジャスタウェイに太ったことを指摘されてブチ切れたマックイーンは二人を部室から叩き出した。

 

「ジャスタ・・・、あそこは黙っておくべきところだぜ」

「そうだね・・・あ」

「どうしたジャスタ?」

 

何かを思い出したジャスタウェイは立ち上がると砂埃も払わずに再度シリウスの部室に突撃した。

 

「マック様も私のチームに入りませんか?」

「帰れ!!!」




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:未定
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ



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国民が居てはじめて国は成立する

アオハル杯が始まって早くも一週間が経とうとしていた。それぞれ仲の良いウマ娘通しでチームを作ったり練習に励んだりしている中、芦毛帝國民の二人はというと。

 

「あああああ」

「おおおおお」

 

カフェテリアで屍と化していた。

 

「なーんで誰も来ないのー」

「あたしの会心の一作がー」

 

親友のゴールドシップの引き抜きに成功し、序のメジロマックイーンの勧誘を失敗したジャスタウェイ。メンバーは最低五人は必要だったので彼女は誰よりも早く動き出した。

 

まずはチラシ配り。開門と同時に朝も早くからチームに入ってくれるようにお願いして回った。勿論()()()()()()()で。更に校内の掲示板にもポスターを張って回った。サイズは無論B()0()で堂々と描き上げた。

 

その間帝國民のゴルシも入国を促すアートを拵えていた。校舎の壁をキャンバスにスプレーアートで勧誘を試みた。怒られて落書きを消すことに備えて水性で描いた。

 

こんなにも頑張ったのだ。きっと永住ビザを求めて何人もの芦毛のウマ娘ちゃんが押し寄せてくるだろうと。しかし

 

現実は甘くない。

 

一週間経っても空港(教室)には観光客(見学者)すらやってこない。ゴルシの描いた今世紀最高の傑作は写真に収めるよりも早く降り注いだ大雨により一瞬にして流れ落ちた。

 

「ああああ」

「おおおお」

 

そりゃあやる気もダダ下がりになるというものです。努力が実らず水の泡となったのだから。

 

「あらあら。随分とお疲れのようで」

 

そんな彼女たちを見かねて心の広い御嬢様が助け舟を出してあげた。

 

「メンバー集め、思わしくないようですわね」

「マック様が入ってくれれば百人力ー」

「残念ですが私は先約がありますので」

「うわっ。マックちゃん冷た!昨日ドカ食いしていたチョコチップより冷た!」

「カロリーは熱量。冷たいアイスは熱を奪うので実質カロリーゼロなのです」

「脂質」

「・・・え?」

「糖分」

「・・・・・・え?」

「内臓が真っ先に冷えるから内臓脂肪が増える増える」

「・・・・・・・・・え?」

「マック様。体重計、準備しますよ?」

「・・・・・・・・・・・・え?」

「BMIも計れるちょっといいやつ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

「ああああ」

「うううう」

「おおおお」

 

その日カフェテリアが閉まる時間一杯まで生気を失くした三人の亡霊が居座っていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「って腐ってられるかー!!」

 

このままでは建国することなく国が終わる。そう思ったジャスタウェイは夜中にゴルシの布団に潜り込み芦毛成分を補給することによって復活を果たしていた。ゴルシリンの過剰摂取は本来危険行為なのだがジャスタウェイは耐性を持っている為問題なし。

 

「んで、どうすんのよ?」

「待っても来ないならこっちから行くしかないっしょ!」

 

幸いなことにこのトレセン学園にはマックイーンをはじめとした優駿な芦毛はたくさんいる。片っ端から声を掛けて招致をすることにしたのだ。しかし

 

 

 

現実は甘くない。

 

 

 

怪物「すまない。もうタマとクリークとチームを組んでいるんだ」

 

甘蕉姉貴「悪いが既にエントリー登録を済ましている。他を当たってくれないか?」

 

青雲空「ごめんね。もうキングとかスぺちゃんと組んじゃってて。余りの枠もないんだ・・・」

 

太り気味お嬢様「だから私はあなた達とは組まないと申し上げたでしょう。それから私の扱いが雑になっていません?」

 

キノセイダヨー

 

 

 

「ああああ」

 

一週間の出遅れがここに来て響いてきた。有望株は軒並みエントリー済みだった。エントリーをしていなくても怪しさ全開で勧誘するジャスタにノコノコ付いてくるお人好しもいない。完全に手詰まりになってしまった。

 

「まあ、お前にしてはよくやったよ。煮干し食うか?」

「あーんして」

「あぁん?甘ったれたこと抜かすんじゃねーよ。ほら、あーん」

「あー」

 

なんだかんだで甘やかしてくれるゴルシに感謝しつつ、次なる手を考えていた時だった。

 

「あの・・・少しお時間よろしいですか?」

 

ジャスタの目に飛び込んできたのは抜けるような白さの髪と黄色いチョーカーをした芦毛の美少女だった。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:未定
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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遠くばかりを見ているとタンスの角に小指をぶつける

「それではこれより面接を行います!」

「ひゃ、はい!」

 

チームメンバーが思うように集まらず不貞腐れていたジャスタウェイだったが、入国希望者が現れるや一変、どこから持ち出したのか黒のビジネススーツとメガネを着用して見違えるようなキャリアウーマンに大・変・身!これがゴルシリンの恐るべき効用、『ギャグやボケなら何でもありに出来る』のだ!さあ隅から隅まで余す所なくチェックしますよグヘへへ!

 

「ジャスタ。面接の前に一辺顔洗ってこい。嬉し涙と鼻水と涎で見るに堪えねえから」

「ぅえ!?それじゃちょっと待っててね?」

「う・・・うん」

 

そそくさと教室を後にするジャスタ。彼女が居なくなったのを確認してから徐にゴルシが切り出した。

 

「いやー何つーか。お前も結構物好きなんだな?あたしが言うのもなんだけど、こんな胡散臭いチームに入りたいだなんて」

「そうですか?でも私は行く当てがありませんでしたから」

「なんか訳ありか?」

 

俯き気味に顔を伏せていた彼女はぽつりぽつりと語り始めた。

 

「実は私」

「あ、そういうのはジャスタが帰ってきてから聞くわ。取り合えず希望しているレースはどれか教えてくれ」

「え、あの・・・短距離・・・です。後ちょっとだけですけどダートも走れます」

「ほう。その年で二刀流とは。ヒトは見かけによらねえな」

「そんなことありませんよ。私、とっても遅いですから・・・」

 

やっべー、地雷踏んだか?と内心焦るゴルシだったが、丁度いいタイミングでジャスタが戻ってきた。ちなみにスーツは脱いで制服に戻っていた。

 

「いやーゴメンゴメン。愛しい気持ちと切ない気持ちと心強い気持ちが一遍に来ると顔面崩壊しちゃうね!」

「悪いな。こんなんがリーダーで」

「いえ!そんなことありません!」

「こんなんとはなんだ!こんなんとは!」

 

残念ながらこんなんでも主人公張っているんです。がんばっているんだから許してあげて。

 

「作者からフォローされるってなかなかやるじゃん」

「うっせえわ!」

「あ・・・あははは」

 

入国希望の少女は苦笑いを浮かべるしかなかった。この二人についていくのはそれなりにクセが強くないと難しいです。

 

「さて気を取り直して。ウチのチームに入ってくれるの?」

「あ、はい。私弱いですけど頑張ります!」

「・・・」

「・・・」

「あの・・・もしかして迷惑・・・でしたか?」

 

プルプルと震えだすジャスタとゴルシを見て少女は不安になった。やっぱり迷惑をかけてしまったと思い込んでいたから。しかし二人が震えていたのは違う理由で。

 

「祝!二人目!!」

「今夜はお赤飯じゃーい!!」

 

嬉し泣きの大号泣だった。どっかから取り出した紙吹雪とクラッカー弾きまくりの狂喜乱舞だった。それだけメンバー集めに苦労したのは理解できるがいささかやり過ぎな気もしなくはない。

 

「いやーホントこのまま企画倒れになるところだったよ」

「レース一つもやらずに打ち切りにならなくて良かったぜ」

「これからよろしくお願いします、ジャスタウェイさん。ゴールドシップさん」

「うん!よろしく!」

「ん?ちょっと待て待て。あたし達一度も名乗っていないけどなんで名前知っているんだ?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

一瞬で三人の周りの空気が冷え込んだ。明らかに「お前何言っているんだ?」な目をゴルシに向ける二人。

 

「私達同じクラスですよ?」

「というよりゴルちゃんの席の前なんだけど、彼女」

「いやーほら。あたしって授業中は寝るか早弁とかであんまり周りに興味ないし?」

「興味はなくても同じクラスの子の名前ぐらい覚えておこうよ」

「グフッ!!?」

「授業態度が悪いと内申に影響が出ますよ?」

「ウガッ!!?」

「でも一番許せないのがコレで学年一位の成績なのがもうね?」

「真面目に授業を受けている私達がバカみたいですよね?」

「初対面なのに結構ビシビシ来るな!?」

「毎朝顔を見せていますよ?」

「お前らなんて大っ嫌いだーーー!!!」

 

ドップラー効果を残しながらゴルシは颯爽と教室を飛び出していった。

 

「あれはボケだから無視していても大丈夫な奴だから。気にしなくていいからね?」

「なんとなく、そんな気はしました」

「これはもうあれだね。ゴルちゃん検定準二級合格だね」

「ありがとうございます」

 

ちなみにジャスタはゴルちゃん検定一級。マックイーンに至っては特級を取得しています。持っているとゴルちゃんが懐いてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして。スノードラゴンです。スプリンターを目指しています。どうぞよろしくお願いします」

 

数分後、ゴルシは何食わぬ顔で戻ってきた。ついでに三人分のジュースも差し入れてくれた。気配り上手ですね。

 

「いやー良かった良かった。ステイヤーだったらゴルちゃんをクビにするところだったよ」

「おいコラジャスタ。やっぱそのコーラ返せ。常温放置して炭酸全部抜いてやるから」

「別にいいよ?代わりにゴルちゃんの飲みかけのお茶をもらうけど」

「ふっざけんな!何サラッと間接キッス狙ってるんだ!」

 

ついには取っ組み合いのケンカになってしまったがスノードラゴンは仲裁せずに黙ってみていた。多分コレはじゃれ合っているだけだと思ったから。

 

「にしても意外だったな。あのジャスタが勧誘しなかったなんて」

「したよ?結構早いうちに」

「あ?どういうこった?」

「結論から言うと、私出遅れました。以上です」

 

ジャスタがゴルシを誘っている時点でスノーも友達から誘いを受けていた。だから失敗したのである。

 

「いいのかよ?その友達と一緒じゃなくて」

「いいんです。私、追い出されちゃいましたから」

「・・・・・・追い出した?」

 

スノーが迫害を受けたと知りジャスタはこめかみに青筋を浮き出させていた。鹿毛や栗毛が何されようと知ったこっちゃないが芦毛を蔑ろにされたことにジャスタは腸が煮えくり返っていた。

 

「聞き捨てなりませんなぁ、ゴルシさん?」

「聞き流しても本人が納得しているなら構わないだろ?」

「はい。仕方ないとは思っていますから」

「仕方ないで済ましていい訳あるか!悔しくないの!?」

「悔しいですよ!」

 

急に声を張り上げたスノーに二人は意表を突かれてキョトンとしていた。

 

「あ・・・す、すみません。急に大声出して」

「いえ、こっちこそゴメン。呷ったりして」

「ん~、でもよー。何でスノーはチームから離脱させられたんだ?ケンカでもしたか?」

「ケンカなんてしていませんよ。その・・・みんなの期待を裏切ってしまったから」

 

聞けば一番人気で臨んだメイクデビュー戦を落としてしまったから。しかしまだ成長途中で勝った負けたが常の世界。たった一度の負けで追い出すのは少々酷な話と言えよう。

 

「そういうことか。でもまああたしらのトコはそんな気張ることしなくていいぜ?なあ、ジャスタ?」

「うん。勝ち負けよりも私は芦毛を囲いたいだけだから」

「こんなんだからよ。そうメソメソすんなって。ほれ」

「え?」

 

不意にゴルシは右手を差し出した。

 

「何ボケーとしてんだよ。見てわかんねーか?握手だよ握手。ほれほれ」

「え・・・あ・・・」

 

屈託のない笑顔を見せるゴルシにスノーはここなら自分も頑張れる。そんな気がしてゆっくりと、しかし力強くゴルシの手を握った。

 

「これからよろしくお願いします!」

「おう。黄金船に乗った気でいろ!」

「ああーちょっと何二人だけでいい雰囲気になっているの!?私も混ぜろー!」

 

そこはかとなくいい空気になったのが気に食わなくなったジャスタは二人に飛びついた。こうしてジャスタの夢に漸く一歩踏み出すことが

 

「あ゛!」

「どうしたジャスタ?顔面真っ青だぞ?」

「さっきメイクデビューがどうとか言ったよね?」

「う・・・うん」

「私のデビュー戦。確か今週末だ・・・」

「ふむふむ。でも多少はトレーニングしてただろ?」

「メンバー集めに躍起になってて全然してない・・・」

 

『型破りウマ娘』の二つ名の取得チャンスですよ?

 

「ま・・・まだ時間は残っています!頑張りましょう!」

「ああ・・・芦毛の天使が見える~」

 

メイクデビューまで後僅か。こんな所で転んでいては情けないぞ、ジャスタウェイ!




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン←NEW
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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ご褒美ありますよって言われたら普段より頑張るじゃん?

新潟。美味しいお米が採れるこの地でメイクデビュー戦が行われる。今回は八人立てで我らが国王ジャスタウェイは大外枠の八番。これからウマ娘として数々のレースに出走するその最初のレースがもう間もなく始まろうとしていたというのに、ジャスタウェイの士気は絶不調のストップ安まで急降下していた。

 

それもそのはず。今回のレースには親友のゴルシもいなければ先日チーム入りしたばかりのスノーも来ていない。まあゴルシのメイクデビューも近かったのが理由ではある。しかしそれ以上にジャスタの士気を下げる要因があった。

 

芦 毛 が い な い 。

 

今回出走するメンバー全員が鹿毛や栗毛ばかりで見事に芦毛ウマ娘がいなかった。まあいるにはいるが、別のレースに出走するので並走は今回不可能です。

 

「ああああ」

 

そんな理由でジャスタは控室で一人虚無っていた。ここにゴルシを一つまみ加えることができればやる気は普通ぐらいにまでは回復したであろうが、残念彼女は今は遠く府中でスノーとトレーニング中だ。

 

「楽しかったなー。二人と並走」

 

なぜか走馬灯のようなものが脳内を駆け巡っているジャスタ。パドックまでもうすぐなのに動く気配が微塵も感じられません。

 

ピポパポピポ・・・ピポパポピポ・・・

 

テーブルに無造作に投げ出されたスマホから着信音が流れ出した。億劫そうにジャスタは電話に出た。

 

『うぃーす!元気にしてっか?貴女のゴルちゃんだぞ?』

「・・・・・・」

 

普段なら適当に相手をするのにこうもやる気がないと返事をするのも面倒になる。というよりも相手とのテンションの差が激しすぎて相手をしたくない。

 

『おーい。通話繋がってっか?レース前だっつうのに余裕だな?おい!』

「何の用?」

『おいおい。これからレースっつうのになんだその締まらないテンションは』

「芦毛いない」

『あっ・・・』

 

流石は長年友達をやっていただけあってゴルシは合点がいった。

 

『そのーなんだ!勝って帰ってきたら頭撫でてやるから!』

「もう三押し」

『三!?図々しいにも程があるぞ!?』

「スペシャルコースお願いします」

 

親友にはデビューを華々しく勝ってほしい。しかしその為には自分の羞恥を天秤にかける必要があった。GⅠのレースならまだしもやる気を出すためにゴルシが最大限出来ること。灰色の脳細胞をフル回転させて導き出したその答えは。

 

『・・・・・・5分ひざまくら』

「オプションは付きますか?」

『付けたら頑張るか?』

「うん」

『そんじゃ一つだけなら』

「言質取ったぞぉぉぉぉ!!」

 

一瞬で絶不調から絶好調へと反転させたジャスタは鼻息荒くパドックへと繰り出した。

 

 

 

 

 

「やっちまったー・・・」

 

スノーとのトレーニングの合間にジャスタに連絡を入れたゴルシだったが軽く発破を掛けるつもりが間違えて核ミサイルのボタンを押してしまった。これは後が大変なことになるぞ?

 

「ジャスタさん大丈夫ですか?」

 

北の空を見上げて黄昏るゴルシが不安になってスノーは声をかけたが当の本人は上の空。せめて変なお願いをされないことを祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『四番人気。八番、ジャスタウェイ』

『いい感じに気合が乗っていますね。鋭い末脚に期待できます』

 

初めてのレースの舞台で緊張し過ぎて本来の力を発揮できない者も多くいるこのメイクデビュー戦。そんな中で一番人気は譲ったものの、ジャスタは神経を研ぎ澄ませていた。

 

勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕勝ったら膝枕

 

主に煩悩方面で。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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前だろうと後ろだろうと最初にゴールすれば勝ち。ね?簡単でしょ?

『新潟1600メイクデビュー。栄えある勝利を手にしオープンに勝ち進むのはどのウマ娘か?二番人気の三番リアルファイア、三番人気五番アブソリュート。ゲートに入ります』

『奇数番のゲートイン完了しました。続いて偶数番がゲートに向かいます』

『一番人気の四番プレミアムデイ。いい走りが期待できそうです』

『最後に八番ジャスタウェイがゲートに収まりました。まもなくスタートです!』

 

トレセン学園では模擬レースは何度か走ったことがあるジャスタだが、今回は本番それもほぼ練習無しのぶっつけ。勝てばゴルシの膝枕が待っているとはいえ、どれだけのパフォーマンスを引き出せるか。

 

(ゴルちゃんの膝枕ゴルちゃんの膝枕膝枕膝枕プニプニむっちり太ももスリスリ)

 

ゲートに入る前から笑みを浮かべてブツブツ何かを言っているジャスタに対してこのレースに出場していた他のウマ娘たちはこう思っていた。

 

(あ、これ危ないヤツだ)

 

ヒトとしても危ないがそれ以上に気負い過ぎている。そうなると本来の力の一割もレースに活かすことはできない。それはGⅠだろうとオープンだろうと関係ない。そういう奴は決まって

 

『ゲートオープン!』

「あ」

『八番ジャスタウェイ少し出遅れたか?』

 

 

 

 

 

 

 

(あ~もう!何をやっているんだ私!)

 

レースよりもゴルシの事しか頭になかったジャスタはスタートに失敗した。といってもゴルシのやらかしに比べれば可愛いもの。最後尾からのレースとなったがまだまだ挽回できる位置だ。

 

『先頭は六番メイショウカラマツ、その後方に一番人気四番のプレミアムデイ。良い位置につけた。一バ身後方に一番シルクドリーム、その外に二番ラパーン。五番アブソリュート追走。続いて七番ウインレゾン八番ジャスタウェイ三番リアルファイアが行く。第三コーナーに掛かってラパーンが行った。ラパーン前に出る。プレミアムデイはまだ抑えたままだ。先頭は以前メイショウカラマツ。そのすぐ外からラパーンが差しに掛かる。プレミアムデイも上がってきたぞ。後方勢は最後の直線に賭けるか未だ様子見の模様』

 

コーナーに入りインを突きたいジャスタだがそれはどのウマ娘も同じそう容易くは入れてくれないだろう。となれば取るべき進路は一つのみ!

 

『ジャスタウェイ大外にぶん回してきた。このまま先頭を奪えるか』

 

多少の距離の不利は仕方ないと割り切った。むしろ最後の直線にかける末脚への助走と思えばこの程度!

 

『各ウマ娘最終直線に入り最初に立ち上がったのはメイショウカラマツ。ラパーンもすぐ横に合わせてきた』

 

ジャスタが直線に入って先頭までは凡そ3バ身といったところ。これからスパートといったところでジャスタは信じられないものを見た。

 

笑っている。

 

先頭を進むメイショウカラマツとラパーンの二人の笑顔が見えた。いや見えてしまった。

 

(なんで笑っている?)

 

まだ勝負は付いていないにも係わらず二人は笑っている。単に競り合いを楽しんでいるだけなのだがジャスタは違うことが脳裏をよぎった。

 

(まさか・・・まさか・・・お前たち()・・・

 

 

 

ゴルちゃんの太ももを狙っているのか?

 

*違います。

 

ゴルちゃんの聖域(膝まくら)は私だけのもの

 

*違います。

 

(ゴルちゃんは私が護る。ゴルちゃんはお前らなんかに)

 

「誰が渡すかコンニャロー!!!」

 

『大外からジャスタウェイ!外からジャスタウェイが伸びてきた!先頭に並ばない!あっという間にかわした!』

 

「うううおおおおぉおおぉぉぉお!」

 

『突き抜けた突き抜けた!3バ身4バ身!千切る千切る!ブッ千切る!驚異の末脚で!八番ジャスタウェイ!メイクデビューを勝ち抜いた!』

 

結果を見れば勝ち時計1:36、5バ身差という圧勝劇だった。ただ勝った本人はそれよりも

 

(ひっざまっくらー、ひっざまっくらー♪)

 

()()だった。あの、この後ライブもあるけどそっちも大丈夫?

 

「・・・・・・・・・・・・・・らいぶ?」

 

あ、コレ駄目かもしれんね。

 

 

 

 

 

 

 

その後のウイニングライブでのジャスタは棒立ち棒読みでなんとか致命傷で乗り切ったそうな。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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私の姉貴はちょっと危ない三冠バ

「あ~~~~~~久しぶりのゴルちゃん膝枕~。癒されるー」

「へーへー、そいつは良かったね」

 

デビュー戦を見事五バ身の圧勝で飾ったジャスタウェイ。ライブもそこそこにサッと新幹線でトレセンにとんぼ返りすると芦毛レーダーを使用して速攻でゴルシを確保。目を血走らせて有無を言わさずゴルシを拉致る事に成功しそのまま保健室に突入。ご褒美の膝枕を堪能することにした。え?バステが付いていないのに使っていいのかって?芦毛欠乏症の症状が出ているから使っても問題ありません。放っておくとスノーにジャスタの触手が伸びるぞ?

 

「というよりも、あたしさっきまでトレーニングしていたから汗臭いぞ?」

「何を仰います。()()()いいんです」

「うわぁ・・・」

 

友人がドが付くほどの変態だったことに戸惑いを隠せないゴルシ。異常性癖なのは理解できても実際目の当たりにすると引くよね。

 

「さて、そろそろ時間だ。退いてくれ」

「延長を希望します!」

「ウチはそういうお店じゃないんで」

「えー。でもオプション付けてくれるって話しだったじゃん」

「確かにそうは言ったけどよ」

 

絶対にコイツは遠慮しない。下手すれば一生太ももに挟まって生活するとか言い出しかねない。性質が悪いのがそれを実行するポテンシャルを持っていること。どないせえというのだろうか。

 

「何かしてくれないと私はずーーーーーーーーーーーーっと動きません」

「わかったよ。それじゃあ渾身のウィスパーボイスで終わりにしてくれ」

「ゴルちゃんのASMR!?私の脳みそが溶かされる予感しかしない~」

 

あ~あ~と念入りに喉の調整を終えたゴルシはジャスタの耳元で一言。

 

「いくぞ?

 

許せるものか、許せるものか~!

「それウィスパーボイスじゃない!ウ。スカーボイス!!」

「ん?違ったか?」

「全然違うよ!それ脳みそ啜るクリーチャー造った女科学者じゃん」

「そうか?クゥリィィイイイス!!の方が良かったか?」

「それもウェス○ーボイス!グラサンオールバックで溶岩遊泳した人じゃん」

「でも元気出たろ?」

「おかげ様で」

 

取り合えず時間一杯になったのとオプションもやってくれたのでジャスタは大人しくゴルシの上から退いた。その時だった。

 

「誰だ?保健室で騒いでいるのは」

「あ」「あ」「あ」

 

カーテンの向こうに見知った顔がチラッと見えたが、すぐにゴルシがカーテンを戻した。

 

「ジャスタ。今、なにも見なかったよな?」

「うん」

 

あの人、本来だったらまだ合宿で海に行っているはずだからこんな所にいていいわけないのだから。

 

「じゃあ戻って練習再開だな!」

「そうだね!」

「ちょっと待ちな、二人共」

 

さっさとグラウンドに戻ろうとした二人の肩を背後からがっしりと掴んで離すまいとする栗毛の少女。

 

「お前たち、お姉さんに挨拶もせずに立ち去ろうってのか?」

「いえいえいえそんな!滅相もない!な!?」

「そ、そうですよ!姉さんの邪魔しちゃ悪いと思って!」

「そうかいそうかい。私はてっきり

 

相手をしたくないから逃げようとしたと思ったんだけどねぇ?

 

掴まれた二人の肩からミシッと軋む音がした。逃げれない。そして振り返る事すらできない。冷や汗だけが全身から噴き出していく。

 

「何か言わなきゃいけないことがあるだろ?ん?」

 

それはわかっている。しかし極度の緊張から肺が機能していない。空気を取り込むことも吐き出すことも放棄していては喋ることなど出来ようはずもない。

 

「ゴルシさん、ジャスタさん。ここにいますか?」

「「!!」」

 

一歩も動けなかった空間に聞こえたスノーの声に二人は反応した。

 

「来るなスノー!こっちに来るんじゃねー!」

「スノーちゃん逃げて!」

「?二人共ここですか?」

 

必死に呼びかけるも声は届かず、無情にもスノードラゴンは保健室のドアを開けてしまった。そこにいたのは栗毛の少女に絡まれた二人の友人の姿。

 

「・・・・・・」

 

スーッと無言でスノーは扉を閉めた。二人を残して。

 

「待ってスノーちゃん!行かないで!」

「イヤ、来るな!代わりに誰か呼んできてくれ!」

「あんた達にはちょっとお説教が必要そうだね?」

「「すんませんした!!!!」」

 

 

 

 

 

 

それから数分後――――

 

「ウチの愛バが申し訳ない」

 

栗毛の少女の担当トレーナー室でトレーナーの池曽根さんから深々と頭を下げられた。彼が担当しているウマ娘が揃って気性難なせいか謝罪が板についてしまった悲しい男だ。

 

「いえいえ。そんな。姉さんとは古くからの付き合いですから」

「そうそう!そんなに気にしてっと禿げるぞ?」

「もう出来てるんだよ・・・」

「「「あ・・・」」」

 

心中お察しします。

 

「あの意外です。二人共お知り合いだったなんて」

「そこまでいい仲じゃないけどね」

「メジロの親戚筋ってだけだからな」

 

幼い頃から付き合いのあるジャスタとゴルシ。そのゴルシと親戚関係だったので昔はよく遊んでもらっていたのだ。

 

「懐かしいねぇ。昔はちっこくて体も弱かったから三冠どころか一勝も出来ないって言われたのに」

「今じゃ押しも押されぬ最強三冠馬ですからね・・・()()()()()()()()()()

 

URA史上七人目の三冠バ。その余りの強さから付いた異名が『金色の暴君』。事実レースでも強いがレース外でも恐ろしい人なのだ。ある()()が揃うとだが。

 

「それより、姉さんは合宿いいのかよ?こんなところで油なんか売って」

「それなら別に大丈夫。今日コッチに戻ってきたのは秋の海外遠征の予定の打ち合わせ」

「海外。それってまさか」

「そ。凱旋門」

 

フランス凱旋門賞。世界中の強豪が集うこの最高峰のレースでは未だ日本出身のウマ娘の優勝者は一人もいない。エルコンドルパサーをはじめとした精鋭を何度も送り込むもその高い壁に何度も跳ね返されてきた。そして去年もオルフェーブルはこの大会に挑み僅かな差で差し切られ二着。

 

「前哨戦のフォワ賞にも出るつもりだし、次は勝つつもりだよ」

「姉さんの実力だったら間違いなく取れますよ!」

「・・・・・・」

 

この場にいる全員がオルフェーブルの優勝を信じて疑わない中、当の本人の顔色はあまり優れないでいた。

 

「でもまあ問題はあってな・・・」

「問題・・・ですか?」

「それが・・・」

「フランスでの練習相手が見つかっていないんです」

 

言葉を濁すオルフェに変わりトレーナーが代弁した。なんでも去年の荒々しすぎる走りに対戦相手が軒並みビビッてしまい並走トレーニングが難しい状況らしい。

 

「あの・・・そんなにオルフェーブル先輩は恐れられているんですか?」

「そりゃあ・・・」

「三冠達成直後に健さん投げ飛ばしたヒトだぞ?」

 

当時の映像も残っているが、菊花賞優勝後感動のあまり抱き着こうとした池曽根トレーナーを見事な背負い投げで撃退している。ちなみにメイクデビューでも同じ光景が広がっていたそうだ。

 

「誰か一緒にフランスまで来てくれると助かるのですが、なかなか承諾が取れなくて」

「トレーナーの人望じゃない?」

 

いや、お前だよ!と全員がツッコミを入れたかったがそんなことを口に出せば最期になるだろうと思い全員が口を噤んだ。

 

「そうだ。お前たち今年デビュー戦あるだろ?」

「ええ。さっき終わらせてきましたが」

「アタシは来週ぐらいだな」

「来い」

「「え?」」

 

余りにも唐突な提案にジャスタもゴルシも固まってしまった。

 

「だからお前らフランスで私の練習相手になれ」

「無理ですよ!デビューしたてなのに三冠の姉さんの相手にもなりませんよ!?」

「そうそう!第一アタシらのトレーナーが許可を出すとは限らないだろ!?」

「確認取りますねー」

 

―――数分後

 

「はい。はい。それでは」

 

池曽根トレーナーが通話を終了した。まだデビューしたてで海外遠征なんて許可を出すとも思えないが結果や如何に。

 

「えー。まずジャスタウェイさんのトレーナーの松尾トレーナーからですが」

「ゴクリ」

「許可取れました」

「ウソでしょ!?」

 

まさかのゴーサインが出ていた。

 

「松尾さん曰く『若いうちに海外のトップ選手の走りを見ることは成長につながるだろう。今日の走りを見て将来は海外のレースも見据えたいし良い機会だ』とのことです」

「マジですか・・・」

「後『俺を置いてさっさと帰るんじゃない』とも言っていましたね」

「あ」

 

ご褒美の事しか頭になかったジャスタはあろうことかトレーナーを新潟に放置したまま帰ってきていたのである。そりゃトレーナー側からしたら怒って当然だろう。

 

「それとゴールドシップさんのトレーナーさんからはですね」

「ゴクリ」

「デビュー戦次第だけど多分勝つだろうから連れてってとのことです」

「あんにゃろ!だったら次のレース手を抜いて」

「そんなことすれば一発でバレるから止めときな。私もこの前の阪神大賞典でやらかして大目玉食ったから」

 

色々な所に迷惑をかけるからそれだけは止めておけとオルフェーブルは念を押して言った。下手すると出走どころか登録抹消までされかねないとか。

 

「わかったよ。ちゃんと走るから。それでいいだろ?」

「それでいいんだけどゴルちゃん、気づかないところで手を抜きそう」

「それはわかる。舌ペロしながら走ったりとかしそうだわ」

「お?やっていいのか?」

「「やるんじゃねー!!」」

 

しかしこれだけ念を押してもやるのがゴールドシップというウマ娘なんです。最後はもう笑って諦めてください。

 

「そういや、ジャス。お前今アオハルのチーム集めているんだよな?」

「はい。まだ三人ですけど」

「まさか姉御がメンバー入りするとか・・・」

「それはない。そもそも私は興味ない」

 

群れるのが嫌いな性分もある。というよりもこんな奴をチームで制御なんかできるわけがない。だからこその『暴君』なのだ。

 

「一人、面白いのを知ってる。入ってくれるかどうかはわかんないけど、GⅠも獲ってる腕利きさね。そいつを紹介してやるよ」

「その方はどんな人なんですか?」

「確かジャスと同じマイラー寄りで中距離もそこそこ走れたはず」

「そこじゃなくて!」

「?」

「 芦 毛 で す か !? 」

 

ゴルシもスノーもそこじゃないだろと思ったが、ジャスタだしで片付けた。

 

「ああ。芦毛だよ。っていうか()()じゃないとダメだろ?」

「勿論!!」

「まぁ強さは折り紙付きだ。楽しみにしていな」

 

あのオルフェーブルが太鼓判を押すレベルの選手が加入してくれるかもしれない。デビューしたてで経験値が少ない三人にはとても有難い存在になってくれるだろう。

 

「ああでもあいつ超が付くシスコンだけど・・・ジャスがいるならどっちもどっちか」

「シスコン?」

「そ」

 

まあシスターコンプレックスが来ようとこっちには既に芦毛コンプレックス(ジャスタウェイ)がいるんですけどね。

 

「さて、そろそろ合宿所に帰りましょうか」

「そうだな。先に話は通しておくけど、一緒に練習できるようになるのは凱旋門終わって帰ってきてからになるかもな」

「いえいえ。紹介してもらっただけでも十分ですよ!ありがとうございます!」

「ゴルもそこの娘もデビュー戦頑張りなよ」

「ウっス!」「はい!」

 

それじゃと池曽根トレーナーとオルフェーブルは合宿所に戻っていった。

 

「なんというか・・・・・・凄い人でしたね」

「アレでも三冠獲ったからな。スゲー人だよ、姉御は」

「それでこの後どうする?トレーニングの続きする?」

「その前にお説教だ、バカ娘」

「あの・・・・・・・・お帰りなさい」

 

新潟に置いてけぼりをくらった松尾トレーナーがジャスタの後ろに立っていた。滅多に怒らないことで有名な彼だが今回ばかりは許すことはできそうにない。

 

「時間も時間だし、アタシらはもう上がるか」

「そうですね・・・」

「ぅえ!?ちょっ待ってよ!?」

「二人ともクールダウンはしっかり行ってくださいね。特にゴールドシップさんはレースが近いですから」

「「はーい」」

「私もクールダウンして帰」

「ジャスタウェイ。貴女は居残りです」

「・・・・・・・・・ぁぃ」

 

この後寮の門限ギリギリまでジャスタウェイはありがた~いお説教を聞かされ続けた。後にジャスタはこんなに怒ってたトレーナーは初めてだったとゴルシに泣きついたそうな。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:未定?
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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ハリウッド映画並みの超展開だったとしても夢の中だと案外冷静

嵐の中を船がいく。

 

豪風豪雨もなんのその。

 

大波掻き分け船はいく。

 

ガシャーン!と遠くに落雷が見えた。それを見て船長の近くにいた二人の少女は船長に抱き着いた。

 

「大丈夫だよ二人共。お姉ちゃんがいるから心配ないよ」

 

妹をなだめるように芦毛の船長は二人の頭を優しくなでた。

 

気付けば船は嵐を抜けて住宅街を突き進む。

 

そして慌てて舵を切るも間に合わず船は排水溝に飲み込まれてしまった。

 

「私の船が!」

 

いつの間にか脱出していた船長が排水溝を覗きこむも中は真っ暗で何も見えない。

 

救助を諦めてその場から立ち去ろうとしたその時、

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

排水溝の中から十字の星がある鹿毛のウマ娘が現れた。

 

「あれれ?返事はしてくれないの?」

 

こんな所に住んでいるような奴に返事は無用とばかりに船長は首を横に振る。

 

「うーん。あ、そうだ。お近づきの印にこのスイカいらない?」

「お前排水溝に落ちたスイカを食べたいと思うか?」

「そうだよね。私も勧められても拒否するよ。自己紹介がまだだったね。私はジャスタウェイ。世界一位のウマ娘さ。そして貴女は芦毛。それ以上でもそれ以下でもない。でしょ?」

 

何をもってでしょ?と聞いてきたのかは知らないが彼女は大切な使命がある。いなくなった妹たちを探さなくては。

 

「ああ、そうだね。それじゃ」

「ちょっと待ったぁ!コレ!」

 

ジャスタウェイが掲げた手の中にはさっき排水溝に落下した船があった。甲板には二人の姿も見える。

 

「お姉ちゃーん」

「俺の妹たち!」

「その通りぃ!」

 

二人が無事だったことに胸をなでおろした船長だったがどういうわけかジャスタウェイは船を返してくれなさそうだった。

 

「ごめん。ちょっと引っかかっててそれ以上近づけないんだ。後これスゴイ重い」

 

船一隻抱えているんだからそりゃ重いだろう。それよりもまずは二人を救出しないと。

 

「それにしても君はとても妹想いなウマ娘なんだね。私にも大好きなウマ娘がいるけれど貴女には敵いそうにないよ」

「もうちょっと手を伸ばせる?」

「そういえば話が変わるんだけど、マリーアントワネットって獄中で髪の毛が白くなったんだって」

 

それがなんだと言おうとした瞬間、船長の腕をジャスタウェイが掴み排水溝に引きずり込んだ。

 

「つまり彼女は芦毛だったんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

「だから何の話だよ!!?」

 

あまりの超展開に枕を叩きつけて思わずツッコミを入れた芦毛の少女。まだ未明の時間帯ですがおはようございます。

 

「夢・・・か。だよな。だとしたらなんて悪夢だ」

 

悪夢になった原因はおそらくホラー好きな妹から勧められた映画の影響だろう。なんか夢とよく似たシーンがあった。そして悪夢になったであろう原因のもう一つが。

 

「おいポケット。なんでまた俺の布団にいるんだよ」

 

同室のウマ娘が布団の中に紛れ込んでいた。それもガッツリと胸を鷲掴みしながら。一応これでもダービーを制したウマ娘なのだが、何度もコレをされるのはあまりいい気分ではない。それに今は夏。クーラーはつけているとはいえ暑苦しいったらない。

 

「ん~?後五分~」

「いいかポケット。十秒以内にその手を離さなけりゃオマワリサンに連絡するぞ?」

「それじゃあ十秒間堪能させてもらいますー」

「もしもし警察ですか?いま痴漢の被害に遭っていまして」

「十秒は!?」

「犯罪者に時間の猶予与えるわけないだろ?」

 

本国だったら即行ピストルを額に押し付けているところだった。日本が銃社会じゃなくて助かりましたね。

 

「あんたにしろ、タイキにしろこんな立派なもんぶら下げているのが悪い」

「そのせいで一部の奴らから親の仇のような目で見られることがあるんだよな・・・」

 

本人からしたら邪魔と思う時もあるのだが、そんなことを公言してしまえば一部のウマ娘が暴徒化しかねない。誰とは言わないが。

 

「ああ駄目だ。話し込んでいたせいか、眠気完全に吹っ飛んだ」

「添い寝・・・してあげようか?」

「もしもし弁護士事務所ですか?今知り合いからセクハラされていまして」

「ゴメンゴメン!示談で!示談で手を打って!?」

「だったら2億」

「ダービーの恨みココで晴らす!?」

 

なおダービーの優勝賞金が現在2億円ぐらいらしいです。

 

「冗談だよ」

「だよね~」

「7億」

「値上がりしてる!?」

「あんたが今までやったセクハラ被害の合計なんだけどね?」

「本当にごめんなさい。マジ寝惚けてて記憶にないんです」

 

ポケットも悪気があってしているわけではない。ただそこに大きな山が二つもあるのが

 

「やっぱり弁護士に相談しよう」

「それだけは本当に勘弁してください!」

 

ポケットが見事なフライング土下座を披露したところでノックも挨拶もせず、一人のウマ娘がやって来た。まだ()()()()()にこれだけ騒いでいれば苦情の一つぐらい入るだろう。

 

「夜分失礼します!匿名の苦情多数本官へ届いております!静粛にお縄についていただくであります!」

「ちょうどよかった。オマワリサン。こいつセクハラの現行犯です」

「なんと!?夜這いとはけしからん行為!神妙にお縄に付くであります!」

「そんな!?ちょっと寝惚けただけなのに!?」

「がっつり他人の胸を揉んどいて何言うか」

「ふむ。ところでジャングル殿。揉み心地は?」

「最高」

「お前ら今から砂浜に埋めてやろうか?」

 

これ以上揶揄うと本当に埋められかねないと判断した二人は大人しく自分たちの布団に戻った。目は覚めてしまったが、もう一度布団に戻ればその内また眠りにつくだろう。そう思った芦毛の少女だったが、不意にスマホに着信があった。こんな時間に非常識なやつだと思ったが念の為中身を確認するとメールが一通。

 

『明日話したいことがあるから都合付けて

オルフェーブル』

 

なんで三冠バから連絡が来るのか訝しんだが、無視すると後々面倒くさいことになりかねない。ちょっとしたことならそれこそトレーニングの合間にでも話すことぐらいはできるだろう。

 

適当に分かったと返信して少女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、戻ってきてくれたんだね?」

「手前はさっさと俺の夢から出ていけ!!」

 

またもや排水溝から現れたジャスタウェイに怒りが頂点を超えた芦毛の少女はゴルシも驚く強烈なドロップキックをお見舞いした。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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遊ぶ金欲しさにやりました

強化合宿二週目。

 

クラシック組は秋に向けて幾つかの組に分かれて練習を行っていた。一つはクラシック三冠の最後のレース『菊花賞』に向けて只管遠泳と砂浜タイヤ引き。逆にマイラー路線はスピードとパワーの向上で砂浜ダッシュ。中には夏シーズンのレース出場に向けて調整を行うなど、それぞれの目標に向けてトレーニングをこなしていた。

 

「よし、もう一本!」

 

そんな中、昨夜睡眠の邪魔をされていた芦毛の少女は砂浜を軽快に走りこんでいた。ダービーで五着に敗れてから王道クラシック路線を諦め中距離~マイルに絞ったトレーニングに集中していた。狙うは秋のGⅠ天皇賞。世紀末覇王ことテイエムオペラオーやメイショウドトウといった優勝候補がいるが、それに競り勝つだけの実力を彼女は持っている。その為にもこの合宿で更なる飛躍をしないといけなかった。何よりも愛する妹たちにみっともない姿はもう見せたくない。自然とトレーニングに熱が入る。ギリギリまで自分の体を苛め抜かなければ強豪・古豪が揃う天皇賞を勝つことなど不可能なのだから。

 

「おー。やってるねー」

「オルフェか。何しに来た?」

 

いつものマスクを着けながらオルフェーブルは芦毛の少女にスポドリを差し入れた。夏真っ盛りの海でマスクはどうかと思うが、コイツに限ってはマスクは常時着けていてほしい。マスクが封印アイテムというのは如何なものだが、実際コイツがマスクを外すと危険どころじゃ済まなくなるから仕方がない。

 

「ん?メールのこと。今だいじょうぶ?」

「・・・・・・後二本」

「じゃあそこの海の家で待ってる」

「・・・オーケー」

 

彼女が指した方には幾つかの海の家が並んでいた。もうすぐ昼時になるからだろうか、一般のお客さんもやってきておりどの店舗も盛況だった。そんな中でオルフェーブルは適当に目に入った海の家に行くことにした。お店の名前は『海の家 黄金船』。そう。此処は。

 

 

 

 

「ラッシャーセー!!!」

「お好きな席へどうぞー!!!」

 

ゴルシが臨時店長を務める海の家なのだった。

 

「何してんの、あんた達・・・」

「バイトですよ、バイト」

 

接客係のジャスタがキンキンに冷えたお冷を運びながら答えた。フランス遠征に付いていくとして宿泊費や交通費は学園が出してくれるがそれ以外、例えば現地で遊ぶお金は当然支給されない自腹である。そう簡単に行ける場所じゃないし、それなら沢山遊びたいじゃん?

 

「というわけでこの夏一杯はここでバイトです。あ、注文聞きますね?」

「いや、注文も何も・・・」

 

オルフェーブルがテーブルのメニューを一瞥するも、そこには『焼きそば 500円』と『かき氷 500円』だけ。選択肢そのものがない。お値段もちょっと高いし。

 

「500円ってちょっとボッてない?」

「これでも単価抑えてますよ?」

「まあ、とにかくお腹減ったし・・・焼きそば一人前で」

「注文入りましたー!ソバ一丁!」

「ソバ一丁!」

 

オーダーが入って厨房が俄かに活気づく。ねじり鉢巻きを巻いたゴルシが手際よく焼きそばを作っていく。具材はシンプルにキャベツに豚バラ、ニンジン、、もやし、そして天かす。

 

「何か変なもの入れていると思ったけど、割と普通だ」

「ゴルちゃん、焼きそばに関しては譲らないところがありますから」

「ラーメン屋の頑固親父みたいな?」

「あ~そんな感じですね」

「ハイ!焼きそばお待ちどお!」

 

ちょっと会話をしているとゴルシの焼きそばはいつの間にか完成していた。焦げたソースが鼻腔を擽るなんとも美味しそうな焼きそばだった。

 

「・・・美味い」

「ふふ~ん。どうよ姉御?」

「正直驚いた。ちょっと見直した」

「決め手は隠し味よ!もちろんこいつは企業秘密!」

 

オルフェーブルが素直な感想を言っていたところで新たなお客さんが来店した。

 

「ラッシャーセー!!!」

「お好きな席へどうぞー!!!」

「うるさっ!?えーとメニューは・・・なんじゃこりゃ」

 

お品書きが焼きそばとかき氷のみというシンプル過ぎる内容に眉をひそめる少女。

 

「でもまあ味は保証できる」

「これで不味かったらヤバいだろ・・・。店員さん、焼きそば一つ」

「注文入りましたー!ソバ一丁!」

「ソバ一丁!」

「まあ元気があるのは良いことだ。ウン」

 

元気が有り余っているともいえるがそこは気にしない方向で。

 

「で?」

「ん?」

「だから何か話があるんだろ?」

「ああ。うん。まあタイミング的にも丁度良いか。ジャス!ちょっとこっち来な」

「今手が離せま

来な

「少々お待ちを!」

 

従業員がろくにいないせいでクッソ忙しいが、オルフェーブル姐さんに逆らうと後が怖い。さっと別のお客さんの会計とテーブルの掃除を終えるとジャスタは二人の元にやって来た。

 

「はい、何でしょう?」

「ジャスはこの前の話覚えてるか?」

「えっと凱旋門賞のことですか?」

「おう。それとお前さんがアオハルのメンバー探してるってやつ」

「ええ。覚えてます」

「このヒト」

「え?」

「は?」

 

ジャスタもそうだがオルフェの隣にいた芦毛の少女も急な話すぎて付いていけてなかった。

 

「クロさんなら今フリーだし、問題ないだろ?」

「確かに俺はまだどのチームにも所属していねーけど、理由があるんだよ」

「理由・・・ですか?」

「そう。まあ、コイツを見てくれ」

 

クロさんが取り出したスマホを見せてもらうと、そこには何人ものウマ娘がいた。やけに芦毛が多いのが気になるが。

 

「妹だよ。コッチがアップでコレはカレンチャン。こっちは」

「ホエールキャプチャだね。オープンで私が負けた」

「え!?姉御が負けた!?」

「今やったら絶対に私が勝つけどね」

「ああ?次も俺のホエールが勝つに決まってんだろ?」

「おお?フランス遠征前に叩きのめしてやろうか?前菜には丁度いいな」

「あの、ケンカは止めてくれませんか?周りのお客さんの迷惑になりますので」

「「ああん?」」

「あの・・・お店の外でお願いします」

 

不良二人に睨まれてジャスタは引き下がるしかなかった。さあ、どうする?

 

「おーい、ジャス!上がったぞ?」

「助けてゴルちゃん!あの二人どうにかできる?」

「あの二人?」

 

ゴルシが厨房から店内を覗くと超至近距離でメンチを切りあう二人の姿があった。このままじゃお客さんが驚いて商売上がったりだ。

 

「しゃーねーな。こういうのはアタシに任せな!」

「頼もしすぎる・・・」

「ヘイヘイお客さん達。店内での暴力行為は御法度だぜ?」

「ゴルシか。ちょっと待ってな。直ぐにこのシスコンを黙らせてやる」

 

オルフェがバキボキと両手を鳴らせば、

 

「誰がシスコンだ。俺は妹大好きウマ娘なだけだ」

 

負けじとクロさんも首をゴキゴキと鳴らす。一触即発とはよく言ったものでちょっとした刺激で殴り合いにまで発展しかねない。

 

「そうかい。じゃあ―――――表に出なあんた達。この勝負、このゴルシ様が仕切らせてもらおうか!」

「ゴルちゃん!?」

 

ゴルシがケンカを仲裁するなんて考えた時期がジャスタにも少しはありました。でもですね、彼女は面白いと思ったことにはとことん首を突っ込む性質なんですよ。絶対後で副会長あたりが飛んできて雷落とされますよ。

 

騒ぎのせいでお客さんもいなくなったし、とりあえずジャスタはお店の看板を『営業中』から『準備中』に変更してから三人の後を追うことにした。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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クイズバラエティー★ゴルシングタイム!

「はい!というわけで始まりました!クイズ&バラエティー!ゴ~ルシングタ~~~~~~~~~イム!!司会進攻は私ゴールドシップでお送りします」

 

いつの間にか砂浜には急ごしらえにしてはやけに気合の入ったセットが組み立てられていた。コレあれだね。夏合宿の賢さトレーニングだね。

 

「問題は全部でどれだけ用意したかは覚えていません!私の一存で急に終わります!」

「そんな企画よく通したな」

「先輩、コレ思い付きですからありえなくはないんですよ」

「とんでもねえ友達持ってるのな、お前」

「恐縮です」

「それよりもこんな勝負でいいんですか?」

「白黒付くならなんだって構わねーよ」

「姐さんは?」

「私は砂浜で相撲でも良かったんだけどね」

 

それだけは絶対阻止しないととジャスタは思った。この三冠バ様は立合いからカチ上げ、のど輪、なんでもやってくる。多分このヒトに相撲で勝てるのヒシアケボノぐらいじゃなかろうか。

 

「それでは解答者の登場だ!一枠一番!三冠バ!オルフェーブルー!」

「はい、よろしく」

「二枠二番!NHK杯優勝!クロフネー!」

「はっ!誰が負けるかよ!」

「三枠三番!新潟新バ戦優勝!ジャスタウェイー!」

「・・・・・・・・・うん?」

「ほれ、ジャス。お前も参加するんだよ。ちゃんと解答席用意してあるだろ?」

「確かに席は三つあるけど私もやるの?」

 

強制イベントです。

 

「ウソでしょ・・・」

「安心しろジャス!こんなこともあろうかと!」

 

ゴルシが連れてきたのは三人の担当トレーナー。コンビならまだ勝機はあるかもしれませんね。

 

「これ普通は私たちが問題を出すんだけど」

「まあまあ竹さん。偶には解答側に回るのも乙なもんですよ」

「松尾トレーナーこういうの好きですもんね」

「本音を言うとメッチャ好き」

 

珍しくウキウキなジャスタウェイ担当の松尾トレーナーと、やれやれと言った感じのクロフネを担当している竹トレーナー。そしてオルフェーブル担当の池曽根トレーナーがそれぞれの解答席に着いた。

 

「さあそれじゃあ始めるぞ?まずは早押し問題!

 

『1ハロンは何メートル?』

 

ピンポン!

 

「クロフネチーム!」

「約200m」

「・・・・・・・・・・・・正確に」

「え!?」

 

ピンポン!

 

「ジャスタウェイチーム!」

「201.168402!」

 

「・・・・・・・・・・・・正解!!

 

幸先よく先制したのはジャスタウェイチーム。なお日本競馬では1ハロン=200mなので間違ってはいないけど、ヤード・ポンド法では201mになります。そして8ハロン=1マイルです。

 

「さあジャスタウェイチームが1ポイント獲得!続いての問題はひらめき問題だ!□にはなにが入るかな?

 

S→S→M→S→□→N→S→D→」

 

 

「え?これ規則ある?」

「当たり前だろ?」

「・・・!」

 

ピンポン!

 

「オルフェーブルチーム!」

「『M』」

「・・・・・・・・・・・・正解!!よくわかったな!」

「まあ私が外したらダメだよね」

「・・・?」

「ああ。歴代三冠バのイニシャルですか」

「セントライトの『S』で次がシンザンの『S』。なるほど・・・いや待て。それだとシンボリルドルフとナリタブライアンの間にいた?三冠バ」

「メジロラモーヌさんですね。URA史上初のティアラ三冠を達成した」

 

解説するとセントライト(1941)シンザン(1964)ミスターシービー(1983)シンボリルドルフ(1984)メジロラモーヌ(1986)ナリタブライアン(1994)スティルインラブ(2003)ディープインパクト(2005)

 

「そういうことだ!オルフェの姉御にはサービス問題だったかな?」

「余裕」

「そんなあなたには1ポイント進呈しちゃうぞ!さあ次は書き問題!次のひらがなを漢字で書いてね?」

 

ほととぎす

 

「急に方向変えてきやがったな!?」

「すごいふわっとしか思い出せないんだけど・・・」

「え!?コレでホトトギスって読むの!?」

 

「タイムアーップ!それじゃあ一斉に解答ドン!」

 

オルフェーブルチーム『時鳥』

クロフネチーム『不如帰』

ジャスタウェイチーム『子規』

 

「見事にバラバラだが正解は・・・・・・・・・・・・・なんと全員正解!!みんなに1ポイント追加だ!」

 

ちなみにホトトギスと読める漢字は多く上記の他に「郭公」「蜀魂」「杜宇」「油天草」「霍公鳥」「沓手鳥」とも書きます。まだまだあるので気になる方は調べてみましょう。

 

「続いての問題は早押し問題!この実況がされたレース名を答えてくれ!

 

『どうやらスタートを切ってきるようです』」

 

 

「それだけ?」

「これだけだぜ」

「もしかして、あれか?」

 

ピンポン!

 

「クロフネチーム!」

「バイオレットステークス?」

「・・・・・・・・・・・・・・正解!正解は『1996 バイオレットステークス』でされた実況だ」

「あの大雪のレースですね」

 

この時の実況は雪による視界不良により最後の直線まで競馬とは思えない実況が聞けます。こんな状況でもしっかり実況できるのだからプロって凄いですね。

 

「続いても名実況からの問題だ!92年の大阪杯にて実況がトンデモ発言したせいで関係者が怒った事件があります。さあその問題実況では何と言ったでしょうか!?」

 

ピンポン!

 

「全員がボタンを押したが解答権はクロフネチーム!」

「前の二人はもうどうでもいい。・・・だったっけ?」

「・・・・・・・・・・・・・・正解!クロフネチームこれで3ポイント目」

 

この事件はアニメでも再現された()()シーンです。そりゃ怒るよね。

 

「さあさあお次の問題は府中の競技場の問題だ。府中っていえばでっかい欅が特徴だが、その欅の根元にあるものはな~んだ?」

 

「大ケヤキの根元?何かあるの、あそこ?」

「確か府中の職員さんが何か言っていたんだけど・・・」

 

ピンポン!

 

「はい!オルフェーブルチーム!」

「お墓があったはず」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・()()?」

「誰の!?」

「ゴルシちゃんとしては亡くなった人には敬意ってもんを示す必要があんだろ。墓があるのは合っているが、それだけじゃあ正解にはできないなー」

 

ピンポン!

 

「はい!ジャスタチーム!」

「ヒント!」

「甘えんじゃねえ!それ言ったらフェアじゃねーだろ。戦国時代の人物だ」

「言ってるじゃねーか・・・」

「しまった!?誘導尋問とはやるじゃねーか」

「私何もやってないよ!?」

 

ピンポン!

 

「クロフネチーム!」

「織田信長!」

「・・・・・・・・・・・・・残念!」

「戦国の人だろ!?」

 

ピンポン!

 

「ジャスタウェイチーム!」

「豊臣秀吉!」

「・・・・・・・・・・・・・残念!」

「戦国の人でしょ!?」

 

ピンポン!

 

「オルフェーブルチーム!」

「ちょっと待ってください。(ココ)まで来てるんですよ。あの・・・アレ」

「出るか?出るか・・・出ない!時間切れ!!」

 

ピンポン!

 

「最後の解答権です!クロフネチーム!」

「・・・・・・・パス!」

「終了!あ~残念、正解者は出ず!」

 

正解は『井田摂津守是政』。豊臣時代に一帯を開墾した人らしいです。尚このお墓、移転する話もあったそうですが、遺族が日本刀で反対したり、その上の大木を切った人が急死したりとかなりの曰くつき。現在は関係者以外立ち入り禁止の上で年に一回供養を行っているそうです。

 

「さてお次はトレーナーに関する問題だぜ?というわけで、トレーナーの皆々様にはマスクを着けて会話禁止な」

 

手渡されたマスクを着けたトレーナー達。多少息苦しいかもしれませんがガマンしてもらいましょう。

 

「さて、竹トレーナーと松尾トレーナーは実家がご近所ということもあって幼馴染だったとか」

「昔はよく遊んでもらっていましたね」

「一緒に阪神とか京都行ったりね」

「「ねー」」

「仲いいな・・・この歳でも」

「というよりもマスク意味ないじゃん」

「さあそんな二人に関する問題です!年上ということもあって先にトレセン学園でトレーナーになった竹トレーナーですが、当時の竹トレーナーの愛車は何だったでしょうか!?」

 

ピンポン!

 

「押し勝ったのはオルフェーブル!解答をどうぞ!」

「フェラーリ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・残念!しかし惜しい!外車なのは合っている!」

 

ピンポン!

 

「クロフネに解答権が渡った!担当だから間違えられないが解答どうぞ!」

「ええっとな。ポルシェだったか?白の」

「・・・・・・・・・・・・・正解!いやーいい車乗っていたんですねー」

「まあねー。あそういえば松尾トレーナーも買っていたよね、ポルシェ」

「ええ・・・まあ・・・」

 

ちなみに同じデザインにしたのは竹トレーナーの影響らしいですよ。そりゃ近所の友達がスポーツ紙の一面飾って高級車乗り回しているとなれば・・・ねえ?

 

「さあドンドン問題出していくぜ!次の問題は・・・・・・・・・

 

今何問目?」

 

ピンポン!

 

「ジャスタウェイチーム!」

「8!」

「・・・・・・・・・・・・・・・正解!」

「ゴルちゃんのことだからそろそろ来るかなってヤマ張っていたんだよね」

「問題を予想してくるとはジャスもなかなかやるじゃねーか」

 

さあ次行ってみよう!

 

「続いてもトレーナーに関する問題だぜ。トレーナーは引き続きマスク着用でお願いします」

「ハイハイ」

「さて、さっきは竹トレーナーと松尾トレーナーだったからお次は池曽根トレーナーに関する問題だ!」

「え!?僕の問題!?」

「池曽根トレーナーといえば一昨年御結婚されたようでおめでとうございます」

「ああ、うん。ありがとうございます」

「そんな池曽根トレーナーの嫁さんは元教え子だったようで」

「まさかトレーナーってロリコン!?」

「違います」

「告白したのは奥さんからだったそうだが、ここで問題!この時池曽根トレーナーはある事を言って怒らせてしまったそうだが、さあ何て言ったのでしょうか?」

 

ピンポン!

 

「解答権はクロフネチーム!」

「ごめんなさいと断った!」

「・・・・・・・・・・・・・・・違います!」

 

ピンポン!

 

「お次はジャスタウェイチーム!」

「大人になってから出直せ」

「・・・・・・・・・・・・・・・違うけどつまりはそういう事!」

 

ピンポン!

 

「ここで本命のオルフェーブルチームの解答です!」

「冗談きついです」

「・・・・・・・・・・・・・・池曽根トレーナー?」

「ここで僕に聞く?」

「正解は?」

 

この場にいる全員の視線が池曽根トレーナーに集中した。その圧に耐えかねるように彼はボソッと言った。

 

「うん。正解・・・」

「あり?手元の資料には『いやー、キツイっす!』ってなっているんだけど」

「そうだけど!間違ってないけど!誰から聞いたの!?」

「え?嫁さん(御本人)

 

これにはさすがの池曽根トレーナーも頭を抱えて黙ってしまった。あまりのいたたまれなさにオルフェーブルが優しく背中を叩く程度にはダメージを食らっていた。

 

「さあそろそろ私も飽きてきたところで最終問題といくぜ!」

 

その前に現在のポイントを整理しておくと

 

クロフネチーム   →4

オルフェーブルチーム→3

ジャスタウェイチーム→3

 

何だかんだで大分接戦していたようです。

 

「最後は一発逆転可能の10ポイント問題だ!」

「バラエティ番組でよくあるやつじゃねーか」

「最後の問題はこのゴルシちゃん特製の焼きそばから問題を出すぜ!ちょーっと待っていてもらうぜ」

 

そう言うとゴルシは海の家に引っ込んで焼きそばを作り始めた。一体何するつもりなのでしょう。

 

「ロシアンルーレットするんじゃねーだろうな・・・」

「さあ、どうでしょう。変なものは入れないと思いますが」

「そういえばちょっと気になることがあるんですけど。クロフネ先輩?」

「ん?」

「さっき中で話していたチーム入りできない理由ってなんですか?」

 

妹自慢からケンカに発展してしまった為理由をちゃんと聞けていなかった。理由を問うならこのタイミングぐらいしかないだろう。

 

「まあ簡単な話だが、俺には沢山妹がいるんだよ。それで妹を負かすとなると嫌われちゃうかもしれないだろ?」

「考えすぎだと思うけどねー」

「私もそう思います」

「確証はないだろ?」

「ないですけど・・・」

「クロフネ君は適正はマイル~中距離なんですよね?」

「そうですね。本来なら菊花賞を狙いたかったんですが、距離延長をするよりも天皇賞に向かう方がベストだと見ています」

「・・・トレーナー?どうかしたの?」

 

しばらくの間思考していた松尾トレーナーは徐に口を開いた。

 

「これは私見ではありますが、私はクロフネ君のチーム入りに賛成です。ウチのジャスタウェイ君も適正距離がほぼ一致していますから研鑽しあうのには申し分ないと思います」

「そうですね。管理する側の意見になってしまいますが実力を高めあうのには最適でしょう。最も今はまだ実力不足は否めませんが」

 

二人のトレーナーの意見は概ね賛成みたいだ。後は本人の意思だけなのだが。

 

「わかったよ」

「え!?本当ですか!?」

「ただしだ!この最後のクイズに正解できなかったら他を当たるんだな」

「・・・わかりました」

 

どうやら最後のお題、解答できるかどうかが問われることになりそうですがはたしてどんな問題が出されるのか・・・。

 

「は~~い!お待たせしました!ゴルシちゃん特製スペシャル焼きそばDA★ZE!」

 

器用に六人前の焼きそばを運んできたゴルシは全員の前に配膳した。

 

「さあ最終問題は!今作った焼きそばにはさっきまでこの海の家で作っていた焼きそばにある()()()を加えてあるぜ!その隠し味は何なのか答えてね!」

 

最後にかなり難しい問題がきたが正解者は現れるのか!?

 

「ゴルちゃん、一つ聞きたいんだけど、隠し味って一つだけだよね?」

「おう!料理は足し算引き算、そこに因数分解と四捨五入で構成されているからな!」

 

どうやら使った隠し味は一つだけの模様。正解は導き出されるのか・・・?

 

ピンポン!

 

「先制したのはオルフェーブルチーム!解答どうぞ!」

「ゴルシ」

「ん?どうした姉御?」

「トレーナーが美味いからおかわり欲しいんだと」

「残念だが、それで今日の分はお仕舞だ。流石のゴルシ様も材料がなくっちゃ作れねーからな」

「そうですか・・・」

 

残念がっているところ悪いけど答えはわかりましたか?

 

「わかりませんね」

「ダメじゃん!」

「まだ食べてないんですよね。普通のを」

「「あ」」

 

そう。トレーナー達はまだゴルシちゃん特製ノーマル焼きそばを食べていないから隠し味がどうと言われてもわかるわけがないのだ!

 

「っていうかそれなら俺もまだ食ってないんだが!?」

 

おっとクロフネチーム、ここに来てまさかの圧倒的不利!巻き返し出来るか!?

 

「う~ん。開店前に試食をさせてもらった時とは何か違うのはわかるんだけど・・・」

「何か風味が違うのはわかるんだが・・・何だこれ・・・」

 

やはり難しいか?答えは導き出せるか!?

 

ピンポン!

 

「ここで解答は・・・ジャスタウェイチーム!」

「・・・・・・・・」

「早く答えないと時間切れになるぞ?」

「待って!今二択まで絞れているの!」

 

さあ絞り出した答えは!?

 

「・・・・・・エビ!!」

 

推理の結果はエビ!逆転勝利か!?それとも不正解か!?

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・正解!!!答えはエビの粉末を混ぜていt

ブッフォ!?

 

おっと?いきなりクロフネが口に含んでいた焼きそばを噴き出したがどうしたことだ?

 

「俺・・・エビ・・・キライ・・・」

「そんなにダメなんですか?」

「ただの食わず嫌いなだけです」

 

甲殻類のアレルギーは洒落にならんレベルで危険だったりするけどその心配は大丈夫みたいです。

 

「さぁて、これで全問終了!結果は13ポイント獲得したジャスタウェイチームだ!」

「わーい!」

「しかーし優勝しても賞品とか副賞なんてもんは何も用意してませーん!」

「え~~~~~!?」

 

元はと言えばオルフェとクロフネのケンカの仲裁が始まりだったからそんなもん準備しているわけない。

 

「それではまた次回、三千万秒後にお会いしましょう!クイズ&バラエティー!ゴ~ルシングタ~~~~~~~~~イム!!司会は皆の芦毛♥ゴルシちゃんでした!」




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ←NEW
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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どんな作品でも科学者ってもんは便利屋であり問題児

旧理科準備室。現在はマンハッタンカフェとアグネスタキオンの両名による魔改造にて関係者以外は決して近づかない魔境となっている。そんな誰も寄り付かないような場所にさも当然のようにクロフネは入り浸っていた。

 

「ふむ。それで後輩のチームに参加することにしたと。いやはや、学年でも一二を争う一匹オオカミが自ら群れの中に飛び込むとは、面白いことがあるものだねぇ」

「ま、今より強くなれるならどっちでも構わねーさ」

「強くなる・・・ねえ。私はてっきり君の妹から褒められたいからだと思ったのだが、違うのかね?」

「・・・・・・」

「無言は肯定していると捉えるが、まあいいさ。今日は気分も機嫌もいい。特別にセイロンでも淹れるとしよう。君たちには・・・必要なさそうだね」

 

カフェはいつも通りコーヒーを嗜んでおり、クロフネはクロフネで自家製のレモネードを飲んでいた。

 

「しっかし、気分がいいねえ・・・。実験でも成功したのか?」

「いえ、協力者が現れまして・・・」

「協力者~?」

 

タキオンの実験といえばろくでもないことが起きることで学園内では有名だ。新薬でトレーナーを光らせたり教室で黒煙騒ぎを起こしたり。

 

「どうやら夏休み中にアルバイトをしていたようだが、目標金額に少々届かなかったみたいでね。実験に協力してくれるのならば多少のお駄賃をと言ったら簡単に飛びついてきたよ」

「命知らずなやつがいるもんだな」

「はっはっは!言うねえ、クロ。しかし、科学とは失敗と犠牲の上に聳え立たせるものだ。科学とは私だから出来たではない、私でも出来たじゃないと意味がないのだよ」

「狂人の言うとこはさっぱり理解できないな」

「同感です」

 

手元に残っていたレモネードをグイっと飲み干したクロフネは休憩も終わったところでグラウンドに向かおうとした。しかし、

 

「おっと。老婆心ながら今この部屋から出ていくことはあまりおススメしないよ」

「あ?」

「そろそろ実験の時間だ」

 

いつの間にかタキオンは双眼鏡でグラウンドを眺めながら手元のスマホに準備の程を確認していた。何の実験をするかは不明だが、グラウンドを実験場にするというのなら、今は大人しくここに残った方が安全だろう。

 

「・・・で?今回は何をやらかすつもりなんだ?」

「練習効率の上昇を図るみたいです」

「謀るの間違いだろ。トレーナーに許可は取ってるのか?」

「安心したまえ。今回の実験はそれほど身体に影響はでない。はずだ

 

何か最後にボソッと言ったようだが本当に大丈夫なのだろうか?

 

「どうやらまだ準備に手間取っているようだから、概要でも説明しようか」

 

そう言うとタキオンは部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張り出して何かしらの公式を書き始めた。

 

「さて、クロは『ハングリー精神』というのを知っているかね?」

「お前、俺をバカににしてねえか?」

「そんな事はないさ。確認だよ確認。まあ簡単に説明すれば向上心というものだ」

「それで?」

「この向上心を意図的に刺激すれば練習効率が上がるのではないかと仮説を立てた」

 

それがその式みたいだが、どうやって実証実験をするつもりだろうか。

 

「それにはコレを使う」

 

タキオンが取り出したのはフラスコに入った茶色みがかった液体が入った見るからに怪しいもの。ゴム栓をしてあるけど刺激臭がひどいものだろうか。

 

「安心したまえ。コレの正体は特製ニンジンハンバーグの香りを凝縮させたものさ」

「ハンバーグってそれがどうハングリー精神と結びつ・・・まさか」

「そのまさかさクロ。このニオイを嗅げばハングリーな状態になるだろう?」

「お前・・・会長の因子でも受け継いだのか?」

 

血統を遡ればどっかに血縁はいるかもしれないですよ?曾々々祖父(RoyalChager)ぐらいに。

 

「まあ空腹を促す程度の効果はあるだろうね。その状態で練習に身が入るかどうかはこれから観察するとしようじゃないか」

 

こんなくだらない実験に付き合わされる奴らにご愁傷様と心の中でお祈りしながらクロフネは一つため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃の学園の屋上には二つの影が。

 

「準備できたか、ジャス?」

「いつでもどうぞ!」

 

タキオンから安請け合いをした二人、ゴルシとジャスタだった。二人は効率よく薬を散布するためにドローンを用意していた。これを使えば離れたところから安全に実験を行えるからだ。

 

「風向きヨシ。高度ヨシ。投下準備ヨシ」

「実験準備整いました。いつでもイケます」

『それでは始めてくれたまえ』

 

ゴーサインが出たので二人は薬の投下を行った。

 

「そういえば今って誰がグラウンド使っているのか知ってる?」

「こっから見える範囲にいるのは・・・」

「?」

 

ゴルシが見下ろした先にいた人物を列挙すると

 

葦毛の怪物・オグリキャップ

日本総大将・スペシャルウィーク

青薔薇の刺客・ライスシャワー

スイーツ御嬢様・メジロマックイーン

 

等々。揃いも揃って健啖家。

 

「・・・・・・・・・中止」

「え?」

「実験は中止だ中止!このままじゃ学園で食糧危機発生すっぞ!?」

『もう遅いね』

「「え?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エアグルーヴ先輩。こっちの花壇の手入れ終わりました」

「ご苦労だったなスノードラゴン。こちらも終わったところだ」

 

悪魔の如き実験が人知れず進行している最中、お花好きのエアグルーヴとスノードラゴンは校舎裏の花壇の手入れをしていた。もうすぐダリアが咲きそうになっているので二人とも今か今かと待ち望んでいた。

 

「綺麗に咲いてくれるといいですね」

「うむ。ダリアは比較的手がかからない品種とはいえ、手を抜いていい訳ではないからな」

 

育てるのであれば綺麗に気高く咲いて欲しい。そんな思いで毎日雑草を抜いたり剪定を行ったりとトレーニングの合間を縫って手を尽くしてきた。そう日も経たないうちに色とりどりのダリアが咲き乱れてくれることだろう。

 

「む?何やらグラウンドの方が騒がしいな」

「コースの使用で揉め事でもあったのでしょうか?」

「わからんが騒ぎを治めねばな。スノードラゴン。片づけを押し付けてしまうが構わないか?」

「はい!先輩はお気をつけて」

 

園芸用品をロッカーに仕舞いながらスノーは花壇へ振り返った。ダリアの花言葉は「気品」「優雅」というのを花屋を営む実家の母から聞いたことがある。そして()()()()()()()()も。いずれ私も先輩たちのように重賞で、GⅠで活躍できる日が来るのだろうか。

 

そんな悩みを抱えロッカーに鍵を掛けた時だった。

 

「アアアアァァァアアァアッ!!!」

「先輩!?」

 

思いもしなかったエアグルーヴの悲鳴が学園に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「由々しき事態となった」

 

今回の事件の元凶その1,アグネスタキオンは自らの実験室で事件の収束を図るために案を練っていた。

 

ゴルシたちに頼んで屋上から散布した薬が思いの外効果が出た。いや()()()()()()。薬が過剰に効いてしまい極度の飢餓状態に陥ったウマ娘が暴走している。学園の食堂は早々に墜ちた。イナゴの大群がかわいく見える勢いで食堂を蹂躙し、それでも足らぬと今度は売店を襲撃。多少の理性は残っていたのか代金をしっかり払った上で食糧となるものは全て彼女たちの胃に収納された。

 

そして今彼女たちが何をしているのかというと、

 

「ムシャムシャムシャ」

「バクバクバクバク」

 

グラウンドに生えている芝を貪っていた。

 

「まさかこれほどの被害が発生するとは想定外だ」

 

食堂の食料を食い荒らすのはある程度予想していたとはいえ全て食い尽くし、それ以上の被害を出すなど思ってもいなかった。

 

「大変です。第一グラウンドの芝損傷率60%を超えました。このままでは後十分もしない内に食い尽くされてしまいます」

 

ダートコースが増えるよ、やったね!なんて言ってる場合じゃなくなってきた。この状態が続けば学園内にあるグラウンドの芝が全面剥げ上がることになる。

 

「なんとかしないといけませんね」

「でもどうやって・・・」

 

一人一人に鎮静剤を投与すればこの暴動も治まるだろう。しかし問題は暴徒の数が百人以上いることだ。

 

「手はあるにはある。しかし、それには時間が足りない。せめて後一時間。どうにかして時間を稼いでくれれば打つ手はある」

 

薬の調合などにどう時短を行っても一時間は必要だった。しかし一時間もあれば学園内の芝全てを根こそぎ食い尽くされることは火を見るより明らかだ。

 

「つまりだ。今動けるメンバーでどうにか一時間稼げりゃなんとかなるんだな?」

「ああ。カフェ、クロ。やってくれるかい?」

「関わりたくないのが本音ですが、トレーニング出来なくなるのは困ります」

「あの人数相手に俺たちだけじゃどうにもならねえ。まずは人集めからだな」

 

このミッションに参加してくれる心優しいウマ娘がどれだけいるか。学園の芝が全滅する前に彼女たちを正気に戻せるかは今ここに居る三人に委ねられていた。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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『One For All』 つまりは『お前の物は俺の物』

前回の簡単なあらすじ。

 

お腹がすいたから学園中の芝を食っています。このままだと食い尽くされるのも時間の問題。タキオン(元凶)がなんとかしてくれるから一時間の時間稼ぎ夜露死苦!

 

「で、メンバーを集めたわけだが」

 

知り合いに一斉送信した結果集まったのは、ジャスタウェイ・ゴールドシップのコンビにミホノブルボン、エルコンドルパサー、オルフェーブル、ヒシアケボノ、そしてナリタブライアンの7名。ここにクロフネとマンハッタンカフェを含めた9人で百人を相手に戦いを挑まなければならなかった。

 

「最強メンバーが集まったとはいえ、流石に無謀じゃないかな」

「そう日和るなってジャスタ!ゴルシ様もいるし!何より最強三冠が二人もいるんだぞ!?」

「私はまあ無理しない程度には頑張るけど、副会長様が出てくるとは思わなかったね」

「仕方ないだろ。本当ならエアグルーヴに押し付けていたが連絡が取れん。会長も今日は京都に行っているから残った私がやるしかない」

「ふっふっふ。皆安心するとイーデース!最強のエルが居るからにはこんなミッション、チョチョイのプーデース!」

「ワアー!エルちゃん頼もしいねー!」

「大丈夫・・・でしょうか」

「俺が集めておいてなんだが、纏まりねーな、こりゃ」

「あーあー。諸君。時間が無いから手短に説明するよ」

 

こうして駄弁っている間にもグラウンドの芝は刻一刻とタキオンの薬に感染した生徒たちの腹に収納されているのだ。グラウンドが砂漠化するのに猶予はない。

 

「――――というわけで君たちにしか頼めない。私の不始末であるのは十分に理解している。だがこの学園の危機、どうか手を貸していただきたい」

「状況は理解しました。しかし、数百人もの生徒を押さえつけることはこの人数では不可能と判断します」

 

ブルボンが指摘する通り数人規模ならなんとかなったかもしれない。しかしそれが百人規模でいる。それも芦毛の怪物や日本総大将の異名をとる化け物集団だ。抑えられるわけがない。

 

「それに関してだが、一つ策がある。彼女たちは今空腹の極みにある。それを利用する」

 

そういうとタキオンは研究室に置いてあった今回の元凶となったニンジンハンバーグのニンジンをクロフネに渡した。

 

「・・・おい。お前・・・」

「さあ諸君行き給え!学園の未来はその()()()()に掛かっているんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

少女たちはとにかく空腹だった。何を口にしてもどれだけ食べても決してお腹が満たされない。このまま食べ続ければ『太り気味』になるのは火を見るより明らかな行為だということは重々に承知している。しかし止まらない。腹の虫がもっと食料を寄越せと叫んでいる。

食堂も売店も食べれそうなものは全て食い尽くしてしまった。花壇も一時候補に挙がったが管理している人たちを怒らせると怖いので早々にリストから除外した。

だったら何を食べればいい?ふと目に付いたのがグラウンドに生えていた天然芝だった。誰が食べ出したのかはわからない。しかし誰かが食べているということは自分も食べていいものということであり、気づけば芝をむしる手は止まらなくなっていた。

止めないと頭の中ではわかっている。しかしタキオンの薬に脳を侵された体が止まってくれないのだ。薬の効果が切れるまでこの体はただの生態芝刈り機に成り下がるのだろう。

 

「・・・?」

 

そんな中で遠くから香しいにおいを感じた。この甘い匂いの正体気づきに芝をむしる手が止まった。

 

「ニンジンダ」

 

一人が気付いた。

 

「にんじん」

「人参」

 

二人気付いた。

 

 

「carrot」

「Karotte」

「carotte」

「carota」

「zanahoria」

「جزرة」

「胡萝卜」

「морковь」

「lobak merah」

「당근」

「wortels」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンバナナニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジンニンジン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襲撃されることを見越してジャージに着替えたクロフネ達だったが、彼女たちがたった一本のニンジンを携えて外に出た瞬間、一気に空気が重くなった。まだ姿は見えていないが地響きと殺気からこちらに目掛けて突っ込んできていることは明白だった。

 

「それじゃ手筈通りに頼む。あのアホが解毒剤作るまでなんとかするぞ」

『了解!!』

 

クロフネの合図と共にジャスタ達は学園中に散らばった。作戦は単純。とにかくニンジンをみんなでパスしまくって時間を稼ぐシンプルなもの。

たった一本。されど一本。空腹の極みにある彼女たちは誰にも渡すまいとこの一本に殺到するだろう。持っている相手が友達だろうと容赦なく奪いに来るだろう。

 

「ま、乗り掛かった舟だ。(ゴール)まで張り切るか」

 

砂煙を巻き上げながらウマ娘の大群が突っ込んでくるのが見えた。さっさとこのニンジンを手放したいが、まだ早い。ギリギリまで引き付ける。

 

まだ・・・

まだ・・・

まだ・・・

 

ココ!

 

「さあ、キックオフだ!

Rock 'n' roll!!!」

 

自慢の豪脚で蹴り飛ばされたニンジンは空高く吹き飛び大きな弧を描きながら彼女たちの後方に飛んでいく。

目標が進行方向の逆側に飛んでいくもさすがは全国から選ばれた一流のアスリート。すぐさま方向転換し我先にニンジンを掴み取ろうと追いかけていく。

誰も彼もが一目散にニンジンへと手を伸ばす。だがニンジンはいまだ空高くを飛行しており指先に掠りそうもない。こうなれば誰よりも先に落下地点へと先回りするしかない。そんな考えを持つものを嘲うかのように空を飛ぶ鷹が一匹。

 

「ブエノー!エル、参上!クロフネ先輩ナイスキックデース!」

 

華麗に空中でひねりを加えながらエルコンドルパサーはニンジンをキャッチした。しかし大きく飛び過ぎたせいか着地する隙を狙うウマ娘がいた。だが

 

「オオラアアア!!」

「ドスコーーイ!!」

 

ナリタブライアンとヒシアケボノの二人が間に割って入り強襲をしっかりとブロックしてみせた。

 

「フッフーン!世界最強のエルを捕まえることができるのは誰にもできませんよ!」

 

それからもタックルを仕掛けるウマ娘は続出するがエルコンドルパサーは鼻歌交じりに軽く躱していく。これはもうあいつ一人でいいんじゃないか?そう思われた時だった。

 

 

 

 

La victoire est à moi(調子に乗んな)

「!!」

 

やはり日本総大将!スペシャルウィークが来たー!エルコンドルパサーのすぐ後ろに付けてタイミングを見計らっている!

 

「そのニンジン、もらいましたー!!」

「甘いデース!」

「ふえっ!?」

 

スペシャルウィークの攻撃を完全に読み切ったエルコンドルパサーはひらりと躱し独走態勢に

 

 

 

 

 

 

 

La victoire est à moi(エ~ル~~?)

「ケ~~~!?グラーース!!?」

 

やっぱり怖かった!グラスワンダーだー!!

 

「くっ!かくなる上は!ブルボン先輩!

 

エルコンドルパサーはこのままでは危険と視界の端に捉えたミホノブルボンへのパスを選択した。

 

「ミッション受諾。OPERATION:ニンジンラグビー開始します」

 

エルコンドルパサーからのパスを受け取ったミホノブルボンはすぐさま校舎に向けて走り出した。

 

「ふうー。何とか繋ぐことは出来マシタ。だからグラス?」

「何ですか、エル?」

「その薙刀は下ろしてほしいデース・・・」

「・・・フフフっ」

 

あ、これ許されない奴や。腹切りパターンや。

 

 

 

 

 

 

エルがグラスからの折檻を受けている一方、ブルボンが目指すは校舎の屋上。ここまでならばブルボンのスタミナも持つ上に屋上から階下にニンジンをパスすればいい具合に敵を疲弊させることが可能だ。時間も稼げる一石二鳥の作戦である。だがしかし、イレギュラーというものは存在する。例えば

 

「ついてく・・・ついてく・・・」

「くっ・・・」

 

どこまで行っても引きはがせないライスシャワーがいることに。ただブルボンにとっての幸運、ライスにとっての不幸があるとすれば追いついた場所が階段であったこと。さすがにこんな所で体当たりなんてしようものなら双方が大ケガをしかねない。勝負は屋上へ出た一瞬で決まる。

 

「さすがはライスさん。ですが!」

「!」

 

屋上まで階段をブルボンは三段飛ばしで一気に駆け上がる。しかしライスも負けじとピッチを上げて食らいつく。そしてその後方からも続々とニンジンに釣られて上がってきている。息を切らせながらもなんとか屋上に辿り着いたブルボンは昇降口付近で待機していたゴルシを発見した。あとはこのままゴルシのいる方へ投げればよかったのだがそれよりも早くライスシャワーが突っ込んできていた。

 

「ブルボンさん!そのニンジンさんください!」

「っ!?すみません。そのオーダーは拒否します」

 

倒されながらもブルボンはギリギリのところでニンジンをリリースした。しかしそれはゴルシが居る方とは別の方向に飛んで行ってしまう。

 

「おいおいおい!何やってんだサイボーグ!パスミスなんてらしくないぞ!」

 

この高さから下手に地面に落としてしまえばニンジンは粉々に粉砕されるだろう。そうなればミッションは失敗。学園の芝は綺麗さっぱり食い尽くされるだろう。

 

「くっ!間に合わねえか!」

「させるかあ!」

 

ゴルシのすぐ横を何かが猛スピードで通り過ぎた。

 

「よっし!セーーーフ!」

「ジャス!」

 

自慢の末脚で飛びついたジャスタがギリギリのところでニンジンを掴んでいた。生きてます!ニンジンはまだ生きています!

 

「ふう。一時はどうなることかと思いましたが、ミッションクリアです」

「ああ・・・ニンジンさんが・・・」

 

寸での所でニンジンを取り逃してしまったライスはひどく落ち込んでいた。必死の思いで階段を駆け上がったと思えば徒労に終わったのだ。これからまた階段を下りて鬼ごっこの続きです。大変だけど頑張りましょう。

 

「?」

 

そんな友の背中を見送っていたブルボンは扉の影に何か落ちているのを見つけた。少し前にゴルシ達が使っていたドローンだ。あ、それ精密機械だから貴女は触らない方が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「Hey!ゴルちゃんパス!」

「オーケーミスター!」

「誰がMrだ!」

 

ボケとツッコミを交わしながらジャスタとゴルシは息の合ったパスワークで後続を翻弄していた。

 

「え?お前この前好きなキャラ、ミスターだって言ってたじゃん」

()()()()じゃなくて()()()ね!最後伸ばさないからね!」

 

かれこれ二十分は過ぎただろうか。時計を確認する暇もなくニンジンをつないでいるが未だにタキオンからの連絡は来ない。そろそろスタミナ切れが心配される頃合いだが大丈夫?

 

「はあーっ・・・はあー・・・。ヤバい。そろそろ限界」

「だらしねーぞジャス!お、前方に芦毛のウマ娘を発見」

「このニンジンを食べて私と契約しない?」

「何やっとんじゃーー!?」

 

危うくニンジンを渡しそうになったところをゴルシのドロップキックで回避することに成功。本当にコイツ芦毛だと見境無いね。

 

「でもそろそろ体力が限界なのは本当なの。後はお願いしたいんだけど」

「お前、来週にはフランス遠征なんだぞ?そんなワカサギみたいな体力で通用すると思ってんのか!?」

「付き添いだからね!?実際レースに出るわけじゃなくてオルフェの姐さんの練習相手するだけだよ!?」

「それでもそのメダカ以下の体力は問題だろ?」

「ゴルちゃんからぐうの音も出ない正論を言われるとは・・・」

 

そろそろ次のプレイヤーのオルフェーブルとの合流地点なんだけどスタミナ持ちそうですか?

 

「なん・・・とか・・・持たせる・・・!」

「よーし。その意気だぜジャス!ラストスパート!」

「お・・・おう・・・!」

 

さあ最後の直線!最後の気力を振り絞るジャスタウェイ。その後方から芦毛のウマ娘が突っ込んできているぞ!

 

「え?」

 

「スキありですわ!」

 

マックイーンだマックイーンだ。メジロのマックイーンがやって来て

 

「ホヤあそばせ!!」

「ぶっ!?」

「ジャス子ー!?」

 

フェイスクラッシュ!!プロレス技のフェイスクラッシュをジャスタウェイにブチかました!!

パスを通せず、ニンジンはマックイーンの手に渡ってしまった!これにてゲーム終了か!?

 

ピー!

 

「メジロマックイーン、危険行為によりイエローカード!」

 

ゴルシがホイッスルを吹いてマックイーンにイエローを叩きつけた。まあいくらなんでも顔面強襲はやり過ぎです。度が過ぎてますね。

 

「で、ですがこれとは話は別で・・・」

「ほう。ニンジン強奪する為だったら何をやってもいいと?それじゃあコッチもレッド出させてもらうぜ?」

「ふ、ふん!そのようなもので私が怯むと思いますか?」

「なおレッドのペナルティとして今回の事、メジロ本家に御報告しますがそれでもよろしいでしょうか?」

「ぐっ・・・それは・・・反則ですわ」

 

反則したのは貴女です。

 

「ハイハイ、さっさとニンジンはこっちに渡しな。で、大丈夫か?ジャス」

 

地面に倒れ伏してピクリもしないジャスタにゴルシは声を掛けた。受け身もまともに取れずに顔からいったけど息しています?

 

「鼻血出てんじゃん。とりあえずジャス保健室に連れて行くわ。姉御、後は頼みます」

「おう。はあ・・・フランス遠征前だってのに何させられてんだか」

 

ゴルシからニンジンを手渡されてオルフェーブルはため息をついた。凱旋門も近いってのにこんなことしていて大丈夫なんだろうか。

 

「まあタキオンが言うにはあと十分ってところか。オイ!

 

オルフェーブルにビビッて遠巻きに見ていたウマ娘たちに彼女は発破を掛けた。

 

「遠征前の肩慣らしだ。手前らド三流ウマ娘が束になったところで私に指一本触れられないってこと、改めて思い知らせてやるよ!」

 

元来ウマ娘というものは闘争心というものは高い方である。それをこんな風に挑発なんかされたとなると、だ。

 

「新人戦後に四連敗しておいてどの口が言うんだ!?」

「三冠獲ったからって調子に乗ってんじゃねーぞ!?」

「阪神大笑点やっておいて自分は一流アピールですか!?」

「フランスに行ったところであんたまた迷惑かけるでしょう!?」

 

ブチッ

 

「さっさと掛かってこいや万年着外共が!!」

「「「上等だ、コラ!!」」」

 

売り言葉に買い言葉。まあまだニンジンを守り通すってところは忘れていないみたいだけど、ジャスタとマックみたいな流血沙汰だけは気を付けてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、カフェやクロフネ、アケボノにパスを回しながら時間を稼ぐも一向にタキオンからの連絡が来ない。約束の時間を過ぎても音沙汰のないタキオンに焦れたカフェが準備室へと辿り着くと、呑気に窓際で紅茶を啜りながらニンジンラグビーをしているクロフネ達を見て不敵な笑みを浮かべていた。それを見たカフェはというと。

 

スパン!

 

どこからか取り出したハリセンでタキオンの頭をぶっ叩いた。

 

「何をしているんですか、貴方は・・・」

「痛いじゃないか、カフェ。見てわからないかい?観察だよ観察。私の薬の効き目がどうなっているか

 

スパン!スパン!

 

目にも止まらぬ速さのハリセン攻撃がタキオンを襲った。二発も入ったのはカフェの『オトモダチ』も殴ったから。ま、怒っているよネ。そりゃ。

 

「私たちが必死で貴女の尻拭いをしているというのに、貴女というヒトは」

「おおおお落ち着き給えよカフェ。鎮静剤はもう出来ているのだが、おかしいね?」

「おかしいのは貴女の頭の中でしょう?」

「心外だね。とっくの前に鎮静剤を()()()()()()()()に渡したのだが」

 

・・・・・・・ん?

 

「予定では屋上に放置されている()()()()を使って広範囲に鎮静剤を散布するはずなのだが、何かあったのかもしれないね」

 

・・・・・・・・・・・んん?

 

「ちょっと彼女と連絡を取ってみようか。もしもし」

『おう。タキオンか?ヤベー事になったぞ。ドローンがぶっ壊れてら』

 

やっぱり触っちまっていたのか、アイツ(ブルボン)・・・。

 

『修理してなんとか飛ばせるまでにはなったが、薬の投下は無理だな。時間が足らねーわ』

 

薬を散布できなくちゃ意味ないじゃん。どうすんの、コレ。

 

『あと、ジャスタ保健室に連れて行ったら副会長もいたんだけどよ。会長予定が早まってそろそろ御帰還するそうだぞ?』

 

ルドルフ帰ってきたところでこの惨状、どう落とし前つけるんだろうね。

 

「・・・。カフェ。焼き土下座で許してもらえると思うかい?」

「出たとこ勝負ですね。それよりもこの騒動を鎮静しないと、それ以上のことをしないといけませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のグラウンドではまだ勝負の駆け引きが続いていた。ニンジンの保持者はオルフェだが、長時間の運動で体力の底が見え始めていた。

 

「あのマッド何してやがるんだ!時間とっくに過ぎてんだろ!?」

 

タキオン側の事情を知らないオルフェは必死に逃げ回っていた。パスを渡そうにも味方が近くにいないので渡すに渡せずにいた。

 

「っていうかコイツ等、体力どんだけ有るんだよ。淀を十周ぐらい余裕で駆けてるはずなのにどんなドーピング使ったってんだ!?」

 

一時間近くぶっ通しで走っているのに衰えが見えないってやっぱりあの薬変なモノ混ぜていたんじゃない?

 

「っていうか誰か味方いねーのか!?」

「ニンジン!!」

「しまっ!?」

 

パス相手を探していた一瞬のスキを突かれてオルフェーブルはタックルを食らってしまいニンジンを落としてしまった。なんとか拾い上げようと手を伸ばすも体勢を崩した状態では届くはずもなく、我先にと一本のニンジンに群がるウマ娘に阻まれてしまう。このままではニンジンは奪われて

 

 

「ひぃいいい!間に合いましたー!!」

 

「お前は・・・誰だっけ!?」

「スノードラゴンですー!!」

 

間一髪のところでスノーがニンジンを奪取、あわやゲームセットになるところをギリギリで防いだ。

 

「ニンジン!!」

「シップさんから話は聞いていますけど、恐いです!これからどうすればいいですか!?」

「私もわからん!!」

「そんなー!!?」

 

とにかく逃げ続けるしか今のところ策はないんだけど。

 

『あーあー。今から解毒剤の散布に移る。第一グラウンドに向かってくれたまえ』

 

タキオンが校内放送で呼びかけを行った。ドローンでの散布はできないけど、別の方法でも確立できたのか?

 

「よし。少しだけ時間は稼いでやる。お前は急いで第一グラウンドに向かえ!」

「オルフェーブル先輩・・・」

「行け!」

「ハイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。まさかまた()()を使う日が来るとはな」

 

第一グラウンドに先回りしていたブライアンは駿大祭の時に使っていた大弓で上空のドローンに標準を合わせていた。タキオンからの指示だともうすぐニンジンを持ったウマ娘がやって来るからそのタイミングに合わせてドローンを撃墜させて解毒薬を散布する計画らしい。

ゴルシが応急処置でなんとか飛ばせる状態にまでになったせいか、一ヶ所にホバリングさせるのは難しいみたいだが、そこはゴルシがなんとか操縦してバランスを取ってくれている。

チャンスは一度キリ。だが、ブライアンはそれほど緊張していなかった。あの祭りの時もそうだったように外す気など元から持ち合わせていない。

 

「そろそろ頃合いか・・・」

 

グラウンドに向かって数百人が走って来る気配を感じたブライアンは改めて弓に矢を番えた。ギリッと引き絞り、何時でも撃ち落とせる準備を整えた。

 

「ブライアン、こんな所にいたのか」

「姉貴か。悪いが今は話しかけないでくれないか?」

 

フラリとブライアンの前に現れたのは彼女の姉、ビワハヤヒデだった。頭を抱えてどこか辛そうだけど大丈夫ですか?よく見れば、少しお腹も出ているけどあなたが太り気味とは珍しいですね。

 

「トレーニングをしていたら少しの間バナナ気を失っていたようだ。今も気を抜くと理性を失いそうになる」

 

あれ?今何か変な事言いませんでしたか?

 

「そういえば少し前に面白い論文バナナを見かけてね。なんでもバナナのDNAとヒトのDNAの約50%は同じバナナだという研究結果バナナが出ているんだバナナ

 

理性吹っ飛んでいますよね?お姉さんの理性大気圏外にまで飛んで行っちゃっていますよね!?

 

「ああ・・・もうダメだ。ブライアバナナン。今すぐ逃げるんバナナだ・・・!私にはもう、お前が・・・」

「姉貴・・・!」

バナナにしか見えない!!いただきます!!

「ヤメロ姉貴!正気に戻―――――きゃああああああ!!!?」

 

錯乱したハヤヒデに襲われたブライアンが矢をドローンに命中させることができるわけもなく。

それはつまりスノーが無事にここまで辿り着けても誰も助からないというわけで。

あ、コレもしかして詰んだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい!狙撃手(ブライアン)がやられたぞ!どうすんだコレ!?」

 

屋上からドローンを操縦していたゴルシはブライアンがハヤヒデに襲撃される一部始終を目撃していた。これでまた保健室送りになってしまったが、もうまともに動けるメンバーは残っていない。解毒剤を散布する方法もなくなり絶体絶命だった。

 

『ううん、これは想定外だね。もっと穏便に片付けられると踏んでいたんだが』

 

ケガ人発生した時点で穏便も何もないのだがもはや詮無き事。

 

『仕方ない。時間はかかるが一人一人に直接解毒剤を注射するしか・・・・・・いや、待て。まだ手はある。手はあるぞ。ゴールドシップ君』

「え?これから入れる保険でもあるのか?」

『ここに時間を巻き戻せれる謎の技術で作られた目覚まし時計が

スパン!

痛いじゃないかカフェ!?コレ、地味に痛いんだよ!?』

『現実逃避をする暇があるのでしたらさっさとみんなを元に戻しなさい』

「ていうか、あれ本当に解毒剤なんか?ドロドロした緑色の液体だったんだが」

『それなら問題ない。アレはロイヤルビタージュースを煮詰めてそこに各種化学調味料を加えた人体に優しい薬だ』

 

貴女が手を加えただけで十分危険な代物に変身するんだけど、それで本当にみんなは正気に戻るの?

 

『・・・・・・・』

「そこは黙るなよ!」

『仕方ないじゃないか。理論上は問題ない。理論上は』

『その理論でこの惨事になったこと忘れていませんよね?』

『忘れてなんかいないさ。今もこうして身を粉にして働いているじゃないか』

『だったら今すぐグラウンドに行ってニンジンを受け取りに行きなさい』

『はっはっは。忘れたのかい、カフェ。私はすでにケガを理由に現役を引退した身だよ?そうでなければこんな所で油を

スパン!スパン!スパン!スパン!スパン!スパン!スパン!スパン!スパン!

ちょっ!?ヤメ!?痛い!ごめんなさい!私が!私が悪かったから!カフェ!?ねえ!?痛い!止めて!』

 

通信機の向こうから延々と聞こえるタキオンがシバかれる音と悲鳴にゴルシはそっと通信を切った。学園の頭脳が機能しないとなればもう頼れるのは自分しかいない。

 

「落ち着け、私。追い詰められた時にこそ冷静になれ。それが主人公ってもんだろう!」

 

この小説の主人公(ジャスタウェイ)は保健室で戦線離脱しています。

 

「状況は至ってシンプル。タキオン特製ジュースをあいつらの頭上に降り注げばなんとかなるはずなんだ。じゃあどうする?クッソ!考えが纏まらねー!」

 

そう都合よくいいアイデアが浮かんでくるはずもなく、刻一刻と時間だけが過ぎていった。

何かないのかと屋上から辺りを見回すと、この非常事態でありながらグラウンドを黙々と走り込みをしている鹿毛のウマ娘がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひー・・・ひー・・・だ・・・誰かー」

 

息も絶え絶えにスノーはなんとか第一グラウンドに辿り着いた。オルフェの尽力もあって無事にここまでやってこれたが、肝心のスナイパーは再起不能にされている。

 

「もう・・・ダメ・・・」

 

ついにスノーは力尽き倒れ伏してしまう。彼女の手から零れ落ちたニンジンはコロコロと転がっていく。

 

「ニンジン!!」

 

誰しもがニンジンに向かって最後の気力を振り絞り駆けつける中、そのニンジンを最初に手にしたのは。

 

「む?なぜ、こんな所にニンジンが?いや。そんな事よりも君は大丈夫か?けがはしていないか?」

 

我らが生徒会長、シンボリルドルフ様だった。長距離の移動で凝り固まった体を解そうと軽くグラウンドで走り込みをしていたところ偶然、スノーが倒れたところに出くわしたのだ。

 

「か・・・会長・・・さん?」

「ああ、そうだ。急いでいたようだったが、何があった?」

「そ・・・それが・・・」

 

スノーが説明しようと口を開くが言葉がうまく出てこなかった。保健室でエアグルーヴの看病をしていたら瀕死状態のジャスタを担いだゴルシに急遽代役を頼まれただけで詳しい説明もされずに保健室から連れ出されたのだ。現状第一グラウンドに向かえと言われてここまで走ってきただけで、これからどうすればいいのかも皆目見当がついていない。

 

「そ・・・そうか」

「はい~・・・」

 

『あーあー!会長!スノー!聞こえているか!?こちらゴールドシップ!こちらゴールドシップ!いま第一グラウンドの上空にドローンを待機させている!その中に解毒剤が入っているんだ!タキオンからの話じゃ吸引すればいいだけみたいだからとにかくドローンを破壊するなりして解毒薬を散布してくれ!』

 

「ドローン?ああ、あれか」

 

ゴルシからの緊急連絡にルドルフが上空を確認すると確かに一台のドローンがフラフラと飛んでいた。あれを撃ち落とせば皆元に戻せるはずなのだ。問題はどうやって落とすかなのだが。

 

 

 

ドゴーン!!

 

何か校舎の方から物凄い爆音が響いてきたが一体・・・。

 

「くっそ!アケボノもやられた!お前ら!早くそこから逃げろ!!

 

怪物が来るぞ!!!

 

体中ボロボロになったクロフネが叫びながらこっちに走ってきたけど怪物?まさか・・・

 

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる

 

この地獄の底から鳴り響くような()()()・・・。まさか・・・奴か!?

 

「ニンジン・・・ミ~ツ~ケ~タ~~

 

オグリだ!オグリだ!!空腹のあまり完全に目がイっちまったオグリキャップだ!!

 

「あわわわわわわわ・・・・・・」

「あの状態のオグリにゃ正気も勝機もねえ!急いで逃げ

 

「ジャマダ」

 

ぐあああああああああああああああ!?

 

「クロフネ先輩ーー!?」

 

満身創痍だったクロフネにオグリは躊躇なくとどめを刺した。コイツ、怒り喰らうイ○ルジョーよりも見境なく襲い掛かってやがる!

 

「ニンジン・・・ヨコセ・・・」

 

もうオグリの目にはルドルフが持っているニンジン以外映っていないようだ。いやオグリだけじゃない。

 

「ニンジン」「ニンジン」「ニンジン」「ニンジン」「ニンジン」

 

タキオンの薬に侵されたウマ娘たちがグラウンドに集結していた。ルドルフとスノーの周りを取り囲みもうどこにも逃げ場は残っていない。完全包囲されていた。

 

「かかかか会長さんー!!」

「落ち着くんだ、スノードラゴン。こんな危機的状況でも冷静沈着でなければならない」

 

さすがは百戦錬磨のシンボリルドルフ。絶体絶命のピンチでもまったく狼狽えていない。

 

「すごい・・・全然動揺していない・・・」

「だが、この状況。()()()()・・・なんてな」

 

・・・・・・・・・・・・・・

ルドルフがボソッと呟いたしょうもないダジャレに場が一瞬凍り付いた。

 

「ふっ。スキありだ!!」

「!?」

 

全員が呆気に取られたスキをついてルドルフは手にしていたニンジンをドローンへとぶん投げた。ウマ娘の剛腕で投擲されたニンジンはドローンに直撃、破壊されたことによってタキオン特製の解毒剤がグラウンド中に撒き散らされた。

 

「あれ?私は何を・・・」

 

解毒薬を浴びたウマ娘たちは一様に目に正気を取り戻していった。一時は学園崩壊の恐れもあったがなんとか阻止することに成功したようだ。

 

「当面の危機は去ったようだな」

 

さっきまでの狂気じみた殺気はなくなったが、この事件はまだ終わっていない。真犯人には然るべき報いを受けてもらわないと学園の秩序の問題となる。既にだいたいの目星がついている会長はその犯人が立て籠もっているであろう教室を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・。何とか治まったようだな」

 

屋上から様子を窺っていたゴルシは緊張から解放されたからかその場に尻餅をついた。私物のドローンが壊されてしまったが、その辺はタキオンに損害賠償として請求すれば取り返すことは可能だろう。

 

「さて、恐い副会長様に見つかる前に撤収するとしますか」

 

保健室で休養していたがいつ復活して今回の事件の共犯としてしょっ引かれるかわからない。ちゃっちゃと後片付けを行い、屋上を後にしようと扉に手を掛けたところだった。

 

「ゴールドシップ。今回の騒動に貴様も一枚嚙んでいるな?」

 

女帝様が既に待機されていた。

 

「いやいやいや!どちらかって言うと今回ばかりは私も被害者だぜ?」

「ほう。そうだったのか?」

「そうそう!ぜーんぶタキオンが悪いんだって!」

 

今回の事件を全部タキオンに擦り付けようとゴルシは画策した。実際ココまで酷くなるとは予想もしていなかったからだ。中止も考えていたし。

 

「そうか。タキオンか」

「そうそう!」

「と言っているが、本当なのか?」

 

エアグルーヴに促されて出てきたのは顔を包帯でグルグル巻きにされた透明人間っぽいウマ娘。かろうじて頭頂部からウマ耳が生えていて制服を着ているから認識できるけど、傍から見たら不審者なコイツは。

 

「ええ。タキオンさんの指示で私とゴルちゃんでクスリをバラ撒きました」

「ジャス~~!?テメエ裏切ったな!!」

 

ジャスタウェイだった。

 

「ゴルちゃん。今回の被害をよく考えて。下手にはぐらかすよりもさっさと自首した方が絶対得だよ」

・・・・・・・・・・・・・(ポクポクポクチーン)それもそうか。すまんエアグルーヴ」

 

誤魔化すよりも素直に謝った方が吉と思い至ったゴルシはさっさと頭を下げた。

 

「今回の件でどれだけの被害が出たのかはわからんが、それ相応の罰は覚悟しておくように」

 

反省文程度で許してもらえれば御の字だと思うが、判決がどうなるかはまだ先みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。生徒会室に連行された主犯(タキオン)共犯(ジャスゴル)は食い尽くされた第一グラウンドの芝の全面換装を命ぜられた。

しかしそれを見越していたからかタキオンが散布した薬品の影響で一日で芝は復活した。あまりにも手抜き過ぎたので追加で清掃業務も課せられることとなった。欧州遠征が白紙にならなくてよかったが、もう二度とこの科学者には関わらないでおこうと心に決めた二人だった。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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フランス遠征~御嬢様を添えて~

トレセン学園のマッドサイエンティストが起こした騒動から一週間後。ジャスタとゴルシは現在飛行機の中にいた。世界最高峰とも名高い凱旋門賞に出走するオルフェーブルの練習相手として今回の遠征に参加する。

 

「フライト時間は13時間かー。結構あるね」

「東京から電車乗り継いで網走ぐらいまでだな」

「そう考えるとフランスって近いね」

「だろ?」

「だろ?じゃありませんわ。それよりも一言いいですか?」

「?」

 

 

 

「何故(マックイーン)も行かなくてはならないのですか?」

「「通訳(お財布)」」

「出来ませんわよ!?」

 

そして通訳兼お財布係兼保護者役としてマックイーンも同行していた。まあゴルシは放っておいたら何するかわからないし、ジャスタも芦毛を見たら絶対ナンパするだろうし。誰か御目付役は必要だった。丁度前回の事件でジャスタに借りがあったのでそれの埋め合わせと考えれば安いものでしょう。

 

「それよりもジャスタさん?」

「どうしました、マック様?」

「その・・・顔の包帯は取ってもらわないと・・・」

 

マックイーンにプロレス技をかけられて顔に大ケガをしたジャスタは顔面ミイラ状態で搭乗していた。

 

「あ痛たたたた!なんだか急に顔が痛くなってきたぞぉ!?」

「何だって!?この中にお医者様はいらっしゃいませんか~!?」

「すみませんでした!ですから騒がないでくださいまし!」

 

あまりにもわざとらしいジャスタの振りに全力で乗っかるゴルシ。他にも一般の乗客がいるから騒がれると色々と面倒なことになりかねない。

 

「ふぅー。あ、CAさん。お水貰えます?」

「え?振りじゃなかったのかよ」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと痛み止めのお薬貰ってきたし」

 

本人が大丈夫って言うんだからまあ大丈夫なんでしょう。

 

「そういえば、ジャスタウェイさんのチームにクロフネさんが加入なされたようで」

「そう!そうなんですよ!まだ数回しか一緒に練習できていないんですけど、凄いですよあの方は!!」

 

それから一時間ほどジャスタのクロフネへの熱演が語られるのですがあまりにも長いのでカットします。

 

「そ・・・そうでしたか」

「はい!」

「それで秋の始動は神戸新聞杯からでしたか」

「そうみたいですね。その後は天皇賞に向かうみたいです」

 

クラシック路線最後の菊花賞は長距離のレースだ。適正距離がマイル寄りのクロフネには厳しいレースになる。それならば2000mの天皇賞を目標にするのも納得できる。

 

「でも秋天かー」

「秋天はなー」

「・・・なぜコッチを見るのですか?」

「外枠」「斜行」

「「降着」」

「うぐっ。他人の黒歴史を・・・!」

 

以前マックイーンは秋天に出走して審議の結果、一着であったが危険な走行をしたとして降着のペナルティを受けたことがあった。

 

コースの特徴から外枠不利だったためにスタート直後に斜行をやらかしたのが原因だった。反省はしているが本人としてはあまり思い出したくない出来事である。

 

「ま・・・まあ彼女の実力があれば問題は無いと思います。竹トレーナーもそのことは十分理解しているでしょう」

「それよりもジャスよ。もうあまり時間はねーけど、五人目の目星は付いているのか?」

「うぐっ・・・それが・・・」

 

やっぱりメンバー集めには難航しているみたいである。

 

「まだ時間はあるし!12月までにはなんとか見つければ問題ないし!」

「そもそも芦毛に拘るから集まらないのでは?」

「それな。私は面白楽しくやれるなら誰でもいいんだけどよ」

「言っておくけど()()は一番譲れないところだからね!私のチームには芦毛しか入れないもん!」

 

と鹿毛のウマ娘が申しております。

 

「リーダーがこう言っているんだから仕方ないな」

「そうですか」

「・・・マック様。改めてお願いします。ウチのチームに入って「お断りします」なんでだよー!」

「以前にも申しました通り私は別のチームでアオハル杯には参加いたします」

「そんなツレナイこと言わずによー。最強ステイヤーのマックイーン様がいれば長距離部門なんて獲ったも当然じゃんかよー」

「ところでそのマック様のチームには誰がいるんです?」

「・・・・・・・・テイオーに誘われまして

 

だったらしゃーないですわ。

 

「そういやこの前改めてアオハルのルールブックを見たけどよ、途中加入も認められているみたいだぜ?」

「気が向いたら考えてもいいですわ」

「ゴルちゃん、これって来てくれると思う?」

「つまるところの『行けたら行く』ってやつだな」

「じゃあ来ないか・・・何がダメなんだろう?」

「何だろうな?」

「貴方たちわかって言っているでしょう?」

「そりゃあもう」

「何年の付き合いだと思ってんだよ」

 

マックイーンがチーム入りしたくないのって多分()()()()()()()だと思うが。

 

「ふう。とりあえずこの話はここまでにしておきましょう。今はオルフェーブルさんの凱旋門賞。これについて語りません?」

「んー。姉御の実力なら相手が誰であれ問題ないと思うんだよな」

「それだよね。去年のレースを見た限り惜しいところまでいったわけだし」

「それでは去年は何が原因で敗北したと思います?」

「・・・・・・なんでだ?」

 

何度も去年のレースを穴が開くほどに見返したが何が原因で負けたのか未だに謎のままだった。強いて言えば相手の末脚の方が一枚上手だったか?

 

「ところでそのオルフェーブルさんは?」

「姉御なら一足先に現地入りしてるぜ。流石の姉御も同じ醜態は見せられねーんだろうな」

「あの騒動の後直ぐに出発したみたいでしたから」

「そうですか」

 

送別会を開く間もなくオルフェーブルは一人フランスへと発った。前哨戦のフォワ賞を控えていたこともあるかもしれない。尚、池曽根トレーナーは奥さんの出産予定日と重なってしまったため日本に残り、代わりにトレセン学園からフランスのトレセン学園にトレーナーの委任を頼んであるらしい。

 

「距離も凱旋門賞と同じ2400M。ここで勝つことができれば本番でも十分勝機が見込めます」

「でも去年も姉御、このレースに出てるんだよな」

「それも優勝しちゃうし」

 

それでも届かなかった世界一の称号。日本と世界との距離を思い知らされることとなった。

 

「であれば今年は前回以上のパフォーマンスを見せるしかないですわね」

「そうだよな。・・・そういうことならよ。マックちゃんも並走一緒にやってくれれば勝率上がるんじゃね?」

「はい?」

「春天二連覇の歴代最強ステイヤーのマック様がトレーニング相手だったら向かうところ敵なしだよね」

「ただでさえ向こうの芝ってタフだって話しだし。そんじょそこらのウマ娘じゃ体力持たないだろうしな」

 

日本の高速バ場に適した野芝とは違い洋芝が使われている。曰く「足に絡みつく」ような芝だ。日本の芝に慣れているとこの違いに戸惑い本来の力が発揮できないことも十分にありえる。

普段よりもスタミナが必要なレースであるならば、日本屈指の長距離重賞を連覇したマックイーンはこの三人の中ではダントツで練習相手にもってこいだろう。

 

「それに私たちまだデビュー仕立てのヒヨッコだぜ?」

「重賞を幾つも獲っているマック様の方が並走にピッタリじゃない?」

「・・・まさか貴方達、私に練習相手を押し付けてフランス観光するつもりじゃないでしょうね?」

 

「ギクッ!!?」

 

やっぱりそういう魂胆だったみたいだ。

 

「でもよでもよ!?本番までは一か月近くもあるんだぜ?折角のフランス遠征、楽しみてーじゃん!」

「ゴールドシップさん。私たちは遊びに行くわけではないのですよ?私たちの頑張り次第でオルフェーブルさんが日本の悲願を、凱旋門賞制覇を成し遂げられるかが掛かっているのですよ?」

 

日本ウマ娘初凱旋門賞優勝がかかっているとなれば、生半可な気持ちで行くべきではないだろう。特に今回は前回のリベンジも含まれている。優勝が絶対条件と言っても過言ではないかもしれない。

 

「まあその通りなんだけどよ・・・」

「マック様出発前にパリの有名スイーツ店検索していましたよね?」

 

「ギクッ!!?」

 

おやおや?どうやらコチラもそういう魂胆だったみたいだぞ?

 

「あ、あれはそう!テイオーやイクノさんたちへのお土産の候補なだけであって!」

「まあそりゃあそうだよな。私たちは遊びに行くわけじゃないんだもんな!」

「そうだよ!オルフェーブルの姐さんが万全の状態で試合に臨めるように頑張らないと!」

「ええ、その通りですわ!」

 

そうですか。それじゃあ帰国までの一ヵ月、練習漬けで自由時間はほとんど無しで構わないと。いやートレセン学園の生徒の鑑じゃないですか。

 

()()()()とは話が別!!」

 

やっぱり君たち遊びたいんじゃん・・・。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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所変われば芝変わる。でもやっぱり欧州の芝はクs・・・

長時間のフライトでお疲れ模様のジャスタウェイ御一行。到着した現地時間はすでに夜。学園が予約してくれていたホテルにチェックインして宿泊するお部屋に案内されるも無言でベッドにダイブ。慣れない超長距離移動だったから疲労が溜まっていたみたいだ。

 

そして翌朝。

 

「寝坊したーーー!!」

 

疲れと時差ボケのダブルパンチでものの見事に寝坊をかましていた。

 

「もう姐さん練習始めている時間だよね!?」

「っていうか姉御どこでトレーニングしているんか知らねーんだけど!?」

「それならこの森を抜けた先に・・・」

 

「「でかした!!」」

 

「え!?ちょっと置いていかないでくださいまし!!」

 

何か後方でマックイーンが叫んでいるけど、暴君の練習に遅刻したなんてことになったら後でどれだけひどい目にあわされるか・・・。

 

薄く靄がかかる幻想的な森を抜けた先にはフランス人のトレーナーとミーティングするオルフェーブルの姿があった。まだマスクをしているから表情はよくわからないが、そこまで怒ってはいなさそうだ。

 

「すみません!遅れました!」

「ん?おう。長旅ご苦労さん。これから()()()()ていくけどその前に」

 

息を整えていたジャスタとゴルシにオルフェーブルはトレーナーを紹介した。

 

「こちら、フランスのトレセンでトレーナーやっているスミさん」

「あ、アンシャンテ(はじめまして)。アイムジャスタウェイ」

「あ、スミさん日本通だから普通に日本語通じるよ?」

「ふふ。はじめまして、未来の三冠バさん。スミです」

 

思った以上に日本語ペラペラで度肝を抜かれた二人。なんでも日本のマンガとアニメの沼にどっぷりと漬かった結果らしい。

 

「あ、どうも。来年三冠をいただいちゃうゴルシ様だぜ!」

「本気で走ればゴルシは私以上のポテンシャル持っているからな」

「ほう。それはそれは」

「ふっふっふ。ゴルシちゃんが本気になると火傷しても知らないぜ?」

「私はもう全身大ヤケドですよ」

 

あんた(ジャスタ)の場合は芦毛だったら一瞬でウェルダンまで火が入るだろ。ところで御二方?

 

「話じゃメジロの御嬢様も来ているって話しだったけど、何処行った?」

「え?マック様だったらちゃんと・・・」

 

後ろを振り返るもそこには誰もいない。どうやら森に置き去りにしてきたみたいだ。

 

「やっべー・・・」

「でもここまで一本道だったし迷子にはなっていないはず・・・」

 

迷うような道程じゃないので待っていればその内来るだろう。

 

「そういや合宿の時にクロフネがおススメDVDってことで夜中に映画鑑賞やっていたんだけどさ。霧のかかった森って何か出てきそうな雰囲気があったよ」

 

オバケとか怪物とか出てきそうな感じはあるよね。特に外国の原生林とかだと猶更。

 

「あの、ここの森って心霊スポットだったりしますか?」

「だいじょうぶだよ」

「そいつはよかった」

 

「精々()()()()が出るぐらいさ」

 

「やっぱり出るんじゃん!!」

「みんな丸太は持ったな!!」

 

その後、一人森に置いていかれたショックで泣いていたマックイーンを無事保護した。ただ普段は見せないSSRな泣きマックに暫く三人が異様に興奮したとかしなかったとかアメリカ在住のとある青鹿毛のウマ娘が『私も見たかった!!』と血の涙を流すほど悔しがったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、トラブルもあったけどそろそろ本格的なトレーニングの開始です。

 

「前哨戦のフォワ賞が近いからね。ここの芝にも慣れてもらいたいし、まずは軽く『合わせ』てみようか」

「よろしくお願いします!」

 

一番手はジャスタから。練習コースを軽く一周してもらいましょう。

 

(そういえばこっちの芝って日本の芝とは違うんだよね・・・)

 

走り方にも注意しないとケガをしそうだとジャスタがコースに入ったのだが、

 

 

ぶにぃ

 

 

「ぎゃーーーーーーー!!」

 

思っていた感触と違っていたために思わず変な悲鳴が出てしまった。

 

「どうしたジャス?変なモンでも踏んだか?」

「ち、違うのゴルちゃん!ここの芝!というか地面が!」

 

軟らかい。

 

端的に表現するとそうなる。雨による重バ場とも違う未だかつて味わったことのない地面の感触にジャスタは戸惑いを隠せずにいた。

 

「ああ。まあ知らないとそうなるよね。私も去年そうだったし」

 

ポリポリと頭を掻きながらオルフェーブルがやってきた。さすがにここで何度も練習しているせいか彼女は既にここの芝にしっかりと慣れているみたいだった。

 

日本と欧州の芝の違い。芝の深さと思う人も多いが実はちょっと違っていたりする。芝そのものの長さは日本のものとあまり大差はない。しかし問題は見えている部分よりもその下。日本の芝は地下茎ががっしりとしているのに対しフランスの芝は細く密集して全体を支えている。さらに付け加えると更にその下、土の違いもある。走りやすいように砕石を敷いて人工的に作られた日本の競技場と違い、ヨーロッパのコースは元々が原っぱだったところを競技場にしている。その為日本よりも保水性が高く、少しでも雨が降ると今回の様に足が沈みこんでしまうのだ。

 

「姐さん、こんなコンディションのレースでよく二着に入れましたね・・・」

「前哨戦は余裕で勝ったけどね」

 

凱旋門賞の前哨戦とされるフォワ賞は同じロンシャン競馬場で行われている。距離も同じ2400mなので本番前の腕試しとして最適なレースだ。

 

「ま、あそこには魔物がいるってことだよ」

「?」

「行ってみればわかるさ。さあ座っていないで練習再開だよ!」

 

スミさんに促されてジャスタはオルフェーブルと並んで周回を始めた。

 

(うわっ!?これ思った以上に走りにくい!芝が絡みつくってこういうことだったんだ!)

 

以前にココで走った経験のあるエルコンドルパサーから話は聞いていたが走りにくさは想像以上だった。例えるとすればまるで水を張ったばかりの田んぼで全力疾走しているような感じ。一瞬でも気を抜けば足を取られてスッ転んでしまいそうなほどにバ場が悪く感じていた。

 

「今日のバ場はまずまずだねー」

「これで!?」

 

これ本格的に雨が降って重や不良になったらどれだけヤバくなるのか・・・。

 

「うん。タイムはまずまずといったところだ。この調子ならフォワ賞も問題なさそうだね」

「うっす」

 

軽めの調整ということもあってうっすらと汗をかく程度に収まっているオルフェーブルに比べて彼女と並走をした二人はというと・・・。

 

「ひぃっ・・・ひぃっ・・・」

「ぉ・・・ぉ・・・ぉ・・・」

 

完全に虫の息。ジャスタにいたっては目を回して大の字になってぶっ倒れている。

 

「大丈夫か?二人とも」

「なんとか・・・」

「     」

 

ゴルシは規格外のタフネスもあってかギリギリ返事ができたが、ジャスタはもう声どころか指先すら上がらないほどへたっていた。

 

「少し、休憩をしようか。午後は実際のコースを走ってもらうよ」

「ヴェ!?昼からロンシャン行くのかよ!?」

「ロンシャン競馬場ですか。世界屈指の難関コースと聞いていますが」

「そうだね。日本のコースとは全然違うからいい勉強になると思うよ」

 

()()()()()()()に対して()()()()()というかなり特殊なコースはおそらく世界広しといえど此処ぐらいだろう。

 

「さあジャスタウェイ君もそろそろ起きなさい」

「・・・うっす」

 

こんなメニューがあと一月も続くのかといつもの死んだ目をしたジャスタが呟いた。体力バーでいうところミリ程度の回復でこの後もう一本も走ればケガの恐れもある。が、ジャスタ専用の回復技があるので問題ないでしょう。

 

「そんなもんあるか・・・」

「ほら、貴女の出番ですわよ」

「マックちゃんがやれよ。私は前にやったばっかりだぞ?」

「親友同士ならここは一肌脱ぎなさい」

「しゃーねーか。ジャス。この練習終わったら膝枕」

「言質取ったぞ!!証人もいるからやっぱり無しは無効だからね!」

 

なんか前にもこんなやり取りがあった気がするけど元気を取り戻したのなら練習再開です。

 

「さあ行きますよ!姐さん!」

「お・・おう。相変わらず仲がいいな、お前ら」

 

軽くオルフェが引いているけどジャスタは気にせず、先ほどまでよりも軽い足取りで練習コースを走行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後。軽めの昼食を挿んで決戦の地、ロンシャン競馬場に彼女たちはやってきた。オルフェには一年ぶりのコースを今回は四人で走り問題点を見つけていくようだ。

 

「さて、ここがスタート地点だ。ここから大体グルっと一周ぐらいする」

 

右手に無人のスタンドが見えるここからスタートする。近くには風車も回っていていかにもヨーロッパといった感じがする。のだが。

 

「もうさ。ヤベーのが見えているんだよなー」

 

ゴルシがやる気なさ気に呟く視線の先。日本の競馬場じゃまずお目に掛かれない者が見えていた。

 

「そうですわね。おそらく()()の攻略も一つのカギと言えるでしょう」

 

()()はさておき、スタート地点から解説していきましょう。

 

スタートからおよそ400mは平坦な直線が続いている。この400で誰がハナを主張していくか。最初のポジション争いが予想される。そして400mを過ぎると上り坂になるのだが。

 

「ここは最大斜度が2.4%の上りだからね」

「うへぇ。きっつ・・・」

 

向う正面がほぼこの上り坂だ。それが第三コーナーまでずっと続いているのだからたまったもんではない。

 

「でこの坂を上りきると」

「下りながら右にカーブ!?」

 

この辺りは京都の名物『淀の坂越え』と似ているかもしれない。が、問題は高低差。ロンシャンの高低差は約10M。心臓破りの府中や中山よりもえげつない坂を越えなくてはならない。そしてコーナーを回りきると。

 

「直線だ!?ここでラストスパート!」

「にはまだ早いよ」

「えっ!?」

 

ロンシャン名物フォルスストレート(偽りの直線)の登場である。脚を溜めに溜めたところで最後の直線と勘違いを引き起こすともう完全に手遅れになる。なにせこの直線を抜けた先が本当の最後の直線なのだから。

 

「スパートはこっからだ!」

「!!」

 

そしてフォルスストレートを抜けたラスト500mが最後の勝負。ここにどれだけぶち込める脚が残っているかが決め手になるだろう。

 

「ふう。とまあこんな感じのコースなんだけど、感想は?」

「初見殺し過ぎませんか!!?」

「まあ、うん。だからこそこうして予行練習しているんだけどね」

 

対策も何もせずに挑めば確実に跳ね返される。ロンシャンに潜む魔物は無知には容赦なく牙を剝く。

 

「ですが勝負所はある程度予想が付きましたわね」

 

ポイントとして挙げるとすれば三ヶ所。『スタート直後の位置取り』『第三コーナー~第四コーナー』そして『ラスト500mの最終直線』。

 

「そうだ。特に最後のストレートは見ての通り起伏がない」

「まるでマックイーンみたいだな」

「ゴールドシップさん?貴女、私の()()を見て私みたいだと?」

「ん?ムネ」

「●ス」

「マック様ステイ!ステーイ!」

 

ゴルシの安い挑発に触発されたマックイーンだったがジャスタとオルフェに制止させられた。まあ確かにこの中じゃマックイーンが一番小さいかもしれないが、彼女にも多少の起伏はある。はず。

 

「そういえば今年はジャポーネからは二人エントリーされていると聞いているが」

「ん?そうなのか?姉御」

「そういやギリギリになって参加表明した奴がいたな」

 

ダービーを制した実力があるらしいからそれなりに善戦できるかもしれないけど、コッチに着いてから一度も見ていない。どこか別の場所でトレーニングしているのだろうか。

 

「坂の特訓でアルプスの方に行っているみたいだな」

 

まさか例の迷実況よろしく200mの坂で坂路特訓していたりして。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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負けイベってテンション下がるよね

10月の第一日曜日。パリは燃えていた。世界各国から集ったウマ娘達による世界最強決定戦がもう間もなく始まるからだ。

 

「緊張してきた・・・!」

「そうですわね。凱旋門賞制覇は日本の悲願といっても過言ではありません。今年は去年二着のオルフェーブルさんにダービーウマ娘のキズナさんも出場されます」

「そうだな・・・」

 

この一月オルフェーブルとこの大会に向けて共に特訓をこなしていたジャスタとマックイーンが興奮しているのに対してゴルシはというと不調気味。

 

「どうしたの、ゴルちゃん。元気ないけど」

「貴女らしくありませんわね」

「誰かさんが提案した特訓に付き合ったせいで背中がヤベー事になっているからかなぁ?」

「「・・・」」

 

遡る事半月前。

 

「やはりこのコースの攻略には強靭な足腰が必須と思われます」

 

対策会議をしていた時の事だった。マックイーンが今後のトレーニングに意見を出した。

 

「そこで私が天皇賞を勝つために行ったトレーニングを推奨したいと思います」

「マック様がやっていたトレーニング?」

「おい。マックイーン、それってまさか・・・」

「この重い蹄鉄を付けてゴールドシップさんを飛び越えて下さい!」

「やっぱりか!!?」

 

マックイーンが取り出した見るからに重そうな蹄鉄を見てゴルシの顔が一瞬にして青ざめた。

 

「ふっざけんなよ、マックちゃんよぉ!!?これで私がどんだけ酷い目に遭わされたか忘れたとは言わせねーぞ!!」

「え?何があったの?」

「この蹄鉄付きのシューズで天丼かってぐらい踏みつけられたんだよ!これクッソ痛いんだからな!!」

 

蹄鉄で踏まれた時点で大ケガしそうなものだが、ゴルシの売りの一つに並外れた体の頑強さがある。

 

「それでしばらくゴルちゃんコルセット巻いていたんだ」

「あんなに踏みにじられるなんてもう私お嫁にいけないわ!」

「大丈夫!仮にそうなったとしてもゴルちゃんは私が娶るから!!」

「ジャス・・・お前ってやつは!」

「今の日本って同性婚はダメだぞ」

「誰が日本で挙式をするって言った!!同性婚が認められている国に行って国籍変えてやるわ!!」

 

何もそこまでしなくてもと思わなくもないが、コイツは芦毛相手だったら本気でやりかねない。最悪日本国憲法改正までやると言ったらやる女だ。

 

「まあゴルシとジャスタの将来はちょっと置いておいて。このトレーニングって効果あるのか?」

「勿論です!この特訓で私は天皇賞を取ることが出来たのですから!」

「でもあの時のテイオー、最後までスタミナ持っていなかったぞ?」

「テイオーさんギリギリ五着だったっけ?」

「で・・・ですがそれなりの効果は期待できると思います!」

「勢いで乗り切りやがった」

「そうだねー」

 

さてそれでは特訓開始といきましょう!

 

「うおっ!結構重いなコレ!!?」

「メジロ家特注の蹄鉄です。パワーアンクルよりも効果はありましてよ?」

「へー」

「お前ら特訓の失敗=私が中破するってことなのわかっているよな?」

「大丈夫!ゴルちゃんが中破したら・・・

 

ちゃんと写真に収めるから!!」

 

どうやらジャスタは〇コレの中破みたいになることを期待しているみたいだ。蹄鉄で踏みつけられてそんなことになるわけないが期待するだけならタダだし。

 

「やっぱ代われジャス!この恐怖お前も味わうべきだ!」

「え!?ヤダ!」

 

まあ普通は拒否するよね。被害の大きさを知っていたら誰だってそうする。

 

「ふっざけんな!だったらマックイーン!お前が言い出したんだから今すぐ代われ!すぐ代われ!」

「うわっ!?ゴル!急に動くと!!」

 

「「「あ」」」

 

グシャ

 

「ぎゃーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌な事件でしたね・・・」

「そうですわね・・・」

「一つ言わせてもらうがな、()()私じゃなかったら脊骨にヒビが入っていてもおかしくなかったんだからな?」

 

遠い目をしている二人にゴルシがツッコミを入れていた。実際のところゴルシレベルの体の丈夫さが無かったら大ケガを負っていたかもしれない。

 

「そろそろ入場してくる時間ですわね。オルフェーブルさんは6番でしたから・・・あ!来ましたわね!」

「姐御ー!」

 

ジャスタ達の声援に気づいたのか、オルフェーブルは観客席に向かって腕を上げて応えた。前評判では堂々の一番人気ともあり、観客は俄かに活気づいた。

 

「やっぱりみんなも姐さんが勝つところが見たいようだね」

「ええ。昨年のクビ差二着もこの人気の現れでしょう」

 

そして前回負けた相手である『ソレミア』が今回出場していないのも人気に拍車をかけた。

 

「ですがレースに絶対は存在しない。注意しなければいけない相手は沢山います」

 

マックイーンが危惧するライバル候補。

 

イギリスのGⅠエクリプス賞を含む怒涛の五連勝を上げたイギリス代表『アルカジーム』

地元フランス代表、仏ダービーを制した『アンテロ』

そして、

 

「私が一番注目しているのが、()()()です」

 

最後に登場した鹿毛のウマ娘。たったそれだけで会場全体から割れんばかりの声援が飛び交った。

 

「今年の仏オークスとヴェルメイユ賞の二冠に輝きました『トレヴ』。彼女が今大会最大の敵かもしれません」

 

特にヴェルメイル賞は今回と同じロンシャンの2400。限定戦ではあるものの、凱旋門前哨戦として参戦するウマ娘も多い。そんな中での勝ちウマだ。人気も文句なしの二番人気であるところからも見て取れる。

 

「しっかーし!姉御だって前哨戦のフォワ賞をしっかり獲ってるからな!調子も万全!負ける要素なんてどこにもねーだろ!」

「ゴルちゃんの言う事も尤もだけど、不安が有るか無いかって言われると不安しかないっていうか」

「どうした、ジャス?気になる点でもあったか?」

 

ゲート前に並ぶ各国代表たちを見定めてジャスタは一言残念そうに呟いた。

 

「何度見返しても芦毛がいない」

「本当にブレないなお前!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おーおー。どいつもこいつも睨みつけてきやがって。徹底マーク宣言ってか?冗談じゃねー)

 

前大会のクビ差二着を考慮してかどのウマ娘もオルフェーブルを危険視していた。極東の三冠暴れウマ娘。ムラッ気があるものの楽に走らせては厳しい勝負になるだろう。となれば最初から最後まで徹底的にマークし自由に走らせない。

 

(多少無理してでも外の方を回すか?)

 

前回は最後の直線を大外からブッコ抜く力業で先頭に立ったが最後の最後でソレミアにかわされてしまった。

 

(まあ成るようにやるか)

 

本番前にマックイーンから要注意人物は教えてもらっていたが、その殆どが頭に入っていなかった。最後に抜けば問題ないだろうと。前回負けたソレミアがいれば話は変わってきただろうが彼女は参戦していない。

 

それならば前回と同様、最後の直線で全員ぶち抜いてしまえばそれでいいだろう。そう高を括っていた。

 

entrer par la porte(位置について)

 

ゲートに入るようにアナウンスがされた。一人また一人とゲートに収まっていく。そして最後に大外枠のトレヴがゲートに収まった。もう間もなく世界最強を決めるレースが始まろうとしていた。

 

ガシャン!

 

『凱旋門賞スタートしました!各バ揃ったスタート。オルフェーブルはまずまずのスタートを切っていきました。キズナは後方に抑えています。キズナは後方。オルフェーブルは中団に控えます』

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー!行っけー姉御!!」

「姐さーん!!」

 

あらん限りの声を絞り出して応援をするジャスタとゴルシとは対照的にマックイーンは静かにレースの行方を見守っていた。彼女の実力はよく知っている。しかし、だからこそ。

 

「負けたりなんかしたら・・・承知しませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

『全体的にスローペースとなりました。先頭を行くのはジョシュ。オルフェーブルはバ群の中央にいます。後方二人目にキズナ。その前方に仏オークス・トレヴがいます』

 

(ここまでの展開は予想通りといったところだな・・・)

 

バ場状態からスローになることは予想出来ていた。皆揃って最後の直線勝負を狙っているのか牽制しながらもほぼ一つの集団となってコーナーへと差し掛かっていく。

 

『ジョシュアスリーが引っ張る展開となりました。後ろに仏ダービーウマ娘・アンテロ。その後方にオルフェーブルが付けます。キズナはまだ後ろから2・3番手といったところでしょうか』

 

上りから下り坂へと変わりこの後に控える直線を見据えて位置取り争いも加速していく。

 

『中間地点を超えてペースも上がってきました。ジョシュアスリーが先頭。二番手オコヴァンゴが上がってきました。外からアンテロ。トレヴも位置取りを上げてくる。キズナも続いた』

 

半分を過ぎたところで後方にいたメンバーが徐々に押し上げてきた。前を行くオルフェーブルはまだ静かに気を窺っていた。前回の様にスパートをかけるタイミングを間違えればまたゴール手前で差し切られるかもしれない。が、その慎重さが思わぬ事態を引き起こしてしまう。

 

「しまっ・・・!」

 

『おおっと、オルフェーブルがバ群の中でもがいている。行き脚を失ってしまったか?』

 

気が付けば周囲を完全に囲まれてしまっている。前にも横にも脱出できずズルズルと後方に下がってしまう。それを尻目にトレヴは先頭を目指して加速していき、追走するかたちでキズナも前に行った。

 

(クッソ!前に抜けない!)

 

 

 

 

 

 

「おいおいおいおい!何やってんだ姉御!?」

「キズナさんがマークしてくれているけど、これ・・・」

「ええ。最後の直線でベストポジションを取れません」

 

 

スパートをかける最後のストレートで後方に残っていると今日のロンシャンのバ場の状態ではいくらオルフェーブルの豪脚をもってしても届かないだろう。それはつまり・・・

 

「ですが、()()です」

 

マックイーンは気づいていた。レースを中継する特大ビジョンに映ったオルフェーブルの目はまだ死んでいない。窮地に立たされようともまだ彼女は諦めてはいない。

それならば。あり得る。

日本最強の三冠ウマ娘の彼女であれば。

 

 

 

 

 

 

『最後の直線、先頭はジョシュ。一番外にキズナ。オルフェーブルはまだ中だ。出口が無い!トレヴが上がってきたトレヴが上がってきた!』

 

泣いても笑っても最後の直線500Ⅿ、トレヴが先頭に打って変るもオルフェーブルはまだ動かない。いや動けなかった。

 

終わった。誰もがそう思った。またしても日本は勝てないのか。誰もがそう思った。その瞬間、

 

「甘いんだよ。私が、『オレ』が!

 

負けるかよ!!

 

『オルフェーブル前が開いた!そしてアンテロだ!ダービーウマ娘のアンテロとオルフェーブル!』

 

後方にいたトレヴが捲くって出来た一瞬のスキ、それを見逃さなかったオルフェーブルが一気にギアを上げて先頭のトレヴに襲い掛かる。しかし、

 

『しかし先頭はトレヴ!リードを広げていく!二番手はオルフェーブルとアンテロ!しかし前が止まらない止まらない!オルフェーブルが二番に上がったが差が開いていく!』

 

(畜生が・・・!)

 

『勝ったのはトレヴ!五戦五勝!無敗の凱旋門賞ウマ娘!今年も届かなかったオルフェーブルは二着!ダービーウマ娘キズナは四着!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな・・・姉御・・・!」

「うっ・・・!」

 

目の前で絶対勝てると信じていたオルフェーブルが敗北したことが受け入れがたい二人は涙を禁じえなかった。

 

「立派・・・でしたわ。二人とも」

 

ただ一人、マックイーンだけはゴールの先で息を整えながらも観客に手を振る世界最強に届かなかった日本からの英雄を見つめていた。

 

「次は・・・あなた達の番ですわよ。ゴールドシップさん」




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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例えるならWIN5の最後を大穴に吹っ飛ばされたあの虚無感

「おわったねー」

「そーだなー」

 

パリの大通りにて黄昏る二人のウマ娘。とりあえず目についたカフェらしきところに入りテーブルに突っ伏して虚無っていた。

 

「まけちったなー」

「そーだねー」

 

ここまで脱力してしまっているのは先日の凱旋門賞でのこと。人気も実力も申し分なかったオルフェーブルが目の前で負けてしまったからだった。二年続けての二着ということもあり、相当ショックだったのであろうがそこは一流のウマ娘。一夜明けて早々テレビ局の取材を普段通りに受けていた。

 

「はぁっ・・・。御二人ともしっかりしなさい。明日には帰国するんですよ?」

「そーはいってもよ・・・」

「これがせかいか・・・」

 

届かなかった。現役最強の三冠ウマ娘をもってしてもその頂には辿り着けなかった。世界の壁のその厚さを体感してしまった。

 

「そう。これが『世界最強』というものです」

「マック様は悔しくないんですか?」

「悔しくないわけありません。しかし今回はアウェーでした。ホームであるジャパンカップにてリベンジは可能です。そこで思う存分雪辱を晴らせば良いのです」

 

二人よりも先に世界と戦った経験のあるマックイーンだけはこれが当然とでも言いたげだった。

 

「・・・そうだよね。二年連続で二着っていうのは悔しいかもしれないけど、それでも凄いことには変わりないもんね」

「だな。私たちが将来リベンジかましてやればいいんだもんな」

 

どうやら心の整理がついたのか二人の顔に生気が戻ってきた。

 

「そうと決まれば」

「そうだね」

「ええ」

 

 

 

「観光じゃー!!」

「ナンパだー!!」

「パクパクですわ!!って違います!!!」

 

まあ、帰国まで時間はあるし節度を持った行動を心がけてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってなわけで!やってきました御存知シャンゼリゼ!」

「オウ!シャンゼ!」

 

確かにここなら観光もできるし、人通りも多いし、飲食店もあるからみんなの要望はかなえられているけど、一流のレースの観戦の後でテンションがおかしくなっているから変に暴走されると止められるかどうか・・・。

 

「は!前方30m先に芦毛ウマ娘発見!」

 

早速ジャスタの芦毛レーダーが反応しやがりました。正妻(ゴルシ)マック()がいる前でもジャスタはお構いなしにナンパを決行した。

 

「Bonjour fille.私と昨日の凱旋門賞について熱く語りませんか?」

「え・・・え・・・え?」

 

芦毛の少女がいきなりのナンパで戸惑っていると

 

「はい、そこまでよ!!」

「ごっふぉ!?」

 

慌てて追いかけてきたゴルシが強烈なドロップキックをぶちかました。顔面直撃の結構強烈なやつだったがジャスタはそれでも食い下がろうとする。

 

「ちょっと何するのさゴルちゃん!」

「国際問題に発展しそうなところを華麗にカットしただけですが!?」

「愛に国境はないんだよ!」

「愛で戦争になったこともあるんだよ!」

「望むところ!!」

「その望みを絶ーつ!」

「アイアンクロ―ーーーーー!!?」

 

ゴルシの怪力で顔面を鷲掴みにされて悶絶するジャスタ。ペシペシとゴルシの腕を叩いて早々にギブアップしているが手を放したら放したで良からぬことをするだろうからもうちょっと折檻を受けてもらいましょうか。

 

「あ、その制服。日本のトレセン学園?」

「ん?そうだけど、それがどうした?」

「あの、私来年受験するんです。トレセン学園」

 

「へー」っと感心するゴルシをよそにいまだジャスタはゴルシの怪力に曝され続けて気を失いかけていた。

 

「それよりももうそろそろ放してあげた方が・・・」

「あーダイジョーブダイジョーブ。コイツは芦毛がいれば勝手に無限増殖するような奴だからな」

「そ・・・そうですか・・・」

 

トレセンには恐ろしい先輩たちが沢山いる。それはレース場でのことだけだと思っていた少女は考えを改めることにした。

 

「それよりもよ。来年トレセンに受かったらウチのチームに来ないか?」

「チームですか?」

「そう!!今トレセン学園じゃアオハル杯ってチームレースを開催しているんだけど、私たちのチーム、メンバー不足でさ。貴女さえよければ入ってもらいたいなー」

 

ゴルシのアイアンクロ―はまだ継続しているものの、積極的に青田買いを狙うジャスタ。でもこんなチームに入りたいウマ娘なんて余程の物好きだと思う。

 

「っていうかジャスよ。この子、芦毛か?どっちかっつうと黒っぽいけどよ」

「ゴルちゃん。私のレーダーを信頼していないね?」

「・・・そうだな。お前が芦毛を見間違えるわけねーもんな」

 

その気になれば髪の毛一本あれば芦毛に限り個人特定までする審美眼持ちのジャスタが実は黒毛でしたなんて凡ミスをするわけがない。()()に関してだけゴルシはジャスタを認めていた。

 

「うーん。少し考えさせてもらいますね」

 

それが賢明な判断というものだろう。そもそもまだトレセン学園に入学するかも決まっていないというのに「入ります」なんて言えるわけがない。

 

「ありがとう!そう言ってくれるだけで他に言葉が見つからない・・・!」

「あの・・・」

「色々あったんだよ。色々とな」

「はあ・・・」

 

感謝の気持ちが溢れて静かに涙を流すジャスタに少女は戸惑っていた。メンバー集めに四苦八苦していたことなど知る由もないから仕方ないが、パリの大通りのど真ん中でいきなり泣き出されては対応にも困るというもの。

 

「あの、そろそろバスの時間なので私はこれで」

「おう。引き留めちまって悪かったな。入学出来たらゴルシ様特製のミラノ風ドリアを馳走してやらあ!」

「受験頑張ってね!」

「はい!」

 

別れ際に手を振って彼女を見送ってから少しして、ジャスタはとんでもない過ちに気付いた。

 

「そういえばさっきの娘の名前聞くの忘れてた・・・」

「安心しろ。少なくともこんな変な先輩がいるようなチームには入りたいって思わねーだろうから」

「そんなチームに入ってくれたゴルちゃんは天使だと私は常々思っています」

「じゃあスノーは?」

「大天使」

「クロさん」

「唯一神」

「そんな扱いしてると堕天(脱退)するぞ」

「それは絶対ないから大丈夫」

 

妙な所で信頼を寄せるジャスタと皮肉が通じずどうにか言い負かしてやろうと考え込むゴルシは暫くパリの街を散策することに

 

「Bonjour fille」

「さらっとナンパしてんじゃねー!!」

 

ちょっと目を離したすきにまた別の芦毛のウマ娘に声をかけたジャスタの脳天目掛けてゴルシはこの日一番の強烈なカカト落としを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い人たちだったな。トレセン学園、どんな人たちがいるんだろう・・・」

 

その昔、世界をけん引した母の引退レースだったジャパンカップの縁からもし進学するのであればフランスよりも日本でデビューをしたいと少女は思っていた。そしていつか自分も母と同じこの地で世界最強を示したい。それが彼女の夢だった。

 

「よし!お家に帰ってからまた日本語の勉強しないと!」

 

思いを新に少女はカバンから一冊の日本のマンガを取り出した。友達に相談したら日本語の勉強にはこれが良いと薦めてもらったものだ。学校でも少しは習っているがまだまだ翻訳に時間がかかってしまう。日常会話はそれなりに上達したが、それでも少し戸惑うこともまだまだ多い。

 

「それにしてもバス遅いなー。・・・もしかして」

 

少し気になってスマホを確認するとそこには『grève』(ストライキ)の文字が。

 

「Merde!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではお世話になりましたわ」

「いえいえ。私が力不足なばかりに彼女には辛い思いをさせてしまいました」

「ゴメン・・・。私が不甲斐無かったせいで」

 

帰国の日になりフランスで面倒を見てもらっていたスミさんが空港までお見送りに来ていた。今度は絶対に勝つつもりでいたせいか、オルフェの落ち込み具合は普段のカケラも見えなかった。しかしスミさんは笑ってオルフェの肩を叩いた。

 

「フランスにはこんな言葉があります。“C'est la vie”(それが人生)です」

「スミさん」

「貴方はとても強いウマ娘です。だからもっと胸を張ってください」

「スミさん・・・!」

 

もう抑えることができなかった。オルフェは子供の様に泣きながらスミさんに抱き着いた。そばで見守っていたマックイーンももらい泣きしているのか目には涙を浮かべている。

 

「うおおおおおおおおおおん!!こんなもん見せられちまったら全仏が泣いちまうぜ!なあ、ジャス!?・・・・・・・・・・・・・・・ジャス?」

 

ゴルシもゴルシで感動のあまり大泣きしていたのに対して、ジャスタだけは全く興味なさそうに新聞を読んでいた。この時ゴルシもマックイーンも誰かに泣いているところを見られたくないから新聞で顔を隠しているだけ。そう思っていた。手が震えているのも、新聞がぐしゃぐしゃになってしまっているのも感動しているからだと。

 

「ゴルちゃん、マック様、姐さん。今すぐ帰りましょう」

「?」

 

余りにも冷たすぎる言葉にその場にいた全員がジャスタを見た。新聞から顔を上げたジャスタの表情は笑ってはいるものの、顔全体に無数の青筋を浮かび上がらせて一目でわかるほどにブチギレていた。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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反抗期だからってグレると後々になって後悔する

フランスから無事帰国した二人。世界的なレースを目の前で観戦していたのだから級友たちは挙って話を聞きに二人に群がるものかと思えたが、むしろ二人から距離を取るほどになっていた。その理由はというと。

 

「・・・・・・・・」

 

ジャスタがグレた。

どこで買ってきたのかグラサンをかけて髪型はリーゼントに。大きくバッテンが描かれたマスクをして見るからに不機嫌な態度を取っていた。

 

「あの・・・ゴールドシップさん?ジャスタさん向こう(フランス)で何かあったんですか?」

 

事情を一番知っていそうなゴルシにスノーが尋ねたが、ゴルシはゴルシで複雑な表情をしていた。

 

「いやー、フランスじゃ特に何もなかったんよ。姉御が惜しくも二位だったことを除けば」

「それじゃあ何が原因なんですか?」

「・・・・・・・・・・()()()()だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~早朝~

 

「カチコミだ、オラーーーー!!

 

グラサン+リーゼント+金属バット+特攻服を装備した不審なウマ娘が朝も早くから生徒会室に殴り込みを掛けていた。

 

「な、何者だ貴様!ここがどこだかわかっているのか!」

「わかった上でのカチコミだオラー!お前じゃ話にならんのじゃ!責任者呼んで来い!」

 

不審者の突撃に面食らったエアグルーヴだったが、そこはやはり副会長。この手のトラブルには慣れているのかあっという間に不審者を組み伏せていた。

 

「放せー!!」

「まったく・・・。そう気が立っていては話も出来ないぞ?」

「私は!今!ハラワタが!地獄の窯よりも!グッツグツに!煮えたぎって!いるんだよ!!」

 

この不審者は相当お冠にきているようで、まともな会話が出来そうにありません。

 

「いいからさっさとここの責任者呼んで来い!!」

「まずは落ち着け!そしてその手に持っている危険物をコチラに寄越すんだ」

「責任者が先だ!会長は何処だ!隠しても無駄だぞ!」

「さっきからずっとそこに座っているがな」

 

不審者が生徒会室に乱入してからずっとルドルフ会長は微動だにすることなく真正面の椅子に腰かけていた。

 

「おうおうおう。逃げも隠れもしないってのは中々の肝っ玉じゃねーか」

「・・・・・・」

 

ズカズカと距離を詰める不審者に対してルドルフは無言でプレッシャーを与え続ける。皇帝からの圧に屈することなく机の前まできた不審者は真正面からメンチを切った。無言の睨み合いが続くこと数分後。

 

 

 

 

「会長に一言物申す!!」

 

ウマ娘新聞を手にしたジャスタウェイが生徒会室に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初の不審者は誰ですか!!?」

 

ゴルシの説明を聞いていたスノーは思わずツッコんでいた。

 

「さあ?ジャスが乗り込んだ直後にたづなさんがやって来て笑顔で連れ出されていったが。どうなっちまったんだろうな?」

 

おそらく理事長室へ連行されたんじゃなかろうか。その後はどういった処分が下されたのかは知る由もないが。

 

「でもスノーも聞いているだろ?()()のこと」

「ええ。クロフネ先輩から直接・・・」

 

距離の不安から長距離の菊花賞を回避し、シニア級も参戦する秋の天皇賞へと参戦するはずだったクロフネ。NHKマイルやダービーの結果から見ても十分に通用する。一部のファンからは本命まであったというのに。

 

『クロフネ、天皇賞秋出走除外。武蔵野Sへ』

 

新聞の見出しにはそう書かれていた。

 

「でチームリーダーとして文句を言いに会長の所に行ったわけだが」

「先客がいたと・・・」

「ちゃんと()()に出場できない理由書いてあるのに納得がいかなかったんだろうな」

 

クロフネが出場できない理由は単純にこれまで獲得した賞金(ポイント)不足であり、それが原因で泣く泣く出場を辞退したケースは過去にも沢山存在する。

 

「というよりも!それじゃあクラシック世代はシニア世代に対して不利過ぎ・・・・・・あ!

「どうしたジャス?なんか思いついたか?」

「秋天って確かステップレースなかったっけ?それに出場すれば」

 

確かに毎日王冠がそれに当たるが。

 

「それもうとっくの前に終わったぞ?」

「ダメかー」

 

そもそも秋天一週間前にレースなんか出れるわけがない。そんなに毎週出場していては体が壊れるだろう。

 

「近年じゃ毎週のようにレースに出場させる鬼コーチがいるとかいないとか」

「絶対調子狂うでしょ、それ。勝てるの?」

「噂によれば」

「ウソでしょ・・・」

 

通算成績30勝が最低ラインとかどんな魔境だろうね。

 

「話を戻しますけど、クロフネ先輩は同じ週に行われる武蔵野Sに出場するみたいですが」

「武蔵野ってたしかダートでしょ?・・・クロさん走れるの?」

 

これまでクロフネが走ってきた舞台は芝のコースだ。練習コースでダートを走ることはあるが、どれだけ通用するか未知数である。

 

「スノーは確かダートも走れるんだったよな?」

「うん」

「クロさんの練習見た感じどうなんだ?」

「その・・・並走を何本かしたんですけど・・・」

「?」

 

イマイチ歯切れの悪いスノーに首をかしげるゴルシ達だったが、スノーの証言に開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

 

 

「なんだか()()()()()()()()()気がしました」




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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ダートとは泥や土を意味する。けど日本じゃ砂を使っている。Why Japanese people!?

東京都府中・東京競馬場。この日のメインレース武蔵野Sに出走するクロフネを応援しにジャスタ達は彼女の控室にお邪魔していた。

 

「が・・・頑張ってください!」

「はっはっは!そう堅くなるなってスノー。スタンドから応援してくれるだけで十分だ」

 

緊張でガッチガチになっているスノーに対して当のクロフネはリラックスして豪快に笑い飛ばしていた。

 

「そうそう!あたし達は応援するしかできないからな!」

「・・・・・・」

 

ゴルシもどこ吹く風で笑っているのだが、膨れっ面をしているウマ娘が一人・・・。

 

「だからもういい加減に諦めろっての」

「納得がいかない・・・」

 

いまだに明日の天皇賞に出走できないことに承服できないでへそを曲げているジャスタだった。

 

「ルールだから仕方ないだろ?それに俺はまだ諦めてねーからさ」

「え?じゃあ明日の天皇賞に出走する・・・」

「わけねーだろ。来年だ来年。ここで勝って来年の出走枠は絶対に押さえてやる」

 

そう、まだクロフネはクラシック級であり今日のレースは来年の天皇賞の為と思えばこれぐらいどうってこともなかった。

 

「それにだ。芝もダートも走れるウマ娘ってのはなかなかいねーぞ?」

「あの・・・ここにもそれができる娘がいるんですけど・・・」

「う・・・」

「そういやスノーは基本はどっち路線で行くつもりなんだ?」

 

一応スノーは芝もダートもそれなりの適正はあった。さすがにクロフネと比べてしまうと見劣りしてしまうが。

 

「今はトレーナーさんと相談中です。次の未勝利戦は年末のダートを予定しているんですが」

 

実は一週間前にスノーの未勝利戦があったのだが、この試合でもあと一歩で勝ちきれず年末に最後の望みを賭けるようだ。

 

「さてと。それじゃあそろそろ時間だしパドックまで行くとすっか!」

 

肩を回して意気揚々と控室を後にするクロフネを追うようにジャスタ達も控室を出た。

 

「それじゃあ私たちはこの辺で」

「おう!」

「最前列で応援しますから負けないでください!」

「当たり前だっての。俺の走り、よーく見ておけよ。特にスノーは今度のダート戦の参考にしな」

「はい!」

 

意気揚々とパドックへと向かうクロフネを見送る三人。ダートの適正があろうとこのレースの格は文句なしの重賞GⅢだ。出走してくる相手は厳しいレースを何度も潜り抜けてきた猛者揃い。練習でクロフネの走りを何度見ていても何が起こるかわからない。特にジャスタとゴルシの二人はフランスで尊敬していたオルフェーブルが敗北したのを目の前で見ていた。不安するなというのが無理といえるだろう。

 

「勝てる・・・よね?」

「ッタリ前だろ。クロさんだぞ」

「もう私たちには応援するしか出来ません。客席に向かいましょう」

 

どうにも重い空気を抜けきれないまま応援スタンドに向かったジャスタ達。その途中でクロフネの担当トレーナーの竹トレーナーと鉢合わせた。

 

「おっと、君たちは」

「誰だ、このおっさん?」

「クロさんのトレーナーの竹トレーナーだよ。夏のクイズ大会で一緒にいたでしょ?」

「・・・・・・ああ!あの時はどうも!」

 

半ばゴルシが無理矢理クイズに連れてきたようなものだったがそれはもう昔の話なのでゴルシの頭の中からはスッポリと抜け落ちていたようだ。

 

「私たちはクロフネ先輩と同じチームのメンバーです」

「『芦毛千年帝國』です。クロさんには毎度お世話になっております」

「そうか。君たちの事は彼女からも聞いているよ」

 

スノーとジャスタが頭を下げると竹トレーナーも頭を下げた。

 

「え?どんな風にですか?」

 

竹トレーナーは「そうだね・・・」と少し言葉を考えてから言い放った。

 

「面白い子たちだって」

「おもしろい・・・」

 

まあ常に何かしらのトラブルを引き起こす問題児に無類の芦毛好きとくればそうかもしれない。その中でもスノーはよく頑張っている方だと思う。チーム唯一の良心といっても過言ではないのかもしれないぐらいに。

 

「さて、そろそろパドックに彼女が出てくる頃合いだろう」

「あ、もうそんな時間なんですね」

「よし!私最前列確保してくる!」

「そして私は焼きそばを売る!」

 

ジャスタもゴルシも一陣の風となってあっという間に走り去ってしまい通路に残されたのはスノーと竹トレーナーだけに。

 

「彼女たちも良い脚しているね」

「はい。私なんかよりもずっと」

「・・・」

 

己の実力不足を痛感しているからかスノーは少し表情を曇らせた。そんな彼女に竹トレーナーは優しく言葉を掛けた。

 

「大丈夫。自分の実力が不足していたとしてもこれから補っていけばいい。僕の見立てじゃ、君も成長すればクロフネ君に負けない強さを手に入れれるはずさ」

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『8枠15番 クロフネ」

 

「よし!いくぞオラー!」

 

パドックに登場したクロフネは絶好調と言わんばかりに雄叫びを上げた。そのパフォーマンスに観客からの歓声も大きくなる。

 

『本日の東京メインレース・武蔵野ステークス。一番人気のクロフネの登場です』

『前走の神戸新聞杯は惜しくも三着でしたが・・・』

『今回初のダート重賞に挑戦なのでどのような結果になるか楽しみですね』

 

イイ感じに熱が乗っているクロフネだったが、周りのライバルからは冷めた視線を向けられていた。

 

(予想はしてたけど目の色変え過ぎじゃねーか?)

 

あえて口には出さなかったが芝からダートへの転向それ自体は珍しいことではない。しかし一番人気ともなれば変わってくる。それも秋天落選というオマケ付き。ダート初挑戦でこの人気なことを快く思わない連中がいたとしても不思議ではない。

 

「それだけ周りから注目されている。と、いうだけですよ」

「は!それはどう———も?」

 

声を掛けられたクロフネが振り向いた先にいたのは親友のマンハッタンカフェだった。

 

「あれ?お前も転向組だったか?菊はどうしたよ?」

「?誰の話をしているのですか?」

「え?カフェだろ、お前」

「ええ。そうですが」

 

どこか話がうまくかみ合っていない。二人揃って首をひねったがその答えはすぐにわかった。

 

『16番。イーグルカフェ』

 

「人違いかよ!どうりで髪色がおかしいと思ったんだ」

 

まさかの赤の他人であった。

 

「だれと勘違いしていたのかは知りませんが、私もあなたと同じダート転向組です。今日はよいレースをしましょう」

「それはそれは御丁寧に。でも悪いがそいつは保証できねーな」

 

クロフネはぶっきらぼうに断ると歯を見せて笑った。

 

「てめーら全員の度胆ブチ抜いてやるつもりだからよ」

「・・・・・・そうなるといいですね・・・」

 

あからさまな威嚇をするクロフネに対してイーグルカフェもまた静かに闘志を燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃のジャスタ達というと。

 

「やきそばーやきそばはいかがっすかー」

「今ならカワイイお人形もついてきまーす」

 

焼きそばを売りに会場を練り歩いていた。ジャスタ特製の人形の評価はイマイチなれど、ゴルシが素材から厳選した特製焼きそばはかなりの好評だった。

 

「今日も大繁盛だぜい!ところでジャス。アレはなんだよ」

「あれはねゴルちゃん、私が工作した『ジャスタウェイ人形』。それ以上でもそれ以下でもない!」

「やる気が削がれる見た目はどうにかならんかったのか?」

「失敬な!そんなゴルちゃんには————はい、『金のジャスタウェイ人形』を進呈しましょう」

「いらねーよ!」

 

そんな二人を横目に見ながらスノーは先ほどジャスタからもらった人形をどうするか悩んでいた。正直幼稚園児の工作レベルの人形をもらっても置き場に困るからこれの処分をどうしようか考えていた。

 

「どうしよう、コレ・・・」

「燃えるゴミに出すしかないだろうなぁ。小学の時のヤツもさっさと捨てられたし」

「え!?誕生日プレゼントに毎年贈ったのに!?」

「捨てたのは私じゃなくて母ちゃんだからな?」

 

毎年贈るジャスタもそうだがゴルシもよく毎年貰ったものである。

 

「一応これ、頭を取り外せば小物入れにはなるのに・・・」

「あ、本当だ。頭取れた」

「よし。中に硝石と硫黄と木炭混ぜたのぶち込もう」

 

人それを爆弾というのだが。

 

「安心しろ。こう見えて危険物取扱免許は持っているんだぜ?セーフセーフ」

「アウトでしょ」

「アウトなもんか!ちゃんと乙4合格しているぜ!」

 

*乙4は引火性の液体(ガソリンとか)の取り扱いなので黒色火薬はアウトです。というよりも爆弾を製造した時点でアウトです。良い子はマネしないでね。

 

と、そんな言い争いをしている内にゲート入りは粛々と始まっていた。

 

 

 

 

 

クロフネが軽く体を解しながらゲートに向かいながら改めて今回の出走メンバーに目をやると、なるほど。パドックのイーグルカフェをはじめ、強敵が目白押しだった。それこそGⅠにでも出走できる豪華な顔ぶれである。

 

(ま、関係ないか)

 

誰が来ても関係なくぶっちぎるつもりでクロフネはゲートに入った。その後も枠入りは順調に進み―――

 

ガシャン!

 

『武蔵野ステークス、今スタートしました!少しばらついたスタートになりましたが好スタートを見せたのはサウスディクタス。ここからダートコースに入っていきます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席からクロフネの応援をしているジャスタ達。初めてのダート戦、そして重賞レースということもあり固唾を飲んでレースを見ていた。

 

「今クロさんどの辺だ?」

「中団から先団あたり・・・かな?」

 

中央に設置されたビジョンに映る様子から外枠であったもののなかなかに良い位置を追走しているみたいだった。

 

「クロさんの脚質は先行だからどうだろう、この位置」

「できればもう少し前目の方でしょうか。あ、ちょっと位置取りを上げましたね」

「ああ。・・・・・・・って、うん?」

 

ちょっとした違和感にゴルシは素っ頓狂な声を上げた。

 

「どうかしたゴルちゃん?」

「おいおい、まさか()()()()()()()ぞ!?」

 

「「え?」」

 

確かに少々ペースが速いと言えなくもない。だがしかし、まだ三コーナーの入り口付近だ。こんな距離からロングスパートをかけて最後まで脚が持つはずがない。直線が短い中山ならまだしも府中の直線は500mもある。

 

「何やってんだよクロさん!?」

 

慣れないダートで勝負所を間違えたのか。それとも何か別の意図でもあるのか。作戦通りか、はたまた暴走か。ジャスタ達が見守る中、武蔵野ステークスは最終局面を迎えた。

 

 

 

 

 

 

「ははっ!」

 

残り400の標識を通過して堂々と先頭に立ったクロフネは自然と笑みがこぼれていた。今まで走っていた芝とは違う感触もさることながら、いつも以上に体が軽い!一歩踏み出すたびにここが自分の戦場なのだと実感していた。

 

『残り200を切って逃げるクロフネのリードは7バ身8バ身!二番手争いはイーグルカフェとシンコウスプレンダ!先頭は完全にクロフネ!!』

 

ちらりと後ろを確認するも誰一人として追ってきていない。必死になって追いすがるも距離は詰まらず寧ろ離れていく。

 

これが俺たち最強の世代のフラッグシップ!

 

『クロフネ圧勝でゴールイン!!』

 

クロフネ様だ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、ははは・・・。もう笑うしかねーよこれ」

 

初めてのダート重賞でレコード勝利。それだけでも偉業だが、掲示板に表示された二着との着差には全員が目を疑った。その差は驚愕の9バ身差。およそ2()0()()も差が開いていたということだ。

 

とんでもない先輩が仲間になったと武者震いするゴルシの隣でジャスタはポツリと呟いた。

 

「ワシントン先輩とワンツーじゃなかった・・・」

「どこ見てたんだよお前は!?」

「芦毛だよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・!なんですか、アレは・・・!」

 

二着で入線したイーグルカフェは息を整えながら、最後の直線での出来事を思い返していた。

 

最後の直線、外から一気に差し切る。自身の末脚には絶対の自信を持っているからこその作戦だった。しかし結果はどうだ。必死に前へと足を進めても、どれだけピッチを上げても。あの白い背中には届きもしなかった。

 

怪物。

 

それすら生温い表現と思ってしまうほど彼我の実力差は大きすぎた。

 

「あんな化け物・・・どうすれば・・・」

 

膝が震えていた。この震えはレースでの疲労か。それとも恐怖からか。

 

余裕の表情で観客の声援に応えるクロフネをイーグルカフェは後ろから睨みつける事しかできなかった。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:クロフネ
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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ここの世代って調べれば調べるほど頭おかしくなるよね

GⅢ武蔵野ステークスの衝撃から二日後。トレセン学園ではその翌日に行われた秋の天皇賞と並び、大きな話題となっていた。

 

『ダート界に超新星現る!!』と新聞の見出しにもなるほどの注目を集めてしまったのだから仕方ない。

 

そんな超新星をチームに入れていたジャスは改めてメンバー募集を掛けたものの、

 

「ど~して~~~~」

「だから芦毛限定にしているのが悪いんだろ。もう時間もないぞ。どうするんだ?」

「それでも私は諦めない」

 

変な所で鋼の意思が発動しているがもうそろそろメンバーを決めないと登録期限を過ぎてしまう危険があった。

 

「何か手はあるのか?」

「マック様を泣き落とす」

「それができりゃ苦労はしないだろ」

「ん~~~あ~~~」

 

机に突っ伏して奇声を上げるジャスタに対してゴルシは他人事のようにそっぽを向いていた。

 

「こーなったら最終兵器の出番かなー」

「さいしゅうへいき?」

「実はね―――」

 

密かに考えていた作戦をゴルシに耳打ちしようとゴルシの耳に口を近づける。がそれを躱すゴルシ。

 

「あれ?聞きたくないの?」

「聞きたいのは山々だけど今話すふりして私の耳に咬みつこうとしただろ」

「何故バレた!」

「初犯じゃないからな」

 

万引きの常習犯を検挙した警察官よりも冷たい視線をジャスタに向けるゴルシ。親友でなければさっさとお帰り願っていたところである。

 

「で、最終兵器ってなんだよ」

「それは最重要機密事項だからまだ教えませーん」

「そうか。ろくでもない事ってだけは合っていそうだな」

 

おそらくその推測は間違っていないとゴルシは確信を持っていた。

 

「で、その最終兵器が上手くハマったとしてもやっぱりもう数人は欲しいところだよな」

 

チームとして有名になれば入会希望者が増えるかもしれないが、チームメンバーの実績はまだクロフネの成績だけの現状ではそれも難しいだろう。それよりもリーダーの選り好みが激しすぎるのが一番の問題でもあるのだが。

 

「何度も言いますが私のチームに芦毛以外は絶対に加入させません!」

「その変なこだわりのせいで出場すら出来ないとなれば本末転倒だぞ?」

「もう本当にどうしようもなくなった時は最終手段でいくから」

「最終手段?」

「ゴルちゃんはやったことあるでしょ?拉致」

 

犯罪に手を染める前にどうにかしてメンバーを集める必要がでてきましたよ?

 

「やるとしても目星はあるのかよ」

「第一候補はやっぱりマック様だよね。顔見知りだし」

 

ゴルシと得意距離が被りはするがその分中長距離の厚みが増してくれる点は有難い。

 

「で第二候補はオグリ先輩」

 

おそらく学園で芦毛のウマ娘と言えばと尋ねれば真っ先に名前が挙がる程の超有名人。その上どの距離でもこなせるオールラウンダーは唯一無二の強みだろう。

 

「でももうその二人は無理なんだろ?」

「そこなんだよねー」

 

二人はアオハル杯が開催が宣言された直後に勧誘はしたのだが、残念ながら断られてしまっている。

 

「まあ?学園の?芦毛の?ウマ娘は?全員把握していますが?」

「フリーは?」

「そんな金の卵が居たらとっくに声を掛けてるよ!チクショーめ!」

 

つまるところもうどうしようもないと。

 

「それじゃどうすんだよ。ここまで来て結局参加できませんでした、ってか?」

「だからもうそこは最終兵器次第」

「ゴルシちゃんが言うのもなんだが、拉致・誘拐は犯罪行為なんだぞ?」

 

何度も袋詰めでトレーナーやらウマ娘やらを誘拐しているのだが。

 

「やっぱりパリに行った時にマック様を泣き落とせばよかったのかなー?」

「いやー無理だろ。ああ見えてマックイーンはサファイアとタメを張るレベルの頑固者だぞ?」

 

サファイアのモース硬度は9。つまりはメッチャ硬い。ダイヤモンドレベルじゃないとキズが付かない硬さである。

 

「ということはゴルちゃんでも無理かー」

 

金は宝石に比べると半分ぐらいの硬度しかない。つまりは効果はイマヒトツなのだ。

 

「どうかしましたか?さっきから何度もため息が聞こえてくるのですが」

「おう、スノー!実はかくかくしかじかでよ」

「そ・・・そうでしたか」

 

この期に及んでまだメンバーが集まっていないことにスノーは危機感を抱いた。まだ結果を出せていないとはいえ彼女もウマ娘。皆とレースに出たい気持ちは持ち合わせていた。

 

「スノーちゃんは誰か知り合いいない?強い芦毛のヒト」

「えっと、一人知ってはいるのですが・・・」

「だれだれだれだれだれだれ!?」

「ひっ!?」

「落ち着けジャス」

 

目を血走らせてスノーに詰め寄ろうとしたジャスタのう脳天にゴルシはチョップを落とした。

 

「お・・・」

「お?」

「お母さん・・・です」

「そっかぁ・・・」

 

さすがに保護者に走ってもらうわけにもいかないだろう。

 

「で、でもお母さんはすっごく強いウマ娘だったらしいんですよ!」

「そうなんだ」

「年度代表にも選出されたぐらい強かったらしいです」

 

聞けば骨折しながらもGⅠを二勝もしたマイラーウマ娘だったそうだ。それもボルトを埋め込むようなひどい骨折をした後に優勝したのだから驚くのも無理はない。

 

「そんなに凄いヒトだったの!?」

「はい!私が一番尊敬しているウマ娘です!」

 

スノーにそこまで言わせるとはその走りを直に拝みたいとジャスタは思った。しかしさすがにもう引退しているヒト、それも保護者に選手として走ってとは頼めない。

 

「それか―――」

「まだいるの!?候補!」

 

もうこの際芦毛だったら誰でもいい。どんな手を使ってでもチームに抱き込んでやる。そうゴルシは思った。しかし、スノーが推薦したのは意外な人物だった。

 

「委員長とかどうですか?強いですし」

「「委員長~?」」

 

スノーから『委員長』という言葉が出て二人は教室内にいる委員長に目を向けた。そして一言。

 

「「ない」」

「えー。どうしてですか?彼女とっても強いですよ?」

 

それはよく知っている。自分たちよりも一足先にデビューし三冠を達成したのだから。間違いなく世代最強の一角でありだからこそ委員長という立場にある。しかし。

 

「芦毛じゃないし」

 

芦毛のウマ娘が欲しいジャスタとして鹿毛の委員長は対象外。

 

「我儘だし」

 

名家のお嬢様なだけあって超が付くほど我儘な性格をしている。

 

そしてなにより

 

「「ゴリラだし」」

「誰がゴリラですって?」

 

ジャスタたちの話を聞きつけたゴリラ、もとい委員長。

 

「そりゃこのクラスで一番のゴリラって言ったら()()()()()()しかいないだろ?」

「お言葉ですが、私はゴリラではありません。『貴婦人』です」

 

確かにその通り名が一般的に有名だけど、知人からはゴリラ並の怪力ウマ娘からか『貴』よりも『鬼』とかの方が合っているんじゃないかともっぱらの噂の委員長ことジェンティルドンナのお出ましだ。

 

「でも委員長片手でリンゴ潰すじゃん」

「GⅠを制覇するウマ娘であれば誰でもできる芸当ですわ」

「いやいや。お前の場合握らないじゃん。()()()で潰すじゃん」

 

指先一つでダウンを取れそうなぐらいのバカ力である。なおリンゴを握り潰すには最低でも80㎏以上の握力が必要らしいぞ!

 

「それにあれも出来るだろ?片手でビンの蓋を開けるやつ」

 

ゴルシが言っているのは通称『○ポビタ開け』といわれるCMで有名な親指でキャップを開けるあれのこと。試したことがあればわかるが、そう簡単には開かない作りになっているのでただパワーがあれば出来る芸当でもないのだ。

 

「いやいやいや。さすがにお嬢の怪力でもアレは無理っすよ」

 

そう言ったのはジェンティルの友達その2であり、ゴルシとは何かと腐れ縁な黒髪のウマ娘、フェノーメノだった。

 

「お嬢ならフタどころか飲み口ごと破壊するっす!」

「フェノーメノさん!?」

「「「確かに」」」

「あなた達も同意しないでくださいまし!!」

 

顔を真っ赤にしてお怒りの様子のジェンティルドンナ。それだけ彼女の規格外のパワーは周知の事実なのだろう。そんな中で彼女を擁護してくれるウマ娘が一人。

 

「ジェンティルドンナさんはゴリラじゃありません!」

「あの、その話はもう終わってるよ?()()()()()()さん」

 

ジェンティルドンナとクラシック級で鎬を削り、なんだかんだでクラスのまとめ役もこなす皆のお姉ちゃんことヴィルシーナだが、時折的外れなこともしでかすことがある。

 

「ゴリラの語源は『毛深い女部族』です。ジェンティルドンナさんはムダ毛もないトゥルンツルンなんですよ!!

「ヴィルシーナさん!?」

 

このように。

 

「それで一体何の話をしていたっすか?」

「アオハル杯のメンバー集めの話」

「え?一回目のチーム登録の期限ってもうすぐ締め切っちゃいますよ」

「でも最後の五人目がなかなか見つからなくてさー」

「そういうことなら私に妙案があります!」

 

何かを思いついたジェンティルが堂々と提案を発表した。

 

「と・く・べ・つに!私のチームに加入させてあげても

「「あ、けっこうです」」

食い気味に拒否するんじゃありませんわ!!」

 

スノーは苦笑いしていたが、ジャスタもゴルシも自分たちが好き勝手出来るからチームを組んでいるわけでジェンティルの監視下ではそれもままならないだろう。ただ二人の暴走を文字通り力で止めれそうなのも彼女ぐらいなのでそれでもいいのではとも思ってしまう。

 

「もうクロフネ先輩もいるので勝手にチームを解散したら怒られちゃいます」

「芦毛千年帝國でしたか?」

「ダサくないっすか?」

「ダサくないでしょう!私の野望を愚弄する気かぁ!?」

「そういうお前たちはどんなチーム名にしたんだよ?」

「「・・・・・・」」

 

ゴルシからの質問に急に冷や汗をかきながら黙り込む従者の二人。そんな二人を尻目に堂々と回答する御嬢様が一人。

 

「それは愚問ですわゴールドシップさん。私のチーム名はズバリ『チーム・ジェンティルドンナ』!常勝不敗の最強なチーム名と思いませんこと?おーっほっほっほっほ!!」

 

高笑いとともに発表されたそのチーム名は正直なところ芦毛千年帝國とさして変わらないように思える。主に主張の強さが。

 

「・・・なんというかゴメン」

「気にすることないっす。いつもの事っスから」

 

そのあまりの居たたまれなさはゴルシが謝るレベルだった。どっちもリーダーが()()だからなんとなくシンパシーを感じているのだろう。

 

「んで、他の二人は?」

 

三人の適正距離を考えるとおそらく長距離にフェノーメノ、中距離ジェンティル、マイルにヴィルシーナといったところだろう。そうなると残った短距離とダートを誰が担当するのかだが。

 

「短距離はフジキセキ寮長に紹介してもらいました」

「え?それってズルくない?寮長の推薦って」

 

しかしクロフネも先輩の三冠バ様から紹介してもらったのだから卑怯ってわけでもないだろう。因みに問題の娘は今個人的な用事でタイキシャトルの元に行っているらしい。

 

「それとダートなんですけど、今実家に帰省中でいないんですよ」

「ふーん。っちゅうとあれか。苫小牧か?」

「大当たりっす」

 

地元のPRに余念がない彼女は結構頻繁に帰郷していたりしている。あまりにも帰っているせいで単位とか心配になるけど、そこは大丈夫なんだろうか。

 

「まあウチはこんな感じっすね」

「拘るのもいいですが参加出来なければ本末転倒ですよ?」

「そこはまあ一応考えてはあるから。うん」

 

視線をそらしながら語るジャスタは怪しさ全開だがなんとかしてくれるのだろう。

 

「とりあえず期限までにはちゃんと加入させてみせるから!」

「本当に大丈夫か?」

「任せて!」

 

自信満々に返事をするジャスタだが昔からこういう時に任せると大抵碌なことにならないことを知っているゴルシは一つ、割と大きめのため息で不満を表明した。




チーム名:蘆毛千年帝國(仮)

ダート:クロフネ
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ


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そもそも人が集まらないのはチーム名のせいなのかもしれない

ヴィルシーナ来ましたね。少々イメージと違っているかもしれませんがウチはこのままでいきたいと思います。


もう間もなく年の瀬が近づく師走某日。チーム『芦毛千年帝國』の面々が一堂に会していた。

 

短距離担当・スノードラゴン

ダート担当・クロフネ

中距離担当・ジャスタウェイ

長距離担当・ゴールドシップ

 

「で?」

 

腕を組んで仁王立ちするクロフネとゴルシの眼下には土下座するリーダーのジャスタがいた。

 

「五人目はどうなったんだ?」

 

アオハル杯は最低五人のチームで闘うチーム戦。年末の東京大賞典後に一回戦が行われるのだが、肝心の五人目の確保がまだ出来ていなかった。

 

「どうするんだよ。もう一月もないんだぞ?このままじゃ出場すら出来ねーじゃねーか」

「ゴルちゃんの仰ることもごもっともでございます。ただその最後の一人に関しましては只今交渉中でして」

「ふ~ん。交渉中ねぇ」

 

なんだかただの言い逃れをしているようにも見えなくはない。何しろこの土壇場の瀬戸際にあってもその交渉中の相手の名前すらジャスタは話そうとしなかった。

 

「まあまだまだ言いたいことはあるけど、そろそろチームの申請期限も近いんだ。早いところ引っ張って来なよ?」

「それは任せておいて!」

「それはそれで不安なんだよ。最悪、私も同席するぞ?」

「その必要はないかな。結構好印象だったし」

 

全員が全員「大丈夫か?」と訝しんだが、あくまでこのチームはジャスタが個人的に作ったチームだ。そのジャスタがなんとかして引っ張ってくると言っているのだから彼女を信じるしかない。

 

「で、そいつは何処を走らせるつもりなんだ?」

「うん。この前のクロさんのレースを見ちゃうとあれではあるけど、ダート路線の娘だからダートを走ってもらおうかなって」

「おいおいマジか。クロさんがダートに出れば一勝は確実だぞ?」

「買い被り過ぎだぞ、お前ら。俺でもまだダートじゃ新参なんだぞ?」

 

ダート路線には魔物、とりわけ古強者が闊歩していると聞く。たまたま前回のレースに登録していなかっただけで、クロフネ以上の猛者は沢山いることだろう。

 

「ちなみにそいつは芝は走れそうなのか?」

「多分ダメ」

「じゃあダートはそのヒトが走るんですね?」

「そうなるね」

 

そう言うと登録用紙のダート欄にジャスタはXと書き込んだ。

 

「いや名前書けよ」

「当日までのお楽しみってことで」

「それじゃあスノーが短距離で」

「がんばります!」

「マイルがクロさん」

「・・・それなんだが」

 

何か思いついたようにクロフネは言った。

 

「俺が長距離を走る」

「え?」

 

 

 

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

まさかの長距離立候補にジャスタ達は驚きの声を上げた。

 

「いやいやいや!クロさん長距離走れないから菊花賞回避したんですよね?」

「おう。走れねーぞ」

「だったらなんで長距離なんだよ!素直にマイルとか中距離でいいじゃねーか!」

「それなんだがな。お前ら————長距離を甘く見すぎだ」

 

クロフネ曰く、長距離はスタミナだけじゃない。総合力がものを言う。そして何より、

 

「お前らまだまともに体が出来てないのに長距離を走ってみろ。体壊すぞ」

 

これが一番の懸念だった。これからクラシック級に上がる三人はまだ成長途上だ。そんななかで長距離を走らせるとなるとやはり体へのリスクが大きすぎる。

 

「でもそうなるとクロフネ先輩は負けてしまうんじゃ」

「だろうな。まあ勝算が全くないわけでもねーが」

「え?勝算があるの?」

「おう。この時期だと長距離走れる奴は大抵有馬に出走しているだろ?中数日の連闘で相手の疲労は残っているだろうし、2400までなら経験はある。幸い今回は中山の2500って話しだから根性でなんとかいけるだろう」

 

有馬での疲労を考慮すれば武蔵野Sから日も開いているクロフネにも十分勝機があるように思える。

 

「そういうことなら、クロさんに長距離をお願いします。後これだけは言わせてもらいますけど、無理だけはしないでくださいね」

「わかってるよ、それぐらい。自分で言ってケガなんかしてたら世話ねーよ」

 

こうして芦毛千年帝國の記念すべき第一戦のカードが出揃った。

 

短距離:スノードラゴン

ダート:X

マイル:ジャスタウェイ

中距離:ゴールドシップ

長距離:クロフネ

 

「それじゃこのエントリーシート、生徒会に提出してくるね?」

「ちょーっと待った!」

 

アオハル杯のエントリーの為に生徒会室に向かおうとしていたジャスタをゴルシが制止した。何か気になるところでもあったのだろうか?

 

「どうしたのゴルちゃん?」

「いや、前々から言おうと思っていたんだけどよ―――――――チーム名ダサくねーか?」

「!!?」

 

まるで雷にでも打たれたかのように衝撃を受けたジャスタ。

 

「確かにこの名前はセンスねーな」

「!!?!!?」

 

クロフネの何気ない一言がジャスタのハートを柔らかい部分を撃ち抜いた。

 

「そうですね。ちょっと考え直しましょうか」

「!!?!!?!!?」

 

まさか最後まで信じていたスノーの裏切りにジャスタはその場に膝から崩れ落ちた。

 

「わたしの・・・夢・・・芦毛の芦毛による芦毛の為の芦毛が」

「ただジャスの欲望全開でハーレム築きたいだけだろ?」

「ハーレムってそれは語弊があるよ!?私はまだ見ぬ芦毛ウマ娘と懇意な仲を築けたらと!目指すべきは相思相愛であって一方的な愛というもの偏愛というものは双方にとっていずれは障害としかならないわけででもその障害が高ければ高い程興奮を覚えてしまう私の芦毛へのLOVEは留まるところを知らない青天井の天元突破ブレーキを取っ払って峠を攻めるハチロクよろしく地平線の彼方次元の壁も飛び越えてされど利用規約は厳守しつつもあんなことそんなことできたらいいな!」

「お・・・おう」

 

ジャスタの理解不能な自論に流石のゴルシも引いた。

 

「どんなチーム名にしましょうか」

「既に登録しているチーム名と被らなければいいみたい」

「例えば?」

「たとえば?」

 

運営委員会に問い合わせてもう登録済みのチームを参考にしてみると『サカヲノボル』『ギラギラエガオ』『背水の陣で食べるメシ』など、皆思い思いのチーム名を名乗っていた。

 

「こうしてみると『芦毛千年帝國』も案外悪く

「「「それはない」」」

「デスヨネー」

 

似たり寄ったりではあるがチームリーダーの欲望が駄々洩れしている分、こんなチームに入りたいと思ってくれる心優しい人が現れてくれるかどうか。

 

「チーム名といえば星の名前を付けているチームも多いですね」

 

シリウスをはじめスピカやリギル、カノープスは天体の名前が由来となっている。しかし、

 

「今回はあくまで生徒主動のチームってことだから学園のチームと混同されかねないってことでダメなんだって」

 

その後も色々と意見を出し合うもコレといった案が出せずに時間だけが過ぎていった。

 

「だーかーらー!私は芦毛のウマ娘を中心としたチームを作りたいの!ゴルちゃんの『ヤキソバシスター』じゃ釣れるのオグリ先輩ぐらいじゃん!」

「オグリが来るなら本望だろ!?あいつどこでも走れる超優良物件だぞ!それよりもクロさんの『グレイゴースト's』もどうかしているだろ!」

「お前グレイゴーストっていったらエンタープライズ号だぞ!アメリカの誇る最強空母をバカにするな!そんなことよりもジャスの『芦毛ハーレム』なんて名前にしたら俺は下りるぞ!」

「私は欲望に忠実なだけ!」

「「それを辞めろって言ってんだよ!!」」

 

三人が喧々諤々と討論している中、スノーはスノーで候補を考えていた。このチームに相応しい名前には何が良いか。

 

「あーダメだダメだ!何一つピンとこねー!」

「だったらもうリーダー権限使っちゃうよ!?私の一存でチームの名前決めるよ!?」

「それは横暴ってもんだろうが!スノーも何か言ってやれ!」

「ふえ!?」

 

俄かに名指しされて焦るスノー。

 

「さっきからずっと黙ってっけど、何かいいアイデアとかねーか?」

「一つ、考えていたものはあります」

「お?何だ何だ?」

 

スノーが考えていたチーム名。それは

 

「『モーニンググローリー』なんてどうですか?」

 

スノーの発表にジャスタ達三人は顔を見合わせて言った。

 

「いいんじゃない?」

「俺たちが考えていた奴に比べりゃずっとイイ感じがするな!」

「うん。それじゃあコレでいこう!」

「「「おーーー!!」」」

 

こうして『芦毛千年帝國』改めチーム『モーニンググローリー』は迫るアオハル杯の予選に向けて一致団結したのだった。

 

「ところで何でこの名前にしたの?」

「それはですね―――」

 

モーニンググローリー。和名・朝顔。その花言葉は『結束』そして『固い絆』




チーム名:モーニンググローリー

ダート:✕
短距離:スノードラゴン
マイル:ジャスタウェイ
中距離:ゴールドシップ
長距離:クロフネ


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『アオハル杯予選』開幕!一部ダイジェスト!

ついに始まった『アオハル杯』。期間ギリギリに登録が完了したチーム・モーニンググローリーは今回の会場となる中山の控室に四人が集まっていた。なおチーム・ジェンティルドンナは阪神での予選だったのでここにはいない。

 

「って結局来てねーじゃねーか!」

「ちょっと色々あるんだよ、彼女」

 

クロフネが怒っているようにダートを走る予定の五人目は未だ姿を見せていない。というよりも、大会が始まる直前の追い切り練習にすら顔を見せなかったことから本当にスカウトに成功したのか不安にもなってくる。仮に幻の五人目が到着しなければこのまま棄権ということになるのだろうか。

 

「今回ダートは最終だ。時間までに間に合えば最悪は回避できるだろうが・・・」

 

連絡先を知っているのはジャスタのみ。そのジャスタが出走するマイル戦は第一種目。あまり余計な心配をかけさせるべきではないのだが。

 

「ま、なんとかなりますよ。それじゃあ大事な初戦、サクッと勝ってきましょうか」

 

チームのリーダーとして絶対に落とせない一発目。気合を入れたジャスタは颯爽とパドックへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・おい」

「・・・・・・・・・・」

 

腕組みをして見るからに怒髪天を衝く勢いのクロフネの足元には珍しく真冬の冷たいコンクリの上で正座をさせられているゴルシがいた。

 

なぜ、クロフネは怒っているのか?その理由は単純明快だった。二走目の短距離。スノーは後方待機からの末脚で果敢に先頭を狙ったものの僅かに届かず3着だった。続く長距離を走るクロフネは距離適性外であるものの全体的にスローペースだったこともあってかなんとか二着に食い込む大健闘だった。問題はやはりチームの問題児二人だった。まず初戦のジャスタだが。

 

A☆S☆I☆G☆E天国や~~~~!!!」

 

八人立てで行われた本レース。なんと驚くべきことにジャスタ以外全員が芦毛ウマ娘だった。そんなところにジャスタを放り込んだらどうなるか。結果、出遅れ・掛り・末脚不発の最悪大三元をぶちかまして見事に最下位だった。

 

スノーとクロフネがなんとか盛り返して臨んだ4戦目の中距離。何時にも増して気合が乗ったゴルシはというと

 

『お~っとゴールドシップ!出ない出ない!ゲートから出ません!』

「「やっちゃったー!!」」

 

盛大に出遅れをかましたゴルシにジャスタとスノーが悲鳴を上げクロフネは天を仰いだ。なんとか最下位は免れたものの、四戦を終えて勝ち星はなし。最後のダートで勝利しないと厳しい戦いなのだが、問題のダートの選手はどうなっているのか・・・。

 

「で、ジャスタのやつは何処に行った?」

「あ~。さっきダート走るやつが来たから迎えに行ってくるとかなんとか」

 

どうやら時間には間に合ったようだ。さてジャスタが引っ張ってきたメンバーは一体どんな芦毛のウマ娘なのか。

 

「メンバー表には『ジャストナウ』って書いてありますね」

「ジャストナウ・・・だと?」

 

ジャスタがスカウトした人物に思い当たる節があったのかゴルシが珍しく動揺していた。

 

「いやいや、無理だろ。あいつ走らせるとか」

「ゴルシは知っているのか?コイツの事」

 

あのゴルシが目に見えるレベルで焦っているというのは相当ヤバいことなのだろう。

 

「なんでしょう。ジャスタウェイさんと名前が似ているだけだと思うのですが」

「それはまあアイツの親戚の娘だからな」

 

それなら納得—————

 

「ちなみに来年()()()()だ!」

 

ん?ちょっと待とうか?彼女、トレセン学園の生徒じゃないの?

 

「大井幼稚園の子だな!」

 

まさか幼稚園児を走らせる気なのかあの阿呆は!?

 

「ジャスタは何処だ!!!?」

 

どこぞの派出所の部長さんみたいにブチ切れたクロフネだが、当の本人は行方不明のまま。それよりもそろそろ最終レースのパドックの時間が迫っていますよ?

 

「あ、あの!大変です!皆さん!」

「どうしたスノー?もうこれ以上面倒ごとを増やさないでくれよ!?」

 

念の為一足先にパドックの様子を見に行っていたスノーだったが、そこで信じられないものを見て急いで引き返してきたようだ。

 

「あの、()()を見てください!」

「あれ?」

 

スノーが指した先にいたウマ娘。

 

『8番。チーム・モーニンググローリー所属。ジャストナウ。八番人気です』

 

幼稚園児とは思えない大きさのウマ娘がいた、いやこの際大きさはどうでもいい。奇妙なのはその見た目。頭にメンコやマスクをしているウマ娘はいるが、彼女はどういうわけか紙袋を被っていた。明らかに不審者なのだが誰かツッコミを入れてあげて下さい。

 

「随分と育ちのいい幼稚園児だな・・・」

「誰だよ、あれ・・・」

「ところでジャスタさんは何処に行ったのでしょう?」

 

一番説明できそうなアイツの姿がどこにも見えないのが少々引っ掛かるが。

 

「芦毛のみんな~!応援よろしくね~!」

 

「「「いたーーー!!!」」」

 

紙袋を取るまでもなくアレはジャスタウェイで間違いないと三人は確信した。

 

「何やってんだあのバカ野郎は!!?」

「これって大丈夫なんですか?後で怒られたりしませんか?」

「絶っっ対100%呼び出しされるだろうな」

 

人がいないからと言って替え玉作戦を実行したとなれば、運営からも怒られるだろうしそもそも生徒会も黙っていないだろう。

 

「おねえちゃんがんばえー」

 

とゴルシ達が頭を抱える中で推定・ジャスタに応援を送る小さな芦毛のウマ娘がいた。

 

「お、ナウ!お前応援に来ていたのか?」

「あ!ごるごる!」

 

ゴルシが声を掛けると少女は舌っ足らずな声でゴルシを指した。どうやらこの子が例のジャストナウのようだ。

 

「ほー。これがアイツの親戚の子かい」

「ジャスにはあまり近づけさせるなよ?」

「どういう事ですか?」

「アイツ親御さんの目の前で拉致しようとした前科があるんだよ」

 

ゴルシ曰く、実家に遊びに来た時に部屋に軟禁しようと企てたことがあるらしい。幸い偶然遊びに来ていたゴルシのファインプレーで未遂に終わらされたが、あの目は本気だったそうだ。

 

「こんなこと言いたくはねーが、アイツならあり得るな」

「ですね・・・」

 

いけない方向に妙な信頼感のあるジャスタである。もしも事件を起こしてテレビ局のインタビューをされたら「いつかやるんじゃないかと思ってました」と証言するだろう。

 

『アオハル杯予選、本日の最終レース・ダート1600m。間もなく発走です。今しばらくお待ちください』

 

泣いても笑っても最後のレース。この一戦で今後のチームの明暗が分かれる。それを託されるのはチームの代表、ジャスタウェイ。本来なら最高潮に盛り上がるシチュエーションだが、本日なんどもやらかしまくっている彼女に全てを委ねるのは流石にギャンブルが過ぎた。

 

「と、とにかく応援はしましょうか」

「気は退けるけどな・・・」

「ほんと、頭痛くなってきたよ・・・」

「がんばえおねえちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返しを終えてゲート入りする少し前。レースに出走するウマ娘達は一人のウマ娘に奇異な視線を向けていた。というよりも、全員の思いは一つ。『誰だ、コイツ?』

 

そして当の本人はというと。

 

(よーし。バレてないバレてない)

 

ジャスタウェイ改めジャストナウとして出走するジャスタはまだ誰にも正体がバレていないと思い込んでいる。既にパドックにてチームのメンバー全員にバレているのだが本人は気づいていない。

 

「さて・・・」

 

軽く屈伸してバ場の確認をする。発表によれば『稍重』だが、『良』に近い感触だった。初めてのダートでの勝負となったが練習時にダートコースを走ったことはある。そして二ヵ月前、初めてのダートでありながら勝利したクロフネからもこっそりとアドバイスは貰っていた。もっともクロフネ本人はあくまでトレーニングの内でジャスタがダート路線に転向するとは夢にも思っていなかったが。

 

そうこうしているうちに、スターターさんが登場し赤い旗を振った。ゲート入りの時間である。大外枠であるジャスタは一番最後にゲートに収まるわけだが、ふとスタンドに目をやると最前列にゴルシをはじめとしたチームのみんなが見えた。

 

(ここで勝てなきゃリーダー失格だよね)

 

マイル戦での汚名を雪ぐためにもこの一戦、落とすわけにはいかない。次に繋げるためにも。そしてまだ皆と一緒にやっていくためにも。

 

「よし。行くか!」

 

気合を入れ直したジャスタは係員に促されながらゲートに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『各バ体勢完了。今スタートしましたが、五番少々出遅れたか?』

 

スタートはなんとか揃えたジャスタ。しかし不慣れなダート。行き脚がつかず後方からのレース運びとなってしまった。

 

(あまり先頭から離されないようにしないと)

 

中山の直線が短いことは有名である。あまり離されてしまうと最後の直線で差し切れない可能性が出てくる。先頭の位置を見据えながら今は脚を溜めよう。そう考えた時だった。

 

「わぷっ!?」

 

ジャスタのすぐ前を走っていたウマ娘が蹴り上げた砂をまともに顔面に受けてしまった。紙袋でガードはできたものの、一瞬視界を奪われてしまった。その直後に第一カーブがあるのだが目が見えない状態ではどうしようもなく・・・。

 

「あ!?」

『八番ジャストナウ!カーブを曲がり切れずに転倒した!』

 

足元が疎かになり盛大にスッ転んでしまった。

 

「・・・終わった」

 

脚を捻ったりしなかったのがせめてもの幸いか。しかしジャスタが立ち上がる頃には大きく離されてしまっていた。ここから巻き返すのはいくら主人公補正をかけても難しいだ—————

 

 

 

 

「おねえちゃんがんばえー!」

 

挫けてしまっていたジャスタの耳に(芦毛)が届いた。

 

「まだ終わってねーぞ!」

 

空っぽになったジャスタの心に燃料(芦毛)が投下された。

 

「走ってくださーい!!」

 

チームのみんな(芦毛)の応援がジャスタを突き動かした。

 

「負けるんじゃねーぞ、ジャス!!」

 

愛するみんな(芦毛)のためにもこんなところで倒れてなんていられない!

 

今こそ全世界の芦毛の力を一つにする時!

 

 

 

 

 

 

ヴォオオオオオオオオオオオオオ(芦毛最強)!!」

 

突如暴走モードに突入した人型決戦兵器以上の咆哮を上げたジャスタ。ドン!と爆弾が爆発したような音が響いたと思った直後、ジャスタはもう中団の中ほどにまで位置取りを上げていた。

 

「なんだなんだアイツ!?急に覚醒でもしたのか!?」

「こわいこわいこわい!何なの、このヒト!?」

 

コーナーを曲がり切れずに脱落したと思われた人物がいつの間にか隣に居る。それも紙袋を被った不審者がだ。鬼気迫るオーラを纏わせて猛追してくるのだから恐怖を感じない方がおかしいというもの。

 

この捲くりに会場は一気にヒートアップした。しかしただ一人、クロフネだけは嫌な予感がしていた。

 

「え?曲がれない!?」

「ああ。このまま行っちまうと曲がり切れずにまた転倒しちまうぞ」

 

中山は他の競技場に比べてコーナーが急になっている。慣れない足場に加えてあのスピードでコーナーに突入すればまた転倒する危険がある。この終盤でそんなアクシデントが発生すればそれこそ一大事である。

 

「何か方法はないんですか!?」

「もうアイツを信じるしかねーよ」

 

固唾を飲みこみながらなんとか無事にコーナーを回ることが出来れば或いは。そんな微かな祈りを込めてスノーは固く拳を握りしめた。

 

『先頭は第三コーナーに突入。後続も差を詰めてきた!』

 

(内は無理なら大外からぶん回して・・・)

 

体力的にも外を回す余力はないがスピードに乗ったこの状態でコーナーに入れば間違いなく外に膨れる。距離ロスを嫌って内を選択することもできるが、そうなれば接触による転倒もあり得る。だったら多少の無理を承知で大外から一気にゴボウ抜きする他ない。

 

が、ここでまたしてもジャスタに悲劇が降りかかった。砂煙による一時的な視界不良に見舞われ一瞬、足元が疎かになった。

 

「まずっ!」

 

このままではまた転んでしまう。そうなればレースで敗北。チームは解散してしまうだろう。この半年、共に過ごしたゴルシとスノーとクロフネと愛する芦毛ちゃんとの蜜月が走馬灯として甦っていた。

 

(ゴメン、みんな。私、また勝てなかったよ・・・。)

 

完全に諦めかけたその時だった。

 

「曲がれー!」

 

大歓声に搔き消されそうな程か細い、しかしジャスタの耳にはしっかりと(芦毛)が届いていた。

 

「おおおおおりゃああああぁぁあああ!!!」

 

『外から八番ジャストナウ!今度は完璧にコーナーを回り切った!』

 

転倒しそうなところを気合と根性でギリギリ踏みとどまった。スタミナが切れかかっていたが愛する芦毛の応援を力に変えて全力で先頭を追う。

 

「はあああああああああっ!!」

 

勢いそのままに先頭に取って代わる。後方から差し返そうと懸命に迫るも芦毛を宿したジャスタに届くこともなく―――

 

『ジャストナウ先頭!ジャストナウ一着!チーム・モーニンググローリー、最後の最後で貴重な勝ち星を掴み取りました!!』

 

ジャスタは世紀の大逆転勝利を自らの脚で掴み取って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちやがったよ、アイツ」

「もうわけわからねーな」

 

覚醒したジャスタの走りを見たゴルシとクロフネはチームの勝利による喜びよりも信じられないものを見たことで呆気にとらわれていた。

 

「ジャスタさんってあんな走りが出来たんですか?」

「たぶん私たちにイイ所見せようとしただけだろうが、芦毛が関わったらアイツはマジで化けるからな」」

 

今回奇跡的に勝てたのはゴルシ達の応援があったからこその勝利である。多少のギャグ補正や主人公補正があった感は否めないが。

 

「でもあんな勝ち方すると後が怖いぞ」

「後、ですか?」

「おう」

 

一人疑問符を付けるスノーだったが、その解答はとあるウマ娘の登場ですぐにわかった。

 

「おめでとう、チームモーニンググローリー」

「え、エアグルーヴ先輩!?」

 

もの凄い笑顔でやって来たのは鬼の生徒会副会長であり大会の運営委員会の一人、エアグルーヴだった。

 

「チームメンバー表に聞きなれない人物がいたから査察に来ていたのだが、これは会長にも御足労してもらった方が良かったかもしれんな」

「・・・・・・」

 

終始ニッコニコなエアグルーヴに対してゴルシとクロフネは嫌な予感がして引きつった笑みしかできなかった。

 

「聞けば大井からの助っ人らしいじゃないか、ジャストナウというウマ娘は」

「はい!」

「む?」

 

何も知らずにお姉ちゃんを応援していたジャストナウが自分が呼ばれたと勘違いして大きな声で返事をしてしまった。そしてその返事に「やっちまった・・・」と事態の拙さにモーニンググローリーの三人は思わず天を仰いだ。

 

「君、名前は?」

「じゃすとなうです!」

「そうか。ところでゴールドシップ?」

「な・・・なんでしょう、副会長殿?」

 

この場にいては余計なとばっちりを食らいそうと脱走を試みたゴルシだったが、副会長様に呼び止められてしまったんじゃ仕方がない。もう洗い浚い全部ゲロっちまった方が楽になれるってもんだぜ?

 

「チームリーダーと話がしたい。リーダーのジャスタウェイは何処にいる?」

(スマン、ジャス)

 

心の中でジャスタに詫びを入れてゴルシはバツが悪そうにターフにいる一人のウマ娘を指さした。

 

「?」

 

ゴルシが指した方向にいたのは観客席に向けて両手を振り声援に応えている紙袋を被ったジャストナウを名乗る不審者。

 

ふざけているのかと言いたいのだろうがクロフネも、スノーもエアグルーヴに視線を合わさないように気遣いながらゴルシと同じ人物を指さしていた。

 

後にこの時のことをゴルシはこう回想する。

 

 

 

 

 

「恐ろしいウマ娘だった」



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土下座から始まる反省会

祝三周年!そしてジェンティルも来たよコレ!所属は高等部らしいけど同級の方が話作りやすいのでこの小説内ではヴィルシーナと同じ中等部でやらせてもらいます。



「いやー、とりあえずチーム・モーニンググローリー!見事初陣初勝利という事で!」

「ああ、そーだな」

 

「大変申し訳ございませんでした!!」

 

アオハル杯予選終了後、チームメンバーの前で見事な土下座をかますチームリーダーのジャスタウェイ。それもそのはず、本番のマイルでやらかした上にダートには替え玉出走とやりたい放題。ゴルシもクロフネも青筋立てても必死に冷静でいようとしていた。

 

「いくらメンバーが集まらなかったとはいえアレはやり過ぎだろ」

「反論のしようもありません」

 

事の真相を知った生徒会からもこってりと絞られたようでジャスタは大分やつれていた。自業自得だけど。

 

「それでチームは解散になるのですか?」

「あ、そこは大丈夫。ちゃんと一次予選は突破したみたいだから」

 

正式な発表は年明けになるが、他競技場での結果も合わせてギリギリで突破を果たせたようだった。

 

「なあジャス。お前ダート適正あるならこのままクラシック目指さずにダートに行くんか?」

「いやー、あの時は無我夢中だったし。もう一度同じことやれって言われても無理かなー・・・。あはははは」

 

とりあえずジャスタはゴルシと同じく皐月・ダービー・菊花のクラシック路線を挑戦するみたいだ。しかし、

 

「皐月はちょっと間に合わないかも」

「どういうこった?」

 

さすがにあれだけやってペナルティも何もなしでは再犯の恐れがある。ということで暫くレース出走の禁止を言い渡されたのだ。

 

「つまりトライアルレースに出走できるか怪しくなったと?」

「というよりどこかの重賞を勝利しないとクラシック出れません」

「何やってんだよバカ!お前私とクラシック三冠をワンツーする夢はどーなるんだよ!?」

「本当にゴメン」

「ワンツーだったら去年に委員長(ジェンティルドンナ)とヴィルシーナさんがやっていますよ」

 

ジェンティルの影に隠れがちだがヴィルシーナも二着に入線しているのだから大したものである。そしてそのことは決してヴィルシーナには言ってはいけない。

 

「とにかく、チームとしては次回までに新メンバーを早急に探し出す必要が出てきました」

「今回の予選でフリーになったやつは何人かいるだろ。早くしないとまた出遅れるぞ?」

 

予選を突破できずにチームが解散したところは何組かいるだろう。目ぼしい芦毛ウマ娘はいるのか。いたところでこんな場末のチームに加入してくれるか。そこが問題ではあるのだが。

 

「一応一人。目を付けているのはいます」

「ほー。誰だそれ?」

「さあ?」

「手を貸せゴルシ。コイツグラウンドに埋めるぞ」

「あいあいさー」

「待って待って!もうちょっとだけ話させて!」

 

両脇を抱えられて連行されそうになるジャスタだが、貴女そうやってはぐらかしたせいでペナルティを受けたのだからね?

 

「ゴルちゃんは会ったことあるでしょ!?」

「ああ!?どこで?」

「フランス遠征の時の!」

「・・・・・・・ああ!そういやいたな、芦毛」

 

暴君ことオルフェーブルの凱旋門の二度目の挑戦に同行した際、日本のトレセンに留学する予定のウマ娘と二人は会っていた。名前は聞き出せなかったが彼女が入ってくれれば五人揃えることができる。

 

「でも私たちのチームに入ってくれますかね?」

「スノーは何が言いたいんだ?」

「ジャスタさんのことだから向うで粗相をしていないかと・・・」

「したな」

「「やっぱり」」

 

芦毛ウマ娘相手にジャスタが冷静でいられるわけがないのはスノーもクロフネもよーく御存知。だから驚きはしないが警戒はされるだろう。あの時の変な人だと。

 

「その留学生がすんなり加入してくれりゃ万々歳だが、正直上手くいくと思うか?」

「そこは私のスカウト能力を信じてくださいよ!」

「・・・一応アタシらも個人でスカウトやっておこうぜ」

「だな」

「信じてよ!」



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第数回新春決闘大会in栗東

年末のアオハル杯予選も恙なく終わり、ここ栗東寮では帰省せずに寮に残っていた者たちで新年を祝う大会を開いていた。

 

「先手ーゴールドシップ」

 

いつになく真剣な面持ちでいるゴルシ。それもそのはず。今回相対するのは長年の親友であるジャスタなのだから。お互いの手の内は知り尽くしている。故に一瞬の気の緩みが即敗北へとつながる事すらあり得るのだ。

 

「それじゃあ、いくぜ?ジャス」

「・・・カモン!」

 

スゥとゴルシが右手を上げた。そこには緑色に光る何かが握られていた。

 

「5キューカンバー!!」

 

ゴルシが手を振り抜くと同時に彼女の前には綺麗に並べられた五本のキュウリがあった。しかしこれに対してジャスタはというと————

 

「甘いよ!春雨!」

「何だって!それじゃあこのナスビは逆効果になっちまう!」

「そしてこの木綿豆腐でコンボ完成だ!」

「しまっ!オリエンタルコンボか!?だったら手段は選んでいられねー!ポイントカード発動だ!」

「待って待って!三枚!?正気なの!?」

「いくぜ!」

 

「「決闘(●天カードマン)!!」」

 

豆腐と春雨を鷲掴みにしたジャスタと両手に加えて口にもカードを銜えたゴルシが真正面から交差した。一瞬の刹那、ジャッジの判定は・・・

 

『ゴールドシップ』

「ぃいよし!」

 

まず先手を取ったゴルシ。しかしこれに納得がいかないのがジャスタ。どうやらVARを要求するみたいだ。

 

数分の協議後審判長のサクラチヨノオーがマイクを手に解説を始めた。

 

『只今の協議について説明します。行事軍配はゴールドシップ優勢と見ましたが、ポイントカードの有効期限が過ぎているのではないかと物言いが付き、ビデオ確認をしたところ一枚期限切れのカードが混ざっていました』

 

VAR成功に思わず両手を上げてドヤ顔をするジャスタ。

 

『しかし、改めて確認を行ったところジャスタウェイ使用の木綿豆腐の賞味期限が一日超過していた為再検討の結果、両者同体とし()()()()とします』

 

取り直し!仕切り直しです!これは両者、勿体ないあまりの凡ミス!

 

二人とも初めの位置に戻り集中力を高める。

 

「先手ーゴールドシップ」

 

先ほどと同じ手は使えない。ならばとゴルシが繰り出した手は

 

「6バラン!」

 

バラン六枚!やはり手を変えてきた!しかしこれを読んでいたジャスタが繰り出した手はなんと

 

「ならばランチャーム!」

「なにー!ってことは次はもしや!」

「その通り!ここで私はパキッテを召喚!」

「そ、そいつはディスペンパックの最新型じゃねーか!」

「それだけじゃない。コイツの中身は『Black & White』!この最強タッグの前に流石のゴルちゃんでも手も足も出ないでしょ!」

「ところがどっこい!ここでリバースカードオープン!」

「そ・・・それは!」

「そう。こいつはただの紙じゃねー!こいつは『グラシン紙』!!」

 

そしてゴルシは満を持して奥の手を出す!

 

 

 

「樫本代理のカッシーナだあああああ!!!!」

 

この大技!掴むか!掴めるか!?―――――

 

決まったー!日本優勝!この大一番で樫本代理、大技を成功させたー!!

 

チーム・ファーストの面々が樫本代理を胴上げしています。それではここで日本トレセン学園生徒会長さまから一言もらいましょう。

 

()()()()()()()()()とは()()()()()()。なんてな。フフッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょーもねえわああああああああ!!!」

 

ツッコミどころ満載の悪夢に思わず布団を蹴っ飛ばしてクロフネは跳ね起きた。

 

「なんて初夢だ・・・」

 

正月早々からとんでもないものを見せられたクロフネ。悪夢と言っても差し支えない内容だったのだから頭を抱えたくもなる。アオハル杯で慣れない長距離を走ったせいか少し足に違和感があるものの、疲れによるものだろうと思い込むことにして一先ず乾いたのどを潤そうと寮の食堂へと向かった。そこには至近距離で睨み合うジャスタとゴルシ、それを周りで応援する野次ウマ娘たち。

 

「何やってんだよお前ら」

「「真剣勝負!」」

 

なんだかどっかで見た光景とダブった気がしたクロフネはコップに牛乳を注ぎながら二人に注意しておくことにした。

 

「日付はちゃんと見ておけよ?」

「「え?」」

 

その後の結果はというとゴルシのブレットシュナイダーが決まっての連覇達成だったらしい。




おふざけ満載の『キバハゲ』ですが念の為用語解説

バラン→お弁当とかに入っている緑の仕切り。元々は馬蘭と呼ばれる植物で料理の飾りに使われていたらしい。
ランチャーム→お弁当に入っている魚の形をした醤油入れの正式名称。
パキッテ→ディスペンパックの事。片手でソースやジャムを掛けれるアレ。
グラシン紙→肉まんとかにくっ付いてくる紙の正式名称。
カッシーナ→体操競技・鉄棒のG難度の技。どんな技かというとバーを越えて後方伸身2回宙返り1回捻り懸垂。ブレットシュナイダーは抱え込みの2回宙返り2回捻り懸垂。





正直に申すとルドルフに言わせたかっただけです。


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