【VOICEROID】魔法士ゆかり (湯川ユノ)
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はじめての異世界
異世界へようこそ.1


 あぁ…………。私、死ぬのかな…………。

 

 身体中が痛みに悲鳴を上げ続け、最早どこが痛みどこが無事なのかすらも分からない。横たわる私の手を握り、何かを叫ぶ後輩、紲星あかりの目からは、大粒の涙が幾つも零れ落ちていた。

 

 泣かないで下さい…………。貴方は、笑っている方が可愛いんですから…………。

 

 その隣りにはボールを抱えた小さな少女と、青ざめた顔で携帯電話を耳に当てた女性が立っていた。

 

 良かった…………。怪我はなさそうですね…………。

 

 次第に、指先の力が抜けていき、強烈な眠気に襲われて、意識を保つのも困難になっていく。

 

 あかりちゃん、ごめんなさい。あの日の約束は、守れそうにありませんね…………。

 

 それを最後に、思考は薄れて消えていく。この時、結月ゆかり()は死んだのだ。この魂は、この世界を離れ輪廻を巡り、そしてまた何処かの世界で全く違う人間として生まれる事になる。そのハズだった。

 

 …………あれ?

 

 何も見えず感じない。その暗闇の中、確かに私の自我はそこに存在していた。

 

 私は、結月ゆかり。あの子は紲星あかり。落としたボールを追い掛けて、歩道を飛び出た女の子を突き飛ばして、その時車に轢かれて死んだ。うん。覚えている。

 

 自我はあり、記憶もある。どうして?私は死んだのだから天国に連れて行って貰えるのでは?それにしても、エンディングロール手前で画面の暗転。そこで止まるなんてまるで…………は?マジ?

 

 私はこの現象を良く知っている。時に熱い冒険の始まりを告げるタイトルコールで。時に涙を流す名シーンの最中で。幾人ものプレイヤーを苦しめ、そのモチベを一気に削るその現象に、私も何度も出くわした事がある。

 

 つまるところ、私の天国行きはフリーズした様だ。

 

 えぇ…………?いや、もしかしてここが既に天国という可能性、いや無いか。ならば地獄?それこそ有り得ない。ゆかりさんが地獄行きだなんてある筈がありませんもんね。

 

 そんな風に考えていると、不意に淡い光が何処かから差し込んだ。

 

 お?あー。なるほど。処理に時間が掛かるタイプですか。やっと来たって訳ですね?

 

 その光は拡がっていき、私の視界をも白く染めて行く。

 

 何も感じ無いのに視界だけはあるんですか。難儀なものですね。

 

 そして、光が一層強く世界を照らし、私は思わず目を瞑った。

 

 さ、流石に眩し過ぎやしませんかね…………?

 

 光が消え、次に目を開いた私が見たのは、雲の上の楽園でも、マグマ煮え滾る地底でも、ましてや閻魔様の居る部屋でも無く、三百六十度目一杯に広がる沢山の木々だった。

 

「ふぁ…………」

 

 天国に行くつもりであった私を包み込む森の中で、一度大きく息を吸い込み、己の限界まで声量を絞り出して、ただ一言そう叫んだ。

 

「ふぁっっっきゅ──ーぅう!!!」

 



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異世界へようこそ.2

「はぁ、はぁ、はぁ…………?」

 

 私の名前は結月ゆかり。何処にでも居る平凡な十八歳で、職業は美少女プロゲーマー(自称)。この度事故に遭いその天命を全うした為、天国でゆるゆると余生を過ごすハズだった。

 

「ここ、どこなんですかね」

 

 周りを見ても木、木、木。どうやら私は今森の中に居るようだった。

 

「…………いひゃい(痛い)。夢、じゃないみたいですね」

 

 頬を抓ってみた所、私の身体はきちんと痛みを感じていた事から、どうやら走馬灯や夢の類ではないらしい。

 

 まぁ走馬灯といっても、そもそも森なんて小学校の林間学校でしか来た事ないですし。特に何か思い入れがあった訳でも無いですしね。

 

 改めて自身を確認してみたが、見覚えのある手足、スラッと伸びる腰周り、緩やかなカーブを描く胸元、それぞれの点から私の肉体である、という事だけは間違いなさそうだ。

 

 足元が見やすいって便利ですからね。邪魔になりませんし。うん。機能美ってやつです。…………うん。

 

 持ち物は特に持っておらず、唯一持っていたスマートフォンは画面が割れて、黒い画面の沈黙が続いていた。

 

 スマホ…………まぁ、しょうがないですかね。電波があるかも分かりませんし。…………これ、異世界転生ってやつなんでしょうか。この場合は転移になるのかな?あー、でも向こうの世界では死んでるだろうから微妙な所ですかね。

 

 アニメや漫画。俗に言うオタクコンテンツにはそこそこ理解のある私だ。この程度の事で慌てる様なやわな人間ではない。

 

「これから、どうするべきなんでしょうか」

 

 私は今後の方針を決める為にも一度やるべき事とやらねばならない事をまとめてみることにした。

 

「その一、衣食住の確保ですかね。服は…………あの時のままですね」

 

 グルっと回って確認してみるが、いつも着ているウサミミの着いたパーカーと適当なTシャツ、膝上までのスカート。私が最後に着ていた服には、見たところ血や汚れ等は付着していなかった。

 

「うん、服はまぁクリア。食事と住まいですが…………近くの村とか探した方が良さそうですかね」

 

 この森で目覚めてから数分。幸運なのか不幸なのかその間、獣の姿は勿論として鳥のさえずりさえも確認出来ずにいた。勿論狩猟の心得など某ひと狩りゲーでしか教わっていないが、食べられる植物の鑑定など出来るはずもなく。狩猟も採取も出来ないのだから人里を探すのが一番効率的だろう。

 

「うーん。目印を付けながら適当に進むとしましょうか。ここに居たって何も始まりませんし」

 

 握り拳の半分程度の大きさの石を見繕い、木々に傷をつけながら歩を進めていく。

 

「その二、元の世界への帰還、ですかね。あかりちゃんも心配…………はしてないか。悲しんでくれてるでしょうし」

 

 紲星あかり。私の従姉妹でいつも私のことを慕ってくれている良い後輩でもある彼女に、せめて最後のお別れくらいはしたいものだ。

 

「その三、二が達成出来なかった場合にはなりますが、なるべくこの世界を楽しむ、という事にしておきましょうかね」

 

 正直、死んでしまった事自体が夢であって欲しいと心の片隅ではそう思っている。けれどそれは変えられない事実。今こうして立って、考えていられる時間も、後どれくらいもつか分からない。だからこそ、精一杯を生きるのだ。地球で生まれ、地球で死んだ私と同じ様に。

 

 あくまでゆるーく、けれどやるからには目標を。どうせ目指すなら半端じゃなくて天辺を、ってね。

 

 こうして、私の新たな生活が始まろうとしていた。



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異世界へようこそ.3

「……ん?あれは……村、ですかね?」

 

 適当に歩を進めて半時間が経過した頃、幸先よく街道の様な整備された道を発見。更にその道を行く事約二時間。私は遂に人の住まう場所へと辿り着いた。

 

 村の周囲には木の柵が張り巡らされており、村への入口となる場所には、門番の役割だろうか。男性が二名居るのが遠目から分かった。

 

「うーん。何か槍みたいなの持ってますね。普通に入れてくれると良いんですが……」

 

 とは言っても他に何の宛も無い私だ。ここは覚悟を決めて村に向けて歩を進める事にした。

 

「こ、こんにちは……?」

 

「はい。こんにちは。どうされました?」

 

 村の入口に着いた私は、近くに居た男性に声を掛けてみた。先程見えた通り、ここには二人の男性が居て、もう一人は街道の脇で椅子に腰を掛けコチラを物珍しそうに見ていた。

 

 とりあえず日本語で話し掛けてみましたけど、コミュニケーションは問題なく図れそうですね。後は村に入れてもらって……。

 

「えっと……」

 

「……?」

 

 な、なんて言えば良いんですか?!私ー、異世界から来てー、なんて言えないし!記憶喪失?いや流石に無理がある……!

 

 コミュニケーションはとれても、最適な文言が何一つとして思い浮かばない。そうして私がアタフタしていると、

 

「……失礼ですが、ギルドのカードはお持ちでしょうか」

 

 少し訝しんだ様子で門番の人はそう問いを投げた。その様子を見てなのか、もう一人の男性も机に立て掛けていた槍を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「え、そ、その……」

 

「もしや貴方──」

 

「あれ?何の騒ぎ?」

 

 狼狽する私と、少しピリついた様子の門番を見てなのか、大きな剣を背負った、輝く様な金色の髪を腰まで伸ばした女性がコチラへと歩いてきた。

 

「マ、マキさん!実はですね……」

 

 マキと呼ばれた女性は門番から耳打ちを受け、状況を理解した様だ。

 

「ふーん。この子が?流石に無いでしょ」

 

「ですが目的も何も言わないのです。その様な人間を──」

 

「まっ、ここは私に任せてよ?」

 

「マ、マキさんがそう言うなら……」

 

 今の短いやり取りから、この人が門番二人よりも立場が上である事が分かった。分かってしまった。

 

「私はマキ。よろしくね?私が聞きたい事は三つ。貴方の名前と所属。後はこの村に来た理由。答えられる?」

 

 これは、私もしかして何か疑われている?そうだとすると弁解……の余地も無い感じですかね……。

 

「わ、私は……ゆかり、です。所属……はすいません。分からないんです」

 

「分からない?どういう事かな」

 

「じ、実は私、自分の事以外、何も分からないんです……」

 

「……なるほど?」

 

「この村に来たのは、適当に歩いていたら辿り着いた、としかお答え出来ません」

 

 自分(が元いた世界)の事以外、だ。何も嘘は言っていない。

 

「……聞いた?この子は心配無いんじゃないかな?」

 

「で、ですが──」

 

「あー、そう?」

 

 マキさんとの会話を聞いて尚疑いを持つ門番が反論の声を上げようとした瞬間、マキさんは一瞬で背中のストックから大剣を引き抜き、私に向けて横に一閃振り抜いた。

 

「ッ?!」

 

 声にならない声を上げ、仰け反った私は思わず尻餅を着いてしまった。

 

「この子が問題を起こしたら、私が殺す。それで問題ないよね?」

 

「──ッ!……はぁ。まぁ、マキさんがそう言うのであれば……はい。立ち入りを許可します。ゆかりさん、でしたか?」

 

 暫しの葛藤の末、マキさんの提案を呑んだ門番さんは、へたりこんだ私に手を差し伸べてくれた。

 

「あ、すいません。ありがとうございます」

 

「いえ。許可を出した以上はお客様ですので、良ければこの村を案内致します」

 

「良いんですか?助かります」

 

「では、どうぞこちらへ」

 

 そう言ってもう一人の門番に後を任せるとゆっくりと歩き出した背中を追い、私は村の中へと足を踏み入れた。

 

 ◇

 

「……ねぇ。どう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「見た感じ、強そうだとか弱そうだとか。そんなの?」

 

「ん……。まぁ、見ていた感じですが、あれなら特に問題は無い、って感じですかね」

 

「……そっか」

 

 少しずつ遠くなっていく異邦人の背中を見て、私は考える。

 

 あの子今、目瞑ってなかったよね……。

 

 私の振るった剣を、ただ恐れて倒れたのでは無い。私はそんな印象を覚えた。

 

「どうかしました?」

 

「……あの子さ、さっき私の剣先をちゃんと見た上で躱してた気がするんだよね」

 

「まさか、あの尻餅も演技だとでも?」

 

「んー。分かんない。けど、嘘をついてる、って感じでも無かった気がする」

 

「考え過ぎでは?あの動きはただの素人でしょう」

 

「ま、それもそう、かな……?」

 

 何だか、この変哲もない毎日が少し楽しくなる。彼女には、何か流れを変える力がある。私の中に、そんな期待が芽生えていた。



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剣と魔法の世界で.1

 一人、窓枠に嵌められた硝子越しに外を見る。そこには私が知るよりも大きく輝く月が夜空(ソラ)に浮かんでいた。

 

 とりあえず、一月の期間限定という形ではあるが、私は客人として無事村に迎え入れられた。

 

 これからどうしたものですかね……。

 

 一月の猶予が与えられているとはいえ、何もしないという訳にはいかない。この世界での一月は二十日間。曜日の感覚はあまり無く、五日毎に『関わる者の全てに感謝をする日』として学校や施設だけでなく、それぞれの職人達も身体を休める日が来るそうだ。

 

 あの後、挨拶回りも兼ねて村の案内をして貰い、この村の規模や設備を確認して回ったが、どうやらゲームやアニメで言う所の、"始まりの村"程度の認識で問題なさそうだった。

 

 はぁ......とりあえず今日はもう寝ましょう......。

 

 慣れない事の連続だったせいか、私自身が思うより疲弊していた様で、限界を感じた私はそこで思考を落とし、無気力のままベッドに身を投げた。

 

 あぁ、目が覚めて、また傍にあかりちゃんが居てくれたら良いのに……。

 

 そんな事を想いながら目を瞑ると、すぐに私の意識は暗闇へと溶けていった。

 

 

 

 その日。私は不思議な夢を見た。

 

 大きな鐘の音が鳴り響く。教会だろうか?大きな白い建物の前、そこに一人の女性の後ろ姿があった。腰まで届く銀色の髪を翻し、コチラを見た彼女は───。

 

 

 

「......ん」

 

 見慣れぬ天井。寝ぼけ眼を擦りながら、私は目を覚ました。ベッドから降り、凝った身体をグッと伸ばして解していく。

 

 あの夢、何だか変な夢でした......。

 

 もう殆どが朧気になりつつある夢の記憶。

 

 懐かしい様な、悲しい様な......。

 

 そんな事を考えていると、コンコンと部屋のドアがノックされたので、返事を返す。

 

「あ、もう起きてます?早いですねー。まだ六時過ぎですよ?ノックはしてみたものの、まだ寝ててもおかしく無いですもん!あ!おはようございますー!」

 

「......おはようございます。『ササラ』さん」

 

 朝っぱらからハイテンションなこの人はササラさん。お役所(ギルド)で働いている人で、この宿屋の娘さんでもあった。

 

 この世界におけるギルドとは、国が正式に発した情報を各地に伝達する為の機関で、各地のギルドに属して依頼を受ける事を生業とする人を冒険者と呼ぶそうだ。

 

「朝食はどうします?ウチで食べます?それとも向こうで食べますか?」

 

 この宿屋は二階が宿泊施設となっていて、一階には食事が取れる場所と小さいながらもお風呂が備わっていた。ちなみに向こうとはギルドの事で、冒険者は基本的にはギルド内の宿泊施設と酒場を利用するらしい。この宿屋も泊まっているのは今は私だけだそうだ。

 

「あー、すいません。私、朝は食べないタイプなんです」

 

「あらま。わっかりましたー!それではそう伝えておきますね!あ、今日はギルドに来られるんですよね?」

 

「はい。マキさんに呼ばれているので」

 

「それではまた後ほど!私は少し用があるので、この辺で失礼しますね!」

 

 それだけ言うとササラさんは勢い良く部屋を出ていった。

 

 あの子を見ていると、昔のあかりちゃんを思い出しますね。

 

 天真爛漫。そんな言葉が似合う、いつも元気な女の子。

 

 ......はっ!くよくよしてちゃダメですね。ギルドが開くのは八時でしたか。少しゆっくりしてからぼちぼち出ますかね。

 

 一階に降りた私は、女将さんと少しだけ話をして宿屋を後にした。

 

 

 

「ん。おはよ、ゆかり」

 

「おはようございます、マキさん」

 

 ギルドへと向かうと、建物の前でマキさんが待ってくれていた。

 

「どう?よく眠れた?」

 

「はい。女将さんもいい人で助かってます」

 

「うん。そりゃ良かった」

 

 そう言って笑う所を見るに、この人も良い人なのだろう。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

「あの、今日は何をするんです?」

 

「んー。まぁ先に言っとくとだな、ゆかり、冒険者にならない?」

 

「......はい?」

 

 これが、私が歩き始める一歩。

 

 私の、運命を大きく変える。

 

 その分岐点だった。

 

 




お久しぶりでございまそす。リアルがバタついたりゲームにハマったりとしていたらあっという間に月日が流れておりました......。それも少しずつ落ち着いて来たので、リハビリも兼ねて更新の方再開していきたいと思います


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剣と魔法の世界で.2

「それで、さっきの話なんですけど」

 

 営業を開始したばかりのギルド内には、既に何人かの冒険者が顔を出しているものの、この村に滞在している冒険者の全体数が少ないからか、建物内はまだ静かな様子だった。

 

「うん。あー、冒険者の説明からした方が良い?」

 

「いえ。それはちょっとだけ聞いてます。ギルドで発行してる依頼を受ける人ですよね?」

 

「んー。まぁだいたいそんな感じかなー。今のゆかりにはね、ギルドカード(身分証)が無いの」

 

「それで冒険者、ですか?」

 

「そゆこと」

 

 ギルドカード。国が発行、及び管理をしている特殊なカードで、一度カードに登録を行えば自動的に更新されていく魔法が込められているらしく、本人以外が扱う事は本人の許可なく出来ない代物だそうだ。

 

「この村を出るにしても必要になるだろうし、残るなら残るで手に職付けとけば楽でしょ?他の職業はマスタリーが居ないから就けないからね」

 

 ギルドカードを発行するには何か職業に就く必要があるらしく、その職業に就くにはマスタリー(全習得者)からの認定が必要なのだそうだ。唯一、認定を必要としない"一般人"の職業も存在するらしいのだが、それには決して短くない時間を要するらしい。

 

「つまり手っ取り早くなれるのが冒険者って訳なのさ」

 

「なるほど......」

 

「それにほら、あそこ見てみ」

 

 マキさんの視線を追うと、先程からギルド内に居た冒険者達が大きな荷物をまとめていた。

 

「あの人等、この村を離れるらしくてね?するとこの村に残る冒険者は私一人になるのさ」

 

「えっ......」

 

 少ないとは思っていましたが、そこまで人が居ないとは......。

 

「だから私も教えられる事は教えるし、依頼の数は少ないとはいえ、二人でやる分には十分稼げると思うし!どう?一緒にやってみない?」

 

 確かに、このままダラダラ過ごしていても何も得られないのは事実。マキさんが面倒見てくれると言うのだから、その厚意に甘えるのも良いだろう。

 

「......分かりました。やります、冒険者。よろしくお願いしますね?マキさん?」

 

「ッ!うん!これからよろしくな!ゆかり!」

 

 こうして私は歩き始める。

 

 多くの未知が待つ、剣と魔法の世界を。

 

 

 

 

「......来ましたか」

 

 鐘の音が鳴り響く聖堂に、二つの影があった。

 

「これも運命、という事でしょうか」

 

 片や膝を着き、神へと祈りを捧げていた。

 

「どうします?連れてくる事も出来ますよ?」

 

 片やその傍らに立ち、少女を見つめていた。

 

「......いえ。"今"の彼女ではダメでしょうから」

 

「私にはよく分かりませんが、貴方が言うならそうなのでしょうね」

 

「......今は待ちましょう。あの人が強くなる、その時まで」

 

「予言の子、でしたか?本当に貴方が言う様に強くなるのでしょうか?」

 

「あの人は強くなりますよ。だって───」

 

 私の大好きな─────だから。

 

 その想いは音には成らず。その想いは、少女の中だけで響いていた。

 



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剣と魔法の世界で.3

 ある日静かな森の中。二人の声と昆虫の羽音が、やけに煩く響いていた。

 

「二体そっち行ったぞ!」

 

「任せてください!」

 

 前に立つ仲間からの声を受けて、ホルスターからナイフを引き抜いた私は、巨大な蜂の魔物と対峙していた。手前まで来ていた魔蜂(マグナアピス)の突進を、斜め前へと素早く踏み込む事で躱し、次に来ていた蜂魔の腹部にナイフを突き立て、相手の勢いのまま胴部に掛けて切り裂いた。短い金切り声を上げ、飛行する体力も無くなったのか地面に落ちたそれは数秒間ジタバタした後に静かになった。それを見ていたからなのか、もう一体だけでなく、仲間の方に居た個体も逃げる様に去っていった。

 

「......ふぅ。まっ、こんなもんか。お疲れ、ゆかり」

 

「はい。お疲れ様です、マキさん」

 

 剣と魔法の世界で、まだ見ぬ"憧れ"を目指して冒険者への道を選んだ私は、今日も今日とて森での狩りを続けていた。

 

 私がこの世界にやって来てから、早くも一月が経とうとしていた。

 

 

 

「お疲れ様です、ゆかりさん。魔蜂の針が十本、魔蜂の羽が十枚、納品を確認しました。これで課題はクリアとなりますので、今日で"冒険者見習い"を卒業、晴れて正式な冒険者となります。おめでとうございます!」

 

 今日の狩りが終わり、マキさんと別れた私は報告の為にギルドを訪れていた。

 

「ありがとうございます、ササラさん」

 

 この世界に存在する、人類及び全ての生命に対し、明確な敵対関係にある存在『魔物』。それははるか昔、悪魔達の率いる魔族と、女神の加護を受けた人類や亜人達の連合軍がぶつかった戦争の影響で、大量の魔力が世界中に溢れた事で自然発生する様になった、言わば戦争の爪痕、魔族の忘れ形見だそうだ。魔物は何度倒されても周囲に魔力が存在する限り、時間の経過で湧き出てくる。その魔物を適切に処理し、人類の支配権を維持する事が冒険者の主な仕事となる。

 

 倒された魔物は命が尽きた時、魔物という存在を構成している粒子へと姿を変え、空気中に解けていく。それは魔素と呼ばれ、この世界に生きるモノの殆どが、その魔素を自身の身体に取り込む事で、身体能力や基礎能力を鍛える事が出来るのだ。その際、魔物の体の一部が素材として形を保ったまま残る時があり、今ささらさんに渡した針と羽もそれだ。

 

「どうです?この一月で経験値も溜まったんじゃないですか?」

 

 この一月の間、ササラさんやマキさんからこの世界について、この世界の言葉や文化を学びながら、暇を見つけてはマキさんと共に森へと足を踏み入れ、魔物を狩っていた。その分の経験値(魔素)が私の中にも少しずつ溜まってきているのだ。

 

「えっと、あー、はい。昇格(クラスアップ)可能って書いてますね」

 

 この世界の、ほとんどの人が自然と覚える基礎魔法、窓。物体に指を添えて横になぞるように動かす事で、その物体の基本情報を知る事が出来るという便利な魔法で、何も触れずに空を切ることで自分自身の情報がひと目で分かるようにもなっている。向こうの世界で言うところの、ゲームのステータス画面の様なものだ。

 

 そしてそれは、私が冒険者見習いから、次の職へと進める事を示していた。

 

「まぁあの頻度で森に潜ってたらそうなりますよね。それじゃあ、さっそく昇格しちゃいます?」

 

「そうですね……はい、お願いします!」

 

「分かりました!一応、どの(クラス)に着くかは決めてたりします?」

 

「いえ、それはまだなんですよ……」

 

 冒険者と一括りに言っても様々なスタイルが存在する。剣が得意な人。槍が得意な人。魔法が得意な人。それらを適切に区別し、得意な分野を伸ばして行く為の手段がクラス分けだ。剣が得意な人は剣を使用した剣技(スキル)を、槍が得意な人は槍術(スキル)を覚える事で更に強くなっていく、という仕組みらしい。

 

 簡単に言うと、スキルツリーですよね、これ。槍使いが剣術を幾ら鍛えても無駄って話ですか。

 

「ゆかりさんの適正は……あー、そうでしたね……」

 

「そうなんですよね……」

 

 話は約一月前。私が冒険者になると決めた、その日にまで遡る……。



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剣と魔法の世界で.4

「準備、ですか」

 

「はい。冒険者として活動する為には色々と確認しておかなければならない事があるんです。まぁとりあえずは登録からですかね」

 

 何か用事が出来たらしいマキさんは、どこかへ行ってしまったので、一人になった私は早速ササラさんの居るギルド受付(カウンター)に足を運んでいた。

 

「それでは、これに手を当ててから、ぐぬぬ〜!って意識してみて下さい!」

 

「ぐ、ぐぬぬ......?」

 

 カウンターに置かれた水晶に手を当て、言われた通りに意識を集中させる。すると透明な水晶が徐々に淡い光を放ち始めた。

 

「うん。問題なく出来ましたね」

 

 そう言い終わると同時に、水晶から放たれていた光から一枚のカードが現れ、ぽとりと机に落ちると同時に、光は霧散した。

 

「無事に作成出来ましたね。それがここ『ノハネ村』のギルドに所属する冒険者だという証明、所謂ギルドカードです」

 

「おぉ......」

 

「そしてこれは、ゆかりさんがこの村の住人だと、ギルドが正式に認めたという証明でもあるんです。改めてようこそ、ゆかりさんっ!」

 

「......えっと、その......ありがとうございます」

 

 考えもしていなかった突然の言葉に、顔が紅潮するのが分かった。

 

「ゆかりさんって、結構可愛い人なんですね」

 

 ソロリと伏せていた顔を上げると、ニマニマしながら頬杖をつくササラさんと目が合った。

 

「なんと言うかこう、もっと変な人なんだと思ってました」

 

「え。そんな風に思われてたんですか」

 

「えぇ。それはそれは。昨夜の会議では一月と言わず明日にでも放り出してしまえ!なんて言う人も居ましたよ」

 

 もしかして、私が冒険者としての道を選ばなければ明日にでも村の外での生活が始まっていたと言うことなのでは......?

 

「まっ、そんな事にはさせませんでしたけどね?私の管轄で好き勝手はさせませんから!」

 

「あ、ありがとうございます......?」

 

「まっ、それはさて置き。次はゆかりさんのステータスを確認しましょうか。カード、お借りしますね」

 

「どうぞ」

 

 ささらさんは私のカードに窓を使い、何かを見ているようだった。

 

 ......窓?

 

 今何故そう思ったのか。自分自身が分からなかったが、その意味も使い方も、"まるで最初から知っていたかの様"に自然と理解していた。

 

「あれ?どうしました?」

 

「あ、いえ。少し考え事を」

 

「そうですか?まぁカードを見た所、過去のギルド登録もありませんし、初めての事ですもんね。色々考えますよねー」

 

「あ、あはは......」

 

「ステータスは......おっ?知力と俊敏性は高め!でも筋力は並以下で......って何ですかコレ!幸運値ほぼ最高値ッ?!」

 

 突然こちらを向いたササラさんに、顔をジッと見つめられ、私は流石にたじろいだ。

 

「え、えっと......?」

 

「はっ!いえ、すいません......~」

 

「............今小声で"冒険者より商人の方が向いてる"って言ったの、聞こえてますからね」

 

「えっ!あ、悪気は無いですよ?!純粋にそう思っただけです!そ、それより!」

 

 誤魔化すように、大きくコホンと咳払いをしたササラさんは話を続けた。

 

「まず最初に"見習い"ってクラスに就いてもらう事になるんですけど、それを終えると正式な冒険者として扱われます。これらの詳しく説明は後で説明しますね。見習いを卒業して、駆け出し冒険者となった人には三つのクラスから一つを選んでもらうことになります。剣や槍、斧などを扱う『剣士』。ナイフや弓、投擲物等を使う『弓士』。そして最後に魔法を主力武器として扱う『魔法士』です。ゆかりさんのステータスだと、オススメなのは魔法士系統ですかね。魔法士の生命線とも言える知力は十六と悪くない数字ですし、足りない筋力と耐久値を差し引いても魔法士ならお釣りが来ますから」

 

「えっと、すいません。筋力とか幸運っていうのは分かるんですけど、知力とか耐久とかって関係があるんですか?」

 

「あー、それはですね」

 

 ササラさんの説明によると、魔法を使う為の魔力の総量というのが知力の値に比例し、更に知力の値が高ければ高い程、消費する魔力が軽減されるそうだ。耐久値というのは攻撃や衝撃への耐性の高さを示しており、ここが低いと攻撃を受けた時のダメージが増え、逆に高いと受けるダメージが減るらしい。

 

「と、まぁそんな感じで、ゆかりさんのステータスだと前衛よりは後衛向きのクラスの方が良い訳ですよ」

 

「なるほど」

 

「後は......俊敏値も高いので弓士と言うのも無くは無いんですけど、せっかくの知力が勿体ないですし、何より弓士はどちらかと言うと前衛寄りの戦い方が主流になると思うので」

 

「うむ......」

 

「まぁ別に今すぐ決めずとも良いと思いますよ?どちらにせよ、すぐにどうこうって訳じゃありませんから」

 

「あぁ。さっきも言ってた見習いってやつですか」

 

「その通りです」

 

 ササラさんは机の下から一枚の紙を取り出し、こちらに差し出した。

 

「えっとですね、冒険者見習いの方は、クラス(2)以上の方と暫くの間一緒に魔区に潜って頂く決まりになっています。これはその指南役への依頼書ですので、ゆかりさんの場合はこれをマキさんにお渡し下さい。ゆかりさんの見習い卒業と共に、マキさんに報酬が支払われる仕組みになっています」

 

「この紙を渡せばいいんですね。分かりました」

 

「と、まぁ簡単な説明は以上となります。何か必要な物があればギルドに申請して頂ければ御用意しますので、お気軽にお越しくださいね!」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 こうして、私は冒険者の見習いとなった。まだ分からない事ばかりだが、今日も元気に生きていくのだ。

 

 そう、心に誓って......。

 

 

 

 ■

 

 "あの日"から、半年が経った。心にはポッカリ穴が空いたままだった。

 

「また、会えるんだよね......?」

 

 その問いに答えるものはそこには居らず、部屋には静寂だけが続いていた。

 

 少女はベッドへと身を投げ出し、その呟きだけを残し、夢へと意識を堕としていく。

 

「───お姉ちゃん」

 



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剣と魔法の世界で.5

「ササラさん。私、魔法士にしようと思います」

 

 私がササラさんにそう告げたのは、五分程度が過ぎた時だった。

 

「わかりました!それではギルドカードをお借りしますね」

 

「はい。お願いします」

 

 この世界における冒険者のクラス変更は、この様にギルドでのみ行われるらしい。正確には、外でも出来なくは無いが、この国で定められた法によるとそれは違法行為にあたり、ギルド以外で不正に操作が行われた場合、即座にギルドカードが凍結されるそうだ。

 

「はい!出来ました!これでゆかりさんは正式に魔法士として認可されました!上位職(ハイクラス)、いえ!固有職(ユニーククラス)なんかもあるので頑張って目指してみてくださいね!」

 

「ユニーク、ですか......」

 

「転職条件がきちんと判明していない、特別なスキルを持つクラスの事です。あ、スキルの説明は大丈夫そうですか?」

 

「あー、いえ。それは大丈夫です」

 

 魔法士の魔法や剣士の戦技。そういった習得して使う能力では無く、クラス自体に付随する力の事だ。例えば私の魔法士には魔法使用時の消費魔力が僅かに減少するというスキルが着いている。これはクラススキルと呼ばれ、上位職になればなる程、効果が大きくなる。ユニーククラスには通常のクラススキルとは別に、ユニークスキルが与えられ、破格の性能を持つものが多いそうだ。

 

「私も何人かですが固有職の人と会った事がありますけど、あー、............いえ。なんでもないです」

 

 そう言葉を濁したささらさんの表情は、何処か暗い様に感じた。

 

「あ!そうそう言い忘れてました!これまではギルドの支給等で必要なかったかもしれませんが、これからは必要な物はご自身で用意して頂く事になります。その際必要なお金はギルドカードに入ってますから、カードの窓から引き出して下さいね!魔蜂の素材は街にも卸す予定ですので、駆け出し冒険者にしてはそこそこな金額になってると思いますよ」

 

 どうやらこの一月で集めた魔蜂、マグナアピスの素材を買い取りと言う形で処理してくれたらしく、その分のお金がこのカードに入っているらしい。

 

 身分証明書兼、どこでもATMという事ですか。"向こう"にもこれがあれば凄く便利だったんですけどね。

 

「はい。ありがとうございます」

 

「んー。まぁ私からのお話はこれで終わりですかねー。あ、ゆかりさん。この後って何か予定あります?」

 

「いえ。マキさんも居ませんし、今日はもう宿に戻るつもりですけど。明日からの支払いの話もありますし」

 

 今この村に居る冒険者は私とマキさんの僅か二人。その両名が今もささらさん家のお宿に泊まっている。あの日、一月前に最後の利用者達が村を去ってからはギルドの宿泊施設は利用者が居らず、それから二日程でギルドとしての食事及び宿泊サービスは停止されていた。

 

「あー、この一月は無料でしたもんね。代わりにギルドから払ってはいましたけど」

 

「そうなんですよ。だから今日使えるお金が貰えたのは助かりました。これで少しでも女将さんに支払いが出来ます」

 

 この一月、女将さん。つまりササラさんのお母さんにはとてもお世話になった為、少しでも恩返しをしたいというのが私の本心だった。

 

「なるほど。じゃあ、今夜は一緒に夕飯を食べませんか?ゆかりさん、いつもマキさんと食べるか自部屋で食べてたじゃないですか」

 

 ササラさんの言うとおり、基本は自分の部屋に持ってきてもらうか、マキさんの部屋で共に食事をしていた。正直に言うと、ササラさん家のお宿は夜は酒場も兼任しており、多くの住人が集まる。そのせいか新顔に対する周りの視線が少し怖かったからだ。

 

「そ、そうですね......。分かりました。他の人にも改めて挨拶しとかなくちゃですし、ご一緒させて下さい」

 

「やった!じゃあもうちょっとで仕事も終わるので、少しだけ待ってて貰えます?」

 

「わかりました」

 

 こうして日は沈み、やがて夜が更けていく。

 

 この先の未来に何が待つのかを、私はまだ知る由もない。

 



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剣と魔法の世界で.6

「うぅ......頭が......」

 

 ササラさんに誘われた夕飯は、私の知らぬ間に村人の大半が集まっての宴会に変わり、その流れで改めて挨拶を行なった私は、その場の空気に流され遅くまで皆とお酒を飲み交わしていた。その結果生まれて初めての二日酔いに陥った私は昼遅くにのそりと起き、机に突っ伏していた。

 

「こんにちはー、って。大丈夫ですか?」

 

「あぁ、ササラさん。おはようございますぅ」

 

「あー、はい。もうお昼ですけどね」

 

 元々向こうでも普段から飲んでいた訳では無い為、お酒に対する耐性はそこまで強くない。けれど友人達との飲み会等ではそこそこ飲めていた、と思っていたのだが。

 

 フルーツ系のワイン、凄く美味しくて飲み過ぎちゃいました......。

 

 まぁその甲斐あってか多くの人から飲みっぷりを褒められ、それをきっかけに色々な人と仲良くなれたのは僥倖だったと言えるだろう。

 

 それに、気になる話も少し耳に入っていた。

 

「もぅ、今日が休日(感謝する日)とはいえ、飲み過ぎは身体に悪いですよ?」

 

「あはは、気を付けます......」

 

 少し頬を膨らませて、可愛く怒るささらさんに思わず笑がこぼれた。

 

 今日は休日ではあるが、元々冒険者はギルドからの特別な要請等が無ければ自由に休勤を選べる。この一月はマキさんが適当な日に休みを作っていた為あまり関係は無かったが、これからは私も自分で休みを作って自由に休めるのだ。

 

「そういえば、マキさんって今居ます?」

 

「いえ、さっきお母さんに聞いたんですけど、昨日のお昼くらいから戻ってきてないみたいです」

 

「そうですか......」

 

 昨日の昼頃、用事があると告げ私と別れ村を発ったマキさんは、まだ村に戻ってきていないらしい。今日はもうダラダラするモードに入ってしまっている為、マキさんの不在は私にとって、丁度良いと言えば丁度良かった。

 

「ゆかりさん、今日はもうお休みですよね。良かったら私とお話しません?」

 

「あー、良いですね。ササラさんとゆっくり話す事もあまりありませんでしたし」

 

 この一月、ササラさんと話す機会自体は多かったが、互いに仕事上での関係であった為、あまり踏み込んだ話はしてこなかった。

 

「じゃあ何か煎れてきますね。何がいいですか?」

 

「ありがとうございます。ではお茶をお願いします」

 

「わかりました~」

 

 今頼んだお茶はこの世界における最も親しまれる飲み物で、一般的な庶民から貴族まで、多くの人が慣れ親しむ物だそうだ。

 

「お待たせしました!」

 

「ありがと......それは?」

 

 戻って来たササラさんの手には二杯のコップが。小脇には一冊の本が抱えられていた。

 

「あぁ、これはですね。昨日ゆかりさんが気にしてたやつですよ」

 

「昨日の......例の御伽噺、ですか?」

 

「それです」

 

 昨日の夜会。そこで色々な話を聞いたが、ただそれだけが気に掛かっていた。

 

「話すよりも実際見てもらった方が早いかなー、って。簡単な本なのですぐ読み終わりますよ」

 

「......"ユキナの迷い子"」

 

『ユキナの迷い子』

 ある日、まだ日も登りきらぬ時、一人の少女が村にやってきた。彼女は自身の名は言えても、他の事は何も分からないと言う。村の人間達は、気味悪く思いながらも少女を迎え入れた。少しづつ、村の人間達とも交流を深めていく少女だったが、少女は忽然と姿を消した。帰る場所を思い出し、村を飛び出したのか。それとも、人ならざるモノに攫われたのか。それは誰にも分からない。やがて、村の人間達の記憶から、少女の姿は消えていく。まるで少女など、初めから居なかったかのように……。

 

 それは、聞き分けの無い子供や、帰りの遅い子供を叱る為に聞かされる。そんな幼稚な子供騙し。誰も気にも止めやしない。されど誰もが知る話。そんな話に、私は強く引かれた。

 

 やっぱりこのお話、何だか似ている様な......?

 

 その話は誰でもない、私の境遇に少し似ている様に思えた。それに───。

 

「ゆかりさん?どうかしました?」

 

「あ、いえ。なんでもありません。……変なお話ですね」

 

 ユキナ、この名前を聞くのも久しぶりですね......。

 

 それは、私ともう会えぬであろう紲星あかり(妹分)が幼い頃に使った言葉。二人にしか分からぬ暗号の様な物だった。

 

 偶然、ですよね。だって───。

 

 

 

 この世界に、あかりちゃんが居るはずありませんから。

 

 

 ■

 

「......また、あの夢か......」

 

 最近、同じ様な夢を見る。こことは違う。似ても似つかない不思議な世界。その世界では魔法が存在し、人々は魔物との戦いを強いられていた。その世界で、"私"は聖女として生きていた。多くの人に慕われ、支えられながら、長く何かを待っていた。それが何なのかを、"私"は知る由もない。

 

「一体、何を待っているのやら......。まぁ、どうでもいいか」

 

 所詮は夢。夢はやがて薄れ、そして私は目覚める。そうして嫌でも現実を突き付けられては、いつも通りの変わらぬ日々へと帰ってくる。

 

 それが私、紲星あかりの日常だ。

 



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命の価値.1

「チッ。不味いなこりゃ……」

 

 夜の帳。森の静寂。それを切り裂く、周囲を取り囲む獣達の喧騒。それに紛らわせる様に、私は小さく舌打ちをした。チラリと後ろを見ると、怯えた表情でへたり込む、二人の少女の姿があった。

 

 私が所属しているクラン、戦乙女(ヴァルキリー)ギルド評価値最高(トップクラン)とも呼ばれる大手クランとは言え、今回私に回された依頼は、もっと楽に終わる筈だった。クラス(2)冒険者なら誰もが通る道。クラス(1)や学生の研修等の引率の仕事。基本は見守りながら、危険があれば極力命を優先して退る。そんな簡単な仕事のハズだった。本来ならおかしな髪留めをした親友(・・)と適当な話をしながら飯でも食べている時間だ。

 

 私一人なら、何とかこの包囲を抜けて逃げ切れる。だが、今の私は一人ではない。

 

 はぁ……。どうしてこうなったんだか……。

 

 小さくため息を吐き、飛び掛って来た魔物に向けて剣を振るう。するとその身体は黒い粒子へと姿を変えていった。

 

 コイツら、一匹一匹は雑魚の癖に、如何せん数が多すぎる。それに……。

 

 魔物には、種を識別する能力があり、仲間がやられた時には逃げるか襲ってくるか、大体がその二択なのだ。だが、私達を取り囲む無数の魔猿(エイプ)は、そのどちらを取るでもなく、ただ叫び声を上げながら、喜ぶ様に飛び跳ねていた。

 

 ……楽しんでる、のか? この状況を……? 

 

 幸い、同時に襲って来るのはせいぜい三体程度な上、連携を取って来る訳でも無いので対処は容易い。だが、先程までここ居た(・・・・・・・・)数名は、私の静止を振り切り、包囲の突破を目指し、断末魔と共に群れの中へと消えて行った。

 

 クソが。アイツらが馬鹿みたいな特攻して無けりゃ、この子らもここまで怯えちゃ居なかったろうに……。戦場において最も怖いのは、有能な敵よりも無能な味方、って事か。

 

 心の中でボヤきながら、飛び掛って来た魔猿を切り払う。スキルの使用を極力抑えている為、継戦自体にはまだ余裕があるが、二人を庇いながらとなると、処理速度が間に合わない場合がある。その際にはどうしてもスキルを使って処理する必要がある。スキルを使う毎に魔力は減り、魔力がゼロになると、生物は魔力の急速回復の為に休眠状態(省エネモード)へと陥る。一度そうなると、最低五分は指一本動かせなくなるだろう。

 

 魔力切れ(マインドロスト)だけは避けなくちゃいけない。私がここで倒れたら、この子ら諸共……。

 

 長い付き合いになる大剣(相棒)をしっかり握り直し、中段に構えてながら息を整えてそう呟いた。

 

「はぁ……。ホントに、どうしてこうなったんだか……」

 

 

 

 話は、少し前に遡る──。



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命の価値.2

「呼び出しから随分と到着が遅い。何をしていた?」

 

「さぁね?ずっと座ってるだけだと、時間が経つのが遅く感じるんじゃない?」

 

 久しぶりにホーム(クラン拠点)のある街に足を運んだものの、高圧的な態度で出迎えられた私は不貞腐れた様にそう返した。

 

「いつまであんな場所にいるつもりだ?貴様の本来の役割はここ(ホーム)にあるという事、忘れてはいまいな?」

 

「出来れば忘れたいもんだけどな。それより、今回は何の用だ?転移もタダじゃないんだぜ?」

 

 冒険者としてのランクがⅡになると、クランへの参加や、一度訪れた転移門への転移が可能になる。その転移には距離と装備や所持品等の重量によって、必要となる金額が変動するのだ。

 

「……はぁ。すまない。少し二人にしてくれ」

 

 疲れた様に目頭を押さえながら彼がそう言うと、私達のやり取りを見てオロオロしていた事務員達が、ペコリと頭を下げて部屋を出ていった。

 

「……マキ、変わりはないか?」

 

「ん。まぁ特段変化は無いかな」

 

 先程までのピリついた空気は二人になると共に霧散し、そこにはごく普通の親子(・・)の姿があった。部下の手前、トップ(クランマスター)が砕けた様子を見せる訳にも行かず、私も父のそのスタンスは理解しているつもりである為、ホームに戻る時はいつもこんな感じになるのだ。

 

「手紙は読ませてもらったよ。良い友人と出会えたんだってな。……すまない。突然呼び出してしまって」

 

「良いよ別に。自由にさせて貰う分、協力はするって約束だしな。それで?わざわざ私を呼んだって事は、デカい案件って訳?」

 

「あー、いや。今回はギルドからの指名でな。引率の仕事になる」

 

「あー。なるほどね……」

 

 トップクランの若きエース。ギルドの広報によって私に塗られた看板がそれだ。色眼鏡は多少あるにしても、評価される事自体は素直に嬉しいが、他の人間がそれを良く思わないのも事実。それが面倒になったから、私はホームを離れ、母の生まれた地(ノハネ村)での活動を選んだのだ。

 

「マキの担当はアカデミーの学生二人。あと、もう一人クラスⅡ冒険者とその担当の二人。計六人での仕事になるが、そちらの二人には、別に関わらなくて良い」

 

「その言い草……勤勉な学生って感じじゃなくて、もしかして貴族?」

 

 アカデミー。ギルドとは別の教育機関であり、こちらは優秀な魔法使いや研究者を目指す者、伯の欲しい貴族等が多く在籍しており、私の担当が前者。もう一人の担当が後者という事なのだろう。

 

「あぁ。貴族としての伯が欲しいんだとさ。よって担当となる者も貴族に金で雇われた、言わば人形だ。まともに引率が務まるかも分からん」

 

「……もし、そっちの班が危険にさらされたら?」

 

「お前自身と班の安全を優先しろ。とだけ言っておく」

 

「りょーかい。話が早くて助かるよ」

 

 話を終え、踵を返し扉の前まで歩いた私は、そこで一度足を止めた。

 

「……ねぇ、ちょっと老けたんじゃない?」

 

「……言うな。気苦労も少なく無くてな」

 

「ははっ。そりゃ、すまんね」

 

 最後にヒラヒラと手を振り、別れの言葉を告げるでも無く、私は部屋を後にした。

 

 

 

「……全く、君の代わりなんて、僕には出来そうに無いな……」

 

 遠い日々、家族三人で過ごした時間を懐かしむ様に吐き出されたその言葉は、私の耳に届くことは無かった。

 



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命の価値.3

 ノハネ村を離れた翌日の早朝。私は待ち合わせの為にギルドを訪れていた。二班合同による現地実習が二泊三日だと知らされた時は少し驚いたが、魔区での野宿など、ノハネの森(ノハネ村周辺区域)でゆかりと散々やってきた私にとっては特段珍しい事でもなかった。

 

「今日は学生さんとの顔合わせと魔区への移動がメイン、か。移動の馬車や野営の準備とかは研修の子が自分等で用意する、と。アンタの方もそんな感じ?」

 

 少し離れた場所に立つ、中肉中背の同業者へと話を振った。話を振られるとは思っていなかったのか、男は少し驚いた素振りを見せたものの、すぐに返事が返ってきた。

 

「いえ。此方は私が事前に用意しておくように、と。如何せん、上流階級のご子息らしく……」

 

「色々苦労してんだねー。アンタ、冒険者歴は長いの?」

 

「それがほぼ全く。ライセンス自体は以前から持ってはいましたが、アカデミー卒業の副産物でしかありませんから」

 

「あー。学卒特典ってやつか」

 

 アカデミーを卒業するには、今回の様な実習を数回こなす必要がある。逆説的に、アカデミーを卒業出来ると言う事は、冒険者としての適性がある。何処の誰が言い出したかは知らないが、アカデミーにおける二大派閥の一方、上流階級の貴族達率いる、言わば過激派はその説を強く提唱しており、卒業と同時に幾つかの資格を自動的に得られるシステムを勝手に構築したのだ。

 

 まぁ、そのおかげでもう一方、マトモな大人達による穏健派側の生徒達も勝手に資格が貰えてるんだから、強く言えないってのも事実なんだろうな。

 

「おっと。そろそろ時間ですかね。私はこれから、お二人の御迎えに参りますので、ここで失礼します」

 

「ん、そっか。じゃあまた後で。そんな関わる事は無いと思うけどな」

 

 私がそう言うと、男は一度深く頭を下げ、馬車に乗ってこの場を去っていった。

 

「ん……ふぅ。うん。今日もいい天気だ」

 

 ホントはもっと早く帰るつもりだったんだけどな。せめてゆかりには二日三日くらい留守にするって言っときゃ良かったな。

 

 そんな事を考えながら、大きく息を吐き、身体を解す様に伸ばしていく。すると一台の馬車が遠くから、少しづつ近付いてくるのが分かった。

 

「す、すみません。お待たせしましたか?」

 

 丁度私の前に止まった馬車の御者席に座る、青い髪の少女が声を掛けてくる。それは私の考えていた通り、それはアカデミーの生徒、つまりは今回私が引率を担当する子達だった。

 

「んにゃ。今来たところだよ。私はマキ。君は?」

 

「あ、私はアオイです。それと……」

 

 青髪の少女、アオイが荷台の方を見る。それに釣られて私も荷台の中を覗き込むと、そこには赤い髪の少女がすやすやと寝息を立てていた。

 

「もう!お姉ちゃん!もうすぐ着くからちゃんと起きてって言ったでしょ?早くおーきーてー!」

 

「お姉ちゃん、って事は姉妹か」

 

「あっ、はい。こっちは双子の姉でアカネっていいます」

 

 ゆさゆさと揺さぶられながら目を擦るアカネと、それを叱りながらも何処か嬉しそうなアオイ。二人には何処か微笑ましいものがあった。

 

「んー。失礼しましたー。どうも、アカネですー」

 

「アカネとアオイね。うん。今回はまぁ、よろしくって事で」

 

「「よろしくお願いします」」

 

 何故二人はアカデミーに入ったのか。逆に何故私は冒険者になったのか。御者の交代も兼ねて、休憩を挟みながらの道すがら、二人とするそんな他愛のない会話は、思いの外悪くない時間であった。

 



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命の価値.4

 閑散とした、馴染みの森。私はそこで、今日も今日とてナイフを振るっていた。

 

 昨日はマキさんも居らず、二日酔いによるダウンというのもあり、たまの休日という事で休みを取ったが、流石に二日連続で休みにするのは、身体の訛りにも繋がる為、今日は一人で森へと赴いていた。

 

「……うーん」

 

 と言っても何か緊急の依頼があった訳でも無く、冒険者の仕事の一つ、定期的な魔区の見回りも兼ねた散歩程度のものだ。

 

「……わからん」

 

 ブツブツと独り言をボヤきながらも、この一ヶ月で叩き込んだ流れに沿って、身体を動かしていく。

 

「一体、どうすればいいんでしょうか……」

 

「おーい、ゆかりさーん」

 

「あれ?ささらさん?」

 

 今日の活動は私一人という事もあり、普段よりも起床が遅かったのあるが、今朝は特に用事も無かった為、ギルドにも顔を出さなかったのたが、何か急な用事だろうか。

 

「お疲れ様です。お昼にお弁当でもどうかなー、と思って」

 

 そう言って、おそらく弁当であろう包みを私に手渡し、はにかむように笑うささらさん。どうやら、私の心配は杞憂だった様だ。

 

「……もしかして要らぬ世話でした?」

 

「いえ、ありがとうございます。とても嬉しいです……けど、ここも一応魔区の中ですし、いくら慣れ親しんだ地元の森、と言っても、一人で入るのは危ないですよ?」

 

 私の発言に何か思うところがあったのか、ささらさんはキョトンとした顔でこちらを見ていた。

 

「あれ?私、言ってませんでしたっけ?」

 

「はい?何をです?」

 

「私、一応ですけど冒険者の資格も持ってますよ?ランク(3)の」

 

「えっ、ランクⅢ?!く、クラスは……?」

 

「上魔法士です。あはは、てっきりお話したとばかり……」

 

 驚きのあまり、空いた口が塞がらない私と、苦い顔を浮かべて気まずそうに笑うささらさん。二人の姿は実に対象的なものだっただろう。

 

 

 ◇

 

 

「そういえば、聞きたい事があるんですけど」

 

 私達は、ささらさんが持って来てくれたお弁当を二人で食べながら、魔物も居らぬ平和な森で談笑していた。

 

「ふぉ……(もぐもぐもぐ)……はい、なんでしょ?」

 

「魔法って、どうやって使うんですか?」

 

 せっかく魔法が使える世界で、魔法を使う仕事に就いたのだ、どうせならアニメやゲームみたくバンバン魔法を使ってみたい。これは昨晩から考えていた事だが、如何せん魔法なんて使ったことが無い。先程からブツブツと唸っていたのもこの事であり、一人で考えていても仕方が無い為、今日の帰りか夜にでもささらさんに聞きに行こうと思っていた為、ささらさんが魔法職だというのは私にとって都合が良かった。

 

「あー、はい。丁度いいですし、簡単に説明させていただきます」

 

 ささらさんが言うには、魔法とは覚えて使える様になり、魔法を覚えるには経験値、即ち魔法士としての経験を積む必要があるらしい。覚えられる魔法は人それぞれで、魔力の持つ性質、『魔質』との相性によって決まるのだとか。

 

「なるほど。スキルツリー、ですか」

 

 開かれた魔法の"窓"に映るのは、初級魔法から始まり、進化と派生を繰り返しながら伸びていく魔法の樹。それは"向こう"で見慣れた物だった。

 

「すきるつりい?……何です?」

 

「あ、いえ。気にしないで……ささらさん。確かこのクラスって所に何の属性が使えるか書かれてるんですよね」

 

「はい。魔質、つまりは使える魔法の属性はそこで分かります。それが何か?」

 

「……何も、書かれてないんです」

 

「……はい?」

 

 正確には、何か文字は見える。窓に表示されたクラスの欄、そこに映るのは、まるでバグが起きたかのように、酷く文字化けしたものだった。

 

「無属性とかって可能性、ありますか?」

 

「いえ。魔質というのは弱い強いは多少あれど、必ず何かに分類されるものです。後は貫通や防御、切断等、魔法を形造る性質の違いだけです。確かにどれにも分類されない魔法というのもありますけど、それは魔質が無属性になる理由にはならないんです」

 

「なら、これは一体……?」

 

「分かりません。"進化の路"はきちんと表示されてるんですよね?」

 

 進化の路というのは、おそらくスキルツリーの事だろう。何だか取って付けたような名前だ。

 

「はい。そっちは問題なく。でも全てロック……鍵が掛かってる?って言うんですかね」

 

「はい。未開放の路はロックが掛けられていて、条件を達成する事で解放されていくので、そっちは正常ですね」

 

 それから少し考える様な素振りを見せた後、ささらさんは何か思い立ったように、勢いよく立ち上がった。

 

「ごめんなさい。少し調べたい事があるので、先に戻りますね。それと、魔法士のレベル上げは、魔法を使うのが一番手っ取り早いです。オススメは……身体強化、ですかね。これは進化の路に含まれない魔法なので、レベルは関係なく使えます。効果はその名の通り、魔力で自分の身体を強化するものです。部屋の中でとか、周りを気にせず何処でも使えますから、出来るだけ長い時間使いっぱなしにすると、あっという間に経験値が貯まりますので。それじゃあ、お先ですっ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 自分の言いたい事を言い終えて満足したのか、私がそう言い終わる頃には、とんでもない速さで駆けて行くささらさんの背中が、少し遠くに見えていた。

 

 なるほど。あれが身体強化ってやつですか。確かに使える様になると便利そうですね、あれ。めちゃくちゃ速かったですし。

 

 「……あれ?」 

 

 私がささらさんに聞きたかったのは、『魔法の使い方』では無く『魔法』の使い方だ。レベルを上げて使える魔法を増やすだとか、そういうのは"次"の話であり、私が問うていたのは"魔力"の使い方の方だ。

 

「うーん、"窓"も魔法な訳ですし、これにも多少の魔力は使用されている、んですよね……?だったら……」

 

 改めて、自身や対象のステータスを閲覧する魔法を展開する。そして開かれた窓をそのままにし、意識の自身の内側へと集中していく。目を瞑り、音さえも遮断し、自身の五感は全て消し去り、ただそこに立ち尽くす。全てが闇に飲み込まれたかの様なこの感覚……正確には、これに近いものを、私は知っていた。

 

 ……これは、……"こっち"に来た時に感じた……。……"あっち"で死んで、転生?転移?した時と同じ……?

 

 全ての感覚が死に絶える闇の中で、私の意識は、遂に私の根源、魂へと辿り着いた。

 

 ……あ、私、分かっちゃいました。

 

 揺らぐ生命の炎。暗闇の中で、それだけが絢爛と煌めく。

 

 この炎。私が"あの時"見たのは、この光だったんですね。

 

 心臓が大きく跳ね、徐々に五感がその働きを取り戻していく。その瞬間──。

 

「ゴホッ……、ハァ……ハァ……私、いま……息してなかった……?」

 

 どれくらいの時間、そうしていたのかは分からないが、開かれた視界は酷くボヤけ、頭を揺さぶられる様な耳鳴りと共に訪れた眩暈に負け、私はそこにへたりこんだ。

 

「あれは……、……あぁ、なるほど。これが……」

 

 私の身体がようやく正常に動き始め、私の五感は、今までは理解すら出来なかった"それ"を、まるで最初から知っていたかの様に、ハッキリと知覚した。この世界における、酸素と同じくらいありふれたもの。

 

「魔力……!」

 

 これは、未だ魔法も持たぬ魔法士が、始まりの扉に触れた。それだけの事。未だ開かれぬ扉の先に何が待つのか。彼女はそれを、知る由もない。

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 大きな鐘の音が鳴り響く。人々には大聖堂と呼びれる地。そこには二人の女性の姿があった。

 

「どうされまー、って、分かりきった話でしたね。順調、という事ですか?」

 

「ふむ……。近々一度、様子を見てきて貰う事になるかも知れませんね」

 

「おや、予定よりも随分と早いのでは?」

 

「本題に入る前の、言わば序章(プロローグ)です。それに、貴方も気にはなっているのでしょう?」

 

「まぁ、本音を言えばそうですね……。分かりました。近々、遠出の準備をしておきます」

 

「はい。お願いします」

 

 

 あぁ。親愛なる───。

 

 

 貴方と出会うその日を、私はずっと夢に見ています。

 

 

 そう。"あの日"から、ずっと……。

 

 



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命の価値.5

「すぅ……」

 

 一度その感覚を理解したからなのか、何故今までそれを知覚出来なかったのかが分からないくらいには、それが当たり前にあるものの様に思えた。目を凝らす、という言い方が適当だろうか?目に力を集中すると、ぼんやりとモヤの様なものが漂っているのが見える。おそらくこれが、魔力と呼ばれるものだろう。

 

「ふぅ……」

 

 吸った息を少し溜め、肺から絞り出す様に大きく吐き出していく。自身の心臓が、トクントクンと脈を打つ。

 

「……よし!」

 

 腰を少し落とし、臍の高さに握り拳を構え、先程掴んだその感覚を、忘れぬ内に拳に込める。標的は、眼前にそびえ立つ、一本の樹木。樹径はだいたい、三十センチくらいだろうか?高さは凡そ七メートル。本来の私であれば、愛用のナイフを全力で振るっても、樹皮を切り裂く事は出来ても、辺材の表面を薄くなぞる程度しか出来ないだろう。

 

「せぇ───のッ!」

 

 喧嘩のやり方も知らない私だが、この世界に来てからは冒険者として、身体の動かし方を少しずつだが学んでいる。その為以前よりは多少マシになったであろう私の右拳は、派手な音を立てながら樹幹を捉えた。

 

「……あれ?」

 

 ドッと派手な音を立てたその場所は大きく抉れ、もう二、三発ほど叩き込めば、眼前の樹木は完全にへし折る事が出来るだろう。だが私が気になったのは木の方では無く、自身の方だ。本気で殴りつけ、これ程の戦果を上げながらも、私の拳には何のダメージも無い。身体強化によって強くなるのは"殴る力"であり、その上昇した威力分のフィードバックが全く感じられなかった。

 

「身体強化は耐久力も上昇する?……いや、これ、もしかして……」

 

 先程と同じ様に、右拳に魔力を集中させていく。

 

「やっぱり。これ、魔力をグローブみたいに纏ってる……?」

 

 地に手を触れ、砂を掬おうと試みるも、小石や小砂は私の掌からこぼれ落ちていく。

 

「やっぱり。魔力の……鎧?と呼ぶのが正しいんでしょうか?結構便利そうですね」

 

 自身の内側に意識を広げ、右手に集中していた魔力を他の場所にも移していく。

 

「全体的に散らしても良さそうですけど、やはり何処かに集めた方がその分恩恵は大きくなる、と」

 

 先程と同じ容量で、脚部に魔力を集めてその場で垂直に跳ねてみる。高さは普段の倍くらいあるだろうか?これならば走る速さにも大きく恩恵がありそうだ。

 

「目に集中させれば視力を、耳に集中させれば聴力も強化できるみたいですね。嗅覚は……他ほど変化がみられませ──ッ」

 

 突然襲い掛かる酩酊感に思わずたじろぎ、片膝を着いてしまった。

 

「な、なるほど……?五感の強化は脳への負担が多い、って事ですか……」

 

 五感の内、どれか一つを強化するのなら問題は無さそうだが、複数を同時に強化するのは辞めておいた方が良さそうだった。

 

「ふむ。大体は理解出来ました。あとは……」

 

 腰に付けられたホルスター。私は武器を抜刀し、腰を落として逆手に構える。

 

「はぁあああああ!!」

 

 手にしたそれに魔力を流し、先程殴りつけた樹木を標的に、私は相棒を振り抜いた。

 

 

 

 ◇

 

 友と別れた、甘栗色の髪の少女は、たった一人でそこに居た。厳重に保管された大量の書物。それはどれも、魔法に関するものだった。

 

 

 

 この世界で最もありふれた魔法"窓"。様々な文献で見る限り、これはかの"大戦"よりも後に生まれたものだ。そもそも魔法の始まりがこの大戦であり、それ以前は人は魔法を使う事が出来なかったとされている。

 

「現存する全ての魔法の源流たる、四人の英雄。彼等によって魔法の基礎は作られ、窓が出来たのは彼等が死んだ後の事、魔法がありふれたものになってから……」

 

 つまり、だ。その四人が使っていた"特殊な魔法"については未だ詳しく分かっていない。故に。

 

「ありふれたものでない魔法は、ありふれた窓に映らない……?つまり、ゆかりさんの魔法は……」

 

 

 今となっては担い手の居ない、四賢者が使ったとされる魔法。それは魔法を使い、魔法を愛する者達から、畏怖と尊敬の念を込めてこう呼ばれていた。

 

 

 

神代魔法(ロストマジック)……」

 

 

 



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