ようこそ優等生至上主義の教室へ (スイソー)
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優等生は入学する


彼には二つの秘密がある。


一方は恋と後悔に塗り固められた酷く醜い宝物。
一方は嘘と懺悔のあまりに哀れで自分勝手な罪。


そのふたつを乗り越えないと、きっと彼の時は止まったまま。
実力至上主義の教室で、彼は彼自身を許すことが出来るのだろうか。




春。冬くの象徴とも言える雪が溶け始め、暖かなそよ風が吹く季節。

そして、出会いと別れの季節でもある。

 

自身の目の前に聳える巨大な学園は、今日から自分の学び舎でもあり、一時的な家でもある。

そして、望んだ進路に進めるという噂が流れている異質な学校。

 

「高度育成高等学校、か…。仲の良い友人が作れるといいが…。」

 

ただ()は、なんでも出来る優等生として生きることが出来ればいい。

 

 

─────────────────────────

 

 

 

「宜しくな、君の名前を聞いてもいいか?」

「うん、よろしくね。勿論だよ、僕は平田洋介。君は?」

「僕は茶柱コウ、気軽にコウって呼んでもらえれば嬉しいぞ。」

「それじゃあコウって呼ばせて貰おうかな。僕だけ下の名前っていうのもなんだし、僕のことも洋介って呼んで欲しいな。」

 

平田洋介。見るからに爽やか系イケメンで、明るい雰囲気の青年だ。彼とのファーストコンタクトは僕が落としたハンカチを拾ってくれたことなのだが、偶然クラスが同じで、クラスまで一緒に行くことになったのだ。

きっと瞬く間に女子に人気になり、クラスのスクールカーストをトップまで駆け上がることだろう。ただ、何となく男子からは嫌われそうである。

自己紹介のあとも適当な雑談を続けているといつの間にかクラスに着き、平田と別れたあと自分の席を確認する。

後ろの方の窓側で、寡黙そうな青年の前の席だった。

近くで見ると結構顔が整っていて、女子からは「根暗で地味だけどよく見たらかっこいいよね」枠、男子からは絡まれなさそうなタイプのイケメンだった。足が早いとか勉強ができるとか、運動が得意なんて特技があればモテそうだな。

席に着いて鞄を掛けると、後ろの会話が聞こえてくる。どうやら目付きの鋭い美少女と寡黙イケメンが会話をしているみたいだ。

どうにも美少女の方はキツい性格らしく、寡黙イケメンが滅茶苦茶に言葉のナイフで刺されている。

出会って直ぐにこんな会話の仕方をするとは、美少女の方は協調性と道徳心があまりないようだ。道徳心に関しては自分も人のことは言えないのだが…。

しかし、寡黙イケメンの方も中々の会話ベタらしい。さっきから美少女の地雷の上を行ったり来たりしている。美少女の地雷も分かりにくいが、分かりやすい地雷にまで踏み込んでいるので普通にコミュニケーションが得意では無いのだろう。

 

「会話中すまない、ちょっといいか?」

 

ここで想定外の事態が起きる。

寡黙イケメン、コミュニケーションが下手すぎて自分に話しかけられたと気付いていない。

 

「あの、聞こえてるか?無視しないで欲しいんだが。」

「……オレか?」

「まあ、一応そのつもりで声をかけさせてもらったんだけどな…。」

「あら、良かったじゃない。貴方のような残念な男にも普通に話しかけてくれる人が居て。貴方の方はあまりに人付き合いが下手すぎて認識すらできてなかったようだけど。」

「認識ができていなかったんじゃない、オレに話しかけられていると分からなかっただけだ。」

「そういう所が残念なのよ。」

「そ、そうか…。あ、それで何の用だ?」

「ああ嫌、自己紹介でもしようと思ってな。前の席だし、せっかくだから君とも友達になっておきたい。僕は茶柱コウ、中学は陸上部に所属してた。よろしくな。」

「あ、ああ、よろしく。オレは綾小路清隆、えーと、中学では部活に入っていなかった。気軽に綾小路でも清隆でも好きに呼んでくれ。というかオレと友達…いいのか?初対面だぞ?」

「あはは、面白いこと言うな。誰だって最初は初対面だろ?それじゃあ清隆って呼ばせてもらうかな。僕のことはコウって呼んでくれたら嬉しい。」

「そうか、じゃあコウって呼ばせてもらう。コウは、その───…陸上部ってやっぱり走るのが得意なのか?」

「清隆、緊張してるのか?顔が強ばってるぞ、まあ一応走るのは好きだが…犬を飼っていたんだ、その散歩の延長ってところかな。色んな部活に助人として参戦してたし。」

「そうなのか、運動が得意なんだな。なあ、良かったら、なんだが放課後生活用品を買いに行かないか?いや、無理だったら構わないんだが…。」

「ん?構わないぞ?むしろ清隆は俺とでいいのか?ほら、その隣の…えーと、名前を聞いてもいいか?」

「なぜ私が貴方に名前を言わなくてはならないの?」

「すまんな、コウ。こいつは会話が苦手なんだ。ちなみに名前は堀北鈴音だぞ。」

「人の名前を勝手にばらまかないでくれる?不愉快なのだけれど。」

「す、すまん。」

 

この二人、仲良いな。

成程、さっきから失礼此処に極まりみたいな発言と態度ばかりしてる女は堀北鈴音というのか。せっかく顔が可愛いのに勿体ないな。

綾小路は天然が入っているというか、今まで友達がいなかったのか…。ただ、世間を知らない幼子みたいで少し可愛い。

 

「教えてくれてありがとな、清隆。堀北さんは読書が趣味なのか?その本、面白いよな。僕も中学一年の頃に読んだことがある。」

「…そういう訳では無いわ。一人でいる時に暇潰しになるもの。」

 

一人でいる時に、というか性格的にいつでも一人だと思うのだが。

 

「そうなのか、あ、それで清隆は堀北さんと行かなくていいのか?仲良さげだったが。」

「私が?綾小路くんと?冗談も大概にして欲しいわね。こんなのと仲がいい訳ないじゃない。勝手な妄想で物を言うのは辞めてくれるかしら?不快よ。」

 

僕はお前の態度が不快だよ。マジでなんなんだろう、この女。綾小路もちょっと傷付いた顔してるじゃないか、やっぱり可愛いなこいつ。…僕は別に男が好きって訳じゃないからな?

 

「そ、そうか。すまない。それじゃ、一緒に行くか、清隆。」

「ありがとう、コウ。コンビニに寄ってもいいか?行ってみたいんだ。」

「?清隆はコンビニに行ったことがないのか?今どき珍しいな。どこかの箱入りだったり?」

「あ、ああ。まあそんな感じだ。」

 

綾小路と堀北鈴音とのファーストコンタクトを終え、放課後の約束を取りつける。すると、丁度よくチャイムが鳴ってポニーテールの女性が入ってきた。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしてあるがな」

 

茶柱と聞いて思わず驚いてしまった。前の方にいた平田も驚いたようにこちらに一瞬視線をやり、すぐに前を向く。担任と苗字が一緒なんてどんなミラクルだろうか。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、施設内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することができるようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

茶柱先生は続けて資料と端末を配布して、重要事項を次々に説明していく。Sシステムや10万ポイント支給の声にクラスがざわめいた。普通、高校一年生にそんな大金を渡すか?それに10万なんて1ヶ月配給三年でいくらの額になると思っている。何か裏があるに違いない、多分この異常な量の監視カメラに理由があるのだろうが。

 

「質問があるものはいないか?」

 

 説明を終えた茶柱先生が問う。

 しかしクラスは未だ10万円の衝撃に包まれており、手を挙げるものはいなかった。

 

「質問はないようだな」

 

入学式までは自由に過ごしていいという指示を残し、茶柱先生は教室を後にした。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

どうやら平田は自己紹介をしたいらしい。折角なので友人は多くいた方がいいだろう、僕も参加することにした。

平田から順に自己紹介をしていると、途中で赤髪高身長が席を立った。と思えば、声を荒らげて出ていってしまった。それに続き堀北鈴音や名も知らぬ方々が出る。

どこの学校にもこういう人物はいるようだ。

 

「それじゃあ、次は…コウ、お願いしてもいいかな?」

「ああ、構わないぞ。僕は茶柱コウ、中学では陸上部に所属していた。コウって呼んでくれると嬉しい、よろしくな。他の人と同じような目標になってしまうが、みんなと仲良くしていきたいと思っている。良かったら連絡先を交換しないか?クラスラインを作れば早く親しくなれると思うし、中間試験などで教え合えるだろ?」

「いいアイディアだね、コウ。僕は賛成かな。」

「平田くんが賛成なら私も賛成かなー。」

「軽井沢さんがそういうなら私もさんせーい。コウくんイケメンだしね。」

「私も賛成かなっ!みんなと仲良くなりたいし!」

「櫛田が言うなら俺らも賛成かなー。だよな、山内。」

「だな!」

 

平田と軽井沢、そして櫛田という女子二人の賛成により一気に賛成票が集まった。とりあえず残っている人達…高円寺、って奴を除くが。ほぼ全員と連絡先を交換し、クラスラインを作る。宜しく、とだけ打って次の人にバトンを渡すことにした。

 

「それじゃあ最後は清隆、頼めるか?」

「あ、ああ。わかった。あー、えーっと…綾小路清隆です。……えっとー、中学では帰宅部でした。その、あー、三年間、よろしくお願いします」

 

まずい、完全に失敗している。一瞬時が止まったように静かになり、清隆が助けを求めるようにこちらを見てくる。

一応フォローを入れておくか、仲良い友人の頼みだしな。

 

「そんな肩肘はらなくてもいいんだぞ?みんな、清隆はコミュニケーションが苦手だがいいやつでちょっと可愛い僕の親友だから、よろしく。」

「可愛いんだ?!あはは、コウくんってば面白いこというねー。確かによく見れば綾小路くんもイケメンかも!笑よろしくねー。」

「僕も一応コウの友人なんだ、仲良くしてくれると嬉しいな。よろしくね、綾小路くん。」

 

軽井沢と名乗った少女が言うと、笑いが起こる。

僕の友人と言った方が効率的に仲良くなれると思ったのか、平田がそんな挨拶をしながら拍手を送った。僕も一応拍手しておく。

一歩間違えれば大惨事になってしまったが、上手くいったようでよかった。

その後すぐに入学式の時刻となり、清隆と洋介と一緒に移動することにした。洋介は女子から誘われていたが、僕らに気を使うだろうということで断ったようだ。性格まで爽やかイケメンなのかと驚いたが、顔がいい人は心に余裕があると言うやつだろう。

さて、入学式後は部活紹介もあるということだが、洋介と清隆はどんな部活に入るのだろう。洋介はバスケ部とかサッカー部とかモテそうな部活に入りそうだが、清隆はいまいち想像がつかない。帰宅部になりそうである。

そんなことを考えながら、僕らは入学式に足を運んだのであった。

 

 



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