名優探偵マックイーンの事件簿 (本間・O・キニー)
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密室のオグリキャップ

 夜の校舎を、ウマ娘が足早に駆けていく。

 廊下を満たす深い闇の中、踊るように揺れながら、遠ざかっていく白のシルエット。

 やがてそれは立ち並ぶ扉の一つに走り寄ると、するりとその向こうへと消えていった。

 バタンと扉が閉まり、カチャリと小さな金属音。そして、静寂が戻ってくる。

 

 後に残されたのは、呆けた顔で立ち尽くす男が一人。

 要するに、俺のことだ。

 

「あれが、オグリキャップか」

 

 長い長い沈黙の末に、そんな間抜けな呟きがこぼれ出た。

 苦笑いを浮かべながら、踵を返して歩き始める。

 

 トレセン学園のトレーナーとして敷地を歩いていれば、有名ウマ娘とすれ違うのなんて日常茶飯事だ。

 まだまだ新米の俺ももう、道行く顔にいちいち興奮するような初々しさからはとっくに卒業した。そう思っていた。

 だが、その夜の出会いは不思議と心に引っかかった。

 静かな夜だからか。相手が国民的アイドルウマ娘だからか。それとも、何かを予感していたのだろうか。

 

 不意に、聞こえる小さな悲鳴。続けて鈍い金属音。そして最後に、柔らかく重たい何かが――人間やウマ娘が、倒れた時のような音。

 あの悲鳴。あの声に聞き覚えの無い者が、果たしてこの国に居るだろうか。

 間違いなくそれは、先程すれ違った少女、オグリキャップの声だった。

 

「どうした! 大丈夫か!」

 

 尋常でない物音に、慌てて振り向き駆け戻る。

 少女が消えたあの扉、飛びついたドアノブは、無情にも硬い手応えを返してきた。

 行く手を阻む冷たい戸板の向こうからは、返事はおろか、誰かの気配すら伝わって来ない。嫌な予感が、膨れ上がる。

 強行突入を決心した、その時。横から漆黒の塊が飛び込んできた。

 

「お兄さま! どいて!」

 

 激しい破砕音。小柄でありながら人間を遥かに超える脚力を持つウマ娘の蹴りを受け、木製のドアはいとも簡単に破壊される。

 露わになった室内には、倒れ伏したオグリキャップの姿。目立った外傷は見当たらないが、動く様子が無い。

 その傍らには、鈍く光る金属バケツが、意味ありげに転がっていた。

 

 

 

 幸い、意識は戻らないものの、命に別状は無い様子だった。

 駆けつけた職員たちが担架を運んでいくのを見送ってから、俺は静かになった室内に向き直る。

 

 殺風景な部屋だ。

 暖房の生暖かい空気が満ちていながらも、どこか寒々しさを感じさせる室内。

 ドアは一つ。大きな窓が一つ。

 会議室らしい簡素な長テーブルやキャスター付きのホワイトボードが壁際に追いやられ、中央にはちょっとしたスペースができている。

 

 そして、その中心で強烈な存在感を放っているのが、床に転がる大きな金属バケツだった。

 倒れたオグリキャップの、すぐ傍に落ちていた物。無関係とは思えない。歩み寄り、拾い上げる。

 そこで、気づいた。

 内側から漂ってくる、事件現場には似つかわしくない、甘い甘い香り。そして、わずかにこびり付いた残留物。

 ペロッ、これは……

 

「事件現場の遺留品を舐めるなんて、不用心ですわよ。毒だったらどうするんですの」

「大丈夫。強靭な抵抗力を持つウマ娘に、毒を盛る奴なんていないさ」

 

 一人きりだと思っていた所に、不意打ちのようにかけられた声。平静を装いながらも振り向くと、そこには高貴さと優雅さを体現する少女の姿。

 俺の担当ウマ娘の一人であるメジロマックイーンは、いつものように几帳面な佇まいで、じとりとこちらを見つめていた。

 少々、優雅でない顔をしながら。

 

 やっぱり、舐めるのはマズかっただろうか。

 

 

 

「事件については、来る途中で聞きましたわ」

 

 幸いにも、微妙な空気を振り払うように、マックイーンが口火を切ってくれた。

 

「犯人はオグリキャップさんを気絶させた後に現場から逃走。なんと恐ろしい事件なのでしょう」

「ああ。それなのに、通報しようとしたら職員の人たちに止められたんだ。大したことじゃないから騒ぎ立てるなって」

「なるほど。ですが警察なんて居なくても問題ありませんわ。この事件、私がすぐに解決してみせます」

 

 傷害事件に警察が来ないという異常事態の中、まるで明日のトレーニングメニューについて話すかのように、あっさりと言ってのけるマックイーン。

 ぺろりと唇を一舐めし、瞳には強い意思の輝きを宿して。

 そして、厳然と宣言する。

 

「そう、『名優探偵』の名にかけて!」

 

 このトレセン学園に出入りする者で、名優探偵の二つ名を知らぬ者など居ないだろう。

 かつて学園を襲った『人体発光事件』や『怪人ゴルシ事件』など、数々の難事件に立ち向かってきた稀代の頭脳。

 探偵のていは蹄鉄のていですわ、とは彼女の事件簿に記された金言である。

 事件ある所に探偵あり。探偵居る所に事件あり。今回も絶妙なタイミングで駆けつけてくれたマックイーン。

 彼女が来たからには、この事件に一片の不安もありはしない。

 名優探偵マックイーンの舞台が、今まさに幕を上げたのだ。

 

「しかし、犯人はどこに逃げたんだ? 一つしかないドアは施錠されていた。鍵は室内に置いてあった。窓から逃げようにも、ここは三階だ。他に出入り口も無い。これは完璧な密室じゃないか」

「トレーナーさんは、少々固定観念に囚われすぎですわね。こんな簡単な方法を見落とすだなんて」

 

 自信ありげに鼻を鳴らすマックイーン。何よりも安心感を与えてくれるその顔。

 そして彼女は告げる。俺が想像すらしなかった、犯人の逃走ルートを。

 それは同時に、ひとつの犯人像を浮かび上がらせていた。

 

 

 

「お兄さま、ライスが犯人ってどういうこと……?」

 

 犯人は現場に戻るという事なのだろうか、意外にも容疑者は部屋のすぐ外にいた。

 その容疑者であり、俺のもう一人の担当ウマ娘であるライスシャワー。彼女を引っ張って、俺は部屋へと戻ってきた。

 先程はドアを一撃で破壊するパワーを見せた少女だったが、今は別人のように不安そうな表情で縮こまっている。

 潤んだ瞳、ぷるぷると震える耳の愛らしさに、つい心が揺らぎそうになる。

 だが、ここで負けるわけにはいかない。心を鬼にして、追求の時間が始まった。

 

「残念ながら、そうとしか考えられないんだ。ドアには鍵がかかっていた。なら残った出入り口は一つしかない」

「それって……」

「そう、犯人は窓から逃げたんだ。人間なら三階の高さから落下して大怪我だろうが、ウマ娘なら問題ない」

 

 これが名優探偵の推理。犯人はウマ娘のパワーで堂々と窓から退場。貧弱な人間の貧弱な思考では到底辿り着けない、まさしく逆転の発想であった。

 

「で、でもなんでライスなの……? 事件が起きた時、外からドアを蹴破ったのはライスだよ……?」

 

 当然の反論。しかしそれに対する解答も既に推理済みだ。

 

「犯人が窓から飛び降りたなら、下の地面に痕跡が残っているはずだ。しかし実際には無かった。つまり犯人は外壁をよじ登ったんだ。そして屋上の反対側から決意の直滑降をして廊下の窓枠を掴んで校舎内に戻る。これなら素知らぬ顔で廊下から合流できる」

 

 恐るべしウマ娘の握力。彼女らにかかれば垂直の壁も移動ルートに早変わりだ。

 とはいえ、誰もがぶっつけ本番の登攀をスムーズに行えるとは限らない。それに日が落ちているからといって、あまりに目立つ姿では、誰かに見咎められる危険もあるだろう。

 だからこそ、犯人が絞られる。

 

「つまり、このトリックを実行できるのは身軽で、登山が得意で、髪が黒くて夜闇に紛れやすいライスしかあり得ないんだ!」

 

 ウマ娘の身体能力を十全に活用した空前絶後のトリック。だが、名優探偵によって真相は明らかになったのだ。

 後はただ、犯人が自白する時に流れるBGMを待つだけ。

 

 だというのに、どうしてライスは微妙な顔をしているのだろう。

 

「見て。窓のロック、ちゃんとかかってるよ」

 

 空気が凍りついた。

 

「わ、私はただ、ウマ娘なら窓から脱出できる可能性を提示しただけですわ! そしたらトレーナーさんがいきなり、犯人が分かったなんて言い出して」

 

 マックイーンは見事な大逃げを打った。

 

 

 

 核心を突いた推理であった。だが蟻の一穴と言うべき些細な見逃しから、全ては振り出しに戻ってしまった。

 しかし、ここで諦めてしまってはオグリキャップが浮かばれない。

 平謝りしてライスをパーティに加えた俺たちは、事件解決に向けてさらなる闘志を燃やしていた。

 

「確かに、窓のクレセント錠はきちんとロックされていた。事件後に窓に近づいた者もいないのは見ていた。こんな単純な事実を見落としていたなんてな」

 

 おかげで可愛いライスに無実の罪を着せてしまう所だった。

 

「そうすると、犯人の逃げ道はこのドアしか無いということになる」

「でも、ドアにも鍵がかかってたよね? それに廊下に出たらすぐ見つかっちゃうよ……」

「やはりそこが問題か……」

 

 闘志はあれど、考えは浮かばず。頭を抱える。

 そんな状況を打開するのは、やはり名優探偵の言葉だった。

 

「鍵とトレーナーさんの視線、どちらもクリアする事は可能ですわ」

「本当か!?」

 

 天から垂らされた蜘蛛の糸は、きっとこのような神々しさだったのだろう。

 不敵な笑みを浮かべながら、名優探偵は語り始める。

 

「まず、トレーナーさんについては簡単ですわね。物音を聞いたトレーナーさんが振り向く前に、ウマ娘のスピードで廊下を走り抜けてしまえばいい」

 

 これが名優探偵の推理。犯人はウマ娘の脚力で堂々と俺の背後を逃走。貧弱な人間の貧弱な思考では到底辿り着けない、まさしく逆転の発想であった。

 

「じゃあ、扉はどうする? いくらウマ娘に身体能力があっても、外側から錠前を弄るなんてできないぞ」

「でしたら、鍵の方をどうにかすればいいのです。都合のいい事に、オリジナルの鍵が室内にあったのですから。適当な金属塊をウマ娘の握力で加工すれば、古臭い鍵の再現なんて造作もありませんわ」

 

 その思考の冴え、まさに刃物の如し。

 そして、ようやく俺の脳内でも全てが一本の線で結ばれた。

 

「つまり、こういうことか。室内に入った犯人はオグリキャップと談笑し、さり気なく鍵を手にとって仔細に観察する」

「古い鍵マニアだとでも言っておけば誤魔化すのは簡単でしょうね。そしてお手本を獲得してしまえば、後はこっそり持ち込んだ金属塊を加工するだけですわ」

「凶器も余った金属で作ったのかもしれないな。どこにでもあるバケツの形にして置いておく事で、真の目的から目を逸らさせるトリックか」

「後は堂々とドアから出て鍵を閉め、目撃される前に全力疾走。完璧な密室の完成ですわね!」

 

 二人して頷き合う、俺と名優探偵。この一分の隙も無い推理を、果たして破れる者があるだろうか。

 

「あのね……お兄さまと反対側の廊下には、ライスが立ってたの」

 

 ここにいた。

 

「もしそうじゃなくても、鍵を作っちゃうなんて無茶だよ……」

「ふ、普通のウマ娘ならそうかもしれない。でも例えば、ウマ娘の中でも特にパワーがある上に、機械のような精密さを持つ子なら? そう、ミホ――」

「ぜったい違うから」

 

 いつになく強い口調のライスに、思わず言葉に詰まる。

 

「どの道、廊下の両側に誰かが居たのでしたら、このルートは不可能ですわね。廊下の窓から飛び降りたとも思えませんし」

 

 あっさり色々なものを投げ捨てるマックイーン。

 まあ冷静に考えてみたら、あの子が全力疾走したらブースター音で気づきそうだしな。

 

 そして、事件は再び振り出しに戻ったのだった。

 

 

 

 あと一歩という感触はあったのだが、またしても真実は手の中からすり抜けていった。

 ドアと窓、どちらからも出ることはできなかったのなら、犯人は一体どこへ消えたのか。

 我々の推理も、密室に閉じ込められていた。

 

「あら、知りませんでした? この部屋には隠し通路があることを」

 

 そう言って、その辺の壁をグッと押す名優探偵。するとたちまち壁全体が動きだす。

 何やら複雑な仕掛けがガチャガチャ動き、あれよあれよという間に、どこにこんなスペースがあったのか、数メートルにも及ぶ通路が姿を現していた。しかも、向こうに見えるのは隣の部屋だ。

 なんという無法。密室トリックに隠し通路は厳禁だというのに、現実にはそんな人間本位なルールなど存在しないということか。

 

「もう何ヶ月も前に、ゴールドシップさんが勝手に改築したものですわ」

「なんて迷惑な奴だ。密室を何だと思っているのか。しかし、これで犯人はこの通路を知っている人物に絞れるか」

 

 まず疑わしいのは製作者本人。あるいはよく一緒にいる人物。となると――

 

「でもウマ娘の聴覚なら、反響音の変化で気づいていた方も多いと思いますわ」

 

 なんということだ。つまり、この部屋に入った事のあるウマ娘なら全員が犯人候補ということか。調べ終わるのに一体どれだけかかるだろうか。

 

「お兄さま、この通路、埃が積もっててクモの巣も張ってるよ。最近使った人はいないんじゃないかな……?」

「しかし、ウマ娘の跳躍力なら埃を飛び越えてクモの巣をかわし、向こう側に到達する事も可能じゃないか?」

「なんでもウマ娘の身体能力で解決しようとしないでよぉ……」

 

 気のせいだろうか。こちらを見るライスの瞳に、何やら哀れみのような色が混じっているのは。

 彼女の愛らしい顔を曇らせるのは、本意ではないというのに。

 しかし、指摘はもっともだ。知らず知らずのうちに、なんでもウマ娘の身体能力で解決する方向に思考が誘導されていた気がする。

 何にせよ、隠し通路という禁断の道すら、真相には繋がっていなかったのだった。

 

 

 

 停滞する捜査。交わされる言葉も、次第に少なくなっていく。

 そんな澱んだ空気を吹き飛ばすように、飛び込んできたのは一人のウマ娘。彼女のもたらした知らせが、事態を急変させる。

 

「オグリキャップさんが、目を覚ましました」

 

 状況は行き詰まりだ。残された手がかりは、もはや被害者の証言しか無い。

 彼女の記憶の中の犯人像。それにすがるしかなかった。

 

「彼女は大丈夫か? 倒れる前の事について、何と言っていた?」

「はい、空腹が限界で倒れたそうです。鍵を閉めた後に」

 

 そう言って、わざわざ知らせをくれた親切なウマ娘は、怪訝そうな顔をしながら去っていった。

 唐突な幕切れ。部屋全体を漂う、生暖かい空気。

 

「つまり、事件なんて無かったという事ですわね」

 

 気の抜けた声でマックイーンが呟く。

 探偵業はもう、終業の時間だとその顔が言っていた。

 

「何もなかったなら、良い事じゃないかな」

 

 ホッとした顔のライス。

 無駄に犯人扱いしたりツッコミ役をやらせて、彼女には迷惑をかけてしまった。

 そのうち、埋め合わせをしなくては。

 

「ライスさん、今日のお詫びと言ってはなんですが、今度みんなで遊園地に行きませんか? VIPチケットを手配いたしますわ」

「気にしないで……もう、慣れたから。それに、探偵が遊園地に招待されたら、また変な事件に巻き込まれちゃいそう……」

 

 事件は終わり、夜もふけて、みんなあとは帰るだけ。

 もうすっかり雑談ムードである。

 

 そんな空気をぶち壊すように、俺は宣言する。

 

「まだだ。密室事件はまだ解決していない」

 

 真っ先に面倒くさそうに異議の声をあげたのは、マックイーンだった。

 

「ですから、事件なんて無かったのでしょう?」

「まだ謎は残っている。オグリキャップが空腹で倒れた。それはいい。だが、腹を空かせた彼女はどうしてここに来たんだ? 食べ物一つ見当たらない、この部屋に」

「それは……」

 

 言葉に詰まるマックイーン。その表情をじっくりと眺めながら、俺は続ける。

 

「答えは簡単だ。彼女は、この部屋に食べ物があると思っていたんだ。その証拠がこれだ」

「床に転がっていたバケツ、ですか」

「このバケツから漂う甘い香り。そしてわずかに残っていた中身。そう、これはバケツプリンの容器だったんだ。彼女はこれを食べるためにこの部屋に来た。そして、当てが外れたショックと空腹で意識を失ったんだ」

 

 いつの間にか眼に光が戻っているマックイーン。

 これは推理の輝きか、それとも。

 

「面白い推理ですわね。ですが先程、密室事件と仰いましたよね? プリンを食べた犯人がいたとしても、オグリキャップさんが来る前に逃げてしまったと考えるのが自然ではありませんか? それでは密室とは呼べませんわよ?」

 

 もっともな指摘だ。しかし、俺がこれを密室事件と呼んだのには根拠がある。

 

「犯人は、バケツ一杯のプリンを食べ尽くすほどの食欲の持ち主だ。それなのに、どうしてこのバケツには食べ残しがあるのか。つまり、犯人は何か、急いで現場を離れないといけない事情があって、綺麗に完食する事ができなかったんだ」

 

 その事情。予想外の夜の訪問者。それは、被害者オグリキャップに他ならない。

 

「焦る犯人。しかし、逃走ルートはいずれも何かしらの問題がある。ならば、最後に残った選択肢は一つだ」

「……」

 

 ふと目をやると、ライスは静かな顔でこちらを見ていた。その瞳に、驚きの様子は無い。

 もしかしたら、彼女もとっくの昔に気づいていたんだろうか。

 

「犯人は天井に張り付いたんだ。ウマ娘のパワーとスタミナなら、オグリキャップが立ち去るまで耐えるくらいは簡単だ。そして何食わぬ顔で部屋から出ていけば、密室トリックの完成というわけだ」

 

 しかし、そこでイレギュラーが発生した。

 倒れるオグリキャップ。駆けつける人々。そして探偵気分でウキウキしながら部屋を物色して、離れようとしなかった俺の存在。

 だからやむを得ず犯人は、音を殺して俺の背後に降り立ち、声をかけた。

 

 その推理の正しさは、マックイーンの表情が証明していた。

 

 

 

 月明かりが三つの影を映し出す、寮への帰り道。俺は手の中の液晶に目を落とす。そこにはとあるSNSの、一件の投稿が表示されていた。

 

『ヒマだったからバケツプリン作ったんだけどよ、ゴルシちゃんなんと今は禁プリン月間でさー。しゃーねーから控え室に置いてきた。早いもの勝ちで食っていーよ。by怪人ゴルシ様』

 

 なんだろうこれ。

 

「いや、盗み食いしたとかは疑ってなかったけどさ……とにかく、マックイーンもオグリキャップもこれを見たのか」

「ええ、夕食前だというのに、それを見つけてしまったんです。暖房の効いた室内に、生菓子を置きっぱなしにしただなんて見て、居ても立ってもいられず」

「それでああなっちゃったんだよね……」

「食欲に負けてドカ食いしてしまうなんて、メジロのウマ娘にあるまじき醜態がバレてしまいましたわ……」

 

 がっくりと肩を落とすマックイーン。少し、可哀想になってくる。

 月光のスポットライトを浴びたその横顔は大人びていて、ついつい忘れそうになってしまうけれど、そこには年齢相応の幼さや愛らしさも、確かに残っているのだ。

 そんな矛盾したあり方が、今回の事件の引き金だったのかもしれない。

 

 その姿をじっと眺めていると、唐突にいたずら心が湧いてきた。

 

「そういえば俺、プリンの残りを舐めてたけど、あれマックイーンが食べてたものって事は」

「そ、そんな所で名探偵ぶりを発揮しないでください!」

 

 騒いだおかげか、少しはいつもの調子を取り戻した様子のマックイーン。

 顔を赤らめて、じとりとこちらを見つめている。

 ほっぺたに、一欠片の甘い可愛らしさを付けながら。



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