リーリエロスでカントー行ったよ (バケットモンスター、縮めてバケモン)
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百合の花を求めて

ウルトラホールに巻き込まれた。

そんでなんか知らんけど俺の服装がまんまポケモンサンムーンの男主人公だった。

こいつぁやべえぜ! ってなってまわり見渡したらポケモンリーグ既にできてやんの(笑)

しかもチャンピオンは二年くらい不動だとかwww

 

えっ、この地方にリーリエは既にいない……?

 

えっなにそれ。巻き込まれ損なんですけど?

もう分かったわ俺カントー行く。リーリエはウツロイドで鬱ロイドになった母様を治しにカントーまでlet's goピカチュウしにいったはずだから、俺も追えば問題ないよね。

 

「そんなわけでカントー地方まで行きたいんですけど」

「トレーナーIDを見せてください」

 

詰んだわ。

 

「じゃあ泳ぎます」

 

リュックを開く。

キズぐすりが二つ、モモンの実とオレンの実が二つずつ。あとはモンスターボール3つ。財布もパスも何もない。リセット案件か?

リュックサックは準備OKとか誰が抜かしたんだこの野郎。

水ポケモン捕まえて上に乗ってカントーまで渡るしかなくない?

…………。

 

まぁまずは泳ぐか。リーリエに会うためだもん。俺頑張る。がんバルチャイ。はは、つまんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着いたわ。

三日間くらいぶっ通しで泳ぎ続けたら着いたわ、カントー地方。辛さ渋さ苦さ酸っぱさミックスとか言う優しい要素どこにもないオレンの実をちまちまかじって泳ぎ続けたらなんとか着いたわ。

ここがカントー地方かぁ。テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ。

マサキがポケモンとフュージョンしてるのはみさきのこやってとこ。25番道路。サンのストーリークリアしてリーリエロスのときに調べた。どこにいるのかなって。

まずはここがどこなのか調べることが重要でやんす。体力の消耗も激しいけどリーリエに会えるんだったらなんでもできる。モモンの実をかじった。

 

今日のカントーは日差しが強い。アローラの服は熱帯でも過ごせるように薄い生地でできてるからすぐ乾く。

……待て。ポケモンリーグはあるけど、俺の顔を見ても誰も何も言わなかったぞ? それに、二年間チャンピオンが変わってないってことは少なくともその二年間チャンピオンを防衛した奴がおるってことだろう。

……ってことは俺はヨウ*1ではない……? 服装は似てるのに……?

大体今はいつなんだよ。リーリエが居なくなってどれくらい経ってる?

 

「少なくとも俺がこの世界に転生して三日」

 

泳ぎ続けてたからな。

 

となるとやっぱり、「主人公」の存在は気になるところ。

ゲームではリーリエが居なくなった後、つまり主人公が殿堂入りを果たしてから、大人になったレッドとグリーン*2がアローラに来ている。10代前半が初代の年齢だとすれば、あんな老け顔になるまで何年……まぁ5から6年。

メガシンカがあるってことはXYと同じ世界線。XYは「ハチク」という男優が人気で、そのハチクさんはBWとBW2、つまりイッシュの出。

 

「リーリエは……だいたい女子中学生くらいの年齢か……」

 

まぁ二年経ってるらしいし。

ククイ博士を倒した時、主人公は「初代チャンピオン」と呼ばれていた。と言うことはリーリエは必ずアローラを出ていることになる。

恐らくは、ルザミーネさんの毒も無くなってるんじゃないかなと。そんな予測っと……なんか街が見えて来た。

 

セキチクシティ……?

25番道路までどれくらい距離があるんだ。分からん。原作はおろか、let's goシリーズもやってないんだ。マップを把握できてない。

とりあえずポケモンセンター。赤い屋根は共通。目立っていいね、わかりやすい。

 

ポケモンセンターに入ると、真正面にジョーイさんがにこにこしていた。見ない顔が来ることは珍しくないのか、周りの人たちも別段気にしてる様子はない。

とりあえずカフェで……あっ、カントーにはカフェないんだ……。

近場のイスに座り、一息つく。服が乾いたのはいいけど、疲れた……。

なにせ三日間荒波に揉まれてはるばるカントーまでやって来たんだ。体温は奪われるし、お腹は空くし眠れないし。

リュックを開けると、モンスターボール3つとキズぐすり二つ。お腹もすいたし、疲れた……。

でも、でもこんなところで寝ている場合じゃない。リーリエに会いたい。一刻も早く。あの天使の元へ駆けつけて、笑顔を見せてほしい。

 

そんなふうに思っていると、ふと視界の端っこにマップがあることに気づく。

これはカントーのマップだ。25番道路は……マップの上の方。

セキチクシティは……ここか。遠いな。リーリエはどこからどうやってみさきのこやまで行ったのだろうか。

ダメだ、余計なことを考えるな。寝ちまうぞ。

 

「ジョーイさん」

「はい……うわっ、クマが……どうされたんですか?」

「今すぐに25番道路へ行きたいんです。ポケモンも持ってないんですけど、なにかいい案はありませんか?」

「25番道路ですか……ライドポケモンを使うのはいかがでしょう」

 

ライドポケモン。

えっ、こっちにもあるの? 初代は自転車があったはずでは。

 

「自転車も良いのですが、山道などですとケンタロスやペルシアンの方が良い場合があります。サファリゾーンのところへ行って、譲ってもらえないか聞いてみるのはどうでしょう?」

「ありがとうございます……行ってみます」

「はい。あっ、もしもお持ちでありませんでしたら、タウンマップはいかがですか? それに、もうすぐ日も落ちますし、一度泊まっていかれては……」

「すみません。今一銭もお金持ってないんです。とにかく、25番道路へ行かないと……」

「そう、ですか……。では、こちらのタウンマップは差し上げます」

「え? いや、悪いですよ。大丈夫です、なんとかなります」

「それにお金でしたらしばらくここでバイトなどをするのはどうでしょうか? フレンドリィショップの品出しなどがありますよ」

 

…………。

それはとっても魅力的な案だ。

一銭も持ってない身にとってはありがたすぎる。

…………でもリーリエはどうなるんだろう。

リーリエに会いたい。リーリエ、リーリエ。

バイトなら後からでもできるじゃないか?

そうだ、リーリエを一目見てからでも遅くはない。25番道路とセキチクシティは……往復で一日や二日くらいか?

だったら……だった……ら……。

 

「……!? あの、大丈夫ですか!? 大丈夫ですか? ……ラッキー、手伝って!」

 

リーリエ……。

*1
ポケモンSMにおける男主人公の名前。女主人公はミヅキ

*2
初代ポケモンの主人公とそのライバル



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陽光、深月に別れを告げて。

サン始めたんだけどメタモンの選別にハマり始めたので今日は2000字です。


リーリエ……。

りーりえ……。

行かないで……。

いつまでも旅を……僕は、君のことが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ」

 

知らない天井。

でもなんかスッキリ。あったかいし、頭もよく働く気がする。

ここは……ここはポケモンセンター?

客用の貸し出しベッドに寝かされていたみたいだ。

 

「あっ、起きたんですね」

「ジョーイさん。すみません、寝てました?」

「はい。急に目の前で倒れて寝息を立て始めました。ここがポケモンセンターで本当に良かったです。栄養失調や肉体の疲労……酷い状態でした。なにをしたらこんなに体調を悪くすることができるんです?」

「訳ありで……三日三晩、他の地方から泳いで来ました」

「三日三晩!? なにをされたんですか!! そんな仕打ちを……」

「いや、なにをしたと言うか……何もできなかったから泳いだと言うか……まぁ、一刻も早く25番道路へ行きたかったので……」

 

すごい執着、とジョーイさんが笑う。

リュックの中身が横に並べられている。警戒されて中身をひっくり返されたか。まぁ危険物ないし良いけど。

リュックにモンボを詰めていると、ジョーイさんがお粥を持ってきてくれた。

 

「あの、お金……」

「はい。ポケモンセンターで無料なのはポケモンの回復だけですので、宿泊料金などはいただきます」

「……なにか……何かできる仕事はありませんか……? わがままですが、一刻も早く……」

「はい。ですので、物資の運搬をお願いしたいのです。

 

物資の運搬?

ジョーイさんは一枚の紙を取り出すと、こちらへ渡してくれた。

手書きにカントー地方のマップと、そこに赤い線で矢印が書いてある。

タウンマップを見ると、セキチクシティからタマムシ、ヤマブキ、ハナダシティのポケモンセンターに商品の技マシンや木の実を届けるという仕事。ハナダシティからマップでいう上方向に行くと、25番道路。25番道路の端には、俺が探しているみさきのこやがある。

 

「……気遣いがありがたすぎます」

「いえいえ。なにか事情があるのでしょうし。道中気をつけてくださいね」

 

そう言って目の前に置かれたお粥は、とても美味しかった。

 

 

 

 

タマムシシティ。

スロット廃人を生み出した悪魔の街、とはプレイヤーの間で名高い。

 

「じゃあここに置いておきます」

「ありがとう。次はこのキズぐすりのセットを持って行ってくれないかな」

「わかりました」

「ケンタロスを休ませている間は好きに動いてくるといいよ。ポケモンでも捕まえておいで」

「あぁ……わかりました」

 

えっ暇wwwwww

俺ニートなんだけどマジワロス。

……ちゃんと目的はあるよ。

前に実況動画で見たことがある。タマムシマンションってところの屋上で、イーブイが手に入るイベントがあったはずなのだ。

俺はキョロキョロとあたりを見回し……ここだな。この、タマムシマンション。これの裏手側から屋上へ続く階段へ入るのだ。

 

階段を登りつつタウンマップを開く。

タマムシシティから7番道路を経由してヤマブキシティ。そこから5番道路経由でハナダシティ。上には24、25番道路と続く。

そこにリーリエがいる……はず。果たしてこの世界のリーリエはもうトレーナーになっているのだろうか。それともまだポケモンバトルが苦手なのだろうか。

あぁ、わからん。チャンピオン、つまり主人公がアローラにいるってことはアニメ世界線じゃないはず。だとするとマサラタウンのサトシもいない……はず。セレナとかはちょっとよくわからん。

 

お、着いた着いた。それじゃあお邪魔「ブイ!」へぶっ。

 

ドアを開けたらそこにはもふもふがありました。

俺の顔面に不躾にも腹を押し当て、短い手足でぽこぽこと俺を殴るイーブイ。はは、なんだてめぇ蒸し焼きにすんぞ。

っていうかケンタロス以外にポケモンに直接触れたのってイーブイが初めてだな。お前気に入ったぞ。

 

「ぶい」

「おっちゃん! こいつください!」

「えぇ……? ま、まぁいいが……顔……」

「俺の顔は無事! よしお前! お前よしお前! お前俺とこいお前!」

「……ぷいっ」

「!?」

「そいつは気性が荒いんだ。元からここに住み着いていたし、ゲットしてくれるなら助かるが……」

 

俺はイーブイを見る。

ぽふ、と俺の瞼の上に手が乗せられた。

 

「イーブイ」

「ぽい」

「オレ、アイタイヒト、イル。オマエ、オレノヨウジンボウ。オマエ、ツヨクナル」

「ぶぃ……」

「キノミタベホウダイ」

「へぽぉい!」

 

イーブイは俺の差し出したモンスターボールへ手を伸ばした。

イーブイがボールに吸い込まれ、視界が確保される。

抵抗力によってボールは最大三回まで揺れ動くが、果たして。

 

───ッ

 

一回。

なんの抵抗もなく、イーブイは俺のポケモンとなった。

 

「ありがとう。出てこい、イーブイ」

「ぶい!」

 

青い光と共に、イーブイはボールから出てくる。

 

「話をしよう。おっちゃん、ありがとう!」

「うい。わしに知らないことはない。何かに行き詰まったらまた来るといい」

 

イーブイを抱えて屋上の部屋を出る。

そっと床に下ろすと、イーブイはこちらを見上げて首を傾げた。

 

「イーブイ。俺はこのカントーで、会いたい女の子がいるんだ。名前はリーリエ。でもその子を探すためには、すごく時間がかかる。本当に、俺でいいのか?」

「……ぶぃ? ぇぽぉい!!」

 

飛び跳ねるイーブイ。

意思の疎通ができん。

 

「……俺の言葉は理解できるか?」

「?」

 

だよな。

 

「まぁ……悪いようにはしないよ。行こうぜ、イーブイ」

「ぇぼい!!」

 

そうして、俺は初めて自分のポケモン、イーブイを持つことになった。

イーブイは恐らくゆうかん。特性は……なんだろう。「にげあし」「てきおうりょく」のどちらかなんだけど。

 

「おまえはどっちなんだ……?」

「ぼぼい!」

「ぼぼいって言ったかお前。ぼぼいってなかなか出てこない発音だぞお前」

 

珍妙でやたらと萌え声なイーブイとじゃれつきながらポケモンセンターまで向かい、牛車……もといケンタロス車へ乗る。まだ日が登りきって間もないが、荷物運びをしなければならんのだ。

ヤマブキシティにはシルフカンパニーっていう会社がある。ゴーストの正体を見破るためのシルフスコープを作ってる会社がどうのって感じだったかな。たぶん。

それと、エスパージムがある。ちなみにここ、タマムシには草ジム。マジ草生える。

と、そんなふうにヤマブキシティは結構技術を使う街だからか、やたらと運ぶものが多い。何かの工具や部品とか、エスパータイプのわざマシンとか。

 

「お前はエスパー技はなにか覚えるのかぁ〜?」

「ぶぶい。ぇぼ」

「うっっっわ覚えたくなさそうな顔してるわ」

「けっ」

「今つば吐いたかお前? なぁ? 一応ご主人様よ?」

 

しけった面を見せるイーブイはさておき、ケンタロス車に全ての荷物を乗せることができた。

流石に重いのでケンタロスを一匹追加。二匹体制で荷物を運ぶことになりましたとさ。

 

「よろしく」

「ぶもう」

「お前も、引き続き頼む」

「ぶもう」

「二人合わせて?」

「「ぶもう」」

「はは、分かんね」

 

ケンタロスは進む。

タマムシを離れ、ヤマブキへ。

リーリエ。

愛しいリーリエ。

メルカリでポケカ一枚20万で売られていたリーリエ。

どうか、あなたに出会えますように。



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なんで主人公って知らん人の家にずかずか入っていけるの?

ケンタロスは進むよどこまでも。

野を越え山越え。

 

「うっ……ぐはっ……」

 

屍を越え。

い、今ありのまま起こった事を話すぜ!

 

ロケット団「荷物を全部置いていきな!」

俺    「轢けケンタロス!」

ロケット団「ぐああああああああ!」

 

犯人俺でしたわ。

これはガーディに街中引き摺り回しの刑ですわ。

え? 待って、これ逃げればワンチャンバレない説ある?

 

「ケンタロス、逃げるぞ」

「ぶもう」

「そうは行かないわよ! リーダーをケンタロスで轢きやがって! おまわりさん! この人です!」

 

側から出たロケット団の下っ端がジュンサーさんを連れてくる。

 

「…………」

「…………」

「…………おまわりさん、こいつロケット団です」

「ご協力感謝します」

「うわああああああ! なんでよおおおおお! アタシの方が先に通報したじゃない! どうしてえええええええ!」

 

うわあ、首輪付けられてる。あれが街中引き摺り回しの刑か。

 

「君、盗まれたものはない?」

「あ、ないです。強いて言うならケンタロスで人轢いちゃったんですけどどうなります?」

「野生のポケモンに襲われたってことにしましょ。まったく、最近妙に増えてきて困るのよ……」

「増えてるんですか?」

 

ジュンサーさんははぁ、とため息をついてからガーディに睨まれてすくみ上がっているロケット団の下っ端を見た。

 

「なんかね。シンパなのか宗教なのか、昔のロケット団の復興を! みたいな輩が増えてきてね。ポケモンをお金儲けに使うだなんて、絶対に許せないわ」

「そっすねぇ」

「おまけに、伝説のポケモンを捕まえるーとか、保管して見せびらかすーとか言ってるのよ」

「それは普通のポケモントレーナーでも同じでは?」

「…………」

「………………」

 

ジュンサーさんは無言で帰っていった。なんだったんだ今のは。

ただ、ロケット団が増えてるなんて聞いたことがない。リーリエが危険だ、速く向かわなければ。

 

「どうしたイーブイ」

「ぇぼ……」

 

ぷるぷると伸びしたイーブイを横目に俺はタウンマップを取り出した。

なんとここはハナダシティ。まぁ随分と、速くについたもんだ。

決して大人の事情ではない。そう、絶対に。絶対に、『リーリエがいない小説書いててもつまんないからアンケートとったら断然リーリエ早く出せ派の方が多かった』などという理由はないのだ。

 

そんなわけで、俺はこの荷物をポケモンセンターに運んだらみさきのこやまで一直線に行けるとウッキウキでケンタロスに木のみを与えているのだ。

 

「うまいか? もう少しだけ頑張ってくれ。なるべく早めに」

「ぶもう」「ぶむお」「えぼ!」

「イーブイはさっき食べたじゃん」

 

こんな感じで接してるとわかる事だが、きのみって、結構な頻度で手に入る。

回った街でお駄賃としてもらえるものだったり、いつのまにかイーブイが持ってきてたり。

BWではあんまり手に入る印象はなかったためにちょっと意外かも。でもサンムーンでは結構手に入ってたな。作品によってちがうんだろうか。

 

再び歩き出すケンタロス。人を轢いたことも意に介していないようだ。俺もそんなに気にしてない。

嗚呼リーリエよ。清楚な正統派ヒロインリーリエよ。

カントー地方ではどうなっていますかリーリエ。主人公が11歳だとしてそれよりも少し背が高くて今14〜16歳くらいの柔和な笑顔に誘われた私はカブトムシなリーリエよ。

…………。

なんか嫌だな。やっぱリーリエは12、3歳くらいの方がいい。年齢不詳だけど、恐らくルザミーネさんのデオキシスがいでんしのくさびでリーリエに遺伝してモデルスタイルになっただけだと考えよう。

だとするとククイとかいう上裸変態博士はどれくらいの身長なんだ。ムカつく。

 

つまりはそういうことです(あきらめ)

 

まぁしっかし旅とは暇なもんである。ルートが決まっているので旅じゃないかもしれないけど野生のポケモンすら出てこねぇ。え? 野生のロケット団? 知らない子ですね。

というか見どころほんとになくて草なんだ。普通はイベントに巻き込まれたりするもんじゃないの───

 

 

 

 

 

───「それじゃあ、本当にお疲れ様。向こうのポケモンセンターには伝えておくよ。あと、それを差し引いた分のバイト代」

「あざーす」

 

本当に何もなかった……

マジでなんもやることなくて草。

ポケモンセンターに待機してたゴーリキー*1に箱を渡し、ゴーリキー*2の手が空いたらまた箱を渡し。

ゴーリキー*3はとても優秀で、俺の出番もほとんどなかったくらい。じゃあ帰りますかってなっちゃうもん。

いや帰らないけどね?

 

つまるところ、これにて任務は完了。バイト代としてもらった35000円を握りしめ、いざ24番道路へってできるのだ。

リーリエリーリエ。

ケンタロスとのお別れは寂しいけどリーリエが大切リエ。

 

「ブイ、いくぞ」

「えぼい!」

 

頭の上にイーブイが乗っかるおっっっっっっも。

首の骨イカれそう。

でもリーリエが大切リエ。はやく動くリエ体。

のろのろと動き出した足に力を込めながら、俺はハナダシティの橋を渡る。

確かこの隣の草むらにはゼニガメがレアエンカウントでいたはず。あとで捕まえておこう。

 

「……あっ! ちょっと君!」

「? あ、俺ですか」

「そう、君だよ。ちょっと来てくれないかな」

 

橋を渡りきったところくらいで向こうにいたお兄さんに引きとめられる。

足元にはヒトカゲがおり、尻尾がパチパチと燃えていた。なんやねん。ポケモンバトルか? 俺とリーリエの恋路を邪魔する気なら容赦はしないよなぁイーブイ。

 

「おれ……ポケモン育てるの下手なんだ」

「はぁ……そうですか」

「このヒトカゲも弱いままで可哀想だから、俺よりすごいトレーナーにあげたいんだ」

 

……おろ? 確かこの人って、ポケモンを捕まえた数が多かったらヒトカゲを譲ってくれる人では?

 

「君がポケモンを捕まえた数は1か……それじゃあ渡すことはできないな」

「おうなんやコラ俺のポケモンセンス舐めとんとちゃうぞコラァ」

「ええ何!? で、でも……」

「アローラではブイブイ言わせてたんじゃボケェ! リゾート開発するために90匹とか捕まえとったんじゃボケェ!」

「ひっ、ひい! わ、わかった……! 譲るから、譲るから! ……大切にしてくれよ」

「もちろんじゃボケ誰やと思っとんねん」

「誰?」

「……誰だろう俺」

 

そういえばカントーでなんも成し遂げてない。強いて言うならバイトくらい。

 

「まぁまぁ任せてよお兄さん。立派なリザードンにして見せるから」

「ほ、本当かい? ……定期的に見せに来てくれよ。怯えてるようなら返してもらうから」

「はいはいわかったわかった。月一とかでいい?」

「あ、応じてくれるんだ……」

 

ヒトカゲは欲しい。なんとしてでも。

興味深そうにこちらを見つめているヒトカゲに、お兄さんからもらったモンスターボールを差し出す。

光と共に俺の掌に収まったそいつをポケットに押し込み、俺はお兄さんに頭を下げたのだった。

 

「あの時のヒトカゲ育ってる?」

「……ん? いや今貰ったばっかで」

「あの時のヒトカゲ育ってる?」

「お兄さん?」

「あの時のヒトカゲ育ってる?」

 

あかん、あの時のヒトカゲ育ってるbotになってしまった。

イーブイ、行こう。

あの人はもうだめだ。

 

───うわやまおとこいるやん。迂回しよ。早くリーリエに会いたい。

───うわ短パンこぞうおるやん。迂回しよ。早くリーリエに会いたい。

───うわミニスカートおるやん。迂回しよ。早くリーリエに会いたい。

───うわ───

 

多くねぇ!? 

ポケモントレーナー多すぎて隠れながら進むのにめちゃくちゃ時間かかったんですけど!?

はぁ〜マジ疲れた……ってかよく俺迂回できたわね。

さて……ポケモントレーナー多すぎ道路、別名25番道路の先。一件だけ、小さな小屋がある。その隣には、原作になかったであろうキャンピングカー。

間違いない。リーリエがいる。

リーリエが、この扉の先にいる。

……怖。扉を開けるのがこんなに怖いとは。

いくぞ。いくぞ。俺はできる男。扉を開けて「アローラ!」で行けるはずだ。

ふぅ。いくぞ。

 

───ガチャ

 

「アロー……ラ……?」

 

誰もいない。

目の前に二つの筒がついた大きな機会。整理されて机の上に並べられた資料。ソファと、本棚やタンス。

…………リーリエいない?

リーリエ……(・ω・`)

 

「ん? お客さんかいな……」

 

ごそごそと、機械の裏から物音がする。

裏からひょっこり顔を出したのは、イケメンだった。

 

「こんちわ! わいはマサキ……人呼んでポケモンマニ「リーリエ違う…… 」怖。なんやその反応。ごめんて」

 

煤汚れでところどころ黒くしながら、マサキは俺の目の前までやってくる。

関西弁っぽいのはジョウトの言葉らしい。二次創作する際に大阪の人に怒られなくて済むねやったね!

 

「ほんで……あんさん、一体何の用があってこんなとこまで来たん? あっ、わかったぞ。こんなところにあるにが珍しくて、つい入ってしもたんやな!」

「違います」

「冷たっ。んまぁ、ええわ。で、何の用やねん。ここにはしゃべるポケモンは居らへんで」

 

うわ自虐じゃん。おもしろ。

 

「リーリエという女の子を知りませんか?」

「なんや、リーリエちゃんの知り合いかいな。そんならそうと言ってくれればええんに。リーリエちゃんなら隣のキャンピングカーでランチタイムとちゃうか?」

「隣っすね? いるんすね、ここに、リーリエが!」

「……んん? んまぁ……おるけど……なんや、ちょっと怪しくなってきたな」

「ロケット団じゃないからセーフ」

「なんやそれならええわ」

 

マサキに一礼して小屋を出る。

そして徒歩2秒のところにあるキャンピングカー。カーテンは閉まっていて仲を見ることはできない。エーテル財団の物なのか、二階建てバスみたいな大きさで白をベースに、そしてタイヤの真ん中にエーテル財団のマークがある。

間違いない。これはアローラからきた物だ。

そして、そこにはリーリエがいる。ルザミーネさんもいる。

 

長かった。ここまで長かった。

 

呼吸を止めて1秒わたしシンケンな目をしたから。

そこから息ができなくなるの窒息ロンリネス。

 

……ふう。落ち着いた。

 

中指を軽く曲げ、ノックを3回する。

 

「はーい」

 

内側から、可憐すぎる声が聞こえた。

長時間聴いているだけで耳がとろけそうなよく響く声だった。もっと聴いていたい、そんな思いが湧き上がる。

はやる思いを胸に、ドアを開けた。

 

「すみませんマサキさん、ごはんもう少し待ってくださ……い……?」

「…………ッ」

 

かっっっっっっわ。

サンムーンでも着用していた、白いプリンセスラインのノースリーブワンピース。揺れる淡いブロンドの長い髪と、雪のような白い素肌。

グリーンフラッシュを宝石の中に閉じ込めたように輝く知的な瞳が、こちらを見つめている。

もう死んでもいいかもしれない。

 

「えっと……どなた、ですか……?」

 

声かわいい!!!!

やばい心臓がうるさすぎる告白じゃないんだぞそうだ頑張れ俺しっかりしろリーリエにちょろっと挨拶すればいいだけなんだ行ける俺なら行ける俺なら絶対行ける何のために三日間泳ぎ続けたんだリーリエに会うためだろ第一印象が大切なんだオタクになるな俺は俺だいけるいけるいける!!

 

「あ……えっと……」

「……?」

「あろー……ら…………?」

「………………あ、アローラ……え?」

 

プルプルと震える両手で円を描いた俺に対して、リーリエもぎこちない動きで円を描く。

は? 脇が丸見えなんだが? 天使か? は? 俺じゃなかったら襲ってたまであるぞこれ。

 

「あ、アローラ地方の方ですか……?」

「まぁ……その、服装的にも……ね」

「たしかに……そっくりです」

 

そっくり。

やっぱり、リーリエは主人公に会っている。

色合いや細部が違うものの、俺の今の格好はポケモンサンムーンの主人公にそっくりだ。

 

「えっとそれで……アローラの方が……何かご用ですか? あっ、もしかして母様に……?」

「あぁっ、違う、違うんです……その……リーリエ、さんに……その」

「わたしにですか?」

 

ヒェっ。

顔が良い!

挙動不審な俺にも普通に対応してくれるリーリエちゃんマジ天使。っていうかなんかふんわり良い匂いするし香水っていうか女の子ってこんな匂いするんだぁ……。

いかん、不審者になってしまった。死ね、俺。リーリエにふしだらな情を抱くな。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「すみません。取り乱しました」

「いえ……。気分が優れないようでしたら、少し横になりますか?」

 

誘惑するのはやめろまじで!!!!

 

「い、いえ! 大丈夫です! えっとその、用と言うのは……」

「はい」

「用と、言うのは……」

 

あれ。

なんで俺、リーリエに会おうとしてたんだっけ。

というか、俺はリーリエとどうなりたいんだ?

会ってから何するのかも考えてなかった。とにかく会えば何かが始まると、謎の確信を持っていた。

 

「…………えっと」

「ゆっくりで大丈夫です。お茶、飲みますか?」

「あ……」

「今、淹れたばかりなんです。マサキさんには内緒ですよ」

 

そう言って人差し指を口に当てるリーリエは、ひどく魅力的に見えた。

そして、我慢ならずに言ってしまった。

 

「とっ……友達になってくれませんか!!!!」

「ふぇ……?」

 

ふぇって言った。リーリエがふぇって言った。かわいい。

腰を曲げ片手を差し出す告白のようなポーズのまま俺はリーリエを見る。

ぽかんとしていた。めちゃくちゃ顔が良い。あっ、リーリエが、リーリエがイーブイ1匹分の距離にいる。あのリーリエが。

ドクンドクンと跳ねる心臓をもう片方の手で抑え、リーリエを見つめる。

リーリエは、何が起こったのかわからないと言った顔で、辺りをきょろきょろと見渡した後、恐る恐ると言ったように。

 

───ピトっ

「ひぇっ」

 

俺の手を握った。

桜貝のような爪が綺麗に揃った白魚のような手が、俺の差し出した手をぎゅっと握る。

 

「……あ……あ……(カオナシ)」

「えと、よ、よろしくお願いします……?」

 

そのはにかみ顔で俺の寿命は5年縮んだ。いや10年縮んでるかもしれない。

 

「あ、ありがとうございます……」

「は、はい……」

 

リーリエがぴょぴょぴょってしてる。困惑リーリエかわいい。やばい。

告白後みたいな雰囲気を出してる俺はどうしたらいいのか分からず、ただ手の感触に集中した。

 

「(…………ちょっとだけ……硬いな……)」

 

普通の女の子では、手はそんなに硬くならないと思う。

平均よりも、硬い。何かを多く経験しているというか……。掴んだり握ったり、持つ機会が多かったんだなって。

大丈夫。リーリエに降り注ぐ危険は俺が防ぐ。

お友達に、なれたし!!!!

 

「リーリエちゃんご飯って……あ……お邪魔やった……?」

「い、いえっ!! ご飯ですよね、できてます! どうぞ!」

「おっ、パンケーキかぁ。美味しそうやんけ! よし、じゃあ向こうで食うで!」

 

パッと離れた手が積まれたパンケーキの皿を持つ。

それはマサキに手渡され、マサキは消えた。

おてて離れちゃった……(・ω・`)

 

「えっと……じゃあ、これからよろしくお願いします」

「おうい! リーリエちゃんとあんさんもこっちきいや!」

「は、はいっ! い、行きましょう!」

 

握られた手をまじまじと見ていると、リーリエはキャンピングカーの外へ走っていった。

すれ違ったときめちゃくちゃ良い匂いした。やばい。

それじゃあ、俺もそっちへ……ん?

 

「写真だ」

 

そこには、リーリエとハウ、そして主人公の……ヨウが写っている、写真があった。

写真たてに反射する俺に顔とは、別人。

…………もしも、リーリエが主人公に好意を抱いているのだとしたら。

 

 

 

 

 

「…………俺は、どうしたら良いんだろう」

 

 

 

 

 

*1
アヤメと名付けた

*2
アヤメはニックネームとして登録されてた

*3
飼い主は頭抱えてた



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推しとマニアと転生者

「ほな、せっかく焼いてもろたことやし、冷めないうちにいただこうや」

「はい!」

「い、良いんですかね。お昼にお邪魔しちゃって」

「あんさん、ここの人やあらへんやろ。住むとことかあらんとちゃう?」

 

みさきのこや。

フォークにパンケーキを刺しながら、マサキが俺を見た。

リーリエは会話にこそ入ってこないものの耳を立て、取り分けたパンケーキを上品に切っている。かわいい。

 

「ま、まぁ……」

「どこから来たん」

「アローラから」

「遠かったやろぉ」

「はい……三日くらいかかりました」

「え……?」

「三日! リーリエちゃんときもそうやったん?」

「い、いえ、そんなにはかかりませんでした……」

 

驚愕の目で見るリーリエ。かわいい。

俺はパンケーキを一口……美味い。めちゃくちゃうまい。焼き加減が完璧でふわっふわだ。リーリエは料理もできるのか。天使すぎる。お嫁に欲しい。

 

「えっと、三日っていうのはアローラから直泳ぎで来たって意味なんで……船使ってません」

「船つこてない!?」

「えぇ!?」

「……え? あ、まぁ……三日間くらい泳ぎ続けて、ようやくセキチクシティのほうに」

「ほんで遠いな! ここに来るまでに何日かかったんや」

「二日くらいだと思います。ポケモンセンターのケンタロス便に乗させてもらって移動したんで」

「「…………」」

 

絶句するマサキとリーリエ。リーリエのお口あんぐりかわいいね。アセロラみたいに大きくは開けてないけど、それこそ「ぽかん」って表現が合いそうな可愛らしい感じ。

マサキは知らん。

ケンタロス便だが、一番時間がかかったのがセキチクからタマムシへと向かう道だったと思う。タマムシからヤマブキ、ヤマブキからハナダは意外と近かった。

 

「それやったら……あんさんかなり疲れてんとちゃう?」

「えぇまぁ。でもケンタロス便の中で仮眠はとりましたし、まだ動けます」

「そ、そか……せやったら……ここで住み込みバイトするんはどや? わいは珍しいポケモンに興味があんねんけど、あんま元気に動きまわれへんねん。君みたいな子がバイトしてくれたらごっつ助かるわぁ。なぁ、リーリエちゃん」

「えっ? あっ、は、はい、そうですね」

 

マサキはそう言うとこちらにウインクを飛ばした。

こいつ、できる!

つまりここに住み込みでポケモンゲットのバイトをすればリーリエちゃんと毎日イチャコラできる!

…………イチャコラは……できないかもしれんが……少なくとも彼女を守ることはできそうだなぁ……。

 

「でしたらお願いします。ここで、バイトさせてください!」

「契約成立やな。ええで、好きにし! 寝床は……あぁ、あのソファつこてくれや」

 

マサキが指差したのは部屋の隅のソファ。あれ多分マサキのパーソナルスペースだと思うんだけど大丈夫なのかな。

隣のタンスとかに服とか入ってるんじゃないの?

 

「後であっこ改造してカーテンでしきり作ったるわ。見ず知らずの男にここまでするなんてむちゃくちゃなサービスやで」

「まじすんません」

「おっ、ええで。まぁ……その分キケンな仕事行ってもらうがなぁ?」

「望むところです」

「な、なるべく安全なところにしてあげてください……」

 

こちらの身を案じてくれるリーリエは平和の象徴。まさに鳩、いや名前の由来からすると百合が似合う女。

いよっ、ご令嬢!

 

───マサキはすぐに俺の部屋を作ると言い、パンケーキを食べ終え次第すぐに引っ込んで行った。

リーリエはと言えば、皿洗いを済ませた後に一度ハナダシティへと買い出しに行くと言う。

 

「じゃあ荷物持ちとして付いて行きますよ」

「ありがとうございます。……それと、敬語も要りませんよ。わたしのものは習慣ですが……歳もそう離れてないようですし」

「……何歳に見える?」

 

転生する前の年齢は……ゴニョゴニョ。

 

「12、3歳くらい……合っていますか?」

「あぁ……」

 

窓ガラスに写った顔を見る。

子どもらしいというか、中性的な見た目に少し男らしさが出て来たような見た目をしている。

XYのカルムやBWのトウヤみたいなイケメンらしさはないが、どちらかと言うとクールというか……。

 

「多分そのくらい。誕生日忘れたから詳しい年齢はわからない……です」

「敬語!」

「そのくらい、かなぁ」

「そうですか。わかりました」

 

俺リーリエと会話してる……ヤッベェ……。

リーリエが立ち上がり、皿を片付けようとする。

俺も手伝おうとしたが、「お皿を洗うのと一緒に着替えて来ます」とだけ言い残してキャンピングカーに皿を持っていってしまった。

着替えてくると言われれば、俺に介入する術はない。え? 覗き? バカかお前、リーリエの着替えを覗くとか恐れ多くてできるわけないだろ。

 

「なぁイーブイなぁ」

「……ぇぼ」

 

小屋の外に出てモンボからイーブイを出すと、イーブイは眠そうに目を開ける。寝てたか、ごめん。

一緒にヒトカゲも出す。モンボから彼を出したのは初めてだ。

 

「イーブイ、ヒトカゲ。仲良くするんだぞ」

「ぶい」「カゲ」

 

カゲっていった。明らかに今口でカゲって言った。やはりポケモンの生態は謎である。

そんな事を思いながら二匹をポケリフレしていると、イーブイが何かに気づいたように振り返った。

釣られてそちらへ視線をやると、さっきも見た黒い衣装が二人。

そいつらはこちらへまっすぐ進んでくると、俺をうろんげな目で見た。

 

「なんか知らない奴がいるっすよ」

「……ロケット団? なにしにここに」

「何よ、あんた。わたしたちはね、この博士が持ってるポケモンのデータに興味があんのよ。あんたなんかに構ってる暇はないわけ。わかったらさっさと行きなさい。見せ物じゃないわよ」

 

そういうとモンスターボールを投げ、ゴルバットを繰り出した。

……ポケモンで襲撃するつもりか?

中にリーリエがいたらどうするつもりなんだ? ……そんな事考えないのがロケット団か。

今はケンタロスがいないから轢けない。だったら見逃すと言うわけにもいかないな。だいたいロケット団のすることって普通に悪い事だし。

 

「この家に何かしたいんだったら俺を倒してから行け」

「……あんたねぇ。子供はケガする前に帰りなさい」

「こっちのセリフだ。行け、イーブイ」

「えぼい!」

「……はぁ〜。めんどくさいことはしたくないんだけど。ゴルバット、早めにかたづけるわよ」

 

 

───ロケット団の下っ端が勝負を仕掛けて来た!───

 

「イーブイ。俺はお前が使える技を知らない。『攻撃』『かわす』しか言えないから、どの技を使うかはお前の判断に任せる」

「えぼい!!」

「何よあんた新人? よくロケット団に喧嘩売ろうと思ったわね。ゴルバット、『エアカッター』!」

 

指示を受けたゴルバットが羽に風を纏わせ、それを刃にして飛ばしてくる。

アニメ準拠の戦い方で良いなら、多少は無茶な指示でも聞いてくれる筈だ。

 

「ゴルバットの下にダッシュ!」

「えぼ!」

「そのままジャンプして攻撃だ」

「ぶぶい!」

 

エアカッターを掻い潜り射的範囲外へ詰める。

イーブイはそのままゴルバットへと『でんこうせっか』をお見舞いした。

大きくのけぞるゴルバット。

 

「もう一度狙え!」

「『ちょうおんぱ』!」

 

ジャンプするための()()を狙い、ゴルバットのちょうおんぱ。

 

「右に飛べ!」

「ぶぶぃ!」

「もう一度攻撃だ!」

 

イーブイは右に『でんこうせっか』で移動し、再度狙いをつけた

そのまま大きくジャンプし、『でんこうせっか』で頭突き。

 

「隙を与えるな! 攻撃し続けろ!」

「えぼい!!」

 

そこから、連続突き。

 

「ゴルバット……!」

「ナイス、イーブイ」

「えぼ!」

 

そしてゴルバットは地面へ落ちることになった。

赤い光とともにモンスターボールへと帰っていくゴルバットを見ながら、俺とイーブイはロケット団を睨みつける。

 

「俺がいる限り、リーリエには絶対に危害を加えさせない」

「ぶぶい!」

 

ゴルバットを出した女、それとその隣にいた男は少し焦ったような顔を見せると、ふん、と胸を張った。

 

「リーリエってのが誰かは知らないけど、まさかこんな用心棒を雇っていたとはね。今日のところは撤退してやるわ!」

「首を洗って待ってるがいいっす!」

 

おぉ、見事な捨て台詞。

すたこら逃げてくロケット団を追おうとするイーブイを宥めると、イーブイは不服そうに戻ってきた。

どうやらイーブイは、今の戦い方で良かったのかあまり掴めていないらしい。

大丈夫、これから練習すればいいさ。お粗末なバトルでも、いずれはきっともっと強くなれる。

 

「な、イーブイ」

「えぶぶいぶぃ」

「お待たせしました……何かあったのですか?」

 

後ろからリーリエのチャームボイス!

バッと振り返るとびくっとしたリーリエ。かわいい。可愛すぎる。

キャンピングカーから出てきたリーリエは7部丈の薄桃色パーカーに生地の薄い紺ジャケット。白いパンツという装いで出てきた。どんなファッションも似合いすぎて俺の推しがやばい。

薄桃色っていう淡い色がまずリーリエに似合ってるし、それを紺ジャケットで派手すぎないように整えてるのも細やかなリーリエの気遣いがあって良い。ブロンドの髪が紺に映えていて素敵。白いパンツもすらっとしててスタイルをよく見せる要因だし、普段のリーリエやがんばリーリエスタイルのような可愛らしいスタイルではなく、スポーティな印象を受ける。ただ素材が良すぎて全部kawaiiになってしまっているのがミスマッチ。リーリエが可愛すぎて犯罪になりそう。ポケカのプレイマット買うわ。

 

「……って言えたら良いんだけどなぁ〜……」

「ぶぶいぶい」

「?」

「いや、なんでもないです……んん、なんでもないよ。行こうか」

「はい! 今日はよろしくお願いしますね」

 

リーリエは鞄を肩から下げ、俺の隣に立って歩き始めた。

これは実質デートなのでは? お買い物デート。

 

「えっと……あれ? お名前ってお聞きしましたっけ」

「あれ? そういえば。マサキさんが『あんさん』って呼ぶから会話が成り立ってたな」

「ふふっ、そうですね」

 

笑顔柔らかすぎてヨ○ボーよりも人をダメにしそう。

上品な笑顔ほんともう好き。大好き。ちゅーしたい。その唇ぺろぺろしたいお。おっおっおっ。

……いかん。変態になってた。静まれ俺のアローラナッシー。え? そのコクーンしまえって? 殺すぞ。こう見えても自信があって……待って、この体って転生前と同じアローラナッシーなの? それともコクーン? ディグダ? 不安になってきた。

 

でなんだっけ。そうだ、自己紹介。

思いっきり和名だけどダイゴさんいるし、なんならアローラにはカキとかマオとかスイレンとか、和名に似た名前が多い。大丈夫でしょう。

俺のフルネームは『明石 九郎』なので……。

 

「九郎。 俺はクロウって言うんだ」

 

ポケモンの世界って苗字なかったよね? 名前だけで大丈夫だよね?

 

「クロウさんですか。はい、覚えました! ふふ、クロウさんっ!」

 

ほあああああああああああああああ^q^

推しに名前呼ばれるってこんな感覚なん? マジ細く幸せすぎて胸の奥がフレアドライブ。反動でダメ食らっとるやんけ。

あぁもうマジでリーリエたんなんなん天使なん天使でしたわもうこれは信仰の対象と言っても過言じゃないのでリーリエスリーブ買います。

 

「俺のハートがニトロチャージ……」

「?」

「なんでもないよ!」

「そうですか……?」

 

不思議そうな顔をしてリーリエは鞄を掛け直す。

シンプルなカラーリングの赤いカバンで、木の実やらなにやらを買うらしい。

他にも、マサキが注文している機材などがポケモンセンターに配達で届いているだとかなんとか……なるほど、ケンタロス便か。誰かがまたケンタロスに揺られてやってきたのだろう。どっちにせよ、リーリエ1人で運ぶのには少し厄介な気がする。三往復くらいしないと無理そう。

 

「…………」

「……? どうかされましたか?」

「あっいや。スポーツバッグじゃないんだなぁと」

「え?」

「いや、アローラだとさ、スポーツバッグだったじゃん。ほしぐもちゃんを……」

 

と言いかけたところで自分の失態に気づく。

 

「どうして……クロウさんがほしぐもちゃんのことを?」

「それを知っているのは一部の人だけのはずです。どなたから聞いたんですか?」

「あ……」

 

俺はリーリエに会ったことがない。

だけど、リーリエのことはよく知っている。

 

「そもそも、私と友達になりたいからアローラからカントーまでやってきたなど……三日間泳ぎ続けられるとも思えませんし。クロウさんは何者なんですか?」

「お、俺は……その」

「やっぱりエーテル財団の人ですか? ククイ博士の新しい助手? 何のために、私に近づいたんですか」

 

言った方が良いのだろうか。

ウルトラホールに飲み込まれ、別の世界からやってきたことを。

だけど、画面の向こうからやってきたなんて、誰が信用するだろう。

そもそもウルトラホール自体が、「ポケモンの世界のもの」なのに。

大体、画面の向こうから君をずっと見ていた、なんて気持ち悪いにもほどがあるだろう。向こうもこちらを認識していたならまだしも、リーリエは主人公であるヨウと一緒に過ごしていた筈であって、知り合っているのは俺じゃないのだから。

どうやって説明する? どうやって弁明する? 頭の中を駆け巡る。

 

「もしも母様に何かあれば……私は絶対にゆるしません」

「あ……う……」

「答えてください」

 

どうするって言うんだ。

マサキはリーリエと俺が既知の仲だと思っている。

とするとマサキの助手になりたくて云々は通用しない。

一目惚れで、マサキの家に入ったところを見た? だったらカントーに三日かけてやってきた理由はなんだ?

リーリエはほわほわしているが意外と芯があり、目的のためなら主人公でも戦力として使うリアリストな一面もある。

今俺にかかっている怪しい点を、全て納得のいく形で説明しないとリーリエは二度と俺を信用してくれないだろう。

 

「…………今は……説明できない……」

「……そうですか」

「でもこれだけは信じてほしい。俺は君を守りたい。君の母……ルザミーネさんも救いたい。俺にはその知識がある。君を……。いや、君の……」

「私を、なんですか」

「いや、その、君……君の。君の母は、その、今は毒に……」

「どこまで知っているんですか」

 

転んだ。これは絶対に転んだ。

言いたいことが多すぎて頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「えっと、えっとその、ウルトラビーストが……それで、ウツロイドの毒を……」

「…………」

「知っているのは、ウツロイドの毒が抜けきってないってことと、それをどうにかするために、過去にポケモンと融合したことのあるマサキを訪ねたこと……」

「…………」

「俺は、俺は絶対に君に牙を向けない。むしろ、君の牙に、槍になる。俺が怪しいのは承知の上。だから、その、俺を信じてください……」

 

リーリエに嫌われたら、俺は何をしたら良いのかわからない。

ゲームをしていても、リーリエのいないアローラに魅力はなかった。

リーリエこそが俺の全てなんだ。

俺は……どうすれば……。

 

「……ひとまずは荷物持ちをしてください。話はそれからです」

 

そう言ってリーリエは、頭を下げた俺の横を通った。

柔らかい髪の香りがひろまり、たまらず(ほう)ける。

 

「……ありがとう!」

「まだ保留です。……まぁ、先程の言葉は信用します」

 

リーリエは俺から距離を取ると、ボソッと何かを呟いた。

 

 

 

 

 

「リーリエには絶対に危害を加えさせない、だそうですし」

 

 

 

 

 

「……なんて?」

「なんでもありません。ほら行きますよ、クロウさん」

「っあ、わかった」

 

なんて言っていたのかは気になるが、下手に詮索してリーリエに嫌われるのだけは勘弁だ。

少々駆け足なリーリエの背中を、俺は慌てて追った。



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ショッピングという名のただの買い出し

「クロウさん。あのきのみ美味しそうですよ」

「オボンだっけ。しぶくてあまくてにがくて酸っぱい」

「……やめておきましょうか?」

「いや、フルーツなんて大体そんなもんでしょ」

 

黄色い瓢箪のような実を指さすリーリエがかわいい。

時折警戒する素振りは見せるものの、それを表に出すことはしないようだ。周りへの迷惑などを考えているのだろうか。賢い。かわいい。

 

「今日買うものは、味付けに使う木の実をいくつかと、ポケモンセンターからマサキさんの注文した機材の受け取り……。それと、モンスターボールもいくつか必要だそうですので、ポケモンセンターのフレンドリィショップで買いましょう」

「わかった。重そうな荷物は俺が持つ」

「ありがとうございます、お願いします」

 

言いながらリーリエはてきぱきときのみを選んでいく。

モモンの実やチーゴの実など、よく見かける木の実は一通り食べたことがある様だ。

 

「……? あの、この木の実はなんですか? ヒメリのみに似ているようですけれど……」

「あぁ、それはふわりんごって言ってね。他の地方の名産の果実で、結構珍しいんだよ。どうだい、味見していくかい?」

 

木の実を売っていた露店のおばちゃんはふわりんごを一つ手に取ると、その場で皮を剥き始めた。

っていうか、ふわりんごってまんまりんごの見た目なのな。からいとか世知辛いステータスもあるポケモンの木の実の中ではかなり現実に近いものじゃないだろうか。

 

「い、良いのですか? で、では……」

 

カットされたふわりんごを差し出され、リーリエはおずおずと言った形で口に運ぶ。

……えーと、ふわりんごは確か……軽くて硬くないから、ポケモンに投げてその反応を見るのに使われる果実だっけ。味は……。

 

「あっ……甘くて美味しいです……♪」

 

!?!?!?!?

なんだそのあざとポーズは!?

その焼きたてのパンのようにふわふわもちもちしていそうなまっしろほっぺたに手を当て、歯ごたえを楽しんでいる!?

細められた目は聖女の微笑み! 下がった眉は男を魅了する世界最大級の秘密兵器!!

あっ今ごくんってした! ふわりんごがリーリエの喉を通っていったぞ! うっわ推しの喉の動きやっば……正直興奮する……いかん。リーリエに邪な感情を向けるなと言っただろう。だめだぞ俺。

 

「よかったねリーリエ」

「はい……♪」

「ほら、ぼっちゃんも食べな」

「……? 俺も良いんですか?」

「切っちゃったしねぇ」

「あ、じゃあ……いただきます」

 

……ほう。

これは……りんごですねぇ……。

向こうのものよりも糖度が高いけれど、風味自体はりんごそのもの。しゃくしゃくと気持ちいい音を立てるところもそのまんまだ。

ただ喉越しっていうのか、飲み込む時にすごく通りがいい。飲み物みたいにするすると喉の奥へ入っていく。なるほど、たしかにふわりんごって感じだ。

 

「うん、美味しい」

「ですよね! これ、三つほどいただけますか?」

「あいね。お嬢ちゃんかわいいから一個おまけしちゃう」

「えっ、そんないただけませんよ……!」

「いやリーリエはかわいい。これは間違いない。命にかえてでも守りたい」

「良いこと言うね!」

「く、クロウさん! からかわないでください! あっ、あぁ……」

 

あっという間にふわりんご4個はカバンに詰められ、対するリーリエは三つ分の代金を払った。

 

「うぅ……常連にならないといけませんね……」

「や、多分もう会えないんじゃないかな。あの店、他にも珍しい木の実たくさんあったし。リーリエが可愛いから本当に親切にしちゃったんだな」

「む……それは嬉しいですけど、もやもやします……」

「まぁだったら、今日のご飯に使ってちゃんと味わえばいいんじゃない?」

「そうですね……どうしましょう、このふわりんご」

 

ポケモンでしっかりとした料理といえば、定番は剣盾のアレだろう。

 

「「……カレー」」

 

あっ推しと息があった。マジで嬉しい。だって自分の言おうとしたことをリーリエたんが一緒に声に出したんだよ? これほどに嬉しいことがあるかい? いいや無い(反語)

 

「ふふっ、同じこと言いましたね」

 

あぁもう癒されるなぁ!!!!

無邪気な笑顔の中にどこか大人びた雰囲気! 深窓の令嬢でありながらも色気のある仕草! なんだこの娘かんぺきか?

もう今すぐハグしたいくらいだ。絶対いい匂いする。

 

「カレーにするのでしたら具材はどうされますか? なにか食べたいものとか……」

「ふむ。カレーの具なぁ。野菜とかは定番として……」

「おうそこの兄ちゃん姉ちゃん! ちょっとこっちよってかないかい! 良いの売ってるよ!」

 

……ハナダシティってこんなに活気溢れてたっけ? 少なくとも露店なんて原作であったかどうかって感じなんだけど。多分ない。

リーリエがおじさんの目の前に進むと、おじさんは後ろのミルタンクに白い塊を持ってこさせた。

まさかこれって……。

 

「モーモーミルクから作ったモーモーチーズだ! 酒にも合うし油で揚げればおやつにもなるぞ!」

「まあ、モーモーチーズ! クロウさん、チーズって食べられる方ですか?」

「うん。ピザトーストとかにすると美味しいよね」

「そうじゃありません。ほら、モーモーチーズを溶かしてカレーに……」

 

は? リーリエの頭の回転早すぎるんだけどどれだけの秀才なんだこの娘。

甘口のカレーにチーズとか絶対合うじゃんかリーリエってやっぱり家庭的でステキな女の子だよね。

 

「なるほど、いいんじゃない?」

「はい! マサキさんも喜ぶと思います! 今日の献立は野菜チーズカレーです。おひとつください!」

「あいよ!」

 

……ん? どうしたミルタンク。なんだ俺の服の裾を引っ張って。アローラの服がそんなに珍しいか?

いや、そんな感じじゃなさそうだな。さっきチーズを持ってきた時は自信満々だったのに、なんかあったか?

お、なんだよ指差して。あっちになんかあるのか? ……ポケモンセンター? ポケモンセンターでなんなんだ。

というか、どうしてジョウト地方───ポケモン金銀でやっと出てきたポケモンがここに? まぁ陸続きだし出て来もするか。

 

「リーリエ、ポケモンセンターでなんかあるみたいなんだけど」

「そうなのですか? ……用事もありましたし、行ってみましょうか」

「わかった。ミルタンク、行ってくる」

 

不安そうな顔をするミルタンク。

そういえば、アローラではミルタンクとケンタロスは同じページにくくられていたっけ。

何か、感じるものがあるのかなぁ、なんて。

 

「……? なんだか人が沢山います。やっぱりなにかあったのでしょうか」

 

リーリエが背伸びして人混みの向こうを見ようとす……可愛い。背伸びかわいい。少しぷるぷるしてるのかわいい。ぴょこぴょこしてるのかわいい……!

と、ようやく見えたのかリーリエが声を上げる。

 

「あれは……ケンタロスさんが暴れています!」

「はぁ!?」

 

俺も俺も、と背伸びして見てみると、たしかにケンタロスが暴れている。周りを威嚇する様に走り回り、近づくに近づけない様だ。

まぁそこまで近くないし、リーリエに危害は加わんないだろう。

 

「……あれ、今のフラグか?」

「ふらぐ?」

「あぁ、いや、なんていうか……」

 

言いかけた瞬間。

人混みの向こうのケンタロスは、いきなり走り出した!

囲んでいた人たちはたまらずケンタロスから離れ、人混みはさっと道を開けた。

つまり、こちらに来るわけで。

 

「おいおいおいおいおい」

「えっ? えっえっえっ?」

「避けろリーリエぇ!!!!」

 

逃げようとしないリーリエを突き飛ばし、俺は向かって来るケンタロスに真正面からぶつかった。

 

───っっっっっっ。

 

いっっっっっっってえ!!!!

体を小さくしてなるべく転がるんだ! 衝撃を受け流せ!

……っつう。めっちゃいてえ。多分骨折こそしてないけど、手はすりむいたしぶつかった肩がジンジンする。

 

「こい、ヒトカゲ」

「カゲ」

「お前、『ひのこ』とかの遠距離技は撃てる?」

「カゲ!」

「よし、合図したらあのケンタロスの顔面にぶっ放してくれ。どんな威力でも良い。あいつが怯んだらすぐにリーリエのとこに向かうんだ。あの金髪ブロンドのめちゃくちゃかわいい常世に舞い降りたひとりの天使。見えるな?  見えないとは言わせないぞ。よし、ケンタロスが突っ込んできたら作戦開始だ」

「カゲ!」

 

帽子を取りケンタロスに見えるように大きく掲げ振り回す。

よく見る闘牛は赤い布に反応してるけど、あれは戦士が赤いマントを使っていただけで、揺れるものなら牛はなんでもいいらしい。

現にケンタロスの視線は帽子に釘付け。挑発と受け取ったのか、苛立っているようだ。

充分に激おこぷんぷんゲージが溜まったところで、俺は大きく踏み鳴らした。

それを合図に突っ込んでくるケンタロス。

 

「今だヒトカゲ!」

「ッカゲカァ!」

 

ヒトカゲから繰り出された『ひのこ』。

ケンタロスの顔面に直撃するが……。

 

「ぶもう!」

「カゲ!!」

「ヒトカゲ!」

 

その勢いは収まらなかった。

慌ててヒトカゲを抱き、真横に転がる。

ふう、なんとかタックルは受けずにすんだ。

 

「ヒトカゲ、次はケンタロスの前の地面に当てるんだ。土煙を起こそう。いけるか?」

「……カゲ!」

「よし、来るぞ!」

 

ケンタロスがUターンし、ヒトカゲを抱いている俺へ突進してくる。

気を見計らい、ケンタロスを充分に惹きつけ……。

 

「やれっ!!」

「カゲェ!」

 

土が爆ぜる。

前方で起きた小爆発にケンタロスは驚き、一瞬足を止める。

俺はその隙を見計らい───ケンタロスの上に飛び乗った!

 

「どうどう、どうどう……!」

 

正直この方法が正解かはわからない。

今も俺を落とそうと暴れるケンタロスだが、俺は足に力を込め、ケンタロスを撫で続けた。

転生前はロデオゲーとかやったことあるんだ。そう簡単には振り落とされないぞ……!

 

「クロウさん!」

 

リーリエの悲鳴。

そちらを向くと、ヒトカゲを抱いたリーリエが心配そうにこちらを見ていた。おいずるいぞヒトカゲそこ代われ。あっ、お前気持ちよさそうに抱かれてんじゃないぞ。そこは俺のポジション……ちくしょう、ポケモンめが!!!!

 

「ケンタロス、大丈夫だぞ。何があったか教えてく……れぇっ!?」

「クロウさん……!」

「大丈っ……夫!! たぶん、なんとか!」

 

ケンタロスをにしがみついていると、ケンタロスの口に何かがついていることが見えた。結構大きい、何かの欠片。

木の実っぽかったか、今の?

……あっぶねぇ、背中から落ちるとこだった。

 

「誰か、このケンタロスが木の実食べてるとこ見てませんでした!?」

「き、きのみならさっき俺が食わせて……そしたら急に……」

「それだぁっ、わっ、あぶなっ」

 

ポケモンにも、味の好みがある。

木の実の中には、「味が嫌いなポケモンに食べさせると混乱する」という副効果を持つものが存在していて、多分ケンタロスッわぁ!?

……多分ケンタロスは、それを食べてしまったんだ。だから誰の言葉も聞かずに突進を繰り返している。

 

「……賭けだけどしょうがない……!」

 

リュックをずらしてなけなしのモンスターボールを取り出す。

正面のボタンを押して膨らませ、捕獲準備OKとなったモンスターボールを、俺はケンタロスに投げつけた。

光となって吸収されるケンタロス。当然俺は落ちる。

 

「ごふっ」

「かげ!」

「大丈夫だ! それより、まだ終わってない!」

 

モンスターボールは振動する。

一回目。

 

「…………」

 

二回目。

 

「頼む……!」

 

三回ッ───

 

「ぶもお!」

「ぐッッッ!?」

「クロウさん!!!!」

 

真っ二つに壊れたモンスターボールからケンタロスが突進してきた。

転生前みたいにフィジカル面を鍛えていない体は先ほどの様に衝撃を押し殺せず、俺は吹き飛ぶことになった。

運び途中だったのか置いてあった木箱の山へとぶつかり、ようやく俺は静止した。

 

「……っあ゛……?」

 

背中が痛い。息も荒い。

「ポケモンは弱らせてからボールを投げる」。トレーナーの鉄則だが、まさかそんなに大切だとは思わなかった。

連続で『とっしん』を繰り返すケンタロス相手に、ライトファイターなイーブイは武が悪いだろう。

やばい、命の危機かもしれない。

 

上がる土煙の中、俺はケンタロスを睨む。

バチくそに痛え思いさせやがって。車に撥ねられたのかと思ったわ。

この前ロケット団轢いたけどこんな思いしてたんだな。機会があればこれからもしよう。

 

「く、クロウさん! もうやめてください!」

 

遠くから(あせ)リーリエの声がする。

耳がキーンとするなぁ……。

モンボを取り出しリュックを投げ捨てる。

これで最後のモンボ。初期モンボ三つのうち一つがイーブイで、ヒトカゲはモンボごと貰った。さっき壊れたのを引けばあと一個。

俺の手の中にあるこれだけだ。

 

「ふぅ……」

 

膨らませたモンスターボールを構える俺に、地面を軽く蹴るケンタロス。

両者、大勢に囲まれながら睨み合う。

 

「ぶむう……」

「正気に戻れやクソ牛野郎」

「ぶもう!!!!」

 

ケンタロスが来る。

俺は大きく振りかぶり、ケンタロスに向かって……。

 

「ヒトカゲさん、『ひのこ』をお願いします!」

「カゲ!」

「ぶもう!?」

 

行けっ、モンスターボォォォル!!

 

「ぶも───」

 

光になって吸い込まれたケンタロス。

 

「…………」

 

一回目。

 

「兄ちゃん、逃げとけ!」

「もしもまた出てきたら、誰かモンスターボールを投げてください」

 

二回目。

 

「クロウさん、血が……!」

 

三回目。

 

───カチッ。

 

「…………!」

「やったのか?」

「やったぞ!」

「トレーナーの兄ちゃんがやった!!!!」

「おいやったぞ!!」

 

ぽつぽつと喜ぶ声が聞こえ、それが広まり歓喜の渦が出来上がる。

俺は力の入らない腕でモンスターボールを拾い、注目の視線の中、空へと掲げた。

 

「暴れケンタロス、ゲットだぜ!」

「「「「おおおおおおおおおおっ!!!!」」」」

 

マジ疲れた……。

ケンタロス1匹に俺死にかけてるし、ポケモントレーナーって大変なんだな。

ゲームでは描写されなかったそれをひどく実感し、俺はリーリエの元へ向かおうと……。

向かおうと……あれ。脚が動かん。めちゃくちゃガクガクする。

隣にいた男性に肩を貸してもらうと、リーリエが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「クロウさん……!」

「リーリエ、ナイスアシスト。ヒトカゲも、いい判断だぜ」

「かげ……」

「そんなこと言ってる場合じゃありません! 早く治療しないと、血が出てます!」

 

血……?

おかしいな、手の擦り傷とか肩の打撲以外に傷はないはずなんだけど。

 

「兄ちゃん、腹だよ腹。真っ赤だぜ」

 

言われて腹をみる。

 

「───……。うっわなにこれ赤ッ!? えっ、血!? これ血!? 俺死ぬのこれ!? やばくない!?」

「逆になんで気づいてねえんだ。ポケモンセンターで手当てしてもらうぞ。ほら、はやく!」

「ポケセンって人間の治療してくれるんです……?」

「バカか、ポケモン回復するだけがポケモンセンターじゃないんだ! トレーナーが泊まるベッドだってあるんだぞ!」

 

あ、それは知ってる。なるほど、じゃあ普通にその辺にある病院って感じか。

トレーナーのサポートをするって、怪我とかも治療してもらえんのな。やったぜ。

 

「ジョーイさんや、こいつどうにかしてくれ!」

「お話は聞いてます! こちらへ!」

 

あー……。

なんか眠いかも。

 

「リーリエ……キズぐすりプリーズ……」

「クロウさん? ……クロウさん! クロウさん! クロウさんっ!!

 

───…………。

 

 

 

 

知らない天井である。

いや、一度泊まったことあるから微妙に知ってる天井である。

 

「クロウ……さん?」

「リーリエ」

「よっ、呼んできます!!」

 

起きた瞬間に聞こえたのはリーリエ声だった。相変わらずチャーミングなボイスをしている……。

っていうか俺が起きるまで待っててくれたの? リーリエが? は? マジ天使なんですけど?

うっわ嬉しい。俺が死んでしまわないかどうかリーリエはそわそわしながらそこの椅子に座ってたってことだろ? なんだそれ優しすぎか?

 

「クロウさん、大丈夫ですか!?」

「まぁ、うん。肩がめちゃくちゃ痛い割には」

「クロウくん、ね。ケンタロスにぶつかって肩を痛めたのと、擦り傷がひどいわね」

「お腹のキズは!? クロウさんは大丈夫なんですか!?」

「まぁまぁ、落ち着いてちょうだい。あの赤いのなんだけれど、血じゃなかったわ。匂いからしてマトマの実の汁かなにかでしょうね。それが、服にべったりと」

 

ジョーイさんが告げると、リーリエはほっと胸を撫で下ろした。なんだその仕草。俺の身を案じていたのか? リーリエが? これ夢?

……で、マトマの実、ね。多分、モンボ脱出タックルを受けた時に木箱にぶつかった。多分アレだ。あの中にマトマの実が入ってたんだ。

 

「後は背中が結構ひどいわね……。まぁそれも打撲だから、湿布を貼って一日か二日安静にしていれば治ると思うわ」

「ありがとうございます」

「それと、あなた体に疲れが溜まりすぎよ。なにをしているのかは聞かないけれど、ちゃんと栄養のある食事と良質な睡眠を心がけること」

 

……はい。それ全部やってませんでした。

三日三晩泳いだあとに食べたのは、きのみしか食べてない胃でも受け付けられるようなお粥だった。

そのあとはまたきのみ。それでその次がパンケーキ。野生児みたいな食生活してんな。

睡眠に至ってはケンタロス車の中で仮眠をとったレベル。現代に例えれば、トラックの荷台で寝る様なもんか。そりゃ体も休まらんわ。

 

「夜に……と言ってももう夕方だけど。これを背中と肩に貼って寝なさい。もう帰っても大丈夫よ」

「はい。ありがとうございました」

「クロウさん……もう無茶をしないでください。私、どうしたらいいか……」

 

リーリエが目の端に涙をためて訴えかけてくる。

 

「私、前にもいろんな人に助けてもらったんです。そのたびに、私じゃない誰かが危険な目にあって……。私が無力だから、こうなってしまうんじゃないかって……」

「リーリエ……」

「クロウさんの姿が、似てるんです……! 私を助けてくれた人に、すっごく……!」

「…………」

「無茶を、しないでください……」

 

ついには、ベッドに顔を埋めて肩を震わせてしまった。

小さな嗚咽が、他に誰もいない部屋に響く。

窓からさす夕焼けがリーリエの綺麗な髪を照らし、輝いていた。

 

俺は、なにも言うことができなかった。

リーリエ、と言おうとした口からは声は出ず、伸ばした手がリーリエに触れることもなかった。

無茶をしない、と約束もできない。リーリエを守るためなら、命だって差し出す。

かと言って、それを面と向かって言えるわけがない。リーリエが悲しむだけだ。

俺はどうすれば良かったんだろう。

 

それはそれとして。

 

このシーツって買取できないのかな。

リーリエの涙付きシーツなんてもんがあったらゼンリョク買取で財布ごとくれてやる。後でジョーイさんに掛け合ってみよう。

っていうか夕焼けの中でなく少女がこんなに尊く美しいものだとは思わなかった。俺のこの手にカメラがあったなら、あらゆる角度からこの景色を撮りまくるというのに。なぜウルトラホールは俺にスマホを与えてくれなかったのか。

 

「……リーリエ」

「……はい」

「行こう。お腹が空いた」

「カレー……腕によりをかけて作りますね」

「手伝うよ」

 

同じキッチンで料理を一緒に作りってなんか夫婦っぽいし。そんな経験なかなかできない。

 

「いえ、クロウさんは安静にしていてください。包丁なんて触らせませんっ!」

「えっ」

 

き、嫌われた……(・ω・`)

 

「どうしてだよ……俺が何かしたのか?」

「何かしたからこうなってるんじゃないですか! もう! 行きますよ!」

「ええええ……! ちょっリーリエッ、待って……腹は大丈夫だったけど肩が痛い……リーリエ? リーリエ……!? ほんとに俺を置いていくのか!? この状況で!? リーリエ!? ぉーぃ!?」



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まさかマサキの住んでるところに「ただいま」って言うことになるとは思わなかったよね。

「はい、これが注文の品です。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ケンタロスに持ってもらうので」

「それなら大丈夫ですね」

 

あのケンタロスは、キャラバンのものだったらしい。

モンスターボールの管理が大変なことから野生のケンタロスを手懐けてケンタロスカー的なやつを引かせていたらしいが、今回俺がゲットしたケンタロスは俺にくれるらしい。

晴れて移動手段ができた。

ハナダのびっくり事件を納めたトレーナーとして周りから賞賛された俺になにか礼をしたいとジュンサーさんが言っていたのでモンスターボールをたくさんくださいと言っておいた。どうせ一個200円。たくさんって言ったって20個かそこらだろう。俺は政府のお財布事情も考える男なのだ。

 

「ケンタロス、出ておいで」

「ぶむぅ……」

「混乱は治ったな? 今日から、俺がお前のおやだ。知ってるか? トレーナーは捕まえたポケモンのおやと呼ばれるんだ」

 

リーリエがラストのあたりで言っていたセリフ。

アレは感動しちゃったなぁ。思わずメルカリで、アニポケリーリエが親の配信ロコンが入ってるデータ買おうとしちゃったもん。

 

「ぶもう」

「大丈夫だ気にすんな。これから働きで返してくれればそれでいいよ」

「ぶもう!!」

「よし、それじゃあこれ持ってくれ! 背中に乗せていいか?」

「ぶむぅ!」

 

ふふ、ポケモン楽しい。

表情豊かでかわゆいのう。たとえ命の危険を感じるタックルをしてくるポケモンでも、ポケリフレすれば可愛く見えちゃうもんだね。

 

「クロウさん」

「おろ、リーリエ。先に帰ったんじゃ?」

「クロウさんを置いて先に帰るわけないじゃないですか。えと、少し用事がありまして」

「ふーん? まぁいいけど。あ、リーリエその荷物ケンタロスに乗せなよ。持ってくれるってさ」

「ぶむ!」

 

リーリエは新しく紙袋を持っていた。

他にもいろんな袋を手に持っていて重そうだ。リーリエが持つのはいささか大変じゃなかろうか。

 

「大丈夫です。これは私が持つんです」

「ケンタロス、まだ持てるよな?」

「ぶもう」

「ほらケンタロスも良いって言ってる。乗せてかないの?」

「良いんですっ!」

 

フラれちゃったね、ケンタロス。

しょんもり俺の横を歩くケンタロスを撫でつつ、俺は先頭を歩くリーリエを追った。

太陽ももうすぐ落ちる。角度によっては建築物に隠れるくらいの高さだ。

涼しい風が木々を揺らし、リーリエの髪が大きく揺れた。

 

「風が強いですね。春一番……と言うわけではなく、中旬ほどですが」

 

どうやら今は春らしい。春と言えばBWにおいてシキジカがピンク色になる季節だ。

吹きゆく風が少し肌寒い。

日が落ちれば風も相まって結構寒いんだな、カントーって。リーリエの上着はその辺を考慮してなのかもしれない。

というか、俺の服が寒い。熱帯のアローラでの活動を想定されている主人公(に似た)服は生地が薄い。あと風を良く取り込む。ちょっと上着とか買った方が良いかもしれない。

ヒトカゲに暖めてもらおうか。いや、こうも風が強いと尻尾の炎が消えそうだな。ヒトカゲは尻尾の炎が消える時その命も消えるとか言われてるらしいし、後でで良いや。

 

「ッくしゅん」

「大丈夫ですか?」

「あー、まぁ大丈夫。ちょっと体がおどろいただけだろ」

「この季節はまだ少し寒いですよ。これを使ってください」

 

そうリーリエが言うと、俺の体はリーリエの香りで包まれた。

!?!?!?!?!?

上っ、上着俺にっ、かけっ!?

 

「これを使ってください」

「い、いや、それじゃリーリエの体が冷えちゃう」

「これくらい大丈夫です。慣れてますから」

 

…………。

リーリエは……カントーにきて二年くらい経ってるんだよな。

よく見たら、ゲームやアニメよりも少し日に焼けていて……背も、さすがはルザミーネさんの血を受け継いでいるんだなってくらいに伸びてる。

目線は同じくらいだけれど……随分と、最初に会った時よりも大人びている。

 

「今日はクロウさんにたくさん助けて貰いましたし、私がそうしたいんです」

 

だけど笑顔は昔からずっと一緒だ。柔らかくて、落ち着いていて、それでいて無邪気。

上着を貸すことも、一度決めたら引くことがない。ゲーム終盤のがんばリーリエの面影を感じる。相変わらずで、良い。

 

「……ありがとう。少し貸してもらうね」

「はいっ」

 

今目の前にいるリーリエは、俺を知っているリーリエではない。

ほぼ初対面の男に上着を貸してしまうリーリエはやはり、人が良いのだろう。

だけど……少し、その優しさが辛い。

今更贅沢を言うつもりもないけど、どうしてヨウになれなかったんだ。

圧倒的な力で彼女を守れる、ケンタロスごときに死にかけたりしない主人公(ヒーロー)に。

 

「……っ」

 

ダメだ。泣くな俺。

 

「まだ、痛みますか? ……ってそうですよね。まだ湿布は貼ってないのですから。湿布を貼るの、お手伝いさせてください」

「……うん。頼むよ」

 

ゲームシナリオクリア時から二年。二年前といえど、彼女のヨウへの信頼はそうそう薄れる物ではない。

創作ではヨウリエってタグでヨウとリーリエがイチャイチャするイラストや漫画がたくさんあったが、それも「所詮は創作」と切れないのが難点だ。

ゲーム内でナッシーアイランドという場所に行く時がある。そこで雨宿りをしている時、リーリエは主人公に対して、島めぐりを終えたらなにをするのか、と問う。

主人公の答えを聞いた後、私は、と続くのだが、このセリフは主人公が男か女かで内容が違う。

女の場合は、『トレーナーになって主人公にいろいろ教わりたい』。

男の場合は……『トレーナーになって主人公と旅がしたい』。

なぜ、性別によってセリフに違いが?

女二人旅でも良いじゃないか。

……どうして、ヨウにだけ、一緒に旅がしたいなどと言い出すんだ?

 

「……どうかされましたか、クロウさん?」

 

君は、過去に()()、ヨウに言ったことがあるのだろう?

それは……どんな感情から言った物なんだ?

 

「ううん、なんでもない。行こう」

「……? はい」

 

君は、俺に振り向いてくれるのか?

教えてくれ。

 

 

 

 

 

リーリエ。

 

 

 

 

 

 

 

「おお! なんやえらい荷物やな! どないしたん」

「ちょっと色々あって、荷物が増えちゃいました。すぐ、夕ご飯作りますね」

 

リーリエが荷物を持ってキャンピングカーへと入って行った。

俺はマサキの機材があるのでこっちで待機。

ケンタロスをボールに戻し、機械がごちゃごちゃ入っている箱を差し出した。

 

「これ、ポケセンから受け取った荷物です」

「おお! 助かったわ! じゃあ、そこに置いといてくれへん」

「わかりました」

 

マサキが指差した方へ視線を移す時、部屋の一角が見えた。

天井に埋め込まれたレールに沿った、カーテンで仕切られた空間。

あれってもしかして……。

 

「あぁ、ちゃーんと作っといたで。仮設置やけど、ここがあんさんの部屋や。もうちょい時間があったら、新しい部屋を作ったるで」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

ふふんと鼻を高くするマサキ。

これは……ここまでお世話になる以上、貢献せねばなるまい。

荷物を指さされた場所に置き、俺はマサキに向き直った。

 

「これからよろしくお願いします。ちゃんと働くので、何かあったらすぐに言ってください」

「おう! 期待しとるで! なんせロケット団を追い払ったやつやからな!」

「……え?」

「? いや、ロケット団。今日はこおへんかったから、あんさんが追い払ってくれたんかとおもて。ちゃうんか?」

「あ、いや、それはあってますけど」

「ほんなら、これくらいはせんとな。いやあ、あいつら毎日きおって騒がしいねんな」

 

ま、毎日来るの?

それは……追い払うのが大変そうだな。

マサキはポケモントレーナーじゃないし、リーリエも……あれ? リーリエってトレーナーになれたのか?

ポケモンカードゲームだとピッピを使っていて、無事トレーナーになれていたけど……。

 

「あの、リーリエは……?」

「リーリエちゃんは一時的に手持ちのポケモンこそおるけど、バトルはしたことあらへんな。どうも、ポケモンを戦わせるのが苦手みたいやで」

 

はえ〜。

一時的にってどう言うことですかね。貸し出しポケモン?

 

「じゃあトレーナーってよりかはポケモン持ってる人って感じなんすね」

「そ。せやから、あんさんがここ守ってくれるんなら安心やで。守ってくれるんやろ?」

「マサキさんはリーリエの副産物ってことで」

「また辛口やなぁ! ここはあんさんの家でもあるんやで」

「そうですね。精一杯守らせてもらいます」

 

もちろん、マサキがいないとルザミーネさんの体に入った毒をどうにかできる人物がいない。ゼンリョクで守らせていただきますとも。

 

「カレーができましたよ! 今日は野菜チーズカレーです!」

「おお! ええ匂いやなぁ!」

 

マサキが手慣れた様子でテーブルを取り出し中央に引きずっていく。

俺もそばにあった椅子を三つテーブルの周りに並べると、リーリエが皿を並べながら「ありがとうございます」と俺に笑顔を向けた。

今の笑顔だけでご飯三杯はいける。割と真面目に。

 

「ほな、いただきます」

「いただきます」

「……あ、いただきます」

 

リーリエを拝んで、スプーンをカレーに差し込む。カレーといえば落ちない汚れから高い服を着ていたりする人は嫌うのが常の悲しい食べ物だが……リーリエをちらり。

あっ、お上品。出来栄えを確認するかのように味わうその姿、これこそが尊く護るべきものなのだ。

もはや母性すら感じる顔に惚けていると、リーリエが気づいた。そっと目を逸らす。

 

「どや、うちのリーリエちゃんはこんなんもつくれんねんで」

「感服です」

「そんな、まだまだ修行中です。ふふ」

 

はぁっ!!!!

上機嫌でいらっしゃる!

リーリエが!!!!!! リーリエが、微笑んでいらっしゃる!!!!!

 

「あむ……」

 

その口にスプーンが運ばれるのを目で追いながら俺もカレーを食べる。

これがマジで美味いんだ。スパイスの風味とチーズの旨味はまさに定番。野菜と一緒にきのみが入っているが、なんの加工なのかカリカリしてる。ナッツとかと同じだろうか?

それがカレーをさらにまろやかにしている。……ような気がする。

 

「いや……ほんとに美味しいなこれ」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

 

褒められ慣れてないような笑顔がマジ尊い。リーリエスマイルは既にガン治療に使われているしいずれ万病に効く。リーリエが死んでしまったら世界は滅ぶ。

 

あっというまにカレーは少なくなり、一人前ほどを残してリーリエはキャンピングカーへと鍋を持って行った。

 

「ふぃー、やっぱ飯は幸せやな」

「……マサキさん、今リーリエが持って行ったのって……」

「あぁ、キャンピングカーの二階にはリーリエちゃんのお母さんがおんねん。ちょっとした病気みたいなモンなんやけど、これが厄介でな。そんで、ポケモンの研究をしているわいのところに来たっちゅうわけや!」

「……ポケモンと病気になんの関係が?」

「あっ、いや、なんでもあらへん。……そんで、リーリエちゃんにはその病気を治す方法を見つける間だけ、ちょっぴりお手伝いをしてもろててん。助手っちゅうことやな」

 

マサキはいい人だなあ。プライバシーってのをわかってらっしゃる。

そんでもってここでも助手してんのかリーリエ。助手っ子体質なのかも。

 

整えられた書類の中から一枚の紙を引っ張り出したマサキ。

それを眺めながらあごを撫で、難しい顔をしはじめた。

 

「詰まっているなら、俺も手伝います」

「……んお? ああ、まあ……ふむ。せやな。ちょいとだけ、素材を集めんのを手伝ってもらうかもしれへん。あんさんのバイトの業務内容は大まかに分けて『ポケモンの捕獲』、『ロケット団を追い払うこと』、『素材集め』って感じにしようと思っとる。よろしゅうたのむで」

「はい!」

 

ええ返事や、とマサキが笑ったところで、またリーリエが入ってきた。鍋の代わりに、さっきの紙袋を持っている。

 

「く、クロウさん」

「あ、俺?」

「えと、その……これを、受け取ってください!」

 

ずい、と出された紙袋。

受け取って中身を見てみると、そこには服が入っていた。

 

「守っていただき、ありがとうございました。その、服をだめにしてしまったので、代わりに、と……。ダメ、ですか?」

 

うわめがちにこちらを伺うリーリエ。可愛い。

……ふむ。そういえば俺の今の服は腹部が真っ赤でいろんなところが擦り切れている。このまま活動できないこともないが、街とかは歩きづらいよな。

 

「ありがとうリーリエ。使わせてもらう」

「ほ、本当ですか……?」

「うん」

 

わぁいリーリエからプレゼントだ! ビバ・フレンドライフ!!!!

リーリエだよ!? リーリエがくれたんだよ!? 俺のために!! 申し訳ないなぁとか思って俺のために服を選んで自分の財布から出してくれたんだよ!?

うっわあマジ嬉しい!! これだけでもう死んでもいい!!!! 命かけてよかった!!!!

 

……なんて思いは微塵も表に出さないでごわす。

 

「あんさん、着てみたらどや。ほら、カーテンあるんやから」

「そうですね。着てみます」

 

部屋の隅、そこでカーテンを閉じて着替える。

再びカーテンを開けた俺は、フィールドワークを早退してから動きやすい素材で、かつデザイン性の良い衣服を見に纏っていた。

 

普段使いとしてのリザードンモチーフのパーカーとベージュのズボン。底の厚いスニーカーとブーツが合わさったなんか知らん靴。それと、帽子だけは着替えずそのままだった。

 

「似合ってます?」

「おお。結構ええんとちゃうか?」

「クロウさん。今着替えた服と、もう一つプレゼントがあります」

「え。まだあるの?」

「はい。こちらをどうぞ」

 

リーリエが手渡してきたのは、ズボンのベルトにつける装飾品だった。それが二つ。

 

「ボールホルダーです。左右の腰に一つずつつけてください」

「い、いいの? こんなもの」

「はい。クロウさんのために買ったので」

 

ズキュウウウウウン!!!!

俺明日死ぬかも。いや、死ぬ。これは確定。

いや待ってよリーリエさんちょっとあざとすぎませんか!?

本人から俺のためにって明言されちゃったらそりゃもう責任とって結婚ルートまっしぐらなんですが? え? おこがましい? それは確かに。

 

「ありがとうリーリエ!」

「喜んでもらえたのでしたら何よりです!」

 

ハグ!? ハグできる!?

あっ、できない……すみません調子乗りました……(・ω・`)。

 

でもリーリエが俺のために買ってくれたのマジで嬉しいな。生きて行けそう。

 

「俺、頑張るよ」

「……? はい! よろしくお願いしますねっ」

 

ああんもうかわいいなあ!

俺ちょっとポケモンマスター目指してくるわ!!!!!

 



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鳥ポケモンのスナップのしにくさといったら無いよね

モーニングコールは耳をとろけさせるようなマーメイドの歌声だった。

 

「おはようございます、クロウさんっ! 朝ご飯ですよ!」

「あと5分」

 

あと5分だけリーリエの声を聴いていたい。もはや好きとかのレベルじゃないだろ。中毒とかのレベルだよもう。

と、そんな俺の懇願虚しく、俺が爆睡しているのかと察したら想像リーリエは黙ってしまった。

あーあ。録音機能とか無いもんかしら。スマホロトムだったかが無いのが惜しまれるな。

 

「クロウさん、起きないとイタズラしちゃいますよ?」

「どうぞ」

「わっ! 起きてるなら行ってください! もう!」

「おはようリーリエ」

「遅いです! 朝ご飯にしますよ!」

 

頬を膨らませるリーリエもオツなもんだ。

そういえばカーテン閉めたはずなんだけど、プライベートスペース……まぁ、リーリエに開けられたのならば本望だ。エロ本とかは買っても隠しておくことにしよう。え? リーリエで抜く? バカかお前神聖なリーリエで抜くとか週に3回しかしないよ恐れ多いだろそんなの!

 

「お、おはようさん。はよ顔洗ってきいや。面白いのやっとるで」

「あい……。何見てるんです?」

「朝のニュースや。近頃、なんやおかしなポケモンが徘徊してるらしいで」

 

顔を洗って席に着くと、既に食事に手をつけていた二人は液晶に食いついていた。

マサキはわかるとしてリーリエまで。なんなんだろう。

 

『このポケモンはカントー地方では未発見とされており、他の地方から逸れてきたのでは無いかと推測されています。被害にあった男性は───』

「謎の鳥ポケモンが人を襲ったらしいで。羽の一枚も残さずに飛んでったらしいんや」

「……へえ」

「もしかして……」

「ワイはそのポケモンが見たい!!!!」

 

……やっぱり。

 

「そこで、あんさんの初仕事と行こうやないか! せっかく装備もそろったんやし、危険じゃない程度に調べて欲しいんや!」

「未確認のポケモン調べる時点で危険なのは確定なんですけどね」

「クロウさん、無理だと思ったらすぐに帰ってきて大丈夫ですから……」

「えぇ、やりますとも博士! ええ! いますぐにでも!」

 

リーリエ顔が良すぎてほんとにどんな命令も聞いちゃいそう。さすむす。さすがルザミーネの娘。さすむす。

なんやえらい態度が違うやんけ、と不服そうに苦笑したマサキはポケットから小さなデバイスを取り出した。なんだかゲームボーイのような薄っぺらさで、上半分に画面と下半分にボタンが幾つかついている。

 

「ポケモン図鑑や。最悪、写真を撮るだけでもええから、よろしゅう頼むで」

「ほう、これがポケモン図鑑。どう使うんです?」

「基本操作はここをこうしてやな」

 

ふむふむなるほど。

このポケモン図鑑、ゲームで主人公が貰うものとはだいぶ違うな?

まず、最初からポケモンが全部登録されてる。スキャンすればそのポケモンの情報が出てくるタイプだ。捕まえなくても良いなんてアニメ版みたいだ。

それと、手持ちのポケモンをスキャンすることで覚えている技がわかるらしい。ゲーム版のトレーナーはこうやって技を見てるのか? なんてすごい技術。

 

「……アローラのものとは違うのですね」

 

と、リーリエがひょっこり横から顔を出してきた。ヒェッ、天使の横顔。

 

「ん? あぁ、ポケモン図鑑は地方によって形が結構ちゃうからなぁ。アローラではどないやったん?」

「ええと、ロトム図鑑と言いまして……確か、このような形で……」

 

あー……。そうだ、第七世代ではロトム図鑑なんだ。

その前はXY……なんか薄型な感じだった気がするけど、どんなだったかな? プレイしてない世代は思い出せん……。

で、サンムーンの次は剣盾。スマホロトムだったね。

 

「ほぉ……電化製品に入り込むロトムの性質を活かしたんやな。ええシステムや」

 

そう言ったマサキは興味深そうにリーリエの描いた絵を眺めて……って、え?

ちょ、ちょっと待って。

 

「ろ、ロトムを知ってるんですか?」

「んあ? ポケモンのロトムやろ? シンオウ地方の」

「どうかされたんですか?」

「えっ、あっ、え……?」

「この辺には出えへんしな。一度お目にかかりたいもんやわ」

「最近は目撃情報も少しあるみたいですよ? 新聞の切り抜きを取ってあります」

「ホンマか? さっすがリーリエちゃん、いい嫁さんになるで!」

「よ、嫁っ……!? いえ、そんな……!!」

 

いやリーリエはマジいい嫁になる。それは間違いない。間違いないんだけど……。

そうか。そりゃそうだ。カントー地方だから初代のポケモンだけが出てくるわけじゃないんだ。

『なぜかカントーに出てこない』だけで、存在自体はしてるんだ。海の向こうに。

そういえば海を泳いでるときに色んな世代の海ポケモン見た気がする……! なんかハート型のなんだっけあの影薄いやつとか、スワンナとかもたまに見たぞ!

 

「っあー…………! なるほどなぁ…………! そう来たかぁ…………」

「ど、どうしたんですか……?」

「いやリーリエ、なんでもないよ」

「……? そうですか……?」

「とにかく、このポケモン図鑑で未確認の鳥ポケモンを調べてくれば良いんですね? わかりました」

「なんならゲットもよろしゅう」

「貪欲……」

 

ボロボロのリュックサックにモンスターボールを10個ほど詰める。

腰のボールホルダーにはイーブイとヒトカゲ、ケンタロスのボール。

キズぐすりも万端。よし、行くぞ。

 

「きいつけてな」

「が、頑張ってください!」

 

……さあ、外に出たはいいものの。

その前にまずやることがあるよね。

 

「イーブイ、ヒトカゲ、ケンタロス。出てきて」

「ぶい!」「かげ?」「ぶも」

「お前らの技を見せておくれ。じっとしててくれよ」

 

イーブイ、ヒトカゲ、ケンタロスをスキャン。

ふむふむ。

ふむふむふむ?

……え? あ〜……なるほどね? わかったわかった。

 

「よし。大体掴めたし、それじゃあみんなボールに戻って……」

「やっぱやめたほうがいいっすよ! あの子供いたらどうするすか!」

「知らないわよ! 今日こそデータをもらうんだから……ってあぁ!」

「ほらいるよもう! 大丈夫なんすか!?」

 

来やがったなロケット団。

ずんずんと大股で歩く女とそれを止めようとする下っ端感のある男。

 

「アンタね、こっちも忙しいんだからどっか行きなさいよ!」

「奇遇だなぁ。俺も今から仕事なんだ。早急に終わらせてもらう」

「今日はダブルバトルよ! ゴルバット!」

「なんで巻き込まれてんすかね俺。アーボ、出撃!」

「俺ポケモンバトル2日3日目くらいなのにダブルバトルやらされるってマジ? ヒトカゲ、ケンタロス、頼んだ!」

 

……さてと?

 

「『エアカッター』!」

「ヒトカゲ、『ひのこ』で牽制! ケンタロス、『ふるいたてる』!」

「アーボ、『どくばり』だ!」

 

空中にいるゴルバットに複数の火の玉が飛来するが当たらない。ヒトカゲの後ろで着々と準備をするケンタロスだが、横からどくばりを飛ばされていた。

 

「ヒトカゲ、『えんまく』!」

「なっ……こざかしい真似を!」

 

地面を蹴り土煙を舞わせるヒトカゲ。

アーボはどこに獲物がいるのかわからず、ゴルバットのエアカッターもエイムが定まらない!

 

「『ひのこ』!」

「ギャア!」「ああっ、ゴルバット!」

「どうにかして探し出すんだ、アーボ!」「ぎゃ、ぎゃ……?」

「ケンタロス、『ふるいたてる』! ヒトカゲは隙を見て『えんまく』!」

「畜生このガキ容赦がねえ!」

 

ふるいたてるで2段階アップ。

これはいけるか?

……と。

 

「ぶも!?」

「見つけたか!? よし、そのまま『まきつく』だ!」

「ナイスだわ! ゴルバットは動けないからあんたが残りもやりなさい!」

「どうっすか! これで終わりっす!」

 

えんまくが晴れると、ケンタロスの首に長い胴体を巻きつけたアーボが現れた。

苦しそうにするケンタロスと、アギトをあんぐりと開けるアーボ。

このままじわじわと体力が削られるのが目に見えている。

 

…………。

 

「ケンタロス」

 

まあ。

()()()()()()()()()()()()けどね。

 

「……ぎゃ!?」

「どうした、アーボ!」

「ぶもぉ」

 

ケンタロスがアーボごと胴体をひねる。

自らの背中を擦り付けるように、くるっと反転するように。

柔道の技のように美しく回ったケンタロスは、アーボを……。

 

「『しっぺ返し』!」

「ぶもォ!!!!」

 

地面に、叩きつけた。

 

「あ、アーボぉぉぉ!?」

 

即座にボールに戻っていくアーボ。

あっぶな、ケンタロスの体重で背負い投げみたいなことしたらアーボ死んじゃうんじゃないかってめっちゃ冷や冷やしたわ。

俺、振り払うんだって思ってたもん。まさか自分ごとひっくり返るとは思ってなかったよね。

 

「今すぐ帰るっす!!」

「ちきしょぉ、覚えてなさいよ! 今日はたまたま他の指令が来たから退いてやるだけなんだから!!」

「……他の指令?」

「あ、ここ最近近くで発見されたって未確認のポケモンを捕まえてこいってヤツっすね!」

「なんで教えちゃうのよアホ! 行くわよ!」

 

けっ、一昨日きやがれ。

……ロケット団も未確認のポケモンを追ってるのか? 悪用される前に急いでスナップしないと。

 

「あ、あの、すごい音がしましたが大丈夫ですか……? もしかして、ロケット団の……?」

「今追い払ったとこ。なんでああ言う奴ってどの地方にもいるんだろうな」

「…………ソウデスネ……」

 

か細く答えるリーリエ。あぁ、アローラ地方のスカル団ってルザミーネと繋がってたんだっけ。何やってんだグズマ。

 

「ま、リーリエを守るためなら、たとえ火の中水の中だし、大丈夫だよ」

「えっ……えへへ、ありがとうございます」

 

カッ───!?

可愛い。なんだそのえへへ赤面。照れるように頬をかくその姿を地上波に乗せたらそれはもうテレビ局に告白の電話がひっきりなしに鳴るレベルで可愛い。

思わずリーリエを守るためなら、なんて臭いセリフが出てきてしまったけどそのミスが帳消し、いやお釣りが来る、いや間違えて別の馬に賭けた馬券が万馬券だったぐらいの代物だ。

嗚呼、今俺にカメラがあったなら!!!!

自分がアンドロイドじゃないことを悔やむ! なんで脳内フォルダに焼き付けられないんだ!!!!

 

「……まあ、ロケット団は行ったし、俺も未確認のポケモン探しに行こうかな」

「あ、頑張ってください! 私もお料理、腕によりをかけて作ります!」

「楽しみだなぁ」

 

そう言ってリーリエが踵を翻した時、一陣の風が吹いた。

 

「きゃっ!?」

 

風はリーリエの服をこれでもかと煽り見るな俺!!!!!!

べちんと頬を叩いて自らの顔を横に向かせる俺は、向く直前、風にのって何かがリーリエに飛来したのを見た。

 

「あっ、帽子が……!」

 

そいつは圧倒的な速さでリーリエの帽子を掴むと、遥か上空へと上昇していく。

チクショウ、帽子が影になって全体が見えない! ただ、鳥ポケモンであるのは確かだ!

 

「クロウさん、図鑑を!」

「あ、そうか! ポケモンスナップ!」

 

懐から取り出したゲームボーイみたいなそれで鳥ポケモンの写真を撮る。

表示された文字は……。

 

『オニドリル???』

「未確定かよ使えねえなこの図鑑! 壊れてんじゃねえのか!?」

「そ、そんなはずは……!」

 

オニドリルっぽい何かは高い鳴き声でこちらを威嚇したあと、森の方へと飛び去っていった。

と、とにかく追わないと!

 

「ケンタロス、頼んだ!」

「ぶもぉ!」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「わからん! ライドポケモンって初めて!」

「そんな、無茶です……!?」

 

ケンタロスにまたがる俺を心配そうに見るリーリエ。

やがてリーリエは、意を決したかのようにこちらをキッと見上げると、

 

「私も行きます!」

 

と言い出した。

 

「いや、リーリエッ、危険だよ!?」

「大丈夫です! ライドポケモンには慣れています」

「ケンタロスだって二人はキツいだろ!?」

「大丈夫ですよね?」「ぶもう!」

「ほら!」

「ええ……」

 

リーリエは俺の前に跨ると、背中を俺にくっつけてきて……ふぁ!?

ああ、あああ!? 香りが、髪の毛が、存在が!?

こんな近くにリーリエが、そして俺を背もたれに!?

 

「それに、帽子を取り返さないといけませんし」

 

ああ見返り美人ヒャッホーウ!!!!!!

 

「ケンタロス、GOです!」

「ぶもう!」

「……私が振り落とされないよう、しっかり守ってくださいね?」

「もっ!? も、もちろん!!」

 

そうして魔性の女リーリエは、ケンタロスを森へと走らせた。

しゅ、集中できねェ……!!!!



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森林の者どもよ

逆に一ヶ月のスランプで6000文字しか書けないのは誇っていい


「……見失ってしまいました」

 

自慢の脚力を持つケンタロスでも、障害物のある森の中を走るんじゃあ鳥ポケモンには追いつけなかった。

リーリエが降りたのをしっかりと確認してから、労わりの思いも込めてケンタロスをボールに戻してやる。

 

「しかしまあ、こうも森だと手がかりの一つも見つけられないなぁ……もうヒトカゲで山火事起こすしか……」

「あ、危ないので……。この森に巣があるのだとしたら、私の帽子も燃えてしまいますし」

「なるほどたしかに」

 

うーん……。空を飛んでるから、匂いをたどるってのもできそうにないしな。

森のこと知ってそうな良さげなポケモン捕まえて、どうにか案内してもらうとか……いや、でも虫ポケモンが大半のこの森で、しっかり言葉のニュアンスや意味を理解してくれるかなぁ……。

 

「とにかく行ってみるしかありません! 善は急げ、です!」

「あ、危ないって! ここ森ぞ!?」

「大丈夫です! しまめぐりを経験していますから!」

 

……しまめぐり、ね。

誰と? なんて野暮なことは聞かないけれど。

やっぱその言葉を聞くとテンション下がるよな……。元カレの話されてるみたい。

まあ? リーリエが誰を好きになろうが? その幸せのお手伝いができるなら僕はそれで満足なんですけどね? でもどこの馬の骨かわからないようなヤツにリーリエを渡すわけにはいかないっていうかしっかり強くてリーリエを守れて幸せにできるヤツに任せたいっていうか、まず年収は1000万以上でだな……。

 

と、あれこれ考えているとリーリエが声を上げた。

 

「どしたの」

「クロウさん、これを見てください」

「……ヘアゴム?」

「私の帽子に隠していたものです。ということは、ここにあの鳥ポケモンさんが来ていたのは確実ということです」

「なるほど賢い。偉い」

「いえ、それほどでも……。しかし、どこに行ったかまでは分かりません。せめて、ほかにも手がかりがあれば良いのですけど……」

 

ふむ……難題である。

辺りをきょろきょろと愛らしく見渡すリーリエをよそに、近くの木々に目をやる。

羽とか、なにか一枚でも落ちてればまだ、あのポケモンがなんなのかを調べれるんだけどな……。

せめて、何かもうひとつ……。

 

 

 

──────ッ

 

 

 

「……っ?」

「クロウさん? どうかしましたか?」

「いや、今なんか……誰かに見られてたような……」

「ポケモンさん……でしょうか?」

「わからない。けど、とりあえずこっちに向かってみよう」

「えっ……? あっ、クロウさん! 待ってください!」

 

視線を感じた茂みにガサガサと入っていく。無論、木々を折ったり避けたりしてリーリエの通り道を作ることは忘れない。

茂みを抜けたとき、また視線を感じた。今度は別方向から。

こっちに来いって言ってるのか……? 意図が読めない。読めないが、なぜか惹きつけられる。

まるで、電磁石に寄せられる鋼のように……体が勝手に。

 

「クロウさん……?」

「リーリエ……危なくなったら逃げてくれ。ケンタロスのボールを預けておくから」

 

ボールホルダーからケンタロスのボールを外し、リーリエに預ける。

柔らかな手でおずおずと受け取ったリーリエは、はっとしたように首を振った。

 

「一人で逃げるなんてしません! クロウさんも一緒です!」

「そうもいかないかもしれないでしょ。実際、視線のヌシが呼んでるのは俺みたいだし」

 

ふんわりと黄金色の髪が揺れる。

不安そうに眉を寄せるリーリエに対し、俺はまたもや感じた視線に引き寄せられ、森の中を進んでいく。

 

「大丈夫。帽子は必ず見つかるからね」

「クロウさん……」

 

大丈夫。方角は覚えてる。

ケンタロスだって、帰るだけならできるはずだ。

最悪、リーリエやポケモンだけでも逃して……。

 

「クロウさんっ!」

 

背中に柔らかい感触。

自分を包む、優しく甘い高貴な香り。

 

「リッ!?」

「ダメです」

「リーリエ……さん……?」

「一人でいっちゃ、ダメです」

 

お、おおお……?

これはなんだ? 俺は今夢でも見てるのか? たぶん夢だよな?

だって夢にまで見たリーリエが俺に後ろから抱きつくなんて夢みたいなことがあるわけないからこれは夢。そう、夢。

 

「そんなこと、言わないでください……」

 

頬をつねろうとしたが、その前にこれが夢ではないことを実感した。

だってこんなにも、胸が痛い。

いつのまにか、最も優先すべきリーリエのことを忘れていたようだ。自分を許せない。

リーリエだけ逃すって、そのあとはどうするつもりだ。ロケット団もやってくるし、リーリエの身に降りかかる厄災は計り知れない。

俺が守る。そう決めたんだろう? 

 

「……目が覚めたよ」

「クロウさん……」

「行こう。一緒に」

「はいっ!」

 

目を閉じ、集中する。

リーリエの手の感触。リーリエの匂い。リーリエの息遣い。鋭く尖った好戦的な視線。

 

……これだ。

 

俺はリーリエの手を引き歩き出す。

この手は絶対洗わない。

それにしても夢みたいだったなぁ今の。もう少しおかしくなったフリしとけばよかった。その方がもっと長い間ハグしてもらえる……ハッ!? 今俺はリーリエを己の欲望のために騙そうとしたな!? 万死に値するぞ俺! ばかばかばか!

しゃっきりしろ。集中するんだ。

 

視線のヌシは常に移動している。いつまでも視線を投げ続けてくるから、それを拾って……。

 

 

 

──────ッ

 

 

 

あれ? 

急に視線が……消えた? いつのまにか霧が立ち込めている、

木が避けられている小さな空間が先に見える。

どれだけ待っても視線を感じとれない。この先になにかがあるってことなのか?

 

「……リーリエ」

「……?」

「いや、なんでもない。行ってみよう」

 

茂みをかき分け、その小さな空間へ一歩踏み出す。

霧の中に見えたのは、紫色の巨軀だった。

 

「きゃ……」

「リーリエ」

 

叫びそうになったリーリエを静止する。

悲鳴をぐっと飲み込んだリーリエは俺の後ろに隠れる。

頼ってくれてる! リーリエが、俺を!!!!

ポケットからポケモン図鑑を取り出し、まだこちらに気づいていないポケモンに向ける。

 

『ゲンガー』

 

そう。やつはゲンガー。ゴーストタイプの中でもとりわけ人気な高いやつである。

ゲンガーは霧の中で何かを様々な角度から見上げている。

目を凝らして見てみると……。

 

「あっ……」

「リーリエの帽子だ。他にも何かある。あれは……カツラ……?」

「向こうにあるのは、メリープさんの毛……でしょうか?」

 

木の上に置いたリーリエの帽子をもとに、ふわふわもこもこ、もさもさしたものを周りに配置していくゲンガー。

そしてそこに、小さなタマゴを置いた。

 

「……たまご」

「もしかして、鳥ポケモンさんのタマゴでしょうか? ……でも」

「なんでゲンガーが別ポケモンのタマゴを?」

「そうですね。それがわかりません」

 

あの感じからすれば、ゲンガーは鳥ポケモンのタマゴを置くための巣を作ろうとしていたのだろう。

だけど、リーリエの帽子を奪ったポケモンが見つからない。ゲンガーならゲンガーってわかるはずなんだけどな。……いや、初代の「おばけ」の件もあるし、無いとは言い切れないんだけども。

 

「クロウさん。帽子はあきらめましょう。ポケモンさんたちの巣になっているのなら、それをお邪魔することはできませんよ」

「えっ、でも……」

「帽子はまた、買い換えればいいんです。大丈夫ですよぅ」

 

なんだその「ですよぅ」の発音。可愛いな天使か? 天使だわ。

 

「まあ、リーリエがそういうなら……。出てこい、ケンタロ───

 

 

 

 

──────ッ

 

 

 

 

 

「ッ、来る、リーリエッ!」

「きゃっ!?」

 

咄嗟にリーリエを抱きとめ茂みから抜け出す。

首筋にピリリと走った悪寒に沿ってそれを回避。振り返って見てみれば、俺たちが隠れていた茂みは何か雷のようなもので焦げていた。

 

「なんだ!? ロケット団か!?」

「く、クロウさん……」

「リーリエは後ろに下がってて」

「いえ、違うんです、クロウさん、その後ろに」

 

……?

どうもリーリエの様子がおかしい。

ぷるぷる震えるバイブレーションリーリエを愛おしく感じながら、なんとはなしに振り返ってみる。

 

「ゲン」

「…………」

「ゲンッ!」

「きゃああああああ!!!!」

「おわああああああヒトカゲええええ!」

 

臨戦体制のゲンガーから繰り出される闇色の球体。恐らくシャドーボールであろうそれを、リーリエの手を引いて全力で回避する。

ヒトカゲは出てきたけど、ここで『ひのこ』なんて使ったら森林大炎上まったなしの現行犯。リーリエを生きて家に帰すため、そんなことはさせられない。

 

「ゲンガーに当たるように『えんまく』!」

「かげ!」

「ンゲッ!? ゲンガァ!」

 

うっわめっちゃ痛そう。使うのはやめておこう。

 

「クロウさん!?」

「リーリエ、逃げれる!?」

「ええっ!?」

「ケンタロスを貸すからリーリエだけでも逃げて!」

「だっ、ダメです! クロウさんも一緒に……!」

「ゲンガア!!」

「行けるかケンタロス! 受けた上で『しっぺがえし』!」

 

俺たちを庇うように出てきたケンタロスの横にシャドーボールが突き刺さる。

激昂したケンタロスがゲンガーに向かって走り出していく隙に、リーリエの肩を掴んだ。

 

「大人を呼んできて。謎のポケモンの正体って言えるし、ポケモンに理解がある人が良い」

「でもっ!」

「リーリエはポケモン勝負ができないんでしょう!? 頼む!」

「……!!」

 

戻ってきたケンタロスにリーリエが乗る。

方角だけならわかってるはずだ。

 

「イーブイ!」

「えぼい!」

「お前の攻撃じゃあゲンガーにダメージが入らない! ヒトカゲのサポートだ!」

「えぼ!」

「『なきごえ』! その次、『ひのこ』!」

 

イーブイがなきごえを上げる。一瞬顔をしかめたゲンガーにすかさずヒトカゲがひのこをぶつける。

 

「ゲン!」

「かわせ!」

「えぼい!」「かげ!」

 

シャドーボール。

横跳びして避けた二匹の後ろにいる俺の足元をシャドーボールが直撃し、とんでもない土煙を上げた。

あっぶない、死ぬとこだった。

 

「ヒトカゲ、『ひのこ』」

「カゲ……!」

「イーブイ、なにか攻撃があればヒトカゲを庇え!」

「えぼ!」

 

まずいぞ。ここまで苦戦するとは思わなかった。

ケンタロスのしっぺがえしなら悪タイプだし押し切れたかもしれんが、リーリエを逃すためにはケンタロスが必要だ。

 

「ぴゃあ!!」

「イーブイ! 大丈夫か!」

「え……ぼぼぃぶ……」

「休んでろ。よくヒトカゲを守ってくれた」

 

都合よくヒトカゲが進化するなんてことはない。

リーリエも、まだ森の中だろう。

 

「ヒトカゲ、今度は俺が盾になる。攻撃は頼んだ」

「カゲ!? ゲッ、カゲ……!!」

「できるのかって? ……やらなきゃ」

 

やらなきゃ、このまま野垂れ死ぬ。

それよりは、一矢報いて……!

 

「かげ!」

「しまっ……!?」

 

はっとした瞬間、ヒトカゲが回避したシャドーボールが俺の目に入る。

禍々しく回転するエネルギー球は、俺に向かってまっすぐ飛来。

 

「…………ッ!」

「『しっぺがえし』、です!」

 

その瞬間、それを腹で受けたケンタロスがシャドーボールをそのまま跳ね返した!

ひらりと俺の頭上を超えたケンタロスには、ついさっき街へ向かったはずのリーリエが乗っている。

 

「ンガァ……ッ!」

「ヒトカゲさん、『ひのこ』をお願いします!」

「かげ!? か、かげ……っ!!」

「ケンタロスさんは『ふるいたてる』を!」

「ぶもお!」

 

的確な指示を出しながらケンタロスから降りたリーリエ。

まるで一流のポケモントレーナーのように凛とした姿で地上に降り立った女神は、俺に向かって手を差し伸べる。

 

「来ちゃいました!」

「りー、りえ、なんで」

「えっと……道に迷って?」

「は……???」

「その辺りはどうだっていいじゃないですか。ポケモントレーナー、1人増えましたよ?」

「……ああ」

 

その柔らかい手を握る。

勇気が、その手から伝わってきた。

 

「ヒトカゲ、頼むぞ!」「かげ!」

「ケンタロスさん、もう一踏ん張りです!」「ぶもう!」

「「ダブルバトル!!」」

 

ケンタロスが走り出す。しっぺがえしのダメージから復帰したゲンガーは再度攻撃の準備をしている。

 

「ゲンゲン……ガッ!」

「ぶも!?」

「『おどろかす』、か……! ヒトカゲ、『なきごえ』! からの『えんまく』!」

「一旦撤退です、一度『ふるいたてる』、攻撃のタイミングをみて『しっぺがえし』です!」

 

ダブルバトルは、1人ではしづらい。

例えば、ゲームでコントローラーを二つ同時に操作するようなものだ。

そこに、もう1人プレイヤーが現れたら?

 

「最初からこうすべきだったんだ」

「……?」

「いや、なんでもない! 『ひのこ!』」

「……? 『しっぺがえし』!」

 

2体の攻撃は見事ゲンガーへと直撃した。

とくに攻撃バフガン積みの効果抜群しっぺがえしが痛かったようで、ゲンガーは地面に倒れたまま気絶してしまった。

 

「おわった……のか?」

「キズぐすりを持っています。ポケモンさんを回復させますね」

 

 

 

 

 

「……それで、結局これはなんのタマゴなんだ?」

「わかりません……ですが、このゲンガーさんはいろんなものを盗んでいたみたいですね。巣づくりに必要そうなもの以外にも、きんのたまやおおきなしんじゅ……これは、わざマシンでしょうか? アローラにあったものとよく似ています」

「わざマシンに地方での違いってあるんだ……?」

 

受け取ったわざマシンを起動する。

ディスクのようなものには、シャドーボールと表示されていた。

 

「シャドーボールのものみたいだ。No.30って書いてある」

「えぼい!」

「うわっ、なんだお前急に」

 

ボールから出てきたイーブイが俺の肩に乗る。重い。

 

「……覚えたいのか? シャドーボール」

「えぼい!」

「じゃあ……やるけど……いいか?」

「えぼぼえぼ!」

 

どうやら今回の戦いで役に立たなかったことを悔やんでいるらしい。

たしかに、今のイーブイはノーマルタイプのわざしか覚えていない。シャドーボールを覚えたら、唯一攻撃ができないゴーストタイプにも有利が取れる。

 

「よし、イーブイ。行くぞ」

 

イーブイの頭をわざマシンで軽く小突く。

イーブイは四つ目のわざに『シャドーボール』を覚えた!

 

「あっ」

「わざマシンがボロボロに……」

「使い捨てタイプじゃねえだろ、なんでだ」

「本体にダメージが入っていたんでしょうか……」

 

塵となって風に舞うわざマシンだったものを見送り、俺はイーブイを肩に乗せたまま、なんとはなしに森を見る。

 

「帽子の代わりになるもの、あるでしょうか……」

「うーん……そもそも鳥ポケモンの巣って枝とかで作るもんだろ。どうして帽子なんかを使ったのかが気になるな」

「ゲンガーさんのタマゴという線はどうでしょうか」

「わざわざ鳥ポケモンの巣っぽく作るか? 体で温めるのがセオリーじゃないかな」

 

まあ悩んでいても仕方がない。

 

「ここは一旦帰ろう。ケンタロスにはもう少しだけ頑張ってもらって……」

「お願いしますね、ケンタロスさん」「ふも……」

「……えぼ?」

 

ん、どうしたイーブイ。

俺の肩から飛び降りたイーブイは、地面に落ちていた何かを拾い、こちらに差し出してきた。

これは……Zクリスタル? なんだこの模様。

……というか、アローラ産わざマシンだのZクリスタルだの、ここ本当にカントーなんだよな……?

 

「クロウさーん! 日が暮れてきました! 早く帰りましょう!」

「ああ、わかった! 戻れ、イーブイ」

 

俺はポケットにそれを詰め、リーリエの元へと走った。

 

 



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鬱ロイドwwwめっちゃ深刻な病状でワッロッタァwww

「クロウさん、起きてください? 朝ですよ!」

「おあようリーリエ……」

 

朝起きて最初に見るのが推しって俺、リーリエファンの中で最も贅沢な生活してると思う。

気づかれないようにリーリエに合掌。我が桃源郷はここに在りと見た。

 

「今日はサンドイッチですよ」

「いただきます」

「お、クロウくん。昨日のレポート、しっかり見たで。まさかゲンガーやとはなぁ」

 

おろ、初めてマサキに名前呼びされた。信頼されたんだろうか。

それはそうとしてサイドで紅茶入れるリーリエ美しすぎるだろ。もはやその姿を見ているだけで水5杯は飲める。お米なら7は食える。それほどまでに眩しくそして尊いのだ。

 

「アリガトウゴザイマス」

「相変わらずやな。まあええわ。これ今回のお礼や。少ないけどとっとき」

「わあい」

「クロウさん、お茶です」

「ありがとうリーリエこれ受け取ってくれ」

「い、いただけません!」

「金より大事かいな!」

 

苦笑いしてツッコむマサキと、差し出された封筒を俺に押し返すリーリエ。

ていうかリーリエの面食らった顔かわいすぎんか? やばい鼻血出そう。

 

「ン゛ン゛、今日はなんか調査みたいなのはないんですか?」

「今日はそんなのあらへんな。クロウくんが倒したゲンガーも見つかっとらへんみたいやし、ゆっくりしててや」

 

ふうん。じゃあレベル上げでもするかな。イーブイを一撃でバトルを決めれるレベルにするか、今日中にヒトカゲを進化させたい。

高望みしすぎかなぁ?

 

「でしたらクロウさん、私に付き合ってくださいませんか……? 話したいことがあるのです」

「ええ喜んでマイプリンセス」

「……?」

「なんでもない」

 

リーリエは俺のものじゃないんだからマイプリンセスとか不敬罪だぞふざけんな首切るぞ俺。

それはそうとして、リーリエが俺に話したいことってなんだろう。

 

「サンドイッチを食べ終えたら、車まで来てください。待ってます」

 

ヒュゴッ。

 

「食べ終えたよ」

「え、あ、はい……じゃあ行きましょうか……」

 

一瞬で俺の皿に盛り付けられたサンドイッチを吸った。

リーリエを待たせるなんて言語道断。あ、でもなんか色々準備とか必要なのか……? 女の子は準備がいるとかってのはよくある話だし、今度から飯を吸うのはやめておこう。ほどほどが一番、ほどほどがね。

 

引き攣り笑いするマサキの見送りを背にリーリエの住むエーテル財団のキャンプカーへと向かう。

初めて会ったのもこのキャンプカー。めちゃくちゃ心臓飛び跳ねたな、あの時は。

 

「少し待っててください。色々準備します」

 

やっぱり準備必要だったのか。気をつけなければ。

 

いやあしかし今日のリーリエも尊くそして顔が良いなぁ……。清廉なお声は耳が欠損していても骨に響いて脳がとろける完全合法麻薬。

座る時とかさっきの紅茶入れてる時とか、一つ一つの作法に規範があるのが本当にお嬢様すぎてマジで現界化不可避。何が良い? って言われるとその存在全てとしか言い表せない推しポイントの詰まりに詰まったあの笑顔! あれば今でもガンに効くしそのうち万病に効くようになるしなんなら俺が今健康体なのはリーリエのおかげと言っても過言ではない。いやあリーリエは百合からくるその名前の通り百合のように綺麗で清楚で時に無邪気さも併せ持つ完璧な女性だと思うんだよねその点リーリエってすげえよな最後までかわいさたっぷりだもんってCMが出てきてもおかしくはないと思うんだけどその辺はどう思う?

 

「お待たせしました」

「ん、大丈夫そう?」

「はい。入ってください」

 

お邪魔します。

ふむ、前回とあんま変わってないな。

洗い物のフライパンが水に浸かっている。コップには使ったあとがあり、小さなテーブルにはしまめぐりの証が依然として飾ってある。

 

「こちらです」

「2階?」

「どうぞ」

 

リーリエが後ろに一歩引き、階段を先に登るように促す。

そういえば、社交辞令講座みたいなので聞いたことがある。先に階段を登ってもらい、後から自分が進む。降りる場合は自分が先。目線だったかを探させて、地位を相手の方が上であると考えさせるとか……うんたらかんたら。

こんな何気ない動き一つにもリーリエの気遣いや育ちの良さが滲み出ててマジで限界化しそう。なんなら俺が下から登りたいくらい。いえ、決してスカートの絶対領域を覗きたいという意志は無く。誓っても良い。見たら目を抉ると。

 

「じゃ、失礼して……」

「登ったら奥の方へ」

「奥?」

 

奥の方にはベッドが一つ……って。

 

「これは……」

「母様です」

 

ベッドに横たわるのは、すやすやと寝息を立てているルザミーネであった。

超絶清楚完璧最高リーリエの面影のある、二児の母とは思えないただの美貌でそこに横たわっている。

 

「クロウさんは、何故か知っていますが……お母様は、現在は深く眠っています。少し前、事故があって……」

「ウツロイドとの融合により神経毒中毒みたいな状況になり、その後ウツロイドの毒が抜けない。知ってるから取り繕わなくても大丈夫」

「……そうでしたね」

 

リーリエは暗い表情を浮かべたまま、俺に笑みを見せた。

いつもの魅力的で思わず惚けてしまいそうな笑みでは無く、力の入り切った堅苦しい笑み。

 

「母様の容体は、最初こそ回復の余地があったのですが……1日の中で、たまに起きてご飯を食べ、また泥のように眠ってしまいます。起きている間も、時折幻覚を見るようで……とても苦しそうにしています」

 

幻覚……。ウツロイドってそんなに脅威だったのか。

衰弱したままだからマサキの家にってのはわかってたけど……。

 

「マサキ博士も手を尽くしてくれています。ですが……不安でならないのです」

「……」

「もしかして、いずれは……」

 

リーリエが言ってはいけないことを言おうとしている。

だが俺には、止める術が思い当たらなかった。

 

「大丈夫よ」

「……ッ」

「大丈夫」

「母様……おはようございます……」

「今日の朝ごはんはなあに? リーリエ」

「サンドイッチ……です……」

「あら、美味しそうね」

 

くすんだ金髪が揺れ動く。

疲れた目をしたルザミーネが、傍に置かれたサンドイッチに手を伸ばした。

 

「あなたは?」

「クロウと言います。事は大体知ってます」

「そう……。ねえ、クロウくん。わたくしになにかあったら、このこをお願い」

「母様……?」

「この命に変えてでも」

「ウフフ! リーリエ、良い騎士(ナイト)を持ったわね」

「母様! さっきのは、どういう……?」

「大丈夫よ、ただの保険だから」

 

上品に笑うルザミーネ。対してリーリエの表情は晴れない。

 

「ねえ、窓を開けてくださる?」

「はい」

「良い風ね……心地いいわ」

「カントーの風は爽やかですね」

「ねえリーリエ。グラジオは何をしているかしら?」

「…………」

 

リーリエが言葉に詰まる。

 

「ルザミーネさん」

「……?」

「神経毒を治すの、僕も協力します」

「え……?」

「いつまでもリーリエにこんな顔をさせられませんから」

「……あなた……」

「どんな素材でもとってきます。ですから、自分が何かあったらなんて言わないでください」

「……ウフフ。そうね」

 

───ドォォォン───

 

……あ?

 

「また来やがったかロケット団! ルザミーネさんすみません、ちょっと離席します!」

「くっ、クロウさん!? そっちは窓……」

 

2階から目薬ならぬ俺。

スーパーヒーロー着地成功。

 

「こんどは負けないわよ……こんどこそアンタをぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「目的違ってます」

「いいのよ! 行けェいゴルバット!」「やるぞ、アーボ!」

「頼んだ、イーブイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ドォォォン───

 

「あの子面白いわね」

「クロウさん……」

「なんだかあの子、どこかで見たような気がするのだけど。似た雰囲気の子が、あなたのお友達にもいたわよね」

「クロウさんはクロウさんです。もう、ヨウさんの力は借りないって決めましたから」

「我が娘ながら罪作りな子ね」

 

……?

母様は一体何を言っているのでしょう……?

 

「なんだか眠くなってきたわ」

「また、眠られるんですか……?」

「お昼には起きるわ。もしくは晩に」

「……母様……」

「行ってあげなさい」

 

……え……?

 

「あの子、必死に頑張ってる。今も」

 

───『シャドーボール』で吹っ飛ばせ!───

───ボゴォォォン!───

 

「応援してあげなさい」

 

───戻れイーブイ! 頼んだ、ヒトカゲ!───

───アーボ、『まきつく』!───

 

「あの子の鋼のような意志は、きっと誰かの応援を糧に強くなるのよ」

「誰かの応援を……?」

「そんな人を、知っているでしょう?」

「…………はい」

「おやすみ、リーリエ。またお昼か晩に」

 

そう言うと、母様は私の頭から手を離して眠ってしまいました。

窓の外では、ヒトカゲさんに指示を出すクロウさんが未だ優勢を保っています。

 

「……よし」

 

私は覚悟を決め、壁にかけてあったリュックを手に取るのでした。

 

 



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リーリエに肩を並べる美少女なんて存在しない(過激派)

ロケット団と戦ってたらリーリエがバフアイテム死ぬほど持ってきてヒトカゲをドーピングしてくれたよ!

ひのこ一つにかえんほうしゃ並みの威力が込められてて正直引いたよ!

 

「……ということですので、クロウさんのお仕事について行こうと思います」

 

ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜??????

 

「まあ……気ぃつければええで」

「いやダメ! ダメダメ危険すぎる! 博士もなに許可出してるんですか!」

 

そんな、魑魅魍魎奇々怪界焼肉定食が蔓延るこんな世界を、リーリエが征くだと!?

そんなの危険すぎる! っていうか俺に同行!? 常にリーリエと共にいろと!? 無理無理そんなの体が持たない! 尊すぎてもたない!

 

「いやですか……?」

「うぐぅっ!? それはずるい……」

 

後ろ手上目遣いリーリエは俺に効く! きっと俺じゃ無くても顔の良さに全国の男が昏倒してしまう!

 

「あ、あぶなくなったらすぐに帰るんだよ」

「はい!」

 

ウワァー!!!!!!

ニッコニコですやん。俺キラーだよそれもう強力殺菌だよ。

 

「と言ってもやな。今日はとくに気になる話は無いんや。強いて言えば、その件のゲンガーについてしりたいくらいで……んま、お二人でデートでも行ってきい!」

「デッ!?」

「デデデデデデデ」

 

バキイ! 頬に鈍痛。

 

「クロウさん!?」

「ごめん邪な自分が許せなくて」

 

リーリエが俺の頬に触れ、赤くなっていないかまじまじと見つめる。

アッ自分殴るとリーリエが近づいてくるんですねこれは自分の身が持たないのでやめたほうがいいかもですねスミマセン二度としません。

 

「えっと……じゃあ……えっと……」

「……リーリエ?」

「せっかくなので……いきましょうか……」

「………………是非」

 

そこ、ニヤニヤすんなマサキ。

 

 

 

 

今日のリーリエは春らしいふんわりとした水色のワンピースとその上からエメラルド色の上着を羽織り、清楚さに磨きがかかる衣装をしている。

いつもの白いスラウチハットは封印し、小麦のような艶のある髪を一房だけ三つ編みにしている。

お嬢様から連想する清廉な清楚さというよりも、季節にあった爽やかな雰囲気を感じさせる清楚さだ。やはりリーリエには清楚がよく似合う。

 

…………対して俺はいつもの服。一生に一度あるかないかという推しとのデートだというのに俺は……俺はなんてことを……。

 

「それでは、参りましょうか」

「う、うん。どうする? ミュウ捕まえる?」

「み、ミュウですか!? そんな簡単に捕まえられるものなのでしょうか……」

「いや、ごめん」

「あ、あはは……」

 

───どうする!!!!!!!!

リーリエが好きなものってブティックだったよな!?

マラサダはハウの方が好きだからそこまでって感じだったし……寿司か!? 寿司なのか!? いや、朝ご飯食べたばかりだしそれまでなにするんだ!?

こういう時、女性経験のなさが露骨に表に出る! こわい!

 

「えっとじゃあ……タマムシシティとかどうかな」

「タマムシシティですか? 少し遠い気がしますが……」

「ケンタロスがいるからね。リーリエも、デパートとか見てみたくない?」

「行きたいです! すごく!」

「じゃあ決まり」

 

ケンタロスを出し、リーリエを先に座らせる。落ちたら危ないもんね。

ゆっくりと歩き出しケンタロスはやがてコツコツと蹄を鳴らし、道路を進んでいった。

 

「風が気持ちいいです」

「やっぱりカントーは過ごしやすいよね」

「はい!」

 

ぶっちゃけ、アローラの記憶はもうすでに薄い。

聞き込みして港に行ってそのままドボンとダイブしてきたから。

こうやってリーリエの存在を確かめたあとだと、アローラ地方のこともだんだん気になってきた。

 

「あの、クロウさんはアローラから泳いできたんですよね?」

「ん? うん。それが?」

「どうして泳ぐなんて発想に至ったんですか? ポケモンさんが沢山いる海を、それもアローラからカントーなんて長い距離を」

「それしかなかったというか……えっとまあ、うーん……船苦手なんだよね」

 

さすがにパスポートないとか言ったら不審度ダイマックス。船苦手ってことにしておこう。

 

「そうなのですか? ……では、エーテルパラダイスへは空路を使うしかありませんね」

「エーテルパラダイス?」

「エーテル財団の持つ島のことです。もともとは小さな浮島を集めて一つの島に開拓したそうです」

「ああいや、それは知ってるんだけど、なんでエーテルパラダイスなのかなって」

「お兄様やビッケにクロウさんの紹介を……。……あっ」

 

ぽん、と顔を赤くして急に真正面を向くリーリエ。冷や汗が垂れているし、耳も赤い。なになに、なんなの?

 

「どうかした?」

「いっ、いえ! それよりも、クロウさんは空路は大丈夫ですか? 空を飛ぶポケモンさんにライドすることは……?」

「あー……。どうだろ? やったことないからわかんないね。ヒトカゲが進化すれば、それもできるんだろうけど……」

 

でも正直怖いかな。だってあれ、専用の服アリとは言えど生身の体剥き出しで空飛ぶんでしょ? おっかないよ。俺ここの世界出身じゃねえもん。

あーでも、空飛ぶポケモンに憧れは少しある。まず、ポケモン自体が憧れだったもんな。

 

「では、空を飛べるポケモンさんをゲットできたら挑戦してみましょう!」

「え? 急に?」

「はい!」

「……いいけど、リーリエもその時は一緒にいてくれ」

「はい! 楽しみですね! クロウさんはどんな反応をするんでしょう!」

「リーリエ、若干腹黒くなってるよね???」

「さあ、さっぱり! うふふ!」

 

ち、ちくしょう超絶可愛いじゃねえか! そこまで言うならやってやるよ! 飛べばいいんだろ!?

 

「……っと? 見えてきた……のか?」

「いえ、まだヤマブキシティです。もう少し先ですね」

「そうなの? ……そういえば、タマムシは一度しか来たことがないな」

 

それもイーブイを手に入れるために素早く移動していたために場所の把握がなんとなく程度にしかできてない。

ほぼ初見と言っても間違いないだろう。カントー地方、侮りがたし。

 

「ヤマブキシティはシルフカンパニーという大きな会社があるんですよ。 それと、エスパータイプのジムがあります」

「シルフカンパニーは知ってる。俺もケンタロス便のバイトでそこに荷物運んだわ」

「シルフスコープというアイテムは幽霊の正体を見ることができるということなのですが……本当でしょうか……?」

「さぁ? でも、それが手に入ったらあのゲンガーについても調べられそうだね……っと……。なんか、騒がしくない?」

「そのようですね。クロウさん、少し寄り道をしてみませんか?」

「おっけ。ケンタロス、ちょっとここで止まるぞ」

「ぶもう」

 

ヤマブキシティは最初に見た時と変わらず、中心に大きなビルがある。

最初と変わった点といえば……入り口に人が集まっていて、なにやら揉めているところ。

喧騒の中心にいるのは、黒い服と黒い帽子を被った……。

 

「またロケット団か……」

 

どうやら、ロケット団複数人で人と揉めているようだ。

ロケット団四人ほどが、レスバしている相手は……黒髪の美少女? 目つきが鋭くてなんかピンクの服着てる。

まぁ美少女って言ってもリーリエほどではないけど。

リーリエほどではないけど!!!!

 

「だから、何度も言ってんでしょうが! ウチらはシルフカンパニーに用があるの! アンタには関係ないでしょ!?」

「私はここのジムリーダー。あなたたちが何を企んでいるかは知らないけれど……。ここの人に迷惑をかけるようなら、そう簡単に通すわけにはいかないわ」

「アンタもわかんねぇ人だな。だから、俺らはこの街ぶっ壊そうとか考えてるわけじゃなくて、シルフカンパニーを乗っ取ろうとだな」

「でも、それは街の人の迷惑になるわ」

「あぁもう!」

 

あ、ロケット団が黒髪美少女を突き飛ばした。これはいけませんね。

 

「リーリエ、ちょっと行ってくる」

「えっ? き、キケンですよ! クロウさん! えっ!? お、ぉーぃ!」

「すぐ戻るから!」

 

人混みをかき分け、四人と一人の間に立つ。

 

「あん? なんだお前」

「よってたかって女の子突き飛ばして勝ち誇るとか恥ずかしくないんか」

「あ゛あ゛?」

「怖ッ」

「あの。あなた、ここは危険よ。私がなんとかするから」

「まぁ、ちょっとロケット団には個人的な恨みがございまして、ここは一つ、ポケモン勝負と行きませんかね?」

「ちょっと? 大丈夫なの?」

 

まぁちょっとガン飛ばされて脚プルップルですけどここはまぁしょうがない! 俺も男だ!

リーリエに。カッコいいとこ。見せるんだ。 クロウ心の一句。みんなもポケモンゲットじゃぞ。

 

「ダブルバトルだ!」「おっけー!」「こっちは四人いるからな!」「この二人が負けてもウチらがいるからね!」

「っしゃあ! 行くぞ! お姉さん、立てる!?」

「え、えぇ。私はナツメ。このヤマブキシティのジムリーダーよ」

「俺はクロウ。それで、今から出すのが相棒のイーブイ」

 

 

 

 

 

───バトル開始!

 

 

 

 

「頼んだ、イーブイ!」

「バリヤード!」

「ゴルバット! 来い!」「ドガース! やっちまえ!」

 

こちら側はイーブイとバリヤード。

初手はゴルバットのエアカッターだった。

 

「よけろ、イーブイ!」

「その必要はないわ。『ひかりのかべ』!」

「バーバリー!」

 

直撃寸前のエアカッターが、シャボンを固めたような色の壁に弾かれる。

なるほど、これがひかりのかべ! 割と便利!!!!

 

「イーブイ、『シャドーボール』!」

「えぼぼえぼ!」

「『えんまく』で掻き乱せ!」

 

あぁちくしょう、シャドーボールが外れた。命中率を下げられるのって結構な痛手だ。どうにかして状況を打破しなければ。

一歩引き、ひかりのかべに身を隠すイーブイ。

ふと隣を見ると、ナツメは顎を摘みなにかを思案しているようだった。

あっちはあっちで考えがあるみたいだし、だったらそのサポートでもしますかね?

 

「ゴルバット、『どくどくのキバ』!」

「『でんこうせっか』でかわして攻撃だ!」

「シャー!」「えぼい!」

 

命中。ゴルバットの体制が崩れた。

 

「バリヤード、追撃よ!」

 

お、ナツメが動いた。

バリヤードってエスパータイプだよな。エスパー技ってどんなだろう。みょんみょんする感じかな? それともムムって感じかな。

サイコキネシスとか実際どうなるのか見てみたい!

 

「『おうふくビンタ』!」

「いや物理技かいッ!!!!」

「? なにかしら」

「いや、いいんだけどさぁ……パフォーマンス的なものを、さぁ……!」

 

とはいえ、馬乗りになってバチボコに叩かれてゴルバットは戦闘不能。やることはやってるみたいじゃないか。

残りは三人。ドガースはまだ無傷。

 

「『じばく』!」

「「「「えっちょっ」」」」

 

どごおおおおおおん!!!!

 

「えぼぉー!!」

「イーブイぃぃぃ! あぁもうロケット団ってホントこういうのばっかり! 陰湿!」

 

イーブイ戦闘不能。バリヤードはとっさに張ったひかりのかべで耐えたみたいだ。

 

「お前後先考えろよ! 来い、ラッタ!」

「始末書もんだよこれ! ベトベター!」

「お前マジ一ヶ月ポケモンバトルすんな! ヒトカゲ、頼んだ!」

 

そんでナツメはさっきのじばくに無反応なのが怖いわ!

とりあえず、どく状態にしてくるであろうベトベターは先に潰す!

 

「ベトベタに『ひのこ』!」

「ラッタ、『でんこうせっか』でジャマをしろ!」

 

あっちょ、ヒトカゲの目の前うろちょろしてエイム乱すな!

まじムカつく!

 

「『ひのこ』『ひのこ』『ひのこ』『ひのこ』! あぁクソ、当たんねー!」

「戻りなさいバリヤード。モルフォン!」

「ぽわぁー」

 

モルフォン!? ここで虫タイプ!?

うわ、ちょっとグロいな! 目が飛び出てるところとか特に! 

うーん、ナツメって虫大丈夫系の女の子か! ちょっと関心! じゃなくて!

 

「ラッタに『しびれごな』!」

「ラッタ!」

「なるほど、そういう! 『ひのこ』!」

「べたぁ」

 

うーん、当たりはしたけどあんまり火力は出てなさそうだ。

なにか決定打があればいいんだが……。

 

「ラッタ! つるぎのまいを……あぁ、ダメか!」

「今よ。 ベトベターに『サイケこうせん』」

「べたぁー」

「あぁ! ベトベターが出番なくやられた!」

「今か、なるほど! 『ひっかく』!」

「ラッタぁぁぁ!!」

 

ヒトカゲの鋭い爪が炸裂。ラッタは戦闘不能となった。

 

 

 

 

 

───バトル終了!

 

 

 

 

 

「くっそぉ、覚えてろ!」

「ばーかばーか!」

「馬鹿はお前だじばくなんか打ちやがって!」

「戦犯戦犯!」

 

三者三様……ではなく、四者四様。

若干一名にヘイトが向かっている様な気もするが、ともあれどうにかこの場を凌ぐことができた。

 

「ふぅ。なんとかなったみたいね」

「ナツメさん、バトルうまいんすね」

「ジムリーダーになるとどうしても一筋縄ではいかない相手にも出会うの。エスパー少女でも、相手の考えは読めないのよ」

「参考になるなぁ」

 

割とマジで工夫がすごかった。初手で防御系を張って出方を伺ったあとで、モルフォンに変えて妨害と撃破。

一から十までが完成された動作だった。これがジムリーダー。

 

「あなたもいいバトルだったわ。まるでポケモンと一体化しているみたい」

「そっすか。 えへへ」

「そうだぞ坊主!」「カッコよかったわよー!」「ぶもう」

 

なんだろう、若干子供扱いされてる気がする! 素直に受け止められねぇ!

ナツメが差し出した手を、そっと握る。おや? ふにふにだ。リーリエのような少し硬めに成長したものではなく、こちらは力に頼ったことが無さそうな手。

んー、悪くはないけどやっぱりリーリエが一番かな。リーリエは芯のある女性だから。おてても柔らかくて少し冷たくて心地いいし、爪もぴかぴかでほんのりピンク色で美しい。完成された清楚と言うものがそこにあるんだ。

 

「なんだか失礼なことを思われている気がするわ」

「やっべ、さすがはエスパー少女か」

「はやくイーブイをポケモンセンターに連れて行ってあげなさい。あと、あなたのヒトカゲ……もうすぐでもっと強くなれそうよ。頑張りなさい」

「えっ、あっ……そうなの? あ、頑張ります」

「それと、ロケット団についてだけど。他の街にもいる様だから、どこかへ行くつもりなら気をつけたほうがいいわよ」

「了解です」

「……ところでクロウさん? いつまで手を握っているつもりでしょうか!」

 

わっ!? リーリエ!

急に近づかれると心の準備ができてなくて困る! 心拍数ぶち上がりになっちゃう!

 

「イーブイがかわいそうです! ポケモンセンターに急ぎましょう! ほら、早くケンタロスに乗ってください!」

「な、なんでちょっと怒ってるの!? また危険に首つっ込んだから!?」

 

俺リーリエに嫌われたら生きていけない! ちょっと!

おいやべえってリーリエが謎の原因でお怒りだ! ふくれっつらもめちゃくちゃ可愛いな! 可愛いけど今はちょっとそこに注目できないかも!

 

「リーリエ、なんでなの? ねぇなんでなの?」

「知りません! ほら、早く!」

「ちょっと待って。あなたリーリエって言うの?」

「……はい。そうですけど」

「……ふふ。長くなりそうね」

「……? どう言う意味ですか」

「わかってるはずよ」

「むむ」

 

えっなに。何この会話。

女同士の会話ってやつ? 通じ合う的な?

っていうか不機嫌リーリエマジでかわいいな。むむとか言ってるしいつもの笑顔から一転して少女らしいふくれっつらが拝めるのは最高だぞ。

ナツメも美少女だけどやっぱりリーリエには敵わないな! うん! オンリーワンのナンバーワンでしょう! ポケモン界の美少女グランプリ一位決定! ネットで言ったら叩かれそうだな!

 

「リーリエ?」

「なんですか」

「さっきの会話はいったい」

「しっ……。知りません! もう、クロウさんのばか!」

 

ばっ……。

マジ凹む……。

やばい……泣きそう……。

リーリエに嫌われてショック……。頑張ったのに……。

 

いや。

こんなところでへこたれてられない。

リーリエの好感度上げるために頑張るぞ!

 

がっ、頑張るぞ!



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しかして、リーリエの好みは本当にお嬢様コーデなのでしょうか。

ついたぜタマムシシティ! ここは……えーと……えーとなんだっけ!

なにが名物なんだろう! 多分ショッピング! デパートが有名なんだと思う! たぶん! 知らんけど!(完全無欠)

 

「リーリエ、ショッピングが終わったらゲームセンターって寄ってみてもいい?」

「ゲームセンター、ですか?」

「ポリゴンってモンを見てみたくてね」

「わかりました。……というか、そちらから行きましょうか?」

「いや、多分膨大な時間がかかるから良いよ」

「……? はい」

 

リーリエは不思議そうにゲームセンターを振り返る。俺の前に位置取っているため、リーリエの髪が揺れてふわっと香りが漂う。

マジでこの位置は選択ミスだったかもしれない。思考がとろける。

さっきまで不機嫌そうにケンタロスに乗っていた少女は今は既に俺の隣を歩いている。もうまじかんむりょうってかんじ。かしこ。

 

「ところで、デパートに来たのはいいけど服はどこに売ってるんだろう」

「あそこに地図がありますよ。どうやら3フロアのようです」

 

目良。

 

「じゃあ、エレベーターで向かおうか」

「はい!」

 

程なくしてやってきたエレベーターに二人で乗り込み、リーリエが三階のボタンを押す。

おっとやばいぞ、今になって理解したがエレベーターというのは密室だ。今までリーリエと密室に二人きりになったことはなかったからその存在を直に感じて心臓の跳ねがやばいぞ3階でございます。

 

「…………」

「……? つきましたよ?」

「うん。エレベーターって速くて良いよね」

 

もう少し安全運転でもよかったのにな。

 

「ほわ……! 今まとめて買うと30%OFFらしいです! クロウさん、行きましょう!」

「えっ、あっ、ちょっ、リーリエ!?」

 

ぐいと引かれた手。

ふにふにのおててが俺の手首を掴み、マネキンの森へと誘う。

リーリエは手直にあったブレスレットを手に取ると、自らの手に下げて俺に見せた。

 

「どうですか?」

 

俺、リーリエとマジモンのデートしてるのかもしれねぇ。

これは全国のリーリエファンに足向けて寝られねぇ。これから立って寝ます。無理です嘘言いましたごめんなさい。

とはいえリーリエに花の装飾のついたブレスレットは本当に似合っている。そもそもとしてリーリエの白ベースの服に美しい金色の髪が合うと言うのに、そこに桃色の花柄のブレスレットが装着されてしまったらそれはもうフルアーマーリーリエにすぎない。場に出ただけでバトルに勝利すること間違い無しである。

 

「とても良いと思うよ」

「……それだけですか? じゃあ、こちらは?」

「時計? ここなんでも売ってるな……」

 

ブレスレットを外し、今度は時計をつけたリーリエ。

革バンドのシャープな時計はリーリエの美しさのステータスを上げる最高のアイテムかもしれない。それ一つが腕にあるだけで今までの天真爛漫なリーリエから一転、真面目さを兼ね備えた才女の様にも見えるし、最高の素材。いや、最高の主役と言ったところか。

 

「いいんじゃない?」

「……むー」

「え? どうした?」

「なんでもないです」

 

なんだなんだなんなんだ。

俺、またリーリエを怒らせているのか?

やばいぞ。さっきも謎の理由でリーリエの好感度が下がったばかりだ。どうにかしてポイントを稼がなければ俺は死ぬ。

 

「りっ、リーリエ、それ気に入ったなら買ってあげるよ? ほら、博士がくれたお金もあるし」

「気持ちは嬉しいのですが、そうではありません!」

「えぇ〜…………。じゃあどうすれば……」

「では、クロウさんが選んでください!」

「え?」

「クロウさんが、私に似合うと思うものを選んでください。それで、釣り合いをとることに致します!」

 

まじで? 俺女性経験ないからそういうのわかんないよ?

 

「え? んぇ? えーと……」

「アクセサリーでも、服でも! ふふ、クロウさんは何を選んでくださるのでしょうか!」

「は、腹黒い……!」

 

リーリエといえば、いつもの清楚なお嬢様スタイルがよく似合う。

プレゼントといえば、やはりその辺の清楚系アイテムに思考が偏ってしまうな。

 

「ロックスタイル……?」

「ロック、ですか?」

「うん。あのダメージジーンズとか、革ジャンとか。普段リーリエが着ない様なものとかどうかなって」

「試着してきます!」

「あッ、ちょ!?」

 

行ってしまわれた!

まだそれにするって決まってないのに!

仕方なくリーリエの入った試着室の前に座り、イーブイをもふる。

 

「ぇぼ?」

「イーブイ……俺、女の子の気持ちわかんねぇよ……」

「えぼいぼぶぶ」

「お待たせしました。どうですか?」

 

試着室のカーテンが開かれると、そこには俺の指定した服を着たリーリエが立っていた。

ちょっとまて、想像以上ににイイ。俺が選んだ服をリーリエが着てくれるの、()()

服装としては、赤いシャツの上に黒の革ジャンを羽織り、ワイルドさをアピール。赤いシャツはリーリエの工夫か、アクセントとして見やすくちょうどいい。

ダメージジーンズはリーリエの白い肌が裂かれた部分から見えて……ッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はッ!? 意識が飛んでた!!

これはダメです! 目に毒です! リーリエファンが見たら卒倒しちゃうよこれ! だめだめだめ!

あーえっち! えっちすぎますダメですエッチコンロ点火ボッだよエチチチチのとこいらないくらい魅力に溢れてるよなんだこいつは今世に現れたスーパースターかよこんちくしょうこいつが有れば踊らない夜を知らない生活ができそうだな!

 

「いいと思うけどダメージジーンズはやめておこうか」

「そうですか……一旦、元の服装に着替えますね」

 

締められるカーテン。

っていうか今チラッと見えたのってリーリエが脱いだ服だよな。そりゃそうだ、試着してんだから着ていた服は脱ぐよな。

……このカーテンの向こうでリーリエがばきぃ

 

「お客様!?」

「すみません邪な自分が許せなくて。それよりも、ちょっとあのマネキンの服って試着できますか?」

「え? 可能ですが……お客様が?」

「んなわけあるか今カーテンの向こうにいる天使様が試着するんじゃい」

「あ、申し訳ありません……! 今持ってきます!」

 

なんだあの店員は。馬鹿なのか?

今の今までリーリエが超エリートスーパースターな雰囲気を出して試着室のカーテンを開けたというのにそれを一度も見ていなかったなんて万死に値する。

いや、神々しすぎて直視できなかったか。なら仕方ない。

 

「リーリエ、今店員さんに服を持ってきてもらってるから少しまってて」

「あっ、はい!」

「お待たせしました、こちらになります」

「どうも。リーリエ、これを着てもらえる? ……って、どうやって渡そう」

「カーテンの隙間から……!」

 

俺は今日死ぬ(確信)

なるべく見ないように服を差し出すと、小さな腕が服を受け取りカーテンの中へ戻っていく。

もしかしてリーリエ、カーテンの向こうで肩が見えるような格好でばきぃ

 

「お客様!?」

「邪な自分が許せないんだ」

「は、はぁ……。これお戻ししますね」

 

続いて開けられたカーテンの向こうからやってきたのは、リーリエ春の装いversion。

がんばリーリエの時のものとはまた違う、前が開かないタイプのパーカーと裾の広い水色のロングスカート。

春にはもちろん、秋にも使えるファッション。さすがはマネキンか。

とは言えマネキンはただののっぺら人形。完璧被写体である美しさカンストのリーリエに敵うはずもなく、見事着こなして見せたリーリエは腕をまくるかまくらないかで季節を表現できるオールラウンダーになってしまった。

テーマとしてはやはり清楚が主体なのか、リーリエは髪を結び直して三つ編みにし肩から下げ、動きやすさをアピール。

全体的にふんわりとした印象になった。これは至福。

 

「うん、いいねそれも」

「むむむ……なんとなく反応が薄い気がします……」

「そう?」

 

うーむ、どうしたら良いだろうか。

やはりリーリエは自らがんばリーリエスタイルを選んでいるため、元気な印象を与える服が欲しいのかな。

清楚系やドレス系は本編とかポケマスで着てたっぽいし……。

 

「俺はどんなリーリエも好きだけどな」

「…………───ッ!?」

「え? 待って俺今なんて言った?」

「しっ、知りません! 私、着疲れしてしまいました! 少し休憩になさいませんか!?」

「えっあっおう……おう……???」

 

爆速で着替えて俺の手を引き、店を出ていくリーリエ。

俺なんかやべえこと口走っちゃったか……???

あかんぞ、あかんこれ。全くもって好感度稼げてない!

 

「あっ、あそこにクレープあるよクレープ。食べない?」

 

はた。

 

「クレープですか? ……良いですね、食べましょうか」

「リーリエってお菓子とかは上品なものしか食べてなさそうなイメージあるよな」

「そうですか? ……と言っても、実際そうかもしれませんね。こういうものを同年代の方と食べるの、憧れていたんです」

「マラサダとか寿司とか?」

「お、お寿司ですか? それはなんとも……。ですがマラサダはそうかもしれません。いつかみんなで食べられると思っていたら、いつの間にか余裕が無くなっていて……結局叶わずじまいでしたから」

 

それはもしかして、SM本編のことを言っているのだろうか。

たしかに、リーリエと主人公が一緒に何かを食べている描写はなかった気がする。

 

「じゃあ、俺とそれ叶えよう」

「え……?」

「クレープもマラサダも、さっきみたいにブティックを見ることも。君の願いは俺が叶える。君が望むならどこにだって駆けつけるし、君が望むなら世界だって救ってみせる」

「…………」

「君の騎士になるよ」

「クロウさん……ちょっとキザっぽくて変です」

 

!?!?!?!?

ばっちりキマッたと思ったのに!?

 

「でも誠意は伝わりました。ありがとうございます、騎士さん」

 

おっとやべえぞその眼差し。

騎士が姫に殺されることがあって良いのだろうか。まあいいか。大義であったぞ俺。ほな死ぬわ。

 

「く、クロウさん? なにか白いものが飛び出てるような気が……」

「はっ!? いやちょっとね、気絶しかけてただけだから大丈夫」

「だ、大丈夫ではありませんよ!?」

「それよりも……はい、リーリエ、これを」

 

あんまりにもリーリエが早いから、これしか買う余裕が無かったんだよな。

サプライズ、と言っては少しセンスがないかもだが……。

 

「帽子、ですか?」

 

白いベレー帽。

セールのところに売っていた、季節外れの秋冬モノ。

 

「リーリエはいつも唾の広いあの帽子をかぶってるけど、こういうのを被ってみてもいいんじゃないかって」

 

結局は、がんばリーリエからイメージが引っ張られてきている。

活発なあの服装はポニーテールで帽子を外しているために、頭周りに何かできないかと考えていた。

 

「……ありがとうございます。季節的にこれを被るのはもう少し後になりそうですけどね」

「うぐっ。それは……すまん……」

「いえ、構いません。クロウさんが私のために何かを考えてくれていたのが嬉しいのですから」

 

そう言ってもらえると助かる。リーリエはなんて気遣いのできる女なのだろうか。

はにかむ彼女の尊さに、自分が情けなくなる。

それほどまでに、彼女の存在は眩しいのだ。

 

クレープを食べ終えたリーリエはそっとカバンにベレー帽をしまい、席を立って振り向いた。

 

「今度はどこへ行きましょうか? ゲームセンターに行きたいとおっしゃられてましたよね」

「あ、ああ……うん。興味があってね」

(わたくし)もゲームセンターというものを経験するのは初めてなので、とてもワクワクしています!」

 

そっか。

SMはそういう施設無いんだもんな。

ルザミーネが厳しかったらしいから、家庭用ゲーム機とかそう言ったものにも触れてこなかっただろうし。

剣盾ではSwitchがあったしポケモン以外の別のゲームも存在するって思っていいよな? よな?

 

「じゃあ、行こうか?」

「はい!」

 

この時、俺は思ってもいなかった。

 

「あいつがイーブイ使いの……」

「隣の金髪の女は弱そうだ。狙うならそっちからじゃないか?」

「雪辱を晴らすべきだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーリエを狙う、悪党がこの街に潜んでいるということを。

 

「「「なんか勘違いされてる気がする」」」

 

 




出ません


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m9(^Д^)

地球の夕日は、この世で最も美しいものである。
その輝きを纏う彼女の姿もまた、この世で最も美しく、儚いものである。ピッピカチュウ。

オーキド・ユキナリ


扉が開いた瞬間、リーリエが首をすくめる。

もともと異世界産の俺は慣れてるけど、ポケモンの世界生まれかつお嬢様のリーリエにはこのけたたましい電子音の波はさすがに威力が高かったらしい。

 

「大丈夫?」

「クロウさんは平気なのですか……。だ、いじょうぶ、です。落ち着いてきました」

「慣れないようなら今日はやめとこうか?」

「いえ、いえ! 大丈夫です! クロウさんの好きなものを見てみたいので!」

 

う〜ん……。リーリエが苦しそうにしているのは見たくないな……。

でも、ここまで耐えてくれてるわけだし……。

やるか!

 

「まずはここでコインを買うんだ」

「コイン、ですか?」

「そうそう。このゲームセンターだけで使えるコインを買って、それでゲームができるんだ」

「なるほど……」

 

げっ、コインケースも買うの? 初期費用かぁ……。

そういえばゲームでは誰かから貰うんだっけ? うーん、流石にそこまでは調べてないな。仕方がない、2人分買うか。

 

「ではこちらがコインケースです。付属でコインが30枚入っておりますのでそちらで遊んでください!」

「あ、良心的。はいリーリエ、これ」

「えっ? 私もですか?」

「1人でやるより2人でやった方が楽しいからね。さ、やろうか!」

 

向こうではメダルゲームは得意だったんだ。よし、手頃な席に座って……。

 

「……この絵柄を揃えるのでしょうか?」

「スロットじゃねえか…………!!」

「スロット、というのですか? 楽しそうですね!」

 

お嬢様をギャンブルに誘ってしまった! ただの遊戯のはずだったのに! どうなってんだ、これはスロットでは!?!?!?

ていうかスロットは流石に経験がないぞ! 勘!? 鑑でやるしかないのか!? リーリエにかっこいいとこ見せたい!

 

「えーと……1、10、100からコインを入れれるみたいだね。一回に入れたコインの量が高いほど、成功した時に貰えるコインの量が多いみたい」

「なるほど……。このコインケースに入っているのは30枚ですから……1枚を30回か、10枚を3回やるかに分けられるわけでしょうか」

「成功するかなぁ……とりあえず……10枚で」

「いきなりですか!?」

 

一番倍率が高いのは7のマーク。続いてハイパーボール、スーパーボール、モンスターボール、カビゴン、キズぐすりの順。周りを見るに、他の台は絵柄が違うようだけど……。

これは運は絡まない。ほとんど目押しの勝負……のはずだ。見た目からして。

 

10コインベット。

 

「わっ、回りだしました!」

「ここからよ……」

 

タン。

ハイパーボール。

タン。

ハイパーボール。

ティウンティウンティウン!!!!

 

「な、なんですか!?」

「リーチ的な何かだと思う。ここでハイパーボールの絵柄を揃えれば……!」

 

タン。

 

「ごくり……!」

 

スロットが回る。

カビゴン。

モンスターボール。

キズぐすり。

ゆっくりと止まるスロットは……。

 

 

 

 

 

当たり!!!!!!!

 

 

 

 

 

「ハイパーボール!」

「やった!! やったよリーリエ! 俺ツいてるかも!!」

「あっ、たくさん出てきました! ここから……!」

 

ちょっとセンシティブな言い方をするリーリエにドギマギしながらも、俺はコインをケースにしまう。

一気に80枚くらい増えた。これならポリゴンを手に入れられる……!

 

「よし、このままじゃんじゃん行こう!」

「頑張ってください! がんばリーリエ、です!」

 

あああああああ!!!!!

がんばリーリエ! がんばリーリエですよ!

安売りはあかんですがまじでもうこれは元気がでちゃうね!!!!

 

 

 

 

…………。

 

「……く、クロウさん……」

 

………………。

100枚ベット。

 

「クロウさん?」

 

ハイパーボール。

スーパーボール。

カビゴン。

 

「クロウさん……」

 

…………100枚ベット。

 

「クロウさん!?」

 

モンスターボール。

モンスターボール。

きずグスリ。

 

「クソッ!!!!!!」

「クロウさん……!!」

 

100枚ベット。

 

「も、もうやめましょうクロウさん! 先ほどから外れてばかりです!」

「もう少しなんだ! もう少しなんだリーリエ! 次で出るんだって!!」

「おこづかいまで使ってるじゃないですか!! 楽しむというレベルを超えています!!」

 

ハイパーボール。

ハイパーボール。

ハイパーボール!

 

「やったあああああ! ほらみろリーリエ! 間違いじゃなかった! ほら800枚だよ! 取り返した!」

「クロウさん! 目が! 正気を取り戻してください! クロウさぁん!」

「はははは!!」

 

ほら、ほら!

どんどんコインが増えていくねえ!?

いける、いけるぞお!

 

「クロウさんッ!」

 

リーリエのおうふくビンタ!

こうかはばつぐんだ!

 

「痛え……」

「このゲームはちょっとだめです! 怖いですクロウさん! 他のゲームをやりましょう!」

 

俺の手を引っ張ってリーリエがやってきたのは別のゲーム。

波乗りピカチュウが、10秒の間にアイテムをとりつつサーフィンをするゲームだ。

アイテムの量によってもらえるコインが増え、またレア演出では波乗りの時間が増える。

コインを1枚入れたリーリエが操作レバーを俺に握らせる。

 

「落ち着きましょう! ね?」

「お、おう……」

 

軽快なリズムと共にピカチュウがサーフィンを始める。

出だしは良好。タイムアップまで走り切れたらコイン獲得。オジャマアイテムを取ってしまったらその時点でコインは没収。

さっきまで目押しスロットやってた俺にはこんなもん屁でもないぜ!

 

「可愛いですね、ピカチュウ」

「人気だよな。隣の『ふうせんピッピ』も似たような感じっぽいぞ。やってみたらどうだ?」

「いえ、私は見ているだけで楽しいですよ」

 

そうか……。これはこれで平和で楽しいのに……。

 

「クロウさんって、こういったことの経験がおありなんですか? 先ほどからとってもお上手ですが……」

「お、時間増えるやつゲット。……うんまあ、一通りはやったことあるんじゃないかな、こういうの。上手い下手は別として……っとと、あっぶね……」

「ますます謎です。クロウさんはここにくる前は何をしていたんですか?」

 

ここに来る前、か。

リーリエロスで……味のない人生を送ってたよ。

なんて、口が裂けても……

 

「あっ!?」

「ぐおっ!?!?」

 

オジャマアイテムが、ピカチュウにぶつかってしまった。

倍率二倍アイテムが、四倍アイテムが、報酬コイン×10アイテムが……。

あのままゴールしていたら、400枚はくだらなかったんじゃ……。

 

「…………」

「あの……クロウさん……?」

「………………」

「も、もともと1枚でしたから……ね? 元気を出してください」

「…………」

「クロウさん?」

「………………」

「クロウさん……???」

 

100枚ベット。

 

「もう!!!!!!」

 

 

 

 

「いやはや、お見苦しいところをお見せしました……」

「あんなクロウさん初めてみました……」

 

ゲームセンターを出て、疲れたような顔で笑うリーリエ。

結果としては+。増えたり減ったりを繰り返して、600枚で終わった。

まあ初期の30枚が増えたのなら上出来だよ、上出来。

 

「あとは、景品交換所でコインを交換するんだ」

「なぜゲームセンターと景品交換所が離れているのですか? 店内に設置したほうが楽だと思うのですが……」

「ふ、雰囲気じゃないかな。ほら、あのうるさい音の中だと景品をじっくり決められないでしょ?」

「……そういうものですか」

 

そ、そういうものだよ。

さて、600枚で買えるものは……っと。

 

ニトロチャージのわざマシン。

最新モデルのリュックサック。

かみなりのいし。

いかりまんじゅう。

それと……。

 

「リーリエ。これ、要る?」

「……あ」

 

俺の指差した先に書いてある文字を読んで、リーリエが懐かしそうな顔をする。

 

「ピッピ人形……」

「どうかな。いざという時には囮にも使えるよ」

 

リーリエはカントーに来る前、愛用のピッピ人形を譲渡している。

それはいつまでも、プレイヤーの……俺に(まじな)いのように深く根を張り、『たいせつなもの』として(ここ)に残っている。

だから俺は……返したかった。

彼女がくれた、一夏の思い出を。

 

「……いえ。大丈夫です」

「……どうして?」

「ピッピ人形は……たいせつなものですから」

 

リーリエは夕陽に照らされて、絵画のように美しくて。

懐かしむように細めた目をこちらに向けた。

 

「たいせつなものは、二つあっちゃいけないんです」

 

その目は俺を見ていなかった。

俺の前にある、何かを。

それこそ、『たいせつなもの』を見ていたんだろう。

 

「……そっか」

「はい」

「じゃあ……いかりまんじゅうにしようかな」

「はい! 帰ったらみんなで食べましょう!」

「12個入りだから4人で分けて1人3つだね」

「……!! はい! お母様も!」

 

そうして俺は味のしないお土産をコインと交換し、リーリエに手を差し伸べる。

もれなく、ポケモンども三匹にまんじゅうを食われて俺の分が無くなったのは言うまでもない。




m9(^Д^)


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青いあの子とご対面

今回はリーリエがいないので読み飛ばして大丈夫です。


前略、俺クロウ。

今日は風が強くて、リーリエの帽子が飛ばされてしまった。

手を伸ばしたリーリエが、たまたま橋の上にいたもんで。

ぐらりと、その小さな女の子はバランスを崩した。

 

「リーリエ!」

「きゃっ!?」

 

リーリエを引き戻し、そのまま帽子を掴む。

その頃には俺の体は宙にいたわけで、もうどうしようもなくなってフリスビーみたく帽子をリーリエに返した。

もちろん、俺は───。

 

ざぱんっ!!!!

 

「ゲホッ、かは、こほっ!」

 

うおおおあっぶねえ死ぬかと思った! リーリエのために!って飛び出したのは良いけどその後のこと考えてなかったわ!

いやあ、まあ体勢の問題から水を飲み込んでしまったわけだけど、何を隠そうこの俺はアローラからカントーまで泳いで渡った男。

ここはすぐにリーリエのもとへ戻って……っと、お?

 

「割と流れが急……」

 

あっ、もうリーリエの声が聞こえん! ごめんリーリエ! ちょっくら流されてくるわ!

流されて行ったらそのうち捕まるものが見えてくるはずだ!

 

しかし、こう流されていると渡カントーの時みたいで楽しいな!

あの時はもはや執念でこっちまで泳ぎ切ったわけだし。

リーリエのいないアローラに転生したところで意味がないんよなぁ?

 

「……こぽ」

「ん? 誰だ?」

 

流されている俺の隣で、泡がはじけた。

ちゃぷっと水面から顔を覗かせたのは……。

 

「ガメ」

「ゼニガメ!!!!」

「がっ!? ゼニー!」

 

ガメガメガー!

……じゃなくて。

 

「どうしたんだお前。俺になんか用?」

「ゼニ? がめがー。ゼニゼニ!」

「…………? もしかして、俺が溺れてると思って助けようと?」

「ゼニ!」

 

わお、なんてお利口な子!

 

「はは、大丈夫だよゼニガメ。俺は溺れてるんじゃないから」

「ぜに? ぜにがー!」

「漂流してるんだ」

「!?!?!?!?」

 

途端、ぐいぐいとゼニガメは俺の服の裾を噛み、浅瀬まで引っ張ろうとしてくれる。

 

「なんだよ、お前優しいやつだなぁ。いつもここで人が居ないか見張ってるのか?」

「ゼニ!」

 

親指(?)を立てたゼニガメ。この人馴れしてる感じ、もしかして誰かのポケモンか?

お、足がついた。ありがとうな、ゼニガメ。もう歩ける。

 

「ゼニ!」

「なあお前、腹減ってないか? お礼させてくれよ」

「ゼニ……? ガメー! ゼニガー!」

「お、じゃあ行くか! パンケーキみたいなやつでいいか? それともポフィン?」

「ガメ」

「ポフィンだな」

 

確かカントーの全タウンに、出張でポフィンショップが出来てたはずだ。リーリエにプレゼントしようとチェックを付けてた。

えーと、ここはどこだ? 何タウン?

 

「……クチバシティ? 結構流されたな」

「ガメ……」

「大丈夫だ。出てこいケンタロス」

 

ぶもうと鳴き声を上げたケンタロスにゼニガメが俺の後ろに隠れる。

驚かせちゃったかな。

 

「怖がらなくて良いんだぞ。ケンタロス、こいつを乗せてやってくれ。命の恩人なんだ」

「ばもう」

「いいってさ!」

 

膝を曲げしゃがんだケンタロスに、恐る恐ると言った感じでゼニガメがライド。

すぐさま目を輝かせ、きゃっきゃとはしゃぎ始めた。

こどもだなぁ……。

 

「それじゃ、行くか」

「ガメ!」

 

───。

 

クチバシティのポフィンショップは、昼飯時と言うのもあって客はまばらになっていた。ポフィンだけじゃお腹膨れないもんね。

皿に盛られたポフィンをガツガツ食べるケンタロスに対して、ゼニガメは野生だったためかちょっとずつ齧っている。

どれ、俺も一口。

 

「…………蒸しパンだ」

 

マカロンと蒸しパンを足した感じの味がする。硬いけどふわふわでほんのり甘い。アローラのマラサダとは何か違いがあるんだろうか? マラサダをまず知らないからなぁ。

 

しっかしまあ、俺の格好のまあなんとみすぼらしいこと。ひったひただよひったひた。もうおひたし。

この世界に来た時の服と違って今着ている服……リーリエがプレゼントしてくれた服はすぐに乾く様子が無い。下手すると風邪を引くかもな。

 

「がめが……」

「もう食べたのか。早いなぁ……おかわりいるか?」

「がめ!」

 

そうかそうか。そりゃあ良い。

席を立ち店員さんにおかわりを要求する。

支払いをしていると、店員さんが小さく「あっ」と声を上げた。

 

「ん? どうかしました?」

「いえ……その……お連れのポケモン様が……」

「え?」

 

振り返ると、そこには謎のお姉さんに両脇から持ち上げられているゼニガメの姿があった。

 

「ぽっ、ポケモンドロボー!?

「ジュンサーよ失礼ね! この子にちょっと用があっただけよ!」

「あ、そうなの」

 

まあその制服見ればわかるよね。

 

「このゼニガメ、もしかしてこの辺で有名なヒーローくんじゃない?」

「ヒーローくん?」

「そう。川に落ちた子供とかを助けたり、落とし物とかを拾ってくれたりするの」

「はえー……。お前すごいんだな」

「ゼニガー!」

 

えっへんと胸を張るゼニガメ。ジュンサーさんに抱えられたまま威張り始めた。

 

「しかし、そっかあ」

「?」

「ゼニガメ、なんならゲットしようかと思ってたけど……地元のヒーローって感じじゃあ連れて行くわけにも行かないよな」

「いいんじゃない?」

「え?」

「どうなのヒーローくん。この人は君と一緒に戦いたいんだって」

 

ジュンサーさんがゼニガメと目線を合わせる。

ゼニガメはチラリとこちらを向いたあと、

 

「がめがー!」

 

と笑顔を見せた。

 

「ほら、良いって」

「はぇ!? いいんすか!? なんで!?」

「この子がそうしたいって決めたなら良いんじゃないかしら」

 

俺から何を感じたのか、ゼニガメは俺について来てくれるらしい。

「それに治安維持や人命救助はもともとジュンサーの役目よ」、と付け加え、ジュンサーさんが俺にモンスターボールを手渡す。

 

「…………良いのか?」

「がめが!」

 

そっと差し出したモンスターボールをゼニガメがタッチし、その体が光に包まれる。

俺の手のひらの上でゆっくり3回ボールが震え、カチッと音が鳴った。

 

ゼニガメ、ゲットだぜ。

 

「この俺のポケモンになったからにはリーリエ親衛隊の真髄を叩き込んでやろう」

「かげ!」「えぼ!」「ぶもう」

 

あっ、震えてる。なんだよ今更怖気付いたかヒーロー?

もう逃げられないねえ……! 君も魂をリーリエに捧げるしかないねえ……!



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治療に必要な物

今回もリーリエは序盤にしか出ません


ゼニガメが俺の手持ちに入った翌日。

 

「あ゛ーっ。あ゛ー死ぬー」

「タオルの替えを持ってきました……クロウさん、入っても大丈夫ですか?」

 

俺は無事に風邪を引き、ソファで死んだ目をしていた。

 

「そこに置いておいて……。風邪がうつったらだめだ……」

「でも……」

「風邪は万病のもと。舐めたらダメだよ」

「現在進行形で風邪っぴきのあんさんが言うことちゃうで」

 

カーテンの向こうで眠そうな声のマサキが苦笑する。

ここ最近はリーリエママ……ルザミーネの毒を抜くための研究を続けていて寝不足らしい。何か手伝うことはないかと聞こうとも思ったが、専門的な内容を聞いても素人の俺がわかるはずもない。病気が治ったら力仕事とかやろう。今の自分が情けないことこの上ないのだ。

 

「しかしまあ、クロウくんがこの調子じゃあなぁ」

「……? 博士、なんかわかったんです?」

「ウツロイドの毒に効きそうなきのみの文献を見つけてな」

「母様は、それがあれば治るんですか!?」

「あくまで効きそうってくらいや。『稲色のモモンの実』って言うんやけど、これが簡単には手が出ない場所にあるんや。イワヤマトンネルの奥の奥にでっかい木があるらしくてな、その木になるって書いてあんねん」

 

………………。

 

「イワヤマトンネル……ポケモンさんも多いですよね。私一人では行けそうに無いですね……」

「それに、イワヤマトンネルには今、凶暴なカビゴンが住み着いてるらしいねん。せやからクロウくんに任せようと思ったんやけど、本人が風邪じゃあ無理はさせられへん。風邪が治ったらリーリエちゃんのために行ってくれへんか、クロウくん」

 

………………………………。

 

「クロウくん?」

「寝てしまったのでしょうか……? クロウさん、開けますよ? …………って、え……?」

「おいおい……クロウくんもしかして」

「窓から逃げた!?」

 

全身が重い。

でもルザミーネさんはもっと辛いはずだ。

 

「クロウさん!? どこに行ったんですか!?」

 

イワヤマトンネルに決まってるだろうJK。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロウさんを追いかけないと……!」

「まずはジュンサーさんに連絡や。イワヤマトンネルはポケモンの巣窟。トレーナーじゃない一般人が行っても襲われるだけや」

「でもクロウさんが!」

「……信じるしか……あらへん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着いたぞイワヤマトンネル。あーしんど。でも風を浴びてたら風邪も良くなってきたわ。洒落じゃないよ?

さて、入り口は……っと。

おわ、暗い。さすがは洞窟。

 

「頼んだ、ヒトカゲ」

「カゲ……? カゲカゲ!」

「体調なら大丈夫だ。もし心配してるなら、早めに稲色の……? モモンの実? を持って帰ろう」

 

眉をひそめながらもヒトカゲが尻尾で暗闇を照らす。

湿った空気が喉にまとわりつき、ごつごつした石や岩が足元を邪魔する。それに、そこかしこからポケモンの声がする。いつ襲われるかわかったものではない。

しかし引くわけにも。ここまで来たんだ、持って帰ってやる。俺はアローラからカントーまで泳ぎきった男だぞ。イシツブテの一匹や二匹、拳で粉砕してやる。

 

……あなぬけのヒモとか、持ってきてないな。

 

「帰り道も覚えないとか……」

 

やっぱり、こんなとこにリーリエを連れて来れない。危険すぎる。

 

「カゲ!」

「どうした、何か見つけた?」

 

ヒトカゲが何かを拾い上げ、俺に渡してきた。

細長い棒で、後ろの方が丸く膨らんでいる。

尻尾の炎でよく照らすと、丸いのはモンスターボールの膨らみ。蛇を操る笛のような形をしている。……というか、そもそもこの棒自体が笛なのか?

 

「……だれか……いる……のか……?」

「!?」

「だ、誰だ!?」

「ここ……だ……」

 

こん、こん、と石で岩を叩く音が響く。

ヒトカゲが照らした先には、腹部から大量の赤黒い液体を流している男の姿があった。

 

「……!? どうしたんですかそのケガ! えっと、応急処置を……オレンの実!!」

 

オレンの実を鞄から出して皮を剥く。

潰して果汁を傷口周辺に振りかけ、皮で血を拭う。

 

「うっぐ、あああああ!!!!」

「辛抱してください。すぐに良くなります。ゼニガメ、出てきてくれ」

「がめが……!!」

 

モンスターボールから出たゼニガメが、男を見て絶句する。

 

「周囲の警戒を頼む」

「ガメ!!!!」

 

洞窟の中だし、いわタイプやじめんタイプのポケモンが多いはず。タイプ相性は良いと思う。

 

「あなぬけのヒモは持っていますか?」

「持っていないが……手持ちのポケモンが『あなをほる』を覚えている……」

「……モンスターボールはこれか」

「ひんしの状態だ……カバンからげんきのかけらを使ってくれ……」

「何があったんですか? こんなになるなんて」

「俺は……ポケモンレンジャーを……やって、いるんだが……。急に暴れ始めたポケモンがいると……ぐっ……聞いて、来たんだ。その笛は……そのポケモンの注意を引く……。というより、眠りから覚ますアイテムなんだが……。こんなに強いとは、思っていなかった……」

「そんなポケモンが、この洞窟に……?」

「普段はたくさんきのみを食べれば眠るんだが……ずっと暴れているようで……」

「ガメッ!!!!!!」

 

ゼニガメが叫ぶ。

振り返ると、そこには巨大なカビゴンがいた。

その等身は、俺やリーリエ、マサキを縦に並べてもゆうにそれを越える。糸目であるはずの目は赤く光り、俺が先ほどまで使っていたオレンの実をじっと見ていた。

 

「逃げてください」

「……え?」

「ポケモンは治療してあります。俺が時間を稼ぐので、逃げてください」

「き、君は……?」

 

俺は手に持っていたものを……()()()()()()()を握りしめる。

 

「こいつを吹けば、カビゴンの注意を引けるんですよね」

「待て、よすんだ。君まで怪我を……いや、死んでしまうぞ」

 

時間はない。

……ピィィィイイイ!!!!

 

「モ゛アアアアアアアアア!」

「こっちだ!!!!」

「……くっ。すぐに助けを呼ぶ! サイホーン、『あなをほる』!」

 

ポケモンレンジャーが離脱した。あとはこいつが疲れ果てるまで逃げるだけ。

風邪の身体で。

 

ふらつき、もつれて転んだ俺の頭上をカビゴンの太い腕が通過する。

数拍の後、岩をえぐる爆発にも近い音が鳴り、身近に死を感じた。

 

「ゼニガメ、『みずでっぽう』!」

「ガメガメガー!」

「モアッ……」

「いい目眩しだ!」

 

カビゴンの横をすり抜けてヒトカゲとゼニガメを回収。抱えたまま洞窟を走る。

重くて重くて仕方ないが、ヒトカゲは灯り。ゼニガメは攻撃。どちらが欠けても俺は死ぬ。

走れ、走れ、走れ!!

この狭さじゃケンタロスは出せないし、手持ちで1番強いイーブイのシャドーボールは効果がない。他の技は物理技のため近づかなければならない。身軽な戦いをするイーブイには分が悪い。

 

「モ゛アアアアアアアアア!」

「うおっ!?」

 

カビゴンが地面を踏みつける。

軽い地震のようにイワヤマトンネル全体が振動し、足を取られた俺は尻餅をついてしまった。

そして、頭上から迫り来る右ストレート。

 

「戻れ二匹とも!」

 

二匹をモンスターボールに戻す。これで二匹がぺちゃんこになることは免れたが……。

人間はそうもいかない。

俺は超重量のパンチを真上から直に受けた。

 

「か゜ッッッッッ───」

 

体から何かが砕ける音がする。

 

そして、俺は俺の体は地面に埋まり、ボゴッという音とともに空中に放り出された。

……空中? 

ひゅるひゅると落下する俺の体。

眼下には一本の木が生えていた。

 

その枝葉がクッションとなったのか、落下死は免れている。

でも全身が痛い。カビゴンに殴られる時に盾にした両腕が変な方向に曲がったまま動かない。

一際太い枝に引っかかった俺はどうすることもできないまま、意識を落とした。

 

 

 

 

「えぼぼ。えぼぼえぼ!」

「…………ん」

「がめがー! がめがめ!」

「カゲ!」

 

口の中に何かがある。

柑橘か? すっごく甘くて美味い。 身体の芯から痛みが抜けて行くような……。

…………。

 

「はっ!?」

 

っと身を起こした瞬間、バランスを崩して俺は木から落ちた。

尻に鈍痛が走るが、カビゴンパンチと比べればそこまで痛くない。

 

「って、手が動く? 折れたんじゃ……?」

「えぼえぼ」「かげ〜!」

 

イーブイとヒトカゲが俺にきのみを渡してくれる。

これはオレンの実? ……でも、普通のオレンの実より金色にきらきら輝いている気がする。すっごくうまそうだ。

 

「っと……いてて……擦り傷だ……」

 

気づかなかったが、左手を擦りむいていた。

ちょうどオレンの実がある。せっかくだし治療しよう。

皮を剥き、実を潰して果汁を振りかけ…………え?

 

「治った……?」

 

なんだこれ気持ち悪。擦りむいたところが治った……っていうかもはやこれは再生のレベルだ。かさぶたとかそんなもんじゃなく、もうすんげえ勢いで皮膚が張って行く。

通常ならSAN値を減らすべきこの異常現象だが……。もしかして。

 

「お前ら、このきのみを俺の口に運んだりした?」

「えぼ!」

 

なるほどね? 金色のオレンの実を食べたら超再生して、腕の骨折も治ったってことだ。

……いやそんなことある???

 

改めて木を見上げると、その枝には種類豊富なきのみが大量にぶら下がっていた。

俺が食べたオレンはもちろん、オボンの実やナナシの実、チーゴの実に至るまで。

そしてそのどれもが、金色に輝いている。

 

「モモンの実も金色だ……。もしかしてあれが稲色の……ってやつ?」

 

その木の向こう……洞窟の天井にぽっかりと空いた穴。

なるほど、イワヤマトンネルの地下に空間があって、俺はそこに落ちたのか。無事でよかった……。

 

「とりあえずモモンの実を収穫しよう。これじゃなくても、良い土産になるだろう。ゼニガメのみずでっぽうなら落とせるか……な? ……っくしゅん」

 

その瞬間、寒気が体を支配する。

無理をした反動か、頭も痛いしだるい。

少しなら、休んでもいいでしょ。

近くに俺のポケモン以外の気配は感じられない。もっと奥の奥はどうなってるかわかんないけれど、そこさえ警戒していれば大丈夫なはずだ。超絶美味いきのみもあるしね。

 

俺は木のみきを背もたれに座り込む。

木全体が発光しているのか、ヒトカゲの炎をあてにしなくてもこの木の周りだけがふんわりと明るい。

……こんなに素晴らしいきのみがある木、ポケモンが利用しないわけないと思うんだけどな。

俺がショートカットしたから見つけれただけで、正規の方法で行こうとするとかなり奥地にあるとか?

 

「なんにせよ、ここだけは安全そうかな」

 

そんな俺の安堵を引き金にするように、地面が揺れ始める。

地震じゃない。何か、大きな生き物が這いずっているかのような……。

 

……洞窟の奥の方に何かいる。

どこかの穴から出てきた二つの首が、入り口の周囲の岩を噛み砕く。

バリバリと、まるでチョコレートでも割るかのように穴を広げていくその首は……いや、アレは舌だ。アギトのような形の、ただの舌。

 

「詰んだかもしれんね」

 

穴が木の二倍ほどの大きさになった頃には、俺の視界にはあのカビゴンよりもデカイポケモンが。

 

「ドカグイィィィイイイ!!」

 

ウルトラビースト、アクジキングが映っていた。



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俺たちの……

アクジキング。

目に映すもの全てを喰らい尽くす、この世のポケモンではない何か……つまりウルトラビースト。

フンなどが見られないことから、食べたものの100%をエネルギーに変換していると考えられている……だったか。

つまり、あの舌に喰われれば即死。

 

「ドカグイィィィイイイ!」

「っ!!」

 

俺めがけて伸びてくる触手。咄嗟に走り出した俺の横を黒い影が通り過ぎて行った。

ちくしょう、いくらスピード特化の回避盾イーブイでも、一撃で死ぬ状況じゃ武が悪い。そう簡単にポケモンを出すわけにも……。

 

「モ゛ァァァアアア!」

「うおっ!? カビゴン!?」

 

上から……俺が落下してきた穴をぶち破り、カビゴンが落下してきた。

着地の振動ですっ転ぶ俺。いてえ。

 

「モ゛ァ!」

「ガガッ!?!?!?」

 

カビゴン右ストレートがアクジキングに突き刺さる。

デカイというのはそれだけで強い……とはよく聞くけど、まさかこれほどまでとは。

 

「モ゛ァァァアアア!」

「ドカグイィィィイイイ!」

「怪獣大決戦みてえだ……」

 

実際、巨大カビゴンはアクジキングと接戦を繰り広げている。

胃に入ってしまえば一貫の終わりだが、このカビゴンのように丸呑みができないほど大きなものは飲み込めないんだろ。

岩とかも砕いてから食べてたしな。

 

「とにかく、今のうちにモモンの実を……」

 

降り注ぐ石や岩を掻い潜り、木の幹に足をかける。

そのまま力を入れてジャンプ。上の方を掴んで身体を持ち上げる。めちゃくちゃ厳しいけどリーリエの笑顔さえあればどうとでもなるもんね。

 

それで、件のモモンの実は……っと。

よし、よし、手が届きそうだ。

………………。

取った!

 

「ドカグイィィィイイイ!」

「モ゛アアア!?」

「おぉっ、わっ、っとと!?」

 

カビゴンが洞窟の壁に激突する。

 

「……グゥ……」

「カビゴン!? カビゴン!!」

 

気を失っている!? あのカビゴンがやられた!?

 

「ガアア!」

「うわっ」

 

無様にも落下した俺。

見ると、アクジキングの舌が木を掴んでいる。

根っこごとみしみしと宙に浮き上がり、地面から離れたと思うとすぐさまアクジキングの口の中へ放り込まれていった。

まさか、木ごと行くなんて。

 

「いって!?」

 

なんとか受け身は受けれたけど……あれ?

 

「……どこいった?」

 

モモンの実は!?!?!?

ッ、あった、あんなところに!

 

と、起き上がろうとしたその時、俺はあることに気がついた。

アクジキングが、地面に転がった金色のきのみを見ている。

先ほどのきのみに味をしめたのだろうか。

……いやまて。木はすでにアクジキングの口の中。

 

「……やめろ……」

 

もう、稲色のモモンの実は手に入らない。

つまり、もしアレが本当にウツロイドの毒に効くものだったなら?

ルザミーネは……。

 

「それだけは……やめろ……」

 

動け、身体。

言うことを聞くんだ。

 

「ドカグイィィィイイイ!」

「……やめろおおおおおおお!!!!」

 

ッ、やるしか無いか!

ポケットにあるモンスターボールを、アクジキングの舌めがけてぶん投げる。

確率でゲットできれば、なんとか回避はできる!

 

───カンッ

 

「……え? なんで?」

 

そうして俺の目の前のモモンの実は、無惨にも黒い触手に呑まれて消えた。

 

「…………」

「ガガ……!」

「…………ぇ……」

「…………?」

「お前ェッ!!!!!!!!!」

 

その瞬間、俺はアクジキングに向かって走り出していた。

何か有効打があるわけじゃない。けど。……けど!

 

一発殴らないと気が済まない!

 

「ドカグイ!」

「───ッ」

 

上から舌が伸びてくる。

でもいい。腹の中から食い破ってやる。

リーリエの笑顔のない世界に意味はない!

死んでも、刺し違えても! コイツを!!!!

 

 

 

 

 

「───ぇぼ!」

「っ」

 

 

 

 

ゴッ。

 

イーブイに体当たりをされ、俺の身体が少し止まった。

そのおかげか、舌は俺の目の前の岩を穿ち、衝撃波だけで俺たちは吹き飛んだ。

地面を数回跳ね、カビゴンのやわらかい腹にぶよんとぶつかる。

衝撃は吸収されてる。折れてそうなくらい痛いところは無い。

 

「えぼぼ!」

「…………」

「えぼぼいぼ!!!! へぽぉい!」

「……はは。そうか、へぽぉいね」

 

何言ってるか全然わからん。

でも、まあ……そうだよなぁ。

俺にゲットされる対価の「きのみ食べ放題」、まだ払ってないもんな。

 

ありがとう。冷静になった。

 

「……カビゴン。起きろよ」

「…………」「えぼぼ……」

「お前あれだろ? あの木をずっと守ってたけど、アクジキングにやられて追い出されたんだろ?」

 

いわゆる、ココのヌシと言ったところか。

……縄張りを荒らされたままじゃ、悔しいよな。

 

「起きろよ」

「………………」

「はあ。仕方ねえ」

 

俺はカバンから取り出したものを咥える。

 

……ピィィィイイイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」

 

「カビゴン! 『10まんばりき』!」

「───ッ!!!!!!」

 

ズゴオオオオオン!

大きく揺れるアクジキングの身体。

 

「『ヘビーボンバー』!!」

 

そうだ。カビゴンの技は、俺がこの身に受けたもの!

手に取るようにわかるぜ、お前の気持ち! やりたいこと! できること!

これがポケモンとのシンクロ……!!!!

 

「『ギガインパクト』!!」

「モ゛アアアアアア!!!!!!!」

「ド……グゥ……!?」

 

負けじとアクジキングが舌を伸ばす。

カビゴンはギガインパクトの反動で動けない。

だけど、それで負けるお前じゃないだろ!?

 

「耐えろ!!」

「モ゛ッッッ……ガァ!」

「そのまま舌を掴むんだ!!!!」

「ガッ!? ドゥッ、ガッガッ!? グガ!?」

「『とっておき』!!!!」

「グオオオオオオオ!?」

 

背負い投げの要領でカビゴンがアクジキングを持ち上げる!

ひっくり返った逆さまの状態のアクジキング。これじゃあ持ち直すのも難しいだろ!

 

「行くぜカビゴン! 次で決めるぞ!」

「モ゛アアア!」

「これが俺たちの、全力……いや、()()()()()()Z()()()……!」

「オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

「カビゴンッ!! 『ほんきをだすこうげき』ッ!!」

「モ゛ァァァアアア!!!!!!」

 

───ッ

 

ズガアアアアアアアン! という爆音とともに、アクジキングはパンケーキになった。

 

「終わったんだ……」

 

生きてる。

生きてる……!

 

「モ゛ッ」

「ありがとう、カビゴン。お前のおかげで助かったよ」

「モ゛」

「…………?」

 

カビゴンがご自慢の体毛を指差した。

なんだろう。手を突っ込めってことだろうか。

もっさあ。わあふかふか! いい枕が作れそうだね!

……じゃなくて。

 

「…………え」

 

俺の手が掴んだのは、モモンの実だった。

それも、金色に光り輝いている。

 

「稲色のモモンの実……?」

「モア」

「……良いのか……!?」

「もっ」

「〜〜〜ッ、ありがとう!!!!」

 

もっふう。

 

「ごめんな……あの木を守れなくて……」

「…………」

「お前のご飯だったんだよな……?」

「……も゛」

「この償いは、するから……!!」

 

これで、ルザミーネさんが永遠に治らないという最悪の結末は無くなった。

まだ効くかどうかもわかってないけど、このカビゴンに救われた。

 

「おーい! 大丈夫か!?」

「…………あ」

 

ポケモンレンジャーだ。ちゃんと治療を受けて、こちらに手を振っている。間に合ったんだ……良かった……!

 

「クロウさん!!」

「げっ、リーリエ……」

「一人で行くなんて絶対にしないでください! 今からロープを降ろしますから!! 後で話したいことがたくさんあります!!」

 

怒ってるリーリエもかわいいな。

 

「聞いてるんですか!? 私、怒ってるんですよ!!」

「大丈夫大丈夫生きてるから」

「もう!」

 

リーリエがロープをこちらに垂らす。は? 蜘蛛の糸? 天女か何かか?

いやあ、あの位置からでもその美貌は衰えることないですね。暗い洞窟が輝いて見えるぜ。

 

「……じゃあ、カビゴン。またな」

 

ロープを掴み、くいくいと引っ張る。そうした瞬間、俺の身体がゆっくりと浮かび上がった。ポケモンレンジャーさんとリーリエだけの力じゃ絶対無理だな。何人後ろにいるんだこれ。

そして小さくなっていく、カビゴンとアクジキングの姿。

……アクジキング……。

 

『───カンッ』

『え? なんで?』

 

ウルトラビーストでも、モンスターボールに収納することはできたはずだ。その確率が極端に低いだけで。

それが、簡単に……ボールに入る前に弾かれるなんて、一体どう言うことだ?

俺の知る限り、ポケモンがモンスターボールに入らない例なんて……。

 

「既に誰かにゲットされている……ってこと……?」

 

じゃあ、あのアクジキングをここに放った奴がいるってことになる。

近くにトレーナーがいた気配はない。もしいたとしても、指示の声などが聞こえなかった。

……じゃあ……意図的に、放ったってことに……。

 

「クロウさん?」

「ん? あぁ、リーリエ。さっきぶり」

「さっきぶり、ではありません! どうして病気の身体で危険な場所に行くんですか! 自分の身体のことを気にしてください!」

「わかった、わかったから落ち着いて……」

 

気づけば穴から引き上げられ、俺の周りをたくさんの大人が囲んでいた。

ポケモンレンジャーはもちろん、ジュンサーさんやジョーイさんもいるし、他にもポケモントレーナーらしき姿がたくさん。

 

「大丈夫かキミ!?」

「怪我はない!? だいぶ高いところから落ちたようだけど……」

「リーリエ、これは一体」

「ポケモンレンジャーさんと先ほど会いまして……。いろんな人に呼びかけて、協力してもらったんです。もう夜中ですよ」

「まじ?」

 

洞窟にいたから全然気づかなかった。お昼前に家を出たっていうのに。

というかこの人数を引き連れて捜索願い出すリーリエさん聡明すぎない? 来世は知将かな。

と、俺の無事を確認して良かった良かったとポケモントレーナーが解散していく中。

 

「…………リーリエの言う通りだ……」

「えっ」

「……? どうしましたか、クロウさん?」

 

振り返り、声の主を探すも見失ってしまう。

リーリエ? 今リーリエって言ったか?

思い出せ。雑音の中、あの声はなんて言っていた?

リーリエが関係するのなら、俺はなんでもできる……! 思い出せ……!

 

『アクジキングがやられた……回収がめんどくさいね……』

『まさかこんなところにいるとは』

『───リーリエの言う通りだ……』

 

ウルトラビーストの……トレーナーがいる?

待てよ待てよ。こんな奴放置しておいて良いわけない。いつリーリエに危害を加えるかわからんぞ。

と言うか、リーリエの言う通り? 知り合いがこのあたりにいるのか?

 

「……クロウさん?」

「……………………」

「な、なんですか、何かついていますか……? あっ、泥ですか? 確かにいろんなところを探しましたが、別にこれは大したものではないので……」

 

リーリエが……何かを隠しているようには……見えないけど……。

 

 

 

 

ザ───ザザ───

「うん。やっぱりリーリエの言う通りだった。あそこに偽物はいたよ」

───ザザ───?

「大丈夫だって。でも黄金のきのみの木をアクジキングが食べちゃったのは後でお仕置きかな。簡単に強くなれるから楽だったのに」

───ザザザ───ザ───

「うん。すぐに偽物を倒して見せるよ、リーリエ」

「……ふぉんふぉん」

「さぁ、今のは聞いていたでしょ? すぐに偽物を倒しにいくんだ、テッカグヤ」



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リーリエに怒られる

「……ですから、母様のことを心配してくれるのは本当に嬉しいのですが、逃げられたりしたら私だって傷つきます!」

「ごめん」

「いいですか? 風邪は万病のもとなんですよ? 他でも無いクロウさん自身がそう言っていたではありませんか!」

「いやまじほんとごめん」

 

もうすぐ日付も変わるという頃。

此度のリーリエはシャレにならないくらいに怒っていた。

包帯だらけの俺は正座しながら、リーリエの怒り主張を心身に行き渡らせるように聞いている次第である。

 

「あの、リーリエちゃん? そろそろ解放してやっても」

「博士は黙っていてください!」

「アッハイ……」

「……それでですね? 今回は大きな怪我もありませんでしたから良かったものの、もしも何かあったらどうするんですか?」

「反省してます」

「そもそもポケモンバトルではなく生身でポケモンさんと戦うなんて無謀すぎます! 最近はポケモンさんの技に巻き込まれる事故も増えてきているんです! 気をつけてください!」

 

こ、心がいてえ……。

マサキの腹がぐぅと鳴っているところを見るに、おそらく今日は晩御飯は抜きなのだろう。

おこがましくもリーリエの手料理を食べたいと思っている自分が憎い。俺ごとき雑草でも食べてれば良いのだ。

 

「でも、リーリエ……」

「なんですか!?」

「あのアクジキングはちょっと予想つかなくない?」

「多分ですけど、暴れているポケモンさんとはあのウルトラビーストとは関係ないと思います! 話を逸らさないでください!」

「……すんません」

「ちょっ、ちょっと待て。今、ウルトラビースト言うたか? ウルトラビーストって言や、ウツロイドと同じ種族やないか」

「……そうですけど……なんですか、博士?」

 

おかんむり状態のリーリエマジで怖い。情状酌量の余地が一切ねえ。

 

「なんでカントーにウルトラビーストがおるんや。リーリエちゃんの話からすれば、アローラでたまに見かける生物なんやろ?」

「それは……確かにそうですね……。とあるポケモンさんの力を使ったりしなければ、ウルトラビーストはこちらには来ないはずです。でもカントー地方にはそんなポケモンさんも、それを知る人もいないはず……です」

「つまり、自然的にウルトラビーストがカントーに来るようになったって……ことなんか……?」

 

その可能性も無くはない。

でも、今回の件においては違うとはっきり言える。

 

「それは……多分違う」

「……え? なんでや」

「あのウルトラビースト……すでに誰かのポケモンだった。モンスターボールを弾いたから、捨てられたポケモンってわけでもない」

「誰かが、あんなおっかないモンを放ったって言うんか!?」

「わかんないですけど……多分」

「そんな…………」

 

リーリエが絶句する。

ウツロイドの被害に遭っているリーリエだからこそ、そんなことをしている人がいると知ってショックなのだろう。

むしろ、昏倒や精神毒で頭がおかしくなるというウツロイドはまだマシなのかもしれない。

アクジキングに食べられれば、その肉体も衣服も何もかもが吸収され、塵すらこの世に遺せない。こんなもん神隠しとおんなじだ。

 

「リーリエ。なるべく外に出るのは避けて欲しい。買い物や散歩に出たいときは、必ず俺のケンタロスを連れて行くこと。あのアクジキングだけじゃない、もしかしたら他のウルトラビーストも来るかもしれない。もう外は危険なんだ」

「あ…………はい…………」

「……」

「…………」

「……」

「……だったらなおさら、クロウさんも無茶をしてはいけません!」

 

バレたか。

こうすりゃリーリエも安全だと思ったんだけど。

正直リーリエ救えるなら俺の命とかマジど〜でもい〜。

むしろリーリエに心配されるし怒られるし無茶した方が良いのでは? とも思う。構ってちゃん的な。

 

「むー」

 

アッ! リーリエが膨れている! かわいい!

 

「本当に……無茶はいけませんよ? 稲色の実というものも、存在するのかすらわからないんですから。ちゃんと準備を整えてからいきましょう?」

「あ、そうそう、洞窟から持ち帰ったんだけどさ」

 

カバンの中をごそごそと漁る俺に対してリーリエとマサキが首を傾げる。

 

「はい、リーリエ。これあげる」

「…………え……? これって……?」

「稲色のモモンの実! ルザミーネさんにあげてきなy……」

「母様!!」

 

リーリエが飛び出して行ってしまった。

たった一個の木の実を大事そうに両手で包み、ドアも閉めずに走って行った。

 

「いやあ、頑張った甲斐がありましたね」

「いやいやあったんか!? 金色の木の実!」

「なんかありましたね。と言っても成ってた木自体が食べられちゃったんで、もう手に入らないと思いますけど」

「本当に実在するなんて……キミとんでもないことしてるで……。今すぐリーリエちゃんから返してもらって学会に持っていけば……」

「良いんですよ」

「なんでや!? 勿体無い!!」

 

そりゃ死ぬ気で探したし死ぬ気で戦ったし、死ぬとも思ったけどね。

でも俺は……有名になりたくて探したんじゃない。

 

「あの子が笑ってくれたら、それで良いんです」

「………………」

「もしリーリエが心臓を食べなきゃ死ぬ病気にかかったとしたら、迷わず死にますよ、俺は」

「……クロウ……くん」

 

リーリエが好きだから、探したんだ。

 

「引くわ」

「何故!?!?!?」

 

 

 

 

「母様!! これを食べたら病気が治るかもしれません!!」

 

「ほら、母様……口を開けてください……」

 

「そうだ、食べやすいように半分にカットします」

 

「母様…………」

 

「早く起きてください、母様……」

 

「すう……すう……」

 

 

 

 

「リーリエちゃん遅いなぁ」

「寝てるんじゃないっすか? メシ食べちゃいましょうよ。腹ペコですよ俺」

「いやあんさんが怒られるようなことしたからやで!? ……即席ヌードルでええか?」

「わあい、ラーメンだぁ」

「リーリエちゃんにバレたらまた怒られるから内緒でな」

 

ちなみに翌日ゴミでバレた。



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俺の中のストーカーがあいつをもっと愛せと叫んでいる

ポケモン見返したらリーリエ→ルザミーネの呼び方は「かあさま」でした。今までに投稿した回の「お母様」を「母様」に変更致しましたが、編集ミス等あればご報告お願いいたします。


『クロウさん……♡ いつもありがとうございます……♡』

 

扇情的な格好のリーリエが俺の頬に手を当てる。

舌なめずりをするリーリエはゆっくり目を閉じると、ふるりと震えた小さな唇を近づけて来て……。

 

これは夢だ。

 

「リーリエは!! そんなこと!! しない!!」

 

人間は起きた直後は夢の内容を覚えていると言う。

ゲームシンク(ポケモン白黒)で保存しておきたい夢をクソデカ感情で振り払う。

 

「煩悩退散っ」

 

壁に一撃頭突きを入れてから着替え。

モンスターボールを腰に下げカーテンを引くと、もうそこには天使の後ろ姿が見えた。

机に突っ伏し、すうすうと寝息を立てているようだ。

全くリーリエったらお茶目さんなんだから。さては昨日、ルザミーネにつきっきりで夜更かししたな? このこの。

美しい髪の毛が陽の光に当てられ、きらきらと…………。

きらきら……と……。

 

「こいつリーリエじゃない」

 

夜通しの看病でリーリエが昨日お風呂に入っていなかったと仮定しても、こんなボサボサの髪じゃない。

そもそも香りも違う。リーリエはこんな匂いじゃなくてもっと全身がふわふわと浮くような甘い香りなんだよ。シャンプーとか香水とかじゃなくて、もうリーリエ自体がそういう香りなの。そこんとこお分かり?

大体さあ、リーリエがこんなとこで寝るわけないんだよね。あの清楚な子がこんなだらしなく突っ伏しているわけがない。似せるならもう少しエレガントかつ上品な偽装の仕方をしろ偽物め。

っていうか何だこの髪質? ウィッグにしちゃよくできてるかもしれんがこんなもん髪と言えるのかね。まぁリーリエを真似したくなっちゃう気持ちもわかるよ? わかるけどさ、もう少し頭つかおっか。

さぁて、そろそろそのリーリエと似てすらいない御尊顔でも拝見しちゃおっかナ????

 

さらり。

 

「りっ、リーリエッ!! 御母様が! お義母様が何故かこちらに! リーリエはやく来て! リーリエッ!!」

 

 

 

 

「なるほどなぁ。じゃあモモンの実は完全とは行かなくても、少しは効いたっちゅうことか」

「はい。クロウさんの声で起きた時には稲色の実はお皿から無くなっていましたから……」

「ここまで歩いた来たは良いものの力尽きてここで眠りについた……って感じなんやろな」

「はい、おそらく……。それでその……クロウさんは……」

 

リーリエが恐る恐ると言った感じで俺を見る。

 

「なぜ土下座をしているんですか……?」

「この度は御母様に無礼な態度を重ねてしまい誠に申し訳ありませんでした。つきましては今よりこちらの刃物を持ってこの腹を裂く所存でございます」

「まっ!? 待ってください、どういうことなんですか! 刃物はしまってください! あっお腹の中に仕舞おうとか思ってますね!? させませんからね!?」

 

不躾にもリーリエの母であるルザミーネをリーリエの偽物呼ばわりした愚かな己の腹に包丁を突き立てようとするもリーリエが止めてくる。

下手に抵抗してリーリエを傷つけるわけにもいかないのでルザミーネが起きたらハラキリしよう。

 

「大丈夫ですよ、クロウさんのおかげで母様がここまで歩けるようになったんです。よくわかりませんが、自分を責めないでください」

びーびぇ(リーリエ)……」

 

なんて優しい慈母の心の持ち主。今世に生まれ落ちた創世神か?

まったくこんな清廉な女の子がキスなんてするわけないじゃないか。なあ? 邪なこと考えるのはやめとけよ。

 

「それで……稲色のモモンの実をもう一つ手に入れる手段は無くなったんやんな? クロウくん」

「まあ……そっすね……あの洞窟にはもう無いです。皮も種も、葉っぱ一枚すら残さず食べられちゃいましたから」

「せやよなぁ……もっとあればええんちゃうかって思ったんやけど……」

 

モモンの実が毒の影響を減らしたのは大きい。

だけど、次はそれに変わる手段を見つけなからばならない。

今度は何色のモモンの実を回収しにいくんだろ。ゲーミングモモンの実?

 

「とりあえずルザミーネさんは俺がベッドに運んでおくよ。こんなとこで寝てたら体調も良くならないし」

「お願いしま……ってクロウさん??? 昨日の今日でまた無茶ですか??? 風邪は治ってな い で す よ ね???」

「いっ、いやいや、全然絶好調! 何でか知らんけどマジで症状がない!」

 

嘘じゃないんだよ本当なんだよ。

多分だけど、洞窟怪獣大決戦の時に稲色の木の実を食べてるからだと思う。オレンの実でさえ、果汁を振りかけただけで皮膚が早送りかと思うレベルで張るんだ。病気を一瞬で治すものがあってもおかしくあるまいて。

 

「……本当ですか?」

「まじまじ」

「じー……」

 

アッ可愛ッ。

 

「……無理はしないでくださいね?」

「はあい」

 

エプロンを装着するリーリエかわいいね。

……試しにルザミーネを揺さぶってみるが起きる気配は無い。

静かな寝息を立て、ただ眠っている。苦しんでいるとかうなされているとか、そういった様子は見受けられない。

 

「そもそも神経毒ってどうやったら治るんだ……?」

「今んとこは、わいの作った装置でポケモンとの分離を試みようと思っとる。けど『入れ替わった』と『合体した』は似てるようでちゃうからな……。入れ替えるだけならボックスへのポケモン転送の要領で……ってわからんか。まあとにかく改良中ってことやな。時間もかかるし、装置の改造以外にも治療法がないか探しとる」

 

なるほど?

もしルザミーネとウツロイドの精神が入れ替わっていたのなら、簡単にことが進んでいたかもしれないってことか。

ルザミーネが突っ伏しているテーブルの上に重ねられたファイルを手に取り、適当なページをマサキが開く。

 

「わいの時は双方意識のあった状態で装置を起動させたからな……それに、脳に影響を与える毒なのか、寄生なのか、はたまた洗脳なのか……わからんっちゅーねん」

「先は長そうですね」

「いっそウツロイドに寄生された人か、合体した人がおれば話が早いんやけど」

 

俺、寄生されて来ましょうか? 

あっなんかリーリエがこっち向いてる。かわいい。なんでそんな怒ってるの? 俺の言おうとしてることわかってるみたいじゃん。かわいい。

 

「よっと……軽いな」

「寝たきりで、運動量も落ちとるからな」

「じゃあちょっとキャンピングカー(むこう)に寝かせてきます」

 

ルザミーネを抱えて小屋を出て、そしてすぐお隣に駐車しているキャンピングカー。

そこの寝室のベッドにルザミーネを寝かせ、ついでに隣にあった皿を手に取る。

 

「………………」

 

稲色のモモンの実がもう一つあれば助かったのかな。

 

アクジキングからあの木を守れていれば、もっと良い結果が出せたんじゃ無いか?

カビゴンが飢えることもなく、ルザミーネも助かる。

……せめて、俺が手の擦り傷ごときに使ってしまったオレンの実が残っていれば、何かしらの研究ができたかもしれないのに。

 

キャンピングカーの窓を開ける。

そろそろ春から夏になる。春の朝の空気はまだ冷たいが、この時期になるといくらかマシだ。冷えはするけどそれが心地いい。

 

「リーリエ……」

 

俺はリーリエのためになれているのだろうか?

 

「俺はリーリエの力になりたい……」

 

もしもジラーチがここにいたのなら、この願いを叶えてほしい。

どうか、どうか。

リーリエのために命を燃やせる力を、俺にください。

 

「クロウくん?」

「えッ、ルザミーネ……さん? 起きたんですか」

 

声に振り返ると、上半身を起こしたルザミーネがいた。

 

「今すぐリーリエ呼んできます」

「大丈夫よ、すぐにまた寝ちゃうと思うから」

「あ……そうですか……」

「それに……たまにはゆっくりしたいじゃない? 娘につきっきりで看病されるのも悪くは無いのだけれど、プライベートは必要だわ。ウフフ、あの子には内緒よ?」

 

冗談なのか本気なのかわかんないことを言いながらルザミーネは人差し指を口に当て「しーっ」のポーズをとる。

その仕草が妙に様になっていて、妙齢とは思えない美貌を誇るルザミーネが少し可笑しくなってしまった。

 

「じゃあ一人の時間も必要ってことですし、俺はそろそろお暇します。といっても、すぐにリーリエが朝食を運んできますよ」

「それまでに意識を保てていれば良いわね。なぜかしら、夕ご飯に木の実を食べてから調子が良いのよ」

「それは……良い木の実だったんじゃないですか?」

 

今ここで俺俺俺俺!って言っても何にもならん。

というか、体調を良くする木の実がもう手に入らないって知ったら多分ショック受けるだろ。ここは本人には内緒にしておいて、プラシーボ?思い込み?でどんどん体調を良くしてもらおう。

 

「それじゃ……」

「あぁ、クロウくん」

「ん、なんです? お茶とか欲しいですか?」

「いいえ? あなたに伝えておきたいことがあるの。ちょっとこっちへきて頂戴」

「は、はぁ……」

 

もう階段降りようとしてたんだが。

ルザミーネの元へ近づくと、彼女は病人とは思えない素早い動きで俺の手を掴む。

すわっ暗殺かと身構えている間に、俺の手のひらに石が捩じ込まれていた。

 

「これは……?」

「あなたにあげる。リーリエの用心棒のお駄賃と思ってくれて良いわ」

 

まさしくそれは、Zクリスタル。

この色は……ん? 何クリスタルだこれ。

そもそも俺、Zリング持ってないんだけど……。

いや待てよ。そういえば俺、洞窟でZワザ使ってたな。カビゴンと一緒に。え? なんで? 

 

「私にはもう、必要ないものだもの」

「私にはって……」

 

そういえば、とカバンに入れていたもう一つのZクリスタルを取り出す。

うっすら黄色のクリスタルと違い、ルザミーネにもらったものは青色。

まるで夜空……いや、そのさらに上の宇宙みたいな色だ。銀河。銀河が似合ってる。

 

「でもこれ、模様が無いですよ」

「お楽しみよ」

「は、はぁ…………」

 

とにかく、貰えるのなら貰っておこう。

 

「じゃあね、クロウくん」

「え、あ、はい」

 

圧で半ば強制的に追い出される。

キャンピングカーを出る直前に、前にも見た写真立てが目につく。

ポケモンSMゲーム中盤でロトム図鑑が撮った写真だ。

写真の中と比べると、今のリーリエの方が背も伸びて日に焼けている。

マジで可愛いなリーリエ。今のリーリエもすんごく可愛いが写真のリーリエもお嬢様みが強くてイイ。

 

その写真の下には靴箱が……スニーカーやローファーなど、リーリエの靴が入っている。

………………。

あたりを見渡す。

 

キッチンと、冷蔵庫と、靴箱と、箪笥。

スラウチハットがポールの上にかかっている。

そしてキッチンの反対側に、ソファが。

 

…………リーリエの使っていたソファベッド…………。

 

ごくり。

 

「はっ!?!?!?」

 

まずい。まずいぞ。

命懸けの戦いをし続けたからか、俺のほとばしる生存本能が抑えられん。

リーリエを邪な目で見るな……見るな……!

いや無理だろエロいだろリーリエは。

今日土下座した時のことが思い出される。

ハラキリ包丁に反射して写った、リーリエの白い脚。

少し角度を変えれば、スカートの中身だって。

 

「……たんす」

 

スカートの中身。

 

「…………」

 

俺の意思に反して、俺の手は箪笥の取手へと伸びていく。

 

 

 

 

 

───コラァクソガキ! 今日もロケット団が来てあげたわよ!

───変なことされたくなければ大人しく出てくるっす!

 

「いらっしゃいませロケット団! 今ボコボコにしてやるからな!」

 

俺は満面の笑みで外に出た。



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オラッ! ほしのかけら出せッ!

「つええ〜……」

「逃げるわよ!」

 

ふん。ついにはバトル描写さえ書かれなくなったか。雑魚め。

ここ最近の俺のパーティはゼニガメが加わったこともあり、イーブイケンタロスヒトカゲゼニガメとバランスよく戦えるようになっているのだ。

 

ぐうううううう。

 

「お腹すいた……」

 

バトルに夢中になっていたが朝ごはんがまだだった。

リーリエの作る朝ごはんは絶品だからな。あれはかなり練習したはずだ。

 

「あっ、お帰りなさいクロウさん。バトルをしていたんですか?」

「ルザミーネさんをベッドに寝かした直後にこれだよ参っちゃうね」

「お疲れ様です。ごはん、できていますよ」

 

皿の上に乗せられているのは、砂糖をまぶした揚げパンのようなもの。

丸くて可愛い手のひらサイズのそれを、紙に包んで手が汚れないように食べるわけだ。

若干一名、既に手と口周りをベッタベタに汚しながら資料を見ている人もいるが。

 

「マラサダです! 作ってみました!」

「おお、これが」

 

アローラの郷土料理……郷土お菓子。

手を合わせていただきますするとニッコリ笑いながらリーリエがコップにミルクを注ぐ。至れり尽くせりか?

 

「なぁクロウくん」

「熱ッ、うまっ、なんでしょ?」

 

中にカスタードクリームが入ってゐる!? 最強か!?

 

「今週は夜にお仕事や」

「……夜に?」

「流星群らしい」

 

流星群。

渡された新聞(砂糖と油で湿っている)の見出しには、ここから七日間、流れ星がとんでもない量降るとの予報らしい。天気予報士の相棒のエスパーポケモンが夢にその光景を見せたそうな。

 

「で、なんのお仕事なんです?」

「ええっ!? 反応が薄くありませんか!? クロウさん、流星群ですよ流星群!」

「テンションは上がるけど……流れ星って怖いじゃん?」

「へ? 流れ星が……ですか?」

「だって、落ちて来て家にぶつかったら絶対死ぬじゃん」

 

一個でも街破壊レベルなのにそれがたくさんなんてとんでもない。

だからもし今夜、流星群を見張らなければならないならまずはシェルターを作るところから始めなければ。

 

「…………」

「…………」

「「え?」」

 

え? じゃなくて。 ……え?

 

「「あはははははは!」」

「はっ!? えっ!? なに!? なんで急に!?」

「クロウさっ、うふっ、ふふふっ!」

「いひひひひ! 落ちて来るて! 隕石とちゃうねんぞ! ははは!」

「なんなんすか!? なんかおかしいんすか!? ねえ!?」

「あはっ、あはー……クロウさん……ふふ……流れ星は……落ちてこないんですよ?」

「!?」

「あれは燃えながら落ちるんや……せやから地面につく前に燃え尽きて……んふっ」

 

は!? なにそれ!?

初耳なんですけど!

 

「じゃあデオキシスは!? デオキシスは隕石から生まれたっていうじゃないですか!」

「ふー……もちろん、燃え切らずに地面に落ちてくる流れ星もありますよ。それを隕石と言うんです」

「燃え尽きないのが珍しいから博物館とかに飾られるんよ。もし流れ星が全部落ちて来てたら、人類はとっくに滅亡しとるわ! なはは!」

 

恥かいた!

 

「でも意外です。クロウさんって物知りなイメージがありましたから」

「ほんまに。……ふふっ、ほんまに……」

「そんな笑います!? 失礼だなぁもう!」

 

ツボに入って笑い転げるマサキ。頭が良い人は、バカを目の前にするとおかしくてたまらないのだろうか。腹立つ。

そんなマサキを見ながら、リーリエは俺に近づく。

そして俺の耳元で、

 

───私たちの秘密は知っているのに、ですね?

 

そう囁いて、クスリと笑った。

あっ死ぬ。

 

「そっそそそッ、それでっ、流れ星と夜間の仕事になんの関係が!?」

「ひー……ごほん、それでな。隕石や星にまつわるポケモンはぎょーさんおる。『メテノ』っちゅうポケモンは知っとるか?」

「……ホクラニ天文台にいるという……あのポケモンさんですか?」

「それは知らんけどな。んで、そのメテノっちゅうポケモンがたまに持ってる、ほしのかけらっちゅーアイテムが次の解毒薬や」

「メテノのほしのかけら……。今夜落ちてくるメテノを捕まえるなり倒すなりして、ほしのかけらをゲットしろってことですか」

「せやせや」

「やっぱ落ちてくるんじゃないですか!」

 

嘘ついた! この人たち嘘ついた!

もうしらん!

 

「いやほんとに、メテノだってそのほとんどが大気圏で燃え尽きてしまうんやって」

「えっかわいそう……」

 

ポケモンとして生を受け、大気圏で死ぬ……。

そんな悲しいことなんてないよ……。

 

「大気圏を突破し生き残った個体も、その寿命は長く続かないんや……いつもいつでもうまくいくなんて保証はどこにも無いんや……」

「そんな……博士……俺悲しいよ……」

「そんなメテノを救うアイテムがこれ! モンスターボール〜!!!!」

「な、何ィ───!」

「…………お二人とも……何やっているんですか……?」

 

なんだってー!? モンスターボールで捕まえてちゃんとした空間に隔離することさえできれば、メテノはその外角を再生成することができる!?

そんなことがあり得るんですか博士ー! 科学の力ってスゲー!

 

「でもでもぉ〜、なんでメテノのほしのかけらじゃないとダメなんですかぁ〜???」

「よう聞いてくれたなぁ! 大気圏を突破したメテノのほしのかけらは割った断面をぴったりキレーに肌にくっつけると傷を治す再生能力があることがこの前学会で発表されたんや〜! ほとんどの人が気づかず他のほしのかけらと合わせて加工をしてしまっていたから気づかんかったんやな! 一説では近くを通り過ぎた他のポケモンの影響を受けているってのもあったから、全てのメテノのほしのかけらがそうとは限らんけど……試してみる価値はありやで〜!!!!」

「そうと決まれば、早速望遠鏡とモンスターボールを買いに行きましょう博士!!!!」

「ほ、本当に……何をやっているんですか……?」

 

ドン引きリーリエかわいいね。

しかし、理屈はわかった。再生能力のあるメテノのほしのかけらを使い、何かしらの加工を行いルザミーネに処方すると。

数は一個で良いらしいので、あとは夜を待つだけなのだが……。

 

「一個ネックがあってな。全てのメテノのほしのかけらが()()ではないとわかっとる以上、なるべくサンプルは同じものにしたいんや。学会で発表されたほしのかけらを持っとったメテノは……黒色だったらしい」

「「黒のメテノ???」」

「特殊色彩個体だの、遺伝子劣化結合素体だの……学者間の呼び名はぎょうさんあるが……俗に言う『色違い』やな」

「……………………なるほど」

 

 つまり、ほしのかけらを持っている色違いメテノを討伐or捕獲しろと。

無理ゲーじゃね???

 

「なるほど! 頑張りましょうね、クロウさん!」

「うん!!!! 俺がんばる!!!!」

 

今回ばかりは自身のチョロさを呪った。

 

 

 

 

時刻は午後10時半。

天気は快晴、雲一つない空。風は体の熱を覚ますほどで、無風というわけでは無いが支障はない。

 

「おーい! そろそろ来るでー!」

 

屋根の上で望遠鏡を覗いていたマサキがこちらに叫ぶ。

 

「リーリエは、メテノの流星群って見たことあるの?」

「いえ。名前を聞いたことがあるだけで、メテノというポケモンさんを見たことすらありません」

「そっか」

 

草原(くさはら)に腰を下ろした俺たちは、今まさに煌々と輝かんとする夜空を見上げる。

みさきのこやの電気は消し、なるべく暗い状況で挑む。ルザミーネは既に夕食を終えて眠りについた。

灯りのない夜でも、星灯りのおかげでリーリエの顔はちゃんと見える。

 

「見てくださいクロウさん、とても綺麗です」

 

その瞳に星空を映す横顔が。

 

「うん……綺麗だ」

 

この美しさを前に、言葉は野暮だろう。

 

「初めての天体観察が天文台じゃなくてごめんね。ちゃちゃっとそれくらい(つく)れれば良かったんだけど」

「そんなの時間も資材も技術も足りませんよ……クロウさんならやってのけてしまいそうな気はしますが」

「なんで微妙そうな顔したの? ねえ?」

「えへへ……でも、本当に大丈夫ですよ。今こうして、大切な人と一緒に空を眺めることができて、私は幸せです」

「……大切な人?」

「えっあっ、えーとえーと、博士やクロウさんと一緒に見れてと言いますか……今度は母様も一緒に見れると良いですね!」

 

なんだ、そっちの(家族的な)意味か。

 

「ごほん! とにかく……あの家が───

 

あのキャンピングカーが

 

このカントーが

 

そしてこの空間が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちの……天文台(大切な場所)です!」

 

 

深い青を滑る星々の灯りを背に笑うリーリエ。

あまりにも儚く可憐で、この手で触れたら壊れてしまいそうな美しさに息を呑んだ。

 

「うん」

 

とす、軽いという音と共に、俺の隣に何かが落ちてくる。

目をやると淡い光と共にソレが浮かび上がった。

 

「これが……」

「メテノ……」

 

卵が落下の衝撃で割れるように、メテノ(?)の外郭にヒビが入る。

それは大きく広がっていき、一際大きく震えたと思うと、

 

「──────!」

 

と産声をあげ、メテノがその姿を表した。

 

「わぁ……!」

「ちっこい……」

 

殻を被っていた時とは違って、しっかりと紫色に光り浮遊するメテノ。

そのメテノが小さな口でもう一度声を上げる。

 

「───!」「───!」「───?」

「───!」「──────!」

 

水の中、草の中、森の中。

気づかない間に落下していたメテノが次々と姿を表した。

 

「クロウくん! メテノの殻を壊すんやー!」

「はーい! 頼んだ、イーブイ」

「えぼ!」

「『でんこうせっか』!」

 

コンッ、とイーブイがメテノにぶつかる。

パキッと殻が割れ、今度は橙色の光を放つメテノが鳴き声を上げた。

 

「かわいい〜……!」

「黒のメテノじゃないか……。イーブイ、次はあっちだ。『シャドーボール』!」

「えぼぼ……ぃぼ!」

「───!」

「今度は青色! 綺麗です!」

 

覚悟はしてたけど……これはかなり骨が折れるぞ……。

 

「リーリエにヒトカゲとゼニガメを預けておくね」

「あっ、はい! お預かりします!」

「よし、みんな出てきてくれ! 黒色のメテノを探すんだ!」

「かげー!」「がめが!」「ぶもう……」

「総動員ですね!」

「お仕事なので」

 

こうして黒色メテノの大捜索が始まった。

 

「『ひのこ』をお願いします!」

「かげー!」

「今度は赤色です!」

 

「『でんこうせっか』」

「えぼ!」

「ん〜、黄色か」

 

「ぶもう」

「なんやなんや、ぶっ飛ばしたメテノ同士がぶつかって……赤、紫、青、赤……やるやないか!」

 

「ゼニガメちゃん、『みずでっぽう』を!」

「ガメガー! ガメー!」

「緑色と水色……まだ見たことない色です! ……って、もう攻撃は大丈夫ですよ!? ……倒してしまいました」

「が?」

「メテノさんたちには少し悪い気もしますが、仕方ありませんね」

 

「黒色いた?」

「いえ……。ほしのかけらを持っている子もいませんでした……」

「道具持ち自体がレアだからなぁ……そのうえ色違いとなると……」

 

あたり一面が殻の砕けたメテノだらけになったころ、疲弊し切った俺たちは一旦休憩と言うことで座り込む。

遠くに見える街の灯りと遜色ないほどメテノ達が光を放つ。揺れたり飛んだり震えたり、声が聞こえてきそうなほどはしゃぐメテノたち。

 

この子達も、明日の朝には消えてしまうのだっけか。

儚い命だなぁ……。

 

「えぼぼ……」

「カゲ! ……クァっ!」

「ぶるるる…………んぐもぉ〜」

「ぜに……が〜……がぁ〜」

「………………ぶぶい」「カゲ」

 

ポケモンたちも疲れてきてるみたいだ。ゼニガメなんて完全に寝てしまっている。

呆れたような目でゼニガメをみるイーブイも、取り繕ってはいるが眠そうだ。

ただ一匹、ヒトカゲだけは元気そうだけども。まだ子供か。良きかな良きかな。

 

ヒトカゲが一匹一匹、メテノたちの殻を割ってまわっていく。叩けば中身が出るのが面白いんだろうな。ガチャガチャみたいだし。

 

「実際にメテノガチャをやると辛いな……」

「お夜食でも作って来ましょうか?」

「え本当? それマジ最高」

 

マサキもリーリエも、今夜はもう諦めのムードだ。

全員昼寝をして夜に備えていたとはいえ、動いて戦ってを繰り返していればいくら寝ていても疲れは出てくる。

かく言う俺も体力の消費は激しく、気を抜けばあくびをしていた。

 

「ふぁ……ん、どうしたヒトカゲ」

「かげ!」「──────」

「おお、黒色のメテノが出たのか。良かったなぁ」

「かげ!」

 

………………ん。

 

「黒色のメテノ!?!?!?」

 

 




続きます


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黒いメテノ

「黒色のメテノ!?!?!?」

 

「──────!」

「かげっ!」

 

ふふんと胸を張るヒトカゲが連れてきたのは紛れもない色違いのメテノ。

大声を出した俺にビビり、ヒトカゲの影に隠れてしまっている。ダジャレではなく。

 

「な、なあ君……ほしのかけらって持ってないか?」

「───」

「持ってたら俺たちにくれないか? それを必要とする人がいるんだ」

「……───!」

 

メテノは何かを考えるそぶりを見せた後、自身が纏っていたであろう殻から、サイコキネシスのようなパワーでそれを持ち上げた。

薄赤い色味で、サイズにして俺の目ほどの大きさのそれは、まさしくほしのかけら。

 

「そっ、それくれないか!?」

「───ッ!?」

 

えへ、えへへ……。もしもこれでルザミーネが完全に治ったらハッピーエンドだぞぉ……。

そしたらリーリエに惚れられたりして……。

 

「ぐへへへへ……」

「───!!」

「かげ!?」

「あっ逃げた!? 待ってくれ、何もしないからー!」

 

俺の邪な気持ちが溢れてたのか!?

と、とにかく追わないと!

メテノは……森の方へ逃げたな。

その前にまずは、報告を!

 

みさきのこやのドアを開け、部屋に入ってすぐのところにあるカバンを掴んで中にむしよけスプレーがあることを確認する。

 

「黒メテノが出た! ほしのかけらも持ってたけど逃げちゃったから追ってきます!」

「えぇ!? 待ってくださいクロウさんっ、あっ、火が……!」

「ごめん!」

「クロウくん行ってらっしゃ〜い」

 

あの博士はいつかしばく。もっと興味関心を持てや。

 

「ヒトカゲ、ゼニガメ、戻れ! ケンタロス、もう一踏ん張りだから頼まれてくれないか!?」

「ぶもう……!」

「サンキュー、助かるよ! イーブイ、いくぞ!」

「えぼ!」

 

ケンタロスに跨り、イーブイが俺の膝の間に座る。

あなぬけのひもを加工したリーリエお手製の手綱をケンタロスに噛ませ、周囲の安全確認ヨシ!

 

「GO!」

「ぶもおおお!」

 

土を蹴りケンタロスが走り出す。

ヒトカゲの尻尾の炎が森の奥で小さな灯りになっている。目指すはあそこ。

この森はゲンガーのいた森……。さすがに今は苦戦しないだろうけど、急に出てくるとビビるんだよな。

……待てよ? リーリエは後から追ってくるのか? 俺を? 徒歩で? 森の中を!?

ぜっっっっっったいダメ!

 

「ケンタロス、目的地に着いたらすぐに戻ってリーリエの護衛をするんだ」

「ぶも!?」

「辛いだろうけどしょうがないだろ、リーリエが傷ついても良いのか」

「ぶも……」

「てかお前リーリエに乗られるとかご褒美じゃんなに渋ってんの???」

 

息を切らしながらケンタロスが走る。

ここ最近ライドポケモンとしか使ってない気がする。バトルでケンタロスを使うのって難しいからなぁ……。やっぱり小柄なイーブイやヒトカゲの方が重宝するイメージだ。

まあ、ケンタロスは最大火力を担当してるし、いつか活躍の日も来るだろう。

 

枝葉を掻き分けそんなことを思っていると、やがてヒトカゲの火が近くなって来た。

躍り出たのは、森の中の小さな広場。ここだけ木々が薙ぎ倒されていて、地面が露出している。

ポケモンバトルの跡……なのか? まるでヘリのような大きい何かが頻繁にここに着陸してるような感じだけど……重量級ポケモンって言ったらカビゴンしかなくねえ?

 

「っと、そんなことよりメテノだ。ケンタロス、リーリエの元にダッシュ」

「ぶも……!?」

「ダッシュ!」

「んも゛う」

 

ケンタロスが踵を返し戻っていくのを確認し、俺はヒトカゲに近寄る。

怯えるメテノに何かを語りかけているようだ。

 

「───!」

「かげ! かげ……げ?」

「───? ───! ───」

「かげぇ……」

 

全くわからん。人語で話してくれ。いややっぱ怖いからポケモン語でいいや。

 

「かげ……」

「──────」

 

おや。

落ち込んだヒトカゲに寄り添うように、メテノがぴたっとくっついた。

おおかた、励ましきれなくて落ち込んだヒトカゲを可哀想に思ったんだろう。

そして次に、メテノは俺をみる。

 

「……どうした?」

 

今度はしゃがんで、視線を合わせて。

 

「───」

 

メテノはなんらかの力で浮かび上がったほしのかけらを俺に近づける。

……くれるんだろうか。

 

「──────」

 

そっと触れようと手を伸ばす。

メテノの背後で、一際大きく輝く流れ星。

すっげー……綺麗……。

…………ん?

あの流れ星、どんどん大きくなってないか……?

 

「やっと追いつきました! クロウさん、なんで先に行っちゃうんですか」

「こっちに来るな!!!!」

 

伸ばした手でメテノとヒトカゲを掴む。

そして思い切りリーリエにぶん投げた。

瞬間、地面を揺らすほどの衝撃が俺を直撃し、投げた直後の体勢のためバランスを崩した俺は吹き飛ばされた。

 

……このままだと死ぬ。

直感的に理解する。小さく丸まり威力を逃す。幸運にも近くの木にぶつかったおかげで、犠牲は背中だけで済んだらしい。

 

リーリエは!? ……無事か。ヒトカゲとメテノも大丈夫。

いますぐ助けに行きたいけど、全身に力が入らない。背中を強く打ったからか、身体中がビリビリと痺れて呼吸もままならないのだ。

 

「ぇぼ…………ぼ……」

「ッ、イーブイ……!」

 

逃げ遅れたイーブイがよろけながら立ち上がる。

そのイーブイを、大きな影が覆った。

 

「『でんこうせっか』!」「えぼ!」

 

()()が何かをするより早く、イーブイが早業を見せる。

カビゴンを凌駕するドデカい図体。アクジキングよりも重たい鋼の体。

 

───ガンッ

「ぼぇッ!?!?!?」

「イーブイ!!!!」

 

イーブイを軽く跳ね除け、こちらをギロリと睨むそいつは。

 

「……テッカグヤ……!」

 

ウルトラビースト、テッカグヤにほかならない。

放出された熱が、離れている俺の元にも届く。血液が沸騰しそうだ。

 

「ゼニガメ……! リーリエのとこにいけ……! 『みずでっぽう』で少しでも熱から守れ……ッ」

「がめッ!!!!!!」

 

自分でも弱々しいと思えるスピードで投げられたボールからゼニガメが飛び出す。

森が……森が燃える……!

 

「がめがー!」

「ゼニガメちゃん……クロウさんは!?」

「がめー!!!!!」「ぶもうっ!」

「あっ、ちょっと待ってくださいケンタロっっっ、まだクロウさんが!」

「かげかげかげ!」

「───!!」

 

いい判断だポケモン共。

絶対にリーリエだけは護れ。

 

「えぼ……ぼい」

「二人だけになっちまったな、イーブイ」

 

一人は背中の負傷のため全身が麻痺して動かない。

一匹は圧倒的なレベル差で殴られ気絶寸前。

テッカグヤに対し、できることは何もない。

 

「それでも、時間を稼ごう」

「……えぼ!」

「『シャドーボール』!」

 

直撃した部分から煙があがる。

これで仕留められるとは思ってねえよ!

 

「もう一度『シャドーボール』!」

「ッぼぃ!」

「続けて『でんこうせっか』!」

 

ズシン、とテッカグヤの状態が揺れるのを確認してイーブイが走り出す。

テッカグヤはようやく脅威と認めたのか、イーブイに大してその腕を構えて……。

 

「右に避けろッ!」

「ぇアッ!!」

「イーブイ!」

 

直撃は避けたが、あのでかい図体で地面を打ち付けたら当然その分衝撃が生まれる。

シャドーボールが比にならないほどの威力。イーブイの小さな体は埃が飛ばされるかのように宙を舞う。

 

「えぼッ!」

「……っ、『シャドーボール』!」

 

頭上から聞こえた声に思わず指示をする。

飛ばされた空中で体勢を整えたのか。さすが。

 

遥か上から落ちて来た毛玉が俺の隣に着地する。

その目はまだ、戦えると訴えているようだった。

お互いに全身擦り傷だらけ。熱で開いた傷口から血と汗が混じってズキズキと痛む。

油断したら、意識など一瞬で落ちてしまう。

動け、俺の体。

 

ふらふらと立ち上がり、イーブイの横に立つ。

 

「最近こんなことばっかだなぁ」

「……えぼぼ」

「わかってるよ。俺一人で無茶はしない」

 

アクジキングに突っかかろうとした時、コイツは止めて来た。

それは多分、俺の身を案じてじゃない。

 

「無茶をするなら、一緒に」

「えぼ」

「死ぬなら、一緒に」

「えぼ!」

「悪いな、相棒」

「………………。えぼ」

 

俺はポケモンと戦えない。

お前はどこから攻撃が来るのかわからない。

 

「俺の命、お前に預ける!」

「えぼ!!!!」

 

今ならできる。

何故かはわからないけど、できる。

これが、ポケモンとのシンクロ。

 

「行くぜイーブイ! 俺たちのゼンリョクのZワザ……!」

「ぼぉぉぉお゛お゛お゛!!!!」

「イーブイッ!! 『ナインエボルブースト』ッ!!」

 

イーブイの体から溢れ出るオーラが、色とりどりに輝く。

バチバチと弾ける力が四肢を駆け巡り、俺に立つためのエネルギーをくれる。

 

「……でんこうせっか!」「ブイッ!」

「シャドーボールを撒き散らせ!」「イッ、ブイ……ッ!」

「たいあたり! でんこうせっか!」「ブブイッ!!!!」

 

消えたイーブイがテッカグヤの足元に現れる。

瞬間、大量のシャドーボールが空中を彷徨い、その一つに体当たりをした途端に全てのシャドーボールが連鎖して爆発する。

当の本人は巻き込まれる前に俺の元へ戻ってきた。

 

今、こいつが何を考えているのか手に取るようにわかる。

そうだ。こいつを通して見える。今まさに、俺たちにテッカグヤの腕が迫って来ていることも。

 

「「ッッッ!」」

 

お互い違う方向に避け、テッカグヤの腕越しに視線を交換する。

今度は吹き飛ばされない。もう後ろには退かない。

それが俺たちの覚悟。揺るぎない、戦うと言う意思。

 

「スピードスター!」

「ブイ!」

 

使ったことない技だって使える。

今まさに、俺たちのレベルが上がっていく!

たいあたりを忘れて、スピードスターを覚えたように……できること、あるよな!

 

「なきごえ……いや、まねっこ!!!!」

「ブブイ!」

「ゼンリョクの『うちおとす』!」

 

イーブイがぶるりと震えると、あたりの瓦礫が浮遊しテッカグヤに向かって飛んでいく。

テッカグヤはそれを、腕から出る光線で焼き払った。

 

「それ、貰ったぜ! まねっこ!」

「ブイ!」

「ゼンリョクの『ラスターカノン』!!」

 

本来覚えるはずのない技だって、イーブイだったらできるんだ。

テッカグヤに、もう勝機は無い!

 

「……ははっ、見ろよイーブイ。あいつ、なんか溜めてやがる」

「えぼぼい」

「多分なんかすっげー技だ。ソーラービームとかラスターカノンとか?」

「えぼぼ?」

「まあその通りだ。勝てるよ」

 

テッカグヤが、溜めに溜めた何かを放とうとする。

それを見逃す俺らじゃないんだ。

 

「まねっこだ」

「えぼ!」

「ゼンリョクのぉぉぉ……!」

「えぼぼぼぼ……!」

「「はかいこうせん(えぼぼいぼ)ッッッ!」」

 

光線同士がぶつかり合い、火花が生まれる。

イーブイが後ずさるのと一緒に、同調している俺の足も後ろへ下がる。

押されてる……! 俺たちが……!

 

「お゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

「え゛ほ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

 

ボッ、という音と共に、打ち勝ったはかいこうせんがテッカグヤを穿つ。

巨大が大きく揺れ、テッカグヤの腕の光───おそらくガスの光───が消える。

俯いていることから察するに、気絶か何かなんだろう。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

「ひゅ……ひゅ……えぼ……」

 

もう動けない。

ゼンリョクを出し切った俺たちははかいこうせんを放った体勢のまま息を吐いていた。

自分より遥か格上相手との戦いをした上で、限界を引き出すポケモンとの同調(シンクロ)。さらにその状態で力を全て注ぐZワザまで使い、とどめにはかいこうせん(反動で1ターン休む技)まで放ったのだ。

体への負担はお察しだろう。死にそう。

 

せめて……せめてモンスターボールチャレンジだけでも……。

今回はちゃんとモンスターボールを大量に持って来ている。メテノ捕獲用に50個。

それでもウルトラビーストを捕まえるのは至難の業だろうけど、今ここでこいつが復活したらカントーは終わりだ。

 

「ウルトラビースト……強すぎ……」

 

ゲームでは簡単にコテンパンにしていたけど、実際に戦うとこんなに命懸けだったとは。

ガチで死ぬ可能性のあるアクジキングは例外で、ウルトラビーストとの戦闘はそこまで苦戦するものじゃないと思ってた。

 

「頼んだぞ……モンスターボール……」

 

震える手で、テッカグヤにボールを転がす。

どうせ捕まえられないだろうから、と次のボールを膨らませようとしていると……。

 

───キンッ───

 

金属音が響いた。

 

「え……?」

 

視線をカバンから上げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()

思えば先ほどの金属音もゲットができた後ではなかった。では件のモンスターボールはというと。

 

「…………?」

 

切れていた。いや、斬れていた。

真ん中から真っ二つに、まるでそれがあるべき姿だったかのような違和感のない綺麗で異質な切れ方をしていた。

 

───キンキンキンッ───

 

先ほどの同じ金属音が3回響く。

その瞬間に、地面が落下した。

俺とイーブイを囲むように、四角形に地面がくり抜かれて崩落していったのだ。

今にも倒れそうな体で受け身など取れるはずもなく、俺とイーブイは瓦礫と共に倒れる。

何事かと霞む視界に映るのは、小さくも雄々しく気高いとプレイヤー間で名高い影。

 

「ウソ……だろ……?」

 

ウルトラビースト『SLASH』……カミツルギがそこにいた。




続きます


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泣かないで、リーリエ

スランプ


カミツルギ。

鉄塔をも一撃で両断できる、折り紙のような見た目をしたウルトラビースト。

イーブイとどっこいどっこいな体躯に似合わない攻撃力と凶暴性を秘めており、少しでも刺激してしまったらその瞬間に真っ二つになっていることだろう。

……あいにく、今の俺たちには攻撃するどころか抵抗する力さえも残っていないが。

そう、手出しさえしなければ、カミツルギは温厚なはずなのだ。

 

「テッカグヤを助けに来たってことなのか……? もう俺たちを敵と判断してるのか……?」

 

表情は読めない。

ただそこに浮遊し、こちらをじっと見つめている。

 

「こっちに敵対の意思はないぞぉ〜……むしろ助けてくれ〜……」

「…………」

 

無駄か。

モンスターボールを斬ったのがカミツルギならば、つまりそれはテッカグヤにボールが当たるのを阻止したということだ。

であれば、敵じゃないにしても味方というわけじゃない。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

と力無く呟くと、どこからか聞こえる音色に気づいた。

 

───フォォォ……───

 

といった、笛の音色。

それに気づいたカミツルギが音のする方を向く。同時に、気絶していたテッカグヤが意識を取り戻し浮遊した。

 

「熱ッ、あっつっ、アチチ……」

 

やがてカミツルギとテッカグヤは月へ向かって飛び立っていった。

軽いやけどを追いながらその姿を眺めていると、俺が落ちている穴を覗く影が一人。

リーリエ……じゃない。フードを被った人物だ。リーリエなら注視すれば気配と香りと雰囲気でわかる。リーリエかそれ以外かの判断なら容易い。

 

「アンタ……誰だ?」

「答える義務はない」

「あの笛の音はアンタが? どういう理屈でウルトラビーストを?」

「答える義務はない」

 

あからさまに怪しいじゃないか。

 

「イーブイ……動けるか……」

「え……ぶぉ……いぃ……」

「無理だよ。Zワザを無理やり使ったんだろ? このイーブイは『とっておき』を覚えてないじゃないか。……むしろ良くナインエボルブーストを扱えたね」

「無茶には定評があってね」

 

こうしている間にも腕がちぎれそうだ。

テッカグヤの飛翔のおかげで全身に軽い火傷を負っているし、息も絶え絶え。

自己診断だけど生きてるのが奇跡だ。

 

「そのしぶとさもここまでだけど」

「俺を殺す気?」

「まあね。君は邪魔なんだ」

 

なんだってんだよチクショウ(´;ω;`)

一難さってまた一難。泣きっ面に蜂。ゴミ溜めにベトベター。

このまま放置でもしていれば死にそうなものを、なんでコイツはトドメ刺そうとしてんだよプロの暗殺者か。

 

ま、俺がこんな死にそうな時にも呑気なのは理由があるんだけどね。

 

「クロウさーん!」

 

言ったろ。リーリエだけは気配と香りと雰囲気でわかるって。

森が歓迎してるんだよ。リーリエという存在を。火事になりつつも、リーリエというエルフよりも尊い存在を守るためだけに木々同士が力を振り絞り火を抑えようとしているのさ。

貴様にはわからないだろうがな!!!!

 

「……リーリエ?」

 

おや。ご存知?

 

「クロウさんっ、どこですか!?」

「……ッチ……偽物は殺さなきゃ……でも……」

「……誰ですか……? ウルトラビーストもいなくなってる……?」

「やっぱり邪魔だ……!」

 

リーリエを知っていると思われる人物は、その声の方を向き呪詛にも近い小さな声で呟く。

その後、懐からモンスターボールを取り出し、リーリエの声のする方法に投げた。

 

「かげっ!」

「ヒトカゲ……ちゃん?」

「かげ……ざーッ……ド……ッ!」

 

あ!? 何!? 何が起こってんの!? 見えない!!

なんでリーリエの声のする方から光が放たれてるの!? なに!? ヒトカゲがなんかした!? ごめんリーリエヒトカゲの不始末は俺が!

 

「リザーッ……ドッ!」

 

進化してる!?!?!?!?!?

えー待ってよB B B B B! 進化キャンセル! この世界に来てポケモンの進化って見たことないんだよ! 進化みたい! 見たーい!

 

「りっ……『りゅうのいぶき』です!」

「ザァーッ!」

「クソ……なんで戦えるんだよ……戦えないはずだろうが……!」

 

フードの男へ向かって紫の炎が放たれる。

驚いた男はモンスターボールを戻して、リーリエとは反対方向に走っていった。

つまりは相手の逃走による、戦闘終了である。

 

「はぁ……はぁ……。っ、クロウさん! クロウさん、返事してください!」

「ザァー!」

「ここにいるよぉ……」

「……クレーター……? クロウさん……!」

 

土を踏む音が近くなる。

シンクロの影響が残っているのか、鋭敏になった嗅覚が愛しのリーリエがこちらへ向かってきている事を教えてくれた。

そして彼女は、瓦礫の上で死体のように転がっている俺を見て絶句する。

おおヒトカゲ、大きくなったな。リザードに進化したんだ。お前の進化、見届けたかったぞ。

 

「ひどい怪我……」

「がめが……?」

「そうですね。周りの消火をお願い致します」

「がめー!」

「クロウさん、動かないでくださいね!」

 

そういうとリーリエは手早く髪をゴムで縛り、降りられる場所を見つけて穴に降りてきた。

スカートのくせに大胆な。そんな必死にならなくても大丈夫なのに。

 

「クロウさん……!」

「先にイーブイを治してやって」

「でも……!」

「イーブイは、俺を守りながら最前線で戦ったから」

「…………ッ……」

 

リーリエが手に持つのはかいふくのくすり。状態異常も体力も全回復できる優れものだ。

それを吹きかける音が聞こえる。同時に、イーブイの呻き声が幾分かマシになった。まだ辛そうにしているのは、シンクロや技の反動だろう。

 

「クロウさん、ポケモンさんの治療は終わりました。次はクロウさんです。かいふくのくすりを……!」

「もったいないなぁ……3000円くらいするでしょそれ」

「なに……呑気なこと言ってるんですか……。クロウさん、状況がわかってるんですか……? 血がこんなに……火傷も酷くて……お腹に……」

「お腹ぁ……?」

 

腹部を見てみる。

しっかり木が刺さっていた。Jesus。

 

「どうして……そんな無茶ばっかりするんですか……!?」

「あは……ははは……あはー」

「なんで笑ってるんですか!? なんで懲りないんですか!! なんで……なんで……私の気も知らないでぇ……うぇぇぇん……」

 

泣いちゃった。

 

「泣かないで、リーリエ」

「意地悪です……クロウさんは意地悪です……!!」

「ごめんね。心配かけて、ごめん」

「許しません……!! 絶対に許しません……!!」

「俺、何にもできないから。無茶する以外に、ルザミーネさんとの約束守る方法無いんだよ」

「やくそく……?」

「君を護る。たとえ死んでも、ポケモンに生まれ変わって君を護るよ」

「嫌です! 絶対嫌です!」

「ぐぶ…………」

「クロウさんッ!!!!」

 

口から血が出た。俺、長くないなこりゃ。

 

「リーリエ」

「………………」

 

好きだよ。

 

とは、言えなかった。

 

 

 

 

 

「クロウさん───!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

みゅうー。

 

みゅう? みゅうみゅう。

 

みゅうみゅみゅう! みゅー。

 

 

じら。ちらーじゅ。

じら〜〜〜。……ちゃ。

 

 

せれびぉ? せれびぁ。しぇれびぃ。

 

 

───……。




シナリオに成長・日常パートが不足と判断しシナリオを当初想定していたものより変更しました。


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生きてるよぉ!?

───さん!

 

──────ロウさん!

 

クロウさん!!

 

「ぬぉっ!?」

「クロウさん!!」

「ひっ!? リーリエ!? リーリエナンデ!?」

 

呼ぶ声に目を開けてみれば、涙ぐむ金髪の美少女が俺に抱きついてきた。

おほー天国(´ω`) ……じゃなくて。

 

「俺……生きてる?」

「覚えてないですか、クロウさん」

「いやなんも……お腹に木が刺さって死ぬってなったこと以外は」

 

というか今まさに俺の心臓が持たない。死ぬ。

嗚呼リーリエの髪サラッサラで気持ち良すぎだろ! 諸行無常。

これは美少女の風格。ヒロインレーストップの貫禄を感じるね。

 

「ポケモンさんが、クロウさんを助けてくれたんです」

「ポケモンが?」

「何か光を放っていたのでちゃんとは見えませんでしたが、そのポケモンさんがクロウさんの体に何かを入れたような気がします。その後、木や石などがクロウさんの身体から弾き出されるように出てきて……」

 

だから俺の傷は塞がっていると。

……え? この石俺の体から出てきたの? え? これも?

待って知らないうちに身体に不純物取り込みすぎじゃね? どうりですこぶる調子がいいと思った。うっわぁこれらが俺の体から排出されるの想像しちゃったよこっわ。グロ画像じゃん。

 

「無事……ですか……?」

 

俺に抱きついたまま、上目遣いでこちらを見る。

 

チキンでゴミヘタレな俺は、頭ぽんぽんとかイケメンムーブはできそうになかった。

ので、イーブイが拾ってきていた俺の帽子を貰ってリーリエに被せる。

 

「無事かはわかんないけど、生きてる」

「………………はい。よかったです」

 

光を放っていたポケモンかぁ。

順当に考えれば(?)フラッシュを使いまくったハピナスとかかな。

 

「ポケモンさんは三匹いました」

 

UMAトリオかな???

 

「とりあえず……動くこともできるようになってるし、帰ろっか」

「本当に大丈夫なんですか……?」

「え? うん」

「本当の本当に?」

「ほ、ほんとうだよ」

「本当の本当のほんと〜〜〜っに! 大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ!? どうして!? なんで腕の力を強めてるの!? 痛いよ!?」

 

痛いくらいに抱きしめられているのは正直ご褒美でしかないんだがな。

 

「……クロウさんのばか」

 

嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!

 

あぁ!?

 

アアアアアアアアア!?!?!?!?!?

 

イアアアアアアタアオオオオオオッフウウウウウ!!!!!!

 

おお!?!?!?

 

「ごめんね」

「しばらくお家に監禁しますからね」

「なにそれ怖い」

「ちょっと目を離すとクロウさんはすぐにどこかに行っちゃいますから! 博士にも協力してもらいます!」

「ちょっ、マジで……? ごめんて……」

 

おこリーリエだ!! おこリーリエがおるぞ!! おがめおがめ!!

ハイ天使! 女神! マーメイド! 銀河の中心! ダ・ヴィンチが唯一理解できなかった美しさ! いよっ日本一(にほんいち)、いや世界一(せかいいち)、いや宇宙一(うちゅういち)、いや次元一(じげんいち)

 

「リザードさん、ケンタロスさん、クロウさんを運んでください」

「うわっちょっ、動けるから! なあ! 動けるって自分で!」

「ゼニガメちゃんはそのまま消火活動を」

「おおぃ! 聞けよお前ら! トレーナーのピンチだぞ!」

「イーブイちゃんは……私と一緒にいきましょうか」「えぼ!」

「お前ら俺の手持ちだろォ!?」

 

リーリエ親衛隊としての教育が仇になったか!?

いやしかし、リーリエがピンチになった時にリーリエの言う事を聞かなかったらそれはそれでやばいから成長を喜ぶべきなのか!?

いやでもこれは流石に名誉毀損! トレーナーとしての恥!

 

「頼むから俺の言うこと聞いてくれよぉ〜!!」

 

テッカグヤの爆心地から救出される俺の声が、未だ燃える森に響いた。

 

 

 

 

「いやぁ、リーリエちゃんほんますごいな! まさかあの焼け野原が完全に元に戻るとはなぁ! ハハハ!」

「カビゴンさんも食べ物の在処を見つけられましたし……結果としてはうまく行ったのかもしれませんね」

 

あの後、都合よく雨が降ったあの森。

ゼニガメがかなり頑張ったこともあり、残った火はその雨で全て消え去った。

問題は、テッカグヤが着地したことで草木が焼かれ地面が剥き出しになってしまったあの空間だが、そこにはあの洞窟にいたカビゴンが住み着いている。

森なら木の実や水は豊富にある。生態系が変わることが気がかりだが、元々たった一本の樹に成っていた実だけで生活していたカビゴンだ。まあ多分大丈夫でしょ。もしダメならその時はその時だ。

 

焼け野原広場もカビゴンやポケモン達の協力もあり、木の実の種などを植えることで草を群生させることだけは成功したし。

そしてその交渉ごとはリーリエが行った。ポケモンと心を交わせるリーリエはすごいね。全知全能の神の生まれ変わりか?

 

それでさ、博士。

 

「助けてくれません?」

「無理や」

「どうしたんですかクロウさん? お手洗いですか? チャック、おろしますか?」

「いやそれは博士についてきてもらうから───ってそうじゃなぁい!」

 

1番の問題は!

 

リーリエが行動してる時に!

 

俺がずっと監禁されてたこと!

 

「マジで監禁されるとは思ってないじゃん!」

「ダメですよクロウさん、縄解いたら絶対にすぐ逃げるじゃないですか」

「博士ぇ!」

「堪忍な、クロウくん。窓まで塞がれたらもうどうにもならん」

 

前回俺が逃げ(おおせ)た窓は接着剤で固定され、換気用に唯一開けられた窓はネットが貼られ逃げることができない。

さらに、俺の手首と親指同士をくっつけて縄でぐるぐる巻きにし、ありとあらゆる行動に監視がついていた。

 

「はいクロウさん、朝食です。あーんしてください?」

「あーん……じゃなくて!」

 

こんなシチュエーションであーんしてほしくは無かった!!!!

 

「博士ぇ!」

「無理やぁ!!!!」

 

自身の家をここまで改造されたマサキは座ったままふるふる震えて動かない。

リーリエ大暴れの巻。リーリエがこんなに恐ろしく見えるなんて、生まれて初めてだ。

 

「イーブイ、助けてくれよ……相棒がこんなに助けを求めてるんだぞ?」

「もぐもぐ。えぼ?」

「ヒトカゲ……いや、リザード! お前のそのかっこいいツメでさ、縄をチョチョイと!」

「ガツガツ。ザァー……?」

「だ め で す か ら ね ?」

「「ぴぃっ!?!?!?」」

「この無能どもめが!!!!」

 

リーリエ親衛隊がリーリエに恫喝されてどうするんだよ! 根性が足りねえ! 根性が!

恨みを込めて視線を送るも、ポケ共は揃って俺から目を逸らす。

救いは無いのか!!

くそう、これならまだ死んだ方が美談になって良かったじゃないか!? なんだってこんなことに! 笑いもんだよこれじゃ!

 

「な、なぁリーリエちゃん。朝食、ママさんのとこに持ってった方がええんとちゃうかなぁ〜?」

「そう言って()()クロウさんを逃すつもりですね? 騙されませんよ?」

「いッ!? いやいや、まさかそんな、ハハハ……」

「……はぁ。とはいえ、母様もお腹を空かしているでしょうし……。ちゃんと見張っていてくださいね?」

「お、おう! まかしとき……!」

 

パンケーキを乗せた皿を持ち、リーリエが家を出る。

ようやく震えがおさまったマサキが安堵のため息を吐き、こちらにコップを近づけた。ストローがついてる。優しい。

 

「鬼嫁やな」

「リーリエと結婚する人は大変でしょうね」

「……は? お前さん……まぁええわ。身体の調子はどうや? なんや、また無茶したんやって?」

 

今度はパンケーキをフォークで刺し、こちらに寄せてくる。

ん〜、うめえ。さすがリーリエ。その努力から来る手先の器用さを監禁に使ってほしくはなかったな。うん。

 

「もごご……。ごくん。でもやっぱりなんかおかしいんですよ。普通、こんなにウルトラビーストが来ます? あのフードの野郎だって、追い払っただけなのか使役してるものなのか……。手持ちかどうかだって怪しいんですよ!? ほんっとに謎だらけ!」

「なんやろなぁ……。確か、笛でなんかしたんやっけ?」

「フォォォ……って感じの」

「うーん……。もしかしたら、笛で使役してるんじゃのうて笛の音で脅しとるんやないか?」

 

笛の……音で? 脅す?

どういうことだってばさ。

 

「たとえば、クロウくんの持ってる笛、あるやろ?」

「あぁ、カビゴンを叩き起こすやつ」

「せやせや。で、それを使ってカビゴンを起こして、森で暴れさせたとする」

「ふむふむ」

「それを数回繰り返したら、森にいるポケモンはその笛の音を聞いただけでカビゴンが暴れるって怖がるわけや。その場にカビゴンがいなくてもな」

 

なるほど?

つまり、あの笛の音は本来は他のポケモンを操るためのもので、そのポケモンはウルトラビーストよりも遥かに強いポケモン。……で、ウルトラビースト達はそのポケモンと、そいつを呼び出す笛の音がトラウマになってる、と。

 

かなり理に適ってるんじゃないか?

 

「相手もポケモンの笛を持っとる可能性が高いっちゅうことやな。もしもカビゴンに目ぇつけられたら……やばいで」

「アクジキングとほぼ同等の強さをもつカビゴンを操られたら……。今の俺たちで勝てるかどうか……」

「今のクロウくんじゃ無理やろ。家から出られへんし」

「そうだった……」

「こりゃしばらくの間、治療薬集めは延期やな! さすがのクロウくんでも、縄で縛られちゃあお終いか! なはは!」

「何笑ってんすか……」

 

と、奇妙なコンビで談笑していると。

 

 

───キャーッ!?!?!?

 

 

甲高い悲鳴が聞こえた。

 

「リーリエ!?」

 

縄をちぎり、ドアノブを掴む。

 

「はぁ!?!?!? 縄ァ!?!?!?」

 

今行くぞリーリエ!!!!

意気揚々と飛び出すと、リーリエはすぐそこにいた。

どうやらこちらに戻って来ようとしていた最中のようだ。

だが、そこにいたのはリーリエだけじゃなかった。

 

「やーいガキンチョ! お前んとこのお嬢ちゃんは私たちがいただいたわ!」

「殺す」

「ちょっ待っ、話を聞きなさいよ! いいこと? この娘を解放して欲しかったら、まずはイーブイをこちらによこしなさい!」

「あ? イーブイを?」

「クロウさん、ダメです! この人たちは……きゃっ!」

「大人しくしてれば怪我しないっすよ。大人しくしてればね」

「離して! 離してください……!」

 

ぐぬぬ……。

敵の目的は最初からリーリエだったのか……。

確かにリーリエは誘拐したくなるくらい可愛いから仕方がないとしてもこれは迂闊だった……。

 

「イーブイ、頼んでいいか」

「えぼ! ぼぼぼ!」

 

堂々と胸を張り、イーブイがRR団の下っ端二人に近づいていく。

 

「マルマイン、行きなさい! 『じばく』!」

「ぶぉあっ!?」

「イーブイちゃん!!!!」

「お前ら……! こっちが手出しできないからって!」

「卑怯で結構、こちとら天下のレインボーロケット団よ! さぁ、イーブイは無力化したし、次はどのポケモンにしようかしら!」

「上からの圧力なんで、勘弁してほしいっす。ここはどうか、降参してもらえないっすか」

「クロウさん……」

 

どうする。

どうする、俺?

 

「なんで急に……」

「ンなもん私たちにもわかんないわよ! 優しかったボスが急に早く成果出せって言うんだから!」

「あんなに焦ってるの初めてみたっす。だから気は進まないっすけど、やるしかないんす」

「『ウルトラビーストに対する調査のデータの奪取』って何よ!」

「ウルトラビーストについて知っているのですか!?」

「アンタは黙ってなさいよ!」

 

リーリエが小さく悲鳴を上げる。

ゴルバットをくり出したRR団の女の方はリーリエを抱えたまま頭をガリガリとかいた。

 

「知らないからこうやってクソガキ脅してるんじゃない! いいこと!? このコの無事を願うなら、今日はもう諦めて負けなさい! さもなくば───」

「あ、電話っすよ」

「え、あ、ホント? ……ハイ! あ、今……ですね、ハイ。クソガ……あ、いえ、あのぉ〜……例の人物の……あ、はい、マサキ博士の……はい、用心棒とバトル中でして、人質でそこにいた女の子を………………え? え? ホントですか? それ犯罪では……アッいえ! まったく! 全く問題ありません! はい、失礼します! では……!」

 

電話相手にぺこぺこしながら猫撫で声で喋る女。

電話を切った彼女は俺とリーリエを交互に見比べ、冷や汗を垂らしながら隣の男を見た。

 

「え? なんすか?」

「……よ」

「んえ?」

「この女の子を誘拐しろって言われたのよ!」

「「はぁ!?!?!?」」

「わけわかんないわよまったく!」

「お前! そんなこと俺の前でしてみろ! 絶対に許さないぞ!」

 

いつでも相手を攻撃できるよう、機動力に優れたリザードのモンスターボールを構える。その次はケンタロスで相手の逃げ道を塞ぎ、ゼニガメと三匹でとどめを刺す。

リーリエが誘拐されるなんてことはあってはならない。

リーリエが傷でも負ったら、地獄に落ちても償いきれないだろう。

 

「クロウさん……」

「今助ける」

「良いんです。私、行ってきます」

「……なん、で?」

「クロウさんはいつも無茶ばかりする、優しい人じゃないですか。だか。私もちょっと無茶をしてみようかと」

 

ここからで見えるほどに青ざめ震えながら、リーリエが笑いかけてくる。

 

「私は、大丈夫ですから」

 

大丈夫なわけないだろう……!

どうする? 俺はどうしたら?

 

「……見せつけてくれちゃって。行くわよ。アンタも、行く気があるなら離してあげるから自分の足で歩いてついてきなさい」

「……え? 良いのですか?」

「ずっと捕まえてるの疲れるじゃない」

 

大きなあくびをわざとらしく見せながら、リーリエについてくるようにと促す女。

 

「アタシ達誘拐はするけど誰が着いてきてるとかわかるほど器用じゃないもんねえ!」

「……アレ、見逃してやるから着いてこいって言ってるんすよ」

「お前ら…………」

「さ! 誘拐誘拐! その前にクソガキ、ちゃんとあのマニアのオッサンに行ってきますって言ってきなさい。待っててあげるから」

「お、おう……。わかった!」

 

RR団のボスは何を考えてるんだ?

 

「博士! リーリエ誘拐されたからそいつらに着いていって暴れて来ようと思う! 行ってきます!」

「へぁ!?!?!? 何がなんやって!?!?!? ちょ待っ、クロウくん!?!?!? 説明くれ!?!?!?」



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Rロケット団カントー支部

タマムシシティ、ゲームセンター内。

ポスターの裏に隠されたスイッチを押すと扉が開き、地下への道が開かれる。

RR団のしたっぱの女曰く、RR団がまだロケット団だった時に使っていた基地なんだそうな。

実際、店員がRR団の二人を見ると目を逸らすようにコインの洗浄を始めたり、俺たちが客から見えないようにわざとホワイトボードなどを動かして壁を作っていた。

契約か何かを結んでいるのか、はたまたこのゲームセンター自体がRR団のものなのか。

どちらにせよ、思っていたよりも敵の数は多いということだ。

 

「どうした、その女は」

「ボスの指令で誘拐しろってことだったから連れて来たのよ」

「後ろの男は?」

「あー……まぁ、関係者ではあるっす」

「はぁ……? まぁいいか。転送装置は?」

「使うわ」

「行き先」

「シルフカンパニー」

「合言葉」

「『ニャースに小判、バネブーにパールル』」

「よし」

 

ちなみに合言葉は月一で変わるっす、と男が付け足す。

バッチリ部外者に聞かれているが、それで良いのかRR団。

門番をしていたRR団の下っ端がその場から離れると、緑色に光るタイルのようなものが見えた。

 

「先に行ってるっす」

 

ここは手本を、とばかりに男の方がタイルを踏むと、シュンッと言う音と共に男の姿がかき消えた。

SAN値減少100d1案件。俺は正気を失った。

 

「踏めば良いの……か……?」

 

内心では恐怖と葛藤が宇宙外来生物との戦いに興じている中、外面だけはお得意のポーカーフェイスで繕ってタイルに乗る。

瞬間、一瞬の眩暈のような……まるでその場をぐるぐる回った後にふらつくような、そんな気持ちの悪い感覚に襲われ、反射的に目を瞑る。

次に目を開けた時には、目の前に女とリーリエはいなかった。

というよりも、俺が二人の目の前からいなくなったのだろう。

 

「お゛え゛え゛え゛え゛」

 

何故って、さっき俺より先にテレポートした男が目の前で吐いてる。

その辺に未使用バケツが積み上がっていたり水道や食塩が用意してあるところを見るに多分この装置の転移酔いは日常茶飯事なのだろう。早く壊せば良いと思う。

 

「お見苦しいところをお見せしたっす。ぉぇっ」

「無理して喋んなよ。背中さする?」

「お願いしていいっすか……。前からずっとダメなんすよ()()……むしろ初めてなのに、よく酔わないっすね」

「ちょっとくらっとは来たけど……吐くほどじゃなかったな」

「羨ましいっす……ボスも転送で酔ったりはしないみたいなんで、多分体質なんすよ」

 

体質かぁ。

と、男の背中をさすっていると女とリーリエが同時に転送されてきた。

 

「あ゛〜……気分悪りぃわ」

「リーリエに汚物をかけたら殺すからな」

「そこまでじゃないわよクソガキ」

「三半規管、三半規管がぼろぼろです……ぅぅ……」

「リーリエ大丈夫!? ゆっくり横になるんだ! 俺のリュックを枕にして良いからね! あとおいしい水あるから飲んで!」

「ありがとうございます……」

「ちょ待っ、急に背中さするのやめないでほしいっすッ、うっ、うッ!!」

 

そっとリーリエの耳を塞いで、吐瀉の音を聞かせないようにする。

通販で買ったうしおのおこうを炊き、男の臭いもカバー。おいしい水をゆっくりとリーリエの小さく艶やかな唇に当てると、青い顔をしたリーリエはくぴくぴと飲み始めた。飲み方まで可愛い。

そしてリーリエが! リーリエが俺の手から水飲んでる!!

この世に生まれて良かった! 生まれたのこの世じゃないけど!

 

「大丈夫、リーリエ? 何か食べる?」

「ぷは……大丈夫です。ちょっとくらっとしただけなので……」

「君に何かあったら俺はどう償えば良いかわからない。なんでも言って」

「あ…………。じゃあ、少しだけ……側にいてください」

「もちろん」

「これアタシたちは何を見せられてんの? 今生の別れ?」

「知らないっすッ、うッ、うぇっ!」

 

未だ苦悶の声を出す男をよそに、リーリエの看病をし続ける。

しばらくすると顔色も良くなって来たので抱き起こすと、リーリエは俺にしがみついたまま安心したように息を吐いた。

はぁ〜可愛すぎる妖精さんかな???

 

「立てる?」

「はい。ありがとうございます」

「さ、ボスとやらのところに案内してもらおうか?」

「ガラガラガラ……ぺっ。はいっす。と言ってももうすぐそこっすから、覚悟してると良いっす」

 

大理石の廊下を歩いていると、一際大きな扉が目に入る。

社長室かな? とも思ったがどうもそうではないらしい。

重厚感のある木の扉……それを女がノックする。

 

「ボス、失礼します。例の娘を連れて来ました」

「入れ。……ああ、クロウと言ったか、君も入って良いぞ」

 

バレてる。

ここまで来たら、もうどうにもなるまい。

リーリエよりも先に立ち、下っ端を押し除け扉を蹴破る。

質素で物こそ少ないが高級感のある部屋。窓にはシャッターがかかっていて暗い。高級そうな机の上にあるランプだけが唯一の灯り。

そして目的は部屋の奥で椅子に座り、こちらに背を向けている人物!

机の上に立ち、その人物の首にリザードのモンスターボールを突きつけた。

 

「何が目的だ。なんでリーリエを連れてこいなんて命令した。お前は誰だ」

「……フ。このおれを脅すか。()()()脅されるとは、舐められたものだな」

 

出来ることは全てやる、がポリシーなもんでね。

 

「おれはレインボーロケット団のサカキ。ボス、と呼ばれているよ」

「お噂は……かねがね」

「生憎だが、おれは君の脅しには屈しない。残念ながら、君からは気迫を感じないのでな」

「……ウソだろ」

「本当だ。既にボロボロの肉体で、研ぎ澄ましきれない集中力を振り絞っている。だいぶ、疲れているんじゃないのか?」

「知らねえ。俺はリーリエのために戦うだけだ」

 

正直図星だったりする。

リーリエの言うポケモンさんに治してもらったらしいこの身体。病気も傷も治って万々歳……と思っていたのだが、どうやら疲労や失った血液はそうでもないらしい。

俺を縛ったリーリエの判断は正しい。あのまま家でぐうたらしていれば、その時こそ完璧に回復していたはずだ。

 

「そして……何が目的かと聞いたな。実のところ、俺にもわからないんだよ」

「なんだって? お前が指示を出したんじゃ?」

「脅されたのさ。リーリエという娘をレインボーロケット団で囲え、とな」

「誰に」

「ふむ……フードを被っていたからな……男ではあったが」

 

フードの男と言えば、テッカグヤとカミツルギを追払っていた笛のヤツ。

まさかRR団とも繋がりがあるのか?

 

「そこでだ」

 

サカキが手元のボタンを押す。

機械の駆動音が鳴り、シャッターの下から光が漏れ始める。

 

「おれと手を組まないか? このままではレインボーロケット団の名が地に落ちてしまう」

 

ここ、シルフカンパニーの地下でも一階でもなかったのか。

眼下に広がるヤマブキシティの景色。

ここは今何階なんだ?

 

「おれが興味があるのはポケモンを使った金儲け。いたいけな少女の誘拐など、趣味ではないのだ」

「おお……悪の親玉にすっげーこと持ちかけられてるよ俺」

「フハハ! 共同戦線というヤツだ!」

「クロウさん! 大丈夫ですか!?」

 

と良いタイミングでリーリエがやって来た。

その後ろから下っ端二人もてこてことやってくる。

 

「リーリエ、ちょっと話があるんだ」

「……? なんですか?」

「俺、RR団に入るよ」

「!?!?!?」

「アンタね、その前にボスの机から降りなさいよ良い加減」

「どっ、どどどっ、どういうことですかクロウさん!? どうしたんですか突然!!」

「どうしたもこうしたもないよ? ……別に何も。 そろそろ就職しなきゃなって」

 

RR団に入れば、サカキを脅しているというフードの男とも接触できる。

それに従うも反抗するも、俺の意思だ。リーリエに危害が加えられそうな時だけ戦えば良い。

 

「……あの、さ。俺と手を組んだってことは……もう、リーリエを狙う必要はないよな?」

「フン。まあ良いだろう。……話は聞いていたな、二人とも」

「「はい、ボス!!」」

 

伝説のポケモンだろうがウルトラビーストだろうが、儲けに使うなら使えば良い。レアなポケモンはそりゃあ貴重だし高値で取引されるだろう。そんなの、元の世界だってペットの売買があったんだし抵抗は無い。

それに、工事現場でゴーリキーを使ったりミルタンクのミルクを売ったり……よく考えればケンタロスを足がわりにしているのだって、ポケモンの労働だ。彼らにきちんと対価を払っているのだとしたらただのビジネスだろう。

 

……乱獲はいかんけど。

 

「報酬は仕事の出来合い次第。レインボーロケット団が関係している事業の商品は20%オフで購入できるぞ。あと月に一度、健康診断がある」

「福利厚生はしっかりしてるんだな」

 

使用者が酔いまくるテレポーター導入してるのに?

 

「クロウ…………さん…………?」

「そういうわけだから」

 

絶望したような顔で、リーリエがこちらを見つめる。

拳はきゅっと握られ、呼吸は浅い。

 

「母様の治療薬探しは……どうなるんですか……?」

「…………」

 

リーリエからすれば、俺が敵に回ったように見えるのだろう。

当たり前だ、敵と契約して裏切ったんだから。

 

「クロウさんは……ずっと正しいことをしているのだと……思っていました……」

「…………」

「クロウさんにとって私は、一体どういう存在なんですか?」

「大切な存在だよ」

「嘘を言わないでください! だって、だってクロウさんは、私を頼らないでいつも一人で戦って……! ずっと私を騙していたんでしょう!? だから母様を見捨てて、レインボーロケット団に……!!」

「見捨てないよ?」

「……え?」 

 

何を言ってるんだろこのコは。

俺がルザミーネを……リーリエを、見捨てる?

そんなこと俺がするわけないでしょう。

 

「ルザミーネさんの治療薬探しもコイツらに手伝ってもらう」

「え?」「ん?」「……フッ」

「世界に名を轟かせるRR団だし、きっと人脈も情報も揃ってる。博士のところで伝承を調べ続けるのも限界があるし、だったら全員で手を組めば良いじゃんか」

「どうやらとんでもないヤツを雇ってしまったようだな! フハハ!」

「最近はウルトラビーストも多いし人手が足りなかったんだよな……主に囮が

「今囮って聞こえたっす! ボス!」

「……フ」

「ボス!?!?!?」

 

机から降りてリーリエに歩み寄る。

そして、怯えながら俺を見上げるリーリエを、しっかりと抱きしめた。

 

「俺はどこにも行かないよ」

 

せっかく出会えた、何よりも大切な存在を手放す訳がない。

確かにウルトラビーストは危険だし、この先俺の手に負えないことも生えてくる。その度俺は無茶をして、手に負えないことも掴もうとして怪我をする。

だったら。

 

「俺は君を、何より大切な存在だと思ってるから」

 

その手を増やそう。

リーリエをより包めるように。

リーリエをより助けられるように。

 

「俺は、どこにも行かないよ」

「……後でお話がありますから……」

「うん。聞くよ」

「縄だってつけますから」

「今度は引きちぎらないよ」

「それから……それから……」

「リーリエのすることなら全部受け入れるよ」

「その言葉、覚えましたから」

 

ダメだなぁ、俺は。

またリーリエを悲しませた。

何が原因なのかは……まだわからないけど。今後とも、リーリエのために突っ走ろう。死ぬならリーリエを庇って死のう。ウルトラビーストなんかにやられないように、頑張ろう。

 

「……クロウ、話はこちらにもあるんだ。レインボーロケット団の支給品と、与える任務の話なのだが」

「む……ハンコ押すヤツ? ハンコないんだけど」

「では次に来る時でいい。今日は話だけ聞いてくれ」

「えっとじゃあ……リーリエは先に帰ってる? なんか長くなりそうだよ」

「そう……ですね。せっかくヤマブキシティに来ているのですから、食料品の買い物などをして帰ることにします」

 

テレポーターを有効活用するリーリエ可愛すぎるが!?

書類を持って来る下っ端二人を横目にサカキが不適な笑みを浮かべ、部屋から出るリーリエを見る。外見だけはガチで悪の親玉なんだけどな。

 

「それではまず支給品だが、一度の任務で一人五個までキズぐすりとモンスターボールを持っていいことになっている。使用した場合は自分の分を補充するという形で備品を使ってもらいたい。横領などはしないでいてくれれば助かるな」

 

ホワイト企業かな???

 

「制服は「着ない」……フ。そうか」

 

なんかちょっと凹んでる。

でもさぁ、ダサいじゃんアレ。もっとこう、おしゃれなもんならいいんだけどね。マジで着ろとか言われたら着るけど、その時はココがプラズマ団じゃなくて本当に良かったと胸を撫で下ろすことになるだろうな。

 

「では書類契約は後で良いとして、少し聞きたいことがあるのだ」

「うゆ???」

「うわうざっ」「男がやってもキモいだけっすね」

「…………ごほん。聞きたいのは、クロウのイーブイについてだ」

 

イーブイ?

なんだろう……ってやべ、イーブイひんしのままだ。治療しないと。

 

「話によればそのイーブイ、以前から共にしているようだが……進化はさせないのか?」

「進化?」

「進化に必要な石もこちらで用意ができるぞ。20%オフで購入という形になるがな」

「金取るんかい。……とはいえ、いつかは進化も考えてるけど今はあんまり乗り気じゃない。イーブイの意見を尊重したいんだよ」

「ポケモンの意見を尊重だと?」

 

重圧。位置も体勢も変わっていないのに、何千歩も遠くにいるように感じる。

なんだよこれ。虎が俺を食おうとしてるんじゃないか? 今まさに、俺の首に噛みつこうとしているんじゃないか?

この圧を出しておけば俺に脅されることも無かったのに。隠してたって言うのか? 最初から?

 

「トレーナーに懐くことで進化するポケモンだっている。猛獣と猛獣使いだって、互いに経緯は払ってるし」

「レインボーロケット団は曲芸師ではない」

「……だからなんだよ」

 

ならばこちらは、虎を殺す狩人になってやる。

息を深く吐き、サカキの目をまっすぐと見る。睨んでいると言っても良いくらい、1秒たりとも目を離さず。

 

「そのような甘い覚悟で娘を守れるのか」

「守れてるからここにいるんだろうが」

「そのままでは負ける日も来るぞ」

「負けねえからここにいんだよ」

「「………………。」」

 

威嚇しあって数秒。

体感にして数分。

 

「……まぁ良いだろう。おい、アイツをくれてやれ」

「うぇ!? マジっすか!? えっでも、大丈夫すかね!?」

「クロウなら使いこなせるだろう。受け取るといい」

 

下っ端の男がモンスターボールをこちらに投げて来た。

中にポケモンが入っているらしいそれは、鎖で物理的にがんじがらめにされている。

 

「そのポケモンは特に凶暴でな。いざという時にその場に放せば暴れて状況を混乱させるだろうと持たせていたのだ」

「……名前は?」

「出してみればわかるだろう」

「ダメっすよ!? 絶対ここじゃダメっす!! 家で開けてください! あっ家もダメっす! できればジムか何かで許可を得てからにしてください!」

 

何!? 何が入ってるのコレ!?

 

「そいつをくれてやるから、使いこなしてみせろ」

「本当に使いこなせるんすかねえ。麻酔銃でようやく落ち着いた暴れん坊「キャーッ!?」何事っすか!?」

「ッ、リーリエ……!」

 

ああもう、どうしてリーリエはいつもいつもピンチになるんだよ!

 

部屋を出て廊下を走りテレポーターまで一直線。

テレポーター部屋に着いた俺の目に映ったのは、フードの男にはがいじめにされ、じたばたと暴れているリーリエだった。

 

「うっ……ぐ……離して……」

 

今度は本気の本気で暴れている。

差し違えてでもあの男は殺さねばなるまい。

 

「お前! リーリエを離せ! 殺すぞ!」

「……やけに物騒じゃないか。久しぶりの一言くらいないのか?」

「あるわけねえだろクソバカアホカス! 自分がやってること考えてから言えやハゲタコゴミコラァ!」

「えっめっちゃ口悪いじゃん」

「大体お前いちいち言動がイラつくんだよフード被ってんじゃねえぞ根暗陰キャ! そのくせリーリエ苦しめるとか人間の風上におけんぞイキリ野郎が! ドガース鼻につっこんでもがき苦しんで死ねやダボ!」

「……すみませんでした……」

 

ッシャア! 完封勝利ィ!

 

「今だリーリエ! ひじ! エルボー!」

「はいっ!」

「う゛ッ!!」

 

隙をついてリーリエが男から脱出し、俺の背中に隠れる。

頼られてることに感動を覚えながら、不運にも鳩尾に肘をめり込ませてしまい苦しむ男を睨みつける。

 

「うっふっ……はは……強くなったねリーリエ……」

「私を……知っているのですか……?」

「でも、偽物は消さなきゃいけないんだ。いずれその男も君の前から姿を消すさ」

「偽物……?」

 

だからなんなんだよその偽物って。

何が偽物なんだよ。ヤバチャのこと言ってる???

 

「そうだよ。偽物は殺さなきゃ。偽物はこの世に存在してはならない……」

「偽物偽物うるせぇーッ!!」

「ほぐおっ!?」

 

一気に距離を詰めて飛び蹴り。

よろめきタイルを踏んだフードの男は転送されていった。

 

「追い討ちかけよう! 行くぞリーリエ!」

「えっ……」

「何やってんの! 二人で倒そう!」

「……! はいっ!」

 

リーリエが差し出して来た手を掴み、二人で転送タイルを踏む。

一瞬の暗転のような立ちくらみの後に、景色が変わったのを確認し、勢いよくタイルから飛び出し……

 

「おろろろろろ……」

「「………………」」

「コッ、こっ、これで勝ったと思うなよッ、うっ、うええっ!」

「そういえば転移酔い……ありましたね」

「鳩尾に肘をくらって、腹に飛び膝蹴り受けてその後に転送だから……」

「うええっ! うっ、ぐふ!」

 

俺たちは見逃してあげることにした。



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まんてんおそうじ☆リーリエちゃん

「お掃除をしましょうっ!」

 

それは、唐突に発せられた言葉だった。

 

今までの出来事や自身の行動、出会ったポケモンの詳細などをレポートとして記録していた俺と、遅めに起きて遅めの朝食を行儀悪くがっつきながらそのレポートを眺めていた博士が揃ってリーリエの方を向く。

 

「「……お掃除?」」

「はい! おそうじです! 」

「なんでまた、急に? どしたのリーリエ」

「どうしたもこうしたもありません!」

 

うっ。前回の俺のセリフを使われてしまった。

 

「見てください、この惨状! 机の上のファイルや書類はまだ良いとしても、床にゴミや書きかけのレポートが散らばっているのは許容できません!」

「あ、ごめんリーリエ、それ書きかけじゃなくて失敗したヤツだから正しくはゴミの類」

「そういうことを言っているんじゃありません! 片付けますよ!」

「なにもこんな朝早くからやることないんやないの? リーリエちゃん」

「もう9時半です! 立派なお昼です!」

 

ぷんすこと腹を立てるリーリエは俺の隣……つまり窓際に立ち、フチを指でついとなぞる。

 

「ほら、こんなに埃が……。やはり、掃除は決定ですね」

「まぁ最近色々忙しかったしね」

「そもそもこんなにゴミが増えたんも、リーリエちゃんがこの小屋を改造したからなんとちゃうかな」

「言い訳しないッ!」

「「は、はいっ!!!!」」

 

エプロン着用のリーリエがはたきを手に怖い顔をしてらっしゃる。

まあもうリーリエとエプロンって絵が既に完成された究極の萌えなんだけど、今回ばかりはしたがっていた方が良さそうだ。

 

「じゃあ書類整理はわいが」

「それはクロウさんにやってもらいます。博士、途中で読み始めて掃除が進まないタイプですよね」

「うぐっ。はい……」

 

ぴっ!と指を刺されたので言う通りに床に散らばった書類を手に取る。

ファイルに入れるものとホチキスでとめたいものをバラバラにして、進捗度とページ順に……。

ふふん。こういう小さいスペースを片付ける仕事は得意なのだ。

 

「床から掃除をするのは非効率的です! 掃除は上から! 机の上の書類からお願いします!」

「は、は〜い……」

 

前言撤回。整理が得意でも掃除は全くのド素人だったらしい。

 

「博士は窓の掃除をお願いします」

「へいへい……ってなぁリーリエちゃん、この接着剤どう取んの?」

「お湯などでふやかして取ります。それでもダメそうなガンコなものなら、ナイフなどで削り取るしかないですね」

「……そんな面倒なのに窓接着したんか?」

「クロウさんを逃さないためですから。ご協力、してくれますよね?」

 

強かに育ったなぁ、リーリエ。

ゲームとかだとちょっと冷たいと言うか……真面目ちゃんなイメージがあった。だからこそたまに見せる笑顔やおこリーリエがとっても可愛かったわけなんだけど。

 

「えーと……ウルトラビーストテッカグヤ……博士、これは確認しました?」

「んぁ〜見た気……がすんなぁ」

 

怪しいようなら、今後確認するものをまとめるファイルに入れておくか。

 

「クロウさんはどうしてレポートを書いているんですか?」

 

脚立に乗って天井付近を掃除していたリーリエが上から声をかける。

ああクソっ、今日のリーリエはズボンだ。これ、朝着替える前から今日は掃除と決めていたな?

 

「博士からのお小遣い稼ぎってのもあるけど……記録しておくと何かあった時に楽かなって」

「何が楽なんですか?」

 

そりゃあ、不慮の事故で電源が切れてしまった時とか。

こまめにセーブしておけば何があっても途中からやり直せるし。

……って、電源もセーブデータもないこのリアルポケモンの世界じゃレポートは意味ないんだろうけど。

 

「レポートに行きたい場所とか書いておけば、もし俺が唐突に行方不明になった時としても、どこにいったのか大体目星がつくでしょ?」

「なるほど……」

 

あ、このレポート誤字ある。昨日の真夜中に書いたやつだ。下手くそな字だなぁ、眠かったんだろうなぁ。

 

「自分のことでも記録をつけるのは、案外楽しいもんだよ」

「そう捉えると、まるで日記のようですね」

「言えてる」

 

……っと、これでこの辺に散らばってるレポートは最後か。これを纏めれば……ヨシ。とりあえず、書類の整理は完了だ。

これなら風で吹き飛ぶ心配もないので、扉を開けて空気を入れ替える。

リーリエがはたき落とした埃が外に出ていった。

 

「いい風だぁ」

 

朝のうちにリーリエが洗濯した衣服が、すぐそこで風にはためいている。ちなみに女性陣の服は人目につかない場所に干しているらしい。えらい。

確認してみるが、当然ながらまだ乾いていない。取り込むのは後だろう。

 

「キャンピングカーの掃除はいいの? リーリエ」

「あっ、ではお願いします。写真に本に……そちらも色々なものが転がっていると思うので、本棚にまとめて仕舞っておいてください」

「あいよ〜」

 

ああ、せっかくこんなに天気が良いんだし。

 

「出てこい、みんな」

「えぼ!」「ザァー!」

「ぶも」「ぜにぜに!」

「今日はバトルの予定もないからみんなで遊んでて良いぞ。休暇だ休暇!」

「えぼぼい!」

「ぜにー!」

 

なんて平和な光景だろう。

特にイーブイなんか、この前ウルトラビーストと殺し合いしてたとは思えないくらい無邪気な顔をしている。こいつはこいつで可愛い。

 

それでケンタロスは……昼寝というより、日向ぼっこか?

布団を干すみたいにして、体のダニとかそういう生き物を追い払っているんだろうか。

 

うんうん、たまにはこう言う日があっても良いじゃないか。

 

「ルザミーネさん、入りますよ」

 

多分聞こえてないけど、断りを入れてからキャンピングカーに入る。

食器類や衣服などは綺麗に整頓されているが、よく見れば角の埃や机の上のチラシなどが目立つ。

埃とかはリーリエに言われてないし、まずは紙類の整理をして……時間が余ったら床掃除とかもしよう。

……で、掃除は上から……なんだっけ? てことは2階から?

シルフカンパニーの掃除とか上から下まで大変そうだけど……まぁいいか。

 

「じゃあルザミーネさん、2階行きますからね」

 

返事はない。寝ているのか。

階段を上がって2階、ルザミーネの寝るベッドが置かれた部屋。

窓を開けて空気を入れ替え、近くに散らばる本を纏める。

……物語系が多いな。これなんか、マサキの持っていた治療薬の伝承じゃないか。

まあ療養中は暇だろうし、読む本もこういったジャンルに偏りもするか。

えーと……『はじまりのポケモンミュウ』……『ながれぼしキラキラ』……『ときわたりの君は』……お、これなんだっけ? セレビィ? あんまり関わりのないポケモンだ。多分やったことのないシリーズなんだな。

 

「で、えっとこれは……ウルトラビースト調査ファイル:UB01 PARASITE(パラサイト)……。うわ、急に本格的なやつ」

 

パラサイトってなんだっけ。

……チラッて見るくらい、良いよね?

 

えーと……寄生方法は取り付いた相手に超強力な神経毒を注入し、寄生主の肉体や精神の潜在能力を極限まで引き出す……。極度の興奮状態に陥り、自我の解放、自らの情動や欲望のままに暴走する……。

ウルトラビーストの中でも特に厄介な存在……とな。

 

最近は野良ウルトラビーストも多いし、ウチもかかしとか立てようかしら。

せっかくならリーリエの形にして、やってきたウルトラビーストを見惚れさせよう。ポケモンだってウルトラビーストだってリーリエの美しさには勝てない。

……ダメだ、雨風にさらされるリーリエを想像してしまった。というよりそんなカカシがあったら俺が保管して毎晩月夜に照らして愛でる。リーリエカカシの案は却下だな。

 

「えっと、じゃあこのファイルは別で取っておいたほうがいいな……」

 

絵本と一緒に怪物の調査記録が混ざってたら子供泣くぞ。

 

「よし。2階の書類や本は片付け完了、と」

 

ちらりとルザミーネを見る。

ぐっすりすやすや、しかし先ほどのキッチンに使用した痕跡やある皿が積まれていたことからちゃんと朝食は食べていたみたいだ。

動けるようになったとはいえ、キャンピングカーからこちらに歩いてきて力尽きるレベルだもんな。

ま、寝たきりよりはマシだけど!

 

「クロウさーん? 大丈夫ですか? 入りますよ?」

 

リーリエが来たらしい。

 

「クロウさ……あ、2階にいたんですか。母様の様子はどうでしたか?」

「相変わらず寝てたよ。でもうなされてる様子はなかったかな」

「母様、最近はうなされることも少なくなってきたんです」

「そっかあ……いい傾向だね」

「はいっ! ……2階の掃除は後で私がやりますので、今は一緒に1階の掃除をいたしましょう!」

「あれ、上からやった方が良いんじゃなかったっけ?」

「そうするとクロウさんは手持ち無沙汰になってしまいますし……それに、母様のお部屋は定期的にしっかり掃除をしていますから」

 

確かに、本などが散乱していた割には埃などがあまり見当たらなかった。リーリエのお手入れのお陰か。

 

「母様、早く起きてほしいです」

「すぐ良くなるよ。黒色メテノのほしのかけらってどうなったんだっけ?」

 

キャンピングカー1階にて、俺は同じく書類などを、リーリエは食器を洗っている。

 

「試行錯誤の結果、粉末で傷口に塗り込む薬になったのですが……母様の神経毒にはあまり作用しなかったようです」

「再生能力って言っても外傷専用か……骨折り損だ」

「クロウさんは実際に骨を折っているのですから、シャレになりませんよ」

「へいへい……」

 

骨どころか腹に風穴空いたんだが。

 

「リーリエもこういう資料とか読むんだ?」

「内容はわからないことが多いのですが、せめて見てみるだけでもと思いまして」

「これは博士しか無理なんじゃないの……?」

「そういえば博士って、ちゃんとポケモン博士をやっているわけではないのですよね」

「この辺で有名な人ってオーキド博士だもんなぁ」

「アローラにも博士がいるんですよ。ククイ博士と言うのですが……」

「ポケモンのわざについて研究してるんだっけ? あの人も大概変人だよなぁ」

「お会いになったことが?」

「無いよ」

「ますます不思議です!! クロウさん、まるでアローラの全てを見てきたような言い方をするんですもん」

 

ははは、すまん。

リーリエがいなくなった後のアローラ、探索し続けたもんでね。

どこかにリーリエはいないか、どこかにフラグはないかとずっとね。

 

「そろそろ教えてくれても、いいと思うのです」

「説明できるなら説明したいけどね。説明を信じてもらうために何から説明すればいいのかわかってないから……まあ少し待って欲しいかなって」

 

私は異世界から来ました。あなたは創作上の人物です。私はあなたの今までの行動のほとんどを見てきました。私はあなたに恋をしました。

 

……生贄を要求する土地神??????

 

「むう……わかりました。いつかは絶対に教えてくださいね」

「教えるよ絶対。ふぁ、あ……」

 

はしたなくも、リーリエの前で大あくび。

疲れた寝不足のお陰か、横になったらすぐ寝てしまいそうだ。

 

「眠いのですか?」

「最近はレポートとかもずっと書いてたし……肉体的疲労と精神的疲労が同時にね」

「レインボーロケット団のマニュアルなども読んでいましたよね。お疲れならお休みになられても良いのですよ」

「いや、もう少し働く。寝てばかりは落ち着かないんだ」

「それ、クロウさんが言うとすごく説得力があります」

 

リーリエが苦笑する。

いや、俺だって平穏が嫌いなわけじゃない。リーリエの隣で、リーリエの笑顔を見ていたい。

だけど、リーリエが危険に晒されるのなら呑気に隣で寝ているわけにも。……ね?

 

「そういやリーリエ、レポートとかは書かないの?」

「私が……ですか? あまり書くようなことも無いと思うのですが……」

「そう? 日記とか付けてたじゃん」

「むっ」

 

あっヤベ。地雷だ。

 

「そんなことも知っているんですか……? 本当にどこでそんなことを知ったんですか」

「日記とか付けてそうな顔してるからね」

「どんな顔ですかっ!?!?!? ……もう、ほんっとぉ〜に! いつか教えてもらいますからね!」

「ごめんって。……それで日記は?」

「クロウさんの言うとおり、アローラにいた頃は日記をつけていましたが……アローラに置いてきてしまいました。誰にも読まれていないといいのですけど……」

 

そう言って不安そうな顔をするリーリエだが、別段アローラの日記に悔いがあるとかでもなさそうだ。

今すぐアローラに取りに行くとかじゃなくてよかった。

 

「リーリエの日記読みたいけどな」

「読っ!? い、いやです! 恥ずかしいじゃないですか!」

「レポートは誰かに読ませるものだよ〜」

「レポートと日記は違います! もう!!」

 

濡れたままの手で俺の肩を揺するリーリエ。かわいい。

うーん幸せ! 好きな子がこんなに近くに存在するとかこれ以上の幸福はないね!

というか最早さ、この状況? リーリエが皿洗いして俺が書類整理するって言うこの状況。これがもう夫婦みたいだよね。結婚しない?

 

「まぁ読ませないにしてもさ、日記は付けた方がいいんじゃないかな」

「……どうしてですか?」

 

ふくれっつらリーリエ。

ふくれっつらリーリエという文面がもう興奮を誘うよね。そそるよね。

 

「リーリエって……俺らのために時間を使いすぎない気がするからさ。日記を書く時間とか……そういう一人の時間も必要なんじゃないかって」

「でも……以前のように毎日書くと言うのも難しいですし……。日記自体もアローラに置いてきてしまったので……」

「じゃあさ、リーリエの新しい日記、俺がプレゼントするよ」

「へっ? クロウさんが、ですか? 私に?」

「お小遣いも貯まってきたし、リーリエになにか貢ぎtゲフンゲフン、プレゼントしたい気分なんだ」

 

おう。どんなブランドものでもどんとこいや。

金額が足りなかったとしても問題ない。臓器売れば余裕。

仮に臓器でも足りない……そうだね、島とか欲しいですとか言われたらRR団の経費の『負けた時に渡すためのお金』をジャラジャラ使おう。

だって俺負けないし。

 

「ダメ……かな?」

「いえ……! 嬉しいです! 是非……!」

「今度買いに行こうね」

「はいっ!!」

 

よっしゃぁデートだこりゃ! ふひひ!

プレゼントを選ぶと言う口実の元デートを予約することに成功したぞ!

RR団のテレポーターを使えばカントーならほぼノータイムで移動できるっぽいし、移動範囲が大幅に広がった。どこへ行っちゃおうカナ???

 

「楽しみですね……♪ せっかくですから、クロウさんに貰った帽子を使ってみましょうか?」

「あのベレー帽? 季節外れだから良いよ」

「しかし、クロウさんとの折角のデ……出かけ!! お出かけ、ですから……」

 

今、言葉に詰まってなかったか? 疲労かな?

疲れてるんだったら、リーリエこそ休むべきだと思う。

 

「本当に気にしないでいいって」

「そう……ですか? じゃあせめて……クロウさん、服の指定はありますか?」

「えっ。服? 服の指定?」

「クロウさんの隣を歩くのですから、クロウさんが決めてください」

「えぇ〜…………本当になんでもいいよ。そんなに畏まられるとさ……俺も一張羅ってくらいに服が無いから……。申し訳なくなっちゃう」

 

リーリエの服を俺が決めるとか、付き合いたてのカップルみたいじゃん。なんだか恥ずかしいし、本当にリーリエに申し訳ない。

ワンピース! 暖かくなってきたしワンピース! 二の腕隠すなんかふんわりしたアレがついてる清楚なワンピースがいいです!*1

 

「そうですか。では……ワンピースとかにしますね」

「ぅぇっ!? あ、ああ、良いんじゃない?」

「クロウさん、ワンピース好きそうでしたから!」

 

エスパーおる!?

ナツメばりのエスパーがおるばい、拝んどかんとこりゃバチ当たるでやんがなばってんだにがんす!

 

はぁもうしんどいわぁ。自分がワンピース似合うってのがわかってるから余計に可愛い。大人ぶっちゃって『服は何がいいですか?』だって。俺の好み知っててそんなイタズラっぽい笑みを浮かべて質問してきたんだ? 自分が可愛いこと知ってるなコイツめ。一生ついていくわ。

 

「楽しみにしてますね、クロウさん♪」

「お、おう……俺も……」

「………………」

「えっと……」

「はっはい!? なんですかクロウさん!?」

 

チラリとリーリエの方を見るが、向こうの方を見たまま顔を合わせてくれない。

金色の艶やかな髪から覗くその白い耳は、なぜか真っ赤に染まっていた。

……本当に、体調が悪いなら休んだほうがいいと思う。

 

「書類、終わったけど……どうする?」

「あ、えっと……んと……」

「…………」

「…………」

 

どうにかリーリエを休ませる方法はないだろうか……?

 

「一旦、休憩にしない?」

「そっ、そーですね! お茶にしましょう! 淹れて行きますから、先に博士の元に向かっていてください!」

「わ、わかった!」

 

慌ててキャンピングカーを出る。

駆け寄ってくるポケモンどもを撫で回しながら小さくため息をついた。

 

またリーリエを働かせてしまっている……。

 

ここで俺が淹れるよ!とか言えればカッコいいんだけどな。

リーリエに惚れられるのは至難の技……どうしたらリーリエを休ませられるんだ?

 

「……博士、休憩だそうです。今リーリエがお茶を淹れてくれてますから、お菓子用意してください」

「おー、おかえりクロウくん。お菓子な。今出すからちょいと待って……。………………。」

「な、なんです?」

「なんやクロウくん、顔真っ赤やないの。心なしかニヤニヤしてるようにも見えんねんけど……なんかあったんか?」

「…………い、言わないでください……」

 

リーリエが来るまで、それこそニヤニヤしたマサキにイジられるのであった。

*1
手のひらドリルライナー



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武器は装備しないと意味がないぞ!(戒め)

リーリエと茶をしばいて落ち着きを取り戻し、ついでとばかりに昼食をとる。

朝からリーリエが作り置きしておいてくれたらしいサンドイッチを貪り、休憩の延長ということで片付いた部屋で思い思いのことをしていた。

博士は工具箱の整理や、工具自体のメンテナンス。

リーリエは洗濯物を取り込みに行った。

 

「うーん……」

 

そして俺は、リュックの中身をぶちまけ、今の俺の装備の現状を改めているわけだ。

 

メインウェポンとなるのはやはりポケモンたち。

腰のモンスターボールホルダーに下げていたポケモンは現在5匹。

イーブイ。でんこうせっかやシャドーボールを得意とする。

リザード。譲ってくれた人にそろそろ見せにいかなきゃな。

ケンタロス。ここ最近は温厚になってきた。

ゼニガメ。今のマイブームは俺の髪の毛をいじることらしい。

 

そして……この正体不明のモンスターボール。

サカキから貰ったポケモンだ。出すに出せずに閉じ込めたままになっている。

よほど凶暴らしいし、迂闊に繰り出してリーリエを傷つけてしまうのではないかと思うと恐ろしくて……おおこわ。

 

とにかく、これは最終手段かな。期待だけにしておこう。

 

「モンスターボールの予備と……キズぐすり……」

 

RR団の備品。

元から用意していたものもあるけど、これから先はこの備品を使って行くことになりそうだ。マサキの依頼でも、RR団の仕事でも。

流石の俺でも、ポケモンの主人公のようにバッグにモンスターボール100個とかは入れられない。重すぎる。

……いやできないことはないけど、イーブイも俺も機動力を売りにしているが故にリーリエに何かあった時に速く走れないと意味がないんだ。

だから、リュックに入れる数は最低限。

 

「あとおやつ」

 

木の実。木の実ケースと言われるポーチに各種一つずつ入れていたりする。暇な時に食べたり、ポケモンが状態異常になったときに使用する。これは外せないだろう。

 

「あ……絆創膏、切れてる……」

「んー? 絆創膏ー? また怪我したんかクロウくんは」

「はは……」

 

擦り傷切り傷仲間の数。……というわけではないけれど、絆創膏だって俺には命綱。自分で言うのもおかしな話だが、無茶をしている自覚はある。……というより、リーリエに『絶対に持っていってください!』と言われて持って行くようになったんだよな。

自分の小さな傷はもちろん、ポケモンにも使えるので割と重宝している。戦っているとどうしても傷が目立つんだ。

 

「そんなクロウくんに、試作品として使ってもらいたいモンがあるんやけど……やってみない?」

「試作品……?」

 

ひょいと渡されたのは小さな小袋。

中を覗いてみると、まばらに撒かれた砂粒のようなものが表面で光る、包帯がロールで入っていた。

 

「この前の黒色のメテノのほしのかけら、それを砕いて練り込んだ包帯や。ほしのかけらの癒合作用で絆創膏より効くはずやで」

「はえー……でもこれ数に限りがありますよね」

「作れたのはそれを含めて3セットってとこやな。無駄遣いしたらアカンで」

「まぁ使うべき時に使いますけどもね。とはいえ、本当に俺が使って良いんですか?」

「神経毒の浄化には使えへんかったからな。好きに使いぃな」

 

ほしのかけらをすり潰すと傷を治す粉になるとは聞いたが包帯と来たか。

ほな、ちょっと使ってみますかね。

 

「えーい」

「おいッ!?」

 

ぴーっと良い感じに手首を切る。

できればナイフとかあったら自然治癒でも痕が残らないんだけど……あいにくナイフや包丁はリーリエが洗ったばっかりだし汚すのも申し訳ないよね。

まあだから手早く爪を立てたわけなんだけど。尚、リーリエと共に生きている以上、転んで彼女の顔に傷をつけたら死以外のなにものでもないので爪はちゃんと切り揃えてヤスリで角を取ってある。これだけは俺のこだわり。

 

「うっわ……痛くないんか……?」

「痛いから包帯を使ってみるんじゃないですか」

「えっ。サイコ……???」

 

ぐるぐる巻きにするのは勿体無いしガーゼ状でいっか。

包帯をぴりぴりと引きちぎり、自分の手首に押し付ける。

じんわり血が滲む包帯を眺めていると、いつしか手首の痛みが消えている。

 

外して見れば、薄皮一枚こそちょっぴり治りきってないが、血は完全に止まっている。

 

「はえーすっごい。包帯を巻く余裕さえあれば数分でほとんど完治とかどういうテクノロジーなんだこれ」

「ははん! どうや! 崇め奉れや!」

「おみそれしました」

 

こんなだらしない人でも一応は博士なんだもんな。

さっきリーリエとも話していたけれど、マサキはちゃんと働いてるんだ。

俺も何か、リーリエに貢献しなきゃなぁ……。

 

「じゃ、ありがたくいただきますね」

「おう、使い使い! 素材さえあればもっと作れるんやけどね」

「勘弁願いたい」

 

色違いメテノ探しはもう懲り懲りだよ。ふえええん。

 

「あと……これはいる。これも……いる。これは……んー……。んー……?」

「……クロウくん、今やってるのってリュックの軽量化のために整理してるんよな?」

「え、はい、そうですが」

「そのデカいカメラはなんや?」

 

今まさに、必要かそうでないかを悩んでいた代物。

まさにドでかく、どんな暗闇でもどんな煙の中でも対象をしっかり撮影できる特注品。

ボタンを押せばクリアスモッグというポケモンのワザがカプセルから放たれて、どんな空間でも綺麗に撮れるのだ。

 

「やだなぁ、スナップ用ですよ、スナップ用」

「あ、なんだそっかあ! スナップ用かぁ! ははは! ポケモン図鑑渡してるのにこんな大層なモノを用意するなんて、クロウくんは熱心やなぁ! ははは!」

「ええもちろん! どうですか、試しに写真を見てみますか?」

「ははは! どれどれご拝見……………………。…………なんかそんな気はしてたけど……。ポケモンがソロの写真が一匹もあらへん……」

 

……?

そりゃそうだろう。リーリエ用のカメラにポケモン単体で写す意味がどこにあるというのか。

 

「それにクロウくん、なんかこれ構図が怪しいんやけど……。盗撮臭がするで」

「……? 盗撮……?」

 

許可を取るのも良いが、リーリエがカメラに視線を向け始めたらいよいよ尊すぎてシャッターを切れない。

 

「…………?」

「ええい! リーリエちゃんのタメや! ここにある写真全部消してわいの写真に変えてやる!」

「ア゛───ッ!! やめて! やめて博士! やめろ! やめ……一眼レフで自撮りをすんな!!」

「うおおおおお!」

「あああああ! 俺のリーリエコレクションが汚れて行く! ムサいオッサンになってしまううう!!!!!!!」

 

抵抗むなしく、カメラは没収。

 

「ひどい……ッ!! こんなことってあるかよ……ッ!! 俺が何したって言うんだ……」

「犯罪や」

「リーリエに罪は無いッ!!!!!!」

「犯罪者はお前や!!!!」

 

もう無理ぽ……。ダメぽ……。

夜寝る前にリーリエの写真を眺めることが日課だったのに……。

しょうがない……。

すでに現像したチェキは500枚くらいあるしこれで我慢するしか……。

 

「没収!!!!」

「そんなああああああああ!!!!????」

 

俺の趣味が! 生きる意味が! 世界の希望が!

 

「まったく……お小遣いを何に使っとるんかと思ったら、こんなものに……」

「こんなものってなんですか! チェキは素晴らしい文化だ!」

「犯罪は荒むべき文化や。存在してはならない」

「うぐ……しょうがない。ポケモン図鑑にある写真だけで」

「フンッ」ボタンポチー

「遠隔で消された!?!?!? そんなのアリかよ!?!?!?」

「保護者としてな、クロウくんみたいなのからリーリエちゃんを守る責任があるんや」

「ふええええん!!!!!!!」

「泣くな鬱陶しい! 写真撮るならちゃんと本人に頼んで撮りぃ!」

 

無理だァ!

リーリエのカメラ目線なんてそんなのどうやって撮るんだ!

推しの写真なんてどんな構図で撮ればいい!? どんな風にシャッターを押せばいい!? 許可ありで写真を撮る機会なんてなかなかないんだぞ! 馬鹿がよ!!!!

 

「ヤダヤダヤダ! せめて一枚くらいは欲しい!」

「リーリエ離れしなさい!! お父さん怒るよ!!」

「死ぬ! リーリエロスで死ぬ! もうリーリエを失うのは嫌なんだよおおお!! びえええん!!!!」

「何言うてんねん……」

 

地面をごろごろと転がり、床に落ちていた書類の全てをぐしゃぐしゃに潰して回る俺にマサキが呆れたような視線を見せる。

 

「そもそもそのリーリエちゃんに対する執着はなんやねん。もう告りぃや」

「無理だが?」

「うお急に止まるな! ……というか、やっぱクロウくんて色々謎なんよ。急にやってきたと思ったらリーリエちゃん探して来た言うし、普段はそうでもないのにリーリエちゃんが絡んだ時だけ変に力を発揮するし。リーリエちゃんが心臓必要なら喜んで死ぬとも言うとったな。でもなんかこう、リーリエちゃんと一歩距離を置いとるっちゅうか……」

「…………さぁ……なんでしょうね」

「本人がわからへんのかい。クロウくんはリーリエちゃんのこと好きなんやろ? くっつきたいとは思えへんのけ」

「俺がリーリエとくっつくとか恐れ多いですよ」

 

だってリーリエは推しだしなぁ……。

ポケモンの世界のアイドルであるリーリエと……異世界から来た俺が、釣り合うはずが無いんだよな。

この世界には親もいないし、トレーナーズIDとやらもない。この世界の細かいことはわからないけど、戸籍すらないんだ。

それがこの先、どんな結果を生み出すかわからない。

リーリエを危険から守ることはできる。俺から巻き込むのは絶対にダメだ。

 

「俺は……叶うはずのない恋をしてるってことです」

「そんなことは……無いと思うんやけどな……」

「リーリエだって、急に来た不審者の俺を嫌ってますよ。今仲良くしてくれるのも表面だけで……。もし告白したとしても、受け入れられることなんて絶対に、万が一にも、宇宙がひっくり返ってもありえません」

「そんなことは……!! 無いと思うんやけどなぁ……!?」

 

複雑そうな顔をして項垂れるマサキ。体調悪いのかな?

もしくは俺に同情してくれてるのか。

 

「なんでキミそっち方面には鈍感なんや」

「鈍感……? 何がです? リーリエのことなら足音でも判別できますけど……鈍感?」

「そう言うところや」

 

痛ァ!? なぜチョップ!?

 

「にしてもリーリエちゃん遅いな。洗濯物ってそんな時間かかるかね」

「あぁ、リーリエなら足音的に俺のポケモンと遊んでますね。洗濯物の取り込みは終わったみたいですし……距離的に俺らの声も聞こえてませんよ」

「ホンマさぁ!? なんでさぁ!? そのスキルがあってさぁ!?」

 

マジでなんなんだマサキ。おかしいぞ。

本当に体調が悪いのなら、ちゃんと休まないとダメだ。

ルザミーネが回復するかはマサキの腕次第なのだから。

 

「疲れてるみたいですね。後半の掃除は俺がやりますんで休憩続けてて良いですよ。リーリエには及びませんけど、お茶のおかわり淹れますね」

「オ……アオ……オマエ……ッ……その彼氏力をリーリエに……ッ」

「何悶えてるんすか?」

「苦しんでんねん……ッ!! どうすれば気付かせられるのかすっげえ苦しんで悩んどんねん……ッ!!」

 

気付かせられる……? なんの話だろう。

……チャカチャカとお茶を淹れ直してマサキに提供するが、マサキはお茶に気づかず机に突っ伏して頭を抱えている。どうやら何かに悩んでいるようで……気づく……気付け薬? 失神とかを治す薬だっけ? 作るのに手伝えることがあればいいんだけど。

 

「まったく……このままじゃ進展があらへんぞ」

「なくて良いんですよ。そりゃあれば嬉しいですけどね」

「クロウくんも大概やなぁ…………あっ」

「俺はいつも笑顔でこっちにも元気をくれるリーリエが好……博士? どうしました?」

 

俺の後ろを見つめて固まる博士。

なんだろ。俺の後ろには玄関扉しかないはずなんだけど。まさかゴーストポケモンが出た?

パッと後ろを振り返ってみる。

 

「……あ」

 

リーリエおる。

アイエエ? リーリエナンデ……?

 

「くっ、くろうさん、その、す、す……す……」

「………………」

「す……っ……?」

 

顔を赤らめこちらを見つめる彼女に、自分が口を滑らせたことに気づく。

 

「わっ!! わたくし!! かあさまのようすをみてきます!!」

「う、うん!! 気をつけて!! うん!!」

 

そして逃げるように退散したリーリエの背中を見送り、俺は力無くその場に崩れ落ちた。

 

「…………なんや、わりと進展はあるみたいやん?」

「やめてくださぁい……」

 

全身から吹き出る汗を感じながら、浅く呼吸を繰り返すことしかできなかった。



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晴れときどき、俺どきどき

あたし、マサラタウン・ノ・クロウ!

どこにでもいる一回死にかけたことのある(身体は)中学1〜3年生! 多分!

今日はだ〜いすきなリーリエちゃんと一緒にデパートに来ることになってるんだけど、なんだかリーリエのお着替えがいつもよりも時間がかかってるみたい!

この前のお掃除のときに午前午後共に思わせぶりなことを行っちゃったから意識させちゃってるのかも! 普段よりも可愛いリーリエがやってきたら尊死確定!? あたし、一体どうなっちゃうの〜〜〜!?

 

閑話休題。

 

みさきのこやから少し離れた場所で、俺はリーリエを待っていた。

向こうにその気が無いとはいえ、俺からすればデートなのだ。気合いも入ると言うもの。

 

お掃除の不祥事のマジ卍の事件の後、俺たちはなんとなくよそよそしくなってしまってぎこちなくご飯を食べぎこちなくおやすみを交わした。

が、ソファに身体を預けて眠りにつこうと言う時に、リーリエの日記を選ぶ約束、それを果たす日を決めてなかったことを思い出したんだ。

 

それで、ポケモン図鑑につけてもらった通話機能のお試しも兼ねて、リーリエに電話をかけたんだけど───。

 

 

 

 

 

『……もしもし……?』

「あー……もしもしリーリエ? 聞こえてる?」

『はっ、はい……。聞こえて……います……』

 

電話越しに聞こえてくるリーリエの衣擦れの音。

ときおり、こちらを伺うような『えっと……』という小さくか細い声が聞こえる。かわいい。

 

「その、リーリエの日記を……買いに行く日を決めない?」

『は、はい……! …………明日じゃダメだったんですか?』

「明日? 明日行くの?」

『あっ、いえ、そうではなく。いや、そうでなくもないのですが、えっとあの、その……』

 

もにょもにょと声をしょもらせて、小さな声で喋るリーリエ。

生憎だがその声は電話越しでは聞こえない。クロウイヤーは地獄耳(リーリエ限定)なのだが、さすがに電話の拾った音を拾い直すことは無理なのだった。

 

『あし、た……。予定を決めるのではだめだったのですか……?』

「あぁ……いや、なんかリーリエ、今日元気なさそうだったから」

 

もしかして俺のこと意識してる?とか聞けるわけなくなぁい???

自意識過剰オタクにはなれないんだよねえ!!!!

 

「だから電話で、って思って」

『そ、そうですか……』

「ルザミーネさん、様子どう?」

『あっはい。えっと……特になにか変わったことはありません。食欲も……たぶん、あります』

「よかった」

 

ぎし、と電話の向こうで何かが軋む音。ソファベッドから起き上がったのか、椅子から離れたのか。

その後で冷蔵庫を開ける音が聞こえたので、どちらにせよキッチン付近にいることは確かだ。

 

『……ふふ。今日は特別食欲があるみたいです。プリンがなくなってます』

「プリン? そんなの買ってたんだ」

『いえ、私が作ったものですよ。試作品なのでまだあまり人にお出しできるものではないのですが……。まさかそれまで食べてしまうとは』

 

ふぅむ。この様子からして、ルザミーネはキャンピングカー内は割と頻繁に動いているらしい。

リハビリにもなるしいいことだ。そんなことよりもプリン食べたい。

 

「プリン食べたい」

 

しまった、声に出ていた。

 

『もう少し待ってくださいね。それに、もともとこのプリンはいつもお疲れのクロウさんに……』

「俺?」

『クロウさんと! クロウさんと博士のために作り始めたものですから!」

「そう。期待してもいい?」

『そう言われるとプレッシャーなのですけどね……』

 

推しの作るプリンとかもしそれが炭だったとしても食うが? リーリエはそういうのわかってないよね。いい加減自分が魔性の女だと理解して欲しい。反省しろ。

 

「……それで、どうする? レポートノート買いに行くの。リーリエの好きな時で良いからさ」

『えっとじゃあ……明日……で……!』

 

 

 

 

 

ンなわけで俺はここで待っているわけだ。

 

はわわわ……やはりこれはデートなのでわ???

2人でショッピングにお出かけ……待ち合わせして、()()()()!!

なんなら手を繋いじゃったりして!!

……待てよ。そういえば俺、リーリエに抱きついたり抱き止められたりしてたな。……あ!? この身体を!? リーリエが!? 抱き!? マジ!?

ワァ……ァ……! だいちゃった……!

そう考えると今更リーリエがどれだけ可愛かろうがもうあまり関係ないな。デートだろうとなんだろうと、ちゃぁんとリードしてみせるとも。今の俺は負ける気がしない。

 

「お、お待たせしました……!」

 

ふっ。リーリエが来たようだな。

このクロウ、いつもいつでもリーリエにぞっこんとは言え、そう何度も同じように惚気ているわけではない!

 

「大丈夫だよ、全然待ってなピッ

 

ほげぇぇぇえええ! かわぇぇぇえええ!

紺色のプリーツワンピースを白のリボンで留めてゆったりしたシルエットにすることで、普段の少女らしい清楚さではなく少し大人びた印象を受ける高級な仕様。

キュートな革のミニバッグを肩にかけ、同じく革の紐を使ったサンダルをチョイス。細くしなやかな彼女の足に巻き付いた紐がより脚のラインを意識させるが、その先はワンピースの中なので後はご想像にお任せしますという夢中になってしまうトラップゾーン。

髪型も、普段肩にかけていた三つ編みを巧みに使って煌びやかなミルキーウェイをまとめ上げ、いわゆる三つ編みハーフアップで上品に仕上げている。……アッ! ハーフアップにワンピースの同じ色のリボンがついてる! しかもリボンの余りが長いから金髪の中でより目立つ! 前から見ても後ろから見ても美味しいなんて! 前はエンジェルで後ろはヴィーナス!? 美のリバーシブルって……コト……!?

しかもノースリーブワンピースじゃなく、今回は二の腕カバーのあるガチ清楚系で来た!! エロいのか清楚なのか小悪魔なのかわからん! もっとわかりやすくしてくれ! いや違う! エロい清楚な小悪魔なんだ! 清楚系ビッチ(褒め言葉)。 共に幸せな家庭を築こうね♡ 気分上場、ボルテージはマックス。

 

「ぴ……?」

 

やめろ、首を傾げるな。長髪(ながかみ)を揺らすな。ちゅるちゅる吸い込みそうになったわ。

もう細かいことはどうでもいいからこの子に告白しちゃおっかなァ!?

待て早まるな。せめてもう少しこの時間を堪能しよう。わざマシン『メロメロ』使った? あかいいと持ってないけど2人の小指には赤い糸が付いています。

 

クロウ は こんらんしている!

 

「ごめんね、リーリエ。ちょっと正気にもどるね」

「は、はい……? 正気……?」

「あーもうクッソかわいいなヒロイン選挙一位だなこりゃ」

 

わけもわからず自分を攻撃した!!!!

 

右頬が痛え。

 

「クロウさん!? なぜ自分の頬を!?」

 

ほっぺたと言えばリーリエのほっぺってすべすべしてて触ると気持ちよさそうだよね。でも自分の荒れた手で触って痛みを与えたりでもしたら生きていけない。リーリエのほっぺマウスパッド発売決定しろ。

 

「大丈夫大丈夫。それより行こっか。今ケンタロスを出すよ」

「は、はい……いえ、ちょっと待ってください!」

 

モンボを投げようとした俺の左手をリーリエが掴む。急に手を掴むのやめろよ、心臓が潰れるだろ。

ふんわり優しく、俺の手首を包んだままリーリエは不安そうにこちらを見つめて……。急に見つめるのやめろよ、死ぬだろ。

 

「その……ハナダシティまでは、歩いて、行きませんか?」

「歩いて? 結構遠いよ?」

 

ハナダシティにあるRR団特製ワープ装置を使ってタマムシまで行くのは確定なのだが、まさかライドポケモンを拒否されるとは。ケンタロス、お前何した? ことの次第によってはお前のツノをアクセサリーとして売り捌くことになる。

 

「クロウさんと……お話、したくて」

「じゃあ歩いていこうか」

 

リーリエが歩いて行きたいらしいからケンタロスはクビな。これからはライドポケモンではなくただの火力担当だ。

それじゃあ、ケンタロスはボールホルダーにしまって……。

 

「…………リーリエ? 手を掴まれてる状態(このまま)だとボールをしまえないんだけど……」

「いや……ですか……?」

「ぜんッぜん」

 

うるる、と瞳を潤ませるリーリエにそんなことを言われて「あとでね」って言える人がいるのだとしたら俺はそいつの目をアクセサリーとして売り捌くことになる。

とはいえボールは邪魔なので一旦ボールホルダーにセットするのだが、その間もリーリエは俺の手首を掴んだままだった。

そしてフリーになった時。

 

「…………えいっ

 

するりと、俺の手に彼女の手が絡まった。

一気に蘇る、初めてリーリエと会った日の記憶。

友達になってくださいと差し出した手に、困惑しながらも触れてくれたリーリエ。

女の子にしては少し硬い指が、俺の手のひらを滑る感触。

 

「……いきましょう……か……」

「う、うん」

 

ガチガチに固まった俺たち2人、ブリキ人形組の出発である。

季節は夏の始まり……いや、春の終わりと言ったところ。

川は日の光を反射し俺たちを照らす。花びらは風に舞い、小鳥は棲家を変えるべくあちこちを飛び回る。

 

「風が気持ちいいですね」

「ソウダネ……」

 

しっとりすべすべ。

 

「最近キャンピングカーの前に鳥ポケモンさんが集まってくるんです。ポケマメをあげるととても喜ぶんですよ」

「ソウナンダ……」

 

つややかふんわり。

 

「えっと……今朝のチラシなのですが、グレンタウンでモンスターボールの安売りをしているみたいですよ。みさきのこや からは一番遠い場所にありますが……」

「ソウカモネ……」

 

ぷるぷるふにふに話に集中できん!!!!

ダメでしょ男の子と手を繋いだら! 相手が正気じゃいられなくなるんだから!

あと定期的に俺の手をにぎにぎしてくるのも可愛いからやめなさい! やめないで! やめなさい!

 

「あの……やっぱり、手を繋ぐのはダメでしたか……?」

「エェ!? イヤゼンゼン!? マジサイコー!? ザギンノシースー!?」

「そ、そうですか……良かった……」

 

終始不安そうにしていたリーリエが胸を撫で下ろす。

 

「クロウさん、前にレインボーロケット団と戦った時……私の手を取ってくださいましたよね」

「あぁ……あのフードの野郎を蹴飛ばした時ね。それが?」

「私、嬉しかったのです。クロウさん、私と話す時にいつも一歩分距離を置いていらっしゃるので……なにか、嫌われるようなことをしてしまったのではと」

「そんなことは……」

「私、クロウさんを試しちゃいました」

「……ズルいね、リーリエは」

「ふふ。ごめんなさい」

 

悪びれもせずに、穏やかな顔で笑うリーリエ。

小さな手はひんやりしていて、少し力を込めれば握り返してくる。

そこに推しが存在していることを、自ら証明してくれていて……。

 

「なんだか安心します」

「安心?」

「クロウさんが、ちゃんとここにいるんだなぁって、感じられるので」

 

きゅ、と俺よりも力を込めて、手を握ってきた。

 

「たまにはこうして、手を繋いでもいいですか?」

「……良いよ。好きなところに連れてってあげる。どんなとこにでも引っ張ってあげるよ」

「じゃあ私は、クロウさんを押してあげます。クロウさん、いろんなものを背負い込もうとしてますから」

 

押してあげるよ、引っ張ってあげる。……とはどこかで聞いたフレーズ。

そんな対等なパートナー、ライバルのような関係になるにはもっと努力が必要だ。リーリエが押すに相応しい男にならなければ。

 

「クロウさん、本当に無茶ばかりするんですから」

「うっ……その節はほんとゴメンって」

「あ! なんだか面倒くさそうな顔をしています! 本当に反省しているんですか!」

「してる! 反省してる! 絶対! マジで! ずっとリーリエのそばにいる!

「ふぇ───」

 

あれ。

なんか、俺、今、やばいこと……?

 

「聞きましたからね……?」

「え? あの、リーリエ?」

「そばにいて、くれるんですよね?」

「いやッ、今のは言葉の綾というか、えっと別に綾でもないんだけど本人に言うべき言葉じゃないと言うか」

「問答無用です! えいっ!

 

─────────。

 

 

 

 

 

う で ご と ! ? ! ?

 

こここここっコレはこれはコレコレコレ、これはここここここ恋っ恋人っここここここ。

 

小さな身体に寄せられた我が左腕。

密着したことによりよりダイレクトに伝わる、遺伝子レベルで好きになった香り。

リーリエ過多によってオーバーフローした俺の頭は思考を止め、ただリーリエを見ることしかできなかった。

 

「はばっ、ばばばっ。ぱっ。ほぽぽぷぇ???」

「今日1日は離しませんからね!!!!」

「ぽぴょ〜〜〜??????」

 

いや!? いやいやいや!?

夢だ! 俺は夢を見ている! 寝ているんだ!!!!

でなければこんなことあって良いはずがない!! 

あああマズイ! 俺死ぬ! しんぢゃう! 心臓が! 心臓が!!

 

「ん〜っ!」

 

頭を……すりすり……しておられる……。

此処は楽園か……俺はもう死んでいたのか……。

いちげきひっさつ。クロウは死にました。

 

「あ……。オ……アアオ……。オアオ……? アオ……。」

「嫌です! ワープ装置に入る時もこのままです!」

「オア…………ワァ……。ホヒョ……?」

「そうです! デパートでもこのままですからね!」

 

聞こえますか? ルザミーネさん。

この子たぶん、愛嬌だけで人生食べていけるよ。



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お前さぁ、リーリエに似合わないモンがあると思ってんの?

今回のは面白くないです。壁にへばりついたセロハンテープのカス眺めてた方が楽しいです。


タマムシデパート。

休日ということもあり、前回来た時とは違った賑わいを見せるカントーが誇るショッピングセンター。

モンスターボールにわざマシン。服やら何やらまで揃っているが、今回探しに来たのは日記である。アローラに置いてきたリーリエの日記の、その代わりだ。

 

「平日の方が良かったかな」

「人混みですか? いえ、これはこれで」

「…………」

 

俺の()()()声がする。

結局、本当にずっと俺の腕を抱いていたリーリエ。この様子だと最後まで解放されなさそう。

それはそれで至福なんですけど、リーリエが歩きづらくないかってこればかりが心配になるんだよなぁ!!

 

「足は疲れてない? どこかのカフェでも……」

「大丈夫ですよ? それは後で行きましょう。まずは雑貨屋さんへ」

「へーい」

 

人生二度目となるリーリエとのショッピングデートinエレベーターというわけだが、流石の俺も2回目となれば慣れる。

ごめん慣れない(手のひら つのドリル)。この前よりも距離が近すぎる。体温を感じられる距離に推しがいて平然としていられるわけがないダルルォ?

 

一階分上がるだけの時間が永遠に感じる。

一階分上がるだけの時間が一瞬に感じる。

高鳴る心臓とは裏腹に穏やかなココロは、ただリーリエの愛おしさに酔っているだけのようにも思う。

 

「着きましたね。行きましょう、クロウさん」

「リーリエのお眼鏡にかなう日記があれば良いけどね」

 

文房具売り場では、シンプルなものから派手なものまでひしめき合っていた。

……げ。消しゴム一つでもこんな種類あんの? 『消し度はかいこうせん級!』……怖。ノートごと消えるじゃん。

あ、お試しのやつある。けしけし。

 

「……ふせんが……消えた……」

「消しゴムはまだストックがありますよ? 買うんですか?」

「こんなおっかないもの買えないよ!?」

 

机の上の消しカスに恐れをなしつつもノートのコーナーへ。

ページ数やマス目を売りに出しているものや、表紙の手触りを売りにしているものなど、ぱっと見でもえらい数の日記が。

 

「あ、これなんか良いんじゃない? プクリンの毛糸を表紙に使ってるんだって」

「可愛いですね……! 触り心地も……ふわ……!」

 

さらさらふわふわの毛皮を持つプクリンの毛を使った日記帳。

……夏場は持つだけで汗が滲みそうなファー仕様だ……。

とはいえリーリエには似合うんだけど。これは買いだな。

 

「クロウさん、あの高いところの日記はなんという売り文句が書いてあるのですか? ここからだと角度が……」

「一旦手を離してみればいいんじゃない?」

「嫌です」

「……。『安心安全鍵付きの日記帳! クレッフィの折り紙つき!』」

「鍵付き! アローラで使っていたものも鍵をかけていました!」

 

クレッフィってあのアレか。鍵を体につけてるポケモン。

あのポケモンの折り紙つきと言うのだから相当なセキュリティなのだろう。付属の鍵も黒い日記に合わせてシックでオシャレな物になっている。

……リーリエには少し大人すぎないか? もう少し清楚っぽいものとか……。

……………………シックな……秘書風……オトナリーリエ……。

うん、似合うな! これも買おう!

 

「リーリエ的には鍵付きは必須ポイント?」

「えっ。あっ、その、そう、ですね……。誰かに見られるのは、ちょっと……」

「気に入った日記が鍵付きじゃなかったら俺が溶接するけど」

「そんなことできるんですか!?」

「できないけどその時は勉強して資格取るよ」

「……元から鍵がついているのを探します。クロウさんってどうしてそんなに行動力があるんですか?」

 

えー? リーリエのためなら普通じゃない? リーリエが海に行きたいなら船の免許を取るし、リーリエが空を飛びたいなら舞空術を会得する。推しが望むのならなんのそのですわ。

 

「俺そんなに行動力ある? 自覚ないんだけど」

「アローラからカントーまで泳いで来たんですよね???」

「さぁ! 他にも日記はたくさんあるぞ! 探そう!」

 

ほら! ほらアレ! あの日記とか良いじゃん! ツメが食い込んでるような赤黒い表紙に鎖が巻き付いていてアレは魔導書では……???

 

「チカラが……欲しいか……?」

「リザード、燃やせ」

「ガァー!」

「アーッ! お客様! 困ります! 店頭に誰かが忘れて行ったゴーストポケモンが取り憑いているっぽい魔導書らしきそれを燃やすのはおやめくださいお客様! お客様ァ!」

 

燃え盛る店内をよそに、リーリエは俺を見上げる。

ここはキリッとした表情をしておこう。

 

「じー……」

 

焦げる魔導書。焦がれるような視線。

……なんやねん。

 

「じー……」

 

……なんやねん。

 

「クロウさんって、炎が似合いますよね」

「え? 俺ほのおタイプってこと? マジ?」

「なんというか爆発を背にポーズを取るのが似合う気がします」

「??? Zワザってこと???」

「あっ、いえ……なんでもないです!」

「あー??????????」

 

乙女心はソクラテスでも腰を抜かして逃げ惑うような謎でできている。

真意を読み取ろうとしている俺に気づいたのか、炎に照らされるリーリエはその頬を少し赤らめ、恥ずかしそうに微笑んだ。

ぎゃあああかわええええええええええ。

 

「ダメですね……! 私、クロウさんといると集中できません!」

「カ゜」

 

フラれた!!!!!!!!!!

 

邪魔だってよ!!!!!!!!!!

 

「ガッ」*1 

「腕を組むのだって、クロウさんの迷惑になるってわかっているのに……どうしても……やめられなくて」

べういえーあうああーあいよ(別に迷惑じゃないよ)

「クロウさん、そう言っていつも私に良くしてくれるじゃないですか。なのに私は……」

「ン゛ッ。*2……難しく考えすぎなんだよリーリエ」

 

こんなに可愛い格好で、俺の隣で生きている。

存在してくれているだけで十分だ。

……願うことなら笑ってほしい。幸せに生きてほしい。その人生の喜びの手伝いができれば、それが俺の使命なんだ。

 

「俺はリーリエの力になるよ。いつまでもずっと」

「ほんと、ですか……?」

「さっき、そう言っちゃったしね」

「……はい」

 

リーリエはぎゅっと、俺の腕を強く抱いた。

ガッ(舌を切る音)

ン゛ッ(舌を再生する音)

 

「じゃ、日記探しの再開しよっか」

「……はい!!」

「お客様! 燃える店内で萌えるのはおやめくださいお客様!」

 

 

 

 

「……この中でクロウさんが選ぶとしたらどんなものを選びますか?」

「え、俺? うーん……」

 

きょろきょろと、陳列されている日記を見渡してみる。

先ほども見たプクリンの毛皮の日記や、鍵付きの日記。

……お。いいやつがあるじゃない。

 

「アレかなぁ」

「合成皮の日記ですか。……えっ! インドゾウを昏睡させる電撃に耐えられるそうですよ!」

「他にもインドゾウでも耐えられなかったアリポケモンの牙にも打ち勝ったんだって。インドゾウ実験台にされすぎじゃない?」

 

俺が指したのはシンプルな黒の日記。

うーん、やっぱ実用性重視しすぎて味気ないよなぁ。

こんな男がリーリエと腕組んでて良いのかなぁ。自分のセンスが恥ずかしくなってきたわ。

 

「好きなの選びなよ」

「せっかくですからクロウさんの意見も聞きたいです。 クロウさんの選ぶ『実用性』も日記の大切な要素ですから」

「えー……」

 

でもリーリエにはもっとこうキラキラした爽やかなものが似合うと思うんだよなあ……。

例えばさぁ、白いレースとかついてる日記で、そこそこのページ数があってさ。金の鍵穴が付いてて、青い墨入れ(?)みたいなので装飾されててさぁ。

 

「これですか?」

「そうそう、こんなのがあったらなってあるじゃん

「これが、私に似合う日記…………」

 

じっと日記を見つめるリーリエ。

 

「……ふふ……」

 

は? かわいいが?

 

「クロウさん、私これが良いです」

「え。他にももっとあるよ? 別にそれじゃなくてもさ」

「いえ、これが良いです!」

「そう……?」

 

まー、気に入らなくなったらまた別のを変えばいいか。

じゃあそれで、と言うことでレジまで持って行って精算。

あ、焦げた魔導書らしきアレが後ろに置いてある。回収したんだ。

 

「結局その本なんだったんですか?」

「中身見たら気分悪くなるタイプの本でした……。お客様、お読みになります?」

 

ちょっと気になるのやめてくれねえかな。リーリエのほうをちらり。

 

「……私ですか? 構いませんよ?」

「じゃあちょっと読んでみるかぁ……」

 

なんかさぁ、カントーに来てからゲンガーだの魔導書(?)だのゴースト系のポケモンと出会いやすい気がする。もしかして俺死んでる?

 

……まぁ中身は普通のオカルト本って感じかな。人間からポケモンになる魔法だって。オモロ。

ポケモンと一つになるためには、心を一つにする石を取り込む必要があるらしい。心を一つにする石ってなんやねん。メガストーン? はたまたZクリスタル? うさんくせえ! うさんくっさ♡ ざぁこざぁこ♡

 

「この手の本はお祓い行った方がいい気がするな」

「お祓いですか?」

「んー。RR団の任務でシオンタウン行きのやつあるし、今度行ってみることにするよ」

 

シオンタウンは死んでしまったポケモンの墓やそう言ったゴースト関連が集まる街。

なんかシオンタウン症候群とかあった気がするけど詳しいことは知らん。でもお祓いとかはやってくれるんじゃないかな。

 

「ではその時は私にも教えてください! お供します!」

 

ええマジぃ? 夏に入る時に2人で心霊スポットデートってなんてそれなんてラブコメ???

とはいえ、シオンタウンはそこそこ遠い。俺がRR弾の小間使いをやっているときにみさきのこやにウルトラビーストが襲撃に来たら守れる人がいない。マサキ? 戦力外だよ()

 

「まぁ、それはそれとして。はい、リーリエ」

「あっ……」

 

差し出したのは、ラッピングされたリーリエの新しい日記。

白いリボンで口を縛られた小さな袋を大事そうに受け取ると、リーリエはそれを胸に抱いた。日記そこ代われ案件到来。

 

「大事にしますね」

「いつか読ませてね」

「絶対いやです!? なんのための鍵付きなんですか!」

「やっぱだめかぁwww」

「もう!!」

 

ぷんすこリーリエも絵になるなぁ。日記をつけるその姿を想像するだけでくらくらする。

その日の大冒険をどうやって文章にするか悩み、思いついた文面をその手で書き記す……。そう、それは静かで神秘的な夜、月明かりに照らされながら……。イイ。すごくイイ。

かわいい子には旅をさせろ。かわいい娘には足袋を履かせろ。和服リーリエってこと!?

 

「そちら手提げの紙袋にお入れしますか?」

「あっ、お願いします……!」

「それじゃあ、ちょっと休憩にしよっか? 近場でカフェとかあれば……」

「あっ、でしたら行きたいお店があって……」

 

紙バッグを店員から受け取ると横からリーリエにぶんどられた。荷物持ちしようと思ったのだが……。

 

「これは私がクロウさんから頂いたものですから、私がもちます」

 

オタク冥利に尽きるよなぁそんな言葉!?

いやぁ、推しにあげたプレゼントが速攻捨てられるとかよくある話よ? それをなんだいアンタはそんな乙女の顔をして抱きしめちゃってさ! 結婚しよ?

 

「荷物になってもいいのなら……」

「大丈夫です! いきましょう、クロウさん!」

「ありがとーございましたー」

 

……まぁ本人があそこまで喜んでるんだしいっか!

よほど気に入ったデザインだったんだな!

 

「それで、行きたいところって?」

「雑誌に出ていた喫茶店で、今までは隠れた名店として出ていたようです! そこの紅茶は絶品らしいですよ?」

「へぇ……。名前は?」

「バトルカフェ『ガラガラハウス』です!」

 

…………お客さんのいなさそうな名前!!!!

*1
舌を噛み切る音

*2
気合いで舌を再生させる音




プクリンの日記は最初は「プクリンの毛皮を表紙に使用した日記帳」でしたが調べたところプクリンから抜け落ちた毛を毛糸にすることでも高級品になるとのことらしいので、表現をマイルドにすべくそちらに変更いたしました。


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シェフのきまぐれヒ素爆盛り毒サラダ

バトルカフェ『ガラガラハウス』は閑古鳥が億単位で鳴き散らしていそうなその名前とは裏腹に、わりかし盛況。上から目線で何を言うかって話だけど。

 

上から吊るした電球はステンドグラスの傘を通して柔らかい光を隅々まで行き渡らせ、木製の机に艶を持たせている。

棚に収納された小瓶は茶葉や豆類が詰まっておりそのあたりは一際清潔。

……思ってたよりちゃんとした喫茶店だ!!!!

 

「いらっしゃいませ、空いてるお席へどうぞ」

 

落ち着いた雰囲気の女性店員さんが席へ促してくれる。

適当に窓際の席に2人で腰掛けて……イスやわらかっ。

 

「す、すごいですね……なんだか……すごいです」

「雰囲気あるね」

「それです」

 

緊張した面持ちでメニューを手に取るリーリエ。

雑誌に載っていたと言うが、何かオススメのメニューがあるんだろうか。ほら、新メニューとかがあるとそういうのに特集組まれるイメージある。

 

「わ……! クロウさん、アローラフェアですって!」

「アローラフェア……?」

「アローラの郷土料理や飲み物が期間限定で出ている様です。名前だけでも懐かしいです……」

 

メニューを眺めつつ目を細めるリーリエ。

多分、写真とか一緒にあるんだろう。俺からだと背表紙しか見えないけど。

……いやしかし、ほんとにリーリエはどこにいても絵になるな。

まさか喫茶店のメニューですら小道具になるとは。ここまで来るとその辺に落ちている石とかでもリーリエの魅力を引き立てる要素になるぞ。

 

「クロウさんは何にしますか…………あっ、すみません、私ばかり見てしまって……」

「良いよ。リーリエが来たかったお店なんでしょ? じっくり見なよ」

「……なんだか今日のクロウさん、大人っぽい気がします」

 

カッコつけてるのバレてた!

……とはいえ心から楽しんで欲しいのは本心である。

俺はもう推しとの買い物デート、喫茶デートとかいう極上の褒美を貰っているのだから。返報性の原理。一緒に幸せになろうね♡

 

「一緒に見ましょう」

 

そう言ってメニューを机に広げ、リーリエはメニューとの睨めっこを再開する。

窓際だから、リーリエの黄金色の髪がキラキラ輝いて……。

惚れる。万人が惚れる。あまねく全ての命が彼女に恋をする。もしも彼女を自分のものにできるのなら、世界中の富豪が私財を全て投げ打って彼女に花を差し出すだろう。

可愛いと、綺麗だと、口に出すのもおこがましい。

言うまでもなく、リーリエが何より美しいことは決まっていることなのだから。

……直視していると頭がおかしくなりそうなので、慌ててメニューに視線を落とす。

 

「何か気になるものはありましたか?」

「んー……期間限定って書いてるしグランブルマウンテンかな。とりあえずアイスで」

「私は…………、決めました。すみません、注文をよろしいですか?」

 

やがて来た店員にリーリエがメニューを指差しながら注文をしていく。

 

「グランブルマウンテンのアイスを……クロウさん、シロップやミルクは」

「ブラックで」

「かしこまりました」

「あと……こちらの紅茶のホットを……それと……ごにょごにょ……」

 

リーリエが指差した紅茶の隣に、『私が厳選しました』という文字と共にこちらに笑顔を向けるポットデスの姿が。

まぁそりゃ紅茶と言えばポットデスだよなぁ。……っていうかまたゴーストタイプかよ……。

 

「楽しみですね!」

「最後、何頼んでたの?」

「ふふふ……秘密です!」

 

は? 可愛いか?

この娘、自分のかわいさを自覚してやがるな? そういうところ好き。生涯を共にしような。

 

「お待たせいたしました。お先にお飲み物です」

「わぁ……! ありがとうございます!」

 

ソーサーの上に置かれた紅茶がゆっくりと湯気を揺蕩わせながらリーリエの前に置かれる。

机を挟んだ距離でも香る紅茶の優しく、しかし強い匂い。うわぁ……俺も紅茶にすればよかったかな。

続いて俺の前に置かれたコーヒー。

まぁアイスだし匂いは特に……いや、割と香りが強いぞ。どうなってんだこれ。アイスコーヒーだよ?

 

「……私もコーヒーにすればよかったかもしれないですね」

「俺も同じこと思ってた」

「!? ですよね!? とても香ばしい匂いがして、つられてしまいます!」

「どんな淹れ方してるんだろうね」

「そもそもグランブルマウンテンは淹れるのがかなり難しく、バリスタの仕事をしている人に弟子入りしないと淹れることすら許されないと聞きます。……ここの店主さんは何者なのでしょう……?」

「雑誌には載ってなかったの?」

「受け答えは全て先ほどの店員さんがしていました」

 

謎のマスターさんってコトォ!?

人見知りなのかな。

まぁとりあえずコーヒーブレイクといくか。リーリエはティータイムだけど。

 

「「美味しっ」」

「……ここまで来ると店の名前だけが残念だなぁ」

「あはは……」

「いらっしゃいませ、空いてるお席へどうぞ」

 

こうしている間にもまた一組客が来たみたいだ。

まぁこの味を知ったら盛況ぶりも納得できる。

 

「……あら、なんだか見知った顔」

「あっ……お久しぶりです!」

 

リーリエが声の方にお辞儀をする。

振り返ると、そこには黒髪の美少女が二人いた。片方はロングで片方はショート。

リーリエに肩を並べる美少女なんて存在しない(2回目)。

 

「ナツメさんじゃないすか。どもっす」

「久しぶり。奇遇ね、こんなところで」

「雑誌で知って、来てみようってなったんすよ」

「私たちもよ」

 

ナツメの後ろの人……なんかどこかで見たことあるんだよな。

いや、和服か特徴的すぎて「和服の人」としか覚えてない……。

 

「……あ。紹介が遅れたわね。この子はエリカ。同じジムリーダーなのよ」

「エリカと申します。タマムシシティでくさタイプを専門にしておりますわ」

「あー……どこかで見たと思ったら……」

 

ポケモンカードで見たんだ。そうそうエリカさんね、エリカさん。

 

「雑誌に載っていたこのお店を調べたら、エリカが気になるメニューがあるって。ね、エリカ」

「…………」

「エリカ?」

「すぅー……。すぅー……」

「………………こういうコなの。許してあげて」

 

俺たちが座っていたのが四人席ということもあり、立ち話もなんだと言うことなので二人を先に座らせる。

 

「ではクロウさん、お隣失礼しますね」

「えっあっ、うん。……え? 普通にそのままでよくない?」

「お隣失礼しますね」

「…………はい」

「そっちの方はうまくいっているようね!!」

「ギリギリかもです」

 

そっちの方ってなんだよ。わかるように話してくれよ。

 

「それで気になるメニューって?」

「エリカ、起きてエリカ。……これよ」

「……『ボクレーの葉の茶』?」

 

ボクレー、くさ・ゴースト

またゴーストタイプかよ!!!!

 

「エリカ」

「……はっ。……ええと……ボクレーの葉っぱを煮た汁は万病に効くとか……。くさタイプ使いとして、興味が湧きまして」

「「万病に効く…………」」

「……なに? あなたたち、何か病気でもあるの?」

 

強いて言うなら恋の病☆

じゃなくて。

 

「リーリエ」

「はい。お持ち帰りでいただきましょう」

 

万病というのがどれほど効くのかはわからないが、ルザミーネの治療に役立つかもしれない。

たしかボクレーはXYのポケモン。カントーで手に入れるチャンスは結構レアじゃないか?

 

「ご注文お伺い致します」

「……私は紅茶。このコはこのボクレーの葉の茶を」

「あ、それテイクアウトで俺たちも」

「ボクレーの葉の茶はバトルカフェメニューとなっておりまして、店主とのポケモンバトルに勝利するとご注文いただけます」

 

ここでくるかバトルカフェ要素……!!

 

「エリカ、バトルだって」

「すぅー……」

「エリカ!!」

「はっ。んにゅ……行ってまいります……。わたくしまけませんわよ……」

 

……かなり眠そうだけど大丈夫かなぁ……。

 

「大丈夫よ」

「へ?」

「『かなり眠そうだけど大丈夫かな』でしょう? あの子強いから大丈夫よ」

「エスパーって怖いから嫌いだ」

「あら、さっきまでゴーストがなんたら〜とか考えていた癖に。怖がりさんなのね」

「はァ〜???」

 

なんだコイツ掴みどころ無いな!

 

俺を揶揄いながら紅茶を啜るナツメ。先ほどまでスプーンが一人でに動いて砂糖を混ぜていたが、もはやそれはエスパーではなく本当にゴーストだと思う。

……そう言えば初代ってゴーストポケモン少ないよな。

 

「クロウさんクロウさん、コーヒー、一口いただけませんか?」

「ん。あぁ……いいよ」

「終わりましたぁ……」

「酸味が少なくて美味しいですね。こちらの紅茶も飲んでみてください」

「「……早ッ!?!?!?」」

「言ったでしょ、強いって」

 

おぉ〜……。びっくりしたわ。

バトルカフェだから手加減とかしてるんだと思うけど、まさかこんな数分も経たないうちに出てくるとは。

 

「……続いてお客様……」

「あっ、俺か。俺もボクレーの葉の茶頼んだもんな」

「クロウさん、頑張ってください!」

「まっかせーい」

 

通された先……中庭らしきバトルコートで、先ほどの店員と同じ制服に身を包んだ男性が立っていた。

この人が店主か。あの美味しいコーヒー淹れた人。

 

「ご来店いただきありがとうございます。店主です」

「連戦でごめんなさいね」

「この子達もバトルをしたがっていましたから構いません。それでは早速始めましょうか」

「よぉし! 頼むぞ、イーブイ!」

「……リザードン」

 

 

 

 

クッソ強かったが???

なんなら残りの手持ちイーブイしか残ってねぇ!!

ていうかリザードンだけでゼニガメとケンタロスとリザードの三匹全員ひんしにしてきたのヤベェだろ! なんだアイツ!!

……あっぶねぇ〜……。最後がニャースじゃなくて同じ強さのリザードンだったら負けてた……。いやガラガラ出て来なかったやんけ。何がガラガラハウスじゃ。

 

っていうかえぇ〜??? エリカさんあのリザードン相手にタイプ相性不利な状態で瞬殺してきたんですかぁ〜???

 

「……あっ、クロウさん! 結果は……」

「勝ったよ」

 

クソボロボロな状態でなんとかな。

 

「すぅー……すぅー……」

 

このジムリーダー、やべえ!!!!

 

とは言えなんとか勝ったと言うことで俺はテイクアウトの権利を獲得。エリカは飲む権利を手に入れた。

エリカの前に置かれるお茶。見た目は緑茶のようだが扱いは紅茶らしい。俺たちがもらった乾燥茶葉を使う時も、紅茶の要領で淹れればいいんだとか。

 

「……あれ? リーリエ、俺のコーヒーどこから飲んだ? 俺が飲んだあとしかない」

「えッ!? ……どこでしょう? クロウさんがバトルしている間に水滴がついてしまったのかもしれませんね……!」

 

間接キス作戦失敗(´;ω;`)

 

「ふふっ、ふふふっ、うふっふふ……」

「ナツメさん……!! ナツメさん…………!!」

「わかってるわよ……ふふっ」

「ではボクレーの葉の茶、いただきますね」

 

リーリエの『しー』のポーズ二度目。今度は必死に何かを訴えているようだけど……これはこれで可愛いな。

乙女3人よれば姦しい、とは言うけどまさか本当のことだったなんて。

コーヒーひと啜り。

 

「「きゃあ!!」」

「エッ何、なんすか! えっ、なに!? ナツメさん? えっ、リーリエ?」

「「なんでも無い!」です!」

「?????????」

 

なんなんだよ。

 

何かに憑かれたかのようにきゃいきゃい盛り上がる二人をよそに、エリカはマイペースに茶を口に含む。

一度ぱちくりと目を瞬かせると、首を傾げた。

 

「……んん……?」

「どうしたのエリカ? 口に合わない?」

「いえ、深みがあって美味しいです。舌の上で転がすと甘みが出てきてそれもまた……」

「じゃあ何が疑問なの?」

「いえ……。ちょっと失礼しますね。ラフレシア?」

「もふーん」

「『どくどく』」

「「「!?」」」

 

唐突にポケモンを出したかと思うと膝の上に乗せ、自身でその『どくどく』を浴び始めた!?

ナニ!? なんナノ!? M!? Mに目覚めるお茶ナノ!? ジムリーダーってクセが強いんだよ!

 

「ずず……。……やはり……」

「な、なにしてるのよ……???」

「どくが消えています……。今朝からあった頭痛もさっぱり。このお茶、すごいです」

「び、びっくりしました……エリカさん、クロウさんと同じ匂いがします……」

「あなた『どくどく』を自分で浴びるの!?」

「流石にしないよリーリエ!?」

 

風評被害だ!!

……しかし毒も頭痛も消えるのは良い。なんでも治しの人間用みたいな感じじゃん。

ウツロイドの神経毒にどれだけ効くかはわからないけど、稲色のモモンの実みたいに起きていられる時間を伸ばしたりできるかもしれない。手に入れて正解だったかも。

 

「流石は文字通りの()()と言ったところでしょうか」

「くさタイプ使いとしてはどう? 気に入った?」

「はい。このお店、気に入りましたわ」

「ボクレーの葉の茶自体は限定ということでもないようですね。クロウさん、また来ませんか?」

「また来るのは良いけどバトルはちょっと……」

「?」

 

次は負けかねん。

せっかくカントーに来てから無敗を誇っているのだ。俺は勝てる相手としか戦わないぞ!(クソダサプライド)

できればジムリーダーとの戦いも避けたいところだね。ゲームクリア後の本気ジムリーダーみたいなやつあるじゃん。アレ無理。少なくともエリカは強いって分かってるし避けた方がいいだろう。ね。無理だよ。

 

そんな感じで悔しさを滲ませながら苦笑いを───コーヒーだけに「苦」と言うわけではない───していると、店員が俺の目の前に一皿のパイのようなものを置いた。

シナモンの匂いがする。アップルパイか何かだろうか。

 

「あの、俺これ……」

「私が頼んだのですよ」

「あぁ、最後にごにょごにょしてたやつね」

 

メニューを取ろうとしたが制止される。

リーリエは緊張した面持ちでナイフとフォークを手に取ると、俺の前に身を乗り出してパイを切り分け始めた。

ウッ……リーリエの匂いが……存在感が……俺の目の前に……!

抱きしめたい……! 頭を撫でてみたい……! シヌゥ……!

 

「クロウさんにはいつもお世話になっているので、お礼です!」

「えっ、あっ、いや全然そんな大したことしてないって言うかむしろ俺がリーリエに助けられているというかリーリエがいるから頑張れるんであって何度も言うけどリーリエが気にすることじゃ全然ないって言うか」

「私が……クロウさんに()()()()()欲しいんです。……ダメ、でしょうか」

「いいや!? めっちゃ嬉しい! ヤッタァ! サイコー! まじ最高すぎてサイコソーダかもしれん」

「サイコソーダは最高から来てるわけじゃ無いのよ?」

 

うるせえなエスパーサイコガール。サイコガールだとなんかマッドな言い方になるな。

……目の前のパイは綺麗に切り分けられ、そのひと切れをリーリエがフォークで刺す。

やはりアップルパイだったようで、甘い香りがその場に漂った。

 

「ありがとうリーリエ、いただくよ」

「はいっ!」

「…………」

「………………」

「……あれ? フォークくれない?」

 

リーリエが一つしかないフォークを掴んだまま離さない。

自分から食べる様子もなければ、こちらにアップルパイを見せつける体勢のままにこやかな笑顔を携えている。あまり笑わない方がいいぞ。俺が死ぬ。

 

「あーんです」

「はい!?」

「はい!」

「いや『はい』は肯定とかじゃ無くてね!? なな、なんで!? リーリエ!? どうしちゃったの!?」

「ダメ……ですか?」

「いただきます!!!!」

 

くそぅ! なんで俺はリーリエにこんなに弱いのだ!?

って言うかなんで急にあーんなんてことしてるわけ? あらやだ積極的♡。 変なラブコメ見て当てられちゃった感じだろう。全くリーリエはおませさんなんだから。そう言うのは好きな人にやることだぞ。

 

「いやでもさ。二人の目もあるし」

「「お構いなく〜」」

「では、どうぞ!」

「じゃあまず二人にも分けよう!! ね!? 結構大きいしさ!!」

「初めてはクロウさんに食べて欲しいです……」

「いただきます!!!!」

 

ええいままよ!

 

───ッ。

 

それは一瞬の出来事。

ただ、甘い菓子を口に運んだ、それだけのこと。

たとえ俺とリーリエの視線が交差して、まるで自分が甘露を飲んだかのように嬉しそうに笑う彼女に、俺の心臓がこれ以上にない高鳴りを放っていたとしても、それはただ一瞬の、ほんの数秒の出来事。

 

彼女が世界に差し出すそのフォークと愛が、その数拍の間だけは俺だけに注がれている。

不恰好なままの自分を、受け入れてくれている。

寵愛を受けている間だけは、周りのことなんて気にする余裕が無かった。

全てを捨てて好きですと伝えられたら、どれだけ素敵なことだろう?

もしその唇から俺への愛が紡ぎ出されたら、どれだけ素敵なことだろう。

 

───ッ。

 

「……どうですか」

「…………おいしい」

「これからもよろしくお願いします。クロウさん」

「……うん」

 

このデート、俺にはちょっと刺激が強すぎるのかもしれない。

今にも鼓動で死にそうだ。こんな幸福感の中で死ねるなら本望かもしれないが。

 

「では、ナツメさんたちもどうぞ! おいしい、だそうですよ!」

「あら良いの? いただくわ」

「このアップルパイ、雑誌にも載っていましたね。確か、くさ・ドラゴンタイプのカジッ……」

「はいエリカ、私たちもあーん!」

「もごっ、もごっちゅ……おいひいれふ」

 

……あれ!? フォークあるじゃん!? なんで人数分!? いつのまに!?

 

「ねぇ、リーリエ……?」

「はむ。……んふ……! おいしいですね、クロウさん!」

「……そうだね!」

 

細かいこと考えるのはやめとくかァ!

今日はもう頭三歳児でいこうぜ! 耐えられねぇや!!!!




昔どこかの街のどこかのカフェを経営していたマスターの店に、トルテという子がやってきて目を輝かせていたとかなんとか


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与えられた選択だけが全てじゃない

いやー尊さで死ぬかと思った。

癒されすぎて浄化された妖怪みたいな顔になってたもん俺。

ナツメとエリカはこの後また用事があるそうなので、俺たちがカフェを出るタイミングで同時に店を出た。

三人寄れば乙女(かしま)しと言った雰囲気だった先ほどまでとは全く違い、店前の閑散とした空気も相まってなんとなく黙ってしまう。

もうじき来ることもなくなるであろう最後の春風に、一つの纏まりもないさらさらの髪の毛が、リーリエの背中で揺れる。

 

「……あっという間に過ぎてしまいました」

 

二人を見送ったリーリエが寂しそうに呟く。

まばゆい夕陽を横からいっぱいに吸い込んだ瞳が、沈みゆく太陽と同じようにゆっくりと伏せられる。

 

それほどまでにあの二人との会話が楽しかったのか。やたら寂しそうだね。

 

「あの二人と話す機会はまたあると思うよ。趣味もあってたみたいだし」

「違います」

 

はて。違うとは。

 

「日が沈んだら、私たちは家に帰らねばなりません」

「……まぁ、そうだね?」

「クロウさんとのおでかけが、もうすぐ終わってしまいます……」

 

そう言って太陽を恨めしそうに見つめるリーリエが美しかった。

 

「また来れるよ」

「でもッ……母様が……。母様の病気が、この先もずっと治らなかったら……ッ」

「治るよ」

「…………」

「早く帰ってボクレーの茶を試そう。もしも効かなかったら、新しい日記に効かなかったって書き込もう。そうやってちょっとずつ1ページを積み重ねていけばきっと良くなる。マサキ博士もそうやってきたんだ」

「でもっっっ、私ッ……」

 

振り返ったリーリエは泣いていた。

過ぎる時間と、遅い歩みに焦っているのだろう。

有り体に言えば思春期……。例えるなら、高校生活やその先の受験に悩む女の子。

ただし、そのような陳腐で枯れきった言葉ではリーリエの感情を表現することなどできないだろう。

 

「…………わた…………私……。どっちを選べば良いんですか……」

 

どっち?

どっちってなんだ。なんの迷いだ。

 

「……すみません。なんだかちょっと、今の私はおかしいみたいてます……」

「おいで、リーリエ」

 

ここで俺は自分の心臓の鼓動を対価に、リーリエに安心を提供。

小さな身体は素直に俺の腕におさまった。

 

「リーリエが何に悩んでいるのかはわかんないけど、両方欲しいなら両方貰えば良いんじゃないかな」

「…………りょうほう……?」

「『どっちか一つしか選べない』って言われたら、頑張って両方手に入れる。お金がないなら働いて、力がないなら鍛えて。そうやって頑張って(自分を生贄にして)、俺はここまでやってきたよ」

 

リーリエを守りたい。ルザミーネを助けたい。

一つしか選べないって言われても二つ欲しいんだからしょうがない。

だったらまぁ、命くらい賭けるよ。

 

「与えられた選択だけが全てじゃないしさ」

「与えられた選択だけが……」

 

どうやら泣き止んだみたいだ。

顔を上げたリーリエの頬を、ハンカチで拭う。

このハンカチは後で舐めよう。というか今舐めたい。ベロリンガ。

 

「帰ろっか、リーリエ」

「……はい」

「アッ、腕を組むのはやるのね」

「はい!」

 

俺、無事死亡宣言。

宣誓! 僕たち私たちはリーリエの涙ベロリンガ組合に所属し病める時も健やかなるときもリーリエをベロリンガすることを誓います! でもリーリエが腕を楽しそうに組んでくるので心臓が動きません! 衛生兵を呼んでくれ!

 

んん〜頭皮から漂う赤ちゃんみたいな香りがトレビアン。

リーリエの頭皮スゥーwww カーッ!!たまんねえな!! あ、よだれ出ちゃった。

 

おほー(´ω`)みたいな顔をして夕陽を浴びる俺を知ってか知らずか魔性リーリエ、るんるんである。

片手に日記の入った袋を吊るして、まさに乙女の表情。神が天の上に人を作った上に二物を与えてるわ。

 

「……ウッ!!」

 

そしてそんなリーリエの表情を曇らせるような唾の吐き方をしたロケット団員が一人。

 

「彼女に振られて一人で黄昏てたんだよ! お前ら前を通りかかるなよ!」

 

あ、これポケモンバトルの流れだ。

ポケモンバトルってなんか割と雑な導入で始まること多いよね。

 

「あーあ、俺の連れ不機嫌にしちゃったね。サカキ様に報告しよー」

「なっ!? お前、そりゃねえだろ! こうなったらポケモンバトルだチキショー!!」

「リーリエ。ちょうど良いから教えてあげる」

「……なにを……」

「与えられた選択だけが全てじゃないってこと」

 

ボールホルダーに手を伸ばす。

ガラガラハウスでの戦闘でイーブイ以外は戦闘不能、イーブイ自身も満身創痍。ポケセンなんか近くに無いし、そんな時間も無かった。

一応アイテムで回復はしているんだけど、今回は一瞬でやられた慢心の戒めということで、ケンタロス達には見ていてもらおう。

 

「出てこい、クサイハナ!」

「くっさぁ〜ん」

「頼んだ、イーブイ」

「へぽォ!」

 

相変わらず気の抜ける声だね君。くっさぁ〜んもどうかと思うけどね。

 

「なんだなんだイーブイかぁ??? レアなだけのポケモンじゃ勝てねえぜ?」

「『まねっこ』。エアスラッシュ」

「っぽォ!」

「は!? ひこうわざ!? ナンデ!?」

 

イーブイの首のもふもふから何故か羽毛が舞い散り、それらが鋭利な刃のようにクサイハナに直撃する。

 

「俺たち気づいちまったんだよな、イーブイ!」

「えぼぼ!」

 

後ろのリーリエにも聞こえるように大声で。

 

「俺のイーブイは! 前回戦った相手が使った技も『まねっこ』できる! その戦闘を覚えていられる!」

「あ、アァ? どういうこった?」

「こういうことだよ……『まねっこ』、かえんほうしゃ!」

「えぼぶぉ───ッ!!」

「ほげえええええ!? 避けろおおおおお!!」

 

本来ポケモンが覚えられる技は四つ。

頭が良いとされるポケモンでも、基本的に使える技は四つまで。それがポケモンの断り。正確に言えば、使いやすさとか使い分けとか癖とか色々あるんだろうけど……少なくともイーブイは、四つしか技を出せないはずだった。

 

それが今は。

 

「『まねっこ』」

「えぼぼ!」

「そらをとぶ!!!!」

「飛んだァ───!? スゲェ───!?」

 

夕陽よりも高く、イーブイが舞い上がる。

物理も化学も関係ない、なんてことはない()()()()()

 

「見て、リーリエ」

「空を……飛んでます」

「イーブイは……空を飛べないって道を与えられたから空を飛んで無かったんだ。けど、空を飛ぶポテンシャルは待ってたんだよ。『まねっこ』なんて技を覚えるんだからさ」

 

これがイーブイの選んだ、与えられずとも選んだ道。

やっぱ俺の相棒は最強だね!

 

「俺たちで奇跡を起こそう」

「……はい」

「欲張って、全部を幸せにしよう」

「はい!」

「……見てて、リーリエ。『まねっこ』……!」

 

旋風にのっていたイーブイが急降下する。

その短く小さな肉球に、燃えたぎるオーラを宿して。

オーラは肥大化し、イーブイ自身と同じくらい大きくなり、1番大きくなったタイミングで……。

 

「ドラゴンクロー!!」

 

刹那を持って、振り下ろされた。

 

 

 

 

「あ、しもしもボス? おたくの下っ端にケンカ売られてポケモンバトルしたけど1ターンもあげずにノーダメキルしたよ。ざぁこ♡ざぁこ♡ もっと下っ端教育しろ♡ それじゃね」

『待っ』ピッ

「あのオッサン良い声で『マ゛ッ』とか言ってるんだけど超ウケる」

「…………」

「ウケるよなぁ!?」

「ひいっ!! ウケます!! ウケます!!」

「笑えよ」

「は、はいっ!! あは、あははは!!」

「なぁ!! ウケるよなぁ!! ははははは!! ははははは!!」

 

涙目の下っ端を踏みつけ瞳孔の開いた瞳で狂ったように笑う彼を背に、彼女は───を抱え上げた。

緑色のおめめが宝石みたいで綺麗だな、と思う。

 

「とても綺麗でした」

「えぼ?」

 

何を言ってるのかは理解できないけれど、なんとなく褒めてくれているのだけは伝わる。

 

「あなたの起こしてくれた奇跡が……私に勇気をくれる」

「えぼぼ」

「私、決めました。母様も、…………その、あの人も。欲張ってみせます」

 

何かで悩んでいたのがふっきれたようだ。

……それが、己のおかげでふっきる決心がついた、と?

 

なんだか誇らしい気分!!!!!!!

 

「ふふ、そんなに胸を張って……でも、本当にかっこよかったですよ」

「えぶぶ……ぶい!」

「やっぱりかわいいかもです……」

 

耳の付け根のあたりが最高のなでなでポイントなんだ。

もっと撫でてもいいよ。などと考える。

 

「あなたはどうして……クロウさんといっしょにいるのですか?」

 

そんなもの覚えているものか。ただなんかすごく、命をかけるには微妙な動機だった気がする。

 

「……えぼぃ」

「ふふっ、ふふふ! ……かわいい〜……♪」

 

こうして彼女に撫でられるのは、彼女と出会って何回目だったか?

気がつけばブラッシングとかもされてたような気がする。たぶんされてた。眠くて覚えてない。

 

そうだった。毛繕いなんて、もうしばらくやってない。

最後にしたのは、あの洞窟の中───。

 

「ぷいっ!!」

「わ。急に頭を振ってどうしたのですか?」

「ぷぷぷ〜」

「ぷ、ぷ、ぷ?」

 

そんな悪い思い出は忘れるに限る! そんなもの、知っている人だけが知っていればいい。

自分の出自や過去など、絵本にでもするのが適当だろう。

 

嗚呼、できればもう一度。

 

空を飛んで、愛するこの地を眺めたい。

 

「えぼぼ〜♪」

 

イーブイは、小さな頭でそう思った。

 

 

 

 

「笑えよ! なぁ! せっかくのデートをよお! 台無しにしてなぁ! 笑えよ!」

「すんません! すんません! あははは!」

「なにヘラヘラしてんだ殺すぞ!!」

「すんません!!! すんません!!!」

「笑えよ!!」

「はいっ!!!!」

「笑うな!!」

「はぃぃぃ!!!!」

 

そう、思った!!!!

 

おわり!!!!!!!



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番外編 カントー昔話「イーブイヒーローズ」

カントー地方のどこかの森の奥にあるという、小さな小さなポケモンだけの集落。

ヒトカゲもゼニガメもフシギダネも、ピカチュウだって群れを成してそこに住んでいます。

ここからここまではヒトカゲ達の縄張り。そこから先はゼニガメ達の縄張り。

そうして、野生のポケモン達が同じ種族を集めて、みんなで暮らしていたのでした。

その集落の、イーブイ達の縄張り。

今日もイーブイ達は飛んだら跳ねたり、木漏れ日でおひるねしたり、じゆうに気ままな暮らしをしています。

 

 

ねぇねぇ、進化先は何にする?

 

僕はエーフィかな! エスパーの力を使いこなしたいし!

 

じゃあこんどエスパーポケモンの縄張りに行ってみよう! 前にエーフィになった人はエスパーポケモンに修行して貰ったんだって!

 

 

イーブイたちの話題は、いつも進化先の話で持ちきり。

それもそのはず、イーブイというポケモンはたくさんの進化先があるほです。

ほのおタイプのブースター。みずタイプのシャワーズ。くさタイプのリーフィア。

進化先が二つあるポケモンもいないことはないのですが……イーブイのようにたくさんの進化先を持つポケモンは、そうそういません。

言うならば、可能性の塊です。

 

 

…………。

 

 

おや? 先ほど話していたイーブイたちから一歩離れて、聞き耳を立てている子がいるようです。

寝たふりをしていますが、尻尾が動いているのでよくわかります。幸いにも、気づかれたいないようですが。

 

 

ぼくは誰も見たことない進化をするんだ!

 

 

と意気込み、自分が前例のない進化をすることを今か今かと待っているようです。

……まぁ、そのせいで……。

 

 

あれ、また寝てるよ?

 

いい加減進化しないのかな?

 

あれじゃない? 進化に欲しい石が見当たらないんじゃない?

 

あ〜。それならちょっとわかるかも。進化の石ってなかなか見つけられないよね

 

今度一緒にさがそって誘ってみる?

 

 

お昼になるにつれて、イーブイ達はそれぞれ自分のしたいことをしに出かけます。

きのみを集めたり、進化の石を探したり、他のポケモンとお話したり。

そうやってイーブイ達が集落から全員出たころ、ようやく寝たふりをしていたイーブイが起き上がりました。

イーブイが集落を出るのはいつも最後。

みんながいなくなってから、みんなとは真反対の方向に行きます。

森を抜け、岩を飛び、川を渡ったその先の先。

滝の麓で、イーブイは水を飲みました。

 

 

ここならきっと、見たことのない進化の石があるはずだ。

 

 

足元に転がる、細かくてじゃりじゃりした石も。

川の底に沈んでいる、ちょっと尖った石も。

自分をまだ誰も見たことがない姿に変えるかもしれない、進化の石なのかもしれないのです。

イーブイはいつものように、川の周辺を駆け巡りました。

この石でもない、この石でもない。

……おや? イーブイは遠くの方に、何かを見つけたようです。

あのごつごつとした大きな岩! 湧き出るオーラ! 間違いありません、進化の石です!

イーブイはようやく念願の、新しい姿を手にあれるのです!

ウキウキしながら、岩に飛びつきました。そうして岩にすりすりと頬擦りをしていると……。

 

おや?

岩が動き始めました。

慌てて飛びのくイーブイ。

岩がゆっくりと振り返ります。

……このシルエットは……ゴローニャです!

鋭い眼光がイーブイに突き刺さります。

 

 

いま、何かしたか?

 

 

イーブイは全速力で逃げ出しました!

後ろを振り返らず、ただただ逃げました!

怖くて怖くてたまらない!

 

 

……やっぱり怖いのかな、オレ……

 

 

ゴローニャがそんなことを考えているとはつゆしらず、後ろを振り返ることなく走り、走り、走り続けて……。

ぼちゃん!

イーブイは川の深いところに落ちてしまいました。

嗚呼、嗚呼、もっと自分が強ければ、きっとゴローニャなんかに負けない。もっと強くなりたい。もっと強い進化先が欲しい。

イーブイは不幸なことに、泳ぐことができませんでした。

ばしゃばしゃと水面を叩き、沈みゆく体を必死に支えようともがきます。

悲しい。悔しい。恥ずかしい。

身体が沈む間にも、川の流れはイーブイを流していきます。

枝分かれした水流はゴローニャの方ではなく、もっと森の奥の方へ。集落からどんどん離れて、水は勢いを増します。

 

 

……シャワーズなら!! シャワーズなら水なんかもろともしない!

 

 

もし流されたとしても、ゴローニャの方向へ進むことだってできたでしょう。

しかし今は弱いイーブイの身。毛は水を吸い膨らんで、どんどん重くなっていきます。

やがて顔すらも沈んでしまい、イーブイは息ができなくなりました。

 

たくさん水を飲み込み、咳き込み、どんどん苦しくなっていきます。

もがいてももがいても、誰も助けてくれませんでした。

強くならなければ、自分を守ることはできないと、イーブイは痛感しました。

 

 

来世では、もっと強いポケモンになりたい───

 

 

水面に腕を伸ばしながら、イーブイは意識を手放しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水の音がします。

水が滴るような静かな音ではなく、ドドドド!といった滝の音です。

あまりのうるささにイーブイは目を覚ましました。

見ると、天井から滝が。どうやらここは洞窟のようです。

 

イーブイが意識を手放した後、小さな体は尚も水流に流され続け、大きな池に辿り着きました。

その池の底には穴が空いていて、池の底から洞窟に繋がっていたのです。

その洞窟に落ちてしまったイーブイは……空を飛ぶでもしないと、帰れそうにもありません。

 

 

……あれ? どうして洞窟の中でも目が見えるんだろう?

 

 

ふと疑問に思い振り返ると、そこには水の煌めきを宿したようにキラキラと輝く宝石がたくさんありました。

これはみずのいし。イーブイが使えばシャワーズに進化することのできる奇跡の石です。

もしもイーブイがシャワーズに進化すれば、滝を登って外に出ることができるのかもしれません!

 

 

でも、誰も見たことのない進化……。

 

 

いえ、そんなプライドは捨てるべきです。命には変えられません。

イーブイは恐る恐る、みずのいしに触れました。

すると、呼応するようにみずのいしが光り輝き……!

 

 

 

 

 

何も起こりませんでした。

この石はみずのいしで間違いありません。どうして?どうして進化できないの? イーブイは考えました。

お腹がごろごろして、なんだか重い。

そういえば、先ほど溺れて水を飲んだ時。

何か石を飲み込んだような……?

 

 

かわらずのいし

 

 

イーブイの顔が青ざめます。

もしもそうでなければ、今イーブイは進化できているはずなのです。

いや、まだだ。吐き出せばまだ進化できる。

 

イーブイは水を飲みました。

たくさんたくさん水を飲み、たくさんたくさん吐きました。

お腹が空いても、風邪をひいても、たくさんたくさん飲んで、たくさんたくさん吐きました。

逆立ちして、転がって……頑張って。

たくさんたくさん。

たくさんたくさん。

たくさんたくさん、たくさんたくさん。

たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさん、水を飲んでは吐きました。

 

イーブイは、進化できなくなってしまいました。

 

涙がぽろぽろとこぼれ落ち、天井から落ちる滝と一緒になって混ざりました。

どれだけみずのいしに願っても、光り輝くだけで力を与えてくれません。

ここで、誰にも見つからずに死んでしまうんだ。

イーブイは自分の毛皮を舐めました。

吐いてぼろぼろになってしまった舌で、最期の毛繕いをしました。

そうして全てを諦めて、イーブイは眠りにつきました。

 

やがて洞窟の水深は徐々に増していき、眠りについたイーブイはゆっくりと水に浮かびました。

地上で雨が降って水圧が増したのか、それとも水ポケモンが池で暴れたのか、それは誰も知りません。

ただ、イーブイの冷たい体が流れていくだけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タマムシシティのとあるビル。その水路の横でイーブイは目覚めました。

そばを流れる水の音が怖くて、イーブイはよろよろと高いところを目指します。ずりずりと這いつくばって、人間もポケモンもいない場所へ。

水が階段を滴り落ちます。

それでも上に行くしかありません。

あそこに、部屋がある。

とびらも開いている。

人間もポケモンもいない。

とにかく、今日はここで……この高い場所で寝よう。

嗚呼、疲れた。

イーブイは再び眠りました。

 

 

 

 

 

「ほぉ……今日からここを使っていいのか……ってうお!? ポケモン!?」

「……エボ……」

「わ、悪いけど出てってくれねえか。ここ、今日から俺が使うんだよ」

「エボボ!!!!」

「いってぇ!? わ、わかったよ! わかった! お前の邪魔にならないようにするから!」

 

 

 

 

 

イーブイは誰かが階段を登ってくる音を聞きつけました。

今の自分は健康そのもの。あの男以上に邪魔になるようなヤツならこの手でぽこぽこにしてやる。

そしてその扉が開かれた時。

 

「ブイ!」

 

渾身のぽこぽこは効きませんでした!

こいつ! つよい!

 

「ぶい」

「おっちゃん! こいつください!」

「えぇ……? ま、まぁいいが……顔……」

「俺の顔は無事! よしお前! お前よしお前! お前俺とこいお前!」

「……ぷいっ」

「!?」

「そいつは気性が荒いんだ。元からここに住み着いていたし、ゲットしてくれるなら助かるが……」

 

そうして少年は……彼はイーブイを見つめます。

何見てんだよ、と言わんばかりに目に手を突き刺そうとしました。

が、どうやらあまり威力は無かったみたいです。

 

「イーブイ」

「ぽい」

「オレ、アイタイヒト、イル。オマエ、オレノヨウジンボウ。オマエ、ツヨクナル」

「ぶぃ……」

 

強くなる?

 

「キノミタベホウダイ」

「へぽぉい!」

 

ダメおしされたら仕方がない。

モンスターボールに収まってあげました。

 

「イーブイ。俺はこのカントーで、会いたい女の子がいるんだ。名前はリーリエ。でもその子を探すためには、すごく時間がかかる。本当に、俺でいいのか?」

「……ぶぃ?」

 

何を言われてるのかはわからないけれど、なんとなく、覚悟を問われているような気がします。

一度死んだと思ったこの人生。どうせなら、旅をするのもいいかもしれない。

 

「ぇぽぉい!!」

 

イーブイはそう鳴きました。

 

「まぁ……悪いようにはしないよ。行こうぜ、イーブイ」

 

 

 

「ぇぼい!!」

 

 

 

イーブイは今、幸せです。




溺れてカントーに来たポケモンと泳いでカントーに来た人間のお話。


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アローラの似合う季節

思えばこの世界に来る前も、季節の変わり目ははっきりしていた気がする。

春が過ぎれば夏になり、朝起きたら死ぬほど暑い日の始まりだった、なんてこともザラじゃない。

どうやらそれは、この地でも同じなようで……。

 

「…………」

 

マサキは死んだコイキングのような目をして椅子に横たわっていた。

片手に持つうちわが一ミリも動いていないことから、既に相当の気力が失われていることがわかる。

 

窓から降り注ぐ灼熱の日光がフローリングで反射され、みさきのこやは山の近くということも相まってサウナのような状態になっていた。

ちなみにマサキがダレている理由はもう一つ。

 

「……エアコン修理業者……来ないっすね……」

「…………」

「博士?」

「…………」

「死んでる……」

 

まだ春が過ぎて一月も立っていないと言うのにこの蒸し暑さ。

リーリエのキャンピングカーのエアコンが壊れていないだけまだマシか。室外機代わりのファンの音がここまで聞こえるけど。

 

「……くろうくん」

「あ、生きてる」

「とけないこおりを……持ってきて……。治療に……役立つから……」

「でもルザミーネさんエアコンガンガンにきかせて寝てません? とけないこおりとか要らないんじゃ?」

「ぐぅ〜〜〜……」

 

マサキの汗が床の書類に落ち、じわりとインクがにじむ。

 

「…………というか……クロウくん」

「はい」

「なんでクロウくんは汗一つかいてないんや……」

 

明鏡止水。心頭滅却。

神経を研ぎ澄まし、ただ自らの血管に酸素を運ばせることに集中する。

そうすれば、初夏の暑さなどどうということもない。

あとリーリエに汗臭いって思われたくない。リーリエに触れた時に手汗凄いなとか思われたくない。

故に気合い。気合で汗は引く。

 

「ヨガです」

「すごいなヨガ……」

 

チャーレムも顔負けの無我のポーズ。

煩悩退散。煩悩退散。

リーリエと花火に行きたい。リーリエの水着の水着が見たい。リーリエのノースリーブが見たい。リーリエと梅雨の土砂降りに降られて雨宿りして二人だけの空間を作り出したい。

煩悩退散。煩悩退散。

 

「……集中してるとこ悪いんやけど、電話鳴ってるで」

「ふむ。もしもし」

『俺だ』

「あ、ボス」

『シオンタウンの調査はどうなっている』

「そんなんあったっけ?」

『…………』

「…………行かなきゃダメぇ?」

『ダメだ』

 

悲しい。

シオンタウンの調査ってアレだろ? シブ老人だかなんだかが今何してるのかって話でしょ? なんか連絡網に来てたよ。だからオカルト本の供養とか俺自身の不幸のお祓いもまとめてやっちゃおうと思って受けたんだけど……。

遠いんだよなぁ〜〜〜。

 

『任務ができないと言うのなら、大切な娘の安全は保証できぬな』

「うるせぇな殺すぞ。わかりましたよ、行きますよ」

『ころ……。まぁわかった。報告を楽しみにしている』

 

だいたい、おじいちゃん介護の報告したところでRR団になんの利益があるのかね?

シオンタウンってゴーストいるらしいじゃん? やっぱポケモンとはいえゴーストはきついっす。

 

「なんの電話なん……?」

「シオンタウン旅行が決まりました」

「しおんたうん……。うん? シオンタウン?」

 

と、ここでマサキが本日初めて機敏な動きを見せた。

過去数週間分の新聞をひっくり返し、その見出しの文を見て何やら呟いている。

 

「これでもない、これでもない……」

「えっと何を……?」

「シオンタウンに関する何かがあったはずやねん! なんか見た気がするんよ!」

「えーと……? 『怪奇!シオンタウンに現れた謎の洋館』……。これですか?」

「それや!!!!」

 

適当に手にとった新聞がビンゴだった。

写真にはシオンタウンの塔の上から撮ったと思われる、森の中にそびえ立つ見事な洋館の写真が。

望遠鏡付きカメラで撮ったのか、結構良い画質で撮れているけど……なんか、なんか違和感があるなこの館?

んんん〜〜〜?

 

「リーリエはどう思う?」

「ひゃっ!?!?!? 気づいていたんですか!?!?!?」

「うお!? いたんかいな!?」

 

具体的にはみさきのこやに入ろうとした時に俺が電話している声が扉越しに聞こえて邪魔にならないようにそーっと様子を伺いながら入ったところから気配と香りでわかってたよ。リーリエが来た瞬間このむさ苦しい空気が一気に華やかになったもんね。

全くもうリーリエったら気配りができる女の子♡ 良妻賢母♡

 

「で、リーリエはこの写真になんか思うところはない?」

「えっと……。……ん……あの、気のせいかも知れないのですけど、館の周りが森に囲まれ過ぎてないかと……」

「……あ、ホンマや。この館どこから入るん?」

 

確かに、館の周りが文字通り森だけしか無く、玄関に続く道も庭も何も無い。

まるで森の上から館で押し潰したみたいな配置のされ方だ。

 

「ん? なんや、ここにも変なポケモン出るらしいで」

「変なポケモン?」

「見たことありそうで見たことないポケモンが出るっちゅうことらしいで」

 

なんだそれ。新しいリージョンフォームとかそういう?

 

「とりあえず、オカルト本のお祓いとかもしなきゃだし一緒に調査してきますよ。珍しいポケモンだったらゲットしてきます」

「わ、私もお供します! クロウさん無茶しますから」

「お、ならわいも……と思ったけど、そうすると看病する人がおらんくなるな。病人一人残して旅行ってわけにもいかんし」

「あ……」

 

リーリエの視線が、俺と窓の外……キャンピングカーの方向を何度も行ったり来たりする。

ここまで心配されてると嬉しいけど、ここは俺一人でシオンタウンに行った方が良いだろう。

リーリエ、と口を開こうとしたときマサキの手が俺の前に突き出された。

 

「まーまー、みなまで言うなや。ここはワイが留守番するから二人で言って()ぃ」

「えっ……ですが、それでは……」

「ええねんええねん、若い内は旅するべきなんよ。リーリエちゃんその歳で真面目やねんから、たまには色々見て周り」

「す、すみません……ありがとうございます」

 

大人〜〜〜!!!!

エッ!? 待って!? リーリエとのシオンタウン旅行!? 二人きりで? やったぜ(感無量感謝感激天上天下唯我独尊)

新婚旅行だね♡ は? リーリエは誰の嫁でもなくただそこにいるだけで尊い存在だろうが殺すぞ。同担拒否レベルMAX。

 

「ほなお留守番のためにはよクーラー直さなアカンな」

「自分でやるんですか。手伝います」

「おおきにな。工具とってくるわ」

 

肩を回しながら家の奥へ向かうマサキを横目に、リーリエがちょいちょいとこちらへ手招きする。白くて柔らかいおててが可愛いね。

 

「シオンタウンへはどう行くんですか? やはりワープ装置で?」

「の、つもりだったけど……どしたの?」

「いえその、ええと……ワープ装置は使わずに、歩いて行きませんか?」

「良いけど……遠いよ? なんでわざわざ」

「そ、それはそのぅ……」

 

そう言って赤面するリーリエ。誠に可愛らしい。

 

「あー……0.6キロくらい気にしないでもすぐに落ちると思うよ?」

「!?!?!?!?!?」

「むしろご飯を食べたらしばらくはそれくらい増えるし、リーリエはいつも家事やってるから運動もしてるし、もともと痩せてるし……。なにより見た目に出てないから気にしないでいいと思う」

「クロウさんのばか!!!!」

「ありがとうございますッ!」

 

ほっぺた叩かれちゃった☆

というかなぜ……。褒めたじゃん……。

リーリエ、スレンダーでとっても可愛いのに……。

 

「とにかく行く時は歩きで行きます!! クロウさんはワープ装置でもなんでも使って先に行ってください!! 準備がありますので、それでは!!」

「えっちょっ、行くよ! 俺も歩きで行くよ! ごめんって!」

 

あぁ〜……。帰っちゃった……。

何がリーリエの逆鱗に触れたんだろう……マジでわかんねえよ……。

 

「今のはクロウくんが悪い」

「博士ぇ……俺どうしたら……」

「旅の道中で『ケンタロス乗るぅ?』とか言わへん方がええで」

「えぇ……どうして……」

 

とにかく、リーリエが明日にでも出るつもりだとしたら俺も準備をしておかねば。しておいて損はないし。

ときたま郵送で送られてくるRR団の支給品やレポートに使う文房具などをリュックに詰め込み、カメラ……は没収されたんだった。

 

「それと……オカルト本」

 

リーリエとのデパートデートの際に引き取った、ゴーストポケモンが棲みついていた本。

人間がポケモンになる方法、だっけ?

内容はそこそこ気になるけど、この情報がルザミーネの治療に使えるとは思えん。そういえばボクレーの葉の茶はどうなったんだろう。まぁこちらになんの情報も無いということは、もし効いたとしてもそこまで劇的な力じゃ無さそうだ。

 

とにもかくにもこの胡散臭い本はお祓いして焚書とかしてもらったほうが良さそうだ。

なんとなく……嫌な気配を感じる。力が欲しいか?とか聞いてきたし。ロクなもんじゃねえよきっと。

……あーあ! やることが山積みだ! この鎖で縛られたモンスターボールも早く出さないとストレスやばいだろうし! でもどこで出せば良いんだよ!

それにウルトラビーストは!? フードの男は!? あぁもうどうしたら!?

 

「クロウくんが百面相してはる。そんなことより、冷房直すで」

「うぅ……はい……」

 

夏休みの宿題かよと嘆きたくなる気分を抑え、俺はマサキの持ってきた工具を握った。

 

「クロウくん、それ持ったまま脚立抑えてくれへん?」

「はーい」

「このネジ外したら……はい、クロウくんパス」

 

割とでかいネジを渡される。

ちょいちょい、と空いた手で何かを訴えていたので先ほど持った工具を渡すと、マサキは満足げに修理を進めた。

 

「クロウくんって気が効くなぁ」

「そうですかね」

「ホンマよ。周りに気を配ってばっかな気がするわ」

「それはリーリエでは? 料理も洗濯も掃除も、大体リーリエがやってくれるじゃないですか」

 

俺が今着ているこの服も、リーリエがせっせと庭先に干してくれているから太陽の匂いがするのだ。

 

「俺、家事できないですもん」

「そうなん? リーリエちゃんの手伝いとかしてるイメージあるんやけど?」

「ここにやってきてから初めて家事をしましたよ? 頑張って覚えました」

「へぇー……。やったことない人は一生やらへんもんやと思っとったわ。わいが最もたる例やな。最初は家事もしてたけどめんどくさくなってもうたわ」

「まぁ……リーリエの隣に立つなら、それくらいはできないといけないなって思って」

「またか! ホンマにリーリエちゃんが好きなんやなぁ」

「はい。……あの子は俺の生きる希望です」

 

ポケモンに……リーリエに出会わなかったら、俺は最初にこの世界に来た時点で生きるのを諦めているんだろうな。

泳いでカントーに行くなんて、とてもとても。

 

「クロウくんのそういうシリアスでロマンチストなとこ好きやで」

「いやいやいや! 本当のことですよー」

「嘘つけwww カッコつけてリーリエちゃんに取り入ろうとしてるくせにwww バレバレやでwww」

「生意気なんですけど! こうしてやるわ! 落ちろ!」

「うわっ、揺らすなッ、落ちるぅ!?」

 

ガタガタゆれるマサキとケタケタ笑う俺。

なんとなく、歳が近いような気がして気が許せる!

 

そういえば博士の夢ってなんなんだろう。

今でこそルザミーネの治療研究に没頭しているようだが、リーリエが来る前はもっとやりたかったこともあっただろう。

俺がしっかりしなきゃ。ルザミーネを早く元に戻さなきゃ。

そうすれば、みんなそれぞれの道に戻れる。ハッピーエンドになる。

マサキはポケモンの研究を再開できるし、リーリエとルザミーネはアローラへ戻ることができる。

それで、俺は……。

 

……俺は…………。

 

どこに帰ろう…………?

 

「…………」

「……クロウくん?」

「………………」

「ふーむ?」

 

何を思ったか、マサキは俺の頭に手を乗せた。

そのままぐりぐりと撫で回す。

存在するべきじゃない俺の頭を、撫でやがった。

 

「リーリエちゃんのこと頼んだで」

「…………はい」

「無茶すんなよ」

 

今は、どうでもいいか。

守ろう。この家を。

扉が開いたらリーリエがひょこっと顔を出すようなこの家を。

 

「……くろうさん……怒ってないですか……?」

「全然怒ってないよ」

「ほんとですか……?」

 

護ろう。この空間を。

リーリエの声を聞いて腹を空かせ、イーブイが飛び出してくるようなこの空間を。

 

「えぼ!」

「飯の時間はまだやのに、リーリエちゃんが来ただけで出てきよったでコイツ」

「食いしん坊さんですね!」

「犬になればリーリエにあーんしてもらえる……? わんっ

「えぇ……???」

 

そしたらきっと、明日もいい日になる気がする。

 

「……」

「あ……。鎖のボールですね」

「コイツを出してみようと思う」

 

そのために、力が欲しい。

 

「え……」

「クロウくん……?」

「大丈夫っすよ、みんなのことは絶対守るので」

「ちょちょちょ、いま無茶はせんって言うたやん!」

 

2人の静止を聞かずに外に出て、ボールを構える。

 

「クロウさん!」

「……出てこい」

 

投げたボールが弾けて……。

 

 

 

 

 

「ダネ」

 

 

 

 

 

「「「フシギダネ!?」」」

 

「……? ……。 ……? ダネダネ!!」

 

にっこり。

こんなポケモンが凶悪なんて、ふしぎだね。

 

「ダネェェェアアアアア!!!!」

「うわいってぇ、やっぱコイツ凶暴だ!」

「クロウくんボール! 捕まえてはよう!」

「オラァ!」

「弾かれてます! リザードさん、お願いします!」

 

 

 

 

そんな感じで、鎖のポケモンはフシギダネでした。

俺の覚悟返せ。



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この女……ッ。自分の可愛さをわかっている……ッ!

右腕を怪我した。

フシギダネをボールに押し込める時に、やつの攻撃がしたたかに俺の腕をぶち打ったのだ。

怒ると怖いリーリエがキレて一言、『許しませんよ』と呟いたことでフシギダネはなんとかボールへ収まったが、今は俺のボールホルダーでガムテープぐるぐる巻きにされてる。そりゃ怖いもん。時折ガタガタ揺れるのがさらに怖い。

ボールと同じく包帯ぐるぐる巻きになった右腕を庇いつつリュックを背負って外に出てみたが……珍しい人が外に出ていた。

 

「ハンカチは持った? おこづかいは足りてる? 何かあったらジュンサーさんを頼るのよ。それから、それから……」

「恥ずかしいです母様! ハンカチは2人分ありますし現地で宿泊する事態になった場合の用意もあります! それにクロウさんとは地が割れ海が唸り空が裂けても絶対離れることはあり得ませんし大きな事件は無いと思います!」

 

ルザミーネだ。

たまたま覚醒するタイミングが被ったのか、リーリエのお見送りに来ているようだ。

髪のツヤも良くなったし、痩せていた頬もなんとなく血色がいいように思える。産後の母みたいなやつれた印象だったけど、今は普通の美人さんって感じだ。少しずつ良くなってきているようで安心したよ!

 

「ルザミーネさん、おはようございます」

「あら、噂をすればナイトが来たわよリーリエ」

「もう母様!!!!」

「お元気そうで何よりですよ」

「いえ、美味しいお茶をありがとう。この子をよろしくね」

 

この子をよろしくね、か。

ウツロイドの毒が残っているルザミーネなら、「親がついていけない時に外に出るなんて!」と癇癪を起こしそうなものだったけど……。

どうやら治療の様子は本当に良好らしい。よかった。

 

「何か欲しいお土産などはありますか?」

「そうねぇ、子供?」

「母様ッ!!!!」

 

子供……子供なぁ。

シオンタウン近くで出現して、何か有名なポケモンっていたか?

子供ってことはタマゴで良いんだよな? さすがに親子のポケモンから子を攫ってこいってわけじゃ無いだろうけど……。

もしかして、シオンタウンに預け屋さんとかが出来たのだろうか。もしそうなら、ルザミーネの要求である子供ってのも満たせるはず。

 

「わかりました」

「クロウさん!?!?!?」

「ウフフ! 楽しみにしてるわね」

 

え。

種族とか、どんなポケモンのタマゴがいいとか……そういう指定無いのか?

マジで子供に飢えてるのかな。リーリエも本編よりもだいぶ大きくなったし、寂しいのかもしれない。

 

「ふぁ〜。おはようさん3人とも。……もう行くんかいな。行ってら〜」

「わたくし達は朝食にしましょうか、博士?」

「うぃ〜」

 

マサキもなんとか間に合ったみたいだ。

外に出ているのも暑いだろうし、俺たちもそろそろ出発の時だろう。

 

「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待ってください、心の準備が……」

「じゃあ、行ってきます。行こう、リーリエ」

「心の準備が〜!」

 

なにやら目をぐるぐるさせたリーリエと共に、俺たちは少し早足で旅の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

途中までは見慣れた道。

だが、新しい靴を履けば世界が変わって見えるように、リーリエと旅に出ているというだけでいつもの道路も未探索の地のように思える。

時刻にして朝の9時ちょっと前ほど。

明朝であれば頭上を鬼のように飛んでいたであろうポッポたちもどこかへ消えた。

 

シオンタウンへの道のりは主に二つ。

みさきのこやを出てすぐのお馴染み24番道路を通ってハナダシティへ向かい、そこから分かれ道だ。

一つ。9番道路、続いて10番道路を通ってイワヤマトンネルへ向かい、トンネルを抜けた先にシオンタウン。

一つ。5番道路の先のヤマブキシティから8番道路へ出て、その先がシオンタウン。

まずはハナダシティへ向かってそこからどちらへ歩くかはその時に決める。

まさに旅って感じだ。よきかな。

 

「リーリエ、荷物は重くない?」

「だ、大丈夫だと思います」

「辛くなったら休憩を取るからいつでも言ってね」

 

そして俺は!! 今!! 猛烈に感動している!!

リーリエの今の格好を見ろ!

純白のつば広帽子に、清楚で汚れの一つも無いプリンセスラインのノースリーブワンピース! 帽子のリボンがワンポイント! プリティー!

そしてそのお嬢様然とした姿に似合わない無骨なスポーツバッグ! 荷物がパンパンに入っている! 重心傾きそうになって慌てて抑えてるのかわいいね!

もうわかるね!! わかるよね!!

そう!!!!

リーリエは今、SM本編と同じ格好をしています!

オタクくん見ってる〜? 俺は見てる。リーリエのこの尊すぎる御神体のような姿をまじまじと見て涙している。いや、御神体ではない。リーリエが神だ。神の身体とかそんなしらけた物のような存在ではなく、リーリエが、リーリエそのものが神なのだ。

今この時をレポートできていたのなら、きっと俺は後世にこの姿を伝え続けるだろう。

リーリエの姿を映し出した絵や写真は美術館に飾られ、歴史書に載り、国旗になる。

吟遊詩人が彼女の可憐さを歌い世界を練り歩く。

これこそがアルセウスが最も最初に生み出した究極の美しさを備えた人間。いや、アルセウスがどれだけ力を出しても作り出すことができないだろう! 世界はリーリエのためにある!

世界があってリーリエがいるのでは無く! リーリエがそこに在り、後からアルセウスが彼女の美しさ可憐さ淑やかさを引き立たせる世界を作りあげたのだ!

嗚呼、きっとその全てを前にしては、海も大地も時間も空間も、理想と真実ですらひれ伏してしまう。

キャー! こっち見てー! ファンサしてー! 肩にちっちゃいセレビィ乗ってんのかい! いよっ! 精霊王ー!

 

「……クロウさん? どうしたんですか? 私の顔に何か?」

「あぁいや、ぼーっとしてたというか。そのカッコも懐かしいなと」

「そういえば、初めてお会いした時もこの服でしたね」

 

ひらり、とその場で一回転するリーリエ。は? 至福だが? 今ので視力が5万は上がったよね。

カコッ、という石畳を鳴らす音に気づいて足元を見るが……そう言えば靴も本編と同じものだ。

白いローファー……と言えば良いのだろうか。

 

 

「その靴歩きづらくない? 大丈夫?」

「大丈夫です! こう見えても、アローラの島のこの格好で旅していましたから」

「ならいっか」

 

数ある靴の中からわざわざ歩きづらいこの靴にした意味はなんだろう?

リーリエの旅装束と言えば、俺からすればがんばリーリエのスタイルなんだけど……リーリエ的にはこちらのほうがしっくりくるのだろうか。鞄もがんばリーリエの時のリュックではなく、スポーツバッグだしなぁ。

……いや? もしかして……今回の旅はがんばリーリエになるほど覚悟がいらないということか……? がんばら無くても良いと……?

不覚……ッ! 一生の不覚……ッ! この旅、絶対楽しいものにしてみせる……!!

 

「ハナダシティが見えてきたな……。リーリエ、体力は大丈夫?」

「はい。……と言いたいのですが、ハナダについたら一度どこかに立ち寄ってお昼ご飯を食べましょう」

 

え、うそだぁ。ハナダに着く頃もうそんな時間?

ポケモンの世界ってその辺がかなり複雑というか、不可解だよな。

ゲームの道と今の世界の道。明らかに長さに差がある。

ゲームでは数十秒ほどで付きそうな道でも、実際歩いてみると結構長いんだ。まぁ、「人を数十人詰めたらパンパンになる街があるわけないだろう」と言われればそれまでなんだけど……。

なんて言えば良いんだろう? この世界における、物理的におかしい!って現象に対して……明確に調整が入っているような……。

 

「んん〜……なんだか道が長く感じます! 誇らしいです!」

「道が長く?」

「はい! 大人の証です!」

 

お???????(クソバカ)

 

「道が長く感じると大人って……どういうこと?」

「子供から大人へ成長する過程で、急に世界が広くなったかのように感じる現象があるようです。『視野が広まった』とも言うらしいですね」

「お〜??????」(ボケ)

「例えば……母様と私では、同じ道を歩いても感じる長さに差があるということです。母様の方が大人ですから、視野が広くて……ええと……」

「お〜……」(アホ)

 

つまり道を長く感じたら大人に近づいてるよってこと?

 

「じゃあおじいちゃんとかだとすげー長く感じるわけだ?」

「そうなりますね。ここから先は本で見たことになるのですが、子供と大人の体力の違いや、精神の成熟も影響しているらしい、と……」

「へ〜」

「子供の頃はこの地方にはいないと思っていたポケモンが、大人になって草むらに入ると急に目の前に出てきた。しかしそれは視野が狭いからいないと思い込んでいただけで、実はずっとそこにいた……というような具合です」

「ほぉ〜……」

 

……つまり、アレだ。

ゲームの殿堂入り後に他の地方のポケモンがゲットできるようになるのはそういう理屈だったんだ!!!!

なるほどなるほど、視野の広まり、ね。

軽い気持ちでシオンタウンに行くとか行っちゃったけど、もしかしたらすごく時間がかかるのかもしれない。俺の視野すげーから。もはや千里眼よ。道はめっちゃ長いし、野生のポケモンも他の地方どころか伝説とか幻が出ちゃうもんね。

あっ! 野生のレジギガスが飛び出してきた!

レレジジwwwwww ガガガガガガwwwwwww

 

「ふぅん。大人になれば視野が広まっていろんなモノを見ることができるけど、大人になると道が長く感じちゃう、か。大人になりたいような、なりたくないような」

「少し分かります。ですが、抵抗しても時間は過ぎるものです。どうせなら、今を楽しんで未来に期待するのも、悪いことじゃないと思いませんか?」

「良いこと言うね」

「やがて大人になるのに、今から大人になった際のデメリットを考えてもどうしようもありませんし。……ということで」

 

リーリエは駆け出すと、俺から少し距離を取る。

獅子の毛で作られた旗が誇らしげにはためくように、シルクより美しい御髪が翻る。

 

「今を満喫して、お昼ご飯を食べましょう! ハナダシティが見えてきましたよ!」

 

うーん、リーリエあざとすぎ案件キタコレ。

 

 

 

 

ハナダシティはやっぱりというかなんと言うか、『視野が広まった』おかげで広い街に見えた。

前に来た限りでは数軒しか無かった家屋の数が増えていて……いや、()()()()()()()()()()()()()()んだろう。

もちろん店だって、前まではフレンドリィショップ以外に無かったはずなのだが……こうして俺たちがサンドウィッチをテイクアウトしていることが視野の広まりを物語っている。フレンドリィショップ以外に……ポケモン以外に興味が出てきた、みたいなことだろうか。

まぁ俺の興味は最初からポケモン<リーリエだったんだけど。リーリエショップとかあったら逆にそれ以外が見えなくなってそうだ。視野が狭まってやがる。

 

「あっ、クロウさん、噴水がありますよ!」

「ハナダ名物だね。ベンチもあるしあそこで食べようか」

「はい!」

 

ベンチの上にハンドタオルを乗せ、リーリエを招く。

いやまぁ、手で埃を払っても良かったんだけどサンドウィッチ食べるしね。

 

「ありがとうございます」

 

リーリエは俺の隣に座ってきた。おほ〜こりゃたまりませんな。

待って? リーリエと噴水の煌めき、相性良すぎんか?

ベンチの背に噴水がある形だけど……時たま跳ねる水がリーリエと似合いすぎてる。

は??? 水色のリボンと水の輝きってそういうこと???

うっわぁ〜、今のリーリエにソーダとか飲んで欲し〜!! 瓶のソーダとか売って欲し〜!!

 

 

「ちょっと飲み物買ってくる」

 

俺の視野が広がったっていうことは、ハナダシティにないはずだったものがあるかもしれないんだ。

例えば建物。例えば店。例えば……人。

あからさまに人口が増えている。いや、いるのに気づかなかった。

そうだ。今は夏。夏の噴水の広場の周りに、ドリンクが買えない場所が無いはずがない。

唸れ俺の視野ああああああ!

なんとかなれええええええ!

 

「え〜、ドリンク、ドリンクいかがっすか〜。ミックスオレにおいしいみず、サイコソーダも売ってます〜」

 

ふ。

ふはっ。

ふはっはははははははは!!

これが俺の……広まった【視野】!!!!

 

「お兄さーん! サイコソーダ! 二つ!」

「お〜、毎度ありっす」

 

これは……大人にはいち早くなるべきかもしれない……ッ!

 

「リーリエ、ソーダ買ってきt…………」

 

……バカな……ッ!?

いつの間に俺は、リーリエとこんなに離れていたんだ……!?

目を離した隙に誘拐されたら? ポケモンに襲われたら? 地割れが起きて離れ離れになったら?

早く駆けつけねば。だが、なぜか距離が縮まらない。

こんな距離、すぐにでもひとっ飛びで…………まさか。

 

これが……視野が広まった代償……ッ!?

 

こんな顕著に出るもの!? 視野が広がっただけでしょ!?

なんだこれ!? 全然距離が縮まらん!! はよ狭まれ視野! リーリエしか見ないぞ俺は!

唸れ俺の視野ああああああ!

 

…………。

 

「おかえりなさいクロウさっ、えっ、なんですか!? なんでそんなに息を切らせているのですか!?」

「ハァッ……ハァーッ……。リーリエ……」

「は、はい」

「俺、一生子供でいい……」

「えぇ……」

「とにかく、飲み物……買ってきたから、飲んで……」

 

差し出したサイコソーダの瓶を困惑しながらも受け取るリーリエ。

まぁ形状は完全にラムネ。開け方もラムネだ。

ポン、と小気味良く蓋を開ければ、シュワシュワ弾ける音がする。

おぉ……噴水とソーダのASMR……。

 

「いただきます」

 

……おぉ……。

 

「んく……」

 

リーリエのごくごくASMRってマジ!?!?!?

あぁもう本当にリーリエしか見えない。

世界から、俺とリーリエ以外がいなくなったみたいだ。

水の音と、炭酸の音と、そして……。

 

「ぷはっ……」

 

その息遣いが……。

唇が艶かしく震えて……。

口周りのソーダを舌べろでなめとって……。

いやエロすぎんか!?!?!?

なんだこの女やば過ぎるだろ! 一挙手一投足が全部俺の性癖に刺さる!

うっわ夏やべー! 夏最高! ノースリーブの天使! ミニスカワンピの悪魔! いやぁ夏様様ですねぇ!!!!

 

「? どうしたんですかクロウさん。食べないんですか?」

「あぁいや、食べる、食べるよ」

 

長く短い瞬間だった……尊い……。

推しが俺の差し出した飲み物飲んでる……。

 

「いただきます」

「サンドウィッチは普段なかなか食べませんから新鮮です。はむ……」

 

うっひょぉかわええ!

サンドウィッチになりてぇ!!!!

推しの食事シーンを見ながら食う飯は美味い。まるで一緒に食べているみたいだ。

あっ、実際一緒に食べてるんだった! オタクくん見てる? リーリエは今俺の隣でご飯食べてます。尊いでしょ。

は? 今お前リーリエは俺の嫁とか言ったか? リーリエは誰の嫁でもねぇだろうが!!!! みんなの推しでしょ!!!!

 

「あ、クロウさんほっぺにケチャップが」

 

ほほほ! 口元拭われちゃった!

俺明日死ぬわ(予告)

なんだ!? めちゃくちゃツいてる! 死ぬほどキてる!

 

「ごちそうさまでした……。クロウさん、ハンドタオルありがとうございます」

「う、うん」

 

リリリィ、リーリエの、リーリエの下に敷かれたハンドタオルGET!?

永久保存版では!? い、いや、ここは勝手に洗濯される前にご賞味したほうが良いのか!? いや、待てよ、確かに変態な思考だけどさ、お前ら好きな子が尻に敷いた布あったらどうするよ!! 普通はちょっとドキドキするでしょ!!

うん!!!!

俺が変態だね! ごめん!

もう黙るわ! はい! サンドウィッチも全部詰め込みます!

 

「ところでクロウさん、知っていましたか? この噴水にコインを投げ込むと良いことがあるみたいですよ」

「コインを? 泉の女神みたいな話?」

 

もしもこの噴水に女神がいるのならきっとそれはリーリエに似た人なんだろうな。リーリエには及ばんけど。

……じゃあもうリーリエにコインをあげれば良いのでは? 俺はそれだけで幸せですけど?

 

「ポケモンと投げると良いことが起こる、というのが噂みたいです」

「ポケモン関連かぁ。……イーブイ?」

「えぼっ!!」

 

俺の肩に召喚されたイーブイ。重いよ。

何やらキラキラした目でこちらを見ているが……。何よ。投げろって言うの?

 

「じゃあまあ、500円で良いか……」

「えぼ」

 

イーブイの頭の上にコインを乗せる。

 

「はい、せーの、ぽーい」

「えぼーい!」

 

……ぽちゃん。

コインは天高く舞った後、普通に噴水の底に落ちました。

 

「……これであってる?」

「はい!」

「えぼぼ〜♪」

 

イーブイが楽しそうなら良いか。

 

「クロウさんとイーブイちゃんの信頼がより深まったような気がします!」

「……えぼ?」

「俺ら、また仲良しになったんだってよ、相棒」

「えぼ!」

 

……じゃあポケモン関連じゃないけど、俺もなんか願掛けしとくか。

 

「(この旅で、リーリエが怪我せずでもそこそこスリルある感じで日記帳がにぎやかになるようなイベントが起きますように。あ、でもリーリエがトラウマになるようなことはNG。あとポケモンに襲われるとか絶対ダメ。なんだろう、あれだな、追いかけられる系ならいざとなったら俺が抱えて走れるしその辺がいいかな。落ちる系はちょっと対象難しいからダメで、あとは滑る系とかもダメで……。できることなら一緒にルザミーネさんの治療薬探しも進められるといいかな。あとフードの男が来た時にリーリエに触れようとしたら手が焼ける魔法をかけてくれ。それから、リーリエがさっきから足をほぐしているようだからすぐにその痛みを解消するように。あとスポーツバッグの肩も食い込んじゃうと後になるからそのへんをふんわりさせること。それからそれから……)」

「……クロウさん? なにを願ってるんですか? 長くないですか? ……あれ? クロウさん? ぉーぃ?」

 

それからそれから、あとはリーリエの麗しい声が枯れてしまわないように喉に保護を……

 

「もう!!!!」

「えぼ!!!!」



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シオンタウンへの道のりキツすぎワロタァ!

アローラの本場であるハワイに行ってきました。リーリエはいなかったです。マラサダは美味しかったです。ポケモンGOでハワイ限定ポケモンであるキュワワーを捕まえてきました。マラサダは美味しかったです。


パタン。

枝が倒れ、道を示す。

 

「ヤマブキシティか」

「ナツメさんの街ですね」

「そういえばカフェで別れたまま連絡も何もしてなかったなぁ。ちょっと顔出す?」

「行きましょう!」

 

5番道路からヤマブキシティへ向かう道。

俺たちは休憩もそこそこに歩き出し、シオンタウンを目指す。

 

……そういえばシオンタウンの霊を見るためにシルフスコープだかなんだかが必要なんだっけ? それがヤマブキシティにあったとかなんとか。

まぁ、俺は別に塔を登ったとしてもゴーストと戦う理由は無いし、シルフスコープなんてあってもなくても変わらないけど。

 

何より、リーリエが危険にさらされる可能性がかなり低いというのがありがたい。

ポケモンセンターやフレンドリィショップもあるし、何か事件が起きそうならリーリエだけでもナツメに匿って貰えば良い。

どうであれ、イワヤマトンネルじゃなくて良かった。ここ集中のリソースを削るのは流石にしんどい。

 

「そういやナツメさんってさ」

「はい」

「勝った方が街のジムリーダーってバトルを今のジムの隣の道場としてたらしいよ」

「そうなんですか? ……あれ? でも……」

「そうそう、エスパータイプとかくとうタイプじゃ話にならないよねえ」

「ジムリーダーとはそういった手法で決まるのですね……覚えておきましょう。アローラにはジムリーダーがいないので、最初にこちらに来た時は驚きました」

「むしろアローラにジムリーダーがいないのが他からしたらびっくりなんだけどね」

 

アローラ地方にジムリーダーはいない。

代わりにキャプテンと呼ばれる者が各島のしまキング、しまクイーンから認定されるらしいが……。

 

「どうしてアローラにはジムが無いのでしょう?」

「代わりのシステムはあるんだし、民族文化を尊重して……とかはありそうだよね。あとは島同士が離れてるから、『ジムめぐり』で統一しちゃうと管理が大変とか? だからチャンピオンとかも無かったんだろうし……」

「じー……。詳しいですね……???」

「しっ、しし、調べたんだよ」

「……。まぁ、もう何も言いません。そういえば、エーテルパラダイスも前は複数の浮島であったものを繋げて作った人工島ですが……。エーテルパラダイスが作られる前の浮島にも、キャプテンやぬしポケモンはいたのでしょうか……?」

「流石に無いと思うなぁ……。そんなことあったら反感すごいよ。まぁ、ぬしポケモンくらいはいても良いのかも? それか……」

 

それか、カプ神くらいは居てもいい。

 

「それか?」

「いや、考え過ぎかも。人が住んでる島ならまだしも、ただの岩にぬしポケモンも何も棲みつかないよ」

「人が住んでいたら棲みつくのですか……? でしたら、エーテルパラダイスにもぬしポケモンが……?」

 

エーテルパラダイスのぬしポケモンと言ったらもちろんシルヴァディだろう。ほら、厨二病のクソガk……もとい、義兄様のポケモン。

人工島の人口ぬしポケモン。うむ、何となく哀愁があっていい感じだ。

とすると、やはりエーテルパラダイスにはカプ神もあるのだろうか。いや、でも元ネタのハワイ島には4神が有名で、5体目の神なんて居ないかもしくはマイナーだったはず……?

 

「頭が痛くなってきた……」

「考察の域を越えませんからね……」

 

深呼吸して、夏の空気を肺に入れる。

ふと茂みに目をやると、野生のポケモンたちがこちらを覗いている。

快晴の空をまばらに飛ぶポケモンもこころなしか元気がない。お、この孤独なsilhouetteはカイリュー。はかいこうせん。

 

「今日の晩ご飯は何にしますか?」

「せっかくだからキャンプ飯とか……? あ、でもヤマブキシティに行くんだしポケモンセンターで一泊するのも手かも。リーリエはちゃんとしたお風呂に入りたい?」

「少しの間なら、お湯があれば多少は大丈夫です」

「強かだねぇ。その点はゼニガメとリザードがいるし、お湯はなんとかなりそう」

「ではヤマブキシティを抜けて、8番道路でキャンプにしましょうか。カレーにしましょう」

「わあいカレーだ」

 

なるほどね? リーリエのでっかいカバンには鍋が入っているわけだ。そりゃすげえや。

いや鍋くらい俺が持つけど? なに無茶してんの、かわいいね♡

 

「あ、ヤマブキシティが見えてきましたよ」

「ホントだ。いつ見ても都会だよなぁ……って……ん……?」

「……? クロウさん、どうかされましたか?」

「いや……なんかロケット団いない……?」

「えっと……私にはまだ、ビルがぼんやりとしか見えておりません……」

 

リーリエが見えない距離のRR団を、俺が見えてる……?

いや、俺の視力が特別良いなんてことは無いはず。じゃあなんで?

……まさかリーリエ?

 

「……え、なんですかクロウさん? 何か着いていますか?」

 

リーリエに危険が及ぶから、俺の『視野』が反応した?

リーリエを危険に晒す芽を潰せと?

 

「リーリエ、ヤマブキシティは今ちょっと危険かもしれない。ここまできてなんだけど、一旦引き返……」

「えっ!? は、早く行かなければなりません!」

「なんで!? わざわざ危険に飛び込むのはやめとこうよ!」

「ナツメさんが困っているかもしれません!」

「…………!」

「私に何ができるかはわかりませんが、それでも……!」

 

そう言って、地面を蹴って走り出すリーリエ。

リーリエを止めようと伸ばした手は彼女の手を掴むことは無く、俺は1人残された。

 

……自分に何ができるかはわからないけど、それでも、か。

なんとなく、今の俺に似てるなって思うよ、リーリエ。

あんまり無茶はしてほしく無いんだけど(ブーメラン)

 

「……しょうがねえ! ケンタロス!」

「ぶもう!」

「荷物頼む!」

 

荷物を載せたケンタロスと共に走り出し、リーリエの背中を追う。

お? リーリエがさっきまでいた場所に俺がいるということは時間を無視すれば合体なのでは? 実質、俺とリーリエのタマゴが生まれる行為なのでは? 何言ってんだ殺すぞ。反省します。俺の子供産んで♡ 死にます。

 

「リーリエ、荷物こっちに!」

「えっ! あっ、はい!」

「重いよケンタロス、いける!?」

「ぶもー!」

「よし!」

 

2人と1匹、全力でヤマブキシティまで走る。

……側から見たらすげー間抜けな光景なんだろうな。

 

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……!」

「なんだこりゃ! もはやテロじゃん」

「え、エスパー、ジムが、煙をあげてます……!」

 

どこからともなくやってきたRR団が目の前を過ぎ去り、エスパージムへと流れ込んで行く。

しばらくした後ピンクの波的なものがジムから溢れ出たと思うと、入った奴らがそっくりそのまま吹き飛ばされてきた。

だがジムは半壊状態。窓ガラスは割れ、ところどころから煙がもくもくとあがっている。

やがて扉から1人の女性が出てきた。

 

「ナツメ! ……さん!」

「ナツメさん、ご無事ですか!?」

「あなた達……どうしてここに?」

「ただの通りすがりなんすけど、ヤマブキシティが襲われてるっぽかったから走ってきました」

「…………ケンタロスには乗らずに? 荷物だけ載せて?」

「「まぁ……」」

「……。ま、まぁ良いわ。こちらは見ての通り、こんな感じになってるわ」

 

ナツメが指差した先から、RR団が走ってくるのが見える。

それぞれポケモンを従わせ、血走った目でナツメに一直線。

 

「一人一人はそこまで強く無いから苦戦はしてないのだけど……!」

 

ヤドランを出し、サイコキネシスで一掃するナツメ。さっきのピンクのもにょもにょウェーブはこれか。

 

「理由もわからないし、数も多いし、体力より先にメンタルがやられそう! 『サイコキネシス』!」

「「ぐわああああ!」」

「不憫だなぁ!!」

「どっちが!!」

「どっちも!!!!」

 

今ここで俺がRR団であることを下っ端共に言ってもあんまり効果は無いだろう。だって俺、別に幹部でもなんでも無いし。つーかリーリエの安全が確保されたら早めに退職する予定だし。悪の組織の幹部とか嫌。

だったら無名のトレーナーとしてナツメに加勢した方が良いのかなぁ……? いやいや、その前にRR団の目的は一体なんなんだ!?

1人くらいは生け取りにして情報を聞き出した方が良さそうだ!

 

「ウオオオアアア!!」「おおおああー!」

「あぁもうまた来た! フーディン!」

「ナツメさん、俺も加勢する! 目的が知りたいから1人気絶で1人捕獲!」

「……助かるわ!」

「ゼニガメ、頼んだ!」「ぜにー!」

 

鼻息荒いRR団2人が俺たちの前に立つ。

モンスターボールを投げ、中から出てきたのは……ゴースト2体!?

マ!?

 

「エスパーばつぐんじゃん! ゼニガメ、戻れ! 頼むぞイーブイ!」

「その点は助かっているのだけど……いつも、どくタイプを使っている印象があったから最初は混乱したわ」

「え、こいつらだけでは無く?」

「今日来る人達は全員ゴーストタイプね。他の地方のポケモンもいたわ」

 

マジでなんなんだよゴーストタイプ……!!

これも全部シオンタウンってヤツの仕業なんだ()

 

「フーディン!」

「イーブイ、『まねっこ』!」 

「「『サイコキネシス』!!!!」」

「「ゴゴーッ!?!?!?」」

 

よっしゃ一発! 完全勝利! オラッ、お小遣いよこせ! ……じゃなかった、情報よこせ!

 

「ウウ……ああ……」

「おーい? しっかりしろ? お前はどうしてエスパージムを襲ったんだ?」

「ああー……おー……」

「……イかれてる……」

 

ナツメと目配せをし、そいつの意識も落とす。恐ろしく早いサイコキネシス首締め。俺以外見逃しちゃうね。

 

「……なんだか息ぴったりですね、クロウさん」

「うおっ。リーリエ、ここは危ないよ!?」

「大丈夫ですから隣に居させてください。なんだかもやもやします」

 

お゛♡ やきもちですか♡

かわいいでしゅねぇ〜〜〜???

よしよしよしよし! よぉしよしよし! 永久保存版か? カメラ、カメラはどこだ。

 

「わかった。リーリエは俺が守る」

「……っ!」

 

あらぁ〜〜〜!!!! 赤面顔かわヨ。そのEの反対みたいなのどうやるん? 【よ】の変換やで。

 

「イーブイ、戻れ。もう一回頼む、ゼニガメ! 今度こそ!」

「ぜにがー! ぜに、ゼニー!」

「いやマジごめんって。次は入れ替えないからさ。頼むよ」

「ぜに……」

「良い子良い子、ですよ」

 

あ、リーリエが亀の頭を撫でてる! きt……悪霊退散! 煩悩退散! なんつー邪な考えだ! チクショウやられたぜ、らちがあかねえな!

 

「しかし、どうしましょう?」

「どうするって……元凶を探すしか無いね」

「元凶……レインボーロケット団の方々の気がおかしくなってしまっている理由……ですか」

「だいたい見当はついてるわよ」

「え。何が原因なんですか!? 私に何かできることは!?」

 

もうもうと上がる煙の中、リーリエが必死になって叫ぶ。

対してナツメの表情は変わらず冷静なまま。そしてその視線はゆっくりと俺たちの頭上に登って行った。

振り返った俺の目の前には、煤けた看板と大きなビルが一つ。

 

「シルフカンパニー……」

「あの屋上から、得体の知れない気配がするの。何かを放出している様で、でも……なにかしら」

「何かを……吸い取られているような気もします……」

「それよ。不気味で近寄りたく無いわ」

「私が行きます! ポケモンさんの仕業だったら、モンスターボールで捕まえます! 古来、人はその身一つで捕獲をしていたと文献にもありました!」

「……危険すぎる。俺も行く」「ぜにー!」

「しかしそれではナツメさんが!」

「なに焦ってるんだリーリエ!!」

 

肩を掴んでしっかりと見つめる。

その瞳は細かく揺れて光が無く、俺のことをうまく見つけられていないようだった。

 

「落ちついて。深呼吸して。大丈夫だ。俺はここにいるし、ナツメさんもついてる」

「う……クロ、ウ、さん……?」

「これは『さいみんじゅつ』? 一体誰が……」

「……理由はわかんないけど、リーリエ一点狙いってのは引っかかる。カントー地方でリーリエを襲おうとするやつなんて指の数ほどしかいないんだ」

「レインボーロケット団?」

「それはない。そう言う契約だ。だから……」

 

あのフードの男か……?

 

そう気づいた瞬間、俺の中で沸々と何かが煮えたぎるのを感じた。

これは怒り。純度100%の、怒り。

もしあいつなら、何者だろうと容赦しない。

あいつじゃなくても、犯人は禁忌を犯したんだ。

リーリエだけは、狙っちゃいけないだろうがよ。

 

「リーリエ」

「ぁ……」

「捕まって」

「ん……はい……」

 

ゆっくりと背中に乗るリーリエ。

手が俺の首に回されるのを確認して脚を優しく包みあげ、リーリエがなるべく楽な体勢になる様に姿勢を低くする。

 

「くろうしゃん……。いいにおいがします」

「催眠が解けた反動で意識が混濁してる……?」

「……そうかしら?」

「ナツメさん」

「こっちは大丈夫よ。もともと1人で対処してたから」

「ありがとうございます」

「守りなさいよ」

「もちろん。死んでも」

「……いきなさい!」

 

ショップと民家の路地へと走る。

こちらはリーリエを背負っている。戦闘は避けたい。

なんとか体を滑り込ませて後ろを見ると、襲ってきたRR団員を変わらず返り討ちにしているナツメが見えた。

あちらは大丈夫そうだ……。

 

「ゼニガメ、敵がいないか見てくれ」

「ぜに!」

 

ちょこちょこと走るゼニガメ。

左右を確認し、こちらにOKのサインを送る。

再度確認してもトレーナーがいなさそうなのでゼニガメの元へ走り、民家沿いにシルフカンパニーの側面へと辿り着いた。

 

「くろうさん……?」

「もう少しだから待っててね」

「はぁい……」

 

できることならもう少しこのへにょへにょリーリエを堪能していたかったが、今はちょっと事態が深刻だ。

帰ったらリーリエの許可を取った上でイーブイのまねっこでさいみんじゅつをしてもらおう。

そのためにはまず、この元凶を叩く!

 

「シルフカンパニーの正面には見張りがいる……。サカキの指示で? 何やってんだマジで……」

 

RR団員が焦点の合わない惚けた表情で門番をしていた。

下っ端のクソ雑魚とはいえ、真正面から突っ込んだら今のナツメみたいに永遠に戦闘のループを繰り返すこと間違いなしだ。

ここはひとまず、横から行くしか無い。

え? 横からってどう言う意味かって?

 

「フンッ」

 

こう(壁を粉状に粉砕するん)だよ。

 

綺麗な丸を描いてぽっかりと粉になった壁は、もちろん音を立てるなんて事はなく、絶妙な力加減を要したため俺の右手がバカみたいに腫れただけで侵入に成功させてくれた。

壁の補修は……キャンプ用具に入ってた割り箸でいいか。

ぽとっ(割り箸を残った壁に立てかける音)

 

さて、これから先もスニークミッションが必要なわけだけど、どうするか?

侵入した場所は部屋になっているみたいだ。見た感じ給湯室? 仮眠室? だろうか。部屋に誰かが頻繁に出入りしている様子も無い。荷物はここに置いて良さそうだ。

一応ソファがあるし、リーリエをここに寝させても良いんだけど……。

ダメだ。こんな粉だらけの部屋に寝かせられるわけがない。誰だよ壁に穴開けたの。ここの社員は終わってんな。

 

「……ゼニガメ、この粉を水で泥にして壁の補修を頼む」

「……ぜに。ぜーに、ぜに」

「なんだよその目は」

 

わっせわっせと泥を割り箸に塗りたくるゼニガメを横目に、俺はドアをそっと開ける。

さすがは大企業のロビーと言ったところか。

大理石なのかよくわかんないけどとにかく綺麗な石の床と、でっかいシャンデリア。

受付も豪奢で……っと、1人見張り発見。

ここからじゃ角度的に見えないが、俺から見て後ろ……玄関の方には先ほど見つけた見張りが2人いるんだろう。

 

……目と目が合ったらポケモン勝負。

しかし目が合わなければそうならない。

ポケモンらしからぬスニークミッションの開始である。

 

「ゼニガメ、行くぞ。こっちこい」「がめ……!」

「ふぇ」

「少し揺れる」

 

リーリエを背負い直して深呼吸。

エレベーターまでは遮蔽物が何もないんだ。受付に座っている見張りが隙を見せた瞬間に……あッ、今!

 

「ッ」

「わぁ、はやいです」

「しー! リーリエ、しー!」

 

エレベーターのボタンを押し、柱の影に隠れる。

玄関の見張りが後ろを向いたらすぐ見える角度だ! 絶対こっち見るな!

懇願しながらエレベーターを待つ。

見張りがあくびをした時、ピンポン、と到着を知らせるベルが鳴った。

 

「エレベーター? なんで?」

 

あ、まずい!

 

「ぼっ、ボクはエレベーターに住むロトムロト! うっかりエレベーターを動かしちゃったロト!」

「なぁんだそっかぁ」

 

バカで良かった!!!!

 

えっと、最上階のボタンを押して……、と。扉が閉まる。これで一安心。

上の階へ登るGを感じながら、リーリエの意識を戻す作業に再度取り掛かる。

目はとろんとしていて、こっくりこっくり船を漕いでいる。どちらかというと眠そうだ。

 

「リーリエ、起きて。リーリエ」

「あとごふんだけねかせてください……」

「いや寝てたわけじゃ無いからね。さっきまで目ぇバキバキで催眠に掛かってたからね」

「うみゅう……」

「チクショウかわいいな」

 

しかし、このままにしておくと本当に眠ってしまいそうだ。

ゼニガメに水を出してもらって起こすのも考えたけど、それはリーリエの心臓に悪い。普通に起こした方が無難なんだよな。

 

「リーリエ、ねぇリーリエ」

「クロウしゃん……」

「はいはい、クロウさんですよ」

 

全くこの子は、そんな呑気な顔して。

 

「むちゃだけはしちゃだめでしゅ……」

「肝に銘じとく」

「いつもそういっておおけがするじゃないですかぁ」

「ぐ……」

「わたし、クロウさんがいないとかなしいです」

「…………」

「おかあさまと、はかせと、クロウさんと、私で、一緒に過ごすんです」

「俺は……」

 

一緒にいる資格なんかないよ。

ただのファンだもん。

命に変えても君を守りたい、ただの厄介オタク。

君には、強くて優しい主人公(お相手)がいるじゃないか。

ゲームでも、アニメでも、漫画でも、君は誰かのヒロインだった。

俺だけが君を好きなわけじゃ無い。

俺よりも強くて、俺よりも優しくて、俺よりも君を安全に守れる人がいるんだ。

だから、俺は君の幸せを守れればそれでいい。

結ばれたいだなんて、考えちゃいけないんだ。

 

「泣かないで、クロウさん」

 

…………。

俺が、泣いてる?

 

「クロウさんが泣いてると、私も悲しいです」

「…………」

「またみんなで、ご飯を食べましょう?」

「リーリエ……」

「もっと命を大切にしてください」

「命を……」

 

リーリエが、俺の頬を伝う何かを拭う。

優しい目で、俺を見つめる。

柔らかな手で頬に触れ、清らかな声で語りかける。

魂が喜び、全身が震える。

まるで母の愛を初めて受けた日の様に、天使から生を授かった日の様に、俺という存在全てが湧き立つ。

ここに来るまでの怒りとは違う、暖かくて、柔らかくて、不確かで完全なもの。

 

「私、クロウさんの笑顔が好きですよ」

 

ファッ!?

 

「クロウさんの匂いも好きです。側にいると安心します。あと、レポートを書いてる時の横顔とか真面目で素敵です。お母様と話している時の……なんというんでしょうか? 自身に満ちた表情というか……もしかして大人っぽく見せようとしているのかなと思うと、微笑ましいです。あとそれから……」

「まっ、待ってリーリエ、それくらいにして」

「……え……? ぁあッ!? エッ!? 私、今何を話してましたか!? なんだかとっても大変なことを言っていた気がします!」

「さ、催眠が完全に解けたんだ。良かった……」

「待ってください! 今話したことは忘れてください! いえ、何を話したのかも覚えていませんが、途中からちょっとずつ目が覚めて来て……!」

「大丈夫! 大丈夫だから! 忘れるから!」

「ぜにぜに」

 

何が『やれやれ』だよこの亀野郎! 無限1UPの土台にするぞ!

俺から飛び退き頬を必死に叩くリーリエはひとまず置いておくとして、えっと、もうすぐ最上階か!

き、きあい! 気合い入れないとなー! あー大変だ!

……あ。

 

「……リーリエ」

「ひゃっ!? ひゃい、なんですか!!」

「俺さ。ずっと『明日のために死のう』と思ってた」

「え……」

「リーリエの明日のために、俺が死力を尽くして出来る範囲はぜんぶやる。それで死んでも、リーリエが守れるならそれでいいかなって」

「……はい」

「でもなんか……。なんて言うんだろうな。リーリエは言ったこと覚えてないと思うけど」

 

最上階に着いた。

扉が開く。

廊下の先に、屋上へ上がる階段があるようだ。

 

「リーリエのおかげで、『明日のために生きよう』って思えた」

「……はい!」

 

屋上より一階層下だと言うのに、ここまで感じる異様な気配。

火花が弾ける様な音と、その度に何かが吸われる感覚がする。

まぁ、もうなんでも来いよ。

俺、死なねえから。

明日になればすぐに『明日のために死のう』に戻るかもしれないけど、それもまた愛嬌!

今日の俺は、ポジティブに戦える!

 

「この扉の先に、敵がいると思う」

「はい!」

「準備はいい? リーリエ、ゼニガメ」

「はい!」「ぜに!」

「行くぞ!」

 

バン、と扉を開ける。

屋上の強い風が俺たちの身体を打ちつけ、帽子を抑えるリーリエの髪がばさばさと音を立てた。

そして、奇怪な姿をしたポケモンと、その横にいるフードの男。足元に転がる、黒い霧を噴き出す謎の機械。

明らかにアイツの仕業だね。うん。

 

「よくここまで来たね」

「大したことはしてないぞ。ビル崩壊の可能性を10%上げただけだ」

「「えっ」」

 

……ゼニガメが補強したし大丈夫だろ! たぶん!

 

「……ごほん。この機械はシルフカンパニーのシルフスコばさばさばさ!……の、ゆうれいを見破ぼすぼすぼす!……ために、ゆうれいに干渉する装置だ。な、ぜ、か、壊れてしまっているみたばふばふばふ!……けど、そのせいでゴーストポケモン達がレインボーロケット団に取り憑いゴワァー! バッサァー!……ようだね。そいつらの正気を利用させてもらってるわけさ」

「なにー!? 風でなんにも聞こえーん!! もっとハッキリ喋れやド腐れ嘔吐キザ野郎ー!!」

「悪口はハッキリ聞こえるぞ君!!!! ……フン! もういい! とにかく、この騒動を止めるためには機械をコイツから取り返すんだな!」

「シオンタウンのなぞのやかたもお前の仕業かこのゲスタコクズ鳥頭ー! さっさとくたばれー!」

「なんで悪口のレパートリーだけそんな豊富なんだよ! あとシオンタウンのやつは知らない! 無関係だ!」

「まぁいいや! めんどくさくなったからぶっ飛ばす! お前はここから突き落とす!」

「怖いよ!! それに僕はもう帰る!! リザードン、『そらをとぶ』!!」

 

男はリザードンをどこからともなく呼び出すと、その背中に乗ってビルから飛び立つ。

 

「ソイツに勝って機械を修理することだね! じゃあね、偽物!」

 

……今『うちおとす』使ったらアイツ死なねえかな。

まぁいいや。結局ポケモンをシメることには変わりないんだ。

 

「気をつけてください、クロウさん! あのポケモンは、ウルトラビースト……!」

「わかってるよ。アイツはほのお・ゴーストタイプの……」

 

 

 

 

 

「ずどぉぉぉん!」

「ズガドーン……!」

 

 

 

 



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お前の魂全部あの空に打ち上げてやるからな!!!!

頭上で火花が弾け、その一粒一粒が炎の雨となって降り注ぐ。

それらが重なり、束ねられ、帯のように俺たちの周りを囲んだ。

 

「『ほのおのうず』……!」

「ゼニガメ、『こうそくスピン』!」

「がめがー!」

 

高速で動き回り、拡散されたうずが晴れる。

すかさず攻撃を……待て、どこに行った?

 

「上です!」

「どごぉぉぉん!」

 

ピエロのような奇抜な格好の、その指先からドス黒い影を纏った弾がこちらを狙っていた。

狙いの先は、リーリエ。

 

「リーリエ、手を!」

「は、はい!」

 

手を掴み引っ張り、そして転がる。

俺たちのいた場所が爆発し、その跡には瓦礫しか残っていない。

同じ『シャドーボール』でも、ここまで威力が違うとは。

さすがはウルトラビースト。イーブイとは比べ物にならない、か。

その分こちらは手札の数で有利を取らせてもらうだけだけど!

 

「『みずでっぽう』!」

「がめー!」

「どぉごぉんっ!?」

 

着地した瞬間を狙い、ズガドーンに水流が命中。

のけぞってはいるが、やはり大打撃にはなっていなさそうだ。初期技って辛い。

 

「ずがーん!!」

「また『シャドーボール』か! 『みずのはどう』!」

「がめがめ、が!!!!」

「どぉおん!?」

 

だが、ほのおタイプはほのおタイプ。

避けて当てれば、こちらが有利!

テッカグヤの時はマジで死ぬかと思ったけど、ズガドーンは割と対処可能だ。元がエンターテイナー気質なこともあってか、映えるような動きをよくする。それに加えて謎の装置を守っていることも足枷になり、テッカグヤほどの火力は出ないみたいだ。

 

「ぐぐ……どぉん……」

「おとなしく帰ってくれれば、こっちとしては追う気もないんだけどな」

「どがぁぁん」

 

…………。

弱ったズガドーンに、モンスターボールを投げてみる。

カン、と硬い音だけが響き、モンスターボールは転がった。

 

「やっぱりか」

「……やっぱり?」

「ズガドーンも捕まえられてる。あのフードのやつ、やっぱりウルトラビーストのトレーナーだよ」

「そんな……そんなことをするなんて……」

「前からわかってたことだけどね。そんなことをするなんて、信じられないよ」

「いえ、そうではないんです……」

「…………?」

「そんなことをするなんて……いえ、()()()()()()()、そんなにたくさんいるんでしょうか?」

 

ウルトラビーストは、ポケモンと呼ぶのも許されるかわからない、ただの化け物である。

ピンチになるとボールに入ったり、食の好みや意思疎通の仕方から、何となくポケモンっぽいと思われているだけで、その本質は全く違う。

そんな、会うのもレア中のレアなポケモンを何体も所持していて、所持しうる実力を持つ人物。

確かに、そうそうお目にかかれる者ではない。

 

「私が知る限り、そんな人は…………」

「そんな人は……?」

「…………ぁ…………」

「リーリエ?」

 

振り返ると、目が虚ろなリーリエがそこにいた。

膝は震え、唇は半開きになり、目の焦点が合わない。

 

「わからない……わからないです……。わからない、わからない、わからない、わからない……!」

「ちょっ、リーリエ!? 落ち着いて!!」

「わからない! わからないんです! あれは誰なんですか!? どうして思い出せないんですか!! 私はアローラで何を!? 誰と!? 誰が!? 誰!! わからないです! 何も、何もわからない!」

 

………………これは。

 

「ずがどん」

「お前……!」

 

ズガドーンの『さいみんじゅつ』。

本来なら、ポケモンを眠らせるだけのもの。

人間にかけたらどうなるのか、なんて、わかりきってるよな?

RR団はゴーストポケモンに取り憑かれただけだと思ってだけど、それだけじゃ無かったんだ。『さいみんじゅつ』で右も左もわからなくしてから、ゴーストポケモンに身体を乗っ取らせた。

その花火で生気を吸って、ゴーストポケモンに与えて、それでこの街を乗っ取ろうとしたわけだ。

 

「真っ暗です……! 何も見えません……! 何もわかりません……!」

「…………ふぅ……」

「ずが……どぉぉぉん」

 

最後にはリーリエに手を出して、大切な記憶をぐちゃぐちゃにしようとしたわけだ。

 

「助けて、助けてください……! もう、もう何も……!」

「大丈夫だよリーリエ。俺たちが助ける」

「ぜにがー!!」

「ずどん」

 

 

 

あぁもう、キレた。

 

 

 

「『みずのはどう』ッ!!!!」

「がめがめがー!!!」

「どッ、ご!?!?!?」

 

よたよたとよろけ、逃げようとする。

 

「『みずでっぽう』!」

「ぜにゅがー!!」

「ずどどど!! どッ、どぉぉん!」

 

頭に手を置き、大技の準備。

 

「させるかよ!」

「ぜにがー!」

「『かみつく』!」

 

正義執行のお時間と行こうか、ゼニガメ(ヒーロー)

 

「『みずのはどう』ッ!!!!」

「がめがーッ!!!!」

「ずどがーーーん!」

 

水の本流に流され、火の粉は鎮火された。

流されたズガドーンはそのままビルの外へ押し出され、外へと吹き飛ばされた。

……しまった! このまま逃げられたらまた1からやり直しだ!

 

ビルの際に駆け寄り、ズガドーンを探す。

高さもあってか、ズガドーンはまだ落下中。

引き上げてまたフルボッコにするか? いや、もう手が届かない。

ロープで……? いやいや、敵が差し伸べたロープを都合よく掴むわけもない。

 

「ぉぉん……」

「ッ!? ……っと、『ビックリヘッド』かよ」

 

俺の横を通り過ぎ、遥か空にズガドーンの頭が舞う。

せめて一矢報いるつもりだったのか、自傷技を打ちやがった。

『ビックリヘッド』って体力の半分を使う大技じゃなかったか? あれじゃあ、もし体力が残っていたとしても瀕死寸前だろう。

小さくなっていくズガドーンを見て冷や汗を拭いていると、背後の空を飛んでいた頭が花火となって爆発した。

 

vsズガドーン、終了。

あとは、リーリエを正気に戻して、ズガドーンが本当にくたばっているかどうかを確認して、人休みしたらシオンタウン。

まずはリーリエを……っとと?

…………お?

 

足に力が入らない。

振り返りたいのに、頭が重い。

腕が、脱力していく。

体が、浮いていく。

 

……しくじった。

ズガドーンの花火は、驚かせている間に人の生気を吸い取るためのもの。

最後に打ったビックリヘッドに驚いた俺は、もうその時には生気を取られていたんだ。

体全体が鉛のように重く動かない。これが壁越しでも床越しでもなく、直に生気を吸われた反動。

ズガドーンめ。

あのまま落ちていれば良いものを、最後に俺を道連れに選びやがった。

 

このまま体がビルの外へ投げ出されれば、ぺしゃんこになって終わりだ。

現実的すぎて非現実な妄想が頭の中をぐるぐると駆け回り、そのどれもが俺の死によって完結する。

風に煽られたのがダメ押しとなり、俺の体は前周りでもするようにビルの外へ投げ出され───。

 

 

 

 

 

───パシッ

 

 

 

 

 

「クロウさん!!」

「リーリエ……!?」

「絶対離しません! 約束守ってください!」

「いや、リーリエまで落ちるって! 俺は大丈夫だから、リーリエは安全場所に……」

「そうやって! いつも、いつも、クロウさんは約束を忘れて、大丈夫って言って無茶をするんですから……!」

「でも……!」

「もっと私を頼ってください! 何ができるかは分かりませんが、きっと助けになります! これは紛れもない、私の本心です!」

「…………!」

「絶対に諦めません! 絶対に……!」

 

「私が……あなたを助けます!」

「がめがー! がめ、かめ、カメーッ……!!」

 

蒼い閃光。

光に照らされ陰がさしても、リーリエの瞳は輝きを宿したままだった。

 

「『アクアテール』!」

「メルァー!」

 

飛び出してきたゼニガメが、いや、カメールが、リーリエの指示でビルの壁にアクアテールを放つ。

高層ビルであるために少しの傷しかつかなかったが、その反動でカメールは俺にしがみつくことができた。

 

「『こうそくスピン』!」

 

そのまま、回転する勢いで俺を投げ飛ばす。

 

「クロウさん!」

「っ……!」

 

気づけば、俺はビルの屋上へ戻り、リーリエに抱きしめられていた。

確かな温もりが、力の抜けた身体に染み入っていくのがわかる。

彼女の心臓の音が俺の血となって全身へ巡り、触れている場所から活力がどんどん湧いて出て、気だるさも消えた。

リーリエの荒い息遣いが福音のようだ。

こうして抱きしめられていると、俺が存在していることを確かに感じる。

 

「気づいたら……くすん。クロウさんが落ちていくのが、見えて……うぅ……。もう、ダメです……」

「アレは俺もびっくりしたなぁ」

「かめーるぅ?」

「お前も、ありがとな。進化の瞬間を見届けられなかったのが残念だよ」

 

リザードの時もこんなんだった気がする。

おぉおぉ、こんなに大きくなって。また一段と強くなったな、カメール。

……ポケモンに助けられることも増えた。リーリエに心配されることも増えた。俺もそろそろ、強くならないといけないな。

 

「良かったです……生きてて、よかった……」

「心配かけてごめんね」

 

もう一度だけ、と恐る恐るビルの下を覗くも、もう花火は上がらなかった。

不可解なのは、花火が上がらないどころか、倒れたズガドーンの姿が見えないことだ。

どこかへ逃げたのだろうか。となれば、またどこかの街が乗っ取られる可能性も高い。

 

フードの男がリザードンに乗って逃げた方角は……あっちか。

もしあの男がカントーに拠点を築いているとしたら、あの方角にはあそこしか無い。

 

「おつきみやま……」

「……? おつきみやま、ですか?」

「うん。ピッピとかもいるらしいよ」

「ピッピ……ですか」

「今度行ってみる? ()()をゲットしに」

 

パチンk……もとい、ゲームセンターの景品は断られちゃったからなぁ。

あのフード野郎がいるかどうかを確認するためにも、どうせなら一度は行っておいた方がいいだろう。

本格的に、決着をつけた方が良さそうだ。

 

カメールが機械を拾ってきてくれた。

黒いもやが溢れ出る機械の正体は細工されたシルフスコープのようで、レンズが歪み、壊され、ゴーストポケモンに利益を与えるような効果を出し続けているようだ。

レンズから放たれるもやが……黒い光が空中を投影したと思うと、そこに今までは見えなかったゴーストポケモンが現れた。

 

「ズガドーンが吸い込みきれずに彷徨っている生気を吸い取りにきたんだ……」

「な、治せそうですか?」

「博士ならできそうだけど……俺の手に負えるかなぁ」

 

ネジ止めとか簡単な修理ならできるけど……これ、どういう原理で動いてるんだ……?

全くわからん。おてあげです。

餅は餅屋と言うし、俺たちがいるこのビルこそシルフカンパニーなんだからどうにかしてもらえるんじゃないか?

 

「あの……シオンタウンでお祓いしてもらうのはいかがでしょう? 本と一緒に……」

「なるほど、それアリ」

 

リーリエが言うなら間違いない。

心霊系の厄介ごとはシオンタウンに任せるに限るよな!

とりあえずこのシルフスコープは……布で何重にも巻いてもやを遮っておこう。

また荷物が増えた……。不幸続きだな。俺もお祓いしてもらおうかしら。

 

「とりあえず、脅威は去ったわけだし……」

「はい。帰りましょう、クロウさん。二人で!」

 

 

 

 

「きゅう……」

「やぁん。やぁぁぁん」

「それで、次はシオンタウンに行くのね?」

「なんかもう早く行かないとまた変なこと起きそうで怖いんですわ。さっさとこの荷物捨てたいんすわ」

「なので、来て早々ですがもう出発しようと思います」

 

ポケモンセンターで一休みした後、俺たちはナツメに出発を告げていた。

日も落ち始めたころ、ヤドンに齧られている山積みロケット団の上で足を組みながら、ナツメは夕空を見上げる。

 

「あなたに一つ、助言をしてあげる」

「俺ですか」

「これはエスパーというより占いみたいなものなんだけど……ポケモンの使う『みらいよち』と似たものだと思ってちょうだい」

 

そう言うナツメの表情はどこか苦しげで、苦手なものを食べようとしない子供のような、まさしく「微妙」を映したような顔だった。

 

「あなたは何か……重要なことを、忘れている。……いや、勘違いしているのかしら? 誰かから何かを言われて、それに気づけない。気づいていない。それを知る頃にはもう遅いところまでコトが進んでしまっている……」

「対処法は?」

「そうね……彼女を守ることかしら?」

「え!? 私ですか!? そ、それって、その気づけないコトって……」

「言っておくけど()()じゃ無いわよ」

「…………ッ〜〜!!」

 

真っ赤になったリーリエがナツメの足をゆさゆさと揺らす。可愛い。

……つーか【ソレ】って何だ。ナツメとリーリエはほんとに仲が良いな。

しかし、リーリエを守る、か。いつもとやることは変わらないな。

その頬に傷一つも付けないし、火の粉はこの手で払ってみせる。

それがリーリエを幸せにする大切な積み重ねなのだ!

 

「リーリエ、行こっか」

「うぅ〜……、はい……。失礼します」

「頑張ってね」

「それはどっちの意味ですか!?」

「どっちもよ」

「ジュンサー、ただいま到着しました。……うわ、何この壁? まんまるにくり抜かれたみたいな穴空いてる……」

 

遠くで聞こえる声を聞き流しながら、俺たちはヤマブキシティを出た。

目指すはシオンタウン。

お化けどもを供養する、ちょっとホラーな街である。



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同じ鍋のカレー食べたらもうこの命を捧げるしか無い

8番道路は凸の字のような道の作りをしている。

別にそこまで短いと言うわけでも、逆に長すぎると言うわけでも無い、単なる普通の道。

その途中にある草むらにテントを貼り、とっぷりと静かな夜を過ごしていた。

 

「火打石って難しいな……ああもういいや。リザード、『ひのこ』」

「ざぁ」

 

集めた枯れ木や枯れ草に火をつけ、一人と一匹で空気を送り込む。

風にも負けないほど火力が強まったら、たっぷり水を入れた鍋をかけ、発達するまで待つ。

辺りに散布した虫よけスプレーの匂いが落ち着いた頃には水も沸騰し、野菜を煮るにはいい頃合いだ。

 

「クロウさん、そちらはどうですか? 野菜を切れたのですが」

「ちょうど、もうそろそろ煮始めていいと思う」

 

アッ!!!!

エプロンだ!!!!

あーまってやばいわ。キャンプで夜のテントを背景に火に照らされるリーリエやばいわ。マジで俺でも死んでる。死んだわ。

後ろから抱きついて「きゃっ♡ 危ないですよ♡」みたいなやつやりたい! クンカクンカスーハーペロペロペロwww

 

はい。(賢者タイム)

 

お手頃なサイズにカットした野菜を投入し、柔らかくなるまで待つ。

その間俺は飯盒と行くわけだが、鍋の方はリーリエが見てくれるらしい。

時折おたまで鍋を回して様子を確認する姿がなんとも可愛らしい。

アレ……もしかしてポニーテールにしてますか……?

そうですよねぇ!! カレーを作る時におさげのままだと邪魔ですもんね!! 僕はリーリエの髪の毛が入っていたら100万出して食べますけど、本人としては邪魔だよね!!

ワンピース姿のままポニーテール……元気なイメージの頑張リーリエがしっとりと夜を過ごしている……しゅき……。

 

え? 米を炊くのに使うカマド? さっきリーリエが鍋回してる間に作ったよ何言ってんの。リーリエが好きなら5秒でカマド作れないとダメだろ。

 

「焦げる心配はなさそうなので、少し待ちましょうか」

「あ、椅子あるよ」

「ありがとうございます……こんな椅子ありましたっけ?」

「今作った」

「作っ………………??? ごめんなさい、まだズガドーンの『さいみんじゅつ』が残っているのかも……」

 

許せねえなズガドーン! この片手に持った木屑だらけのナイフで心臓抉り出してやるぜ!

ほな、椅子を作る時に出た廃材は燃料にしちゃいましょうね。ネジとか作るの難しかったな。

 

「まだ少し暑いですけど、夜になるとだいぶ涼しくなってきますよね。んーっ、月が綺麗……」

 

俺も月が綺麗だよ(自由律)

 

「たまにはこうして、外でご飯を食べるのも良いかもね。みさきのこやの前の方ってポケモンバトルできるくらいスペースあるし、机とか置いてさ」

「それ良いですね。お母様も少しなら動けますし、外で椅子に座っているだけでも……。あ、でも途中で眠ってしまったらベッドへ運ぶのが大変ですね」

「ご飯の途中で寝ちゃうのは困るなー。カレーとかだったら顔面が悲惨なことになる」

「カレーを顔のあちこちにつけたまま寝てしまうお母様……ふふっ、少し見てみたいです」

「えぇ……親にそれは少し性格悪いよリーリエ」

「ええっ!? そうでしょうか……。は、反抗期というヤツ、です!」

 

反抗期で「カレー顔面からいけ!」って思う娘はなかなかにコミカルだと思うな。

しかし、もしもそんなことがあったらそれはとってもたのしいことなんだろう。

起きていつのまにかベッドにいて混乱するルザミーネも、笑いを堪えきれなくて不振がられるマサキも、ごまかそうとするリーリエも、側から見ている俺も。

やろうと思えばいつでも実現できる、幸せな未来だ。

 

「いつか……急に寝てしまわないお母様と食事がしたいです。同じものを食べて、同じものを見て、同じように笑って……」

「リーリエなら、きっと実現できるよ」

「そうでしょうか? 時々、不安になるのですが……」

「誰かと一緒にいたいって願いは、いつか実現されると思うよ」

 

俺が君を追ってカントーに来たように、誰かを想う力は不可能を可能に変える。

リーリエがみんなで仲良くしたいと願うなら、きっとそれは叶うはず。

 

「大丈夫! リーリエの夢は俺が守るよ」

「クロウさん……。ありがとうございます。私、がんばりますね!」

「これからもずっと一緒だ、リーリエ……(きゅううう)って、誰だこの腹の音」

「わ、私ではありませんよ!?」

「えぼい! えぼぼ、えぼいぼぼ!!!!」

「お前かぁ! 腹ペコかイーブイ! なぁイーブイ! うりうり!」

 

おーし任せとけ、野菜も煮えてるし今ルー入れてやるからもう少し待てよ!

カレーが出来上がるまでモフらせろ! おーもふもふもふ。ポケモンあったかいナリ。

 

「もふぉふぉふぉふふふ」「えぼぼぼぼふふふ」

「ふふっ、ふふふっ! 何言ってるのか分かりませんよ。……そういえば、クロウさんはイーブイちゃんを進化させないのですね」

「もふ。……進化させないって言うか、しないってのが正しいけどね。ここまで俺になついてれば、エーフィでもブラッキーでもニンフィアでも何にでも進化しそうなモンだけど」

「何か理由があるのでしょうか? 不思議ですね……」

「……もしかして懐かれてない!?」

「そ、そんな事はないと思います! ……たぶん……!」

 

オメェ……人懐こそうな態度しておいてまだ俺に心を許してねえって言うのか……! とんだ役者だぜコイツは……!

お、なんだその手は。ハイタッチか。うぇーい。

お、なんだその手は。こっちもハイタッチか。うぇーい。

お、なんか微妙に角度変えてきやがったな。そんなんじゃ俺のハイタッチからは逃げられんぞ。うぇーい。

 

「えぼぼい♪」

「心底嬉しそうにハイタッチするなお前は」

 

そうしてイーブイに構っている横で、リーリエがしれっと鍋を回す。

まーたそうやってリーリエは妻力(つまぢから)を発揮するんだから、ヒロインとして適正が高すぎるんよ。そんなんだからカードの値段が高騰するんだぞ。反省してずっと幸せでいてね。

 

リーリエが鍋を回すごとにルーが溶け、辺りに香ばしいお腹の減る香りが漂う。……おい。何だリーリエ、その鍋を見つめる愛おしそうな目は。愛情入れてんの?

マジでリーリエって女神の生まれ変わりだよな、うん。いや、ヒロインとかじゃ無くてさ? 存在っていうの? なんかさ、魂の底からこの人に恋してる感覚がもう根付いてるよね。

 

「味見をお願いします」

 

おたまでカレーのルーとじゃがいもを少し掬い、リーリエが小皿に盛る。

俺の腕から抜け出たイーブイが、小皿のじゃがいもを平らげ……。

 

「えぼぉ〜……♪」

「大丈夫そうですね」

「お米も……うん、炊けてる。じゃあ食べよっか」

 

モンスターボールからポケモンを全てだす。

リザード、ケンタロス、カメール、フシギダネ。

 

「ダネェアアアア!」

「必殺四肢封じ!!」

「ダネッ……!?」

 

はっはっは、かかったなフシギダネ!

ボールから出した瞬間に暴れることは学習済みよ!

どうだ! 博士お手製の包帯で四肢を巻かれては身動きがとれまい! え? 高級品でレアだからあんまり無駄に使ったらダメ?

ウッ! 『クロウくん! こういうものには 使いどきってもんが あるんやで』って声が聞こえる……。

しるかそんなもの! 使うタイミングなんか自分で決めらぁ!

 

「はーい、みなさん、ご飯ですよ〜」

「えぼ〜!」「ぶむぶむ」

「リッザァ?」「カメゥ!!!!!!」

「順番にですよ〜、たくさんありますから」

 

ハァッ……聖母……!!

あれ、何だか拝みたくなってきたぞ!

 

「はい、クロウさん」

「ありがとうリーリエ。それと……」

「はい、こちらに用意してありますよ」

 

そうしてリーリエが差し出してきた、カレーのプレートがもう一皿。

さすがリーリエ。俺の心を読むことにおいて他の追随を許さない。

 

「ほら、カレーだ」

「……ダネダネッ」

「意地張るのは良いからさ、食えよ」

「ダネっ! だ〜ネッ!」

「腹減って無いのか? 食えよ」

「ダネ!! ダネダネ!!」

「とりあえずさ、食えよ」

「……ダネ?」

「食えよ」

「ダネ…………???」

「食え」

 

まさかリーリエが愛情と丹精を込めに込めて作ってくれたカレーが食べられないって言うのか……?

はぁ。お前には失望したよ。俺に怪我を負わせるくらいなんだから、さぞ実力のあるガードマンになれると思ったんだけどな。

この世でリーリエのご飯が食べられない者がいるなんて、そしてそれが少しの間でも俺の手持ちにいたなんて、がっかりだよ。

心底、心の底からため息が出るね。

 

「フシギダネの干物って高く売れるのかなぁ」

「だ、だだだ、だねだね? ダネ……?」

「リーリエを守れないポケモンなんて……いる意味ないもんなぁ」

「だね……」

「生きたきゃ食えよ」

 

俺に見つめられたフシギダネはなぜかカタカタと震えながらツルで容器を傾け、カレーを頬張った。

やがて目の色が変わり、ばくばくとがっつき始める。

 

「食えるじゃん」

「…………」

「そのカレー、世界一美味いだろ。あそこにいる女の子が作ったんだぞ」

「ダネ……?」

 

顔を上げたフシギダネの視線の先には、イーブイにおかわりを提供して笑っているリーリエの姿があった。

背中に月明かりを浴び、前から焚き火で照らされている彼女は、その両方よりも美しく輝いている。

どんな星も、どんな宝石も、彼女に勝るものはない。

そんなリーリエの笑顔を見て、惚れない奴はいない。

人間もポケモンも、彼女を愛すべくしてここにいるのだ。

 

「リーリエって言うんだぞ」

「ダー……ダネ……」

「? 何か呼びましたか、クロウさん?」

「コイツがカレー美味いってさ!」

「……!! 本当ですか!?」

 

おお……エプロンリーリエがこちらに走ってくる……!

心臓が! 心臓が破裂する!! 誰か俺に心臓の替えを!!!

うっわどこから見ても顔のバランス良すぎるな? 産み落としてくれたルザミーネに深く感謝───。

 

リーリエは少し興奮した様子で、自身を見つめるフシギダネに手を伸ばす。

その手がフシギダネの頭に触れ、ゆっくり、優しく撫で始めた。

 

「たくさん食べてくださいね? おかわり、ありますから」

「ダネ……」

「ふふ。口の周りについてますよ」

「えぼー!」「ぶもぉー!」

「はーい、おかわりですねー? 今行きますー!」

 

哀れ、フシギダネに訪れた幸せと幸福な時間はすぐに過ぎ去り、イーブイとケンタロスの呼び声によって再び鍋の前へ行ってしまった。

 

「いやもう、ほんとリーリエって可愛いよな」

「ダネ……」

 

今「だね」って返事した???

 

「ダネダネ……ダネ、ダネ」

「ん? なんだ、リーリエが作るご飯? ああ、どれも全部美味いぞ。パンケーキとか、今日みたいなカレーとか、絶品ばかりだ」

「ダネ…………!」

「リーリエの愛情たっぷりご飯が好きなのか? わかる、おおいにわかるぞ。一ヶ月に一回はリーリエのご飯じゃないともう生きられないんだ俺。もうお前も俺の手持ちに入れ」

「…………ダネ!!!!」

「よし。拘束を解いてやろう」

 

四肢の拘束を解くが、フシギダネが暴れる様な事はなかった。

フシギダネの視線はリーリエのみに注がれ、その瞳には決意が宿っている。

 

「またリーリエのカレーを、リーリエのご飯を食べるために」

「ダネ……」

「よろしくな、フシギダネ」

「……ダネ!」

 

リーリエ絶対守るぞチームに、フシギダネが入ることになった。

なにぶんサカキから貰ったポケモンだし、何か癖があるのかと思ったが……気性が荒いだけで話がわかる奴じゃないか。

 

「ほら、行ってこいフシギダネ。おかわり無くなっちまうぞ」

「ダネェ!? だねっ、ダネダネ!」

「うお、足速えー……。……ん? なんだこれ」

 

先ほどまでフシギダネがいた場所に紙切れが落ちている。

今までフシギダネの体のどこかに挟まってたのか? どれどれ……。

 

 

坊主へ。

そのフシギダネは『ふしぎなアメ』の開発研究のために実験台になったポケモンだ。体の中にエネルギーを溜め込みすぎて凶暴だから気をつけろ。

覚えている技は……───。

 

 

ふむふむなるほど。そう言うことか。

フシギダネが凶暴な理由も、俺を傷つけることができた理由もわかったぞ。アメの研究で経験値をたくさん得たから、レベルが上がっていたんだな。

ご丁寧に技構成まで書きやがって、親切この上ないな。

 

 

PS.俺は一度ジムリーダーとしてそのフシギダネに負けている

 

 

強くない????????



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来たぞ! シオンタウン!

 

シオンタウンは大きな塔の目立つ街だ。

死んでしまったポケモン達を弔うため、友を失ったトレーナー達が集まる。

また、怨念となって出てきたポケモン達を鎮めるために、祈祷師のトレーナーなども集まる街である。

幸いなことに俺たちの手持ちで死んでしまったポケモンはいないため、不謹慎ながらも見物の気分でポケモンタワーにやってきたのだが……。

 

「なんだ……こりゃ……?」

「ラジオ局……ですか?」

 

ポケモンタワーはラジオ塔になっていた。

なんだかみんなの雰囲気も和やかだ。あれー? 俺の知ってるシオンタウンと違うぞ?

ま、まぁ、リーリエが怖がるようなことがないなら良いんだ。ホラー展開なんてないほうが良いんだから。

 

ちなみに今日のリーリエはみんな大好き、がんばリーリエスタイル。

昨晩見たポニーテールはそのままにパーカー&ミニプリーツスカート。

帽子についていたリボンと同じような空色のフードが実にGOOD。

全てが完成されたパーフェクトでファンタスティックなこの姿にもはや言葉は不要。

朝見た時はマジで昇天したと思ったね。

え? 昨晩はどうしたのかって? もちろん別々のテントで寝たよ。同じ寝床で寝るなんて俺が耐えれるわけないだろう。

 

「しかし、どうしたもんか……オカルト本のお祓いをしてもらおうと思ってたんだけどな」

「……あなたは、前の()()を知っている人ですか」

 

本を取り出して悩んでいたところ、男性の老人に話しかけられる。

曲がった腰と色素の抜けた髪の毛が、彼の生きた歳を物語っていた。

ただ、その目には正気が宿っている。一見すると優しいおじちゃんって感じ。

 

「そういうあなたは?」

「……フジという者です。もしもポケモンを弔いに来たのでしたら、この塔はもう……」

「いえ、俺たちはこの本をお祓いしてもらおうと思って……」

 

それに謎の館の調査はマサキから。

あんた自身の調査は……RR団から。フジ老人。前はシブ老人って勘違いしてごめんね。

 

「おぉ……そうでしたか。知り合いに祈祷師の方がいます。ついてきてくだされ」

「……クロウさん……」

「なんか不思議な人だけど……ついて行ってみようか」

 

貫禄があるといえば良いのだろうか。

リーリエが少し怯えているような気がする。

絶対守るから大丈夫だよ!!!!

 

フジ老人はゆっくりだがしっかりした足取りでどこかへ向かっている。

慌てて2人で着いていくが、気まずくて仕方がない。

 

「フジ……さん?」

「なんですかな」

「……あの、ポケモンタワーにあったお墓はどこに?」

「それを今から見にゆくのです」

「…………」

「…………」

 

いや怖えええええええ!!

別の場所にお墓を移したってことでしょ!? わかるよ!! わかるけど怖いよ!?

街全体は和やかな雰囲気なのにフジ老人の周りだけすげーホラーなんだよ! 静かで怖いよ!

 

「……ここが、『たましいのいえ』です」

「たましいのいえ……」

 

一見すると普通の家だ。

だがどこか異様な雰囲気を感じる

入ったら魂まで吸い込まれそうで、入りたくない……。

 

「……クロウさん? どうかされたんですか?」

「えっ」

「フジ老人さん、入っていってしまわれましたよ」

「あ、ごめん……。なんかこの家から嫌な予感して。異様な雰囲気あるよね」

「…………。そうですか? あの方からは不思議な感じがしますが、この家からは特に……」

 

マジ? こんなオーラあるのに?

……オカルト本を近くに置いてたから狂っちゃったのかな俺……。

とにかく追いかけないと。

 

「……行こう」

 

扉の先には、綺麗に磨かれた墓が並べられていた。

お花を備える人や、隅でお経のようなものを唱えている人がちらほら見える。

 

「ポケモンタワーは怨念が溜まりすぎてゴーストが発生していてね。ここに移してからは祝詞などを定期的に上げてもらっていますから、怖いことはないですよ。ポケモン達とそのご遺族の安息の地だ」

 

フジ老人は喜びも悲しみもない、ただ何かを願うような目で墓の群れを見つめた。

小さな部屋に祝詞が行き渡り、荘厳な雰囲気を醸し出す。

ふと見ると、リーリエは目を瞑り、何かを呟いていた。

 

「…………」

「心優しいお嬢さんじゃないか。ポケモンを思う気持ちが伝わってくる」

「まぁ、リーリエはそういう人ですから。良い子なんですよ」

 

こちらの会話は聞こえていないらしい。

手を合わせ、たくさんある墓に手を合わせるリーリエを見て目を細めた後、フジ老人はこちらに向き直った。

 

「さ、除霊したいという物をこちらに」

「はい」

 

本とシルフスコープを渡すと、フジ老人はゆっくりとどこかの部屋に入っていった。彼が直接お祓いをしてくれるのだろうか。

この部屋にいるのに何もしていないというのも不謹慎なので、手を合わせて祈っておく。

 

……今まで直視こそしてこなかったけど、やっぱりポケモンの世界にも死ぬって概念あるんだよな。

俺が怪我や事故で死にそうになったことも勿論あったし、病気もあれば老衰もあるんだ。

ゴーストタイプがあるんだから、死があることはわかりきっていたことだけど……。認めたくなくて、なんとなく「そういうものなんだろう」と考えないようにしていたのかもしれない。

そりゃそうだ。ゴーストタイプは、ポケモンが初代の頃からあったんだから。だからシオンタウンがあって、弔うという概念が存在する。

ポケモンの世界にも、前の世界にも、死は存在する。

 

───キィィィン───

 

……っ……?

耳鳴りに近い音がしたような? なんだいまの。

辺りを見渡すも、特に何かおかしな点は無い。リーリエも、他の人たちにも聞こえていないみたいだ。

疲れてるのかな……。

 

───キィィィン───

 

…………。

 

───キィィィン───

 

眩暈がする気がする。

吐き気がする気がする。

 

───キィィィン───

 

生きてる意味なんて無いんじゃないか?

 

「クロウさんっ!!」

 

はっ。

 

「……リーリエ? どうしたの」

「それはこちらの台詞ですよ! クロウさんが急に外に出るものですから追いかけたのですが……」

「……外に?」

 

俺はたましいのいえを出て、森へ向かって歩いていた。

注意深く森の奥を見ると、木の幹のようなポケモンが陰からこちらを覗いている。

……見たことがある。カフェのメニューに載っていた見た目だ。

あれは……。

 

「ボクレーですな」

「フジ老人!」

「人間を森に引き摺り込み、新たなゴーストポケモンにしてしまうポケモンです」

「クロウさん、あっちにも……!」

「アレはシャンデラです。人の生気を吸い取り炎に変えるポケモンです」

 

なんで他の地方のポケモンがここに!?

というか、あちこちから視線を感じる! もしかしてこれ全部ゴーストタイプのポケモンなのか!?

 

「あの本に住み着いていたゴースト達が、館の方へ向かったようです」

「はぁ!? 館って、あのいきなり現れたっていう!?」

「新聞に載っていたあの館のことでしょうか……」

「まさに。あの館が現れてから、シオンタウンはゴーストポケモンが多く出現する街になってしまいました」

「いやいやいや、こんなホラー満載なことになったら街の人が阿鼻叫喚になるって……」

「見なさい」

 

フジ老人が通行人を指差す。

小さな女の子だ。元気そうに笑っている、普通の女の子。

……笑っているその目に光がないこと以外は、普通の女の子だ。

たとえ連れているのがゴース6体だとしても、まだギリギリ許容範囲なんだ。

 

「あの子と生涯を共にしたポケモンの魂がゴーストになってしまっている……」

「なんで!? なんでみんな平然としてんの!? やべぇじゃん明らかに!」

「それこそがゴースト達の呪いですな。ときおり、シオンタウン全体に降りかかるのです」

「呪い……」

「シオンタウンの隣に現れた洋館に何か鍵があるのではないかと踏んでおります。……ご安心ください、お二人は待っていただいて構いませんから」

「フジ老人が、行くんですか」

「ええ。トシノコウ、というやつですな」

 

そう言って、フジ老人は歩き出した。

 

「だったらリーリエ、俺たちはゴーストポケモンをなるべく退治しよう」

「はい! 被害が出てからでは遅いですから」

「ひぃ……ふう……」

「イーブイ! リーリエを頼む!」「えぼ!」

「はぁ……はぁ……」

「俺たちは……ケンタロス! 行くぞ!」「ぶもう!」

「ぜぇ……一休み……」

「え遅くない? フジ老人遅くない?」

 

よちよちよちよち遅いんだよご老人ァ!

このままじゃ日が暮れるァ!

 

「すみませんの……歳をとるとどうしても体力が……」

「クソッ、ここに来て視野が広くなった弊害が!!!!」

「すみません……」

「ああもう! 俺が行く! 俺が解決してくる! どうせマサキ博士にも頼まれてたし! リーリエ、フジ老人お願い」

「私も行きます! 1人にはさせません!」

「えっでも」

「クロウ……くん。と言ったかな。こちらは大丈夫だから、お嬢さんを守ってあげなさい」

 

…………。

 

「こんなご老体に大切なお嬢さんを任せて良いのですかな?」

「……だぁ、もうわかったよ! 行くよリーリエ! 早急に全部片付ける!」

「……! はい!」

「ケンタロス、毎回すまんが足になってくれ!」

「ぶもう!」

「よっ……と。リーリエ、イーブイ、乗れ!」

 

俺の前にリーリエが座り、そのリーリエの膝にイーブイが乗る。は? なんだそれ羨ましいなソコ変われ。

 

「方角はご存じですか。新聞の写真の通り、あちらにまっすぐです」

「リーリエ、捕まって。……よし行けケンタロス!」

 

俺が足で合図をするとケンタロスが走り出し、一直線に森を突き進む。

なにぶん、館へ続く道が無いのだ。木を避け根を飛び枝を避けながら進まなければならない。

特に枝。枝はダメだ。転落や衝突は俺が庇えばリーリエを守れるが、今リーリエは俺の前に座っている。ちくしょう、こんなことなら俺が前に座っておけば良かった。

 

「……ゲンッ!」「ぶるんる」「オルォトァーッ!!」

「クロウさん、後ろにポケモンさんが!」

「『シャドーボール』!!」

「えぼぼ……ぃぼ!!」

 

前言撤回。リーリエが後ろに座ってたらきっと攫われてた。

だったら枝は……。

 

「イーブイ! 最後のオーロットのワザ、『まねっこ』できるか!?」

「えぼ! ……えぼぉうぶぉ、うぶぉぼーい!」

「よし、それで行こう! 前の枝にシャドークロー!」

「エボァ!」

 

薙ぎ払われるオーラのツメが前方の枝を切り落とす。

バキン、と一際大きな枝をケンタロスが踏み割り、大きく揺れた。

なんで俺こんなに急いでるの!? ポケモンに追われてるからだよこんちくしょう!!

あのな、気配でわかるの! いや、ポケモンの気配なんじゃなくて、リーリエに危険を及ぼすポケモンの気配がなんとなくわかる!

電車で隣に乗ってきたスーツの人が真面目そうなら良いけど、ちょっと目つき鋭かったら怖いでしょ! そういうこと!

 

「クロウさん、右にいます!」

「ウッドホーン!」

「エボボーッ!」

「次は左に!」

「なんだよ次から次へと……!」

「えぼっ、えぼぼっ!?」

「あぁ、えっと、えっとそうだな……どうする!? どうすればいい!!」

 

頭回んねーよこんなの!!!!

 

「あ……」

「え、何!? リーリエなんで今『あ』って言ったの!?」

「く、く、クロウさん、後ろに……」

「後ろ……?」

 

ちらりと振り返ってみる。

えーとどれどれ? ゴースにゴースト、ゲンガーもいる。さっきのオーロットと……あぁ、アレはブルンゲルだったんだ。青色だから雄だ。

あとは? ……えーっとニダンギル? だっけ? それにミミッキュもいる。おお、あいつはアローラガラガラ。それにサマヨールと、デス……デスバーンだ。デスバーンとデスカーンの二台巨塔が揃ってる。

 

なにこれ百鬼夜行?

 

「うおおおおおおおケンタロス頼むケンタロスマジで!」

「ぶもっ、ぶもももも……!!」

「ひっ、きてます! クロウさん、すごく来てます! クロウさん!」

「『シャドーボール』! 『シャドーボール』! 『シャドーボール』!」

「ダダン!」

「ダダリンじゃねえかお呼びじゃねえんだよ! 『まねっこ』ゴーストダイブ!」

「えぼっ」

 

……。

 

「ハァ!! イーブイがゴーストダイブして消えたらその間の攻撃どうすんだよ!」

「うゆっ、うゆゆっ、クロウしゃん、顔舐められました!」

「誰だウチの子の顔舐めたンわァーッ!! ぶっ◯してやりゃァーッ!」

「…………えぼっ、エボボッ!! エボ!」

 

陰から飛び出たイーブイがとなりにくっついていたダダリンを振り払う。

軽く吹っ飛んだダダリンがポケモンの群れに追突するが、追ってきているポケモンはさすがゴースト。

依代や実態のないポケモン達はダダリンをすり抜けて追ってきていた。

それに、移動を続けているので枝だって邪魔になってきた。さっきのシャドークローが及んだ範囲外まで出てきてしまったか。

クソッ、俺がポケモンの技でも出せればこんなことには……!

 

「あ、そうじゃん俺がワザ使えば良いんだ」

「!?!?!?」

「『はかいこうせん』! カァーッ!」

「ええええええ!?」

「アッ、そうだった! ノーマルタイプの技だからゴーストには効かねえんだ! やっちまった!」

「ちょっ、ちょちょ、そんなことよりも今クロウさん口から破壊光線を出しませんでしたか!? なんでですか!?」

「あ、館が見えてきた!」

「クロウさん!?」

 

ケンタロスに減速の合図を出し、コントロールに向けて備える。

 

「ぶもっ!? ぶも、ぶもももも!?」

 

……減速の合図。

 

「ぶもう」

「……もしかして」

「ぶも。ぶもぅ」

「「止まれない!?!?!?」」

 

もうそこまで迫っている館の玄関が、あんぐりと口を開ける化け物のように開く。

このままの勢いでケンタロスが突進すれば、そのまま扉の中へ一直線、ホールインワンといった具合だ。

うん!!!! これ事故る!!!! やべえ!!!!

 

「ぶもももももももも!!」

「えぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

「「わああああああああ!?」」

 

 

 

 

 

俺たちは、館に飲み込まれた。

 

 

 

 

 



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星3ホテル、謎の館(なお宿泊者は一生帰れないものとする)

目が覚めると、俺は知らない場所に横たわっていた。

ぐおおお……。

超、背中痛え……。っていうかここどこだ……?

 

「ぶもぉ……」

「ううん……」

 

あー……。

そうか、あのままケンタロスが行き止まりにぶつかって、咄嗟にリーリエを庇って怪我することだけからは守って……。

でも衝撃は流せなかったから、二人と一匹、揃って気絶していたわけだ。

 

「……ごめんな、ケンタロス。戻って休んでくれ」

 

ケンタロスは戦闘不能。回復アイテムがあったとしても、今日のところは休ませてあげたい。

今俺たちがいるのは玄関ホールか。扉から入って玄関を抜け、その奥にある両開きの大きい扉に俺たちはぶつかった。両脇には階段があって二階に行ける吹き抜けになっている。

 

リーリエは……呼吸も安定してるし、身体のどこにも異常は無さそうだ。衝撃で気絶したというよりも、恐怖やショックで気絶した感じか? ジェットコースターで気絶する人がいるみたいな感じで。

とにかく、脚も大丈夫、腕も大丈夫。服にも異常はないので外出血無し。

顔も……首も異常無し。唇が切れてるとか無いか? 瞼に何か刺さって無いか? うーん……ヨシ!

 

「ううん…………ん……?」

 

目があった。

 

「「!?!?!?!?!?」」

 

咄嗟に飛び退き手を上げる。

やっべぇ、絶対嫌われた! 嫌われた嫌われた嫌われた!

あんな至近距離にいたら襲われてると思われても仕方がない! あぁもうダメだ、俺は死んだんだ! リーリエに嫌われて死ぬんだ! あああああ!

リーリエに不快な思いをさせてしまった……もうダメだ……。

 

「あ、あの、あの、クロウさん」

「ごめんなさいッ!!!!」

「ええっ!? あ、頭を上げてください! 何故クロウさんが謝るのですか!?」

「俺は……ッ。ビービエ(リーリエ)にぃ゛っ……不敬な……ッ事を……っ゛!! これより腹を切ります……申し訳ございません゛……ッ!!!!」

「やめてください! なんとも思ってないですから! 大丈夫ですから!」

「でも……ッ」

「そんなことよりも聞きたいことがあるんです」

 

顔を真っ赤にしているリーリエ。気にしていないと言ってくれているが、あんなに怒って……本当にどう弁解すれば……。

 

「しましたか……?」*1

「……した」*2

「〜〜〜ッ!?!?!? そ、そ、その、そういうのは本人の意識が戻ってからの方が良いと思います……!」*3

「本当に申し訳ないと思っています。でも、もしリーリエの意識が戻っていたら、痛くなるかも知れなかったし……」*4

「イッ、いいい、痛くなるようなことをしたんですか!?」*5

「なるべく痛くならないようにしたんだけど……もし身体に違和感があったら教えて欲しい」

「へぇァッ!? は、はい……! はい……? ちょ、ちょっと待ってください、えと、あの、後ろ向いててください!」

 

言われた通りに後ろを向く。

昔の日本の侍と言われる人たちは、切腹の際に死に切れなかった時、首を切ってもらうために後ろに侍を置いてもらっていたという。

斬首か。儚くも幸せな人生であった。

 

「えっ……? えぇ……っ!? え、でも、え……???」

 

後ろから困惑の声が聞こえる。刀を抜くのに手間取っているのだろうか。

……いや、衣擦れの音からして、俺が確認し切れなかった服の内側を調べているのだろう。俺のみたいない位置に打撲痕や内出血があったら大変だ。

 

「あの、えっと、クロウ、さん、その」

「……はい」

「い、違和感は、特には……」

「それは何よりです」

「えっとその、えっと……。んぇ……? あの、クロウさん……」

「はい。この始末は如何様にも」

「そ、その、えっと……」

 

正座をしている俺の背中に、リーリエがもたれかかる。

声の位置からして、赤子が親の背中に隠れるように、顔を押し付けているのだろう。

 

「どう、でしたか……?」

「おかしいところは無かったと存じています」

「おっおか、おかおか、そ、そういうことでは無くてですね、その、クロウさんから見て……というか」

「血は出ていなかったです」

「血血血っ、ちっ、ちち……、血!?。あ、あの、本当にしたんですか……?」

「あの場では仕方が無かったと思っています」

「仕方が無かったって……。そんな、言ってくだされば良かったのに……」

 

明らかな落胆の声。

やっぱり俺なんかがリーリエの護衛をするべきじゃなかったんだ……。

もっと俺に力があれば、リーリエを完璧に庇えたはず……。

いや、もっと前から、ゴーストポケモンを蹴散らせていたはずなんだ。

俺は……弱い……。

 

「もしも大きな怪我があれば、リーリエの意識の回復を待つのは致命傷になりうると思ったんだ。だから、もし何かあればせめて応急処置だけでも思って……」

「でも、せめて一言………………。………………え?」

「外出血は無かったんだけど、それも服の上からでしかわからなかったから……」

「ちょっ、ちょちょっ、ちょっと待ってください。あれ? え? えっと、あれ?」

「もし服の内側に傷があったりしたら、そこに置いてあるメテノの包帯を使って欲しい。ガーゼ状にしてテープで止めるだけでも、すぐに傷が治ると思う」

「ああああ待ってください、本当に待ってください、私とんでもない勘違いを……?」

 

リーリエが俺の背中に顔を押し付けてぐりぐりと何かを叫んでいる。

畜生、もしも俺に医療の知識があれば! 服の上からでも怪我がわかったかもしれないのに……!!!!

俺は!!!! 弱い!!!!

 

「あああ、あうあうあう……」

「……本当にごめんなさい」

「もう良いです!!!! クロウさんは謝るようなことはしていませんから!!!! でも謝ってください!!!!」

「……はい……すみません……」

「ぅぅぅ……少し引きずってしまいそうです……。もうこちらを向いて良いので、状況を整理しませんか……?」

 

へたり込んだリーリエのほうへ振り返る。

なんだか疲れた顔をしているようだが、よほど心にキてしまったのだろうか。帰ったら何かお詫びをしなければ。

 

……俺たちが今いるのは、先ほど確認した通り玄関を抜けた先の吹き抜けのあるホール。

どうやら二階建てのようで、天井からシャンデリアがぶら下がっているが、灯りは付いていないどころかイトマルやアリアドスなどの蜘蛛ポケモンの巣が張られている。唐突に森に出現した割には、『昔は綺麗だった』みたいな雰囲気だ。

床も、古くなった板材がギシギシと鳴っている。律儀に玄関で靴を脱いでいたら絶対怪我するタイプ。

 

「……こう言うのってさ、大体物語では玄関が閉められてるよね。……ほらやっぱり!」

「鍵がかかっているみたいですね……」

「鍵を探せば良いのか、何かの問題を解決すれば良いのか……」

「ポケモンさんの仕業なのでしょうか?」

「よくわかんないけど、一旦は脱出のために鍵を探す方針で行こう」

 

いつまでも待っているだけでは何も起こらずに終わってしまう。

行動に移すことにした俺たちは謎の館の部屋を一つずつ調べてみることにした。

まずは俺たちのいたホールから続く両サイドの廊下。

玄関から入って右側だ。

扉は見つけたが一旦入らず奥まで進む。突き当たりを左に曲がれば、また廊下が続いていた。

 

「どうする? 奥に行ってみる?」

「……いえ、もし先ほど通り過ぎた部屋に攻撃的なポケモンさんがいた場合、奥で何かがあって逃げてきたとしたら挟み撃ちに合ってしまいます。先にこちらからにしましょう」

「わかった。じゃあ開けるよ」

 

こちらの扉は開くようで、中には縦長で狭い部屋が広がっていた。横幅は寝転がったリーリエ2人分。縦幅はリーリエ3人分とイーブイ1匹分くらいか。

そこにベッドや机が並べられているので、ただでさえ狭い部屋が更に狭く感じる。

うーん埃っぽい。リーリエが吸い込んだら大変だし、なるべく早めに探索を終わらせよう。

 

「本や文献などは……もうボロボロで読めませんね」

「というか、そもそも文字が読めないな……リーリエ、わかる?」

「古文書や古代の文字にしてはところどころに私たちの使っている言語の面影を感じます。ですが読むのは難しそうですね」

「持っていくのもやめておこう。また呪われたら困る」

 

英文にルーン文字が挟まっていたら、本場の英語圏の人でも流石に読めない。俺たちのよく見る文字に、見たことのない文字がところどころに挟まっていた。

というよりこれは、どちらかというと文字化けでは……?

 

「この部屋からは情報なし……かなぁ?」

「次にいきましょうか」

 

次の部屋も同じ間取りの小さな部屋だった。

ベッドは無く、木箱や棚が所狭しと並べられている。

生活感が無いことから察するに倉庫や押し入れか何かだろうか?

 

「……悪臭がします」

「木箱からだね……」

 

恐る恐る開けてみると、悪臭の正体は腐った木の実だった。

クロウは たべのこし を 手に入れた!

……こんな経路の食べ残しイヤッ!! ポイ!! 捨てる!!

 

「木の実には手をつけていますが、棚にある薬草などのビンは無事です。野生のポケモンさんが住み着いたのでしょうか?」

「もしくは使い方がわからない、とか?」

「私も薬草類の知識はあまりありませんから、どうしようもないですけれど……」

 

棚にある本も字が読めない。

……ただ、ビンなどに描かれた薬草の絵やフラスコのイラストなどから、キズぐすりなどを自作する方法を研究していたらしいことはわかった。傷ついたポケモンに散布するようなイメージも描かれているし、間違い無いだろう。

 

「ここにも出口の鍵らしきものはありませんね」

「次か」

 

次の部屋は先ほどよりも少し大きい。

机や棚が並び、紙類も多くある。

……が、そのどれもが文字化けしていて読めない。こんなにたくさん文字があるのに何も読めないのは悔しいと、リーリエがしょんぼりしていた。かわいい。 次。

 

一際綺麗にされた部屋。

綺麗というよりは人の出入りがないから埃もたまらなかったというような古さ。

他の部屋よりも家具が少なく、統一性があることから客が泊まるための部屋だったと思われる。ワインセラーのワインには年数らしきものが刻まれていたが、これも文字化けしていて読めない。開封済みと思われるワインを手に取り、試しに開けてみると強いアルコールの香りがした。

開封済みなのにすっげー発酵してるらしい。もはや腐ってるだろこれ。

リーリエに「ワインを開けたんですか!? 未開封のものではないですよね!?!?!?」と真剣な顔で詰め寄られた。 次。

 

「ここは……」

「埃こそ被っていますが、部屋は広いですし家具が豪華です。主人の部屋のようですね……?」

「ここにも本がある……」

「本というより、日記……でしょうか。鍵は開いていますね」

 

ふと横を見ると、リーリエと目と目が合う。

お互い頷いてから、日記のページをめくった。

 

『───月───日。───を……して、───にすることになった。』

「読める……!?」

「文字が掠れていて読めないところもありますが、他の本のように読めない字があるわけではありません……!」

「じゃあ、文字が掠れてないページ探して読めれば……?」

「何かがわかるかもしれませんね!」

 

慌ててページをめくる。

 

『───月3日。メイド志望の女の子が館を尋ねてきた。───……が無くて、食べるものにも困っているらしい。ポケ───を保護する者として名を馳せてきたオー……だが、人間だけは保護しない、などというのはご都合にもほどがある。私は少女を迎え入れ、メイドとして雇うことにした。部屋は倉庫の隣の空いている部屋で良いだろう』

「あの部屋はメイドの部屋だったんだ……」

「狭いのに家具があったのは人がいたからなんですね」

 

字が丸い。主人は女性のようだ。

まるでリーリエが書く文字みたいに、綺麗でバランスの取れている教養のある字だ。

 

『───月……。メイドが死んだ』

「えっ」「えっ」

『ポケモンに生気を取られて死んだらしい。一緒にいた私には何も害がなかったので寿命と割り切ることにした。どうにか生き返らせられないか手を尽くしたが、彼女はゲンガーとなってどこかへ旅立ってしまった。追うものではないだろう。退社金ということで彼女に高く売れそうなZクリスタルを託し見送った。彼女は私に似てポケモンを保護するのが好きだし、どこかでポケモンを助ける生活をしているのかもしれない』

「Zクリスタル……!?」

「館の主人はアローラ出身なのでしょうか……?」

「でもZクリスタルって神聖なものなんじゃ……そうそう人に渡していいのか……? しかも高く売れそうなって書いてる」

「どちらにせよ、アローラとのつながりは深そうですね」

 

…………ポケモンを保護していて、Zクリスタルを所有していたゲンガー?

どこかで……どこかで見たような……。

 

『2月27日。私にも終わりが来たのかも知れない。いや、終わりは来ている。私の存在が消えようとしている。』

『11月18日。私ではない私がいる。私は誰だ。私はどこにいる。私はなんのために生まれた。』

『11月17日。丸一年も眠っていた。ひどく気分が悪い。ここはどこだ。アローラではない。財団のものとも連絡が取れない。そもそもどうして館が森の中にある。近くにある街はなんだ。どうしてこんなに近くにいるのに人が来ない。』

「「………………」」

 

このタイミングで、主人はカントーに……?

 

『誰も私と館を認識しない』

『腹が減らない』

『眠くならない』

『私は死んでいるのか』

 

書き殴ったような文字。紙がよれている。水をこぼしたのか、泣きながら書いたのかのどちらか。おそらく後者。

 

『今は何月で何日かわからないが、ポケモンが訪ねてきた。というより生まれてきた。いつものように保護しようとしたが、私には身体が無い。とっくに人の身では無かったようだ。私は母のような偉大な人物にはなれなかった』

『   が    をくれた。』

 

 

『来訪者よ。鍵を渡そう。食堂に来るといい』

 

 

『私 と た た  か    え』

 

 

がしゃん!!

背後でガラスが割れるような音がした。

吊られていた電球が落ちたらしい。破片の中に、鍵がある。

 

「……見られていたんでしょうか」

「流れからしたら、出口の鍵じゃ無さそうだね」

「行くしか……無いんでしょうか」

 

食堂はおそらく、ホールから続く扉……最初に俺たちが激突した扉だろう。

主人に何があったのかは知らないけど、ここから出してもらうためには接触せねばならない。

 

「行こうか」

 

 

 

 

「こんにちは。こんばんは? どちらでもいいですが、ようこそ」

「……ッ…………」

「な、なんで……? どういうことですか……?」

 

川の流れに流される砂金のように煌びやかな髪。

木々の魂を閉じ込めたのかと見間違うほど深く美しい翠の瞳。

白く、シミ一つない、全ての女性の理想と思えるような肌。

 

「わたくしの名前は」

 

俺が渇望した声。

俺が渇望した眼差し。

一目惚れしそうなほどの美貌に、魂が震える。

違うと、わかっているのに。

 

「リリー。オート財団の社長、リリーと申します」

「なんで……私がいるんですか……!?」

 

目の前にいるもう一人のリーリエから、目が離せない。

*1
キスなどの意

*2
怪我が無いかの診断

*3
キスなどの意

*4
診断の意

*5
キス『など』の意



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やっべえ! リーリエが二人!? 天国じゃねえか!!!!

「オート財団の社長、リリーと申します」

「なんで……私がいるんですか……!?」

 

リリーと名乗ったリーリエそっくりの少女は、食堂の奥の椅子に座り、こちらを見つめていた。

髪型や顔立ちはそのままに、月を模した髪飾りを両サイドに着けている。ワンピースの中心部分に黒い宝石が取り付けられており、まるでルザミーネを彷彿とさせるデザインだ。

手に持つ杖のような物は、エーテル財団のロゴを模したものだろうか。

 

「ようやく、わたくしの……『リリー』の存在を見つけてくれる人がやってきましたね」

「存在……? それはどういう」

「わたくしは存在してはならない存在。生きる意味も無く、死ぬ意味も無く、ただそこに『在る』ことしかできない……。やがて忘れ去られ、消えゆくのみの存在」

「さっきからよくわかんないことばっかり言いやがって! ちゃんと話せ……話してください!」

 

チクショウ、リーリエに似てるから強く出れねえ!!

 

「わたくしには肉体がない。存在がない。ですので、存在を埋める器を探しています」

「器……?」

「リーリエ……。もう一人のわたくし……。あなたに成り代われば、わたくしはこの世界でも認められる……」

「わ、私ですか……?」

「この世界に……わたくしは二人も要らない……ッ!」

 

…………ッ、まずい、やる気だ!

 

「リーリエ、伏せて!」

「『シャドーボール』ッ!!!!!!」

 

どこからとも無く現れたシャドーボール。それらはリーリエに向かっていた。

その場にしゃがんだリーリエは俺に突き飛ばされて床を転がり遠くへ。

シャドーボールの直撃した俺は、ミシミシと痛む肩を抑えながらリリーを睨む、という構図になった。

 

「……良いんですか? その女の味方をして」

「俺はリーリエを守るためにここにいるからね」

「わたくしも『リーリエ』ですけれど?」

「あんたはリリーだろ。自分で言ってたじゃん」

「……。ま、期待はしておりません。その選択、後悔することになりますよ」

 

リリーの影が膨れ上がる。

否、食堂全体の影が全て膨れ上がる。

集まり、変形し、身体を形成する。

 

「リーリエ、こっちに」

「は、はい!」

 

それは翼であり手足。

それは鉤爪であり拳。

それは首であり尾。

形のない形が、俺を睨む。

 

「わたくし、このポケモンから肉体を借りました。……いえ、コレはポケモンではないのかしら?」

「は、はは、……は?」

「ななな、なんですかアレ!? 大きくないですか?」

 

いやいやいや、そんなわけ無いだろ。

ポケモンの世界に、お前が存在するわけない。

だって、だってお前は……。

 

「さぁ、───。彼女たちの存在を、わたくしに」

「【けつばん】だあああああああ!?」

 

巨体から繰り出された腕のような触手を交わす。

先ほどまで俺たちがいた場所の床が粉微塵になり、()()の目が俺たちを追う。

 

「やばいやばいやばいやばい! どうすんだよアレ……!!」

「クロウさん、来ます!」

「跳ぶよ!」

 

ハガネールかと思うほど太い尻尾が鞭のようにこちらに迫る。

リーリエを抱き抱えて思い切りジャンプするが、あと一歩分跳躍が足りなかった。

 

「ッ、頼む、フシギダネ、リーリエを……!」

「ダネッ!」

 

つるのムチでシャンデリアにぶら下がったフシギダネがリーリエを回収。俺はそのままハガネール並みの尻尾にぶち当たり、壁と衝突することになった。

死ッ……死ぬ……!! これは洒落にならん……!!

 

「クロウさん、爪が!!」

 

言われて見上げると、眼前に鋭い剣山が迫っていた。

転がって避けるも、その剣山が今度はリーリエの方に。

 

「頼むカメール! 『アクアテール』!」

「ルゥゥゥア゛ッッッ!」

 

ゴッッッ、という鈍い音と共に、剣山が弾かれる。

同時にカメールも弾かれ、壁にヒビが入るほど強く衝突していた。

 

「フシギダネ、リーリエを離して『タネばくだん』を!」

「ダネッ! ダァッ!」

「きゃっ!?」

「ケンタロスッ!!!!」「ぶもおおおお!」

 

ナイスキャッチ牛。

なんとかリーリエは守れたが、同時にけつばんを相手にするのが難しすぎる!

 

「よそ見ですか?」

「なっ!?」

 

いつのまにか後ろにいたリリーに突き飛ばされる。

そして前に出てしまった俺を、けつばんの尾が捉えた。

 

衝撃と痛み。

肺の中の空気が全て出る。

右腕がマヒして動かない。痛みで動かなくなってるだけだと信じたい。

 

「リザード、頼む……!」

「ザァー!!」

「『りゅうのいぶき』……!」

「───。『ハイドロポンプ』」

「ッ、フシギダネ、リザードを庇え!」

 

高圧で放たれた水流に二匹が吹き飛ばされる。

そのタイミングで起き上がったカメールがこちらを見た。

 

「『みずのはどう』!」

「カメー!」

「ケンタロス、逃げれるか!?」

「ぶも、ぶももも……っ」

「クロウさん、こっちにはハードプラントが……!」

「クソッ!!!!」

「断言しますけど。わたくしに勝つことは不可能です」

 

大量の汗が冷たく背中を伝う中、リリーが言う。

神秘的な美しさをそのままに、どす黒い何かを従えて。

未だ暴れ回るけつばんを止めようとポケモン達が奮闘するが、有効打は与えられていないように見える。

 

酸欠で頭がいたい。

目の前が真っ暗になる。

 

「───。『ゴーストダイブ』」

「ザァッ!?」「メメッ……?」

 

かき消えたけつばんの姿に動揺するポケモン達。

その影からずくずくと()()()が溢れ出し、ポケモン達の体を蝕む。

……種族値が1000越えてるんだっけ? レベルは127とかなんとか。

存在し得ない、正真正銘のバグポケモン、けつばん。

 

「さて、こちらのわたくしの存在を貰い受けるとしましょう」

「許さない、ぞ……」

「……羨ましい。そんなに誰かに想っていただけるなんて、まるでヒロインではありませんか」

「当たり前だ……! リーリエはこの世界に必要だ! 無くてはならない存在だ! 俺はリーリエを守るためにここに来た!」

 

視界が狭まる。

目の前も見えなくなる。

その前に、一矢だけでも!

 

「イーブイ、『シャドーボール』!」

「えぼっ……ッッ、けほっ、けほっ!!」

「なっ…………!」

 

PP切れ……!

館に入る前、無意味に連発したから……!

 

「ねえ、あなた」

「……ンだよ……!」

「わたくしと生きませんか?」

 

リーリエの匂いがする。

リーリエの声で、俺の耳元で囁く。

何も見えない俺に、リリーが誘惑するように俺を抱いた。

 

「わたくしは、ずっとひとりぼっち」

「…………」

「肉体を貰うまで……いえ、肉体を貰っても、誰にも存在を認めてもらえない」

「……リリー……」

「わたくしも……! わたくしも、誰かに守って貰いたかった……! わたくしも冒険に出て、誰かに恋をしたかった……!」

 

叫ぶようにリリーが懇願する。

瞳からは涙が溢れ、震える指先が確かな命を感じさせた。

 

「わたくしと、こちらに来てください……! お願いします……!」

 

……思い出した。

リリーは、存在し得ないリーリエだ。

どこかの誰かが無責任に生み出した、小さな次元の綻び。

オート財団。エーテル。誰かが勘違いしたスペルの間違い。

リリー。リーリエ。誰かが笑ったガセネタ。

誰からも存在を祝福されず、その命に意味は無く、やがて死ぬだけの運命。

サン・ムーンやウルトラサン・ウルトラムーンが発売されて、リーリエという存在が確実なものになって、ついに彼女の存在に整合性が取れなくなった。

 

「死にたくない……!」

 

彼女は、消えようとしている。

 

いつだったか、マサキに言った言葉。

もしリーリエが望むのなら、この心臓を抉り出して捧げると。

それが今、一人の少女も救えない嘘つきになっている。

俺の胸にしがみつき、寂しいとしきりに泣き、呪いに蝕まれたポケモンと暴れることしか出来ない少女を……()()()()()()()()()を、助けることができないでいる。

 

「オオオオオオオオオオ!!」

「嫌……ッ! 嫌だ……っ! 誰にも覚えられずに死にたく無い……! 嫌です……!」

 

彼女が泣くたびに、けつばんが鳴く。

肉体を共有した彼女たちは、心も繋がっているのだろうか。

 

「たすけて……っ……!」

 

謎に包まれていた彼女が()()()()()であることを俺が理解したからだろうか。

彼女の体が、けつばんのようにブレ始めた。

 

「どうして……? どうしてあの子ばかり愛されるの……! どうしてわたくしは、誰からも愛されないの! 勝手にわたくしを創り出して、勝手にわたくしを忘れていって! どうして、そんなことをするの!」

 

リリーの体がけつばんへ吸い寄せられていく。

力泣き少女の身体が、小さな砂粒となってけつばんに集まっていく。

 

「助けて! わたくしを助けて! わたくしを覚えて! わたくしに、存在を与えてよ!!!!!!」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 

それは竜だった。

存在しないポケモンと、存在しない人間が合わさって出来た、一つの竜。

血を吸った百合の花のように薄い桃色の肌を持ち、超常的な力で空を飛ぶ、全てのポケモンの始祖がそこにいた。

 

思えば、このポケモンも存在するはずのなかったものだったはずだ。

ポケットモンスターが世に出る前、余った容量に製作者が捩じ込んだ、この世界にたった一匹のポケモン。

 

MYUUUUUUUッ!!!!

 

「……イーブイ。多分コレからお前が学ぶべき先生が来るぞ」

「えぼ……?」

「こうしてるとな、傲慢で自分勝手で薄汚いポケモンがくると思うんだよ。この世に自分は二匹も要らない、ってさ」

 

MYUUUUUUUッ!!!!

 

サイコキネシスで屋根が吹き飛ばされる。

それどころか館が浮島となって浮遊し、俺たちの空の上に押しやった。

このまま地上に叩きつけられれば、いくら俺でもリーリエの命を守るので精一杯だろう。まず俺は死ぬことになる。

 

瓦礫の一つが、サイコキネシスで浮き上がった。

それは一つの槍となり、俺へめがけて飛んでくる。

 

「クロウさんっ!」

「大丈夫」

 

槍の勢いはぐんぐん増し、俺の喉元へと一直線に飛び……。

 

『まもる』

 

弾かれた。

……来たか。

 

「みゅー!!!!」

「お前が始めた物語だぞお前! 始祖ポケモンだかなんだか知らないけど、お前を捕まえようとしてあのけつばんが生まれたんたぞ! 責任取れよピンクトカゲ!!」

「みゅっ!?!? みゅー! みゅーーー!!」

「うるせえ! いいからレイドバトルじゃコラ!!」

 

涙を拭く。

もう迷わない。

俺はリーリエを……リリーを、倒す。

 

MYUUUUUUUッ!!!!

 

サイコキネシスの波動が俺たちを襲う。

俺の身体をとてつもない重力が襲い、血管がちぎれそうになる。

歯を食いしばれ。逃げるな。

俺は異世界からリーリエを救いに来たんだ。異世界のリーリエすら救えなくてどうする。

 

「みゅー!!」

「イーブイ、まねっこ!」

「えぼっ……!」

 

俺たちが解き放つゼンリョクのZワザ……!!

 

「ミュウ! イーブイ! 『オリジンズスーパーノヴァ』ッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

宇宙が、弾けた。

 

 

 

 

 

 

MYUUUUUUUッ!!!!

「ミュウ〜♪」

 

砂粒となって霧散していく巨大ミュウを満足そうに見届けると、ミュウはどこかへ飛んでいく。相変わらず邪悪。

 

サイコキネシスで浮島を支えていた巨大ミュウがいなくなったことで館はゆっくりと下降していき、崩れ落ちる。

リリーは食堂の中央に横たわったまま、その目を伏せている。けつばんはもういない。

息を確認しようとリリーに駆け寄った瞬間、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「クロウさん!」

 

ケンタロスに乗ったままのリーリエが、こちらに手を伸ばしていた。

イーブイ以外の俺の手持ちは既に回収済みらしく、さらにケンタロスの視線の先には崩れた壁とその先に広がる海があった。

 

「脱出します! 捕まってください!」

 

イーブイと共に駆け出し、リーリエの元へ向かう。

イーブイはケンタロスの頭に、リザードとカメールはリーリエの両サイドに、フシギダネはリーリエの頭の上に乗った。

あとは、リーリエの前に俺が乗るだけ。

そうして、リーリエの手を取り……。

 

 

『たすけて……っ……!』

 

 

「ッ!」

「クロウさん!? どうしたんですか!」

「ケンタロス、出ろ!」「ぶもう!」

 

リーリエの手を払って、ケンタロスを出した。

そのままケンタロスは崩れた壁に飛び込み、海の方へとぶっとんだ。

 

「クロウさんっ!!」

 

遠くでリーリエの声が聞こえる。

 

「リリー……」

「……行ってよかったのに」

「一緒に帰ろう」

「……ダメですよ。わたくしにはやることがありますし」

 

リーリエのような笑顔を俺に見せる。

 

「あの子の考えてることくらいわかります。わたくしなんですもの」

「……リーリエの考えてること?」

「あなたの力になりたい」

 

リリーが力無く上げた手を握る。

頬を伝う少女の涙が、俺の体を癒し始めた。

 

「ZリングもZクリスタルも持たずにZワザを使うなんて、本当にダメですからね。身体、ボロボロじゃないですか」

「そうするしか、救えなかったから」

「……わかってます」

 

リリーが俺に抱きついた。

確かな存在をそこに感じ、抱きしめ返した瞬間。

リリーの身体は、光となって消えた。

 

「………………」

 

俺は走る。

今も海に向け落下しているであろうリーリエを救うために。

 

わずかに残った光の粒子に、背中を押されるようにして。

 

俺は、館を飛び出した。



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なんでこうなったんだっけ

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……。

惜しいことをした……ッ!!

リリーの写真一枚だけでも撮っておけばよかった……ッ!

っていうかもっと仲良くなれればリーリエとリリーのツーショットとか撮れたんじゃ……!!

どうして俺はッ! どうして!

 

「イーブイちゃん、目を覚ましてください!」

「ごぼごぼえぼ……」

 

なおリーリエは別地方出身とはいえどアローラにいたので岸まで泳ぐことはできたらしい。ケンタロスは器用に尻尾を振り回してプロペラのようにして推進力を獲得し上陸。フシギダネはそのケンタロスの上に。リザードは死んだ。……いや、カメールに助けられてた。

それで、イーブイはこの中で唯一溺れ、現在進行形で水を吐いているわけだ。

 

「ごぼぉ」

「イーブイちゃん……」

「まさかイーブイが泳げないなんてなぁ」

「なんでもできる子って感じでしたから意外です」

「『まねっこ』でなみのりとかダイビングとかやらせたら泳ぎも上手くなるのかなぁ」

「無理強いはしないであげてくださいね……?」

 

え? 俺? 俺はどうなったかって?

まぁそりゃ、先に飛び出たリーリエの元に一直線に向かって、ばちこーんって海面に激突して全身の関節が芸術的な方向に曲がった後、リーリエをゆっくりやさしく手放しただけだけど?

関節とかリーリエの目を盗んでグキってやったらどうにかなるし。むしろそれができなくて何がリーリエ推しだってハ・ナ・シ。

 

「うぶぅ……えぼぉ……」

「しばらくイーブイは戦えそうに無いな。ゆっくりシオンタウンに戻ろう。結局シオンタウンのゴーストポケモンたちがどうなったのか知りたいしね」

「はい。一度休憩にしましょう。流石に疲れました……」

 

そう言って座り込むリーリエのスカートから水が染み出している。

うむ、舐めたい。あの滴り落ちている海水をコップに集めて飲み干したい。

いやぁ、ずぶ濡れリーリエもオツなものですなぁ……。水も滴るいい女ってわけよ。

 

タオル類も共に海に落っこちたので拭けるものもない。

かと言ってこのままにしてると風邪を引くだろう。

ここは一緒に温め合って温もりを感じようね♡ 煩悩退散。

 

ちなみに俺たちは崖の上にいます。

構図としては高さ順に、浮いた館、崖、海。

ケンタロスが頑張って助走をつけてくれたおかげでリーリエは岩などが無い深いところへ降りれたらしい。あとはその位置に俺がジャンプしてリーリエ掴んで保護よ。

で、フシギダネのつるのムチと俺の滝登りならぬ崖登りで上までやってきたわけですな。いやあ、全員びしょ濡れですげー重かったぜ!

 

太陽を浴びつつ海風を受けていると、リーリエがその場に寝転んだ。

じっとりと濡れた髪の毛が岩肌に広がり、つうと垂れた水滴が妙に艶かしい。荒い息とそれに合わせて上下する彼女の慎ましやかな双丘は濡れた服を纏ってしっかりと彼女の成長を感じさせる。

日差しを鬱陶しげに目を細める表情も、果てた後のピロートークのよう。

冷たくなった身体が火照るのを感じ、そんな自分を恥じた。

 

「リリーさんは」

「……リリー……?」

「いえ、【私】は……愛されていたのでしょうか?」

 

自分の手のひらを見つめる。

ついさっきまでリリーの存在を抱きしめていた手だ。

香りも、体格も、声も、そのほとんどがリーリエと同じである彼女は、最後に俺の背中を押して消えた。

 

「私は……愛されていたのでしょうか。【私】が欲しかった分の愛を、受けていたのでしょうか」

「…………」

「お母様の愛も、彼女の望んだ愛だったのでしょうか」

 

日記の内容から、リリーの母はオート財団を引退しその座をリリーに移したらしい。それが正式な引退なのか、何者か(ウツロイドのようなもの)によって引退を余儀なくされたのかはわからない。

ただ、彼女の涙からして、そのどちらであったとしても彼女が幸せだったことは無いのだろう。

……もしくは、母なんてもの、いなかった(いることに設定された)のか。 

 

「リリーの世界がどうであれ、誰かの言うことを聞くのが正解なんてことは絶対に無いよ」

「クロウさん……」

 

それともリリーならば、ルザミーネの歪んだ愛もまた、彼女が求めた愛の一部なのだろうか。

恵まれているから、そんな愛は違うと言えたのだろうか。

リーリエの言いたいことは、なんとなくわかった。

 

そして、そんなリーリエにかける言葉は見つからない。

人は平等であるべきとか、恵まれてる恵まれてないは関係ないとか。

そんなものは主観に過ぎない。それはリーリエを幸せにしない。

彼女が悩んだリリーの話は、彼女の中で解決をつけるべきだ。

どう生きるのか、どう背負うのか。

そして俺も。

リリーを救えなかったことを、一生背負って生きて行く。

 

「……ウルトラホール」

 

隣に座った俺を横目に、リーリエがつぶやく。

 

「リリー……さんは、ウルトラホールからやってきたのでしょうか」

「多分、ね。それ以外に説明つかないし」

「ウルトラホールの向こうには、もっと他の私がいるんでしょうか」

「多分……ね」

「みんな、辛い思いをしているのでしょうか……」

 

リーリエの頬を水滴が伝う。

それは海の水ではなかった。

 

「みんなで幸せになりたいです……。どうしてこうも、上手くいかないのでしょう……」

 

しゃくりあげるリーリエの口元が震える。

日光を遮るように目元に押しつけた腕で泣き顔を隠し、静かに呼吸を荒げていた。

 

「大丈夫だよ」

「何が……大丈夫なんですか……」

「幸せにするために、ここに来たんだ」

「…………」

「帰ろっか」

「……はい」

 

どちらともなく立ち上がり、どちらともなく歩き出す。

家に戻って、ふかふかのベッドで寝るために。

幸せな夢を見るために。

 

 

 

 

「待て待てーっ!」

「きゃははは!」

 

歩き疲れた足を引きずりシオンタウンに戻ってくる頃には、服もすでに乾いていた。

たっぷりと海水を含んでいたため二人とも少々潮臭くなったがそれもご愛嬌だろう。

流石に服に染みついた磯の香りだけはどうにもできず、素直に戻って洗濯するのが1番だと考えたわけだ。匂いに関するポケモンも捕まえた方がリーリエ的には嬉しいだろうか。

 

「戻ってますね」

「何事も無かったみたいな感じだ」

 

不穏な空気なんてかけらもなく、子供が走り、大人がそれを眺める、平和な風景が広がっていた。

毒々しくも禍々しかった……ように思えた紫色の街も、今となれば紫陽花や藤の花のような鮮やかで貴賓のある色味のように感じる。

人とその雰囲気って大事なんだなぁ……としみじみしつつも、俺たちはたましいの家にいるであろうフジ老人のところへ向かった。

 

「……お二人とも……!!」

「無事です!」「何かあったかは聞かないでくれると助かる」

「ご無事で何よりです。1日経ってもお帰りがないので何かあったのかと」

「1日!? そんなに経ってたんですか!?」

 

館に向かうのに十数分。気絶して……時間経過不明。探索に数時間。

一日も経ってたのか。驚きだ。

 

「お二人のおかげで、街に活気が戻りましたな」

「クロウさんのおかげです。私は何も……」

「そんなことは」

「いえ。そうです。そうなのです」

 

俯きがちにリーリエが俺の言葉を遮る。

気まずそうにしていたフジ老人だが、ふと何かを思い出したように奥の方へ引っ込んでいった。

やがて彼が奥から持ち出して来たのは、最初に俺が預けた呪具セット。

 

「お祓いは済んでおります」

「本もスコープもどっちも綺麗になってる……?」

「中に取り憑いていたゴーストポケモンたちを説得し、物の修理などを頼んだのです」

「いやいや、説得って。かなりガンコなタイプの霊だったと思うんですけど」

「徳を積めれば、彷徨う者になった後でも天へ昇れると言います。彼らもまた、彷徨う者になった後も誰かの役に立つことを願っていたのてやすよ。ほほほ」

 

力が欲しいか?と聞いて来た本のポケモン。

見えないものを見せようと実体化させたスコープのポケモン。

結果として害になったり悪い方向へ進んでしまったものの、そもそもの動機は誰かのためになろうとして……か。

案外ゴーストポケモンも悪い奴らばかりではないのかもしれない。

 

「……行きましょう、クロウさん」

「そうだね。……じゃあフジ老人。何かあればマサキという人を尋ねてください。そこに俺も、リーリエもいます」

「ありがとうございました。お気をつけて」

 

リュックに詰めた本は以前のような不気味な雰囲気は感じられない。

シルフスコープの方も、通常通りの感じだ。……ん? これゴーストみるのってどうやんの? えーと……。

 

「……? どうかしましたか?」

 

おっほ♡ 美少女発見! これは使える道具を手に入れたな。

 

「なんでもない! 行こっか」

「はい!」

 

リーリエが歩みを止め、俺がつくのを待つ。方向はイワヤマトンネル方向。

いつのまにか自然になってしまっていた、尊くて愛おしくて大好きな人の隣。

ここは俺の席じゃないんだけどなぁ……とは思いつつも、推しの隣に立てる喜びを狂喜乱舞して享受せずにはいられない。

 

「家に戻ったらしばらくお休みしたいですね」

「その前にレポート書かなきゃ。あとRR団の報告と、カビゴンの様子を見るのと、ウルトラビーストの被害がどこかに出てないか確認して、それから……」

「やることたくさんありますね……。休めるんですか?」

「わかんないや。治療薬も結局見つかってないし。ふぁ、あ……」

「クロウさんは何かと背負い込みすぎです。色々助けてくださるのはありがたいのですが、もう少し肩の力を抜いてもいいと思いますよ」

 

肩の力……ねえ。

まぁ確かに最近シリアスじみてたかも。というよりはシリアスが向こうからやってくるって感じだけど、とにかく帰ったらのんびり色々やっていこう。

 

「クロウさんの趣味って何かあるんですか?」

「……ゲーセン……」

「ゲームセンターはダメです! のめり込んで散財しそうになったのを忘れたんですか!?」

「うーん……」

 

趣味……趣味ねえ。

いや、割とガチで無いかも?

ポケモンやって、リーリエ可愛いー!ってやってるだけの人生だったし。

そのポケモンの世界に来てるんだから、そりゃあポケモンなんてゲームは無いわけで。

元いた世界でも「ニンゲン」なんてゲームがあってもやろうとは思わないし、ポケモンの世界ではポケモンがいることは当たり前なわけで。

うーん、趣味、趣味。

 

「コレクターとかやってみるかな?」

「何をコレクションするんですか?」

 

そりゃもちろんリーリエブロマイド……っと、そうじゃない。

 

「別な地方には石を集めるコレクターもいるみたいだし、そんな感じで珍しいものを集めてみるとか?」

「例えば!」

「ええっ……。うーんと、えーっと、あ、木の実! きのみなら食べられるし趣味にもなるし一石二鳥じゃない?」

「きのみコレクターですか? ……ふふ、面白いですね。身を挺して雨風から木を守るクロウさんの姿が目に浮かぶようです。『うおー!!』と。ふふふ……!」

 

リーリエのなる木があったらこの命に変えても守るが???

8重にしたビニールハウスの中にソルガレオとルナアーラを配置して昼と夜をしっかり過ごさせ、水と肥料をふんだんに献上して温室育ちぬくぬくほんわかリーリエを生み出すが???

は? 手のひらサイズのリーリエってこと? 夢???

 

「きのみを栽培すれば食費も抑えられるし、毒の治療薬も見つかるかもだし、状態の良いものは売ればお小遣いにもなるし……」

「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっとクロウさん! 頭の中がお仕事モードになってますよ!」

「はっ。すまんつい」

「もう。……しかし、良いかもしれませんね。そうやって過ごすのも楽しそうです。畑を作ってきのみを植えて、毎日お水をあげて……帰ったらやってみましょうか! まずはオレンの実です!」

「えぇ〜、オレンの実〜? 俺オボンの実のほうが好きなんだけど」

「オボンは初心者には難しいですからまずはオレンの実ですよ?」

 

気づけば太陽も傾き始めた。

まだ夕日というには早いが、すぐに月が顔を出しに来るだろう。

少々駆け足でイワヤマトンネルへ突入する。

明かりはリザードがあるので安心安全。わざの『フラッシュ』を使わなくてもなんとかなるもんだな。

 

「そういえば、ここではアクジキングが出てきたのでしたっけ」

「ズガドーンといいアクジキングといいテッカグヤといいカミツルギといい、どうしてこうもウルトラビーストばっかり出てくるんだ……」

「カミツルギ……? カミツルギもいたのですか!?」

 

え、あ、しまった!

やべえ!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「まぁすぐにどっか行ったよ。なんもされてない」

「そういうことはちゃんと言ってください!!」

 

怒られちゃった。てへ。

 

……しかし、まぁ本当に、ここ最近のウルトラビースト率やばい。

もしも違う世界線だったらここにもツンデツンデがいそうだな! その場合はツンデツンデで出来上がった超☆立体迷路を俺とリーリエとたまたまその場に居合わせたエリカで攻略しそうだな!!!!

そんでリーリエはずらっとたくさん並んだツンデツンデの目にすげー怯えるんだ! かわいいね!

 

とかそんなこと起きそうだよねって話。

 

「まあ今はなんともないし……お、出口が見えてきたね」

「家まであと少しです! ……と、もう夕方ですね」

 

イワヤマトンネルを抜ける頃にはもうすっかり夕方になっていた。

9番道路に行く前にこの辺りでキャンプを挟まないと体力的にも少し厳しいかもしれない。

ということで急遽、北側10番道路にテントを張ることになった。

確かここからなみのりを使うと無人発電所に行けるんだっけか? 記憶が朧げだけど。

テントの設営はリーリエがしてくれるらしいから、俺はキッチンの準備しとこうか。テント作るよりも石とか運ぶキッチン作成の方が力仕事だもんね。

 

ぱぱっとかまどを作り、拳で岩をいい感じに割ってまな板を作る。上半分だけ粉砕するのとか、綺麗に割るのとか疲れたわ。次からは道具が欲しい。

献立はなんなのかわからないけどまぁお米は使うだろ。先に炊いてしまうか。水を入れて火にかけて……と。

あとはむしよけスプレーを辺りに散布すればOK。2回目だけど慣れたもんですわ。

さて、リーリエの方は……。

 

「……あ……クロウさん……」

「ん、どうしたのリーリエ。テント作るの疲れちゃった?」

 

振り返った先に設営されたテントは一つだった。

荷物を前に座り込み、何かの布を広げている。

 

「クロウさんのテント…… 壊れてます……」

 

あらまぁ詰み???

って言ってもまぁマサキのおさがりだし、そういうこともあるだろ。

幸い寝袋は無事らしいし、俺は野宿かなぁ。

 

「あ、あの、クロウさん、提案なんですけど」

「ん……? うん、何?」

 

交代でテントで眠ろうとかそういうのだろうか。

リーリエは優しいなぁ。でもそれだとリーリエが大変だしやっぱり俺は野宿で……。

 

 

「一緒に……寝ませんか……?」

 

 

……え?



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まさかの添い寝! リーリエ、がんばる!

「…………」

「…………」

「……美味いな」

「……はむ。そう、ですね……」

 

献立はシチュー。

カレーとシチューって最後に入れるルウを変えるだけで全く違うものになるんだからすごいよね。ポケモンの進化分岐みたい。

 

静かな夜にことこととシチューが煮込まれる音。食器が擦れる音や薪が燃える音が辺りに響き、声と呼べるものはポケモンたちのものだけだった。

お互いにお互いを見つめては、気まずそうに目を逸らす。

なぜなら、今晩入るテントが二人とも同じだからだ。

 

誤魔化すように水を飲んでは、シチューを口に運ぶ。

まろやかでいて甘い。誰もが虜になるようなシチューを味わいつつも、先ほど食べたシチューはどんな味?と聞かれたら思い出すことはできなかった。

 

「カメ」「ザァー!」

「え、あ! ど、どうした!」

「お、お、お湯、ですか!? ありがとうございます!」

 

カメールとリザードがお湯を沸かしてくれたらしい。今日の風呂である。

贅沢なことに、俺の手持ちにはみずポケモンとほのおポケモンがいるので旅に出ていようと毎晩お風呂に入れる。

今日は服のまま海にも飛び込んだし、リーリエとしては風呂に入りたくて仕方がないはずだ。

 

男の俺は使うお湯も少量で良いし、安全を確保するために風呂周りの設営をするために先に入る。旅先だと何があるかわからないし、とりあえず汚れを落として、あとは……そうだ。テントが壊れているならカーテンが作れる。

前回は近くにあるポケモントレーナーを端から全員目潰しして回っていたが、カーテンを作れば問題はない。

 

「フシギダネ。あの枝からあの枝までの長さのツルをくれ」

「ダナダー」

「……これでよし、と」

 

水を入れ替え、リザードの炎にかける。

湯気があがりはじめたのを確認してからカーテンを開けた。

 

「お風呂あがったよ」

「じゃあ、私もお風呂いただきますね……」

「うん……」

 

まだ皿にシチューが残っているというのに、リーリエは慌てて風呂の方へ向かった。

そんな報告されたら意識しちゃうじゃん!!!!

初日もお風呂のくだりはあったけどね!? そんな報告なかったよ!?

ァ!! 皿にもうシチューがねえ!! 今まで空気を食べてたのか俺は!!

 

「はぁ〜…………(クソデカため息)」

「えぼ?」

「ため息も出るわ。どうすりゃいいんだよー……」

 

思えば前にもこうやってイーブイに何かを訴えられていた気がする。

リーリエとデパートに行って試着を待っている時か。

 

「えぼ」

「……リーリエの使っていたスプーン……」

 

頭の中がリーリエでいっぱいだ。

後のことなんて考えずに、リーリエに溺れていたい。

だってあんなに綺麗で可憐で美しく、優しくお淑やかで優雅なんだ。

好きにならずしてなにになる? 愛さずして何ができようか。

 

「ぶも〜」

「おうおう、リーリエ乗せてぶっ飛んでくれてありがとな」

「ぶももも」

 

褒めつつ撫でると嬉しそうに体を振るわせるケンタロス。

海水のせいで毛が固まって荒れている。あとでブラッシングしてやらねば。

……というかお前たまにリーリエにブラッシングしてもらってない? お前のブラッシングツールをリーリエが持ってるの、何回か見てるぞ。

 

「ぶふんっ」

「あ! お前笑いやがったな!? やっぱりリーリエにブラッシングしてもらってんなお前!!!!」

「カメカメ」

「んぉ、なんだカメール」

 

よちよちと近づいてきて存在をアピールし、地面にハートの絵を描くカメール。

隣に人の形をした絵を描き、リーリエが風呂に入っている方向を指差した。

リーリエにラブラブ?

……じゃないな。なんだろう。リーリエの心? 考え方? が好き?

 

「かめー!」

「……お前もリーリエのことが大好きなんだな。いいことだ」

「リーリエの騎士団としてお前たち以上に頼れる存在はいないぞ。これからもよろしくな」

「かめー!」

 

そして温度調節のためリーリエの元へ向かうカメール。俺も手から水を出せたらリーリエのお風呂に合法的に居合わせられるだろうか。煩悩。

 

どうにも考えが纏まらない。

ポケモン達はまだシチューに夢中なようだし、食器は埋めれば土に還るので洗う必要もない。鍋も、ポケモン達が食べ終わった後にカメールが水につけてくれるだろう。どちらにせよ今やれることはない。

 

のそのそとテントに潜り、寝袋を探す。

流石に同じ屋根の下とはいえ、リーリエに手を出すことは許されない。

ミノムッチ状態になれば俺でも理性を保てるだろう。

そう。寝袋さえあれば、俺は理性を保てる。

寝袋さえあれば……。

 

あれ?

 

おっかしいな、ここに詰めたと思うんだけど。

防水性高いやつだから海水でダメになるとかも無いと思うんだけどなぁ……。

んん〜? いや、マジでないぞ?

……ふう。寝袋無しは流石に寒いよなぁ。

リーリエの方は自身の寝袋を広げて敷布団にし、上から毛布をかけて寝ているようだ。チルタリス毛布だっけ? 畳むのも楽ちんで軽いのに、広げた瞬間空気を含んでふわふわになる。高級毛布だ。さすがお嬢様!

 

と、寝袋探しを忘れてもふもふとチルタリス毛布を楽しんでいると、テントのジッパーが開かれた。

 

「クロウさん……」

「あ……リーリエ」

「カーテン、ありがとうございました。とっても安心できました」

「あれは……まぁ、そのまま捨てるよりは最後にって思って」

「それでもありがとうございます」

 

息を呑む。

旅に似合わない、白のワンピースパジャマ。

優しく身体を包み込むそれを着こなし、リーリエが素足を自身の寝袋の上に乗せた。

そのまま膝を降り座り、三つ編みにして短くなった金髪を肩にかけた。

お風呂から上がったために頬は赤く、それが妙な色気を出す。

眼差しが少し柔らかいのは、温まって眠くなっているからだろうか。

 

「何を探していたんですか?」

「俺の寝袋をね。どこかに無くしちゃったかな」

「……寝袋なら……ありませんよ?」

「え」

「隠しちゃいました」

 

困るよ!?!?!?

なんでそんな聖母みたいなとろんと柔らかい笑みでイタズラ宣言したの!?

 

「無くても良いじゃないですか」

「そういうわけにもいかないよ。俺寝れなくなっちゃうし」

「……一緒には寝てくれないのですか?」

 

毛布をめくり、リーリエがこちらを見つめる。

何かがおかしい。どうしちゃったのリーリエ。

そういうのは好きな人にやるもんだよ!! モブにすることじゃないよ!!

 

「鍋を洗わないと」

「カメールさんが洗ってくれましたよ」

「ぽ、ポケモンを戻さないと……」

「ポケモンさん達は私がボールに戻しました」

「ひ、火を消さなきゃ!」

「火が……どこかにありますか?」

 

纏められた荷物。手渡されたボール。

いつの間にか消えていた火の音と灯り。

薄暗いテントで、リーリエが俺にもたれかかる。

え!? もたれかかる!? ちょっ!? どういうサービス!? いくらですか!?

 

「もうやることは……寝ることだけですよ」

「いやいやいや、でも流石に同じ布団で寝るってのは……」

「何か問題なんですか?」

「け、警戒心が無さすぎる!! 襲われたらどうすんの!?」

「……私を、襲うんですか?」

 

ゥ……。

それは……するぞ! しちゃうぞ!

そんな勇気ないけど!!!!!!!!!!

 

服が擦れ合う音がやけに大きく聞こえる。

背後はもうテントの壁。

今俺の胸に頭をこてんと預け息をしている、この小さくて可愛い女の子。

彼女から信頼を寄せられていることが、とてつもなく嬉しい。この上なく幸せだ。

 

「クロウさん。このテント、天窓があるんですよ」

「えっ何それゴージャス」

「開けてみますか?」

 

立ち上がったリーリエが天井部のファスナーを開ける。

布地が取り払われたそこには、ビニール越しの星空が広がっていた。

 

「行きの時もしばらく眺めていました。とっても綺麗ですよね」

 

暗闇に目が慣れたからか、星空が青く光り輝いているように見える。

ほっ、とリーリエが小さく一息つき、俺の隣に座った。

 

「私、ときどき不安になるんです」

 

そのまま、頭を傾けて俺の身にもたれかかった。

 

「このまま母様が良くならないんじゃないか。旅はずっと続くんじゃないか。……みんなに、会えないままなんじゃないか、と」

「……みんなっていうのは、アローラのこと?」

「はい。いろんな人に助けてもらいました。また、みなさんとお話がしたいです……」

「きっと会えるよ。ルザミーネさんも良くなる」

「クロウさんは、何度もそうやって励ましてくれましたね。いつもありがとうございます」

 

手繰り寄せた毛布を膝にかけるリーリエ。

横向きに広げたので俺まで包まれてしまった。擬似同衾。ゆうべはおたのしみでしたね。

 

「クロウさんと出会って……とても良かったと思います」

「俺も、リーリエに会えて……リーリエと旅ができてる今が幸せだよ」

「もうっ。どうしてそういう言葉がすらすらと出てくるんですか?」

「お手本があるからね。……なんでもできてかっこよくて、リーリエなんかすぐにコロッと落ちちゃうようなお手本(主人公)が」

「お手本……ですか」

 

それから、たくさんのことを話した。

イーブイが泳げなくてびっくりした話。

行きのカレーが美味しかったからまた食べたい話。

ナツメがなんだか温かい目をしてリーリエを見守っている気がする話。

バトルカフェのマスターが死ぬほど強かった話。

あの時のゲンガーが元々は人間だった話。

……アローラから泳いで来た時の話。

 

「───お腹も空くし、海は冷たいしで散々だったよ。寝ることもできないしね」

「さいしょは……どこに……ついたんでしゅか……」

「確かセキチクシティだったかな。サファリゾーンってところが有名だよ」

「こんど……いきましょ……うね……」

「そうだねえ。……もう寝た方が良いな。ちょっとごめん」

 

お行儀よく体育座りで船を漕いでいたリーリエの膝下に腕を回し、抱え上げる。

そのまま広げられた寝袋の上において毛布をかけた。

 

……まぁ、今回は流石に野宿でいっかあ。

 

「おやすみ、リーリえ゛……ッ!?」

 

立ちあがろうとしたところに腕を掴まれ、引き摺り込まれる。

背中からふんわりと優しい甘い香りが俺を包み込み、そこでようやくリーリエに抱き止められているのだと知った。

 

「ちょっ、ちょちょちょ……」

「いっしょにねるんですー」

「ええ…………」

「かんねんして、こっちをむいてください」

 

しかも対面!?

心臓が!! 心臓が保ちません!! メーデー!!

とはいえ埒が明かないので姿勢を正す(欲望に正直)

 

「んやっ……。くすぐったいです」

 

ごめんなさい!!! ほんっとうにごめんなさい!!!

どうか命だけはお許s 顔近ッ! 顔良ッ! うっわーキレー! 整ってるぅ……! 天使のキス待ちみたいな微笑みしてるぅ! かわいいー!

 

「クロウさん」

「な、なに……」

「クロウ……しゃん……」

「……え……」

 

リーリエの手が頬に添えられる。

とろんとした目が俺を捉えた。

小さく呼吸を繰り返すたびに動く唇が(つや)っぽく(なまめ)かしく(あで)やかで、それが近づいてきていることも気づかないほど、俺の視線は唇に釘付けだった。

あと少し、拳一つほどの距離。一つの毛布の下で、リーリエがそのまま俺に近づき……。

 

 

 

 

 

「……すや……」

 

 

……寝てる……。

そりゃ、ありがちだけどさ……。

すっっっげえドキドキしたよ……。

 

しかしまぁ、いやぁ寝顔かわいいなぁ。ほっぺ食べちゃいたい。ずじゅるるるべろべろぽぷぽぷじゅぷるるりん。

 

……寝るか。寝れるかわからないけど。

なるべくリーリエに触れないように頑張ろうと意気込んで目を瞑ったその時。

 

───ちゅっ

 

……? 頬に違和感が。

リーリエは……

 

「す、すや……すや……」

 

寝てるな。ぐっすりだ。寝息まで立ててる。

寝息まで可愛いとは恐れ入った。

……それじゃあ、頬のさっきのは本当にただの違和感か。

まあ寝よ。リーリエの腕の中で寝れる時なんて今後一生無いぞ。

 

おやすみリーリエ。



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リーリエだいすきクラブ! 虹色の羽と君の声!

おはよう諸君。朝日が昇っているね。

……寝顔をもっと見たかったなァ……。リーリエが熟睡し始めたら髪の毛クンカクンカしたり採取したり絵にしたりしたかった。

普通に寝心地よくて爆睡しちゃった(´・ω・)

 

だってリーリエの隣で眠れるんだぜ? それだけでエルドラドだろ。楽園だろ。桃源郷だろ。

……ハッ!? 肩凝りが無くなってる!! 体調もすこぶる良い!! これはリーリエのご加護では!? さすがリーリエ、処女同衾の奇跡ってこう言う意味なんだね。

 

さて。

……とりあえず、目の前にいるはずであるリーリエがいないことについて考えよっか。

リーリエの荷物がテント内にあることからおそらく俺より早く起きてテントを抜け出した。これは当たりだろう。

ただ、今何してるんだ?

無闇に探して、もしもリーリエが朝風呂タイムだったら?

俺はもれなく変態の烙印を押されることになるだろう。否定はしないけどね。いっそ土下座して朝風呂拝ませてもらおうか。落ち着け。

 

あ、リーリエのパジャマが畳まれてる。着替えたあとなのか。

……ふーん?

リーリエさぁん……年頃の男の子の隣に自分の衣服を置いといちゃあダメだよお……。どんなことになっても知りやせんぜ……? グフフ。

ましてや俺は今リーリエのおかげで絶好調バフがかかってる。天使のヴェールを汚すのは本当に申し訳ないし罪の意識で消え入りそうだけど本能には抗えない。アダムとイブだってそうだ。俺がアダムであの子がイブで。落ち着け。

では、いただきま〜す!

 

「あっ、クロウさん! おはようございます! 朝ごはんできてますよ」

「うん!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

っぶね。

普通にリーリエ吸いしかけてたわ。

 

「おぉ、コーヒーだ」

「淹れてみました」

 

苦い……。

やっぱりこの身体、ポケモン世界に来る前と違う。

子供舌というか……身体的に、味覚の嗜好が子供寄りになってる。

苦味を楽しむこともできなくは無いけど……やっぱり今の俺はコーヒーが苦手みたいだ。

 

「クロウさん、寝癖ついてますよ? 直しますね」

「ありがとう」

 

コーヒーあっめぇ〜〜〜!!

ウッヒョォ、リーリエが俺の頭なでなでしてくれてるぜ!

えぇ何これ!? 絶対『コーヒー飲めてえらいですね』のなでなでじゃん!!*1

こんなん何杯もいけちゃうね! うーん苦い! もう一杯!

 

「あ、ケンタロスさんも毛がたっちゃってますね。ブラッシングしてあげます」

「ぶむう!」

 

コーヒーにっげぇ〜〜〜!!

反吐が出るぜ! おめぇなに満足げにブラッシングしてもらってんだよ!! そこは五体投地でリーリエになすがままにされるべきだろうが!! それでも親衛隊かよ!! お前はいつもそうだ!! 誰もお前を愛さない!! リーリエ以外は愛してくれない!! お前を愛してくれるリーリエは天使!! ドゥーユーアンダスタン???

 

「いやトーストうっま」

「リザードさんに頑張ってもらいました」

「ふーん。やるじゃんリザード」

「ざぁー!!!」

 

腹ごしらえも済んだのでテントを片付ける。

ちくしょう、やっぱりリーリエ吸いしとけばよかった。

ああ……リーリエのパジャマが片付けられていく……。

 

北側10ばんどうろを通って9ばんどうろ。

ここまで来ればもはや庭。通った先がいつもお世話になっているハナダシティである。

ともすれば二人とも気が抜けており、夏の陽気も相まって、のんびり歩いていた。

日差しを含んだリーリエの髪の毛がキラキラと輝く。まっこと眼福。芸術作品ですわ。

 

今日は風がよく吹くので、真夏の今にしては珍しく涼しい。

長髪を揺らす風に目を細めるリーリエは、どんな花よりも美しく、そしてどんな宝石よりも輝いていた。

頬を伝うその汗が、草木をすり抜ける風と共に遠くに飛んでいく。

まさしく夏の1ページであり、俺がアローラで見て、心から望んだ光景だった。

夏のリーリエ、余りにも絵になる。

 

「ふっ、ふふ」

 

夢が叶ったことに対してか、笑みが溢れる。

俺は今、炎天下の彼女の隣にいる。

一緒に暑いねと会話ができる。

嗚呼、至福……!!

 

「? どうしたんですか、クロウさん?」

「いや、涼しくて……嬉しくてね。それよりもリーリエ、帰ったらリーリエと行きたい場所があるんだ」

「行きたい場所……? どこですか?」

「ハナダシティなんだけど……っと、噂をすれば見えてきたな」

 

ハナダシティでは宿屋やポケモンセンターが多くの人で賑わっており、それを目当てに屋台や出店などもいつもより多く並んでいた。

 

「わ、わ、わ! なんですかこれ! 何が起こるんですか!?」

「今年はハナダシティで、花火大会をやるつもりらしいよ。急に始めた理由はわからないけど、チラシが配られてたんだ」

「はなび……ですか……」

 

嬉しいような苦笑いのような、まさに『微妙』といった表情を浮かべるリーリエ。

あれ? なんか反応が悪いな。わりと良いと思ったのに。リーリエと花火見るってのが俺の夢その②なのに。

 

「花火、苦手だったっけ?」

「いえ、苦手というわけでは無いのですが……直近の記憶で、花火に少し抵抗が」

「……あー」

 

そういやこの夏、リーリエと花火見たわ。

見た人の生気を吸い取って己の養分にしようと企む花火を。

洗脳されてたこともあり、リーリエとしては苦手意識が生まれてしまったのだろう。

 

「まぁ……大丈夫だよ。何があっても俺が守るから」

「もう、外に投げ出されたりしませんか?」

「あー……そんなこともあったなぁ」

「忘れてたんですか!? 命の危機だったんですよ!?」

「まぁ、まぁまぁ、はは」

「えっ。ほんとに忘れてたんですか? あの、えっと、クロウさん、そう言った物覚えに関する病気とか……」

「やめて怖い。……で、それはそれとして。花火……見れる?」

「私とですか? ……良いんでしょうか……」

「俺としては、リーリエとみたいなって思ってるけど」

「ん〜。じゃあ、はい。お供します」

 

そう言ってリーリエははにかんだ。

おっほ♡ 美少女が笑ってる♡ 人間国宝だね。

 

「まだ花火大会までは日があるから、今日のところは帰ろうか」

「はい! ……いつなんですか?」

「明後日」

「あ、ああ明後日!? 早すぎませんか!? 少し戻ってくるのが遅れていたら間に合わなかったじゃないですか……!?」

「明日は休息。旅の疲れを存分に取ろうねー」

「く、くろうさん!! まってくださいよお!! お、ぉーぃ!?」

 

リーリエの荷物を奪い取り、ハナダの街を駆ける。

最高だ。

俺は今、生きてる。

ポケモンしか無かった俺の人生そのものが、ポケモンの一つになってるんだ。

 

これからは、リーリエと生きていく。

いつかリーリエが幸せになるその日まで、リーリエを見守っていくんだ。

 

 

 

 

いやー、ポケモンってマップ移動多いから、途中途中で考えることとかあんまり無いんだよね。

そりゃリーリエと道中お話したことは覚えてますよ?

 

後少しですね、とか。

お母様元気でしょうか、とか。

リーリエに好きな人がいるとか。

 

「ウッ思い出したく無い記憶が……!!」

「クロウさん!? どうしましたか!? おうちは目の前ですよ!?」

 

頭がッ……めりめりと痛む……ッ!

会話の流れで「ルザミーネさんのお父さんはどんな人なんだろうね」って聞いたら「私の好きな人と似たような人だと思います。ポケモンが好きで、何かのことに熱中すると周りが見えなくなっちゃう人で……。あっ!! 今のは忘れてください!」って。

忘れてくださいって言われたから一旦自分の頭を岩に打ちつけて記憶を無くしていたんだが……なぜ思い出してしまったんだ……。

 

そっかあ……リーリエ好きな人いるのかぁ。

そりゃそうだよなぁ……。年頃の女の子だもんなぁ……。

出会いはどこなんだろ? やっぱりアローラなのかな。国境を越えた愛なの? うわ、泣きそう。

 

「た、ただいま戻りました!」

「おお! お帰りリーリエちゃ……っ、クロウくん!? どうした!?」

「急に倒れてしまって……! 疲れが溜まっていたのかも……」

「クロウくん、誰にやられた!」

「リーリエ……」

「私なんですか!?!?!?!?!?!?!?」

「リーリエちゃん……! なんて(むご)いことを……!」

「ええっ、あっ、ご、ごめんなさい……?」

「せやってクロウくん」

「しょうがないなぁ、今回だけだぞっ☆」

「ピンピンしてるじゃないですか!」

 

はー、笑い泣き。

まぁ失恋の末に捻り出した涙もあるけど。

 

彼女はどんどん、俺の知らない彼女の物語を紡いでいく。

いつか、リーリエのウェディング姿が見たいものだ。いや白無垢もアリだな。いや、アローラに倣って教会で……いやいや、リーリエの出身は判明していないのだからそれこそ和風な都の可能性も……。

その場合、旦那は誰に?

 

俺に勝てるようなヤツじゃないと認めませんからね!

 

俺に勝てる奴が出てきたら認めなきゃいけないのかぁ……。

 

(おわりだ)

「クロウさん!? 口から血が!! 」

「いつものことやんけ」

「そうでしたか!?!?!?」

「まぁそれはそれとして。リーリエちゃん、お母さんとこにも行ったげてな。土産話楽しみにしとるらしいで」

「あっ! 行って参ります!」

 

俺の口元を拭ったハンカチを掴んだまま、リーリエがキャンピングカーへと向かう。

リーリエに介抱されるのって幸せだよな。

マサキは俺の前にジュースを置き、手近にあったノートを手に取りパラパラと捲る。

空いているページにペンを添え、こちらに促してくる。

 

「ほんで、シオンはどうだったん?」

「かくかく シキジカ メブキジカって感じです」

「ふむふむなるほどなぁ。……ってわかるかい! 後でレポート書いてな」

「はーい。……後明日のお祭りリーリエと行きます」

 

ドサッ。ノートが落ちる音。

信じられないようなものを見る目でこちらを見つめるマサキ。

 

「デートか」

「でぇと、ですねえ」

「よく誘ったな」

「もう心臓バクバクですよ」

「やるやん」

 

こつん、とグータッチ。

 

「夏の思い出に、と」

「ええやんええやん! ここで射止めるんか? いやぁ、長かったなぁ……!」

「もちろん、リーリエが欲しがったものは屋台ごと買って貢ぐつもりでいるんで!」

「重」

「金はあるんで」

「生意気やわ〜」

「ところで、そちらの方はいかがです?」

「ルザミーネさんの方か? クロウくんたちがいない間に色々検査したんやけど、体調はあのまま。悪くなったりはしてへん。……せやけど、良くなってもおらんのや。あと一歩、何かの手掛かりが掴めないっちゅうか……パズルのピースだけあってもはめる方法がわからんっちゅう感じやな」

 

差し出されたノートを受け取る。先ほどマサキが落としていたものだ。

そこには、ここ数日のルザミーネの食などの情報や体温、言動が書かれていた。

言う通り、特に目立ったものは無いか。

 

「あと、リーリエちゃんには内緒なんやけど」

 

と新聞を渡して来るマサキ。

 

「ええと……『無人発電所の怪異』? 『動き出すブロック塀』。『謎の赤い閃光』。写真がついてる。コレ、ウルトラビーストじゃ……」

「そうやと思ったわ。ここ最近で急に、謎のポケモンが多く出るようになっとる。今までにも正体不明のポケモンはおったけど、ここまで目撃情報が多いとどれか一つはウルトラビーストやないか、思うてな」

 

いや……1つどころじゃ……。

あれだけ苦労して倒したウルトラビーストが、一度にこんなにたくさん……?

しかも、そのほとんどがみさきのこや(リーリエの拠点)近くじゃないか。

 

「……もし、コイツらがあの男の手持ちポケモンだとしたら……」

 

 

『偽物は殺さなきゃ』

 

 

「……クロウくん?」

 

狙いは俺だ。

 

「いえ、なんでもないです」

「そういうのが一番気になるんやて。教えてな。なーなー」

「なーんでーもありませーん」

 

俺がいるから、ウルトラビーストをけしかけて来るのだろうか。

だとしたら、リーリエを危険に巻き込んでいるのは俺ということになる。

そんなこと、許されない。

 

ここを出よう。

リーリエには悪いが、お祭りの約束をドタキャンしよう。

明日のうちに荷物をまとめてすぐにどこかへ行こう。

どこか遠くから、治療に使えそうなものを送っていれば、それでルザミーネさんも良くなる。

 

変わらずリーリエが狙われるようなら、その時に戻れば良い。

ポケモン達を置いていけば、リーリエを守ってくれるはずだ。

だからもう、俺がいなくても良いんだ。

 

もう───

 

「クロウさん! 母様が浴衣を用意してくれているそうです! お祭りは浴衣で行けますよ!」

「明後日が楽しみだね!!」

 

もう少しここにいてもいっかぁ!!!!!!!!!

*1
そういうわけではない



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魅惑のあのコの飴リップ

お ま た せ


どんどんちゃかちゃか。

ハナダシティはその洋風な風貌に似合わない和風なお祭りに様相を変え、どこから出してきたのか鼓の音まで響く始末。

噴水の周りにはたくさんの屋台が立ち並び、焼きそばだのりんごあめだの()()()()なモノをダシに盛り上がっていた。

ハナダの花火大会。

理由こそ不明だが、ジムリーダーが企画したということもあり街の人は反対する人もおらず、今日この時だけの雰囲気を楽しんでいた。

もちろん俺も例外ではなく、今日この日を楽しみにしていた。

え? いやいや、祭りが楽しみなんじゃなくてさ。

 

「クロウさん、お待たせしました」

 

ハイ神に感謝。というかリーリエが神。

俺の目の前に姿を現したリーリエは、もはや神とすら表現するのも烏滸がましいまでの輝きを纏っていた。

お祭りでは祝われる対象である稲穂のような美しく垂れる金髪をがんばリーリエスタイルにまとめ、シンプルな赤い長リボンでまとめ後ろに流して洗練されたキュートさをアピール。

爽やかな空色ベースの浴衣には、美人を象徴する白百合と、そこに隠れるアローラロコンが描かれている。

帯は紺の星空。ところどころにある金色の部分がさりげなく輝き、シルエットを隠しつつも存在感を感じる。

最後に翡翠色の帯紐で星空にオーロラをかければ、華奢で蠱惑的な身体が神秘のヴェールに包まれた。

惜しげもなく晒した素足に下駄をひっかけ、カコンと涼やかな音を鳴らして俺の前に現れる。

その手に持つ小さな巾着も、それこそ彼女の存在を引き立てるためだけに作られたもののよう。

一挙手一投足が、まるごと彼女の美しさへ変わる。

つまり、

 

「とても似合ってるよ」

「……。テンプレートな言葉ですね。クロウさんはいつも同じような言葉しか言ってくれません」

「すごく褒めてるよ」

 

心の中でな。

 

「クロウさんのじんべえも似合ってますよ。……母様、こんなものまで用意していたんですね」

「他の地方からわざわざ取り寄せたんだっけ。社長ってすげえよ……」

 

独特な柄が編まれた緑色のじんべえ。

通気性がばつぐんでとても過ごしやすい。

 

「では、いきましょうか」

「リーリエは気になる屋台ある?」

「こういうところに来たことがないので全て新鮮です! ……ええと」

 

きょろきょろと辺りを見渡したリーリエの視線が、りんごあめの屋台に止まる。

そのままこちらの様子を伺ってくるので頷くと、目をキラキラさせて屋台まで駆けていった。うわ……可愛い……。

後ろにまとめた髪が揺れてるの可愛すぎない? 歩く地球かよ。母なる大地なのかもしれん。

 

「どう注文したら良いのでしょう」

「あー……おっちゃん、この子にりんごあめ1つくださいな」

「あいよ! ……お嬢ちゃんべっぴんだねえ!? でかくて旨そうなやつあげるわ!」

「よ、よろしいのですか!?」

 

あは〜! 美しいって罪だなぁ、リーリエ!

そうそう、これだよ、この反応! リーリエって可愛いんですよ!

上目遣いで太陽が登って、首を傾げれば国が傾く美女なんですよ!

わかります!? わかりますよねえ!!

 

「あの、お代はいくらほどに……」

「ん〜、500万!」

「500万円ですね、少しお待ちください」

「ばっ!? バカバカ、こういうの冗談だから! お嬢ちゃん、そのカードしまって!」

「ふふ、こちらも冗談です!」

「な、なんだ……お嬢ちゃん強いねぇ」

 

見ました!? 今のリーリエのお嬢様ジョーク!

ありがちな値段爆上げのノリに対してカードを出して真に受ける世間知らずなお嬢様を演出する高等テクニック! 並大抵のお嬢様にはできない芸当!

多分昔のリーリエなら真に受けてたんだろうなぁ。しみじみ。

 

「とりあえず俺が払うよ。おっちゃん、500円」

「あい毎度!」

「そんな、いけませんクロウさん!」

「後ろも並んでるからね、一旦避けよう」

「あっ……」

 

言われて気づき、ぱたぱたと下駄を鳴らしながら屋台からどくリーリエ。

その手には、並べられていた物の中で一番大きいりんごあめが行燈の光を浴びて艶やかに光っていた。

 

「すみませんクロウさん」

「いいのいいの、それよりもリーリエのりんごあめ、大きいね」

「これは一口で食べる物では無いのですね……」

「前歯でこう、ガリッと」

「がりっと……はむ」

 

あっはー!!!! かわいー!!!!

スマホ! 誰かスマホ持ってねえか! 永久保存版だぞこいつぁ!

嗚呼、カメラが没収されている……! 仕方ない、脳内カメラに焼き付ける他ない! なんでだ! なんでスマホ一つも持ってないんだ現代人のこの俺が! 馬鹿野郎!!

 

「かたいです」

「ちょっとずつ噛んでいってごらん」

「あ……甘い……」

 

パキ、と崩れた飴の端を小さな口で咀嚼するリーリエ。

コツを掴んだのか、続いて飴とりんごを一緒に噛み取り、その甘味に笑顔を見せた。

 

「おいしいです! クロウさん、これおいしいですよ!」

「良かったねぇリーリエ! りんごあめ美味しいねぇ! もいっこあげようか?」

「な、何故急に保護者のような視線を向けてくるのですか!? ひ、一つで充分ですよ!?」

 

溢れ出る父性からよしよしと頭を撫でていると、リーリエがこちらにずいとりんご飴を差し出してくる。

……もう飽きちゃったかな? たしかにりんご飴って大きすぎると味が一辺倒で飽きるよなぁ。

と思ったがそうでもないらしい。

 

「く、クロウさんもどうぞ!」

「えっ」

「美味しいですから、その……どうぞ」

 

俺にはリーリエが、()()()()()()()をこちらに向けているように見えるのですが。

あの、このままだと関節……。

 

「後でいただくよ」

「……む。なんで今はダメなのですか」

「えーっとぉ……そのぉ……」

「………………」

 

リーリエの唇が目に入る。

先ほどりんごあめを咥えていた彼女の唇は、赤い飴の色をルージュ代わりにメイクアップされていた。

その色は当然、目の前のりんごあめと同じ色なわけで。

艶やかに色気を放つ彼女の唇から、目が離せない。

 

「ほら……ね? ってムグゥー!?!?!?

「はい! よく味わってください!」

「もごご……!」

 

あっ、もう関節とかじゃなくて丸ごと食えってことですか! 顎外れるわ!!

でもちゃんと上手い! 喉の上の方が圧迫されて息苦しくなってること以外はもう文句なしに上手いりんごあめだなコレ! マサキにお土産で買って帰ろう!

 

「クロウさん、次はあの屋台に行きたいです!」

「もごごごご。もごー」

「りんごあめは後でお代わりを買おうと思っていますので、今は大丈夫です!」

「もご」

「そんなこと言ってないで、早く行きましょう! タイムイズマネーという言葉があるんですよ!」

「ごー」

 

リーリエが俺の手を引きかけ出す。

手を引いている相手が頬をぱんぱんに膨らませたまぬけ面の俺で無ければさぞ絵になる光景だったことだろう。

 

そんな彼女の後ろ姿はとても楽しそうで、これだけでも連れてきてよかったと思える。ご飯3俵イケる。

しかしまぁ、楽しそうだね。なんか理由があるのかしら。

 

「もごごくん」

「上機嫌……ですか? ふふっ、そう見えますか?」

「そうだね、特別楽しそうにしてるように見えるよ」

「それはクロウさんといるからですよ!」

 

エッ。突然の告白。

 

「次はあの屋台に行きましょう! あれはなんでしょうか!」

 

なるほど!!!!

屋台のお金出してくれるから上機嫌なのか!

こりゃクロウさんの財布の紐も緩んじゃうなぁ!? むしろもう紐ないかも! 目につく物全部買っていこう!

 

「ヤドン……焼き……?」

「ヤドン焼きだね。……え? ヤドン?」

「あの、店主さん、これはその、どう言った料理でしょう……」

「いわゆるグロテスクな奴なの……???」

「いやいや二人とも、そんなわけないじゃないのよさ! ヤドンの尻尾を串焼きにしてるだけよ!」

「なぁんだ、そうなんですか!」

 

本気かお嬢様。

食卓に出るたび思ってたけど充分グロテスクだと思う。

そんで一本5000円!? たっけえ!! りんごあめの10倍の値段マ!? 競市じゃねえんだぞここ!!

 

「ではこちらを一つ!」

 

本気かお嬢様!!!!

 

「それはいいけど、あなたのお腹に全部治るかしらん? ヤドン焼き、大きいわよ?」

「そうなんですか? ではお土産などで買う方が良さそうですね」

「(リーリエリーリエ。お土産で買うなら普通に食材買ったほうが安い)」

「(私もそう思っていました)」

「じゃあ一旦別のお店行くかあ」

「申し訳ありません、また来ますので」

 

ぺこりと屋台に頭を下げ、ついてくるリーリエ。

次はどこにいこうか、と辺りを見渡していると、こちらに向く視線に気がついた。

俺たちと同じように祭りにきたクチであろう、男性の二人組である。

 

「おい、あの子可愛くね?」

「ここら辺にあんな子いたっけ。純粋そうだしワンチャンあるかも」

「そしたら二人で囲っちゃわね?」

 

おっけーい! 殺そーう!

 

「クロウさん? どうかしたんですか?」

「大丈夫、狙いが定まっただけだから」

「狙いと言えば、あちらに射的がありますよ! 私、やってみたいです!」

 

命拾いしたな……。

 

その後もリーリエは祭りに大はしゃぎで、あそこにボール掬いが、あちらにわたあめ屋さんが、と目につく屋台全てに突っ込んで行った。

目を輝かせる彼女は迸る好奇心が全身から溢れ出ており、祭りの中でも一際存在感を放っていた。

リーリエだもん、そりゃそうだ! アイドルとかやっててもおかしくないくらい可愛いもんな。

 

食べる物全てにおいしいおいしいと笑ってくれるのでこちらとしても奢りがいがある。

本人が財布を出す前にお会計を神速で済ませると、律儀に「後でちゃんと返しますので」と頭を下げてくる。ふふふ、かわちい。絶対受け取らない♡

 

「来年も、また来ましょうね!」

「うん、またこよう」

 

来年もあるのかなぁ。

でもあったら嬉しいな。

少なくとも、リーリエは来年の夏までは俺と一緒にいてくれるらしいから。嫌われては無いってのは、流石の俺でもわかる。

 

『皆様、これより花火を打ち上げます。足元に注意しながら、上をご覧ください! 協力はアローラ地方の『運び屋』営業より───』

「……はこびや?」

「ん? どしたの、リーリエ」

「いえ、聞いたことがなかったので、おそらく私がアローラを去ったあたりから始まった会社なのだな、と……」

「アローラに帰りたい?」

「帰りたいと言うほどでもないですが、気にはなります。お友達も気になりますし……」

 

言い切る前に、夜空に大輪の花が咲いた。

 

「わぁ……!」

「おおでっけー! ズガドーンの時とは大違いの綺麗さだな!」

「ですね……! あっ、消えちゃいました」

「儚いねぇ……」

 

真っ黒なキャンパスに、絵の具を散らせたような色とりどりの花の数々。

煌々と輝く花火を目の前に、誰もが空に夢中になった。

 

「…………」

 

いやぁ。

リーリエかわいいな……マジで……。

このさ、上を向いてる時の顎から喉にかけてのラインとか女の子らしさの塊でホント素晴らしいよね……。

 

あ、やべ、視線に気づかれる。

 

「……? クロウさん?」

 

空見とけ空。ハナビキレイダナー

 

……?

なにこれ。なんで見られてんの俺? なんか顔についてる?

えっなんかリーリエの視線が俺の頭から足まで注がれてる気がする! むず痒い! エッッッッッッ!

 

「……ん……」

 

あれ……今なんか……右手にするっと何かが……。

アなんかにぎにぎされてる……手だこれ……リーリエの手……。

 

ハァ!? リーリエの手!!!!!!!!!

エッッッッッッ!!!!!!!!!

いやいやこれ恋人繋ぎじゃないですかリーリエさん!? これはちょっと問題ですよみんなのアイドルがそんなことしていいんですか!? 入籍しよ♡

 

まさかリーリエが花火に夢中になっている人にバレずに手を繋ぐのが趣味だったとは! 見損ないました! 見直しました! もっと好きになってく! これが恋のジレンマ! うっひょお! 女の子の手してるう!

 

「…………」

 

で、いつ離すのかだけ教えてもらって良い?

このままだと俺死ぬんだけど、どうする?

 

「……えいっ」

 

アレェ!? 俺の肩にリーリエの頭乗っかってませんか???

ほのかな温もりと確かな体重を感じるんですが!?

ホワッ、良いかほり……推しの供給過多……。

 

「えっと、リーリエ?」

「あの、下駄が、その、疲れてしまって」

「ああ……」

 

なんだぁ! 慣れない靴に疲れただけか!

片手に持ったロトムジュース*1をリーリエに近づけると、ストロー咥えてこくこくと飲み始める。

花火を見上げたまま脱力している姿がなんとも愛らしい。ラフだ。そしてそんな姿にラブだ。

 

「クロウさん」

「んー?」

「こちらに手を」

 

これは……リーリエが最初から持ってた巾着?

中に手を入れろってことかな。

じゃあ一旦繋いでいる手を離して……

 

「んっ」

「…………」

 

固い。めっちゃ握られてる。不便だよぉ。

じゃあ荷物いっぱい持ってる方の手で……。

ん? 丸い? 球体場の何かに装飾がついてる……。

 

「これは……ウルトラボール……?」

「私からのプレゼントです」

「えっ、ちょっ、なんで???」

「クロウさん、以前コレクターをやりたいと仰っていましたよね? 調べたのですが、ボールをコレクションする方もいらっしゃるそうですよ? きのみですと腐ったりしてしまうので、こういったものもアリかな……と」

「いやいやいや、嬉しいんだけどさ、このボール貴重なんじゃないの……?」

「もし、ボールはコレクションに向かない、と思われましたらウルトラビーストに対するお守りとして持っていてください。本来それは、ウルトラビーストの捕獲のためだけに開発されたボールですので」

「いや、それはすごく! すごくありがたいんだけど、確かこれ、開発費が……」

 

SMだと一つ数百万……★

 

ひ、ひぇ〜〜〜〜〜〜!!!!

とんだゴージャス★ボールやでぇ!!

 

「母様には内緒ですよ」

「リーリエ!? 今なんて!? 内緒!? 内緒でコレ俺に渡したの!?」

「もう! 受け取ってください! いつもありがとうございます! 感謝の印です!」

「オッ……おぉ……。そう言われたら受け取るしかないけど……」

 

ぽ、ポケットが重い……怖い……。

 

『以上で、今回の花火は終了になります。引き続き、楽しんでください』

「あ……花火、終わってしまいましたね」

「話に夢中になりすぎたね」

「……帰りましょうか?」

「そうだね、帰ろっか。一刻も早くボールを安全な場所に置きたいし

「うふふ! そうですね、帰りましょう! 一緒に!」

 

花火が終わってもまだ賑わうお祭り。

お土産を両手いっぱいに、俺たちは帰路に着く。

 

慣れない靴を鳴らしながら石畳を歩き、二人揃って。

うん。良い思い出ができた。

 

 

 

 

 

「ところでリーリエ、手はこのままなの……?」

「足が疲れてふらついてしまいそうなので、このままです!」

 

 

 

 

 

*1
ロトムの顔がプリントされた電球が容器のオレンジジュース



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たまにはこんな朝があってもいい

「クロウくん、クロウくん」

「んが。おはようございます」

「おはようさん。突然なんやけど、装置の材料の採集のためにちょっと遠出したいんや。クロウくんのポケモン、貸してくれへん?」

「……外……出るんですね」

「朝で良かった。真昼に外に出てたら溶けてたとこやったわ」

トリトドン(なめくじ)なんですか?」

「あるあるなんよ」

 

そんなあるあるがあってたまるか。

とはいえ、せっかく引き篭りが外に出ようと言うのだからそれを引き止めるわけにもいかない。

ボールから出て寝こけているイーブイ以外の四匹が元気そうだったので、彼らの了承の元マサキに一度預けることにした。

 

窓の外に昇る太陽を見ると……エッ、早く無い? 5時くらいじゃない? なんであんたそんな早起きなの?

 

「ほな行くわ! 夕方には帰ってくる!」

「あ、うぃーっす……」

 

足早に出ていってしまったマサキを見送り、朝食を用意する。

 

冷蔵庫は……え? フレンチトーストの仕込みが三人前、用意されてる……。

後は焼くだけで美味しい朝食が作れちゃう……。これをマサキが……?

 

「本当に頭でも打ったんじゃないか……?」

 

なんか昨日『これならイケるでええええ!』と何かを思いつき、狂ったように笑ってたけどそれと関係があるんだろうか。あるんだろうな。だってほら、残暑なのにもう雪が降ってる。そりゃマサキが料理したら雪だってあられになるわ、というコトで。

 

マサキお手製簡易コンロキット。これならリーリエのキャンピングカーに行かずとも簡単な料理ができる。煮込みとかは鍋の重さに機械が耐えられないのでNG。

 

ミルクと卵の焼ける甘い匂い。

じゅうじゅうとパンの焦げる耳触りの良い音が朝特有の眠気を誘う。

がちゃり、とドアが回される音に振り返れば、瞼を擦るリーリエがいた。

リーリエも起きるの早いな。……いや、この匂いで起きた感じか……?

 

「おはようございます……」

「おはようリーリエ」

 

エッッッ!!! 薄着エッッッ!!!

夏だから生地が薄いパジャマにしているのだろうけど白いワンピースだから肌色が透けるよ! ……ちゃんと透けてる? 肌白すぎて同化してない?

いやいやその前に髪の毛のツヤやばく無い? セット無しでこれ? うるつやとかのレベルじゃないんだけど全世界の女性の理想として君臨する髪質じゃない? はえー美人。かわいいわぁ。

 

「いいにおいがします」

 

リーリエは俺の前で結構気を抜くようになったよね。

寝ぼけていたり、疲れていたりで結構な頻度でふにゃふにゃする。可愛い。

信頼の証ということか。ふふふ、このまま襲っても良いんだぞ。

……まて。この薄着でキャンピングカーからこっちに来たの? ちょっと不用心が過ぎますよリーリエさん。誘拐されたらどうすんの? 罰として今夜は寝かさないぞ♡

 

「マサキ博士が昨晩仕込みをしたらしいフレンチトーストだよ」

「はぇ。はかせが……。博士が!?

「あ、おはようリーリエ」

「おはようございます。えっ、本当に博士が……?」

「俺もびっくり」

 

衝撃で完全に目が覚めたらしい。

と同時に自分の今の姿に気がついたようで、恥ずかしそうに席についた。

体を隠すように縮こまる姿は、これこそまさに恥じらう乙女。絵画にできるね。

ずっと眺めていても良いけど、流石に朝を薄着で過ごすのはちょっと不安。リーリエが風邪でも引いたら俺は泣いてしまうかもしれない。

 

「へくちっ」

 

。・゜・(ノД`)・゜・。

 

「リーリエ、ブランケット良ければ使って」

「すみません、ありがとうございます」

「俺が布団にしてたやつで悪いけど」

「クロウさんに守られてるみたいで安心します」

 

はい罪作りポイント五兆点。

なぁんでそんな男を誘惑するようなこと言えちゃうんですかね。天然なの? 人たらしの才能あるわよあなた。

 

「お待たせどうぞ」

「ありがとうございます……クロウさんの分は?」

「今から焼くよ?」

「え、じゃあもしかしてこれ、元々クロウさんの……ありがとうございます」

「気にしないで。それよりも冷める前に」

「はい。いただきます!」

 

フレンチトーストは少し焦げ目ができるくらいが一番美味しい。などと料理を語れるほどの腕でも無いが、基本()()()()()な気がする。

だってホラ、チャーハンだって多少のおこげがあった方が美味しく感じるし……他に例が思い浮かばないけど。

とはいえ、

 

「〜♪」

 

彼女があんなに美味しそうに頬張ってくれているのだから、焦げ目があったかなんてどうでもいいだろう。

うん。やっぱりリーリエの笑顔が好きだ。

 

「クロウさん、その、先ほどのお話もそうなんですけど博士は? 昨晩、ものすごい大声で何かを叫んでいたような……」

「なんか朝早くから俺のポケモン借りてどっか行っちゃった。なんかの発明でも思いついたんだと思うけど、なんなんだろうね」

「次こそ、母様を治す手掛かりになれば良いのですが」

 

ここのところ、本当にそれだけが気がかりだ。

ルザミーネの容態があれから一向に良くならない。

悪くなっていない、と考えればまだ良いものの、娘であるリーリエからすれば気が気では無いだろう。シオン旅行でもそんなようなこと言ってたしね。

ここらでもう一個、稲色のモモンの実みたいに俺が採取できる何か特効薬があれば良いんだけど……それも難しいか。だからマサキも俺も苦労しているわけだし。クロウだけに。殺すぞ。

 

「よし焼けた。いただきます」

「クロウさん、ミルクです」

「ありがとう」

 

この良妻っぷりよね。良き妻になるし良き母にもなるでしょうね。

 

「洗い物はキャンピングカーで私がします」

「わかった、お願いするね。ルザミーネさんの朝ごはんは俺が作るから」

 

───推しと喋るって、【幸】───

 

そんな至福の時間もあっという間に過ぎ去り、一般的に朝ごはんが終わる時間ごろ……大体8時か9時か、と言った具合か。

俺が焼いたルザミーネ分の朝ごはんと洗い物を抱えてリーリエがキャンピングカーへ向かって行った。

 

俺は自分のスペースへ。

棚の上に飾ってあるウルトラボール。うん、今日も埃一つ被ってない。

対してイーブイのボールは随分泥だらけだな? これも長い間使ってたしなぁ……。

本人はまだ寝ていることだし、ここらで一つ磨いてみるか。

 

ウルトラボールを磨くのに使っていたツヤ入れと汚れ取りができるスプレー。マサキが機材メンテナンスに使っているものを一本もらった。

そして巷の宝石店でも使われているらしい柔らかい生地のクロス。こちらはルザミーネさんがダースで取り寄せてくれた。まとめ買いの方が安いって言ってたけど……後で調べたら普通にエグくてワロタ。

 

そうして俺がボール、スプレー、クロスを持ってソファベッドに腰掛けたのと同時に、みさきのこやの扉が開けられる。

 

「クロウさん、今何をされてます?」

「ボールを磨こうかなって」

「お隣失礼してもよろしいですか?」

「良いよ?」

 

何をするのかと身構えていると取り出したのはクシ。

そのまま俺の隣で、上機嫌に髪を梳きはじめた。

うわ……女の子してる……可愛い……。

 

「……?」

 

やべ視線に気づかれる。ストーカーがバレる。

慌てて視線をボールに落とし、研磨液を染み込ませたクロスを揉む。

それでボールの汚れを拭いていって……。

 

「…………」

「……〜♪」

 

窓から差し込む光が、ボールを照らす。

リーリエの髪が揺れるたび、カーテンがなびくように地面に光の波紋を映し出す。

櫛と髪が擦れる音。

クロスがボールを撫でた時に鳴る甲高い音。

リーリエの穏やかな息遣い。

 

なんだか落ち着く。

 

心の底から安心する。

ここが俺の居場所なんだと、俺の居場所にして良いんだと、ホッとする。

 

「……好きだなぁ」

「んぇ? 何か言いましたか?」

「なんにも?」

「気になりますよ」

「趣味が出来るのって良いなぁって思っただけだよ」

「ボールですか? それはとても……よかったです」

 

チラリとウルトラボールに目を向けるリーリエ。

 

「次はドリームボール辺りでしょうか?」

「手に入れる機会があったらコレクションしたいね。カントーで手に入るのかなぁ」

「ゲームセンターの景品になる時もあるそうで……あ、いえ、なんでも無いです。ゲームセンターには行かないでくださいね」

「ええ……」

 

苦笑するリーリエに、俺も笑って返す。

うん。幸せだ。この居場所を守りたい。失いたく無い。

ずっと忙しかったから、たまにはこんな朝があっても良い。

こうしてのんびり、何をするって目的もなく、陽の光を浴びて過ごす時があっても良い。

それだって一つのアローラ(平和の意)だ。

 

 

 

 

 

そんな平和に波乱をもたらしたのは、それから数日後の宅配便だった。

 

 

 

 

 

 



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最強! 無敵! ロリーリエ!!!!

「博士、玄関先に宅配便が届いてます」

 

いつものように朝食をキャンピングカーから運んできたリーリエが、そんな知らせを持ってきた。

意気揚々と飛び出す博士について行ってみる。

 

「うおデカ。俺の身長くらいあるじゃないですか。何入ってるんです」

「この前朝早くから出かけた時あったやん? そん時に作った機械なんやけどデカ過ぎてワイ一人じゃ持って帰れんくて」

「それで宅配にしたと。送料は?」

「にまんえん……」

「バカじゃねえの?」

 

うわ……カイリキー便ロイヤルプラン……。

梱包も丁寧で傷ひとつ無く配送する代わりにクソ高ぇ送料取られるやつじゃん。出先でなんて出費を……。

 

「というかこれ、玄関から入るんですか? 箱のサイズ的に扉通らないですよね」

「あ」

「「え……?」」

 

 

 

 

「クロウくんそーっと! そう! そこや! もう少しやから頑張って! アッちょっと天井が……」

「クロウさん! みなさん! 頑張ってください! あとすこし! ふれー! ふれー!」

 

殺す……! 絶対殺す……!

 

「ぐおおおお……頑張れフシギダネ、気合い入れてけ……!」 

「ダネァ……!! ダゥァ……!!」

「アッ進化来た! フシギダネ進化してる! クロウくんストップ!」

「何!? なんなの!? いや無理無理無理これ何キロあるんですか!」

「115キロ!」

 

冷蔵庫じゃねえんだぞバカタレ!!

 

「ソウ!」

「あっ進化しました! 進化しましたよクロウさん!」

「いやもうほんと勘弁して!!!!」

「ソォ……!」

「うぐぉぉぉ……!!!!」

「オーライ、オーライ、オーライ、ストップ! よし! よし! そのまま立てて! 立てるんや!」

「ぬぅぅぅあああ!!」「ギソォ!!」

「よおーし! お疲れ様やでホンマに!」

 

あーしんど!!! 死ぬかと思った!!!

 

「お疲れ様ですクロウさん、ジュースです。……フシギソウちゃんも」

「ばなー!」

「これ、リーリエお手製のきのみジュース? やったじゃんフシギソウ、お前の大好きなリーリエお手製だぞ」

「ソー!!」

 

まさかこのタイミングで進化するなんて……というかまた進化の瞬間見れなかったんですけど。どういうこと? 俺、進化に嫌われてる? 概念に?

まぁ……まぁ進化したなら良かったよ。強くなれたな、フシギダネ……じゃなかった、フシギソウ。

 

「それでこの機械はなんなんです? 超重かったんですけど」

「よくぞ聞いてくれました! これは……やな!」

「は?」

「怖い目……。ごほん。鍋っちゅうんは極論の話な? この機械はポケモンの素材を入れてその能力を発揮させる、夢のマシンなんや! つまり、この段階ではまだ未完成とも言える!!」

「は、はぁ……」

「とにかくご飯にしませんか? 冷めてしまいますよ」

 

サンドイッチを片手に、リーリエがおずおずと手を挙げる。

そのサンドイッチをむんずとつかみ、マサキはその場に座り込んだ。

うわこの人飯食いながら説明するタイプだ……。

もしくは、ご飯を食べる時間も惜しむくらいこの機械が素晴らしいのか。

 

「この機械はそもそもの話、昔の学会で見た時間と空間に干渉する鎖型装置の基盤を元に設計しててな? まーこの仕様上そんなコンパクトな形にはならへんかったんやけど、この前の深夜にぽんっと思いついたんよ。これを使えばどんな病気だって一撃で治せるようになるってゴニョニョゴニョニョ……」

「うーん、わからん」

「語り始めるといつも()()ですからね……」

「───つまりやな? これにポケモンの素材を入れて完成させることでこの機械は真価を発揮するんや。もうええか? 良いよな? もう辛抱たまらんからこのまま完成させるわ! この箱の中に素材を入れてくんよ! それをこの前のお出かけで採取してきたんや! まずはラッタの乳歯と───」

 

左手にサンドイッチを、右手にポケモン素材の詰まったカゴを持って目をぐるぐるさせながら話すマサキ。

研究者ってすごいよな。知らない世界があるならすぐ見に行きたがる。そんで見てしまうのだから脱帽だ。

 

「───あと遠い地方にいるヤバチャってポケモンの紅茶エキスとセレビィの毛とガラガラの骨で取ったダシスープを───」

「……ん!?」

「いまなにか凄いのが入りませんでしたか!?」

「そして最後に別地方の博士から譲ってもらったこのユクシー・アグノム・エムリットの血清を入れてボタンを押せば!! ハハ!! ハハハ!! やったで!! これは革命や!! 自分の頭脳が恐ろしいわ!! アーッハハハハハ!!!!」

 

あああなんかウィンウィン鳴ってる! 機械がガタガタ揺れてる! こわい!

マッドサイエンティストだよ! 悪役だよ! RR団側だよあなた!

 

「病が治せないのなら! 病に()()()()()()()ことにすれば良い! これがッ! これが時空干渉マシン! 【ウルトラカプセル(仮)】! ポチッとな!」

「なっ、なんだあれは!! 緑色の光がウルトラカプセル(仮)のアンテナ見たいな部分に集まって……! 集まって……!」

「きゃーっ!?」

 

リーリエぇぇぇえええ!!!!

 

「博士!」

「へぶう!! ……ハッ! ワイは何を! リーリエちゃん! リーリエちゃ(けむ)ッ!! リーリエちゃん! リーリエちゃぁん!!」

 

まずい、謎の光線がリーリエに直撃した!

白煙で何にも見えないけど、俺の心の中の()()が警鐘を鳴らしている! 緊急リーリエ警報! 緊急リーリエ警報!

 

白煙の中に突っ込み、リーリエを探す。

頼む、どこかに行かないでくれ……!

と、伸ばした手に触れたのは布。

この装飾はリーリエの服だね。ほら、ゲームでも最初に来てたワンピースの襟の部分。水色のね。

 

ふむ。

 

なぜここにリーリエの服単品が……?

 

あーうん。なるほどね?

そういうヤツだ。フラグだ。

 

「えい」

「白煙の中に赤い煙が!」

 

まず己の目を潰すじゃろ?

 

「───……」

 

ありとあらゆる感覚を消すだろ?

 

「…………」

 

気配を辿って服をリーリエに覆い被せるだろ?

 

ふにゃっ!?

 

……ん?

なんか……思ってたより小さいぞ?

何かしらの影響で服だけ吹き飛ばされたものだと思ってたけど……。

 

「煙が晴れてきた! リーリエちゃん、クロウくん、無事か!?」

「……いや……俺は大丈夫なんですが……リーリエが……」

「ねえあの、さっきここから大きな音が聞こえたのだけれど大丈夫?」

「あっルザミーネさん、いやこれはですね……」

 

 

 

 

「かあさま!」

「かわいいいいいいいい!!」

 

 

 

 

「リーリエ!! 私のリーリエ!! 可愛い!! っというか懐かしいわ!! なにこれ!! どうしたのこれ!! よしよし!!」

「かあさま、ちょっとくるしいです」

「いやぁ……それが……かくかくしかじかメブキジカで……」

「はぁ……つまりこの装置の誤作動でリーリエが『過去の姿』になってしまったということね?」

「本来ならルザミーネさんに当ててウツロイドと同化する前に戻すつもりが……こんなふうになってまって……すんません……」

 

自身の腰ほどの背になってしまった娘をなでなでしながらルザミーネは目を細める。

 

「もしも命に関わるようなら彼が……クロウくんが守ってくれるでしょう? こうなっているということは、リーリエには特に影響が無いということでしょう」

「なんスかその絶大な信頼」

「それに、マサキ博士ならすぐにでも戻す方法を調べてくれると、分かっていますもの」

「そりゃあ、まぁ、そのつもりではありますけども……」

「今はただ、今ある『可愛い』をなでなでしなければ……!」

 

ルザミーネがリーリエ吸いをしている間に、俺は朝食を並べ直す。

決して冷静なわけでは無い。

動転しすぎてちょっと今やるべきことが見つからないんだ。

うーんちょっと可愛すぎるなぁ〜???

いやいやでもね? 早めに治さないと、記憶にも影響あるかもだしね?

 

……ちらっ。

 

「うりうりうり」

「くるしいです……」

 

ちょーっと可愛すぎるな……。

俺はこの先あのプリンセスを守るのか……本気で……?

魔性だ……魅力に溢れてるな……守りたいという欲求に駆られる……。

 

「えっと……とりあえず朝ごはんにしましょう。サンドイッチはリーリエが作ったものなんで」

「ダメよ! せっかく小さくなったんだしリーリエにはもっと健康的ななものを食べさせましょう! 食事制限もして、今度こそ美しくなるのよ!」

「はい没収」

「嗚呼っ! やめて! 冗談だから! 冗談だから私から娘を取らないでっ!」

 

懲りないねあんたも!

それで今こんなこと(ウツロイド中毒)になってるというのに!

根っからの性格は治らないってわけ!?

な。リーリエ。リーリエは俺が守るからな。

 

「お兄さんは……どなたですか?」

「博士ダメだ耐えられない。戻そう」

「戻したいのは山々なんやけど、ウルトラカプセル(仮)の再起動には時間がかかるんや。リーリエちゃんにはしばらくこの姿でいてもらうしか……」

「ねっ! ねっ! マサキ博士もこう言っていることだし、もう一度私にも抱かせてちょうだい! ほら抱っこよリーリエ!」

「…………」

 

そして渦中のリーリエ……ロリーリエは阿鼻叫喚の俺ら三人の面々を見て、おろおろとしたかと思えば俺のズボンを掴むと、

 

「なかよくしてください……」

「「「…………」」」

 

これはダメだ。

イエスロリータノータッチ。というかこんな触れたら壊れてしまいそうな女の子に触れられるわけがない。

思わず頭を撫でそうになる。手を伸ばしてしまう。

耐えろ。後ろでにへにへしているダメ大人二人のようにはなるな。

たとえロリーリエ自身が俺の手に気づいて頭を差し出しているとしても、絶対に撫でてはいけない。

戻れなくなる。

撫でるな。

撫で───

 

「……♪」

 

あらまぁ可愛いねぇあなたお名前なんてーの?

リーリエ!! 可愛らしいお名前だこと!! よしよしされて恥ずかしそうにしてるけどなかなか離れようとしないねえ!! かわいいねえ!! そうだジュース飲む!? たくさんお飲み! たくさんお食べ!

 

「リーリエ、お着替えしない? すぐに取り寄せるから色々着てみましょ?」

「と、とりあえず採血をせんと、身体がどんな状況かわからへんからちょっとだけ、ちょっとだけ注射させてぇな!」

「ダメですよ博士! 怖がっちゃったらどうするんですか!」

「うちの子は注射ごときで怖がるような教育をしていないわ!」

「いいかげんにしてくださいっ!」

 

俺の足元から発せられた幼くも大きな一声に固まる俺たち。

ロリーリエは椅子の上に立つと腰に手を当て俺たちを見下ろす。

……見下ろせては無いけど。椅子に立ってもなお見上げてるけど。

 

「なかよくしてください、と言ったはずです」

「「「はい…………」」」

「先にちゅうしゃをすませましょう。かあさまはその間にわたしのふくを用意してください」

「はい……」「はい……」

「おにいさん、お名前は?」

「あ、自分クロウって言います」

「クロウさんはこの二人がけんかしないように見ていてください」

「はい……」

「ではかあさま、おねがいします」

 

言われてハッとしたようにキャンピングカーへ戻っていくルザミーネ。

いつのまにやら、俺が使っていたブランケットを巻いて身体を隠したロリーリエはさっさとソファに座ってしまう。

 

……なんか……なんか今のリーリエとだいぶ違うんですけど……。

おしとやかなところとかしっかり者なところは面影あるんだけど、こんなに物をはっきり言う子だったのか?

悪くない。

……いや正気に戻れ。

 

「(……博士これはいったい?)」

「(たぶん記憶が混濁しとる。本来なら記憶はそのままに身体の一部だけ時間を巻き戻すはずなんやけど、なにかの間違いで記憶ごと……。せやから、今のリーリエちゃんとちっちゃいリーリエちゃんの記憶と性格がこんがらがって……)」

「(()()、なったと。戻せるんですか?)」

「(メンタリストとかいればあるいは……)」

「あの、えっと、ぉ、ぉーぃ。ちゅうしゃはしないのですかー……」

「はい、ただいま参ります!!」

 

つまり、今のロリーリエは完全なロリーリエではなくリーリエとロリーリエが合わさったハイブリッドロリーリエってわけだ。

おう、わからん!!!!!!

 

治るんなら良いんですけどね。ウルトラカプセル(仮)のチャージ時間までは、ゆっくり守らせてもらいますよ。

 

リーリエに会いたいな。目の前のあの子もリーリエではあるんだけどな。

 

 



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どきどき! ロリーリエ、はじめてのおつかい!

ロリーリエは非常に儚い存在だ。

今そこで冷蔵庫から牛乳を取ろうとしているロリーリエも、自分の目の位置より高いところへ手を伸ばしている。

当然、そこから牛乳なんて不安定なものを持ち上げたら、

 

「あっ」

 

バランスを崩すわけで、

 

「っぶね……大丈夫?」

「クロウさん……ありがとうございます」

「高いところのものを取るときは言ってくれれば良いのに」

「そ、そこまでおせわになるわけにはいきません……」

 

俺の腕で手軽に抱えられているロリーリエは少々恥ずかしそうにしていた。

 

ロリーリエ自身の希望で俺は四六時中ロリーリエと行動を共にする。

今こうしてキャンピングカー内で護衛をしているのも、今みたいな危険から守るためである。

決してやましい気持ちがあるわけではない。決して。

 

「ざぁー!」

「ひっ……ポケモンさん……?」

「ドザッ!? ……ざぁ……」

「ごめんなさい、わたし、ポケモンさんにがてで……」

 

怯えられたリザードがとぼとぼと帰っていく。哀れリザード。ヒトカゲの時から一緒にいるリーリエに忘れられるとは。キツいよな、忘れられるのって。

 

「ぶもー……」

「ひっ!」

「……ケンタロスもダメ?」

「いっ、いえ! ちょっとびっくりしてしまっただけで、ケンタロスさんでしたら、ちょっとこわいですけど、まだ……」

 

何の差なんだろ。

 

「クロウさん、あのキャビネットからハンカチを出してください。いちばん上の段です」

「ん、わかった……って、このキャビネットにハンカチがあるの、よく知ってるね?」

「……あれ? なんででしょう?」

 

小首をかしげるロリーリエ。やはり記憶は曖昧らしいな。

さてハンカチハンカチ…………。

…………。

女の子の箪笥を開けるの、なんか変な感じだな……。

そういえば、前にも箪笥の中を見ようとしてすげー悩んだっけ……。

 

さて。

ロリーリエからは箪笥の中見えないんだよ。背が低いから。

今ここで開けたら、この世でこの箪笥の中身を知るのは推定として俺だけになる。

 

「はぁっ……ハァッ……!」

 

取手を掴む手が震える。

探し求めた桃源郷。伝説のエルドラドが、そこにある。

 

「……? どうしたんですか?」

 

ハッ!!!!

正気に戻れクロウ!! それはリーリエが望むことじゃない!!

自我を出すな!! 心を強く持て!!

リーリエを好きなら!! 我慢できるはずだ!!

 

「うおおおおおおお!!」

 

引き出しを開け、レースのハンカチをそっと持つ。

極力視線を逸らしながら引き出しを閉めてハンカチをロリーリエにパス。

 

「ありがとうございます!」

「はぁ……はぁ……疲れた……」

「ではフルーツが足りないので買ってきますね」

「ふぁっ!? 今から!? っていうか、お店への道とかわかるの!?」

「そういえば、わからないはずなのですが……わかる気がします」

 

これも記憶の混濁の影響だろうか。

ハンカチがキャビネットにあるとわかっていたのと同じで、身体が覚えているんだろう。ただ知識として思い出せないだけで、記憶に封印されてるってわけか。

 

「それでも着いていくよ」

「いえ、クロウさんはばんごはんのしたくをしていてください。一人でも行けますから」

「そう……? そこまでいうなら……」

「では、行ってきますね」

 

ロリーリエがキャンピングカーから出る。

俺は安心して、夕食の仕込みを……。

 

「…………」

 

仕込みを……。

 

「ああ無理だ! やっぱり着いていくしかない!!」

 

持っていた食材を投げ捨て飛び出す。

指笛でイーブイを呼び出し、咥えてきたボールホルダーを腰に巻く。

そのまま茂みにダイブして、白昼堂々(こそこそ)、しっかりとストーキングをすることにした。

 

 

 

「クロウくん、渡してたわざマシンいくつかあったやろ? ちょっと返してくれへん───あれ、おらへん」

 

 

「こちらのオレンジを三つください!」

「あらまぁおつかい? 随分とかわいい子が来たもんだね! どれ、おばちゃんがオマケしちゃう!」

「よいのですか……? ありがとうございます!」

 

意外にも、普段の商店の人たちはロリーリエがリーリエであることに気づいていなさそうだ。

若干の違和感を覚えて首を傾げるも、それでも一人の客として対応しているように見える。

 

「たっぷりと身がついたコイキングあるよー! おいしいよー!」

「……嗚呼、跳ねたコイキングの水飛沫を浴びたら風邪をひいちゃう……! いやいや、それより先に財布を落としたりでもしたらリーリエは責任を感じて探しに行きそうだし……あわ、あわあわわ」

「……コイキングのおさしみ……クロウさんもよろこぶでしょうか」

「コイキングなんて買ったら重さでリーリエが潰れちゃうんじゃ……?あと俺はコイキングは苦手だ……! おいしくないもん……!」

 

買わないでリーリエ……! という願いが届いたのか一旦キープでその場を離れたロリーリエ。フルーツはもう買ったじゃん!帰ってきなよ! とも思ったが買い物って本来買うべきものの他にも色々目移りしちゃうよね。わかる。

 

「そこのお嬢ちゃんおつかいかい? どれ、おじちゃんの野菜見ていきなよ!」

「ゴーヤ……ですか……」

「まあお嬢ちゃんにはちょっと早いかもな! ピーマン……も苦いか。トマト! これはどうだい! 甘いぞ!」

「サンドイッチにつかえそうですね! 2つください!」

「ほい! これとこれと……あとこいつとかデカいな!」

「……あの、2つしか買えないのですが……」

「1つはおまけだ! また来てな!」

「あっ、ありがとうございます!」

 

やっぱロリーリエは神なのかもしれん。

貢物がたくさんだ。ちょっと重そうにしてるし、帰り始めたら姿を現して持ってあげよう。

お小遣いの切れたロリーリエは後ろ髪引かれてはいるものの、これ以上買うこともできないので帰るつもりのようだ。荷物も重いだろうしな。

 

「あ……オレンの実が」

 

帰路に着くロリーリエを守るか、あるいは祝福でもしているのか、ちょうどロリーリエの目線の高さに艶やかに実ったオレンの実が首を垂れている。

収穫してくださいと言わんばかりの実の数々。

あっ、なんか勝手に千切れた。そのままロリーリエの持ってる袋の中に入ったぞ。自然に愛されすぎてる。

 

「ええと……では、すこしだけいただきます……」

 

オレンの実を収穫するなら、また荷物が重くなる。

そろそろ姿を現すか……と茂みから立ち上がった時、同じくして隣からガサっと男が。

 

「……ん?」

「ウォッ!? 誰だオメェ!?」

「いやいやそっちこそ! いたいけな少女を茂みから覗くとか……さてはリーリエのストーカーだな!?」

「オメェに言われたかねェな!!」

 

たしかに!!!!

 

「あの嬢ちゃんの家が金持ちなのは歩き方見ればわかンだろうがよォ……。あんたも()()()なら、協力、しねェか?」

 

ここで初めて俺のリーリエ危険察知センサーが発動する。

リーリエ以外に興味がなかったから全然気づかなかったけど、改めて見ればコイツ、かなり汚い。

靴の汚れはまあ良いとして、体から異臭を放っているし目つきももうかなりヤバめ。

 

「俺はバックパッカーだからよ、金がねえんだワ」

「全地方のバックパッカーに謝れ」

「ンなことどうでも良いんだよ! それとも何か? おめェ、あのチビを独り占めする気か? んだヨ、いじきたねぇな!」

 

独り占めも何も……。

 

「リーリエは最初から誰のものでもないでしょ」

 

クロウ の ローキック!!

こうかは抜群だ!!

 

「へぐぅっ!?」

 

金的(きゅうしょ)に当たった!!

バックパッカー は こらえた!!

 

「ち、ち、ちくしょうオメェ同業者じゃなくて保護者かよ! だったらよぉ!」

「あっ待てコラ!」

 

茂みから飛び出したバックパッカーにロリーリエが捕まる。

ぼとぼと、と袋に詰められたきのみが転がり、俺の足元まで転がってきた。

 

「クロウ……さん……?」

「いま助ける! やい貴様! くっさいくっさいその口臭でリーリエ襲ってんじゃねえぞ! ただでさえ金ないお前から賞金根こそぎ奪い取ってやるから覚悟しろ!」

「やる気カヨ!! 来いよベトベター!」

「ケンタロス! 頼んだ!」

「べったぁん」「ぶもう!!」

 

ぐぬぅ……。

ロリーリエが人質に取られている以上、派手に暴れ回って瓦礫や砂埃がロリーリエの目に入ったら大変だ。

どうにか穏便に……。

 

「とりあえず『ふるいたてる』!」

「『どくどく』ゥ!」

「ぶも……っ!!」

 

猛毒!?

短期決戦で行くしかないな!

 

「『ヘドロばくだん』!」

「迎え打って『つのでつく』だ!」

「ぶっ、もも……」

「ひるんでる!? とくせいの【あくしゅう】か……!?」

「こっちの攻撃受けちまったらそうなるよなァ!」

「うわキッショ!! どくどくとひるみのコンボキッショ! コイツ友達いないわ!」

「なんとでも言えよ! 『ヘドロ爆弾』!」

「かわして『しっぺがえし』!」

「べたぁぁぁん!?」

 

よしよし効いてる!

このまま押し込むぞ!

 

「……ンフッ」

「……? なに笑ってんの」

「おうチビ……良いもん持ってんじゃねえか……」

「やっ、やめ! かえしてください!」

「うるせえ! さっさとよこせ!」

 

足元に転がったロリーリエの袋。

その中身を見てほくそ笑んだ男と青ざめるロリーリエ。

 

「それはっ、クロウさんにあげようって……」

「知るかよ! ベトベター、オレンの実だ! 食え!」

「あっ……」

「べたぁん」

 

ベトベターが嬉々としてオレンの実を貪る。

対するケンタロスは膝をつき、息も絶え絶え。どくが効いている。かなり危ない状況だ。

 

「ぶも」

「……リザードに交代しろって?」

「ぶも……んむぶ」

「どうかなぁ……。リザードじゃ怖がられるよ。お前が良いんだってさ」

 

荒い息のケンタロスに近づく。

いや……近づいているような感覚になる。

魂が体を抜け出して、寄り添うように。または溶け合うように。

曰くゾーン。曰くシンクロ。

 

「ここ最近ずっと活躍なかったもんな。焦る気持ちも、劣等感も、十分わかる」

「…………」

「でもお前はいつも、俺たちを乗せて走ってくれる。それだけでも本当に助かってるんだよ」

「……ぶむ……」

「……うん。お前ならできるよ。俺の手持ちの中で一番リーリエを……そして俺たちを見てきたお前なら。システム(世界)の枠なんて、越えられる」

 

無限の可能性。

超次元のポテンシャル。

それが、ノーマルタイプ。

 

「不安なんて吹き飛ばせ。いつも俺たちを乗せて、やってるように!」

「ぶもうッ!!!!」

 

そして、世界は再び色を取り戻す。

 

「なんだァ? 瞑想か? 言っとくけどナぁ、俺はベトベター以外にも二匹ポケモン持ってんだよ!」

「まぁ見てなよ。交代縛りで3タテしてやるから」

 

「『しっぺがえし』……ならぬ、『からげんき』!!」

「はぁ!?」

「ぶもう!」

「もう一度『からげんき』ッ!!!!」

「べたぁん!?」

「かっ、からげんきを覚えてたのか!」

「いーや! 今覚えた!」

「ウソつけ! からげんきはわざマシンでしか覚えらレねぇ!」

「いーや! ケンタロスならできる!」

「なんでだ!?」

 

ポケットから機械を出す。

ポケモンに強制的にわざを覚えさせることができる、円盤状の不思議な機械。

マサキから預かってたものは……ほう。これとか良いじゃん。

 

「……っ、チクショウ! パラセクト! 出てこい!」

「ミュウツー!」

「『からげんき』をチェンジ! 『だいもんじ』!」

「ミュウツー!!!」

「パラセクトが! ミュウツーと鳴き声が似てるともっぱらの噂のパラセクトがやられた! だったら、ゴローン! やっちまえ! あのケンタロスの体力はもう少ないはずだ!」

「『だいもんじ』をチェンジ……」

「なっ!?」「ぶもう!!」

 

「『きしかいせい』ッ!!!!!」

「ンなことがあるかよおおおおお!!!!」

 

───その日で一番、ケンタロスの雄々しい嗎が響いた。

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございました。……って、もしかして君、結構前にロケット団轢いた子?」

「ひいた!? クロウさん、なにか、じこを!?」

「してない。してないと言ったら嘘になるけど刑には問われてないからセーフ」

「まあとにかく、この男は私がちゃんと捕まえておくから。子供の誘拐だなんて、良くてガーディで市中引き摺り回しね」

「あ、ホントにあるんだその刑……」

「じゃあ私たちはいくから。気をつけて帰るのよ」

 

バイクに乗って去っていくジュンサーさん。

その背中を見送り、俺たちは踵を返した。

 

「災難だったねリーリエ。怪我はない?」

「だいじょーぶです。……クロウさんが、たすけてくれましたから」

「そんな大層なことはしてないよ。な、ケンタロス」

「ぶも!」

 

横を歩くケンタロスは背中に荷物を載せている。

器用に乗せるもので、全然落ちかけたりする気配がない。さすが長い間俺たちを乗せているだけはある……。

 

「それはそうとして……クロウさん。どうしてしげみにかくれていたのでしょう?」

「…………」

「一人で行けると、いったはずですよね? まさかもう、ばんごはんのしたくがおわったのですか?」

「いやあのほら、結局一人だと危険だったわけだし、ここは救助ボーナスで許してもらえないかなって」

「もんどうむようです! せいさいです!」

「いたっ、いたたっ、ちょっ、逃げるぞケンタロス!」

 

振り返るとケンタロスは隣にはおらず、代わりに俺の背後に立っていた。

そしてヒョイ、とロリーリエを背中に乗せると。

 

「ぶもう」

「うわああああ追ってくんなお前!」

「ケンタロスさんはやいです!」

「なんでお前ら定期的にトレーナーの言うこと聞かないんだよ! ステイ! ステイだって!」

 

全速力でダッシュする俺と駆け足で追ってくるケンタロスとリーリエ。

やがて追いつかれた。並走されてる。なにこれ?

 

「ケンタロスさん、ちょっとおみみを」

 

なにやらごにょごにょとケンタロスに耳打ちするロリーリエ。いいなあ! 俺もロリーリエASMRやってほしいなぁ!!

 

「ケンタロスさん! 『きしかいせい』をチェンジ! 『10まんボルト』!」

「あばらびれびればらばらびりびり」

 

って殺す気か!!!!!!!!!!

 

「まだまだ行きます! 『10まんボルト』をチェンジ! 『かえんほうしゃ』!」

アッチィー!? もうケンタロスは……」

 

 

 

こ〜りご〜りだぁ〜〜〜!!



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