モンスターハンターArriving in New world【完結】 (皇我リキ)
しおりを挟む

プロローグ【新大陸の狩人】
新大陸


 その地は大陸から遠く───

 

 

「───さて、第5期調査団の諸君」

 四十年前より調査が始まって以来、未だ未開の地。

 

「そろそろ時間だ」

 古龍渡り。

 古来より知られる、龍が不可思議な渡りを行う自然現象だ。

 

「別れの言葉は必要ないな」

 百年に一度、龍が一斉に未知の地に渡るというこの現象。

 それがここ数十年で、十年に一度という周期になっている事をギルドは重く見ていた。

 

 

「この船に乗ったら、もう後戻りはできない」

 そして四十年前。

 ギルドは第1期調査団をその地に派遣する。

 

 一度赴けば、戻って来られる保証はない。

 古龍すらその地から戻って来ないのだから。その道のりすら、平坦ではないのだ。

 

 

「もし、覚悟が失われたのであれば……ここで引き返すことをすすめよう」

 なればこそ。

 

 

 何故、龍はその地を目指すのか。

 

 

 何故、人はその地を目指すのか。

 

 

「それではこれより、新大陸に向け出航する」

 答えはその地にあるだろう。その地の名は───

 

 

 

「君たちに、導きの青い星が輝かんことを」

 ───その地の名は新大陸。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 波と喧騒。

 

 

 ここは新大陸へと向かう船の中。

 

 未知の地へ赴く期待と不安。

 複数の船が並走する中の一つで、青年が一人で酒を仰いでいた。

 

 

「やぁ、ロウ君! こんな所に居たんだね。まったく釣れないじゃないか! 僕達は相棒(バディ)だろう!」

 そんな青年に話し掛ける男が一人。

 

「……誰だ。あんた」

 話し掛けられた青年は酒を机に強く置くと、男と目も合わせずに口を開く。

 後ろで一つにしている赤い髪を揺らして、青年は大きなため息を吐いた。

 

「僕だよ僕! ポット! ポット・デノモーブ!」

「……ポッと出のモブ?」

「そう! ポット・デノモーブ! ん? 少しイントネーションが違う気がするな。いや、良いんだ! 僕と君の中だからね!」

 ポットと名乗った男は「ワッハッハ!」と快活に笑いながら青年の正面に座る。青年は嫌な顔こそしなかったが、特に目を合わせようともせずに沈黙していた。

 

 

「───よう、もうすぐ新大陸に到着だな。アンタも準備完了?」

 ふと、近くの席でそんな言葉が聞こえて来る。

 

 船に揺られる長旅もようやく終わりを迎えようとしていた。

 

 

 新大陸。

 古龍渡りという自然現象で古龍が渡る地である。

 

 そして彼等は新大陸の調査団───その第5期団として、新大陸の謎を解き明かさんとする者達だった。

 

 

 

「もう少しで到着らしいよ、ロウ君。いやぁ、謎多き新大陸の調査か。この僕に相応しい任務だ! そうだろう!」

「そうか。精々頑張ってくれ」

 ロウ───と呼ばれた青年は、ポットにそう返事をすると席を立つ。

 そんなロウを追いかける様にポットは席を立って「ちょっと待ってくれよ!」と、ロウの肩を叩いた。

 

「そんな他人事みたいに言わないでくれたまえよ! 僕達は相棒だろう?」

「相棒になった覚えもなければ、俺は誰とも組む気はない。悪いが他を当たってくれ」

 ロウはそう言って、ポットの手を振り解く。

 

 しかし、ポットは諦めずに彼の後ろをガーグァの幼体が如く付いて船の甲板まで歩いた。

 

 

「新大陸の任務は危険が伴うんだ。モンスターと戦うハンター、物事の判断を下す編纂者が相棒となって調査をする。素晴らしいシステムじゃないか!」

「そうだな、素晴らしいシステムだ」

 そう言って突然振り向くロウ。そんな彼に「それじゃ───」と目を輝かせるポットの言葉を遮って、ロウは彼の胸倉を掴み上げながらこう声を上げる。

 

「俺がお前を守って、お前が調査をするって事か。冗談じゃない。お前を守るなんて無理だ。……他を当たれ」

「ちょっと! ロウ君!」

 ポットを突き放して、ロウは甲板の後方まで歩いた。

 

 

 波の音が強くなっている。

 大陸に近付いたからだろうか。

 

 そんな事を思っていると、突然船が揺れた。

 

 

「……なんだ?」

「うぉ!? なんだ!! ロウ君、危ないからこっちに!!」

 未だにロウの背後についていたポットが、彼の手を引っ張る。

 

「引っ張るな」

「危険だ、ロウ君」

「何が起きてるか調べる必要が───なんだ!?」

 さらに強い揺れ。

 

 

 船の前方で大きな水飛沫が上がったのが見えた。

 同時に、浮遊感。

 

 傾く船。

 前方で突然山が出来上がったかの様に、船が持ち上げられていく。

 

 

「ゾラ・マグダラオス!!」

「アレが……」

 傾いていく船は、徐々に垂直に近付いていった。

 

 なんとか物に捕まって落下せずにいた二人だが、下を見ると知らぬ間に水面から数十メートルは船が浮いてしまっている。どうやら突如海面から盛り上がってきた何かに乗り上げてしまったらしい。

 

 

「何たる事!! ロウ君!! しっかり捕まっているんだ!!」

「言われなくても分かってる! お前こそしっかり捕まれ!」

 ロウに忠告を入れるポットだが、両手で船内の出入り口に捕まっているロウに対して───ポット自身は片手でなんとか船の帆を張る縄に捕まっているだけだった。

 

「捕まれ!」

「ロウ君! 僕の事を心配してくれるなんて!」

「んな事言ってる場合か! 手を伸ばせ!」

 片手で船内の出入り口に捕まりながら手を伸ばすロウ。しかし、もう少しという所でその手は届かない。

 

 

「くそ。おい、登ってこい! お前!」

「お前じゃなくて! 僕はポット!」

「分かったから登って来い!」

 必死に手を伸ばす。

 

 

 しかし───

 

 

「わ!?」

 船の前方───真上から降って来た荷物が、船を揺らした。

 

「うわぁぁ!!」

 その衝撃で、ポットは手を離してしまう。

 

 

「───っ」

 あと少し。

 あと少しで届きそうだったその手をすり抜けて、ポットは船から落ちてしまった。

 

「……っぁ、ぁあ───なんで」

 そんな光景を、ロウは見ている事しかできない。

 

 暗い海が小さな水飛沫を上げる。

 頭の中が真っ暗になって、伸ばした手を何度か握った。しかし、その手が何かを握る事はなくて。

 

 

「───アンタ、大丈夫か! 捕まってくれ!」

 放心していたロウに、船の中から先程「もうすぐ到着だ」と言っていた狩人がロウを掴み上げる。

 

「誰か落ちたのか?」

「……あ、あぁ」

「救助は後だ。船が落ちる。脱出しよう!」

 狩人はロウを抱えたまま、船の中にいた調査団メンバーに声を掛けて船から飛び降りた。

 

 突如海から現れた山。

 持ち上げられた船の乗組員達は、なんとか救助活動をしていた船に飛び移っていく。

 

 

 新大陸調査団は選りすぐりの狩人達の集まりだった。

 

 その殆どが数多の修羅場を潜り抜けてきた先鋭である。

 各自の判断で船を動かし、最善の救助活動が既に展開されていた。

 

 

 

 そしてこの青年───ロウも、その一人である。

 

 

「なぁ、男を見なかったか?」

「男? 何言ってんだあんた。ここに居る半分以上は男だろ」

「……そ、それはそうか」

 正気に戻って、ロウは首を横に振った。

 

「ん? あんた、何処かで見た顔だな。確か、書士隊出身の───」

「ひ、人違いだ。悪いな」

 片手を上げて彼はその場を離れる。

 

 

「……何をしてるんだ俺は。危険な調査なのは誰もが分かっていた。誰かが死んだって、それはしょうがない。俺のせいじゃない」

 自分で言い聞かせる様にそう言って、ロウは救助された船の上で頭を抱えていた。

 

 

「大陸に上がったら直ぐに点呼をするぞ! 新大陸に着いて最初の任務は海に落ちた奴の救助だ!」

 誰かがそう言って直ぐに、船は新大陸に辿り着く。

 

 

 星の光だけが照らす未知の大地。

 

 初めて目にし、一際視線を引いたのは距離感が狂いそうになる程に巨大な樹木の集合体───古代樹。

 

 

「……ここが───」

 第5期調査団ー新大陸上陸。

 

 

 

 ここは、龍が渡りの末に辿り着く地。

 

 

 ここは、人が目指す新天地。

 

 

 ここは、数多の謎を辿る物語の地。

 

 

 

 その名は───

 

「───新大陸」

 ───新大陸。




モンハン新連載です。宜しくお願いします。
今回は割とシリアス系。ギャグが読みたかった人、ごめんなさい。

後更新不定期です!頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

調査拠点

 手を伸ばす。

 

 

 少女の伸ばした手は、闇の中に吸われていった。

 

 鮮血に顔を歪める。

 けれど、少女はそれでも手を伸ばした。

 

「どうして───」

 疑問の表情を見せる少女の前で、その龍は───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 調査拠点アステラ。

 

 

 新大陸。

 ギルドがそう呼ぶこの大陸には、新大陸調査団が四十年の時を掛けて作り出した拠点が存在している。

 

「よぅ、5期団! ようこそアステラへ!」

 それがこのアステラだ。

 水車を利用したリフトや、前期団の船を利用した建築物等、特徴的な様相が多くみられる。

 それは、この新大陸という物資の補給も儘ならない未開の地で、アステラが四十年の月日を掛けて整備されていった場所だからだった。

 

 

「俺はあんたらの先輩に当たる4期団の───あー、自己紹介は後だな」

 一人の男が、到着した五期団達の前で話している。

 

 五期団は数刻前、新大陸に上陸した()()()()()()()に巻き込まれた。

 船が何隻か横転し、少なくない五期団員が海に放り出されてしまったのである。

 

 

「話は聞いた。到着早々で悪いが、新大陸での初仕事をこなして貰うぞ。勿論、俺達も手伝う」

 海に投げ出された者───そうして海に投げ出され、自力でアステラの外に上陸した物も居るかもしれない。

 

 そうした()()()の救助。

 それが五期団が新大陸に辿り着いて初めての仕事になった。

 

 

「海の方は先に到着した船を向かわせてある。あんたらは出来れば編纂者とハンターの二人一組になって古代樹の森の捜索だ! 良いな?」

 男の指示に、五期団員達は一斉に立ち上がって救助活動へと赴いていく。

 

 古代樹の森。

 調査拠点アステラからも見上げる事が出来る、巨大な樹木の集合体を中心に広がる森の総称だ。

 

 

 当たり前だが5期団は新大陸に到着して間も無く、新しい狩場である古代樹の森について何も知らない。

 そんな場所での救助活動は二次災害を起こしかねないが───編纂者が居れば話は別だろう。

 

 編纂者は狩りではなく、情報統括のエキスパートだ。

 彼等彼女等は新大陸の調査の為ハンターと協力し、古龍渡りの謎を解き明かす為の知識と判断力を持っている。

 

 故に新大陸では狩人一人につき専属の編纂者一人が付く相棒(バディ)制が推奨されていた。

 

 

 しかし、到着間も無い五期団のハンター全てに専属の編纂者がいる訳でもない。

 とすれば最低でも二人。誰かとペア(相棒)になって、二次災害の確率を減らすのが常識的な考え方である。

 

 

「……二人、一組?」

 しかし、5期団の一人───ロウは誰かと行動すると言われて固まっていた。

 

 ゾロゾロと、周りの人間が知り合いや友人を誘って救助活動に向かう中───彼は一人ポツンとアステラに残ってしまったのである。

 

「いや、俺は一人で良い。……一人が良い」

 そう言って、ロウは首を横に振る。

 

 

 船の上でもポットを避けていたが、彼は()()()()()()()()()()だった。

 

 

「古代樹の森、か。とにかく、俺も救助活動に───」

 しかし、彼に仲間意識や思い遣りがないわけではない。

 現に船が持ち上げられた時に彼はポットを助けようとしていたし、今も仲間を一人でも助けようと、単独でも古代樹に向かおうとしている。

 

 そうして一人で古代樹に向かおうとするロウの片手を、あまり強くない力で止める一人の人物がいた。

 

 

「キミ、一人で行こうとしてるの? 友達居ないの?」

「あぁ? なんだおま───」

 あまりにも失礼な物言いに振り返るロウは、視界に入った一人の少女の姿に目を丸くする。

 

「───何だこのチビ」

「おい、僕はレディだぞ。その物言いはあまりにも失礼じゃないか?」

 先に失礼な物言いをしたのはお前だ、と口が動く前に異様な光景がロウの目に入ってきた。

 

 

 自分の腕を止めた何か。

 

 あまり強くない力。

 それもその筈で、ロウの片手を止めていたのは人間の腕ではなく小型のボウガンのような物が着いたフック付きの棒だったのである。

 

 

 彼を呼び止めた少女は、左腕が無く、簡単な義手を着けていた。

 

 

「固まってどうしたんだ、キミ。……あー、これ? 気にしないでくれ。それよりキミの事だ」

 肩と肘の中間部分までだけ残っている、()の付いた腕をクルクル回しながらそう言う少女。

 

 身体の欠損はハンターをやっているロウからすれば別に珍しい物ではない。

 しかし、問題なのは目の前の少女がまだ年端も行かない少女だという事である。

 

 

 海のように青いショートカットの髪と瞳。

 年齢は良くて十代後半だろうか。ロウにはもっと幼く見えた。

 

 

「キミ、大丈夫?」

「……いや。お前はなんだ。船に紛れ込んで来た子供か?」

「おっと、さらに失礼だな。言っておくが僕はキミの先輩なんだぞ」

「は?」

 少女の言葉に、ロウは口を開けて固まる。

 

 

「僕は4期団、キミは5期団。僕はキミの先輩。良いね?」

「4期団だと?」

 4期団は今から十年前に新大陸に出発した調査団だ。それはつまり、彼女の言う事が本当なら、この少女は十年前からこの新大陸に居たという事になる。

 

 もう一度ロウは少女の姿を見て、目を細めた。

 

 

 ありえない。

 

 

「お前何歳だ……」

「んー、確か今年で十八だったかな! 多分な! あとお前じゃない! 僕はキリエラ! 君は?」

「十八……」

 4期団が新大陸に訪れたのは十年前の話である。

 つまりこの少女は、十八というのが本当でも八歳の頃からこの新大陸で4期団をやっていると言うのだ。あまりにも胡散臭い。

 

 

「どうかしたの? 僕の顔に何か着いてる?」

「いや……。あのな、チビ助。ここ子供が来るような場所じゃない。何処かにいる大人に間違って来てしまった事を言って謝ってろ」

 首を横に振って、ロウは彼なりに言葉を選んで少女───キリエラにそう伝える。

 

 そうして少女を振り解いて古代樹の森に向かおうとするが、今度は強い力で腕を引っ張られた。

 

 

「良い加減に───」

 良い加減にしろ。

 そう言おうとして振り向いたロウの視界に、少女ではない青年の姿が映る。

 

「まぁ、そう言うなって」

「───誰だ」

 短い黒髪。大きく開いた胸元に目立つ竜の骨を使った首飾り。

 

 4期団───にしては、少し若い。

 年齢は自分とあまり変わらないだろうからと、ロウは彼を同期(5期団)だと思いこう口を開いた。

 

 

「……あんたも5期団か。もう丁度良い、あんたで構わない。一緒に救助活動に来てくれ」

「いや、5期団じゃないけどな」

「……なんだ。すまない。4期団の先輩だったか」

 見誤ったと、ロウは短く会釈をする。

 

 すると青年は「あー、違う違う。俺は何期団でもないんだ」と両手を開いた。

 

 

「……はぁ?」

 目の前の少女と良い、到着早々変な奴ばかりに絡まれる。

 ロウは眉間に皺を寄せながら溜息を吐いた。

 

 

「俺は新大陸で生まれて新大陸で育ったからな。それで、今はここで調査班のリーダーをさせてもらってる。よろしく」

「え」

 調査班のリーダー。

 

 要するに偉い人である。

 まがいなりにも社会の波という物に揉まれていた経験があったロウは、表情を引き攣らせて背筋を伸ばした。

 

 

「……すみませんでした」

 直立から綺麗な直角。

 あまりにも見事なお辞儀に調査班リーダーとキリエラは目を合わせて笑ってしまう。

 

 

「い、いや頭を上げてくれ。あんた名前は?」

「……ロウ」

「ロウか。ようこそ、新大陸調査団調査拠点アステラへ。一人で古代樹の森に救助活動をしに行くのは危険だ。彼女───キリを連れて行くと良い」

「……は?」

 キリエラの背中を優しく叩きながら、調査班リーダーはロウにそう言った。

 何を言っているのか分からないロウは目を丸くする。

 

 

「彼女は立派な4期団の編纂者だ。きっと君の役に立ってくれる。俺は俺で救助活動に参加するから、二人もよろしく頼む」

「分かったよリーダー! さて、行こうかロウ」

「ちょ、待───」

 勝手に話が進んでいき、ロウが呼び止めるのも聞こえなかったのか、調査班リーダーは翼竜に捕まって何処かに行ってしまった。

 

 

「……ぁ、あぁ」

 表情を引き攣らせるロウ。

 

 しかし、このまま固まっている訳にもいない。

 

 

「それじゃ、よろしく! 相棒!」

 片腕を上げるキリエラを横目に、ロウは溜息を吐きながら支度を済ませて古代樹の森を目指す。

 無言で出発するロウを見て、キリエラは「無口だな」と首を傾げるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古代樹

 手を伸ばす。

 

 

 青年の伸ばした手は、霧を掴んで何も掴めなかった。

 

 鮮血に顔を歪める。

 そして、青年はその手を下ろした。

 

「どうして───」

 絶望の表情を見せる青年の前で、その龍は───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 古代樹の森。

 

 

 気の遠くなる巨大な樹木。

 それは一つの生命という訳ではなく、数多の樹木が折り重なって出来た自然の塔である。

 

 その古代樹から連なるように広がる森は、多種多様で豊かな生態系を形成していた。

 

 

 

「───と、いう訳で。この古代樹は色んなモンスターや生き物が住んでいるんだ。何が出てくるか分からないから、気を付けて行こう! ん! もう! ねぇ! 人の話聞いてる!?」

 そんな古代樹の森を歩く人物が二人。

 

「聞いてない」

「わ! 素直! 良いところもあるんだね! 良くないよ!!」

 目も合わせずに早足で歩くロウと、そんな彼にやや早足で着いて行くキリエラ。

 少し息を切らすキリエラをわざと突き放すように歩く速度を上げたロウは、突然振り向くと眉間に皺を寄せてこう口を開く。

 

「着いてくるな。なんでここに居る。邪魔だ」

「いや、僕達相棒(バディ)じゃないか! 僕はキミのサポートをする為にここに居るんだけど?」

「今さっきあったばかりで相棒だと? お前が勝手に言ってるだけだろ」

 キリエラの言葉を聞いて、ロウはそう言いながら再び歩き出した。

 

 

 相棒。

 そんな言葉を聞いて、ロウの脳裏に船の上での光景が過ぎる。

 

 

 ──僕達は相棒だろう!──

 

 

 船の上でそう言ってきた男は、ロウの目の前で海に落ちた。

 

 あの時、もう少し手を伸ばしていたら───

 

 

「俺は誰とも組む気はない。迷惑だ。お前みたいなお荷物のお守りをする為に新大陸まで来たんじゃない」

「お荷物……。ん、僕のこれが気に食わないのか」

 キリエラは走ってロウの前に立つと、左腕の義手を持ち上げてそう言う。

 

 小型のボウガンのような物こそ装着されているが、その義手は余りにも単純なただのフックが着いた棒だった。

 

 

「……そういう訳じゃない。……あー、くそ。気を悪くしたなら謝る。だけど、俺は誰かと組む気はない。俺にはそういうことは出来ない。帰ってくれ」

「僕が言えた義理じゃないけど、中々強情だなキミは」

「俺は他人と関わりたくないんだ。興味がない。悪いな」

 そう言って、ロウはキリエラを押し退けて前に進む。

 

 日が出て来た。

 救助活動は時間との勝負である。あまり時間は無駄に出来ない。

 

 

「……その癖、キミは何故か救助活動には熱心だ。関わりたくない、はともかく……興味がないとは。おかしな話じゃないか?」

「……っ」

 しかし、背後から聞こえてくるキリエラの言葉にロウは表情を歪ませた。

 

 そして固まって動かなくなったロウに、キリエラはこう言葉を続ける。

 

 

「これは僕の勝手な憶測なんだけど、キミは多分優しい人間だ。けれど、敢えてそうやって他人に厳しく接している。……何故か。何かを怖がってる」

「黙れ」

 短く言って、ロウは再び歩き出した。

 

「誰にも触れられたくない傷はあると思うからこれ以上は詮索しないけど、これは僕の編纂者としての癖だから許して欲しい。考えるのが好きなんだ。ところでキミ、その先───」

「良い加減にしろ!!」

「わ!?」

 振り向いて、ロウはキリエラの胸倉を掴み上げる。

 

 

「待った待った待った! ねぇ! 本当に待った!!」

「なんだ。お前がしつこいからだろ。……そんなに怖がるなよ。別に俺はお前を───」

「違う違う違う違う違う!! 後ろ後ろ後ろ後ろ!!!」

「あ?」

 音。

 

 木々を薙ぎ倒しながら、地面を揺らす巨大な存在が近付いてくる音がした。

 

 

 振り向くとそのには───竜の姿がある。

 

 

「嘘だろ」

「逃げろぉぉおおお!!!」

 咆哮。

 

 空気を震わせる程の衝撃が森に広がった。

 

 

 

 それは人にあらず。

 

 

 それは人の理から外れた存在。

 

 

 それはモンスター。

 

 

 それはこの世界の理。

 

 

 

 小さく見積もって人の十倍。

 種により様々であるが、大型モンスターと呼ばれる生き物の大半がそれ以上の巨体を有した生き物だ。

 

 森に、険しい谷に、氷の大地に、空にも海にも、この世界の生態系の根幹。

 

 

 

「こんな拠点の近くに()()()()()が出るのか……!」

 ───モンスター。

 

 

「キミ!」

「分かってる!」

 走りながら、ロウは背後から迫ってくるモンスターの姿を横目で確認する。

 

 強靭な後脚で支える巨大な身体。

 鼻先から尻尾まで全体的にくすんだ桃色の鱗で覆われた発達した後脚を持つ獣竜種と呼ばれるモンスターで、特徴的なのは下顎を覆うように生え揃った大きな棘だ。

 その大顎は開けば同種の胴体すら噛み砕けそうな程である。また、背中から尻尾の先までを覆う黒い体毛もそのモンスターの身体的特徴でもあった。

 

 その竜の名は───

 

 

「こいつは確か……」

「───アンジャナフ! この森の暴れん坊だよ!」

 ───アンジャナフ。

 走りながらそう言うキリエラの言葉に、ロウは新大陸に渡る途中で読んだ資料を思い出す。

 

 

 別名蛮顎(ばんがく)竜。

 獲物を見付けると執拗なまでに追いかけて来る獰猛なモンスターだ。

 

 ロウは背中に背負う物に手を掛けてるが、思い止まって止める。

 

 

「逃げろ逃げろ逃げろぉぉ!!」

 今は走って逃げる事が先決だ。

 しかし、モンスターはそう甘くはない。ことアンジャナフはその強靭な後脚故に脚力は人のそれを大きく上回っている。

 

 前を走るキリエラがわざと細い道を選び小回りの有利で距離を保っているが、追い付かれるのは時間の問題だった。

 

 

「おい! どうする気だ!」

「僕に考えがある! 着いてきて!」

 木々の間を抜けて行く。

 

 枝を掻き分けながら二人が進んだ道を、アンジャナフは木々を薙ぎ倒しながら追いかけてきていた。時期に追い付かれる。

 

 

「おい!」

「もう少し───アレだ!」

 息が切れる程に走って、二人は古代樹の森の中心───聳え立つ古代樹の真下まで辿り着いた。

 

 この辺りは森の中でも木々が多く視界も悪い上に、生い茂る樹木で足場も悪ければ狭い。

 人にとって最悪の環境だが、モンスターにとっては大して関係無く、アンジャナフとの距離はさらに縮んでいる。

 

 こんな場所に来てしまったのは悪手だったのではないかと、ロウは今更ながらにキリエラに着いてきた事を後悔していた。

 しかし後悔していても仕方がない。こうなればやるしかないか───ロウがそう決意を決めた瞬間。

 

「キミ! こっちに!」

 突然、キリエラは義手をロウに引っ掛けて彼を茂みの中に突き飛ばす。

 抗議の声を上げようとするロウの口を押さえながら、キリエラはその茂みの中で自分の義手をブンブンと何度か振り回した。

 

 

「なんだ?」

 すると、その茂みを中心に視界を覆い尽くすような煙が上がっていく。ロウの視界は一瞬で真っ白になってしまった。

 キリエラが居る場所に少し影が出来るだけで、殆ど何も見えなくなってしまう。そんな中で、キリエラは抗議の声を我慢するロウに小さな声でこう口にした。

 

「綿胞子草って奴。刺激を与えるとこうして胞子をばら撒くんだ。凄い鼻の効く子じゃなきゃ、これで身を隠せる」

「こんな物があるなんてな……」

「静かに。多分そこら辺に居るよ」

 彼女の言う通り、視界は悪いがアンジャナフの足音だけは聞こえて来る。

 

 どうやらアンジャナフはロウ達を見失ったようで、苛立っているような鳴き声を上げてからその場を去っていった。

 

 

「───た、助かったぁ」

「……そうだな。助かった」

「お! 素直だね! 可愛い所もあるじゃないか後輩君!」

 そう言いながらロウの頭を撫でるキリエラ。ロウは目を細めて彼女の手を振り解くと、立ち上がって「さて、どうするか」と辺りを見渡す。

 

 

「……まだ一人で行くつもりなの?」

「さっきのは不可抗力だ。確かにお前には助けられたが、何度も言ってる通り俺は誰かと組む気はない。放っておいてくれ」

 そう言いながら歩き出すロウ。日差しが登り始めてはいるが、森の中という事もありまだ暗い道をゆっくりと歩いた。

 

 

「強情だな。何処行くんだ?」

「一度アステラに戻って捜索範囲を絞る。俺達以外の救助隊がもう捜索を終わらせてるかもしれないし、このまま闇雲に森を歩いても仕方がないだろ」

 この古代樹の森は新大陸調査団が船でやってきた海岸沿いから続く土地である。

 

 故に海から上陸してきた5期団の仲間が森で遭難している可能性が高く、森の捜索は重要な任務だった。

 しかしそれなりの時間が経っている以上、闇雲に探してもただ時間が過ぎるだけである。

 

 ある程度捜索を進めたら拠点に一度帰るというのは合理的な判断だった。

 

 

「なるほど。しかしだね、キミ」

「あ? なんだ。まだ着いて来るのか。それとも今度は文句か」

「いや、言いにくいんだけどね」

「なんだ」

 機嫌を悪くして強い口調で聞き返すロウ。

 そんな彼に、キリエラは若干気不味い表情でこう口を開く。

 

 

「アステラはあっち。そっちは逆方向」

「……っ」

 キリエラの言葉に、ロウは顔を真っ赤にして踵を返した。

 

「ふっふーん。で、一人で行くの?」

「……案内」

「何?」

 ニヤニヤと、ロウの顔を覗くキリエラ。

 

 ロウは若干泣きそうになりながら「……案内してくれ」と小さな声で呟く。

 

 

「しょうがないなぁ! もう! ほら、こっちだぞ相棒!」

「今だけだ。今だけお前の力を借りる。今だけだからな!」

 今だけだと。

 ロウは心の中でも自分に言い聞かせて、目の前を歩く少女に着いて行くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

信号弾

 大地を踏み締める。

 

 

「上陸したぞ!! 新大陸!!」

 全身から海水を滴らせながら、一人の男が両手を広げて声を上げた。

 

「して!! ここは何処だ!!」

 彼の名はポット。

 調査団の船に乗っていたが、不慮の事故により船から海に落とされてしまった5期団の編纂者の一人である。

 

 

「到着早々森の調査とは、僕も中々に仕事熱心だな! しかし、ママに泳ぎの稽古をさせてもらっていて良かった。そうでなければ今頃海の藻屑となっていただろう!」

 言いながらポットは辺りをゆっくりと見渡した。

 

 見渡す限りの緑。

 ここが一体何処なのか検討も付かない。

 

 

「まさかここはあの世か!!」

 愕然とした表情で崩れ落ちるポット。

 

 しかし、ふと目の前の木々の奥から聞こえてきた音に顔を上げて───彼はこう呟く。

 

 

「いや、違うな。あの世に来てまでこんな恐ろしい目に遭いたくない」

 視界を上げたその先。

 燻んだ桃色の巨体。血肉に飢えた眼差しと、鋭い牙。

 

 

「おっと!!! これは死ぬぞぉぉぉおおお!!! 助けてママぁぁあああ!!!」

 ポットは文字通り、裸足で逃げ出すのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 音が鳴って空を見上げる。

 

 

「なんだアレは」

「信号弾だよ。数とか色で色んな意味があって、遠くの仲間に連絡する時に使うんだ」

 信号弾に気が付いたロウにそう説明しながら、キリエラは放たれた信号弾に視線を移した。

 

「……なるほど。で、アレはどういう意味だ」

「怪我人の輸送中。モンスターに追われてるって!」

「急ぐぞ!」

「ちょ、キミ!」

 キリエラの言葉を聞いて、ロウは信号弾が上がった地点に向けて走る。

 そこには怪我をした5期団のハンターを運ぶ、4期団のハンターがいた。

 

「怪我人か!」

「おう! キリか! そっちは?」

「後輩の5期団! 今一緒に救助活動してた所!」

「駆け付けてくれたんだな、5期団! 助かるぜ。キリもありがとうな!」

 4期団のハンターと親しげに話すキリエラ。

 自らを4期団と自称していた十八の少女。しかし、それは嘘ではないらしい。

 

 

「怪我人は」

「この通り。足をやられててな」

 4期団のハンターが背負っている5期団のハンターをロウに見せるように振り向くと、背負われていたハンターは「いてて!」と悲鳴を上げる。

 

「大丈夫そうだが、走れはしないだろうな」

「っと、そんな事話してる場合じゃねぇ。追い付かれちまった」

 4期団は冷や汗を流しながら、ロウの背後に視線を向けた。

 

 その先には桃色の大顎が立っている。

 

 

「アンジャナフ……」

「さっき僕達を追ってた子だよ。今凄い数の調査団が救助したりされたりで森に居るから、あの子多分今片っ端から調査団の皆を襲ってるんだと思う」

 キリエラの言う通り、このアンジャナフは何度か調査団を襲っているらしい。

 その度に迎撃されたり見失ってしまい腹を立てているのか、アンジャナフは鼻先の器官を展開させて息を荒げ、ロウ達に血走った瞳を向けていた。

 

「凄い怒ってる」

「見れば分かる」

「ヤバいな。おい! 5期団!」

「分かってる! あんたらは怪我人を。あいつは───俺が止める」

 言いながら、ロウは背負っていた自らの得物に手を伸ばす。

 

 二つ折りになっていた身の丈程もある大筒を展開し、ロウは迫ってくるアンジャナフの足元に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 

 発射された弾丸は地面を抉り、同時に破裂。

 地面を吹き飛ばしてアンジャナフの動きを鈍らせる。

 

 続いて弾丸を込めてから引き金を引くロウ。

 今度は動きを止めたアンジャナフの頭部に三発。アンジャナフはまるで頭部を槌に叩かれたかのように悲鳴を上げながらの仰け反った。

 

 

「今のうちに!」

「ヘビィボウガンか、良い腕だ。助かるぜ! 5期団!」

 負傷者を背負って調査拠点へと向かう4期団を尻目に、ロウは一度大筒を二つ折りにして背負いながら走る。

 

「こっちだ! 来い!」

 態とアンジャナフの目の前を通りながら、挑発するような言葉を漏らした。

 勿論モンスターに人の言葉は分からないだろうが、今さっき自分を攻撃してきた相手が逃げていけば、アンジャナフというモンスターは追いかけて来る。

 

 だからその言葉は願掛けのような物だった。

 

 

 走りながら、ロウは出来るだけアステラから離れるように動こうと考える。

 このアンジャナフが近くにいたのでは救助活動に支障が出るかもしれない。今は討伐や撃退よりも、アンジャナフを引き付けるのが優先だ。

 

 

 ───最悪、自分()()()()で他の皆の命が助かるのならそれで良い。

 

「───で、どうする気! キミ!」

「は!?」

 走ってる途中でそんな言葉が聞こえてきて、ロウは目を丸くして顔だけ振り向く。

 視線の先には、鬼の形相で迫ってくるアンジャナフと───青い髪を靡かせながら自分の背後についてくるキリエラの姿があった。

 

 

「どうして着いてきた……!」

「どうしてって僕はキミの相棒だぞ! 当たり前じゃないか!」

 走りながら頭を抱えたくなるが、そんな事をしている場合じゃない。

 

 怪我人を連れた4期団と一緒に拠点に帰った物だと思っていた少女は、走っているロウの右隣に着いてこう口を開く。

 

 

「ヘビィボウガンの腕に自信は?」

「は?」

「腕前を聞いてるんだよ! 僕はキミの事をあまり知らない。だから、作戦を立て難い」

「作戦って……」

 今は逃げる、ただそれだけを考えていた。

 

 もし自分が犠牲になっても、このアンジャナフを拠点から遠ざければそれだけで多くの命が救われるかもしれない。

 人柱になる事に躊躇いはないし、むしろやっと自分の番になったのだとロウは思っていたのである。

 

 

 だから、作戦なんてない。

 

 

「もしかして、死ぬ気だった訳!?」

 走って、倒れた樹木を飛び越えながらキリエラはそう言った。ロウは返事をしない。

 

「図星か……。キミ、そんなのは新大陸じゃ許されないよ」

「厳しい調査地だ。犠牲は付き物だろ」

「違う。厳しい調査地だからこそ、貴重な人員を減らす訳には行かないの! キミ一人が居なくなった事で一人の犠牲で済むとか思ってるかもしれないけど! キミ一人が居なかったせいでその後何人死ぬと思ってるんだよ! 自分の命を自分だけの物だと思ってる奴は、団体では三流もいい所だ!」

 キリエラの言葉に、ロウは唇を噛む。

 反論出来ない。彼女の言う事は正しい。

 

 

「……だったらどうするんだよ」

「キミの腕を見込んで、僕が囮になってキミが撃つ! これで行こう!」

「はぁ!?」

 あまりにも無茶な作戦に、ロウは躓きそうになって表情を歪めた。

 背後から迫るアンジャナフが、さっき飛び越えた樹木を踏み潰しながら迫ってくるのが見える。

 

 その巨体に踏まれただけで人間は肉片と化すのがモンスターという生き物だ。

 

 

「お前バカか! さっき貴重な人員がなんだの言ってただろうが!」

「おー、やっと僕を貴重な人員───4期団の編纂者だって認めてくれたね! うれしい!」

「だったら───」

「僕はちゃんと考えてる。キミがしっかりやってくれれば、僕は死なない」

「……っ」

 僕は死なない。

 そんな言葉を聞いて、ロウは表情を歪ませる。

 

 

 人間は何を言っていようが簡単に死ぬ生き物だ。

 

 

「……俺は───」

「僕は死なない。絶対に。……キミが守ってくれるなら、ね」

「───くそ! 分かった。作戦は!!」

 四の五の言っている場合ではない事は確かである。

 

 今二人が生き残る道を選ぶのなら、アンジャナフを何処かで撃退しなければならない。

 

 

「ここじゃまだアステラに近い。森の中ならあの子の足も少しは遅くなるから、そこを通って距離を稼いでから迎え撃つよ!」

「分かった。けれど一つ約束してくれ」

「ん?」

「……死なないで欲しい」

 ロウがそう言うと、キリエラは一瞬キョトンとしながら彼の表情を覗き込む。

 その瞳は揺れていた。

 

「大丈夫。僕は十年この新大陸でやってきた先輩だぞ!」

 言いながら、彼女は左腕の義手を真っ直ぐロウに向ける。ロウはその言葉に応えるように、義手を右手の甲で叩いた。

 

「着くまでに作戦を話す! 走りながら聞いてよ!」

「……分かったよ、先輩」

 一瞬だけ瞳を閉じる。

 

 

 脳裏に映った光景を振り解くように、ロウは首を横に振ってから前を見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩人

 狩人。

 文字通り、狩りを生業とする人の事を言う。

 

 

 この世界の理───モンスターを狩猟する事は容易ではない。

 

 モンスターは時に人の何倍もの体格を持ち、時に海や空等と人の手の及ばぬ領域を支配し、時に体から炎や電気を生み出した。

 人には手に余る力。

 

 そんなモンスターを、ハンターは知恵と勇気───時々お金を振り絞って狩猟する。

 

 

 人々は彼等を───モンスターハンターと読んだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 古代樹と呼ばれる樹木の集合体。

 そこを中心に広がる森は、古代樹から離れる程に樹木の背が低くなっていく。

 

 

「───開ける場所に出るよ! 作戦は頭に叩き込んだね!」

「信じて良いんだな?」

「勿論!」

 アンジャナフから逃げながら、二人は作戦を確認すると同時に二手に分かれた。

 

 開ける視界。

 ロウは背後から陰になる岩場に飛び込んで、キリエラはそのまま走る。

 

 朝焼けが眩しい海岸沿い。

 キリエラは海沿いの岩場に真っ直ぐ向かい、アンジャナフは岩陰に隠れたロウの真隣を通り抜けてキリエラを追いかけた。

 

 

「……絶対に死なせない」

 言いながら、ロウは背負っていたヘビィボウガンと呼ばれる大筒を展開する。

 

 

 ヘビィボウガン。

 ハンターが使用する武器の一つで、その名の通りボウガンの一種だ。

 

 大筒とも呼ばれるその名は伊達ではなく、発射される弾丸は小型の大砲の威力にも匹敵する。

 しかしその威力の代償として重量が極端に重く、背負ってならともかく構えている状態では満足に走る事も出来ない。

 

 遠距離から高威力の弾丸を叩き込める代わりに機動力を犠牲にした、扱いの難しい武器───それがヘビィボウガンだった。

 

 

「こっちこっち!」

 走るキリエラ。

 追い掛けるアンジャナフは、目を血走らせてキリエラを噛み砕かんとその牙を光らせる。

 

 真っ直ぐ進むと開けた視界の中に一本の木が聳え立っているのが見えた。

 キリエラはそれを確認すると、満足気に「よし!」と意気込んで真っ直ぐに走る。

 

 

「あの木か」

 ロウはキリエラの視線の先にある木に銃口を向けた。

 

 ヘビィボウガンのスコープを覗いて、その時を待つ。

 キリエラがその木を横切る寸前にロウが引き金を引くと、銃口から放たれた弾丸がキリエラが横切った瞬間に木に突き刺さった。

 

 

 次の瞬間。

 

 爆発。

 

 突き刺さった弾丸が破裂して、樹木の下部を半分吹き飛ばす。

 重心の崩れた木は横倒しに倒れ───キリエラを追いかけて来たアンジャナフの背中を叩き付けた。

 

 

「かかった!」

 振り返るキリエラ。

 

 ロウが倒した木はツタ状の葉を有しており、アンジャナフは倒れて来た木のツタの葉に絡まって身動きが取れなくなる。

 暴れれば暴れる程絡まっていくツタの葉。

 

 さらにロウは、アンジャナフの足元に向けて銃弾を叩き付けた。

 今度は爆発こそしないが、アンジャナフは悲鳴を上げて横倒しになる。

 

 そうしてアンジャナフはさらに身動きを封じられた。

 これで暫くは追って来られないだろう。今の内に逃げてしまえば、無事に拠点に戻る事が出来る筈だ。

 

 

 狩人はモンスターを狩猟する。

 しかし、それはこの世界からモンスターを根絶やしにする為ではない。時にはこうして、お互いに手を引かせるような結果も必要だった。

 

 

「ナイス徹甲榴弾!」

「アイツにもう何度かその徹甲榴弾を打ち込めば、討伐だって出来るんじゃないか?」

 片手を上げて歩いてくるキリエラの手には応えず、ロウは暴れ回るアンジャナフを遠目にそう口にする。

 

 徹甲榴弾は衝撃を与えると爆発する弾丸だ。

 ヘビィボウガンの威力も相まって、モンスターに直撃させれば大ダメージを与える事も出来る。

 

 

「この大陸の調査が新大陸調査団の第一の目的。無用な殺傷は避ける。ロウだって、それが分かってたからやらなかったんでしょ?」

 キリエラはそう言うと、日が昇り始めた海岸沿いを少し眺めて「急いで帰ろうか。また追い掛けられても嫌だし」と続けた。

 

 日が上がって来れば、また別の救助作戦を展開出来る。

 それに現在の救助状態を確認したい。もう救助が終わっていたら、ひとまずは安心出来るが。

 

 

 そんな事を考えながら、キリエラはアステラに向けて歩き出した。

 ツタの葉からなんとか抜け出そうとするアンジャナフを尻目に、ロウは胸を撫で下ろす。

 

 

「心配してくれた?」

「……黙れ」

「釣れないな───ん?」

「───なんだ?」

 ふと、地鳴りがして二人は辺りを見渡した。

 

 モンスターが走って来る時のような地面の揺れ。

 しかし、件のアンジャナフは未だにツタの葉の下で暴れ回っている。

 

 ともすれば別のモンスターなのだが、次の瞬間───目の前の木々の間から現れた者に二人は目を見開いて固まった。

 

「うわ!! 人がいた!! 助けてくれ!! 僕は5期団のポット・デノモーブ!! 君達は!? あれ!? ロウ君!! ロウ君じゃないか!!」

「誰だお前」

「知り合いじゃないの?」

「……あ、お前確か───」

「そんな事言ってる場合じゃなかった!! 助けてくれ!! アイツが来るんだよ!!」

 森の中から出てきた男───5期団のポットは慌てふためきながら自分が走って来た森を指差す。

 

 次の瞬間、その指先の木々を吹き飛ばしながら()()()()()()が姿を表した。

 

 

「アンジャナフだと!?」

 振り返るまでもなく。

 

 これは今さっき拘束したアンジャナフとは別の個体だ。

 

 新しく現れたアンジャナフに、ポットは「ひぇぇえええ!!」と悲鳴を上げてロウの後ろに隠れる。

 

 にが虫を噛んだような表情で背中に背負うヘビィボウガンに手を伸ばすが、ほぼ目と鼻の先に居るアンジャナフに対して重量の重いヘビィボウガンを構えるのは悪手だ。

 

 

「……っ」

 やっとの事で二人共無事に帰られると思った矢先。

 

 救助対象を見付けたは良いが、突然の状況にロウは唇を噛む。

 冷静でいようとしても、どうしたって良い手が浮かばない。このまま諦めて自分が囮になって二人を逃す事くらいしか思い付かなかった。

 

 もうそれしかない。

 回らない頭を横に振って、二人に「逃げろ」と言おうとした矢先。

 

 

「───ここは、やっぱり僕達の世界じゃないなぁ」

 キリエラが右手でロウを制するように下がらせる。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 咆哮。

 

 

 追っていた獲物が突然三人に増え、どうしてやろうかと涎を垂らしていたアンジャナフの背中を───もう一匹の()()()()()()が噛み砕いた。

 

 森中に広がる悲鳴。

 噛み付いたアンジャナフは、同種のアンジャナフをその顎で持ち上げると近くの岩場に放り投げる。

 

 砕ける岩。

 砂埃の中でなんとか立ち上がったアンジャナフは、突然の奇襲に苛立ちを見せて鼻の器官を展開。

 さらに背中に閉まっていた翼のような放熱器官も広げて、その大顎から炎を漏らし始めた。

 

 

「さっきのアンジャナフ……。縄張り争いか?」」

「僕達がもたもたしてる間にツタの葉から抜け出して来たみたいだね。でも、アンジャナフ同士で縄張りを超えて争いになるなんて……。何が起きてるんだろう」

 振り返れば、ツタの葉の下敷きになっていた筈のアンジャナフの姿がない。

 

 抜け出してきたは良いが、自分を罠に嵌めた小さな狩人よりも───自らの縄張りを犯した同種の存在の方がアンジャナフにとって狩猟対象だったという事だろう。

 

 

 ロウ達を追っていたアンジャナフも、鼻と背中の器官を展開して目の前のアンジャナフを睨んだ。

 先に動き出した、ポットを追ってきて背中を噛み付かれたアンジャナフが口から炎を吐き出す。

 

 しかし、対するアンジャナフはその炎の中を突っ切って───炎を吐き出すアンジャナフの首元にその大顎の牙を突き立てた。

 

 

 狩人。

 文字通り、狩りを生業とする人の事を言う。

 

 しかしそれは、人が作り出した言葉だ。

 真にこの世界で狩りを生業にするのはこの世界の理であるモンスター達に他ならない。

 

 

 その狩人達の戦いを見て呆気に取られている二人を引っ張るようにして、キリエラはこう口にする。

 

 

「調査団として縄張り争いに興味があるのは間違いじゃないし、どうしてアンジャナフがこんなにも出てくるのかとか興味は尽きないけど! 今は逃げるのが先決だよ二名共!」

「……そ、そうか」

「それもそうだね!! 二人共、アステラまで案内して欲しい!! 船から落ちてしまっておパンツまでびしょ濡れなんだ!!」

 キリエラに言われて、二匹のアンジャナフを尻目に三人はアステラへ向け走った。

 

 古代樹の森に竜の咆哮が木霊する。

 その鳴き声は、三人がアステラに到着する寸前まで続いていた。

 

 

 

 そうしてロウとキリエラは、無事に5期団の遭難者一名を救助して調査拠点に戻る。

 先に拠点に戻っていた4期団と怪我をした5期団も無事に到着していたようだ。

 

 彼等が戻って数時間後───ゾラ・マグダラオスの頭上から飛び降り、後に調査団の青い星と呼ばれるようになる()()()()()()()()の合流を最後に新大陸調査団5期団総員の安否が確認される。

 

 

 前期団の助力。

 そして精鋭を集めた5期団の判断力と行動により、怪我人こそ出たものの今回の件で犠牲者は出なかった。

 

 

 

 これにて新大陸古龍調査団、第5期団総員が調査拠点アステラに到着する。

 

 

 

 古龍渡り。

 

 ゾラ・マグダラオス。

 

 新大陸の生態系の異常。

 

 5期団の到着。

 

 導きの青い星。

 

 古龍。

 

 

 

 新大陸に集まったそれらを中心に、その全てを巻き込む渦のように巡る物語が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章【二人の死神】
死神


 霞の中。

 

 

 一面の白。

 

 辛うじて見える影を頼りに、手探りで探す。

 

 

「師匠!!」

 男の声が霞の中で響いた。

 

 

「ロウ、君は生きなさい。この龍は───」

「どうして───」

 伸ばした手は霞を掴む。

 

 

 視界は鮮血に塗られた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 5期団の到着から数日。

 

 

 新大陸調査団はゾラ・マグダラオスの痕跡を追って、古代樹の森一帯の調査を進めていた。

 

 

「つまり!! この痕跡を辿れば、ゾラ・マグダラオスの現在地を特定!! もしくは補足できるという事なんだよ!!」

「そうか。で、俺に何の用だ。そしてあんたは誰だ」

「釣れないなロウ君!! 僕だよ、ポット・デノモーブ!!」

「ポッと出のモブ?」

「そう!! だけど何かイントネーションが違う気がする!!」

 調査拠点アステラ。

 5期団の到着から調査の続くアステラは、調査に出るハンターやそれを纏める編纂者が忙しなく動き回り活気を見せている。

 

 

「ゾラ・マグダラオスを追って、古龍渡りの謎を追う。それは我々5期団の出発以前からある任務じゃないか!」

「そんな事は分かってる。それで、俺に何の用だって聞いてるだろ」

 ロウはそう言って、顔の近いポットの頭を押し返した。

 

 ゾラ・マグダラオス。

 5期団の船が新大陸に到着する時、船を押し上げて海面から現れ───そのまま新大陸に上陸して行方をくらませた()の正体である。

 

 

 海から船を持ち上げたのは、山程の体格を持つ超巨大生物だった。

 

 その正体は古龍。

 熔山龍───ゾラ・マグダラオス。

 

 十年に一度の周期で訪れるようになった古龍渡り。

 その古龍渡りで新大陸に向かっている途中のゾラ・マグダラオスを発見したギルドは、かの龍を追いかけるように5期団を派遣する。

 

 そして不慮の事後で船を一隻失う事になったが、5期団員は全員無事に新大陸入りを果たし、調査は順調に進んでいた。

 

 

「何の用だって? 決まってるじゃないか。僕()もゾラ・マグダラオスの痕跡を調べに行こうというお誘いだよ!!」

 親指を立てて、異様に白い歯を光らせるポット。

 ロウは一度目を細めると、何かに気が付いたかのように目を見開いてから口角を吊り上げる。

 

「なるほど」

 言いながら、ポットに習うように親指を立てるロウ。

 そんな彼をみて目を輝かせるポットだが、ロウは目を細めてその指をそのまま真下に向けた。

 

 

「お断りだ。他を誘え」

「どうして!?」

「どうしてもクソもあるか。何度言わせれば分かるんだ。俺は誰とも組む気はないって言ってるだろ」

 5期団が新大陸に到着して数日。

 

 ポットは毎日のようにロウを探しては、一緒に調査をしようという話を持ちかけてくる。

 彼とは逆に、共にアンジャナフを罠に掛けたキリエラという少女は救助活動の時こそしつこい程に着いてきたが、今は見る影もなかった。

 

 ロウにとってはそっちの方が都合が良く、今はこのポットという男に対してのみ煩わしさを感じている。

 

 

「これは文字通りの巷の噂なんだけど」

 話を切って、この場を立ち去ろうとしたロウに向けてポットはそう口を開いた。

 少しだけ立ち止まったロウに、ポットはこう話を続ける。

 

 

「君は現大陸で()()と呼ばれていたそうじゃないか。……なんでも、護衛クエストで何度も護衛対象の命を守りきれなかった。死を運んでくる、護衛とは名ばかりの死神ハンターだってね」

「……っ」

 ポットの言葉にロウは表情を歪ませ、怒るでもなく瞳を瞑って固まってしまった。

 

「……そうだ」

 否定はしない。

 

 

「俺は現大陸で書士隊の護衛ハンターをやっていた。その中で何人もの仲間を見殺しにして、守れなくて、俺が殺したも同じだ! しまいには俺と一緒に古龍と戦った奴も沢山死んで、俺は生き残った! 死を運んでくる死神? そうだな、言われる通りだ」

 自虐的にそう言うと、ロウはゆっくりと歩いてポットの胸倉を掴む。

 

「そんな俺と組みたいだと? 死にたいなら一人で死んでくれ。俺の前で死なないでくれ……!」

「でも、君が殺したわけじゃない」

 ポットは静かにそう言うと、両手を上げて首を横に振った。

 

 それを見てロウはポットを突き放す。

 そろそろ周りの仲間に止められる頃合いだったが、ロウもそれを察知したのか一度深呼吸をした。

 

 

 別に暴力を振るおうとした訳ではないが、くだらない事で問題を起こしたくはない。

 

 

「……俺が殺したような物なんだよ。何も知らないなら、放っておいてくれ」

「5期団は選りすぐりのハンターが集まる場所だ。君の噂は確かにあるけど、誰も君の事を怖がったりはしない。なぜなら君も! その選りすぐりのハンターの一人なのだから。ギルドに期待され、新大陸に足を踏み入れた誇り高き5期団の一員だからだ! この場所なら、君も誰かが死ぬ事なんて恐れなくて良いんだよ!」

 ポットに背中を向けて、ロウは古代樹の森に向かっていく。

 

 彼は投げ掛けられる言葉をそっと胸の内にしまいながら「それでも俺は───」とその場を後にした。

 

 

 

「───それでも俺は、また誰かがこの手の中で死ぬのが怖いんだよ」

 古代樹の森。

 ロウは大自然が作り出した迷路を、地図を頼りに歩く。

 

 少し強く握られた紙の地図は皺だらけになっていた。

 

 

 そんな地図を一度しまうと、ロウは座り込んで水分補給をする。

 

「くそ……」

 嫌な事を思い出して手の震えが止まらない。

 

 

 彼は現大陸で死神と呼ばれていた。

 

 書士隊の護衛ハンター。

 それが、ロウという青年の過去である。

 

 

 5期団として新大陸に渡る事が許される程、彼は優秀だった。

 

 

 多数の大型モンスター討伐経験。

 

 そして二回の古龍撃退戦への参加。

 

 

 彼もポットの言う通り、選りすぐりのハンターである事は間違いない。

 

 しかし、彼が現大陸で死神と呼ばれていたのも確かである。

 

 

 五人。

 ロウが護衛を引き受けた書士隊の任務やクエストで犠牲になった人数だ。

 

 街では「護衛対象を守れなかった間抜け」「自分だけ生きて帰ってきて良い御身分だ」と心無い事を言われていたが、クエストを失敗したのは確かで言い返す事も出来ない。

 そんな声から逃げるようにロウは新大陸古龍調査団への入団を希望して、今ここにいる。

 

 

 それが、ロウというハンターが5期団として新大陸に渡った経緯だった。

 

 

 

「……いや。もう良いだろ。俺はもう、一人でやる。その為にここに来たんだ」

 落ち着いて、首を横に振ってから大きな溜息を吐く。

 

「今は任務に集中しろ……」

 そしてロウはそう言うと、再び地図を取り出して辺りの風景と照らし合わせた。

 

 

 ここ数日間の5期団の活躍により、古代樹の森の数カ所にベースキャンプを設立する事に成功している。

 ロウは今日、調査団のリーダーからそのベースキャンプ周辺の安全確保及び生態系の調査を任されていた。

 

 

 曰く「よう! ロウだったな。もし手が空いてるなら、このクエストを受けてくれないか? 5期団の仲間から、ロウは書士隊所属でモンスターの生態調査なんかも慣れてそうだって聞いてな!」との事。

 どうやら5期団の仲間はロウが何者なのか知っている者も多いらしい。

 

 死神。

 そんな言葉が頭に浮かんで、ロウは再び首を横に振る。

 

 

「さて、この辺りにベースキャンプが作られたって書いてあるが」

 気を取り直して地図と睨めっこするが、どうも目の前の光景と地図が一致しない。

 

 

「まさか……まさかな」

 冷や汗が土に落ちた。

 

 

「……また迷子か」

 ロウという青年には方向音痴の節があるらしい。

 

 思えば書士隊に所属していた頃も、良く一人で迷子になっては師匠や姉弟子に探して貰う日々を過ごしていたのである。

 ましてやここは未知で未開の地だ。

 

 

「……アステラは何処だ」

 悩めば悩む程自分が今何処にいるのか分からなくなる。現在地への自信がなくなると、地図の見方も覚束なくなるからだ。

 

 そもそも護衛任務は着いていくだけなので、この方向音痴が原因で護衛対象を守れなかった訳ではない。

 故に致命的に困った事は()()()()なかったのだが───

 

 

「不味いかもな」

 薄暗い森の中で、ロウは嫌な気配を感じる。

 

 

「───ジャグラスか」

 森を彷徨う青年一人。それを狙う狩人が集まって来ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

痕跡

 薄暗い森を、緑色の小さな灯りが灯した。

 

 

「───この痕跡は、ジャグラス達の親分か」

 森の中で、一人の少女が小さな灯りを頼りに目を細める。

 

 灯りの正体は何かに群がるようにして集まる蟲だった。

 蟲達は少女───キリエラが手を翳すと、バラバラになってまた別の場所に集まる。

 

 

 その蟲達が集まって出来た光は、何か大きな生き物の足跡のような形をしていた。

 

 

「導虫の反応が強くなって来てるな……。これ以上近付くと危なそうだけど───」

 導蟲。

 キリエラの眼前で集まるこの光る蟲達はそう呼ばれている。

 

 この導蟲はモンスターの痕跡等に反応して群がる性質を持つ蟲だ。

 調査団はこの導蟲を使役し、その性質を利用してフィールドの探索やモンスター追跡に活用している。

 

 

 文字通り、調査団を導く蟲だ。

 

 

 諸説あるが、導蟲がモンスターの痕跡に反応して集まり光を放つのは──仲間に危険を知らせる──為だとも言われている。

 逆に言えば導蟲が集まり光っている先には危険なモンスターが居るという事だ。

 

 また、匂いを覚えさせるとその匂いの元に向かう性質を持っているのも導蟲の特徴である。

 

 

「───さて、キミは誰の匂いに反応してるんだい?」

 そんな導蟲が一匹だけ、地面に落ちている()()に反応していた。

 

 モンスターの痕跡に集まる導蟲の傍でキリエラの視界にその()()は入っていたが、こうして導蟲が反応しなければ記憶の片隅に入れておくだけで気にする事はなかっただろう。

 その何かは普通落ちている物でもないが、キリエラにとって珍しいものでもない。

 

 

「地図か……。誰が落としていったんだろ」

 導蟲の止まった()()を持ち上げて、キリエラは目を細めた。

 

 綺麗に二つ折りにされた古代樹の地図。

 調査の進む古代樹の森なら、別に落ちていても珍しいものでは無い。落とし物である。

 

 

 しかし、導蟲が反応するモンスターの足跡(痕跡)と人の痕跡(落とし物)

 

 キリエラは唇を尖らせて「やれやれ」と溜め息を吐いた。

 

 

「何もなければヨシ。何かあれば調べて、対処して、報告するのが調査団!」

 合図をして導蟲を虫籠の中に集めると、キリエラは痕跡を辿って歩いていく。

 

 少し進むと、モンスター達の鳴き声が聞こえるのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 引き金を引く。

 

 

「何匹居るんだ……」

 放たれた弾丸は狙った位置に直撃し、一匹のモンスターの命を奪った。

 

 細長い胴体と尻尾、長い爪。

 全身を黄色と緑の鱗で覆った()()モンスターは、ロウよりも大きなその身体を持ち上げて口を大きく開く。

 

 その口の中に銃口を向けるロウ。

 躊躇いなく放たれた弾丸が、そのモンスターの頭部を吹き飛ばした。

 

 

「これだけジャグラスが居てボスが出てこないのは妙だが、今はコイツらだけでも厄介だな」

 ジャグラス。

 それが、今ロウの目の前にいるモンスターの名前である。

 

 小型といわれているが、その全長は人のそれよりも大きい。

 さらに厄介なのは、このモンスターが群れを作って行動するモンスターという事だ。

 

 

 今ロウの周りにはこのジャグラスの死体が三つ転がっているが、ロウを囲うジャグラスはその倍の数がいる。

 さらに愚痴を言っている間に一匹増え、合計七匹のジャグラスに囲まれてしまった。

 

 既に三匹の仲間を失ってジャグラス達も警戒しているが、一歩間違えれば一瞬で肉片になるのはロウである。

 

 

「さて、どうするか」

 しかし、彼はどこか冷静だった。

 

 

 この程度の苦難は何度も切り抜けてきている。

 伊達に死神と呼ばれるまで生き残っている訳ではないと、ロウは自嘲混じりの苦笑いを零した。

 

 

 

 先に動く。

 ロウは背後から忍び寄るジャグラスの脇を抜けるように、ヘビィボウガンを構えたまま地面を後ろに転がった。

 

 囲まれていたロウだが、これで七匹を正面に捉える。

 そしてボウガンに弾を込めると、彼は間髪入れずに引き金を引いた。

 

 発射された弾丸は空間を包み込むように放射状に散る。弾丸の小さな欠片が、辺りのジャグラスに襲い掛かった。

 

 

 散弾。

 文字通り発射後に砕け散り、小さな欠片を広範囲に放つ弾丸である。

 

 ボウガンはこのように通常の弾丸に加えて様々な種類の弾丸を状況により使い分ける武器だ。

 他にも着弾後爆発する徹甲榴弾、貫通力の高い貫通弾、毒を含む状態異常弾等々───様々な弾丸がある。

 

 

 散弾は威力が低い代わりに広範囲を攻撃出来る弾丸だ。

 

 今のロウのように小型モンスターに囲まれた状態でこそ真価を発揮する。

 

 

 

「……気が立ってるのか、引かない理由があるのか」

 威力が低いとはいうが人に向ければ一瞬で肉片に出来る程の威力を持つ弾丸だ。

 ジャグラス達もタダではすまない。一撃の弾丸で鱗は何枚も弾け飛び、眼球が潰されたジャグラスも居る。

 

 しかし、ジャグラス達は未だに威嚇をしながらロウにその鋭い眼光を見せていた。

 

 

 全く戦意の衰えないジャグラス達を見て、ロウは考えを巡らせる。

 このまま七匹共殺してしまうのは彼にとって簡単な事だった。しかし、ロウの───ハンターの仕事はモンスターを一匹残らず殲滅する事ではない。

 

 ハンターは人とモンスターが上手く付き合っていく為に存在している。

 こと新大陸の調査団ならば尚更だ。

 

 

 ロウの目的はキャンプ付近のモンスター達の生態調査である。討伐でもない。

 

 

「うまく避けろよ……」

 言いながら、ロウはヘビィボウガンに徹甲榴弾を装填した。

 

 これは先日アンジャナフを罠に嵌めるために木を吹き飛ばした──爆発する──弾丸である。

 

 

 それを、ジャグラス達の足元に放った。次いで爆発。

 

 地面を抉る程の爆発に驚いたのか、ジャグラス達は戦意を削がれてロウから逃げていく。

 

 

「ふぅ───」

 なんとかなったが───と、ヘビィボウガンを背負おうとした直後に背後から音が聞こえてロウは反射的に振り向きながら銃口を向けた。

 

 

「待った待った待った! 僕だよ! 仲間!」

「───お前か」

 振り向いた先。

 

 そこには、両手を挙げて降参のポーズを取る一人の少女の姿が見える。

 その両手の内、左手は棒が着いただけの義手になっていた。

 

 

 先日ロウと共にアンジャナフを罠に掛けた少女───キリエラである。

 

 

「見事な腕だったね! 流石5期団。一人でも上手くやってるみたいで少し安心したよ」

「元々一人でやるつもりだったからな。……お前はなんだ? 冷やかしか。俺を誘いに来たなら断───」

「いや、別にそうじゃない。ジャグラスの鳴き声がして気になったから覗いてみただけだよ」

 ポットにはあまりにも執拗にコンビの誘いをされたからか、どうやら早とちりをしてしまったようだ。

 

 ロウは「そ、そうか」と恥ずかしくて顔を晒す。

 

 

 別に誘って欲しかった訳じゃない、なんて小さな声を漏らしている事も自分で気が付かない程ロウは動揺していた。

 

 

 本当は彼は───

 

 

 

「ヨシ。問題なさそうだし、邪魔しちゃ悪いから僕はこれで! ジャグラスの事は僕よりキミが報告した方が良いだろうから、宜しくね!」

「お、おいちょっと待て!」

 その場を去ろうとしたキリエラを呼び止めるロウ。

 

 振り向いて「どうかした?」と首を傾けるキリエラに、ロウはボソボソと環境生物の鳴き声に掻き消される程の小さな声を漏らす。

 

 

「どうしたのさ」

「……て、くれ」

「ん?」

「……アステラまで案内してくれ」

 顔まで真っ赤にしてそう言うロウ。

 

 キリエラはそんな彼を見て、ロウがこれまでの人生で誰もしている所を見たことも無いような凄いニヤ付き顔をしていた。

 

 

「キミ、結構可愛い所あるね」

「うるさい……! 別に良い! 一人で帰れる。迷子になったからって死ぬ訳じゃない」

 確かにロウはこれまで何度も狩場で迷子になっている。

 狩場で彷徨う事は一流のハンターでも危険な事だ。それは、現大陸だろうが同じである。

 

 それでもロウはこうして生きているのだから、腕は確かだった。

 しかし、それとこれとは話が違う。

 

 

「リーダーからのクエスト、調査だったよね。早く帰って報告しなくて良いの?」

「……っ」

「リーダー、怒ると怖いよ」

「マジか」

「うん。特に仲間や自分の命を粗末にする人にはね」

 キリエラはそう言うと、ロウの元まで歩いてこう続けた。

 

「だから僕も、リーダーに怒られたくないし。心配しなくてもちゃんと案内するって。まったくもー、キミは中々可愛い後輩君だな!」

 満面の笑みの歳下に背中をバンバンと叩かれ、ロウは全身真っ赤にして湯気まで出しながら前を歩くキリエラに着いていく。

 

 

 絶対に何か仕返しをしてやると表情を歪ませるロウの背後で、一匹のジャグラスが森を歩く二人を覗き込んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地図

 昔の事を思い出す。

 

 

「また迷子になってしまっていたんですね、ロウ」

「し、師匠……」

 森の中。

 書士隊に所属していた頃、彼は度々チームとはぐれて迷子になっていた。

 

 その度に師に見付けてもらうのは「()()迷子になってしまっていた」という言葉から察せる通り、殆ど毎度の事である。

 

 

「ロウ、君は誰かと居なさい。人間出来ない事は沢山あるのですから。でもそれは……君に出来る事を、その誰かの力にも出来るという事なんですよ」

「俺は───」

 ───その事を、俺は忘れられない。けれど、怖いんだ。また、貴方のように失うのが。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アステラ。

 

 

「───なるほど、妙に引き退らないジャグラスか」

 ロウからの調査報告を聞いて、調査班リーダーは眉を顰める。

 

 アステラに帰還したロウは古代樹の森で遭遇したジャグラス達の事を報告していた。

 仲間が何匹か屠られ、散弾に怯んだ様子はあっても引く気が全く見られなかったジャグラス。徹甲榴弾の爆発でようやく撤退したが、ロウは何か妙な意地のような物を感じたのである。

 

 

「縄張りを守るのは、どんな生き物でも同じだ。俺達がこのアステラの安全を確保してるようにな。……ロウはどう思ったんだ?」

「確かに、生き物として当たり前の行動かもしれない。……けど同時に、生き残る事も生き物として当たり前の行動だ。それに───」

「それに?」

「───あの量のジャグラスが居たのに、ドスジャグラスが出てこなかった。大きな群れなら……なによりあそこまで縄張りを誇示するジャグラスの群れなら親玉が居ると思ったんだが、そこが引っ掛かる」

 ロウの言葉を聞いて、調査班リーダーは「ドスジャグラスが不在の群れ、か」と目を細めた。

 

 どうやらロウの見解通り、新大陸でも十を超える群れに親玉が居ないのは珍しいらしい。

 

 

「ドスジャグラスの生態がヒントになるかもね」

 ふと、脇で話を聞いていたキリエラがそんな言葉を漏らす。

 

 ドスジャグラス。

 ジャグラスというモンスターの群れを収めるボスであり、ジャグラスの数倍もの体躯を持つ大型モンスターだ。

 

「キリ、何か分かるのか?」

「憶測だけどね。ドスジャグラスは子分の為にアプトノスとかを()としてばら撒く生態があるでしょ? 彼が遭遇したジャグラス達の親玉はご飯を取りに行って不在だった、とか」

「だったらジャグラスが逃げないのもおかしいだろ。ボスがいないのに勝てない相手に挑むか? ボスを守るって理由もないなら尚更だ」

「ボス以外に守るものがあるとしたら?」

 キリエラの言葉にロウは目を丸くする。

 

 

 ボス以外に守るもの。そんなのは一つしかない。

 

 

「……繁殖中なのか」

「憶測、ね。キミが進もうとした先にジャグラス達の巣があったのかもしれない。卵……もしくは幼体か」

「そこまで分かれば話は早い。この件は俺からじいちゃんに話しておくから、今日はもう休んで良いぞ」

 じいちゃん───とは、調査班リーダーの祖父。この新大陸で、調査団の総司令を務める人物だ。

 

 

 調査団のリーダーとキリエラ曰く、件のドスジャグラスは直ぐに討伐クエストが張り出されるだろうとの事。

 ロウは「討伐するんですか?」と調査班リーダーに問い掛ける。

 

 新大陸の調査が目的なら討伐ではなく、観察を優先すると思ったからだ。

 

 

「新しいベースキャンプはこれからの調査をより安全にする為にどうしても必要だからな」

 5期団の到着で、調査団の新大陸調査はより加速していくだろう。そんな中で、ベースキャンプの確保は団員の安全の為にも不可欠だった。

 

「ところで、キリと組んだのか? コイツは悪ガキだが、頭の回る奴だ。上手く使ってやってくれ」

「いや、組んでない。俺は誰とも───そもそもこんな得体の知れない奴と誰が組むか……」

「なんて酷い言いようだ」

 ロウの言葉にキリエラは目を細める。

 

 しかし、彼の言う通りキリエラは別にロウと組んだ訳ではない。調査班リーダーの勘違いだ。

 

 

「でも、そうだね。組んだ訳じゃないよリーダー。僕はただ、森で迷子になって困ってる彼をここまで案内しただけ」

「なんだ、そうなのか」

「うん。森に地図が落ちてて、誰かモンスターに襲われてるのかなって思って探してみたら彼が居てね。手助けは要らなそうだったけど、道を覚えるのが苦手みたいでね。あ、そうだ! キミの地図。ほらコレ」

 そう言って、キリエラはポーチに入れて置いた地図をロウに手渡そうとする。

 

 綺麗に二つ折りにされた地図だ。

 

 

「は? それは俺の地図じゃない」

「え?」

 ロウは「何を言ってるんだお前は」とでも言いたげな表情で、自分のポーチに入れていた地図をキリエラに見せびらかす。

 少し皺の入った地図だ。キリエラが拾った地図と同じ物だが、こちらは扱いが悪い。

 

「地図を持ってても迷子になるのかキミは!?」

「今はそこじゃないだろ……」

 目を細めるロウ。

 

 キリエラが拾った地図がロウの物ではないとすると、他の誰かが古代樹の森で地図を落としていたという事になる。

 彼女が心配した──地図を落とした──人物はロウではなかったという事が問題だった。

 

 

「それじゃ、この地図は───」

「よう! あの時の5期団とキリじゃねーか。お前らあれから組んだのか?」

 ふと、ロウ達に手を挙げて一人の男が話し掛けてくる。

 それは救助活動中にアンジャナフに追われていた4期団の先輩だった。

 

「あの時は助かったぜ。お陰で助けた5期団も軽い怪我で済んだ! あーっと、そんな事を言いに来たんじゃなかった。あんたら、ポットって奴が何処にいるか知らないか? 編纂の仕事で話があるんだが」

「ポット……。誰だそれは」

 目を細めるロウ。頭の中にやけにテンションの高い男の顔が浮かぶ。

 

「ほら、二匹目のアンジャナフを連れて来ちゃったあの人だよ。なんで名前覚えてないの」

「あー、アレか。確か……ポッと出のモブ」

「そんな名前の奴が居るのか」

 驚く調査班リーダーの横で「そんなバカな」と目を細めるキリエラ。そんなバカな話はともかく、4期団の先輩は「そうそう、ソイツだよ。ソイツ───」と話を続けた。

 

「───ソイツ、確か……ロウ君をコッソリ付けてコッソリ相棒として編纂者の仕事をする……なんて事を言ってたらしいんだが一緒じゃないのか?」

 曰く。

 ポットの知り合いの5期団に聞いたところ、彼はそう言って古代樹の森に向かったらしい。

 

 4期団の先輩の言葉を聞いたロウとキリエラは、一枚の地図とお互いの顔を何度か見比べて表情を真っ青にした。

 

 

「「ソレだぁぁあああ!!」」

 重なる二人の声と持ち上げられる地図。

 

 何が何だか分からない4期団の先輩は「なんだ?」と首を傾げる。

 

 

「じいちゃんに相談してる場合じゃないな。よし、緊急クエストだ! ロウ、ドスジャグラスの討伐を頼めるか?」

 事態は一刻を争うかもしれない。

 

 三人の話を纏めるに、ポットが古代樹の森で何かに襲われて地図を落とした可能性が高かった。

 その何かとはドスジャグラスやジャグラス達の可能性が高いだろう。

 

 

「……分かりました」

 静かに頷いたロウは、自分のポーチに充分な弾薬がある事を確認して直ぐに調査班リーダーに背中を向けた。

 しかし、そんなロウの背中をキリエラの義手が引っ張る。

 

「なんだ?」

「一人で行けるの?」

「それは……」

 目を細めて言うキリエラの言葉に何も言い返せないロウ。

 気合を入れてクエストに臨むのは良いが、方向音痴が祟って()()()()()()()()では問題だ。それはロウも分かっている。

 

 

「ちょっとだけ待ってて! 料理長にお肉もらってくるから!」

「は? お肉?」

「その内にキミはアイテムポーチを万全にしておく事!」

 そう言ってから言葉通りに()()()()して戻ってきたキリエラと共に、ロウは古代樹の森に向かうのだった。

 

 

 

「キリが誰かと組んでるなんて、珍しいな。リーダー、アイツなんかあったのか?」

「どうだろうな。……ただ、キリにとって新しい風になってくれる奴が来たのかもしれない」

 そう言って、調査班リーダーは「さて、じいちゃんに報告だけしないとな」とアステラからでも見える古代樹に背中を向ける。

 

 生暖かい海風がアステラに停泊する船の帆を揺らしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

肉塊

 半日前。

 

 

 ロウに振られたポットは、仲間の5期団と共に食事の場で談笑をしていた。

 

「───と、結局振られてしまってね。僕の何が行けなかったんだろうか!」

「そりゃ死神ハンターなんて話を本人にしたら気を悪くするだろ」

「お前が悪いよポット」

 死神ハンター。

 護衛クエストで何人もの犠牲を出したロウは現大陸でそう呼ばれていて、その事を本人に話したというポットに5期団の仲間は口を揃える。

 

「むむむ、確かにあまり良い話題ではなかった!」

「大体死神ハンターなんて───」

「となれば! 僕のするべき事は一つだ! 君達ありがとう。僕はロウ君をコッソリ付けてコッソリ相棒として編纂者の仕事をするよ! そして時を見て謝ろう!」

 人の話も聞かずにスタスタと支度をしながらそう話すポット。

 仲間の5期団達は肩をすくめながらも、彼のこういう前向きな所は嫌いではないので勝手にやらせる事にしたのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 森を歩く。

 

 

 漂ってくる焼けた肉の匂いに、ロウは頭を抑えて溜め息を吐いた。

 

「どうしたんだキミ。顔色が悪いぞ」

 そんなロウの隣で()()()()()を頬張りながら口を開くキリエラ。

 彼女はロウを待たせて態々持ってきたこんがり肉を片手に、頬に肉片を着けながら「食べたいのか?」とこんがり肉を持ち上げる。

 

「食べる訳ないだろ。お前、こんな時になんで肉なんて食ってるんだ……」

「こんな時だからこそだよ。お腹が減ってはなんとやらって言葉もあるでしょ? ほら、キミもお食べ」

 そう言って食べ掛けのこんがり肉をロウの頬にぶつけるキリエラ。ロウは眉間に皺を寄せながら、キリエラからこんがり肉を奪うようにして齧り付いた。

 

 実際の所、探索から帰ってきて直ぐにまた古代樹の森に戻る事になったロウは空腹感を感じていたのである。

 しかし何やら見透かされているようで気分が悪い。

 

 

「さて、ここだよ。僕が地図を拾った場所は」

「俺がジャグラスと遭遇した場所だな」

「となると、ジャグラスと遭遇して戦いやすい場所まで逃げたキミを追おうとしたのかな?」

「そこで、ジャグラスか何かに襲われて」

「地図を落とした」

 同じ見解に辿り着いて、キリエラは満足気に持ち上げた地図を開いた。

 

 この付近はロウが見た通りジャグラス達の縄張りになっている。

 ポットが何者かに襲われたのなら、その相手はジャグラスの可能性が高い。

 

 

「とにかく、アイツを探さないと話にならない」

「……キミって人の名前を覚えないよね。そこまでして人と関わるのが嫌な訳?」

「……そういうお前こそ俺の名前を呼ばないだろ」

「僕は名乗ったけど、キミは名乗ってない。名乗ってないのに名前を呼べというのは失礼だよ」

 言われて、そういえばそうだと思い出した。ポットが名前を呼んだりしてキリエラはロウの名前を知っているが、ロウから名乗った覚えはない。

 

「……別に、呼ばなくて良い。お前のいう通り、俺は他人と関わりたくないんだ。……俺は、死神だからな」

「死神、ねぇ」

 目を細めて、キリエラはロウから視線を逸らす。

 

 

 一度しゃがんだ彼女は、導蟲の虫籠を開きながらこう口を開いた。

 

「どうせ、不慮の事故が重なってさ、それが原因で死神と呼ばれるようになったり。今度は護衛対象が勝手な行動をしたりとか、そんな所でしょ」

「それでも、俺は守れなかった」

 不慮の事故は確かにあったし、護衛対象が勝手な行動をした事は否定出来ない。けれど───

 

「───俺は一番大切な人を、目の前で死なせて、自分だけ生き残った……死神なんだ」

 ───自分が許せない。

 

 

「……だから、他人の事は助けたいけど関わりたくないと」

「何か文句があるのか?」

「いや、別に。でもさ、その生き方……辛くない?」

 ふと、導虫が飛んでいく姿を見送りながらキリエラはロウの顔を覗き込む。

 

 彼女の質問に答える事がロウには出来なかった。

 

 

「きっとキミが悪いなんて思ってる人は一部の人だけで、分かってくれる人は皆分かってくれてる。自分が許せない気持ちは分かるけどさ、困った時に誰かに頼らなかったら最終的にまた自分を恨むだけだよ」

 言いながら、キリエラは導蟲を追いかけて歩き出す。緑色の光は、まるで道を照らしてくれるように真っ直ぐに進んだ。

 

「導蟲にポット君の匂いを覚えさせたから、この子達が案内してくれるよ。ちょっとバカそうだったけどあの人も5期団の一員だからきっとどこかに隠れてる筈。早く迎えに行ってあげよう!」

 まるで見透かされているような言葉を静かに投げ続けた少女は、打って変わって年相応よりも高いテンションで導蟲を追い掛ける。

 ロウは「調子が狂うな」と頭を掻きながら彼女を追い掛けた。

 

 

 彼女のいう事はもっともである。

 

 死神。

 そう呼んでいたのは、一部の人達だけだ。

 

 危険な狩場での護衛任務は失敗率が低い訳ではない。むしろ一人で大型モンスターを討伐するよりもたちが悪いクエストだとも言われている。

 自分一人ならまだしも、素人を連れて守らなければならないのだ。その素人が勝手な行動を取れば守れる物も守れない。

 

 

 それでも、事実として彼は何人もの依頼者を見殺しにしてしまった。

 

 

 

「もう二度と、誰も死なせない」

 歩きながらキリエラがそんな言葉を漏らす。

 

「それで良いじゃないか。どうしたって、過去には戻れない。失った物は取り戻せない。……だったらさ、今頑張ろうよ」

 そう言って、キリエラは導蟲を追い掛けるのを辞めた。

 

 追い付いたともいうべきか。

 真っ直ぐに迷いなく進んでいた導蟲達が、まるで道に迷ったかのように揺れている。

 

 

 何故か。

 その答えは目の前にあった。

 

 

 

「なんだコレは……」

「アプトノスの死体だね。したいというか、肉塊? ドスジャグラスが吐き出した奴だ」

 腐った血と肉の匂い。

 

 羽虫が飛び交う眼前に、バラバラになった骨と肉の塊が転がっている。

 

 

「酷いな……」

「ここで導蟲が止まっちゃったという事は……」

「まさか───」

 最悪な結末が頭を過った。

 

 眼前の肉塊の中にポットが混じっていても、二人には分からないだろう。

 

 

 崩れ落ちるロウ。

 キリエラも、頭を抱えて溜め息を漏らした。

 

 しかしここは狩場である。既に腐肉になりかけているとはいえ、血と肉の匂いに釣られていつモンスターが来てもおかしくはない。

 ポットの事は一度拠点で報告をして───そう思って動こうとしたその時だった。

 

 

「その声は!! やはりロウ君だね!!」

「───うわぁぁぁああああ!!」

「───うわぁぁあああ!! 腐肉から死体が出て来たぁぁあああ!!」

 突然腐肉の中から血塗れの何かが立ち上がって声を上げる。

 

「って、うわ!! キミ、ポット君か!! なんて場所から出て来るんだよ!!」

「は? うわ本当だ。なんだお前。怖……。いやキモ……」

 しかしよく見ると、それは二人が探していたポット本人だった。

 どうやら彼は腐肉の中に隠れていたらしい。身体中血と腐った肉がこびり付いて、見た目は完全に腐った死体である。

 

 

「いや! 失礼! ジャグラスに追われてここに逃げ込んだのだけど、出て行くタイミングを見失ってしまってな!」

「驚かせるなよ!!」

「さ、流石5期団。僕はキミ達を甘く見ていたらしいね」

 頭を抱えるキリエラ。

 正直偉そうな事を言った挙句、間に合っていなかったとなればどうした物かと思ってしまったがそうならなくて何よりだった。

 ともあれ腐肉の中に隠れるなんて奇行は想像出来なかったので、やはり5期団は凄いなとキリエラは感心する。

 

「5期団全員コイツみたいな変態だと思われるのは癪だが?」

「あれ? もしかして僕は今凄くバカにされてないかい!?」

「お前はある意味凄いと褒めている」

「それは良かった! 所でロウ君!」

「なんだ。別にお前が俺を追い掛けてこうなった事に責任を感じてる訳じゃないからな。何度も言うが俺は誰とも組む気は───」

「いやそうじゃなくて後ろ」

「あ?」

 この展開、何処かで───そう思ってロウはポットの指差す方角に振り向いた。

 

 

 木々の木陰から顔を覗かせる何匹かのジャグラス。

 その背後から、地面を揺らしながら足音を立てて現れる大型モンスターが一匹。

 

 

「ドスジャグラス……」

 ドスジャグラス。

 牙竜種ジャグラスの群れを統べる大型モンスターである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狙撃竜弾

 ドスジャグラス。

 牙竜種に属するジャグラス達を統べる大型モンスターで、別名賊竜とも呼ばれている。

 

 ジャグラスと比べ二回り以上も大きな体躯と、背中を覆うように生えた鬣が他のジャグラスと比べると特徴的なモンスターだ。

 

 

 このドスジャグラスはアプトノス等の草食モンスターを仕留めると、なんとその死体を丸呑みにして運ぶという習性がある。

 そして丸呑みにした獲物を縄張りに持ち込むと、口から消化されてバラバラになった肉をばら撒いて群れの仲間に分け与えるのだ。

 

 ポットが隠れていた腐肉の塊こそ、そのドスジャグラスがばら撒いた獲物の死体である。

 

 

 つまりそこは、彼等の縄張りであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 一瞬だけ三人は固まってからお互いに視線を合わせる。

 

 

「どうしよう」

「逃げるか?」

「すまない。足を挫いてしまっていてね」

 ポットのそんな言葉にロウとキリエラは苦笑いを溢した。しかし、そうなると答えは単純である。

 

「よし、僕が囮になる。キミは彼を安全な所に!」

「は? お前、普通逆だろ……!」

「バカかキミは! 足挫いた男一人を僕にどうにか出来る訳ないだろ! それこそ他のモンスターが来たらおしまいだからね!」

 言いながら、キリエラはポーチから何故か生肉を取り出した。

 

「お前それは……いや、そうだが……」

 言い返せない。

 それに、言い争っている場合でもないだろう。モンスターは待ってくれない。目が合ったドスジャグラスが、真っ直ぐその巨大を向けて走ってくる。

 

 人よりも一回り大きなジャグラスよりも、さらに二回り以上大きなドスジャグラスを相手にすれば、踏まれただけでも人がその原型を留めていられるか分からない。

 そんな相手を前に言い争いをしている暇は無かった。

 

 

「くそ……! おい、行くぞ!」

 ロウはポットに肩を貸して、急いで樹木で出来た道を進む。

 

 低い所より高い所の方が、一旦安全な場所を探すなら都合が良い。

 背後ではキリエラが生肉を掲げながら走っていた。生肉に釣られているのか、ドスジャグラスもジャグラス達も彼女を追っていく。

 

 

「どうする気だい?」

「安全な場所まで登ってアイツを援護する」

「僕を安全な場所まで運んでくれるのは嬉しいけど、そこから戻ってる時間を彼女は稼げるのか?」

「戻る必要はない」

 ポットを引っ張るように歩きながら、ロウは目を細めてそう言った。

 

 振り返れば、遠目にキリエラがまだ見える。

 

 

「おいお前、この辺りで開けてて安全な場所は分かるか? そこまで案内しろ。そこからドスジャグラスを狙撃する」

「そこから? 狙撃? もしかして、この距離から攻撃するって事かい?」

「そう言ってるんだ。早く教えろ」

「え、えーと、少し待ってくれ!」

 ロウの提案に困惑するポット。それもその筈だ。

 

 今この場所ですらキリエラの姿はもう豆粒のようにも見える。いくら図体の大きなドスジャグラスだろうと、人の指程度の大きさにしか見えない。

 

 そんな距離から攻撃をすると言われても、ポットには理解出来なかった。

 

 

 しかし───

 

「ここだ。ここからなら彼女やドスジャグラスが見える。モンスターに気付かれていなければ、翼竜に乗ってアステラまで戻れるしね!」

 ───ポットは彼を信じて、言われた通りの場所へロウを案内する。

 

 編纂者の仕事は狩人のサポートだ。

 彼等にモンスターと戦う術はないし、戦術もない。

 

 

 モンスターと戦うのはハンターの仕事。

 

 

 その為の知恵と、勇気と、力が彼等にはある。

 

 

 それを信じるのが、編纂者の仕事だ。

 

 

 

「……助かった。お前は先に帰れ」

「え?」

「発砲音でモンスターが寄って来たらお前を守れない。早く行け」

「わ、分かったよ。……必ず彼女を連れて帰って来てくれ!」

 言いながらポットは翼竜を呼んで捕まり、空へと消える。

 

 ポットの安全を確認すると、ロウは背負っていたヘビィボウガンを樹木の床に置いてポーチから取り出した瓶を大筒に嵌め込んだ。

 

 

 そうして展開したヘビィボウガンを、彼は寝そべるようにして構える。

 

 古代樹。

 樹木の集まって出来たその自然の塔から下を見下ろすと、確かにキリエラとドスジャグラス達の姿が見えた。

 

 豆粒にしか見えないそれも、スコープを覗けばいくらかマシになる。しかし、それも気休め程度だ。

 

 

 

「これで時間を稼いで、アイツを助ける」

 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、彼は引き金に指を掛ける。

 

 身体は真っ直ぐに。呼吸は一定。レンズに映る()()だけを見据え───

 

 

「───当たれ」

 ───引き金を引いた。

 

 

 

 刹那。

 

 

 音が空気を切る。

 

 

 その音よりも早く、何かが空間を貫いた。

 

 

 

「お肉上げるから! ほら、お肉上げるから一旦落ち着こう! ねぇ、ほらとても美味しそ───ん? え?」

 悲鳴を上げながらドスジャグラス達から逃げていたキリエラは、一瞬の風切り音に目を丸くする。

 

 その音の後。

 自分を追っていた筈のドスジャグラス達の足音が突然ピタリと止まったからだ。

 

 何事だと、彼女が振り向いた刹那。

 

 

「───何?」

 一瞬の爆発音と同時にドスジャグラスは声にならない悲鳴を上げながら横倒しになる。

 

 その頭部は半分抉られていて、頭から背中に掛けて()()()に身体が焼け爛れていた。

 

 

「何が起きたの……? 爆発? 徹甲榴弾じゃない。もう戻ってこれた? 僕の知らないモンスターの攻撃? でも、何も見当たらないぞ」

 辺りを見渡しても、()()の原因は分からない。

 

 突然の風切り音。

 ドスジャグラスを一直線に貫いたような爆発。

 その爆発に巻き込まれて、ジャグラス達も吹き飛ばされている。

 

 

 何が起きたのか、全く分からなかった。

 

 

「……と、とりあえず今の内に逃げよう」

 考えても答えは出ない。それに今はこのチャンスを逃す理由はないだろう。彼女はドスジャグラスに背中を向ける。

 

 混乱するジャグラスの群れ達は彼女を追おうとはしなかったが、ドスジャグラスは起き上がりながら血走った片目で一点を睨んだ。

 

 

 自らの体を切り刻んだ一撃が放たれた、その一点を。

 

 

 

「無事か」

「さっきのはキミがやったの?」

「あぁ」

 キリエラと合流したロウは、彼女が走って来た道に視線を向ける。

 ドスジャグラス達が追って来ていない事を確認して、彼は「さっきの奴はアステラに戻した」と短く呟いた。

 

「彼を安全な場所に連れて行ってから僕を助けに戻って来てくれたのかと思うと、キミは凄く足が速いのかと思ったけど……合流までは結構掛かったよね。狙撃竜弾、だっけ?」

 狙撃竜弾。

 自然発火性の液体を高速で撃ち出す、ヘビィボウガンだけが使える弾丸の事である。

 

 弾丸とは言ってもその物自体は瓶に入った液体だ。

 常温で空気に触れると発火する液体を瓶ごと高速で叩き付け、弾け飛んだ瓶の欠片と液体が身体を貫き、後に液体が発火───爆発するという仕組みである。

 

 ヘビィボウガン本体への負担も大きく連続での使用は出来ないが、その分威力は絶大だ。

 現にドスジャグラスはキリエラの見た通り、直ぐには追ってこれない程のダメージを受けている。

 

 

「よく知ってるな」

「編纂者だから。ところで問題は、キミがどれだけ遠くからドスジャグラスを()()したかだけど。だって、僕は助けが来るのはまだまだ先だと思ってたしね」

「古代樹の上から撃った」

「上」

「上」

 上に指を向けてそう言うロウ。キリエラは絶句した。

 

 翼竜に連れて行ってもらってアステラに戻れる程に安全な場所まで古代樹の木を登って、その高度からドスジャグラスを狙撃したとすると、その距離は人が目で物を見れる殆どギリギリの距離だろう。

 

 

「……キミは、やっぱり優秀だね」

「これでも新大陸調査団を任されたハンターだからな。ところでお前、以前俺に言った言葉を覚えてるか?」

「はて、どれの事だか」

 視線を逸らして口笛を吹き出すキリエラ。どうやら分かっているらしい。

 

 

「自分一人が居なくなったせいで、その後何人が死ぬ事になるのか分かってるのか? お前は俺にそう言った」

「う……」

「勝手な行動をするな。人間は簡単に死ぬんだ。今回は偶々上手くいった、けれどそれは偶々で───」

「キミは、優しいな」

 自分に掴みかかってくるロウの目を真っ直ぐに見てそう言うキリエラ。ロウは何を言われたのか分からなくて、逆に冷静になってキリエラを離した。

 

 

「俺は……。違う、俺は死神なんだよ……この手から何人も命がこぼれ落ちて行った……。もう失いたくないと思っていても、皆死んでいく。俺は他人の事なんてどうでも良いんだ。だから守れない! 守れなかった!」

「他人をそんな風に怒れるのは、優しいからだよ。……キミは、死神なんかじゃない。他人の事なんてどうでも良いなんて、嘘だ」

 キリエラはそう言って、崩れ落ちたロウの頭を撫でる。

 

 

 死神。

 人を守れなかったのは事実だろうし、守れなかった人の遺族が彼を恨む気持ちが分からない訳じゃない。

 

 だけど、彼はきっと必死に守ろうとした筈だ。

 

 今こうしている彼を見れば、誰でも分かる。

 

 

「それでも俺は……」

「とにかく、キミは優秀だ。本当に凄いと思う。だからこのままドスジャグラスを討伐しちゃうのも出来ると思うんだけど、どうする?」

 そう言われて、ロウは元々の目的を思い出した。

 

 ポットの救助が終わった今、特に狩りの制約はない。

 そしてロウの実力ならドスジャグラスの討伐を一人でこなそうとしても苦労する事もないだろう。

 

 

「……そういえば、クエストはドスジャグラスの討伐だったな。勿論クエストは続行する」

「そうだ! 僕に良い作戦があるんだけど」

 そう言って、キリエラは満面の笑みを見せた。

 

「……嫌な予感しかしない」

 どう考えてもまともな提案を出そうとしている人間の顔ではないように見える。

 

 

 しかし、その後ロウはキリエラの提案を断る事が出来なかったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賊竜

 走る。

 

 

 肉を掲げ悲鳴を上げながら、キリエラは全力で走っていた。

 

 

「いや、本当にこうなるとは! いや、本当に頑固だな! いや、本当に! 本当に僕は人の事を言えない!」

 背後から迫ってくるのはジャグラスだけではない。

 

 ドスジャグラス。

 狙撃榴弾で頭の半分が吹き飛んでいようが、その眼光を光らせて血走った瞳を真っ直ぐにキリエラに向けている。

 

「怖過ぎる!!」

 キリエラは怖過ぎて泣きながら命乞いをするのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 時は数刻前に遡る。

 

 

「僕に良い作戦があるんだけど」

 満面の笑みでそう口にするキリエラ。

 

 ロウは「……嫌な予感しかしない」と目を細めた。彼の人生で()()()()だと前置きをされた作戦が()()()()だった試しがない。

 

 

「もう一度、僕が囮になってドスジャグラスを引き付ける。そうしたらキミは狙撃榴弾をもう一度ドスジャグラスに叩き付けられる筈だ」

「はぁ?」

「キミが他人の事なんてどうでも良いのだというなら、こんな作戦でも問題ない筈だけど」

 死神。

 そう言われて、そう自称して、誰にも関わりたくない、他人の事なんてどうでも良い。

 

 そんな事を言うロウが、本当は優しい人間だという事は彼を見ていれば分かる。

 

 

 きっと彼はそんな作戦は受け入れない筈だ。

 

 

「───どう?」

「……分かった。それで行こう」

「ぇ」

 しかし、ロウの返事にキリエラは目を丸くする。

 

「今なんて?」

「だから、それで行こうって言っただろ」

「ヮォ」

 キリエラは泣いた。

 

 

「お前が立てた作戦だろ……」

「いや、でもね? え? 本当にやるの? 僕死なない?」

 震えながらそう口にするキリエラ。そんな彼女を見て、ロウは溜め息を吐く。

 

「死なない。……死なせない」

 そう言って、ロウはキリエラの肩を叩いた。彼の優しい表情を見て、キリエラは「やっぱり優しいじゃないか」と言葉を漏らす。

 

「よし。行け」

「やっぱり優しくないかもしれない」

 満面の笑みでキリエラをドスジャグラス達の元に向かわせるロウ。そうしてキリエラは、ドスジャグラスの気を引いて走り出した。

 

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」

 振り向かなくてもドスジャグラスが真後ろに居る事が分かる。

 

 キリエラは小さな斜面になっている道を登ろうとしていた。その先に、ヘビィボウガンを構えたロウが居る。

 

 

「ギリギリまで引き付ける。大丈夫だ。死なせない。俺はもう……誰も───ここだ!!」

 スコープに映るドスジャグラスの巨体。

 

 空気の流れ、気温、湿度、自らの呼吸。まるで一本の筋が通るように、頭の中で弾丸の軌道が描かれた。

 

 

 引き金を引く。

 

 空間を貫いて、その弾丸は音よりも早くドスジャグラスの左半身を抉った。

 

 続いて風切り音。同時に、ドスジャグラスの身体を切り裂いた液体が空気に触れて炎上する。

 

 

 狙撃竜弾。

 竜を穿つ弾丸だ。

 

 

 

「うぉぉおおお!?」

 爆風で身体が浮いて悲鳴を上げるキリエラ。その正面から、ヘビィボウガンを抱えたまま坂道を滑りながらロウがキリエラと入れ替わる。

 

 二人の眼前で、狙撃竜弾の衝撃により左前脚を吹き飛ばされたドスジャグラスが血走った瞳をロウに向けた。

 

 

 お前か、と。

 そう言っているかのように、失った左前脚を庇う素振りも見せずに身体を持ち上げ鋭い牙の並ぶ大顎を開くドスジャグラス。

 

 間髪入れずその大顎で眼前の小さな獣を噛み砕こうとするが、突然頭蓋に響く衝撃がドスジャグラスを襲う。

 

 

 砕ける牙。噴き出る鮮血。

 

 ヘビィボウガンから放たれた通常弾がドスジャグラスの顎を吹き飛ばした。

 

 

「ヮォ」

「下がってろ。……後は俺がやる」

 キリエラを下がらせて、ロウは怯んだドスジャグラスに更に通常弾を叩き込む。

 

 右腕、腹部、頭蓋、叩き付けられた弾丸はドスジャグラスの身体を抉り、命を削った。

 

 

 反撃しようとしても、身体が言う事を聞かない。

 

 動かそうとした部位が次々に削り取られていく。

 

 左脚を踏み出そうとすれば左足が、右腕で踏み潰そうとすれば右腕が、噛みつこうとすれば顎と牙が。

 普段から食料として襲っているアプトノスよりも遥かに小さい筈の獣の攻撃で、自らの命が削り取られていた。

 

 

 ありえない。

 

 

 こんな小さな生き物に、群れを統べる()である自らが負ける事など。

 

 

 ありえない。

 

 

「……ジャグラス」

 ロウを囲うようにしてジャグラス達が前に出る。しかし、そのジャグラス達をロウは一匹ずつ確実に仕留めていった。

 

 ヘビィボウガンは持ち歩ける大砲と呼ばれている。

 竜の甲殻すら抉る砲撃に対して小型モンスターの命はあまりにも容易かった。

 

 

「群れの長を守るか。良い連携だ。心地良い関係の群れなんだろうな。……だから、縄張りを保てたんだろう」

「キミ!」

「分かってる」

 このドスジャグラスは群れをずっと守ってきていて、群れの仲間に慕われているのは見ていれば分かる。

 それでも、彼は狩人だ。

 

 

「悪いな。俺達も引けないんだ───」

 ドスジャグラスの咆哮が森に響く。

 

 ジャグラス達の捨て身の特攻で、ドスジャグラスが体勢を立て直す時間を稼がれていた。

 かの竜は血みどろの身体を持ち上げると、赤く染まる視界に映った仲間の亡骸に目を細める。

 

 

 

 繁殖期だった。

 

 群れを大きくする為、沢山の卵を守る事になる。

 糧も沢山集めなければならない。その為の力を付けた。縄張りを守る為に巨大な獣とも戦った。

 

 あと少しで卵が孵る。

 

 

 負ける訳にはいかない───

 

 

 

「───お前を狩る」

 こんな小さな獣に全てを奪われてたまるか、と。

 

 竜は咆哮をあげ、失った左前脚以外の全身を使いロウに向けてその巨体をぶつけようと走った。

 

 

 血走った眼光と目が合う。

 

 

 怖くはない。

 

 

 

「もう少し下がれ!」

「あ、うん!」

 キリエラに向けて声を上げると、ロウはヘビィボウガンを構えたまま地面を転がってドスジャグラスの突進を避けた。

 すれ違いざまにドスジャグラスの鱗が頬を掠める。

 

 もし一瞬でも判断が遅れていれば、彼の体はバラバラになっていた。

 

 

 竜と人にはそれほどまでの差がある。

 

 

「こっちだ」

 自らを通り過ぎたドスジャグラスの背中に通常弾を叩き込むロウ。ドスジャグラスは逃げていくキリエラには目もくらず、振り向いてロウに牙を向けた。

 

 

「こい……!」

 更に弾丸を放つ。

 

 今度はドスジャグラスの頭部に突き刺さった弾丸が爆発し、その頭蓋を抉った。

 血みどろの頭をロウに向け、全身から血を噴き出しながらもドスジャグラスはその瞳を真っ直ぐ一直線に向ける。

 

 

 数発。

 全身に突き刺さり爆発する徹甲榴弾を物ともせず、ドスジャグラスはその巨体を怒りの矛先へと突き進めた。

 

 

 

 お前だけは絶対に殺してやる。

 

 

 

 そんな怒りが、誇りが、命の灯火が見えた気がした。

 

 

 

「それでも俺は───」

「キミ!!」

 ドスジャグラスがロウの眼前に迫る。

 

 その牙が小さな獣の頭部を捉えようとしたその瞬間。

 

 

「───負けない。二度と、負けられない」

 ロウの足元で、ドスジャグラスの頭部の真下から爆炎が広がった。

 

 地面に突き刺さしておいた徹甲榴弾が爆発したのである。

 

 身体を大きく仰け反らせるドスジャグラス。

 血走った瞳はそれでも、ロウを強く睨んでいた。

 

 

 その視線の先で。

 

 

「俺の勝ちだ」

 ヘビィボウガンの銃口を、ドスジャグラスの顎に向けるロウ。

 

 至近距離。

 銃弾の威力は距離が離れれば離れる程落ちる。勿論、逆はまた然り。

 

 

 引き金を引いて、放たれた弾丸はドスジャグラスの顎を貫通して頭蓋を吹き飛ばした。

 

 

 

 何が起きたか分からない。

 

 頭が上手く回らない。

 

 

 まだ戦える。戦える筈だ。

 

 

 こんなのは痛くない。群れを守って、それから───

 

 

「悪いな」

 ───それから。

 

 

 視界が反転する。

 

 

 衝撃のまま、仰向けにひっくり返るように倒れたドスジャグラスは絶叫を上げた。何かを訴えかけるような、悲痛な叫びを。

 

 痙攣して動かなくなるドスジャグラスに、ロウはヘビィボウガンを向ける。

 キリエラはそんな彼の前に立って、片手で彼を制した。

 

 

「もう死んでるよ」

「……分かってる」

 そう返して、ロウはドスジャグラスの瞳に手を掛ける。

 

 死んだ生き物は二度と動くことはない。土に還るか、何かの糧になるだけだ。

 

 

 ハンターは倒したモンスターの素材を剥ぎ取って、生きる糧にする。ロウもまた、いつものようにドスジャグラスの身体にハンターナイフを突き立てた。

 

 

「クエストクリアだな」

 ドスジャグラスの素材を手に取りながら、ロウは短い溜息を吐く。

 

 いつのまにか日は傾き、木々の隙間から漏れる茜色の光がたおれたドスジャグラスを照らしていた。




最近真面目にお絵描きの練習をしております。ロウとキリエラも描く機会があったので一応あp

【挿絵表示】


もう少し練習して挿絵や表紙を綺麗に描けるようになりたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵略者

 森に音が響いた。

 

 

 ドスジャグラスの断末魔の叫び。

 周りにいたジャグラス達は、数瞬瞬きをしてお互いの顔を見合わせる。

 

 ボスが死んだ。

 理解して、ドスジャグラスの叫び声を思い出す。

 

 

 一匹が狩人に背中を向けた。

 同時に仲間達も一目散に掛けていく。

 

 群れのボスが敗れた。

 この縄張りは奪われる。

 

 

 竜達はどうしたら良いか考えた。

 巣に帰り、群れのボスが───ドスジャグラスが守ろうとした物を見詰める。

 

 

 いくつかは捨て置かなければならない。

 

 

 それでも───

 

 

 一匹のジャグラスが声を上げた。

 

 

 ───それでも、生きていかなければならない。

 

 

 

 竜達は駆ける。

 ドスジャグラスの最期の声を思い出しながら。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 卵があった。

 

 

「もうジャグラス達は見当たらないな」

「ボスが死んで、縄張りを放棄したんだね。んー、コレはそろそろ生まれる頃合いか」

 放棄されたジャグラス達の縄張り。

 

 ドスジャグラスを討伐したロウ達は、近くにあったジャグラス達の巣を見つける。

 そこにはもう少しで孵化する時期だと思われる卵がいくつか放置されていた。

 

 

「繁殖期だったジャグラス達が縄張りにしてたんだね」

「ハンターをやってると、どうしてもこういう事はあるが……まるで侵略者だな俺達は」

 キリエラに習って卵を指で突きながら、ロウはそんな言葉を漏らす。

 

 

 安全の為、今を生きる糧とする為、研究し未来に役立てる為、ハンターはモンスターを狩るのが仕事だ。

 

 しかし、それが良い事なのか悪い事なのか、ロウは偶に分からなくなる。

 少なくともあまり良い気分ではなかった。

 

 

「キミはそう思うんだね」

「お前はそう思わないのか」

 聞かれて、キリエラは「んー」と顎に指を当てる。少し考えてから、彼女はこう返事をした。

 

「思う。僕達は侵略者だよ、彼らにとって」

「思うんじゃないか」

「でも、少し考え方は違うかな。例えばだけど、あのドスジャグラスを殺したのがキミじゃなくてアンジャナフだったら? キミはどう思う」

「……縄張り争いでドスジャグラスが負けた」

「つまりそう言う事」

 少し考えてから返事をしたロウに、キリエラは指を一本立てて得意げに話す。

 

 そう言う事と言われても、ロウはまだ理解できない。

 

 

「これは僕達人間という生き物と、ジャグラスという生き物との縄張り争いなんだよ。僕達人間はアステラという縄張りを広げて、勢力を拡大しようとしている。そこに、ドスジャグラスとアンジャナフの縄張り争いとの違いはあまりないと思うな。……勿論、アンジャナフも僕達もジャグラス達からすれば侵略者だってのはやっぱり間違いじゃないけどね」

 言いながら、キリエラはジャグラスの卵を一つ持ち上げて巣の奥に転がした。

 

 何をしているのかとロウが問い掛ける前に、彼女はこう話を続ける。

 

 

「僕は八歳で新大陸に来て、それから十年経った。人生の半分以上はここに居る。僕だけじゃなくて、1期団や2期団の人達なんかは半生以上を新大陸で過ごしてる人も多い。リーダーなんかは、新大陸で生まれて新大陸で育った。……僕達は新大陸で、自分達をこの自然の中の一つだと思ってるんだ。だからね、僕達は自分達がこの世界で生きるために戦ってる。他の生き物と何も変わらない。僕は、そう思ってる」

「自然の中の一つ、か。姉弟子もそんな事を言っていた気がするな」

 古い記憶を思い出した。

 

 自らに狩人としてのあり方を教えてくれた師。

 師にはロウ以外にも弟子が居て、彼女に言われた同じような言葉が頭を過ぎる。

 

 

「だから、僕は侵略を悪い事だとは思わない。僕達は縄張り争いに勝った。……ただ、それだけだよ」

「それでも、人間は必要以上に生き物を殺す事がある。ギルドが密猟なんかを罰するのはそういう事をするからだろ?」

「そうだね。でも、きっとそういう事をし続けて僕達人間が自然を逸脱してしまったなら……きっと自然は僕達を切り離すよ。人間がどうこう考えたりしなくても、この世界はこの世界を自らで浄化する力がある。僕はそう思ってる」

 そう言って、キリエラは二つ目の卵をさらに転がした。

 

 彼女が何をしているのか、ロウは分からない。

 

 

「そんでもって、コレこそが人間のエゴ」

「卵を隠してるのか?」

「うん。でも、こんな事しても多分意味はないけどね。この子たちはきっと産まれる事が出来ても生きていけない。……何かの糧になった方が、自然としては正しいと思う」

 言いながら、また一個。

 

 巣の端に隠れるように。見付からないように。

 

 

 そんな事をしても意味はない。

 

 

 分かっていても、彼女は続ける。

 

 

 

「きっと、その時が来たら自然は僕達を新大陸から───この世界から消し去ると思う。でも、僕達はそういう事を考える事が出来るし戦う事も出来る。この大自然に向き合うって事は、そういう事だと僕は思ってるよ」

「戦う、か」

 人の営みは必ずしも安定した物ではない。

 

 

 現大陸では一匹の龍が国を滅ぼした、なんて話が与太話で語り継がれていた。

 

 新大陸。

 アステラ程小さな場所なら、龍の一匹でも滅ぼすのは容易い。

 

 

 人がこの大陸を侵し、過ちを繰り返したのなら、龍の逆鱗に触れる事があれば、新大陸はこの地から人々を消し去るだろう。

 

 

 

 この世界にはそういう力があると、キリエラはそう言った。

 

 

 

「……その時は、俺も戦う」

 言いながら、ロウはキリエラを真似てジャグラスの卵を転がす。

 

「頼もしいね」

「ハンターだからな」

 そう言って、二人はジャグラス達の巣だった場所を後にした。

 

 一匹の竜が彼等の背中を覗き込みながら、卵を隠した場所に身体を向ける。

 そんな竜を尻目に、キリエラは小さく「ごめんね」と呟いた。

 

 卵が割れる後が、森の中で小さく木霊する。

 

 

 二人は聞こえないふりをして、アステラへと真っ直ぐ歩いた。

 

 

 

 アステラに辿り着いた二人は、調査班リーダーにドスジャグラスの討伐を報告する。

 

 彼等が繁殖期だった事等も含め、調査班リーダーは総司令への報告を済ませる為にその場を後にした。

 

 

 長い一日だったと溜息を吐いて、ロウは辺りを見渡す。

 無事に帰還していれば、姿が見える筈だが───

 

 

「ロウ君! 彼女も無事だったんだね」

 ───姿が見えて、ロウはゲンナリした。先に帰還していたポットが手を振って歩いてくる。

 

 無事なのは良い。

 だが、ロウは正直彼が苦手だった。

 

 

「……足は」

「この通り! しばらくはちゃんと歩けないよ!」

 言葉と話のテンションが真逆な彼は、片足を引き摺りながらクルクルとその場で回ってみせる。

 確かに怪我の具合は悪そうだがテンション通り大した事はなさそうだ。安心して良いらしい。

 

 

「ふむふむ。大丈夫そうでなによりだね。でも、しばらくは安静にしないとダメだよ?」

「無事だったならそれで良い。怪我が悪くならないようにとっとと帰って寝ろ」

「そんな事言わずに! 助けて貰ったんだ。晩飯くらい奢らせてくれ! ほら!」

 ポットは二人の忠告を無視してそう言い、半ば強引に食事場に連れて行って座らせる。

 

 この男のこういう所がロウは苦手なのだ。

 

 

 

「改めて二人共、今日はありがとう。二人のお陰でなんとか命拾いをした! ふふ、悔しいけど二人は最高の相棒(バディ)だよ。素晴らしい連携だった!」

 流れで三人は注文を済ませ、飲み物が到着するとポットがそう切り出す。

 

 彼は達人ビールを飲み干し、酒を飲んでも飲まなくても変わらないテンションでこう話を続けた。

 

 

「本当は僕がロウ君の相棒になるつもりだったが仕方ない! ロウ君の事は君に譲る事にしよう! いや! しょうがない! 僕は大人しく身を引くよ!」

「おいちょっと待て。俺は誰とも組む気はないし、コイツも別に俺と組む気は───」

「そんな僕に遠慮しないでくれたまえ! 分かっている。彼女と組むから、僕の誘いを断っていたんだろう? 分かっている! 分かっているんだよロウ君!」

「なんでお前はこうも人の話を聞かないんだ!?」

 あまりにも会話が成立しないで苦笑いを通り越して声を上げるロウ。

 

 彼はキリエラに「お前からもなんか言ってくれ」と頭を抱える。

 彼女は既に誰かと組んでいるか、そもそも自分と同じで別に誰かと組む気はない───ロウはそう思っていたからだ。

 

 

「んー、そうだね。今日から僕達相棒(バディ)だ。よろしく」

「なんでそうなった?」

 頼みの綱が切れ、ロウは唖然とする。

 

 

「これで二人は最高の相棒だ! 祝福するよ! 今日は僕の奢りだからね、存分に楽しんでくれたまえ!」

 ポットの言葉に反発する元気もロウには残っていなかった。

 

 

 とりあえず勝手に言わせて、タダ飯と酒だけは貰って。

 後の話は流せば良い。

 

 ロウはそう割り切って、溜息を酒で飲み込む事にする。

 

 

「そんじゃ、これからよろしくね。相棒」

「んぁ? あ……あぁ? あぁ……」

 誰とも組む気はない。

 

 だから、コレは建前だ。

 

 

 そうして傾けられた樽ジョッキをぶつける。

 

 食事場を照らす火が、ボヤけた視界でユラユラと揺れていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

孤独

 鳥の鳴き声で目が覚めた。

 

 

 暖かい。

 揺れる視界に目を擦りながら、ロウは身体を持ち上げる。

 

 今朝は良く眠れたらしい。

 登り切った太陽から日差しが入り込む窓を見て、ロウはふとこんな事を思った。

 

 

「───ここは何処だ」

 見覚えがない。

 

 暖かい布団に、陽の光が差す窓。

 

 

 実の所、5期団の到着でアステラは居住スペースが足りないという問題を抱えている。

 よってロウ達5期団は小屋で雑魚寝をしたり食事場の机に突っ伏して寝るという日々を繰り返していた。

 

 居住スペースは日々整えられて来ているが、ロウはまだ自分の部屋を手に入れてはいない。

 申し訳程度に敷かれた藁の上で、むさ苦しい男達のいびきを聞いて起きるのがロウの習慣である。

 

 ならば、この暖かい布団の敷かれた場所は何処だ。

 

 

「……っ、ん、ぅう」

「は?」

 ふと、背後から聞こえて来たむさ苦しい男達のいびき声とは明らかに違う()()()()()()()にロウは振り向いて目を丸くする。

 

 

 華奢な身体。

 青い髪。インナーだけの無防備な姿。握ったら折れてしまいそうな手足が見えて、その内左腕は肩から先が少しだけ残っているだけでその先が見当たらない。

 

 

「おま───キリエ……ラ? は? なんで!?」

 昨日の事を少しだけ思い出した。

 

 ポットを助け、ドスジャグラスを討伐して帰還した後。

 助けてくれたお礼だとポットの奢りで酒を飲んで───それからが思い出せない。

 

 

 ロウは酔っ払うと記憶を失うタイプの人間だったのである。

 

 

 つまり、自分が何をしたのか───何をしてしまったのか分からない。

 

 

 

「ちょっと待ってちょっと待て本当に待ってくれ。俺は!? え!? もしかしてもしかしなくても!? 待て待て待て待て!! まだそうと決まった訳じゃない。いや、なんで何も覚えてないんだ……!!」

「───あ、おはよう」

「すまなかった!! 許してくれ……!!」

 ロウは土下座した。

 

 頼むから勘違いであって欲しい。

 しかし、もし勘違いでなければロウには謝る事しか出来ないのである。

 

 

 そして、キリエラは両手を伸ばして欠伸をしてから目を擦り───こう口を開いた。

 

「昨日は、凄かったね」

「本当にごめんなさい」

 頭を床に叩き付ける。

 

 そんな彼を見て、キリエラは口角を吊り上げながら笑うのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 本が沢山置いてある。

 窓から差し込む光は程良く暖かい。整えられた机の上にはいくつか資料が並べてあった。

 

 

「───つまり、ここは僕の部屋。そして今日からはキミの部屋でもあるって事だね」

「何がつまりなのかもう一度説明してくれ」

 上着だけ羽織った姿のキリエラは、ベッドに座りながら頭を抱えるロウを見て「本当に何も覚えてないんだね」と目を細める。

 

 酒を飲んで記憶が飛んで、気が付いたら十八の少女と同じベッドの上で寝ていた。

 これがロウの状況である。

 

 

「昨日バディを組んだでしょ。ポット君の奢りで飲みながら」

「酒を飲んだ事は覚えてる。それ以降は何も覚えてないんだ……」

「……あー、キミ、本当に昨日は凄かったもんね」

「……そんな憐れむような顔で見ないでくれ。いや見ないで下さい。俺は一体何をしたんだ」

 自分が酒に弱い事は知っていた。

 

 しかし、新大陸に来る前はいつも姉弟子や書士隊の仲間としか飲まなかったので自分が記憶を失う程酔っ払っても問題を起こした事はなかったのである。

 

 

 故にロウはそもそも自分が酔っ払うと何をするか分からないという事を失念していたのだ。

 

 

「ま、でもとりあえずそういうことで。僕とキミは今日から相棒。オッケー?」

「良くない。俺は誰とも組む気なんて───」

「……へぇ、ここまできてそんな事言えるんだ」

 目を細めてそう言うキリエラ。

 

 ロウはゾッとして表情を歪ませる。

 

 

「……あそこまでしておいて、僕を捨てるんだね」

「……待って。俺は……何をしたんだ?」

「ふーん、そっかぁ。へぇ……。キミって責任も取れないのにあんな事出来ちゃうんだ」

「待ってくれ!! 本当に!! 本当に待ってくれ!!」

 目を細めるキリエラに頭を下げるロウ。

 

 記憶がないので本当にどうしようもない。ここで彼女が嘘で何が起きたのかを言ってもロウには否定材料すらないのだから。

 

 

「……責任、取ってくれるよね?」

 右手で自分の身体を抱きながらロウから目を逸らすキリエラ。最早ロウに断るという選択肢はなかった。

 

 

「……はい」

「ま、何もなかったけど」

「おい!!」

「え? 本当に何もなかったって思うの?」

「待って!!」

 青ざめるロウを見てケラケラと笑うキリエラは、ひとしきりロウを揶揄った後椅子に座る。

 そうして机に向かって紙にペンを走らせると、封をしてソレをロウの前に突き出した。

 

 

「これは?」

「リーダーと総司令に、僕とキミが組んだって事を伝えておこうと思って。僕は今日の調査の予定を組むから、キミはこの書類をリーダー達に渡して来てほしい。初めての共同作業だね!」

「最悪だな」

 断ろうとしたが、断ったら何を言われるか分からない。

 

 彼女の言葉一つで、明日からロウの渾名は死神から変態に早変わりである。

 現大陸で死神と指を刺される事は耐えられたが、この新大陸で変態と罵られるのだけはどう考えても耐えられなかった。

 

 

「それじゃ、ちゃんとお昼前には戻って来てね。僕も着替えて仕事をしたら準備を済ませるから! あ、迷子になったらちゃんと人に道を聞くんだよ!」

「母ちゃんかお前は」

 頭を抱えながらキリエラの部屋を出る。

 

 彼女の部屋は居住区でも比較的新しい綺麗な住居が並ぶ地区にあり、小屋で雑魚寝していたロウにとっては未開の地だ。

 少し歩くとここが何処だか分からなくなり、帰りは誰かに聞かないとキリエラの部屋に辿り着けそうにない。

 

 それでまた頭を抱えるロウは「どうしてこうなったんだ」と自分の行いを呪いながら歩く。

 

 

 

 大切な人が居た。

 

 

 自らをハンターとしても、人としても導いてくれた大切な人。

 

 小さな頃。

 彼には特に夢も何も無く、ただ漠然とハンターになれば生活には困らないだろうと思って進んだ道である。

 

 

 当たり前だがそんな簡単な物でもない。

 他人より多少力が強かった、足が早かった、頭も良かった。

 

 しかしモンスターはもっと力が強い、足も速い、空まで飛ぶ、狡猾さもある。

 簡単な仕事じゃない。

 

 

 少なくない者がそうであるように、ロウはその圧倒的な力の差に挫折仕掛けていた。

 

 

 

 そんな時、彼に手を差し伸べたのが彼の師である。

 

 

 人は一人では前に進めない時がどうしてもあって、彼の師匠はそんな状態のロウを引っ張ってくれた人物だった。

 

 元々片手剣使いだったロウに、自分の力以上の力を出せるヘビィボウガンという武器を教えたのも。

 考えるのが少し得意だったロウに書士隊での仕事を与えてくれたのも。

 

 

 彼を一人前のハンターにした大切な人。

 

 

 

 そんな師匠をロウは失っている。

 

 

 

 もう誰も失いたくない。

 

 

「誰とも組まずに、一人で朽ち果てたかっただけなんだがな……」

 キリエラの事は嫌いじゃなかった。

 

 若干苦手な部分もあるが、状況判断能力も高く正しい事を冷静に行える聡明な部分は師匠の事を思い出す。

 

 年相応ではあるかもしれないが、子供っぽい反応をしながらも頭が良いせいでこちらが揶揄われるのは普通に不快だが。

 それでも別に、彼女の事は嫌いではない。

 

 

 ポットの事もそうだ。

 別にロウは独りで孤独になりたい訳ではないのである。

 

 

 孤独になるのが、怖いのだ。

 

 

 

 ──君は誰かと居なさい──

 

 そんな師匠の言葉を思い出す。

 

 

「俺はまた、守れないかもしれない。それでも、誰かと居ろって言うんですか? 先生……」

 調査班リーダーを見付けて、キリエラから預かった手紙を持ち上げると陽の光に透けて中の文字が浮かび上がった。

 

 

 自分の名前と彼女の名前。

 

 並んだ二つの名前を見て、ロウは目を瞑る。

 

 

 

 脳裏に浮かぶのは大切な人が居なくなる光景、それだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去

 ───追記。リーダーへ。

 

 

 僕から言うのは狡い気がするから、リーダーが彼にあの事を教えて欲しい。

 それで彼が嫌だと言わないなら、僕は彼と組もうと思う。

 

 なんだか、鏡を見ているようで放っておけないから。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「───よし。ロウ、キリにはなんて言われてきたんだ?」

 ロウから手渡された手紙を読んで、調査班リーダーは彼にそう問い掛けた。

 

「昨日酔っ払った勢いで組もうって話になってしまったらしく……。その趣旨をリーダーや総司令に手紙を持って伝えてきてくれ、と」

 記憶がなくなるほど飲んだという事だけは隠して、ロウはそう返事をする。

 

 

 昨日の4期団の先輩やリーダーとの会話を聞く限り、キリエラは仲間達と相当仲が良い筈だ。

 謂わばアステラのムードメーカーであり幼いお姫様でもあり、大切にされている存在だというのは間違いない。

 

 そしてそんな彼女に手を出したなんて嘘でも本当でも話が広がれば───考えられる未来はあまりにも酷い物だろう。

 

 

「なるほど、酔っ払ってキリに嵌められたか。誰とも組む気はないとか言ってたが、そんなに酔うまで飲んだのか?」

「あ、ぃぇ、はい……まぁ、はは……」

 苦笑いで誤魔化すロウ。幸い調査班リーダーはそこまで考えていないのか「飲み過ぎは注意かもな!」と笑って済ませてくれた。

 

 ひとまずは安心である。

 

 

 

「───ところで」

 ふと、話は終わったし帰ろうと踵を返したロウにリーダーはそう話を続けようとした。

 

 正直とっととこの場を離れたいロウは、冷や汗を流しながら再び振り向く。

 

 

「あんたはキリの事が好きか?」

「ぇ、それは……その、えーと」

 リーダーの言葉にロウは返事を悩んだ。

 

 彼女の事は嫌いじゃない。むしろ好意的に思える人物だとすら思っている。

 

 

 しかし、ロウは誰かを失うのが怖かった。

 彼女を失って辛くなる誰かにしたくない。出来る事ならやはり関わりたくない。

 

 誰とも組む気はないという彼の気持ちもまた、本物である。

 

 

 

「……そうか。俺は、調査団の仲間が全員好きだ。大切な仲間だからな。だから勿論、キリの事も好きだよ。あいつは賢いし、皆に優しい。少し危なっかしい所もあるが、周りの事がよく見えてる。根も良い奴だ」

「そうですね。……俺も、そう思います」

「そして同じくらい、俺はロウの事も大切だ。俺はまだロウの事をちゃんと知ってる訳じゃないけどな。でもお前は、救助活動中に現れたアンジャナフを遠くまで誘き寄せようとしてくれたそうじゃないか。仲間想いの良い奴なんだって事は分かる」

 そう言ってリーダーはロウの肩を叩いた。

 

 キリエラ曰く、彼はこの新大陸で産まれて新大陸で育ったという。

 この世界しか知らない彼にとって、新大陸の仲間は家族のような物なのだろう。だからこそ、調査班リーダーという任を受けるに値する人物だと言っても良い。

 

 

 

「でも俺は、何人もの人を守れなかった死神です」

「それは、キリエラも同じだ」

「え?」

 返された言葉に、ロウは目を丸くした。

 

 

 キリエラが同じ。

 何を言っているのか、分からない。

 

 

「ロウはキリエラがどういう奴なのか気にならなかったか? アイツ、まだ十八だってのは知ってるだろ?」

「それは、まぁ。でも、人には知られたくない過去もある」

 実際ロウ本人がそうであるように。

 

 知られたくない、思い出したくもない過去がある人間は少なくないだろう。

 

 

 彼女が何か事情を持ってる事くらいは、ロウも勘付いてはいた。

 

 

 

「キリから許可は貰ってる。ロウが知りたければ、俺は今ここでアイツの事を話すがどうする? 俺としては、もし本当にロウがキリと組んでも良いと思ってくれるなら聞いて欲しい」

「その言い方は狡くないですか?」

「その通りかもな。言い方が悪かったかもしれない。もし、この話を聞いてもキリと組んでくれると言うなら。俺はキリとロウが組む事を認めるよ」

 失笑してからそう言って、調査団リーダーは近くにあった椅子に座りながらロウを手招きする。

 

 ロウは黙って彼の近くに座ると、その口が開くのを待った。

 

 

「4期団の皆が新大陸に来たのは十年前だ。あの頃は俺もまだ先生達に悪ガキとか言われてたっけな」

「十年単位の古龍渡りに合わせてこの新大陸を調査してるのが調査団だから、俺はアイツを見た時5期団の船に迷い込んだ迷子かと思ったんですが……」

「十年前、俺も同じような事を思ったよ。なんだったら十年前キリエラは八歳だからな! そんなデカくなった訳じゃないが、今よりもっと小さな女の子って感じの子供だった。まぁ、活発なのは今も昔も変わらないが」

 キリエラはどちらかといえば中性的な少女である。それは昔から変わっていないらしい。

 

「俺は聞いたんだ。どうして子供が船に乗ってるんだってな。そしたら、キリの姉さんが出て来てこう言ったんだよ。……その子は私の妹で、私に黙って着いて来ちまったんだ───ってな」

「本当に迷子だったのか」

「キリはどうも姉さんの事が凄く好きだったらしくてな、新大陸に行くって決めた姉さんと別れたくなくて船に乗り込んだんだと」

 十年前は八歳のキリエラが4期団として調査団に所属していた理由がこれだ。

 

「知っての通り現大陸と新大陸の往復はかなり難しい。キリを一人返す為に船を出す訳にはいかなくてな。それで、キリは正式に4期団として姉さんと一緒に調査団に加わったって事だ」

「納得だが、姉さんは?」

 八歳の子供が戻ってこれない事を承知で着いて行く程に親しい仲だった姉。

 そんな人物が居るなら、キリエラはその姉とバディを組んでいる筈だろう。

 

 ふと聞いてから、嫌な予感がしてロウはリーダーから視線を逸らした。

 

 

 そんな彼の気持ちを察してか、リーダーは少し間を置いてからゆっくりと口を開く。

 

 

「亡くなったよ」

 嫌な予感通りの言葉に、ロウはため息を漏らしながら目を瞑った。

 

 大切な人を失いたくない。

 そんな事は、その経験があるにせよないにせよ当たり前の事である。

 

 

 けれど、己は自分の気持ちは誰にも分からないと、そういう態度で他人を突き放して来た。

 

 これではどちらが子供なのか分からない。

 

 

 

「言わなきゃ良かったか?」

「いや、これは俺が悪い。……姉さんは、なんで?」

「ロウと同じだ。立場が逆なだけでな。……現大陸じゃ、死神なんて呼ばれ方をしてたんだって?」

「……はい。俺は、守れなかったから」

「そうか。……でも、誰かを守るのは難しい。俺も調査班リーダーとして調査団の皆を守る責任がある。だけど、難しいよな。……難しいんだ」

 ゆっくり目を閉じて、既に新大陸には居ない少なくない仲間の顔を思い浮かべる調査班リーダー。

 彼にも色々な葛藤があったのだろう。ロウには想像も出来ない。

 

 

「キリを守る為に、三人の仲間が死んだ。……その一人が、キリの姉さんだ」

「守る為に……」

「そう。だから、キリはロウと似てるようで違う。ロウは守れなかったのかもしれないが、キリは守ってもらったが故に大切な人を失った。多分、キリはロウの事を写し鏡の姉さんみたいに思ってるのかもな」

 そう言って、調査班リーダーはもう一度手紙に視線を落とした。

 

「───もし、キリを守ろうとしなかったら彼女の姉さんは死んでなかった。今も新大陸で調査をしてて、後輩の面倒を見てたかもしれない。面倒見の良い優秀なハンターでな、キリも憧れてた。俺もだ」

「その言い方は……」

「そうだな、ないよな。でも……もしキリを守ってなかったら、彼女もロウみたいに悩んでたかもしれない。……守れなかったって」

 だからロウは、キリエラを守れなかった姉との写し鏡なのだろう。

 

 結果は違った。

 けれど、キリエラの姉がロウと同じ感情を抱える事になっていた可能性は十分にある。

 

 

「キリはそれから誰とも組まなかった。お前と同じで、大切な人を失いたくないから。例えそれが逆の立場だとしてもな。……ロウ、キリの事を頼めるか?」

「俺は───」

 ふと、ロウは失った大切な人の言葉を思い出した。

 

 

 ──君は誰かと居なさい──

 

 

 また、失うかもしれない。でもそれは、誰もが思っている事なのだろう。

 

 

 ──人間出来ない事は沢山あるのですから。でもそれは……君に出来る事を、その誰かの力にも出来るという事なんですよ──

 

 

 だからそれは、怖がっているだけだ。逃げても、否定しても、何時か失ってしまう物なら───

 

 

 

「───俺は、もう失いたくない」

「そうか」

「だから、俺は守ります。アイツだけじゃない。調査団の皆も、この新大陸の仲間全部。その為には、アイツの力が必要かもしれない。俺には、荷が重過ぎるから」

 ───自分に出来る事を、誰かの為にしよう。

 

 

「宜しくな、ロウ」

「はい」

 もう、失わない為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十年前

 キリエラの部屋に戻る前。

 

 ロウは調査班リーダーに、十年前に何があったのかを聞いた。

 

 

 部屋の前まで戻ってきたは良いが、意気込みだけで進んできてこれからどう接するか考えていない事に気が付く。

 それなのに突然開いた扉の奥で「おかえり! よーし! 調査に出発だ!」とハイテンションで片手を上げる彼女に、ロウは苦笑いをするのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 十年前。

 

 

「よーし! 調査に出発だ!」

「だからキリエラちゃん。君はあかんて」

 部屋を出て、古代樹の森へそのまま走り去ってしまいそうな一人の少女の()()を竜人族の老人が四本の指で引っ捕まえる。

 

 竜人族。

 人に近い姿をしている全く別の生物ではあるが、文化的に人間と共存している種族だ。

 高い鼻や長い耳、四本指の手や人とは異なる形の足も特徴的だが───人との一番の違いはその平均寿命だろう。

 

 竜人族は百歳を超えても人でいう所の二十歳頃の姿をしている。

 数百年という年月を生きる彼等の技術や知識は人よりも遥かに高い。その力を彼等は人と共存し、共生していた。

 

 

「しょちょー! 僕の邪魔をするのかー!」

「邪魔いうかなー、危ない事はせんといてってこの前もいうたやろ」

「研究に危険は付き物だ! 生態研究所の所長なら分かってるでしょ!」

「いやそういう問題とちがう」

 八歳のキリエラを捕まえて困り顔のこの竜人族───生態研究所の所長も調査団として人と共存する竜人族の一人である。

 

 

「この前僕のおかげでプケプケの行動範囲が分かって上手く捕獲出来たのを忘れたのかー!」

 所長の指に摘まれながら声を上げるキリエラ。

 

 4期団として新大陸にやって来た姉に付いて来てしまい、一人帰す訳にも行かず新大陸で暮らす事になった一人の少女。

 調査団の皆からは後に調査班のリーダーとなる総司令の孫と共に可愛がられていたが、二人共やんちゃが過ぎるとこうして困らせられる事も珍しくはなかった。

 

 

「せやけどもなー。……確かに、キリエラちゃんの発見や考察には助けられとるが」

「だろー! 僕も4期団としてちゃんと調査を手伝いたいんだって!」

 両手を腰に当てて胸を張るキリエラ。

 

 彼女の行動力と判断力は十年前から大人と比べても頭一つ抜けていて、度々のやんちゃで調査が飛躍的に進んだりと───八歳の4期団がアステラに貢献した事例は少なくない。

 

 

 4期団の仲間はそんな彼女をおとぎ話に登場する導きの青い星に準えて「4期団の青い星」と呼ぶ者も居る。

 それだけ、4期団の到着からキリエラはこの新大陸での調査に貢献していたのだった。

 

 

 

「でもなー、危険な事には───」

「大丈夫よ所長。私達が居るわ」

 古代樹の森に行くと言って聞かないキリエラに困っていた所長の背後から聞こえてくる声。

 

「お姉ちゃん!」

「キリエラ。調査団として働くのは良いけど、ハンターと一緒じゃなきゃダメだって言ったでしょ」

 整った青い髪。

 

 何処となくキリエラに風貌が似ている一人の女性。

 キリエラの姉であり、4期団のハンターである彼女はキリエラの頭にチョップを入れながら生態研究所の所長に「キリエラを止めておいてくれてありがとうございます」と片手を上げる。

 

 

「あんたらが一緒なら安心や。ならキリエラちゃん、また新しい発見したら教えてな」

 言いながら、姉にチョップをされて半泣きのキリエラの頭を撫でる研究所の所長。

 

 やんちゃに悩まされてはいるが、彼女の功績は無視出来ない物だった。

 

 

 優秀な姉───そしてその仲間も居る。

 

 

「でも危ない事は絶対しない。絶対に無事に帰る事。怪我したら、げんこや」

「うん! 任せて、しょちょー! また凄い発見してくるからね! 今度は古龍見付けるから!」

「古龍!?」

 だから失念していたのかもしれない。

 

 

 

 彼女がまだ小さな子供だという事を。

 

 

 

「───この痕跡、なんだろう」

 森の中。

 

 三人のハンターに着いて、キリエラは古代樹の森を歩いていた。

 

 

 第1期団が新大陸に到着してから三十年。

 調査の地盤を固め、ついに新大陸の調査を拡大する為に構成された4期団には優秀なハンターも少なくない。

 

 その一人でもあるキリエラの姉は、古龍との交戦経験もあるベテランハンターである。

 彼女は新大陸に来てから数日でアンジャナフを討伐するという功績を残し、調査団を支える重要な柱の一つになろうとしていた。

 

 一部から荷物になると危惧されていたキリエラも調査を大きく進める発見を度々してくるようになってからは、調査団メンバー達から期待の眼差しすら浴びるようになっている。

 

 

 きっとこの姉妹は今後の新大陸を担う事になると、そう思っていた者は少なくなかった。

 

 

「どうしたの? キリエラ」

「なんか見た事ない痕跡があって」

 振り向いた姉にそう言いながら、キリエラは目の前にある虫の死骸と睨めっこをする。

 

 

 イレグイコガネ等が代表的な、硬い甲殻を持つ甲虫と呼ばれる種の虫の死骸。それが、何かに握り潰されたかのようにバラバラに砕けて地面に散乱していた。

 

「うわ虫の死骸。ニクイドリ達に食べられちゃったんじゃないの?」

 キリエラの姉は虫が苦手らしい。その虫が鳥類に食べられている光景が頭に浮かび、表情を引き攣らせる。

 

「イレグイコガネですね。釣り餌にするとお魚が沢山寄ってくる虫ですよ」

「美味いのか?」

「美味しいかどうかはともかく、お魚が好むくらいなので栄養価は高いかもしれませんね。ニクイドリも好んで食べると思います。そんなに不思議な痕跡ですか?」

 見た事のない痕跡だと不思議がるキリエラに、仲間の一人がそう問い掛けた。虫の死骸は特に珍しいものでもない。ただその小さな命が一生を終えた末に辿り着く姿だ。

 

「んー、でもこんな食べ方しないよね。僕だったらこうするし」

 言いながら、キリエラはその辺にいたイレグイコガネを手で掴む。

 そしてソレを口の中に放り込んで、バリバリと噛み砕いた。

 

「ひぃ!!」

 姉はドン引きして泣く。

 

 

「うん、美味しくない。……で、普通に食べたら、こんな握り潰したみたいにバラバラになったりしないと思うんだよね。一口サイズだし」

「普通に食べないで欲しかった」

「確かにな。イレグイコガネなんて、ニクイドリでも一口で食べるだろ。死骸なんて残るわけがないか」

「しかもバラバラになってますし、握りつぶすように何かで捕まえてから食べられてるんですね。トビカガチとかクルルヤックではこうはなりません」

 頭を抱えるキリエラの姉の横で、二人の仲間が顎に手を向けながらそう口にした。

 

 4期団が調査団に加わって数ヶ月。イレグイコガネのような小さな虫を器用に握るように捕まえて屠るモンスターを彼等は確認していない。

 

 

「もしかして僕達が知らないモンスターがいるかも! 古龍とか!」

「古龍が虫なんか食うかよ。でも、未発見のモンスターがいる可能性は確かに高いな!」

「これはまた新発見かもしれませんよ!」

 興奮する三人にキリエラの姉は「だとしたら、注意を怠らずに進まないとね」と仲間の一人の背中を叩く。

 

「それもそうだな」

 ここは狩場だ。何が起きてもおかしくはない。

 

 

 未だ未開の地で、彼女達は命懸けの調査をしているのである。

 

 

 

「どうします? キリエラは一度アステラに戻しますか?」

「えー! 僕が見付けた痕跡だよ!?」

「私達三人だけで未知のモンスターを追うのは少し怖いかな。私達、腕は立つけど頭はダメだし」

「俺は居てくれた方が助かる。この前森で迷子になった時はキリエラが居なかったら俺達死んでたし」

 大切にされているが、頼りにもされているのがキリエラという少女だった。

 

「それじゃ、決まり。キリエラ、その謎の痕跡を追って次の報告で皆を驚かせよう!」

「うん! 任せてよお姉ちゃん!」

 そう言ってキリエラは辺りを調べ始める。

 

 彼女を囲うように周りに視線を向け、モンスターの気配を探る三人。

 こうして安全を確保しながら調査を進めるのが彼女達のやり方だった。

 

 

 気配はない。

 

「ん? 雨。……いや、若干霧っぽい」

 少し進むと、森を霧が覆い始める。近くに水源があるのは頭にあったが、視界が悪くなるのは調査を進める上では厄介だった。

 

 安全を考えるなら一度アステラに帰還した方が良いだろう。

 

 しかし、モンスターの痕跡も増えてきて目標まであと少しという所まで迫っていた。しかし、だからこそ───

 

 

 

「……何か居る? ねぇ、お姉ちゃ───」

 衝撃が走る。

 

 身体が浮く感覚と、身体の中がぐちゃぐちゃに混ざってしまいそうな衝撃が何度も続いた。

 何が起きたか分からない。ただ、痛くて怖い。

 

 調査には危険が付き物である。しかし、それは安全を確保しなくて良いという訳ではない。

 未知の世界。未知のモンスター。新しい発見をすれば、調査団の皆が喜ぶだろう。

 

 

「───お姉ちゃ、助け……!」

 ───しかし、だからこそ、引き返すべきだった。

 

 

 その未知は齢八の少女にも等しく牙を剥くのだから。




※スタミナライチュウに羽はございませんでした。後日編集して別の虫に変更致します。申し訳ありません。(4/23)
※上記の表記を編集致しました(4/24)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 若かった───というよりは幼かった。

 

 

 少女は多少、他人より考えるのが早くて。

 

 行動力と好奇心が抑えられない。幼い少女だったのである。

 

 

 

「……っ、ぅ。ここ、どこ?」

 気を失っていたらしい。

 

 突然感じた事もない衝撃を受けて、霧に覆われた森で何かに引き摺られたような感覚がまだ残っていた。

 立ち上がって()()を握ったり開いたりする。酷い怪我はしていない。

 

 キリエラは両手足が満足に動くことを確認してから周りを見渡した。

 

 

「───誰?」

 目の前に何か居る。

 

 視界に映っているのは霧に包まれた木々だ。

 しかし、そこに何かが居るという感覚が確かにある。

 

 

 その何かは真っ直ぐに自分の事を見ている気がした。

 

 

「……キミが僕をここに連れて来たの?」

 何も見えない。

 

 しかし、そこにある確かな存在感。

 

 

 キリエラの問い掛けにソレが答える事はなく、ソレはふとその気配を消してしまう。

 

 

「……居なくなった?」

 圧倒的なまでの存在感。

 霧の中で見た幻覚か、しかし確かにそこに何かが居た。

 キリエラは一度両手で自分の顔を叩くと、もう一度しっかりと辺りを見渡す。気が付いたら霧が晴れていた。

 

 

「困ったな」

 仲間達と逸れ、ここが何処か分からない。

 

「安全な場所を探して助けを待った方が良さそうだけど……」

 ふと、先程とは違う気配を感じて振り向く。

 

 

「プケプケ?」

 そこに居たのは、傷付いた一匹のモンスターだった。

 

 

「さっきの気配じゃない。……いつのまに」

 プケプケ。

 

 森に溶け込むような緑色の甲殻や鱗で全身を包み込んだ、一対の翼を持つ大型の鳥竜種の仲間である。

 特徴的なのは柔軟な尻尾と飛び出し気味の眼球、そして遠くまで伸ばせる舌だ。

 

 

 その舌を地面に垂れ流したまま、プケプケがキリエラの背後で倒れている。

 霧のせいで見えなかったのか、さっきまでは見当たらなかったモンスターが突然現れてキリエラは目を擦った。

 

 

 

「瀕死だ……。この傷はハンターじゃなくて他のモンスターかな。なんでこんな所で倒れて───」

 プケプケの身体は他の大型モンスターに襲われたのか傷付き、今にも命の灯火が消えようとしている。

 

 警戒しながら近付こうとすると、倒れたプケプケの背後で動く何かの気配を感じた。

 

 

 小さな桃色。

 キリエラより少し大きい、アンジャナフの幼体が二匹。

 

 

「うわ……やば」

 幼体といえどジャグラスよりも体格の良い巨体である。噛み付かれれば腕の一本くらい簡単に持っていかれてもおかしくはない。

 勿論これが成体なら、キリエラくらい一口で飲み込めてしまうのがアンジャナフというモンスターだ。

 

 

「隠れよ……!」

 反射的に木陰に身を隠す。アンジャナフの幼体はキリエラに気付かずに、倒れているプケプケへと視線を落とした。

 

 

「……そうか潰れた虫の死骸の痕跡、この辺りを縄張りにしていたプケプケの痕跡だったのかも。あの長い舌で握りつぶすように捕まえてるのかな。……それで、あのアンジャナフの幼体達の親が子育ての為にプケプケを狩った?」

 幼体が居るということは、アンジャナフの親が近くにいるという事だろう。

 

 元々プケプケの縄張りだったこの付近に、子育ての為に縄張りを広げようとするアンジャナフが現れた。

 プケプケは抵抗虚しく敗北。今こうしてアンジャナフの子供達の糧になろうとしている。

 

 

「───なんて、ところかな」

 キリエラの知的好奇心は現状への理解に釘付けだった。

 

 アンジャナフの親が居る。

 気付いてはいるのに、今はアンジャナフの幼体に興味が尽きない。

 

 

「これは研究所の皆も喜ぶかも!」

 今この場所が危険な場所であるという事を忘れ、キリエラはアンジャナフの幼体の観察に夢中になっていた。

 

 

 アンジャナフの幼体達は瀕死のプケプケを鼻先で突っついて、どうしたものかと二匹で顔を見合わせる。

 プケプケは毒を持つモンスターでもあり、可食部も少なそうだが───なにより見た目が美味しそうではない。

 

 親が仕留めたのだろうコレが食べて良いものなのか、吟味中といった所だろうか。

 

 

「プケプケは可哀想だと思うけど、僕が何をしても多分助からないしね。……それに、僕達調査団もやってる事はあのアンジャナフ達と同じ───縄張りを犯す侵略者だ」

 遂にその大顎を開けてプケプケに牙を立てるアンジャナフの幼体達を見ながら、キリエラは目を背けずに一匹のモンスターの命の終わりを見届けた。

 

 プケプケと目が合った気がするのは気のせいだろう。そうやって思う事にするくらいには、キリエラも非情という訳ではない。

 しかし自分が調査団の一員だという事だけは、八歳の彼女なりに考えのある事だった。

 

 

 

「……そもそも食べて大丈夫なのかなプケプケ。むしろアンジャナフの幼体が心配に───」

 観察中。

 そんな事を考えていると、背後から木が撓る音がして振り向く。

 

「───あ」

 巨大な桃色と目が合った。

 

 

 アンジャナフの成体。

 幼体達に夢中で、気配に気が付かなかったのである。幼体とは比べ物にならない程の巨体は歩くだけで大きな足跡を立てていた筈なのに。

 

 

「やば───」

 立ち上がって逃げようとする前に、竜が吠えた。

 

 

「───ぇ?」

 そして倒れる。

 

 キリエラの目の前で足を挫いて横倒しになるアンジャナフ。

 木を薙ぎ倒すような巨体には、何かに切り裂かれたような跡や打撲痕が多く刻まれていた。

 

 

「……ハンターだ」

 プケプケとは違う。

 

 ハンターとの戦いで着いた傷だ。

 おそらく、自分の姉達。キリエラは何かに捕まって三人とはぐれてしまったが、その間に姉達はこのアンジャナフと遭遇してしまったのだろう。

 

 

 アンジャナフはとても危険なモンスターだが、優秀な三人はアンジャナフが相手でも互角以上に戦えるハンターだった。

 

 

「これは、なんというか……」

 振り向くと、アンジャナフの幼体達が倒れ込んだアンジャナフの成体を見て固まっている。

 二匹の親なのだろうか。

 

 アンジャナフの幼体達はキリエラには見向きもしないで倒れたアンジャナフへと駆け寄ってきた。

 

 

 

「僕達は、侵略者だ」

 分かっている。

 

 

 けれど、八歳の少女には理解は出来ても納得のいかない事もあった。

 当たり前だろう。彼女は多少大人より頭が回るだけの優しい女の子なのだから。

 

 

「でも、これは……」

 ゆっくりとアンジャナフに近付いた。

 

 

 手を伸ばす。

 

 

「ぁ」

 もう一匹。

 

 母親か父親か。

 倒れているアンジャナフとは別の、成体のアンジャナフが目の前に居た。

 

 

 分からない。

 

 

 大好きな姉と別れたくなくて、多少周りの大人より回る頭を駆使して船に乗る。

 難しい事じゃなかった。

 

 

 新大陸の調査。

 それを手伝えば姉と居られる。

 

 そこに大義とか、使命とか、そういうのはなくて。

 

 

 ただ、姉と一緒に居たかっただけ。

 それがキリエラという小さな少女の行動理念で。

 

 

 

 鮮血が散った。

 

 

 

「どうして───」

 腕一本。

 アンジャナフの牙に引き裂かれ、キリエラの左腕が食いちぎられる。

 

 

「───僕をここに連れてきたの?」

 そこに、()()別の何かが居た気がした。

 

 アンジャナフでもプケプケでもない。

 霧の中、彼女を捕まえてここまで連れてきた何かが。

 

 

 激痛に表情を眺めながら、キリエラは失った腕を伸ばす。見えない。けど、確かにそこに居る気がした。

 

 アンジャナフの幼体と、プケプケと、ハンターの攻撃に倒れたアンジャナフ、そしてもう一匹のアンジャナフ。

 なぜ自分はこの場所にいる。なぜこの場所に連れて来られた。

 

 

 キリエラの腕を食い千切ったアンジャナフが咆哮を上げる。途端、意識がハッキリした。

 

 このままだと死ぬ。

 八歳の少女でもそれは分かった。けれど、どうしようもない。

 

 

 そして、血飛沫で鼻先を濡らすアンジャナフがもう一度その大顎を開いたその時。

 

 

 

「───キリエラ!!」

 大好きな姉の声。

 

 

「……お姉ちゃん」

 何も分からなくて。

 

 ただ、怖いという感情。腕を一本失ったのに、痛みを感じない程に恐怖に飲み込まれそうになっていた彼女の意識を姉が引っ張る。

 

 

 

「ごめんね……!! ごめんねキリエラ。一人にしてごめんね。もう大丈夫だから。もう───」

「おい!! アンジャナフがもう一匹居るぞ!!」

「幼体も居る!! 家族だったんですよ!!」

 遅れて来るハンター二人。

 

 倒れたアンジャナフと戦っていた三人は、アンジャナフを追った先でキリエラを見付けた。

 痛々しいキリエラの姿に彼女の姉は泣き崩れる。

 

 

「よくも私の可愛いキリエラを……!!」

 彼女達三人も、アンジャナフと戦って無傷という訳ではない。

 疲弊しているキリエラの姉は、キリエラを抱きながらアンジャナフを睨み付けた。

 

 三人にもう一頭アンジャナフを相手にする余裕はない。

 

 

「二人共、キリエラをお願い!」

「どうする気ですか!」

「私がコイツを食い止めて時間を稼ぐ!」

 言いながら、的が増えて訝しんでいたアンジャナフに己の得物を叩き付けるキリエラの姉。

 

 彼女は二人にキリエラを任せると、早く行けと片手で諭すように三人に背中を向ける。

 

 

「お姉ちゃん……!!」

「大丈夫、私は強いからね。キリエラ、早く先生に腕を見せてもらって! 私も直ぐ行くから!」

 彼女は強い。

 

 それは4期団の仲間達も知っていた。

 

 

「よし分かった! 無理するなよ!」

「キリエラを無事にアステラに連れて行ったら直ぐに仲間を連れて戻りますから!」

「大丈夫よ。アンジャナフ一匹くらい!」

「お姉ちゃん……」

 姉なら大丈夫。この人は強い。

 

 そう信じて───

 

 

 

「ーおい……嘘だろ。さっきのアンジャナフじゃねーか! アイツは!?」

「───二匹……。力尽きてなかったのですか!?」

 ───彼女は亡骸も残る事なくこの世を去る。

 

 

 倒れていた筈のアンジャナフ。

 キリエラの姉と戦っていたアンジャナフ。

 

 激闘だった。

 最早どっちがどっちなのか分からない程に傷付いたアンジャナフ二匹が、キリエラ達の前に立ち塞がる。

 

 

「お姉ちゃん……は?」

「キリエラ! お前だけでも逃げろ!」

「なんで……」

「君は新大陸に必要な人材なんですよ。大丈夫、死にません」

 嘘を言われた。

 

 

 二人もその後アステラに帰っては来なかったし、キリエラは多少周りの大人より頭が回るだけの八歳の少女である。

 キリエラが居なくても新大陸の調査は進む筈だ。彼女より賢い編纂者は沢山居る。

 

 

 それでも、キリエラは独り───生き残ったのだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 十年後。

 

 

「───お前の姉の話を聞いた」

「そっか」

 古代樹に向かうキリエラとロウ。

 

 あの日、思い知った事がある。

 人は簡単に死ぬ事。死んだ人にはもう二度と会えないという事。

 

 

 だから、キリエラは誰かを失うのが怖かった。

 

 そしてロウに出会う。

 同じ悩みを持つ青年が、キリエラは放っておかなかった。

 

 

「それでも、僕と組んでくれるんだね」

「同じだからな。お前と俺は」

「そっか」

 違う。

 

 

 

 この人なら、誰かを失う恐怖から自分を救ってくれるかもしれない。()()()そう思ったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人

 スコープを除く。

 

 

 呼吸を整え、伸ばした身体の力を抜いた。

 引き金に添えられた指を呼吸と一緒に揺らしながら、ロウはその瞬間を待つ。

 

「今」

「───当たれ」

 風の音。

 

 貫く弾丸。遅れてくる破裂音。

 

 

 狙撃竜弾。

 超高速で発火性液体を射出するヘビィボウガン専用の弾丸は、上手く使いこなせば大型モンスターの命も一撃で奪う事が出来る弾だ。

 

 

「大当たりだね」

「次行くぞ。プケプケの大量発生……ゾラ・マグダラオスの痕跡と関係あるのか知らないが───」

 古代樹にて。

 

 キリエラとロウは今、大量発生したプケプケの数を減らすという仕事をこなしている。

 

 

 現大陸でも稀にイャンクックやゲリョス等の鳥竜種が大量発生する事もあるが、その場合もこうして大連続狩猟クエストが発注される事が多い。

 しかしプケプケの大量発生というのはこれまで古代樹の森では観測されなかった事象だった。

 

 調査班リーダーにプケプケの間引き、及び大量発生原因の究明を依頼された二人は、今こうして古代樹の森でプケプケを狩猟しているという訳である。

 

 

「プケプケは目も嗅覚も鋭いから、気付かれずに不意打ちするのは難しいんだけどね。こうも遠くから攻撃されたら流石のプケプケも気付けないのか……。なるほど」

「これで三匹目だが……。確かに多いな」

 一日で三匹。

 

 ロウはその全てを一撃の狙撃竜弾で仕留め、引き金は三度しか引いていない。

 

 

 彼曰くプケプケは目玉()が大きく、そして弱点である為狙撃竜弾との相性が良いのだとか。

 接敵せずにモンスターを狩猟してしまう技量にキリエラは素直に感心していた。

 

 

「───でも戦ってるところ見れないから全然観察出来ないや」

「……問題があれば普通に戦うが」

「迷いどころだけど、これで済むなら済ませよう。とりあえず、()()が倒したプケプケの事もう一度調べようか」

 キリエラはそう言って狙撃したプケプケの元に歩き出す。

 

「……まだ、()()だな」

 そんな彼女を追いかけて、ロウは頭を掻きながら目を細めるのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ロウとキリエラが組んでから数日が経つ。

 

 

 二人は掻鳥クルルヤックの狩猟や、古代樹近辺でのゾラ・マグダラオスの痕跡捜索を行いながら調査を進めていた。

 新大陸での生活にもある程度慣れてきた所で、先日調査班リーダーから頼まれたクエストがこのプケプケの大連続狩猟である。

 

 

 

「プケプケはこの喉袋で摂取した植物と体内の毒を混ぜて、自らの毒をより強力な毒に変化させる生態があるんだよ。僕は昔、プケプケは昆虫を好んで食べるんだと思っていたんだけどね。最近の研究でこうして植物を───って、キミ? どうかしたの?」

 プケプケの遺体を調べながら、その生態を語るキリエラ。しかし、彼女はロウが不自然な態度を取っていることに気が付いて視線を持ち上げた。

 

 ロウはプケプケ三頭分程の離れた木陰からキリエラの事を覗き込んでいる。

 

 

「……なんでそんなに離れてるのさ」

「……嫌いなんだよプケプケ」

 目を細める二人。

 

 プケプケを嫌いというロウの言葉に、キリエラは首を傾げる。

 

 

「嫌い?」

「……オオナズチに似てるからな」

 言いながら、ロウはため息を吐いてキリエラの元まで歩いた。

 

「オオナズチ? えーと、古龍の名前だよね。僕は見た事ないけど」

 生理的に受け付けないという訳ではなく、ロウにはトラウマを思い出す見た目をしているという事らしい。

 

 

「……あぁ。丁度プケプケみたいに飛び出した目玉を持っていたり舌を伸ばしてきたり、毒を使うんだ」

 言いながらロウは目を細めてプケプケを見下ろす。嫌いとは言ったがプケプケに悪意を向ける訳でもなく、奪った命を無駄にしない為に素材は剥ぎ取った。

 

「後は霧の中に隠れたり、身体の色を変幻自在に変えて見えなくなったりする。これはプケプケには出来ないだろうが」

「へぇ、凄いモンスターだね。オオナズチかぁ、新大陸では聞いた事ないけど」

「古龍渡りなんていうものだから新大陸にオオナズチが居てもおかしくはないと思っていたが、居ないなら安心だ」

 剥ぎ取りを終えたロウはそう言ってから立ち上がり、辺りを見渡す。

 

 これで三匹のプケプケを討伐したが、周りにはプケプケの痕跡が沢山残っていた。

 自分達の予想よりもプケプケの数が多いかもしれない。そう感じる。

 

 

「姿が見えなくなる、か……。なんか、引っ掛かるな」

「実は居ました、なんてやめてくれよ」

「見えないんじゃ結局分からないけどね。キミはオオナズチに嫌な思い出でもあるの?」

「……師匠を殺された」

「……おっと」

 失言だった、とキリエラは目を逸らした。

 

 しかし、ロウは少しだけ間を置いてからこう口を開く。

 

 

「……お前は俺に過去を教えてくれたな」

「誰にも言いたくない事はあるし、別に言いたくなければ言わなくて良いんだよ。前も言ったけどね」

「お前と組むなら、話しておきたい。……久し振りなんだ、誰かとこうやって長く組むのは」

 これまでずっと。

 

 ロウは一人でやってきた。

 もう誰も失うのが嫌で、最後には面倒を見てくれていた姉弟子からも離れて新大陸に来たのは───独りで朽ちる言い訳が欲しかったからである。

 

 

 けれど、それは独りよがりの自己満足だとキリエラに気付かされた。

 

 同じく大切な人を失った彼女が前向きに歩いている。誰かに必要とされ、誰かと関わっている。

 

 

 自分の事が恥ずかしくなった。

 

 

 

「……そっか、僕とキミは相棒(バディ)だからね」

「だから、その()()も辞めてほしいけどな」

「キミ?」

「相棒の名前くらい覚えてくれても良いだろ」

()()、結構可愛い所あるよね」

「だから───」

「いや、でもキミだって僕の事を()()って呼ぶじゃないか。それにこの前も言ったよ、僕は自己紹介したのにキミはしてくれなかった」

「……そ、それは」

 半目でそう言ったキリエラに反論出来ず、目を泳がせるロウ。

 流石に可哀想に思ったのか、キリエラは苦笑いをしてからこう口を開く。

 

 

「それじゃ、初めからやろうか。僕はキリエラ。キリって呼んでいいからね。キミの名前は?」

「……ロウ」

「そっか。よろしくね、ロウ」

「……あぁ」

「名前」

「……よろしく、キリエラ」

「んふふ、二十点。ま、良いや。……で、何があったの?」

 プケプケから剥ぎ取った素材をポーチに入れながら、キリエラは立ち上がって話を持ちかけた。

 

 

 ロウが大切な人を失っている事。

 キリエラは随分前から気付いていたのだろう。何故なら、彼は自分と同じ目をしていたからだ。

 

 今でも二人の気持ちは変わらない。

 

 

 もう誰も失いたくないという心の傷が、消える事はないのだから。

 

 

 

「───書士隊で俺を育ててくれた先生が居たんだ。頭が良くて、色々な所に気が効く良い人だった。……けどある日、狩場の調査をしている時に古龍と遭遇してな」

「それがオオナズチ?」

「そうだ。……霧の中で、先生はアイツの舌に引き摺られそうになった俺を助けようとして───俺は先生を助けられなかった」

 今でも忘れられない。

 

 霧の中。

 師匠に押し倒され、目の前で師が何者かに引き摺られていく姿。

 唯一左腕だと思われる肉塊だけが残り、死体すら見付からないまま二度と会う事が出来なくなる。

 

 瞳を閉じれば自分を助けた時の先生の顔がそこに張り付いているようだった。

 

 

「……それから、ずっと怖かった」

「……そっか」

 歩きながら話をして、話終わるとキリエラは左手の義手をロウに打ち付ける。

 

「───グハッ。……な、なん……で」

「キミは……おっと。ロウはデカい」

「は?」

 殴られたお腹を抑えながら文句を言おうと顔を上げるロウ。

 しかし、その顔は腰よりも上に上がる事なく、キリエラの左手に押さえ付けられた。

 

 

「……よしよし」

 その左手でロウの頭を撫でるキリエラ。

 

 なんだコレ、と苦笑いを溢すロウだが不思議な心地良さにしばらくこうしていても良い───なんて事を思う。

 

 

 しかし、ふと頭を横に傾けると視界に入った物を見てロウはキリエラの手をすっ飛ばす勢いで顔を持ち上げた。

 

 

「おっと!? やっぱ嫌だった? ごめんごめん、そんなに嫌がらなくても───」

「おいキリエラ。アレ、なんだと思う?」

「ん? アレは───」

 ロウが指差す先。

 

 

 巨大な岩───のような痕跡。

 

「───ゾラ・マグダラオスの痕跡」

 ゾラ・マグダラオスが残した痕跡だろう。人の身体よりも大きく、熱を持った岩石がそこには転がっていた。

 

 

 

「プケプケを追ってここまで来たけど、この先は大蟻塚の荒地だ……。大蟻塚の荒地にプケプケは居ない筈だけど、何匹ものプケプケが古代樹の森から追い込まれるようにこの辺りで大量発生している」

「確かプケプケは臆病なモンスターだったな。何かから逃げるようにしてこの付近に集まったとするなら、その何かは?」

「……新大陸に上陸したゾラ・マグダラオス。あの巨体から逃げるようにして大蟻塚の荒地方面にプケプケが集まっていたとすると?」

「俺達調査団が探しているゾラ・マグダラオスの進路方向は───」

 二人はお互いに顔を見合わせてその答えに辿り着く。

 

 

 第5期団が追って来たゾラ・マグダラオス。その行方は───

 

 

 

「「───この先にある、大蟻塚の荒地!!」」

 森の先。

 アステラの東にある狩場───大蟻塚の荒地だ。




第一章完。
読了ありがとうございました。次回から二章になります。


【挿絵表示】

記念に作品の表紙的なイラストを描いてきました。身長差!!


感想評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章【古龍の捕獲作戦】
大蟻塚


 調査拠点から東。

 古代樹の森から反対方向には、荒涼とした大地が広がっていた。

 

 森の水源から沼地が広がり、背の低い木々が森と荒地の狭間として立っている。

 

 

 乾燥地帯に広がるのは、広大な蟻塚群。

 時にモンスターよりも巨大なそれを指し、調査団の人々はその地域を()()()()()()と呼んだ。

 

 

 その地にて、二本の角を持つモンスターが何かを探すようにその眼を光らせる。

 

 その視線の先には───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ゾラ・マグダラオスの行方が少しずつ分かってきた。

 

 

 調査団の活躍により、ゾラ・マグダラオスの痕跡を多数発見。

 その進路方向が明らかになる。

 

 

「学者達が、ゾラ・マグダラオスの進行ルートについてくわしい調査を進めた結果。奴は、大峡谷を目指していることが判明した」

 大峡谷。

 大蟻塚の荒地と呼ばれる地の向こう側に横たわる巨大な谷の事だ。

 

 

 人間にはとても渡ることのできないような場所だが、ゾラ・マグダラオス程の巨体を持ってすれば容易に直進してしまう事だろう。

 

 

「ここで、一つ提案がある。大峡谷で、ゾラ・マグダラオスの捕獲を決行したい」

 そこで新大陸調査団総司令の出した提案は、歴史上類を見ない古龍捕獲作戦の決行だった。

 

 誰も成し遂げた事のない作戦。

 しかし、ゾラ・マグダラオスの巨体と大峡谷───そして到着した優秀なハンターを中心に構成された5期団。

 

 

 このチャンスを逃せば、次はない。

 

 

 新大陸、そして古龍渡りの謎を解明する。

 

 

 

 彼等調査団は勝算がなければ動けない心臓など持ち合わせてはいなかった。

 

 

「───これより、ゾラ・マグダラオスの捕獲を目標とする! 各々、準備を開始しろ! 以上、解散!」

 総司令の命により次の調査団の目標が定められる。

 

 ハンター達は大規模作戦前に拠点の守りを固める為の狩猟、学者達はゾラ・マグダラオスやその他気になる点の研究を進め、物資班は大峡谷への物資の持ち込み。

 各々の仕事を確実に進め、調査団はゾラ・マグダラオスの捕獲へ向けて動き出していた。

 

 

 

 大蟻塚の荒地。

 

 日の光に目を細めながら、ロウは不思議な気持ちで水筒を持ち上げる。

 後ろで縛った赤い髪を揺らす風は、どこか涼しげだった。

 

「どうかした?」

 その風に青い髪を揺らしながら、キリエラは妙な表情をしているロウに声を掛ける。

 何か気が付いた事があるなら共有しておく事が、新大陸を生きる上で必要な事だ。この地は未だ未知の大地なのだから。

 

 

「……やけに涼しいな、と思ってな」

「え? そう? それなりじゃない?」

 ロウの言葉にキリエラは頭の上で沢山のクエスチョンマークを浮かべる。そんな彼女の反応を見てロウは逆に首を傾げた。

 

「森からの水源で沼があったりするが、ある程度進むとその先は殆どが乾いた砂漠だ。砂漠ってのは、熱いのが普通だろ。まだ砂漠が見えてる訳じゃないが、俺は今クーラードリンクも要らないくらいだと思ってる」

「あー、そうか。現大陸で狩場の砂漠っていうと凄い乾いててめっちゃ熱かったり寒かったりだっけ?」

 ロウの居た現大陸では砂漠の昼は肌を焼くような灼熱地獄が続き、夜には鼻水も凍る極寒に変わる。そんな厳しい環境が砂漠という場所だった。

 

 しかし新大陸の砂の大地、大蟻塚の荒地では少なくともクーラードリンクを用いらなければ行動出来なくなる程の気温にはなっていない。

 

 

「新大陸特有の環境か」

「調べてみる? 面白そう」

「今は自分の仕事に集中する」

 現大陸での感覚との差に戸惑いながら、ロウは目の前の仕事に意識を戻す。

 

 

 草食竜アプトノスが引く竜車。

 それが二列に六頭。その車両に並走するするようにして、ロウを含めた狩人が数人歩いていた。

 

 ゾラ・マグダラオス捕獲の為の大峡谷への物資の持ち込み。

 その道中の護衛が今ここに居るロウ達ハンターの仕事である。

 

 

「それにしても多いな」

「これでもまだ一周目だからね。後三周はしないと、ゾラ・マグダラオスの捕獲は出来ないよ」

 巨大なゾラ・マグダラオスの捕獲には相当の物資が必要だ。

 それこそ、この作戦を決行した後に同じ規模の作戦を展開する事は不可能だとされる程の物資を運ぶ必要がある。

 

 そこで竜車による物資の運搬なのだが、大蟻塚の荒地を横切る為にこうしてハンターの護衛が必要だった。

 

 この任務に名乗りを挙げたのはキリエラである。

 ロウは新大陸で護衛対象を守りきれず死神と呼ばれていたハンターだ。そんな彼が自分から護衛クエストを受ける訳もなく。

 

 

「……これを護衛するのは骨が折れるだろ」

 ロウは初め断ろうとしたのだが、キリエラに()()を突きつけられて渋々参加する事になったのだった。

 

 ただでさえ物資の数が多い。

 そして物資の量と同じくらい懸念材料なのが、大蟻塚の荒地の地形の悪さである。

 

 この護衛クエストの前にロウは何度か大蟻塚の荒地で狩猟をこなしたが、足場の良い道は勿論モンスターが蔓延っていた。

 そこで足場の悪い沼地を先に調査したのだが、ジュラトドスというモンスターと交戦。これを討伐するが、ガライーバという小型モンスターが多く足場も悪い沼地は危険だという判断が下される。

 

 

 よってロウ達ハンターは比較的追い払うのが楽なケストドンというモンスターの縄張りが多い足場の良い大地を進みながら、大峡谷へ向かう道を進んでいた。

 

 

 

「───大丈夫だよロウ君! 骨は折れても治るからね!」

 文句を漏らすロウに向けて、竜車の上から飛び降りてきた金髪の青年が彼の肩を叩きながら大きな声を漏らす。

 

「誰だお前。急に話しかけてくるな」

「おかしい! 僕だよ! ポット! ポット・デノモーブ!!」

「ポッと出のモブ?」

「そう!! でもなんかイントネーションが違う気がするね!!」

 ハッハッ、と笑う青年の名はポット。

 

 彼は5期団の編纂者で、ロウのパートナーになろうとして振られ───今は別のハンターと組んでいるらしい。

 

「いやー、楽しみだね! 大峡谷! 古龍、ゾラ・マグダラオスの捕獲! 今から楽しみで仕方がない!」

 キリエラもそうだが、ポットは大峡谷という場所に興味がありこの護衛クエストへの同行を選んでいた。

 

 古龍の捕獲作戦。

 前例を見ないこの任務に心を躍らせている調査団のメンバーは少なくない。

 否、殆どの調査団がその時を待ち侘びている。

 

 

「……そうだな」

 ロウとてその一人であるように。

 

 

「ロウ君、少し素直になったかい? 船に乗ってた時はそんな風に笑わなかったのに」

「……うるさい黙れ」

 目を細めてポットの頬を抓るロウ。ポットは「痛い痛い!」と涙を漏らした。

 

「ポット君、もう足は大丈夫なの?」

「やあ! キリエラ君。この通り! ピンピンしているよ!」

 ロウとキリエラが組む事になった前日。

 ポットはドスジャグラスの群れから逃げている時に足に怪我をしてしまったらしいが、大した事にはならなかったようである。

 

 こうして新しい相棒を見つけ、調査に駆り出せるのだから心配はしなくて良さそうだ。

 

 

 

「───ポットぉ!! 何処よ!! 私の目の届く範囲に居ろっていつも言ってるでしょうがぁ!!」

 突然。

 竜車の反対側から女性の怒号が聞こえる。その声はまるでラージャンの雄叫びのようだった。

 

「ポット君の事探してない?」

「この声はマイフレンド! 僕の相棒の声だね! 僕が居なくて寂しがってるのかな?」

「いやどう聞いてもブチギレてるが?」

 ロウは呆れながらポットの首根っこを掴む。まるで母アイルーが子アイルーを巣に連れ帰る時のように。

 

 

「居た!! ポット、あんた本当にいい加減にしなさいよ!? 何!? あんたは私を精神的に痛ぶるのが趣味な訳!?」

 竜車の反対側から。

 

 背中に身の丈程の大剣を背負った銀髪の女性が目を光らせながら駆け寄って来た。その瞳はまるで怒ったナルガクルガのようである。

 

 

「やあ! アンワ! そうだ、紹介するよ。彼はロウ君、こっちの小さい子はキリエラ君! 僕の友達さ!!」

「そんな! ポットに友達が居たなんて!? どうも宜しく。私はアンワ───じゃなくて、人の話を聞け!! 毎回毎回居なくなるなって言ってるでしょ!?」

 アンワという女性はロウからポットを受け取って、胸倉を掴んで彼の体を何度も揺らした。

 

「……お前は本当に問題児だな。組まなくて良かった」

 苦笑いを溢すロウ。

 彼女の言葉を聞く限り、ポットはいつもこんな調子らしい。普通に嫌である。

 

 

 

「賑やかになってきた所悪いけど、そろそろ集中した方が良いよー。大蟻塚の荒地の難関……砂の大地が見えて来たからね」

 いつのまにか竜車の上に乗っていたキリエラが、三人にそう声を掛けた。

 

 彼女の言葉に三人は直ぐに意識を切り替える。ふざけていても、彼等は調査団なのだ。

 

 

 視界に映る見上げる程の蟻塚。見渡す限りの砂の大地。

 

 背の低い木々や沼地を抜けると、そこには荒々しい地形と厳しい環境が待っている。

 

 

 

 砂の荒地。

 極限の環境下でのみ生きる事の出来る強大なモンスターの暮らす地に、調査団の物資班達がその足を踏み入れようとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翼竜

 翼竜。

 

 文字通り翼を持つ竜であるが、飛竜と呼ばれる中でも一般的に有名なリオレウス等と比べるとその体格は小柄な種が多い。

 その中でも新大陸に多く生息するメルノスと呼ばれるモンスターは草食生で大人しく、人にも慣れる為調査団はアプトノスのように彼等を飼育していた。

 

 

 メルノスは小柄ながら武装したハンターを連れて飛行する事も出来る為、調査団の移動手段としても度々用いられている。

 

 調査団の飼育するメルノスは足に目印となる足輪を付けており、ハンターの口笛で近寄ってくる訓練をしているので狩場から脱出する際は飛んでいる調査団飼育のメルノスを見付けて口笛を吹けば良い。

 

 古代樹の森でキリエラを囮にしてポットをアステラに避難させた時に、彼を運んでくれた竜こそこの翼竜───メルノスというモンスターなのだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 砂の荒地の空を見上げると、数匹のメルノスが群れで移動している姿が見える。

 

 

「アレは調査団(ウチ)のか?」

 物資班の一人が晴天の空に指を向けながらそう言うと、ロウは目を細めて「違うな。野良だ」と短く答えた。

 

「目が良いな、あんちゃん」

「まぁ」

「本当だね。僕でも見えないよ」

 驚くキリエラを他所に、ロウはもう一度飛んでいるメルノス達に視線を向ける。

 何がなのか分からないが、何かが不自然な気がしてならなかった。

 

 

「しかし静かだなぁ。大蟻塚の荒地ってこんなに穏やかだったか?」

 物資班の男は以前にも何度か大蟻塚の荒地に出向いた事がある。

 その時はもっとモンスターの気配が多く「もしここで物資を運ぶなら、それはもう大変そうだ」と不安に思っていたのだ。

 

「キリ、なんか思う事は?」

「分かんない。なんか不自然だけど、珍しい事じゃないしね」

 ロウ達5期団と違い、キリエラはこの新大陸で十年過ごしている。

 そんなキリエラが「分からない」という違和感の正体にロウ達が気が付ける訳もない。

 

 

「不自然というと、そういえばだけど新大陸にはガレオスやデルクスみたいなモンスターは居ないのね」

 ロウから見て竜車の反対側でポットを引き摺りながらそう言うアンワ。彼女の相棒で首根っこを掴まれて引き摺られているポットは「確かに!」と思い出したように同意した。

 

 現大陸の砂漠地帯にはガレオスやデルクスといった───砂の中を泳ぐモンスターが多い。

 彼等は足場の悪い砂の大地に完全に適応しており、他の大型モンスターと比べても遭遇率が高い為、砂漠を行き来する商人達にとっては一番の難敵である。

 

 

「ガレオスか! 久し振りに名前を聞いたな。そういや新大陸(コッチ)じゃ見ねぇ面だ!」

 物資班の彼もキリエラと同じく4期団で、新大陸に来たのは十年前だ。彼にとってはもう懐かしい名前だろう。

 

「居ないのか、ガレオス」

「居ないよ。そもそも僕は見たことないけどね。どんなモンスターなの?」

「プケプケより少し小さいくらいのサイズで砂の中を泳ぐサメだ」

「怖」

 ロウの説明を聞いてキリエラは表情を引き攣らせた。

 

 ガレオス等は遭遇率もそうだが、砂の中を自由に動き回り単体でも危険であり、さらに群れをなすモンスターでもある。

 砂漠地帯においてモンスターによる被害で一番多いのは彼等であるとも言われている程に厄介なモンスターだ。

 

 

 だから、ロウはそういう相手がいない事については安心している。

 留意すべきは大型モンスターだが、的がデカい分には見付けやすい為幾分かは気が楽だ。砂漠地帯での護衛では一番に気をつけるのはガレオス等の群れに気付かない事である。

 

 

「砂の中にまで注意を向けなくて良いのは楽だが、視界は悪いな」

「そうね。古代樹の森程じゃないけど、私達の知ってる砂漠と違って岩とか多いし。アレ何? 蟻塚? デカ過ぎ」

 ロウの言葉にため息を吐きながら同意するアンワ。砂の大地に点在する岩石や巨大な蟻塚が死角になって、遠くまで見渡せないのは不安要素の一つだ。

 

 物陰からモンスターが出てきて襲われた、なんて事になると護衛は間に合わない。

 出来るだけ岩石等に近付かずに進んでいるが、そのせいで進行は予定よりも遅れている。

 

 

「高いところから見れたら良いんだけどね。竜車の上くらいじゃダメだなぁ」

 荷物の上に立って双眼鏡を除くキリエラだが、荒地にはモンスターの背よりも高く形成された蟻塚が多数並んでいる為、竜車の上程度ではまだ視界は開かなかった。

 

 

「お! それなら僕に良い作戦があるぞ!」

 そう言って道端に転がっている石ころを拾うポット。

 彼はその石ころを左手に装着した()()()()()に装填する。

 

 

 スリンガーは新大陸調査団が使用する標準装備だ。

 左手に装着出来るサイズの小さな弩で、石ころ等を装填して射出する事が出来る。

 さらに装備されたロープを射出する事も出来るため、このロープをメルノスの足に括り付けての移動にも使用出来る優れものだ。

 

 迷子になった彼が古代樹の森からアステラに帰還した時も、そうして近くにいたメルノスに捕まり無事に拠点に辿り着いたのである。

 

 ロウは元々ヘビィボウガン使いであり、物を射出するという点においてヘビィボウガン以上の成果は期待出来ない分あまり使用してはいない。

 だから、彼はポットが何をしようとしているのか分からなかった。

 

 

「ちょっと、また勝手に! 何をする気よ!」

「良いから見ていてくれたまえ! うーん、ここだ! 射撃!」

 狙いを定め、スリンガーから石ころを射出するポット。

 

 射出された石ころは空高くに吸い込まれるようにして飛んでいく。その先に居たのは、野生のメルノスだった。

 メルノスは突然飛んできた石ころの衝撃に驚き、高度を落とす。ポットはそんなメルノスに、今度はスリンガーでロープを射出した。

 

 

 そのロープを引っ張れば、ポットの身体が空高くまで上がっていく。

 調査団で飼っているメルノスならともかく、野生のメルノスに捕まろうとするとは誰も思わなかった。

 

 

 

「ハッハッハッ! これなら高いところから見渡せるよ!」

 空を飛ぶ野生のメルノスにぶら下がりながら、ポットは片手で双眼鏡を覗き込む。

 そんな彼を見上げながらキリエラは「おー、頭良いね」と素直な賞賛の声を漏らした。

 

 

「アイツ、バカなのにこういう時直ぐに動けるのよね。感心するわ。バカなのか天才なのか偶に分からなくなるわよ」

 相棒のアンワも彼と組んでそう長い訳ではないが、ポットの行動には度々驚かされるらしい。

 

 

「ウワ!! でもどうやって降りるんだコレ!! 怖い!! どうしよう!!」

「いやバカだろ」

「バカね」

「バカだねぇ」

「バカがいる」

「おいあのバカどうする?」

「なんだあのバカ」

「おいバカが空を飛んでるぞ」

「バカは高い所が好きって本当だったんだな」

「おーい、バカ! なんか見えるか?」

「何言ってるか聞こえないぞー、バカ」

「バーカバーカ」

「おかしい!! 何故か皆がバカしか言わなくなってしまった!! そして誰も助けてくれる素振りを見せない!!」

 どうやって降りようか分からなくなったバカは、しかし───ふと視界に入った何かが気になって再び双眼鏡を覗く。

 

 視界に一瞬映り込んだ黒と、二本の角。

 

 

 ポットの脳裏に浮かぶのは現大陸でも砂漠の主と言われている竜の姿。そしてその種は、ここ新大陸でも確認されていた。

 

 

「まずいぞ……!」

 岩陰に隠れて一瞬で、しかも一部分しか姿が見えなかったが、そうじゃなくても何かが居たのは確かである。

 

 ポットは急いで縄を外して、砂の大地に飛び降りた。頭から。

 

 

「頭から落ちるバカがいるか!?」

 流石のロウも、自分の目の前に頭から降って来たポットに驚いて声を上げる。

 柔らかい砂の上ではあるが、見た目は大惨事だ。

 

 

「───ブハッ! 大変だ! 進路方向! 何が居る。二本角の黒い奴!」

「二本角?」

「黒い奴!?」

 ポットの言葉に物資班数人の顔が真っ青になる。

 

 砂漠で二本の角、そして黒いと言われれば考えられるのは一つだけだ。

 

 

「───ディアブロス亜種って事?」

「さて、一番厄介なのが来たね。やけに静かだったのは繁殖期のディアブロスが居たからかな?」

 ディアブロス。

 大型の飛竜種にして、砂漠の暴漢とも呼ばれている危険なモンスターである。

 この種の雌は繁殖期になると体色が黒く変色して普段よりもさらに凶暴になる事で有名だ。

 

 

「キリ、どうしたら良い?」

「ポット君、モンスターが居たのは?」

「ここからでも見えるあの一番大きな岩陰だよ。直ぐに見失ってしまったけどね」

「通りたかった道だねぇ」

 物資班の男に聞かれ、キリエラは目を細める。

 ゾラ・マグダラオス捕獲作戦の為には出来るだけ多く、そして早く資材を大峡谷に持ち運ぶ必要があった。

 足止めは捕獲作戦の是非にも関わる。迂回して遠回りするのも、あまりしたくはない選択だ。

 

 

「私が囮になって引きつけようか?」

 そう提案したアンワに、キリエラは「一人は危険。ダメ」と義手を向ける。

 

「それじゃ、後一人着けてよ。私は現大陸にいた時、一人でディアブロスを狩った事がある。これなら安心でしょ?」

「いや、本隊から離れるのは無しだ」

 付け加えたアンワの言葉に、今度はロウが待ったをかけた。良い作戦だと思っていたアンワは口を尖らせて「なんでよ」と問い掛ける。

 

 

「囮作戦が失敗した時のリスクが大きい。戦力を減らして別のモンスターに接敵すれば護衛は困難になる」

「……なるほど」

 これはロウの経験則だ。

 

 彼が死神と呼ばれていた事をアンワも知っている。だからこそ、彼の言葉は信じるに値した。

 

 

「それじゃ、どうする訳?」

 しかし、他に手がないのなら話は別である。ゾラ・マグダラオスは待ってくれないのだから。

 

 

「───ディアブロスを先に叩く」

 少し考えて。

 ロウが出した答えに、調査団達は一考してから賛同するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

角竜

 黒。

 ドスジャグラスすらも比にならない巨体。

 

 

「───突進くるわよ!」

 アンワが叫び、前線で大盾を構えていたランス使いの男が姿勢を低くした。

 

 一対の翼を持つ飛竜。

 それにしては強靭な両脚が、砂の大地を蹴り上げて駆ける。

 

 轟音。

 ランス使いの男は竜の突進を盾で受け流すようにして交わし、表情を歪ませた。

 いくら大きな盾を持っていてもマトモに受けようとは微塵も思えない。痺れた腕を振りながら、ランス使いの男は息を吐いて槍を構える。

 

 

 二つの瘤が着いたハンマーのような尻尾を振り回しながら、竜は砂が舞い上がる程の咆哮を上げた。

 それこそ、ドスジャグラスのそれとは比べ物にならない。大地が振動し、狩人達は武器を落とさないように耳を押さえるので精一杯になる。

 

 

「こっちだ!」

 接近していた狩人達から少し離れた所で、ロウの大筒が火を吹いた。放たれた弾丸がこめかみに直撃した竜は、衝撃に歪んだ頭を彼に向けてその眼光を光らせる。

 

 荒い息を漏らしながら、見る者全てを恐怖で支配するその姿はまさに黒い悪魔そのものだった。

 

 

「……やはりディアブロス、そう簡単にはいかないか」

 ロウは冷や汗を垂らしながら、竜が姿勢を低くするのと同時に身を投げる勢いで大地を蹴る。

 次の瞬間。今さっき彼が居た空間は、竜が駆けて切り裂かれた。もしそこに何かが残っていれば、跡形もなくバラバラにされていただろう。

 

 

 ディアブロス亜種。別名───黒角竜。

 

 

 物資の輸送中。

 道を阻む竜と、新大陸調査団の三人のハンターが交戦していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 時は少し遡る。

 

 

「───ディアブロスを先に叩く」

 物資班の行手を阻む竜を見つけ、その対策の為にロウが出した提案は意外な答えだった。

 

「こっちから仕掛けるって事?」

「ディアブロスを撃退、ないし討伐してしまえば少なくともゾラ・マグダラオス捕獲作戦まではこの道の安全が確保される。多少リスクがあってもやる価値はあるんじゃないか?」

 キリエラの問い掛けにそう答えるロウ。

 

 意外だったのは、かつて護衛対象を護り切れず死神と呼ばれる事を()()()()()()彼の口から戦うという選択肢が出て来た事である。

 

 そういう経験をして、自分を責めてしまう人間は弱気な態度になりやすい。

 しかし彼は違った。芯の強い言葉に、キリエラは「そうだね」と静かに頷く。

 

 

「僕は賛成。皆は?」

「私は構わないわ」

「異議無し!」

 キリエラが仕切ると、アンワとポットを皮切りに満場一致でディアブロスと戦う作戦を決行する事になった。

 

 護衛のハンターはロウとアンワ、そしてランス使いのハンターと双剣使いのハンターの四人である。

 ロウは竜車を出来るだけ安全な場所に退避させると、双剣使いのハンターに護衛を一任。残りの三人でディアブロスとの戦いに挑む事になったのだった。

 

 

 そしてポットの報告通り。

 

 荒地にはディアブロス亜種の姿があり、三人は交戦する事になる。

 

 

 ディアブロスは発見時から気を立てて怒っていたが、黒角竜とも呼ばれるディアブロス亜種は繁殖期であり気が荒い。

 だからそれだけなら想定内なのだが、三人はディアブロスの姿を見てその不自然な光景に一時首を傾げた。

 

 

 

「角が二本共折れているが、相手が人間ならそう大した問題でもないんだろうな」

 なんとかディアブロスの突進を避けたロウは、振り向いて様子を伺ってくる竜の頭部を尻目に愚痴を漏らす。

 

 本来、角竜と呼ばれる所以であるディアブロスの角は頭部に二本。

 まるで槍のように前方へ捻れた角を持つのがディアブロス最大の特徴だ。

 

 

 しかしロウ達が見付けたディアブロス亜種は、その角が二本共折れている傷付いた個体だったのである。

 身体中に傷を負っているのは、外敵を蹴散らして回っているからか。何にせよ、角が折れていようが脅威であるその図体は今ロウ達に向けられていた。

 

 

「ポットは二本角と言ってたが……」

「アイツの事だから適当言ってたのよきっと! それよりまた来るわよ!」

 ディアブロス亜種が傷付いているのはともかく、角が二本共折れている事がロウは気になる。

 ポットがバカなのはロウも認めているが、それでも何か引っ掛かる所が彼にはあった。しかし、自分自身でも何に引っ掛かっているのかは分からない。

 

「そっち狙ってる!」

「またか!」

 ディアブロスの目標はランス使い。

 姿勢を低くし、その図体からは信じられない速度で砂の大地を掛ける。

 

 

「援護する。接近出来るか?」

「任せて」

 ランス使いがヘイトを買っている間に、アンワはその図体を背後から追った。

 

 ディアブロスは砂漠では負け知らずの飛竜だが、其の実攻撃方法は肉弾戦のみという単純なモンスターである。

 炎や水を吐いてくる事もなく、巨体故に飛ぶ事も出来ない。

 

 

 かの竜の脅威は強靭な肉体そのものだ。

 逆に言ってしまえば近付く事そのものは容易なのである。その後の対応が問題なのであり、しかし───調査団のハンターは伊達ではない。

 

 

「待たせた!」

 ディアブロス亜種の尻尾をなんとか盾で防いでいたランス使いの隣を銃弾と共に横切るようにして、アンワは砂の大地を蹴り背中の獲物に手を伸ばした。

 

 彼女達に背中を向けて、ハンマーの様な尻尾を振り回していたディアブロスは接近していたアンワの姿に気が付いて居なかったのだろう。

 懐に潜られ、気付いた時にはもう遅い。

 

 

「貰った!!」

 身の丈程の大剣をディアブロスの足に叩き付けるアンワ。そのまま切り上げ、振り回し、ディアブロスの硬い甲殻を削り飛ばした。

 

 

 遂に足の筋肉に届いた刃が血飛沫を散らす。

 連撃に怯んだディアブロスの股下で、彼女は己の得物を一度引き戻し、持ち手のグリップを捻りながら刃を引いた。

 

 彼女の得物は同時に変形する(形を変える)

 両刃の大剣だった刃が二つに割れ、重心を上に集約させた斧へと変貌したその武器。

 

 

 スラッシュアックス。

 連撃に特化した剣と一撃の重みに特化した斧。その二つの特徴を持つハンターの武器だ。

 

 

「そこだぁ!!」

 アンワは剣モードで切り裂いた傷に、一寸の狂いもなく斧の刃を横から叩き付ける。

 元より連撃で体勢の崩れていたディアブロスは、その一撃で悲鳴と共に身体を横倒しにした。

 

 

「っしゃぁ!」

「流石だな!」

 後ろからランス使いが位置を入れ替え、その鋭利な槍で倒れたディアブロスの尻尾を突き刺す。

 

 巨体のバランスを保つ為に太く進化したディアブロスの尻尾は血管が集まっていて弱点の一つでもあった。

 そこを着実に突いてくるランス使いに苛立ちを見せながら、ディアブロスは起き上がって再び咆哮を放つ。

 

 空気の振動。

 これをすれば小さな生き物は大抵萎縮して動きを止めるという事を、この竜は知っているのだ。

 

 ディアブロスは正面()()の動きが止まっているのを確認して翼や頭の襟を駆使して砂を掻き分け、砂の大地に潜っていく。

 その巨体が砂の中に消えるまで、数秒と掛からなかった。

 

 

「逃げた?」

「違うな。下から来るぞ! 俺の後ろに───」

 ディアブロスは砂中でも自由に動き回る事が出来る。そこからの奇襲を警戒し、ランス使いがアンワの援護をしようとしたその時───

 

 

「───当たれ」

 ───ロウが放った弾丸が地面を抉った。燃え上がる砂の大地。徹甲榴弾の爆発音が周りの砂を吹き飛ばす。

 

 同時に、砂の中に潜っていたディアブロスが暴れるようにして砂上に姿を表した。

 

 ディアブロスは砂の中に潜っていても敵を感知できる程の聴覚を持っている。

 逆に大きな音を立てるとこうして驚いて砂の中から飛び出す程に過剰な聴覚は、こうしてハンター達の間では弱点としても有名な話だ。

 

 

 

「よくディアブロスが狙ってる場所が分かったな……!」

 ランスを構え、砂の上で暴れ回るディアブロスに向け突進しながらそんな言葉を漏らすハンター。

 それに追従するアンワは、少し前のディアブロスの咆哮を思い出す。

 

 咆哮の後、離れていたロウだけが動けた事をディアブロスが学習したのなら───ディアブロスがロウを狙う可能性は確かに高い。

 戦い慣れた個体なのだろうか。身体中の傷を見ればそれは分かるが、そのディアブロスの角が二本共折れている事がまたロウは気になった。

 

 

「ここで決めたいな……」

 言いながら、ロウは狙撃竜弾をヘビィボウガンに装填する。

 

 5期団のハンターは皆優秀である。

 アンワは着実な手数と火力があり、ランス使いの男は仲間が安心出来る気配りのある立ち回りが出来るハンターだった。

 ロウも状況判断能力が高く、周りを良く見て自分の立ち位置や援護射撃をこなしている。

 

 確かにディアブロス亜種は強敵だ。

 しかし、新大陸調査団は古龍をも相手にする度胸でこの地にやって来た者達である。

 

 

 この世界は単純で、狩るか狩られるか。

 強い者が勝つ単純な世界。

 

 

 ───そして彼等は間違いなく、強者だ。

 

 

 

「ここを狙え!」

「分かったわ!」

 ランス使いが突進と刺突で切り裂いたディアブロス亜種の左足に、大斧を振り下ろすアンワ。

 先程のアンワの攻撃もあって、甲殻は剥がれ、肉の露出する左足に叩き付けられた大斧が嫌な音と共に鮮血で砂を塗りたくる。

 

 しかし、尻尾で周りを振り払うようにして起き上がったディアブロスにはまだ戦意が残っていた。

 その眼光を光らせて、血みどろの脚で地面を蹴って息を荒げる。

 

 

「し、しぶと……」

 そしてディアブロス亜種が翼を広げ、姿勢を低くしたその時───

 

 ディアブロス亜種が吹き飛んだ。

 

 

 風を切る音。

 

 続いて、頭から地面に叩きつけられる様に何度も回転した身体を爆炎が襲う。

 

 

 狙撃竜弾。

 折れた角の生え際に直撃した弾丸は、その威力でディアブロスの身体を竜二頭分程吹き飛ばした。

 

 頭に穴を開ける事こそ叶わなかったが、その威力は絶大である。

 強烈な脳震盪を起こしたディアブロス亜種はその生存本能に従い身体を持ち上げるが、目の前の敵に抗おうという意志を失っていた。

 

 

 

 今は逃げなければ、死ぬ。それだけは分かった。

 

 己の一番の武器である二本の角を奪われた相手と戦った時ですら、そうは思わなかったのに。

 

 ディアブロス亜種は足を引き摺りながら、ハンター達に背中を向ける。

 

 

 

「逃げるわよ?」

「どうする?」

「追い掛ける理由はない、と思う。あそこまで弱ればしばらくは安全だろ。今は物資を運ぶ時間の方が大切だ」

 三人はディアブロス亜種を追い掛ける事なく、竜車の元に戻る事にした。

 

 

 無事ディアブロス亜種の撃墜に成功し、物資班は砂の大地をさらに進む。

 

 ディアブロス亜種との交戦地。

 その場に残された何かの棘の様な痕跡に、導蟲が青い光を纏いながら集まっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古龍

 その竜はこの荒地の主だった。

 

 

 ねじ曲がった黒い二本の角。

 他に追従を許さない強靭な肉体を武器に、この地で()()に逆らう者は全て薙ぎ倒されていく。

 

 そんな彼女にも繁殖期が訪れ、番と共に子を授かった。身体は黒く変色し、気性が荒くなるのは命を繋ぐ為である。

 

 

 だから、彼女は戦った。

 

 

 

 目の前で番を捻り潰した一匹の()()()()()と。

 

 

 彼女達と同じ二本の角。

 黒い体色に一対の翼。似通った姿の中、そのモンスターには彼女達にはない物がある。

 

 四本の脚。

 翼とは別の前脚。彼女はそれを不思議に思った。そんな姿をした生き物を彼女は見た事がなかったから。

 

 

 しかし、関係無い。

 

 縄張りを犯す者は容赦無く潰す。

 それが彼女が今考えるべきたった一つの事だからだ。

 

 

 

 姿勢を低くし、砂の大地を蹴る。

 鋭利な角に強靭な肉体。相手は得体の知れない生き物だが、体格だけならこちらが互角以上。

 

 炎を出したり周りを凍らせたりする訳でも無い。単純な力比べなら、彼女は負ける気がしなかった。

 

 

 ───しかし、その予想は覆される。

 

 そのモンスターは彼女の突進を、二本の前脚で受け止めたのだ。

 

 

 そのまま捻るようにして、彼女の角は嫌な音を立てて根本から折られてしまう。

 そこからは必死だった。

 

 生きる為に、生き残る為に、体の全てを使って戦う。

 

 

 相手にもそれ相応のダメージを与えた。彼女は強い。

 しかし、その相手はまるでダメージなんてないかのように立ち回った。お互いに身体は傷だらけになり、満身創痍で一度睨み合う。

 

 その時だ。

 

 

 目の前のモンスターの傷が塞がっていくのを見たのは。

 

 まるで傷口から棘が生えてくるように、彼女が着けた傷が消えていく。

 

 

 そこでやっと、彼女は自分の負けを認めた。

 

 生まれて初めて、彼女は勝てないという感情を知る。逃げなければいけない相手がいるという事を知った。

 だからこそ、その後三つの小さな生き物にですら手こずり、彼女は生きる事を選んだのだろう。

 

 

 逃げる彼女をそのモンスターは追い掛けない。

 

 そのモンスターはただ荒地をゆっくりと進んだ。まるで、何かを探すように。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ディアブロスは完全に撃退したようである。

 縄張りを進む竜車に何かが襲い掛かる事もなく、物資班の竜車は荒地を堂々と直進していた。

 

 

「ロウ君の作戦が上手く行ったね! これなら、もう何周かも順調に物資を運ぶ事が出来そうだ!」

「だと良いがな」

 楽観視は出来ない。

 この地にいるモンスターはディアブロスだけではない筈である。護衛任務は危険が付き物だという事を、ロウは身をもって知っていた。

 

「……それにあのディアブロスをあそこまで痛め付けた奴が何処かにいるのかもしれない、か」

 目を細めて考え込む。

 

 角が二本共折れていたのもそうだが、ディアブロス亜種は確実に何かと戦って疲弊していた。

 その相手がまだ近くに居るかもしれないと思うと、やはり油断は出来ない。

 

 

「あれ、何かしら」

 途中、アンワが気になる物を見付けて物資班は一度竜車を止める。

 

 彼女が見付けたのは、まるで地面から生えるように砂の大地に突き刺さった太い棘のような痕跡だった。

 その痕跡を見付けた場所は、ロウ達がディアブロスと交戦した場所の近く───ポットがディアブロスと思われるモンスターを見付けた岩場である。

 

 

「これは何の痕跡だ?」

 ランス使いが盾を構えながら、槍の先端でその痕跡を突いた。得体の知れない物体に、5期団のハンターと編纂者は首を傾げる。

 

 

「おいキリ、アレは……」

「どうしたの?」

 しかし、5期団以外のメンバーの中には()()()()()()があるようだった。

 

 4期団で物資班に所属している男は、その棘の痕跡を指差してキリエラに話し掛ける。

 

 

「キリは覚えてないか。確かアレは俺が新大陸に来た時だから、十年前くらいか。時折見付かるって言われてた棘の痕跡だ」

「棘の痕跡……。確か、リーダーや総司令も同じような事言ってた気がするね。ゾラ・マグダラオスの痕跡を探してる間に何かの棘みたいな痕跡が見つかり始めたって。……これが、その痕跡」

 総司令曰く、その痕跡はある程度の周期毎に新大陸で見つかるようになる物らしい。

 

 それが、ディアブロス亜種との交戦場所で見付かった。

 

 

「モンスターの痕跡なのか?」

「うーん、僕は分からないな。……先生が確か詳しかった筈だけど。でも、気を付けた方が良いかもね。総司令が先生に調査を依頼してたから、情報の少ない古龍かもしれない」

 一同は痕跡の観察を止め、竜車を進める事にする。何も起きなければそれで良い。

 

 しかし、少し進んだ先で突如砂嵐が物資班を襲った。

 

 

 

「厄介な」

「あの岩陰に一旦避難しよう! このまま進むのは少し危険だ!」

 ポットの提案で、砂嵐が収まるまで物資班は岩陰に避難する。

 

 現大陸の砂漠程広い砂地でもなく、砂嵐なんて珍しい現象がそうも長く続く事はない。しかし、先程見付けた棘の痕跡がロウ達の脳裏に過ぎった。

 

 

「……古龍なら、この砂嵐を作るくらいやってのけそうだが」

「古龍……なら、ね。確かに。そういえばあのディアブロス、かなり手負いだったわよね?」

 ロウが漏らした言葉に、アンワは先程戦ったディアブロス亜種の姿を思い出す。

 

 砂漠では負け知らずのディアブロス亜種を手負いにしたモンスターが居る───と、なればソレは古龍かも知れないという考えにも納得が出来た。

 

 

 

 古龍。

 この世界の生態系の頂点を飛竜等の大型モンスターとするならば、ソレは生態系の蚊帳の外にある世界の理そのものだと考える者もいる。

 

 未知のモンスター。

 古より存在し、人とも竜とも獣とも違う存在。

 

 

 時にソレは嵐を体現し、大地となり、超常の力を見せ、人々はソレ等に恐怖した。

 

 

 ───しかし、彼等とて生き物である。

 

 古龍渡りと呼ばれる、()と呼ばれる彼等がこの地に呼び寄せられる現象を解明する為に結成されたのが調査団だ。

 

 

「───どう動く?」

 彼等は龍に屈しない。

 

 もしこの場に調査団以外の者が居れば、その者は怖気付いて丸まって何も出来なくなっていただろう。

 

 しかし彼等は違った。

 神経を尖らせ、何が最善か考える。

 

 

「……居るな。この嵐の中に」

 それが彼等───新大陸古龍調査団だ。

 

 

 

「キリエラ、相手が何か分かるか?」

「さっきの痕跡の主なら、先生は確か()()()()()()って呼んでたかな。僕は名前しか聞いた事ないけど」

「ネルギガンテ……」

「ロウは知ってるの?」

 目を細めるロウに、キリエラはそう問い掛ける。

 

「……いや、俺も名前だけだ。ドンドルマにゴグマジオスが来た時、近くに現れたって話を聞いてな」

 ロウが現大陸に居た頃、ドンドルマという街に巨大な古龍が襲来した事があった。

 

 

 彼はその時ゴグマジオスの誘導戦に参加していたのだが、ゴグマジオス以外にも古龍が現れたという事を風の噂で聞いている。

 そして、その古龍の名前がネルギガンテだった。

 

 

「誰か他に知ってる奴は?」

 小さな声でロウがそう聞くが、三人の狩人も首を横に振る。

 

 

「もし戦うなら慎重にいこう。俺が前で時間を稼ぐ」

「なら、こっちは出来るだけ走って相手を撹乱する」

「戦うなら、ね。コレ、出来るだけ戦わない方が良いパターンだ。相手から攻めてこない限りは刺激しない方が良い」

 ランス使いと双剣使いに続いてキリエラがそう言うと、ハンター達は一斉に首を縦に振った。

 

 物資班の者達も、息を細めて姿勢を低くする。

 

 

 古龍を必要以上に恐れる者はいない。

 しかし、それは古龍の恐ろしさを知っているからだ。

 

 

 

「───目の前に居る」

 砂嵐の中。

 

 ロウは黒い影を見て、そう声を漏らす。

 

 

 一対の翼。

 そして四肢。ロウの脳裏にある古龍の姿が過ぎった。

 

 数種の古龍には、翼と四肢を持つという特徴がある。

 ロウの出会った古龍二種、オオナズチとゴグマジオスもその特徴を有するモンスターだった。

 

 

 そのどちらとも違うシルエットだが、目の前のモンスターが竜で無い事だけは確かだろう。

 

 

 

「……動くなよ」

「……う、うん」

 冷や汗を流すキリエラの前に手を向けるロウ。

 

 龍は何かを探るように、頭を振りながら砂嵐の中を歩いていた。

 

 

 二本の角の影が見える。

 ポットが見た黒くて二本の角があるというモンスターは、ディアブロスではなくこの龍の事だったのかもしれない。

 

 

「……何を探している」

 確実に。

 龍と調査団の者達は目が合っていた。

 

 砂嵐の中。

 しかし、完全に視界が閉ざされた訳ではない。そのシルエットだけでなく、身体中に生えた棘が砂の中で見え隠れする。

 こちらから見えているということは、龍からも見えているという事だ。

 

 襲ってこないのは、見定めているのか。何かを探しているように見える理由が、キリエラは気になる。

 

 

 

 ふと。

 

 砂の音がして、龍がピタリと止まった。

 

 

 誰かが足を動かした音だろう。調査団達は息を呑み込んだ。

 

 

 龍は少しの間、調査団に視線を向ける。

 

 しかし、興味が失せたのか。それとも龍が何かを探していて、彼等がソレではないと判断されたのか。

 

 

 龍は翼を広げ、その地を飛び立った。

 

 

 

 その後直ぐ、砂嵐が止む。

 

 ロウは砂の大地に倒れ込むようにして座り、頭を掻きながら大きな溜め息を吐いた。

 

 古龍との邂逅。

 理解はしていても、身体が耐えられる物ではない。

 

 

「皆、居ない人いない? 大丈夫? 点呼したら、直ぐに出発しよう。さっきの子、いつ戻ってくるか分からないよ」

 キリエラが両手を叩いて物資班員を動かす。

 

 彼女は座り込んでしまったロウに駆け寄って「ありがとう」と言って、手を差し伸べた。

 

 

「ありがとう? 何が」

「……ぶっちゃけ死ぬかと思った。ロウ達5期団のハンターが冷静だったから、僕達も冷静でいられたよ」

「……そうか。正直、俺も死んだかと思った」

「あはは、何それ」

「思い出さないなんて事はなかったな」

「ロウ……」

 ロウは俯いて、キリエラの手を取れない。

 

 

 

 必要以上に恐れる必要はないだろう。

 

 ロウは誘導戦の後、たった四人のハンターが討伐したゴグマジオスの死体を見た事があった。

 件のネルギガンテも、彼と同じ歳くらいの女性ハンターが討伐したと聞いている。

 

 

 龍はモンスターだ。

 そこに力の差はあれど、理の差はない。

 

 生き物には平等に死がある。人は龍を狩る事が出来る。

 

 

 

 けれど───

 

 

「やっぱり怖いもんだな、龍は」

「……だね。気を付けて進もう」

「あぁ。俺達の目標はさっきの奴じゃない。もっとデカい奴だからな」

 立ち上がり、竜車を動かす準備を手伝うロウ。

 

 

 そんな彼を見ながら、震える自分の身体を抱くキリエラの視界に映ったのは───

 

 

「流石ロウ君! 冷静だったね!」

「俺はお前が冷静に黙っていられたのが不思議でならんが?」

「もしかしてバカにされてる!?」

 ───震える手で強く拳を握るロウの姿だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大峡谷

 圧巻な光景が広がっている。

 

 

「───うっひゃぁぁ!! 見てくれアンワ!! ロウ君キリエラ君!! すっごいぞ!!」

 目の前に広がる光景に、興奮を隠しきれず声を上げるポット。

 

 大峡谷。

 連なる二つの山に挟まれた深い谷。物資班が辿り着いたのはそんな場所だった。

 

 

「……凄いな」

「圧巻だよねぇ。僕も初めて見た時は頭抱えたよ」

 峡谷は東西に気が遠くなる程続いており、迂回しても谷の向こう側に辿り着ける場所があるようには見えない。

 

「落ちたら登って来れないんじゃないかしら」

「だから向こう側にも行くのも難しいんだよね。あの先には陸珊瑚の台地っていう凄く綺麗な場所が広がってるらしいんだけどね」

「らしい? 誰かこの峡谷を超えて向こう側に言った人が居るのか? それとも、回り道があるのか」

 何かを思い出すように語るキリエラにロウが問いかけると、彼女は目を輝かせてこう口を開く。

 

 

「居るんだよねー、僕の師匠! フィールドマスターのおばさまが! おばさまはねー、凄いんだよ。気球船でこの谷を超えようとして行方不明になっちゃった3期団の人達を見付けてきたり! 僕達が行けるような場所でも色々な発見をしてきてるんだ!」

 これまで見たこともないような嬉しそうな顔でそう語るキリエラ。

 

 続けて話す彼女曰く───大峡谷は陸珊瑚の台地を一周するように囲っていて、その外と中を完全に隔てている為に独自の生態系が確立されているらしい。

 何故こんな場所が出来たのかは分かっていないが、この谷は一説によると超巨大モンスターが通った跡だとする説もあるのだとか。

 

 

「師匠、か」

「───あ、ごめん……」

 キリエラが話しているのを聞きながら、ふと漏らした言葉に彼女はハッとして謝罪をした。

 

 ロウは自らの師匠を失っている。

 そんな彼に師の話をするのは酷だったかもしれないと、キリエラは気まずそうに目を逸らした。

 

 

「……いや、良い師匠が居たんだな。納得だ」

「納得……? 何が……?」

「いや、別に。その、フィールドマスターってのは今何処に居るんだ? 俺も会ってみたいが」

「んー、師匠は先生や大団長みたいに忙しく放浪してるからなー。僕も一年くらい会ってない気がする」

「一年」

「一年」

「一年」

 目を丸くして聞き返すロウ。

 

 アステラはお世辞にも広いとは言えず、探さなくても会いたくない相手にだって会えるような場所である。

 それでも一年会っていないという事がどういう事なのか良くわからない。そのフィールドマスターという人物はその名の通り年単位で狩場でのサバイバルをしているとでもいうのだろうか。

 

 

「……心配にならないのか?」

「師匠なら大丈夫!」

 絶大な信頼の言葉にロウは関心の声を漏らした。

 

 危ない事はするな。

 そういう事ばかり言うキリエラがそう言うなら、大丈夫なのだろう。

 

 

「しかし! ここでゾラ・マグダラオスを捕獲する訳だね! うーむ、俄然楽しみになってきたよ!!」

「ここまで深い谷なら確かにゾラ・マグダラオスでも捕獲出来そうね。けれどあの巨体よりも深い谷、もしモンスターが作ったっていうならそのモンスターは何者なの?」

 積荷を下ろす片手間で、ポットとアンワがそんな会話をしていた。

 

 この世界には分からない事が沢山ある。

 調査団は今、その一つ一つを解き明かそうと前に進もうとしていた。ゾラ・マグダラオスの捕獲は、その第一歩なのだろう。

 

 

 

「───よーし、荷物を下ろしたら作業班とハンター二人を置いてアステラに戻るぞ! 物資運搬はこの一回じゃ済まないからな!」

 ゾラ・マグダラオスの捕獲には大量の物資が必要だ。

 

 それはアステラから大峡谷までを一周した程度では補えない。

 

 一向は作業班とハンター二人を置いて、早々に帰路に着く事にする。

 大峡谷はその特殊な環境故に大型モンスターは生息していない。しかし、荒地で古龍と思われるモンスターと遭遇してしまっては話は別だった。

 

 双剣とランス使いのハンター二人を置いて、物資班は再び物資を運ぶためにアステラへと帰還する。

 

 

 

 しかし、不安要素は杞憂に終わる事になった。

 

 

 物資班は後、護衛ハンターを増やしたが一度も交戦する事なく物資の運搬作業を終えたのである。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アステラの調査司令部にはロウ達が遭遇した龍の事が報告されていた。

 

 

「……また、奴が現れたのか」

「じいちゃん、もしかして」

「いや、断言は出来ない。どうあれ、ゾラ・マグダラオスの捕獲は決行する」

 白髪を乗せた褐色の初老。彼こそは調査班リーダーの祖父であり、この調査団の総司令である。

 彼は決意の硬い表情で、作戦の続行を決めていた。

 

 ネルギガンテ。

 総司令はその名前を知っていて、独自に同期のハンターと調査を進めている。

 

 

 もし、かの龍が捕獲作戦中やその前に現れる事になれば、作戦の最大の障壁になる事は間違いない。

 

「……奴の目的はなんだ」

 会議の結果を知らせる為に走る孫の後ろ姿を見ながら、総司令は十年前───4期団が到着した時の事を思い出していた。

 

 あの時も、確か───

 

 

 

「───話してきたぞ、キリ。でも、作戦は続行だ」

「総司令ならそうだよねー。うん、僕も止めようとは思ってないけどさ」

 ネルギガンテの事を報告したキリエラとロウの元に帰って来た調査班リーダーは総司令の決定を二人に話す。

 

 調査団は古龍一匹に恐れを成す組織ではない。

 そもそも、その古龍であるゾラ・マグダラオスを捕獲しようとしている集団だ。障壁の一つ二つで止まるとは誰も思っていないだろう。

 

 

「気を付けてるだけで、色々変わる事はあるからね」

「でも、二人も他の奴も。その龍をしっかり見た訳じゃないんだよな?」

「うん。砂嵐の中だったからね。だから、もしかしたら僕達の知らない古龍だったのかもしれないし。なんなら古龍じゃなかったかもしれないし、夢か幻だったのかもしれないしね」

 あの緊迫した状況の中。

 

 もしも古龍程の気迫を持つ他の何かだったとすれば、物資班全員で勘違いを起こしていた可能性は否定出来ない。

 

 

「───だが、確実に何かは居た。荒地に入った時、メルノスが群れで飛んでいただろ? 確かにメルノスは臆病だが、よく考えたらディアブロスが暴れていたくらいで群れごと何処かに飛んで行こうとはしない筈だ」

「……確かに」

 ロウの言葉を聞いて、キリエラは荒地で見た()()のメルノス達の事を思い出した。

 そしてロウ達が交戦した傷付いたディアブロス亜種。

 

 あの場には確かに何かが居たのである。

 

 

「十年前とか、今になってゾラ・マグダラオスの痕跡の近くで見付かってる棘の痕跡も気になるよね。僕達も大蟻塚の荒地で似たような物を見つけたけど、導蟲が変な反応をしてたんだよ」

「辺な反応?」

「うん。なんかね、いつもと違って青い光を出してたんだ。緑とか赤とかなら見た事あるけど、青い光は初めて見た」

 調査班リーダーに、自分の虫籠を持ち上げて見せながらそう話すキリエラ。

 

 

「青い光、か。俺も聞いたが事ないな」

「調査班のリーダーが知らない、か。キリエラの気のせいなんじゃないか?」

「そ、そんな事ないと思うけどなぁ?  本当に青く光ってた、気がするんだけど」

 彼女がその光を見たのは、棘の痕跡から離れようとした時に一瞬だけだった。

 

 昼間なのにまるで夜空に光る星のような───青い星のような光を覚えている。

 

 

「……ともあれ、報告ご苦労だったな。物資班はまた直ぐに出発するんだろ? 護衛のハンターは倍に増やして、安全重視で進めていこう。アステラの守りを固める算段も立ってきたしな」

 ゾラ・マグダラオスの捕獲に必要なのは物資やそれを組み立てる作業だけではない。

 

 捕獲作戦の為に多くの調査団員がアステラを空ける必要があった。

 その場合アステラの守りが手薄になる。ゾラ・マグダラオスの捕獲が成功しても、万が一アステラがモンスターに攻撃されてしまえば調査どころではない。

 

 

 この為、調査班リーダーは優秀なハンターにアステラ付近に縄張りを定着させてしまったアンジャナフを討伐する任務を依頼したようだ。

 リーダー曰く、アンジャナフ討伐を依頼したハンターは件の空からやってきた5期団らしい。そのハンターの事はロウも知っていて、彼曰く心配する必要はないとか。

 

 

 そうしてゾラ・マグダラオス捕獲の準備は滞りなく進んでいく。

 

 

 物資の搬送。アンジャナフの狩猟。大峡谷での作業。そして───

 

 

 

「───間に合ったな」

 ───時は来た。

 

 見上げる程の空間に設置されたバリスタや大砲の数々。ゾラ・マグダラオスを足止めする為の砦。

 

 

 揺れる台地。

 それは、かの龍がこの地に接近している事を意味していた。

 

 

 

 青い光が空を覆い尽くす。

 

 

 新大陸古龍調査団決死の作戦が開始されようとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜明

 大峡谷の空は広い。

 その一面に広がる星々の光が、夜の峡谷を照らしていた。

 

 

「───首尾は」

 ゾラ・マグダラオスの捕獲。

 その作戦に必要な物資を運び、アステラの守りを固め、砦や大砲等の兵器をかき集め───

 

 突貫工事の末、調査団はゾラ・マグダラオスが到着する前に捕獲作戦の準備を完了する。

 

 

 大峡谷では時折短い地鳴りが響くようになっていた。

 

 それは、かの龍がこの地へと近付いている証拠だろう。

 

 

「夜明けと共に、作戦開始だ」

 順調に進む作業を眺めながら、総司令がそう声を上げた。彼の声に、作業を進める調査団達は最後の仕上げに入り始める。

 

 

「長丁場になりそうだな、じいちゃん」

「日暮れまでには終わらせるぞ」

 今、五十年にも渡る新大陸古龍調査団最大の作戦が決行されようとしていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 焚き火を囲み、ロウは空を見上げる。

 

 

「ボーっとしてるけど、どうかしたの?」

 片手で持ってきたマグカップをロウの眼前に差し出しながら、キリエラがそう問い掛けた。

 

 反射的にそれを受け取ってから、彼女の手にはマグカップが一つしかない事に気が付いてロウは少しの間固まる。

 

 

「いや、別に。……悪いな、お前のかコレ」

「まさか。ロウに持ってきたんだよ。この手では二人分持てなくてね」

 自分の義手を指差しながら半目で茶化すようにそう言って、彼女はロウの隣に座り込んだ。

 

「僕はさっき飲んできたから、良いよ。それに今から頑張るのはロウ達ハンターだし」

「そうか。……ありがとう」

 素直に受け取って、温かいミルクに口を付ける。夜の寒さに冷え込んだ身体が、中から暖かくなっていくのを感じた。

 

 

「新大陸に来て早々だが、まさかこんな事をやる事になるとはな」

「あはは。確かに、古龍の捕獲なんて凄い事しようとするよね。そもそも、この新大陸の謎を解き明かそうって集団の総大将のやる事だから、驚かないけどさ」

 笑いながらも、彼女は古龍の捕獲という行為を馬鹿にはしていない。

 

 きっと現大陸でこの話をすれば「そんな馬鹿な事」と罵られるだろう。

 

 

 しかし調査団はこの地の謎、古龍渡りの謎を解明しにやってきた者達だ。

 

 古龍の捕獲。

 そんな途方もない行為すら笑う者は居ない。

 

 

「成功すると思うか?」

「半々かな。分からない。けど、分からないからやるんだよ。多分ね」

「だろうな」

 実際。

 ゾラ・マグダラオスを捕獲出来るという確証はない。

 

 しかし、捕獲出来ないという確証もないのは確かである。

 

 

 誰も成し遂げた事がない、は誰も成し遂げられないではない。

 

 挑戦していない、成功していない、ただそれだけだ。

 

 

 

 

「僕はこの通り役立たずだし。見ている事しか出来ないけど、きっと悪い方向には進まない。ここに居る人達は皆優秀だからね」

「そうだな」

 その事は、新大陸に来た時から痛感している。

 

 

 一見何も考えていないように見えて頭の回るバカや、優秀なハンターの仲間達。

 そして小さくても、その知識と柔軟さでこの十年間新大陸の仲間達を導いていた少女。

 

 

「───お前の力が必要になる時も来るかもしれない。だからこの作戦、しっかりとその眼を光らせておいてくれ」

「……うん。それは、勿論。任せてよ」

「何か気付いたら頼むぞ。俺も俺に出来る事をする」

 ゾラ・マグダラオスの捕獲作戦にはハンターや技術者達だけではなく、編纂者達も参加していた。

 

 キリエラは特に何か役割をこなせる訳ではないが、編纂者の中にはボウガンを担ぐ者や大砲等の兵器運用を任されている者もいる。

 

 

 ポット達編纂者も混みで、5期団はほぼ全てが投入。

 

 それだけ、このゾラ・マグダラオス捕獲に掛けられた思いは強い。

 

 

 その時を待ち続ける調査団は、時折響く地鳴りの間隔が短くなってきている事に少し浮き足立っていた。

 

 

 

「……僕に出来る事、か」

 眼を細めて焚き火の火を見るキリエラ。

 

 彼女の義手は簡単な構造で、ただ何かに引っ掛けられるフックの着いた棒である。

 片側にスリンガーこそ着いているが、肘がない分操作は難しい。

 

 そもそも八歳で新大陸に来た彼女はハンターという訳ではなかった。

 しかし、偶に自分も狩人として調査団の役に立つ事が出来たらな───と、思う。

 

 

 

「───アレはなんだ? メルノスじゃない」

 ふとロウが峡谷に視線を向けると、それまで居なかった何かが峡谷の中を飛んでいるのが見えた。翼竜に見えるが、調査団の使役するメルノスには見えない。

 

 ロウでなければ双眼鏡でしか確認出来いような距離である。

 彼はキリエラに双眼鏡で峡谷を見てくれと目で諭すと、自らももう一度峡谷に視線を向けた。

 

 

 二、三匹どころではない。十数匹、あるいは数十匹。

 

 悪寒が走る。

 彼はその光景に見覚えがあった。

 

 

 

「……アレはバルノスかな。うん、メルノスじゃない」

「バルノス?」

「結構凶暴な翼竜だよ。……なんでこんな所に居───ロウ!? ちょっと待ってよどこ行くの!?」

 キリエラの言葉を最後まで聞かずに、ロウは焦っているように駆け出す。

 

 その先で調査班リーダーを見付けた彼は、息を荒げながらこう口を開いた。

 

 

「アレを近付けたら作戦は失敗する!」

「ロウ? キリエラも、どうしたんだ」

 突然声を上げるロウに驚いたリーダーは、肩で息をするロウにそう問い掛ける。

 

 日の出が近い。

 

 

 そんな中、狩人達に響めきが広がった。

 

 

「俺は現大陸でゴグマジオスという古龍の誘導作戦に参加した事がある。その時、一番狩人を殺したのはゴグマジオスよりも、イーオスやガブラスみたいな()()()()を食いに来た小型モンスターだ!」

 必死な声。

 

 

 ゴグマジオス。

 別名巨戟龍(きょげきりゅう)とも呼ばれ、その名の通りゾラ・マグダラオス等と同じ巨大な龍である。

 

 その全長こそゾラ・マグダラオスには遠く及ばないが飛竜等に追従を許さない巨体の持ち主ながら、俊敏に動く機動力と天をも貫く灼熱のブレスで出現地域にて多大な被害をもたらした。

 

 

 

 その龍を撃退する為、街の砦へと誘導する作戦。

 

 その作戦に参加していたロウは、かの作戦で起きた事を思い出す。

 

 

 

「───ゴグマジオスの攻撃で混乱した俺達はおこぼれを貰いに来た奴等に部隊を壊滅させられた。ゾラ・マグダラオスは人間を無視する古龍だと聞いているし、海の上でも実際にそうだったが……()()にそれは関係ない」

 古龍と呼ばれるモンスターにはその大小に関わらず、その場を通り過ぎるだけで周囲に甚大な被害をもたらす生き物だ。

 

 そしてその被害の()()()()を貰うために、古龍に追従する生き物も少なくない。

 

 

 ロウが口にしたガブラスというモンスターはその最たるもので、彼等は厄災の前兆とも言われている程である。

 

 

 

 遠目に胡麻粒のように見えるバルノス達がゾラ・マグダラオスが歩く道で被害にあった生態系を狙っているとしたら───

 

 

「アレをなんとかしないと、ゾラ・マグダラオス捕獲作戦どころじゃなくなる」

「ロウ……。分かった、そのゴグマジオスという古龍との戦いの経験を活か───」

 調査班リーダーが、ロウに指揮を取らせてバルノスへの対処を任せようとしたその時だ。

 

 

 

「───っぅ、ふぅ……な、なんだ? 導蟲が」

 突然走っていくロウを追いかけて息を切らしていたキリエラの視界に青い光が映り込む。

 

 それは彼女が荒地で見たという光に似ていて───

 

 

 

「わ……綺麗」

 思わずそんな声が漏れた。

 

 青い光の主───導蟲は、キリエラの虫籠以外の様々な場所からも飛び出して、地上に現れた星かのように夜の空を照らしていく。

 その光景は、今さっきまで必死な表情をしていたロウすらも瞬きを数回して固まってしまうような幻想的な光景だった。

 

 

 導きの青い星。

 そんな言葉を思い出した者も少なくないだろう。

 

 

 

「なんだ?」

「青い光───うわ!?」

 同時に。

 

 大地が揺れ、峡谷のある一点に導蟲の青い光が集まっていった。

 光はまるで花火のように突如赤色になって弾け、その光の花が咲いた場所から岩盤が割れていく。

 

 

 

「───来たか」

 誰かがそう言った。

 

 

 大地の割れ目から、山そのものが顔を覗かせる。

 

 まるで火山が形成されていくかのように、その巨大龍は地面の中から現れた。

 

 

 距離感が狂う程の巨体。

 

 他の龍にすら一切の追従を許さない圧倒的質量。

 

 

 この世界の理。古龍。

 

 

 

 ─── 熔山龍(ようざんりゅう)ゾラ・マグダラオス。

 

 

 

「……作戦開始!!」

 かの龍の出現と同時に、朝日が峡谷を照らし始める。

 

 

 総司令の号令が響き、ゾラ・マグダラオス捕獲作戦がここに開始されたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捕獲作戦

 その場所は地獄だった。

 

 

 阿吽絶叫。阿鼻叫喚。

 

 

 巨戟龍───ゴグマジオス。

 

 かの龍の進行ルートを砦へと誘導する作戦。

 ゾラ・マグダラオスもその類であるが、巨大龍は小さな人間を敵として認識しない事が多い。その為接近しなければ危険度は低いと予測されていたのである。

 

 しかし、ゴグマジオスに関しては、それは大きく誤りであった。

 

 

 誘導作戦開始後、ゴグマジオスは誘導班を照射型ブレスで攻撃。誘導班はほぼ壊滅する被害を受ける。

 

 しかし、その被害はゴグマジオス一匹に齎された物ではない。

 

 

 約五十名の勇敢なハンターの命を奪ったのは───厄災の使者ガブラス、ゴグマジオスの進行ルート上に縄張りを作っていたイーオス達だ。

 おこぼれを狙っていた彼等は、ゴグマジオスの攻撃により混乱した部隊を襲い被害を最大まで拡大させる。

 

 

 

 生き延びたロウにとって、その光景は地獄そのものだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 狩人達が忙しなく動く。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの出現までに捕獲作戦準備は完了していた。後は作戦を完遂するのみ。

 

 そんな中、ロウは遠目に見付けたバルノスの迎撃任務に当たっている。

 

 

「───凄いなあんた! この距離で当てられるのか!」

 接近される前に───そう判断し、ロウはそう何度も使える訳ではない狙撃竜弾をバルノス数匹に当たるようにして遠距離狙撃をやってみせた。

 

 調査班リーダーの命でロウに預けられた数人のガンナーが歓声の声を上げる。

 

 

「……とはいえ効率が悪い。何匹居るんだ」

 成果を素直に喜べないのは、バルノスの数が異常に多いから。

 

 嫌でも過去にあった地獄のような光景を思い出して、ロウは舌を鳴らして目を細めた。

 アレが近付いて来たら確実に被害が出る。近付かれる前に、なんとか数を減らしたい。

 

 

「わ、私のヘビィボウガンを使って下さい! 私のヘビィボウガンも狙撃竜弾が撃てるので……。私、狙撃! 下手なんで!!」

 どうしたものかと悩んでいたロウの前に、一人の女性ハンターがヘビィボウガンを差し出した。

 

 ロウは目を丸くするが、直ぐに彼女のヘビィボウガンを手に取って構える。

 他人の武器は手癖が出て使いにくい。しかし、そうも言っていられる場合ではなかった。

 

 

「自信のある奴は当てれる距離で数を減らしてくれ。ここで出来るだけバルノスを減らす。良いな?」

「おう、任せろ! 俺達も良いところ見せようぜ!」

 ロウの言葉に、周りにいた数名のガンナー達が威勢よく返事をする。

 

 

「……頼もしいな」

 今さっき彼を誉めたヘビィボウガン使いの男は、パーティで古龍の撃退経験があるハンターだ。

 彼にヘビィボウガンを渡した女性も、実はジエンモーランという巨大龍の撃退戦に参加した事がある。

 

 この新大陸に集められたハンター達はそういった強者達ばかりだ。

 

 

 そんな中、自分に出来る事を探してそれを成す。

 

 それが今の彼等に求められている事だった。

 

 

「───それにしても、デカい」

 狙撃竜弾を撃って、残りは通常弾丸で削ろうと自分のヘビィボウガンを構える。

 そうしながら、ロウは進行するゾラ・マグダラオスの背中を横目で確認した。

 

 

 距離感が狂いそうになる程の巨体。

 

 かつてロウが対峙したゴグマジオスという龍も巨大龍と呼ばれるモンスターである。

 

 

 しかし、それでも、ゾラ・マグダラオスの巨大さはゴグマジオスと比べる事すら出来ない。

 ゴグマジオスはかの龍の脚一本くらいの大きさしかなかったのではないだろうか。実際にどうだったのかは覚えていないが、彼はその巨体を見てそう思う程気が遠くなっていた。

 

 

 この龍を今から捕獲する。

 

 ロウ達はバルノス達が本隊を襲うのを防ぐ為に少し進行して、ゾラ・マグダラオスの背面に着いていた。

 今この時も、ゾラ・マグダラオスの真横や正面付近ではかの龍の足止め作戦が実行されている。

 

 

 幸いゾラ・マグダラオスが調査団に敵意を向けているようには見えないが、それでもその質量そのものが捕獲作戦の一番の難所だ。

 

 

 自分に出来る事を。

 そう言って、キリエラと別れた時の事を思い出す。

 

 

「ロウ!」

「俺はバルノスをなんとかする。キリエラはゾラ・マグダラオスを!」

 そう言って目に付いたガンナーを片っ端から集めるロウを尻目に、キリエラは「さてと……」と周りを見渡した。

 

 

 既に狩人達はゾラ・マグダラオスへの攻撃を開始している。

 

 当たれば一撃で飛竜をも葬る大砲に、高威力の弾丸の他にも拘束弾を装備したバリスタ。

 場合によってはメルノスに乗ってゾラ・マグダラオスの背中に乗る手筈まで整えられているが、大砲の弾が直撃しようがかの龍は身じろぎ一つする様子がなかった。

 

 

 

「……お、思ってたより大きいな」

 唖然とする。

 もはやソレは人が踏み入れる事の出来ない領域なのか。

 

 かの龍との間には人がその知識の結晶を叩き込んでも破れない壁があって、人の攻撃は実際に届いていないのではないかと思ってしまった。

 

 

「───けど、思った通りだ」

 ───けど、そんな事はない。

 

 

 かの龍は岩のような外郭を持ち、その名の通り山のような巨体を持つ。

 大砲が直撃して外郭が多少消し飛んでも、かの龍は怯むような仕草すらみせない。

 

 何故か。

 

 

「あの外郭は殆ど体組織じゃないんだ。森や荒地に落ちていた痕跡もそうだけど、もうそれはあの龍の体表にくっ付いてるだけの岩。……削っても本体に大したダメージはない」

 ゾラ・マグダラオスを形成するその外郭の殆どが、体表を覆い尽くした岩石で覆われているとすれば───大砲が直撃してもダメージがないように見えるのは当たり前だ。

 

 人でいうなら防具に石ころが当たっているだけに過ぎない。衝撃により多少のダメージはあるかもしれないが、その程度だろう。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの体力を削り、捕獲するには、他のアプローチが必要なのは明確だった。

 

 

 

「───じゃあ、それはなんだ。あの子が生き物の範疇にあるなら、どこかに僕達(人間)が付け入れるところが有る筈」

 双眼鏡を除いてゾラ・マグダラオスを観察する。

 

 見れば見る程、その外郭は殆どが岩だ。

 話によれば5期団のハンターが持ち上げられた船から落ちてゾラ・マグダラオスの背中の上を走り回ったのだとか。

 

 人が安定して立てる程にしっかりとした岩で外郭を包み込んだ龍に、どうしたらダメージを与えられる。

 そう考えながら双眼鏡を覗き込むが、視界に入るのは岩だけだった。

 

 

「なんだ?」

 しかし、ふとゾラ・マグダラオスがその巨体を身じろぐ。

 

 大砲の一撃が効いたのだろうか。

 キリエラが居る場所からは、何が起きたのかハッキリ分からない。

 

 

「んー! デカい! ゾラ・マグダラオス! デカい!」

 距離感が狂いそうになる程の巨体。

 

 観察しようとしても、どうも全体を見る事が出来ない事にキリエラは目を細めた。

 

 

「キリエラ君! こんな所に居たんだね! 何か困り事かい?」

 そうして悩んでいたキリエラに、ポットが声を掛ける。

 

 

「あ、ポット君。キミはむしろ何をしてるの?」

「バリスタが下手過ぎて同期に散歩でもしてろと言われてしまってね! 散歩中なんだ!」

「ドウシテ」

 彼はバリスタを担当していたのだが、あまりにも下手くそだったので同期のハンターに席を取られてしまったところだった。

 人間誰しも得意不得意がある、と彼は語る。

 

 

「おや、厄介なのが来たね」

 ふと空を見上げたポットの視界に、バルノスの姿が映った。

 

 ロウが見付けた時は無数にいたバルノス達だが、迎撃部隊が上手く数を減らしてくれたのだろう。

 そうでなければ、今ここは無数のバルノスに襲われていた筈だ。取りこぼしが少ない訳ではないが、充分な戦果に違いない。

 

 

「流石だね、ロウ。……そうだ! ポット君、ちょっと援護してね!」

「え? 何をする気だい?」

 ポットの顔を見て、思い出したような顔で足元に落ちている石ころを拾うキリエラ。

 彼女はそれを義手に付いている小型のスリンガーに装填して、空を飛んでいるバルノスに肩から狙いを定める。

 

 

「ごめんねー!」

 言いながら。

 彼女は石ころを射出して、ポットが荒地でメルノスにやったように、石ころで怯んだバルノスの脚に向けてスリンガーで縄を括り付けた。

 

 空を飛ぶバルノスにぶら下がりながら、彼女はゾラ・マグダラオスを上から見下ろす。

 

 

「キリエラ君!?」

「これなら見やすいね。……おっと」

 バルノスは大人しい性格ではない。

 なんなら今から襲おうとしていた人間を吊り下げたまま飛ぶのも不本意に思っている筈だ。

 キリエラを振り落とそうと暴れ回るバルノスだが、キリエラは起用にバランスをとってゾラ・マグダラオスを観察する。

 

 かの龍よりも高くから、その全貌を見渡した彼女の瞳に映る命の灯火。

 その巨体に相応しい、まるで火山の火口のような光を見てキリエラは確信した。

 

 

「───そこか」

「キリエラ君! もう一匹来たよ!」

 ポットが叫ぶ。

 空に浮いている不自然な人間を見付けて、他のバルノスが襲い掛かろうとしていた。

 

「ありがとポット君!」

 言いながら、キリエラはスリンガーの縄を外して飛び降りる。

 

 

「うわぁぁぁ!? キリエラ君!?」

 空高くから飛び降りてくるものだから、ポットは焦って彼女を受け止めようとし───彼女に踏み潰された。

 

「痛い!!!」

「わ!? ごめん、ポット君……。大丈夫?」

 彼女としては安全に着地するつもりだったので、ポットが受け止めてくれようとするとは思っていなかったのである。

 踏み潰してしまったポットに謝罪するキリエラに「問題ないよ! 僕は頑丈だからね!」と彼は起き上がった。

 

 

「それで、何か見付けたのかい?」

「うん。見付けたよ! ゾラ・マグダラオスの弱点!」

 何かを探しているようだったキリエラにポットがそう聞くと、彼女は自信満々な表情でそう声を上げる。

 

 

 同時にゾラ・マグダラオスへ単発式拘束弾が放たれ───捕獲作戦は中盤へと差し掛かろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

熔山龍

 龍を捕獲したという事例は今現在確認された事はない。

 

 龍はこの世の理から離れた存在なのだから、この世の理の内に居る我々人間が干渉する事等出来る筈がない───そう語る者も居る。

 

 

 しかし、龍を討伐したという事例は少なくない。

 

 近年では狂竜ウイルスによりバルバレ周辺の生態系に多大な影響を与えたシャガルマガラ、高速で広範囲に飛翔し周囲の村を危険に陥れたバルファルク、ドンドルマへと襲来したゴグマジオス等の討伐は調査団なら誰もが知る程に有名な話だ。

 

 

 それは有名な話であって、龍の討伐や撃退なら数えられない程の物語がそこにはあるだろう。

 龍はこの世の理から離れた存在ではない。

 

 ならば、何故、龍を捕獲した事例が確認されていないのか。

 

 

 誰も成した事がないからだ。

 

 誰も成そうとした事がないからだ。

 

 

 龍は確かにこの世の理から離れていると言いたくなる程に圧倒的な存在である。

 

 この世界の生態系から外れているというだけなら間違っていないかもしれない。

 そんな途方もない存在を捕獲しようとは誰も思わなかった。だから、成功例がないだけなのだ。

 

 

 

 しかしこの地に集う者達はそうは思わない。

 

 彼等はそんな途方もない存在と戦った事がある。龍と邂逅した上で生還し、今ここに生きているのだ。

 彼等は龍が生き物だという事を知っている。その息が荒くなる事を知っている。その心臓の鼓動が止まる事を知っている。

 

 

 

「いや、しかし! 一生に一度会えるか会えないかと言われている古龍の捕獲作戦とは! 僕の人生は凄い確率だな!」

 以前そう言うポットに、ロウが言っていた言葉をキリエラは思い出した。

 

「───知ってるか。その、一生に一度会えるかどうかって話はな……古龍に会えたらソイツは基本死ぬからそう言われてるんだ。ギルドがそうならないように配慮してるってのもあるが」

「怖!!」

 彼の言う通り。

 

 

 そして殆どの狩人がそう思う通り。

 

 

 龍は途方もない存在である。

 

 

 

 しかし、龍は生き物だ。他の生き物のように弱点もある。その心臓の鼓動は止まる。

 

 

 ならば捕獲出来ない道理があるだろうか。否───その答えは、その先を見た者だけが知っていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 捕獲作戦は佳境を迎えている。

 

 

「───ゾラ・マグダラオスの弱点?」

「うん! あの子の身体、アレはマグマみたいなのが固まって出来た鎧って感じなんだと思う。だから、あの岩みたいな外郭に攻撃してもちゃんとしたダメージは入らないんだ」

 調査班リーダーの元に駆け寄ったキリエラは、さらにこう続けた。

 

 

「それで、さっきバルノスにぶら下がってあの子を上から見たんだけど」

「バルノスにぶら下がって」

「バルノスにぶら下がって」

「なんでそんなに危ない事を───」

「それで! 見付けたんだよ! あの子───ゾラ・マグダラオスは体内の熱エネルギーをマグマみたいに吹き出して岩石の鎧を構成していく器官がある。その器官だけは、岩の鎧じゃない筈だからダメージも通る筈でしょ?」

 ゾラ・マグダラオスの背中を指差しながらそう言うキリエラの言葉に頷きながら、調査班リーダーはかの龍の背中に熱せられて光る部分が数ヶ所あるのを確認する。

 

 同時に、単発式拘束弾によるゾラ・マグダラオスの拘束が解かれた。

 かの龍は眼前の第一障壁をあってもないような物だとでも言うように、簡単に突破してみせる。それこそ体力の減少が不十分という証だ。

 

 

「キリ、良くやった! そこを攻撃すれば、ゾラ・マグダラオスの体力を削れそうだな! よし、じいちゃん!」

 調査団は仮にそれを()()()()と呼称。

 

 

 ゾラ・マグダラオスが第二障壁へと到着する前に、その体力を出来るだけ削る作戦が実行される。

 

 

 

「───キリエラ、アレの捕獲は?」

「一回目は失敗。体力を全然削れてなくてね。でも、第二障壁の前での捕獲に向けて、今リーダー達があの子の背中に乗ってるよ! ロウがバルノスを減らしてくれたから、順調に行けそうだ」

 バルノスへの対応を終えたロウは合流して、作戦の現状をキリエラに聞かされた。

 

「取りこぼしはあったが……。被害は抑えれそうだな」

 ハンター達は今ゾラ・マグダラオスの背中で排熱器官を攻撃している。

 もしバルノスの数がもっと多ければ、ゾラ・マグダラオスに取り付く事は難しかったかもしれない。ロウ達がバルノスの対処を早めに行えたのが大きかった。

 

 

「俺達はバリスタと大砲で援護だな! ガンナーの底力、見せてやろうぜ!」

 一人のガンナーがそう意気込んで近くの兵器に並んでいく。

 

 ロウはそれに倣うようにバリスタの弾を拾うと、その弾丸をハンターが狙いにくい位置にある排熱器官へと叩き付けた。

 

 

「キリエラ、一発ずつで良いから弾を持ってきてくれ」

「了解!」

「僕は! 僕はどうしたら良い!」

「誰だお前」

「ポットだよ!! ポット・デノモーブ!!」

「ポッとでのモブ……?」

「そうそう! いや! イントネーションがなんかおかしいけど!! そう!!」

「何バカやってんのポット君。はい、ロウ! バリスタの弾」

「助かる。……おいバカ。お前の相棒は?」

 ロウに聞かれて、ポットは無言でゾラ・マグダラオスの背中を指差す。

 

 彼の相棒───アンワは今ゾラ・マグダラオスに取り憑いて排熱器官を攻撃中だ。

 彼が手持ち無沙汰なのは見て分かる。

 

 

「分かった。キリエラ、交代」

「僕の仕事が!」

「お前はゾラ・マグダラオスの観察に集中した方が良い。ポット、弾」

「これかい!」

「それは大砲の弾───軽々しく待つな、お前」

 キリエラの腕ではバリスタの弾を持つのが精一杯だが、ロウが大砲ではなくバリスタを使う事を選んだ理由は他にあった。

 

 

「え? そんなに重くないよ、これ」

「……そ、そうか」

 大砲の弾は重い。

 

 それがヘビィボウガンより重いかと言われればそうではないが、そもそもロウがヘビィボウガンを担ぐ理由が己の筋力に自信がないからである。

 自分の腕力で叩きつけなければならない大剣やハンマーと違い、ヘビィボウガンは引き金を引けばその威力を発揮出来るからだ。

 

 だから、ロウは大砲を使おうとは思わなかったが───

 

 

 

「よし、お前は弾を込めろ。キリエラ、大砲が効率良く効きそうな場所を教えてくれ。……俺は当てる」

 ───ポットが思ったよりも腕力があるなら話は別である。

 

 ポットが弾を運んで、キリエラが当たる場所を選んで、ロウが当てれば良い。

 命中制度の低い大砲だが、ロウはそういう事には自信があった。

 

 

「僕が役に立つ時が来たようだね! 任せてくれたまえ!」

「おー、頼りになるねポット君! よーし、頑張るぞー!」

 自分に出来る事を最大限に発揮する。

 

 

 ──君は誰かと居なさい──

 

 あの時の師の言葉の意味が、ロウの中で鮮明になった気がした。

 

 

 

 

 バリスタや大砲による攻撃と、取り付いたハンター達による排熱器官への攻撃でゾラ・マグダラオスの体力は順調に削られているように見える。

 

 

「───おいおい立ち上がったぞ!?」

「───海の中じゃないんだぞここは!!」

 しかし途中、かの龍は信じられない事に陸上でその巨体を持ち上げて二本足で立ち上がった。

 かの龍がこの地に上陸した時、自身の背中に調査団の船を乗せたまま海中で立ち上がる姿は確認されたが───それは浮力の影響する海中での話である。

 

 

「で、デカいな……」

 四足歩行をしていた時ですら狂いそうになっていた距離感がさらにおかしくなりそうだった。

 ここが峡谷でなければ、ロウ達は天を見上げる事になっていただろう。山が動いているというのが、もはや比喩表現ですらなくなってしまったようだ。

 

 

「乗ってた奴ら大丈夫か?」

「上手く動いてくれてるみたいだよ。ただ、あのままじゃ単発式拘束弾も効かないかもしれない。僕達は後脚を狙ってゾラ・マグダラオスをまた四足歩行にさせよう」

「後脚か、分かった」

 尻尾があるとはいえあの自重を二本の脚だけで支えられる事には驚きだが、後脚に負担が全くない事はないだろう。

 

 ロウ達はバリスタや大砲でゾラ・マグダラオスの脚への攻撃を開始した。

 

 

 

 吹き荒れる爆風、風を切る弾丸。

 

 小国一つなら落とすのに充分な程の火力が、一つの命にぶつけられる。まるで人と自然の戦争だ。

 しかし、岩盤をも砕くバリスタも、一撃で竜の命を屠る大砲も───かの龍は虫に噛まれた程度の反応しか示さない。

 

 それでも確実に、狩人達は───調査団はゾラ・マグダラオスの体力を奪っていく。

 

 まるで、本当に山を攻撃しているような感覚だった。本当はそこには火山があって、命なんてなくて、文字通り雲を掴むような事をしているのだと。

 

 

 

 ───しかし、そうではない。

 

 

 

「ゾラ・マグダラオスが……!」

 かの龍は二足歩行を辞め、唸るようにして第二障壁の前で立ち止まった。

 

 つい先程あってもないようなものだと言わんばかりに破壊したものと大差ない障壁を前に、ゾラ・マグダラオスが初めてその歩みを止めたのである。

 それはかの龍の体力を充分に削ったという証だ。

 

 大自然そのものとすら言われた龍の命を削り切った証。

 

 

「よし! 拘束を開始する! 単発式拘束弾用意!!」

 そして、ここからが本番である。

 

 総司令の命令で、各自持ち場の者達が単発式拘束弾を用意してその時を待った。

 かの龍は疲労からか、障壁を破壊する事が出来ずに脚を止めている。

 

 

 確実に、ゾラ・マグダラオスは弱っている筈だ。

 

 

 

「拘束弾用意───撃て!!!」

 放たれる。

 

 古龍を捕獲する作戦。その成否が問われる一撃が放たれた。

 

 

 

「ねぇ、ロウ! アレ!」

「なんだ……アレ。いや、アレは───」

 その傍で───

 

 

「───古龍」

 ───古を喰らう龍がその地に降り立つ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乱入

 現大陸で奇妙な報告がされた事がある。

 

 

 ドンドルマ周辺に現れたゴグマジオス。

 そしてその巨龍を追うようにして、一匹の龍がその周辺に現れたというのだ。

 

 超常的な力を持つ古龍種は、それを自覚しているかのように滅多な事がなければお互いに干渉しようとはしない傾向があると思われている。

 しかしその龍は、ゴグマジオスに自ら干渉しようとしていた可能性があったという報告だ。

 

 

 龍はゴグマジオスとの接触前に討伐されたが、その目的は明らかになっていない。

 

 

 かの龍と対峙したハンターはこう語る。

 

 

 ───まるで、何かを探していたようだった。

 

 

 理由は分からない。

 しかし、間違いなく、その龍の意識にゴグマジオスがあったという事だけは確かだったと語られている。

 

 

 

 その龍の名は───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ───ネルギガンテ。誰かがそう言った。

 

 

「総司令!」

「アレは……」

 ゾラ・マグダラオス捕獲作戦。

 

 かの龍が第二障壁の前に辿り着き、今まさに単発式拘束弾による古龍の捕獲が遂行されようとしている。

 ゾラ・マグダラオスの体力は排熱器官への攻撃で充分に減少していた。

 

 このまま拘束し、一時的に捕獲したゾラ・マグダラオスを調査する。それが今回の作戦による調査団の目的だ。

 

 

 

 ───しかし、ゾラ・マグダラオスを拘束した直後。峡谷の上空から黒い影が舞い降りる。

 

 それはゾラ・マグダラオスの背中に着地すると、一対の翼を広げて空気を振るわせる程の咆哮を放った。

 

 

 

「あのモンスターは!」

「ロウ、アレってもしかして……」

「荒地に居た奴なのか……。なんでこんな所に」

 捕獲作戦の為、荒地を超えてこの大峡谷に物資を運ぶ最中。ロウ達は砂嵐の中一対の角と翼を持つ龍を目撃している。

 

 あの時は砂嵐の中でしっかりと姿が見えなかったが、間違いない。その龍は、あの時の龍だとロウ達は確信した。

 

 

 二本の角に、強靭な四肢と翼。

 遠目にディアブロス亜種の影と見間違えるそれらの特徴は、砂嵐の中でみた影に酷似している。

 

 

 あの時、その龍は何かを探しているようにも見えた。

 今なら分かる。あの龍は───

 

 

 

「まずい、暴れ出したぞ」

「このままだとマグダラオスの拘束が解かれてしまう!」

 龍はゾラ・マグダラオスの背中の上で暴れ始めた。

 

 総司令やリーダーの命令で、ゾラ・マグダラオスに取り付いていたハンター達が直ぐに応戦に向かう。

 あの龍が暴れ続ければ、拘束弾がその余波で外れてしまうかもしれない。そうなれば、体力を回復したゾラ・マグダラオスは今すぐにでも第二障壁を突破してしまう可能性もあった。

 

 

「アイツを止めろ!」

 ロウ達とバリスタを使っていたハンターの声で、周りのハンター達も対応に当たっていく。

 

 

「なんで……なんでこんな所に……」

「……ロウ? どうしたの? ロウってば!」

「古龍が……」

 しかし、そんな中でロウだけが動けないでいた。

 

 

 新大陸古龍調査団は古龍を過剰に恐れる事はない。

 その殆どがかの龍の事を知らなくても、勇敢に立ち向かおうとしている。このゾラ・マグダラオスの捕獲作戦を成功させる為に戦っていた。

 

 しかし、ロウだけは、動けないでいる。

 

 

「ロウ!!」

「───っ、いや。悪い」

 その手は震えていた。

 

「ロウ、もしかして……」

 キリエラは大蟻塚の荒地での事を思い出す。

 

 

 あの龍が去った後。

 物資班を纏めながら、ポットを揶揄っていたロウの姿。

 

 しかし、そんな彼の手はあの時も震えていた。

 

 

 

「……怖いの?」

「……ち、違う。そんな事は!」

 ふと漏れたキリエラの言葉を、ロウは冷や汗を流しながら否定する。

 

 

「お、俺は古龍調査団だ。怖い訳がないだろ」

 言いながら、ロウはヘビィボウガンを背中から下ろして構えた。

 

 彼の狙撃技術なら、ゾラ・マグダラオスの背中の上で戦っているハンターを避けて弾丸を叩き込む事も出来るだろう。

 しかし、ロウは構えるだけで引き金を引かない。

 

 

「……もし、アイツがこっちに来たらどうする?」

 ふと漏らした彼のそんな言葉に、キリエラは確信した。

 

 

「ここに居るハンターであの龍を撃退出来れば、多分ゾラ・マグダラオスの捕獲は成功する。むしろ、そうなってくれた方が僕達にとっては都合が良いと思う」

「キリエラ、ポットと一緒に安全な場所まで後退してくれ」

「ロウ……」

 彼は怖いのだろう。

 

 古龍が。

 否、古龍にまた何かを奪われるのが。

 

 

「いや、そもそもなんで古龍が二匹も集まってる。古龍渡りと何か関係があるのか。まさか他にも居る? ならダメだ……キリエラ達を誰が守る。俺はこんな事してる場合か? あの古龍は何かを探しているようだった。ゾラ・マグダラオスの目的も分からない。ここに居るのは危険か。二人だけじゃない、皆が危ない。作戦は中止して撤退を、いや……他に古龍が居たらどうす───」

「ちょ!! ロウ!! 落ち着いて!! 落ち着いてって!!」

 まるで目の前が真っ暗になって何も見えなくなった子供のように、ロウは体を痙攣させながら頭を抱えて蹲った。

 

 脳裏に映るのは血と炎の赤と霧、人の肉が焼ける匂い、人々の悲鳴。

 頭の中を掻き回すような残酷な記憶。

 

 まるでこの世界から音が無くなったかのように感じる。聞こえるのは記憶の中の声。蹲った彼の視線の先にあるのは、地面に透けて見える地獄のような光景だけ。

 

 

「ロウってば……!!」

 キリエラは、ロウが自分を助けられなかった姉だと思っていた。

 

 

 十年前、もし姉が自分の事を助けられなかったら───

 

 きっと彼女は苦しむだろう。自分がそうであるように、姉も自分の事を愛していてくれた事を知っている。

 

 

 大切な人を守れなかった。

 キリエラはそういう人達の気持ちを、分かっているつもりでいたのである。きっと姉はこう考えた筈だと。けれど───

 

 

 

「ロウ……」

 取り乱すロウを見て、キリエラは自分が間違っていた事を思い知らされた。

 

 ───そんな程度の物ではない。

 

 

 大切な人を守れなかったという後悔と懺悔の気持ち。

 そして、今まさに目の前に現れた龍によって悲劇が再現されるかもしれないという恐怖。

 

 

 もし姉が生きていて、あの時自分が死んでいたら。

 

 

 姉もまた、こうして蹲っていたかもしれない。

 

 

 

「キリエラ君、彼を安全な場所に。僕に何か出来る事はあるかい?」

「え、あ、えーと……。あの龍の事やゾラ・マグダラオスの事ちゃんと見てて欲しい! うん、僕はロウを連れて行く」

 このまま蹲っているだけなら、ロウは作戦の邪魔になってしまうかもしれない。

 キリエラはその小さな体でロウに肩を貸して、なんとか近くに設置したベースキャンプへと向かう。

 

 

 二人の動向に関係なく、捕獲作戦は佳境を迎えた。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの背中の上で暴れる一匹の龍。その余波で拘束弾が外れていき、ゾラ・マグダラオスの体力も回復して行く。

 優秀なハンター達の力で犠牲こそ出さずに立ち回るが、龍は執拗にゾラ・マグダラオスから離れようとはしなかった。

 

 

「───撃て!!」

 バリスタの一斉射撃。

 

 ゾラ・マグダラオスの体力を削る為ではなく、取り付いた龍への攻撃が放たれる。

 バリスタの威力は絶大だ。しかし龍は、傷口を再生させる程の生命力を見せ付けハンター達の攻撃を意に介さずにゾラ・マグダラオスの背中の上で暴れ回る。

 

 

 そして、その末───

 

 

 

 

 地鳴りが響いた。

 

「落ち着いた?」

「……すまない」

 キリエラから紅茶を受け取りながら、ロウはそれに口を付けずにただ黙り込む。

 

 大峡谷に仮設置されたベースキャンプ。

 ロウはそこで座って、外から聞こえて来る音に時折身体を痙攣させていた。

 

 

「……すまない」

「そんな何度も謝らないでよ。ロウが辛いのは僕も分かる。どれだけ辛いのかだけは分からなかったから、僕はロウをここに連れてきてしまった。……ごめんね」

 座っているロウと視線を合わせて、キリエラはゆっくりと言葉を選びながらロウの頭を撫でる。

 年下の女の子にそうされるのをロウはいつも嫌がるが、今はその手を振り解く元気もないようだった。

 

「……俺は、怖いんだ」

「うん。分かるよ」

「古龍が怖い。いや、古龍に大切な人達を奪われるのが怖い。……俺は独りで死ぬつもりでここに来た。なのに、また大切なものが出来てしまった。お前も、ポットも、仲間のハンター達も。死んで欲しくない。死なせたくない。怖い。誰もいなくならないで欲しい。もう嫌なんだ」

 蹲って、声が漏れる。

 

 

「……大丈夫。大丈夫だよ、ロウ。僕はここに居る。ポット君や他のハンター達も、皆ちゃんとここに居る。大丈夫、大丈夫だからね」

 言いながら、キリエラは彼をその小さな胸の中に抱きしめた。

 

 暖かい。

 それを失うのが怖い。

 

 

「……俺は、調査団に向いてない」

「そんな事───」

「キリエラ君!」

 ベースキャンプの中にポットが入ってくる。気が付けば、外の喧騒は信じられない程に静かに収まっていた。

 

 その理由は一つしかないだろう。

 

 

「……作戦は? ゾラ・マグダラオスは?」

 顔を上げたロウはそう言って、キリエラはポットの口から出て来る答えが予想出来て視線を逸らした。

 

 

「……失敗だね。あの龍は何処かに行ってしまったけど、第二障壁は壊されてゾラ・マグダラオスは峡谷の奥深くに向かってしまった。追跡は出来ない」

 死人こそ出さなかったが、時間と体力、そして大量の資材を使い果たした調査団が同規模の作戦を行うのは困難だろう。

 

 

 

 人類史上初の古龍───ゾラ・マグダラオス捕獲作戦は、一匹の龍の乱入により失敗に終わったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恐怖

 立ち上がる巨体。

 

 

 調査団の攻撃によるダメージで疲労していた事に加え、拘束弾による拘束で一時はゾラ・マグダラオスの捕獲に成功したと思った者も少なくはない。

 しかし、突然ゾラ・マグダラオスに取り付いた古龍により状況は一変する。

 

 龍の名は───ネルギガンテ。

 調査団の調査で度々その目撃情報や痕跡が見つかりはしていたが、まだ謎の多い古龍だ。

 

 

 ネルギガンテはゾラ・マグダラオスの背中の上で暴れ回り、その余波で拘束弾が外れ───捕獲作戦は失敗に終わる。

 

 

 

 かの巨龍が立ち上がり、第二障壁を踏み潰す姿を調査団は見ている事しか出来なかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 ゾラ・マグダラオス捕獲作戦から数日。

 

 

「───で、ゾラ・マグダラオスの移動で大峡谷にヒビが入ったらしくてね。もしかしたら、峡谷の反対側に行けるかもしれないって話が上がってるんだよ」

「なるほど」

 キリエラからの報告を聞いて、ロウはベッドの上で塞ぎ込んだままそう返事だけをする。

 

 部屋に戻ってから、ロウはずっとそんな調子だった。

 

 

 話こそ聞くが、興味を示してくれない。

 長い期間ではないがロウと行動を共にしてキリエラが知り得たのは、彼が元書士隊の護衛ハンターという肩書きに恥じない程には調査という未知への挑戦に前向きだったという事である。

 

 しかし捕獲作戦が失敗してから、彼はこうしてベッドの上で塞ぎ込んだままだった。

 キリエラが何をしても起きようとしないその姿はまるで不貞腐れた子供のようでもある。

 

 

「……そろそろ元気を出して欲しいな。別に、捕獲作戦が失敗したのはロウのせいじゃないってずっと言ってるじゃないか」

 あの日───

 

 ゾラ・マグダラオスに取り付いたネルギガンテをロウは攻撃する事が出来なかった。

 

 

 古龍への恐怖。

 ロウの中にあったそれは、彼を縛り付けて動けなくする。かの龍が去った後も、それは続いていた。

 

 

「ロウなら確かに狙撃竜弾をあの龍に───ネルギガンテに当てられたかもしれない。でもそれで、ネルギガンテを撃退出来たかは分からないでしょ?」

「でも俺は、何も出来なかった」

「ロウはバルノスをいち早く見つけて撃退したし、充分作戦に貢献したよ。誰もロウの事を笑ったりしない。だから、また一緒に調査をしよう」

 手を伸ばす。

 

 彼と過ごした時間は長くはない。

 ドスジャグラスの討伐の後に組んでから、古代樹の森の調査にクルルヤックの狩猟、プケプケの大連続狩猟、荒地の調査、ジュラトドスの狩猟、物資班の護衛。

 それだけの時間だが、それだけの時間がキリエラにとって新鮮で大切な物だった。

 

 

 姉を失い、十年間ほとんど独りで調査をしていた彼女に十年ぶりに出来た大切な相棒(バディ)

 

 

「俺の事は放っておいてくれって言っただろ。一人にしてくれ。……俺なんて居ても、何も出来ないんだ」

 そんな彼を放っておける訳がない。

 

 

「……僕を、独りにしないで欲しい」

「……そういう言い方は狡いだろ」

「僕はこの通り一人じゃ何も出来ない。何も出来ないのは、何もしなかったのは僕なんだ。ロウには出来る事がある。僕に出来ない事が、ロウには出来るんだよ」

 義手をベッドに叩き付けて、キリエラはソレを強く握りながらそう声を上げる。

 

 

 スリンガーの付いた棒。

 普通の義手とは違い間接もなく、非常に扱い辛い不便な物。

 

 十年前彼女が左腕を失った時、調査団の仲間達は彼女がハンターになるなんて言い出さないように態と不便な義手を作って彼女に渡したのだ。

 

 

「僕はハンターになりたかった。お姉ちゃんみたいなハンターに。……でも、僕にはなれない。僕は左腕と一緒に調査団の皆から信頼も失ったから、こういう事になってる」

「それはお前……違うだろ。お前は皆の役に立ってる」

「そうかもね。そうだよ。僕はこれでも役に立とうとしてるし、多分役に立ってる。そのつもりだ。信頼を失ったとか言ったけど、逆。調査団の皆は僕に向いてる事も出来ない事も分かってくるから、僕が変な事考えないようにしてくれた。それで良いじゃないか!!」

 ロウに顔を近付けて、キリエラは涙ぐんだ瞳を真っ直ぐに彼の目に向ける。

 

 

「出来ない事って誰にでもあるんだよ! 別にロウは古龍と戦えなくても良いじゃないか。古龍が怖くても良いじゃないか。僕なんか戦う事すら出来ない。ハンターにすらなれなかった。……でも、ロウはモンスターと戦える! ドスジャグラスやプケプケを凄く遠くから狙撃出来たし、正面からジュラトドスとかディアブロスとも戦える凄いハンターだ! 古龍と戦えなくてもロウは凄いハンターでしょ? 地図を持ってても道に迷うくせに、凄いハンターでしょ!!」

「ひ、一言余計だろ」

「良いんだよ。別に、それで。ロウが地図も読めない方向音痴のへっぽこ人間でも! 僕はちゃんと地図が読めるから!」

「喧嘩売ってるのか!?」

「喧嘩してるんだよ!!」

 ロウを押し倒して、キリエラはその細い腕と義手でロウの胸元をポコポコと叩いた。

 何も見えていなかったロウの目に、やっと彼女の顔が映る。

 

 

 

「僕に出来ない事をロウがやって、ロウに出来ない事を僕がする。それが相棒(バディ)でしょ? 僕達に出来ない事は、他のチームがやる。調査団に出来ない事は、他の組織がやる。そうやって他の人に出来ない事を他の人が支えるのが、誰かと居るって事でしょ?」

「キリエラ……」

 また、師匠の言葉を思い出した。

 

 

 ──君は誰かと居なさい──

 

 

「……俺は」

「なんだよ」

「でも、皆怒ってないか? 俺はあの大切な局面で、動けなくなって。……絶対、誰かに何か言われてるだろ」

「ぇ……は? そんな事心配してたの?」

 キリエラは驚いた顔で口を開けたまま固まってしまう。

 

 そんな唖然とした態度のキリエラに、ロウは不安を隠しきれない子供のような表情を見せた。

 

 

「……だって、嫌だろ。そういう事言われるの」

「……君は───」

「な」

 そんなロウを見て、キリエラは少し笑顔を溢す。

 そうしてそのまま倒れるようにロウに抱き着きながら、こう口を開いた。

 

「───君は本当に可愛いな」

「はぁ!?」

 抱きつかれて意味の分からない事を言われたロウは、顔を真っ赤にして起き上がる。

 軽いキリエラの身体は持ち上げられた身体に着いてきた。彼女はそのままロウの頭を撫でて「よしよーし」と子供を宥めるようにロウの頭を撫でる。

 

 

「や、辞めろ……」

「ふふ、いやいや。ごめんごめん。いやー、アレだね。妹とか弟ってこんな感じで可愛いんだな。なるほど、お姉ちゃんはさぞ僕の事が愛おしかったんだと今理解した」

「なんでそうなる」

「ロウがあまりにも可愛いからつい」

 ロウは片手の指以上年下の女の子に可愛いと言われて喜べる人間ではない。

 しかし表情を引き攣らせて、キリエラを睨むロウを見て彼女はまた「本当に可愛いな」と揶揄うような表情を見せた。

 

 

「ほら、行くよ。着いてきて」

 キリエラは困惑したままのロウの手を引っ張って、彼を部屋の外に連れ出す。

 

 久し振りの外の空気。

 アステラはゾラ・マグダラオスの捕獲に失敗した事が嘘かのように活気付いた喧騒に包み込まれていた。

 

 

 ずっと部屋に引きこもっていたロウは陽の光に目を細めながら、キリエラに連れられるがままにアステラを歩く。

 

 そんな彼を見て、名前も知らないハンターが片手を上げて挨拶をしてきた。

 

 

「よう! アンタ、捕獲作戦で───」

 そんな言葉を聞いてロウは反射的に肩を跳ねさせる。

 

 古龍から逃げた臆病者だろ。

 そういう事を言われるに違いない。

 

 

 護衛対象を死に追いやる死神ハンター。

 そう言われ続けたロウの耳には、信じられない言葉が続いた。

 

 

「───アンタ、捕獲作戦でバルノスを最初に見付けてくれたハンターだろ! アンタのおかげで助かったぜ。ほらこの傷見てくれよ。ゾラ・マグダラオスから落っこちた時にバルノスに襲われたんだ。もしアレがもっと多かったらと思ったらゾッとしたぜ!」

「───ぇ?」

 男の話は想像していた物と全く違う。

 

 だから、何を言われたのか少しの間分からなかった。

 

 

「あ!! 狙撃が上手いハンターさんだ!! 私です私!! ヘビィボウガン貸したハンターです。ねぇねぇ、今度狙撃技術教えて下さいよ!!」

「お、アンタが噂のヘビィガンナーか。今度狩りに付き合ってくれよ」

「よー、ロウじゃん。なんかここ最近見なかったけど何してたのよ。ポットが心配してたわ」

「僕は心配等していないがね! いや、うん! 本当に! ただまた一緒にキリエラ君達とパーティで調査がしたいと思っていただけさ!!」

「ぇ、は……? な、なんだ?」

 数人に詰め寄られたロウは目を丸くして固まってしまう。

 

 

「俺は……」

「言ったじゃん。誰もそんな事気にしてないって。そもそも、巷ではいい意味で話題になってたんだよ、ロウの狙撃」

 バルノス達の接近をいち早く発見し、その迎撃に一役勝ったハンターが居た。

 そのハンターは信じられない程距離が離れた小型モンスターに狙撃竜弾を当てていたという噂。

 

 ネルギガンテと対峙した5期団の青い星やソードマスターとまではいかないが、他のハンター達と同じく───ロウもゾラ・マグダラオス捕獲作戦で活躍したハンターの一人という認識をされていたのである。

 

 

 

「いやー、ネルギガンテはおっかなかったな」

「俺は奴の目の前に居たんだが、ソードマスターが太刀で切った部分から再生するように棘が生えてきた時はマジでチビったぜ! 今日履いてるパンツもあの時のパンツだ!」

「汚ねぇよ」

 ネルギガンテの話題が出ても、ロウは特に何も言われない。

 

 

 新大陸古龍調査団は確かに腕の立つ者達の集まりだ。

 

 古龍との対峙経験や、その討伐を成した物も少なくはない。

 だから古龍を恐れる者は少ないし、立ち向かう力を持つ者は多い。

 

 

 ───しかし、それは逆に古龍の脅威を知っているという事でもある。

 

 彼等は確かに生き物だ。

 しかし、その力は生態系という枠組みからはみ出していると言っても過言ではないだろう。

 

 

 古龍を知る者達に古龍が怖いと言って、それを理解出来ない者は一人たりとも存在しないのだ。

 

 

「……俺は、ここに居て良いのか?」

「むしろ、ここにはロウが必要なんだよ。分かった? 分かったら、とっとと今日の調査に行くよ。調査団は忙しいんだからね」

 得意げな表情でそう言って、キリエラは彼の手を掴む。

 

 そんな彼女の背中を見ながら、ロウは小さく「ありがとう」と言葉を漏らした。

 

 

 

 この新大陸(場所)は自分の新しい居場所だ、と。

 心の中で彼はその喜びを噛み締める。

 

 

 大切な人も、信頼も無くして。

 独りで朽ちる為に新大陸に来たつもりだったロウには、ここの空気がとても暖かく感じるのだった。




第二章完。
次回からの第三章が最終章になります。実はもう全て書き終わっているので、作者としては毎週投稿するだけになりますが、お付き合い頂けると幸いです。

読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章【霞の世界】
循環点


 身を刺すような冷気が頬を掠めた。

 

 

 風に乗って空を揺蕩う環境生物達。陸生の珊瑚が形成するその空間には、まるで地上に居ながら海底に居るかのような光景が広がっている。

 その陸の海で、翼を翻し───外敵を排除しようと一匹の竜が苛立ちを乗せた咆哮を上げた。

 

 

「───レイギエナ、厄介な相手ね!」

 銀髪を揺らしながら、アンワは身の丈程の刃の腹で竜の攻撃を逸らす。

 

 風漂竜レイギエナ。

 風を捉える為の特徴的な翼幕を持つ飛竜であり、体内の氷結袋により身体から冷気を放つ攻撃が厄介なモンスターだ。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの進行により、調査団は大峡谷のその先───陸珊瑚の台地へと容易に足を踏み入れられるようになった。

 かの龍の追跡の為に陸珊瑚の台地の調査を開始する調査団だが、陸珊瑚の台地の主にその行手を阻まれる事になる。

 

 主───ことレイギエナの討伐。

 それが現在、ゾラ・マグダラオスを追跡する調査団の任務だった。

 

 

「地面を凍らされるのが厄介だ! そもそも飛ばれると俺達は何も出来ない!」

 風を捉えて空を舞い、その鋭い爪を太刀使いのハンターに向けるレイギエナ。

 太刀使いのハンターは絶妙な太刀裁きで攻撃をいなすが、いくら長身の刃でも空を飛ぶ竜を捉える事は出来ない。

 

 

「凄まじいバランス感覚だな」

 太刀使いの後方から通常弾を叩き込むロウは、その威力に怯むも落下する事がないレイギエナ相手に目を細める。

 

 ロウとアンワ、太刀使いに───そしてもう一人。

 

 

 そのハンターはロウに狙撃竜弾の使用を提案した。

 確かに狙撃竜弾は強力だが、撃つ前も撃った後も膨大な隙が生まれる。

 その隙を潰す為に仲間三人が立ち回らなければならず、狙撃竜弾を外してしまえば戦況はさらに一気に不利になりかねない。

 

 

「やるのか?」

 それでも、そのもう一人のハンターはロウの肩を叩いて強く頷いた。

 

 ハンターの強い返事にロウは短く「任せた。任せろ」とだけ返事をして、レイギエナから距離を取る。

 本来狙撃竜弾はその名の通り遠距離からの狙撃に適した弾丸だ。

 

 しかし、距離を取ったと言ってもロウとレイギエナの距離はかの竜が二、三度翼を羽ばたかせれば届く距離でもある。

 狙撃竜弾を放つには、三人のハンターがレイギエナの足止めを完璧にこなす必要があった。

 

 

「ロウ、やるんだね。そんじゃひと頑張りしようかな!」

 アンワはスラッシュアックスを斧モードにし、その大斧を振り上げてレイギエナの尻尾を切り付ける。

 斧モードは剣モードと違い刃の腹で攻撃を防ぐ事が出来ない。しかしその分長くなったリーチで空を舞うレイギエナを攻撃出来る為、ヘイトを買うなら危険だが有効な手だった。

 

 そしてアンワが怯ませたレイギエナに、太刀使いが坂を滑りながらのジャンプ攻撃を仕掛ける。

 さらに怯んだレイギエナが二人のハンターにその眼光を向けた時、その視線に一筋の青い閃光が走った。

 

 

 

「お、やるじゃん。流石───」

 青い星。

 調査団は御伽噺にある導きの星に重ね、そのハンターを5期団の青い星と呼ぶ。

 

 

「───流石、青い星!」

 かのハンターは空を舞うレイギエナの前で、ロウから視線を逸らすように綺麗に立ち回った。

 レイギエナはロウから見て背後を向き、三人のハンターを睨み付ける。そして───

 

 

 

「───当たれ」

 風が、空気を切った。

 

 放たれた狙撃竜弾はレイギエナの後頭部に直撃し、その巨体は吹っ飛んで地面を転がる。

 

 

 何が起きたか分からない。

 空を飛んでいた筈の身体が、何かに弾かれるように地面を転がった。

 

 頭蓋が割れ、激痛が走る。

 それでも立ち上がらなければいけない。この世界は、倒れた物から奪われていくのだから。

 

 そう思いながら必死に視線を上げようとするレイギエナの眼前に、青い星のハンターが立った。

 

 

 狩人は睨み合う。

 お互いの命を賭けた戦いは、無慈悲に終わりを迎えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 絶景を眺める。

 

 

 陸珊瑚の台地は標高の高い地形が多く見晴らしも良い。

 それはこの地を形成する陸珊瑚が長い年月を掛けて下から上に成長を重ねている為だ。

 

 そんな景色を眺めながら、ロウと歩くキリエラはこう口を開く。

 

 

「そういや初めてだったんじゃない? 青い星との狩り」

「そうだな」

 レイギエナの狩猟。

 

 ゾラ・マグダラオス追跡の為に討伐する事になったレイギエナだが、5期団の青い星の力もあって誰一人大きな怪我をする事なく狩猟は達成された。

 青い星との狩りは初めてだったが、かなり()()()()()()()という感想が一番に上がる。

 

 

「周りが見えてるハンターだった。初めての相手でも、相手が何を出来るのかや得意な事と苦手な事を意識したオーダーが出来るのは本人がどうこうよりも心強い」

「至近距離で狙撃竜弾使ったんだって? アンワが言ってたよ」

「あの距離で使ったのは初めてだったな。青い星とだけ呼ばれるだけあって、本人の力量も相当な物だった。俺も安心して狙えたしな」

「ま、青い星も凄いけどロウも凄いって事だね。流石僕の相棒だ」

「どうしてそうなる」

 少し顔を赤くしてキリエラから視線を逸らすロウ。

 

 

 ゾラ・マグダラオス捕獲作戦失敗後、ロウは古龍への恐怖で一時期動けなくなってしまっていた。

 

 しかし、今ではこうして強敵の狩猟も成し遂げている。

 古龍への恐怖がなくなった訳ではないが、ロウが優秀なハンターだというのは変わらなかった。

 

 

「しかしやっぱり見付からないね、ゾラ・マグダラオスの痕跡」

「この先に進んだとなると陸珊瑚の台地の下にあるっていう瘴気の谷に向かった可能性があるのか」

「瘴気の谷。……師匠が調べたいって言ってた気がするけど。どんな場所なのか僕もそんなに知らないんだよね」

「ポット達が今日行ってみると言っていたが、俺達は俺達の調査を進めるしかないだろ」

 総力を上げて陸珊瑚の台地を調査したが、ゾラ・マグダラオスは見付かっていない。

 

 そこで、陸珊瑚の台地の底にある瘴気の谷を調べる為にレイギエナと戦いになったのである。

 

 

「それもそうだね」

「ただ、俺はキリエラが瘴気の谷に行こうと言うと思っていたから意外だった」

「あー、いや。僕は話に聞いただけなんだけど、瘴気の谷はあまり安全な感じがしないというか。凄く、危険な感じがするんだよね」

 元々危険な調査をするのが調査団の任務だが、キリエラの危険と言う言葉は命の保障が出来ないというレベルの話をする時に使う言葉だった。

 

 自分を囮にしてアンジャナフをアステラから遠避ける、なんてのが彼女の思う危険な行為のレベルである。

 

 

「……確かに、名前の通り瘴気まみれの場所らしいが」

 聞く話によれば、瘴気の谷はその名の通り瘴気が発生し続けていて人の健康に害をなす環境である可能性が高いらしい。

 そんな場所に行きたがるのは、それはそれで問題ではあるが───キリエラが危険だというには些か問題が少ない気もした。

 

 

「いや、これは憶測なんだけどね」

 そう言って、キリエラは下から吹いてくる風に舞い上げられる環境生物に視線を向ける。

 

 その風は瘴気の谷から来る風らしい。

 陸珊瑚はその風に卵を乗せて、その勢力を拡大しているのだとか。

 

 

「瘴気の谷には沢山のスカベンジャー、分解者達がいてね。陸珊瑚の台地で死んだ生き物達はそこで自然に還るんだ」

「そうしてこんな生態系が出来上がったのか」

「うん。……ところで、ゾラ・マグダラオスはこんな綺麗な景色の陸珊瑚の台地には目も向けず真っ直ぐに瘴気の谷へと姿を消した。なんでだろう?」

 ゾラ・マグダラオスが景色を楽しむかどうかはともかく───かの龍が通過した古代樹の森や大蟻塚の荒地には大小様々な痕跡が残されていた。

 

 しかし陸珊瑚の台地にゾラ・マグダラオスの痕跡はほとんど残されていない。

 

 

 かの龍は真っ直ぐ、悩みもせずに陸珊瑚の台地の底───瘴気の谷へと向かったのだろう。

 

 

「この新大陸の生態系は、陸珊瑚の台地と瘴気の谷みたいに綺麗に循環してる。ゾラ・マグダラオスは───いや、古龍渡りの古龍はその循環の一部なんじゃないかなって、僕は思うんだ」

「どういうことだ?」

「古代樹の森の木々なんだけどね、ある程度の周期───いや勿体振っても仕方がないね。十年単位の周期で急速的に成長してる事が年輪なんかを見て分かってるんだ」

「十年……」

 十年。

 それは、近年の古龍渡りの周期と全く同じ周期だ。

 

 

「あんな巨大な森の木々が急成長するようなエネルギーが十年に一度現れる。その正体は何か」

「……古龍渡り」

「そう、自然そのものと同等のエネルギーを持つ古龍なら、この新大陸の大地の生態系そのものを循環させる力がある」

 言いながら、キリエラは辺りを見渡す。

 

 陸珊瑚の台地の一番高いところまで歩いてきた。そこから見る景色は、やはり絶景である。

 

 

「……まさか、古龍渡りは───」

()()()()()()()()()()()()()。……それが、龍の意志なのかこの大地の意志なのか。はたまた世界の意志なのか分からないけど。なんらかの理由で龍がこの地で命を終えているという事だけは多分確かなんだ」

 そうでなければ、この豊かな生態系は続かない。

 

 

 龍がこの地に骨を埋めると決めていたか、この大地が龍を呼び寄せているのか、それそのものが世界の理なのか、それらはともかく───古龍がこの地で死ぬ為に渡りを行うと仮定するとして。

 

「───そうなると、ゾラ・マグダラオスや龍が目指す地はやっぱり新大陸の生態系の循環点である瘴気の谷なんだと思う。だから、もしかしたら瘴気の谷には古龍が居るかもしれない」

「……俺の事を気遣ってくれたのか」

 古龍への恐怖。

 ロウの中でそれは消える物ではなかった。

 

 ただ、二人はそれで良いと思っているし、自分達に出来る事があるとも思っている。

 

 

 けれどロウはこう思った。

 

 

「……そこまで考えられるお前が、古龍の調査に加わらないのはやはり調査団としてマイナスなんじゃないか?」

 彼女は賢い。

 きっと古龍渡りの謎を解明するのに必要な人材の筈である。

 けれど、自分と組んだせいで彼女は古龍と関わる事が出来なくなった。

 

 それは、調査団にとって良い事ではないだろう。

 

 

「僕より賢い人は沢山いるよ。ロウが青い星と狩りをしてる時、青い星の相棒と話をしてたんだ。あの人もとても頭の回る人だったし、僕が居なくて何か調査団が損を被る事はない。それに───」

「それに?」

「僕はロウの相棒だからね。ロウの調査を手伝うのが僕の仕事で、僕の調査を手伝うのが、ロウの仕事だから」

 得意げな表情でそう語るキリエラ。

 

 彼女の青い髪を、底から噴き上げる風が舞い上げた。

 話し込んでいる間に、気が付けば陽が落ちて星の光が瞬き出している。

 

 

「青い星、か。そうだな」

「青い星? 今関係なくない?」

「いや、なんでも」

「変なの」

 導きの青い星。

 

 ロウはアステラで聞いたそんな御伽噺を思い出して笑うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行方

 光が大地を包み込んだ。

 

 

 ハンターが使うアイテムに閃光玉と呼ばれる物がある。

 そのアイテムを使うと使用した素材の光蟲が辺り一面を真っ白に塗り潰すような強い光を放ち、大型モンスターの目ですら一時的に焼くことの出来るアイテムだ。

 

 一方で、今この瞬間放たれた閃光はハンターの使う閃光玉ではない。

 

 

「これが噂に聞いた眩鳥(げんちょう)の閃光!? うげ、目痛ぁ!」

「援護する。一旦引け」

「了解!」

 眩鳥───ツィツィヤック。

 プケプケと同じく鳥竜種に属するモンスターだが、翼は持たず短い前脚を持つ小型鳥竜種に多い姿の竜である。

 特徴的なのは青い鱗と、頭部で展開する扇型の器官だ。ツィツィヤックはこの器官から真昼の日の光も眩むような閃光を放つ術を持っている。

 

 ツィツィヤックと交戦するロウとアンワは、その閃光による攻撃で一度退却を余儀なくされるのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 陸珊瑚の台地ベースキャンプ。

 

 

「───目、痛ぁ!!」

 陸珊瑚で出来た自然の洞窟の中に作られたベースキャンプで、アンワは地面を転がりながら叫ぶ。

 

 それを見て、彼女の相棒であるポットは「大丈夫かい! ほら目を見せて! 見せないとどうなってるのか分からないよ! ほらこっちを向いて!」とアンワの顔を抑えた。

 アンワは閃光で焼かれた目を無理矢理開かれる激痛で叫びながらポットを蹴り飛ばす。今度はポットが「痛い!!」と地面を転がって叫んだ。

 

 

「そんなにヤバいの?」

「離れていても凄い光だったからな。俺もまだ目がチカチカする」

 閃光を直視したアンワ程ではないが、ロウも嫌な感覚に目を細めてキリエラに返事をする。

 

 ロウとアンワのパーティは眩鳥ツィツィヤックの討伐の為に陸珊瑚の台地に訪れていた。

 調査団は現在ゾラ・マグダラオスの追跡中だが、かの龍ばかりに気を取られている場合ではない。この新大陸の謎はまだまだ解明されていないのだから。

 

 そうしてクエストに挑む二人だったのだが、ツィツィヤックの思わぬ反撃に一時撤退して今に至る。

 

 

「あのふざけた形の頭変形させてやる。あー、くそ! いつまで続くのよこの目のヤツ!!」

 少しは落ち着いたアンワだが、未だに閃光の余韻が消えないらしい。歯を食いしばりながら左右に振り続けるその姿にポットは「面白い顔してるよ、アンワ」とふざけた事を言って殴り飛ばされた。

 

 その元気があるならとりあえずは大丈夫だろうと、キリエラは安心する。

 

 

「ま、ひとまずは休憩だね。ツィツィヤックの閃光は頭の向いてる逆方向への影響が少ないから、背後に回るのが効果的だよ」

「なるほど。となると、俺が注意を引いてアンワが叩く方が楽そうだな」

「任せて。思いっきりデカいのを入れてやるわ」

 一旦体を休める事も兼ねて、キリエラは焚き火を付けて温めたお湯で紅茶を入れて二人に渡した。

 新大陸に多く自生する回復ツユクサの葉を使い、ハチミツを少量入れたキリエラ特性のお茶である。程良く疲れた身体に染みる味は調査団の中でもそれなりに人気が高い。

 

 

「しかし流石キリエラちゃんだね。気も利くし、ウチのポットとは大違いだ」

「うむ! キリエラ君は凄いからね! あれ? 僕は凄くないと言われてないかい?」

「うるさいわ。凄くないとは言ってないでしょ。アンタはもう少し気を利かせ」

「あはは。でも、ポット君も凄いよね。瘴気の谷から続く地脈回廊を見つけたんでしょ?」

 そう口にするキリエラの言葉に、ポットは鼻を高くして「ふふん、そうだよ」と誇らしげにこう続けた。

 

「瘴気の谷で見付かったゾラ・マグダラオスの痕跡の位置を並べてみると、あの龍が目指している場所の予想がなんとなく出来るからね。それを追ってみたら、巨大な地下洞窟を見つけてしまった訳さ」

「私もビックリしたよ。なんだか途方もない巨大な穴がポッカリ空いてるんだ。人間ってのは本当に小さな生き物なんだって事を思い知らされたわね」

 二人が見付けた地脈回廊は存在こそ知られていたが、新大陸の海側からどこにどう繋がっているのか分からない巨大な迷宮とされている場所である。

 

 今回ポットが瘴気の谷で地脈回廊への入り口を見付けた事で、この巨大な地下空洞は過去の調査の予想通り新大陸全土に広がっているという事が分かった。

 それは瘴気の谷を捜索しても痕跡が残るのみで消息の分からないゾラ・マグダラオスを探す大きな手掛かりにもなる功績である。

 

 

「うーん、しかし、僕の予想が外れたな。ゾラ・マグダラオスは死に場所を探して瘴気の谷に向かったと思っていたんだけど。瘴気の谷も通り過ぎて何処に向かっちゃったんだろうね」

「いや、キリエラ君の考えをまだ否定して良いという訳ではないかもしれないよ! もしかしたらゾラ・マグダラオスは眠ろうとした場所に着いたは良いけど、また別の目的地が出来たのかもしれない。その証拠に、瘴気の谷にはゾラ・マグダラオスが暫く停滞していたと思われる程沢山の痕跡が残されていたんだ」

 調査団の調査では、ゾラ・マグダラオスは瘴気の谷に到着後直ぐに姿を消した訳ではないだろうと言われていた。

 ならばなぜ、目的はどうあれ目的地に辿り着いたゾラ・マグダラオスがその地を離れたのか。

 

 

「こう、何かに呼ばれたんじゃないかな。導かれたとも言えるかもしれない! もしゾラ・マグダラオスがその生涯を終えようとしているなら、最期の時の場所はちゃんと選びたいだろうしね!」

「導かれた、か。ポット君は面白い発想をするよね」

 興味深そうにポットの話を聞いていたキリエラは、ふと一つの仮説を頭の中で打ち立てる。

 

 ゾラ・マグダラオスが自らの死地を探していると仮定して、その死地を変える決断をした。

 仮に古龍の亡骸というエネルギーを糧に繁栄するのが新大陸の生態系だとすれば、ゾラ・マグダラオスにその決断をさせるのはこの大地そのものだという事になる。

 

 

「ゾラ・マグダラオスを呼んだのはこの大地そのものか、それともこの星の意志か。御伽噺の導きの青い星、か。何はともあれ、この新大陸にあのゾラ・マグダラオスの意思を覆す何かがあるのは確かなんだよね」

 龍は───ゾラ・マグダラオス程の強大な龍は、人の力ではその歩みを止めさせる事すらあまりにも難しい。

 その歩みの先を変える程の何かがこの新大陸にはあるのだ。それを調査するのが、新大陸古龍調査団の使命なのだろう。

 

 

「……かもな」

「ん、安心してよロウ。僕はゾラ・マグダラオスをもう追わないから」

 話に入って来なかったロウがやっと喋ったのを聞いて、キリエラは遠慮しない声でそう口にした。

 

 古龍を恐れるロウには、ゾラ・マグダラオスの調査は出来ない。

 かの龍そのものは巨大過ぎて逆に恐れる事はないかもしれないが、古龍渡りの古龍を追うという事は他の古龍に出会うかもしれないという事でもある。

 特にあの時現れたネルギガンテという龍は、ゾラ・マグダラオスを追えば再び姿を表すかもしれない。古龍の死に場所だとキリエラが予測する瘴気の谷のその先は、ロウにとって恐怖の対象でしかなかった。

 

 

「……それは、ありがたいが。……本当に良いのか?」

「何度も言わせないの。僕はロウの相棒なんだからね」

 立ち上がってロウの頭を撫でるキリエラ。

 

 調査団にはアンワやポットのような優秀なハンターと編纂者が沢山いる。

 ロウやキリエラは特別な訳ではない。それに今回のような古龍以外の調査も新大陸の調査には必要な事だ。

 

 彼女は今の調査に不満の一つもないのである。

 

 

「撫でるのをやめろ」

「えー」

「じゃあ僕! 僕を撫でてくれキリエラ君。アンワは全然撫でてくれないんだ!」

「いや、なんで撫でないといけないのよ。撫でなくて良いわよこんなアホ」

「まぁまぁ、そう言わずに。ほーら、偉いぞーポット君」

「フッフッフッ! まーね!」

「撫でるのをやめろ!!」

「なんでロウがここで怒るのさ!?」

 だから、今はこれで良い。

 

 

 

「───回り込め! 閃光が来る!」

「───またか! しまった!」

 数刻後。

 

 ツィツィヤックとの再戦も佳境を迎えていた。

 何度か交わした閃光だが、集中力の切れてきたアンワに再びツィツィヤックがその頭を向ける。

 

 しかし、放たれた閃光が彼女の目を焼く事はなかった。

 ヘビィボウガンから放たれた弾丸が、ツィツィヤックの頭を弾き飛ばす。明後日の方向に向けられた閃光が、陸珊瑚で出来た崖を照らした。

 

 

 頼りの一撃を外したツィツィヤックは怒りの眼差しをアンワに向けようとする。しかし、その眼光はアンワを捉える事は無かった。

 再び頭に叩きつけられた弾丸がツィツィヤックの姿勢を崩して、さらに後脚に叩き付けられた弾丸の威力でその身体はバランスを崩して倒れ込む。

 

 必死に頭を持ち上げようとするツィツィヤックが最期に見た光景は、振り下ろされる巨大な鉄の塊だった。

 

 

「クエストクリア! 帰って酒よ、酒。ロウ、アンタも飲むでしょ?」

「……いや、俺は無理だ」

「何それ! ポットはまた飲みたいって言ってたのに。アンタ飲むとなんか凄い面白いって聞いたけど?」

「最悪だ……。絶対に飲まない」

 古龍とは戦えなくても、ロウは優秀なハンターである。

 

 それはキリエラだけでなく、他の仲間達も知っている事だ。

 だから、今はこれで良い。

 

 

 

 そんな彼を、何かが見詰める。

 

 霞の中で、それは静かに、何かを選び取るように視線の先を眺めていた。




突然ですが蒸しぷりん先生にファンアートを頂きました!!


【挿絵表示】


ロウとキリエラと、さらにポットまで描いて貰えました!!
凄く生き生きとした本当にそこに居るかのようなイラスト……!!ありがとうございます!!
それにしてもポットの解像度高過ぎて存在感凄いな!!そうそう!!コイツはこう!!!

読了ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心配

 猛烈な風圧が陸珊瑚で出来た地面を抉った。

 

 

 下手をすると自分の相棒(バディ)の人間よりも重量があるヘビィボウガンという武器を持っているにも関わらず、その身体が浮きかける。

 その風は自然なものではなく、モンスターが発生させたブレスだった。

 

「キリエラだったら吹っ飛んでるな……!」

 目を細めながらなんとか持ち堪えたロウは、強がりを吐きながら地面を蹴って転がる。

 刹那、今しがた彼が立っていた場所を巨大な白が踏み潰した。

 

 

 人が二人並んで寝れそうなフカフカの白い丸。

 しかしそれは柔らかいベッドではなく、竜の頭が着いた鈍器である。

 

 浮空竜───パオウルムー。

 空気を吸い込んで喉を膨らませ、自身を浮遊させる事が出来る程の肺活量が特徴的な飛竜種だ。

 

 

「やはり降りてこないか。自分のテリトリーで戦うのは賢い選択だし、ガンナー以外だと苦労するというのは納得だな」

 このパオウルムーは今ロウが一人で相手をしている。

 

 数日前、三人のハンターが資材会得の為パオウルムーに挑戦したが、その飛行能力に文字通り手も足も出せず撤退を余儀なくされた。

 ゾラ・マグダラオス捜索の為、人員の限られるパオウルムー討伐クエストに対して挙手をしたのはロウではなくキリエラである。

 

 

 曰く「ロウなら一人でもパオウルムーの討伐くらい出来るよ。こっちは任せて欲しい!」なんて啖呵を切って来たらしい。

 

 

「重い責任を押し付けやがって……!」

 愚痴を零しながら、ロウは浮遊するパオウルムーに銃口を向けた。

 

 的がデカい分、この近距離では狙いを定める必要もない。引き金を引くと、放たれた弾丸はパオウルムーの頭部を抉ってその巨体がひっくり返る。

 浮遊しているが故に上下左右もないその身体に銃弾が叩き付けられる度に、パオウルムーは空中で何度もひっくり返された。

 

 このままでは不味いと、溜めた空気を吐き出して地面に落ちるパオウルムー。

 起き上がる竜に、ロウは容赦無く徹甲榴弾を撃ち込む。

 

 

 破裂音。

 やっと地面に脚を付ける事が出来たかと思えば、今度は頭が揺れて地面の上でひっくり返るパオウルムー。

 

 ヘビィボウガンの火力は絶大だ。

 故にロウはこの武器で近距離戦をこなす時、まずは自分のペースを作る事を意識する。

 

 

 射撃をしている時はその火力故に一方的に攻撃をする事が出来るが、ボウガンは弾を装填しなければ発射できない。

 そのリロードの隙をいかに減らして、自分が攻撃する時間をいかに増やすか。

 

 これがヘビィボウガンという武器を使う時にロウが気にしている事だった。

 

 

「───弾切れか」

 装填した徹甲榴弾を撃ち尽くすと、パオウルムーは爆煙の中から怒りに満ちた眼光をロウに向ける。

 ここからは相手のターンだ。

 

 ロウは冷や汗を流しながら、弾丸を装填する隙を探る。

 

 

「懲りずに飛ぶな……。俺が攻撃出来ない事が分かってるのか?」

 空気を吸い込み、再び空へと舞い上がるパオウルムー。

 飛行よりも自由が効くパオウルムーの浮遊は、翼を羽ばたかせる必要がなく攻撃に集中出来る事が強みだ。

 

 パオウルムーはロウの頭上から風を叩き付け、両脚で蹴り飛ばそうとしてくる。

 弾丸を装填している暇はない。ロウは回避に徹して、パオウルムーはそれを分かっているかのように執拗に攻撃の手を緩めなかった。

 

 

「……くそ、ジリ貧だ」

 武器を背負う暇もなく、ロウは何度も地面を転がる。攻撃を避け切れず、なんとか衝撃を和らげるので手一杯だ。

 

 なんとか隙を見付けてリロードさえ出来れば、浮いているだけのパオウルムーに弾を当てるのは容易い。

 しかし、クエストを始めてからその隙を見付けるのがどうも一苦労である。

 

 

「ロウ!!」

「はぁ!?」

 そんな時、聞き覚えのある有り得ない声が耳に届いた。相棒(キリエラ)の声がする方に視線を向けて、ロウは目を丸くする。

 

「何で来た!!」

「ハンターの助けをするのが編纂者の仕事! さー、キミ! こっちを見ろ!」

 言いながら、キリエラは左肩をパオウルムーに向けた。

 義手に装着されているスリンガーから放たれた石ころが直撃し、パオウルムーは苛立ちの表情を見せながらキリエラを睨む。

 

 

「今!!」

「馬鹿野郎、危ない事を……!」

 文句を垂れるが、パオウルムーの意識がロウから離れた事は確かだった。

 

 ロウはすかさず通常弾を装填し、その銃口をパオウルムーに向ける。

 当のパオウルムーは石ころをぶつけて来たキリエラに怒って、彼女の小さな身体を踏み潰さんと脚を向けようとしている所だ。

 

 

「うげ!? キミ浮いてるだけなのに早いね!?」

「お前の相手は……こっちだ!!」

 引き金を引く。

 

 放たれた弾丸はパオウルムーの足を弾いた。続いて二発。尻尾と背中に通常弾を叩き付けると、パオウルムーは再び空中でひっくり返る。

 

 

「キリエラ! 離れろ!」

「え? あ、うん!」

 言いながら、ロウは再び装填出来るだけ弾を詰め込んでパオウルムーに通常弾を叩き込んだ。

 

 空中で何度も弾かれるパオウルムーが遂に地面に落下する頃には、その身体はボロボロになっている。

 

「……悪いな」

 そんなパオウルムーの眼前に立ち、眉間に銃口を向けたロウは溜息を吐きながらその引き金を引くのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アステラ。キリエラとロウの部屋。

 

 

「───だから謝ってるじゃないかぁ……。そんなに怒らないでよ!」

「……怒ってない」

「怒ってる!」

 パオウルムー討伐のクエストから帰ってきた二人は、部屋で言い争いをしている。

 

「じゃあなんでこっち向いてくれないのさ!」

「……なんでも良いだろ」

 ───と、いうよりはキリエラが何故かロウに避けられてそれを問い詰めている所だ。

 

 

「良くないよ! もう、ご飯食べようよ。クエスト頑張ってお腹減ったでしょ?」

「……要らない」

「なんだこの子、面倒くさいな!! 僕はキミのおかあちゃんじゃないんだぞ!?」

「面倒くさい!?」

 ついにキリエラが怒ると、ロウは涙目になって振り向く。まさか泣くとは思っていなくて、キリエラは「ご、ごめんごめん。言い過ぎた」と両肩を持ち上げる。

 

「……でも、とりあえず部屋の隅で丸まって拗ねるのはやめて欲しい。あまりにも居心地が悪いよ」

「……す、すまない」

 キリエラから目を逸らしてそう謝るロウ。

 

 彼はパオウルムー討伐からキリエラと一言も話さずにアステラまで戻り、部屋に戻っくるなり部屋の隅で丸まってしまったのだ。

 キリエラはどうしてそんな事になってしまったのか分からず、頭を抱えていた所である。

 

 

「本当にどうしたのさ、もう」

「……お前が。……キリエラが危ない事をするから」

「……ぇ? 僕が? 危ない事?」

「パオウルムーの前に出てきただろ。怪我でもしたらどうするんだ!!」

「過保護か!! キミは僕のおかあちゃんか!!」

 どうやらロウはキリエラが狩場に出て来た事を怒っているらしい。

 

 彼女としては狩りの微々たる助けのつもりで危ない事をしたという自覚はないし、ロウが苦戦していたのは事実だ。

 しかし、ロウはキリエラがパオウルムーの前に立った時本気で焦っていたのだろう。

 

 当然だ。

 ロウにとってキリエラは守るべき大切な相棒(バディ)なのだから。

 

 

「……怪我だけじゃない。パオウルムーだって、危険な大型モンスターには変わらないんだ。何を間違わなくたって、ほんの些細な事で人は死ぬ」

「そ、それは……そうだ、ね。うん。ごめん。……でも、それはロウだって同じなんだよ? ロウだって、死んじゃうかもしれないんだよ?」

「俺はそんな簡単に死なない」

「なんて自信なんだ」

 しかし、ロウは確かに優秀なハンターである。

 

 これまで彼はパーティでもソロでも、大きな怪我をした事はない。

 

 新大陸に5期団が到着してそれなりの時間が経つが、優秀な5期団のハンターでも大小はあれ怪我をする者は少ない訳ではなかった。

 

 

「でも……」

「……頼む、危ない事はしないでくれ。……怖いんだ」

「でも、それは───いや、うん。ごめん」

 言葉を飲み込んで、キリエラはロウに謝る。

 

 

 彼の気持ちは分かった。

 キリエラは大切な人を失った者の気持ちは分かるつもりでいる。その立場が逆でも、何よりその感情は心に大きな傷をつけるものだから。

 

 でも、だからこそ、キリエラもロウが心配なのだ。

 

 

 心配だから、手助けをしてしまう。

 余計な事だったのかもしれない。それに、良く考えれば自分も逆の立場なら怒っていた。そう考えて言葉を飲み込む。

 

 

「……ふふ、いや。うん。ロウはよっぽど僕の事が大切なんだね!」

「馬鹿! ちが───いや、お前はただの相棒だ。……だから、相棒だから、大切なのは当たり前だろ」

「そこでそんな素直になられると反応に困るな。あはは、僕もロウが大切だよ。……よし、気を取り直してクエスト成功のお祝いをしようよ! ほらご飯行こうご飯。偶には外でご飯食べないとね」

 そう言って、キリエラはロウを外に連れ出した。

 

 無理矢理、いつもみたいに元気に。

 

 

 ロウが姉のようになってしまうかもしれない。そんな不安を、振り払うように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誘導作戦

 居住区やアステラの広場は驚く程人が少なかった。

 

 

「───で、今回のパオウルムーの素材がいるって訳ね。これで多分ゾラ・マグダラオスの誘導作戦は大丈夫でしょ。僕達は他の調査を進めよう」

 現在、調査団はゾラ・マグダラオスの誘導作戦に向けてその殆どが出払っている所である。

 

 

「……もうこれを言う気はなかったが、こんな時に留守番なんてしていて良いのか? 俺達は。爆発するんだろ? ゾラ・マグダラオスは」

「らしいねぇ」

 行方不明だったゾラ・マグダラオスは5期団の活躍と古代竜人と呼ばれる新大陸の先住人の知恵により所在を掴む事が出来た。

 

 しかしその古代竜人によればゾラ・マグダラオスは死の淵にあり、膨大なエネルギーを蓄えているらしい。

 

 現在ゾラ・マグダラオスは新大陸の地下にある地脈回廊を進んでおり、地脈回廊はポットが瘴気の谷で見付けたように新大陸の至る所に張り巡らされている。

 その地脈回廊でゾラ・マグダラオスが蓄えていたエネルギーを放出すれば新大陸は火の海に飲まれる事になるかもしれない。

 

 そして調査団はそれを阻止すべく、ゾラ・マグダラオスを地脈回廊から海に向けて誘導する作戦を現在展開していた。

 ロウが討伐したパオウルムーの素材は、作戦に必要な素材だっという訳である。

 

 

「らしい、って。他人事みたいに」

「ま、大丈夫でしょ。調査団の皆は優秀だしね。それより、お留守番も立派な仕事だよ。突然モンスターが拠点を襲って、せっかくゾラ・マグダラオスの誘導作戦に成功しても帰る家が無くなってたら大問題だ」

「それはそうだ、な」

 捕獲作戦同様、ゾラ・マグダラオス誘導作戦は人員の殆どを割く大規模な作戦だ。

 失敗は許されない。

 

 故に、拠点であるアステラを守る事も重要な任務である。

 

 

「───そうだぞ、二人共」

 食事をしながらそんな事を話している二人に、調査班のリーダーが話しかけて来た。

 彼は「隣、良いか?」と聞くと食事の乗った皿を音を立てながら机に置く。

 

「リーダー、誘導作戦の準備してたんじゃないの?」

「あぁ。今最終チェックをしてる所だ。俺は、アステラの守りを万全にしておきたくて一度戻ってきた所だな」

 キリエラの問い掛けに、調査班リーダーはそう答えて首の骨を鳴らした。

 

 彼は色々な場所を駆け回っていて、その顔には疲労も伺える。やっと一息、食事の時間といった所だろうか。

 

 

「実は二人を探してたんだ。アステラに残ってくれるなら、古代樹の森の見回りをお願いしたくてな」

「見回り?」

 キリエラが聞き返すと、調査班リーダーは水を一杯のんでこう続けた。

 

「二人以外にもアステラに残ってもらうパーティには色々頼んでいてな。二人の馴染みだと、アンワとポットには大蟻塚の荒地の見回りをして貰う予定なんだ。見回りと言っても、何がどうこうって訳じゃないんだが……。ただ、ゾラ・マグダラオスの移動でモンスター達がおかしな行動をするかもしれない。……それで、アステラに被害が出るのは避けたいんだ」

「もし森の探索中におかしな様子のモンスターがいたらアステラに近付かないようにさせる……それか討伐する。こういう事だね」

「話が早くて助かる」

 アステラに待機するだけでも良いが、不安の種を早く見付けられるなら見付けた方が良い。

 調査班リーダーの二人への任務はそんな所だろう。

 

 

「このクエスト、受けてくれるか?」

「勿論。ロウも、良いよね?」

「勿論」

 断る理由はない。

 

 ロウが恐れているのは古龍だ。

 捕獲作戦の時、ゾラ・マグダラオスに接近したネルギガンテが再び現れるかもしれない。

 そもそも古龍であるゾラ・マグダラオスの誘導作戦にロウが参加しないのは己の恐怖を自覚しているからである。

 

 それが悪い事だとは、もう思わない。自分に出来る事をすると決めたから。

 

 

「頼もしいな。頼んだぞ、二人共。……よし、これでアステラは安心だ。俺も地脈回廊に戻らないとな」

 言いながら、調査班リーダーは食事を掻き込むと、酒樽を勢い良く机に叩き付けた。

 しかし中に入っていたのは水である。今は酒を飲むのも憚られる程忙しい。

 

 ロウやポット達を含め、調査班リーダーはアステラに残って拠点を守ってくれる人員一通りに声を掛けてきたのだ。

 そうして動き回り続けている彼の期待に応える為にも、拠点の守りは万全にしなければならないだろう。

 

 

「ゾラ・マグダラオスが誘導地点に到着しだい作戦開始だ。こうしている今もその時が来るかもしれないからな、俺はもう戻るよ。二人共、頼んだぞ!」

 律儀に食器を片付けながら、彼はそう言って翼竜を呼び、アステラを去った。

 

 

「あ、ロウ! 次は一緒に飲もう」

「え、遠慮しておきます。……酒、弱いので」

「そうか? いや、でも一緒に飯くらい良いだろ」

「勿論。……気を付けて」

「気を付けてね」

「あぁ! 行ってくる」

 もしこの作戦が失敗すれば、新大陸は火の海と化す。

 

 そんな事が想像出来ない程に綺麗な夜空を見上げながら、ロウ達も拠点の守りを固める為にリーダーに習って勢い良く食事を掻き込むのだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 古代樹の森。

 

 

 二人はベースキャンプで焚き火を組んで座っている。

 

 既に日は沈んでいる為、探索まではしない。

 しかし森の中に居れば何か異変が起きた時に分かりやすい筈だ。

 

 もし二人が何も気が付けなくても、アステラにも優秀なハンターが残ってくれている。

 

 森の見回り。

 調査班リーダーの頼みを聞いて、二人はゾラ・マグダラオスの誘導作戦が終了するまでこうして古代樹の森で寝泊まりする事に決めたのだった。

 

 

「───でも、確かにちょっと妙だよね」

 焚き火に木の枝を投げながら、キリエラがそう口を開く。

 

「モンスターをあまり見掛けなかった事か? 確かに、少し気になる」

 食事を終えた後、二人は準備をしてからそれなりの時間古代樹の森を歩き回った。

 

 異常そのものは見られない。

 しかし、普段よりも生き物の気配を少なく感じる。こんな事は初めてだった。

 

 

「ゾラ・マグダラオスが関係しているのかな? 古龍が居ると、他のモンスターは怖がって隠れちゃうって言うし」

「他の古龍が居る可能性も否定は出来ない、か」

「そうなったら───」

「悪いが、俺は逃げる。多分大した戦力にならない。アステラに戻って、残ってるハンターに情報を渡して作戦を立てよう」

 そもそもいくら優秀なハンターであろうとも、一人で古龍を相手にするのはまず人間のやる事ではない。優秀なハンターという括りにすら入らない。

 

 この世界には単独での古龍討伐(そういう事)が出来る人間は少数、確かに存在するし5期団の中には()()()()人も居るだろう。

 しかしロウはそうではないし、仮にそういうハンターが居たとしても態々自分から一人で古龍に挑むような事はしない。

 

 

「そうだね、それが良い。古龍が居るなんて決まった訳じゃないけど、最悪の想定はしておいた方が良いに決まってるしね」

「そうだな。……とりあえず、一度休憩しよう。根を詰め過ぎても良くない。寝てきて良いぞ」

「僕はまだ眠くないし、ロウが先に休んでて良いよ」

 キリエラはそう言いながら、焚き火で温めた湯で作った紅茶をロウに渡した。

 

「分かった。そうさせてもらう。少し寝たら、交代だ」

「うん」

 ロウは素直にキリエラの提案を受け入れて、テントの中のベッドに横になる。テントからは直ぐに寝息が聞こえてきた。

 

 パオウルムーの討伐から一日と待たずに狩場に出てから歩き回って疲れているのだろう。

 キリエラはロウを起こさないようにゆっくりとテントに入って、その寝顔を覗き込んだ。

 

 

「キミは本当に可愛いな」

 年上の男性だが、キリエラにはロウが可愛く見えるらしい。

 

 ロウは男の中でもそれなりに背が高く、声も低いし、目付きが悪い。

 さらに態度も悪く、口数も少ない方だろう。

 

 

 大人びていると周りには思われているが、短くはない間彼と過ごしていて本来の彼の事が少しずつ分かってきた。

 

 

 ロウは地図も読めないし、割と寝息が煩い。

 

 優秀なハンターなのは間違いなく、頼り甲斐もある。

 

 だけど彼は案外寂しがり屋だ。

 

 ポットの事を嫌がっているように見えるが、彼と話してる時は子供のような楽しそうな顔をする。

 

 

 意外と意地っ張りだったり、実は野菜が苦手らしい。

 

 

 まるで大きな子供のようで、悪い意味ではなくキリエラはロウの事が可愛いと思っていた。

 

 

 

「……ロウ」

 そして、彼は寝ている時───偶にうなされている。

 

 彼には深いトラウマがあった。

 大切な人を失った悲しみ。ネルギガンテを見た時の彼の怯え方は尋常ではなかった事を思い出す。

 

 自分の師匠を失った時の夢を見ているのだろうか。

 偶に聞こえてくる「師匠……」という消え入りそうな声を聞くと、胸が締め付けられるようだった。

 

 

「───俺を、置いて……いかないでくれ。嫌だ」

「置いていかないよ。ロウ、大丈夫だよ」

 その頭に手を乗せて、優しく撫でるとロウは安心したようにゆっくりと寝息を零すようになる。

 キリエラはそれを確認して、しずかにテントから出た。

 

 

「……キミは、僕が絶対に守るから」

 いつか見た、姉の最後の顔を思い出しながら───



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

 またか、と内心では思う。

 

 

 夢を見ていた。

 何度も見た夢に飽き飽きする。けれど、この感情が消える事はない。

 

 狩場を進む竜車。

 隣で微笑む、師匠の顔。

 

 

 また、あの時の夢だ。

 

 

「───ロウ、聞いているんですか」

「聞いてます。翼を持つ鳥竜種と飛竜種の違いについてでしょ。その話は何度も聞いてます」

 森の中。

 ロウは竜車の上で師匠の話を聞き流しながら、小鳥の囀る音や風が木々を揺らす音に耳を傾けている。

 

 別に師匠の話や声が嫌いという訳ではなかった。

 むしろ優しくて安心する声だと思っている。心地良く昼寝には快適な子守唄だ。

 

 

「昔は飛竜種に属されていたイャンクック等の鳥竜種が、今のように鳥竜種に分類されるようになったのは研究が進んでいってるからだって。人類はこの世界の事をまだ何も知らなくて、調べれば調べる程この世界は楽しいって。……またいつもの話じゃないですか」

「流石ロウだね。分かってるじゃないか」

 何度も聞いた、師匠の言葉。

 

 書士隊に所属するロウの師匠は、この世界の神秘を知る事への興味は一生尽きないだろうと語る。

 ロウが新大陸古龍調査団の事を知ったのも、師匠が「こんな調査をしてる所もあるんだよ」と言っていたからだった。

 

 

「君も、知る事を楽しみなさい」

「分かってるよ、師匠。俺も、なんやかんや楽しんでる」

 書士隊の護衛ハンターを始めてから何年も経つ。

 

 師匠に拾われてから、ロウはハンターとしての腕を磨きつつ書士隊の仕事にも積極的に取り組んでいた。

 

 元々何かを知る事が好きだったのかもしれない。

 だから今も、新大陸での調査を彼は楽しいと思っている。

 

 

 

 ───けれど、このトラウマだけは拭えない。

 

 

 

「古龍、なのですか? 二人共、戦闘は避けましょう。まずは距離を取って───消えた?」

 書士隊の前に現れた一匹の古龍。

 

 霞龍───オオナズチ。

 四肢と翼、竜にはない身体とゼンマイのように巻かれた太い尾、そして飛び出して奇妙に視線を揺らす瞳が特徴的な龍。

 その龍の最も特異的な生態は、霧の中に姿を隠し、その体表の色すら変えて、姿を消してしまう能力だ。

 

 

 霞の中で。

 

「皆さん、落ち着いて。ロウ、ここは私が時間を稼ぎます」

 師匠は昔足の怪我で引退したが、ハンターをやっていた事がある。

 

 ロウにヘビィボウガンを教えたのは師匠とその一番弟子にあたる姉弟子だった。

 

 

「師匠、危険だ。時間稼ぎは俺がやる!」

 そう言って、ロウは竜車を降りてヘビィボウガンを構える。

 

 しかし、その姿は霧に紛れて目に映らない。

 

 

「くそ、何処に居る!? 何処に───」

「ロウ!!」

 文字通り。手も足も出なかった。

 

 戦いにすらならない。

 姿の見えない存在に適当に弾を撃って当たる訳もなく。

 

 隙を晒したロウを襲う龍から、師匠が庇ってくれなかったら彼はその時死んでいた。

 

 

 

「───師匠!? 嫌だ……待ってくれ!! 置いていかないでくれ!!」

 霞の中を走る。

 

 夢の中で。

 瞼の裏に焼き付いた、霧の中に引き摺り込まれる師匠の姿を追いかけて。

 

 

 いつも、いつもいつも、そんな夢を見た。

 

 

「嫌だ!! 独りにしないで!! 師匠、俺を置いていかないでくれ!! 嫌だ。頼む、いかないで、師匠……皆。ポット、アンワ……キリエラ───」

「置いていかないよ」

 ふと、そんな声が聞こえる。

 

 悪夢が晴れるような、優しい声だった。

 

 

「ロウ、大丈夫だよ」

「俺、は……」

 大丈夫。

 

 

 ──ロウ、君は誰かと居なさい──

 

 

 優しい声が、彼の悪夢を晴らしていく。

 

 もう大丈夫。

 誰も、ロウを一人にはしない筈だ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 狩場のテントで寝たにしては、心地良く寝れた気がする。

 

 

「───寝過ぎたか? キリエラ?」

 またいつもの嫌な夢を見た気がするが、珍しく嫌な気分ではなかった。

 

 キリエラと組んでから、こんな事が良くある。

 師匠を失ってから永遠と続く悪夢。ロウにとってそれは、寝るのが怖いと思う事もある程の事だった。

 しかしキリエラと組んでからその数は減りつつある。その夢を見ても、前程辛くなくなる事も増えた。

 

 

 寂しかったんだろうな、なんてロウは自虐的に笑う。

 

 

「キリエラ? おい、何処だ」

 テントの中に相棒の姿はない。

 

 古代樹の森の見回りの為、夜の仮眠を取っていたロウはキリエラとテントの寝床を交代しようと思ったのだが、テントを出ても彼女の姿は見当たらなかった。

 

 

「お、おい。キリエラ。キリエラ! 何処だ? キリエラ!!」

 気持ちが焦る。

 

 嫌な感じが、ロウの頭の中で渦巻いた。

 

 

「キリエ───」

「そんな大きな声出さないの!」

 背後から、義手の棒で叩かれる。

 

 振り向くと、頬を膨らませるキリエラの姿が見えた。

 

 

「キリエラ……。よ、良かった。何処にいたんだ?」

「ちょっとお花摘み」

「トイレか、なんだ」

「デリカシー」

「痛」

 安心して溜息を吐くロウの頭をもう一度義手で叩くキリエラ。

 口を尖らせて目を細める彼女に、ロウは「交代しよう」と提案する。

 

 

「そうだね、僕も流石に少し眠いかもしれない。ロウは良く寝れた?」

「あぁ」

「そっか。良かった」

 そう言うと、キリエラは長い欠伸をしながらテントの中に向かい「何かあったら直ぐに起こしてね」と片手を上げた。

 

 どうやらロウが寝ている間も何もなかったようで、依然として森は静かなままである。

 

 

「───さて」

 消えかかっていた焚き火に木の枝を放り投げながら、ロウはヘビィボウガンを椅子に置いてメンテナンスをし始めた。

 

 このまま何も起きなければそれで良い。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの誘導作戦が成功すれば、また別の調査が始まっていくだろう。

 

 

「……楽しいよ、調査団は。師匠」

 古龍渡りの謎は解明されていない。

 きっとこれからも、こうやって、キリエラや仲間達と、ずっと一緒に───

 

 

 

「───なんだ?」

 夜の森。

 

 星の光だけが世界を照らし、夜行性の生き物ですら眠りに着く時間。

 

 

 竜の叫び声のような、悲鳴のような鳴き声が何処からか沢山聞こえてきた。

 

 

「キリ───」

「ロウ! 今の!」

 テントから飛び出してきたキリエラに続くように、ロウはヘビィボウガンを一瞬で片付けてベースキャンプを出る。

 

 

「森を歩いても全く見かけなかったモンスター達の鳴き声がやっと聞けたと思ったら、なんか凄い悲鳴みたいな感じだったって状況。あまり良い感じがしないね……!」

「隠れていた何かが動き出した?」

「一旦撤退でも良いけど」

「何が起きたかだけは確かめる」

「そうだね」

 鳴き声が聞こえた方角に走りながら、二人はそうやって打ち合わせをした。

 

 森の異様な静けさはゾラ・マグダラオスの影響の可能性が高い。

 しかしこの静けさに隠れていた何かが動き出したのなら、ゾラ・マグダラオスの誘導作戦が上手くいっているのか、それとも───

 

 

 

「───ジャグラス?」

 そうして走った先で、二人は森の中で大量に倒れているジャグラスの群れの姿を見付ける。

 

「なんだこれ」

「おかしいな」

 小型モンスターの大量死。

 

 しかも倒れている亡骸には外傷が全く見られなかった。

 

 

「……毒、だ。多分、毒で死んでる」

 倒れているジャグラスの亡骸を観察しようとしゃがむと、キリエラは死体の異様な匂いに目を細める。それに、どうも気分が悪い。

 

 ジャグラスを死に至らしめた毒素がまだ空気中に微妙に残っていたようだ。

 若干ではあるがジャグラスに近付いた瞬間目眩がして、全身が痺れる感覚がキリエラを襲う。

 

 

 こんな事は初めてだった。

 

 

「大丈夫か?」

「……ん、ぅん。大丈夫。……少しここを離れた方が良いかも。凄い強力な毒だよコレ。なんか身体が痺れる」

 言いながら、キリエラはロウを押すようにジャグラス達の亡骸を離れるように歩く。

 

 彼女が新大陸で過ごした十年間、こんな事が起きた事はなかった。

 

 ゾラ・マグダラオスと何か関係があるのかもしれないが、何が起きているのか全く分からない。

 

 

 

「……毒、か。毒といえばプケプケだな。古代樹の森なら」

「そうだね、火竜の毒じゃない。プケプケの毒は食べた植物で変化するから、何か変なもの食べたプケプケの毒が凄い事になってるって感じなのかな?」

 古代樹の森に生息し、毒を持つモンスターの数は限られている。

 その中でこの状態を作る可能性が高いのはプケプケだ。

 

 

「でもジャグラスが大量死するような毒、か。僕達の知らない未知のモンスターが出没したって線もあるけどね。例えばネルギガンテなんかは、僕達は全く生態を知らないから毒を使えるモンスターだったとしてもおかしくないし」

「ただ毒だとしたら、可能性はいくらか消えるな。新大陸で確認された古龍の中にはクシャルダオラやテオ・テスカトル、キリンなんかもいた筈だが。少なくともネルギガンテじゃないなら古龍ではない。……これなら俺一人でも何とかなるか」

 新大陸にはまだ謎も多いが、そこに生息するモンスターの種類はある程度調査が進んでいる。

 

 未知のモンスターという予測も出来ない相手の事を考えるよりも、現在生息が確認されているモンスターの中から可能性を探る方が現実的な話が出来る筈だ。

 

 

「やっぱりプケプケかな? なんでこんな事になってるのかまだ分からないけど」

「……オオナズチ」

 しかし、ふとロウの脳裏に一匹の古龍の名前が浮かぶ。

 

 

 毒を扱う古龍。

 

 あの夢を見た直後だからだろうか。

 

 

 新大陸では確認されていない筈の、そんな龍の名前が浮かんでしまった。

 

 

「ロウ……」

「いや。まさか、な。古龍だぞ。そうそうポンポンと出て来てたまるか」

「……そう思いたいね」

 新大陸でオオナズチの発見報告はない。

 

 そもそもオオナズチはその姿を消す能力を持っていて、神出鬼没で人前に滅多に姿を現さないモンスターである。

 

 しかし、以前ロウにオオナズチの事を教えてもらった時、キリエラは妙な既視感を感じていたのだ。

 

 

 

 霧の中。

 

 

 

「───なんだ?」

「───霧……。まさか」

 ジャグラス達から離れて少しすると、辺りが霧に包まれていく。

 

 悪寒が走った。

 

 

「ロウ!!」

 キリエラがロウを押し倒す。

 

 

「な……そんな、なんで……お前が───」

 キリエラと共に起き上がりながら視線を上げるロウの瞳に映る紫。

 四肢と翼。巨大な頭部と瞳。

 

 

「───なんで……お前が、ここに居るんだ」

「……これが、オオナズチ」

 霞龍オオナズチ。

 

 その悪夢が降り立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 龍はずっとそこに()()

 

 

 幾年の月日。

 森に溶け込むように、この地に降り立った龍は不思議な感覚を感じる。

 

 まるで何かに呼ばれているような、導かれるような感覚。

 

 元より放浪の身であった龍は、その感覚に疑問を抱きながらもこの地に住まうことにした。

 百数十年もの歳月を生きてきた龍が初めて感じたのは興味。

 

 

 その地は命に溢れている。

 龍は様々な痕跡を見た。同じく龍種である者の痕跡、これまで見たことも無い痕跡。

 

 長く生きた龍は、自らが知らない事等ないと思っていたのである。

 

 火を吐く竜、身体に電気を纏う竜、敵に自らの排泄物を投げつける獣。

 自然豊かな森、湿気の多い沼地、灼熱と極寒の砂原、炎の山。

 

 龍は様々な知識があった。

 それなのに、この地には龍の知らない事が多くある。

 

 

 ───そこで出会った、小さな獣。

 

 踏み潰せば潰れてしまいそうな、好物の虫と大差ないと思える弱い生き物。

 彼等はこの地の様々な場所に足を運び、何かを詮索するような仕草をしていた。

 

 

 もしかすれば、彼等ならこの地への自らの疑問を解き明かす事があるかもしれない。

 

 龍は彼等を観察する事にする。

 

 

 自らの能力を最大限に活かし。

 誰にも悟られないように、身を潜め、彼等の詮索をゆっくりと見届ける事にした。

 

 

 しかし、小さな生き物達は感覚が鈍い。

 この地に何が起きているのか、全く何も分かっていないようである。

 

 このままでは、その時が来てしまうかもしれない。

 

 

 ───龍には時間が残されていなかった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 紫が視界を包み込む。

 

 

「───オオナズチ」

 古龍。

 

 この世界の理。

 十年に一度、世界各地で報告されている古龍渡り。

 

 龍が新大陸に渡る現象。

 それを解明する為に派遣された調査団。

 

 

 彼等は知らなかった。

 この地にその龍が()()という事を。

 

 

「ロウ! 逃げよう!」

「……っ。こっちだ!」

 龍───オオナズチは、二人を見下ろして固まっている。

 

 何がしたいのか分からない不気味さ。

 恐怖で固まってしまった二人だが、キリエラは大きく首を横に振ってなんとか足を動かした。

 

 

 走る。

 龍はその背中をゆっくりと追いかけた。

 

 

「追ってきてない!?」

「分からない。なんでアイツがここに居る。くそ……!」

 全身の血の気が引いていく感覚がする。

 

 古龍への恐怖。

 それも、ロウにとってはトラウマになった龍と同種のモンスターだ。

 

 

 オオナズチはゆっくりと二人の事を追い掛ける。

 しかし、龍にとってゆっくりでも二人にとっては走って追いかけられているのと一緒だ。

 

 もし龍がその翼をつかえば、四肢でしっかりと地面を踏み抜いて走れば、二人は一瞬で追い付かれて潰されてしまうだろう。

 

 

 だこらこそ、龍が何を考えているのか分からない。余計な恐怖心が煽られた。

 

 

「とにかく相手が分かったならそれでいい。なんとか撒いて、拠点に戻───」

「……ッオェ」

 妙な声に振り向く。

 

「───キリエラ?」

「ご、ごめん。気持ち悪くて……僕の事は置いていって」

「そんな事出来るか!! 頼む、今は走れ」

 キリエラの手を取って無理矢理走らせようとするが、ふと龍の気配が全くない事に気が付いた。

 

 ロウは「は?」と口を開いて固まる。

 さっきまで追いかけて来たモンスターの気配が突然消えた。どうしたら良いのか分からない。

 

 

「……なんだ、なんなんだアイツは。キリエラ、立てるか? どうした? 毒か」

「……多分、毒かな。いつのまにか貰って───ぅ」

 その場に蹲って嘔吐するキリエラ。オオナズチが現れた時、咄嗟にロウを庇ったがその時から調子が悪い。

 ただ、そんな事を言えばロウは気にするだろう。そう思って、キリエラは左肩を上げながら「大丈夫、落ち着いた」と青ざめた顔を上げた。

 

「何処がだ。解毒薬を持って来てるだろ。とりあえず飲め」

「安全が確認出来てから、だよ。そういうのは。オオナズチは?」

「分からない……。消えた」

「そんな事───ロウ!!」

「は?」

 振り向く。

 

 そこに、またその姿が映った。

 

 

「───くっそ!! なんなんだお前は!!!」

 ヘビィボウガンに手を向ける。しかし、その手が背中の得物に触れる事はなかった。

 

 

 もしここで戦ったとして、この龍に一人で勝てるのか。

 

 そもそも今戦おうとすれば、キリエラが巻き添えになる。ただでさえ毒で弱っている彼女を放っておく訳にはいかない。

 

 

「悪いが、もうお前達に奪われるのはごめんだ!!」

 言いながら、ロウは背負っていたヘビィボウガンそのものをオオナズチに投げつけた。そうして彼は、空いた背中にキリエラの小さな身体を背負って走る。

 

 

「ちょ、ロウ……。無理だよ、この状態で……逃げるとか───っ」

「うるさい静かにしてろ! くそ!! くそ!! なんなんだよ。来るなよ、くそ!!」

 振り向かない。

 

 しかし、早くはないが確実に近付いてくる龍の気配に身体が震えた。

 

 

 怖い。

 ただただ、そんな感情がロウを呑み込もうとする。

 彼は大きく横に首を振って走った。けれど、身体の震えは止まらない。

 

「ロウ……」

 キリエラを背負っている手から、背中から、彼の恐怖が伝わってくる。

 一人で走っていれば、もしかしたら逃げられたかもしれない。けれど、ロウが彼女を見捨てるなんて事はしない事ぐらい分かっていた。

 

 

 また、重荷になってしまっている。

 

 これじゃ姉の時と同じだ。

 

 

 嫌な記憶が蘇る。

 自らを助ける為に命を落とした大切な人。

 

 このままいけば、ロウも姉と同じく自分を助ける為に命を落とすかもしれない。

 そんなのは嫌だ。けれど、それはロウも同じなのだろう事はキリエラにも分かる。

 

 

「ロウ! 高い所まで行こう。足場が悪くなれば、あの巨体じゃ着いてこれない」

「分かった。少し我慢してくれ」

 だから、二人で生き残るんだ。

 

 

 守れなかったなんて、絶対に思わせない。

 

 自分のせいで大切な人を、もう失いたくない。

 

 

「ロウ、僕はこれでも一人で十年間やって来た身だからね。実は凄いんだよ」

「今そんな話をしてる場合か!?」

 走る。

 

 いくらキリエラの身体が軽くてヘビィボウガンを捨ててきたといっても、人一人を背負って古代樹の木々から出来た塔を登るのは苦難の道のりだ。

 キリエラの言葉に反応しながら、ロウは胃液を吐き出しそうな程に消耗しながら足を動かす。

 

 

 止まったら死ぬ。

 あの日、師匠がそうなったように。

 

 龍に潰されて、跡形も残らず、苦しんで。

 

 

 怖い。

 

 

 嫌だ。

 

 

 

「……なんで、ここまで来て、追いかけて来る」

 地面が遠くなる程、木々で出来た塔を登っていく。

 

 しかし、オオナズチとの距離は離れない。

 付かず離れずの距離を永遠と保って、もし足を止めたらその瞬間殺されるような、何を考えているのか分からない視線を向けてきていた。

 

 

「来るなよ!! くそ!! 来るな!!」

「ロウ、下ろして」

「は!?」

「止まって」

 キリエラはそう言って、突然ロウの背中の上で暴れて転がる。

 

「キリエラ!!」

 振り向くと、オオナズチは突然の事に驚いたのか固まって動かなくなっていた。

 しかし、その目はギョロリと二人に向けられる。

 

 

「……っ」

「ロウ。こんな所まで突き合わせてごめんね、怖かったよね」

「お前、何を言ってるんだ? 良いから逃げるぞ。早く───」

「うん。逃げよう。……大丈夫。大丈夫だよ、ロウ。僕が、ロウを守るから」

「───は?」

 そう言って、キリエラは肩のスリンガーをロウの足元に向けた。

 

 スリンガーにはいつのまにか拾ったのか、石ころが設置してある。

 

 

「何を───」

「ロウ、僕は絶対大丈夫だから。……ロウだけでも、先に逃げて」

「───言って」

 刹那。

 

 放たれたスリンガーはロウの足元で弾けた。

 衝撃に足を浮かせたロウに、キリエラは渾身のタックルを決める。

 

 

「───は?」

 足場の悪い、古代樹の木の上。

 

 身体が浮いた。

 足元には空気しかない。

 

 

 落ちる。

 

 

「キリ───」

「逃げて」

 手を伸ばした。

 

 

 また、その手は届かない。

 

 

 

 なんで。

 

 

 

 なんでまたこうなる。

 

 

 

 確かに怖い。

 

 古龍が怖い。

 その目を見るだけで竦んだ。恐怖で身体が震えた。

 

 

 けれどそれは、違う。

 

 

「どうして───」

 伸ばした手は届かない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

義手

 龍は疑問に思っていた。

 

 

 何故この小さな生き物は逃げていくのだろうか。

 

 別に取って食べようだとは思っていない。

 この生き物達は肉付きも悪く、栄養にもならなそうな物を外装を身に纏っている。

 

 

 本気で追えば、殺してしまうかもしれない。

 だからゆっくり追うが、恐れられているのか追えば追うほど逃げてしまった。

 取り分け雄の個体は雌を背負って走ってはいるが、身体が震える程に恐怖を覚えてしまっている。

 

 これでは埒が明かない。

 毒を使って弱らせてでも、この小さな生き物に大陸の現状を伝える必要があった。

 

 

 

 もしそれで、この小さな生き物の一個体が死ぬ事があってもそれは大した事ではないだろう。

 

 この世界の理を、この小さな生き物達が知る事が出来れば、或いは───

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 手を伸ばした。

 

 

 霞の中。

 いつもの夢が掠れていく。

 

「どうして───」

 この手はいつも届かない。

 

 

 大切な物は、いつもこの手をすり抜けていった。

 

 

「───っ!!」

 飛び上がる。

 

 気を失っていたらしい。

 

 

 直ぐに現状を思い出した。

 

 

 突如、古代樹の森に現れたオオナズチ。

 

 キリエラと逃げて、高いところに行こうと言われてそれから───

 

 

 

「高い所にって……俺をこうして突き落とす為か。こうして俺だけ逃す為だったのか」

 頭を抱えて蹲る。

 

 彼女にはいつもしてやられてばかりだ。

 今思えば、揶揄われるのは別に嫌じゃなかったけれど嫌な予感はしていたのである。

 

 いつかこういう事をされると、何処かで分かっていた。

 

 

「あぁ、そうだよ。俺は古龍が怖いお荷物だ。別にそれで良いとアイツは言ってくれた。だから俺もこのままで良いと思ったんだ。……だから、だから今こうして、こんな所で座ってる!!」

 地面を叩く。

 

 そんな事をしても意味はないと分かっていた。

 けれど、どうしても足が動かない。古龍が怖い。この森には、古龍が居る。

 

 

「くそ!! くそくそくそ!!!」

 まただ。

 

 また失うのか。

 

 

 大切だと思う人を。自分を救ってくれた人を。

 

 

 なんでいつもこうなる。

 

 

 

「どうして……どうしてなんだ。いや、キリエラなら、なんとかアイツを撒いて逃げられるんじゃないか? 足手纏いの俺が居ない方が、キリエラは一人で上手くやれる。……だったら、俺はもう森を抜けて助けを呼びに行った方がいいんじゃないか」

 立ち上がった。

 

 キリエラは賢い。

 きっと今頃、救難信号を上げてから何処かに隠れて仲間達の助けを待っているに違いない。

 

 

 こんな所で一人で座り込んで、再びオオナズチに見付かれば今度こそ終わりだろう。

 そうなればせっかくキリエラが助けてくれた意味がなくなってしまうのではないか。

 

 ロウは自分に言い聞かせるようにそう考えながら、ふらつく足を前に出した。

 

 

「そうだ、逃げるんだ。俺なんかが、古龍に勝てるわけがない」

 落下の衝撃で身体がボロボロだが、古龍に襲われるよりは遥かにマシだろう。

 

 アステラに戻る為に、ゆっくりと足を上げた。

 

 

 キリエラと共に何度も足を運んで、ようやく掴んだ地形。

 初めの頃は地図があっても迷ったのに、今ならどっちに歩けば拠点に帰れるのかすぐ分かる。

 

 

「怖いんだ。仕方ないだろう」

 そう自分に言い聞かせた。

 

 

「思い出すだけで、手が震える。今だって夢に見る。俺には無理なんだ。古龍が怖いんだ。きっと誰も笑わない。……そうだろ、キリエラ。だから、俺を逃してくれたんだろ」

 キリエラにはちゃんと生き残る算段があって、自分は足手纏いで邪魔だったのだろう。

 

 新大陸に辿り着いた時、犠牲になろうとした自分を怒った奴だ。そうに決まってる。

 

 

 そうじゃなきゃ、許されない。

 

 

「キリエラ……」

 怖い。

 

 

 古龍が怖い。

 

 

 ──君は誰かと居なさい──

 また失うのが怖い。

 

 

 ──キミは本当に可愛いな──

 独りになるのが怖い。

 

 

「怖い」

 怖い。

 

 

 

「……違うだろ」

 そうだ。

 

 

「俺が本当に怖いのは───」

 走る。

 

 踵を返して、オオナズチを最初に見付けた場所に。

 

 

 何度も歩いた森。

 

 確かにキリエラと出会ってから、まだ大した時間は過ごしていない。

 

 

 けれど、そんな事がどうでも良くなる程に、彼女の手は、身体は、こころは、暖かかった。

 

 

 

「キリエラ……!!」

 古龍が怖い。

 

 それは嘘じゃないし、まだ思い出しただけで吐き気がする。身体が震える。足元も覚束無い。

 

 

 けれど、それ以上に───

 

 

 

「───俺は、お前を失うのが怖いんだ!!」

 ───やっと出会えた誰か。

 

 

 誰かと居なさいと、呪いのように頭に反響する師匠の言葉。

 やっと見付けたその誰かを失う方が、古龍という圧倒的な存在よりも遥かに怖い。

 

 

「あった……!」

 オオナズチと遭遇してから一度逃げて、消えた龍が再び現れた場所。

 

 投げつけたヘビィボウガンは無造作に転がっていて、それを拾おうとして頭が重くなるのを感じた。

 

 

「……毒、か?」

 オオナズチの毒。

 

 それは特異な性質を持ち、プケプケのように生活環境によって様々に毒素が変化する。

 ロウはこの毒を長い間滞留する事に加えて、体力をじわじわと削るタイプの毒だろうと頭の中で整理しながらヘビィボウガンを背負った。

 

 キリエラはこの毒を大量に貰っている可能性が高い。

 即死するような激毒ではなさそうだが、長い間治療もせずに動き回るのはあまりにも危険だろう。

 

 

 持ち合わせの解毒薬を飲みながら、ロウは記憶を辿ってキリエラとオオナズチを追い掛けた。

 

 もう道には迷わない。

 幸いオオナズチの足跡も残っている。ロウが思い出したように導蟲の入った虫籠を開けると、導蟲達は青い光を放ちながらロウを導くようにオオナズチの痕跡を辿った。

 

 

「導きの青い星、か」

 頼むぞ、と口には出さずに着いていく。ある程度予測は付いていたから。

 

 

「───やはり、か」

 キリエラがロウを突き落とした場所。

 

 導蟲はそこから動かない。青い光を発しながら、左右に揺れるだけだ。

 

 

「キリエラの事だから、俺が登ってくる事まで考えて痕跡を上手く消しながら逃げたって所だろうな」

 彼女が自分を逃したのは、ロウが古龍に恐怖を感じている事を分かっているからというのは確かだろう。

 

 けれど、それだけじゃない。

 

 

「俺を助けるつもり、なんだ」

 大切な人を失った。

 

 それがキリエラとロウの共通点だろう。

 

 守られた、守れなかった。

 その差異は微々たる物だと思っていたが、きっと違う。

 

 

 ロウが守れなかった事を悔いているのと、キリエラの感情は逆だ。

 

 

「……自分のせいで、姉が死んだとか思ってるのか。アイツは!!」

 木の床を殴る。

 

 きっとそれは間違いではない。

 けれど、きっとキリエラの姉も───ロウも、そんな事は思わない。

 

 

「誰だって、大切な人には居なくならないで欲しいんだよ。それを、守る守らないで区切って良いものじゃない。お前が俺を守るつもりなら、それはそれで良い。……けれど、俺にもお前を守らせろよ!! くそ!!」

 キリエラは言った。

 

 ──僕に出来ない事をロウがやって、ロウに出来ない事を僕がする。それが相棒(バディ)でしょ? 僕達に出来ない事は、他のチームがやる。調査団に出来ない事は、他の組織がやる。そうやって他の人に出来ない事を他の人が支えるのが、誰かと居るって事でしょ──

 

 だから、ロウはキリエラを守ると決めたし、キリエラの事を頼りにしている。

 

 

 それなのに───

 

 

「───俺と、居てくれよ。キリエラ」

 一緒に居たい。

 

 ただそれだけなんだ。

 

 

「キリエ───」

 蹲りそうになって、ロウの視界に見慣れた物が見える。

 

 

「……嘘だろ」

 棒だ。

 

 簡単なフックが付いた棒。

 

 根本から折れたようなその棒が、地面に転がっている。

 

 

「嘘だろ……おい、嘘だろ……。キリエラ!!」

 その棒に飛び付いた。

 

 間違いない。

 地面に転がっていたのは、彼女の左腕の義手。それが根本から折れて、横たわっている。

 

 

「間に合わなかった……。そもそも、あの時点で。……嫌だ。行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ」

 なんでもない、ただの棒に縋るように地面に這いつくばった。

 

 冷たい。何も感じない。

 それはただの棒なのだから、当たり前だろう。

 

 

 

「───ぁ?」

 ふと、ロウはその棒に違和感を感じた。

 

 その理由は、いつか師匠の左腕を見つけた時の事を思い出したからである。

 

 

 亡くなった師匠の身体で唯一見付かった左腕。

 しかしその左腕も、何かに潰されたのか殆ど原型を留めていなかった。

 

 しかしこの棒はどうだろうか。

 

 

 まるで人間が頑張って折ったかのように、根元だけが折れて転がっている。

 いや、無造作に見えて、まるで自ら置いたかのように、あまりにも状態が良い。

 

 

 ──ロウ、僕は絶対大丈夫だから──

 

 

 キリエラはそう言っていた。

 

 

「そうだ、アイツが自分を犠牲にする訳がない。大切な人を失う気持ちを知ってるアイツが、そんな事をする筈がない!!」

 ロウはその意味を考える。

 

 

 ──ロウ! 高い所まで行こう──

 

 

 考えろ。

 

 

 

 アイツが───キリエラが、どういう思いで行動したのかを。

 

 

 

「───そこに居るんだな!! キリエラ!!」

 ───棒の折れた先端。その先に視線を向けた。

 

 

 見晴らしのいい高い場所。キリエラが置いていった義手の先端。逃げてというキリエラの言葉。

 

 答えは一つしかない。

 

 

 

 背中のヘビィボウガンを構える。

 

 

 

 外す訳にはいかない。外さない。

 

 

 どれだけ遠くても、どれだけ離れていても、どれだけ届かなくても、もう二度とその手を離さない為に。

 

 

「───今、助ける」

 ───銃弾が空気を貫いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 置いて行かないで。

 

 

 自分勝手なその言葉で、大切な人を失った。

 

 大好きで、離れたくなくて。

 小さな子供だった彼女は、小さな子供にしては考えられない行動力だけがあって。

 

 

「───ついて来ちゃったの!? どうやって!?」

「お姉ちゃんと離れ離れなんて嫌だ!」

 新大陸古龍調査団4期団。

 

 置いて行かれたくなくて、乗り込んだ船。

 

 

「まぁまぁ、良いじゃないですか。船に忍び込むなんて、中々の行動力ですよ。きっと、将来は立派な調査団の一員です」

「もぅ、しょうがないなぁ」

 これで置いて行かれない。姉の役にも立てる自分は正しい事をしたのだと、そう思う。

 

 

 

 けれど───

 

 

 ──ごめんね……。ごめんねキリエラ。一人にしてごめんね。もう大丈夫だから──

 

 ──私がコイツを食い止めて時間を稼ぐ──

 

 

 姉は自分を置いて行ってしまった。

 

 

 自分のせいだとは分かってる。

 分かってるから、あえてそう思う事にした。

 

 

「───大丈夫だよ、お姉ちゃん。僕は、誰も置いてかない。……置いて行かせない」

 もう誰も失いたくないから。

 

 もう誰にも失う気持ちを感じさせたくないから。

 

 

 ───僕は絶対に、死なせないし、死なない。置いて行かせないし、置いて行かない。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 スリンガーをロウに向ける。

 

 

「何を───」

「ロウ、僕は絶対大丈夫だから。……ロウだけでも、先に逃げて」

「───言って」

 刹那。

 

 放たれたスリンガーはロウの足元で弾けた。

 衝撃に足を浮かせたロウに、キリエラは渾身のタックルを決める。

 

 

「───は?」

 バランスを崩したロウは、キリエラでも簡単に叩き落とす事が出来た。

 

「キリ───」

「逃げて」

 かなり高い所まで登ったが、落ちても死ぬ程ではないだろう。かなり痛い目に遭うかもしれないが、それはそれで良い。

 

 

 古龍が相手でなければ、ロウは凄腕のハンターだ。きっと多少の怪我があっても拠点のアステラに戻る事は出来る。

 

 そして、後は自分がなんとかして生きて帰れば良い。

 

 

 

「───僕は死ぬ気なんてないよ。何考えてるか分からないけど、来るなら来い!」

 言いながら、キリエラは救難信号を打ち上げた。

 

 これで、アステラの仲間が異変に気が付いて迎えに来てくれる。

 ロウの事も安心だ。後は、時間を稼いでなんとか仲間が来るまで生き残るだけ。

 

 

 ロウは大丈夫。

 

 それに、彼ならもしかしたら───

 

 

 

「───っぅ」

 キリエラは左腕の義手を地面に叩き付け、フックの付いた棒を真ん中半分くらいから叩き折る。

 

 その先端が向いた先に、間髪入れずに駆けると、オオナズチはやはりゆっくりと追いかけて来た。

 

 

「……やっぱ追いかけて来る。こっちが止まると様子見するように止まるくせに。本当! 何考えてるのか分からな───ゥッ」

 走りながら、嘔吐いて転ぶ。地面を転がって、そのまま胃液を地面にばら撒いた。

 

 

「───毒、ヤバ。解毒……しないと、死ぬかも」

 相手が何を考えているのか分からないが、立ち止まってしまえば死ぬのだけは分かる。

 

 キリエラは自分の腹を押さえながらなんとか立ち上がって、何かが割れる音に振り向いた。

 嫌な予感がして自分のポーチに手を向ける。しかし、そのポーチがそもそも視線の先にある事に気が付いて彼女は苦笑いを溢した。

 

 

 解毒薬や回復薬の入ったポーチ。

 

 それは、今追いかけて来たオオナズチの脚の下にある。

 

 

「うわ、最悪」

 何も考えずに走った。真っ直ぐに。

 

 幸い直ぐに死ぬような出血毒ではない。相手をジワジワ弱らせて捕まえる為の毒だろう。

 

 

「───とはいえ、攻撃してくる感じがないのはなんでだ。僕を生きたまま捕まえて子供の餌にするとか? いやー、だとしたら興味深い。なんて興味深い生態なんだろう! 身を持って知りたくはないけど!!」

 独り言を言っていないと、意識が持って行かれそうだった。

 

 単純に攻撃してこないのは何を考えているのか分からず不気味ではあるが、逃げるだけのキリエラにとってはかなり都合が良い。

 しかし、そんな都合が良い事が続く訳もなく───

 

 

「ちょ───」

 オオナズチは突然その頭を持ち上げたかと思うと、長い舌を伸ばしてまるで鞭のようにそれをキリエラに叩き付ける。

 

 彼女の小さな身体は簡単に浮いて近くの木に打ち付けられた。肺の中の空気が押し出されるように全部外に出て、血の混じった胃液が腹の奥から喉を焼く。

 

 視界が回って、上下左右が一瞬分からなくなった。

 身体の何処かがおかしい気がするが、自分が理解出来る限度を超えたのか不思議と痛みをあまり感じない。ただ、それが逆にまずい事だという事は分かる。

 

 

「───ゥェ……ッ。ゲェッ、ゴフッ」

 見通しが甘かった。

 

 逃げるだけなら、出来る。そう思っていた自分を呪いながら、唇を噛んで飛びそうになる意識を繋げた。

 血反吐を吐きながら頭を持ち上げる。

 

 

「……僕なんかいつでも殺せるって、そういう顔なの? それ」

 目の前にはオオナズチ。

 

 やはり何を考えているのか分からなかった。

 今この瞬間、オオナズチが彼女を殺そうとすれば彼女は何も出来ずに命を落とすに違いない。

 しかしそうならないのは、何か理由がある筈である。普通の生き物はこんな無駄な事はしないだろうが、相手は古龍だ。

 

 

「───考えろ」

 ───自分が死なない方法を。

 

 オオナズチには何か目的がある。その為に目の前のいつでも殺せる弱小な生物を生かしている筈だ。

 ただ、オオナズチにとってその目的か───それともキリエラという個体はそこまで大したものではない。

 

 今の攻撃は辺りどころが悪ければ死んでいてもおかしくなかっただろう。

 

 つまりオオナズチにとって、キリエラは別に死んでも良い存在という事だ。

 

 

「殺さないで、ってお願いしたら聞いてくれる?」

 両手を上げてそう言うが、オオナズチは首を傾げてキリエラに視線を向ける。人間の言葉が通じる訳がない。

 

 

「───うわ、待って!! 待って待って待って!!」

 動きを止めたキリエラに、オオナズチはその口から毒の霧を吐き出した。

 

 これ以上貰うのは不味い。

 キリエラは遅れてやって来た激痛に表情を歪ませながら走る。オオナズチは舌を伸ばして彼女の足を捕まえた。

 

 

「───ギャッ」

 オオナズチの舌が巻き付いた右足首が変な音を立てる。そのまま倒れたキリエラは、引き摺られるようにしてオオナズチの足元に運ばれた。

 

 

「ぃ、痛───ッェ」

 視界が回る。身体中を地面に叩き付けられて激痛が走った。

 

 そんな中なのに、この感覚に何処か見覚えがある。そんな事が頭に浮かんで。

 

 

「……っ」

 舌に引き摺られて、オオナズチの足元に放り出された。舌から解放され、立ちあがろうとした彼女の身体をオオナズチは踏み付ける。

 

 

「───っ!!!!」

 声にならない絶叫が森に響き渡った。

 

 オオナズチはやはりキリエラを殺す気はないらしい。しかし、殺さないつもりもないのだろう。

 かの龍が少しでも加減を間違えれば、人間の身体は簡単に肉塊になる程に脆弱だ。

 

 キリエラの小さな身体は指の間から頭が出ているだけで、胴体はオオナズチの脚の下。

 

 

 そうして身動きが取れない彼女に向けて、オオナズチは毒の霧を吐き出す。

 未だにもがいて逃げようとしているキリエラの動きを止める為に。

 

 それで彼女が死のうが、オオナズチにとって問題はなかった。

 

 

 ただ、この小さな生き物を大人しくする。

 

 それが、今のオオナズチの目的だから。

 

 

「───っ、死んで……たまるか」

 しかしキリエラにとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際なのは変わらない。

 

 オオナズチには分からないのだ。その小さな命は、簡単にその命の灯火が消えてしまう存在だと言う事を。

 

 

 キリエラは毒を吸わない為に、息を止める。

 しかしそれを察してか、オオナズチはキリエラを踏む脚に少し力を込めた。

 

 森に絶叫が響く。

 血反吐を吐いて、反射的に吸い込んだ毒でキリエラは全身の穴から血を垂れ流した。

 

 

 

「……死に、たくない。……死なせたくない、だ。……僕、は……死なない。絶対───に、ぁが」

 ここまでしても、まだ動く。

 

 オオナズチは人間を知らなかった。

 同じような体躯のジャグラスは、ここまですると意識を失って動かなくなる。

 この小さな生き物の身体はもう滅茶苦茶になっている筈なのに、どうしてまだ逃げようとするのか。

 

 

「絶対に……生きて、帰るんだ。ロウを、僕のお姉ちゃんにしない為に……!」

 理由があった。

 

 人間は考える事が出来る生き物である。

 自分がしている事がなんなのか、生き物が生きる為だけには必要のない事を考える事が出来るのが人間という生き物だ。

 

 

 だから、キリエラは考える。

 

 今死んだら行けない理由を。今どうしたら生き残れるのかを。

 

 

「だから、僕は! 絶対に死なない! ロウを守るって決めたんだ! だから! 僕は───」

 吠えるような小さな生き物の鳴き声は、龍が少し力を加えれば絶叫に変わった。

 

 

 この生き物は意味もなく叫ぶし、無駄だと分かっていても抗おうとする。

 

 オオナズチにとってソレは取るに足らない存在だ。しかし、こうも時間を無駄にされるのも許し難い。

 

 

「───っ、は……や、辞め」

 キリエラは感じる。

 

 龍が自分に興味を失った事を。

 

 

 そうなれば、龍が自分を生かしている理由はない。

 

 

「嫌、だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない!! 嫌だ!! 殺さないで!! お願い、お願いだから!! 嫌だ!! 嫌だよ!! まだ僕はロウに……あの時のお礼を言ってない。まだ、お姉ちゃんに───嫌だ。嫌だ……!! 嫌───」

 オオナズチは一度キリエラを踏んでいた脚を持ち上げた。

 

 

 ソレを、なんの迷いもなく下に下ろす。

 

 キリエラはソレを避けられる訳もなかった。

 

 

「───嫌、だ」

 ───刹那。

 

 

 

 弾丸が空気を抉る。

 

 

 オオナズチの───古龍の身体が、貫かれ、燃えて、吹き飛んだ。

 

 

 

「……ロウ」

 キリエラは走る。

 

 まだ、死なない。絶対に、死なないから。

 

 

 銃声がした方角に、必死に、彼女はボロボロの身体を引き摺るように走った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相棒

 視界が反転した。

 

 

 何が起きたか分からない。

 

 これまでその龍が感じた事のない衝撃。

 

 

 起き上がる。

 あの小さな生き物に逃げられた。

 

 身体が重い。

 

 

 

 生意気な───

 

 

 

 龍はその瞳を不規則に回して周囲を見渡す。

 

 小さな生き物の足跡。

 まるで戻っていくかのような足取り。

 

 

 手古摺らせられた。

 あの個体は面倒な個体らしい。

 

 多く、小さな生き物は絶対的な力を前に平伏すしかない。

 

 しかし、稀にこうして歯向かい、牙を剥く物もいる。

 

 

 それがその個体の選択ならば、それも仕方がない。

 

 

 龍の目的にとって、その小さな生き物の一個体等、取るに足らないものなのだから。

 

 

 

 ───しかし、生意気な態度を許せる程、龍も寛大ではなかった。

 

 

 面白い。少し、遊んでやろう。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 息が切れても走った。

 

 

 とにかく前に。相棒の元に。

 

 心臓の鼓動が速くなる。全身が痛くて、潰れそうに感じた。

 

 

「ロウ……ロウ……!!」

「キリエラ!!」

 森の中。

 

 二人は目を合わせて、一瞬気が緩む。

 

 

 また会えた。生きて会えた。

 

 そんな喜びを噛み締める余裕もなく、キリエラは首を横に振る。

 彼が戻って来てくれるかもしれないとは思っていた。けれど、どこかで本当は、彼には逃げて欲しいと思っていたのだろう。

 

 守ってあげたかった。けれど、守られてしまった。

 彼をいつかの姉にしてしまう事だけはどうしても避けたいから。

 

 

「……どう、して。戻って、来たのさ」

「……迷子になってな」

「はぁ?」

 ロウの言葉にキリエラは目を丸くする。

 

「そ、そんな馬鹿な事ある!? もう何度も来た場所じゃん!!」

「うるさいな!! 俺は地図が読めないんだよ。方向音痴なんだよ。誰かと居ないと、お前と居ないと……家にすら帰れない!」

 そう言いながら、ロウはキリエラに抱き着いた。

 

 ボロボロの身体。

 こんな小さな身体でオオナズチを惹きつけて、一人で逃げていたのだろう。随分と待たせてしまったに違いない。

 

 

「……不甲斐ない相棒で悪かった。でも、一つだけ言わせてくれ。俺は……古龍なんて怖くない。俺は、古龍でもなんでも……大切な人を奪われるのだけが、怖いんだ」

「ロウ……」

 ロウの胸の中で、キリエラは自らの過ちに気が付いた。

 

 彼は本当に不甲斐ない所もある。

 地図は読めないし、子供みたいで、酒に酔った時なんて手が付けられなかった。

 

 

 でも、彼が本当は強い男なのをキリエラは知っている。

 

 

「……そうだね、ロウは地図もろくに読めなかったよね。そんなロウが、一人で帰れる訳もないもんね。この方向音痴。地図も読めないお子様。可愛い奴め」

「……そ、そこまで言うなよ」

 知っている。

 

 ロウは地図は読めなくても、もう一人で古代樹の森を歩き回れる事を。

 

 

 知っている。

 

 ロウが本当は、古龍とだって戦える強い狩人だという事を。

 

 

 

 だから───

 

 

「───ロウ、助けて」

「───分かった」

 ───きっと彼は、姉にはなってくれない。

 

 彼は、相棒だから。

 

 

「来るよ、ロウ」

「キリエラ、解毒薬と秘薬だ。とりあえず体力を回復しろ。少しだけ時間を稼ぐ。……格好付けておいてなんだが、俺一人でオオナズチを撃退するのは無理だ。逃げて、仲間が来るのを待つぞ」

 少し前にキリエラが使った救難信号で、アステラの仲間が直ぐに助けに来てくれる筈だ。

 

 調査団の優秀なハンター達が揃えば、状況はいくらかマシになる。

 少なくとも今からオオナズチと本気でやり合うよりはマシだ。

 

 

 考えながら、ロウは背負っていたヘビィボウガンを展開して構える。

 狙撃竜弾は連発出来ない。

 

 一撃の威力に期待出来る徹甲榴弾を装填して、彼はその時を待った。

 

 

 霧が森を包む。

 

 

「……来るのか」

 不思議と怖くはなかった。

 

 

「ロウ、右!!」

 キリエラの声を疑う事なく、ロウは確認もせずにヘビィボウガンの銃口を右に向けて引き金を引く。

 

 そこには何もいないように見えた。

 否───居る。不自然に軋んだ木々の隙間。空中に突き刺さった徹甲榴弾が透明な何かを焼いた。

 

 

 苛ついたような、そんな鳴き声が森に響く。

 

 

 空間が歪むような光景。

 夜の森を割くようにして現れたそれは、飛び出した両目をギョロリとロウに向けて上半身を起こした。

 

 

「オオナズチ……!!」

 続けて引き金を引く。

 

 しかし、同時に姿を消したオオナズチに弾丸が直撃する事はなかった。

 

 

 姿を消す龍。

 以前かの龍に襲われた時、その特異性に何も出来ずに敗北した記憶が蘇る。

 

 

「……どこだ!!」

 分からない。

 

 三百六十度辺りを見渡しても、龍の姿は見えなかった。

 

 見えないのは分かっている。

 しかし、その影も、不自然な光景も、かの龍の痕跡が何処にも見当たらない。

 

 

 姿を消していても、その場に居れば何処かに異変を感じる筈だ。しかし、それが全くない。

 

 

「くそ!!」

「ロウ、上!! 変な風!!」

 キリエラは言いながら、飛び出してロウを巻き込むように地面を転がる。

 

 刹那。

 ついさっきロウが居た場所に、毒々しい紫色の煙が沈澱していた。

 

 

「毒ブレス!? 上からだと……!!」

 見上げる。

 

 姿を見せるオオナズチ。

 龍は静かに翼を翻し、ロウが立っていた場所の真上で滞空していた。

 

 オオナズチが羽ばたくのを止めると、その身体は地面に降り立ち、沈澱していた毒が周囲に拡散される。

 

 それを吸い掛けたロウの口を押さえながら、キリエラはスリンガーをオオナズチに向けた。

 

 

「その毒をロウに盛らせる訳にはいかない!」

 気が変わったのか、さっきまでとオオナズチの殺意が違う。この毒はかの龍が相手を殺す為の毒に違いない。

 

 一度その毒を盛られたからこそ、キリエラはロウを毒から守った。今、彼の動きが鈍るだけでも生還の可能性は減少する。

 

 

 放たれたスリンガー。

 射出されたのは今さっき飲み干した解毒薬が入っていたガラス瓶だ。

 

 ガラス瓶はオオナズチに直撃して、中に入っていた赤い液体をオオナズチに付着させる。

 

 

「キリエラ、毒は……?」

「大丈夫。回復したから、一旦逃げよう!」

 言いながら、キリエラはロウの背中を引っ張った。

 

「また消える……」

「でも見て、ほら」

 キリエラが指差す空間には、飛び散ったガラス片と瓶の中に入っていた赤黒い液体が不自然に浮いている。

 

 オオナズチは自分の身体を消す事は出来ても周りの空間にまでその力を及ぼす事はない。

 こうなればもはやオオナズチの姿を消す力は半減したも同じだ。

 

 

「何を着けたんだ?」

「僕の血」

「……大丈夫なのか?」

「ちょっとフラフラする。でも、ロウが居るから大丈夫」

 走りながら、キリエラは少し青褪めた顔を上げる。

 

 オオナズチからの攻撃で身体は限界に近いが、解毒には成功したし秘薬というハンターが使う劇薬でなんとか身体が動く状態にはなった。

 今は生きて帰る。それだけを考えれば良い。

 

 

「作戦は」

「アステラから離れるのは不味いけど、近付き過ぎるのも不味い。こっちが隠れちゃうのが一番だけど、多分許してくれない」

 かの龍はキリエラが全速力で逃げても、平然と余裕を持って追いかけてきた。

 

 普通にやっていたのなら逃げるだけでも難しいだろう。

 

 

「罠とか使いながら、助けが来るまで森の中を走り続ける。多分、途中何度かは交戦しないといけない。……ロウ、僕は本当はキミに逃げて欲しかった」

「……そうか」

「けど、自分が死ぬかもしれないって思った時に助けられて、やっと分かったよ。僕は、誰かを守るなんて出来ないんだって」

 姉に守られ、その仲間に守られて、調査団の仲間に守られて。

 

 そうして生きてきたキリエラは、いつか誰かを守れるようになりたい。そう思っていた。

 

 けれど彼女にそんな力はない。

 小さくて非力な身体。多少物覚えが良くて考えるのが早いだけの彼女に、モンスターと戦う力なんてない。

 

 

「そんな事は───」

「だから、僕は誰かと一緒に戦う。僕が出来ない事は、他の人が出来る。だから他の人に出来ない事を、僕がする。……それが、誰かと一緒に居るって事でしょ?」

 いつか、誰かがそう言っていたのを思い出す。

 

 誰かと居なさい、と。

 その意味が、本当の意味で、やっと分かった気がした。

 

 

「正面の木陰、居るぞ」

「流石ロウ、目が良いね。……ねぇ、ありがとう」

「は?」

「ううん。お礼が言いたかっただけ。さて、やろうか!」

 ロウの言った通り、正面の木陰から透明になっていたオオナズチが姿を表す。

 

 しかし、居場所が分かっていれば急に出てこようが対処は幾分か楽だ。

 キリエラが付けてくれたマーキングを暗闇の中で見付けるのは、遥か彼方を飛行する翼竜すら見分けるロウにとって容易い。

 

 

「生き残るぞ」

「うん」

 龍の咆哮が轟く。

 

 逃がしはしない。ここからが、本番だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霞龍

 森を霧が包み込んでいた。

 

 

「───なんだ、この状況。明らかに変だよ」

 古代樹の森から放たれた救難信号。

 

 アステラからの増援より先に、大蟻塚の荒地から森に入ったポットはその異様な光景に目を細める。

 

 

 雨が降ったわけでもないのに、大量に発生した霧。

 救難信号の中でも最上級の急を要するという信号弾。

 

 嫌な予感がして、ポットは視界が悪い中、辺りに目を凝らしながら森を歩いた。

 

 

「アンワ、見てくれ!」

「何か見付けたの?」

 彼の言葉を聞いて駆け寄ってきたアンワは、外傷なく倒れているジャグラス達の亡骸を見て首を傾げる。

 

「……死んでる。毒? プケプケか」

「そうかな。いくらプケプケでも、ジャグラスをこんなに殺してしまえる程の毒はそう簡単には作れない。……そもそも、あのロウ君達がプケプケで救難信号を出すと思うかい?」

 ポットの言葉にアンワは「確かに」と頷くが、だとすれば余計に分からなくなった。

 

 

「それじゃ、これは何? 救難信号と何か関係ある訳?」

「ないとは思えないね! しかし、調査団の資料を見る限りでは古代樹の森で毒を扱うモンスターはプケプケと火竜くらいだった筈。そのどちらでもないとなれば、少なくとも古代樹の森では未発見のモンスターという事! ロウ君達が救難信号を出すのも頷ける!」

 古代樹の森に調査団の彼等が把握していないモンスターがいる。

 

 それがロウの手に負えない事が理由での救難信号だとすれば───ポットは嫌な予感がして、腕を組んで固まった。

 

 

「何やってんの。何はともあれ、早く二人を探さないと」

「そうだね。しかし、アンワ。気を付けた方が良いかもしれない」

「何を?」

「……相手は、古龍の可能性がある」

 ロウが優秀なハンターである事はポット達も知っている。

 

 しかしその彼等が、ゾラ・マグダラオス誘導作戦の為に人手の少ないこの時に救難信号を迷わず出す相手だ。

 ソレが如何に強力なモンスターか、想像は出来る。

 

 

「しかし! そうだ! 何はともあれ急がねば! 待っていてくれロウ君! 今、君の親友が行くぞ!!」

「いや気を付けろとか言ったあんたが大声を出すな!!」

 二人はそうして森を進んだ。

 

 森の奥に行くにつれて、霧が濃くなる森へと。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 銃弾が空を切る。

 

 

「くそ! 見失った……!」

「背中に着けたのに、もう気付いて洗い流したのか。流石、古龍だね。感心してる場合じゃないけど!」

 森の中。

 

 オオナズチに追い付かれたロウ達二人は、なんとか距離を取る時間を稼ぐ為に交戦をしようとしていた。

 

 

 しかし、こちらから戦意を向けると、かの龍は二人を弄ぶように姿を消す。キリエラが着けた血も洗い流されてしまい、オオナズチはまた完全に姿を消せるようになってしまった。

 これでは逃げようにも何処に逃げれば良いのか分からない。逃げる方向を間違えれば、隠れていたオオナズチと正面衝突する可能性もあるだろう。

 

 

「キリエラ」

「分かってる。手は考えてあるよ。……ただ、どうしても一回だけオオナズチの正確な位置が欲しい。博打で僕が死んだら、ロウは怒るでしょ」

「怒る。……弾が勿体無いが、やるしかないか」

 オオナズチとの戦闘で無駄に弾丸を使わされ、ロウの手持ちの弾丸も少なくなってきた。

 

 討伐する必要はないが、弾がなくなればこちらから出来る事は限られてくる。

 ここからはある程度博打が絡んでくるが、自分達の生き死にだけを考えれば選択肢は一つだ。

 

 

「全方位に適当に弾を流す。それで場所が割れたらどうする?」

「走るから、着いてきて」

「分かった」

 言いながら、ロウはヘビィボウガンを展開してその銃口を何も居ないように見える空間に向ける。

 

 目に見えていなくても、直ぐそこにいるかもしれない。

 そんな恐怖から目を逸らして、ロウは一定間隔の空間に通常弾を叩き付けた。

 

 

 一発目、二発目、三発目と空を切る。

 そして四発目。その弾丸は空中で弾け、一瞬その周りの空間が歪んだように見えた。

 

「そこか」

「ロウ! こっち!」

 オオナズチの位置を特定して、キリエラはその反対側の草陰まで走る。

 滑り込むようにして背の高い草に潜り込んだ二人の背後の空間を、オオナズチの舌が抉り取った。

 

 

 そんな所に逃げてどうするのか。

 

 オオナズチはそう言うように、姿を消してゆっくりと草陰に近付いていく。

 

 

 しかし、ロウにはその理由が分かった。

 元から信頼していたから、その後全てを彼女に任せる。

 

 

「これでどうだ!!」

 言いながら、キリエラはその場で暴れ始めた。

 

 すると、彼女達が隠れていた草陰から大量の白い煙が舞って周囲を包み込む。

 

 

 綿胞子草。

 ロウが初めてキリエラと会った日、アンジャナフから隠れる為に利用した植物だ。

 衝撃を与えると胞子を空気中に大量に放つ。

 

 視界がかなり遮られる事になるが、どうせオオナズチの姿は見えないのだから変わらない。それに───

 

 

 

「───そこか」

 ───放たれた胞子が影になっている場所が見えた。

 

 オオナズチは光を屈折させてその場に居ないように見えているだけで、実際にその身体が消えている訳ではない。

 そこに透明な何かがあれば、この煙の中でソレは逆に目立つ事になる。

 

 

 つまり、今はオオナズチの場所がハッキリと分かるという事だ。

 

 

「ロウ、今!」

「怯ませて走るぞ……!!」

 草むらを飛び出て、ロウは徹甲榴弾を煙の影に三発打ち込む。

 

 突き刺さった徹甲榴弾が爆発し、煙が吹き飛ぶと同時にオオナズチの悲鳴が森に木霊した。

 その鳴き声を確認する事なく、二人は手を繋いで走る。

 

 

「アステラから離れ過ぎか?」

「反対に逃げようにも、オオナズチの位置が悪いんだよね。もしかしたら、分かってやってるのかもしれないけど」

 二人はまるで追い込まれるように、アステラから次第に離れていっていた。

 

 元々アステラにオオナズチを近付けようとは思っていなかったが、こうなると相手の手の上で踊っているように感じなくもない。

 

 

「……っ、はぁ……はぁ、ひぃ。ちょっと、休憩」

「ダメだ。走るぞ」

「腕、痛い。義手捨てて来ちゃったから」

 キリエラの義手はただの棒だが、無くなった左腕のバランスを支える為に重い素材で作られている。

 それをロウに見付けてもらう為とはいえ捨てて来てしまった彼女の身体のバランスは今最悪だ。

 

 その状態でずっと走っていた彼女の身体は、オオナズチから貰ったダメージを抜きにしても既にボロボロである。

 

 

「……やっぱ、荷物かな。僕」

「そんな訳あるか。……荷物は、こっちだな」

 言いながら、ロウはヘビィボウガンを投げ捨てた。

 

「ロウ……」

「今ので弾切れだ。狙撃竜弾だけは残ってるが、それだけあってもクソの役にも立たない。お前の事を背負ってる方が百倍マシだろ」

 言いながら、ロウはキリエラを背負う為に姿勢を低くする。

 

「でも、これじゃ振り出しだ」

「そうかもな。……いや、違う。ここからは折り返しだ。今の攻撃である程度の余裕は出来た筈。少しだけ迂回しながら、アステラの方角に向かうぞ」

 徹甲榴弾三発の直撃。

 

 当たりどころが悪ければ、大型モンスターでも気絶させる事すら出来る攻撃だ。

 如何な古龍といえどタダでは済んでいないだろう。

 

 

「救難信号で仲間が来てくれている筈だ。今稼いだ時間で、仲間と会える事に賭ける」

 オオナズチも直ぐには追ってこれない。

 

 もしロウの算段通りに事が運ぶなら、確かに良い作戦だ。

 今からアステラに向かおうともアステラに辿り着く前に仲間と合流する事になる。

 

 既にアステラに古龍を連れて行くという最悪なシナリオは回避されていた。

 

 

 

 ───算段通りにいけば、の話だが。

 

 

 

「───馬鹿な」

 空気が重くなる。

 

 古龍が持つ雰囲気独特の、圧迫感。

 

 

 二人の背後でその姿を表したオオナズチは、ゆっくりとその視線を下ろした。

 

 

「ダメージが……ない?」

「徹甲榴弾三発だぞ……!!」

 反射的にヘビィボウガンを拾いながら転がり、その銃口を向ける。

 

 しかし、彼の武器には弾丸が入っていない。

 

 

 それを知ってか知らずか、オオナズチは警戒するように二人を見比べた。

 

 実際。

 ダメージが全くないという訳ではない。

 

 オオナズチはそこまで防御に適した身体をしている訳ではなく、鋼の龍とも呼ばれる古龍───クシャルダオラ等からすればあまりにも貧弱な身体の持ち主である。

 しかし、かの龍の能力はその弱点を無に返す程に強力だ。一説によると、クシャルダオラとオオナズチが戦えばオオナズチが勝利する割合が高いとまで言われている。

 

 

 オオナズチの武器はその萎びやかな身体と毒や透明になる能力。そして首を動かさずにほぼ全方位を目視出来る目に、鋭い観察眼だ。

 

 相手をよく見て、自分が勝てない相手なら直ぐに逃げる。だからかの龍の目撃情報は他の古龍に比べ、極めて少ない。

 そういう事が出来る彼等の種だからこそ、古より紡がれる種として繁栄しているのだ。

 

 

「どうなってる……」

 徹甲榴弾を撃ってから、ロウは逃げる時にオオナズチの悲鳴を聞いている。

 

 しかし、オオナズチにそれらしい外傷はない。

 初めに不意打ちで当てた狙撃竜弾と徹甲榴弾、通常弾数発。それが今オオナズチに見られる外傷だ。

 

 

「別の個体……? いや、他の傷はある。なんなんだ、お前は……!」

 今さっきの攻撃がなかった事にされている。そんな気すらした。

 

「当たったフリ、か。僕達を油断させる為の」

 大きな悲鳴が聞こえれば、攻撃が当たったと思うのは当たり前だろう。

 

「くっそ……!!」

 そうして逃げる側は、ある程度時間が稼げたと余裕を持って油断するのだ。

 

 

 

 この小さな生き物はその小さな頭で考えている事だろう。

 

 どうしてこの生き物はさっきの攻撃が聞いてないのか。

 

 

 

 龍は翼を広げ、二人を見下ろした。

 

 

 

 

 ───教えてやろう。この世界の理がどちら側にあるのかを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一発

 蛇に睨まれた蛙が動かないのは、恐怖で体が震えてしまっているから。

 

 

 そう言われて、しかしキリエラはそれを否定した。

 

「考えてるのかもしれないよ。どうやったら、逃げられるのか」

 そんな彼女の言葉に、キリエラの姉は感心する。

 

 

 きっとこの子は大物になる、そう確信していた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 オオナズチに睨まれ、考える。

 

 

 残る弾丸は狙撃竜弾一発。

 

 キリエラも、ロウも限界だった。

 

 

 

「ロウ、一つだけ言っておきたい事があるんだ」

「こんな時になんだ」

「あの夜、実は何かあったんだよね」

「はぁ」

「ロウったらもう暴れて暴れて大変だった。暴れ過ぎて布団が絡まって動けなくなるまで僕の事襲ったんだよ」

「おま……え、マジか」

「ね、ロウ。またお酒飲もう」

「……バカ言え」

 不敵に笑う。

 

 

「───絶対にごめんこうむる」

 まさかとは思うが、この状態で何か手を考えてるとは思うまい。

 

 

 オオナズチは、これでやっと目的が果たせると内心呆れたように口を開いた。

 

 無理矢理連れて行くか、追い込んでやれば良い。

 そうすれば、この小さな生き物達でもこの世界に何が起きてるのか分かる。

 

 

 なれば、そのあとこの小さな生き物の個体が一つ二つどうなろうが、龍にもこの世界にも関係はなかった。

 

 

 

 龍の咆哮が木霊する。

 

 

「キリエラ、頼んだ!!」

 言いながら、ロウはヘビィボウガンをキリエラに向けて投げ捨てた。

 

「ぐぇ───ろ、ロウ!?」

 彼女の小さな身体では、投げられたヘビィボウガンを支える事が出来ずにそのまま転んで潰されてしまう。

 

 そんな彼女を尻目に、ロウはキリエラを置いたまま走った。

 

 

「こっちだ、オオナズチ!! この陰湿グルグル目玉野郎!!」

 スリンガーで石ころをオオナズチに当て、大きな声で叫ぶロウ。

 

 オオナズチにその悪口の意味が分かっているのか分からないが、なんとなくロウはオオナズチがこちらの意図を察しているような気すらしている。

 

 

 煙の中からの攻撃を、彼は何度か貰って地面を転がった。

 

 初めはこちらを殺す気がなく、ただ追いかけてきたのは何か目的があるからだろう。

 

 

 オオナズチに人と同じかそれ以上の知性があるとすれば、龍はキリエラを無視して追いかけてくる筈だ。

 

 

「───俺を。そうだ、俺を追いかけろ」

 オオナズチの目的がなんであれ、それは生きていなければ意味が無い可能性が高いだろう。

 

 ならば、ヘビィボウガンを投げられただけで倒れるような貧弱なキリエラよりもロウを追いかける筈。

 

 

 そしてオオナズチは彼の読み通り、キリエラを無視してロウを追いかけた。

 

 かの龍にとってもそれは好都合である。

 何故なら、かの龍の目的地は二人を追い込もうとしたその奥。ロウが走り去っていった方角だからだ。

 

 足元で何かに潰されて倒れているソレは、もう走るのも限界だろう。

 

 

 殺してやる理由もない。龍の目的はただ一つだ。

 ならば、大きい方の個体を追い込み、()()()()に連れて行く。

 

 そうすれば分かる筈だ。

 

 

 アレが生まれれば、あの巨大な龍が地脈で息途絶えるよりも悲惨な未来がこの世界に待っている事を。

 

 

 

「……行った」

 オオナズチを見届けて、キリエラはヘビィボウガンを持ち上げながら身体を起こす。

 

 かの龍が人語を理解しているかどうかは分からないが、多分ロウには伝わった筈だ。

 だとすると、キリエラにはやる事がある。

 

 しかし、どうもヘビィボウガンというのは重い。

 

 

「ロウ、待っててね」

 ヘビィボウガンを背負って走った。()()()は、決まっている。

 

 

 

 走れ。

 

 信じて走れ。

 

 

 

 あの時掴めなかった手を、掴む為に。

 

 

「いやコイツ、俺を殺す気か!?」

 オオナズチの舌を、地面を転がって避けながらロウは悲鳴を上げた。

 

 殺す気はないと思っていたが、そもそもオオナズチは手加減というのが上手く出来ないらしい。

 キリエラがもう少しで死ぬところだったと思うと、ロウはゾッとする。

 

 だが、いやだからこそ此処で死ぬ訳にはいかない。

 

 

 約束の場所に、手を伸ばすまで。

 

 

「───ガッ、……っ! くそ!!」

 横腹を殴り付けられた。

 

 瞬きの内に地面を転がった身体は、木にぶつかってやっと静止する。

 しかし、それも五回目だ。

 

 

「悪いが、俺はキリエラより丈夫だぞ……!!」

 直ぐに起き上がる。

 

 骨の何本かにヒビが入っているか最悪折れているだろうが、今足を止めれば確実に待っているのは死だ。

 どれだけ不格好でも、どれだけ泥臭くても走る。

 

 

 その手を掴む為に。その手を掴ませる為に。

 

 

「こい、オオナズチ。お前を連れてってやる!!」

 オオナズチに恨みがある訳じゃない。

 

 師匠を殺したオオナズチと同じ個体ではないだろうが、そもそもあのオオナズチにしたって彼は恨んでいなかった。

 

 

 この世界は単純だから。

 狩るか、狩られるか。

 

 恨むなら力の無かった己自身だろう。

 

 

 あの時手を掴めなかった自分の弱さが、師匠を殺した。

 

 

 だけど、今は違う。

 

 

 もう彼女の手を離さないと決めた。きっと彼女も、同じ覚悟をしている。

 

 

 

 だから彼女を信じた。彼女の言葉を。

 

 

 

「オオナズチ、お前は俺達の言葉が分かってるのか知らないが。俺達の作戦は何故かバレバレだった。何でだろうな」

 付着させた血液も洗い流され、煙の中からの攻撃も看破されている。

 

 まるで、こちらの行動が読まれているようだ。

 

 

「理由は二つしかない。……本当に俺達の言葉が分かっているか、お前のその目が暗闇だろうが何だろうが全て見通せているからだ」

 ほぼ三百六十度見渡せるオオナズチの瞳。

 

 もしこの暗闇の中でもハッキリと色を判別出来る程の能力がかの龍にあるなら、血痕を直ぐに洗い流された事にも理由が付く。

 夜。霧の中。そのうえ煙の中でも相手の位置が分かる程の視力なら、一発目はわざと当たってその次の本命を交わす事も用意な筈だ。

 

 

 なら、かの龍の目に見えない作戦を立てるしかない。

 

 

 ──あの夜、実は何かあったんだよね──

 

 キリエラの言葉を思い出す。

 

 ──ロウったらもう暴れて暴れて大変だった。暴れ過ぎて布団が絡まって動けなくなるまで僕の事襲ったんだよ──

 

 ──ね、ロウ。またお酒飲もう──

 

 アレを使えば、或いは───

 

 

 走る。

 

 気が付けば微かな日の光が空を塗り替える準備をしている所だった。

 

 

 朝焼けよりも前。

 

 森を走り抜ける。何度も捕まりそうになり、何度も地面を転がって、何度も毒を吐かれた。

 

 

 それでも走れ。前に。

 

 

 古代樹の森は、その中心となる古代樹から離れれば離れる程に木の高さが低くなっていく。

 

 

 開ける視界。

 ロウは背後から陰になる岩場にある物を見付けて、その岩陰に飛び込んだ。

 

 

 同時に、飛び込んだ岩陰から一人の少女が飛び出す。

 

 

「また会ったね! オオナズチ! 追いかけっこは交代の時間だ!!」

 言いながら、彼女はオオナズチの前を横切って走った。

 

 オオナズチはそれを追い掛ける。

 

 

 なぜ置いてきた個体が此処にいるのか。そんな事はどうでも良い。

 

 もう少しだ。もう少しで目的の場所に辿り着く。

 

 

 龍は吠えた。

 この際、この生き物がどうなろうがどうでも良い。背後にもう一匹隠れたのは見えている。

 

 後は、この地の地脈を───

 

 

「……任せたよ、ロウ」 

「……絶対に死なせない」

 言いながらロウは、キリエラがここまで運んで岩陰に置いてあったヘビィボウガンを展開した。

 

 装填されている弾丸は一発。最後の狙撃竜弾。

 

 

「この一撃で、決める」

「こっちこっち!」

 走るキリエラ。

 追い掛けるオオナズチは、キリエラを踏み潰す勢いで彼女を追う。

 

 もはや龍にとって、それが生きているかどうかなんてものは関係なかった。

 

 

 もはや警戒する物はない。背後で武器を構えている生き物の攻撃も、かの龍には見えている。

 一撃目は超遠距離からの不意打ちで避けられなかったが、見えていればそれを交わす事くらいこのオオナズチには容易かった。

 

 

 キリエラが走る海岸線。一本の木が立っている。

 

 

「ロウ!」 

「当たれ」

 ロウはキリエラがその木を通り過ぎたり瞬間、引き金を引いた。

 

 

 龍には見えている。

 

 放たれた弾丸も、その軌道も。

 

 

 最後の賭けに手でも震えたのだろうか。その弾丸は、龍に擦りもしない軌道を描いていた。

 

 避ける理由すらない。

 その弾丸は、オオナズチを通り過ぎて、かの龍の正面にあった木の根元を吹き飛ばす。

 

 最後の足掻きも失敗した二人を見て、目を細めるオオナズチ。

 

 

 やっと終わりか。

 

 

 

「───かかった!」

 振り返るキリエラ。

 

 ロウが倒した木はツタ状の葉を有しており、倒れて来た木のツタの葉はオオナズチの身体を絡め取った。

 暴れれば暴れる程絡まっていくツタの葉。

 

 

 龍は唖然とする。

 

 こんな事があるのか。

 

 この貧弱で小さな獣に、一杯食わされた。

 

 

「どうだぁ!?」

 限界が来て地面を転がるキリエラ。

 

 しかし、そんな彼女をオオナズチが追い掛ける事は出来ない。

 かの龍もまた、それなりに体力を消費している。そんな中で、ツタに絡まった巨体はそう簡単には動けなかった。

 

 

「キリエラ、寝てるな。立てるか?」

「あ、うん。……そうだね」

 まさか、後一歩。

 

 

「でも、よくさっきのアレでこの罠を使うって分かってくれたね」

「それなりの付き合いだからな。……それに、俺はそんなに暴れてないし襲ってない筈だ」

 後一歩の所で、こんな反撃をしてくるとは。

 

 

「え? どうかな」

「……っ。良いから逃げるぞ!」

 龍は内心で不敵に笑う。

 

 

 見えず、読めず。

 観察眼に自信のあった龍が、駆け引きで遅れを取った。

 

 

 

 

 

 面白い。

 

 龍は笑う。もしやこの種族ならば、アレを───



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

物語

 龍は笑う。もしやこの種族ならば、アレを───

 

 

「───なんだ!?」

「───まさか」

 ───アレを止められるかもしれない。

 

 

 龍の咆哮が森に轟いた。

 

 ディアブロスの咆哮のような、強い音波ではない。

 しかし、空間が割れるような重圧感がある。地響きが起き、岩盤が砕ける音がした。

 

 

 

「嘘でしょ!?」

「おいおい……」

 地面が抜ける。

 

 オオナズチの周囲の岩盤が砕け、穴が空いた。

 

 

 地面の下にはまるで宝石のような結晶が幾つも連なっている。

 まさか森の下にこんな場所があるとは───

 

「───いや、これ……龍脈?」

「───新大陸を巡るエネルギー源、か」

 龍が死に、その命を還元する事で豊かな生態系を築く新大陸。

 

 

 その新大陸に張り巡らされた龍脈。

 

 二人が見ている物こそ、新大陸の謎の一つ、そのものだった。

 

 

 かの龍を拘束していたツタの木は岩盤の崩落に巻き込まれて、龍を解放する。

 オオナズチは翼を翻し、二人を見下ろしながら滞空した。

 

 

「まさかキミの目的は───」

「ロウ君!! キリエラ君!! ぇ、ちょ───え!? うわ!? 古龍!?」

「嘘でしょ……。オオナズチ!? 二人共、無事!?」

 唖然としていたロウ達の背後から、ポットとアンワが合流する。

 二人の背後にはアステラに残っていたハンター二人も居て、空を飛ぶオオナズチを見て目を丸くした。

 

 

「ポット、アンワ……来てくれたのか」

「当たり前よ。でも、これは……」

「ろ、ロウ君! 多分弾切れなんだろう? コレを」

 驚きながらも、ポットは用意してきたボウガンの弾をロウに渡す。

 

 今は空を飛んでいるだけだが、いつオオナズチがこちらを襲ってくるか分からない。

 

 

 状況は緊迫していた。

 

「どうして分かった」

「銃声が全く聞こえてこなかったからね。そのおかげで探すのに苦労したけれど」

 弾込めをしながら聞いたロウに、ポットはそう答える。

 

 今さっきの狙撃竜弾でやっと二人の位置が分かる程、確かに森は静かだった。

 

 

「……流石だな。お前と組まなかったのを少し後悔した」

「本当かい?」

「いや、悪い嘘だ。……俺の相棒はキリエラだからな」

「ふふ、なるほど。確かにそうだね」

 笑い合って、オオナズチに視線を向ける。

 

 しかしオオナズチは特に攻撃してくる素振りをみせない。

 数が増えて状況を見定めているのか、それとも───

 

 

「キミの目的次第では、キミは此処で引く筈だ。キミが此処で引かないなら、それはそれでキミの目的が分かる」

 言いながら、キリエラはオオナズチと視線を合わせた。こころなしか、オオナズチもキリエラの瞳を見ている気がする。

 

 

「───さぁ、教えて貰おうか。キミの目的を、僕達調()()()に」

 調査団。

 

 新大陸の謎を解明するべく集まった者達。

 

 

 龍は満足気に唸り、地面に降り立った。

 

 狩人達は構える。

 

 

 ならば、と───龍は目的を果たしたのか、後退りしながらその姿を消すのだった。

 

 

 

「消えた!?」

「どこからくる!!」

「いや、気配も消えた……。もう、此処には居ない」

 焦るハンター二人に、ポットが片手を上げてそう言う。

 

「助かった、のか……」

 緊張がほぐれて、ロウはその場に座り込んだ。

 

 

 朝日が登る。

 

「一体何があったんだと聞きたい所だけど」

「今は帰ろうか。此処は狩場、何が起こるか分からないからね」

 オオナズチが消えてから直ぐ、森はいつもの騒がしさを取り戻したように様々な生き物が立てる音が広がっていった。

 

 

 かの龍は確かにこの森から気配を消したのだろう。

 

 本当に居なくなったかどうかはともかく、今この場所には確かにオオナズチは存在しない。

 

 

 まるで、夢か幻でも見ていたかのようだった。

 

 

 

「帰ろっか、ロウ」

「……あぁ」

 伸ばされた手を取る。

 

 ───あぁ、やっと、その手を取れた。やっと、手を伸ばせた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 夢を見る。

 

 

「もう!! 二人共、心配したじゃない!!」

「あはは、ごめんって()()()()()

「そうですよ、ロウ。あまり無理は良くありません」

「……すまない、()()

 アステラに帰ってきて、怒られる夢だ。

 

 キリエラの姉と、ロウの師匠。

 二人の大切な人は、もうこの世界には居ない。

 

 

 だから、これは夢なんだって始めから分かっている。

 

 

「しかし、お手柄でしたね。ロウ」

「二人が見付けたオオナズチが開けた穴、もしかしたら新大陸の謎の中枢に繋がっているかもしれないって話だよ」

「あの穴が?」

 二人はオオナズチを拘束したが、その拘束は簡単に解かれてしまった。

 

 しかし、そこまで執拗に二人を追ってきたオオナズチはその場で岩盤を破壊する程の力を残しておきながら逃亡したのである。

 

 

 その時にオオナズチが開けた穴。

 

 龍脈の洞窟。

 古代樹の森を古代樹の森たらしめるエネルギーの根源。

 

 

 きっとそれは、新大陸の謎を解き明かす鍵になるに違いない。

 

 

「岩盤は脆くて洞窟を進むのは危険ですが、それがそこにあるという事が分かっただけでも大手柄ですよ」

「とはいえ、大変だったのは確かだし。しばらく調査はお休みして、ゆっくりしてようね」

 キリエラの姉が手を伸ばした。

 

 その手を取ろうとして、キリエラは思い留まる。

 

 

 彼女は首を横に振って、隣に座っていたロウの手を取った。

 

 

「……僕は、もう大丈夫だよ」

「そう?」

 少し寂しそうに聞く姉に、キリエラは笑い掛ける。

 

 

「うん、もう大丈夫。僕はもう、一人じゃない」

「そっか」

 優しい顔で、妹の頭を撫でる彼女は満足気にその場から消えた。

 

 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 大丈夫。

 

 

「ロウ」

「ま、待ってくれ……師匠、俺は……!」

「いつまでも貴方は子供ではありませんよ。決めたのでしょう、その手を取ったのは、貴方です」

 言われて、自分の手を見る。

 

 その手はしっかりとキリエラの手を握っていた。

 

 

「……はい」

「誰かと一緒に居なさい。その手を握れる人を、ちゃんと見付けたのだから」

「はい。師匠」

 ロウの肩を叩いて、彼の師も姿を消す。

 

 

 暗闇になった。

 

 

 けれど、その手は離さない。もう、絶対に。離さない。

 

 

 

 

「───ウ君! ロウ!! 疲れているのかい? しかし! 腑抜けている暇はないよ!!」

「……誰だお前」

 目を覚ます。

 

 或いは、寝てなんていなかったかもしれない。

 

 

 一瞬の微睡み。

 

 薄い記憶。けれど、ハッキリと心地が良かった。

 

 

「ポットだよ!! ポット・デノモーブ!! 寝ぼけているのかい!?」

「ポッと出のモブ……?」

「そうそう!! ポット・デノモーブ!! いや、何かイントネーションがおかしい気がするけどね!!」

 意識がハッキリとしていく中で、やかましい友人に目を細めながらロウは首を持ち上げる。

 

 

 アステラの食事場。

 どうやら、朝食中にまだ眠かったのかうたた寝してしまったらしい。

 

 

「それで、話の続きなんだけど!」

「話───あぁ、あの時の穴の話か」

 オオナズチとの邂逅。それから数日が経った。

 あの日の身体へのダメージもようやく回復してきて、やっと調査に復帰出来そうである。

 

 

「件のゾラ・マグダラオス誘導作戦で調査団が立ち寄った地脈回廊があるだろう? 誘導作戦が成功した後、その地を調べたら僕達が見付けた穴にあった結晶らしき物が見つかったんだ」

 ロウ達がアステラの()()()()をしている間に、調査団の大多数が挑んだゾラ・マグダラオス誘導作戦。

 

 地脈回廊の奥でかの龍が命を終えれば、溜め込んでいた膨大なエネルギーが放出され新大陸は火の海になると言われていた。

 

 

 それを防ぐ為に、調査団はゾラ・マグダラオスを海へと誘導。

 この重大な任務を見事成し遂げ、新大陸での生存を───この地に生きる事を勝ち取ったのである。

 

 

「やっぱり、アレは……新大陸のエネルギーの源だったという事か」

「僕もそう思うよ! この新大陸には地脈からなんらかのエネルギーが全体に行き渡っている! もしあの結晶を辿ってその中心に行く事が出来れば、この新大陸の謎をまた一つ解明出来るかもしれないね!」

 浮き足だった表情でそう語るポット。

 

 そんな彼を見ながら、ロウは「そうだな」と微笑んだ。

 

 

 

 新大陸。

 

 

 

「ポット、あんたここに居たのね。キリエラちゃんが声掛けてくれなかったら、また私だけ朝ごはん抜きだったんだけど!!」

「お花摘みからただいま。というか二人共もう食べてる!? 僕の事待ってくれても良くない!?」

「やあアンワ! キリエラ君! おはよう。お先しているよ」

「お先しているよ、じゃないでしょ! 朝は一緒に食べてからその日の行動を決めるって言ってるじゃない!!」

 ここは、龍が渡りの末に辿り着く地。

 

 

「ポットが急かすから」

「あれ!? 僕のせい!? ロウ君がお腹すいたと泣きそうな顔で言うか───痛!!」

「俺は何も言ってない」

「まぁ、遊んでないで早く食べるわよ。あんた達も今日から復帰でしょ?」

「そうだね。僕もこの通り! 新しい義手もバッチリ!」

 ここは、人が目指す新天地。

 

「そうだ! ロウ、僕達は大蟻塚の荒地の調査に行くよ! どうやら、荒地には生息していなかった筈のプケプケが荒地で見付かったらしいんだ。その謎を究明しに行く!」

「げ……またプケプケか」

「オオナズチよりマシでしょ?」

「それとコレとは違うだろ。……いや、良いけどな。分かった分かった。プケプケだな」

 ここは、数多の謎を辿る物語の地。

 

 

 

「さー、行こう。新大陸の謎はまだまだ解明されてないからね!」

「そう急かすな、()()

 これは、その数多の物語の一つ。

 

 

 青年と少女が見付けた、手に取った、掴んだ、新しい世界の物語。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界

 銃弾が竜の頭部を抉る。

 

 

 竜は吠え、その翼を羽ばたかせながら口から漏らす()()を地面に叩きつけようと吐き出そうとした。

 

 しかし、その火炎が吐き出される前に放たれた一発の弾丸が、竜の顎を弾いて火炎は明後日の方向へと着弾し爆発する。

 

 

「リオレウス亜種が居るなんて聞いてないぞ!?」

 後ろで一つに纏めた赤い髪を揺らしながら、ロウは目を細めてそう言った。

 

 古代樹の森の生態調査。

 プケプケが大蟻塚の荒地に現れたと報告されててから、見慣れたモンスターを見慣れない場所で見付けるという報告が相次いでいる。

 

 その謎を探る為、古代樹の森を再び調査している時に現れたのは蒼火竜───リオレウス亜種だった。

 

 

「リオレウスの亜種なんて、相当環境が良くないと出てこないって聞いたけどな。なるほど、流石新大陸」

 安全な木の上で双眼鏡を覗き込みながらリオレウス亜種を観察するキリエラ。

 

 

 その名の通り蒼い甲殻と、空の王とも呼ばれる原種と同じく強靭な肉体。

 吐き出す炎は全てを焼き尽くす劫火である。

 

 

 しかし、新大陸の狩人は優秀だ。

 

 

 

「出来るなら捕獲、か。あるいはあまり身体を傷つけず討伐したいが……それは少し難しいな」

 余裕を持って距離を取り、ヘビィボウガンに弾を込めるロウ。

 

 空を飛ぶ飛竜に対して、遠距離武器であるボウガンは有利である。

 それに空から放たれるブレスも、ヘビィボウガンの威力を持ってすれば放たれる前に軌道を晒す事が可能だ。

 

 後は肉弾戦に持ってこられない距離を保てば良い。

 

 

 そうして時間を稼いでいれば───

 

 

 

「来たわよ!!」

「アンワか。キリが救難信号を出してくれたんだな。それと……青い星とは、頼もしい」

 ───調査団の仲間が来てくれる。

 

 

 三人の狩人はそれぞれ己の得意な距離を取り、蒼火竜と対峙した。

 

 竜の咆哮が轟く。

 

 

「……さて、一狩り行こうか」

 銃弾が空気を切り裂いた。竜が炎を吐く。

 

 狩人達の戦いが、森の空気を震わせた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 朝。

 

 

 目を覚ますと、ロウは相棒が既に起きていて机に向かっているのを見付ける。

 

 

 

「早いな、キリ」

「ん、おはよう。調査報告を見ててね。ほら見て、クシャルダオラにテオ・テスカトルだって」

 古龍渡り。

 

 渡りの古龍の調査を目的にした調査団は、遂に古龍であるクシャルダオラやテオ・テスカトルと邂逅していた。

 

 

 しかし、その調査対象である古龍の中にオオナズチの名前はない。

 

 

「ポットがテオ・テスカトルと会ったとかこの前言ってたな」

「なんか振り向いたらそこにいて、たてがみに頭が吸い込まれちゃったんだっけ? 新大陸の古龍ってなんだか僕達に敵意が少なくて驚くよね」

 古龍渡りは龍が死に場所を探してやってくるから、という定説通りなら───かの龍達は殆どが歳を取った個体だという事になる。

 

 それはつまり、その歳まで生き残る力を持った個体という事だ。

 

 

「……だから、あのオオナズチもそうだったのか」

 それほどの力を持つ者からすれば、人間は追い払うにすら値しない小さな生き物なのかもしれない。

 

 

「オオナズチ、結局あの後誰も見付けてないんだよね。僕達が見たのは幻か何かだと思われてそう」

「……居た、んだがなぁ」

「あの龍には何か目的があった。だから、僕達の前に姿を表したんだと思う。……そうでないなら、オオナズチは人の前に姿を現さない。それが、オオナズチの古龍としての強さだしね」

「目的、か」

 あの龍に目的があったとするなら、それはあの時に地盤を崩し、龍脈の結晶を自分達に見せた事だろう。

 

 

 それが何の為だったのか。

 

 きっと、調査を続けていれば分かる筈だ。

 

 

 この先に答えはある。

 

 

 

「そういや、さ」

「なんだ?」

「キリって呼んでくれるようになったよね。いつからだっけ」

 振り返って、左手の義手をロウに向けながらそう言うキリエラ。

 

 窓際から照らす光が、逆光になって彼女の表情を際立たせる。

 キリエラは凄く面白そうな顔をしていた。

 

 

「突然……!?」

「だって聞くタイミング無かったし。なんか、気が付いたらそう呼んでくれてたじゃん?」

「それは……その」

 顔を晒すロウ。

 

 キリエラは右手で耳に掛かった青い髪を持ち上げながら、ロウの耳元に口を近付けて「どうして?」と囁く。

 

 

「ひんっ!?」

 後ずさるロウ。

 

 そんな彼を見て、キリエラはゲラゲラと笑った。

 

 

「もう! やっぱ可愛いな君は!!」

「うるさい!! なんなんだお前は!! ったく!!」

「ロウ君!! 遊びに来たよ!!」

「お前も何なんだ!?」

 突然現れたポットに驚いてさらに飛び上がるロウ。キリエラはそんな彼を見てさらに笑う。

 

 

「偶には宅飲みも良いかなと思って! アンワの部屋から持ってきたんだ!!」

「それは普通に泥棒では!?」

「皆で飲むって言って買ったやつだから大丈夫さ!!」

「皆で飲むの皆にはアンワも入ってると思うんだが!?」

 二人の注意も聞かず、何か高そうなワインを開けるポット。

 

 後で絶対に怒られるだろう彼の姿を予想しながら、しかしロウは何か吹っ切れたようにため息を吐いた。

 

 

「よし、飲むか」

「ロウ!?」

「そうこなくては!! キリエラ君、ジョッキ借りるよ!!」

「ちょっと待って!? ロウ!! 本気で飲むの!?」

「もうどうにでもなれ!!」

「ロウ!?」

 吹っ切れたロウはポットから受け取ったジョッキを一気に喉に流し込む。

 

 

 キリエラは、あの日の悪夢を思い出した。

 

 

「……僕、これから用事が」

 そう言って部屋を出て行こうとするキリエラを、ロウが止める。

 

「何言ってるんだキリ、今からが宴じゃないか」

「朝から飲んで宴とは良いご身分だね!?」

「ここからがパーティだぜ!! 誰も寝かせねぇからな!!」

「うわ!! 出来上がるの早過ぎ!! 怖い!! 僕逃げる!! やだ!! あの日の二の舞は嫌だぁぁあああ!!」

 部屋に引き摺り込まれるキリエラ。

 

 

 そんな彼女に、ロウは一瞬真面目な顔でこう語り掛けた。

 

 

「これからも宜しくな、キリ」

「う、うん」

 どういう意味でそう言われたのか分からない。

 

 今から飲むから介護よろしくな、という意味なら最悪である。

 しかし、その言葉のままの意味なら───

 

 

「───そうだね、これからも宜しく。ロウ」

 ───きっと、これからもこんな風に、難しくも楽しい日々が待っているに違いない。

 

 

 新大陸の謎が解明される事があっても、その先も、ずっと。

 

 

 一緒に居る。一緒にいよう。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 龍は人々を見下ろしていた。

 

 

 彼等は群を作り、何かに挑戦し続ける。

 

 この地を炎で満たす事になるかもしれない龍を、海へと導いた。

 その先も、かの龍に匹敵する龍との戦いを繰り広げている。

 

 

 そのまま進めば、彼等は龍結晶の地のその先に───この世界の理に辿り着くかもしれない。

 

 

調()()()と言ったか。

 

 

 龍は翼を翻し、その地を離れた。

 

 

 

 この大陸の謎。

 

 この星の意志とも呼べるこの世の理に争う事は、龍にすら出来ない。

 

 

 しかし、彼等調()()()なら───

 

 

 

 龍は霞に消える。

 

 この残り少ない時間を、かの龍は調()()()を見届ける事に使う事にした。

 

 

 だから、龍は姿を現さない。

 

 

 

 

 その時が来るまでは。

 

 

 To be continued……




モンスターハンターArriving in New worldこれにて完結でございます!!長らくのお付き合い、本当にありがとうございました!!

実はWORLD原作作品は連作として別の作品のプロットもありまして、オオナズチのソレはそいつの伏線という事になります。まあぶっちゃけゼノの事なんですけども()
そんなお話もいつか書けたらな……なんてお話をしながら。

実は既にモンハン原作次回作の予定も立てているので、特に湿っぽい終わり方をする理由もなく。


本当にこの作品にお付き合いいただきありがとうございました、という気持ちでいっぱいです。まだまだモンハン創作は続けていきますので、ご縁があればまたお付き合いくださいませ。


それでは、また何処かで。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。