ライザのアトリエ2 ~小さな旅人と姉妹の絆~ (ウルハーツ)
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【時系列】ライザのアトリエ
プロローグ(上)


最近執筆が進まなくなったので、刺激欲しさに本公開。
現状はプロローグのみ公開予定ですが、反応次第では最新話まで公開します。


『貴族として恥じぬ行いをするんだ』

『貴族が仲良くする相手は選ばなければな』

『貴族が平民と仲良くしては、他の貴族に顔向け出来ないだろう』

 

『貴族は』『貴族が』『貴族だから』

 

 

「……」

 

 ある雨の日。王都アスラ・アム・バートの中央区から少し離れた路地裏に、1人の少女が立って居た。傘も差さず雨に当たり続ける彼女の表情は長い髪に包まれて見えず、だが握り締める手が何かを堪えている事だけは伺える。そして少女は天候によって普段よりも人通りの少ない露天通りを歩き、街道の方へと足を進めた。

 

 それから少女が再び王都へ戻って来る事は無かった。彼女1人が消えた程度で、王都はそれ程の騒ぎにはならない。だが彼女の住んでいた家は全く別の話。彼女の父親が娘を探す為の捜索隊を編成。王都から王都の外まで捜索を続けるも、結局見つける事は出来なかった。

 

 捜索隊が打ち切られたのは、1年も経った頃だろう。当時10歳程度の子供だった少女が家にも帰らずに消えてしまい、音沙汰も無い。……誰もは生存に関して絶望的だと思っていた。誘拐されたのならば何かの要求があっても可笑しくないが、その様な連絡は皆無。やがてその事件は闇に消え、とある貴族一家に起きた悲劇となった。

 

「……お姉様」

 

 雷鳴と雨音の響く曇り空を室内の窓越しに見上げ、胸の前に手を当てて心配そうに空を見上げる子供が1人。彼女は消えてしまった姉の姿を思い浮かべ、辛さを押し殺す様に強く拳を握る。彼女は姉の捜索に関して、父親に何度も打ち切っては駄目だと言い続けて来た。何処かできっと生きているから、と。だが子供だった彼女に出来る事は無い。遂には捜索が打ち切られた事で、未だ何処かに居る筈の姉と再会する出来る可能性は絶望的になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 王都を飛び出した少女は家が貴族だった故にそこそこ持っていた自身の貯金であるお金(コール)を使い、港から出ていた船に乗り込んだ。何処へ向かう事も決めずにあっちへこっちへ。だが子供に出来る事には限度があり、またお金も無限にある訳では無い。やがて限界が訪れる。

 

 少女の手荷物は残り僅かなお金と護身用の武器だけ。所持金は1度の食事を取る事も出来ない金額であり、武器も家に居た頃に使っていた子供が扱える程度の物。父親の影響で僅かに戦いの心得はあっても、獲物が既にボロボロでは戦うのは無謀としか言う他ない。……が、今の少女に他の選択肢は無かった。

 

「やろう」

 

 もう刃とも言えない武器をしまい、少女は抑揚のない声で呟きながら意を決して歩き始める。目指すは魔物の居る場所。何かしらの魔物を討伐し、その素材を売る事が出来れば路銀は手に入る。子供だからと相手にしてくれないところが殆どだが、今の少女に出来る事は他に何も無い。だから、少女は腹を括って戦う事を決断した。

 

「っ!」

 

 村や町には人が住んでいる影響で、それを守る者達が居る。だが一歩外へ出れば最後、そこは魔物が自由に徘徊する危険な場所。少女が外へ出て最初に出会ったのは、青く丸まるとした身体を持つ小さな生き物だった。……青ぷにと呼ばれるその魔物は見た目危険そうには見えないが、立派な魔物。その愛らしい見た目とは裏腹に、転がりを伴う突進はちゃんと避けなければ怪我をする。

 

「!」

 

 少女は鞘に収まった武器を片手に、青ぷにと対峙する。少女に気付いた青ぷには少女を敵と見なしてジッと固まり、やがてその丸い身体を転がして突進を繰り出した。その速さはかなりのもので、少女は咄嗟に横へ飛んでそれを回避。すれ違いざまに鞘から抜いたボロボロの刃で青ぷにの身体を一閃。……戦いは少女の思わぬ結果を残し、決する。

 

「!?」

 

 青ぷにに当たったボロボロの刃はその突進の勢いも加わり、綺麗に根元から折れてしまったのだ。だが無事に青ぷにを倒す事にも成功した。倒れて動けない青ぷにに警戒しながら近づき、折れた武器の柄先で突く事数回。突然起き上がった青ぷには少女へ振り返った。

 

「っ!?」

 

『……』

 

 急いで距離を取って警戒する少女だが、青ぷには何もせずにジッとそのつぶらな瞳で少女を見つめ続ける。様子が可笑しいと気付いてゆっくり、1歩ずつ近づく事数回。突如動き出した青ぷにが転がる体勢になった事で、少女は戦慄した。距離も近く、逃げるには間に合わない。武器も無い今、出来る事は顔を覆って目を背ける事だけ。

 

「っ!」

 

『……』

 

「……?」

 

 再び少女は驚愕した。襲ってくる痛みに構えたものの、何時まで経っても来ない事に恐る恐る目を開けた時。その視界に映ったのは自分の周りを転がり続ける青ぷにの姿。まるで楽しそうに走り回る子供の様で、少女は目の前の光景に困惑するしか無い。

 

「なに、これ……?」

 

 

 

 

 

 

 数年の時が経ち、王都のとある貴族に起きた悲劇はもう殆どの人々が忘れ去った頃。

 

 真夏の広大な海の一点で、小さな小舟に乗って必死にオールを漕ぐ者の姿があった。見た目からして年は12,3歳の少女と言ったところだろう。ぼさぼさになった明らかに手入れされていないくすんだ髪は眼元が隠れる程度に切られており、後ろは腰上辺りまで伸びきっている。その傍らには青ぷにが黄昏る様に海を眺めており、少女はその光景を見てオールを漕いでいた手を止める。

 

「手伝って」

 

『?』

 

「……はぁ……」

 

 少女の言葉に振り返った青ぷにだが、不思議そうに自分を見つめるだけで何もしようとはしない。少女はそれに溜息をついて再びオールを漕ぎ始めるが……そんな1人と1匹の元に徐々に近づく巨大な船があった。少女の漕ぐ力で動く小舟と違い、導力の存在する島と島を渡る為の船。その速度と勢いの差は歴然であり、少女はそれに気付いて急いでオールを漕ぎ始める。

 

『っ! !?』

 

 青ぷにも焦った様子で器用にもう1つ放置されていたオールを口に加え、漕ぎ始める。だが1人と1匹の力で出来る事など高が知れていた。無情にも船の勢いに飲み込まれて大破する小舟。少女と青ぷには海へと放り出されてしまう。

 

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

「いや、何か今海に居た様な……魔物でもぶつかったか?」

 

「今の速さでぶつかったなら、魔物の方が唯じゃ済まない筈だ。気にしなくて良いだろ」

 

「そうだな」

 

 

 それから少し時間が経った頃、波の音が聞こえる何処かの砂浜で打ち上げられた少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

『お姉様! 今日は何をするんですか?』

 

『何時も通り』

 

『なら、私も何時も通り着いていきますね』

 

『……つまらない』

 

『いいえ、お姉様と一緒なら何処だって楽しいですから』

 

 

「……っ」

 

 砂浜で目を覚ました少女はゆっくりと起き上がり、周囲を見渡し始める。目の前にあるのは何処へ続くか分からない道であり、背後は広大な海ばかり。傍にはオールが一本残っているだけで、他に何も無かった。青ぷにの姿も見当たらず、少女はオールを拾ってから周囲を探索する事にした。

 

 行ける場所は道だけ。果たして辿り着いた陸地が人の住む場所なのか、無人島なのか。少女は警戒しながら進み続ける。やがて見えて来たのは、ボロボロになった家跡。もう誰も住んではいない様で、家の傍にあるのは森へ続く道と綺麗な池。そして更にもう1本の森へ続く道だった。比較的安全そうな周辺の様子に少女は警戒を緩める。しかしここに居ても状況は悪いまま。少女は少し悩んだ末に、家跡の傍にある道とは違うもう1本の道へ進む事にした。

 

 大きな大木にはランタンの様な花が咲いており、余り見ない光景を眺めながら少し歩いた頃。少女の元に忍び寄る影があった。それは空を飛ぶ妖精。だが魔物に分類され、それに気付いた少女は武器を取り出す。……何も持っていなかった少女の武器は、共に砂浜へ流された船のオールであった。

 

 妖精の魔法を使った攻撃を身軽に躱して、何時かの様にその身体を横を通って一閃。殺傷能力の無いオールではあったが、相手を退けるには十分であった。痛みに嘆く様な声を出しながら逃げ出した妖精。もう襲ってこないと安心した矢先、少女の耳に誰かの悲鳴が届き始める。

 

「っ!」

 

 それは妖精の逃げて行った方角だった。少女はそれを聞いて急ぎ足で妖精の後を追う。……やがて見えたのは、先程の妖精と同じ種類の魔物が可憐な女の子を襲う姿であった。何かのケースを片手にゆっくりと警戒しながら距離を取ろうとする女の子。何やら妖精は怒っている様子で、少し離れた場所には先程対峙して負傷した妖精の姿も。恐らく、先程の妖精の仲間なのだろう。傷つけられて帰って来た妖精の仕返しをする為、見つけた女の子をその下手人と勘違いしたのだ。

 

「下がって」

 

「え……っ!」

 

 自分が蒔いた種なら、責任は取らなければならない。少女は襲われる女の子に抑揚のない声で告げると、オールをゆっくり腰元へ移動させる。そして僅かに腰を落として数秒。一瞬で妖精を通り過ぎて少女は女の子の前へ移動する。何が起こったのか分からずに困惑する女の子を前に、いつの間にか振り抜いたオールで宙を切った時。妖精はゆっくりと地に落ちる。……そしてオールは限界を迎えたのか、真ん中で音を立てて折れてしまった。

 

 弱々しく逃げ去る妖精の姿を眺めて安心した様子で少女が肩を落とした時、女の子が戸惑いながらも声を掛けようとする。しかし更なる見知らぬ人物の登場に、その場は一気に騒がしくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 クーケン島。ラーゼンボーデン村。

 

 少女が漂流した島の対岸にあったのは、そんな名の付いた人々の住む島であった。

 

 助け出した女の子の名はクラウディア・バレンツ。クーケン島へやって来た隊商のまとめ役、ルベルト・バレンツの1人娘であった。どうして隊商を離れて森に居たのかは分からないが、彼女を迎えに来た者達や助けに来た者達と共に父親と合流したクラウディアは謝罪をする。

 

 一方、少し離れた場所では3人の少年少女が1人の女性に叱られていた。3人は少女と同じくクラウディアの悲鳴を聞いて駆け付けた者達であり、クーケン島で日々を過ごしている村の人間。どうやら冒険と称して村を出て島の対岸へ来ていたらしい。話を聞く内に、村の人間は外へ出る事を余り良く思っていない事が伺える。

 

 そんな光景を眺める2人組。彼らはルベルトに依頼されてクラウディアを探しに来た旅人であり、ルベルトからの感謝と謝礼についての話をしてからはその光景を眺めていた。

 

「さて、君の名前を聞いても良いかな?」

 

「……」

 

 クラウディアの謝罪。3人の少年少女達への説教。その光景を眺める2人組。その全ての視線がルベルトの告げた言葉に唯一誰もが誰も知らない少女へ向けられる。この場に居る者達の中では3人組に混じる一番身長の低い少年よりも更に背の低い少女。明らかに手入れされていない髪。何を考えているのか分からない、無の表情。……不審人物と言う他に無いその容姿に、大人達は僅かな警戒を見せる。

 

「レティシア……です」

 

「ふむ、レティシア君か。娘を助けてくれたそうだね。父親としてお礼を言わせて欲しい」

 

「ん……はい」

 

「無理に畏まらなくていい……ところで、君はクーケン島に住んでいるのかな?」

 

 敬語以前にそもそも言葉に慣れていない様にも見える話し方を見て、ルベルトは質問を投げ掛けつつも3人組を叱っていた女性へ横目で視線を向ける。女性は首を横に振り、この村の者では無いと示した。そしてレティシアに視線を向ければ、首を横に振って否定する姿があった。村の人間では無い何処から来たのかも分からない存在。ルベルトはそれに頭を抱えながらどうするべきかを考える。すると、今まで話を聞いていたクラウディアがレティシアへ近づき始めた。

 

「助けてくれてありがとう、レティシアちゃん」

 

「……」

 

 お礼を告げるクラウディアに僅かに目を閉じて頷く事でそれを受け入れたレティシア。彼女の行動で僅かに警戒が緩んだ大人達は、一先ず村へ帰る事を決める。

 

 同じ船に乗り、年の近い少年少女とクラウディアは会話をする。レティシアは1人で船の上から海を眺めており、彼女を監視する様に女性がその傍に立って居た。が、女性は今の今まで感じていたある事に気付く。恐らく、殆どの者がそれに気付いているのだろう。少し悩んだ末に、女性はレティシアへ近づいて声を掛けた。

 

「レティシア、と言ったか」

 

「?」

 

「私の名前はアガーテ・ハーマン。ラーゼンボーデン村で護り手をしている。その……率直に聞こう。最後に身を清めたのは何時だ?」

 

「…………5日前?」

 

 思い出した様に呟いたレティシアの言葉に女性……アガーテは決める。村へ戻ったら話をするよりもまずは彼女をお風呂へ入れようと。くすんだボサボサの髪で見た目は一目瞭然だが、レティシアは暫く身を清めていなかった。故に僅かながらも異臭を発していたのだ。誰もそれに気付いていないのではなく、指摘していないだけ。だがアガーテとレティシアの会話を聞いた者達はそれで一様に納得する。そして更にレティシアに対する謎が深まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……!」

 

 クラウディアは目の前に立つ少女の姿に目を輝かせながら感嘆の声を上げる。

 

 村へ戻って来てすぐにレティシアはアガーテに連れられてお風呂のある場所へ連れて行かれる事になった。そして身を清めると同時にアガーテの手で髪の手入れもされる。ボサボサで色のくすんでいた髪は滑らかな艶のある綺麗な銀髪となり、髪型も少女らしく可愛らしいツーサイドアップに。服もボロボロだったため、白の下が膝上までしかないフードの付いたパーカーワンピに変わっていた。

 

 元々素材は良かった様で、その姿は正しく何処かのお嬢様。愛らしさに交じる何処か近寄り難い雰囲気が、大人になり切れない子供の様にも見えた。クラウディアが生まれ変わった様なレティシアの姿に満面の笑顔で話し掛けるのを前に、彼女を連れて来たアガーテにルベルトが声を掛ける。

 

「何か変わった様子はあったかな?」

 

「いいえ。始終大人しかったので」

 

「そうか……私達の考え過ぎなのかも知れないな」

 

「もしそうなら、良いのですが……これから彼女は?」

 

「まだ決めてはいない。だが、この村の子で無いとするなら……他に住む場所があるのか、或は」

 

 ルベルトはそこまで言ってから、自分の娘がレティシアの髪を撫でて楽しそうにする姿を眺める。助けられた事も影響しているのだろう。クラウディアはレティシアの事をかなり気に入った様で、自分よりも明らかに小さい子供である事も影響して心底可愛がっている様子であった。

 

「あの様子だと、暫くは離れそうにない。……彼女の事は此方に任せて貰っても良いかな?」

 

「分かりました。一応、此方で何処かに家族や保護者が居ないか調べておきます」

 

 アガーテはそう言ってルベルトに頭を下げてから、その場を後にする。そして彼女が去った後、ルベルトはクラウディアを呼んでこれからについての話を始めた。

 

 ルベルトとクラウディアは共にしばらくの間、ラーゼンボーデン村で滞在する事になった。この村で栽培される果物、クーケンフルーツが王都でリュコの実として人気がある事がその理由。独自のルートを築く為の滞在であり、どれ程なのかは本人達にも分からない。そしてその為に村の旧市街に家を借りる事で話が進んでおり、クラウディアはその説明をしっかりと聞き続ける。レティシアを後ろから抱きしめながら。

 

「それと、彼女の事だ」

 

「?」

 

「君は何処か、住んでいる場所があるのかな?」

 

「無い……です」

 

「ふむ。では参考までに聞こう。今まで、何処で寝泊りを?」

 

「……野宿。宿……色々……です」

 

 見た目とは裏腹に随分と逞しい日々を送って来ているのだとルベルトは理解する。唯の子供が言ったのなら、信じる事などしないだろう。だが余りにも正体が不明な子供だ。それくらいの事なら、容易く納得も出来た。

 

「旅人、という事か。その年で俄かには信じがたいが…………私は大人として、何より娘の恩人として君を放って置く訳にはいかない。そこで提案なのだが、しばらく私達に君の世話をさせてもらえないだろうか」

 

「……」

 

「何か目的のある旅なら、無理強いはしない。せめて私が納得のいく報酬は受け取って貰うがね」

 

 ルベルトの提案にレティシアは黙ったまま、考える様に目を閉じた。不安そうにクラウディアはその姿を背後から眺めるが、これは父とレティシアの交渉だ。下手に口を出す様な真似はしない。そして少しの沈黙を経て、ゆっくりと目を開けたレティシアはルベルトを見上げる様にして視線を向ける。

 

「お世話に、なる。……なります」

 

 ペコリといった擬音が似合いそうな程に、小さな身体でお辞儀をしてそう答えたレティシアの姿を見てクラウディアは再び嬉しそうな笑顔を見せる。ルベルトも安心した様子で胸を撫で下ろすと、改めて少女と視線を合わせた。

 

「受け入れてくれてありがとう。一緒に居る間は不自由の無い生活を約束しよう。それと、敬語は止めたまえ。どうにも慣れていない様だからな」

 

「ん……1つ、訂正」

 

「……何かな?」

 

「17歳」

 

「え!?」

 

「なっ!」

 

 その言葉が何を意味するか、分からない2人では無い。まさか自分と同い年だとは思わなかったクラウディアは驚きの声を上げ、ルベルトも驚愕と言った様子でレティシアを見つめる。嘘を言っている可能性もあるが、それをする理由もメリットも無い。訂正をするくらいなのだから、気にしているのだと判断したルベルトは少し目を閉じてから「済まなかった」と謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。旧市街にある大きな建物をルベルトは無事に借りる事が出来た。まだ家具は揃っていないが、時間の問題だろう。明日にでも荷物を並べる事で話は進み、その日は眠る事となる。先に眠る為のベットだけは用意されており、クラウディアはレティシアと同じ部屋で過ごす事に決定した。……因みにクラウディアの提案である。

 

「それじゃあ、もう何年も旅して来たんだね」

 

「ん……」

 

 口数の少ないレティシアを前に、何とか彼女の情報を聞き出し続けるクラウディア。その理由に後ろ暗い感情は一切無かった。あるのは唯々純粋に彼女を知りたいという思いだけ。やがて数年間旅をしていた事を聞き出したクラウディアは、更に彼女の話を聞きたいと会話を続ける。

 

「食事とかは、どうしてたの?」

 

「木の実」

 

「……それだけ?」

 

「コール、無い」

 

 素材を売るにも相手をしてくれない事が多かったレティシアに出来たのは、自然の中で自生する木の実などを食べる事だった。主な食事がそれだけという事もあり、聞いていたクラウディアは改めてレティシアの身体を眺める。……彼女が年相応に成長していないのは、栄養が足りなかったのが原因かもしれないと思いながら。




常時掲載

【Fantia】にて、オリジナルの小説を投稿しています。
また、一部先行公開や没作の公開もしています。
下記URLから是非どうぞ。
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プロローグ(中)

 ルベルト親子のお世話になる事となって数日。レティシアはクラウディア経緯でクーケン島に住む3人の少年少女と知り合いになる。

 

「ライザリン・シュタウト。ライザで良いよ。にしても、本当に同い年? 全然見えないんだけど……」

 

 最近は錬金術と呼ばれる技術に出会い、勉強をしながら日夜忙しなく行動している少女……ライザ。

 

「レント・マルスリンクだ。お前も戦えるん、だよな?」

 

 ライザに巻き込まれながらも強くなろうと師の教えを聞きながら鍛錬を続ける青年……レント。

 

「タオ・モルガルテンだよ。2人とも、ちょっと失礼だよ」

 

 同じくライザに巻き込まれながらも自宅にある古書の解読に勤しむ少年……タオ。

 

 彼ら3人は以前クラウディアが魔物に襲われた際、その悲鳴を聞いて駆け付けた者達である。当然レティシアとも面識はあったが、会話という会話は殆どしていなかった。故にクラウディアへ会いに来た時、一緒に居たレティシアと改めて自己紹介をする事になる。その際、クラウディアが自分と同い年である事を説明。それはライザも同じという事であり、身なりが整った上にクラウディアの存在もあって、ライザは躊躇なくレティシアの傍へ近づいて眺め始めた。

 

 一方、レントも同じ様にレティシアを見つめていた。それは色恋沙汰の関係した視線では無く、言うなれば好奇の目。実際にその戦いを目の当たりにした訳では無いが、クラウディアから自分を守って魔物を退けたと聞いていたのだ。……果たして彼女がどれ程戦いにおいて強いのか、強い戦士を目指す彼は気になっていた。

 

 島から殆ど出た事の無い彼らは島の外での話に興味津々だった。特にライザは島から出て冒険をしたいらしく、以前叱られても尚止める気は無い様子。隊商と共に行動するクラウディアの話は勿論、今まで旅をして来たらしいレティシアの話にも興味を示した彼女は何とかその話を聞き出そうと何度も話し掛け続ける。レントやタオは未だ半信半疑だが、クラウディアを救ったという実績がある故に強ち嘘だと決めつける事はしない。

 

「それでね、色々食べて貰ってるんだけど……元々余り食べられないみたいで」

 

「木の実ばっかりじゃ、流石の私でも栄養が足りないって思うよ。でもそっか。なら美味しくて栄養のある何かを作って食べてもらえれば、レティシアは大きくなれるかもしれないんだね」

 

「まさか、それも錬金術で作る……なんて言い出さないよな?」

 

「そもそも食べ物って作れるのかな? そりゃ、薬とかは出来たみたいだけど」

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、レティシアが殆ど喋らない代わりにレントとタオがライザ達の言葉に反応する。4人が話すのはレティシアが旅をして来た間、木の実しか食べて来なかったという事実について。クラウディアと共に生活する様になって他にも食べる事は出来る様になったが、そもそもレティシアは最低限の食事量で済ませていた。故に胃が小さく、人よりも食事量が少なかったのだ。そしてそれを気にしたクラウディアの相談に、ライザは頭を悩ませ始める。

 

「ちょっと試してみるよ。何となーく出来ない事は無い気がするし」

 

「うん。良かったね、レティシア」

 

「?」

 

「これ、分かってないぞ。多分」

 

 ライザの答えに嬉しそうに頷き、膝の上に乗せていたレティシアに声を掛ける。だが当の本人は首を傾げるだけで、殆ど話を聞いていなかったのだろう。レントがそれを察して何とも言えない表情を浮かべる中、一旦集いは解散となる。

 

 

 後日、ライザは錬金術でとある物を完成させる。ドライビスクと呼ぶ食べられる薬に木の実を使って完成させた、薬と食べ物の間の様な物である。

 

 ライザに渡されて少し眺めた後、特に躊躇する事も無く水で飲み込んだレティシア。栄養を取る為の行為であるため、大した変化は起きない。

 

「取り敢えずしっかり食べられる様になるまではこれで補って。だけど最終的にはこれに頼らないのが一番だからね」

 

「そうだね。頑張ってこれから食べて行こうね!」

 

「……」

 

 気合を入れる様なクラウディアの言葉にレティシアは黙って聞くだけだった。……お世話をされる様になってから、本当にお世話ばかりを焼くクラウディア。今は良いかもしれないが、何時か再び旅に出た時。この生活に慣れてしまっては不味いと流石にレティシアは感じ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そっちの木材を持って来てくれ!」

 

「レティシア、大丈夫?」

 

「ん……平気」

 

 以前レティシアが漂流した浜辺の傍にあった家跡。その傍でレティシアはライザ達と共に、家の修復作業を行っていた。

 

 発端は錬金術を自宅で行っていたライザが誰にも邪魔されずに過ごす事の出来る場所が欲しいと思った事。村の中で出来る事は制限されてしまうが、島の対岸の誰も居ない場所でなら全てが自由。そこで家跡を自分達の手で修復して、そこを拠点にしてしまおうと考えたのだ。

 

 修復作業に必要な道具はライザが錬金術で作り上げた。そしてレントが主な力仕事を行い、ライザが指示を出しながらタオとクラウディアも手伝いをする。そんな場所でレティシアだけが見ている訳にはいかなかった。本人から手伝う意思を示した事で、最初はクラウディアと同じ軽い物を運んで貰おうと指示を出したライザ。しかし思った以上に力のあるレティシアは、レントが運ぶ自分の倍以上はある板を軽々と持ち上げて見せた。運び方は非常に危なっかしいが、特に無理はしていない様子。ライザは彼女に屋根の上で作業するレントへ物を運んでもらう様に指示を出し始める。

 

「……出来た。遂に出来たよ!」

 

「あぁ、俺達でやったんだ!」

 

「凄い、凄いよ!」

 

「おめでとう! ライザ!」

 

「うん! クラウディアとレティシアも手伝ってくれて、ありがとね!」

 

「ん」

 

 やがてボロボロだった家跡は綺麗に改装され、人が住める新しい建物に生まれ変わった。まだ家具などを持ち込むのは疲労もあるため後日になるが、自分達が完成させたという達成感と喜びをライザ達は分け合う様に感じていた。

 

 主にこの場所を使うのは錬金術を使うライザ。故にこの場所を【ライザのアトリエ】と名付け、今後は皆の溜まり場として使う事に決定する。そこで少しだけ顔を伏せたクラウディア。今までライザに用があった際は、村にある彼女の自宅へ赴いていた。だが今後はここに集まるとなれば、簡単にはやって来れない。元々この場所は小妖精の森と呼ばれる魔物の徘徊する森にある場所であり、容易く遊びには来られないのだ。

 

「あ、あのねライザ! 私も……私もライザ達と一緒に冒険に行きたい!」

 

「……へっ?」

 

 今の今まで一緒に行動する事はあれど、危険から彼女を守りながらここへ来る程度の事しか出来なかったライザ達。だが今後、彼女達は森以外の場所へも赴くだろう。クラウディアの言葉はそれに着いて行きたいという意味であり、ライザは素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。だがレントもタオも、ライザやクラウディア本人だって分かっている。ルベルトがそれを許す訳が無いと。

 

「……」

 

「流石に無理なんじゃ」

 

「そう、だよね……」

 

「……言えば、いい」

 

「え?」

 

「言わないと……伝わらない、から」

 

「レティシア……」

 

 普段余り喋らない彼女の言葉には謎の説得力があった。まるで過去に同じ様な場面に遭遇して、後悔している様な……そんな風に見えたクラウディア。レティシアに何があったのか僅かに気になりながらも、やがて彼女は頷いて決意する。ルベルトにライザ達の冒険に着いて行きたいと伝えよう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 クラウディアの願いを聞いたルベルトは彼女を守れるかを試す為に、錬金術師ライザリン・シュタウトとその仲間達へ正式に依頼を出す事にした。それを無事に熟して信用するに値する人間となれば、娘を預けようと考えて。

 

 ある時は海の水が入り込む地下の浸水を解決し、ある時は瓦礫の撤去に必要な爆弾を錬金で製造してもらい、ライザはルベルトの出す依頼を彼の求めた以上の結果を出して解決する。それによって徐々にライザはルベルトから信頼される様になる。だがまだ足りないと次に彼が出した依頼は、ある人物達と競争して目的地へ辿り着き、帰って来る事だった。

 

「ライザ達、大丈夫かな……」

 

「……」

 

「一応私以外の護り手が傍で見守っている。ボオス達もライザ達も、命を落とす様な事にはならない筈だ」

 

 島の対岸で出発したライザ達を心配するクラウディアにアガーテが告げる。彼女の口から出たボオスと言う名は村の顔役でもあるモリッツ・ブルネンの1人息子であり、ライザ達とは過去に何かがあったのか犬猿の仲であった。今回のライザ達の競争相手でもある。

 

「?」

 

「どうしたの? レティシア」

 

「……」

 

 何かに気付いた様子でライザ達の進んで行った方角へ視線を向けたレティシアの姿にクラウディアが声を掛けるが、彼女は特に何かを答える事は無かった。だがやがて聞こえた耳を劈く様な轟音にその場に居た者達は騒然とする。その音の発生源はライザ達の向かった方角。明らかな異常事態にアガーテは即座に我に返ると、ライザ達の様子を見る為に飛び出した。……やがて帰って来たのは無傷のライザ達と、ボロボロのボオス達。話を聞けば、竜に襲われたとの事であった。

 

 競争の結果は思わぬ形で終結となるが、結果的にルベルトのライザ達に対する信頼は確たるものとなる。クラウディアを預けるに申し分ない実力はあると判断され、遂にクラウディアは彼女達と共に冒険へ出る事を許可された。

 

 一方、村ではボオスの父親であるモリッツが自身の息子を傷つけた竜を討伐する為に護り手の編成を始める。怒り心頭の様で冷静さを欠いた様子に止めようとする者も現れるが、聞く耳を持つ事は無い。そして後日、護り手のリーダーであるアガーテを含めた護り手達が竜退治へ向かう中、ライザ達はアトリエから近い事もあって様子を伺う事にした。因みに今、彼女達の傍にレティシアの姿は無い。

 

「一応、私達の拠点は見つからずに済みそうね。……でもアガーテ姉さん達、大丈夫かな?」

 

「ボオスの野郎もまだ怪我は治ってねぇってのに無理しやがって。死ぬ気かよ」

 

 ボオス達を助ける為に、一度件の竜と相対したライザ達は心配する。ブルネン家の男として、怪我をしたボオスも討伐には参加。犬猿の仲と言えど知っている相手が故に、彼の状況も気になっていた。……だからこそ、彼女達は決意する。様子を見る為に、竜の居ると言われる古城へ向かおうと。

 

 

 

 

 

 

 旧市街。ある人物の住む家の扉がノックされる。中から入る事を許可する男性の声が聞こえる中、扉を開けて入室したのはレティシアであった。

 

「君は……レティシア、だったか」

 

「ん……アンペル……さん?」

 

「あぁ、アンペル・フォルマーだ」

 

「リラ・ディザイアスだ」

 

 中に居たのは以前クラウディアを捜索する為に出会った2人組。アンペルとリラであった。前者は現在ライザが嵌っている錬金術の師であり、後者はレントの戦いにおける師である。以前に邂逅した事はある為、互いに顔だけは知っている。だがこうして真面に話すのは初めてであり、2人はレティシアがやって来た理由が分からなかった。

 

「レティシア。……お願いがあって、来た。……来ました」

 

「無理に敬語を使う必要は無い。……にしてもお願い、か」

 

「私の記憶が正しければ、私達には殆ど交流が無かった筈だがな」

 

「ライザの師」

 

「なるほど。私にではなく錬金術に、と言う訳か」

 

「それなら尚の事、ライザに頼むべきでは無いのか?」

 

 リラの言葉にレティシアは首を横に振る。アンペルはその様子を見て、「まずは話を聞こう」とレティシアを中へ迎え入れた。

 

 レティシアはアンペルへとある物を作って欲しいと依頼を出す。それはアンペルよりもリラの方が分かる様にも見える代物だが、実際には彼女も余り知識の無い物であった。ライザに頼まなかった理由はまだ錬金術を扱うようになって日の浅い彼女と、彼女の師であり長く錬金術に携わるアンペルならば、後者の方が確実でしっかりした物が出来ると踏んだ上での判断だった。

 

「使用用途は?」

 

「村の外へ出る時、使う」

 

「……出来ても余り良い物が出来る保証は無い。それでも良いなら、引き受けよう。但し素材を集めてもらう必要はあるがな」

 

「分かった」

 

 アンペルの言葉に頷き、彼女は必要な素材を紙に書いて貰ってから家を後にする。思わぬ来訪者に無意識ながらあった緊張の様なものが解け、アンペルは溜息をついた。

 

「良かったのか?」

 

「ライザ達から話は聞いているが、一先ずは大丈夫だろう」

 

「そうか。お前がそう判断したなら、任せよう。……それにしても鞘に収まった剣、か」

 

「中々に珍しい武器らしいな」

 

「あぁ。故に生半可な戦いの技術では到底扱えない。ただ背伸びをしているだけか、扱う実力があるのか……どちらだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザ達が竜を倒した。その話題で村は持ちきりになった。様子を見に行った彼女達は竜と戦うアガーテ達が危ないところに遭遇して、彼らを助ける為に竜と戦う事になったのだ。無事に討伐する事が出来た事でライザ達はモリッツから感謝され、気分良さげにアトリエへ赴いていた。

 

 その頃、クラウディアから離れて1人で行動していたレティシアは島の対岸へやって来ていた。目的はアンペルに物を作ってもらう為に必要な素材を集める事。何も武器の無いまま、彼女は森とは違う方角……旅人の道と呼ばれる以前ライザ達が競争をした道を歩く。魔物も徘徊するが、戦う手段が無い為に基本は接触しない様に気を付けながら。

 

 旅人の道を超えてやがて辿り着いたのは、ヴァイスベルクと呼ばれる火山であった。そこで周囲を見渡してからそれっぽい岩を見つけるや否や、何処からともなく金槌を取り出す。そして大きく振り被って岩を叩けば、力のある彼女が振り抜いた金槌の当たった場所は破壊された。が、騒音を出してしまった為に魔物にも気付かれてしまう。

 

「……」

 

 ミニゴーレム種と呼ばれる魔物。身体が鉱石で出来ており、武器の無いレティシアは金槌を手に構える。しかし武器用では無いそれで戦うのは殆ど無謀であった。身体を回転させて突進してくるそれを避け、金槌を振るうが……何時かの様に柄の部分を残して金属部分は何処かへ飛んで行ってしまう。

 

「あ」

 

『!』

 

 痛みは感じたのだろう。怒る様子を見せてミニゴーレムが攻撃を仕掛ける。目の前の光景に固まっていたレティシアは反応が遅れてしまい、その突進を受けそうになった。しかしミニゴーレムが接触する寸前、突如飛来した氷の礫がミニゴーレムに襲い掛かった。

 

「はぁ!」

 

 そして現れた女性は腕に取りつけた手甲から伸びた鉤爪で、ミニゴーレムに攻撃を加える。岩をも切り裂く鋭い鉤爪に堪らず倒れたミニゴーレム。もう危険は無いと判断したその人物は、状況を見ていたレティシアへ振り返った。

 

「武器も持たずにこんな場所で1人、死ぬ気なのか!」

 

「……」

 

「旅人と聞いたから最低限の危機管理は出来ると踏んだんだが……村を出るところを目撃してから様子を見に来て正解だったな」

 

「……ありがとう」

 

 レティシアは自分を救ってくれた相手、リラにお礼を告げる。そんな様子を前に、リラはレティシアの中に見える焦りの様なものに気が付いた。今まで旅をして来た事は嘘では無いのだろう。実際にここまで戦いを見事に回避する事は出来ていた。だが、詰めが甘かったのだ。そしてその原因は、何かに対する焦り。リラは溜息をついて、地面に転がる鉱石を拾った。

 

「これがあれば作れる、という話だったな」

 

「ん」

 

 レティシアはそれを拾い始めると、金槌同様に何処からともなく袋を取り出して回収し始める。

 

 先程の光景を見たリラは今すぐにでもアンペルに話をして、作るのを止めてもらうべきかも知れないと考える。だが彼女が本当はどれ程の実力なのか、興味もあった。焦りが無ければきっと今の様な失敗はしない。やがて無理に抑え込むよりも、彼女の焦りを解消する方が良いと判断したリラは拾うのを手伝い始める。

 

 その後、山を下りて村へと帰還したレティシアはその足でアンペルの元へ向かった。集めた鉱石を始めとして、旅人の道で採取した素材なども提供。リラと一度目配せをしながらも、アンペルは約束通りに作る事とした。

 

「出来るのは数日後だ。適当に日が経ったらまた来てくれ」

 

「ん……お願い」

 

 アンペルの言葉を聞いてレティシアはお辞儀をすると、彼らの家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。ライザが港に現れた巨大な魚の魔物を錬金術の力で撃退し、改めて村の人達に錬金術の凄さを見せつけた頃。

 

 色々あって忙しかったアンペル達の元に、再びレティシアが現れる。目的は言うまでもなく、アンペルは彼女へ依頼された通りの物を差し出した。

 

 柄は黒く鍔は銀に光輝き、白い鞘からゆっくりと抜かれた刀身は鍔以上に輝いていた。片刃の刃は僅かながら後ろに反り返っており、刀身は薄いが切れ味は申し分なさそうである。だがそれを扱うにしてはレティシアは小さ過ぎた。彼女の身長とそれの長さは、殆ど同じだったのだ。

 

「カタナ、と言ったか。レティシアは何処でこれを知ったんだ?」

 

「先生が、使ってた」

 

「先生?」

 

「ん……剣を教えてくれた、人」

 

 アンペルの質問にそう答え、「ありがとう」と告げて頭を下げてから家を後にするレティシアの姿にリラは目だけでアンペルに意を伝える。「行って来い」と答えた事で、リラはレティシアを追う様に家を後にした。

 

 レティシアはその足で島の対岸へ向かうと、小妖精の森へ迷わずに足を進める。すると以前の様に現れた妖精の魔物がレティシアの存在に気付いて近づき始めた。

 

「……」

 

『!』

 

 妖精が攻撃を仕掛けようとした瞬間、一瞬だけぶれたレティシアの身体。それはリラも微かに捉えられた程度の変化であり、普通の人間には何もしていない様に見えただろう。だがゆっくりと妖精は後ろに下がり続ける。それもその筈。妖精の背後に落ちていた木が綺麗に切られており、目の前には地面を切り裂いた様な跡が残っていたのだから。果たして妖精にそれをやった者がレティシアだと判断するだけの知能があるかは分からない。だが、本能が勝てないと告げたのだろう。やがて逃げる様に空を飛んで何処かへと行ってしまう。

 

「やっぱり……外した」

 

 1人で静かに呟いたレティシアの言葉を聞いていたリラは同じ戦う者として、彼女が感じる焦りの原因に察しが付いた。

 

 村にやって来てクラウディア達の元でお世話をされる様になってから、彼女は武器を握る機会が殆ど無かったのだ。武器が無いのだから、それも仕方が無い。鍛錬を怠ければ怠ける程に、自身の腕が劣ってしまうのは戦士の常識。戦えず、鍛錬も出来なかった事で自身が弱くなる事実にレティシアは焦りを感じていた。

 

 それから少しの間、レティシアは刀を使った鍛錬を行い始める。常人には見えない速度の抜刀。まるで自分の手の様に刀身を動かして狙った物を斬りつける。時には落ちている大木にも狙いを定めるが、真ん中より少しずれた位置を切ってしまう事でレティシアは自身の衰えを感じていた。

 

「この調子なら、大丈夫そうだな」

 

 ライザからの情報で小妖精の森に危険な魔物が居る事は知らされていたが、その目撃された場所は更に奥へ行った場所。それ以外の魔物も鍛錬の様子を見るに問題無いと判断して、リラはその場を後にした。……後に残ったレティシアは空が暗くなるまで刀が自身の手に再び慣れる為の鍛錬を続け、結果的に帰りが遅くなってクラウディアに怒られる事になるのだった。




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プロローグ(下)

「あれ、レティシアじゃない? いやぁ、奇遇だね~!」

 

「ロミィ?」

 

 クーケン港に訪れたレティシアは突然声を掛けられて振り返る。そこに居たのは小柄な女性、ロミィ。行商人であり、嘗て旅の途中でレティシアは彼女と取引をした事が何度かあった。レティシアにとっては数少ない、自分を信用して真面な取引をしてくれる相手である。

 

「何でここに? それにその格好、随分可愛らしくなったね!」

 

「今、住んでる」

 

「えぇ! そうなの!? もしかしてこれからここで暮らしていく感じなのかな?」

 

「違う……今だけ」

 

「そっかぁ~それは良かったよ。もう私の勧誘は受けてくれなくなっちゃうかと思った」

 

 気さくなロミィは余り話をしないレティシアから容易く会話を引き出す事が出来ていた。それは行商人として口が回ると共に、彼女との会話に慣れている証でもある。会話の中でここに住んでいる事や、永住では無い事を聞いて安心した様子を見せるロミィ。実は以前、ロミィは彼女に用心棒の依頼を出した事があった。旅をするレティシアと彼方此方を回るロミィ。なら一緒に行動して、守って貰えば良いのでは? と考えた結果である。その際はレティシアも承諾したが、ある場所へロミィが向かおうとした事で契約は解除される事になった。

 

「でもそっか。なら、何か依頼とかお願いしても良いかな?」

 

「ん」

 

「おぉ~、心強い限りだよ!」

 

 「これからよろしくね!」と告げてレティシアの手を取り握手をすると、ロミィは港の方へ向かい始める。嵐の様に過ぎ去った騒がしいロミィの存在にレティシアはここへ来れば依頼を受けられる可能性があると認識して、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ? 青ぷに?」

 

 アトリエへやって来たライザ達は何故かアトリエの周囲を転がり続ける青ぷにの姿に気付いた。魔物故に警戒するも、襲ってくる気配は無い。それどころか人に慣れている様で、ライザ達に気が付くと嬉しそうに近寄り始める。敵意が無いと安心するも、どうしてここに居るのか首を傾げるライザ達。すると青ぷにはクラウディアの元へ近づき、その周囲を転がり始める。まるで何かを喜んでいる様な、そんな様子にも見えた。

 

「何なんだ、こいつ?」

 

「よくわかんないけど、襲ってこないなら良いんじゃない? そうだ! せっかくだし、飼ってみようよ!」

 

「ま、魔物だよ!?」

 

「大丈夫だって! ……って、あれ?」

 

「……行っちゃったね」

 

 ライザの提案に抗議する様な声を上げたタオだが、彼女の中では既に決まった事だった。しかし当の本人である青ぷにはクラウディアの周りから離れて森の中へと戻って行ってしまう。飼う事は諦めた方がいいと周りが言う言葉に少し残念そうに肩を落としたライザは、今度出会ったら飼うと内心で決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔物?」

 

「そうそう。旅人の道に居るらしくってさぁ。最近腕が鈍っちゃったんでしょ? なら、肩慣らしにロミィさんからの依頼。受けてみない?」

 

「……」

 

 別の日のクーケン港。村が顔役のブルネン家長男、ボオス・ブルネンの失踪で大騒ぎになっている中。部外者であるロミィとレティシアは特に騒ぐ事も無く互いの話をしていた。

 

 何か依頼があるかも知れないと、翌日再び訪れた事でロミィから魔物の存在を聞かされたレティシア。普段は徘徊しない危険な魔物の様で、旅人の道をロミィは現在余り歩かない様にしているとの事。だがそれを倒しさえすれば、また行商人として彼方此方へ行ける。ロミィからしてみれば十分利益のある依頼であった。

 

 鍛錬はしているものの、しっかりとした戦闘はレティシアもしばらくお預けだった。最近はクラウディアと一緒に居る事も少なくなり、今もライザ達と共に行動しているのだろう。止める者は誰も居ない。……レティシアは少し考えた後、黙って頷くだけで依頼の承諾を示す。

 

「ありがとう! それじゃあ、倒したら教えてね! ロミィさんはここで待ってるから」

 

「ん」

 

 ロミィはレティシアがどれ程の強さを持つのか知っている。だからこそ、彼女が倒せる敵の強さも分かっている。故に今回の依頼で倒さなければいけない敵は、レティシアで問題無いと踏んだのか、特に心配する様子は見せなかった。

 

 村は先の通り、ボオスの失踪で大忙し。故によそ者であるレティシアに構う者は誰1人としていない。誰に止められる事も無く島の対岸へ渡った彼女は、ロミィの情報を頼りに魔物が現れたという場所へ向かう。……やがて到着したその場所に居たのは、翼の生えた竜。だが元からこの地域に徘徊する小さな竜とは異なり、その大きさは一二回り大きかった。

 

「……」

 

 メガワイバーン。その名の通りワイバーンと呼ばれる種類の竜が大きくなった魔物であり、人通りもある場所に本来降りてくる事は無い魔物だった。しかし何があったのか、確かに目の前には降りて来ている。ロミィの依頼を熟す為にも、レティシアは武器を構えた。

 

「!」

 

 狙うは一撃での決着。メガワイバーンが気付く前に行動を開始して、レティシアは鞘から一瞬で抜いた鋭い刃ですれ違い様に魔物の身体へ攻撃を加えた。だが大きなダメージを与えはしたものの、命を取るまでには至らない。片羽が無くなったメガワイバーンが怒りを露わに残った羽だけで飛び上がり、レティシアに向けて突撃を開始する。

 

「さよなら」

 

 それを後ろに背面で宙返りして避けると共に、メガワイバーンの上になったレティシアは再び鞘から刃を抜く。着地した時、両方の羽を失ったメガワイバーンは地面へ激突。苦しむ様に暴れた後、やがてゆっくりと静かになって行く。そして遂には動かなくなった事で、息絶えた事が誰にでも伺える様になった。

 

「問題、無い」

 

 武器をしまって地面に落ちていた翼を拾ったレティシアは、それをロミィの元へ持って行く事にする。それが討伐した証であり、ロミィは最初の言葉通りにクーケン港で待って居るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ライザ達がボオスを見つけ出した事で、村の騒ぎは落ち着きを取り戻した。彼らの中にあった拗れも大分解消された様で、以前の様な犬猿の仲では無くなった様子。しかしその原因など知らないレティシアは、今日もロミィの元へ向かった。……残念ながら何時も居る訳では無い為、依頼を受ける事は出来なかった。

 

「……」

 

 ふとレティシアは最近ライザのアトリエへ行っていなかった事を思い出す。自分も作るのに貢献した場所だ。もう武器もある為、魔物を退ける事は出来る。行っても怒られる事は無いだろうと思い、そこへ向かう事にした。クラウディア達は現在村に居ない為、何処かへ冒険に出ているのか、もしくはアトリエに居るのだろう。

 

「どうぞ~! って、レティシア!? 珍しいね!」

 

「レティシアちゃん!?」

 

 予想通り、アトリエにはライザを始めとした面々が揃っていた。アンペルとリラの姿もあり、彼女の登場に全員の視線が集中する。

 

「森を抜けて来たの? 大丈夫だった?」

 

「ん……平気」

 

「最近忘れ掛けてたけど、レティシアは元々旅人だもんね」

 

「今は武器もあるんだ。間違い無く、ライザ達より冒険には慣れているだろうな」

 

「武器?」

 

 クラウディアの心配に頷いて答えれば、タオが納得した様に呟く。するとアンペルが続けた言葉にライザは反応を示した。アンペルは既に話していると思っていた様で、ライザの反応に一瞬疑問を抱きながらも自分が武器を作った事を説明。各々が驚く中、レティシアはライザと彼女の傍にあった大きな鍋……錬金釜を見る。

 

「そっか。まぁ、当然だよね」

 

「だがあの時と今では違う。きっと今ならライザの方が私よりも良い物を作れるだろう」

 

 アンペルの言葉にライザが「そうかな?」と少し頬を掻いて照れる。すると突然レティシアの立っていたアトリエの出入り口、その扉が勢いよく開かれた。かなりの音を鳴らして開かれた事で全員が驚く中、それを開けた張本人は目の前に立つ小さな身体のレティシアを見上げる。

 

「……ぁ」

 

『!』

 

「ちょ! 青ぷに!?」

 

「敵襲か!」

 

「レティシア!」

 

「顔に思いっきりぶつかったけど! 大丈夫なの!?」

 

 それは青ぷにだった。果たしてどの様な方法で扉を開けたのかは分からない。だが入って来た青ぷにはレティシアを見るや否や、勢いよく彼女の顔面へ飛び込んだのだ。余りにも突然の出来事に戸惑いながらも武器を取る一同。顔面に受けたレティシアは倒れておらず、顔にへばり付いた青ぷにを掴んで強引に引き剥がした。

 

 見つめ合う1人と1匹。レティシアの手に捕まれた青ぷにはとても楽しそうで、その様子にライザは以前出会った青ぷにを思い出した。

 

「……敵意は無さそうだな」

 

 武器をしまったリラに倣って全員も警戒を解く中、青ぷには器用にレティシアの手を伝って彼女の頭に乗る。少女の頭に乗る青ぷにの光景は非常に異様で、だが同時に可笑しく可愛らしいものでもあった。

 

「えっと、大丈夫?」

 

「ん……仲間」

 

「仲間って……ライザ以外にも魔物を飼おうって人、居るんだ」

 

「ちょっと、それどういう意味よ!」

 

 クラウディアの心配に頷いて答えたレティシア。少し動いた事で落ちそうになるも、青ぷには器用にその頭に乗り続けていた。彼女の答えにタオが呆れてライザが怒り始める中、クラウディアは何だかんだで久しぶりにレティシアと話す事に嬉しそうな様子を見せる。……青ぷにが頭に乗っているため、撫でる事が出来なくて少々不満気なのは仕方の無い事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。旧市街のバレンツ邸にて。

 

 魔物である青ぷにを村へ入れる訳にはいかず、ライザのアトリエに残したレティシアはクラウディアと共に帰宅する。しかしその道中、自分を愛でるクラウディアの表情は何処か不安を感じている様にも見えた。

 

 クラウディアは明日、ライザ達と共に大きな戦いへと挑む。もしかしたら、死んでしまうかもしれない程の激戦が予想される。今まで戦う事が殆ど無かったクラウディアもライザ達との冒険で戦う力は確かに身に付けて来たが、今回控える戦いは今までと規模が違うものだった。

 

「レティシア」

 

「?」

 

「お願い、今日はこうさせて」

 

 同じ部屋で寝る事が当たり前だった2人だが、この日は何時もより距離が近かった。というのも、クラウディアがレティシアの身体を引き寄せて抱きしめているのだから当たり前である。不安を紛らわせるのに彼女を抱きしめるのは彼女の中で効果的なのだろう。何に不安を抱えているのか分からないレティシアは、特に抵抗する様子も見せずに彼女の体温を感じながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザ達の死闘。彼女達がクーケン島を守ったと知る者は当事者を除いて殆どいない。

 

 クーケン島での長い日々はそろそろ季節を跨ぐ頃合いとなり、隊商として訪れていたルベルト親子や旅人であるアンペルとリラも村を出る時が訪れる。ライザの幼馴染であったレントとタオも各々の道へ進むために村を出る事を決意し、ライザのアトリエでお別れパーティーが開かれる事となった。

 

「レティシアはこれからどうするんだ?」

 

「旅、続ける」

 

 クラウディアと共にパーティーに呼ばれたレティシアは、レントの質問に答える。クラウディアには一緒に来ないかと誘われもしたが、彼女はその誘いを断った。頭に乗った青ぷにと共に、ここへ来る以前の様な旅を続ける選択をしたのだ。幸いにもルベルトからは選別にと少なくない路銀を貰い、ロミィからの依頼も熟していた為にコールは漂流した時に比べれば飛躍的に増えた。無駄遣いさえしなければ数か月は持つ程度の貯金を手に、新たな場所へ向かう事を決めたのだ。

 

 お別れ会が終わって、まず最初に村から出て行ったのはクラウディアとルベルトだった。彼らはまだ隊商として彼方此方を回るのだろう。ライザはクラウディアとこれからもずっと友達だと約束して、レティシアも何時か旅の何処かで会えたなら。その時は一緒に過ごそうと約束をして、別れる事になった。

 

 次はアンペルとリラだった。彼らは自分達の目的を果たす為に、また旅を続ける。レントはリラからの教えを守ると約束し、ライザは錬金術の師であるアンペルにお礼を告げて。2人の出発を見送った。

 

 レントは強くなる為の武者修行をする為に。タオはボオスと共に王都にある学園へ通う為に。レティシアは当ての無い旅を再開する為に。ライザに別れを告げて、クーケン島から外へと出て行った。

 

 1人島で残る選択をしたライザは、それぞれの無事と目的の達成を願って……錬金術師ライザリン・シュタウトとして村の人々の為に走り回る日々を送る事になる。

 

 

 それがレティシアが経験したクーケン島での出会いと別れだった。そして彼女が再び彼の者達と再会した時、この物語は本当の意味で始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都へやって来たタオとボオスは、村では殆ど経験しなかったお金について悩む事になった。物々交換も行われていた村と違って、買い物は最初から最後までお金が全て。田舎者が味わう洗礼の様な物を感じた彼らは各々、お金を稼ぐための仕事を学業と並行して請け負う事となった。

 

 成長期に入り、徐々に大きくなりつつあるタオが請け負った仕事はとある貴族の家庭教師だった。アーベルハイム家の令嬢、パトリツィア・アーベルハイム。自分よりも年下な彼女の家庭教師を受け持つ事になった彼は、そこで衝撃の事実を知る。

 

 アーベルハイム家には2人の令嬢が居た。しかしある日を境にその内の1人が失踪してしまい、そのまま帰らぬ人となってしまった……と。その話を聞いたタオは最初、触れる事の無い様にしようと考えた。きっと忘れたい過去なのだろうと思って。だが自身の過去を話す際、ある人物の名前を聞いたパトリツィアの反応は異常だった。

 

「い、今何と仰いましたか?」

 

「え? だからクラウディアがレティシアを気に入っちゃったみたいで」

 

「レティ、シア……? そんな、そんな筈は……でも……!」

 

「パティ!?」

 

 座った状態で明らかに動揺して様子が可笑しくなったパトリツィアにタオが首を傾げる中、彼女は突然立ち上がると何も言わずに何処かの部屋へ。タオが驚きその愛称を呼んだ時、彼女は少しの間を置いてから何かを手に再びタオの元へ現れる。そして座っていた席へ戻ると、それをタオへ差し出した。

 

「これを、見てもらえますか?」

 

「一体どうしたの……って、あれ? これって……」

 

「……やっぱり」

 

 差し出されたのはアルバムの様で、タオはその中にあった写真に写る家族の1人を見て眉を潜めながら呟いた。……そこに映っていたのはパティの父親であるヴォルカー・アーベルハイムと幼いながらも分かるパティ本人。そしてタオには見覚えのある、一切見た目の変わらないレティシアがパティに手を繋がれて映っていた。

 

 タオの反応でパティは確信した様にアルバムを下げると、大事そうにそれを両腕で抱える。察しの良いタオはこの時点で全てを理解した。

 

 嘗て島で出会った小さな旅人、レティシアのフルネームは『レティシア・アーベルハイム』。数年前に王都から失踪して既に死んだものとされているパティの姉である、と。

 

「お姉様が、生きてる。……ふふ、ふふふ……お姉様……おねえさま」

 

 動揺する中で、譫言の様に言い続けるパティの姿にタオは少しだけ恐怖する。

 

 その後、彼はパティからレティシアについて沢山の質問をされる事になった。タオは彼女と交流していた面々の中では比較的浅い方であり、話せる内容はそう多く無い。故に自分の分かる範囲でレティシアについて話をする事にした。……やがて家庭教師の時間が終わりを迎えた頃、パティはタオに1つの釘を刺す。

 

「タオさん。お姉様の事、お父様には言わないでください」

 

「えっ。でも……」

 

「お父様はもう、お姉様が死んだと思ってます。今更生きていると知っても、混乱させるだけですから。お願いします」

 

「そう、なのかな? うん、分かったよ」

 

 タオはパティの言葉に約束をして、アーベルハイム邸を後にした。そうして1人残ったパティは何時かの様に、窓から見える空を見上げる。あの時と違って雷鳴も雨音もせず、見えるのは綺麗な星空だけ。それを眺めながら、パティは右手を胸の前で握り込んだ。

 

「何時か見つけ出してみせます。そしてその時は……ふふ。待っててくださいね、お姉様」




プロローグ(上)のアイテム紹介

【ボロボロの刀】 作・不明
※レティシアの1段階目の武器。

レティシアが家から持ち出した武器。
刃は錆び付いており、殆ど斬る事が出来ない。戦闘に使うには余りにも頼りない。
青ぷにに攻撃をした事で呆気なく崩壊した。

材料
『インゴット』・水・砂

特性『錆びた刀身』
攻撃力、防御力、ブレイク値が低下する。



【小舟のオール】 作・不明
※レティシアの2段階目の武器。

小舟を漕いで動かす為のオール。斬るよりも叩く事に使える。
相手を殴打する事は可能だが、すぐに折れる。
クラウディアを襲った魔物を撃退した際に崩壊した。

材料
『ブロンズアイゼン』・『丈夫な丸太』・植物・木材

特性『舟漕ぎ様』
戦闘の経過時間が長い程、攻撃力が減少する。





プロローグ(中)のアイテム紹介

【ライザの栄養食】作・ライザ

ドライビスクを改良して栄養が足りていないレティシアへ、手軽に栄養が取れる様にとライザが作った食品。
味は美味しくないが、栄養は豊富。

材料
『ドライビスク』・『ハチミツ』・薬の材料



【ハードブレード】作・アンペル
※レティシアの3段階目の武器。

簡単に壊れない様にと酷く丈夫に作られている刀。
切れ味は悪く無いが、非常に重たい。
扱うにはかなりの慣れが必要で、適当に振り回すと危険。

材料
『スタルチウム』・『ペントナイト』・動物素材・金属

特性『丈夫な刀身』
防御力が上昇し、ブレイク値が上昇する。





プロローグ(下)のキャラ紹介

キャラ紹介 ※時系列【ライザのアトリエ】



レティシア
武器種・刀

旅をしている少女。見た目は余りにも子供だが、実際の年齢は17歳。基本的に生きていければ良い程度の食事しかしていなかった為、栄養が足りなかった事が成長していない原因と思われる。
常に無表情で無駄口は一切叩かず、会話は殆ど掛けられた言葉に返すだけ。別に人が嫌いな訳では無い。
主にカタナと呼ばれる見慣れない武器を使用しており、戦闘力は見た目にそぐわず非常に高い。
どうして旅をしているのかは不明。自身の身嗜みを殆ど気にしていない様だが、一度着飾るとお嬢様にも見える。



青ぷに
武器種・身体

レティシアを気に入ってついて来ちゃった魔物。今では彼女に仲間として認められている。
基本的に彼女の傍で待機しており、人の居る街に入る際は自ら外で待機している利口な子。因みに雌。
魔物としては子供も倒せる程度の最弱種であるが、旅の中である程度の成長を成し遂げている。ちょっと強い。実はレティシアにのみ反応するちょっとした性癖があるとか無いとか。
ライザの飼う青ぷにとは違うが、今作では彼女が青ぷにを飼いたいと思う切っ掛けになった。





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【時系列】ライザのアトリエ2
第1話


第3話まで公開します。


 クーケン島から旅立って2年程が経った頃、節約しながら使っていた路銀も底を尽きたレティシアは森の中を彷徨っていた。魔物は徘徊するものの、そこまで危険な存在ではない。青ぷにをバレンツ家からそのまま譲り受けたパーカーワンピ(藍色)のフード部分に入れ、彼女が探すのは……食べられる木の実である。

 

 旅の中で食べられる木の実、食べてはいけない木の実の種類は沢山覚えて来たレティシア。だが例え何年も旅をしていたとしても、全ての種類を知っている訳では無い。中には初めて見る種類の木の実もあり、その際に行うのは小さく齧って様子を見る事。因みに茸も同様である。中には命の危険がある程の毒を持つ物もあり、何度も危険な経験はして来たレティシアの身体には多少毒に対する免疫も生まれていた。

 

「……」

 

 そして今、レティシアは初めて見た木の実を手にジッとそれを眺め続ける。青ぷには眠っているのか動く様子を見せず、レティシアは少しの間を置いてそれを食べてみようと口を開けた。……途端、強い風がレティシアの手元だけを襲う。青ぷにが驚き飛び上がる中、レティシアの持っていた木の実は地面へ転がり落ちた。

 

「それは、食べては危険よ」

 

「?」

 

 続いて掛けられる、か細い女性の声。振り返った先に居たのは1人の女性であり、レティシアは女性と落ちた木の実を交互に眺めてから自分を助けてくれたのだと理解する。嘘の可能性も無くはないが、そもそも初対面。嘘をつく理由が無いのだ。

 

「ありがとう」

 

「えぇ。……迷子の子供、では無いわね」

 

 レティシアのお礼を受け入れた後、女性は小さな身体を見て僅かに眉を潜めながら告げる。迷い込んだ子供が木の実を食べようとは普通思わないだろう。余程にお腹が空いているのか、それに慣れているのか。女性は一切の躊躇が無かった事からレティシアを後者と判断した。背後で自分を眺める青ぷにもその要因の1つである。

 

 それからお互いの自己紹介を経て、自分達が共に旅人であると知ったレティシアと女性は森の中を共に行動する事になった。何年も旅をして来た事を聞いて驚き、今まで変わった植物を見なかったのか聞かれるレティシア。対してレティシアも女性から食べられる木の実の種類などを新たに教えてもらい、2人は情報を交換し合う。やがて森を抜ける事になった時、改めてお互いに向かう先についての話をする。無口な2人の会話はそれなりに気が合ったのか、そのまま共に旅をする事になるのも時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 

 クーケン島。

 

 ライザが人知れず、仲間達と共に島を救う為の大冒険を経験してから3年。彼女は1人島に残り、錬金術を使って村の人達の手助けをしながら先生の様な事もして過ごしていた。

 

 そんな彼女に届いた王都で過ごすタオからの手紙。錬金術に関する何かがあるかもしれない遺跡が、王都の周りには存在するらしいという内容。彼は歴史を知りたいが為に、そして錬金術の成長に行き詰まりを感じていたライザはそれを解消する為に。新たな冒険が始まろうとしていた。

 

 クーケン港から出る船に乗って王都のある大陸の港へ到着したライザは、そこで名も知らぬ者と出会いながらも無事に王都、アスラ・アム・バートへ到着する。高い建物と島とは比にならない程の人混みに酔い、目を回す中で再会したのは逞しくなったボオスと……最早別人と言える程に成長したタオの姿だった。

 

 彼らが普段通っているという学園区に存在するカフェへ訪れたライザは、そこでタオが調べた王都に残る伝承についての説明を受ける。遺跡の存在が発覚している場所もあるが、王都の人間は歴史に無関心。故に発見されたまま残っている可能性も告げられ、彼女の好奇心は大いに刺激される事となった。

 

「あ。そう言えば私、住むとこが無いんだけど……これから探さなきゃ駄目かなぁ」

 

「そうなると思って実は目星を付けておいたんだ。ただ……」

 

 何はともあれしばらくの間、王都で滞在する必要があると確信したライザの悩みにタオが笑顔で答える。だが最後に何かを言い淀む姿を見て、ライザは首を傾げた。ボオスも言い難そうに頬を掻いており、やがて呼びに行く為にタオが立ち上がってしまった事で彼は「押し付けやがった」と悪態をつきながらも説明を始めた。

 

「俺は殆ど知らねぇが3年前、クラウディアとアンペルさん達の様に滞在していた奴が居た筈だ」

 

「レティシアの事?」

 

「あぁ。……そいつと今から来る奴には、深い関わりがある」

 

「? どういう事?」

 

「説明すると面倒だ、後でタオに聞け。だがな、これだけは覚えておけ。……今から来る奴の前で、その名前は軽々しく出すな。面倒な事になる」

 

「???」

 

 ボオスの言葉で頭の上に沢山の『?』を浮かび上がらせる事になったライザ。やがてタオが連れて来たのは、1人の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ライザが王都へ訪れるより前、王都近郊の港へ到着した船から降りる女性と子供の姿がそこにはあった。子供はフードを目深に被っており、近づかない限りはその顔を伺う事は出来ない状態になっていた。

 

「セリ、お別れ」

 

「そうね……また会いましょう、レティシア」

 

 旅を友に続けた女性と子供……セリとレティシアだが、彼女達が共に行動するのはこの日が最後の予定であった。セリの目的地は王都の周り。故に滞在する場所は自然と王都になるのだが、それを聞いたレティシアがそこへは行けないと向かう事を拒否したのだ。結果、セリを見送って再び何処かへと旅立つつもりだったレティシアは彼女に別れを告げて再び船へ乗り込もうとする。

 

「嬢ちゃん、もう1回乗るなら再度コールを払ってくれよ」

 

「……」

 

 だが掛けられた言葉にレティシアの足は止まった。急に止まった事で異様に膨らんだ胸元が揺れ、見ていた者が訝し気な表情を浮かべる中でレティシアはセリへ振り返る。実は彼女、セリと出会った頃から変わらずお金を殆ど持っていなかった。セリのお蔭で自然に自生する食べられる物も増え、余りお金を使う機会が無くなってしまったのだ。今回ここへ来るまでの費用はセリが持っており、返る為のお金を出せるのは彼女だけ。しかし彼女は微かに微笑んで首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしても、王都へは行かないと言うのね?」

 

「ん……」

 

 王都近郊から森へ入った場所で、レティシアは外したフードに胸元で隠れていた青ぷにを入れた状態でセリと話をしていた。王都周辺から海を伝って離れる方法を失ってしまったレティシアに出来る事は、王都から離れた森で何時もの様に木の実などを集めながら日を跨ぐ事だけ。しかし何時までもここに居られる訳では無い為、お金を稼ぐ必要もあった。

 

「王都へ行けば、依頼も受けられる筈よ」

 

「……」

 

「そうね。ふかふかのベッド、美味しいご飯。数日なら、私が全額立て替えても良いわ」

 

「…………」

 

 旅に安心出来る時は決して多くない。しかし王都の中でなら安全は保障される。食べ物も木の実だけでない美味しいものがセリの言葉通り、宿へ入ればある事だろう。長い旅の中でそれがどれだけ大きなものかを知っているレティシアにとって、その誘惑は余りにも魅力的なものだった。心無しか無表情ながらも悩んでいる様にも見えるレティシアの表情に、セリはまた僅かながらに微笑みを浮かべる。

 

「依頼は代わりに私が受けてあげるわ。それなら、良いんじゃないかしら」

 

「…………分かった」

 

 説得の末、遂に折れたレティシアは再び青ぷにを胸元に入れてフードを目深に被る。セリはどうしてレティシアがそこまで王都へ入りたがらないのか、その理由を知らない。しかしフードを被る事から顔を見られたくないという事だけは分かり、深く尋ねる様な事はしなかった。




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第2話

 王都アスラ・アム・バート。そこで滞在する事になってしまったレティシアが、セリの協力を仰ぎながら依頼を熟して早数日。顔を隠している事もあって、自身の正体が露見する事は殆ど無かった。……元々、彼女は既に死んだものとされている。例え正体を知っている者が居たとしても、他人の空似と思ってスルーしてしまうのだろう。

 

 その日、依頼を熟して王都へ戻って来たレティシアはフードで顔を隠しながら中央区の露天通りを歩いていた。現在そこには後日に最初の遺跡調査を控えたライザがお店で錬金の素材になりそうなものを見て回っており、見慣れない素材の数々に頭を悩ませている。そして彼女は考えながら歩き続け……レティシアと正面衝突してしまった。

 

「あいたっ!」

 

「!」

 

 ライザは思わず声を上げ、レティシアは自分よりも大きなライザの身体にぶつかった事で尻餅をついてしまう。ボーっとしてしまっていたと即座に謝罪をして倒れた目の前の子供に手を伸ばそうとしたライザは、色違いながらも何処かで見た事のある服装と出で立ちにまさかと思う。そして伸ばした手を握って立ち上がった少女の顔が微かに見えた時、それは確信に変わった。

 

「れ、レティシア!?」

 

「!?」

 

 大きな声で彼女の名前を呼んだライザに、顔を上げてフードから僅かにその表情を見せたレティシア。だが2人が仲良く話をしている場合では無くなってしまう。

 

 王都に住む貴族に起きた悲劇はそこそこ有名な話である。それがもう何年も前の話であったとしても、覚えている者は多いだろう。故にライザが言った『レティシア』という言葉にざわめき始める周囲。言われた本人は急いでライザの手を取ると、走り出して露天通りから外れた路地裏へと入り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……ビックリしたぁ……」

 

「……」

 

 突然走り出した事に驚き、息切れしながらも呟いたライザへ向けるレティシアの視線は何処か冷たかった。そこでライザはレティシアと王都の関係を思い出して、謝罪する。……タオから既に聞かされていたのだ。嘗てレティシアがここで住んでいた貴族であり、既に死んだ事になっているという話を。

 

「でも、また会えて嬉しいよ!」

 

「……ん」

 

 笑顔で再会を喜ぶライザの姿に、毒気を抜かれた様にレティシアが先程まで向けていた冷たい視線は無くなった。出来れば何処かのお店でゆっくりお話がしたいと提案するライザだが、レティシアはそれを断る様に首を横に振った。そこで先程の状況と容姿を隠している事を思い出したライザは、なら自分の家でならばと提案。レティシアは少し悩んだ末に頷いて了承するのだった。

 

 

 ライザの家は中央区にある建物の1室だった。その部屋の大家は貴族、アーベルハイム家。……つまり、レティシアの実家である。

 

「それじゃあ、あれからずっと旅をしてたんだ」

 

「ん」

 

「でも路銀が無くなっちゃった、と。旅ってやっぱり大変なんだね……」

 

 レティシアから王都へ居る理由を聞いたライザは納得した様に頷いた。そして今度は自分の番と今までクーケン島であった事も語り明かした。気付けば空は薄暗くなっており、ライザはまだ暫く王都へ滞在しているのかをレティシアに質問する。出来れば早くに王都を出たいと考えてはいるものの、旅の路銀が安心出来るまでは貯める必要があると判断してレティシアはまだ居る事を告げた。

 

「そっか。それじゃあ、またこうしてお茶も出来るね!」

 

 笑顔で言ったライザの言葉にレティシアも頷いて、その後は宿へ戻る為に別れる事となった。

 

 1人部屋に残ったライザは思わぬ再会に喜ぶと共に、彼女と大いに関係のある人物の存在も思い出した。この場所を紹介してくれたタオが家庭教師をしている女の子、パトリツィア・アーベルハイム。本人の話から間違い無く、レティシアと姉妹関係のある存在だ。

 

「話すべきなのかな? でも、レティシアは知られたくないみたいだし……う~ん」

 

 家族がバラバラなのを良いとは思えない。だがレティシアの気持ちも汲んであげたい。ライザは頭を悩ませ、こんな時はと錬金術で考えを紛らわせる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事ですか、ライザさん!」

 

「パティ! ちょっと落ち着いて!」

 

「落ち着いてなんていられません! どうして、どうしてライザさんからお姉様の匂い(・・・・・・)がするんですか!?」

 

「……はい?」

 

 遺跡へ向かう前、タオと合流する際にパティとも一緒になったライザ。しかしパティが傍へ近寄って来た瞬間、彼女は血相を変えてライザへ詰め寄り始めた。余りに突然な事態に慌てながらもタオが宥めようとする中、ライザは続けられたパティの言葉に訳が分からなくなってしまう。果たして匂いとは何なのか……常人には理解出来ない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 最初の遺跡調査へ着いて行ったパティは、そのままライザ達と共に行動する事を決める。表向きは家庭教師のタオと共に行く実戦経験目的の課外実習。しかし彼女の目的は姉であるレティシアの匂いを付けたライザの傍に居れば、姉と出会えるかもしれないというものであった。

 

「よくヴォルカーさんの許しが出たね?」

 

「お父様は普段厳しいですが、無理に押し付ける様な事はしません。お姉様が居なくなってから、私の意見を尊重してくれる様になったんです。……自分のせいでお姉様が居なくなったと後悔したからだと思います」

 

「フィーフィー♪」

 

 ライザの家、レティシアが座って居た場所に率先して座ったパティはライザの言葉に答える。そんな彼女の傍にはライザ達も分からない謎の生物、フィーが飛び回っていた。

 

 ふと、どうしてレティシアが家出をしたのか気になったライザだが、流石にそれをパティへ聞く訳にはいかない。彼女と話をした後、解散する際にライザはタオへ聞いてみる事にした。王都で長い間過ごしながら様々な歴史を調べていたタオなら、彼女の家に起こった悲劇の話も詳しく知っていると考えて。

 

「ある日、突然居なくなってしまったんだって。彼女の父親でもあるヴォルカーさんは捜索隊を編成してまで探したけど、結局は見つからずじまい。……一時は躾が厳し過ぎたんじゃないかって街中で噂にもなったらしいよ」

 

「格式高いって感じはしたかな。パティを見てると余計にそう見えてくるよね」

 

「うん。でもレティシアはそれが嫌になって飛び出した。……もしかしたら、彼女はライザと似てるのかもしれないね」

 

 島から出るなと言われれば言われる程に、冒険をしたくなって遂には島の対岸へ渡ったライザ。貴族だからと様々な事を強いられて耐えられなくなり、家から飛び出したレティシア。根本は違えど、強制された事に反抗したという意味では同じなのかも知れない。そして思った事を実際に行った行動力はどちらも高かったのだろう。

 

「それはそうと、レティシアは今王都に居るんだよね?」

 

「多分ね。まだ滞在するって言ってたよ。何処で宿を借りてるのかまでは聞かなかったけど」

 

「それが分かっただけでも大きいよ。出来ればパティに会わせてあげたいんだけど……ちょっと危険な感じもするんだよね」

 

「レティシアの事になると、パティは人が変わるもんね」

 

 タオも2人の事は気になっている様で、ライザは同意を示しながらもパティの姉が関わった際に見せる様子を思い浮かべた。

 

『私と違って、お姉様はお父様から剣を教わってはいないんです。でもカタナを振るうお姉様はとても美しくて、思わず見入ってしまうんです』

 

『昔からあんまりお姉様は笑いません。だけど極々稀に見せる笑顔。あれを見るだけで……はぁ……』

 

『お姉様は』『お姉様は』『お姉様は』

 

「……お姉ちゃんが好き。の域は越してる様な……」

 

 ライザの疑問に正確な答えを出せる者は、誰もいなかった。




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第3話

 宿で朝を迎えたレティシアは部屋のテーブルに置かれていた書き置きを手にする。それはセリからのメッセージであり、書き置きが落ちない様に重しとして置かれていたのは緑色の飲み物が入ったコップだった。レティシアは一度コップを退かしてから、書き置きを手にそれを黙読する。

 

『新しい依頼を受けておいたわ。それと何時ものスムージーも置いておくから、飲んでおきなさい』

 

「……」

 

 書かれていた内容を読み終わり、レティシアはコップへ視線を向ける。そしてそれを一気に飲み切れば、その顔が僅かに歪んだ。……今彼女が飲んだのはセリお手製の野菜と果物を使ったスムージー。栄養はタップリであり、彼女は普段毎日の様に飲んでいるものだった。レティシアも何度か飲んだ経験はあり、木の実ばかりの生活を見かねたセリが用意する様になったのだ。つまりレティシアにとっても既に慣れた味、なのである。だが何度も飲んだからといって、美味しくなる訳ではない。レティシアはその味が非常に苦手だった。それでも飲むのは、セリの善意を無駄にしない為だ。

 

 セリの受けた依頼の中で、レティシア用に用意されたものは基本的に魔物の討伐である。王都から出来る限り離れていたい彼女にはピッタリの仕事であり、道中で採取系の依頼も熟せれば一石二鳥。既にレティシアはセリに頼らずとも、自分の宿代を払う事は出来る様になっていた。今はライザへ言った通り、旅立つための路銀稼ぎである。

 

 倒すべき魔物の出没場所は王都から離れた場所にある、ヴィントミューレ渓谷。道中で採取出来る鉱石の欠片も依頼にはあるため、必ず岩を壊せる道具を準備する必要がある。レティシアは適当に身なりを整えた後にフードを目深に被ると、荷物を手に宿から外へ足を向けた。

 

 朝で賑わう露店通りを小さな体で隙間を縫う様にして超えると、王都の外へ。そこから徒歩で長い時間を掛けてようやく到着したヴィントミューレ渓谷で、レティシアは目標となる敵と鉱石を探し回る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛来する何時か対峙した様な大きい竜を前に、レティシアは刀を振るう。その場から一切動く事はせずに、だが通り過ぎた竜は悲鳴を上げながら地面へ身体を引きずった後に息絶える。

 

 一方その頃、同じヴィントミューレ渓谷の離れた場所にはライザ・タオ・パティの3人とフィーが訪れていた。目的は渓谷を奥へ進んだ先にあるかもしれない遺跡であり、タオが知る伝承の手掛かりを頼りにやって来たのだ。竜の悲鳴が渓谷全体へ木魂すれば、それは遠く離れた彼女達の耳にも当然届いた。

 

「フィ!?」

 

「今のは?」

 

「魔物の鳴き声。ううん。悲鳴、かな」

 

「魔物同士で争ってるのかも。巻き込まれない内に進もう」

 

 タオの言葉にライザとパティは頷いて、先程まで塞がっていた通路を進む。

 

 場所は戻り、レティシアは倒した竜の体から証拠となる部分を剥ぎ取ってから鉱石を探す事にした。しかし先程までライザ達が通過した道はその殆どが取りつくされており、目的の鉱石の欠片を見つける事は出来ない。その後も探し回るが結局見つける事は出来ず、レティシアは少々肩を落としながら王都へ帰還した。

 

「あ、やっぱり。レティシアだよね? 久しぶりだね~!」

 

「……ロミィ?」

 

 朝に比べて少しだけ人混みが落ち着いた露店通りで、突然掛けられた声にレティシアは立ち止まった。以前のライザの様に大声で話し掛けるのとは違い、近づいてフードの中を覗き込んでから小声だったのは彼女なりの配慮だろう。最初は王都へ来たがらない理由を知らなかったロミィも、既にレティシアと王都の貴族に起きた話が繋がっている事には気づいていた。行商人に情報は大事な武器の1つだからである。

 

「偶然?」

 

「会ったのは偶然だよ。でも今はロミィさん、ここでお店持っちゃったりしてるから必然だったかもね~」

 

 レティシアの知るロミィという人物は彼方此方を渡り歩く行商人だった。しかし最後に出会ってから今までの間に、彼女にも大きな変化があったのだろう。その1つが王都に自分の店を構えるという商売人としての大出世である。本人は行商人の方が性に合っていると思っている様だが、彼女の商売に関する才はどちらでも通用する様であった。

 

「って事で、これから護衛の依頼は少なくなっちゃうかなぁ。あ、でも新人ちゃんの護衛ってのはありかもね」

 

「?」

 

「あぁ、ごめんごめん。実はレティシアが居ない間、別の伝手で護衛をしてくれた子が居てね。今はここの仕事を手伝ってくれてるのよ。で、王都の外も回ってるんだけど……商品を傷つける訳にはいかないでしょ? 代わりに戦ってくれる人がいると、ちょうど良いかなって」

 

 ロミィの話を聞いてレティシアは護衛の仕事に関して、出来る時は受けても良いと伝える。彼女とは数少ない親しい間柄であり、足元を見る様な事はしないと分かっているからこその判断。ロミィは両手を合わせながら「ありがと~!」と喜びを露わにして、やって来たお客さんの対応の為にお店の方へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 依頼には信用がある。王都でお金を稼ぐ為にも、信用を失うのは大きなリスクが存在した。故に後日、再びヴィントミューレ渓谷へ訪れて鉱石の欠片を探す事にしたレティシアは、相棒である青ぷにの協力もあって無事にそれを回収する事に成功した。

 

「鐘を鳴らして何か起こるのかな?」

 

「さぁ? 分からないからやって見るんでしょ? ね、フィー?」

 

「フィー!」

 

「危ない事にならないと良いんですが……」

 

「!」

 

 そんなレティシアの傍を通過するのは以前遺跡を無事に見つけるも、奥へ進む方法が分からずに帰る事を余儀なくされたライザ達。彼女たちは再び遺跡の奥へ進むために探索をする様であり、レティシアはそんな彼女たちの中に紛れる少女……パティの姿を見て、思わず崖の傍にあった岩に姿を隠した。

 

「?」

 

「どうしたの、パティ?」

 

「……」

 

 だがその行動に僅かながらの気配を感じたパティは足を止めて、レティシアの隠れた岩場をジッと見つめ始める。そして近づき始めた事でライザとタオは視線を合わせた。やがて崖の傍にパティが近寄った事で「危ないよ!」とタオが注意するが、パティはそこから周囲を眺めるばかりだった。

 

「どうしたのさ!」

 

「……お姉様の気配が、した様な気がしたんです」

 

「レティシアの? でも……何処にも居ないよ?」

 

 ライザの言葉通り、レティシアが隠れた岩場にはもう誰もいなかった。周囲にあるのは崖ばかりで、他に隠れられる様な場所はない。タオが「行こう」と告げた事で、パティは後ろ髪を引かれる様に何度も振り返りながら遺跡へ向かって足を進める事にした。

 

「……」

 

 そんな3人の去っていく足音を聞きながら、崖に鋼糸を使ってぶら下がっていたレティシアは安心したようなため息をついた。彼女の服のフードに入っていた青ぷには下の見えない高い崖にぶら下がっている事実が怖いのか、プルプルと震え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下乙女の墓所。そこはライザ達が見つけた遺跡であり、魔物も徘徊する危険な場所であった。ライザとタオはここに自分達の求める何かがあると確信して、奥へ進み続ける。前回は最奥と思われる場所で閉じていた扉があって奥へ行けず、それを開ける方法も分からなかった。今回もそれを開ける方法は分からないままだが、ライザはこの場所にある巨大な鐘に注目していた。

 

 舌の外された巨大な鐘。例え揺らしても今のままでは鳴らないが、そこでなんとライザは舌を錬金術で作り上げた。鐘の下でそれを使って鐘に舌を追加して、鳴り始める轟音は遺跡中に木魂する。巨大な鐘の音に呼応する様に周囲にあった鐘も鳴り始め、その光景にライザ達は圧倒される。……しかし鐘の音が齎したのはその光景だけでは無かった。

 

「よ、鎧が動いた!?」

 

 タオの言葉に各々が構える。地面に転がっていた鎧が突然立ち上がり、剣を手に構え出したのだ。明らかな敵意を感じて驚き、応戦するライザ達。

 

 その一方で、彼女達の後をつける形でここへ訪れていたレティシアも立ち上がった鎧に囲まれていた。ライザ達の冒険に興味があった訳ではない。ただ、彼女達に着いて行く嘗ての家族が気になっただけだった。完全に巻き込まれた形にはなるが、敵として向かって来るならば仕方が無いとレティシアは刀を構える。彼女のフードから飛び降りた青ぷにも、跳ねながら戦闘態勢はバッチリだ。

 

 鎧を無事に倒し切った時、レティシアはライザ達を少し離れた場所から目視で確認する。だが彼女達は無事に倒した事で動かなくなった鎧の姿に安心しており、突然再び立ち上がった鎧への反応が遅れてしまった。そしてその鎧が攻撃を加えたのは……パティだった。

 

「パティ!?」

 

 鎧の攻撃で大きく飛ばされたパティの体。それは通路を越して底の見えない穴の上へ。鎧はまるでやり切ったかの様に地面へ倒れ、ライザとタオはパティが飛ばされた方へ駆け寄った。人間は空を飛べない。考えたくはない、最悪の結果を嫌でも想像しながら。

 

「フィー! フィーフィー!」

 

「フィー!?」

 

 だがそこにあったのはパティの体を彼女よりも小さなフィーが持ち上げている光景だった。必死に羽を震わせて飛び続けるその姿に驚きながらもタオが手を伸ばす中、突然飛来する何かがパティとフィーの体を横から掻っ攫う。

 

「な、なんなの……!?」

 

「フィー!?」

 

 通路の下から一気に上へと振り子の要領で舞い上がった1人と1匹は、そのまま通路の方へと飛ばされる。勢いのある着地に強く尻餅をついたパティと、何とか激突せずに済んだフィーは突然の事に困惑。だが自分達の居る場所よりも高い柱の上に立つフードを被った者の姿を見て、パティは言葉を失った。

 

「パティ! 大丈夫!?」

 

「ぁ……ぁ……ぉねぇ、さ……ま……」

 

「……」

 

「レティシア!?」

 

 自分達を見下ろす小さな体の人物を見て、譫言の様に言葉を紡いだパティ。タオが急いで彼女の無事を確認しようと駆け寄る中、ライザは同じ様にレティシアの姿を確認して声を上げる。すると、疲れた様子ながらも空を飛びながらレティシアの元へ近づき始めたフィー。その姿が目前に迫った時、レティシアはゆっくりと手を挙げた。……そしてその手はフィーの頭に乗せられる。

 

「ありがとう」

 

「フィー?」

 

「ま、待ってくださいお姉様!」

 

「あ……行っちゃった」

 

 静かに、だが確かにライザ達にも聞こえたフィーへ向けられた彼女のお礼の言葉。だがそれを最後にレティシアは鋼糸を飛ばしてそのまま何処かへと去ってしまう。パティはそれを必死で追い始めるが、やがて通路の続かない切り立った場所の向こうへ行ってしまった事で追いかける事は叶わなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レティシアはパティの今が気になっただけであり、姿を見せるつもりはなかった。しかし彼女が危ないと思った瞬間、迷いなく助けに行く事を選択した。……レティシア自身、その選択と行動を後悔はしていない。だが、彼女は想像もしていなかった。まさか自分の妹が、あの一瞬だけで自分の匂い(・・)を追跡出来る様になるなど。

 

「お姉様!」

 

「!」

 

 王都の職人区を歩いていた時、突然目の前に現れたパティから逃げる様に家の壁へ鋼糸を伸ばして跳んだレティシア。だが彼女の逃げる行く先々で、パティは現れる様になっていた。ライザの体に僅かに残っていた匂いではなく、レティシア本人の匂いを嗅いだ事で出来る様になったパティの追跡。そして遂には自分が泊まっている宿の場所すらも、彼女に突き止められてしまう。

 

「逃げないでください! ただ、私と話を!」

 

「……」

 

「ぁ……絶対、絶対に逃がしませんわ」

 

 宿の前で待ち構えていたパティから逃げ出したレティシアに、パティは辛そうな顔を一瞬浮かべる。だが即座に決意した様な表情へと変わり、彼女は建物から飛び出した。

 

 もしもパティが自分の父親でありレティシアの父でもあるヴォルカーにこの事を告げていれば、今頃は逃げ切る事など出来ずに捕まっていた事だろう。しかしそうはならない現実に、レティシアはパティが何をしたいのか考える。自分を連れ戻したいと思っているのなら、真っ先に報告しているだろう。言葉通りに話をしたいだけなのか。……悩んでいたレティシアは目の前で両手を広げて構えるパティの姿に一瞬、反応が遅れてしまう。

 

「お姉様ぁぁ! ガフッ!」

 

「!?」

 

 勢いのあるレティシアの移動を全身で抱き留めたパティはそのまま勢いを殺せずに後ろへ倒れてしまう。家出をした頃に比べて成長したパティと、家出後に碌な物を食べなかった影響なのか全く成長していないレティシア。その見た目はレティシアの方が容姿も身長も幼く、パティの腕に軽々と包まれてしまう。

 

「捕まえましたわ、お姉様♪」

 

 パティの宣言と強い抱擁にレティシアのもがく抵抗も弱まり、彼女は所謂お持ち帰りをされる事になった。……因みに帰る先はレティシアが寝泊まりする宿である。




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第4話

第6話まで公開します。

ライザのアトリエ3、発表されましたね! 楽しみ!


 ライザは現在自身がアトリエとしている部屋の扉がノックされた事で、返事をして入室を許可する。すると中へ入って来たのはパティであり、彼女はライザを見て「お邪魔します」と一度お辞儀をしながら挨拶をした。

 

「フィー♪」

 

「ふふ。お出迎えありがとう」

 

 フィーがパティの登場に嬉しそうな声を上げて近づく中、ライザは要件について質問する。パティはそれに少々真剣な表情で、話を始めた。

 

「実は、ライザさんにロープを作って欲しいんです。とっても頑丈で、簡単には解けない様なのでお願いします」

 

「ロープ。それなら出来るけど……何に使うの?」

 

「この前、お姉様を捕まえたんですけど、結局逃げられてしまって。だから今度は逃げられない様に縛り上げてしまおうかと思いまして」

 

「えぇ……」

 

 至ってパティは真剣なのだろう。だが彼女の告げた使用用途にライザはドン引きせずにはいられなかった。

 

 この前パティは本人の言う通り、レティシアの捕獲に成功した。だが隙を突いてレティシアは逃げてしまい、それからはまた以前の様に追い掛け続けていたのだ。一度捕まった事でレティシアの警戒も上がり、簡単には捕まえる事が出来なくなってしまった。だからこそ次に捕まえた時、パティは絶対に逃がさない為の準備をする事にした。

 

「い、一応聞くんだけど……レティシアを捕まえたら、どうするの?」

 

「……本当に、聞きたいですか?」

 

「あ、いえ、結構です」

 

 触らぬ神に祟りなし。ライザは質問を即座に撤回した上で、少し悩んだ末にパティの欲しがるものを作る事にする。レティシアには多少悪いと思うものの、姉と話をしたいと思う仲間のパティを優先して。

 

 必要な素材は適当な場所で集めていた為、十分に揃っていた。パティがフィーと戯れる間、それを作り上げたライザは「穏便にね?」と一応念押しをしながらそれを渡す。お礼を言ってパティがアトリエを後にした事で、安心した様に肩を落としたライザ。……その少し後、再びノックされた扉にライザは返事をした。

 

「……」

 

「れ、レティシア!?」

 

 続いての来客はまさかのレティシアであった。パティに追われるばかりで自由な行動を取れる時間が最近は少ない彼女だが、パティがここに居た時間で少し余裕が出来たのだろう。今頃また王都を探し回っているパティと入れ違いにここへ来れたのは、ある意味幸運であった。

 

「フィー、フィー♪」

 

「煙玉。作って欲しい」

 

「……」

 

 フィーに周囲を回られながらも静かに告げたレティシアのお願い。それを何に使うつもりなのか、ライザは聞く必要が無かった。使用用途について、ある程度の察しがついたからである。彼女は少し悩んでから、了承する前にいっそのことちゃんと話すべきなのではないかとレティシアを説得してみる事にした。だが、パティと話をした方が良いと聞いたレティシアは目を閉じて少し黙ってから首を横に振る。

 

「パティは私を……恨んでる筈」

 

「恨む?」

 

「私は、逃げ出した。だからパティは、私の分もきっと……」

 

 レティシアは嘗て、貴族としての義務という重荷に耐え切れず逃げ出した。自分が逃げだせば、妹であるパティへそれが向けられると分かっていて。だから彼女は妹が自分に対して恨みや憎しみの感情を抱いていると考えていた。……しかしそれを聞いたライザは今までレティシアに関わった際のパティの姿を、今一度思い浮かべる。ある時は嬉しそうに、ある時は楽しそうに。そしてある時は怖いくらいに姉が大好きな彼女に、恨みや憎しみといった負の感情があるとは到底思えなかった。

 

「私が知るパティはレティシアの事が大好きって感じだったけど?」

 

「……」

 

 思えばレティシアは今まで、パティの様子を遠くから1度見たのみで真面な話をして来なかった。それは別の人物からした印象も同様であり、ライザの言葉にレティシアは黙り込んでしまう。そんな様子に改めて「ちゃんと話し合ってみれば?」とライザが告げれば、レティシアは一度目を瞑ってから何も言わずにアトリエを後にしてしまった。

 

「今の様子だと、すぐには難しいのかな。どうにかしてあげたいんだけどね」

 

「フィー……」

 

 ライザの言葉に耳を垂れて同じ様に元気無さげに答えたフィー。結局煙玉を作る事は無くなり、ライザはパティが来る前に行っていた事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 別の日。中央区の露天通りを訪れたライザはパティが血相を変えて外へ飛び出していく姿を目撃する。何をしているのかに察しがついたライザは、心配になって後を追い掛ける事にした。

 

 パティを追って辿り着いたのは、王都近郊にある始まりの森と呼ばれる場所。少し離れた場所に鋼糸を使って飛ぶレティシアの姿を目視して、ライザは彼女が飛んで行って場所へ向かった。……やがて狭い穴を通って辿り着いたのは、羽が咲き乱れる広い場所。そしてそこにはパティとレティシアが相対していた。

 

「お姉様、もう逃がしません」

 

「……」

 

 少々危ない雰囲気が漂う2人にライザは取り敢えず様子を見守る事にする。

 

「どうして、そこまで……?」

 

「お姉様と話がしたいからです」

 

「何を話すの?」

 

「私にあった事でも、お姉様の旅の話でも。何だって良い。……お姉様と話が出来るなら、内容は問いませんから」

 

 パティの言葉に、負の感情が籠っている様には思えなかった。だがそれを容易く信じられる程、レティシアは楽な旅をしてきた訳ではない。彼女の中にある疑いの心が、パティの真っ直ぐな心を見え難くしてしまっていた。

 

「……信じられませんか?」

 

「ん」

 

「そうですか。……覚えてますか? お父様や、お姉様が師としていた方は皆、揃って言ってました。振るった剣には持ち主の思いが宿る、と」

 

「……」

 

 柄の長い特徴的な剣を持って構えたパティに、無言で同じ様に刀を構えたレティシア。今正に戦いを始めようとする2人にライザは慌てて飛び出した。

 

「2人とも何やってるの!?」

 

「止めないでください! お姉様に私の思いを伝えるには、きっとこれが一番なんです!」

 

「でも……危ないと思ったら無理にでも止めるからね!」

 

 止める事は出来ないと分かり、ライザは2人の様子を見守る事にして後ろへ下がる。やがてパティが刀を持つレティシアと同じ様に剣の刃を腰の位置で背後に向けて構えた時、合図も無く殆ど同時に2人は飛び出した。

 

 甲高い音が広場に響き渡る。走った2人の間を花弁が舞い上がり、鍔ぜり合う姉妹の姿は危ういと同時にとても美しくライザには見えた。互いに回転して振るう刃が何度もぶつかり合えば、その度に花が散って行く。2人の動きは離れていてもやはり姉妹なのか、とても似ていた。

 

「そこですわ!」

 

「甘い」

 

 踊る様に跳び上がり、上から振るったパティの一撃を軽々と避けたレティシアは一瞬でパティとすれ違う。今まで魔物を倒して来た時と同じ挙動であり、唯一違うのは刃の向きが逆だった事だけ。攻撃をした事に変わりは無く、パティは突然の痛みと共に持っていた剣が宙へと舞い上がった。……だが、彼女はそれすらも利用する。

 

「これで、終わりよ!」

 

「!」

 

 上へ舞い上がった剣を再び跳躍して宙で掴み取り、そのまま前転して落下の威力をも伴った強力な振り下ろしの一撃を放ったパティ。強い風を受けてフードが外れながらもそれを防ごうとレティシアが刃で応戦。しかし、パティの一撃はその刃すら両断した。折れて飛んで行った刀の先がライザの傍へ落ちて彼女が恐怖するのを尻目に、柄の部分から僅かにしか残らない刀の残骸を眺めたレティシア。

 

「私の勝ちですわ、お姉様」

 

 何年も旅を続けて来たレティシアだが、パティだってその間に剣術は教わり続けて来た。最近ではライザ達と共に魔物と戦う事も増え、レティシアから自分の手で掴み取った勝利にパティは堂々と告げた。




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第5話

 パティとの戦いに敗北したレティシアは彼女に連れられて、王都へ帰還する。その際、逃がさないとばかりにしっかりとパティに握られた自分の手をレティシアは無理に解こうとはしなかった。心配で様子を見に来ていたライザも同行して、落ち着いて話の出来る場所として2人は彼女のアトリエを借りる事になる。

 

「ど、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ん、ありがとう」

 

「あ、あはは。どうぞごゆっくり…………はぁ、空気が重いよ~!」

 

「フィー……」

 

 ライザのアトリエにあったソファでお互いに向かい合ったまま黙る2人の元へ飲み物を差し出したライザは、彼女達から離れた場所でフィーと共に部屋の中を支配する重たい空気を感じて悲鳴を上げる。当の本人達は重たい空気を出している事にすら気付かず、飲み物に口を付けた。

 

「お姉様」

 

「!」

 

「約10年程、でしょうか……何処へ旅に行ってたんですか?」

 

「……色々な場所。当ての無い旅、だったから」

 

「なるほど。風の向くまま気の向くまま、ですわね。ライザさん達とも旅先で?」

 

「ん」

 

 最初に喋り出したパティへ反応しながらも答えたレティシア。それを皮切りに始まったのは、レティシアの旅に関する質問だった。ライザ達と出会った島での話なども行われる中、離れた場所で会話を聞いていたライザは思い出す。……王都で少し前に再会した親友に、レティシアが王都に居る事を教えていなかった事を。

 

「教えてあげたら、喜ぶかな?」

 

「フィー♪」

 

 新たな種が撒かれようとしている事など知りもせずに、話を続けるパティとレティシア。やがてパティの王都での生活についての話にも変わり、時間は夕方になり始める。当然帰らなければいけない時間となり、パティは自宅であるアーベルハイム邸へ帰る事になるが、そこでライザは見送りをする際にレティシアへ質問した。

 

「レティシアは、これからも宿に泊まるの? パティとも仲直り出来たんだから、ヴォルカーさんとだって……」

 

「……」

 

 レティシアはライザの言葉に無言で首を横に振った。そしてそれ以上何も言わずに去ってしまう後ろ姿を見て、ライザは同じ様に離れて行くレティシアを見つめるパティへ視線を向ける。見られている事に気付いたパティは少し目を閉じた後、お辞儀をしてから離れて行った。

 

「2人の仲が少し戻っただけでも、良かったのかな……?」

 

「フィー!」

 

 どうにもやり切れない思いを残しながらも、一先ず2人が話を出来る様になった事に安堵したライザ。……彼女は後日、再会した親友にレティシアが王都に居る事を知らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 パティはレティシアと定期的に会う約束をしっかりと最初に話が出来た際、取り付けてあった。レティシアの誤解も解けた事で無事に約束をする事は出来たものの、パティは自宅であるアーベルハイム邸へ行く事は疎か、父親であるヴォルカー・アーベルハイムにレティシアの所在を告げる事もしなかった。それが果たしてレティシアへの配慮なのか、他の理由があるのかは本人にしか知り得ない考えである。

 

「それで、タオさんが家庭教師としてやって来た訳です。タオさんの教え方は本当に上手で、私の成績もグンと良くなりました」

 

「そう」

 

 場所は学園区にあるカフェ。そこでパティは紅茶を、レティシアは珈琲を注文してテーブル席で談笑していた。といっても以前と変わらずパティが主に話をして、それにレティシアが相槌を打つのが殆どである。ここには王都生まれの王都育ちである女性店員、ゼフィーヌを始めとして古くからの常連客が数多くいる為、レティシアはしっかりとフードを被っていた。

 

「……不思議です。お姉様が生きているって、ずっと。ずっと信じてました。何時かまた、こうして昔みたいに話がしたいって。でも実際に叶ってみると、話したい事とか色々考えていた筈なのに……上手く話せない」

 

「……」

 

「お姉様は、また王都を出て行かれるんですか?」

 

「ん……でも、すぐじゃない。直さないと、無理だから」

 

 レティシアがそう言って取り出したのは、柄と僅かな刃のみが残った刀。カフェでそれを抜くのはご法度故にしないが、当事者であるパティには何が言いたいのかすぐに理解出来る。武器を失った事で魔物を倒す依頼を受ける事は出来なくなってしまった現在、レティシアは依頼を受けずにいた。刀を作った錬金術師であるアンペルがこの街に居るという話をライザから聞きもしたが、未だに出会えず。……現在はライザに頼む事も視野に入れていた。

 

「もし、それが直ったらすぐにでも?」

 

「まだ、心許無いから……ここに居る」

 

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 

 まだレティシアは王都で滞在する。その事実に胸を撫で下ろしたパティは、今後について考え始める。

 

 ライザとタオの遺跡を巡る冒険はこれからも続くだろう。寧ろまだ2カ所を巡っただけで始まったばかりだ。それに着いて行ったパティの主な理由はライザの身体にあったレティシアの匂いに気付いたから。彼女と共に行動すれば、何時かレティシアに再会できるかも知れないと思ったからである。現にその考えは正しく、地下乙女の墓所で念願の再会を果たす事は出来た。そして今では自分だけで、彼女の場所を特定出来るまでに至った。……もう、冒険へ着いて行く理由は無いのだ。

 

「そろそろ、お店を出ましょうか?」

 

「ん」

 

 客の出入りは激しい人気のカフェ故に、他の人達の事も考えて余り長居は出来ない。レティシアはパティの提案に頷いて、共に会計を済ませてからカフェを後にした。そしてパティの話を聞きながら、学園区から中央区まで歩いていた時。突然レティシアを呼ぶ懐かしい声が響く。

 

「レティシア!」

 

「? クラウディア……?」

 

「ライザの言った通り、本当に王都に来てたんだ! 久しぶりだね!」

 

「えっと……?」

 

 それは嘗てレティシアがクーケン島で出会い、数日お世話になったクラウディアであった。3年の月日で成長した彼女は現在、父親とは離れて王都で商会を取り仕切る様になっていたのだ。ライザとも数日前に再会して、レティシアの話を聞いた彼女は現在の特徴を聞いていた事もあって声を掛けられたのである。……小さな子供がフードを被っている姿はそれなりに目立つのだ。

 

「もしかして、貴方がパトリツィアさん?」

 

「はい。パトリツィア・アーベルハイムです。お姉様の反応から察するに、お友達……ですよね?」

 

「クラウディア・バレンツと言います。レティシアとは……少しの間、家族みたいな感じだったのかな?」

 

「…………()?」

 

 その時、パティの口から出た余りにも威圧の籠った声は再会に喜ぶクラウディアの耳には届かない。そして彼女に話し掛けられるレティシアの耳にも届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「って事で、レティシアの武器をライザに作り直して欲しいの」

 

「いやいや、どう言う訳よ……」

 

「フィー?」

 

 後日、ライザの協力を経て忙しかった商会の大仕事を早く終わらせた事で僅かな自由を手に入れたクラウディアは、レティシアと共にライザのアトリエへ訪れる。そして開口一番に言われた言葉にライザは頭を抱えた。傍では首を傾げて訳が分からないといった様子を見せるフィーも居り、彼女はクラウディアにしっかりとした説明を求める。

 

「ライザと一緒に私も冒険へ行ける様になったでしょ? それでね、レティシアも一緒に連れて行けないかなって思ったの」

 

「確かに旅慣れてるレティシアが一緒だと心強いかも知れないけど、レティシアは良いの? 色々忙しいんじゃ……」

 

「平気。それに、契約したから」

 

「旅の路銀を稼いでるって聞いたから、護衛代として正式な報酬を出せば着いて来てくれるかな? って。……でも、レティシアの武器は今壊れちゃってるでしょ?」

 

「あぁ、それで……なるほどね」

 

 友達と言える仲であっても、それぞれにやるべき事がある。だがそれが分かっていてもクラウディアはレティシアと一緒に居たいと考えたのだろう。クーケン島で見たレティシアを可愛がるクラウディアの姿を思い出しながら、ライザは1人納得する。そして同時にレティシアにもまた、クラウディアからの提案を受けた事に何かしらの理由があると察した。しかし冒険には戦闘が付き物であり、パティとの戦いで武器を壊してしまった今のレティシアは戦う事が出来ない。だからこそ、自分へ頼みに来たのだとライザは理解した。

 

「うん、分かった。でもカタナは作った事も無いし、素材も簡単には手に入らなそう。ちょっと時間が掛かるかも」

 

「何が必要?」

 

「えーっと……こんな感じかな?」

 

「ん。分かった」

 

 ライザから武器を作るのに必要な素材をメモで提示されたレティシアは、それを受け取ってアトリエを後にする。行動の早い彼女にクラウディアがどうしようか迷う中、ライザは先程察したレティシアの目的に確信を抱いて頷いた。

 

「やっぱり、パティの事が心配なんだね……素直になれないと言うか、顔に出ないというか。でもやっぱり、お姉ちゃんなんだ。ちょっと安心したかも。ね、フィー?」

 

「フィー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザがレティシアに武器を作ると約束してから数日。未だにレティシアは素材を持ってアトリエへ戻って来ず、ライザは王都内で彼女を見掛ける事も殆ど無くなっていた。

 

 水底に沈んだ都の遺跡を探索し終えて、新たな仲間と共に次なる遺跡の情報を手に入れたライザ達は王都の南側へ向かい始める。職人区には南門が存在しており、そこから出るつもりだった彼女達……しかしそこには門番と思われる男性と、姉と再会した事で遺跡の探索から外れたパティが話をする姿があった。

 

「ですから、この先に行きたいんです!」

 

「そうは言われましても……この先には魔物も居ます。パトリツィアお嬢様1人では到底通す訳にはいきません」

 

 何やら言い争いをする2人だが、やがて諦めた様に門から離れたパティがライザ達の姿に気付いて顔を上げる。まずはライザ達が王都の南に遺跡があるかもしれないと行きたい理由を説明して、次にパティが南側へ行きたがっていた理由について質問する。

 

「実はここ数日、お姉様と会えてないんです」

 

「え、パティもなの!?」

 

「はい。それで最後のお姉様の匂いを辿ったら、あの扉の先だと分かったのですが……通してもらえませんでした」

 

「匂いって……なんだ?」

 

「多分、触れちゃいけない事だと思うよ。うん、絶対に」

 

 パティの言葉に前回の遺跡から仲間になった男性トレジャーハンターのクリフォード・ディズウェルが怪訝そうに傍に居たタオへ質問。しかし彼は余り触れない方が良い事を分かっていた為、自身にも言い聞かせる様に答えにならない答えを返した。

 

 兎にも角にもパティが南側へ行きたい理由を知ったライザ達は、共に行く事を提案する。もし行ける様になった際、1人で魔物の居る場所へ行かせるのは心配だったからである。再びパティがライザ達一行に合流したところで、今度はライザが門番へ話し掛ける。……結果、そもそもずっと開かれていなかった扉が錆び付いて開けられないという事実を知る事になった。最初からパティ1人で出る事は不可能だったのだ。

 

「レティシアはどうやって向こう側へ行ったんだろう?」

 

「お姉様は鋼糸を使って身軽に動いてましたから、飛び越えた可能性もあります」

 

「あはは、ありえなくは無いかも。でもこの先にあるのって確か……」

 

「廃坑ですね。昔は色々な鉱石や宝石が取れていたそうですが」

 

「廃坑……?」

 

 ライザの疑問から始まり、パティとタオの会話を聞いたクラウディアは何となくその理由に察しがついてライザへ視線を向ける。ライザもまた、会話を聞いてレティシアが王都の南側へ行った理由に気付いていた。刀を作る為に必要な素材には、当然ながら鉱石などが含まれている。レティシアはそれを取りに行ったのだろう。

 

「取り敢えず、サビはあたしが何とかしてみるよ」

 

 扉を開閉できる様にする為にも、まずは錬金術で錆をどうにか出来る道具を作る事にしたライザ。彼女のアトリエへ一度一行が戻り始める中、今の今まで話だけを聞いていたクリフォードは自身の顎に手を添えて考え込んでいた。

 

「レティシア……その名前、何かどっかで聞いた事ある様な……」

 

 

 

 

 

「そう、やっぱり彼女はこの先に居るのね」

 

 そして僅かに離れた場所で、1人の女性が開かない門を遠くから眺めていた。




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第6話

 エルネスタ廃坑。王都の南方にある嘗て採掘が盛んだったそこは今、魔物達が蔓延る人の居ない危険な場所に変わり果てていた。

 

 職人区の錆び付いた門を開き、無事に王都南方へ向かう事が出来たライザ達は合流したパティともう1人、何かを遺跡と廃坑で探す様子を見せる新たな仲間を連れて遺跡へ向かう為に廃坑の中を歩き続ける。嘗ての名残か壁に吊るされたランタンが未だに光っており、魔石の力に寄るものの様で、何年も輝き続けていた事が伺える。

 

「……!」

 

「ちょ、パティ!?」

 

 ランタンのある場所は比較的歩き易いが、無い場所に関しては足元が悪い事もあって非常に危険である。そんな中で何かに気付いた様子で走り出したパティにタオが慌てて追い掛け、ライザ達は驚きながら2人の後を追った。……すると、微かに開けた場所へ出たライザ達の上空を何かが通過する。

 

「お姉様!」

 

「?」

 

 高台に位置する場所へ降り立ったのは、レティシアだった。パティの声に気付いて着地した場所から見下ろす様に顔を見せたレティシアの姿に嬉しそうな声を上げるパティ。同じくレティシアの無事を確認出来た事でライザ達が一様に安堵する中、レティシアはライザ達の中に何時の間にか増えていた仲間達。クリフォードともう1人の人物を見て僅かに目を大きく開いた。

 

「やっと、見つけたわ」

 

「なるほど、道理で聞き覚えのある名前だった訳だ」

 

「? 2人とも、どういう事?」

 

 レティシアの姿を見て呟いた2人の言葉にライザが首を傾げる中、高台から飛び降りたレティシアは一行の前へ着地する。途端にパティが自分よりも小さなレティシアの身体を覆う様に抱き締めてしまった。恐らくしばらくの間、共に過ごせなかった事が原因の反動なのだろう。簡単には離れそうに無かった。

 

「いやな、俺も彼方此方宝を探して旅をしている訳だ。そうなると、色々な出会いをするもんでな」

 

「もしかして、レティシアと旅先で出会った事があるの!?」

 

「まぁ、そういう事だ」

 

「久しぶり」

 

「あぁ、元気そうで何よりだ。……上手く使い熟してるみたいだな」

 

「ん。便利」

 

 トレジャーハンターとして生きるクリフォードはその職業柄、宝を探して世界を飛び回る様に移動している。そして同じく旅をしていたレティシアとは、偶然にも出会った事があった。そして彼の言葉に天井へ伸ばした鋼糸を巧みに手元へ戻しながら、クリフォードへ見せつける様にして頷いた。……ライザはそれを見て嘗て島では見なかった鋼糸を使うレティシアに察する。冒険具の扱いに慣れているであろうクリフォードとの出会いに、彼女の使う鋼糸は関係があるのだと。

 

「随分と帰って来なかったから、心配したわ。夢中になり過ぎるのは危険よ」

 

「ごめん」

 

「えぇ。でも、無事で良かったわ」

 

「セリさんもなんだ……」

 

「あれ? でも、帰って来なかったって……?」

 

「そのままの意味よ。彼女と私は同じ宿、同じ部屋を借りているの。王都へ来たのも私を見送る為、だったわね」

 

「ん。でもコールが無くて、帰れなかった」

 

 続いてつい先程共に行動する様になった人物、セリとレティシアの接点を知る事になったライザ達。セリの探していたものの1つがレティシアの存在だと分かると同時に、彼女との接点やレティシアが王都に居る理由を今初めて知る事になった。

 

「つまりレティシアが顔を隠しながらも王都に居たのは、セリさんが居たからなんだね」

 

「そういう事になるわね」

 

「再会できたのは嬉しかったけど、何か喜んじゃいけない感じの理由だね……」

 

 まさかお金が無くて帰れなかったとは思わなかったクラウディアは何とも言えない表情を浮かべる。すると、パティに抱きしめられたままライザの元へ近づいたレティシアが何処からともなく袋を取り出した。中には沢山の鉱石や原石、他にも魔物の素材などが入っている。……ここに籠って集め続けた物だろう。

 

「まだある」

 

 かなりの量があるにも関わらず、そう言って明後日の方向へレティシアが視線を向ける。彼女の視線に釣られて全員が其方を見れば、器用に頭の上で袋を跳ねさせながら自身も跳ねて近づいて来る青ぷにの姿があった。嘗て出会った事のある人物が集まっている事もあり、その存在を見ても誰1人として驚く事は無い。やがて青ぷにがレティシアの足元に到着すると、彼女は袋を受け取って再びライザの前に置いた。

 

「足りる?」

 

「えっと、十分と言うか……十分過ぎると言うか……」

 

「なら良い。余りはあげる」

 

「えぇ!?」

 

 まさかの言葉に驚きを示したライザを置いて、「アトリエに運ぶ」と言って今までライザ達が通って来た道を戻り始めたレティシア。

 

「お姉様を守る為にも、ここで失礼させていただきますね」

 

 必要かは分からないが、少なくとも武器の無いレティシアを心配してかそう言ってパティも一行から外れる事となった。

 

 取り敢えずレティシアの無事を確認出来たライザ達はその事に安堵する。セリはもう1つの探し物をする為にそのまま同行する事になり、ライザ達は再び遺跡を目指して廃坑を進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。無事に遺跡の探索を終えたライザは新たなる情報が手に入るまでの間、レティシアとした約束の刀を作る為に錬金釜の前で思考を巡らせていた。

 

「……よし!」

 

 完成形を想像して気合を入れたライザが錬金を開始する。それから長い時間を掛けて作成を続ける中、遂に完成したそれを手にすると同時にアトリエへ来客を知らせるノックの音が響いた。

 

「はい、どうぞ~!」

 

「失礼する」

 

「ヴォ、ヴォルカーさん!?」

 

 やって来たのはパティの父親であるヴォルカー・アーベルハイム。今現在ライザがアトリエとして王都で借りている部屋の大家でもあり、当然ながらレティシアの父親でもある。彼は嘗て部屋の家賃を免除する代わりにと注文した品をまた作って欲しいとライザへ頼みに来た様で、ライザはそれを快く承諾。……すると彼女の持っていた武器、刀を見てヴォルカーは目を見開いた。

 

「! ライザさん、それを何処で?」

 

「え? あ、えっと……と、友達からお願いされて作ったもの、です」

 

「……」

 

 普段から威圧感を何処となく漂わせるヴォルカーの様子が更に険しくなった事で、ライザは焦りながら答える。正直にレティシアの事を話すのは彼女本人の為にもまだ良くないと思っての配慮だった。ジッと刀を見つめ続けた彼はやがて「いや、済まなかった」と謝罪をしてからもう1度依頼について触れた後にアトリエを後にする。

 

「ふぅ……怖かったぁ。そういえば、パティの剣はヴォルカーさんからって話だったけど、レティシアは違うのかな?」

 

 何気なく感じた疑問を抱きながら、ライザは改めて完成した刀を何時でも渡せる様に包んで置いておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。ライザのアトリエへパティと共に足を運んだレティシアは、お願いしていた新しい刀を受け取る。錬金術の代金についてレティシアが触れようとすれば、余りに余った素材をタダで貰えるから要らないとライザは答える。……そして手に不思議と馴染む刀の真っ白な鞘から僅かに刀身を抜いた。青白く光る刃は嘗て使っていた物より数段鋭さが伺え、品質で言えば間違い無くアンペルの作った物以上だろう。それは間違い無く、ライザの錬金術に関する腕が途轍もなく上がっている事を示していた。

 

「ん。ありがとう」

 

「いえいえ。……それで、これからレティシアは一緒に冒険に行ってくれるの?」

 

「そのつもり。でも、すぐは無理。勘を取り戻す」

 

「暫く触れていなかった分、少し衰えてしまっているかも知れませんからね」

 

「そっか。あ、パティはどうするの?」

 

「私ですか? お姉様が行くなら、勿論ついて行きますけど?」

 

 『何を当たり前の事を聞いてるんですか?』とでも言いたげなパティの言葉にライザは苦笑いを浮かべながらも、新たな冒険の仲間に内心で心を躍らせる。

 

 その後、ライザのアトリエを出たレティシアは刀の試し切りも兼ねて王都の外へ出る事にした。当然、パティも一緒である。

 

「あら、何処へ行くのかしら?」

 

「武器、試す」

 

「そう。ついて行っても?」

 

「ん」

 

「……」

 

 道中でセリとも出会って共に行動する事になり、パティが微かに警戒の色を見せる中。王都の外で青ぷにとも合流したレティシアが向かったのは、数日前にライザ達が冒険をした遺跡……古代マナ工房。その最奥の部屋には大きな騎士の魔物が居るとライザ達から聞いていたレティシアは、それを試しの相手にしようとしていた。

 

 道中の魔物は軽々と刀を抜く事も無く退ける事が出来、遂には逃げだしてしまう始末。やがて何事も無く辿り着いたそこに立っていたのは、周囲を徘徊する騎士の倍以上はある大きさの騎士、グレートガーティアンだった。

 

「1人で」

 

「なら、危なくなったら加勢するわ」

 

「頑張ってください、お姉様!」

 

 騎士は3人の姿に気付いて構えており、レティシアはそれに1人で近づき始めた。外されたフードの中に入っていた青ぷにも邪魔にならない様にと離れる中、ゆっくりと姿勢を僅かに低くしてレティシアが構えれば、騎士がレティシア目掛けて走り出す。やがて大きく振り上げられた剣が振り下ろされた時、レティシアはそれを微かに横へ身体を流す様にして躱すと共に鞘から刃を抜き放った。

 

「……」

 

『……』

 

 行動だけを見れば、振り下ろされた刃を避けたレティシアが騎士の前で回転しただけ。しかし静寂の後に騎士の剣がその刀身の半分から折れて床に落ちれば、兜が。胴体が。足や手の鎧が複数に切られて床へと落ちる。中身の無い鎧はそのまま地面に伏し、レティシアは改めて鞘から刃を僅かに抜いた。

 

「……切れ過ぎ」

 

 ライザの作った刀の切れ味は、レティシアの想像を遥かに上回っていた。




第6話のアイテム紹介

【真・同田貫】作・ライザ
※レティシアの4段階目の武器。

ライザの錬金術に関する腕が格段に上がった事で作る事が可能になった刀。
折れず、曲がらず、鋭い切れ味を持つが故に扱いには細心の注意が必要。下手をすれば持ち主も怪我をする。
頭の中でレティシアが振るう刀をライザが想像した上で作成した為、元のモデルは特に無い。だから名前も特になく、レティシアが命名する事となった。名前の理由は「何となく」。

材料
『クリミネア』・『ゴルディナイト』・鉱石・燃料

特性『危険な切れ味』
攻撃力、クリティカル率が上昇する。



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第7話

最新話まで公開します。何とか執筆のモチベが上がって欲しい今日この頃。


 ライザの遺跡探索に新たな仲間として3人の面子が加わった。島を出て武者修行の旅をしていた幼馴染、レント。オーレン族の何か植物を求める謎多き女性、セリ。嘗て島へ訪れたクラウディアの護衛として契約した旅人、レティシア。最初は少なかった探索仲間も気付けば7人となり、とても賑やかなものとなる。

 

 遺跡を探索する為の準備や、新たな遺跡を見つける為の手掛かりは思わぬ形で手に入るもの。故に次なる遺跡の手掛かりをタオや他の者が探す間、ライザは王都のカフェにある掲示板で依頼を確認をしていた。数々の悩みがそこに集まり、彼女はそれを解決する事で生活費を稼いでいるのだ。彼女の他にも冒険者が依頼を受ける場所であり、レントやレティシアもそこの依頼を普段は熟している。

 

「あ、セリさん。こんにちは」

 

「ライザ……貴女も依頼を探しに来たのかしら?」

 

「はい。って、『貴女も』って事はセリさんも?」

 

「えぇ。と言っても、私が熟す訳では無いのだけれど」

 

 掲示板を眺めていたライザは傍へ近づいて来たセリの姿に気付いて挨拶をする。そして彼女の言葉を聞いて首を傾げれば、セリは特に隠す理由も無かった事で説明を始めた。彼女は言わば仲介であり、彼女が受諾した依頼を熟すのはレティシアである。時折カフェへ本人が訪れる事はあるが、基本的には顔を隠しているため怪しさ満点。そこで彼女が間に入ってスムーズにやり取りをしているのだ。……実は見た目や何度か熟した実績から、既にレティシアはそこまで怪しまれていないのだが、本人はそれを知らない。

 

「これが良さそうね」

 

「魔物退治。それも、ちょっと危なそうな……」

 

「大丈夫よ。彼女の腕は貴女も知っているでしょう?」

 

「そう、ですけど……やっぱりちょっと心配というか……」

 

 ライザの言葉にセリはほんの僅かに笑みを浮かべながら、それを受諾する為に手続きをする。そして一言告げてカフェを後にしたセリの姿を見送ったライザは、適当に熟せそうな納品の依頼を見つけて受諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りですわね」

 

「……」

 

 セリを経由して受諾した依頼を熟す為に、エルネスタ廃坑へ訪れていたレティシアとパティ。まるで先導する様に歩く妹の姿を前に、顔を晒したレティシアは標的を探す為に動かしていた足を止める。

 

「ついて来る必要、ない」

 

「私にも手伝わせてください。ふふ、姉妹揃っての共同作業ですわ」

 

「……」

 

「それに、私はお姉様と一緒なら何処だって楽しいですから」

 

「っ!」

 

 嘗て言われた事のある言葉に少し反応しながらも、帰るつもりは無いと分かったレティシアはそれ以上言う事はしない。……やがて彼女達は依頼の討伐対象であるミニゴーレム種のラスティオニキスと遭遇する。自分達に気付いた魔物側も戦う気満々の様で、パティと顔を見合わせたレティシアは互いに頷いて武器を構えた。

 

「語らずとも通じ合える私たちの阿吽の呼吸。見せつけてあげますわ!」

 

「……」

 

 闘志を燃やして武器を敵に向けて構えたパティの姿に、レティシアは僅かに目を細めてジトっとした目を彼女へ向ける。だが言葉は分からずとも挑発と受け取ったのか、魔物はパティに向けて攻撃を繰り出した。しかし素早く回避した彼女は武器で一閃。鉱石で出来たそれを切り裂く事は難しく、幸いにして刃は欠けなかったもののダメージも小さかった。だがそれでもパティは良かった。

 

「斬る……っ!」

 

 攻撃が当たった事で魔物の身体は微かに体勢を崩し、その瞬間にレティシアは鞘に納めた刃の柄へ手を置いて一気に駆け出す。そして通りすがりに一瞬閃く銀の輝きが、魔物の身体を鉱石であろうと関係なく両断した。刃を出した素振りも見せずに呼吸を一息すれば、横から聞こえて来るのはパティの賛辞。

 

「流石ですわ、お姉様!」

 

「パティの、お蔭」

 

 相手に隙が無ければ一撃での討伐は難しく、それを成し得る為にはパティのアシストが必要不可欠であったとレティシアは分かっていた。故にお礼を告げれば、嬉しそうにパティは笑みを浮かべる。

 

 その後、討伐した証となるものを手に王都へ戻る事になった2人。そこでパティは徐に提案する。

 

「お姉様、昔の様に手を繋いでも良いですか?」

 

「? ……ん」

 

「ぁ……ふふ。懐かしいですね」

 

 パティの記憶に蘇る、幼い頃の記憶。それは小さな自分の手を引いて王都を歩く小さな背中。当時のパティにとっては大きな背中であり、大好きな背中でもあった。ある日を境にその背中を見れなくなったパティにとって、再び見れる様になったその変わらない背中は心から安心感と幸福感を感じられるもの。あの頃と違うのは、自分が成長してレティシアが殆ど成長していないという事だけ。今ではどちらの背中が大きいのか……パティはきっと、問われれば迷いなくレティシアだと答えるだろう。

 

 王都へ帰還したレティシアはフードを目深に被って、パティと共に街の中を歩く。手に入れた討伐の証拠は夜にセリへ渡して彼女に達成の報告と報酬を受け取って貰う為、即座にカフェへ向かう事はしない。パティがセリの代わりに報告をしようとした事もあったが、彼女の立場がそれを妨害する。彼女は王都に住む貴族の娘、なのだ。

 

「お姉様、この後はどうなさいますか?」

 

「予定は、無い。適当に過ごす」

 

「なら、夕方までは一緒に居ても良いですよね?」

 

「……ん」

 

 パティの言葉に頷いて、露店を回りながら適当に時間を潰す事にしたレティシアは昔に戻った様に2人の時間を楽しむ。念の為、レティシアである事が気付かれない様にパティのお姉様呼びは小さくレティシアにだけ聞こえる様に配慮して。……だが彼女は貴族の娘であるという事実を少々甘く見てしまったのかもしれない。

 

 そもそも、パティがアーベルハイム家の娘である事は王都に住む住人達にとって常識である。そんな彼女がフードを目深に被った背は小さいものの不審者の様な人物と共に行動していれば、目立ってしまう。何度か過ごしている間はまだ告げられずに済んだものの、遂に彼女の生活の一部が父親であるヴォルカーの耳へ届いてしまう。……怪しい人物と娘が共に明るい内は毎日の様に行動を共にしている。それを聞いて心配にならない親は居ない。

 

「パティ、話がある」

 

「お父様……?」

 

 レティシアと共に楽しい時間を過ごしたパティが夕時を迎えて自宅へ帰った時、普段から威圧感のある父親の更に圧を感じる声音にパティは思わず内心で身構える。

 

「最近、どうやら怪しげな者と一緒に行動している様だな」

 

「……」

 

 それが誰の事を指しているのか、パティに分からない筈がない。一体その人物は何処の誰で何者なのか、語る様に向けられた父親の視線を前にパティは必死に言葉を選んだ。レティシアが今でも王都で姿を隠しているのは、自分の素性を隠したいから。そして何より、父親であるヴォルカーに見つかりたくないからである。死んだ筈の娘が生きているとなれば、彼にとって衝撃なのは間違い無い。だがその後どんな行動を取るのか……少なくとも自由な旅へ再び出る事は適わなくなってしまうだろう。

 

「貴族とし……親として。お前が素性の知れない不審者と行動しているのを許す訳にはいかない」

 

「分かって、います」

 

 ヴォルカーは最後まで言い掛けた言葉を無理矢理中断させて言い直す。その言葉がレティシアの消えた原因であると思っていたからだ。しかし親として彼の思いは正しく、パティは必死に言葉を探し続ける。

 

 

 

 その頃、レティシアは宿で帰還したセリに依頼の報酬を受け取って一安心する。アーベルハイム邸に重苦しい空気が支配する事など、何も知らずに。




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第8話

 ライザが王都の職人区へ足を運んだ時、そこでクリフォードと話をするレティシアの姿を目撃する。珍しい組み合わせと思いながら挨拶も兼ねて話し掛ければ、2人はライザに気付いて挨拶を返した。フィーも元気よく挨拶をすれば、レティシアとクリフォードの周りを一周する。

 

「そう言えば、2人は知り合いだったんだよね?」

 

「あぁ。と言っても、1度遭遇しただけだけどな」

 

「ん。偶然」

 

「ちょっと興味があるかも」

 

 クリフォードがレティシアを見た際の反応から知り合いである事は知っていたライザだが、どの様な経緯で知り合ったのかは知らなかった。そこで質問すれば、クリフォードは思い出す様に顎へ手を添えて語り始める。……それはトレジャーハンターとして旅する中で、お宝を求めてとあるダンジョンへ潜った頃のお話。

 

「洞窟で会った。それだけ」

 

「ガクッ。いや、まぁそうなんだけどな。他にも色々あったろ? 例えばその冒険具の使い方とかよ」

 

「ん。便利」

 

 語ろうとするクリフォードを余所に簡潔過ぎる説明をしたレティシア。それに思わず肩を落としながらもクリフォードが説明するのは、冒険具についてだった。

 

 レティシアが身軽に移動する上で使用している鋼糸は冒険具の一種であり、初めてライザ達と出会った数年前は所持していなかった道具である。それはとあるお宝の眠る場所でレティシアが見つけた道具であり、そこで彼女はお宝を求めて訪れたクリフォードと出会ったのだ。先にお宝を見つけられてしまったのなら、奪う様な無粋な真似は決してしない彼だが、今一扱い方が分かっていなかったレティシアを見兼ねて使い方を伝授する事にした経緯がそこにはあった。

 

「ありがとう」

 

「言ったろ? せっかく暗い洞窟の中から見つけ出されて、陽の目を見れる様になったんだ。使い熟された方が、そいつも喜ぶさ」

 

 正しく男前と言える彼の台詞にレティシアは頷いて、身体の一部の様にそれを一瞬振るって見せる。旅人とトレジャーハンター。職種は違えど似た様な危険へ挑み続ける2人だからこそ分かる何かがあるのだろう。昔から冒険に憧れを抱いているライザは少し2人が羨ましく思う。

 

「売らなくて、良かった」

 

「売る気だったのかよ!?」

 

「お金、無かった」

 

「……」

 

 初めて出会った頃も真面な食事をしていなかったレティシア。それを思い出したライザは、つい先程抱いた羨ましいと思う感情をそれ以上に持つ事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 王都でルベルト商会の行商を仕切る程に立場を大きくしたクラウディアは、冒険に出ている時間以外も大忙しだった。しかし彼女も時に休憩を挟まなければ倒れてしまう。何とか取引を一段落させたクラウディアは、自分が普段休んでいる家へ戻る前に王都の中を歩き回る。……その様子は何かを探している様にも見えた。

 

「あ、ライザ!」

 

「クラウディア! もしかして、休憩中?」

 

「ううん。今日の取引はもう終わったの。ねぇライザ、レティシアが何処に居るか知らないかな?」

 

「う~ん、この前はクリフォードさんと職人区に居たけど……今は何処か分からないや。パティなら分かると思うけど」

 

「そっか。もう少し探してみるね!」

 

「何か急用? 一緒に探そっか?」

 

「本当!? 助かるよ! ありがとう、ライザ!」

 

 ライザの協力を借りてレティシアを探し回るクラウディア。王都はとても広いが、レティシアの格好は非常に目立つ。故に探すのはそこまで大変ではなく、ものの数分でライザはレティシアを発見した。クラウディアが探している事を伝えれば、特に何の用事も無かった事でレティシアはライザと共に彼女の元へ。クラウディアはライザに連れられて現れたレティシアに気が付くと、その名を呼びながら駆け寄り始めた。

 

「用事?」

 

「うん。あのね、今日はこの後時間が開いてるの。でも流石に休まないと明日も大変そうで……もし良かったら、一緒に寝てくれないかなって思って」

 

「い、一緒に寝るって……」

 

「あはは、変な事を言ってるのは分かってるんだけどね。クーケン島で一緒に過ごしていた時、レティシアと一緒に寝ると凄く良く眠れて疲れも無くなったの。だから、ね?」

 

 クラウディアのレティシアを探していた動機を知って少々引き気味だったライザだが、真剣に告げる様子を見て嘘では無い事を悟る。果たしてレティシアに安眠や疲れを取れる何かがあるのか、それは本人も分からない事だろう。しかしクラウディア自身がそれを感じているのなら、それ以上何も言う事は無かった。自身もフィーを抱いて眠る時は安眠しているため、尚更である。

 

「泊まっても良いし、夜は宿へ戻っても良いから……どうかな?」

 

「分かった」

 

 普段から忙しいクラウディアの願いを聞いて、レティシアは特に悩みもせずに受け入れる。その後、協力してくれたライザへお礼を告げたクラウディアはレティシアと共に自分の過ごす寝床へ向かう。そしてその日、ベッドでクラウディアの抱き枕とされたレティシア。クラウディアが起きた時でも抱きしめられたままだった彼女は、そのままクラウディアと共に翌日の朝まで過ごす事となった。その結果、翌日のクラウディアはコンディションが最高となり、難しい商談も完璧に纏められたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある植物を探してライザの冒険や1人で王都の外へ出向く事が多いセリは、その日根を詰めては不味いと休息を取る事にした。彼女は嘗て、目的の為なら自身の身体など顧みずに行動する事が多かった。しかしそれを自分と同じ様に自身を顧みずに行動するレティシアを見た事で改める。人の振り見て我が振り直せ、反面教師。言い方は色々あれど、自分がどれ程危ない橋を渡り続けていたのかを知る切っ掛けとなったのだ。

 

「という事で、貴女も今日は休みなさい」

 

「……」

 

 同じ宿の同じ部屋。そこで告げるセリへレティシアがジトっとした目を向ける。自身の行動を制限される事は嬉しい事とは言えない。だが彼女の考えを伝えられ、依頼や冒険へ毎日の様に出ていたレティシアは言われた通りにする。クリフォードと話していた際も、クラウディアに捕まった際もその前に依頼を熟していたのだ。

 

「最近はパティも余り来なくなったから、問題は無い筈よ」

 

「ん」

 

 ある日を境にパッタリと自分の元へ来なくなってしまったパティ。冒険の際には一緒になっており、本人から『家の事で少々問題が発生したので対処しています』と告げられたレティシアは家出をした身としてそれ以上首を突っ込む事はしなかった。故に誰かが外へ連れ出しに来なければ、レティシアが宿を出る理由は無い。依頼を受けるセリがそれをしないとなれば、1日宿の中で籠るのも選択肢として有りだった。

 

「コールは貯まったかしら」

 

「少し。でも、まだ厳しい」

 

 依頼を熟してお金(コール)を稼ぐ。それは冒険者の常識であり、だが王都で過ごすが故に出費も少なくは無かった。依頼を受ける仲介役としてセリに報酬の一部を渡すと共に、折半で今では宿の支払いを行っているレティシア。しかし王都の宿は1日でかなりの額を請求される。時折稼いだ額より高いため、赤字の時もあった。今日は何もしないとなれば、失うのみで額は大きい。……が、恐らく一度決めたセリは曲げないだろう。

 

「念の為聞いておくけれど、どの程度貯まったら王都を出るつもりなのかしら?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「…………決めてないのね」

 

 セリの質問に全く答えないレティシア。その様子を見て察したセリは、休むついでに今後について明確に考える事を提案する。果たしていくら貯まったら王都を出るのか。何処へ向かうのか。その辺をはっきりしないまま、今の生活を続けるのは余り良いとは思えなかったのだ。今は一緒のパティとも、再び離れ離れになる時が来る。その心構えも必要である。

 

「私は今までもこれからも、あの世界を浄化する植物を探し続けるわ。宛の無い旅にはなるけれど、それは貴女も同じでしょう?」

 

「ん。宛は無い」

 

「なら、何処まで一緒に行くのかも考えるべきね。ここで別れるのか、これからも一緒に旅をするのか」

 

 王都へ来る前までは一緒に旅をしていた2人だが、お互いに別々の方角へ旅立つタイミングに今は絶好と言えた。決して互いに離れ離れになりたい訳では無い。旅は道連れという言葉がある様に、一緒の方が心強くはあるだろう。……だがセリは最近のレティシアを見て少々気になっていた。妹と和解して一緒に居る事が多くなった彼女が、本当にまた旅立つのか? と。

 

 レティシアは王都を出てから向かいたい先を適当に上げ始める。無表情で淡々としたその様子に旅立つ事の抵抗は微塵も見えない。果たして(パティ)と本当に別れるのか、そもそもあの妹が簡単に姉が旅立つ事を許すのか。それはセリにも分からないが、今はレティシアと共にライザ達との冒険が終わったその後について考えるのだった。




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第9話

「どりゃ!」

 

「? レントの声?」

 

 昨夜、錬金術に没頭していたライザは寝起きと共に気分転換も兼ねて、フィーと王都の外へ繰り出していた。天気は快晴。心地良い風を感じながらも歩みを続けていたライザは、ふと遠くから聞こえたレントの声に気付いて不思議に思う。普段はカフェなどで見かけるレントだが、彼も外に出ていたのだろう。そう思ってフィーと共に近づいた時、彼の姿が見える様になった位置に立つと同時に強風がライザ達を襲う。

 

「うわぁ! っとと。何!?」

 

「フィー!?」

 

 余りの風に前を見る事が出来ずによろめいてしまったライザと、彼女の身体にしがみ付いて飛ばされない様に必死で耐えたフィーが同時に前を見る。そこに居たのは大剣を構えて走るレントの姿。そして彼の向かう先には、刃を鞘に納めて姿勢を低くしながら待ち構えるレティシアの姿があった。

 

 ライザが声を掛ける間もなく、レントは大きく空へと飛びあがりながらレティシアに容赦無く重い一撃を放つ。しかしそれを最低限の回避のみで躱したレティシアが、下から上へ抜き放つ様に刃を振るう。レントは避けられたと同時にそれを予想したのか、大剣の平たい刀身を盾にして防いだ。が、一撃の強さは殺し切れずに大きく後ろへ下がる事となる。その際、彼が足を地に引きずりながら動いた事で強い風が周辺に吹き荒れる。

 

「ちぃ! まだだ!」

 

「ちょっとレント! レティシアも! 何やってんの!?」

 

「あぁ? って、ライザか」

 

「おはよう」

 

「あ、うん。おはよう。ってそうじゃなくて! 何で2人が戦ってるの!?」

 

 声を聞いてライザの声に気付いたレントとレティシアが普段通りの声音で返事をする。そんな姿に先程までの鬼気迫る様子は無く、ライザは困惑しながら質問した。鍛錬というには余りにも本気過ぎる攻撃の仕掛け方。喧嘩をしている様子は無く、彼女の疑問にレントは大剣を地面に刺して胡坐を掻く様に座りながら答える。

 

「いや、武者修行で結構デカい奴とか戦った事があるんだけどよ。俺って相手の攻撃を避けるより、受け止める方が多いんだよな」

 

「はぁ……?」

 

「で、強撃を受け止める練習がしたいって事で頼んだんだ。レティシアの一撃ってかなり重いからな」

 

「出来る限り……一撃で、仕留める」

 

「えっ! じゃあ本当に鍛錬だったの!?」

 

「あぁ。リラさんに頼むにしても、なんかかなり忙しそうだったからな。レティシアも1人で旅してたっていうし、大丈夫だろうと思ったんだけど……やっぱ強いな」

 

 それは正しく経験の差。年齢は余り離れていなくても、旅をした歴は遥かにレティシアの方が長いのだ。頭を掻きながら告げるレントの様子は少し悔しそうで、そんな彼の元へ近づきながら「そっちも」と返すレティシアの姿を見て、一先ず喧嘩では無かった事にライザは安心した。

 

「で? そっちは何か採取しに来たのか?」

 

「気分転換に外を歩いてただけよ。……ねぇ、2人の戦い。見てて良い?」

 

「別に良いけど、楽しくはないぜ?」

 

「戦士同士の戦いって、ちょっとワクワクしない?」

 

「フィー?」

 

 ライザの言葉に共感出来なかったフィーが首を傾げる中、その気持ちを理解出来たレントは納得しながら了承した。レティシアも特に嫌がる様子は無く、そのまま2人は再び戦いを再開する。時よりライザがヒヤッとする場面もあったが、レントは説明の通りにレティシアの鋭い一撃を受け止め続ける。そしてレティシアもまた、レントの攻撃を最低限の回避で避ける事で、回避能力を高める為の鍛錬をしている様にライザには見えた。

 

「私達の仲間は頼もしいね~。ね? フィー」

 

「フィー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別の日。学園区へ赴いたライザは、タオと話をするレティシアの姿を目撃する。少し珍しい組み合わせにも見え、ライザは2人の元へ話し掛けながら近づいた。

 

「あ、ライザ!」

 

「散歩?」

 

「まぁ、そんなところ。2人は何やってんの?」

 

「レティシアの旅路にあった遺跡について聞いてるんだ。今僕達は王都の周辺にある遺跡に限定して調べているけど、きっと世界には数え切れない程の遺跡がある筈だからね」

 

 遺跡調査が好きな彼からすれば、喉から手が出る程に欲しいまだ見ぬ遺跡の情報。レティシアの旅はクーケン島や王都の周辺以外にも様々な場所へ行っているため、確かに話を聞くにはうってつけの人物でもあった。同じ理由でセリやクリフォードにも話を聞く事があり、ライザは後者の人物とタオが話す姿を何度も目撃している。

 

「興味深い話は多いよ。ライザも聞いてみないかい?」

 

「私は……う~ん。錬金術に関する何かが分かるなら聞きたいけど、余り遺跡自体はね」

 

「そっかぁ。あ、ところで遺跡と言ったら僕達は色々な古式秘具に遺跡で出会ってるよね? 旅の中で遺跡に入った事もあるって言ってたけど、レティシアは拾ったりしたのかな?」

 

「……ん。拾った」

 

 タオの質問に少し思い出す様な仕草をしてから、頷いて肯定するレティシア。その話にはライザも興味があったため、話を聞く事にした。今現在遺跡探索で使用しているコンパスの様な物を始めとして、クーケン島にあるライザのアトリエには、小さな世界を作り出せる物なども存在する。錬金術で作られた、錬金術に役立つ品物。ライザは果たしてどの様な物をレティシアが見掛けたのか、その使い道は何なのか……気になって仕方が無かった。

 

「安かった」

 

「……売っちゃったんだ」

 

「ま、まぁ確かに古式秘具は錬金術を知らないと殆ど意味の無い物が多いからね」

 

「20コール。70コール」

 

「うぅ、安い。せめて売らずに持っててくれたら、私が買っても良いくらいなのに……」

 

 既に無い物を強請っても仕方が無い。故にライザは残念そうに肩を落とすしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば最近、レティシアはパティと一緒に居ないよね?」

 

 ライザのアトリエ。そこで膝にフィーを眠らせたまま、向かい合う様に座るクラウディアと話をしていたライザは思い出した様に話を切り出した。クラウディアが言われた言葉に「確かに」と思い出しながら同意する中、突然アトリエの扉がノックされる。その音でフィーが目を覚まし、ライザが入室を許可すれば……入って来たのは今始めようとした話の中心人物、パティであった。

 

「いらっしゃい、パティ」

 

「お邪魔します、ライザさん。クラウディアさんも一緒でしたか」

 

「こんにちは、パトリツィアさん」

 

「フィー?」

 

「あ。もしかしてフィーちゃん、眠ってましたか?」

 

「大丈夫大丈夫。あんまり明るい内に寝ちゃうと、夜眠れなくなっちゃうからね」

 

 眠そうに眼元を擦るフィーの姿に申し訳なさそうにしたパティへそう告げながら、空いていたソファへ座る様に促したライザ。お茶を用意しようとすれば、それを断って座ったパティが少々真剣な面持ちでライザへ視線を向けた。

 

「ライザさん。直球にお聞きします。お父様の記憶を消す様な道具、作れないでしょうか?」

 

「……はい?」

 

「何を、言ってるの?」

 

 パティの言葉に訳が分からず聞き返してしまうライザと、同じ様に理解出来なかったクラウディア。自分の父親の記憶を消そうとする等、正気の沙汰では無い。一体何が彼女にそんな事をさせたいと思わせてしまったのか。まずは冷静にさせた上で、2人は視線を合わせて頷き合いながら聞き出す事を決める。

 

「何の記憶を消すつもりなの?」

 

「お姉様の記憶です。ここ最近の事でも良いですが、それでは一時しのぎにしかならないと思いますので」

 

「えっと、それはどうして?」

 

「……お父様が最近、私の周辺を見張っている様なのです。恐らくここへやって来た事も、お父様は既にご存知の筈」

 

 徐々に聞き出していくパティの近況。全ての始まりは、パティがフードを被った姿を隠す不審な人物と頻繁に行動を共にしているところを貴族が目撃してしまった事から。貴族という立場を理由にはせずとも、娘が怪しい人物と共に行動しているとなれば親として放っておける訳が無い。その人物の詳細を問い質されるも、パティは答えられず、結果的に様々な手段で見張られる様になってしまったのだ。

 

「今下手にお姉様の元へ行けば、お姉様について知られてしまうかもしれません」

 

「パトリツィアさんは、お父さんにレティシアの事を知られたくないの? どうして?」

 

「お姉様が生きていて王都に居ると知れば、お父様は確実に接触します。そうなってしまえば最悪の場合、お姉様が旅立てない様にしてしまうかもしれません。例えそうはならなくても、お姉様はお父様を避けています。もし知られた事をお姉様が知れば、旅の路銀が足りなくても逃げる様に旅立ってしまう可能性があります」

 

「う~ん。確かに今も顔を隠してるのは、気付かれたくない証拠だよね。ありえるかも」

 

「こうなったら、お父様がお姉様を忘れる。もしくは私が接触する相手が問題無い人であると分かってもらう必要があります。ですが後者はお姉様の正体を明かす事になります。となれば、出来る事は前者しかありません」

 

「……全てを明かして、レティシアの旅立ちを許してもらう事は出来ないの?」

 

「それは…………難しいと思います」

 

 ライザとクラウディアは同時にパティの言葉を聞いて気付いた。それが決して不可能では無いという事を。だがパティ自身がそれを良しとしていない様子で、その理由がレティシアを心配しての事なのか、別の感情があるのか……それは定かではない。

 

「取り敢えず、もう少し考えてみようよ。ね? お父さんの記憶を消すなんて、そんな事はしちゃ駄目だよ」

 

「焦って答えを出そうとしても、良い答えは出ないと思う。私達も協力するから、まずは落ち着いて」

 

「そう、ですね……お姉様と会えないのは辛いですが、今は辛抱する時なのでしょう。……あぁ、お姉様。今何処で、何をしているのでしょうか……」

 

「……」

 

「……」

 

 ソファから立ち上がり、窓の外を眺めながら想いを馳せるパティの姿に2人は何とも言えない表情を浮かべながら、彼女の抱える問題を解決する為に考え始める。

 

 

 

「やっぱり。仲直りさせるのが一番確かで手っ取り早いよね?」

 

「うん。私達で何とかして、その方法を考えよう!」

 

 今この時、当事者であるパティやレティシアに覚られない様にしながら、アーベルハイム家の問題を解決する為の計画が始まろうとしていた。




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