SPEC~内務省国家保安局 未詳事件特殊事件対応課事件簿~ (やまかえる)
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プロローグ:"未詳"行き

新ソ連、モスクワ。

かつてはロシア連邦の首都として栄え、いまでもその栄華を色濃く残す街の中心部にある、内務省の本部ビルの地下。そこでは制服に身を包んだ軍の高官により、ある男の聴聞会が執り行われていた。テーブルに置かれたボイスレコーダーにより録音されているそれは、液晶に移る記録時間の表示では既に2時間が経過していた。通常、このような地下室では聴聞会は執り行われず、また高官数名のみが参加することもほぼない。それだけでも異例ではあったが、尋問を受けている男がスキンヘッドのひげ面の黒人であるというのも、ここ新ソ連ではかなりの異例であった。

 

高官たちの座る座席から対面で5mほど離れた位置にあるマジックミラーの窓のつけられたパーテーションの内側、中から外の様子を伺うことはできないが、質問を浴びせてくる高官の連中の嫌疑の視線と重い空気は十分に感じられた。そして先ほどの質問から少し間を開けた後、高官の一人がゆっくりと口を開いた。

 

「......これが最後のチャンスだ。」

 

高官はそう言うとこちらの反応を伺うように一呼吸置き、再び口を開いた。

 

「正直に答えるんだ。あの日あった事をな。」

 

 

────────────────────────────────────────────

モスクワ郊外の駅にほど近い倉庫群。普段は作業を行う作業者たちの声や機械の音などが響く区画だが、その日は違った。

けたたましい銃声と怒号が響き渡り、何人もの男たちが走る足音が物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

「クソックソックソッ!!!」

 

「政府の犬どもが!!死ね!!」

 

「急げ!!」

 

そう怒鳴りながら逃げる男達。彼らは国内外から集まっていた武装犯罪者グループだった。

第3次大戦後、政府の崩壊や崩壊液の流出は多くの難民を生み、そしてそれはスラム街を形成しそこから彼らのような犯罪者や、多くのテロリストを生んでいたのだ。

逃げ惑う彼らを追うようにして、レンジャーグリーンの制服に黒の装備で統一され、ガスマスクをつけヘルメットを被った重装備の兵士たちが倉庫の角から姿を現した。そんな彼らに向けて犯罪者たちは半ば乱射するように銃を発砲したため、その部隊──ワッペンやボディーアーマーにСОБР(SOBR)と書かれている──はシールドを持った隊員が盾となり被弾を防ぐと、後続に構えていた隊員たちがAK-12を牽制として一斉に発砲した。

 

Давай(行け)!!!」

 

銃撃が止んだタイミングで男がそう叫ぶと、隊員たちは一斉に前進を再開した。シールドを構えながら先頭の隊員たちは全力で走り、後続の隊員たちはそれをカバーするようにぴったりと着いていく。

しばらくして犯罪者グループが倉庫の一つの中に逃げ込むと、部隊はシールドを小脇に持ち替え歩調を速めた。

 

Давай(行け) давай(行け) давай(行け)!!!」

 

部隊は倉庫の入口手前で一度足を止め壁に張り付くと、シールドを持った隊員が中を伺っている間に先ほどの発砲で使用したマガジンを交換し始め、先ほど前進指示を出した男が口を開いた。

 

「慌てるな。」

 

男は慣れた手つきでマガジンを交換し、マガジンポーチに弾が半分ほど残ったマガジンを放り込みながら続けた。

 

「いいか、俺が威嚇射撃する。合図を出したら突入だ。」

 

「「「「「「了解」」」」」」

 

隊員が一斉に答える。そんな彼らの中には自立人形も混じっていた。

その中の一人が緊張からか、ゆっくりと壁にもたれながら脱力し始め、座り込む。彼はこの部隊の中で一番の新人であり、今回が初の実戦だった。

 

「ニコライ、復唱しろ。」

 

彼に発破をかけるように部隊長がそう声をかける。彼は大きく深呼吸をすると、ガスマスクの下に汗をにじませながらゆっくりと答え始めた。

 

「ボブ隊長の威嚇射撃後、合図で突入します......」

 

「よしニコライ。終わったら何が食いたい?奢ってやる。」

 

「モクドナルドの......ポテナゲ大が食いたいです......!!」

 

ニコライがそう答えるとチーム内の緊張が幾分か解け、頬が緩み始めた。張り詰めた緊張感を解くことができたようだ。

 

「じゃあとっととこの仕事を終わらせて、モクドに行くぞ!」

 

「「「「「「応ッ!!」」」」」」

 

隊員の返事に合わせ隊長が威嚇射撃を行い始め、シールドを先頭に内部に踏み込む。

階段を駆け上がり犯人たちが逃げ込んだと思われる物置部屋に踏み込むと、部隊は左右に散会し物陰に隠れた。

シールドを持った隊員が前衛を、後衛に一般隊員が付き、隊長の後続にはニコライが待機していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「私は手順に従い......突入しました。」

 

────────────────────────────────────────────

Давай(行け)!!!」

 

隊長の合図でシールドを先頭に前進を再開する。そして先ほどよりも前方にある遮蔽物にまで部下たちが移動したことを確認し、自分も移動するために後ろのニコライを振り返ると──そこには先ほどまでいたはずのニコライの姿はなく、音もなく忽然と消えていた。

────────────────────────────────────────────

 

「ところが、つい先ほどまでいたはずの部下の姿が消えていました。そして私が前進し始めた瞬間......急に目の前から飛び出してきたんです。」

 

────────────────────────────────────────────

 

目の前に男が急に飛び出してきたため、隊長はすかさず膝をつき射撃体勢に入る。が、飛び出してきたのが先ほどまで自分の後ろにいたはずの部下だと気づくと、銃口を下ろし驚いた表情で顔を上げた。

 

「ニコライ......?!」

 

飛び出してきた彼はなぜか先ほどまで着ていたはずのボディーアーマーやヘルメット、ガスマスクを全て脱いでいた。その表情は焦燥感にあふれており、玉のような汗を顔に浮かべながら体を震わせ、銃口をゆっくりとこちらに向け始めていた。

そして覚悟を決めたような顔をしたかと思うと、突如叫び出しトリガーを引き絞った。

 

「うああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「撃つな!!!!!!!!!!」

 

その瞬間銃声が室内に鳴り響き、ニコライの持っていたAK-12はフルオートで5.45x39mmを吐き出し始めた。

だがその弾丸は隊長に届くことはなく──ニコライがすべての弾丸を受け、うめき声をあげて仰向けに倒れたのだった。まるで、|空中で弾丸の軌道が逆転させられたかのように《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。

 

「ニコライ......?ニコライ!?」

 

目の前で自分に向けて発砲したはずの部下が倒れたのを見て、隊長はヘルメットとガスマスクを外し慌てて駆け寄っていく。近くにあったものには血しぶきが飛び、床には流れ出た血によって血だまりができていた。そして憔悴しきった顔でニコライを見ると、彼は10発もの弾丸をその身に受け既に虫の息だった。

────────────────────────────────────────────

「ふざけるのもいい加減にしろ!!」

 

高官の一人が激高する。

 

「部隊長である君ともあろうものが.....どうしてそんな見え透いた嘘を......。君の部下は今、命を落としかけているんだぞ!!」

 

そんな高官に対して、彼はゆっくりと答える。

 

「しかし......ニコライが、我々を......撃ってきたのです。」

 

「じゃあなんだ?ニコライは自分が撃った弾に自分で撃たれたとでも言うのか!!」

 

「......はい。」

 

彼がそう答えると、別の高官が吐き捨てた。

 

「馬鹿馬鹿しい。お前がニコライを撃った後、銃をすり変えたんだろう?」

 

「私は......事実だけを述べています。」

 

彼が変わらずそう答えると、高官達は黙りこくってしまった。

そして、その様子を後方からじっと眺めるサングラスをかけた男には誰一人、気がついていなかった。

 

 

 

 

 

聴聞会から2日後の内務省ビル。俺は勤続している緊急対応特殊課の上官の部屋に呼び出されていた。俺が部屋に入り、上官であるキリロフ少将のデスクの前で待機して1分ほどしてから、ようやく彼は口を開いた。

 

「聴聞会の結果、突入は適切だったとの判断が出た。」

 

彼は椅子から立ち上がるとデスクを回り込み、俺の目の前に移動してくる。そしてデスクに腰を下ろすと、口調を変えずに続けた。

 

「突然だが......君は本日付けで、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課に異動することになった。」

 

「未詳──?」

 

俺が驚きのあまり思わず呟く。対応が適切だったという判断なのになぜ異動を?まして降格や減給等の罰則ならまだしも、なぜ未詳などに──?だが、呟いた俺を遮るようにキリロフは話し始めた。

 

「国家保安局からの強い要請だ.....。」

 

「し、しかし、私はこの手で、ニコライが撃たれた原因を──」

 

俺が話し終える前にキリロフは俺の胸に手を置き、遮った。

 

「──無論、それは我々が引き続き調査する。」

 

そして彼はデスクから立ち上がり、こちらの目をまっすぐ見据えて淡々と告げた。

 

「私物を纏めたまえ。」

 

 

 

 

所変わってモスクワ市街。街並みにひっそりと隠れるように建っている一軒の日本料理屋。元々大手PMCで働いていた、62式と呼ばれる自立人形が経営しているその店の看板には【お食事処 大江戸飯店】と漢字で書かれている。モスクワで漢字で店名を書くとは、なかなか攻めた店のようだ。

古き良き日本の個人経営の定食屋のような、いい意味で少しさびれた風貌の店内には客はほとんどおらず、注文した料理を待っているのだろうか、美しい長い銀髪をポニーテールにまとめたスーツ姿の女性が目を閉じているにもかかわらず、何やらスマートフォンを操作しているだけだった。黒いスーツに赤のシャツ、白いネクタイをした彼女は一見するとマフィアのようにも見える。

 

「大日本帝国ゥ、味付きいなり寿司ィ」

 

「ハァイー」

 

「大日本帝国ゥ、もち米いなり寿司ィ」

 

「ハァイー」

 

そんなやたらと癖の強い日本訛りのロシア語が聞こえてきたかと思うと、左目に眼帯をつけセーラー服に身を包んだ自立人形がその女性の元に大皿に山盛りになったいなり寿司を運んできた。一方銀髪の女性はというと、餃子が運ばれる直前に各テーブルに置かれた小皿を1枚取ると同時におもむろに醤油瓶を手に取り、皿の中に注いでいた。

 

「はーいお待たせしましたぁ......。」

 

皿を運んできた人形の表情が怪訝なものになり、段々と声が尻すぼみになっていったことを全く意に介さず、銀髪の女性は慣れた手つきで箸を使っていなり寿司(味付き)を掴むと、醤油をたっぷりとつけてから口の中に放り込んだ。まだ目を閉じたまま。

 

「~~~~~......。」

 

よほど口に合う美味しさだったのだろう。声には出さなかったものの体を感嘆に震わせると、彼女は咀嚼しながら再びスマートフォンの画面に目を落とした。そしてネット記事を見ながら、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

 

「ドイツ民主共和国で環境保護活動家が崩壊液を採取しようとしたとか......ウケるわね。」

 

「何て言ったんだ?」

 

「さんざん崩壊液は危険だって言われてるのに、いつの世にも現実に目を向けることのできない馬鹿はいるのね。ましてこんな形で他人に迷惑までかけて......」

 

「アラータ、あいつ見といてね」

 

「アイ」

 

その様子を厨房にいるもう一人の人形──スペイン人風だ──と見ていた62式はそう言うと厨房を出て店内の奥側の客席に移動していった。その席のテーブルの上には組み上げている途中のジグゾーパズルが、そしてパズルの額の外側にははめ終えていないピースが散乱していた。要は客が来ない間の暇つぶしだ。

 

「さてこのピースは......」

 

62式が席に着きピースを手に取りハマりそうな場所を探し始めると、ふと視界の隅に先ほどいなり寿司を注文していた女性が机上をじっと眺めていることに気が付き、驚いて顔を上げる。彼女が店に入ってきたときから一度も目を開いたところを見なかったが、今の彼女は無表情ながらも目を開いて紫水晶(アメジスト)のような瞳でじっとピースを見まわしていた。そして僅か数秒後、彼女は目を閉じると呆気に取られている62式の方を向いて一言呟いた。

 

「1ピース足りないわよ。」

 

「......はぁ?!」

 

それだけ言うと、再び山盛りのいなり寿司をパクつき始めた彼女の背中を62式とアラータは訝しむ様な目で眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

場所は戻って再び内務省。

その地下にある部署ごとに分けられた部屋が立ち並ぶ廊下で、年若い男と、白髪の中年の二人の男が立ち話をしていた。二人とも組織犯罪・テロ対策部に所属するエージェントであり、広義的に見ればボブと同じ部署にいた同僚になる。そして彼らもまたキリロフ少将の部下であった。

 

「現場からのたたき上げで評価されてたボブさんが未詳行きなんて、こりゃ飛ばされたんじゃないっスか?」

 

「ううん......。あっおい!」

 

中年の方が視線を向けた先には渦中の人、ボブ中佐が私物を詰めた段ボールを抱えながら廊下を歩いてきているところだった。その様子を見て年若い男は慌てて壁際に退き、道を開けた。ボブの表情は険しかったものの、彼らにはその真意を読み取ることはできなかった。

 

 

ボブはそのままフロアの端にあるコンクリートが打ちっぱなしの設備室のような部屋に入っていった。部屋に入った彼の目に映ったのは、いつの時代から使われているのかもわからないような古いリフトエレベーター──下手をすると冷戦期だろうか──と、コンクリートの壁に貼られたA4の紙に手書きで書かれた↑未詳特殊事件対応課の文字だった。

矢印に従って視線を上に向けるとなるほど、コンクリートの天井の一角がリフトのサイズ分だけ開いており、中二階のような形でフロアがあるのが見えた。

 

「......。」

 

彼がリフトに乗り上を見上げながらリフトのコントローラのボタンを押すと、リフトは金属のきしむ音をたてながらゆっくりと上昇を始めた。そして次第に、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課と書かれた部署を示すプレート──これは手書きではないきちんとしたもののようだ──が見えてきた。どうやらこんな冗談みたいな場所は本当に次の配属先のオフィスのようだ。

 

リフトが7割ほど上がりきったところで視線を感じ、天井から視線を下ろしていくと、ジェリービーンズの入った大きな瓶を抱えた、スーツ姿の老人がこちらを不安そうな目で見つめてきていた。歳は60歳を超えているだろうか?穏やかそうな顔とは裏腹に、肩幅の広さからはかつては相当体格が良かったであろうことが伺える。だがやはりその顔は内務省よりも、郊外のダーチャで農作業でもしている方が似合うだろう。

そしてリフトが完全に上がり切り、ガシャンという音を立てて停止すると、老人は恐る恐るといった様子で尋ねた。

 

「......どちら様?」

 

ボブは答える前に軍隊式のきれいな敬礼をすると、老人もかなり崩してはいたものの敬礼で応える。そしてお互いが腕を下ろすと、ようやくボブは口を開いた。

 

「本日付けで、内務省緊急対応特殊課より転属を命じられました。ボブ・シンカー中佐であります。」

 

「おぉ、君が!」

 

ボブが名乗ると老人は合点がいったといった表情で頬を綻ばせた。そしてゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 

「内務省、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課大佐のアレクセイ・シモノフです。......あっ、グミ食べます?」

 

階級も年齢もボブよりも上だというのに、彼は丁寧な物腰で挨拶をしてきた。近年では珍しいタイプの人間だ。

 

「......結構です。」

 

しかしボブはグミの申し出を断った。慣れ合うつもりなど、毛頭なかったからだ。ボブにそうきっぱりと断られショックを受けたような顔を置浮かべたシモノフ大佐は、気まずそうな顔を浮かべた。

 

「えぇと......あぁそうだ、デスクはここを使ってもらえればいいから。」

 

彼はそう言うと、空いたデスクの一つを指しながら部屋の奥へと進んでいく。ボブがリフトの床に置いた段ボールを持ち直そうとする間にも、彼は穏やかな口調を崩さずに続けた。

 

「まぁご存じだとは思うけれど、うちの部署は例えば超能力で人を殺したなんていうような、科学では解明できないような......つまり警察も起訴のしようがないというか......立件のしようのない事件とか、そういうのを主に取り扱って──」

 

「要するに。」

 

シモノフ大佐がそう話している間に辺りを見渡していたボブは、とうとう口を挟んだ。

 

「頭がおかしいとしか思えないような相談とか、クレーマーからの苦情がたらいまわしにされて来て、それをのらりくらりとかわすだけでそれ以外には何もすることのないってことでしょう。」

 

「............ま、見方によっちゃそういうことだネ。」

 

ボブの言葉に対し、シモノフ大佐はへへっと愛想笑いで誤魔化した。図星のようだ。

 

「で、この部署は大佐だけですか。」

 

「あ、いやいや!もう一人、AK-12くんという自立人形のギャルが居てねぇ。これがなかなか──」

 

 

 

 

「ひどいわね、食い逃げなんて。」

 

「どう見たって怪しいから、内務省のエージェントだって言われても信用できないんだよ!!!!」

 

二人の自立人形がそう口論している様子を、シモノフ大佐はジト目で見ていた。食い逃げを疑われた方の人形は、銀髪を掴まれうんざりといった表情を浮かべている。掴んでいるのは先ほどの店の主、62式だ。ちなみにボブは自席に座って黙っている。

 

「たかが財布を忘れただけでしょう?」

 

銀髪の人形が目を閉じたまま、髪を掴んでいる手を振り払いそう反論した瞬間──

ガァン!!!!

と突然大きな音が鳴り響いた。しびれを切らしたボブが机の脚を蹴ったのだ。

 

「......おいくらになるんですか」

 

「7200飛んで2ルーブルです!」

 

「よく食べるんだよこの子......」

 

大佐はやれやれといった様子でそう言うと、おもむろに財布を取り出し代金を62式に手渡した。

 

「どうも、ご迷惑をおかけしました。」

 

「ツケにしなさいよ。」

 

「お前公務員だろ!」

 

「......ごめんなさい。」

 

その一連の流れを若干引いた様子で眺めていた62式は我に返ると、代金のお釣りを取り出し始めた。そして大佐にお釣りを渡すと、脅すような口調で銀髪の人形に話しかけた。

 

「......今度財布忘れたら、揚げるよ。」

 

「?!」

 

それを聞いて思わず目を開けた彼女を一瞥すると62式は帰っていった。

62式が出て行ったあと、ぎこちない動きで大佐に向けて彼女は頭を下げた。

 

「......すみませんでした。」

 

「メンタルモデルの更新に行ったんじゃなかったの?」

 

「......多分、部屋を出るときにすれ違った人形にスられたんだと思うわ......。」

 

「それは何だ」

 

「え──?」

 

大佐とのやり取りを見ていたボブが口を挟む。彼の視線の先、スーツの左胸ポケットに目を向けるとそこにはいなり寿司のストラップが。

 

「あーーーーーー!!」

 

彼女はそれを見るや否やストラップを引っ張ると、胸ポケットから薄型の財布が出てきた。

 

「こんなとこに入れた覚え無いのに──さっきのお金、返すわ。」

 

「あー慌てない、慌てない......!それより、こちらボブ・シンカー君。」

 

大佐はそう言いボブを紹介する。そして逆にボブに対しても彼女を紹介し始めた。

 

「ボブ君。こちら、AK-12君。」

 

AK-12はけだるそうに敬礼をしたかと思うと、急に目を開いてボブの方へと歩み寄っていった。

 

「この人が例の不思議な事件の......?!」

 

そして彼のすぐそばまで行くと、ガンを飛ばすようなレベルで顔を覗き込み始めた。

 

「AK-12よ。お会いできて光栄だわ。」

 

だがその一切にボブが無反応を貫くと、彼女は数秒で離れていった。

 

「以外に普通の人間ね。面白黒人枠じゃなさそうで残念......

 

すっかり興味を失い荷物を取りに離れた彼女に変わり、大佐が間を取り持つように彼女の紹介を始める。

 

「こう見えて、I.O.P.の最新鋭の軍用自立人形でね......」

 

「だから何ですか」

 

「う......やりづらいな......。」

 

その後ろでAK-12はフロッピーディスクを端末に差し込み、何やら映像の再生を始めた。

 

「AK-12くん、それは?」

 

「合気道の達人らしいわ。何か見つかるかもしれないわよ。」

 

やがて映像の再生が始まった。どこかの道場で、合気道の達人の師範が門下生を手を使わずに倒していくという......よくあるインチキ動画のように見える。その映像を真剣に見る二人の様子を見て、ボブはあきれた様子で吐き捨てた。

 

「馬鹿馬鹿しい。こんなインチキ動画を見るのが仕事か......?」

 

そんなボブの言葉を聞き、AK-12は睨みつけるようにボブに視線を向けた。

 

「人間の脳は、通常10%しか使われてないらしいわ。残り90パーセントがなぜ存在して、どんな能力が秘められてるのか。それはまだ分かっていないのよ。」

 

AK-12はボブの反応を伺うように淡々と続ける。その瞳はいつの間にか開かれており、先ほどまでのふざけた態度はどこかへ消えていた。

 

「世の中には100以上の物の数を一瞬で記憶できたり、異常なまでの記憶力を持つ人間がいた記録が残っているわ。それらはサヴァン症候群って言って、実際に存在する人間の能力よ。......残念ながらこのフロッピーは眉唾物だけどね。」

 

「......。」

 

「通常の人間の能力や常識では計り知れない特殊なスペックを持った人間が、この世界には既にいると、私は思っているわ。尤も、人間に限った話じゃないかもしれないけれど。」

 

「超能力者だとか霊能力者って事か......馬鹿馬鹿しい。」

 

「私は会った事があるわ。身をもってその恐ろしさを知った。あの記憶は、メンタルモデルに焼き付いて離れない。」

 

AK-12はボブの横顔をじっと見つめた。

 

「──あなたもそうよね?」

 

AK-12がそう言うとボブは怒りを滲ませた顔でAK-12を睨みつけた。

 

「分かったような口を聞くな......!」

 

「ま、まあまあ二人とも落ち着いて.....。ラブ&ピース......なんつって」

 

大佐が二人に流れる険悪なムードに耐え切れず、仲裁に入る。ふと、その背後でここに入るためのリフトが動いている音が聞こえ始めた。ボブがリフトに顔を向けると同時に、若い女の声が聞こえてきた。

 

「入りまーーす」

 

「げ、ソーコムちゃん......!」

 

大佐はなぜかその声を聴くや否や、慌てて薬指の婚約指輪を外してリフトに小走りで向かって行った。その顔は困惑と驚きが入り混じった表情だ。

 

「な、何しに来たの???」

 

ソーコムと呼ばれた内務省の制服を纏ったその女の子──いや、目の色や猫のしっぽらしきものを見るに人形だ──はリフトのコントローラをぱっと手放すと、溌剌とした声で話し始めた。

 

「内務省 内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課にお客様が。それでは、張り切ってどうぞ!!」

 

彼女がそう言いリフトから降りると、同じリフトに乗っていた男女はノリが飲み込めずに困惑した顔を浮かべた。

 

仕事か......よかった......

 

「初めてのお客様だわ。......いらっしゃいませ。」



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File 1-1:予言者と死の予言

ざっくり登場人物紹介

ボブ・シンカー:SOBRの部隊長を務めていた黒人男性。大戦時に親が難民としてロシアに亡命してからこちらで生まれた。未詳に飛ばされる。階級は中佐。

アレクセイ・シモノフ:"未詳"の課長を務める老齢のロシア人。階級は大佐。かつては現場で活躍していた兵士のようだが、今では昼行燈と化している。

AK-12:"未詳"にいた戦術人形。軍が発注したものの、とある理由により正式代用されず内務省行きを経てここに配属された。階級は現時点では不明。


SIDE:ボブ・シンカー

 

突然の来訪から数分後。

大佐は2名の訪問客を応接用のテーブルに座らせると、自ら対面の座席に座り訪問客の男女への対応を始めた。彼らをここまで連れてきたソーコムはとっくに帰った後だ。

 

「いやはや......それにしても超有名なスヴィナレンコ議員先生がこのようなカビ臭い"未詳"にようこそ。スヴィナレンコ先生のお姿は、いつもテレビで拝見しております。」

 

先ほどまでの緩い雰囲気はどこへやら。仕事モードに切り替わったのか、大佐はずいぶんとへりくだった──悪く言えば媚びるようにして話を切り出し始めた。

一方で当のスヴィナレンコは辺りを不満げな顔で見渡していた。彼本人としてはここに来るのは望んでいた来訪ではないようだ。時折ため息までついている。

そんな彼をちらりと一瞥した後、彼の隣に座っている女性は懐から名刺を取り出し大佐に向けて差し出した。

 

「......申し遅れました。私、秘書のヤーシナと申します。」

 

「ああ、それはどうも。」

 

大佐が受け取った名刺に目を向けると、そこにはこの議員の所属する事務所の名前と連絡先、そして彼女の名前が記されていた。第一秘書、と冠しているため相当有能なのだろう。

その後ろで俺は自分の座席のPCで、スヴィナレンコのWikipediaのページを検索し調べていた。が、その傍で様子を眺めていたAK-12は俺が長々とした説明文を読んでいる途中でマウスを奪い取ると、閉じていた目を開き恐ろしいスピードでページを下へ下へとスクロールし始めた。結果として俺の視界はモニタ前に割り込んできたAK-12の後頭部で埋め尽くされた。

 

「勝手に触るな......。」

 

だが俺の抗議の声には全く耳を貸さず、しばらくして彼女はページの最下端まで到達するとモニタ前から退いた。

一方で大佐の方も応接を続けている。

 

「それで......有名な議員先生が私共に何のご相談で?」

 

「【たらいまわしにされる度にいちいち説明しなきゃならないのか】」

 

大佐が相談内容について質問した瞬間、スヴィナレンコはうんざりとした顔を浮かべたかと思うと、秘書の方を向き早口の英語でボヤいた。大佐は何を言っているのか分からないといった表情を浮かべいるが、ボヤかれた秘書の方は内容が分かっているらしく気まずそうな顔をしている。

するとその様子をつまらなさそうに眺めていたAK-12が、いきなり英語で口を挟んできた。

 

「【まぁそれがビチグソ警察野郎共のクソッたれな掟だもの】。」

 

スヴィナレンコはまさか自分の言っていることが理解できる奴が、まして会話のできる人間がいるとは思っていなかったのだろう。開いた口が塞がらないといった様子でAK-12を見つめていた。

 

「......よろしくお願いしまーす。」

 

AK-12はそんなスヴィナレンコの様子を見ると、満足したようにニヤッと笑い最後にそう付け足した。

すっかり毒気を抜かれたスヴィナレンコはソファに深くもたれかかり、気まずそうに目線を落としてため息をついた。そんな彼の様子を見て、秘書のヤーシナが話を本題に戻す。

 

「先生、私から......実は、うちのスヴィナレンコ先生が懇意にしている"マリウス・キップ"という占い師が、嫌な予言をしまして......。」

 

「嫌な?」

 

「予言......!?」

 

俺はWipopediaで"マリウス・キップ"という名前を打ち込み検索をかける。ほどなくしてレモンを片手に持ち如何にも霊能力者、といった感じの服装の男の写真と情報がモニタに表示された。

一方のAK-12は"予言"というワードに反応すると、やや興奮した様子で彼らの傍へ駆けて行った。秘書の子はその食いつきに少し引いている。

 

「えっと......予言って言ったわよね?」

 

「あの、こちらの方は......?」

 

「ああ、トゥエルブ君。ご挨拶を......。」

 

大佐にそう言われ、AK-12は開いている座席に移動しながらメモ帳を片手に話し始めた。

 

「捜査官をやっているAK-12よ。どんな予言ー?」

 

「......。」

 

どんな予言ー?じゃねぇ。こいつが食いついているのは良く分かったが、秘書の子は完全に困惑しきっている。まず初対面の来訪者にタメ口を聞くな。気まずい沈黙が数秒続く。

しかしヤーシナも慣れているのか、一呼吸おいて大佐の方に向き直ると話を続けた。

 

「実は明日、スヴィナレンコグループの創立15周年を記念して、パーティを開くことになっているのですが。キップ先生によると......その時に......。」

 

「私が殺されるというんですよ。」

 

そう口を挟んだのはスヴィナレンコだ。おそらく本当にたらい回しにされる度に同じ説明をしてきたのだろう。相変わらず、退屈そうに地面を眺めている。

 

「「えっ」」

 

大佐とAK-12の驚く声がハモる。その様子を横目に、俺はWipopediaのキップのページに目を通す。......が、情報としては役に立たないものばかりだ。

マリウス・キップ。生誕:不明。職業:占い師。占いを生業とし、"キップの館"という占いの館のようなものを営んでいる。よく当たるらしい。企業のトップや政治家、軍人などの大物まで出入りしているらしい。ドレッドヘアーの黒人である。......こんなところだろうか。

その間にも彼らの話は続く。

 

「殺されたくなければ、3億ルーブル支払えと言っているんだ。」

 

「3億も......?!」

 

「そうすれば、"未来を変える方法を教える"とかなんとか......。」

 

「ずいぶんとインチキな占い師ですなぁ~?」

 

「──それが困ったことに、キップは本物なんだよ。これまで何度あいつの言うとおりにして助かったか......」

 

「ならパーティ延期したらどうですか」

 

うだうだと続く会話に嫌気がさし、俺はとうとう口を挟む。極論、その日にパーティさえしなければ死ななくて済むのならそれでいいだろう。

しかし、ヤーシナの返答は否定的であった。

 

「政財界の大物や、各界の著名人を大勢お招きしてしまった手前、占い師に言われたからと言って取りやめにするわけにも......」

 

「なんだそれ......」

 

俺は呆れてそう小さくつぶやく。しかしスヴィナレンコには聞こえていたようで、わなわなと震える手でこちらを指差すと、早口でまくし立てた。

 

「な......なんて言った?!」

 

「......。」

 

俺がそれを無視してそっぽを向いていると、大佐が宥めるように間に割って入ってきた。

 

「い、いやいや、分かります。分かりますとも。」

 

「......そこで、明日のパーティに、先生にボディーガードを付けていただきたいのです。」

 

「いささか大袈裟かと──」

 

「私が毎年、いくら税金を納めてると思ってるんだ。5億だよ5億‼」

 

「お気の毒w」

 

「なんだと!」

 

「トゥエルブ君......。」

 

完全に頭に血が上りヒステリーを起こしかけているスヴィナレンコと、その様子を見て笑いながらメモを取るAK-12。そしてそれを窘める大佐と、段々と状況がカオスじみてきた。早く元の部署に戻りたいものだ。

さすがのヤーシナも苛立ってきたのか、教師が生徒に言い聞かせるような口調になり始めた。

 

「まあご存じの通り、うちのスヴィナレンコは国会議員ですし、テロの可能性もあります。なのに、警備部へ行ったら、『予言や占いが絡むような事件は、"未詳"が扱う』というから来たのです。......秘書の私が言うのも何ですが──」

 

ヤーシナが机に手をつき身を乗り出す。

 

「──先生にもしものことがあったら、この国の損失ですよ‼......いっそ、内務大臣に直接お願いした方がいいですかね──?」

 

「いぃぃぃやあ!大丈夫。分かりました......。」

 

ヤーシナが内務大臣に言及したところで、大佐が割って入る。

 

(おとこ)アレクセイ、身を賭して善処いたします......。」

 

大佐が芝居がかった口調でそう宣言するのを見て、俺は思わず天井を見上げてしまう。......頭が痛くなってきた。

そんな大佐の宣言を見て、部屋の隅から声が聞こえてきた。

 

「大変なんだなぁ、公務員って。」

 

全員がその声のした方向を向くと、そこには先ほど出て行ったはずの料理屋の店主がドアから顔を出して覗いていた。そしてそれを見た大佐とAK-12は完璧にハモった状態で呟いた。

 

「「まだいたの?」」

 

 

SIDE:AK-12

 

数刻後。

私達は同じ内務省ビルにある公共秩序警備部の受付に来ていた。目的はスヴィナレンコ議員のパーティに護衛をつけてもらうことなのだが......。

 

「占い師に言われたからって、脅迫状も来てないのにいちいち護衛がつけられるわけないでしょ。」

 

結果は乏しかった。応対をしている坊主頭で制服の兵士は呆れたようにそう言うと、渡していたスヴィナレンコ議員に関連する資料をカウンターに投げ落とした。そしてその資料を手のひらで軽く叩くと、こちらを睨みつけながら付け足した。

 

「常識で考えてくださいよ。」

 

「──ッち」

 

その態度にイラついた私は思わず舌打ちをする。だがそれを見逃さなかった受付の兵士は私の方を睨みつけると、私に食いかかってきた。

 

「あ?今チっっつっただろお前ェ!お前どういう事だおいふざけんじゃねェ!おいコラ聞いてんのか!」

 

そしてそのままカウンターを乗り越えて私に掴みかかろうとしてきた。幸いにも大佐が割って入って宥めてくれたが。

 

「まぁまぁ落ち着いてください!ね、落ち着いて!落ち着いて──」

 

 

30分後。"未詳"のオフィスに戻ってきた私達は各々の席に座っていた。バカでかい瓶に入ったグミを一つ口の中に放り込んでから、大佐が切り出す。

 

「やはり、明日の警護は我々だけでやる他なさそうだねェ......。SOBR出身のシンカー君、何卒。よろしく頼むよ。」

 

大佐がそう言うも、彼は俯いて身動き一つせず返す。

 

「命令であれば、万全を期します。」

 

まるでどこかのゴリラみたいな奴ね。すると大佐は顔を顰め、席を立つと普段とは違う威厳のある声で話し始めた。

 

「シンカー中佐。」

 

大佐のその様子を見て、彼は姿勢を正して大佐に改めて向き直る。そして大佐が続きを話し始めたところで、私は発言の許可を求める学生のように手を上げて割って入った。

 

「明日の、ピョートル・スヴィナレンコのパーティに於ける──」

 

「はい。」

 

「......はい、トゥエルブ君。」

 

「手かその前に、事情聴取しといたほうが良くないかしら?」

 

「誰を?」

 

「未来を司る男、マリウス・キップよ。本当に未来が見えるのなら、どうやって殺されるのか事前に聞いておいた方が楽じゃないかしら?」

 

あんちょこ(・・・・・)だね!」

 

「第三次世界大戦前の言葉かしら?」

 

私がそう言うと、大佐は指をさしたポーズのまま固まってしまった。右後方からはボブの冷ややかな視線を感じる。やがてなんとも言えない空気が辺りを包んだ。

 

......何?ほんとに知らないのよ。悪い?

 



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File 1-2:拘束された"予言者"

おさらい

・マリウス・キップ
誕生日:不明。
職業:占い師。占いを生業とし、"キップの館"という占いの館のようなものを営んでいる。よく当たるらしい。企業のトップや政治家、軍人などの大物まで出入りしているらしい。アフリカ系ドイツ移民でドレッドヘアーの黒人である。
スヴィナレンコに死の予言を出した張本人。


"未詳"の執務室での会話から1時間後。私とボブ、それにシモノフ大佐の三人はモスクワ郊外の森にほど近い洋館の前に立っていた。ドイツ風の洋館の玄関前には鉄のプレートがかけられており、"キップの館"という文字が見て取れる。ここが例の占い師の店というわけだ。

 

 

「......待たせますね。」

 

ここにきてからずっと直立不動のボブがそう呟く。キップの店に入った私達は彼の占いの順番を待っている他の客──どいつもみな小金持ちだ──と同じ待合室で、かれこれ40分は待たされていた。

私はボブのぼやきに答える。

 

「予約が1年先までびっちりみたいだものね。仕方ないわよ。」

 

ふと廊下で足音がしたかと思うと、スーツを着た老齢の男たちが館の奥から出てくるところだった。どこかで見たことのあるような顔だが......

 

「あっ」

 

と、先ほどから気まずそうに黙っていたシモノフ大佐が、男の顔を見て思い出したといったように口を開いた。

 

「今のはI.O.P.の社長だね......。今朝の新聞で見た。」

 

すると彼らに続くように、まるで中世の呪術師のような恰好をしたこの占いの館のスタッフが奥から現れた。

 

「お待たせいたしました──」

 

その声を聞くなり順番を待っていた他の金持ち連中がようやくか、といった様子で立ち上がろうとする。しかしそのスタッフはそれを手で静止させ、続けた。

 

「──いえ、こちらのお客様です。」

 

スタッフが私達に向かって手を向ける。その瞬間周りの客たちからは不満の声が漏れ始めた。

 

「何よぉ......!」

 

「もう何時間待ってると思ってるのよ」

 

「いやね、横入りじゃなくて仕事なもんですから......。すいません、すいませんどうも......」

 

そんな彼らにペコペコと弁明している大佐を後に、私達はスタッフに導かれるまま館の奥へと進んでいった。

 

 

館の最奥、森に面した庭園が見える部屋の奥に彼、マリウス・キップはいた。確かに写真で見たようなドレッドヘアーの黒人だ。部屋の中央に盛られた土山の向こうで椅子に座る彼は、修道士が着るような黒い服を着てニコニコとこちらを見つめていた。

そして彼はひとしきり私達を見ると口を開いた。

 

「──どうぞ。次の鑑定までに五分ほどしかありませんが。」

 

「お手間は取らせません。.......明日の"パーテー"で、スヴィナレンコ氏が殺されるということについてなんですが......」

 

大佐がそう切り出すと、キップは申し訳なさそうな顔をした。

 

「本当に残念です。スヴィナレンコさんに聞き入れていただけなくて──」

 

「──冗談なら今のうちに撤回した方が身のためですよ。」

 

キップが言い終わらぬうちにボブが淡々と告げた。しかしそれを聞いたキップは毅然とした態度で応える。

 

「私には未来が見える。未来は絶対なのです......!」

 

「はい」

 

そう言い切った彼に対し、私は挙手をして発言を求めた。

 

「......何か?」

 

「未来は絶対なんだったら、3億払っても何も変わらないんじゃないかしら?」

 

そう。これは最初にこの話を聞いた時からずっと考えていたことだ。3億払っても助からないのなら、結局予言自体が無意味なものになる。しかし彼の口調は変わらなかった。

 

「未来を知れば今の自分を変えられる。今の自分が変われば未来が変わる!──これ、必定。」

 

「──申し訳ありませんがお時間です。そろそろお引き取りを。」

 

と、ここで傍に控えていた彼のスタッフがそう告げる。それを聞いて大佐はすぐに席から立ち上がるが、私は最後に聞きたかった、もう一つのことについて尋ねることにした。

 

「すいません。」

 

「なんでしょう?」

 

「出来れば、私達の未来を予言してもらえないかしら?私と──」

 

私は隣で仏頂面を保ったまま座っているボブを手で指し示し、媚びた声を出す。

 

「この人♡」

 

その様子を見てキップと彼の助手は困惑した表情を浮かべ始めたが、私は続ける。

 

「例えば......今夜9時頃、何が起きているか。」

 

「......先生、無駄なことはなさらないでください次のお客様が──」

 

スタッフの男がキップの方を向きそう言おうとしたが、キップは勢いよく右手をスタッフに向け静止すると大声で告げた。

 

「分かりました!!!!!!」

 

 

彼はそう言うと、背後のボウルに山盛りにされたレモンの山からおもむろに一つ取り出し、ヘタの部分を噛み千切った。そして噛み千切ったヘタ部分を傍に置かれたツボの中に──すでにかなりの量のヘタが溜まっているようだ──吐き捨てると、そのまま右手でレモンを握って部屋の中央に盛られた土山の頂上に少し絞ると、果汁が滴っているそれにかぶりついて啜り始めた。

そしてひとしきり啜り終えると、目をつぶったまま彼は呟き始めた。

 

「ラミパスラミパス、ルルルルル......ラミパスラミパス、ルルルルル......むっ!!!!!」

 

「!!」

 

謎の詠唱を2回終えた直後、彼は突然目をかっ開いた。思わずつられて私も目を開ける。そして彼はスタッフからペンと紙を受け取ると、私の方を何度か見ながら何事かを書き記し始めた。あれが"予言"らしい。

私の番が終わり先ほどと同じことをボブの時にもやり終えると、スタッフが私に便箋に入った先ほどの予言の紙を二枚手渡してきた。

 

「夜の9時頃、開けてみてください。」

 

「当たってたら私、あなたのこと信じるわよ?」

 

私が予言を受け取りそういうと、キップは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「AK-12くん、もう行くよ?」

 

「あ、待って。」

 

大佐に呼ばれ、私は席を立つと椅子の後ろに立てかけていたキャリーバッグを手に取り部屋を出ようとする。が、ここにきてから姿勢を崩さずにいたボブが突然口を開いた。

ボブはキップをまっすぐ見据え、キップの方も身じろぎせずに見つめ返している。

 

「確か──"未来が見える"、とか言ったな。.......じゃあこの後、俺が何をするかも分かってるよな。」

 

「......ええ。」

 

「話が早くて良かった。」

 

ボブはそう言うと席を立ち、ここに来るまでずっと持ってきていた茶色の紙袋の中に手を突っ込むと何かの紙を取り出した。

そして畳まれたその紙を開き、キップに向けて見えるように突き出すとこう告げた。

 

「──逮捕する。」

 

「どどど、どういう事?!」

 

大佐が驚いた様子で戻ってくる。

 

「容疑は恐喝。......逮捕状です。」

 

「いいいいつ取ったの?!──あ、僕のサインだ......!」

 

大佐は驚きつつ逮捕状に目を通し、そこで自分のサインを見つけたようだ。おおかた中身を読まずにサインでもしたのだろう。

ボブは続ける。

 

「霊感で人を脅して金を取るのは、この国じゃ違法なんだよ。」

 

「あ、そっか。それもそうね。」

 

思わず私はそう呟く。そういえばそうだった。

 

「自分の予言を実現させるために、アンタがスヴィナレンコの殺害を計画している可能性もある。」

 

「な.......なんなんですかあなた達は──?!」

 

ボブの言葉に思わずスタッフが口を挟む──が、キップが勢いよく立ち上がり手でそれを制止する。

 

「すべては私の想定内!私は自らの身の潔白のため、拘束されるのです。そしてスヴィナレンコ氏は──パーティで必ず"毒殺される"......。」

 

「どくさつぅ.....?」

 

ボブはキップの宣言を聞き終えると、慣れた手つきで彼の手にハンドカフをかけて拘束した。かくして、今回の件の重要参考人の一人、マリウス・キップは監視下に置かれることになった。

 

 

 

キップの館を後にしてしばらく後。私達は内務省内の留置所にキップをぶち込んだ。正確にはオリの中に入れたのはボブだが。

容疑者が着るジャージを着たキップは房内に入れられると、こちらを振り向かずに話し始めた。

 

「こんなことしても無駄ですよ。未来は絶対です。」

 

「下らん予言なんて俺が阻止する。あんたがインチキだってことを、世の中に証明してやるよ。」

 

ボブはそう言うと留置所の房のドアを勢いよく閉め、留置所を後にする。

 

「さっすがSOBR出身のシンカー君、やることが違うねぇ......。」

 

先頭を歩くボブの背中に向かって大佐が感心したように零す。ふと、私はそこでさっきキップからもらった予言のことを思い出した。私は小走りでボブの隣まで追いつくと、顔の前に紙を差し出した。

 

「はいこれ。ボブのよ。」

 

「下らん。」

 

「ああぁぁぁぁぁ......!」

 

しかしボブはそれを受け取るや否や、一瞥することもなくその紙を便箋ごとビリビリと破り捨てた。そして傍にあったゴミ箱に叩き捨ててしまったのだった。

 

 

 

午後。私達はスヴィナレンコの秘書に案内され、ボブと二人で会場となるホテルの下見に来ていた。警備部に警備が頼めなかった以上、些か人数に不安は残るが私達で警備をしなければならなくなった以上下見は欠かせない。ちなみに大佐は別件の用事があるとかで不在だ。

既に会場のホテルでは明日のパーティのための準備が慌ただしく行われており、ホテルスタッフや業者が忙しそうにしていた。

 

「こちらの会場です。」

 

しばらく歩き、ホテルの大広間の一つに通された。ここが会場らしい。私が少し遅れて中に入ると、準備を行うホテル従業員たちの他にも、スーツを着てイヤホンマイクを着けた集団もいた。ボブが整列した彼女達に何やら指示を出しているのが聞こえてくる。

 

「当日の招待客の入場はそこの入口だけを使う。他の出入り口は、すべて封鎖する。」

 

私はそれを横目に会場内を見渡しながら呟く。なかなか広いところだ。

 

「ここがパーティ会場ねぇ......。」

 

その間にもボブはスヴィナレンコの秘書のヤーシナと何やら相談を始めた。

 

「廊下は外から丸見えです。狙撃されたらひとたまりもない。」

 

「近隣のビルにはすべて警備を入れております。自立人形を主体にしている民間軍事会社、グリフィン&クルーガーの警備ですが.......。大丈夫でしょうか?」

 

なるほど、やたら女が多いと思ったら彼女たちも私と同じ人形だったのか。もしかしたら顔見知りもいるかもしれない。

ヤーシナとボブが話している間にも、その背後では彼女達は自発的に当日の警備体制について何やら相談をしていた。ボブは彼女たちの方を向き声をかけた。

 

「対象を逃がす導線を確認しておいてくれ。」

 

ボブがそう言うと、警備隊のリーダーらしきサングラスをかけフェドーラ帽を被った女が答えた。

 

「分かってるさ。.......みんな、"ボス"からのご指示だ。仕事に取り掛かるぞ。」

 

彼女が警備部隊にそう言うと、整列していた人形達は一斉に散会してそれぞれの仕事に取り掛かり始めた。

彼女たちと入れ替わるようにして、何やら書類を持ったホテルの女性スタッフがこちらに近づいてくる。と、彼女はヤーシナの顔を見るや否や驚いたように声をかけてきた。

 

「ヤーシナ"先生"!ご無沙汰しておりますぅ......!」

 

一方のヤーシナはニコニコとしている彼女とは反対に彼女の顔を怪訝そうな顔で見つめ、ようやく思い出したといった表所で答えた。

 

「......あぁ、えー......ミトロヒナさん。」

 

「はい!」

 

「お元気にされてますか。」

 

「おかげ様で!」

 

彼女──ミトロヒナ──はそう言うとそそくさとヤーシナの傍に移動し、持っていた書類を彼女に見せた。その様子を見ていたが、何か引っかかる。ボブも同じようで、私とボブは訝しむようにして二人のやり取りを眺めていた。

 

「......あの、これ、スヴィナレンコ議員のパーティ会場の見取り図なんですけれど......どなたに?」

 

「ああでは、私が預かります。どうもありがとうございます。」

 

ヤーシナはそう言って彼女から書類を受け取り、目を通し始めた。一方のミトロヒナはそんなヤーシナの顔をうっとりとした表情で見つめ続けている。ヤーシナも気が付いたのか、困惑したような表情を浮かべていた。

しばらくしてミトロヒナが離れた後、ヤーシナはボブに書類を渡し始めた。

 

「これが見取り図、これが明日の招待客のリストになります。」

 

ボブはリストを開いて目を通しながら、ヤーシナに質問する。

 

「この中にスヴィナレンコ議員に恨みを抱いている人物は?」

 

ボブの質問は尤もだ。恨みを抱いているがそれを隠してパーティに参加、そこで復讐を──なんてのはザラにある。しかしヤーシナはありえない、といった表情を浮かべた。

 

「まさか.......。」

 

そのやり取りを見ていた私は午前中にキップが話していた"予言"を思い出し、ヤーシナの傍に近づく。

 

「ちなみにキップの予言では、"毒殺される"ということらしいわ。」

 

それを聞いたヤーシナは驚いた表情を浮かべる。

 

「毒殺......?!」

 

「タダで聞いちゃったわ。プププ......」

 

「あ.......では、飲み物と食べ物のチェックを入念に行わないと......!」

 

「ガスクロマトグラフィーという分析装置があるわ。当日、スヴィナレンコさんの口に入るものはすべてそれでチェックするからご安心を。これで一安心ね。」

 

私がヤーシナにそう説明していると、いつの間に移動していたのかボブが背後から声をかけてきた。振り向くと、彼はなぜか椅子の上に立っていた。

 

「AK-12!インチキな予言に惑わされるな。毒殺という言葉に振り回されると、警備の本質を見失うぞ。」

 

「うーわ、上から目線?」

 

ボブはそれだけ言うと部屋を後にした。私は何やら電話を終えたヤーシナに、気になっていたことについて聞くことにした。

 

「そういえば、スヴィナレンコさんは何やってるの?」

 

「今日は、O2TVのニュース番組にコメンテーターとして出演されています。」

 

「ふーん......会社の社長とタレントと政治家って、いっぺんにできちゃうくらい甘いものなのね。」

 

「スヴィナレンコ"先生"は、睡眠を削って努力なされています。」

 

そう答えるヤーシナに、私は少し意地悪な質問をする。

 

「ヤーシナさんもいずれは、議員って事かしら?さっきの人も"先生"って言ってたけれど。ぶっちゃけ、満更でもないんじゃないの?」

 

私がそう言うとヤーシナは少し固まり、苦笑しながら答えた。

 

「いえいえ、人前で間違えられると、困りますわね。......秘書はあくまで、裏方ですから。」

 

「行くぞ!」

 

と、後ろから再びボブの声がきこえてくる。ここでやることはもう済んだ、と言わんばかりに入口で私を待っていた。

 

「おつかれ山です。」

 

私はヤーシナにそう言うと、ホテル会場を後にした。さて、あとは戻ってリストの人物を確認しなくちゃ。

 

 

 

 

SIDE story:アレクセイ・シモノフ

ボブとAK-12がパーティ会場のホテルの下見に向かっていた頃。アレクセイ・シモノフはファンシーな雰囲気漂うカフェで一人、ハート形になったストローが入れられたドリンクを前にして席に座っていた。普段の仕事着のスーツはお世辞にもこの場所にあっているとは言いがたい。他の席に目を向けると、ロリータファッションに身を包んだ女の子達や、デートに来ているカップルらしき若者ばかりだ。

 

シモノフが恐る恐るといった様子で見るからに甘そうなドリンクを一口すする。と、トイレに行っていたらしい誰かが戻ってきた。その人物とは内務省ビル内にいた時とは違い、制服から私服に着替えたソーコムだった。彼女はシモノフと同じ席に戻り彼の隣に座ると肩掛けのバッグを座席に置き、何にやらごそごそと探し始めた。

そんな彼女にシモノフは顔を寄せて楽しそうに話し始めた。

 

「サボって来ちゃった。ハハ......。いや就職したとは聞いていたけど、まさか内務省とはねぇ......。」

 

「で、いつになったら結婚するの?私達。」

 

しかしカバンを漁り終えたソーコムは笑顔で振り返ると、シモノフの話など関係ないといった様子で切り出した。

一方のシモノフは苦虫を噛み潰したような顔で気まずそうに答える。

 

「いや.......だからぁ.......離婚が進まなくてぇ.......ハハハ──」

 

「ハハハじゃねぇから。」

 

シモノフは誤魔化すように愛想笑いで誤魔化そうとするが、ソーコムはバッサリと切り捨てる。表情も険しくなった。シモノフは慌てたように話を変えにかかる。

 

「あ、ソーコムちゃん、ご飯は?」

 

「いらなーい。門限あるし。」

 

彼女はそう言うとシモノフの手からドリンクを奪い取り、そっぽを向いて一人で飲み始めるのだった。



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