connect (苺のタルトですが)
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01

今日もカモメが煩く鳴いていると頭上で眉間に皺を寄せる。

 

「ぬうう……どうしたもんか……」

 

「何アホ面晒してんだ」

 

突然居ない筈の声が聞こえ体を起こす。

すると間近に見知った潜水艦が見え慌てて船の方向を変える。

もう少しでこっちの船が微塵に粉々になるところだった。

 

「ちょ、私を難破させる気ですか!?」

 

「するならもっと派手にやる」

 

ちっとも悪びれていない態度の男はこのグランドラインに入ったばかりのルーキー。

 

「皮肉やーっ!」

 

「バラすぞ」

 

「す、すいませんでした……じゃなくて!」

 

トラファルガー・ローはリーシャの突っ込みにくつりと笑う。

二人の関係は言うなれば敵というか、追う相手とも言うべきか。

リーシャは記者で相手は長年のスクープ狙いの海賊。

悪態と悪評を記事にしてやると意気込む。

 

「その悪どい笑みを写真に収めますよ!」

 

「くく……やれるもんならやってみろ、万年下っぱ記者」

 

グサッと気にしている事を言われ言葉に詰まる。

ショックを受けているとベポがローの横から顔を出して手を振ってきた。

 

「ベポくん!私の癒し!」

 

「もうすぐ昼飯なんだ!リーシャも一緒に食べない?」

 

ベポのハニーフェイスにうっとりしていると嬉しい申し出があった。

隣にいるローは飽きれ顔を浮かべる。

 

「ベポ、こいつには生魚で十分だと言ってるだろうが」

 

「えー?」

 

「え!?聞き捨てならんですよ!生魚ってお腹壊すよトラファルガー・ローさんよーっ」

 

ここ最近まともなご飯を食べていないので生魚でも焼けばマシだ。

きっと無人島でも暮らしていけると自分でも思う程昔に比べれば逞しくなった。

染々と思い出していると上から何か降ってくる。

ポコッと頭に直撃。

 

「あだっ」

 

「ああ、手が滑った」

 

ローがそう言って確信犯の笑みを浮かべてロープをベポに渡す。

どうやらロープを投げたらしい。

 

「これでこっちに来られるねリーシャ!早くおいでよ」

 

楽園もといベポがにこりと笑みを浮かべて手招く。

しかし、こう易々と敵陣に侵略してしまってよいものか。

 

「その問いを何回繰り返すんだアホ。とっとと来ねーと船を破壊するぞ」

 

「ひえええ!暴力反対……!」

 

ローがジロリと睨んでくるので渋々ロープへ掴まればベポが物ともせずに自身を引き上げてくれる。

こういうところも男らしいと関心すると同時に海賊には勿体無いと思う。

 

「ベポは男前だねええ」

 

「もちろんだ!あ、メスグマの情報はあるか!?」

 

「……滅多にないな……ごめんねベポくん」

 

でもメスにしか興味がないのが残念だ。

げんなりしていると頭上でゴンッという軽い衝撃があって上を向くと無表情と対面。

 

「いてて、ローさん……別にベポくんとくらいゆっくり話させて下さいよ……ケチですね、いててててて!」

グリグリグリと刀の柄を頭にめり込まれる。

弱いもの苛めはよくない。

 

「ごめんなさい、はい、すいませんー!」

 

謝ると腕を引かれ食堂へ連れていかれる。

本当に毎回ここの食堂にはお世話になっていて感謝しているのだ。

くん、と匂いを嗅ぐと香ばしい香りが鼻孔を擽る。

 

「この香りは……魚系?」

 

「おう!マグロだ!」

 

ベポも同じように鼻を引くつかせた。

そうして食堂の扉を開けるとこれまた見知った顔の男達と目が合う。

またか、という顔で見られるのは慣れっこだ。

 

(や、慣れちゃダメなんだけどもね)

 

苦笑しているといつもの席に着かされ船員達が親しげにからかってくる。

 

「ほい、お前の分だ」

 

シャチが慣れた様子で専用のお皿とコップを目の前に出してきた。

ありがとうと言えばお前も懲りないなと笑われる。

 

「船長の悪口を記事にしたら即バラされっぞ?」

 

「それでもスクープを狙います!新聞が、事件が私を呼んでるので!」

 

「耳を船長に見てもらえ……」

 

もう何度も口にしている事を述べればシャチがははは、と乾いた声を出す。

近くに居たローがどれ、と耳を本当に診察しようとしているので結構ですと断る。

 

「私は本気なんですからねえ!」

 

「はいはい」

 

「相変わらずの記者気質だな」

 

ペンギンが横から言ってくるので勿論だと豪語する。

 

「その割りには随分厄介な事に巻き込まれるな」

 

ローがリーシャの伸びた鼻をへし折ってくるのでそんな事はないと言う。

だが、自分でも厄介な出来事に巻き込まれ易い事をひしひしと感じていた。

例えばハリケーンに巻き込まれるだとか、島の人間の喧嘩や夫婦喧嘩等。

上げれば切りがないがそれでも記事になることは沢山ある。

ので……我慢だ!

 

「我慢の方向を間違ってるぞ」

 

ペンギンに突っ込まれたが敢えて無視だ。

ムシャムシャとマグロを租借しながら次の島の情報を思い出す。

 

(金欠をどうにかしないと)

 

そう、自分には記事よりも差し迫った事がある。

それは金欠という言葉ただ一つ。

所属する新聞会社には一々労災など降りないので自分でお金を工面しなければいけない。

いつも工面する方法は決まっているので特に思い悩むものではなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ようこそ!」

 

来る客来る客ににこやかな笑顔を送る。

そう、ここは女の戦場……酒場。

手っ取り早く、かつ短期間でお金を手に入れられる職業等相場は決まっている。

きらびやかなドレス。

露出の高い服を着ることは好きではないが慣れた。

こうして惜しげもなく谷間も見せている。

正直自分に他の女性のような谷間は望めないが女である事は一緒なのでオッケイだ。

朝まで笑顔を作るのにも慣れ客を喜ばせお酒を頼ませればこちらのものだと意気込む。

この島は発展しているのでいつもよりも高額の給料を望める。

そこも俄然やる気を起こさせるというものだ。

 

「リーシャちゃん、新しい氷頼める?」

 

「はい、只今」

 

働く女達のヘルプに入るだけでいいと雇い主に言われお客の相手はしなくてもいいという条件付きなのはこの上なく嬉しい。

鼻唄でも歌ってしまいそうな気分で氷を持っていけばすでに新しいお客でお店が賑わう。

 

「お待たせしまし……た……!?」

 

前を向けば、

 

「え、リーシャ!?」

 

「なんでここにっ」

 

ハートの海賊団ご一行が酒盛りをしていた。



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02

「で、実はカクカクジカジカ……というわけなんです」

 

「お前……カクカクジカジカなんて説明で通じると思うなよ……今どきそんな説明の仕方ねーわ」

 

シャチに言われ仕方なく金欠だとシンプルに告げれば皆は成る程と腕を組む。

ベポにも記者って大変なんだねと同情され何度もそんなんだよ!と頷く。

するとずっと黙っていたローがこっちに来いと言う。

 

「やだなローさんや。私はヘルプ担当ですから、そこの御姉様達を侍らせて下さいよ」

 

「客の注文に反論してんじゃねェ」

 

ローと周りに居る女達に凄まれ渋々隣に行けば自然な動作で肩を抱かれた。

不可抗力にも程があると言うが酌をしろとコップを差し出され仕方なく注ぐ。

お客だからって記者と追う側がこんな事をしているなど新聞には乗せられないなと内心思った。

ブーブーと文句を垂れながら晩酌をしていると不意にローが隣にいる女性店員へ聞く。

 

「この店は持ち帰りはいいのか」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「え!私はヘルプ専門で良いってオーナー言ってたんですけどおお!?」

 

ジタバタともがきローから離れようとする。

 

「ぐぎぎっ、ちょ、契約違反!」

 

オーナーも近くに居るのだけれどそれなりに札付きの海賊が相手だからか助けてくれない。

もう、後から絶対給料を上乗せしてやると悪態と恨みを呟く。

しかも、持ち帰り!

持ち帰りって!と大事なので二回言う。

 

「もー!やですよ私は!」

 

そう言うがローは聞こえないと腕を掴んだまま立ち上がりリーシャを店の外へ連れて行こうとする。

ひでえ、とベポ達に助けを求めるが彼等は手を振るだけでなにも言ってくれなかった。

 

「んぎゃあ!ローさんに食べられるうう!」

 

「騒ぐなアホ。本当に食われたくなきゃあ大人しくしてろ」

 

呆れた顔でズルズルと腕を引かれることに何故か虚しさを感じ騒ぐのを止める。

ハートの海賊団が泊まっているのだろうホテルが見えて中に入れば迷うことなく部屋へ向かうローに恐る恐る尋ねた。

 

「まままさか本当にお持ち帰りとか嘘ですよね!?」

 

するとローはニヤリと不適に笑い部屋の扉を開けるとリーシャをベッドの上に放り投げる。

これはヤバイと本能が告げるので降りようともがけば彼が馬乗りに身体を跨ぐ。

 

「えええ!じょ、冗談ですよねローさん別に女性に飢えてないですよねっ」

 

ひやりと冷や汗を背中にかきながら論破すればそれがどうしたと言われ次の言葉が不発に終わる。

私なんて選ばなくても選り取りみどりだと言いたい。

トラファルガー・ローという人は顔も実力も申し分がない程ある。

町を歩けば美女が擦り寄ってくるくらいは日常茶飯事なのだ。

罵倒を考えている間に男の手はスルスルと剥き出しの太ももへ侵入する。

慌ててストップをかけても男女の差では勝ち目などない。

喚けばピタリとギリギリのラインで手が止まりそこでやっとローの顔をまともに見た。

めちゃくちゃ真面目な顔付きなので驚く。

 

「私……ローさんに失礼なことしましたかああ?」

 

涙声で問えば当人は腐る程なと言い余計に不安が煽られる。

 

「た、例えば何ですか!」

 

「この格好」

 

「へ?」

 

と、これまた予想外の事を言われポカンとなる。

酒場で働く時はいつもこの姿だし、今まで可笑しいとも言われたことがなかった。

なので普通だと思う。

 

「酒場では当たり前ですけど……」

 

「あ?」

 

「ごめんなさい当たり前じゃないですよねはい」

 

凄い勢いで睨まれ竦み上がる。

ここまで睨まれるとそんなに酷いのかと自信がなくなってしまう。

けれど金欠はどうにもならない。

 

「金がそんなに必要か」

 

「だって私はしがないただの記者ですよ?お金がなくなると困りますもん……」

 

彼だって長年の付き合いでいつもリーシャがひもじい事を知っている筈だ。

目元をハの字に下げお手上げだと息を吐けばローは胸元を隠すように布団を渡してきた。

 

「……あれ、興が覚めちゃいましたか?」

 

「本当に抱いてやろうか?」

 

「滅相もございません!」

 

何となく言えばまた上に乗っかってきたので慌てて首を振ればフフフ、と笑われた。

別に抱いてやってもいいとか言われたがそれはお断りしますと言う。

こんな女よりももっと美女を彼は選ぼうと思えば選べる。

選択肢を狭くしてはいけない。

そんな事を思っていると顔面に重い重石のようなものが降ってきてぎゃうんと声が出る。

 

「色気のねェ」

 

呆れ果てた声に袋を持ち上げればチャリ、と金属音がしたので蒼白になる。

 

(あわわ!これは結構ヤバイ!)

 

どう見ても、聞いても金目のもの。

急いでローにいらないと押し返すと彼はじゃあ抱かれるかと言うので首を何度も横に振る。

 

「それも嫌です!っていうか貰う理由がありませんっ」

 

この男の考えている事が読めなくてワタワタと世話しなくお金が入っている袋を遠ざける。

 

「あれも嫌、これも嫌ね……お前はつくづく頭の悪い選択肢を選ぶな」

 

クツリと喉で愉しげに笑うローの言葉に自分でも勿体無い事をしていると自覚しているが、知った仲なので余計に距離が掴みづらいと言うだけだと思った。



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03

「……ローさんはさ」

 

「いきなりなんだ、改まって」

 

今までの雰囲気を無視して語ろうとすれば的外れなような答えにくす、と思わず笑う。

 

「優しーね」

 

「お前は馬鹿か。海賊にお門違いもいいとこだろ」

 

「そーかな?そんなこと、ないと思うけど」

 

だって無理矢理自分を襲わないしお金を投げつけはするがくれたし。

上げていけばそれなりに優しさを痛感する。

そう、痛感するのだ。

 

「でもお気持ちだけ……ってことで!」

 

パッとベッドから降りると驚いたのか彼が「おい」と呼んだがまだ仕事の途中だったのでまた今度、と手を軽く掲げ相手が逃がしてくれそうな空気に気が変わらぬ内に部屋を出た。

 

(うーん、ドキドキ……いやドクドク?)

 

実はかなり動揺をしていた心臓に手を当ててゆったりと緩んでいく頬を感じた。

そこでふと背中に違和感がありそこをまさぐるとカサリと紙っぽいものに触れる。

 

「何これ……まっ!」

 

二回目となる動揺で奇声を発してしまうがそんなことよりも今自分が握っているベリー札に目が点になる。

これはまさか能力か、はたまた気付かない間に服の間に挟まれたのかもしれない。

心の悲鳴が聞こえたのか後ろからクスッと笑う悪魔の気配を感じたような気がした。

 

(悪寒……!)

 

捨てる訳にもいかず渋々札を握り締め、このお金の使い道に悩まされることになるのかと頭を抱えた。

 

 

 

***

 

 

 

小さな銀行にお金を預けようと決めた次の島でリーシャは無防備に手を頭より上に掲げていた。

そもそも銀行を活用しようとしたのはこの間ローから不本意に貰ってしまったベリー札を捨てるという勿体無い思考が起因だ。

そして、銀行に行ったはいいがそのお金を銀行員に預けようとする前にどう見ても強盗にしか見えない覆面を被った男等がこの場所に押し入ってきた。

まさかの巻き込まれる事態にリーシャはそこまで騒ぐ気にはなれない。

このグランドラインは決して全ての島が安全な訳ではなく、悪い人もゴロゴロいる。

そんな旅をしてきたからか初期に比べれば脆かったガラスのハートはいつの間にかカサブタと絆創膏と鉄を纏っていた。

つまり本位ではないが慣れてしまったということ。

 

「いーから早く出しやがれえ!」

 

複数の男達がそれぞれ定一に居店の中にいる一般人と銀行員に目を光らせていた。

やれやれと思いつつ今回はさすがに助からないかもしれないと何となく脳裏に浮かぶ。

何回か危険な目に合い、それなりの危機感は持てたが戦闘力なんていうものは他の一般人同様身に付く筈もない。

逃げるか走るか死ぬかしかリーシャには選択肢がなかった。



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04

LAW-side

 

 

「銀行強盗ですって」

 

「物騒ねえ……」

 

ざわざわと先程から町が騒がしく、シャチの掴んだ情報によれば銀行に強盗が入りそのまま人質を取って立て込もっているらしい。

ペンギンからは、犯人は少人数らしく計画的な犯行らしいという見解。

おまけに余計な事まで仕入れてきたのでさっきからベポが小うるさい。

 

「なーキャプテン。リーシャが人質なんだ、大変なんだぞ。何とかしないと」

 

「海軍か自警団が勝手に助けに行くだろ。俺達が出る必要はねェ」

 

「そんなこと言っても海軍なんて弱いし頼りないだろっ。もしうっかり人質に何かあっても知らん顔するような奴らだし」

 

海軍も海賊にここまで言われてしまうなど世も末だが、新聞記者にここまで肩入れするベポもベポだ。

おまけにどことなく不吉な白熊の予感は当たりそうに思い、知らずの内に舌打ちをする。

しかしあのアホ面が泣く姿も想像してみれば案外面白いかもしれない。

考えているとベポが最後の人押しに助けようよ、とあまり言わない我が儘を必死に言うので、もう仕方がないとため息を溢した。

 

「面倒臭ェ……行くぞ」

 

「さすがキャプテン!」

 

後ろに居る船員達も喜びの声を上げながらローの後に続く。

彼女はどうやらいつの間にか自分の船の人間達を手懐けていたようだ。

やれやれと思いながらも刀を担ぎ直した。

 

 

 

***

 

 

 

もう三時間は拘束されていていい加減海軍くらいは突撃して欲しい。

イライラと不安に塗り潰された感情はいつまでも冷めていた。

こんなに氷の様な女だっただろうかと不思議に感じ、不安があるのに冷静になれるのはきっと周りの人がリーシャよりも怯えているからだと納得する。

歯を鳴らしすなり、必死に身体の震えを抑えようとしていたり、隠す事もせず震えていたり。

様々な反応にこれが普通なのだと今更ながら自分の内心の静かさに落ち込む。

慣れとは怖いもので、慣れてしまえば死はいつかくるのだと悟る。

悟れば怖さも慣れ、この程度の恐怖では泣き叫ぶ気は微塵も沸き上がらない。

それに二度三度と似たような体験をしたから飽きてしまう。

飽きてしまえばとことんどうでも良くなる。

 

(暇だ……この程度のニュースならどの新聞も記事にするから話題性もなんもないな)

 

人質な以上記事も書けなくなるかもしれないがやはり思う事は記事。

それとハートの海賊団。

あの極悪人の顔と悪評をついに記事に出来なかったと冗談を心の中で思い出す。

 

(シャチさんのお腹ダンスをもう一度見たい……ベポくんとイチゴ牛乳飲みたい……ローさんのあのすっごく難しい医学書をドミノにしたかった……ドミノ……ぷぷ)

 

密かに思い出し笑いをしていると犯人達が急にどよめき出す。

誰だ、と全員が叫び手に持つ銃を相手に向ける。

 

「どこから入った!?」

 

「お前らの空っぽな頭じゃ理解出来ねーよ。考えても無意味だ」

 

ローだった。

あまりの予想外の人物に脳が付いていかずあんぐりと口を開けていると彼が能力を瞬時に発動させ片はつく。

それでも唖然としているとローが人質に見逃してやるから行けと一声すれば、たちまち民間人は犯人よりも劣悪な印象を抱く海賊に恐れ、誰もが一目散に逃げる。

 

「いつまで口開けてるつもりだ」

 

話し掛けられハッと意識を戻すとローは犯人が得る筈だった大金の、お金が入った袋を肩に担いでいた。

もしかしてとその意図が脳裏に過ぎ、目が半分菅められる。

 

「えと、もしやそのお金の為に犯人を……」

 

「それ以外に何がある。勝者が敗者のものを貰うことは当然。だからこれは俺のだ」

 

ドヤッと顔を浮かべるローにそうですかと答えるしかない。

まあ彼は海賊で無法者なので犯罪行為は息をするのと同じような感覚なのだろう。

冷や汗と乾いた笑みを浮かべ自分も去ろうと足を動かすと身体がいつの間にかローの側にあった。

リーシャが居た所を見ると手足があったので犯人の一部と入れ換えたのかと理解する。

そして何故入れ換えたのか理解出来ないまま付いて来いと言われるが首を傾げた。

説明なしに付いていくのはと渋るが、彼にその眼光で睨まれたので仕方なく後に付く。

能力で移動したらしくいつの間にか彼の船の上で船員達も総出だ。

がやがやと騒がしくなる。

どうやら彼が持ち帰った大金がかなりの額らしく盛大に酒盛りしようぜと彼らは宴をし始めた。

そして、置き去りになる。

リーシャは、気持ちの整理の今だつかない状況についていけない。

 

(え?意味が)

 

「あ、いたいた!リーシャ!心配したんだぞ」

 

「ベポくん……ありがとう?」

 

「キャプテンタイミング良かっただろ?」

 

「え、あ、うん。退屈でうっかり暴れる寸前だった」

 

「え!?暴れたりなんてしたらリーシャ強盗に殺されるぞ!」

 

「私結構ヤバかった!?でもでも本当に暇で退屈で飽きてたしっ」

 

「ダメダメ!お前は弱いんだから!」

 

「がふ!」

 

ダメージを受けた。

吐血しそうだったが踏ん張っているとベポにどう見ても食べきれない量の料理が乗った皿を渡される。

食べきれないと言うのに場の雰囲気に酔ったのか聞く耳を持たれなかった。



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05

「それにしてもお前ほんっと間抜けだよなァ。強盗に人質にされるとかどんだけ運悪いんだ」

 

ケラケラとからかうように笑うシャチに好きで捕まったんじゃない、と言う。

それに元はといえばローが渡した現金があったから、預けにいったのだから原因を作ったのはローだと思うし、強盗は本当に自分の運の無さが招いた事態だ。

文句を胸に押し込めつつも助けてもらった事には変わりはなく、今だ笑っているシャチを放置して彼の所へ向かう。

酒を水のように飲む姿に豪酒なのだと思い出す。

 

「なんだ、不細工な顔して」

 

「うわ、うわないわー。せっかくお礼をしようと思ったのに萎えましたあああっ」

 

不細工な、と言われて喜ぶのは魔性のMしかいない。

なので心は大荒れになりプイッと顔を背ける。

 

「礼?……へェ……じゃあ俺の言うこと何でも聞けよ」

 

「あれ、その台詞は窮地に陥った助けられた側が言う言葉ですよね、ローさんが言うべきものじゃないですよね、ね?」

 

「うるせえな。助けてやった命を俺がどうしようが俺の勝手」

 

「なにこの人俺様過ぎっ」

 

ドヤッとした顔をまた拝んでしまったリーシャはげんなりした表情で突っ込むが、彼には聞こえていないフリをされた。

何をするんだろうと待っていると、持っていた酒瓶を横に移動させ空のコップを自然に握らせられ、注がれる透明なアルコール飲料。

まさかと顔を窺うと、そのまさかで眼が飲めと言っていて、苦い顔をする。

 

「私世界一お酒が苦手なんですけど」

 

「なら飲め」

 

(ならってなんだよ!)

 

不貞腐れながら一気に飲む。

ここまでされて逃げることは不可能だ。

グイイイ!と煽るとコップをドンッ!とテーブルに置いた。

 

 

 

***

 

 

LAW-side

 

 

 

「いい飲みっぷりじゃねーか。嫌とか言いながら実は」

 

「苛めないで」

 

「は?苛め?」

 

礼がしたいと言うから酒を飲ませたのたがどうも様子が可笑しい。

身体は小刻みに揺れ瞳はうっすらと色気のあるものになっていた。

世界一嫌いなものを飲ませた後の反応に興味が湧いた故の今なのだが頬は赤く色づき心なしか息も荒い。

 

「お前……酒飲むと性格変わるのか」

 

「ひゃ、ご、ごめんなさい!」

 

別に怒ったわけでも睨んだ訳でもないのにいきなり謝りだされ心底面倒に思った。

よたよたとおぼつかない足でこちらに来て膝に頭を乗せ懇願してくる姿に無意識に自分の喉がごくりと鳴る。

 

「お願い……もう許して……」

 

何を許して欲しいのか分からない。

酒を飲む事かと考えるが、上目使いに己の中の雄がズクリと震える。

このままここにいさせてはいけないと冷静さがまだ残る脳はリーシャを抱き上げさせた。

そこに居る船員達にこいつを寝かせてくる、と言い後は任せる。

 

(酒を飲ませるとこんなにも変わるのかよ……明日には忘れてそうだな)

 

本人の飲む前の反応を見るからに性格が変わるのは知っているが何が起こったか知らない様だった。

本人曰くこれでも良い年らしい。

 

「おい、水飲め」

 

「ん、飲めない……頭ふらふらするよ……」

 

自室のベッドに寝かせ水を汲むが受けとれそうにない様子にローは自身が招いた事だと言い聞かせ背を支え起き上がらせる。

しかし、手も動かさない寄った女は濡れた唇で命令してきた。

 

「飲ませて……?」

 

大胆な言動になったリーシャは普段とは比べ物にならない程色気があり脳内に邪な思考が蔓延る。

こうなってしまえば後は枷が外れてしまい自制が聞かない、そんな音が聞こえた。

 

「そうだな。俺に命令したんだこれくらいは貰わねェと」

 

「?、ロー、さん?」

 

グッとコップを口につけ一口分を入れると直ぐに彼女の柔らかな唇に押し付ける。

夢心地な記者は何をさせているのか分かっているのかいないのか口を少し開け水を求めた。

その隙に口内へ舌を入れ慎ましい小さな舌に絡める。

卑しい音をさせて何度もリーシャを夢中になってしまう程求めた。



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06

朝起きると何故か半裸のローが居て数分身体が硬直した。

ゆるりゆるりと動き出した脳は取り敢えず服を着ていた事を確認し安堵する。

どうやら昨日の記憶がお酒を飲まされた辺りから全くない。

 

「何かしちゃったか!……やばあああ」

 

「朝から何唸ってんだ」

 

「ぎょあっ。ローさん!起きたなら起きたって申告して下さいよお……」

 

「色気のねェ声出してんじゃねー。申告する義理もないな」

 

「む、じ、ひっ」

 

「無法者が無慈悲の何が悪い」

 

「いや別にそこまで言ってな、じゃなくて昨日の記憶がないんですけど私何かやらかしました!?やらかしましたよね!」

 

必死に問うと暫しの沈黙の後特になかったと言われ確実に何かやらかしてしまったのだと落ち込む。

ローはその細身に対し無駄のない筋肉質な身体を動かす。

そこに目が止まりまじまじと見た。

 

「凄い刺青……!」

 

「あ?これか……普通だろ」

 

「いやいやいや!凄くたくさんです!」

 

興奮して刺青を見ているとローが触るかと尋ねてきて首を振る。

別に減るもんでもねェと言うから少しだけならその刺青に触れたいと気持ちが揺らぐ。

 

「じゃあ、失礼します……」

 

胸の真ん中にあるマークの刺青に触れるが特に何かがあるという感じはなく不思議だ。

肩にある部分にも触れるが同じくでこんなもんなのかと感動。

 

「ローさんが海賊らしい部分を現した場所なんて刀と目くらいだと思ってましたからなんか新鮮です」

 

「ほう……?」

 

「え、今のは褒め言葉ですけどどど!」

 

「くくく、冗談だ」

 

「わ、笑えない脅し方しないで下さい……」

 

こうやって身体を見ると凄く鍛えられている。

 

「あ、私もう行かなきゃ……ぐへ!」

 

船に戻らなくてはいけないとベッドから降りると何故かローが襟首を掴んできた。

 

「ちょ、くる、苦しー!」

 

「また不運に見舞われるとこっちが迷惑だ。俺も行くからまだ行くんじゃねェぞ」

 

「だから、好きで見舞われてる訳じゃないのにいい……」

 

そう口にしながらお腹も空いた事に気付きローに食堂へ先に行くと伝え部屋を出た。

 

「今日の朝食何かなー」

 

「海老フライだ」

 

「あ、ペンギンさんおはよーございますっ。今日もイケメンですねええ」

 

「ああ、おはよう。さっき船長室から出てきたが……」

 

「!……ローさんとは何にも過ちを犯してませんん!誓います、誓いますっ」

 

「いや、わ、分かった。分かったから」

 

苦笑してリーシャにストップをかけるペンギンに誤解が解けたと安心する。

 

「何してる。行くぞ」

 

後ろからローがやって来て、襟首をまたもや掴まれて連れていかれる。

ペンギンが手を振ったので振り返すと不機嫌な声音が落ちてきた。

 

「余所見してたらぶつかるぞアンポンタン。早く飯食え。とっとと船に行くぞ」

 

「今私めちゃくちゃ理不尽な暴力を精神的に受けてるうう」

 

涙目になりながらも彼が楽しそう笑うのを見てこっちも笑い返した。



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07

「ガチで凍死する……ガチデ」

 

呂律が回らないのはこの異常に低い気温の帯域のせいだ。

冬島が近いのかここはとても寒く持ち寄った服や何やらで辛うじて辛抱出来ているがこれ以上下がれば命を失う可能性もある。

どこぞの潜水艦のように鉄壁でも頑丈でもない簡素な船は体温すらも防げない。

 

(それにしても……寒……そして島すらも見当たらないとかもう最悪)

 

この船には一人だけなので見張りも自分で行わなければいけない。

こうなれば次の島で故郷に帰る事を決める必要がある。

このグランドラインは人を試す。

グランドラインが追い付いていないのではなくリーシャがこの場所に追い付いていないのだ。

つまり自分の限界がもうすぐそこというわけで。

歯を鳴らし暖かな場所は探してもどこにもなく心なしか眠たくなってきた。

 

(どっかで寒い場所で寝るのは自殺行為とか……聞いた、こ)

 

もう思考も上手く回らずうとうととなっていると耳が水飛沫の音を拾い、疑問に思うが目がもうぼやけて開けられない。

すると微かにこの小舟が揺れて靴の音が聞こえたような気がした。

 

「こんな事だろうと思った」

 

心底呆れた声音、テノールの声が聞こえ既に目を閉じた状態では判別は出来ない。

最後に感じたのは身体が浮遊する感覚と何かが触れている場所がとても暖かくて、もしかしたら涙を溢してしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんん」

 

掠れる声に意識を浮上させればダルい感覚に違和感を感じながら目を開ける。

 

「ここ……」

 

回りを見回すと幾度となくお世話になったハートの海賊団の医務室。

そう認識すると同時になぜここに自分がいるのだろうと思い出しあの寒い場所は夢だったのだろうかと必死に考える。

 

「なんか……ダルい?」

 

「勝手に起き上がってんじゃねェ」

 

「!?……ロ、ローさん……」

 

いつの間にか扉の前に居た男に肩を揺らす。

 

「低体温症……あと熱、お前は確実に病人だ」

 

「や、確かにそれっぽい感じはしますけど……迷惑はこれ以上」

 

そう述べながらベッドから降りようとすればドサッと目の前に移動していたローがリーシャをベッドに押し倒す。

びっくりして声を出せないでいると彼は上に跨がりキツく怒った顔で耳元へ唇を寄せる。

 

「医者の言うことは聞け……じゃねェと後悔するぞ」

 

「こ、後悔?」

 

ごくんと生唾を飲み込むと妖しく微笑む外科医はリーシャの耳をそのまま甘く噛む。

 

「はう!……て、や、めてくださいよっ」

 

「耳が弱いのか?」

 

無視をして次は首に噛みつき欲を持った舌が舐めた。

危うく変な声を出しそうになり口を塞ぐ。

そうしている間に服の下から手が這うてきてビクッと反応する。

うねり弾力をつけ腰を撫で付けるローの顔はギラギラとしていて自分の中の女が勝手に意図せず疼く。

やめてと頼んでも這う手も唇も止まらない。

 

「は、あ……駄目、です……ローさん……私は、駄目」

 

「へェ?何が駄目なんだ」

 

今している事だと言わせる為の誘導に顔が赤くなる。

 

「リーシャ……」

 

名前を呼ばれ顔を向けると欲に縁取られた瞳が射ぬいてくる。

一瞬それに見惚れると隙をつかれ唇をそっと撫でくる浅黒い指先。

く、と唇を開けられ指先を加えさせられる。

 

「は、厭らしい顔してるぜ」

 

そういうローも厭らしい笑みを浮かべている。

 

「ひゃふう……」

 

「さて、戯れはここまでだ」

 

そう彼は言うと、リーシャの唾液に濡れた指を抜き、そのままそれをローは己の口に持っていくと舐め取る。

その恥ずかしい行為に目を閉じるが聴覚がくちゅりと卑猥な響きを持つ音を拾ってしまい嫌でも彼が指先を舌で舐めている光景が瞼に浮かんだ。

 

 

 

***

 

LAW side

 

 

 

「やっと大人しくなったか……世話が焼ける」

 

すやすや眠る彼女はどうやら先程のR十五程度の行為にキャパシティーを起こし、半ば意識を失うように目を閉じた。

勝手に降りようとした報いだと内心悪態をつく。

最初にリーシャを見つけたのはベポだった。

航海士のベポは海の周りに何か物体があると報告し、虫の知らせが騒がしいと動物の勘を起こすので、取り敢えず気が済むのであればと浮上したのだが。

 

(凍死寸前だったアイツを見つけた)

 

たまにベポの虫の知らせがリーシャの悪運を知らせることもあったがここまで死にかけていたのは初めてかもしれない。

低体温に熱に眠気と来たら待つのは死。

もし見つけるのが遅くなっていたら確実に死んでいただろう。

 

「つくづく目が離せなくなる」

 

離してしまえば死亡フラグを次々と持ってくる。

 

「ベポ、心配なら早く入ってこい」

 

「うん……」

 

リーシャが意識を失う辺りから部屋の様子を窺っていたベポを呼べば入ってくる白熊。

一番リーシャを気にかけているのはこいつだ。

 

「ねえキャプテン」

 

「あ?」

 

「リーシャが、おれ達よりも死を悟ってる事知ってたか」

 

「悟る?病気でも患ってんのか」

 

「違う。病気じゃない」

 

ベポが言うにはかつてリーシャがころっと死んでしまっても仕方がない世界だからいつ死んでもいいのだと諦めていると洩らした事があるという。

海賊のロー達は戦いで死ぬことを覚悟して海に乗り出しているが彼女は何を持ってそう思っているのか。

 

(命に執着心が感じられねーのはそういうことだったのか)

 

いつもへらりと笑うリーシャからは想像できない思考。

凍死しかけても対して恐怖も感じられず、強盗にあっても怯えなかったのは慣れもありそれもあったというわけだ。

 

「キャプテン、おれ……リーシャには生きて欲しい。死んで欲しくない」

 

「そのままお前の気持ちを言えばいい……そしてアイツの命はアイツのもの。最後に決めんのはアイツだ」

 

ローの後味が悪いとかいう意味でも、少なからず面白い女と認識しているので簡単に死なれるのは困る。

 

(せっかくこうして生かしてやったんだ。その分はきっちり返してもらうぜ)

 

本人の意見も権限も無視をした事を考えているローはニヤリと口を独りでに上げた。



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08

その後、数日熱を出して落ち着いた頃には完全な病人と化していた。

 

「……んむ」

 

「熱くないか?」

 

「うん。ちょーどいいよベポくん。おかゆまで絶品なんてコックは天才過ぎだね……ん」

 

只今身体を動かすなとローに強くキツく言われているリーシャにおかゆを食べさせているベポに申し訳なく思いながらも美味しいので遠慮なくモクモグと口を動かして咀嚼中。

本当のところかなり数日前よりも動けるようになったのにこの扱いはそろそろ勘弁してほしい。

でないと腕が退化してしまう。

 

「ベポくん、ローさんはいつになればこの船から出してくれるのか知ってる?」

 

「聞いてないな」

 

ハッキリ言うベポにがっくりと肩を落とす。

全て平らげるとタイミング良くシャチが入ってきて元気か、と声をかけてきた。

もう元気なんだけどと恨みがましく訴えてみても知らぬふりをされそうかと流される。

人生ゲームを今日も手に持っているのでしようということかと意思を汲み取るとわくわくと胸が踊った。

それを見てお前は好きだな、とベポに言われ頷く。

 

(人生ゲームとかやる機会なんてなかったし)

 

こういう類いのボードゲームは好きな方なのだと初めて知ったのは四日前で、シャチが暇をもて余しているリーシャにと持ってきてくれたときに発覚した。

やればやるほどハマリ飽きは来ない。

 

「昨日終わったから一からだねっ」

 

「おれは銀行員でベポは漁師でお前は」

 

「海賊ね。見事に可笑しな人生だった……」

 

「そうか?俺は違和感なかったぞ」

 

ベポにそう言われ複雑な顔をする。

 

「私程……似合わない人間はいないよきっと」

 

落ち込みながら述べれば励ますようにシャチが人生ゲームを始めた。

 

「やったあ!二十万ベリーゲットっ」

 

「たった二十で満足してたら金持ちになれねえぞ」

 

「えー?……確かに億万長者にはなれない……」

 

考えたらすぐに分かる結果に萎むが次はベポの番になり今は本屋として働いている彼が本を売り付けてきた。

 

「相変わらずラインナップおもしろー!エロ本?」

 

「本の種類が少なくて面白味ねーって言い出した奴が自分達で種類増やそうって言った結果俺等の趣味が詰まってるんだぜ」

 

シャチが得意気に紙に書かれた本の名前をヒラヒラと見せた。

本当にたくさんある。

 

「じゃ、エロ本で」

 

「おま、仮にも女がエロ本を選ぶな!」

 

「女だって、エロ本を選んでもいい筈ですー。男女差別をゲームに持ち込むのはどうかと思いまーす」

 

「ぐ」

 

最もな正論に彼は敗けを認めリーシャは初のエロ本――と書かれた紙を手にいれる。

やっほーいと掲げるとそれを後ろから浅黒く指先一つ一つに刺青を彫った手が掠め取った。

 

「私のエロ本!」

 

「……楽しいか?」

 

「うん!だから返却!」

 

呆れた顔でそれを眺め心底馬鹿にするような事を言うローに頷き手を出す。

それに乗せた彼はテーブルを覗き込み納得したようだ。

 

「だからそんな紙切れがあったのか」

 

「ローさんもやるー?」

 

「キャプテンはこういうのしないんだリーシャ」

 

ベポが口に出す言葉にそっかと項垂れる。

 

「いや……してやるよ」

 

「え」

 

「え」

 

「ほんとーですか!?じゃー皆でもう一度初めからしよ!」

 

リーシャが声に出す前に固まってしまったシャチとベポを無視して空いている椅子に座るロー。

 

「何ぼんやりしてる」

 

目で早く準備しろと二人に言う彼に二人はフリーズしていた身体を慌てて動かしいそいそと回収とそれぞれの必要なものを配る。

一応自分もと手伝おうとしたのだがローにお前は動くなアホと罵られ手を引っ込めた。



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09

だらだら。

ゲームをしているのにこの異常な緊張感は何なのだ。

周りには野次馬な船員達で部屋は満員状態。

正面には妖しく笑いこちらの様子を見ている死の外科医。

横にはもはや自分はどこかへ行きたいとでも思っているのだろうシャチ。

その正面には既に何故か鼻ちょうちんを製作している爆睡した白熊。

そしてリーシャはこの呪縛じみた勝負を今すぐ放り出したくて仕方がない。

 

「あのお、私もう降り」

 

「いい度胸だ。この俺に背を向けようってのか」

 

「ただのゲームにそこまで言いますか!?」

 

「それに賭けをした。お前が降りれば自ずと俺が勝つ」

 

「理解してま」

 

「お前の命を救った、恩があるのは……誰だ?」

 

「ううううう、分かりましたよ~……ほんと鬼畜の申し子」

 

「……勝つのが楽しみだ」

 

最後の方はボソッと言ったのに地獄耳だったローは末恐ろしい発言をした。

身震いしながら先程まだゲームが始まる前に彼が突然賭けをしろと進言してきた事を思い出す。

 

『俺が勝ったら言うこと聞け、なんでもな』

 

『わ、私が勝ったら?』

 

『はっ……万が一そんな奇跡が起こったらお前の言うことなんでも聞いてやるよ』

 

鼻で笑われたので悔しくて勝てる確率はゼロに近いくせに受けてしまった馬鹿な自分に辟易。

 

(私一応病人なのにこんな扱い……酷い)

 

泣く泣く勝負することになる。

しかし、やはりゲームは楽しくて継続していくとどこからかローがゲームに参加しているという情報を得たハートの海賊団の船員達が続々と部屋に集まってきてから全てが変わった。

楽しかった時間も後半になりいつの間にかローとリーシャの二人の勝負のような空気になったのだ。

汗をだらだらと流す自分に対し彼は余裕を表すように涼しげにマスを進めていく。

人生ゲームがいつの間にかデスゲームになっていると気付けないまま着々と進む。

人生ゲームに運は付き物で、ポーカーとは違いイカサマをして勝つようなものではない。

だからいくらなんでもローが勝つ可能性は五分五分。

 

(人生ゲームなんかで負けるわけない)

 

先にゴールした方が勝ちなのだが今は半分と言ったところか。

ローはサラリーマンでリーシャは花屋だ。

 

(ていうか)

 

「何かベポの進み具合が早い?」

 

四人でゲームをしているのだからローと自分以外が勝つ可能性もあるんじゃないかと内心猛烈にガッツポーズする。

このまま行けばゴールインするのはベポだ。

そうして喜んでいるとローが飽きれ果てた声音でお前はバカかと言われブーイングする。

 

「何がですかあ」

 

「俺とお前のどちらかがゴールするまでが賭けに決まってんだろ」

 

つまりベポがゴールしても何の意味もないと言う。

それにショックを受けるとローはまた一つサイコロを転がした。

そして、先程から嫌に六が多い。

イカサマでもしてるんじゃないかと疑う。

 

「何回か振れば目くらい好きなの出せるだろ」

 

「だ、出せませんよ!それ狡すぎやしません!?」

 

「狡くねェ……イカサマじゃあるめーし」

 

このままでは負けてしまう。

ローの言うことを聞く事になりリーシャはローに命令出来なくなる。

 

「うう~、負けるううう」

 

「くく……気が早ェ」

 

「余裕だからって……」

 

その笑みがシャクで恨めしく感じた。



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10

ゲームボードの上に鎮座する駒を見て顔をテーブルに半ば崩れ落ちるように突っ伏させた。

 

「やっぱり負けたあああ!」

 

うおおおと泣くリーシャの背中を慰めるように擦るベポ。

船員達も終わった余興にバラバラと部屋を出ていく。

その際に「ご愁傷様」やら「頑張ったな」などの言葉が聞こえ自分が負けたと更に思い知るだけであった。

シャチも相手が悪かっただけだと言うがそれをもっともっと早く言って欲しい。

目の前には悪魔の顔をするローがまた貸しが一つだなと言うのでそろりと顔を上げる。

他に貸しがあったかと疑問を投げ掛けると周りは呆れたように笑う。

 

「何回お前の遭難や不運を助けたと思ってる。こっちは慈善事業でやってんじゃねーんだ。タダだと思うなよ」

 

「頼んでないのに来る時もあるのにですかあ?」

 

「はァ?……この船に乗ってる時点で俺がルールだ」

 

そう言われグッと喉に反論が押し留まってしまう。

海賊の長がルールと言うにはかなり説得力はあるが自分は船員でもないのにと不満が残る。

 

「じゃ、じゃあ次から……助けないで下さいよおお……自分で何とかできますもん」

 

「どーだかな」

 

めちゃくちゃ信用していない返しに次こそは絶対自分の力で乗り気ってやると意気込んだ。

 

 

 

島に着くとすっかり体調も改善しており下船した。

もちろん社会人としてちゃんとローにも降りる前にお礼を言うのは忘れない。

賭けの何でも言うことを聞くのは機会がある時に使うと言うので無茶なことを今日明日に言われなくて済むと安堵。

町へ繰り出すと取り敢えずバイトを探した。

 

「で……何で彼等が……不幸だ」

 

この島には幾つも酒場があるのに依りにも寄ってこの酒場を貸し切りにしてきたハートの海賊団ご一行。

今回も狙ったわけではないと感じたのは島でも指折りの美女達が揃う酒場だからと納得。

規模が大きな酒場は自ずと給料も高額なのだが次からは小さい場所を選ぶ方が良いかもしれない。

そしてこの店は酒場と夜の店を伴って運営している。

自分は短期であくまで酒場のみのバーガール。

オーナーにもオンリーで良いと言われているので夜の店は美女達に任せる。

そう思いながら美女を数人両脇に侍らすトラファルガー・ローの写真を何となく撮った。

弱味を握りニヤリと笑みを浮かべると鞄に写真をし舞い込み厨房の仕事を手伝う。

こうなればずっとここにいようと決めサクサクと進める。

 

「ジャガイモ洗う……と」

 

頼まれた事をする為に裏に行けばそこには地に膝を付けて正に下戸真っ最中なシャチとばったり出くわす。

相手がこちらを向く前に顔を背け移動した。

 

「危な」

 

もう少しでバレる所だったと胸を押さえつつ芋を洗う。

その作業を終えて戻ればそこで何故か美女達が怒っていた。

 

「私が先よ!」

 

「後輩のくせに生意気よ」

 

ここは店員の通る通路で、そこで言い合っているということは何かトラブルなのか。

それを内心苦笑して見ていると取っ組み合いが行われどうしようと慌てる。

騒がしさに他の店員も何事だと見に来て止めようとした。

 

「店の中で揉めるな!」

 

ついにオーナーが現れ二人を止めにかかるがあまりの気迫と勢いにオーナーも弾かれ、それに巻き込まれる勢いでオーナーがリーシャとぶつかる。

 

「うぶ!」

 

ドンと押され弾き飛ばされると地べたに這いつくばる形で転ぶ。

 

「え!リーシャが飛んできた!」

 

声に上を向くとベポが居てローとも目線が確実に合わさった。



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11

「またか」

 

「オキャクサンハジメテミルネ、ダレカトカンチガイシテルヨ」

 

「……下手くそな」

 

ペンギンが小さく呟いた言葉にムッとなる。

しかし何か言う前にローが美女達に席を立てと言う。

それに近くにいた船員が残念な声で意見を言ってきた。

 

「え!船長ー。ここの店は指折りの美女を揃えた酒場なんすよ。なのに勿体無い!」

 

最近入ったばかりの船員が洩らす反対の言葉にリーシャもそうですよ勿体無い、と加勢。

美女達もそうよと言うがローは額に皺を刻み低い声で告げる。

 

「おれに命令するな。早く退かねーとこの店を潰すぞ」

 

「やめてローさん!潰されたら私凄く困っちゃいます!」

 

その本気の脅しにさすがの美女も怯えてそそくさと店内の奥に去る。

ぽつんと残されたリーシャはそれを見送った。

そして、空いた場所を指して彼は座れと言う。

自分はそういう接客はしない契約なのだと言うとローは軽く舌打ちし能力でツマミとリーシャを入れ替えた。

ドサッと高級か不明のソファに強制的に座らされるとあれよあれよと周りをローとベポで固められる。

ならば後ろからとソファから降りようとすればベポが話そうと腰を掴み身動き出来なくなった。

 

「す、少しだけなら……だから手を離してベポくん」

 

已む無く座り直し隣のローは嘲笑うように笑い酒を煽る。

悔しくてこうなればとベポに提案した。

 

「ね、ベポくん。この店で一番高いお酒頼まない?」

 

「フフフ……開き直るのが早ェな」

 

からかわれている声音で言われるが関係無いと好きなだけ言わせておく。

 

「頼んで欲しけりゃこれくらいさせるもんだ」

 

と太股の服を上に押し上げながら撫でてくるローに小さく飛び跳ねる。

セクハラだと言うが酒場じゃ普通の事だと言われ、だが自分はそういうのは担当していないと押し切った。

しかし、太股を這い上がる手は止まらない。

 

「っ」

 

「ベポ。一番高い酒頼んどけ」

 

「アイアイ」

 

ベポは真横で何が行われているのか気付いていないようで、呑気に店員に頼む。

微弱な弾力を付けながらやわやわと触る手に変な感情が胸を支配する。

そろそろヤバイと手を止めさせると手も掴まれ帽子で普段見えにくい黄色と茶色の交ざる瞳に射ぬかれた。

 

「さっきお前が巻き込まれた女共の争いは俺が原因でな」

 

「えー。ないわあー」

 

「俺もうんざりしてた所だ」

 

「うんざりとかないわー。それを言える男の人は希なんですからねー。ハーレムしたくても出来ない人が世の中には沢山居るんですからねえ」

 

そう口にするとローはクスリと笑い太股から手を退ける。

やっと離れ安心すると、彼はいきなり腰を掴み引き寄せてきた。

 

「わ、ちょ」

 

「いい女が離れていった責任取れよ」

 

と言われてもローが進んで退かしたくせに。

 

「お酒は注がせていただきますよーだ」

 

もうここまでしてしまうと逃げられないと悟り、ひたすら彼等に酒を注ぎ続けた。

 

 

 

 

翌日二日酔いで寝込んでいると、突然ローが音もなく部屋に侵入してきた。

驚きはするものの頭の方がガンガンと痛くて吐き気も催すので反応は難しい。

いつもの能力を使い入り込んだことは明白でジト目を相手に向けるとそ知らぬ顔でこちらへ来て白い小さな袋を取り出した。

 

「それは、裏で……入手した、ヤバい粉ですかっ」

 

「んな訳あるかアホ。頭痛役だ……てめーに粉飲ませて何の得があるんだ」

 

「いやはい最もなご意見ですね……生意気、言って、すみ、うぷ!」

 

吐き気に洗面器を引き寄せると近くで袋のカサカサと言う音が聞こえローがそれと水の入ったコップを渡してくる。

受け取り苦そうな粉を口に入れ水で流し込むのを経てベッドに倒れ込む。

ううう、と唸ればローは無計画な奴と罵り去っていった。

せめて労りの言葉が欲しかったと涙をほろりと流し、起きる頃にはこの地獄が終わっていますようにと祈りながら眠りにつく。

 

 

 

 

 

次の日は昨日の痛みがなくなりいつも通りの朝を迎え本気でローに感謝した。

彼はとても残忍と言われ実際もそうなのだけれどリーシャにとっては、根は悪い男ではないという認識だ。

昨日もあれこれ言いながらも頼んでもいないのにわざわざ様子を見に来て薬をくれたし、遭難や事件に巻き込まれると助けてくれる。

自分の不甲斐なさが生む問題が圧倒的に多いのにローは見放しはしなかった。

最近はそれが当たり前になってしまったがリーシャの今の力では一人でこれからも生き残れない。

やはりグランドラインを去る方向で検討した方が良いだろう。

露天や店のウィンドーを見ながら歩いていると夜が迫った通り道でベポを見掛ける。

向こうもこちらに気付き手を振ってくるので可愛さにキュンとしながら振り返す。

ドタドタとリーシャの方へ駆けてきた白熊が昨日の一昨日の酒場と昨日の二日酔いについてもう平気なのか、と聞いてきて涙がちょちょぎれそうになった。

ローもベポのこの優しさを少しでも別けてもらえばいいのに、と本人がいたら確実にシバかれることを考える。

 

「お前は弱いからな」

 

「ぐっはー!ベポくん言葉のナイフが刺さったんだけどっ」

 

痛がる演技をして傍にあるベンチへへたり込む。

それにベポも座り並ぶ形で二人はお喋りする。

 

「分かってるよおお……弱いことくらい。だから故郷に帰ろうって思ってるくらいだし……」

 

身の程を知る、それがこの海で、この世界で自分のような弱者が生き残れる術なのだから。

それを話すとベポはビクッと巨体を揺らす。

 

「え!故郷に!?じゃあグランドラインから居なくなるのか!?」

 

「うん、自分の力ではこの海は渡れないから帰るよ……」

 

「でも、キャプテンの記事……」

 

「私よりも良い記者なんてゴロゴロ居るから……それに特に宛てもない船旅だったし」

 

そう言い終えるとベポはあわあわと挙動不振になり、最後に「俺は、お前の事気に入ってるんだーっ」と惚れそうな言葉を叫びベンチから向こうへ走り去ってしまった。



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12

ベポを追うにしても、もう俊敏な熊には追い付けそうはなくて、仕方なく町に戻る。

歩いていると近くで破裂音が聞こえ、またもや不幸が、と嘆く。

 

「子供が中に居るぞー!」

 

そんな叫ばれた内容に、野次馬に混ざり、見てみれば二階に小さな男の子がわんわんと泣いていた。

もう入り口も大人が入れるスペースはなく救出は不可能に思え、周りの人達は諦めの表情をする。

リーシャは子供を一直線に見ると近くにあった、まだ水の入っているバケツを掴み、徐に上から被った。

 

「おい!何してる!?」

 

こちらに気が付いた男性が来る前に建物へと入る。

熱くて目を開けるのも難しいが、兎に角階段を探すとそこへ駆け上って子供の泣き声がする方へ走った。

扉を体当たりで押し入り、泣きじゃくる子供を抱え、元来た道を行く。

入り口に近付けば、前に木製の柱か何かが落ちてきた。

子供を下ろし、その隙間を通るように言えばその子は怯えながらも入り口へ向かう。

木片を上げようとしても上がらず炎に囲まれる。

 

(まさか火炙りで死ぬとは……)

 

今回は流石に諦めるしかなくて座り込む。

近くで何かが崩れ落ちる音がして、火ではなく物に押し潰される可能性も出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何座り込んでる」

 

「!……ローさん!どうしてここに?」

 

突如後ろから声が聞こえ振り向くと、いつもと何ら変わらない、けれども額に青筋を浮かべたローがいた。

 

「近くを通りかかったら女が炎に突っ込んでいったと聞こえたもんで、来てみりゃあやっぱりお前だったわけだ」

 

呆れた溜め息を吐くローにもう常習犯だからと言われた様で申し訳なく思う。

確かに不運で不幸に合い易いし、悪運が強い訳でもない。

そんな自分はこの先の航海にすら出る力もないのだ。

もうベポに故郷に帰る話は聞いているのだろうか。

そんな事を考えていると腕を上から掴まれる。

 

「行くぞ」

 

「この前、もう助けなくていいって言ったじゃないですか……自分で何とかしますからローさんは先に脱出してくださいよ……」

 

俯きながら言い終えるとローは舌打ちしリーシャを無理矢理立たせる。

 

「ですから、っ!?」

 

もう一度言いかけた言葉はお腹の強い衝撃によって続かなかった。

視界がぼやけ、一瞬で意識がブラックアウトする。

 

「お前のそういう所が俺は嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めるとローの船の医務室に居た。

横を向くと本を読む男が居て、目を見開いた。

どうしてこんなにも構ってくるのだろうと頭を掠め、火事現場に置いていかなかったあの時の暴挙に自分でも溜め息をつく。

 

(自分で何とかするとか絶対に無理なのに)

 

あの時、彼は怒っていた。

こんな所で何を座っている、と聞かれ連れ出そうとしている女がどうにも出来ない筈なのに自力で脱出出来る訳がないと見破られていて。

殴られたお腹がまだ重く痛む。

 

「考え事か」

 

「はい、少し」

 

本を読んでいたペンギンがそれを閉じると徐に立ち上がる。

 

「あっ、ペンギンさん。ローさんに私の事を聞いていますか?」

 

「ああ……火事の現場に居たとだけ」

 

それを聞いて救出を拒否した事は言っていないのだと意外に思う。

ペンギンは黙り混んだリーシャの頭を軽く撫で、部屋を静かに去った。

恐らくローに起きた事を伝えに言ったのだろう。

今はローとは顔を会わせ辛く、どう話そうかと悩む。

その間にも扉の向こう側からこちらに近付く足音に、反射的に布団を翻す。

 

「…………おい」

 

(寝たフリだけでもしてみよ)

 

布団を目一杯被っているので今の状態は端から見れば白い塊であろう。

呼吸を定期的にし、あたかも寝ているように偽装工作をするが、話し掛けてきたのに返事を返してこなかったからか、少し乱暴に布団を引き剥がしてきた。

ローにしては感情的な行動だと思いつつ目は開けない。

 

「俺の前で狸寝入りたァ良い度胸だ。バラされたくなかったらさっさと起きろ」

 

「くっ、脅しは卑怯ですよ……」

 

バレていることに、早々に諦め、目を開けて起き上がる。

軽く恨めしさに目をすがめるが本人は聴診器を首に掛けて服を脱ぐように言ってきた。

 

「や、やですよ!恥ずかしくて出来ません」

 

「お前の体を見ても何も思うわけねーだろ。それにこれは命令だ。前にも言ったが医者の言うことは聞け。さもねェとお仕置きするぞ」

 

「だから力で捩じ伏せるのは反則ですよっ」

 

ひええ、と泣く泣く服を胸の下ギリギリまで上げればローは呆れた顔で服を掴み、こっちの譲れる境界線をグッと押し上げた。



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13

「ちょっ~~~!!?」

 

「診察するくれェで一々恥ずかしがるんじゃねェ」

 

「そ、んなの、む、り!」

 

恥ずかしさで頭がパニックになっているから上手く呂律が回らない。

やっと絞り出せた言葉にローはあっさりと体に聴診器を当てるとサッと服を下げた。

それに息を付くとジリジリとベッドの後ろへ下がる。

 

「ローさんはデリカシーが足りません」

 

「医者がデリカシーなんて気にしてたら治すもんも治せねェだろうが、馬鹿だなお前は」

 

さもこっちが正論を言ってますよという顔をするローにリーシャは若い人よりも老人の方が良いと前々から思っている。

やはり年が近ければ羞恥心も激しく抵抗感を感じてしまう。

リーシャはむくれながら服を手直しすると彼がこちらを見詰め上から下まで見る。

 

「外傷は特にねェ。外に出ても許す」

 

「は、はあ」

 

こちらが呆けてしまう程脈絡のない話をする相手にベッドから地へ足を付ける。

扉へ向かおうとするとローが呼び止めるので振り返ると、人の悪い笑みを浮かべていた。

 

「借金、プラス五千ベリー追加しておくからな」

 

「えええええ」

 

今までの治療代と救助代を前々から言われているのだが、前に現金を渡そうとしたらいらないと突き返され、これは借りだと言われ、リーシャが渋々ローの言うことを聞いていたりする理由である。止む無く強制連行されても借りがあるだろうと言う脅し文句は恒例になっていた。

内心不幸だと思いながら廊下に出て窓を見ると船は潜水中ではなかったので甲板へ出る。

周りを見回すと数人のクルーが色々とやっていた。

釣りをしていたベポに自分の愛用している船が何処か訊ねると向こうにある、と裏側を指すのでそこへ向かうと、無傷でそこにあった事に安堵する。

それにしても、いつも停めている場所を毎回よく発見出来るなと不思議に思う。

大きな船の隣になんか止めれば木っ端微塵になる可能性があるので出来るだけ離れた場所に停めている。

 

(もうボロボロ……)

 

そろそろ船を替え時かと頭を悩ませ、船を動かし潜水艦を繋ぐロープを解いた。

 

 

 

 

 

ゆらゆら、と漂うように空を見ていた。

 

「うーん、暇だなぁ」

 

恐らくその言葉が自分の不幸を呼んだのかもしれないと、後から思う事を今は知らない。

 

 

 

 

 

--ドサッ

 

「わあ!?」

 

いきなり船が揺れ、同時に何かが後ろで転がる音がした。

端に掴まり揺れが収まると恐る恐る後ろを向く。

 

「え、人?……人!?」

 

突然現れた女の子はよく見てみると"制服"を来ている。

 

「これは……まさか」

 

背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 

 

 

突然現れた人が起きるとここはどこ~から典型的な「そんなの有り得ない」と言い始めた。

一応聞かれた事に答えたのでグランドラインだとか海賊が沢山居る時代だとか言えば、案の定彼女は錯乱したので徐々に確信していく。

 

「あの……私、信じて貰えるとは思わないですけど……異世界から来たんだと思います」

 

震える体躯にゆったりと肘をついていた手を解く。

そして、そうなんですかと一言告げれば彼女はキョトンとした顔で信じてくれるんですかと言う。

 

「信じるとか信じないは関係ないです。けど貴女を次の島まで送る事くらいはできます。ですから宜(よろ)しくお願いします」

 

坦々と言えば彼女は落胆したように肩を落とし、分かりましたと承諾した。

これ以上の厄介な事は背負えない。

グランドラインに訳ありの一般人を連れ回す事等自分には不可能だ。

出来る事は唯一無事に送り届けることくらいだ。

異世界から来て戸惑う子をこれ以上戸惑わせたくない。

 

「私はリーシャ。貴女は?」

 

「私は、マイです」

 

「そうですか、マイさん。ここはとても危険な海です。危機感を持って生活して下さいね」

 

「は、はい……」

 

それから五日が経過した頃のマイの順応性は目からウロコだった。

 

「リーシャさん、魚釣れました!」

 

「リーシャさん、お洗濯出来ました!」

 

「リーシャさん、ご飯出来ましたよ!」

 

そう、言うなればこれは……

 

「嫁っ」

 

マイに聞こえない様に叫ぶ。

到れり尽くせりの状況に悶えたくなるのも致し方ない。

お風呂に入ろうと部屋の外に居るマイへ今行く!と伝え扉を開けた。

 

--ドサッ

 

「痛!!」

 

目の前で何かが落ちる音がして高めの声に前を凝視するとまた、制服を身に付ける女の子。

マイは自身を最初高校生だと言って、これは制服だと言っていたのでまだ十八歳らしい。

だとするとこの子も。

そして二人目の異世界の来訪者に目眩がした。

 

「ヨーコ……?」

 

「!、あんた、もしかして……マイ?」

 

気絶しそうになると目の前で繰り広げられる光景にハッと意識を戻す。

お互いが信じられないという顔をしていて凝視しあっている。

 

「っ、えー!こほん、二人ともこっち向いて!」

 

このまま放置しておくわけにもいかず、注目をこちらに向けさせようと声を出す。

 

「誰?」

 

「この船の持ち主です」

 

分かり易く言うと次はマイにもやった、この世界についての情報を口にするとやはりその子も有り得ないと発した。

有り得ないも何も、と苦笑するとマイと同じく次の島までと言う約束で乗せますと先に言っておく。

そして、二日経過した後のヨーコは正直ダメな子なのだと思う。

 

「貴女も釣りをして下さい」

 

「気持ち悪い」

 

ヨーコが目で示すのは箱に入った幼虫だ。



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14

仕方無く釣り針に幼虫を刺し、それを海に投げ込み竿をヨーコに渡そうとすると彼女は嫌な物を見るように手を見る。

 

「今虫触ったじゃん。そんなもの触れない」

 

「……!……では今晩のご飯は貴女だけ無しになります」

 

「は?……マイ、あたしのご飯抜きにする?」

 

「……っ、リーシャさんが言うなら、する!」

 

二人の間に何があったのかは知らないがマイはヨーコを怖がっている。

昔は易々と言うことを聞いていたのだろマイの拒絶の言葉にヨーコは面白くないと顔を強張らせ、乱暴に竿を取った。

恐らくこのグランドラインに来てからマイは少し変わったのかもしれない。

初めて会った時に比べると明るくなったし、発言もよくするようになった。

 

(て、感心してる場合じゃないんだよねー)

 

この三人の船旅にはもっと差し迫った問題が出てきた。

 

「てことで、今この船にある食料がそこを尽きかけているので沢山魚を釣って下さいねー」

 

リーシャもマイとヨーコの間に座り、再び釣りを開始する。

このままだと飢え死にしてしまう。

空腹のお腹を擦りながら無になろうと目を閉じた瞬間、ぶくりと音が聞こえ、二人の騒ぐ声で目を開ける。

 

「リーシャさん!何か海の中から!」

 

「な、何なのよ!?」

 

目の前には海の一部が盛り上がり、徐々にその姿が露になる。

リーシャはそれが何か知っていたので慌てる二人を見て内心楽しく思った。

いつも一人で何かをするので三人になるとこうも船旅が楽しくなるのだと、初めて感じる感覚。

ザパァン、と水飛沫を上げながら全貌を現したものに二人の目は点になっている。

 

「へ、ふ、船?」

 

「え!?このマークあたし知ってる!!」

 

ヨーコは話題のルーキーも知っていたか、と内心嫌な予感を覚えながら溜め息を付くと船の扉が開く。

小さな船との差のせいで中から姿見せる時は絶対見上げなくてはいけなく、相手は下から見るので毎回首が痛くなる。

それを三人でやっていると尚更可笑しな図になっているだろう。

コツリコツリと靴音を響かせる間に二人は生唾を飲み込む。

緊張を孕んだ空気に苦笑していると不意に響くテノールの声。

 

「誰だそいつらは」

 

「私の後輩です」

 

そう述べれば端正な顔を疑問に歪める死の外科医。

 

「ほ、ほん、もの」

 

隣にいるヨーコが感激染みた声で発するのを聞き、ファンか、と察した。

しかし、マイはリーシャとローを交互に見ていたので彼の事は全く知らないらしい。

ヨーコはかなりの知識を持ってそうだと思い、いつかそれが不運となるか幸となるか。

考え込んでいると白熊のベポがひょっこりと現れ手を振ってきた。

 

「リーシャー!……あれ?知らない顔が居る!」

 

それと同時に梯子が目の前に降りてきたので登る。

二人を見ると不安げにこちらを見ていたので、少し待っているように言う。

甲板に上がると船員達も居て少し驚いた。

 

「お揃いで何かあるんですか?」

 

ハテナマークを頭上に浮かべながら訊ねると船員達はニヤニヤと顔を崩壊させながら自慢げに言う。

 

「「「船長の懸賞金が一億になったんだ!!」」」

 

「…………遂(つい)にかあ」

 

予想外の言葉に暫し固まるとローに向き直りおめでとうございます、と言った。

 

「なんかリアクションが薄くないか」

 

ペンギンに言われ、唸るが特に理由もないので気にしないで下さい、と言う。

そしてローがあの女達は何なんだと言うので男しか居ない船員達が盛大に反応する。

 

「ちょ、だから私の後輩なんですってば!その飢えた目を彼女達に向けないで下さい!」

 

船員等に言うと自分等の破顔した顔に気付いたのか手を頬に当てる狼達。

じゃないと、彼女達をここに連れてこないと言えば「盛らないから!」と必死な男達に不安を覚える。

 

「えっとー、彼女達をここに呼んでも良いですか?」

 

「構わねェ」

 

ローが了承すると更に盛り上がる船。

但し二人が上がりたくないと言えば上がらないと付け足しておき、船を降りる。

船に足を着けるとマイとヨーコが詰め寄ってきた。

 

「ヨーコから聞きました!ここ、海賊船なんですよね!」

 

「そんな所に行って平気だったのあんた!?」

 

「え、うん。無事だよ?……それに顔見知りだから平気。だから二人も良ければ船に来ない?船長も良いって言ってるから」

 

説明すると二人は迷う素振りを見せ、マイは海賊船に戸惑い、ヨーコはローに会いたいようで、どちらも困惑していた。

 

「リーシャさん、私から離れないで欲しいです」

 

「そんなに怖いなら無理に」

 

「い、いいえ!平気です!」

 

「あ、あたしもあんた達が行くなら行く!」

 

苦笑してじゃあ行こうかということで、船に三人でお邪魔する事になる。

甲板へ上がれば船員等が宴の用意をしているのが見えた。

ローは端で胡座をかいてそれを眺めていて、ベポは料理を運んでいる。

三人に気が付いた男達はこちらを見てそれぞれ反応して、彼女達はリーシャの後ろで縮こまっていた。

ヨーコも普段の態度とは違い、やはりまだ子供なんだと頬が緩む。

 

「お、女だ」

 

「ほんとーだ、マジだ」

 

「約束忘れてますよ」

 

リーシャが咎めるように言えば、彼らはハッと宴の準備をし始める。

改めてローの所へ向かうとヨーコがいきなり!?と慌てていた。

 

「ローさん、この子達が後輩です」

 

予(あらかじ)め彼女達にはボロを出さないようにと、リーシャの後輩として振る舞い、設定しておくように説明したのでスムーズに紹介が終わる。

それをローは無言で聞き、そうか、と一言言うだけ。

やけにあっさりした返事にこちらが肩透かしを食らう。

 

「女の子が揃ってるのに……ウハウハしないんですか?」

 

「するかアホ。大体女には困ってねェ」

 

「じゃあ、この子達には絶対手を出さないように皆にも言って下さいね!有り得ないとは思いますけど」

 

「くくく、そうだな」

 

先程の盛らない発言を思い出したのかローは笑う。

それを惚けたように見るヨーコに問題は起こさないでくれ、と祈った。



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15

やがて宴が始まると船員達が二人を紹介しろと煩く言うので渋々二人が座る真ん中の席を立ち、二人に変わり名前を言う。

マイはその場でぺこりと頭を下げ、ヨーコは少し慣れたのか初めましてと言った。

船員達は「マイちゃんとヨーコちゃんか」とデレデレした顔をする。

お酒は絶対飲ませないようにと強く彼等に言っておくが、酔えばそれすらも忘れそうだと頭が痛くなった。

 

「お前、何か痩せてね?」

 

「!、勘違いです」

 

シャチが二人に挨拶した時にそう指摘してきてドキリとした。

食料不足によって体重も減ったが、この船でそれがバレれば次の島に着くまでこの船に軟禁されることは簡単に想像出来る。

しかし、シャチでも気付いたのだからあの男が気付かないわけがない。

 

「……おい」

 

「……ローさん」

 

ヤバいと感じつつ振り向けば少し睨んでいるようなローが居て、来いと言われ嫌々席を立つ。

二人は不安げに見ていたがすぐに戻ってくると告げ、船長へと付いていく。

医務室に入ると扉が閉まった瞬間にローに壁ドンをされ、両脇を腕で塞いでくる。

どうしたのかと惚けるが彼は分かってる事を聞くなと怒っていた。

 

「今度はどんな不運にあった」

 

服の中に手を入れスルリと触り肌が露になるよう捲る。

スッと触診にしては厭らしいとしか思えない動きに小さく声が漏れた。

いきなりセクハラを受けるとは思わなくて咄嗟に脳が反応出来ない。

何があったと聞かれ、何もないと首を振ればいきなりリーシャを抱き上げ診察台へ乗せ、瞬時に服を取り払う。

ローも乗り上げてくるので後ろへ下がるが壁によりそれ以上進まなくなる。

内心どうしようとなけなしの胸がある下着を手で隠し考えた。

 

「少し痩せたくらいで、お、大袈裟ですよっ」

 

「煩ェ」

 

乱暴な一蹴にええええ、と理不尽さを唱える。

しかし、ローはリーシャを追い込むと優しい手つきで身体に触れた。

 

「っ、何か、やらしくないですか?」

 

「気のせいだろ」

 

くつりと笑うローは絶対に分かっている。

声を抑える為に手で口を抑えると彼は徐にお腹へ顔を下げ、なんと、舐めた。

びくりとなり、なぜ舐めるのかと問う余裕もなくネットリと焦らすやり方。

 

「は、あ……っ、や、やめて、ロ、ローさんっ……」

 

「本当の事吐くまで止める気はねーな」

 

そう述べた後に前にされた耳たぶを噛まれ息を呑む。

食べられそうに思え自分の中にある欲でふるりと震える。

 

「っ……!」

 

首を噛まれ肩を揺らすとローの楽しげな声が聞こえた。

 

「わ、分かりました!言いますからっ」

 

「別に無理にとは言わねェ」

 

「う、し、食料不足でこうなったんです……」

 

ローの狡い言い方に悔しくなりながらも白状した。



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16

ローに彼女達の事は一切言わずただの無計画が祟っただけの事だと言うと彼は明らかに納得していない顔を浮かべたが、深く言及はされなかった。

 

「次の島に着くまでこの船からは下ろさねェ」

 

やはり軟禁を告げられた。

しかし、今回は食料がないのでかなり助かったというものだ。

喜んでという意味で頷くとローは最後に頬を撫でてきて労るように顔を辛そうにさせた、かのように一瞬だけ見えたが見間違いだろう。

そう無理矢理思い、ローの手が離れるともう行っても良いかと聞けば彼はああ、と言ってくれたので部屋を出た。

心臓の辺りが少し速く波打つのを感じ息を整えると、彼女等と彼等が居る甲板へ戻る。

扉を開けると既に酔っ払いの余興が始まっており、踊る者や歌う者、お酒を飲み続けている船員達に、明日は二日酔いに悩まされるだろうと先に合掌しておく。

マイとヨーコがこちらに気付き平気だったかと物凄く心配され笑いながら大丈夫だと伝えれば安堵した顔が浮かぶ。

 

「あたし、あのトラファルガー・ローって人好きだけど、実物前にすると威圧感に耐えられない」

 

「私も、なんというか、近寄りがたいです……」

 

二人が両脇でコソッと伝えてくる言葉に腹を抱えて大笑いしたくなる。

確かに普段は恐らく残忍な所業をしているのだろうが、リーシャは自分に対して何かをされたことはなく、実害もない。

どれだけ悪態をついても、キレたりするが、その刃物で血を見せられた事などはなかった。

それは当然ながら彼の能力の特徴だ。

 

「怖がるのも今のうちだから体験しとくだけでも儲けもんだよ」

 

海賊には危機感を持って接しなければいけない。

絶対安全でも善良でもないが、恐ろしい海賊と比べればこの海賊団は比較的に無駄な事はしないのだ。

無闇に人を襲わないし恩義にも固いのかは定かではないが助けてくれる。

二人の怖がっている雰囲気に新鮮な気持ちで眺めながら扉からローが出てくるのが見えた。

先程の卑猥染みた行為をジワジワと思い出してしまい動揺をしてしまっている心の内を納めようと深呼吸する。

 

「今日から島に着くまでコイツらをこの船に乗せる」

 

「え!?」

 

「何ですって!?」

 

マイとヨーコと船員達がどよめき、騒然となるが、ローは毅然とした様子で口を閉じて目をすがめる。

 

「このバカは間抜けな事に食料がない船でグランドラインを進もうとしてやがる。分かったな」

 

然も当然という口調で船員達の同意を求め、彼らはローが大好きなので反論の声など聞いたことはない。

だから今回も反論がないと思いきやシャチが質問した。

 

「部屋はどーすんすか?」

 

「三人に一つだ」

 

その台詞に船員達はホッとした顔になり、彼女達もまだ戸惑っていながらも安堵していた。

三人一組ならお互いの不安を少しでも緩和出来るだろうという彼なりの気遣いだと、二人は気付けるだろうかと少し楽しく感じた。

宴も終わりになり甲板に船員達の屍もどきが転がり、辺りはイビキなどの音である意味静かではない。

そんなこんなで部屋に早々と去るマイとヨーコはリーシャに張り付き、宛がわれた部屋へと向かう。

ひたりと歩く度に軋む木の廊下に、珍しさからか目を仕切りに動かす二人の少女に初々しさを感じつつ部屋に誘導した。

部屋に入ると一人の時より二倍はある部屋で広々とした空間があった。

こんな部屋もあったのかと思い、二人に布団等を渡し、寝巻きとして用意されたツナギを着るように言い付けると水を飲みに行こうと部屋を出る。

その際に二人に必死に早く帰ってくるように言われ、可愛いと思いながら頷く。

パタンと二人が居る部屋を後にするとそこから目線を横に動かした所にローが立っていて驚いた。

 

「どうかされましたかローさん」

 

「二日酔いの薬を渡しとく」

 

「今回はそこまで飲んでませんって」

 

苦笑していると予備用に持っとけと付け足され突き返す事も出来ないので受けとる。

 

「明日からは食えなかった分を補うくらい食いまくれ」

 

「無茶苦茶なんですけどっ!?」

 

そんなことをしてしまえば吐く。

 

「目の下に隈」

 

「はは、今さら何を……チャームポイントの自慢ですか?」

 

「……お前の事だ」

 

バツンとおでこを指先で軽く小突かれあうっ、と間の抜けた声が洩れる。

しかし、やはり目敏い男の目は誤魔化せなかったかと白旗を降った。

 

「ローさんには隠し事、難しいですね」

 

「見張りを一人でこなしてたのか」

 

「彼女達の命を優先してますから」

 

そう告げると死の外科医と呼ばれている男の表情が悔しげに歪められるのが見えたが、それでもリーシャは知らぬフリをした。



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17

翌日から海賊船に乗り始めたマイとヨーコの様子は見ていて面白かった。

 

「コック長さん、このお皿拭かせてもらいますね」

 

マイは彼女らしい家庭的な役割を活かしてコックの手伝いをしていた。

 

「ちょっとシャチ。あんたの竿、引いてるんだけど」

 

「え、うおっ、マジだ!」

 

ヨーコは数週間前まで触れる事すら嫌がっていた魚の餌を釣具に取り付けてシャチや船員と釣りをしている。

シャチとは仲良くなったらしく言和気あいあいという感じだ。

 

「何見てる」

 

「私の可愛い後輩が馴染めてるなーって眺めてます」

 

「うちのクルーも取り込まれてるようだな」

 

「ええええ。なんて人聞きの悪い言い方するんですかああ」

 

わなわなと唇を震わせて言えばクツクツとローが喉を笑わせるのでからかわれたのだと気付く。

 

「お前は馴染まねェのか」

 

「…………なついたら寂しくなるのは人類共通なんですよ?」

 

「寂しい……?」

 

「サヨナラする時」

 

ローが不意打ちで問い掛けてきた事に答えれば、至極真面目な顔とぶつかり気まずさに目を逸らす。

突然彼が肘をかけていた手摺から手を離させるので、手の行き先を辿ると誘導される様にグッと抱き込まれた。

甲板よりも一段高くあるテラスで隠されているので人目についても何をしているかまでは見えない。

現に視界はローのパーカー一色。

 

「私が言った事で胸を痛めたのなら謝ります」

 

「俺が何でお前の言葉に傷つかなきゃいけねェんだ……勘違いするな」

 

#name1#が謝ったのは、自分の言葉がどれ程投げ遣りで自虐的なのか分かっていたからだ。

なついてしまえば離れた時に傷付く事をよく理解していて、ロー達に深く入れ込んでしまえば、いつか来た時の人生の別れの辛さを自分はもう知っている。

人生の別れ程、悲しくて取り残されるものはない。

ましてや、生き甲斐どころか生きる意味を、生きようと思う気持ちが全くない#name1#にロー達のような希望と生き甲斐を持っている人達には邪魔にしかなり得ないのだ。

マイもヨーコも自身のように生きている価値を見い出していない脇役の傍なんかに居させたくない。

楽しそうに笑う顔、声。

 

「こんな私で、ごめんなさい」

 

「煩い」

 

言葉だけではなく、唇からも黙れというように口付けされた。

でも、もう動揺もしなかったし驚きもなかった。

 

「お前はどうしようもねェ弱者だ」

 

呟く男に、苦痛を感じている顔をさせてしまう#name1#はどれ程の痛みを彼に与えているのだろうか。

 

 

 

そっと顔を背けるしかなかった。



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18

船に居候になっている時からの日課になっているのが、女子オンリーの寝る前の報告会――もとい、女子会トーク。

マイはコックさんが仕事終わりにくれるデザートは美味しかったや、今日も相変わらず厨房は楽しかった等の話。

ヨーコも毎日飽きもせず釣りや船員達とのゲームをした事を話す。

そして、毎日必ず二人がリーシャに聞きたがる事があった。

 

「で、トラファルガー・ローとはどうなってんのよ」

 

「今日は何か話しましたか?」

 

「朝に廊下であって以来その後すれ違ってもないです…………何か薄々感じているんですけど……二人ともローさんと私の関係について勘違いしてません?」

 

どう聞いてもリーシャとローが出来ていると思っている。

確かにこの二人からすればローとは浅くもなく凄く深い仲ではないが、それなりに付き合いが長いからこそ、そういう男女の関係を勘ぐってしまうのだろう。

 

「ローさんとは、絶対にないから」

 

こんな事を言うが、ローからは絶対にないという感触はなかったので、自分が思う分にはと内心付け足す。

それに、

 

(彼はどこかに闇を背負ってる)

 

あんなにミステリアスだという雰囲気もリーシャにとっては、別の鬱々とした空気にしか思えない。

一世紀を生きた勘、とでも言うのか。

とにかく、自身と同じくローも何かを背負っているのかもと前々から薄々感付いてはいた。

 

「貴女達は私の事よりも自分達の事を心配して下さい。元の世界に帰る方法と次の島で暮らす術を」

 

「………………」

 

「………………」

 

二人にそういうと一気に暗い顔をした。

大体トリップという体験をした人が最初に会った人間と場所に安らぎを感じるのは何ら不思議ではないと分かっている。

そりゃあ右も左も分からない時に導いてくれる存在程安心出来るものはない。

だが、彼女達は忘れている。

 

「私は万能ではないです。死ぬときは死ぬ。強くもない。貴女達を守れない。ですから、この船に居るよりは陸で暮らすのが何よりも安全なんです」

 

勿論陸で暮らしていても危険はあるが船の上に比べれば格段に少ない。

それを分かっていて、こんな場所に長い間、過ごさせるつもりは毛頭なかった。

 

「少し夜風に当たってきます」

 

こんな空気にしてしまった事を後ろめたくなり、二人に考えさせる時間を作る事も考えてこの部屋を出た。

廊下に出て外へ向かえば生ぬるい風が顔に触れる。

それから暫くして、後ろから足音が聞こえてきたので自分と同じく甲板に誰か来たのかと変わらず海を眺めた。

すると、隣に並んだ気配にちらりと横を向くと予想外にロー自身だった。

驚いたが、彼の船なのだからどこに居ても不思議ではないと思い直し無言で前を向く。

先日彼に抱き締められてキスされたことを不意に思い出し、途端に居辛く感じた。

こっそり退場しようと踵を返す。

 

「そんな風に反応されたら期待するぞ……くくく」

 

からかいを大いに含んだ言葉にビクリと肩が揺れ、そこは静かにスルーして欲しかったと思いつつ恨めしく溜め息をつく。

 

「普通は何もなかった様に振る舞うものだと思うんですけど」

 

飽きれと恥ずかしさでそう言いつつ手摺の縁に場所を戻せば隣で今だ楽しげに笑うローは意地悪な顔でこちらを向く。

こうして向き合うとつい目を逸らしたくなる衝動に駆られる。

少し顎を引いて視線を逸らせば彼が逸らすな、と頬に触れてきて目を強制的に合わせる様に動かす。

それに唸り声が出ると真剣な眼とかち合う。

ごくりと無意識に喉が鳴り、そのアンバーの色にも近い視線に吸い込まれそうに感じた。

ボーッとしていると徐々にローの顔が狭まっている事に気付きバッと手を自分の口に被せる。

その行動にローはジト目で塞ぐなと言う。

 

「無理でひゅ」

 

「じゃあ俺が退かしてやる」

 

無理と言うのはそっちの意味じゃないと言う前にローがリーシャの手をグググ、と力を入れて剥がそうとするのでこちらも負けじと力を居れるのだが、一億の賞金首なのは伊達ではなく呆気なく口から手が退かされた。

その手を捕まれもう片方があると行動する前に瞬時に口付けを強行される。

素早すぎる行動に何も出来ないまま二回目になる行為を迎えてしまう。

最初は虚無感が大きくて無防備に受け入れてしまったが今となってはローとはこういう事をしてはいけないのではないかと己に問いかけた。

相手はラフテルを目指し、何かを抱えている。

そして、リーシャは宛もない船旅の単なる一般人。

彼の夢を阻害してしまわり兼ねない自分の存在を自身が邪魔な人間だと認識した。

だから、ローと特別な関係になるのは駄目だと考えたのだ。

その気持ちとは逆の事をしてくるローにはちゃんとこの事を伝えなくてはいけない。

けれど、今は口付けられているので話す事も自由に体を動かす事も出来ないのでされるがまま。

 

「ローさ、」

 

合間に唇を離す時に言おうとすれば間もなしに再度塞がれ言わない様に誘導される。



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19

角度を変えて、深さもより大胆になっていきこれはかなり雲行きの怪しい空気になってきた。

 

「っ、くるしっ」

 

「体力が無さすぎだ」

 

やっと長い呼吸が出来るようになって何度も呼吸を繰り返す。

 

「はぁはぁ……え」

 

周りを見渡すと景色が外ではなく室内に変わっていて間抜けな声が出た。

恐らく彼の能力の仕業だろう。

目を白黒させていると後ろからまだ終わってないとキスを受けてベッドへと自然に押される。

その感触にハッとなりダメだと慌てれば何が駄目なんだと聞かれやっと言えると真剣に言う。

押し倒されながら言うのはなんとも不恰好な感じだが、それでも自分なんかを相手にしても時間の無駄だと言えば、

 

「くだらない」

 

と一蹴されガーン!となった。

 

「く、くだらなくなんてっ、な」

 

「萎えるからそれ以上の説明はいらねェ」

 

と、服を脱がせにかかるローに赤面を起こしながらも反対に引っ張る。

それを面倒に思ったのかズホンに手をかけ出したローに益々顔が赤くなっていく。

 

「うひゃあああ……!」

 

「変な奇声上げんな」

 

と、言いつつも手を休めない男はニヤリと笑みをその口許に浮かべている。

 

「ほ、ほんとに、あの、あの!」

 

何か言わなくてはとパニックになっていると首筋に吸い付かれ何も考えられなくなる。

 

「そんなに言うなら、俺とは遊びだと思えばいい」

 

「え」

 

「そしたらお前は気が楽になんだろ」

 

「何言って……」

 

「こうやって触るのも、全部これから火遊び……」

 

それは、ただの関係だけになれと言うのか。

ローの言葉の意味は理解したが、そんなことに何の意味があるのかと疑う。

 

「遊びなんて、余計に……出来ませんよ……」

 

「…………じゃあ何なら納得する?」

 

「納得とか以前に……そんな問題じゃ……」

 

言葉を決めかねずにいているとローが捲っていた服や脱がしかけの衣類を元の状態に戻してリーシャの横に移動すると溜め息を一度洩らす。

 

「今日は譲歩してやる。だから抱き枕なお前」

 

「う、それだけなら、ううう」

 

「今日は、って言っただろ。次は覚悟しとけよ馬鹿」

 

「覚悟とか馬鹿とか言われたああ」

 

「煩い」

 

腰を抱かれ引き寄せられると目を閉じるローに内心ホッと安堵したリーシャだった。

 

 

 

 

 

目を覚ますと朝のようで、隣を見たらローがいて一瞬驚いたが、そういえば昨日は抱き枕というものを名目にさせられていた事を思い出す。

そして、昨日はマイとヨーコとは変な空気になってしまいそれっ切りだったことも今思い出した。

もしかしてローはその空気を感じて自分にあんなことを仕出かしたのだろうかと思ったがそんな事はあり得ないかと考えローを起こそうと体を揺する。

しかし、相手は低い声で返事っぽいものをするだけで目を一行に開けない。

どうしようと悩んでいると体に巻き付いたままのローの腕の力が強くなり密着が近くなる。

このままだと抜け出せないし、仮にもこの部屋に誰か来たら説明が面倒だ。

やはり強制的に目覚めさせる事を決め、先程よりも強く揺すり起こすとうっすらと開く瞼に御早うございますと挨拶する。

 

「昨日は…………ああ、思い出した」

 

寝ぼけた口調で数回瞬きするローはこちらをジッ見るとニヤリと不適な笑みを浮かべ試す様に言う。

 

「眠ってる俺にキス一つくらいしろよ」

 

「私のそれはタダではないです」

 

「くくく」

 

「な、い、今の凄く恥ずかしかったんですからね!笑うとか、酷いっ」

 

あくまでローの戯れ言に合わせてみたのに笑う始末。

先に言ってきたのはそっちなのにとむくれる。

 

「悪かった……それにしても寝顔は子供っぽいなお前」

 

その発言に唖然となる。

 

「まさか見たんですか?……なんか変態っぽい……あ、うそうそ、嘘ですすいませんっ」

 

刀に手を伸ばしかけるローに平謝りする。

そうして、いつもと少し違う朝を迎えるとローとリーシャは食堂へ向かう。

その途中で三人の女子部屋に宛がわれている部屋を覗いてみればもぬけの殻で驚く。

ローに二人が居ないと伝えればもう起きたんだろうと何でもない風に言われそうか、と安堵する。

昨日の今日だから出ていったりしたりしていないかと不安になったがそういえばこの船は今は海の真ん中だったと思い出し早とちりな自分に溜め息が出た。

食堂へ向かうと中に二人が居て内心良かったと安心する。

こっそり覗いているとローに早く入れと押さえられて勢いよく飛び出してしまう。

反動で転けそうになり体勢を立て直すとローがなに食わぬ顔で横を通り過ぎた。

睨み付けても相手は向こうへ向いているからか何の反応もなく、こちらも仕方なく席へ座る。

ローに呼ばれ何だろうと振り向くと船員達が凄く見ている事に気が付きびっくりした。

マイもヨーコもこちらを見ていたが目を合わせた途端に気まずそうに目を逸らす。

当たり前の反応に少し落ち込み俯いているとローが再び呼ぶので何ですか、と返した。

 

「こっちに座れ」

 

「え?何でです、」

 

「つべこべ言わず座れ」

 

「私、もうここに座ったんですけど……言うなら座る前とかにお願いしますよ…………」

 

ぶつぶつと呟きながら席から立ち上がるとローに指名された隣の席へ座る。

で?と尋ねると特に意味はないと言われ、え?とハテナマークが頭上に飛ぶ。

意味も用もないのに何故隣に呼んだのだろう。



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20

そうして、ローの隣に座ったままご飯を食べていると、未だに船員達の視線が身体に突き刺さっているのを感じて居心地の悪さに身体を揺する。

それに隣の海賊の長がどうしたと嫌に渾身的な声で聞いてくるのでジト目で見返して、拗ねた様な声音で言葉を選ぶ。

 

「周りから凄く見られています、凄く凄く」

 

「そりゃ、俺達が派手な登場の仕方をしたからだろ」

 

きっと扉から飛び出してしまった件の事か。

考えれば確かに目立つが、今でも不躾な視線を浴びるには大したことのない中身にしか思えない。

彼等は何事にも興味を抱くがそれでも可笑しい。

 

「本当は何なんですか?」

 

「疑り深い奴。でも俺は何も知らねェ」

 

ニヤリ顔で告げてくる言葉にどうにも煮えきらないリーシャは船員達に向かって何で見るんですか、と大胆にも聞く。

そのいきなりの問いかけに彼等は大袈裟にびくりと肩を揺らし目を泳がせる。

 

「や?俺等何も知らねーよ?」

 

「そーそ!何も聞いてねェぜ?」

 

「船長とリーシャが同じ部屋から出てきた事なんて聞いてねーよ」

 

「おい!」

 

「言うんじゃねー!」

 

「バカ野郎!」

 

そんな罵倒を聞きながらそんな事かと肩透かしを食らう。

でも説明が面倒だ。

 

「ローさん、誤解を解いて下さいよ」

 

「いいんじゃねェか、別に」

 

別にって、こっちが困るんだけど、と内心放任主義なローに説明してくれと再三頼む。

 

「こいつとは何もなかった、以上。変な勘繰りは止めろ」

 

ローの一言で彼等はそうだったのか、とあっさり納得したので威力が有りすぎだと内心苦笑。

ご飯も食べ終わった所で食堂を出るとマイとヨーコが追ってきた。

足音に後ろを振り返るとマイがその、あの、と口をもごもごとさせて何かを言おうとしている。

ヨーコも下を向いて言おうとしかけているのを感じてリーシャはきっかけを作った。

 

「昨日は部屋から出ていったまま帰らなくてごめんなさい。帰るつもりだったけどローさんに呼び止められて」

 

「い、いえ!リーシャさんは悪くないです!」

 

「あたし達があの話で黙り込んじゃったのが悪いのよ……」

 

「じゃあ……仲直り、です」

 

手を前に出して仲直りの握手を催促すると二人は互いに目を合わせてリーシャに抱きついた。

 

「わっ」

 

握手ではなく抱擁に驚き数歩よろめくと二人の泣きかけの声が耳に響く。

 

「バカっ。あたし達、昨日どんだけ悩んだと思ってんのよっ。あんたは帰ってこないし!」

 

「不安でした、なかなか寝られませんでした……リーシャさんはマイペースですね、本当に」

 

マイは泣き笑いをしていて、リーシャは眉を下げて「怒ってても良いことなんてないからですかね?」と秘訣を二人に教えてあげた。

 

 

 

 

 

仲直りしてから、ついに島に辿り着いた。

予めロー達には二人の少女が島に住むという事を伝えていたのでシャチなんかは号泣していた。

 

「マジで降りちまうのか?」

 

「ログが溜まるのが一週間らしいから、その間はあたし達もここに出入りするわよ」

 

「船長さんも良いって言ってくれましたから……」

 

船員が女が一気に居なくなるからか、残念だと嘆くのがとても賑やかだ。

二人の様子を甲板の端で眺めているとローがいつの間にか隣に来て話しかけてくる。

 

「お前もこの島であいつらの面倒みるのか」

 

「アルバイトを見つけるとか、住むとこを探したりするだけです……それより、あの二人から聞きました。お金……餞別を渡したらしいですね」

 

マイとヨーコから聞いた話しによれば、ローが二人に一週間の生活を保証出来るお金を渡してきたらしい。

どういうつもりなのだろうと不思議に思い話題に出してみれば答えは簡単だった。

 

「お前だってなけなしの金を渡すつもりだっただろ?そんな事をすればお前の面倒が更に増える、イコール……俺の手間が余計にかかる……そういう事だ」

 

納得いくような違うような言葉にもう迷惑はかけません!と宣言してみる。

鼻で笑われた、解せない。

 

「ここに新聞社の支部でもあんのか?」

 

「いいえ、そうじゃなくて……二人には危険な船旅じゃなくて……安定した陸地で働いてもらうだけです」

 

真実の八割を述べると彼はへェ、と興味がなさそうに二人を見た。

リーシャだけでいい、危険な旅をするのは。

けれど、その旅にも限界が近付いてきた。

 

「私、サウスブルーの故郷に帰ろうと思ってます」

 

突然の報告にローの目が見開かれるのが見えた。

ベポから事前に聞いていた筈だと思っていたので驚いた顔をしたのが意外だった。

 

「あ、今すぐにって訳じゃありません……もう少しくらいは行ってみようと思います」

 

一応付け加えると彼はそうかとだけ述べて船の中へ戻った。

見送りをするような性格ではない事を知っていたので、特に気にする事はなく、二人にもうそろそろ行こう、と催促すると頷くのを確認して島に降り立つ。

事前に前の島で治安が良い事を確認していたのでこの島が安全という事は調査済みだ。

そこそこ賑わう市場で、これなら問題は無さそうだと細かく確認していく。

住むのなら住み込みの方が良さげだと思い、酒屋ではなく小さな食堂へと赴いた。

直接交渉ではなく、前から電話で話をきちんとつけていたのでそこも問題なく進む。

二人は不思議そうに最初は見ていたが働くと紹介した時には緊張していながらも頭を下げて真面目ぶりをアピールした。

二人にそのつもりがなくとも店主からすれば真面目に写っただろう。

世間にも疎いのだということを話していたので店主は気遣わしげに二人へ笑いかけていて、初日にしては上々だった。

まだ目が離せないと思っているので、ログが溜まるまではここで二人の近くに居るつもりだ。

 

「あんた、手際良いわね」

 

「すぐに働く場所が確保出来た事に驚きました」

 

「結構前からあの店に電話して働けるように話をしてたんです」

 

二人の疑問にサラリと答えると高校生の二人は感心した表情でリーシャを見た。



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21

それから二人の必需品を買ったりして過ごした。

夕暮れに町が染まる頃、二人にはもう働く店であって、住む家の食堂へと帰るよう言い、店まで見送る。

そして、ネオン街へと赴くと面接を受けておいた酒場へと足を動かす。

二人のお金もついでに稼いでおこうと思いながら、今回は一番大きな場所を選んだ。

多分ロー達もそこに来る可能性があるが、仕方ないと諦め、オーナーと話して服を着替えヘルプをする。

せっせと懸命に働いているといらっしゃいませ、というオーナーの声が聞こえ振り返ると黄色い声がここにまで聞こえて、来たのか……と、遠い目をした。

黄色い声を出される客なんて早々居ない。

これまでの経験で直ぐに察知したリーシャはまぁいいか、と隣に居る客のお酒を注ぐ。

 

「トラファルガー・ローさんにお目にかかれるなんて、私、感動しましたっ」

 

「船員さん達も男前ねぇ」

 

「そうでもないっす!」

 

テンション高く返事をしたのはシャチだろう。

相変わらず女が好きだと苦笑し、ヨーコの時は泣いていたのに……と見直した事を少し後悔する。

 

「つーかさ、聞いてくれよっ。今日……船から女が誰も居なくなったんだ~!」

 

酔っぱらいと早くも化した船員達が店の女達に愚痴り始めた。

 

「居なくなった?それは……逃げられたのぉ?」

 

「違くてよォ、ここに住むから降りたわけ!……一気に女が……ううう!」

 

「あいつも居なくて……コックがショボくれてたの見たぞ、俺」

 

きっとマイの事だろう。

お客さんに氷を入れつつ話しを盗み聞きする。

別に盗み聞きしなくても聞こえているので盗んでいるのとはまた違うが。

ローはどういう顔をしているのか分からない。

なんせ、隣のテーブルだから顔をそこへ向ければバレる可能性があるからだ。

 

「この店に新しく入った女は居るか」

 

やっとローの声が聞こえたと思ったら、いきなりそんな事を聞くので、どういうつもりで問いかけたのかを直ぐに察した。

接客していた一人が何の躊躇もなく、そういえば居たわね、と口にした為に内心あーあ、と額を叩きたくなる。

 

(確実にバレた……)

 

探す気がないのか女性の一言にローはそうか、と淡白な返事を返した。

それだけの事なので、何故聞いたんだと言いたくなる。

 

(まぁ詮索されなきゃどっちでもいいか)

 

上がる時間になり席を立つと、お客に別れを伝えてロッカールームへと急いだ。

予約している宿へと早く帰りたい気持ちに駆られながら着替えを済ませると裏口から出る。

 

「あいつらの働き場所は見つかったのか」

 

「!?……っ、ローさんか、びっくりした……はい、見つかりましたよ。それにしても待ち伏せなんて……もしかして隣に居た事に気付いてました?」

 

「最初はもしかしたらと思ってたが立ち上がる時に確証した」

 

「もう最後ら辺ですね……」

 

特に隠すつもりはなかったのだが。

かと言ってわざわざ名乗り出るのも可笑しな話なので声をかけなかった。

それに、酒と女を目当てに来ているのに自分がしゃしゃり出るのはと思う。

ローは行くぞ、と踵を返して歩き出す。

どこへと問うと、お前が泊まるホテルだと言われギョッとする。

 

「え、困ります!私、宿を取ってるんでそっちに行きます」

 

「……いいから付いて来い」

 

有無を言わせない声に抵抗する。

ローの向いている方向と逆にある宿へと進む。

 

「待て」

 

「なんか今日のローさん変ですよ?いつもはこんな強引にやらないのに」

 

「……別に他意はない。兎に角、今からお前は俺達の泊まるホテルに泊まれ」

 

「やですって。どうしたんですか本当に」

 

強引な態度に困惑を感じていると、ローは突然腕を掴んできて「宿まで連れていけ」と上から目線で命令してきた。



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22

取り敢えず宿に帰りたかったのでそこへ案内するとローは「安っぽいな」と失礼な発言をしてズカズカと中へ入る。

受け付けにここに泊まると言いつけてお金を渡すと颯爽とこちらへ来てお前の部屋はどこだと聞いて来るので首を振った。

 

「や、ていうか言うわけないでしょ」

 

「あ"?」

 

「すいません私調子に乗りました、向こうの部屋ですすいませんー!」

 

慌てて案内すると部屋の前に来たローはつまらなそうに部屋へ入り簡素だと皮肉った。

確かに閑散としているが雨風が凌げる場所で寝られるのは幸せなのだ。

文句を言うローを放置して荷物をテーブルに乗せるも改めて疑問を聞く。

 

「ここに泊まると言ってましたけど、ホテルに泊まる筈だったんじゃないんですか?良かったんですか?」

 

「ただのきまぐれだ。別に構わねェ」

 

どうでもいいと言うローだが、やはりいつもよりも何か可笑しいとそればかりが胸につっかえる。

モソモソと荷物を解いていればどの部屋に泊まるんだと何気なく聞く。

 

「何言ってんだ、ここに泊まるに決まってんだろ」

 

鼻で笑われた、リーシャは固まった。

 

「いやいやいやいや!可笑しいですそれ!私なんも聞いてないですけど!てか他に空いてる部屋行って下さいっ」

 

「めんどい。今言った。断る」

 

全てを単調に切ったローは我が家のようにベッドへと向かいシレッと横になる。

その行動に唖然としていればハッと我に帰り慌ててローが寝転んでいるベッドへと寄り抗議をした。

 

「何してるんです!?そこに寝られたら私が寝れないんですけど……!」

 

そう述べればローはあっさり隣を叩いてここに寝ればいいだろとケロリと言い放つ。

何でそんなに軽く言えるんだと頭が痛くなる。

 

「今さら何恥ずかしがってんだよ。もう二人だけで寝た仲だろ」

 

「それ誰にも言わないで下さい!凄く誤解を招く言い方ですっ、ただ隣で就寝しただけなんですよ」

 

「ごちゃごちゃうるせェ」

 

煩わしげに言うとローはリーシャの腕を引っ張り膝をベッドへと乗り上げさせると上半身を起き上がらせた彼は靴を勝手に脱がせてリーシャを組み敷いた。

 

「つべこべ言わずこうやって素直に横になればいいんだよ」

 

してやったり顔のローが得意気に笑うのを見たリーシャは身体を気まずげに揺らす。

こんな風に上から見下ろされるのは落ち着かない。

 

「ん~と、分かりましたよぉ……」

 

恥ずかしくなるのを我慢して相手から目を反らすと男の指先が顎を摘まみ目を無理矢理合わせさせられ、自ずと黄色がかった茶色の瞳に覗き込まれてしまう。

 

「お前は不器用だな」

 

「どういう、」

 

意味を図りかねない事を言われ聞こうとすれば唇を落としてきた相手に先を遮られた。

 

「は、」

 

ローの息遣いが聞こえ、色っぽい吐息に頬がジリリと熱くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

マイとヨーコにログが溜まったと言い別れの挨拶をして一人旅と再びなった船を出航させた。

二人が見送るのを見ながら幸せになるんだよ、と小さく呟く。

 

「もしかしたら、帰れる時がくるかもしれないし」

 

彼女達はいきなり現れたのだから、いきなり帰ることだって大いにありうる。

そう願ってもう見ないように前へと移動した。

食堂の仕事も人間関係も上手くいっているようだったのでこうして安心して海へと戻れるのだ。

たまには電話をして欲しいと頼まれたが、していいものかと迷う。

未練という鎖を二人に付けたくなかった。

 

 

 

 

 

それから数日船を進めて少しだけログが指すのとは別の近くの島へ寄り食べるものを調達とアルバイトの為に停泊。

ついでに先の島の情報を調べておくのも頭に入れとく。

酒場の店主というのは、かなり情報を持っている。

何かを頼むのを対価に話を聞き出すのだ。

アルコールは今回は控えておいてマスターから良い事を聞く。

聞き終えて一休みすると、そろそろ出ようかと椅子から降りて出口へ向かうと擦れ違った男性の身体から何かが落ちるのが視界の端に見えてそれを認識するとすいませんと声を落とした持ち主へとかける。

 

「財布落としましたよ」

 

軽く言い財布を拾ってその人に渡す。

男性はロングヘヤーを揺らしてすまねェと言うと仲間らしき人たちの居るテーブルへと向かう。

もう一度出口へと向かうと、今度は赤い人がリーシャを呼び止めた。

なぜ分かるのかというと、酒場にいる時から目立っていたし落とし物をした人が向かったテーブルにその目立つ人がいたから。

更に、関わるつもりのなかった声に呼び止められて自分の心情は過呼吸寸前なくらい心臓がドキドキと恋とは比べ物にならない程嫌な方向へと鳴っている。

恐る恐る振り返ると不適な笑みをこさえた泣く子も黙るキッド海賊団船長『ユースタス・"キャプテン"・キッド』その人が居た。

 

(やんばい……やっばい……ピンチだこれ)

 

かつてない程己の機嫌センサーが警告音をバンバン鳴らしている。

関わるべきでない。

最早本能だこれは。

どうするべきか悩んだ一秒で決まった。

 

「は、はい、何か……?」

 

怯えているアピールをして早々に興味を失せさせる作戦に出た。

皆様は小説を読んだりドラマやアニメを見た時に一度でもこう思った事はないだろうか?

 

『目立つ事をしなきゃ逃げられたのに』

 

と---。

 

今正にそんな状況を打破するべく行動している。

ユースタス・キッドに興味を向けさせないように怯えたフリをすれば平凡で何の面白みもない女だと思われてすぐに解放されるだろうという計算だ。

先に言っておくと、サイフを拾った人がまさかまさかのキッド海賊団だと知らなかった。

これは誠の真実である。

なので、声を掛けられる予感を覚えたのですぐに店を出ようと動いたのだが、予感は嫌な方向に的中して呼び止められてしまったのだ。

ブリキのようにギコギコと頭を後ろに向けて怯えた目をしつつ返事を返す。

そうして相手の出方を見やると男は心底悪どい笑みをたさえてこちらを見ていた。



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23

キッドに呼び止められて、今現在--同席させられていた。

震えるフリをして身体を小刻みに揺らしているのだが、彼はリーシャの肩に手を置いていて気付く気配がない。

ならば、あの財布を拾った男に助けを求めて視線を寄越したが無駄だと直ぐに察した。

 

「あの、あの、私、そろそろ、かえっ、」

 

「まだ礼もしてねェのに返せるか。何が欲しい。金銀財宝か。酒か。男か?」

 

(一般人に対して言う選択肢じゃない!……強いて言うなら怯えてる事に気付く頭かな?……でももしかして気付いてるかも)

 

キッドが怯えている人間と怯えていない人間を選別出来る男のような気もするし、怯えている人にここまで執着するとも考え難い。

 

「は、花とか、でいいですっ。それか、その、お気持ちだけでいいです……そろそろ、帰っても、っ、良いですか?」

 

「花だァ?……くく、ああ、分かった。花、な……」

 

帰りたいと言った部分を無視されて泣く泣く早く帰りたいと祈っていると、願いが通じたのかは分からないが、酒場の入り口が開く音がした。

そこへ向くと仮面を被った殺戮武人キラーが立っていてこちらへ来るとキッドへと声をかける。

 

「キッド、その女はどうした」

 

「あ?ヒートの奴が財布を落として、それを拾ってきた女だ。丁度今、礼は何がいいか聞いてるところだ」

 

「それはいいが、怯えてるぞ?」

 

(よし!良くぞ言ってくれました!)

 

救世主に見えるキラーにガッツポーズを内心決めた。

しかし、キッドは更に肩に乗せている手に力を込めてリーシャの身体を密着させる。

露出された服装だから胸板がダイレクトに顔に当たった。

背が高い男なので背の身長が低めのリーシャにとっては大男だ。

圧巻の威圧感と貫禄を思わせる表情は普通の女なら怖さと憧れ少しで惚れてしまう人もいるかもいれない。

 

「私、か、帰らせて下さい……」

 

「キッド……気に入ったのは分かるが、離してやった方がいいぞ」

 

「……チッ……しゃーねェな」

 

パッと離された肩に急いでソファから降りると仮面の男に頭を下げる。

 

(救世主!救世主!)

 

「ありがとうございますっ」

 

そう口にして、走って酒場から出た。

 

 

 

***

 

 

 

KID side

 

 

特に何の刺激もない島に降りて小一時間が経過したが、酒を飲んでの繰り返し。

ヒートが酒場に入ってきて、席に着く寸前に凛とした女の声が聞こえヒートが振り返ると奴は頭を照れ臭そうにかいて何かを受け取っていた。

それが財布と分かり面白いと直感する。

盗む真似等せずに渡してくる女に退屈さを紛らわせる役目を無理矢理させて座らせた。

遠目では普通の女で、近くに来た女はキッドの好みに合ったので機嫌も良くなる。

明らかに一般人の女は身体を小刻みに揺らし怯えているろうだったが逃がすものかと肩を挟んで逃げ道を無くす。

帰りたいと言う言葉を無視して何の礼が欲しいと聞けば返ってきたのは何の欲もない花、という代物。

つまらないとも思ったし、面白いと更に興味もそそった。

帰りたいと二度目を訴える女をまた無視する。

絶対に逃がさないと思い、赤い唇を見て食べたいという性的衝動を覚えた。

その唇を貪って、黒い髪をベッドいっぱいに広げグチャグチャにしたい。

と、そこまで想像しているとキラーが帰ってきて怯えているぞ、と言ってくる。

余計な事をと思ったが、怯えているままでは何も出来ないとも思い、止む終えず手を離した。

女はサッと逃げるとキラーに礼を言って酒場を去っていく。

 

「礼儀正しい女だったな」

 

キラーが褒めているのを聞きながら面白くないと感じたキッドだった。



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24

キッドに絡まれた夜、例の酒場に仕事で来ていた。

昼間の雰囲気とは全く違う光景はどこの酒場であってもやはり違いは無い。

運良くキッド達も居なくて、今の内に厨房へ行って品を持っていく。

今回はドレスではなく動きやすい服で、ウェイターの役目を受けているので幾分か楽だ。

煌びやかなドレスを着た女達はそこかしこの席に着いていて客の相手をしていた。

不意に扉が鳴って厨房から横目に見た瞬間、あの仮面の男が入って来るのが見え、咄嗟に不味いと判断。

彼が居ると言うことはあの赤い海賊も居る可能性が高い。

そう予想したのは勿論当たり、あの赤いファーを揺らして入店してきた。

 

(昼間に飲んだのに夜も来るとか)

 

違う酒場も近場にあった筈なのだが、どうやら同じ場所を選んだ事に頭を抱えたくなる。

厨房にいる間に違うウェイターが彼等に注文を受けながら涙目でいる事実に気付いてしまう。

そりゃあ怖いだろう。

 

「出来上がったから持ってけ」

 

厨房から声がかかり、行きたくないと嫌々厨房から出て店のホールに出た。

彼等よりも少し離れた席の客の注文だったので、これならバレないかな、と思いお待たせ致しましたと言ってテーブルに置く。

キッド海賊団に背を向ける形で歩み出すと、突然横から手をガッと掴まれた。

 

「やっ」

 

「おい、ねーちゃん。酒次いでくれ」

 

声に相手を見ると、酔った様子でお酒臭い男達がこちらをニヤニヤした、背筋がゾワゾワするような生理的に受け付けられない顔で見ていた。

こんな戯れ言は、酒場ではよくある事だったので仕方がないとにこりと笑う。

 

「すみませんお客様ー。私は只今仕事中なので、そこに居ます方にお願い出来ますか?」

 

近くに居るドレスを着た女性を指で示して言う。

だが、彼は笑って更に腕を引いて「お前が俺の好みだ」と嬉しくない事を言われる。

好みと口にするその下心は、男の思考をありありと見透かし、リーシャは内心罵倒を口々に言いながら困りますー、と言う。

 

「おい」

 

押し問答していると声が横からかかり、その方向へ顔を移動させると昼間に財布を拾った男が立っていて、リーシャの手を掴む男の腕を掴み引き離させるように引っ張る感覚が伝わる。

助けてくれているのだと分かり、隙を作ってくれた行動にサッと腕を抜く。

呆気なく抜けた腕にホッとして、さすっていれば酒の入った男は激怒した顔でドレッドヘアーの胸倉を掴む。

助けてくれた人に何をするんだ、と止めようとすると更にその後ろから抜き出た威圧感を放つ声が聞こえた。

 

「悪ィな。先にその女に目を付けたのは俺だ。諦めろ」

 

キッド本人の肉声だった。

聞き捨てならない言葉はさて置き、キッドの顔を見た男は、その赤い顔を青白くさせて口から何とも間の抜けた悲鳴を上げる。

そりゃあ怖いだろう。

ふにゃふにゃと腰の抜けた男が力無く席に沈むのを見ているとドレッドヘアーの彼が手を引いて「ちょっと来てくれ」と、言われるのであろうと思っていた事を言い出すので、ここは助けられた恩と思って渋々付いていく。

キッドは隣に居た女性達を退かし、ローの行動と全く違わない順番でリーシャを隣に座らせようとしてくる。

 

「お客様、申し訳ございませんが、私が店で働かないとビールが運ばれて来ませんよ」

 

「あ?そりゃあ面倒だな」

 

「客足が緩くなったときでも構わないから酌を頼めるか?」

 

キッドの眉間に皺が寄るのと同時にその真横から第三者の声が聞こえてきて、顔を向けると仮面を被ったキラーだった。

こんな丁寧な言葉を酒場で聞くなんて、今まであっただろうか。

感動しながら、時間が出来たらと言い添える。

 

(昼の時も思ったけど、なんて紳士的な人なんだろ)

 

リーシャの理想のタイプだ。

傍若無人な赤い男と年中隈の絶えない男とは大違いだと内心ドキドキと胸を高鳴らせながら席を後にした。

 

 

 

深夜を行く頃には客足が少なくなってきたので休める時間の余裕が出来た。

そういえばキラーに時間が空いたら来て欲しいと頼まれていた事を思い出して、気紛れに休憩室から出る。

普段の自分はこんな風に出たり等しないのだが、キラーに頼まれた時の声音を脳内で再生させていれば自ずと足が動く。

ちらりとホールの様子を窺えば、全員が残って居る訳でもなく、キッドとキラーと、後は寝ている男等が居るだけの少人数に減っていた。

扉を開けてソロソロとゆっくり近付けば正面に居るキラーがこちらを向く。

軽く頭を下げてみれば、相手は首を緩く傾げて困惑しているようだった。

 

(うわ、可愛い……どうしたら良いのか困ってる……ふふふ)

 

恐らく女に、こんなにも丁寧に対応された事が無いからだろうと想像してみる。

楽しい、可愛い、癒しだ。

海賊でもああいう常識のある人は好きだ。

キッドは論外。

隣に座っても構わないかと聞くと、キッドがすかさず隣を叩いて所望してくる。

なぜそこに座らねばいけないんだ。

リーシャはキラーの隣に座りたい。

何気なくキラーの隣に座るとキッドの不機嫌な視線が肩に刺さる。

無視だ無視。

こんな事で苛々するなんてまるで子供だ。

そこで、キッドの年齢を聞いていない事に気付くと深く悩む。

幾つなのだろうか。

見た目は二十代後半が良いとこだ。

若く見て、前半等辺か。

考えた結果、聞いてみようと向き直る。

 

「んだよ。つーか酌--」

 

「お歳を聞いても良いですか?」

 

「あ?歳ィ?……二一だ」

 

「……!……!……な、な、んだって……」

 

リーシャよりも年下だ。

年下、と聞いて何だか納得いかない。

沸々と湧く気持ちに整理が出来ないままコップを差し出され、それに注ぐ。

年下に声を掛けられたし、助けられたし、勇ましい年下だ。

なのに、賞金首だとは。

でも、それならモンキー・D・ルフィの方が歳は若い。

青年だ。

しかもキッドよりも世間を騒がす海賊である。

そう思うと何となく納得出来るような気がした。

いや、それにしても貫禄が凄い。

自分は戦闘力や気配といったものに疎いが、彼から発せられる威圧感をひしひしと感じた。

ローからは全く感じない。

慣れたからかもしれない。

そろそろ眠たくなる時間も近付いてきたのでお暇(いとま)させてもらおうかな、と声を掛ける。

これはついでだが、キッドから意味有り気な視線をしかと感じ取っているのは気付いていた。

ローからも似たような視線を寄越された事があるので気付いたのだ。

女として認識されている事に苦笑が浮かぶ。

ルーキーと名高く、今は賞金額が低くてもいずれは大物になるだろう男にそういう目で見られるのは大層居たたまれない。

思われるにしても自分では役不足だ。

こんな能力も何もないのに、と目線を上げる。

殆ど逃げるように酒場を後にしたリーシャはその日を終えた。



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25

キッド達と会ってからの行動は島へ行くことだった。

そろそろ故郷に帰る準備を始めなくてはいけない。

逆走するにしてもこの海が過酷な事は変わらないし。

そう今までの事を思い出しながら船の外へ出る。

先程から電伝虫が鳴っていて煩いのだ。

恐らくというか、この電伝虫の電話番号を知っているのは三人しか居ない。

だから出る訳にはいかなかった。

耳を塞ぎながら海を見れば島が見えてきたので望遠鏡で覗く。

かなり大きな島らしく、一時間後には町も見えてきた。

これなら稼げると嬉しくなりながら船を付ける。

 

「ん?あの船……」

 

ロー達ハートの海賊団の船だ。

三ヶ月ぶりに見る。

懐かしいと少し思いながら船を降りて賑わう町に出ると直ぐに酒場を見つけて交渉した。

 

「じゃあ、今日の夜から宜しく頼むよ」

 

快く向かい入れられてホッとなりながら酒場を後にする。

ホクホクとなりながら宿を探すと途中で人が騒ぐ声に耳をすませた。

 

「ハートの海賊団がこの島に上陸したって本当かよ……」

 

「ああ、間違いねェらしい」

 

「俺の知り合いも……」

 

どうやら確実にロー達が居るらしい。

 

「うーん、別に会う必要性もないか」

 

もうすぐこのグランドラインを去るのだから。

何かを残していくのも如何なものだろう。

悩んで考えた末に会わない事に決めた。

そもそもこんな大きな島で早々会える訳がない。

 

「!」

 

(居た……タイミング良すぎる)

 

前方にローが歩いてきているのが見えて目をすぼめた。

あのモコモコな帽子と長い妖刀は見紛う事なく大型新人海賊の物だ。

隠れようかと考えて人混みに視線を泳がせた時、リーシャは此処に居る筈のない存在を見つけてしまう。

 

「マイさん?……ヨーコ……さん?」

 

彼女達だと直ぐに認識出来なかったのはツナギを着ていたからだ。

 

「あれ……!リーシャ……!」

 

ヘポが気付いた。

匂いだろうかと考える前にベポが発した声に船員達が一気にマイとヨーコを隠すように並ぶ。

隠しているつもりだろうが、既に遅い。

 

「おい、隠れとけよ」

 

「つーか、もうバレてんじゃ」

 

「見ろよあの顔、気付いてる訳ねェだろっ」

 

(気付いてるんだって、だから)

 

船員達の緊張感の無い雰囲気でもう分かる。

呆れて見ているとローが彼女達に何かを言うのが見えて、やがて三人がこちらへやってきた。

空気が重苦しいのは錯覚ではない。

 

「あの、リーシャさん……」

 

「久し振り……」

 

マイとヨーコは慎重にこちらを見てくる。

 

「……何でこんな所に居るのですか?仕事は?」

 

暢気に久し振りと答える気にはなれなくて矢継ぎ早に問うと、二人の緊張している表情に拍車が掛かる。

そんな事を気遣う理由も無いので質問を被せた。

 

「何故ツナギを着ているのですか」

 

「この二人は俺の部下だからだ」

 

ローが先に答えた。

その返しに驚いてから沸々と怒りが湧いてくる。

 

「この子達はただの子供なんですよ。なのに海賊である貴方の部下?冗談も程々にして下さい。それとも面白そうだからと言う理由で入れたのですか?」

 

「ち、違うんです!船長さんは何も!」

 

「あたし達が頼んだのよ!乗せて欲しいって!」

 

「……で、貴女達はそこまでして何かメリットはあるのですか?命が無くなるかもしれませんよ?」

 

「リーシャさん、私達……貴女に会いたくて……一緒に居たいって思って……」

 

「危険な海を渡って安全に此処まで乗せてもらえるのはこの船だったから、それにあんたに追いつこうって……」

 

彼女達の言葉に声を失う。

そして、何て事だろうと己の愚かさを思い知る。

この子達は今思春期の年頃だ。

そんな子達がこんな海の真ん中へ落ちて、助けられたらコロッと懐くのも拠り所となるのも当然だろう。

 

「私は貴女達みたいなお荷物入らない」

 

自分は彼女達に優しく接し過ぎた。

二人の目が見開くのが見える。

息を呑む動作。

 

「目障りだから島に降ろしたのに」

 

震え出す身体。

 

「馴れ合うなんて虫酸が走る」

 

最後に止めの言葉を告げると船員達のブーイングが飛んで来る。

 

「貴女達には関係ない。部外者は黙ってて」

 

ピシャリと言うと船員達が静かになる。

意味が伝わって良かった。

 

「わ、私……あの、そ、そんな……貴女の邪魔……するつもり……なんて……」

 

「な、何よ……あんた……わ、私達の事……そんな風に思ってた、わけ?」

 

動揺で涙が浮かぶ目に冷たく告げる。

 

「言わないと分からないなんて、やっぱり貴女達は……ガキですね」

 

少女達の息を詰める様子が遠い場所のように視界に写る。

 

「恩を仇で返すのが貴女達の目的なら、既に遂げられましたよ?」

 

ローは近くに居るのに何も言わない。

 

「おめでとう。金輪際、私の為と言って追うのは止めて下さいね?さっさと貴女達は自分達が受け入れられた島に戻る事ですね」

 

蔑んだ笑顔で二人の横を通り過ぎた。



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26

LAW-side

 

 

涙でグシャグシャな女二人を船に送り、一つの酒場に単独で向かう。

ギィと開いた場所は廃れた小さな場所だった。

一つの席に一人の女が店主にお酒を頼むのが見えて、その辿々(たどたど)しい声音に眉根を寄せる。

 

「こんな場所で酒盛りとは随分な記者だな」

 

問いかけると女は虚ろな目でこちらを見た。

前に酔った所を見た事があるが、今はそれよりも泥酔い状態に近い。

 

「うーん?トローさんじゃないですかあ」

 

「何だトローさんって」

 

呂律も上手く回ってない。

 

「トラファルガー・ロー。略してえ、トローさんでえすうう」

 

真っ赤な顔に額がヒクツく。

相手は酔っぱらいなのだ、まともに取り合う事など無意味。

隣にかけて横を向くと切なげに顔を俯かせる女。

 

(色気出せば出るんじゃねェか)

 

内心女の仕草に本能が疼きかけるが、今はそんな事を考えるべきではない。

何というか、己の世話焼き思考に呆れる。

本能のままに貪ればよいではないかと二つの良心と邪な心がせめぎ合う。

 

(今はまだ時期じゃねェ)

 

弱っている女に付け込む隙を狙う理由があると、狙わない理由もある。

今ものにしてもローに執着するとは思えない。

 

「どうしてあの二人が俺の船に乗りたいと言ってきたか分かるか」

 

「知りたくない!トローのバカ!あっちいけえっ」

 

感情の荒ぶる女に少しイラッとしたが抑える。

 

「あいつらはお前を守れる力が欲しいと言った」

 

「私、守られたくない。守ってなんて一言も言ってない。望んでない」

 

リーシャはアルコールを飲んでからブツブツと言う。

何をそんなに拒否するのだろう。

彼女はよく壁を作る。

容易く壊せるようなものではない。

 

「お前が生きようとしていないのが二人にも透けて見えたんだろう。あいつらはお前に生きて欲しがってる」

 

「ふざんなあ。私が死のうが生きようが私の勝手だつーの!あ」

 

ローが飲もうとしたアルコールを取り上げて飲んだら彼女は怒った。

勝手に飲むなと言われたが、いくら何でも飲み過ぎなのは分かり切っていたので無視をした。

 

「こいつの酒代幾らだ」

 

マスターとやらに聞くと二千ベリーと言われたのでポケットから出してそれをマスターの前に置く。

 

「トローのバカ!私はまだ飲み終わってなーい!」

 

リーシャが騒ぐのを聞きながら腕を掴んで外へ連れ出す。

痛いだの誘拐だの変態だの襲われるだのと煩いので一目に付かない裏へ移動する。

 

「望み通り襲ってやるよ」

 

アルコールを飲んだからか胸が焼ける感覚と気分が高揚するのを感じた。

たった一杯で酔ったなどと言える狡い己の性格を褒めたい。

それを理由に彼女の唇を奪って貪れるならば何と言われようとも本望だ。

 

「あの子達はまだあんなに幼いのに、海賊船に乗せるなんて……このロリコン!ロリコン!ロリコンっ」

 

ロリコンと連呼する煩い女の唇に己のものを合わせて塞ぐ。

ロリコンではない。

彼女達を見ても食指が動かないし、既に部下と認識しているから手なんて出す事も有り得ないのだ。

 

「ふぶぐぐう!」

 

器用なのか不器用なのかは分からないが、彼女はキスしているのに喋ろうとしている。

このまま酔いを理由に担いで宿へ行ってこの身体を隅々まで知りたい。

欲望が葛藤とかち合う。

 

「酷い酷い……ローさんは酷い人だ」

 

「海賊が酷くて何が悪い」

 

リーシャは静かに涙を流した。

 

「てめェの事を疎かにしておいて。他人の事を優先させるお前が悪ィ。あんな嘘を付いておいて酒場で落ち込むなら無視でもして何も言わなきゃ良かったんだ」

 

「だって、だってえ!あの二人は此処に居ちゃいけないんだもん!帰らないといけないんだもんっ」

 

リーシャの言った意味が全く理解出来なかったのはローが知識不足なわけではないだろう。

どういう意味だと聞くとその目が微睡んでいるのが見えて、寝る気だなと脱力した。



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27

ムニャムニャと睡眠を貪る為に身体を動かして寝返りさせた。

その時、腕に固い感触があったので目を閉じたまま枕と思わしきそれに擦り寄る。

 

「んん……ん?んんん?」

 

枕にしては長細くどこか生暖かい。

こんな事が前にもあったなとデジャヴを感じて腕を枕に伸ばす。

 

「……擽ってェ」

 

何か聞こえた気がする、そんな訳はないかと納得。

此処は一人だけしかいないのだから。

 

「……ふぁああ」

 

欠伸をしてからまた寝ようと睡魔に委ねようと更に擦り寄る。

 

「俺は抱き枕かよ」

 

(夢?それとも……)

 

好い加減睡魔には委ねる事は出来ない。

これは現実かと確かめる為に薄く目を開くと目の前に浅黒くて生暖かいものが触れていて視界を埋め尽くす。

覚醒していない脳を動かす為に上を向くとアンバーの瞳とかち合う。

 

「……んあ?ろおさん?」

 

舌っ足らずな呂律は寝起きだから。

居る訳がない人物が居る事を理解出来ないまま二度寝をしようかとウトウトとなる。

 

「仕様がねェ奴だな。起きるのを手伝ってやる」

 

嫌に楽しげな声音だと感想を抱く。

 

「んー」

 

唸って音を遮断しようと布団を深く被ろうとする、けれどローみたいな声がそれを許さなかった。

夢なのになんと可笑しな感じだろう。

煩わしくて払う。

 

「っ、てめェ……」

 

どうやら腕がどこかしらに当たってしまったらしい。

しかし、眠いので目を開ける事はしない。

数秒何もないままもう少しで夢の中に旅立っていけると思った時、唐突に息が苦しくなるという生理現象が起きる。

別に崖から落ちた夢でもないのに、と慌てて目を開けるとぼやける視界。

僅かにだが二つの目があると確認出来たが何をされているのかは分からない。

ふがふがと口から漏れる雑音は意味をなさない。

 

「ぷはっ!?」

 

やっと息が吸える頃には酸欠寸前。

死ぬかと思った。

原因を涙が浮かぶ目で確かめると目の前に何食わぬ顔のロー。

犯人かと考えずとも分かる、何をしたのかもうっすら分かる。

 

「朝から口を、ふ、塞ぐなんてっ」

 

はあはあと息を懸命に吸っているとローが目の前に迫ってきて仰け反る。

エビ反りみたいになるとさらけ出された首筋に隙有りと唇を寄せてきた。

びっくりして押し返すが、攻防も無意味に終わる。

何というか、恥ずかしい。

赤面するのを止められないので首筋からローが離れるとひたすらそこを手でさする。

消えますようにと祈った。

 

「や、止めて下さい!」

 

「くくく」

 

嫌がっているのに笑うなんて悪趣味だ。

ゴシゴシと拭っていたらローが突然半裸のまま立ち上がる。

シャワーを使うと言われてどうぞとしか言えない。

リーシャを臆病と言うなかれ、この男には言葉で勝てないのだ。

翻弄されていることは自覚しているが、どうも反論出来ない。

相手が自分より賢いせいだろうが。

悶々と考えているといつの間にかローがシャワーから出ていた。

いくら何でも早すぎだ、カラスの行水だ。

しかも髪が濡れている。

相手は分かっているのかこちらへ来てベッドの端に座ってきた。

 

「拭きたければ拭けばいい」

 

何故上から目線なのだ。

 

「……失礼しまーす」

 

しかし、気になるのでタオルを手に取ってローの頭を拭く。

それにしてもリーシャに対して安易に後ろを見せてもいいのだろうか。

 

「ローさん、私に背中見せるなんて平気ですか?」

 

「は?」

 

彼は海賊で常に警戒しなければいけない。

 

「いや、その……今襲われたら私ローさんに勝っちゃいますよ?」

 

「…………く、ぶふっ」

 

喉で笑うのを通り越して吹き出した。

男を見てから恥ずかしくなる。

 

「おいおい……そりゃあ刃物でやられた場合か?それとも……性的にか?」

 

「は、刃物に決まってますよ!」

 

何故ローを下心で襲わないといけないのか。

頬が熱くなるのを無視して返すとワシャワシャと頭を撫で回す。

 

「フフフ、別に性的だって構わねェぞ?いつでもな」

 

「だ、だから刃物ですって!いつまで言うつもりですか!」

 

この話は終わりだと最後に水気をタオルに吸わせて退けた。

見事にグシャグシャだ。

彼は元々癖っ毛だし、当然だろう。

 

「まだ乾いてねェ」

 

「え?どこがですか?」

 

満遍なく拭いたつもりだ。

疑問を抱きつつローを見るとニヤリと彼の口元が上がる。

 

「ここだ、ほら」

 

「え?どの辺……っ」

 

と覗き込むと唇を塞がれた。

不意打ちは狡い。

隅々まで貪られてまた酸欠になった。



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28

宿で一攻防を経てから朝ご飯の時間とお昼ご飯の時間をついでに取ろうと宿を出た。

その際にローも付いてきたのは言わないでもいいだろうか。

最早付いていく理由すら言わない。

昨日の記憶は酒場で飲んでいる途中でブッツンと見事に切れているのでローに聞きたいと思っている。

タイミングを逃してさっき聞くのを忘れたので、お昼前の混んでいないレストラン聞こうと決めた。

ボーイがやってきて何名様でしょうと聞かれ、答える前にローが二名だと言う。

確かに相席してもいいかな、と思ったが、がっつりローがその気なので苦笑。

 

「で、私に何かご用で?」

 

「あ?」

 

「だって、何か言う為に私の所に来たんですよね?」

 

昨日の事は殆ど覚えていないが、ローが居てるということは何かしら言う事があるという事だ。

そう推測してみて訊ねたのだが、ローは暫し黙ってから口を開く。

 

「昨日の事は何も覚えてねェのか」

 

「はい。昨日は飲みすぎて……あれ?二日酔いしてない?私」

 

昨日の今日ならば苦しんでいる筈の頭痛がない。

ローが薬を飲ませたからとサラッと言う。

ちょっと怖い、助かったが何となく怖い。

 

「それはご迷惑かけました。でも、ローさんのこと、まだ許してませんから私」

 

「あ″?」

 

凄く睨まれた。

だって彼女達の事を黙っていたし、リーシャに隠していたのだ。

 

「許すもなにもあいつ等は自分で決めたんだ。お前の許可が必要か?」

 

「……彼女達は普通の子です。何故貴方は良しとしたのですか?貴方さえ断ったら……!」

 

つい感情が乱れてしまう。

声を荒げないように責める。

ローはくつりと嘲りを浮かべた。

背筋が凍った、何と冷たい目を向けてきた事か。

 

「俺が乗せなくても商船を使ってお前を追ったと思うぜ?」

 

「そんな推測……!」

 

無駄だと口にした。

 

「二人は落ち込んでた」

 

それがとうしたと思った。

落ち込ませるのではなく諦めさせたいのだ。

 

「お前が生きようとしないからこうなる」

 

見透かした様子でローは突きつけてきた。

 

「私の勝手です」

 

ローに対して憤りを感じたのは初めてかもしれない。

 

「もういいです。これからはローさん達とはもう会わないでしょうし」

 

「故郷に帰る話しか」

 

「ええ。お世話になりました」

 

彼女達には追わせはしない。

 

 

 

 

「全員手ェ上げろおおォ!!」

 

何というバットタイミングだろう、レストラン強盗だ。

ローに「尽くお前は不幸に愛されているな」と嫌なお墨付きを貰えた。

折角見納めだと思って別れを言ったのに台無しだ。

強盗は店員を脅しつけて客に動くなと言う。

お金が目当てらしくレジに詰め寄っている。

 

「助けてやるよ」

 

「結構です」

 

最後の最後までお世話になるつもりはない。

楽しそうに笑うのはローが海賊で、あんな強盗なんて一捻りだろう。

その強さを持っている故の余裕。

食べる手を止めたまま十分過ぎた。

もしかして強盗は海軍にでも身代金を要求するつもりなのだろうか。

なかなか立ち去らないので怪訝に思っているとバリーン、とガラスが割れる音と何かが強盗の男の前に転がるのは同時で眩い光が店内に広がる。

 

「ぐあ!何なんだ!?」

 

目くらましだと気付いた時には二人の人間が強盗を囲んでいた。

強盗は銃を所持していたのだが手には既に無くて、身柄を拘束される。

 

「マイ、縄!」

 

「うんっ」

 

ぎこちなくはあるが女子高生に出来る筈がない縄結びが行われていた。

あれよあれよと終わった強盗劇に店内はポカーンとしている。

かく言うリーシャも目を白黒させた。

 

「お前が思う程あいつ等は弱くなかっただろ?」

 

ローが勝ち誇った笑みでそれ見たことか、とドヤ顔をして言った。

納得、したくない。

ただただそう思った。

 

「ヨーコ、蹴飛ばす?」

 

「そうね、お仕置きしなきゃね」

 

何て勇ましい会話だろうか、本当に蹴り出した。

脅威が去ったと理解した店内に居る人間達はポツポツと拍手をし出す。

 

(こんな事をさせる為に私は……二人を届けたんじゃない)

 

依存されたくないし、して欲しくないから降ろしたのだ。

唇を噛むとローがこちらを見て指をリーシャの口元に当てた。

 

「二人はもう選んだ。お前も諦めろ」

 

ちゅ、と羽のようにキスされてあっという間に離れたロー。

 

「フフフ、精々足掻いてみればいい」

 

憎たらしい笑みを残して彼は店を去る。

海軍が来るから去ったのだと気付いたのは足音が聞こえたからだ。

やってくるのが遅い。

溜息を付くと目の前に陰が出来た。

見なくても分かるが、取り敢えず前を向いて顔を合わせる。

 

「っ、あ……」

 

「…………け、怪我してないわよねっ?」

 

マイとヨーコ。

気まずげに見てくる、こちらが聞きたい。

 

「二人こそ、間違えれば大怪我してたんですからね」

 

「……分かって、ます」

 

「自分の限界くらい分かってるっての……ふん」

 

二人は船員達に鍛えられたのだろうか。

手際良く犯人を拘束していたし、訓練を積んだのだろう。

 

「私は今日から、貴女達に敬語使わない」

 

「「え?」」

 

これは一線を引く事を止める為だ。

 

「私は貴女達の望むような人間じゃないよ」

 

善人でも悪人でもない、普通の人間だ。

 

「分かってます」

 

「私達だって褒められた人格じゃないからね」

 

「それはヨーコだけですから」

 

「ちょ、そこは同意しなさいよ!」

 

言い合う二人に自然と頬が緩む。

 

「あ、笑った……」

 

「リーシャさんが笑ってくれた!」

 

ただ笑っただけなのに大袈裟な二人だ。



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29

二人と合流してから五日後、リーシャの所に来る前に泊まっていたホテルへと荷物を移動させてそこへ泊まっていた。

自分だけ安い宿屋に泊まっていたのだが、いきなりローがやってきて首根っこを引っ付かんだと思ったら質の良いこのホテルの一室に問答無用で放り込まれたのだ。

そこはマイとヨーコの泊まっていた部屋だったらしく二人の驚いた顔が目の前にあった。

後ろを見てからローを仰ぎ見ると彼は「お前の分も支払った。無駄にしたら末代まで呪う」なんて冗談みたいな文句を吐いて一方的にドアを閉めた。

呆気に取られていると二人が「何かごめん」と謝ってきたので苦笑。

ローが勝手にしたことだと述べてから数分後、またドアが開いたら次は荷物を顔面に当てられて「もっと色気のある下着買え」なんて言われる。

此処まで言われて黙っているなんてしないリーシャは「ローさんだって下着普通の癖に」と言い返してやった。

すると、それを聞いてローはドヤ顔で「はっ」と鼻で笑うのでふてくされたのは言うまでもない。

二人にたっぷりと慰められているとシャチがご飯食べに行くぞと言うのでマイ達と共に下へ降りる。

このホテルは朝と夜に食べられる形式らしい。

リーシャも行ってもいいのだろうかと最初は思ったが、ローが既に払っていると言っていたので一応共に降りて行った。

お腹も空いてきて食べ時だと思っているとローが既に座っていた。

和式のようで靴を脱いで座敷に座る。

ホカホカな鍋を見ていると隣にドカリとローが座ってきたので首を傾げた。

先程まで真ん中に座っていたのに何故此処へ座り直したのだろう。

少し間を空けて移動してみるとローは何食わぬ顔で間を詰めてくる。

 

「狭いです……」

 

「俺の自由だ」

 

そんな事を聞きたくて言ったのではない。

 

「さっさと食え」

 

まだ言い足りないのだが、怒りを買う事は避けたいので言葉を飲み込んで鍋の蓋を開けた。

良い香りが鼻を抜ける。

おお、と感嘆の声を上げるとマイ達も同じ反応をしていた。

 

「カニか……」

 

隣のローは無表情で呟いていた。

 

「少ない……」

 

向かいに居るベポが残念そうに言う。

確かにベポの巨体では少ないだろう。

意を決してベポにカニをあげようと声をかけた。

 

「あ、じゃあ私も」

 

マイもヨーコもこぞって渡す。

ベポは嬉しいと笑った。

 

「お前はもっと食え、太れ」

 

ローに具材を足された。

仮にも乙女に言う台詞ではないと思う。

 

「い、いいです。もう沢山ですからっ」

 

盛られて具材が積み上がる。

頬が引きつるのを何とか隠して言うと彼は店員にもっと持って来いと追加する。

もしかしてまだ増やすのかと引くつく。

 

「もういいです。お願いですから」

 

「馬鹿か。俺のに決まってんだろ、くくくっ」

 

さっきまで太れやら食えやら言っていたのだから勘違いするに決まっている。

 

「た、助かった」

 

「ふふふ」

 

隣に居るマイが笑う。

本当に困った男だと彼女に笑い返す。

 

「おい。酒注げ」

 

酌しろと言われて仕方ないなあ、とコップに注いであげた。

 

「おい」

 

注いでいる途中で呼ばれて前を向く。

 

「故郷に帰るのか、結局」

 

「…………考えてます」

 

「つーことはまだ進むんだな」

 

その問題を彼女らと話し合った。

 

「行き詰まったら帰る。そう決めました」

 

考えてます、と言ったが、それは自分の考えで、彼女らは違う。

もっと世界を見たいと言った。

本音を言えば彼女らを乗せて旅をするのは反対だ。

 

「ま、まぁ、私は帰りたいんですけどねっ」

 

帰るとか、帰らないとか優柔不断なのは理解しているので気まずくなる。

耳が赤くなっていないかと思って顔を背けるとローの笑い声が聞こえた。

 

「素直になるのも一つの生きる方法だ」

 

別に生きたいわけじゃない、と言って雰囲気を壊す真似は出来なかった。

二人も居るし、死んだら二人を置いていく事になる。

そういう事にしとこう。



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30

島のログが溜まる日が近付いた。

その折、ローが朝から起こしに来た、能力を使って。

何と狡い、何とストーカーげふがふ。

と思いつつ付いていけばマイとヨーコも外に居た。

何時から起きているのだと聞くと五時くらいの時らしい。

なんと朝の鍛錬とやらをしているらしい、逞しく思う。

というより一女子高校生がしている事ではない。

朝五時にするのは朝シャンか髪をコテで巻くとかの作業だと思う(偏見)。

それにしてもリーシャが見ていない間にすっかり朝を得意としていまっている二人。

何だか一般人の枠を外れ掛けているような気もする、二人の元の性格や目標を軌道修正しなければ。

まだ七時というのにローはどこに連れていくつもりなのだろうか。

もしかして人攫いの所か、いやローがそんなつまらない事をする訳もないか、と一人納得。

まだ眠い状態でヨタヨタと覚束ない足取りで付いていくとローが一つの店の前に止まる。

同じく三人も止まると上を見て看板を読む。

 

「「「船大工……?」」」

 

「前にお前が氷山が出来るくらい寒い海域に入った時の事覚えてるか。死にかけた時の」

 

「嗚呼……その説は大変お世話になり」

 

「船が安もんじゃなきゃあんな目に合う事もなかった」

 

ローはこちらの台詞を無視して話をする。

確かに死にかけたけれど、それが何だというのだろう。

それと安物で悪かったな。

 

「だから、今回は三人の船出を俺自ら祝してやる。お前等にプレゼントだ」

 

ローは言いたい事だけ言ってから店の中に入っていく。

そこでは船大工達が朝から作業に没頭していた。

熱い、何というか雰囲気が。

カンカン、と金属の音が鳴る店の中を慣れた様子で歩くローに付いていく。

一人の男性に声を掛けると彼は人のよい笑みを浮かべる。

賞金首のローに臆する事無く笑みを向けられるなんて肝っ玉の大きい人だ。

感心していると何やら話し込むお二方。

お陰で三人はポツンと立っているまま待ち惚けだ。

待っているとローがこちらの事を見て「何やってる。こっちに来い」と我が物顔で言うので説明は?と聞きたくなるのを我慢して付き従う。

トボトボと歩き出すと二人も習う。

朝と言うのに機敏なお二人に各の差が拓きだしているのを感じる。

鍛錬しているからかその動きは洗礼されているように見える、まるでローの部下達のようだ。

彼女等はローの部下になっていたと聞いていたが、どうやら本当だったようだ、信じたくない。

レストランの一件でちゃっかり活躍してくれた二人のあの頼もしいやりとりは忘れられない。

二人の存在は認めたけれど、どうしても危ない事に突っ込んで欲しくないのだ自分は。

考えを止める為に首を少し大げさに振ると中くらいの大きさの船が見えてきた。

てっきり今まで自身が使ってきた船を改造か修復する程度かなと思っていたのだが、どうやら一から作ったらしい。

凄く豪快で予想外の事をやってくれたローに開いた口が塞がらない。

一つ船を作るのに一体幾らお金を使ったのだろう。

喜ぶ二人とは対照的に貰えない、と呟くリーシャにローは淡々と「じゃあ捨てるしかないな」と言った。

そんなの安直過ぎる、と胸にモヤモヤとしたものが張り付く。

 

「お前は良くても、こいつらの命が助かりやすくなるって利点、あるだろ」

 

「ま、あ……そうですね」

 

「だからこれは命綱だこいつらの」

 

ローは二人をダシにしている。

分かっていても、船を頑丈にするだけでどれほど航海の安全性が上がるのか、比べものにならないだろう。

ローは海のプロだ。

ベポも絡んでいて、船員達だって大手を振ってグルなんだと思う。

 

「リーシャさん!」

 

マイに呼ばれて前を見るとヨーコが中を見るわよ、と手を二人に引かれる。

アワアワしている間に進んでいく二人に為すがまま。

中へ入ると頑丈な中身が目に付く。

ローの言葉通り木製ではなく金属製の船だ。

コンコン、と叩いてみても分かる。

それに、外の空気や気温が全く伝わってこない。

 

「キッチンありますよ!」

 

「トイレもある!」

 

はしゃぐ二人の気持ちは分からなくもない。

結構原始的な方法でどちらもやっていたからだ。

ちゃんとしたキッチンも備え付けトイレもなかったから感動ものだろう。

船だけでなく内装も力を入れてあり、ローのやった事が心に響く。

 

(二人の為なら……ローさんのくれた船も甘んじて貰うしかないか)

 

苦笑して二人の少女が笑うのを見て一人船の外へ出た。

内装は二人が見て回るだろうし、三人揃ってはしゃぐものでもない。

一人でそう判断して梯子を伝い地面に降りた。

後ろを向くとローが端に寄りかかってこちらを見ていた。

お礼を言おうとローに駆け寄ると彼は目をこちらへ向ける。

茶色いような黄色いような色を光らせる瞳。

 

「あの、船。本当にありがとうございました。お礼、は何もないので渡せませんが……」

 

船代だけでもリーシャに手が出せる金額ではないだろう。

照れ隠しも含めてローに進言すると、彼はニヤリとその口元を歪める。

嫌な予感がする、後ずさった。

しかし、ローは逃がさないと言わんばかりに腕を伸ばしてきてリーシャの肩をグワッと掴む、何と遠慮のない事か。

 

「え、あの、何ですか?」

 

動揺していると彼は「礼なら貰う」と言うので蒼白になる。

まさか治療代を上乗せされるのだろうか。

 

「あ、あの、私ほんとお金持ってないので……払えませんよ」

 

「バカか。なけなしの金を毟る趣味なんてねェ」

 

またバカと言われた、ローの方がバカだ。

と心の中で言い返す。

そんな事に気を取られているとローの顔が間近にあった。

 

「あ」

 

口から何か出かけた瞬間、息を奪われた。

唇に同じ物がくっついて、何度も不意打ちで奪われているからか冷静で、とてつもなく恥ずかしくなる。

ぬるりとしたものが唇に這うとこじ開けようとした。

抗っているとローは服に手を入れたので隙が生まれて口内へ進入された。

それからはR十六くらいの事をされて離されると酸欠で息が荒くなる。

苦しくてローの胸板に頭を預けていると彼の笑う声と振動が伝わってくる。

 

「いい加減、慣れろ」

 

「勝手にやって、慣れなんて、無理ですっ」

 

赤くなる頬を隠す為に下を向く。

二人が戻ってくる前にローから離れようと身体を立てる。

 

「お代、確かに貰った」

 

「私のってそんなに価値、ないですけど……」

 

美女でもないし、キスが船一つなんてどこの女帝だ。

女帝に失礼か、どこの傾国の姫だ。

突っ込み所満載なローの発言に苦言する。

 

「そう思うなら浮気すんなよ」

 

「意味分かりません!」

 

浮気と言われてもローとは交友関係でしかない。

キスされているのに交友なんて可笑しいかもしれないが、別にローへキスして欲しい何て言った事はない。

寧ろ、リーシャの事など忘れて欲しいくらいだ。

 

「精々死に損なえ」

 

レストランでも似たような事を言っていたのを思い出しているとローが去っていくのが見えた。

やがてマイとヨーコもやってくる。

ローは、と聞かれて帰ったと言うと二人はお礼を言いそびれたと言う。

 

「どうせまた会う事になるでしょ」

 

「ふふ、ですね」

 

「はー!海に出るのが待ち遠しい!」

 

ヨーコの元気な言葉にリーシャ達は頷き新しくなった船を見上げた。

そこには旗が閃いていて、ベポの肉球らしきマークが一つポンッと押してあった。



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31

一隻の船がゆらゆらと波と風に任せて進められていた。

その船からは一人の元気な声が聞こえてくる。

 

「ご飯出来ましたよー!」

 

「今行く!」

 

答えたのは甲板で釣り糸を垂らして魚を釣っていた少女。

この船には三人の女が乗っており、残りの年長者で代表の女性が見張りから「私も!」と声を張り上げる。

望遠鏡を降ろして首に掛けたままマストに掛かるロープを伝った。

魚を釣っていた少女、ヨーコも魚が沢山入ったバケツを持って料理をしていた少女、マイの元へと向かう。

中へ続く扉を開けて入るとエプロン姿のマイがお皿をテーブルに並べている所だった。

 

「何か異常は有りませんでしたか、リーシャさん」

 

見張りとして見張り台に居たリーシャへと声を掛けるマイに何も無かったと伝えると椅子に座るヨーコが笑う。

 

「余程の強者じゃなきゃあたしらが追い払うわよ」

 

ローの船に乗っていた時に習った護身術をマイとヨーコは物にしていた。

けれど、それは数ヶ月だけのものなので彼等、ハートの海賊団のような戦闘力はない。

彼女等二人は少し前までただの高校生だったのだ、当然だ。

戦えると分かっていても怪我をして欲しくないのが本音、出来れば戦いは避けたい所だ。

しかし、女三人となれば例え積み荷を明け渡して命乞いをしたとしても敵は「うん分かった」と気安く解放等してくれないのは考えるまでもない。

なので死ぬか戦うかの二択となる。

二人は戦えてリーシャは戦えないお荷物なので隠れているか囮になるかしかない。

 

「二人には比較的大人しくしていて欲しいんだけど……」

 

二人には絶対に秘密なのだが絶対絶命になった時のとっておきの秘策がある。

それを使うのは果たして何時になるのかは、自分も予測出来ないのでいつでも平気なように覚悟を決めている。

 

「なーに言ってんの!あたし達は非力じゃないんだから、あんたはとことんあたしらを使いなさい」

 

ヨーコの言葉に頷くマイ、何だか麦藁海賊団の航海士に似てきている気がする。

それを言うつもりはないが、それも面白そうだと思う。

 

「貴女達は別に消耗品なんかじゃないから、そんな事出来るわけないし」

 

リーシャは渋い顔をする。

それにマイがクスクス、と楽しそうに笑う。

 

「大丈夫ですよ、毎回トラファルガーさんや皆さんが会う度に手合わせして下さってますし。身体が鈍るなんて事もありませんから」

 

そうなのだ、毎回彼女達はローと会う度に手合わせをしたり訓練、鍛錬を教えられているのだ。

それに納得出来ないのはリーシャだけで、マイとヨーコ、ロー、船員達は進んで教えている。

今日の昼食を咀嚼してから口を開く。

 

「女の子が生傷はどうかと思うけどさ」

 

彼女達を乗せると決めた時から敬語を止めた為、少し違和感がまだ残っている。

リーシャの言葉にマイとヨーコは何食わぬ顔で言う。

 

「ですが、此処は異世界、戦闘力は持っておいた方がいいかと」

 

「そうよそうよ、あんた不幸体質なんだから余計に必要だと思うし」

 

「ちょっとヨーコ。すいませんリーシャさん」

 

「ううん。だって本当の事だし。二人が来る前も結構色んな事に巻き込まれたり、自分から突っ込んだりしてたしね」

 

そう言ってしみじみと思い出す。

凄く寒い海域に居て死にかけたり。

例えば火事場に居た子供を救おうとして飛び込みローに強制的に助けられたり。

それでローに借りを作ったり。

 

「何それ。よくそんなので今まで生きてこれたわね。確かにシャチ達からあんたの不幸武勇伝は聞いてたけど」

 

ヨーコの台詞に船員達はそんな事を伝えているのか、と恥ずかしくなる。

今度会った時は遅いだろうが口止めしとかなければいけない。

特にお喋りなシャチやわざと言うであろうローら辺を特に。

赤くなる顔を隠してひたすらモグモグと口を動かして残りは見張りながら食べようと二人にまた後で、と逃げた。

マイは微笑ましく笑みを浮かべ、ヨーコはニヤニヤと笑みを浮かべている。

二人の性格がよく反映されている、と密かに可愛く思った。

扉を開いてマストへ行くと編み目になっているロープをお皿を持って上る。

首に掛けている望遠鏡をまた掲げると周りをグルリと見回す。

 

「…………ん?」

 

(あれって……ローさんの船じゃ……)

 

ご飯を食べる前は何も無かった海の地平線に目立つ船が見えた。

ただそこにあるだけならば良かったのだが、ハートの海賊団はどうやら海戦中だった。

どうしようと悩む。

戦いが収まってから近寄る、此処へ船を停めておく。

脳内で予定を組み立てておいて、二人の意見も取り入れようかと一旦望遠鏡を降ろして下へ降りる。

 

「ねえ、海の向こうにローさん達の船があって今敵船と戦ってるみたいなんだけど」

 

二人に向かって声を掛けると彼女達の目が好戦的に光るのを見てしまい「あ」と言わなきゃ良かったと後悔した。



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32

ハートの海賊団の船員達、及び船長のローは交戦中であった。

優勢になっているし、鎮圧するまであと少し、そんな中で元気の良い二つの声が聞こえた。

 

「助太刀するわよ!」

 

「皆さんお久しぶりです!」

 

船員達も敵も、どちらも声の聞こえた方に顔を向ける。

どちらも物々しい雰囲気であったのに払拭されても可笑しくない華やかな女の登場に湧いたのは意外にも敵方だった。

 

「おい女だ!」

 

「しかも若いぞ、今回の大取りじゃねっ?」

 

「自ら飛び込んでくるとかバカだなァ」

 

明らかにアウェーだと思い込んでいる敵の男達と違い、ハートの戦力達は頼もしい彼女らを歓迎する。

 

「はしゃいで怪我すんなよー」

 

「元気にしてたか~」

 

「つーかタイミング良いなァ」

 

「実践としては良いんじゃね?」

 

様々な意見が飛び交う中でマイとヨーコは我先に、となりつつもコンビネーションを発揮して敵を沈めていく。

嘗めていた敵の男達は海賊であり腕に自身があるからこそルーキーを襲った訳で、なのに自分達より明らかに年下で若い少女達の戦闘力に土肝を抜く。

残りの非戦闘員のリーシャはと言うと、マストの陰から二人が怪我をしないかハラハラしながらそれを眺めていた。

危なくなったら船員達がフォローしてくれると分かっているし、危なくないと理解はしているが、やはり怪我をされるのは嫌だ。

非戦闘員だから口も手も出せない、何と痒い気持ちなのだろうと溜息を吐く。

 

「溜息吐く程不幸な事は起こってねェだろ」

 

「!?……ローさん……脅かさないで下さいよ……敵かと思ったじゃないですかあ」

 

後ろを向くと驚く程近くに居たローの姿。

モコモコな帽子を被っている。

ハートのマークが描かれた服を着ていて顔付きは青年と大人の中間、顎髭があってニヒルな口元が良く似合う。

彼はハートの海賊団の船長、トラファルガー・ロー。

マイとヨーコが強くなる手助けをした人物その一だ、因みにその事はまだ許していない。

よってまだ怒っているのだ、だというのにローはズカズカと土足で歩くが如く話しかけてくる。

 

「私から半径一メートル以内に来ないで下さい」

 

「クク、まだ根に持ってんのか?」

 

「とーぜんです!」

 

「フフフ……そう言われると近寄りたくなるのが人の性だな」

 

近かったのを更に近くさせるローにジリジリと後ろへ下がる。

 

「怯えられるともっと苛めたくなるな」

 

「へへへ変態!」

 

「変態って言うな、まだ今までの付けも払って貰ってねェしな……何をして貰おうか」

 

ローは青筋を浮かべて怒ると気を取り直して顎に手を置く。

その仕草がとてもわざとっぽくて憎たらしい。

ローには何かと助けて貰っている。

何か不幸があったときも治療をしてくれたり、船内の中に軟禁されたり。

ロー曰く『自業自得』で軟禁されるのだから公的に犯罪をされているわけだ。

本人は海賊で犯罪者で賞金首で二億というルーキーなので犯罪者をしても何とも思っていないようだ。

そういえば前に銀行強盗と鉢合わせしてしまい人質された時にローが助けに来てくれて、でも犯人達の物であり銀行の物であるお金をもぎ取ったあの金銭はどうしたのだろう。

もしかしてローから貰った中型の船の中の倉庫置き場の中にあったあのお金は……とそこまで考えて怖くなったので思考を中断した。

物音が聞こえなくなった事に気付いて振り返ればそこに立っていたのは敵以外の者達。

つまりは戦闘が終わったらしい。

ホッと安堵の息を漏らすとローに向き直る、まだ目の前に居た。

敵との乱闘中にこちらへやってきたようだから、余程暇なのか、暇ではないのにやってきたのか。

真意はどうかは知らないが、兎に角終わったのならもう此処へ留まる理由はない。

二人を呼び寄せようと声を張り上げ名を呼ぶ。

 

「終わったなら帰るよー!こっち戻ってきてーっ」

 

「「え」」

 

唖然と答えたのは二人だけではなかった、船員達も同じ反応をする。

かく言うローも不満げに声を掛けてくる、どうしてそんな風に反応されるのか。

 

「折角此処で会ったってのに連れねーな」

 

「何言ってんですか……ローさん船長でしょ。記者の私達をおいそれと上げるなんて可笑しいんですからね」

 

今更何を、とでも言いそうなローの言葉を聞く前に二人の方を見る。

すると、二人の前に我先にとやってきた船員達がこちら側の甲板の手摺りにやってきた。



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33

リーシャは自分の船に居るので近寄られても船で隔たれている状態。

 

「な、何ですか……皆して……」

 

大勢に詰め寄られて気が強がれるような性格でもないので怖い。

 

「いいじゃねーか少しくらい!」

 

一人が意見する、三人の事に口出しして欲しくない。

ましてや船員に、更に彼女達に戦闘を教えた彼らに。

 

「いいえ。譲れません。もしマイとヨーコがそちらに居たいと言うのなら……私は此処に残ります」

 

マイとヨーコに向けて「どうする?」と聞く。

意見は出来るだけ反映したい。

そして、そっちに当分居たいのなら居たければいい、リーシャ無しで。

 

「……そりゃね……」

 

「でも、リーシャさんだけ残して……」

 

ヨーコもマイも渋る。

先程まで不満げだったのにこの子達は……と苦笑。

別にリーシャの事など無視してハートの船に移れば良いものを。

真面目なんだな、と嬉しくも悲しい。

 

「別に近くに居るし、ずっとそっちに居る必要もないよ。好きにして」

 

結構投げやりというか、放棄気味なのは分かっているが、こう言わないと彼女達は下せないだろう。

足手纏いなのはリーシャだけなのだ。

まだ決断出来ない二人を見てから再度同じ台詞を言った。

 

「グダグダ言ってねェでお前さえこっちに乗れば全部解決する」

 

後ろからローの台詞が流れてきて後ろを向く前に首根っこを文字通り捕まれた。

そして船に強制的に移動させられた。

何と強引、自分は自船に残りたいのに。

抗議の表情を浮かべてローを見ると彼は喉で笑って「そんな目で見られると襲いたくなる」なんて言うもんで慌てて顔を崩す。

それにまた笑う意地悪な海賊船長はやることだけやって甲板から去る。

自船に戻ろうかな、と考えているとマイとヨーコに片腕ずつ拘束されて戻れなくなった。

最初から逃がすつもりはなかったようだ。

暴れるのも馬鹿っぽいようで暴れるのは止めた。

このまま大人しくしている方が楽だし、何よりご飯が満足して食べられるハートの海賊団なので御馳走にあやかるのは当然。

ベポもお昼寝すると言うので同席させてもらおう、そんな予定をブラブラと組立てつつ二人に、宇宙人みたいに甲板の扉の前に連れて行かれる。

扉を開けたと思えばそのまま三人に宛てがわれた部屋へ直行。

どうやら先程の戦闘で疲れていたらしくパタリとベッドに倒れる二人。

まるで温泉旅行に来た気分になる。

リーシャも船が新しくなって大きくなり、更には船内に居ても外の気候に左右されなくなったので大分楽になった。

見張り台も上に備え付けられたので一々船を回らなくても良くなった、とても簡略化された。

ベッドへ入ると眠気が来ていつの間にかスヤスヤと寝てしまう。

油断したのか気が緩んだのか。

どちらでももっと気を引き締めねばと思うが、この船に居れば海賊に襲われても生存率はかなり高い、つまり寝ていても戦いは終わっている強さ。

流石はルーキーと世間で持て囃(はや)される訳だ。

十分に寝ると自然と目が開く、すると隣に居る相手が彼女達ではなくローだった。

しかも身体に抱きついているという状態だ、いつ来たのか。

マイとヨーコは部屋の中に居ないのでもう起きて活動しているのだろう。

ローの寝顔を見る事にした、所謂鑑賞だ。

どうしてこの人はこんなに隈があるのだろうと気になってつい手を伸ばしてしまう。

ユルリと人差し指で隈を沿ってなぞるとパシッと手を掴まれた。

 

「!」

 

驚いて手を引っ込めようとしても離してもらえない。

寝ぼけているというより起きている気がする、多分。

危機感を感じていると彼の目がスッと開く。

やはり起きていたらしい、早く手を離してと言う前に彼は何と人差し指を口に含む。

前にも似たような事をされた、それを思い出して背筋がムズムズする。

カアッと顔に熱が集まる、凄く恥ずかしくて目を反らした。

起きているのは確実で、指を抜くにも抜けない。

ビクともしない指はこの際捨て置こう、ローを視界の端で見てみると薄く目が開いて茶色と黄色が混ざったような色の瞳が見えた。

 

「っ!」

 

スッと瞳を細めていて、その目は愉しげに且(か)つ、色気や熱を発している。

 

「ひゃっ」

 

途端に指先に舌が触れて絡みつく感触に小さく悲鳴を上げる。

叫んだらマイやヨーコに気付かれてしまうので耐えた。

この恥ずかしい状態を見られるのは避けたい。

きっとそれを感じ取ったのだろう男は更に調子に乗ってきた。

指から口を離したローは粘着質な音を立てて濡れている指を舐め取る。

ゾクッと背筋に色事の感覚を感じてもっと顔が赤くなる、こいつめ。

恨めしい視線と咎める視線を向けても相手は楽しそうに口元を上げるだけ。

 

(抵抗しなきゃ)

 

頭では分かっていても男女の差のせいで埋められない攻防。

 

「くくく……」

 

「何笑ってるんですか」

 

相手が余裕でいるのにムカついた。

 

「可愛いと思っただけだ」

 

「マイとヨーコなら分かりますが、年齢的に私に可愛いと言われても嫌味に感じます」

 

可愛いだなんてそこそこの歳であるリーシャに言われてもあまり嬉しくない。

そう口にすると彼はまた言う。

 

「じゃあ言い方を変えるか?良い女だ」

 

馬鹿にしているのか、この人は。

掌の上で転がされているこちらにそんな風に言うなんて。

 

「もう良いです。ローさんとは今後から口をきき、んんんん!」

 

また途中で唇を塞がれた。

この人は都合の悪い事を言おうとすると直ぐに身体を動かすタイプなのだろう。

キスをされてグデングテンになった所でケロッと部屋を出て行く姿を恨みつらみを吐いて見送った。



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34

ローの船に乗って一日が経過した時、彼に甲板まで来るように言われてマイとヨーコと三人で向かう。

三人揃って呼び出すなんて珍しい、何かサプライズでもやろうとしているのか。

甲板への扉を開けると船員達も揃っていた。

扉が開くのを見ていた彼等の横に並んで前を見るとローの隣に見知らぬ女が居るのを知る。

 

「全員揃ったな」

 

ローは周りを見渡してから隣に居る人について説明した。

 

「別にお前らを呼んだ覚えはないがな」

 

どうやら船員達を呼んだわけではなくギャラリーだったらしい。

用があったのはリーシャ達らしい、船員達は笑って「別に良いじゃないですかー」と揃って述べる。

それに苦笑気味に笑うロー。

 

「前の島から一時的に加入したレバリーだ」

 

「レバリー?……もしかして“赤目”のレバリーなの!?」

 

「え?あの賞金首の?」

 

マイとヨーコは新聞を毎日欠かさず読んで手配書も良く二人で見ているので世の中の動きに敏感で詳しい。

二人が言うのならそうなのだろう、とあまり知識を増やさないリーシャはぼんやりと思った。

驚いているのは何故なのかは甚だ疑問だが。

目の前にいるローだって億越えの人間なのに、慣れだろうか、慣れたから新鮮味がないのかもしれない。

話題の渦中にいるレバリーと言う女性は短く「宜しく」と言ってローを見た。

 

「もう言って良い?」

 

「……嗚呼」

 

呼び止める理由もないからかあっさり答えるロー。

少しの間があったのが少し気になったが。

どうやらレバリーはさっぱりとした性格のようだ。

船員達も色んな反応で彼女を見送る。

 

「船長!ほんとに乗せてくんすか?」

 

一人の船員が不満そうに言う。

 

「あいつは女でも九千万ベリーの賞金だ。戦力は貴重だろ。ギブアンドテークで既に話しは着いている」

 

(九千万……もう直ぐ一億か……ルーキーの候補って所?)

 

「でも船長さん」

 

マイが不安そうにというより不可解そうな顔付きで言う。

 

「彼女、先程は戦闘に参加してませんでしたよね?それに新聞では海軍ばかりを狙うって書いてましたよ」

 

マイの言葉に成る程、と思った。

確かに先程の戦場ではどこにも見当たらなくて見覚えがなかったのも理解出来る。

ローは暫し黙った後に答えた。

彼曰く彼女は海軍が相手なら喜んで討つらしい。

そういう一時的な契約を結んでいる、という事を彼は言う。

 

「まァ、向こうに干渉しなければこちらに干渉する事もねェ」

 

「分かった」

 

ヨーコが返事をするとそこで解散となる。

 

「リーシャ」

 

名を呼ばれてそこへ向くと呼んだのはローだった。

手招きされて近寄るとそのまま手を引かれたのでされるがまま付いていく。

乱暴な事をされる理由も思い付かないのでただ何か用があるだけだろう。

引かれると素直に足を動かす事に満足しているらしい彼はご機嫌だった。

引き摺られているわけでもなく連れ歩かされているのでいつもの性急感がない。

いつもこうだったら良いのになんてつい思ってしまう、考えられる余裕があるせいだ。

部屋に着くとそこは船長室だった、彼は慣れた手付きで扉を開けると中へ入り扉を閉める。

リーシャの手をやっと離すと「コーヒー、二人分」と言ってコーヒーのインスタントとお湯があるテーブルを指す。

メイド扱いか、と思ったが借りも恩もあるのでそれくらいなら良いかと用意をした。

用意し終わるとコーヒーのマグカップを彼に渡す。

 

「座れ」

 

さっきから命令しかされていない。

素直に座った。

 

「レバリーさんは正式じゃなくて限定雇用なんですか?」

 

ローが話す気配が微塵もなかったのでこちらから話題を提供する事にした。

ローは質問にスラッと答えてくれる。

 

「嗚呼。あいつが良いと思った時までこの船で戦力として働くのが条件だ」

 

「へぇ……レバリーさんって九千万ベリーでしたよね。やっぱり強いんですか」

 

彼女について関心がある訳ではないが、欠片程度の興味はある。

強いのだろうが、ローはまた違う感想を持っているかもしれないので試しに聞いてみた。

彼はニヤッと楽しそうに笑う、何故笑うのだろう。

 

「嗚呼。あの女は強い。特に海軍に対しては恐ろしくもなる」

 

そう言えばマイとヨーコも海軍しか狙わないと言っていた。

 

「おお!じゃあローさんと身の丈が合うんじゃないですか?」

 

強いし綺麗だしと揃っている。

進めてみれば満更でもないかもしれないとプッシュしてみた。

 

「は?」

 

ローは意味が分からないと言う表情を浮かべてこちらを凝視した。



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35

暫し放心しているように固まったローの顔がみるみるうちに般若のように威圧感を出して歪んでいくのを目撃してしまう。

 

「てめェ」

 

「え?え?どうした、んうっ」

 

低いテノールに怯えて恐る恐る聞こうとすれば続く事無くキスを乱暴にされる。

その動作に目を白黒させる、彼の何かに触発させてしまったらしい。

 

「っ、ふあ」

 

いつもよりも遙かに乱暴で性急感がある。

激しいので息が苦しくなった。

悲しそうな苦しそうな瞳が垣間見えた気がする。

ローは水音をわざと響かせて唇を離すと顔をそのまま耳の所へと移動させて耳へと悪戯をした。

舌を中へ入れてこしょばくてむず痒い行為をネットリとする。

 

「や、め、ローさんっ」

 

いつもなら抵抗したら止めてくれるのに止めてくれない。

彼は耳を舐めると首へ移動して首筋へ唇を滑らせる。

それにビクッとなると彼は構わずそこへキスマークを落とす。

 

(もしかしてレバリーさんの事を押したのがまずかったのかな)

 

好きと好意を示されているのに進めたのが起爆剤だったのだろう。

息が荒くなりながらも原因を考えた。

 

「はぁはぁ……」

 

「余所見すんじゃねェ」

 

荒っぽい声で顎を掴むロー。

 

「舌を出せ」

 

有無を確認するような声音はどこにもなく、嫌と言わせない雰囲気に地雷を踏んだのは自分のせいだと理解していたリーシャは観念して舌をおずおずと出す。

ローは食べるように犬歯で舌を甘く噛む。

 

「ふ!」

 

ビクッとなってもちゅる、と啜る音が鼓膜を犯す。

身体が数々の行為のせいで熱くなってきた。

それを知られないように舌を生け贄にしたのだが、ローは感が良いからとっくに気付いているかもしれない。

そんな風にぼんやりと考えて目の前の行為から現実逃避する。

リーシャが考える事を放棄してしまう程脳内が溶けそうになった。

グッタリとなった頃に服を捲る感触に目を開くとローがお腹へ唇を落としている光景を見る。

力なく腕を上げて服を戻そうと動かすも阻止された。

 

「はあ、も、許して」

 

「許さねェ」

 

一言返されて、ローは赤い華をどんどん散らしていく。

 

「二度とあんなくだらない事を言わねェように後悔させてやる」

 

やはり怒っていたのはそれに対してだったのかと納得する。

彼は服を上へと捲り上げていく、下着が見える所まで。

 

「……んだよ、この下着」

 

この下着はマイとヨーコが「色気のない下着しかありません」と言って勝手に購入した色気のある方の下着だ。

たまたま付けていた。

ローは眉間に皺を寄せた、そんなに似合わないだろうか。

ふやけた脳で呑気にそんな事を思う。

しかし、ローはその下着の上から手で触れる。

 

「ちっ、ヤる予定なんてなかったのに、気が変わるだろうがっ」

 

一応止めてくれる予定だったらしい。

しかし、それも危うくなる発言をされて慌てる。

 

「予定は予定通り終わらせましょう!ね!」

 

ローに進言する、説得を頑張っていればローは無言でズボンを中途半端に脱がせてきた。

何て早業なのだと絶句する。

 

「や、止めて下さい!」

 

下着はセットだ。

 

「上を見たら下も見たくなった」

 

真顔でそう言われて真顔で下着を見られる。

かなり恥ずかしい状態に晒されていた。

リーシャはローの目を塞ごうとするが手も掴まれてしまう。

もがいても何も解決しないままローはボソッと「綺麗だ」と言った。

ぽかんとなる己は何とも間抜けだったに違いない。

 

「やべェ」

 

そう言ってローはリーシャを抱きしめた。



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36

久々に島へ着いたので女三人で楽しく買い物を満喫していた。

しかし、こんな所にもあのルーキーの噂や何かは耳に入ってくる。

 

「トラファルガー・ローがこの島に来てるらしいぞ」

 

「え!マジか……こんな果物しかない島に……」

 

「二億……一攫千金狙えるな」

 

「馬鹿言うな!こっちが死ぬっつうの」

 

こそこそと人々は色んな思惑を話す。

ローの首を狙おうとするなんて馬鹿な話しを聞いてしまい内心呆れる。

かく言うマイとヨーコもこっそり話し掛けてきた。

 

「この島にローさんが来てるのね」

 

「船長さんを狙うだなんて無理な話しですよねえ」

 

マイはのほほんとそんな事を言う。

それをリーシャに言って何を言って欲しいんだか、と苦笑。

ヨーコは思い出したようにニヤニヤと笑う。

高校生でその笑みはやばい、駄目だと思う。

ただの好奇心旺盛なオジサンみたいだ、なんて言ったらきっと怒るだろう、と想像する。

 

「あ、でもーあんたならローさんの首狙えるわよね?勿論方法はハニートラップ!」

 

「花の乙女がそんな言葉、はしたない」

 

咎めれば大人しく引き下がる少女ではない、マイも楽しそうにニコニコと同感とでも言うように笑っている。

この子達は記者ではなく海賊みたいになった。

その原因であるローを密かに恨む、よくも変な事を仕込んでくれたな。

 

「誰がハニートラップ何だ?」

 

「「「え?」」」

 

三人で振り向くと見知らぬ男が居た。

 

「何あんた?あたし達の会話に何入ってきてんの」

 

ヨーコは不機嫌な声音で手厚く睨む。

確かにそこら辺の町人が聞くなんて不審者扱いしてくれと言うようなものだ。

 

「は?……あ、失念してたな……あー…………いや、すまない」

 

彼は恐る恐る謝ってきて再度言う。

 

「いつもは帽子被ってるし、今日は私服だから分からないのは当然だな……俺はペンギンだ」

 

「ペンギン……?え?」

 

ペンギンという名前は早々ない、思い出すのはハートの海賊団である船員のペンギンだ。

今の言葉を照らし合わせると彼がそのペンギンと言っている。

 

「へえ……そうやってあたしらを貶めようとする奴、居るのよね」

 

「証拠出していただけます?」

 

「嗚呼。女だから警戒するのは当然だ。これでどうだ?」

 

彼は、多分ペンギンは懐から電伝虫を取り出してどこかへかける。

その隙に二人はこちらを見てからリーシャの腕を掴む。

 

「へ?な、何?」

 

いきなり走り出した二人に必死に足を動かす。

 

「どこの誰に電話かけてるのか分からないのにのこのこ待っとく訳ないでしょっ」

 

「仲間を呼んだのかもしれないですし!」

 

「……あ、あの二人共」

 

リーシャは彼女達よりも彼等と交流が長い、つまりは。

 

「さっきの人、声が確かにペンギン本人だったんだけど……」

 

そう口にすると二人は進めていた足を止める。

ボケッとした顔で目を白黒させる様子に申し訳なく思う。

 

「確かなわけ?」

 

ヨーコが念入りに聞いてくるので頷く。

それにマイは罰が悪そうにペンギンが居た方向に目を向ける。

 

「……と、取り敢えず、買い物の続きしよう?」

 

ここは年長者として、まとめ役として二人の動揺を鎮火させようと考えた。

宥める為に、少し時間を与えようと提案すると二人は困惑したまま後ろ髪を引かれるように歩き出す。

アイスが目に付くとアイスクリーム屋さんのトラックへ二人を誘う。

美味しそうだと二人の思考を向こうに向けさせてから辺りを見回してペンギンがやって来ていないかを確かめる。

 

「何味が食べたい?ほら、今回は甘いもの巡りしよっか」

 

「っ、でも……私達がやるとお金が……」

 

「この島でもアルバイトするんだから、大丈夫だって」

 

リーシャは前からやっている夜のお酒の出るお店の接客業。

彼女等二人は未成年というのもあり健全な店を選ぶ。

今回も今日から始めるので資金の心配は差程していない。

 

「さ、どれ食べる?」

 

「俺、バニラ」

 

「そっかバニラねってうわあ!」

 

後ろから突然声が聞こえて仰け反ると悪戯な顔をした男性がカラカラと笑う。

 

「うわ、マジで三人共この島に居たんだな……あ、俺シャチ!言っとくけど偽物じゃねーしな!ペンギンも偽物じゃねーしよ!」

 

それはもう分かっている。

 

「何で皆私服なの?」

 

シャチに訊ねたら彼は面倒臭そうに説明し始める。

どうやらこの島は海軍の駐屯があり、おまけに滞在期間も長い。

となれば騒ぎを起こすのは得策ではない、という事でツナギでは駄目なので私服、というスタンスを取る事になったらしい。

 

「んで?ハニートラップって何だ?ペンギンが言ってたけど」

 

「「「特に意味はない」」」

 

それを良くシレッと聞いてくるなあ、と思う。

三人は声を揃えて口封じした。

シャチは気圧されて「お、おお?」と頷く。

しかし、シャチが聞いたのならローにも届いた可能性が高い。

聞かれるだろうな、と回避不可能な未来が見えた。



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37

シャチと出会った後、彼は何故か去らずにそのまま付いて来た。

ヨーコが女の買い物は長いけど我慢出来るのかと聞くとヒクついた顔で「おお!」とギブアップするだろうな、という返事を返す。

何故そこまでして付いてこようとするのか甚だ疑問だ。

彼はクタクタな様子で店を回る。

ヨーコもマイも最早シャチの存在を空気のように扱っているし、彼は何も言わずに淡々と足を動かすだけ。

 

「なァ、休憩しねェ?」

 

もう涙が出そうな顔で懇願してくるシャチにマイ達が仕方ないと近くのベンチへと座る。

 

「シャチ、私は大丈夫だから座って?」

 

シャチに席を譲ると彼はこっちを見て嬉しそうに笑う。

 

「お前マジ天使!」

 

「あはは」

 

大袈裟な相手に笑う。

水を買ってこようと彼女達に近くの店で買ってくると伝えると直ぐに自分達も一緒にも言うが、それくらい直ぐに済むと説き伏せて買いに行く。

 

「水を四つ下さい」

 

「三百六十ベリーです」

 

妥当な金額を言われて出すと直ぐに出てきたので受け取る。

手が一杯なので慎重に歩いていると目の前に如何にもな青年が立ちふさがる。

邪魔だ。

 

「重そうだね。持つよ」

 

「いえ、結構です」

 

「一人で大変そうだって。大丈夫変な事しないからさ」

 

ナンパらしいその台詞に内心辟易となる。

 

「いい加減に」

 

「おい」

 

「え?」

 

突然の介入の台詞に驚くと後ろにローが居てすこぶる機嫌が悪そうだ。

 

「俺の女に何か用か?」

 

ローは男に良く見えるように刀を胸の位置に持ってくる。

 

「っ、い、いえ!」

 

慌てて走り去る男は何とも間抜けだった。

 

「……ありがとうございました」

 

「礼を貰う為にやったんじゃねェ」

 

「え?はい……そうですか……?」

 

じゃあ何の為にしたのだろう。

 

「その水貸せ」

 

「あ」

 

二本取られてから歩き出すローの後に慌てて付いていく。

お礼を言うのにも慣れた。

 

「あ、リーシャー!と……ローさんじゃん!?」

 

「シャチさん……貴女船長さんに此処の居場所……教えました?」

 

マイが綺麗な笑顔でシャチを尋問している。

 

「い、いや、あのなっ」

 

「あのですね?人には人権と言う守らねばならないポリシーがあるんですよ?勿論私達に戦いを教えてくれたシャチさんはよーく、よーく知ってますよね?」

 

それは尋ねているというより、有無を言わせぬ言葉に聞こえた。

シャチはマイの気迫に押されて頷く。

脂汗が凄い、ダラダラだ。

 

「水買ってきたよー」

 

「その後ナンパされてたぞこいつ」

 

「ちょ、チクらないで下さいよ!」

 

慌てて口止めしても後の祭りだ。

少し説教を少女にされたのは言わずもがな。

 

 

 

アルバイトが終わる頃には既に夜中を回って朝日が出ても可笑しくない時間だった。

ホテルではなく、船の中だ。

ローの船ではなく自船なので一人である。

彼女達はホテルに泊まっている。

本当はリーシャも泊まる予定だったのだが、ログの溜まる期間が長いので長く外泊するのにお金を自分に使う事を渋ってしまった。

勿論自分が自船で泊まるとなれば黙っていない二人には内緒。

二人はリーシャがホテルに泊まっていると思っている。

いつまでその嘘が通せるのか分からないが、バレる時まで此処で寝泊まりするつもりだ。

ホテルへ泊まるのは所謂防衛と安息の面がほぼ保証されているからだ。

船と違いホテルは自船のように簡単に入れないし、安らかに安眠出来る。

自船で寝る場合は泥棒や盗人に襲われる確率も高い。

この船は他の船より小さいのでまだ狙われ難いから少しだけ安心出来る。

眠ろうと目を閉じて睡魔に引き込まれていく。

 

「んん……きゃあ!?」

 

突然身体に何かがのし掛かってきた。

明かりもない真っ暗な部屋に誰か侵入してきたようだ。

 

「吐け。何で此処で寝てる」

 

「はあ?何でって!何で襲ってる野郎に教えないといけないの!?退け!」

 

荒々しく防御である蹴りや手を突き出す。

素人の無茶苦茶な抗いだが、当たれば良い。

滅茶苦茶に暴れるが相手は意に返していないらしく手首を掴んでくる。

 

「お前にしては次第点な反撃だな。だが……俺はヤレるぞ」

 

「離せ!てめェのもんなんて噛み………………ローさん?」

 

途中でその声の該当者が脳裏に浮かびハタと我に返る。

 

「何だ。もう抵抗は終わりか?お前のキレた瞬間の罵倒、結構良いな」

 

その笑みを浮かべているだろう様子に脱力する。

 

「おい、何やってる。俺はまだ襲ってるんたぞ……」

 

そう言って服のファスナーに手を掛けるロー。

 

「ちょ、何するんですっ!?」

 

慌てて手を止めようとするが首筋に唇だろう感触が降ってきて思考が鈍る。

彼はそのままペロッと舌でちろりちろりと舐めた。

 

「う、やあ」

 

「くくく、刺激に弱いお前、嫌いじゃねェ。もっと鳴けよ」

 

こんな夜中に来て何がしたいのだろう彼は。

 

「な、何しに、き、来たん、ですかっ」

 

「夜這い」

 

凄く簡潔に言ってきた。

ギョッとして相手を見ようとしても暗い部屋は何も目に写らない。

暗い空間しか見えない、けれど相手は確かに目の前に、上に乗っている。

 

「や、やだっ」

 

「おいおい……こんなセキュリティが簡素な船の中に寝泊まりしてる癖に止めろだなんて野暮だろ。襲って欲しくて此処で寝てるって言ってる自覚はあんのか」

 

「そ、そんな、わけ」

 

「少なくとも俺にはそう聞こえる。だからこうして夜這いしてお前を襲ってる」

 

「う、ううう!」

 

キスもされて口内を味わい尽くされて酸欠になる。

 

「き、鬼畜っ、変態!」

 

「あ?鬼畜はこうするような奴を言うんだ」

 

そう言ってローは首をカブ、と噛んだ。

結構な力で噛んだらしくかなり痛い。

 

「うあ、く!」

 

「綺麗に付いたぜ」

 

そんな芸当は必要ない、報告もいらない。

ハラハラと涙を流してしまうのは痛いからだ。

生理的な涙を零すとローが人差し指で拭う。

 

「泣き顔、そそるな」

 

誰かこの外科医を止めて下さい!



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38

朝起きると妙に変な夢を見たと記憶がぼんやりとしている。

ローに夜這いされて首を思いっ切り噛まれるなんてそんな願望はない。

首を振って、ふと周りを見るとそこは自船の中の己の就寝スペース。

そして、リーシャの身体に巻き付かれている浅黒い何か。

 

「っ、夢じゃ………ない?」

 

昨日寝る時には居なかった男が居た。

 

「ローさん……」

 

相手はスヤスヤと眠っている。

 

「……起きて、ローさん」

 

揺すると直ぐに目を開けてくれる訳もなく、寝起きの良くないローはスッと腕を違う所に移動させる。

そこは胸、つまりは揉んできたのである。

 

「え!?ちょ、何、どこ触って!」

 

引き剥がそうとして手を掴むと次は押し倒されていた。

視界が少し移動して天井が見えた。

それよりも男の顔が更に近くに見える。

 

「何してるんですか?」

 

「マウンドポジションに居る」

 

「いや、そういう意味で聞いた訳ではなくて」

 

「もういっそ俺のもんにしてやろうかと思案してる」

 

「思っている事を話す事が良い事だとは思いませんが」

 

「そうだな。イイコトをこれからするしな」

 

「しませんよ」

 

「……拒否されると尚燃える。アホなてめーに言っても無駄か」

 

「アホって……夜這いしてき貴方には言われたくありません」

 

「昨日みたく汚い言葉でてめェって言っても良いんだぜ?」

 

ローの不意打ちの言葉にバツが悪くなる。

昨日のアレは、別にローだと知っていたら言わなかった。

 

「あの、昨日の事は忘れていただけたらと思います」

 

「ほォ。で、代わりに何をくれる」

 

「昨日の夜這いでチャラに決まってます」

 

「てめーが馬鹿な事やってるから参加してやっただけだろ」

 

馬鹿な事ってなんだ、ローに聞けば彼はこのセキュリティが緩い船で呑気に寝ようとしていたアホな女の行動の事だ、と罵るのでムッとなる。

元はといえば余計なお世話だ。

放っておいて欲しい、言っても聞かないのだろうが。

 

「だって、この島のログって溜まるの遅くて滞在期間長いんです。ローさんも知ってますよね?だから、ホテルを取るより此処で寝た方が」

 

「宿代が減るって訳か。だが、下手したらお前なんてあっという間にやられる」

 

「そんなの、承知の上です」

 

「……誰かにやられるくらいなら」

 

「え?」

 

「何でもねェ。朝飯食いに行くぞ。さっさと着替えろ」

 

「私、朝ご飯食べません」

 

「あ?……もっぺん言ってみろ」

 

ローは低い声で言ってきた。

朝ご飯を毎日食べるとやはり食費が掛かる、つまりは抜けば浮く。

別にお昼は此処で本でも読んでいればいいし、お腹が空くような事をしなければいいのだ。

ローは怒った様子でこちらを見据えるとまたキスをして呼吸を奪う。

 

「ん、んっ」

 

抵抗しても抵抗にならない力量の差。

リーシャはローに手を掴まれ壁に縫い付けられる。

 

「はっ、はあ!」

 

息を吸って吐くを繰り返すがまた奪われ離される。

 

「飯食うだろ?答えろ」

 

「た、食べませ、っ」

 

またキスされて、今度は長い。

 

「食うだろ」

 

「や、嫌で」

 

今度は長い上に深い。

 

「食え」

 

最終的に負けてしまった、根負けした。



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39

桃狩りがオススメの島だとパンフレットに書いていたので早速三人+αで向かう。

+αの人はローとシャチ、ペンギンにベポだ。

この中で一番やりたがっているのはベポだった。

キャッキャ、とハシャいでいる。

そんな熊とは裏腹に淡々と付いてきているローに対して何故付いて来たのだろうと不思議に思う。

やがて農園に着くと沢山の人が桃狩りをしようと列をなして並んでいた。

これだけ広いので、溢れてもぎれないなんて事はなさそうだ。

 

「ね、あれ、トラファルガー・ローじゃない?」

 

「えー?こんな所に居る訳ないでしょ」

 

ちらほらと気付き出した人間が居る。

殆ど半信半疑の視線だ。

 

「目立ってますよローさん。帰った方が良いんじゃないですか?」

 

「ぶざけんな。何で俺がそんな下らない理由でわざわざ引き返さなきゃいけねェんだ」

 

青筋を立てて面倒そうに言うローにシャチ達も何とも思っていなさそうだ。

有名人になると慣れるのだろうか。

リーシャ達の番になったのはそれから十分程してからだった。

さっさと入っていくロー達の後に付いていこうとするマイとヨーコに声を掛ける。

 

「別にここでは別々でも良いんじゃない?」

 

二人は少し笑って「確かに」と納得。

ロー達はロー達で楽しむだろう。

カゴを持って、良さそうな実を見つけると取り敢えずもいでいく。

 

「ん!あと、ちょっとっ」

 

足の爪先を立てて身体と腕を伸ばす。

微妙な所にあるのでもうこの状態で取ってしまおうと頑張る。

 

「んー!……あ!」

 

頑張っていると横から伸びてきた手が取ろうとした桃を浚っていく。

その動きを自ずと追えばローが何食わぬ顔で桃を見ていた。

 

「ハシゴ使えよ」

 

「だって、面倒でしたし」

 

言い訳を言うとローは桃を持ってあちこちに必ずあるテーブルと椅子のスペースへ向かう。

それを目で追っていると何故か「こっちに来い」と言われ「まだ狩りが終わってないんですが」と言った。

 

「来い。一度で俺の命令は聞け」

 

「いやいやいや貴方の部下じゃないんですがっ」

 

それでもローは貸しやら借りやらを持ち出してきて有無を言わせなくしていくので渋々そこへ座る。

彼の目の前に桃。

 

「メス」

 

「能力の使い方!……間違ってません?」

 

聞くと嫌そうに手がベトベトになるだろ、と言われまぁ確かにそれはリーシャも嫌かもしれない。

 

「ほら、食え」

 

「え?でもそれローさんが採った奴」

 

「お前から横取りしたの、もう忘れたのか」

 

覚えているに決まっている。

だが、渋っていると彼は無理矢理桃を口に押し込めてきたので慌てて果汁を飲み込む。

しかし、中途半端なまま口に入れたので上手く入らず果汁が口から伝い顎へ行く。

 

「おい、エロいだろ。変な事すんな」

 

「いえ、これは。ごくん。ローさんのせいで……拭くもの……あ、ない」

 

こういうハンカチ類はマイ担当でそんな乙女なものは持っていないのだ。

困っているとローが動いて目の前に迫りお約束の舌で舐めるという行動を起こす。

色々されてきたが、慣れていない事に赤面。

舌が顎から口元まで掬い舐めるのが生々しくてそのまま唇も貪るという狡猾な行いに止めを入れる。

 

「ふ、や、ひゃめて!」

 

ふがふが、となるが止めないローに肩を押す。

呆気なく離れていくローから慌てて離れると口元を拭う。

慣れても貞操概念を緩くした覚えはない。

 

「ちっ、誰か来る」

 

非常に禍々しく発言するその内容に周りを見渡すと向こうから子供の楽しげな声が聞こえてくる。

 

「こっちもあるぜ!」

 

「いえい!」

 

どうやら近所のわんぱく少年達のようだ。

通り過ぎるまで大人しくしていようと立っているとその瞬間にワンピースの開き、つまり太股から上にかけての部分を大々的に上げられ、所謂スカート捲りをされた。

 

「うわ、きゃあ!止めなさい!」

 

「この人白だ!」

 

「さっきの人は紫だったけどこの人は白か!」

 

あっという間にやる事だけやっていく少年達を呆然と見送ってから視線を感じてそこをジトリと見た。

 

「見ました?」

 

「……何でお前が買いそうにない下着を履いているのか疑問だ。だが」

 

とジリジリとこちらへ来る男を避ける為に後ろへ下がる。

 

「悪くねェな。脱がせるのが楽しみだ」

 

「いや脱がせません!」

 

「脱いでくれるってか?」

 

そういう意味じゃないと分かっているのに、男はその欲に濡れた目を向けてくる。

 

「こ、来ないで、わ!」

 

木の幹に背中を当てて、やばいと横に移動しようとするが彼が動くのが早くて先を越されてしまう。

見上げると楽しそうに舌なめずりして、色気を放出していた。

 

「俺も熟れた果実を収穫しようと思ってな」

 

ニヤリと確信犯に笑うロー。

ビクッとなる肩を掴みねっとりとキスを施してきた。



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40

三人で魚釣りに勤しんでいると微量な、海の波とは違う揺れに辺りを見回す。

しかし、何もない。

 

「…………?…………あ!」

 

突然声を出したから二人はこちらを向いてどうしたのだと訊ねてくる。

慌てて釣り竿を上げてから二人にも釣りを止めるように言う。

納得していないが、それを気にしている暇などない。

片付けてから二人に近くへ来るように言ってから小さな声で伝える。

 

「この感じ、久々だけど……近くに海王類が居る」

 

二人は驚いた後顔を強ばらせてから周りを見て気配を探ろうとする。

ヨーコは「微かに振動は感じる」と言うとマイも頷いてから誰も動かなくなる、このまま通り過ぎるのを待つだけだ。

 

「この状態であとどれくらいジッとしとかなきゃいけないの?」

 

「この船は船底だけ海楼石で出来てるから通り過ぎて暫く待ってからなら大丈夫だと思う」

 

ヨーコの問いに答えてみたが、リーシャもいかせんこんな船に初めて乗るのでかってが分からない。

恐らくという前提で言うとマイは不安そうに俯く。

 

「ま、適当に何か食べよう」

 

振動を感じなくなって五分が経つが万全で絶対が保証出来ないので此処で停泊する事になった。

パンやハム、バターにジャム。

魚釣りが中止になったので麦系のご飯となったが不満という不満もない。

寧ろ二人は美味しそうに食べているのでこちらも気にせず食べられる。

ご飯を食べ終わってから休憩したので既に海王類の時から一時間は経過していた。

これならもう大丈夫だろうという事になり船は再び動き出す。

 

「今日は良い天気のままであって欲しいですね」

 

空を見上げて言うマイに同意。

船を進めているとマイから何か向こうに黒い煙が見えると報告を受けてヨーコと外へ出る。

確かに微かに黒煙が見えた。

しかし、海賊船とも限らないのでスルーしようか話し合う。

 

「海賊旗ではなく何かの紋章がみえました」

 

「馬鹿。偽装してるだけかもしんないでしょっ」

 

マイにヨーコが怒る。

確かにその可能性もある。

海軍に見つからない安全な航海を望むならそれが一番切り抜け易い。

 

「様子見する?それとも無視する?」

 

自分だけの意見は無しとして二人にも選択肢を与える。

考える事を癖にすれば自分に何かあった時に二人は生き残れるようになる筈。

そんな想いを込めて普段は二人の意見を考慮している。

二人は十秒くらいかけて黙るとそれぞれ意見を出す。

マイは様子見でヨーコは取り敢えず見に行く。

リーシャへ最後意見を問われたので躊躇しつつ言う。

 

「もし海賊だったら困る。それに助けた人達がただの商人でも変な気を起こさないとも限らない……でも、まあ……近付くだけなら、いいかもね」

 

もし自分一人だったならば進んで船へ向かい人命救助をしていただろう。

けど、今は大事な異世界の子達を預かっている身だ。

彼女達は防御手段を持っているが、自分が人質に取られてしまうなんて本末転倒になる。

 

「では、船を進めましょうか」

 

マイに頷くとそれぞれの位置に着いて船へと接近させる。

刻々と近付くと破損が酷く、動かせない状態で所々ボロボロだった。

海に沈むのも時間の問題だろう。

眺めていると船外に人影が見えたので二人に伝えると緊張に満ちたまま寄る。

人影は四人で、一人は怪我を負っているらしくもう一人の人の肩へ捕まって支えられていた。

人影もどんどん細かくなっていき全員が男だと知ると溜息を付く。

さてはて、この船に乗せるには難しくなった。

最悪船を引かせてもらうしかないな、と策を練る。

 

「おーい!」

 

どうやらこちらに気が付いて助けて貰おうと手を懸命に振っている。

見て見ぬフリをして捨て置く事も脳裏に浮かぶ。

ここは海、絶海の孤島と同様のシチュエーションだ。

そんな中で女三人に男四人はどう足掻いても最悪の割合。

襲われたら太刀打ち出来ない。

 

「……如何いたしました?」

 

飛び移れない距離に止めると冷静な声で訊ねる。

 

「何故余が名乗らねばならぬのだ。貴様から答えよ」

 

無駄に装飾品を付けた貴族っぽいアラビアン風の男が言う。

それに顔色を変えるのは傍に居る兵の姿をした人達。

 

「二人共、ここから離れてさっさと次いくよー」

 

明らかに貴族の教育を受けたとしか思えない発言にスルースキルを発動させて何もなかったの様に踵を返す。

マイとヨーコは首を傾げながらも従い、マイは舵を取りに戻る。

 

「貴様!余を誰だと思うておる!?」

 

「難破した船に乗るただの人間です」

 

正直に言うと男の顔は赤くなり兵士の顔は青くなる。

このままでは難破した船が沈みお陀仏なのだから青くもなるだろう。

命がかかっているのに身の上が大事なんて何と海を馬鹿にしているのだろう。

此処は一言でもありがとう、とか色々先に言うべき事があるだろう。

こっちが下手に出てみれば何を威張ってるんだか。

 

「待って下さい!」

 

「王子の失礼は侘びさせていただきます!」

 

「お前達!我が国に忠誠を誓っておきながら何を言うておるのだ!」

 

忠誠の前に死んでしまっては元も子もないだろうに。

王子とやらの偉そうな青年は不服そうにもう一人の従者らしき男へ語りかけた。

 

「おい、シルバ。余が何か粗相をしたか?」

 

「はい。王子。今は兎に角助けて貰うことを優先してはどうでしょう」

 

シルバと呼ばれた男は兵の男達よりも遙かに冷静そうだった。

しかし、既に船は離れている。

マイもヨーコも置いていく意向へ纏まっているようだ。

それでいい、と頷いてから中へ入ろうと扉を開ける。

 

「待て!そこの女!」

 

(君は取り敢えず目上の相手の呼び方から改めてね)

 

取り合う価値もないと呆れる。

 

「余の国へ連れていけば褒美をやるぞ!」

 

「へー」

 

全く興味も出ない。

 

「リーシャさん」

 

舵の運転がヨーコに変わったらしくマイが出てきた。

これを見届けるつもりか。

 

「!?……う、麗しいっ」

 

「?」

 

何か変な単語が聞こえた気がする。

二人して振り返ると先程の偉そうな顔付きとは違い、目が情熱に燃えていた。



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41

王子(仮)達はどうやら海王類に船を襲われたらしい。

運が悪かったとしか言えないので仕方なく船を引っ張る事になる。

マイへ何かを呟いた後の王子の身の翻し方は見物だった。

必死にそちらへ行かせてくれだとか、挨拶をしたいだとか。

兎に角マイと話したがった。

それを理由に住所、身元不明の男など船に上げるわけもなく船越しでの会話ばかりとなる。

王子は思い出したようにデレデレとなるが、ヨーコとリーシャには我が儘のままだった。

マイが居るとまだマシ、程度だ。

 

「余が何故床で寝なければならぬのだ!」

 

「……ね、鬱陶しくないあの自称王子」

 

ヨーコが面倒臭そうに言うのでマイも同意して三人でこそこそ言い合う。

最初、船を繋ぐ時に王子は無断でこちらへ渡ろうとしたので無言でナイフを取り出して結んだロープを切ろうとしたら兵達が蒼白な顔で止めに入っていた。

分かりやすい命のやり取りである。

もしロープが切れたら王子は助かっても兵は助からないと理解している辺り常識があって良かった。

この王子の為に船と共に沈むなんて忠誠心の持ち主だったら無理だっただろう。

一応食料は無事だと言うので向こうは向こうで非常食を食べていた。

その折り、またあの王子(仮)が「何故そっちの食べ物を寄越さぬ!余は王子だぞ!」とテンプレートな台詞を吐いたが誰も反応する事はなかった。

一々反応するのも疲れたのだ。

 

「何故船は難破したのに国へ助けを求めないのですか?」

 

「無断で抜けて来たからです」

 

「つまり、プライドのせいです」

 

兵が王子の馬鹿っぷりを暴露し、電伝虫を海へ放り投げたらしい。

何て馬鹿なんだと思わずにはいられない。

つい同情の目で見てしまい兵士は顔を赤くし俯く。

幸い、王子達の国がある島はログポースの示す次の島らしいので少し遅くなるがそこへ送り届けられるのは確定となる。

せめて次の島で縁が切れればと思っているが、何か嫌な予感がしてつい手元にあるナイフでロープを切ろうかと脳裏を過ぎた。

ハッと意識を取り戻して取り付ける作業を終えた後はお昼の時間も過ぎて夕食の時間に差し掛かっていたので準備をしたという経緯なのだが、どうも王子がとても五月蠅くて食事が進まない。

三人で愚痴り合いつつ食べ終えると外の様子を見に行く。

見た所エンジンがやられているし、所々ボロボロだが帆や寝る所はちゃんと確保出来るスペースもある。

これならこちらへ乗せる必要もない。

安堵しつつ、しかし、こちらにいつ無断で来るか分からないので二人に自分は今日は見張っておくからと告げて外へ出る。

交代でと言うことで納得させたが、二人は心配し過ぎだと思う。

主にリーシャに対して。

大丈夫だと言っても信じているという手応えが微塵にもない。

二人の心配している顔が思い浮かびついつい笑ってしまう。

 

(こんなに心配されるのって初めてかも)

 

二人は異世界から来たと言うのに、この世界に馴染もうとしている。

そして、この世界で生まれたリーシャはあまり馴染もうと感じない、しようと言う気がしない。

ローに生きる気力がないからだと指摘された。

ドキリとしたし、事実だ。

この世界は自分にとって至極生きづらい世界と言っても過言ではない。

マイとヨーコは結構楽しく生きているようで何よりだ。

三人で旅をしようと言って、こうやって外へ航海に乗り出してはいるものの二人にはこれと言った目的もない。

目標もなければ目指すものもない。

 

「…………私は…………夢、ないなあ」

 

儚い声が出てしまった。

慌てて周りを見てから誰にも見られなかった事を確認してから安堵の息を付く。

考え事をしている時ではないと思い直してから向こう側にある船を見る。

 

「危ないな……火の気?キャンプファイヤーじゃないんだからさあ…………」

 

多分王子らへんが暗いから明かりを灯せとか言ったのではないかと推測する。

兵達も苦労してそうだ。

帰れる事が確定したから王子もこうやって余裕で火を囲めるのだと自覚しない。

いっそもう置いていってから迎えにきた方が教訓になるのではないかとさえ思う。

不寝番をする為に此処へ座って船の様子を日が明けるまで監視して、交代だと言われて振り向くとヨーコが居た。

 

「あっち、どんな感じ?」

 

船の上でキャンプファイヤーしてた、と伝えるとヨーコは顔をしかめる。

 

「は?あいつら馬鹿なの?消し炭にそんなになりたい感じ?それとも早死に?兎に角、こっちに移らなくて良かったわ」

 

ヨーコは一頻り言うと交代の場所である所へ座る。

リーシャは寝ようと自分の就寝場所へ向かった。

 

 

 

起きるとマイ達がお昼ご飯を作っていた。

 

「あの王子マジでうっさいんだけど!」

 

「かなり我が儘が過ぎますね……」

 

扉越しに聞こえて扉を開けると調理中の二人がこちらを向いて朝の挨拶をする。

もう昼だが、海においてそんな些細な事は関係ないのだ。

愚痴が昨日より悪化しているのを感じて尋ねると、良くぞ聞いてくれました!とマイ達が顔を緩める。

此処まで怒らせるなんて王子は何をやらかしたのだろう。

 

「マイの手作り料理が食べたいから作れってさ!誰が作るか!船に生えてるカビでも食っとけ!」

 

「船を引いて助けているだけでも私達、結構時間がかかってるのが分かっていないみたいですね……」

 

本来、この船は半日前に島に付いている予定だったが、船を引いている為にスローな進行となっているのだ。

マイは悩ましげに困ったと眉根を顰める。

 

「ほら、ご飯出来たわよ」

 

テーブルに置かれていく彩りのサラダ。

 

「え?何でサラダが此処に?え?私嫌いって」

 

思わず二度見してしまうサラダにリーシャは狼狽する。

マイとヨーコは無言で無視をしてから椅子を進めて来るのでどうにか残してまおうと考えた。

 

「残しちゃいけませんよ?」

 

「あの王子に上げたらどうかな?」

 

試しに提案するとヨーコが憤慨する。

 

「あのクソ王子にやるくらないなら海に捨てた方がマシ!」

 

そこまで言われてしまう王子の株は既に底辺だろう。



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42

王国へ王子の国があるという島に着くと一目散に船から降りたマイの元へ来た。

そして、マイに「送ってくれて感謝する」と言う。

それにマイは笑顔で黒い言葉を吐く。

 

「貴方達を送ると決めたのは私ではなくリーシャさんです。お礼なら彼女に言うのが筋なのでは?」

 

如何にもな言葉に王子は顔を悲しそうに気まずそうに歪める。

お気に入りのマイに咎められるのがプライドを刺激し、こちらを見る王子は遅いお礼をヨーコとリーシャに言う。

 

「たく、言われたからって渋々って何様?」

 

「全くです。こんな人とは早くお別れしたいです」

 

王子達から少し離れた場所で三人で集まると二人が不機嫌に言い合う。

兵達は嬉しそうにお礼を言ってくれたのでリーシャ的には満足である。

誠意を見せて貰えたので王子の対応にははなから期待等してなかった。

五歳児の子供と思えば何ら思わない。

腹が立つ事はあるけれど大人としての品を求めていないので心持ち楽だ。

二人が憤るのに気付かない鈍感王子は嬉しそうにこちらへやってきてマイに話しかけてくる。

全く興味などないという態度を貫いているのに、惚れている彼は構わず己の道を進む。

 

「余の殿へ招待したい」

 

「いいえ。私達は急いでる、忙しい身なのでお断りします」

 

「そ、そう言うな。沢山ご馳走や褒美を用意するぞ?それに、何でもくれてやろうぞ?」

 

ヤバい、王子が引き留めるのに必死だ。

マイの眉間のシワも心なしか増えてきている。

これ以上男の株を落とすつもりなのかと王子に言いたくなるが、馬鹿にされていると思って怒鳴られるのも面倒だったので言わずに見ていた。

その内痺れを切らしたマイが「さようなら」と言って王子に背を向ける。

それに慌てて付いてくる王子に兵が止めに掛かる。

王子は「離せ!」と鬱陶しそうに兵達を叱るが子供が喚いているようにしか見えない。

 

「王子。城では今頃王様やお妃様が心配しておられますよ」

 

「余はもう子供ではない!」

 

「いえ、子供のようです。さ、お城へ帰りましょう」

 

側近らしき男は王子にそう促すとこちらを向いて笑顔でお世話になりました、と言い添える。

それにいいえと返して言うと彼等は王子を連れて去っていく。

 

「はー!やーっとお守りから解放されたっ」

 

ヨーコが言う言葉に珍しく同意したリーシャ。

 

「取り敢えず宿を予約しに行こう」

 

もう頭を悩ませていた王子は居なくなったのでさっさと先に進みたい。

サクサクと宿の場所を現地の人間に聞いてからそこへ向かう。

ホテルが良いと一応進言してみたが、二人がお金は無駄に出来ないと前回の島のホテル生活で何やら思ったらしく反対してくる。

 

「でも、安全面とかさ」

 

「三人で一部屋借りれば万事解決でしょ」

 

ヨーコの得意げな顔にうっと言葉に窮する。

よもやリーダーの発言が弱くなろうとは。

その分、二人が利口になってきていると思えばいいのだが、利口になり過ぎてもいいのだろうか。

でも……と言葉を探す気力も削げて言う事もなく二人の意向のままに宿を三人一部屋で取った。

そのまま二人はショッピングをすると言うので、リーシャは断って二人だけ行かせた。

今日はショッピングをする気分ではなかったのだ。

二人は分かったと言って若いからか元気に出ていく。

二人程の活力はない自分に内心若いっていいなあ、と年寄り臭い思考になってしまう。

そこまで言う程歳ではないが、高校生と同じ行動を取れる自信があまりないくらいは実感する。

近くを散歩でもしてバイトを探そうかと思い、自称王子を相手にした疲労を背負ったまま宿から出た。

二人には深夜は出歩かないように言ってあるし、夕日が出る時間までには帰ってくるように言い聞かせてあるので心配はしていない。

フラフラと外へ出ると路地裏をソッと覗いて見た。

こういう所でここの治安の良さ具合を比べていたりする。

治安が良いとゴミはあまり転がっていなかったりするので案外分かり易い。

王子が統括する島だからか、不明たがそこそこ良いようだ。

それにしてもベタな程教育が間違った王子に民間人はどう思っているのだろうかと気になった。

やはり噂や信頼は確かめておきたいのが記者の性というもの。

ウズウズする気持ちを押し込んで路地裏に少し足を踏み入れる。

人は少ない、けれど居るには居た。

夜の蝶も居るし、それを得たい男も居る。

どの島もそこは対して変わらない。

 

「っ!きゃあむぐっ」

 

いきなり何かに捕まり路地の道に引き込まれる。

男の乱暴目的だと瞬時に理解して手に噛みつこうとするが、男の手の力がとても強くて上手く抗えない。

青くなる、という程の顔にはなっていないがどうしようと対策を考える。

 

「良い女だ。どうだ?十万ベリーで」

 

リーシャを夜の女だと勘違いしている事よりも、その破格な値段に目を見開く。

相場は詳しく知らないが、もっと低いと思うのだが。

 

「って!」

 

この手に彫ってある刺青は見覚えがある。

有りすぎて頭痛がしてきた。

考えて呆れている間に男はリーシャのお尻に手を当てて揉んでくる。

 

「ほんと、何してるんですか……ローさん」

 

目を冷たくするのも有りだが、兎に角今はローの行動の真意が知りたい。

ローはこちらの声にクスクスと笑う。

 

「で?十万ベリーが嫌なら二十万ならどうだ?」

 

と、言いながらお尻をまだ撫でている。

何故撫でるのだろう、イエスもノーも言っていないのに。

しかもどさくさに紛れて、下から服の中に手を入れてきた。



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43

サワサワと手が意図を持って動くのを感じて身体の力を抜く。

それを感の良い男は感じ取ったのか、更に笑みを深めた気がした。

 

「いくら積まれようとも売りませんから」

 

絶対からかっているのが丸分かりな空気。

 

「フフフ。焦らす作戦か?益々欲しくなるな」

 

「何を可笑しな事言ってるんです?焦らしてもないし何とも思ってませんが……取り敢えず手を離して欲しいのですけれど」

 

断ってみてもローの手が緩む事はなく、寧ろ手つきが強くなった気がする。

何をしたいのだろうこの人は。

ハテナマークを生産してみても分かる訳もなく、どうしたものかと悩む。

ローは暫し何も言わない状態になった。

かと思えば思い出したようにお尻を揉んできた。

 

「うひゃあ!」

 

「やり直し」

 

「何がですかっ!?」

 

「色気がねェ」

 

「ええ、なんて理不尽!」

 

「早くしろよ」

 

「止めてくれませんか!そういう発言!」

 

「……早く鳴け」

 

言い直したが意味も言い方も対して変わっていない。

もしかして言わなければこのままずっと此処に居させられるのだろうか。

 

「わ、分かりましたよ……」

 

つまり演技でも良いからと言う事だろう、と取り敢えず色気の有りそうな声を出してみた。

 

「…………三十点」

 

「えー、点数、えー」

 

あまりに低い点数に反撃の声を出す。

 

「襲ってきたローさんだってやり口はそこら辺の草より底辺這ってましたよ」

 

「うるせェ。こんなとこで彷徨いてるお前が悪い」

 

「いやいや。ローさんだって路地裏に居たんですから人の事言えませんよね?」

 

「おれに口答えか?偉くなったもんだなお前も……」

 

眉間にシワを寄せて笑うローの笑みは善良な人間がする顔ではない。

そういうつもりじゃないと首を振ってみてもローは退いてくれなかった。

 

「そんな生意気な口聞けないように」

 

ローは妖しく笑って口にする。

けれど、その言葉が不自然に途切れたと思ったらローは後ろを突然見た。

後ろを見て、一向に動かないし、どこかピリピリする雰囲気に首を傾げる。

 

「どうしたんです?」

 

「…………いや、少し殺気を感じただけだ」

 

「もしかしてローさんを付け狙う賞金稼ぎでは?」

 

「それなら別に気にも止めないがな…………まァいい」

 

何か気になる事があるのか険しい顔付きになったままのローは「此処から出るぞ」と手を取って歩き出す。

それにされるがままに付いていく。

 

(ローさんが殺気を感じたなら此処から去るのが一番良いよね)

 

納得しながら足を動かす。

いつもより早めの歩調で歩くローに何か焦っている気配を薄々感じた。

まるで何かから遠ざけるように。

 

「昼は食ったか」

 

「三時間程前に」

 

「なら軽食食うか」

 

そう言ってそのまま何故か食べる事になった。

近くにあったカフェへ寄って椅子に座る。

いつもならテラスや人が少ない席を選ぶローが警戒するように人目の多い所へ腰を降ろす。

 

「……ローさん?」

 

「あ?」

 

「様子が可笑しいですよ?」

 

「いつもの通りだ」

 

はぐらかすのでそれ以上は突っ込めずにローが自発的に二人分の軽食を頼む。

 

「……何か海の道中でやらかした覚えはあるか」

 

「そうですね。王子とかを難破船から救助してこの島に送り届けました」

 

話すとローの眉間が怒気によって寄る。

あ、マズい、と思った時には刀を彼は抜いていた。

 

「ROOM」

 

呟いたと認識する前にスパッと左手の小指が切られる。

利き手じゃないのはせめてもの優しさなのもしれない。

彼は何の感情もない無表情で切った指を手にする。

 

「今からモールス信号を教える。SOSだけ覚えとけ。この間抜け。馬鹿。アホ。考え無し女」

 

「たった今小指をチョンパした人だけには言われたくないな~」

 

リーシャは頬を引き吊らせて言った。



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44・45

とある男side

 

 

人の弱みや欲望に付け込むのが得意な男は、王族に目を付けた。

この国の王子である男が恋に悩んでいるという会話を近くで聞いてこれは面白そうだと笑う。

 

「そこの王子様」

 

「誰だ貴様は」

 

「名乗る程の者じゃァありません」

 

「名乗れ。余はこの国の王子だ」

 

この男は面白いくらい使えて、尚且つ動かし易いと瞬時に見抜く。

今回はこいつに寄生してやろう。

寄生は物理的にとも言うし、精神的にとも言う。

別に特殊な能力とかではなく、金のなる木という扱い、認識だ。

恋は盲目、その意味を狡賢い男は良く分かっていた。

 

「良ければ。貴方様の恋のお相手のお話を聞かしてもらっても?私、こう見えて実は語りをやってましてねェ」

 

勿論真っ赤な大嘘。

けれど、この王子は真っ直ぐに信じた。

 

「そうか!うむ。この国に広められるならば余の語りをとくと聞くが良い」

 

そうして語り出した内容にこれはまた、とせせら笑いそうなりながらもいくつかの利用価値を見いだす。

 

「良ければその女の周りに居る女達。私が捌いて差し上げましょう」

 

「どういう意味だ?」

 

「なァに。ちっと王子様が恋い焦がれる方と沢山話せる時間を得られると言うまでの事。話したいでしょう?」

 

余程話せなかった事が悔しかったのか、王子は「そんな事が可能なのか!?」と興奮気味に聞いてくるので食い付いてきた事に内心ニタリと笑みを浮かべる。

王子の了承と報酬の話しを終える頃にやっと兵達がやってきたので口止めをしておく。

バレてもどうせこちらの事は一切分かるまい。

前金として受け取った指輪や装飾品の数々を握って男はほくそ笑んだ。

それから数刻。

 

「なんだあの男!?」

 

男は予定にも計画にもなかった事態に油汗をかいていた。

脅すか襲うか話すか足止めするかと考えていた女の所へ向かうと話に居なかった筈の異性、男が居た。

知り合いのようで話していたが、路地裏で完璧に気配を消していたと言うのに何故かこちらを見た男の尋常ならざる気配と殺気に背筋から、身体から危険信号の汗、戸惑い、死の一文字、震えが止まらない。

もしあの場に少しでも姿を現したり、変な動きをしたら首が飛ぶのではないかとさえ錯覚する。

あの刀を持った男の刀身で切られるのを想像しただけで発狂してしまいそうだった。

いや、まだチャンスはある。

あの男さえ居なければ隙はある筈だ。

男は戦慄した本当の意味を理解出来ないまま無謀にもそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

その後も何故かローに連れ回されて片時も離れない男に首を傾げながらも流されるままに付いて行った。

 

「ローさん?あのそろそろ私、宿に行きますね……」

 

「宿?盲点だった……今から俺達の泊まるホテルに変更しろ」

 

「無理です無茶です横暴ですっ」

 

「ときめくの間違いだろ」

 

「本の読み過ぎてす。無駄知識ですよそれ」

 

何様俺様の男はフィクションでは好かれる傾向にあるが、現実となるとお引き取り願いたい部類だ。

今日のローは本当にどこか変な行動を起こしてばかりだ。

ローが考え事をしている間に去ってしまおうと後ろ足を動かしてソロソロと後退。

これ以上付き合うと夜中になってしまう。

 

「おい」

 

そのまま気付かないで、と願いつつ逃れようとするが、呆気なく捕まって後戻り。

 

「ちっ……幾ら払えばお前は俺と行動する?」

 

「だから何故そこでお金をちらつかせるのですか、何というか幻滅してしまう事ばかり言いますね今日は」

 

「それだけお前と居たいって感情が溢れ出てるって乙女思考はないのかてめェには」

 

ローにしては甘めな言葉を吐く。

 

「むず痒い……」

 

「絞められたいのか」

 

望んだ回答ではなかったからか彼の額に青筋が浮き出る。

そう言い合っている間にもバイトの時間が差し迫っているのだが。

それを説明して何とか解放してもらおうと言ってみた。

 

「どこの店だ。そこを貸し切る」

 

「え、今日入る店で……私は新人なので……進言なんて無理ですよ?」

 

オーナーに今日は海賊が貸し切ると言っても信じて貰えるかどうか。

唸っているとローが兎に角連れて行けとしつこいので仕方なく案内する事にした。

因みにマイとヨーコのバイト先は健全なお昼経営の所だ。

 

「此処です。本当に貸し切るつもりなので?」

 

怖ず怖ずと聞いてみてたらそれをスルーされてズカズカと店に乗り込んで行くロー。

慌てて付いていくとローが来た事や貸し切る事を話したからかオーナーがてんやわんやしていた。

それを見なかった事にしてそっと裏から入って着替える為にロッカールームへ入る。

着替え終わるとほぼ無人の店の中にローが居て、高そうなVIP用のソファに腰を沈めていた。

 

「遅い。こっち来い」

 

「私はヘルプ要因なのでそういうのはこの店の一番人気の人に頼んで下さい」

 

「……五秒やる」

 

と言ってカウントダウンを口にし始めたロー。

三秒の所で刀をスラリと抜くので瞬時に隣へダッシュした。

 

「ぜえぜえぜえっ!」

 

瞬発力を使ったので急な行動に身体が酸素を得たいと訴えて酸素を懸命に取り込む。

その間にローは満足げにリーシャの腰を抱き寄せてくる。

やけに近い。

そして耳元で「最初から素直にしてればいィんだよ」と偉そうに言う。

 

「今日はヤケに薄いドレスだな」

 

「お国柄ですよ。スケスケが主流なんだとか」

 

昔、ハレムがあった名残でこういう服が女性達に馴染みがあるらしい。

確かにスースーする。

暑い国なのでこれは楽かもしれない。

でも、如何せん相手が少々悪い。

 

「へェ。なかなかエロいな……胸も薄いな」

 

ヒラヒラでスケスケなのでビキニを着ている気分だ。

ローは更にググッと腰を抱き寄せてきては耳に息を吹きかける。

 

「ピアスか?イヤリングか……これもなかなか良いな」

 

耳にはこれまたゴールドの厚みのある肩に付くくらいの長さと存在がある耳飾り。

アラビアン風だ。

 

「全く。お前も俺を煽るのが上手いな」

 

「取り敢えず勝手に煽られてるのはローさんですから。私さっきから何もしてないし喋ってないんですけど。後これ支給品なので私が選んだ訳じゃないです」

 

今、兎に角言いたい事は言い切った。

 

「どうでもいい。お前がこの店でバイトをするのを決めたのは褒めてやる」

 

「は、はあ」

 

どうでもいいと言われ、勘違いではなければ褒められているようないないような。

 

「貸し切ったのなら皆も此処へ来るんですよね?」

 

「ああ。そいつらは後からくる女達が居るから気にする必要はねェ」

 

「私接客業なんですけど」

 

「俺が支払ったクライアントだ」

 

「は、はい。え?それが……何か?」

 

ローはクッと口元を歪に上げてリーシャを片手で軽く抱き上げると太ももに乗せられる。

驚いて退こうとしても腕が絡み付いていて逃げられない。

 

「お前は指名されたんだ。最後まで上客をもてなせ」

 

「え……」

 

いつ指名したんだ。

それと自分はヘルプだ、オーナー、また、裏切りやがったな!

 

「オーナー!オーナーどこ!?」

 

「女達をかき集めてるからここには暫く来ねェよ」

 

クツリと笑うローはリーシャの髪をクルクルと指に絡めてボーイが持ってきたグラスと高そうなボトルを顎でしゃくる。

 

「ほら、注げ」

 

「人使い荒い!」

 

「くくく……注いだらそれを持ってこい」

 

言われた通りにすると次は飲ませろと指示され指が揺れる。

 

「な、なんだ、と」

 

「俺はこの通り両手が塞がってる」

 

彼の刀の鬼哭は立て掛けてある。

塞がってる主な原因はリーシャをガッチリ拘束しているせいだ。

ギリギリ胸の傍なのが腹立たしく思う。

 

「ほら。零すなよ。零したら舐めてもらうからな」

 

(プレッシャーが!)

 

そんな事を言うなんて卑怯過ぎる。

 

「むう」

 

そうとなれば真剣になるのは当然で、真剣に飲ませようとグラスを近付ける。

 

「……あの、口、開けてもらえます?」

 

「くく!……嗚呼」

 

絶対この状況を楽しんでいる。

ローは一口飲むとニヤッと悪戯に笑う。

 

「?……うひゃ!」

 

弾力を付けるように手が太股を撫でさする。

 

「あ?どうかしたか?」

 

白々しく言うローをキッと睨んで「お酒どうぞ」と進める。

 

「酒のつまみが足りねェ」

 

「いやいや此処にありますけど?」

 

頼んだのだろう一品料理が数個テーブルにある。

 

「ああ。おれとした事が、見落としてた」

 

と言ってお尻を揉んできた。

薄いので彼の手の熱が生々しい程伝わってくる。

オーナーどこだ!こんな店止めてやる!



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46

この島で過ごして三日、特に何かが有るわけではない。

と、ナレーションをしたい所だが、平和ではなかった。

ローが凄く介入してくるのだ。

宿とバイト先に押し掛けてきてはリーシャにベッタリだ。

ここまで露骨にされるような事をした覚えもないのでリーシャだけ混乱。

二人はローから何か聞いたらしく警戒の目で周りを見るようになった。

 

「……私だけ何か独り」

 

仲間外れ、疎外感が激しい。

いつものように接客業をしていると一人のお客に指名されてルンルンと行く。

嫌な顔は接客業としてやってはいけないので基本はスマイル、これは鉄則だ。

 

「ご指名ありがとうございます」

 

相手は男性、特に記す特徴はなし。

強いて無理矢理言うならば狐の目をした人。

 

「可愛いねー。店に入った時から話してみたかったんだよ?」

 

リーシャは話す専門。

夜の方は他の方が居るので、この人は話す事がしたいらしい。

 

「嬉しいです。ありがとうございます」

 

ニコニコ。

 

「---でさ」

 

かれこれ三十分程話した彼は徐に時計を見てからこんな時間かと立ち上がる。

フラフラとしているのは彼がお酒のボトルを二本空けたからだろう。

 

「入り口までお送り致します」

 

「お、ありがとう」

 

「いいえ。足下にお気をつけ下さい」

 

肩を貸して彼を入り口へ案内して扉を開ける。

フラフラとしている人は肩に体重をかけてきて歩きにくかったけれど何とか頑張った。

 

「それじゃあ……っ!?」

 

肩を退かそうとすると、外に出た途端にその男性は口元を手で覆って声を出せないようにしてきた。

 

「っ、つ!?」

 

男は狐目をこちらに向けたまま笑う。

 

「悪いねお嬢さん」

 

モガいてもどうにもならない。

 

「おい」

 

その三者の声に男は後ろを向く。

 

「がっ!?」

 

口から手が離れて息が出来ると気付いた時にはローが居た。

 

「モールス信号、お前にしては良い判断だな?」

 

「っ、はあはあ……っ!?この人一体……?助けてくれてありがとうございます。ロー、さん」

 

息も絶え絶えにお礼を言うと相手の男を見て、目を逸らさない。

 

「こいつ、どうする?」

 

「尋問します」

 

「…………俺の聞き間違いか?お前が尋問?」

 

「はい」

 

「…………まァいい。誰かに見られると厄介だ。場所を移すぞ」

 

ローに足されて場所を移動させるとそこはハートの海賊団の船。

確かに此処なら誰も咎めない。

ローは一つの部屋に男を放り投げる。

そこへ入ろうとすると彼が腕を掴む。

 

「何か」

 

「俺がする」

 

「いいえ。これは私に関係してますので」

 

譲る気等サラサラない。

 

「……此処で待つ」

 

「そうしてもらえると助かります」

 

笑顔を浮かべるリーシャに目を見開く男。

 

「では」

 

パタムと扉を締めて男が居る所へ足を進めた。

 

 

 

 

数刻してから扉の外へ出ると、まだローは居た。

本当に待っているなんて、と苦笑すると彼は何も言わずただこちらを見るばかり。

 

「…………終わりました。生きてます」

 

「嗚呼。分かってる」

 

ローはどんな表情をしているのか分からない。

帽子を深く被っているせいだ。

 

「王子の好意を利用して私とマイ、ヨーコを巻き込んだ騒動を起こそうとしたと自白しました」

 

「…………そうか。どうする?王族に抗議するか?」

 

そう言うローに鼻から抗議してもどうにもならないと分かっているので何もしないと言う。

王子はきっと利用された事は知らない。

ヨーコにもマイにも何もしていないのなら何もやることはない。

 

「お前がそう決めたのなら好きにしろ」

 

「はい。それと……あの男が私に近付いてきたからローさんはずっと守ってくれてたんですよね?ありがとうございます」

 

礼を言うとローはゆっくりこちらに来てイエローブラウンの瞳をこちらに向けた。

 

「じゃあ、礼でもしてもらおうか?」

 

くくっ、と笑うローに少し笑みを浮かべて顔が近いのを利用して普段は届かない高さにある頬へキスを落とした。



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47

とある秋島に停泊している期間が丁度島の名物イベントと重なったらしく、マイとヨーコがきゃっきゃとハシャいでいた。

どうやらハロウィンらしい。

道理で町の人間がソワソワしているし、町の飾り付けも豪華な訳だ。

 

「って事で!着替えるわよ!」

 

「沢山着ましょうね」

 

ハロウィンが名物な町だけあって、沢山の仮装がある。

一人でのんびりしようとしていた矢先、外へ連れ出されて着せ替え人形の如くクルクルと着回される。

まるで着せ替えのドールの気分だ。

マイとヨーコもお揃いで揃えて楽しんでいた。

 

「二人は似合うけど私はちょっと」

 

歳とか年齢とか年代とか。

色々考えるとお揃いはあまり、なんて思ってしまう。

二人には良く似合う、自分は歳が相応ではない。

ただそれだけの事だが、隔たれる何かを感じるには十分。

 

「何言ってんのよ!あんただって似合ってる」

 

「ええ、とても良いです」

 

二人に褒められて複雑だ。

引き立て役くらいにはなろうと決めて仮装の賑わいに混ざる。

今日の仮装は魔女だ。

 

「魔法使えないけど魔法使いたい!異世界なのに使えないってどうなの?」

 

「悪魔の実でもう事足りてるよ」

 

マイが苦笑してステッキやホウキを片手に持つ。

 

「テクマ……やっぱりやめやめ!二番煎じはアウトよね。うーん。じゃあ雨よ降れ!とか?魔女っぽくない?」

 

「ヨーコ……雨が降って困るのは私達だから嘘でも止めて」

 

「う……じゃあ!イケメンホイホイ!」

 

「ぶふ!」

 

ついリーシャは吹き出してしまう。

今時の高校生は全員こんな感じなのだろうか。

イケメンとは時と場合と時代と人それぞれのタイプによって千差万別。

ヨーコにとってはイケメンでも他の人間から見れば普通、なんて事もある。

 

「イケメンホイホイって……!ふふふ!ヨーコって……そう言えば乙女ゲーム好きだったよね?携帯ゲームとかの」

 

「な、何でマイがそんな事知ってんのよ!?」

 

「課金までして攻略するくらいハマってたんだから皆知ってるけど……」

 

「う、嘘って言って!」

 

ヨーコが蒼白になってこの世の終わりの顔をするが、マイは残酷に本当だと告げた。

そんな風に盛り上がっているとお菓子を配っている人達の前に言ってもらう。

この島は祭り、イコールハロウィンなので大人も子供も同じ扱いらしい。

一時間程魔女の仮装をしてからナースに着替えた。

裾が短いし胸が見えるしスカートもかなりショートなのはヨーコ流ファッションのせいだ。

 

「知り合いに見られたら」

 

「そんな都合良く会う訳ないでしょ?」

 

「そうですよ」

 

と話ながら歩いていると人混みが開ける。

 

「あ」

 

「え?」

 

「は?」

 

誰がどの台詞を吐いたのかは既に分からない。

 

「お前等その格好……」

 

船員の誰かが真正面から言ってきた。

 

(噂をすれば何とやら……!)

 

ハートの海賊団と鉢合わせ。

 

「……ナースか」

 

シャチが惚けた様に言う。

それに伴い他の船員達もこちらの格好について好き好きに言ってくる。

 

「……あんまり見るとお金取るからね!」

 

ヨーコがフフン、と笑みを浮かべて果敢に言う。

リーシャは過去、類を見ない程恥ずかしく思い二人の間に隠れていた。

凄くローの視線を感じるのは過剰でも自惚れでもなさそうだ。

 

「出せ」

 

「「え?」」

 

突然ローが凄んできたので少女二人は首を傾げた。

しかし、ローは次に言葉を繋げる。

 

「そこに居る女をこっちに渡せ」

 

「何言ってるんです船長さん……本人は出たがってないですよ」

 

マイが庇うように言ってくれる。

味方が居るのは心強い。

出たくない、恥ずかしい。

 

「見られるのを分かっていて見せてるんだろ。別に減るもんでもねェ」

 

「……理屈が可笑しいです!」

 

ついリーシャは反論してしまう。

 

「煩ェ。いい加減隠れるな」

 

「!……逃げるよ二人共!」

 

どこに見る価値が有るのか分からないが、見たがるローにホイホイと見せたくない。

複雑な心境で叫ぶと二人は息のあった走りを見せる。

走るのは走ったが足の遅いリーシャは遅れ気味だ。

 

「はあはあはあ!」

 

息を盛大に吐いたり吸ったりしつつしていると二人といつの間にかはぐれてしまった。

しまったと思っても見えるのは人の波。

辺りを見回しても見つけられない。

困っていると後ろから声をかけられた。

見知らぬ声に振り返ると軽そうな男が一人。

 

「おねーさん一人?」

 

典型的な台詞に辟易。

どう見ても感じてもナンパ確定だ。

祭りにかこつけたナンパは言葉に詰まらないのだろう、まあ良く喋る男だ。

 

「それナースだよね?俺、ナース好き何だよー」

 

「あの、先を急いでるので」

 

こういうのは体よく追い払って探すべきだ。

 

「え?でもこの町、今日は祭りでそれ、仮装だよね?」

 

「待ち合わせしてるんです。貴方にこれ以上説明するつもりはありません。他を当たって下さい」

 

ナンパを丁寧に対応するのは逆上されるのを防ぐ為だ。

それでもなかなか引き下がらない男にどんどん腹が立ってくる。

海軍に突き出してやろうかとさえ思う。

 

「おい。俺の女に何か用か」

 

男の肩が浅黒い手に覆われて掴まれる。

余程握力を込めたのか盛大に痛がる男に呆気に取られた。

 

「いっ!!誰だよ!邪魔す」

 

続く筈だった言葉は後ろを向いた途端に窄(すぼ)む。

眼光がそれなりに凄いから萎むのも頷けるくらい凶悪だ。

 

「もう一度聞く。何をしてる?まさか人の女を口説いてないよなァ?」

 

彼が言うと男は顔を蒼白にさせて何やら意識が飛びそうになっている言葉を言ってから飛んで逃げた。



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48

ナンパから救い出してくれたのだろうローに礼を言う。

 

「前みたいにキス払いでやってくれてもいいぜ?」

 

(くそう。からかわれるならやらなきゃ良かった……!)

 

あの時は本当に助かったし嬉しかったからしたのだ。

一回ぽっきりのキスだ。

しかも頬だから疚しい気持ちなんて欠片もなかった。

ムスッとした顔をして「しません」と断言するとローは「じゃあ貰う」と口にしてリーシャの口へ軽く合わせた。

 

「!、訴えます!」

 

「は?誰にだ?」

 

それを言われてしまえばうんもすんも言えない。

だって彼は海賊で無法者、訴えられる機関があっても無駄だ。

 

「だ、大体ですねえ!私達は付き合ってないのに、こういう事をするのは可笑しいんです!」

 

「なら付き合っちまえば済む」

 

「はあ!?有り得ません付き合いません!」

 

「へェ、理由は?」

 

「付き合う理由がありません」

 

軽く言ってくるが、言うのはタダである。

 

「理由?んなもん。俺はお前が好き。これで理由も名目もあるだろ?」

 

「な、ないです!ないですよ!」

 

告白されてしまった現実から目を背ける選択肢をした。

よし、忘れよう。

 

「じゃあ俺と寝たら付き合うか?」

 

「ねねねね、ね!?破廉恥です!」

 

彼は百戦錬磨だから、モテるから簡単に言えるのだろうか。

恥ずかしくて泣きたくなる。

今まで頑張ってボカして避けて回避してきたのにこんなにストレートに言われたら避け方が思い付かない。

うやむやにしてしまいたいのではぐらかす。

 

「何だ?不意打ちだからテンパってんのか?今までお前は尽く天然を装って俺の好意を見ないフリしてきたもんな。でも、もう逃げられねェ。逃がさない」

 

これは夢だ、夢なんだ。

 

「目を反らすな。こっちを見ろ」

 

「…………マイとヨーコを探さないと、だから、だから、もう行きますね」

 

逃げよう、逃げてなかった事にしよう。

 

「もうその手には乗らねェ」

 

「っ!は、離して……」

 

逃げようとしたら腕を掴まれた、夢じゃない。

現実だ、告白されたのも。

 

「これから先、もしお前がうっかり何かの拍子で死んだら俺は後悔する。何故お前をあの時てめェのもんにしなかったんだってな」

 

何故今日なのか。

 

「お前の目は、何もかも諦めてる奴の目だ」

 

「それはローさんの偏見ですきっと」

 

「そりゃ良い。俺以外にもベポだって知ってる。お前が死んでも可笑しくない生き方してるってな」

 

何が可笑しいんだろう。

何も可笑しくない。

こんなシリアスな展開は好んでないのに。

内心では焦っているけれど、兎に角今はうやむやにしたい。

彼の言った事も、何もかも。

 

「仕方がない、見逃してやる。そう思うのは止めた。俺はきっと後悔するからな」

 

「や、やだなあ、私、ローさんの何かを刺激する事、しました?」

 

「前からしてる、無自覚にな。馬鹿な女だって。もう我慢の限界だ」

 

「……今なら、全部冗談にしてあげます」

 

「残念」

 

彼は自嘲するように笑う。

 

「冗談に出来る猶予は終了した」

 

そうしてローはリーシャの肩に甘く甘く、噛み付いた。

 

 

 

朝になってホテルを出ると予約していた宿へ戻った。

宿に戻ると二人は既にそこに居て安堵の顔をして出迎えてくれたのでホッとした。

 

「ごめん。連絡せずに」

 

「大丈夫ですよ?船長さんが教えて下さいましたから」

 

「え?」

 

(言ったの?いや、そんな訳ないよね?)

 

「リーシャさんが迷子だったからホテルで保護したって。私達、一応探そうとしたんですけれど、早い段階で連絡を貰えたので」

 

(良かった……言ってないのか)

 

よもや、ローと……。

 

「ごめんね。次は絶対はぐれないから」

 

「あはは。別にあんたは大人だし私達に無理矢理合わせて夜寝なくていいわよ?」

 

ヨーコがケタケタと笑みを浮かべた。

それにまた鼓動が跳ねる。

大人だから、合わせなくていい。

大人だから、朝帰りの理由も問われない。

きっと彼女達はリーシャがただホテルで過ごして帰ってきたと思っているだろう。

 

(ローさんと関係持つの、嫌なのに、嫌だったのに……いざそうなると嫌って思わなかった……なあ……)

 

「どうしたの?」

 

「!、ううん!何でもないよっ」

 

「そう?」

 

「朝ご飯食べますか?一応三人で予約しておきました」

 

「ありがとう」

 

彼と一線を越えたのは昨日が初めてだった。

何故唐突なのか、何故いきなり肌を合わせようと思ったのか。

考えれば考えるほど、謎は尽きない。 確かに前々からいつ何が二人の間に起きても可笑しくない雰囲気ではあった。

それが昨日だったと言うだけ。

ローの事が頭から離れなかった。



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49

LAW-side

 

 

嫌な予感というものを感じた。

虫の知らせなんて綺麗な言葉で言い表せられるものではない、尋常ならざる感。

ローとてそこそこの海賊歴を重ねてきた身。

失うのが試練だという程過酷なグランドラインは過酷。

だから、どうしようもない。

自分のものにしたい、永遠とは言わない、だけど、他の奴に渡したくない。

激しい飢えを感じた。

前々から骨さえも舐めたくて、骨の髄まで欲したいという衝動に見回れ、遂に食った。

想像していたよりも柔らかくて、気持ちよくて、たまらなかった。

後悔をしてしまう前に、自身にしてはかなり衝動的な行動だった。

気付いたら押し倒していて、服を剥いでいて。

彼女は抵抗していたが、予想していたよりは受け入れた。

それが何よりも高揚して、内心歓喜で。

ずっとずっとこうしていたいとさえ思った。

無意識に求められた時は正直ヤバかった。

 

(ギャップが凄ェ)

 

終わった後にして思えば、その時の顔や表情が堪らなくさせる。

まるで中毒だ。

味を思い出すとまた身体が疼いた。

腕を回された感触や声が何度もリピートされる度、また欲しくなった。

 

(あいつは俺を嫌でも思い出すな……くくく)

 

それが、とても楽しみだった。

 

 

 

***

 

 

 

ローと出来るだけ会わないようにと航海中に祈った場合、不運が舞い込む事をすっかり失念していた。

 

「けはははは!最高だ!女しか乗ってねェ!!」

 

大型の海賊船に運悪く遭遇。

白旗を上げようと上げまいと最終的に行き着く末路は同じだ。

負けた、結果を言えば何と呆気ない事か。

マイもヨーコも苦戦して囲まれて。

嗚呼、遂に来たと思った。

 

「……お願いが、あります」

 

人によっては意地汚いと言われる。

 

「私を煮るなり焼くなりしてくれても構いません」

 

でも、最後くらい。

 

「彼女達は見逃してあげてください」

 

リーシャの望む末路を願ってもいいだろうか。

 

「彼女達は只金で買った用心棒」

 

敵は舐めるように上から下まで下心を浮かべて見てくる。

 

「どうせ使い捨ての、駒」

 

そして、自分は自己犠牲の塊。

エゴだ。

 

「お願いします。可愛がるなら、私を」

 

「ああ?娼婦か?」

 

「ええ。これでも自信はあります。あんな小娘達よりも私の方が、貴女達を喜ばせられますよ」

 

妖艶に微笑む。

 

「ひゅう!こりゃァ良い!」

 

本気にした男達はもうこちらしか見ない。

 

「ふふふ」

 

笑えてくる。

 

「奉仕だって」

 

男の近くに寄って、リーダーらしき頭の肩へ手を置く。

彼はもうこちらしか見ない。

 

「お任せ下さい」

 

「ふへへ、確かめさせてもらおうか」

 

艶めかしく腰を撫でてくる手が気持ち悪い。

 

「お好きに。SもMも」

 

触るな、見るな。

心は悲鳴を上げて、けれど逃げない。

何故なら、リーシャは逃がすもの、守るべき存在があるから。

 

「な、何だ!?」

 

黒いスモークが船の板の隙間から出てくる。

所謂目を欺くシステムだ。

その隙にマイとヨーコを逃がす。

海を泳がせるのは無理なので簡素なボートだ。

 

「リーシャさん!」

 

絶望的な声を上げる二人は、最初こそ頑なだったが、全滅する未来を感じていたからか、納得していないけれど、ボートに乗ってくれた。

 

「おい!女が二人逃げたぞ!」

 

「追え!」

 

自動スクリューを付けたボートに追い付ける訳もない。

 

「---さん!」

 

手を伸ばそうとする二人を冷たい目で見送り相手に媚びをへつらう。

 

「チッ!」

 

リーダーはこちらが残ったからか、深追いはしなかった。

 

「あの女達は気に入らなかったので、私的には厄介払い出来て何よりです」

 

クスッと笑って腰をゆるりと揺らす。

 

「まァいい」

 

(ふう、これで、遠くに行ってくれれば良いけれどなあ)

 

嬉しいと偽物の笑みを浮かべれば相手は舌舐めずり。

これで良い。

後は単身で海へダイブするだけだ。

 

「あ?おい、何やっ」

 

--ドボオオン!

 

相手から手を離して、緩んだ隙に海へ飛び込んだ。

運が良ければ海王類の餌である。

冷たい海へ身を任せた。

 

(あんな男に傷物にされるなら、死んだ方がずっとマシ)

 

最後に浮かんで消えたのは、気泡と少女二人とローだった。



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50

とあるside

 

 

この海域を進行する一つの船があった。

麦藁帽子を被ったジョリーロジャーの旗が目を引く海賊、麦藁海賊団。

ウソップとチョッパーとルフィは暇な為に釣り糸を垂らしていた。

 

「なかなか釣れないし暇過ぎんぞー?」

 

「もう少しの辛抱だ、ルフィ」

 

ウソップが耐え忍ぶ顔で力説する。

それにルフィは至極つまらないという顔をして竿を握り直す。

その時、ググッと獲物が掛かった感触に三人は歓喜。

釣れたら今晩のおかずになるだろうもの。

ルフィは後先を考えないまま力有るままに引く。

 

--ザザザァ!

 

魚魚と思いを馳せていたのに、姿を見せたのはどう見ても人間だった。

 

「うおお!人間だぞ!?この海域って人間が釣れんのかァ?」

 

「んな訳あるかァ!」

 

「し、死んでんのかなァ?」

 

ウソップの激しい突っ込みにチョッパーの心配している顔。

三人は取り敢えず釣れた人間を船に上げた。

その間に騒ぎを聞きつけた船員達も集まってきて、船の雰囲気は物々しくなる。

その人間は女だった。

 

「と、取り敢えず医務室に運ぼうっ」

 

船医としていち早く判断し迅速にそう言ったチョッパーに周りも様々な反応を示しながらそれに賛同、躊躇、戸惑う。 

 

「よし、そこに頼む」

 

チョッパーの指示で運ばれた女の状態を確認した後、それから数時間後に目を覚ました。

 

「ここ、どこ?」

 

リーシャは海に飛び込んだ後の記憶がない為、大層混乱した。

直感したのは助けられたらしいという辛うじての状況。

周りを見回してから医務室だと判断し、かと言って知っている場所でもなければ覚えもない所。

歩き回ってもどうなのかと考えていると不意に目の前にある扉が開いた。

 

 

 

***

 

 

「…………」

 

「…………」

 

数秒、見つめ合った。

 

「あっ、起きたのか!?」

 

(トニートニー、チョッパー……?え?チョッパー……!?)

 

先に我へと返ったのはあちららしいが、代わりにこちらはパニックだ。

 

「おい?どうした?」

 

どこか痛むのかという問いかけにハッとなる。

 

「あ、あの、助けていただいた、んですよね?」

 

ここが麦藁海賊団なら助けられても何ら可笑しくない。

世間では海賊と言われようが。

 

「ああ。ルフィが釣ったんだ」

 

「っ、釣った?」

 

聞き間違いがと耳を疑った。

けれど、彼は釣り糸に引っかかったリーシャは海の中へ居たという事実を示している。

よもや、自分がそんなギャグマンガ展開になろうとは思ってもみなかった。

 

「あ、そういや名前は………何だ?」 

 

聞かれて、粗相のないように表情を引き締めて名乗った。

チョッパーは少し息を吐いて安堵してみせた。

彼もこちらを気持ち程度警戒しているのかもしれない。

それにしても、と考える事を少し放棄してから、他の事を考える事にした。

だって、少しだけ、ほんの僅かながらだが記憶が欠けている、気がする。

マイとヨーコの事は覚えている。

やはり記憶はちゃんとあるらしい。

ホッと安堵の息を漏らした。

チョッパーの事も麦藁海賊団の事も他の人より少しだけ知っているので自分は勝手に安堵して肩の力を抜こうとする。

それに内心(これは駄目だ)と待ったをかける。

いくらこちらが知っていようと彼等にとってリーシャは部外者であり馬の骨並の情報不明の女だ。

 

「リーシャって言うのか」

 

「貴方は?」

 

こちらが知っている風を装うよりも尋ねた方が悪い方へ転がらないだろうと思ってそう言ってみた。

彼は何の警戒も無しで自らの名前を言ったので、ただの一般人と認識されたのだろうかと推測。

チョッパーは身体検査をするからと確認を取ってきたので「構いません」と許可。

身体に異常があってもマイとヨーコの二人と合流した時に困る。

 

「じゃあ幾つか質問するな」

 

彼は淡々と医者らしく質問しては紙に書き記していく。

こういうのは久しぶりなので少し落ち着かない気がする。

質問や触診が終わると扉を叩く音がして骨のブルックが顔を見せた。

 

「チョッパーさん。サンジさんがお昼を作ったので集まるようにと」

 

「もうそんな時間か………リーシャはお腹空いてるか?」

 

図々しいと分かっていながらも何か食べたいと欲求が忙しないので頷く。

ダイニングへ連れて行かれた先には船員達が勢揃いしていた。

豪華だと目が眩む思いでそれを見ていると麦藁帽子の船長である本物のルフィがこちらに気付いて傍に来た。

 

「おー!お前釣れた女!目ェ覚めたのかァ!」

 

(釣れた女……)

 

まるで安い女みたいな言い回したが、彼が言うのだから下心も他意も悪気も存在しないのだろう。

ルフィはこちらの首に手を回して「こっち座れよ」と引っ張り椅子に座らされる。

成る程、息付く暇もない程のマイペースさであった。

 

「んで、なんであんたは海に漂ってたんだ?」

 

ウソップが聞いてくる。

 

「三人女旅の途中で海賊に襲われたんです。辛うじて二人を逃がした後に自分も飛び込んだんです」

 

簡潔に言い終えるとウソップが冷や汗をかいて「よく無事でいられたな」と震える声で述べた。

そりゃ死ぬつもりだったから、こうやって此処に拾われたのは奇跡だ。

改めて全員に頭を下げて助けてくれた事に感謝した。



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51

ハートの海賊団side

 

『おい!あれボードじゃねェか!?』

 

『双眼鏡寄越せっ……あっ、マイとヨーコだ!』

 

『と、取り敢えず報告とあいつらを引き上げろ!』

 

数日前の騒ぎをローは思い出していた。

運良くこの船の進路と合致し、尚且つ、ハートの海賊船が浮上中だった。

報告を受けたローはそこへ駆け付ける。

何故二人しか居ないのだろうと。

話を聞けば海賊船に襲われ、最悪な結末を回避する為にリーシャが囮となって身を差し出したという事らしい。

奴隷、もしくは肉体を欲していたそいつらの様子からしてタダでは済んでいないとの事。

それらを含めた絶望的なリーシャの事を聞いて無意識に歯を食いしばった。

やはり、こうなってしまったかという事を思う。

彼女は元から自己犠牲が酷くあった。

それが女二人というものを抱えた途端に更に悪化。

いつ、彼女達の盾になっても可笑しくはなかった。

あの時、抱いて自由にしておく事などしなければ良かったと後悔。

そのまま船に乗せておけば良かったのかもしれないと今更思う。

あの後も彼女は何もなかったかのように部屋を後にした。

結局いつ物にしたって変わらなかったのだろう。

ローは「助けて」と懇願する彼女らを説き伏せてから船員達にカウンセラーを頼む。

酷く焦っていて、何をしてしまうか分からない精神状態だ。

ローは自室に戻ると、取り敢えずその船を追いかけるのも難しいと判断してログポースの示す島に停める事を決めた。

船員達は困惑しながらもローの指示に従いその島に降りる事となった。

そうすると、どうだろうか、彼女達は凄く驚いた顔で停泊している内の一つの船に反応を示した。

 

「あの船!私達を襲った船です!」

 

「私達の船も括り付けられてるじゃない!?」

 

ヨーコが駆け寄ろうとするのを寸でで止め、今は特攻するのは得策ではないと説明。

彼女らは渋々従う。

嘗てローの元部下だったお陰で物分かりがよくて助かる。

今は兎に角情報が必要だ。

そう判断したので二人にはホテルで待機、顔が割れていない船員達を動かした。

本当は本音を言えばローは助けるのは止めようかと考えていた。

そうすれば幾ら彼女だって危機感を覚え自己防衛本能を目覚めさせるのではないかと思っている。

 

(いや、あいつは根っからの自己犠牲を持ってるか………)

 

考えてから溜め息を吐いた。

とてつもなく面倒な事に巻き込まれた気がする。

 

「船長……集めてきました」

 

船員の早い帰還に眉根を寄せる。

どうやらリーシャを浚った海賊は酒場でアホみたいに言い触らし自慢しているようだ。

そんな奴に身体を触られる等許せない。

ローのプライドが刺激される。

 

「ちっ……もう面倒だ……乗り込むか……」

 

ローは今すぐ殴りたい衝動に駆られた。

それを必死に顔に出さないように気をつけながらマイとヨーコを監視しとくように伝える。

もしも、何かを衝動的に起こせばローの計画に支障を来す。

邪魔されない為にも押し止めておく必要があった。

扉が閉まる音を聞きながらどうしようかと思案。

このまま乗り込むのも良いかもしれないが、人質にされても困る。

能力で取り返す事も出来るが、と考えていると船員から追加の情報が入った。

 

「……海に飛び込んだ、だと?」

 

「はい。酒場で男がそう言っていたと」

 

ペンギンから聞いた内容は絶望的なものよりかはマシに思えた。

慰み者として連れ去られた訳ではないのなら、まだ良い。

死んだ方がマシだ。

死なれた方もマシだ。

男は探す事もせずに船だけ貰ってきたと息巻いていたらしい。

 

「船は手筈通りに奪還する。元を辿ればこっちの物だしな」

 

金を出したのも頼んだのもロー。

所有者は彼女達だとしても出資者はこちら。

 

(それにしても、発狂しちまうかもな)

 

もし、リーシャが海に飛び込んで自殺をしたと聞いたら探し出すかもしれない。

見つかるとも思えない海をずっと探し続ける事を考えると伝えるのも躊躇してしまう。

このまま嘘を言い、何とかする事に移行したいところだ。

 

(面倒臭ェ)

 

慰めるのもローの役目ではないので船員達に押しつけるとして、残りは彼女の安否をしっかりと把握しとくべきか。

 

「船長。突撃準備完了です」

 

「あの二人は大人しくしてるか」

 

マイとヨーコの様子を確認する。

どちらも大人しくしていると聞いて立ち上がった。

 

(上手く死ねたなら褒めてやるが……死んで無かった場合は監禁して○○潰してやる)

 

恐ろしい計画、予定を立てるローはニヤッと笑みを浮かべた。

 

「楽しいオペ(戦闘)になりそうだ」



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52

リーシャは今、麦藁海賊団にてサンジのご飯を食べて、同席させてもらっていた。

 

(本物、目の前に……イかれた海賊団と悪名高い人達が居る……)

 

新聞では海賊は悪なのでそういう嫌な捉え方で書かれているが、記者としてこれはまたとない機会だ。

真実を知るのも記者としての役目。

意を決して質問をしてみる事にした。

勿論機嫌を損ねる真似はしないように気を付ける。

 

「この海賊団はとても仲が良いですね……」

 

「おうよ!船長がこんなんだからな!」

 

一番初めに反応したのはフランキーという男性(変態)だ。

パンツ一枚の格好なのはこの際どうでもいい。

 

「おめェ、本当に一般人か?海賊なのに物怖じしなくねェ?」

 

ウソップの言葉に苦笑。

 

「私、この成りですが、一応記者なんです。なので、貴方達以外の海賊とも良く会うので慣れてるんです」

 

「「記者だったのか」」

 

ウソップとチョッパーの言葉がハモる。

差ほど驚かないので良かったと安堵。

下手に騒がれて警戒されても何も出来ないか弱い身なので。

 

「名もない社会に属するただの記者です。別にどうこうしようとか考えてません。助けてもらったのがもう奇跡ですし。元々、生きられる確率はなかったので、こうやって此処でご飯を食べられているだけで十分なんです」

 

そういうと皆がシーンと黙る。

そんなに空気を凍らす事でもない。

でも、周りは違ったらしい。

 

「そんな詰まんねー事言うな!お前はもう俺の友達なんだぞっ!」

 

「!」

 

目を見開いてパチクリとしばたかせる。

 

「フフフ」

 

ロビンが愉快そうな声音を響かせたら次は皆が笑みを浮かべていた。

その空気に飲まれるとコクっと喉が上下する。

彼が何かを言えばこんなにも空気が変わるのかと驚く。

自分の鬱蒼とした気持ちまでも払拭してしまう。

皆の前で人生を放っている発言をしたのに、あっという間にそんな発言は吹き飛ばされる。

 

「ハハハ……たく、レディに今の言い方は許せんが、まァいいか」

 

ジュポッと煙草に火を付けるサンジ。

 

(凄いなあ……本当凄い)

 

彼のようになりたいとは思わないけれど、羨ましい。

マイとヨーコにもこの海賊団のような破天荒さ等はあるが、ルフィの様な人は居ない。

 

「…………この船に乗る方はとても暖かい方ばかりですね」

 

ボソッと言った事は聞かれたか分からないが、言ってしまいたかった。

 

 

 

数刻すると外が騒がしいくなって、外に出てみると人魚が海から飛んでここへ着地する。

目がパッと合い驚きつつも目を反らす。

厄介事の匂いがとてもするし、この問題は流石のリーシャもどうにも出来なさそうだと判断。

どうやら飛び魚に乗った男達に追われているらしく、彼等は捕まった彼女の仲間を助けて上げようと言う満場一致となる。

自分は居候、余所者なので口に等出来ない。

それを理解していたので成り行きを見守るだけ。

 

「あ!そういやリーシャも居るじゃねーか!どうすんだ?戦え……ないよな?」

 

もう決定しているお荷物を覚悟で苦笑して頷くと皆が気まずげに見てくる。

 

「我が儘を言う身でもないですし、それに、皆さんの意志に同調します。私は隠れておきますので。ええ。お荷物になるのはとても理解してますから」

 

ニコニコヘラヘラと笑みを浮かべて平気アピールをする。

皆は一様に違う仕草や顔をして、困っていたり、安堵していたり笑っていたり。

笑っているのはルフィだけだが。

自分の身の程を笑っているし、弁(わきま)えるべきと本能が言っているので当然だ。

 

「私は私の身を守ります。全力で応援しているので」

 

最後にぐっと手を握ってから部屋へ引っ込む。

此処から敵のアジトが近いらしく今にも引っ込まないと被害を被る。

己のような弱い女は慎ましく過ごす。

マイとヨーコの時はリーダーみたいな、年長者と言う意識だったから前線をいけた。

けれど、ここでは船長は麦藁のルフィだ。

 

「フレーッフレーッ」

 

小さい声で応援してから机に座る。

この海賊団ならば大抵の事では苦戦しないだろう。

 

(死ぬのは私だけってオチでしょ)

 

外に居たら狙われるのは自分。

もうすぐグランドラインの半分だろうから、強者が集まりやすく生き残り易い。

 

(せめてマイとヨーコ……に、生きてるっ、て…………言うべき…………なの?ほんとに?)

 

考えてしまえば嫌な方向に考えてしまう。

このまま死んだ事にして彼女達が海に出る理由となった根元(自分)はもう居ないという認識になり、もう諦めてもらって、彼女達に土地での定住をさせる理由を作るべきという考えが脳裏に出来る。

割と良い案かもしれない。

元はと言えば、自分という存在さえなかったら彼女達はちゃんとした土地に足を着けていた筈だ。

頭がどんどん冴えてくる。

 

(私、彼女達の足枷みたいなもんだったしね……これはもう運命かなあ)

 

きっと何かの神秘的な存在がそう言っているから自分は海に飛び込み、且つ、拾われたのだと思ってみる事にした。



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53

どうやら人魚の女の子の友人の救出作戦は功を成したようだ。

今はたこ焼きを食べている。

自分は何もしていないからと断ったのだが、友達の友達なんだからという無茶苦茶なルフィの言葉に渋々出て行って、たこ焼きを食べていた。

こんなに強引なのはあの男以来だ。

 

(あの男………?)

 

誰の事を考えたのだろうとつい首を捻ってしまう。

何か忘れているような気がしたが、それなのかもしれない。

けれど、そこまでして思い出せないのなら思い出さなくても良いのだろう。

 

「ニュー、もっと食えよ」

 

「あ、どうも」

 

はっちん、ケイミーという人魚は人の名前に~ちんというのを付ける。

それに引きずられて言ってしまう。

そう言えば、あの男も屋号呼びだった。

 

(だからあの男って誰?)

 

何度も掠めるその記憶。

良く出てくるその黒いシルエット。

モヤモヤとする気持ち。

 

(あー、なんか意味分かんない………もう何も考えないでおこう………)

 

今は兎に角マイとヨーコ達に生存を知らせるべきではない、だから隠すというミッションで頭が一杯なのでかまけている暇はない。

もぐもぐとたこ焼きを口一杯に詰めて、ただひたすら食べる事に集中した。

 

 

 

***

 

 

 

ハートの海賊団side

 

 

静かに怒りを現したローの手並みの成果により、見事船を奪還。

それにより今は宴であった。

宴をするのは彼女達の「もしかしてリーシャは……」という不安を少しでも払拭させる為の船員達の気遣いだ。

ローは此処までする必要はないと思ったのだが、シャチ達が落ち込む女達をどうにか元気にしたいと言っているのを聞いて仕方なく許可した。

ローとて宴が嫌いな訳ではない。

それに、酔いたい気分だった。

決して彼女達を今回の奪還による起こった戦闘には参加させなかったが、事実を改めて知ってしまった。

どうやら船員達が報告した内容と間違いなく、彼女は海に飛び込み藻屑となったらしい。

自棄酒せずにいられなかった。

酔わずにいられなかった。

何故死んだ。

それをこの数時間で何度も思い、問うた。

 

(ちっ。酒がまずィ)

 

この酒はあの襲った奴らから強奪した酒だ。

既にこの船も次の島へと向かっている。

今更襲われたという場所に言っても亡骸さえ無いだろう。

鮫か海王類等辺が食べている。

 

(何が宴だ)

 

笑う気にもなれない。

だというのにシャチやベポは笑顔を強請ってくる。

そんなに二人の機嫌が取りたいのなら自分達だけですればいいと言えればどんなに楽だろう。

どんな人間だろうと仲間である事は何よりも変わらないので、此処は少しでも協力しとくか、という気持ちになる。

 

(やってらんねェ)

 

しかし、今日は無理だ。

 

『あの女は身投げした………!』

 

命乞いと共に吐き出された言葉が何度も何度もリピートしては脳裏に焼き付く。

耳にも間違いなく残っている。

 

『船から飛び降りた!………俺は知らねェ!』

 

懇願するように、哀れな男の言葉に脳が逆に冷えた。

スッと。

 

「ほら、飲め!飲んで今日は寝ろ!」

 

やんややんやと聞こえてきた。

女達が船員達のいつもより高いテンションに苦笑していながらもきっと感づいている。

きっと、彼女達は理解し始めているのだと思う。

 

『私は、どうなってもいいんです』

 

いつか、そんな事を聞いた。

何かで負った傷を手当している時だっただろうか。

 

『ローさんは優しいですね』

 

何を馬鹿な事をと鼻で笑った。

 

『ありがとうございます』

 

礼を言う前に命を自分で守れと思った。

 

『ロー、さん』

 

情事の時の姿は今でも鮮明に思い出せる。

濃い夜の時間だった。

抱きたいと今も焦がれ始めているのに、もうこの腕にさえ閉じこめられない。

あの声も聞けない。

 

「さん………船長さん?」

 

いつの間にか呼ばれていたのに気が付く。

顔を上げるとマイが眉根を下げて困ったという顔で口元を緩く上げていた。

 

「船を取り返して下さりありがとうございました。これでまたリーシャさんと旅ができます」

 

マイは現実から目を背ける選択肢をしたらしい。

後ろで酔いつつも聞き耳を立てていた船員達の悔しげで遣りきれない顔付き。

ローはマイをジッと見てから「借りだ」と荒波を立てずという言葉を選ぶ。

そちらがそういう選択肢を取っても何も変わりはしない。

生きていてもいなくても、曖昧なまま彼女達は生きていくのだろう。

 

「いっそもう陸で暮らせばいい」

 

餞別の代わりに投げかけた台詞にマイは無表情になった。

それは一瞬だったが、彼女の堅い意志を知るには十分だ。

 

「………シャボンディ諸島までは乗せてってやる」

 

帽子を被り直して立ち上がる。

そのまま自室に篭もろうと決めたローは後ろを振り向かなかった。

 

 

 

ローが去った後の甲板でマイとヨーコが大泣きしたと後日ベポから聞いた。



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54

シャボンディ諸島に着いた麦藁海賊団に礼を言ってから故郷のサウスブルーに行く定期船の予定表を確認しに行こうと別れた。

このまま乗っていけ、なんて勧誘されたが、こんな小娘一人、耐えていける訳がないと己の限界を理解しているので苦笑しつつも丁寧に断った。

嬉しいし恥ずかしく思ったが、彼等との旅は存外楽しかったと言える。

またグランドラインを一周した際に会えるといいなあ、くらいには思っていた。

彼等は政府を敵に回してもこうして航海していけているので、運も味方なのだろう。

だから、一周なんて訳ない。

いつまでも手を振るルフィを止めるナミの声を聞きながら定期船乗り場に向かった。

楽しかったな、と気分良く笑っていると不意に声をかけられた。

 

「よォ、女」

 

「…………おうふー」

 

思わずヘンテコな単語を発してしまう。

 

「ただの酒場の女だと思ってりゃ、こんな所に何で居やがる」

 

そこに居たのは前に酒場で絡んできたキッドだった。

酒場に居た女なんて忘れてしまうと高を括っていただけに逃亡したくなる。

 

「………ノーコメンツ」

 

滑舌良く答えてからニコリと笑う。

 

「丁度良い、今から酒を飲みに行く予定だ。お前も来い」

 

「え?うわ、ちょっ!」

 

と言われて半ば強引に手を引かれて一つの酒場に連れ込まれる。

 

「酌とかでしたら出来ませんよ?まだ働いてませんし、びた一文にもならないならやりませんからね」

 

釘を二回指すと「肝が据わってやがる。前と反応が違うな」と返ってきたので「もう隠さなくても何となく気付いてらっしゃるかと思いまして」と述べた。

それに、此処に長居するつもりはなく島から出て行くつもりだ。

あまりダラダラしているとあの二人に見つかりそうで困る。

特にマイは情報に敏感でこちらの存在を少しでも洩らしたら直ぐにでも来そうだ。

そうならない為にはここからいち早く出なくてはならない。

急いでいるというのにキッドは隣に侍らしてくる。

この店にはどうやらその女達が居ないようで数々の海賊達が居た。

そこにマイ達が居ないかとヒヤヒヤしたが、幸いにも居なかったので息を付く。

 

「ご注文は」

 

「ビール」

 

船員達も同じように頼み去っていく定員。

此処は良く海賊達が通る島というだけあり、他の島に良くある光景の『怯え』が殆どない。

今怯えているのは悪名高きキッドの懸賞金の高さにおののいている周りの海賊達だろう。

 

「で、こんなとこで何してる」

 

「特にこれと言った理由はないです」

 

本当の事を言うとキッドは聞いてきた癖に詰まらなそうな顔をした。

聞いてこなかったらいいのに人の事を詮索するからだ。

ビールが運ばれてきてそれを豪快にグビグビと喉を鳴らして飲むとキッドは徐にニヤリと笑う。

何だろうと彼が違う場所に視線を向けていたのでそこへ顔を向けると良く新聞に乗っているもう一人のルーキー『スクラッチメン・アプー』が居た。

彼の安い挑発に乗り、そのまま特攻していくキッドに店の中は騒然となる。

もうこの様子ではキッドはそちらに夢中となるだろうと予感したリーシャはそそくさとその場から去った。

誰もこちらの事に気が回っていないらしくあっさりと出られた事にひっそりと息を吐く。

あまり騒ぎの中に居ると目立つ。

ただでさえこの島にはルーキーが人数多めで大集結しているのだし。

本当は取材して無双したいが、それも簡単に出来ない身の上となったので内心落ち込む。

ボンチャリを借りて浮遊感を楽しんでいると向こうから人が流れ込んでくる。

内容は「破壊僧が暴れている」「殺戮武人が戦っている」だ。

ソワソワとしてしまう。

前にキラーに助けてもらったとはいえ、こちらはただの一般人。

行く事も出来ない歯がゆさに溜め息を吐いた。

それに、全身の毛が逆立っている。

行かない方が良いと本能が発しているのでそれに従う事になった。

 

「定期船が二時間後………」

 

それまでひっそりと過ごすしかないな、とぼんやり予定を組み立てた。

 

「ヒューマンオークションは地雷だしな………」

 

如何にも海賊が好みそうな場所だ。

 

「でも、逆にマイ達は居ない可能性大か」

 

それならそこに向かいたい所だ。

何か重大な要素と欠落を見落としたままリーシャは会場へ向かった。

ここから近いのは一番グローブだ。

その道すがらどこかで見たオレンジ色が見えて、その人達はヒューマンオークションへ向かっているようだった。

 

「??………ああっ!」

 

最初は何故此処に居るのだろうと思ったが、そういう“展開″だと言うのをすっかり忘れていた。

 

「うーん。これは一悶着の予感」

 

リーシャはこの島でルフィ達が何を起こすのかというのを大まかに記憶しているが、詳細やその際に巻き込まれた人間の事等はあまり知らない。

覚えている台詞で最も脳裏に焼き付いている『Dは必ず嵐を呼ぶ』というもの。

誰が言っていたかはもうあやふやだ。

兎に角あそこには近寄らないに限る。

 

「よし、宿に引きこもろう」

 

歩き回るというのは性に合わない。

 

「んー………波乱が起こりそう」

 

段々不安になってきた。



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