静寂の日曜日 (ふりーと)
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序章

初めて書きます。あまり上手く書けている自信はないですがお願いします。


「イージーゴアさん。本日は出演ありがとうございます。久しぶりのメディア出演ですね。病気の方はいかがですか」

 

「最近は症状も落ち着いていていますね。退院もできましたし週何回かの通院をしないといけないですが普段通りの生活ができています。ただアレルギーで薬を使えないのが気掛かりですね」

 

「症状が治ったら指導者に戻るのではないかという噂もあります。実際にオファーなどは来てたりしますか」

 

「実はオファーは数十件頂いているんですよ(笑) 。しかし、私自身もう指導者に戻ることはできないですね。やはり薬を使って心臓発作を抑えることができないのは怖いです。今は家にお手伝いさんがいたり医者が毎日来てくれているのでいいんですけど指導者となると直ぐ対応、という訳には行かなくなりますからね。それに最近癌も見つかってしまって。もう指導者はできませんね」

 

「それは残念です。実は私も指導者として復帰を願っていた1人でしたから。いつの日かダートにあなたの教え子がまた立つ日を待っています。さて今日はイージーゴアさんの現役時代について色々聞いていきたいと思います。1番印象に残っているのはどのレースですか」

 

「やはり8バ身差で勝ったベルモントステークス、と言いたいところですがあえてケンタッキーダービーにしておきます」

 

「ケンタッキーダービーですか。やはりライバルのサンデーサイレンスがいたからですか」

 

「そうです。正直にいうとあのレースは私が圧勝すると思っていました(笑)。年が明けてから体調は万全でしたし負ける感じは全くなかったですね。年明けてから3戦はほとんど10バ身くらい差をつけて勝ってたんじゃないかな。自分も周りも負けるなんて思ってない。それが本番になるとサンデーに全然追いつけない。強いって聞いてたからマークはしてたんですけど直線入ると右に左によれてフラフラしてるし、そんなんなのに速くて捉えられませんでしたね。悔しさより『え、負けたの?』っていう驚きとこんなに強いのがいるんだっていう喜びの方が強かったですね。この直ぐ後のパーティーだったかな?サンデーと仲良くなったのは。今まで気のおける友達がいなかったから嬉しかったですね。それも含めて1番印象に残ってますね」

 

「強いウマ娘同士。どのような話をされていたのか気になります」

 

「まともな話はもう全くなかったですね(笑)。ほんとにいい加減な人なので、初対面なのに『5バ身は行けると思ったのになんなんお前』って。でも話していくうちに意外といい人でね、レースに対する姿勢も唯1着を獲るって真っ直ぐなウマ娘でしたね」

 

「プリークネスステークスの後に不仲説も流れましたが真相の程は」

 

「あそこから引退まではサンデーと全く話してないんですよね。目の前で二冠取られると友達だとか言ってる場合じゃなくなります。プリークネス負けた後はもう悔しさしかないですから、電話だろうが話しかけてこようが全て無視しましたね。サンデーからしたら何こいつって感じでしょうね。引退後は関係も直ってよく話しますよ。日本に行っているのでなかなか会えないですけど電話とかでよく話してますね」

 

「関係は治ったんですね。よかったです。では最後にもうすぐケンタッキーダービー。何か後輩に伝えたいことはありますか」

 

「結果を気にすることなく全力を出し切るつもりで走って欲しいですね」

 

「全バ悔いなく走り切って欲しいですね。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」




出てきた競走馬
イージーゴア 20戦14勝 主な勝鞍 ベルモントステークス(1989)


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礼拝の日
夜明け前


俺には思い出したくない、そして、今も夢に出てくる思い出がある。あれは小学校1年の頃だったはずだ。乗っていたスクールバスがいきなり横転、私以外全員死んだ。さっきまで話していた隣に座っていた友人も、後ろで耳を引っ張ってきた友人も、明日並走の約束をしていた友人も死んだ。いつもバスを運転していたおじさんも死んだ。それから俺は友人を作るのが怖くなった。ヒトはいとも簡単に死ぬ、と子供ながらに思ったのだろうか、友人を作る気も無くなった。親に敬意が湧かなくなった。ヒトはどこまで行っても孤独なものだ、そう考えるようになった。

 

なぜ今それを思い出したのだろうか。明日はケンタッキーダービーを占う重要な一戦、サンタアニタダービーだ。明日は始めてのG1レースだと言うのに、こんな事を思うようではまだまだだと思いながら寝床に入る。今日は昔の友人たちと会いませんようにと願いながら目を閉じた。

 

 

── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ── ──

 

目が覚める。最近はいい目覚めの日が多かったが今日は一段と目覚めがいい。コンディションは最高だ。

 

「さあ始まりますサンタアニタダービー。1番人気は前走の6バ身差圧勝のヒューストン。2番人気は連勝中のサンデーサイレンス。3番人気はミュージックメルシー。未だに掲示板外はありません。どの娘の状態が良いですか」

 

「サンデーサイレンスはよく仕上がっていると思いますね。2番人気なのが嘘みたいですね。あとはホークスターも歩様がよくていい仕上がりですね。力関係的に最有力はサンデーサイレンスではないでしょうか」

 

「各ウマ娘がゲートに収まっていきます。勝つのは単勝支持率1.9倍ヒューストンかサンデーサイレンスか。さあ各ウマ娘ゲートに収まって」

 

ゲートに入った瞬間確信した。今日は貰った。

 

「スタートしました!」

 

少し出遅れた。しかし想定の範囲内だ。先団につけるべく軽く加速する。

 

「ヒューストンがハナをとってクラブハウスコーナーを回っていきます。先頭はヒューストン、2番手ミュージックメルシー、サンデーサイレンスは狙い通りか3番手につける、後は2馬身切れて人気薄マスターボルグ、外からホークスター上がって4番手に上がる、マスターボルグ5番手後退、殿はフライングコンチネンタルで半マイルを45.6秒バックストレッチを駆け抜けます、先頭ヒューストン内からミュージックメルシー競りかける!」

 

今だ!

 

「3コーナー中間で外からサンデーサイレンスついに来た!他のウマ娘を制圧する!先頭躍り出た!ヒューストン後退3番手!

 

これで終わりだ!

 

ウィッティンガムトレーナーのサンダーサイレンス勝ったも同然!ミュージックメルシー2番手!ヒューストンこれはもう伸びない!ずるずる下がっていく!フライングコンチネンタル3番手にあがる!最後の直線サンデーサイレンスちぎるちぎる!まさに弾むように、西海岸遠征最後のゴールへ!サンデーサイレンスぶっちぎり!11バ身差圧勝ゴールイン!サンタアニタダービーを制しました!ケンタッキーに向けて視界良し!」

 

_______________________________

 

「勝ちました。サンデーサイレンス選手とウィッティンガムトレーナーです。サンデーサイレンスさん。今の気持ちをお聞かせください」

 

「まあそれなりで」

 

「そ、そうですか。次はケンタッキーダービーに出るそうですね。そこではイージーゴア選手も出るそうですが何か対策などは練ってるんですか?」

 

「戦術のことは分からないのでトレーナーに聞いてください。私はこれで、さようなら」

 

「あ、ちょっと!トレーナーさんとしては何か考えなどは」

 

「1着を取れるように稽古を付けていきたいですね」

 

「今日のイージーゴア選手も圧倒的なレースを見せていましたね。やはり意識はしますか。」

 

「イージーゴアさんもいい娘だと思いますよ」

「イージーゴア選手はセクレタリアトの再来とも言われています。名トレーナーであるウィッティンガムさんは名馬の雰囲気を感じますか」

 

「さあ?私はサンデーサイレンスのトレーナーであってイージーゴアのトレーナーではないので。サンデーサイレンスについての質問がない様なのでこれで終わりでいいですか?さようなら」

 

「あ、ありがとうございました。サンタアニタダービーに勝利しましたサンデーサイレンス選手とウィッティンガムトレーナーでした」

 

「それと一つ。痩せこけた十代の若者が大きくて逞しいスポーツ選手になることがあるように、少し成熟が遅れる娘もいますよ。それでは皆さんケンタッキーで」

 

____________________________________

 

 

「お!サンデーまだ控え室にいたのか。もうタクシーで帰ったのかと思ったぞ。しかしさっさと戻ったお前は賢いな、あの後イージーゴア、イージーゴアってそんな質問ばっかりだったよ。このレースに勝ったのはお前なのにな」

 

「つまらん奴ばっかだな。せっかく今年の三冠バが会見してやってるのに俺にまでイージーゴアの話しを振ってくるとは…。思わず怒って帰ってしまった。次のケンタッキーダービーの後奴らどんな顔をするのか楽しみだ」

 

「掌を返して賞賛し出すかもな。さぁケンタッキーダービーに向けて明日から稽古も再開だ!」

 

「えぇ!勝ったんだし明日はサボりでいいじゃないか!」

 

「ダメだ!そんなんだと栗毛の奴に負けるぞ!」

 

「なんだと!1日くらいサボってもあん奴に勝ってやる!」

 

「そんなこと言って3走前…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「あれがサンデーサイレンスか。やはり素晴らしいウマ娘だな。もしもし、あぁURA理事長に繋いでくれ。『こんな朝にどうした。善照』ケンタッキーダービー見に来ませんか?『いきなりどうした。しかも後1ヶ月しかないしスケジュールも合わせられないぞ』そこを何とか。実は以前から目をつけてたウマ娘がいたじゃないですか。『いつも言ってるサンデーサイレンスか?』そうです。電話が終わったらレース動画を見てください。そしたら理事も来ることになりますので。それでは。

絶対に日本に連れて行く。あいつは最高の指導者になるぞ!」




出てきた競走馬
1 サンデーサイレンス 14戦9勝 主な勝鞍 米国2冠 BCクラシック
2 フライングコンチネンタル 51戦12勝
3 ミュージックメルシー 35戦12勝
4 ホークスター 23戦6勝 12F World Record 2:22.8 (1989.10〜11)
5 ヒューストン 11戦5勝
6 ミスターボルグ 19戦5勝


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BIG REDの衝撃

「セクレタリアト以来のチャンピオンガール。5番イージーゴアゲートに入りました」

 

ゲート入りからスタートまでの僅かな時間。私はこの時間が好きだ。レース直前の皆の微かなざわめきと眼前に広がると栄光への道。全ては私の勝利を願っているかの様なそんなことを思わせるこの時間が好きだ。

 

「スタートしました。まずまず揃ったスタート。ダイヤモンドダニーが先頭に立ってイージーゴアが控える形か、おっとイージーゴア外から上がってくる、2番手まで上がってきた。内からテキシアンとカントレルロードが上がってきてイージーゴアは4番手に控える。半マイル44.1で通過、先頭にダイヤモンドダニーで3コーナーに入る。ダイヤモンドダニー左右をみる、イージーゴアを探しているのか、そのイージーゴアは外を通って2番手に進出する!4コーナーを回って最後の直線に入る!

 

ここで仕掛ける!

 

ダイヤモンドダニーをかわして、さあイージーゴアが先頭だ!イージーゴア先頭だ!差が広がる広がる!圧勝だ!圧勝だ!今ゴールイン!セクレタリアト以来のビッグレッド!そしてタイムは1分32秒!時計はレコード!大記録が生まれました!ついにセクレタリアトの打ち立てた1分33秒60を更新しました!」

 

__________________________

 

「勝利したイージーゴア選手とマクゴーヒートレーナーです。素晴らしい走りで、見事勝利されました。しかもセクレタリアトの記録を塗り替えるレコード勝ち。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。今日は本調子では無かったのですが勝てて嬉しいです。最後の直線の踏み込みはまだ甘いですね、あの大先輩セクレタリアトさんのレコードタイムを塗り替えることが出来るとは夢にも思っていなかったのでとても嬉しいです。この調子でアメリカ3冠を取れる様頑張ります」

 

「ありがとうございます。マクゴーヒートレーナーとしてもこの勝利。セクレタリアトのレコード更新は嬉しいですか」

 

「当然嬉しいです。セクレタリアトはみんなの目標なので。今日はバ体もしっかりしまっていないですし、遊びのある仕上げですから。力は一つ二つ抜けているので勝てるとは思っていたんですけどまさかレコードとは思いませんでしたね。ただ仕上がりは今ひとつなのでもうひと叩きして、ケンタッキーダービーに向かいたいと思います」

 

「ありがとうございます。ゴーサムステークスを勝ったイージーゴア選手とマクゴーヒートレーナーでした」

 

________________________

 

「しかしイージーゴア。君は本当にすごいね!まさかセクレタリアトのレコードを抜くなんて予想もしなかったよ。これでステップレースにでていよいよケンタッキーダービーだ!」

 

「そう。それで明日の練習メニューは何でしょうか」

 

「あ、うん。坂路トレーニングをしようと思ってるんだ」

 

「わかりました。それでは私は迎えが来ていますので先にトレセン学園に戻っていますわ。さようなら」

 

「うん。さよなら。また明日」

 

また先に帰ってしまった。イージーゴアは名家のお嬢様だ。はっきり言って若手の自分には荷が重いと思う。確かにフィップス家のウマ娘は私が担当することが多いし、トレーニングも自信がある。しかし今回の相手はセクレタリアトの再来とまで言われているイージーゴアだ。三冠は大前提。そう思いうと少し背筋が寒くなる。今日圧勝した隣の牧場の黒いやつ(サンデーサイレンス)の話を聞いた時不安は増した。

 

「大丈夫だバラのレイが1番似合うのは僕の愛バだ」

 

そう自分に言い聞かせ飛行機に乗り込んだ。




英語が分からないので今回の出走競走馬紹介は見送ります。申し訳ございません。


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薄明

アメリカのトレセン学園は日本のものとは違い競馬場に併設されている。これは広大なアメリカを飛び回るウマ娘の学力維持を目指し、トレーニングを行える様にするためだ。ここはトレセン学園サンタアニタ校、サンデーサイレンスが本拠地としている。

 

「おーいサンデー。飯いこーぜ」

 

「お、ホークスターか、いいぜ!」

 

「いやーこの前は凄かったなぁ。ぶっちぎりで1位だったじゃん。もう敵わんわー」

 

「そんなこと言うなよ。お前だってG1馬じゃないか。また購買ハンバーガーとポテトだよ。あーあ他にレパートリーねーのかな。ニューヨークの方だと種類が多いんだっけ?」

 

「さあ?デルマーは種類も多いしおいしかったなぁ。本拠地変えようかな?」

 

「やあやあ世代最強ウマ娘、キンググローリアスを差し置いてなんの話だね?」

 

「最優秀2歳エクリプス賞取れて良かったね。名前はイージーゴアだっけ?」

「イージーゴアにもサンデーにも勝ってない人が世代最強はちょっと…」

 

「イージーゴアだろうがサンデーだろうがエクリプスだろうが私の前では無力だよ。私はアメリカのキングだからね!」

 

「うるせえなぁ。まずは松葉杖どうにかしろよ。このままだと骨折王だぞ。大体ケンタッキーダービー間に合わないんだろこれ」

 

「実は4月半ばに完治予定だ。余裕で間に合うんだなこれが」

 

「いや間に合わないじゃんそれ。世代のキングはお預けだね」

 

「ホークスター君。困難を乗り越えてこそ真のキングなのだよケンタッキーを勝たずして最強ウマ娘はない、私はケンタッキーダービーに出場して、そして優勝する」

 

「キングちゃんトレーナー困らせない様頑張ってね」

「イージーゴアは雑魚だから舐めた状態でも勝てるかもしれないが俺には絶対勝てないからな、諦めて治療しといたほうがいいぞ。万全の状態になったら勝負づけだな」

 

「ふん!精々言っているが良い、しかしケンタッキーダービーで驚いているのはお前らだぞ」

 

「はいはい、頑張って足どうにかしろよ。Fracture Kingちゃん」

 

「誰が骨折王だ!脚が外側に曲がってる癖に、」

 

「脚が外に曲がってたら何がいけないんだ?骨折して走ることのできない方に比べれば脚が一本外に向いてても問題はないだろ?」

 

「しかし走り方がおかしいお前を指導者にするところはないだろうから現役終わったらお役御免だな。可哀想に、そんなふうに産んだお前の親を恨むんだな」

 

「ほぉ言うねぇ。お前外でろ」

 

「最初会った時から気に食わなかったんだ。後悔するんだな」

 

「ちょっと2人ともやめなよ!」

 

その後2人が傷だらけで帰ったのは言うまでもなかった。



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Run for the Roses


俺の脚は外側に曲がってる。そのため幼少期親族からは心無い言葉をかけられたことがある。こんな脚では走ることができない。奇形だ。そして"あのろくでなしにバラのレイが似合うのは、墓に入った後だけさ"。俺はその似合うことのないバラのレイを奪りに来た。アメリカで最も歴史と栄誉のあるこのケンタッキーダービーに勝ちにきた。

 

__________________________

 

The Most Exciting Two Minutes in Sports(スポーツの最も偉大な2分間)

 

喧しいFirst callが鳴り終わればいよいよアメリカで最も栄誉のあるレース。ケンタッキーダービーが始まる。白いスーツを見に纏った男性、大きなドレスハットを被り華やかな衣装を着る女性。さまざまに彩られたチャーチルダウンズ競バ場はしかし、ある種の緊張感を漂わせており普段とは異なる雰囲気に包まれる。大雨に見舞われている今日であっても多くの人が来ているのはケンタッキーダービーの魔力かイージーゴアの魔力か。係員の呼ぶ声が聞こえる。いよいよ本馬場入場だ。

 

「それでは各ウマ娘本バ場入場です!今年は15頭で争われます!」

 

「チャーチルダウンズ競馬場にお越しのすべての皆様、本日は1万人もの方にお越しいただきありがとございます!それではルイビル大学の演奏です。皆様もご唱和下さい。My Old Kentucky Home」

 

私は小さい頃からこの辛気臭いこの歌が嫌いだった。気分が滅入る様な暗い曲は嫌だ。

 

The sun shines bright in the old Kentucky home,

Tis summer, the people are gay,

The corn-top’s ripe and the meadow’s in the bloom;

While the birds make music all the day,

The young folks roll on the little cabin floor,

All merry, all happy, and bright,

By’n by hard times comes a-knocking at the door,

Then my old Kentucky home, Good-night!

Weep no more, my lady.

Oh! Weep no more today!

We will sing one song for my old Kentucky home,

For the old Kentucky home, far away.

 

「雨が降りしきる中入場してきます各ウマ娘の紹介です。1番クレバートレバー8番人気です。2番は前走3着のフライングコンチネンタル。12番人気です。3番ウェスタンプレイボーイは4番人気です。先団中出しが信条の4番ホークスターは10番人気、シャイトムは5番3番人気です。今日も逃げで魅せるかヒューストンは6番3番人気、7番ダンシルは5番人気です。8番フォートレストエンサインは11番人気、9番トリプルブラック9番人気です。

そして前走11バ身差圧勝劇、対イージーゴアの急先鋒は10番サンデーサイレンス2番人気です、

11番アイリッシュアクターは6番人気、12番オウインスパイアリングは同率3番人気。

そしてセクレタリアト以来のビッグレット、3冠最有力ウマ娘、13番イージーゴアは単勝支持率1倍台の1番人気です!

14番ワイドスプリッターと15番ノーザンウルフが同率7番人気です。どの娘の状態が良さそうですか?」

 

「やはりイージーゴアですね。今日の勝利は彼女を置いて他にいないでしょう」

 

「なるほどやはりイージーゴアですか。ちょっと他の娘だと厳しいですかね」

 

「そうですね2走前ではセクレタリアトの記録も抜いているので力は抜群ですね。他だとかなり落ちてサンデーサイレンス、人気薄ならホークスターといったあたりですかね」

 

「ありがとうございます。やはりイージーゴア一強の大勢は変わりがない様です。さあいよいよ各ウマ娘ゲートに入ります」

 

ゲートに入るとフッと歓声が収まった。屋根を打つ雨の音が聞こえる。初めての体験で少し戸惑いそうになる、観客席の微かな緊張感がゲートに流れ込んでくる。なるほどこれがダービーか。

 

「そしてイージーゴアもゲートに入ります」

「さあこれぞ競馬だというレース。ダービーがいよいよスタートします」

 

微かな緊張感が徐々に膨らんでくる。

 

 

ジリリリリリリリリリリ

「各ウマ娘一斉にスタートしました!」

 

「邪魔だ!うせろ!」

「サンデーサイレンスがトリプルブラックにぶつかりました!ヒューストンはハナを取りに行きます。外からダンシル内からクレバートレバー3番手、ノーザンウルフ上がってきたがまた接触か、イージゴアは絶好の位置外側5番手。最初の正面スタンドヒューストンがやや外を通って先頭で駆け抜けます。内からクレバートレバー、ノーザンウルフ3番手、

 

俺の真後ろにイージゴアがピッタリついてきているのが分かる。この緊張感はさっきまでのとは違う。彼女の放つ強烈なプレッシャーだ。

 

内ラチサンデーサイレンス4番手ちらりと後ろを見る、後ろには大本命イージーゴアが続いている。6番手ダンシル、フライングコンチネンタルは7番手ウインドスプリッター8番手アイリッシュアクター9番手、トリプルバック外10番手オウインスパイアリング11番手シャイム12番手ウェスタンプレイボーイ13番手、フォールトレストエンサイン14番手ホークスター15番手先頭からしんがりまでおよそ18バ身と縦長の展開です。最初の3ハロンはヒューストン先頭で46秒6で通過。ノーザンウルフは少し上がってきている3番手、2バ身離れてサンデーサイレンス、

 

 

さあいよいよ仕掛けどころだ、

 

ダンシル上がって15番手、大本命イージゴアはここ、外6番手につけています。同じクラスのオウインスパイアリングがすぐ後ろにつけてその後ろにトリプルバックとフライングコンチネンタル。まだ先頭はヒューストン外からサンデーサイレンス伸びてきて3番手にあがる!」

 

「「バン!」」

重馬場ではあり得ない音がチャーチルダウンズに響き渡る

 

「イージゴアとオウインスパイアリングも一気に来た!サンデーサイレンス先頭に立つ!ヒューストン後退!内からイージゴアも上がってきた!」

 

異常な音を鳴り響かせる足音が近づいてくるのは嫌でもわかる。振り返りたい衝動に駆られる、しかし振り返った瞬間捉えられるのは分かっている。緊張と泥馬場で真っ直ぐ走れない。

 

「バ馬の真ん中を通って先頭はサンデーサイレンスだ!ケンタッキーダービー2バ身差で勝ったのはサンデーサイレンス!イージゴアは2着!」

 

観客のブーイングが聞こえる。しかし今の自分にはそれに構っている余裕は無い。

「これがセクレタリアトの再来…」



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払暁

私は負けた。目の前の黒い小さな娘が先頭でゴールした。彼女に何か話しかけなければならないと思った。何故かは分からないがそんな気がした。

 

「やあ君はサンデーサイレンスだっけ。素晴らしいレースだったよ。次もいいレースにしようよ」

「お前負けた癖によく笑いながら話せるな。正気か?」

 

そう返された時私は一瞬狼狽えた。そうだ、何故私は負かされた相手に笑って話せるんだ、しかしそう考えながらも口に出ていた言葉は違っていた。

 

「最高のライバルとの戦いは負けたとしても素晴らしいものだからね」

 

BCジュベナイルで負けた時確かに悔しい感情はあったはずだ。負けたくないと思い滅茶苦茶な練習を行いトレーナーに酷く怒られた。何故かこの感情が湧かない。その答えは目の前の黒い娘(サンデーサイレンス)が持っているそう確信した。何を言っているんだという顔をしているサンデーに伝えなければならない。

 

「君もこの後のパーティーに行くだろう?その時話さないかい?」

 

__________________________

 

隣にくっつき甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているウマ娘は大人気のイージゴアだ。流石は人気者、メディア関係者、他のトレセン学園の関係者、世界各地のレース関係者が挨拶に来る。俺もケンタッキーダービーを勝利しただけあってそれなりの数は来るがイージゴアのそれは遥かに上回っている。

「次のプリークネスステークスで巻き返せる様祈っています」

「イージゴアさん負けて強しのいいレースでしたね」

「負けたとはいえビッグレッドらしい迫力あるレースでした」

 

「君のところに来る人あんまりいないね。せっかく今日の主役なのに…。何かごめんね」

 

「まあ俺はメディア対応とかあんまり上手く無いから逆にホッとしてるよ」

 

「サンデーサイレンスさん、今日はおめでとうございます。素晴らしいレースでしたね」

 

「善照さんじゃないですか。お久しぶりです。隣が有名なイージーゴアだよ」

 

「イージーゴアさんもこんにちは。サンデーさん、今日は日本からURAの理事長とトレセン学園の理事長に来て頂いたんですよ。素晴らしい走りだと絶賛されてましてね。ぜひいつか日本のレースも見に行きませんか?」

 

「いやーありがたいですけどまあ今シーズンが終わって落ち着いたら考えようかな」

 

「考えて下さるだけでも嬉しいです。お二人とも三冠レースも残り2戦。頑張ってください」

 

「ありがとう!じゃあね」

「ありがとうございます。頑張ります」

 

「さっきの人は誰だい?」

 

「あの人は善照さん。日本のウマ娘のレース関係者なんだって。うちの近所でよく遊んでもらったんだあ」

 

「そうなのか。なぁサンデー。あ、いやサンデーサイレンスさん。このままアメリカに残ってくれるよね。日本に行ったりしないよね」

 

「どうしたんだよイージゴア。俺のことはサンデーでいいよ。それにずっとアメリカにいる」

 

「本当か!実は君と友達になりたいんだ。いいかな?」

 

「いいよ。よろしくね!でも面と向かって言われると恥ずかしいなこれ」

 

「ハハ。私も少し恥ずかしかったよ。次のプリークネスステークスでは負けないからな!覚悟しろ!」

 

「俺がまた勝つから諦めろって!」

 

__________________________

 

「なんだか嬉しそうだなイージゴア。負けたのに。俺は色んなところで質問攻めで胃が痛いよ。しかしこんなに嬉しそうな表情をしている君は見たことないな」

 

「私にな。初めて本気で語り合える友人ができたんだ。黒くて小さくて、でも負けん気は強いんだ」

 

「まさかサンデーサイレンスか!」

 

「トレーナーには分かってしまったか。とっても楽しいやつなんだ。次のレースもいいものにしたいな」

 

「そ、そうかまぁうんあれだ、うん」

 

「やはりライバル同士だと不味いかな」

 

「いやまあ。次のレースサンデーサイレンスのためにも負けられないな」

 

「?あぁ、そうだな。」

 

私は嫌な予感がしてきた。イージゴアとサンデーの友情はイージゴアにとっていい方向に行くとは思えなかったからだ。微妙に胸につっかえを残したままピムリコに向かう私の表情はイージゴアと対照的に硬いものとなっていただろう。



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晨旦

Run for the Black-Eyed Susans


The most wonderful last straight line in horse racing history

 

米国三冠は厳しいローテーションで知られるがその中でもケンタッキーダービーとプリークネスステークスは中一週しかない。誰もが疲れを隠せておらずライバル、イージーゴアですらその例外ではない。

 

「やあサンデー。なーんか脚悪そうだねぇ」

 

「身体を痛めてないホークスターがおかしいんだよ。それでも疲れた顔してるね」

 

「G1の緊張感はやっぱりね。特にダービーは2倍くらい体力使った気がする」

 

「お、サンデーじゃん。久しぶり」

 

「あ、イージゴアじゃん」

「ア.イ-ジ-ゴアサンコンニチハホ-クスタ-デス」

 

「今日は絶対勝つからよろしくな!」

 

「ああ良いレースにしような!勝つのは俺だけど」

 

「本馬場入場はじめまーす。皆さん並んでください!」

 

First callが再び喧ましく鳴り響けばいよいよアメリカ二冠目プリークネスステークスが始まる。ダービーのような場をつん裂く緊張感はない。しかし、スタンドからは重い緊張感が流れ込んでいる。疲れもあり重くのしかかる緊張感はダービーの頃と同等か或いはそれ以上に感じさせる。

 

「皆さんピムリコレース場にお越し頂きありがとうございます。各ウマ娘、アメリカ軍の合唱に乗せて入場します。曲はMaryland My Maryland」

 

The despot's heel is on thy shore,

Maryland My Maryland!

His torch is at thy temple door,

Maryland My Maryland!

Avenge the patriotic gore

That flecked the streets of Baltimore,

And be the battle queen of yore,

Maryland! My Maryland!

 

本馬場に入場した時、緊張感の正体を垣間見た気がした。俺が入場した時イージゴアに負けないくらいの大歓声が上がったのは素直に驚いた。今まで歓声に迎えられる事は無かったわけではない。しかしこの大舞台での歓声というのは他のレースの比ではないほど大きさであった。

「観客からしてみれば西海岸総大将か」

試しに腕を上げてみると大歓声が上がる。

 

「さあ各ウマ娘の紹介です。前走入着、このレースで久々のG1タイトルを1番ホークスター7番人気。前走敗退もう負けられない第三代ビックレッド2番イージーゴア1番人気です。8番人気最低人気から巻き返しを、3番パルヴァルジング。三冠戦線に参加、勢いそのままに冠を4番ロックポイント4番人気。前走は惜しくも入着、今走リベンジを図るのは5番ダンジル5番人気。6番魅せる逃げ脚ヒューストンは3番人気。そして我らが西海岸総大将!イージゴアを迎え撃つは7番サンデーサイレンス2番人気です。そして前走惜しくも入着を逃したノーザンヴォルフが6番人気です。どのウマ娘なら状態がいいですか?」

 

「やはりサンデーサイレンスとイージーゴアの仕上がりは万全ではないですが素晴らしいですね、この二頭は有力でしょうね。あとはヒューストンもパドックでは感じよく見せていますね」

 

「なるほどヒューストンあたりも強そうです。それではいよいよゲートインが始まります」

「さあ各ウマ娘ゲートに入っていきます」

 

ゲートに入ると微かにざわめきが聞こえる。応援している娘の名前が聞こえて来る。誰もが好きな娘を応援していることが感じられるゲート内は独特な雰囲気だった」

 

ジリリリリリリリリ

「スタートしました!」



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朝間

「スタートしました」

 

サンデーには強いウマ娘の放つオーラというのをあまり出すことがない。スタートを失敗すればマークする事は困難となってしまう。

 

「まずはカラバライジングがリード。ヒューストン、ダンジル、サンデーサイレンスも来た」

 

ここでサンデーを見つけ少し後ろに付く。

 

「サンデーサイレンス4番手イージーゴア5番手。前頭ヒューストンからホークスターまでおよそ15バ身の感覚。ペースはまずまずの速さ。ヒューストンが3バ身差のリード。ケンタッキーダービーウマ娘サンデーサイレンス2番手に上がる」

 

外から捲ろう、並んだ一瞬、つん裂くような緊張感が走る。

 

「本命のイージーゴアが先頭に立つ。サンデーサイレンスは差のない3番手。ダンジル、ノーザンウルフが続く」

 

後ろから嫌な緊張感を出して来るのはサンデーサイレンスだと分かる。彼女は放つプレッシャーを制御できるのか、接地する瞬間強烈なプレッシャーに襲われる。しかし滞空中のプレッシャーはそこまでではないように感じる。

 

「第3コーナーに差し掛かった。ダンジル先頭に立つが外からサンデーサイレンスが来た!」

 

外からくるサンデーに釣られて自分もスパートをかけ始めてしまった。

 

「直線に入って外サンデーサイレンス!内イージーゴア!横一線で譲らない!!内イージーゴア僅かにリード」

 

すぐ隣のサンデーサイレンスが放つプレッシャーは一歩ごとに増大する。脚が重く感じる。今サンデーを見たら負ける。頭では分かっていた。しかし見てしまった。彼女の横顔は鬼の如く。恐ろしかった。サンデーの声が聞こえた。

 

「残念だがお前の負けだ」

 

ふっと緊張感が無くなった。レース中に彼女が言ったとは考えられない。しかし確かにそれは聞こえた。

 

「内イージーゴア!外サンデーサイレンス!そのまま並んでゴールイン!!際どい写真反対だ!!サンデーサイレンス勝ったというように右手を上げた!1分53秒8!なんとも劇的なフィニッシュ!」

 

結果を見なくても分かった。負けた。

 

大歓声を小さな身体一杯に受ける親友を見たくなかった。良いレースにできなかった。あのときなぜサンデーを見たのか。あの時のサンデーに圧倒され私は負けてしまった。プレッシャーに耐えられなかった自分が情けなかった。

 

気づけば自分の控え室にいた。そしてトレーナーがいた。

 

「イージーゴア。すまない。私の指導ミスだ。フィップス家の御当主と話し合って担当を降りることにするよ」

 

「トレーナー。本当にそう思ってるの?ならばフィップス家の叔父様の所へ行きましょう」

 

私は本当は今日だけは行きたくなかった。しかし、トレーナーが勝手に責任を被ろうとしている姿勢が気に食わなかった。それに叔父様ならトレーナーの指導力不足などあり得ないということを知っているはずだ。

 

「ダービーもプリークネスステークスも私の指導力不足、経験不足で負けてしまいました。申し訳ございません」

 

「マクゴーヒートレーナー。落ち着きたまえ。負けた後というのは判断を鈍らせる。コーヒーでも飲んだらどうかね」

 

「は、はい。いただきます」

 

「それで、君はどうした。イージゴアの担当を降りると言い出して。セクレタリアトの再来かと思ったらサンデーサイレンスにさっぱりで嫌になったのかね?」

 

「違います。セクレタリアトに匹敵する才能を持っている彼女がここまでサンデーサイレンスに負け続けています。これは私の指導ミスです。今回は脚の状態が悪いままレースに参加せざるを得ませんでした」

 

「しかしだね。中一週のレース。万全の状態に戻すのは難しい。特に不良バ場のダービーからだ。それに君は指導力不足というが君より指導力が高い人は私から言わせてもらうとアメリカにはいない。並ぶとしてサンデーサイレンスのトレーナーのウィッティンガムだ」

 

「お褒めに預かり光栄です。しかし…。分かりました。本当のことを言います。イージーゴアは確かに強いウマ娘です。ベルモントレース場でならセクレタリアトと並ぶほど強いでしょう。しかし脚技はサンデーサイレンスさんの足元にも及びませんし脚が長い上私の言うことは聞いてくれない、そんな状態で負ければ私の責任だ。流石に厳しいものがあります」

 

「そこまで言うのなら分かった。ベルモントステークスで負けたら君たちのコンビは解散だ。これで良いだろう。確かにマクゴーヒー君の経歴にこれ以上傷はつけられない」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「あゝ。それと一つ。イージーゴアとセクレタリアトを比べるのはやめておけ。奴は別格だからな」

 

話を聞いていて私はショックだった。トレーナーは想像以上に私のトレーナーを辞めたがっていた。確かにトレーナーに私は素っ気ない態度をとっていた。負けた時のメディアの叩き方は凄まじかった。辞めたくなって当然だった。

 

「トレーナーさん。本当は貴方のことを慕っていました。明日から態度を改めます。ベルモントステークスも勝ちます。もう絶対に負けません。だからトレーナーさん、担当を降りるだなんて言わないで」

 

皆が帰った控え室で1人、私は泣きながら呟いた。



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朝間

「スタートしました」

 

少々出遅れたが想定内、ある程度脚を使い先団に付けていく。

 

「まずはカラバライジングがリード。ヒューストン、ダンジル、サンデーサイレンスも来た」

 

斜め後ろからはやはりイージーゴアが来ているのだろう。緊張感が久々と伝わってくる。

 

「サンデーサイレンス4番手イージーゴア5番手。前頭ヒューストンからホークスターまでおよそ15バ身の感覚。ペースはまずまずの速さ。ヒューストンが3バ身差のリード。ケンタッキーダービーウマ娘サンデーサイレンス2番手に上がる」

 

外から嫌な緊張感がやってくる。イージーゴアだ。

 

「本命のイージゴアが先頭に立つ。サンデーサイレンスは差のない3番手。ダンジル、ノーザンウルフが続く」

 

内に並ばれる。嫌な緊張感が常に張り付いている。どうにか振り切らなければ。

 

「第3コーナーに差し掛かった。ダンジル先頭に立つが外からサンデーサイレンスが来た!」

 

外からどうにか並ぶと大歓声が上がる。俺を応援してくれているのか。

「頑張れ!サンデー!負けるな!」「行け!イージゴア!突き放せ!」

「そうだ俺は西海岸総大将!サンデーサイレンスだ!」

  

「直線に入って外サンデーサイレンス!内イージーゴア!横一線で譲らない!!内イージゴア僅かにリード」

 

大歓声が聞こえる!俺は知らなかった!最後の直線がこんなにも素晴らしいものだとは!ライバルを応援する声が聞こえる!俺を応援する声が聞こえる!そして内で競っている友人と共に最高のレースができている!人生で最高の4ハロンはしかし終わりを迎える。

 

「内イージーゴア!外サンデーサイレンス!そのまま並んでゴールイン!!際どい写真判定だ!!サンデーサイレンス勝ったというように右手を上げた!1分53秒8!なんとも劇的なフィニッシュ!」

 

終わった瞬間自然と右手が上がった。勝った負けたは関係ない。このコース上にいる人と、このスタンドにいる人と、このレースを見ているすべての人と素晴らしいレースを共有したかった。

熱量が僅かに下がるピムリコ。このレースを最も語りたい相手を見つけた。

 

「おい!イージゴ、ア」

 

最も素晴らしい直線のもう一人の主役は未だ上二つの数字の描かれない掲示板を顔を真っ青にして祈るように見ていた。俺ば理解できなかった。ほぼ横並びで勝敗などわからない。だから、素晴らしいレースをしたんだ。勝ち負けなんか関係ないじゃないか。彼女にそう伝えようとした。

 

「なぁ、素晴らし、」

 

大歓声が上がった。1番上には堂々と表示された数字は7、その一つ下には2。勝ったのは自分だった。彼女は膝から崩れ落ちた。そして口をぱくぱくさせ定まらない目をしながら検量室へ入っていった。俺にはこれ以上声をかける勇気は無かった。声を掛けたところでただ勝者が奢っているだけだと思われるだろう。今まで見たことのない光景だった。黄金色に光るレース上で唯一栗毛のウマ娘唯一頭が深い闇を落としていた。

 

__________________________

 

「勝ちましたサンデーサイレンス選手とマクゴーヒートレーナーです。サンデーサイレンスさん、まずは優勝おめでとうございます。今の気分はどうですか」

 

「あ、ええ、良いレースができて良かったですね」

 

「最後の直線素晴らしい叩き合いでした」

 

「そ、そうですね。絶対に負けたくないと思いながら走りました。どうにか勝てて良かったです」

 

「これで米国2冠達成です。3冠に向けての自信の程は如何程ですか?」

 

「……あ、はい。しっかり稽古を積んで次も良いレースをしていきたいです」

 

「ありがとうございます。それではマクゴーヒートレーナー、優勝おめでとうございます。次戦ベルモントステークス、トレーナーとしては戦術をどう立てていきますか?」

 

「まぁ12ハロンは初めての距離となりますので、さらに耐えられるスタミナをつけるトレーニングを重点的に行っていきます。あとはレース当日走り切れるか祈るだけですね。キレとスピードでこの娘に勝てるのはいませんからね」

 

「トレーナーにとっても久々の三冠挑戦です。どのような思いで挑みますか?」

 

「まず三冠に挑戦させてくれたサンデーサイレンスに感謝したいです。三冠は私の夢でもあるので達成できるようサンデーと頑張りたいです」

 

「ありがとうございます。プリークネスステークスを勝ちましたサンデーサイレンス選手とマクゴーヒートレーナーでした」

 

__________________________

 

「なぁサンデー。三冠取りたいか?」

 

「何言ってんだトレーナー。ここまで来たら三冠取るしかないだろ」

 

「なぁイージーゴアに勝ちたいか?」

 

「絶対に勝ちたい」

 

「本当か?」

 

「勝ちたい。でも…友人の悲しむ顔はもう見たくないんだ」

 

「それでお前が手を抜いて走って、勝ったイージーゴアはどう思う」

 

「そんなことは分かってる。だから最初に絶対に勝ちたいって言ったんだ。勝って伝えるんだ、イージーゴアが最高の友達だって」

 

「そうか、本当に勝ちたいんだな」

 

「うん」

 

「なら明日からはメニューを変える。地獄だぞ、覚悟しておけよ」



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白昼

「全然ダメだ!6F80秒切らないとイージーゴアとは勝負にならないぞ!」

 

プリークネスステークスとベルモントステークスは中2週しかない。その間に12ハロン走り切るための体力をつけようと言うのだ。レースの終わった次の日には移動、その次の日から厳しいトレーニングを行っている。レースの疲れと移動疲れでもうフラフラだ。

 

「次は並走だ!2バ身先着するよう死ぬ気で走れよ!」

 

並走相手は地元ニューヨークで2勝しているウマ娘だった。なんだかんだで地力はある上にこちらは遠征とレース疲れ、さらには斤量も60近く積んでいるため2バ身先着となると至難の業だ。

 

「2バ身つけれなかったら違う並走相手に勝てるまでやるからな」

 

頭差で負けた。次の相手は地元で3勝しているウマ娘だ。当然負けるが流石に頭差で踏ん張る。 

 

「次の相手はおまえの友達だ」

 

3本目にやってきたのはホークスターだった。

 

「サンデー、今日の並走は絶対負けないよ」

 

気合満タンだ。トレーナーを恨む。歯を食いしばりなんとか着いていく。残り1ハロン。ギアを上げたホークスターに着いていくことができず3バ身惨敗だ。

 

「いつもと全然違うじゃないか。どこか痛めたの?、」

 

「追い切り何十本もやった後に並走トレーニングだぞ。死んでないのが奇跡だわ」

 

そう言うと少しバツの悪そうな顔でホークスターは去ってしまった。

 

いつもは厳しいヘイローサブトレーナーですら今回のトレーニングでは憐れみの言葉をかけてくれる。これがイージーゴアに勝つために必要なのだと言われればそうなのだろう。初のクラシックディスタンス。はっきり言って今の俺では体力不足だ。勝つためとはいえトレーニングがあと2週間続くと思うと逃げ出したくなった。宿舎に帰ろうとすると記者がいた。激しい質問攻めにあい碌に眠れなかった。次の日起きると宿舎からトレーニング場まで目張りが立てられていた。

 

地獄のようなトレーニングに専念できるようになったある日久しぶりにイージーゴアと会った。大レースの前は互いにエキサイトしやすいため特に人気のウマ娘同士は会わないように調整してある。しかし何かの手違いか時間があってしまったようだ。

 

「久しぶりだなイージーゴア」

 

「ああ」

 

「今から6Fを70秒台で走るトレーニングをするんだ。本番前だし並走はやらないよ」

 

「……」

 

「着いてきたいなら勝手にきなよ」

 

助走を終えて計測に入ったところで後ろからの緊張感に気づく。イージーゴアは本番のように走ってきているのだろうか。俺も本気で走っているがピッタリ着いてきているのが分かる。しかし3Fを超えたところで叫び声が聞こえた。

 

「おい!イージーゴア!何をしてるんだ!」

 

マクゴーヒートレーナーが怒って出てきた、イージーゴアは特に何かを言うことなく走るのをやめトレーナーに着いていった。

 

イージーゴアはその日トレーニング場に姿を現さなかった。風の便りでこの並走でかなり興奮してしまいトレーニングどころではなくなってしまったと聞いた。こんなにも勝利への執着心が高いやつだったかな、やはり2回クラシックを逃しているのが応えているというのが分かった。並走している顔は苦しそうだった。私が夢でよく見る顔だった。そういえば頑張って話しかけたのに一度も返してくれなかったなぁ。、

 



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BIG REDは再び舞う

Run for the Carnations


「1973年、二代目BIG REDセクレタリアトはベルモントステークスを2:24.0という異次元のタイムを叩き出しました。その大記録に今年三代目BIG REDイージーゴアが挑みます。そして1875年にクラシック三冠全てのレースが設立されて100年余り、僅か10頭のみが達成した大記録。アファームド以来11年ぶりの三冠に挑むのは小さな青鹿毛のウマ娘、サンデーサイレンスです。この二頭がいよいよベルモントパークで激突します」

 

仕切りから一歩出ると多くの記者に囲まれた。罵声とフラッシュに驚き隣にいたトレーナーの頭を蹴り飛ばしそうになった。ヘイローサブトレーナーが咄嗟にトレーナーを押したお陰で直撃は免れた。「私の頭は硬いから直撃したら足が折れていたかもな」とその場を収めたが異様な雰囲気は拭えない。トレーナーが俺が三冠を絶対取れるということをメディアに言っているのも異様な雰囲気の一因となっているのだろうか。

 

The Test of the Champion(王者の試練)
 

 

三度First callが鳴り響けばいよいよ三冠競争最後のレース、ベルモントステークスが始まる。観客席からは自分に対する敵意を向けている者が多いことが肌で感じ取れる。このつん裂くような緊張感はケンタッキーダービーのものと似ているがそれの纏っている高貴な雰囲気はなく、そう負けた時の感情、それに似たものが感じ取れる。初めての感覚だった。イージーゴアに向けられる感情と全く違うことはわかった。しかしイージーゴアはその声援を無視するかのように下を向き神経を昂らせていた。

 

「13万人の皆さま、ニューヨーク競馬会主催 ベルモントステークスにお越しいただきありがとうございます。本馬場入場です、それでは皆さん合唱ください。New York!New York!」

 

「「"Start spreadin’ the news!"

"I’m leavin’ today!"

"I want to be a part of it!"

"New York, New York!"

 

"If I can make it there,!"

"I’ll make it anywhere!"

"It’s up to you,!"

"New York..New York!"

 

"New York…New York"!

"I want to wake up,!'

"in a city that never sleeps"!

 

"And find I’m A number one,"!

"top of the list"!

"King of the hill,"!

"A number one…."!

"It’s up to you, New York..!"

"New York New York!!!"」」

 

「ダービーの雪辱違うはアイリッシュアクター1番7番人気。実力派のウマ娘が三冠競争最後に堂々参戦、インバイブ2番3番人気です。3番トリプルバックは5番人気です。4番ホークスターはここまで三冠全て掲示板内、勝って雪辱を晴らしたい8番人気。5番ロックポイントもクラシック初挑戦。勝って実力をニューヨーカに見せつける4番人気。そして、11年ぶりの三冠を目指すはニ冠ウマ娘6番サンデーサイレンス堂々1番人気。さあそして我らのスターを紹介しましょう!7番!もう負けられないBIG RED!イージーゴアです」

 

紹介と同時に大歓声が上がった。完全アウェイ状態だ。

 

「8番ルヴォワジュールフランス生まれは6番人気。9番イージーゴアの同僚、ダービーで強さを見せたオウインスパイアリングはイージーゴアとのカップリングで2番人気。最後に10番炎を起こせファイアーメーカー9番人気です。

イージーゴアとサンデーサイレンスの状態はどうですか?」

 

「どちらも状態は良さそうですね。トモのはりも良く筋肉もしっかりついていますね」

 

「さあ各ウマ娘ゲートに入っていきます」

 

集中しろ、俺が三冠ウマ娘、サンデーサイレンスだ。

 

「各ウマ娘ゲートに収まりました」

 

「スタート!サンデーサイレンスが抜け出しを図ります」

 

スタートはそこそこだ。あとはいつも通り先団に付けていく、

 

「アイリッシュアクターも内から行っています。この二頭で先頭争いか。さらに後ろからトリプルバック、外からルヴォワジュールフランス生まれ。ルヴォワジュール、リードを確保。サンデーサイレンスが外、ファイアーメーカーが内、ロックポイントにトリプルバック。各ウマ娘1コーナーへ、先頭リード1バ身、トリプルバック内から2番手。外からクビ差でロックポイント、サンデーサイレンス、大外からイージーゴアとファイアーメーカー、その後ろにホークスターとオウインスパイアリング、さらにインバイブ。アイリッシュアクターは10番手に後退」

 

ハイペースの展開だ、仕掛けどころが難しい、体力も心配になってくる

 

「最初の2ハロンはかなり速い!23秒2。各ウマ娘2コーナーをまわります。依然ルヴォワジュールが先頭、リード1バ身半、ケンタッキーダービー、プリークネスの二冠ウマ娘サンデーサイレンス2番手、後続に1バ身差。ロックポイント3番手、クビ差外目からはイージーゴア、内ラチ沿いにはトリプルバック、およそ2バ身離れてファイアーメーカー、さらにホークスター3バ身差、そしてオウインスパイアリングで向正面へ、アイリッシュアクターは依然しんがり10番手、4ハロンは47秒フラット、ペースも多少緩んだか、ルヴォワジュールの逃げは変わらず2バ身半差」

 

イージーゴアの不気味で大きい足音がハッキリ聞こえた。後ろからの緊張感とかではない。この大歓声を割って耳に入ってきたのである。仕掛けてきたというのが嫌でも分かった。

 

「サンデーサイレンス2番手キープ。イージーゴアここで動き出した!イージーゴア外を回って半バ身差、さらにロックポイント、トリプルバック、ファイアーメーカー」

 

さあいよいよ並んできたな。競り勝ってやる。

 

「ここまで6ハロンを1分11秒2、ルヴォワジュール相変わらず先頭、楽なペースか11秒2、3コーナーにかかる、まだルヴォワジュールが先頭、1バ身差サンデーサイレンスが2番手、1馬身差イージーゴアが3番手」

 

さあイージーゴア、ついて来られるかな?

 

「サンデーサイレンスがさあ追いついた、ルヴォワジュールまで半バ身そこそこ、サンデーサイレンス並びかける。ルヴォワジュールとバ体を合わせた、この2人から1バ身差でイージーゴア。イージーゴア、ここで仕掛けた!3、4コーナー中間!サンデーサイレンスクビ差で先頭に変わる。ルヴォワジュール内で粘る」

 

外から栗毛のウマ娘が猛スピードで駆け抜けていった。

 

「外からイージーゴア!イージーゴア外から先頭に!サンデーサイレンス2番手に!さあ最後の直線に!」

 

この時間はどんな敗北よりも惨めだった。先頭をゆく栗毛の友人が段々と遠くなっていった。どんなに追っても追いつけなかった。

「三冠を取るんだ!もっと速く走ってくれよ!」

叫びも虚しく終わった。

 

「地元ニューヨークのイージーゴア優勝!」

 

 

 

 

 



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傾日

完敗だった。悔しかった。だがイージーゴアを讃えなければならないと思った。ケンタッキーでお前がそうしたように。プリークネスの時と同じように掲示板を見つめるイージーゴア、

 

まだ2秒足りない。

 

勝ちタイム2:26.0、彼女はセクレタリアトのタイムを目指していた、俺のことなど眼中に無いというのか怒る気持ちを抑え、

 

「サンデーサイレンス、まだ借りは1つある。BCも負けないからな」

 

イージーゴアに話しかけられた、眼中に無いわけではなさそうだ。

 

「BCで勝つのは俺だ。首を洗って待っていろよ」

 

イージーゴアに向けられた大歓声をくぐり検量室に向かった時には悔しさは消えていた。BCで勝たなければならない。

 

__________________________

 

「ウィッテンガムトレーナー、やはり今回の敗因は距離が長かったことですか」

 

死ぬほど嫌いな記者会見だが私への質問は3問で終わった。三冠を目の前で逃したからなのだろうか、レース前とは態度が180度違う。

 

「距離が長い方が得意なウマ娘がいるように、短い方が得意なウマ娘もいます。サンデーサイレンスが得意な距離でなかっただけです」

 

…………

「三冠レース全てを戦い抜きました。三冠は残念ながら取れませんでしたがイージーゴア他、有力なライバル相手に二冠を達成しました。今の気持ちをお聞かせください」

 

「私たちは喜んで跳ね回りもしなければ、泣くわけでもありません。骨の折れるレースでした。ベルモントSはいつもこうです。三冠を取れるウマ娘はほとんどいません。私たちは何の言い訳もしません。3つの骨の折れるレースを戦ったのですから、カリフォルニアに戻り一息入れさせたいと思います。彼女はこれからも多くのレースを走ります」

 

穏やかな雰囲気の記者会見を終える。次はイージーゴアの会見だ。外には俺の記者会見に入ることの出なかった多くの地元記者がいた。ケンタッキーダービーで事前に出された質問内容が余りにも酷かったのか俺の記者会見ではこのように質問できない者が多くいる。

 

「今回のイージーゴアは圧勝でしたね。これで貴方も彼女が上だと認めるしか無いでしょ!」「イージーゴアからの2冠はまぐれでしたね」「まさにセクレタリアトの再来、貴方も上だと認めるしか無いでしょ」

 

あまりにも下らなさすぎて返す気にもならない質問を投げかけてくる。ガードマンが記者の群れを割って進んでいく。こんな記者に質問されるイージーゴアを少し気の毒に思った。

 

「ダービー以来久しぶりだねサンデーサイレンスさん、三冠は残念だったけど良いレースだったよ」

 

記者もいなくなり関係者くらいしか居ない廊下の中、私の母親と善照さん、そして誰だったかな。

 

「お久しぶりですサンデーサイレンスさん。私、URAの理事長をさせていただいております吉田 豊吉と申します。そしてこちらがトレセン学園理事長のノーザンテーストです」

 

「感激!アメリカ二冠ウマ娘に会えるとは!」

 

そこに二冠ウマ娘とアメリカ最高のトレーナーが合わされば、場に似合わない異様なまでに豪華なメンバーの出来上がり。

 

「実はさっきお母さんと話させてもらったんだけどね、日本でのトレーナー業に興味はないかな?私は君の走りを日本に広めたいんだ」

 

善照さんの口癖のようなものだ。日本に興味は無いかといつも言ってくる。

 

「日本のウマ娘レースのレベルははっきり言って欧米に比べ低いです。去年我々はジャパンカップで日本の総大将、タマモクロスを送り出しましたが結果は敗北です。シンボリルドルフ以降日本の競馬場ですら外国のウマ娘に太刀打ちできない状態です。トゥインクルシリーズはそれでもまだマシです。ドリームシリーズも初の国際招待競争インターナショナルカップを開催。イギリスとアイルランドのウマ娘が出走できないにも関わらず日本のウマ娘は1頭入着がやっとという惨状です。」

 

「うむ、現役生活が輝かしいものとは言えない私の拙いトレーニングプランですら日本にとっては画期的だった。しかし付いていたトレーナーも私もトップクラスでは無い。どうにか君の力を貸して欲しいんだ」

 

さらに2人も同調してくる。今日は善照さんのトーンも違う。あまりに一方的な話にトレーナーが口を開く。

 

「しかしですね日本の皆さん。この成績です。アメリカのトレーニング業界も黙って渡すわけがありません。それに少なくともあと一年サンデーサイレンスには走ってもらいます。先のことはまだ何も分かりません」

 

「当然分かっています。何年もかけて結論を出すべきことです。ただ、このことを頭の片隅に置いておいておいて欲しいのです。どんなことがあってもURAは貴方を受け入れる準備があること」

 

__________________________

 

ようやく長い長い記者会見が終わった。ようやく長い旅が終わった。私は三冠競争を一つしか取れなかった。しかし明日から新たな旅が始まる。

 

「今回勝てて良かったです。トレーナー、また貴方とレースをすることができるんです。今まで言えませんでしたがちょうど節目です、ここまでありがとう貴方と組めて良かったです」

 

「そうか、僕も君と組むことができて良かったよ」

 

「トレーナーさん、ニューヨークに行きませんか?私が案内しますよ」

 

「いやいいよ」

 

私の誘いは断られてしまった。今回勝ったことで多少雰囲気は良くなった。それが安心だった。

 

「君をBCに勝たせたい。そのために今日からトレーニングメニューを考えないといけないんだ」

 

「なら私も一緒にやりますわ」

 

「嬉しいけど遠慮しておくよ。夜も遅くなるし」

 

「あら?走るのは私ですよ。それにトレーニングの知識も多少はあります。何も足手まといにはならないでしょう」

 

「そうか、そうだな。一緒にメニューを考えていこう」

 

 

 

 

 



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薄暮

「ね、サンデー。実は私ねダートから芝に転向するんだ。走りがターフ向きなんだって。もう君とレースを走らないと思うと寂しいよ」

 

友人の突然の告白には驚いた。ダートに向いていないとはどういうことなのか、確かに三冠では一度も勝てていないが全て入着している。

 

「なんで、ダートでだってちゃんと結果を出してるじゃん!なんで芝なんかに転向するの!」

 

「私だって芝レースなんてやりたくない、みんなと泥だらけになって走りたい!でも、もう負けたくないんだ。私はパワーがどうしてもないんだ。だからスピード勝負ができる芝に行くんだ」

 

「本当に芝に行っちゃうの?」

 

「そうだよ、でも芝で最強だと証明する。1番になるためにBCターフで勝つんだ」

 

「わかった。あなたは芝の1番を目指すんだね。俺はダートの1番を目指すよ」

 

__________________________

 

三冠から一月少しの間隔しか空いていないのにレースをすることになったのは驚いた。トレーナーが何を考えているのか分からない。

 

「スタートしました。サンデーサイレンスまずまずのスタート。先頭に立ちます。最初の2ハロンは23.3、サンデーサイレンスがハナを取って逃げていきます」

 

調子がイマイチだから足を多めに使い好位置をキープしていく。

 

「次の4ハロンは47.3、速いペースで進んでいきます」

 

足を結構使っているが後ろが粘っているそんなに今日は良くないのかな。ふと後ろの馬の気配が消えた。しまった、ペースが速すぎる。スッと右後ろにウマ娘が入ってきた。仕掛けなきゃ。

 

「サンデーサイレンスが3コーナーで後続を突き放す!ケンタッキーダービーの勝ち馬サンデーサイレンスが先頭で最後の直線に入っていきます」

 

使いすぎた足が動かなくなってきた

 

「サンデーサイレンス思ったより伸びないか!後ろからプライズドが来た!プライズドがサンデーサイレンスを交わしたところでゴールイン!なんと勝ったのはプライズド!サンデーサイレンス負けました!」

 

負けた理由は分かりきっていた。疲労だ。トレーナーが今回出したことを悔いるインタビューをしている。何故出走することになったのか、今回自分の疲労状態を適切にトレーナーに伝えられていたのか疑問に思った。とにかくミーティングを行う必要がある。BCに向けて完全な状態に仕上げるためトレーナーの言いなりではいけない、それは分かっていたが今日まで実行できていたのか、今回の敗戦だけでなく以前のレースをも振り返る必要があると感じる。

 

「ウィッティンガムトレーナー、今日のミーティングは長くなるな」

 

そう言うとトレーナーは少し嫌そうな顔をして頷いた。

 

 

__________________________

 

「初の芝でレコードに迫る記録を出しましたホークスター!後続を突き放しました!」

 

私の圧勝劇をシルバーホークトレーナーは特に喜ぶ事なく見ていた。

 

「やっぱり芝ではトップレベルだな。これではっきりした」

 

そう言い残すと彼女は帰っていった。これは想定範囲内と言う事だろう。いずれかは芝の王道距離、12ハロンも行けそうだなと思う。目指すはBCターフ。サンデーと共に頂点に立つために。

 

 

 



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World Record

前走でいい成績を残したので次走もターフへの挑戦は継続となった。次は1ハロン延長しG2デルマーダービーに出走、初の重賞に挑戦することになった。

 

「4コーナーを回ってホークスター先頭だ!外からリバーマスター!大外ロードも追い込んでくるが、突き抜けたホークスター!3馬身4馬身差が広がる広がる!圧勝ゴールイン!二着は大きく離れてリバーマスター。芝重賞初挑戦も5馬身差快勝!格の違いを見せつけました!これでホークスターは2連勝!」

 

次はさらに距離を延長して10ハロン、G1セクレタリアトステークスだ。いよいよBCターフが視界に入る。

 

「最後の直線ホークスターが先頭だ!外からシェナンブランがくる!ホークスターかシェナンブランか並んだ並んだ!どちらも譲らずゴールイン!写真判定です!」

 

1番上に表示された数字は4。勝ったのは私だった。

 

「接戦をモノにしたのはホークスター!三連勝で12ハロンへ駒を進めます!」

 

トレーナーはここで勝てばBCターフの前哨戦、オークツリー招待ハンデに出走する事を公言していた。

 

「あ、オベイユアマスター先輩じゃん。今日はニコニコ笑ってウェーイってやらないんですか」

 

「去年のジャパンカップ見てくれたんだね。流石にあんなのは疲れるよ……君のことは調べさせてもらったよ。三冠は全て入着、ダートでの脚質は好位差。ターフでは前目の先行作、もしくは逃げ。ターフ12ハロンは初挑戦、全く予想できない。お手上げだよ」

 

「そうですね。そんなデータは役に立たない。結局相手のデータを知ったところで勝つのは自分のレースをしたウマ娘ですから。対策して崩れるくらいなら知らない方がマシです」

 

「ふぅん。なかなかこき下ろすじゃん?」

 

「三冠レースに出れば嫌でも分かりますよ。相手を知り尽くしても尚自らの走りを信じて貫いたものだけが勝っていきましたから」

 

「さあ始まりますオークツリー招待ハンデ。ここまで三連勝のホークスターが1番人気、ここで勝ってジャパンカップへ弾みをつけたいオベイユアマスターが4番人気です。

さあ各ウマ娘ゲートに入りました」

 

あと無駄に相手に威圧感を与えるのは良くないですよ。負けた時惨めですからね、センパイ

 

「スタートしました!ホークスターはいいスタート。内ウォーシャンが2番手ですがホークスター行った行った!早くも2バ身離して先頭に立ちます。3、4コーナー回って縦長の隊列で最初のホームストレッチ、ホークスターは7バ身程の差をつけて逃げていきます。これはかなり速いタイム」

 

まだまだ体力は残っている。このペースでも問題はない。

 

「向正面に入って先頭はホークスター!オベイユアマスターも2番手につけるが大きな差が開いている!ホークスター先頭!しかし脚はいっぱいか!減速して最後の直線!」

 

流石にキツくなってきた。が、ここから使える脚はある!

 

「ホークスター先頭だ!外からオベイユアマスターが来る!しかし差は縮まらない!ホークスターだ!ホークスターだ!圧勝ゴールイン!」

 

ガッツポーズ!12ハロンで勝てた!これでBCにいける!

 

「完敗だったよ。掲示板見てみな。」

 

2:22.4

 

「ワールドレコードが出ました!2:22.4!大記録が達成されました!」

 

 

__________________________

 

「素晴らしいレースだったよ。おめでとう」

 

「ありがとうトレーナー。芝に転向して大成功だよ。これでようやくBCターフに行けるね。」

 

「実はそのことなんだが…、ジャパンカップに招待されたんだ。」

 

ジャパンカップ。高い栄誉に加えシーズンに被らないという理由で欧州から強力なウマ娘が向かうレースのひとつだ。アメリカの芝と日本の芝が似ているためアメリカのウマ娘も好走しやすい。例えば去年のオベイユアマスター先輩だ。

 

「そうなんだ。どちらもたくさんのファンが見てくれる。悩むところだけど私は…」

 

私の心中は決まっていた。サンデーと並ぶにはジャパンカップとBCターフどちらが相応しいか。

 

「ジャパンカップに出るよ。日本勢にも欧州勢にも圧巻の姿を見せてやる」

 

「よし分かった。出すからには勝たないとな」

 

ジャパンカップは世界中の強力な芝ウマ娘が来る。決戦が楽しみだ。

 

 

 



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黄昏

『イージーゴア一着!これが今年のエクリプス賞馬だ!』

 

これでイージーゴアは4連勝かぁ。そういやホークスターも三連勝してるしみんな頑張ってるなー。

 

「サンデー。お前もテレビなんて見てる暇があるなら頑張れよ。実況も1冠ウマ娘如きがエクリプス賞って。腹立つからクレーム入れたろ」

 

「ヘイローサブ。恥ずかしいからやめなよ。バレたらまたウィッティンガムさんに怒られるよ。それに練習終わったんだし敵の研究だよ」

 

「で?何か分かったの?」

 

「イージーゴアは大分疲れてるね。走りが少し崩れてる。金杯も出るらしいし当日ベストで来ないかも。勝ち負けだけなら有利だけど寂しいね」

 

「イージーゴアからしてみればこれだけ勝って、尚且つBCを取らなければエクリプス賞は取れないだろうし必死だね。君も本番で足元を掬われないように気をつけないとね」

 

「分かってるよ。そういえば次走はどこになったの?ヘイローさんが来た理由ってそれでしょ」

 

「おっと忘れてた次はスーパーダービーだ」

 

__________________________

 

「さあ始まりますスーパーダービー!二冠ウマ娘サンデーサイレンスは前走の敗退が響いてか2番人気に甘んじています。1番人気は三冠競走で争ったオウインスパイアリング。さあ各ウマ娘ゲートに入ります」

 

久々のレースだ。焦らず落ち着いて、

 

「さあスタートスーパーダービー。数えて第10回。勢いよく行ったのはビッグアール、内から躍り出た。ルヴォワジュールが2番手に上がっていく」

 

スタートはダメだったがまあいいだろう。今日は明らかに足が軽い。

 

「ブルーホ、そしてディスパーサルライバル達の間を割って進出しながら入ってきた。先行争いを制したのは内ラチ沿い、ビッグアール。ルヴォワジュール2番手そしてディスパーサルその直後につけて3番手、外から4番手にブルーホ。サンデーサイレンスは5番手。先頭から5バ身離れて第1コーナーに」

 

ベストではないがいいポジションだ。今日はいける気がする。じわじわ前との差を詰めていこう

 

「デイルズショットガン最も人気薄。ラチ沿いにいくハーモニークリーク、オウインスパイアリングが最後尾、ビッグアールが体半分ほどリード、しかしルヴォワジュールが後ろからジリジリ詰め寄ってくる。2番手外目、それからディスパーサル1バ身差で前を睨んで3番手、サンデーサイレンスもかなり追って前から3バ身差に。ルヴォワジュールここで主導権を掌握、先頭に代わった。ビッグアール2番手に、ディスパーサルは依然外を回っている。」

 

もう少ししたらスパートだ。よし、感覚も覚えている。ここだ。進出を始めよう。

 

「そして、サンデーサイレンスがかなり接近。先行勢に食い込んでくる。さぁ前が開いた。サンデーサイレンスここで2番手に浮上。ルヴォワジュールとサンデーサイレンスが並ぶ。ディスパーサルは依然外、ビッグアール4番手、デイルズショットガン、ハーモニークリークと続いていく。オウインスパイアリング、ブルーホ。先頭から最後尾まで8バ身以内の激戦で3ハロンを通過」

 

さあいよいよあいつが来るだろうが相手が悪かったな。競り合いでは負けない。

 

「サンデーサイレンス先頭に立った!外ディスパーサル、大外オウインスパイアリングがきた!プルーホは一発を狙って外に出す!ビッグアール外に膨らみながら盛り返す!さあ最後の直線スーパーダービー!」

 

あれ?オウインスパイアリングが並んでくるかと思ったが来る気配がない、

 

「サンデーサイレンスリードを広げて残り1ハロン!2番手争い外からオウインスパイアリング!」

 

気配も感じない。ダメ元で後ろを見た。後続がいない。

 

「ビッグアールも巻き返す!2番手ディスパーサルも絡む!サンデーサイレンス残り半ハロン!

Nothing comes from behind(後ろからは何にもこない)

スーパーダービーサンデーはサンデーサイレンスのものだ!」

 

これは…休み明けとしては最高の調子だ。これまでの出来だBCでどれだけ実力を出せるかが楽しみだ。

 

 

 



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BET Eclipse Award

ここまでG1三連勝で来ることができた。これで今日のこれとBCに勝てばエクリプス賞を取れる可能性が出てくる。今日はBCを占う前哨戦、ジョッキークラブゴールドカップだ。

 

「なあイージーゴア。本当に出るのか?今からならまだギリギリ出走取り消しができる。ここでは勝つだろうが…。BCで本調子に持っていく自信はないぞ」

 

「君はビッグレッドのトレーナーなんだろ?使いすぎなんて気にすることなく構えていればいい。私はビッグレッドとしてファンのためにも走りたいんだ」

 

彼女はベルモントステークスの後大きく変わった。しきりに自分はビッグレッドだと言いファンのために走らなければならない、エクリプス賞を取らなければならないと言い始めた。

 

「本番は今日じゃないことをしっかり頭に入れて走れよ。目標はあくまでサンデーサイレンス、BCクラシックの制覇だ」

 

一緒にトレーニングメニューを考えると言った時私は少し嬉しかった、が練習メニューを見た時愕然とした。あまりの厳しさである。練習で怪我をしたら元も子もない。彼女はベルモントステークスの後自らを異様に追い込むようになった。原因の一つは明らかに私だろう。それは分かっているが

 

__________________________

 

例の如くファーストコールが鳴り響く。ベルモントレース場は私のデビュー地だ。いつ来ても多くのファンの歓声に迎えられていた。そして今日もだ。

 

「BCの前哨戦。ジョッキークラブゴールドカップ。圧倒的な1番人気はここまで3連勝、イージーゴアです。各馬ゲートに入って」

 

今日はなんだか高鳴る気持ちを抑えられない、

 

「スタートしました。イージーゴアは足を貯めるため2番手へ。プライズドは3番手へ行きます。4/1マイルは24秒で行っています。イージーゴアはいい位置に付いている。先頭は2番が行って半マイルは48秒後半。プライズドが落ちていく」

 

さあ仕掛けどころだ!歓声がきこえてくる!

 

「イージーゴアとクライプトクリアランスが並ぶ!クライプトクリアランス!イージーゴア!接戦か?いや離した!イージーゴアが離す離す!2バ身!3バ身!3バ身半差がついたところでゴール!」

 

ここでは勝たなれけばならない。これでようやくエクリプス賞が見えてきた。イージーゴア、次はお前に勝つ。

 

__________________________

 

「御当主様。今回の出走を止めることが出来ず申し訳なく思います」

 

「いつもならこの様なトレーナーは一旦怒鳴り散らした後我が家の者に一生関わらせない様にするのだが」

 

当主の鋭い目がこちらを睨みつける。そうだウマ娘の意志を尊重するとか言って肝心の本番に間に合わなければ意味がない。

 

「しかし厄介なパターンだな。君はセクレタリアトを見たことあるか?」

 

「それは当然。彼女は物凄いウマ娘ですし私の目標です」

 

私は数年前にベルモントステークスで見たセクレタリアトを思い出した。現役時に比べ少し太い身体付きだった、しかし今でも下手な重賞ウマ娘より速く走れそうだと感じたものだ。

 

「君、イージーゴアとセクレタリアトどちらが強いと思う?」

 

「それはイージーゴアも強いですし分かりませんね」

 

「本当のことを言ってみよ。本当に思っていることだ」

 

「セクレタリアトとは比べらものになりません。あのウマ娘は隣に立つことさえ憚られる、そんな雰囲気があります。引退して10年以上経った今でも、です」

 

「君の担当はそれに少しでも近づこうとしている。そんなものは無謀だ。私には正直止め方が分からない。イージーゴアの将来は君にかかっている。頼まれてくれないか?」

 

「私は気がつくまで遅すぎました。しかし自信はないですがやってみます」

 



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宵闇

Greatest once every 10 years(10年に一度の大一番)

 

First callが鳴り響けばアメリカ競馬最大の祭典、ブリーダーズカップディのメインレース、ブリーダーズカップクラシックが始まる。三冠競争とは明らかに違う雰囲気、お祭り騒ぎである。三冠競争での厳かな雰囲気が一転、少し拍子抜けしてしまう。

 

「ブリーダーズカップメインレース。いよいよ本馬場入場です」

 

今まで歌を聴きながら入場してきたが今回は違う。観客の騒めきのみが響く中での入場である。誰もが手を振りながら入場し観客はそれに応えるよう歓声をあげる、その中でイージーゴアはベルモントステークスの様な顔つきで入場して行った。

 

「勝つのはイージーゴアかサンデーサイレンスか?それとも他の伏兵か?いよいよ始まりますブリーダーズカップクラシック。1番はここまでG1を4連勝のイージーゴア。ここで勝ってエクリプス賞を、ダービー雪辱を晴らしたい1番人気です。ここで勝って勝利のプレゼントを届けたい2番プレゼントバリュー5番人気。3度目の挑戦、悲願のBCクラシック制覇に向けクリプトクリアランスは3番4番人気。勝利の女神が選ぶのは私、4番ミーセレクトは7番人気。同世代の2頭を倒すのは俺だ、別路線からの刺客ウェスタンプレイボーイは5番で3番人気となっています。ガルフストリームは得意の地、6番スルーシティースルー8番人気。今季G13勝実力派ウマ娘、7番ブラッシングジョンは6番人気。そして8番に今季の2冠馬サンデーサイレンス。イージーゴアを倒してエクリプス賞を、そしてベルモントの雪辱を晴らしたい2番人気です。

注目のイージーゴアとサンデーサイレンスの状態はどうですか?」

 

「サンデーサイレンスは歩き方、見た目の雰囲気からも絶好の仕上がりですね。一方のイージーゴアは少し疲れがみえますね。本馬場入場の時も少し気分が乗っていないように見えます」

 

「イージーゴア少し調子が悪いようです。これはピンチか。そのイージーゴアがゲートに入ります。各馬がゲートに入っていきます。さあ最後に8番、注目のサンデーサイレンスがゲートに収まりました」

 

ゲートの中、一瞬静寂が支配する。

 

「スタートしました。うちイージーゴアは内からゆっくりスタート。スルーシティースルー、ブラッシングジョンとプレゼントヴァリューの順で最初のグランドスタンド前を通過」

 

内にいるイージーゴアがズルズル下がっていくのが見えた。一目でわかる。完全に調子が狂っている。

 

「スルーシティースルーがまず先手をとって2馬身のリード。ブラッシングジョンが外側2番手、内3番手にプレゼントヴァリュー。サンデーサイレンスは4番手に控え、先頭からは6バ身」

 

イージーゴアのあの独特の威圧感が今日は全く感じられない。それが逆に不気味だった。

 

「ミセレクト7番手、さらに4バ身離してイージーゴア、先頭からは10バ身離れています。スルーシティースルーが最初のコーナーを回った。しんがりはクリプトクリアランスとウエスタンプレイボーイです。スルーシティースルーが1/4マイルを22秒4で通過。1と1/4マイルとしては早いペースです」

 

このペースならイージーゴアは脚を溜めるのは難しくなる。完全に離されているのが感じられる。ならばここでトドメを刺そう。

 

「ブラッシングジョンが2番手でバックストレッチを追走。ここでサンデーサイレンスが外側から3番手に上がった」

 

先頭を急かし、ペースを速めれば体力を消耗しているイージーゴアは沈むしかなくなる。追わなければ?最後の直線だけで追いつけなくなる。

 

「その内側にはプレゼントヴァリュー。そしてミセレクトの順に続いています。イージーゴアはまだウマ娘なりで先頭から9バ身、サンデーサイレンスからは5バ身の位置、今動き出した」

 

いつものごとく足音が聞こえてくる。作戦は成功。いつまで体力が持つか楽しみだ。

 

「半マイルを46秒2で通過。スルーシティースルーのリードが縮まった。ブラッシングジョンは終始2番手を追走」

 

俺は目を疑った。横にイージーゴアがいる。もう一段ギアを上げなければ。

 

「サンデーサイレンスが3番手に上がる。来た!イージーゴアが上がってきた!あと3ハロン!ブリーダーズクラシックで、プリークネスの直線舞台の勝負が蘇ったか!ここでブラッシングジョンが先頭に立った」

 

もう一段加速すればもう先頭まであと少しだ。イージーゴアはついてこれていない。

 

「サンデーサイレンスが外側から上がってきた!イージーゴアとは2バ身半差。直線向かってサンデーサイレンスが先頭を伺う勢い。イージーゴアはまだ来ない!残り1ハロン。サンデーサイレンスが先頭に立った」

 

いよいよレースも大詰め。もうイージーゴアは追いつけないだろうが他のウマ娘に抜かれないようにスピードを維持する。

 

「ブラッシングジョンが内側で懸命に盛り返しを図る」

 

内を振り切った瞬間後ろから今まで感じなかった緊張感、蹄鉄とダートが衝突する音ははっきりと聞こえる。

 

「お前にだけは負けない!」

 

「イージーゴアが追い込んできた!」

 

「もう遅い!」

 

俺はもう一段ギアを上げた。ベルモントパークを走り切るためのトレーニングでスタミナがついた。ここでもう一段入れられるのがその成果だ!

 

サンデーサイレンスがリードしたままゴールイン!

イージーゴア僅かに及びませんでした!サンデーサイレンスさすがに大物です!」

 

俺の1年間の長い栄光の旅が終わった瞬間だった。この日俺はアメリカで最も強いウマ娘となった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ジャパンカップ
Japan Cup


「世界に通用する強い馬作り」を目指すべく、外国から強豪馬を招待して我が国のサラブレッドと競わせようという趣旨により1981年に創設されたのが本競走で、11月下旬の東京競馬場・芝2400メートルを舞台に行われている。
(JRA)


89年ジャパンカップ

 

踊り出ろ

 

お前を知らぬ者たちの

 

隙を突いて踊り出ろ

 

世界を変えるのに3分もいらない

 

ワールドレコード2:22.2という事件

 

その馬の名は

 

 

多くの記者に取り囲まれながら黙ってトレーナー養成学校にある検疫ルームを出発した。記者会見以外で記者から質問を投げかけられても答えてはいけないとトレーナーから言われているからだ。何か変なことを話すとレースに出場できなくなる可能性もあると言われたし、実際URAの裁定は厳しいと評判だ。さらにスーパークリーク、オグリキャップといった日本勢と人気を分けあっているためよりマークは厳しい。妙な雰囲気のままタクシーに乗り込んだ。東京に近づくにつれて人も建物も多くなってくる。一度行ったニューヨークに負けないくらい人が多い。大都会の渋滞を抜け住宅地の中にある今回の戦場、東京レース場に着いた時にはもう昼を過ぎていた。

 

「あら、オベイユアマスター先輩は先に着いていたんですね」

 

「オグリキャップとスーパークリークがどんな感じなのか見ておきたくてね、日本入りも早めたんだよ」

 

「さすが先輩。うちなんかひどい渋滞でしたよ。明後日には本番だというのに練習もなかなかさせてくれませんでした。もう少し融通が効くといいんですけどね。着いたらすぐに合同記者会見ですよ」

 

レース前記者会見では去年の覇者オベイユアマスター、凱旋門賞ウマ娘キャロルハウス、イブンベイに記者が集まっている。がそれの比較にならない程、自分のところには記者が詰めかけている。

「今回は逃げの先発ですか?」「日本で注目しているウマ娘は誰ですか?」「東京コース。何か気をつけている点はありますか?」

多くの記者が質問を投げかける。戦略がバレない程度に応えているとき記者が隠れて話していることが少し聞こえてきた。

 

「あのニュージーランドからきたウマ娘、あれが勝たなかったらオサリバン陣営二度と来ないって言ったらしいよ」

「本当か、大した自信だな。しかしあの見栄えのしない馬体じゃ厳しいだろ。来年引退とかするのか?それともトゥインクルシリーズが舐められてるのか?」

「ほんと吹きすぎだよな。ウマ娘の方もうなづいて納得した様子だし分かってるのかね?」

 

オサリバントレーナー。アメリカを本拠地にする私でも聞いたことのある名前だ。はっきり言えばあのニュージーランドの娘は貧弱だ。正直勝つのは難しいだろう。記者会見が終わった後オベイユアマスター先輩にも相談したが何か隠す様子もなくホーリックスは2400は厳しいだろうと評価していた。あの発言を踏まえた上で。

 

土曜日、最後のレース場確認を行った。芝は短く硬い路面のこのコースは私に取って走りやすいものだろう。当日への自信は強まる。いよいよレースが楽しみだ。

 

 

 

 

 



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Horlicks

クラウンズプライドよ。感動をありがとう。あの4角先頭は一生忘れることはないでしょう。



Horlicks

 

世界が来る

 

ジャパンカップ

 


 

パドックに入るとそこには多くの観客がいた。観覧席を埋め尽くさんとする人、人、人、こんなにも多くの観客が来ているのは驚いたし横断幕が飾ってある。お祭りのような雰囲気だった。

 

「本バ場入場でーす」

 

いよいよレースが始まる。この大歓声に迎えられたらどんなに気持ちがいいだろうか。場内にはこぎみの良い音楽が流れ始めた。

 

「さあ始まります。第9回ジャパンカップ。12ハロンの先、日本の悲願は届くのか、それとも今年も海外勢が制すのか。日本が世界に挑むジャパンカップ、本バ場入場です。

1枠1番ここまで5連勝、勢いそのまま世界をとりに来たフランスのサンライズトップ。

2枠2番、ニュージーランドの名門オサリバンが送り出す秘密兵器はホーリックス。

2枠3番

 

雰囲気がガラッと変わる。場内から大歓声が上がった。これがオグリキャップか。

 

「日本の誇るスーパーウマ娘!さあ世界を獲るぞ!オグリキャップと北原トレーナー!

3枠4番、ヨーロッパ賞を勝ってきた。欧州代表はこのウマ娘で良いでしょう。イギリスのイブンベイです。

3枠5番、天才トレーナー奈瀬文乃、その父親も負けられない、奈瀬邦彦が送り出すのは快速ウマ娘バンブーメモリー。」

 

またも歓声が上がる。今度はスーパークリークだな

 

4枠6番、その天才、奈瀬文乃が送り出すのは現在一番人気、愛バスーパークリーク。その実力を世界に見せつけます!

4枠7番、距離バ場不問、現役屈指のオールラウンダー、ランニングゲイルはここでタイトルを奪いたい」

 

さあ自分の番だ!歓声が上がる!

 

「海外勢で最も手強い相手はこのウマ娘でしょう。12ハロンレコードホルダー!5枠8番アメリカのホークスターは陣営堂々逃げ宣言!

5枠9番、伝統の目黒記念の圧勝バ。この距離は得意なキリパワー。

6枠10番、名手的場が操るは、復活を狙うフレッシュボイス。

6枠11番、チーム社台が日本に課した難問は凱旋門賞ウマ娘。いままで掲示板を外したことはありません、アイルランドのキャロルハウス。

7枠12番、地方の意地が世界を獲るか!大井出身の江戸っ子ウマ娘イナリワン。

7枠13番、ロジータは唯一の地方ウマ娘。溢れるパワーで勝利を目指します。

8枠14番、再び来た、昨年の覇者、オベイユアマスター。今年は堂々王者がここ府中で迎え撃ちます。

大外8枠15番は8戦連続連対中のアサティスはここでG12勝目を狙います。

以上、ジャパンカップに出走する15人のウマ娘です。

 

大河さん、どのウマ娘の状態が良いですか?」

 

「スーパークリークは万全といった仕上がりですね。あとはイナリワンなんかにも注目したいです」

 

「オグリキャップやホークスターの状態はどうでしょうか」

 

「悪くはないですがオグリキャップは少し使いすぎている感じがありますね。ホークスターはパドックではパッとしませんでしたが本バ場入場で状態を戻したように見えます」

 

「ありがとうございます。日本が世界に挑むジャパンカップそのスタートが近づいています。スターターが台に上がっていよいよファンファーレです。」

 

レース直前のファンファーレには驚いた。観客の手拍子、歓声も載りかなりうるさい。

 

「かくウマ娘ゲートに入っていきます。大外アサティスがゲートに入りました」

歓声が静まる…

「スタートしました。スーパークリーク好スタートを決めました。さあ内からホーリックス、ホーリックスが高ダッシュを見せています。さあイブンベイ、スーパークリーク、それを交わしてホークスターが抜けました。快速ウマ娘、アメリカの超特急、ホークスターが外から出ていきますがさあイブンベイが出ていきます」

 

な?ハナを獲られた?!

 

「イブンベイが2バ身のリードをつけて、ホークスターが2番手、3番手にはニュージーランドのホーリックスがつけています。これから第一コーナーへ、スーパークリークオグリキャップが4番手5番手さあ好位置をキープした日本の二人です。第一コーナー左手にカーブ。先頭ですが2バ身3バ身離してイブンベイがリードをとりました。イギリスの代表ウマ娘、そして2番手にアメリカのホークスターさあ2番手になっています。3番手第2コーナー曲がるところ内からホーリックス、それから4バ身ちぎれまして日本の二人です。外、スーパークリーク、内からはオグリキャップが追走、その2頭を見るようにキャロルハウスがつけてきます。向正面に入りました」

 

想像以上のハイラップだ。しかし後ろのは顔色を変えずについてくる。

 

「中団に7番ランニングフリー日本の代表ウマ娘、外を回ってアサティスが行きますイギリスのウマ娘です。内からはバンブーメモリー追走してゆったりとした流れ。3バ身離れて1400を切ったところ、オベイユアマスターは今日も後方を進んでいきます。さらにうちを回ってフレッシュボイス、外からイナリワン、それを見るようにロジータが追走してい来ました。3馬身差トップサンライズ、最後方にキリパワーで第3コーナー正念場」

 

狂ったようなペース、しかし自分はここから勝っている、さあ勝負だ!

 

「先頭イブンベイで第三コーナーカーブに入ります。2番手ホークスター。ホークスターがここから一気に先頭に上がって1000メートルを切りました。3番手に半バ身差ホーリックスで前3人固まっています。これを2バ身追って日本の2人、内オグリキャップ、外スーパークリーク徐々に上がります。さあこれから第4コーナーのカーブ。それほど動きはありませんがキャロルハウスが、中団まで上がっております。後方からはランニングフリーなどバンブーメモリー、イナリワンなど内に回って600を切りました」

 

大歓声を先頭で浴びる。素晴らしい瞬間だ。それが私ではない。

 

「直線に向きました。イブンベイ、イブンベイが粘っている、ホーリックスが間からグイグイ突っ込んでくる。ホーリックスとホークスターの3人の競り合いで400を切りました。」

 

プリークネスで聞いたあの足音がやってきた。

 

「大外からオグリキャップやってきた!あと300メートル!ニュージーランドホーリックスにオグリキャップが並んで残り200を切りました!」

 

残り1ハロンは二人の世界だった。

 

「 さあ2人の競り合いです!オグリキャップ届くのか!内からホーリックス伸びる!ホーリックス伸びる!オグリキャップ体制を低くして加速する!ホーリックスオグリキャップ2人の競り合い!あと離れて3番手争いはようやくペイザバトラー!ホーリックスか、オグリキャップか並んでゴールイン!オグリキャップかホーリックスか2人が並んでいます。ホーリックスいっぱいに伸びたか、それともオグリキャップ去年の雪辱をはらせたか。そしてタイムは2.22,2ワールドレコードタイムです!」

 

東 10R 確定

① 2

   >クビ

② 3

  >3

③14

   >クビ

④ 6

   >1

⑤8

 芝       レコード

 良    タイム 2.22,2

ダート    4F  58,8

 良    3F   47,1

 

「オグリキャップよく頑張りました。しかし勝ったのはニュージーランドの伏兵ホーリックスです!」



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2.22,2

プラチナジュビリーの栄誉はデザートクラウン!


「見事、ジャパンカップを世界レコードで制しましたホーリックスさんにお話を伺います。まずは今の気持ちから教えて下さい」

 

「 遠路はるばる来て、こんな結果で終えることができて嬉しく思います」

 

「世界レコードですがそれについては如何でしょう?」

 

「とにかくとにかく最初っからすごいペースで走ってて凄いことになるとは思ってたんですけど、とにかくワールドレコードを破れて、ほんとにびっくりたんですけどこの速さならいくかなーって」

 

「外からオグリキャップが来ていたと思うんですけどその時の気持ちはいかがでしたか?」

 

「あと200メートルくらいの差だったんでゴール寸前だったのでちょっと危ないかなと思ったんですけど、本当に逃げ切ってよかったです」

 

「 本当に素晴らしいレースでした」

 

「ありがとう!」

 

「ホーリックスさん。南半球出身のウマ娘ではじめてジャパンカップを勝ちましたが」

 

「この1戦にオセアニアの威信を懸けていました。これで負けるようなら、オセアニアのレースのレベルが下であることを我々は嫌でも認めるしかありませんでした。だからいま、自分は最高の感激に浸っています。こんな感激は初めてです」

 


 

「どうでしたか?サンデーさん。ジャパンカップから有馬記念までの間のレースを見た感じは」

 

「素質があるウマ娘も多いしトレーナーも色々考えてやっているのは分かる。レースを見ているだけでは分からない事が多い。普段はどのようなトレーニングをしているか見ないことには何とも言えないな。トレーナーはどう思う」

 

「アメリカのウマ娘に比べて線が細いように見えるが。でもミスタープロスペクターの従兄弟の芦毛はそうでも無いしな。うーん。アメリカと比べると細いだけでヨーロッパのウマ娘と大差は無いと思うがなぁ。トレーニング設備を工夫してみるとかかな?」

 

「分かりました。次来日された際はトレセンの見学も組み込みます。しかし長期滞在して頂いた上にトレーニングのアドバイスまでくださるとは嬉しい限りです」

 

「いえいえ、日本は良いところですしトゥインクルシリーズやドリームシリーズが早くパートⅠになっていつでも日本に行けるようにして欲しいですね」

 

「我々もそれを励みに頑張ります」

 


 

「ねぇ、トレーナー。また、来年からさ、ダートのレースに挑戦したいんだ。オグリキャップだってホーリックスだって前を走られたイブンベイだって芝が1番の国のウマ娘だったんだ。アメリカはダートレースの国だ。やっぱりダートで結果を残したいんだ」

 

「そうか。なら2戦で結果を出してみろ。勝てなかったら芝に戻すからな」

 

「わかったよ、トレーナー。絶対結果を出すから見ててね」

 

 



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黎明
子夜


年が明けエクリプス賞年度代表ウマ娘を獲った俺は叩きで2戦した後、イージーゴアとのマッチレースとしてアーリントンチャレンジカップが設定された。それを目標にトレーニングしていたときだった。

 

「トレーナー息を切らしてどうしたんだ。年なんだから…」

 

「イージーゴアが骨折してそのまま引退するらしい。私としてはそのまま出るつもりだが、サンデーはどう思う?」

 

「そのまま出ればいいと思うよ。ここまでやってきたんだし、残念だけどこのまま出よう」

 

「そうだな、もうすぐレースだしこのまま頑張ろう。しかしサンデー、なんか歩き方おかしくなかったか。もう一回歩いてみろ」

 

「こうか?あんまり違和感ないんだけどな。こんなタイミングで怖いなぁ、何かおかしいところでもあるのか?」

 

「なんか左足庇ってないか。一応トレーニング終わらせて検査行くぞ」

 


 

「レントゲンですが…あーここの靭帯がだいぶ損傷してますね。これでは…」

 

「XYZ靭帯が切れているのか…」

 

「トレーナーどうしたの?神妙な顔してさ」

 

「もうこうなってしまったら引退か…」

 

「このXYZ靭帯は人間にはない、ウマ娘が高速で走るために存在する靭帯です。ここが切れると高速で走った時に脚を支え切れなくなります。しかも靭帯の長さがこの通り、アキレス腱と比べても1.5倍くらい太く、長いので移植もできないんです」

 

「え、じゃあもう走れないの?」

 

「いえ、人間と同じくらいの速さなら気にしなくても大丈夫です。しかし時速30キロ以上だと関節が耐え切れず骨折します。なので絶対に速く走らないでください」

 

「はい……分かりました」

 


 

「おい!トレーナーのオファーが一件も無いってどういう事だよ!」

 

「現役時代の素行が悪いって断られたんだ。トレーナー業は半ば世襲制みたいなところがあるがこんだけ実績残してるのに」

 

「イージーゴアはもうチーム集めてんだろ。なんだよこの差。ふざけてんのか」

 

「イージーゴアは父親がトレーナーで母親は名ウマ娘だからな。しかしこんなにオファーがこないとは……。サンデー、最後の手を使うしか無いかなこれは」

 

「日本に行くのか。あんまり乗り気じゃ無いんだけど家は借金すごいからな」

 

「日本に行くなら君の方が詳しいはずだ。結果だけ教えてくれよ」

 

「じゃあ電話するね」

 

『はいこちらURC副理事長の吉田 善照です』

 

『もしもしサンデーサイレンスです。善照さん。実は話があるんです』

 

『サンデーちゃんか。なんでも話を聞くよ』

 

『実はトレーナーのオファーが来なくてね。日本で働かせて欲しいんです』

 

『URCとしては大歓迎だけど…。一回両親とトレーナーを交えて話そう』

 

「トレーナーや両親とも話したいって」

 

「そうか、なんだか思ったより早い別れになったな」

 

「うん…日本でも頑張るよ」

 

 

「サンデーさんが日本に行く費用も全てURCが持ちますし借金も払いましょう。サンデーさんが来てくださるならなんだってしますよ」

 

「い、いやサンデーの働き口だけでも十分なので…」

 

「我々が十分じゃありません。それではひとまずはこれで。困ったらすぐ呼んでくださいね。それではサンデー、来月までによろしくね」

 

そして私は日本に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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黎明

サンデーサイレンスの帰還


日本でのトレーナー生活は順風と言ったら少し嘘になるだろう。トレーナーデビュー2年目、ジュニアとクラシックしかメンバーのいないチームでベストトレーナー賞を獲った。それから私が引退する2007まで一度も落とす事がなかった。教え子には三冠馬もトリプルティアラもいる。アイドルウマ娘もいる。日本のトレーナーとして獲れる栄誉はすべて獲った。自分が引退する時にはニュースになった程だった。私のトレーナー人生は自分で言うのもなんだが栄光に満ちていた。今では娘と夫3人で暮らしている。娘はウマ娘、シニア級2年目になった。スーパースターほどでは無いが重賞を何勝かしている優秀な子だ。このままトレーナーとして細々とやっていくのだろうと思っていたとき。驚く事を言われた。

 

「ラヴズちゃんにね。ブリーダーズカップに出ないかって言われたの。お母さんの母国だし一緒に行こうよ!」

 


 

Marche Lorraine(マルシュロレーヌが)
 

trying to go for A GIANT UPSET!(大番狂わせを狙っている)

 


 

何十年かぶりに帰ったアメリカは昔と大きく変わっていたが競馬場の雰囲気は何年たっても変わらないままだった。デルマーには行ったことがないから本当にそうかは分からないが。

 

「サンデーじゃないか久しぶり。私のことなんて覚えてないよね」

 

「忘れ分けないじゃないホークスター。大体日本で一緒にトレーナーやってたでしょ。」

 

 

「今日は合わせたい人がいるの、こっちに来て!」

 

連れられてきたのはスタンド上部、いかにもといった所だ。私が座る予定の席の隣に車椅子の女性がいた。

 

「久しぶりだねサンデーサイレンス。私のこと覚えてる?」

 

「え?だれ?ごめん分かんない」

 

 

「はは。病気でだいぶやつれたから解んないよね。久しぶりイージーゴアです」

 

「え?だいぶやつれたね。学生の時は筋骨隆々だったのに」

 

「がんでだいぶやられたよ。今日は君の娘が出るんでしょ。応援してるね」

 

と言って握られたチケットにはレトルースカの文字が書かれていた。

 


 

「さっきラヴズちゃんが勝ったんだ。自分も頑張らないと。」

 

 

「ゲードが開いて、ロンジン、ブリーダーズカップディスタフが始まります!レトルースカ、プライベートミッションが先頭に並びかける。最初の2ハロンはホットペース21秒8、2コーナーを抜けてプライベートミッションが逃げて行く。4ハロンは45秒!プライベートミッション狂ったようなペースだ!」

 

脚があがる、息が切れそうになる、それをなんとか耐えながら走る。

 

「3コーナーに差し掛かって注目のレトルースカは2番手外目、マルシュロレーヌとロイヤルフラッグが並んで上がってくる!レトルースカは下がっていく!今日はレトルースカの日ではなかった!さあ直線!」

 

視界がちらつく。しかしそれは誰もが同じだ。ここから先は根性勝負、お母さんみたいに根性で走り切る!

 

「マルシュロレーヌ、ロイヤルフラッグ、クリエレールが外!

マルシュロレーヌが大番狂わせを狙っている!

ぽっかりあいた内からダンバーロード、2頭の並んでゴールイン!さあどっちだ!」

 

息を呑みながら誰もが掲示板を見つめる

 

「マルシュロレーヌに決まりだ!」

 

35年ぶりにアメリカに、ブリーダーズカップにサンデーサイレンスが帰ってきた瞬間だった。

 

 




サンデーサイレンス、その血は日本競馬に永遠に残り続けるだろう。
サンデーサイレンス、永遠に続く偉大な旅は未だ始まったばかりである。


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