Second death… (かの存在完全に消滅す)
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Angel attack!!

砂浜に佇む2人のヒト。

 

片方は何処かの制服を着た少年。

もう片方は赤いスーツに身につけた傷だらけの少女。

 

少女は少年の膝に頭を乗せ、安心した顔で眠りについている。

 

潮の香りではない、血の匂いを風が運んでいた。

 

紅く染まった海。

 

 

「……碇君」

 

 

少年の背後に、また別の少女が1人。

少年はそれに驚く素振りを見せず、何事も無いかのように海を眺め続けている。

 

「……なぜ…死んでしまった人を……そのままにしているの…?」

 

「………死んでなんか……ないよ…」

 

「…碇、君…」

 

「アスカは強いんだ…こんな…このくらいの怪我だったら…大丈夫だって……言ってたんだ………」

 

「………………」

 

「だから……ほっといてよ、綾波」

 

"綾波"と呼ばれた少女は、少年の言葉に従い、その場を立ち去った。

 

少女がいなくなった事を確認すると、少年は、膝の上の少女に話しかけ始めた。

 

「…………アスカ…いつまで寝てるんだよ…………」

 

「…………………」

 

「起きてよ…!…大丈夫だって…言ってたじゃないか…」

 

「…………………………………………」

 

「うっ……うわぁぁぁ……ぁぁぁぁあ……っ」

 

そのまま、少年は泣き崩れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第壱話

 

 

 

 

 

 

 

 

使徒。国連の直属組織が発見し、後に世界を混乱に陥れた存在。

 

神の使い。そう呼ばれた生物は、2000年に「セカンドインパクト」と呼ばれる災害を引き起こし、従来のインフラは破壊され、世界中で貧困問題が爆発。

 

飢えが争いをもたらし、世界は混沌と化した。結果的に人類は、人口が最盛期の2分の1にまで減少。

 

そして使徒という悪夢は、セカンドインパクトから15年が経った今、再び襲来しようとしていた。

 

 

 2015年6月22日午後12時20分────。

 

 

『正体不明の物体、海面に姿を現しました!』

『物体を映像で確認、主モニターに回します‼︎』

 

 巨大なモニターに、海が映し出される。

 

 広大な海のまんなかに、ぽつんと黒い点がひとつ。点がキラリと光ると、映像は砂嵐に変わってしまった。

 

 

「…15年ぶりですね」

 

「…あぁ、間違いない。使徒だ」

 

 

 

 

 

 

 轟音が聞こえる。

 

 先程まで元気に鳴り響いていた蝉の鳴き声は、全て何処かに行ってしまった。

 

 やって来る災難に怯えるかのように。

 

「………………」

 

 ひとり、怯える様子もなくただ道路の真ん中に立っている少年。

 

 鞄を捨て、一枚の写真を左手で握り、ただ一点を見据えている。

 

 視線の先、山の切れ目から重戦闘機が次々と現れる。それを追うかのように、神の使いは姿を見せた。

 

 

「……使徒…」

 

 

 

 

 

 

 焼けたアスファルトの上を、涼しげな青い車が猛スピードで走っている。

 

 青色のルノーを暴走させる女性。サングラスの下で目があちこちに動いている。

 

「参ったわねェ…よりによってこんな時に見失うだなんて…と」

 

 助手席に置いてあった携帯が鳴る。片手で携帯を開き、電話に出る女性。

 

『葛城さん!』

 

「待って日向くん!まだサードチルドレンを回収出来てないわっ!レイを出すのはそれからよ」

 

 携帯を閉じ、乱雑に助手席に投げ捨てる。

 

「…いた!」

 

 目標を眼に捉え、一気にアクセルを踏み込む。大破して墜落を始めている重戦闘機と目標の間に滑り込み、急ブレーキをかける。

 

 目標──サードチルドレンを重戦闘機の爆炎から守った事を確認すると、女性は助手席の扉を開けた。

 

「お待たせ碇シンジ君!こっちよ早く乗って!」

 

「……!………はい。」

 

 彼女の予想よりも、目標はかなり落ち着いており、冷静だった。目の前に巨大な化け物がいるというのに。

 

 少年がシートベルトを閉めた事を確認すると、全速でその場を離れる。

 

「しっかり掴まってんのよッ」

 

 化け物と重戦闘機群が戦闘を繰り広げている直下をくぐり抜け、なんとか瓦礫が落ちてこない場所まで来れたその瞬間。

 

 軍のミサイルが車の至近に命中した。

 

「まっずぅーーっ!!!」

 

 叫ぶミサト。上下反転する視界。

 

「…あたたたた…」

 

 衝撃で開いた扉から脱出する女性と少年。

 

「もーっ!あいつらどこ見て撃ってんのよ…大丈夫?シンジ君」

 

「…………」

 

「…大丈夫、みたいね?」

 

 ミサトは立ち上がるとひっくり返ったルノーに視線を向ける。

 

「あ〜〜〜っ!!」

 

 そこにあったのはボロボロになった愛車。

 

「うっそひっどぉぉい!!破片直撃のベッコベコーーッ!まだローンが33回もあるのにっ!むっかあ!!!」

 

 少年の事をすっかり忘れ、愛車の惨状に嘆く変人。少年の冷ややかな目で、ようやく冷静を取り戻す。

 

「…あ、エー、こほん。」

 

「…………」

 

「そんな目で見ないでよシンジ君…」

 

 瞬間、影が差す。少年も、ミサトも、ルノーも大きな影に覆われる。

 

 ────真上。

 

 

 真っ黒い化け物、使徒が襲いかかってきた。

 

 

「シンジ君伏せてっ!!」

 

 

 踏み潰される!ミサトはそれを覚悟した。

 

 

「エヴァ…初号機っ!!」

 

 押し倒した少年が叫ぶ。

 紫の巨人が、空中に跳んでいた使徒にタックルを喰らわした。

 

「レイ!ナイスタイミング!!…って……え?」

 

 少年が口走った言葉。少年が知るはずの無い言葉。

 

「シンジ君…今、なんて?」

 

「……………」

 

 再び口を閉ざす少年。

 

(…司令から聞いてたのかしら?あの碇司令が息子とちゃんと話してるとは思えないけど…)

 

 

 

 

 

 

『パイロット脈拍・血圧共に低下!』

『A¹⁰神経シンクロ値5%!!』

『胸の縫合部より出血!』

『N²作戦まであと180秒!』

 

 紫の巨人──エヴァ初号機は、奇襲から立ち直った使徒に一方的にやられていた。

 攻撃を受ける度に初号機の動きは鈍くなり、不利な状況に拍車をかける。

 

「…仕方が無い。ルート192で高速回収だ。」

 

 サングラスで目を隠した司令官が、淡々と命令する。

 命令に従い、初号機は使徒と即座に距離を取り、地面から現れた巨大昇降機で地中に格納された。

 

『初号機、収容成功!』

『N²地雷、起爆します。』

 

 使徒の直下が光る。光は一瞬にして雲の高さまで膨張した後、破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 葛城ミサトの愛車は、またもひっくり返っていた。

 

 N²爆弾の爆風で飛ばされ、美しかった青い車体は土埃に汚されていた。

 窓ガラスは割れ、傷からガソリンが漏れていた。

 

 しかし中身の人間2人はまったくの無事。もはや奇跡であった。

 

「シンジ君〜車体起こすの手伝ってくれないの〜?」

 

「…………」

 

「…なにへそ曲げてんのよ〜。女手一つだけじゃ…っ…大変っ…なのよっ…?」

 

 ミサトは横転した車を必死で元に押し戻そうとしている。

 

「…手伝ってよシンジ君〜。」

 

「…………」

 

「………まったく…」

 

 

 

 

 

 

 

 恐るべしN²爆弾。

 

 一撃で鉄筋コンクリートの町がクレーターと化してしまった。

 

 爆炎の中。殆どの者が勝利を確信していたが、奴は死んではいなかった。

 

 

 使徒は生きていたのだ。

 

 傷を負ってはいるが、軽い火傷程度であった。

 

「やはりA.T.フィールドか…」

 

 司令の横に立つ老人が口を開く。

 

「使徒に対し通常兵器では歯が立たんよ…」

 

 司令は老人に言葉を返すと、モニターに映る使徒を睨む。

 

「通常兵器、ではな…」

 

 

 

 

 

 ドゴン、と音を立てて車が体勢を立て直す。

 

「ふぅー、案外一人でも出来るもんねぇ。」

 

「…………」

 

「さ、シンジくんも乗って!」

 

「…………」

 

 

 

 応急修理でなんとか動くようになったルノーが地下に入っていく。

 

「お父さんの仕事、知ってるー?」

 

「……………」

 

(また無言か…相当厄介な子ね…親も親なら子供も子供か……)

 

「シンジ君、これ、ウチのパンフレットだから目通しておいてね。」

 

 【ようこそNERV江】と書かれたパンフレットを少年の手に持たせる。

 

 しかし少年がパンフレットを読む様子は無く、ただひび割れて外が殆ど見えない車窓を眺めていた。

 

(こんな子がサードチルドレンか…レイが2人になった気分だわ…)

 

 

 無言の時間が5分ほど続いた後、突然車に光が差し込んだ。

 

「シンジ君、見えたわよ。ここが世界再建の要、人類の砦となる所。ジオフロントよ!」

 

 

 

 

 

 

 

『ファーストチルドレン、エントリープラグより救出成功!しかしパイロットは重症、脾臓破裂の可能性があります』

 

 

「……碇司令」

 

 

 司令の後ろの扉から金髪の女性。

 

「どうなさるおつもりです?重症のレイをもう一度使うのですか?」

 

「……いや、レイは使わずに初号機を発進させる。たった今予備が届いた所だ。」

 

「予備……!…サードチルドレンですね?」

 

 

 

 

 

 

「おっかしぃわねェ…確かにコッチでいいと思うんだけどナ…」

 

 葛城ミサトは、ネルフの広大さに参ってしまっていた。

 

「たしかここら辺に…えと…」

 

 タブレットのマップをもとに道を探すが、これがまったく分からない。

 

「…………」

 

 足並みが遅くなったミサトを早足で追い越す少年。

 

「ち、ちょっとォどこ行くのよシンジ君!」

 

 追い抜かされたことに気づくとミサトも少年を追いかける。

 

「ちょ、待ちなさいよ!」

 

 その言葉の直後、少年の足が急に止まる。

 

「わ、とっ、とっ、とぉぉお⁉︎」

 

 急ブレーキをかけ損ねたミサトは勢い余って転んでしまう。

 

 そして、少年の前のエレベーターが開いた。

 

「……遅かったわね葛城一尉…何ずっこけてるのよ……」

 

「あ…リツコ……」

 

 現れたのは白衣に身を包んだ金髪の美女。

 

「あんまり遅いから迎えに来たわ。人手も時間もないんだから…グズグズしてるヒマないのよ」

 

 

 

 

 

 

『使徒前進!強羅最終防衛線を突破‼︎』

『進行ベクトル5度修正、なおも進行中』

『予測目的地、我が第三新東京市!』

 

「…総員第一種戦闘配置。冬月、後を頼む。」

 

 そう老人に指令すると、司令は1人乗りの 昇降機で下階に降りて行った。

 

(3年ぶりの息子との対面、か…)

 

 

 

 

 

 

 リツコ、ミサトにボートに乗せられ、三人を乗せたタグボートは、水面を走り出す。

 

「それで…N²地雷は使徒には効かなかったの?」

 

「ええ、表層部にダメージを与えただけ。依然進行中よ。やはりA.T.フィールドを持ってるみたいね。」

 

「………」

 

 ボートが第七ケイジの入り口に辿り着く。

 壁に巨大な紫の左腕がはめ込まれている。

 

「…着いたわ。ここよ。」

 

 湿っぽいケイジの中に入ると、暗闇で何も見えない。

 

 リツコがスイッチを入れると、照明が付き、先程目の前で戦っていた紫の巨人の頭が姿を見せた。

 

「…人の創り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。これはその初号機よ」

 

「……………」

 

「そして…これから貴方が乗る機体でもあるわ。」

 

「⁉︎…ちょっと待ってよリツコ!レイでさえエヴァとシンクロするのに7ヶ月掛かったのよ⁉︎」

 

「……………」

 

「今日来たばかりのシンジ君には無理よ!!」

 

「…葛城一尉、今は使徒撃退が最優先!その為には誰であれエヴァと僅かでもシンクロ可能な人間を乗せるしか無いのよ!」

 

「でもっ」

 

『そうだ。』

 

「!」

 

 声の場所は初号機の頭上の小部屋。碇司令、少年の父親が3人を見下ろしていた。

 

『シンジ、このエヴァに乗れ。』

 

「ちょ、そんな風な言い方…」

 

 司令の言動に異を唱えるミサト。

 

「分かりました。」

 

「碇司令!シンジ君もこう言っていますしエヴァに乗せるのは…え?」

 

 だが、少年はミサトの予想に反し、乗る事を選択した。

 

「乗りますよ。これに。」

 

「…シンジ君、ホントに良いの…?」

 

「……………」

 

『では、赤木博士。初号機の発進準備を頼む。』

 

「分かりました。よく言ったわシンジ君、簡単に操縦方法をレクチャーするわね。」

 

 少年は、リツコに奥に連れて行かれた。ミサトはケイジに1人残されて、ただ呆然とするしか無かった。

 

 

つづく




がんばります。


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ペンペンと風呂

 目覚めると、そこには見知った天井。

 

 嫌になるくらい見た、青白い天井。

 

「……また、ここか。」

 

 頭が痛い。確か、戻ってきた後は前と同じように使徒と戦って…

 

「……………」

 

 思い出せない、いや、思い出したく無い。

 気分を変えるため病室を出る。しかし、病室の外も病室と対して変わらなかった。

 

 青白い光に包まれた静かな空間。ここには嫌な思い出しかなく、不安感に襲われてしまう。

 

 

──そうだ。外に出よう。中に居るよりは幾分かマシかもしれない………

 

 

 

第弍話

 

 

 

 葛城ミサトは、サードチルドレンが目覚めたと聞き、病院に迎えに向かった。

 大破したままの愛車を走らせている道中、昨日の事を思い起こす。

 

 

 

『エントリープラグ、挿入!』

『プラグ固定終了、第一次接続に入ります』

『L.C.L.注水!』

 

『シンジ君、それはL.C.L.と言って、肺をその液体で満たす事で直接酸素を取り込めるわ。』

 

『………はい…』

 

 サードチルドレンは特に慌てた様子もなく、L.C.L.を肺に含ませた。

 

『良い子ね…主源電接続!』

 

『主電源接続全回路動力伝達!起動スタート!』

『A¹⁰神経接続異状なし、初期コンタクトオールグリーン!双方向回路、開きます!』

 

 

『シンクロ率……4%……』

 

 

 やはり、か。

 予想通りだ。いや、シンクロ出来ているだけマシかもしれない。

 

 ともかく、こんなシンクロ率では手負いのレイを乗せる方がよっぽどいい。人道的な話は別として、人類の存亡が掛かった戦いで初号機を無駄に傷つけるわけにはいかなかった。

 

『碇司令!これではまともに戦えないと考えます!怪我をしていますが…ここはレイを出撃させるべきです!』

 

『ミサト!』

 

『…葛城一尉、作戦に変更は無い。』

『しかしっ』

 

『出撃だ』

 

『……っ……はい…』

 

 なぜ碇司令はレイよりも希望が薄いサードチルドレンを出撃させるのだろうか…

 

『第一ロックボルト解除!』

『アンビリカルブリッジ移動!』

『第一第二拘束具除去、続いて1番から15番までの安全装置解除!』

 

『エヴァ初号機、射出口へ!』

 

 

 

 

 

 

 

 耳を覆う聴き慣れた音楽。

 

 シンジのS-DAT。それは外界との接触を禁じる重要な機械。

 なので、シンジにとって音楽の内容は関係の無い話だった。

 埃を被った様な古い音楽。かつては流行っていたのだろうか?どれもシンジの世代には縁のない音楽ばかりだった。

 それもそのはず、この音楽プレイヤーは父である碇ゲンドウから貰った物なのだ。

 

 病院の庭のベンチで音楽を聴く。

シンジは疲れ切っていた。状況がコロコロと変わり、ストレスは溜まって行く一方だった。

 

 なので、ただぼうっとしている時間が欲しかった。誰にも邪魔されず…誰にも……

 

「シンジ君」

 

 耳に染み付くほど聞いた声。

 

「…ミサトさん…」

 

「迎えに来たわ。怪我は大した事ないんだって?良かったわね。」

 

「…………」

 

「あなたの家まで送ってくわ。本部が貴方専用の個室を用意したみたいだから。」

 

「……………」

 

「…少しくらい返事してくれたって良いんじゃないの?シンジ君。」

 

「……………」

 

「…ったくしょーがないわね」

 

 ミサトはポケットから携帯を取り出すと、電話をかけた。

 

「あ、もしもしリツコ?うん。あたし。」

 

「…!」

 

「シンジ君ねェ、あんまりにも暗すぎるからあたしのマンションで一緒に住むことにしたから」

 

「……………」

 

「だーいじょーぶだって、子供に手ェ出すほど飢えちゃいないわよ!」

 

 そう言い終わると携帯をポケットにしまいシンジの手を掴む。

 

「さ、行こうかシンジ君!」

 

「………はい…」

 

「あーもうなんでそんなに暗いのよ!もう少し喜んだらどーなの?」

 

「………………」

 

「……はぁ……」

 

 ミサトは大きなため息をした後、シンジを引きずり、駐車場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「…ミサトさん。」

「びくっ…な、なに?」

 

 ミサトが愛車でマンションへと向かう途中、助手席でずっと静かに座っていたシンジが突然口を開いた。

 

「…昨日の戦闘…怪我人はどのくらい出ましたか…」

 

「……知りたいの?」

 

「……はい…」

 

「…あれだけの戦闘だったけど、幸い死者は出てないわ。怪我人も数えるほどしかいないそうよ。」

 

「………」

 

 ミサトが答えを言い終わると、シンジはまた無言になってしまった。

 

(うぅむ、どうしたものか…)

 

 こいつはなかなか手強い。そう思いながら駐車場に車を停める。

 

「さ、降りてシンジ君。着いたわよ」

 

 家の扉を開け、シンジを手招きする。

 

「ここがあなたの家になるのよ。シンジ君、これからよろしく」

 

 そう言い終わる前にシンジは家の中へ入り、靴を脱ぐ。

 

「…ただいま。」

 

「え?…あっ、お帰りなさい…」

 

 シンジのあまりの自然な動作に、ミサトは少しキョトンとしてしまった。まるでずっと前からここに住んでいたようで…

 

(不思議な子……)

 

 散らかった部屋に入る。もちろんミサトは同居人が出来る事など想定していなかったので、片付けはしていない。

 

「ちょっち散らかってるけど気にしないでね〜」

 

 冷蔵庫の扉が開く。食事をしまっている方では無い、同居人(?)の住む大きな冷蔵庫。

 自分を出迎えに来てくれたと思い、しゃがんで抱きしめようとするが、同居人(?)はミサトを素通りし、後ろにいたシンジに擦り寄った。

 

「あ、あらら?ご、ごめんシンジ君うちのペンギンが…あたっ!な、なにすんのよペンペン!」

 

 同居人(?)をシンジから離すと、猛烈に嘴で腕をつつかれる。シンジにくっつくのを邪魔されて怒っているようだ。

 

(おっかしーわねェ…そんなに人懐っこく無いはずなんだけど…なんでシンジ君にこうも懐いてるのかしら)

 

「シンジ君、紹介するわ。この鳥はペンペン。新種の温泉ペンギンよ。」

 

「あ…はい。」

 

(…とんでもなく反応うっすいわね……セカンドインパクト前の世界を知らない人間にとっては珍しいはずなんだけどナ)

 

「じゃ、さっそく晩御飯といきましょーか!」

 

「…食べたく…無いです…」

 

「……ダメよ。育ち盛りなんだから。身長は伸ばせる時に伸ばしとかないと女子にモテないわよ?」

 

「……はい…」

 

 食欲がなさそうなシンジの前にレトルトカレーを置き、食べるよう促す。

 シンジはスプーンを手に取ると、ゆっくりとカレーを食べ始めた。

 そのことをしっかり確認した後、ミサトも食事をとり始める。

 

「ぷっハァーー!くう〜〜ッ毎日の数少ない楽しみだわぁ〜〜!」

 

 エビスビールを一気飲みし、至福に浸る。一日の疲れが消えていく感覚がたまらない。

 

「…………」

 

 少し経った時、シンジのスプーンがカレーの三分の一ほどを食べたところで止まっていることに気がついた。

 

「……それ以上、食べれない?」

 

 シンジが無言で頷く。

 

「じゃ、お風呂入ってきなさい。風呂は命の洗濯よ!」

 

「くわっ」

 

 シンジが風呂へ入る為席を立つと、ペンペンも食事を中断してシンジの足の横に張り付く。

 

「…あら、ペンペンはシンジ君と一緒に入るの?」

 

「グワァっ」

 

 どうやらシンジと風呂に行きたいらしい。ミサトとすら一緒に入ったのは飼い初めのころだけだったというのに、なぜシンジにはここまで懐くのだろうか?

 

「シンジ君、ペンペンと一緒にお風呂入ってもらってもいい?」

 

「……はい…」

 

 

 

 

 

 

 湯船はペンペンに占領されてしまったのでシャワーを浴びていると、さまざまな記憶がシンジの頭を駆け巡る。

 最初に思い出したのは、1番最近の使徒戦の事。エヴァとのシンクロ率がたったの4%しかなく、一歩を踏み出すことも出来なかった。

 

 結果としてエヴァが暴走し、第三の使徒は殲滅された。結局前と同じで母に頼ったのだが、状況は前よりずっと悪かった。

 

(次の使徒戦…やっていけるんだろうか。)

 

 前の十分の一のシンクロ率に不安が募る。

 

「くわっ」

 

 ペンペンの鳴き声が狭い風呂場で反響する。どうやら湯船を譲ってくれるらしい。

 

「…ありがとうペンペン…」

 

 お湯に浸かる。昔から、風呂は嫌なことを思い出す場所だった。それは今も変わらず、ここに至るまでの事がどっと溢れ出して、涙となって体外に出る。

 

「…くわぁ?」

 

 ペンペンが首を傾げ、心配そうにこちらを見ている。

 

「……だいじょうぶだよペンペン…心配しないで…」

 

 ペンペンの頭を撫でると、ペンペンは上機嫌な鳴き声を出す。手に触れるペンペンの体温が、シンジにひとときの安らぎをもたらした。

 

 

 

つづく

 




遅れた。すまない

もし私が失踪したら、続きを急かしてほしい。
でなければ書けない。


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綾波と弁当

 学校。

 

 そこはこの少年にとって最も楽しかったところ。同時に、寂しく悲しい場所。

 

 そこで親しくなった人々は皆消えてしまった。だから、彼はそこにはもう行きたくないと思っていた。

 

 

 

 

 

第参話

 

 

 

 

 

「シンジ君?学校…行かないの?」

 

 車を修理に出すついで、ミサトはシンジを学校に連れて行こうと、シンジの部屋の扉を開けた。ところが、シンジは布団の中で丸まって、出てくるつもりは無い様子。

 

「体調でも悪いの?」

 

 パイロットの体調管理も自分の仕事と思い、シンジに声をかけるが返事はない。

 

「…そう。行きたくないんだったら今日は行かなくて良いわ。じゃ、私は行ってくるからじゃあね」

 

 ドアを閉める。まったく、いつまであの調子なのだろう。

 

「ホント…困ったやつ…」

 

 ぼそりと、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴーんぽーん…

 

 呼び出し音が鳴った。ミサトさんへの荷物だろうか?ミサトさんは先程出かけてしまったので、動きたくないが仕方なく布団を出る。

 

 パジャマ姿のままドアを開くと、そこには見知った顔。

 

 蒼い髪に紅い瞳。人間とは思えないほどの真っ白な肌。あらゆる所に包帯が巻かれていて、少々痛々しい。

 

「………綾波…?」

 

「…あなたが碇司令の子供?」

 

「あ…えと…うん…?」

 

 手を掴まれ、玄関から引っ張り出される。つまずいて転びそうになり、冷や汗をかく。

 

「な、なにすんだよっ」

 

「…学校…案内する。」

 

「え、ええっ…?」

 

 靴すら履いていない状態でマンションのエレベーターまで引っ張られる。

 

「ま、まってよ!」

 

「……何?」

 

「…えと、まだ制服に着替えてないんだけど…」

 

「…そう。ならここで待ってる。」

 

 そう言うと、綾波は立ち止まってシンジの手を放した。

 

「…あぁ…っ…えっと…」

 

「?」

 

「急いで支度するからっ!待ってて!」

 

「…?そう。」

 

 

 

 綾波がここにやって来たことに動揺しつつ、素早く制服に着替え、身支度を整える。

 

(ミサトさんの仕業かな…それとも…父さん?)

 

 どちらも可能性としては薄いが、現時点での綾波が自発的に迎えに来たとは思えない。

 たぶんミサトさんだろう。父さんはこんな事はしないだろうし。シンジはそう結論付けた。

 

「綾波…ごめん…待たせて」

 

 シンジが出てきたことを確認すると、綾波はまたシンジの手を掴んで、エレベーターに乗り込む。下へ降りる間、シンジは綾波に聞きたかった事を聞いてみる。

 

「綾波は…僕を迎えにきたのは…どうして?」

 

「………わからない」

 

「分からないって…父さんとかミサトさんに言われたんでしょ?」

 

「…いいえ。」

 

 驚きの回答。この時の綾波は他人、ましてや初対面の人間に干渉することは基本的に無かったはずなのに。

 

「どうして…綾波はここへ迎えに来ようと思ったの?」

 

「……わからないわ…」

 

 

 

 

 

 

 授業を受けるのは数ヶ月ぶりだった。特に新しい知識は無く、以前習った記憶があるものばかりなので新鮮味は無いが、なぜか安心した。

 

 エヴァや人類補完計画、それらを知らずただ勉強していたあの頃を思い出すからだろうか?

 

 何も知らなかったあの頃に戻りたい。自分も知らないうちにそう思いはじめているのだろうか。ろくな事はあの時にも無かったと言うのに。

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか昼休みになっていた。

 

 ──弁当、持ってきてないな…

 

 綾波に急に連れ出されたので、弁当など用意しておらず…購買に行こうとも思ったが、そんなお金は手元に無かった。

 

「これ、あげる」

 

 ことん、とナフキンに包まれた弁当が机の上に置かれる。見上げると、また綾波だ。

 

「…えっ」

 

「食べたら…返して」

 

「……あ………うん…」

 

 シンジはすっかり呆気に取られてしまった。これじゃまるで…いつもの綾波だ…

 

 ぐぅ、とお腹が鳴った。とりあえず細かいことは置いておいて、ひとまず弁当を食べる事とする。

 

 箱を開けると、焦げた卵焼きが不揃いな形で中央にどどんと据えてあった。それを囲むように、なんの野菜なのかよく分からないほど細かく刻まれたサラダが添えてある。

 

 だが、匂いは普通の料理だったので、一口、食べてみる。うん、悪くない。案外大丈夫な味だ。

 

 空腹のせいですぐに食べ終わってしまった。弁当の蓋を閉じる。弁当をナフキンに包んでいる途中、肩に手が乗せられた。

 

「転校生、ちと顔かせや」

 

 …トウジだ。そうか確かに転校したあの日…僕はトウジに呼び出されて…殴られたんだ。

 

 その事を思うと席を立つのが億劫だが、トウジはこういう奴だから断るわけにもいかない。結局僕は殴られる事にした。

 

 トウジについていき、中庭に出る。僕の後ろから早足でケンスケもやってくる。

 

「転校生ェ、お前があのロボットのパイロットっちゅー話、本当か?」

 

「あ、うん…そうだよ…」

 

 途端トウジが僕を睨みつけたので、拳が飛んでくると確信し目を閉じる。

 

 ──だが、頬に痛みが走る事はなく。

 

 ぱんっ、と弾けるような音がしただけだった。恐る恐る目を開ける。

 

 見れば、白い手がトウジの拳を受け止めている。

 

「……暴力はだめ…」

 

 また綾波だった。

 

「なんで庇うんや…綾波。ワシはそいつを殴らなあかんのや!妹の美脚に傷を入れたケジメっちゅーもんをつけてもらわないかん!」

 

「……………」

 

 綾波はいつもの無表情を崩さず、ただ無言でトウジを見つめている。変な空気感に耐えかねて、トウジはくるりと向きを変える。

 

「……ちっ。ケンスケ、行くで!」

 

「あ、うん」

 

 そのまま2人は校舎に入っていった。残されて、綾波と目が合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 綾波に聞きたい事は山ほどあったが、無表情の綾波にはなかなか言いづらく、言葉が出てこない。

 

 沈黙を破ったのは、綾波の方だった。

 

「…授業、始まるわ。教室に戻りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。学校に行くだけでこんなにエネルギーを使ったのはいつぶりだろうか。

 

 リビングに座り、テレビをつける。特に面白いものはやっていなかったが、まあいい。

 

(なぜ、綾波があそこまで僕に気を使うのだろうか?)

 

 疑問。

 

(記憶を僕と同じで保持しているのか?)

 

(その上で隠しているのか?何の為に?)

 

 考えていると、膝の上にペンペンが寝転んできた。

 

(ペンペンも…前もこんなに甘える事はなかなか無かったのに、なぜここまで懐くのか?)

 

(世界が変わった事によって起きた差異なのか?ここまで綾波とペンペンが僕に優しいのは…)

 

 何も分からないまま、睡魔が襲ってくる。おそらく膝に温かい生物がいるからだろう。

 

 そうして僕は寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 起きた頃には時計は23時を回っていて、リビングの電気も消されていた。

 自分の体にはタオルケットがかかっていた。多分、ミサトさんがかけてくれたのだろう。

 

 冷蔵庫を開けて、何か食べようとする。相変わらずビールとつまみに占領されていたが、真ん中に『シンジ君起きたら食べてね』とマジックペンで書かれたコンビニのミートソーススパゲッティがあった。

 

 電子レンジに入れて適当に温める。凄くお腹が空いている。そういえば風呂にも入っていない。

 

 スパゲティを食べる。寝起きのせいか頭が痛い。それのせいで味はあまり美味しいとは思えなかった。しかし腹は空いていたので、すぐに食べ終えた。

 

 腹は膨れたので、シャワーを浴びる事にする。流石に風呂に入らないのは不潔だ。明日も学校があるわけだし。バスルームには何故か明かりがついていた。ミサトさんが起きているのかと思ったが、どうやらペンペンが入っているらしい。

 

 ペンペンだったらまあ一緒に入っても問題ないだろう。そう思って服を脱いでバスルームに入った。

 

 ペンペンが湯船を占領していたので、とっととシャワーだけ済ませてバスルームを出る。それに、早く寝たいと言う気持ちもあった。

 

 寝巻きに着替え、自分の部屋へ。布団に潜り込んで目を閉じる。

 

 ………妙だ。アルコールの強い匂いがする。

 嫌な予感がして、目を開けてみるとやっぱり。

 

 そこにはミサトさんが気持ち良さそうに寝ていた。

 

「…ミサトさん?」

 

 泥酔したミサトさんを起こすのは難しく、結局布団に戻る頃には眠気が覚めてしまった。

 

 

つづく




超絶遅筆!!


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「2度目」の理由

7ヶ月空いてるって嘘だろ


 エヴァに乗る。瞼を閉じ、頭の中で母に呼びかける。それがエヴァとのシンクロ率を高める方法と知っている。

 

 だが、うまくいかない。

 

 色々な事が脳に絡みついて離れず、集中が持続しないのだ。

 

 自分を庇うような綾波の行動。

 

 不思議と懐いているペンペン。

 

 これは2度目ゆえの事象なのだろうか…?

 

『シンジ君、シンクロ率がブレブレよ。もっと集中しなさい!』

 

 ミサトの怒鳴った声が響く。

 

(そんな事……分かってるよ…)

 

 

 

 

 

第四話

 

 

 

 

 冬月は焦りを感じていた。

 

 第三の適格者のシンクロ率が一向に上昇を見せない。

 

 突発的にシンクロ率40%を叩き出した時は皆歓喜の声をあげたが、すぐに下降。今も4%〜7%の間を彷徨っている。

 

 これでは、次の使徒戦もまともに戦えないだろう。前回のような都合の良い暴走も起きるとは限らない。むしろ可能性は低いだろう。

 

 元から期待はしていなかった。ドイツの第二の適格者でさえ安定したシンクロに何ヶ月もかけたのだ。

 碇がおかしいのだ。自分の息子に期待しすぎている…否、中のユイ君に期待しているのか。

 

 シンクロテストが終わったことを確認すると、すぐにゲンドウの元へと向かう。

 ドイツの第二の適格者を呼ぶ意見具申をする為だ。…が、それを傷だらけの少女が遮った。

 

「…レイ君か。そこを通してくれないか?」

 

「…だめ。」

 

 相変わらずの無表情だが、そこにははっきりとした意思があった。

 

「…碇君のシンクロ率は私がどうにかする」

 

 冬月は驚いた。あの綾波レイが自分の意思で行動していることに。

 

「…分かった…君に任せよう。好きにやると良い。」

 

 彼は何を思ったか、この少女に少年を託すことにした。

 

 

 

 

 

 

 呼び鈴の音。来客だろうか。

 

 眠気に襲われながら起き上がると、時計を見て一気に目が覚めた。針は時刻が午前10時だということを告げていた。

 

 そして、やけに服が汗臭いと思えば、昨日着ていた制服のままだった。シンクロテストに疲れ、帰ってそのまま寝てしまったのだ。

 

 まずい、学校に大遅刻した。

 

 ともかく、今は呼び鈴に応える事が先と考え玄関へ。扉を開けるとそこにはまたしても包帯を巻かれた綾波がいた。

 

「………………」

 

「あ、綾波?」

 

 白い肌に、透明な汗をだらだらと垂らしながら、綾波はシンジと目を合わす。

 

 綾波の足元が綾波の汗で滲んでいる。相当長い時間ここにいたのだろう。

 

「…碇君、行きましょう。」

 

「ま、待ってよっまだ着替えが…」

 

「…?あなたはもうパジャマではないのに、何故着替える必要があるの?」

 

「え、えと…これは…昨日の服で…」

 

「…そう。じゃあ、ここで待ってる。」

 

「え…こんなに暑いのに?」

 

 外の気温は危険なほど高い。綾波の汗がその証明だ。

 

「……家、入りなよ。ここじゃ熱中症になっちゃうよ。」

 

 

 

 

 綾波に連れられて家を出た。やはり外は暑く、汗が噴き出てあっという間に制服はびしょ濡れになった。

 

 綾波の体に巻かれた包帯。汗で濡れているようにも見える。

 

「…えっと…綾波。怪我は大丈夫なの?」

 

「平気…」

 

 そういって綾波は、右腕の包帯を外してみせた。小さな痣があるものの、ほとんど完治していた。

 

「…じゃあそんな包帯…全部外したら?暑いだろうし……」

 

「…平気」

 

 綾波に手を引かれるまま、道を歩いていると、向かう先が学校ではない事に気がついた。

 

「あ、綾波?こっちは学校じゃないと思うんだけど…」

 

「…?今日は学校は無いわ」

 

「え」

 

「土曜日…今日は休み」

 

 なんだ、学校は休みだったのか。遅刻で焦っていたのが馬鹿のようだ。

 あれ?じゃあ綾波はどこに向かっているんだ?

 

「ねぇ、綾波…どこ行くの?」

 

 一瞬ネルフかとも思ったが、道が真反対だった。この方向は…

 

「…芦ノ湖。」

 

「えっ…徒歩で⁉︎」

 

「他に方法、あるの?」

 

「そりゃまあ…電車とか…バスとか…」

 

「じゃあ…そうする」

 

 芦ノ湖。神奈川県第3新東京市にある、箱根山のカルデラ湖。さまざまなレジャー施設があり、休日は沢山の人々が訪れる。

 

 この日も例に漏れず、非常に混んでいた。

 

「…で、綾波」

 

「なに」

 

「ここからどうするの?」

 

「わからない」

 

「…………」

 

「…………」

 

 まあ、なんとなく察してたけど。

 空気が重くて辛くなってきたので綾波から視線を外すと、遊覧船が目に入った。

 

「…あれ…乗る?」

 

 別に乗りたいわけでも無いのだが、ずっとここで太陽に焼かれ続けるわけにもいかないので、冷房がありそうな遊覧船に誘ってみた。

 

「…ええ。」

 

 ネルフのパスと言うのは便利なもので、交通機関などは無料で利用する事が出来るのだが、遊覧船には当然使えない。

 

 綾波はそのことを知らなかったようで、お金を持ってきていなかった。なので完全にシンジの財布頼りである。

 だが、シンジは財布の中身が尽きるのを大して問題とは思わず、早くこの暑さから逃れたい一心で遊覧船に乗船した。

 

 船内は恐ろしいほど涼しく、汗が凍ってしまうのではないか、とも思えるほどであった。

 

 船が動き始めた。ゆっくりと窓の外の景色が変わっていく。となりの席に座った綾波を方をちらりと見ると、彼女の顔が目の前にあったので、少し驚く。

 

「わっ、綾波、近いよっ」

 

「…………外の景色…よく見えない」

 

「あ、じゃあ…席変わる?」

 

 

「…ちょっといいですか?」

 

 

「!」

 

 頭上から全く知らない女性の声がした。誰だと思い顔を上げる。

 

 …本当に見たことが無い人だった。赤い海で得た人類の記憶にもない人物。

 金色の瞳にやや褐色の肌、茶色がかったストレートの長い髪。歳は自分達と同じくらいに見える。

 

「君は碇シンジさんですよね?まさかこんな場所で遭遇するとは。」

 

「あなた誰」

 

 呆然とするシンジの代わりに綾波が問う。

 

「おっと申し遅れてしまいましたね。私はアキナ…"満月アキナツェッペリン"といいます。碇さん、あなたのことは鈴原君から知っていますよ。」

 

「鈴原君……トウジですか?」

 

「そうそう。サクラちゃんが…サクラちゃんというのは鈴原君の妹なんだけど。彼女あなたのロボットの戦闘に巻き込まれて左脚に大怪我しちゃってさ。鈴原君めちゃくちゃパニック起こしてたなぁ」

 

 畳みかけるような早口で人が聞いていないことを喋る。もはやそれは会話として成立しておらず、独り言が暴走している。

 

「…あなたは何をしに来たの」

 

「おっとそうだった。碇シンジ君。君の時間を少々拝借してもいいですか?」

 

「え…」

 

「よし、じゃあいきましょうか!」

 

「いや、ちょ…あのっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女のペースに流されて、芦ノ湖からまた第3新東京の中心部に戻ってきてしまった。

 

(なんでこうみんなして僕を強制的に連れ回すんだ…?)

 

「さて、ここが目的地ですよ。」

 

 大きな白い建物。『国立病院機構第三新東京病院』と看板に書かれている。

ここは第三新東京市ではもっとも大きな病院だ。

 しかし、シンジはほとんどここに来たことはない。なぜならばジオフロント内のネルフの病院で全てが解決しているからだ。

 

「なにボーッとしてるんですか。いきますよ。」

 

 ついさっき初めて会ったばかりだと言うのに彼女は全く遠慮がなく、腕を強引に引っ張りシンジを病院の中へ連れて行く。その後ろを無表情の綾波が静かについていく。

 周りから見ればかなり滑稽に見えそうなものだ。

 

「さあ、着きましたよ。508号室。」

 

「えと…何をすればいいんですか…?」

 

「この部屋の中にサクラちゃんがいる。」

 

「え…たしかトウ…鈴原さんの妹さん?」

 

「そう。私の仰せつかった任務はあなたをここに送り届け、サクラちゃんと話させることだった!あのサクラちゃんからの頼みだし私も多少強引でも叶えなきゃと思ったのです」

 

「多少…?」

 

「ささ、入んな入んな」

 

 勢いに押されるまま病室に入ってしまう。中にはベッドに座り窓の外を眺めている少女がいた。年齢は小学校低学年くらいだろうか?振り向いたその顔には、トウジと同じ血が流れていることを感じさせた。

 

「…あなたが碇シンジ…さん?」

 

 ほんの少しの静寂を破ったのはサクラの方。質問にシンジは「はい」と答える。

 

「という事は…あなたが私を助けてくれたんですね。あの紫のロボットで。」

 

 若干関西弁のイントネーションが混ざった声。やはりトウジの妹であるのだと実感する。

 

「僕なんか…全然…怪我させちゃったし…」

 

「兄はああ言ってますけど、碇さんが気に病むことじゃないですよ。あの時碇さんのロボットが出てきてくれたからこそ、これだけの傷で済んだんです。あの時碇さんのロボットがあの化け物を突き飛ばしてくれなかったら…建物ごど崩れて下敷きになっていました」

 

「………」

 

「兄は誤解してるだけです。話せばわかってくれます。あなたは私を助けてくれた恩人です。…それが言いたかっただけです」

 

 小学生とは思えないほど精神年齢の高いサクラの文言に驚きつつ、シンジは少し安心した。

 

「ありがとう」

 

「え、なんで碇さんが感謝してるんです?」

 

「僕はなんのために戦うのか、君のおかげで少しわかった気がするよ。」

 

「…そう…?ですか…」

 

「…ところで…あの満月さんっていうのは誰なんですか…?」

 

「アキナの事?」

「はい」

 

「…昔から近所に住んでる変なお姉ちゃんです。ふらっと現れてはすぐ消える…よくわからない。…でもいい人です。よく可愛がってくれました。」

 

 

 

 

 

 

 病室を出ると待っていたのは綾波だけで、さっきの女の子はもういなくなっていた。綾波が言うところによると、僕が病室に入った後すぐにいなくなったらしい。

 

 外はもう夕日で赤く染まっていて、つい先ほどまで朝だったのに、と時間の流れの速さを感じていた。

 

 ぐぅ、とお腹が鳴った。そういえば朝に軽食を食べたきりで何も食べていない。

 

「碇君」

 

「…何?綾波…」

 

「お腹空いているなら…何か食べるべきだと思うわ。」

 

「い、いやそんな事ないよ!」

 

 反射で否定する。なんだか恥ずかしいからだ。

 

「嘘。お腹が鳴った。本で読んだ事がある。空腹を感じた際の現象」

 

「………」

 

「そこにレストランがあるわ。何か食べましょう」

 

 

 

 

 

 

 夕飯時だからだろうか?ファミレスは順番待ちがあるくらいには混んでいた。待ち時間があるので綾波と何か雑談でもしたいが話が続かないのは前からずっとわかっている事だ。

 

 ミサトさんに帰りが遅くなることだけ携帯で伝えておき、メニュー表を見る。

 

 これといって食べたいものがあるわけでもないので適当にミートソーススパゲティでも食おうか、と決める。

 

 ふと視線を上げると、綾波が眠いのか船を漕いでいた。

 

「…綾波…?」

 

「……なに」

 

 半開きの今にも眠りそうな目でこちらに反応を返す。

 

「綾波は何が食べたい…?」

 

「…………カレー」

 

 しばしの間を置いた後、綾波が答えた。そのタイミングでちょうどレストランの席が空き、従業員に案内される。

 

 注文を伝え、届くまで待っていると自分まで眠気に襲われてきて、机に突っ伏して2人とも寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 眠ってしまい多くの時間を浪費した結果外は真っ暗になり、まだ数が足りない街灯頼りで家に帰ることになった。

 

「綾波、これは僕の独り言みたいなものだから聞き逃してもらって構わないんだけど。」

 

「………」

 

「今まで僕は父さんに褒められたくて戦ってきたけれど…だめだった。それじゃ大切な人は守れなかったし…全部失った」

 

「…………」

 

「だけど今日…サクラちゃんと話して…自分の役目をはっきりと思い出せた。僕は他人を守る。もっとエヴァに上手く乗って、守らないといけない。」

 

「……………」

 

「違う…守りたいんだ。僕は。」

 

 

「それが僕の…戦う理由だ」

 

 

 

 綾波と別れ、ミサトさんとの家に戻る。ミサトさん、皿洗いはきちんとやっただろうか?酔い潰れてやってないとかないだろうな、そんなことを思いながら、シンジは三日月の下を駆けていった。

 

 

つづく

 




クソ時間かかりました
かなり強引だし展開は纏まってないけど日を跨ぎまくって文章書いたらこうなりました。許して…

誤字あったら躊躇なく報告してくれ

ちなみに本来はこれのリメイクのつもりでした↓
https://syosetu.org/novel/252745/3.html


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