ペルソナ4~迷いの先に光あれ~ (四季の夢)
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プロローグ

とある日

 

現在、ベルベットルーム

 

薄暗く、シリアスな雰囲気を漂わせる車の内装をした場所で、一人の青年は座っていた。

その青年の髪は灰色に染めており、また顔も最低限は整えている。

だが、青年の目には生気が感じない……まるで抜け殻の様に。

そして、青年の正面ではまるで、青年を見据えている様に見詰める鼻の長い男。その隣では目を閉じ、この場の雰囲気を楽しんでいる様に黙っている銀髪の女性が座っていた。

 

「ヒッヒッヒッ……二年ぶりでございますな。“瀬多洸夜”様」

 

鼻の長い男“イゴール”の言葉に洸夜は一瞬、表情を歪めるが直ぐに戻した。

 

「(……別に俺から話す事は何もないが、昔世話になったし無下には出来ない)」

 

等と思いながらも本音を言えば、シャドウやペルソナと関係しているモノからは極力関わりたくない洸夜。なので早くこの場から去りたいのだ。

 

「久しぶりだなイゴール……だが、いまさら一体何の様だ? もう、お前との契約は終わり、俺に出来る事は何も無いんだぞ」

 

「ふふふ、それはどうかしらね?」

 

洸夜の言葉に返したのイゴールでは無く、隣で座っていただけの銀髪の女性だった。

しかし、洸夜の記憶の中にはこの人物はいない。

二年前にベルベットルームに招かれていた時は居なかった女性。

 

「(エリザベスじゃない、一体誰だ……? )」

 

本来ならば、イゴールの手伝いをしている筈のエリザベスが居ない事に困惑してしまう洸夜。

だが、考えるより聞いた方が早いと判断した為、目の前の人物と会話をする。

 

「あんたは誰だ? 二年前には居なかったろ?」

 

「自己紹介が遅れました、私の名前は“マーガレット”。ついでに言うと、エリザベスは私にとって妹に成ります」

 

「妹……!?」

 

マーガレットの言葉に洸夜は、少なからず驚きを隠せないでいた。

はっきり言ってイゴール達との付き合いは逸れなりに長いのだが。

 

「は、初めて知ったぞ……アイツ、姉妹が居るなんて一言も……」

 

「恐らく、聞かれなかったからですね。あの子は世間知らずで、主様の手伝いを除けば聞かれた事以外は余り喋りませんから。(本当は弟もいるけど、今は黙っておきましょう)」

 

「納得出来る答えだな……それで、当の本人は何処にいるんだ?」

 

エリザベスの事だから、相変わらずジャックフロストグッズ等の趣味にでも明け暮れている可能性がある。

エリザベスの性格や趣味を熟知している洸夜はそう考えていたが、マーガレットから放たれた言葉は全く別のモノだった。

 

「エリザベスは現在、現実の世界を旅していて留守にしております」

 

「旅……? 何故、そんな事を?」

 

洸夜は、あのエリザベスが一人で何処かを旅しているとは信じられなかった。

世間知らずで、『彼』や自分が一緒に行動しなければ危なくて見ていられ無かった彼女が何故旅を?

洸夜のそんな疑問に答えてくれたのはイゴールだ。

 

「ヒッヒッヒッ……彼女は『彼』を目覚めさせる方法を探す為に旅をしているのです」

 

「なッ……!」

 

イゴールの言葉に洸夜は目を開き、イゴールから視線を外さなかった。

そして、そんな洸夜を見てイゴールは再び笑いながら口を開く。

 

「ヒッヒッヒッ……! そうです。二年前に眠りに着いた『あの方』です」

 

「だが、あるのか……? “ユニバース”……“ワイルド”を超えるあの力の代償から『アイツ』を救う方法が……!」

 

顔を下に向け、拳を握り締めながら、絞り出す様に言う洸夜。

洸夜自身は本当は分かっていた、そんな方法は無いと言う事を……。

そんな簡単に解ける力ならば、最初から“ニュクス”を洸夜達全員で何とかしていた。

だが、出来なかったから『彼』が終わらせてくれたのだ。

あの戦いが終わった後、洸夜はイゴールを問いただし全てを聞いた。

“宇宙”のアルカナ、それについての話だけで洸夜は自分にはどうしようもない次元だと理解力した。

また、命が終わっているのにも関わらず何故、卒業式まで『彼』は生きている様に見えたのか?

理由は簡単だった……皆との約束が『彼』をその日まで生かしたのだ。

約束の為、それを聞いた時、洸夜はベルベットルームで泣き叫んだ。

皆を守り通すと言った『彼』や仲間達との約束。

自分はそれを守れなかったのだから。

 

「無理な可能性の方が高い……その事はあの子自身が一番良く分かっております。ですが、それでもエリザベスは前に進む事を選んだのです」

 

マーガレットの言葉に洸夜はゆっくりと顔を上げ、軽く微笑むと口を開く。

 

「そうか、アイツはもう選んだのか……情けない話だ。結局、二年経った今でも前に進めないのは俺だけか……ハハッ!」

 

まるで自分自身を小ばかにする様に笑う洸夜だが、無理をしているのは誰が見ても明白だった。

自分は『彼』と同じ“ワイルド”の力を持っていたのにも関わらず、結局は何も出来ずに仲間や美鶴の父を目の前で死なせた。

そんな自分に比べ『彼』は命を失っても尚、自分達との約束を果たす為に無理をしていた。

それ故に洸夜は許せなかった……力があったのにも関わらず、何も出来ずに見ていただけの自分が。

洸夜がそう思いながら自分を責めていた時。

 

「……なら、前に進んでみますか?」

 

「ッ!……また俺に何かさせたいのか? だが、今さら俺に何が出来る?」

 

マーガレットの言葉に一瞬だけ、過敏に反応してしまった洸夜。

だが、直ぐに表情を戻すとマーガレットの言葉を一蹴する。

今更、自分には何も出来る訳がない。

そんない思いが洸夜を支配しようとした時だ。

 

「実は今回、貴方様をお呼びした理由はそこに有るのです」

 

「何……?」

 

イゴールの言葉に多少驚きながらも、洸夜はイゴールからの視線を外さず、次の言葉を待つ。

謎は多いが、何だかんだで不思議な助言をして手助けしてくれるイゴール。

その彼が、わざわざ自分を呼んでまで伝えたい事はとんでもない内容だろ。

洸夜は、直感的にイゴールが自分に伝えるで有ろう内容を予測し、息を呑む。

 

「貴方様が弟様と近々行く事になる町で、ある事件が起こります。貴方様に、その事件の解決をお願いしたいのです」

 

「この際だから、あんたが何で俺が弟と一緒に叔父さんのいる町に行くのを知っているかは聞かないでおいてやる」

 

「ヒッヒッヒッ……ありがとうございます。説明するのも面倒ですからな」

 

洸夜の言葉に、イゴールはいつもの怪しい笑顔一つ崩さずに笑っている。

初めて会った時もそうだったが、この男が何者で何を考えているのかは今だに分からない。

別に悪い人物では無いのは確かなのだが、笑い方等が怪しい為無意識に警戒してしまう。

 

「だが、一体事件って何の事だ? 俺に頼むと言う事はシャドウ関係か?」

 

『彼』のお陰で“影時間”や“タルタロス”は消滅した為シャドウ達も居なく成ったとも言える。

しかし、現にイゴールから頼まれると言う事は、その事件に少なからずシャドウやペルソナが関係する可能性が高い。

 

「それは行って見たら分かります。それに今回の件は弟様にもお願いする予定です」

 

「なッ! 何故、総司もなんだ! アイツはシャドウもペルソナも関係ない!」

 

イゴールの言葉に感情的に成ってしまい、つい怒鳴ってしまう洸夜。

弟である総司には出来るだけ、こっちの非現実的な世界は知って欲しく無かったのが心情だった。

 

「運命としか言えませぬな……」

 

「ッ……!」

 

イゴールの言葉に、洸夜はもう何も言え無かった。

イゴールから運命と言われた瞬間、何故か不思議と本当にそうだと思ってしまったのだ。

 

「一つだけ聞きたい」

 

「いかが成されました?」

 

「大した事じゃないさ……ただ、もし総司が『アイツ』と同じユニバースまで力を得たら、『アイツ』見たいに成ってしまうのか?」

 

もし、総司も『彼』と同じ様に成ってしまうならば、力付くでもイゴールを止めようとまで洸夜は思っている。

美鶴の父や真次郎、それに弟の様に思っていた『彼』まで失った今、弟である総司すら失う訳には行かないそして、洸夜の言葉にイゴールはゆっくりと首を横に振る。

 

「ヒッヒッヒッ……それはあり得ません。アレは、あくまで『彼』の力であって同じ力になる事は有りません」

 

「そうか、ならば良い……俺のやる事は決まった」

 

そう言ってイゴールを見る洸夜の目には、覚悟が写っていた。

 

「うふふ、さっきより良い目になったわね洸夜」

 

「ヒッヒッヒッ。覚悟で満ちていますな」

 

「そんなんじゃ無いんだがな……だが、ありがとうイゴール、マーガレット。お陰で俺は前に進める」

 

「選んだのは貴方よ。洸夜……」

 

「それでは、お願い致します」

 

「……一応聞くが、これは契約か?」

 

「ヒッヒッヒ……そう難しく考えなくともよろしいかと……」

 

イゴールがそう言った瞬間洸夜の意識は途切れた。

 

END




瀬多洸夜
≪せた≫≪こうや≫
年齢:二十歳
髪色:灰色
能力:ワイルド・召喚(ペルソナを複数同時に召喚可能)

趣味:剣術・料理(両親共働きの為)
武器:刀(片手剣)
(美鶴から貰った刀。ペルソナ使いに反応して抜く事が出来る為、ペルソナ使い以外は使えない。また、多少なりともシャドウの力を低下させる事が出来る)

持ち物:召喚器・ペルソナ白書(全てのペルソナが埋まってない本。洸夜が勝手にこう言っている)
洸夜の鈴
(小さい頃によく、自分の後を付いて来ていた総司がいつでも自分の居場所が分かる様に付けていた鈴。
今では洸夜のお守り代わりと成っている。また、同じ様な鈴を沢山所持している為、気に入った人物等を見付けると鈴を上げる様にしている。だが、洸夜の鈴とは造りが違う為、洸夜の鈴とは少し音が違う)

黒寄りの服装を好み、灰色の長髪が目立つ青年でありペルソナ4の主人公の実兄にし、今作の主人公。
二年前まで単身で辰巳ポートアイランドで高校生活を送っていた過去を持ち、そこで起きたシャドウ事件を生き抜いているが『彼』の眠りが原因で仲間と揉めた結果、メンバーの中で一番早く寮を出ると同時に辰巳ポートアイランドから去っている。
その為、後日談である"フェス"には参加はおろか、起きた事すら知らない。
また、辰巳ポートアイランドでの事が今でも洸夜の心の大きな傷となっており、現実を受け止めようとする反面、受け止めたくない感情に葛藤し精神も病みかけたりもした。
また卒業から二年間、親の要望等もあり、進学も就職もしておらず現在はフリーターとして生計を経てている。
プロローグでは、過去に縛られながらも生活していた洸夜を、二年前の戦いの時に世話になったイゴールが再びベルベットルームに招き、洸夜と総司が向かう事となっている叔父のいる町で事件が起きる事と弟である総司が巻き込まれる事を知り、多少の迷いを抱きながらもまだ見ぬ事件解決と弟である総司を守る為、再びペルソナと共に稲羽市へと向かう。



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オリジナルペルソナ紹介

ペルソナ紹介です。


[オシリス]

 

アルカナ:???

物雷氷火風光闇

無吸ーー耐吸吸

 

姿:顔全体を竜の頭をイメージさせた朱い仮面で覆っており、竜の爪をイメージさせた朱い鎧に、その上から足まである朱い色の雷の模様の入った羽織りを纏っている。

また、背中には六枚の翼に右手には、羽織り同様に朱い雷をイメージさせたマークが入った大剣を持つ。

洸夜自身のペルソナであり『彼』とのコミュで姿が最初の頃と変わっている。

最初の頃は『愚者』のアルカナだったが、転生後は何故かアルカナが不明。

基本的な技

 

物理技

ジオ系

紅い稲妻

(オシリス専用技、敵全体に紅い稲妻が降り注ぐ)

攻撃補助

 

基本的なスキル

 

小剣の心得

疾風耐性

電撃ブースタ

電撃ハイブースタ

光・闇吸収

(オシリスだけが持っているスキル。相手とのレベル差で回復量が変わる)

 

その他多数のスキルを持っている攻撃型のペルソナ。

 

[ムラサキシキブ]

 

アルカナ:魔術師

物雷氷火風光闇

ー無吸耐ー耐耐

 

姿:青い長髪に青・黄・桃色の和服を身に着け、周りには金色と水色の羽衣を纏っている。

また、手には“源”と書かれた大きな本を持つ。

洸夜がイゴールの下で誕生させた女性のペルソナ。

風や物理には耐性が無いが数々の属性攻撃と補助技を持つ為、洸夜の持つペルソナの中では最強のサポート役になる。

 

基本的な技

 

属性技

補助・回復

 

基本的なスキル

 

耐性系

ブースタ系

その他多数の技やスキルを持つ。

 

[ワイト]

 

アルカナ:死神

物雷氷火風光闇

弱ー耐弱ー弱耐

 

姿:顔は骸で服装はボロボロの黒いマントを羽織っている。

また、右手には刃零れした錆びた鎌を握っている。

ムラサキシキブ同様、洸夜がイゴールの下で誕生させたペルソナ。

ステータスを見た通り、戦闘には向いて無いがダンジョン探索や敵情報を探るのに長けている。

また、ジャミング能力も備えており、シャドウや探知タイプのペルソナからも姿を隠す事が出来る。

事実、風花のペルソナ『ユノ』ですら捉える事が出来なかった。

 

基本的スキル

 

サーチ系

ジャミング

 

ダンジョン探索等のサポート能力に長けてはいるが

癒しの波動等は覚えてないのがたまに傷。

 

[ベンケイ]

 

アルカナ:戦車

物雷氷火風光闇

吸耐耐無耐ーー

 

姿:巨大な姿をしており

頭を灰色の頭巾を被っているが、顔の半分以上は白い布で隠している(ちなみに目の色は赤)。

また、服装は黒い鎧にだが周りは金色で染められている。

更に身体全体に武器を仕込んでいる為、ありとあらゆる物理技が使える。

 

イゴールの下で誕生させたペルソナ。

ステータスがとても高く

物理攻撃力だけならオシリスをも超える最強クラスのペルソナ。

だが、ベンケイだけが持つ自動効果スキルに弱点が有るらしい・・・。

 

基本的な技

 

デッドエンド

剛殺斬

デスバウンド

ソニックパンチ

その他多数

 

基本的なスキル

 

物理吸収

カウンタ系

崩れる魂

(ベンケイ専用スキル。時間が経つに連れてステータスが下がり、使用できる技が少なくなる)

泣き所

(ベンケイ専用スキル。雷氷風属性のどれかを連続で喰らうと、耐性から弱点に変わる。更に弱点に成った状態でその属性技を喰らうと戻せなくなる)

その他多数のスキル所持。

 

また、この他にも多数のペルソナを所持している。



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始まりと霧の町~序章~
稲羽市到着


現在、???

 

『嘘つき......嘘つき!守ってくれるって言ってたじゃないですか!』

 

“違う!違うんだ……!”

 

『あんたは一体、何がしたかったんすか!』

 

“すまない、許してくれ……!”

 

『洸夜……お前の力は一体なんの為に合ったんだ?』

 

“止めろ!そんな目で俺を見るなッ!”

 

『結局、お前は誰も守ってくれなかったな……何故助け無かった?』

 

“助け無かった訳じゃない! 俺だって……!”

 

『先輩……』

 

“ッ! 『■■■』!”

 

『どうして助けてくれなかったんですか? どうして先輩には力が無かったんですか?』

 

“あ、あぁ……!”

 

『先輩に力が有ったら、オレだってあんな事をせずに済んだのに……』

 

“すまない……! 本当にすまない……!”

 

『先輩、助けて下さい。痛いんです……身体も心も全てが……助けて……助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』

 

“うっ、うわあああああああああああああああああああああッ!!!!!”

 

========================

 

4月11日(月)雨→曇

 

現在、電車

 

 

「ハッ! ハァ……ハァ……!」

 

洸夜は目を覚まし、周りを見ると今、自分は総司と共に稲羽市へ向かう為に電車に乗っていた事を思い出した。

そして、額に汗が付いている事に気付き、自分は先程の夢でうなされていたんだと理解する。

 

「また、あの夢か……! 夢はいつか覚める。なのに何故、悪夢はこんなにも続く……」

 

美鶴達と揉め、学園都市を去ってからずっと続き、自分を苦しめ続ける悪夢。

実際はこんなにも酷いものではなかったが日々日々、悪夢の規模が大きくなっている気がしてならない。

自分は何時になったら許される?

そう思いながら洸夜は、自分の頭を両手で抑えていたが……。

 

「……スー……スー」

 

自分の向かいの席で寝ている総司と、景色を見ている内に落ち着きを取り戻す。

そして、呑気に寝ている弟の姿に、洸夜はつい笑いそうになってしまう。

 

「全く……知らないとは言え、稲羽で何かが起こるかも知れないのに呑気なモノだな」

 

そう言って洸夜は視線を景色に移し、少しずつ見えて来た稲羽市を見ていた。

イゴール達との会話から既に一週間……。

稲羽の町で何が起ころうとしているのかは、洸夜にはまだ分からない。

また、イゴール達との会話から今日までの一週間。

人気の付かない所でペルソナを召喚してみたが、身体はともかくペルソナ自体にはブランクは存在していなかった。

流石に巨大すぎるペルソナの召喚は無理だが、その他の召喚は問題なかった。

なによりも、自分だけの召喚技の一つ、一度に多数のペルソナ召喚。

流石に体力は辛くなるが、ミックスレイドとは違い、合体技ではなく一体一体を独立的に召喚する為、乱戦等の時には重宝したものだ。

そして、欠かせない物はまだある。

洸夜は自分の腰に掛けている一冊の白い本を手に取った。

なにやら文字が描かれている辞書の様に分厚い本。

これは二年前の戦いの時、イゴールに手渡された本であり、その従者の彼女が持っていた本と類似した存在と言われている。

己が誕生させたペルソナをいつでも持ち運べる様にとイゴールがくれた物だが、何故か『彼』には渡していない。

イゴールの従者の女性である人物が持つのは『ペルソナ全書』だが、渡された時には白紙であった為に『ペルソナ白書』と洸夜が勝手に言っている。

最後に、洸夜が肩に掛けている竹刀等を入れる様な布袋の中身も欠かせない物だ。

洸夜はその中身である"刀"を優しく触れる。

 

「また、使う事になりそうだな。(既に三日前に助けられたしな……あの暴走気味の"仮面"の相手に)」

 

洸夜が、この一週間での出来事を思い出し、自分のペルソナ達の中の“問題児”について悩んでいた時だった。

 

「ハッ! 今のは……?」

 

総司が突然目を覚ました。

しかし、何処か困惑している様子に洸夜は心配して声を掛ける事にした。

ずっと転校続きの生活で疲れが貯まっている可能性もある。

何より、総司は自分の意志を殺す様なそぶりをする為洸夜は余計に心配してしまう。

 

「どうした総司。何かあったのか?」

 

「……いや、大丈夫。ただ、変な夢を見ただけだから」

 

「そうか……余り無理はするなよ(イゴールが接触でもして来たか?)」

 

「流石に心配し過ぎだよ兄さん。自分の体調ぐらいはちゃんと把握してる」

 

少し疲れた感じに話す総司の言葉に洸夜は、イゴールが夢の中で接触して来たのだと感じた。

ペルソナを誕生させる時等に纏めて話せば良いものを、イゴールは必ず何かがあると自分達が寝ている時に夢の中で呼ぶ為、結構疲れる。

 

『次は稲羽~稲羽~です。忘れ物等にご注意下さい』

 

「次か……下りる準備をしとけ総司」

 

「そう言う兄さんもね」

 

電車の放送を聞いて洸夜と総司は、下りる準備を始めながら稲羽市を見ていた。

 

 

========================

現在、稲羽市

 

 

『稲羽~稲羽~です。足元にご注意下さい』

 

「着いたな……」

 

肩にスポーツバックを掛けながら辺りを見回す洸夜。電車から見た感じではそれなりに環境が良く見え、思っていた通り空気を良い。

 

「これからどうすれば良いんだっけ?」

 

「確か……叔父さんが向かいに来てくれている筈何だが」

 

「……って言ったって」

 

洸夜の言葉に総司は辺りを見回すが、何処にもそれらしい人物は見当たらなかった。

元々、総司が叔父に会ったのはまだ、赤ん坊の頃だからどっち道、顔が分からないう。

そう思いながらも、実は洸夜自身も叔父に会ったのはかなり昔の為、ちゃんと叔父の顔が分かるのか内心では心配している。

しかし、それでもそれらしい人が見当たらない為、駅の中にはいない様だ。

 

「いないのに此処にいても仕方ないし、まずは外に出て見ようよ?」

 

「それもそうだな。(一見何も起こってはいない様だな。暫くは様子見に成りそうだ)」

 

駅の雰囲気から、まだ事件は起きてないと判断した洸夜だが、油断しない様に最低限は警戒し、総司と共に駅から出る。

========================

 

「おーい! 二人共、こっちだ!」

 

駅から出た瞬間、洸夜と総司は誰かに呼ばれ、その方向を見てみる。

そこには、コートを肩に駆け、自分達に手を振っている渋い雰囲気の男性と、その男性の足を掴みながら後ろに隠れている小学生ぐらいの女の子がいた。

そして、その姿を見た瞬間に洸夜は昔の記憶が蘇り、あの男性が叔父である“堂島遼太郎“である事を思い出す。

また、堂島の隣にいる女の子も年賀状に付いてきた写真で見た堂島の一人娘“堂島菜々子“だと分かる。

 

「ご無沙汰してます叔父さん」

 

「お前、洸夜か?大きくなったな! それにしてもお前達二人共、写真で見るよりハンサムだな」

 

そう言って軽く笑いながら喋る堂島だが、少し無理をしている様にも感じた。

 

「(母さんの言う通りだな。叔父さんは無理をしている)」

 

実は洸夜は母親から聞いている事が有る。

事故で妻を無くした堂島は男手一つでこの子を此処まで育ててきたが。

妻の一件や、菜々子接し方が分からないから困惑している筈だ。

そして、そんな時に洸夜達の話が来た……。

総司は気付いてないが、堂島は少しでも自分達との距離を縮めようと、積極的に話て来ている。

母親に堂島のサポートも頼まれている洸夜は、馴れない事をして焦った感じになっている堂島を少し笑いながら見ていた。

 

「初めまして、総司です……」

 

「初めましてて……小さい頃にオムツを代えてやった事もあるんだかな」

 

総司の言葉に苦笑いしながら握手に応じる堂島。

 

「小さい頃だから仕方ないさ……それより、確か菜々子ちゃん……で良かったかな?」

 

そう言って洸夜と総司は視線を菜々子に移すが。

 

「!」

 

菜々子は顔を赤くしながら堂島の後ろに隠れてしまった。

流石に直ぐには心を開いてはくれないらしい。

そう思いながら洸夜が困った様に頭をかいていると……。

 

「ははは、おいおい何だ?照れてんのか?」

 

菜々子の様子を見た堂島が笑いながら菜々子の頭を撫でる。

そして、別に嫌われている訳では無いと分かった洸夜と総司は少し安心して溜息を吐くのだが。

 

「!!!」

 

堂島に言われた事が図星だったのか、菜々子は更に顔を赤くしながら堂島の足を殴る。

 

「(あれは痛い……だが、狙いは正確だな)」

 

そんな風に呑気に菜々子の攻撃を分析する洸夜。

足を殴られた堂島は「痛ッ!」とか言いながら笑っており、洸夜はそんな光景に笑いながら菜々子に近付くと、しゃがんで挨拶しようとした時だった。

 

チリーン...…!

 

洸夜がしゃがんだ事により腰に付けている鈴が鳴ったのだ。

 

「鈴……? きれいな音……」

 

洸夜の鈴の音が気に入ったのか、菜々子が反応した事に気付いた洸夜は、ポケットからピンク色の鈴を取り出し菜々子に差し出す。

 

「えっ……?」

 

差し出された菜々子は困惑するが、洸夜は優しく微笑みながら口を開く。

 

「あげるよ。俺の鈴とは少し違うけど、気に入ってくれると良いんだが」

 

「わあー!」

 

洸夜から鈴を受けとった菜々子は、目を輝かせながら鈴を見ている。

どうやら気に入ってくれたらしい。

自分のあげた鈴で、菜々子の子供特有の笑顔が見れて良かったと思う洸夜。

そして、再びポケットから今度は灰色の鈴を取り出すとそのまま堂島に渡した

 

「叔父さんにも渡しとくよ」

 

「ああ、すまんな……だが一体、この鈴は?」

 

「家族の証……あと、お守りってやつだな.」

 

洸夜の言葉に堂島は少し驚いた表情になるが、直ぐに表情は戻り顔には笑顔が生まれた。

 

「そうか、ありがとな。ほら、菜々子もちゃんとお礼を言いなさい」

 

「えっ? あ、うん。その、あ、ありが……とう!」

 

やはりまだ少し抵抗があるのか、オドオドしながらお礼を言う菜々子。

だけど洸夜は、菜々子のその精一杯の言葉を聞けて嬉しく思っていた。

 

「どう致しまして」

 

そう言って洸夜は菜々子の頭を撫でる。

そんな事をしなかまら菜々子で和んでいると、堂島が洸夜達に口を開く。

 

「何もなくて退屈かも知れんが……」

 

「いや、別に問題ないよ。逆に空気も良いし、都会よりも快適さ」

 

「確かにそうだね。それに風も気持ちが良い」

 

堂島の言葉に洸夜達は、稲羽の空気に心安らぐのを感じていた。

都会から少し離れただけで此処まで環境が良く。

このまま稲羽に住むのも悪く無い。

洸夜がそんな事を感じていた時だった。

 

「兄さん何してるの? 早く乗らないと置いてくよ」

 

気付くと既に総司や堂島達は車に乗っており、乗っていないのは自分一人に成っていた。

 

「すまない。今行くよ」

 

そう言って堂島の車に乗り込む洸夜。

だが、洸夜はまだ知らなかった。

この町で起きる事件が他の事件とは違い、異質なモノである事を……。

 

END



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霧の町

同日

 

現在、堂島の車

 

現在、洸夜達は堂島の車に乗り、窓から景色を見ていた。

すると、洸夜は何かを思い出し、堂島に口を開く。

 

「そうだ叔父さん。俺のバイクは既に届いてる?」

 

「バイク? ああ、あの黒いバイクなら既に届いてるぞ。それにしても、まさか最初に届いた荷物がバイクとはな……」

 

洸夜と堂島の言う黒いバイクとは、洸夜が美鶴の影響されて買った大型バイクの事である。

こちらでも使う事が有ると思い、引っ越す少し前に堂島宅に送っていたのだ。

ちなみに改造はしていない

 

「ゴメンゴメン。でも、やっぱり移動とかに使うからさ」

 

「なあに、別に責めている訳じゃないから安心しろ。そう言えば...…確か、総司が入学する学校は“八十神高等学校”だったか?」

 

「あ、うん...…確か、そんな名前だった筈」

 

「まあ、複雑な道じゃあないから道に迷う事は無いと思うが……何とかなるだろう」

 

「「(何とかなるのか……?)」」

 

堂島の言葉に苦笑いする洸夜と総司。

そんな時、助手席に座っていた菜々子がモジモジと足を動かし始めた。

 

「(トイレだな……)」

 

菜々子の様子にトイレだと思った洸夜だが、小さいとは言え女の子。

トイレに行きたいの?何て言える訳がない。

 

「お父さん……」

 

「何だ、トイレか……?」

 

「!」

 

「イテッ!」

 

堂島の言葉に、今度は横腹を殴る菜々子。

そして、殴られたのに平然と笑っている堂島。

ある意味、堂島は凄い……。

そんな風に思いながら、車はガソリンスタンドに到着する。

 

「いらっしゃいませ!!!」

 

「ガソリンを満タンで頼む……」

 

ガソリンスタンドに到着すると、やけに肌が白い店員が接客して来た。

しかし、堂島は馴れているのか余り気にせずにしている。

人を見た目で判断するのは失礼だと思い、店員の肌の白さにジロジロと見ていた事に悪いと思い反省する洸夜。

 

「降りるか……」

 

「そうだね……座り過ぎて尻が痛いし」

 

そして、電車や車の中でずっと座っていた二人も気分転換の為に車から降りる事にした。

 

「ほら、トイレに行ってくるんだろ?」

 

「うん……」

 

「トイレは此処から左に行った所だよ。左って分かるかな? お箸持たない方ね」

 

「むー! 菜々子、子供じゃないよ!」

 

店員は親切心で言ったのだろうが、菜々子は子供扱いされたのが気に入ら無かったらしく、怒りながらトイレへと向かって行ってしまった。

洸夜も流石にあれは子供扱いし過ぎだと思った。

悪気は無いと思うのだが。そう思いながら洸夜は苦笑して店員を見るが、店員は気にして無いらしく堂島と世間話をしている。

仕事しろよ! と洸夜と総司が思っているのは言うまでもない。

 

「何処かにお出かけで?」

 

「いや、今日都会から来たコイツ等を迎えに行ってたんだ。さて、俺も一服して来るか……」

 

「へー 都会からね……」

 

店員が何か一人でブツブツ喋っているが、堂島は気にせずにタバコを吸いに行ってしまう。

そして、店員は今度は自分達に近付いてくる。

田舎町の店員はこんなにも積極的に接客するのか?

洸夜がそんな事を考えている内に、店員は総司と会話をしていた。

 

「君達、都会から来たんだ……それに、君は高校生だよね? 此処、都会と違って何にも無いっしょ? 高校生だったら友達と遊んだり、バイトとかしか無いでしょ? うちのスタンドバイト募集してんだ。良かったら考えてみてよ」

 

そう言って握手を交わす総司と店員。

そして洸夜は、自分もこの町で早くバイトを探そうと考えている。

はっきり言って洸夜は頭も良く、行動力もある為その気になれば大学や、就職する事も可能。

だが、洸夜は色々な職業や世界を見たいと思っている為バイトをしている。

良く言えば、好奇心旺盛な若者。

悪く言えば、才能を無駄にしているフリーター。

ちなみに洸夜自身もこの生き方は良くないと自覚している為、後一年経っても自分に有った職を見付けられ無かったら、両親のコネで何処かに就職する事を両親と約束している。

だが、それはあくまで表、第三者視点での事であり、実際は違う理由。

 

「(別に自分一人だけ生きて行くなら、このままでも良いんだが。世の中甘く無いしな……)」

 

等と洸夜が心の中で愚痴っていると……。

 

「お兄さんもよろしく」

 

気付くと先程の店員は総司との会話を終わらせ、自分の目の前に来て、手を差し出していた。

別に拒む理由は無いと判断した洸夜はそれに答える。

 

「ああ、よろしく」

 

そう思いながら、洸夜は店員から差し出された手を握る。

 

「よろしく……ッ!? 君……!」

 

「どうした、何か有ったのか?」

 

突然、店員の様子がおかしくなり、洸夜は心配して尋ねるが。

 

「……いや、何でもないよ! ごめんね、何か心配かけちゃったね」

 

「い、いや……何でも無いならそれで良いんだ」

 

店員が笑いながら何でもないと言って、洸夜は安心する。

流石に来て直ぐに問題に巻き込まれたくはない。

とは言っても、事件を解決する為に来たのだから、巻き込まれるのは決まったも同然なのだが。

そして、洸夜が店員と話している内に菜々子がトイレから戻って来たのを見て、店員は慌てだす。

 

「ヤバッ! 僕も早く仕事しないと……!」

 

「ハハ、中々騒がしい店員だな……」

 

そう言って洸夜は、店員が走ってガソリンを入れるのを笑いながら見ていた時だった。

 

「うっ!」

 

総司が突然、頭を抑えて膝を着いた。

 

「おい、総司!?」

 

「具合悪いの……?」

 

洸夜と菜々子の言葉に、総司は最初は頭を抑えていたが直ぐに離して立ち上がった。

 

「いや、大丈夫……少し立ちくらみがしただけだから」

 

大丈夫とは言うが、総司の顔色は余り良くない。

 

「(長旅で疲れたか?)顔色が余り良くないな……余り無理はするな」

 

「大丈夫だって……兄さんは少し、俺に過保護だよ」

 

「どうした?」

 

総司が洸夜と会話をしていると、タバコを吸い終わった堂島が戻って来た。

 

「具合が悪い見たい」

 

そして、堂島の言葉に菜々子が総司を心配して、詳しく話した。

 

「(まだ、本当は家族が増える事に困惑している筈なのに……強い子だな)」

 

洸夜が菜々子に付いてそう思っていると、菜々子から聞いた堂島は総司の顔を見る。

 

「顔色が悪いな.....長旅で疲れたんだろう。今日は飯食って早く寝た方が良いな」

 

「……すいません」

 

総司が申し訳なさそうに頭を下げるが、堂島は笑っている。

 

「ハハハ、余りそんな他人行儀になるな。一年だけだが、俺達は家族なんだ。甘える時は甘えてくれ」

 

「叔父さんの言う通りだ総司。お前は少し遠慮し過ぎる時があるからな」

 

「えっとね……菜々子も少しは頼って良いんだよ?」

 

洸夜や堂島、そして菜々子の言葉に総司は最初は少し困惑した顔になるが、その表情は笑顔に変わった。

 

「叔父さんも菜々子もありがとう。兄さんもね」

 

そして、洸夜達は再び車に乗り込むと堂島宅へと向かった。

 

========================

現在、堂島宅

 

堂島宅に着いた洸夜達だったが、堂島宅の前に一人の男と、トラックが停まっていた。

見た感じではどうやら宅配便の様だ。

 

「何だ? 宅配便が来るなんて聞いてないが……? おい! 家に何か用か?」

 

堂島が車から降り、宅配の業者に声を掛けた。

そして、声を掛けられた業者の方も堂島に気付くと安心した顔になる。

 

「ああ、良かった。留守かと思いましたよ……宅配便です。ハンコかサインを貰えますか?」

 

業者がそう言って堂島は家の前に置いてある、大きな二つのダンボール箱を見て驚いている。

 

「おいおい、何だこの荷物は……!? まあ、いいか……すまんな、サインでも良いか?」

 

「構いませんよ」

 

そう言って叔父さんは書類にサインする。

そんな時、洸夜は宅配業者の顔が何処か引っ掛かった

 

「あの業者、何処かで見た様な」

 

何処立ったか良く覚えてはいないが、つい最近の様な気がする。

洸夜がそんな風に考えていると。

 

「おーい洸夜!スマンが、この荷物を入れるのを手伝ってくれ!」

 

洸夜が気付くと既に業者はおらず、堂島が荷物を入れる為洸夜を呼んでいた。

 

「今、行くよ」

 

そう言って寝ている総司と菜々子を起こさない様に車から降りた洸夜は二つの荷物に目をやると、二つともテレビの様だ。

しかも、今流行りの大型テレビ。

 

「大型テレビが二台? 一体誰から?」

 

「少し待て、手紙が付いていたな……え~と、名前は……姉さん達からだ」

 

「母さんから?」

 

何故、堂島の姉であり、自分と総司の母親からテレビが二台も送ってくるのか洸夜も堂島も分からない。

そして、堂島は手紙の封を切って中身を見る。

 

「え~と、何々……拝啓、我が実弟の遼太郎へ私の最愛の息子達は着いたかな? 一年だけとは言え息子二人も頼んでごめんね(笑)。でも、電話でも話した通り、二人共いい子で手間は掛からないからお前の助けになる筈よ。後、お礼と言う訳では無いけどテレビを二台贈ります。高かったんだから大事に使いなさいよ。それじゃあ菜々子ちゃんに宜しくね。

P.S、洸夜か総司を菜々子ちゃんのお婿にどう? 姉より」

 

「「……」」

 

母親の手紙を聞いて、堂島も洸夜もどんな反応をすれば良いか分からなかった。と言うよりも、母親の手紙からも伝わる勢いに圧されてしまって、何も言え無かったのである。

そして、二人が出した結果は……。

 

「まずは、このテレビを中に入れ様か……」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

まずはテレビを家の中に入れると言う結論だった。

 

========================

現在、堂島宅内

 

 

堂島と起きた総司達と話し合った結果、一台は居間に置く事に為り。

もう一台は、洸夜の部屋に置く事になった。

そして現在、洸夜は自分の部屋でテレビをセッティングしている最中。

 

「後は……チャンネルを設定すれば良い筈だから(母さんも相変わらず突然だな…全く、それでも憎めない両親だけどな)」

 

そう思いながらリモコンで設定しようとしている時だった。

「兄さーん! 夕飯どうするの?」

 

下の階から総司に呼ばれて時計を見ると、いつの間にか時間は12時に成ろうとしていた。

自分はこんな時間に成るまで気づかなかったのかと、人間の集中力に驚く洸夜。

 

「叔父さんと菜々子は?」

 

「叔父さんは仕事で出掛けた。菜々子はもう眠っちゃったよ。俺もそろそろ寝るけど…?」

 

「分かった! 後は自分でやるからお前はもう寝ろ!」

 

洸夜はそう言うと扉を閉めて窓を覗いて見た。

すると、外は霧で覆われており、町の姿も霧によって全く見えない。

昔、来た時はこんなにも霧が濃く出る町では無かった筈。

環境が変わってしまったのだろうか?。

そう思いながら洸夜は、チャンネルの設定はまた明日やれば良いと思い、テレビの電源を消した。

堂島が用意してくれた部屋の机に召喚器とペルソナ白書を置き、刀は袋に入れたまま近くに立てかけた。

そして、洸夜は部屋の隅に置いてあった布団を引き、眠ろうと思った時。

 

ピーー!ザ、ザザー!!!

 

突然、電源を消した筈のテレビが付き、砂嵐が流れ出る。

そして、砂嵐が晴れると壁全体に何かのポスターを貼った様な部屋の映像が流れ出した。

 

「何だこれは?。何で勝手にテレビが着くんだ?。第一チャンネルは設定して無いぞ……と言うより電源も……」

 

突然点いたテレビを不審に思いながら、洸夜は右手で刀を掴み、何が起こっても対応出来る様にする。

すると、テレビ内で動きがあった。

突然、テレビに女性が現れたのだ。

顔を砂嵐や画面が乱れて良く見えないが、何処か見覚えがある姿をしていた。

 

「一体何が起こっている? この女性は誰だ……!」

 

イゴールが言っていた事件の事もある為、洸夜はこのテレビが何か関係が有ると確信し、映っている人物を必死で思い出そうとする。そんな中、テレビに映っている女性に異変が起こる。その女性は近くの椅子の上に登るて、何か布らしきモノを結んで輪を作り、天井に吊し始めた。

その様子を見て、洸夜はこの女性が何をしようとしているのかを理解した。

 

「首吊る気かよッ!? まさか、事件ってこの事なのか!」

 

そう言って洸夜の手が画面に触れた時。

 

ズズ……。

 

「グッ! 何だ…これは……!」

 

突如、洸夜の手が画面に飲み込まれ、まるで何かに引っ張られている様な感じでテレビの中に引きずり込まれそうになる。

 

「イゴールの野郎……! 何が行けば分かるだ。異変は起きたが、良く分かんねえよッ!」

 

行けば分かると言ったイゴールの言葉に苛立ちながらも洸夜は、力付くでテレビから腕を引っこ抜き、テレビは普通のテレビに戻っていた。

 

「何だったんだ今のは……影時間とも違う、この不快感は一体……!」

 

どう考えても、今の現象は非現実的なモノだった。

イゴールが自分に頼んだ事も頷ける。

非現実的には非現実的を……再び、ペルソナ達の力を借りる事になりそうだと洸夜は確信した。

 

「今日はもう寝よう、これ以上は考えても仕方ない」

 

そう言って洸夜は眠りに入った。

 

END



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霧の中の夢

同日

 

現在 ???

 

「此処は……何処だ?」

 

気が付いたら洸夜は、辺りが霧で包まれた場所に立っていた。

 

自分は部屋で眠っていた筈……なのに、何故この様な場所にいるのか洸夜には理解出来なかった。

 

そして、自分の装備を確認して見ると、左腰には刀が挿してあり、腰にはペルソナ白書、そして左肩にはホルスターに入った召喚器がある。

これらは全て自分の部屋に置いていた筈。

 

「なのに何故……?」

洸夜がこの異常な事態が飲み込めずに混乱しそうになっていた時だった。

 

“良く、来ましたね……”

 

「ッ!?」

 

まるで頭に直接声を流された様な声が突然聞こえ、洸夜は刀を構え辺りを警戒する。

しかし、何処からも気配は感じない。

タルタロスでシャドウと戦っていただけ合り、洸夜も少なからずは気配を探れる筈なのだが、何処からも気配は感じられなかった。

 

「……。(一体、何処にいる……!)」

 

“私はそこには居ませんよ…私に会いたいならば追って来て下さい。さあ、奥にどうぞ…”

 

「……」

 

語り掛けてくる声に洸夜は一瞬、罠の可能性も考えたが、此処が何処か分からない以上は先に進むしか無かった。

何処か分からない場所、そして謎の声からの誘い。

完全に相手の言われるがままの状態だった。

 

「こちらからどうする事も出来ない以上、この声に従うしかなさそうだな。……よく考えている」

 

そう呟くと洸夜は歩き出した。

霧が濃く、ちゃんと前に進んでいるのかどうかすら分からない。

それでも洸夜は足を止めずにまた一歩、また一歩と少しずつ前進して行った。

 

========================

 

あれから、どの位歩いたのだろうか?

正確には分からないが、かなりの距離を進んでいる筈なのに、不思議と足には疲れが見えない。

そして、暫く歩いている内に洸夜はこの場所の雰囲気が“影時間”に似ている事に気付くが……。

 

「雰囲気は影時間。だが、不快感はそれ以上だな……。(それに先程は気付かなかったが、この霧は何だ? まるで、纏わり付く様な感じだ)」

 

また、これ程まで霧が濃い理由も分からない。

ここの居場所を知られたくないのだろうか。

何故、そんな事を思ったのかは洸夜自身も分からなかったが、直感的にここの霧はただの霧では無いと判断した。

そして、再び暫く歩いていると、前方に扉らしきモノが見えた。

 

「コレは……?」

 

洸夜が扉に触れた瞬間…。

 

ガチャ……ガコンッ!

 

扉が開き、先に進める様に成った。

しかし、扉の先も霧で覆われており、全く何も見えなかった。

だが、それでも洸夜に不安は無かった。

 

自分にはペルソナがいる。ずっと自分と共に戦い、そして乗り越えて来た仲間であり、もう一人の自分。

例え、どんな相手でも洸夜は負ける気がしなかった。

 

「……行くか」

 

そして、洸夜は扉の向こうへと歩き出した。

 

========================

現在、???

 

扉の向こう側は霧で覆われていたが、広い空間である事は分かった。

広い空間だった為か、うっすらと霧が薄い場所があるのだ。

 

「霧が濃いのは変わらないが……さっきよりはマシだな」

 

“良く来ましたね”

 

「ッ!?」

 

再び聞こえた謎の声に洸夜は刀を握り、いつでも戦える体勢に入る。

そして…洸夜は気が付く。

自分の目の前に霧で覆われて完全に姿は見えないが、霧によって見えるシルエットでそこに何者かがいる事に……。

 

「お前か、俺を此処に呼んだのは?」

 

“ええ、貴方の力に興味が有るのですよ。他の者にはない……その力を”

 

そう言って???の周りの雰囲気が変わり、素人でも分かるぐらいの殺気が放たれる。

しかし、このぐらいの修羅場はずっと乗り越えて来た洸夜は少しも怯まない。

 

「フッ……ペルソナを知っていて勝負を挑むとはな。怪我しても恨むなよッ!」

 

そう言ってホルスターから召喚器を握る洸夜。

それに対し、???は洸夜の姿に笑っている。

 

“ふふふ、貴方では私に傷一つ付けられないでしょう”

 

「御託はいい。さっさと終わらせるぞ」

 

そう言って洸夜は、自分の頭に召喚器を付き付ける。

 

“そんなモノは貴方には必要ないでしょ?”

 

「癖に成ってしまったんでね……オシリスッ!ムラサキシキブッ!」

 

洸夜が引き金を弾くと同時に、洸夜のペルソナである『オシリス』と『ムラサキシキブ』が召喚される。

久方ぶりの実戦と言う事も有り、今の洸夜は心身共に張り切っているが、だからと言って油断もしてはいなかった。

シャドウなのか、それとも別の存在なのかは分からないが、今目の前にいる者は自分の敵。

其だけで戦う理由には十分。

 

そんな洸夜の姿に、???は何やら楽しい座興でも見ているかの様に楽しそうに笑っている。

 

“……同時に複数の召喚ですか”

 

「戦いの最中に喋っていると舌を噛むぞ……オシリス!」

 

洸夜の言葉にオシリスは大剣を???に目掛けて振り下ろし、霧ごと???を叩っ斬る。

 

“グッ!”

 

???にダメージが入ったのを確認した洸夜は、相手を休ませない様に一気に追撃する。

 

「オシリスッ!ムラサキシキブッ!」

 

洸夜の指示にオシリスは一旦、???から距離をとると大剣を掲げると全身から紅い色の電気が流れだす。ムラサキシキブは本を開くと、羽衣の色が青に変わり身体の周りから冷気が発生する。

しかし、その様子を見ていた???は、オシリス達の動きに対応する為か、動きが変わる。

 

“何をする気かは分かりませんが…アレを喰らう訳には行きませんね”

 

そう言って???が、霧の中に隠れ様としたが。

 

“グッ! やってくれますね……!”

 

オシリス達に気をとられていた???に洸夜は刀で一気に斬り付けていた。

そして、洸夜に斬られた事により???の身体から血が垂れだす。

 

「ペルソナに戦わせるだけが、ペルソナ使いじゃないんでな……」

 

“だが、この深い霧の中でどうやって私の位置を……”

 

???は、霧によって視界が悪く成っているこの場所で、洸夜がどうやって自分の位置を見付けたのか疑問に思っていると…。

 

『カシャシャッ!』

 

“ッ!? それは……”

 

洸夜の隣に突如、骸骨の顔をしたペルソナが出現し、???は驚いた様子になる

 

「コイツも俺のペルソナだ…戦闘力はともかく、ダンジョン探索や敵情報を探るのに長けているのでね……こんな霧で隠れ様としても意味は無いぞ」

 

そう言って刀を???に向ける洸夜。

 

“成る程……先程の場所で、それを使わなかったのは私に手の内を教えない為でしたか…!”

 

シルエットで顔は見えないが、恐らくは苦虫を噛んでいる様な顔に成っているで有ろう???を見て、洸夜は笑っている。

 

「クク、それよりもお前…いつまでも、俺だけを見ていて良いのか?」

 

“ッ! しまったッ!?”

 

???の後ろではオシリスとムラサキシキブが既に、後は技を放つだけの状態と成っていた。

 

「気付くのが遅い……オシリスッ!ムラサキシキブッ!」

 

『紅き稲妻/ニブルヘイム』

 

“グゥゥッ!”

 

オシリス専用技と、氷属性最強の技を放ち。

二体のペルソナの最強クラスの技を喰らい、???の周辺に煙りと氷の塊が発生する。

戦いで油断は命取り……まさにその通り。

そう思いながら洸夜は勝ちを確信し、ゆっくりと警戒しながら???に力付こうとした、その時…。

 

『混迷の霧』

 

「ッ!? 何だこの霧は…!」

 

突如、洸夜の周りに先程までの霧とは比べものに成らないぐらいの霧が発生する

 

「これは……!(先程の霧とは何かが違う! 一体、何が……!)」

 

そう思いながら洸夜は辺りの霧に警戒していると。

 

“ふふふ、驚きましたね。まさか、私に傷を付けるとは…”

 

「なッ!? お前、何で……」

 

そこには相変わらずシルエットしか写ってないが、声の感じからして、それ程ダメージを受けていない???の姿が合った。

しかし、???は洸夜の言葉に答える気はない様な感じで口を開く。

 

“申し訳ないが、もう時間何ですよ”

 

「時間? 何の事……!? グッ!」

 

???の言葉を聞いた瞬間洸夜の視界が歪み出し、段々と意識が薄れて行く。

 

“それではサヨウナラ。貴方の活躍を楽しみにさせて頂きますよ。その為に貴方には他の者達とは違う力を授けたのですから”

 

「ま、待てッ! お前は一体!」

 

“ふふふ、いずれまた会えますよ。貴方が追うのが真実で有るならばね”

 

その言葉を最後に、洸夜の意識は途切れた。

 

========================

「此処は…俺の部屋か」

 

洸夜が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。

そして、刀・召喚器・ペルソナ白書の三つも寝る前と同じ場所に置いて有る。

 

「夢……な訳無いよな。」

 

先程の出来事が夢な訳が無いと思う洸夜。

はっきり言って夢で片付けられる様な、簡単な出来事ではない。

 

「イゴールめ……厄介な事を押し付けてくれたな」

 

==============

 

現在???

 

洸夜が???と戦った後、同じ場所で総司も???と戦闘をしていた。

そして、総司の右手には刀が握られており、その隣には霧で良く見えないが大剣を持った何かがいた。

総司自身もこの状況に戸惑っていたが、何故かこの大剣を持った何者かの扱い方等が頭に直接入って来る為戦い事態は何とか成っていた。

しかし、それでも現状は良く無かった。

 

“どうしました?それで終わり何ですか?”

 

「ハァ……ハァ……一体何なんだ……!」

 

いくら攻撃しても、相手に効いてる様子はない。

はっきり言って手詰まりの状況だ。

 

“もう少し頑張ってみたらどうですか? 少なくとも“彼”は私に傷を付けましたよ?”

 

「“彼”……? 一体誰の事を言って……ッ!?」

 

突然、総司の視界が歪んだと思ったら意識も薄れて行く。

 

“どうやら時間の様ですね…それでは、またいつか…真実を求めるのであれば、会える思いますよ”

 

「お前……なん何だ……!」

 

そして、総司の意識は途切れ、気付くと洸夜の様に部屋の中にいた。

 

END



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開幕

前書きが思いつかない・・・


4月12日(火)雨→雲

 

現在、ジュネス

 

洸夜は現在、近くのスーパーで食材を買っている。

はっきり言って、堂島宅には余り料理する人がいない為、食材が無かったのが原因だ。

このままでは、育ち盛りの菜々子にちゃんと栄養が回らない。

そう思い洸夜は食材を買っているのだ。

 

「卵、肉、野菜、調味料に……豆腐は商店街の方が良さそうだな。となると、後は……ん?」

 

買った物を見ながら、バイクに荷物を置いていると洸夜の視線の先で主婦の方々が何か話している。

本来ならば、他人の立ち話の内容に興味が無いのだが今回はそうもいかなかった

 

「聞いた? ほら、あそこの近所で……」

 

「殺人でしょ? しかも殺されたのって、あの不倫アナウンサーの……なんて言ったっけ?」

 

「山野真由美でしょ……でも、死体が家のアンテナに引っ掛かってたんなんて普通じゃないわよ」

 

「あ~怖い。早く帰りましょう」

 

そう言って主婦の方々は解散して行く。

 

「山野真由美……? ッ!? あの女性だ…昨日のテレビに映っていたのは山野アナウンサーだ」

 

洸夜は夜に映ったテレビに映し出されていた人物が現在、議員秘書の生田目太郎との不倫で騒がれている山野真由美である事を思い出した。

偶然なのかどうかは現状では材料が少な過ぎる。

そう思いながら洸夜は、ヘルメットを被り、バイクを家へ走らせる。

 

「(肉や卵が痛むからな……まずは家だ。しかし、一体この町で何が起ころうとしているんだ…!)」

========================

 

家に食材を入れた洸夜はその後、直ぐにバイクに乗ると事件現場へと走らせた。そして、事件現場に着くと思ったより野次馬は少ないが警察と学生が数人いる事に気付く。

 

「学生か……(ってアレは……総司か? 左右にいる女子は知らないが、叔父さんもいるのは好都合だな)」

 

前方で何か話している警察と学生が、総司と堂島である事に気付いた洸夜。

あわよくば、堂島に鎌を掛けて情報を得られるかも知れない。

そう思いながら洸夜は総司達に近付く。

 

===================

 

転校初日の学校の終わった後、総司はクラスで知り合った二人の女子、里中千枝と天城雪子と帰っていた。そんな時に何かの事件現場の前を通って、叔父である堂島に見付かり話している最中だ。

 

「まあ、あんまり寄り道せずに気をつけて帰れよ。俺はまだ仕事があるから今日は遅くなるかも知れん……だから、洸夜と菜々子にも伝えといてくれ」

 

「うん、分かった」

 

そう言って堂島の言葉に頷く総司。

すると、千枝が堂島の言葉を聞いて総司に質問する。

 

「ねえ、瀬多君? 洸夜と菜々子って誰の事?」

 

「ああ、菜々子は叔父さんの娘さんで洸夜は俺の兄さんだよ」

 

「ええッ! 瀬多君ってお兄さんいたのッ!?」

 

「ちょっと意外……」

 

そう言って驚く千枝と、静かに呟く雪子。

そして、二人の言葉に総司はそんなに意外かな?等と首を傾げている。

 

「ねえねえ? そのお兄さんってどんな人?」

 

「こんな人」

 

「へ~って……」

 

千枝の言葉に総司が答える前に誰かが口を挟む。

そして、その口を挟んだ人物の方を向いて見ると、黒いバイクのヘルメットを被った人物が立っていた。

 

「「きゃああああああああああああッ!!! 出たぁぁぁぁッ!!!!」」

 

此処が事件現場と言う理由と、無駄に存在感を出すヘルメット姿の人物に千枝と雪子は叫んでしまう。

しかし、総司はこの人物が誰か直ぐに分かった。

 

「兄さん…また、ヘルメット外し忘れてるよ」

 

「「えっ? 兄さん……?」」

 

総司の言葉に千枝と雪子は互いの手を掴みながら、恐る恐るそのヘルメットの方を見る。

 

「ああ、すまん。また、忘れていた様だ……っと」

 

「「わぁ~(か、格好いい……!)」」

 

洸夜がヘルメットを外して素顔が現れた瞬間、千枝と雪子は呆気に取られてしまっている。

ついさっきまで不審者だと思っていた人が、今日転校して友人と成った人の兄でしかも、顔も格好良かったと成れば余りのギャップの差に混乱する。

 

「驚かせてすまない……先程の紹介通り、総司の兄の瀬多洸夜だ、宜しく」

 

そう言って千枝と雪子に手を差し出す洸夜。

そして、洸夜の手を申し訳なさそうに掴む千枝。

 

「あ、どうも里中千枝です…さっきは叫んですみません。不審者かと思って……」

 

「千枝ちゃんだね。別に気にしてはいないさ、アレはこちらの不注意だ。それと、君は…

 

「天城雪子です……初めまして」

 

千枝とは違い、落ち着きながら挨拶する雪子。

 

「宜しく。まだ、この町に慣れてないし、迷惑かけるかも知れないが弟を宜しく頼むよ」

 

「「は、はい……」」

 

洸夜の言葉に頷く千枝と雪子。

だが、先程より落ち着きながら話す千枝達を見ると、さっきの会話で洸夜の人柄が分かった様だ。

しかし、総司は少し顔を赤くしながら前に出る。

 

「に、兄さん……もう良いから、お節介焼かないでくれ」

 

コレ以上言ったら何だかんだで、総司の嫁にならないか?、なんて言い兼ねなくなる。

厳しい時は厳しいが、何だかんだで自分に甘い兄に総司はため息を吐いた。

 

総司の友人である千枝と雪子との自己紹介も終わると先程まで黙っていた堂島が口を開いた。

 

「それで、結局お前は何でこんな所にいるんだ?」

 

「ただの大人しい野次馬さ……そっちこそ何か事件でしょ?」

 

「いくら家族とは言え、一般人に言えるか」

 

そう言って少し目を厳しくする堂島に、総司や千枝達は少し怯む。

だが、洸夜は一切怯まなかった。

 

(「流石は叔父さんだ……伊達に刑事やってない)」

 

そう考えながらも、何とか情報を獲たい洸夜は辺りを見てみると面白い者を見付け、再び堂島へと口を開いた。

 

「と言っても、変死殺人でしょ?」

 

「な、お前何処でそれを!」

 

何も知らない筈の洸夜が何故、そんな事をしっているのか?。

と言う疑問に堂島が洸夜を探る様な目で見るが洸夜は…。

 

「いやだって、あれ……」

 

「「「「アレ……?」」」」

 

洸夜がある一点を指差し、堂島と総司達が一斉にそこに目をやると…。

 

「オ、オェ~~! うっぷ……やっぱり死体何て見るもんじゃないなあ、しかもアンテナの上だぞ。それに害者には怪我一つ無かったんだぞ、どうやって殺したんだよ。うわ~最悪だ…」

 

「「「「……」」」」

 

そこには事件についてベラベラ喋りながら、吐いている刑事がいた。

余りの事に総司達は絶句しているが、堂島に至っては怒りで言葉が出ない様だ。拳を握り締めてプルプルしている。

流石にあそこまで情報を貰えると返って申し訳ない気もする。

そう思いながら、洸夜は隣で今にも爆発しそうな堂島を見ていると……。

 

「足立ぃぃッ!!!! 何してんだお前は!!! また本庁に戻るかぁッ!!」

 

堂島の怒りが爆発し、それに対して吐いていた刑事は驚きの余りビクッ!と飛び上がる。

そして、その光景に洸夜と総司達も同じ様にビクッ!として仕舞う。

 

「(叔父さんもまだまだ現役だな…)」

 

何て思いながら。

 

「ヒッ! すいません堂島さん……」

 

「全く! 大体お前はな……!」

 

本当ならば堂島から情報を得たかったのだが、結果オーライで足立から情報を得る事に成功した洸夜。

だが、その変わり足立が可愛そうに見えて仕舞った。そして、堂島は足立にガミガミて説教をしている為

これ以上は情報は得られないだろうと判断した洸夜は再びヘルメットを被るとバイクに跨がる。

 

「それじゃあ総司、俺は先に帰るからな。千枝ちゃんと雪子ちゃんも今日は早く帰った方がいい。それじゃあな」

 

「分かったよ兄さん」

 

「あ、はい!」

 

「お兄さんもさよなら」

 

総司達の台詞に洸夜は頷くとバイクを家へと走らせた

 

「(真夜中のテレビに、それに映って死んだ山野真由美。そして、害者には外傷が無かった……しかも、死体が見付かったのは民家のアンテナだ。普通じゃない…この事件は恐らく、警察じゃあ解決出来ないだろう。きっと裏に、とんでもない何かが隠されている筈だ)」

 

今回の事件に異様な何かを感じた洸夜は、再び覚悟を入れ直した。

きっと、今回の事件は異常何てレベルでは片付けられないのだから。

 

END



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出遅れ

 

4月14日(木)雨

 

最初の事件から二日が経っている。

それに、アレから分かった事も多数ある。

まず、夜中に映るテレビは通称“マヨナカテレビ”と呼ばれている。

マヨナカテレビとは、雨の日の午前0時に見ると運命の人が映ると言われている言わば都市伝説である。

だが、洸夜はこのマヨナカテレビをただの都市伝説で終わらせる気はない。

人が既に一人死んでおりしかも、その亡くなった山野真由美はマヨナカテレビに映っていたとなると偶然で済ませる事は出来ない。

そして、次はその亡くなった山野真由美について、今回の事件で真っ先に疑われたのは不倫相手の“生田目太郎”と、その妻“柊みすず”。

動機は不倫関係の縺れか、不倫相手への復讐だと思われた。

だが、事件当時にこの二人には完璧なアリバイがあり犯行7は不可能とされた。

しかも、害者には怪我一つ無く死因は不明。

更に、死体発見現場が民家のアンテナの上と言う、常識的に有り得ない場所にも関わらず目撃者が誰一人いないと言う事態。

その為、捜査は難航するとメディアは予想している。そして、今日の天気は雨で時間も丁度午前0時に成ろうとしている。

洸夜は部屋でマヨナカテレビを確認しようとしている真っ最中だ。

 

「(マヨナカテレビについてはまだ謎が多い。これ以上、何も起きないならそれで良いんだ……それで)」

これ以上は誰も映らない事を願う。

そう祈る洸夜だったが、その願いは虚しくも叶わなかった。

 

ピー、ザ、ザザー!

 

「ッ!? またか……!」

 

テレビは相変わらず砂嵐等で映像が歪み良く見えないが、一人の女性が映る。

何となくだが体型や制服を着ている事から、この女性が女子高生だと分かる。

そして、その女子高生はまるで何かに襲われているかの様に苦しみだす。

その姿に洸夜は身を乗り出した。

 

「クソッ! どうにか出来ないのか……しかし、この場所は何処だ…! このテレビの映像からじゃあ何とも……ん? テレビ……? そうか!」

 

洸夜は思いだす。

初めて自分がマヨナカテレビを見た時に起きたもう一つの不可解な現象。

それはテレビに飲み込まれると言う現象だ。

コレは最早賭け、しかし考えている余裕は既にない。テレビで今も苦しんでいるその女子生徒の姿を見て、そう思った洸夜は刀等の一式を持ちテレビに触れる…すると。

 

ズ、ズズ……!

 

洸夜の予想通り、身体はどんどんテレビの中に入って行く事が出来た。

恐らく、このぐらいの大型テレビじゃなければ身体全体は入ら無かっただろう。

 

「母さんに感謝だな。間に合ってくれ……!」

 

そして、洸夜はテレビの中に入って行った。

 

========================

現在、テレビの世界

 

「此処がテレビの中なのか……タルタロスとは違う様だな」

 

テレビの中に入った洸夜は辺りを見てみると、周りは広い空間だった。

タルタロスとも違う雰囲気に、一瞬戸惑いそうになるが視界も霧一つなく良好な景色な分、マシだと割り切る。

だが、洸夜が後ろを見ると入口らしきモノは無く、既に戻る事は出来ない。

 

「入口は無し……か。だが、それぐらいのリスクは覚悟の上だ……ワイト!」

 

『カシャシャ!』

 

ワイトは召喚されたと同時に洸夜の前に舞い降りる。

 

「この辺りで至急、人を探すんだ!。急いでくれ!」

 

『シャシャッ!』

 

洸夜の言葉にワイトは錆びた鎌を振り上げると、まるで何かを探る様にその場で佇む。

そして、数秒が経った時ワイトが鎌を振り下ろし、とある方向に鎌を向ける。

 

『シャシャッ!』

 

「見付けたのか!? 案内してくれワイト!」

 

ワイトにこの世界を案内させ、洸夜は走りだす。

 

「(頼む! 間に合ってくれ…! これ以上、命が散る所は見たく無い)」

 

そう思いながら、洸夜が走っている時だった。

突如、自分の前方に三つ程の黒い水溜まりらしきモノが出現したのだ。

そして洸夜はその水溜まりに二年前まで戦っていた奴らと同じ雰囲気を感じ、刀を握る。

 

「コイツ等まさか…!」

 

ゴポ…ゴポポッ!……ニュルン!

 

突如、黒い水溜まりが浮き上がり丸くなると、巨大な口を持つ球体の形をした『アブルリー』型のシャドウが出現する。

 

『『『ヒャア~』』』

 

「嘘だろ、シャドウだと……! コイツ等こんな所にまで居やがるのか!? しかも、急ぐ余り、ワイトのジャミング能力を使うのを忘れていた……!」

 

数は三体だが、この急いでいる状況でワイトを戻す訳にはいかない。

そう思いながら、洸夜はワイトを自分の後ろに来させるとシャドウを睨む。

 

「こちらは急いでいるんだ! 雑魚は引っ込んでいろ! クー・フーリン!!!」

 

『デスバウンド!』

 

クー・フーリンは槍を地面に叩きつけ、辺りに巨大な衝撃波が発生しシャドウ達を飲み込む。

 

『ビャ~ッ!』

 

クー・フーリンが出した衝撃波によりシャドウ達は木っ端みじんに消し飛ぶ。

 

「ワイト! ジャミングだ!」

 

洸夜の言葉にワイトは、まるで洸夜に纏わり付く様に包み込んだ。

 

「急ぐぞ!」

 

そう言って洸夜は再び走り出した……だが。

 

「どうしたワイト? 何故止まる!」

 

突如、ワイトが案内を中断してその場で止まってしまったのだ。

そして、洸夜自身もワイトのその行動の意味を知っている。

 

「まさか……間に合わなかったのか……?」

 

ワイトが案内を止めた理由はただ一つ。

捜索対象の消滅。

それを理解した洸夜はその場で膝を着く。

一体何の為にこの町に来たのか。

何故、もっと早く行動に移さなかったのか……。

洸夜は後悔した……。

また目の前の命を守れなかった事に。

 

「チクショウ……! 俺は何度同じ事を繰り返せば気が済むんだ! 一体俺は何がしたかったんだ……」

 

そう言って洸夜が自分の無力に咆哮を上げていると。

 

「そ、そこにいるのは誰クマ!」

 

突如、謎の声が聞こえたと思ったら、その声の主がどんどん近付いてくるのが分かった。

 

「ッ! まずい……誰かは分からないが、今誰かに見付かるのは得策では無い……だが、どうやって帰れば……」

 

そう言って洸夜が万事休すに陥っていた時、突如洸夜の右手が光り出した。

 

「こ、コレは一体……!?」

 

洸夜は、この光が何なのか分からないでいたが、光はどんどん大きく成って行き、やがて洸夜を包み込むと洸夜はテレビの世界から消えた。

 

========================

現在、洸夜自室

 

「……俺は、戻って来たのか?」

 

洸夜は気が付くと自分の自室に戻っていた。

そして、洸夜はゆっくりと再びテレビに視線を移すが既にマヨナカテレビは終わっていた。

それに気付くと洸夜は、装備一式をその場に置き、布団の上に横になる。

今日は色々あり過ぎて疲れてしまったが、洸夜が一番疲れているのは心だった。守れなくてすまなかったと洸夜は、顔も知らなければ名前も知らない女子生徒に謝罪しながら目を閉じた。自分は再び力を無駄にするのか……と思いながら。

 

========================

4月15日(金)雨

 

現在、堂島宅

 

洸夜は朝食を食べている菜々子と共に、テレビのニュースを見ている。

しかし、洸夜の顔を何処か優れない表情に成っている様子だ。

理由は、ニュースの内容に有る。

 

『今朝、山野真由美さんの第一発見者だった小西早紀さんが、電信柱の上で遺体で発見されました』

 

「……やはりか」

 

洸夜はニュースで映しだされている小西早紀の写真を見て表情を暗くする。

昨日、マヨナカテレビに映ったのは間違いなく彼女だと洸夜は確信した。

小西早紀は、山野真由美の遺体を最初に発見した事によりこの所メディアに良く取り上げられていた人物。そして、洸夜はマヨナカテレビに映った人物が理由はどうであれ、殺害されるのだと理解する。

それに恐らく、殺害された人達はあのテレビの世界にいたのはワイトが確認しているから間違いない。

しかも、あの世界にはシャドウもいた。

被害者には二人とも外傷が見当たらず死因は不明。

 

「(イゴールが俺を呼んだ理由が分かったよ……)」

 

そう思いながら洸夜はテレビのニュースに目をやっていると。

 

「お兄ちゃん……なんかツラそう……調子悪いの?」

 

朝食を食べ終えた菜々子が暗い表情をしていた洸夜を心配し声を掛ける。

その言葉に洸夜は、家族に余計な心配をさせた事に申し訳なく思ったが、逆に心配してくれた菜々子に嬉しく思いながら頭を撫でた。

 

「俺は大丈夫だ。心配してくれてありがとな……」

 

「お兄ちゃんの手って暖かい……」

 

「?……嫌か?」

 

洸夜の言葉に、頭を撫でられている菜々子は首を横に振る。

 

「ううん。嫌じゃないよ……逆にあんしんするから菜々子大好きだよ」

 

そう言って笑う菜々子の表情に洸夜は心が温かくなるのを感じた。

いつまでも引きずっている場合じゃない。

自分に出来る事はこれ以上の被害を出さない様にする事。

そう思っていた時、テレビを見ていた菜々子が何処か不安そうな表情に成っていた。

 

「犯人、まだ捕まらないの……?」

 

「……大丈夫だ。叔父さん達も頑張っているんだ。それに、もし菜々子に何か合ったら叔父さんも総司も、勿論俺も菜々子を守るよ」

 

「本当?」

 

「本当だ。約束しよう」

 

「うん! 約束だよ!」

 

そう言って指切りする洸夜と菜々子。

この約束だけは何が有ろうと守ってみせる。

内心でそう誓いながら。

 

 

========================

現在、事件現場

 

菜々子との会話の後、洸夜は商店街の外れにある電信柱に来ていた。

その手には花束を持っている。

 

「やっぱり、警察もまだ捜査してるんだな……」

 

しかし、堂島の姿が見られないと言う事は、捜査の大半は終わっている様だ。

周りには警察の姿は少なく、泣いている遺族や、それを映しているメディアしかいない。

そして、洸夜も雨の中で遺族や近所の人に混ざって花束を置いて合掌する。

 

「(守れなくてすまなかった……必ず真実を見付け出す。だから、もう暫く待っていてくれ)」

 

そして洸夜は再びその目に覚悟を宿し、あのテレビの世界へと再び足を踏み入れる。

 

End

 



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仮面の覚醒

現在、テレビの世界

 

 

「どう成っているんだ?。昨日は霧何て無かった筈だが……?」

 

あの後、洸夜は自分の部屋のテレビから入り、再びこの世界に足を踏み入れていた。

しかし、前回来た時とは違い、辺りは霧が立ち込めていて視界が悪い。

 

「この霧は辛いが、仕方ないな。……ワイト!」

 

洸夜はワイトを召喚し、ジャミングを使う。

この霧の中でシャドウに奇襲を掛けられたら堪ったモノではない。

そう思いながら洸夜が行動を開始しようとした時だ。

 

「ちょっ、キ、キミ達! 何でまた来たクマ!?」

 

「この声は確か…前来た時に……」

 

下のフロアから前回来た時に自分に近付いてきた謎の存在の声が聞こえる。

 

「(ちょうどいい、何かの手掛かりに成るかも知れないな……)」

 

そう思いながら洸夜は、気付かれ無い様にゆっくりと下の方に目を向ける。

すると、そこにはゴルフクラブを持った二人の男子学生とクマ?らしき何かがいた。

しかし、洸夜はクマ?よりも男子学生の内の一人に気付く。

 

「アレは総司……! アイツもイゴールから頼まれている筈だから、遅かれ早かれテレビの世界の存在に気付くとは思っていたが……しかし、武器がゴルフクラブか……」

 

洸夜は総司が持っている武器がゴルフクラブだと思うと少し頭痛がした。

対人ならともかく、ペルソナ使いでは無い者の攻撃はシャドウに通じない。

しかも、ワイトに探らせたが総司はペルソナ使いとして覚醒していない。

 

「あのままシャドウと遭遇したら、十中八九返り討ちだな。それに、隣の男子学生は確か総司が言っていた……花村陽介?」

 

そう言いながら洸夜は、何やらクマと揉めている陽介と言う総司から聞いたクラスメイトに視線を向ける。

 

「だから、さっきから言ってんだろ! 俺達は犯人か小西先輩の手掛かりを探しに来たんだよ!」

 

「ウソも大概にするクマ! この間来たのに、また来たのが怪しいクマよ!」

 

「話が進まないな……」

 

そんな感じで揉めている陽介とクマ、そしてそれを苦笑しながら見ている総司。だが、洸夜はそんな会話を聞いていると気に成る事が幾つか思い浮かぶ。

 

「あのクマらしき生物の話からすると、総司は前にもこの世界に来たんだな。それはそうと、あの花村とか言う奴、この状況を楽しんでいる感じする……危ういな」

 

ああ言う奴程、予想外の出来事や何か力を持つと何をするか分からない。

善か悪、どちらに転んでも可笑しくない。

そう思いながらめ洸夜は、再び三人の会話に耳を傾けた。

 

「分かったクマ! やっぱりこの世界に人を入れているのは君達クマね!」

 

「人を入れている……!?(あのクマ、サラッととんでもない事を口走ったな……)」

 

クマの言葉に洸夜は少しずつだが、大体事件の犯行方法が分かって来た。

亡くなった人達は恐らく何者かにテレビに入れられている。

しかも、この世界にはシャドウも徘徊している。

ならば、害者に外傷も無く死因が不明なのも頷ける。それに、二人にはある共通点がある。

それは、亡くなる前に二人はメディアに取り上げられている事。

だから、二人共何処かで見た覚えが合ったのだ。

 

「(それに、二人の遺体が見付かった時は必ず霧が濃い朝だった筈……霧?。そう言えば確か俺がテレビに入った時は、現実の世界に霧が出ていた。だが今日は霧が出てない……なのに、こちらの世界は霧が出ている……成る程な段々分かってきたな、この世界の仕組みが)」

 

「だ・か・ら!!! 違うっつってんだろ!!!って待てよ……お前今、誰かがテレビに入れてるって言ったよな? つまり、誰かが此処に人を入れているのかよ!?」

 

「白々しいクマ~分かってるんだクマよ、君達が帰った後に、更に“二人程”此処に来たクマよ! 君達が入れたんじゃないクマか?」

 

クマの言葉に総司と陽介は互いに顔を見合わせる。

 

「それってもしかして……!」

 

「多分、いや間違いない!」

 

そう言うと陽介はクマに近付き、クマの頭を掴んだ。

 

「おい、クマ! その二人について詳しく聞かせろ! 恐らく、それが小西先輩と犯人だ!」

 

「……。(すまん、それは俺だ)」

 

陽介の言葉に謎の罪悪感が湧く洸夜。

そんな時、総司達とクマが移動を始めた。

 

「……移動したか(さて、俺はどうするかな。このまま、総司達と合流するのも良いが……総司がペルソナに覚醒していない以上は逆にそれの妨げに成るかも知れない……暫く様子を見るか)」

 

そう思いながら洸夜は下のフロアに飛び降りる。

伊達に鍛えていた訳ではない為、このぐらいの高さならば余裕なのだ。

 

「よっと……! さて、アイツ等は一体どっちに……ん?」

 

気が付くと、洸夜の足元に黒い眼鏡が落ちていた。

対して意味はないが何と無く洸夜はそれを掴んで手に取って見る。

 

「何故眼鏡が……? ん? コレは……!」

 

洸夜が眼鏡のレンズを覗き込んで見ると、全く霧が写らなかった。

構造は一体どうなっているのか不明だが、洸夜はその眼鏡を付けて見る。

 

「……悪くないな。誰のか分からないが借りて行くぞ」

 

そう言って洸夜は総司達の後を追って行く。

 

========================

現在、異様な商店街

 

総司達を追って行く内に洸夜は町の商店街に似た場所に出た。

似ていると言っても雰囲気は別物で活気所か不快感しか無い。

 

「似ている……一体、此処は何なんだ」

 

余りにも異様な商店街に、同じく似たように異質な自分の影。

そして、自販機も異様な感じがした洸夜。

 

「…!何が合っても、ここでは買いたくないな」

 

タルタロスとも違う全てが謎と異質な世界。

洸夜が此処の商店街に謎の恐怖を抱いていた時だ。

 

『カシャシャ!?』

 

ワイトが突如、何かに反応して洸夜に知らせる。

そして、ワイトがこうやって騒ぐ時は大抵奴らが出て来る時だけだ。

 

「シャドウか……!」

 

「待つクマ!? そこにいるクマよ! やっぱり襲って来たクマ!?」

 

「うわわッ!」

 

洸夜が口を開くと同時に少し離れた所から、先程のクマと陽介の叫び声が響き渡る。

そして、その声を聞いて洸夜は走り出した。

 

「間に合えよ……!」

 

================

 

現在、総司達の前に丸い身体にシマシマ模様をし、巨大な口を開いて舌を出しているシャドウ『失言のアブルリー』が二体程立ち塞がっている。

そして、突然のシャドウの襲来に陽介は座り込んで怯えており、クマは恐怖で動けなく成っている。

だが、此処で何もしない訳には行かない。

総司はゴルフクラブを強く掴み、そのままシャドウに向かって行く。

 

「うおぉッ!」

 

総司はゴルフクラブをシャドウに叩きつけ、クラブがシャドウに減り込む。

 

「や、やったのか……?」

 

ゴルフクラブが命中し、シャドウは吹っ飛ばされたのを見て花村は恐る恐る立ち上がるが……。

 

「に、逃げるクマッ! そんなのがシャドウに効く訳ないクマよッ!」

 

「「ッ!?」」

 

クマの言葉と共にシャドウが起き上がり、舌を出しながら総司に反撃する。

 

『ヒャア~!』

 

シャドウは口から巨大な下をだし、その舌を使って総司に体当たりする。

 

「グッ!」

 

シャドウに吹っ飛ばされた総司はそのまま尻餅を着いた状態に成ってしまう。

先程の攻撃が全く効いてない。

 

「どうすれば良いんだ……!」

 

攻撃が効かないこんな化け物をどう倒せば良いのか分からない。

総司がそう思っている時……。

 

「瀬多ッ!」

 

「うわわッ! クマはどうすれば……!」

 

総司が吹っ飛ばさた事で更に慌てる二人。

最早、この二人は戦力には数えられない。

 

『『ヒャア~』』

 

しかし、シャドウにはそんなの関係ない為、少しずつ総司達に近付いてくる。

 

「クッ!(ここまでなのか…!!)」

 

総司が自分の運命を諦め様としたその時。

 

チィリーン……!

 

「ッ!」

 

総司が腰に付けていた、洸夜に貰った鈴の音が響く。そして、その鈴の音を聞いた瞬間に総司の頭は冷静になる。

 

「……そうだ(こんな所で簡単に諦めたら、兄さんの背中は越えられない!)」

 

そう言って総司は再び立ち上がる。

こんな所で簡単に人生を諦めたら自分の人生の目標であり、憧れでもある兄を越えられない。

そして、そんな思いと同時に総司の中に、陽介やクマを守りたいと言う気持ちが生まれた。

今まで、親の言う事に流されて生きて来た総司には初めての感情でもある。

そして、仮面は目覚める……。

 

「うおッ! 何だ!?」

 

「ク、クマ~~ッ!?」

 

突如、総司から青い光が溢れ出す。

そして、総司の手には一枚のカードが出現する。

総司はそのカードに触れた瞬間、頭にこの力について流れた。

不思議な事に、何故かこの力が分かる。

そして、総司はこの力はの名前を口にする。

 

「ペ……ル…ソナ……うあぁぁぁぁぁッ!!」

 

総司が手の平のカードを握ると、カードは砕け散り総司の後ろに、隙間から光る金色の瞳を覗かせる鉄の仮面。

そしてハチマキを付け、学ランをイメージさせる黒い服。

更に右手には、総司達程ある大きさの大剣を握っている。

コレが総司の仮面であり、剣と盾でもあるペルソナ『イザナギ』である。

 

=============

 

「クッ……! アレがアイツのペルソナか。無事に覚醒した様だな……総司」

 

総司達に見付からない様に、洸夜は総司から漏れ出す光を腕で顔を守り、店の影から見ていた。

だが、あの様にペルソナをカードを媒体にして召喚する方法は自分は知らない。そう思う洸夜だが、そんな事はどうでもよかった。

一番重要なのは、あのペルソナの“アルカナ”。

見た感じでは“隠者”か“運命”なのだが、もしも“愚者”アルカナならば話は変わる。

 

「探れ、ワイト……!」

 

洸夜は、ワイトに総司のペルソナのアルカナを探らせた。

そして、ワイトからの情報が頭に入る。

その情報を得た洸夜の表情は何処か、予想通りと言った顔だが、何処か複雑そうな顔でもある。

 

「“愚者”か……! 総司、やはりお前も“ワイルド”の力を持つのか……」

 

“ワイルド”の力を持つ者がペルソナに覚醒した場合は、基本的にアルカナは愚者になる。

そして、洸夜はイザナギの情報を得た後店の影から総司の戦いに視線を戻す。

 

「ハアァァッ!」

 

『スラッシュッ!』

 

イザナギがシャドウの懐に飛び込むと、そのまま一閃して消滅させる。

 

「す、すっげぇ……!」

 

陽介も総司のペルソナ『イザナギ』の力に驚きを隠せない。

 

「まだだッ! イザナギッ!」

 

『ジオッ!』

 

イザナギから雷が放たれ、そのまま残りのシャドウを飲み込んだ。

そして、イザナギの雷によってシャドウは消滅した。

 

「初陣の割には言う事なしだな……良くやったぞ総司(しかし、今回のは雑魚だが、大型シャドウならばこうは行かない筈。何も起きなければ良いが)」

 

心の中で、内心コレから先に戦うで有ろう大型シャドウに心配する洸夜だが、今は弟達の無事と、総司の初戦闘の勝利に喜んでいた。

 

END



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我は影、真なる我

同日

 

それは総司の戦いが終わって直ぐの事だった。

 

ーージュネスなんて潰れればいいのにーー

 

ーー娘さんがジュネスで働いているなんてご主人も苦労するわねぇーー

 

ーー困った子よねぇーー

 

突然、何処からか声が聞こえてきた。

 

「この声は一体……?」

 

まるで陰口の様な声。

しかし、一体誰に対しての事なのか分からない。

そう思いながら洸夜が辺りを警戒していると、陽介が口を開く。

 

「何だよこの声……ッ!! おいクマ!ここは、ここにいる者にとっての現実だとか言ってたな。それって……ここに迷いこんだ先輩にとっても現実って意味なのか?」

 

「此処にいる者にとっての現実……? つまり、此処に訪れる者達によってこの世界は姿を変えるのか?」

 

陽介の言葉を聞き、洸夜はようやくこの世界のルールを全て把握する。

また、そうなるとこの陰口の対象は亡くなった小西早紀に対する言葉に成る。

そう思いながら洸夜は考えていると・・・。

 

“私、ずっと言えなかった……”

 

今度は別の声が辺りに響き渡る。

声から察すると、年齢的にも考えて恐らく小西早紀だと言う事が分かる。

 

「この声って確か!!」

 

「間違いない! 先輩の声だ……!」

 

そう言って総司と陽介達は酒屋の中に入って行く。

そして、洸夜も見付からない様に入口から中を除いて見るが、中は色々変異していて異様な物だった。

すると、再び声が響き渡る。

 

“私、ずっと花ちゃんの事……”

 

「えっ……先輩、俺の事……」

 

そう言って何か楽しみに次の言葉を待つ陽介。

そして、はっきり言って余所でやって貰いたいと思う総司と洸夜・・・だが。

 

“ウザいと思ってた……”

 

「えっ……」

 

「……おい、花村」

 

小西早紀の声に、倒れそうになる陽介を総司が心配して声をかけるが声はまだ続く。

 

“仲良くしてたのは店長の息子だから都合いいってだけだったのに、勘違いして盛り上がってホントにウザい……!”』

 

最早、追い撃ちと言う次元を越えているで有ろう言葉に、陽介は顔を天井に向けて叫んだ。

 

「ウソだ…! 先輩は……先輩はそんな人じゃないだろ!!!」

 

だが、次の瞬間。

 

『ククク…可愛そうだな……でも、何もかもウザいと思っているのは自分の方だっつうの! アハハハハハハハハッ!』

 

「な、何だアイツ……!」

 

突如、酒屋の部屋の隅に陽介そっくりの人物が姿を現した。

だが、雰囲気も目の色も全く別物で、その姿や雰囲気からシャドウに近い。

しかし、その姿に総司と陽介も驚愕しているのだが、クマは別の意味で驚愕していた。

クマは陽介?の方を指さすと口を開く。

 

「シャドウだクマ! 抑圧された内面が具現化した存在がそれがシャドウだクマ!」

 

「シャドウだと! あんな風に人間から出現するなんて話は、親父さんからも美鶴からも聞いてないぞ……! 此処のシャドウはタルタロスにいたモノとは別の様だな」

 

クマの言葉に洸夜は驚きが隠せないでいた。

二年前の戦いで洸夜はシャドウについて、自分は詳しい方だと思っていた。

だが、今回の事件でシャドウは自分や桐条が思っているより深いモノだと理解する。

無論、ペルソナも同じだ、なのに、自分は何も知らない。

戦う敵であるシャドウもペルソナも・・・。

洸夜がそう言って、自分の力の意味を考えていた時だった…。

 

「うるせぇッ!!!!」

 

「ッ!…何だ!?」

 

突然の陽介の怒鳴り声に洸夜は驚いてしまった。

恐らく、洸夜が考え事をしている間に陽介?から何かを言われたのだろう。

陽介は陽介?を睨みながら口を開く。

 

「散々、勝手な事言いやがって……! 何なんだよお前はッ!」

 

『ククク、アハハハハ! 何言ってんだよ? オレはお前だよッ!』

 

「ッ!? 黙れ、黙れよ! お前は俺じゃねえ!!」

 

陽介は、まるで陽介?を否定するかの様に話すが、それが引き金と成ってしまった。

陽介の言葉を聞いた陽介?は可笑しそうに笑うと、全身から闇を放出させた。

 

「ククク……そうだよオレはオレだ! テメェと一緒にすんじゃねえ!!!」

 

陽介?が放出した闇に包まれると、下半身は緑色のカエルの様な化け物で、上半身はマフラーを首に巻いたシャドウ『陽介の影』が出現する。

 

『我は影、真なる我……ククク……アハハハハ!!此処も、お前も、全部オレがぶっ壊してやるよ!!!』

 

「ば、化け物だ……!」

 

「花村! クソッ!クマ、花村を頼む!」

 

「わ、分かったクマ!」

 

総司の言葉に、クマは自分のシャドウに怯えて動けない陽介を運び、総司はシャドウの前に立ちはだかる。

 

『あぁ? 何だお前は? 目障り何だよッ!』

 

「クッ!イザナギッ!」

 

殴り掛かってきたシャドウを総司はイザナギで迎撃して向かい打ち、総司の初めての大型戦が始まった。

 

「まさか、こんなにも早く大型シャドウとやり合う事になるとは……仕方ない、影ながら援護を……ッ!?」

 

総司を援護する為、ペルソナを召喚しようとする洸夜だったが、その後ろには先程総司が倒したシャドウの『失言のアブルリー』が大量にいた。

その数は約三十体、しかも真ん中のアブルリーは他のシャドウに比べ身体が巨大なモノだった。

 

『『『ヒャア~!』』』

 

「花村のシャドウに影響された、突然変異型のシャドウか……それならばこの数も頷けるな」

 

本来ならば総司を援護する筈だったが、今の内に大型シャドウと戦うのも良い経験だと思った洸夜は標的を突然変異型と雑魚シャドウの大群に変更する。

いくらペルソナ使いでも、戦って経験を積まないと意味がない。

 

「流石に今の総司では、この数と大型シャドウを一辺に相手には出来ないか……なら俺がこっち側だよな……オシリスッ!」

 

洸夜はオシリスを召喚すると迎撃態勢に入る。

 

「さて、こちらは何時でも良いぞ……掛かってきな」

 

そして、洸夜とシャドウ達の戦いも始まった。

 

===============

 

「ハアッ!」

 

『スラッシュ!』

 

『ぐふッ!オワッ!』

 

「良いぞ~センセイ! 畳み掛けるクマ!」

 

現在、陽介のシャドウと戦闘している総司は、クマにサポートして貰いながら戦っていた。

イザナギで斬っては、総司が殴るの繰り返しでシャドウを追い詰めて行く。

さっきは効かなかったが、ペルソナが使える様に成ったら通常の武器もシャドウに通じる。

それにクマのサポートも適切。

総司はこのまま一気に押し切る事にした。

総司はそう思いながらイザナギを一旦、自分の側にもでし構え直した。

そして、再びシャドウ目掛けて走り出した……が。

 

『いい加減にしやがれ、このヤロウ!!! チャージ!』

 

突如、シャドウの身体が光だし、何やら不穏な気配を感じる総司達。

 

「相手が放つ前に終わらせるッ!イザナギ!」

 

総司は放たせる前に終わらせようとイザナギに指示をだし、再び突っ込む。

しかし、クマがそれを止め様と口を開いた。

 

「ダメクマよセンセイ!。シャドウの方が早いクマ!」

 

「なにッ!?」

 

『遅ぇんだよ! 喰らいな、忘却の風!!!』

 

「ぐわぁぁッ!」

 

クマの言葉を聞き、一旦態勢を立て直そうとした総司だったが、シャドウの方が対応が早かった為に攻撃を喰らってしまい、巨大な風によってイザナギもろ共壁に叩き付けられてしまう。

 

「「瀬多ッ!/センセイッ!?」」

 

総司が吹っ飛ばされた事により、陽介とクマが駆け付ける。

それに気付いた総司は、手を挙げて大丈夫だと知らせる。

 

「(だけど、一体どうすれば良いんだ……)」

 

そう思い、総司は周辺を見渡すと周りに積み重ねてある酒瓶に気付く。

 

「一か八か……イザナギ!」

 

『ジオッ!』

 

総司の指示を受け、イザナギは雷を放つがそのままシャドウの横を通り過ぎる。

 

『あぁ?テメェ何のつもりだ?』

 

「こう言うつもりさ……後ろを見てみろ」

 

『後ろ……? ゲッ!』

ガシャアアアアンッ!!!

 

総司の言葉にシャドウは後ろを向いて見ると、そこには先程のジオの衝撃で酒瓶割れ、大量の酒がシャドウに降り注がれる。

 

『グワッ!ペッ!ペッ!あのヤロ~……何処に居やがる!!!』

 

「此処だッ!イザナギ!」

 

『ジオッ!』

 

総司の言葉にイザナギは、ジオを纏った大剣を振り上げてシャドウに迫る。

 

『クソッ!きやがれ!返り討ちに……って、しまったっ!今、オレって濡れてる!?』

 

そして、シャドウもようやく自分の置かれた状況に気付く。

ただでさえ、電気属性が弱点で有るのに、更に身体全体が濡れていると有ればどうなるかは言うまでもない……。

 

「ハアァァッ!」

 

『ぎゃあああああああああああああああッ!!!!』

 

放電しながら喰らう攻撃を最後に陽介のシャドウは動きを止めた。

 

==============

 

「(初めての大型戦は苦戦したが何とか勝利、と言った所だな)」

 

先程の戦いを見ていた洸夜はそう思いながら、総司達を見ていた。

消滅していく大量のシャドウの残骸を背景にしながら…。

 

「それにしても、まさかシャドウが人の中から出て来るとはな……ん?アイツ、何をする気だ?」

 

洸夜の視線の先には、総司とクマと何かを話していた陽介が、陽介?に近付いて何かを話している姿が会った。

自分のシャドウと何かを話している陽介。

洸夜はその様子に静かに耳を傾けて見ると……。

 

「頭の中では分かってたんだ……だけど、認めんのが怖かった。だけどよ、今はちゃんと言えるぜ。お前は俺だ」

 

陽介の言葉に陽介?は頷くと光り輝き、両手に星型の武器を持つペルソナ『ジライヤ』に姿を変えるとカードになり、陽介の手の平に舞い降りた。

 

「シャドウがペルソナに転生したか……まあ、イゴールもシャドウとペルソナは似たような存在だと言っていたからな、それ程不思議では無い」

 

それだけ言うと、洸夜は総司達のいる酒屋に背を向けて歩き出す。

逆に心配なのは、総司達がペルソナと言う力の危険性に気付かなく、ヒーローごっこか何かの道具見たいに扱わないか……。

 

「まあ、そう成ってしまった時は叩き潰してでも、この事件から手を引かせれば良いだけだ。と言っても、俺がそうさせなければ良いだけ何だがな……」

 

そう言って洸夜は手を翳し、総司達より一足先に現実の世界に戻って行った。

 

END



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鳥籠の少女~天城雪子編~
紅の姫


悩み。

それは誰しも必ず一つは抱えているモノ。

そして、深い悩みを抱えた少女が洸夜の前に現れる。

 

4月16(土)雨

 

現在、土手

 

現在、洸夜は土手の辺りを散歩していた。

簡単に言えば、雨の日の散歩と言うやつだ。

 

ポン……ポン……

 

雨が傘に当たる音をBGMにし、洸夜は周りの景色を楽しんでいた。

 

「……良い雨だ。学園都市も都会の町も酸性雨の嫌な雨だったが、この町の雨は不思議と綺麗だな……霧が良く出るのと関係が有るのかも知れない」

 

そう思いながら洸夜は、雨の匂いと自分の足元で跳んでるカエルを見て一時の平和を楽しんでいる時だった。

土手から少し離れた場所に作られてある休憩所に、紅い和服を着た見覚えの有る少女をが目に入る。

 

「アレは……」

 

洸夜はその少女が気になると、休憩所の方に足を運び、少女に話し掛けた。

 

「こんにちは、雪子ちゃん」

 

「あ、瀬多君のお兄さん」

 

「それじゃあ言いづらいだろ?。洸夜で構わない」

 

「えっ?。じ、じゃあ洸夜さんで……」

 

見た目よりもラフな反応に少し反応が遅れる雪子だが、すぐに笑顔に成る。

 

「それで構わないよ。……隣良いかな?」

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

紅い和服の少女、雪子の許可を得て洸夜は、雪子の隣に腰を下ろした。

 

「「……」」

 

隣に座ったものの、洸夜と雪子は黙ったままで何も話さない。

しかし、何処か思い詰めた様な表情の雪子に、洸夜は何か有ると思い口を開く。何だかんだで洸夜は、困った人等を見掛けたらほっとく事が出来ない。

 

「いきなりで申し訳無いんだが、何か悩みが有るんじゃないのか?」

 

「ッ! あ、あの! 私そんなに思い詰めた様な表情をしていましたか!?」

 

洸夜の言葉に雪子は顔を赤くして慌ててしまう。

 

「(こんな表情も出来るんだな……)」

 

最初に会った時の雪子ははっきり言って、表情も暗く何処か引っ込み思案の様な少女に見えた。

その為、洸夜にとってこの雪子の表情は新鮮に感じるのだ。

 

「いや、俺が何と無くそう感じただけだよ。気のせいだったら謝るが、俺は君より少し長く生きている。だから、何か悩みがあるなら相談に乗れるかも知れない」

 

「……」

 

洸夜の言葉に雪子は何処か呆気に取られた様な表情になり、それを見た洸夜は怒らせてしまったと思ってしまう。

 

「済まない……余計なお世話だったな」

 

「えっ? あ、いや、そうじゃないんです! ただそんな事を言ってくれる人って今までいなかったから……」

 

そう言うと雪子は顔を雨の降る景色に移す。

 

「いなかった?。千枝ちゃんは言いそうだが……」

 

「千枝は親友です……けど、だからこそ心配掛けたく無いんです」

 

その雪子の言葉を聞いて洸夜は、この子は不器用か又は悩み等を溜め込むタイプなのだと思った。

はっきり言って親友ならば逆に相談事を聞いて貰うのは普通の筈。

少なくとも自分一人で悩むよりは随分と楽になる筈。それに洸夜には、もう親友と呼べる者達がいない為、雪子が羨ましく思う。

 

「あ、あの……洸夜さん」

 

「ん? どうした?」

 

洸夜が雪子の言葉に考え事をしていると、突如雪子が口を開いた。

 

「瀬多君から聞いたんですけど、洸夜さんは高校に進学する時に家族から離れて一人で別の町に行ったんですよね?」

 

「総司の奴、そんな事まで話しているのか。まあ、それは置いといて、確かに俺は家族から一人離れて別の町に行ったが……それがどうしたんだ?」

 

雪子の質問の意図が分からない洸夜は、雪子の次の言葉を待つ。

 

「(……総司の奴、まさか俺の個人情報を言い触らして無いだろうな)」

 

内心、総司が自分の個人情報をバラしていないか心配する洸夜だった。

 

「そんなに意味は無いんですけど……どうして、家族から離れてまで別の町に行ったのかな?って思いまして……」

 

雪子の言葉に洸夜は軽く周りの景色に目をやると、何かを思い出す様に口を開いた。

 

「何と言えば良いのやら……ん~、簡単に言えば退屈だったからだな」

 

「た、退屈だったから……ですか?」

 

洸夜の予想外の言葉に雪子は呆気に取られている。

恐らくは洸夜のイメージからして、もっと真面目な理由だと思ったのだろう。

 

「ああ……あの時の俺ははっきり言って退屈していた。俺達の親は仕事の都合上、引っ越しが多くてね……だけど、俺はそれが楽しかった」

 

「楽しかったんですか!? いや、だって嫌じゃないですか? 親の都合に振り回されて、友達だって……」

 

「まあ、確かに友達とは別れてばっかりだったな……それで総司は苦労していてね」

 

「なら、どうして……」

 

洸夜の楽しい理由が分からない雪子は、頭を捻るばっかりだった。

 

「新しい景色が見れたから……」

 

「えっ……」

 

洸夜の言葉を聞き、雪子は再び驚いた表情になる。

 

「俺は引っ越す度に見る新鮮な景色が楽しくて仕方なかった。だって思わないか?、世界は自分の思っているより驚きと楽しさで溢れているんだと。誰かに聞いたりするんじゃなく、自分の目で見る事で楽しさが分かるんだ」

 

「確かに、そう言われたら……あれ? でもさっきは退屈だったからって?」

 

雪子の言葉に洸夜は、軽く笑うと口を開く。

確かに洸夜にとって引っ越しとは、自分に新たな世界を見せてくれるモノと思っていた。

辛い事もあるが、それは生きて行く中で当たり前の事だ。

それを理解している為、洸夜は自分自身で世界を見る事に楽しさを覚えた……が。

 

「それはある日、気付いたんだ。親に連れられて行く場所ばっかりで、自分で行き先を決められないってね……そう思うと急に退屈になってさ、だから俺は高校に進学する際に親にたのんだ。進学する高校と場所は自分自身で決めるってね……」

 

「えっ? でもそれって普通の事何じゃ……?」

 

洸夜がした親への願いに雪子はそう話す。

すると洸夜は、雪子の言葉に笑いながら口を開く。

 

「いやー親は新しく引っ越す場所の近くの高校にしたかったらしくてね。話したらさ……」

 

「怒られたんですか?」

 

洸夜の言葉を不安そうに聞いている雪子。

洸夜の話しにすっかり意識を集中している。

そして、洸夜は雪子の言葉に笑っている。

 

「いやいや、逆に感激してたよ。この子が初めて、面と向かって我が儘言ってくれたってね」

 

「えっ……? 何ですかそれ?」

 

唖然とする雪子に洸夜は立ち上がって伸びをする。

 

「簡単に言えば、話さなければ気持ちは相手に伝わらないって話しだよ。家族や友達と言っても、所詮は人間何だから話さないと気持ちは伝わらない」

 

「話さないと伝わらない……」

 

洸夜の言葉を雪子は、まるで自分に言い聞かせる様に呟く雪子。

そんな雪子に洸夜は、黒いハンカチとクッキーの入った袋を渡す。

もちろん洸夜の手作り。

 

「食べな、気持ちが疲れている時には甘いモノだ。それに、ハンカチを敷けば着物にクッキーの糟が着かないだろ?」

 

「……ありがとうございます」

 

洸夜の言葉に何か考え初めていた雪子だが、洸夜にクッキーとハンカチを渡されてハンカチを膝に敷き、クッキーを口に運ぶ。

 

「ッ!? 美味しい……!コレって洸夜さんが作ったんですか?」

 

「まあね、家の母さんは料理出来無かったし、良く分かんないけど瀬多家の男は皆、料理が出来るんだ」

 

そう言って苦笑いする洸夜を見て、雪子は思わず吹いてしまう。

そんな時、雪子はある事に気付いた。

洸夜の渡したハンカチといい、洸夜の服といい黒の割合が多いのだ。

 

「あの~、洸夜さんって黒が好き何ですか?」

 

「ああ、好きだよ。黒は何色にも染まらない。だからいつまでも変わらず、自分のままでいられる」

 

「そうですか……じゃあ、何色にも染まって自分自身の色がない白は嫌いですよね」

 

その言葉に雪子は少なからず、表情を暗くしながら口を開いた。

だが、洸夜は雪子に視線を向けずに雨に濡れる景色を見ながら口を開く。

 

「別に白は嫌いじゃない」

 

「えっ? でも、白は黒と全く真逆ですよ?」

 

「確かに真逆だ。だからこそ白は良いんだよ。白は何色にも染まるって言ったが、何故それが悪い?。逆に白は無限の可能性を秘めている証拠だろ?……じゃあ、俺は帰るよ。ああ、ベタだけどハンカチは返さなくて良いよ。それじゃあ……」

 

「えっ!? あ、あの……」

 

雪子の制止も聞かず、洸夜は傘を差してまた雨の中に消えて行った。

 

============

 

雪子は今、不思議な気分だった。

自分は、この町の名物とまで言われている老舗の旅館の一人娘。

将来は母と同じで女将を継ぐと勝手に言われているが雪子はそれが嫌で、いつかこの町を出ようと思っていた。

そんな時に、つい最近転校して来た総司の兄である洸夜が家族から一人離れて別の町に行ったと聞いた。

だから、何か為になるかと思って偶然会った洸夜に話を聞こうと思ったのだが……。

 

「なんか、いつの間にかに主旨がズレてた様な……しかも、的確に私の悩みの部分も……偶然なのかな?」

 

何だかんだで洸夜は、自分の悩み等を知っていたのでは無いかと思う雪子だったが、少なくとも話して良かったと思う雪子。

 

「話さないと分からないか……決めた!、お母さんにも千枝にも相談しよう! お母さんは何て言うか分からないけど、少なくとも私が何を思っているか知って欲しい!……ありがとう洸夜さん」

 

そう言って雪子は傘を差し、洸夜から貰ったハンカチをしまって歩き出した。

しかし、この時雪子は気付かなかった。

そのハンカチの中に紅い鈴が有る事に、そして、少し離れた所から一台のトラックが自分を見ている事に……。

 

==============

 

現在、商店街

 

洸夜は、雪子が何で悩んでいるのか何と無くだが理解していた。

はっきり言って雪子の事と言うより、天城旅館についての事はこの町に居れば嫌でも耳に入って来る。

それ故に、雪子の悩みが何と無く理解出来たのだ。

恐らく彼女は決められた将来が嫌なのだろう。

しかし、彼女が本当に嫌ならば既に行動を起こしている筈。

何より大切なモノ程、無くした時に気付くモノ。

だから、彼女には自分にとってその旅館の大切さを無くす前に気付いて欲しい……と洸夜は思っている。

 

「それにしても……周り口説かったか?。いや、それよりもあそこに話を持って行ったのは無理矢理過ぎたか……?」

 

等と言いながら洸夜はゆっくりと家へと帰って行く。

 

……しかしこの日、雪子が行方不明に成ったのを洸夜はまだ知らない。

 

 

END



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失踪

 

4月17日(日)晴れ

 

この日、マヨナカテレビに動きが見られた。

 

『こんばんは~』

 

突如、マヨナカテレビに映し出されたのは紅いドレスとティアラを纏った雪子だった。

その姿は日頃見る和服の雪子ではなく、洋風なお姫様を連想させる姿だった。

 

『今日は私、あの天城雪子がなんと!“逆ナン“に挑戦したいと思います!題してーーー』

 

その台詞の後に流れるジャラララララララ、と言う音が止むと同時にでかでかと題名が出て来る。

 

[やらせナシ! 雪子姫、白馬の王子様さがし!]

 

『もぉ、超本気ィ!! 見えないトコまで勝負仕様……』

 

そう言って雪子は下の方を手で隠す。

そして、最後に再びカメラ目線で振り向くと……。

 

『もぉ、私用のホストクラブをぶっ建てるくらいの意気込みで、じゃあ行ってきま~す!!』

 

と言って雪子は後ろの方に建っている城の中に消えて行ってしまった。

そして、それを部屋で見ていた洸夜はと言うと……。

 

「な、何だったんだ今のは……?」

 

今までのマヨナカテレビとは違い、番組らしくなっている。

しかもテレビの中に居るのは、つい昨日会って話した天城雪子だと言う事実に洸夜は多少成りともショックだった。

だが、今回のマヨナカテレビのお陰で洸夜はある確信を得た。

それは山野真由美・小西早紀・そして今回、誘拐されたであろう天城雪子。

この三人にはマヨナカテレビに映った以外に共通点がある。

それは……。

 

「メディア……不倫騒動で騒がれた山野アナ。その山野アナの遺体の第一発見者で報道されていた小西早紀そして、山野アナが泊まった事で注目されていた旅館の女将の娘の天城雪子。全員が誘拐される前に必ずメディアで取り上げられている……偶然は三回も続かない、決まりだ」

 

そう言って自分の考えに納得する洸夜。

もちろん、洸夜はそれ以外にも狙われる理由を考えてはいた。

最初は山野アナの事件の関係者を狙っているかと踏んだが、雪子が誘拐された事によって状況が変わる。

旅館に宿泊していた山野アナは人気の高い女子アナである。

しかも、その時既に不倫騒動で騒がれている為、その様な人の対応をするのは恐らく、雪子の母である現在将。

その為、雪子が山野アナと会った可能性は低く、誘拐される可能性が高いのは直接会った女将の方。

しかし、現に誘拐されているのは雪子の方。

テレビの中にいる為、誘拐されたのは確実だ。

……等の理由から、この推理は除外される。

となると、それ以外で共通点は性別を除けばメディアしか無いのだ。

 

……と、洸夜はここまでの推理を白いノートに書き留める。

このノートは、洸夜が今回の事件について記録している言わば調査レポート。

『真実の書』と書かれている白いノートの方には事件について。

『影の書』と書かれている黒いノートには、テレビの世界にいるシャドウについてが記されている。

コレは、自分にもしもの事が起こった時の為の言わば保険。

自分に何か会っても、総司かイゴールの関係者に事件についての事を残す為のモノだ。

 

「……それはそうと、山野アナ達の遺体が発見されたのは雨が続いた日の翌日だな……となると助けなければ成らない期限も自ずと分かる。総司達も動くと思うが……万が一の為に、俺も何時でも動ける様にしとくか)」

 

そう思いながら洸夜は明日に備える為眠りに着いた

 

========================

4月18日(月)晴れ

 

雪子がテレビの中に入れられ、早速洸夜は行動を起こすと思い気や……。

 

現在、豆腐屋

 

「お兄さん、木綿と絹を二つお願い」

 

「ありがとうございます。またのお越しを……フゥ、ピークは過ぎたかな?」

 

豆腐を買って帰って行くお客さんを見ながら、一息着。

 

「ご苦労様、洸夜さん。ありがとうね、とっても助かっているわ。」

 

「いえ、こちらこそ雇って貰って感謝しています」

 

そう、実は洸夜は商店街にある豆腐屋でバイトをしている。

何故バイトをしているかと言うと……。

 

①商店街でバイトを探していた。

 

②すると、商店街で腰を押さえているお婆さんを発見

 

③話を聞くと、腰を痛めたらしく店の事に支障が出るかも知れないとの事。

 

④……なら、安くてでも良いから俺をバイトで雇いませんか?。

 

⑤成立

 

こう言った話の流れで現在に至る。

しかも、安くて良いと言ったにも関わらず時給は780円と、洸夜からしたら十分過ぎる程の額なのだ。

 

「後は休憩して大丈夫ですよ。この時間はお客さんはいないから」

 

「えっ? でも……いや、しかし……」

 

洸夜を心配して言ってくれているお婆さんだが、流石にそれは悪いと思ってしまうが、逆にお客もいないのに無理に働いてバイト代を貰うのも気が引ける。

 

そう思いながら悩んでいると……。

 

buuuu!buuuu!

 

「携帯? すいません……少し失礼」

 

そう言ってお婆さんが頷くのを確認する。

そして、ディスプレイには『堂島遼太郎』の名前が写し出されていた。

 

「(この時間帯に叔父さんからは珍しいな……まだ仕事中だと思うんだが……)」

 

そう思いながらも洸夜は聞いた方が早いと判断して電話を取る。

しかし、堂島から掛かってきた内容を聞いた洸夜は頭痛に悩まされる事になる。

 

========================

 

現在、稲羽警察署

 

「全く俺がいたからよかったものを……!」

 

「「す……すいません……」」

 

現在、総司と陽介は警察署で堂島に怒られていた。

原因はこれかのテレビの中の戦いにゴルフクラブだけでは心許ないと言う事で、陽介がジュネスの倉庫から模造刀を持ってきた。

そこまではよかったのだが、陽介がそれを振り回していた所を警察に見られてしまい現在に至る。

 

「お前はこう言う事するようには見えなかったんだが……」

 

今だ信じられないと言った感じで話す堂島。

引っ越しして、まだ一週間も経ってないし、何より総司がこんな事をするとは思っていなかった為尚更信じられ無いのだ。

 

「すいません……次から気をつけます」

 

「え!? いや……その、今回は俺が悪かったんであんま、コイツの事を叱んないで下さい」

 

総司が堂島に謝罪するのを見て、陽介は今回の一件は自分に非が有ると思って一緒に謝罪する。

そして、その様子を見た堂島は二人の態度から反省したのを確認した。

 

「まぁ、今回は何とかなったが次はどうなるか解らんからな。あんま、問題を起こすな……」

 

「「はい……」」

 

堂島の言葉は少し厳しい様に感じるが、その言葉から心配してくれているのがわかる

 

「あ……そうだ。一応、洸夜の奴を呼んどいたからな、ちゃんと事情を説明しとけよ」

 

そう言って堂島は仕事場に戻って行くが、堂島の言葉を聞いた総司の表情は少し青くなる。

 

「(……マズイ。いくら兄さんでも補導された何て聞いたら良い顔をしない。だからって、理由も話す訳にも行かない。ペルソナやシャドウなんて非現実的なモノを話したって下手な言い訳にしか聞こえないし……)」

 

補導された事によって、兄である洸夜がどんな反応をするか総司が心配していると陽介が口を開く。

 

「なあ相棒、洸夜って誰なんだ?」

 

「そう言えば、陽介は会って無かったな。洸夜は俺の兄さんだよ」

 

「えぇッ! お前って兄弟いたのかッ!?」

 

自分は一人っ子に見られ易いのだろうか?。

そんな疑問が総司の頭を過ぎった時だった。

 

「あれ? 君って確か、堂島さんの所の……?」

 

誰かに声を掛けられ、振り向いて見るとそこには、右手にコーヒーを持った、堂島と一緒に行動している何処か頼りなさそうな刑事がいた。

 

「貴方は確か、叔父さんと一緒にいる……」

 

「堂島さんの相棒を勤めさせて貰ってる足立透だよ。宜しくね」

 

そう言って軽い感じに話し掛けてくる足立に、総司も自己紹介しながらそれに答える。

 

「瀬多総司です。宜しくお願いします」

 

「ああ、宜しく。ところで君達って天城さんと同じクラスだよね?。天城さんについて何か聞いてない?」

 

総司達も雪子の映ったマヨナカテレビを見ている為、足立の言葉に総司と陽介の二人は顔を見合わせる。

 

「あ、あの、天城さんに何か会ったんすか!」

 

「えっ!? いや、その、実はね……」

 

陽介の勢いに圧されたのか、足立は少し気まずい感じで語り始める。

 

足立の話によれば雪子が昨日辺りから家に帰って無いと、家の人達から相談を受けていたらしい。

しかし、警察の中には山野アナが旅館の接客態度に過剰にクレームを入れ、それが原因で接客をしていた雪子の母親である女将がストレスで倒れた事を知っている。

その為、この状況で雪子が行方不明に成ったのは実は、何か後ろめたい事が有るからじゃないかと思っている人達がいるとの事。

 

「そう言う訳だから、警察署の中もピリピリしていてね……」

 

と、足立がそこまで言った時だった。

 

「足立ぃッ! コーヒー持って来るのにどんだけ掛かってんだッ!!」

 

堂島の怒鳴り声が警察署の廊下に響き渡り、その声を聞いた足立をビクッ!と肩を揺らした。

 

「い、今行きます! ……って言うか今の言って良かったのかな? ゴメン!今の無し!忘れて……」

 

そう言って足立は堂島の所に言ってしまった。

そして、足立の言葉を聞いた総司達は忘れてと言われても忘れられる訳が無く、事態が嫌な方向に流れている事を感じた。

 

「相棒……もしかしてコレってマズイんじゃね?」

 

「確かにマズイ……このままじゃ、雪子が犯人にされてしまうぞ」

 

二人がそう言って、今の状況に焦りを感じていた時だった。

 

「見付けたッ!」

 

突然、廊下に響く声に驚きながらも総司達は声の主の方を振り向くと……。

 

「「千枝!/里中!」」

 

そこには走ってきたのか、肩で息をしている千枝の姿が会った。

 

========================

 

現在、稲羽警察署受付

 

総司達は千枝に今までの状況を説明した。

 

「何よそれ……! 雪子が疑われてるのッ!」

 

「落ち付けって! 気持ちは解るけどよ……」

 

千枝を宥めようとする陽介だが、親友である雪子の危機に大人しくする程、千枝は単純ではない。

 

「落ち着いてられないよ! すぐに助けに行こう!」

 

「助けにって……あそこは危険なんだ」

 

総司も何とか落ち着かせようとする。

このまま行ったって危険なのだから。

 

「相棒の言う通りだ。お前はあそこがどう言う所か知らないからそう事が言えるんだよ」

 

「そんなの、あんただって同じだったじゃん」

 

「うっ」

 

千枝の言葉に黙ってしまう陽介。

総司も正論の為、フォロー出来ない。

 

「でもな……武器も取り上げられたしよ」

 

「え? 武器? それなら売ってる場所知ってるからついて来てよ」

 

陽介の言葉に普通に返す千枝。

しかし、武器を売っている店って一体?。

等と言う疑問が頭の中に残る総司と陽介は互いに顔を見合わせる。

 

「どうする?」

 

陽介が総司に、意見を求める。

 

「此処に居ても仕方ないし、まずは行ってみよう」

 

「じゃあ案内するから行こう……うぷッ!」

 

総司の台詞に二人は頷き、千枝が入口に走り出すと誰かにぶつかる。

 

「おい、千枝大丈夫……か……!」

 

千枝を心配する総司だったが、千枝のぶつかった人物に気付くと顔を青くなるする。

何故ならば、その人物は……。

 

「何処に行くんだ?。俺にも教えて欲しいんだが……!」

 

機嫌が悪そうな顔の洸夜が立っていたのだから。

 

END



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説教

投稿!


 

同日

 

現在、洸夜はバイクに乗って警察署に向かっていた。堂島から掛かってきた電話は総司達が補導されたと言う内容。

そして、豆腐屋のお婆さんに許可を貰い、総司達を迎えに行く為に警察署に向かっている。

 

「……(それにしても、ペルソナ能力やシャドウの事等で困惑してる為、暫くは落ち着いた行動をすると思ったが…-やってくれたな)」

 

自分達の時は桐条の後ろ盾や影時間等があり、隠密行動が多かった為周りの人間には最低限は迷惑を掛ける事は無かった。

しかし、今回は全くそんなモノはない。

イゴールから頼まれたとは言え、表上では殺人事件なのだから自分や総司達の行動は、捜査の邪魔になる野次馬と変わりない。

その為、今回洸夜は堂島達や周りの人に迷惑を掛けない様に隠密に事を動かす予定だった為、総司達の行動は余りにも考え無しだと言わざる得ない。

 

「(まだ、この事件の危険性等に気付いて無いのか。それとも面白半分でしか自覚していないのか……どっちにしろ話を聞かなければ成らないな)」

 

そう思いながらも、洸夜は警察署へと急いだ。

 

========================

現在、警察署

 

警察署に到着した洸夜はバイクを止め、入口の方に歩いて行って中に入ろうとした時だった。

 

「じゃあ案内するから行こう……うぷッ!」

 

誰かが前から自分にぶつかって来たのだ。

しかも、良く見るとその人物は千枝。

 

「おい、千枝大丈夫……か……」

 

それと同時に千枝を心配する総司の声が聞こえたが、千枝のぶつかった人物が洸夜だと気付くと顔を青くなって行く。

そして、その隣で洸夜と事実上は初対面の陽介は誰なのか分からず困惑する。

また、洸夜は何と無くだが話の流れを察した。

だが、このまま行かせては再び同じ過ちを繰り返す可能性があると判断し、何か一言でも言わなければ成らないと思い口を開く。

 

「何処に行くんだ?。俺にも教えて欲しいんだが……!」

 

「に、兄さん……」

 

「えっ!? この人が相棒の兄貴・・・」

 

「えっ? わ、わわッ!? す、すいません! 私前を向いて無くて……」

 

「ちゃんと前を見ないとな……それに警察署は走り回る所ではないよ」

 

「うっ……は、はい……」

 

千枝もようやくぶつかったのが洸夜だと気付き急いで謝罪する。

そして、千枝の行動に洸夜は目は合わせなかったが、歩きながら頭に手をポンっと置いてそう言うと、総司の前に向かう。

 

「俺の言いたい事は分るか総司?」

 

「何と無くだけど……」

 

洸夜の言葉に総司はゆっくりと顔を上げて、洸夜の顔を見る。

何だかんだでいつも家族に甘い洸夜でも、怒ると怖い事は総司は嫌でも知っている。

 

「総司……お前等はもう高校生だ。 義務教育も終わって、望まない場所でも高校に通っている。だから、お前の友人関係や行動に一々口を挟む気はない」

 

「……」

 

洸夜の言葉に総司は黙って聞いている。

今回は自分達が悪いと言う事をわかっているからである。

 

「だがな……それで周りの人に迷惑を掛ける行動は絶対にするな。今回の一件だって、下手をすれば周りからの叔父さんの信頼を無くしていたかも知れなかったんだぞ」

 

刑事であり、周りからの信頼の厚い堂島の甥っ子である洸夜達が問題を起こし続ければどうなるかは考え無くても分かる筈。

堂島はそんな事で一々騒ぐ様な小さい人ではないが、警察と言う組織にいる以上はそうは言ってられない。そう思いながら洸夜は総司達に視線を戻す。

 

「今回の一件だって、叔父さんが居たからこんなにも早く話が終わったんだ。だが、そんな事を繰り返して見ろ。知らず知らずの内に叔父が刑事だと言うのを良い事に好き勝手やっている連中とか言われて、叔父さんや菜々子に迷惑を掛けるぞ!」

 

「ごめんなさい……」

 

「あ、あの! 少し待ってくれよ! 今回の一件は俺が悪かったんだ……だからあんまり怒んないで欲しいんだ!」

 

総司を庇っての事の発言なのだろうが、陽介の言葉を聞いて洸夜はため息を吐いた。

 

「ハァ……俺は君達全員に対して言っていたつもりだったんだが、どうやら人事にしか聞こえなかった様だな」

 

「あっ……いや、そう言う訳じゃないすけど……」

 

洸夜の言葉に陽介はそれっきり黙ってしまった。

 

「まあ、俺もこんなにグチグチ言いたくない。今回は見逃すが総司、コレだけは覚えておけ。自分達を中心に物事を考えるな」

 

「分かった。兄さん、本当にゴメン……」

 

「別に謝って欲しい訳じゃない。……ところで、何で模造刀何て振り回していたんだ?」

 

「「ッ!?」」

 

洸夜の言葉を聞き、総司と陽介は顔色が如何にもマズイと言った顔になる。

 

「(恐らくコレからの戦いで武器がゴルフクラブでは心許ないからだな)」

 

総司達が模造刀を振り回していた理由を何と無く予想していた洸夜。

そして、洸夜がそう考えていると総司は意を決した様な感じで口を開く。

 

「……今は言えない。だけど、どうしてもやりたい事なんだ。必ずいつか言うから……兄さん、今は見逃して欲しい」

 

「やりたい事か……(自分の意思を殺して来た総司がここまで言うか)分かった。ほら、行く所が有るんだろ?さっさと行け」

 

洸夜の言葉を聞き、総司達の顔に笑顔が生まれる。

 

「ありがとう兄さん……!」

 

「ども……!」

 

「洸夜さん!ありがとね!」

 

そう言って総司達は走って行ってしまった。

 

「(だから、走るなって……)」

 

先程注意したにも関わらず署内を走っていく総司達に苦笑いする洸夜。

すると、その時……。

 

「あれ?。君は確か堂島さん所の……?」

 

誰かに声を掛けられ、洸夜は振り向いてみるとそこには以前、事件現場で事件の情報を暴露していた刑事の足立が立っていた。

 

「貴方は確か……?」

 

「足立透。堂島さんの相棒を勤めさせて貰ってるよ。君は確か、総司君のお兄さんだったよね? 堂島さんから色々聞かせて貰っているよ」

 

「そうですか。自分は瀬多洸夜です」

 

そう言って握手する洸夜と足立。

 

「宜しく。ところで君ってさ……天城雪子ちゃんについて何か知らない?」

 

「……意味が分かりませんが?」

 

「いや、実は……」

 

足立に総司達と同じ話を聞かせて貰った。

そして、洸夜は足立の話から周りの警官達がピリピリしている理由が分かった。

 

「なる程……署内がピリピリしている理由はそれですか……」

 

「そう言う事。だから、天城さんについて……」

 

足立がそこまで言った時だった。

 

「足立ッ!! コーヒーのお代わりにどれだけ時間掛けてんだッ!!」

 

堂島の怒鳴り声が廊下に響き渡り、足立は慌てる。

 

「す、すいません! あ、それよりさっきの事言って良かったのかな……? ゴメン!今の無し!忘れて……」

 

そう言って足立は行ってしまうが、忘れてと言われて忘れられる訳が無い。

 

「彼女が疑われているのか。救出が長引けばマズイかも知れないな……」

 

このままでは、雪子が犯人と言う先入観が警察内で広まるかも知れない。

最悪、救出が間に合わず雪子がシャドウに殺害されたら、彼女が自殺したと思われる可能性も無くはない。

 

「俺も行くか……!」

 

そう言って洸夜もテレビの世界に行く為、自宅へと急いだ。

END



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友達

同日

 

現在、雪子姫の城

 

洸夜との接触の後、総司達はテレビの中に入り雪子がいるである、巨大な城へと向かった。

しかし、そこで雪子を心配した千枝が独断で行動をしてしまい、総司達は急いで千枝を追う。

そして、千枝を追った先には千枝と千枝?が対峙している光景だった。

 

「あ、あれは!?」

 

「シャドウだクマ! 抑圧された内面……不安定な精神状態が制御を失ってシャドウが出たクマよ!」

 

クマの説明で総司達に気づいた千枝がこちらを向く。

 

「み……皆……違う……違うよ! 来ないで!見ないで!」

 

自分のシャドウが見られたくないのか手を広げ、シャドウを隠そうとする千枝に千枝?は可笑しそうに笑っている。

 

『ふふ。雪子はトモダチ……雪子が大事……手放せない……はははは!あんな都合のいいやつを手放せる訳ないよね!』

 

「違う……違う!」

 

『雪子ってさ、美人だし女らしいから男子にいっつもチヤホヤしてる……。その雪子が時々あたしを卑屈な目で見てくる……それがたまんなく嬉しかったんだよね!!!』

 

「黙れ!!」

 

「まずいぞ……!」

 

「よせ里中!」

 

不穏な空気をさした陽介が千枝に言葉をかける。

だが、自分のシャドウのせいで冷静さを失っている千枝には届いてない。

そして、千枝は拒絶の言葉を口にする。

 

「あんたなんか! あんたなんか……私じゃない!」

 

その言葉が引き金となり、シャドウから闇が放出される。

 

『うふふ……はははは!!!そうよ私は私!あんた何かじゃないわ!』

 

そう言うと千枝?の回りの闇が千枝?包み込んだ。

そして覆面を被り、手には鞭を持ち、沢山積み重なっているシャドウ達の上に乗っているシャドウ『千枝の影』が出現する。

シャドウは見下す様に笑い上げた。

 

『ハハハハハハハハハッ! 我は影、真なる我、うふふ、あんた……邪魔!』

 

「あ……ああ……」

 

「まずい、クマ! 千枝を頼むぞ!」

 

「任せるクマ!」

 

何が起こったのか理解出来ずに放心状態に成っている千枝はクマに任せ、総司達はシャドウの前に出る。

まだシャドウとの戦いに慣れていない二人だが、此処で逃げる訳にも行かない。

そして、そんな二人を見てシャドウはうっとうしい様に口を開く。

 

『なに? あんたたちも邪魔よ。とっとと消えなさい!』

 

「消えろと言われて消えれるかよ! 行くぜ相棒!」

 

「陽介! 油断するなよ!」

 

「「ペルソナ!」」

 

その唱えるとジライヤとイザナギが召喚され、二人はそれぞれ戦闘体勢に入る。

 

「先手必勝だ!」

 

『ガル!』

 

陽介が先手をとり、風がシャドウを襲う。

シャドウはそのままガルをモロに喰らった。

 

『きゃああ!この!』

 

『ガル』をくらい体勢を崩すシャドウの様子を見て、総司達は相手の弱点が分かった。

 

「どうやら相手の弱点は風の様だ……」

 

「ああ、なら俺の独壇場だ相棒!援護を頼む!」

 

「ッ!? 待て陽介!油断するなッ!」

 

相手の弱点属性が自分の属性と分かった途端に、考え無しに突っ込む陽介を総司が止めるが陽介はそのまま突っ込む。

 

「くらえ!」

 

『ガル!』

 

そう言って再び風がシャドウを襲うが……。

 

『ふふふ、ただ突っ込むだけの馬鹿程倒し易いのは無いわよ……コレでどう?』

 

『緑の壁!』

 

パキィン!

 

シャドウが唱えるとシャドウの前に緑の壁が出現し、ジライヤのガルが壁にぶつかり威力が激減してただの弱い風になる。

 

『あ~ら、良いそよ風ね』

 

「嘘だろ! そんなのありかよ!」

 

陽介が余りの事に混乱するなか、シャドウが視線を陽介に向けた。

 

「ッ!……逃げろ!陽介!!」

 

「攻撃がくるクマ!」

 

「え?」

 

『何、人事みたいに言ってんの?あんたたちもよ!』

 

『マハジオ!』

 

「「ぐわぁぁぁ!」」

 

シャドウが放つ雷が降り注いで二人を襲い、総司達は膝を付いてしまう。

耐性属性を持つ敵との戦いが初めての二人には、攻撃が効きづらい敵は陽介のシャドウ以上に手強い。

 

「センセイ! ヨースケ!」

 

『これでとどめよ! 底知れぬ妬み!』

 

シャドウが鞭を振り回しながら攻撃を放つ。

 

「ッ!?(アレは流石にマズイッ!)」

 

シャドウの攻撃を見て、ヤバいと判断した総司が前に出て陽介を庇う。

 

「ぐあッ!!」

 

「相棒!」

 

余りの威力に再び膝をつく総司。

この時、総司は初めて大型シャドウの恐ろしさを自覚した。

 

「はぁ……はぁ……! 陽介、どうにか……ならないのか……!」

 

「どうにかって言ってもよ……あの壁をどうにかしねぇと」

 

どうすれば良いか分からず陽介の顔に恐怖が写った時だった。

 

『疾風ガードキル!』

 

突然、何処からともなく緑色の光が降り注ぎシャドウの壁を破壊する。

 

『ちょっと! ナニよこれ!』

 

突然の事にシャドウが困惑する。

その突然の事に総司達も驚きが隠せないでいた。

少なくとも自分達では無い別の力が働いたのだ。

今の総司達はそれぐらいしか理解出来ず、呆気にとられてしまった。

 

「どうしたんだ?」

 

「よく分かんないけど、今がチャンスだ!」

 

「イザナギ!」

 

我に返った総司の言葉を合図にイザナギがシャドウを斬り付け、斬撃がシャドウにダメージを与える。

 

『キャアアアッ!』

 

シャドウが怯んだ事で隙が生まれ、総司は更に追撃する。

 

「畳み掛ける! オロバス!」

 

『アギッ!』

 

総司がイザナギを一旦戻し、馬の姿のペルソナを召喚すると同時に炎を放つ。

炎はシャドウを囲む様に走り、シャドウの周りは軽い火の海と成った。

 

『ぐああッ! ナメんじゃないわよッ!!』

 

「ッ!?」

 

そう言ってシャドウは鞭を握り絞めると振り回し、炎を凪ぎ払うと総司目掛けて振り下ろそうとした。

だが……。

 

『スクンダ!』

 

『!……な……に……コレ……体が……!』

 

突如、先程の様に謎の光がシャドウに降り注がれ、その光を浴びたシャドウは動きが鈍りだした。

そして今がチャンスと思い、総司はイザナギを再び召喚する。

 

「イザナギッ!!」

 

『スラッシュ!』

 

体の自由が効かないシャドウは、イザナギの攻撃をかわす事が出来ずにそのまま攻撃が直撃する 。

 

『ああああああ!!』

 

そして、それがとどめとなりシャドウは千枝?の姿に戻る。

 

========================

 

 

あの後、千枝と千枝?は向かいあっていた。

陽介からは「俺もそうだった」などと言った応援をして貰い。

総司も「それも含めて千枝だ」などと言って応援をする。

 

「私、最低だね……でもさ、こんな……わた……しでも雪子のこと……好きなのは嘘じゃ……ないから……!」

 

泣きながら答える千枝の言葉を聞いて、千枝?は静に頷くと光りだし仮面を付け薙刀を持つペルソナ『トモエ』へと転生した。

 

「知ってるよ……皆もそう言う所あるから」

 

「……うん、ありがとう」

 

総司の言葉に少し気が楽になったのかお礼を言う千枝その時だ……。

 

『うふふあははは! あらぁ? サプライズゲストかしら?。どんな風に絡んでくれるの?』

 

雪子?が前にいて総司達を見ながら喋っていた。

だが、その姿にはいつもの雪子の姿は無い。

 

「違う……! あんたは雪子じゃない! 本物の雪子は何処!」

 

『何言ってんの? 雪子は私、私は雪子』

 

千枝と雪子?が言い争っている間に総司はクマに聞いてみる。

 

「やっぱり彼女は……」

 

「そうクマね……“もう一人のあの子“クマよ」

 

「(やっぱり彼女のシャドウか……)」

 

陽介の時と同じ様な感じだと思いながら、総司は雪子?に警戒する。

 

『それじゃ再突撃いって来まーす! 王子様! 首を洗ってまってろよ!』

 

しかし、雪子?は何もせずにそう言って奥の方に走って行ってしまう。

 

「ま!……まて……!」

 

雪子?を止めようとする千枝だが、疲れが出た為か膝をついてしまう。

 

「今日は一回戻った方がいいな……」

 

「ああ、里中を休ませないとな」

 

「ちょ! ちょっと勝手に決めないでよ! 私は大丈夫だから!」

 

総司と陽介の話しに反論して叫ぶ千枝だが、何処をどう見ても無理をしている様にしか見えない。

 

「あのな……!」

 

千枝の説得は陽介とクマに任せて総司はある事を考えていた。

それは、シャドウとの戦いの最中にシャドウに隙を作ってくれた光。

アレが無ければ、恐らく自分達は負けていた。

 

「なんだったんだ……あの大型シャドウの技を糸もたやすく……」

 

そう考えていた時だった……。

 

「お~い!相棒! 里中の説得に成功したから今日は戻ろうぜ!」

 

陽介から声をかけられ、今考えを一旦止めて皆の所に向かう事にした。

 

「今、行くよ(今、考えても仕方ない……今は体を休めて雪子を助けだす事を考えよう)」

 

そう言って総司達はこの城を後にした。

 

===========

 

現在、雪子姫の城。

 

洸夜は城の影から、総司達が城を出る所を眺めていた

 

「急いで来て正解だったな……しかし、花村の奴はまだまだだな。緑の壁が破壊された時に奴も攻撃していれば、もっと楽に勝てた筈だ」

 

しかし、それを除いても総司達の耐性持ちのシャドウに対する戦い方は撫様としか言い様が無かった。

今回は自分が居たから勝てたものを、いつでも自分がいる訳ではない為総司達には早く自立して貰わないと困る。

本来なら洸夜が教えれば良いのだが、もし自分が名乗り出て共に戦う事になれば必ず自分を頼ってしまい、全く成長しなくなる可能性もある。

 

「しかし、まさか千枝ちゃんまで覚醒するとは……だが何故、この時期にペルソナ能力に覚醒する者達が増えたんだ……? 偶然にしてはイゴールの事件とタイミングが……」

 

そう思っていた時、後ろから強い力を感じた。

 

「……全く面倒事が続くな」

 

そう言って後ろを向くと、大量のシャドウが洸夜をとり囲んでた。

そして真ん中にシャドウに守られる様に、一人の女性がいる。

 

『あら~? 皆帰ったと思ったのにまだ此処に王子様がいたわ!』

 

そう言いながらシャドウを従えさせた雪子?が立っていた。

 

「やあ、雪子ちゃん……やっぱり君は和服以外も似合うな」

 

洸夜の言葉に嬉しそうに笑う雪子?。

 

『うふふ、嬉しいわ。ところで、貴方が私の事を此処から連れ出してくれるのかしら?』

 

「すまないな。君を連れ出す王子様達は俺じゃないんだ」

 

洸夜にとって此処で彼女を助ける事は容易なのだが、少なくとも総司には成長して貰わないと困る為、あえて今は後手に回る。

 

すると、雪子?は先程の笑顔が嘘の様に顔を歪ませると……。

 

『あら~それは残念……だったら……消えて』

 

その言葉を合図にシャドウ達が洸夜に一斉に襲いかかった。

 

「今日はお前のデビュー戦だ! ……アリス!」

 

『ふふふ』

 

俺の台詞共に、金色の髪に青いドレスを着た少女の姿をしたペルソナがあらわれる。

 

「(この子はこの間、商店街で見付けたベルベットルームの扉のなかでイゴールの下で誕生させたペルソナだ)頼むぞアリス!」

 

しかし、周りのシャドウ達は警戒しているのか、洸夜とアリスから少し距離をとる。

 

「その行動は普通では正解だ。だが、コイツに限っては不正解だ!」

 

アリスは接近戦タイプのペルソナではない為、いくら距離をとっても無意味なのだ。

 

「アリス!!」

 

『死んでくれる?』

 

『『『*☆▲□!?』』』

 

アリスがそう唱えると、大群だったシャドウは突如震えだし、一匹を残して闇に消えた。

 

「……あいつは別格か」

 

洸夜の目の前には脚が無く、宙に浮かんでいる黒い馬型のシャドウに乗っている槍を持った黒いシャドウ『征服の騎士』がいた。

洸夜はアリスを戻し、オシリスに変えて刀を構える。

 

『串刺し!』

 

シャドウが先に動き槍を俺に向けて突っ込む。

だがその攻撃をオシリスが防ぐ。

 

「物理無効を持つオシリスには効かないぞ……」

 

そう言うと刀で槍を受け流し、そのまま馬型シャドウの首を斬る。

 

『ーーー!!』

 

首を斬られた事によりシャドウはバランスを崩し、そして洸夜はその隙を見逃さずに一気に突っ込む。

 

「チェックメイトだ!」

 

『ジオダイン!』

 

オシリスが大剣を翳し、巨大な雷がシャドウを飲み込み、シャドウはそのまま消滅する。

 

「……俺の勝ちだ」

 

シャドウを殲滅し終え、洸夜は辺りを見回すが雪子?の姿はなかった。

 

「逃げたか……(今日のところは戻るか。総司が家に帰る前に戻らないと厄介な事になるかもしれないしな)だが、時間や総司達の成長の為とは言え、目の前の命に背を向けるとは……すまない」

 

そう言って雪子が今だに捕らえられている城を洸夜は後にした。

 

END



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鳥籠の紅い鳥

全部投稿するのはもう少し掛かりそうです


 

 

4月19日(火)晴れ→曇

 

現在、雪子姫の城最上階

 

千枝の影との戦いから翌日総司達は今、雪子がいる城の最上階にいた。

此処に来るまでの間にシャドウ達とも戦闘をしたが、千枝はペルソナを上手く扱い、戦力として心強い。

 

「この先にあの子と、シャドウがいるクマ」

 

クマの言葉を聞いて皆の顔付きが変わる。

今までの流れならば、またシャドウが暴走する可能性が有るのだから。

そう成らない事を祈るしか無い。

そう思いながら総司は他のメンバーに顔を向けると、既に千枝の顔には覚悟が写っていた。

 

「この先に雪子が……」

 

「ああ、俺達で天城を助けようぜ!」

 

「皆、油断するなよ。相手は今までの様に暴走する可能性もある」

 

此処にくるまでの間、極力最低限の戦闘は避けて来たから、体力精神力ともに余裕がある。

 

「ところでよ、此処まで来て難だけどさ……」

 

ついさっきまで、気合いを入れていた陽介が何気なく口を開く。

 

「……(言いたい事は分かる)」

 

総司も陽介の言いたい事が分かるからあえて黙る。

 

「ん?何かあんの?」

 

陽介の言いたい事が分からない千枝が早くしてよ、と言わんばかりに陽介に聞き返す。

だが、千枝のその態度に陽介は怒りを表す。

 

「何かあんの?じゃねぇよ!!。天城を助ける為とは言え今日は俺達、学校サボってんだぞ!」

 

そうなのだ総司達は今朝、千枝から『今日は学校休んで雪子を救出するからジュネスで待ってる!』と言うメールが届いた。

そして、総司と陽介は周りにバレない様にテレビの中に来たのだ。

 

「いいじゃん別に!。雪子の命が掛かってんだよ!」

 

「言いたい事は、分かるけど!俺らの担任ってあのモロキンだぞ!。よく考えてみろ、男子二人と女子二人が学校を休んでんだ。あのモロキンの事だ、変に勘繰って最悪、自分の家に連絡されてる……」

 

その言葉に千枝は顔色が変わり、モロキンを知らないクマは話しについて行けず混乱している。

 

「(って言うか……家に連絡されるのは、かなりまずい。昨日の補導の一件は見逃して貰ったが、昨日の今日で学校をサボった連絡が来たら多分……兄さんが黙ってない)」

 

そんな事を考えていた総司は戦いの前なのに気分が悪くなる。

 

「もう! 此処まで来たんだからいいじゃん! モロキン何か忘れて雪子の所にいくよ!」

 

そう言って扉に向かう千枝に続き、陽介とクマも扉に向かう。

 

「くそ! こうなりゃ自棄だ!」

 

「クマには何の事か分からないクマよ」

 

そして、総司も皆に続き扉の前に行くが、その表情は余りにも暗くなっているだろう。

そして、その表情を見て心配したのか、陽介と千枝が話し掛けて来る。

 

「どうした相棒? 表情がヤバいぞ……?」

 

「瀬多君らしくないね? 何か心配事?」

 

「兄さんの事で少しだけ心配なんだよ。昨日の今日で学校をサボってしまったから……」

 

総司の言葉に納得した表情をする二人。

陽介と千枝も昨日の一件で、洸夜は怒ると怖いと言う事が分かったからだ。

 

「でも、雪子の為だし……きっと誰かの命の為って言えば許してくれるよ!。何か有ったら私と花村もフォローするからさ!」

 

「ああ! 任せろって! 俺達は相棒の味方だ!」

 

「ありがとう二人共(だけど、兄さんがそんな事で許してくれるとは思えない気がする……逆に誰かの命を理由にする事に激怒するかも知れない……)」

 

そう思いながらも総司は雪子の救出を優先し、目の前の事に意識を向けた。

 

 

========================

 

現在、堂島宅

 

現在、洸夜は総司達の担任の先生からの電話に出ていた。

理由は総司・千枝・陽介の三人が何の連絡もないまま学校に来ていない為だ。

その事を聞いた瞬間、洸夜は言い訳が出来ず。

そして今は、担任の暴言とも取れる言葉を聞いている状態だ。

 

「はい……はい……帰ったらちゃんと言い聞かせますので……はい、必ず」

 

『本当に頼みますよ!全く転校して間もないのにも関わらず、男女四人で休んで何をしているんだか……! 全く、どんな教育をしているんだか知りたいですな!』

 

「ッ!……返す言葉もございません……!」

 

総司達の担任である諸岡の言葉に一瞬、堪忍袋が限界を超え掛けたが今回の一件はこちら側に非があるのは明白な為、洸夜は黙って言葉を受ける。

 

『それでは私は失礼しますよ!』

 

ブツッ!プー、プー。

 

「チッ! 言いたい放題言いやがって……! それにしても総司達の野郎、昨日の今日でやってくれるな……!」

 

総司達がいる場所は恐らくテレビの中。

雪子を救出する為に向かったのだと予想出来る。

だが、助ける猶予もまだ有る筈。

それにも関わらず、昨日の今日での出来事。

今後もこの様な事が起こる度に、誰かの命を助けているんだから学校ぐらい良いだろう。

等と言う、命の重さを軽く考える様な考えが生まれ続けたら、堂島達を含めテレビの世界を知らない殆どの人からの信用を失ってしまうかもしれない。

テレビの中に入って人助けしているなんて、誰も信じる訳がないのだから。

しかも、誰かに休む事を伝えていたならば未だしも、誰にも何の連絡もしていないという始末。

これでは、フォローしようにも出来る訳が無く、只、回りの人達を余計に心配させるだけだ。

 

「(成長の為とは言え、彼女を見捨てた俺が言える義理では無いが……誰にも連絡しなかったのは誉められない) ……今日はバイトが無くて良かった」

 

総司達の軽率な行動に洸夜は、内側から溢れてくる怒りを何とか抑えるとテレビの中へと入って行く。

 

 

 

========================

 

 

現在、雪子姫の城最上階

 

『老舗旅館?女将修行? そんなウザい束縛まっぴらなのよ!』

 

「や……やめて……」

 

現在、総司達は雪子と雪子?を見付け対峙していた。

 

「雪子……」

 

雪子の苦しみが分からなかったからか、雪子?の言葉を聞き、表情を暗くする千枝。

そんな中、雪子?は話を続ける。

 

『生き方……死ぬまで何から何まで全て決められてる! あーやだ!嫌だ!。伝統?誇り?そんなのクソ食らえよ! あんな旅館、潰れれば良い! 私はモノじゃないんだから!……それがホンネよ。ねえ?……もう一人の私』

 

「ち……違う……違うッ! あなたなんか…-」

 

雪子?の言葉を聞いて雪子は、それを否定しようとする。

 

「!……まずいぞ!」

 

「ダメ! 雪子ッ!」

 

「言うな!」

 

不穏な空気を感じ総司達は雪子を止めようとして声を上げるが間に合わず……。

 

「あなたなんか! 私じゃないッ!」

 

その言葉が引き金となり、雪子?から闇が溢れ出る。

 

『ふふふ……あはははははははは!! そうよ!私は私あなたじゃないわ!』

 

雪子?がそう叫ぶと、闇が集まり上から鎖に繋がれた鳥かごが降って来る。

そして、中から顔が人面の紅き鳥のシャドウ『雪子の影』が出現した。

 

『我は影、真なる我……ふふふ、力が……力がみなぎってくる』

 

「あ……ああ……何? 何なの……!」

 

「雪子! クマ君! 雪子をお願い!」

 

「任せるクマ!」

 

雪子の事をクマに任せて総司達は武器を構え、前にでる。

 

『なに? 何なのあんた達、邪魔よ!。来て王子様!』

 

シャドウがそう叫ぶと、冠を被り赤い服を着て剣を持つシャドウ『白馬の王子』が出現する。

 

「いきなり召喚か……」

 

「大丈夫、数ならこっちの方が勝ってる」

 

「皆……いくぞ!」

 

「「「ペルソナ!」」」

 

総司達はそれぞれのペルソナを召喚し、シャドウ達に掛かっていく。

 

==============

 

現在、雪子姫の城

 

洸夜は現在、総司達を追って城の階段を上っていた。するとそんな時、ワイトが騒ぎ始める。

 

『カシャシャ!』

 

「ん? ワイトのこの騒ぎ様は……やはりシャドウが出たか。だが、花村や千枝ちゃん達のシャドウとは比べモノにならない力を感じる……少し急ぐか」

 

そう言って洸夜は、城の階段を再び上り始めた。

 

===============

 

「はぁ……はぁ……」

 

「里中! お前は一回下がれ」

 

『ふふふ、どうしたの? そんなモノ?』

 

 

現在の総司達の状況ははっきり言って結構ツライところだ。

総司達の身体はボロボロで、顔や服にも傷が出来ている。

 

「流石にマズイ!。あの王子野郎……真の抜けた顔をしてるけど強いぞ!」

 

そう、雪子のシャドウの所まで行こうとするとあのシャドウが妨害をして、その隙に雪子のシャドウが攻撃を繰り出し現在に至る。

 

「負けられない……負けられないのよ!。雪子を絶対助けるんだから!」

 

「千枝……」

 

千枝の言葉にクマの側にいた雪子が呟く。

 

「喰らえ! トモエ!」

 

『ブフ!』

 

トモエの放つ氷が、シャドウを襲うが……。

 

『ふふふ……王子様には傷を付けさせないわ! 白の壁!』

 

パキィィンッ!

 

シャドウの前に白い壁が出現しトモエの放つブフを防ぐ。

 

「そんな!」

 

「くッ!千枝の影の時と一緒だ!」

 

「クソッ!(どうする?。何か手がないか弱点が無くなった今、どうすれば……弱点? そうだ!)」

 

弱点が無くなった事で焦っていた総司だが、ある当たり前の事に気付く。

 

「千枝! 俺にタルカジャを頼む!」

 

「え? なんで?」

 

総司の言葉に千枝は白馬の王子と攻防してながら口を開くが、何故今このタイミングでタルカジャなのか意味は分かっていない様だ。

 

「いいから!」

 

「もう、分かったよ!。トモエ!」

 

『タルカジャ』

 

千枝にタルカジャをかけてもらい、総司は自分の力が上がるのを感じた。

 

「よし! いくぞ!イザナギ!」

 

総司はイザナギを召喚し、シャドウ達に向かって走り出す。

そして、それを見たシャドウは嘲笑うかの様に笑い出す。

 

『あははは!。まだ来るの? そろそろ死んでくれる!』

 

シャドウがそう言うと俺の前に『白馬の王子』が立ち塞がるが……これが総司の狙いだ。

 

『スラッシュ!』

 

『!!!』

 

『白馬の王子』が前に来た瞬間に、イザナギで全力でたたっ斬って『白馬の王子』はそのまま両断する。

 

「(弱点に執着していたから気付かなかったが、弱点じゃなくても相手には効く筈だ……当たり前の事だけど)」

 

「「!……そうか!」」

 

陽介と千枝も、総司の意図に気付きシャドウに向かって走り出す。

そして『白馬の王子』が消えた事により『雪子の影』から冷静さがなくなり、咆哮を上げる。

 

『そんな! 王子様!王子様っ!』

 

『召喚!召喚!』

 

何度も召喚を使うが『白馬の王子』は出現しない。

 

「あのシャドウはもう出ないようだな……」

 

「今がチャンス」

 

「一気に畳み掛けろ!」

 

此処ぞとばかしに陽介と千枝は駆け出し、シャドウに向かって突っ込むが……。

 

『ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ!!!』

 

『焼き払い!』

 

総司達の行動に怒りをあらわにしたシャドウは辺り構わずに炎を放つ。

しかし、千枝が前に炎に突っ込む。

 

「トモエ!」

 

『ブフ!』

 

トモエから氷が放たれ、炎が相殺され道が出来る。

 

「今度は俺だ! 行け!ジライヤ!!」

 

『ソニックパンチ!』

 

『ぐわぁ!』

 

ジライヤから放たれる物理技がシャドウに直撃し、シャドウは倒れるが決定打には成らず、再び立ち上がると身体に光が発生する。

 

『まだ! まだ私は!!! アサルトダイブ!』

 

そう言うとシャドウは、総司に目掛けて突っ込んでくる。

しかも、その攻撃はシャドウの全力を持っての攻撃。直撃したら、ただではすまない事は総司達も分かっている。

しかし、此処で逃げる訳にも行かない。

 

「陽介! スクカジャだ!」

 

「任せろッ!ジライヤ!」

 

『スクカジャ!』

 

ヒュウウン!

 

スクカジャを使用した事で総司は身体が軽くなるのを感じた。

そして、突っ込んでくるシャドウの真下に一瞬にして潜り込む。

 

『なにッ!?』

 

真下に潜り込まれた事で困惑するシャドウだが、総司は一瞬でも良かったから隙が欲しかった。

 

「俺達の勝ちだ。イザナギ!」

 

総司はイザナギを召喚すると、真下から一気にシャドウを大剣で斬ると言うよりも大剣で殴り上げた。

 

『ギャアアアアッ!』

 

========================

総司の攻撃を受け、倒れたシャドウだが、まだ消えていなかった。

 

『誰でも良かった私を連れ出してくれるなら……何処でもいい……ここじゃない何処に……此処は……私には苦し過ぎる』

 

シャドウはそう呟いているが動く気配がなく、そしてそれを見て千枝が前にでてシャドウを睨む。

 

「これでおわりよ!」

 

そう言って留めを刺そうとした時だった。

 

「やめて!」

 

「……雪子?」

 

「天城さん?」

 

雪子が留めを刺すのを止め、シャドウの前にでる。

しかし、いくら倒したとは言え、先程は雪子を殺そうとしたシャドウ。

生身の雪子には、危険なモノである事には変わらない

 

「ちょッ! 雪子!?」

 

それに気付き、慌てて止めようとする千枝に雪子は……。

 

「大丈夫……後は私が……」

 

そう言う雪子の顔は先程とは違い笑顔だった。

文字通り、その笑顔に迷いは無い。

 

「逃げたい……誰かに救ってもらいたい……旅館の後継ぎなんてクソ食らえよ!」

 

「ゆ……雪子?」

 

「天城……さん?」

 

普段の雪子からはありえない言葉が出て来て皆も驚く中、雪子は話しを続ける。

 

「そうね、確かにそれも私の気持ち。あなた私だね……私ばっかり辛い目に可哀相な私……縛られてばかりで自由に成れない」

 

「……」

 

雪子の話しを皆が黙って聞く。

 

「けどね、父さんや母さんを始めとした旅館の人達も皆、家族みたいで……知ってる?。小さい頃からみんな優しくしてくれてたんだよ?。……子供の頃だけじゃない、今だって優しくしてくれる」

 

雪子は話をしてる最中でも自分のシャドウから目を離さない。

まるでその姿は、自分から逃げるのを止めた様な姿だった。

 

「だからこそ、そういう中で育ってきたから今の私があるの。旅館なんて潰れればいいって思ったりもするけど、やっぱり私の家、私のいられる場所。……潰すなんてできないよ。もちろん、あなたも……」

 

「「「……あ」」」

 

シャドウにそう言って、手を差し出す雪子を見て俺達はつい声が出てしまった。自分から出たシャドウ・・言わば、彼等もまたもう一人の自分。

しかし皆、彼等を否定した結果……暴走し、襲い掛かってくる。

 

「……(シャドウ達も犠牲者なのかも知れない)」

 

そう思いながら総司はシャドウに手を差し延べる雪子を見ていた。

 

「前は今まで千枝が手を差し延べてくれたけど……今度は私が連れて行ってあげる。そうじゃなきゃ、いつまでも逃げてるだけでお母さんからも旅館からも向き合う事なんて出来ない……それにほら」

 

「あれは……(兄さんの鈴)」

 

総司が不思議がる中、そう言って雪子は着物の中から紅い鈴を取り出して、笑顔でシャドウに見せた。

 

「私の事を見てくれているのが、千枝だけじゃないって分かったから」

 

雪子がそう言った瞬間、光が溢れ、シャドウが花びらを撒き散らせながら頭に華の飾りをつけ、周りには華の様な衣を纏うペルソナ『コノハナサクヤ』になる。

 

「今度は大丈夫だから、一緒に行こう……コノハナサクヤ」

 

そう言って雪子とコノハナサクヤは手を取り合う。

そして周りの花びらは二人を守る様にずっと舞っていた。

 

END



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我と愛

P4U・・・やっぱりエリザベスは使いやすいし、強い・・・


 

 

現在、雪子姫の城

 

「まさか、あんな形でシャドウを受け入れるとはな……」

 

洸夜は、雪子達の様子を見ながらそう思っていた。

自分達の時は、シャドウにそんな感情を持つ暇なんて無かった。

やるか、やられるか……そんな関係だ。

 

「……(しかし、コレでペルソナ使いは四人か。戦力的には安定しているが、問題なのは内面だな)」

 

今回の一件がある為、総司達が再び今回の様な方法をとる可能性がある。

本来ならば、メンバーに一人ぐらいはブレーキ役が必要なのだが……。

 

「シャドウとの戦いはまだ馴れてないから仕方ないと思うが……。心配して救出しに行った方も心配されたら苦労は無いな」

 

そう言って洸夜は、雪子の影がいなく成った事によりシャドウの気配が消え、最早廃城と成ったこの城を後にする。

 

========================

現在、テレビの広場

 

広場を歩いている時に洸夜は、フとある事を思っていた。

それは千枝の行動である。千枝がペルソナに覚醒したのはつい昨日の事。

なのに、昨日の今日でペルソナを使い熟し、シャドウと言う謎の存在と戦い抜いた。

そして、彼女をそうした理由はただ一つ……。

 

「天城雪子……か(親友の為とは言え、あそこまで彼女の為に戦うとは。そんな仲間がいて、雪子ちゃんと総司達が羨ましいな……俺には、そんな仲間はもういないから)」

 

洸夜はかつて、自分が親友や仲間と呼んでいた者達の事を思い出す。

 

「(俺だけに全ての怒りや不満をぶつけたアイツ等を、俺は恐らく許せないだろう。だが、俺が誰も守れなかったのは事実)」

 

洸夜はそう思う事で、二年前の揉め事での苦しみを和らげていた。

 

「まあ、その事は今は忘れよう……(それよりも、早く総司達が出て来るであろうテレビの場所へ行かないとな……)」

 

その場所で総司達に説教する為、洸夜は右手の力を使うと、現実の世界へ戻って行った。

 

========================

 

現在、総司達はクマからテレビを出してもらい現実の世界に戻る所だ。

 

「……雪子、大丈夫?」

 

「大丈夫……少し……疲れただけだから」

 

そう言う雪子は何処か顔色が悪い。

やはり、この世界は長くいると負担がかかるようだ。雪子の姿を見て総司は、この世界について考えていると、陽介がクマのテレビに入ろうとしていた。

 

「そんじゃあ帰るか!」

 

「センセイ達!また来てクマ!」

 

そして総達は、クマに手を振りながら現実へと戻る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

現在、ジュネス

 

「戻ったな……」

 

「ああ、でも今回は流石にやばかった……」

 

そう言いながら、周りにはばれない様にテレビからでる総司達。

 

「(確かに陽介の言う通りだ、今度からもっとペルソナを連れて上手く戦わないと……)」

 

総司は、今回の戦いで自分がもっとペルソナを上手く扱える様に練習する必要があると考えた。

すると、雪子に肩を貸していた千枝が雪子を見ながら口を開いた。

 

「それじゃあ、私はこれから雪子を家に連れてくから」

 

「分かった。気をつけて……」

 

「ああ、お大事に」

 

「皆、今回は本当にありがとう」

 

総司達の言葉を聞いた雪子は、顔色が悪いにも関わらずお礼を言う。

 

「ところで、瀬多君と花村はこれからどうするの?」

 

雪子を支えながら、千枝が聞いてくる。

時間は昼ぐらいだが、今から学校に行ってもモロキンに文句を言われるだけだと総司は思っていた。

 

「そろそろ昼だろ? 今更学校に戻ってもしょうがないから売店で飯食ってから考えようぜ」

 

「……そうだな」

 

笑いながら話す陽介の言葉に頷く総司。

なんだかんだで、この所大型シャドウと連戦が続き総司疲れたのだ。

 

「それじゃあ行くか!」

 

陽介がそう言った時だ……。

 

「何処に行く気だ?」

 

その言葉と同時に声の主の方を向く総司達。

そこには、冗談のカケラもない雰囲気を纏った洸夜がいた。

 

========================

 

テレビから戻った洸夜は、総司達が出てくるで在ろう場所、ジュネスへ向かっていた。

 

「(あの集団で目立たなく大型のテレビがあり……そして、叔父さんから聞いたあいつらがよくいる場所……ジュネスだ)」

 

ジュネスに着いた洸夜は、テレビの置いてある家電製品のコーナーに向かった。ジュネスで、大型テレビが置いてある場所はそこしか考えられない。

そして案の定、周りに気をつけながらテレビから出てくる総司達がいた。

 

「(!?…!あの馬鹿共、あんな所から何やってんだ。誰が見てるのか分からないんだから、もっと警戒しろ……!)」

 

この所の総司達の行動のせいで起こる頭痛の為、頭を抑える洸夜。

しかし、洸夜のそんな思いなど知らず、総司達は会話をしているが、その内容から反省の色が見えないと感じた洸夜は我慢の限界を超えた。

そして、洸夜は総司達の下へ向かう。

 

「それじゃあ行くか!」

 

「何処に行く気だ?」

 

洸夜の言葉に四人がこちらを向く。

その表情は、何故自分が此処にいるのか理解出来ないと言った表情だ。

 

「兄さん……」

 

「……」

 

そして、洸夜を見て呟く様に話す総司に無言で近付き洸夜は……。

 

「アホ!」

 

ドンッ!

 

洸夜はそう言って手を手刀の様に細くして総司の頭に落とし、店内にその音が響き渡る。

 

「ぬがっ!?」

 

「!?……え? ちょッ……!」

 

「瀬多君!」

 

「相棒!」

 

洸夜が総司を叩いた事に驚く陽介と、危うく雪子を落としそうになる千枝。

あまりの出来事にどうすれば良いか分からず、困惑した表情をしている。

しかし、洸夜はそんな陽介を無視する。

 

「誰にも連絡無し……周りに心配を掛けた……何をしてたか分からないが軽率すぎじゃないか?」

 

「……うん」

 

洸夜の言葉に頷く総司。

少なくとも今回は自分達が悪いと、多少は自覚している様だ。

総司の様子にそう思う洸夜だったが、だからと言ってコレで話を終わらせる気は無かった。

 

「総司、前にも言ったがお前は高校生だ。だから、お前がする事に一々口を挟む気はない……が、俺は言ったな? 叔父さん達や周りに迷惑をかけるなと。お前はやりたい事があると言ったが、今回のはなんだ? 誰にも連絡せず、周りの人達を心配させた。やりたい事の前に連絡や学校等、最低限の事ぐらいはちゃんとやれ!」

 

洸夜の声に花村達と周りのお客さんが洸夜達の方を向くが無視する。

 

「けじめぐらい自分で決めろ。 最低限の事もしないで何がやらなきゃいけないだ。ふざけるな…… けじめすらつけられなく、只誰かに迷惑をかけるだけなら今やってる事をとっとと止めろ」

 

「ッ! おい!さっきから黙って聞いーーー」

 

「お前は黙ってろ」

 

「……ぐっ」

 

口出ししようとした花村を一蹴する。

それに陽介達も人事では無い為、洸夜は陽介と千枝の方を向き口を開く。

 

「だいたいお前らもだ。人の命を学校をサボる理由に使ってんじゃねよ 」

 

洸夜は内心で花村達を見て苛々していた。

ペルソナという玩具を手に入れ、そして自分達だけが特別だと思い、誰かを理由に何をしても許されると思っている。

別に誰かを助けるのが悪いと言いたい訳ではない。

ただ最低限の事をしなければ、最終的には何をやっても説得力が無くなってしまい、誰からも信頼されなく成ってしまう。

洸夜はその事に、総司達自身で気付いて貰いたいのだ

 

「……ごめん兄さん」

 

洸夜に向かって謝る総司

 

「謝るのは俺だけにじゃねぇ……ちゃんと叔父さんと学校にも謝っとけ」

 

すると、洸夜はそんな総司の頭を掴む洸夜。

総司はまた怒られると思い身構えるが、洸夜は総司を叱らずに自分の胸の方に押し付け、こう口にする。

 

「余り心配掛けるな……馬鹿野郎……! 連絡ぐらいしろ、皆心配していたんだぞ……」

 

只でさえ、殺人事件が起こっているのだから、何の連絡もなく生徒が三人も消えたなら親は勿論、知り合いや周りの人も心配する。

 

「ッ!?……ゴメン兄さん……本当にごめんなさい……!」

 

洸夜が、どれだけ自分の事を心配していたのか分かった総司は兄に再び謝罪した。

それに洸夜も総司達を心配していた気持ちは本物だ。

過去の戦いで、沢山の命が失っている所を見た洸夜にとって、総司達の命はとても大切に感じてしまう。

そして洸夜、総司を離すと花村と千枝の方に視線を向ける。

 

「総司も君達も、今から学校に行けば五時限目には間に合うだろ。昼食ぐらいは奢るから、それを食べたら学校に行け。良いな?」

 

「……あの~」

 

「ん?……どうした?」

 

洸夜の言葉に恐る恐る手を挙げる千枝に、洸夜は聞き返すと、千枝は苦笑いしながら口を開く。

 

「いや、あの……私、雪子が心配だから家に送って行ってもいいですか?」

 

千枝の言葉に洸夜は雪子の方を向く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「(……確かに顔色が良くないな)」

 

雪子の状態を見て、洸夜はそう感じるとサイフから二千円程取り出し千枝に渡した。

 

「(コレぐらいで足りるだろ……)分かった。お金を渡すから、タクシーで家まで送ってやれ」

 

「えっ!? いや、でも……」

 

洸夜の行動に困惑する千枝だったが、洸夜が口を開きこう告げる。

 

「ここまで疲労した人間を家まで歩かせる訳には行かないだろう。お金の事は良いから、早く休ませてやれ……」

 

少なくとも、自分は彼女を見捨てる様な形をとってしまったのだから、コレぐらいの事をしても罰は当たらないだろう。

そう思っていると、洸夜の話を聞いた千枝の表情が先程より柔らかくなる。

 

「あ、ありがとうございます!。雪子、行こう」

 

「あ、洸夜さん……ありがとうございます……」

 

そう言ってお礼を言うと、千枝と雪子は行ってしまった。

そして、二人を見送ると洸夜は携帯を取りだして誰かに電話をかけた。

 

「……」

 

そんな中で総司は今、少し考え事をしていた。

別に兄である洸夜に怒られた事で考えている訳ではない。

逆に真っ直ぐに自分達を心配してくれた事に、嬉しく感じるぐらいだ。

しかし、それとこれとは別で、洸夜の先程の言葉に何故か総司は違和感を感じたのだ。

 

「……(兄さんの言葉は至って普通だった。なのにこの違和感は一体……?)」

 

そう考えていると、気付いたら洸夜と陽介は既に階段を上り始めているの気付く

 

「ッ!?(二人共、歩くのが早いな……それにしても、さっきの違和感は気のせいかな……?)」

 

今だにスッキリした答えが見付からなかったが、総司はこの事は一旦保留にする事にして、洸夜達の後を追った。

 

End



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日常
変わり行く稲羽


投稿!


 

4月22日(金)晴→曇

 

現在、商店街

 

雪子救出から、早いモノで数日が経過している。

 

あの後、雪子は一応大事をとって病院へ行き、数日入院する事に成ったと、洸夜は総司から聞いた。

そして、その後に何故か雪子の母親がお土産を持って洸夜を訪ねにやって来たのだ。

話を聞いて見ると、タクシー代と雪子についての事だった。

どうやらタクシー代については千枝かららしいが、その後に体調が悪い中で、雪子は母親に自分の気持ちを話をしたとの事。

しかし、その後雪子は直ぐに気を失ってしまったらしく最後まで会話が出来なかった為、雪子と自分の体調が治ったら再び二人で話すそうだ。

そして、洸夜を訪ねた理由なのだが、雪子が気を失う前に洸夜の事を話したそうだ。

帰りに雪子の母である女将は洸夜に向かってこう言っていた。

 

『貴方のお陰であの子と正面から向き合う事が出来ました。本当にありがとうございます』

 

そう言った時に見せた、女将の笑顔は今だに印象に残っている。

ちなみに、タクシー代を返すと言われたが、お土産も貰っているから別に良いと言って断ったのだが、それじゃあこちらの気がすまないと言って返す返さないを繰り返した。

その為、今度旅館に来る事が合ったらサービスすると言う事で手を打った。

 

そして、現在洸夜は……。

 

現在、商店街

 

「ゴクゴク……フゥー。あー疲れた……」

 

洸夜は商店街の道の上にバイクを止め、その上で飲み物を飲んでいた。

今日のバイトは終わり、後は家に帰るだけなのだが洸夜は少し休憩中。

そんな中、洸夜はある事を考える。

それは、バイトの帰り際に豆腐屋のお婆さんに言われた言葉。

 

『実は今度、孫が家に来る事に成っているのよ』

 

別にこの言葉に問題は無いが、問題が有るのはその孫に有るのだ。

その孫と言うのが……。

 

「まさか、あの“久慈川りせ”とはね……」

 

久慈川りせと言う人物は簡単に言えばアイドル。

しかも、子供からお年寄りまで幅広い年代にファンがいる大人気アイドルだ。

 

「(そんなアイドルがお婆さんのお孫さんとは……だが、そんなアイドルが何でこんな田舎町に?)」

 

洸夜は、人気アイドルがこの町に来る理由が今一つ分からずに考え込むが……

 

「(考え込んでも仕方ない……アイドルだろうが来たら、来たらで普通に接すれば良いだけだ)さて、帰るか」

 

そう言って洸夜は、飲み終わった空き缶を近くのごみ箱にその場から投げたのだが……。

 

カンッ!コロコロ……

 

「……ついて無いな」

 

洸夜が投げた空き缶は、普通にごみ箱の口の周りにぶつかり、普通に落ちて転がる。

そんな缶を見ながら、洸夜は怠そうにバイクから下りると缶を拾いに行くが……。

 

「ん……?」

 

突如、洸夜の前に青い帽子を被った少年が現れた。

そして、その少年はチラッと洸夜の方を見ると、先程落とした空き缶を拾い上げて口を開いた。

 

「ゴミを投げ捨てるのは余り関心出来ませんね」

 

そう言って空き缶をごみ箱に入れる帽子の少年。

 

「(なんだ、この少年は?。不思議な雰囲気を発している……それに見た感じ隙が見当たらない)」

 

謎の少年の登場に警戒する洸夜。

何より、この少年からは年相応の雰囲気が感じない。その少年の独自の雰囲気が洸夜を警戒させるのだ。

すると、そんな洸夜を察したのか少年は帽子を被り直すと再び口を開く。

 

「ああ、突然すいません。自己紹介も何もしていませんでしたね……僕の名前は“白鐘直斗”と言います。どうぞ宜しく」

 

そう言って、帽子の少年『直斗』に手を差し出される洸夜。

 

「……ッ! あ、あぁ、すまない。俺は……」

 

突然の事に一瞬頭がついて行けなかったが、直ぐに冷静になると洸夜も手を差し出すが……

 

「瀬多洸夜さん。ですよね?」

 

「ッ!? お前……!」

 

直斗が自分の名前を知っている事に驚き、洸夜は直斗を睨む。

本来ならばこの町は小さい為、自分達みたいな存在は直ぐに町に広がり、知らない人が自分を知っていても不思議ではない。

だが、名前まで知る事は余り無い筈だ。

しかも、この少年は普通の連中とは何処かが違う。

そして、洸夜は握手していた手に少し力を入れる。

 

「何で俺の名前を知っている……少なくともお前とは初対面だが?」

 

少し、声に敵意を混ぜ込み直斗を睨み続ける洸夜。 だが、直斗はそれに一切怯まずに、軽く笑うと話を続けた。

 

「簡単に言えば調べたからですよ。堂島刑事の甥っ子であり、尚且つ貴方はこの町の事件が起こり始めた時期に此処にやって来た。僕から見たら十分貴方は疑うに価する人物なんですよ」

 

「理由に成っていないだろ……!俺が聞きたいのは、何でお前にそんな権利が有る尚且つ、お前が何者かって事だッ!」

 

グイ!

 

「ッ!?」

 

話をごまかす直斗に、洸夜は掴んでいた手を引っ張り自分の方に近付かせる。

こうした方が洸夜的には有利に事が運べるからだ。

しかし、洸夜にも予想外の事が起きた。

 

「なっ!?(コイツ、軽すぎるだろ!)」

 

引っ張った直斗の身体の軽さに驚く洸夜。

それもその筈、直斗の重さは明らかに年相応の男子の重さではないのだ。

それに、今気付いたみれば直斗の腕はとても細かったのだ。

しかも、手に関しては傷一つ無い綺麗な手だ。

 

「わッ!」

 

「ヤバッ!」

 

そして、結果的に洸夜に引っ張られた直斗はバランスを崩してこちら側に倒れそうになり、それに気付いた洸夜は直斗の身体を押さえたのだが……。

 

むにゅ……

 

「ッ!?」

 

「ん?。何だこの感触……?」

 

洸夜は直斗の身体を押さえた瞬間に、明らかにおかしい感触を感じた。

そして、良く確認するとその場所は胸。

 

「(何故、男子である筈のコイツから何故そんな感触が……?)」

 

そう思いながらも、洸夜はつい腕に力を入れてしまった。

 

むにゅ、むにゅ……

 

「ひゃあッ!」

 

直斗が変な声を上げているが、洸夜は気付かずに考えていた。

 

「(何だ、このまるでサラシか何かで抑えている様なこの変な感触だが、確かに分かるこの膨らみは……?)」

 

そう思いながら洸夜は、フッと直斗の顔を見てみると……。

 

「ゲッ……!」

 

「うっ……うっ……」

 

そこには先程の冷静な表情は無く、顔を真っ赤にして涙目に成っている直斗の顔が合った。

そして、洸夜はようやく意味を理解する。

 

「ま、まさかお前……いや、ちょっと待て! これは不可抗力……!」

 

しかし、洸夜が口を開いた瞬間……。

 

「うわぁぁぁぁぁッ!!」

 

パァァァンッ!

 

渇いた音が商店街に響き渡った。

 

========================

現在、神社

 

「ほら、少しは落ち着いたか……?」

 

「す、すいません……」

 

あの後、洸夜と直斗は神社の階段に座っていた・・・が、洸夜の顔には生々と平手の跡が残っている。

そして、洸夜は座っている直斗に買ってきたジュースを渡して直斗はそれを受け取る。

その様子を見た洸夜も隣に座ると、気まずそうに口を開いた。

 

「それにしても、探偵の一族の五代目か……」

 

洸夜はあの後、直斗から自分は『白鐘家』と言う探偵の一族の五代目である事を聞いた。

そして、今回は警察から直々に稲羽の事件の調査を依頼された事も教えられた。元々、不可解な事が多過ぎる今回の事件。

流石の警察も自分達だけでは事件解決は不可能と判断した為、探偵である直斗にわざわざ依頼したのだろう……。

しかし、だからと言って先程の事が解決した訳では無い。

 

「ところで直斗。お前何でわざわざ男装なんかしていたんだ?。男装なんかしていなければ、あんな事は……」

 

洸夜は先程の事を自分で言って恥ずかしく成り、顔を片手で覆う。

そして、それを聞いた直斗も顔を赤くし、恥ずかしそうにジュースに口を付ける。

 

「そ、それに関しては言いたく有りません」

 

「……(まあ、何と無くは予想がつくがな)」

 

ただでさえ年齢的にも子供の直斗。

女性だとバレたら周りから嘗められてしまい、ロクに捜査は疎か、事件解決なんて無理だろう。

洸夜は内心そう思いながらも話を変える。

 

「まあ、この話はここまでで良い……それで結局、お前は何で俺に接触して来た?。この町に来たのは俺だけじゃないだろう?」

 

洸夜の言葉に直斗は表情を最初の時に戻し、帽子を被り直すと目だけこちらに向けて口を開いた。

 

「僕なりに、事件が起き始めた時期にこの町に来た人を調べたんです。そして、その人達に話を聞こうとしていた時に丁度、貴方に会った……コレが理由です」

 

「簡単に言えば偶然か……」

 

そう言って洸夜は直斗に視線を戻す。

そして、つい直斗の雰囲気が気に成ってしまった。

先程は気付か無かったが、直斗の雰囲気は何処か無理をしている様な感じだ。

今思えば、何故こんな年齢の直斗が殺人事件の調査に来たのかが不思議で成らない。

未成年で、しかも隠しているが女性。

外見や年齢と違い、中身は探偵としてかなりの力が合ったとしても、やはり普通ならば考えられない。

 

「……直斗。はっきり言うが、お前が事件に関わるのは危険なんじゃないのか?」

 

「……どう言う意味ですか?」

 

直斗の言葉は落ち着いているが、明らかに目には怒りが混じっている。

まるで、親の仇でも見るかの様に洸夜を睨む直斗。

洸夜自身もまさか、今の言葉でここまで直斗が怒りを表すとは思ってはいなかった。

 

「そう睨むな。お前の様な年齢で、しかも女だ。言い方は良くないが、普通なら何でお前見たいな奴が殺人事件の調査をするのか疑問に思わない訳が無い」

 

「回りくどいですね。ハッキリ言えば良いじゃないですか。子供の癖に、女の癖にでしゃばって事件に首を突っ込むなってッ!」

 

洸夜から視線を外し、突然声を上げる直斗に洸夜は一瞬驚く。

だが、直斗のその姿は余りにもか弱く見えた。

見た目では強がって見せているが、直斗の目には恐怖や悲しみが写されていて、それが強がりだと言う事が洸夜は理解した。

 

「……直斗。さっきの言葉が気にしたのならすまなかった。だが、この町の事件は何処か異質なモノである事はお前も何処かで理解している筈だ。一体何がお前をそこまで駆り立てさせる?」

 

今回の事件には、シャドウやテレビの世界等と言った非現実的なモノが関係している。

ハッキリ言って、ペルソナ使いではない一般人の直斗が解決出来る事件では無いと洸夜は判断している。

最悪、下手に犯人を刺激してしまい、誘拐の標的にされてしまう可能性だって無い訳ではない。

そんな洸夜の考えを知ってか知らずか、直斗は拳を握り絞めると口を開いた。

 

「……言いたく有りません」

 

「……そうか」

 

洸夜も今回の会話だけで、全て話してくれるとは思っていない。

性別を偽ったり、この年齢で今回の様な凶悪事件を調査してるのだ、恐らくは直斗にしか分からない何かが有るのだろう。

すると、洸夜がそう思っていたら突然、直斗は立ち上がりこちらを見ると再び口を開いた。

 

「ですが、既に覚悟は出来ていますよ。必ず僕は今回の事件を解決まで導きます……必ず」

 

そう言った直斗の目には先程の怒りは無く、文字通り覚悟が写っていた。

自分身に何が起ころう共必ず事件は解決させる。

そんな覚悟が写った目を見てしまったら、洸夜はもう何も言えない。

 

「……それ程の覚悟を持ってこの事件に挑むのか。……子供扱いして悪かったな。頑張れよ直斗。」

 

そう言って洸夜は直斗の頭を帽子の上から撫で、バイクに跨がる。

 

「えっ? あ、あの……」

 

洸夜の突然の反応に、やや困惑気味の直斗。

そして洸夜は、そんな直斗の様子を見ていると、まるで何かを思い出した様にヘルメットを被ると直斗に向かって口を開く。

 

「ああ、そうだ。直斗、情報を欲しがっていたな。三人が事件に巻き込まれる前のメディアを調べな……あと、これ俺の連絡先だから。そう言う訳で、じゃあな」

 

「えっ!? ちょっ!待って下さい! いきなりそんな事言われても!」

 

直斗が止めに入ったが洸夜は面倒だから無視し、止まらずに走り去る。

後ろで直斗が何か言っているが、走っている内にそれは聞こえなく成った。

 

「アイドルに探偵か……この田舎町も大分騒がしくなって来たな(どこまで調査出来るか分からないが、負けんなよ直斗)」

 

久しぶりにまともな覚悟をした人物に会い、洸夜は上機嫌で家に帰った。

心の中でその人物を激励しながら。

 

=================

 

現在、直斗宅

 

直斗はテーブルの上に新聞紙のテレビ覧の部分を引いて、一枚一枚メディアの部分を読んでいる。

理由は今日出会った瀬多洸夜が去り際に言った言葉が気になり、至急家に戻って古新聞を集めた。

そしてその結果、直斗は亡くなった二人と行方不明に成っていた雪子との共通点に気付く。

 

「……メディア。三人共、事件が起こる前にテレビで報道されている……!」

 

洸夜が言っていた事はこの事か、と自分の目で確認して理解する直斗。

しかし、それと同時に直斗の頭の中にある疑問が過ぎる。

それは・・・。

 

「何故、洸夜さんは天城雪子さんの一件を知っていたんだ?」

 

直斗は、何故事件として扱われていないかった天城雪子が行方不明に成った事を洸夜が知っているのか疑問に感じていた。

今回貰った情報もそうなのだが、この情報は気付く人は気付く事。

 

しかし、雪子の一件は別の話だ。

本来ならば事件として扱われておらず、知っている人も限られている。

事実、自分もこの事を知ったの警官達の世間話を立ち聞きした為であり、その話を聞いて一連の事件と天城雪子の失踪が関係していると判断したのだ。

 

「堂島刑事が話したのか?。いや、あの人は仕事とプライベートを分けている様な人に感じた……一体、貴方は何者なんですか?洸夜さん……」

 

自分しかいない部屋で直斗はそう呟くと、机に洸夜から貰った連絡先の書かれたメモをただジッと眺めているのであった。

 

END



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ゴールデンウィーク

4月30日(日)晴

 

現在、堂島宅

 

「4日と5日だな」

 

「「「?」」」

 

家で相変わらず菜々子と総司、そして仕事が早く終わり帰宅している堂島とテレビを見ていた洸夜。

そんな時、突然の堂島の言葉の意味が解らず洸夜達三人は首を傾げる。

 

「4日5日なら……まぁ、休みが取れそうだ」

 

「成る程……」

 

最初は良く分からなかったが、堂島のその言葉を聞いた洸夜は理解した。

もうすぐゴールデンウイークだから、その予定についての事だと言う事に。

 

「ほんと!?」

 

堂島の言葉を聞いて飛び上がる菜々子。

その満天の笑顔を見れば、どれだけ嬉しく思ったのかは想像出来る。

そして、その光景を見て微笑む堂島。

 

「何処か行きたい所はあるか?」

 

「う~んとね……それじゃあ菜々子ね、ジュネスがいい!」

 

「「(何故ジュネス?)」」

 

洸夜と総司も、菜々子のジュネス好きは知っていたのだが、まさかゴールデンウイークにまで行きたがるのを見て驚いている。

そして、菜々子の様子を見た堂島も口を開く。

 

「別に近所じゃなくてもいいんだぞ、何なら何処か旅行でも行くか?」

 

「……ほんとに?」

 

堂島の言葉を聞き、菜々子は先程の笑顔から暗い表情になり、どこか心配そうな様子の菜々子。

いつも、ゴールデンウイーク等の連休の時には堂島も休みが取れなく成ってしまう事が多い。

その為、菜々子は心配してしまう。

 

「なんだ、疑っているのか?」

 

「……いつもダメだから」

 

菜々子の言葉に一瞬、冷や汗をかいて視線を逸らす堂島。

そして、余りに予想通りの答えにフォロー出来ない洸夜と総司。

この微妙な空気で下手に口出し等出来る筈がない。

 

「ま、毎年じゃないだろう……お前等はどうだ? 予定空いてるか?」

 

「特には……」

 

「右に同じ」

 

上から総司と洸夜。

元々、ゴールデンウイークの日の時は、基本的に暇な二人。

と言っても親が共働きだった為、ゴールデンウイーク等の連休の時は基本的に洸夜が総司を連れ出していた為、総司はゴールデンウイーク等のイベントの時の楽しい思い出は結構有る。

 

「じゃあ、コイツ等も一緒だな」

 

「うん 一緒! みんな、いっしょに行こう!」

 

堂島の言葉を聞き、笑顔になる菜々子。

皆で出掛ける事が余程嬉しかったのだろう。

再び、先程の様な笑顔になる菜々子。

 

「菜々子おべんとう持って行きたい!」

 

「ん?ああ、そうだな。いつも惣菜メシばかりだからな。けど、俺は作れんし……」

 

そう言うと洸夜達に視線を送る堂島。

 

「……けど大丈夫か。今年はコイツ等がいたんだったな」

 

「了解。今までで最高の弁当を作るよ。……総司、お前も頼む」

 

「分かってるよ」

 

「やったーおべんとう!」

 

そう言ってはしゃぐ菜々子を見て微笑む洸夜達。

 

「さてと、材料を下見しないとな……」

 

そう思いながらゴールデンウイークに備え様と考えていた洸夜。

だが数日後……。

 

========================

5月2日(月)晴→雲

 

「もしもしお父さん? うん大丈夫……うん……うん……分かった」

 

そう言うと菜々子は電話を持って、洸夜の所に来て電話を渡す。

その菜々子の表情は、何処か納得した様で、だけど悲しそうな表情をしている。

 

「かわってって、お休み取れなくなったって」

 

「……そうか」

 

悲しい顔をしながら菜々子は部屋に行く。

その寂しそうな背中を見ていると、洸夜は虚しく感じる。

堂島も仕事なのだから仕方ない。

警察ならば尚更なのだが、菜々子はまだ小さい。

母親も他界しており、父親である堂島も仕事で遅く、寂しい思いをして来た筈なのだ。

ハッキリ言って、まだ幼い菜々子に我慢ばかりして欲しく無いと思いながら、洸夜は電話に出る。

 

「もしもし……」

 

『お前か? 悪いが今日遅くなるから戸締まりして先に寝てくれ。それと、4日5日の休みの件なんだが……』

 

「中止になったんでしょ?実は俺も、たった今予定入ってさ、丁度良かったよ」

 

『……そうか、すまんな。実は若いのが一人体を壊してな……抱えている事件の内容から行くと穴はあけられん、俺が出るしかなさそうだ』

 

「分かった。叔父さんも無理すんなよ」

 

『すまんな急な事で……菜々子の事、頼んで良いか?』

 

洸夜の先程の言葉を聞いた堂島は、言葉の意味を察した様だ。

そして、その堂島の言葉を聞いた洸夜は、問題無いと言わんばかりに口を開く。

 

「問題無いよ。こう言う展開には慣れてるから、菜々子は俺達に任せてくれ。それよりも、叔父さんも無理だけはしないでくれ」

 

「……ああ、すまんな洸夜。総司にも言っといてくれ……じゃあ、後は頼むな」

 

そう言って電話を切る叔父さん。

すると菜々子が部屋の中からこちらを見ていた。

 

「平気だよ。いつもだから……お休みなさい」

 

そう言って部屋に戻る菜々子。

そして、そんな菜々子の姿に昔の総司と姿が重なって見えてしまった。

 

「……なんつう顔してんだ。昔の総司そっくりじゃないか」

 

ガチャ……!

 

「ただいま……? どうしたの?」

 

丁度帰宅した総司に洸夜は状況を説明する。

 

「旅行は中止……そして総司、悪いが明日予定入れるぞ」

 

「え?」

 

総司にそれだけ伝えると洸夜も部屋に戻る。

 

更に翌日

 

========================5月3日(月)晴

 

現在、堂島宅

 

菜々子は部屋でテレビを見ている。

しかし、その後ろ姿は余りにも弱く見え、見ていられ無かった。

 

「……さて行きますか」

 

そう言うと洸夜は菜々子に近付くと頭を撫でる。

 

「えッ!?」

 

突然の事に驚く菜々子。

それに対して洸夜は笑顔で返す。

 

「菜々子。今からお兄ちゃん達と遊びに行かないか?」

 

洸夜は後ろにいる総司を指刺しながら菜々子に聞く。すると、菜々子は少し驚いた表情で洸夜を見ていた。

 

「え……! でもお兄ちゃん予定が入ったって」

 

昨日の話しを聞いていたんだろう。

菜々子は少し戸惑っている様子だ。

そして、洸夜は菜々子の言葉を聞くと、軽く微笑みむと口を開く。

 

「予定は入ってる……今から菜々子と遊びに行くって予定だ」

 

「! ……お兄ちゃん、ありがとう!」

 

そう言って涙目になる菜々子を見て頭を撫でる洸夜。弟と妹の面倒をみるのは兄の特権。

ずっとそう思いながら生きていた洸夜にとって、誰かの面倒を見るのは慣れているのだ。

すると、そんな時……

 

ピンポーン!

 

「瀬多君! どっかに遊びに行かない?」

 

玄関の方から、千枝の声が響き渡る。

どうやら総司を誘いに来た様だ。

 

「千枝ちゃんか……ナイスタイミングだ」

 

========================

 

現在、ジュネス

 

現在ジュネスの休憩所の場所にいる。

そして、その場には私服を来た洸夜・総司・菜々子・千枝・雪子・陽介がテーブルにそれぞれの飲み物を置きながら座っていた。

 

「それにしても、ゴールデンウイークだってのにこんな店じゃ菜々子ちゃん可哀相だろ」

 

「……一応、お前の家見たいなモノだろ」

 

自分の親が店長をやっている店を、こんな店扱いする陽介に苦笑いする総司。

しかし、陽介の言葉に千枝達が「確かに……」と言って相槌をうつが、菜々子は……。

 

「菜々子、ジュネス大好きだよ!」

 

「な、菜々子ちゃんッ……!」

 

何の迷い無く、満面の笑顔で言い放つ菜々子の言葉に感動する陽介。

ハッキリ言って、ジュネスは便利なのは違い無いのだが、そのせいで商店街の売れ行きが下がり、店を畳む所もある。

その為、商店街の人達や一部の人達に嫌われている。それ故に、菜々子の様に堂々とジュネスが好き等と言ってくれる人は少ない。

しかし、先程まで笑顔だった菜々子の表情が曇り、こう口にする。

 

「でも、ほんとは何処か、りょこうに行くはずだったんだ……おべんとう作って……」

 

「(無理も無いな、あれだけ楽しみにしていたのだから……まだ機嫌が治るにはもう少し掛かるな)」

 

菜々子の表情を見て、洸夜と総司は少し心配してしまう。

だが、そんな時雪子が菜々子に話しかけ、話題を変える。

 

「……お弁当? 菜々子ちゃん作れるの?」

 

雪子の質問に反応して表情が柔らかくなる菜々子。

どうやら、意識を会話の方に持って行く事に成功した様だ。

 

「ううん……」

 

雪子の質問に首を振りながら、洸夜と総司の方を向く菜々子。

そして、その反応を見て千枝が顔をニヤニヤしながら笑い出す。

 

「へぇー、家族のお弁当係なんだお兄さんズは」

 

「……千枝ちゃん。ネーミングセンス無いって言われないか?」

 

「グオッ! こ、洸夜さん……意外に直球」

 

「アハハハハハッ! だって千枝! 流石にお兄さんズは無いよ! 何処の芸人? アハハハハハッ!」

 

「雪子!? ちょっと笑いすぎ!」

 

千枝のネーミングセンスがツボに入ったのか、雪子が日頃見せない様な大爆笑をかました。

 

「……(最初の頃に比べて明るく成ったな)」

 

その雪子の様子を見た洸夜は、最初に出会った時に比べて良い方向に彼女が向かっていると判断し、内心で微笑んだ。

そんな時、陽介が会話の話題を変える。

 

「へぇーお前も料理とかできんだな……そういや何か器用そうだもんな」

 

花村の言葉に総司は首を横に降る。

 

「いや、俺よりも兄さんの方が上手いよ……何より俺の料理は兄さんから教わった物だから」

 

その言葉に陽介と千枝が洸夜の方を向く。

その表情は、意外なモノを見た様な表情だ。

 

「なんだ? 突然、二人が俺の方を向いて……」

 

洸夜の言葉に陽介と千枝は、少し気まずそうに顔を逸らす。

 

「えっと……その少し、意外かなって……」

 

千枝が答え。

 

「顔もいいのに料理も出来るとか、反則だろ……」

 

「……(千枝ちゃんはともかく、花村はただの嫉妬じゃないのか?)」

 

千枝と陽介の言葉に微妙な気分になる洸夜。

微妙な答えのせいで釈然としないのだ。

 

「私はこの前、クッキーを貰ったから、洸夜さんが料理が上手だって知っていたよ。それに、お母さんや板前さん達にも上げたけど、皆美味しいって言ってたから」

 

「ありがとう、雪子ちゃん(しかし、旅館の人にも上げたのか……何か恥ずかしい)」

 

その道のプロである人達に、自分が趣味の範囲で作ったモノを食べて貰ったと思うと洸夜は少し顔を赤くする。

遊びに近い感じで作ったお菓子なのに、老舗の旅館の人達にそこまで評価されたら照れ臭い。

洸夜がそう思っていると、陽介が突然千枝の方を、まるで何か納得した表情で向いた。

 

「まぁ、少なく共俺は何か里中だけには勝てそうな気がするな」

 

「あぁ、何となく分かる気がする」

 

「何よそれ! 雪子まで!だったら勝負しようじゃん!」

 

今までの流れで、何故そうなったのかは分からないが洸夜は少し面倒な臭いがしたので、菜々子と遊ぼうと思ったが……。

 

「じゃあ菜々子ちゃんが審査員か。この人達菜々子ちゃんのお母さんよりも「菜々子!。何か食べに行くか?」な、なんだ?」

 

陽介の言葉を聞いた瞬間にマズイと判断し、横槍を入れて菜々子に話し掛けた。

 

「え!、いいの!?。だったら菜々子ね……タコ焼きが食べたい!」

 

タイミングが良かったらしく、菜々子は陽介の言葉を聞いていなかった様だ。

その証拠に、洸夜の言葉を聞いた菜々子の顔は笑顔だった。

 

「そうか、じゃあ行くか」

 

そう言うと洸夜は菜々子を肩車して売店に行く。

ちなみに、洸夜はロリコンでは無い為、変な感情は無い。

 

「わぁー高い高い!」

 

そう言いながらはしゃぐ菜々子に、洸夜は少し和みながら売店に向かった

そして、菜々子を肩車しながら洸夜が売店に向かって行ったの見ていた総司達。

しかし、話に横槍を入れられた陽介はぶつくさと文句を言っている。

 

「な、何だよ……まだ話しの途中だったのに……」

 

ぶつくさと、文句ばかり言っている陽介に総司は説明する。

流石に兄の行動は正しいモノの筈だから、文句を言われると良い気分はしない。

 

「陽介、兄さんに助けられたな……」

 

「はっ? どう意味だよ」

 

意味が解らないらしく聞き返す陽介。

知らないのは当然なのだが、逆に知っていたら怖い。

 

「……菜々子のお母さんは昔、事故で亡くなったんだよ」

 

「「「ッ!?」」」

 

総司の言葉に三人は驚き、気まずそうな表情になる。

 

「えっ!? その……マジ?」

 

少し、遠慮がちに聞いてくる陽介に総司は頷く。

こんな事を冗談で言える訳が無い。

 

「ちょっと! 花村! あんたって奴はろくな事言わないんだから!」

 

「だ、だってよ。知らなかったし……」

 

陽介と千枝が言い争って時に雪子が口を開く。

 

「洸夜さんはその事を知ってたから菜々子ちゃんを連れってたのね……」

 

「「……」」

 

雪子の言葉に黙る二人。

すると、千枝が売店にいる笑顔の菜々子と、菜々子を笑わしながら買い物をしている洸夜を見ながら呟く。

 

「……私さ、初めて会った時は顔は良いけど、なんか雰囲気が尖っていて、怖い人だと思ったんだよね。しかも、次会った時はいきなり怒られたじゃん。……でも、雪子を送った帰りにお兄さんに言われた事を考えたら、ただ当たり前の事を言われてたのに気づいたんだ……だから、雪子と菜々子ちゃんの事と良い、本当は優しい人だって気付いたんだよね」

 

千枝の言葉に、総司は少し嬉しく感じた。

総司は気付いていた。

良くは分からないが、洸夜から何と無く自分達に敵意に近い物を感じる時がある事を。

しかし、家で話したりすると、いつもと代わらない様子なので自分の気のせいだと感じる総司。

その様な事が有った為、総司は洸夜が陽介達に嫌われていると感じていたが、先程の千枝の言葉を聞いて安心する。

 

「今、思えばさ……当たり前過ぎてちょっと恥ずかしかったよ」

 

そう言って、少し表情を赤くする千枝。

しかし、陽介はその事で口を開く。

 

「でもよ! 確かにあの時は俺達が間違ってたと思うけどよ!。あの時は天城が大変だったし・・・!」

 

そう言って拳を握り締める陽介。

だが、その言葉に助けられた雪子自身が言葉を返す。

 

「でも、最低限の事もしないで周りの人に迷惑かける事しかしてないのなら、助けられても私の為に皆が大変になったら私は素直に喜べないよ……それに千枝から聞いたけど、あの時は私を助ける為の猶予って結構あったんでしょ?」

 

「うっ……確かに……そうだけどよ……」

 

雪子の言葉に陽介は納得出来ない感じだが黙り込んでしまった。

そして、陽介が黙った事により、洸夜と菜々子の方を見ながら千枝が話しを続ける。

 

「それに今だって見てみてよ……菜々子ちゃんさ、私達といた時よりも凄く笑ってる」

 

千枝に言われ、総司も洸夜と菜々子を見て見る。

そこには、洸夜に肩車されながらも洸夜の頭に捕まり満面の笑顔でいる菜々子。そして、その洸夜も優しい表情で菜々子が落ちない様に気を配りながらも、楽しそうにタコ焼きを受けとってる光景だった。

 

「……兄さんはいつもそうだった」

 

「いつも?」

 

総司の言葉に千枝が聞き返し、総司は頷く。

 

「うん。家の両親は共働きで転校も多かったから、ゴールデンウイークやクリスマスも兄さんと二人だけで過ごす事が多かった。だけど、不思議と寂しくは無かったんだ」

 

「寂しくない? でも両親は仕事だったんだろ?」

 

陽介の言葉に「うん」と言って頷き、話しを続ける。

 

「何か有る度に、兄さんが何かと何処かへ連れてったりしてくれてたり、俺に構って暮れてたから寂しさを感じ無かったんだ」

 

『そうじ! 一緒に外で遊ぶか?』

 

『そうだ! そうじ!一緒にケーキでも作ろう!』

 

『どうした?そうじ。兄ちゃんがついてるから大丈夫だぞ』

 

 

総司は昔、洸夜が自分にかけてくれた言葉を思い出していた。

ハッキリ言って総司から見た洸夜は、恐らくは自分よりも両親と過ごした時間が少ない事を知っている。

前に何と無く聞いた事が有った。

洸夜に“両親との思い出”について聞いた時、洸夜は……。

 

『ん?、思い出?。そんな物無いさ。運動会、授業参観、休みの日。全部、親は仕事で過ごせ無かったからな……だが、恨んではいない。そのお陰で俺達は、此処まで育てて貰ったから』

 

と言っていた。

その後、洸夜が高校入学の為に家を出た後に両親から聞いたモノがある。

実は洸夜が、裏で両親に出来るだけ総司との時間を作って上げてくれと、両親に頼んでいた事を……。

その事を聞いて、総司は嬉しいと言う感情と、申し訳ないと言った感情が生まれた。

そして、その日から総司にとって洸夜は、人生の目標と憧れに変わったのだ。

 

「ほんとに優しいお兄さんなんだね……」

 

千枝の言葉に洸夜は少し焦る。

もしかして、無意識に言葉が出ていたのか?、と思う総司。

 

「えっ!声に出てた?」

 

「いやいや、声よりも表情に出てたな」

 

「うん。瀬多君の顔が凄く優しい感じだったし」

 

そう言って微笑んでいる陽介達を見て、総司は凄く恥ずかしい感じになる。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「お兄ちゃん?」

 

 

「「「「うわっ!」」」」

 

気が付くと、そこには菜々子を肩車しながら、肘まで袋を下げている洸夜と菜々子が突然出てきて驚く総司達。

 

「な、何だ?突然。」

 

そう言いながらテーブルに買ってきた物をおく洸夜。

 

「お前等も腹減っただろ。俺の奢りだから食えよ」

 

「え!マジ!」

「ありがとうございます!」

「ご馳走になります」

 

そう言って菜々子と陽介達は食べ始める。

しかし、総司は洸夜を見ていた。

 

「ん?どうした総司?」

 

視線に気付き、食べない総司に洸夜が聞いてくる。

 

「……いや、ただ兄さんは何で俺や菜々子にそんなに構ってくれるのかと思ってさ」

 

総司がそう言うと、洸夜は「何だそんな事か」と呟き口を開く。

 

「弟や妹を守るのが兄の使命だ。……弟や妹が困ってたり、泣いたてたりしたら手を貸すのが兄だよ。分かったら早く食え、無くなるぞ」

 

「……」

 

洸夜の言葉に、総司は自分がこの人の弟で生まれた事に再度感謝した。

そして、洸夜の言葉を聞き終わり、食べ初めて様とした時。

 

「お兄ちゃん」

 

菜々子がそう言って総司と洸夜の顔を見て笑顔で……

 

「ありがとう! 菜々子とっても、楽しいよ!」

 

と満面の笑顔で言い、それを聞いた総司と洸夜は互いに顔を見合わせ・・・

 

「「どういたしまして」」

 

そう答えた。

 

 

ちなみにその夜、旅行に行け無かった詫びとして、堂島がジュネスで菜々子には服を、総司には微妙な柄の水着を。

そして洸夜には背中に唯我独尊と書かれたコートを貰い菜々子は……。

 

「変な柄~」

 

と言いながら喜び洸夜は……。

 

「……悪くない」

 

そう言っていた、兄の姿を見て一瞬、洸夜のファッションセンスを疑った総司で有った。

 

END



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優しき暴君~巽完二編~
稲羽の暴君


 

 

5月14日(土)雨

 

現在、堂島宅

 

直斗との会話からそれなりに月日が経つ。

あれから連絡が無いと言う事は自分で答えを見付けたのか、それとも自分に頼るのが嫌なのか、理由はどうであれ直斗からの連絡は無い。

そして現在、洸夜は居間で総司と菜々子、そして珍しく休みの堂島と一緒にテレビを見ていた。

そして、珍しく洸夜も真剣にテレビの画面に集中している。

元々アイドルや芸能人に興味が無い洸夜。

たまにニュースや映画で出演して周りから騒がれている俳優や女優やアイドル等にも「誰……?」なんて言う程の始末。

久慈川りせの事を知っていたのは出演しているCMが多い為、嫌でも覚えてしまったからだ。

そんな洸夜が見ている番組は、稲羽市の周辺での暴走行為をする少年達についてのニュース。

ハッキリ言えば、ヤラセが多い様なバラエティ番組よりは真実性が多く、面白く感じるのが理由で洸夜はこう言った番組を好む。

 

『静かな町を脅かす暴走行為を誇らしげに見せ付ける少年たち……』

 

自分達の前で、何か異様な雰囲気で会話をしている少年達。

そんな少年達にレポーターは怯まずに実況を続ける。そして、そんな映像を見ながら洸夜は、菜々子を膝に座らせながらお茶を口に運んでいた。

 

「ズズ……お茶を飲みながら、こう言った番組を見る……平和だ」

 

「少なくとも番組の内容に合う様な台詞を言おうよ兄さん……」

 

「お兄ちゃん、お茶のおかわりいる?」

 

「頼む……」

 

洸夜がテレビの番組を見て呟いた言葉に総司が苦笑いしながら呟く。

そして、そんな様子に多少は苦笑いしながら洸夜にお茶を注ぐ菜々子。

 

するとその時。

 

『その時! そのリーダー格の一人が、突然カメラに襲い掛かった!』

 

ガシャン!ガチャガシャ!

 

『見世モンじゃねーぞコラァッ!!!』

 

突然騒がしい音を出した番組に驚きながらも、洸夜は番組に視線を戻す。

そこには、目にモザイクを掛けられている周りの少年達より一回り大きい少年がレポーター達に掴み掛かって、レポーター達が逃げている光景だ。

そして、先程まで新聞を読んでいた堂島がさっきの少年の怒鳴り声を聞き、テレビに視線を移すと口を開いた。

 

「あいつ……まだやってんのか」

 

そう言ってため息を吐く堂島。

その様子からして、堂島の顔見知りだと言う事が分かる。

 

「お父さんのしりあい?」

 

「ん? まあ、仕事の知り合いだな」

 

菜々子の質問に堂島は少し言いづらそうに話し始めた

 

「“巽完二”。ケンカが得意で、たかだか中三でこの周辺の暴走族をシメた問題児だ」

 

「おいおい……中三でって、どんだけ強いんだよ」

 

堂島の言葉に多少は驚いた様に話す洸夜。

しかし、洸夜の周りには美鶴や明彦等と言った連中が多く、感覚がマヒしている為に今一凄さが分からないでもいる。

 

「けどたしか……高校受かって、今はどっかに通ってんじゃなかったか?」

 

「ふーん」

 

そう言って、またテレビに視線を戻すと、顔にボカシ掛かっているが完二の映像が大きく映っている。

しかし、いくらボカシが掛かっているとは言え誰だか一目瞭然だった。

しかも、レポーター達はここぞとばかしに映像を撮影し続ける。

 

「テレビ的には、コレ以上に無い程の良い絵だな」

 

洸夜の言葉を聞き、堂島もその映像を見ると苦い顔をする。

 

「あーあー。せっかくボカシ掛かってんのに……こいつ、実家が老舗の染物屋でな。母親が夜、寝られないから毎晩走ってた族を一人で潰しちまったんだ」

 

「母親の為だからって中三で族を……!」

 

「根は綺麗な奴なのかもな……少し極端過ぎるが」

 

堂島の言葉にそれぞれの思った事を口にする総司と洸夜。

そして、堂島はテレビに映る完二の姿を見て再びため息を吐いている。

 

「ハァーこれじゃあ、その母親が頭下げることんなっちまうな……」

 

堂島がそう言い終わると番組も天気予報へと変わる。

 

「あ! 明日、雨だって洗濯物は中だね」

 

「雨……か(マヨナカテレビをチェックだな)」

 

菜々子の言葉に思わず呟く洸夜。

今までの被害者は皆、メディアに取り上げられてる。その為、明日映るマヨナカテレビに映るのは恐らくは……。

 

 

5月15日(日)雨→曇り

 

そして、夜

 

ザーッザーッ!

 

「……」

 

いつも通り、マヨナカテレビに映ったのは霧や砂嵐が邪魔でよく見えない。

だが、特徴的な髪型に型のいい体を見て洸夜は核心を得た。

 

「巽完二だ……」

 

こうして洸夜は自分の推理に核心を得て、つい笑みが盛れてしまった。

 

「……おっと。また誰かが危険に成る恐れがあるのに不謹慎だな(しかし、いつまで総司達の成長を待つ訳には行かない。そろそろ犯人の面も見てみたいしな。……商店街の染物屋か、行ってみるか)」

 

 

========================

 

5月16日(月)晴

 

現在、ジュネス

 

総司達はマヨナカテレビの一件が合り、その事について話し合う為に今この場に集まっている。

そして、この場には総司・陽介・千枝と、その隣にはペルソナ能力に覚醒した雪子の姿が合った。

 

「オイ!マヨナカテレビみたか?」

 

「見たから!。つーか花村あんた少しうるさい!」

 

「……で見たんだよな?」

 

早速、陽介がマヨナカテレビについて喋りだし、その言葉を聞いた千枝が耳を塞ぎながら陽介を睨む。

元々この場所には人が多い為、ハッキリ言って静かに話し合うのが理想なのだ。そして、何だかんだで陽介の言葉に頷く千枝。

 

「見た見た!。いまいちぼけててわかりずらかったけど彼だよね……巽完二」

 

千枝の言葉に皆が頷く。

マヨナカテレビの映像を見て、全員があの人物が巽完二だと思い浮かんでいた様だ。

 

「私もあんな風に映ったんだ……あれ?でも被害者の共通点って“一件目の事件に関係する女性“……じゃなかったっけ?」

 

確かに、最初に殺害された山野アナその死体の発見者の小西先輩、そして誘拐された山野アナが泊まっていた旅館の娘の雪子。

この全ての被害者の共通点から、狙われているのは最初の事件に関係する女性だと総司達は推理していた。

 

「確か、私のときは事件に遭った夜からマヨナカテレビの内容が変わったんだよね?」

 

「ああ、急にハッキリ映って内容もバラエティみたいなものになった……今思えばクマの言った通り、中の天城が見えちまってたのかもな」

 

確かに、雪子が中にいた事によってシャドウが出現した。

そして、あの様な世界が生まれ、マヨナカテレビに動きが見られた……つまり

 

「まだはっきり映らなかったって言う事は……」

 

「まだ、さらわれてない!。つまり、今はまだ“あっち”に入ってない!」

 

「うん、可能性は高い……」

 

総司の考えに反応して千枝が答えたが、陽介は少し考え込むそぶりをする。

 

「でもよ……見るからに……なあ?」

 

「「……確かに」」

 

陽介の言葉に頷く総司と千枝。

場合によっては逆に、自分達がカメラマンみたいになるかもしれない。

と言うよりも、逆に犯人を捕まえそうな感じがするとここにいるメンバー全員がそう考えていた。

 

そんな時、雪子が口を開いた。

 

「あの子、昔はあんな風じゃなかったんだけどな……」

 

「えっ! 雪子、彼と知り合いなのッ!?」

 

雪子の言葉に驚いた様子の千枝。

だが、老舗の旅館の娘の雪子に老舗の染物屋の完二。良く考えてみれば何だかんだで接点があるのかも知れない。

 

「今は全然話さなくなっちゃったけど、完二君の家って染物屋さんだから、ウチも昔からお土産品を仕入れてるの。だから今も完二君のお母さんとはたまに話すよ……染物屋さんこれから行ってみる?。話くらい聞けるかもしれないし」

 

「それしか無いか……」

 

他に手掛かりはないし、雪子の提案を受ける事にした総司達。

何もしないよりはいくらかマシな筈。

 

総司がそう感じていた時だった。

 

「その前に! 皆に一つ注意してもらう事がある!」

 

テーブルをバンっ!と叩き突然、喋りだす陽介。

 

「何?陽介?」

「空気読んでよ」

「手……痛くないのかな?」

 

自分を含む、皆から散々言われて陽介は声を上げた。

 

「うるさいな里中は! これから大事な事を言うんだよ!」

 

「だったら早く言いなよ!」

 

「早くしてくれ……」

 

総司がそう言うと、千枝との言い争いを止めた陽介は真面目な顔になる。

 

「俺達が犯人探しをしている事は、相棒の兄貴には言わないことだ」

 

「?……何で?」

 

 

陽介の言葉に頭を捻るのは千枝だ。

確かに、本来ならば今回の事件に無関係の筈の洸夜の事が出るのは違和感を感じる。

 

「犯人探しやってますってあの人に言ってみろ!……あん時みたいに『人が死んでるのにふざけるな!』とか言われそうじゃん」

 

「あー確かに……」

 

「殺人事件だしな……」

 

陽介の言葉に千枝は苦笑いしながら喋る。

総司もあの時は自分達に被が有るとは言え、洸夜にこの事をまだ教える訳には行かないと思っているのも、また事実。

 

「でも、あれって私を理由に学校をサボったからだよね?」

 

「ま、まあそれも有るけどよ……」

 

雪子が思い出すそぶりをしながら答え、その様子に陽介は罰が悪そうな顔をするそして、その様子に千枝も何かを思い出す様に口を開いたが、表情は何処か暗く成っている。

 

「私、ジュネスでお兄さんに叱られたのにモロキンの奴、うちの家にも電話してたから親に色々言われたよ……」

 

「あれは辛かった……」

「ゴメンねみんな」

 

ハッキリ言ってモロキンはやる事が過剰で極端。

口も悪ければ、生徒からの人望も無いのが現状の教師だ。

そして、そう言いながらその時の事を思いだし、肩を落とす総司と千枝の肩に手をおく雪子。

 

「確かにそうかも知れないけどよ、何かお前の兄貴ってほっとくとテレビの世界まで突き止めて来そうな感じがするんだよな……」

 

陽介の言葉に「ああ、うんうん」と言って頷く総司達。

洸夜も洸夜で、何処か普通とは違う感じがするのを無意識に総司達は感じていた。

 

END



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疑惑

同日

 

現在、完二の家

 

ジュネスで話終えた総司達は雪子の案をで巽完二の家である染物屋に来た。

そして中に入ると、青い帽子を被った少年が完二の母親らしき人と会話をしていた。

だが、総司達が入って来たのに気付き、完二の母親に頭を下げて店から出て行ってしまう。

 

「なんなんだ今の? 変な奴だな……」

 

「見かけない顔だったよね?」

 

さっきの少年について陽介と千枝が会話する中、雪子が完二の母親と話しをしていたので総司達も後に続いた。

 

「(だけど、さっきの少年は一体? 不思議な雰囲気だったな……)」

 

総司は少年から感じた謎の雰囲気が気になり、少年が出ていった入り口を陽介達に呼ばれるまで見ていた。

 

========================

 

 

現在、完二の家の前

 

「此処か……」

 

入口の前にバイクを止めた洸夜は、染物屋を見上げていた。

老舗と言われるだけあり、中々の雰囲気を店から感じる。

 

「……(見た所、巽完二は見当たらないか)」

 

店と周りの雰囲気から察して、辺りに完二がいる様子は無い。

ある意味それはそれで都合が良いのだが、逆に目の届く範囲にいないといつ頃のタイミングで犯人が完二に接触してくるのか分からない。

 

「ふう……表情にでやすい人達ですね」

 

誰かが店の中から何かを呟きながら誰かが出て来る。

そして、その人物と洸夜は互いにその姿を見ると同時に口を開く。

 

「ッ! 貴方……!」

 

「暫くぶりだな、直斗……」

 

店から出て来たのは白鐘直斗だった。

そして、自分の姿を確認した直斗は最初は驚いた表情だったが、今度は自分を睨む。

 

「……洸夜さん。どうして貴方が此処に居るんですか?」

 

「なぁに、それ程深い理由は無い。ただ染物屋に興味が合ったんだよ」

 

そう言って軽く笑う洸夜だが、直斗はその理由では納得していない様子。

前回の会話で直斗は洸夜に対する見方が少し変わっているのが理由なのだが、洸夜はそんな事に気付いてはいない。

 

「普通の一般人ならば、その理由で通ったと思いますが洸夜さん。貴方ならば話は別です」

 

「……俺も十分一般人だと思うんだが?」

 

直斗の言葉に少し不機嫌な感じで話す洸夜。

周りの人と自分を区別されたのが、どうやら気に入ら無かった様だ。

そして、そんな様子の洸夜に直斗は、帽子を被り直しながら話を続ける。

 

「普通の一般人は被害者達の共通点に気付きません……メディアに映ると言う共通点にね」

 

「……(そう言えば俺、直斗にヒントを教えていたな……だから怪しまれているのか)」

 

今になって自分が直斗に此処まで警戒される理由を思い出す。

しかし、だからと言って本当の事を言う訳には行かないのが現状。

それに、普通に現実を生きている直斗に、ペルソナやシャドウと言った非現実的な世界に巻き込みたくはない。

 

「メディアに関しては、俺以外にも気付いている人間がいると思うが ? 元々、同じ事が三度も続けば、誰でも疑問に思うだろ」

 

「……確かに、そう言う事も有り得ますね」

 

案外、物分かりの良い返答に少し呆気ない感じに思う洸夜。

しかし、直斗の話はまだ終わっていなかった。

 

「……それならば、もう一つだけ聞きたい事が有るのですが」

 

「別に良いが、こちらも予定が有るから手短に頼む。 と言うよりもそんなに聞く事が有るなら電話すれば良かったろ? 何の為の連絡先だ」

 

「……い、今は目の前にいるんだから良いじゃないですか。それに、手短に成るかは貴方次第です。ですが、聞きたい事自体はシンプルなモノですから、難しく考えないで下さい」

 

そう思って軽く笑いながら洸夜を見る直斗。

しかし、その目はまるで獲物を見る様な目に近い。

そして、直斗らしくないその視線に洸夜は、少し冷や汗を流しながら直斗の言葉を待つ。

だが、直斗の言葉を聞いた瞬間に今度は背中から冷や汗が流れ出す事になる。

 

「……単刀直入に聞きます。洸夜さん、貴方は何で天城雪子さんの事件を知っているんですか?」

 

「……何の事を言っているのか分からないな(ヤバい。何か口を滑らせる様な事をいったのか俺は!)」

 

口では冷静を保っているのだが、内心は口を滑らせた事を後悔していた。

元々、洸夜は嘘をバラさない様にするのは余裕なのだが、相手は年下とは言え、探偵の直斗。

人の嘘を暴くのが仕事と言っても過言ではない。

その為、どの様な所から自分が隠している事が見破られるか分かったもんじゃない。

 

「隠しても無駄ですよ。この間、貴方は確かに言いました……“三人”ってね」

 

直斗の言葉に洸夜は、自分が無意識に言ってしまった失言に気付き、つい口元に笑みが零れてしまう。

 

「……確かに言ったが、それが問題なのか?」

 

笑いながら喋っていたのが気に入らなかったのか、直斗の表情が少し厳しくなった様に感じた。

 

「笑いながら言っても説得力は有りませんよ。ですが、まあ良いでしょ貴……方には被害者達の共通点と言うヒントを教えて貰いましたし、今日の所はこの辺で退きます」

 

そう言って、不本意だが今回は仕方ないと言った感じに洸夜に背を向ける直斗。しかし洸夜は、直斗の余りの呆気ない行動に驚いてしまい、つい呼び止めてしまう。

 

「待て直斗」

 

「……何ですか?」

 

「……何故、こうもあっさりと退く? お前からしたら、俺の行動は怪しいと言う判断になる筈。それに、天城雪子の一件もその気に成れば俺から聞き出せる筈だ」

 

「さっき言いましたよ。今回、貴方の事を見逃すのは貴方から情報を貰ったからです。つまり、コレで貸しはチャラにしてもらいたいだけです」

 

洸夜にそう告げる直斗の姿は、一人の少女ではなく、正真正銘の探偵としての姿だった。

その姿に洸夜は、心の何処かで直斗の事を過小評価していた事は大きな間違いだと理解した。

最初は感情的に行動するかと思いきや、攻める時は攻め、退く時は退く。

その年齢的にも合わない思考・行動力に洸夜は驚かされてばかり。

 

「お前、もし俺が犯人だったらどうする気だ?」

 

直斗からしたら自分が犯人だと言う可能性は決してゼロではない。

そう思い洸夜は直斗にそう聞いて見ると直斗は……。

 

「何と無くですが、それは有り得ません。貴方からは覚悟が感じますので……」

 

「覚悟……」

 

「はい。何が有ろうと、この事件を解決すると言う覚悟が貴方から感じます。そんな人が犯人である可能性は有りませんよ。何より、もし犯人だったらワザワザ探偵である僕にヒント何て渡さないですからね……と言う訳で、僕はコレで失礼させていただきます。それでは、また今度会いましょう」

 

まるで、洸夜が言いたかった事が分かっていた様な感じで、話すだけ話し、その場を後にする直斗。

そして洸夜は、まるで嵐が過ぎ去った様な感じで、どっと体から疲れ出ていて、精神的に疲れてしまった様子の洸夜。

だが、疲れてはいるが、その顔には笑みが見て取れている。

 

「白鐘直斗……既に俺が、何だかんだで事件に介入している事に感づいたか……何て言うか、凄い少女……いや、探偵だな」

 

まるで、弟か妹を見る様な目で洸夜は直斗が去って行った方向を暫く眺め、そして、完二の家にへと足を進めた。

 

END



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認められぬ者

同日

 

現在、完二の家(染物屋)

 

 

直斗との疲れる会話の後、洸夜は完二の家である染物屋の扉を開け、中へと入って行く。

主な目的は、事件に関係する物の探索と完二の姿の確認なのが目的だ。

しかし、染物屋に入った洸夜の目に飛び込んで来たのは、弟とその友人達の相変わらずの姿。

 

「……何しているんだ、総司?」

 

洸夜の台詞に四人がこちらを向く。

そして、洸夜を見た四人はいかにもマズイ所を見られたと言った様な顔になる。

 

「兄さん、どうしてここに……!」

 

「叔父さんが言っていた染物屋に興味がわいてな、来てしまったんだ」

 

口調から察するに、洸夜が此処に来るとは全く予想していなかったので有ろう。総司の言葉に、洸夜は違和感が無い様に返答する。

総司達は恐らく、直斗程の推理力・鋭さが無いとは思われるが、下手な事を言えばバレる可能性もある。

その為、出来るだけ違和感が無い様に会話する必要がある。

 

「こ、こんにちは、お兄さん」

 

「こんにちは、お兄さん」

 

総司が口を開いた為少し緊張が解れたのか、自分に挨拶する千枝と雪子。

 

「やぁ、千枝ちゃんに雪子ちゃんもこんにちは……ところで、お前等こそ何でここに……?(まあ、恐らくは巽完二について探りに来たんだろうな)」

 

内心では、総司達が此処に来た理由を察する洸夜。

そして、洸夜の言葉に花村と千枝が冷や汗をかいていたが、総司と雪子は冷静を保っている。

その様子に洸夜は少し安心する。

どの様な場面でも、必ず冷静を保てるメンバーが最低でも一人は必要になる。

その為、陽介と千枝はともかく総司と雪子に冷静さが有る事がわかり、安心したのだ。

 

「それはかくかく然々で……」

 

「成るほど、雪子ちゃん繋がりか……」

 

「え? それでわかるのッ!?」

 

洸夜と総司の会話に呆気に取られる千枝。

第三者からは分からないかも知れないが、家族等と言った長い付き合いの者との会話は、これで意外に分かる。

そして、総司との会話を終えた洸夜は今度は自分が此処に来た理由を付け足す事にした。

 

「あと言い忘れていたが、今日は簡単に下見して、そして良いのがあったら買うつもりで来たんだ」

 

そう言って総司達に背を向けながら店内の商品を見る洸夜。

その様子に総司達はソッと外に出ていくが、洸夜はまだ気付いてない。

 

「(中々、良い品が揃っているな。流石は老舗の染物屋……ん?)」

 

洸夜が店内の品を見ていると、何故か店内に似つかわしくないウサギのぬいぐるみが有り、洸夜は何気なくそれを手に持って見る。

 

「これは……!(糸の縫い目も凄いし布や綿の量も適切だな)」

 

洸夜は、そのぬいぐるみの技術と完成度の高さに驚きを隠せないでいた。

 

「……それ、よく出来てるでしょ?」

 

洸夜が真剣にぬいぐるみを見ていると、お店の叔母さんが嬉しそうな表情をしていた。

 

「これは貴方が……?」

 

洸夜の質問にお店の叔母さんは静かに首を横に振る。しかし、その嬉しそうな表情から叔母さんの身内の人物が作った事が分かる。

 

「いいえ、それは「何ぃ見てんだぁ!ゴラァ!!!」……あらあら」

 

「……?」

 

伯母さんの話を遮り、店の外から怒鳴り声が響く。

余りの事に状況がついていけない洸夜。

だが、店の伯母さんは慣れた感じの様子だ。

すると、そんな時に扉が開く。

 

「……」

 

中に入ってきたのは、デカイ体格に特徴的な髪型の男子学生『巽完二』が店に入って来た。

その体格や纏っている雰囲気から、族を中三で潰したのが真実だと分かる。

 

「ただいま……」

 

「こら完二! 中まで聞こえてたわよ!お客様もいるのに……」

 

「えっ!? あ、その、すんません」

 

自分の母親に怒られ、店にいた洸夜に気付き謝罪する完二。

その態度から察するに、根は良い奴なのが分かる。

 

「……(そんな格好や雰囲気では周りから誤解されてしまう。だが、彼がこう成ったのには何か理由が有る筈だ)」

 

完二の性格と、態度や雰囲気が合わないと思った洸夜は何故、完二がこう成ってしまった理由について考えていた。

すると、そんな事を思っていると、完二が洸夜の手に持っているぬいぐるみに気付く。

 

「あッ! それは……」

 

「これが何か?」

 

洸夜が聞き返すが完二は顔を下に向け、黙り込んでしまった。

その姿は先程とは違い、まるでとても小さく、そして弱く見えてしまう。

そして、一体何故完二が黙ってしまったのか分からず、その場で佇んでしまう洸夜。

すると……

 

 

「うふふ、お兄さん。実はそのぬいぐるみはね、この子が作ったのよ」

 

「なっ!テメェババァ!」

 

余程知られたくなかったのか、顔を真っ赤にしてキレる完二。

どうやら黙った理由は、ぬいぐるみを作ったのが自分だと知られたく無かったからの様だ。

 

「これを君が……」

 

洸夜は完二にぬいぐるみを見せながら聞く。

こんな高度なぬいぐるみを作れるなんて、もはや才能のレベルだ。

それなのに隠す理由が分からない。

 

「うっ……そ、そうだよ! 悪りぃかよ!」

 

そして、洸夜の問いに何故かキレる完二。

別に悪いとは一言も言ってはいない。

そう思った洸夜は首を横に振り、完二に語り掛ける。

 

「悪い所か、凄いじゃないか! 俺は都会から越し来たんだが、こんな凄いぬいぐるみはあっちじゃ売ってないぞ!」

 

洸夜の嘘偽りの無い気持ちの台詞に、完二は目を丸くしと驚い顔をしている。

 

「な、気持ち悪いとか思わないのかよ……」

 

完二の、気持ち悪いと言う発言の意味が分からない洸夜。

これ程の裁縫技術なのだから、褒められたりするのは有ると思うが、気持ち悪い等とは考えもしない筈。

洸夜はそう思い、完二に聞き返す。

 

「何故だ?」

 

「何でって! 俺は男なんだぞ!なのにこんな女みてぇな事して……!」

 

そう言って悔しそうに拳を握り締める完二。

そして洸夜は、完二の言葉を聞いて言葉の意味を理解する。

元々、裁縫には女性がするモノだと言うイメージが少なからず、皆が思っている事で有ろう。

その為、恐らく完二はその事で嫌な事が有ったのだと分かる。

しかし、此処まで高度に人形を作る完二は、本当に裁縫が好きだと言う事が分かり、そう思うと洸夜は完二の前に来てこう言い放つ。

 

「そんなのは関係ないだろう?。これは君の才能であり大事な個性だ。少なくとも他の人が否定しても俺は君を応援するぞ」

 

「……」

 

洸夜の言葉を聞いて完二は驚きの余り絶句している。そんな完二を余所に、洸夜は先程から持っていたぬいぐるみを見て、無性にこのぬいぐるみが欲しく成ってしまい、完二に聞いて見る事にした。

 

「なあ、このぬいぐるみを俺に売ってくれないか?」

 

「な!本気かよ……」

 

「あらあら」

 

洸夜の言葉に完二は更に驚き、完二の母親は嬉しそうに笑ってる。

 

「妹にプレゼントしたいんだけど、駄目かな?」

 

「え? つーか、金はいらねぇよ」

 

そう言って恥ずかしそうに目を背ける完二だが、これ程の作品をタダで貰う訳にはいかない。

 

「そう言う訳にもいかないだろ。叔母さんこれ幾ら?」

 

「だから、別に金はいらねぇって!」

 

洸夜が完二の母親に値段を聞くが、完二はそれを必死で阻止する。

そんな息子の様子が嬉しいのか完二の母親は笑いながら答えてくれた。

 

「なら、こちらのお兄さんに値段を決めて貰えばいいんじゃないの」

 

その案に洸夜は頷いた。

確かにそれならば、少なくとも洸夜は納得出来る。

それに、自分が決めた値段を知れば完二も少しは自信が持てるかも知れない。

 

「ハァー、勝手にしろよ………」

 

そして、完二も根負けしたらしく少し疲れ気味だ。

そんな様子を洸夜は、軽く微笑みながら、財布から万札を取り出して完二に渡すが・・・。

 

「こんなに受け取れるかよッ!!」

 

案の定、完二は手を振り回しお金を受け取ろうとしない。

その様子を見て、洸夜はため息を吐きながら無理矢理完二にお金を持たせる。

 

「良いから受け取れ!。と言う訳でぬいぐるみ、ありがとうよ」

 

そして、お金を完二に無理矢理渡した洸夜は、とっとと店から出て、バイクを走らせて家に帰った。

このまま居ても、完二が何か言って来るのが目に見えていたからだ。

 

「何だったんだ、今の客は?。金を無理矢理渡して、とっとと帰りやがった……」

 

完二は先程の客である洸夜の事が気に成っていた。

最初は、店の前で自分の方を見ていた連中のせいでイライラしていた。

そんな時に家に帰ってみれば、一人のお客が店で自分の作ったぬいぐるみを持ちながら佇んでいた。

そのお客は、髪は灰色の長髪で目も鋭い。

しかも、雰囲気にも刺が有る様に感じ、戦えばとても強い。

それが完二が洸夜を見た時に感じた印象であり、その印象のせいで完二は洸夜を警戒していた。

しかし、実際に話して見れば印象とは違い、自分の趣味をあんなに褒め、そして認めてくれた人物は初めてだった。

昔から、他の奴は男のくせに女みたいで気持ち悪いとか言ってたが、さっきのお客に関しては・・・。

完二が先程、洸夜に無理矢理手渡されたお金を握り締めたまま、そんな事を思ってると自分の母親が隣で笑っていた。

 

「な、なんだよ……」

 

「うふふ、いやお前がそんなに嬉しそうな顔をするのは久しぶりだったから。さっきのお客様に感謝しないとね」

 

「なッ! う、うるせぇな! ほっとけよ!」

 

母親に対して完二は、それだけ言ってお金を母親に投げ付け、部屋へと帰って行った。

だが、後ろから母親の笑い声が聞こえている為、自分の行動が照れ隠しで有る事がバレている様だ。

 

ガチャ……!

 

扉を少し乱暴に空け、部屋に戻った完二は机に置いている作りかけのぬいぐるみを手に取り、ぶつくさ言いながら作り始めた。

 

「……ったく! 何で今日に限って色んな事が起こんだよ……!。白鐘って奴と良い、さっきの四人と客と良い、意味が分かんねえぜ……!」

 

ハッキリ言って自分の姿を見た奴は十中八九逃げるか、喧嘩を売って来るかのどちらかだ。

きっと先程の四人も同じ様な連中だろ。

しかし、白鐘とか言う帽子を被った少年は自分の話しが聞きたいと行って来た。そして、昔から親や親しい友人以外では認めてはくれなかったこの趣味。

だが、先程の客は初めて会ったのにも関わらず、年上と言う理由も有るだろうが自分の姿にも恐れず、趣味も褒めてくれた。

 

「……才能か。オレにしたら、そんな大層なもんじゃねえんだがな……」

そう呟いた完二の表情は、自分でも滅多に見れない程の笑顔だった。

 

END



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認める者

 

5月17日(火)雲

 

現在、豆腐屋

 

「ご苦労様、洸夜さん。お昼休みに入って構いませんよ」

 

「分かりました。それでは、先に休憩に入ります」

 

完二と接触してから翌日が経ち、洸夜は相変わらず豆腐屋でバイトに勤しんでいた。

そして現在は昼休みに入り、昼食の為に豆腐屋から外に出たがそこには・・

 

「お前は……」

 

「あっ、その……どもっス」

 

豆腐屋の前で、気まずそうな表情の完二が立っていたのだ。

 

========================

 

現在、神社

 

「……成る程な。昨日の事で少し気に成り、俺と少し話がしたかったって事で良いんだな?」

 

「まあ、大体はそんな感じッスね……」

 

現在、洸夜と完二は神社の階段で近くで購入した串焼きを食べながら会話をしている。

ちなみに、完二が洸夜の元に来たのは昨日の出来事で洸夜に興味を持ち、話をする為に来たらしい。

場所もどうやら母親に聞いたとの事。

確かに、豆腐屋と完二の家は距離が近く、完二の母が自分を知っていても不思議では無い。

そして、自己紹介を終えた二人はそんな感じで会話をしていると、洸夜はある事が気になり、持っている串焼きを噛みちぎりながら完二へと言葉を振る。

 

「……ところで、学校は良いのか?。本来なら、今は学校の時間だろ?」

 

「ああ、学校スか……今は昼休みッスから、時間内にちゃんと戻れば別に良いんスよ。まあ、自分が教室にいると、教室の中が葬式見たいに静かッスけど……」

 

そう言って、軽く笑いながら話す完二。

平然を装っているが、その表情には少し寂しさが写っている。

その表情を見た洸夜は少し考え、話を変える為に自分の学生時代について言う事にした。

 

「俺の中学時代の事何だが……」

 

「え? 何スか、いきなり……?」

 

洸夜の話の切り替わりが余りにも急な為、完二は少し動揺している。

 

「良いから、黙って聞いとけ……」

 

しかし、洸夜は完二の言葉を両断して話を続ける。

 

「……俺の中学時代に、ある友人がいた。その友人は体力とかは無いが、絵や字を書くのが上手で本人も好きでやっていた。そんな彼は、どんな部活に入ったと思う?」

 

「えっ? えっと……絵や字を書くのが好き何だから、美術部や書道部とかじゃないスか?」

 

洸夜の言葉に、完二は普通の人でも同じ事を言いそうな事を言う。

絵等を描くのが好きなのだから、美術部等に入部するのが普通だと思うだろう。しかし、洸夜は完二の言葉に首を振る。

 

「いや、そいつも本当は、美術部に入部したかったんだ。だけど、俺とそいつの当時の担任の野郎は“男子は絶対に運動部に入れ”って吐かしたんだよ」

 

「えっ!? いや、でも、そう言う奴、結構いるッスよね」

 

「確かに多い。それに体力を付けたり、成長期だからって考えならば良い。だが、あの教師は違う。あいつは女子生徒に色目を使い、男子には敵意を向けていやがった。その証拠に奴は女子の遅刻は笑って許したが、男子の遅刻には怒鳴り散らしていたよ」

 

洸夜の言葉に完二は驚きを隠せないでいた。

自分の学校にも、嫌な教師はいるがそこまで酷い教師はいない。

その為、完二は洸夜の言葉に動揺してしまったのだ。

 

「それで、そいつはどうしたんスか?」

 

「ん?。そいつは結局、運動部に入ってな……苦労してたよ。ただでさえ、体力が無いんだから当たり前だ。まあ、高校は別に成ったから分からないが、最後にそいつは高校では美術をやるって言ってたから絵でも描いてんじゃないか?」

 

「いや、その人の事じゃなくてその教師ッスよ! いくら何でも、そんな奴は最低じゃないッスか!」

 

少し感情的になる完二に、洸夜は軽く微笑む。

やはり、完二は心優しい少年だと分かったからだ。

ただ周りに構わず、暴力を振るう奴が先程の言葉を聞いてそんな言葉が出て来る訳が無い。

そして、完二の質問に洸夜は微笑んだまま返答する。

 

「ああ、あの教師ならこの間、ニュースで女子生徒を盗撮して逮捕されたって聞いたよ」

 

「……ヘッ?」

 

洸夜の言葉に、完二は可笑しな声を上げた。

そして、洸夜はその完二の様子に笑い声を上げた。

 

「クックッ……アハハハハハハハ! まあ、そう言う事だよ」

 

そう言って、その場からゆっくりと立ち上がる洸夜。そして、洸夜の話を聞いた完二は最初は驚いた表情をしていたが、その表情からは徐々に笑みがこぼれ始め、遂には・・・。

 

「……ぷっ! ククク・・・アハハハハハハハッ! 何なんスか、そのオチは!アハハハハハハハッ!。」

 

洸夜の雰囲気と、シリアスな感じの会話とは裏腹な話なオチに完二はツボッたらしく、腹を抱えて笑っている。

洸夜自身は別に完二を笑わせる為に、この事を言った訳では無いがこの事がニュースに出た時には、洸夜自身もテレビの前で腹を抱えて笑っていたりした。

そして、洸夜は頭を切り替え、今だに腹を抱えて笑っている完二に視線を向けると口を開いた。

 

「まあ結局、俺が言いたいのはだな完二。お前は周りのせいで自分の才能とかを無駄にするなって事だ」

 

「……洸夜さん」

 

洸夜の言葉に、少し俯く完二。

その様子を見た洸夜は、きっと何か思う事が有るのだろう、と思っていたのだが・・・。

 

「例えが長いし、分かりにくいっス……」

 

「なにッ……!?」

 

気まずそうに言う完二の言葉に、洸夜はつい声を上げてしまう。

基本的には何でも出来る洸夜なのだが、自分の行動に対してたまに自覚が無いのが弾に傷。

 

「ちょっと待て!。どこら辺が分かり難いんだ! 全部が実話で構成されて、分かり易かっただろ!」

 

「イヤイヤ!。そう言う問題とかじゃなく、なんつうか……ハッキリ言った方が早い気が……」

 

「いや、逆に待て!。こう言う時は、和えて間を空けた方が分かり……」

 

……数分後。

 

 

「ったく。お前が時間を確認して無いからこうなったんだ……!」

 

「えぇッ! オレのせいっスか!?」

 

現在、洸夜は完二をバイクの後ろに乗せて学校まで送っている。

主な原因は、二人の話が長く成ってしまったのが原因だ。

今回は、少なくとも自分にも被が有ると感じた為、洸夜は完二を送っている。

そして、洸夜は赤信号で止まっていると、ヘルメット越しから完二が話掛けて来た。

 

「あの……洸夜さん」

 

「ん? どうした? 黙って無いと舌噛むぞ」

 

「……何で、オレ何かに此処までしてくれんスか?」

 

「……どう意味だ?」

 

洸夜は完二の言葉の意味が分からず、完二に聞き返した。

 

「いや、だってオレは、なんつうか、こんなんスから……それに昨日の会ったばかりなのに、普通はここまでしねえっスよ……」

 

「……」

 

完二の言葉を洸夜は黙って聞き、そして信号が青に成った事により再び走り出しすと、ゆっくりと語り始めた。

 

「……なんつうか、お前みたいに不器用な生き方をしている奴が、ほっとけないんだ」

 

「不器用……っスか?」

 

洸夜の言葉に良く分かって無い様な声で返事を返して来た。

顔は見えないが、恐らくは意味が分からず困惑した様な顔なのだろう。

 

「フッ。まあ、そんなに深く考えるな。所詮はただのお節介と偽善さ……ほら着いたぞ」

 

「えっ? あっ……本当だ」

 

学校に着いた為、洸夜は話を簡単に終わらせると完二を降ろす。

そして、降ろした完二からヘルメットを受け取ると、完二は洸夜に頭を下げた。

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「礼は良い。早く行きな、煩い先生がいるんじゃないのか?」

 

「ああ、確かにいるっスね………オレの担任じゃないっスけど、確か二年の担任の“モロキン”って奴が……って時間がヤベッ! それじゃあオレ、もう行きます!」

 

「頑張れよ! ……って行ったか。何と無くだが、明彦に似ている所が有ったな……って!。俺もバイトの時間が!?」

 

そう言って完二を送り届けた洸夜は、自分のバイトの昼休みが終わりそうな事に気付き、急いでバイクを走らせた。

この時、こっそりと完二のポケットに鈴を入れといた洸夜。

 

……しかし、その日の夜にマヨナカテレビに映った人物を見て、洸夜は驚愕した。

 

ピーー!。ザ、ザザーー!

 

『皆様、こんばんは。僕は巽完二どえすッ!!』

 

「やられた……! また、犯人の思い通りか……! しかし、これは一体?流石に色々と見ててキツイものが有るな……」

 

犯行が繰り返された事で、洸夜は、犯人への怒りを表にする。

だが、マヨナカテレビに映っている“フンドシ”一着しか着ていない完二の姿に絶句してしまっていたのであった……。

 

END



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大浴場の戦い

 

5月18日(水)曇

 

現在、テレビの世界

 

完二がテレビの世界に入れられてから翌日。

洸夜は、現在テレビの世界に入り完二の救出に来ていた。

この間の番組の影響もあってか、完二の母親に疲労の色が出ていると話を聞いている。

その為、コレ以上余計な心配を掛けさせる訳にはいかない。

何より、完二は態度や口調等はともかく、根は優しい少年。

そんな彼の命を、この様な事で散らせる訳には行かない。

 

「相変わらずの霧……か。だが、まあいい。今は完二の場所を把握しなくては……ワイト!」

 

完二の探索の為にワイトを召喚する洸夜。

そして、召喚されたワイトは相変わらずの格好で宙をフワフワと浮いている。

 

「さて、ワイト。早速何だが「分からないだッ!?」……今度はなんだ?」

 

洸夜がワイトで探索しようとすると、下の方から話し声が聞こえ始める。

その若い声からして、その声の主が総司達である事が分かる。

何やら揉めている様にも聞こえるが……。

 

「あいつ等は一体、テレビの中に来てまで何を揉めているんだ……」

 

そう思いながら洸夜は、総司達から見つから無いように下を見てみると、そこには総司達とクマが話をしていた。

そして、その中でクマと陽介が何やら揉めていた。

 

「お前にも完二の居場所が分かんないと困んだよ! こんな世界、とても闇雲になんて進めないしよ……」

 

「ムムムム……“カンジクン”のヒントが欲しいクマよ。そしたらクマ、シューチュー出来る予感がひしめいてるクマ……たぶん」

 

クマの言葉に頭を悩ます総司達。

どうやら今回は、いつもの様にすぐに場所が分からない様だ。

 

「……情報が無いとコレ以上は探索出来ない、か。どうやら、あのクマは美鶴と同じで探索能力がそれ程高い訳では無いらしいな」

 

元々、美鶴が探索やサポートをしていたのは単純に探索タイプの力を持つ者が居なかったからだ。

だから、風花がメンバーに加入するまでは多少能力が低くとも当時、探索能力を唯一持っていた美鶴がサポート係をするしかなかったのだ。

ちなみに、洸夜がワイトを誕生させたのは風花が加入した後の為サポート係は出来なかった。

そして、クマが美鶴と同様のタイプだと分かると洸夜は、その場でため息を吐くいて仕方ないと言った感じでワイトに指示を出す。

 

「ったく、仕方ない……ワイト、完二の居場所を捜してくれ。恐らくは最近出来た筈だから、直ぐに分かると思うが」

 

『カカカカカカ……!』

 

洸夜の指示に、ワイトは持っている錆びた鎌を振り上げると、そのままの状態で停止する。

 

この状態は簡単に言えば、探索中と言う意味。

ちなみに、ワイトを誕生させた当初、この状態を見た洸夜はこのまま動かないのでは?と良く思っていた。等と思っている内にワイトは鎌を持ち直し、フワフワ浮きながら移動を始める。

 

「見付けた様だな。お前にはいつも助かっている」

 

そう言って洸夜は、総司達にバレない様にワイトの後を追う。

 

========================

現在、熱気立つ大浴場

 

「此処か……」

 

いつもの広場から少し離れた場所に、その場所はあった。

その周りからはムシムシとした熱気、そして熱苦しい程の湯気が立ち込められている。

 

「暑い……だが、そんな事を言っている場合では無いな。オシリスッ!」

 

洸夜は、周りの暑さのせいで流れる額の汗を拭いながらオシリスを召喚する。

 

ズズズ……!

 

「やはり、出たか……」

 

オシリスの召喚と同時に出現するシャドウ。

それを見た洸夜は、まるで待っていたかの様なそぶりでシャドウ達を見据え、オシリスを前に出す。

 

「オシリス……」

 

『電撃ハイブースタ!』

 

洸夜の呼び声と同時にオシリスの身体から電気が溢れ出し、オシリスは大剣を掲げる。

今から洸夜が行うのはただのシャドウ退治ではなく、総司達に居場所を教え様としているのだ。

どんなに探知タイプでは無いとはいえ、多少は能力が有るなら大きな力等の反応には嫌でも気付く筈。

つまり……

 

「分からないならば、大きな力を放ち、嫌でも気付かせるまでだ……オシリス!」

 

『マハジオダイン!』

 

『☆▲★○#ッ!?』

 

ドッゴォォォォンッ!!

 

洸夜が指示を出した瞬間に周りが光ったと思い気や、オシリスの放った雷が轟音と共に辺り周辺に降り注がれ、辺りを一掃した。

 

 

========================

 

 

「ドッヒャアッ!!!?」

 

「ど、どうしたッ!?」

 

「「クマくんッ!?」」

 

先程まで鼻に力を集中させていたクマが突如叫んだ事に驚く総司達。

そして、心配して皆がクマの下に駆け寄ると、クマは何やら鼻を凄い勢いで動かしていた。

 

「かんじる……かんじるクマ!。ものスゴイ力を、あっちの方からかんじたクマよ! こっちクマ!」

 

「あっ! おいクマ! ちょっと待てって……行っちまった」

 

「呑気に言っている場合じゃないだろ。クマを追うぞ」

 

自分達の言葉も聞かずに行ってしまったクマに、総司達は呆気に成ってしまったが、直ぐに頭を切り替え、クマを追っていく。

 

========================

現在、熱気立つ大浴場

 

「此処クマ!」

 

「なッ!? 此処は……!」

 

「い、一体何が有ったの……?」

 

クマを追って来た総司達が見たモノは、完二が映っていた大浴場。

しかし、その大浴場の入口辺りにはとても巨大な焦げ跡が刻まれていた。

余りに巨大なその焦げ跡を見るだけでも、どれだけの威力だったかぐらいは予想出来る総司達。

その為、余りの事に呆然としてしまったのだ。

 

「クマ……一体此処で何が?」

 

「クマにも分からないクマよ、センセイ。クマはただ、ここで強い力を感じただけクマ」

 

「つ、強い力って事は……誰かが?……いや、なにかが何かやったんだよね……?」

 

「何ビビってんだよ里中。誰かって、シャドウしかいねえだろ」

 

この状況を見て、内心では恐怖を覚えていた総司達に、陽介は少し茶化す感じに千枝に話す。

どうやら、まだ事の重大さに気付いてないらしい。

その陽介の態度に、千枝と雪子は注意を促す。

 

「……花村あんたさ、この状況を理解出来てる?」

 

「え? 何がだよ?」

 

「花村くん。少なくとも、この辺りにこんな事が出来る様なシャドウがいるかもって事なのよ。今の私達じゃあ、勝てるかどうか……」

 

雪子の言葉の通り、これ程の力を持つシャドウでは、いくら戦い慣れ始めた自分達でもどうなるか……それに、コレをやったのが本当にシャドウなのかどうかも分からない。

そう思っていると……。

 

「なあに、辛気臭いなってんだよ。相棒も、らしくないぜ。相棒には、俺達とは違って他にもペルソナが使えるだろ? ほら!、とっとと完二の奴を助けにいこうぜ!」

 

「あ、待て陽介!」

 

「待ってクマ!」

 

総司達は、さっさと走って行ってしまった陽介を追う為に、完二が入るである熱気立つ大浴場へと入って行った。

 

そして、その後ろから総司達を見ていた人物がいた。

 

「……やり過ぎたな」

 

総司達が大浴場の中に入ったのを確認すると、洸夜は建物の影から姿を現し、自分がやってしまった周りを見て呟いていた。

 

「(それにしても、人数が増えた事によってアイツ等に油断が生まれ始めたな)」

 

基本的に人は沢山の人数がいる場合、無意識に他人任せにする場合がある。

その為、総司達(主に花村だが)は正にこの状態に有る。

 

「ハァー。そろそろ本格的に調査したいんだが、まだまだ総司達だけでは危なくて任せられないな(特にメンバーの汚点は花村だな。順平もそうだったが、遊び気分でペルソナを使い、シャドウに挑めば最悪、仲間を危険に晒し……死ぬ)」

 

そう思いながら、総司達の行動に頭を悩ませる洸夜。ハッキリ言って、今の総司達に全て任せる事は出来ない。

しかし、此処でいつまでも考えている訳にも行かない為、洸夜は静かに大浴場へと足を進めた……その時

 

ズズズ……!

 

「早速のお出迎えか……(初めて見るタイプの奴もいるな)」

 

洸夜の前に現れたのは、虫型シャドウ『死甲虫』。

台座に乗っている『静寂のマリア』。

鉄球型のシャドウの付いた首輪をしている獣型のシャドウ『ニザームアニマル』等のシャドウが姿を現す。その中には、タルタロスではいなかったタイプのシャドウも存在する。

 

『シャシャ……!』

 

『……』

 

『グルルル……!』

 

そして、シャドウ達はそれぞれが意味も無い声を発しながら敵意を剥き出しにして洸夜に牙を向く。

そして、それに答える様に刀を抜く洸夜。

 

「掛かってくるなら相手をしなければな。ベンケイ!、マゴイチ!」

 

洸夜がペルソナを召喚すると、そこには巨大な姿で全身を鎧と武器を纏ったペルソナが召喚される。

そして、ベンケイの隣には顔の半分を烏をイメージさせる様な仮面を付け、一つ一つが銃口で出来ている黒い羽の様な足まである長いマントを身に付けており、両手には火繩銃の様な物を、更にそのペルソナの周りには沢山の銃が浮いているペルソナ『マゴイチ』が召喚される。

 

「ベンケイ! マゴイチ!」

 

『デスバウンド!』

 

『秋雨撃ち!』

 

 

洸夜の指示に、ベンケイは拳を叩き付けて衝撃波を放ち、マゴイチは銃を右から左に乱射してシャドウに攻撃する。

 

『…!!?』

 

『ジャ……!?』

 

それぞれの攻撃がシャドウを襲い、何体かのシャドウは消滅したが、残りのシャドウ達は空中に逃げて攻撃を交わす。

 

「あれを避けたか……少しは骨の有る相手が出て来た様だな!」

 

『シャシャシャシャッ!』

 

洸夜が喋っている間にも、『死甲虫』が洸夜目掛けて突っ込んで来る。

シャドウ特有のアルカナを示す仮面の様な物が付いた角が洸夜を襲うが、洸夜はそれを横に跳んで攻撃を避ける。

だが……。

 

「ぐッ! 後ろか……!」

 

突如、後ろから銃の様な攻撃をされた洸夜。

だが、物理無効を持ったベンケイのお陰でダメージは無いが服に傷が着く。

そして洸夜は、攻撃の来た方に視線を向けるとそこには、明らかに他のシャドウとは大きさが違う、二体のシャドウ。

レスラーの様な姿の『闘魂のギガス』と、銃と手錠を持ち、警官の姿をしたシャドウ『狭量の官』が姿を現す。

 

「大型シャドウ……! 他の奴ら同様、今度は完二に影響された突然変異のシャドウか……」

 

毎回と言って良い程、影響されたシャドウにそう遇する洸夜。

しかし、今回は二体同時に相手をしなければ成らないそう思った洸夜は……。

 

「……ヨシツネ! ヤタガラス!」

 

洸夜は鎧を纏い、刀を肩に乗せたペルソナと三つの足を持つ烏のペ大浴場の戦いルソナを召喚する。

そして、ベンケイとヨシツネ。

マゴイチとヤタガラスが互いに並び、シャドウと対峙する。

 

「久しぶりにやるぞ……ミックスレイドだ」

 

END



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完二の影

同日

 

洸夜が大型シャドウと対峙していた頃、総司達は……。

 

『ウッホッホ、これはこれは、ご注目ありがとうございまぁす!。ついに潜入しちゃった、ボク完二!』

 

「「「「「……」」」」」

 

現在、総司達は完二の影と対面していた。

だが、余りの存在感に総司達、特に総司と陽介は絶句している。

当たり前だ、この状態で絶句しない男子はいないだろう。

汗臭い大浴場、フンドシつけたヤバそうな男子、最早この場にいるだけでも相当精神が鍛えられそうにすら思える。

しかし、そんな総司達の思いを知ってか知らずか、完二のシャドウは……。

 

『あ・や・し・い熱帯天国から、お送りしていまぁす!!』

 

テンションを上げ、更に声のボリュームを上げる。

そして、完二の台詞と共に上から題名が降ってきた。

 

『女子禁制! 突☆入!?愛の汗だく熱帯天国!』

 

「「「「!!!」」」」

 

題名を見た瞬間、総司達は更に絶句してしまった。

言葉が出ない。

まさにこの事を指しての言葉とも思えてしまう。

そして、その様子にそれぞれが口を開いた。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……! いろんな意味で……! 俺らの貞操危ないじゃないのか!?」

 

身体を震わせながら総司の肩を揺らす陽介。

そんな陽介に落ち着けと言う意味で肩をポンと置く総司。

 

「確か雪子んときもノリとしては、こんなだったよね……? いや……場合によってはもっと酷いかも……」

 

「えっ! う、うそ……! こんなじゃ……無いよね……?」

 

完二の姿と自分を交互に見ながらそう呟く雪子。

まさかとは思いたくないが、フンドシで暴れている状況とどっこいどっこいとは

m思いたくはなかった。

するとその時……。

 

ワー!ワー!ワー!

 

突然、何処からとも無く歓声が聞こえ始めた。

その声はまるで、この世界の外から聞こえてくる感じがする。

そう思った総司達の頭に有る考えが過ぎる。

 

「この声、まさか……!」

 

「外の人達の声!?」

 

「“番組”が流れている反響って事?」

 

「これ放送されてんの!?……完二くん、新たな伝説が生まれそうだね」

 

その伝説は恐らく、嫌でも胸に刻まれるだろう。

そんな事を苦笑いしながら総司達は思っていた。

 

「まぁ、シャドウなんだけど、外の連中には分かんないしな……」

 

ウオー!ウオー!ウオー!

 

「シャドウもめっちゃ騒いでるクマ!」

 

クマの言葉通り、周りからシャドウ達の咆哮が響き渡る。

そして、総司達がシャドウに警戒していると、完二のシャドウは再びマイクを持ち直し、喋り始める。

 

『ボクが本当に求めるモノ……見付かるんでしょうか、んふっ』

 

「「ゾクっ!寒気が!?」」

 

ウインクしながら喋る完二のシャドウの言葉に、謎の寒気を感じる男二人。

そして、そんな様子を見ながら完二のシャドウは……。

 

『それでは更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで突☆入! 張り切って……行くぜ、コラアァァ!!』

 

そう言って完二のシャドウは走り去ってしまった。

 

「完二くん!」

 

「待て!早まるな!」

 

「馬鹿言ってないで、追うぞ!」

 

完二のシャドウに調子を狂わされながらも、これ以上は完二自身の身も危ないと思い総司達は奥へと進んだ。

 

========================

 

現在、大浴場最深部

 

「この先か?」

 

「そうクマ! この先にカンジクンがいるクマよ」

 

あれから総司達はシャドウを退けながら先に進み、そして今、巨大な扉の前にいる。

その扉の向こうからは、扉を越えて微かにだが完二のシャドウの声が聞こえていたb

 

「中に入りたくねぇ……」

 

「陽介、思っても口にはするな。俺だって入りたくは無い……」

 

扉を前にして、そう呟く陽介に注意する総司だが、実際にこの部屋の奥に入るのに躊躇ってしまう。

流石に先程から、フンドシだけの完二の姿ばかり見て総司と陽介の精神は折れ掛かっている。

しかし、実際に入らない訳には行かず、総司達は扉を開けるとそこには……。

 

『もうやめようよ、嘘をつくのはさ……』

 

「オ……オレァ……!」

 

そこには、完二と完二?が対峙していた。

 

「完二くん!」

 

「間違いない。本物の奴だ」

 

『ボクはキミの“やりたいこと”さ……』

 

「違う!」

 

完二は否定するがシャドウは話を続ける。

 

「女は嫌いだ……偉そうでわがままで、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける。何でも有りだ」

 

「あ~何かよく分かる気がする……」

 

陽介はそう言って千枝を見る。

何故、千枝を見たのかは分からないが、陽介の視線に気付いた千枝は顔を赤くして抗議する。

 

「わ、私はそんな事しないよ!? そんなぐちぐち陰口見たいな事を言わないしさ!」

 

「確かに……。(逆に蹴り倒しそうだ……)」

 

「でも、男の子とかって、女子が何を言っても手とか出せないから辛そうなイメージがあるよね……」

 

「確かに」

 

「たまに思うね」

 

雪子の言葉に頷く陽介達、だが、総司は雪子の話を聞き、ある事を思い出す。

 

「いや、兄さんは普通に手を出すよ」

 

「「「「えっ!」」」」

 

総司のまさかのカミングアウトにクマまでもが声を上げる。

 

「センセイ!お兄さんがいたクマ!?」

 

「そっちか……」

 

「お前は黙ってろって! でも、手とか出すと女子って最低!最低!とか言わないか?」

 

陽介の言葉に納得したのか、女子である千枝達も頷いている。

 

「兄さんの話では確かに言われたらしいけど、兄さんが『だったら手ぇ出される事してんじゃねぇ!』って言ったら皆黙ったらしいよ」

 

「「「納得……」」」

 

何と無くだが、洸夜の性格が分かってきたらしく、陽介達は苦笑いしながら頷き、洸夜と接触した事の無いクマは意味が分からずに、首を傾げている。

すると、そんな会話をしている間にも完二とシャドウは話をしていて、状況に動きが見られた。

 

『皆、ボクを見て変人変人ってさ……。笑いながらこう言うんだ。裁縫好きなんて気持ち悪い、絵を描くなんて似合わない。男の癖に男の癖に……! 男って何だ? 男らしいって何なんだ? 女は怖い……よね!』

 

「こ、怖く何かねぇ!」

 

完二?に食ってかかるが完二?は話をやめない。

 

『男がいい……男の癖にって言わないし…!この間のお客さんみたいに受け入れてくれる男がいい……』

 

シャドウの言葉が癇に触ったのか、完二はシャドウの方を睨み、声を上げた。

 

「さっきから、何なんだてめぇ! 俺と同じ顔しやがって!」

 

完二の言葉にシャドウは歪んだ笑みでニヤリと笑った。

 

『君はボク……ボクは君だよ。分かってるだろう?』

 

「ふざけるな! お前なんか……お前なんかが……!」

 

シャドウの言葉を聞いて、否定しそうな完二の言葉に総司は止めに入る。

 

「ダメ!完二くん!」

 

「言うな!」

 

しかし、皆の言葉は完二に届かず、完二はあの言葉をシャドウに放つ。

 

「俺の訳ねぇだろう!」

 

そして、その否定の言葉が引き金になり、シャドウから闇が溢れ出す。

 

『ふふふ、あはははははははは! 僕は君!僕は君さ!!!』

 

完二の影は闇を纏うと、巨大な体に男と女のマークを持ち薔薇に包まれているシャドウ『完二の影』と筋肉質なシャドウ『タフガイ』と『ナイスガイ』が現れる

 

『我は影、真なる我! ボクは自分に正直なんだよ。だから、邪魔物は消えろ!』

 

「ば、化け物……!」

 

余りの出来事に、身体が動かなく成ってしまった完二を見て、総司達は行動を開始すると、完二の前へと出た。

 

「皆! 行くぞ!」

 

「「「「ペルソナ!」」」」

 

そして、この場所で完二のシャドウとの戦いが幕を開けた。

 

END



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ミックスレイド

同日

 

現在、熱気立つ大浴場

 

「まずは、お前等から行くぞ。マゴイチ! ヤタガラス!」

 

洸夜の呼び声と同時にマゴイチは、己の持っている全ての銃の銃口をシャドウ達に向け、ヤタガラスは羽根広げ、空中へと上昇し、シャドウ達に大量の漆黒の羽根が舞い降りる。

 

「ミックスレイド、行くぞ……!」

 

『誇り高き象徴』

 

洸夜の言葉を聞いた瞬間、マゴイチは無限に舞い降りるヤタガラスの羽根の中にいるシャドウ達に、一斉砲火を浴びせる。

 

『!?』

 

無数に放たれる無限と思わせる程の弾丸の嵐。

シャドウ達もかわそうとするが、自分達の周りに舞うヤタガラスの羽がそれを妨害する。

そんな視界・移動が制限されている中でのマゴイチの一斉放火。

また、一斉砲火を浴びせられた大型シャドウ『闘魂のギガス』と雑魚シャドウ達は同じ様に銃弾に当たって黒い粒子と成ったヤタガラスの羽根に抱かれながら消滅した。

 

バサァァ……!

 

カチャ……!

 

まるで自分達の仕事をやり遂げたと言わんばかりに羽を広げるヤタガラスと、無数の銃を下ろすマゴイチ。

そして、敵を殲滅したマゴイチの肩にヤタガラスが止まりると同時に、役目を終えた二体を戻す。

 

「……後は、お前だけだ」

 

『……』

 

洸夜に刀を向けられているが、一向にリアクションをしない大型シャドウ。

自分以外のシャドウが倒された事により諦めたのだろうか?。

シャドウに限って、その様な事は無いとは思うが?。そう思いながら、洸夜が少しだけ警戒を解いた時だった。

 

『!!!』

 

「ッ!? しまっ……!」

 

突如、大型シャドウはその巨体に似合わない素早さで洸夜目掛け、タックルを食らわした。

しかも、今はミックスレイドの準備をしていた為なのか、ベンケイの物理無効の効果は無く、洸夜はモロに大型シャドウの攻撃を喰らう。

 

「グハッ!!」

 

攻撃を喰らった際に、歯を噛み締めた洸夜。

だが、相手がデブだからっと言って侮る勿れ、相手は大型シャドウ。

その攻撃の威力に、洸夜は思わずは声を上げてしまった。

しかし、大型シャドウの攻撃が直撃したとは言え、洸夜も伊達に二年前の戦いを生き抜いてはいない。

 

「……グッ! ナメるなッ!」

 

洸夜は直ぐに頭と態勢を切り替え、刀でシャドウを斬り付けて反撃する。

そして、振り下ろした刀の刃が大型シャドウの身体に傷を付けるが、刀の刃はシャドウの身体の半分も行かずに止まってしまった。

 

『……』

 

「ッ!? 手応えが鈍い……!(コイツ、これ程まで防御力が高いのか!)」

 

刀で斬られたにも関わらず平然としている大型シャドウに、洸夜は相手から距離を取ると刀を構え直す。

 

「(完全に油断した……力のブランクは克服したが、実戦のブランクの克服はまだ完全ではないか)」

 

そう内心で呟く洸夜だが、完全に戦い中での恐怖を忘れ掛けていた洸夜にとっては、この大型シャドウとの戦いは有り難いモノでも有った。

ニュクスや、ストレガとの死闘を戦い抜いた洸夜からすれば、此処の大型シャドウや雑魚シャドウは今のところ敵では無い。

しかし、それ故に洸夜は、戦いにおいて無意識に油断してしまい、自覚が有る無い関係無く戦いで手を抜いてしまう。

ペルソナやシャドウには、常識は通用する筈も無ければ絶対も無い。

その為、いつでも全力が出せない状態では、緊急の時に対応出来ない。

だが、この大型シャドウとの戦いによって洸夜は、戦いでの恐怖を思い出し、二年前の様に精神を研ぎ澄ませ始める。

 

「……フゥー(少しずつだが、二年前の感覚が戻って来たな。)そろそろ、終わらせるぞ」

 

『シングルショット!』

 

洸夜の言葉にまるで逆上したかの様に銃を連射し、突っ込んでくる大型シャドウ『狭量の官』。

それに対し洸夜は、己の反射神経を頼りながら刀で迎撃する。

そして、洸夜は一気にシャドウの懐に飛び込み、刀で大型シャドウを一閃する。しかし、この大型シャドウに物理技は効きにくいのは先程の事で洸夜にも分かっている事。

だが、洸夜には考えが有った……それは。

 

『☆▲★○◎!?』

 

先程まで、洸夜に怒涛の勢いで攻撃していた大型シャドウが突如尻餅をつく。

それを見た洸夜は、待っていたと言わんばかりに口元に笑みを浮かばせた。

 

「この刀には、(原理は知らんが)シャドウを弱らせる力がある。いくら、物理に強くてもあれだけ斬られたら、嫌でも弱るさ。……さて、大型シャドウ。この戦いもクライマックスだ……ヨシツネッ!ベンケイッ!」

 

『ヴォォォォォッ!!』

 

『……』

 

洸夜の言葉に、ヨシツネとベンケイはそれぞれの武器を構え、尻餅を付いている大型シャドウに一気に接近する。

 

『九十九・一刀一閃』

 

『ヴォォォォォッ!』

 

まずは、ベンケイが周りに大量の刀を周囲にばらまいた。

そして、九十九本の刀は地面に刺さり、その大量の刀の上に乗って刀の上を跳び移りながら移動しながら、シャドウに接近するヨシツネ。

そして、シャドウの目の前に来た瞬間、ヨシツネが空中に高く跳ぶと同時に、地面に刺さっていた刀が宙に浮き、シャドウに斬り掛かる。

一閃、二閃、三閃。

徐々に増えていく九十九本の刀の斬撃に、大型シャドウは反撃の隙も見付けられないまま攻撃を喰らって行く。

その瞬間、その大型シャドウの隙を見てベンケイは、一気に大型シャドウに接近し、大型シャドウの巨体を空中に殴り飛ばす。

 

『◎★▲□ッ!?』

 

そして、大型シャドウが宙に浮いた瞬間。

 

『ッ!?』

 

空中に跳んでいたヨシツネが刀で一閃し、大型シャドウは両断され、消滅した。そして、大型シャドウが消滅したのを確認し、洸夜はヨシツネとベンケイを戻して近くの壁に寄りかかる。

 

「ムラサキシキブ……!」

 

『メディア』

 

寄り掛かった洸夜はムラサキシキブを召喚し、ムラサキシキブから優しい光が放たれて洸夜を包み、大型シャドウからの傷を癒して貰う。

内側から感じるズキズキとした痛みに掛かるメディアの光が心地良く感じる。

 

「……フゥー。一段落は付いたな」

 

傷を癒して貰らいながら洸夜は、周りの安全を確認しながら、先程消滅したシャドウ達がいた場所に視線を送る。

 

「(やはり、何かが違うな。この世界のシャドウ達と、タルタロスのシャドウ達は根本的に何かが違う……)」

 

洸夜がそう思うのには、訳がある。

最初の疑問は単純に美鶴、つまりは桐条から聞いた情報に無い事があった事や。二年前まで戦っていたシャドウは元々、人間が絶望等と言った感情に支配された時に、その人間の無意識と一体化したニュクスの一部が意識の表面に顔を出し、宿主から分離しようとするニュクスの一部がシャドウなのだ。

しかも、このシャドウ達は現実世界でも悪さをしていた。

しかし……

 

「(ニュクスは(一応)もういない筈。それに、此処の世界のシャドウ達は直接、現実世界に悪影響を及ぼしてはいない。……本当に良く分からないな“此処”のシャドウは)」

 

洸夜がそう思っていた時だった、洸夜の視界とフロア全体が大きく揺れた。

 

「ッ!? ……総司達も手こずっている様だな」

 

自分のいるフロアにまで響く震動と音に、上で完二のシャドウとの戦いの壮絶さを教えている。

そして、洸夜は立ち上がると、ゆっくりと階段を上り始めた。

 

「それにしても……暑い」

 

サウナの様な構造をしている為、フロア全体がムシムシしていてとても暑い。

そして、額の汗を拭きながら洸夜はゆっくりと前に進んで行った。

 

End



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認められた者

同日

 

現在、熱気立つ大浴場(最上階)

 

『うふふふふ。中々やる見たいだねぇ』

 

「センセイッ! 皆、大丈夫クマかッ!?」

 

完二のシャドウと総司達の間には、消滅していく『タフガイ』と『ナイスガイ』の姿が有った。

しかし、二体のシャドウを倒したにも関わらず、完二のシャドウには傷一つ無く、全くの無傷。

それに引き換え総司達はボロボロの姿で、四人の体力も限界に近付いていた。

そして、嘲笑っているシャドウに総司達は睨み付けていた。

 

「ハァ……ハァ……ちくしょう!」

 

「な、何て奴なの……!」

 

陽介と千枝がシャドウに対して決死の態度で構えている中で、総司は雪子に話し掛ける。

 

「……雪子。回復は後何回ぐらい出来そうだ?」

 

「一人ずつなら、まだ余裕は有るけど……全体にするならそんなに余裕は……瀬多君は?」

 

「俺もそんな感じだ……」

 

皆の残りの体力も限られているこの状況で、完二のシャドウと一戦交えなくては成らない。

元々、完二のシャドウのサポート役だった『タフガイ』と『ナイスガイ』を甘く見ていたから、こう成ってしまったのだ。

 

「クッ! ……(サポート役だと思って、甘く見たのが間違いだった。あのシャドウ達は何とか倒したが、この状態で完二のシャドウを倒せるのか……!)」

 

『何を考え事をしているんだい? もっと、僕を見てくれよ!』

 

「センセイ避けるクマ!」

 

シャドウとクマの言葉を聞き、顔を上げた総司が見たのは武器であるオブジェを振り上げているシャドウの姿だった。

 

「ッ!? しまっ……!」

 

『遅いよ! デッドエンドッ! うおりゃああああああああああッ!』

 

「ガハッ!」

 

鈍い音が辺りに響き、シャドウの攻撃をモロに喰らった総司はそのまま吹っ飛ばされてしまう。

 

「「「「相棒!/瀬多君!/センセイ!」」」」

 

「ッ! イザナギ!」

 

陽介達の言葉が耳に入った事で、頭を切り替えた総司は壁にぶつかる寸前でイザナギを召喚し、受け止めて貰い、壁への激突だけは避けれた。

しかし、シャドウの攻撃のダメージが大きく、立つ事が出来ない。

 

「く、くそ……!」

 

「瀬多君!……今、回復を!」

 

『行かせると思ってるのかい? 女は消えろやぁ!』

 

「あっ……!」

 

総司の回復へと向かおうとしたが、シャドウが雪子の前に出て妨害する。

そして、雪子目掛けてシャドウは武器を振り上げるが……。

 

「あんたの相手は私達よ!」

 

「行け! ジライヤ!」

 

「マハガル!」

 

千枝がシャドウに向かって、おもっきしの飛び蹴りを食らわし、陽介はジライヤの疾風攻撃を放つ。

そして、喰らったシャドウはそのままバランスを崩して倒れてしまう。

 

『あうッ!』

 

「千枝!」

 

「雪子! 此処は私と花村に任せて、早く瀬多君を!」

 

「分かった! クマさん!千枝達を!」

 

「任せるクマ!」

 

クマに千枝達のサポートを頼むと、雪子は総司の所へと走って行く。

そして、千枝達に妨害されたシャドウも立ち上がり、武器を構えながら千枝達を睨み付ける。

 

『ふふふ、情熱的なアプローチだね……だけど、女はお呼びじゃねえんだゴラァッ!』

 

「千枝ちゃん! ヨースケ! 避けるクマ! 攻撃が来るクマ!」

 

「「クッ!」」

 

クマの言葉に、それぞれペルソナを召喚して防御を固める千枝と陽介。

そして、シャドウは二つの武器を構えると武器を振り回し始めた。

 

『オラァッ!電光石火ッ!』

 

「きゃああッ!/うわぁあッ!」

 

シャドウの怒濤の攻撃が陽介達を襲った。

 

========================

 

 

「……これはまた、凄い状況だな」

 

洸夜は、ワイトにジャミングしてもらいバレ無い様に部屋の隙間から中の様子を見ていた。

しかし、口調程内心では呑気では無い。

はっきり言って、今の総司達ではシャドウを倒す前に、力尽きる可能性の方が高い。

だが、内心ではそう思っていても、洸夜は何も行動を起こそうとせずに状況を見守っている。

 

「(このまま、俺が手助けすれば簡単に勝負が着くだろう。しかし、これからも事件を追って行くならば、これよりも強力なシャドウが立ち塞がる事になる筈。ならば、俺のサポート無しで、これぐらいのシャドウを倒せなければ、事件を追う資格は無い)……だが、一応保険は架けとくか。マゴイチ!」

 

そう言って洸夜はマゴイチを召喚すると、マゴイチに銃口をシャドウに向けさせる。

 

「さて、総司。まさに此処がお前等の天王山だ」

 

そう言って洸夜は、マゴイチにはまだ手を出させず、総司達の出方を伺う様に壁に背中を任せた。

 

 

========================

 

 

『メディア!』

 

「大丈夫? …瀬多君?」

 

「何とか……」

 

雪子に回復して貰い総司は立ち上がる。

そして、シャドウと交戦している千枝達の方に視線を向けると、武器を構えて再びシャドウの下へと走り出した。

 

「相棒! 大丈夫なのか?」

 

「問題ない……それよりも、コイツを倒すぞ!」

 

「倒そうって、それが出来たら苦労は無いよ!」

 

総司の言葉に千枝達は肩を落しながらそう言った。

しかし、二人の言葉に総司は首を振る。

 

「俺に考えがある」

 

「「「どんな!?」」」

 

「陽介を囮にして一端態勢を立て直す」

 

「いや、ふざけんなって! そんな事、誰が認め……って里中に天城! ああ、その手が有ったか……見たいな顔すんな!」

 

「ご、ごめん……」

 

場が和んだので、総司は本題に入った。

 

「冗談だって……もう、此処まで来たら下手な作戦は必要ない。俺が残りの体力を全て使ってデカイ攻撃をするから、後は皆で叩き込むんだ」

 

「確かに手っ取り早いけど……」

 

「まあ、それしか無いか」

 

総司の言葉に追い付いて来た雪子達は苦笑いしながらも武器を構え直す。

残りの体力等が少ないこの状態では、下手に補助技や回復を繰り返すならば、少しでも敵にダメージを与える事に優先した方が良いと総司達は判断した。

 

『さっきから何を、ごちゃごちゃ言っているんだい?もう、そろそろ終わらせるよ!』

 

さっきからずっと喋っていてばかりの総司達に、シャドウは我慢の限界が来たのか、武器を振り回しながら総司達を睨みつける。

 

「……お前の言う通りだな。そろそろ終わりにしよう。行くぞ、皆!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

総司の言葉に全員が移動したのを確認すると、総司はまず行動を開始する。

 

「ハイピクシー!」

 

総司が召喚したのは、小さな妖精の様なペルソナ。

そして、召喚されたハイピクシーの身体から雷が流れ始める。

 

『な、なんだ一体それは!』

 

「ただの妖精さ……ハイピクシー!」

 

『ジオンガッ!』

 

『うわああああああッ!?』

 

総司がそう言ってシャドウに微笑むと、ハイピクシーから巨大な雷が放たれ、シャドウに直撃する。

 

「今だ! 一気に畳み掛けるよ! トモエッ!」

 

「ジライヤッ!/コノハナサクヤッ!」

 

シャドウに攻撃が直撃したのを確認した千枝達は、ここぞとばかしに攻勢に打って出た。

 

『脳天落し!/マハラギ!/マハガル!』

 

『グワァァ……!!!』

 

そう叫んだ後、シャドウは倒れた。

そして、それを確認した総司達はシャドウの方を警戒しながら見て、完二のシャドウが立ち上がらないのが分かると腰を下ろす。

 

「か、勝った……?」

 

「も、もう……限界……」

 

「「同じ……」」

 

言葉では、疲れた事が分かるが、総司達の顔には笑みが生まれており、それぞれが自分の思っている事を口に出していた。

しかし……。

 

『…………ッグ……ウフフ……ふふふ、情熱的なアプローチだなぁ。これならみんな……素敵なカレになってくれそうだよ』

 

「「「「ッ!?」」」」

 

総司達は声の聞こえる方を向くと、そこには完二のシャドウが完二の姿に戻り、こちらに近付いてくる姿だった。

 

「ま、まだ向かってくるクマ!。よっぽど強く拒絶されてるクマか……?」

 

「……そりゃ、これだけのギャラリーがいればな」

 

「ある意味、一生の恥だもんね」

 

陽介と千枝の言葉に苦笑いしながらも、何とか平常心を保とうとする総司達。

すると……

 

「……めろ」

 

「?……なんだ? 誰か今、なんか言ったか?」

 

「ううん。私は違うよ」

 

「私も」

 

今一瞬だけ、誰かの声が聞こえた様な気がした総司は気になり、近くにいた千枝達に聞くが千枝達は首を横に振る。

すると、そんな事を言っている間にも完二?がこちらに近付いて来る。

 

『誰でもいいんだ……誰かボクを受け入れてよおおおお!!!』

 

「止めろって! 行ってんだろおおおお!!」

 

「うぉっ!ビビった……」

 

突然、完二が自分のシャドウを殴り飛ばし、その殴った時のバキッ!と言う音が周りに響く。

そして、殴り飛ばしたシャドウを見ながら完二は、ゆっくりと語り始めた。

 

「情けねぇぜ……こんなんがオレん中にいるかと思うとよ……知ってんだよ、お前がオレん中にいることくらいな!」

 

そう言って完二はシャドウの前に立つ。

その姿は、先程まで恐怖に支配されていた姿では無く自信に満ち溢れていた。

 

「オラ立てよ! 俺と同じツラ下げてんだ……ちっと殴られただけで沈む程ヤワじゃねえだろ。男だ女だってんじゃねえ、拒絶されんのが怖くてビビってよ……自分から嫌われ様としてるチキン野郎だった……でもよ、この間店に来たお客が俺の作った人形を妹の為とは言え……あんなに褒めてくれて買ってくれたのを見て正直……てめぇも嬉しかった筈だろ!」

 

『……』

 

完二のその言葉に、完二?は立ち上がると、完二に近付いてくる。

 

「今まで、お袋以外に俺の趣味を認めてくれた奴はいたか!。いねえだろ!あの人が言ってくれた言葉を聞いて……もう少し頑張ってみようと思ったんじゃねえか!。だから来い! あの人が認めてくれた様に俺も認めてやる!てめぇは俺だあ!」

 

完二の言葉にシャドウは頷き、光に包まれると全身が黒く巨大で髑髏のイラストが描かれていて、手には雷のオブジェを持つペルソナ『タケミカヅチ』になり、完二は自分のペルソナを見上げた。

 

「頼むぜ相棒……」

 

『オオオオッ!』

 

完二の言葉に答える様にタケミカヅチは手に持つ雷のオブジェを掲げた。

 

 

========================

 

 

「……保険はあくまで、保険で終わったか」

 

そう言って洸夜は、マゴイチを戻すと入り口の影から総司達の方を眺める。

 

「(完二も総司達も、一皮剥けたか……だが、やっぱりまだ甘い……けど、今回は褒めといてやるか)」

 

戦い方はまだ甘いが、確実に成長した事は事実。

その事に関しては、素直に褒めて上げて良い。

 

「さて……俺もそろそろ帰るか……ッ! 傷も……まだ治り切って無いしな、何より、シャワー浴びたいし……」

 

そう言って洸夜は右手を掲げて入口を出現させると、現実の世界へと帰って行った。

 

チリーン……!

 

この時、鈴の音が響いていた事に洸夜は気付かなかった……。

 

 

========================

 

 

チリーン……!

 

「今……!」

 

「どうした相棒?」

 

うっすらと聞こえた鈴の音に、反応している総司に陽介が声をかける。

 

「今、兄さんの鈴の音が聞こえた気がしたんだ……」

 

「ハハ、いくら死に掛かったからって、それは無いだろう……今日はお前も俺達も、疲れてんだ。早く帰ろうぜ」

 

そう言って笑いながら、千枝達の下へ行く陽介。

その様子に何処か納得出来ない感じの総司だったが、陽介の言う通り、今回の戦いでの疲労は半端では無かった為、完二を連れて、此処から早く帰る事にした。

 

===========================

 

現在、堂島宅

 

「ただいま……」

 

「お帰りなさい……って、お兄ちゃんどうしたの凄い汗だよ!?」

 

「はは……ちょっとね」

 

菜々子が驚くのも無理はなく、総司のワイシャツは汗でびしょびしょに成っている。

いくら

今が夏とは言えこれは流石にかきすぎであった。

……サウナの様な場所で戦って来たから当然なのだが。

 

「……シャワーを浴びてくるよ」

 

菜々子にそう言って浴室に向かう総司……だが。

 

「あっ! お兄ちゃん今は洸夜お兄ちゃんがシャワー使ってるよ」

 

「兄さんが……?」

 

「うん、洸夜お兄ちゃんもお兄ちゃんと一緒で凄い汗かいてたんだよ。何かね、素振りしてたんだって」

 

「素振り……」

 

菜々子の言葉に総司は少し考える。

洸夜が趣味の剣術をしている事は総司も知っている。

その為、木刀の素振り等をしていてもおかしくは無いのだが……総司は玄関に置いてある木刀に目を向けると、近付いて触ってみた。

 

「濡れてない……それどころか湿ってすらない」

 

総司が木刀に手を触れると、汗で濡れているどころかずっと家でエアコンにあたっていたかのように冷たかった。

 

「さっぱりしたな……ん? なんだ総司帰っていたのか」

 

「たった今だけどね、ただいま兄さん」

 

「お帰り……それにしても凄い汗だな。お前も早くシャワー浴びてこい」

 

総司の姿を見て、洸夜は驚いた表情しながらそう告げると木刀を持って部屋へと行ってしまう。

そして、総司はその後ろ姿を静かに見詰めていた。

 

「まただ……(前にも感じたこの違和感……一体何なんだ)」

 

ジュネスでも感じた洸夜への謎の違和感に、総司は分からずにただ、佇んでいた。

 

END



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日常
再会の予兆


一方その頃……。

洸夜と総司の知らない所で、とある問題が発生していた。

 

同日

 

現在、???

 

そこは広いフロアで周りに飾られている装飾品を見ても高級な物と分かる。

そんなフロアで紅い髪をし、毛皮の様なコートを羽織っている女性が周りにいる部下らしき者達を怒っている様子が有った。

そして、全身を隠す様な服を着ている付き人らしき金髪の女性はその様子を静かに見詰めていた。

 

「何故、私の許可なくこの様な事をした!」

 

そう言って近くの机をバンッ!と叩く紅髪の女性。

そして、その音にビクッ!とする部下らしき人達。

 

「で、ですが、ご当主。幹部の汚職等が原因での“桐条グループ”の大変な時期は何とか乗り越えました。しかし、それでも世間的にはまだ風当たりが強いので……」

 

「ご当主の“お見合い”話をして、少しでも世間やグループ内を明るくしようと……」

 

そう言ってビクビクしながら語る部下達に、紅髪の女性はため息を吐いた。

 

「……お前達がそう考えるのは納得出来るが、私はまだ、身を固める気は無い!」

 

「で、ですが、ご当主! 相手のご両親は、国々とのパイプを持っておりますし……それに、見合い相手も高卒ですが、学力・行動力共に問題無いとの事ですし……何より、このお見合いは先代のご当主が決めた事なのです」

 

「お父様が……」

 

部下のしつこい言葉に、イライラし始める紅髪の女性だったが父の名前を出された事で耳を傾ける。

 

「はい……当時の話によれば直に見て気にいったらしく……本来ならば、もう少し早く行う予定だったのですが、先代のご当主の不幸等が重なり、今に至ります」

 

「……そうか」

 

少し考え込む紅髪の女性を見て、部下達は手応え有りと判断したらしく、ここぞと化かしに話し掛ける。

 

「それにご当主も、誰かに支えられた方が仕事等も捗るのでは?」

 

「それとも、どなたか心に決めた方でもいるのですか?」

 

「ッ!?」

 

部下の何気ない言葉に、無意識に二年前の事を思い出す様に考え込んでしまう。

その様子に部下達も少し焦りを表す。

しかし、頭からその事を振り払い何も無かったかの様に振り向き口を開いた。

 

「分かった。そのお見合いを受けよう。日時や場所が決まったら報告しろ」

 

女性の言葉に、部下達はそれぞれ喜びの言葉を上げるのだが……。

 

「その変わり、共に行く人員は私が決める。それが最低条件だ」

 

「えっ! ですが、ご当主……」

 

「何か文句があるのか?」

 

「ヒッ! い、いや、何でも有りません! そ、それでは私達はこれで……!」

 

そう言って、一睨みすると部下達は逃げる様に去って行く。

そして、部下達が居なく成ったのを確認すると近くの椅子に腰を下ろした。

 

「心に決めた者……か」

 

「大丈夫ですか? “美鶴”さん」

 

「“アイギス”……」

 

金髪の女性“アイギス”に紅髪の女性“美鶴”は顔を下に向けて口を開いた。

基本的に一人で頑張って来た彼女がこう言う表情をするのは珍しく、それを知っているアイギスは余計に心配してしまう。

 

「先程の言葉……洸夜さんの事を思い出したのでは?」

 

「……否定すれば嘘になるな」

 

「美鶴さん……」

 

アイギスは知っている。

美鶴だけでは無く、明彦達も洸夜が居なく成った後に自分達の過ちに気付き、後悔している事を。

この事を知らないのは、風花・乾・コロマル・チドリぐらいだ。

5特に、風花と乾には伝える事は出来ない。

彼女達は、あのメンバーで人一倍懐いていたからだ。その為洸夜が居なく成った理由をごまかして聞かせているのだ。

だから、余計罪悪感が有るのだ。

 

「そう言えば、どなたをお見合いに連れて行くのですか?」

 

話を変える為か、アイギスはお見合いの方に話を振る。

 

「それは君と明彦に同行をお願いしようと思う。君と明彦が一緒ならば、安心出来る。無論、自分の身は自分で守るつもりだがな」

 

そう言うものの、自分でも何処か無理をしている様に感じてしまった。

元々、お見合い自体乗り気では無いのだが、今は亡き父の名が出たならば無下には出来ない。

 

 

「あっ……そう言えば、お見合いのお相手に関する話を聞いてませんでしたね」

 

「そう言えばそうだな……まあ、顔も知らない相手との見合いも面白そうだ。それよりもアイギス。明彦に連絡をして貰えないか?」

 

と言いながらも、元々興味が無いお見合いなのだから相手に興味等は微塵も無い。

しかし、念のために明彦には連絡しなければ成らない。

 

「分かりました。それでは少し席を外します。え~と……携帯はどう使うんでしたっけ?」

 

「……」

 

少し心配な言葉を発しながらアイギスが部屋を出ていくのを確認すると、静かに窓から空を眺める。

その内心では、自分達が傷付けた友であり、自分にとって大切な男性である洸夜について考えながら。

 

「お前は今、何処で何をしているんだろうな……洸夜」

 

この時、美鶴は知るよしも無かった。

洸夜が桐条とは関係の無いシャドウの事件に巻き込まれている事に。

そして、もう一つ。

美鶴が貰い忘れた、見合い相手の資料。

そして、名前が書かれている欄に……『瀬多 洸夜』と書かれている事に。

 

 

END



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最強との再会

同日

 

『……『彼』を何で助けてくれなかったんですか!』

 

『あんたは何がしたかったんすか!』

 

『お前は何も変わらない。力が有ろうが無かろうが、何も変わらない』

 

『お父様を返して……!』

 

『やはり、君も我々と同じだ……』

 

『結局、お前もそう言う奴なんや』

 

“……またか、またこの悪夢が俺を支配するのか”

 

二年前の一件から、度々見る様に成ったこの悪夢。

しかし、稲羽に来てからは余り見なく成ったのだが、今日は悪い意味で特別な様だ。

 

『やっぱり、僕を殺した方が正解だったかい?』

 

『所詮はてめぇも俺と同じで、ペルソナを誰かを傷付ける道具にしか出来ねえんだよ』

 

『私は死んだ……美鶴の目の前で、君が無力だったからだ』

 

『君は私と同じだ。自分の欲望の為に何でもする』

 

何度も何度も繰り返される悪夢。

そして、決まって最後は必ず『彼』が出る。

 

『先輩……』

 

“……”

 

『先輩のワイルドは何も示さない。先輩のユニバースは何もない。だって先輩は……“黒”だから』

 

“黒……?”

 

『真っ黒だ。どれだけの色と混ざっても、何をしようが変わらない。何も変わらない存在なんですよ』

 

“……俺は黒?”

 

『『『『『『『『『真っ黒だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』』』』』』』』』』

 

========================

5月28日(土)曇→雨

 

現在、堂島宅(深夜)

 

「ハァッ!……ハァ……ハァ……ハァ…………クソ……また、あの悪夢か。この頃は見なかったのに……何かの予兆じゃなきゃ良いが」

 

そう言ってうなされていたのが原因でかいた汗を拭きながら、窓の外で降っている雨をずっと眺めているのだった。

 

========================

5月29日(日)晴

 

現在、堂島宅

 

現在、家にいるのは洸夜と菜々子だけ。

堂島は仕事で、総司は完二達と遊びに行くと行って留守にしている。

どうやら、すっかり完二とは仲良く成った様だ。

しかし、それでもたまには洸夜に会いに来たりしている。

そして、それはテレビを見ていた時だった。

 

「お兄ちゃ~ん!お兄ちゃんにお手紙とどいてるよ」

 

「手紙……? 誰からか分かるか?」

 

「う~ん、良く分からない」

 

そう言って菜々子は少し困った様子で封筒を渡し、洸夜はそれを受けとる。

そして、封筒に書かれている文字を見て驚愕してしまった。

何故なら、そこに書かれていたのは……。

 

「果たし状……?」

 

そう、大きな文字で『果たし状』と書かれていたのだ。

もちろん、洸夜に心当たり等は無い。

そう思いながらも、差出人の名前を確認すると再び驚愕する。

差出人の名前の所には……。

 

差出人:絵里座部酢

 

「なんだコレは……ホントに名前か?」

 

このままでは埒外開かないと判断し、手紙の中身を読む事にした。

内容を見れば、少しは謎が解けるだろう。

しかし、その考えは呆気無く崩れた。

 

『突然、この様なお手紙をお許し下さい。

実は貴方様に前から伝えたい事が有ります。

今日の12時に、近くの神社の前で待って下ります。』

 

「……何故、果たし状なのに、中身はラブレター見たいに成っているんだ?」

 

余りの訳の分からない手紙に頭を抑える。

そして、少し悩んだ結果で出した結論は……。

 

「イタズラだな。こう言うのは無視するのに限る」

 

そう言って、手紙を丸めようとした時だった。

 

PiPiPiPiPiPi

 

「あっ! お兄ちゃん、でんわだよ」

 

「今度は電話? 誰からだよ……」

 

変な手紙のあとの突然の電話。

しかも、相手の名前を見ようとしたがディスプレイに映し出されているのは『非通知』の文字。

変な手紙の後の非通知着信に息を飲むと、ゆっくりとボタンを押す。

 

Pi……!

 

「もしもし……」

 

『来ないと怒りますよ。ブツッ!。プー!プー!』

 

「……」

 

それだけ言われて、切られた電話。

本来ならば悪戯電話なのだろうが、今の電話の声には聞き覚えがあった。

洸夜は再度先程の手紙の差出人の名前に視線を移動させる。

 

「……先程の声。そして、この宛名といかにも付け焼き刃の知識で作った的な果たし状……そうか、“アイツ”か」

 

そう言うと、洸夜はすぐさま携帯電話と財布をポケットに入れて、出掛ける準備をする。

 

「菜々子、俺は少し出掛けて来る。大丈夫だとは思うが、何か有ったら電話しなさい」

 

「お兄ちゃん、何処に行くの?」

 

その言葉に少し微笑みながら菜々子の方を振り向き、洸夜はこう告げた。

 

「少し友人に会ってくるだけだよ……」

 

「お兄ちゃんのお友達 ?どんな人?」

 

洸夜の友人が気になるのか菜々子は、興味津々で聞いてくる。

その様子を見た洸夜は、菜々子の頭を撫でながら口を開いた。

 

「なあに、世界“最凶”の……“エレベーターガール”だよ」

 

========================

 

現在、神社

 

あの電話の後、少し急ぎ気味で神社に向かった洸夜は今神社に到着していた。

遅れたら何をされるか分かったもんじゃない。

また、ここの商店街の神社は周りを見る限りそれ程綺麗では無く、ハッキリ言ってボロい神社だ。

しかし、不思議と心が落ち着く場所の様に感じていた。

近頃、また見始めた悪夢のせいで静かな場所が恋しいのだろうか。

それとも、二年前の戦いを知る数少ない友人と久しぶりに会話出来るのが嬉しいからなのか。

この頃余り見せなく成った笑顔で神社の階段を上り始めた。

すると、そこには……。

 

ちゃりーん……!

パン……パン……!

 

「……(昔見たいに賽銭箱に財布をひっくり返すマネは、もうしない様だな)」

 

そう思いながらも目に入ったのは見たのは明らかに場違いで、周りからも浮いた感じの青い服装を完璧に着こなしている銀髪の女性が神社の前でお参りをしている光景。

そして、自分の気配に気付いたのか銀髪の女性はコチラの方を向き、こちらをを見て微笑んだ。

その女性の微笑みはミステリアスだが、確かな嬉しさと優しさが表れていた。

 

「……二年ぶりの再会だな。元気そうで何よりだ“エリザベス”」

 

そう言って、笑顔でエリザベスに語りかける洸夜の言葉を聞き、エリザベスも再び微笑む。

 

「突然、御呼び立てして申し訳有りません……ですが、変わりない様で安心致しました……洸夜様」

 

========================

 

現在、ジュネス近くのステーキハウス

 

あの後、再会した二人だったが、エリザベスが空腹を訴えた為にジュネス近くのステーキハウスへと足を運んでいた。

別にジュネスでも良かったのだが、万が一に総司達に見付かると面倒だからだ。

そして現在、エリザベスと共に注文した料理を口にしながら話をしている。

 

「それにしても一体何なんだ、あの果たし状は?。」

 

「古えより、誰かを呼び出す時にはその手紙を使うのが正しいとばかり思っていたのですが?」

 

そう言って、注文したお肉を口に運ぶエリザベス。

口にお肉を含んだその姿はまるでリスの様で可愛いが、今はその姿で和む暇は無い。

 

「別に呼び出す事自体は間違っていないが……それに、差出人の所の名前は何だ。電話が来なかったら、お前だって気付かなかったぞ?」

 

「あの方が見栄えが良かったので」

 

「お前は、漢字を嘗めている」

 

「辞書を引いて頑張りました」

 

「そんな事より常識を学んでくれ……」

 

そう言って胸を張るエリザベスに頭痛を訴えた頭を抑える。

 

「それに、何だあの手紙の内容は? あんな内容で本当に決闘だったら、体育館の裏が血の海になるぞ」

 

そう言ってエリザベス同様に注文した肉を口に運ぶ。

 

「殿方の方は、あの様な内容の手紙が届くと嬉しがると思っていたのですが?」

 

「別に男に限った事では無い。つーか、二十歳であんな内容の手紙を貰った所で何にも感じないがな」

 

そう言って呆れた感じで食事を続ける。

それに対してエリザベスは間違った内容とは言え、自分が書いた手紙に全く興味を示さない態度が惜に触ったらしくこちらを少し睨む。

そして、エリザベスの眼力が自分を捕らえる。

 

ジーー

 

「……」

 

伊達に最強クラスのペルソナ使いであり、力を司る者と言われるだけあって眼力が尋常では無かった。

そのあまりの眼力に冷や汗が流れ出した。

 

「……俺が悪かったからもう睨むな」

 

「最初からそうおっしゃれば良かったのです。せっかくの再会ですのに、女性の心を傷付ける酷い殿方……シクシク」

 

そう言って嘘泣きをするエリザベスだが、片手はしっかりと肉を捕らえている。

 

「(この二年で一体何を学んだんだ……)」

 

そう思いながらエリザベスの行動に再度頭痛を起こす。

最近は頭痛が結構起きている。

理由は単純、総司達が最初の頃に起こしていた周辺への迷惑と軽率な行動によるストレス。

しかし、だからと言って別に苦とは思ってはいないが……。

そんな状態だが、頭から手を離すとエリザベスに視線を向けた。

 

「全く、お前は俺の事を何だと思っている?」

 

「この様なか弱い私を二人掛かりで襲う様な殿方なのでは?」

 

「ッ! 。ゲホッ!ゴホッ!……お前、何て事言うんだ!? 知らない奴が聞いたら誤解するだろ!」

 

調度、水を飲んでいた時のエリザベスの発言で噎せてしまった。

その様子にクスクスと笑っているエリザベス。

どうやら、先程の仕返しのつもりの様だ。

そして、その様子に気付くと周りを確認して、誰も聞いて無い事に安心するとエリザベスのオデコに指をグリグリと押し付けた。

 

「笑っている場合か! 第一、暇有ればメギドラオンとかばっかりするお前の何処がか弱いんだ!?。それにあの時は『アイツ』と俺の二人掛かりで挑めって言ったのはお前だろ!」

 

「も、申し訳ありません! じょ、冗談、あっ!痛いです、痛いです! オデコが凹んでしまいます!?」

 

エリザベスがそう言う為オデコから指を離すと、窓から外の景色を見始めた。

そして、オデコを抑えながら自分に抗議の視線を送るエリザベス。

しかし、そんなエリザベスの視線には気付かないままで口を開いた。

 

「……あれから二年なんだよな?」

 

その言葉にエリザベスは、オデコから手を離すと小さく「そうですね」と相槌をうつと、自分の事を悲しそうな目で見る。

 

「確かにあれから二年です……ですが、私にはつい昨日の様に感じて成りません」

 

「お前は前に進む事を選んだからな。だが、前に進む所か二年前から時が止まった俺には、この二年は長すぎたよ……」

 

そう言って力を抜く様にその場の椅子に座り直すと、ゆっくりとエリザベスの方を向いたのだが目には涙が流れていた。

しかし、無意識から来るモノなのか自身では自分が涙を流している事には気付いて織らず、そのままの状態のまま話を続ける。

 

「……『アイツ』は凄いよ。ニュクスもシャドウ達も皆、人間の愚かさが招いた事だったのに……『アイツ』は自分の命を賭けて終わらせたんだ。アイツも、もっと生きたかった筈なのに……いや、生きて欲しかった……!」

 

「……」

 

そう言って自分の涙に気付き、顔を隠しながら話す姿にエリザベスはただじっと黙って聞く。

エリザベスは洸夜の身に何が有ったのかは知らない。

だが何か、自分には分からない苦しみが洸夜を襲った事だけは理解できた。

そして、自分が喋り終わるのを確認すると同時に口を開き、語り始めた。

 

「私は『彼』を救う術を探す為旅に出ました……ですが、その方法は疎か、手掛かりすら見付かりません」

 

「……イゴール達から聞いたよ。だが、やはりニュクスも『ユニバース』の力も甘くは無い。そんな方法自体有るかどうか……」

 

その言葉に顔を俯かせるエリザベス。

恐らく、エリザベス自身も内心では多少なりともそう思っているのだろう。

しかし、エリザベスはすぐに顔を上げた。

 

「それでも私は前に進む事に致しました。洸夜様も、今こうしていると言う事は前に進む事を選んだからなのではありませんか?」

 

「分からない。俺はちゃんと前に進んでいるのかどうか……うッ!」

 

自分はちゃんと前に進んでいるのかが分からずエリザベスにその事を聞こうとした瞬間、頭に痛みが走る。

 

「どうしましたか?。何処か、お怪我でも?」

 

「いや、何でも無いさ。ただの頭痛だ……」

 

そう言って、大丈夫の合図の為に手をブラブラと降る。

だが、その様子にエリザベスは少し心配そうに見るがそれに気付いた為、話を変える事にした。

 

「そう言えば、何でお前が稲羽に来たんだ? ここの事件と二年前との関連性でも探しにきたか?」

 

「ここの事件……? 少し、お待ち下さいませ」

 

その言葉にエリザベスは意外にも、何も知らないと言った感じだった。

そしてエリザベスはそう言うと、静かに目を閉じて何かに集中し始める。

 

「(何をしているんだ? だが、それよりもイゴールがエリザベスに何も言って無かったと言うのが驚きだな)」

 

そう思いながらエリザベスの様子を見守っていると、5分もしない内にエリザベスは目を開いた。

 

「お待たせ致しました。確かに、この町から少し不思議な力を感じます……もしや、主様関係ですか?」

 

「当たりだ。相変わらず、お前には隠し事は出来ないな……だが、お前が何も知らなかったの意外だった。……マーガレットとかに何も聞いていないのか?」

 

「只今、絶賛職務放棄中でございます」

 

「ああ、そうかい……(俺がマーガレットを知っている事すらつっこまないか)」

 

そう言って、何故か得意気に話すエリザベスに今回の事件の説明等の会話をする事にした。

 

END



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終らぬ会話

書き方を変えました


現在、ジュネス近くのステーキハウス

 

「……何て言ってるか聞こえるか?」

 

「ビミョーっス。席も遠いし、周りの客も煩くて」

 

「あー!もう!少し黙っててよ! 全然聞こえないじゃん!」

 

「頼むから静かにしてくれ……」

 

等と言いながら総司達が見ているのは、自分の兄である洸夜、そしてその洸夜と楽しそうに食事をしている金髪の女性(エリザベス)の姿だった。

何故、総司達がこんな事をしているのかと言うと。

 

完二のシャドウとの戦いの特訓が終わった。

すると、皆が空腹を訴えだした。

たまには別の所で食べようと言う話になる。

ならば、ジュネスの近くのステーキハウスへ。

ステーキハウス到着。

「あれ? あそこに要るのって洸夜さんと……誰?」

 

現在に至る。

 

等の経緯から総司達は、洸夜とエリザベスから少し離れた席から洸夜達の様子を見ている。

 

「ね、ねえ……やっぱり止めましょうよ、覗き見なんて……」

 

暫く前に洸夜に相談を受けて貰った雪子は罪悪感を覚え、覗き見をしている千枝達を説得するのだが……。

 

「とか何とか言っちゃって、本当は雪子も気になるんでしょ?」

 

「ち、ちがっ! 私は別に洸夜さんの事は……」

 

「誰も兄さんについて言って無いんだが……」

 

「!!!」

 

総司の言葉が留めとなり、雪子は顔を真っ赤に染めたまま黙ってしまう。

 

「まあ、天城先輩のカミングアウトは置いといて……本当に何話してんスかね?」

 

「確かに良く分かんねえけど、一つ分かる事は……美人だよな」

 

「た、確かに……」

 

そう言って女性の事を見る陽介。

確かに、ミステリアスな雰囲気を纏っているが、女性は美人の分類に入る事は間違い無い。

しかし、総司は陽介の言葉よりも女性の姿に何処か見覚えがあった。

 

「(何だろう……見た目や服といい、雰囲気といい、ベルベットルームのマーガレットにそっくりだ……偶然なのか?)」

 

偶然とは言え、マーガレットとそっくりの女性と自分の兄である洸夜が一緒にいる理由が分からない総司は、後ろで勝手に盛り上がっている陽介達の事をほっとき、周りの音に気をつけながら洸夜達の話に集中する事にした。

 

「それでは、今回の一件は二年前の事とは関係無いのですね?」

 

「ああ、元々タルタロスにいた“奴ら”はニュクスの一部であり、僕みたいなモノだったからな。それに引き換え、今回の奴らは何処か違う」

 

「???(二年前?、奴ら?、ニュクス?。一体何の話をしているんだ?)」

 

洸夜達の話に出て来る単語の意味が分からない総司だったが、もう少しだけ二人の話に耳を傾ける事にした。

 

「……それにしても、二年もたったのにお前は全く変わらないな」

 

「俗に言う若さの力と言うモノです」

 

「何が若さだ……お前、今何歳なんだ?。本当は外見詐欺でいい歳……」

 

シュッ!

 

洸夜がそう言った瞬間、何かが顔を摩った感覚を覚え、隣を見ると……。

 

「ッ!?」

 

そこには、ペルソナカードが椅子に刺さっていた。

そして、顔を何かがつたる感覚がして洸夜は恐る恐る手で頬を触れてみると、触れた指先には赤い液体が流れていた。

この時、洸夜はようやく自分の頬が微かに斬れている事に気付いた。

そして、洸夜はゆっくりと怪我をさせた張本人であるエリザベスの方を冷や汗をかきながらみると……。

 

「女性に年齢を聞くのは言わゆるタブーと言うやつでございます……しかも、冗談でも許し難い事を……口を閉じる事をオススメ致します」

 

顔はいつもの笑顔だが、目は全く笑っていなかった。

そして、隣で刺さっていたペルソナカードもエリザベスの手元に戻る。

それを確認した洸夜はしずかに頷くと口を開いた。

 

「……す、すまなかったな。お前は綺麗なままのエリザベスでいてくれ……」

 

「……これが噂の命乞い……でありますか?」

 

「……(間違っていないが何かが違う……!)」

 

エリザベスの言葉に、洸夜が己の命の危機を感じていると……。

洸夜の恐怖の元凶であるエリザベスから殺気が無くなった。

 

「……まあ、反省していらっしゃっているご様子で有りますし……今回は許して差し上げます」

 

言葉だけ聞けば許してくれている様に聞こえるが、目をみると次は無いと語っていた。

 

「ああ……すまなかったな」

 

洸夜も今は謝る事が最善だと思い、素直に何度も謝り続けた。

 

「何だろう……今度は謝ってるよ」

 

「何か殺気みたいなもんも感じたっスよ……」

 

「相棒、何て言ってたか聞こえたか?」

 

「皆が騒いでたから余り聞こえなかったよ……」

 

洸夜達の奇妙な様子に不思議がる陽介達、総司も二人の会話に興味が有ったのだが陽介達の声がうるさく、後半は余り聞こえなかった。

そして、総司は再度耳を傾けようとしてしたが……。

 

「さて、そろそろ出るか?」

 

「そう致しましょう。ちなみにお会計は……」

 

「ハァ、俺が払ってやるよ……ったく、一人で五皿も肉喰いやがって……」

 

そう言ってブツブツ言いながら請求書をレジに持って行く洸夜。

そして、その様子を見てニコニコしている女性。

どうやら、洸夜達の話は終わって閉まった様子。

だが、総司は洸夜とエリザベスの前半の会話が普通のモノでは無い気がした。

 

「一体誰だったんだ? さっきの女の人は……」

 

そう言って考え込む総司だったが……。

 

「いや! あれは別れ話じゃないのか!」

 

「違くない? 逆に寄りを戻そうとしてるんじゃ?」

 

「……ハァ」

 

既にいない洸夜と女性の話に盛り上がっている陽介達の姿にため息を吐く総司だった。

 

 

========================

 

現在、商店街

 

「そう言えば、先程の店で私達の事を見ていた方々がいらっしゃいましたね」

 

「……弟と、愉快な仲間達だ」

 

「気付いてらしたのですか……」

 

「あんな人数で騒いでいたら嫌でも気付くだろ。それに、話を聞かれていたとしてもシャドウの名前は出していないし、ニュクス等の事も意味が分からないだろ」

 

そんな風に会話をしながら洸夜とエリザベスは商店街の道を歩いていると、洸夜が何かを思い出した様に口を開く。

 

「エリザベス、お前はこの後ベルベットルームに帰るんだろ?」

 

「そうですね。この町に興味が沸きましたから、この町に滞在する事を兼ねて主様やお姉様にちゃんと話をしないと行けません」

 

「(職務放棄中なのにか……?)だったら悪いんだが、総司がベルベットルームに来たら俺の事は上手くごまかして貰えないか?。まだ総司達に俺がペルソナ使いで有る事を知られる訳には行かない」

 

そう真剣な表情でに伝える洸夜に、エリザベスにも真剣さが伝わったらしく静かに頷いた。

 

「畏まりました。弟様が来た際には上手く伝えて置きます」

 

「すまないな……所で、ベルベットルームで思い出したんだが?」

 

「何か有りましたか?」

 

「別に大した事じゃないんだが、この間ベルベットルームに招かれた時に、部屋の“中身”が変わっていたからさ、あれってどう成っているんだ?」

 

「……」

 

洸夜がそう言うとエリザベスは突然、商店街の道の真ん中で足を止めて洸夜をジッと見据える。

そして、見据えられている洸夜も状況が分からずに足を止めた。

 

「どうしたんだエリザベス……何か有ったか?」

 

少し心配に成り、洸夜がエリザベスに声を掛けると、エリザベスは洸夜を見据えたまま口を開く。

 

「……洸夜様。貴方様が初めてベルベットルームに招かれた時の事を覚えていらっしゃいますか?」

 

「初めて招かれた時の事……? 五年近くになるが、何と無く覚えている。だが、それがどうかしたのか?」

 

「その時ベルベットルームにいた人員を覚えておいでですか?」

 

エリザベスの質問の意図が今一良く分からない洸夜だったが、それ程深くは考えずにエリザベスの質問に答えた。

 

「お前とイゴールだろ? と言うよりも、あの時お前もその場に居たんだから分かるだろ?」

 

「では、その時の部屋の内装はどうでしたか?」

 

エリザベスは洸夜の言葉を無視すると話を続け、更に質問を投げ掛ける。

それに対して洸夜も、いつまでも商店街の真ん中で話している訳にも行かず、話を終わらせる為素直に質問に答える事にしたのだが……。

 

「何を言っているんだ? あの時の内装はエレ……ベー………ター?」

 

エリザベスの質問に何故か洸夜は、自分が初めてベルベットルームに招かれた際の内装の記憶があやふやな事に気付く。

二、三年前は確かにエレベーターだった筈なのだが、初めてベルベットルームに招かれた際の内装はエレベーターでは無かった気がした。

 

「(何だ……? 何故、あの時の事が思い出せない。何か、もっと別な何かだった気が……)」

 

「いかが成されましたか?」

 

「ッ!? ……いや、何でも無い。部屋の内装は忘れた……」

 

エリザベスの言葉に我に帰った洸夜は、エリザベスの質問にそう答え、それを聞いたエリザベスも「そうですか……」と答え、話が終わったかに思えたのだが……。

 

「……洸夜様。貴方様に来て頂きたい所が有るのですが?」

 

「来て頂きたい場所? 何処何だそこは?」

 

「すぐに御理解頂けます」

 

ヒュン……!

 

エリザベスがそう言うと同時に、エリザベスの後ろが割れると入口が出来る。

しかし、その様子に町の人は誰一人気にした様子も無く普通に歩いている所を見ると、入口が見えているのは洸夜とエリザベスだけの様だ。

 

「一体、俺を何処に連れて行く気なんだ?」

 

その出現した入口に戸惑いながらも、洸夜はエリザベスに問い掛ける。

その洸夜に対して、エリザベスは何時も通りの表情でニコッと笑うと……。

 

「誰にも迷惑の掛からない場所でございます。そこで……私とお手合わせ願います」

 

End



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真意

現在、???

 

あの後洸夜は、エリザベスが作り出した入口に共に入り、謎の広い空間に来ていた。

その空間にはこう言った特徴も無いが、雰囲気はベルベットルームに似たモノを感じる。

洸夜がそう思いながら辺りに視線を送っていると、エリザベスは洸夜に特に説明はせずにペルソナ全書を何処からともなく出現させると手に取る。

 

「では、早速始めさせて頂きます。今回は単純にペルソナだけの勝負で構いませんね?」

 

「俺は別に構わない……だが、闘う理由は何だ? それぐらいは聞かせろ」

 

闘う事自体は嫌な訳では無い洸夜。

逆に、昔は自分と『彼』の二人掛かりでやっとだったエリザベスに今の自分はどれ程通用するかを知りたいぐらいだ。

そして、洸夜の言葉に無表情のままエリザベスは口を開く。

 

「……確認したい事がございます。それが理由では駄目ですか?」

 

「いや、別に良いさ……さて、長くなったがさっさと「ちなみに、洸夜様はオシリスしか使用を認めませんので」……なに?」

 

 

エリザベスの言葉に、信じられ無いモノを聞いたと言った感じの洸夜。

しかし、洸夜がそう思うのも無理は無く、女性とは言えエリザベスは最強クラスのペルソナ使いであり、“力を司る者”と言われる程の人物。

そんな彼女相手にいくら何でも、自分は一番長い付き合いであり、自分の最初のペルソナである『オシリス』で有っても一体だけで挑むのは流石の洸夜でもキツイ何処か最悪死ぬ。

しかも、エリザベス自身もワイルドの力を持つ者、フェアとは言えないこの条件に洸夜は口を開く。

 

「流石にそれは無いだろ。幾ら俺でも、お前相手にオシリスだけでは分が悪すぎる」

 

「その点に付きましてはご安心を……私も使用するペルソナは一体だけございます……ヨシツネ!」

 

そう言ってペルソナ全書を開き、ヨシツネを召喚するエリザベス

 

「(ヨシツネ……!)レパートリーが増えてるな」

 

「お互い様でございます」

 

エリザベスの言う通り、二年前にはいなかったペルソナを二人は誕生させている。

現に、洸夜がヨシツネを誕生させたのはつい最近でもある。

そして、洸夜はあえて召喚器を頭につける。

 

「それならば問題無いか……オシリス!」

 

エリザベスの言葉に、洸夜はオシリスを召喚して身構える。

だが、この時洸夜の頭の中である疑問が過ぎる。

 

「(エリザベスの奴、何故ヨシツネを選んだ? ヨシツネは物理に強く、ステータスも高い上級のペルソナ。だが、俺のオシリスには物理無効がある。基本的に物理技しか無いヨシツネでは俺のオシリスを倒せない……)」

 

基本的に物理技しかないヨシツネからすれば、物理無効を持つオシリスと相性が悪い。

しかし、ペルソナは心の力である為、使い手によっては習得する技も変わるので絶対にそうだと言えない。

 

「考え事ですか? 余裕なのですね……ヨシツネ!」

 

「ッ!? オシリス!」

 

洸夜が気付いた時には、ヨシツネは目の前までに接近していた。

しかし、エリザベスの突然の攻撃に驚きながらも、直ぐにオシリスで迎撃する洸夜。

ヨシツネの刀と、オシリスの大剣が互いにぶつかり合い、周囲に金属音が響き渡る。

しかも、互いに物理に耐性を持つペルソナ同士。

互いにぶつかり合った瞬間に発生した攻撃の余波もかなりのモノであり、余波が空気から伝わり、洸夜とエリザベスはそれを黙って感じ取る。

 

「最強クラスのペルソナ使いの名は、今だに伊達では無いか」

 

「逆に私は残念で溜まりません。まさか、今のが全力なのですか?」

 

「チッ! 言ってろ」

 

そう言ってまだまだ余裕なのをエリザベスにアピールする洸夜。

そう言い合いながらも互いに、相手から目を逸らさずにしている。

そして、互いに先程の余波を受けても眉一つ動かさない様子を見る限り、洸夜とエリザベスの実力の高さが分かる。

しかし、洸夜の言葉を聞いたエリザベスは小さくクスクスと笑い出す。

 

「フフフ、余裕が有るのは構いませんがこの戦い、負けるのは貴方様でございますよ……洸夜様」

 

「ッ!?……理由を聞いても良いか?」

 

エリザベスが喋り終わったと同時に放たれた威圧感に、危うく呑まれそうになる洸夜。

しかし、何とか踏ん張るとエリザベスに自分が負ける理由を問い掛ける。

 

「直ぐに御理解頂ける事でしょう……それと、大事な事なのでもう一度言いますが、“今の”貴方様では私に勝てません」

 

エリザベスがそう告げた瞬間に、ヨシツネは一瞬で洸夜に刀を向きながら再度接近する。

 

「また奇襲か……お前こそ、そんな攻撃ばかりでどうやって勝つつもりだ? いくら互いに物理に強いとは言え、物理技しか無いヨシツネではオシリスには勝てない。それは、お前ならば分かる筈だ、なのに何故ヨシツネを選んだ?」

 

先程と同じ様に、話が終わるか終わらないかと言った瞬間にエリザベスは洸夜に攻撃を仕掛けて来る。

それに対して洸夜も素早く対応し、再びオシリスで迎え撃ち、エリザベスに向かってそう言い放つ。

そして、洸夜の言葉にエリザベスは先程とは違い、一切笑わずに真剣な表情で口を開いた。

 

「確かに気付いて下りました……ですが、だからこそ“今の”貴方には十分な相手だと思いますが?」

 

先程から“今の”と言う言葉を強調するエリザベスに、洸夜は一瞬違和感を感じる。

しかし、だからと言って此処まで見下されれば、いくら洸夜と言えども結構頭に来る。

そしてエリザベスの言葉を聞き、洸夜は行動に出た。

 

「オシリスッ!」

 

洸夜の掛け声にオシリスは、大剣を大きく振り上げながらヨシツネの目の前まで接近すると大剣をヨシツネ目掛けて降り下ろす。

 

「ヨシツネ」

 

エリザベスの言葉に、ヨシツネは刀でオシリスの大剣を受け止めた。

そして、受け止めたと同時にヨシツネは大剣を弾き、オシリスの顔面目掛けて突きを放つ。

 

「ッ! オシリスッ!」

 

ヨシツネの攻撃に洸夜は肝を冷やすが、紙一重の所でオシリスは顔を反らし、ヨシツネの攻撃はオシリスの仮面をかすった。

そして、今度はオシリスが大剣を横に一閃しヨシツネを捕らえたと思われたが……。

 

「!」

 

オシリスの攻撃は空気を斬り、捕らえたと思われていたヨシツネはオシリスの一閃した大剣の上に佇んでいた。

しかし、その直後にオシリスの大剣から雷が放電される。

 

「ヨシツネ!」

 

『ジオダイン』

 

エリザベスの言葉と同時に、大剣から雷が放たれる。

だが、ヨシツネに直撃するまでには至らなかったが、片足が焼き焦げている事から無傷ではすまなかったようだ。

そして、ヨシツネは大きく飛んでオシリスから距離をとった。

 

「まだだ……!」

 

だが洸夜は攻撃を休めず、大剣を振り上げながら再度接近してヨシツネ目掛けて大きく降り下ろした。

しかし、ヨシツネはバックステップしてかわし、オシリスの大剣は地面深く突き刺さる。

だが、突き刺さった大剣から先程よりも大量の雷が流れだした。

そして、大剣がフラッシュの様に輝いた。

 

『マハジオダイン』

 

オシリスを中心に辺り一面を雷がヨシツネごと包み込んだ。

だが、雷の壁と化した雷の中からヨシツネは出てきた。

しかし、ヨシツネが纏っていた鎧は全身焦げていた。

 

「ハア……ハア……しぶとい!」

 

「……もう終わりで宜しいですか?」

 

エリザベスという強敵との戦いだからか、洸夜は息が切れ頭痛も起こってきた。

しかし、まだまだ余裕と言わんばかりのエリザベスに洸夜は睨み付ける。

 

「オシリスッ!」

 

洸夜の掛け声に答え、オシリスは今度は身体から電気を放電させる。

 

「オシリスの雷を嘗めるなよ」

 

「……存じて下ります」

 

洸夜の言葉にエリザベスは、だから何だと言わんばかりの反応を示す。

その反応を見た洸夜だが、これ以上エリザベスの挑発に乗る気は無くそのままの状態でオシリスに指示を出す。

 

「オシリスの電撃を甘く見るな……オシリスッ!」

 

『電撃ブースタ+真理の雷』

 

「ッ!?」

 

轟音と共にオシリスのブースタで強化した雷は、的確にヨシツネとエリザベスを捉えてそのままエリザベス達に直撃する。

そして、オシリスの電撃により辺りには煙りが立ち込め、周囲の地面にも電気が多少流れていた。

しかし、洸夜はそれよりも気になる事が有った。

 

「何故だ……(何故、オシリスはハイブースタを使わなかった? 俺は確かに指示を出した……なのに何故……?)」

 

本来、ブースタ系等の固有スキルは自動的に発動する様な能力。

しかし、洸夜は二年前の戦いの時に『彼』と共にペルソナで修業をし、固有スキルを上手く調整する事が出来る。

そう言う風に力を調整しなければ、必要以上の力で関係ないモノも傷付けてしまう事になるからだ。

だが、今回は相手がエリザベスだからと言う理由で洸夜はハイブースタ系を使う様に、心の中から指示を出していたのだが……。

 

「……偶然なのか?」

 

「何がですか?」

 

声が聞こえた方を洸夜が視線を送ると、そこには煙りの中から出て来るエリザベスの姿が有った。

その様子を見る限り、エリザベスにダメージは殆ど無い様だ。

 

「殆どダメージ無しか……相変わらずにも程が有るだろ」

 

最強の電撃技である『真理の雷』とハイブースタでは無かったが、ブースタ系で強化した攻撃を食らってもニコニコしているエリザベスに、洸夜は驚きを通り越て呆れていた。

だが、そんな様子の洸夜にエリザベスは自分の姿を見ながら、洸夜へと口を開いた。

 

「……何故ハイブースタでは無く、ブースタ系を使ったのですか?」

 

「偶然だ……別に大した意味は無い! オシリス!」

 

洸夜自身は偶然だと思っているのだが、エリザベスの真剣な目を見た瞬間、まるで自分の全てを見据えられている様な感覚が洸夜を襲う。

洸夜はその感覚から生まれる恐怖に呑まれそうに成ったが、洸夜は顔を振って恐怖を払い退ける。

そして、洸夜はエリザベスの目から放たれる感覚を止める為にオシリスをけしかけた。

 

「まだ、お気づきに成らないのですね。それならば致し方ありません……ヨシツネ!」

 

『『空間殺法!』』

 

一瞬、何かを呟いたエリザベスだが、その言葉は小さかった為洸夜には届かなく、オシリスを迎撃させる為にヨシツネを前に出し、オシリスとヨシツネは互いに技を出してぶつかり合う。互いの大剣と刀が空間全体を襲う程の斬撃をぶつけ合い、その衝撃に洸夜とエリザベスも思わず手で顔を隠す。

 

「グッ! 流石にやる……!」

 

二年と言う年月も有れば、誰でも力は上がる。

それはエリザベスも例外では無く、エリザベスの攻撃は二年前よりも威力が上がっていた。

しかし、それに気付かない洸夜では無い。

オシリスは物理無効を持つペルソナだ。

本来ならば、刀が有ればエリザベスに接近戦を挑むのだが、この戦いは武器無しの純粋なペルソナ使いとしての闘い。

ペルソナの力と能力、そして、それを扱うペルソナ使いの力や器、それと技量や経験等が闘いの鍵と成る。そして、今回の闘いでは物理無効を持ち、尚且つ最も洸夜自身に近いペルソナであり、長い期間を共に闘い抜いたオシリスを扱う洸夜の方が歩が有る。

……と、洸夜自身もそう思っていたのだが。

 

「……」

 

「クッ!(まさか、此処で押し返して来るのか……!?)」

 

先程まで良い勝負をしていたのだが、段々とヨシツネの攻撃がオシリスを押して来て、そのまま洸夜に迫って来ていた。

その様子に対してエリザベスは、相も変わらずの冷静な表情で様子を見ている。そして、ヨシツネの攻撃がオシリスの大剣を弾いた。

 

「ッ!? オシリス!(だが、オシリスは物理無効持ち。ダメージは防げる)」

 

物理無効が有るなら、ダメージは無い。

その考えが、洸夜が生きて来た中で最大の油断で有った。

そんな洸夜の様子に気付いたのか、エリザベスはこの闘いの中で殆ど変えなかった表情を少し、悲しむ様な表情をして、ヨシツネに指示を出した。

 

「……ヨシツネ」

 

『八艘跳び!』

 

ヨシツネが高速で飛び回り、洸夜を襲うがオシリスが前に出て、そのまま物理技を全て防ぐ・・・筈だった。

 

スパパパパパパパパッ!

 

「ぐわぁッ!(そんな、馬鹿な……!)」

 

ヨシツネの攻撃をオシリスは確かに防いだが全てでは無く、残りの攻撃を洸夜はくらいその場から少し飛ばされる。

そして、洸夜は床に身体が接触する前に受け身を取ると視線をオシリスに向け、信じられ無いモノを見る様な感じでオシリスを見る。

 

「一体……何が……」

 

自分とオシリスに何が起こったのか、分からない様子の洸夜。

そして、その洸夜の疑問に答えを示す為にエリザベスが口を開く。

 

「本来ならば、自動的に発動する固有スキルを指示を出した筈なのに発動しなかった。そして、物理無効にも関わらず物理技でダメージを受けた……この二点の事から、貴方様の身に何が起こっているのか、お分かりに成られる筈でございます」

 

「ッ! まさか……!」

 

エリザベスの言葉に洸夜の頭に有る言葉が過ぎる。

しかし、洸夜にとってその言葉は認めたくない。

認める訳には行かないモノだった。

その事は、エリザベス自身も分かっている事。

だが、だからと言って此処で目を逸らせばいつか必ず絶対に洸夜を危険に曝す時が来る。

それを理解しているエリザベスは、その場で膝を着いている洸夜へと語り掛けた

 

「もう、此処まで話せば御自分でも理解している筈です。今の貴方様に起きているのはペルソナ能力の……“弱体化”です」

 

「ッ!……“弱体化”?」

 

「はい。今思えば出会った時に気付くべきでした。貴方様は二年前の闘いで深く傷着いて下ります。貴方様自身が、それ程まで傷付いているのです。ペルソナに影響が出ない訳がございません……何か、影響が出ていたんでは有りませんか?」

 

「影響……ッ!?」

 

エリザベスの言葉に洸夜は、過去の戦いから記憶を思いだした。

完二の救出の時に戦った大型シャドウ戦。

今思いだして見たら、いくらミックスレイドの準備をしていたとは言え、ベンケイが物理技を防げない訳が無かった。

しかし、だからと言って洸夜はそれを認められ無かった。

 

「だが、ペルソナ達には何も起きてはいない! 良く見ろ!、オシリスには何処も変化は無い!」

 

そう言って洸夜は、自らのペルソナのオシリスを見ながらエリザベスに反論するのだが、エリザベスは昔の洸夜ならば絶対に見せない姿で叫んでいる洸夜を見て、悲しそうな表情をし、オシリスに視線を移す。

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「な、何がだ……!」

 

「良くオシリスを御覧に成って下さい。一切、何者にも目を逸らさずに」

 

エリザベスの言葉に洸夜は良く分からなかったが、言う通りにオシリスに視線を移した……その瞬間。

 

ピキバキ……!

 

「ッ!?」

 

オシリスの身体に亀裂が入り、オシリスの身体全体に亀裂が入った瞬間。

 

パリィィィィンッ!

 

「「ッ!?」」

 

オシリスの服装等が変わってしまい、服装の羽織りはボロボロのモノに、翼は六枚から二枚に変わってしまった。

大剣は稲妻の模様が消えてただの紅い大剣に成り果てていた。

その姿を見た洸夜は両手すらも床に付き、最早認めるしか無かった。

己自身とペルソナの弱体化を……。

 

「……やはり、無理をしていたのですね。恐らく、貴方様の頭痛も弱体化しているに気付かずに力を使っていた為でしょう」

 

「何故何だ。何故、俺は此処に来ても失って行くんだ……?」

 

既にエリザベスの言葉は洸夜に届いておらず。

そう言って洸夜はその場から立ち上がり、フラフラしながら歩き始める。

今の洸夜にはショックが強すぎて、今までの疲労等も一気に出て来た。

洸夜自身も、自分が今何を考えているのか良く分かっていない。

 

「……洸夜様」

 

エリザベスが今まで見た事の無い様な姿の洸夜に心配し声をかけるが……。

 

「……今日はもう帰らせて貰う」

 

「しかし……!」

 

「エリザベスッ!」

 

「ッ!」

 

心配し、洸夜に声を掛けたエリザベスだが洸夜の声に驚いてしまい、言葉が出なかった。

その様子に洸夜は顔を下に向けた。

 

「……すまない。だが、考える時間を俺にくれ。悩む時間を……! 悲しむ時間を……!」

 

「ですが……」

 

「大丈夫だ……俺は前に進まなければいけないんだ……過去には戻れないのだから……」

 

それだけ言うと洸夜は、その空間から去って行った。

そして、その場に一人残されたエリザベスは静かに独り言の様に呟く。

 

「……過去や未来にも目を背け、他者との繋がりは疎か自分自身まで拒絶する者にペルソナは力は貸しませんよ……洸夜」

 

エリザベスの言葉を聞く者は誰も居なかった。

 



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影の書(弱体化・オリジナルペルソナ説明)

《弱体化》

 

本来ならば、テレビの世界に付いて記す『影の書』だが、今回に限ってだけは、とある仲間から教えられた俺のペルソナ能力の弱体化に付いて記す。

 

《主な症状》

 

全てのペルソナでは無いが、無効や吸収が耐性へと変化してしまった事や、ブースタ系に多少の影響が出ている。

また、弱体化の影響からか、オシリスの姿が変化すると言う事態も起きた。

しかし、現在俺が所持している他のペルソナには、そう言った変化が無い事から、この変化が起きているのはオシリスだけと言う事に成る。

何故、オシリスだけにこの様な影響が現れたのかは現在の所不明である。

 

《技への影響》

 

基本的には技への影響は現在の所、目立った事態は起きてはいないが、オシリス専用技の『紅い稲妻』の威力が下がっている。

 

 

以上の事から他のペルソナに比べ、オシリスへの影響が強い。

やはり、俺自身に一番近いペルソナなのが原因なのかも知れない。

しかし、弱体化しているとは言え、そこらの大型シャドウに敗北する程力は弱体化してはいない。

だが、この弱体化が今後も続けばどうなるかは分からない。

今後は例の事件の調査以外にも、こちらの原因も調査する事にした。

 

[マゴイチ]

 

アルカナ:隠者

 

物火氷風雷光闇

耐ー耐ー無ー無

 

姿:顔の半分を烏の様な仮面で隠し、更に足まである長く黒い羽織りを纏っている。

その羽織りは烏の羽の様なデザインであるが、その羽は一枚一枚の部分が銃口に成っている。

そして、マゴイチの両手や周りには大量の銃が浮いており、この銃でシャドウと戦う。

 

 

ショット

五月雨撃ち

秋雨撃ち

(敵全体に防御低下付きの乱れ撃ち)

刹那五月雨撃ち

空間殺砲

その他

 

主なスキル

 

疾風無効

物理耐性

射撃の心得

 

その他

 

 

ミックスレイド

 

現在、洸夜が使用したミックスレイド。

 

【誇り高き象徴】

 

使用ペルソナ

 

マゴイチ

ヤタガラス

 

効果

敵全体に大ダメージ+ランダムにステータス低下。

 

使用条件

HP、50%

 

 

【九十九・一刀一閃】

 

使用ペルソナ

 

ヨシツネ

ベンケイ

 

使用条件

HP、80%

 

効果

敵一体に特大ダメージ、又は運が良ければ敵を即死させる。



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総司との会話

現在、ベルベットルーム

 

「「ようこそ、ベルベットルームへ……」」

 

「! 君は……!」

 

総司は現在、ベルベットルームへと来ていた。

理由は単純に、イゴールにペルソナの合体を頼むつもりで来たのだが、いつもマーガレットが座っている席の隣にもう一人座っている女性がいた。

そして、その女性に総司は見覚えが有る。

今日、自分の兄である洸夜と食事をしていた女性だった。

 

「君は……?」

 

「お初にお目に掛かります。私はエリザベスと申します。瀬多総司様でございましたね、お話は主様とお姉様からお聞きして下ります。以後お見知り置きを……」

 

「えっ? 主様は、多分イゴールだけど……お姉様は?」

 

「もちろん、私よ」

 

そう言って姉妹揃ってクスクス笑い出すエリザベスとマーガレット。

更にその様子を見て、ヒッヒッヒと笑っているイゴール。

だが、それよりも総司はエリザベスに聞きたい事が有った。

 

「エリザベス。君に聞きたい事がある」

 

「何でございましょうか?」

 

「今日、君はステーキハウスで一緒に食事をしていたよね?」

 

「はい、それが何か?」

 

総司の言葉に首を傾げるエリザベス。

それに対して総司は話を続けた。

 

「あの時、君と一緒にいた人何だけど、あの人は「ああ、道を教えて下さってくれた、あの御優しい殿方の事でございますね」えっ?」

 

総司の言葉を遮り、言葉を発したエリザベスの言葉に今度は総司が首を傾げる。

 

「実は、この町に来た時に恥ずかしながら迷子に成ってしまいました」

 

「エリザベス。新しい町に着いたらまずは地理を調べなさいって、あれ程……」

 

「お、お姉様……その話は後で……話を戻しますが、その時に道を教えてくれて、御昼食まで奢ってくれました優しい殿方でございました。彼が何か?」

 

「えっ? いや……何でも無いよ(偶然だったのか? 兄さんなら、困っている人を助けるぐらいするし……考え過ぎか)」

 

「それでは、御用件をお聞きしましょう」

 

イゴールの言葉に、総司は先程の疑問を捨て、ペルソナを合体させる事にした。



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手掛かり

6月6日(月)晴れ

 

現在、ジュネス

 

現在、総司達はシャドウとの戦闘にも戦い馴れた完二から事件について聞く為に、ジュネスにある“捜査本部”と言う名の休憩所へと来ていた。

そして、完二から犯人の手掛かりを聞くのだが、完二自身は気付いたらテレビの中に居た為、犯人の顔は見ていないとの事。

その言葉に、また手掛かりが掴めなかった事で肩を落とす総司達。

しかし、それを見て謎の罪悪感に襲われた完二は、何かを思い出した様にポケットから紙切れを取り出し、総司達に見せた。

見た目はただの紙切れなのだが、その紙切れにはつい最近有った番組の名前が掛かれていて、完二に詳しく聞くと、何やら自分の周りをコソコソと嗅ぎ回っていた刑事を脅したら、勝手に落として何処かに行ってしまったとの事。

 

「お前、その歳で現役の刑事を脅すなよ……」

 

「いやいや、脅して無いっスよ……ただ、軽く近寄って何してんだ?って聞いたら勝手にそれ落として逃げたんスよ」

 

陽介と完二がそうやって会話をしていると、総司は紙切れに番組名以外にも書かれている事に気付く。

 

「……山野真由美、4月11日。小西早紀、4月12日?」

 

「何なのその日付? 二人の誕生日?」

 

「連日でか? それは無いだろう」

 

紙切れに書かれている謎の日付に気が付いた総司と千枝。

最初は何の日付か良く分からなかったが、その隣に書かれているモノが有った。

 

「……“テレビ報道番組表”?」

 

そう書かれているのを見た瞬間、総司はある事に気付いた。

 

「……(確か、その書かれている日付のニュース内容は……山野真由美の不倫報道と山野真由美の殺人に関するインタビュー。まてよ、確か雪子と完二も……)まさか……」

 

「どうしたんスか、先輩?」

 

「何か気付いた?」

 

総司の言葉に全員が身を乗り出して来る。

それに対して総司は、冷静に自分の思った事を口にする。

 

「これに書かれている二人の日付は、その時のニュース内容が二人に関するモノの時だ……そして、誘拐された雪子と完二にもこの二人と同じ共通点が有る」

 

「……共通点?」

 

「……もしかして、テレビ?」

 

「そう、全員が居なくなる前にテレビで報道されている……」

 

「「「「!!!」」」」

 

総司の言葉に全員が驚愕した表情に成る。

今まで、山野真由美の事件に関係している女性が犯人のターゲットだとばかり考えていた総司達。

しかし、完二が誘拐された事により事態は大きく変わった。

今まで居なくなった者達に今度こそ、ちゃんと共通する事。

それが、テレビに報道されたと言う事なのだ。

 

「じゃあ、何? 犯人が標的にしているのって“テレビに報道された人”……?」

 

「今思えば犯人は雪子の一件が失敗しているのにも関わらず、標的を完二に変えた理由もそれなら頷ける」

 

「事件のニュースにばかり集中していたから、気が付かなかった……」

 

「じゃあ、何か! 犯人はテレビに映ったら殺すって事なのか!?」

 

自分達の推理とは全く違った事等によって驚きを隠せないでいる陽介達。

しかし、そんな様子の中で総司は口を開く。

 

「だけど、マヨナカテレビ以外に犯人が狙う人物が分かるなら俺達の行動もかなり動き易くなる筈だ……今後からはニュース報道に出て来る人物に注意しよう」

 

総司の言葉に全員が力強く頷く。

自分達の今までの推理が違っていたとは言え、今回の発見は大きいのだから。

そんな時、今日はいつもより日差しが強いからか雪子が額の汗を拭く為にポケットから黒いハンカチを取り出したのに千枝が気が付く。

 

「あれ、雪子そんな黒いハンカチ何か持ってたっけ?」

 

「ん? 本当だ。天城にしては珍しい気がするな」

 

基本的に雪子が黒色のハンカチ等を持って無い事を知っている千枝が雪子に聞いてみて、陽介も同様にそう呟く。

 

「え? ああ、このハンカチは少し特別……実はこれ、洸夜さんから貰った物なの」

 

「……兄さんから?」

 

総司の言葉に頷く雪子たが、総司は雪子と洸夜の接点が分からなかった。

二人が会った時と言ったって最初の山野アナの事件現場ぐらいしか思い付かない。

 

「つーか、何で天城先輩が洸夜さんからハンカチを貰ったんスか?」

 

完二の最もな質問に頷く一同に、雪子は苦笑いしながらも話始めた。

 

「ほら、千枝には話したよね? 私が雨の日の時に悩みを聞いてくれたって……」

 

「あ、あっ~~! その話ね、うん、確かに聞いた聞いた」

 

「何だよ、その話って……?」

 

雪子の言葉に千枝は思い出した様に頷く。

だが、陽介は意味が全然理解出来ないらしく雪子に言葉の意味を尋ねる。

 

「あれは確か……私が誘拐されるちょっとだけ前何だけど、河原の近くの休憩所で私が自分について悩んでたんだ……」

 

「雪子のシャドウが言っていた事だよね? 確か、自分の決められた将来についての事だった筈」

 

「うん……今でもたまに思うけど、洸夜さんのお陰でお母さんともちゃんと話し合えてるし千枝にも聞いて貰えてるから……」

 

そう言って雪子は笑顔で千枝を見る。

その表情を見て千枝は、少し照れ臭そうに顔をかく。

 

「いや~でもあの時は驚いちゃったよ。雪子に肩を貸しながら旅館に入ると、雪子のお母さんや旅館の人達が駆け寄って来てくれたんだけどさ……いきなり雪子「私、今はまだ女将に成りたくない……」何て言うから叔母さんも旅館の人も、私だって驚いちゃったよ……はは」

 

そう言って、苦笑いする千枝を見ながら雪子も苦笑いする。

だが、総司達にはリアル過ぎて笑う余裕は無かった。

 

「いや、笑える話じゃ無いっスよ……」

 

「と言うよりも、その事と兄さんと一体どんな関係が……?」

 

今一、自分の兄である洸夜と雪子の繋がりが分からない総司。

何だかんだで、やっぱり洸夜が雪子等の自分の友人達と接する絵が思い描けない。

 

「さっき、洸夜さんに話を聞いて貰ったって言ったでしょう? その時に、洸夜さんに話を聞いて貰ったから私はお母さんとちゃんと話が出来たの」

 

「もしかして、ゴールデンウイークの時に話していたクッキーを貰った時の事か?」

 

「うん、それに洸夜さんって何か不思議だった……まるで、私の悩みを最初から知っていた見たいに話を聞いてくれたの。あと、ハンカチもその時にね。ベタだけど、返さなくて良いからって言われちゃって……そのまま貰っちゃったの」

 

そう言って、頬を赤くして恥ずかしげに言う雪子の言葉を聞き陽介と完二は肩を落とす。

 

「ベタな台詞と行動なのに、何でそんなに格好良く終わるんだよ……普通だったら、そんなハンカチ要らねえとかだろ……」

 

「やっぱ、男は顔も良くないと駄目なんスか? フランケンやゴリラ見たいな顔の人は駄目なんスか!」

 

「いや、リアルでそんな奴いたら俺でも逃げるって……それより、クソッ! 男が中身で勝負する時代は終わったのかッ!」

 

「あんた等の場合は、その中身にも問題が有りそうだけどね……」

 

「「(確かに……)」」

 

千枝の言葉に内心でそう思った総司と雪子だが、陽介達のリアクションが面白いので、もう少し眺める事にした。

だが、そうやって皆が馬鹿やっている時、総司は前々から思っていた事を口に出した。

 

「……皆に聞きたい事が有る」

 

「何だよ? いきなり改まって……?」

 

「何か訳有り?」

 

「……前々から思ってたんだけど、皆は兄さんに何か違和感を感じない?」

総司の今度に、陽介達は互いに顔を見合わせた。

 

「今一意味が分からないんだけど……?」

 

「違和感って何スか?」

 

総司の言葉の意味が分からないと言った感じのメンバーに、総司は自分の思っている事を口にする。

 

「俺にも良く分からない……だけど、兄さんから何か違和感を感じるんだ」

 

「自分の兄なのに違和感有るってのもどうかと思うっスけど……具体的に分かんないんスか?」

 

「分かってたら既に言ってるだろ? まあ、違和感ってのには俺も賛成だ。相棒には悪ぃけど、俺はあの人が苦手だ……シャドウや事件の事を何も知らないで、言いたいほうだい言ってるしよ」

 

「花村……それは、あんた個人の気持ちでしょ。それに、何度も言うけどあの時は私達の方が悪かったんだから」

 

そう言って互いに睨み合う陽介と千枝。

やはり、花村は洸夜へは良い感情を持っていない様子だ。

 

「つーか、何で花村先輩は洸夜さんの事を敵視してんスか? あの人、良い人っスよ……俺の事も認めてくれたし」

 

「私の事件の時にちょっと有ってね……」

 

その時の事を思い出したのか、雪子は少し表情を暗くする。

 

「まあ、違和感はともかく……あの後、上手く学校に伝えていてくれて助かったじゃん」

 

「うっ……確かにそうだけどよ」

 

千枝達が言っているのは雪子の事件の後、総司と陽介、そして雪子を送っていた為に学校に着くのが遅れた千枝が学校に着いた時の事。

総司達が教室の中に入った時に待ち構えていたのは、総司達の担任であり生徒から嫌み嫌われている事で有名な諸岡、通称モロキン。

総司達に気づいた諸岡は総司達を睨み付け、睨まれた総司達も嫌みの一つや二つ覚悟したのだが……。

 

『チッ! お前の兄から連絡をもらったから今回は見逃すが……次は無いぞ』

 

そう言って顎を使って早く座れと指示を出す諸岡。

その時は総司達は訳が分から無かった。

しかしその日、総司が家に帰った時に堂島から言われた言葉で全て理解した。

 

『総司、洸夜から連絡貰ったぞ。お前ら、登校中に居なく成っていた天城雪子を見付けて学校に遅れたんだってな……まあ、今回は仕方ねえがもし次に似たような事が有った時はすぐに俺か洸夜に連絡しろよ。お前らにもしもの事が有ったら、俺は預かっている身として姉さん達に顔向けできねからな……』

 

そう言いながら、何処か寂しそうな堂島の表情は今でも総司は覚えている。

 

「まあ、最低限の事はしろって言うわりにあの時学校に連絡してもらったのは助かったけどよ……」

 

「そう思うと、家に帰った後に親に少し怒られた程度ですんで良かったよ」

 

「兄さん本人に聞いた時も、これっきりだからなって言われたしね」

 

等と総司達は話ているが結局、その日総司は自分が洸夜に感じている違和感は分からなかった……。

 



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本当の自分~久慈川りせ・クマ編~
会見


6月20日(月)晴

 

現在、堂島宅

 

エリザベスとの会話から数日、洸夜は悩んだ。

理由は単純に、自分のペルソナ能力の弱体化の原因について。

原因が分からず、分かるのは日々日々弱体化が進行していると言う事だけ。

この所、再び見出した悪夢、犯人について分からないと言う焦り、自分の存在価値と言っても過言では無いペルソナ能力の弱体化の不安。

顔には出さないが、洸夜の中に色々な感情が渦巻いている。

そんな風に考えていると……。

 

「お兄ちゃん……?」

 

「!……どうしたんだ菜々子?」

 

現在、洸夜は自分が居間で皆とテレビを見ていた事を思い出し、自分を見る菜々子の頭を撫でる。

それに対して菜々子は、気持ち良さそうな顔をするとテレビを指刺す。

 

「りせちゃん出てるよ」

 

「りせちゃん……?」

 

「“久慈川りせ”だよ、兄さん」

 

「久慈川りせ……? あっ……あのアイドルか」

 

その名を聞いた瞬間、一瞬誰だか良く分からなかった洸夜だが豆腐屋のお婆さんの話を思い出した。

 

「(確か、近々この町に来る予定だったな)それで、その子がどうしたんだ?」

 

「会見だよ。何か、少しの間休業するらしい」

 

「休業……?」

 

その言葉を聞いて、洸夜はテレビの方を見てみるとりせらしき子とマネージャーらしき人の数人が座っていた。

また、会見事態は既に終わっていたらしく今から質問の様だ。

 

『……以上、当プロ“久慈川りせ”休業に関します本人よりのコメントでしたえー時間が押しておりますので質問等は手短に……』

 

進行役の人の言葉に一人の男が手を挙げる。

 

『失礼、えー《女性ビュウ》の石岡です。静養と言う事は何か体調に問題でも?』

 

『いえ、別に体を壊してるって訳じゃ……』

 

『とすると、やっぱり心のほうですか?』

 

『え……?』

 

『休業後は親族の家で静養との噂ですが確か稲羽市ですよね! 連続殺人の! 老舗の豆腐店だと聞いてますがそちらを手伝わ』

 

ピッーーー!

 

記者がそこまで言った瞬間、洸夜はチャンネルを変えた。

 

「ん? どうしたんだ洸夜?」

 

チャンネルを変えた事に疑問に思ったのか、堂島が読んでいた新聞を畳んで洸夜へと聞く。

 

「いや、ただ少しイラっと来たから……」

 

「イラっと来た……?」

 

「ああ、何かいくらアイドルだからって、人の事をまるで物見たいに扱う様な様子がさ……それに、表情が余りにも辛そうだった」

 

そう言って洸夜はテーブルにおいて有るお茶を飲み、それを聞いた堂島も少し考える様にそぶりをする。

 

「まあ、お前の気持ちも分から無くは無いが……芸能界はそんなモノ何だろう……」

 

「まあ、確かにね……(理解出来るが、理解したくない自分がいる。まだまだ俺がガキだって事か……)あと、彼女が少し羨ましかった……」

 

「彼女……? りせちゃんの事? お兄ちゃんはアイドルに成りたいの?」

 

自分の言葉に真っ直ぐな反応をする菜々子の言葉に、洸夜は軽く笑いながら再び菜々子の頭を撫でる。

 

「ハハ……違うよ。別にアイドルにはカケラも興味が無い」

 

「じゃあ何で?」

 

「久慈川りせの事はCMで見てたから何だが、テレビの彼女とさっきの会見での彼女、全然別人だった……」

 

当たり前なのだがCMでのりせは明るく、さっきのりせは暗く、何処か疲れていた感じがした。

 

「まあ、イメージは大切だからな。テレビの前だからそうなるだろう」

 

堂島の言葉は普通の人ならば、誰もが想像しそうな普通の言葉なのだが……。

 

「だからさ……彼女は“二色”も色を持っている。それが羨ましいんだ」

 

洸夜には少し特別だった。

 

========================

 

6月21日(火)曇→雨

 

現在、商店街の豆腐屋

 

昨日のりせの会見のニュースから翌日。

洸夜はバイト先の豆腐屋に来ていた。

実はあのニュースの後、洸夜の携帯に豆腐屋のお婆さんから連絡を貰い、本来ならば休みの筈の今日の午後に、誰にも言わずにお店に来て欲しいとの事。

詳しい事はその時に話すと言われた為、洸夜は何も知らずに此処にいる。

 

「(何か有ったのか……?)お婆さん、何か有りましたか?」

 

そう言いながら店の中に入った洸夜を待っていたのは椅子に座っているお婆さんの姿だった。

そして、お婆さんは洸夜に気付くと椅子から立ち上がる。

 

「あら、洸夜さん。ごめんなさいね、お休みの日に突然呼び出しちゃって……」

 

「いえ、俺は何も問題無いのですが……何か有りましたか?」

 

何か問題が発生したのでは無いのかと心配していた洸夜だが……。

 

「いやね、実は洸夜さんに駅まで迎えに行って貰いたい子がいるのよ」

 

「迎えに……? 俺は構いませんけど、一体誰を迎えに行けば良いんですか?」

 

迎えに行くのは構わないが、迎えに行く相手が分からなければどうする事も出来ない。

そう思い、洸夜はお婆さんに聞くのだが……。

 

End



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アイドルと仮面使い

現在、稲羽駅

 

「見れば分かると言われてもな……」

 

そう呟きながら洸夜はバイクを駅前で止め、それらしい人物が来るのを待っていた。

あの後、お婆さんから言われた言葉は……。

 

『見たら直ぐに分かるわよ。連絡もしているから、あっちも分かるから安心して』

 

と、ニコニコ笑いながらそう言ったお婆さんの言葉により、洸夜は駅前で待っているのだ。

しかし、それらしい人物は今だに姿を表さない。

基本的に此処は田舎町、いくら駅とは言っても人の出入りは少なく、出て来る人は数える程度しかいない。現に、今も駅から出て来たのはスーツ姿の男性が三人と、サングラスっぽい眼鏡をかけ、帽子を深く被った女の子。

その他にも数人いたが、それらしい人物は居ない。

 

「……(それらしい人物はいないか。仕方ない、もう少しだけ待っても来なかったら一旦帰るか)」

 

そう思いながら、洸夜が自分のバイクを弄っていた時だった。

 

「……あの~」

 

「ん?……何か?」

 

誰かに声をかけられた洸夜が後ろを振り向くと、そこには先程駅から出て来た帽子を深く被り、サングラスらしき物を付けていた少女がいた。

そして、その少女は最初は戸惑った感じだったが、意を決した様なそぶりをし、静かに口を開いた。

 

「あ、あの……瀬多洸夜さん……ですか? 店街の豆腐屋さんでバイトをしてい……?」

 

「確かに俺がその洸夜だが、君は……?」

 

何故、見ず知らずの少女が自分の名前を知っているのか疑問に思った洸夜だが、その少女は、自分が話し掛けた相手が洸夜だと分かると安心した様な感じで口を開く。

 

「おばあちゃんから話を聞いてませんか? 駅に迎えに行って欲しい人が要るとかって?」

 

「おばあちゃん……? それじゃあ、迎えに行って欲しいってのはお孫さんだったのか……(だが、孫ということはこの子久慈川りせ? いや、会見の翌日でこんな駅から堂々と来る訳無いか。恐らく、姉妹か従姉妹だな)」

 

少女のその言葉を聞いた洸夜は、少し疑問に感じたがこの少女がその目的の人物だと言う事が分かり、その少女を乗せて豆腐屋へと向かう事にした。

 

========================

 

現在、道路

 

現在、洸夜は先程の少女をバイクに乗せて豆腐屋へと向かっていた。

そして、暫く走っているとその少女が口を開く。

 

「あ、あの……瀬多さん」

 

「洸夜で構わない。瀬多だと言いにくいだろ?」

 

「えっ? じ、じゃあ洸夜さんで……」

 

「ああ、それで構わない……何か有ったかい?」

 

安全運転の為に後ろを見る事が出来ない洸夜だが、その少女が困惑した様子な感じなのは分かる。

 

「その……私がこう言うのも難ですけど……何とも思わないんですか?」

 

「?……何をだ?」

 

今一意味が分からない洸夜は、周りと後ろに注意しながら少女の言葉に集中するのだが……。

 

「いや、だって……私“久慈川りせ”ですよ?」

 

「へえ~そうなのか。久慈川りせ、か……って、えっ!!!???」

 

その少女“久慈川りせ”の言葉に驚いた洸夜は、一旦バイクを道路のハジに止めた。

 

「久慈川りせ? 本当に……? いや、そういや孫だって……あれ?」

 

今一信じられ無い洸夜は混乱してしまい、驚いた表情のままりせの事を見るがりせも洸夜と同じ様な表情で洸夜の事を見ていた。

 

「気付いて無かったんですか!? 私、てっきりおばあちゃんから聞いていたのだとばかり……」

 

「た、確かに君がお孫さんなのは聞いていたが、誰をとは言われていない。簡単に見れば分かるとしか……それに記者会見は昨日だろ?」

 

「そんなの、後始末は基本的にマネージャーとかがやってくれるもん。だから、別に可笑しい事じゃないですよ。逆に洸夜さんが私に気付いて無かった事に驚きです」

 

「いや、その、俺は余り芸能人やアイドルには興味が無くてな……」

 

アイドルのりせに対して、自分は失礼な事をしたんじゃないのかと思い、洸夜は少し冷や汗をかきながら困ったそぶりする。

それを見たりせは、少しイタズラを思い付いた子供の様な表情をすると……。

 

「グスン……いくら、アイドルに興味が無いからって、女の子に向かってそんな風に言います……グスングスン」

 

「えっ!? いやっ!? そのっ! (泣いた!? て言うか、俺が泣かしたのか?)……き、君が望むなら俺は出来るだけアイドルとかの勉強をしようと思うが……」

 

昨日の記者会見で洸夜は、理由は知らないがりせが休業する事を知った。

その為、休業目的で来たアイドルを傷付ける様な真似はしたくない洸夜。

だからこそ、洸夜は目の前で泣きそうなりせを泣かせない様にする為に本気で焦りながらどうにかしようとする洸夜だが……。

 

「ふふ、アハハハハ! もう、洸夜さん焦り過ぎだよ。大丈夫、私悲しんで無いよ」

 

「……謀ったな」

 

りせの態度が嘘泣きと言う事が分かり、洸夜は安心と同時に本気で悩んだ自分が恥ずかしく為った。

りせはドラマもやっている為演技が上手く、ハッキリ言って洒落に成らない。

そう思った洸夜は、前にエリザベスにやった時見たいにりせのオデコに指を押し付け、手加減しながらグリグリする。

 

「洒落に成らん! こっちは真面目に焦ったぞ! そんな事を考えるのは、この頭か? この頭なのか?」

 

「うわわわ~~! ご、ごめんなさ~い!」

 

りせがそう言うのを確認すると、洸夜は指を放す。

そして、やられたりせは頬を膨らませて洸夜に抗議する。

 

「洸夜さん大人げないですよ~軽い冗談じゃないですか。もう、オデコに指をグリグリされたのは初めてですよ」

 

「君の場合は演技が冗談の領域を超えているんだ。それに、今此処にはカメラは無い。君は……“りせちー”だっけ? まあ、それは良いとして、今の君は久慈川りせだ。だから、何も問題は無い(……多分)」

 

等と言いながらも、内心では少しビク付いていた洸夜だが、りせはそんな洸夜の言葉に驚いた表情をしている。

 

「りせちーじゃなく、久慈川りせ……?」

 

「……? 少なくとも今は休業でも有るし、だからそう何なんじゃないのか……?」

 

「……普通の人は、そんな風に割り切れないですよ。プライベートの時だって、皆が見ているのはりせちーとしての私。誰も本当の私を見てくれない……」

 

そう呟くりせの姿は、先程洸夜にイタズラを仕掛けた様な姿では無く、何処か悲しく、そして弱々しく見えた。

そんな様子を見た洸夜は雪子や完二の時の様に何処かほっとけなく成り、和えてそんなりせに背中を向けたまま口を開いた。

 

「……俺はアイドルじゃないし、君自身でも無いから君の苦しみを全て理解して上げる事は出来ない」

 

「……」

 

洸夜の言葉にりせは、少し表情を暗くしながらも、黙って聞いている。

 

「だが、これだけは言える……君は君だろ?」

 

「……!」

 

「確かにアイドルと言う職柄上、皆はテレビ等に映るりせちーとしての君を本当の君としてみるだろう。だが、君の家族等と言った人は親しい人達は恐らく、りせちーとしての君を本当の君としては見ないだろう」

 

「でも、それじゃあ本当の私って一体……」

 

洸夜の言葉に先程よりは楽に成った感じのりせだが、全てを受け入れる事は出来ない様だ。

りせは、再び顔を下に向けてしまう。

それに対し洸夜は……。

 

「君の言う、本当の自分と言うのは俺には分からないが……それでも、君が本当の自分を求めるなら俺から言える事はこれぐらいかな」

 

「……何ですか?」

 

「君は一色じゃない……」

 

「一色じゃない……?」

 

洸夜の言葉にりせは、今一良く分からなかったらしいが、その顔には笑顔が生まれ始めた。

 

「……洸夜さん。洸夜さんの今の言葉の意味はまだ私には分からないけど、気持ちが少し楽に慣れた気がするの……不思議、意味は分かってないのに、こんなにも気持ちが落ち着くなんて」

 

「俺何かの言葉でそこまで落ち着いて貰えたなら光栄だ……さて、そろそろ行くか。随分遅く成ったからな……」

 

そう言って洸夜は再びバイクを走らせると、そのまま豆腐屋へと向かう。

 



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りせの視点

 

最初、りせは自分の祖母から掛かって来た電話の内容が理解出来なかった。

それは、稲羽駅に着いたら祖母が迎えに来る予定だったのだが、自分の代わりにバイトの人に頼むと言う事だった。

 

『そう言う訳だから、気をつけてねりせ』

 

「そう言う訳って! だっておばあちゃん、私……」

 

『大丈夫……その人はね、貴方がアイドルだからとか関係なく接してくれる人だから』

 

「そ、そんな事言ったって……もう、分かった。駅に着いたらその人に会えば良いんだよね?」

 

いくら祖母の言葉だからと言って、会った事の無い人との事を言われても不安に成らない訳が無い。

しかし、りせは此処で無理を言っても仕方ないと思い、仕方なくそれを受け入れた。

もしも、その人物が他の人達と同じ様ならば今まで通りに話を流せば良いだけなのだから。

そう思いながらもりせは、祖母からその人物の特徴を聞き、少しの不安を胸に抱きながら電車に揺られ始めた。

 

========================

 

現在、稲羽駅

 

「う~~~~んっ!」

 

稲羽駅に着いたりせは、ずっと電車に乗っていた事も有り、思いっ切り伸びをする。

元々、一人に成りたくて電車を使うと言ったのは自分なのだから、文句を言うつもり無い。

そんな事を思いながら、りせは駅から出る。

 

「(確か、灰色の長髪に黒い服だった筈……)」

 

駅から出たりせは、祖母から聞いた特徴に合う人物を探す為に周りを見てみる。

すると、駅から少し離れた場所に黒い大型バイクを止めている灰色の長髪をした人物が目に入った。

 

「……あの人かな?」

 

その人物を見てみると、その人物も誰かを探している様なそぶりをしているがりせには気付いていないらしく、ため息を吐きながらバイクを弄っていた。

そんな様子を見たりせは、少し可笑しく思いながらも少し安心しその人物に声を掛けた。

 

「……あの~」

 

========================

 

現在、道路

 

あの後、りせは洸夜と自己紹介をしてバイクに後ろに乗り、洸夜の背中に掴まりながら祖母のお店である豆腐屋に向かっていた。

そして、りせは一つだけ分かった事が有った。

この洸夜と言う人物は、何処か今まで自分が会って来た人物とは少し違う感じだと言う事に。

まず、洸夜は自分がアイドルの久慈川りせとは気付かず、冗談をしたら自分のオデコをグリグリされたり明らかに普通の人とは違ってアイドルとしてでは無く、普通の人として接してくれた。

そして、りせが悩んでいる本当の自分に付いても洸夜は真剣に答えてくれた。

 

「……君は一色じゃない」

 

その言葉の意味は今一良く分からなかったが、りせは不思議と気持ちが楽に成った。

そして話が終わり、再び洸夜がバイクを走らせた後、りせは先程グリグリされた仕返しをする為に有る質問をした。

 

「……洸夜さんって彼女いるんですか?」

 

「いきなりだな……」

 

「どーなんですか?」

 

りせは洸夜から見えない様にニヤニヤしながら、洸夜の言葉を待つ。

 

「いや、いない……」

 

「ふ~ん。だったら私が洸夜さんの彼女に立候補して上げようかな?」

 

その言葉に、恐らく洸夜は先程より面白いリアクションをすると思ったりせだが……。

 

「はいはい……そう言う事は、後もう二年ぐらい人生を歩んでから決めろ。そうやって一時の感情で結論を急ぐな」

 

案外、普通な回答に膨れるりせ。

 

「何か洸夜さん、年寄り見たい……」

 

「なっ! と、年寄り……!? り、りせ……俺はまだ二十歳だ……!」

 

「え~~~嘘だ~~~」

 

「嘘じゃない!」

 

そんな風に話しているりせの顔は、テレビでも見せないぐらいに満面の笑みだった事に洸夜は気付く訳が無かった。



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りせと洸夜の苦しみ

大学のレポート……それは、面倒だが必ずしなければ成らないもの。


現在、堂島宅(洸夜自室)

 

りせを送った日の夜、洸夜はこの所エリザベスやりせと言った女性にからかわれている事に、多少悩みながらもマヨナカテレビを見ていた。

そして、いつもの様に砂嵐と異様な電波音と共に、マヨナカテレビに映った人物を見て洸夜は、もしかしたらと思った自分の勘の良さに恨んだ。

 

「アイドルだから、もしかしたらと思ったんだが……やはり、“久慈川りせ”か」

 

そう呟きながら洸夜は顔は映っていないが、マヨナカテレビに水着姿の少女を見て、この少女が久慈川りせと核心した。

 

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6月22日(水)晴

 

現在、豆腐屋

 

昨夜のマヨナカテレビの一件も有り、洸夜はりせに注意を払いながらバイトを頑張ろうと思っていたのだが……。

 

「ねーねー本当はいるんでしょ? りせちーに会わせてよ」

 

「お客さん。オススメはオカラのドーナツです」

 

「いや、そう言うのは良いからりせちーは?」

 

「いるって目撃情報が有るんだよ!」

 

「ねえねえ、お兄さんさ……りせちゃんに会わせてくれよ。じゃないと僕、暴れるよ?」

 

「……あぁ?(ギロ」

 

「「「ひ、ひぃ……す、すいませんでした!!」」」

 

洸夜が一睨みすると、そう叫びながら豆腐屋から走って逃げて行くカメラ等を所持したりせのファン達。

ちなみに先程から洸夜がやっているのは、りせ目当ての豆腐も買わずに営業妨害をするファンの対応。

本音を言えば、りせの人気を甘く見ていた洸夜。

酷い奴は、店の前に車を止めようとする始末。

そんな奴等の対応を先程からしていた洸夜は一旦、店内に戻る。

 

「しつこい奴等だ……さっきので13人目だぞ(と言うより、睨まれただけで逃げるなら最初から来るな)」

 

「ありがとうね、洸夜さん」

 

椅子に座りながらお礼を言うが、その隣ではりせが申し訳なさそうな表情をしている。

 

「洸夜さん……やっぱり、私が出て対応した方がいいんじゃあ? あしらうのも馴れてるし」

 

「君が良いならばそれで良いんだが……大丈夫なのか、君は休養中なんだろ?」

 

「でも、私のせいでおばあちゃんや洸夜さんに迷惑を掛けたく無いし……」

 

そう呟くりせの姿は、口では強い感じにしているが、無理をしているのは誰の目から見ても明らかだ。

実は洸夜もりせが無理をしている事を早くから理解した為、自分が誘拐される可能性が有るとは本人に伝えられ無い。

実際、アイドルにいきなりそんな事を言う人等はいないとは思うのだが、そう言う事も有り、洸夜はりせのメンタル面に気を配っている。

 

「りせ、貴女がそんな事を気にしなくて良いのよ。こう言う時ぐらいは、おばあちゃん達を頼りなさい」

 

「俺もお婆さんと同じだ。それに、誰かに頼る事は悪い事じゃない。こう言う時ぐらいは甘えて良いんだよ」

 

「おばあちゃん……洸夜さん……」

 

そう呟くりせに背を向けると洸夜は、再び店の外に向かおうとした時……。

 

「すいません! 稲羽署の者何ですが……って洸夜か?」

 

「叔父さん……? どうしたの、バイト先に来るなんて珍しいね」

 

「まあ、お前のバイトの様子を見たかったと言うのも有るし、こんな状況だからな……」

 

「はいはーい。こんな所で車を止めない! 行って、行って!」

 

店の中に入って来たのは堂島だった。

そして、外では足立が交通整理をしている様だ。

 

「私が呼んだのよ洸夜さん……流石に何か有ると大変だから」

 

そう言ってお婆さんは、何事もない様に入口を眺めていた。

 

「成る程……でも、何でわざわざ叔父さんと足立さんが此処に? 交通整理とかなら交通課とかだと思うんだけど?」

 

「ん? まあ、こっちにも色々有ってな……」

 

そう言って堂島が一瞬だけ目を逸らしたのを、洸夜は見逃さなかった。

 

「(まさか、警察もりせが誘拐される事に気付いたのか? 警察側には直斗がいるから有り得ない話では無いが、まだ判断するには早いか……)」

 

別に警察に誘拐される人物を特定されても洸夜は別に困りはしないが、少し動きずらくなる。

誘拐を阻止するには最低でも、誘拐される人物には接触しといた方が良い為下手な行動をとり、警察に怪しまれたり、堂島に迷惑を掛ける事は避けたいと洸夜は考えている。

だが、警察が狙われている人物を護衛し犯人を捕まえてくれるならば苦労は無いのだが……。

 

「それはさておき、久慈川りせはどうしてる?」

 

堂島が外の野次馬に聞こえ無い様に、洸夜に耳打ちしてくる。

 

「いくら叔父さんでも言える訳無いでしょ。それとも何か訳あり?」

 

洸夜の言葉に堂島は頭を抑えながら「あー……」と呟いていが、洸夜に顔を近付けると静かに口を開く。

 

「余り詳しくは言えないが訳ありだ……それで、久慈川りせはどうしてる?」

 

「……今は奥にいるが、話を聞くなら後にした方が良いよ。少なくとも、野次馬がいる内は我慢してくれ叔父さん。彼女は態度には出して無いけど、かなり無理をしている」

 

「そうか、なら一旦戻るか……洸夜、何も言わずに黙って聞いてくれ……久慈川りせから目を放すな」

 

「……どう言う意味?」

 

堂島の言葉に洸夜は、意味は理解しているが和えて知らない振りを決め込んだ。

また、仕事とプライベートをきちんと分ける堂島が洸夜に対してこの様な事を言ったのは、現在りせの一番近くにいるのと、洸夜がこの事件の事と一切関係無いと思っているからである。

そして、堂島は洸夜の質問には答えずに店を出て行ってしまった。

 

「(警察は完全に気付いているな。流石だ、直斗……)」

 

警察に上手く情報を伝えている直斗の動きの早さに、洸夜が純粋に感心していた時だった。

 

「何だよ……りせちーいないじゃん」

 

「いるのは、いつもの婆さんとバイトだけ……」

 

「ガセネタだったか……」

 

そう言って店の前にいた野次馬達が去って行く。

どうやら、りせが全く姿を見せない為ガセネタと判断した様だ。

 

「……ふぅー やっと一段落付ける」

 

「ご苦労様、洸夜さん。奥に入って休憩して下さい」

 

「ありがとうございます……」

 

そう言って洸夜はお婆さんからの許可を貰い、洸夜は休憩の為に奥に入る。

するとそこでは、りせが下を見ながら座っていたが、洸夜に気付き顔を上げる。

 

「洸夜さん……」

 

「ファンと野次馬は帰ったから安心しろ……あと、すまないが少し休ませて貰うよ」

 

そう言って洸夜は、りせの隣の空いているスペースに座り一息整える。

そしてりせは、その疲れた様子の洸夜を見ると、再び申し訳なさそうな表情に成る。

 

「ごめんなさい……」

 

「何がだ?」

 

「だって、私がいるから、おばあちゃんや洸夜さんに迷惑掛けて……」

 

そう言って顔を下の方に見続けるりせ。

その様子を見ていた洸夜は、少し気に成った事が有った為りせに聞く事にした。

 

「……りせ。一つ聞いて良いか?」

 

「?…… 別に良いですけど、なんですか?」

 

「……君は何でアイドルに成ったんだ?」

 

「えっ……?」

 

洸夜の言葉にりせは予想外の事だったらしく、面喰らった様な表情をする。

 

「深く考え無くて良い。ただ、気に成っただけだ」

 

洸夜は口ではそう言っているが、内心では別の目的が有った。

それは、りせがここまで本当の自分に付いて強く意識しているのはアイドルの仕事だけでは無く。

根本的な部分、つまりはアイドルに成った時に何か有ったのでは無いかと思ったのだ。

そして洸夜の言葉に、りせは暗い表情をする。

 

「……私、アイドルに成る前イジメられてたんです」

 

「何だと……!」

 

りせの言葉に洸夜は、表情は冷静を保っているが、内心では憤怒していた。

基本的に洸夜はイジメが嫌いだが、イジメられている者にも多少成りとも問題が有る場合がある。

しかし、洸夜はりせに問題が有るとは思え無かった。

恐らくは、風花の時と同じパターンと洸夜は考えた。

 

「(風花の時もそうだったが、聞いていて良い感じはしないな)」

 

「……イジメが続いて何度も嫌に成ったけど。私、それでも自分を変えたいと思ったんです。そんな時にアイドルのオーディションの合格……イジメは無くなって、知らない子からも話掛けられる様にも成りました」

 

「(成る程、そう言う事か。この子もまた、不器用な子の様だ)」

 

ここまで聞いた時点で、洸夜はりせが本当の自分について深く考える様に成った理由を理解した。

しかし、理解はしたが洸夜はりせ自身からの言葉が聞きたかった為、黙ってそのまま話を聞く。

 

「でも、そんな時に気付いちゃったんです。皆が好きで、ちやほやするのは本当の私じゃない……売る為だけに作られたアイドルの“りせちー”何だって」

 

「……りせ、一つ言わ「すんませーん!」……」

 

りせに何かを伝え様とした洸夜の言葉は、店の方から響き渡る声によって遮られる。

そして、その後の洸夜の間が面白かったのか、りせは思わず吹いてしまった。

 

「クスッ……! また私の為に何か言ってくれようとしてくれたんですよね? ふふふ、また今度聞かせてね洸夜さん」

 

そう言って、りせは店の方へと歩いて行く。

 

「もう、大丈夫なのか?」

 

「……うん。気持ちの整理が付いたから。それに、お客さんも高校生見たいだし、ファンとかなら上手く聞き流すから大丈夫だよ洸夜さん」

 

そう言ってりせは、顔を引き締め直して店へ向かった。

 

「……ハァ。全く、不器用な子が多い町だな。(それに、何でこうもアイツ等と被るんだ。花村は順平、完二は明彦、りせは風花、雪子ちゃんと千枝ちゃんは……ゆかりとアイギスとは似てないな。だが、ワイルドに、異常な程早いペルソナ能力の成長……総司と『アイツ』の姿が重なってしまうか)」

 

それぞれが心に悩み等を持つ、この町のペルソナ使い達(りせは例外)を洸夜は、かつての仲間達と被って見えてしまった。

そして何と無くだが、洸夜は冷静に昔と今の自分の事を考えてみると、自分は普通の人とは明らかに違く、また、色んなモノを失った事に気付く。

 

「……(五年前まで、ただの学生だった俺が、今ではペルソナと言う力でこんな事をしているとは……これが俺の運命ならば、自ら切り開くには障害が多過ぎる……)」

 

全ては偶然なのかどうかは今では確かめる術も無く、それについて苦しんでも、支えてくれる仲間は洸夜にはいない。

全ての始まりは夢で見たイゴールと、忘れ物をして学校に忍び込んだ時に偶然巻き込まれた影時間とタルタロス。

何故自分は高校を決める時に学園都市を選んだのか……。

そして何故、自分は友や大切な人を失ったのにも関わらず、仲間だった者達から罵声を浴びせられ、そして本来ならばSEESのメンバー全員が背負う筈の罪を自分だけが背負う事に成ったのか……。

そう思っている内に、洸夜の心の中に色々な感情が生まれて始めた。

 

「何で俺と『アイツ』だけが……!(基本的に俺と『アイツ』に守らるだけで、『アイツ』の中にデスが居る事が分かった時の態度……今思えば、アイツ等に守る価値は最初から無かった……! 桐条の罪……! ストレガの者達への罪悪感……! 何故、俺だけにそれ程の罪を押し付ける……! 今も何処かでアイツ等が笑っていると思うと憎くて堪らない!……だが、俺が誰も守れなかったのも事実。俺はどうしたらよかったんだ……)」

 

自分に押し付けられた理不尽な程の罪。

それに対し、自分は一人でどう向き合えば良いか悩みながら目を血走らせる洸夜。

そんな時だった……。

 

「ーーー!」

 

「ーーー。ーーーー!」

 

「騒がしいな……」

 

何やら店の方が騒がしく感じた洸夜は、休憩を終わらせると店の方へと足を進めた。

だが、この時洸夜は気付かなかった。

テレビの世界から出られる力が宿っている腕が、一瞬だけマガマガしく光った事を……。

そして、堂島宅の自室に置いていたペルソナ白書が光り出し、その中に記されていたペルソナ数体の名が消えた事を……洸夜は知るよしも無かった。

 

End



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忙しい豆腐屋

自分から鬱と言う人程、その人は鬱では無い。


同日

 

現在、商店街の豆腐屋

 

店の奥で休憩していた洸夜だったが、店の方が騒がしく感じ、店へと戻った洸夜が見たのは自分の弟である総司、花村、完二がりせに対して何かを話している光景だった。

そして、洸夜が奥から出て来た事に総司達も気が付き、視線をこちらに向けた。

 

「兄さん……? どうして此処に?」

 

「あれ……お前に言って無かったか? 俺、此処でバイトをしているってさ。確か、完二はしっていた……よな?」

 

「うっす。結構近所のオバサン達が噂してるッスよ?。豆腐屋にイケメンのバイトが入ったって」

 

「バイトが入っただけで噂か……(田舎町だからなのか?)」

 

完二の言葉を聞き、自分のいる町が田舎町だと言う事を再度自覚した洸夜。

田舎町だけ有って、どうやら些細な事でも噂に成る様だ。

そんな中、総司達と話していたりせの様子が少しおかしい事に気付いた洸夜。

 

 

「どうしたりせ? 何か様子が変だが……?」

 

「えっ? いえ、大丈夫です。何でもありませんから……」

 

そう言って平常心をよそおっているりせだが、身体が無意識に震えているのを洸夜は見逃さなかった。

そしてまさかと思い、総司達に視線を送る。

 

「……総司、花村、完二。お前等、何かりせにいったか?」

 

「えっ!? いや、オレ達は……何も言って無いッスよ……」

 

「そうそう! 俺達は別に……」

 

「? ……さっき、私が誘拐されるかも知れないから気をつけてって……」

 

「「「ッ!?」」」

 

「なに……!」

 

りせの言葉にマズイと言った感じの総司達。

その様子を見た洸夜の表情にも微かに怒りが現れる。

 

「お前等……休養中の子にそんな事を言ったのか?」

 

「いや、兄さん……これには訳が……」

 

「そうそう、深~い訳が……」

 

「言い訳するなッ!」

 

洸夜の怒号に総司達は疎か、隣にいたりせまで思わず身体をビクッ!っとさせるが、隣で座っていたお婆さんは平気な顔をしていた。

また、洸夜が此処まで怒るのも無理は無い。

洸夜自身、りせが休養中だと言う事も有り、りせ自身に心配を掛けない様に誘拐に付いては直接伝え無い様に上手く、周りに気を付ける様にしていた洸夜。

ただでさえ、総司達の軽率な行動には手を焼いている為、雪子の時は学校の先生に謝罪し、また近頃は叔父である堂島が総司達の事を疑いの視線で見ている事も有り。

そのフォロー等の為、本人達の知らない所で洸夜は大変な目に有っていた。

そして、今回の本人達は良かれと思った行動だが、言い方が悪かった。

ハッキリ言って、精神的な部分で休養している人に向かって、誘拐されるかも知れないと言われていい気分に成る人等いる訳が無い。

 

「お前等……流石に今回は堪忍袋の尾が切れたぞ……!」

 

「マズイ……! 兄さんが本気で怒ってる!?」

 

「な、何で此処までキレんだよ!? 訳分かんねえよ!」

 

「いや、普通に考えて俺らの行動ってかなり酷かったんじゃ無いスか? アイドルとは言え、女子に向かってお前誘拐されるって結構失礼なんじゃあ……?」

 

そう言って冷や汗を全開でかきまくる総司達。

どこをどう見ても明らかに嘘を付いている顔。

そして、洸夜は怒りの表情で総司達に迫ろうとした時だった……。

流石に総司達が可哀相に思ったのか、りせが洸夜を止めに入った。

 

「こ、洸夜さん……その位で許して上げて下さい。伝え方は酷かったけど、一応私の事を心配してくれたからですし……」

 

「いや、りせ。これはコイツ等の為でも有る。このまま言ったら、本当の事だからとか誰かの為だからって理由を言い訳にすれば、何でも許されると勘違いする(それに、叔父さんの総司達への疑いの眼差しへのフォローもきつく成って来ているからな)」

 

そう言って洸夜は、りせの顔を見ながら話すが、りせはそんな洸夜に対して苦笑いしながら後ろを指刺す。

 

「でも、さっきの人達、もう居なくなってますよ……」

 

「なにッ!? だが、逃がさ……て、速ッ!?」

 

りせの言葉に洸夜は、急いで店から出るとそこには、必死で走って逃げる総司達の後ろ姿だった。

しかも、その逃げ足は驚異的なスピードで、既に神社のところまで走っていた。

そして、その様子を見た洸夜は頭を抑えた。

成長する場所が違うだろ……と。

 

「アイツ等……足の速さは成長しているのに、何故もう少し考えて行動が出来ない?」

 

「あははは……ハァ……」

 

洸夜の様子に苦笑いするりせだったが、突然ため息を吐き、肩を落とす。

 

「どうした?」

 

「いえ、ただ……少し、心を落ち着かせたかったからこの町に来たのに私、もう問題に巻き込まれてるのかな……って」

 

「……りせ。こんな事しか言えないが、気にするな。そんな事に一々気にしていたらキリが無くなるぞ」

 

「はは、大丈夫だよ洸夜さん。さっきの人達の言ってた事だって、そんなに気にして無いし……」

 

そう言うりせだが、相変わらず無理をしている様だ。そんなりせを見て、洸夜はポケットから紫色の鈴を取り出してりせに手渡し、それを見たりせは首を傾げてしまった。

 

「洸夜さん……? コレって?」

 

「お守りだ……出来れば肌身離さず持っていて欲しい」

 

実は洸夜が今渡した鈴は昨夜、洸夜がムラサキシキブの力を使い、鈴にメディアラハンやテトラカーン・マカラカーン等を鈴に宿したもの。

こうすれば、もしりせが万が一誘拐されても、テレビの世界での異常な体力消費やシャドウから身を守ってくれる。

SEES時代に出来るだけ皆を守れる様にとペルソナ能力を応用し、回数は限られるが物に補助技を宿す芸当が出来るのは自分ぐらいで有る。

しかし、その言葉を聞いた当の本人のりせは、洸夜の言葉に顔を赤くする。

良く考えれば異性に対して物を渡し、そして肌身離さず持っていて欲しいと言う言葉は結構誤解を招く言葉でもある。

 

「……? どうしたんだ?」

 

だが、そんな事に洸夜が気付く筈が無く、首を傾げながらりせに尋ねる。

そして、洸夜のそんな様子を見たりせはため息を吐いた。

その様子から、洸夜が恋愛面では鈍い事を理解した様な表情をしている。

 

「もう、洸夜さん! そう言う言葉をもしかして、会う女の子全員に言ってるんじゃ無いですよね!」

 

「えっ……? いや、そう言う……あっ(そう言えば、菜々子にも同じ事を言った様な気がする……)言っていると思う……」

 

そう言うものの、どんな意味でりせが機嫌を悪くしているのかは分からっていない洸夜だが、前に菜々子にも同じ事を言っていた気がしたのを思いだし、りせの言葉に頷く。

そして、その言葉を聞いたりせは頬を膨らませ、洸夜にしゃがむ様に合図する。

 

「洸夜さん。ちょっとしゃがんで下さい!」

 

「?……なん「良いから!」は、はい……」

 

りせの迫力に圧された洸夜は、言われるがままにしゃがみ、洸夜が少ししゃがんだ事によって洸夜の顔が届き、そのままりせは洸夜の頬を引っ張る。

 

「イタタタタッ!? な、なにするんだッ!?」

 

何故自分が年下の女の子に頬を引っ張られているのか理解出来ない洸夜。

しかし、そんな洸夜にりせは更に力を強くする。

 

「洸夜さんが悪いんです! 洸夜さんは少し女心を学ぶべきです!」

 

「な、何故!?」

 

 

========================

 

現在、商店街

 

 

「あ~、痛ぇ……俺は何かしたのか……?(女心を学べ……か。女心はワイトでも分からないしな……どうしたものか)」

 

先程、りせに引っ張られて赤く成った頬を抑えながら洸夜は、帰宅の為に商店街を歩いていた。

りせが怒った理由は、さっき上げた鈴が気に入ら無かったと思ったのだが……。

 

「気に入ら無かったなら、別のにするか?」

 

と言ったのだが……。

 

「えっ? あ、あの……その……こ、これは別です!」

 

と言われて、別に鈴は気に入っている様子。

 

「ハァ……(いつか女性で苦労するな)」

 

何で苦労するのかは分からないが、何となくそう思ってしまった。

そんな感じで歩いていた洸夜だったが、すると……。

 

「何をしているんですか貴方は?」

 

「ん? 直斗か……ハァ、やっぱり女難が出てるのか」

 

りせに負けず劣らずのキャラの濃さを備えている直斗の登場に、洸夜は何故か無意識に溜め息を吐く。

また、出会って直ぐに溜め息を吐かれた直斗はムッとした表情をする。

 

「なんですかいきなり? それに、僕の性別の事をそう軽々しく口にしないで下さい。僕はその事に対して嫌悪をしていると言っても足りないぐらい何ですから……!」

 

「……その割に俺にはすぐにバラしたろ?」

 

「あ、あの時は……! あの時は……仕方ないと思ったんです。既にバレている事を隠すのは嫌なんですよ……」

 

初めてあった時の事を思い出したのか、直斗は恥ずかしさで顔を赤くしたり、怒りで顔を赤くしたりしている。

やはりバレているとは言え、余り性別の事には触れて欲しく無いのだろう。

そんな直斗に洸夜は「悪かった悪かった……」と言いながら謝罪した。

そんな洸夜の様子に全ては納得してはいない感じの直斗だが、仕方ないと言った感じで同じようにため息を吐き、歩いている洸夜の隣に並んで歩きだした。

 

「……」

 

「……」

 

基本的には、余り必要最低限の事や意味の有る言葉しか話したがらない洸夜と直斗。

こう言う場面では何だかんだで波長が合う二人。

そして暫く歩き、先に沈黙を破ったのは直斗だった。

 

「……次に狙われるのは、久慈川りせで間違いなさそうですね」

 

「……やはり気付いていたか。と言うか、俺に言って良いのか? 一応、俺は一般人だろ」

 

「確かにそうですが一応、僕は貴方に期待しています……その勘の鋭さや僕とは違う推理力や想像力にね」

 

そう言って軽く微笑む直斗。

一応、直斗は自分の事を一般からの協力者として見ていること理解した洸夜。

年下とはいえ、プロの探偵からそこまで評価して貰えると嬉しいもの……態度がでかいのがたまに傷だが。

 

「そりゃどうも……それと豆腐屋に叔父さんと足立さんが来たのはお前の差し金だな?」

 

「えぇ、その通りですよ。犯人がファンや野次馬の中に紛れている可能性も無くは無いので、刑事である堂島刑事達が豆腐屋に出入りをしていれば、多少は犯人も何かリアクションをすると思ったのですが。今日来ていたファン達の中には怪しい動作をする人は居ませんでした……」

 

そう言って帽子を被り直す直斗だが、その表情には悔しさ等の感情は無く。

この程度の事で犯人が尻尾を掴ませるとは、直斗も最初から思って居なかった様だ。

 

「だが、今回は久慈川りせの近くには俺もお婆さんもいる。それに、いくら田舎町の商店街とは言え、人通りも少なくは無い。この状況下で犯人がどう動くか……」

 

洸夜は総司達の事も有り、テレビの世界の事の方に偏った調査をしてしまっている様に見えるが、ちゃんと現在世界の何処かにいる犯人に付いても調査をしている。

しかし、コレと言った手掛かりはまだ見付かっていないのが現状。

直斗に協力をして貰えば、もっと成果が上げられるのだが、テレビの世界やペルソナとシャドウ等の非現実的な物に直斗を巻き込みたくは無い。

何より、ペルソナやシャドウ等と言った物を話しても誰も信用しないだろう。

 

「どうかしましたか? いきなり上の空に成っていましたが……」

 

「あ、いや……大丈夫だ。少し疲れただけだ」

 

「そう言えば、ファンや野次馬の対応に追われてましたね」

 

「見てたのか……良い趣味してるな。こっちは大変だったんだがな」

 

「まあ、貴方も久慈川りせが来た事でこうなる事は分かっていたんでは有りませんか?」

 

帽子を触りながらクスクスと笑う直斗を見て、洸夜はため息を吐いた。

 

「全く、人事だと思いって言いたい放題だな……でこをグリグリした後にデコピンするぞ」

 

「……何ですかそのレベルの低い嫌がらせは……それなら、僕は貴方に膝かっくんした後に叫びますよ」

 

「……お前も低いだろ、つーか叫んだら女の子だってバレるぞ?」

 

「……」

 

「……」

 

互いの言葉に黙り込む洸夜と直斗。

なんだかんだでお互いにレベルの低い争いに一歩も引かないが、やはり互いに息が合う二人。

 

「引き分けだな……」

 

「その様ですね」

 

だが結局、互いに冗談だと分かっている為、洸夜と直斗は互いに微笑む。

そして暫く直斗と会話した後、互いに帰宅した。

 

========================

現在、堂島宅

 

本来、家族での夕食と言うのは空気が明るくなる場面が多いだろう。

しかし、今日の堂島宅の夕食は空気がピリピリとしていた。

 

「わー! おとうふがいっぱいだね!」

 

空気がピリピリとしている中で、それに気付いて無い菜々子は今晩の夕食の献立に目を輝かせている。

今日の献立は、総司と堂島が豆腐を大量に持っていた為、冷や奴、麻婆豆腐、肉豆腐、ねぎと豆腐の味噌汁等と言った豆腐尽くし。

中々ヘルシーな夕食だが、部屋を包むピリピリとした空気がそれをぶち壊す。

 

「しっかり食べなさい菜々子。豆腐と言うより、大豆は肌を綺麗にしてくれるからな……」

 

「はーい!」

 

そう言って明るく話す菜々子だが、洸夜は視線を堂島と総司に向けると……。

 

「……上手いな」

 

「うん……」

 

「……(気まずい)」

 

モクモクと食事を続ける堂島と総司だが、空気がピリピリとしている理由はこの二人に有る。

その様子を見る限り、堂島と総司の間に何か有ったのかが分かる。

するとそんな時、堂島の視線が総司を捉えた。

 

「……総司、久慈川りせと何を話した?」

 

「……!」

 

堂島の言葉は何気ないモノだが、総司は堂島の言葉に目を少し大きく開き、軽く冷や汗をかいている。

その表情にはマズイと言った感情が読み取れる。

そして、流石にマズイと判断した洸夜だが、此処で下手に口を出せば自分も何か関係が有ると思われ、後々の行動にかなり支障きたす為口が出せないでいた。

前々から何処か事件の裏には必ず総司達がいる事に疑問を感じていた堂島。

恐らくは、洸夜がバイトを終えた後にもう一度豆腐屋に行き、りせに何かを聞いた可能性がある。

洸夜が状況を見守る中、その時……。

 

「お父さんたち、りせちゃんに会ったの!?」

 

堂島の言葉に、りせのファンである菜々子はパアッと明るい笑顔を見せる。

 

「あ、ああ。まあな……」

 

「一応……会ったかな」

 

菜々子の笑顔に調子が狂ってしまった堂島と総司。

しかし、その二人の様子に気付いた菜々子は表情を暗くする。

 

「ケンカ……?」

 

表情を暗くしながら不安そうに二人を見る菜々子。

そんな菜々子の顔を見たら堂島と総司も話しを止めるしか無い。

 

「はぁ~違う。大丈夫だから食べなさい」

 

そう言って再び食事を始める堂島と総司。

堂島家で菜々子の悲しむ顔を見たい思うのは誰もいないのだから。

 

「どういう意味……?」

 

菜々子はどう言う事なのか良く分からない様な表情をする。

そんな菜々子に洸夜は、頭を撫でてあげる。

 

「菜々子は良い子って事だ」

 

「???」

 

そんな感じで菜々子によって、堂島家の一触即発の危機は回避された。

 

========================

6月28日(火)曇

 

現在、豆腐屋

 

あれから数日、マヨナカテレビに映っているのがりせだと言う事が分かったのだが、りせに変わった様子は無い。

やはり、一目が多い事も合ってか、犯人も動きづらいのかも知れない。

そして、洸夜は今日のバイトは夕方だった為バイクを豆腐屋に走らせ、店に着いたのだが、店の前で高校生ぐらいの少年がりせに話し掛けていた。

しかし、りせはその少年の話しを上手く流している様だが、余りに少年がしつこい為表情が雲っている。

その様子に気付いた洸夜は、急いでバイクを止めて、りせと少年の下へと向かった。

 

「お客さん、何かお探しかな?」

 

「な、何だよお前!」

 

「洸夜さん……!」

 

洸夜が来た事で、りせは少年の隙を付いて洸夜の下へ移動し、話しを邪魔された少年は洸夜を睨む。

だが、所詮は感情に任せて相手をビビらせる為だけのもの。

その程度の事で洸夜は怯む気すら無かった。

 

「此処で働いてる只のバイトだ。それで、何をお探しでしょうか? 木綿、絹、焼き、オカラ、ガンモ……他にも有りますが?」

 

「うぅ……チッ!」

 

全く怯まない洸夜の雰囲気に圧されたのか、少年はそのまま走って行く。

そして、その様子を確認したりせも大きく息を吐いて自分を落ち着かせる。

 

「さっきの子は何だったんだ?」

 

「多分、ファンの子だとは思うんですけど……いきなり、りせ!って呼び捨てにされたり、暴走族って迷惑だよね。とか、誰かの悪口ばかり言ってましたし、何処か気味が悪かった……」

 

「確かに…!明るい子とは言えないな。(虚な目をしていたし、何処か雰囲気も気味が悪かった。ああ言う子は何か問題を起こしがちだが……俺の考え過ぎで済めば良いんだけどな)」

End

 



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犯人確保?

本当に嫌いな人ほど、構う気すら起こらない。


7月2日(土)雲

 

現在、豆腐屋

 

「(足立さんはともかく、アイツ等は何をしているんだ?)」

 

現在、洸夜はバイトをしながらりせの周りを注意していた。

しかし、事情を聞く為に店を来た足立は別に構わないのだが……。

 

「「「「「……」」」」」

 

何故か総司・花村・完二は先程からあんパンと牛乳を持ちながら豆腐屋の周りを何往復も行ったり来たりしている。

そして雪子と千枝も同じく、あんパンと牛乳を持ちながら店の前で会話をする振りをしながらりせの事をチラチラと確認している。

 

「(今までよりはマシと思う自分が悲しい……)」

 

本来ならば、コレはコレで営業妨害なのだが、洸夜は最早口を出すのもバカバカしく感じてしまったが、これはこれで犯人を牽制出来ると思い敢えて相手にしない事にした。

そんな時……。

 

「……やあ、洸夜君。バイト頑張ってるかい?」

 

「足立さん……仕事中じゃあないんですか?」

 

バイトをしている洸夜の下に来た足立。

どうやら、りせから大抵の話は聞いた様だ。

 

「いやぁ、彼女からは話をほとんど聞いたし、ちょっと暇になっちゃって」

 

「は、はぁ……(それで良いのか、今の警察は……)それで、何か様ですか?」

 

「いやさ、君もそろそろ退屈しているかなって思ってさ、実は話が有るんだよ」

 

「そ、そうですか……(俺はそんなに暇そうに見えるのか?)」

 

能天気に笑いながら言っている足立に苦笑いする洸夜だが、足立は話を止める気が無いらしく勝手に喋りだす。

 

「実はさ……堂島さんから言われてる事が有るんだけど……なんかさ、総司君達の事を見張ってろって言われてるんだ」

 

「!……何故、総司達を?(叔父さん……個人で総司達が怪しいと判断したのか。マズイ、コレ以上総司達が軽率な行動を続ければ、とんでもない事に成るかも知れない……何か手を打たなければ)」

 

「良く分かん無いけど、何か居なくなった子を見付けた時に違和感を感じたり、ジュネスの電化製品売り場に良く行ってたり、今回も久慈川りせが誘拐される事を知っていたのが原因らしいよ」

 

そう言って長々と怠そうに喋る足立。

どうやら、足立自身は堂島の考え過ぎ程度にしか思っていない様だ。

 

「そうですか……でも、あくまでも推測ですよね。叔父さんは本気で総司達を疑っている訳じゃあ……」

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。堂島さん……何かこのところピリピリしていてね。多分そのせいだよ」

 

過剰に反応する洸夜に、足立は笑いながらそう言った。

洸夜も自分が過剰に反応してしまった事に気付き、直ぐに冷静に成る。

するとそんな時。

 

「あっ! あれ……!」

 

店の外から聞こえた雪子の声を聞き、洸夜と足立は急いで外に出ると雪子達が見上げている電柱の上を見てみると……。

 

「誰だ……?」

 

電柱の上には、眼鏡をかけてカメラを持ったおかしな男が電柱にへばり付いていたのだ。

そして男はこちらに気が付くと、驚いて電柱から落っこちてしまい、そのまま向こうへ走り出した。

 

「あっ!逃げたっ!」

 

「追え!」

 

「こ、洸夜君……君も行って貰えるかい?」

 

「はぁッ!?」

 

足立の言葉に訳が分からないと言った感じの洸夜。

当たり前だ、一般の人に不審者を追ってくれと頼む刑事が何処にいる。

少なくとも、洸夜の目の前に一人いるが……。

 

「いや、実はさっきの男が落ちた時に驚いて足をくじいちゃって……はは」

 

「全く……!(叔父さんがこの人を怒鳴る理由が良く分かる……!)」

 

苦笑いしている足立をほっといて洸夜は、先程の男と総司達の追う。

今から走れば直ぐに追い付く。

 

「洸夜さん!」

 

「りせ! 君は店に居ろ! 良いな、絶対に店から出るなよ!」

 

洸夜達を心配して店から出て来たりせに、洸夜はそれだけ言って途中、向かい側から走ってくる何台かの車やトラックに注意しながら走り出した。

 

========================

 

洸夜が追った先で見たものは、先程のカメラを持った男が道路側で何やら叫んでおり、総司達が何故か男に近付けない状況だった。

 

「どんな状況だ?」

 

「兄さん……」

 

「近付いたら道路に飛び込むとか言ってるんですよ。だから、どうするって事に…!」

 

「来るなッ!来たら飛び込むぞッ!」

 

「あんな事を言ってるんだよ……」

 

「へッ! そんなの無視して一気に突っ込めば良いんスよ!」

 

完二がそこまで言った時だった。

 

「だ、駄目だよ! もし大怪我したら、警察の責任問われて……!」

 

「足立さん……! 足はどうしたんですか!?」

 

「いや~実は大した事無かったんだよ……はは」

 

「……怒って良いよな?」

 

「に、兄さん落ち着いて!」

 

「こ、洸夜さん! まずはアイツっスよ!?」

 

足立に向かって拳を握りしめる洸夜を、総司と完二の二人係で止める。それに対して、先程の男は足立の言葉を聞いてチャンスだと思ったらしく、ニヤニヤしながら道路の方へと近付く。

 

「ほ、ほら飛び込むぞ! 嫌なら早くあっち行けよ!」

 

「テメェ……!」

 

「ひ、ひぃ……!!」

 

完二が男の言葉に逆上した光景を見た瞬間、男が怯んだのに洸夜は見逃さなかった。

男が怯んだ隙を付き、一瞬で相手の懐に入りそのまま足払いをする。

 

「……飛び込む気も無いくせに、交通事故に遭った人達に失礼だ!」

 

「ぐほッ……! き、君達! 善良な市民に向かって何て事を……!」

 

洸夜に足払いをされた男は多少は痛い思いをした様だが、その場に座り込むと悪態を付く。

そして、洸夜のとっさの行動に驚いてポカンとする総司達も男の言葉で我に帰った。

目の前の男はりせを観察していた怪しい男。

そんな男に完二が近付いた。

 

「ふざけんなッ! 人様ぶっ殺しといてテメェはそれか!? あぁ!!」

 

自分を善良な市民発言をする男を見て完二が怒鳴り、怒鳴られた男は余りの迫力に先程までの態度では無くなっていた。

 

「ひょー!? タ、タンマぶっ殺しって何の事!?」

 

「と、とぼけたってムダだから!」

 

「そ、そうだぜ! 」

 

完二に続けとばかりに千枝と陽介が男に向かって抗議する……洸夜の背中から。

 

「君たち、そう言う事は前に出て言ってくれ……」

 

「え、まあ……その……」

 

「は、ははは……そうですよね」

 

洸夜の言葉に苦笑いする千枝と陽介。

その二人の様子にやれやれと微笑む洸夜。

やはり、いくらシャドウと戦っているとはいえ、殺人犯かも知れない相手を前に怖いと感じてしまったのだろう。

そんな時、洸夜達の話を聞いていた男が目のいろ変えて鞄をあさり出した。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 僕ぁ、ただりせちーが好きで部屋とかちょっと見てみたくて……ほら! 荷物コレ全部カメラだよ」

 

男は自分の身の潔白を証明しようと荷物を見せるが、足立によって手錠を掛けられる。

 

「はいはい犯人ってのは皆言うんだって、そういうことを……」

 

「そ、そんな! 僕が何をしたって言うんですか!?」

 

「とりあえず、話は署で聞こうか……くー! この台詞言ってみたかった!」

 

犯人を逮捕して一人テンションを上げている足立が、男を連れて行きながらコチラに手を振った。

 

「君らもお疲れ様! 犯人逮捕にご協力感謝します!」

 

「……あ、はい」

 

そう言うと足立は男を連れて言ってしまい、残された総司達は顔を見合わせる。

余りにも呆気無い感じに、総司達も今一理解が遅れる。

 

「え? これで事件解決?」

 

「予想通り、犯人は少し気持ち悪かったね……」

 

「まあ、後は警察の仕事っスね」

 

「って事は……全部解決?やっ たぁ!」

 

そう言って事件解決ムードの総司達だが、洸夜は先程の男をジッと見ていた。

先程の男は明らかに怪しかったが、どう見ても人殺しが出来る様には見えなかった。

 

「(今のが犯人……? いや、違う。夢の中に出て来た霧を扱う奴とは雰囲気が全く違った。それに、ここまで証拠一つ掴ませ無かった奴があんな馬鹿な真似をするか?……いや待てよ、もし今のが犯人じゃないとすると、真犯人は……マズイッ!)」

 

「うわッ! 兄さん?」

 

「え、洸夜さん!?」

 

洸夜がいきなり走り出した事に驚く総司達だったが、洸夜は今は総司達の相手をする隙も無い。

先程の男が犯人では無かったのならば、今はほとんど人がいない店のりせが一番危険な事に気付いた洸夜。

そして、店に着いた洸夜は店内を見渡すがりせの姿は無かった。

 

「りせ……? お、おばあさん、りせは?」

 

「あらあら、洸夜さん大丈夫? 顔色が悪いわよ?。それで、りせがいないのかい? 前にもに有ったんですよ。私にも言わずに何処かにフラッと出掛ける事が。まあ、あの子も疲れていたし今はそっとしといて上げましょう……」

 

そう言ってお婆さんは仕事に戻る。

その心配無い感じで話す様子から、どうやらりせが勝手に何処かに行くのは珍しい事では無い様だ。

 

「あれほど言ったのに店から出たのか……なら、一体何処へ…………ん?」

 

りせがいない事に疑問を持つ洸夜は、ふと豆腐屋の入口に光っている何かを見付けた。

光が反射して目障りだった為、洸夜はそれに近付き拾い上げると……。

 

「……間違いない。りせに渡した鈴だ

 

洸夜が拾ったのは前にりせに渡した鈴だった。

しかし、それを見た洸夜はりせが居なく成った理由を理解し、店から出ると近くの電柱に拳をたたき付けた。

そして、拳をたたき付けた生々しい音が聞こえたが、近くには誰も居なかった為、誰も気づかなかった。

 

「くそ……!(完全に俺のミスだ……! 近くにいたにも関わらず、みすみす犯人にしてやられた……!)」

 

雪子や完二の時とは違い、日頃から自分の近くに居たにも関わらずにりせを誘拐された事で、自分に怒る洸夜

りせを守る為に作った鈴も、今は自分の所にあり、りせを守って上げられない。

そして洸夜の考えは当たり、その日から久慈川りせは姿を消した。

また、その日からマヨナカテレビにある人物が映り出したのは言うまでも無い。

 

『皆、どうも!りせちーだよ!』

End



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りせの影

大学が忙しく投稿が遅れました(--;)

大学は自由と言うが、言う程自由では無い


7月3日 (日) 晴れ

 

現在、特出し劇場丸久座

 

「ここか……」

 

洸夜は今、自分の目の前に広がる光景に少しだけ目を逸らしていた。

このフロア全体を照らす七色のライト、フロアの至るところにあるポールと謎の影が写っているカーテンで覆われている場所こそ、りせが作り出した世界『特だし劇場丸久座』である。

また、洸夜はライト等で目がチカチカして落ち着かないでいた。

しかし、だからといって洸夜は帰る訳には行かなかった。

今回の一件に関しては、不覚にも店を離れた自分が招いた事とも言える。

それに、総司達も随分とシャドウとの戦いにも慣れ、もう自分が見守らなくても大丈夫と判断した。

ならば、今の洸夜がやるのはりせの救出だ。

 

「(やれやれ……それにしても、えらく派手な世界だな)」

 

洸夜は、未だに慣れない世界を見ながらそう言った。

そんな時、突如、洸夜の目の前のステージからスモークが吹き出し、ポールを使って踊ってスポットライトに照らされながらりせの影が姿を現した。

 

『キャハッ! まさかの特別ゲストにしてお客様第1号! 本当の私をじっくりと見せてあ・げ・る! キャハハハハハハッ!』

 

りせの影は、ステージの下から自分の事を複雑な表情で見ている洸夜に踊りながらそう言った。

また、りせの影の姿は本物以上にスタイルが良く、着ているものも露出の多い水着。

そして、マヨナカテレビでこのシャドウはりせの姿でストリップをするとまで言っていた。

いくら実行するのがりせの影とは言え、その姿は久慈川りせの姿。

マヨナカテレビは、今では一般の人間も見ている。

例え、りせを助けたとしても、その時に既にりせの影がストリップなどしたらりせの傷付き様は計り知れないだろう。

 

「りせはどこだ、あの子は無事なのか」

 

洸夜は、りせの影を睨みながらそう言った。

 

『無事よ……でも、そんな事よりもっと本当の私を見てよ。キャハハッ!』

 

洸夜の言葉に、そんな事には興味無いと言った感じのりせの影。

そして、りせの影は洸夜を惑わす様な目で見つめ、再び踊ろうとした時。

洸夜はりせの影の言葉に首を横に振った。

 

「いや、そんな事はりせは望んでいない」

 

『……なんですって』

 

洸夜の言葉に、りせの影は表情を僅かに歪ませた。

 

「君がそうしているのは、りせが自分を“りせちー”としてでは無く、久慈川りせとして見てもらいたいからだろ?」

 

『そうよ、これがあの娘が望んでいる事なのよ! だから私が本当の自分ってやつを見せてんのよ! なのに、それをあんたが否定してどうすんのよ!』

 

「なに……? どういう意味だ」

 

りせの影の言葉にどこか含んだ感じに思い、洸夜は聞き返した。

そして、洸夜が聞き返したのに対し、りせの影は歪んだ笑みを見せる。

 

『あんただって少しは気付いてるでしょ? あの子は少なからずあんたに好意を持っている事に。それで本当の久慈川りせの姿を見せて上げようとしているのに、あんたがそれを否定してどうすんのよッ!』

 

最初は歪んだ笑顔だったりせの影だが、洸夜の言葉に声を上げた。

また、洸夜自身もりせが自分に対して多少成りとも好意を持っているのは話し方で気付いていた。

だが、しかし……。

 

「いい加減にしろ……! いくらお前がりせのシャドウでも、これ以上あの子の心を傷付ける様なら容赦はしない……」

 

これ以上、りせの心を傷付けさせない為に、 そう言って洸夜は、りせの影から目を背けず、ゆっくりと刀を抜刀した。

その言葉に、りせの影も静かに雰囲気を戦闘のものえと変えた。

 

『変なの……私もりせなのに』

 

「別にお前を否定したい訳じゃない……りせはどこだ」

 

『……言う訳無いでしょ! マハアナライズ』

 

そう叫びながらシャドウ特有の金色の目に成り、洸夜に向かって対象の事を分析し、相手の情報を解析する怪しげな光『マハアナライズ』を放つりせの影。

これで解析された相手は、りせの影に動きを全てを見抜かれてしまい、りせの影への攻撃の手立ては事実上無くなってしまう筈……だった。

 

『(ッ!? どうして! どうしてアイツの事が解析出来ないのッ!?)』

 

本来ならば、『マハアナライズ』を使用した時点で相手の情報を得る事が出来る。

しかし、今回は違った。

洸夜の周りには、まるで洸夜の全身を包み込むかのように黒い靄がりせの影の邪魔をして情報を見れなくしていた。

己の能力が効かない事に少なからず動揺するりせの影。

そんな様子に、洸夜は口を開いた。

 

「分析タイプのシャドウだったか……悪いな、俺にその類いのものは通用しない。ワイトッ!」

 

『な、何よそいつ……!』

 

洸夜の周りを飛び回るかの様にワイトが姿を現し、カシャシャと骸である己の骨を器用に使い笑っているかの様にりせの影に鎌を向けた。

そして、りせの影は突如現れたワイトを苦虫を潰した表情で睨み付ける。

 

「コイツの名はワイト。戦闘能力は低いが、探索や分析の能力に特化されているペルソナだ。ちなみに、ワイトはジャミング能力も持っている」

 

『ジャミング……そう言う事』

 

洸夜の事を解析出来ない理由が分かり、りせの影は一旦体勢を整える為に静かに後退りをする。

 

「おっと、ここまでやっといて逃がすと思って要るのか?」

 

『だったら、捕まえて見れば良いじゃない。じゃあね~』

 

「本当に逃げやがった……(だが、逃がす気は更々無い!)ワイトッ!」

 

馬鹿にしたような言葉を残し、ダンジョンの奥へと逃げるりせの影。

それに対し、洸夜も逃して成るものかとワイトにりせの影の力を捉えさせ、ワイトの案内の下でりせの影を追い掛ける。

 

『キャハハハハハハッ! ホントに追い掛けてきた!』

 

「クソッ! なんて脚の速さだ……だが……ワイトッ!」

 

尋常では無いスピードの速さでダンジョンを走り回り、洸夜を撒こうとするりせの影。

しかし、洸夜も既にワイトの力でダンジョンの把握と、りせの影を捉えているため通路の曲がり角で曲がり視界から消えても何処に要るかは分かる。

そして、りせの影が通路の十字路を右に曲がり、その通路の先にあるフロアに入るのをワイトの力で確認した。

 

「……地の利が有ると思ったが、そうでもなかったな」

 

ワイトの力でこの先は、行き止まりのフロアで有ることを知っていた洸夜は、りせの影を追い詰めたと思い、同じくフロアの中へと入って行く。

そして、フロアの真ん中にはりせの影が佇んでいた。

 

「ここまでだな、完全にシャドウ化する前に終わらせたい。これが最後だ、りせは何処にいる……」

 

『……』

 

「……(今度はやけに静かだな)おい……どうした?」

 

先程までうるさい程テンション高く喋っていたりせの影が、突然静かに成った事に疑問を持った洸夜は警戒しながらも話し掛けながら近付き、洸夜の言葉にりせの影はこちらを振り返った。

すると……。

 

「なっ!?」

 

りせの影が振り向くと、それはりせの影では無く、顔が只のシャドウであった。

そして、そのシャドウはりせの身体からゼリーの様な姿に成ると尋常では無い速度でフロアを出ていった。

そして、フロアには何が起こったか良く分からずに佇んでいる洸夜だけが残った。

そんな時。

 

『アハハハハハハッ! スゴい! ここまで見事に引っ掛かるなんて!』

 

後ろから笑い声が聞こえ、洸夜は振り向くとそこにはフロアの入口に立っているりせの影の姿だった。

 

「お前……一体どうやって?」

 

『簡単な事よ、そのあんたの隣のドクロはもの凄く探索や分析に優れているんでしょ? だったらそのドクロが感じていた私の力の気配だけを、他のシャドウに被せて、私は気配を消して隠れていただけ』

 

「……つまり、ワイトの能力の高さが逆に仇になったのか」

 

『簡単に言えばそういう事 。キャハハハハハハッ!』

 

小馬鹿にした様な笑い形をして自分を見るりせの影に、洸夜は逆に冷静に成り、少しずつ距離を縮めようとする。

だが……。

 

『残念でした! 今は上手くいったけど、あんたには二度も同じ手が効きそうに無さそうだし、だから……ここに閉じ込めま~す!』

 

そう言ってりせの影が手を翳した瞬間、フロアの入口が動き出して入口を塞ぎ始めた。

 

「嘗めた事ばっかりしやがって……!」

 

洸夜も閉じ込められて堪るかと、ダッシュで入口へ走るが壁の速度は思いの外速く、もう間に合わないのは目に見えていた。

 

『それじゃあ、バイバ~イ!』

 

りせの影がそれだけ言って入口は閉じ、洸夜は閉ざされた壁の前で一発壁を蹴ることしか出来なかった。

 

====================

 

そして、閉ざされたフロアの外側でりせの影は笑っていた。

 

『ふふふ……ジャミングには焦ったけど、案外何とか……ッ!(誰? 六人程最上階に近付いている。ふふふ、今度の連中はちゃんと私の事を見てくれるかな?)』

 

最上階に近付く数人の気配を感じると、りせの影はシャドウ特有の金色の目で笑いだし、直ぐ様最上階へと急いだ。

 

End



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本当の自分

この政治家は駄目だなと言う人は多いが、だからと言って自分がこの政治家に変わって国を支えようと言う人は少ない。


同日

 

現在、特出し劇場丸久座

 

「まいったな……」

 

洸夜は現在、先ほどりせの影にまんまと仕手やられ、閉じ込められているフロアの中で壁に手を当ててそう呟いた。

 

「(構造上では別に壊しても大丈夫だと思うが……)この壁、中からの攻撃に強くしているな」

 

洸夜の言う通り、りせの影が細工したものかどうかは分からないが、このフロアは中からの攻撃に強くされている。

しかし、だからと言ってもベンケイ程のペルソナを使えば、直ぐにでも脱出出来るのだが……今はもう1つだけ問題があった。

 

「ッ!」

 

壁の前で佇んででいた洸夜だが、突然、上のフロアからの衝撃が原因で辺りが大きく揺れだした為に、壁に手をついた。

そして、揺れが治まると洸夜は、揺れの原因である上のフロアを見るかの様に天井へと視線を向けた。

 

「……やはりシャドウ化したか。(総司達の奴、相手が分析タイプだからって油断してなきゃ良いが……)」

 

この揺れの原因が今現在、上のフロアで行われている総司達とりせの影との戦闘のものであった。

恐らく、りせの影は総司達で倒せる相手とは思うが、解析タイプと言う特殊な能力を持つ相手に総司達が無傷でいられるとは、洸夜は思っていなかった。

かつて、満月の大型シャドウにも似た力を持つモノがいたが、あれとは似て非なる力。

 

「(大丈夫とは思うが……総司はともかく、他のメンバーからは未だにペルソナと言う力を持つ者としての自覚がなければ覚悟も感じられない。それどころか、微かに楽しんでいる様にも感じる……こればっかりは本人達に気付いて貰いたい)」

 

ペルソナはシャドウを倒せる力。

だが、その気にも成れば他者をも傷付ける事も出来る。

そして、洸夜は知っていた、テレビの世界で陽介達が笑いながら戦っていた事を。

まるで、自分達がペルソナを使える事が当たり前であるかの様に……自分と向き合った、だから自分達はペルソナを使い、シャドウと戦っている。

自分達にしか出来ない、自分達は特別。

無意識かどうかは分からないが、少なくとも洸夜はそう感じ取った。

 

「(自分と向き合ったからって、生半可な覚悟……そして、ペルソナとシャドウの全てを理解した気でいたら、いつか取り返しのつかない事に成る)……お前なら、アイツ等になんて言うんだろうな……真次郎」

 

洸夜はかつて、ペルソナが暴走してしまい、取り返しのつかない過去を背負い、自分にペルソナと言う力の重さや責任、そして、危険性を教えてくれた今は亡き親友の名前を口にした。

彼ならば、自分とは違うやり方で今の総司達にペルソナ能力について教えてくれただろうと、洸夜は思ったが、直ぐにその考えを否定し、逆に……。

 

『んな事、俺は関係ねえだろ……お前の弟とそのダチなら、お前が何とかしろ』

 

等と言われそうだと、洸夜は思わず苦笑してしまう。

また、それと同時に洸夜は、もうその親友と話す事は出来ないと言う気持ちが溢れだし、目に涙が溜まるのを感じたが直ぐに拭いた。

 

「こんな姿なんか見せたら……真次郎の奴に怒られてしまうな」

 

そう思い、洸夜は自分の気合いを入れ直した時だった。

 

ピシッ!

 

突如、まるで卵の殻が割れたかの様に軽い感じで壁に亀裂が入った。

 

「なんだ……? 一体何が……」

 

何故いきなり壁に亀裂が入ったのか気に成ったのと同時に、何故か身体の奥底から湧き出る謎の恐怖感に悩みながらも洸夜は壁に近付いた瞬間。

 

「グオッ! キングフロスト!」

 

壁が突然爆発し、それに巻き込まれて洸夜もふっとんだが、何とかギリギリのところでキングフロストを召喚して受け止めて貰う。

 

『ヒホ~』

 

「ハハハ……ありがとうな。それにしても……いてえ~何なんだ一体……!」

 

呑気に微笑むキングフロストに礼を言い、洸夜は腰を押さえながら立ち上がって入口の方を見た。

すると、破壊された壁の砂煙から人影が出てきた。

 

「村騒ぎがしたので来て見れば、案の定で御座いましてね」

 

「……やっぱりお前か、エリザベス。あと、村騒ぎじゃなくて胸騒ぎだ」

 

洸夜の訂正に、エリザベスはハンカチで口元を抑え、静かに洸夜に空いている方の手を差し伸べた。

 

==================

 

その頃……

 

==================

 

現在、特出し劇場丸久座(最上階)

 

『キャハハハハハッ! どうしたの? しっかり攻撃しなさいよ……ねッ! マハジオンガッ!』

 

そう言ってカラフルな身体をポールを上手く使いながら攻撃を食らわす『りせの影』。

そして、りせの影や放った雷が総司達の真上に降り注がれる。

 

「あぶねぇ先輩! タケミカヅチ!」

 

雷が降り注がれる間一髪の所で、完二がペルソナを召喚して総司達を庇う。

そして、皆を守った事により雷が完二とタケミカヅチを襲う。

 

「ぐわぁぁッ!」

 

「完二っ!」

 

「完二くん!」

 

「大丈夫ッスよ先輩……タケミカヅチは電気に強いんスよ」

 

そう言って総司達に手を振り、大丈夫な事を知らせた完二は、タケミカヅチを召喚したままの状態でシャドウを睨む。

 

『あ~ら、結構しぶといわね……しつこい男は嫌われるわよ? キャハハハハハッ!』

 

「もう止めてよ! どうしてこんな事するの……!」

 

自分のシャドウを睨み付け、りせは涙目に成りながらもシャドウに言葉を投げるがシャドウはそんなりせの言葉を鼻で笑う。

 

『何訳分かんない事言ってんのよ! りせちーなんて下らない存在のせいで自分を見てもらえないって思ってたのはあんたでしょっ! だからワタシがあんたの代わりにホントのワタシを見てもらってんじゃない!』

 

「そ、そんな……」

 

シャドウの言葉に思わず膝を着くりせ。

それを見て、総司達がりせに駆け寄ろうとするが……。

 

『キャハハハハハッ! それ、マハブフーラッ!』

 

シャドウが、りせに駆け寄る総司達に向かって広範囲に氷攻撃を放った。

 

「クッ! 千枝頼む!」

 

「了解!」

 

「ユニコーン!/スズカゴンゲン!」

 

総司は一角獣の馬型のペルソナを、千枝は総司との絆で新たに得た力『スズカゴンゲン』でシャドウのマハブフーラに対抗する。

ユニコーンもスズカゴンゲンも、どちらも氷無効を持つペルソナ。

二体のペルソナは広範囲に降り注がれる氷を上手く周りに払いのけた。

 

「やるじゃんかよ相棒! 里中!」

 

「でも、攻撃は防げたけどシャドウにはダメージが与えられてない……!」

 

雪子の言う通り、りせの影と互角以上の戦いを見せる総司達だったが、何故かシャドウに攻撃が届かないのだ。

そんな総司達の微かな焦りの様子を見て、シャドウの顔であるアンテナ部分が光りだす。

 

『マハアナライズ!』

 

そう唱えた瞬間、謎の光りが突然総司達をスキャンする。

 

「な、なんだコレは!?」

 

「うわ!やだやだ! 何か気持ち悪い!」

 

「何なんスかコレ!!」

 

謎の攻撃に更に焦る総司達に、先程からシャドウを観察していたクマがシャドウの攻撃の意味に気付く。

 

「分かったクマ! センセイ! あのシャドウは分析タイプクマ! あのアンテナでセンセイ達の事を調べ上げてたクマよ!」

 

「何だって……!」

 

『キャハハハハハッ! 今更気付いても、もう遅いわよ! アンタ達の事は全部調べたわ』

 

「ふざけた事言ってんじゃねえっ! そんな脅しに屈する巽完二じゃねえぞ! タケミカヅチ!」

 

「私も続く……! アマテラス!」

 

完二のサポートをする為、雪子は転生した新たなるペルソナ『アマテラス』を召喚した。

炎無効を持つ上級クラスのペルソナでもある。

 

『デッドエンド!』

 

『マハラギオン!』

 

シャドウに向かって突っ込む完二と、後方から完二を援護する為にマハラギオンを放つ雪子。

タケミカヅチが武器で殴り掛かり、炎がシャドウを包むかの様に襲う。

だが、シャドウは突っ込んで来たタケミカヅチをポールを上手く使って攻撃を交わし、その反動を利用してタケミカヅチを蹴り飛ばした。

そして雪子が放ったマハラギオンも、シャドウに触れる瞬間に消滅する。

 

『あ~ら、口ほどにも無いってのはこの事ね……やっぱり"アッチ"の方を先に封じといて正解だったわ』

 

「アッチだ……? 何言ってやがる!」

 

「挑発に乗るな完二」

 

りせの影の言葉に、総司達は一瞬疑問に思うが直ぐにりせの影を睨む。

また、雪子はコノハナサクヤよりも強化された炎を無効化され、かなり驚愕する。

 

「アマテラスのマハラギオンが……!?」

 

「なあ、相棒……コレってもしかしてピンチか……?」

 

「もしかし無くてもピンチだ……!」

 

流石に今回ばかりは焦りの色を隠せない総司。

その様子を見て、後方でサポートしていたクマにも焦りが出て来た。

 

「ク、クマは……クマはどうすれば……」

 

自分にはどうする事も出来ない。

そう思いながらも総司達を守りたいと思ったクマだが、シャドウの身体が突如光りだした。

 

『さ~て、そろそろクライマックスよ! 大きいの行くわよっ!』

 

「マズイっ!」

 

「此処までなの……」

 

総司達の顔色が絶望に染まりかけたその時……。

 

「嫌クマーッ! ダメクマッ! もう一人はイヤクマよッ!」

 

そう叫びながらクマが総司達の前に出て来たのだ。

その様子に総司達も驚きの表情を見せる。

 

「なっ!? クマ、何をする気だ!」

 

「馬鹿な事はやめろ!」

 

「クマさん!」

 

「み、みんな! クマの勇姿を目に刻み込むクマッ!!!ドリャアアアアアアッ!」

 

『な、何よコイツ!?(分からない……ジャミングでも無い。なのに、こいつの情報が解析出来ないッ!?』

 

そうクマは叫び、身体から光りを放ちながら混乱するシャドウへと突っ込む。

それに気付いたシャドウも攻撃を放とうとするが、タッチの差でクマの方が早かった。

 

『キャアアアアアアアッ!!』

 

「うわあぁぁッ!」

 

「クマッ!/クマさんっ!」

 

シャドウを中心に大きな爆発が起き、辺り一面に煙りが立ち込める。

その様子を見て、最悪のパターンを予想してしまった総司達。

だが、煙りが晴れた場所にいたのはりせ?の姿に戻ったシャドウと、ペチャンコになってボロボロに成ったクマの姿だった。

 

「クマッ!」

 

「セ、センセイ……クマは役にたった……クマか?」

 

「何言ってんだ、役にたったレベルじゃねえよ! 命の恩人だ!」

 

「もう、心配かけて……!」

 

「って言うか……無事なのか?」

 

涙目に成りながら言う千枝と雪子の後に言った陽介の一言に、クマは自分の姿を確認する。

すると……。

 

「な、なんじゃこれゃあッ!? クマの素晴らしい毛並みがぁぁぁッ!? クマの毛並みいいいいいいいいい!」

 

ペチャンコの状態で上手く立ち上がり、そう叫ぶクマの様子を見て大丈夫と判断した総司達は微笑みながらクマを見つめていた。

そしてふと、総司が後ろを見て見ると、りせがの自分のシャドウと話していたのだ。

 

「りせちーも、もう一人の私なんだね。ゴメンね、アナタだけに辛い思いをさせて……私の中には色々な私がいる、洸夜さんが言っていた意味が今なら分かる。私は一色じゃない……こう言う意味だったんだね。私の中には沢山の私がいる……その中で“本当の自分”なんて最初から居なかったんだね」

 

「!……本当の自分はいない?」

 

りせの言葉に、その場に立ち尽くすクマから何か不穏な空気を感じだすが、りせの方に集中している為気付いていない。

 

「……だから、今は胸を張って言える。アナタは私だって」

 

りせの言葉にりせ?は、ゆっくりと頷き、光り輝いて白い服と顔がアンテナの様に成っているペルソナ『ヒミコ』へと転生した。

シャドウがペルソナに転生し、りせが総司達の方を振り向くが、りせは驚愕の表情をする。

それに対して総司達も何事かと思い、振り向いてみるとそこには立ち尽くすクマの姿が有った。

しかし、雰囲気が少し異常な事は誰が見ても明かだった。

 

「本当の自分はいない……?」

 

「クマ……?」

 

「お、おいクマ、 どうした? 何処か頭でも打ったか? まあ、中身は無いけどな」

 

そう言って冗談混じりに陽介がクマに近付こうとした瞬間。

 

「近付いちゃ駄目! その子の中から何か来る!」

 

「へっ? 何かって……」

 

りせの言葉に陽介が聞き返そうとした時。

 

『ハハハ……実に愚かだ』

 

「なっ!?」

 

「アイツは……!」

 

「クマ君のシャドウ?」

 

クマの後ろから出て来たのはクマよりも、一回り身体が大きいクマ?の姿。

しかし、雰囲気は全くの別物であり、その今まで感じた事の無い様な圧倒的な存在感に総司達は息を呑む。

 

「? 皆どうしたクマ?……って、おわぁッ!? ダ、ダレクマか!?」

 

総司達の様子に、今更自分の後ろにいるシャドウに気付いたクマ。

その様子にクマ?は、総司達とクマに視線を交互に動かし、黄色に輝き他者を恐怖させる様な目で見ながら口を開いた。

 

『オマエもキサマ等も本当に愚かだ。こんなに広く、迷いの霧に包まれた世界でどんな真実を求む? そんなのは愚かとしか言えない』

 

「んだとぉっ!」

 

「まて完二!」

 

シャドウの言葉に逆上する完二を総司が手で静止させる。

それに対してクマ?は、更に話を続ける。

 

『元々、真実を手に入れるの不可能だ。どれだけ苦労して手に入れた真実も、それが本当に真実だと確かめる術は無い。だったら己と全てを騙した方が、ずっと楽で賢いじゃないか? 』

 

「どういう意味だ?」

 

クマのシャドウに総司は聞き返した。

 

『……貴様らにも分かる様に言ってやろう。例えばだ、貴様らの目の前で誰かが死んだとしよう……そんな時、貴様らは何を考える? 何故死んだ? 誰かに襲われた? そんな事を考える意味はない。お前がその事をただ死んだと思えば、それはもう真実なのだ』

 

「……なに言ってんだコイツ」

 

「イカれてる……!」

 

クマの影の言葉に総司達は理解出来ないと、表情を青ざめるがクマの影は小馬鹿にした様に笑い飛ばし、クマの方に目を向けた。

 

「……オマエもだ。最初からカラッポなのに何を求める?』

 

「カ、カラッポ……? 失礼しちゃうクマ! クマはコレでも一生懸命考えてるんだクマ! それなのに勝手な事言うなクマ!」

 

『それが無駄なのさ……カラッポのオマエは何かに成りたい為に、何かに成ろうとする。記憶も無い、何もない……それ自身がオマエだ』

 

「うるさいクマ! もう止めるクマッ!」

 

クマがクマ?に突っ込もうとした瞬間、クマ?から謎の力が放たれてクマは吹っ飛び壁にぶつかる。

 

「 ク、クマ~」

 

「クマッ! お前…!」

 

『キサマ等にも真実を与えてやろう……『死』と言う真実を……『死』と言う名の定めを!』

 

そう言った瞬間、クマのシャドウから大量の闇が放たれて自身を包み込む。

そして、その場に現れたのは床を突き破り、顔面の部分から闇を溢れ出しているシャドウ『クマの影』が出現する。

 

『我は影、真なる我……『死』の真実、『死』の定め……キサマ等に与えよう』

 

シャドウに成った事によって存在感が更に増えたクマの影。

その様子に気を圧される総司達。

 

「……なんて奴だ。こんな奴がクマの中にいたのか!」

 

「なんて力……!」

 

「こんな奴とどうやって戦えばいんだよ!?」

 

陽介がシャドウの姿に恐怖仕掛けたその時……。

 

「大丈夫。皆、構えて。今度は私が守るから……ヒミコ!」

 

パリィィィィンッ!

 

カードが砕けると同時にヒミコが出現し、手をリング状にしてりせに載せる。

 

「ペルソナ!? 大丈夫なのその体で!?」

 

雪子がりせを心配するが、りせは笑顔だ。

 

「大丈夫!(私にはお守りの鈴があるから……ッ!? えっ!そんな、ウソ……お守りがない……!?)」

 

りせはポケットに入れていた洸夜から貰った鈴がないことに気付いた。

稲羽の町に来て、初めて自分を見てくれた人から貰った大切な物なのだが。

恐らく、テレビに入れられた拍子に何処かに落としてしまったのだろう。

りせのポケットに、洸夜から貰った鈴は何処にも無かった。

 

「りせちゃん大丈夫?。やっぱり無理なんじゃあ?」

 

「!……大丈夫! 皆構え!? 後ろに飛んでえ!!」

 

無くしたお守りに意識を取られてたりせは、千枝から話かけられ我に戻り、皆に指示を出そうとした瞬間。クマの影が腕を使い総司達に遅い掛かった。

 

End



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クマの影

奇跡と偶然は紙一重


同日

 

現在、特出し劇場丸久座

 

現在、洸夜は先ほどのフロアで助けに来てくれエリザベスと助けかたで揉めていた。

壁を破壊するんだったら中にいる人達の事を配慮しろと注意する洸夜に対し、エリザベスはあれでも手加減したと言って反論して、ああでも無いこうでも無いと言い争いをしていた時だった。

突然現れた巨大な力に、洸夜とエリザベスは会話を中断する。

 

「ッ!? この力は……!(また大型シャドウクラス……! しかも、りせのシャドウよりも強力な……)」

 

「このエリア全体を覆う程の力ですか……中々やりますね、このシャドウ」

 

「だが、マズイな……この力は少なくとも、満月の大型シャドウクラスだ。しかも、後半の……」

 

流石に焦りの色を隠せない洸夜の様子に、エリザベスは口を開いた。

 

「総司様達に勝算は?」

 

「お前にも分かるだろ。はっきりとは分からないが、恐らく無理だ。総司達は只でさえりせのシャドウと戦ったばかりでの連戦……いくら力が強く成ったとは言え、それ以上の力の持ち主が現れたら意味は無い……! どうする……一体、どうすれば……!」

 

流石に連戦での大型シャドウ戦は洸夜でも予想外だった。

自分の行動に後悔する洸夜は、どうするか頭の中で回転させていると、エリザベスが話し掛けて来た。

 

「洸夜様、一つ聞いても宜しいでしょうか?」

 

「なんだ、時間が無いんだから早く言え……」

 

流石にこれ程の力を持つものとの連戦に成るとは思っていなかった為、洸夜は冷静を保ちながら考えていた為もあり、洸夜はエリザベスに返答を急がせた。

 

「……では、御言葉に甘えて……洸夜様、彼等に何か手助けする意味が有るので御座いますか?」

 

「なに?」

 

エリザベスの言葉に洸夜は聞き返した。

 

「お姉様から色々御聞きしました、洸夜様は今まで影ながら彼等を手助けしていましたね」

 

「そうだ、アイツ等はまだまだ知らなければ成らない事が多く有る。それを自分達自身の手で気付かなければ意味は無い。だから俺は裏方に回った」

 

「その方法にこそ意味は無いのです」

 

「……どういう意味だ?」

 

エリザベスのまさかの否定的な言葉に洸夜は再び聞き返し、エリザベスは近くの瓦礫に腰を下ろした後、本を開きながら口を開いた。

 

「そのままの意味で御座います。ハッキリ言いまして、己と向き合い、ペルソナ能力に目覚めた時点で力の重さと責任に気付く、又は気付き始めない方々に何か助言をしたところで意味は無いのです。その程度の覚悟すら出来ない方々はいつか必ず誤った選択をし、勝手に破滅の道を歩むのですから放っておいても別に良いのでは有りませんか?」

 

「ッ! 良いわけ無いだろう……! 命に代わりは無いからこそ、そうなら無い為に俺達が教えなければ成らない!」

 

「ふふふ……!」

 

「ッ!?」

 

自分の言葉に笑い出すエリザベスに、洸夜は少し恐怖を感じたがエリザベスは本にしおりを挟むと洸夜に目を合わせた。

 

「こう言う事を古から矛盾と言うのです……洸夜様、貴方様は前に助けられた筈の女性を総司様達の成長の為とはいえ、見捨てた事が有りましたね?」

 

「……ああ、言い訳はしない。俺は総司達に経験を積ませる為に天城雪子を見捨てた」

 

「……それだけでは無く、その後に学業を無断で休み、天城雪子様を助けに行った総司様達を御叱りしました筈です」

 

「ああ、その通りだ」

 

何故ここまでエリザベスが事情に詳しいのか少し不審に思った洸夜だが、今はエリザベスの話に集中する事にした。

 

「確かに、学業が仕事であり、義務でもある彼等にとって、無断で休むと言ったその行動は正しいモノとは言えないでしょう。お金をご両親が負担しているならば尚更……ですが、貴方様は言いましたね、命に代わりはないと……」

 

「……確かに言った」

 

自分でも、矛盾に気付いた洸夜。

その様子を見て、エリザベスは静かに頷くと話を続けた。

 

「命に代わりは無い……その言葉の通り、総司様達はご友人の命の為に学業を放り出しました。その意味は洸夜様も気付いてる筈です」

 

「……」

 

エリザベスの言葉に洸夜は黙って話を聞く。

その様子にエリザベスは、洸夜に近付き洸夜の顔に触れ、優しく洸夜に視線を合わせた。

 

「御自分でも理解している……でも、それでも叱ってしまった理由。それは……貴方様が内心何処かで、総司様達にペルソナやシャドウに関わらず、普通に暮らして欲しいと言う思いがあるからでは? その反面、総司様達を少しずつペルソナ使いとして認め、成長の手助けをする貴方様もいる……違いますか?」

 

「エリザベス……俺は」

 

洸夜はエリザベスに自分の気持ちを殆ど言い当てられてしまい、どうにも成らない感情を押さえながらも口を開くのだが、その言葉はエリザベスの人差し指によって阻止された。

 

「別に質問に答えなくても構いません……ですが洸夜様、もし、彼等を助けに行くならば貴方様も覚悟を決めねば成りません。貴方様の気持ちを、しっかりと決めて下さい」

 

「……」

 

エリザベスの言葉に、洸夜は黙って考え始めた。

 

======================

その頃……。

======================

 

現在、特出し劇場丸久座(最上階)

 

『ガルーラ!』

 

『アギラオ!』

 

陽介と雪子がシャドウに向かって風と炎の属性攻撃を放つのだが、シャドウは手に力を込め、陽介達の攻撃ごと二人目掛けて腕を振り下ろした。

 

『メザワリな……ヒートウェイブ!』

 

シャドウの攻撃は糸もたやすく陽介達の攻撃を相殺したと思ったが。

シャドウの攻撃はまだ生きていて、その攻撃の余波が総司達全員にへと流れる。

 

「ぐわぁぁっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「纏まってたら駄目! アイツの攻撃は基本的に広範囲の技が多いの! だから、纏まってたら危険だよ!」

 

「なら! 各個がバラバラに成りながらも上手く周りをサポートするんだ! マカミ!」

 

『アギラオ!』

 

総司は身体が長身の獣型のペルソナを召喚し、炎をシャドウに放つ。

そして、総司に続けとばかりに完二と千枝も駆け出した。

 

「私は右! 完二くんは左よ! スズカゴンゲン!」

 

「うっス! タケミカヅチ!」

 

『疾風斬!/剛殺斬!』

 

バラバラに成った事により、シャドウは上手く攻撃が出来なく成り、総司の攻撃が命中する。

更に、千枝と完二がその隙をついて追撃した為、シャドウは思わずその身体を大きく揺らした。

 

「よし! 足ごたえあり!」

 

『グオッ! そのチカラ、ジャマだな 愚者の囁き』

 

ペルソナ能力に目をつけたシャドウがそう唱えると、シャドウから放たれる黒い霧の様な者が総司や後方にいるりせにまで包み込んだ。

そして、その霧の正体を総司達は直ぐに知る事に成った。

 

「なっ!? ペルソナが……!」

 

「な、何だよコレ! ペルソナが……出せねぇ!」

 

突如、ペルソナが消えてしまう総司達。

そして、それと同時にまるで何かに押さえ付けられている様な感覚によって、総司達はペルソナが召喚出来なく成ってしまった。

 

 

「そんな、コレじゃあ皆をサポート出来ない……!」

 

『そんな必要はないぞムスメ……キサマ等は全員死ぬのだからな。虚無への導き』

 

「しまっ……!」

 

総司がそう言おうとした瞬間、シャドウの攻撃は放たれた。

 

「ぐわぁぁッ!/きゃあああッ!」

 

全員がシャドウの攻撃により、その場から吹っ飛んでしまった。

 

「あれ……?(衝撃が来ない?)」

 

りせは自分が何も起きない事を不思議に思い、ゆっくり目を開けた。

そこには……。

 

「ッ!? 先輩!」

 

「ハァ……ハァ……!」

 

りせが目を開いた先にいたのは、剣を構えながらもボロボロに成っている総司の姿だった。

そして、その様子からして総司が自分を守ったのだとりせは理解した。

 

『……ニンゲン。ナゼ、そうまでして抗う? 仮面の力さえ無ければ無力のオマエ達に真実を与えるのだぞ?』

 

「そんな真実はいらない……! 真実は必ず俺達の手で見付ける!」

 

「先輩……!」

 

『真実の為だけにそこまでボロボロになるか……愚かだな』

 

総司の様子に鼻で笑うかの様に投げ捨てるシャドウ。

だが、その言葉を聞いて総司の口元に笑みが零れる。

 

『……ナニが可笑しい?』

 

「ハァ……クッ……!~別に俺は、真実の為だけにやっている訳じゃない」

 

『ならば何の為だ?』

 

「そんなに深い理由じゃないけど……ただ、此処で仲間を見捨てて何もしない様な道の先に……兄さんはいないだけだッ!」

 

自分の人生の目標であり、尊敬する人物。

そんな兄をいつか越える為に総司は、洸夜に顔向け出来ない様な事は絶対にしないと自分に誓っている。

そして、そう言って総司は剣を構える。

それを見たシャドウは、総司とりせに留めを刺す為に再び腕を上げる。

 

「あ、相棒、りせちゃん……逃げろ……!」

 

「死んじゃうよ……瀬多君……逃げて!」

 

「チクショウ……! 恨むぜ……力の無い俺自身を……!」

 

「せめて、ペルソナが……!」

 

周りで倒れている陽介達が総司とりせに逃げる様にするが、総司はもう立っているだけで精一杯。

 

『終わりだ……ニンゲン! ヒートウェイブ!』

 

そう言ってシャドウは腕を振り下ろし、総司とりせは目を粒って覚悟を決めた。

 

「クッ!(ゴメン……!皆……兄さん!)」

 

「ッ!(おばあちゃん……! 洸夜さん……!)」

 

そして、攻撃は放たれた……。

 

 

 

 

筈だった。

 

 

攻撃は放たれた筈なのだが、いつまで経っても攻撃は来ず。

それに疑問に思った総司とりせが目を開けると……。

 

「これは……!」

 

「嘘……何で……? 何で洸夜さんの鈴が?」

 

そこで総司達が見たのは、りせが無くした洸夜から貰った紫色の鈴。

それが謎の壁を生み出し、シャドウの攻撃を防いでいた光景だった。

 

『な、なんだコレは!』

 

攻撃を防がれたシャドウも何が起こったのか分からず、初めて表情を歪ませる。そして、総司達も何が起こったのか分からず混乱して来た時だった……。

 

チリーン……! チリーン……!

 

「何この音……?」

 

「鈴……?」

 

何処からともなく聞こえて来た鈴の音に困惑する陽介達だが、総司だけはこの鈴の音を知っていた。

 

「ッ!?(この鈴の音……)」

 

この鈴の音は、引っ越す度に洸夜の後を追い掛け、そして良く迷子に成っていた総司に自分の居場所が分かる様に洸夜が付け出した鈴の音。

そして……。

 

 

 

 

「だから言ったろ? その鈴は肌身離さず持っていて欲しいって……」

 

扉の方から聞こえて来た声の方を総司達とシャドウが振り向き、総司達はその人物を見て驚愕する。

 

「あ、ああ……!」

 

「嘘……何で……!?」

 

「どうして此処に……!?」

 

「マジかよ……!」

 

「そんな……!」

 

「は、はは……私、笑いが込み上げて来ちゃったよ」

 

「誰クマ……?」

 

それぞれが、各々の思わずでた言葉を吐く。

その様子に、その人物は口元に少し笑みを浮かべ、刀を肩にかけ、ペルソナ白書を腰に、そしてホルスターに入れた銃型の召喚器を確認すると、シャドウを睨みつける人物……。

 

「……悪いが、シャドウ。この戦い、俺も混ざらせてもらう!」

 

瀬多洸夜、その人だった……。

 

 

END



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仮面使いVSクマの影

飽きたゲームのデータを消して数年した後、無性にそのゲームをしたくなりデータを消した事に後悔する。


数分前 ……。

 

現在、特出し劇場丸久座(フロア)

 

洸夜は、エリザベスからの問いに悩みながらも静かに口を開いた。

 

「……俺は、総司達を助けに行く」

 

「分かりました」

 

「……それだけか?」

 

散々、シリアス混じりに聞いてきたにも関わらず、呆気なく頷くエリザベスに洸夜は拍子抜けしてしまう。

 

「私が何か言えば、迷う様な覚悟なので御座いますか?」

 

「いや……そう言う訳では無いが……」

 

エリザベスからの妥当な言葉に、洸夜は思わず目をそらしそうになった時だった。

 

「ッ! 総司達の気配に違和感が……!」

 

ワイトの力を使い、最上階の様子をずっと探っていた洸夜は、先程までとは違う総司達の気配に思わず上を向き、洸夜の言葉を聞いたエリザベスはまるで耳をすませる様に手を耳元へとおいた。

 

「この重苦しい感じは……恐らく"魔封"状態……」

 

"魔封"とは、簡単に言えば技が封じられた状態で、更に言えばペルソナ能力が一切使用出来ない状態の事を示す。

基本的にシャドウと戦う唯一の手段でもあるペルソナ能力を封じられるのは、ペルソナ使い達にとってはかなりの痛手とも言える。

また、物理だけで倒せる相手ならばなんとかなるが、物理に耐性を持ったシャドウ等を相手にするときはどうしても属性技が必要になり、そんな場面で魔封に掛かったらそれなりに厄介なモノと言える。

 

「だが、いくら魔封とは言え対処は幾らでもある」

 

珍しく、少しだけ大袈裟に話すエリザベスに洸夜はそう返答する。

 

「本当にそうでございましょうか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「いえ……先程から総司様達の気配に全く変わりが無いもので、もしかしたらと思いまして」

 

洸夜に何かを伝えたいらしく、エリザベスは口元をペルソナ全書で隠しながらチラチラと洸夜に視線を送る。

 

「まさか……」

 

そして、洸夜自身もエリザベスの言わんとしている事が分かると、ダラダラと冷や汗をかきはじめて、その冷や汗が背中をつたう嫌な感覚に襲われる。

 

「まさか、あいつ等……魔封状態…………いや、状態異常の事を知らないのか?」

 

「今を尚、総司様達の様子に変化が無いことから見て、その推測に間違い無いでしょう」

 

目を閉じながら話すエリザベスの言葉に、洸夜は軽く舌打ちをするとフロアの入り口へと走り出した。

 

「何処へ行かれるのですか?」

 

「総司達のところに決まっているだろう! ペルソナが封じられた状態での大型シャドウ戦はマズイ……」

 

「今から向かっては間に合いません、ですので……」

 

「!」

 

エリザベスが手を翳すと、目の前の空間が裂けて入口が現れた。

そして、その様子に面喰らった様な表情の洸夜にエリザベスは、たった今出現させた入り口を指差す。

 

「このエリアの最上階へと繋ぎ致しました。お急ぎを……」

 

「すまない、エリザベス……恩にきる!」

 

洸夜は入り口へと走りながらエリザベスに礼を言うと、そのまま入り口へと入って行った。

そして、その様子をエリザベスは呆れた様に笑いながら見送った。

 

=================

=================

 

 

エリザベスが作り出した入り口から出た洸夜は最上階についたのだが、扉から感じる久方ぶりの強い力を感じ、無意識に武者震いした。

だが、それ以外にもう一つだけ洸夜には心配事があった。

 

「(確かに強い……だが、弱体化しているとは言え、この程度なら何とかなる。しかし、問題は久しぶりの強者に“コイツ”が我慢出来るかって事だ……)」

 

そう思い、困った感じに溜め息を吐きながら洸夜はペルソナ白書に視線を送る。

するとその時。

 

『ーーーー!ーーー!』

 

「ーーー!」

 

扉の向こうから声と振動が伝わるのを感じ、洸夜は急いで扉に向かい中を伺う。

そこには、りせを守る様にボロボロに成りながら立っている総司が、今まさにシャドウにとどめを刺される直前の光景だった。

その様子を見た洸夜は急いでポケットから、店の前で拾った鈴を取り出す。

 

「ギリギリだが、間に合え……!」

 

洸夜はそう叫び、鈴を総司達の前に目掛けて投げた。

そして洸夜の願いが通じたのか、鈴は上手く発動してシャドウの攻撃を防いだ。

 

「上手くいってくれたか……」

 

鈴のお陰で総司達が無事なのが確認出来ると、安心した表情に成るが直ぐに表情を固くする。

そして、洸夜は装備を確認してから部屋へと入った。

 

==============

==============

 

……そして現在、洸夜はクマのシャドウと対峙していた。

総司達も洸夜が此処にいる理由が分からずに混乱してしまっている。

また、そんな総司達の様子を見ても洸夜は、シャドウから目を離さず総司達に背を向けたまま口を開く。

 

「総司! りせ!」

 

「「は、はい!」」

 

いつもと違う洸夜の雰囲気に圧されたのか、総司とりせは思わず敬語に成ってしまった。

 

「何故ペルソナを使わない?」

 

「えっ! そ、それが……あのシャドウの攻撃を食らったらペルソナが召喚出来なく成ったんだ……」

 

「召喚出来なく成った……か(やはり魔封状態か……この戦いが終わったら少し、状態異常について教えてやるか)」

 

総司の言葉にそう呟いた洸夜は、次にバラバラの場所に倒れている陽介達に視線を移すと静かに召喚器を構えた。

 

「なっ!? 兄さん!何やってんだよ!」

 

「洸夜さん!?」

 

洸夜が銃型の召喚器を自分に当てている事に驚く総司とりせ。

知らない者から見たらその光景は自殺としか見えない。

しかし、洸夜はそんな反応を無視し、作戦を練っていた。

 

「(バラバラの場所でやられたのか。少し面倒だが、まずはアイツ等を一カ所に集める事から始めるか)ケルベロス! オルトロス! ヤツフサ!」

 

引き金を引くと同時に、何かが砕ける様な音が辺りに響き渡り、洸夜の目の前に現れる白い獣と、二つの首を持つ獣。

そして、周りに色の着いた玉を浮かんでいる獣型の三体のペルソナが召喚された事により、総司達は更に驚愕する。

 

「見た事の無いペルソナを三体同時に……! それに、兄さんも俺と同じワイルドの力……!」

 

「す、すげぇ……」

 

「何か強そう……」

 

洸夜は、召喚した三体のペルソナを見て驚愕する総司達を無視して、ケルベロス達に視線を陽介達に向けると一言だけ指示を出す。

 

「……行け」

 

洸夜のその言葉と同時に、ケルベロス達は風をきる様に陽介達目掛けて走り出す。

しかし、その様子にクマの影が黙っている訳もなく、視線をケルベロス達へと向けて腕を振り上げた。

 

『何をする気かワカラナイが、ケサセテもらう!』

 

クマのシャドウは、腕を振り下ろしてケルベロス達を薙ぎ払おうとする。

だが、ケルベロス達は脚に力を入れ、その場で高く飛んでそのままシャドウの腕に乗って走り続けた。

 

『ヌッ!?』

 

「凄い……!」

 

「オルトロス! ヤツフサ!」

 

りせがケルベロス達の動きに驚いている中、洸夜はオルトロスとヤツフサに指をクマの影の隙や出来た場所にさして指示を出す。

その指示に対し、二匹のペルソナはシャドウを踏み台にし、陽介達の近くに着地した。

それに驚いているのは、倒れている陽介達。

事態が分からずに、自分達の目の前にいるオルトロス達を口を開けたまま眺めている。

 

『『……』』

 

それに対し、オルトロス達はそんな陽介達を無視し、陽介達の服を口でくわえて背中に乗せるが何故かクマだけはくわえたまま。

 

「えっ!? ちょっ! なになに!?」

 

「乗せてくれるの……?」

 

「見たいっスね……」

 

「クマものせれ~~!」

 

突然の事で混乱する陽介だが、二体が全員を乗せたのを遠目から確認すると洸夜はオルトロス達にすぐ指示を出す。

 

「駆けろオルトロス! ヤツフサ! ソイツ等をこっちに連れてこい!」

 

『『ーーー!』』

 

洸夜の言葉にオルトロス達は陽介達に有無を言わさずに走り出す。

 

「「「「「きゃあああッ!!/おわぁぁぁッ!!」」」」」

 

余りの事に叫び散らす陽介達。

しかし、オルトロスの片方の首に千枝が思いっ切り掴んでいる為苦しそうだ。

 

『そう言う事か……!』

 

オルトロス達の動きを見たシャドウは、洸夜の狙いを理解し、爪に力を入れてオルトロス達に攻撃を仕掛ける。

しかし、シャドウの動きを読んでいた洸夜は、シャドウの近くに待機させていたケルベロスに指示を出した。

 

「あまいな…… ケルベロスッ!」

 

洸夜の指示にケルベロスは、オルトロスを狙っているクマの影の目の前へと飛び上がった。

その行動にシャドウも、オルトロス達に注意が向いていた為ケルベロスの動きに対応出来ない。

しかし、ケルベロスは容赦無く牙を向ける。

 

『ヌッ!』

 

『ギガンフィスト!』

 

ケルベロスの爪がシャドウに振り下ろされ、シャドウの顔に巨大な爪痕が刻まれた。

 

『グアアアアアアアッ!!』

 

シャドウが痛みで咆哮を上げている隙に、洸夜はケルベロス達を戻す。

そして、総司とりせは陽介達に駆け寄った。

 

「皆! 大丈夫なのか?」

 

「そう言う瀬多君はどうなの?」

 

「俺等よりも先輩ッスよ……」

 

互いの無事が確認出来た事で、総司達に笑みがこぼれる。

しかし、総司達がボロボロなのは変わり無く、洸夜は総司達に近付いた。

 

「俺から見たら、どっちも危険だ。ムラサキシキブ!」

 

「また、見た事も無いペルソナ……」

 

『メディラマ、アムリタ』

 

総司達はムラサキシキブの姿に驚くが、洸夜はムラサキシキブに指示を出し、総司達を回復させた。

そして、ムラサキシキブから放たれた光を浴びると総司達から傷や魔封が消えた。

 

「身体が……!」

 

「身体だけじゃない、ペルソナも使える!」

 

自分達の身体とペルソナが回復した事により、総司達は立ち上がり元気な様子を見せる。

だが、洸夜の視線に気付くと、総司達は少し警戒する様に構える。

 

「兄さん……」

 

「何で貴方がここにいるんですか? しかも、ペルソナまで使って……」

 

陽介が洸夜を除く全員の思っている疑問に聞くが、洸夜は陽介達に視線を向けずにクマの影から視線を固定しているかの様に目線を外さなかった。

大型シャドウへ見せる隙がどれ程危険なのかを知っているからこその行動。

だがしかし、陽介は洸夜に無視されたと思い食って掛かった。

 

「おい、聞いてんのかよ! 何であんたが此処に「喚くな……」なッ!」

 

陽介は洸夜の様子に怒り、声を上げたが逆に洸夜の言葉に遮られてしまう。

だが、陽介も何か言い返そうとするが、まるで喋る事は許さないと言わんばかりな洸夜の目に黙るしか無かった。

 

「お前等……相手は大型シャドウだぞ。こんな呑気に話している場合か?」

 

「の、呑気って……私達だって真面目に……」

 

「本当にそう言い切れるのか? 百歩譲って俺の乱入に意識を持って行かれていたとしても、俺を除けば、シャドウから視線を外してないのは総司と完二だけだぞ」

 

その言葉に千枝達は慌てるのと驚いたの2つの感じで総司と完二を見る。

洸夜に言われた通り、回復を受けたとは言え未だにグロッキーなクマは仕方ないとは言え、皆と同じ条件の総司と完二は洸夜の話を聞きながらもクマの影から目を話していなかった。

それどころか、もう遅れはとらないといった雰囲気でクマの影へ構えてすらいた。

 

「お、おいおい……すげぇマジじゃんかよ」

 

「二人とも、まさに本気って感じ……」

 

二人の雰囲気に陽介と千枝は思わずそう呟いてしまう。

だが、二人の呟きが聞こえた完二はクマの影を睨んいた視線を陽介達に移し、今度は陽介を睨みつけた。

 

「マジだ? 本気だ? んなの当たり前だろうがぁッ! 花村先輩、里中先輩、あんた等は何か? 遊び気分でやってのかッ! 」

 

「「ッ!?」」

 

このところ丸く成ったと言える完二だが、彼が中学で近所の暴走族を壊滅させた事もあるのを忘れていた陽介と千枝は思わず震え上がってしまった。

 

「い、いや……俺はそう言う意味でいったんじゃあ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

完二の言葉に顔を下に向ける陽介達。

その様子に完二はばつが悪そうな表情をすると、舌打ちをして再びクマの影へ睨みつけた。

 

「いつまで雑談しているんだ? そろそろあのシャドウが動き出すぞ」

 

洸夜の言葉に千枝達はクマの影を見ると、先程洸夜に傷つけられた傷に馴れたのか、先程より騒がなくなったクマの影の姿だった。

そして、その様子にようやく構え出した千枝達を洸夜は見ると、その場から一歩前に出た。

 

「……お前らは下がっていろ。アイツは俺が倒す」

 

「なっ!ふざけるなよ! あのシャドウってのは、あんた一人で倒せる様な奴じゃねえんだ!シャドウについて詳しくもないあんたが言ったところで無駄死にするだけだ!」

 

「俺もそう思う、さっきのは凄かったけど……兄さんが言っている事は無謀だ!」

 

洸夜の言葉にキレた陽介と総司が抗議するが、洸夜は至って冷静だった。

当たり前だ、洸夜はこのレベルのシャドウとは、それなりにやり合っているのだから。

また、洸夜の言葉に完二も一歩前に出た。

 

「洸夜さん! 俺達にも戦わせてくれ! 足手まといにはならねぇ筈だ!」

 

「私達だってここまで戦ってきたし、それにあのシャドウはクマさんのシャドウだから……」

 

完二と雪子の気持ちも分からなくは無い。

しかし、洸夜はあえて何も言わずに二人に近付くとポーンと風船を弾くかの様に押した。

そして、本来ならば押された完二と雪子はその程度の事等何ともないのだが……二人はそのまま地面に崩れる様に地面に座り込んでしまった。

 

「はっ? いや……おいおいマジかよ……くそ……」

 

「えっ! 何で私……足に……いや体に力が入らない……」

 

自分の状態に完二はどういうことか察したようだが、雪子は今一自分に起きている状態がわからないでいた。

周りでその様子を見ていた総司達も驚き、洸夜に一体何をしたのかと言わんばかりの視線で見つめた。

 

「俺は軽く押しただけだ。先程回復したと言っても、それだけで全てが回復する訳じゃない……今のお前らは戦える状態じゃない」

 

洸夜の言葉に総司達は何か言い返そうとしたが、洸夜に言われてから感じる体の負担に気付き、何も言い返えせなかった。

 

「……言いたい事はそれだけか? なら俺は行くぞ」

 

もう誰も何も言わないと判断した洸夜はクマの影へと歩きだす。

しかし、洸夜の言葉に陽介は更に声をあげた。

 

「いい加減にしろよ!シャドウについて何も「喚くなと言ったろ」・・ッ!」

 

洸夜から放たれた一言に陽介は恐怖して黙ってしまう

 

「知ってるよ、シャドウについてもペルソナについても今回の事件も少なくともお前等よりもずっとな……言いから黙って見てろ」

 

洸夜の言葉に総司達は困惑するが、不思議と不安等は一切感じ無かった。

そんな洸夜に、総司が言葉をかける。

 

「ちょっと待ってくれ、兄さん!」

 

総司の言葉に洸夜は振り返らずに立ち止まる。

 

「なんだ?」

 

「兄さん……兄さんが此処に来た理由はなに?」

 

総司の言葉に、洸夜は天井の方を向くと静かに溜め息を吐き、口を開いた。

 

「弟たちを助けに来るのに理由はいるか?」

 

「兄さん……」

 

総司が洸夜の言葉に黙った時だった。

 

『キサマァァァァァッ!!』

 

「ッ!?」

 

先程、洸夜の攻撃に苦しんでいたクマの影が腕を振り上げていた。

また、総司達が気付いた時には間に合わず、クマのシャドウが洸夜に目掛けて、鋭い爪を振り下ろした。

そして、その衝撃により辺りには砂埃が舞い上がる。

その様子にシャドウは歪んだ笑みを見せ、総司達は表情を青くして最悪のパターンを想像する。

 

「兄さん……? 兄さん!」

 

「洸夜さんッ!」

 

総司達が姿の見えない洸夜に声を掛けた瞬間。

 

「おいおい……! いきなりは無いだろ?」

 

『グワアアアアアアァァァァァッ!!!』

 

突然、何処からともなく洸夜の声が聞こえたと思った矢先に、シャドウが叫び声を上げた。

突然の出来事に事態が理解出来ない総司達。

シャドウの方に視線を送ると、そこにはクー・フーリン、タムリン、そしてオシリスと洸夜がそれぞれの武器をシャドウの巨大な腕をめった刺しにしている光景だった。

 

『な、ナゼだ……!』

 

「……いくら不意打ちとは言え、巨大な攻撃程何処かに隙が有るものだ。それにこの程度の攻撃なら、ペルソナ達に防いで貰う必要も無い。逆に攻撃のチャンスだ」

 

洸夜の言葉に顔を歪ませるシャドウ。

そして、シャドウ特有の怪しく光る金色の瞳で睨み殺すかの如く、洸夜を睨みつけた。

 

『ニンゲン……! キサマにも与えてやろう。あそこにいるニンゲン共よりも、キサマが先に死ぬと言う真実をッ!』

 

「良く喋るシャドウだ……弱く見えるぞ?」

 

『ホザケッ! ヒートウェイブッ!』

 

「クー・フーリンッ!」

 

『デスバウンドッ!』

 

シャドウとクー・フーリンの技が互いにぶつかり合い、その余波で部屋全体に亀裂が入る。

 

『マハブフーラッ!』

 

しかし、シャドウは直ぐに技を放ち、洸夜目掛けて一気に仕掛けた。

そして、巨大な氷が洸夜を囲む様に迫る。

 

「ムラサキシキブッ!」

 

洸夜はムラサキシキブを召喚し、自分に向かって来ていた広範囲の氷を羽衣を上手く使って防ぐ。

そして、マハブフーラが消えた瞬間、洸夜はシャドウに一気に接近した。

 

「オシリスッ!」

 

『小剣の心得』

 

オシリスが洸夜の刀に力を与え、洸夜はシャドウの真下から一気に斬り上げた。

そして、斬られたクマの影の体には右斜めの巨大な斬り傷が刻まれた。

また、洸夜へ攻撃が当たらない事にクマの影は信じられないと言った様に表情を歪ませた。

 

『グッ! ナンダこの動きは、何故攻撃がッ!』

 

「下手なんだよ……オシリスッ!」

 

『ジオダインッ!』

 

オシリスが大剣を掲げた瞬間、シャドウの真上から巨大な雷が降り注ぎ、シャドウを飲み込んだ。

ペルソナだけに戦わせるのではなく、時には自分自身で隙を作り、ペルソナ頼りではなく共に戦うやり方

 

「これがペルソナ使いの戦いだ」

 

『グワアアアアアアァァァァァッ!? なぜだ、何故キサマは抗う! 真実がほしくはナイのか!?』

 

洸夜はオシリスの攻撃が直撃しても尚、暴れまくるシャドウを見て、ペルソナ白書を開く。

 

「真実は欲しいが、お前からの真実はいらない(弱体化したオシリスでは止めをさせないか……なら、コウリュウとベルゼブブで……)」

 

シャドウに止めを刺す為、新たなにペルソナを召喚しようとする洸夜。

しかし、ペルソナ白書を開いた洸夜はある異変に気付いた。

 

「ッ!?(いない……! コウリュウ達だけじゃない、他のペルソナ達も見当たらない! 何故だ……まさか弱体化の影響か!?)」

 

自分の下からペルソナが居なく成っている事に驚愕する洸夜。

しかし、シャドウにはそんな事関係無い。

 

『シャドウ達よッ! 私に力を……!』

 

「何だ……?」

 

突如、クマの影の周りにシャドウ達が集まり出し、クマの影はそのシャドウ達を吸収し始めた。

その様子に、遠くから戦いを見ていた総司達も驚きを隠せない。

 

「アイツ!何やってやがるんだ!?」

 

「シ、シャドウを吸収してるの……!?」

 

「ん……りせちゃん?」

 

皆がクマの影の行動に驚いていると千枝がりせの様子に気付いた。

 

「あ……あぁ……」

 

りせはクマの影の方を見ながら、床に足を付けて震えていた。

まるで、化け物がそこに要るかの様に。

 

「どうしたんだ!?」

 

様子のおかしいりせに総司が声を掛ける。

だが、りせの震えは修まらない。

 

「別……今までとは違う……強い力が……!」

 

「えっ? あのシャドウを吸収したアイツってそんなにヤバいのかよ!?」

 

「確かにさっきよりもヤバい感じがするぜ……」

 

完二の台詞に皆がクマの影を見るとそこには……。

 

「おいおい……まだやる気か」

 

『ククク……キサマは全く愚かだな。あのまま楽に死んでればよかったものを』

 

そこには見た目は変わっていないが、全身から生きている様にウネウネと動く闇をを纏っているクマの影がいた。

先程よりも強い威圧感に、シャドウを吸収した事によってかなり強化された事が分かる。

 

「確かにヤバいな……」

 

「アイツがそんなに強いなら早くお兄さんに教えないと!」

 

だが皆の言葉にりせは首を振った。

 

「ち、違う……アイツじゃない」

 

りせの言葉に総司達は顔を見合わせる。

 

「えっ!? じゃあ一体……」

 

総司達はりせの視線の方向を見ると……。

 

「兄さん……?」

 

「違う……違う……!」

 

りせが見ていたのはシャドウではなく洸夜だった。

だが、再度りせは首を振っている事に総司達は気付かない。

 

「確かに力はかなり上昇した様だが、それで負ける程俺も弱くは……ッ!?(マズイッ!)」

 

洸夜がクマの影を睨みながら喋っていると、突然洸夜の表情が変わり、ペルソナが消えた。

 

「ッ!……(力の強い敵との戦いに“アイツ”が出てきたがっている!)」

 

洸夜の様子がおかしい事に気付いた総司達は、口を開く。

 

「ちょ、ちょっと!瀬多君お兄さんペルソナを戻しちゃったけど!?」

 

「どうしたんだ、何故兄さんはペルソナを……?」

 

「そんな事を言ってる場合かよ! 洸夜さんを援護しねえと!」

 

そう言って完二が洸夜を援護しようとしたが、りせが止めにはいる。

 

「駄目っ!今行ったら危険だよ! それに洸夜さんの邪魔になる!!」

 

「なっ! だったら見捨てろって言うのかよ!」

 

「違う! 言いからそこで見てて……洸夜さんの中から異質な力を感じるの」

 

りせの言葉に皆が黙り洸夜を見ると、何やら洸夜はブツブツと呟いている。

 

『どうしたニンゲン、いまさら怖じけづいた訳でもアルマイ』

 

「分かった分かった……だが、暴れ過ぎるなよ……!」

 

洸夜のおかしな行動に総司達もシャドウも、困惑した様子だが、シャドウは強化された爪を洸夜に向けた。

 

『まあ良い……少なくとも、キサマは死ぬ。この真実は変わらんのだッ!』

 

「……」

 

シャドウの言葉に、洸夜は何の反応も示さない。

そして、シャドウの巨大な爪が洸夜に向かって振り落とされた……その時。

 

ガシッ!

 

振り落とさたシャドウの腕が洸夜の目の前で止まった……いや、“止められた”のだ。

一つの黒い腕に。

まるで、洸夜から生えている様に見える黒い腕。

 

『こ、これは……!』

 

「来る!!!」

 

「「「「「え!」」」」」

 

シャドウとりせの声に総司達が声を上げた時だった。

 

ビキバキビキグチャ!

 

突然、洸夜の中から黒いなにかが出現し、段々と人の様な形になっていく。

 

「な、何だあれ?」

 

「ペルソナなのかな?」

 

「異質な力……そして絶対的な力だよ」

 

りせの言葉の意味が分からない総司達は、場の状況を見守るしか無かった。

だが、アレがとてつもない力を持っている事は確か。

 

『な、何だソレハ……キサマ一体何を……!』

 

黒いなにかに動揺したクマの影が声を上げるが洸夜は……。

 

「スマナイなシャドウ……コイツは俺にもよく分からないし、何より俺より優しくない……コイツは『死』そのものだから」

 

洸夜がそう言った時。

 

グチャビチャバキグチョガキバリグニャバキグチャボリビチャゴキ!!!

 

黒いなにかが人型の形になり、そして体の周りに鎖に付いている棺桶の形をしたモノが出現し、顔には獣の様な鉄の仮面に刀を持ち、『死』を司るモノの名を持つペルソナ……。

 

 

 

 

『タナトス』が召喚された

 

END



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『死』が奏でる鎮魂歌

料理の基本は卵から


同日

 

現在、特出し劇場丸久座(最上階)

 

タナトスは召喚されたと同時に突然咆哮を上げ、半壊した部屋一面に振動が響き渡る。

 

『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

タナトスの咆哮に、半壊したフロアは耐えきれずに更に壊れ、りせの影が乗っていたステージは既に見る影も無かった。

また、ペルソナとは思えない声に総司達は思わず表情を青ざめ、その様子を洸夜は不安とは違うが険しい表情でタナトスを見ていた。

 

「う、何あれ……」

 

「ペルソナ……なのか? いや、他のペルソナと何かが違う……!」

 

「怖いクマ……! 怖いクマよッ!! アレは何かが違うクマ!」

 

タナトスの姿を見て、総司達は反射的に後ずさりをする。

そして、クマもタナトスの存在に奮え上がっていた。

そんな中、陽介が前に出た。

 

「なにビビってんだよ? アレは相棒の兄貴のペルソナなんだろ? だったら大丈夫だろ」

 

皆が警戒している中、タナトスを只のペルソナとしか感じていない陽介が総司達より一歩前に出た瞬間。

洸夜の隣でクマの影の腕を掴んでいたタナトスが、陽介に顔を向け、陽介とタナトスが互いに目が合ったその時。

 

「ッ!? うっ! ガハッ! ゲホッ! う、オエぇぇ……ッ!!」

 

タナトスと陽介が目が合った瞬間、陽介はまるでタナトスに心臓を直接握られた様な感覚に襲われた。

そして、その感覚に耐え切れ無く成った陽介は嘔吐しかけながら、膝を着いてしまった。

 

「陽介ッ!?」

 

「花村君!? どうしたのッ!」

 

「花村先輩ッ!」

 

陽介が突如膝を着いた為、総司達は陽介の下に駆け寄った。

だが、その瞬間、陽介を見ていたタナトスが今度は総司達を捉えた。

そして、タナトスと目が合った総司達も陽介と同じ様な感覚に襲われる。

 

「うっ! ゲホッ!ゲホゲホッ!!」

 

「オエッ! き、気持ち悪い……」

 

「み、皆……! 一体何が……!?」

 

総司が陽介同様に膝を着いた光景を見て、そこまで喋った時だった。

総司はタナトスと目が合い、タナトスの顔である鉄仮面がまるで笑っている様に見えた。

そう思った瞬間。

 

「ウグッ! カハッ!ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!……うっ!」

 

総司は口を抑えながら膝を着いた。

そして、次々と頭に流れる絶望、孤独、悲しみ、怒り、憎しみ。

それ以外にも沢山の感情が総司達へ流れ、総司は思わず頭を抑えた。

 

「ゴホッ!(何だ、この感覚は……? 手足の先まで感じる気持ちの悪い寒気永遠に続く様な孤独と絶望感……これが……“死”なのか……?)」

 

総司がそう思いっていた時だった。

 

「ッ!? 止めろタナトスッ! アイツ等は敵じゃないッ!!」

 

洸夜が総司達の異変に気付き、タナトスを急いで静止させた。

その洸夜の言葉にタナトスは総司達から顔を逸らした。

またそれと同時に、総司達は先程の苦しみから解放され、まだ樽さが残る体をゆっくりと上げた。

 

「い、今のは……?」

 

「な、何だったんだよ……!? 今のはよ……!」

 

陽介達が先程の異常に混乱する中、洸夜は総司達目掛けて叫んだ。

 

「お前等ッ! 余りタナトスに近付くなッ! 生半可な気持ちで近付くと、最悪死ぬかもしれないぞッ!」

 

「し、死ぬ!?」

 

「何でそんな危険なペルソナをだすんだよ!?」

 

「(コイツは……タナトスは危険な訳ではない……! ただ、扱いが複雑なんだ……)」

 

そう思いながらも、洸夜が総司達に必死で言うのには訳が有る。

実は、タナトスは洸夜自身が誕生させたペルソナではない。

二年前の戦いの後、学園都市から去った洸夜は家に戻った後に何気なくそれなりに埋まったペルソナ白書を見てみると、誕生させた覚えがない名前がありそれがタナトスだった。

そして洸夜は、タナトスが気になり人気のない場所でタナトスを召喚した。

だが、タナトスは暴走し洸夜に牙を向いた。

 

……その後、洸夜はタナトスをボロボロになりながらも何とか屈服させたが、洸夜自身にはタナトスに付いて心当たりがあった。

それは、二年前にメンバーの中で自分と同じワイルドの能力を持ち、そしてタナトスを使っていたペルソナ使い……。

『彼』が何か関係していると思い、結果的に洸夜はこのタナトスを学園都市と仲間達から逃げた事への罪と判断し、洸夜はそれ以来タナトスを連れている。

しかし、それでもタナトスが洸夜の持つペルソナの中で一番の問題児には変わらない。

 

「……クッ!(だが、早速やんちゃしやがって……それに、見た所タナトスには弱体化の影響が見当たら無い……が、今の状態で何処までコイツを扱えるか)」

 

弱体化した自分で、タナトスを何処まで扱えるのか内心で不安に成る洸夜。

だが、迷い有る心ではタナトスじゃなくてもペルソナは答えてくれないと割り切り、今だけは迷いを振り払ってクマの影を睨む。

 

『強いチカラだ……だが、真実と定めは変わらない! 愚者のーー』

 

タナトスの力に警戒するシャドウは、タナトスが行動を起こす前に、先に攻撃を仕掛ける。

だが……。

 

『ーーー!』

 

ビシャッ!

 

何かが飛び散る音が何処からともなく聞こえたと、総司達とシャドウが認識した瞬間。

シャドウの“切り刻まれた”腕から血液の様に大量の闇が溢れ出した。

そして、その隣では自分の武器である刀をシャドウの腕に刺していたタナトス。

……そう、先に動いたのはシャドウでは無く、タナトスの方だった。

自分の腕が斬られた事を認識したシャドウは、痛みにより咆哮を上げた。

 

『グオォォォォッ! 有り得ん! 何故だ、キサマ等は真実を求めながらも何故真実を拒むッ!?』

 

「さっきも言ったろ? 真実は自分達で探すとな。それに、タナトスにとっての真実は“死”だぞ?」

 

『グッ……! ニンゲン……!』

 

洸夜の言葉が逆鱗に触れたらしく、シャドウはタナトスよりも先に洸夜を直接倒す為に爪を伸ばした。

だが、それに対して洸夜は身体を流れに任せる様に動き、攻撃を軽やかにかわすと同時に刀でクマの影の腕を斬る。

その結果、クマの影の腕には長い斬り傷が刻まれる事と成った。

 

「どっかのプロテイン馬鹿の拳に比べれば、何百倍も遅い……!」

 

『ククッ! 掛かったな! マハブフーーッ!?』

 

洸夜との距離が近い今の状態でマハブフーラを放とうとするクマの影。

だが、それよりも先にタナトスがクマの影の顔を掴むと、咆哮を上げながら頭突きを食らわす。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!!』

 

ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 

タナトスは辺りに何度も鈍い音を響かせながら、自分よりも遥かに巨大なクマの影に何度も何度も頭突きを繰り返す。

その容赦の無い姿はまさに『死』を司る者。

少なくとも総司は耐えているが、タナトスの戦いを見てる陽介達はその姿に少なからず恐怖している。

だが、タナトスに恐怖しているのは陽介達だけでは無い。

クマの影自身もタナトスに恐怖していた。

本当に顔なのかどうかも怪しいタナトスの鉄仮面。

それが攻撃している間、タナトスのその鉄仮面が笑っている様に見えて成らない……。

 

『調子に乗るな! キサマ等がどれだけ強いとは言え、真実は変えられんッ!』

 

洸夜とタナトスにそう叫んだクマの影は大きく口を開けた。

そして、その口からタナトスに飛び掛かる大量のシャドウ。

タナトスは、シャドウ達に攻撃されながら洸夜の隣へと戻る。

 

「タナトスッ!」

 

『ヴオオオオオオォォォォォォォォォッ!!!』

 

洸夜の言葉に咆哮で答えるタナトス。

だが、クマの影から出現した大量のシャドウはそのまま洸夜とタナトスを取り囲んだ。

 

『ククク、我等シャドウを甘く見ない事だな』

 

その数に、総司達も思わず戦闘体勢にはいる。

 

「くっ! 皆構えるんだ!」

 

「ちっ! どんだけ吸収したんだ!」

 

しかし戦闘態勢に入った総司達だが、シャドウ達は洸夜とタナトスの方にしか威嚇せず総司達の方へは行かない。

シャドウ達にとっても瀬多洸夜と言うペルソナ使いは、それだけ危険な存在だと判断している様だ。

 

「馬鹿な奴だ……折角吸収したのに全てを吐き出すとは」

 

大量のシャドウに囲まれているのにも拘わらず、至って冷静な洸夜。

何しろ洸夜は、二年前にもっと強力なシャドウと戦っている為、弱体化しているとは言えそう簡単に怖じけづきはしない。

そして、洸夜は暫くシャドウ達の様子を眺め。

かなりの数のシャドウが周りに集まった瞬間、洸夜はタナトスに指示を出す。

 

「(これ以上は時間は掛けられないな……)タナトス!」

 

『デビルスマイル!』

 

洸夜が指示を聞き、タナトスはまるで顔を歪ませる様に顔を変化させると黒い影の様なモノが放たれた。

そして、放たれた黒い影を浴びた周りのシャドウ達の動きが突然止まり、そしてシャドウ達は一斉に震え出した。

まるで、恐怖に支配されたかの様に……。

 

『な、何だコレは!?』

 

シャドウ達の様子を見て、クマの影はシャドウ達に指示を出すが、シャドウ達は動かない。

いや、動けない……。

 

『カ……カカカ……』

 

『シャ……シャシャ』

 

「おい、シャドウ達が動かないぜ!」

 

「何だろう? まるで何かに怯えてるみたい」

 

シャドウ達の様子の急変に総司でさえ理解に苦しむが、それを見た洸夜が技の説明をする。

 

「“デビルスマイル”は広範囲に影響する技だ。敵を恐怖状態にする事が出来、シャドウ達全員が恐怖で動けないんだよ」

 

『ッ!? あり得ん……!』

 

クマの影が声を上げ、辺りに怒号が響く。

すると、シャドウの怒号が気に食わなかったのか、タナトスが洸夜の指示なく動き始める。

 

「……全く、このじゃじゃ馬め。まだ、暴れ足りない様だな」

 

タナトスの行動に対し、それ程驚いた様子を見せない洸夜はただ静かにタナトスを見守る。

 

『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

『『『!?』』』

 

突如、タナトスが咆哮した矢先に、周りにいた大量のシャドウ達が一斉に震え上がり消滅した。

その光景に驚いたの総司達だ。

 

「なっ!? あれだけの数のシャドウが一瞬で……!」

 

「あの黒いの何しやがったんだ……!」

 

「……」

 

タナトスが何をしたか知っている洸夜は黙ってその様子を見ていた。

 

「(恐怖状態のモノを一瞬で死へと誘う特殊技。間違いない……『亡者の嘆き』だ)」

 

タナトスの好きにさせていた洸夜だが、そろそろこの戦いを終わらせようとクマの影を睨む。

そして、もう何度目か分からないぐらい睨まれたクマの影は腕を上げ、そして腕に力が集中する。

 

『ウルトラチャージ!!……コレでキサマは死ぬ!この真実だけは変わらんのだ!』

 

その言葉に洸夜は、刀をゆっくりとそして静かに構え直しクマの影を睨みつける。

 

「真実……真実……もう聞き飽きた! 終わりにするぞ、俺達が勝って終わりだッ! タナトスッ!!」

 

『ヴオオオォォォッ!!』

 

洸夜の呼び声に答える様にタナトスは、自身の刀を洸夜と同じ姿で構えた。

そして、タナトスの刀が青白い光に包まれ、互いの力の凄さが肌に直接知らされた。

 

「す、凄い……!」

 

「これが……本当に兄さんの力なのか……!?」

 

この戦いの光景に驚く者、己の無力に嘆く者がいるが、ただ言える事は誰もこの戦いから目を離さないという事だけ。

 

……そして、攻撃は放たれた。

 

『魔手ニヒル!!!』

 

『五月雨斬り!!!』

 

ドォォォォォォン!!!

 

「「「「「「うわっ!/きゃあっ!」」」」」」

 

轟音が部屋を包み、今居る部屋は既に最初の原形を留めておらず。

タナトスとクマの影の互いの攻撃の余波に、総司達はその場で吹き飛ばされない様に踏ん張った。

 

「どうなったんだ……!」

 

「センセイのお兄さんは大丈夫クマ!?」

 

「洸夜さん……」

 

「兄さん……!」

 

互いの技が激しく、辺りを包み込んでいた煙りが欝すらと晴れて来た。

そして、煙りが晴れたそこには……。

 

 

 

チンッ!

 

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』

 

刀を収めてタナトスを見守る洸夜。

そして、ボロボロになり平伏している様に倒れているクマの影を踏み、高らかに吠えているタナトスの姿だった。

そして、この咆哮は勝利の咆哮なのか、又はクマの影へ捧げる『死』を奏でる鎮魂歌なのか……。

ただ、部屋にはタナトスの咆哮だけが響き渡っていた……。

End



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日常
黄昏の七夕


携帯端末のバッテリーが減るたびにテンションが下がる。


7月3日(火)の影の書

 

 

総司が誘拐された“久慈川りせ”の救出の為にマヨナカテレビに向かい、そこで久慈川りせの抑圧された内面がシャドウとなり出現

総司達はこれと交戦した模様。

ここまでは花村陽介達と同じで今まで通りのパターンだ。

また、久慈川りせのシャドウは広範囲の攻撃や相手の耐性を消す技を持っていたと総司から証言を貰った。

そして、総司達はコレの撃退に成功し久慈川りせは己と向かい合いペルソナ能力に覚醒。

そのペルソナは完全なサポート型で敵の情報やダンジョンの探索に特化されている、これ程までの力は俺のワイトを除けば山岸風花のペルソナ『ユノ』しか現在は確認されてはいない。

このまま成長すれば風花の様にペルソナが転生して更に力が上がるだろう。

そして、久慈川りせの救出に成功した総司達は帰還しようとしたがここで問題が発生した。

テレビの世界での協力者であるクマっぽい生き物からシャドウが出現し、総司達はりせのサポートの援護でコレを向かい討ったが総司は返り討ちにあった。

恐らくはりせのシャドウとの戦闘での疲れや、状態異常の知識が欠けていた為。

そして、仲間が増えた事による油断と無意識の内の仲間任せにより戦いの反応が遅れたのが原因だろう。

流石に危険と判断し、自分もこの戦いに参加。

そして、シャドウの撃退に成功した。

このシャドウは体は大きく素の力も強く、技も多才だったが、隙が大きく見切れないモノではない。

何よりも、色々危険も有ったがタナトスの活躍が一番大きかった。

それから、りせと同様にクマもペルソナ能力に覚醒した。

クマのペルソナ『キントキドウジ』はりせと違い戦いに向いているペルソナの様だ。

だが、コレで総司達にばれてしまったから色々聞かれるだろう、今はりせの身体の具合を理由に見逃して貰っているから説明は後回しにしているが、いつまで持つやら……だが、二年前について言う気はない。

そして、最後にこの事件の犯人に付いてだが、未だにテレビの中では犯人らしき人物又はその気配が確認していない。

恐らく犯人はテレビの中については知っているが、自分は中に入らず被害者だけを入れているのだろう。

そうなると、犯人はペルソナ能力を持っていない可能性もある……。

まあいい、犯人や事件についての詳しい事は『真実の書』の方に記しているから何かあればそっちを見ればいい。

さてさて、総司達への言い訳を考えないとな……。

 

 

 

 

7月7日(土)晴れ

 

りせ救出から数日が経ち、テレビから脱出した総司達は案の定、洸夜に詰め寄ったが洸夜は……。

 

「りせの体調が良くなってからだ。それまでは待て。我慢くらい出来るだろう?思春期の子供じゃ有るまいし」

 

そう言って洸夜はその場を乗り切ったのである。

その言葉に総司達は何とか納得するものや、顔を真っ赤にするもの等様々な反応を見せてくれた。

そして現在、洸夜は……。

 

 

今日は7月7日、つまり菜々子と七夕の準備をしていた。

 

「笹と短冊の準備完了だな」

 

「わあぁ!それどうしたのお兄ちゃん!」

 

洸夜が準備した笹を見て目をキラキラさせる菜々子。

 

「良く釣りする川にいる爺ちゃんに貰ったんだよ……紅金を八匹で」

 

「え?」

 

「何でもないよ、それより叔父さんと総司達遅いな……夕飯が冷める」

 

テーブルの上に洸夜が作った、ちらし寿司を始めとする料理を見ながら、もう少しで仕事から帰ってくる堂島と陽介達と一緒にいるで有ろう総司を七夕の準備と菜々子の頭を撫でながら洸夜は呟いた。

 

「もう少しで着くとおもうよ、それよりお兄ちゃん!“あれ”作ってくれた!」

 

洸夜の足にくっつきながら菜々子は洸夜に聞くと、洸夜は「当たり前だ!」と言わんばかりに笑った。

 

「ふっ、兄に抜かりはないぞ七菜子!」

 

その言葉に菜々子の輝いていた目の輝きが更に輝く。

 

「ほんと!ありがとうお兄ちゃん!菜々子ね、ほんとに楽しみにしてたの!」

 

「ははは……(和む……総司はもう昔の様に甘えてはくれないから、今の俺のオアシスは菜々子だけだよ)」

 

洸夜がそんな事を思っていると玄関の方から声が聞こえてくる。

そして、玄関の扉が開くと堂島が疲れた表情で帰宅を果す。

 

「ただいま、今帰ったぞ。ほらお前等も早く上がれ」

 

「「「「「お邪魔します!」」」」」

 

帰って来た堂島の後ろから総司を始め、紙皿や紙コップを持った陽介と料理らしき物を持った雪子達がいたそして、菜々子はりせを見付けると声を上げた。

 

「りせちゃんだ!なんでなんで!」

 

「ふふふ、こんばんは菜々子ちゃん、今日は皆で先輩の家で七夕パーティーやるって誘われたから来ちゃった」

 

「でも本当によかったの叔父さん?」

 

「ああ、たまにはこんな風に騒がしい七夕もいいだろ……菜々子も喜んでくれてるしな」

 

そう言って堂島は、はしゃいでいる菜々子を見ながら呟いた。そして洸夜はテレビの中から出た後に念のため病院に入院していたが体に異常が無かった為すぐに退院したりせを見て安心していた。

 

「(あのお守りは何とか成功した様だな、だが犯行はまた防げなかったな一体、犯人はどうやって……)」

 

そんな中、菜々子の様子に笑っていた陽介達だが、洸夜の姿を姿が視界に入ると、どんな表情をすれば良いか分からないと言った風に落ち着かないそぶりを見せる。

それに対し、洸夜は陽介達に然り気無く近付き、そっと耳打ちをする。

 

「今日は菜々子が楽しみにしている。悪いが、"その類いの話"は今は無しにしてくれ」

 

洸夜の言葉に、表情には現さないが陽介達は少し驚いた感じになる。

しかし、洸夜の言う通り、笑顔で七夕の準備をしている菜々子の姿を見たらつい納得してしまった。

そして、総司と雪子が洸夜に近づく。

 

「洸夜さん、コレ家の母や板前さん達からです」

 

そう言って、雪子から箱を受け取り蓋を開くと中には如何にもプロが作りましたと言わんばかりの料理が入っていた。

 

「おいおい、良いのかい?こんないいものを頂いて?」

 

「はい、前に相談に乗って貰った時のお礼と思って下さい」

 

「お礼って……なら、その好意は受け取らせてもらおう。あと、お返しとは言わないが夕飯に俺が作った料理を雪子ちゃんと皆も食べてくれ。量なら有る」

 

「えっ!この料理って洸夜さんが作ったんですか?」

 

雪子の言葉を聞き堂島がテーブルを見て驚く。

そこに並べられていたのは、天の川をイメージした様に飾りつけされたちらし寿司を始めとした料理の数々。

最早、趣味の領域を超えていると言っても過言では無かった。

 

「一度スイッチが入ると止まらないものだよな……因みにデザートも準備してある」

 

「コイツは豪勢だな……七夕じゃなく、何かの記念日じゃないのか?」

 

「す、すげぇ……本当に食っていいんスか?」

 

「もちろんだ、だがその前に皿とコップと、そっちのテーブルも綺麗にしないとな……総司!手伝ってくれ」

 

「分かった」

 

「じゃあ私達は料理を並べたりしようか?」

 

「そうしよう」

 

「菜々子も手伝う!」

 

「ふふふ、一緒に頑張ろうね菜々子ちゃん」

 

流石に人数が多いと判断した洸夜は台所のテーブルも使う事にしたが、少し散らかっていたので総司を呼んで片付けを手伝わせる。

それを見た菜々子・千枝・雪子・りせの四人は料理をテーブルの上に置いたりコップの準備をしていた。

 

「なら、俺はこの笹を庭に出すか……」

 

そう言って堂島は笹を折らない様に庭にだす。

 

「ところで洸夜、この笹は一体どうしたんだ?」

 

窓を開けて中庭に笹を出しながら堂島が聞いてきた。

 

「菜々子にも聞かれたよ。川で知り合った爺ちゃんに貰ったんだよ……紅金を八匹で」

 

「朱金って、よく川に沢山いるあの紅い魚か?」

 

洸夜の話を聞いて可笑しそうに笑いながら、堂島は笹を立てる。

 

「俺達は何すればいいんだよ?」

 

 

「花村先輩・・・少なくともこのままタダ飯食らったら男が廃ります!洸夜さん!俺も手伝います!」

 

そう叫びながら完二は洸夜の方に走って行き、一人残された陽介は辺りを見て何処か寂しそうになり……。

 

「菜々子ちゃん!俺にも何かさせて!」

 

 

数分後……

 

現在、食事中

 

 

「「「「「「「うまっ!」」」」」」」」

 

 

全員が料理を口に運んだ瞬間に、皆が一斉に口を開いた。

その皆の言葉に洸夜も満足げな表情をしている。

 

「お前また腕を上げたな!本当に姉さんの子供か?」

 

「母さんの料理の下手さは筋金入りだからね……雪子ちゃん家から頂いた料理も美味しいよ」

 

「え!あ、ありがとうございます。お兄さんの料理も美味しいですよ、特にこのちらし寿司は私は好きな味です」

 

いきなり話を変え、真面目な口調になった洸夜に驚き雪子は一瞬焦る。

 

「兄さんのちらし寿司は久しぶりだな……」

 

「確か……一億と二千年ぶりだったか?」

 

「兄さん、突っ込まないよ」

 

総司に華麗に流された洸夜は、近くでパクパク食べてる菜々子に泣き付く。

 

「菜々子……この所の総司が冷たい気がする。布団の下に自分専用の禁断の本隠してる癖に……」

 

「きんだんの本?」

 

洸夜の頭を撫でながら菜々子は首を傾げて、皆の視線は総司に向かい、そして総司はむせる。

 

「ブホッ!!!!今言う事じゃないでしょ!?」

 

総司の言葉に堂島は何かを察した様な顔で見守り、雪子は菜々子同様に意味を理解しておらず首を傾げて千枝とりせは顔を赤くし、陽介と完二は思う事があるのか目を逸らしている。

そして洸夜は……

 

「全く……食事中に何て下品な話をしているんだ」

 

「兄さんがでしょ!」

 

「さてと……そろそろ菜々子との約束を果す時が来たな……」

 

「無視した……」

 

総司の突っ込みに洸夜は華麗に流し、台所の方へと向かうと何か大きな円上のものを持ってくる。

 

「はい、お待ちどう」

 

ドスンとテーブルに置いた大きな円上のものに、総司達はなんだなんだと思いながら覗き込み、それが何か知っている菜々子は目を輝かせながら覗きこんだ。

そこにあったのは……。

 

「ケーキ?」

 

洸夜が持ってきたのはケーキだった。

しかも、そんじゃそこらの下手なケーキで売っている様な代物ではなく、チョコレートやトッピング用のお菓子と金粉を使い天の川がイメージされており、更に左右にはストロベリーチョコで彩られた織女と、ホワイトチョコで彩られた牽牛も飾られていた。

その異常な完成度に総司を含め、菜々子を覗いたメンバー全員が絶句していた。

 

「これ……どうしたんだ?」

 

メンバーの中でいち早く現実に戻ってきた堂島が口を開いた。

 

「作ったんだよ、菜々子と約束したからね。気に入ってくれたか、菜々子」

 

「うん! 洸夜お兄ちゃん凄い!凄い!」

 

まだ輝くのかと言いたくなる程目を輝かす菜々子に、堂島は苦笑いしながら口を開く。

 

「いや……何でこれを作る事に成ったんだ?」

 

「菜々子と買い物に行った時、ジュネスで七夕風にデザインされたケーキが売っていたんだけど、それを菜々子が気に入っちゃってさ……だけど、よく見たらその販売されていたケーキよりも良いものを作れると思ってさ、現在に至る」

 

「な、菜々子ちゃんの為とはいえ……そこまでやるとは」

 

「恐ろしき、シスコンパワー……」

 

周りが絶句しながらも、そんな感じで夕飯は過ぎていく。

 

そして更に数分後……

 

「短冊に願い事を書くなんて何年ぶりかな」

 

「昔は千枝と一緒によく書いてたよね」

 

「里中の事だから、どうせ腹いっぱい肉が食いたいとかだろ」

 

「何か納得できる……」

 

「いいじゃん!肉美味しいし!」

 

「否定はしないんですね……」

 

現在は食事を終えて、皆で短冊を書いていた。

ちなみに菜々子は堂島の膝の上で書いている。

 

「お父さんも書こうよ!」

 

菜々子の言葉に堂島は苦笑いしながら頭をかく。

 

「まさか、この歳で短冊を書くとはな……」

 

「別に個人の自由なんだから、書きなよ」

 

軽く笑いながら洸夜は、堂島を見ながら呟いた。

そして、やれやれと良いながらも悪いきはしないと言った感じで書く堂島。

 

「俺、書き終わったんで先に飾っていいスか?」

 

「菜々子も出来た!お父さん早く飾って!」

 

「ははは、分かった分かった!」

 

完二が終わって菜々子も書き終わり、菜々子に急かされて堂島も笑いながら庭に出る。

そんな時、りせが洸夜の側によって来て口を開いた。

 

「あの、洸夜さんは何て書いたんですか?」

 

「ん?なに、大した願い事じゃないよ……ほら」

 

そうやって洸夜は自分の短冊を見せると、総司達が覗き込む。

そこには……。

 

“家内安全”

 

「「「「((((初詣かよッ!?))))」」」」

 

洸夜の願いに総司を覗いたメンバーが心の中でツッコミをいれる。

だが、その短冊を見て総司達は自分の短冊を見て肩を落とす

 

「何か、俺の“原チャリ購入”って願い事をした自分が情けなくなって来たぜ……」

 

「私も“腹いっぱい肉を食べられます様に”って願い事を……」

 

「「「「(やはりか)」」」」

 

千枝の願い事を聞いて洸夜を除く、その場にいたメンバーの気持ちが一つになった。

 

「ところで総司達は何て書いたんだ?」

 

洸夜の質問に総司は自分の短冊を見せる。

 

「俺はこれ、“いい一年になります様に”」

 

「「「「「(だから、初詣かよ!?)」」」」」

 

頭は悪くないのだが、何処かネジの外れた感じの瀬多兄弟の回答にメンバーは苦笑いしか出ない。

心の中で皆がそう思った

 

「雪子先輩は?」

 

「私はコレかな“旅館がペット可能になります様に” これいいでしょ!」

 

「(何故にペット?)」

 

目をキラキラさせている雪子の願い事を聞き、何か本人に思う事があるのかと苦笑いしながら思う洸夜だった。

 

「りせちゃんは?」

 

「私は……“初恋が叶います様に”だよ!」

 

 

「初恋って!りせちゃん好きな人がいるの!?」

 

りせの願い事に陽介がいち早く反応した。

 

「え!誰々!」

 

千枝の言葉に顔を赤くしながらりせは洸夜と総司を見る。

 

「「……?」」

 

意味が分からない洸夜と総司が首を傾げると、りせは……。

 

「あ、駄目!私を巡って洸夜さんと先輩が争うなんて……りせはどうすればいいの!」

 

何故か自分の世界に飛んでしまった。

 

「流石はアイドルだな、かなりの演技力だぞあれは」

 

「兄さん、そこは問題じゃないよ」

 

りせを見た洸夜の反応に総司がツッコミを入れてると堂島が窓を開けて出て来た。

 

「おーい、お前等は飾らねえのか?天の川が綺麗だぞ」

 

「やべ!早く飾ろうぜ!」

 

「りせちゃん!早く戻って来て!」

 

「駄目だよ!二人一辺になんて!」

 

「個性的な友人を持ったな総司……」

 

「……おかげさまで」

 

苦笑いしながら、時間は過ぎていく。

 

「わあ……お空がきれい」

 

「本当だな」

 

菜々子は堂島に肩車して貰いながら天の川を見てる。

 

「よし!全員飾り終わったスね」

 

「うん!こうやって見ると久しぶりに七夕って感じたよ」

 

「本当……何か新鮮だね」

 

雪子達は短冊で飾り付けられた笹を見て口を開いた。

 

「どうだ総司?綺麗なもんだろう……」

 

堂島が天の川を口を開けながら星空を見ている総司に話かけて、総司はそのままの状態で口を開く。

 

「本当に綺麗だ、都会じゃこんなにも綺麗に見れないよ」

 

「そうか、ところで洸夜はどうした?」

 

「あれ、お兄ちゃんさっきまでそこにいたよ?」

 

「何処にいったんだろう……」

 

皆が辺りを見てると窓を開けて、家の中から出て来た

 

「俺はここだよ」

 

出て来た洸夜の手には先程飾った短冊とは違う短冊を持っていた、そして洸夜はその短冊を笹に飾り始めた。

 

「あれ?洸夜さん、短冊はさっき飾ってたスよね?」

 

「ああ!お兄ちゃん二つも願い事するのズルイ!」

 

不思議に思った完二と菜々子の言葉に、洸夜は笑いながら飾る。

 

「ははは、違う違うこれは願い事じゃなく手紙みたいなもんだよ」

 

「手紙?だれにだ?と言うか何で七夕に手紙?」

 

堂島が洸夜に聞くと、洸夜はゆっくりと夜空を見ながら口を開く。

 

「何と無くだよ、願い事が夜空に届くなら手紙も届くかなって思ってさ……今はもう会えない親友に届く思ったんだよ」

 

「兄さん……?」

 

夜空を見ながら何処か寂しそうにしている洸夜を見て皆が黙ると……。

 

「菜々子も書く!」

 

「? 誰に書くんだ?」

 

菜々子の声に堂島が聞くと菜々子は迷いなく口を開いた。

 

「お母さん!菜々子ね、お母さんに菜々子は元気ですって手紙書く!」

 

「!?……そうか、なら書くか?俺も書きたくなったよ」

 

菜々子の言葉を聞いて堂島は嬉しそうに笑うと菜々子を下ろした。

 

「叔父さん、短冊はまだ余ってるよ」

 

「悪いな洸夜」

 

そう言って菜々子と堂島は家に入り、その場には洸夜と総司達が残された。

 

「……今、この場には俺達しかいない、聞きたい事があるんじゃないのか?総司?いや“自称特別捜査隊”の諸君か?」

 

「!? そこまで知ってたんですか!」

 

洸夜の言葉に陽介が驚くが洸夜がその名を知ってた訳を話す。

 

「いや、お前等……ジュネスであんなにデカイ声で喋ってたら誰でも気付くぞ、近所のおばさん達がお前等を可愛そうな人を見る様な目で見てたからな」

 

「「「「「……」」」」」

 

「え?特別捜査隊って何?」

 

「総司達に聞けば分かる」

 

今頃恥ずかしくなって顔を抑える総司達と、意味が分からないりせは首を傾げる。

 

「その事はいいですって!それよりお兄さんには聞きたい事があります!」

 

「千枝の言う通りだよ、兄さん聞かせて貰えるよね?」

 

総司達に迫られても洸夜はたいして焦った様子もないが、何処か困った様子で口を開いた。

 

「すまんな、今日は気分が乗らないんだ。また、明日にして貰えないか?」

 

「兄さん!」

 

「洸夜さん!流石がにそれはないっスよ!」

 

洸夜の返答に総司達が抗議するが……。

 

「すまないな……」

 

「「「「「「……」」」」」」

 

洸夜の真剣な表情に何も言えなくなってしまった。

すると家の中から堂島が顔を出す。

 

「おいお前等、もう遅いからそろそろ家にかえれよ」

 

堂島の言葉に雪子が慌てた様に時計を見る。

 

「えっ!?もう10時過ぎ!私そろそろ帰らないと」

 

「私も、おばあちゃんが心配するから」

 

その言葉に陽介達も流石に帰らないとまずいと思ったのか帰る準備を始めた。

 

「今日は仕方ないな……洸夜……さん。明日は絶対に教えて下さいよ」

 

「分かった分かった」

 

陽介達にそれだけ言うと洸夜は笹の近くに寄り、自分が書いた手紙を見る。

 

「兄さん……」

 

「ん?どうした?」

 

陽介達がいなくなった庭で総司と洸夜だけがいる形になり、総司が洸夜に声をかける。

 

「これだけは聞きたかったから、兄さんは今回の事件の犯人を知ってるの?」

 

総司の質問した理由は至って簡単で、総司から見て洸夜は頼りになる兄であり、またその兄が自分達よりもペルソナ等に詳しいかったから、もしかして犯人についても既に手掛かりを掴んでいると思ったのである。

 

「いや、近づいてはいると思うがまだまだ遠い」

 

「……そう、兄さんでも分からないのか」

 

「だが総司、全く手掛かりがないとは限らないぞ」

 

洸夜の言葉に総司は視線を洸夜に移した。

 

「どういう事だよ、さっき兄さんは近づいているだけだって……」

 

「それと手掛かりがないとは話は別だ、だがコレはまた後で話せばいいか……それより俺が言いたいのはもう少し隠密に行動しろ。叔父さんとかに何か言われても助けられないぞ」

 

 

「うっ……頭では理解してるんだけど……」

 

洸夜の言う通り、自分達の行動は隠密とは掛け離れた行動の為に総司は言い返せなかった。

 

「まあ、この件も明日話すから今日はもう家に入れ」

 

そう言って洸夜は笹に視線を戻して、コレ以上は今聞いても無駄だと思った総司は家に入った。

……そして誰もいないのを確認すると洸夜は口を開く。

 

「やっぱり、お前とは違って何か棘のある言い方しか出来ねえよ……お前を含め誰も救えなかった俺が、またペルソナを使ってシャドウと戦っているって知ったらお前は何て言うだろうな……なあ、『■■■』」

 

それだけ言うと洸夜は家に戻り、洸夜が戻った後に風が吹き短冊が揺れる。そして洸夜が書いた手紙の内容が月に照らせれながら見える。内容は短くただこう書かれていた。

 

“大切な友、そして仲間へ感謝と謝罪”

 

 

END



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対話

集団戦術を初めて使ったのは、小学生のお遊び。


7月6日(水)晴れ

 

現在、河原

 

七夕から翌日。

洸夜は現在、近くの川で釣りを楽しんでいた。

流れる川に浮かぶ浮を見ながら、静かに魚が掛かるのを待つのだが、魚は一行に掛からない。

 

「やれやれ……こうも掛からないと色々自身が無くなるな。俺が此処の魚達の事を知らな過ぎるからか……?」

 

そう言って竿を上げて見ると既に餌は無く、その光景に苦笑いする洸夜。

 

「やっぱり何か目的がある時はまず、何かしら知る事から始めるべきだな…………“お前等”もそうは思わないか……総司?」

 

そう言って洸夜が振り向いた先には、総司を始めとするメンバー+りせの姿があった。

 

「……兄さん。りせも退院したし、話を聞かせてくれるよね?」

 

「……ああ、約束だしな。さて、何から聞きたい?」

 

洸夜の言葉に雪子と千枝が動こうとするが、総司が前に出て二人を止めた。

その姿は、まるで此処は代表して自分が行くと言う現れにも見える。

 

「兄さんの正体」

 

「直球だな……だが、遠回しにするよりは良い」

 

総司の言葉に洸夜は、敢えて振り向かず釣りの方に視界を写していた。

だが、その表情は普通に話す口調とは裏腹に、何処か寂しそうな表情で空を眺めていた。

 

「俺はお前等よりも、昔に覚醒したペルソナ使いだ……」

 

「私達よりって……で、でも、洸夜さんがマヨナカテレビに写していた映った時何て一度も……!」

 

「そんなニュースも番組も無かった筈だ……!」

 

ペルソナ能力の覚醒方法が、テレビに入れられ自分のシャドウと向かい合う事しか知らない総司達は、洸夜の言葉にマヨナカテレビ等、この町で起きた出来事を中心に考えてしまう。

そんな総司達に視線を向けず、声だけで総司達の様子を把握する洸夜は川に浮かせている浮きを見ながら口を開いた。

 

「別にそこまで驚く事も無いだろう……それとも、自分達だけが特別とでも思っていたのか?」

 

「そ、それは……」

 

洸夜の"自分達だけが特別"という言葉に、陽介を始めとしたメンバーは思わず顔を下げ、総司は兄から目を逸らさない様に洸夜の方を見ていた。

 

「……あと、俺がペルソナ能力に目覚めたのは昨日今日の話じゃない……もう、五年ぐらいになるな」

 

洸夜が何気無く言った言葉に、総司達は驚いて目は開いた。

 

「ご、五年も前に……」

 

「洸夜さん……いくら何でもそれはねえッスよ。マヨナカテレビの噂なんかもつい最近の事なんスよ」

 

「つーか、本当は俺たちに本当の事を教えたくないだけなんじゃねの?」

 

それぞれが、洸夜が覚醒した五年前と言う言葉が信じられず、冗談だと自らに言い聞かせる様に苦笑しながら語る。

自分たちがシャドウやテレビの世界を知ったのはつい最近なのだから、つい最近に成ってこの町に来た洸夜が自分たちの目を欺いて、この町で五年前からシャドウと戦っていたなんて信じられない。

一部のメンバーはそう思っていた……しかし。

 

「影時間って知ってるかい?」

 

「えっ……影……時間?」

 

「また新しい都市伝説?」

 

洸夜が一切此方の方を向かない為、背中越しに言われた聞き慣れない"影時間"という単語。

その言葉に、何故か聞いた事のない筈なのに総司達は謎の寒気を感じた。

 

「時計の針が深夜十二時を指すと共に姿を表す世界……そこは、影時間に適性の持つ人間しか認識も出来なければ、行動も出来ない世界。その世界では車は勿論、機械の類いのものは使えない……そして何より、その世界には"あるモノ"と"人間の負の感情"が混ざりあって生まれたモノ達が潜んでいた……」

 

「あるモノ……? 負の感情……? まさか……その生まれたモノ達って」

 

洸夜の言葉に真っ先に勘づいたのは総司だった。

聞いた事も無い筈なのに、洸夜の話を聞けば聞く程感じてくる謎のプレッシャー。

まるで、無知な自分に知識を与えるかの様に侵食してくる言葉や寒気。

そして、総司の言葉に洸夜は釣糸を手繰り寄せながら口を開いた。

 

「お前の思っている通りだ……"俺達"はその存在の事をシャドウと呼んでいた」

 

「「「「「シャドウッ!?」」」」」

 

洸夜の言葉に陽介達は驚き、洸夜はそんな様子を黙って聞いていた。

 

「シャドウって……あのシャドウですか?」

 

「そうとも言えるし、違うとも言える」

 

「こ、洸夜さん! こんな時にふざけないで下さい!」

 

「りせ……別に俺はふざけてない。ホントにそうとしか言えないんだよ……俺が戦った奴等と、今回の事件のシャドウは習性と言えば良いのか ……」

 

珍しくどう説明すれば良いか悩む洸夜に総司達も気になり、洸夜が話すのを待つ。

また、洸夜自身もどう説明したものかと悩んではいるが、その目は別の事を考えている様にも見える。

 

「……簡単にすると、テレビの世界のシャドウは霧が晴れると見境なく襲うと言う特徴がある。だが、俺が戦っていたシャドウにはそんな特徴はなく、問答無用で襲ってくる」

 

「……なんか、シャドウにも色々いる……って、あれ? よくよく聞いてみるとそれって、昔にもシャドウ関連の事件が有ったってことですか?」

 

「ッ!? そうか……洸夜さんのペルソナ能力についての話で気付かなかったけど、シャドウと戦ってたって事はそう言う事よね!」

 

千枝の何気無く気付いた事に、雪子を始めとしたメンバーが何故、早くそれに気付かなかったのかと互いに顔を見合わせる。

洸夜もまた、今更気付いたのかと言わんばかりに溜め息を吐くが、その表情は別に気付いても気付かなくてもどっちでも構わないと言った様にも見える。

 

「兄さん……聞かせてくれ。五年前にも、ここ以外でもシャドウ関連の事件が有ったの?」

 

総司の問いに洸夜は、一瞬だけ総司の顔を見ると直ぐに顔を川に戻した。

 

「……確かにあったよ」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

洸夜の言葉に、総司達は顔を見合わせる。

この様な非現実的な事が他にも有った事が、信じられ無いと言った表情だ。

 

「な、なあ! その昔に起きた事件の事を聞かせてくれよッ! 今回と同じ、シャドウが関係してんだろ? だから、今回の事件もーー」

 

「関係ない」

 

「えっ……?」

 

陽介が少し興奮気味に洸夜に過去の事を聞こうとしたが、陽介が全てを話す前に洸夜は否定する。

その否定の言葉に思わずりせからも言葉が漏れてしまった。

 

「過去に起きた事件と、今回の事件は全く持って関係無い」

 

「えっ!? ちょっとっ!? いきなり全否定!? いくらなんでも、聞いてみないと分から無いんじゃあ……?」

 

日頃よりもクールな洸夜の言葉に、総司達は少し怖じけづくが千枝が恐る恐る洸夜に再び聞いた。

それに対し洸夜は、釣竿を持って突然立ち上がる。

その突然の事に、洸夜を怒らせたと思った千枝はビクッとするが。

洸夜は釣竿を高らかに振り上げ、一匹の魚が千枝の前に落ちる。

 

「わ、わわっ!?」

 

「あれは……“稲羽マス”!? 雨でも無いこの時期には余り釣れない、稲羽特有のマス」

 

「えっ!? 突然、なんで解説入っちゃったの!?」

 

釣った魚を解説する総司と、突っ込みを入れる雪子を無視し洸夜は総司達の方を振り向いた。

それに対し、総司達も恐る恐る洸夜の顔を見た瞬間、総司達は驚いた。

洸夜の顔は、先ほどと打って変わり、とても悲しそうな顔をしていたのだ。

そして洸夜は、まるで呟く様に口を開いた。

 

「関係無い、関係有ってたまるか……! あの事件はもう終わったんだ……!(終わっていなかったら、『アイツ』は一体何の為に命を懸けたか分からなくなる……!)」

 

そう思いながら、洸夜は腰を下ろした。

そして、まだ困惑している感じの総司達を見る。

 

「なあ、俺からも二つ程聞いて構わないか?」

 

「えっ……?」

 

まさか、洸夜から質問されるとは思っていなかったのか。

総司達は少し、呆気に成った顔をしている。

しかし、洸夜は総司達の言葉を待たずに口を開く。

 

「お前達にとってペルソナとは何だ?」

 

「ペルソナとは何だと言われても……もう一人の俺?で、シャドウと戦う為に必要なモノ?」

 

「ペルソナがいないとシャドウと戦えないし……」

 

「そうか……」

 

陽介と千枝の答えを聞き、静かに頷く洸夜。

そして、総司のその様子を見て少し考えるそぶりをしている中、もう一つの質問を問う。

 

「もう一つ……お前達にとって、この事件とは何だ?」

 

「この事件……少なくとも私は、放っては置けない事だと思います。もし、犯人が捕まらなかったら亡くなった人達が可哀相だもの……」

 

「ああ、俺も天城先輩と同じッス。何より犯人の奴を許せね!」

 

「私はまだ、先輩達に少し聞いただけだから、あんまり分からないけど……コレ以上、私達の様な思いを増やしたく無い」

 

「そうだぜ! シャドウだろうが、犯人だろうが俺達が責任持って解決する!」

 

「(成る程な、やっぱりコイツ等は……)」

 

雪子、完二、りせ、陽介の言葉を聞き、黙る洸夜。

そして、洸夜はもう一度だけ顔を上げた。

 

「すまない……もう一つだけ良いか?」

 

少し、暗い感じでそう話す洸夜。

それに対し、先程まで黙っていた総司が前に出る。

 

「なに、兄さん?」

 

「いや、対した事じゃないがただ……」

 

総司のただ短い言葉に、つい口元辺りがわらう洸夜。

そして……。

 

「お前等は、いつまで“ヒーローごっこ”をするつもりだ?」

 

総司達全員を睨み、鋭い視線でそう告げた。

 

 

END

 

 



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ヒーローごっこ

ドラえもんが、本当に教育型ロボットなのか疑う今日この頃。


同日

 

現在、河原

 

「お前等は、いつまで“ヒーローごっこ”をするつもりだ?」

 

「……えっ?」

 

最初、総司達は洸夜の言葉の意味が理解出来ず、理解するのに数秒掛かった。

洸夜のその言葉に、陽介が前に出て洸夜を睨む。

 

「今、なんつった……!」

 

そう言うと陽介は、その目に怒りを宿して洸夜の側に行く。

 

「ちょ! ちょっと花村!?」

 

「花村先輩!、落ち着いて下さいよ!」

 

陽介を落ち着かせ様と、千枝と完二が立ち上がるが陽介は聞かない。

 

「いつまで“ヒーローごっこ”をやるつもりだと言ったが……何だ?」

 

「俺達の何処がヒーローごっこ何だよっ!!!」

 

「全てだが?」

 

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

当然だと言わんばかりに、洸夜から言い放たれた言葉で総司達は少なからずショックを受ける。

しかし、そんな様子の総司達を無視し更に言葉を重ねる。

 

「……お前等はペルソナを何だと思っている?。自分達だけに与えられた力とでも思ったのか?。まさか本当に、自分達だけが特別だと思ったのか?」

 

「……」

 

洸夜の言葉を総司達は黙って聞いていた……いや、黙って聞く事しか出来ないのだ。

彼等はまだ、ペルソナ能力を便利な力としか思っていないのだから……。

 

「俺はずっと陰ながら、お前等を見守って来た。最初は誰でも特殊な力を手に入れたらそう思うだろうと思い、多めに見たが……総司と、ついこの間覚醒したばかりのりせとクマを除くメンバーからは、覚悟と力の自覚が全く感じられない」

 

「覚悟……」

 

「自覚……」

 

洸夜の言葉をまるで、自分自身に聞かせる様に呟く陽介達。

この様な言葉は、総司ですらハッキリとは頭の中に入って居なかったであろう。

総司も、洸夜の言葉を同じ様に呟いている。

 

「お前等は前に、そこにいる天城雪子を助ける為に誰にも連絡しないで助けに行って、周りに心配掛けた事があったな」

 

いつもとは違う雰囲気の洸夜に、総司達は戸惑いを見せるが言っている事は当たっているので頷く。

 

「……あの時の軽率な行動は誉められらたものでは無かったが、天城雪子を助けたのも事実。友の為に危険を冒してまで助けに行った良い友人……」

 

洸夜の少しは認めると言った言葉に、陽介達は安心した。

だが、洸夜の話はまだ終わっていなかった。

 

「……しかし、その行いも、その者達のその時に持っていた覚悟によって変わる」

 

「また覚悟……」

 

「どう言う意味……?」

 

「……その前に聞いとかないとな……お前等は心のどこかで、この事件を楽しんでるんじゃあないのか? テレビの世界、ペルソナ、シャドウ、非現実的なこの状況を心のどこかでお前等は楽しい、面白い、ワクワクするとか思っているんじゃあないのか? 」

 

洸夜の話ながら此方を見る目に陽介達は思わず目を背け、総司はここで目を逸らしてはいけないと思い、ただそれに耐えた。

 

「もし、お前らが天城雪子を助けた時にほんの少しでも、楽しい、ワクワクする等と言った感情が無かったならば……俺はお前等に謝罪しよう。あそこまで叱ってすまなかったな……と」

 

「えっ? さっきから何のことを言ってんッスか?」

 

雪子の時の一件を知らない完二やりせは今一理解出来無かったが、総司を始めとした雪子救出に参加していたメンバーは洸夜の言っている事が分かっていた。

 

「……だが、もしもお前等がその時に何の覚悟もなく、楽しい、ペルソナ能力は自分達だけが持っている力、シャドウと戦うのはヒーローみたいで面白い……なんて浅はかな考えを少しでも持って助けに行ったのなら話は変わる……お前等は、自分達の好奇心の為に天城雪子の命を利用して、高々学校をサボる理由に使った」

 

「なッ! なんだよそれはッ!」

 

「私は……私達は雪子の為に言ったんですッ!」

 

洸夜の言葉に陽介と千枝が反発するが、洸夜は怯まず、それどころか鼻で笑った。

 

「フッ……なら、否定すれば良いだけなんじゃないのか? 自分達は友達の為に行った、学校も有ったが友達の命が掛かっているんだから仕方なかった……とな。だが、この言葉を使うのが許されるのは、本当に友の為だけに行った奴だ。たった少しでも先程の様な感情が有った奴は、決して使う事が許されない言葉だぞ」

 

「そんなの……!」

 

陽介達は否定しようとする。

だが、言葉が途中で止まってしまう。

まるで、自分達自身が何かを否定するかの様に。

この際、嘘だろうがなんだろうが何か否定的な言葉を言えばそれで済む。

しかし、それでも陽介達は言葉が出なかったのだ。

 

「千枝……?」

 

黙り込む親友に雪子は心配して近づくが、千枝は雪子に申し訳ない様な表情を見せる。

 

「どうした? 俺の言っている事が違うのならば、そう言えば良いだけだぞ?」

 

洸夜は何か言ってみろと言った感じで、雪子に目を背ける陽介達に問いかけるが陽介達は言葉を発する事をしない。

陽介達は気付いているのだ。

ほんの少しでも、あの時の自分達に洸夜の言う感情が有った事を。

そんな陽介達の様子に、洸夜はやれやれと言った表情で溜め息を吐いた。

 

「お前等は、本当に分かっていないんだな……この力は誰かを助ける事に使えれば、その逆も同じだ。場合によっては誰かを傷付ける力になり、最悪死に至らせる事も出来るんだぞ」

 

洸夜の言葉に、総司を含む全員が再びショックを受けていた。

心のどこかで自分達はペルソナは自分達だけに与えられた力と思ったり、命令すれば攻撃したりしてゲーム見たいに敵を倒す特別な力だと思っていた。

そして、ましてはこの力が誰かを傷付けたり、命を奪う力になったり等は陽介達は多少考えていたかも知れないが、実際にそう感じた事は無い筈だ。

 

「ッ……!」

 

洸夜から放たれた言葉は的確に自分達の少なからず思っていた事を指摘され、総司達は何かを喋りたくても口が開けなかった。

 

「いいか……? お前等がこれからも事件を追うのは勝手だが、お前等がこれからも変わらずにヒーローごっこ気分で事件を掻き乱したり、ペルソナと言う力の責任が自覚出来ないなら、俺がお前等を叩き潰してでも事件から手を引かせる」

 

「っ! うるせえよ……!」

 

「おい、陽介!」

 

あれから場所を移動していなかった陽介が、拳を握り締めて再度洸夜に近く。

 

「さっきから言わせておけば、好き放題言いやがってッ! あんたに何が分かるんだよ!、何も知らない癖に好き勝手言うな!!」

 

「……知ってるよ」

 

「ッ!?」

 

洸夜の言葉に陽介は怯む。洸夜は今回の事件を言う程知らないと思って言った言葉が、逆に洸夜に言う機会を与える事となった。

 

「メディアに映る人がマヨナカテレビに映る事も、そして、映った人が狙われている事も……全部知っている。現に、俺は二人目の被害者がテレビに居た時、俺も後を追ってテレビに入ったからな」

 

「なっ! 二人目って……まさか、小西先輩? あんた、居たのかよ……! 小西先輩が死んだ時、あんたはテレビの中に居たのかッ!!」

 

「……確かにいた」

 

「ッ!? クッ!」

 

……二人目の時、つまり陽介にとって特別な人物である小西早紀が亡くなった時の事。

それなのに、洸夜の何気ない感じで話す態度に陽介の怒りは頂点に達し洸夜の首筋を掴んだ。

 

「花村ッ!?」

 

「おいおい……!」

 

陽介の行動に驚く千枝達だが、総司と陽介に掴まれている洸夜の二人だけは冷静な表情をしていた。

 

「なんでだよ……! あんたは俺達が死にかけた、あのクマのシャドウを圧倒する程強かったじゃねえかよッ! なのに……なのになんで先輩を守ってくれなかったんだッ!!」

 

「その事に関しては……すまなかった。今と成ってはただの言い訳だが、気付くのが遅かった……そう言い様が無い」

 

そう言って本当にすまないと言った表情の洸夜。

只の言い訳にしか成らないが、マヨナカテレビの噂もしらず、ましてはテレビに入れる事も分からなかった為に出遅れて手遅れに成った。

だが、それを見て花村は拳を握り締めた。

 

「クッ……! クソ……クソォォォォッ!!」

 

そう叫びながら、陽介は握り締めた拳を洸夜へ向かって放った……が。

 

「……」

 

「うわっ!?」

 

洸夜は自分を掴んでいる陽介の腕を掴み、そのまま陽介を放り投げた。

そして、陽介はそのまま身体を一回転して地面に叩き付けられ、洸夜は地面に仰向けに成った陽介に視線を送った。

だが、その視線は決して陽介を責める様な目ではなかった。

また、視線を送られた陽介はそのまま洸夜を睨み付けた。

 

「グッ!?……クソ!」

 

「確かに小西早紀の事は俺にも責任がある……しかし、だからといってお前に殴られる気は無い。だが、お前が小西早紀の一件の事を誰かのせいにしたいなら、俺が“この町にいる間”は俺のせいにしろ」

 

「なっ……!」

 

洸夜の言葉に、目を開く陽介。

しかし、洸夜の話はまだ終わって居なかった。

 

「だがな、俺がこの町からでたら、お前はどうするんだ?……俺がこの町にいる間は俺のせいにして良いが、俺が居なく成った後はお前はどうする?」

 

「クッ……! 俺は……俺は……!」

 

洸夜の言葉に陽介は地面に倒れたまま呟き、その陽介に完二が近付いた。

 

「少し落ち着いて下さいよ花村先輩……洸夜さんの言うのも最もだ、オレ等はペルソナや、この事件の事を何処か軽く見ていた……」

 

「……私も、心の何処かで事件を楽しんでいたのかも知れない」

 

完二と雪子が自分の思っていた事を、下を向きながら答える。

今のこの場所では、誰も他人事とは思っていなのだから。

 

「でもよ……」

 

二人の言葉を聞いても、それでも納得出来ないと言った様子の陽介を見て洸夜が口を開いた。

 

「……お前達の為でもあるから、今度はハッキリと言う。“ペルソナを、お前等のヒーローごっこに使うな”」

 

「っ!?」

 

その言葉に陽介は黙ってしまった。

そして、時計を見ながら洸夜は口を開いた。

 

「ペルソナやシャドウを甘く考えると、いつか必ず後悔する事に成る……さて、悪いがもう帰るぞ……コレ以上はもう釣れないしな」

 

そう言うと席を立ち、釣り道具を片付けてその場から去る洸夜……。

そんな洸夜を誰も止める事等出来る訳も無く、洸夜が河原を出ようとする。

すると……。

 

「待ってくれ兄さん」

 

「……何だ?」

 

総司が洸夜を呼び止め、呼び止められた洸夜は釣り道具を置かずにそのままの状態で総司の話を待つ。

 

「確かに、兄さんの言う通り俺達はこの事件やペルソナを軽く見ていたんだと思う……力を持つ責任や、誰かを傷付けてしまうかも知れないと言う覚悟が俺達には足りなかった……でも、誰かを守りたい、この事件を終わらせたいと言う気持ちにウソはない」

 

「総司、口なら幾らでも言えるぞ?」

 

兄である洸夜の鋭い視線に危うく目を逸らしそうに成る総司だが、ギリギリの所で踏み止まる。

ここで目を逸らせば、自分達の戦いは本当にここで終わりの様に思えたからと、総司は思った。

 

「……でも、この気持ちはウソじゃない」

 

「それを俺が信じず、お前等を事件から手を引かせると言ったら?」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

雰囲気が変わる洸夜を見て驚く陽介達だが、総司は視線を洸夜から話さずにこう言い放つ。

 

「兄さんにも納得してもらう絶対に……! その為に兄さん、俺達と闘ってくれ!」

 

「「「「「「ええっ!」」」」」」

 

まさか、事態がそんな風になるとは思っていなかった陽介達は驚きの余りに声をあげた。

しかも、洸夜は自分達が死にかけたクマのシャドウを圧倒した人物なので驚くのも無理は無い。

また、洸夜自身も総司の言葉に頷いた。

 

「成る程な、百聞は一見に如かずか……なら、場所は今から一時間後の、テレビの中のいつもの広場でいいか?」

 

その言葉に総司は頷く。

 

「問題無い」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

その場で、勝手に闘う約束している瀬多兄弟とその様子を見て混乱している陽介達。

だがしかし、止める者はいない……これがいつか、通らなくては行けない道だと皆が分かっているから。

 

END



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語る者

俺に構わず、先に行け……と言って、本当に行かれたら少し寂しい気がする。


同日

 

現在、商店街

 

総司達は現在、洸夜と戦う為にジュネスへと向かっていた。

しかし、その足取りは何処か重く、総司や、ペルソナに目覚めて間もないりせは、何とか平常を保っていたが、洸夜の言葉が未だに頭の中から離れない陽介達は表情が暗く、千鳥足とまでは酷くなって無いにしろ、何処か力が入っておらず、ぎこちない状態で歩いていた。

その様子に総司も何とかしようとは思うが、洸夜の言葉は自分達の心に重くのし掛かると同時に、何処か的を得た言葉でもある為、気が聞いた言葉が思いつかない。

しかし、陽介達自信も洸夜の言葉をしっかりと受け止めたからこそ、今も落ち込んでいると思える。

 

「(だからと言って、皆の気もちがこんなんじゃ……まともに兄さんと戦える訳がない)」

 

実の兄の実力がどれ程のものかは、総司は頭では理解しているつもりだ。

自分達が死にかけたクマのシャドウとの戦いで、自分でさえ命の危機を感じたにも関わらず、洸夜はクマのシャドウの力の前一切怯まなかった。

それどころか、ペルソナと共に生身でシャドウとやり合う等の自分達とは違う様な戦い方を見せた。

それだけでも、洸夜が自分達以上にシャドウと戦い慣れており、又、自分達以上のペルソナ使いと言うのが分かる。

 

「(……そう言えば、何だかんだであやふやに成ったけど……兄さんが体験した影時間の事件って何だったんだろう? 兄さんは今回の件と関係無いって言っていたが、やはり気になる)」

 

先程の会話であやふやに成ってしまった、過去に起きたもう一つのシャドウの事件。

関係無いと言い張る洸夜にも訳が有るとは思うが、不思議と総司はその事が気になってしまい、陽介達同様に黙りながら歩き出した。

 

そんな時……。

 

「牛串を2つ」

 

「はい、いつもありがとね」

 

明らかに場違いな会話に思わず顔を上げてみると、そこは商店街の神社の向かい側にある惣菜に関しては、ジュネスより美味しいと評判の惣菜屋。

串焼きやコロッケ等、歩きながら食べられる為に部活帰りの学生や近所の主婦がよく利用している場所でもあり、総司達もよく利用している。

そんな惣菜屋で、会話の聞こえる方に視線を向けた総司達が見たのは、お店のオバサンから牛串を受けとる明らかに此処等辺では浮いているで有ろう、青くまるでエレベーターガールを連想するような銀髪の女性の姿だった。

しかし、りせはともかくとして、総司達はその女性に見覚えがあり、それに気付いた女性も牛串を一本口に加えながら総司達の方を向いた。

 

「おや……これは総司様、この様な所でキクラゲでございますね」

 

「君は……エリザベス……だけど、何でキクラゲ?」

 

何故、キクラゲがこのタイミングで出るのか理解出来なかった総司達。

その様子にエリザベスは、自分が間違えたと思い訂正する。

 

「気球……?」

 

「え……?」

 

「土偶……?」

 

「もしかして、奇遇の事ですか?」

 

「まさに、それでございます」

 

りせの言葉に頷くエリザベス。

しかし、一見真面目そうな感じなのに何処か抜けているエリザベスの総司達からの評価は、見た目は良いのに何か残念という結果に成ってしまった。

そんな感じで、エリザベスのペースに呑まれてしまった総司達だが、総司はふと、ある事に気付く。

エリザベスは以前、洸夜と食事をしていた。

その時は道を聞いただけと言っていたが、洸夜がペルソナ使いと成れば話は変わる。

ベルベットルームの住人であるエリザベス、恐らくは兄である洸夜から口止めでもされいたとも考えられる。

そう思った総司は、陽介達がエリザベスのペースに未だに呑まれている中で一人エリザベスに近付いた。

 

「……エリザベス、今さっき兄さんと話して来たよ」

 

「そうですか……それで、何が言いたいのですか?」

 

総司のそれだけの言葉で、エリザベスは何かを察したらしく牛串を食べていた口を止めた。

 

「言いたいんじゃない、聞きたいんだ。兄さんが関わっていた五年前の事件について」

 

洸夜がペルソナに目覚めたのが五年前と聞いていた総司は、無意識の内に五年前と言っていた。

また、エリザベスも総司の言葉を聞き、洸夜が完全に自分の事を総司達に証したのだと理解した。

だが、総司の言葉を聞く限り、二年前に解決したあの事件の事は曖昧にしか教えていないとも分かった。

 

「(……そこまで教えたにも関わらず、あの事件の事は教えなかったのですね。まあ、そう言う私もあの事件が原因で旅をしていますし、そんなに文句は言えません)……少し、歩きましょう」

 

洸夜の気持ちも分かる為、エリザベスは洸夜が二年前の事件を教えなかった事には文句は無かった。

しかし、偶然とは言え、何故このような面倒な役目が自分に回って来たのかと溜め息を吐くエリザベスは、総司達にそう言って背を向けて歩き出した。

その様子に総司達は、一瞬頭がついて行かなかったが、直ぐに頭を切り替えてエリザベスの後をついて行く。

 

「それで、洸夜様からはどの辺りまでお聞きに成られたのでございますか?」

 

「兄さんからは、前にもシャドウの事件が有った事、そして今回の事件とその事件は関係無いって事ぐらいしか……」

 

「(本当に殆ど教えていないのですね……)ハア……」

 

全くと言って言い程、あの事件について洸夜が語っていなかった事に更に溜め息を吐くエリザベス。

エリザベス自身も、そんなに言う程あの事件に詳しい訳では無い。

だが、『彼』や、洸夜についてに関しては本人達に聞いて知っている為、その点に関しては問題無いとは言える。

 

「……一度しか言いませんので、自力で覚えるかメモを取るか、このどちらかの方法をオススメ致します」

 

「えッ!メモッ!?」

 

「っちょ! 誰かメモ無いッ!?」

 

「里中! お前覚えとけ!」

 

「ええッ!私ッ!? 無理無理ッ! そんなに記憶力良いなら赤何てとらないよ!」

 

「それでは、いきますよ」

 

「ええッ!」

 

「ちょっとタイムッ!」

 

いきなりの事に慌てふためく総司達

商店街の真ん中で、中々シュールな光景である。

その周りでは、近所の買い物中のオバサン達が

 

「なにしているのかしら……」

 

「テストが近いから、ストレス溜まっているのね……」

 

「この所、暑い日が続いたからね……」

 

等と、事情が分からないとは言え、最早同情に近い視線で見ていた。

それにも気付かずに、総司達や慌てている光景をみながらエリザベスは口を開く。

 

「その事件は、二年程前一人のペルソナ使いが、己の命と引き換えに終結させました」

 

「まだ……………えッ?」

 

エリザベスの言葉に、待ったを掛けようとした総司。

しかし、エリザベスの短く、そして、決して聞き捨てられない言葉に総司と陽介達は静かになり、訳が分からないと言った表情でエリザベスの方を向いた。

 

「言葉通りの意味で御座います」

 

エリザベスはまるで、総司達の心を読んだかの様にそう答えた。

その言葉に総司達は我に帰り、総司が口を開いた。

 

「命と引き換え……つまり、その人は亡くなったんですか?」

 

「亡くなった……そう、捉える事も出来ますね」

 

総司の問いに、何処か違和感のある釈然としない言葉で返すエリザベス。

『彼』の今の状況を見れば、本当にそう言うしかない。

だが、総司達がそんな事知る筈は無く、総司はその言葉に何かエリザベスが抱える悲しみの片鱗を感じた気がした。

そんな総司とエリザベスの様子を知ってか知らずか、陽介は慌てた様に前に出る。

 

「ちょッ!ちょっと待ってくれよ! 死んだって……その人はペルソナ使いだったんだよな!? なのに何で!」

 

今回の事件で亡くなって要るのは、ペルソナ能力等特別な力を持っていなかった山野アナと、小西早紀の二人。

他のメンバーもテレビの世界で死にかけたが、総司達ペルソナ使いがいたからこそ九死に一生を得ている。

そして、シャドウ関連の事件と言う言葉に、どうしても今回の事件と重ねてしまう陽介は、クマのシャドウの時は死にかけたが、今まではそれでもペルソナの力が有ったから誰かを助けられると同時に、何処かペルソナを持っている自分達は安全だとも思っていた。

そんな時に聞いたエリザベス言葉に、陽介は聞かずには入られなかった。

 

「ペルソナ使いだからこそ……いえ、ペルソナ能力が無くても『彼』は同じ選択をしたでしょう。それに、その事件で洸夜様が参加していた期間で亡くなった人は『彼』を除けば、更に御二人亡くなられております。更に言わせて頂きますと、その内の一人もペルソナ使いで御座いました」

 

「!……」

 

「ペルソナ使いが二人も……!」

 

「……三人も亡くなって、その内二人は私達と同じペルソナ使い……だから洸夜さんは、私達にあんなに厳しい事を言ってくれてたんだね」

 

雪子の言葉に、陽介達は先程まで洸夜に対して何も知らない癖にと、思っていた自分達が恥ずかしく感じた。

洸夜は知らないどころか、色んな意味で自分達より知っていたと言う事実に、陽介達は再び顔を下げた。

そんなメンバーの横で総司は、少しだけ気になった事が有り、再びエリザベスを見た。

 

「エリザベス……その亡くなった人達は、兄さんにとってどんな人達だった?」

 

「……先程話した御二人の内、一人は洸夜様のご友人のお父様。もう一人は、洸夜様の親友で御座います……そして、最後の『彼』は……」

 

「……?」

 

そこまで言ってエリザベスは、ゆっくりと空を見上げた。

 

「私や洸夜様……そして、色々な方々にとって、かけがえの無い方で御座いました」

 

「……」

 

エリザベスの何処か切なげな表情を見て、総司はその人物がエリザベスと洸夜にとって本当に大切な人なのだと分かった。

そして、それと同時に、会った事の無いその人物の人柄が分かった様な気もした。

また、総司はエリザベスの話を聞き、何かが分かった様に顔を上げた。

 

「(二年前……兄さんが卒業して、家に帰って来た時と重なる。友達のお父さん、そして、二人の親友の死……それだけの事が有ったのに、兄さんは再びペルソナの力を手にとった。そして、見守っててくれたんだ……誰かを守る為、俺達の為に……)」

 

自分でも何処か自惚れていると思い、自分で思った事とは言え、確かに感じる兄の優しさに軽く微笑む総司。

それと同時に、それだけの事が有りながら、再びペルソナ使いとして戦う決意をした兄の強さを総司は確かに感じた。

総司がそんな風に感じていると、りせがエリザベスの前に出た。

 

「でも、解決したのは二年前でも、洸夜さんは五年前から参加してたんですよね? さっき聞いた影時間の話が本当だったとしても、一体どうやって事件を追ってたんですか? そんな大事そうな事件は、ニュースでもやって無かったし」

 

りせの言葉に、うんうんと頷く総司達。

しかし、エリザベスはそれに対して、すぐに返答する。

 

「強力な後ろ楯がいた……それだけで御座います」

 

「う、後ろ楯……」

 

「(何か、カッコいい……)」

 

「それだけ大事な事件に挑むのです。万が一の時や、世間的に危ういものが有っても大丈夫な様に……それもあって、洸夜様は貴方様方にそこまで言うのです。何の後ろ楯もない貴方様方に、万が一の事が起こらない様に」

 

「兄さん……」

 

「洸夜さん……」

 

本人からではないが、洸夜が自分達の事を本当に心配してくれていた事に嬉しく感じた総司達。

どんな人間も、本当にどうでも良い相手に助言をする、ましてや、叱ったりなどしない。

そう思い、総司達が顔を上げた。

すると……。

 

「あれ……エリザベス?」

 

「さっきの人、何処言ったんだ?」

 

総司が顔を上げた先には、先程までいたエリザベスの姿が無かった。

その様子に困惑する陽介達だが、総司はそんなメンバーの方を向いた。

 

「行こう皆、ここまでしてくれていた兄さんに認めて貰う。それが俺達の今やる事だ!」

 

「……そうだな」

 

「だよね」

 

「落ち込んでる暇何てないよ」

 

「そうッスね」

 

互いに頷きあい、その表情にはすでに先程の様な暗い表情は無かった。

それどころか、逆に洸夜との戦いが楽しみと思うかの様に、皆目が燃えていた。

そんな時、りせが恐る恐る前に出る。

 

「あの……一つ聞きたいんですけど?」

 

「あん? なんかあったか?」

 

「いや……先輩達も普通にしてたし、余り気にしなかったんですけど……さっきの女の人、一体誰なんですか? ペルソナやシャドウについても詳しかったし……」

 

りせの最もな発言に、陽介達は我に還った様に考え込み、事情を知っている総司は冷や汗をかきはじめる。

はっきり言って、ベルベットルームについては総司にも説明は難しく、何て言ったら良い分からない。

そんな総司の気持ちを知ってか知らずか、陽介達は口を開く。

 

「確かに……今思えば、さっきの人って誰なんだ?」

 

「洸夜さんと食事してたから、何かの関係者?」

 

「つーか、先輩に聞けば良いんじゃないんスか? 名前知ってたし」

 

完二の言葉に一斉に総司の方を向く陽介達。

その事態に、総司は思わず後退りしてしまう。

 

「瀬多くん、さっきの人って誰?」

 

「先輩、名前知ってたし、知らない人は通りませんよ」

 

「……」

 

徐々に逃げ道を防がれる、総司包囲網。

そして、観念したかの様に総司は口を開いた。

 

「実は……」

 

「「「「「実は?」」」」」

 

「む、昔……家の隣に住んでいたお姉さん……?」

 

「「「「「……」」」」」

 

後に、総司はこう語る。

あの時ほど、皆の表情が冷めたのはあれっきりだったと……。

 

そして、そこから少し離れた木の上で、残りの牛串を食べながら総司を見ていた。

その表情は、何処か懐かしい者を見る様にも見える。

 

「ふふふ……短い期間で、もうあんなにも絆を築き上げて……雰囲気は『彼』に、他者への影響は洸夜様に似ていらっしゃいます。言い訳のセンスは、独特でございますが……』

 

そんな感じで、ジュネスへ向かう総司の事を苦笑いしながらも、エリザベスは優しい表情で見ていた。

 

End



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戦いの前

結果は、選択と行動の後について来るモノ。


同日

 

現在、テレビの世界

 

総司達との戦いまで、後30分ぐらいにまで成っていた。

洸夜は、一足先にテレビの世界に入り、戦いの為に集中力を高める。

そして、その弱体化しているとは言え、洸夜から感じる強い力に周囲のシャドウはその広場を避けるかの様に居なくなって行く。

 

「……もう少しだな(さて、一体何人がまともな状態で来るのか)」

 

自分の感覚で感じる、凡その時間感覚で総司達を待つ洸夜は、先程の言葉で何人が心折れずに来るか考えていた。

人と言うのは、どれだけ強がったとしても、自分の心を少しでも見抜かれたり、指摘されると意外にも簡単に脆くなり、最悪心が折れる。

心は自分だけの物。

故に、本来ならば他者から侵されない安全地帯にいる為、少しでも侵されると呆気ない物。

しかし、そう思いながらも洸夜は少し悩んでもいた。

それは、先程の総司達に対する自分の態度。

 

「(俺は、何故あんな言い方を……)」

 

自分が恨まれ役になって、総司達がちゃんとペルソナ使いに必要なモノを気付いてくれるなら、それで良い。

そう思っていた洸夜自身だったが最初、総司達に自分の知っている事件の内容を聞かれれば答えるつもりでもいた。

また、総司達に力の覚悟や自覚についても、全く厳しく無いとは言わないが、出来るだけ柔らかく伝えるつもりでもいた。

……しかし、総司達と話して行くにつれて、洸夜の中に黒い感情が出て来た。

洸夜は過去に、自分達が戦ったストレガや、共に戦った『彼』、真次郎、桐条武治。

そう言った、ペルソナやシャドウによって人生を狂わされ、命を落とした者達を知っている。

だからこそ、事件解決を目的にしているとは言え、軽い気持ちでペルソナを使っているのが許せなかった。

しかし、だからといって洸夜は、今思えば自分は大人気ない事をしたと思っていた。

 

「にしても、何故俺は……? まるで、俺の中から別の何かが……(いや、何を言っているんだ俺は……理由は無い。ただ、俺が感情に身を任せただけだ)」

 

洸夜は理由をつけて、総司達に言った事を軽いモノだと思わせる様な自分自身の発言に嫌悪した。

だが、そんな時、洸夜の目の前にカサカサと震えているなにかが目に入る

「あれは……? おい、君は一体何をしているんだ?」

 

「ヌオッ!!……ってなんだ、大センセイクマか……驚かさないで欲しいクマよ!」

 

そこには、自分のシャドウとの傷が完治し、ぺちゃんこだった身体がいつもの丸い身体に成っているクマがいた。

そしてクマは、洸夜の言葉に驚きながらもゆっくりと立ち上がり、洸夜を見上げた。

 

「すまんすまん……ところで、大センセイって……?」

 

「大センセイはセンセイのお兄さん。つまり、センセイより上だから大センセイクマ!」

 

「……あ、ああ、そうかい」

 

クマの単純な理由につい苦笑いする洸夜。

余りに単純な理由で危うく刀を落としそうになる。

 

「ところで、君は一体何に脅えていたんだ?」

 

洸夜の言葉にクマは、辺りをキョロキョロと見渡し、周りに誰もいない事を確認すると洸夜に近付いた。

 

「いやね、大センセイ。ついさっき、クマはとても強い力のシャドウの気配を感じたクマよ……」

 

「強いシャドウ……? だが、今日は霧があるからシャドウは凶暴では無い筈だろ?」

 

洸夜の言う通り、今日はテレビの世界に霧がある。

その為、シャドウは言う程凶暴では無い。

……天敵であるペルソナ使いには問答無用に襲い掛かってくるが、この辺りのシャドウは言う程強くは無い。

その為、今回は洸夜の力で周囲から撤退している。

そんな状況下で、クマが感じた強いシャドウの気配。

そんなシャドウが近くで身を潜めているならば、自分でも気付く筈。

 

「クマもそう思ったんだけども……そのシャドウの気配はさっき現れたと思ったら、また直ぐに消えたクマ」

 

「直ぐに消えた……?」

 

「うん! ついさっき現れて、クマの方に近付いて来たから、クマは直ぐに隠れたクマよ……だけど、気配が直ぐそこで消えたから、怖くて出れなかったクマ……」

 

「……まさか(……俺じゃないのか? いや、クマが察したのはシャドウの気配だ。俺では無い……)」

 

クマの言葉に洸夜は、入ってきたタイミング等を計算し、そのシャドウの気配は自分から来ているのでは無いのかと感じた。

しかし、いくらペルソナ使いとは言え自分は人間。

シャドウの気配が人間である自分から出る訳無いと思い、頭の中からその考えを消したその時……。

 

「アレ……? 大センセイが付けているそのメガネはもしかして……」

 

「ん? ああ、すまない。コレはこの世界に来た時に拾ったモノなんだが、君のだな」

 

クマが言っているのは、洸夜が付けている黒いインテリ風な眼鏡。

この眼鏡は洸夜がこの世界で拾った物の為、作った張本人であるクマの言葉に少し気まずく感じた。

だが、クマは洸夜を責める所か相変わらずの、のほほんとした表情で笑っていた

 

「あ~ 別に構わないクマよ。クマは、大センセイの事嫌いじゃないし、大事に使ってくれるなら別に構わないクマ」

 

「……そう言ってくれるのは嬉しいが、本当に良いのか?」

 

「うん! それ以外や、センセイ達にあげたモノ以外に沢山有るし、クマは大丈夫クマ!」

 

「……そうか、なら大事に使わせて貰うよ」

 

そう言ってクマに微笑む洸夜。

すると、クマは何を思ったのかもう一つ何かを取り出した。

 

「それと、これはクマから大センセイにプレゼント!」

 

「えっ!? いや、だがコレは……」

 

そう言って取り出した何かを洸夜へと渡すクマ。

しかし、受けとった洸夜はどうすれば良いか分からないと言った感じの表情をしている。

その理由は……。

 

「コレは……鼻メガネ?」

 

「その通りッ! 千枝ちゃんも雪子ちゃんそしてあ、の完二まで付けたクマの最高傑作クマッ!!」

 

「……マジか?(アイツ等、日頃何をやっているんだ?)」

 

無駄にテンションの高いクマを眺めながら、洸夜は日頃の総司達をイメージしながらクマと会話し、総司達が来るのを待つ事にした。

 

===================

 

その頃……

 

現在、ジュネス

 

先程エリザベスに話を聞いた総司達は、まだ時間が有るのを利用して、ジュネスの捜査本部で互いの思いや、心の整理をしていた。

 

「ねえ……瀬多君。今更だけど、本当にこれから、洸夜さんと闘うんだよね……?」

 

今から体験する、メンバーにとっての初めてのペルソナ使い同士の戦いに先程意思を固めていた千枝は、迫る時間に少し不安に成ったが、総司はそんな千枝の言葉に力強く頷いた。

 

「ああ! ここまで来たんだ、恐らくは、これが兄さんに認められる最後のチャンスだ!」

 

「いや、確かにそうスけど……里中先輩の言う通り大丈夫なんスか?」

 

「何だ? お前が弱気になるなんて珍しいじゃんかよ」

 

先程までの勢いが無く、珍しく完二が弱気になっている事に気付いた陽介が完二に言葉をかける。

その言葉に、完二は煮え切らない感じで頭をかいた。

 

「別に弱気になってる訳じゃあねえけど……洸夜さんは俺達が束になっても勝てなかったクマのシャドウを圧倒したんスよ? そこら辺の族と違って、力任せで勝てる相手じゃあないって言いたいんスよ」

 

「族を潰した事があるだけ合って、説得力があるな……」

 

「でも、確かに完二の言う通りだと思う。あの時ヒミコで見た洸夜さんの力は本物だよ」

 

完二の言葉に納得する陽介に、飲み物を飲みながら言う、メンバーで唯一の完全サポート係のりせの説得力のある言葉を聞き、雪子が口を開く。

 

「そう言えば……洸夜さんは私達の事を“見守って来た”って言ってたけど皆、何か心当たりある?」

 

「なあ相棒、もしかして里中のシャドウとやり合った時に、シャドウの耐性を無くしてくれたりしたのって……」

 

以前、戦った千枝のシャドウの時にシャドウが作った風耐性を作る『緑の壁』を破壊し、更にシャドウの動きを鈍くした謎の力の事を思い出した陽介は、隣に座っている総司に聞くと総司は静かに頷いた。

 

「ああ、恐らくは兄さんが手助けしてくれていたんだろう……」

 

その言葉に千枝が何かを思い出した様に口を開いた。

 

「もしかして、完二君の居場所を見付ける時にクマ君が感じた強い力も……もしかしてが洸夜さんがやってくれたのかな?」

 

「あの大浴場の時に何かあったんスか?」

 

「確かに……何かは有ったな」

 

あの時はテレビに入れられ、自分のシャドウに振り回されていた完二が自分を探す時の事等知る訳がなく、陽介は苦笑いし、千枝が説明に入る。

 

「あの時はクマくんの探知能力が弱まって、完二君の居場所が分からなかったの。それでどうしようも無かった時に、クマくんが突然に何か強い力を感じて走って行ったから追ってみたんだよ。そしたら、そこに大浴場が在ったって訳」

 

「俺の居場所を見付けるのって、そんなに大変だったんスか!?」

 

千枝の説明に納得した完二は自分の居場所を見付ける大変さに驚く。

誘拐された側は、案外その点には気付かないもの。

そして、その皆の言葉に雪子は洸夜から貰ったハンカチに入っていた紅い鈴を手に持った。

 

「何だかんだで私達、洸夜さんに助けてもらってたんだね……」

 

下を向きながら話す雪子の言葉に、皆が黙ってしまう中で千枝が口を開く。

自分達の事を、何処か否定的な感じの洸夜。

だが、実際は裏でこんなにも自分達を助けてくれていた。

そして、ずっと待っていたのだ。

自分達が、自分でペルソナやこの事件の危険性を……。

 

「私……お兄さんに口で直接言われるまで勘違いしてた……この騒動は殺人事件なのに、ペルソナやシャドウとかに浮かれてさ、まるでリアルなゲーム感覚だったかも知れない……ゴメン、雪子」

 

洸夜の言う通り、生半可な気持ちで雪子を学校を休む理由にした事に謝罪する千枝。

それに対し、雪子は首を横に振る。

 

「千枝だけじゃないよ……私だって……」

 

「それを言うなら俺だって……相棒の兄貴にヒーローごっこって言われた時は頭に血が上って、ふざけるな!って思ったけどさ……その通りだと思ったよ。今思い出してみれば自分のシャドウにも言われてたしな……」

 

そう言って下を見ながら呟く陽介だが、陽介の言葉はまだ終わって居なかった。

 

「それに、小西先輩の件だって……本当はあの人を責めるのはお門違いなのによ……それどころか逆に、相棒の兄貴は小西先輩を助けに行ったんだ。あの時、何も出来なかった俺には何も言える訳ねえのによ……」

 

そう陽介が話し終わり、皆の雰囲気が沈む中で総司が口を開く。

 

「確かに俺達は間違っていた……でも、事件を解決したい、これ以上悲しみを増やしたくない、そして犯人を絶対に許せない! その思いはウソじゃない……そうだろ?」

 

「……そうだよな」

 

「うん! 私達だってここで止まる気はないしね!」

 

「その気持ちは皆同じだよね!」

 

「ああ! そのいきだぜ!」

 

「このままの勢いで、洸夜さんに私達の気持ちを伝えよう!」

 

「よし!行くぞ!」

 

「「「「「「おお~!」」」」」」

 

洸夜の知らないところで、弟たちは確実に成長していた。

 

END



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ワイルド VS ワイルド

馬鹿と天才と変態は、紙一重。


同日

 

現在、テレビの中の世界

 

洸夜は総司達が最初にいる広場でクマと会話をしていた。

手にはいつもの刀を持っていたが鞘の部分を紐で結んでおり、抜けない様にしている。

まずは、刀を抜かせる事から始める様子。

すると、霧の中から総司達が現れた。

 

「よっ、来たか……」

 

「兄さん……」

 

「あ、センセイ!」

 

総司達の姿を確認したクマが、総司の下へひょこひょこと走って行く。

 

「クマ、もう大丈夫なんだな?」

 

「もちろん! コレからはクマも一緒に戦うクマよ! そしてクマ無双の幕開けクマッ!!」

 

「即、討ち死にじゃねえよな……?」

 

テンションの高いクマの様子を見た陽介が苦笑いしている中、総司がクマにコレからの説明をする。

 

「クマ、実は……」

 

「大丈夫クマ、大センセイから大体聞いたから問題ないクマ!」

 

「そうか……」

 

 

総司の言葉に頷くクマだが、クマの話はまだ終わって居なかった。

 

「それで、もしセンセイ達が勝ったら大センセイとある約束をしているクマ!」

 

「約束……? 一体何を……?」

 

「いつまでやってんだ……それより、やるんだろ?」

 

クマの言葉を遮る様にそう言って、刀を肩に置く洸夜。

その言葉によって互いの姿を確認した瞬間、その場の雰囲気が変わる中雪子が前に出て口を開く。

 

「あの洸夜さん、私達は……!」

 

雪子が何かを喋ろうとしたが洸夜は無言で手を前に出し、静止させる。

 

「さっきも言ったろ……口では幾らでも言えるとな……行動で示せ!」

 

「皆、構えろッ!」

 

そう言い放ち、刀と召喚器を構える洸夜。

その様子を見て武器を構える総司達。

そんな総司達の姿を見て、洸夜は少し驚いてもいた。

 

「(なんだ……? 河原で見た様な表現をしていない。むしろ、先程まで感じなかった覚悟を感じる……一体、この短時間で何があった?)」

 

総司達から河原の時の様な、いじけた様な雰囲気は既に感じられない。

その事が気になり、洸夜は総司達に声を掛けそうになったが、先程の自分の言葉を思いだし、つい微笑んでしまった。

何が有ったかは、この戦いで見定めれば良い。

そう思った洸夜は、一歩前に出た。

 

「今回は、この刀は鞘に納める……それが悔しかったら、抜かせて見せろ」

 

洸夜の言葉に総司達はムッとし、洸夜と総司は構えた

そして、互いに声を上げる。

 

「ペルソナ!」

 

「「「「「「「ペルソナ!」」」」」」」

 

お互いにペルソナを召喚し、総司達はまず様子見の為距離を取る。

しかし、それを見た洸夜は、そんな事は無意味と言わんばかりに行動に移した。

 

「行くぞ……オシリス!」

 

『マハジオ!』

 

「っ! 皆避けろ!」

 

「ぐわっ!」

 

スピードが高い下級の全体技を、総司達に放つオシリス。

それに対し、総司の咄嗟の指示でオシリスの先制攻撃を何とか直撃は避けたが、風属性のペルソナを使う陽介はカスってしまい、ダメージが大きかった。

しかし、その様子を見た総司達は疑問に感じた。

 

「大丈夫かよ花村先輩!? つか、何でただのマハジオがあんな威力何だ!?」

 

「確か、マハジオの威力ってそんなに高く無いよね!?」

 

洸夜のオシリスが放った『マハジオ』の威力が高い事に動揺する総司達。

その様子を見た洸夜は、やれやれと言った様子で説明に入る。

 

「ペルソナやシャドウの中には持っているだけで効果が発動する『自動効果スキル』と言うのがある。主な例は苦手属性を無くす耐性・無効・反射等があげられる……ちなみにさっき、マハジオの威力を上げたのは『ブースタ』と言うスキル。お前達も何人かは習得しているんじゃないか?」

 

その言葉を聞いた総司達は一瞬だけ驚いたが、すぐに表情を戻し、気を引き締めた。

戦いの最中教えてもらうのは嬉しいが、それは、まだ洸夜に余裕がある証拠。

そんな中、陽介が立ち直り攻勢にでる。

 

「確かに、俺のスサノオにそのスキルが在るぜ……行け、スサノオ!」

 

『疾風ブースタ+ガルーラ!』

 

「マハジオが使えるって事はそのペルソナは電気属性だろ!、だったら弱点は風だぁ!!」

 

陽介のペルソナのスサノオから放たれた疾風が、洸夜とオシリス目掛けて突っ込む。

だがが、洸夜はそのまま動かずにモロに疾風を喰らった。

 

「うお!避けなかった!?」

 

「弱点属性を何でクマ……?」

 

陽介とクマが不思議がる中で総司が声を上げた!

 

「陽介、クマ!構えろ! 兄さんがあれで終わる訳がない!」

 

「正解だ、総司……」

 

「うお! 本当だ……」

 

そこには弱点属性の疾風を喰らった筈なのに、たいしてダメージを喰らっていない洸夜とオシリスがいた。

いや、正確には、オシリスで防いだ洸夜の姿だった。

弱体化しているとは言え、オシリスの風耐性のスキルは健在。

陽介の攻撃は、蚊の攻撃に等しかった。

しかし、そんな事は分かっていない総司達は直ぐに行動を起こす。

 

「な、何でクマ!?」

 

「りせ! ペルソナで兄さんの情報をッ!」

 

「うん、分かった!」

 

そう言ってりせは、洸夜の情報を探る為にヒミコの力を使うが。

 

「悪いが……みすみす情報を渡す気は無い」

 

「えっ!? なんで!」

 

「りせちゃん! どうしたの一体!?」

 

ヒミコに目の辺りを隠して貰いながら騒ぐりせに、千枝が駆け寄った。

 

「そ、それが……洸夜さんの情報が見えないの!」

 

「ええッ! なんで!?」

 

りせがヒミコの力を使って見ているビジョンには、洸夜や洸夜のペルソナ達の周りに砂嵐、黒い靄なモノが邪魔をして情報が全く見えないのだ。

その様子にあたふたするりせだったが……。

 

『カシャシャ!』

 

「きゃあっ!」

 

「ヒッ! ちょ、なにコイツッ!?」

 

りせと千枝の目の前に現れたのは骸の顔をしたペルソナ『ワイト』。

ワイトは、りせと千枝の前で錆びた鎌を振り回しながら二人をおちょくるかの様に周りを飛び回る。

そんな様子を見ていた洸夜は、ワイトを自分の隣に呼び寄せた。

 

「驚かしてすまないな、コイツはワイト。探知タイプであり、ジャミング能力も携えているペルソナだ」

 

「ジャミング!?」

 

「だから洸夜さんの情報が分からないんだ…!」

 

「つーか、そんなのありかよ! きたねー!」

 

「汚くない、能力を活かしていると言ってくれ……クー・フーリン! タムリン!」

 

陽介の言葉を返した洸夜は話終わると同時に、クー・フーリンとタムリンを召喚して総司達に攻撃させる。

 

『デスバウンド』

 

『ジオンガ』

 

クー・フーリンは槍に力を入れ、総司達に衝撃波を放つ。

そして、タムリンも槍から巨大な雷を前方にいた雪子に放った。

全体攻撃で相手を崩し、単体攻撃を合わせて放って的確に相手を倒す、洸夜がタムリンとクー・フーリンの二体を同時に召喚した時に、良く用いる戦術の一つ。

 

「ッ!? やらせるかよ! タケミカヅチ!」

 

だが、完二がいち早くタムリンの攻撃に反応し、雪子への攻撃をタケミカヅチが受け止めた。

しかし、いくらタケミカヅチが雷属性に強いとは言え、タムリンの技の威力はそれなりのものだった。

 

「グッ……!」

 

「完二くん!?」

 

完二がタムリンの雷を受け止めた事で隙が生じ、クー・フーリンが先程放ったデスバウンドが完二と雪子に迫る。

しかし、総司達が間一髪のところで二人の間に割り込んだ。

 

「下がれ二人共! オニ!」

 

「雪子! スズカゴンゲン!」

 

「先輩!」

 

「千枝!」

 

二人が割り込んだ事により直撃を避ける事が出来た完二と雪子。

だが、物理耐性とカウンタ持ちとは言え総司と千枝にダメージが入り、陽介が二人に駆け寄る。

 

「相棒! 里中!」

 

「問題ない! それより、兄さんから目を離すなッ!」

 

「右に同じく、こっちも伊達に肉は食って無いんだから!」

 

「二人は下がってて、今度は私達が! 行くよ完二君!」

 

「うっス!」

 

そう言って陽介の言葉に大丈夫だと言う合図の代わりに、武器を構え直す二人。

そして、雪子と完二が洸夜に接近すが、洸夜にはその行動は既に予測済み。

 

「突っ込むだけでは勝てないぞ! クー・フーリン、タムリン」

 

雪子と完二を迎撃する為に洸夜はクー・フーリン達を前に出す。

 

「へっ! 俺達を忘れんなよ! 行くぞクマッ!」

 

「よっしゃ! クマもやっちゃうもんね!」

 

「ッ!? いつの間に居たんだ……?」

 

雪子達の後ろに隠れていた陽介が、上手く雪子達をサポートし、スサノオとキントキドウジがクー・フーリン達を迎え打った。

スサノオはクー・フーリンに目掛けて拳を放ち、クー・フーリンはその拳を槍で受け止めて戦闘を繰り広げる。

そして、キントキドウジはミサイルをタムリンに片っ端から投げまくり、タムリンはそれを避け続ける。

 

「今よ! アマテラス!」

 

「おらぁっ! タケミカヅチ!」

 

陽介達が作り出した隙をついて、アマテラスとタケミカヅチが洸夜に迫る。

だが、洸夜に焦りの色は全く無かった。

それどころか、総司達の攻撃を見ながら、何かを探している様な素振りを見せていた。

 

「危ない危ない……スザク! ベンケイ!」

 

「ッ!? 新しいペルソナ……! でも負けられない! アマテラス!」

 

「力なら負けねえぜ! タケミカヅチ!」

 

「……俺のスザクとベンケイを嘗めるな」

 

『『アギダイン!』』

 

スザクとアマテラスのアギダインが互いにぶつかり合い、二匹の周辺に存在する火の粉が桜の花びらの様に辺りに降り注ぐ。

 

「良い火力だ……(だが、コロマルのケルベロスの火力を知っているからか、それ程では無いな)」

 

「む……! アマテラスの力はこんなものじゃありません! アマテラス!」

 

洸夜の小馬鹿にする様な言葉に、頬を膨らませる雪子はアマテラスに指示を出す。

雪子の掛け声と同時に、アマテラスは舞を踊るかの様に周りに炎を発生させながら空中へ移動する。

 

「火炎ブースタに空中戦か……迎え撃つ! スザク!」

 

『火炎ガードキル』

 

洸夜の掛け声と同時にスザクは、アマテラス同様に空中に飛翔しながらアマテラスに赤い光を放つ。

そして、それを受けたアマテラスのステータスから炎無効が消えた。

 

「しまった!」

 

「追撃しろ、スザク!」

 

火炎ガードキルのせいで、守るものが無くなったアマテラスにスザクが迫り、アマテラスも武器である白銀の剣で迎え射とうとするが、スザクはアマテラスの頭を掴んで床に叩き付けた。

 

「アマテラスッ!?」

 

「雪子! 私が援護する!」

 

コノハナサクヤの時よりも力を増した筈にも関わらず、ペルソナの扱いが一枚も二枚も上手の洸夜に、雪子は驚くしかなかった。

また、雪子が劣勢に成った事により、千枝が雪子の援護の為にスズカゴンゲンで空中戦に入る。

陽介もクマも、タムリン達に苦戦している様で援護は出来ない。

 

「迎え打つぞ……セイテンタイセイ!」

 

スザクへ向かうスズカゴンゲンに、雲に乗った孫悟空を連想させる様なペルソナが迫る。

スズカゴンゲンの両刃剣と、セイテンタイセイの如意棒がぶつかり合い、空中を飛ぶスザクに再びアマテラスが迫る。

そんな時……。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

「ッ!(そうきたか……!)」

 

ペルソナが空中で激戦を繰り広げる中、千枝が洸夜目掛けて飛び蹴りを仕掛ける。

それに対し、洸夜は少しは驚きが有ったものの、軽く横に飛んでかわす。

 

「ペルソナはペルソナに任せ、ペルソナ使いを直接狙う。ペルソナ任せにしない、その方法は評価出来るが、突っ込むだけなら子供にも出きる」

 

洸夜は、避けると同時に千枝にそう言うが、千枝は、そんな事は分かってると言った表情で洸夜を見た。

いや、洸夜の"後ろ"を見ていた。

 

「今だよ、完二君ッ!」

 

「ッ!?」

 

千枝の声に、洸夜はすぐに後ろを振り向く。

そこには、自分の武器である、盾を振り上げていた完二の姿だった。

本来は身を守る物なのだが、完二は盾を両手で掴んで完全に鈍器にし、洸夜に降り下ろした。

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「やるな……! だが、文字通り隙だらけだッ!(鈍器の類いなら、扱いは真次郎の方が上だな)」

 

下手に隙が生まれない様に、最低限の動きで鈍器を扱っていた真次郎とは違い、無駄に大きく振り上げていた為に、その他の部分が隙だらけの完二。

その隙を、洸夜が見逃す訳が無く、未だ抜いてない刀で完二の横腹に突きを入れる。

美鶴や明彦と言った、嘗ての友と、生身でもシャドウとやりあえる様に訓練していた洸夜とは違い、他のメンバーよりは戦う力が強いとは言え、基本的に力押しの千枝と完二では洸夜を止めるにはまだまだだった。

 

「ぐおっ!?」

 

「完二君ッ!? 強い……!けど!」

 

完二が洸夜の反撃に合い、膝を着くのを見た千枝は、ここで諦めてたまるかと言った表情で洸夜に接近戦を仕掛ける。

洸夜の腹や、顔面等に蹴りを連続で放つ千枝。

しかし、明彦の拳を知っている洸夜にとっては交わせないものでは無かった。

 

「(まだまだ、荒削りだが、狙いは良い……しかし)俺ばっかりを狙うのは良いが、今度はペルソナが疎かに成って要るぞ?」

 

「スズカゴンゲンッ!?」

 

空中戦に関して、機動力は完全にセイテンタイセイの方が上であり、スズカゴンゲンはセイテンタイセイの隙の無い連続攻撃に、己の武器で防いで致命傷だけは避けているが、押されて要るのが現状だった。

ペルソナを独立に近い形で指示を出すのは、かなり難易度の高い技術。

ペルソナ使いとしての、経験等が自分達よりも高い洸夜には、まだまだ通用する様な策ではなかった。

その様子に千枝は、直ぐ様スズカゴンゲンに指示を出した。

そして、主である千枝の指示を得た事により、スズカゴンゲンは動きが変わり、セイテンタイセイの動きについて行く。

 

『疾風斬ッ!』

 

動きに滑車が掛かったスズカゴンゲンとセイテンタイセイは再び空中戦を繰り広げ、スズカゴンゲンは両刃剣を振り回しながら突っ込み、セイテンタイセイも迎え撃つと言わんばかりに突っ込む。

互いのペルソナは、真正面からぶつかり合うのかと思わせるかの様な速度で空を走り、セイテンタイセイが目の前に迫った瞬間、スズカゴンゲンは武器を振った。

しかし……。

 

「えっ!」

 

千枝は、信じられないモノを見たかの様に、目を開いた。

スズカゴンゲンが武器を降り下ろした瞬間、セイテンタイセイが姿を消し、スズカゴンゲンは何もない空中を斬ったのだ。

 

「後ろが、がら空きだ……」

 

洸夜の言葉と同時に、消えていたセイテンタイセイがスズカゴンゲンの後ろから出現し、そのままスズカゴンゲンを後ろから地面目掛けて叩き落とした。

洸夜がしたのは、スズカゴンゲンと激突する寸前でセイテンタイセイを戻し、また直ぐに今度は、攻撃をミスして隙が出来たスズカゴンゲンの真後ろに再召喚すると言う荒業をやってのけたのだ。

だが、その突然の出来事に、千枝は何が起こったのか分からず絶句し、それを戦いながら見ていた陽介達も驚きを隠せないでいた。

 

「今、何が起こったんだ……」

 

「千枝ッ!?」

 

「だ、大丈夫……」

 

あれだけ攻撃したにも関わらず、全く通用してない事に対する精神力と体力面の疲れが今に成って出て、膝をついた。

その様子に洸夜は、千枝はもう限界だと判断し、セイテンタイセイを戻そうとした時だった。

 

「スズカゴンゲンッ!」

 

倒れそうだった千枝が、気合いをいれたかの様に力強く立ち上がりスズカゴンゲンの名を叫び、千枝の言葉に答えるかの様にスズカゴンゲンは、槍投げの様な体勢で両刃剣を空に全力で投げ、その投げた両刃剣がアマテラスと空中戦を繰り広げていたスザクに突き刺さった。

 

「しまーーッ!」

 

「完二君ッ!雪子ッ!」

 

「うおっしゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

その突然の行動に、今度は洸夜が驚愕し、両刃剣が突き刺さったスザクはもがいていた。

そして、千枝の言葉に完二と雪子が動き、完二はベンケイの足止めをさせていたタケミカヅチを近くに呼び、タケミカヅチから雷が流れる。

その様子を見た洸夜は、千枝達がやろうとしている事に気付く。

 

「ッ!(避雷針の原理ッ! 弱体化の影響で、スザクの雷無効は消えている……)ベンケーーッ!」

 

「はあっ!」

 

「ッ!?」

 

千枝達の策を防ごうとする洸夜は、ベンケイに指示を出そうとしたが、洸夜の目の前に、自分と同じ様に刀を鞘にしまったままで振り上げる総司の姿があった。

その総司の攻撃に洸夜も反射的に刀で迎え撃つ。

 

「ペルソナだけでは無く、自分自身で来たか……(このタイミング……攻撃のチャンスを待っていたのか!)」

 

「ペルソナだけに頼っていちゃいけないと思ったからさ……完二!」

 

「うッス! タケミカヅチッ!」

 

『ジオンガッ!』

 

タケミカヅチのジオンガは、スザクに刺さった両刃剣に直撃し、スザクを中心に雷が放電し、そのスザクにアマテラスが接近する。

 

「アマテラスッ!」

 

そして、アマテラスはそのまま持っていた剣でスザクを切りつけ、スザクは消滅し、洸夜のペルソナ白書に戻る。

その様子に洸夜は、総司達の成長に驚きを隠せ無かったが、ベンケイをそのまま千枝達にぶつける。

 

「(固有スキルの影響で、そろそろステータスが危ないが、まだベンケイはやれる)ベンケイッ!」

 

洸夜の指示にベンケイは、ヒビが入り始めた刀を両腕に取り、構え出す。

 

『木っ端微塵斬り』

 

ベンケイから放たれる多数の斬撃が、千枝達に迫り、それを防ぐかの様にタケミカヅチが前に出た。

 

「ぐッ!?」

 

「「完二君ッ!」」

 

「完二!」

 

「よそ見とは余裕だな」

 

洸夜の言葉に、総司は洸夜の方を向きなおして刀を持つ手に力を入れる。

そして、陽介達が辺りで皆がペルソナと戦っている中、洸夜と総司は互いの目と目が合った瞬間、行動を起こす。

 

「コウモクテン!」

 

「フウキ!」

 

洸夜は右手に小さな小刀の様な武器を持ち和風の鎧を纏い、赤く険しい顔をしたペルソナ『コウモクテン』を。

総司は青き身体に、右手に巨大な刃を持つペルソナ『フウキ』を召喚した。

 

『『キルラッシュ!/ミリオンシュート!』』

 

コウモクテンは武器を鮮やかに振り回し、フウキは巨大な刃で連続で突きを繰り出し、互いにぶつかり合った。

お互いの攻撃は、互いの体力を削り合い、周辺の床等を傷付ける。

だが、お互いにこのペルソナでは決着が付かないと判断したのか洸夜はペルソナ白書を開き、総司は内ポケットから新たなペルソナカードを取り出す。

そして、互いにそのペルソナの名を叫んだ。

 

「オーディン!」

 

「キンキ!」

 

洸夜が召喚したのは頭には金色の冠を身体にはマントを纏い、右手に巨大な槍を持ち、『皇帝』のアルカナを持つ中でも上位のペルソナ『オーディン』。

総司が召喚したのは全身がその名の通り金色であり、全体的にステータスが高く物理無効を持つペルソナ『キンキ』。

だが、洸夜はオーディンを召喚すると、微かに苦痛な表情をする。

 

「……クッ(オーディン、コイツが消えてなくて良かった……だが、流石は『皇帝』の上位ペルソナだ、かなり堪える……!)」

 

弱体化の影響も有るのか、消えていない上位のペルソナを召喚する時の身体の負担がいつもよりも多く感じる洸夜。

ただでさえ、先程までオーディンを除いて、四体もペルソナを同時に召喚していた。

その為、洸夜が普段感じるペルソナ召喚による負担は普通のペルソナ使いよりも大きい。

 

「ッ!……オーディン!」

 

「ッ!?……キンキ!」

 

オーディンを長くは使えないと判断した洸夜は直ぐに攻勢に出る。

それを見た総司もタッチの差でキンキに指示を出す。

そして、オーディンの槍がキンキの薙刀が互いにぶつかり合い、洸夜と総司も互いにぶつかり合った。

オーディンの槍は雷を纏いながらキンキを貫こうと、キンキはオーディンを切り捨てようと振り回す。

また、洸夜は、趣味が剣術だけあって上手く総司の刀を掬う様に攻撃してバランス等を崩させ、そこに刀を降り下ろす等の攻撃を仕掛ける。

それに対し総司も、なんとかくらい付き、洸夜をヒヤヒヤさせる様な攻撃をして反撃する。

そんな総司の姿に、洸夜は思わず笑みを溢した。

 

「クマのシャドウとの戦いから、数日しか経っていないのに……強く成ったな総司」

 

「俺は兄さんの弟で、皆はその俺が選んだ友達だから……それに」

 

「ん……?」

 

総司の話の続きに聞き返す洸夜。

そして、総司も洸夜の目をしっかりと見ながら口を開いた。

 

「ペルソナは心の力……俺達のペルソナと言う力を持つ覚悟が、兄さんに認められたいと想いが俺達やペルソナに力をくれる!」

 

「ッ!……そうか」

 

総司の言葉に洸夜は弟達の成長が嬉しく感じ、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

まさか、自分の言葉にここまで強く成るとは思っていなかった洸夜。

だが、そこまでして自分に挑むと言う覚悟に、洸夜は弱体化しているにも関わらず無理に力を使う。

 

「(確かに強く成った……だが、まだ甘い!)オーディン!」

 

『マハジオダイン』

 

「くっ……!」

 

総司達を認めたいと感じる洸夜だったが、まだ認めるには危険過ぎると判断して総司にマハジオダインを放つ。

そして、総司は攻撃をよける為に後方に飛んだ……だが。

 

「なっ! 相棒!?」

 

「「「「えっ!?/きゃっ!/うおっ!?/クマ~!?/」」」」

 

総司が後方に飛ぶと、何故かそこにいた陽介達と背中合わせでぶつかった。

その様子に総司達全員が困惑した表情をする。

 

「陽介達、なんで此処に……!?」

 

「いや、俺とクマはただ、相手の攻撃をよける為に後ろに飛んで……」

 

「私達もそんな感じで……」

 

「つーか! おい、りせ! なんで知らせねんだ!」

 

皆が状況を説明する中、完二が状況を一番良く見える筈のりせに文句を言う為に、後ろを向くと……。

 

「うるさい! 馬鹿完二! こっちだって大変……ああ、もう! 邪魔しないでよ~!!」

 

『カシャシャ!』

 

そこには、辺りをクルクルと自分の回りを飛ぶワイトに妨害されて半泣きのりせの姿があった。

また、妨害しているワイトは余裕だと言わんばかり更に飛び回る所を見ると、完全にりせの事を小ばかにしている様にも見える。

 

「ん?」

 

そんな時、総司が有る事に気付く。

 

「どうした、相棒?」

 

「さっきまで居たペルソナ達がいない!」

 

総司の言葉を聞き、陽介達も辺りを見ると、先程まで戦っていた洸夜のペルソナがいない事に気付いた。

 

「総司……お前等にはまだ足りない事が有る。まず、お前等は基本的に目の前の敵にしか集中しない事、だからいざという時に周りの状況が分からなかったり、味方に対するサポートが出来なくなる。まあ、さっきスザクを倒した時のは良かったが……」

 

「……」

 

洸夜の言葉に総司達は黙って聞く。

今思えば、洸夜の言う通りだった事が有ったからだ。

 

「だが、シャドウの中には知力が高いものも存在する……故に、そんな行き当たりばったりや、その場凌ぎの状況判断や連係、又はサポートがいつまでも続くと思うな……だから、こう言う事にもなる、ムラサキシキブ!」

 

『コンセントレイト』

 

ムラサキシキブの羽衣と本から青白い光が現れる。

 

「……最後の最後で油断したな」

 

「ッ!? 皆別れーー!」

 

『メギドラ』

 

キュイイイイン!!

 

耳鳴りの様な音が鳴ったと思った瞬間、青白い光と巨大な爆発が総司達を包み込んだ。

メギドラは万能属性を持つ、防ぐ事が出来ない技

だが、メギドラを放った洸夜の額には汗が流れていた。

 

「ハア……ハア……(総司達の思いに答えるとは言え、コンセントレイトは無理し過ぎたな……)」

 

コンセントレイトは、技の威力を上げてくれるが、それを使うのに掛かる負担も大きい。

しかも、只でさえペルソナ能力が弱体化している洸夜は、コンセントレイトの負担を上乗せした感じでのメギドラの発動は、洸夜には大きな負担と成っていた。

 

「先輩ッ!?」

 

「大丈夫だ……ちゃんと、手加減はしてある」

 

りせが皆を心配する中、洸夜はメギドラによって発生した砂煙りを眺めながら話す。

そして、総司のワイルドの成長にも驚いていた。

 

「(……この短い期間でここまでワイルドの力を使い熟してるとはな。俺でさえワイルドを使い熟すのに一年ぐらい掛かった……だが、総司も『アイツ』と同じで、成長が早い)」

 

洸夜はかつて、自分と同じ様にワイルドの力を持った『少年』の事を思い出し、総司の姿をその少年と被って見えた。

そして、そんな事を思いながら洸夜は、晴れて来た砂煙りに静かに近付く。

 

「さてと、どうやってあっちの世界へ運ぶか……何回かに分けーーー」

 

気絶しているで有ろう、総司達をどうやって運ぶか考えながら、総司達の下へと近付き、洸夜がそこまで言った時。

 

「イザナギッ!!」

 

「ッ!? オシリスッ!」

 

突如、煙りの中から総司と大剣を構えたイザナギが飛び出して来た。

それを洸夜はギリギリの所で迎え撃ち、洸夜と総司の刀、オシリスとイザナギの大剣がぶつかる。

 

「総司、お前……あのメギドラを耐えたのか……!?」

 

「俺一人の力じゃない……皆の力だよ」

 

「なに……?」

 

総司の言葉を聞き、洸夜は先程メギドラを放った場所に視線を移すとそこにはボロボロに成り、横に成っている陽介達の姿が有った。

 

「ま、間に……合った……な」

 

「ハァ……ハァ……本当にギリギリだった」

 

「瀬多君……」

 

「後は頼みます……」

 

「……(返事が無い、只のクマの様だ)」

 

「まさか、アイツら……」

 

息を切らしながら喋る陽介達の姿に洸夜は、総司へと視線を戻し、それを見た総司は静かに頷いた。

 

「……皆が守ってくれたんだ」

 

「やはりか……」

 

陽介達の姿を見て察するに彼等は、あのメギドラが放たれた瞬間に総司だけでもと思い、全員で総司を庇ったのだ。

その咄嗟の状況判断に洸夜は驚きを隠せないでいた。今までの戦いでは、その様な行動を見せなかったから無理はない。

 

「(何故だ……今までそんな判断能力は無かった。なのに、たった少し言っただけで……!)」

 

陽介達の異常な成長速度に、驚きを隠せない洸夜。

自分が言ったのは、ついさっきの事。

それにも関わらず、陽介達は総司を捨て身で庇う荒業をやってのけたのだ。

そんな中、総司が口を開いた。

 

「兄さんの御蔭だよ」

 

「なに……?」

 

「兄さんだから、俺達は全力でぶつかれた。だから俺達はこの戦いで大きく成長出来たんだ。それに、兄さんは戦ってる時に色々スキルについて説明したり、それぞれの短所を気付かせる様に戦っていたよね」

 

「気付いてたのか……」

 

総司の言う通り、洸夜が陽介達にそれぞれペルソナをぶつけた理由は短所を気付かせるため。

まず陽介達にブースタや耐性等のスキルの事を教え、その後は雑魚シャドウならともかく、強敵との戦いの時に個人だけで戦う時の効率の悪さを何気なく気付かせた。

また、仲間との連携についても気付かせる。

だが、ここまで成長するとは洸夜にも予想出来なかった。

そう思っていた洸夜だが、そんな時、総司は一度距離をとって刀を抜いた。

 

「兄さん……刀を抜いてくれ。そして、俺達の覚悟を確かめて欲しい」

 

「……成る程(……馬鹿野郎、もう、お前等からの覚悟は見させてもらった)」

 

総司の言葉に洸夜は、後ろの方で倒れている陽介達に目を向けた。

何の覚悟も無い者が、メギドラクラスの技を身を持って仲間の盾に成る様な事はしない。

まだまだ足りないものも有るが、今はそれだけで十分だった。

しかし、洸夜は敢えてその事を言わず、ゆっくりと刀を抜刀する。

 

「……本気でやるなら、そうだよな…………来い、総司ッ!」

 

その言葉と同時にぶつかる洸夜と総司。

そして、同じくぶつかり合う二体の仮面。

ペルソナ使いとしては、もう十分に判断した。

今からは、只純粋に一人の兄として、弟の成長を知る為の戦いになる。

 

END



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成長と異変

たった今。
つまり、すぐに過去。


洸夜と総司、オシリスとイザナギ。

ぶつかり合う両者の戦いに、陽介達は余りの事に、動かない身体を横にしたままの状態で見ていた。

洸夜も総司も、お互いに既に鞘は抜かれている。

かすっただけでも、切り傷が生まれる状態だ。

現に、洸夜と総司の頬や手は、互いの刀で傷付いた切り傷が多数生まれていた。

しかし、お互いに刀を動かす手を止めない。

総司は兄に、覚悟と気持ちを伝える為。

洸夜は、その弟の覚悟と気持ちを受け止める為。

互いの、現在の全力と全力。

お互いに疲労や弱体化の影響等で、既に体力は限界間近。

時折見せる、足が笑っているかの様に揺れ、膝がガクッと地面に付き添うに成るのも、二人は気合いで無理矢理動かす。

身体は既に警告を出しているが、そんなモノに止められる程度の事なら、既に洸夜に全滅させられている。

そんな今までに無い総司の目を見て、洸夜は再び笑みを溢す。

 

「(順平や、ゆかり達と同じだ……前まで無かった覚悟が目に写っている。その覚悟と仲間達との絆が総司達を此処まで……それに、ワイルドを持つ者の源は他者との繋がり。それが……ここまで総司に力を与えるとは……)」

 

今回の戦いを経て、総司達自身とワイルドの力の成長を目の当たりにした洸夜。

自分のワイルドとは何処か違う道を歩んでいる様な感じがする総司のワイルド。

この町に来て、まだ半年も経っていない。

そんな中で、これ程の絆を築いた総司に洸夜は、嬉しいと言う気持ちが溢れてくる。

意識していたのなら、素晴らしい。

無意識ならば、先程の評価を含めて上、良い意味で末恐ろしいとしか言えない。

こんな短期間で、これ程の絆を築き上げれる人間等、この世でどれくらいいるだろう。

少なくとも、洸夜の記憶では総司を除き、一人しかいない。

 

「(『■■■』……まるで、昔のお前を見ている様だ。自分の弟ながら、こんな嬉しい事は無い。もう、俺が手助けしなくても大丈夫そうだ)」

 

洸夜はもう自分が裏で手助けしなくても良いと感じ、そう思うと笑顔が零れる。

なんだかんだ言っても弟である総司と、その友人である陽介達の成長が嬉しい。

また、最初の時に比べて強い目に成った総司を見た瞬間、洸夜の中にある感情が芽生えた。

 

「越えてみろッ! 」

 

「えっ……?」

 

洸夜の言葉にキョトンとした表情をする総司。

日頃から無表情が多いため良く分からないが、長い付き合いである洸夜だから分かるのだ。

 

「今だけでも良い……俺を越えたと言う事実を創って見せろ総司ッ! 」

 

洸夜が感じた感情。

それは兄として、一人のペルソナ使いとして、本気で戦い、そして、自分を越えて貰いたいと言う感情。

弱体化しているため本気で戦うのは無理なのだが、それでも構わないと洸夜は思った。

力の差がどうであれ、越えると言う事実を生めばそれはもう事実なのだから。

そして、洸夜の言葉に総司は静かに頷く。

 

「「オシリスッ!/イザナギッ!」」

 

互いの声に応えるかの様にオシリスとイザナギは互いに大剣を振るう。

そして互いの武器がぶつかり合い、二体は再び距離をとると身体から雷が溢れ出した。

 

『『ジオダイン/ジオンガ』』

 

「「グッ!/ッ!?」」

 

互いの雷はぶつかると同時に爆発を起こし、側の柱を壊し、近くにいた洸夜と総司は腕で顔を隠しながら、爆発で生まれた煙りを防ぐ。

……だが、それでもお互いの目からは一切逸らしていない二人。

また、雷が光り輝きながら戦う二人の光景を見て陽介達は絶句していた。

 

「すげぇ……」

 

「先輩も洸夜さんも、どっちも凄い……」

 

「……(返事が無い、ただのクマの様だ)」

 

「いや、お前はそろそろ目を覚ませよ!?」

 

今だに気絶しているクマにツッコミを入れる完二。

そんな中、洸夜と総司は互いに更に距離をとり、刀を構えた。

また、それを真似るかの様に二体のペルソナも同じ様に構える。

これが最後の一撃、口には出さないが互いに理解している事。

 

「……凄いな、まさか此処まで力を持っていたなんて思わなかった(それに、やっぱり似ている! 如何なる時も決して諦めなかった『あいつ』の目に!)」

 

刀を構える総司と、その隣で大剣を構えるイザナギの雰囲気と目を見て、かつての友を思い出す。

そしてそう思った瞬間、何を合図にしたのかは分からないが洸夜は、オシリスと共に総司から更に距離を取る。

それと同時に、大剣を翳す様に前に出すオシリス。

すると、その大剣は見る見る黒く染め上がり、やがて、大剣全てを黒で染め上げた。

その様子に驚愕する総司。

 

「何だ……あれは……?」

 

まるで、全てを飲み込むかの様な黒色の大剣。

そして、大剣が染め上がると同時に、洸夜の額から汗が流れ出る。

それに、洸夜の顔色も何処か青白く、血が通っていないのではと無いかと疑ってしまう。

そんな兄の姿に、総司は驚かない訳が無い。

 

「兄さん……!? 顔色が……」

 

「……『アアルへの導き』」

 

「えッ……?」

 

洸夜を心配する総司だが、洸夜本人は総司の質問を遮るかの様に、そして、軽く微笑みながら呟いた。

その表情は、何処か満足げにも見える。

 

「オシリス専用の……もう一つの技。冥界アアルの王である……オシリスならではの技だ(アヌビスも覚えても不思議じゃないが……)敵単体に、万能属性の攻撃を与える……」

 

「……」

 

洸夜の切れ切れの言葉に、総司は黙って聞いていた。

そして、兄に感謝した。

恐らく洸夜は、何か理由は分からないが、何か無理をしている様に見える。

現に、洸夜の疲労は総司から見ても異常に見える。

だが、総司はその考えを頭から払った。

 

「(兄さんは無理をしている……俺達の為に……! なら、俺が出来る事は只一つ……兄さんの想いに答えるッ!)……イザナギ!」

 

総司の言葉に、イザナギは大剣にジオンガを纏わせる。

 

「(俺みたいに器用な事を……)」

 

そのまま技を放つのでは無く、その技をペルソナの持つ武器に留める。

やろうと思って、やれる事では無い。

しかし、洸夜も総司の様に頭からその考えを消した。

弱体化のせいで、もう心身共に限界間近。

只でさえ『アアルへの導き』は、精神力、体力共に使う為、負担が多い技とも言える。

しかし、それ故に威力はお墨付き。

メギドラオンを、一点に集中した様な技。

かつて、この技を受けたのは今までで一人と一体。

今はもういない『彼』と、夜の名を持つ者のみ。

 

 

 

…………そして、何を合図にしたのか、総司と洸夜。

オシリスとイザナギは互いに駆け出し……

 

「オシリスッ!!」

 

「イザナギッ!!」

 

『『アアルへの導き/ジオンガ+スラッシュ』』

 

互いのペルソナは大剣を振り下ろし、周囲に爆音と光が二人を包む。

そして、気付いた時には互いに正反対の位置に立っていた。

互いの攻撃の時に何が有ったか分からない。

たった一瞬の様な出来事。

そして、互いにそう思った時に降ってくる一本の刀。

それに気付いた総司は、自分の手に刀が無い事に気付く。

隣を見れば、溶けた様に刀身の半分が無くなり、仮面にヒビが入っていたイザナギの姿だった。

崩れ落ちるかの様に消えるイザナギ。

それは、洸夜と総司の戦いの終わりを告げるものだった。

 

「(負け……た……)」

 

気が抜けてしまったのか、それとも、自分のペルソナが消えたと同時に敗北したと思ったのか、総司はそのまま倒れて気を失う。

周りを確認すると、先程の衝撃が原因なのか、陽介達も気を失って……いや、眠っていた。

疲れていたのだろう。

しかし、総司が戦って要るのにも関わらず、自分たちは寝ている訳に行かない。

そんな思いの中、陽介達は総司と洸夜の決着が着くまで耐えていたが、総司が倒れると同時に陽介達は眠ってしまった。

だが、その表情は満足げに満ちていた。

そこだけは、幼い子供のものと変わらない。

 

「倒れたか……」

 

総司の倒れた音を聞いていた為、洸夜はそう呟いた。

しかし、まだ爆発の煙のせいで、未だに洸夜とオシリスの姿は見えない。

洸夜自身も見えていない。

だが、自分とオシリスの状態は分かる。

そして、最後の攻撃で総司のイザナギの姿を洸夜は見た。

 

「(最後の……攻撃の時に見たイザナギの姿……あれは……)」

 

オシリスの黒き大剣は、イザナギの大剣を確実に破壊していた。

溶かす様に、もしかしたら冥界に呑み込むかにも見えたが、確実にイザナギを追い詰めていた。

洸夜も勝利を確信したと同時に、まだ、総司は自分を越えられないとも判断した。

しかし……洸夜は見た。

 

「(これは……ッ!)」

 

洸夜が見たのは、白銀に輝くイザナギの姿。

総司は気付いていない。

転生したのかと焦る洸夜だったが、気付いたら現在に至っていた。

さっきのは幻……いや、洸夜はその考えを否定した。

何故なら、洸夜が振り返った目の前には、大剣ごと斬られ、身体が"半分"失ったオシリスの姿だった。

オシリスは、そのまま消え、洸夜の下へ戻る。

そして、洸夜は膝をついた。

 

「……あれは……総司のワイルドの……可能性か……(イゴール、お前が総司を選んだ理由が……分かった…………俺の……負けだ……な)」

 

洸夜は、己の敗北を確信した。

総司のワイルドの持つ可能性。

それは、過去に苦しむ洸夜のワイルドを凌駕した。

そして、意識が朦朧する中で洸夜は、自分の召喚したペルソナの確認をする。

意識がある内に、忘れたペルソナがいないか調べなければ成らない。

そんな洸夜は、自分の所持しているモノで一体いない事に気づき、後ろを振り向いた。

 

「タムリン……(回収……してなかった……か……いや!? まて、確かに俺は戻した!)じゃあ、何で……?」

 

回収した筈のタムリン。

そんなタムリンを、洸夜は見上げる。

本来なら、優しい表情をしている筈のタムリン。

だが、今は……無表情。

そんなタムリンに、洸夜は近付く。

 

「タムリン……? 弱体化の影ーーーぐあぁッ!?」

 

タムリンは突如、気が狂った様に洸夜の首を締め、上へと上げる。

基本的にペルソナは人よりも大きいし、力も強い。

 

「ア……ガァ……ッ!?」

 

洸夜は、只でさえボロボロの身体で有りながらも、タムリンを蹴り突ける。

しかし、弱体化の影響が全く無いようにタムリンにはまるで効果が無かった。

それどころか、タムリンの力は益々強くなり、洸夜の首は更に締められる。

 

「グッ!?(この……状……況……俺は知って…い……る。これは……チドリの時のッ!)」

 

洸夜がそう思い、首が限界に迫った。

その時。

 

「ルシファーッ!!」

 

「グッ!……ゲホッ! エホッ!……オエッ!……ハァ…ハァ……エリ……ザ…ベス」

 

洸夜の窮地を救ったのは、ペルソナ全書を片手に、ペルソナの中で最強を誇るペルソナ『ルシファー』を従えたエリザベスだった。

ルシファーは、タムリンに手のひらからエネルギー波の様な放ち、洸夜を救う。

 

「ご無事ですか!?」

 

いつものクールな様子では無く、珍しく冷静ではないエリザベス。

そして、それと同時だった。

 

『◆◆◆◆◆◆◆◆ッ!!?

 

 

「「ッ!?」」

 

突如、声なのかどうかも怪しい謎の咆哮を上げるタムリン。

そして、そのまま消えてしまった。

 

「今のは、まさか……」

 

「弱体化じゃない……これじゃあ、まるで……ワイルド……いや……ペル……ソ……ナ能力の……」

 

「洸夜様ッ!?」

 

そのまま倒れてしまった洸夜に、エリザベスは駆け寄った。

そして、急いでこの世界から総司達と一緒に運ぼうとエリザベスは行動する。

 

しかし、洸夜もエリザベスも気付いてはいなかった。

洸夜の中から、タムリンの名が消えた事に……。

そして、洸夜の力の異変に……。

 

End



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和解

魔法と科学は紙一重?


同日

 

現在、堂島宅(洸夜自室)

 

「ん……?」

 

洸夜は自分に掛かるフカフカとした心地好い感触に目を覚まし、そして良く見たら此処は自分の自室の布団の上。

テレビの中で総司達と戦っていた自分が何故此処に要るのか、まだ、頭の中が寝起きで上手く活動しておらず、洸夜は分からなかったが、脳が目を覚まし始めると同時に先程の記憶が甦る。

 

「そうか……俺は……。(総司達と戦った後、タムリンが暴走し、エリザベスが助けてくれたのか……)」

 

そう言って洸夜は自分の身体を見て、何処にも怪我が無い事に気付く。

どうやら、エリザベスが自分を運ぶと同時に治療してくれたのだと、洸夜は分かった。

そんな事を思いながら洸夜は、机の上に置いてあるジャックフロスト型の時計に目を向けた。

 

「4時23分と11秒……約3時間ぐらい……仮眠?……いや、熟睡だな」

 

本当は気絶なのだが、洸夜的にはそんな細かい事は気にせずにした。

そう言いながら洸夜は、布団の上で伸びをすると同時に自分の中からタムリンが消えた事に気付く。

 

「タムリン……。(あれは、間違い無く弱体化じゃない……"暴走"だ)」

 

自分の持つ中で、クー・フーリンと共にエースとして長年洸夜を支えてきてくれたタムリン。

そんなタムリンが、自分を襲い、そして消滅してしまった事は洸夜にとっては大きな痛手でもあり、ショックでならなかった。

 

「……これが、俺の罪なのか? (ワイルド……複数召喚……力を持ちながらにして、無力だった……俺の……)」

 

そう言って洸夜は、己の拳を握り締め、爪が肉に食い込んで血が出るのでは無いかと思う程に力をいれる。

そして何より、この一件は洸夜にとっては弱体化以上辛いものと言える。

基本的に弱体化は、あくまでもペルソナ達の力の低下を意味する。

ペルソナ使い自身も、全く関係ないとは言えないが、ペルソナ使い自身の力が低下する訳では無い。

しかし、"暴走"は弱体化と全く意味が異なるもの。

基本的、尚且つ簡単に説明すると暴走はペルソナ使いがペルソナを上手く制御出来ず、ペルソナが主の命令を聞かずに暴れる事。

場合によっては、死者も出る。

しかし、今回の洸夜のパターンでは更に状況が変わる。

ペルソナ自身がペルソナ使いを襲う。

この様な事態が意味する事、それは、ペルソナを扱う事が出来なくなっている事を意味する。

ペルソナを扱う事が出来るのはペルソナ使いだけ。

それ以外の者に、無理にペルソナを与えたとしてもペルソナは言うことを聞かず、力無き偽りの主を殺す。

薬でペルソナの力を抑えると言う手段も存在するが、この方法の意味を知って要るものは絶対にしないだろう。

そして、一時はワイルドとペルソナ能力を棄てたいと思っていた事がある洸夜にとって、総司とその仲間や周りの人々を守る為や、事件の解決の為に再びペルソナ能力を使うきっかけを作った今回の事件。

それにも関わらず、今更に成って洸夜のその時の願いが叶い始めるとは、皮肉な事この上無いとしか言えない。

 

「(……俺は、弱体化どころかペルソナ能力その物を失って行っているのか? 何故、何故俺ばかり失う……?)」

 

友、親友、力……この全てを失い始めている洸夜。

何故、自分ばかりこの様な目に有っているのかと思いと同時に生まれる、行き場の無い怒り。

そんな感情が洸夜の中で沸き上がって来ようとした。

すると……。

 

スーー

 

「あ、洸夜お兄ちゃん起きた?」

 

「……菜々子? おはようか?」

 

突然の事と、まだ頭が目を覚ましていないらしく、扉を開けて入って来た菜々子に何故か、おはようと言ってしまった洸夜。

 

「ふふふ、もう4時過ぎたんだよお兄ちゃん」

 

そう言ってクスクス笑う菜々子。

バイトじゃ有るまいし、自分でも随分と寝惚けた事を言ったものだと、洸夜も自分の言葉に苦笑いする。

すると、菜々子は何かを思い出した様な様子で口を開いた。

 

「そういえばね、総司お兄ちゃん達がお兄ちゃんが起きたら教えてって、菜々子言われたの」

 

「そうか……総司達は下にいるんだな?」

 

「うん」

 

頷く菜々子に確認をとった洸夜は立ち上がり、先程の考えは一旦頭の中から消し、本棚から二冊の黒いノートと白いノートを取り出した。

この二冊は洸夜が今まで記録して来た今回の事件について、そしてテレビの中にいるシャドウについて記してきたノート。

もう総司達に隠す理由も無く、自分が調べて来た内容を記したこのレポートを総司達に見せれば良いと判断したのだ。

……話すのが面倒だと言うのも多少は有るが。

 

「……さて、行こうか菜々子」

 

「うん!」

 

そう言って菜々子の頭を撫でながら下に降りる洸夜。

まだ、自分には総司達に直接言わなければ成らない事が有るのだから。

 

========================

 

現在、堂島宅

 

堂島宅のいつも食事やテレビを見る場所で総司は座り、陽介、完二は窓際に立って、千枝、雪子、りせの三人はソファに座っていた。

怪我が無いこと事から、エリザベスが総司達も治療した事が分かる。

 

「お兄ちゃ~ん! 洸夜お兄ちゃん起きたよ」

 

「ありがとう菜々子」

 

「お兄ちゃんが二人いるから少しややこしいな……」

 

「(確かに……)」

 

菜々子の後ろからその会話を聞いていた洸夜も陽介と同じ事を思った。

後一人でもお兄ちゃんがいれば、収集がつかないだろう。

洸夜がそんな事を思っていると同時に、奈々子は自分部屋へと向かう。

 

「それじゃあ菜々子、これから宿題するから部屋に行くね」

 

「分かった、宿題頑張れよ」

 

「頑張ってね、菜々子ちゃん」

 

「うん!」

 

そう言って菜々子は、部屋へと戻って行った。

そして、この場に残されたのは洸夜と総司達だけ。

 

「……さてと、これで話せるな」

 

「そうだね……」

 

そう会話をして、洸夜は総司の向かい側に座る。

その様子に息を呑んで見守る陽介達。

そして、洸夜は手に持った二冊のレポートをテーブルの上に上げようとした時……。

 

「あの~」

 

「……どうした千枝ちゃん?」

 

千枝が恐る恐る手を挙げる様子に、前にも似たような事が有った事を思い出して思わず苦笑いする洸夜。

 

「いや……その「お前達の勝ちだ」……えっ!?」

 

洸夜が発した言葉に、千枝達(総司を除く)は何故分かったのかと言わんばかりに驚いた表情をする。

何故、あんな状況で自分達が勝ちなのかと同時に、何故、洸夜が自分の言おうとした事が分かったのか千枝達は頭の中がごっちゃになり、混乱する。

総司に関しては、洸夜の言葉をただ待っていた。

洸夜はただ、先程からそわそわしている千枝達の様子を見て、さっきの戦いの結果について直接自分から聞きたいのだと理解した。

 

「(あんな状況で終わったし、やはり俺から直接聞かないと不安になるよな)……先程の戦いはお前達の勝ちだ」

 

「だ、だけどよ……! 結局は俺らは先輩頼りにしちまったし、何より俺達全員あの場で気絶しちまったし……」

 

「……ああ、俺達は後ろで倒れてただけだった」

 

「……私なんて、あの骸骨のペルソナに遊ばれただけだった」

 

そう言って陽介達の頭を下にする光景を見て、洸夜は一旦レポートを置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「お前達は誤解している」

 

「え?」

 

洸夜の言葉に陽介達は顔を見合わせる。

 

「俺は勝敗について、俺に勝ったら良い何て一言も言って無いぞ。ただ、覚悟を示せとか言ったんだ」

 

洸夜の本来の目的。

この事件の重さや、ペルソナと言う力を使う覚悟と責任。

それを教える事に過ぎない。

勝負の勝ち負けは、洸夜にとってはおまけで過ぎなかった。

そして、洸夜は先程の戦いで確かに総司達の覚悟を見せてもらったと言える。

しかし、陽介達はまだ納得した様な顔をしていない。

 

「……それに、お前達はそうは言うが、お前達が総司を庇わなかったらあの時点で俺の勝ちだったぞ。遊び半分な気持ちで、ペルソナを使う奴には出来ない事だ。だから、胸を張って自分達を誇れ」

 

「でも……」

 

洸夜の言葉を聞くが、雪子はまだ納得出来ない様で表情は暗い。

その様子に洸夜は総司を見るが、総司は黙ったまま無言で微笑む。

まるで、「兄さんに全て任せる」と言っている様にも見える。

 

「(やれやれ……)それにな……俺は正直驚いている」

 

「えっと……何にですか?」

 

陽介が洸夜の言葉に疑問の声を出す。

 

「お前達の成長にさ……はっきり言って俺はお前達に普通に勝てると思っていた。力に覚悟、全てが中途半端な奴らにペルソナが答えるとは思わなかったからな」

 

「……」

 

洸夜の言葉に陽介達は気まずく互いに目を合わせた。

しかし、洸夜の表情は河原の時とは違い、何処か穏やかな表情で陽介達を見ていた。

 

「だがな、事実は違った。お前等は力の差にも屈せずに俺に食らい付き、覚悟を見せた……その結果があの時の総司だ……ワイルドを使う者の源は“絆”だ」

 

「絆……」

 

「そう絆……ペルソナは簡単に言えば心の力。お前等の覚悟と絆にペルソナ達が答えたんだ」

 

総司達にそう告げる洸夜だが、今の自分には一番程遠い言葉だと感じ、少し心の中が濁った様に重苦しく感じた。

今の自分に全く無いモノを、総司達に説明する為とは言え、何処か自分自身が滑稽に見えたのだ。

だが、洸夜からの直接な言葉を聞いて陽介達の肩の力は先程よりも抜けている。

 

「えっと……じゃあ!、俺達はあなたに認められたって事ですよね!」

 

「……どうした? 前より俺に対して口調が軟らかくなったな」

 

「えっ……? あ、いや……まあ、俺も結構考えたって事で……」

 

そう言って陽介は照れ臭そうに目を逸らした。

その様子に洸夜も静かに笑うと、近くにいた陽介と雪子の頭に手をのせた。

それに一瞬驚く総司達だったが、洸夜は二人を見た後に全員に目を向け、こう告げた。

 

「否定した俺が言うのも難だが……頑張れよ、幼きペルソナ使い達」

 

洸夜のこの言葉を聞いた瞬間、総司達は自分達は洸夜に認められたと実感出来たのだ。

洸夜の口から直接自分達の事をペルソナ使いと呼んで貰い、陽介達は思わず顔から笑みを零す。

だが、この後に続いた洸夜の言葉にメンバーは再び絶句する。

 

「お前達は、立派な"半人前"のペルソナ使いなんだから」

 

「半人前……?」

 

「一人前じゃなくて……?」

 

「当たり前だ。自惚れるなよ、あの程度の事で一人前に成れるなら苦労は無い」

 

「……」

 

洸夜の言葉にメンバーは苦笑いしか出なかった。

まだ、完全に認めて貰うには時間が掛かる。

そう思う総司達だった。

また、そんな様子を見ていた洸夜は、再び二冊のノートを取り出してテーブルの上に置いた。

そして、総司達はテーブルに置かれた黒と白のノートに顔を向けた。

 

「兄さん、これは……」

 

「俺が今まで調べて来た今回の事件とシャドウについて記した物だ……まあ、百聞は一見に如かずってやつだ」

 

「……な、なんか本格的に成って来たね」

 

「た、確かに……」

 

洸夜が渡した二冊のレポートから伝わる本格的な雰囲気に息を呑む陽介と千枝。

そして、総司はまず白いノート(真実の書)を手に取って開いた。

 

========================

 

あれから数時間後・・・

 

 

「……」

 

二冊のノートを見終わった総司達は、二冊とも再びテーブルの上に置いた。

 

「……な、なんか内容がめっちゃ本格的だったスね」

 

「ああ……レベルが高すぎる内容だった」

 

「って言うか! やっぱり洸夜さん最初から私たちの事を見ていたんですね!」

 

千枝達が見た内容には、自分達のシャドウの事や、それによってその世界と他のシャドウへ与えたと影響について詳しく書かれていたのだ。

それ以外にも、犯人についてや、テレビの世界に関する事が書かれていたが、ある意味、自分のシャドウについては誰にも言いたくない黒歴史とも言えるもの。

それを、洸夜は見て、尚且つ、ここまで丁寧にレポートとして纏められていた。

そんなのを、当の本人達が見たら恥ずかしいことこの上無い。

その為、今一頭に入らない。

 

「まあ、そうなるな……」

 

その為、雪子達のリアクションに対し、洸夜もただそう言うしか無かった。

 

「って事は、私たちのシャドウも……」

 

「ああ、レポート対象は多い方が良いからな……まあ、かなり斬新なのもいたが」

 

「「イヤァ~~~~! なんか恥ずかしい!!」」

 

自分達のシャドウを直接見たのは、此処にいるメンバーだけだと思っていた為、雪子と千枝の二人は顔を赤くする。

そんな様子に、総司は苦笑いしながらも洸夜へ聞きたかった事を聞く。

 

「ところで兄さん、コレを見る限りだと兄さんもまだ犯人は分からないんだよね?」

 

「ああ、なんだかんだ言って犯人は手掛かりを残していないからな(残していたら直斗が気付く筈……)」

 

総司とそんな会話をしながら、直斗が手掛かりを見付からず肩を落とす絵を想像する洸夜だった。

そんな中、完二が口を開く。

 

「それにしても、一体犯人は何なんだろうな? 裏でばっかり動きやがって!」

 

「落ち着け完二、熱く成ってちゃ駄目だ」

 

「総司の言う通りだが、完二の言葉も一理ある……りせはどうだ? 何か気付いた事は有るか?」

 

「う~ん、そう言われても……洸夜さん達が行った後に、誰かが来たのは覚えているんですけど……」

 

「気付いたら、既にテレビの中か?」

 

「はい……」

 

「雪子と完二君と一緒だね……」

 

りせと千枝の言葉を聞き、洸夜は少し考える。

 

「……(話から察するに三人とも意識が無くなっているのか……薬でも香がされたか? ……薬まで準備しているとは完全に計画性が有る……一体、犯人は何故そこまでして誘拐をする? あの人が多い昼間の商店街でなんて、リスクが高すぎるにも関わらず……)」

 

洸夜がそこまで考えた時だった……。

 

ク~~~~。

 

部屋中に何やら軽い感じの音が響いた。

 

「なんだ今の音?」

 

「お腹……?」

 

「ハ、ハハ……ゴメン今の私……」

 

そう言って恥ずかしそうに手を挙げる千枝。

それを見た洸夜は時計に目をやると、既に7時を少し過ぎていた。

話し合っているうちに、3時間近くも経ってしまった様だ。

 

「もおこんな時間か……総司、菜々子を呼んで来てくれ。夕飯の準備をする」

 

「分かった」

 

「君達はどうする、食べていくか?」

 

「えっ!? 良いんですか?」

 

「俺に勝ったお祝いって事でどうだ? その代わり、ちゃんと親御さんには連絡しろよ」

 

「そう言う事なら私は遠慮なくご馳走に成ります!」

 

そう言って腕に抱き着くりせ。

日に日に洸夜と総司へのスキンシップが激しく成っているように感じる。

その事に千枝達も気付いているらしく、最早呆れている。

 

「こ、この子は……」

 

「じゃあ、私は家に電話して来ます」

 

「んじゃ俺も」

 

「なら、俺はさっさと調理するか……(叔父さんは遅いし、人数的にカレーかシチューだな)後、りせ……そろそろ離れてくれ」

 

「え~ 洸夜さん冷たい!」

 

「至って普通だ……ッ!?。(目眩が…………ッ! すまない、一旦部屋に戻る」

 

 

突如、自分を襲う目眩や吐き気。

まだ、完全に体調が回復して無い事もあり、一旦部屋で呼吸を立て直したい

そう思いながら洸夜は、りせの腕を優しく外して自分の部屋へと戻った。

 

「……」

 

そして、そんな様子の洸夜を見ていた総司達。

総司達も、実は洸夜に聞きたいことがまだ合った。

それは、勿論二年前に解決した事件の事。

布団で眠っていた洸夜を見る限り、総司達は自分達では決して分からない何かが洸夜を襲っている事しか理解出来なかったと同時に、きっとそれは、二年前の事件が絡んでいるとも想像した。

ここまで自分達の為にボロボロに成った洸夜の力に成りたい。

メンバーで話し合い、万場一致の決定だった。

しかし、それを総司達は聞くことが出来なかった。

理由は、自分達と洸夜をここまで運び、去りぎわに言ったエリザベスの言葉が原因。

 

「今のあの方は、精神的、肉体的に大変疲労しております。ですので、あの事件の話を聞くのでしたら、また、別の機会に御聞きする事をお勧め致します……」

 

そう言いながら、軽く殺気を放ちながら言ったエリザベスに、総司達は頷くしかなく、それを聞いたエリザベスが殺気を抑え、彼女が笑顔に成ったのを見ると総司達は苦笑いするしかなかった。

そんな事があり、総司達は洸夜に前の事件の話が聞けなかった。

 

「……結局、聞けず終いだったな」

 

「まあ、約束だからね……仕方ないよ」

 

「あれを約束と言うか……」

 

「あははは……でも、私は洸夜さんを少し休ませた方が良いと思う。倒れていたから、今一はっきりとは言えないけど、戦っている時の洸夜さん……なんか、異常なぐらい息が乱れてた様な気がするの」

 

「あッ……それは俺も思った。でもよ、それって只単にペルソナを沢山召喚したからじゃあねえのか? 相棒と同じワイルドっていう能力持ちで、しかもペルソナを同時に大量に召喚。疲れない方がおかしいって……」

 

「それでも何か……おかしいって言うか……」

 

陽介の言葉にメンバーは、納得できる様な出来ない様な感覚に襲われた。

たった一人で自分達と戦ったのだから、体力の消費も頷けるが、総司達は何処か釈然としなかった。

だが、結局、今は答えが出なかった。

 

=================

 

現在、堂島宅(洸夜自室)

 

「ハア……! ハア……! 」

 

自室に戻った洸夜は、部屋に入ると同時に倒れそうに成り、机に手をついて呼吸を整えようとする。

視界は揺らぎ、体は文字通り鉛の様に重苦しく、そして怠い。

 

「ハア……! ハア……! (ペルソナが……日に日に弱体化してきていることは分かっていた。だが、まさか……ペルソナ能力そのものが消え始めるとは…………何故だ…………何故、ペルソナまで俺から消えようとするんだ……!)」

 

一体、自分はどうしたら良いのか?。

このままでは、いずれ自分はペルソナ達に殺されてしまう。

そんな想いが、洸夜の頭を過る。

そして、暫くそのままの状態で悩むと同時に体を休めると、段々と自分の体から頭痛や目眩が引いて行くのを洸夜は感じた。

 

「……やっと……落ち着いたか……ハア……ハア……」

 

今回のこの症状が、弱体化の中で無理に力を使ったからか、それとも他に理由でも有るのか、今一洸夜は判断出来無かった。

そんな時、洸夜はおもむろに机の引き出しを開け、一つの瓶を取り出した。

そのなかには、錠薬らしき薬が多数入っている。

 

「……これは、本当に最後の手段だな。(真次郎……お前から取り上げた"この薬"を、今度は俺が使うかも知れない……)」

 

洸夜が持つ薬。

それは、前の事件の時にストレガや真次郎が使用していた、ペルソナを抑え込む為の薬だった。

ペルソナを飼い慣らせない者達が、ペルソナを制御する為の薬。

その代償に、己の命を縮めると言う悪魔の様な副作用が存在するが……。

そんな薬を洸夜が持っている理由は単純に、真次郎の様子に気付いた洸夜が彼から取り上げたからだ。

何回か取り上げた事が有ったが、今思えば何の意味も無かったと洸夜は感じていた。

 

「(もし……ペルソナが暴走すれば、周りの人達を巻き込んでしまう。真次郎や、乾の様に……哀しみと苦しみで生きる奴等は……もう二度と作っては駄目なんだ……ペルソナは……そんな力じゃないのだから……!)」

 

そう言って薬をポケットにしまう洸夜は、携帯を充電器に繋げると、総司達の夕飯を作る為に下へと下りて行った。

 

buuuuuu! buuuuuu!

 

それと同時に鳴り出す、ディスプレイに"母"と書かれた携帯に気づかないまま……。

 

===================

 

その頃……。

 

===================

 

現在、自宅(美鶴)

 

 

「分かった……それじゃあ明彦、その日までに来てくれ」

 

『別に良いが……しかし、俺は必要なのか? アイギスが入れば大丈夫だと思うが?』

 

「一応念のためだ……それではな」

 

そう告げて、美鶴は携帯電話を切ってポケットにしまった。

予定通り明彦に連絡が着き、日にちが決まったお見合いに来れる様に帰国するという話を交わした三鶴。

そんな中、部屋の扉が開き扉からアイギスが入って来た。

 

「アイギス……どうした、何かあったか?」

 

「いえ、ただ何と無く来ました」

 

「フッ……そうか」

 

そう言うと美鶴は部屋に備わっているソファに腰を下ろし、テーブルにおいてある紅茶を口にする。

ほのかに感じる苦味が自分の心を落ち着かせる。

そう思いながら三鶴は、セミたちが鳴き続ける窓の外へと視線を向けた。

そして、その様子を見ていたアイギスが少し心配し口を開いた。

 

「お見合いは今週の金曜でしたね」

 

「……ああ、実は柄にもなく少し緊張している」

 

「緊張……ですか?」

 

三鶴には似合わない言葉に、思わず呟いてしまったアイギス。

 

「……相手の写真も見てもいないで、おかしな話だが何故か胸騒ぎがするんだ……恐らくその為だろう」

 

そう言ってその場でため息をはく美鶴。

元々美鶴自身はお見合いは受けるが、結婚する気はさらさら無かった。

理由は自分にも分からず、ただ今は結婚する気には成れないとしか分からない。

その事を知っているアイギスは美鶴の隣に座る。

 

「大丈夫であります! もし、相手の方が美鶴さんと結婚する為に強攻策にでたら、危険分子として私が排除します!」

 

そう言ってアイギスの腕からガシャンと弾を装填する音が聞こえた。

その様子に思わずクスクスと笑ってしまう美鶴。

昔よりはしっかりしているが、アイギスにはまだまだ学ばねば成らない事が有ると思った美鶴であった。

 

「ハッ!? 油断しておりました! これはゴム弾ではなくシャドウ用の実弾です! 直ちに変えて来なければ!!」

 

「……(彼女は根は変わらないな)」

 

アイギスの不吉な言葉に苦笑いしながら、アイギスが部屋を出ていくのを眺める美鶴。

そして、美鶴はアイギスが部屋から出ていくのを確認すると立ち上がり、机の上に置かれた三つの写真立てに飾られている写真を覗いた。

一枚目には高校一年の時に撮影した物で、美鶴、明彦、真二郎、そして灰色の長髪が目立つ少年『洸夜』が写っていた。

 

「……(グループを纏め直し、シャドウワーカーも組織した……だが、そんな私でもお前に会いに行くと言う勇気がない……洸夜……お前は、私達を許さないだろうな)」

 

そんな思いを胸に、震えている手の中で紅く綺麗な“鈴”を掴む美鶴。

だが、美鶴はまだ知らない……もちろん洸夜も知らない。

望む望まないと言った二人の気持ちは関係無く、二人が再び出会う事を……。

 

END



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外伝 : 本当の家族

初売りは、並ぶ事にも意味がある。


とある日の出来事。

 

現在、堂島宅

 

現在、総司は叔父である堂島と二人で話しをしている最中。

学校はどうだ? 友達は出来たか? 勉強は大丈夫か?

等と言った、たわいもない話しだったのだが……。

 

「……一つ聞いて良いか? この前、署でちょっと耳にしたんだが……お前と、お前の友人だが、よくジュネスに行っているらしいな」

 

そう言って、総司を見る堂島の目は何処か鋭く、その視線が痛い。

その視線に対して総司は冷や汗を掻き出した。

何故か、今回の事件に関係していると思われる事件の裏に、必ずと言って良いほど総司達が絡む。

その為、例え身内で有ろうとも怪しいと思われる行動をとれば容赦はしない。

そして、総司自身も堂島の獲物を見るかの様な視線を外せずにいた。

はっきり言って、殺人事件を捜査しているのだから十分後ろめたい事に成る。

 

「一応言っとくが、それ自体は何も問題ない。ただ、問題なのは……何でしょっちゅうジュネスの家電売場に出入りしているかと言う事だ!」

 

堂島の眼光が総司を捉えると、総司は余計に目を逸らせなく成ってしまった。

今思えば、確かに怪しい行動と言える。

ゲームコーナーならばまだ弁明の余地が有ったのだが、家電コーナーならば弁明は難しい。

シャドウの事を言う訳にも行かず、総司が言い訳を考えていると……。

 

「お父さん……?」

 

総司が悩んでいる最高のタイミングで、菜々子が目を擦りながら自分達の下に歩いて来た。

 

「皆揃って何やってるんだ」

 

そう思っている内に、兄である洸夜も来て、堂島も総司を問い詰める所では無くなってしまい、焦りだしてしまう。

だが、総司にとってはまさに地獄に仏だった。

そして、今度は奈々子が堂島に非難の視線を向ける。

そんな娘の視線に、堂島は総司に何かしている事に怒っていると思い、言い訳を考えようとする。

 

「あ、いや、そのな……違うぞ、これは、だから、事情聴取じゃなくてな……」

 

そう言いながら慌てる堂島を見て総司は、珍しい光景だと思いながら見る。

何だかんだで堂島は、娘の菜々子に甘い。

そして、責める様な瞳の菜々子に何か言われるかと思い、気まずく言葉を待つ堂島だったが……。

 

「お兄ちゃんとばっかりずるい!」

 

「……何?」

 

自分が思っていた言葉とは違ったらしく、菜々子の言葉の意味が解らずに聞き返す堂島を見て、菜々子はゆっくりと口を開く。

 

「だって、今日はお父さんいるのに……」

 

その言葉に堂島は、奈々子の言いたい事が分かり、静かに溜め息を吐くと静かに頭を撫でた。

 

「……あのな菜々子、お前とはいつも話してるじゃないか」

 

「いつもって、いつ?」

 

「……っ!」

 

「……」

 

奈々子の何気無いこの一言。

受け取り方は人それぞれだが、少なくとも堂島は何か思う所が有るらしく、菜々子の言葉に撫でていた手を止めて黙ってしまった。

そして、先程から真面目な顔をして状況を見守っている洸夜。

 

「菜々子も一緒にいる……!」

 

目を擦りながら眠そうに話す菜々子。

ふと、時計を見て見ると既に時計の針は11時を回っている。

身体が出来ている自分達とは違い、まだまだ成長期の菜々子には既に寝る時間と成っている。

 

「ったく……もう寝る時間だろお前は、だから今日はもう寝なさい。今度必ず遊んでやるから……洸夜頼んでいいか?」

 

「了解……菜々子、一緒に部屋に行こうか」

 

洸夜の言葉に黙って頷く菜々子。

その表情は、何処か納得した表情とは言えないが、睡魔には逆らえ無かった。

そして、堂島の方に顔を向ける奈々子。

 

「絶対だよ……」

 

そう言って菜々子は、洸夜に連れられて部屋へと歩いていく。

その時の表情と後ろ姿は、何処か寂しそうだった事が総司の中に強く印象に残った。

 

「いつもっていつ?……か」

 

菜々子が部屋に行くのを確認してから堂島はゆっくりと口を開き、先程、菜々子が言った言葉を繰り返していた。

普通の家庭ならば余り聞かないワードだが、色んな意味で忙しい堂島にとってはとても重く、そして辛い言葉とも言える。

しかし、洸夜とは違い、堂島家について余り知らない総司にとっては良く分から無かった。

 

「叔父さんは子供は苦手なの?」

 

総司の質問に堂島はゆっくりと首を横に振る。

 

「……いや、別にそう言う訳じゃないが……まあ、だからと言って得意って訳でもないがな」

 

そう言って苦笑いしながらも表情が暗くなる堂島を見て、総司は堂島の過去に何か有った事に薄々だが気付いた。

 

「正直な話、あの子のことは妻……あいつの母親に任せっきりだったからな。だから、その……どう接すればいいか、加減や態度とか、その……よく解らねぇんだよ」

 

総司は堂島の言っている意味が理解できながった。

総司は両親が共働きだったから良く分かる。

自分には兄である洸夜が居たから、多少の寂しさは何とか成った。

しかし、基本的に家では一人だった菜々子はそうは行かない。

本来ならば、菜々子ぐらいの子供は親に甘えたい筈。

そう思いながらも、総司は堂島の言葉を聞き続ける。

 

「それにな……俺じゃ、あいつの家族は務まらんだろ……」

 

「!……意味が解らない」

 

総司は気づいたら堂島向かってそう言っていた。

そして、総司の言葉に苦笑いする堂島。

 

「ハハ……正直だな、お前は……」

 

総司の言葉にそう言って言葉を返すと、表情を戻して堂島は話し続けた。

 

「血が繋がってれば家族か? そうじゃないだろ…………これじゃ、姉さん達の事は言えねぇな。(昔……洸夜が家に来たときの事を思い出すな……)」

 

堂島はそう思うと同時に、小さい時に物心が着き始めた時に家に来た洸夜の事を思い出していた。

"あの頃"の洸夜は、それだけ堂島にとって印象が強かった。

 

「……叔父さん」

 

堂島の言葉の意味を知ってか知らずかは分からないが、総司は、自分が堂島の事を誤解していた事に気付く。

そして、堂島自身も苦しんでいると分かった。

そんな中、総司の表情が固く成っている事に気付いた堂島は我に戻る。

 

「ああ、すまん、お前に聞かせる話じゃなかったな……もう、遅いからお前も寝なさい」

 

「うん……おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

今日はもう話す事が無いと思った総司は、堂島そう言うと自分の部屋へと戻って行く。

 

================

 

================

 

階段の隅で、総司と堂島の話を立ち聞きしていた洸夜は、少し考えていた。

 

「(……叔母さんが亡くなってから、叔父さんは叔母さんをひき逃げした奴を追うことに執着している……何より、基本的に家の事は叔母さんに任せていた叔父さんにとっては、菜々子への接し方が解らないんだな……。それに、刑事である父親が、母親を殺した奴を捕まえられてないとは、菜々子には言える訳も無い)」

 

出来ればこの町にいる間に何とかしてあげたいが、今は自分に出来る事は無いと思い、洸夜も部屋へと戻って行く。

 

 

 

================

 

================

 

 

あれから少したったある夜の事。

堂島は台所でコーヒーを入れ様としていた。

そして、階段から降りて来た総司に気付くと堂島は、総司へと口を開く。

 

「コーヒー入れるんだが、お前も飲むか? インスタントだけどな」

 

「うーん、それじゃあミルク入りで……」

 

総司は何気なく言ったつもりだったが、その言葉を聞いた堂島の表情が一瞬固まり、危うくコップを落としそうに成る。

 

「……俺、何か変な事言った?」

 

「えっ!? あ、いや、そう言われるのは随分と久しぶりだったからな……思わず反応が遅れちまった」

 

きっと叔母の事を言っているんだと、総司は何となくだがそう思った。

 

「お父さん! 早く早く! テレビ始まるよ!」

 

テレビの前で、洸夜の膝の上で座っている菜々子がこちらを向いて呼ぶ。

そして、その様子を見た堂島は笑いながらコーヒーを入れる準備をし始めた。

 

「ははは! 分かった分かった、ミルクと砂糖をたっぷり入れて持ってってやるからな!」

 

「うん!」

 

菜々子の返事を聞いて総司は言葉の意味を理解した。

 

「お前も先に行ってろ」

 

「それは流石に悪い……」

 

居候させて貰っているのにも関わらず、何もしない訳には行かないと思い、総司は堂島を手伝おうとするのだが。

 

「良いんだ総司、コーヒーに関してだけは叔父さんの仕事だ」

 

「?……」

 

居間で奈々子を膝の上に乗せている洸夜の言葉に、意味が解らない総司は頭を捻るが、そんな総司に堂島は小さく笑いながら説明する。

 

「いや、総司……洸夜の言う通りなんだ。結婚する時に、あいつの母親に約束させられちまったんでな……」

 

何処か照れ臭そうな様子で話す堂島。

だが、その表情は嬉しそうにも見えた。

 

「約束?」

 

「ああ、家の事はこれだけでいい。そのかわり、必ずずっとやる事ってな……だから、まあその、すっかりクセ見たいになっちまったって訳だ。それに、俺が守ってやれるのは、もうこの約束くらいだしな……」

 

「……」

 

総司は、堂島の言葉を聞いた瞬間、何故か言葉が出なかった。

そして、総司と堂島は気付かなかったが、堂島の言葉に一瞬だけ洸夜も反応していた。

また、そんな総司を見て、堂島が照れ臭さそうに言う。

 

「まあ、その……先に向こう言ってろ」

 

そう言われ総司は洸夜と菜々子の所に行き、一緒にテレビを見る事にした。

 

========================

 

総司達はテレビのニュースを見ているが、余りめぼしいニュースは無い……そう思った時。

 

『次のニュースです。今日、●●市郊外で自転車に乗っていた女性が車に跳ねられ死亡しました。また、轢いた車はその場から逃走しており、轢き逃げ事件と見られ、現在も警察が行方を追っております。また、目撃者の話からその車はーーー』

 

「!」

 

ブツッ!

 

突然、洸夜がテレビの電源を消し、そのまま立ち上がった。

 

「さてと、俺は風呂に行って来るよ……」

 

そう言って風呂へ向かう洸夜を見て、堂島はすまなそうな顔になる。

 

「洸夜……すまんな」

 

堂島の言葉に洸夜は、無言で手で合図して風呂に行き、堂島も立って部屋に行ってしまう。

そして、この場には総司と菜々子だけになってしまった。

 

「お父さん達のようすが変だったのは、“こうつうじこ”のニュースしたから……お母さん、事故で死んじゃったから……だから菜々子、覚えて無いんだ。お父さんは、ぜんぜん話してくれないし……」

 

総司が分からなそうにしていた為、菜々子は総司に説明をすると部屋に戻って行った。

 

「……」

 

総司は洸夜と違ってこの家の事は余り知らない。

だが、このままじゃあ駄目なのは分かる。

しかし、どうすれば良いかも分からず、総司は部屋に戻った。

 

========================

 

 

とある日の夜、堂島はテーブルの上に新聞を広げて何かを探していた。

そして、その新聞記事を見ながらブツブツと文句を言っていた為、何故か気になってしまい総司はテーブルに近付いた。

 

「あるとすりゃ、後は……ったく! 今時の若ぇのは資料の整理ひとつまともに出来ねぇのか!……って、お前じゃないんだ、すまん……」

 

「手伝う? というか何をしてるの?」

 

「ん? 実はな……」

 

説明中

 

堂島は昔の新聞記事がボロくなったからコピーを取り直した。

だが、そのコピーがどっかに紛れたらしく、それを探しながら愚痴を言っている時に総司が来た様だ。

 

「そんなに重要な内容なの?」

 

「ああ、ある事件の犯人がまだ上がらねぇんだ。なのに、新しい事件のせいで風化しかかってんだ……!」

 

そう言って、拳を握り締めながら言う堂島を見て、総司はその事件がどれだけ堂島にとって大切なのかよく理解した。

 

「けどな、俺だけは諦める訳には行かねぇんだ……絶対にな」

 

「お父さん……」

 

総司が堂島と話していると菜々子が来たが、少し顔色が悪い気がする。

 

「なんだ、どうかしたか?」

 

「なんか、お腹痛い……」

 

「悪いもんでも食ったのか?」

 

「……叔父さん、それは晩飯係の俺に対する冒涜だ」

 

「「うぉっ! いつからいたんだ!?」」

 

洸夜の突然の登場に驚く総司と堂島。

総司の中に、たまにわざとでは無いか?と思う自分がいる。

 

「ついさっき、でも確かに顔色が悪い……天ぷらに使った海老が駄目だったのか? いや、菜々子にアレルギーは無いし、あの海老も痛んでは居なかった」

 

そう言いながら洸夜はその場にしゃがみ、菜々子の顔を見る。

 

「う~……お腹の下の方ちくちくする……」

 

そう言ってお腹を抑えだす菜々子。

そして、その言葉に堂島は慌てて立ち上がる。

何か有ってからは遅い、そういう気持ちが総司にも出て来る。

 

「何だって!? きゅ、救急!……い、いや、確か前にもあったな。あの時と同じ感じか!?」

 

「……わかんない」

 

「……まさか」

 

堂島が慌てている中、洸夜は何かに気付いたらしく、その場から黙って移動してしまう。

しかし、堂島はそれに気付かずに頭を押さえて悩み出す。

 

「クソ……!、あの時の薬は確か……」

 

そう言って堂島が頭をかきながら考えてると……。

 

PiPiPi

 

堂島の携帯が鳴り出してしまい、堂島は少し乱暴に携帯を開く。

 

「(叔父さんの携帯……もしかして事件じゃ無いよな)」

 

総司がそう思いながら状況を見守るが……。

 

「ああ、クソッ! こんな時に・・・! はい堂島!……なんだ足立か、切るぞ。……なに封筒? しかも俺に? ひょっとして市原さんからか!? いつ!?……なに、昨日来たけど忘れてた!? ふざけやがって、すぐに行くから準備してろ!」

 

Pi・・・!

 

携帯を乱暴に仕舞うと堂島はコートを持つ。

その様子から仕事に行くと言う意味でも有る事に総司は気付く。

 

「叔父さん、まさか……!」

 

「出て来る。救急箱の中に薬があるはずだから……頼む」

 

そう言って堂島は、苦い顔をしながらも出かけてしまった……。

薬の場所を言われたからと言っても、どんな薬かは分からないが、何とか探そうとする総司。

すると……。

 

「これだな……総司! これを菜々子に飲ませろ」

 

話している最中に救急箱をあさっていた洸夜。

何故、洸夜が菜々子の薬が分かったのかは謎だが、総司は薬を受け取り、菜々子に飲ませて寝かせる事にした。

 

数時間後・・・

 

それから少し経ち、総司は洸夜と落ち着いた奈々子が眠ったのを確認して、一緒に堂島の帰りを待っていた。

すると、そんな時に堂島が帰って来た。

しかし、何処か機嫌が悪そうなのを洸夜と総司は感じていた。

そして、堂島はため息を吐きながら玄関を閉めると総司達に気付く。

 

「……ん? 洸夜、総司まだ起きてたのか。もう遅いだろ、早く寝ろ!」

 

その堂島の言い方に、少しイラっとした総司と洸夜。誰のお陰でこんな事をしていると思っているのだろうか。

 

「どう言うつもりだ」

 

「流石に言いすぎだ、叔父さん。こっちだって色々やってたんだ」

 

「ッ! うるせぇな! お前等にそんなこと言われる筋合いは……そりゃあ、有るよな。すまない、菜々子はどうしてる?」

 

総司と洸夜の言葉に逆ギレ仕掛ける堂島だが、直ぐに自分に非が有る事を認め、二人に任せた菜々子の事を聞く。

 

「落ち着いて寝たよ」

 

堂島の言葉に答えたのは洸夜だ。

こう言う時の洸夜は何だかんだで無駄に頼もしい。

 

「そうか、寝てるか……お前等がいてくれて、本当に助かった。今日はもう遅いから寝てくれ……」

 

そのままテーブルに座る堂島に総司は一言伝え様としたが、洸夜に肩を掴まれてしまう。

そして、洸夜が無言で首を横に振ったのを見て総司達は部屋に戻った。

 

========================

 

あれから数日……。

総司は堂島を探していた、あの新聞記事の事が気になり、その事を堂島に聞いてみたかったからだ。

 

「新聞記事のコピー……? ああ、見付かったよ。すまんな心配したか?」

 

居間でコーヒーを飲んでいた堂島は総司の言葉にそう伝え、また、総司は首を横に振る。

ただ気になっだけなのだから、そんなにたいそうな事では無いのだから。

 

「いや、ただ気になっただけだから」

 

その言葉に堂島は笑いながら「そうか……」とだけ呟く。

 

「実は、妻の……千里の記事なんだ。ひき逃げされて、死んだ時のだ……」

 

突然の事で少し驚いたが、そんな気がしていた総司。

そして、堂島がゆっくりと語り始めるのを見て、総司は静かに聞く事にした。

 

「前に話たな、まだ犯人が上がってない事件の事を……もう分かっただろう? これ以上は家の中でする話じゃない……」

 

そう言って表情を暗くしながら下を見る堂島。

だが、総司はここまで聞いといて途中下車をする気は更々無かった。

 

「じゃあ、外で話せば良い」

 

総司がそう言うと堂島は一瞬、驚いた顔をするがその後に苦笑いした。

 

「ははっ! まったく……かなわんな、お前には」

 

「俺は?」

 

「「うぉっ!」」

 

また、洸夜の突然の出現に驚いてしまった二人。

その様子に総司は、自分の家族が気配を消し、いきなり出て来ると言う行動を目の当たりにしているのは恐らくは、自分達だけだろうと思った。

 

「お前、いつからいたんだ?」

 

「部屋にいたんだけど、暇だから降りて来たから……ついさっきだな」

 

「部屋……?。そういやお前、この所部屋で何か書いてたな……」

 

「叔父さん話がズレてるよ、兄さんも邪魔しない」

 

洸夜のおかげでシリアスな空気が一瞬で無くなった事に軽く怒っている総司。

しかし、そんな様子に洸夜は逆に楽しそうだ。

そして、総司の言葉を聞いて話の続きをする堂島。

 

「ああ、そうだったな……洸夜は知ってると思うが……」

 

堂島の話は、総司が思ってたより辛い話だった。

 

当時、菜々子のお母さんは菜々子を保育園に迎えに行く途中にひき逃げされた。

しかも、その日は寒い日で目撃者もなく発見も遅れたらしく、堂島に連絡が来るまで菜々子は保育園でずっと待っていたのだと言う。

いつまでたっても来ない迎えを、ずっとたった一人で……。

 

「殺された何て菜々子には言えなかった。犯人を捕まえるのが仕事の父親が……足どり一つ掴めねぇって事も……だが! 俺は必ず犯人を上げる。その為ならプライベートなどない、菜々子だって分かってくれる筈だ」

 

総司は堂島の言葉を聞いてどう言えば良いか分からなかった。

 

「(言い訳だとでも言えばいいのか……)」

 

そう思いがながら総司が悩んでいると、洸夜が口を開く。

 

「……叔父さん。叔父さんの菜々子に対するやり方は間違っても無いし、正しくも無い」

 

「……」

 

洸夜の言葉に堂島は黙って聞いている。

内心では堂島自身も分かっているのだ。

だからこそ、堂島はこんなにも苦しんでいる。

 

「菜々子は知りたがってる、何故自分には母親がいないのか、叔父さんの表情を見て聞かない様にしているが、本当は母親の事が聞きたいんだ……あの子には知る権利がある!」

 

「だがっ! 菜々子はまだ幼い……言えるのか! 菜々子に自分の母親は自分を迎えに行く途中で殺され、そして刑事の父親は何も手掛かりを掴めて無いとッ!」

 

堂島は洸夜の言葉に声を上げるが、洸夜もそれに食ってかかる。

 

「それでも知りたい筈だ! どんなに辛い内容でも、自分の母親の事を知らないまま生きて行くのは嫌な筈だッ! 叔父さん、あんたもそうだろ! 一人で背負って苦しいなら、俺達や菜々子にも背負って貰えよ! 家族だろ!!」

 

「っ!……だがあの子はこの事実に耐えられん! このままが菜々子にとって一番いいんだ ……!」

 

「……菜々子がそう望んだのか?」

 

「……(兄さんが何か凄い)」

 

堂島と洸夜の会話に入る場所がなく、総司は黙って聞いていた。

そして、堂島は洸夜の言葉に少しだけ顔を下に向ける。

 

「……今は望まなくとも分かってくれる日がくる……そう思うしか無いだろう。……すまん、今は一人にしてくれ」

 

そう言われると一人にしない訳にもいかず、総司と洸夜は立ち上がり部屋に向か追うとすると、堂島が口を開く。

 

「洸夜、そして、総司……ありがとな」

 

そう言われて、総司達は部屋へと向かった。

 

===============

===============

 

とある日、総司はいつも通り堂島と話をしている。

あれから結構立つが、堂島との会話も増えて来た。

するとそんな時、菜々子が目を擦りながら近付いて来た。

 

「もう、寝る……」

 

「ん? ああ、もうそんな時間か……」

 

時刻を見たら既に11時に成りかけている。

小さい菜々子にはもう寝る時間。

総司も堂島と同じ様に考えていたのだが、何故か菜々子はその場から移動しようとしない。

それ何処か、何故か堂島をジッと見ている。

 

「……む~」

 

「な、何だ……?」

 

流石に気になったのか堂島が菜々子に聞く。

最初からそうすれば早かったのだが、何と無く聞きづらかった。

 

「お父さん……今日、寝る前に本よんでくれるっていったのに……」

 

菜々子の言葉に堂島の表情が変わる。

どうやら、完全に忘れていた様だ。

 

「あ……ああ、そうだったか。分かった分かった、少しだけだぞ」

 

「やったー!」

 

根負けした堂島と喜ぶ菜々子。

これはこれで、なかなか貴重な絵である。

そんな事を思っていると……。

 

PiPiPi……!

 

堂島の携帯から音が響き渡り、総司は少し嫌な予感がした。

 

「すまんが、ちょっと待ってろ……」

 

そう言ってポケットから電話を取り出し、電話に出る堂島。

 

「はい堂島……市原さん!? はい、はい……そんな……! それじゃあ結局……あの、市原さんの都合さえよければ今からそちらに……はい、分かりました。それじゃあ……」

 

そう言って電話を切る堂島だが、その表情は何処か魂が抜けかけた様な表情をしていた。

 

「……お父さん、いっちゃうの?」

 

「……仕事だからな」

 

悲しそうな菜々子の顔を見て、堂島は自分に言い聞かせる様に呟く。

しかし、菜々子は諦めきれないらしく、今にも泣きそうな表情で堂島を見た。

 

「でも、今日は読んでくれるって……」

 

「そんなのはいつでも……」

 

「それは、菜々子より大事なことなの?」

 

「!」

 

総司の言葉に目を開く堂島だったが、その場でため息を吐きながら頭をかくと、静かに呟いた。

 

「んな筈ねぇよな……」

 

そう言って奈々子を見つめる堂島。

今、自分の目の前で今にも泣きそうな一人娘に代わるモノ等無いのだから。

 

「ケンカしてるの? い、行っていいよ……お父さん」

 

「ケンカじゃないよ、菜々子」

 

総司と堂島のやり取りを見て不安そうな菜々子。

そんな菜々子の肩に、いつの間にかいた洸夜が手を置く。

しかし、総司も堂島も、洸夜の突然の登場にも慣れたのか和えて何も言わない。

 

「本当……?」

 

「ああ、洸夜の言う通りだ。ごめんな菜々子……それより本って、どれだ?」

 

「……いいの?」

 

「約束だからな……ほら行くぞ」

 

その言葉で菜々子の表情が明るくなる。

 

「うん!」

 

その笑顔は年相応な笑顔だったが、随分と久しぶりに見た気がする。

そして、堂島と菜々子は部屋に行った。

 

それから数分後……。

 

「やれやれ、まさか、本一冊を読まされるとはな……」

 

部屋から出て来た堂島が、苦笑いしながら総司と洸夜の方を向いた。

そして、堂島は何処か気まずそうに頭をかくと口を開いた。

 

「少し話でもするか?」

 

 

現在、堂島宅(庭)

 

 

「さっきの電話な、市原さんって言って俺の元先輩だ。千里のひき逃げの捜査で鑑定やってもらってる……さっき、鑑定結果が出たって電話だった。あの様子じゃあ、警察の調べ以上の事は出なかったんだと思うがな……」

 

恐らく、その市原さんの鑑定が最後の希望の様な物だったのだろう。

只でさえ、手懸かりが少ない事件。

それも有って、堂島は拳を握り締めた。

 

「出向いた所で、それが変わる訳じゃないって分かってたんだがな……何もしない訳にも行かなかった。……千里を轢いたのは、白のセダンで恐らくはでかいアメ車だ。もちろん、この町にそんな車はねぇ。修理も廃車も該当する記録も出て来ない……下手すりゃもう、日本にない可能性もある……怖ぇんだ、犯人が捕まえられねぇって事が……どうしようも無い気持ちをぶつけるとこがなくて、飲み込むしかねぇって事が……!」

 

「……」

 

「……クッ!」

 

堂島の言葉に、総司も洸夜もただ黙って聞く事しか出来なかった。

ただ、今自分達に出来るのは静かに堂島の苦しみを聞いてやる事だけだから。

だが、洸夜は何処か別の事を考えている様にも思えたが、総司は気付かなかった。

 

「菜々子を見る度に、あいつと似た所を見付ける度……現在を突き付けられてる様な気がしてな……怖ぇんだ」」

 

「……」

 

堂島の話に洸夜は黙って聞いている。

今、このタイミングで自分から言える言葉が無いのを知っているから……。

 

「……まさか、お前等にこんな事を話す事になるたぁな……。いつまでもこのままでいい訳がねぇってのは分かってる。洸夜に言われた時は頭をぶん殴れた様な気がしたよ……お前等がいる内に、向き合わなきゃならねぇよな」

 

そう言って堂島は部屋に戻り、庭には総司と洸夜が残った。

静かに辺りで鳴く蝉達の鳴き声だけが、洸夜と総司の耳に響く。

 

「(このままじゃ……叔父さんがかわいそうだ)……兄さん」

 

これほどまで身を削っている堂島の苦労が実の生らない事に、総司は複雑な心境だった。

そして総司は、隣で空をずっと眺めていた洸夜に堂島の事について聞こうとした時……。

 

「かわいそう……とか思うなよ総司」

 

「!」

 

自分の心を読んだのでは無いかと疑う程、自分の気持ちを言い当てた洸夜の言葉に、総司は黙ってしまった。

 

「その人の生きて来た人生を聞いて、かわいそうとか思うな。自覚があるかないかは関係ない。かわいそうって思う事は、その人を見下すと言う行為だ」

 

「だけど、かわいそうと思うのはその人の事を心配しているって事じゃあ?」

 

「総司、心配と同情は別物だ……だから俺は、必死で今を戦っている叔父さんの事をかわいそうとは思わない。そして……『アイツ』の事も……」

 

「『アイツ』って?」

 

「……」

 

それだけ言うと洸夜は総司の質問に答えずに、自分の部屋へと戻って言った。

しかし、洸夜は部屋の前まで来ると立ち止まり、直ぐ隣の壁を拳で殴り付けた。

 

「……何を偉そうな事言ってんだ俺は……。(叔父さんは苦しみながらも現実と向き合い、少しずつだが前に進んでいる。なのに俺は……いつまでこんな罪悪感に蝕まれるつもりなんだ……!)」

 

自分の言葉に何の説得力が無い事に、自分自身で怒る洸夜。

しかし、そんな洸夜に声をかけるものはいなかった。

 

========================

 

 

あれからそれなり日数が立ち、あれ以来堂島の表情も明るくなり、菜々子も嬉しそうだ。

そんなある日、暇だから下に降りると総司と堂島が会話をしており、洸夜を見付けると口を開く

 

「おお洸夜、実は後で皆で散歩に行こうと思うんだがお前も来ないか? 出来れば、お前と総司と菜々子と四人で行きたいからな」

 

「(叔父さんがそんな事を言うのは珍しいな……)いいよ、丁度暇してたから」

 

「そうか!ああ、後お前等にこれをやろう」

 

そう言いながら堂島は、洸夜と総司にマグカップを渡す。

見た感じは何処にでも有る普通のマグカップ。

しかし、それは堂島家では大切なマグカップなのを洸夜は知っている。

 

「俺と菜々子が使っているのと同じやつだ。これはお前等専用、後で名前書いといてやるからな」

 

そう言う堂島に総司は苦笑いしていた。

流石にこの歳にも成って物に名前を書くのは子供っぽく、結構恥ずかしい。

 

「いや、名前はちょっと……」

 

「何言ってんだ、書いとかないと間違うだろう。菜々子のも俺のも、ちゃんと底に書いてるぞ?」

 

「それとも総司、お前は菜々子との間接キスを狙っているのか……!」

 

「総司、年相応に成るまで手を出すなよ……!」

 

「本人をおいて、勝手に話を進め無いでくれ……」

 

洸夜と堂島の冗談に肩を落とす総司。

だが、堂島の目は笑って居なかった事には和えて触れないでいる二人。

そして、堂島はそう言うと、急に表情を真剣にする。

 

「……洸夜、総司、俺達は家族だ。だから、お前等のマグカップも菜々子のカップも、いつでも満タンにしてやる……忘れるなよ二人とも」

 

「叔父さん……」

 

「なら、期待してるよ」

 

「おう! 任せろ!」

 

洸夜の台詞に笑いながら堂島が答えた時だった。

 

「お父さん準備できた?」

 

部屋から身仕度を整えた菜々子が出て来ると、堂島に準備を聞き、堂島は時計を見て時間を確認する。

 

「ああ、そろそろ出るか……」

 

「お兄ちゃん達も行こ!」

 

そう言って洸夜と総司の手を掴む菜々子。

その掴む手は、意外に力強いモノで有る事は洸夜と総司にしか分からなかった。

 

============

数分後・・・

 

============

 

現在、河原

 

現在、洸夜達が来たのは近所の川だった。

ここは良く、洸夜が木刀の素振りや釣りをする場所でもある。

 

「よるだと、こわーい! でも、お父さんとお兄ちゃん達といっしょでたのしーね!」

 

「はしゃいで落ちるなよ」

 

笑顔ではしゃぐ菜々子に堂島は笑いながら言う。

だが、実際に落ちたら洒落には成らない為洸夜も総司も菜々子に注意している。

 

「ねぇ、どうしてここに来たの……?」

 

菜々子が堂島にそう聞くと言う事は、菜々子自身も此処に来た理由が分からない様だ。

 

「お前、ずっときたいって言ってただろう? その内、また四人で天気のいい日に弁当でも持って来ような」

 

「なら、弁当係の俺もそん時に備えて頑張らないとな……」

 

「うん! やったー!!」

 

「兄さん、頑張り過ぎないでね……」

 

そう話している内に、少しの間だけ、この静かな川で楽しげな話し声が聞こえていた。

実は洸夜と総司も、家族四人で出掛けた事が無い為、このたわいもないお出かけも、かなり新鮮に感じていた。

 

「ねぇ、もっと川のそばに行っていい? さかな、寝てるかも知れないよ!」

 

菜々子の言葉に堂島は「分かった分かった」と笑いながら言い、菜々子は笑顔で頷くと川の方に行った。

 

「あの子のあんな顔、久しぶりに見た気がするな。……総司、洸夜、俺はこれからも千里を轢いた犯人を追うつもりだ」

 

「叔父さん、それは……」

 

それは菜々子から逃げる理由じゃないかどうか、そう聞こうとした洸夜。

だが、堂島は静かに首を横に振る。

 

「安心しろ……それはもう、何かから逃げる為じゃない、俺が刑事だからだ」

 

「(叔父さんは自分の殻から出たんだな。それに引き替え、俺はいつまで逃げる気なんだ……。俺の中では、今でも美鶴達の言葉が頭に響いている……だが、今は忘れよう。)」

 

堂島の言葉を聞いた洸夜は、堂島からの新たな覚悟を感じると共に、自分の中で続く悪夢を思い出したが、今だけ忘れる事にした。

 

「こんな簡単で当たり前の事すら、俺はいつの間にか忘れちまったんだ。大切な事をみんなお前等が思い出させてくれた……本当に感謝してる」

 

「俺はただ、思った事を言っただけさ……」

 

「右に同じ……結果がたまたま、叔父さんを救ったんだよ」

 

洸夜と総司の台詞に堂島は、笑いながら話を続ける。

 

「この町はな、俺の町だ菜々子やお前等のいる俺の居場所だ。だから、俺はこれからもここを守って生きて行く。刑事として……そして、父親としてだ」

 

そう言う堂島の顔には既に迷いはもう無かった。

その時……。

 

「まて、コラーッ!!!」

 

「クソッ! いい加減、マジしつけーんだよ!!」

 

突然、上の道から若い男性と複数の少年らしき声が聞こえて来た。

 

「何だぁ?……って、あいつは……おーい、どうした?」

 

堂島叫んでいる内の男を呼ぶと、男は警官だった。

どうやら、仕事仲間か何かの様子。

 

「堂島刑事……?。す、すいません、お休み中……」

 

堂島だと確認すると、警官は叔父さんに頭を下げる。

この時点で堂島が署でどれだけ凄いか、何となくわかる。

 

「んなこたぁ気にすんな。それよりあいつ等なんだ?」

 

そう言って堂島が逃げてる集団を指刺す。

そんな間にも、その集団は逃げているが……。

 

「あ、あの、カツアゲグループです。最近ウワサになってる……」

 

「カツアゲだぁ!? ったく、しょっぱい真似しやがって……!」

 

「しょっぱい……?」

 

「お父さん行くの……?」

 

洸夜が堂島の言葉に疑問を持つ中で、騒ぎを聞き付けた菜々子が堂島に聞き、その言葉に堂島は笑顔だ。

 

「おう! 悪い奴を捕まえるのが俺の……いや、お父さんの仕事だからな!」

 

そう言う堂島の顔には、迷い一つない笑顔だ。

その表情は正に刑事、そして、父親と言うに相応しい程凛々しかった。

 

「(……叔父さん。あんたは既に立派な父親だよ)」

 

迷いを一つ断ち切った堂島をぃてそう言いながら洸夜は、準備体操を始めながら総司にこう言った。

 

「総司、菜々子を頼む……」

 

「え? 兄さん!?」

 

「何でお前が準備体操してんだよ?」

 

「それはもちろん、善良な市民の義務だから」

 

洸夜の言葉を聞いて、菜々子は笑顔で堂島と総司はため息をついていた。

 

「ったく、お前は……仕方ない総司、菜々子を頼むぞ」

 

「任せろ! 叔父さんも兄さんも頑張れ!」

 

「おうよ! 俺を誰だと思ってる。泣く子も黙る稲羽署の堂島だぞ。だから、お前達は安心して先帰って寝てろ」

 

堂島の言葉に二人が頷くのを確認すると同時に洸夜は走りだす。

 

「んじゃ先に行ってるよ。叔父さんも歳だから無理すんなよ!」

 

「なっ! うるせぇ! 俺はまだまだ現役だ! おるぉああ!!待てクソガキ共ーッ!!!!!」

 

「!(うぉっ!すげぇ気迫)」

 

「何だ!? 何か増えたぞ!?」

 

「後ろ見てる暇あったらもっと早く走れ!」

 

カツアゲグループが追い掛けて来る洸夜と堂島を見て焦り出す。

 

「お父さん!お兄ちゃん!がんばれー!」

 

菜々子の声援を聞いては、やらない訳には行かない洸夜と堂島。

 

「鍛え方が甘いな」

 

そう言って洸夜はグループの一人にスライディングをして捕まえる。

 

「ぐわぁ!」

 

「一人目終わり……って、はやっ!」

 

そう言って前を見ると、既に堂島が他のメンバーは背負い投げをして全員を捕まえていた。

捕まった少年達も何が起こったか分からず、呆気に囚われていた。

 

「どうだ洸夜、俺もまだまだ現役だろ?」

 

ニッコリ笑う堂島を見て、洸夜は苦笑いしか出なかった。

 

「ははは……お見事」

 

「はははは!」

 

洸夜の台詞に堂島は大笑いしていた。

稲羽の堂島刑事。

恐らくこれからも堂島は、この町を平和にする為に走り続けるだろう。

堂島には、守るべき家族と守り続ける約束が有るのだから……。

 

「……叔父さん、あんたは最高の父親だ」

 

それから後に、堂島が千里を轢いた奴を逮捕したニュースでお茶の間を騒がし、皆で千里さんのお墓参りに行って堂島と菜々子に本当の笑顔が戻るのは、もう少し先のお話。

 

END



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外伝 : 鳴らない鈴

天下分目の関ヶ原。


同日

 

現在、???

 

青年は夢を見ていた。

楽しい夢か、悲しい夢なのか、本人すら分からない不思議な夢で有ったのは間違い無い。

だが、不思議と言うのも適切な表現では無いのかもしれない。

どちらかと言えば、懐かしいと言う感覚がした。

しかし、その感覚も所詮は夢に過ぎないのだから、自分は泡沫の夢幻の偽りの懐かしさに心が感動し揺らいでいる事も偽りなものと思い、青年は夢の中でも瞳を閉じる。

 

「……!」

 

しかし、青年が瞳を閉じても夢が消える事は無かった。

それどころか、閉じても閉じても同じ夢の繰り返しが続いていく。

夢の又夢。

その連鎖はまるで、青年に目を反らす事を許さないと言っている様に感じる。

そして、その夢で青年の前に立つ一人の青年は、ずっとその青年の事を見つめていた。

 

「…………ッ!」

 

青年は、自分の中から込み上げてくるモヤモヤした様な感覚に思わず、目を反らしてしまった。

だからと言って、青年にとって目の前の青年は初対面では無かった。

それどころか、親友と呼べる程の関係を築く程親しかった。

だが、そんな親友も今では夢でしか会えない。

自分の事を本当の家族の様に心配してきた親友。

邪魔だとか、鬱陶しい、関係無い、親友に対しそんな風に思った事も有った。

自分の命なのだから、自分でどういう風に扱うかは自分の勝手。

そう言って、本気でブチキレたその親友と殴り有った事もある。

何故、自分はあの時に彼に対しそんな事を言ったのか、その頃の自分には分からなかったが。

だが……今なら嫌でも分かる。

無くした後に気付いてしまった。

自分は只、薄汚れた自分とは違うキレイな親友が、自分の事を親友と呼ぶ事に申し訳ないと思っていた事に…….。

自分とそいつは生きる場所が違う。

そう思った時もあった。

そして、青年はもう1つだけ気付いた。

その親友達と馬鹿をやっていた時の自分は、確かに幸せだったんだと……。

 

「……。(今更に成って、なんでこんな夢を……)」

 

最初はなんとも感じ無かった夢。

だが、今更に成って段々と罪悪感や寂しさ等が溢れて来た。

自分は全てを捨てたつもりだった。

しかし、今の自分は確かに悲しんでいる。

無くしてから気付く。

後悔先に立たず。

その言葉が今はとてつもなく憎らしい。

そう思いながらも、青年が目の前の青年の事を見つめていると、その青年は無表情のままで此方に近付き微かに微笑むと、ゆっくりと口を開く。

 

『お客さん……もう終点ですよ?』

 

=================

=================

 

現在、電車内

 

「ん……?」

 

場違いの様な発言に青年は、徐々に意識を覚醒させていくと目の前に駅員と思われる男が立っていた。

そして、自分以外誰も乗客のいない車内の状況を見ると同時に、自分が電車に乗っていた事を思い出す。

また、自分が寝過ごして終点まで眠っていた事が、今の状況で嫌でも分かってしまった。

 

「……?」

 

寝起きの為、未だに頭が目を覚まさない事も有るが、余り反応を示さない自分の態度に駅員が困惑している事に気付いた青年は、ポケットから切符を取り出して駅員に差し出す。

そして、切符を受け取った駅員は静かに除き混む。

 

「……あ~お客さんがお降りに成られる筈だった駅は三つ程前の駅ですね」

 

「(面倒な夢だった)……此処は、何て駅だ?」

 

先程の夢の事に内心で愚痴る青年

だが、どうしようも無い只の怒りよりも、青年は現在位置の詳細を調べる事にした。

なんだかんだ言いながらも、現在の居場所を把握しないとどうしようも無い。

 

「此処は"八十稲羽"駅です」

 

「……? 何処だ?」

 

青年の言葉に、駅員は思わず苦笑い漏らした。

 

「ハハ……まあ、此処は何も無い所ですからね。所で、お客さんがいく予定だった駅の方へ向かう電車は、向かい側から三十分後に成りますが……」

 

「三十分か……。(これも何かの縁か……)」

 

そう思った青年は、自分の荷物である小さなカバンと、釣竿の様に長い何かが入っている袋を背負い、ゆっくりと立ち上がった。

 

===============

 

===============

 

現在、稲羽市(駅前)

 

三十分も駅で暇をもて余すのは流石に面倒。

そう思った青年は、ここまでのお金を駅員に支払い、駅から出た。

だが、三十分しか無いためそれほど遠くには行けない。

 

「……。(完全に田舎だ……)」

 

駅から出た青年を出迎えたのは、何も無いが景色や汚れていない気持ちいい風だった。

しかし、今は夏と言うこともあり、ジワジワと日光が容赦無く青年に熱を与える。

只でさえ青年は現在、駅の前で絶賛棒立ち中。

夏場でその行為は、動くよりも体力が奪われて行く。

 

「……。(自販機を探すか……田舎とは言え、駅の周辺に一つぐらい有るだろう)」

 

寝起き+夏の日差し。

この結果から、青年は水分を補充する為に自販機を探す為に辺りを見回す。

すると、青年の思った通り、駅の入り口辺りに自販機は設置されていた。

そして、青年は自販機に近付くとお金を入れ、スポーツドリンクを購入して口に流し込んだ。

寝起きと言うこともあり、冷たいドリンクが頭の目を覚まさせてくれる。

それと同時に、喉をつたり身体に行き渡る水分に、青年はようやく一息つけた。

 

「……ふぅ。(……やっと一息つけたな。にしても、あの夢は……) ……チッ!」

 

先程の夢がまとわりく様に頭から離れず、青年は先程よりも強い感じで舌打ちをした。

何故、今更に成ってこんな夢を見てしまうのか。

只の偶然。

そんな言葉で片付けられたらどんなに気が楽な事か。

虫の知らせと言うものかどうかは分からないが、胸がざわつき、まるで不安を煽る様な感覚が青年を襲う。

何かの予兆か、少なくとも楽しい事では無いとだけ青年は分かった。

また、青年がイラついているのは夢だけが原因ではなかった。

もう一つの原因、それはこの町に有った。

 

「……なんだ? (さっきは気付かなかったが……この不快にさせ、イラつかせる様な雰囲気は?) 」

 

野生の勘に近いものなのか、青年はこの"稲羽の町"から自分をイラつかせる何かを感じ取った。

不快、不安等を掻き立てる様な雰囲気。

まるで、駅から出た瞬間から誰かに見られているように感じる。

 

「嫌な予感がしやがる……。(下手に面倒事に巻き込まれると、"あいつ"がうるせぇからな……とっとと電車に行くか)」

 

下手に事件に巻き込まれたら堪ったものではない。

何より、この町は何処かおかしい。

そう判断した青年は、少しはや歩きで駅へ向かう。

そんな時だった。

 

チリーン……!

 

「?」

 

青年、早歩きで歩いていたら足に何かがぶつかった。

思わずそれを拾い上げると、それはピンク色の独特な模様が入った鈴だった。

だが、青年はその鈴を見た瞬間、目が大きく開いた。

 

「この鈴は……。(まさか……)」

 

青年が鈴に驚いた時だった。

 

「あ……あの……」

 

「?」

 

自分の後方、しかも腰より低い所から声が聞こえた青年は振り返った。

そこには、髪をツインテールにしている少女が青年を見上げていた。

しかし、青年が怖いのか、少女は何処か怯えた様にオドオドしている。

そんな女の子に、青年はまず姿勢を低くして少女と同じ目線に立った。

これは、同じ視線に成れば、多少は少女が怖くなくなると思った青年の優しさでも有った。

また、青年の行動に少女は多少成りとも、先程よりは怯えた表情をしなくなった。

 

「どうした?」

 

青年の言葉に、少女は恐る恐る青年の持つ鈴に指を差した。

 

「それ……奈々子の……さっき、お友達と遊んでた時に落として……お兄ちゃんから……グス……もらったから…………奈々子……探してて……」

 

余程大事な物なのだろう。

奈々子と言う少女は、目に涙を溜めながら話してくれた。

そして、これ以上は余計に不安がらせない為に青年は鈴を掴んだ手を奈々子へと伸ばした。

 

「……分かったから泣くな。ほら、もう無くすんじゃねえぞ」

 

「……うん……ありがとう……!」

 

青年から鈴を受け取り、奈々子の顔に笑みが戻る。

そんな時、奈々子は青年の腰に銅色の鈴がついている事に気付た。

 

「それ……」

 

「ん?……ああ、この鈴か。こいつはもう、音を鳴らさねんだ……その鈴は、大事にしてやれよ」

 

そう言うと青年は、奈々子に背を向けて駅へと歩みだした。

時間も時間で丁度良くも有ったからだ。

 

===================

===================

 

現在、電車内

 

青年は椅子に座り、電車が動くのを待っていた。

冷房が効いている電車内は心地良いものでも有ったが、くどいものでも有った

しかし、先程まで真夏の日光を諸に浴びていたのもあり、なんだかんだで丁度良かった。

そして、そう思っていた青年はおもむろに、腰に着けていた鈴を外して自分の視線に入れた。

 

「……鳴らない鈴か」

 

青年はそう呟き、鈴に付いている紐を上下に揺らして音を出そうとするが……。

 

カラン……カコン……。

 

形が悪く成っているからか、それとも鈴の中が壊れているからか、鈴はその綺麗な見た目に似合わない音を出す。

また、そんな様子に青年は、そんな事は最初から分かっていたと言わんばかりに鼻で笑うと眠りに付いた。

そして、青年は再び夢を見る。

今度はどんな夢か、それは青年しか分からない。

そんな青年の手の中で、鈴は静かに握られていた。

 

End



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今年最後の投稿!……かも!
ちなみに……小説登録数 700突破!
有り難うございます!
来年も宜しくお願いします!


7月7日 (木) 雲

 

現在、商店街(だいだら前)

 

「ここか……?」

 

「うん……ここがいつも俺や陽介達が装備を整えている店だよ」

 

現在、洸夜と総司は武具を取り扱っている店"だいだら"へと来ていた。

この店は、基本的には金属加工の近い商売で生計を立てているらしく、また、只の遊び半分や興味本位の客には売らないという拘りがあるらしい。

だがしかし、総司達は気に入られたらしく、武具の売り買いを認めてくれている。

 

「だけど、良いの兄さん? 本当に一本刀を買ってもらって?」

 

「別に良いさ……丸腰じゃあ、これから先辛いだろ?」

 

今回、洸夜と総司がここに来た理由は前回の戦いで折れた総司の武器の購入が目的だった。

また、洸夜は前々からここに興味が有ったが忙しく時間が取れなかった為、今回の事は丁度良かったとも言える。

何より、時前に総司から聞いていたある事が、この店に対する洸夜の好奇心を刺激した。

 

「……シャドウの一部で武具を造る職人か」

 

「……うん。 倒したシャドウの欠片と言うか部品と言うか……まあ、ここの店主さんはそんなのを買い取って色々と武具を作ってくれるんだ」

 

「なるほどな……。(もし、その話が本当なら、その店主さんは何処でそんな知識を……)」

 

シャドウの一部を加工し武具にする。

それだけでも驚きに値する。

やろうと思ってやれる事では無い事は、洸夜は嫌でも分かる。

そんな風に考え込み兄の姿に、総司は口を開いた。

 

「やっぱり心配?」

 

只でさえシャドウの一部を使うと言う、ある意味で危険と言える行動。

だが、洸夜は総司の言葉に首を横へと振った。

 

「いや、誰彼構わず売る様な奴ならともかく、その店主さんはちゃんと相手を見定めているんだろ? なら、それだけで信用に値するさ。(それに、シャドウの一部を所有すること事態は、俺もやっていたしな)」

 

そう思いながら洸夜は、昔を少し思い出す。

と言っても、エリザベスから頼まれた無茶ぶり近い品物の要求を思い出していた。

 

「……あれは辛かった。(たこ焼きなら楽だったが……まさか、あんな物まで……)」

 

「……兄さん。(兄さんの目が悲しそうだ。きっと、前の事件の事を思い出しているんだろうな)」

 

洸夜のせつない表情に、総司がある意味で惜しい答えを思いながらも、二人は店の中へと入って行った。

 

=================

=================

 

現在、だいだら(店内)

 

「これは……! (色々と凄いな……)」

 

店に入った洸夜が見たのは、鎧や刀等を始めとしたあらゆる武具が飾られている店内だった。

その飾られている武具から感じる雰囲気から、ここにある武具が観賞用では無く、実戦でも大いに活躍出来る物だと言う事が分かる。

また、店の奥にも設置されている釜戸等を見る限り、店内に並べられている武具がここで作られていると認識した。

 

「……ふう。(夏の暑さとは違い、店内から感じる熱気もかなりのものだな)」

 

冷房もあるかどうか怪しいこの店内で、洸夜は店内から生まれている熱気にこの店の風格を魅せられているようだった。

そんな時……。

 

「よお、今日はどうした? また珍しい素材の換金か?」

 

レジの方から聞こえた何処か渋い感じの声に、洸夜は視線を声のする方に向けた。

そして、そこには総司と話している、鉢巻きを頭に身に付け、片目に傷がある貫禄に道溢れている風貌の歳がそれなりに年配な男性"だいだら店主"の姿が有った。

 

「いえ、実は使っていた刀が折れてしまって……」

 

店主の雰囲気に馴れているのか、総司は店主の言葉に折れた刀をレジ台の上へと置き、店主がその刀を持って、鋭い視線で折れた刀を見る。

 

「……見事に折ったな。まあ、何が遭ったかは聞かねえが、こいつは俺が打ち直してやる」

 

「え! 良いんですか?」

 

総司の言葉に店主は折れた刀を鞘に戻しながら頷く。

 

「ああ、折れたからって使えなくなる訳じゃねえ。丈夫に打ち直してやれば、また直ぐに使える様になる。お前も新しくするより、使いなれたこっちの方が良いだろ?」

 

「はい!」

 

店主の言葉に総司は頷く。

新しくするよりも、使いなれた今の刀でまた戦えるなら今の方がいい。

そう思う総司にとって、店主からの提案は嬉しいものだった。

また、今回の代金を払ってくれる洸夜の方に総司は振り向き、それに対し洸夜は静かに頷いた。

直るなら直して使いなれた武器のままの方が良い。

洸夜も店主の提案に賛成と言う意味での頷きだった。

 

「分かった。そうと決まれば、早速作業に取り掛かるとするか。出来るだけ早く打ち直しておくが、色々と忙しくて今日中には無理だ。また、明後日以降に来てくれ」

 

「分かりました……それじゃあ兄さん、行こう」

 

「そうだな……。(あれ程、芯のしっかりしている人だ……シャドウの一部に関する取り扱いも大丈夫だろ)」

 

店主の態度や口調、なによりも目等を見て、この人は信用出来ると判断出来た洸夜。

店主から感じる並々ならぬ雰囲気。

恐らく、この道を極めて来たからこそ、絶対的な自信が有るのだろう。

そんな事を思いながら、洸夜が総司と一緒に店を出ようとした時だった。

 

「ああ、そこの兄ちゃん……少し待ってくれねえか?」

 

「?……俺ですか?」

 

帰ろうとした洸夜を店主が呼び止め、洸夜は思わず総司の方を向いた。

それに対し、店主の性格を知っている総司は仕方ないと言った表情で洸夜に苦笑いをし、恐らく話が長く成ると思ったのか、洸夜に申し訳なさそうに両手を合わせて店を出ていく。

 

「見捨てたな……。(まあ、"明日の準備"も有るし仕方ないか)」

 

先に帰る弟の後ろ姿に、何処か心が虚しく感じた洸夜。

しかし、明日の準備もしなければいけないと思うと何処か納得してしまう自分がいた。

そんな事を思いながらも、レジの方で自分が来るのをまだかまだかと言った感じに待つ店主の下へ、洸夜は苦笑いを何とか堪えながら向かった。

 

「俺に何か?」

 

「いや、ただ少し気になってな……兄ちゃん、その背負ってる袋に入ってるのは刀だろ?」

 

「……その通りです」

 

別に隠す理由もない洸夜は、店主の言葉にそう答えた。

元々、この刀も場合によっては磨いでもらおうと思っていたもの。

今回は忙しいと店主が言っていた為、総司の刀の修復が少しでも速く出来る様に今回は止めた。

そんな事を洸夜が思っていると、店主が静かに口を開いた。

 

「いきなりで悪いんだが、その刀……見せてくんねえか? 安心しろ、悪いようにはしねえ」

 

店主の言葉に、洸夜は一瞬だけ戸惑いを見せたが直ぐに表情を戻す。

渡したくない訳ではない。

寧ろ、良く分からないが、洸夜はこの刀を店主に渡した方が良いと言う考えが脳裏を過った。

そして、そう思った洸夜は袋から使い込んできた刀を取り出すと店主に渡した。

また、刀を受け取った店主は、受け取ると同時に手慣れた感じで鞘から抜き、黙りながらその刀身を鋭い視線の隻眼で見回す。

 

「……。(この兄ちゃんが店に入って来た時から感じた、何処か懐かしい感じ。そう言う事だったか……しかし、この刀身を見る限り、この兄ちゃんは本当に刀を大事に使っているな)」

 

そう思う店主は、ゆっくりと洸夜の方を向いた。

また、見られた洸夜は何なのか分からないと言った表情をする。

そんな洸夜に、店主は刀を鞘に戻しながら口を開いた。

 

「……兄ちゃん、この刀……本当に大事に使っているな」

 

「分かるんですか?」

 

「ああ、刀身を見れば大体分かるが……こう言う仕事をしていると分かってくるんだ、刀の声ってのがな……」

 

そう言って刀を優しい目で眺める店主は、ゆっくりと話を続けた。

 

「……コイツは、兄ちゃんの刀である事を喜んでいる。だが、悲しんでもいるな……」

 

「悲しんでもいる?」

 

店主の言葉を、洸夜はおうむ返しに話す。

喜んでいると言ったと思いきや、今度は悲しんでもいる。

一体どういう事か、洸夜は分からなかった。

そんな洸夜に、店主は話を続ける。

 

「兄ちゃん……もしかして、一度コイツの事を手放した事はないか?」

 

「!」

 

店主の言葉に、驚愕した言わんばかりに目を開く洸夜。

 

「何故……分かったんですか?」

 

「言ったろ……刀の声が聞こえるってな。ところで、なんで手放した?」

 

責めた言い方では無いにしろ、店主は洸夜が刀を手放した理由が知りたいと言った感じで洸夜に問う。

それに対し洸夜は、何処か後ろめたそうに顔を下に向けながら口を開いた。

 

「俺には……もう、必要のない力と思ったんです。(何より、こんな無力な俺の刀って思うとコイツに申し訳ない。だから……俺はコイツを寮に置いてきたんだ)」

 

世界を救い、皆との約束を守り抜いた『彼』とは違い、自分は嘗ての仲間から……そして、あの町からも逃げ出した。

この刀の凄さは知っている。

だからこそ、洸夜はこの刀に戦いが終わった後も自分に付き合わすのは悪いと思い、この刀を寮に置いてきた。

 

「……。(だが、それから四日後……俺宛に中身が分からない様にこの刀が送られてきた。何故、アイツは……美鶴は俺にコイツを送って来たんだ……)」

 

何故、置いてきた刀を美鶴が再び自分の下へ届けたのか分からない洸夜。

彼女を始めとしたS.E.E.Sメンバーとは連絡等していなのだから、その真意は洸夜自身も分からないでいた。

「兄ちゃん……コイツは、あんたの事を気に入っている。だから、例えあんたがコイツを何度捨てようとしても、必ずあんたの下へ戻って来るぞ」

 

「……そうですか。(オマエは、こんな俺について来てくれるんだな)」

 

嘘か本当かも分からない言葉だが、少なくとも洸夜にとってはどっちでも良かった。

もう、この刀は洸夜にとってもかけがえのないものなのだから。

そんな時、店主が話を変えるかの様に咳をすると、静かに口を開いた。

 

「ところで兄ちゃん、話は変わるんだが……金とか良いから、コイツの事を磨がせてもらえねえか? 」

 

「?…… どうしたんですかいきなり?」

 

「いや……これと言った理由はねえんだが、無性にコイツを研ぎたくてな」

 

そう言って、先程と同じ様に何処か懐かしそうに刀を見る店主。

そんな店主に、洸夜は不思議な縁を感じ、静かに刀を渡した。

 

==============

 

数十分後……。

 

==============

 

「凄い……。(自分でも手入れをする時はあるが、ここまで綺麗に成るとは……)」

 

店主によって渡されて研ぎ終わった刀は、先程とは比べられない程に生き生きとして輝いていた。

そう思いながら洸夜は、丁寧に刀を袋へと入れると、それを担いで店主に頭を下げた。

 

「有り難うございます」

 

「いや、気にすんな……俺が好きでやった事だ。気を付けて帰れよ」

 

店主の言葉に洸夜は再び頭を下げ、店を後にした。

そして、洸夜が帰ったのを確認すると、店主は静かに語る様に口を開いた。

 

「……良い貰い手に引き取られたな。(中途半端な状態で"桐条"の連中に持ってかれた時はどうなるかと思ったが……良い奴に拾われたな。だが、今の兄ちゃんは迷いが見える……己の力で身を滅ぼさなければ良いが……)」

 

============

============

 

現在、ガソリンスタンド

 

「ハア……。(明日か……)」

 

だいだら屋からでた洸夜は、バイクの燃料が減っている事に気付き、ガソリンスタンドへと足を運んでいた。

だが、先程とは打って変わって洸夜の表情は何処か面倒な事が有るような表情をしている。

 

「あれ? どうしたのお兄さん。なんか元気が無いって感じの表情しているね」

 

洸夜は、自分の後方から聞こえてきた声の主の方を向くと、そこには最初にこの町で出会ったやけに肌白いスタンドの店員が立っていた。

あれ以来、近くのスタンドがここにしかないと言った理由で洸夜は此処のスタンドを利用し、この店員とも顔見知りと成っていた。

しかし、余程明日の出来事が嫌なのか、何処か機嫌の悪い洸夜はあしらう感じで返答した。

 

「別に理由は無いさ。それよりも、早く仕事の方をしてくれ……」

 

そう言って洸夜は、まだホースにも手を着けてない店員に催促をした。

それに対し店員も、不味いと言った表情をした。

 

「うわっ! 確かにヤバい!?」

 

そう言って要約仕事に入る店員。

そんな店員の姿に、洸夜は溜め息を溢す。

只でさえ夏の暑さもあり、洸夜は先程よりも深い溜め息を漏らすと雲一つ無い青空を眺めた。

本当に雲一つ無いこの蒼窮。

しかし、それを台無しにするかの様に自己主張の激しい日光。

そんな空の下で、洸夜は静かに言葉を漏らした。

 

「……ハア。(何でこんなに面倒事が続くのだろうか。実際にするのは初めてだし、と言うより今の世の中で実際にしている奴いるのか? )……何でこうなったんだろうか……"お見合い"か」

 

そんな洸夜の呟きは、夏の風と共に消えていった。

 

End

 

 

 

 



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過去との再会。黒の異変 ~お見合い編~
近付く再会


寝過ぎの頭痛は、たちが悪い。


 

7月9日(金)曇り

 

現在、稲羽郊外の道路

 

「わーい! お出かけお出かけ!」

 

「菜々子、ちゃんと座らないと危ないぞ」

 

「無理も無いよ、ゴールデンウイークの事が有ったから余計に今が楽しいんだよ叔父さん」

 

「まあ、そうだな……」

 

陽介達との会話から二日後、現在、洸夜達は堂島が運転する車で稲羽の町を少し離れている。

また、本来ならば平日である為総司と菜々子は学校があるのだが、菜々子は創立記念日で休み。

総司は簡単に言えば学校に上手く言って御サボり。

堂島は有給休暇をとって今日は休みにした、ゴールデンウイークの一件も有った為何とか取ることが出来たらしい。

 

「……」

 

そんな中、明るくはしゃぐ菜々子と真逆に洸夜は、機嫌が悪そうに景色を眺めながら黙っている。

 

「洸夜、お前が機嫌を悪くするのも無理無いが……少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「そうだよ兄さん、あっちに着くまでに疲れるよ? せっかくの“お見合い”なんだから」

 

「何が折角だ……! 俺はお見合いをする気は無いッ!」

 

総司と堂島の説得も虚しく、洸夜はそう言って更に機嫌を悪くする。

そもそも、事の発端は二日前に戻る。

 

 

[回想]

 

二日前……陽介達と夕食を終え、皆が帰り、堂島が帰宅した時に掛かって来た一通の電話が全ての始まりであった。

 

Prururururu……!

 

「俺が出るよ……もしもし?」

 

『あら? その声は洸夜ね』

 

「えっ? もしかして、いや、もしかしなくても母さん?」

 

電話の先からの声は間違い無く父と一緒に海外にいる母の声。

恐らくは国際電話だと思われるが、わざわざそこまでして連絡しなければ成らない事に洸夜自身心当たりが無い。

そう思いながら洸夜は、テーブルでコーヒーを飲んでいる堂島と総司に視線を送るが、二人にも心当たりが無いらしく首を横に振るだけだった。

 

「わざわざ海外から電話をかけて来ているのか?」

 

「多分……だけどなんで今更? 叔父さんに心当たりは?」

 

「いや、全く聞いてないな……だが、姉さんの事だからどうせロクな事じゃないだろ」

 

「(実の親ながら否定出来ないのが虚しい……)……で、用件はなに母さん?」

 

内心で堂島に同意しながら洸夜は、母にとっとと本題を聞く事にした。

 

『なによその言い方! 大事な息子達はどうしてるか気になっただけなのに!……で、本題だけど』

 

「(切替速っ!?)」

 

母親の切替の速さに呆れを通り越して感心しそうになる洸夜。

なんだかんだ言って、自分達はこの母親に育てられて来たと思うと笑みが勝手に零れるのだ。

しかし、次に発っせられた母親の言葉を聞いた瞬間、洸夜のその余裕は崩れ去る事になる。

 

『えっと……急だけど、今週の金曜日にあんたの“お見合い”が有るからよろしくね』

 

「……ハッ? ……いや、えっと、お見合い?」

 

『そう、お見合い。ちなみに先に言っとくけど、趣味とか聞いたり上手く行けば結婚するあのお見合いだから』

 

そんな事は言われなくても分かっているのだが、洸夜はそんな事はこの際どうでも良かった。

 

「そんな事は分かっている!? 俺が言いたいのはそれが初耳って事の方!」

 

『そりゃあ、今言ったから当たり前でしょ』

 

「っ!……母さん! そもそも相手の顔写真すら受けとって無いぞ!? なのにいきなりお見合いなんて……」

 

『大丈夫だって、それに結婚したら婿養子よ!』

 

「尚悪いッ!(婿養子なんて絶対成ってたまるか!)」

 

電話越しでの母親との言い争いに、それを見ていた総司と堂島も洸夜から視線を放す事が出来ない。

 

『もお仕方ないでしょ、三年ぐらい前から決まってた事なんだから! わざわざあんたとのお見合いの為に、相手のお父さんは許嫁とかの話とかを全部無しにしてくれていたのよ! それに結婚するかしないかを決めるのはアンタでしょ! あと、遼太郎に代わりなさい』

 

「……うっ!(料理は出来ない癖にちゃんと的を得た事を……!)」

 

母親の言葉にグウの音も出ない中、洸夜はゆっくりと堂島に電話を渡す。

そしてその後、実の姉からの電話に表情を青くし、急いで有給をとる叔父の姿だった。

 

[回想終了]

 

 

「はぁ~(母さん、結局見合い相手の名前を教えてくれなかった……だけど婿養子、相手は何処かのお嬢様か……? だったら酷い断り方は出来ない……どうする? 褒め称えて、その一瞬の隙をついて断るか……)」

 

「さっきからお兄ちゃん、なんか悩んでるみたい……」

 

「見合いの断り方に悩んでいるんだろ……」

 

車内で今だに頭を抑えてイライラしている洸夜を心配する菜々子と、その光景に苦笑いする堂島。

実は奈々子を旅行に連れていく口実が出来たため、内心では洸夜に感謝している事は堂島の内心に隠す事にしている。

そんな風に会話をしていると、総司が堂島に声をかける。

 

「そう言えば叔父さん、今日と明日泊まる場所って何処でだっけ?」

 

「ああ、確か見合い場所の近くのホテルでそれなりに良いホテルだ。俺の名前で予約していると姉さんが言っていたな」

 

「たかが見合いで二泊三日か……」

 

元々、そう言う事を勝手に決められる事が嫌いな洸夜は、未だに機嫌が治らずに悪態を漏らす。

それに対し、総司も苦笑いしている。

 

「まあ、そう言わないで……それに見なよ、あの菜々子の様子」

 

総司に言われて洸夜は菜々子の方を見てみると、菜々子は旅行に行くかの様にはしゃいでいた。

只でさえ、色々と我慢してきた奈々子にとって、今回の事は旅行に思えて仕方ないのだろう。

そんな菜々子の笑顔を見た洸夜は、どうやって見合い相手に上手く断るかを考えていた自分が情けなく感じた洸夜はゆっくり目を閉じた。

 

「……寝る、着いたら起こしてくれ」

 

「分かったよ」

 

そう言って洸夜は、ホテルに着くまでの少しの睡眠に入った。

 

========================

 

現在、ホテル

 

稲羽の町から数時間車で移動し、時間は丁度お昼時に洸夜達は宿泊先のホテルへと着いた。

宿泊するホテルは見た感じ中と外、どちらも良い感じの洋風のホテル。

そんな感じのホテルを洸夜は寝起きの為、目を擦りながら眺めていた。

 

「……眠い」

 

「洸夜、見合いは一時間後だ。それまでは目を覚ましとけよ……さて、俺は受付に行くから菜々子と荷物を頼むぞ」

 

「叔父さん、俺も行くよ……少しでも眠気を覚ましたい」

 

寝起きからのすぐにお見合いの準備をしなければ成らない事に面倒だと思いながらも、洸夜は少しでも眠気を晴らす為に堂島について行く。

 

「そうか、なら総司頼むぞ」

 

「分かった」

 

そう言って洸夜と堂島は、目を輝かせながら辺りを見てみる菜々子と荷物を総司に任せて受付へと向かう。

そして、そんな兄の後ろ姿に総司は軽く一息入れる。

 

「やれやれ……」

 

なんだかんだ言いながらもお見合いに応じる兄の姿に総司は笑みを零していた。

基本的に洸夜は自分の道は自分で決めたがる、だから洸夜は勝手に親が決めたお見合いが嫌なのだ。

相手の方も勝手に決められたら嫌な筈、そう思いながら洸夜が相手の事も考える性格なのを総司は知っている。

 

「……兄さんも十分不器用だ」

 

総司がそんな事を呟いた時だった。

 

「きゃっ!」

 

後ろの方から菜々子の声が聞こえ振り向くと、そこには尻餅を着いた菜々子、そして全身を隠す程長いワンピースを身に纏い、頭に変わったアクセサリーの様なモノを付けた金髪の女性が心配そうに菜々子に手を差し延べる光景。

その様子から、菜々子が隣の女性にぶつかったのだと分かる。

 

「菜々子!」

 

その様子を見た総司は急いで菜々子の下へ向かった。

既にぶつかった後に言うのも難だが、これ以上は何かあってからは遅い。

 

「ごめんなさい……」

 

総司が菜々子の下へ近付くと、菜々子がぶつかった相手に謝っていた。

それに対し、相手の女性も奈々子に視線を合わすように姿勢を低くしながら頭を下げた。

 

「いえ、こちらもよそ見をしていたもので……申し訳ありません。お怪我は有りませんか?」

 

そう言って申し訳なさそうに菜々子に謝罪する女性の顔を見て、総司は思わず見とれてしまった。

その女性の表情は、何処か幼さが残っているが大人の女性の様な気品も身につけているかの様に整っていたのだ。

千枝達には悪いが、はっきり言って今まで出会って来た女性の中でも一、二を争う程。

 

「……。(綺麗な人だ……だけど、あの頭と耳に着いてるのは一体……?)」

 

そう思いながら総司は、女性の顔と頭に着いているアクセサリーとも言えるか言えないかの様なモノを眺めていると女性と目が合ってしまった。

それに思わず総司は身体をビクつかせ、女性は首を傾げる。

 

「? あなたは……?」

 

「ああ、すいません……俺は瀬多総司と言います。この子……菜々子の兄です」

 

「瀬多……?」

 

総司のフルネームを聞いた女性は、総司の苗字呟きながら何故か考え込む様に総司を見た。

その女性の様子に総司も、何故この女性はそこまで考え込むのか理解できず困惑してしまう。

 

「あの……なにか?」

 

「あ、いえ、失礼ですが……この子のお兄さんなのですか?」

 

「え……?(まあ、本当はいとこだけど……菜々子からも実の兄の様に思われてるし)はい、そうです。ほら、菜々子」

 

恐らくもう会う事も無いと思った総司は、女性にそう告げると菜々子に自己紹介させる為にしゃがみ、菜々子の肩に手を置いた。

そして、菜々子は少しおどおどしながらも女性の近くに向かい自己紹介する。

 

「……ななこ……です」

 

「……はっ! すいません、少し考え事をしていました……」

 

総司の言葉に女性は考え事をしていたらしく、菜々子が自己紹介しているのに気付かなかった。

そして女性は視線を菜々子に戻し、おどおどした感じの菜々子に女性は優しく微笑むと、再びしゃがんで菜々子と同じ目線に合わせた。

 

「申し遅れました、私はアイギスと言います。先程は失礼しました」

 

そう言って女性『アイギス』は静かに落ち着いた感じで再び頭を下げ、手袋をした状態のままで菜々子と握手をした。

それに対し菜々子も、アイギスから感じる不思議な優しさを感じたのか笑顔になる。

 

「うん、もう大丈夫。それにさっきは菜々子もよそ見していたし……」

 

「ふふ、それでは今度からお互いに気をつけましょう」

 

「うん!」

 

「ふ~……。(何事も無くて良かった……)」

 

仲良く成った感じのアイギスと菜々子の姿に一安心する総司。

都会に来た早々問題を起こしたくも無ければ、菜々子の身に何かあれば堂島と洸夜が黙って居なかったで有ろう。

そんな事を総司が思っていると、アイギスが自分の顔を再びまじまじと見ている事に気付く。

 

「あの……さっきからなにか?」

 

先程から何度も自分の事を見ているアイギス。

そんな彼女に総司は思わずそう言ってしまい、総司の言葉にアイギスも思わず恥ずかしそうに視線を反らした。

 

「あ、いえ……貴方の雰囲気と容姿が、私の大切な方々に似ていたものでつい……」

 

「似ていた……ですか? その、宜しかったその人達の事を聞いても良いですか?」

 

ただ何となく気になったと言う理由で総司は、アイギスにその人達に着いて尋ねて見る。

 

「はい、別に構いません……その人達はーー「アイギス!」明彦さん?」

 

突如、アイギスの後ろから彼女に声をかけたのはスーツを来た青年だった。

しかし、スーツが着慣れないのか、少しぎこちない動きをする明彦と言う青年。

だが、明彦は目付きと雰囲気が獣の様に鋭かった。

 

「……。(この人……強い)」

 

総司が明彦に対する第一印象はまさにそれだった。

獣の様な雰囲気。

爪と牙を潜ませている。

その位、明彦と言う青年の存在感は凄まじかった。

そして明彦はアイギス達に近付くと、近付くにいた総司達の方を向いた。

 

「ん? 君達は……」

 

「総司さんと菜々子ちゃんです。実は先程ぶつかってしまいまして……」

 

「ホントか?……友人がすまない事をした。怪我は無かったか?」

 

「いえ、ぶつかったの俺じゃなくてこの子の方で……」

 

「そうなのか?」

 

そう言って明彦は菜々子の方を向く。

それに対し身体をビクッとさせる菜々子。

外から見たらライオンと子羊の様な絵だ。

しかし、明彦はそんな菜々子の容姿に気付かず先程のアイギス同様にしゃがむ。

 

「友人がすまなかった……大丈夫か?」

 

「っ!?」

 

明彦に悪気は無いのだが、菜々子は明彦の雰囲気に怖がってしまい、涙目に鳴りながら総司のズボンを掴みながら後ろに隠れる。

 

「なっ……!」

 

菜々子に怖がられたのが思ったよりもショックだったのか、明彦は身体を奮え上がらせると床に手を着いてしまった。

 

「(どちらにも悪気が無い分、余計にややこしいな……)」

 

涙目の奈々子。

落ち込む明彦。

どちらも批は無い為に、どうすれば良いか総司は分からなかった。

総司が菜々子と明彦の様子を見てそう思った時、アイギスが明彦に近付く。

 

「ところで、なにか私に様が合ったのですか?」

 

「……あ、忘れていた。美鶴が呼んでいる、なにやら着物が上手く着れないらしい……」

 

「……そうですか、ならば急がなければ。……ではお二人とも、私達はこれで失礼します」

 

「おっと、俺もまだ準備が終わっていない……ではまたな二人とも」

 

「え、あの……」

 

よほど時間が無いのか、アイギスと二人は急いでエレベーターの中に入って行ってしまった。

そして、二人がエレベーターへ入ったのと同時に洸夜と堂島も戻って来た。

 

「やれやれ、思ったより時間が掛かったな……」

 

「全くだ……ん? 総司、菜々子どうした?」

 

まるで嵐が過ぎたかの様に呆気に捕われていた総司と菜々子に受付で鍵を貰って来た洸夜と堂島が声をかけた。

 

「いや……なんか、嵐と言うか美人と言うか獣……?」

 

「?……なに言っているのか分からないが、早く部屋に行くぞ。時間がない……ちなみに叔父さんと菜々子、俺と総司が同じ部屋だ。あと部屋は隣同士だから大丈夫だ」

 

そう言われながら総司達は、着替える為に急いでエレベーターへと向かって行った。

 

=============

=============

 

アイギスと明彦はエレベーター中で会話をしていた。

話の内容は先程有った少年、総司について。

 

「……さっきの少年、似ていたな」

 

「……そうですね」

 

明彦の言葉に頷くアイギス、似ていると思うのは自分だけでは無かった様だ。

何処か不思議な雰囲気。

例えを言えと言われても恐らくは無理だろう。

そんな掴みどころの無い雰囲気。

 

「……雰囲気は『アイツ』に、容姿はどことなく洸夜に似ていた」

 

何処か懐かしい様な、そして、何処か悲しそうな感じで話す明彦。

そんな明彦の言葉に、アイギスは静かに頷いた。

 

「はい……ところで一つ聞いても良いでしょうか?」

 

「ん? なんだ?」

 

アイギスの真剣な表情に明彦は静かにアイギスの言葉を待ってくれる。

 

「いえ、ただ……洸夜さんにご兄弟はいらっしゃったでしょうか?」

 

「洸夜の兄弟……? 確か弟が一人いると聞いていたが……まさか、さっきの少年か!?」

 

アイギスの質問に明彦は先程会った総司が洸夜の弟なのかどうかアイギスに問い掛けるが、アイギスは静かに首を横に振った。

 

「いえ、さっきの方は隣にいた少女の事を妹だとおっしゃっていました……ですから……」

 

「……洸夜とは無関係か。確かに妹がいるとは聞いて無いし、下に弟が一人だけいるとしか聞いて無かったからな……」

 

本来総司は菜々子を実の妹とは言っていないのだが、先程の会話でアイギスは勘違いしてしまった。

洸夜には弟が一人しかいないとしか明彦は聞いておらず、妹の話等は一切無かった。

洸夜の性格上から妹の事だけを話さないと言う事は有り得ず、だから今の話を聞く限り先程の二人は洸夜とは無関係、他人の空似と言う結論になってしまった。

 

「他人の空似か……しかし、あそこまで似ている人間がいるとはな……世界は狭い」

 

「はい……それに、目も『あの人』と洸夜さんのお二人に似ていました。何事にも恐れず、まるで未来を見ているかの様にに真っすぐな目……」

 

「……アイギス」

 

悲しそうな目で話すアイギス。

そんなアイギスに明彦が心配し彼女の方を向くが、アイギスは静かに大丈夫だと言った感じで首を横に振った。

 

「大丈夫です……ただ、あまりにも似ていたので『あの人』達の事を思い出しただけです」

 

忘れた事すら無いが、アイギスは明彦にそう告げた。

その様子に明彦は腕を組んで「そうか……」とだけ言った。

そんな中、明彦は今度は気まずそうに口を開いた。

 

「なあ、アイギス……」

 

「はい、なんでしょう……?」

 

いつもより真剣な表情に感じた明彦に、アイギスは何事かと思い言葉を待った。

すると……。

 

「俺は怖いのか……?」

 

先程の菜々子との一件の事だろう。

明彦は何処か真剣な目でアイギスに聞くが、聞いた相手が悪かった。

 

「はい怖いです、(あの様な小さな子にとっては)恐怖の対象です」

 

アイギスは思った事をそのまま口にした。

あの時、奈々子は確かに怖がっていた。

しかもアイギスに悪気は無く、ただ明彦も気付いていると思って言ったのだが、明彦に留めを刺すのには十分だった。

 

「グッ……! そうか、俺は怖いのか……」

 

そう言って明彦は、エレベーターの扉が開くまでずっと落ち込んでいた明彦。

そして、何故明彦がそんなに落ち込んでいるのか分からずに首を傾げるアイギスだけがエレベーターに乗っていた。

 

End



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望まぬ再会

ガキ使を見ないと年越しした気がしない


同日

 

現在、お見合い会場(とある料亭)

 

あの後、ホテルでスーツに着替えた洸夜達はお見合い会場であるとある料亭に来ていた。

見た感じはそれなりであり、ホテルとは真逆で完全に和風な雰囲気を漂わせていた。

・・・のだが。

 

「……。(ホテルといい、料亭といい、なんか全部が中途半端な気がする……)」

 

先程のホテルもそうだったが、文字通り良いとは言えるが別に凄く良いとは言え無い場所ばかりで、洸夜は自分の感覚が狂って来たのを感じた。

ただでさえ乗り気では無いお見合いなのに場所すら中途半端ばかりでは、はっきり言って気分も最悪に成っても可笑しくない。

洸夜はそんな事を思いながらスーツの襟を直していると。

 

「うわー! すごいすごい!」

 

洸夜が中途半端と思っていても、基本的に稲羽の町から出た事の無い菜々子の好奇心を刺激するには十分な様だ。

菜々子は入口に飾られている鎧の前で目を輝かせながらはしゃいでいる。

 

「こら、菜々子……あまり騒いだら駄目だろ」

 

「……は~い」

 

堂島に注意されて少し頬を膨らます菜々子。

こう言う所も菜々子の数少ない子供らしい一面の一つ。

そんな光景を総司と二人で見ていると、料亭の着物を着た女性従業員らしき人が堂島と菜々子に近付いた。

 

「ふふふ、騒がしく成っても大丈夫ですよ。今日はこの料亭全体がお見合いのため貸し切りですので」

 

「「「はっ!?」」」

 

「……?」

 

従業員の言葉に洸夜達は絶句してしまい、今一意味を理解していない菜々子は首を傾げていた。

ほとんどお客が見られないと口には出していないが、そう思っていた洸夜達。

貸切状態ではなく、本当に貸し切り。

その言葉を聞きはするが、実際に体験する機会は滅多にないだろう。

洸夜は気分が悪くなり、表情が悪くなって行く。

 

「おいおい、中途半端な料亭とは言え貸し切りとか、相手側は何を考えているんだ……」

 

「それだけ相手側は本気なんじゃあ……? なんか、周りの従業員の人達もそわそわしているし」

 

「勘弁してくれ……それにまあ、少なくとも料亭一件を貸し切りに出来る程の財を持つ相手だ、迂闊に変な断り方が出来なく成ってしまった……」

 

総司の言葉に思わず頭を抑える洸夜。

周りの店員の落ち着かない様子。

貸し切りと言う徹底ぶり。

しかも、相手側の情報が何一つ聞かされていない中、料亭一つを貸し切れる力を持つと言う情報だけでは頭が追い付かず、ただただ洸夜は不安に成るだけだった。

 

「一体、母さんは何処とお見合いを?」

 

「分からないが、多分相手側は何処か一般的な考えが無い相手だ……」

 

「兄さん、良く分かるね」

 

「俺にも良く分からないが……何故か俺の勘がそう言っている。(それに、なんか胸がざわつくな……)」

 

互いにそんな会話をして緊張感を和らげようとする洸夜達。

しかし、虫の知らせと言うべきなのだろうか。

洸夜はざわざわとする自分の胸を落ち着かせる為に掴んだ。

そんな中、堂島が洸夜達を呼び寄せる。

 

「洸夜! 総司! そろそろ移動するぞ」

 

堂島の言葉に、思わず洸夜は膝を付いた。

まだ、お見合いは始まってもいないのに、雰囲気は何処か今にも燃え尽きそうだ。

 

「クッ!…… ついに来たか、死刑宣告が」

 

「馬鹿言ってないでそろそろ……ってあれ?、兄さん髪型が?」

 

「?……髪型?……ああ、何本か飛んでいるな……」

 

さっきまで車で寝ていたからか、朝にはちゃんとセットした洸夜の髪の一部がはねていた。

四方八方に自己主張する洸夜の髪。

流石にこのままお見合いをする訳にも行かず、洸夜は面倒だと思いながらも髪型を直す事にした。

 

「仕方ない……総司、すまないがワックス持ってるか?」

 

「一応持って来て正解だったよ……」

 

洸夜の言葉に総司はスーツの内ポケットからワックスを洸夜へと手渡す。

 

「すまない! あと先に行っててくれ、髪型を直したら直ぐに行くから」

 

そう言って洸夜は通路の角にあるお手洗いへと走って行ってしまった。

そんな様子の洸夜に、堂島は思わず溜め息を吐いた。

 

「全く……仕方ないから俺達だけでも先に行くか……」

 

「そうだね……」

 

「では、こちらに成ります」

 

そう言って総司達も案内されるまま、お見合いに使う部屋へと案内された。

 

=================

=================

 

現在、とある一室(お見合い場所)

 

総司達が案内されると相手はまだ来ておらず。

また和風な一室で、部屋な真ん中にはテーブルに座布団、周りには和風な置物が置いてあった。

そして、お見合いをしそうな和風の部屋を考えて下さいと言われたら、十人中八人ぐらいが同じイメージをしそうな部屋。

そんな事を思いながら、総司達は座布団に腰を下ろす。

 

「そろそろだよね……」

 

「ああ……この調子なら洸夜は遅刻決定だな。言い訳を考えとくか……」

 

等と、総司は堂島とたわいもない話をしていると、座布団に座って周りを見ていた菜々子が堂島と総司に話かける。

 

「ねーねー、おみあいが終わったら洸夜お兄ちゃんは結婚するの?」

 

「結婚……するかしないかはまだ分からないが、恐らくしないだろう」

 

「兄さんの性格から考えて、それが妥当だね」

 

「……菜々子わかんない」

 

何故、洸夜の性格だと結婚しないのか理解出来なかった菜々子。

その様子に総司と堂島が苦笑いしていると……何やら廊下から段々近付いてくる足音と話し声が聞こえて来た。

どうやら、相手側の人達が来た様だ。

 

「……全く、明彦のおかげで危うく遅刻する所だったな」

 

「こんな所にレイピア何か持ち運べる訳が無いだろ」

 

「その事じゃない。時間ギリギリまで部屋から出てこなかった事だ。何かあったのか?」

 

「ふッ……もう一度、力について考えていたんだ。子供に恐がれない力について……」

 

「?」

 

「どちらにしろ、相手の方々を待たせる訳には参りません。ですから早く中に入る事をオススメ致します」

 

「……」

 

外から聞こえてくる声から察するに相手側は三人。

しかし、総司は話の内容からしてまともでは無い気がした。

 

「……。(兄さんの予感が当たった……)」

 

そんな事を冷や汗をかきながら思っている総司。

そして、襖が開かれた……。

 

スーーー

 

「……! (また綺麗な人だ……)」

 

襖が開く音と共に中に入って来たのは赤く綺麗な和服に身を包み、髪は和服以上に綺麗な紅色で容姿共に完璧な女性だった。

先程出会ったアイギスもそうだったが、総司は今日だけで二人も並以上の美人に出会った事に成る。

陽介辺りに言ったら……。

 

『お前! なに学校サボってそんなうらやましい事をしてんだよっ!!』

 

……等と言われそうだが今回は仕方ない。

総司が陽介で勝手な想像していると、和服の女性が向かい側に腰を下ろして頭を下げた。

 

「この度はどうぞ宜しくお願い致します……」

 

「いえ、こちらこそ宜しくお願い致します」

 

和服の女性と堂島が互いに挨拶を交わし、それに吊られて総司も頭を下げた。

 

「……。(それにしても、凄く威厳を感じる……)」

 

総司が相手の女性に感じたのは綺麗だと言うだけでは無く、彼女から伝わるとてつもないリーダーシップと雰囲気。

だからこそ、堂島もそれ相応の対応をしているのだろう。

また、見ただけで伝わるその感じに総司が頭を上げる時にかなり上げずらく感じていると……。

 

「あっ! アイギスお姉ちゃん!」

 

「っ!?」

 

隣にいた菜々子の声を聞いて頭を上げると、先程出会ったアイギスと明彦の姿が会った。

 

「菜々子ちゃんに、総司さん……?」

 

「まさか、本当にまた会うとは……世界は本当に狭いな。(俺の事は……?)」

 

驚いているのはどうやら総司だけではなく、アイギスと明彦も驚いている様だ。

アイギスは思わず瞬きを繰り返し、明彦も似たように見えるが、奈々子に呼ばれたのがアイギスだけだったからか、何処か複雑な表情をしている。

また、驚いているのは総司達だけではなく、初対面の堂島と女性もキョトンとしている。

 

「なんだ? 菜々子と総司の知り合いか?」

 

「アイギスと明彦も……初対面では無いようだが?」

 

「実はさっき、菜々子がアイギスさんにぶつかちゃって……」

 

「いえ、それは私の不注意で……」

 

説明中……。

 

============

============

 

「そうか、それは申し訳無い事を」

 

「いえいえ、こちらこそ娘がご迷惑を………」

 

「もう良いよ……それにさっきアイギスお姉ちゃんと一緒に気をつけるって約束したもん!」

 

「ふふ、そうですね」

 

すっかりアイギスの事が気に入った様子の菜々子。

基本的に堂島家は男成分が強いため、菜々子にとってアイギスとの会話は良い息抜きに成っている。

また、アイギスにとってもこの位の小さな子と接する機会も少ない為、良い経験に成っていた。

そして、その二人の様子に女性は、何処か嬉しそうに微笑んだ。

 

「アイギスがお姉ちゃんか……それに、既にお互いが知っている様だな。……なら、後は私だけか」

 

そう言って女性は姿勢を正し、静かにお辞儀をした。

 

「……改めまして、私は桐条美鶴と言います。呼び方も美鶴で構いません」

 

「桐条……!?」

 

女性『美鶴』の言葉に真っ先に反応したのは意外にも堂島だった。

また、桐条と言う名を聞いた瞬間、堂島が雰囲気が刑事としての雰囲気に成ったのを総司は感じた。

 

「どうかしましたか……?」

 

「なにか、気に障る事でも……」

 

美鶴の後に言葉を発したのは、これ以上菜々子に怖がられまいと黙っていた明彦だった。

しかし、堂島の雰囲気が変わった事を察したらしく、明彦からも鋭い雰囲気を感じた。

しかし、その雰囲気を感じて堂島は我に帰ったらしく、頭を抑えてやってしまったと言わんばかりにため息を漏らす。

 

「あ~、お見合いの場で言う事じゃないが……俺は刑事をやっていてな」

 

「刑事を……なら、仕方ありませんね」

 

あの様な雰囲気を出されて怒るかと思った総司だったが、美鶴は怒る所か納得した様子で頷いている。

 

「(なんで、刑事だと関係有るんだ?) 叔父さん、一体何の話を……?」

 

「……ここで言うような事じゃない」

 

堂島に一蹴されてはこれ以上聞く事は出来ないと総司は感じ、静かに黙るしか無かった。

するとそんな時、アイギスが静かに手を挙げた。

 

「あの、宜しいでしょうか?」

 

「え? はい、どうぞ……」

 

まさか、此処でアイギスが口を開くとは思って無かった堂島は呆気な感じで返答してしまった。

だがアイギスは気にした様子もなく、目線を総司に向けると静かに口を開いた。

 

「貴方様は菜々子ちゃんと総司さんの叔父さんなのですか?」

 

「はい……?」

 

「え……? (アイギスさんはなにを言っているんだ? そう言えばさっき菜々子が自己紹介した時にアイギスさんは考え事をしていたし、菜々子も苗字を言って無かった様な……?)」

 

いきなりのアイギスの質問に、堂島と総司は困惑するが堂島は何かを察したらしく、落ち着いて返答する事にした。

 

「もしかして、そちらも見合い相手の情報を知らなかったんですか?」

 

「恥ずかしながら……知る時間が無かったモノで」

 

本当は有ったのだが、ここまで来たのだから相手の事を知らずにぶっつけ本番でお見合いをしようと思っていた美鶴にとって、結局知る事は無かった。

そして、美鶴の反応に堂島も軽く頭を下げた。

 

「あ、いえこちらも似たようなモノですから……それで先程の質問だが……私は堂島遼太郎と言いまして、この子は堂島菜々子で私の娘ですが、こっちは甥っ子の瀬多総司です」

 

「「っ!!」」

 

「瀬多……?」

 

堂島の言葉に驚愕するアイギスと明彦。

そして、聞き覚えのある苗字に美鶴は無意識に総司の方を目を開き、口を開いた。

 

「すみませんが、私のお見合い相手は誰なんでしょうか、彼ですか?」

 

無意識かどうかは分からない。

だが、ある考えが脳裏を過った美鶴の心拍数は徐々に早くなっていく。

そう感じながらも、美鶴はこの場で一番見合い相手らしい総司が自分の相手かどうか気になった。

また、そう言って総司を見る美鶴だが、堂島は普通に首を横へと振る。

 

「いえ、こいつは私達と同じ付き添いで、貴女のお見合い相手はこいつの兄貴です。まあ、今は髪を直して遅れていますが……」

 

「そう言えば兄さん遅いな……」

 

そう言って総司が美鶴達の方を向いた瞬間驚愕した。

先程と違って美鶴達三人全員が信じられないと言った表情をしていたのだ。

 

「兄さん……!? (あの女の子と、この少年が兄妹じゃないなら……この少年の兄はまさか……!)」

 

「……。(もしかしたら、私はとんでもない勘違いをしていたのでしょうか……?)」

 

アイギスについては大丈夫なのだが。

段々と、ある考えが強くなって行く美鶴と明彦の表情は青白くなっていた。

それに気付いた菜々子も心配して声をかける。

 

「……具合わるいの?」

 

「い、いや大丈夫だ、心配してくれてありがとう」

 

美鶴は菜々子を心配させまいと笑顔でそう答えるが、無理をしているのは明らかだった。

そして美鶴は何かを呟く様に総司を見た。

 

「瀬多……そしてあの容姿……すいません、その者の名は!」

 

「?……総司の兄の名前は瀬多ーーー」

 

堂島がそこまで言った時だった。

 

トントン……!

 

堂島達の後ろの引き戸が叩かれ、それと同時に声が発せられる。

 

「すいません、遅れてしまいました……」

 

総司達の後ろの方から声が聞こえ、総司達は一段落した気分に成った。

その声の主を総司達は知っているのだから。

 

「兄さん……やっと来た見たいだね」

 

「たく……髪直すのに時間をかけすぎだ。……じゃあ、あとは本人から自己紹介させた方が言いと思いますので……ほら、早く入って来い」

 

「“洸夜”お兄ちゃん遅刻だよ!」

 

「「「……っ!!?」」」

 

菜々子の言葉で美鶴達は思わず息を呑む。

そして、襖の戸は開かれ始める。

だが、その開かれている間の時間は美鶴達にとってはとても長く感じた。

明彦も珍しく呼吸が乱れ落ち着きがない。

美鶴自身も不安と言う名の重苦しい感情によって、胸が苦しく成るのを感じていた。

そして、襖は開かれた。

 

「悪かったって、今からちゃんと………っ!? お前等……!」

 

襖を開けた洸夜は美鶴達が視界入った瞬間、まるで此処にいる訳が無いモノでも見たかの様に頭がフリーズしかけ、そして驚愕した表情のまま視線を外せないでいた。

 

「洸夜……!」

 

「洸夜さん?」

 

「洸夜」…

 

また互いにそう言って、洸夜と美鶴、アイギス、明彦の四人は互いに無意識に目を限界まで開いた状態のままお互いを見続けていた。

只、今言える事は……現在において、もしこの再会を仕組んだのが神だとしたら、洸夜はその神に祈る事は無いだろう。

 

END



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洸夜と美鶴

地球侵略に来る連中は、大抵長寿な生命体が多いが、人間がまだ猿の時代に侵略するものは一人もいない。


同日

 

現在、庭園

 

あの後、洸夜は美鶴と二人で庭園を歩いていた。

あそこでは話せない事も有るからだ。

しかし、洸夜は美鶴よりも前を歩いており、視界には入れない様にしている。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに言葉を発さず、ただただ静かに庭園を歩く二人。

聞こえてくるのは風や草木の音。

しかし、今の二人にはそんな音は何の癒しにも成らない。

そして、現在先程の部屋で食事をしている総司達はと言うと……。

 

============

============

 

現在、見合い会場(とある一室)

 

 

総司達とアイギス達は静かに食事をとっていた。

それは洸夜と美鶴が部屋を出ていく際に、総司達に先に食事をとっていてくれと伝えていたからだ。

明彦は何か言いたそうだったが、今の自分にはどうしようもないと思ったのか、何処か悔しげに拳を握りしめていた。

総司も先程の洸夜と美鶴達の様子に疑問を感じたが、自分にはまだ踏み込んでは行けない事だと感じて身を引いた。

そして、総司はそんな事を思いながらも目の前に置かれた料理に箸を伸ばす。

 

「……。(美味しいけど、今一食欲が……)」

 

和風な料理が中心で、その中の焼き魚をつまむ総司。その隣では堂島は静かに食事しており、菜々子も好き嫌いせずにもくもくと食事を続けていた。

 

「おいしい……!」

 

「……ズー、そうだな」

 

菜々子の言葉に頷きながら、静かにおすい物を啜る堂島。

そんな平和な光景に総司は思わず微笑んだ。

引っ越してからペルソナ、シャドウ、そして殺人事件等と言った物騒な事ばかりに巻き込まれていた為、洸夜には申し訳ないが今回のお見合いはつかの間の休息に総司は感じていた。

 

「……フゥ。(……そう言えばアイギスさん達、やけに静かな気が……)」

 

そう言って顔を上げた総司はアイギス達を見て再び驚愕した。

なんと、アイギスはありとあらゆる料理の汁しか飲んでおらず、明彦に至っては料理に何やら粉末状のモノをかけていたのだ。

 

「……ゴクゴク!」

 

「……こんなモノか」

 

「……。(な、何なんだこの人達は? 兄さんとは前からの知り合いらしいけど……)」

 

本音を言えば、こんな個性豊かな人達と洸夜の接点が分からない総司。

すると総司の視線に気付いたらしく、アイギスと明彦が顔を上げた。

 

「これは気にしなくて大丈夫です。私は汁状のモノの方が燃料にしやすいので」

 

「燃料……?」

 

「俺も気にしなくて大丈夫だ。コレはただのプロテインだからな……別に珍しいモノでは無いだろ? (さて……掛ける方のはこの位にするとして、一緒に食べるのは……)」

 

「は、はあ……?(プロテインは珍しくないけど、料理にかける人は初めてだ……兄さん……一体、どんな友人関係作っちゃったの?)」

 

そんな事を考えながら兄の友人関係に心配する総司。

しかし、そんな事を考えている裏腹に総司の頭の中で、ある考えが過る。

 

「……。(……まさかとは思うけど、この人達が兄さんと前にシャドウの事件を解決した人達?)」

 

先程の兄である洸夜と目の前にいるアイギス達の様子。

お互いの姿に驚くと言うよりも、何処か恐怖に近い感じだった。

友達との久し振りに再会等と言ったそんな軽いものでは無い。

何より、総司には前から気になる事が合った。

それは、洸夜が関わった事件が二年前に解決したと言うことだ。

 

「……。(二年前……兄さんが学校を卒業して家に帰って来た時と重なる……)」

 

二年前、家から離れていた兄である洸夜が帰って来た。

学校の寮で生活していた洸夜が家に帰って来たのは、三年間の内で僅か一回程度の事で、殆どは電話で済ませていた。

今思えば、其ほどの事件に巻き込まれていたのだから、今考えれば当たり前と思えた。

しかし、総司が気になっていたのは洸夜が帰って来た事ではなく、帰って来た洸夜の状態にあった。

 

「……。(……帰って来た兄さんは、まるで抜け殻の様な目をして、何かに疲れ果てた様に窶れていた……もし、兄さんのあの時の状態が、この人達が原因ならさっきの様子も頷ける……)」

 

そう思った洸夜は、どうにかアイギス達と洸夜の間にあるものを知りたくなり、どうにかしてアイギス達が洸夜と共に前の事件に関係していたという何かしらの根拠を探ろうと考えた。

しかし、何をどう言ったものか……総司は食事をしながら少し悩んだが、答えは案外直ぐに出てきた。

 

「! (そうだ……下手に深く考えず、単純にこの人達がペルソナ使いである事を知れば良いんだ……なら)」

 

総司は食事を続けるアイギス達をチラッと確認し、お吸い物を口元の運んで口に付く寸前に口を開いた。

 

「……ペルソナ」

 

「「ッ!」」

 

向かい側に座っている二人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、総司はそう発言するとアイギス達の箸が一瞬止まり、視線をほんの一瞬だけ自分の方に向けたのを総司は見逃さなかった。

その反応だけで総司は、少なくとも目の前の二人が前の事件に関わっていたという確信へと変わった。

だが、関わっていた事は分かったが……二年前の洸夜の様子とアイギス達がどう関係しているのかまでは、今の総司には分からなかった。

 

 

============

============

 

 

総司達がそんな混沌とした食事をしている中、美鶴達はあいも変わらず黙って歩き続けていた。

本音を言えば美鶴自身は直ぐにでも洸夜に謝罪したい気持ちで一杯だった。

今思えば、自分達が洸夜にした事は下手をすれば取り返しのつかない程の事だからだ。

しかし、何も語らずにいる洸夜の背中がそれを許さなかった。

二年前よりは弱々しく感じる背中だが、それ以上に辛い何かを体験して来た事を物語っていた。

 

「(先程から洸夜は何も言わない……当たり前だ、私達……いや、私は洸夜にした事を考えれば当然だ。……だが、此処でこの機会を無くしたら私は……)……洸夜、私はーーー」

 

美鶴が覚悟を決め、洸夜に謝罪の言葉をかけようとした時。

 

「あれから二年か……」

 

「ッ!?」

 

先ほどまで沈黙も貫いていた洸夜の突然の発言に、美鶴は驚き、思わず言葉が出なかった。

そんな美鶴の様子を知ってか知らずか、洸夜は静かに振り向いた。

そして、その振り向いた洸夜の表情に美鶴は驚いた。

先ほどは気付かなかったが、洸夜の姿は何処か窶れた感じだったのだから。

 

「洸夜……少し窶れたか?」

 

「"色々"有ったからな……」

 

美鶴の言葉に、洸夜は何事もない様に発した。

洸夜の言う色々とは美鶴達との一件も含め、あの事件からの二年間に有った事を示している。

今では時々に成ってきたが、最初の頃は毎日の様に夢に出た悪夢。

それが原因での不眠症や頭痛。

精神的・肉体的負担。

それを心配し、両親より勧められて精神科やカウンセリングも受けた。

稲羽の町に向かう前までは生きる気力までを失い掛けていた。

今は守らなければ成らない存在が出来た為、まともな生活をしているが、二年近くもそんな生活を続けていた洸夜からすれば窶れる理由には十分だった。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「……"お前等"には関係無い事だ」

 

洸夜を傷付けたのが自分達なのは美鶴達自身も分かっている。

だからこそ、心配していてもこんな単純な事しか言え無かった。

そして、洸夜も美鶴からの言葉を一瞬で切り捨てた。

"お前等"と言ったのは美鶴だけに対してじゃなく、美鶴を含め、昔の仲間にはもう関係ないと言った意味でもある。

しかし、洸夜の言葉には悪意は無い。

本当に、美鶴達にはもう関係無い事だと思っての事だった。

だが、それだけの短い言葉でも美鶴から言葉を奪うのには十分だった。

 

「……。(関係無い……か。それを言われたら私にはどうすることも出来ない……)」

 

昔の洸夜を知る美鶴にとって、今の洸夜は何処か弱っている様に見えていた。

そんな仲間から、関係無いと言われれば本来ならそれを否定する事だろう。

しかし、自分達と洸夜との決別する原因を作ったのは紛れも無く自分達。

それを理解している美鶴からすれば、例え洸夜の言葉を否定しても何の説得力も無い。

そう思う美鶴の姿は、日頃の彼女を知っている者からすれば、信じられない位に弱々しく見えた。

そして、洸夜はそれだけ言うと再び美鶴に背を向けて歩き出し、美鶴もそれに付いていく様に歩き出す。

 

「……。(ここで洸夜から目を背け、逃げ出すのは簡単だ。だが、私はもう十分に逃げた……なら、今の私がやる事は一つ……何と思われても良い。二年前の謝罪……そして、あの後に起きた、もう1つの事件……『彼』の想いを伝えなければ!) 洸夜……私はーーー」

 

まずは謝罪。

これをしない事には始まらない。

そう思う美鶴は、色々な感情が混ざり会う中で……謝罪の言葉を発しようとした。

だが……。

 

「謝罪はするなよ……」

 

「っ!?」

 

庭園の石橋の上で洸夜は、美鶴の言葉を遮る様に、彼女に背中を向けたままそう告げた。

その口調からは、先程の様な冷静な感情は無く、微かに怒りや哀しみの様な何処か感情的に成っている事が読み取れた。

美鶴の言葉に何かを察した洸夜に、段々と過去の心の傷が再び浮き上がっていく様な感覚が襲い出した。

 

「お前等はあの時、俺に対してああ言う事で前に進んだ……」

 

「……っ!」

 

洸夜の言葉はある意味で的を得ていた。

洸夜の言う通り、当時の美鶴は色々な事が重なり過ぎ、当初は『彼』の状態を受け止めきれなかった。

しかし、一時の感情に流されたとは言え、洸夜と言う『彼』と同じ力を宿っていた者に自分達の感情をぶつけ、一時だけでも心をスッキリさせる事で自分達を前に進ませる事が出来た。

だがそれは、彼女達自身も気付いた過ちであり、その結果が今、彼女の目の前にいる洸夜だ。

洸夜は、振り向きはしないものの、拳を己の力全力で握りしめた。

 

「俺はあの時耐えた。俺自身、誰一人守れなかったのは事実だからだ……。だから、お前等からの八つ当たりまがいの言葉も耐えられた……そう思う事で、少しはマシに感じていた……!」

 

「洸夜……」

 

美鶴は、洸夜からの言葉を静かに聞くしか出来なかった。

先程まで言おうとしていた言葉も既に頭から消えている。

何より、今の美鶴……いや、今の美鶴達には今の洸夜に何と言えば良いか分からないだろう。

 

「なのに何だっ! 此処でお前が謝ってどうなる!? お前等からの言葉と、罪の意識から逃げただけで惨めに成るだけだろっ!!」

 

そう言いながら洸夜は美鶴の方に振り返り、自分の胸の中のモノを吐き出すかの様に声を上げた。

 

「この地獄の様な二年間全てが無駄に成る! ……この罪の意識に呑まれた二年間……桐条の罪……ストレガの奴らへの罪悪感! もう沢山だっ!! お前等はあの戦いでの罪や苦しみを全て俺に押し付ける事しか出来なかったっ!!! そうしなければ、お前等はあの時、前に進められなかったからだ!」

 

「ち、違う! 私達は……!」

 

「何が違う? この二年間毎日の様に出て来た悪夢……此処最近は見ないが、あの時はまともに眠れる日は無かった……! 何も事情を知らない精神科やカウンセリングの連中、あれくの果てには同じ患者にすら同情の眼差しを浴びせられた! そんな俺の気持ちがお前等が分かるのかっ!? 毎日の様に悪夢を見た事があるかっ!?」

 

「っ!? それは……」

 

美鶴は洸夜の気迫に圧されしまった。

昔の彼女なら言い返す事は出来たであろう。

しかし、ここまで感情を激しく露にした洸夜を見るの美鶴も初めてであり、驚きなどもあってそのまま圧されてしまったのだ。

 

「無いだろっ! それにどうせ、風花や乾達にも自分達に都合良く伝えてあるんだろ? さっきのアイギスの様子を見れば分かる……!」

 

「……っ! (洸夜の言う通りだ。そうするしか無かった……)」

 

実は洸夜が言った事は悲しくも正しく、美鶴達は洸夜が僚を出た直ぐに自分達の過ちに気付いたのだが『彼』がああなってしまった事による沈んだ雰囲気で洸夜の事を言える筈も無かった。

だから美鶴達は、風花達に洸夜が“自分に絶望してこの街を出た”と伝えてしまっていたのだ。

そして、洸夜は何かを吐き出す様に両手で自分の頭を抑え込んだ。

 

「もう沢山だっ! 俺は巻き込まれたに過ぎなかった……なのに何故、桐条の罪を押し付けられただけでは無く、親友も失い……今度はペルソナ能力の弱体化まで! 何故、俺は全てを失っていっていくんだっ!!」

 

「洸夜……ん? 少し待て、何故今ここでペルソナの弱体化の話がでる? まさか洸夜、お前は今、何かの事件に巻き込まれているのか?」

 

「っ!?」

 

今まで感情的に喋っていたからか、洸夜は思わずしまったと言った様な表情をしたのを美鶴は見逃さなかった。

ペルソナの名前が出て来た事から、恐らくはシャドウに関係する内容だと美鶴は判断した。

もし、本当にシャドウ関係ならば美鶴達“シャドウワーカー”からすれば見逃す事は出来ない事だ。

 

「……お前等には関係ない」

 

だがしかし、洸夜はそう言って美鶴から顔を逸らしてしまい、再び背を向けてしまう。

 

「洸夜!」

 

「……」

 

美鶴の言葉に黙る洸夜。

本当にシャドウ関係の事件に洸夜が巻き込まれているならば洸夜の性格上、自己犠牲と言わんばかりの事をするに違いない。

洸夜と三年間ずっといた美鶴はそう感じ、先程よりも大きな声を出して洸夜を問い詰め様とするが洸夜はそのまま黙ってしまう。

変な所で頑固の為こう成ってしまえば、洸夜は何が有っても口を開かない。

その事を知っている美鶴も本来ならば何が何でも問いただすのだが、今回は相手が洸夜の為、断念するしか無かった。

 

「……」

 

「……」

 

そして、先程と同じ様に繰り返す沈黙。

このままではいけない、このまま今までと同じ様に洸夜から逃げ続ければもう二度、洸夜に自分の気持ちを伝える事が出来なく成る。

そう思った美鶴は、少しだけ歩いて先程より離れた洸夜に近付き静かに語りだした。

 

「……洸夜、振り向かずとも良いから聞いて欲しい」

 

「……」

 

「私は……私達はお前に取り返しのつかない事をしてしまった。さっきはああ言ったが、今更許して貰おうとは思ってはいない!」

 

「……」

 

少しは聞く気に成ったのか、洸夜は顔を横にして耳を聞こえやすくする。

 

「今思えば……洸夜、お前は本当に優しかったな。お父様が死んだ時、お父様の後釜を狙う者から桐条グループを守る為に、お父様の死を悲しむ時間が無かったあの時も……お前はずっと私の事を元気付けてくれた。本当ならお前も苦しかった筈なのに……」

 

「……お前を元気付けたのは当然だ。あの時、俺が上手く自分の力を使っていれば親父さんは死ななかった。……何より、理事長の妄想にいち早く気付いていれば、あんな小細工にペルソナ能力を抑えつけられる事も無かった……! お前等が言った通り、俺の力には何の意味も……」

 

「それは違う……!」

 

「何がだ……?」

 

あの時の事を思い出したのだろう、そう言って洸夜は今にも崩れそうな表情で拳を握りしめる。

 

「今更私が言える事では無いが……洸夜、私は……私達は知っている。お前の優しさを、心の暖かさを……だが、それ故に……私達はお前の優しさに甘えてしまったんだ。……だから、あの時……あんな事を……」

 

「……!」

 

「それに……『彼』や私達を含め、色んな人々がお前の心の温もりに触れて気付き、助けられ……そして、惹かれて言ったんだ……『彼』や明彦達……もちろん私もだ」

 

「……だが、そうは言うが……俺は一体何が出来た? 一体、誰を守れたんだ? 親父さん……真次郎……『■■■』……結局、なんだかんだ言って俺は見殺しに………ッ!? (なんだ……!? 突然、胸に痛みが……!)」

 

まるで火が消え始めた様に段々と声が小さく成りながら話す洸夜だったが、突然の胸に痛みに思わず表情を歪ませながら、美鶴からは見えない様に胸を握り潰すかの様に掴んだ。

その結果、美鶴は洸夜の異変に気付かず、洸夜の言葉に返答する為に前に出た。

 

「(……『彼』の事もそうだが……洸夜に"あの事"を言わなければ成らない。そうしなければ、洸夜は一生有りもしない罪で苦しんでしまう……) ……洸夜、実はーーー」

 

美鶴がそこまで言った時だった。

 

「うッ……! があぁ……ッ! (この痛み……そして、感覚はまさか……!?)」

 

美鶴の言葉を遮り、洸夜は胸に走る余りの痛みに思わずその場に倒れた。

しかし、洸夜は痛みは分からないが、痛みと同時に感じる、まるで、自分から何かが抜け落ちる様な感覚は知っていた。

それは、前に総司達と戦った時にタムリンが暴走した時に感じた感覚そのものだった。

 

「……ぐう!? (まずい……! 貸し切りで人がいないとは言え……うッ! ……ここには総司達や従業員の……人達もいる……! どのペルソナが暴走するのかは分からないが……ここで暴れさせる訳には……!)」

 

一般人のいる場所でのペルソナの暴走が、一体何を意味するのかを洸夜は知っている。

それ故に、洸夜は何が何でも今から暴走しようとしているペルソナを押さえ込もうと必死になり、片方の腕を内ポケットに入れ、静かに地面に引き詰められた砂利を掴みながら立ち上がろうとする。

そして、そんな洸夜の様子に美鶴も何事かと急いで洸夜に駆け寄った。

 

「洸夜ッ!? どうした、何処か苦しーー「来るなッ!!」 ッ!?」

 

洸夜は此方に近付こうとした美鶴を制止させ、美鶴は思わずその場で止まってしまった。

どんなペルソナが暴走するか分からない。

その為、彼女に危険が及ばない様に、そして、ペルソナを押さえ込む事に集中する為に洸夜は美鶴を遠ざけたのだ。

しかし、そんな洸夜の想いも虚しく、洸夜の胸の痛みは悪化する。

 

「……クソ……ッ! (……ここまでか……! 本当は使いたく無かったが……仕方ない!)」

 

抑え込むのにも限界を感じた洸夜は、内ポケットに入れた片方の手で中の物を掴み、それを取り出そうとした。

その時……。

 

『クスクス……!』

 

「!」

 

洸夜の耳に届いた幼い女の子の様な笑い声。

そして、それと同時に流れ出す冷や汗。

段々と、自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

顔を少し上げれば、その声の主の姿が見れるだろう。

だが、洸夜の長年の勘が言っている。

見てはいけないと……。

しかし、見上げるまでずっとここに居ると言わんばかりに感じる存在感。

自分を見ている視線。

 

死ぬ……。

 

一瞬だけ脳裏を過った言葉。

だが、いつまでもこのままでいるわけには行かない。

洸夜は覚悟を決め、息を飲み、静かに顔を上げた。

 

その瞬間……洸夜は思考が止まった。

 

そこに居たのは……しゃがんで起き上がろうとしている洸夜に視線を合わす、青いドレスに身を包み、金髪の髪に無邪気な笑顔を浮かべた少女型のペルソナ『アリス』がいたから……。

そして、洸夜が顔を上げた事が面白いのか、アリスは先程の様にクスクスと笑い、その笑顔を見た洸夜は恐怖で何も言えなかった。

そのペルソナ『アリス』。

見た目はか弱い少女だが、その外見に隠れた能力。

相手にもよるが、場合によっては大量のシャドウを一掃出来る程の力を持つ上級ペルソナ。

そんなペルソナが自分の事を見ている。

その意味が分からない程、洸夜の頭は機能していない訳がなかった。

そして、そんな洸夜の気持ちを知ってか知らずかアリスは、静かに口を動かして行き、それを見た洸夜はそれが何を意味するのか理解している為、すぐにでも動こうとする。

だが、体がまるで金縛りにでもあったかの様に恐怖で動かなかった。

 

「あ……あぁ……。(動け……! 動け動け動け動け動けッ!! 頼む! 動いてくれ!?)」

 

内心では必死に体を動かそうとする洸夜。

しかし、神経が麻痺しているかの様に感覚がなく、体が動かせない。

そして、そうこうしている内にもアリスの口は動いていた。

 

『死・ん・で・くーーー』

 

「!? (間に合わないッ!?)」

 

最早、完全に技を放つ体勢に入った事を察した洸夜は思わず、アリスから視線を背ける様に顔を横に向けながら目を閉じた。

その時……。

 

「はあッ!」

 

『ッ!?』

 

先程まで洸夜の後ろにいた美鶴が、アリス目掛けて強烈な蹴りを放ち、アリスはそのまま壁に激突する。

また、蹴り易くするためか、美鶴は自分の着ている着物を緩めていた。

そして、その出来事に洸夜も、再び痛み始めた胸を押さえながら立ち上がろうとした。

 

「美鶴……」

 

「無理に立ち上がろうとするな洸夜。……ところで、アレはなんだ? 少なくとも只の少女では無いだろう」

 

「薄々気付いているだろ……俺のペルソナだ……」

 

不審な目でアリスを見る美鶴に、洸夜はアリスから放たれていた殺気で出た冷や汗を腕で吹きながら答える。

そして、洸夜の言葉に美鶴は微かに驚いた表情をする。

 

「ペルソナ……? なぜ、ペルソナがお前を襲う? ……まさか洸夜……お前はペルソナがーーー」

 

美鶴は洸夜の言葉に何かを察し、洸夜にしゃがんで手を差し出しながらその事を聞こうとした時だった。

 

シュッ!

 

「「ッ!?」」

 

まるで、洸夜と美鶴を触れさせない様にするかの様に弾丸が二人の間を駆け、それと同時に感じる殺気。

そして、二人が弾丸が飛んできた方向に顔を向けた先には……。

 

「烏? ……いや、あのペルソナは確か……!」

 

「クッ……! マゴイチか……!」

 

烏の様な仮面、羽全体に装備されている銃口中に浮かぶ多数の銃。

そんな姿をした射撃攻撃に優れたペルソナ『マゴイチ』。

そのペルソナが、料亭の屋根の上から洸夜たちに銃を向けていた。

その様子に、洸夜は苦虫を噛むような表情でマゴイチを睨み付けた。

 

「チッ! (アリスだけじゃなく……マゴイチまでも……!)」

 

二体も同時に暴走する事態に、洸夜も流石に焦りを隠せないでいた。

アリス、マゴイチ。

この上級ペルソナ二体が同時に暴走し、主である洸夜に牙を向けた。

このままでは周りに被害が出てしまう。

そう感じた洸夜は立ち上がり、鉛の様に重く感じる足を無理矢理動かして移動しようとする。

しかし、そんな洸夜を逃して成るものかと言った感じで、マゴイチは鋭い光を纏う銃口を洸夜に向け、その瞬間に洸夜は自分の身体から力が抜けるのを感じ、マゴイチを睨み付けた。

 

「うぐッ……! (アレは、五月雨撃ち……! 暴走してはいるが……技の源は俺から貰うって事か……!)」

 

暴走の反動、更には自分の力を持ってかれ、肉体的にも限界に成っていた洸夜。

だが、マゴイチはそんな事はお構い無しと言わんばかりに銃口を洸夜目掛けて放ち、まるで雨の如く弾丸が洸夜に迫る。

だが……。

 

「アルテミシア……私の思う様に鞭を振れ!」

 

「なッ!」

 

弾丸が洸夜に迫るよりも美鶴が洸夜を守る様に前に出て、目を隠す様な仮面、青く豪華に装飾でデザインされたドレス、そして刃のついた鞭を持つ、まるで女王をイメージさせる己のペルソナ『アルテミシア』を召喚する。

そして、アルテミシアは美鶴の指示に的確に鞭を高速で振り回し、マゴイチの弾丸を全て防いだ結果、マゴイチの弾丸は洸夜に当たる事なく、そのまま消滅した。

その様子にマゴイチは再度銃口を向けようとするが、それよりも前にアルテミシアの刃の鞭がマゴイチの顔面に直撃し、そのまま消滅した。

そんな美鶴の姿に、洸夜は思わず息を飲んだ。

 

「……。(美鶴の奴、ここまで強く成っていたのか!? あのマゴイチを一撃で……)」

 

上級ペルソナであるアリス、マゴイチを着物という動きずらい姿にも関わらず、ほぼ一撃で倒した。

あの事件以降も、暇を見付ければ己を鍛えていた美鶴。

己自信、アルテミシアも二年前よりも力が上がっている事は当たり前と言えていた。

その姿に、洸夜は少なくとも美鶴が自分より前に進んでいる事に気付き、内心で二年前のあの日から前に進めなく成った自分に対し、焦りと怒りが生まれてくる。

 

「……。(何をやっているんだ俺は…… 稲羽での事件解決を目的に行ったものの、既に二人も犠牲者を出し……ペルソナの弱体化……暴走……今回も、美鶴が居なかったら……俺は……取り返しの付かない事に成っていたかも知れない……)」

 

美鶴に助けられた……。

その事実だけでも、洸夜は何処か自分が情けなく、そして虚しく成っていくのを感じ取った。

そんな時、美鶴に蹴られて壁にぶつかっていたアリスが起き上がり、洸夜と美鶴の方を向いた。

 

「アリス……」

 

「まだ、やる気なのか……」

 

警戒する洸夜と美鶴。

だが、そんな二人の考えとは裏腹に、アリスは頬を膨らませながら非難の目で美鶴を見つめ、そして、隣で倒れた様な弱った主でもある洸夜に、何処か寂しそうな目で見つめると、そのまま消えていった。

そして、その消えていったペルソナの姿に、洸夜は両手で頭を押さえながら、思わず目を閉じてしまった。

 

「……またか。(また、消えて行くのか……俺から去って行くのか……!)」

 

消えて行くペルソナへの虚無感や、ワイルドが故に大量に所有しているペルソナから後何回、又、いつ暴走するかと言う恐怖。

暴走した時に万が一、何の罪もない人を傷付けてしまうかも知れないと言う不安。

そんな負の抑圧に洸夜は、視点の定まらずに揺れている目の状態で冷や汗が流れ出すのを感じ取った。

嫌な冷たさで気持ちが悪い。

そんな事を一瞬思ったが、そんな洸夜の脳裏に、ある光景が過った。

 

「!!? ……『■■■』……! (駄目だ! 行くな!? お前は生きなきゃ駄目なんだ!!)」

 

洸夜の脳裏に過ったのは、『ニュクス』との最終決戦の光景。

自分と『彼』以外、全く動けなく成っていた状態。

洸夜はボロボロに成りながらも、ニュクスに食らい付いていた。

だが、当時の洸夜には、どんなに全力の力でもニュクスに傷を付けるだけで限界であり、やがて他のメンバーと同様に身体が動かせなく成った。

そんな時、『彼』がこちらに向けた、何かを悟った様な表情。

その時の洸夜には、これから何が起ころうと……そして、『彼』が何を思っていたのかは分からなかった。

今現在も……洸夜には『彼』の想いは分からないでいた。

そんな『彼』の表情が、フラッシュバックの様に洸夜の脳裏に写し出されたのだ。

 

「……『■■■』……!! (ほんとに……あれしか方法は無かったのか……! だが、俺のワイルドは、『あいつ』よりは力が弱い……力には ……成れなかった……何もしてやれなかった……! このままじゃ……俺は総司達も……!)」

 

ニュクスとの戦いが脳裏に過っていた洸夜の中に、別の想いが脳裏に過った。

言う事だけが一人前の何処か、誰かが見ていないと危なっかしい弟であり、その弟の大事な仲間達である幼きペルソナ使いたち。

彼等は死なす訳には行かない。

それぐらいしか、洸夜は自分の"罪"への償いが分からなかった。

 

そして、洸夜は倒れている状態で内ポケットに再び手を伸ばすと、一つの瓶を取り出した。

その中には、白い錠剤……ペルソナを抑える代わりに命を縮める薬……"抑制剤"が入っていた。

万が一の時の為にと持って来ていた薬。

洸夜はその薬を瓶から一粒取り出すと、そのまま戸惑わずに抑制剤を口に放り込んだ。

だが、美鶴はその様子を見逃さなかった。

 

「洸夜? お前……今の薬はなんだ?」

 

「……」

 

美鶴の言葉に、洸夜は語る事等無いと言った様に口を閉ざす。

だが、その行動が逆に美鶴に怪しまれた原因になる。

 

「……。(……さっきの洸夜とペルソナの様子……まるで、チドリの時と……まさか!) 洸夜! 出せ! 今飲んだ口を出せ!!」

 

洸夜の先ほどのペルソナの一件。

その直後に飲んだ薬。

その少ない材料だけで美鶴にある考えが過り、美鶴は倒れている洸夜の肩を掴んで叫んだ。

だが、洸夜はそんな美鶴に顔を背ける。

 

「……お前には関係ない」

 

「洸夜ッ!!」

 

美鶴の言葉を無視する洸夜は、そのまま薬を噛み砕こうと歯に力を入れた。

その洸夜の口からカリッと、薬を割る音が聞こえた美鶴の表情に焦りが現れる。

そして、美鶴は仕方ないと言った様な雰囲気で洸夜の頭の後ろに手を翳した。

 

「(くッ! 仕方ない……! ) 許せ、洸夜!」

 

「ガハッ!」

 

美鶴は洸夜にそれだけ言うと、おもいっきり洸夜の頭の方を叩いた。

そのあまりの衝撃に洸夜は思わず、口の中で噛み砕こうとしていた薬を吐き出してしまった。

そして、洸夜から出た二つに割れた薬はそのまま砂利の上にへと落ち、唾液が着いているであろうその薬を美鶴は全く気にせずに拾い上げた。

 

「……。(この特徴的な白色と模様……間違いない……抑制剤だ……!)」

 

その何処か普通の薬とは違う感じな白の薬。

普通の人が見たら気付かなかったであろう。

しかし、美鶴にはこの薬がどういうものか分かっていた。

この薬も、桐条の罪の一つだからだ。

そして、美鶴はこの薬がなんなのか分かり、その薬を握り潰すと洸夜の方を振り向いた。

先程よりは多少は回復したらしく、よろよろとしながらも洸夜は立ち上がっていた。

その右手に、抑制剤の入った蓋の開いた瓶を持ちながら……。

 

「一粒、無駄に成ったか……」

 

美鶴によって吐き出してしまった抑制剤の欠片を見ながら、少し虚ろな目で洸夜はそう呟いた。

そして、再び抑制剤を瓶から取り出そうとする洸夜……だが。

 

「ッ!」

 

洸夜が抑制剤を取り出そうとした瞬間、三鶴が無言で洸夜に素早く近付き、抑制剤が入った瓶をそのまま洸夜の手から弾き、瓶はそのまま砂利ではなく、近くの岩にぶつかり割れてしまった。

そして……。

 

パンッ!

 

料亭内全てに聞こえたんじゃないかと思う程の乾いた音が、辺りに響き渡った。

美鶴が洸夜の頬を平手で叩いたのだ。

美鶴の表情には明らかに怒りが感じとれたが、同時にその瞳には明らかな悲しみが写り、また、彼女には珍しく、その悲しみの瞳は微かに潤んでいた。

この抑制剤を使用したらどうなるか?

この抑制剤を使用した者達がどの様な生き方をしなければ成らなかったのか?

この事が分かっていた筈なのに洸夜は使用しようとした。

何より、自分の命なんてどうでも良い……そう感じとれた目が三鶴の怒りを買ったのだ。

美鶴自身も、本当はこんな事をしたくなかった……洸夜を傷付けたのは自分達。

だが、それ故に洸夜が自分の命を軽く扱おうとしている事が許せなかった。

そして、美鶴は叩かれた頬が赤くなりながら此方を見ている洸夜にスーツの首筋を掴んだ。

 

「洸夜……! お前は自分が何をしようとしたのか分かっているのかッ! この薬を使用すればどうなるか、お前も分かっている筈だッ!!」

 

「ああ……嫌と言う程な……」

 

「ならば、何故これを使用しようとしたッ!?」

 

美鶴の怒りと悲しみの言葉。

ここに料亭の従業員がいないのは幸福と言える。

普通の者だったら、既に怯んで言葉も出なかった。

だが、洸夜は違った。

 

「……お前等……には……分からないだろう……な……"ワイルド"の……力を持つ……者の………」

 

そこまで言った瞬間、洸夜は美鶴の目の前で崩れ落ちた。

その動きはまさに糸の切れた人形と言うしか無かった。

その様子に驚いたのは美鶴だ。

美鶴は倒れる洸夜を間一髪で抱き止めた。

だが、洸夜から流れる尋常じゃない汗を見る限り、余程の事である。

 

「洸夜ッ!?…………一体、お前に何が起きているんだ……」

 

美鶴には分からなかった。

何故、洸夜が抑制剤に手を出したのか?

ペルソナの暴走の為?

否、洸夜に限ってはそれだけでは無い気がする。

もっと、他に何か洸夜にとって重大な何かがある。

洸夜を抱えながら、美鶴はそう思わずには要られなかった。

だた、美鶴は直ぐに頭を切り替え、誰か人を呼ぼうとした。

その時……。

 

「……くては……」

 

「洸夜!? しっかりしろ、直ぐに誰かを……!」

 

洸夜の力無き言葉。

美鶴は直ぐに人を呼ぼうとしたが、洸夜は譫言の様に言葉を続ける。

 

「あいつ等を……守らなく……ては……こうするしか……無いんだ……! この……ままじゃ……俺は総司達を……殺してしま…………」

 

「洸夜ッ! 洸夜ッ!!」

 

洸夜はそれだけ言うと、そのまま気を失い。

後に残されたのは、人を呼ぶ美鶴。

そして、騒ぎを聞き付けて来た総司達だけだった。

 

End




テスト期間……大変だよ……(泣)


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黒の悪夢

何かしらの罪への罰は、忘れた頃にやって来る。


同日

 

現在、???

 

『……また、この悪夢か』

 

洸夜は周りが真っ黒な世界に立っていた。

いつもと同じ、二年前から見ていた悪夢の世界。

この頃は見なかったが、美鶴達との接触が関係しているのか、自分はまたこの悪夢を見なければ成らないんだと洸夜は悟った。

そして、いつもなら此処で過去の友人達からの罵倒等なのだが……。

 

"悪夢を見るのがそんなに恐いか……?"

 

『ッ!? お前は……俺?』

 

突如、洸夜の前に現れたのは目がシャドウの様に光り輝いている洸夜?だった。

いつもならば、こんな奴は出てこない。

また、その雰囲気はタナトスを凌駕する程の力を感じさせ、その迫力に洸夜は、夢の中の出来事にも関わらず、余りの雰囲気に恐怖を覚えた。

 

『……!(な、なんなんだコイツは……! 良く分からないが、ただ言える事……コイツはーーー)』

 

"危険か?"

 

『っ!?』

 

何故自分の考えが読まれたのか理解出来ない洸夜は、パニックに成りかける頭を強制的に直すと同時に、無意識に洸夜?から目を逸らしてしまった。

そして、洸夜のその姿に洸夜?は人とは思えない程歪んだ笑みで洸夜を捉える。

 

"何を驚いている? 俺はお前なんだ……お前の考えが分かって当たり前だろ?"

 

『何を言っている? お前が俺……?』

 

"ああ、そうだ。だが別に可笑しく無いだろ?……お前は“黒”なんだから"

 

『黒……?(そう言えば……三年程前に、イゴールから其らしい事を言われた覚えが……)』

 

"『彼』が白ならば、貴方様はまさに黒と言うべきですな……"

 

嘗てのイゴール言葉が洸夜の頭の中に響き渡る。

『彼』が白。

自分は黒。

答えを目の前にして、それを一枚の薄い扉に遮られている様な感覚が洸夜を包んだ。

また、それと同時に洸夜は、相手に呑まれまいと睨みつける。

これは只の夢では無い。

そんな不安だけが、この悪夢の中で唯一洸夜の心を支えていた。

そんな時だ。

 

"……"黒"は一色であって、一色では無い……"

 

『!』

 

突然、洸夜?はまるで詞でも読むかの様に語り出した。

その表情は、まるで何かを悟っているかの様に無表情だ。

 

"白もまた同じ……一色であって、一色では無い。黒は一色では生まれない……多数の色が混ざり合わなければ生まれない……多数の色を持ちながらも、その色達は黒だ。白は逆に……どれだけ色を混ぜようとも生まれる事は無い……まさに無だ……故に、白と黒は一色であって、一色では無いもの……そして、だからこそ……白と黒は互いに求め会う"

 

「……?」

 

まるで哲学。

そう感じさせる洸夜?の言葉。

そんな洸夜?の言っている事が今一理解出来ない洸夜は、下手に喋らずに相手の言葉を待つ。

 

"黒と白……この二色が己の存在を確認出来るのは黒には白が……白には黒がいる時のみ……他の色では、この二色の存在を完全に現すのは無理だ……だから……『(アイツ)』に対する罪を人一倍感じているんだろ?"

 

『なんだと……? どういう事だ……!』

 

先程から洸夜?の言葉一つ一つが何故か堪にさわる。

何故、ここで『彼』の事が出るのか。

どれもこれもいちいち洸夜を不快にさせる言葉だった。

そんな事を知ってか知らずか、洸夜?は洸夜の言葉に返すかの様に後ろを指刺し、洸夜は後ろを振り向いた。

すると、そこには……。

 

『なッ! ……俺………?』

 

"……"

 

そこにいたのは洸夜だった。

しかし、よく見ると服装は疎ら……と言うよりも年齢や大きさも全く違う洸夜達がいた。

ある者は只座り、ある者は只突っ立ていた。

色々な洸夜。

例え姿形が自分とは言え、何処か気味が悪いし、思わず目を背けてしまう。

そんな洸夜の姿に洸夜?は、やれやれと言った様子で洸夜が見ていた幼い姿の洸夜に指を差した。

 

"……分かる筈だ……アイツは、保育園の時のお前だ……"

 

『幼稚園の時の……俺……?』

 

"……そうだ。あれもお前にとって、一つの色でもある。一応、アイツはお前が一番最初に誕生させた色でも有るがな……"

 

『……俺が誕生させた? 一体、どういう意味だ?』

 

洸夜?の言葉に洸夜は、ずっと座りっぱなしのままで何処か暗い雰囲気の幼い自分に視線を外さなかった。

幼稚園の時の自分。

暗い表情の幼い子供。

何かが欠けている様な子供らしくない子供。

そんな幼い自分の姿は確かに見覚えは有ったが、はっきり言って、何故かこの自分を見ていると洸夜は何処か不安になり、ザワザワと胸の中が苛々としてきた。

何よりも、一体、この自分が今の状況と何が関係が有るのか分からなかった。

そんな風に洸夜が悩んでいる時だった。

 

"……"

 

『!?』

 

突如、目の前にいた幼い洸夜が、まるで泥の様に形が崩れて消えてしまった。

幼い洸夜だけでは無い。

先程まで周りにいた、色んな洸夜達も同じ様にドロドロと溶けていった。

そんな光景に洸夜は、思わず吐き気が込み上げた。

理由は今一分からないが、自分と同じ姿の者があの様な形で消えるのを見れば、良い気分に成れと言うのが無理に近い。

一体、何が起こったのか分からない洸夜は振り向き、己と同じ姿の洸夜?に視線を合わせた。

 

“この光景を見て、まだ“黒”の意味が分からないのか? ……お前が何故、一度に多数のペルソナを召喚し操れるのか、それさえも理解出来ないか?……お前はそうやって、俺達から目を逸らすのか……”

 

『一体……何が起こっているんだ? ペルソナの暴走とお前達は何か関係が有るのか?』

 

“気付かないならばそれでも良いさ……だが覚えておけ、他者に影響を与え、一色にして多色を持つ黒と……無色にして、数多の色から可能性という力を貰う白……このどちらも無限の可能性を秘めている事を……"

 

『待てッ! ……お前、もしかして……オシリスなのか?』

 

この何処かシャドウに似ており、何故か自分の事を詳しく知る目の前に佇むもう一人の自分。

そう思うと洸夜は、この目の前の自分が己のペルソナであるオシリスであると思えて成らなかった。

だが、洸夜の考えとは裏腹に、洸夜?は何事も無い様に口を開く。

 

"……お前がそう思うならそうなんだろうな。だが、忘れては成らない……オシリスもまた、可能性の内の一つであると言う事に……"

 

洸夜?は、一切目線を逸らさずに、そう洸夜に告げた。

しかし、それだけを言われても、理解しろと言うのが無理に近い。

 

『どういう意味だ……? お前はオシリスじゃあ無いのか?』

 

"……オシリスは可能性の内の一つだ。あの時のお前の生き方が、偶然オシリスに転生させたに過ぎない"

 

『……』

 

洸夜は言葉の意味が分からなかった。

いや……理解しようとしても、頭の思考回路が動かなかった。

己自身が警告しているのか?

それとも、只単に考える事を拒絶しているのか?

只言える事は、まるで、その場で固定されているかの様、そして、それ以上は進ませないと言っているかの様に思えると言う事……。

そんな洸夜の様子に、洸夜?は再び目線を洸夜へと移した。

 

"……お前、弱くなったな。三年前のお前の方が強かった……まあ、ピークだったのはニュクスとの戦いの時のお前だがな……"

 

『言いたい放題だな……』

 

洸夜?の言葉に思う事がある洸夜は、徐に目線を下にへと逸らした。

全てを見据えられている様な感覚に耐えきれなかったのだ。

そんな姿に、洸夜?はやれやれと一体感じで、その場から少しだけ移動し、ある場所を手で翳しながら口を開いた。

 

"まあ良い……だが、お前が全てから目を逸らし続けるならばペルソナ能力は疎か、全てを失う事に成る……こんな風にな”

 

洸夜?が手を翳した先に在ったのは血まみれに倒れた総司達、そして美鶴達と『彼』の姿だった。

そして、倒れている『彼』と総司の首にそれぞれ刀を突き付ける洸夜?

 

『っ!? 総司……! 『■■■』……! や、止めろっ!?』

 

“遅ぇよ……”

 

洸夜の叫びも虚しく、洸夜?は刀を振り上げ、二人に振り下ろそうとした。

そんな時だった……。

 

『ヴォォォォォォォォォォォォォォッ!!』

 

『ッ!? この咆哮は……タナトス?』

 

この黒だけの世界に響き渡る咆哮。

それはまさに、死を司る者の名を持つペルソナである、タナトスのものであった。

そして、その咆哮によって生まれた振動はその世界を揺らし、辺り一面に衝撃を与える。

だが、警戒する洸夜とは違い、洸夜?は慣れた感じだが、気に食わない者を見るような様子でタナトスの咆哮を聞いていた。

 

"……チッ! "不純物"が……まあ良いさ……だが、気を付けろ……仮面達は日々日々、お前の下から離れていっている……"

 

そう言いながら、身体が消え始める洸夜?

その姿に、洸夜はまだ聞きたい事があり、手を伸ばそうとした。

だが、それよりも先に洸夜? が手を翳した瞬間

世界が割れ、頭に直接的に力を流した様な衝撃が洸夜を襲った。

 

『ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

========================

 

現在、ホテル(洸夜・総司の部屋)

 

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「っ! 兄さんっ!?」

 

「……ハァ……ハァ……総……司? 此処は……? 俺は一体……?」

 

見覚えの無い部屋だと思ったが、此処が自分と総司のホテルの部屋だと気付いた洸夜。

しかし、大量の汗にボ~っとした頭、そしてとてつもない怠さ。

現在の自分の場所を把握するだけでもやっとの思いだった。

 

「兄さんはお見合い会場で倒れたんだ、それで美鶴さんがすぐに医者を呼んでくれて、現在に至る」

 

「……そうか……医者はなんて言っていた? 病院では無いなら、大した事は無かったんじゃないのか? (下手に入院させられたく無いしな……)」

 

「良く分からないけど、身体に異常が見当たら無かったから、何か精神的なモノじゃないかってさ……」

 

「……成る程、それと叔父さん達と美鶴達は?」

 

「叔父さんと菜々子はさっき、美鶴さん達と一緒に夕飯を食べて今は部屋にいるよ。……美鶴さん達も此処のホテルに泊まってて、菜々子と仲良く成ったから……ちなみにお見合いは美鶴さんからの提案で保留にして貰ってる」

 

「アイツ等も此処に……それに保留か」

 

洸夜はこの際、お見合い自体を無かった事にして欲しかった。

別に自分が倒れたからでは無いが、互いにもう会わない事がお互いにとって一番ベストな事では無いかと洸夜は思ったていたのだ。

良いかどうかは分からない。

だが、会わなければ、もうどちらも傷付く事は無い。

 

「それに実は結構大変だったんだ。兄さんが倒れた事で菜々子が大泣きしちゃって……。兄さんの側を離れなくて、叔父さんが説得してやっと夕飯に言ったんだ」

 

「……菜々子がそこまで(もしかして、叔母さんの事と重ねてしまったのか……)」

 

総司の話を大体聞き、菜々子達に余計な心配をさせてしまった事に罪悪感をいだく洸夜。

まだ一緒に住んで短いが、あんなにも強く、優しい菜々子を悲しませたく無かった。

そして、洸夜はゆっくりとベッドから身体を起こす。

 

「兄さん……余り無理はしない方が良い。ただでさえ、兄さんは自分の事を二の三の次にするし」

 

「そんなつもりは無いんだがな……だが、別に大丈夫だ。……それに、少しでも何か口にしていた方が良いからな……」

 

「そう言うと思って、叔父さんがルームサービスを頼んでくれてたんだ……一応、部屋に届いてから20分は経って無いから、まだ温かいと思う……それじゃあ、俺は叔父さん達に兄さんが目を覚ましたって教えてくるよ」

 

「……。(起きた後に頼んで欲しかったな……)」

 

そんな事を思いながらも、自分がいつ目を覚ますのか分からないのだから文句は言えない。

そんな事を胸にしまい、洸夜は自分のベッドの隣に有るテーブルにおいて有る食器に手を伸ばし、閉じてる蓋を開くとチーズが乗っているハンバーグが鉄板に置かれていた。

 

「病み上がりで寝起きにはヘビーだな……」

 

そう言って思わずナイフとフォークを置いてしまう洸夜。

……すると、ドアノブを掴んでいた総司がその場で止まり、洸夜に背を向けたままで口を開いた。

 

「兄さん、一つ聞いて良い?」

 

「……どうした?」

 

「兄さんと美鶴さん達……昔、何か有ったんだろ?」

 

「……何の事だ?」

 

総司の言葉にシラを切る洸夜。

自分達のごたごたに弟である総司まで巻き込みたくは無い。

そう思っていた洸夜だが、総司はその場で軽く微笑んだ。

 

「フッ……隠さなくても良いよ。お見合いの時の兄さん達を見れば、兄さん達の間に何か有ったのかぐらい分かる」

 

「ハハ、だよな……」

 

やはり隠し通す事は出来なかったと、洸夜は総司の言葉に思わず笑ってしまう。それに伊達に長年兄弟をやってはいない、洸夜と総司はなんだかんだでお互いの隠し事ぐらいは分かる。

 

「……これは俺の勝手な推測だけど、二年前に兄さんが家に帰って来た時の抜け殻の様な感じ、そして兄さんのペルソナ能力……コレ全部、美鶴さん達と関係しているんじゃーーー」

 

「総司……お前にはまだ話せない」

 

「っ! 兄さん……!」

 

兄の言葉に総司は思わずを睨むが、洸夜はその様子に軽く笑う。

 

「フッ……そう睨むな、意地悪で言っても無ければ、お前を信用していない訳でも無い」

 

「なら何で?」

 

「重いんだよ……」

 

「えっ!?」

 

洸夜の言葉に総司は意味が分からず、キョトンとした表情をする。

また、洸夜自身の言葉にも嘘は無い。

ただ、『タルタロス』、『デス』、『ニュクス』、『影時間』『桐条の罪』これ以上に言葉を上げろと言われれば、まだいくらでも上げられるが、コレ等の言葉の意味の重さを知る者からすればもう十分。

はっきり言ってしまうと、洸夜からすれば現在起きている『稲羽の事件』は二年前の事件に比べれば軽いモノと言える。

『タルタロス』と『影時間』を徘徊していたシャドウに比べれば、いくら死者が出ているとは言え凶暴性・知的性、共に前者の方が遥かに上。

テレビの中のシャドウも全く凶暴じゃないとは言えないが、霧が晴れると凶暴に成ると言う条件付き及び、自分達からは外の世界の人達に危害を加えない。

その為、総司達にとってのシャドウの事件の基準が『稲羽の事件』だとすれば、二年前の事件は重い話に成る。

何より、総司を自分達のごたごたに巻き込みたく無いのが一番の理由だ。

 

「……総司、この話はただ話して、はい終わり……と言う訳には行かないんだ。……時が来たら、いつか話してやる。だから今は察してくれ……」

 

「……分かった。でも、辛く成ったらいつでも話してくれよ、俺は兄さんの弟なんだから……」

 

そう言って、総司は部屋から出て行った。

そして、洸夜は総司を見送り再びフォークとナイフに手を伸ばした。

 

「……悪いな総司、こればっかりはお前に言う事は出来ない。(巻き込む訳には行かないんだ……)」

 

そう言って洸夜は、微妙な温度に成ったハンバーグを切ると、中からもチーズが流れ出て来た。

 

「……本当に重いな」

 

そう言って洸夜は静かに口に運び、微妙な温かさのチーズとハンバーグの味を楽しんだ。

 

END



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訪問者

自覚の無い中二病。
どんな感じなのだろう?


同日

 

現在、ホテル(バー)

 

菜々子達との夕食を終えた美鶴と明彦は現在、ホテルに備わっているバーで軽くお酒を飲んでいた。

美鶴も明彦も既に二十歳、更に言えば美鶴は、色々な付き合いでお酒を交わす場面が有る為、今の内に慣れとかなければ成らない。

しかし、今日に限っては違う理由なのは、美鶴達の暗い表情を見れば直ぐに分かる事だった。

 

「……私は駄目だな」

 

「なんだいきなり、お前らしくも無い……」

 

それほどアルコールの入っていないお酒を口にしながら、美鶴は無意識にそう呟いていた。

そして、その隣でお酒の手を休める明彦が意外そうに言うが、らしく無いと思っているのは美鶴も承知の上だ。

 

「私は今日、洸夜に謝罪して自分の思いを伝え様としたが……それは、私のただの自己満足に過ぎなかった。……結局、私は洸夜の気持ちも苦しみも何も理解出来ていない……!」

 

「美鶴……余り自分だけを責めるな。本来ならお前だけじゃなく、俺も洸夜と向かい合わなければ成らなかったんだっ!」

 

「明彦……」

 

今にも割りそうな勢いでグラス握る明彦を見て、美鶴は苦しんでいるのが自分だけじゃないのを知る。

 

「俺は強く成る為に世界中を渡り、武者修業をして来た。……だが、結局強く成ったのは力だけだ……心はまだまだ弱い! 何より、俺は親友だったアイツを裏切ってしまった……!」

 

そう言って歯を食い縛りながらグラスを置く明彦。

その苦痛を浮かび上がらせる表情は同時に、後悔をも抱かせるかの様に見える。

 

「……本当だな、本来なら私達は、洸夜に会う事すら許されなかったのかも知れない。倒れる前、洸夜に言われた……お前等は俺に全ての罪と苦しみを押し付けたと……」

 

「……っ! その通りだな」

 

美鶴と明彦は、そんなお互いの言葉を聞くと同時に、二年前に起きた洸夜との決別する事に成ってしまった時の事を思い出した。

二年たとうが、あの時の自分達が洸夜にぶつけた言葉は一言一句覚えている。

忘れる筈もない。

今この瞬間も、あの時の言葉が頭の中で再生されている。

 

『どうして『彼』を守ってくれなかったんですか!』

 

『誰かを守れない様な綺麗事よりも、俺は誰かを守れるヒーローごっこの方がましっすよ!』

 

『……誰も守れない力。そんなモノに何の意味がある?』

 

『……お前を信じた私達がいけなかったんだ』

 

「「クッ!」」

 

美鶴と明彦は、洸夜との溝を作った原因である、二年前の出来事を思い出していた。

その二年前の出来事の後、美鶴達は自分達の過ちに気付き、 洸夜に謝罪する為に部屋を訪れたのだが、美鶴達が来た時には既に洸夜の部屋は空き部屋と成っていた。

それに驚愕する順平達と、急いで洸夜に電話する美鶴。

しかし、洸夜が電話に出る事はなかった。

そして、今日の日まで会う事も無かったのだ。

 

「……自業自得だが、あの時の事は思いだしたくないな」

 

「だが、それは私達には許されない事だ。……私達が生きてきたこの二年間は、洸夜にとっては地獄の二年間だったのだろう。料亭での洸夜の怒りに満ちた目が、今も頭に焼き付いている……」

 

「なら……せめて、一言謝罪ぐらいは……」

 

黙って何もしないよりは、何かしら行動をしたかったのだろう。

明彦はグラスから手を離し、美鶴へ視線を向け、今にも洸夜の部屋へ向かうと言わんばかりに椅子から立ち上がった。

だが……。

 

「止めとけ……」

 

美鶴は明彦の行動に対し、首を横へと降って返した。

その行動は間違いだと言うことが分かっているから……。

 

「何故だ……? 確かに、今さらムシがいいと思うが……」

 

「私達は誰一人、今の洸夜を知らない……この二年間、アイツがどれ程の苦しみを味わって来たのか私達には分からない。……それにも関わらず、只二年前の事を謝罪しても洸夜を苦しめるだけだ……」

 

「美鶴……お前……」

 

今にも壊れそうな程に悲しそうな表情をする美鶴を見て、明彦は黙って再び椅子に腰をかけた。

この中で一番洸夜へ対して謝罪したい気持ちが一番強いのは他の誰でも無い、美鶴自身だと言う事を明彦は思い出したのだ。

最初の頃は無理ばかりして、愛想笑いすらしなかった美鶴。

幼い時から彼女が背負っているものからすれば、それは当然の事と言える。

だが、そんな美鶴が良く笑っていたのは決まって洸夜の前だった。

勿論、洸夜が入部仕立ての頃は笑う事等無かった。

それどころか、偶然ペルソナが覚醒したとは言え、関係の無い者に一部秘密にしながら巻き込む事に申し訳無さそうな表情が多かった。

しかし、洸夜自身は元々笑わす気が有ったかどうかは分からないが、元々世話好きな性格の洸夜。

顔色の悪い美鶴や食生活が片寄っていた自分に、真次郎と料理対決と称した夕食を作ってくれたりしていた事を明彦は覚えている。

真次郎とは違い、何処か懐かしい様な家庭の味。

それが洸夜の料理の味だった。

そんな風に温かい食事を作ったりしている内に、美鶴の心も溶かしたのだろう。

巻き込んだに等しく、全てを知らないとは言え、事件の一部を秘密にして教えていない様な自分に温かい食事を作ってくれる、寮に帰ったら"おかえり"と言ってくれる。

両親が共働きの為、面倒見が良い洸夜からすれば当然の事なのだが、美鶴にしてはそれがとても嬉しく、心を温かくしてくれたのだ。

そんな日が続いた時だった。

気付けば、美鶴は洸夜と行動する事が増えていた。

明彦達を含め共に勉強したり、洸夜が話す弟の話だったり色々だ。

また、美鶴を気分転換と称して洸夜がゲームセンターに連れて行った時も有った。

美鶴の人柄を知っている明彦や真次郎なら未だしも、美鶴を只の"桐条グループ"の令嬢としてしか見ていない一部の生徒からは、美鶴を平然と誘う洸夜は怖いもの知らず等と思われていた時も有った。

洸夜と美鶴本人は全く気にしていなかったが、明彦からすれば何も知らない連中に友人を変に言って欲しくないのが心情でもあった。

しかし、明彦は今でも覚えている。

洸夜がゲームセンターに美鶴を連れていき、一度だけ二人で写真を撮った事が有ったのだ。

当初は落ち着いていた美鶴だが、翌々考えて見ると同性の友人と一緒は愚か、ゲームセンターすらまともに行った事無いのにも関わらず、異性である洸夜と二人っきりで写真を撮る。

当時の洸夜からすれば、只友人とゲームセンターに行き写真を撮っただけなのだが、美鶴からすれば色々と余計な事を考え、変に意識してしまい、段々と恥ずかしく成ってしまったのだろう。

その撮った写真を洸夜に渡さず、そのまま自分でしまってしまったのだ。

当時の洸夜は、そんな美鶴の行動に笑っていたが、美鶴は洸夜のそんな態度に更に顔を赤くし、そんな珍しい光景に微笑む明彦と真次郎。

何だかんだ言って、あの時等がそれなりに安定していた時期なのかも知れない。

だが……そんな親友を自分達は裏切った。

自分も勿論、後悔しているのだが、そんな事等が有ったからこそ、美鶴がメンバーの中でも一番後悔の念が強いのだ。

 

昔の想い出を思い出しながら、明彦がそう思っていた時だった。

美鶴は徐に懐から何かが包まれているハンカチを取りだし、テーブルへと置いた。

 

「なんだこれは?」

 

「そのハンカチを開いて見れば分かる……それは、私達が洸夜にしてしまった罪だ」

 

「……」

 

明彦はどういう事か良く分からなかったが、美鶴に言われるがままにハンカチを開いた。

すると、中から数粒の薬錠が入っていた。

その薬を見た瞬間、明彦は思わず目を開かせた。

 

「この独特な白色と模様……まさか……!」

 

この薬の正体が分かった明彦は、美鶴にこれがどういう意味なのか聞く為に彼女の方へ首を向けた。

そして、その明彦の視線を受けた美鶴は頷き、肩を僅かに落としながら口を開いた。

 

「そのまさかだ……ペルソナ能力の抑制剤だ。洸夜が持っていて……そして、使用しようとしていた……」

 

「洸夜が……だが、何故洸夜がこの薬を持っているんだ」

 

「恐れくは真次郎からだろう……洸夜は、よく真次郎と接触していたからな」

 

まるで本人に聞いたかの様に語る美鶴。

だが、明彦の疑問が全部消えた訳では無かった。

 

「だが、何故だ……何故、洸夜がこの薬をッ!」

 

「一つしか無いだろう……洸夜は、ペルソナを制御出来なく成っているんだ……」

 

「!………まさか……。(俺達のせいなのか……? 俺は……また親友を……)」

 

美鶴の言葉を全てを鵜呑みにしたくない。

だが、これ以上にシンプルで……そして、筋が通っている理由は無い。

そして、それと同時に頭に過る、自分が救えなかった友の姿。

明彦は、肩を落とす様に目を閉じて歯を食い縛った。

 

「結局……あの事件が終わったと感じていたのは私達だけ……いや、私達がそうあって欲しかっただけだったんだ……」

 

美鶴はそう言って、コップに入っている残り少ないお酒を飲み干すと、明彦も同様に飲み干した。

そんな時だった……。

 

「おいおい……若えのがなに間違った酒の飲み方してんだ?」

 

「あなたは……」

 

「確か、洸夜の叔父の……」

 

「堂島遼太郎だ……まあ、好きに呼んでくれ。……さて、すまないがビールとつまみを適当に頼む」

 

「かしこまりました」

 

堂島はそう言うと、明彦の隣に腰をかけて酒を注文をする。

そして、暫くするとビールとつまみが置かれ、堂島は静かに口を着けるた。

 

「ぷはー……やっと一息着けたってとこだな」

 

朝早くから家を出て、この場所へと向かい、一息つく暇もないままお見合いへと参加した為に疲れていた堂島は、ビールを飲んでようやく体を休ませる事が出来たのだ。

すると、そんな堂島に美鶴は声を掛ける。

 

「あの……あの女の子と洸夜はどうしましたか?」

 

「ああ、心配を掛けてしまったか……菜々子は泣きつかれて部屋で寝ていて、今は総司が見ていてくれている。……そして、洸夜は先程目を覚ましたらしい」

 

先程とは違い、少しラフな感じに返答する堂島は、内ポケットから煙草を取り出して手に取る。

そして、美鶴達に吸っても構わないかと視線を送り、美鶴と明彦は、どうぞと意味を込めて手を堂島の前に出した。

二人の許可が出た事で堂島は煙草を口に加えて火を着け、一息吸うと風向きに気を着けながら美鶴達に煙が行かない様に吐いた。

また、堂島の言葉を聞き、美鶴は洸夜が目を覚ました事で胸を撫で下ろす。

 

「……そうですか。(良かった……)」

 

「……本当に良かった」

 

そんな感じに安心する美鶴達を見て、今度は堂島が口を開いた。

 

「……すまんが、今度はこちらから話を聞いて良いか?」

 

「?……構いません」

突然の堂島からの問。

それに対して別に断る理由もない為、美鶴は堂島の言葉に頷き、明彦は隣で静かに耳を傾けた。

 

「いや、ただな……洸夜との間に何が有ったのか気に成ってな」

 

「「っ!?」」

 

何気無く聞いて来た堂島の言葉に、美鶴達は思わず目を大きく開いた。

本来ならば、あまり他者が気付かない程にリアクションが小さかったが、刑事である堂島からすれば二人の反応は十分過ぎた様だ。

堂島は、そんな二人のリアクションに思わず笑ってしまう。

 

「はは……そんな驚く事でも無いだろう。一応、俺は刑事だからな、君らと洸夜が会った時の顔を見れば何か有ったのか位は分かる」

 

堂島はそう言ってつまみを口にしながらも、美鶴達に顔を向ける。

そして、別に責める様な目で見ている訳でもない堂島からの質問に、明彦が顔を上げた。

 

「俺達は……本来なら、俺達全員が背をわなければ成らなかった罪を……洸夜一人に押し付けてしまったんです」

 

「おいおい……罪って、犯罪じゃねえだろうな?」

 

「い、いえ……法に触れた様な事はしていませんので、ご安心して下さい」

 

法に触れているかどうかは怪しいのだが、美鶴はしっかりと否定した。

刑事である堂島には余計な心配をかけたくは無かった。

洸夜の事ならば尚更だ。

そして、美鶴の言葉に渋々だが納得したのか、堂島はビールを口にし、何かを思い出した様に話始めた。

 

「その事と関係あるかどうかは分からんが……あいつの母親からある事を言われていた」

 

「ある事……?」

 

「何の話ですか?」

 

基本的に洸夜の家族の話は殆どが、弟である総司の話だった。

それ故に、洸夜の母親の話と言われても今一ピンと来なければ、何故、堂島がそんな話を自分達に聞かせようとするのかが分からなかった。

だがしかし、そんな美鶴達の想いとは裏腹に、意外にも真剣な話なのか、堂島はまだ微妙に長い煙草を灰皿にグリグリと潰しながら話し出した。

 

「いやな……あいつ等の両親は今海外に居てな……。それで今、家であいつ等を預かっているんだが、総司はともかくとして、洸夜を預かる理由が少し特殊だったんだ」

 

「と言うと?」

 

「……話によると約二年前、正確に言えば高校卒業をして帰宅した時、洸夜はまるで脱け殻の様だったらしく、何やら不眠症や精神的な面でも苦労していたらしい」

 

「……」

 

堂島の言葉を聞いた美鶴は言葉が出なかった。

明らかにあの出来事が原因なのは美鶴と明彦には直ぐに分かった。

まさか洸夜が、自分達が想像していたよりも酷い状態で生きていたのを知り、明彦は思わず拳をにぎり締めた。

また、今日のお見合いで洸夜が言っていた事を聞いていた美鶴は、明彦程にはショックを顔に出していなかったが、ある意味でその言葉の裏付けとも取れる話を聞いてしまい、その原因が自分達に有ると自覚しているからか、やはりショックは大きかった。

それに、堂島もその話は洸夜の母親から聞いたと言っていた。

つまり、実際はもっと酷かったのかも知れない。

そう思うと、美鶴達は余計に洸夜に対して申し訳無いと言う気持ちが強く成ると同時に、洸夜に会いづらいと言う気持ちが強まった。

そして、堂島は美鶴達の方を敢えて見ずに話を続ける。

 

「そう言う事も有って、洸夜の母親からは休養も兼ねて洸夜も預けたんだ……だがな」

 

「……何か問題でも有ったんですか?」

 

どこか不思議そうな事を思い出した感じに頭を弄る堂島。

その様子に明彦が堂島に何が有ったのかを聞いた。

 

「いや、実はな……精神的に参っていると聞いていたんだが、あいつが家に来た時は全くそんな様子が無かった……それどころか、まるで何かを覚悟している様な目をしていた。あれは、脱け殻の奴の目じゃない」

 

「覚悟の目……? 失礼ですが、お住まいはどちらでしょうか?」

 

堂島から聞いた言葉で、洸夜から感じた覚悟の目と言うのが気になった美鶴。

お見合いの時に洸夜が口走ったペルソナの弱体化。

この二年間、洸夜が本当にペルソナやシャドウと関わっていないならば、ペルソナの弱体化事態気付く訳がない。

しかし、先程の堂島の言葉から、洸夜が今住んでいる場所に何らかが有ると美鶴は判断した。

 

「今住んでいるは"稲羽市"と言うところだ。ニュースでやっているから直ぐに分かると思うが?」

 

「ニュースでやっている……と言うと、あの稲羽市ですか?"連続殺人"の?」

 

「ああ、その稲羽市だ」

 

「連続殺人? 何の事だ?」

「後で話してやる。(……にしても、洸夜が隠している事。そして現在、稲羽の町で起きている殺人事件……偶然にしては重なり過ぎる)」

 

大学に在学してるにも関わらず、海外を渡り歩いて武者修行をしていた為、日本での事件に疎い明彦には後で説明すると言い。

美鶴は稲羽の町に何か有ると踏んだ。

すると、そうな時堂島が顔を上げた。

 

「……前置きが長く成っちまったが、結局洸夜と何が有ったんだ? さっきの話からじゃあ、只喧嘩をした訳じゃあないんだろう?」

 

話を本題に戻した堂島の言葉に、美鶴と明彦は無意識に顔を下げてしまった。

なんだかんだで心身共に成長した二人だが、洸夜の事と成ると話しは別。

やはり、美鶴達も未だに二年前に縛られているのだ。

そして、美鶴達は堂島の言葉に首を横に振る。

 

「……もう、良いんです。我々が関わると、洸夜が苦しむ事に成ります……今日の様に」

 

「……洸夜に今後一切関わらない事が、俺達が出来る唯一の事なんだろう……」

 

美鶴達にとって今日の出来事がきっかけとなり、自分達が近付くと洸夜が傷付くと思ってしまっている。

すると……。

 

「洸夜がそう望んだのか?」

 

「「っ!?」」

 

堂島の言葉に、先程以上の衝撃を感じたと同時に、その衝撃を隠せない美鶴と明彦。

思わず、持っていたグラスをテーブルに落としてしまった。

そして、思わず二人は堂島の方を向くと、堂島は静かに笑っていた。

 

「……この言葉は、総司と洸夜に教えられたものだ」

 

「洸夜と……あの少年が?」

 

「……一時期、俺はある事を理由に娘から目を背けていた時が有った。言わなくても分かってくれる。そう思っていたが……総司と洸夜にそう言われて気付いちまったんだ……それは只、俺が望んだだけの事だってな」

 

「「……」」

 

「……今思えば、それが正しかったんだ。いつまでも現在から怖がっていたが、アイツ等のお陰で俺は菜々子と向き合えた……だからな、洸夜にも、そして洸夜の友人であるお前等にも、俺と同じ思いをして欲しくねえんだ」

 

まるで、何年も前の事を話す様に語る堂島の話。

その言葉に、美鶴と明彦は正に今の自分達そのものでは無いかと思ってしまった。

 

「……お話は気持ちは分かりました。ですが、私達には……」

 

「流石に直ぐにとは言わんさ。……そうだな、何なら洸夜のガキの頃の話でも聞くか?」

 

「洸夜の子供の頃……?」

 

「そう言えば、そんな話は洸夜から聞かなかったな……アイツ、自分の昔の話はしなかったから」

 

堂島の言葉に美鶴と明彦は頷き合った。

美鶴も明彦も、洸夜の昔の事は知らなかった。

洸夜は何故か、自分の昔の事は話さなかった為、美鶴達にとっては有難いものだった。

 

「お願いしても宜しいですか?」

 

「別に構わんさ、只、俺も長くは語れねえがな…………ええと、確かあれは……洸夜が四、五歳の時だったか……総司がまだ、よちよちと危なっかしかった時だな」

 

そう言って、美鶴達と堂島は暫くの間、会話を楽しんだ。

 

===============

===============

 

現在、ホテル自室

 

「……胃薬欲しいな」

 

嫌がらせに近い程にチーズが入っていたハンバーグを完食した洸夜だったが、やはり寝起きだったからか胃に響いていた。

胃の中が油の海。

一瞬、そんな事を思う自分に思わず苦笑する洸夜。

そんな時だった。

 

ピンポーン……!。

 

部屋についているチャイムが鳴り響き、洸夜はゆっくりと扉に向かった。

 

「食器の回収か?」

 

ホテルの係員が食器でも下げに来たのかと思った洸夜。

 

ピンポーン……!。

 

そんな事を考えている内にもチャイムは鳴らされ続ける。

 

「はいはい……今開けます 」

 

そう言ってとっとと扉を開ける洸夜。

とっとと食器を渡して、さっさと横に成りたい。

今日は色々と有りすぎた。

それ故に、早く心と体を休ませたいのだ。

そんな事を思いながらも、洸夜が扉を開けたそこには。

 

「はいはい、ご苦労様……って、お前は……!」

 

洸夜の予想とは外れ、そこに居たのはホテルの係員ではなく……。

 

「……何か様か、アイギス」

 

扉の前に居たのは、相変わらず機械的な部分が見えない様に全身を隠している、白い服に身を包んだアイギスの姿だった。

そして、アイギスは洸夜の姿を確認すると軽く頭を下げた。

 

「……お久しぶりです洸夜さん。病み上がりで申し訳ないのですが……少しだけ、お話がしたかったので……お時間有りますか?」

 

END



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傷だらけの仮面使い

自分は皆よりも優れている。
そう思う事しか出来ない者は天しか見れない為、地からの恐怖に気付かない。


同日

 

現在、ホテル(廊下)

 

 

「ふぅ……。(予定よりも、飲みすぎてしまったな……)」

 

美鶴は現在、明彦と堂島の話を聞き終わり、軽くほろ酔い状態に成りながらも一足先に自分の部屋へと向かっている。

今は着物では無く、先程よりもラフな格好に成ってはいるが、それでも汗は書く。

それも有って早くお風呂に入って休みたい。

また、堂島の話は自分が思っていたよりも楽しい物で有った。

洸夜の子供の頃の話。

洸夜から聞かされていなかった話でもある為、話がかなり新鮮に捉えられたからだろう。

だが、全てが楽しい話と言う訳では無く、美鶴は堂島の話で気になる部分を思い出した。

 

「……。(……子供らしく無かった……か)」

 

美鶴の気に成ってしまった部分の話。

それは、洸夜と総司の母親が、二人を堂島の家に連れてきた時の話。

洸夜がまだ幼稚園で、総司がまだ目を離すのが怖い位の時期の事。

 

まだまだ若かりし、当時の堂島は、洸夜と総司が赤ん坊の時位にしか有っておらず、柄にも無く当時は楽しみにしていたと言う事だった。

仕事の都合で父親の方は来れ無かったらしいが、堂島は駅へと向かいに行ったとの事。

そして、車を駅前に止めて三人が来るのを待っていた。

久しぶりの姉と甥っ子達との再会。

どんな顔をしたら良いか、当時の堂島は迷いながら待っていたとの事。

そんな感じで待つ事、数分……。

洸夜達を連れた母親が駅から出てきた。

堂島は、出来るだけ怖がらせない様に努力しようと思いながら車から降り、三人を迎えた。

だが……その三人を見た瞬間、堂島は違和感を覚えたと言った。

その理由は……。

 

「親子らしく無いとはな……」

 

誰もいない廊下で、美鶴は自分だけにしか聞こえない位の声で、そう呟いた。

 

日常で幼い子供を連れた大人がいれば、大半の人は親子連れと思うだろう。

恐らく、子供や大人の様子、又は雰囲気等から判断してそう思う事が多いと思われる。

総司を抱き、もう片方の手で洸夜の手を掴む母親。

これだけならば、良い親子。

だが、堂島が感じた違和感。

親子では無く、大人の隣に子供が"只いるだけ"。

そう感じたのだと、堂島は苦笑いしながら感じていたのだと言う。

その話が、美鶴の頭の中で何度もリピートされていた。

 

「……。(堂島さんは自分の気のせいかもと言っていたが……洸夜は、私達といた三年間、一度も両親について話した事が無かった……)」

 

両親がいない明彦や、父親や母親が他界しているゆかりと乾に遠慮したとも思われる。

だが、弟の事は積極的に話すのだが、美鶴は両親の話を洸夜が意図的に話したく無かった様に感じていた。

 

「……ふう。(洸夜は、自分の両親が苦手なのか?)」

 

等と、美鶴が洸夜について考えた時だった。

 

「ん……? (ここは……)」

 

自分の部屋へと向かっていた美鶴。

しかし、気付けばここは洸夜の部屋の前。

どうやら、無意識の内に来てしまった様だ。

 

「……洸夜。(何をしているんだ私は……ここに来た所で、私が洸夜に出来る事は無いと言うのに)」

 

シャドウワーカーを設立する時も色々と大変では有ったが、偶然とは言え、警察の関係者に疑似的な影時間とシャドウを見たからか、自分の思っていたよりは簡単に設立まで運べた。

メンバーも少なく、組織としてもまだまだ完全な活動は出来ていないが、それでも大きな進歩。

一族の罪を背負いながら歩んで来た。

だが、洸夜の前では何処か自分の弱い部分が出てきてしまう。

そんな事を感じながらも、美鶴は扉から移動しようと左を見た。

すると……。

 

「ん……? あれは……。(明彦……?)」

 

廊下の奥で、何かを隠れながら見ている、先程バーで別れた明彦の姿が美鶴の目に入った。

他の人に部屋の前に立っている自分が言うのも何だが、明彦の場合はその存在感が災いしてしまい、余計に怪しさが醸し出されている。

そんな事を思っていた美鶴だが、好奇心というのはだろうか?

ついつい、明彦が何をしているのか気に成ってしまい、明彦に静かに近付いた。

だが……。

 

「っ!?」

 

「!」

 

美鶴が明彦の後方に、あと少しでたどり着くと言った瞬間。

突如、明彦が驚異的なスピードでその場で体を回し、足を上手く使って美鶴から間合いを取ったのだ。

色々と残念なところが有るとは言え、学生時代はボクシングを学び、二年前の戦いを生き抜いただけはあり、明彦の身体能力はそこらの常人よりも研ぎ澄まされたものだった。

そして、自分の背後に近付いていたのが美鶴だと分かると、明彦は静かに肩を落とした。

 

「なんだ、美鶴か……驚かせるな……」

 

「私はお前の反応に驚いた……。何故、私が近付いたのが分かった?」

 

「別にお前だとは分かってはいなかった。ただ、何者かの気配が感じたから振り向いた。それだけの事だ」

 

当然の事だと言わんばかりの口調で話す明彦に、美鶴は思わず溜め息を吐いてしまう。

明彦が武者修行をしている事は知っている。

だがしかし、明彦の反応、服装等があまりにも過剰すぎる。

さっきの反応といい、スーツを脱いだ現在の服装である、獣の爪で引き裂かれた様な穴の空いたTシャツと言った過剰的な服装。

ここに来るまでの時もそうだった。

空港近くで明彦と合流する予定だった美鶴はアイギスと共に車で待っていた。

だが、予定時刻が過ぎても明彦は来ず、美鶴とアイギスは嫌な予感を感じて運転手に空港まで走らせた。

そして、空港途中で警察から職務質問を受けていた、上半身をボロボロのマントだけで隠した明彦の姿を目の当たりにしてしまったのだ。

自分達が来なければ本当に危なかった。

武者修行も良いが、出来れば最低でも常人が理解できる服装をしてほしいと思う美鶴であった。

 

……余談であるが、アイギスを含め、美鶴の周りの人が彼女に対してもそう思っているのを美鶴は知らない。

 

「明彦……もう少し、その服装と過剰な反応をどうにか出来ないのか?」

 

溜め息混じりで喋る美鶴だが、明彦は何を言っているんだお前は? と言った感じの表情をすると、美鶴に反論する。

 

「美鶴……お前は野生の力を甘く見ている。奴らに背中を見せると言う事がどういう事か、お前は分かっているのか! 奴らに背中を見せる事、それ即ち……死を意味するぞっ!? 例え、逃げるとしても、奴らを刺激しない様に目線を合わせてゆっくりと……」

 

「……。(……一体、何の話だ?)」

 

一体、明彦がどんな武者修行をしてきたのか疑問が尽きないが、美鶴は話の内容による頭痛に溜め息を吐きながらも本題に入る事にした。

 

「所で明彦、お前はこんな所で何をしている?」

 

「ああ、実は……酔いつぶれた堂島さんを部屋に送って来た所なんだが……」

 

「?……どうした?」

 

何処か気まずそうに顔を背ける明彦。

その表情から、何かが有ったのは明白。

美鶴は明彦に問い掛けると、明彦は軽く息を吐いて口を開いた

 

「実は……さっき、アイギスが洸夜と階段の方へ行くのを見たんだ……」

 

「!……なに……?」

 

===============

 

その頃、洸夜とアイギス。

===============

 

現在、ホテル(屋上)

 

 

洸夜とアイギスはあの後、何も語らずにただ静かにホテルの屋上へと来ていた。

特にこれと言った物は無い、只の屋上。

屋上に何か特別な物を求めても仕方ないのだが……。

強いて挙げるならば、今日は皮肉にも満月。

学園都市での戦いに参加していた者ならば分かる筈である特別な月。

美鶴達との再会。

そして、今日は満月と言う偶然。

この続けざまに体験する偶然に、洸夜はこれは定めれらた運命では無いかと錯覚しそうに成りかけた。

しかし、ただ気持ち良く吹く夜風が洸夜の頭を冷して冷静にしてくれた。

だが、いつまでも夜風を楽しんでいる場合では無い。

洸夜は、隣で瞬き一つしないで夜景を見ているアイギスに視線を向け、此処に来るまでに入ってしまった肩の力を抜くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……今更だが、元気そうだなアイギス」

 

「はい……色々と忙しいですが、それなりに楽しい毎日を過ごさせて頂いています」

 

「楽しい毎日を……か」

 

自分の隣に立ち、一緒に夜景を眺めながら話すアイギスを見て、洸夜は本当にアイギスが今の生活が楽しいのだと分かった。

最初に出会った時のアイギスは、はっきり言って普通の機械と変わらない……と言うよりも今一感情が出せていなかった。

これと言った必要最低限だけの感情。

他者とコミュニケーションを取りもしなければ、笑いもしない、只彼女の存在理由でもあるシャドウ殲滅の為だけの機械人形だった。

しかし、自分達と生活している内にアイギスは感情豊かに成って行き、学校にも通い『彼』を初めとした色んな人から色々な事を学んだのだ。

そして、今隣にいる彼女はごく自然に自分の意思で笑う事が出来ている。

その事が、とても嬉しかった洸夜は、アイギスからの言葉を呟き、小さく微笑みながら口を開いた。

 

「お前が笑顔で生きているならそれで良い……ところで、俺に話ってのは?」

 

「その事なんですが……」

 

洸夜の言葉にアイギスは、少し言いにくそうに顔をさげるが、意を決した様な表情で洸夜を見た。

 

「……洸夜さんにお願いがあります」

 

「?……なんだ?」

アイギスからのお願い事態が珍しいのだが、次にアイギスが言った言葉で洸夜は表情を固くする事に成る。

 

「実は……洸夜さんに戻って来て貰いたいのです」

 

「なに……?」

 

「そして……美鶴さんを支えて頂きたいのです」

 

「!」

 

アイギスの言葉に、洸夜は一瞬言葉が出なかった。

恐らく、アイギスは自分が寮から姿を消した本当の理由を知らないのだろう。

その事を伝えれば、アイギスもこんな事は言わない。

そう思った洸夜は、これであの日の事を思い出すのは何度目かと想いながらも、アイギスに事情を説明しようとする。

 

「アイギス……本当の事を言うが、俺が皆の前から消えたのは……」

 

少し抵抗が有ったが、洸夜がアイギスに二年前の事を伝え様とした時。

 

「存じております、美鶴さん達との事を……」

 

「っ!? お前、何でそれを……!」

 

美鶴達の反応から察するに、あの場に居なかったアイギスを含んだ風花達には本当の事を伝えてはいない筈。

それなのに、何故アイギスがその事を知っているのか洸夜は不思議で成らなかった。

 

「不思議……ですよね? 私が洸夜さんと皆さんとの間の事を知っているのが 」

 

「……ああ、少なくともアイツ等が自分から言う訳がない……何処で知った?」

 

「……"コロマル"さんからです」

 

「コロマル!? (そうか……アイギスはコロマルと話せる。それに、よく一階で遊んでいたコロマルなら、あの時の俺達の会話を聞いていても可笑しくはない……)」

 

S.E.E.Sメンバーの中で唯一の動物にしてペルソナ使い犬であるコロマル。

よく一階のリビング周辺でリラックスしていたコロマルならば、あの時の自分と美鶴達との揉め事を見ていても可笑しくはない。

意外な目撃者の登場に、洸夜は一瞬思考が止まりかけるが、直ぐに冷静になりアイギスの言葉に耳を傾ける。

 

「……私も最初は疑問に感じていました。確かに洸夜さんならば、二年前の戦いと『あの人』の事を自分一人の責任にしてしまう可能性は確かにあります。ですが……洸夜さんの事を説明した時の美鶴さん達の様子が少し、おかしかったので……」

 

簡単に言うアイギスだが、『彼』がああ成った状況下でそこまで冷静に物事を見極められたのはアイギスだからこそ出来る事だ。

本来ならば、一番心が傷付いているのは彼女自身の筈なのに。

 

「それで、疑問に感じていたお前の下に来たのがコロマルか」

 

「はい……」

 

そう言って小さく頷くアイギス。

そして、洸夜はアイギスの言葉で複雑な心境だった。

元々、洸夜と揉めたのは美鶴達の四人だが、力が有ったのにも関わらず誰も守れなかったのは洸夜も認める事実。

関係のないアイギス達の事にも、洸夜は後ろめたさを感じてしまっているのだ。

 

「ちなみに、この事を知っているのは私とコロマルさんだけですから安心して下さい」

 

洸夜の心境を察してくれたのか、アイギスはこの事を誰にも告げていない事を伝える。

しかし、洸夜にとってそれはもうどうでも良かった。

いっそのこと、残りのメンバーからも罵倒された方がいっそのこと楽だった。

 

「……お前は何とも思わないのか」

 

「?……何をですか?」

 

洸夜の言いたい事が分からないと言った感じのアイギス。

しかし、その反応が逆に洸夜を不快にさせた。

 

「何がじゃないだろ……! 俺が美鶴達に八つ当たりされたのは事実……だが、誰も守れなかったのも事実! 本当なら、お前も俺が憎い筈だ! 俺は、お前の大切な人を守ってやれなかったんぞ……」

 

「……」

 

日頃は冷静な洸夜だが、やはりS.E.E.Sメンバーと関わると無意識に感情的に成ってしまう。

自分でも情けない。

これでは、自分がしているのはアイギスに対して八つ当たりしている様な物。

洸夜は、過去の事だけでは無く自分に対する不快感でも、胸が重苦しく成ってしまった。

そんな洸夜を、アイギスは只々静かに見詰めていた。

 

「……もう、俺自身でも分からねえんだよ。アイツ等を憎む気持ちが有れば、自分の無力を憎む気持ちもある……もう、訳が分からなくて疲れた……クソ……何で俺にワイルドの力があるんだ……俺に何をさせたかったんだ……! (何で俺は、こんなにも罪を背をわなければ成らないんだ……)」

 

どんなに強い力を持っている者でも、心の傷はそんなものを目でもないと言わんはがりにその人物を追い詰める。

そして、疲れもってか洸、夜はそのまま膝をついてしまった。

 

「結局、俺の力はシャドウを殺すだけのもの……誰かを傷付ける事しか出来ない力だ……! ましてや……誰かを救う力でも無い……ただの暴力でしかないんだ……俺の力は……!」

 

そう言って洸夜は拳を握り締め、力任せに拳を地面に叩き付けた。

……この二年、洸夜はどうしようもないこの思いを、只ひたすらに一人で耐えてきた。

周りに誰か話せる人がいれば、まだこれ程苦しむ事は無かった筈。

しかし、ペルソナ、シャドウ、影時間等言った非現実的なモノを言う事が出来なかった。

何よりも、家族に自分の罪に巻き込みたく無かったのが理由でもある。

そんな事が有り、心が傷だらけの洸夜。

誰もなぐさめてはくれない……しかし、今回は違った。

 

「!」

 

突如、頭の上に何かを置かれた様な感覚がした洸夜は、ふと上を向くと。

 

「アイギス……?」

 

洸夜が上を向くと、アイギスが洸夜の隣に腰を下ろして自分の頭を撫でてくれていた。

 

「洸夜さんの力は暴力では有りません……。貴方がいつも必死に戦ってくれていたのを私は知っています……勿論、美鶴さん達も本当は分かっている筈なんです」

 

「だが……ここぞと言う時は俺は無力だった。……なにより、同じ力を持っていたのにも関わらず、全てを『アイツ』だけに押し付けてしまった……手助けしてやる事も出来ず、俺は『アイツ』を見殺しにしたんだぞ……だから『アイツ』は俺を恨んでいる筈だ』

「……」

 

自分の無力を呪い、洸夜は再び拳を握り締める。

アイギスは知っている、瀬多洸夜と言う一人の仲間の力を……。

洸夜が見殺しならば、自分達はなんなのか?

その事を考え続けていたアイギスは、空いている方の手を洸夜の手の上に被せる様に触れると静かに首を横に振った。

 

「それは違います……『あの人』は誰も恨んで無ければ、何の後悔も無く自分自身の意思でニュクスを封印したんです……」

 

「……そんな事が何故分かる?」

 

「……あの後に、色々と合ったとでも言いましょうか……」

 

そう言うアイギスの表情は、少し曇っていた。

自分の妹だと名乗る"メティス"が現れて始まったあの事件。

『彼』の事を巡って各々の目的の為に、S.E.E.Sメンバー同士で戦い合った。

それから、"エレボス"と言う異質なモノとの戦い。

……何よりも、『彼』の想い。

それが自分達は知る事が出来たが……洸夜は知らない。

アイギスは、本当ならば直ぐにでも伝えたかった。

しかし、美鶴達との一件を知っている為、アイギスは躊躇した。

もしかしたら、自分の話を聞いて変に後悔させてしまうのでは無いか?

自分は『彼』を救えたかも知れなかったチャンスを逃した?

自分はいなくなっていたが、美鶴達はあの後も戦っていた?

今自分の目の前で弱々しく成っている洸夜を、これ以上傷付けては成らない。

アイギスは基本的に弱音を吐いた洸夜の姿を見た事も無ければ、創造も出来なかった。

その為、これ以上洸夜を傷付けるとどうなるか分からない。

強き姿しか見たこと無かった仲間のここまで弱々しい姿を見る。

そんな経験を初めて体験し、ある意味で人生経験が少ないアイギス、そう思ってしまいあの時の事はもう少し話すタイミングを探す事にしてしまった。

また、少しはぐらかす様な喋り方をするアイギスに洸夜は疑問に感じたが、アイギスがそんな事を考えているとは分からず、今はそれほど気にはしなかった。

そして、アイギスは洸夜の顔に見合わせる。

 

「……『あの人』が今の洸夜さんを見たらきっと悲しむとおもいます。……なにより、洸夜さんは卒業式の時……わざわざ卒業式を途中で抜け出して来てくれたじゃないですか……! そんな貴方を『あの人』は恨んでない! それどころか、洸夜さんのお陰で私も『あの人』も変われたんです……だから、もう"自分を許して上げて下さい"……」

 

「……アイギス」

 

彼女成りの全力での言葉だったのだろう。

アイギスは、どう言えば一番良いかは分からないが、洸夜はアイギスから確かに自分を助けたいと言う気持ちだけは伝わった。

そして、洸夜はアイギスの言葉に顔を下に向けた。

 

「だが……百歩譲って俺が『あいつ』を助けたとしても結果は……それに、戻って来てくれって……一体、何にだ? S.E.E.Sはもう無いだろう……」

 

あくまでS.E.E.Sはシャドウ討伐とタルタロスの謎解きが主な存在理由。

タルタロスとシャドウが消滅した現在では必要性は無い為、既に無いものだと洸夜は認識していた。

そんな洸夜の言葉に、アイギスは静かに立ち上がった。

 

「戻って来てほしい……と言うのは間違いですね。正確に言うならば……"参加"して欲しいが正しい言葉です」

 

「参加……? 何に……?」

 

何の事か分からない洸夜。

アイギスは何を言っているのだろう?

また新たな組織でも出来たのか。

そう考えるのが困惑する洸夜の頭では限界だった。

そして、洸夜の言葉にアイギスは真剣な表情で洸夜を見て静かに口を開いた。

 

「今、私や美鶴さん達が参加している部隊『シャドウ事案特別制圧部隊』……通称"シャドウワーカー"……」

 

End

 



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弱者

PS3よりも、PS2の方が面白いゲームが多い気がする。


ペルソナ3・4
キングダムハーツⅠ・Ⅱ
ドラクエⅧ
FFⅩ
鋼の錬金術師 飛べない天使 赤きエリクシルの悪魔 神を継ぐ少女
テイルズシリーズ
アナザーセンチュリーズエピソード
スパロボ
グラモンバトル
夢双シリーズ
ぼくの夏休み
ぼくは小さい
等々


同日

 

現在、ホテル(屋上)

 

「シャドウワーカー……?」

 

アイギスから放たれた聞きなれない単語。

名前からして、シャドウ対策の部隊なのは間違い無いだろう。

しかし、アイギスは自分達が参加していると言った。

つまり、美鶴達もこの部隊に参加していると言う事は、少なからず桐条が関係している可能性が高い。

洸夜は色々考えながらも、顔を上げた。

 

「何なんだそれは……桐条グループが組織した対シャドウの私設部隊か?」

 

嘗て、桐条が招いた惨劇。

もう二度とあんな事が無いように、何か起こっても直ぐに対応出来る様に桐条が独自で組織した部隊。

少なくとも、名前だけ聞いた洸夜はそうイメージしてしまう。

しかし、洸夜のそんな考えとは裏腹にアイギスは否定する意味を込めて首を横に振る。

 

「いえ、この部隊に桐条グループ……美鶴さん達が関わってはいますが、実際にはシャドウによる被害を阻止すべく戦い、そして 警察組織と合同で設立した物……非公式ですが、政府公認の部隊です」

 

「っ!? 政府……公認……?」

 

自分は童話か何かでも聞いているのだろうか?

アイギスは今なんと言った? 政府公認?

洸夜はアイギスの言葉を直ぐには受け止められ無かった。

ましてや、鵜呑みには出来ない。

例え、アイギスの言葉を信じるとしても、それは政府・警察組織が全員かどうかは分からないが認めたと言う事になる。

この非現実的事を……。

 

「……認めたのか、警察が……政府が……この非現実側の世界を……! と言うよりも、教えたのか? 桐条の闇を……?」

 

「……それが美鶴さんの覚悟です。それと、皆が全て信じている訳では有りませんが……少なくとも、シャドウワーカーに所属している方々はシャドウや影時間を理解してくれています」

 

「……」

 

言葉が出なかった。

あの事件に関わった中で、自分だけが取り残されている。

美鶴達処か、警察等もシャドウの存在・危険性を理解し始めている。

進んでいるのだ。

周りの者達は確実に前へと……。

それに引き換え自分は、前に進む処かその場で立ち止まっている。

最悪、後ろに逃げているかも知れない。

アイギスとの短い会話。

それだけでも、洸夜にとってはかなりの衝撃を与える物と成っていた。

 

「アイギス……S.E.E.Sメンバーで参加しているのは、お前達以外には誰々なんだ……」

 

まるで何かに怯える子供。

それ程までに怯えた様な表情で、恐る恐ると言った様な感じでアイギスに問い掛ける。

そんな洸夜に対し、アイギスも察してくれているのか、何処か寂しそうな表情で洸夜を見たが直ぐには表情を戻し、洸夜の問いに答え様とする。

他者に対し、どんな事が有ろうと見下す事になる為、可哀想とは思わない。

そう言う考えを洸夜が持っている事を知っているアイギス成りの優しさで合った。

 

「……私達以外は正式に所属はしておりません。ですが、皆さん……美鶴さんが協力要請してくれれば積極的に協力してくれています」

 

「……そうか。(つまり、事実上……あのメンバーの中で参加していないのは俺だけか)」

 

決定的だった。

他のメンバーはペルソナで誰かを助けている。

それに引き換え、自分は何をしている?

過去に囚われて迷ってばかり……。

休養の目的で向かった稲羽の町でも、事件解決と弟である総司を助ける事に目的を変更したにも関わらず、結果は二人も犠牲者を出し、犯人についての手掛かりを掴む処か総司達の成長の為とは言え、天城雪子を見捨てる様な形をとってしまった。

総司達が間に合わなければ自分が救出していた……今に成っては言い訳でしかないが。

仕方ない……そんな言葉で片付けては成らない。

だが、そのかいあって総司達が成長したのも事実。

間違っても無ければ正しくも無い。

まるで、光等と言った道標も無い迷いの中をさ迷っている様だ。

 

「俺は……。(俺は……一体、どうすれば……いや、何を迷っている。俺は既に覚悟を決めた筈だろ……例え間違っていたとしても、その事から目を背けない……責任は背負う……そう決めた筈だ……)」

 

自分の行動や力。

一つ疑問に思えば段々とその疑問が強大に成り、最終的には自分の全てが信じられなくなる。

自分は本当に総司達を守れるのか?

洸夜は段々と膨れ上がる不安に脳内が軽くパニックに成りかけた時だった。

 

"……"弱さ"から目を反らすな"

 

「っ!? (今の声は……夢の……!)」

 

突如、洸夜の頭に響く謎の声。

それは、先程洸夜が見た悪夢に出てきた洸夜?の声そのものだった。

まるで脳に直接言葉を送られている様に、言葉が発せられると頭痛がしてしまう。

洸夜はまとわり付く様な声を払う様に顔を左右へと振るが、声は消えなかった。

 

"……色を棄てるな。逃げるな……弱さは消えない"

 

一々勘に触れる言葉。

一体、自分に何を伝えたいのか?

お前は一体何者なのか?

洸夜は心の中でそう呟くが、その言葉を無視でもしたかの様に言葉は更に頭に響いてくる。

五月蝿い。

聞きたくは無い。

 

「 くっ……! うるせぇッ! もう黙りやがれッ!!」

 

脳内に響く一方的な言葉に洸夜は、とうとう限界に達し思わずそう叫んでしまった。

そして、そんな洸夜の行動に驚くのはその隣で話していたアイギスだ。

 

「っ!? どうかしたんですか?」

 

驚いた表情をしながら洸夜を見るアイギス。

自分が何か気にさわる事でも言ったのかと言った表情だ。

また、その様子を見る限り先程の声は当然の如く自分にしか聞こえていなかった事を意味した。

 

「…….。(アイギスには聞こえて無いのか。……落ち着け、今は昔のメンバーの話をしたからだ。只、精神的に参っている……今日は色々あったからな……)」

 

アイギスの冷静な様子によって段々と冷静さを取り戻す洸夜は、自分にそう言い聞かせながら額の

汗を拭った。

汗を拭った手を見れば、手の甲に先程の汗が大きな水滴の様に成っていた事に洸夜は驚く。

自分は何をこんなに冷や汗をかく程に不安に成っているのか。

今日は色々とトラウマに近い感情を唐突に刺激されただけ。

こんな事では稲羽の事件を解決するなど無理な事だ。

洸夜はそう心の中で呟きながら精神を安定させた。

そして、今の空気を変える為に洸夜はポカンとしながらも、現状を見守っているアイギスに話し掛ける。

 

「すまん、何でもない……ところで、さっきの話だが……どういう意図だ? 俺に、そのシャドウワーカーに参加して……美鶴の奴を……ふう、支えて欲しいって言うのは……」

 

自分で言うには今一抵抗のある言葉に、溜め息混じりで話す洸夜。

そして、洸夜の言葉にアイギスは少し困惑してしまうが、こちらの話も重要である為、何かを考える様な感じで屋上からの夜景に目を向ける。

 

「……洸夜さん。美鶴さんが桐条の当主で、グループをトップなのはご存知ですよね」

 

「ああ、前にニュースでやってたからな……"若すぎる"トップとか言われて代々的にな……それで、其と俺が何の関係がある?」

 

「……そこまでニュースで知っているなら分かっている筈です。そのあとに桐条が荒れた事を……」

 

「……」

 

アイギスが言っている桐条が荒れたと言う言葉。

それは、美鶴が桐条グループのトップに就任してから間もなく起こった数人の幹部による汚職騒ぎの事を意味する。

当時、桐条の話題と言う事も有り、メディアが異常に騒いでいた事が印象に残っている。

洸夜もニュースで軽く見た程度なので其ほど詳しくは無いが、色々な分野で世界進出までしている桐条グループ。

当時のニュースの大半がその話題だった事も有り、その時の美鶴の苦悩や辛さは計り知れない。

しかし、いつの間にかその話題は消えており、今では殆ど聞く話題では無い。

そして、その桐条の問題と自分への今回の話が一体何の関係が有るのかを知る為、洸夜はアイギスの言葉に少し間を空けた後に言葉を発した。

 

「アイギス……話を誤魔化すな。俺は今回の話に対して、俺に何の関係が有るかを聞いたんだ……桐条の問題は俺の知る事じゃない」

 

桐条の問題に関しては我関せず……と言うよりも自分には全く関係ない。

そんな感情が口調から伝わる洸夜の言葉。

確かに、二年前の戦いに関する事なら洸夜にも関係する事だろう。

だが、その戦いが終わった後に起こった桐条のゴタゴタに洸夜が関係していないの事実。

その事を知っているからこそ、アイギスは洸夜の言葉に返事が直ぐに出来なかった。

そして、それと同時に信じられ無いと言った驚きの表情もしていた。

例え自分に関係なくとも、その人が助けを求めれば笑顔で手を差しのべる。

其がアイギスの知る瀬多洸夜と言う人間だった。

其なのに、今自分の目の前にいる洸夜はそんな他人事に構う気はない。

関係無い者は助ける気は無い。

そんな風に見えて成らなかった。

アイギスは見てきた。

二年前の事件に挑み、他者との絆を気付き上げて自分を含み、周りの者に色々な影響を与えて、その絆を力にした二人のペルソナ使いの背中を……。

そして、知った。

二人が築いた絆と言う力の大きさを……。

なのに……その絆と言う繋がりが今は消え去りそうに成っている。

アイギスは、そんな洸夜の絆を消したく無いと思い、自分の目を強くしっかりとして洸夜へと向けた。

 

「桐条グループのトップは美鶴さんです……。そして、シャドウワーカーの責任者も美鶴さんなんです……」

 

「…………だから、なんなんだ」

 

「……美鶴さんは例え辛くても辛いとは言いません。美鶴さんは桐条の罪を一人で背負おうとしているんです! 桐条グループ……シャドウワーカー……美鶴さんを誰かが支えなくては駄目なんです!」

 

「だから和解して俺に美鶴を支えてくれってか!? ふざけるなッ! アイギス! コロマルから話を聞いたなら分かる筈だろ……俺はあいつを支える気も無ければ、もう桐条に関する事に関わる気は無い……!」

 

「ですが……!」

 

「くどい! 誰かが支えなければ成らないならお前達で勝手に支えろ! それに、組織である以上はその組織を支えているのは美鶴だけでは無い筈だろ!」

 

洸夜の言葉にアイギスは思わず怯む様に口を閉じてしまう。

洸夜も自身も、本来ならばこんな事を二年前のゴタゴタに関係ないアイギスに言いたくは無かった。

しかし、もうこれ以上自分のいない所で勝手に題材にされ、話が進むのは我慢成らなかった。

次は何を背負わされる?

次は何を押し付けられる?

不安に不安が重なり、洸夜は美鶴が信じられなく成っていたのだ。

また、その影響は他のメンバーへ対しても多少の影響を及ぼしていた。

美鶴達を程では無いが、他のメンバーに対しても信じられなく成っている。

 

「でも、このままでは美鶴さんは……」

 

「美鶴が自分の口からそう望んだのか?」

 

「! ……いえ、それは……」

アイギスは洸夜の言葉に再び怯んでしまう。

確かに、現在の状況で洸夜が美鶴をペルソナ能力を含めた点で支えれば、彼女からしても大きなプラスになるだろう。

しかし、だからと言ってその事を美鶴自身が自分の口からそう望んだのかと言えば答えは否。

元々今回のお見合いに関しても、前に美鶴の父である先代の当主が決めた事を今に成り、美鶴の現在の様子を見た部下達が勝手に準備したもの。

ましてや、相手が洸夜と知ったのが今日の美鶴がそんな事を言える訳が無い。

 

「もう、分かったろ……他人がどれだけその人物の事を思おうが、その人物の気持ち等が全て分かる訳が無い……! (俺がどんな思いでこの二年間を生きたか……アイギスを含めて誰にも分かる訳が無い……) 話がこれで終わりなら俺はもう行くぞ……」

 

洸夜は自分が過ごした精神的な面での地獄の二年間が脳内に浮かびながらも、それだけ言うとアイギスに背を向けて入り口へと歩き出した。

 

「洸夜さん……!」

 

自分の背中から聞こえるアイギスの呼び止める声。

洸夜はアイギスの声に振り向かず、そのままの状態で口を開く。

 

「……アイギス。もう、良いだろう……これは俺と美鶴達との問題だ。お前が無理をする必要はない。もう、下手に俺に拘るな……」

 

「それで済めば簡単です! ですが、美鶴さん達は後悔しています! この二年間ずっと……! 自業自得……と言えばそうなりますが……洸夜さんも本当は何かを後悔しているんじゃ無いんですか? あの戦いでの何かを……だから美鶴さん達の言葉を深く受け止めーーー」

 

「アイギスッ!」

 

「!」

 

洸夜の強い口調に己の言葉を遮られるたアイギス。

いつの間にかに洸夜も、アイギスの方を振り向いていた。

しかし、その表情は口調とは裏腹に怒り等の色は全く無かった。

 

「そろそろ学べ……。生きてる中で出会いがあれば、それと同じ数だけの別れが有ると言う事が……今がその時だ。人はいつまでも一緒にいられない……『あいつ』と一緒にいたお前なら分かるだろ」

 

「……洸夜さんはそれで良いんですか?」

 

アイギスの鋭い視線が洸夜を捉える。

そして、アイギスからの視線に洸夜は思わず何かを言ってしまいそうになり、直ぐに背を向けた。

この二年でアイギスは更に人らしく成った様に見える。

何より、アイギスの目を見ると不思議と自分の胸の内を教えてしまいそうに成ってしまう。

アイギスの持つ優しさがそうさせてしまうのだろうが、洸夜にとっては今はその優しさが恐ろしく感じてしまう。

 

「……こうなる事は二年前のあの時から決まってたんだ。じゃあな、アイギス……何だかんだ言って、お前と話せて良かった」

 

そう言ってアイギスに背を向けたまま今度こそ入り口へ向かい、屋上を後にしようとする洸夜。

だが……。

 

「逃げないで下さいッ!」

 

「!」

 

アイギスの言葉に足を止める洸夜。

その言葉が的確に洸夜の心に突き刺さったのだ。

ダーツの矢が綺麗に真ん中の的に当たった様な感じな程に的確に……。

しかし、だからと言ってそれが気持ち良いものとは言い切れない。

現に、先程のアイギスの言葉に洸夜は思考が止まってしまった。

 

「……逃げる? (逃げる? 俺が? 一体何から……?)」

 

自分に問い掛ける洸夜。

しかし、答えも無ければ返事も無い。

代わりに声を発したのはアイギスだった。

 

「洸夜さん……洸夜さんは心の何処かで、美鶴さん達との事を理由にして二年前の戦いで生まれた後悔か何かから逃げているんじゃ無いんですか?」

 

「何……?」

 

アイギスの言葉を理解出来ない洸夜。

しかし、聞けば聞く程に洸夜は胸にもやが出来ているかの様にざわざわとしていた。

 

「美鶴さんのお父様、荒垣さん、そして『あの人』の事……二年前に起きた事に洸夜さんは後悔や責任を感じているんじゃ無いんですか? でも、自分でそう思う反面、それを受け止めきれない、背負いきれない……だから、美鶴さん達との事を理由に二年前の事件に関わる事から目を背けようとしているんでは無いんですか!」

 

「俺は……」

 

「美鶴さん達との事が引き金に成ったのは事実だと思います。なにより、二年前の戦いに責任が有るのだとしたら、それは私達全員が背負わなければ成らない事……洸夜さんが一人で背負う必要は有りません……ですが、現実からは目を背けないで下さい。あの戦いは終わりました……『あの人』が終わらせた……その事が、あの戦いを生きた私達の現実です」

 

「……。(終わった? 全て終わった……? いや、それは俺達がそうであって欲しいと思っているだけなんじゃ…… )」

 

アイギスの言葉が洸夜の心に響く。

しかし、その全てが届いた訳では無い。

あの戦いが終わった。

『彼』が終わらせた。

その言葉が何度も洸夜の中でリピートされる。

自分達で自己完結しているだけなのでは?

そう思って成らない。

あの事件は其ほどまでに洸夜の心に傷跡を残していた。

その為、そう簡単にその心の傷跡が消える筈も無く、何を言われ様と今一納得出来ないのだ。

 

洸夜が内心で深く悩んでいたその時……。

 

"……ソムけるナ"

 

「ぐあぁぁッ……!! ぁぁ……! (また……あいつの声……か……!? だが、なんだ……この感じは……今日一番……力が……!)」

 

洸夜の頭に響くのは洸夜?の声。

しかし、洸夜に与える影響は今日起きた中で断トツに強い物だった。

洸夜?の声が発せられると、まるで脳にボリュームをMAXにしたメガホンか何かで直接聞かせれているかの様に声が酷く響き、そして反響をしているかの様に脳内を揺らす。

 

「ぐッ……! (脳が……目の奥が……痛え……! 世界が揺れる……!?)」

 

揺れる世界。

そして、思わず膝をついてしまう洸夜。

余りの体調に立つ事が困難と、そう言わざる得なかった。

 

「洸夜さん!? どうかしたんですか? 本当はまだ体調が……!」

 

「ハア……ハア……! (なんだ? アイギスは……なんて言っているんだ……!)」

 

余りの事にアイギスの言っている事すら上手く聞こえない洸夜。

空気が通っているかの様な音がずっと聞こえ、アイギスの言葉を遮断しているのだ。

また、その額からは異常に汗が出ており、その辛さから目も片目をうっすらと開けている。

 

"……認メロ。拒むな……オレハお前ダ……!"

 

「! (や、やめろ……! もう、喋るな……!)」

 

洸夜?の言葉の影響に耐えきれず、洸夜は頭を両手で抑えながら踞る。

その様子に危険を感じたアイギスは直ぐに洸夜へと駆け寄る。

 

「洸夜さん!? 直ぐに部屋に運びます……! そして、直ぐにお医者様に……ッ!? (この反応は……!) 」

 

洸夜に肩を貸し、部屋へと運ぼうとするアイギス。

だがしかし、運ぼうとするアイギスの中のシステムがアイギスに危険を知らせる。

自分が倒すべき相手の事を知らせるもの。

そして、それと同時に両手で頭を抑え、アイギスから離れる洸夜。

 

「ぁぁ……! (い、意識が遠のく……! まずい……!) ぐッ……! 『■■■■■■■■■■■ッ!!?』」

 

「! (シャドウ反応!?)」

 

人とは思えない咆哮を上げる洸夜。

アイギスがそう認識したと同時に彼女に降り下ろされる黒い何か。

だが、アイギスは咄嗟にそれをバックステップで交わして後ろへと移動して難を逃れた。

降り下ろされた所を見ると、地面が割れていた。

当たってれば、流石のアイギスと言えど只ではすまなかったであろう。

そして、自分を攻撃したモノを見る為に相手を見上げるアイギス。

 

「! まさか……オシリス……!?」

 

『……』

 

アイギスを襲ったのは洸夜のペルソナであるオシリスであった。

しかし、本来の色である朱色は一切無く、殆どが黒で染め上げられた姿であった。

オシリスは、地面に埋もれた己の大剣を引き抜くと、そのまま肩で担ぎながらアイギスを見下ろす。

そんな中、ゆっくりと立ち上がってアイギスの方を振り向く洸夜。

 

「ッ!? 洸夜……さん?」

 

『……』

 

アイギスは思わず絶句した。

振り向いた洸夜の姿……それは、目がシャドウ独特のまがまがしい金色の瞳に、身体から溢れる闇。

アイギスに組込めれているセンサーやシステムが彼女に教える。

今、目の前にいる洸夜からシャドウ反応がある事を……。

そして、目の前のシャドウを倒さなければ成らないと。

だが、アイギスは首を横に振って己を冷静にする。

目の前にいるのは洸夜だ。

ずっと『彼』と共に自分に色々と教えてくれた大切な仲間であり親友でもあり……自分の事を家族と言ってくれたあの洸夜だ。

 

「洸夜さん!」

 

銃口を向ける前に言葉を放つアイギス。

だが……。

 

『……裏切り』

 

「え……?」

 

アイギスの言葉に対し、洸夜?が小さく発したのはアイギスに何の事を言っているのか分からない物だった。

 

『……裏切り……弱者……無念……無力……』

 

「これは一体……」

 

一体、洸夜の身に何が起こったのか分からないアイギス。

しかし、洸夜?から放たれているのは敵意であり、絶対的の殺意が感じられる事だけは確か。

一触即発の雰囲気の中で、アイギスは静かに身体に内蔵してある武装の安全装置を解除する。

洸夜の身に何が起こったのかは分からないが、今の状態を放っておけば取り返しのつかない事態を招く恐れもある。

アイギスは武装の安全装置が解除したのを確認し、いつでも攻撃に対応出来る状態へと成った。

そんな時だ……。

 

「「アイギスッ!」」

 

「美鶴さん! 明彦さん!」

 

『……』

 

屋上の入り口から走ってアイギスの下に駆け寄る美鶴と明彦。

その二人の姿に洸夜?は瞬き一つ動かさないが、殺気と敵意は先程よりも強くなり、屋上全体がピリピリとした雰囲気が包み込む。

 

「洸夜……アイギス、一体これは……?」

 

「分かりません……いきなり洸夜さんが苦しみ出したと思った矢先に、あんな姿に……」

 

駆け付けた美鶴に現状を説明するアイギス。

その隣では、明彦が目を大きく開けながら洸夜を見て、ただ立っていた。

 

『……』

 

「あれが……本当に洸夜なのか?」

 

二年ぶりの友人との再会。

だが、その姿は自分が知る者ではなかった。

敵意丸出しの金色の目。

いつ襲い掛かって来てもおかしくない闘争本能。

 

「お二人とも、気を付けて下さい……洸夜さんからシャドウ反応が出ています」

 

「! まさかとは思ったが……」

 

「洸夜……一体、お前の身に何がーーー」

 

『■■■■■■■■■■■ッ!』

 

明彦がそこまで言った瞬間、洸夜?の咆哮と同時にオシリスが三人目掛けて大剣を降り下ろす。

だが、その大剣が三人に届く事はなかった。

美鶴達の前でオシリスの大剣を遮る仮面。

美鶴の『アルテミシア』が鞭で。

アイギスの『アテナ』が盾で。

明彦の『カエサル』の剣で。

それぞれの主を守ったのだ。

だが、美鶴達はオシリスの攻撃よりも、オシリスのその姿に驚いていた。

黒の要素が強いその姿。

その姿はまるで……。

 

「美鶴……オシリスのあの姿は」

 

「……ああ、ニュクスの時に見せた姿に良く似ている」

 

美鶴の言う言葉。

それは、洸夜がニュクス相手に食って掛かった時にオシリスの姿が黒く染め上がり、ニュクスに傷を付けた時の姿そのものであった。

あの時のオシリスはいつもと違う強さを発揮していた。

今までとはレベルが違う。

其ほどまでに、あの時のオシリスは強かった。

そして、自分達の目の前にいるオシリスからも、悪い意味で強い力を感じさせていた。

しかし、アイギスにはもう一つだけ気になる事があった。

それは、美鶴達がここに来るまでの速さ。

例え異変に気付いて駆け付けたとしても、余りにも速すぎる。

と、なると……答えは一つしか無かった。

 

「美鶴さん……もしかして先程の洸夜さんと私の話をーーー」

 

「アイギス」

 

アイギスの言葉を己の言葉で遮る美鶴。

オシリスを抑えている為、アイギスの方を向かないがその言葉づかいが全てを物語っていた。

 

「……その話は後でだ」

 

「美鶴さん……。(聞いていたのですね……)」

 

美鶴が自分達の話を聞いていた。

その事実が分かった……その時。

 

『■■■■■■■■■■■ッ!』

 

「「「ッ!?」」」

 

洸夜?が新たにペルソナを二体召喚した。

しかし、その二体が中々に曲者であった。

 

「! タムリン……! トールまで……!」

 

洸夜?が召喚した二体のペルソナは両者共に物理に強いペルソナ。

しかし、この二体には美鶴達の知らない問題があった。

それは、この二体は洸夜の下から消滅した二体である事。

その事を知らない美鶴達は、この二体が目の前にいると言う重大さが分からない。

だが、相手が洸夜と言えど、そこはシャドウワーカーの三人。

ここが屋上とは言え、これ以上何か問題を広げる訳には行かない。

美鶴がオシリスを抑え、タムリンを明彦が、トールにはアイギスが迎え討つ為に二人はそのペルソナの下へ駆ける。

 

「洸夜……。(すまん……俺は再び傷付ける……だが!) お前を"シンジ"と一緒の道には行かせんッ! 絶対にだッ!! カエサルッ!!」

 

明彦は、嘗て自分が何もしてやれなかったもう一人の親友の姿を思い浮かべる。

今は亡き親友……荒垣真次郎。

その親友と同じ様にペルソナを一般人を傷付ける事には使わせない。

明彦はカエサルに指示を出すと、カエサルは右手にミニチュアの地球を翳した。

すると、その地球から光が溢れ出すと、タムリンがズルズルと引きずられるかの様にカエサルの方へと引き寄せられていく。

槍を地面に刺し、堪えるタムリン。

だが、逆に其が仇になり、タムリンはバランスを崩す結果と成ってしまった。

タムリンは己で刺した槍を軸にする様に倒れこんでしまった。

そんなタムリンの大きな隙を明彦が逃す筈は無かった。

 

「…….。(もらった……!)」

 

明彦はバランスを崩すタムリンにステップを踏みながら接近すると、そのまま全力でタムリンの顔面を右ストレートを繰り出す。

物理耐性を持つタムリンを殴る事は明彦の拳にもダメージが及ぶが、明彦はそんな事は百も承知と覚悟していたらしく、そのまま拳に体重を乗せた。

そして、明彦の拳を全力で浴びたタムリンはそのまま地面に叩き付けられてしまう。

しかし、叩き付けられたとは言え相手はペルソナ。

タムリンは直ぐに明彦に反撃する為に槍を掴もうとする……が、それは叶わなかった。

カエサルが起き上がろうとするタムリンを背中から剣で刺して動きを封じたのだ。

その隙に明彦は、その身体能力を生かして洸夜?へと接近する。

 

「くッ! (すまん……洸夜!)」

 

傷付けた親友を再び傷付ける事はしたくない。

だが、このままでは洸夜は嘗ての真次郎と同じ過ちをしてしまう。

それだけは防がねば成らない。

もう、二度と……親友に罪を背負って欲しくはない。

そう覚悟を決めていた明彦は、洸夜?の間合いへと入る。

 

『……』

 

明彦の接近にペルソナも出さない洸夜?

その反応に明彦はチャンスを逃さない為、一気に拳を握り締める。

気絶させるだけ……そう力の調整をしながら明彦は洸夜?目掛けて右拳を放とうとしたその時だ。

 

『弱者の見る夢』

 

「なッ!!? (こ、これは……!?)」

 

明彦が洸夜?に攻撃を仕掛けようとした時、二人の瞳が重なった。

そして、洸夜?の瞳を見た瞬間、明彦の目の前から洸夜?処か屋上事態が消え、代わりに別の場所が写し出された。

 

「ば、馬鹿な……ここは……なんだ……一体、何がどうなっている!?」

 

明彦が見ている光景。

それは、火事の孤児院。

その光景を明彦が知らない訳が無い。

この光景こそが、今の明彦の原点であり、分岐点でもあったのだから。

そんな火事の孤児院に明彦はいつの間にか立っていると、そんな明彦を見る一人の少女。

 

『……お兄ちゃん』

 

「!!……み、美紀……なのか?」

 

明彦を見ていたのは、彼が忘れられる筈もない妹の美紀。

そう、ここは明彦が死別した妹が火事で亡くなった孤児院だった。

そんな場所で、死んだ筈の妹が今目の前にいる。

そんな光景に明彦は、我を取り戻すかの様に頭を振って正気を取り戻そうとする。

妹は死んだ。

それは明彦が一番良く知っており、そして受け止めている。

これは幻覚か何かに決まっている。

自分の亡くなった妹をこんな事に利用し、明彦は怒りが抑えきれ無さそうにすらなる。

だが……どれだけ頭が理解してようと、どれだけその事実を受け止めてい様とも、明彦は自分の中から生まれて来る恐怖や絶望を抑えきる事が出来ないでいた。

 

「お兄ちゃん……待って……美紀を置いて行かないで……助けて……」

 

「お、俺は……俺は……!」

 

明彦は分からなくなって来ていた。

自分が見ているのは現実なのか幻なのか。

そう悩んでいる内にも孤児院が炎に包まれていき、美紀も段々と飲み込まれて行く。

そんな現状が更に明彦を焦らせ、冷静な判断を狂わせる。

明彦が自分の考えが出来なり始めていた……その時。

 

「「明彦!/明彦さん!」」

 

「なッ!? ……くッ!」

 

美紀とアイギスが自分を呼ぶ声が聞こえた。

そう感じた瞬間に明彦の目の前にいたのは、自分に拳を放とうとしている洸夜?の姿。

明彦は反射的に腕をクロスにして洸夜?の攻撃を防御した。

その洸夜?からの拳はまるで、鉛か何かで殴られた様に重かった。

しかし、明彦はそんな痛みに疑問を感じる前に洸夜?から距離をとる。

そして、辺りを見回した。

 

「ここは……ホテルの屋上? (さっきのは一体……)」

 

先程と同じホテルの屋上。

側では美鶴とアイギスが戦い、カエサルがタムリンの動きを止めていた。

やはり先程の光景は幻だったのだ。

明彦はそう思うと、不思議と気が楽に成るのを感じた。

そして、明彦は自分に何が起きたかを知らせる為に美鶴達の方を向いた。

 

「美鶴! アイギス! 気を付けろ、ヤツにはまだ何か有るぞ!」

 

「……やはりか。(先程、明彦が不自然に動きを止めた理由は……ヤツの何らかの力か) アルテミシア!」

 

明彦の言葉を聞き、その意味を理解する美鶴とアイギス。

また、騒ぎを聞き付けてホテルの従業員が来たり等したらややこしい事にも成り、何よりも相手の力が未知数である状態では、長期戦は不利と判断した美鶴はアルテミシアに指示を出し、一気に勝負を決めようとする。

だが、オシリスはアルテミシアの鞭を大剣で弾きながら防戦し、徹底的に抵抗を見せる。

 

「くッ! (……ここでは火力が大きい武器は使えない)」

 

場所が場所である為、武器の制限を余儀なくされ本来の戦いが出来ないアイギス。

しかも、相手は物理無効を持つトール。

衝撃までは無効に出来ない為、相手を大きく飛ばす事は出来るがダメージは与えられない。

そこでアイギスは賭けに出る事にした。

「……オルフェウス!」

 

『!?』

 

アテナを戻し、アイギスが召喚したのは巨大なハープを持つ吟遊詩人『オルフェウス』。

本来であれば、このペルソナの主はアイギスではなく『彼』なのだが、今はアイギスが従えている。

そんな吟遊詩人の登場に洸夜?は、初めて表情を曇らせた。

 

『オ……オルフェ……ウス……! ……ぐッ! ■■■■■■■■■■■ッ!!!?』

 

「!? なんだ? 一体、どうしたんだ……?」

 

「洸夜……!?」

 

明彦と美鶴が突如苦しみ出した洸夜?の様子に困惑する中、アイギスは静かにその状況を見ていた。

 

「……。(オルフェウスであの反応。やはり、あれは洸夜さんなんですね)」

 

アイギスは先程から、どうしてもあの洸夜?が洸夜と何処か似ている様に見えて成らなかった。

姿が同じで似ていると言うのも変な話だが、心が洸夜そのもの。

自分達の知らない洸夜の心。

そうアイギスは感じてしまった。

 

『うッ!? マタ……オ前か……!』

 

そんな中、頭を突如抑える洸夜?がそう呟くと、洸夜?の真上から黒い球体の様な何かが出現する。

そして、その球体はやがて人の様な姿になって行き、その姿に美鶴は驚きと同時に身構える。

 

「このペルソナは、確か……」

 

「ああ……『アイツ』が使っていたペルソナ」

 

「……タナトス」

 

三人がタナトスの存在に疑問を持つが、其よりも先にタナトスが咆哮を上げる。

 

『ヴオォォォォォォォォォォォォォォッ!!』

 

咆哮と同時に駆けるタナトス。

一瞬で動きを封じられているタムリンに近付くと、そのままタムリンの頭に刀を下ろし消滅させる。

 

「なッ! (何て速さだ……!)」

 

一瞬の事に近くにいた明彦ですら反応が遅れたが、明彦がそう認識する間にタナトスはトールへと駆け抜ける。

だが、トールもすぐさま反応して己の武器である斧を持ち、その場で構えた。

しかし……。

 

『ヴオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』

 

「「「なッ!」」」

 

トールへと近付いたタナトスは、そのままの勢いでトールの斧を空いている方の左手で掴み、そのまま握り砕いてしまった。

そして、更にそのままトールを押し倒すと顔をトールへと近付ける。

 

『デビルスマイル+亡者の嘆き』

 

トールは消滅。

正に神速の早業。

一分も経たない内に二体の上級ペルソナを捩じ伏せたタナトス。

そして、そのままタナトスはオシリスへと顔を向ける。

その瞬間、タナトスはオシリスに顔を掴まれて地面に叩き付けられた。

 

『『ヴオォォォォォォォォォォォォォォッ!!』』

 

二体のペルソナの咆哮。

最早、ペルソナと言うよりも只の化物にしか見えない。

美鶴も、一瞬の内に起こった事への認識だけで精一杯だ。

そんな中でもタナトスは、オシリスの腹を蹴飛ばして起き上がり、そのまま刀を振り下ろした。

しかし、オシリスも負けじと空中で体勢を整えて大剣でタナトスの刀とぶつかり合い、火花が散った。

そんな二体を、洸夜?が見ていた。

 

『不純物が……まタ、邪魔ヲ……! うッ……■■■■■■■■■■■■!』

 

「! 洸夜ッ!!」

 

突然倒れる洸夜と、洸夜へと駆け寄る美鶴。

それと同時に、透ける様に消えていくオシリスとタナトス。

そして、その場に残ったのはボロボロに成ったホテルの屋上と、そこに立つアイギスと明彦だけだった。

 

End



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無の勇者の戯れ~ボイドクエスト編~
霧の惨劇


幸福とは何かと大学の哲学で課題に出されたので、不幸の対極であり、不幸を体験した者が体験出来るモノと答えた。


同日

 

屋上でのあの後、美鶴達は洸夜を部屋へと運んだり、ホテルの従業員への説明を済ませた。

ボロボロの屋上を見た従業員は呆気に取られていたが、全て桐条が弁償することで話をまとめる事が出来た。

少なくとも、洸夜への償いを考えればこんな事しか思い付かなかったのだ。

そして、一体何が起こったのか分からない従業員の表情は中々面白かったが、怪我人が出なかった事が一番良かったと感じる美鶴達。

……その事件から翌日。

 

================

 

7月10日 (土) 晴

 

現在、ホテル(入り口前)

 

 

ホテルの入り口に止まっているリムジンの前で、堂島と美鶴は別れの挨拶兼雑談をしている。

元々、美鶴は今回のお見合いには乗り気ではなかった。

相手が洸夜と最初から知っていれば結果は変わっていたかも知れないが、最初から今日の午前中に帰る事を計画していた為、こんなにも早めに帰る事と成ったのだ。

 

「この度は本当にありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ……折角のお見合いなのにごちゃごちゃに成ってしまって……」

 

「……先程も言いましたが、それは気にしないで下さい。お見合いの話は、また今度で……」

 

「そう言って貰えると、此方も安心できます。(……相手は"桐条"。下手な事をして姉さんにやられたくないしな……)」

 

自分がついていながら桐条クラスとのお見合いがパアに成りました何て事があったら、洸夜達の母である自分の姉に何をされるか分かったもんじゃない。

堂島は二日酔いで痛む頭痛に耐えながらも、美鶴とお見合いの今後について話し出す。

また、その向こう側では、総司と菜々子がアイギス達と会話を楽しんでいた。

「アイギスお姉ちゃん……またね!」

 

「菜々子ちゃんもお元気で……」

 

菜々子に合わせてしゃがみながら会話をするアイギス。

お互いに笑顔で有りながらも、菜々子の表情は寂しさを隠せないでいた。

たった一日でも、アイギスと過ごした時間は菜々子にとって確かに楽しいもので合った。

 

「……アイギスお姉ちゃん。また……菜々子と会ってくれる?」

 

思わず悲しそうになる表情だった菜々子は、アイギスに見えない様に顔を下に向けた。

だが、そんな菜々子の表情から感じとったのか、アイギスは優しい笑顔で菜々子に小指を差し出した。

 

「大丈夫……いつかまた会えます。その約束として指切りしましょう」

 

「!……うん! 約束だよ!」

 

そう言って互い指切りをして満面な笑顔で約束をする二人。

そして、指切りが終わった後に何故かアイギスの顔をジッと眺める菜々子。

そんな菜々子の行動に少し恥ずかしくなるアイギス。

こんな風に顔をジッと見られる事など今は全く無いのだから当たり前だ。

 

「あ、あの……何か、私の顔についているでしょうか?」

 

恥ずかしさの為か、少し自分の顔に熱が生まれるのを感じたアイギス。

そんなアイギスの内心を知ってか知らずか、菜々子はアイギスの顔を更に凝視しながら口を開いた。

 

「アイギスお姉ちゃんって……悪者と戦っているの?」

 

首を傾げながら言う菜々子に対し、アイギスも思わず首を傾げてしまった。

悪者かどうかは分からないが、自分はシャドウと戦っているのも事実。

だが何故、菜々子がそんな事を思ったのかアイギスには検討が付かなかった。

 

「?……悪者かどうかは分かりませんが、どうしてそう思うのですか?」

 

アイギスの言葉に、菜々子は彼女の目をしっかりと見つめた。

 

「だって、アイギスお姉ちゃん……"ロボット"さんだよね?」

 

「ッ!?」

菜々子の言葉に、アイギスは一瞬言葉を失ってしまう。

菜々子からすれば、アニメ等の影響でロボット=悪者と戦うと言うイメージが生まれてしまっているのだろう。

だが、アイギスからすれば、自分がロボットだと言うのがばれている。

しかも自分は只のロボットですは無く、シャドウと戦う為に造られた言わば兵器だ。

一歩間違えれば、自分は誰彼構わず傷付ける存在だ。

 

アイギスは少し胸が悲しく成るのを感じながらも、菜々子の言葉に頷いた。

 

「はい……菜々子ちゃんの言葉通り、私はロボットです。……怖いですよね」

 

「どうして? 菜々子、アイギスお姉ちゃんがロボットさんって言うのぶつかった時に分かってたよ? それにアイギスお姉ちゃんはやさしいし、怖くないよ! 逆にカッコいい!」

 

怯えた様な表情を一切しておらず、寧ろ楽しそうに話す菜々子からの思わぬ返答に目を丸くしてしまうアイギス。

人とは違う自分に対し、菜々子が本当は怯えているのでは無いかと思い、そう言ったアイギス。

しかし、菜々子は兵器である自分の事を怖くない、それどころか優しい、カッコいいとまで言ってくれた。

しかも、菜々子はぶつかった時に自分がロボットと分かったにも関わらず、ずっと自分に対してあんなにもなついて来てくれていた。

そう思うと、アイギスは自分の胸が温かく成るのを感じ、目にも涙が出そうにすら成ってしまいそうになり、手で目の辺りをチェックする。

 

「アイギスお姉ちゃん……泣いてるの? 菜々子、わるいこと言ったの?」

 

アイギスが泣きそうに成っているのは自分のせいだと思い、菜々子は心配そうにアイギスを見るが、アイギスは静かに首を横に振る。

 

「……いいえ。これは悲しいからでは無くて、嬉しいから泣きそうに成っているんです……菜々子ちゃん、ありがとうございます」

 

「???」

 

何故、自分がお礼を言われたのか分からない菜々子は再び首を傾げてしまい、そんな菜々子の様子にアイギスは嬉しそうに微笑んでしまった。

 

そして、少し離れた所では総司と明彦が立ち話をしていた。

 

「そうか……洸夜はまだ眠っているんだな?」

 

「はい。一回目を覚ましたんですけど……なんか、見送り出来るほど元気じゃないとか言って……」

 

互いにホテルの入口の柱に背中を付けながら語る総司と明彦。

堂島と美鶴は色々と話す事があり、菜々子とアイギスは互いに仲良く話をしたがっていた。

という訳で、総司と明彦が互いに余ったのだ。

 

そして、明彦は総司の言葉に静かに瞳を閉じた。

 

「……。(……目が覚めたのか。それだけでも分かれば良い……) まあ、体調が治って無いのに無理させられないからな。洸夜が目を覚ましたら宜しく言っといてもらえないか?」

 

「はい、分かりました。兄さんには、こっちから宜しく言っときます」

 

「……すまないな」

 

総司からの言葉に、そう言って空を眺める明彦。

 

大きな雲や小さな雲。

色々な雲が浮かぶ晴ればれとした綺麗な青空。

だが、明彦の心はそんな空を眺めても晴れなかった。

自分達が招いた罪。

そして、昨日の洸夜のシャドウ化。

自分の知らない所で、また何かが起きている。

そう思ってならず、明彦は自分の胸から感じるざわざわとした感じに不快な気分に成ってしまう。

 

「……。(それだけじゃないがな……)」

 

そう心の中で呟くと、明彦はチラッと総司の方に視線を向けた。

明彦が気になった事。

それは総司がお見合いの場で一瞬だけだが、小さく発した"ペルソナ"という言葉。

 

「……。(ペルソナ……只の聞き間違いと思いたかったが、昨夜の洸夜のシャドウ化と美鶴から聞いたペルソナの暴走。この色々と起きている状況下で見過ごす事は出来ないな……この弟もペルソナ使いか? いや、それよりも……こいつは一体、何を何処まで知っている?)」

 

明彦からそんな事を思われているとは知らない総司は、菜々子とアイギスの方を見ている為か、明彦の視線には気付かなかった。

そんな風にそれぞれが会話をして数分が経ち、アイギスと明彦が美鶴に呼ばれてリムジンへと入り始めた時、美鶴が一人で総司の下へと近付いた。

その手に、黒いラインの入った白い腕輪らしき物と封筒を握りながら……。

 

「君に頼みたい事がある。これを洸夜に渡して貰いたい……」

 

「……これは?」

 

総司は、美鶴から腕輪と封筒をとりあいず受け取った。

しかし、封筒からは何も感じないが、腕輪からは何処か不思議な感覚がするのを総司は感じた。

そんな風に不思議そうに腕輪と封筒を見ていた総司の問いに、美鶴は静かに背を向けた。

 

「そんな大した物で無いが、私から洸夜へ贈り物だ。(これが、今の私に出来るせめてもの償いだ……) 」

 

美鶴がそう言うと同時に、桐条の使用人らしき者達が出てきてリムジンの扉を開け、美鶴が入るのを確認すると扉を閉めて総司達に一礼し運転席へと移動した。

そんな出来事に良く分かっていない菜々子はともかくとして、呆気に取られる堂島と総司。

自分達が普通に接していたのはああ見えても、桐条グループの現当主。

その事が今に成って実感した二人を知ってか知らずか、窓から美鶴達は総司達に軽く頭を下げた。

 

「それでは、私達これで……」

 

「アイギスお姉ちゃん! バイバーイ!!」

 

菜々子の笑顔に、アイギスで返しながら手を振り替えし、リムジンはゆっくりと進みだしていった。

そして、まるで嵐が過ぎ去ったかの様な感覚の堂島と総司はリムジンが見えなく成ったのを確認すると同時にゆっくりと溜め息を吐いた。

 

「……やれやれ、お見合いの付きそいって言う慣れない事はしない方が良いな」

 

昨夜のバーの様に限られた人数ならばいつも通りの感じに話せる堂島だったが、さっきの様な状況では下手に気を配ってしまい気疲れしてしまった。

そして、やっと肩の荷を下ろした言わんばかりに伸びをすると煙草を取り出して火を着けた。

そんな堂島に共感する事も有れば、良い息抜きな感じに思っていた総司は、堂島の言葉に苦笑で返した。

 

「まあ、少なくとも菜々子には良い息抜きに成ったんじゃない?」

 

「ん? まあ……そうだな」

 

この間のゴールデンウィークもそうだったが、菜々子に家族で出掛けると言う事をずっとしてやれなく後悔していた堂島。

今回のは洸夜が倒れたり色々合ったが、菜々子には其なりに良い思い出を作る切っ掛けをくれた洸夜と姉に感謝した。

 

そんな風に思っていた堂島は、煙草の煙を二人に掛からない様に吐くと何気無く総司の方を向いた。

 

「……それにしても総司。お前は何とも思わなかったのか?」

 

「え……? 何が?」

 

「何がって……場合によっては桐条美鶴がお前の義姉に成るかも知れなかったんだぞ? 少しは思う所が有ったんじゃないのか?」

 

「……」

 

堂島の言葉に少し黙る総司。

 

堂島の言う通り、少なからず不安等は有った。

元は両親が自分達に一切何も言わずに勝手に進めていたお見合い。

自分の目の前にいた女性が兄と結婚して自分の義姉に成るかも知れない。

洸夜じゃなくても、色々と不安はある。

 

「……其なりに不安は有ったけど、最終的には兄さん達が決める事だから、俺が不安がっても仕方ないと思ったんだ。それに、良くは分からないけど……なんか、兄さんと美鶴さんが何故かお似合いに見えたんだ」

 

「……成る程な。まあ、確かに……俺達が騒いでたってしゃうがねえよな」

 

そう言って堂島が吐いた煙草の煙が空に登って行くのを総司は静かに見詰めていた。

 

===============

 

現在、リムジン(車内)

 

総司達が色々と会話をしていた頃、美鶴達は静かに口を閉じていた。

いや、正確に言えば、機嫌が悪くなっている美鶴の雰囲気に困惑してどうすれば良いか迷っているアイギスと、触らぬ神に祟り無しと言わんばかりの雰囲気で腕を組みながら目を閉じている明彦の二人が口を閉じていた。

美鶴が機嫌を悪くしている理由は極めて単純に原因はこの車に有った。

美鶴が部下に頼んだ車は単純に自分達三人が"余裕"を持って乗れる車と言った……そう"余裕"のある車と……。

しかし、部下が何を思って決めたのか分からないが、その結果がリムジンだ。

正直な所、美鶴はリムジンが嫌いだ。

今走っている場所は色々と人通りも多く、交通も充実している。

だが、リムジン等と言った目立つ車は別。

道行く人全員が此方に視線を向けているのだ。

外から中が見えない様に成っている為、外から美鶴達の姿が見える事は無いが、そんな事は関係無かった。

はっきり言って落ち着きもしなければ、集中も出来ない。

前にシャドウワーカーの仕事の件でゆかり達に協力を頼んだ事が有り、その時も何故か嫌味なぐらい長いリムジンで向かいに言ったのだが、その車を見たゆかり達の反応は……。

ゆかりは口を開けて絶句。

順平は「何の嫌味っすかこれ!?」と嘆き。

風花はこんな目立つ車に今から自分達が乗るのかと思うと恥ずかしく成ったのか、真っ赤にした顔を隠し。

乾は何故か苦笑しかせず。

コロマルからは吠えられ。

チドリからは「美鶴の趣味は理解出来ない……」と誤解されたり等、散々な思いをした事があった。

 

「……はあ。(洸夜の御家族に嫌味だと思われなかっただろうか……?)」

 

先程の別れ際に見た総司達の絶句した表情を思い出しながら溜め息を吐く美鶴。

そんな時。

 

「美鶴」

 

「どうした?」

 

さっきまで目を閉じていた明彦だったが、いつの間にかその手には"子供に好かれる強者の成り方"等と書かれた変な本を読みながら美鶴へ話掛けた。

 

「……お前、稲羽の事件に介入するのか?」

 

「今起きている稲羽の事件に、シャドウが関わっているかどうかは分かりません。ですが、洸夜自身が何かに巻き込まれているのは確かな気がします……」

 

二人の言葉に、美鶴は少し考え込んだ。

 

まだ材料が少なすぎるのが最もな理由なのだが、下手に介入して逆に事件の解決を遅らせる可能性等も踏まえ、慎重に物事を判断しなければ成らない。

洸夜の言葉やシャドウ化を考えると、現在洸夜が暮らしている稲羽の町に何か有ると思ってしまうが、今起きている事件にシャドウが関係しているという裏付けには成らない。

 

「……まだ判断出来ない。メンバーを召集して話し合うにしても、あまりにも材料が少なすぎる」

 

明彦に対してそう返答した美鶴。

その返答に対して明彦は本を閉じ、再度腕を組んで考え込む。

 

「やはりそうなるか……洸夜の弟が恐らくペルソナ使いである可能性が高いんだが、其だけじゃ材料としては弱いか」

 

「やはりもう少しだけ稲羽の事件について詳しく知る必要が有りそうですね」

 

「ちょっと待て。明彦……今、お前は何て言った?」

 

明彦とアイギスが各々の考えを口に出すが、美鶴は先程言った明彦の言葉に聞き捨て成らない事があり、明彦へと顔を向けた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「さっき言っていた事だ! 洸夜の弟である瀬多 総司……彼がペルソナ使いであるかも知れないと言っていたろ!」

 

美鶴の言葉に明彦とアイギスは互いに顔を合わせ、あれ?美鶴に言って無かったか?と言わんばかりの表情をしながら、お見合いで総司がペルソナと言う単語を発した事を説明した。

そんな二人の話を聞き、美鶴が怒らない訳が無かった。

美鶴は更に機嫌を悪くした感じに目を細くし、二人を睨み付けた。

 

「何故、そんな大事な事を黙っていた……!」

 

「……いや、まあ、色々有ったものだからつい」

 

「美鶴さんは彼がペルソナ使いだと判断するのですか?」

 

頭をかきながらすまなそうにする明彦とは裏腹に、美鶴の総司に対する意見を聞くアイギス。

色々と雰囲気等が独特なのは美鶴も感じていたが、総司のそれ以外の事は今一感じ取る事が出来なかった美鶴。

あんな認識は『彼』と初めて会った時以来だ。

 

「ここまでシャドウやペルソナが関わっているんだ、無視は出来まい……アイギス! 戻り次第稲羽の事件について話し合わなければ成らない様だ。他のメンバーにも伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

「俺も当分は国内にいるつもりだから、無論参加させて貰うぞ」

 

「頼む」

 

互いに頷き合う三人を乗せ、リムジンは静かに目的地へと走り続ける。

 

================

 

7月11日(日)曇り

 

現在、稲羽市

 

「すまんな、せっかくゆっくりしていたのに、日曜日の朝一で帰る事に成っちまって……」

 

「仕方ないさ、それだけ叔父さんが頼りにされているって事でも有るし」

 

そう言って洸夜は、車のミラーで後ろの座席で寝ている総司と菜々子の様子を見た。

何故、洸夜達がこんな今朝早くから稲羽市に戻っているのかと言うと。

昨日の昼頃、堂島の携帯に連絡が入り、どうしても堂島でなければ駄目な仕事が出来た為急遽、稲羽に戻る事に成ったのだ。

また、直ぐに仕事に行く堂島を気遣って運転する洸夜の腕には美鶴から貰った腕輪が付けられており、洸夜はその腕輪をチラッと見ると、昨日総司から渡された美鶴からの手紙の内容を思い出していた。

 

『洸夜へ。この腕輪は桐条が新たに作り上げたペルソナ能力を抑える物で、それはその試作品だ。試作品と言う事もあり、完全にペルソナを抑える事は出来ないが、効果は保証出来るものでペルソナ能力を制限し、ペルソナの暴走は抑える事が出来る。だが、その代わりに本来の力で戦う事が出来ないと言うデメリットがある為、注意してほしい。今、私に出来る事はこれぐらいだ。これぐらいでお前への罪滅ぼしに成るとは思わないが、今のお前にはコレが必要だと思い渡す事にしたーーー』

 

そこから先は読まなかった洸夜だが、美鶴から貰った腕輪の効果はあり、体が軽く感じるのを実感する事が出来ている。

そして、もう一つ。

昨夜の事についても考えていた。

 

「……。(アイギスと話していて、頭痛や目眩がしたと思えば……其からの記憶が無い。一体、何が有ったんだ)」

 

昨夜アイギスと話していたと思えば、気付いたらホテルのベッドの上にいた。

そこのところだけの記憶がすっぽりと消えている。

何が有ったか分からない。

まるで、自分では無い別の何かが自分の体を使っていた様だった。

 

そこまで洸夜が考えた時。

稲羽の町に近付いたのだろう、霧が濃くなりだしたのに気付くと洸夜は車のライトを点灯する。

 

「……霧が濃すぎる」

 

稲羽の町は相変わらず異常に濃い霧に包まれており、運転する洸夜にとっては邪魔で仕方なかった。

ライトを点灯しても其ほど意味が無い。

そんな時、堂島が洸夜に視線を向けた。

 

「洸夜……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「いやな……俺が言う事ではないとは思うが……そのな、無理はするなよ。何かあったらちゃんと俺や菜々子、そして総司にーーー」

 

「叔父さん」

 

堂島が言わんとしている事が分かったらしく、洸夜は堂島の話に割り込む。

 

「気持ちは嬉しいけど、こればっかりは俺達の問題なんだ」

 

そう言って、洸夜は赤信号の交差点でブレーキを踏み車を止めた。

まだ、早朝だからか霧が立ち込める交差点には人の気配は無いが、鳥の鳴き声一つも無い程に静かだった。

 

「洸夜……お前と総司は俺に大切なことを思い出させてくれた。だから、今度はお前の力に成ってやりたいと思ってる……まあ、こんな、短い間で父親ずらはされたくはねえかも知れねえが……」

 

洸夜の様子に苦笑する堂島。

しかし、洸夜は堂島の言葉に首を振った。

 

「それは違う……俺は両親と話す機会がすくなかった。総司が生まれてからは尚更……でもさ、叔父さんは少なくとも、どれだけ仕事が忙しくても菜々子とは話をするだろ? 俺はそれすらも無かったから……俺も叔父さんみたいな親が欲しかった」

 

「洸夜……」

 

まさか洸夜にここまで信頼されていたとは思わなかった堂島。

そして、その言葉は確かに嬉しいものだったのだが、どう返せば良いか分からないと言った感じだった。

 

「姉さん達には何の相談もしなかったのか?」

 

精神科に行く程の出来事だ、少なからずは両親に相談したのだと思った堂島。

だが……。

 

「え? 何で……?」

 

平然とした表情でそう言って退ける洸夜に、堂島は少し驚いてしまった。

 

「何でって……そりゃあ家族何だから、親に何かを相談しても可笑しくは無いだろう?」

 

堂島のごく当たり前の言葉に、洸夜はどういう意味か理解した感じで頷き、アクセルを踏んだ。

 

「別に母さん達に相談しても意味は無いから、言う必要無いさ」

 

「そうかも知れないが、精神科に進めてくれたのは姉さん達だろ?」

 

「進めただけだよ……」

 

そう言う洸夜だが、別に両親を嫌っている訳では無い。

ここまで育てて貰い、色々と自由にしてもくれているから逆に感謝している。

だが、其だけとも言える。

洸夜は総司が生まれる前から自分の事は自分でやっていた。

親が共働きで自分しか頼る者がいなかったというのが一番の理由でもあり、いつの間にか洸夜は親に頼ると言う事をしなく成った。

 

そんな洸夜の様子に堂島は溜め息を吐いた。

 

「……はあ。(昔から洸夜は子供らしくなかったが……そう言う事か。姉さん……これは姉さん達の負債だ。俺も人の事を言えねえが、今の洸夜にしてしまったのは姉さん達だな……)」

 

堂島が内心でそう思った時だ。

気分を変える為か、洸夜がラジオを着け、ニュースが流れた。

 

『次のニュースです。▲▲県の◆◆学校の職員が、女子児童の着替えを盗撮したとして昨日書類送検された事がーーー」

 

流れたニュースに思わず顔をしかめる洸夜と堂島。

 

「最低だね……」

 

「ああ、全くだ……。これじゃ、娘一人安心して学校に預ける事もできねえな」

 

そう言ってチラッと後ろで総司と一緒に眠っている菜々子に視線を向けた二人。

もし、菜々子が同じ目に合ったならば、総司を含め、この三人は犯人を地の果てまでも追いかけるだろう。

 

「やれやれ……今の若え連中は情けねえな。大体、今の連中ときたらーーー」

 

堂島がそこまで言った時だった。

 

『次のニュースです。昨夜、▲▲県警の巡査部長が女子高生に、わいせつな行為をしたとして昨夜緊急逮捕しました』

 

「「……」」

 

ラジオのニュースに黙り混む二人。

車の走る音しか聞こえない車内の沈黙が更に気まずくさせる。

そして、再び赤信号でブレーキを踏むと、洸夜は静かに口を開いた。

 

「……叔父さん」

 

「……ま、まあ、人それぞれだしな。皆が皆がそう言う奴な訳では無いな」

 

思わず苦笑いする堂島。

その様子に洸夜は軽く微笑むと青に成った信号 に気付き、ゆっくりとアクセルを踏んだ瞬間。

突如、霧の中から赤信号である歩道の方から人が飛び出してきた。

 

「うおっ!」

 

突然の事に驚く洸夜だが、スピードがまだそれほど出ていなかった事もあり、直ぐに急ブレーキを踏んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

「ふぇ! どうしたの!?」

 

「うわわ!?」

 

後部座席で寝ていた総司と菜々子も急ブレーキの衝撃で跳ね起きる。

ブレーキを踏んだ洸夜自身も、霧のせいで飛び出して来た人物のシルエットしか分からず、男性なのか女性なのかさえ分から無かった。

しかし、シルエットから相手が高校生ぐりいなのだけは分かる。

すると、助手席に座っていた堂島がシートベルトを外した。

 

「ったく、どこのどいつだが知らねえが……この稲羽署の堂島の前で堂々と信号無視しやがって……!」

 

「……そう言う問題? 」

 

堂島の言葉に苦笑いする洸夜。

しかし、相手が信号無視して飛び出して来たのは事実。

万が一の事が起こらなかったから良かったものの、事故が起きたらどうするつもりだったのだろうか。

そう思いながらも、シートベルトを外した堂島が車のドアを開けた。

すると……。

 

「ッ!」

 

「あっ! 逃げやがった!?」

堂島が扉を開けた瞬間、飛び出した人物は一目さんに逃げた。

それに気付き、堂島も後を追うとするが深い霧がそれを阻む。

そして結局、洸夜も堂島も何が起こっているのか分からない総司と菜々子もその人物を見失ってしまった。

 

「……逃げられたね」

 

「……マジで轢かなくて良かった」

 

「俺の前で堂々と信号無視、そして逃げやがるとは……」

 

「お家についたの?」

 

それぞれが今感じた事を口にして、心の整理をする。

するとそんな時……。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

突如、ここから近いところから叫び声が洸夜達の耳に届く。

 

「い、今のなに?」

 

「大丈夫……菜々子はまだ寝てた方が良い」

 

怯える菜々子を総司が落ち着かせ、菜々子は静かに頷き、総司にしがみつく様に目を閉じる。

 

「近いな……」

 

「有給とか言ってらんねえな……洸夜! 近いところまで行ってくれ!」

 

「はいよ!」

 

堂島の言葉に、洸夜は急遽方向を変えて叫び声が聞こえる方へ車を走らせた。

 

=================

 

その場所には直ぐに着いた。

霧で良く分からないが、小さなビルなのかアパートなのか良く分からないが、その建物の前でジョギングでもしていたのか、ジャージを来た中年の男性が腰を抜かしていた。

 

「洸夜、総司……お前らは菜々子を頼む。絶対に車から出るな」

 

刑事の顔の堂島に言われ、洸夜達は頷き、堂島は車から降りてその男性の下へ向かった。

そして、洸夜と総司は約束通り車からは出ず、車内の中からその様子を見ていた。

 

「どうしました?」

 

「あ……あ……あれ……!」

 

男性は堂島に気付き、とても怯えた表情で建物の上を指差す。

建物の上の方は少しだけ霧が薄く、全く見えないほどでは無かった。

 

「上……?」

 

男性の言葉に堂島は上を向き、洸夜と総司も車内の中から体勢を低くして建物の上を見ると、そこには……。

 

「「「なっ!?」」」

 

洸夜達が見た先には、建物の屋上にある貯水タンクらしきモノのハシゴに足を引っ掛けて吊るされている男性……諸岡……通称“モロキン”の遺体だった。

 

End

 



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終わらぬ契約

笑うと癌細胞が減るらしい。


同日

 

現在、ベルベットルーム

 

先程の遺体発見から少し経過し、堂島は直ぐ様第一発見者の話を聞く為に署へ行き、菜々子は家、総司は陽介達と合流する為に、だいだら屋によってからジュネスへと向かった。

そして、夜は現在ベルベットルームへ足を運んでいた。

 

「と言う訳では、少しペルソナ白書を見てくれないか?」

 

「……いきなりですね。ちゃんと説明して頂きたいのですが?」

 

エリザベスは洸夜の言葉が理解出来ず、溜め息を吐きながらもペルソナ白書を受け取る。

 

「お前も知っての通り、弱体化の影響なのか、ペルソナ白書からもペルソナが消え出している。だから、お前らなら分かるかなと思ってな……」

 

そう言うものの、この事態に気づいたのはりせが失踪した時。

今まで使っていたペルソナが消えるという事実からの不安に、洸夜はベルベットルームへ足を運ぶのが遅くなった。

そして、エリザベスは洸夜の言葉にただ頷くと、ペルソナ白書をパラパラとページを捲りだす。

また、イゴールとマーガレットも何も語らないが静かに洸夜を見ていた。

 

「確かに、あの時に消えたタムリンを始め、ベルゼブブやスカディ等の上級のペルソナ達も消えて下りますね……少し、このペルソナ白書をお預かりしても宜しいでしょうか?」

 

虫食いの様に空欄があるペルソナ白書を見て、エリザベスはこれだけでは分からないと言った表情で洸夜に提案する。

洸夜自身も断る理由はなく、エリザベスの提案に頷いた。

 

「別に構わない。必要なペルソナは持ち運んでいるからな」

 

そう言って洸夜は椅子から立ち上がり、扉に手を掛けようとした時。

先程まで黙っていたイゴールが口を開いた。

 

「ところで、事件の方はどう成されましたか?」

 

「……俺が言わなければ駄目なのか、契約しているのは総司だろ?」

 

遠回しに、詳しい事は総司に聞いてくれと伝える洸夜。

自分も頼まれているのには違いないが、今回の一件でイゴールと契約している総司だ。

だからこそ、イゴールに事件の事を伝えるのは総司がした方が良いと、洸夜 は思っていた。

しかし、洸夜の言葉にイゴールはヒッヒッヒッと、相変わらずの笑いかたで笑っている。

 

「確かに、今回の一件でご契約成されたのは総司様でございます。しかし、貴方様達が追っているものが、たった一つの偽り無き真実ならば総司様から聞こうが、貴方様から聞こうが変わりは有りません」

 

「それとも、自分達が追っているものが本当に真実なのか自信が無いのかしら?」

 

「それか……まさか、洸夜様は自分達のしていらっしゃる事に自信が無い様なへたれ様なのでしょうか?」

 

洸夜が買ってきたお土産の焼き菓子をつまみながら、言いたい放題のイゴール達。

そして、その言葉に一歩前に出る洸夜。

ここまで言われて黙っているからば、それは男では無い。

 

「誰がへたれだ……! 全く、それで事件の事だろう? その事については、今はまだ曖昧だが……確実に前に進んでいるのは確かだ」

 

その先に有るのが、偽りの無い真実かどうかは分からないが、少しずつ犯人の殺害方法や、テレビの中の世界の事を知った為、確実に前に進んでいるのは確かと言える。

そして、洸夜のその言葉にイゴールは口元をニヤリと歪ませると、再び笑いだした。

 

「ヒッヒッヒッ……それならば結構」

 

 

散々話を延ばしておいて、イゴールは洸夜の言葉にただただ笑っていた。

そして、洸夜もこれ以上は何のアクションも無いと判断し、今度こそベルベットルームから出て行こうとしたが……。

 

「……ところで洸夜様。過去との再会は如何でしたか?」

 

「……」

 

イゴールの言葉に動きが止まる洸夜。

イゴールの言う過去との再会とは、恐らく、美鶴達との再会を意味しているのだろう。

洸夜は静かに目を閉じた。

 

「特には何も……何も変わらなかった」

 

「……何か、変えたかったのですかな?」

 

イゴールの言葉に、自分を落ち着かせる為に息を吐く洸夜。

本当にこの男は何を考え、何処まで自分の事を知っているのか分からない。

何故、自分が美鶴達と再会した事を知っていたのか追及する気も失せた。

 

「……もう少し、あいつ等と話をしていれば変わったのかも知れない。不思議だ……あいつ等がいないければ、あいつ等の事を理解しようとしている。だが……あいつ等に会うと、何故か憎く成って仕方ない」

 

「……人とはそうものでしょう」

 

「ふっ……どういうもの何だろうな」

 

少し小馬鹿にした感じに言うマーガレットに対し、洸夜は軽く笑いながらそう言うと今度こそベルベットルームを後にした。

そして、その姿を見ていたマーガレットは静かに持っていた本を閉じた。

 

「……また、迷いが見え始めたわね」

 

マーガレットは、洸夜がベルベットルームから出たのを確認した後でそう呟いた。

 

「お姉様?」

 

姉であるマーガレットの言葉に、エリザベスは洸夜から預かったペルソナ白書を一旦閉じ、マーガレットの方へ耳を傾ける。

 

「私がベルベットルームで初めて洸夜と出会った時、彼は抜け殻の様な感じだったわ。あなたや主様から事前に話を聞いていたから、それほど驚きはしなかったけど……抜け殻の様な人が、自分の弟が事件に巻き込まれるって知った途端、まるで魂を入れられたかの様に瞳に覚悟が宿った」

 

そこまで話終えるとマーガレットは、紅茶を口にして一息つかせると再び口を開いた。

 

「だからでしょうね……事件当初は洸夜にはそれほどの覚悟が合ったから、今まで弱体化の影響が出なかった。……けれど、事件に関われば関わる程洸夜は過去の事件を思い出してしまい、全てから目を逸らし始めてしまったのね……」

 

マーガレットの言葉に、エリザベスは少し表情を曇らせ、顔を俯かせる。

その事はエリザベスも気付いていたが、心身共に傷付いた洸夜を見たら言い出せなかった。

そんな時、今度は焼き菓子を食べながら二人の会話を聞いていたイゴールが口を開いた。

 

「それに、弱体化しているのはペルソナ能力だけ無く……このまま時が過ぎればいずれ、ワイルドの力をも失う事になる事でしょう」

 

「ッ!」

 

イゴールの言葉に、エリザベスは思わず目を開いた。

その様子にイゴールとマーガレットも気が付いていたが、イゴールはそのまま話を続けた。

「……ワイルドの力の源は、絆と言うなの他者との繋がり。絆と言うものはそう簡単に消えるものでも無く、憎しみや悲しみも又、他者との繋がりなのです……絆が消える時、それは、その者と今まで築き上げてきたものを壊す……つまりは、自ら絆を断ち切る事しか無いのです」

 

「じゃあ、洸夜様は……」

 

「無意識かどうかは分からないけど、築き上げてきた絆を少しずつ断ち切って言っているのは間違い無い様ね」

 

「洸夜様が誕生させたペルソナ達も元は他者との絆の力によって誕生したモノ達。絆が消えれば、そのペルソナ達も消えるのが道理……今思えば、二年前の出来事で彼の心は傷付き、疲れきっていました……」

 

「ですが、洸夜様のペルソナは全てが消えている訳では……」

 

無意味なのは自分でもわかってはいたが、エリザベスは少しでもその真実に反発したかった。

五年前から見てきた洸夜の姿。

どんな事が有ろうと、何だかんだ言って最後まで諦め無く、そして『彼』と同じくらいに他者との絆を大切にしていた洸夜が、今では他者との絆を自ら断ち切ろうとしている事が信じたくなかった。

しかし、エリザベスの思いを知ってか知らずか、イゴールはエリザベスの言葉に静かに首を横に振った。

 

「エリザベス……貴女も気が付いている筈です。真実から目を逸らしても意味が無い事に」

 

「……ですが」

 

イゴールの言葉の意味を知っている故にエリザベスは辛く成った。

今の自分がやっている事は絶対に洸夜の為に成らない事に、だが、それでも否定したかった。

 

「……エリザベス、あなたの気持ちも分かるけど、それならば結論を出すのはまだ早いわよ。あなたの知っている洸夜は、一度落ちれば這い上がる事も出来ない男なの?」

 

「違います!」

 

エリザベスのはっきりとした言葉に、イゴールとマーガレットはクスクスと笑いだし、二人の様子にエリザベスは自分が二人の手のひらで踊らされていた事に気付き、頬を赤く成るのを感じた。

そして、その様子にイゴールは笑いだした。

 

「ヒッヒッヒッ……それならば結構。それに、あの方の力が他の方々と違うのも確かなのですから」

 

「……主様、洸夜の力とは一体?」

 

洸夜との付き合いが長いイゴール達とは裏腹に、付き合いの短いマーガレットは完全に洸夜の力を把握してはいない。

そんなマーガレットの言葉に、笑みを浮かべるイゴール。

 

「多色の色を持つ黒は、他者に色を与える。……それ故に、あの方が訪れた時のベルベットルームの姿がこれなのです」

 

「……他者に色を与え、あらゆる仮面を持つ黒のワイルド。今は、これくらいしか言えません」

 

「……そう、ならもう少し私も洸夜の歩む道を見守るわ。勿論、瀬多総司様の事も」

 

二人の言葉に優しく微笑みながら頷くマーガレット。

そんな姉の姿を見て、同様に微笑むエリザベス。

そして、イゴールは飲み干したカップをテーブルに置き、瞳を閉じながら笑みを浮かべた。

 

「それと、もう一つ。彼は勘違いをしておりました」

 

「勘違い……でございますか?」

 

「ええ……彼は終わったと思っておられるようですが。まだ、続いているのですよ……あの方のとの"契約"は」

 

そう言ってヒッヒッヒッと笑うイゴール。

そんな主の笑みを見ていたマーガレットだったが、何かを考える様に腕を顎に当てる。

 

「主様……洸夜の契約内容とはどんなものなのですか? 訪れる者によって姿が変わるこのベルベットルームで何故、洸夜が訪れた際の部屋が総司様と同じ姿なのとなにか関係が?」

 

「ふふ……お姉様。総司様だけではございません。二年前のベルベットルームでも『彼』と同じ部屋でございました」

 

「どういう事……?」

 

妹の言葉で更に混乱した様に眼を開くマーガレット。

冷静な彼女にしては中々に珍しい姿だ。

主であるイゴールもそんなマーガレットの姿に楽しそうに笑っている。

 

「ヒッヒッヒッ……! 最初にあの方が訪れた時は、ちゃんとあの方のベルベットルームの姿でございました。ですが、あの方の根の部分と黒きワイルド……この二つがあの方を他者のベルベットルームに招いたのですよ」

 

契約とはまた違いますがね、と言ってイゴールは再び笑らい出しエリザベスも小さく、ふふ……と笑い、そんな二人の姿に自分だけが仲間外れにされている様で少し複雑な表情をするマーガレットであった。

 

 

End

 



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暑さの下での話し合い?

不安は誰だってある。自分だけじゃない。




今回は少し中途半端


同日

 

現在、商店街

 

「さて……行くか」

 

ベルベットルームからでた洸夜は、総司達と合流する為にジュネスへと歩き出した。

 

「……。(暑い)」

 

段々と暑くなって来た事もあってジリジリと太陽の日差しが、自分の水分を奪って行く。

しかも何だかんだ言って今日は、すぐにこの町に戻って来た為、朝食も何も食べておらず今の洸夜はカロリーと水分が不足している状態と成っていた。

そんな中での朝一で死体を目撃。

只でさえ美鶴達と色々あったのだから、少しは落ち着かせて欲しいのが洸夜の願いだったが、犯人は待ってはくれない様だ。

 

そんな風に考えながら商店街を歩いていると、洸夜はある事に気付く。

 

「……。(いつもよりも人がいないな……。殺人……しかも教師が殺されたって事もあって、今日は出歩くの控えているのか)」

 

他のお店もそうだが、本屋等の店にもお客が二、三人いるかいないか。

道路に関しては、商店街の途切れる遠い場所まで見たとしても人がチラホラと数えられる程度。

元々、ジュネスが出来た事で人が少なく成っていた商店街。

だが、だからと言って全てのお客がいなくなる訳では無い。

洸夜がバイトしている、りせの住む豆腐屋を始めとした幾つかのお店はジュネスよりも品質が良く、わざわざジュネスに寄った後にここまで足を伸ばしている人も少なく無い。

しかし、其を踏まえたとしても今日の商店街の人の少なさは異常としか言えなかった。

 

「……。(これで三人目か……笑えねえな)」

 

ついこの間までは普通に生きていたのに、いつの間にかに殺されている。

……もう三人。

これ程まで簡単に人が死んで良いのか。

犯人はシャドウを利用して自分では一切手を汚してはいない。

そう思うと、洸夜は自分の胸の中に怒りや悲しみ……そして、虚しさが生まれるのを感じた。

 

商店街の道の真ん中で、いつの間にか立ち止まってそんな事を考えていた洸夜。

すると……。

 

「あれ、洸夜君じゃないか? こんな暑い日に道の真ん中で何してんだい?」

 

洸夜が声に振り向くと、そこには額に汗を貯めながらも右手に麦茶のペットボトルを持った足立の姿だった。

 

「……足立さんこそ、此処で何してるんですか? 今日、殺人が有ったばかりの筈じゃあ?」

 

「……いや、それもそうなんだけど。ちょっと堂島さんを含めた刑事さん達が色々と揉めててね……」

 

何処か他人事の様に話す足立の様子に、どんな反応すれば良いか分からなく成りそうな洸夜だが、ギリギリで平常心を保つ事に成功したが、足立の言葉に気になる物があった。

 

「揉めたって……何かあったんですか?」

 

「えっ? あ……いやあ、実はね、県警から送られてきた"特別捜査協力員"ってのがいるんだけど……その協力員とちょっと揉めちゃってね」

 

「協力員と揉めた?」

 

「うん……しかも、その協力員って何か、警察内でも有名な私立探偵事務所の秘蔵っ子らしく、頭も切れるんだけど……年齢が総司君達と殆ど同じぐらいの子なんだよね~」

 

「探偵? 総司達と殆ど同じぐらいの年齢? まさか……直斗?」

 

足立の話す人物が、何処か自分の知っている人物と被ってしまい、つい名前を口にしてしまった洸夜。

そんな洸夜の言葉に足立は少し驚いた表情をしていた。

 

「なんだ、洸夜君も知ってたんじゃないか。白鐘直斗君……彼さ、事件を解く力に成るなら報酬は要らない。そう言うから上の人には気に入られているんだけど、見た目とか普通に子供だから、命令とかされると色々良く思わない人が多いんだよね。彼……推理推理と言うけど、結構態度とかもでかいから。もう少し、子供らしくすれば良いのに……」

 

「直斗……。(直斗からすれば、一人の探偵として発言しているんだろうが、叔父さんを含めた刑事達からは子供の発言にしか取れないに違いない)」

 

ある意味、直斗はたった一人で事件に挑んでいる様に思えた洸夜。

別に堂島達、警察を悪く言うつもりではなく、洸夜自身も堂島達の立場から何も知らずに直斗を見れば、普通に抵抗があると自分でも自覚している。

それに、直斗は県警から送られて来たと言う足立の言葉からも取れる様に、皆が皆そう思っていないとは思うが、直斗と言う一人の子供に自分達刑事が劣っていると思われていると感じる人もいるかも知れない。

只でさえ、直斗は何処か他者を遠ざける様な雰囲気や態度をしてしまっている。

 

「……。(直斗の事件解決に対する執念はかなりのものだが、解決を急いだり、下手に敵を作らなければ良いが……)」

 

洸夜は今でも直斗と初めて出会った時の事を覚えている。

自分が直斗の見た目だけで危険と判断して伝えた時、今にも泣きそうな表情に成りながら神社の階段で激怒したり、自分一人の力で事件を解決しなければ自分も、探偵と言う存在も認められないと思い、誰にも頼らない。

自分を含め、一人ぼっちの辛さや寂しさを嫌と言う程知って、そして見てきた洸夜には直斗が何処かほっとけない。

覚悟がしっかりしていると言う理由も有るが、洸夜が直斗をほっとけない理由はここにあった。

 

「ハア~ 只でさえ、間違って覗き男を逮捕しちゃってるし、また、誤認逮捕したら本当に不味いんだよ。まあ、でも……今回は大丈夫だとは思うけどね」

 

「何か手掛かりでも有ったんですか?」

 

暗く成ったと思いきや、表情を明るくしたりする足立の様子に一番有りそうな事を聞いた。

 

「流石、洸夜君! 良く分かったね。今まで被害者の死因は不明だったんだけど、今回ははっきりと頭部を鈍器か何かで殴られた撲殺だって事が分かったんだよ。これは大きな手掛かりだよ」

 

「ッ! それ以外には何か分かってないんですか? 犯人の目撃情報は?」

 

今までこの事件の解決が難航した理由は、被害者達の死因の不明、屋根の上等の目立つ場所に死体が遺棄されたにも関わらず誰一人として目撃者がいなかった事等が主な理由である。

だが、今回ははっきりと死因が分かっている。

これは警察からしても大きな手掛かりだ。

 

そして、洸夜の言葉に足立は少し困った様な感じで麦茶を口にしながら口を開いた。

 

「う~ん。目撃者はまで僕も聞いてないし……と言うか、こんな事言って良かったのかな? ゴメン! 今の聞かなかった事にしてッ!」

 

一般人である洸夜に散々情報を滑らせたにも関わらず、足立は聞かなかった事にしてくれと無理を言いながら逃げる様にその場を後にしてしまった。

そんな足立の後ろ姿に溜め息を吐きそうになる洸夜だが、先程の情報は洸夜からしてもかなり有力な情報と言えた物だった。

 

「……足立さん、いつか減給とかしそうだな。(だが、この情報はありがたい。申し訳ないが、この情報はしっかりと記憶さしてもらいましたよ)」

 

そんな事を思いながら、洸夜はこの真夏の道路を駆け足で移動しながらジュネスへと急いだ。

 

===============

 

現在、ジュネス (特別捜査本部)

 

「 兄さん……こっちだよ」

 

「洸夜さ~ん!」

 

総司達がいつもいる捜査本部という名の休憩所に着いた洸夜。

そんな洸夜に手を振る総司達。

だが、総司を含めたメンバーの表情は何処か暗く、複雑と言った感じの表情をしていた。

 

「土産の話……なんて話せる雰囲気ではないな。(無理も無い。好かれていたかどうかは無視しても、自分達の担任が殺されたんだ)」

 

総司達の様子に釣られて自分も表情を暗くしそうになるが、洸夜は何とか踏ん張った。

この中では自分が一番の年上、自分だけでもしっかりと精神を保たなければ成らない。

 

そんな風に思いながら洸夜は、総司の隣の空いている席に座ると駆け足で来た事もあって、其なりに汗だくと成った服の襟を掴んで風を通しながら、もう片方の手で途中で買ってきたスポーツドリンクを口に含んだ。

口全体に広がるドリンク特有の甘さや微かなしょっぱさがとても美味しく感じる。

 

洸夜が水分補給をしている中、顔を下に向けていた陽介が口を開いた。

 

「まずは相棒と洸夜さんにお帰り……って言いたいけど、そんな雰囲気じゃないし、とんでもない事になっちまった……」

 

「殺されたのがモロキンだしね……嫌いだったけど、何か複雑な気分」

 

陽介の言葉の後に、落ち込んだ様に表情を暗くしながら話す千枝。

やはり、担任と言う事だけ有ってその心境は複雑な様だ。

 

「……俺と総司がいなかった時のマヨナカテレビはどうだった、 諸岡さんが映っていたのか?」

 

皆、其なりに悲しいのは分かるが話を纏めなければ成らない。

洸夜自身はもう少しだけ落ち着かせる時間を与えたかったが、今日この町に戻って来た自分と総司は情報が少ない。

その為、何とかして情報を聞かなければ成らなかった。

洸夜は自ら先陣を切って、事件の情報を纏める事にした。

 

「さっき、先輩にも言ったんスけど、マヨナカテレビどころか普通のテレビにも、モロキンは映って無かったんスよ。一応、先輩と洸夜さんが留守にするってんで、俺らは俺ら成りに色々とチェックしてたんで、確かッスよ」

 

意外にも、洸夜の問いに答えたのは他のメンバーとは違い、表情を落ち着かせていた完二だった。

下手に暗く成っても意味が無いと分かっているらしく、完二は結構冷静だった。

 

「両方のテレビに映って無かったのか? 見落としたって事は……?」

 

「さっき完二君が言った様に、私達も色々チェックしてましたから見落としたって事は無いと思います。もし、不自然な事が有ったら気付くと思いますし……」

 

「もしかして犯人、もうテレビに入れても人を殺せないって思ったのかな……?」

 

雪子とりせの言葉に思わず頭を押さえる洸夜。

もし本当に完二と雪子の言う通りだとしたら、色々と厄介な事に成っているかも知れなかった。

今まではメディアに映る→マヨナカテレビに映る→誘拐され、テレビの世界へ、と言う流れと成っていたが、今回は全く違う。

メディア等は一切関係無く、何の前触れも無く殺害。

唯一共通しているのは霧の朝に死体が見付かったぐらいだ。

 

と、そこまで洸夜が頭で考えた時だ。

洸夜は先程のりせの言葉に何か引っ掛かるのを感じた。

 

「りせ、君は何で諸岡さんがテレビの中に入れられて無いって思うんだ? 完二達はメディアとマヨナカテレビに映って無かったとしか言ってない筈だが?」

 

何気無く気付いて言っただけだったのだが、洸夜の言葉に皆、あ~そうか、見たいな表情をしていた。

自分は何か変な事を言ってしまったであろうか?

只でさえ、今の洸夜は空腹と多少の水分不足によっていつもよりも頭の回転が鈍い。

一体、何で総司達がこんな表情をしているのか分からなかった。

 

「そう言えば兄さんはまだ、会って無かったな……」

 

「会う? 他にもメンバーがいたのか?」

 

総司の言葉に、自分の知らないまだ見ぬメンバーの存在を指摘したが、他のメンバーは何故か苦笑している。

 

「確かに……ある意味だと、俺達も会ったのは今日が初めてだしな」

 

「うん……確かに……」

 

「何の話だ?」

 

「少なくとも兄さんも会った事は有るけど、ある意味で初対面だよ」

 

総司達の言葉に更に訳が分からなく成ってきた洸夜。

そんな時だ。

 

「ヨースケ~! ジュースいっぱい買って来たよ!」

 

後ろの方から明るい声が聞こえたと思い振り替えると、両手一杯に飲み物を持った見覚えの無い金髪の美少年の姿があった。

白い服が彼の爽やかさを更に引き立てる様に見える。

一体、この少年は誰かと思い、総司達に視線を送る洸夜。

だが、総司達は何故か苦笑しかしておらず、訳が分からないまま再び少年の方を向くと、少年は洸夜の方を見て目を輝かせていた。

そして……。

 

「大センセイ~!!」

 

「なッ!? 何なんだお前はッ!!?」

 

突如、自分に抱きついて来た少年。

只でさえ、真夏なのだから更に暑苦しい。

 

そんな事を内心で思いながらも、どうにかして少年を引き剥がす事に成功した洸夜は、今度は陽介の方を向いた。

そんな洸夜の視線に苦笑いしている陽介。

 

「花村……こいつはお前の知り合いか?」

 

「……確かに知り合いですけど、洸夜さんも知り合いですよ」

 

「……なに?」

 

陽介の言葉に今一納得出来なかった洸夜。

はっきり言って、こんなキャラ濃い人物に会えば忘れる事は無い筈なのだが、全く覚えが無かった。

そんな時、総司が静かに洸夜の肩に手を置いた。

 

「兄さん……実は、クマなんだよ」

 

「熊なんだよ? どう言う意味……。(待てよ……大センセイ……熊……熊……クマッ!?) まさか……クマ……なのか?」

 

そう言いながらゆっくり首を少年の方へ向けた洸夜。

そんな洸夜に、少年は更に目を輝かせた。

その周辺に光輝く何かを見た気がしたが、恐らくは気のせいだろう。

 

そして、洸夜の言葉に少年はピースしながらポーズを決めた。

 

「ザッツライト! さっすが、大センセイ……クマ、忘れられたと思って悲しかったよ 」

 

「……」

 

開いた口が塞がらない。

まさに、そのまんまの洸夜の様子に総司達も気持ちが良く分かると言った様に頷いていた。

 

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説明中

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「つまり、外の世界が気になって出てきた後に陽介達と会って、話していたら暑く成ってキグルミを脱いだ。そしたら、中からクマ(人)が出てきた……で良いのか?」

 

「殆ど其で正解です」

 

飲み物を飲みながらクマがこの世界に来た経緯を聞いた洸夜。

色々と思う事もあるが、色々とありすぎてつっこむ気にも慣れなかった。

 

「瀬多君の時もそんなリアクションだったけど、洸夜さんも普通に驚くんですね」

 

「俺だって初めての経験だからな。そりゃ、普通に驚くよ……」

 

千枝の言葉に思わず溜め息をを吐く洸夜。

最早、驚きを通り越して新鮮に感じてしまい、胸がすがすがしくも感じていた。

 

そんな中、陽介がクマに対して口を開く。

 

「と言うか、おいクマ。本当にモロキンはテレビの中に入って無いんだよな? ホントは分からねえだけなんじゃねえのか?」

 

「ヨースケしつこい! 誰も来なかったって言ってるっしょ!クマは探知能力下がっているけどあっちの世界に誰かが来たか来ないか位は分かるの!」

 

両手を振りまして陽介に抗議するクマ。

本人も言う様に探知能力は下がってきているが、テレビの中に人が来たかどうかは探知は可能と言っており、クマは諸岡が殺されていたと思われる、ここ二日は誰もテレビに来ていないと主張する。

しかし、そう言った後に鼻を擦ってクシャミをするクマの姿に、洸夜と総司は互いに顔を合わせて溜め息を吐いた。

そんな風に洸夜達が悩んでいると、陽介が考える様に腕を組んだ。

 

「ただ言える事は、モロキンはそもそも“テレビに入れられてない”のは確かだよな?」

 

「なら、こっちで殺されたってこと? でも、何で犯人はモロキンだけテレビに入れなかったんだろ?」

 

最もな疑問に皆が考えるなかで雪子が口を開く。

 

「ひょっとして……もう、テレビに入れても殺せないって思ったとか? だって私たち続けて三人も 助けた訳だし」

 

「有り得るね、それ!」

 

雪子の言葉に賛同する様に頷く千枝。

そして、雪子の言葉を聞いた完二はその場から立ち上がってジュースの缶を掴みながら腕を上げた。

 

「んだよそれ! しくじらねえように、いよいよ外で殺りやがったってか!クソ、もしそうなら、も う犯人押さえねえと防ぎようねえぞ!?」

 

そう言って完二は、自分の飲んでいたジュースの缶を握り潰した。

しかし、翌々その缶を見ているとジュースでは無くコーヒーである事に気付き、完二が潰した缶はスチール缶であった。

族を中学生の時に潰す程の力を持つ完二にとって、スチール缶を潰すのは楽勝とは言わないが不可能では無い。

そんな完二の迫力に陽介・千枝・雪子・クマは絶句し、洸夜と総司は兄弟だけあり、鏡の様に同じ動作でスポーツドリンクを含みながら目を剃らす。

 

そんな中、りせは震えながら自分の肩を両手で掴んでいた。

 

「もしかして私……結構、ギリギリだったのかも……。」

 

「えッ? りせちゃん……どうしたの突然?」

 

震えるりせを心配し、隣に座っていた雪子が落ち着かせる為にりせの肩に優しく手を置いた。

そんな雪子の温もりに安心したのか、りせの震えるはゆっくりと静まって行く。

 

「大丈夫か、りせ?」

 

「ど、どうしたの突然……?」

 

りせの様子に心配し、声をかける総司と千枝。

そんな二人の声に、苦笑しながら総司達の方を向いた。

 

「なんか……犯人がテレビに入れずに直接殺人をし始めたと思ったら、私も危なかったんだなって思っちゃって……」

 

「りせ……」

 

りせは、皆の話を聞いている内に自分が殺されていたのかも知れないと思い、心細く成り、恐く成ってしまった。

総司達が救出したのはりせで三人目。

もし、完二が救出された時点で犯人が、現実世界で直接殺人を始めていたら……。

そう思うと、自分はギリギリだったのでは無いかと思ってしまった。

 

そんな事を思ってしまい、表情が暗く成るりせ。

すると、其を見ていた洸夜が総司へと視線を送る。

その視線に総司は気付き、洸夜に視線を返すと、洸夜は視線をテーブルの下へと向けた。

そこに有ったのは、総司に持たせていた陽介達へのお土産の入った紙袋。

洸夜は、今回の事件で気分が落ちていて渡し損ねていたお土産を今渡し、りせや他のメンバーを励ます様に言っている。

それを理解した総司は、紙袋を持ち上げてテーブルの上に置くとメンバーの前に出した。

 

「お土産を配るぞ……」

 

「えッ! このタイミングでなのッ!?」

 

「ある意味、良いタイミングなんじゃないんスか?」

 

「うん、私もそう思う」

 

「ま、まあ……そうだな。そんじゃあ、そう言う事だし貰っちゃうぜ」

 

皆も察してくれたのか、素直にお土産を受け取ってくれるメンバー達。

陽介にはリストバンド、千枝には青龍伝説の続編のDVD、雪子には扇子、完二には都会で売っていた色々な種類が載っているぬいぐるみの本、りせにはハンカチ、クマには菓子。

そして、それぞれに総司がお土産を配っている光景を洸夜は、ある事を思いながら静かに眺めると、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

「……。(こいつ等には……ずっと仲良く絆を繋いで行ってもらいたいものだ。俺は、例え望んだとしても"全員"で集まる事はもう出来ないからな……)」

 

洸夜の言葉の意味。

それは、美鶴達と和解するしないうんぬんの問題では無い。

総司達とは違い、自分達は仲間を失い過ぎた。

洸夜は、総司達の仲良く笑いあっている姿に過去の自分達と重ねてしまい、どこか悲しく成ってしまった。

 

そんな風に、洸夜が夏の風に揺れながら黄昏ていた時だった。

 

「あの? 洸夜さんは、何か気付いた事ってありますか?」

 

「ん、俺か……?」

 

雪子の言葉に洸夜は目を開くと、既に総司は皆にお土産を配り終えており、皆が自分の方を向いていた。

 

「兄さんは、最近まで俺達とは別の視点から事件を見てた。だから、今回の事件で何か気付いた事でも無いかなって……」

 

「別の視点と言っても、殆どは同じだぞ? お前等が求める様な答えは言えないかも知れないぞ」

 

「其でも言ってくれ兄さん。これは、リーダー命令」

 

「それはずるいな……」

 

総司は親指を上げ、人差し指を伸ばして銃の様な形にして洸夜へと向ける。

それに対し、洸夜はやれやれと言った風に苦笑いしながらも応えた。

 

「……何と言うか、前々から気になる事が一つ有る」

 

「気になる事……?」

 

洸夜の言葉にジュースを飲みながら、おうむ返しの様に呟くりせ。

そんな言葉に、洸夜はああ……とだけ呟くとスポーツドリンクに口を浸けて水分を補給して、続きを語り出した。

 

「犯人の目的なんだが……本当に殺人なのかと思ってな」

 

洸夜の言葉に顔を見合わせる総司達。

既に三人も殺されているこの事件。

他のメンバーも危険な目に合っているのだから、当たり前と言える。

 

「……兄さんは、何でそう思ったの?」

 

表情一つ変えずに自分を見る総司に、空を見ながら洸夜は応える。

 

「……本当に殺人が目的なら、何でわざわざ誘拐してテレビに入れる? 最初から殺人が目的なら、そんな面倒な事はせずに直接殺害した方が手っ取り早いし、その死体をテレビに入れた方が色々と捜査の妨害に成る」

 

「た、確かにそうっスけど……犯人が直接じゃなく、シャドウに殺させて証拠を完全に無くす為なんじゃないんスか?」

 

「おッ! 完二君にしては、中々まともな意見」

 

「完二……成長したな」

 

「馬鹿にされてる様にしか感じねえと思うのは、俺の気のせいか……?」

 

完二の言葉に、感動して優しい目を完二へと送る総司達。

そんな総司達の目線へ、どう反応すれば良いか分からない完二。

そして、早く事件についてまとめたい洸夜は、その光景に溜め息を吐きながらも続きを話す事にした。

「続きを話すぞ? ……完二の意見もそうだが、そう成ると犯人がテレビの世界を知っている事が前提に成るよな?」

 

「何、今さらな事を言ってるんでーーー」

 

陽介がそこまで言った時だった。

洸夜は突如、ポケットの中から召喚器を取り出して、陽介へと向けた。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! お、俺は別に、こ、洸夜さんを馬鹿にした訳じゃッ!?」

 

陽介は思わず身構えながら、洸夜に必死に弁明しようとし、その様子に他のメンバーも思わず身構えながら事の成り行きを見守っている。

そして、そんな皆の反応に洸夜はクスクスと微笑みながら召喚器をしまった。

 

「花村……今、何で身構えた?」

 

洸夜が召喚器をしまった事にホッとしていた陽介は、洸夜からの言葉に面食らった表情で応えた。

 

「何でって……? そ、そんな物を突き付けられたら誰だってそう成るだろ!?」

 

「そうだ。そうなるに決まってる」

 

「へ?」

 

まさか、そんな素直に頷くとは思っていなかった陽介は、自分でもマヌケだと感じる様な声を出してしまった。

他のメンバーも呆気に取られている。

 

「人ってのは、刃物や銃等言った物を向けられるとさっきの様に身を守る為に身構える。そして、もし相手が襲って来た場合、少なくとも抵抗をして、体の何処かに抵抗した痕跡が残る筈。だが、シャドウに殺害された最初の二人を含め、誘拐された君達には傷一つ付いてなかった」

 

殺害された二人の外傷については、既に報道されている。

両者共に、致命傷と成る傷も無ければかすり傷一つ無い綺麗な状態であり、死因が不明。

それが、警察の事件解決を遅らせる大きな原因の一つとも成っていた。

 

そして、そう言いながら洸夜は、今度は指を先程の総司の様に銃の様な形にして陽介へと向けた。

だが、そんな指を向けられても何の害が無い事を分かっている為、陽介は先程の様には身構えずにただジッとしていた。

 

「……何してんですか?」

 

「花村……何で身構えなかった?」

 

「いや……別に害が無いと思ったし」

 

陽介の言葉を聞き、その言葉を待っていたと言った様に洸夜は頷くと、口を開いた。

 

「見ての通り、人は自分に害が無い、安心出来る……等の状況下では身構えしなければ警戒もしない」

 

「えと、その、う~~! 結局……どう意味?」

 

洸夜の言葉が理解出来なかったらしく、両手で頭を押さえながら唸る千枝。

そんな親友の様子に少し苦笑いする雪子だったが、雪子自身は理解出来たらしく、千枝に説明する為に口を開いた。

 

「最初の二人の死因はシャドウによって殺害されたから不明に成ってるけど、ニュースでも言っていた様に外傷もなければ、抵抗した様子も全く無かった。元々、犯人がその場で凶器を持っていて襲って来たなら二人共、さっきの花村くんの様に身構えたり抵抗する筈。つまり、二人が警戒しない状況……」

 

「???」

 

「あ~だから、恐らく、犯人は犯行の時に凶器を持ってもいなければ、殆どの人から警戒されない様な人。そして、犯人は危害を加える事が目的じゃなく、最初から誘拐してテレビの中に入れる事が目的……こんな感じですよね、洸夜さん……」

 

言葉の意味が理解出来ず、目が点に成る千枝の姿に苦笑いしながらも教える雪子は、そう言って洸夜の方を向き、洸夜もその言葉に頷き応えた。

 

「大体はそんな感じだが、犯人については違うな。君達自身が誰も犯人を見ていない事を考えると……最初の二人も見ていない可能性が高い」

 

「確かに、俺ら三人……誰も犯人を見て無いんスよね」

 

「なあ、ホントに何も覚えて無いのか? 本の些細な事でも良いからよ?」

 

テーブルから身を乗り出して聞いてくる陽介の言葉に、雪子、完二、りせの三人は腕を組んで考え混む。

りせはともかくとしても、雪子と完二のは其なりに日数が経っている。

今更、何か思い出せるとは雪子と完二自身も思ってはいなかったが、当事者である自分達が数少ない手掛かりである事は確かな為、三人は腕を組ながら何かを思い出そうとする。

 

「う~~~ん……何かをしようとしてたのは覚えてるんだけど、其が思い出せないし……気付けば既にテレビの中だったから……」

 

「俺も大体似た様な感じなんだよな……誰か来た様な気もするんスけど、今一あやふやだし、何かを嗅がされた様な……あッ、でも、洸夜さんの犯人が凶器を持っていないって推理は正しいと思うッスよ」

 

「その根拠は?」

 

平然と口走る完二に、何故分かるのか問いかける洸夜。

そして、完二へと視線を向ける総司達。

 

「基本的に武器とか持っている奴にやられたりしたら、結構覚えてるんスよ。でも、誘拐された時の事は何も覚えてない…… つまり、犯人は武器を持ってはいなかった!」

 

「……」

 

腕を力強く掲げる完二の言葉に、思わず黙ってしまう総司達を代表して総司が口を開いた。

 

「完二……お前、犯人の姿を見ていなかった場合もそう言えるだろ?」

 

「あッ……!」

 

しまった!

まさにそんな表情をする完二に、メンバー全員は堪えきれずに溜め息を洩らす。

そして、色々と複雑に成ってきた今回の会話に、千枝の脳内がオーバーヒートを起こしたらしく、椅子から立ち上がってその場で大声を挙げた。

「あーーーーーーーもうッ!! 訳が分かんなく成ってきた!! 結局、洸夜さんが言いたいのは犯人の目的が殺害を前提としているんじゃなく、誘拐してテレビの中に入れる事が目的かもしれない! そして、私達が謎としてるのは今回の犯人が何でモロキンをテレビに入れなかったのか! そう言う事でしょ! はい! この話は終わりッ!!……はあ……はあ…… 」

 

全てを言い切った。

まさにそんな感じで椅子に座り込み千枝。

そんな様子に目を丸くする総司達だったが、今日は色々と喋り過ぎたと感じた洸夜は、今日の話はこのぐらいで終わらせようとした時だった。

その後に発した千枝の言葉が、其をさせなかった。

 

「あ~~。"テスト"も有るのに……何で色々と重なるんだろ……」

 

「テスト……?」

 

「「「「「「あ……」」」」」」

 

千枝の言葉に、総司達と言った本人である千枝も思わず口に出した。

その表情からは、思い出した、どうしよう。

皆の表情からそう言った感情が読み取れた。

 

そんな中で、総司がゆっくりと洸夜へと首を向け、口を開いた。

 

「兄さん……」

 

「な、なんだ……?」

 

無表情ながら、尋常ではない程の眼力を自分に向ける弟の視線に、暑さとは別の意味で汗をかく洸夜。

そんな洸夜の様子を知ってか知らずか、総司は静かに口を開く。

 

「前に言ってたよね……後輩に勉強を教えたら、其なりに点数が上がったって……」

 

総司のその言葉に過剰に反応する陽介、千枝、完二、りせの四人。

雪子はそんな中で、雰囲気が変わったのを感じとった。

 

「ああ……何か、点数的にキツいって寮で騒いでいたから見かねてな。何とか、ノートとかをちゃんと書かせたり、俺の時のテストの内容を教えたりして色々と教えた。その結果、平均的に結構上がっていたな……。(その結果、俺の点数が落ちたが……)」

 

洸夜の言うその後輩、それは伊織順平の事である。

テスト期間に発狂よろしく騒いでいた順平を見かね、勉強を教えたのだ。

元々、日頃のノートをしっかり書き、基礎を固めれば少なくとも赤点は免れる。

しかし、順平に勉強を教えていた結果、自分の勉強が疎かに成ってしまい、点数が下がり落ち込んだのも今に成っては良い思い出に成っている。

 

そんな時、りせが徐に洸夜の服を掴んだ。

 

「洸~夜さん! 私……転校したばっかりだから、勉強を教えてほしいんです……」

 

「あッ! テメェー汚えぞッ! 洸夜さん! 俺にも教えてくれよ! 此処んとこ学校行って無かったから、色々とあぶねえんだ!」

 

「それは、あんたの自業自得でしょ! お願い洸夜さん!」

 

そう言って、互いに怒気丸出しで睨み合うりせと完二。

そんな二人の怒気に後退りする洸夜。

すると……。

 

「ん?」

 

背後に何か気配を感じた洸夜は、後ろを振り向いた。

そこにいたのは陽介と千枝だった。

二人とも、頭をかきながら、いや~と笑いながら洸夜を見ていた。

 

「洸夜さん……」

 

「俺らにも……勉強を教えてくれませんか?」

 

「えッ!? 何でだ! 少なくとも、千枝ちゃんには雪子ちゃんがいるだろ?」

 

「雪子には数学、英語、現代文を教えてもらうんです!」

 

「えッ!? (前の時より増えてる……!)」

 

何気無く言った千枝の言葉に思わず声をあげる雪子。

今までも千枝に勉強を教えていた事はあったが、まさか今回は三教科も教える事に成るとは思わなかった。

そんな風に、ごちゃごちゃと揉めている洸夜達から然り気無く後退りする総司。

 

「ごめん兄さん……。(この所、色々有りすぎてまともに勉強してないから……皆に教える暇が無いんだ)」

 

元々、成績が悪くない総司。

だが、この所続く事件等によって忙しくなってしまい、少し勉強が疎かに成ってしまっている。

陽介とかが自分に勉強を教えてくれと言ってくるのは予想できており、その対処として洸夜の事を話したのだ。

 

「……。(許せ皆……人は時として残酷ーーー)」

 

総司が皆から背を向けて立ち去ろうとした、その時……。

誰かが総司の服をガシッと掴んだ。

そして、徐にゆっくりと総司は後ろを振り向くと、皆に服を引っ張られながらも、自分の服をこめかみをピクピクとさせながら掴む兄の姿だった。

 

「総司~! この所、色々有りすぎて忙しかったから勉強が疎かに成っているからって……俺と雪子ちゃんに全てを任せようとしても、そうは行かんぞ!」

 

「!? (ば、バレてる!) たまには良いだろ!? どうせ、兄さん暇でしょ!」

 

別に職に就いている訳でも無ければ大学にも行っていない洸夜に対し、そう行ってしまう総司だったが、その瞬間、洸夜の目が光った。

 

「なんだと……総司! 俺だって家事全般やバイトの掛け持ちで忙しいんだぞ!? 浴場のカビを落としたり、お前の布団をフカフカにしてやってんの誰だと思ってんだ!」

 

「も~クマの事を無視しないでよ!」

 

「大体、兄さんはッ!」

 

「お前も大概だろうがッ!」

 

それから、互いに言い合いが始まり、テスト前に勉強会をする事で決まって事件についての話し合いはいつの間にか、テストについての語り合いに成ってしまった。

そして、余談だがクマの身柄は陽介が引き取る事に成った。

 

End



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直斗再び

何でもかんでも無双ゲームにしたら、一人は確実に買っていく気がする。


ペルソナ無双。
↑出たとしても、絶対買わない気がする。


同日

 

現在、堂島宅

 

あの後から数時間が経ち、既に日も暮れて月が夜空に君臨していた。

そんなムシムシとした暑い夜で蝉の鳴き声が響き渡った稲羽の夏の夜を居間の窓を空け、お風呂上がりの髪をふきながら洸夜は肌で感じていた。

こんな風に月が綺麗に写る夜は、何処か心が寂しくなり黄昏てしまう。

 

そんな風に洸夜が夜空を眺めていた時だ。

 

「ちくしょーーっ!」

 

「……」

 

後ろから聞こえてきた大声に振り向く洸夜。

そこにいたのは、酔いつぶれてソファーに寝転ぶ堂島の姿。

先程、足立が来て酔いつぶれた堂島を家に運んで来たのはついさっきの事で、総司と奈々子に布団を引かせに行かせている。

何か嫌な事が有ったのだろう、堂島は先程からこの様に大声で愚痴っている。

 

「洸夜お兄ちゃん……お布団引いたよ」

 

「ああ……ありがとうな奈々子」

 

堂島の部屋の中から顔を出しながら言う奈々子の言葉に頷き、居間の窓を閉めて堂島に肩を貸して持ち上げるが、部屋に向かう途中でも堂島は愚痴る。

 

「ったく……あのガキ偉そうに……こっちはてめえがランドセル背負ってる時から刑事やってんだぞ……ヒクッ! ……くそ~」

 

「はは……」

 

堂島の口振りから察するに、どうやら直斗に相当コキ使われた様だ。

洸夜は思わず笑ってしまうが、次に発した堂島の言葉がその笑みを消し去った。

 

「まったく……何が"今までの事件と、今回の事件は別物"ですだ……だったら根拠を教えやがれ……ヒクッ!」

 

「! (別物? 直斗は今回の事件を別物と判断しているのか……だが、そう言う事なら色々と辻褄が合う)」

 

洸夜が気になっていたのは犯人の目的についてもだが、今回の事件の犯行に付いても色々と気になっていた事があった。

まず、何故犯人は今回に限ってテレビを使わなかった事について、雪子達が言った様にテレビで殺す事が出来なくってきたから現実で殺害したと言う意見も一理有るが、殺害に関して執着しているのならば既に行動を起こしている筈だ。

どっち道死ぬとしても本当に殺害だけが目的ならば、誘拐して自分の手で殺害してから遺体をテレビの中に隠せば良いのだから。

しかし、犯人はそうはせず、テレビに入れる事だけをしていた……まるで、テレビの中に入れるのが目的の様に。

総司達が救出してからも其だけは変わらないでいた。

死因も分からない、誘拐の時に目撃すらされなければ証拠も無い。

言い方は悪いが、犯人からすればこれ以上に無い犯罪の方法だろう、自分は誘拐の時に注意すれば良いだけなのだから。

だが、今回は違う。

死因が分かっており、色々と証拠も出ている。

もしかすれば、目撃者も出ているかも知れない。

今まで証拠を残さなかった程の犯人がこうも簡単に犯行を変え、証拠も残す様な真似をするとは洸夜は思えなかった。

だが、今回の堂島の話を聞いた事で洸夜の中のパズルが完成し始めた。

 

「……。(本来、遺体があんなおかしな場所に現れるのはテレビに入れられたからだ。今回はテレビの中に人が来なかったのはクマが証明している。なのに、遺体があんな場所に吊るされていたのは"今回の犯人"が今までの事件に似せたから……そして、テレビに入れなかったのは、テレビの"世界"の存在を知らなかった……そう思うと色々と辻褄が合う。ああ畜生……なんでもっと早く気付かなかったんだ)」

 

一度気付くと後から後から推理が浮かんでくる。

洸夜は堂島を布団に寝かせた後、総司の部屋へと向かおうと思ったが睡魔に勝てず部屋へと戻る事にした。

 

「しかし……直斗の奴、いきなり今回の事件と今までの事件は別物なんて言えば、そりゃあ揉めるだろ」

 

等と直斗の事を多少心配しながら。

 

==============

 

7月11日 (月)

 

現在、学校

諸岡の事件は既に学校全体に広がっており、総司達は朝から朝会やら新しい先生の紹介等で忙しかった。

そして、今は昼休み。

総司は陽介、千枝、雪子のいつものメンバーで話していた。

 

「やっぱ気になるよね……」

 

「あ? 柏木の事か?」

 

柏木 典子……亡くなった諸岡に代わり、総司達の新しい担任と成った女教師。

諸岡とはまた一味違うキャラの濃さに、総司ですら苦手な部類に入れる程であり、他のクラスメイトからも色々と不満の声が上がっている。

 

千枝がそんな柏木の事を言ったと思った陽介は、そんな風に答えたが千枝が首を思いっきり首を横に振って否定する。

 

「違うって! マヨナカテレビについてだって……」

 

クラスを見渡しながら、声を小さくして応える千枝の言葉に総司達もクラスへと耳を傾ける。

すると……。

 

「なあなあ、お前知ってるか? りせちーのストリップ」

 

「何バカ言ってんだよ、そんなのりせちーの事務所がやらせる訳ねえだろ?」

 

「ホントだって……ほら、噂の"マヨナカテレビ"だよ」

 

「"マヨナカテレビ"……そう言えば、後輩の誰かも何かそれでやらかしたって……」

 

窓際で話している男子の話に思わず顔を見合わせる総司達。

既にマヨナカテレビが只の噂では無くなってきており、こんな学校内でも普通に話す程にまでに来ている。

だが、テレビの中で戦っている自分達の姿が映っていないのは不幸中の幸いと言うべきか、誰も自分達について触れてないのは総司達にとっては都合が良い。

下手にペルソナで戦っている所を見られでもすれば、多少何か言ってくる奴もいるかも知らない。

そう思うと心の奥がホッとするのを総司達は感じていた。

 

「やっぱ、広がって来てるね……"マヨナカテレビ"」

 

「でも、こうなる事はなんと無くっだけど分かっていた事だ」

 

総司の言葉に頷く千枝と雪子。

自分達が他のクラスメイトと同じ立場なら、絶対にマヨナカテレビを見ている。

総司自身も、最初初めて千枝からマヨナカテレビの噂を聞いた時、興味が有ったから試したのは紛れも無い事実。

何も無い稲羽の町では、こんな都市伝説み良い刺激に成るのは皆も分かっている事。

 

声を潜ませながら話す総司達だが、陽介が周りに注意しながら口を開いた。

 

「なあ、俺……昨日洸夜さんが言った犯人の目的がテレビに入れる事が目的って話さ、良く考えたんだけど……正しいんじゃねえかって思えて来たんだ」

 

「その根拠は?」

 

昨日は諸岡の死、クマの登場、夏の暑さ等が重なりあまり考えられなかった。

しかし、恐らく陽介は昨晩の内に事件について考えたのだろう。

その場限りだけの話にはせず、疑問点はちゃんと分かるまで考える。

そう言う事もあって、自称特別捜査隊の"参謀"名乗っている陽介を、総司は頼している。

 

「……だってよ、天城を救出した後、犯人は天城をもう一度狙わずにそのまま完二、りせちーって狙いを代えたろ? あれ……"マヨナカテレビ"に映ったから目標を代えたと思ってたけど、実際は犯人の目的がテレビに入れる事だからじゃないのか?」

 

「確かに、其だと一応辻褄が合うけど……それじゃあ……」

 

雪子はそこまで言うと、申し訳なさそうに陽介の方をチラッと見て、それに気付いた陽介は苦笑いした後、何かを諦めた様な感じで肩を落とした。

 

「……結果的に死んだんだろうな。山野アナも、そして、先輩も……」

 

「「「陽介……/花村……/花村君……」」」

 

総司達は、何処か寂しそうに床に顔を向ける陽介に、一体なんて言えば良いのか分からないと言った表情で見ていた。

もし、犯人の目的がテレビに"入れるだけ"だとしたら、最初の二人は誰にも助けて貰えずに結果的にシャドウに殺されたと言う事に成る。

陽介もそれに気付いているからこそ、こんな悲しい表情をしているだろう。

 

そんな総司達の視線に気付いた陽介は、再び苦笑いしてしまった。

 

「なに皆がそんな顔をしてんだよ? 俺は大丈夫だって……」

 

陽介は、心配すんなって……と言って手をブラブラと上限に揺らす。

そんな陽介の顔を見て、総司は拳に力を入れながら口を開く。

 

「許せないな……!」

 

「相棒?」

 

「例え、兄さんと陽介の言っている事が正しかったとしても……もう、二人も人が死んでるんだぞ? 犯人がそれを知らない訳がない。犯人の目的がテレビに入れる事だったとしても、それはもう、殺人を目的にしているのと同じだ!」

 

総司は三人の顔を見ながら内心で猛っていた。

ここまで事件が大事に成り、二人も死んでいる。

それを犯人が知らない訳がなく、もし今も殺人の自覚無く犯行を繰り返そうとしているならば、これ以上に腹正しい事は無い。

 

「確かに、瀬多君の言う通りだね。でも、犯人は直に殺人をし始めた……現に諸岡先生は……」

 

「それなんだよな……犯人は目的が変わったのか?」

 

総司の言葉に頷く雪子の言葉に悩む陽介達。

すると、総司は朝に洸夜に言われた事を思い出した。

それは、今回の事件についてだ。

 

「今朝……兄さんに言われた事があるんだ。モロキンの事件について……」

 

「えっ! 洸夜さん、また何か気付いたの!?」

 

驚く千枝の言葉に、総司は静かに頷いた。

 

「兄さんの話だと、今回のモロキンの事件にはテレビの世界が関係していないのは、クマによって証明している。なのに、遺体があんな普通じゃない場所にあったのはおかしいんだ」

 

「え? どういう事だ?」

 

「忘れたのか? 今まで遺体がアンテナとかに引っ掛かっていたりしたのは、テレビの中のシャドウ達が現実世界に放り出していたからだ。でも、今回はシャドウは関係ない」

 

総司の言葉の意味がどういう事か分かってきた陽介達は、互いに顔を見合わせた後、総司へと視線を戻して陽介が応えた。

 

「つ、つまり……犯人はわざわざそこまでして、今までの事件に似せたのか? いや、でも……シャドウがやったならともかく、犯人からすればかなり危険じゃねえのか? 目撃者だって出るかも知れねえだろ?」

 

「確かにそうだ。でも……もし、今までの事件と今回の事件の犯人が"別人"だったらどうする?」

 

「えっ!? それって……」

 

総司の言葉に思わず息を飲む千枝。

 

今回の事件の違和感。

それは、今までに比べて犯行がお粗末な所等がある。

総司も今まで手掛かり一つ残さず、自分達、警察の捜査を遅らせてきた犯人がこんな簡単に証拠を残すとは思ってはいなかったが、もし、諸岡の事件だけ別の犯人いたとしたら……。

それはつまり。

 

「それって、今回のモロキン殺害を今までの事件に似せた犯行……つまり、犯人は……模"造"犯」

 

「「「模"倣"犯!」」」

 

「も、模倣犯……」

 

千枝の良い間違いに肩を落とす総司達。

千枝はシャドウとの戦いの時は、"戦車"のアルカナだけあり、特別捜査隊の斬り込み隊長と称せる活躍をしてくれるが、頭を使う戦いには滅法弱い。

それは、この様な話し合いにも影響してしまう。

 

「でも、模倣犯なら色々と納得出来るけど……まだ完全に判断するのは少し迂闊じゃない?」

 

「それに関しては、兄さんも同じ事を言っていた。まだ、確証が無いから全て鵜呑みにはしないでくれって」

 

「しょうがねえ……今日、テスト勉強がてら皆でもう一度集まろうぜ。相棒、今日は洸夜さん時間あるのか?」

 

基本的に洸夜の日常を知らない陽介達。

その為、洸夜の予定を知っているであろう総司に聞くしかない。

 

「確か……今日はバイトが無いって言っていたから大丈夫な筈だ。兄さんメールしとくよ」

 

そう言って総司は携帯で洸夜にメールを打つ。

こう言う暇な日は、洸夜は大抵家事に専念している。

溜まった衣服の洗濯、部屋の掃除、浴場のカビ取り、空気の入れ替え等をしており、今日は家にいる事は総司はしっている。

疲れて布団を敷いて寝る時に感じる、ふかふかした布団の感覚にお日様の匂い。

洸夜のそういう気配りが、現在の堂島家を支えていると言っても過言では無い。

心配する点と言っても、忙しく携帯のメールに気付かない可能性があると言う所だけ。

 

そして、メールを打ち終えて携帯を総司がしまった時だった。

 

「あ……」

 

雪子が何かを思い出した様に声を上げ、それに反応した総司達は雪子の方を向いた。

基本的にどの様な場面でも、其なりに冷静な雪子。

そんな雪子がこんな反応するのは珍しいと同時に、何かある時だけなのを総司達は知っている。

 

「どうしたの雪子? 何か気付いた?」

 

少し心配しながら雪子の様子を伺う千枝に対し、雪子は少し困惑に近い表情をしてしまった。

 

「さっき、掲示板を見に行ったんだけど……なんか、今回から赤点取った生徒は居残りで"補習授業"をするって書いてあったのを思い出したの」

 

「「ほ、補習授業~~~!?」」

 

あまりのカミングアウトを聞き、思わず雪子に顔を近付ける陽介と千枝。

日頃はボケとツッコミの様な二人だが、こんな時も息はピッタリだ。

 

「何で! どうして!? 今まではそんなの無かったじゃん! あったとしてもレポートぐらいだったよね!」

 

「そうだぜ! そんなの横暴だ!? 」

 

「わ、私に言われても……でも、他の人達の話を聞くと、なんか、これを提案したの諸岡先生らしいよ」

 

「「は?……モロキンが?」」

 

ドン引きした表情の雪子の言葉に、今度は固まる二人。

そんなさっきから表情とかが変わる二人のリアクションに、総司は劇か何かを見ている気分に成ってしまう。

ここまで表情とか変わる物だと感心してしまう。

 

総司が三人のやり取りを無表情で眺めている間にも、三人の会話は続く。

 

「うん……なんか、赤点をとっても生徒が反省しないのは、罰が甘過ぎるからだって……それで、強制的に補習授業を……」

 

「己~~~~モロキン~~~~~~!!!」

 

「死して尚も~~~~~!!?」

 

頭を押さえながら、ワシャワシャと髪をかき乱して騒ぐ陽介と千枝。

最早、目に涙すら溜めている。

 

「……そこまで嫌なのか」

 

「嫌に決まってんだろ! 何か、お前は何か! この間、兄貴のお見合いに付き添って一生で見れるか見れないか位の美人に会って余裕を得たのか!?」

 

「こんな横暴、PTAが黙って無いからね!!」

 

「いや……今回は諸岡先生、間違って無いから……」

 

雪子自身も、諸岡の事は口等が悪く好きでは無かった。

それどころか、明らかに苦手・嫌いの部類に入っている。

だが、それを踏まえても今回は諸岡が正しいとしか言えなかった。

 

「確かに美人だった!」

 

「うがあああっ! チクショウっ! 写メとかねえのかよっ!?」

 

何故か勝ち誇った表情の総司の首筋を掴み、おもいっきり揺らす陽介。

そして、自分の目の前で未だに騒いでいる親友の姿。

 

「ハア……。(誰か、助けて……)」

 

涙を思いっきり流して良いなら流したい。

雪子は、そんな気分で溜め息を吐くのだった。

 

==============

 

同日

 

現在、商店街

 

昼も終わった頃、洸夜は商店街を歩いていた。

いつもなら、バイトの無い日は自宅で家事に集中している事が多く、今日もその予定にしていた。

しかし、今現在は真夏の商店街を歩いている。

 

洸夜は、その元凶である携帯のメールを開いた。

 

「……。(兄にこんな炎天下を歩かせるとは……総司、俺に恨みでもあんのか? くそ……腕のブレスレットが熱を吸収しているからか暑い……!)」

 

総司を通して美鶴から貰った腕輪は金属製である為、洸夜の手首に熱が集中する。

バイクで行けば良いのだが、最早動く鉄板と成り果てたバイクに股がる勇気は洸夜には無い。

 

「道の先に陽炎が見える……」

 

ユラユラと世界を歪ませる陽炎。

見ているだけでおかしく成りそうになる。

 

「温暖化なんて……滅べば良い」

 

洸夜が猛暑に対し、憎しみを抱こうとしていた時だった。

商店街の真ん中で騒ぐ、金髪の男子学生の姿が目に入った。

夏服の制服に身を包み、写真らしき物を手に数枚持って何かを言いながらに道行く人達に写真を配っているが、渡された人は困惑した表情をして去っていく。

そして、男子学生は今度は洸夜に気付き、ニヤ付きながら近付いてきた。

 

「豆腐屋のバイトのお兄さんじゃん!」

 

「俺を知っているのか? 」

 

「あんな凄いバイクでこの町を走ってんのは、お兄さんだけだからな。俺じゃなくても顔位は分かるさ」

 

「個人的には、普通のバイクのつもりなんだがな……」

 

あれで普通かよ……と苦笑する男子学生の表情に顔を反らして溜め息を吐く洸夜。

そんな溜め息に慌てる様に写真を洸夜に渡す男子学生。

りせの野次馬に対する洸夜を見ていたらしく、男子学生は洸夜を怒らせたと勘違いしてしまった。少なくとも、先程よりもチャラチャラとした態度を抑えた様子を見た洸夜はそう判断した。

 

「そ、其よりもこの写真……お兄さんにもやるよ!」

 

おもむろに受け取った写真を洸夜は見てみると、写真に写っていたのはお世辞にも明るいと言えない少年の写真だった。

制服を着て一人で写っている写真から察するに、学校か何かでの写真だと言うのが分かる。

こんな事を思いたくは無かったが、まるで生気の感じられない虚ろな目に洸夜は気味悪く感じ、思わず鳥肌が立ってしまった事に驚いた。

しかし、そんな少年の姿にどことなく見覚えがある事に気付いた洸夜。

それは、つい最近の事でも合った。

 

「……この少年は。(確か……りせにしつこく話し掛けて嫌がられていた奴だな)」

 

洸夜は、思わずマジマジと写真を見つめ続けていると、写真を渡してきた男子学生も隣から覗き込んできた。

 

「こいつ、気持ち悪い顔してるでしょ? 写真を見せた皆、お兄さんと同じ表情をしてんだよ」

 

ニヤニヤと語る男子学生の馴れた口調から察するに、自分以外の人にも同じ事を言っているのだと洸夜は感じた。

他人の写真をばらまいてこんな事をする点等を考えれば、この少年と男子学生は其ほど仲が良い訳では無く、其と同時にこの男子学生の性格が良く分かる。

写真を渡された他の人が困惑していたのはこの為だが、洸夜は気持ち悪いと感じてしまった自分が何かを言う資格は無いと感じて口を閉じた。

だが、そんな洸夜に気付かず男子学生は語り続ける。

 

「俺さ、運が良いのか悪いのか……こいつと中学の同級生なんだ」

 

「運が良いのか悪いのか?」

 

気になる話し方をする男子学生の言葉に思わず聞き返してしまった。

 

「お兄さんはまだ知らないんだな。こいつ、今この町で起こってる連続殺人の犯人らしくて警察が今朝、こいつの家に来たんだぜ」

 

「犯人!? こいつが……本当なのか?」

 

「マジマジ! 現にこいつ、殺された教師が見付かってから家に帰って無いらしいし。はっきり言ってもうーーー」

 

「コラァッ!! そこの学生ッ!!!」

 

男子学生の声を遮る程の声に、思わず振り向くと遠くから警官が走って来ていた。

そして、その警官の姿に逃げ出す男子学生。

 

「やべっ! お兄さん、その写真はやるから!」

 

そう言って、男子学生は警官に追い掛けられて行ってしまった。

そして、静かに成った商店街で洸夜はもう一度写真に目を通した。

 

「……。(何かやらかす様な雰囲気だったが……まさか本当に……! いや、先ずは総司達と合流するのが先だな)」

 

内心でそう呟くと、洸夜は暑さも忘れて急いでジュネスへと向かっていった。

 

================

 

同日

 

現在、ジュネス(特別捜査本部)

 

総司達はマヨナカテレビの事件について話し合う為にジュネスに来ていたが、来週は期末テストもあって話は自然にそっちの方へと話が行く。

そんな屋根のある休憩所のテーブルに、勉強等から来る怠さかうつ伏せに成る千枝。

テーブルの上に置いてある教科書とノートが、可哀想になる程に視線には入れられてはいなかった。

 

「あ~……来週はもう期末かぁ、“赤”久々にくるなコレ……」

 

「どうせ、しょっちゅうだろ」

 

ジュネスの休憩所で飲み物を飲みながら、来週の期末テストの事を愚痴る千枝に陽介が突っ込む。

 

「けど千枝は赤の科目以外はいっつも平均点以上だよね」

 

「そ、そこ!フォローになってないから!メリハリよメリハリ!!」

 

フォローのつもりで言ったつもりが、千枝が赤を取っていると言う確定的な証言を言う雪子に千枝はジュースをイッキ飲みして抗議し、他のメンバーはそんな様子に笑っている。

そんなメンバー達の会話に、りせは我慢出来なかったのか声を出して笑ってしまう。

 

「あははは!」

 

「も、もうりせちゃんまで!」

 

「ふふ、違うのごめんなさい。私……新しい学校でも、どうせ当分は友達は出来ないって思ってたから……きっかけが事件なんかじゃなきゃもっと良かったんだけどね」

 

アイドルである為、学校に行っても友達は出来ずらいと思っていたりせにとって事件がきっかけとは言え、感謝はしないが総司達との出会いは嬉しいものだった。

他のメンバーもりせの気持ちを察したらしく、静かに頷く中で総司が本題に入った。

 

「それにしてもモロキンの件……どう思う? 一応、兄さんは模倣犯かも知れないって言ってたけど……真犯人と何か関係があると思うか?」

 

「昨日も言ったけど少なくとも、テレビは使われてないよ。前より“鼻”が利かなくなってきてるけどそれくらいは間違えないクマよ」

 

「それは分かったけどよ、犯人の動機ってなんなんスかね? モロキンを恨んでいる奴なんて腐る程いると思うッスけど……」

 

「動機か……確かに"マヨナカテレビ"が関係無い以上は動機も考えないとな」

 

一応、考えてはいるが、考えれば考える程に謎が生まれてくる。

結局、考えても何も分からずテーブルに倒れてしまう総司だったが、そんな様子を見ていた花村が何か秘密を白状するかの様な苦肉の表情をした。

 

「……俺、白状するとさ。正直、心の何処かでモロキンの奴が犯人かもって思ってた事もあんだ……」

 

「え? どうしてモロキンが犯人?」

 

「ウチから二人目って言うけど、実際はもっとだろ? それに、あいつ先輩達の事を“死んで当然”とか何度も言ってたしよ、けど……疑って悪かったなって……」

 

「……」

 

陽介の言葉に皆は飲み物を飲みながら黙って聞いてる。

もしかすると、陽介以外にも諸岡が犯人だと思っていた者がいるかも知れない。

総司も、微かにだが諸岡が犯人かも知れないと思った事は有った。

だから、陽介の気持ちが分かる。

 

「ムカつく奴だったけど、こんな死に方ありえないだろ……モロキンだけじゃないけど、かわいそうっつーか、なんつーか……クソッ! とにかく犯人達許せねぇよ!」

 

「そうだね……モロキンの為にも、あたしたちに出来ることやるしかないよ!」

 

陽介と千枝の言葉に力強く頷くメンバー達。

 

「そーと決まれば、早速手掛かりを探しますか。洸夜さんばっかりに頼る訳にも行かないスから……」

 

完二がそう言って立ち、総司達も立とうとした時だった。

 

「その必要はありません」

 

自分達の後ろから聞こえる幼いながら大人びた口調での突然の言葉に、全員が声の出所を見るが完二だけが過剰な反応を見せた。

 

「お、おめぇ……」

 

「諸岡さんについての調査はもう必要ありません。容疑者が固まった様です。ここからは警察に任せるべきでしょう」

 

そこには、青い特徴的な帽子を被り、見た目に似合わない雰囲気を漂わせる人物、白鐘直斗が立っていた。

総司達は何だかんだで直斗と遭遇している。

特に完二は直接話を聞かれた為、無駄に意識してしまった。

そして、突然の登場に呆気に成っている陽介達を代表して総司が直斗へ応えた。

 

「どうして君にそんな事が分かる?」

 

自分よりも年下の少年が、何故テレビにも発表されていない情報を知っているのかと言う当たり前の疑問を総司は感じ、直斗に問いかけるが、それに対して直斗は至って冷静に答えた。

 

「本来なら答える義務はありませんが……貴方のお兄さんには、こちらもお世話になりましたので教えます」

 

「「「!?」」」

 

その言葉に総司達は驚いた様子だったが、総司は直ぐに冷静になった。

最早、総司の中では洸夜と直斗が知り合いだとしても其ぐらいでは驚きに値しなくなっていた。

 

「兄さんとの事は一旦保留にして、それで君が知っている理由は?」

 

「……僕が県警本部の要請で来ている“特別捜査協力員”の探偵だからですよ」

 

その言葉に陽介達の驚きの我慢が出来なかった。

 

「探偵! なんだそりゃ!?」

 

「それよりも、容疑者が固まったって誰なのっ!?」

 

陽介達のリアクションに至って冷静で平常心を保っている直斗は応えた。

探偵である直斗はこれぐらいでは動揺せず、平常心を保つのは造作も無かった。

 

「顔は分かりますが、名前は僕も教えてもらっていません。なんせ、容疑者は僕達と同じ“高校生の少年”なんですから」

 

「こ、高校生!?」

 

「なんじゃそりゃ!?」

 

容疑者は高校生の言葉に、総司達は顔を見合わせるが直斗はそれを無視して話を続ける。

 

「メディアにはまだ伏せられていますが、少なくとも皆さんの学校の生徒じゃない様です。ただ、今回の容疑者手配にはよほど確信があるみたいですね……。今までの事件と問題の少年との関連が周囲の証言ではっきりしているそうですから、逮捕は時間の問題かも知れません」

 

「……容疑者は高校生か」

 

直斗の言葉に総司達は下を向く。

犯人が自分達と同じ高校生が殺人犯だと聞いたら良い気分に成らなければ、同じ高校生と言う事実が後味悪い感じに総司達にまとわりついた。

だが、総司は少し疑問も感じていた。

 

「……。(警察が見付けた犯人は恐らくはモロキンを殺した模倣犯の方だ。だけど、彼の話ならその犯人は山野アナや小西先輩の事件にも関係している様な感じだが……どう言う事だ? 兄さんの推理が間違っているのか?)」

 

一人で総司が悩んでいると、陽介が直斗に対して口を開いた。

 

「ところで、お前は何しに来たんだ? 伏せられるんだろ、何でわざわざ知らせに来た?」

 

陽介の言葉に、直斗は帽子を深く被り直すと目を閉じながら応えた。

 

「皆さんの“遊び”も間もなく終わりになるかも知れない……それだけは伝えた方がいいと思ったので」

 

「……。(さっきは、兄さんにお世話になったからって言って無かったか?)」

 

直斗の言葉に、総司は普通に受け取ったのだが陽介達の怒りに触れてしまったらしく、陽介が立ち上がった。

 

「な、何だと!」

 

「おい! 陽介!」

 

「花村!?」

 

突如、出てきて自分達の行動を遊び扱いされた他のメンバーも直斗の言葉に怒りを覚えたが、流石に暴力を振るう訳には行かない。

それを分かっている総司達は、陽介を止めようとしたが間に合わず、陽介は直斗の間合いに入り手を伸ばし、直斗に掴み掛かる。

そんな時だった。

 

「……少しは成長したと思ったのは俺の気のせいだったか?」

 

「兄さん……」

 

「洸夜さん……」

 

洸夜は陽介の腕を掴んで、直斗との間に入って来ていた。

突然の出来事に陽介と直斗は驚いていて、総司達も驚きながらも大事に成らずにすんだとホッとしている様子だ。

 

そして、洸夜が陽介の腕を放すと、直斗は洸夜に顔を向けた。

 

「洸夜さん……やっぱり貴方も関係していたんですね」

 

直斗の言葉に洸夜は小さく笑いながら返答する。

 

「よく言うぜ……俺と総司が兄弟って分かってるって事は、少なくとも総司達に俺も関係しているって感づいてたんだろ?」

 

「当たらずも遠からずってところですね……」

 

洸夜と直斗の間で飛び交う言葉は少ないが洸夜と直斗の二人には意味が分かっている、だが第三者である総司達にはこの少ない言葉の意味が分からず、二人を見る事しか出来ない。

そんな中、千枝が手を挙げる。

 

「あの〜 洸夜さんは彼の事を知っているんですか?」

 

「まあ、色々とな……それよりも直斗、あんまり総司達を刺激する様な言い方は止めてくれないか?」

 

「僕はそんなつもりじゃあ無かったんですけどね……」

 

そう言って直斗は帽子を深く被り直す。

本人に悪気が無いかも知れないが、いきなり現れてあんな事を言えば、相手がどんな反応するかは予想出来ると思うが、少なくとも直斗は相手のリアクションは関係ないと言う事だろう。

直斗からは、反省の雰囲気処か動揺した様子も無かった。

そんな余裕を持った直人の態度が気に入らなかったのか、直斗に対してりせが口を開いた。

 

「……遊びはそっちの方なんじゃないの?」

 

「!?」

 

「ちょ、ちょっとりせちゃん!?」

 

普段のなら言わない様な事を言うりせに皆が驚いた感じになる中、直斗は一瞬だけ目を大きく開き、初めてリアクションを見せた。

そして、それに気付いた洸夜がりせの方を見る。

 

「りせ……悪いが少し黙っててくれ」

 

洸夜がりせを説得するが、りせは黙らず話を続ける。

 

「探偵だか何だか知らないけど、貴方は謎を解いてるだけでしょ? 私達の何を分かっているの?そっちの方が……全然遊びよ」

 

「……」

 

りせの言葉に黙ってしまう直斗と総司達だったが、洸夜は違った。

洸夜はそんな様子に溜め息を吐いた。

 

「だったら……俺達はそれ以下の遊びだな」

 

「!?」

 

「ちょ、洸夜さんはどっちの味方なんスか!?」

 

「……洸夜さん、私も納得できません」

 

驚く完二達と怒った目で洸夜を見るりせだったが、洸夜が顔を上げてりせを見る目を見て総司が気付く。

 

「!?(兄さんのあの目は、完全に怒っている時の目だ!)」

 

そう今の洸夜の目は、冷たく一切の冗談も写ってない目。

だが、りせや皆は少し頭に血が上っているのか洸夜の様子に気付く様子がなかった。

そんな中で洸夜は口を開いた。

 

「すまない直斗、少し席を外して貰えるか?」

 

「あ、いえ、僕は……そろそろ帰る気だったので……」

 

直斗は気付いているのだろう洸夜の怒気に、その為か少し声が震えていた。

そんな直斗の様子に洸夜は、特にリアクションはせず、静かに空いている席に腰を掛けた

 

「そうか……じゃあ、気をつけて帰れよ」

 

「あ、はい……」

 

そう言って直斗は、総司達の顔を見渡すと後ろを向きゆっくりと帰っていったが途中で足を止めて洸夜に声をかけた。

 

「洸夜さん、帰る前に一つ聞いても宜しいですか?」

 

「……なんだ?」

 

別に断る理由もない洸夜は視線は直斗に向けてはいないが直斗からの質問を待つ。

 

「いえ、ただこの事件はこのまま終わるんでしょうかと思って……」

 

「前にも言ったが俺は一般人だ。あんまり参考には成らないと思うが……?」

 

「僕も前に言いましたが、貴方の意見と推理はとても参考になるのでお願いしています」

 

洸夜は基本的に自分の事を過小評価する性格だが、総司達を初め、探偵である直斗でも洸夜の推理力と想像力はかなりのものだと思っている。

だからこそ直斗は、自分には思い付かない様な事を思い付く洸夜の意見が聞きたかった。

 

「俺の予想ではこの事件は恐らく終わらない……いや、終わらせられない。お前も気付いているんだろ? 今回の事件の違和感に……。(そうじゃなきゃ、俺が模倣犯と言う推理を出すのはもう少し先に成っていたからな)」

 

洸夜が今回の事件が模倣犯による犯行だと推理した切っ掛けは、足立を通じて聞いた直斗がそう推理していた事を聞いたから。

後は、自分の持つ情報と照らし合わせれば自ずと模倣犯の可能性が高い。

 

「……」

 

洸夜の言葉に直斗は静かに目を閉じ、総司達は洸夜と直斗のやり取りに息を飲んで聞いていた。

 

「総司達にも言ったが、俺自身は今までの事件と今回の事件は別物と考えている。これと言った証拠は無いが、少なくとも俺はそう睨んだ……まだ何か聞きたいか?」

 

洸夜の言葉に直斗は黙って首を横に降るが、その表情に笑みが見える事から、どうやら望む答えが聞けた事が分かる。

そして、直斗はゆっくりと洸夜を見た。

 

「いえ、もう結構です。あくまで貴方の意見を聞きたかっただけですから……。そうか、やっぱり貴方も……」

 

最後の方は小さくて聞き取れなかったが、洸夜は黙って聞いている。

 

「ありがとうございました洸夜さん。では今度こそ僕は帰ります。ではさよなら」

 

そう言って直斗は今度こそ帰り、ジュネスから去っていった。

そして直斗が帰った後、総司達の視線は自然と洸夜へと集まる。

だが、総司は少しだけ気まずい顔をしていた。

それもその筈、直斗との会話で少し間があいたとはいえ、洸夜の目はまだ怒りがある。

しかし、りせはそれに気付かずに声をあげた。

 

「洸夜さん! 私達が彼以下ってどう言う事ですか! さっきの子は私達の事を知らないくせに“遊び”って言われたのに……何で洸夜さんはそんな事が言えるんですか!」

 

「……ちょ、りせちゃん、落ち着いて!」

 

千枝がりせを落ち着かせ様としたが、陽介も立ち上がり洸夜に抗議する。

 

「りせちゃんの言う通りですよ!俺達は大切な人を失ったんだ……“遊び”でやれるかよ……!」

 

「ヨースケ……」

 

陽介の言葉にクマが聞いていたが、肝心の洸夜はと言うと……

 

「……駄目だ完二。この箱には潜水艦は見付からないぞ」

 

「マジっスか!?やっぱりそう簡単には見付からないか……」

 

テーブルで、おっとっとの隠しキャラである潜水艦を完二と探していた。

その洸夜の全く反省していない様子に、りせと陽介はテーブルから立ち上がり怒りだした。

「洸夜さん!あんた何なんだよ!その態度は!」

 

「洸夜さんのせいでこう成ったのにふざけないで下さい!」

 

「いや……でも、おっとっとの潜水艦は……」

 

 

「「完二は黙ってろ!/て!」」

 

「はい……」

 

陽介達に一蹴された完二は落ち込んでしまい椅子の上で器用に体育座りをしていじけてる完二を、総司と千枝が慰めている。

しかし洸夜は相変わらず冷静で、おっとっとを完二に返した後にりせ達に視線を戻すと口を開いた。

 

「……俺、子供の駄々に付き合う気はないんだが?」

 

洸夜の言葉は最早火に油よりも強力な感じでりせ達の怒りのボルテージを上げていく。

 

「流石に私も怒りますよ……」

 

「潜水艦探しならまだしも、俺達の事を駄々っ子扱いかよ……」

 

こめかみをピクピクさせながら、不吉な笑みを浮かばせながら洸夜に近付いた。

その様子に洸夜は一瞬だけ陽介達を睨むと口を開いた

 

「だが、実際はお前等……少なくともつい最近まで遊び気分だったろ? 違うか?」

 

「「うっ!?」」

 

さっきまで強気だった陽介達だったが、痛い所をつかれて少し後ずさりする。

そして、総司達も声を出してはいないが本当の事を言われて耳が痛いのか耳を手で塞いでいる。

 

「で、でも!あいつは俺達の事を知らない癖にあんな事を言ったんですよ!」

 

「そ、そうですよ!言い方ぐらいあるじゃないですか!」

 

負けじとばかりに陽介達は反論して、その様子に洸夜は少し考えるそぶりをした後に飲み物を少し飲んでから口を開いた。

 

「確かに……言い方は悪かったかも知れないな」

 

洸夜の言葉に陽介とりせの顔に笑みが生まれるが、洸夜の話はまだ終わってなかった。

 

「だがな……お前等があいつについて何を知っているんだ?」

 

「えっ?いや、全然知らないですよ。あいつとはそんなに話さないし……」

 

洸夜の言葉に陽介は普通に答えたつもりだったが、総司や雪子は何と無くだが、洸夜の言いたい事が分かった。

だが、陽介やりせの様子見るからに気付いている様子はなく、洸夜は少し目に力を入れて陽介達を睨むとそのままの状態で口を開く。

 

「だったらお前等……何であいつの事、好き勝手に言ってんだ? お前等の言い分は、直斗が自分達の事を知らない癖に自分達の行動を“遊び”だと言った事に怒ったと言う理由だ。だがそれは直斗からしても自分の方からも言える筈だぞ」

 

「「うっ……」」

 

的確に正論を言われて黙ってしまう陽介達だが、洸夜の話はまだ終わらない。

 

「それにな……あっちからしたら十分遊びなんだよ……俺達の行動は」

 

「あの〜洸夜さん、私達の行動のどこら辺が遊びになるんですか?」

 

いつもの事ながら、洸夜の言葉に対して質問する役割が板について来た千枝が洸夜に質問する。

 

「……いいか? 直斗は警察から直接依頼されているから、ちゃんとした捜査する理由がある。それに比べて俺達は、いくら警察では解決出来ないとは言え、外から見たら一般人がただ首を突っ込んでいるだけだ。場合によっては捜査の邪魔をしている野次馬と同じかも知れない」

 

「……でもよ洸夜さん。俺達は邪魔する気でやっている訳じゃあ……」

 

「ああ、俺達はそんな気持ちでやっている訳じゃない……」

 

総司達の言葉に洸夜は頷くと話を続けた。

 

「お前達がそんな気持ちで事件に首を突っ込んでいる訳じゃないって、俺にはもう分かっているよ。それに直斗もあんな事を言っていたが、実際はちゃんとお前等の事を認めているかもな……」

 

洸夜の言葉に総司達は顔を見合わせると、それは無いだろうと言った感じの顔になる。

 

「いや、それは無いでしょう……」

 

千枝に関しては最早、口に出ている。

 

 

「本当に邪魔だと思っているなら、とっくに叔父さんとかに報告してるさ……それに直斗は何だかんだでちゃんとお前等に情報とか教えているだろう?」

 

「……そう言えばそうだよね?」

 

「確かに何だかんだで色々教えて貰ったな……」

 

「認めてくれてるなら、もっと素直に言えばいいのに……」

 

「きっと照れ屋さんなんだよ。クマだってこう見えてかなりの照れ屋さんなんだよ☆」

 

「いやいや嘘つけ!照れ屋な奴が外で全開になろうとする訳無いだろう!」

 

そう言って陽介がクマの頬を引っ張り、そして他のメンバーもそれを見て笑いだす。そして洸夜は総司が自分の隣に来たのに気付くと、そんな様子を見ながら話をする。

 

「……すまないな」

 

「?……何が?」

 

突然の兄である洸夜の言葉に総司は聞き返す。

 

「……俺は不器用だから、あんな風にしか物事を言えない。だから、そのたびにお前等は傷付くだろ?」

 

洸夜の言葉に総司は面食らった顔になるが、直ぐに顔は笑みに戻ると首を横に振った。

 

「いや、俺は少なくとも兄さんには感謝している。俺達はまだ子供みたいな所があるから、兄さんにはっきり言ってもらって助かってるんだ。もし、兄さんが俺達にペルソナ能力についてや事件についての事を言ってくれなかったら、俺達はペルソナ能力をゲームか何かの力と勘違いしたままだったと思う……だから、ありがとう兄さん」

 

「……」

 

総司の言葉に今度は洸夜が面食らった顔をしたが、総司同様に直ぐに顔を戻すと、そうか……と呟き、遊んでいる陽介達に視線を戻すと再び口を開いた。

 

「総司……あいつらは、お前にとって大切な仲間なんだな?」

 

何気無く言ったつもりの洸夜の言葉。

そんな兄の言葉に、総司は顔を洸夜に向けて笑顔のまま口を開いた瞬間だった。

 

「『ああ、俺の大切な仲間で友達だ』」

 

「っ!?」

 

その総司の言葉に一瞬だけ総司が『彼』と重なって見えた洸夜は驚くと同時に呆気にとられる洸夜。

総司の姿が『彼』に重なって見えたの少なくない、その事からして総司と『彼』には少なからず共通点があるのだろう。

そして、総司はその洸夜の姿に驚いた顔になっており、その様子を見た洸夜は総司に話し掛けた。

 

「どうした総司、そんな顔をして? 俺の顔に何か付いてるか?」

 

「いや、だって兄さん……涙が出てるから……」

 

「なっ!? はっ!?」

 

総司の言葉に目の辺りを手で触ってみると確かに涙が流れていた。

その自分の状態に、洸夜はパニクるが直ぐに冷静になると突然笑いだした。

 

「ククク、アハハハ……そうかそうか、俺は……」

 

突然、洸夜が何かを言い初めたと思ったら、まるで何かに納得する様な感じに困惑する総司だったが、洸夜は涙を拭いて笑うのをやめると視線はふざけている陽介達に向けながら口を開く

 

「総司……お前は俺みたいになるなよ」

 

「?」

 

「お前は仲間を大切にしろ、そして守れ。俺みたいに手遅れにならない様にな……」

 

「兄さん……それって、もしかして兄さんがペルソナ能力を持っている事と関係が?」

 

「今日はもう疲れた! 先に帰ってるぞ……」

 

総司の言葉を最後まで聞かずに洸夜は立ち上がるとそう言って先に帰ってしまった。

 

そして総司はそんな兄の背中を見るだけだった。

恐らく総司は、お見合いの時と同じでこの話はまだ聞いてはいけない事だと判断した。

そんな時だ、クマが帰っていく洸夜を見ている事に気が付くと総司はクマに近付き話掛けた。

 

「どうしたクマ? 何かあったのか?」

 

「う〜ん、いや何でもないよセンセイ!それより勉強するんじゃなかったんじゃないの?」

 

「あっ!忘れてた……」

 

そう言って、総司は肩を落し、皆の下に行く総司を見ながらクマも隣を歩くが、クマはある疑問が頭にあった。

 

「……。(う〜ん、大センセイから一瞬だけシャドウの匂いがしたんだけど気のせいクマよね……)」

 

=============

 

7月29日 (金) 雨

 

あれから数日が経ち……総司達は期末テストの為に必死で勉強していたが途中で洸夜に泣き付いてきたりして、約束通りの勉強会を開く事になり、何とかギリギリで千枝や陽介達は赤を免れたとお礼をいったりなど事件についての情報はなかった。

洸夜が、総司から聞いた話ではジュネスで偶然サボっていた足立から容疑者の行方が分からないとの情報を得たのが最後らしい。

あと、総司は学年で五位以内に入っていて洸夜と堂島や菜々子から褒められて嬉しそうだが、今一複雑な表情もしていたのを洸夜は気付いていた。

理由は単純に、犯人を自分達の手で捕まえられないのが辛いからだ。

本来、調査をする警察が犯人を追い詰めるのは良いことなのは総司達も分かっている。

しかし、やるせない気持ちもある。

そこの所を洸夜は理解しているつもりである為、下手に口出しはしなかった。

 

そして、霧の出ていた金曜日の夜の事……。

 

ピーー、ザ、ザザーー

 

「これは……」

 

何時も通り洸夜は霧の出る夜にマヨナカテレビを確認していた。

この所、対して異変がなかった為、今日も何もないだろうと思った洸夜だったが今日は少し違った。

景色はいつものテレビの広場の様に、たいして特徴がない場所だったが、そこにはどこか顔色が悪く文字通り目が死んでいる様な目をした写真の少年が映っていた。

そして、少年はまるで自分がテレビに気付いている事を知っているかの様にニヤリと口を歪ませると、静かに口を動かした。

 

『みんな、僕のこと見ているつもりなんだろ? ……みんな、僕のこと知っているつもりなんだろ?』

 

「兄さん!」

 

洸夜がテレビの中にいる少年の言葉を聞いていると、総司が部屋の扉を勢いよく開けて入って来た。

それに対して洸夜は、一瞬だけ視線を総司に向けて頷くと直ぐにテレビへと視線を戻した。

 

「やられたな……」

 

「兄さん、彼はまさか……」

 

「ああ、恐らくは諸岡さんを殺害した模倣犯だろ」

 

机の上に置いてあった写真を総司へと見せる洸夜。

そして、その写真とテレビを見比べて思わず溜め息を洩らす総司。

 

「やっぱり……けど、模倣犯はテレビの世界を知らない筈じゃあ!?」

 

総司の言う通り、洸夜は模倣犯がテレビの存在を知らないと言う考えで固め、総司にもそう伝えていた。

だが、現に少年はテレビの中にいる。

総司の言葉に、目を閉じて洸夜だったが直ぐに口を開いた。

 

「俺の考えが甘かったと言う事だな……」

 

そう言って洸夜は、拳を握り締めながらテレビを見ているとテレビの中の少年はまるで挑発する様に笑い、ゆっくりと口を開いた。

 

『捕まえてごらんよ……フフフ。お前等なんかに捕まらないよ……』

 

「「……。(イラ)」」

 

ザ、ザザーー

 

そう言ってマヨナカテレビは消えて砂嵐に戻ってしまったが、洸夜と総司はテレビに視線を戻さずにそのまま状態で立っていた。

常人よりも声が低く、顔が腫れているかの様に太った顔。

別にその人の外見に何かを言うつもりは無い。

だが、他者を見下すあの態度が何故か洸夜と総司は気に入らなかった。

そして、総司が口を開く。

 

「兄さん……」

 

「なんだ……?」

 

「明日、皆を呼んでテレビの中に行くよ」

 

「奇遇だな、俺もだ……一応聞くが、何をするか分かってるな?」

 

「そう言う兄さんは?」

 

「じゃあ一斉に言ってみるか?」

 

洸夜の言葉に総司は無言で笑うと、洸夜と総司は息を合わせて同時に口を開いた。

 

「「あいつを取っ捕まえて無理矢理でも話を聞き出すんだよ!!!」」

 

 

END



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外伝 : 洸夜の部屋

必修科目を落とした時のショックは結構長引く。


とある日の事。

 

現在、堂島宅

 

瀬多洸夜は基本的に自室の扉の鍵を掛けない。

周りを信じている、また災害等が起きた時に速やかに逃げる事を目的とした為、なにより、とられて困る物は隠しており、見られて困る物も無いからしていること。

寮にいた時は流石に美鶴達から心配され、渋々掛けていたが、堂島家に来てからは再び自室の部屋には鍵を掛けてはおらず、洸夜の部屋にはその気に成れば誰でも入れる。

 

そして、今まさに洸夜の部屋の前に数人の人影が立っていた。

 

「良し……準備は良いな、みんな?」

 

陽介を先頭に洸夜の部屋の前に立つ自称特別捜査隊の面々。

 

今日は間近に迫ったテスト対策の為、堂島家に集合し、勉強会を行っていた。

洸夜も本当ならば教える約束をしていた為、参加する予定だったが、掛け持ちのバイトの一つである児童の預かり所から連絡が入り、総司達に早めに帰ると言ってバイトへと向かった。

戦力が減った事に肩を落とすメンバーだったが、なんとか立ち直り勉強へと行動を起こす。

しかし、集中力を維持するのはかなり困難と言える。

元々、勉強を教えて貰う側である陽介、千枝、完二、りせの四人は頭がオーバーヒートしたと言い張って机に倒れ込む始末。

そんな状況を打破する為に、総司は息抜きの気分で雑談をする事を提案したが、総司はつい洸夜が部屋の鍵を掛けない事を話してしまった。

その結果、現在に至る。

 

そして、陽介の言葉に雪子と完二は困惑した表情で返す。

 

「……ねえ、ホントに入るの?」

 

「……やっぱり止めた方が良いじゃないんスか?」

 

「何言ってんだよ! さっきまでノリノリだんじゃんかよ!」

 

陽介の言う通り、先程までは自分達も乗り気だったのは事実。

だが、部屋の前までに来て瞬間、謎のプレッシャーを感じて怖くなって来たのもまた事実。

はっきり言えば、バレた後の事を考えるとここで引き返した方が自分達の身の為と言う気持ちが強く成ってきていた。

 

「さっきは、つい勢いで……」

 

「ここまで来たんだから入ろうよ!こっちには言い出しっぺの総司先輩がいるんだし、ねえ、先輩!」

 

「……ま、まあ最終手段は参考書探していたで何とか成りそうだと思うが。(口は災いの素だ……)」

 

やけに嬉しそうに話すりせに、この事態を招いたのは自分なのだから下手な事は出来なかった。

それに、総司にはもう一つ気になる事もある。

洸夜達が二年前に終わらせた事件について、洸夜は弟である自分にさえ一切詳しい事を話してくれていない。

事件が解決していたのかでさえ、洸夜からではなくベルベットルームの住人であるエリザベスから聞かせてもらっている。

一度、総司はベルベットルームに行き、イゴール達に問いただそうとした事が有ったが、イゴールは何も語らず、マーガレットは自分は知らないと言われ、エリザベスにはお断り致しますと一刀両断された。

今思えば、イゴールを始めとしたベルベットルームの住人の事を自分は何も知らない。

ペルソナも、この事件も、元は夢に出てきたイゴール達からは始まったこと。

総司は、洸夜も自分の様な感じで巻き込まれたかと感じ、イゴールを睨んだが対して意味もなくイゴールからはいつもの笑い声で返された。

そんな様子に負けたのか、もう良いやと言った気分でベルベットルームを出ようとした時に言われた"貴方様は本当に"あの方達"に似ていらっしゃる" と言う言葉が、未だに頭に残っていたが、あまり深く考えない様にしてしまった為、今は忘れさった。

 

そんな事もあり、もしかしたら洸夜の部屋に何か手掛かりが有るのでは無いかと総司は思い、内心では洸夜の部屋を調べたかった。

総司やりせの言葉を聞き、周りが洸夜の部屋へ入る方に傾く中、今一煮え切らないのか気まずい表情をする雪子。

そんな雪子に、クマが肩を叩いた。

 

「ユ~キちゃん! よくよく考えてみなよ? 大センセイは、ユキちゃん達のシャドウとか知られたくない事を知ってるんだよ。だったら、ユキちゃんも大センセイの秘密の一つや二つ知っちゃってもどうって事無いよ。もしかしたら、ユキちゃん達よりもスッゴい秘密が有るかも……」

 

「……スッゴい秘密?」

 

「いわゆる……見えない所も勝負しよう……かも?」

 

「……」

 

クマの言葉に何かを考え始めた雪子。

言われて見ればクマの言う通りと言える。

洸夜は自分達のシャドウについて知り、レポートにすらして記録に残している。

よくよく考えれば、それは自分達の黒歴史が一生残るかも知れないと言う危機も意味している。

それならば、部屋に入る位どうと言う事はない。

何よりも、雪子はこの歳まで男子の部屋に行った事は無い所か、男友達と言う存在すらいなかった。

学校の男子生徒も自分の知らない所で、自分を口説く事をその難易度の高さから通称"天城越え"とまで言われている始末。

雪子自身はそう言う事には疎く、男子から誘われても用事が有ったり、行きたく無かったりして断っているだけなのだが、断られた男子からすればフラれたと認識してしまう。

そんな事を考えていると、雪子は自分の中から有る感情が湧くのを感じ取った。

 

「……。(男の人の部屋ってどんなのかな? 片付いてる? 汚い?どんな構造? どんな家具?……気になる!?) 行くよ……皆!」

 

「えっ! ちょ、雪子っ!?」

 

「何故か天城先輩が先陣切った!?」

 

「良し!天城に続け!!」

 

「おい! 中の物とか壊すなよ!?」

 

何故かやる気を出して部屋の中に入って行った雪子に続けとばかしに洸夜の部屋へと入っていくメンバー。

雪子の勢いに感染したのか、最早、先程見せた遠慮と言う文字は一切無かった。

 

「へ~ここが洸夜さんの部屋か……」

 

「普通にキレイだね」

 

扉開けた瞬間に机が出迎え、真ん中には総司の部屋と同じ様にソファーとテレビがあり、違うのはテレビが大型な点位しかない。

 

「兄さんは暇あれば掃除してから、これはこれで当然だ……って陽介!? 早速、本棚とか漁るのか!」

 

総司が千枝の言葉に応えている間にも、陽介は既に本棚を物色し始めていた。

部屋に入って早速物色。

思考回路が最早、泥棒と同じとしか思えなかった。

 

そんな総司の気持ちを知ってか知らずか、気付けば他のメンバーも物色を始めていた。

総司は思わず溜め息を洩らすが、流石に物を壊したりはしないと思い、総司も二年前の事件についての何かを探して始めた。

 

「……これ、洸夜さんのクローゼット? (うわ~凄く良い匂いがする……)」

 

雪子は洸夜のクローゼットを開け、ハンガーに掛かっているスーツ等から漂う清潔感ある匂いに驚いていた。

自分の思っていたイメージとは違う事。

初めて異性の部屋に入った新鮮さ。

色々と初めての事が重なり、雪子の脳内は段々と麻痺してしまう。

雪子は何を思っているのか自分でも分からないまま、無意識に洸夜のスーツを手に取った。

触れただけでも分かる手触りの良さ。

 

「これ……! (中々、良い素材……流石ね!)」

 

スーツの性能と評価の良さに再び驚き、そして……。

 

「スー」

 

思わず嗅いでしまった。

雪子も本当に分からず、最早、無我の境地の状況だった。

 

そして……其を後ろから見ていた完二は分からなかった。

この頃は会ってはいなかったが、昔から其なりに顔見知りであり、老舗の旅館の一人娘が何故、自分にとっては先輩であり、彼女にとってはクラスメイトである総司の兄のスーツの匂いを嗅いでいるのか。

そんな事を思いながら送る完二の疑問の視線に気付いたのか、雪子は慌ててスーツをクローゼットに戻す。

 

「か、完二君!? あれ? 今まで私、なにやってたんだろう……?」

 

「天城先輩……いや、大丈夫ッスよ。俺、誰にも言いませんから」

 

「え? ええっ!?ちょ、ちょっと待って!?」

 

「……別に天城先輩に変態チックな趣味が合っても、先輩達は受け止めてくれますから大丈夫ッスよ!」

 

「そんなんじゃ無いから! つい、出来心で……」

 

ニコっと笑い、親指を立てる完二に雪子は、このままでは何かを誤解されたまま終わらせたくないと抗議するが、内容が完全に犯罪者の物言い見たくなってしまう。

 

そんな風に完二と雪子が揉めている中、りせは洸夜の部屋の押入れの前に立っていた。

 

「部屋の隅に布団が有るのに……一体、何が入ってるんだろ?」

 

りせは気になり、総司に聞こうとしたが、総司は総司で忙しそうに何かを探していて気付いていない。

そんな様子に、りせの好奇心が堪えきれる訳も無く、りせは徐に押入れの戸を開けた。

次の瞬間。

 

「キャアアアアアアアアアッ!!!」

 

「どうしたっ!?」

 

「何か有ったの!」

 

りせの悲鳴に各々が手を止め、りせの下へと集まる。

りせは涙目で目を回しまがら押入れを指差しており、総司達は指にそって恐る恐ると押入れに視線を移して行く。

まさか、洸夜に限って事件に成る様な物が入っているとは思いたくない一同。

しかし、りせの尋常ではない叫びを聞いてしまうと疑いが生まれてしまう。

 

「兄さん……。(俺は信じるよ……)」

 

まるで洸夜が疑われているかの様な事を思う総司。

自分でも馬鹿な事を言っているとは思うが、総司は力強く押入れを見た、そして……。

 

巨大な目と目が合った。

 

「うわああああっ!!/キャアアアアアアッ!!/クマアアアアッ!!」

 

堂島家に悲鳴が響き渡った。

 

 

其から、数分後……。

 

「ヒック……もう! 何でこんな物を洸夜さんは押入れに入れてるの!?」

 

「全くだよ! わ、私……今ので三年は寿命が縮んだ気がする!」

 

「さ、流石の俺もビビったぜ……」

 

「……」

 

「あっ! クマさん……気絶してる」

 

総司と陽介が押入れから出した、1メートルは有るであろう緑色の巨大な顔だけの怪物の"人形"を見ながら、涙目で胸などを押さえるりせ達。

そんな元凶を持っている総司も複雑な心境だった。

気付かなかったとは言え、こんな気味の悪い物がこの家に有ったを思うと今に成って寒気がしてしまう。

だが、そんなメンバーを尻目に陽介だけが平気そうに人形を眺めていた。

 

「へえ……洸夜さん、この人形持ってたんだ」

 

「えっ!? 花村……あんた、この顔が何なのか知ってんの?」

 

「ああ……そう言えば、なんか花村先輩に似てるッスね」

 

「似てねえよッ! ……たく、こいつはな、なんか少し前に流行ったゲームのキャラクターだ」

 

平然と良い放った完二に反論しながらも、陽介はこの人形の説明に入った。

 

「ゲーム?」

 

「だからって、何で頭だけのぬいぐるみが有るの?」

 

雪子の意見に頷く一同。

作った会社の名前が書かれているピラピラが着いている為、少なくとも洸夜の手作りでは無いのが分かる。

だからと言って、市販で売っている所を見た事もない。

有ったとしても、小さい子供は泣くのが目に見えてる。

 

「確か……結構前に、応募者全員サービスでプレゼントされた事が有って、その時のだろ? 俺ん家にも有るし」

 

「あんたも応募したんかい!」

 

「いや、馴れると可愛いし、これ便利なんだぞ!」

 

「全く……人騒がせだ」

 

後ろで口喧嘩を繰り広げる陽介と千枝は放っておき、総司は再び二年前の事件について探して始めた。

洸夜の部屋は基本的に片付いている為、何か探すのには困らない。

だが、その為に物が少なく見られがちであり、少し探して物が無かったら諦める事もある。

現に、総司が少し前にゲーム雑誌を貸して貰おうと洸夜に許可を貰い、部屋を探したのだが見付からず、洸夜に言ったら何故かすぐに見付かると言う謎の現象も起こった事がある。

つまり、洸夜の部屋は見た目に合わず物が多い。

また、色々と何処かに物が隠されているのだ。

 

「無い……。(もしかしたら……兄さん、二年前に関連する物を捨てたのか? )」

 

総司が少し諦めに入った時だった。

 

「……つうか、俺ら一体何を目的に洸夜さんの部屋を物色してるんスか?」

 

今さら疑問に思ったのか、本棚を陽介と共に物色していた完二はそう良い放った。

確かに、他のメンバーも一瞬、自分が何をしているのか分からなかった。

だが、そんなメンバー等知ったことかと言わんばかりに陽介が前へと出た。

 

「意味等は無い!」

 

「言い切った!?」

 

「すげえ清々しい……」

 

その言葉に絶句してしまうメンバーを尻目に、陽介は部屋の隅に畳まれている布団へと向かう。

そして、その様子に男達は気付いた。

陽介が何をしようかとしているのかを……。

 

「陽介、お前……」

 

「まさか……」

 

「ふ、そのまさかだぜ……」

 

二人の言葉に何かを悟った様に微笑む陽介。

皆が一番怪しんだで有ろう布団。

だが、今一歩勇気やら何やらが足らずに調べようとしなかった布団。

その布団に、陽介が一歩、また一歩と足を進める。

 

「あそこには! 必ず男が持つ物があんだろうが!!」

 

「ええっ!? 」

 

「そ、それってつまり……」

 

「は、花村! あんた、またそんな事言って!」

 

雪子達の驚きと抗議の声を無視し、陽介は洸夜の布団に手を掛けた。

その瞬間、部屋の空気が固まった。

皆が陽介の手に集中する。

なんだかんだ言って、気になる物は気になる。

総司は、兄の持つ物を今から見る事に成るかも知れないと思うと、少し気まずく感じるが、この空気の中では発言が出来なかった。

そして、そんな空気にニヤリと勝ち誇る笑みを浮かべる陽介は、その手に力を入れた。

 

「皆、いくぜ……花村陽介、一世一代の大仕事だぜ!」

 

陽介はそう言って、高々に布団を退かした。

そして、そこには……。

 

りせの写真集が有った。

 

「「なんでぇぇぇぇっ!?」」

 

あまりの事にずっこける雪子と千枝だが、その隣では当の本人が……。

 

「もう! 洸夜さんったら、全然興味無さげにしてたのに……やっぱり興味が合ったんだね!」

 

顔を赤くしながらも嬉しそうに両手で顔を隠し、嬉しそうにはしゃぐりせ。

その余りのはしゃぎ様に、雪子達は何も言えずに見守っていたが、逆に先程から黙ったままの総司達が気になってしまった。

 

「ちょ、どうしの? さっきの様子だったら、よっしゃ! とか言いそうなのに……」

 

まるで何かに気付いたかの様に真剣な目。

まさか、今の衝撃で何かに気付いたのかと千枝は期待してしまった。

だが……。

 

「「「(デコイ)だ……」」」

 

「は?」

 

この男共は何をいっているのか?

千枝は総司達の言葉に乾いた笑みをしながら耳を傾けた。

 

「こんな単純な訳がない」

 

「ああ、写真集は殆ど新品。余り手を付けた形跡は無え……」

 

「良く考えたら、洸夜さん程の男がそう簡単にばれる所に隠すとは思えねえ……」

 

「あ、あんたらね……」

 

総司達のどうでも良い会話に目眩を覚え、千枝は思わず頭を押さえる。

一体、何に対してあんな真剣に考えているのか。

もしかしたら、事件について考えている時以上に真剣かも知れない。

 

「ええっ! こんな水着も着たの!?」

 

「うん、その水着、見て目より着心地良いんですよ?」

 

隣では何故か雪子とりせが写真集を見ながら何かを話しており、千枝はこのままでは話がおかしな方向に行くと思い、総司だけでも引っ張り出した。

 

「瀬多君! 一体、なにしてんの!」

 

「はっ! 俺は一体……?」

 

千枝の言葉に我に還った総司。

洸夜の関わった事件について調べようとしていたのに、一体、自分は何をしているのか。

総司は自らを反省させると、事件について関係有りそうな物を探す為、部屋を見回す。

 

「……。(何か……何か無いか。……ん? あれは……)」

 

もう殆ど見た部屋の隅、机と本棚によって隠されていた隙間に置いてある段ボールに気付いた総司は、自分の思うがままに行動して段ボールを部屋の真ん中にあるテーブルに置いた。

段ボールは既に開けられた形跡が有るが、中から聞こえる何かと段ボールが擦れる音が聞こえる為、何かが入っているのは確か。

そんな総司の様子に、陽介達も自分達が弄っていた物を綺麗に戻してテーブルを囲む様に近づく。

 

「瀬多君、それって……」

 

「……」

 

千枝の言葉に、総司は黙って頷くと段ボールを開いた。

 

「これって……写真?」

 

完二の言う通り、中に入っていたの百枚近くの写真だった。

しかし、五枚は額に入っていたが、それ以外はアルバムに入っている訳でも無く全て裸のまま段ボールに入れられていた。

 

「ケホ……。(其なりに埃が被っているな……)」

 

段ボールに入れられていたとは言え、殆ど洸夜は触れていなかったのだろう。

額にも、その他の写真にも多少埃が被っていた。

総司は埃に噎せながらも、見やすそうなの額に入っている写真を全て手に取った。

その中には五人の男女の姿が写っていたが、その内の三人は総司も知る人物であった。

「……この人達。(兄さん……美鶴さん……明彦さん。後の二人は……分からないな)」

 

写真には、総司でも分かる位の若かかりし頃の洸夜、美鶴、明彦。

そして総司も知らない、やれやれと言った表情の少年と、眼鏡を掛けた何処か頼り無さそうな男性が写っていた。

よく見れば洸夜と明彦は笑顔で、美鶴は先程の少年と同じ様にやれやれと言った表情をしていたが、それと同時に楽しそうな感じが伝わるのを総司は感じとった。

 

「やっぱり……。(兄さんと美鶴さん達は知り合いだった。でも、お見合いの時のあの感じ……何かが合ったのは分かっていたけど、それが分からない)」

 

総司は洸夜の過去が知りたかった。

ずっと自分を守って来てくれた兄の力に成りたい。

兄弟なのに、何も知らないの嫌だった。

 

総司が写真を見てそんな事を考えている間に、陽介達は写真を見て騒いでいた。

 

「へ~ 大センセイって、結構明るい感じだったんだね」

 

「うお! この人達スゲー美人じゃん! 特にこの赤い髪と金髪の娘!」

 

「犬や男の子……それに眼帯?」

 

「なんかこの人って千枝に似てるね」

 

「いやいや! 似てる似てないの前に、この人どう見ても男でしょ!」

 

写真に写る個性的なメンバーに騒がしくはしゃぐ陽介達。

総司は持っていた額を机に置き、陽介に近付いた。

 

「なあなあ、相棒? なんか、この人って……相棒に似てねえか?」

 

「……誰だ?」

 

「ほら……髪で片目しか写ってないこの人だって」

 

「見せて見せて! ……ああ、なんか分かる」

 

「雰囲気とかセンセイとクリソツだね」

 

写真に写っているある少年と総司を見比べて騒ぐ陽介達。

確かに皆が騒ぐ様に、総司自身もその少年と自分が似ている気がして成らなかった。

だからと言って、別に見た目が似ている訳ではない。

例えるならば雰囲気や目だ。

何を考えているのか分からない感じ。

良く言えばミステリアス。

悪く言えば無表情。

どちらにしろ、総司は何故かこの人物が気になってしまった。

 

「……。(この人、一体……? もしかして、エリザベスが言っていた兄さん以外の"ワイルド"能力者?……でも、確かその人って……)」

エリザベスの言葉を思いだし、その人物が最後どうなったのかを思い出した。

この人がシャドウの事件を終わらせた。

同じワイルド能力者ではあるが、総司は何故か自分ではこの人を越えられない。

そう思って成らなかった。

理由は特に無い。

だが、写真から伝わる何かが自分に教えてくれる。

この人と自分のワイルドには、決定的な程に力の差があると。

 

また、総司が写真を見ている間にも、エリザベスの言葉を忘れているであろう陽介達は、特にリアクションする訳でも無く騒いでいる。

 

「へ~ にしても、このワンちゃん目が赤いんだね……」

 

「……なんか、この帽子被ってる人、花村先輩となんとなくめっちゃ似てる気がするんスけど……」

 

「どこがだよ? 俺の方がカッコいい気がする」

 

「クマからすれば……どっちもどっち」

 

等と皆が雑談している時だった。

雪子と話していたりせは、本棚の間に黒いノートが落ちている事に気付いた。

本来ならば気にしなければ良いのだが、見付かり難い黒色であるにも関わらず見付けたのも何かの縁。

何より、りせの好奇心が抑えられなかった。

りせは本棚に近付き、そのまま手を伸ばしてノートを掴む事が出来た。

幸いにも本棚の隙間は大きく、そのためにはお陰でりせはノートを掴むのに苦労は特には無い。

そして、特に表紙にも何も書かれてない謎のノートを開くりせと、それに気付いて総司達も集まりだした。

 

「りせ、なんだそのノート?」

 

「私にも良くは……」

 

洸夜が前に見せてくれたレポートとは違う黒いノート。

そんなにページ数は厚くは無いが、なにが書かれているのかは気になる。

りせはゆっくりとページを捲り、中に書かれている文字を読んだ。

 

「●月■■日 (金) 何故、こんな事に成ってしまったんだ。もう少し早く気付けばあんな事には……これは、私の罪だ」

 

「日記? 洸夜さん……一体、何を……」

 

「いや、何かおかしいだろ。兄さんが自分の事を私って言わないだろ?」

 

「センセイ……誰しも、他の人には知られたくない事が有るんだよ」

 

「お前、本当にクマか?」

 

りせの読んだ日記の様な物に、それぞれが反応を示す総司達。

しかし、内容が内容だけに、何処か胡散臭い感じもし出してきたこの日記の様な物。

もし、本当に日記なら読むのは流石に躊躇われるが、洸夜の部屋には有ったのだが内容を読む限り本当に洸夜の物かも怪しいものだ。

 

「続き読むね。……▲月●●日 (土)。ああ……やはり無理だった。私の力は奴より下なのだから当たり前か。まだ何か書いてるよ」

 

「なんか先が気になるな」

 

「りせ、そのまま続きを頼む」

 

総司はまるで、何か物語でも読んでいる様にワクワクしてくる。

他のメンバーも、まるで絵本を読んでもらう子供の様にりせを中心に集まっている。

そして、りせは次のページを捲る。

 

「それじゃあ次は……▲月■▲日(日)。もう駄目だ。奴が此処に来る。意識が遠退いていくのが分かる。私はもう駄目だが、これを読んでいる者は気を付けろ。ほうら、もう後ろにアレがいる」

 

「後ろ?」

 

総司達は文章に沿って後ろを振り向くと、りせは思わずノートを落とした。

総司も、自分達以外には人がいない筈なのに、部屋の空気が変わったのを感じ取ったのと同時に冷や汗が出てきた。

 

……自分達の事を、何故か先程の頭の人形が見ていたから。

 

「キャアアアアアアアアアアッ!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

「……あ、足が動かねえ!?」

 

「皆、落ち着け!」

 

「瀬多君も落ち着いて! りせちゃんの写真集じゃ勝ち目ないよ!?」

 

「は、はははははは……」

 

「千枝ちゃん!? 」

動く訳がない人形の顔が自分達を見ている。

今度は身体もついて、しっかりとした状態でいる事に総司達は更に驚く。

洸夜の部屋に勝手に入ったバチが当たったんだ。

扉は怪物の真後ろ、此方は逃げる事も出来ない。

 

総司達は自分の愚かさに嘆いた。

その時。

 

「……お前等、俺の部屋で何やってんの?」

 

「へ? そ、その声って……」

 

「に、兄さん……?」

 

総司の言葉に、洸夜は自分の顔辺りまで持ち上げていたぬいぐるみを下ろした。

 

洸夜が帰宅したのはついさっきの事。

思ったよりもバイトが早く帰れたので、急いで帰ってきて見れば、何故か自分の部屋で熱心に何かを読んで騒いでいる弟達の後ろ姿。

おそらく勉強が飽きたのは分かる。

だが、だからと言って、何故に自分の部屋に居るのかが分からないが、別に怒っている訳では無い。

この位で怒るならば、最初から鍵を掛けている。

そんな事を考えながら部屋に入った洸夜の足にぶつかったのは、前に応募した怪物の頭の人形。

 

「……。(何故、これがここに? 押し入れに有るのを知っているのは俺と奈々子だけなんだが……)」

 

洸夜が押し入れに人形を仕舞おうとして持ち上げた瞬間に総司達は後ろを向いた。

そして、現在に至る。

 

「……それで、何で全員が涙目で俺を見てるんだ?」

 

洸夜の目に入るのは、何故か涙目で自分を見てくる弟と、その友人達。

涙目だからか、全員が小動物の様で面白い。

そんな風に洸夜が思っていると、涙目のりせが黒いノートを顔に近付けた。

 

「洸夜さん! このノートは一体、何なんですか!」

 

「ん? これは確か……」

 

りせから受け取り、パラパラとノートを捲る洸夜は中身を見るとこれが何かを思い出していた。

 

「前に買ったゲームの特典の……研究者の日記だな。無くしたと思ったら、やっぱり部屋に有ったか」

 

「……」

 

洸夜の言葉にテンションが急激に下がったのか、総司達はどっと疲れて部屋を出ていく。

一体、自分達は本当に何していたのか。

こんな事ならば、英単語の一つでも覚えれば良かったと今更に後悔してきた。

 

「……」

 

弟達が出ていったのを確認すると洸夜は、先程の怪物の人形の後ろをいじりだした。

気付いているかどうかは分からないだろうが、この人形を洸夜が部屋にしまっているのには訳がある。

洸夜は、人形の後ろに付いている"チャック"を下へと引っ張ると中から通帳やら刀やら色鉛筆が出てきた。

この人形の一番の利点。

それは、中に物を収納出来ると言う事。

見て目もでかいだけ有って、其なりに物を入れられるから奈々子も一緒に使用している。

「やれやれだな……。(ん……? これは……)」

 

洸夜は静かに成った部屋を眺めると、テーブルの上にある段ボールと机にある写真建てに気付く。

もう随分と手を付けて無かった品。

処分しようにも踏ん切りがつかなかった物がここにある。

総司達が気になって開けたのだとは分かる。

そして、洸夜は机に置いてある写真へ目が行った。

 

「……。(あの時が一番良かったのかもな……)」

 

写真に写る嘗ての仲間であり、戦友であり、親友達の姿。

洸夜は写真建てを手に持つと、周りに付いている埃を服で拭った。

写真ではずっと消えない笑顔。

今はいない者も、何だかんで写真を撮る時は照れたり、嬉しそうだったりと色々な顔を見せる。

だが、一瞬だけ楽しそうに埃を拭った洸夜だったが、直ぐに冷めた表情に成ると写真建てをパタンと閉じて段ボールへとしまった。

 

その時、一瞬だけ右手が薄気味悪く光ったのは洸夜も気付かなかった。

 

End



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突入 ボイドクエスト!

アクエリアスとポカリスエット。
私はポカリ派。


7月30日 (火) 曇り

 

現在、ジュネス (特別捜査本部)

 

平日の午後に賑わうジュネスの休憩所。

お客は売店でアイスやかき氷を購入して食べていた。

ある者は備え付けのテーブルに座り、またある者は立って食べている。

そんな賑わうジュネスの一角、屋根付きの休憩所で総司達は集まり、昨日のマヨナカテレビについて話している。

そんな中、洸夜は自分の爪の甘さに後悔していた。

もう殆ど犯人の目星が付き、警察が逮捕するのは時間の問題と思う程に。

だが、そんな洸夜の考えは見事に壊れた。

犯人は模倣犯であり、テレビの世界の存在も知れない者で真実を追う者達に偽りの真実をばらまいて惑わす。

それが洸夜の考えだったが、あの少年はテレビに逃げ込み、最初の二人の殺害を仄めかす事を周囲に言いふらしていた事も既に判明している。

深く考え過ぎた結果が今の事態を招き、警察も血眼に成って犯人の少年を追っている……決して見付かる筈の無い少年を。

 

「……。(どっち道、早くあの少年をテレビから連れ出さなければシャドウに殺されて死ぬ)」

 

気付いているのかどうかは分からないが、自分が今までしてきた殺害方法によって次は自分の身を危険に晒している。

 

「皮肉だな……今度は自分がシャドウに殺されそうに成るなんて」

 

その言葉に、総司達は顔を上げて洸夜を見て、洸夜も頷いて応える。

 

「このまま放っとけば、アイツは裁かれる前に死んでしまう。だが、そんな事はさせない。俺はテレビの中に行く……お前等は?」

 

「わざわざ言わなくちゃ駄目ですか?」

 

その言葉に、にこやかに応える陽介。

犯人を救出するのはやはり抵抗がある。

だが、このままシャドウに殺されてしまえば分かる事も分からなくなれば、出るとこに出て裁けなく成る。

総司達は自分達の胸に生まれる複雑な感情を静め、テレビに行く事を決めている。

 

「良し……なら、此処で少し情報を整理したらテレビの中に行くぞ」

 

総司の言葉に陽介達は頷き、洸夜は懐から一枚写真を取りだしてテーブルの上へと置いた。

 

「……一応、雪子ちゃん達に聞いときたいんだが、この少年……"久保美津雄"と接点はあるか? 少なくとも、りせの所には来ていた」

 

洸夜は真剣な眼で陽介達を見て、陽介達も洸夜の言葉に合わせて写真を見た。

そして、全員が思わず表情を歪ませた。

 

「ニュースでも映ってるけど……相変わらず気味が悪いな」

 

「このうっすらとした笑みが何か見下されてる感じがして、良い印象が持てないよ」

 

「……少なくとも、どっかで会ってたら忘れらんねえ顔だな」

 

手厳しい意見だった。

洸夜は思わず眉間にシワを寄せながら目を閉じた。

 

「……はあ。(誰も会っていないのか。もし、美津雄が今回の事件の犯人ならりせの所以外にも顔を出していると思ったんだが……只の偶然か何かか)」

 

洸夜はまた自分の考え過ぎかと思い、スポーツドリンクをゴクゴクと飲んで頭を冷した。

直斗の話も聞いて今回の事件は久保美津雄による模倣的犯行だと、洸夜は推理を固めていた。

だが、美津雄は知らない筈のテレビの世界へ逃げ込んでいる。

それは、美津雄がテレビでの犯行が可能だった事を意味していた。

 

「……。(本当に……諸岡さんは只単にテレビに入れずに殺しただけだったのか?)」

 

洸夜はスポーツドリンクをテーブルへ置いて腕組をし、他のメンバーも同じ様な格好で考え込む。

しかし、そんな中で千枝だけが何かを思い出そうとしていた。

 

「……私、こいつの事を雪子の近くで見た気がする」

 

「えっ?」

 

「本当かよ里中! いつだ?」

 

「……それが思い出せないんだよね。何かつい最近の様な……」

 

陽介の言葉に千枝は考え込むが、答えは直ぐに出てきて千枝は叫んだ。

 

「あっ!思い出した……こいつ、確か瀬多君が転校してきた日に校門でいきなり雪子の事をナンパした奴だ。出会いがしろに雪子! とか言って」

 

「転校初日? ナンパ……? ……! いたな。確かにコイツだ!」

 

眠れる記憶から思い出した千枝と総司。

そんな二人とは裏腹に雪子は納得した表情はしていなかった。

 

「そんな事あったっけ? 千枝達の気のせいじゃあ?」

 

雪子の言葉に千枝はブルブルと首を振って否定する。

 

「そんな事無いって! 雪子ってそう言う事は直ぐに忘れるけど、よくよく思い出してみるとアイツ……事あるごとに雪子の側にいたんだよ。つい最近は見なくなったと思ってたけど、停学して転校してたんなら当たり前か……」

 

「そして、ニュースでコイツを停学にしたのがモロキンって言ってたスよ」

 

「……と言う事は、天城はフラれたから。モロキンは停学した恨み.…が動機に成るな」

 

「そんな……私、そんなつもりじゃ無いのに」

 

雪子が小さく呟いた。

 

「でも、雪ちゃんへの動機は分かったけども……完二は?」

 

クマがそう呟いた。

それに伴い、総司達も悩んだ。

雪子の場合はフラれた恨みだが、完二の場合は何なのかが分からない。

カツアゲ、喧嘩、暴行。

何故か物騒な事しか思い浮かばない。

総司達は疑いの籠った眼差しで完二を見て、完二は思わず冷や汗をかいてしまった。

そして、陽介が代表して口を開いた。

 

「完二……お前、一体何した?」

 

「はあッ!? 俺は何もしてねえよッ!」

 

完二は身を乗り出して抗議するが、総司達は気にする事なくドリンクを飲み干す。

 

「ゴクゴク……喧嘩売られて返り討ちにしたとか?」

 

「絶対あり得ねえ! こんな奴、顔を忘れらんねえッスよ!?」

 

「本当に本当か?」

 

「本当だっつうの!」

 

「もしかして……あれか? って事は?」

 

「あ……いや、やっぱりねえって!」

 

「もしかして……完二くんが意識してないだけで、何か恨みでもかってたんじゃ?」

 

「……」

 

雪子の言葉に黙り混む完二。

そんな事ならば覚えがあった。

初対面だと思った相手に、あの時はよくも……等と自分が分からない恨みによって喧嘩を売られる事もしばしば。

完二は冷静に今までの事を思い出して行く内に、心当たりが沢山思い出してきた。

 

「……まさか。(あれか?……いや、あれはもう終わった筈。じゃあ、去年の……いや、あれは三年の奴等だ。コイツとは無関係……)」

 

頭を押さえて必死に考える完二。

総司達もその様子に本当に何かしたのかと不安に成って行く。

だが、完二達が悩んでいる間にも既に洸夜とりせには検討がついていた。

 

「りせ……まさかとは思うんだが」

 

「私も洸夜さんと同じ意見だと思います」

 

美津雄の写真を見て互いに何が言いたいのかを理解した二人。

何の事か分からない総司達は二人に顔を向ける。

 

「さっき話した様に、この久保美津雄はりせの所に来た。そして、りせに色々と言ってきている」

 

「……基本的に誰かの悪口だったから足らって洸夜さんに助けてもらったんだけど、悪口で一番多かったのは、アイツ等は集団じゃないと何も出来ないとか……"暴走族"とかに対する事だったの」

 

暴走族……?

総司達はそう呟くと、視線は静かに再び完二へと移動する。

りせの言葉からその視線の意味が分かった完二は驚きの声を上げる。

 

「いやちげーよ! 俺は族じゃねえ!つーか、何でそんなイメージついて……まさか、あの番組のとばっちりかよ!? ふざけやがってッ!」

 

完二は番組に対する怒りから飲んでいた缶を握り潰して丸めると、そのままゴミ箱へと投げた。

ゴミは見事にゴミは箱へと入り、少し離れた所から子供が拍手をする。

「じゃあ結局……最初の二人も含め、誘拐した全員に対する動機があるのか」

 

「そうなるな……」

 

「ふざけやがってッ! あの野郎……! そんな理由で人を殺してきたって言うのかよ!」

 

「行こう! この事件を終わらせに!」

 

雪子の言葉に頷く総司達と洸夜。

そして、皆が椅子から立ち上がって自分の飲み物を飲み干した。

その皆の表情からは覚悟が写し出され、既に戦う準備は整ってすらいる。

だが、洸夜は足下のとある一点を見ながら複雑な表情をしていた。

 

「なあ、さっきから気になっていたんだが……一体、そいつは何なんだ?」

 

一切変わる事の無い洸夜の顔付きの視線に、総司は思わず目を逸らす。

何だかかんだ言って洸夜の眼力は中々凄く、何もしてなくても悪い事をした気に成る。

 

「コーン!」

 

明らかに今の場では場違いな鳴き声に、皆が声の出所である総司の足下に視線を動かした。

そこに居たのは、総司の椅子の真下で欠伸をを噛み締めていたキツネだった。

だが、身体中に付いているキズを見ると普通のキツネとは違う事が分かる。

気配も感じさせなかったその力に洸夜は黙ったままながらも驚き、陽介達は驚きの声を上げた。

 

「ぬおっ! 相棒、何なんだそのキツネ!?」

 

「全然気付かなかった……」

 

「……。(なんか……お揚げが食べたく成ってきた)」

 

「皆……実はこのキツネは只のキツネじゃないんだ!」

 

総司は力強い眼差しと口調で言いはなったが、そんな事は言われずとも分かっている。

その事を分かっている洸夜は頭をかいた。

 

「総司……それは見れば分かるんだが?」

 

「そうじゃないよ。実は、このキツネは身体を癒す不思議な葉っぱを持ち歩いているんだ。お金を請求するけど……多分、テレビの中での戦いで役立つ筈だ」

 

「で、でも……葉っぱですよね? 本当なんですか、その非現実的な葉っぱって……」

 

りせの言う通りだ。

そんな都合の良い葉っぱが有るならば見てみたいと陽介達全員が思っていたが、洸夜はその言葉に理解をしたと言う意味で頷いた。

 

「成る程な……良し、それなら別に俺から言う事は無いな。それじゃあ、早速テレビの中に行くぞ」

 

「ええッ!?」

 

驚きの声を上げたのはりせだ。

いくらなんでも信じ、理解するのが早すぎるのでは無いかと思ったからだ。

 

「こ、洸夜さん……いくらなんでも理解するのが早すぎるんじゃあ? 非現実でしかも葉っぱですよ?」

 

「….…非現実にはもう慣れた。ペルソナとシャドウに関わっている時点で俺達は非現実の人間だぞ?」

 

「あ……確かに」

 

少し楽しそうに話す洸夜の言葉に納得するりせ。

身体を癒す葉っぱよりも、ペルソナやシャドウの方が非現実の筈だ。

自分達の感覚がマヒしている事を実感したのか、りせだけではなく陽介達も苦笑している。

 

「ようこそ非現実へ……とでも今更だが言っとくか?」

 

「は、はは……大丈夫です」

 

洸夜成りのジョークに、陽介達は皆苦笑しながらそう言った。

そして、洸夜達は新たに仲間と成ったキツネと共にテレビの中へと足を踏み入れる。

今度は友を救出するのではなく、全ての元凶かも知れない者を救う為に。

ちなみに、ジュネスのテレビから入る事を断固として拒む洸夜と少し揉めたのは余談である。

 

==============

 

現在、テレビの世界(いつもの広場)

 

「う~ 分かりづらい……」

 

「頑張れ久慈川! 気合いを入れやがれ!」

 

「うるさい馬完二! 探知って神経削って大変なんだからね! 」

 

「もう一層の事、洸夜さんの骸骨くんで探した方が早いんじゃあ?」

 

「そうは言うが千枝ちゃん。そう成るとりせが成長しないからな……だから今回はお手並み拝見」

 

「う~ 洸夜さん厳しい……」

 

ヒミコの力を使いながら嘆くりせ。

洸夜と総司達もそんなりせを苦笑しながらも見守る。

今まで行方不明者が作り出したダンジョンの場所を特定していたのは、殆ど洸夜の力によるものだ。

このままいつも通りにワイトを召喚すれば直ぐに居場所が判明する。

だが、弱体化や暴走と言うリスクを背負っている為、いつ何が洸夜を襲うか分からない。

そう成ると、今の内にサポートに特化したりせの力を少しでも上げた方が良い。

そして、暫くりせの愚痴に近い言葉が流れると、りせが何かを捉えて目を開いた。

 

「見付けた! ここからそんなに遠くないよ」

 

りせの言葉に互いに頷きあって気を引き締める洸夜達。

 

「良し……行こうか」

 

「油断はするな……」

 

「うん……じゃあさっブハッ!」

 

突然、洸夜の顔を見た雪子が吹き出すとそのまま腹を抱え、しゃがみ込んでピクピクと身体を震わせている。

そんな雪子に千枝が駆け寄った。

 

「ど、どうしたの雪子!?」

 

「あ、ああぁ……あれ! アハハハハッ!」

 

「へ? 洸夜さんがどうブホッ!」

 

「どうした?」

 

何かにツボって上手く話せない雪子と同様に洸夜を見て吹き出す千枝。

総司達もそれに釣られて洸夜の顔を見ると絶句した。

 

「に、兄さん……何で"鼻眼鏡"を……?」

 

「何か問題があるのか?」

 

総司の言葉に仁王立ちの格好で応える洸夜。

そんな洸夜に完二が一つだけ呟いた。

 

「……何で着けてるんスか?」

 

「おっと! それに関してはクマから言わせて貰うクマよ!」

 

テレビに入ってから今まで黙っていたクマが洸夜と完二の間に入り、仕切り直すかの様にコホンと咳をする。

 

「ふふ~ん。実はクマ……大センセイと約束していたクマよ。この間の戦いでクマ達が勝ったら大センセイにこの鼻眼鏡を着けてもらうって!」

 

「だ、だからって……鼻眼鏡かよ」

 

陽介達はあまりの馬鹿らしさに思わず頭を押さえた。

洸夜も洸夜だ、何も約束だからと言って本当にこんな事しなくても良かったものを恐らくは気まぐれで実行したのだろう。

洸夜の唇の端がニヤリと笑った様に見えた。

そんな兄の姿に、総司が溜め息まじり指を一点に向けながらで洸夜に言った。

 

「兄さん……頼むから普通のを着けてくれ。兄さんのその姿によって早くも一人戦闘不能に陥りかけているんだから……」

 

総司の言葉に洸夜は指の向いている方を見る。

 

「アハハハハハハッ!は、は、アハハハハハッ!! 無理!い、息がで、できな……アハハハハハハハハハハッ!!」

 

完全にツボに入ってしまい、力任せに床を叩きまくる雪子。

リミッターでも外れたのかと言わんばかりの勢いで笑いまくり、その姿は今までの雪子の爆笑の中で最大規模だ。

そんな友の姿に、やれやれ……と言いながら千枝が背中を擦っていた。

 

「ほら~雪子。戻って来なさいって」

 

「ハア……ハア……あ、あ、アハハハハハハハハハハッ!!」

 

一旦は止まりそうだったが、雪子はまた崩壊した。

その広場を中心に笑い声だけのライブが行われているかの様だ。

また、洸夜も驚いていた。

まさかここまで笑うとは思わなかった。

このままでは本当に笑い過ぎて死にかねない。

 

「仕方ない……約束だが、このままじゃあ雪子ちゃんが笑い死にしそうな勢いだ」

 

洸夜は鼻眼鏡を外してクマに渡す。

受けとるクマは残念そうだったが、その姿に安心する総司達。

危うく戦う前に仲間が一人減る所だった。

 

「ねえ……そろそろ案内したいんですけど」

 

体育座りしながら雪子が治まるのを待っていたりせ。

ペルソナもずっと召喚したままだ。

 

「そ、そ、それ……じゃあ……ハア……ハア……行こう……」

 

「……。(本当に駄目かも)」

 

息が切れながら話す雪子に、全員がそう思ってしまった。

 

=============

 

現在、ボイドクエスト

 

「此処だよ……」

 

「此処だよって……この場所、まるで……」

 

「ゲームの世界だな」

 

総司の言葉に皆頷いた。

古いレトロゲームの様なこの場所。

周りに生えている草木、火、水はおろか空や大地までもがピカピカと光ながら存在している。

眩しい、チカチカする。

洸夜はそう感じながらも辺りを見回した。

 

「何処もかしこもゲーム一色か……ん?」

 

洸夜入り口の隣に設置されているモニターを見た。

 

"勇者の名前を入力してください"

 

ミツオ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「人を殺しておいて勇者かよ……」

 

喋ったのは陽介だ。

人を殺しておいて、よく自分を勇者等と言えたものだと思い逆に感心してしまう。

陽介の言葉に総司達は全員そう感じ取った。

そして、その隣では、洸夜がモニターの下に設置されているパネルを弄り、何か変化が起きないか試していた。

 

「……駄目だ。"ミツオ"から一切変更出来ない」

 

「当然だよ大センセイ。此処はあの子が作った世界なんだから、しかも、今までの中で一番力が強いクマ。今までよりも断然注意した方が良いクマよ」

 

「コーン!」

 

状況が分かっているのか、クマの言葉に鳴くキツネ。

そんなキツネを見てりせが総司に言った。

 

「総司先輩……この子、シャドウと戦う時どうしよう?」

 

「基本的にはりせの側に居させようと思うんだけど……兄さんはどうも思う?」

「リーダーはお前だ。お前が決めたんならそれで良いだろ?」

 

総司からの言葉に洸夜は少し冷たい返答をする。

だからと言って別に興味が無い訳でもなければ怒っている訳でも無い事は総司も分かっていた。

時には自分で判断させる。

いつまでも自分がいる訳では無いのだから、こんな事ぐらいは己で判断しろと洸夜は言いたいのだ。

そんな洸夜の様子に総司は分かったと言って、キツネをりせの側にいる様に教えた。

 

「……行くか」

 

総司のその言葉に洸夜と陽介達は頷き、ボイドクエストへと足を踏み入れた。

 

===============

 

その頃……。

 

現在、ボイドクエスト(最上階)

 

久保美津雄はボイドクエストの最上階。

まるでコロッセオをイメージさせる広場に立っていた。

ここまで走って来た為に息も切れて足もフラフラだ。

自分を警察が捜している。

他の連中もそうだ。

皆、自分の事を知っている、捜している。

だが、美津雄は焦ってもいなければ不安でも無い。

自分が捕まらない事を知っているからだ。

美津雄の唇の端が歪んだ。

 

「は……はは……皆……皆が俺を捜してる。捕まえてみろよ……無理だけどな……」

 

誰もいない静寂の広場に、美津雄の他者を見下す感じの言葉が響く。

そして、我慢していたが耐えられずに美津雄は歪んだ笑みを浮かべた。

此処にいる限り自分は捕まらない。

誰も此処には来れない。

それにも関わらず、今もこうしている間に此処が分からない警察や町の人が捜している。

今、町の中心にいるのは自分だ。

 

「へ、へへ……どいつもコイツも馬鹿な奴だ。俺よりも下の癖に……俺を見下しやがって。……まあ、だから死んだんだけどな、あの馬鹿な女子アナも……調子乗ってた女子も……モロキンの奴も……どいつもコイツも……!」

 

歯を食い縛る美津雄。

今までの事を思い出したのか、先程とは売って変わって歪んだ笑みが消えた。

そして、憎しみに満ちた顔が代わりに現れる。

だが、その憎しみの意味がなんなのかは誰にも分からない。

そんな時だ。

 

「っ!? だ、誰だっ!!」

 

美津雄は背後に向かって叫んだ。

何者かの気配を感じたからだ。

美津雄は、冷や汗をダラダラと流しながらもその気配のある場所から視線を固定する。

 

「……!?」

 

だが、美津雄は言葉を失った。

そして思わず尻餅すらもついてしまい、そのまま気配の元を震えながら指差した。

自分の起きている事が理解出来ない。

何でこんな事が起きる。

 

「なんでだ……なんで……俺がもう一人……いるんだよ!」

 

『……』

 

美津雄?は感情一つ無い表現で美津雄を見ていた。

まるで、自分の目の前には最初から何もいないかの様に……。

 

End

 

 

 



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弱りし仮面使い

最強の五人の集団と十人で最強の集団。
どっちが優れているんだろう?


同日

 

現在 ボイドクエスト (通路)

 

「キマイラ! / ネコショウグン!」

 

二人の言葉にキマイラはシャドウの頭を噛みきり、ネコショウグンは軍配で叩き付けた。

そして、そのままシャドウが消滅すると洸夜と総司は互いに武器を構えながら背を合わせた。

 

「入った直後にこのザマとは……中々に歓迎してくれるな」

 

「 確かにね。でも、なんて数だ……!」

 

目の前のシャドウを斬り衝けながら話す総司と洸夜。

ボイドクエストに進入した洸夜と総司達を待っていたのは大量のシャドウ達との激突だった。

そして、その周りでも陽介達が大量に出現し続けるシャドウに奮闘をしていた。

 

「おりゃあぁぁ!……って、コイツ硬え!? クナイが刃こぼれしやがった!?」

 

「"苦悩のバザルト"……花村先輩!そのシャドウは物理には強いけど、疾風属性には弱いよ!」

 

「マジかよ!? ……クマの服の次はクナイの修理代か……ちくしょう! スサノオッ!」

 

『ガルーラ』

 

りせの言葉に陽介は嘆きながらもガルーラを放つ。

そして、まるで陽介の鬱憤を晴らすかの様にガルーラが直撃したシャドウは岩の様なその身体ごと崩れ去った。

その時、二人より少し離れて戦っていた雪子がりせの様子を見て叫んだ。

 

「りせちゃん避けてッ!?」

 

「え……?」

 

陽介の方に注意を向けていた為に、自分に近付いて来ていたシャドウの存在に気付かなかったりせ。

りせが振り向くと武者の姿をしたシャドウ"雨上がりの武者"が巨大な刀を今まさに、りせの後ろから降り下ろそうとしていた。

その様子に今度は洸夜が叫んだ。

 

「りせッ!」

 

「!」

 

洸夜はとっさに刀をシャドウへと投げ、そのまま刀は吸い込まれる様にシャドウの顔面へと突き刺さった。

洸夜は全力で走り、シャドウが倒れるギリギリのところで突き刺さった刀を抜いてりせを自分の背中へと隠す様にして守りの態勢に成り、顔を向けずにりせに話し掛けた。

 

「りせ、油断するな。周りにサポートすると同時に自分の周囲も警戒しろ……!」

 

「は、はい!」

 

日常とは違う雰囲気の洸夜の言葉に、りせは今が非現実である事だと自覚し直して気を引き締めた。

その雰囲気の洸夜は頷き、フロアにいるメンバー全員に聞こえる様に口を開いた。

 

「総司ッ! 他のメンバーに指示を出せッ!主力と護衛に別けさせろ! 何も分からずに相手の耐性属性で攻撃したら無駄になる……りせのサポートで弱点をつけッ! セトッ!」

 

洸夜は黒龍の姿をしたペルソナ"セト"を召喚し、総司が戦っていたシャドウ目掛けて飛翔してそのままシャドウを踏み潰した。

それによって指示を出す余裕が出来た総司は他のメンバーに指示を出す。

 

「完二! 雪子! クマ! 三人は俺と一緒に主力。陽介と千枝は兄さんと一緒にりせとキツネのサポートだ!」

 

「ウッス!/了解ッ!/分かったクマッ!」

 

主力の役割となった三人は返事をした。

だが、苦戦を強いられている陽介と千枝はそれどころかでは無かった。

 

「ちょッ!? やべッ!」

 

「ゴメンッ! 直ぐにりせちゃんの側に行けそうにないかも!?」

 

「ッ! (弱体化に能力の制限……どこまでやれるか分からないが行くしかない!) ワイトッ!」

 

キマイラとセトを戻し、洸夜はりせの側にワイトを召喚した。

そして、そのままワイトは包み込む様にりせとヒミコを覆った。

 

「この力って……」

 

「りせ! ワイトのシャミングでお前とペルソナをシャドウから隠している。その間に俺は花村達の救援に向かう。お前は総司達のサポートだ!」

 

「はい!」

 

りせが頷くのを確認すると、洸夜は刀を持ちながらシャドウの大群の中へ入って行き、りせはワイトの力に助けられながらもシャドウの間を走り総司達の下へと向かった。

その間にもシャドウに囲まれ始めていた陽介と千枝の奮闘は続いていた。

 

「このっ! このッ! 一体なんでこんなにシャドウがいるの……他の所よりも数倍多いよ!?」

 

「多分……あの久保って奴の想いが強すぎんだろ! スサノオッ!」

 

『疾風ブースタ+マハガルーラ』

 

スズカゴンゲンと共にシャドウを蹴る千枝と疾風でシャドウを凪ぎ払う陽介。

シャドウも抉る様な疾風攻撃に身体の一部を消滅させながら消えていく。

だが、強化したマハガルーラを直撃しても数匹のシャドウは消滅せずに立ち上がり、陽介達に再度襲い掛かった。

陽介達も構えて迎撃の態勢に入る中、二人の後方から洸夜が声をあげる。

 

「伏せろ二人とも! ムラサキシキブッ!」

『火炎ブースタ+マハラギダイン』

 

ムラサキシキブの前に巨大な炎が集まる。

弱体化で下がっている力はブースタ強化で補い、一気にシャドウを殲滅しようした洸夜。

だがその瞬間、美鶴から貰った腕輪に異変が起きる。

 

「!? (腕輪が……! なんだ、締め付けるような……!?)」

 

洸夜は腕輪からの締め付ける様な感じに気付き、その腕輪を掴んだ。

しかし、腕輪からの締め付けは治まらず、それと同時にムラサキシキブのマハラギダインの炎も小さく成っていく。

そして、マハラギダインはシャドウ達に放たれて辺りを焼き付くして行く。

 

「すげえ……」

 

「数匹残ったけど……半分は倒したよ」

 

陽介と千枝はムラサキシキブの攻撃に驚きながらも残ったシャドウを倒し始める。

だが、その光景に洸夜は信じられないと言った表情で見ていた。

 

「……。(ムラサキシキブの魔力は俺のペルソナの中でも一、二を争う程……なのに、強化したマハラギダインで全滅処か半分近くも倒せなかったのか。……まさか、この腕輪の能力制限がここまでとは……暴走させない為とは言えキツいな)」

 

自分でそう思う洸夜の中には既に余裕は無かった。

暴走を抑える為とは言え、只でさえ弱体化で落ちている力を更に制限している。

最早、今の洸夜の力は二年前の戦いの時の力は無く、半分あるか無いかだ。

そして、洸夜はりせが総司達の下に着いたのを確認するとワイトを呼び寄せてムラサキシキブと一緒にもどした。

また、残りのシャドウを倒した陽介と千枝は洸夜に近付いて口を開いた。

 

「洸夜さん! 相棒の方も終わったみたいです。早く合流しましょう」

 

「……はあ。いきなり総力戦って感じだったね」

 

疲れた感じの二人の言葉に洸夜は頷いて総司達の方を見た。

総司達もシャドウを全滅させたらしく自分達の方に手を振っている。

既に周りにシャドウはいない。

そう判断した洸夜は刀を納め、陽介達と共に総司達の下へと歩き出した。

その時、まだヒミコの力を使っていたりせが洸夜達に向かって叫んだ。

 

「危ない避けてッ!!」

 

「ッ! (後ろッ!?) 避けろ二人ともッ!!」

 

りせの言葉に洸夜は一瞬でワイトを再び召喚し、背後から強いシャドウの気配を感じとると陽介と千枝を両手で抱えて横に跳んだ。

それと同時にタッチの差で降り下ろされる巨大な剣。

自分達がさっきまでいた地面に深くめり込む剣を見て陽介と千枝は息を飲み、洸夜も思わず冷や汗を流す。

もしそのまま居たら五体満足ではすまなかっただろう。

そして、自分の兄と友人達を襲った相手を見て、総司は思わずそのシャドウの姿を口にだした。

 

「ロ、ロボット……?」

 

そのシャドウは左右の肩に其々一文字ずつ『正』『義』と刻まれている巨大ロボットの姿をしていた。

 

「"逃避の兵"……気を付けて、そのシャドウは物理耐性と光と闇属性無効を持ってるよ!?」

 

「……大型シャドウ。このままでは分が悪いな……」

 

「一旦、相棒達と合流ーーー」

 

『ムドオン』

 

陽介の言葉が全て言い切る前にシャドウは自分の片腕を外してムドオンを洸夜達に目掛けて放った。

 

「……待ってはくれないか。吸収しろオシリス!」

 

洸夜の言葉にオシリスは大剣を持ってない左手を翳し、その手からムドオンを吸収する。

洸夜もオシリスから自分に力が流れて来るのが伝わった。

そして、洸夜が戦闘を始めた事で陽介と千枝もペルソナを再度召喚して自分達の前で構えさせた。

その現状に総司達も援護しようと動く。

 

「マズイッ!? 皆行くぞ!」

 

「待って先輩! 後ろからシャドウの気配が!?」

 

「なっ!?」

 

りせの言葉に影に隠れた後ろの通路の奥を見る総司達

そこには黒い手と白い手の形をしたシャドウ『キリングハンド』『ゴッドハンド』が天井や壁、あらゆる所から涌き出ていた。

 

「んだあの数は!?」

 

完二は驚きの声を上げた。

そして、シャドウ達はキリングハンドを中心に囲む様にゴッドハンドが集まって総司達に向かった歩いて来る。

その光景に今度は洸夜が声を出した。

 

「総司! こっちは俺達で何とかする! そのシャドウの群れは任せた!」

 

「でも大センセイ! その大型シャドウはかなり強敵クマよ!?」

 

「問題ない! (伊達にあの戦いを生き抜いていない……)」

 

洸夜の言葉に総司は頷いた。

洸夜が陽介達をサポートするならば安心できる。

そして、総司は他のメンバーに向かって頷くとクマ達も頷き完二がシャドウ達の前に出た。

 

「おらぁっ!シャドウ共! この巽完二の新しい力を見せてやらぁっ! ロクテンマオウッ!!」

 

完二の掛け声に伴い現れる赤く巨大なペルソナ『ロクテンマオウ』。

ロクテンマオウはイザナギやオシリスよりも巨大な大剣でゴッドハンド達の群れを凪ぎ払い、ゴッドハンド達は宙を舞った。

 

「よっしゃあっ! このまま行くぜロクテンマオウ!」

 

ロクテンマオウは再び大剣を振り上げ、ゴッドハンド達に降り下ろした。

だがその瞬間、ゴッドハンド二匹が逆立ちしながらロクテンマオウの大剣を止めた。

まさに真剣しらはどり。

パシッ! と言う大剣を抑えた音が綺麗にフロア全体へと響き、その光景に総司達は思わず笑いそうに成るが耐えた。

しかし雪子は……。

 

「アハハハハハハッ! か、完二君……あ、新しい力って……アハハハハハハッ!! パシッ!ってアハハハハハハッ!」

 

「カンジドンマイ!」

 

「完二ださ~い!」

 

「完二……まあ、頑張ったと思うぞ俺は……ブフッ!」

 

「だああぁぁぁぁっ!! どいつもこいつうるせぇっ!つうか、戦ってんの俺だけじゃねえかよっ!」

 

雪子の笑いに釣られ、つい笑いが零れてしまった総司達に顔を真っ赤にして怒る完二。

そんな笑い声は大型シャドウと戦っている洸夜達の耳にも当然届いていた。

 

「……はあ……はあ……なんかあっちの方盛り上がってる気が……」

 

「里中余所見してる場合かよ!」

 

陽介の言葉に千枝は慌ててシャドウに視線を戻した。

その隣で洸夜は今手元にペルソナ白書が無い為、手持ちのペルソナで戦っている。

限られたペルソナと力。

洸夜はそれを補う為にペルソナの合体技ミックスレイドを使う。

 

「オシリス! セト!」

 

『ミックスレイド : 謀殺の木棺』

 

オシリスとセトがシャドウの真後ろに巨大な木棺を作り出した。

その木棺はシャドウにピッタリの大きさで、シャドウはオシリスとセトによって押し入れられるとそのまま木棺に火炎と雷の集中攻撃を放ち、木棺はシャドウが入ったまま燃え上がる。

 

「少しは効いたかシャーーー」

 

「兄さん!」

 

総司が洸夜の言葉を遮った。

そして、洸夜が振り向くとゴッドハンドの数対がいつの間にかに洸夜達の背後を取っていたのだ。

 

『デスバウンド』

 

突如、ゴッドハンド達は洸夜達の目の前でデスバウンドを放ち始めた。

数も多く、デスバウンドがまるで地震の様に思えた。

だが、デスバウンドは洸夜達には届いておらず、陽介は思わず腕を組んだ。

 

「……何してんだあのシャドウ?」

 

「只デスバウンドしながらジャンプしてるだけだよね? 倒して良いのかな……?」

 

「迷っている暇は無いぞ。とっとと倒ーーー」

 

ピシッ!

 

洸夜達の会話の途中で鳴った謎の音に千枝が身構えた。

 

「え……なにこの音」

 

「まるでヒビが入っている様な……って、地面にき亀裂が入ってるじゃねえか!」

 

陽介の言葉に自分達が立っている地面を見た洸夜達。

そこには先程シャドウが放った一撃で誕生したヒビを中心に亀裂が入っていた光景だった。

そして、洸夜達はゴッドハンド達が何故先程から自分達に届かない攻撃をしているのかが分かった。

 

「コイツ等俺達を落とす気かよ!」

 

「その様だ……出来るだけ素早く慎重にゴッドハンドを倒すぞ。行ーーー」

 

『ゴッドハンド!』

 

「「えっ……」」

洸夜と陽介は目の前で起こった事に思わず声を出してしまった。

何故ならば、千枝がシャドウと同じ名前の技ゴッドハンドを放ったのだ。

ゴッドハンドは物理技の中でも強力な部類に入る。

スズカゴンゲンの放ったゴッドハンドは上空から巨大な拳が降り、シャドウのゴッドハンド達を叩き潰した。

それと同時に地面にも大きな衝撃を与えてしまったが……。

顔色を青くする洸夜と陽介とは裏腹に、千枝は勝ち誇っていた。

 

「よしっ! どーよ、同じ名前でもこっちの方が上なんだから!」

 

千枝はそう言ってシャドウ達がいた場所を指差して笑った。

だが、洸夜と陽介は互いに顔を見合わせた。

「……洸夜さん。さっきはああ言いましたけど……落ちる何て有りませんよね?」

 

「当たり前だろ……ここはフロアの一階だぞ。まさか……なあ?」

 

二人は一番想像したくない事を口に出した。

だが、ここは常識が通用出来ない世界なのは皆知っている。

はっきり言えば怖いのだ。

洸夜も……陽介も……このミシミシと鳴り響くフロアが。

そして、段々と自分達の目線が徐々に沈むかの様に下に向かっていく。

 

「あれ? なんかさっきよりもミシミシいってない?」

 

一体誰のお陰でこの廊下の寿命が尽きたのか分かって無い千枝は、フロアの異変に頭を捻る。

そんな千枝に、洸夜と陽介は互いに彼女の顔を見ると静かに口を開く。

 

「千枝ちゃん……/里中……」

 

「え? どうしたの二人と……もぉっ!!?」

 

千枝がそこまで言った瞬間、洸夜達三人の目に闇が広がった。

光が自分達から離れていく。

そうだ、自分達が落ちているんだ。

そう気付いた洸夜と陽介は、何で一階なのに下に落ちるのかと言う疑問を捨て、さっきの言葉の続きを落ちている穴全体に響く様に大声で発した。

 

「反省しろっ!/馬鹿野郎っ!」

 

そう発した洸夜達が見たのは徐々に閉じていくフロアの穴だった。

 

=============

 

「兄さん!」

 

「嘘だろ落ちやがったぞ!」

 

「これで最後クマよ!」

 

総司と完二が洸夜達が落ちた事で叫ぶ中、クマが最後のキリングハンドを武器の爪で斬り上げた。

これでもう周りにシャドウはいない。

そう判断した総司達はりせの方を向き、りせが頷くのを確認すると洸夜達が落ちた穴の方へと走った。

だが、既に穴は閉じられており普通の通路に戻っていた。

穴何て最初から空いてはいなかったと思わせるかの様に綺麗な状態で……。

そして、先程穴が空いていた場所を触りながら雪子が口を開いた

 

「千枝……洸夜さん……花村君………」

 

「はあ……はあ……総力戦の次は分断かよ……何処までも堪に触りやがるぜ!」

 

三人の安否を心配する雪子と、その隣で先程の戦いで乱れた息を整えながらこの世界を作った久保に対する怒りを更に増長させる完二

三人も殺したと思えば次は自分の仲間も危険さらす。

これだけで既に久保に対する完二の怒りのボルテージは憤怒に達していた。

そんな中で総司は冷静に頭を働かせ、りせに三人の居場所を探索してもらう様に頼んだ。

りせも先程の戦いで疲労はしていたが、大事な人達の為に総司の言葉に頷くと自分の身体に鞭を打って探索を開始すると、りせはヒミコの能力によって自分の頭に映し出されるマップを調べ始めた。

 

「う~ん……。(このフロアじゃない……ここも違う。洸夜さん達は下に落ちたのに反応が無い……どうして? ハア……もう、ホントにこの世界は非現実に程が有るよ……ん? 非現実……? もしかして……) ………………っ! 見付けた! 洸夜さん達はこのフロアよりも"上の階"にいる!」

 

探索に苦戦仕掛けたが非現実と言う言葉からある事を思い付いたりせは、洸夜達が落ちたにも関わらず下では無く、敢えて上の方を探索してみると見事に三人の気配を探知した。

だが、りせの言葉に驚いたのは完二だった。

 

「上のフロアだぁ? こっから落ちたんだぞ、何で上なんだよ」

 

「私が知る訳無いでしょ……この世界がオカシイのは今に始まった訳じゃないし」

 

「元々、こういう世界は産み出した本人によって姿が変わるクマ。だから、大センセイ達がこっからオッコチタにも関わらず上に要るのは不思議じゃないクマよ」

 

おかしな現象に悪態をつく完二を宥める様に話すりせとクマ。

この世界がオカシイのは完二達も分かっている。

だが、どうしても無意識の内に現実世界を基準で考えてしまい直ぐには納得が出来ないのだ。

また、兄と友人達の無事を一応確認する事が出来た総司は、少なくとも洸夜が一緒ならば陽介と千枝は大丈夫だと判断し今度は自分達の今後の行動を決断した。

 

「上に急ごう。……今回の世界は何処かオカシイ。どっち道、上には行かなければいけないんだ、兄さん達との合流を急いだ方が良い」

 

「……其が妥当クマね」

 

「コーン!」

 

「おっ!? お前いつの間に……」

 

総司の言葉に頷くクマ同様に賛成の意味を込めて鳴くキツネに、完二は今まで何処にいたと言う意味合いで驚いた。

殆ど傷が無い所を見ると安全な所で隠れていた様だ。

そして、周りがそんな感じで雑談を始めた時だった……雪子があることに気付く。

 

「……? (あれ? さっきまで燃えてた木棺が無くなってる……洸夜さん達が落ちた時に一緒に落ちたのかな?)」

 

洸夜達の戦いを少し見ていた雪子は、洸夜がシャドウを閉じ込めて木棺が無い事に気付いたのだ。

雪子が少し不安な表情をし始めた時だった。

階段付近にいたりせが雪子に手を振った。

「雪子せんぱ~い! 上に行きますよ!」

 

りせの言葉に雪子は振り向くと、上のフロアへの階段の前で自分を待つ総司達の姿。

雪子が考え込んでいる内に皆は階段へ向かっていた様だ。

雪子はりせの言葉に頷いた。

 

「今行く! (……考えている暇なんて無い。早く千枝達と合流しないと)」

 

雪子の言葉に総司達は頷き、洸夜達との合流を果たす為に上へと向かった。

 

 

=============

 

 

現在、ボイドクエスト(上フロア)

 

「……」

 

一階のフロアから落ちた洸夜達は、現在上のフロアの通路で三人揃って川の字状態で気を失い倒れていた。

また、洸夜達の横に成っている地面だが洸夜が落下寸前にベンケイを召喚した為に亀裂が入りながら少し凹んでいた。

落ちた先が上のフロアとは言え、洸夜達からすれば高い所から落下しているのだ。

ベンケイのお陰で洸夜達は気絶だけですんだと言える。

そんな気絶する洸夜達に近付く人物がいた……エリザベスだ。

エリザベスは右手に自分のペルソナ全書を、左手に洸夜から預かったペルソナ白書を抱えながら洸夜達三人に近付くとペルソナ白書を洸夜の上に置き、空いた左手を三人に翳した。

 

『メディアラハン』

 

エリザベスが翳した手から放たれる優しい光が洸夜達に注がれて行き、洸夜達から擦り傷等が癒されて行く。

そして、まだ気を失ってはいるが傷が完治した洸夜達にエリザベスは優しく微笑んだ。

 

「……預かっていた物をお返し致します。治療はついで御座いますのでお気に為さらずに。(全く……本来ならばこう言う事態の対処を教えるのが貴方様の役目の筈。一緒に落ちてどうするのですか)」

 

エリザベスは洸夜の顔を見て、やれやれと言った感じで困った笑みを浮かべた。

だが、エリザベスは表情をいつもの感じに戻すと洸夜の手首に付いている腕輪に目を向けた。

 

「……ペルソナの力を抑える腕輪。(……暴走を抑える為ならば仕方ない事。ですが、ペルソナを抑えると言う事は自分自身をも抑え付けるのと同じ事……オシリスと言う"色"を選んだ時点で既に黒の力を抑えている。これ以上、ペルソナを抑え付け尚且つ自分や過去に目を背けるならば貴方はもう未来に進めない。……洸夜様、私はーーー)」

 

『!!?!!??』

 

エリザベスがそこまで思った瞬間、彼女の背後から突如巨大な剣が降り下ろされ周りに砂埃が舞い上がった。

エリザベスを襲ったのは先程洸夜達と戦い一緒に落ちてきたロボット系大型シャドウ"逃走の兵"だった。

先程の洸夜の攻撃のダメージの影響からか全身に焦げ後が刻まれており、肩や足の関節部分からは放電が起こっていた。

だが、逃走の兵はそんなダメージの事は無視し自分を傷付けた天敵である洸夜達を見付けると近くにいたエリザベスに攻撃したのだ。

だが、相手が悪かった。

 

「……女性が話しているにも関わらず後ろから攻撃だなんて、全く礼儀が成っていないシャドウですね」

 

『……!!?!?』

 

砂埃が晴れた場所にいたのは、逃走の兵の大剣をペルソナカード一枚でしかも片腕で防いでいるエリザベスの姿だった。

その姿勢は先程とは一切変わらずしゃがんだままであり、まるで何事も無かった様な雰囲気を醸し出していた。

逃走の兵もまた、その大剣を持つ腕に力を入れるが一切動かない。

そして、エリザベスが静かに顔をシャドウに向けた瞬間……逃走の兵の両腕が飛んだ。

 

『??!!』

 

逃走の兵は一体自分の身に何が起こったのか認識出来なかった。

認識出来たのは……そう、エリザベスに手を出したのが間違いであり、自分は彼女に勝てないと言う事だけだ。

そして、そんな逃走の兵の様子に何も感じていないのかエリザベスは立ち上がると逃走の兵にゆっくりと歩きながら近付くと口を開いた。

 

「そんなシャドウには……」

 

『!』

 

逃走の兵は思わず身構えた。

その瞬間、エリザベスは既に逃走の兵の背後に回っていた

そして、満面の笑みでエリザベスはこう呟いた。

 

「フフ……メギドラオンで御座います」

 

『!ーーー』

 

逃走の兵は声か何かを発しようとしたが、発する前に内側からメギドラオンによって爆散した。

そう、エリザベスはメギドラオンの力を全て逃走の兵の中に放ったのだ。

力を司る者と言われるエリザベスだからこそ出来る荒業とも言える。

そして、周りに落ちる部品が洸夜達に降り注がない様にペルソナで守るとエリザベスは洸夜を見ると静かに口を開いた。

 

「……ゆっくりで良いんです。急ぐ必要は有りません。……洸夜様、未来は誰かが進んだから自分も進むのでは有りません。自分で選んだ者が未来に進むので御座います」

 

それだけ言うと、エリザベスは通路の闇へと消えていった。

 

End

 

 




失踪はしないよ♪


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違わなくない

夏は麦茶一筋!


同日

 

現在、ボイドクエスト(上のフロア)

 

「洸夜さん! 洸夜さーーーんっ!」

 

古いゲームの様にチカチカと光りながら古城の様に姿を映す床。

その床の上で気絶していた洸夜は自分を呼ぶ声、近距離からメガホンでも使っているのではないか と思わせる程の大声で目を覚ました。

 

「此処は……」

 

目を覚ました洸夜は現状を理解する為に、上半身だけ起き上がらせ完全に目覚めていない頭で有りながらも首を動かし辺りを見回した。

だが、一番最初に洸夜の目に入ったのは傷付いた通路でも無ければシャドウの残骸でも無く、満面な笑顔の千枝と、何故か顔面に靴後らしき後がある陽介の姿だった。

洸夜は思わず目を大きく開いて陽介を見た。

 

「花村……!? 俺が気絶している間に何があったんだ! シャドウに襲われたのか!?」

 

「いえ……別にシャドウは関係ないんすよ。主な元凶は……」

 

洸夜の言葉に陽介はそう答えながら千枝の方をジト目で見る。

それに対し千枝は少し冷や汗をかき、苦笑しながら口を開いた。

 

「いや……ハハ、って目開けたら私の上にいたからつい反射的に……」

 

「だからっていきなり蹴るのはおかしいだろ!」

 

「仕方ないじゃん!あんな状況だから襲われてると思ったんだもん!」

 

千枝は出来るだけ状況を詳しく話し、自分はわざと蹴った訳では無い事を説明する?

だが、千枝の話を聞いた陽介は鼻で笑った。

 

「いや、あり得ねえから。里中襲うんだったら頑張って天城を襲う!」

 

「何をぉぉぉ! 私の青龍伝説まだ弁償してない癖にその口はなんだぁぁ!」

 

陽介の言葉に怒った千枝は、陽介目掛けて蹴りを放つが陽介はそれをギリギリでかわした。

 

「あ、危なっ!? な、なにしやがる!?」

 

「うっさい! 謝ってるのにぶつくさ言ってさ!」

 

「おいおい……今は争っている場合じゃないだろ? まずは現状把握……ん? 」

 

陽介と千枝の仲裁に入ろうとして洸夜が立ち上がると、何かが足にぶつかった事に洸夜は気付いた。

それは、洸夜が少し前にエリザベスに預けたペルソナ白書だった。

洸夜はペルソナ白書を広い上げるとページを数ページめくった。

 

「俺のペルソナ白書だ……。(これが此処に有ると言う事はエリザベスが此処に来たのか? そう言えば身体に痛みや疲れがない。治してくれたのか……彼女には助けられてばっかりだな)」

 

洸夜はエリザベスが此処に来て、自分達を治してくれた事に気付く。

そして、この頃彼女に助けられてばかりな気がした洸夜は、短い間に色々あった為に気分が暗く成っていた自分を一喝して気を引き締め直しすと現状を把握する為にワイトを召喚しようと試みた。

 

「ワイト!」

 

ワイトが召喚されたのを肉眼で確認すると、洸夜はその場に膝をついてしゃがむと目を閉じた。

それに気付き、陽介と千枝も洸夜に近付いた。

 

「洸夜さん、一体なにしてるんですか?」

 

「……ワイトの力を使って総司達と連絡をとる」

 

「れ、連絡……出来るんですか!?」

千枝の驚きの声に、洸夜はただ小さくそして短く ああ……とだけ言って返した。

それだけこの探知タイプのペルソナ特有の離れた相手に連絡を取る力をしようするには、それなり集中力がいる。

ましてや、今の洸夜は弱体化の影響もあって通常よりも集中力を要する。

また、ワイト自身が持ち、りせのシャドウのマハナライズをも無効化するジャミング能力だが今回ばかりはそれが邪魔をする。

弱体化しているにも関わらず、上級シャドウをも惑わすジャミング能力。

其ほどままでの力だ、他者に連絡する時に限ってはそのジャミングによって上手く互いの言葉が聞こえず、ジャミング能力を解除しなければならないのだが、それは洸夜が無防備に成ると言う意味でもある。

 

「……すまないが、俺が総司達に連絡をとっている間の護衛を頼む。この時だけはジャミング能力が使えない。だから今だけはシャドウから身を隠せないんだ」

 

「わ、分かりました」

 

洸夜の言葉に答える陽介と頷く千枝。

その二人の様子に洸夜は安心して背中を任せ、再び精神集中を始めた。

 

「……。(……りせの奴、ちゃんと通信能力に気付くと良いんだが)」

 

少しの心配を内心で思いながら……。

 

=================

 

現在、ボイドクエスト(下層エリア)

 

『ーーーせ! ーーりーーーーせ!』

 

「えっ! (洸夜さん……?)」

 

早く上に向かう為に走っていた総司達。

だが、りせは一瞬だが洸夜の声が聞こえた様な気がして走っていたその足を止めた。

耳から聞こえた訳では無く、直接頭に流れているかの様な感じだが空耳の様に僅かにしか聞こえなかった。

何かの拍子に聞こえなく成ってしまうのでは無いかと思わせる程に小さな声。

幻聴かもしれないが、それにしては妙にリアル。

それでも常人ならば気のせいと思い、無視したかもしれない。

しかし、りせは違った。

りせは、僅かな声から感じるこれまた僅かな力に気付いた。

 

「これって……。 (この力……ヒミコの力に似てる。なんだろう、もう少しで分かる様な……)」

 

りせは微かな力を感じる為にその場で目を閉じ、更にヒミコを召喚した。

その姿はまるで、その場に溶け込み身体全体で周りから感じる力を読み取っているかの様に見えた。

そして、ヒミコを通して先程の洸夜の声が更に強く聞き取れるのにりせは気付いた。

 

「この力……やっぱりそうだ。 (この力からワイトを感じる。多分、探知タイプのペルソナ特有の力なのかも知れない)」

 

洸夜の感じた不安は心配要らなかった。

りせは、洸夜の送った通信から感じる微かに残るワイトの力に気付いた。

これは探知タイプのペルソナを通しての通信能力。

そうと分かれば話は早かった。

りせは先程よりも深く集中力を研ぎ澄ませた。

 

『り……せ……えるか? き……たら、へ……じしろ!』

 

「もう少し。あとちょっと……!」

 

徐々に聞こえ始めた洸夜の声。

先程よりも雑音は無く、段々と通信能力のコツも掴んできた。

もう少しで完璧に受信出来る。

りせは針の穴に糸を通すかの様に洸夜からの通信を受信する一つの事に精神を使う。

 

「りせ……?」

 

りせが足を止めた事に総司達も気付き、足を止めてりせに近付いた。

 

「どうしたのりせちゃん? 何かあったの?」

 

「疲れたなら休憩すっか?」

 

雪子と完二が心配してりせに声を掛けた。

先程の大量のシャドウとの戦いで、一番神経を削っていたのは探知タイプのりせなのは二人は分かっていた。

だから心配して雪子と完二は声を掛けたのだが、りせは集中力を乱れさせない為に二人の言葉に振り向かず、そのままの状態で皆に現状を説明した。

 

「……ごめん。少しだけ静かにしてて、今洸夜さんからワイトを通して連絡が来てるの」

 

りせの言葉に総司達は顔を見合わせた。

 

「連絡つったて何も聞こえねえぞ。ここ、携帯だって繋がんねえし……ああ! めんどくせえっ!」

 

りせにそう言いながら片手で自分の携帯を弄る完二。

既に分かりきっている事だが、やはり携帯には圏外の文字が示されていた。

振っても特に変わると言う訳では無いが、完二はジッとする事が出来ず携帯を振りまくった。

そんな完二に対し、今一言葉が思い付かなかった総司達は特に何か言う事も無くりせを見守る為に黙ってりせを見た。

 

「…………っ!」

 

総司達が見守って程なくりせの目が開き、ヒミコの頭部でもあるアンテナが先程まで左右に動いていたが今は安定して受信している様に一定の方向から動かなく成った。

そして、ヒミコの持つ王冠の様な物を被っていたりせは洸夜からのメッセージを聞き直した。

 

『りせ! りせ!………やっぱり駄目か。 全然返答が無い……そうだ、いっそのこと悪口みたいに言えば気付くかも知れないな。 良し……りせの勉強嫌い! せめてローマ字は理解しろッ!!!』

 

「……洸夜さん。聞こえてますよ」

 

『りせの…………ぴ、ぴーーががーーー』

 

りせに気付かせる為、りせ自身の事を叫ぶ洸夜。

だが、りせからの言葉を聞いた瞬間に洸夜はわざとらしく雑音を口から出し始めた。

明らかに雑音の音に洸夜の声が混ざっているのは分かりきっている。

りせは、そんな洸夜に対し頬を膨らませるとヒミコを通じて講義した。

 

「洸夜さんっ! なに子供みたいにしてるんですかっ!!」

 

『す、すまない……返事が無かったからつい……』

 

言葉しか聞こえないが、その口調から洸夜が反省しているのは確かな様子。

言葉が終わりに向かえば向かう程に申し訳無さそうな口調に成っているのが分かった。

りせはやれやれと言った感じで口を開く。

 

「もう……それで、洸夜さん達は無事なんですか?」

 

『ああ、花村も千枝ちゃんも無事だ。花村は少し負傷してるがな』

 

「負傷……?」

 

負傷と言う言葉に心配するりせだが、何故か洸夜の口調はどこか笑いを堪えている感じに思えた。

込み上げてくる笑いを抑えるかの様に楽しそうに明るく話す洸夜。

すると、洸夜の後ろ辺りから聞こえる声がりせの耳に届いた。

 

『ちょっ!? 洸夜さん! その話は良いですから!』

 

『いや良くねーよ! こうなったら相棒達にも俺の身に何があったか教えてやるんだ!』

 

りせの耳に届く陽介と千枝のいつも通りの会話。

怒った感じの口調だが、二人の声からは怒気は感じない。

非現実の世界にいるとは言え、現実の世界と変わらない物もある。

陽介と千枝の二人の会話に、りせは自らの心が安心していくのを感じていた。

 

「……りせ。兄さんとは本当に連絡がついているのか?」

 

先程からりせだけが一人で勝手に盛り上がっている様にしか見えなかった総司は、いったい現状がどうなっているのかを聞く為にりせに声を掛けたのだ。

 

「あ……危うく忘れるところだった。洸夜さん、総司先輩達にも声を聞かせてあげたいんですけど?」

 

いきなりの通信や洸夜の暴露に、思わず総司達を意識の外に出していたりせは思い出した様に洸夜に質問する。

自分一人が聞いた所で、重要な会話等があったら全てを完全に覚えきる自信はりせには無かった。

だからと言って、どうやって皆にも洸夜達の声を聞かせれるのかが分からない。

そんなりせからの問いに、洸夜は少しだけ間を空けるとりせに説明した。

 

『…………りせ。まず、自分を中心とした円上のサークルをイメージしてみろ』

 

「え? は、はい……。(自分を中心とした円上のサークル……円上……円上……)」

 

りせは洸夜の言葉の通りに頭の中で自分を中心とした円上のサークルをイメージした。

それによって現在のりせのイメージでサークルの中にいるのはりせだけと成った。

 

『イメージしたか? なら次は、そのサークルを徐々に広げて行きそのまま総司達をサークルの中にいれるんだ』

 

「はい……。(サークルを拡大……拡大……)」

 

先程と同じ様に洸夜に言われた通りのイメージをするりせ。

先程のイメージではりせ一人しかサークルの中にはいなかったが、徐々に広げて行ったサークルの中に総司達も入った。

そして、イメージが完成した事でりせは額を流れる汗を右手で拭うと洸夜に報告する。

 

「出来ましたよ洸夜さん!」

 

『良し、上手くいってれば聞こえる筈だが……総司、皆、聞こえてるか!』

 

『雪子!』

 

「おい! 完二! クマ!」

 

総司達に呼び掛ける洸夜と、洸夜を通じて語り掛ける陽介と千枝。

そんな三人の呼び声は総司達に届き、耳からの様な頭に直接の様な何とも不思議な感覚の声が総司達にも聞こえた。

 

「! 兄さんの声が頭に……」

 

「聞こえるよ千枝!」

 

「ヨースケ~!」

 

「そっちの方も無事みたいッスね」

 

『ああ……そっちに連絡をしながら自分の現在地を調べたが驚いた。まさか、落ちたのに上の階に移動したとはーーー』

 

洸夜が皆に現状説明をしようとしていたが、後方から千枝が洸夜の言葉を遮って叫んだ。

 

『雪子! ホントに大丈夫!? 皆も本当にケガとかしてない!』

 

「さ、里中先輩……声を抑えてくれよ! 心配してくれるのは嬉しいんスけど、この通信俺ら全員に聞こえてるんスよ」

 

『あっ……ごめんごめん』

 

「私達は大丈夫だから。それよりも千枝達の方が心配だよ……」

 

『話を戻して良いか?』

 

このままではいつまで経っても話が前に進まない。

それに、なんだかんだ言っても今回のこのダンジョンは何処かがおかしい。

早く久保を見付けて脱出するのが一番の得策だ。

洸夜は内心で今回のダンジョンから感じる気味の悪い雰囲気を汲み取り、そう思いながら千枝達の話を中断させて話を戻した。

 

『でだ……結局、今俺達が出来る最善の策だが……』

 

「普通に考えれば合流だと思うけど?」

 

『総司、確かに俺も最初はそう考えた……だが、無理だ』

 

「ええっ!? どうしてクマ!」

 

洸夜の言葉に戸惑いを隠せないクマは思わず叫んだ。

この状況下と先程のシャドウの奇襲の件もある。

ここはどうにかしても合流をした方が良いと思うのは誰でも一緒だ。

勿論、洸夜もその事は理解している。

一網打尽の罠等が無い限りは下手に戦力を分散させる理由は無い。

だが、其なのにも関わらず、洸夜が合流を断念した訳はこのダンジョンの造りにあった。

 

『……先程からダンジョンのマップをワイトを使って見てたんだが、どうも色々な仕掛けが施されて合流は難しいと考えた方が良い』

 

ワイトを通じてダンジョンのマップを見ている洸夜は自分の言っている事が分かるのだが、マップを見れない総司達からすれば説明不足だ。

雪子が洸夜に口を開いた。

 

「どういう意味ですか洸夜さん。色々な仕掛けって……?」

 

『このダンジョンはフロアは今までのダンジョンの様に階段で繋がっている。だが、そのフロアの中に壁と言うか、空間が歪んでいると言うか、まあ簡単に言えばこのままお前等が階段を上って来たとしても俺達と合流は出来ない』

 

「ええっ! じゃあ、一体どうするんスか!」

 

完二の言う事は的を得ている。

このままでは合流が出来ない。

しかし、洸夜は既に合流手段を見付けていた。

洸夜は最上階のマップを頭の中で見ながら、完二の問いに答えた。

 

『慌てるな……他のフロアでは合流出来ないが最上階には殆ど仕掛けが無い。だから合流するならーーー」

 

洸夜がそこまで言った時だった。

 

『洸夜さんっ!!』

 

洸夜の言葉を遮る陽介の叫び声。

そして、それに反応するかの様に同じように叫ぶ千枝。

 

『ちょっ! コイツら!?』

 

『シャドウか! いつのーーー』

 

「えっ!? 洸夜さん? 花村先輩! 里中先輩!! 」

 

突然の事に叫ぶりせだが、洸夜達の言葉はそこで途切れた。

総司達は先程聞こえた洸夜達の言葉を聞き、三人がシャドウに襲われたのだと分かった。

だからと言って自分達に今出来る事は一つしかなかった。

総司は皆の方を向き、これからの行動を説明した。

 

「最上階へ行こう。兄さんの話だとまともに合流出来る場所はそこしかない」

 

総司の言葉に小さく頷く雪子達。

この場にいる全員が、洸夜達がこの程度でやられるとは最初から思ってはいない。

だが、やはり人間だからか頭で分かっていても心配してしまう。

そして総司達は、まるでその心配から来る不安を振り払うかの様に階段へと走って行った。

 

「コーン!」

 

「ぬおっ! お前いつの間に!?」

 

先程まで気配を消し、忘れ去られていたキツネに驚きながら。

 

=================

 

 

現在、ボイドクエスト(上フロア)

 

「邪魔すんじゃねえっ!!」

 

『小剣の心得』

 

洸夜は自分に向かって来たシャドウをオシリスによって強化した刀で斬り付けた。

そして斬り付けられたシャドウはそのまま胴体が二つに割れながら消滅する。

シャドウが消滅した事を、洸夜は直ぐに振り向いて確認して現状を把握した。

 

「一、二、三、四……残り四匹か」

 

通信中に襲われたにも関わらず、洸夜達は咄嗟に反応して迎撃を開始した。

この位の奇襲ならば嘗ての戦場であるタルタロスのシャドウや、満月の大型シャドウの方が達が悪い。

この様な状況でも洸夜が冷静に要られるのは前の戦いでの経験のお陰だ。

そして、洸夜が周りを警戒している間にも陽介と千枝も奮闘していた。

 

「「スサノオ!/スズカゴンゲン!」」

『『ソニックパンチ / 暴れまくり』』

 

スサノオが放った拳は吸い込まれる様に一体のシャドウを捉え、そのまま壁に叩き付けた。

壁にぶつかった瞬間に聞こえたメリっと言う音がシャドウが消滅する事を教えている様だった。

また、その隣ではスズカゴンゲンが武器である両刃剣を上に向けて我を失っているかの如く大きく振りました。

力強く回された両刃剣から生まれる螺旋の斬撃に巻き込まれた二体は、そのままブロック状に斬られ消滅する。

 

「よっしゃあっ!」

 

「残り一匹……どこ!?」

 

三匹のシャドウを倒した事で残りのシャドウは一匹。

陽介と千枝は辺りを見回すが見付からない。

だが、辺りを警戒していた洸夜が気付いた。

 

「後ろだ二人とも!」

 

「「なっ!? / しまっ!」」

 

洸夜の言葉に反射的に背後を振り返る陽介と千枝。

そこには、身体に白く赤いラインが入った巨大なシャドウ"獣神のギガス"が今まさに陽介達に向かって低くゴツい声を発しながら拳を降り下ろそうとしていた。

しかし、洸夜の方が速かった。

 

「キングフロスト!」

 

洸夜はシャドウの真上にキングフロストを召喚し、そのままシャドウの上に落下した。

キングフロスト程の重量を持つペルソナに押し潰されたのだ、シャドウはキングフロストの下で足掻くがキングフロストが退く筈もなかった。

 

『ヒホ~~!』

 

キングフロストがそう声を発すると同時に、潰されていたシャドウの身体が氷付けに去れていく。

そして、最終的には全身が氷付けにされ、そのまま砕け散った。

洸夜は陽介達の下へと走った。

 

「無事か二人?」

 

「一応生きてます~」

 

「はは……また油断しちゃいました」

 

「自分で対応出来ないなら、ペルソナは周囲が安全だと分かるまで消すな。再召喚をしている間は隙だらけだからな」

 

洸夜のその言葉に頷く陽介と千枝。

洸夜とは違い、陽介と千枝のペルソナ召喚はペルソナカードを使用しての召喚をする。

癖でたまに召喚器を使用してしまうが、本来は直ぐにペルソナ召喚が可能な洸夜とは違い陽介達の召喚方法には隙が出来る。

只でさえ隙が出来る召喚方法なのだが、陽介達の美学なのかわざわざクナイで斬ったり、足で砕いたり等してペルソナカードから召喚する陽介達。

そして、洸夜はそんな事を思っていると、ふと、嘗ての仲間の事が頭に過った。

 

「……。(そう言えば、順平の奴も最初は召喚器を格好付けながら使用していたな。変にポーズを決めるから隙が出来て、結局シャドウに攻撃されて美鶴やゆかりに怒られていた)」

 

馬鹿な事を言ってよく周囲を和ませていた順平。

入部当初は、S.E.E.Sの活動をヒーローごっこか何かと思いながら活動していた為、メンバーの加入が頻繁だった当時、洸夜からすれば心配の対象だった。

だが、なんだかんだ言って順平も成長はした。

チドリとの事が順平にとっての分岐点だったのだろう。

洸夜は順平とチドリについて考えた。

 

「……。(順平もそうだが、チドリ……彼女もちゃんと生きているだろうか? 問題とかに巻き込まれていないと良いが……)」

 

そこまで洸夜は思ったが、冷静になると直ぐにその思いを消した。

 

「……くっ! (……何を考えている俺は? もう全ては昔の事だ。アイツ等がどんな生き方をしてようが俺にはもう関係無い)」

 

もうあのメンバーとも会う事も無い。

この間のお見合いの様な事は奇跡みたいなものだ。

洸夜は昔の事を思い出し、胸の中が不快に成るのを隠すかの様に腕に着いている腕輪を握ると陽介達と共に階段へと登っていく。

 

================

 

数十分後……。

 

洸夜達は階段を登り、フロアの上へ上へと進んでいた。

あれからフロアを二つ程進んでいたが最上階にはもう少し掛かる。

陽介達は疲れが出てきたらしく、少し息が乱れていた。

ワイトのジャミングでシャドウの目を誤魔化してはいたが、長時間のジャミングは洸夜にも大きな負担と成る。

その為、ここまでの間にもシャドウと戦っている。

息が乱れている陽介達だが、洸夜も疲れていた。

勿論、表にはだしていないがさっきの戦い等がその原因だ。

文字通りRPGの様なダンジョンの様なこの世界。

フロアを移動してもなに一つとして変わらない風景が精神的に洸夜達を襲い、このダンジョンから流れる何処から流れているのか分からない風までも、今の洸夜にはなんの癒しにも成っていなかった。

そんな事を感じながら洸夜達が歩いていた時だった。

洸夜の後ろを歩いていた千枝が話し掛けてきた。

 

「あの……洸夜さん。少し聞きたい事があるんですけど……」

 

「ん? 突然だが……何を聞きたいんだ?」

 

話し掛けてきた割には、千枝は珍しく真剣な雰囲気を漂わせていた。

洸夜はその雰囲気から察するに、暇潰しの雑談ではすまないと思った。

その隣では花村も思わず黙って状況を見守っている。

一体、千枝は何を自分に伝えたいのか洸夜には分からず、無意識のうちに目付きが鋭く成ってしまい、千枝は少し慌てた感じに話した。

 

「いや……その……こ、洸夜さんが体験したシャドウ事件の時の仲間の人達ってどんな人達がいたのかな……って」

 

「……」

 

千枝の言葉に洸夜は少し黙ってしまった。

別にこの質問が聞かれないとは思った事は無く、寧ろいつか聞かれるだろうとは思っていたぐらいだ。

だが、まさかこのタイミングで来るとは思ってはいなかった。

やはり、性格が真っ直ぐな千枝の考えは予測出来ないと洸夜は内心で笑っていた。

陽介もそう思ったのか、千枝に呆れた感じで話し掛けた。

 

「珍しく真剣な雰囲気だと思ったら、やっぱりこんなオチか。里中さ……それって今聞く事じゃ無くないか?」

 

「……だって気になってたし。花村、あんたは気になんない? 少なくとも私達にとってはペルソナ使いの先輩に当たるんだよ? それに、洸夜さんと戦ってシャドウ事件を解決してるって事はその人達って凄く強いんだと思うんだよね!」

 

「確かに気には成ってたけどよ……洸夜さんが……」

 

少し軽い感じで話す千枝とは違い、陽介は何処か洸夜の様子を見ていると言った感じだ。

そんな様子に洸夜は一息いれながら返答した。

 

「どんな人物かと言われてもな……君達は俺の部屋で写真を見たろ? あれに写っている奴ら全員が仲間だったメンバーだ」

 

「え……と言う事は、あの赤い髪のお姉様、金髪美人、緑髪の幸薄そうな娘、一見おしとやかに見えて実は活発そうな茶髪の娘。天城やりせちーと比べても見劣りしない全員が仲間だったんですか!?」

 

「あ、ああ……そうだ 。 (よく女子メンバーだけそんなに覚えていたな……)」

 

先程とはうって変わってテンションを上昇させ、少し興奮気味に話す陽介に洸夜も思わず迫力に押されてしまい苦笑する。

そんな中、千枝がある提案を出した。

そして、その言葉に洸夜は一瞬だが、思考が停止する事に成った。

 

「洸夜さん。その仲間の人達に協力ってして貰えないんですか?」

 

「っ!」

 

洸夜は一瞬だが思考が停止した。

洸夜はこの質問も先程の質問同様にいつか聞かれるのでは無いかと予測はしていたが、聞きたくなかった質問でもあった。

そして、千枝の言葉にリアクションをしたのは洸夜ではなく陽介だ。

 

「確かに色々と心強そうだけどよ、里中なら今回の事件は俺達だけで解決したいって言うと思ったぜ俺は」

 

「私だってそう思ってるよ……でも、万が一の事が有ったらどうしようも無いじゃん。私達の下手なプライドで事件解決が延びて、犯人の犯行が止まらないで被害者が増えるのは嫌。だったら、もっと協力者を増やしたら良くない?」

 

「……。 (まさか、そこまで考えていたとはな……)」

 

千枝の言葉を聞き、洸夜は少なからず感心した。

ここまで自分達は事件を追ってきた。

本来ならば自分達が解決したいと思うのは当然の思いと言える。

だが、千枝はそんな思いを普通に思いとどませた。

それだけで、千枝達の行動が既にヒーローごっこでは無いと証明した様なものだった。

ならば、そんな彼女達の思いに自分も答えるべきだと洸夜は思ったが、それは無理なことだと洸夜は分かっている為、千枝の言葉に首を横へと振った。

 

「千枝ちゃん……すまないが、それは無理なんだ」

 

「えっ……どうしてですか? 洸夜さんの仲間で友達なんですよね? だったら今回の事を言えばきっと……」

 

「ああ、洸夜さんがシャドウの事を言えば来てくれるんじゃ無いんですか? 少なくとも俺だったら、もし相棒の奴が今の洸夜さんみたいな状況で俺を呼んでくれたら地球の裏側でも行くぜ」

 

一切迷いが無い陽介の明るい顔。

それを見ただけで、洸夜は陽介の言葉が口だけじゃないと思った。

花村陽介は必ず行く。

総司が今の洸夜と同じ状態に成ったならば本当に地球の裏側だろうとは行くだろう。

いや、陽介だけではなく千枝も、雪子も、完二も、りせも、クマだって今の陽介の様な表情で総司を助けに行くのが分かった。

何故なら、彼等は総司の仲間であり、友だからだ……。

洸夜は思わず陽介の言葉を聞いて二人に背を向けた。

 

「……それは君達と総司に深い絆が有るからだろ? だからこそ、俺では駄目なんだ……」

 

「えっ……それって、どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味さ……俺とアイツ等の中に絆はもう無いんだ」

 

千枝の言葉にそう答え、思わずそのまま目を閉じる洸夜。

その姿はまるで、今だけでも目の前の現実から目を背けたいと思っての行動に見えた。

また、洸夜の言葉を聞いた陽介と千枝は互いに顔を見合せた。

二人からは洸夜の後ろ姿しか見えない。

だが、それでも洸夜が悲しんでいる様にしか見えなかったのだ。

二人は互いに頷くと、陽介がそのまま口を開いた。

 

「……その人達と何か有ったんですか?」

 

洸夜は陽介からの言葉に特に目立ったリアクションをせず、二人に背を向けたまま答えた。

 

「……すまん。自分から言っといて難だが、この事は総司にも言っていない事なんだ」

 

「あ……」

 

洸夜の言葉に、その意味を察した陽介。

総司にも伝えていない。

それはつまり、なにかしらの深い事情があると言う事。

そして、そう軽々しく聞いてはいけないもの。

少なくとも陽介はそう感じとり、それと同時に洸夜から伝わる悲しさの原因もそこに有ると分かった。

しかし、陽介は言葉の意味が分かった為に聞けない。

だが、千枝は理解していなかった。

 

「大丈夫ですって! 瀬多君には言いませんから! こう見えて私も花村も口は固いです!」

 

「「…………」」

 

千枝の言葉に、洸夜と陽介は思わず言葉が出なかった。

千枝は何か勘違いをしている。

別に洸夜は総司に口止めをしてほしい訳では無いのだから、そうとしか思えなかった。

 

「ち、千枝ちゃん……俺はそう意味で言った訳じゃあ……」

 

「えっ? じゃあ、一体どうゆう意味で……?」

 

「里中……実の弟である相棒にすら話してない内容だぞ? 普通に考えれば、かなり訳ありの話……つまりは、俺達にも話せない程の事なんだよ」

 

洸夜の言葉の意味を、肩を落としながらやれやれと言った感じで千枝に通訳してくれた陽介。

過去の自分の罪と苦しみ。

話してしまえば総司も苦しめてしまい、聞かせた者にも辛い想いをさせてしまうだろう。

ましてや、陽介達は二年前の戦いの関係者でも無い。

あの事件は悲しみを生みすぎた。

それ故に、関係無い者にあの事件を知って欲しく無いのが洸夜の心情でもあった。

そして、洸夜は陽介の説明を聞き、千枝が理解してくれると思っていた。

だが、陽介の言葉を聞いた千枝のとった行動に洸夜は驚いた。

何故ならば、陽介の話を聞いた千枝は黙ったまま歩く速度を上げ、そのまま洸夜を抜くと正面で止まり洸夜の顔をジッと見てきたのだ。

その表情から少し怒っている様にも見えた。

 

「洸夜さん……。洸夜さんは雪子にこう言いましたよね? 話さなければ伝わらないって、なのになんで洸夜さん自身は何も話してくれないんですか? それじゃあ何も伝わらない!」

 

「……」

 

千枝の言葉を聞いた洸夜だが、それとこれとは話が違う。

そう思わざる得なかった。

雪子の時とは違い、洸夜は最初から誰にも伝える気など無いのだから。

洸夜は首を横へと振った。

 

「俺のと雪子ちゃんのでは話が違ーーー 」

 

「違わなくないっ!!」

 

「っ!?」

 

洸夜の否定の言葉は千枝からの否定の言葉にかきけされ、洸夜は今度は完璧に驚いた。

一体、何故千枝がここまで怒るのか洸夜は分からないし、見た事も無い。

隣で陽介が驚いている事から、陽介もあまり千枝が怒る所を見た事が無いのかも知れない。

だが、今洸夜の目の前で怒った表情と目をして洸夜を見る千枝の姿から、それが事実なのは間違いない。

 

「雪子は自分の中の苦しみをどうすれば良かったのか分からなかった。 だけど、そんな時に洸夜さんが雪子に話さないと自分の気持ちが伝わらないって教えたんじゃないですか! 雪子……その後で自分のシャドウと向き合って、最後におばさんとも話した。それから私にだって嫌な事があったら話してくれる様にも成ったし、私も話してる。 ……そうやって互いの苦しみを減らせてあげられるし、背負っても上げられる……のに」

 

千枝の話はまだ終わらず、それどころか先程より更に表情を険しくし、洸夜は息を呑んだ。

 

「今の洸夜さん見ていられない! 苦しい、 誰かに聞いてほしい。そんな風にしか見えない! 苦しかったら言って良いんですよ……私達と洸夜さんは仲間なんですから」

 

「千枝ちゃん……」

 

洸夜は理解した。

これは怒っている訳では無く……いや、怒ってはいるがこれが彼女の優しさなのだと。

単純な考えが多く、少し軽率な行動をしでがち。

だが……それ故にこれ程までに他者に優しいのだ。

里中千枝は……。

 

「あの……洸夜さん。里中に便乗する訳じゃねえけど、俺も里中と同じ気持ちですから! それとも、やっぱりまだ俺達の事は信用出来ないですか?」

 

「いや、そう言う訳じゃない。お前達の事はあの時の戦いで理解したし、総司を……仲間を身をもって守ったんだ。お前達は信用出来る人間だよ。だが……あの事は……」

 

千枝と陽介の言葉は洸夜にとって嬉しいものだった。

そして懐かしかった。

嘗て、自分が普通に感じていた温かさ。

絆を築き上げた者同士で感じていたものだった。

久しく忘れていた友との会話。

洸夜はそれを確かに今感じていた。

そして、だからこそ洸夜は言うのを躊躇った。

のだが……洸夜の考えはまたしても千枝に封じられた。

 

「もう! 男ならうじうじしてないでハッキリするっ!」

 

「痛てぇっ!?」

 

迷っている洸夜に千枝は背中を強く叩いた。

こうなった千枝は目上だとか関係無く、誰であろうと意見する。

陽介もその事に覚えがあるのか、何処か納得した表情をしていた。

 

「いや……だが……」

 

「んん?」

 

「あ……だから……」

 

千枝の険しい表情に、洸夜はまたしても言葉が詰まった。

まさか、自分がここまで押されるとは思っても見なかった洸夜。

今思えば、千枝はS.E.E.S時代にはいなかったタイプだ。

どうも考えが読めず、謎の迫力に負けてしまう。

そして、悩む洸夜に陽介が小さく耳元で囁いた。

 

「洸夜さん……里中がこうなったら言うまで無理だって。俺は良く知ってますから……」

 

「……! (花村……お前に何があった!?)」

 

洸夜にそう言いながら何処か遠くを見る陽介に、洸夜は息を呑むと千枝の方をチラ見したが、やはり千枝は納得した表情をしておらず、洸夜の言葉を待っている。

このままでは最上階に行くのが遅れる。

そう思った洸夜は覚悟を決めると同時に、この頃は見なくなった悪夢、弱体化、ペルソナの暴走等の自分に降りかかっている異変がどれか一つでも変化がおきるか願いながら……。

 

「少し……長くなる。だから、歩きながら話すが……気持ち良い話ではないし、総司には……絶対に言わないでくれ」

 

「「勿論! / 分かってます!」」

 

少し嬉しそうな表情をする陽介と千枝。

そんな二人を見ながら洸夜は歩き出し、二人もそれについていく形で歩き出す。

そして……それと同時に洸夜は語り出した。

童話の様に楽しむのか、詞の様に聞き惚れるのか、この話を聞いた二人がどのような反応を示すのかは、まだ誰にも分からない。

 

End



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過去と葉っぱ

だ……大学……単位…………絶対……!

またまた、1ヶ月ぶりの投稿です!


同日

 

現在、ボイドクエスト(上フロア)

 

薄暗い文字通りゲームのダンジョンをイメージしたフロア。

本物では無いとは言え、周りに配置されている松明だけが、この世界で唯一まともな灯りでもあった。

そして、そんなフロアを歩き続ける洸夜、陽介、千枝だったが、今は洸夜が先程の千枝達の問いに答えていた最中であると同時に言い終わる所であった。

 

「………そして、寮にいる意味が無くなった俺はその町を出て家に帰り、そしてこの町に来た……こんな感じだな、大体は」

 

陽介達に言ったのは洸夜にとってトラウマに近い物だが、意外にもその口調は落ち着いていた。

 

「「…………」」

 

しかし、その真逆に陽介と千枝は言葉を失っていた。

余りにも自分達の想像を超えていた内容だったからだ。

なんだかんだ言って、何処かで少し笑い話的な感じに成るんだろうとも思っていたかも知れない。

だが、そんな訳が無く、二人は何故洸夜が実の弟である総司に何も言わないのか理解出来た。

この内容は余りにも重すぎる。

少なくとも、洸夜の事を全て理解はおろか、半分も理解しているかもどうかも怪しい自分達が聞いて良い内容では無い。

陽介と千枝は内心でそう思いながらも、言い出しっぺである千枝が自分達に背を向けながら歩く洸夜へ口を開いた。

 

「……あ、あの……その話って本当なんです……よね?」

 

千枝の声は若干だが震えていた。

その事から、千枝自身も既に洸夜の話が本当だと理解している事が読み取れる。

しかし、それでも尚、千枝は洸夜の口から本当の事かどうかを聞きたかったのだ。

洸夜も既に千枝の考えを読み取っていた為、千枝の言葉に口元に笑みを浮かべる。

 

「……これが作り話なら、じっくりと修行して物書きでも目指しているよ」

 

「「………」」

 

自分の事にも関わらず、その口調からは一切の怒りや悲しみが無かった。

また、洸夜のその言葉に先程まで話していた内容が真実だと理解し陽介と千枝は思わず互いに顔を見合わせた。

流石の洸夜も二人に省いている部分もあった。

事件の原因が桐条にある、自分が信じていた理事長の裏切り、ニュクスやデスの存在等々、この二人に話さなくて良いものは話してない。

だが、それらを省いたとしても洸夜が受けた悲しみを陽介は黙っていられ無かった。

 

「……なんだよそれ。なんなんだよその理不尽な話はよっ!」

 

「花村……?」

 

怒りで震える陽介の声が通路に響き渡り、その声に千枝はおろか洸夜までもが振り向き驚いてしまった。

そして、陽介はそのまま振り向いた洸夜の目を見ながら言い放った。

 

「だってそうだろ! ずっと戦って来た仲間で……親友だったのに……その戦いでの苦しみを全部洸夜さんのせいにするなんて間違ってんだろっ!!? 少なくとも、俺等だったら絶対に相棒のせいにはしねえっ!! 」

 

「………」

 

陽介の言葉に思わず立ち止まってしまった洸夜。

別に怒ったり等はしていない。

まさか、自分の事でここまで怒ってくれるとは思っておらず、逆に嬉しさを覚えていたぐらいだ。

洸夜は陽介達の方を振り向き、優しく微笑んだ。

 

「花村……お前は優しいな。総司は本当の意味で友人に恵まれている」

 

自分の事にも関わらず、まるで他人事でも聞いていたかの様に笑いながら言う洸夜を見て、陽介は少し悲しそうな表情で怒鳴った。

 

「洸夜さんはなんとも思わなかったんですかっ!! 仲間にそんな事言われて……そんなのまるで仲間が死んだのは洸夜さんのせいだって、遠回しに人殺しって言ってる様なもんじゃねえかよ!!?」

 

「いや……それは流石に………ん? ちょっと待て花村。俺の仲間の死……俺はその事は言っていないぞ? 一体、誰に聞いた?」

 

「あっ……!」

 

洸夜の問いにマズイといった感じの表情に成る陽介。

千枝も思い出したらしく、陽介と同じ様な顔をしていた。

この事は話さない約束であり、先程洸夜の事を聞いたばかりでもあって陽介は、何故自分達が洸夜の話してもいない秘密を知っているのか、そう言う理由で洸夜に怒られると思った。

しかし、その表情から陽介の内心を察した洸夜は怒る気は更々無く、まるで弟と妹に話しをする様な感じで二人に微笑んだ。

 

「別に怒ってもいなければ怒る予定も無いぞ。 ただ……少し気になってな」

 

「………相棒は知っている感じだったんですけど、俺達はその人の名前を知らなくて……なんか青い服と銀髪の美人でした」

 

「あと、なんか世間知らずっぽい喋り方もしてた筈……」

 

「……成る程、やっぱりアイツか」

 

洸夜はそう呟くと、少し微笑んだ。

二人の言葉から名前が分からずとも誰だか判別が出来たからだ。

あの事件に詳しく、青い服と銀髪に世間知らずな女性。

それら全てが当てはまるのは一人しかいなかった。

 

「エリザベス……全く、あのお喋りめ……」

 

洸夜はエリザベスが勝手に関係の無い者達に話す事に納得出来なかったが、世間知らずとは言えエリザベスも馬鹿ではない。

恐らくは何らかの理由が有ったのだろう。

洸夜は不思議と、自分の中でそう納得してしまったからか、そう言う洸夜の口調は穏やかな物だった。

そして、勝手に納得してしまっている洸夜の姿に呆気に成る陽介と千枝だったが、洸夜は陽介の方を向くと二人に聞こえない程静かに息を吐いた。

 

「ふう…………花村、確かに結果的に俺はアイツ等にあの事件の苦しみを全て押し付けられた。だが……そうしなければアイツ等はあの時、前に進めなかった……。其ほどまでに亡くなったメンバー達の影響が強かったんだ」

 

「でも……! それで洸夜さんは納得出来たんですか! 人が……仲間が……親友が死んだんだろ!? そいつ等が苦しんでるなら洸夜さんだって苦しんでる筈だ! ………なのに……身勝手だ……!」

 

陽介の絞り出す様な言葉に、洸夜は思わず俯いてしまった。

 

「納得は………していない。だからって、どうしたいのかも分からない………アイツ等を許そうと言う思いも有るが………当の本人達を目の前にすれば憎くて仕方ない……! 俺自身も訳が分からないんだ……」

 

洸夜のその言葉からは確かな怒り、そして……悲しみの感情が読み取れた。

この二年間……洸夜はこの感情の答えを探していたが見付からなかった。

いくら自分自身に問い掛けても、幾つも生まれた答えを洸夜は否定し続けてきたのだ。

只の怒り。

寂しい。

悲しい。

虚しい。

嫌悪。

どれも違う……どれ一つとして洸夜の胸には響かなかった。

何故、自分は美鶴達を許そうと思う反面、直接会ったり深く彼女達の事を考えると憎くて仕方ないのか? 洸夜自身、そしてそんな洸夜の様子を見ていた陽介も分からない。

勿論、千枝も分からない………そう思われていたが。

 

「それって……洸夜さんがその人達の事をまだ大切に思っているって事なんじゃないんですか?」

 

「はあっ!?」

 

「………。(俺が……まだアイツ等を大切に思ってる……?)」

 

千枝の言葉に陽介は驚きの声を上げ、洸夜も驚きの余りに声が出ず、内心で千枝からの言葉を自分に問い掛けるかの様に呟いていた。

そして、千枝の言葉に呆れた表情になる陽介。

 

「里中さ……話ちゃんと聞いてたか? 洸夜さんは散々な事を言われたんだぞ。少なくとも大切には思えないだろ」

 

「そう言う花村もさ、ちゃんと話聞いてた? 洸夜さんは許したいとも思ってるって言ってたじゃん」

 

「それは聞いてたけどよ……だからって無理があんだろ?」

 

千枝との会話にやれやれと言った感じで、身体をだらんと下に向ける陽介。

幾らなんでも今回の千枝の話には無理がある。

仲間から散々言われたにも関わらず、大切に思うのは無理……少なくとも陽介はそう思っていた。

だが、そんな陽介に対し千枝は腕を組ながら考え込んだ。

 

「そうかな……私的には、洸夜さんはもうその人達の事を許してあげたい。けど、洸夜さん自身はその事で傷付いて苦しんだ。だから、相手の人達がそんな自分がどれだけ苦しんだのかも分からないままに許したくないから悩んでる……と、私は思うんだよね」

 

「………」

 

千枝の言葉に洸夜は黙っている。

それが本当に自分の探している答えか分からないからだ。

そして、千枝の言葉に対し、陽介は少しだけ納得した感じに言葉を紡ぐ。

 

「確かに、聞く限りだと洸夜さんに殆ど批は無いしな………軽い感じに終わらせたくないって事か?」

 

「まあ、あくまでも私の予想だけど……でも、洸夜さんはその人達と絶対和解出来ると思う」

 

「……その根拠を聞いても良いかい?」

 

洸夜の問いに千枝は頷き今以上に笑顔に成った。

先程から妙に的を得た事を言う千枝。

物事を難しく考えず、単純に見ている彼女だからこその考え。

少なくとも自分では思い付かない第三者の言葉に、洸夜は耳を傾け、千枝は満面の笑みで答えた。

 

「だって! 私も昔に雪子と喧嘩した事はあったけど、最終的には仲直りしたから洸夜さんだって大丈夫ですよ! どんなに喧嘩しても、互いに相手の事を思いやっていれば絶対に仲直り出来ます!」

 

「お、お前な……根拠がショボすぎるだろ……?」

 

珍しくまともな事を言っていた千枝の言葉を、多少は期待していた陽介。

だが、陽介は千枝の言葉を聞くと話の規模がショボすぎる理由で頭を押さえながら溜め息を吐いた。

また、洸夜の出来事が只の喧嘩と同じ扱いを受けた。

陽介はそれを聞いた洸夜は激怒するのでは無いかと心配していた……が、陽介の不安とは裏腹に洸夜は大きく笑った。

 

「ククク……アハハハハハハッ! 確かにな……本当にその通りだ」

 

「そうですよね! ほら、どうよ花村! 洸夜さん、ちゃんと分かってくれたじゃん!」

 

「……い、いや、洸夜さんはお前の言葉に呆れて笑ってるだけじゃ……?」

 

誇らしげに言ってくる千枝に、陽介は見ている方が恥ずかしいと言った感じに片手で顔を隠しながら呆れた。

しかし、洸夜はそんな陽介の頭に優しく手を置くと静かに首を横へと振った。

 

「いや、俺は呆れてはいない。千枝ちゃんらしい良い意見だと思っている」

 

「ええっ!? 洸夜さんは良いんですか! いや、今のって里中と天城の喧嘩話じゃあ……」

 

「只の喧嘩話って何よっ! つうか花村……あんたさっきから私の言葉に対して否定的じゃない?」

 

「別に否定的な訳じゃないって……只、里中の言葉は冗談半分の更に半分程度に聞いてるだけだ!」

 

「尚悪いわっ!!」

 

そう言って陽介に向かって蹴りを放つ千枝と、それをギリギリでかわす陽介。

しかし、そんな様子を洸夜は見ていたが、二人からは怒りを感じず、逆に友と遊んでいる様な陽気な雰囲気が感じ取れた。

何だかんだ言いつつも、これがこの二人のコミュニケーションの取り方なのだと分かり、洸夜は二人に見られない様に微笑むと少しだけ目蓋を閉じる

 

「はは………。(久しく忘れていたな、この他者を………友を思いやる様な心穏やかなになる感覚を。 だが……俺は次にアイツ等に会うときに前に進めるのか? いや………何よりも、アイツ等に会うことが出来るのか? この間のお見合いが最後のチャンスだったのかも知れないな……)」

この町に来て色々と失った物もあった。

だが、それと同時に家族らしい生活も出来、心のケアにも成った。

しかし、友としての関わりは無く、今の今まで千枝の言葉、千枝と陽介のコミュニケーション。

それを、見て聞くまで洸夜は友との接し方や思いやる事を忘れていた。

何より、洸夜は自分が恐れていたのでは無いかとすら思っていた。

下手に友を作れば……また、傷付けられ、裏切られるのでは無いかと言う恐怖心が洸夜の中には存在していた。

だが、そんな恐怖心も千枝と陽介を見ていると馬鹿らしく感じたのも事実。

洸夜は、そんな想いを胸に仕舞うと未だに争っている千枝と陽介に近付き二人の頭に優しく手を置いた。

優して暖かく安心する手。

そんな手を置かれた陽介と千枝は争いを止め、顔を上げて二人とも洸夜を見た。

 

「洸夜さん……?」

 

「なんすか?」

 

少し困惑した二人。

何故なら、二人が見た洸夜の表情は今まで見た中で一番穏やかな表情をしていたのだ。

そして、そんな困惑した表情の二人を見て洸夜は短く言った。

 

「……総司を頼む」

 

それは純粋に一人の兄としての頼みであり、願いでもあった。

弟である総司、そしてその弟の友人達。

彼等には少なくとも自分と同じ悲しみや苦しみを味わって欲しくないのだ。

洸夜はそう思いながら更に言葉を繋げた。

 

「あいつも誰に似たのか、一人で色々と抱え込む事が有るからな……だから、あいつに何か合った時は頼む。 ……本当なら、俺が総司の近くに居てやれれば良いんだが……流石に何時までもあいつの側には居られないからな」

 

「「………」」

 

洸夜のその言葉に陽介と千枝は黙った。

洸夜は優しく微笑みながら話していたが、話の後半で少し寂しそうな表情に成ったのに気付いたからだ。

本当なら総司が立派に生きていけるまで見ていきたい。

だが、いつもいつまでも自分が側に居られる訳では無い事を洸夜自身が一番分かっている。

そんな時に必ず力に成ってくれるのは、自分では無く強い絆で結ばれた友人達だ。

そして、暫く洸夜の顔を見ていた陽介と千枝は、そんな洸夜の気持ちを理解したのか洸夜に向かって力強く頷いた。

 

「そんなの当たり前です!」

 

「ああ! 言われるまでもねえぜ!」

 

高らかにそう叫び、通路に響き渡る陽介と千枝の言葉を聞いた洸夜は再び優しく微笑みながら頷くと二人に背を向けた。

 

「……さて、すっかり話し込んでしまったな。急いで最上階へ向かうか」

 

「「はい!」」

 

洸夜の言葉に元気に返事する陽介と千枝。

そんな二人に洸夜は更に言葉を繋げた。

 

「……総司の大切な友人達に怪我をさせない様に俺が守りながらな」

 

ピクッ!

 

洸夜の冗談混じりのその言葉に陽介と千枝は身体を一瞬反応させた。

洸夜は冗談混じりにいったのだが、陽介と千枝はまだ自分達が子供扱いされている様に感じたのだ。

そして、陽介と千枝の二人は少し早歩きで洸夜を抜かし、洸夜は何事かと思ってしまうと二人は振り向きながら口を開いた。

 

「いいえ!」

 

「俺達が洸夜さんを守ります!」

 

「なに……?」

 

それだけを言うと洸夜の前をどんどんと進む陽介と千枝。

どうやら少し拗ねたのかも知れない。

そして、そんな二人の様子に洸夜は弟と妹でも見守る様な目で見ると、もう少し自分が見ていないといけないと楽しそうに思ったのだった。

 

===============

 

現在、ボイドクエスト (最上階間近のフロア)

 

それは、洸夜達が新しいフロアに足を踏み入れて直ぐに起きた出来事だった。

ピコピコとデジタル音が辺りに響き渡ると同時に、空中に現れるゲームの様なモニターが洸夜達の目の前に現れたのだ。

そして、それと同時に流れ出すいかにも戦闘BGMと言った曲が流れ出し、洸夜達は驚きながらも状況を見守っていると女性の声がモニターから響き渡る。

 

『……何よあんた? 私の事はほっといてよっ!』

 

その女性の声は洸夜達にとって聞き覚えのある声だった。

 

「この声……確か山野アナか?」

 

「多分そうだとは思うんすけど……」

 

「あっ! また何か出てきた」

 

千枝の言葉にモニターに目を送る洸夜達。

 

"じょしあな があらわれた!"

 

"ミツオ のこうげき じょしあな に68のダメージ じょしあな を倒した"

"ミツオのレベルアップ! 注目度が7あがった 満足度が5あがった ちからが4あがった むなしさが9あがった"

 

「………」

 

モニターに流れた文字を見た洸夜達は思わず血の気が失せた。

まるでゲーム感覚で人を殺している。

モニター越しに消えて行く命。

洸夜や陽介・千枝もゲームはしたことはあるが、このモニターに映し出されている物を見ていると嫌悪感が身体の底から涌き出てくる。

少なくとも、久保は何も感じてはいないだろう。

自分の殺した人を、只ひたすらに人を斬って行くゲームの雑魚キャラの内の一人に思っているのかも知れない。

だからと言って今の状況では全ては言えないが、只言える事は久保は確実に何かをやっていると言う事だ。

また、この嫌悪感溢れるゲームはまだ続く。

 

『な、なんなの……私に何か用事?』

 

"はっけんしゃ があらわれた!"

 

"ミツオのこうげき! はっけんしゃ に48のダメージ はっけんしゃ をたおした"

 

"ミツオはレベルアップ 注目度が5あがった 満足度が4あがった むなしさが8あがった かなしさが6あがった"

 

「………先輩」

 

「は、花村……大丈夫?」

 

「……」

 

モニターを見ながら呟く陽介を見て、千枝は心配して声を掛け洸夜は敢えて様子を見た。

花村と小西早紀の関係の全てを把握していないからこそ、下手に言葉を投げるのは余計に花村を傷付けると判断したからだ。

そして、そんな二人の心配を陽介も察した様だった。

 

「俺は大丈夫だって……でも、この映像ってやっぱり……」

 

「あの久保って奴、本当に……」

 

「待て、まだ続きが有るようだ……」

 

最悪なパターンを想像する二人だが、洸夜の言葉に再びモニターを見る。

 

『ん? お前は確か……こんな時間に何の用だ! この腐ったみかんがっ!』

 

"モロキン があらわれた!"

 

"モロキン のこうげき! ミツオに25のダメージ"

 

"ミツオ の会心必殺技! モロキンに98のダメージ モロキン をころした"

 

"ミツオ はレベルアップ むなしさが5あがった かなしさが7あがった 虚無感3あがった 絶望感が9あがった"

 

「………あ、あの野郎。本当に殺りやがったのかよ……!」

 

そのモニターに映し出されている文字を見て、陽介は気分が悪くなるが耐えた。

ここまで分かった成らば自分達がしなければいけない事が分かったからだ。

久保美津夫……彼を野放しにしなければシャドウに殺させる訳にも行かない。

陽介は今この瞬間にも鮮明に覚えている……久保がテレビに映った時の事を……。

人を殺したにも関わらず、何処か他者を小馬鹿にし見下した態度。

そんな奴に自分の大切な人が奪われた。

そう思うと、あんな奴に奪われたと思う怒りと、何故守ってあげられなかったと言う自分に対しての怒りが込み上げて来ていた。

また、そんな花村の隣では洸夜が色々と思考を巡らしていた。

 

「久保美津夫……。(本当に今までの事件はアイツが……? なに一つとして証拠を見せなかった犯人が本当に久保なのか? だが……さっきの映像を見る限りでは……)」

 

今は消えた先程の映像を見る限りでは久保がこの事件の犯人なのは確かな事だ。

当初は模倣犯だと思った洸夜だったが、先程の映像を見た事で悩んでしまう。

そんな時だった。

洸夜達の頭に声が聞こえた。

 

『洸夜さ~ん! 私達はもう最上階に着きましたよ!』

 

「!? りせ……! 通信のコツをもう掴んだのか?」

 

『うん! 最初はちょっと大変だったけど、一回やってみると案外簡単ですね』

 

「探知タイブには欠かせない能力であるからな。其より、こっちももう少しで到着する筈だ。すまないが皆にもそう伝えてくれ」

 

『分かりました。……ところで洸夜さん。さっき映し出された映像ってそっちでも見ましたか?』

 

明るい声から一変し少し不安混じりの声になるりせ。

その様子からして、りせ達も先程の映像を見たのだろう。

リアルな映像では無いが、それ故の気味の悪さがある。

洸夜はりせを安心させる為に優しげに声を掛けた。

 

「りせ……その話は合流してからだ。だが、心配はするな……もう少しで着くし、不安だったら総司にでも抱き付いてればいい」

 

『洸夜さん………はーい! そうしてます! でも早く来てくださいね! ねえ総司先輩!』

 

『えっ!? 何が!?』

 

明るく成ったりせの声と総司の焦った声が聞こえる。

りせに抱きつかれて困惑したのだろう。

それと同時に通信が切れるのを確認すると洸夜は陽介と千枝の方を向いた。

陽介と千枝も先程の通信を聞こえたのだろう。

洸夜の視線に二人は頷き、洸夜も頷き返すと三人は駆け足で階段を上っていき最上階を目指した。

 

=============

 

現在、ボイドクエスト(最上階)

 

「千枝っ!」

 

「雪子~~~っ!」

 

最上階に着いた洸夜達を待っていたのは、長い廊下にその奥に君臨する大きな扉。

そして、少し傷付いた総司達だった。

互いに存在を確認すると、最初に飛び出したのは雪子と千枝の二人。

雪子と千枝は互いに両手を掴んで無事を喜んでいた。

 

「もう、千枝達が落ちた時は焦ったよ……」

 

「あははは……ちょっと油断しちゃった……」

 

「何言ってんだ……あれは里中の自業自得だーーー」

 

「ヨースケ~~~~ッ!」

 

「ぐえっ!?」

 

クマからの抱きつきによってカエルが潰れた様な声を出す陽介だが、クマはそんなの関係無いと言わんばかりにそのまま状態を保っている。

そんな様子を完二は哀れみの目で見てた。

 

「……ぜってー花村先輩に止めを刺したのはクマだな」

 

「か、完二……テメー見てねえで助けろ……!」

 

ゾンビの様に這い出てくる陽介。

そんな様子を笑いながら総司と洸夜は話をしていた。

 

「……無事の様だな総司」

 

「兄さんの方こそ」

 

そう言ってお互いに笑う総司と洸夜。

良く良くお互いの姿を見れば余り目立たないが少し傷等が見え、ここまでにお互い共に戦闘があった事が分かる。

そして、洸夜は総司と会話しながら巨大な扉に手を触れる。

 

「この奥だな」

 

洸夜の言葉に頷く総司。

 

「久保美津夫……彼がこの事件の全てなのか、この扉の先に行けば分かる」

 

総司はそう言ってポケットから黒い珠を取り出した。

別れた後にダンジョンで見付けたのか、少なくともこのダンジョンに入る前は持っていなかった珠。

洸夜はその珠が気になった。

 

「総司、その珠はなんだ?」

 

「これは此処に来る途中に拾った物だよ。なんかクマが気になるからって拾ったんだけど……扉のここを見てみてよ」

 

総司は扉のある一部を示した。

そこには、如何にも珠らしき物を嵌め込めと言わんばかり丸い窪みがあった。

しかも場所も明らかに扉ならば鍵穴ある場所。

それに気付いた洸夜と総司は互いに黒い珠を見て、総司は徐に珠を窪みへと嵌めた。

 

ガチャ……!

 

通路に響き渡る鍵の解錠音。

そして総司と洸夜はお互いにグッ!と親指を挙げた。

 

「危なかったな……これを拾わなかったらどうなってたんだ?」

 

「恐らく……扉の前で立ち往生だったんじゃないかな?」

 

もし本当にそう成っていたら堪ったもんでは無い。

只でさえこのダンジョンは無駄に広く複雑な仕掛が多い。

再び引き返してこの珠を探すなど、はっきり言って思うだけでくたくたに成るだろう。

苦笑いしながらそう思う総司と洸夜だったが、その表情を真剣なものへと変え、二人同時に扉に手を触れた 。

 

「良いな……総司?」

 

「俺はいつでも良いよ……陽介、皆は………」

 

洸夜の言葉に頷く総司は、そのまま自分達の後ろにいる陽介達にも声を掛けたのだが……。

 

「ぜえ……ぜえ……な、なんだって……相棒?」

 

「い、いまから……殴り込みでしょ……? き、気合いを……」

 

「ご、ごめん……少しはしゃぎ過ぎちゃって………十分だけ休ませて……」

 

「先輩達情けねえスよ……俺はまだまだ余裕だぜ!」

 

「体力馬鹿……」

 

「薔薇メガネ……」

 

「ちょっと待てオラァッ! 今然り気無く薔薇メガネって言った奴誰だぁっ! つーか薔薇メガネってなんだぁっ!?」

 

完二を除く他のメンバー全員が既に体力の限界に至っていた。

陽介は汗をかきながら肩で息をし、千枝と雪子は床に這いつくばりクマとりせも完二の姿に悪態をつきながら壁に体重を預けている。

ここまでずっと戦いや移動ばかりし、その状態で再会してはしゃいだ陽介達。

元々、戦い慣れしてる洸夜、前線で戦ってきた総司、体力が一般高校生の倍以上持つ完二とは違い既にこの世界の影響もあってグロッキーに成っても可笑しくは無い。

そんな仲間達の姿に総司と洸夜は互いに顔を見合わせた。

 

「兄さん……どうしたら良いと思う?」

 

「そうだな……下手に無理されても困るが、どのみちこの状態じゃあ戦力に成らない。今日は一旦戻る事を勧めーーー」

 

「それは嫌だっ!/嫌ですっ!/無理っ!/クマ~~っ!」

 

洸夜の案に涙目で反論する陽介達。

このダンジョンの構造やシャドウの種類。

色々と分かったとしても、またあれだけの距離を歩き上るのは断固として嫌なのだ。

その姿に洸夜は溜め息を吐きながら右手を目の前に翳すと、洸夜の目の前に白い空間の割れ目の様な物が出現し、陽介達は勿論、総司も驚いた表情をする中で洸夜はこの空間の説明に入る。

 

「前に言ったと思うが、この空間に入れば現実世界の俺の部屋に戻れる……テレビの場所まで行くのが面倒ならこれで帰れる。また同じ場所には戻れないが、これなら帰りは楽な……って、何でお前等そんな驚いた表情をしてるんだ?」

 

鳩が豆鉄砲でも喰らった様な表情。

まさにそんな顔をしている総司達に理解出来ず、頭を捻る洸夜。

そんな洸夜に物申す者がいた、総司だ。

 

「に、兄さん……なにこれ?」

 

「?………前にも言ったろ? 俺の脱出方法。 お前等はクマの出したテレビで現実世界に帰っていたが、お前等に見付からない様にしてた俺はこの空間を使って自分の部屋に戻っていた。……言ったよな?」

 

「いやいやっ!? そんな事聞いた事無いっスよっ!?」

 

「初耳っ!」

 

「うんうんっ!」

 

「だ、大センセイ……一体何処でそんな力を覚えたクマか? この世界から外の世界に戻れる方法をニンゲンが持ってる訳ない筈なんだけども……」

 

「そう言われても俺も知らん。気付いたら使えた」

 

「に、兄さん……自分の身体でしょ……?」

 

何なのか良く分からない力にも関わらず、まるで他人事の様に言う洸夜に呆気に成る総司だが、そんな弟の様子に洸夜は大きく伸びをすると言うマイペース状態で答えた。

 

「だから良いんだよ……俺が気にしなければ良いだけだ。それに、なんと無くだが心当たりは無くはないしな」

 

洸夜の言う心当たり。

それは稲羽の町に来て直ぐに起こった謎の夢と、その夢に出てきた謎の敵の事だ。

あれ以来夢に出ないが、あの敵が言っていた他の者とは別の力を与えたと言う言葉。

別の者とは誰の事を言っているのか分からないが、今の洸夜にはの右手の力の原因がそれぐらいしか思い浮かばなかった。

そして、洸夜の力に驚いた総司達だが、陽介達はやはりここまで来たのだから久保を捕まえるまで戻りたくないのだろう。

陽介達は中々首を縦には振らない。

 

「……やっぱり、まだ戻れねえよ。ここまで来たんだし、アイツを取っ捕まえて事件の事を聞き出さねえと!」

 

「だが、その身体じゃ無理だ。もし、久保のシャドウが出ていて戦闘に成ったらどうする? 行けたとしても……俺、総司、完二くらいだ」

 

「で、でも……」

 

洸夜の言葉に反論しようとする雪子だが、自分でも体力が既に限界にきている事を分かっている為に反論は出来なかった。

総司もまた、この状況では一旦戻るのが最善策だと思い敢えて言わなかった。

今の状況では普通のシャドウ相手ですら苦戦してしまうだろう。

総司は完二に視線を送り同意を求め、総司の視線の意図を理解した完二は頷いた。

そして、このまま一旦戻ると言う作戦で終ろうかと誰もが思った時だった。

 

「コーン!」

 

「ん? どうした?」

 

先程まで気配を消していたキツネが洸夜のズボンの裾を引っ張り何かを伝える様な素振りをしていた。

そして、そんなキツネの足下に落ちている葉っぱの束。

それを見た洸夜は何かに気付き、総司の方を見た。

 

「総司……まさかこの葉っぱが?」

 

「うん。これが身体を癒してくれる葉っぱだよ」

 

総司の言葉に洸夜は葉っぱの存在は分かったが、この葉っぱをどうすれば良いのか分からずキツネを見た。

 

「………コン!」

 

洸夜の視線に対しキツネは葉っぱに前足を伸ばすと、今度は口をパクパクした。

どうやら食べろと言っている様だった。

少し胡散臭い気もするが、別にする事もないので洸夜は全員に葉っぱを手渡した。

そして、葉っぱを受け取った陽介達は困惑した表情に成る。

 

「ゴク……! な、なあ……本当に大丈夫なのかこれ?」

 

「見た目は何の変鉄もない只の葉っぱスね……」

 

「スンスン……香りは悪く無いんだけど」

 

「葉っぱより肉が良いよ~~~!」

 

「葉っぱを食べるって……こんなの番組のロケでもやった事無いよ……」

 

葉っぱを見てそれぞれの思いを口にする陽介達。

洸夜も気持ちは良く分かった。

これを持っていたのが医者ならばまだ信憑性は有っただろう。

だが、相手は医者で無ければ人ですらないキツネ。

本当はそこら辺で拾ったんじゃないかと疑いたく成っても不思議では無い。

 

「……。(だがな……特にする事もないのは事実。このまま撤退するか葉っぱを食うか……どちらにしても面倒だ)………ええい! こうなら自棄だ! 南無三っ!」

 

周りが一向に葉っぱに手を出さない様子に洸夜も不安に成るが、覚悟を決めて口にした洸夜とそれを真剣な表情で見守る陽介達。

 

ゴク……!

 

洸夜が葉っぱを飲み込んだ音が周りに響く。

陽介達は洸夜の様子に集中する。

いきなり倒れる可能性もあれば、最悪発狂して襲い掛かって来るかも知れない。

葉っぱのもたらす効果に総司とキツネを除くメンバー全員が息を飲む。

そして……。

 

「……こ、これは! 」

 

「っ!?」

 

洸夜の言葉に咄嗟に反応し様子を見る陽介達。

だが、洸夜はそんな事を気にせずに驚いた表情をしながら顔を上げて目を大きく開けた。

 

「…… 凄いなこの葉っぱ。疲れが一瞬で無くなった。ハハ……凄い、バイトを24時間ぶっ通しやれそうな気分だ!」

 

「ええっ!? マ、マジでか………じゃ、じゃあ俺も……」

 

洸夜の様子に陽介が驚きながらも葉っぱを口にし他のメンバーも皆がやるなら自分もと言った感じで食べ始める。

 

「ッ!? こ、これは……!」

 

「な、なんて事……!」

 

陽介達は驚いた。

口にした瞬間、口中に広がるミントの様なスーとした感じにお茶の様な香ばしさ。

気付いたら既に自分達の身体の疲れ等が吹っ飛んでいた。

洸夜の言っていた意味も分かる。

本当にキツネに化かされている気分だった。

しかし、そんな皆の様子を何故か複雑そうな表情で葉っぱを食べながら見ている者が一人……総司だ。

 

「ムシャムシャ……」

 

無表情ながら何かを思っている表情。

心の内側に何かを隠している。

そして、それに気付いたのも兄である洸夜だった。

 

「………。(総司が無駄に無表情の時は、大抵何か大事な事を伝え忘れたりした時だ。だが……今回は一体何を……)」

 

総司が何かを伝えたがっているまでは理解出来た。

しかし、それが何かは洸夜には分からなかった。

そんな時だ、また誰かが自分のズボンを引っ張っている事に洸夜は気付き下を見た。

そこにいたのは又してもキツネだった。

先程と違うのは、キツネの足下に置かれているのが葉っぱでは無く、何処から出したのか数字が打ち込まれた電卓。

洸夜はしゃがみ、電卓を手に取って見た。

電卓に打たれていたのは五桁の数字であった。

 

「5、6、4、0、0……なんだこの数字は?」

 

暗号、数式、年号、色々と考えるがどれもピンと来ない。

キツネもそんな洸夜の足下で、何かを訴える様な目でずっと洸夜を見ている。

 

「そんな目で見られてもな……。 (アイギスが居ればなんとか成ったか……)」

 

キツネの言葉が分からない為に、ついこの間再会した嘗ての仲間を思い出す。

だが、所詮は無い物ねだり。

今の洸夜にはどうにも出来ない。

しかし、こんな状況で洸夜に話し掛ける者が居た……やはり総司だ。

総司は何処か気まずそうに洸夜にその数値の意味を教えた。

 

「……兄さん。実はその数値って……葉っぱの"値段"なんだ」

 

「……は? (ネダン? ……値段? この数字が?)」

 

総司の言葉を聞いた洸夜は再び電卓を覗き込んだ。

電卓に打たれた数字……56400。

つまり、この数字を値段に置き換えると……。

 

「ご! 五万六千四百円かッ!?」

 

「はっ!? 五万六千四百円っ!!?」

 

「なにそのボッタクリッ!?」

 

「え~と……クマのニッキュウが500円だから……ぬおおっ! じゅ、十倍っ!?」

 

「百倍だよ……クマさん」

 

「……ごめん。言いそびれた」

 

皆が値段に驚く中で一人謝罪する総司。

この葉っぱは効き目が凄いが値段が半端無い。

しかも、このキツネは一切値引きしないという買う側からしたら嫌な信念? を持っている。

だが、洸夜は別の事を心配していた。

その心配を解決する為に洸夜は自分の財布を取り出して総司達の方を見た。

 

「お前等………今、幾ら持ってる?」

 

少し生気が薄れた感じの声で喋る洸夜に慌てて財布を取り出して中身を確認する総司達。

だが、現実は厳しかった。

総司達の表情は良くは無く、先ずは代表して総司が答えた。

 

「………ごめん兄さん。二千三十円……」

 

「俺……この間クマのツケとか食費で……千五百二十四円」

 

「私……この間新しいDVD買ったから……ごめんなさい。八百と……六円です」

 

「私も検定の費用払ったから千三百円……」

 

「……スンマセン。小遣い前で……四百円……あっ! でも、愛屋の割引券なら……無理ッスよね」

 

「私も……新しい服買ったから……二千四百と……二十一円です」

 

「クマは持ってきて無いも~ん!」

 

「……」

 

洸夜はショックだった。

期待して無かったと言えば嘘と成る。

だが、余りにも現実は残酷であった。

洸夜は再び自分の財布の中身を見た。

 

「………。(六万ジャスト………)」

 

そう、洸夜の財布には運命と言うべきか六万円入っていた。

しかし、この六万は只の六万では無い。

この内の四万は堂島に渡す生活費。

堂島からは別に要らないと言われているが、洸夜もそこは一応社会人。

この歳で只の居候は洸夜のプライドが許せなかった。

そして、残りの二万は洸夜の個人的なお金だ。

はっきり言えば、洸夜はお金に関してはしっかりと予定を立てる方だ。

一応、洸夜も何だかんだで歳に合わない程の貯金はある。

精神的に参っていたとは言え、何もしないで過ごす日々は余りにも寂しかった。

そんな寂しさを忘れたかったのだろう、洸夜はバイトに明け暮れていたりした。

それ故に、貯金も中々の額だ。

だが、それでもここで予定外の出費を避けたいのは家事好きの性か、洸夜にとって貯金があるとは言え、五万は大金に成る。

 

「……クッ! な、なあ……後で油揚げをやるから半額にしてくれないか?」

 

「………コンッ!!」

 

洸夜の言葉にプイっと顔を横に向くキツネ。

総司の言う通り、値段を下げる気は全く無いようだ。

最初からそうだったが、値切り対策という言うのか、このキツネが戦いの途中で役に立つ事は無かったが邪魔に成ってもいなかった。

それ所か、シャドウにも気付かれない程に気配を消すのが上手い。

自分の身は自分で守っている。

それ故に洸夜は守ってやっているのだから値下げしろとは言えないのだ。

そして、キツネの鋭い眼を見る限り、このままでは回復したとは言え先に進めてくれそうに無いのは明白。

洸夜は震える腕で力強く六万円を掴み、そしてキツネの目の前に高らかに置いた。

そのお金を見たキツネは嬉しそうに口に加え、エプロンに仕込まれているポケットの中へと入れた。

 

「コーーンッ!」

 

「………クッ! 痛い出費だ………!」

思わず膝をついてしまう洸夜。

後でまたATMに行かなければ成らない。

そして、効果は凄いが葉っぱを五万六千四百円で買ったと言う事実だけが洸夜の頭に残ってしまった。

 

「コーーン!」

 

「ん? ああ……お釣りか、ありがとな………」

 

落ち込む洸夜の後ろから声を掛け、先程の代金のお釣りを渡すキツネ。

洸夜もそれを受け取るが立ち直るのには少しだけ掛かりそうだった。

 

「に、兄さん……後でちゃんと出すよ」

 

「俺も……!」

 

「「私達も!」」

 

流石に悪いと思ったのか、総司達は洸夜にお金を返す事を伝える。

しかし、洸夜は笑いながら手をブラブラと揺らしながら其を遠慮した。

 

「ハハ………別に気にするな。今から戦いかも知れないんだ………身体を万全にするのは当たり前だ…………ハハ」

 

口では平常心を保っているが、フラフラとしながら扉に向かう洸夜の後ろ姿を見る限りでは全く気にしてない様には見えず、総司達は内心で今度お金が入ったら洸夜に内緒でお金を返そうと皆が思ったのであった。

そして、洸夜と総司達は扉の中へと入って行った。

 

 

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決戦 ボイドクエスト (前編)

イヤホンとヘッドホン。

私は家ではヘッドホン。
外ではイヤホン……たまにヘッドホン。


同日

 

現在、ボイドクエスト(最上階・コロッセオ)

 

ボイドクエストの最上階にし、扉の先で洸夜と総司達が見たのは周りが高い壁に覆われ、その壁の上に存在する観客席。

そこは正に戦う為だけの場所、コロッセオを彷彿させる場所であった。

そして、そのコロッセオの中央には洸夜達の目的である人物……久保美津夫が立っており、更に奥にも久保と同じ姿をした者が立っており、洸夜はそれを見て嫌な予感が当たってしまい思わず悪態をついた。

 

「チッ! 遅かったか……! 既にシャドウが出ている!」

 

「でも、なんて言うか……どっちが本物なのか分かりづらいな」

 

「どっちもシャドウっぽいしね……でも、場所的に考えたら奥のがシャドウじゃないかな?」

 

総司の言葉に、配置的に考え奥にいるのがシャドウだと推理する千枝。

だが、こんなにもすぐ後ろで洸夜達が話しているにも関わらず、久保は洸夜達に気付いておらず奥の方にいる自分のシャドウに何かを叫んでいた。

 

「誰も俺の凄さに気付かねえ! だから殺してやったんだッ! あの馬鹿な女子アナや第一発見者を……そして、モロキンの野郎をもだっ! 繁華街にいただけで停学にして、俺のプライドをズタズタにしたあのモロキンをだぜ! 」

 

「あの野郎……!」

 

自分のやった事に対する罪の意識が全く感じられない久保の言葉に、完二は思わず歯を噛み締めながら拳に力を入れた。

近所では族潰しの不良で通っている完二だが、その心は優し、やって良い事と悪い事も理解している。

それ故に、自分がどれ程の事をしたのか全く理解していない久保に怒りが込み上げたのだ。

そして、同じ怒りを陽介や雪子達も感じていた。

 

「あんな奴に小西先輩は……!」

 

「さっき諸岡先生に補導されてプライドをズタズタにされたって言ってたけど……もしかして、私が誘拐されたのは私が誘いを断ったから……? でも、だったらなんで他の人まで……」

 

「……誘拐した奴全員が気に喰わなかったんだろ。アイツの言葉から察するならな……」

 

洸夜がそう言った時だった。

ようやく洸夜と総司達に気付いたらしく、久保が洸夜達の方に振り向いた。

ゴツゴツとし、妙に四角く身体に似合わない程に大きな顔と、死人の様な生気の感じない瞳。

総司達はおろか、洸夜ですらその姿を見た瞬間に背筋に悪寒が過った。

一体何を仕出かすのかが分からない。

いきなり奇声を上げて襲い掛かって来るかも知れない。

洸夜達にそう思わせる程に、久保の雰囲気等は異色だった。

そして、何をしてくるかが読めない久保の行動を警戒し、洸夜、総司、完二の三人が皆を守る様に一歩前に出た。

また、陽介とクマは千枝と雪子を守る様に洸夜達と千枝達に挟まれる形の場所で構え、千枝と雪子は探知タイプのりせを守る様に自分達の背後にりせを来させた。

最早、相手は只の学生では無く殺人犯。

この刀では人を斬らず、シャドウだけを斬ると決めている洸夜でさえ右手だけで刀身を少しだけ鞘からだし、片足を前後に展開する事で間合いを取り、総司と完二も洸夜の真似をして同じ様に間合いをとっていた。

だが、そんな洸夜達の様子に微塵も興味が無いのか、久保は口元を歪ませると突然笑いだした。

 

「アッハッハッハッハッ!!」

 

「ひっ!」

 

がらがら声の様な乾き切った笑い声に、りせは思わずビク衝いてしまい千枝と雪子の二人が落ち着かせる様にりせの手を各々が掴み、洸夜達も身構える。

だが、久保は暫く笑うと特に何もせずに馬鹿にするかの様な口調で洸夜達に指を刺しながら口を開いた。

 

「なにお前ら? 本当にここまで追っ掛けて来たのかよ」

 

「一応、確認するけど……久保 美津夫だな」

 

久保の背後にいるシャドウから出来るだけ遠ざけようとしているのだろう。

総司は久保に対して他愛ない言葉を投げる。

すると、総司の言葉に久保は再び口元をニヤつかせた。

 

「ニュース見たんだろ? なら分かんだろ! 全部だ! 全部俺が殺ってやったんだ! 二人だけじゃあ誰も俺を見ねえから……だから三人目……モロキンの野郎も殺して殺ったんだっ!!」

 

「マジかよ……本当にお前が、小西先輩達を……!」

 

久保本人からの言葉に、陽介の口調から感情が溢れ出てくる。

何故、小西早紀がこんな訳の分からない奴に殺されなければ成らなかったのか。

何故、もっと早く久保の存在に気付かなかったのか。

陽介は今に成って後悔ばかり生まれてきてしまう。

洸夜達もそんな陽介の様子に気付いたが、今の状況では投げ掛けてあげられる言葉が無かった。

だが、先程の陽介の言葉を聞いた久保だったが、何故かその表情は嬉しそうであり、満足げな表情をしていた。

そして、久保はそのまま今度は自分のシャドウの方に向きなおした。

 

「どうだ! コイツ等だって俺を知ってるんだぜっ! 何も無いあの町で俺は時の人だ! 色んな奴が俺を見てるんだぞっ!!」

 

先程よりも感情的な喋り方をし始めた久保。

そのまま自分のシャドウに対し、色々と言葉をぶつけ出した。

だが、当の久保のシャドウは何も言わない。

いや、その表情を見る限りでは久保の言葉から何も感じてすらいないようだった。

 

『………』

 

何も言わない己のシャドウに対し、久保は怒りを露にした。

 

「なんなんだよ……なんで何も言わないんだよっ!!」

 

怒りに任せた言葉をシャドウにぶつける久保。

その言葉の感情から察するに、どうやら洸夜達がここまで来るまでにも色々とシャドウに話し掛けていた様だが、返事は無かったと思われる。

だがこの時、シャドウが初めて久保の言葉に対しリアクションを示した。

 

『……だって、何も感じないから』

 

「な、なんだと……!?」

 

見た目通り言葉にすら生気が感じられないシャドウ。

そのシャドウの言葉に久保は初めて喋った事への驚きよりも、シャドウの言葉に驚いてしまっていた。

 

『……僕は無だ。無なんだから何も感じない……そして、君自身も……君は僕だから……』

 

「な、なんだよそれ……!」

 

久保はシャドウの言葉に怒りを覚えた。

自分の事を殆ど知らない洸夜達ですら自分の事を知っている。

恐れくニュースかなんかで知ったのだろう。

もしかしたら町中所か、日本中が自分を知っているかも知れない。

なのにも関わらず、自分と同じ姿をしたシャドウは久保の事を無と言った。

それが久保はゆるせなかったのだ。

他人は知っているのに、自分自身が自分を知らない。

そう思われている様で、久保はシャドウに対し怒りを覚えたのだ。

久保は思わずその場で大きく叫び散らした。

 

「ふざけんじゃねえよっ!!」

 

「っ!? (マズイ……!)」

 

久保から醸し出される危険な雰囲気を感じ取った洸夜は、シャドウの暴走化を抑える為に話の話題を振った。

 

「お前に一つ聞きたい! お前は一体、何処でこの世界の事を知ったんだ?」

 

久保の事を模倣犯と予想していた洸夜。

だが、このダンジョンに入ってからの出来事や久保本人からの供述から察するに被害者三人を殺したのは久保という事に成り、その流れで自然に誘拐していたのも久保という事に成る。

ならば、一体久保は何処でこのテレビの世界を知り、どうやって誘拐を成功させていたのか?

テレビの世界は偶然知ったのならばそれで良いが、誘拐の方は偶然で片付けられない。

洸夜はどうにもその二点が気になったのだ。

しかし、洸夜の言葉に振り向いた久保は洸夜の顔を見た瞬間、何かを思い出した様に目を開き、そのまま洸夜を睨み付けた。

 

「……バイト」

 

「ん……?」

 

「バイトつってんだよ! お前! あの時、俺とりせの邪魔をしたバイトだろ!」

 

久保が言っているのは、暫く前に久保にしつこく話し掛けられて困っていたりせを洸夜が助けた時の事だろう。

どうやらその事で洸夜に対し、根に持っていた様だ

 

「邪魔って……なんで私がアイツの物みたいに言われてるの?」

 

「う~ん……あの子は恐らく世間をと言うか、周りを見下して世界が自分を中心に動いてると思ってるクマよ。 だから、他人が誉められたり認められたりすると面白くない。逆に、自分が他の人より勝っている部分が有ると出来ない人を凄く馬鹿にすると思うよ。 そんな感じで自然的に町に来たりせちゃんを自分の物と思ったんじゃない?」

 

「お前……本当にクマか?」

 

「ふふ~ん! クマは毎週ヨースケの家でパパさんとママさんと一緒にテレビを見ているクマから、ああ言う子に関しては任せるクマ!」

 

「お、お前……たまに居なくなると思ったら人の親となにパイプ築いてんだよ……」

 

「毎週水曜日! 歪んだ若者の直し方! オススメクマ!」

 

ピースしながらテンションをあげるクマに溜め息を吐きながら陽介に同情する洸夜達。

だが、久保を無視して盛り上がるクマ達だったが、その行為が久保の逆鱗に触れてしまった。

久保は自分を無視したクマ達を睨むと拳を握り絞めて叫んだ。

 

「なんなんだよ! お前等まで俺を無視しやがって! こうなったらお前等も全員殺してやるっ!」

 

そう叫ぶと同時に、今度はシャドウの方を向く久保。

 

「お前もだこのニセモノ! 俺は出来るんだ! 全員殺してやる……! ハハ……特に俺を馬鹿にするニセモノ野郎は……」

 

「ッ!? マズイ!」

 

「やめろっ!」

 

久保がなにしようとしたのか分かった洸夜達は、久保を止めようとしたが遅かった。

久保は自信を取り戻したらしく既に自分の世界に入っており洸夜達の声は聞こえていない。

そして、あの言葉が放たれた。

 

「俺の前から消えちまえっ!!」

 

……その言葉が引き金となった。

 

『認めないんだね……僕を……』

 

久保の言葉を聞いたシャドウの周りから大量の闇が溢れだした。

そして、その闇は久保を飲み込もうと久保の身体を包み込み始めた。

 

「なっ!? なんだよコレーーー」

 

闇に飲み込まれる久保を見て洸夜と総司達は助けようとしたが、闇の動きは早く、あっという間に久保を飲み込んでしまった。

そして、久保を取り込んだ闇はやがて一つの形になり始め……見た目はドット絵の塊だが、そのドット一つ一つが巨大なブロック状に成っており、右手にはそのブロックで作られた剣を持ち、まるでレトロゲームの勇者を彷彿とさせるシャドウ『導かれし勇者ミツオ』が現れる。

そして、シャドウの暴走により洸夜達はそれぞれ武器を構えて戦闘態勢に入った。

 

「結局こうなるのか……」

 

「まあ、そう言うな総司。 少なくとも久保が本当の自分を受け入れるとはお前も思って無かったろ?」

 

「まあね」

 

こんな状況下でも楽しそうに会話を鋭く洸夜と総司。

陽介達もこの二人がこんな様子なので安心して戦える。

周りを陽気な空気が包み込む。

だが、それも直ぐに無くなり、変わりに精神を研ぎ清ませる様なピリピリとした空気が包んだ。

そして、洸夜は召喚器を眉間に当て、総司達はペルソナカードを構え、戦いの合図の変わりに仮面の名を叫ぶ。

 

「ペルソナッ!」

 

「「「「「「「ペルソナッ!」」」」」」」

 

『!?!!?』

 

ペルソナが出現すると同時にミツオは見た目は剣だが、ブロック状に作られている為に最早鈍器と成った剣を洸夜達に降り下ろした。

 

「させっかっ! 行け! ロクテンマオウッ!!!」

 

『剛殺斬』

 

ミツオの攻撃を迎え撃つ形で、ミツオの剣と同等の大きさの大剣を下から上へと振り上げる。

互いにぶつかる武器。

フロア全体が響く程の重い衝撃音。

だが、ロクテンマオウもミツオも互いにそのまま動かない。

互いに相手を潰す為に力を入れるが、力は互角の様でお互いにその場を譲らない。

完二も押し負けてたまるかと言う勢いで額に汗を流しながら力を入れた。

 

「グウゥゥゥッ!! 踏ん張れロクテンマオウっ!」

 

「援護すんぞ完二!!」

 

『ガルーラ』

 

スサノオは押し合いをしている両者の間へ飛び、ミツオの顔面部分にガルーラを放つ。

 

「ドットなのに立体になってんじゃねえっ!!」

 

『?!?』

 

スサノオの攻撃はミツオへ直撃したが、ミツオには思ってだってのダメージは見当たらない。

しかし、衝撃までは殺せずミツオはロクテンマオウから離れ、そのままバランスを崩した。

その瞬間を待っていたと言わんばかりに駆け出す二人……洸夜と総司だ。

二人は刀を構えながらミツオの胴へ向かって行く。

 

「デカイ奴程、生まれる隙は大きく長い! 」

 

「下手に長引かせはしない。これで決める!」

 

そう叫びながら己を激昂させる言葉と総司。

下手に長引かせれば、不利に成るのが自分達の方だと洸夜と総司は理解している。

洸夜的にもレポートに書く内容が減るのは後々に残すと思うと少し抵抗があったが、ちゃんと時と場合は選ぶ。

キツネの葉っぱのお陰で回復したとは言え、精神的にも全快した訳では無い。

洸夜と総司はこの一撃で終わらせる気持ちでミツオの胴の部分に刀を降り下ろした。

 

「はあっ!!」

 

「ハアッ!!」

 

『小剣の心得』

 

『!?』

 

総司と洸夜の刀がミツオの身体を斬る。

そして、自分の身体に刀が入った事で動きが止まるミツオ。

洸夜と総司はこのままミツオを両断する為に力を入れた。

だが、二人の刀はミツオの身体の半分も行かない所で止まってしまった。

その事に総司と洸夜は驚きを隠せなかった。

 

「なっ!? 硬いっ!」

 

「小剣の心得でもこの程度のダメージだと……! (だが、なんだこの手応えは? まるで中身の無い箱か何かを斬った様な感じだ。 それに、この刀で斬ったのに何故弱らない……? )……チッ! 訳の分からんシャドウだ! オシリスッ!」

 

シャドウを弱らせる力を持つ刀で斬ったにも関わらず、全く効果を感じない事に洸夜は疑問を持ったが、下手な隙は命取りに成る事を知っている為に刀をミツオに刺したままオシリスに指示を出した。

最初から短期決戦に持ち込むつもりだったのにも関わらず、無意識の内に体力を温存する為にペルソナでの攻撃を渋ってしまった洸夜と総司。

始めからペルソナで攻撃をすれば良かった。

そう思えばそこまでだが、洸夜は反省するよりも先に攻撃を優先させた。

そして、ミツオの右側を斬っていた総司も洸夜の行動を見てイザナギに指示を出した。

 

「イザナギッ!」

 

『ジオンガ』

 

雷を纏った大剣をオシリスよりも早く振り上げるイザナギ。

大剣から洩れ出す雷がコロッセオの周りを走り、天井にまで及び客席の一部を破壊する。

そして、雷を纏った大剣で先ずはイザナギが構え、そのままミツオの顔面目掛けて降り下ろした。

 

「ドットだろうと顔はそこだ! 弱点を突かせてもらう!」

 

ミツオの大きな顔を弱点だと判断した総司。

どんな生き物も目や顎にダメージを受ければ怯まない者はいない。

イザナギの大剣はそのままミツオの顔面へ直撃する。

その衝撃でミツオを中心に放電する雷。

そして、崩れる様に倒れるミツオ。

その光景に総司は手応えを感じた。

 

「やった……!」

 

「流石瀬多君!」

 

崩れる様に倒れるミツオの姿に勝ちを確信した総司達。

だが、ミツオは再び起き上がった。

ドットの目を禍々しく光らせながら……。

 

『ユウシャ……ユウシャ……!』

 

「そんな……! 確かに手応えは有ったのに!」

 

「くそ! 俺らの攻撃が全く効いてる気がしねえ!」

 

「つうか、コイツ体力とかどうなってんだ!? 息切れ一つしてやしねえ!」

 

その光景に総司は信じられない物を見たと言った表情をしたが、直ぐに武器とペルソナを構え直し、陽介と完二も同じ様に構え直した。

そんな暗雲が立ち込める雰囲気の中、総司の攻撃の時に後ろか下がった洸夜が三人に叫んだ。

 

「下がれ三人ともっ!!」

 

洸夜の言葉に振り向く三人。

そこには、大剣を掲げながら紅い雷を放電させるオシリス、同じ様に放電させるムラサキシキブと、赤い布の纏い全身が多色で染まったカラフルなペルソナ ディオニュソスの三体を召喚した洸夜の姿だった。

そして、三体のペルソナから感じる力と、それを従える洸夜に総司達は驚いていた。

「スゲェ!」

 

「花村! 驚いている場合じゃなく下がるぞ!」

 

「確かにここじゃ俺達も巻き添えだぜ……!」

 

このままでは危険と判断し洸夜よりも下がる総司達。

それを確認した洸夜は安心すると同時に、ミツオを睨んだ。

 

「ここまで手間を欠かせるか……だったらこっちも少しゴリ押しさせてもらう。(……一度に多数の召喚は体力を多く消費するが今回は仕方ねえ………それに、心配はどちらかと言えばこの腕輪だ)」

 

洸夜はもう何度目なのか分からない程、美鶴から受け取った能力制限の腕輪を見た。

ペルソナ能力を制限してくれる事で暴走を抑えてくれるので助かる。

だが、逆に言えば能力の制限は自分を弱くしている事とも言える。

先程の入口付近での戦いでさえ、弱体化と能力制限のこの二つの重荷によって苦戦してしまった。

ならば、ペルソナと技の数で攻めるしか無い。

洸夜は攻撃をペルソナ達に指示した。

 

「オシリス! ムラサキシキブ! ディオニュソス!」

 

洸夜の言葉に、三体のペルソナはミツオへ各々の雷を放とうとした。

だが、その瞬間に洸夜の予測通り腕輪が締め付けながら光だし、三体のペルソナの雷が先程よりも小さく成った。

その光景を見て、洸夜は予測はしていたがやはり面白いものでは無かった。

 

「くそ……! (こんな火力じゃ無理だ! )」

 

内心で悪態をつく洸夜だったが、三体はそのまま技をミツオへと放った。

 

『紅き稲妻 / 真理の雷 / ジオダイン』

 

『!?!!?』

 

「うわあっ!?」

 

「ぐうっ!」

 

ミツオに降り注がれる紅い色の稲妻と巨大な雷の力によってミツオを中心に爆発し、爆風が周囲を吹き飛ばした。

コロッセオの周りの壁はヒビが入ったりし、ほぼ半壊状態と成り果てた。

そんな状況下で総司達はなんとかペルソナ達に守ってもらい爆風に耐えた。

そして、辺りに立ち込める砂煙と爆雲を見ながらミツオの出方を警戒する洸夜と総司達。

このまま終わって欲しいと誰もが思っていた。

だが、煙の中から巨大な物体が姿を現した。

一部一部のドットが崩れたミツオだった。

ミツオは消滅しておらず、洸夜の攻撃を耐えきったのだ。

洸夜はミツオの予想以上の強さに無意識の内に刀を掴み手に力を込めた

 

「紅い稲妻……真理の雷……ジオダイン……これら全て雷属性最強クラスの技だぞ……! 弱体化や制限があったとしても……それをあのシャドウは耐えたのか……! (そこまでこのシャドウは強いのか……! それとも……俺の力がそこまで低く……) 」

 

先程の攻撃でも倒れないミツオの状態に、洸夜は自分の力の現状に悩みながら手首の腕輪を握り砕くかの如く握った。

そんな旗色の良くも無く悪くも無い状況に、りせを守る為に後衛にいた千枝と雪子も表情を険しくし、ミツオを睨む。

その後ろでりせがヒミコの力を使いながら何やら悩んでいる様子に気付かずに……。

そして、最初の攻撃から目立った攻撃をしてこなかったミツオだが、洸夜と総司達が自分から距離をとった事で動いた。

 

『アイテム』

 

ミツオが大剣を翳すと、洸夜と総司達の各々の目の前に大剣と同じ用な形状の爆弾が一瞬の内に出現し、その場で爆発してドットの破片と爆風が生まれた。

突然の攻撃に陽介と完二は反応出来ず、洸夜と総司ですら剰りに速い攻撃スピードに追い付けずペルソナに指示を出せないまま爆風に吹き飛ばされ、そのまま壁に激突し洸夜は思わず背中からの衝撃に体内の息を吐き出した。

 

「グハッ! (速い……!? 本物のゲームのアイテムの様に一瞬にして出現……! こんな戦い方のシャドウ……初めてだ……! っ!? そうだ……総司達は……)」

 

洸夜は自分が戦った事の無いパターンのシャドウを考察しながら呼吸を整えながら、自分と同じ様に吹き飛ばされた総司達を見ながら呼吸を整える。

総司達も洸夜より離れた壁に寄っ掛かりながら呼吸を整えていた。

痛みで表情が強張っていたが、どうやら上手く受け身をとって難は逃れた様だ。

皆の無事に洸夜は安心するが、自分を含め総司達を無視して千枝達の方へと移動するミツオの姿に千枝達に指示を出そうとするが痛みと乱れた息で声が出なかった。

そんな皆の様子にクマが前に出た。

 

「センセイッ! 大センセイッ! ……もう、クマ怒っちゃったもんね! キントキドウジ!」

 

クマの叫びに反応するかの様に、丸い身体の全身が鉄に覆われたクマのペルソナ キントキドウジが己の武器である完二を超える程の大きなミサイルを構える。

 

「まだまだクマッ!」

 

クマがそう叫んだ瞬間、ミサイルを構えるキントキドウジの周りに同じ同型のミサイルが何本もミツオの方を向く様に出現した。

その数は正確にはクマすら良く分かっていないが、恐らくは三十近く有るだろう。

それほどの数のミサイルを出現させる程、クマも成長していたのだ。

そして、クマはミツオの方を指差すと高らかに発射号令を発した。

 

「ブフーラミサイル! 全弾発射クマッ!」

 

キントキドウジがミサイルを投げたのを皮切りに、次々とミツオ目掛けて飛んで行くミサイル。

先程の様に爆弾を出したとしてもこの数のミサイルだ、爆弾でこの全てのミサイルを防ぐの無理に等しい。

このまま直撃するとクマは確信を持っていた。

だが、ミサイルが自分の間合いに入った瞬間、ミツオの目が光った。

それを洸夜は見逃さなかった。

 

「全員伏せろっ!!」

 

洸夜が叫んだが遅かった。

ミツオが何やら唱えたその時……。

 

『まほう』

 

ミツオがそう唱えた瞬間、ミツオの周りに雷らしき光が降り注いだ。

そして、その光にクマの放ったブフーラ入りのミサイルが一つ触れると、誘爆したかの様に放ったミサイル全てがミツオに当たること無く消滅した。

その現状にクマはショックで腰を付き、それを伏せながら見ていた陽介と完二は驚きで目を開いた。

 

「クマの攻撃が……」

 

「あんだけの数のミサイル全部潰したってのかよ……! あのシャドウ……なんかおかしいッスよ」

 

今まで戦ってきた大型シャドウとは根本的に何かが違う。

動き、思考が全く読めない。

完二の言葉を聞いた総司は、そんなシャドウについて自分が感じた事を口にする。

 

「……久保は、日常レベルで本当の自分とは向き合っていなかった。 それどころか、理想の自分と言う名の仮面と鎧で自分を固め続けた結果、それが本当の自分と思い込み、本物の自分がいなく成ったんだろうな……」

 

「つ、つまり……あのドット勇者モドキは久保の野郎の妄想の塊って事か!?」

 

「考えるだけならタダッスからね……道理で無駄に強い筈ッスよ」

 

総司の言葉を聞き、陽介と完二がそう言った時だった。

先程まであまり動かなかったミツオが後方でヒミコの力を使って動けないりせを守っていた千枝と雪子の方へと向かって行く。

 

「待つクマッ! チエちゃん達には手を出すなクマァァァァッ!!」

 

三人の危機にクマが再び前へと出ると、己の武器である爪を出しミツオの顔面へとジャンプした。

だが……。

 

『………』

 

ビシッ!

 

「うぎゃっ!」

 

ミツオは飛び掛かってきたクマをまるで虫でも叩き落とすかの様に剣で弾き、クマはそのまま床で二三度バウンドし壁にぶつかった。

 

「クマッ!?」

 

「クマさん!?」

 

陽介と雪子が叫んだ。

そんな二人の叫びにクマは目を回しながらも無事を知らせる。

 

「ク、クマは……無事……クマ……」

 

メンバーがその言葉に安心する中、ミツオが再び動き出した事に洸夜は気付き叫ぼうとしたが先程の攻撃の痛みが身体を駆け巡り言葉が出せなかった。

代わりにそれに気付き、叫んだの総司だった。

 

「逃げろ三人ともっ!!」

 

危険を知らせる為の総司の言葉だったが、その言葉に千枝と雪子はりせを連れて逃げる処か前に出た。

そして、動いたのは雪子だった。

雪子は扇子を舞う様に回しながら自分の目の前に翳し、自身のペルソナであるアマテラスも前に出しながら内心で集中した。

 

「………。 (いつも瀬多君達や洸夜さんに頼ってばかり……そんなのは嫌。あの久保って人が私に恨みが有るなら、別にそれでも良いけど……なんで他の人も誘拐したのか私は知りたい……そして、この悲しい事件を終わらせたい! )」

 

その場で集中すると同時に内心で強い想いを胸に秘める雪子。

そして、雪子がそう内心で想いを露にすると、彼女の身体を青い光が包み込むと同時に足下から花弁の様な小さな赤い光が出現した。

その赤い光は雪子の足下から頭の上まで上がると消えるの繰り返しで、雪子もそんな自分の状況に冷静を演じながら身体同様に青く光らせた目でミツオを睨んだ。

その姿はまるで、花弁舞散る桜の木の下で舞を踊っているかの様に綺麗な姿だった。

そんな雪子の姿に、りせも思わずヒミコの能力を中断してしまい、そんな雪子の綺麗な姿に思わず呟いていた。

 

「雪子先輩……綺麗……」

 

千枝と陽介もまた、雪子のそんな姿に見とれながら無意識の内に口を開いた

 

「雪子……。(す、凄い……)」

 

「なんだ……あの光は……? 桜……?」

 

雪子の周りを舞う光を桜と陽介は呟くが、洸夜はその光の正体を知っていた。

そして、その光を大量に出現させる雪子に驚き、洸夜はそれが何かを語った。

 

「あれは桜じゃない、火だ。……だが、あれはブースタ? いや、ハイブースタか……? (いや違う……あの火の量は……ブースタとハイブースタ両方の掛け合わせか! こんな短期間で………最早、才能……いや、それほどまで彼女の想いが強いのか……)」

 

洸夜は雪子と言う少女の事を全て理解している訳では無いが、少なくとも総司を除くメンバーの中で一二を争う程にペルソナの扱いが上手い事を知っていた。

基本的な物理技を一切持たないが、それを補う程に貴重な回復技を持ち、属性技それに多数のスキルの所持はS.E.E.Sメンバーと比べても見劣りしない。

だが、それらを踏まえたとしてもこんな数ヶ月でブースタ系のスキルの習得及び、ブースタの重ねがけが出来る程の技術を持つ事が出来る者は殆どいない。

洸夜が総司達に何度も言った様に、ペルソナの力は体力・精神両方に負担が掛かる。

その時の力が強く複雑ならば尚の事。

それなのにも関わらず、天城雪子は洸夜が驚く程の力と技術を披露しているのだ。

そして、洸夜は自分の身体を回復する事も忘れ、無意識の内に立ち上がり雪子の事を見守る様に眺めた。

 

「まだ! もう少し……! (洸夜さんが私達の時に見せたブースタこんな物じゃなかった! 出鱈目に力をペルソナに送るんじゃなく……ペルソナを包む様に……ペルソナと自分を重ねる様に……!)」

 

雪子は前に洸夜が自分達との戦いで見せたブースタ強化の事を思い出しながら内心でそう言った。

あの時、洸夜は只のマハジオにブースタを少し与えただけでとても大きな力へと変えた。

普通のブースタなのに、ハイブースタで強化したと思わせる程に完璧な強化だった。

しかし、雪子は内心ではあの時の戦いが悔しかった。

あの時、自分が上手くペルソナを扱えなかった為に炎無効を消され、そのまま返り討ちに合って、総司や千枝や完二の三人との連携でやっとの事で洸夜のペルソナを一体倒した事が……。

洸夜が自分に言った行動で示せと言った言葉を思い出し、雪子はその時自分の情けなさに思わず泣きそうに成っていた。

こんな様では洸夜に言われた通りの只のヒーローごっこ。

自分と向き合ったなんてどの口が言うのだろうか。

最終的には総司を守ったりした事など踏まえ、半人前だが認めて貰えた。

だが、雪子は内心では納得していなかった。

そんな意外性等では無く、その想いや力等、正面から認めて欲しかったのだ。

 

「……。(今のままじゃ駄目。そう思って色々とイメージしたりした。……洸夜さんにちゃんと一人前と認めて貰いたいから……… 千枝を……瀬多君を……皆を……守りたいから!) アマテラス!」

 

雪子が内心で自分の想いを力に変えると同時にアマテラスの名を叫んだ。

その叫びと共に雪子を包む様に舞う桜吹雪の様な小さな炎が一段と輝きだした。

洸夜と総司達はその光景から、今から攻撃を放つのだと確信し全員が伏せた。

そして、雪子はミツオへ向かって扇子を上へと掲げ叫ぶ。

 

「これが今の私の最大技!」

 

『火炎ブースタ+火炎ハイブースタ+アギダイン』

 

雪子の叫びと同時にアマテラスの白銀の剣から放たれた赤く巨大な剛々しい炎球はそのままミツオの顔面へ向かい巨大な爆発を生み、顔の一部が吹き飛んだ。

また、その衝撃波から伝わる熱は総司達は思わず腕で顔を隠す程に強烈だった

 

「凄い……」

 

「雪子……! (雪子……いつの間にこんな……)」

 

『?!??!』

 

雪子の放った渾身の一撃に総司達の声はかき消されたが、ミツオの悲鳴は雪子と皆の耳にしっかりと届いた。

そして、爆発で吹き飛ばされなかった余りの顔のドットが熱によって溶けだした。

不思議と何の匂いも無かったが逆にそれが気味が悪かった。

だが、ミツオは顔が吹き飛んだ事でバランスを崩しそのまま倒れ込むと、残りの身体もまだ床に残る炎から生まれた陽炎の中に熔けて消えていった。

 

「か……勝ったクマか!?」

起き上がりながらクマがそう言った。

それに続く様に洸夜と総司達も雪子達の下に駆け寄り、総司達は激励の言葉を雪子へ伝えた。

 

「凄かったな」

 

「本当にスゲーよ天城!」

 

「今回は天城先輩に良いところ全部取られたッスね」

 

「流石だよ雪子! 私も驚いたよ!」

 

「も、もう……皆褒め過ぎだよ……!」

 

皆の言葉に表情を赤くし照れる雪子。

そんな雪子の前に洸夜が歩み寄ると、静かに語りかけた。

 

「雪子ちゃん……」

 

「あっ……洸夜さん。……あ、あのさっきの私のーーー」

 

自分が一番認めて貰いたい相手の登場に雪子は、先程の攻撃の疲労もあって上手く言葉が出なかった。

しかし、それを洸夜が察したのかどうかは分からないが、洸夜は優しい口調で雪子へ話し掛けた。

 

「……さっきのブースタの重ねがけ、良く出来たな?」

 

「えっ? は、はい! 洸夜さんとの戦いの後、少し自分でも色々とイメージトレーニングとかしてみたりしてたので……でも、ぶっつけ本番だったから上手く出来たかどうか……」

 

雪子は少し心配そうに言った。

だが、洸夜はその雪子の言葉に首を横へと振った。

 

「いや、謙遜する必要は無いよ。逆に見事だった。……只、注意する所は少し力の溜めが長く隙が大きかった所だな」

 

「!……は、はい! 有り難うございます!」

 

洸夜の言葉に雪子は嬉しそうにそう答えた。

注意点はあったが、ちゃんと認めて貰えた所もあった。

だからと言って雪子は全てを満足した訳では無かったが、今はそれでも満足だった。

また、洸夜もそんな雪子と先程まで死ぬかも知れなかったにも関わらず笑いあっている総司達の姿にこんな事を思っていた。

 

「……。 (今はまだ……俺が見守っているが、これが只のお節介に成るのも時間の問題だな)」

 

総司達の成長は洸夜が思っていたよりも早いものだった

今はこんな感じだが、もう暫くすれば自分が手助けする必要も無くなる事を洸夜は感じ取っていたのだった。

洸夜がそんな事を思っていると、後ろの方から声が聞こえた。

 

「チエちゃ~ん! ユキちゃ~ん!」

 

頭を押さえながらそう言って合流して来たクマ。

洸夜はそんなクマの方を見ると、とある疑問が頭を過った。

それは、クマの力についてだった。

 

「……。 (先程の攻撃はシャドウに防がれたが、良くあれ程の数のブフーラを………もし、これでまだ発展途上なら潜在能力は計り知れないな。それに、今まで気にしていなかったがクマは一体何者なんだ? 最初からこの世界にいたらしいがそうなると……まさか……)」

 

洸夜はクマの正体に一つの結論を出したが、すぐにそれを否定した。

もし、クマの正体が自分の考える通りならばペルソナを扱える訳がないし、何よりも自分達を襲って来ない訳がない。

それに、こんな風に感情豊かな訳も無い……と、洸夜が考えた時だった。

洸夜の中にある人物の姿が思い浮かんだ。

 

「………綾時。 (……っ!? 何故、今俺はアイツの事を思い出した? クマとアイツが似ているとでも言うのか? )」

 

洸夜は文字通り嘗て友だった者……望月綾時の事を思い出してしまった。

冬の時期に何処から途もなく現れ、女性に積極的な明るい性格な為に順平達と仲良く成った少年。

何故か見た目が良いと言う理由で順平と綾時に連れられナンパさせられる等、色々あり、いつの間にか気付けば洸夜自身も綾時の事を友と思っていた。

だが、今では全て終わった事だった。

 

「………一体、俺は何がしたいんだろうな?」

 

昔の事を思い出し、少し暗い雰囲気に成ってしまいついそんな事を言ってしまった洸夜。

そんな時だった。

完全に勝利の雰囲気で盛り上がっていた総司達の後ろにいたりせが叫んだ。

 

「駄目っ! まだ終わって無いっ!!」

 

「え? まだ、終わって無いって……おいおい一体どう言う事だよ?」

 

「あっ? つうか、お前さっき全然サポートしてなかった癖に何を今更言っーーー」

 

りせの言葉に完二が、先程全くサポートしていなかったりせに対し不満をぶつけようとした時だった。

皆の背後から突如、完二の言葉を遮る程の衝撃が発生した。

幸い洸夜も総司達も怪我は無かったが、地面に残っていた先程の雪子とアマテラスが放った全力の炎の残り火が一瞬にして消されてしまった。

その衝撃に何事かと後ろを見る洸夜と総司達。

そして、その後ろからりせが語り始める。

 

「ずっと引っ掛かってた……あのシャドウから攻撃の時だけ気配が二つ感じてたの。それに、本当なら総司先輩と洸夜さんの攻撃であのシャドウはとっくに限界が来てた……そしたら、今度はあのシャドウの内側からあのシャドウをまるで修復する様な力を感じたの……」

 

「っ!? ワイトッ! …………そう言う事か。 (通りで刀に触れても弱らない筈だ……)」

 

りせの言葉に洸夜はワイトを召喚し衝撃の中心を探知すると、ある反応を感じ取り洸夜はりせの言葉を理解し納得する。

そして、洸夜が自分の意図を理解したのをりせは分かり、頷いて話を続けた。

 

「うん。あの衝撃の中心から感じる力とシャドウを修復してた力は……全く同じ力……」

 

「ッ!? うわっ! なんだあれっ!?」

 

りせの言葉が終わると同時のタイミングで、陽介が衝撃の発生場所を指差しながら驚愕の声を上げた。

そこにいたのは……。

 

「……胎児?」

 

『………』

 

千枝が呟いた言葉通り、そこに居たのは胎児の姿をし頭の周りにデジタル文字を流しながら宙に浮かぶシャドウ『ミツオの影』がいた。

その姿は胎児その者だが、目は胎児では無くシャドウ特有の禍々しい金色の目をしていた。

しかし、その目に同時に生気も全く感じられ無かった。

また、そのシャドウの存在から察するに今まで洸夜と総司達が戦っていたドットのシャドウは、文字通りこのミツオの影の鎧だった事を洸夜達は理解した。

そう、洸夜と総司達はまだ、シャドウの鎧を破ったに過ぎなかったのだ。

そして、洸夜と総司達は無言で再び構えた。

もう、洸夜がわざわざ言わなくて理解していた。

今からが本当の戦いと言う事………。

 

End

 

 



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決戦 ボイドクエスト (後編)

遅れましたが投稿です。
待って下さっていた方々は誠にありがとうございます。
待っていなかったと言う方々も読んでくれれば幸いです。


同日

 

現在 ボイドクエスト(最上階)

 

洸夜達とミツオの戦いでコロッセオは既に半壊し、周りは廃墟のように瓦礫が散乱していた。

また、ミツオの中から出現した宙に浮く胎児の様な姿のミツオの影だが、武器を構えながらペルソナを召喚して自分を睨む洸夜と総司達の姿を見ると突如、とてつもない程の大音量で泣き叫んだ。

 

『オギャアァァァァァァッ!!!!』

 

ミツオの影の鳴き声はフロア全体に響き渡り、大気が揺れた。

最早、鳴き声等と言うかわいい物ではなく爆発音に近い。

その余りの声の衝撃に洸夜と総司達の耳に強烈な痛みが走り、痛みで立って聞く事が出来なくなってしまうと耳を塞ぎ、苦痛の言葉を叫んだりしながら思わず膝をついてしまった。

 

「アアァァッ!? み、耳が……!」

 

「ふざけた泣き声だな……!」

 

「痛いクマッ!」

 

「なんなのこの声……!」

 

総司、洸夜、クマ、雪子がミツオの影を見詰めながら苦痛の言葉を洩らした。

他のメンバーも耳鳴りを我慢しようとするが、総司達と同じ様に苦痛の色を隠せないでいた。

 

「つぅ~~~! 耳が遠いぜ……」

 

「あんの野郎……!」

 

「蹴りの一発は絶対入れてやるんだから……!」

 

耳を押さえる陽介の隣で完二と千枝は、膝を着きながらもそれぞれの武器である盾と脚籠手を確認しミツオの影を睨み付ける。

元々、千枝と完二はこのメンバーの中でも久保への怒りが数倍多い。

友をストーキングしていたと思えば誘拐し、更には人を殺害しているにも関わらずこの状況を楽しんでいる仕草をする久保に、この二人の怒りも既に頂点に達していた。

ペルソナだけでは無く、自分達の手と脚で一発程お見舞いしてやらなければ気がすまない。

そして、そんなメンバーの後方で耳を塞ぎながらも決してヒミコを戻さなかったりせが口を開いた。

 

「……今のは文字通り只の泣き声。技ですら無いの」

 

りせの言葉に陽介は驚いた。

 

「ええっ!? て事は、あのシャドウ……」

 

「うん……体力、力、耐久力。この全てがさっきのシャドウよりも強い」

 

りせの言葉に総司達は表情を強張らせながら武器を構え、ペルソナ達も主の想いに答えるかの様にそれぞれが各々の構えを取った。

だが、頭が冷静な総司はともかく陽介達は少し構えが硬かった。

肩に力が入り武器を無駄に力強く持ってしまっている。

これでは体力が持たず、気疲れもしてしまい精神的にも参ってしまう。

そんな時だった。

足下を少しふらつかせている洸夜が刀を肩に置きながら前に出ると、ミツオの影を見ながら軽く笑った。

 

「フッ!……さっきのが只の泣き声で当たり前だ。 あんなの昔の総司の夜泣きに比べればクラシックだぞ」

 

洸夜の言葉にクマは目をギョッとして驚いた。

 

「い、今のがクラシック!? セ、センセイは一体どんな風に泣いていたクマか?」

 

「ロックかメタルだったんじゃないかな」

 

「なんでちょっと誇らしげ!?」

 

親指をあげて何故か誇らしげな表情をする総司に千枝のツッコミが入った。

 

「でもまあ、相棒らしいって言えばらしいよな」

 

「……瀬多君ってたまにキャラ変わるよね」

 

陽介と雪子も二人のやりとりに微笑んだ。

この陽気な雰囲気に、いつの間にか先ほどのダメージの事はすっかり忘れており、肩の力も抜けたようだ。

だが、あくまで忘れたに過ぎず、ダメージ事態は確実に洸夜と総司達に響いている為にこれ以上の長期戦は望めないと洸夜と総司の二人は感じていた。

その時だった。

 

『オギャアッ!!』

 

ミツオの影が再び泣き叫ぶと衝撃が生まれ、その衝撃は無数の斬撃である物理技『空間殺法』と成って洸夜と総司達に迫ってきた。

 

「っ!? 皆! 左右に飛んで!!」

 

ミツオの影の攻撃を察知して皆に向かってそう叫ぶりせの言葉に、一斉に左右に飛ぶ洸夜と総司達。

先ほどの突然出現するミツオの攻撃に比べれば、今の攻撃はちゃんと目視が出来ている。

それに、空間殺法自体は洸夜も重宝しており良く使用している技の一つ。

洸夜の戦いを見ている総司達も空間殺法は見慣れており、タイミングや規模も理解しており躱すのは造作も無い事だった……だが。

 

「ああっ!」

 

「天城先輩!?」

 

りせの叫びに一斉に声の方を向く一同。

そこには先程の攻撃の反動が原因なのか、さっきより少し飛んだ所で膝をついている雪子の姿だった。

そんな主を守る為にアマテラスが雪子の前に出るが、攻撃の反動の影響はペルソナにも出ている筈であり、このままではダメージを受けるのは必然だった。

 

「雪子っ!!」

 

「なっ!? おい!!」

 

雪子の危機に飛び出したのは千枝だ。

ペルソナではなく単身生身で助けに行くのが彼女らしいが、その行動は無謀の域に入っており、それに気づいた陽介も後を追う様に飛び出した。

しかし、空間殺法はもうすぐそこまで迫ってきている、このままでは余計に怪我人を増やしかねない。

洸夜と総司は仲間を守る為に三人の前に出て新たにペルソナを召喚した。

 

「ベンケイ!」

 

「キンキ!」

 

二人はそれぞれ物理に強いペルソナを召喚し総司達の体の数倍大きいキンキが雪子達の前で仁王立ちを、ロクテンマオウよりも巨大なベンケイは全員を覆う様に全身を使い包み込んだ。

だがその瞬間、洸夜は左手の腕輪が急に締め付ける様な感覚に襲われる。

 

「っ! (なんだ! ベンケイを召喚したら急に腕輪が……!?)」

 

 

洸夜は突然の事に混乱するが、それがなんなのか分からないまま空間殺法はベンケイの巨大な籠手を装備した両腕に当たり、金属か何かを削る様な鋭い音が響く。

そんな先程から何度見た仲間を傷つける光景に、完二とクマの怒りが爆発した。

 

「なっ! ……あの野郎っ!!!」

 

「いい加減するクマッ!!」

 

久保とそのシャドウへ対する怒りを叫びながらペルソナと共にミツオの影へと駆け出す二人。

一部の瓦礫が邪魔だが、完二とクマにはそんな事は関係なかった。

障害物レースの如く瓦礫を避けてミツオの影へ近づいた二人はロクテンマオウとキントキドウジを前に出すと、キントキドウジは持っていたミサイルをロクテンマオウへ放り投げた。

 

「かっ飛ばすクマよ完二!!」

 

「任せろ!! ロクテンマオウ!!」

 

クマからの言葉に気合を入れた完二はの言葉と同時に、野球のバッターの様に剣を構えたロクテンマオウはそのままキントキドウジのミサイルをミツオの影目掛けて全力でフルスイングし、打った衝撃で変形したミサイルは弾丸の如くのスピードで吹っ飛んだ。

 

『!!?!』

 

ミツオの影は自分に飛んでくるミサイルに気づき躱そうとするが、ロクテンマオウ程のパワーがあるペルソナが全力で打った物だ、避ける間もなくそのまま直撃すると同時に爆発したミサイルの爆風によってミツオの影は壁に強く叩き付けられ、そのまま地面にポトリと虫が落下する様に落ちた。

そんな姿に完二とクマはガッツポーズを決めた。

 

「しゃあっ! ざまあ見やがれ!」

 

「ふふ……クマ無双の真の幕開けクマよ」

 

 

完二とクマが勝利気分に成っていると同じタイミングでベンケイが身体を上げ、洸夜と総司達が中から出てきた。

少し目立つ傷が有るが、雪子を始めとし皆無事だった。

完二とクマは合流しようと洸夜と総司達の下へ駆け寄った。

 

「おーい! 皆無事ッスか!」

 

「センセーイ! ユキちゃん! チエちゃん! りせちゃん! ついでにヨースケ!」

 

「安心しろ! 皆無事だぜ! (クマの野郎、日給下げてやる……)」

 

クマの言葉に怒りを何とか内側に押し留める陽介。

そんな少し明るくなった雰囲気に千枝に支えられていた雪子は立ち上がると、辺りを見回しアマテラスに指示を出した。

 

「ごめんね……私のせいで皆に迷惑掛けちゃって。今、回復するから……アマテラス!」

 

雪子がそう言うとアマテラスからメディラマの光が降り注ぎ、総司達の傷が回復した。

 

「はあ~癒される」

 

「今回も結構大変だったな」

 

傷が回復した事で千枝や陽介を始めとした皆は一息落ち着いたが、総司は先ほどから洸夜が口を開いていない事に気づき、自分達の前で刀を持ったまま立ち尽くしている洸夜へと近づいたが洸夜は黙ったままだった。

 

「……」

 

「兄さん? どうしたの何処かダメージでも受け―――」

 

総司が心配の言葉を洸夜へ掛け様としたが、その言葉が最後まで言われる事はなかった。

何故ならば、洸夜が自分の目の前で糸の切れた人形の様に倒れたからだ。

そんな洸夜の姿にりせは思わず叫んだ。

 

「きゃああ!! 洸夜さん!?」

 

りせの叫びに総司や雪子達も洸夜に急いで駆け寄ったが、そこには異常な程の汗をかきながら息を乱した洸夜の姿だった。

 

「はぁ……はぁ……! クソ……が……!」

 

洸夜は左手首に熱の様な何かが自分の体全体を駆け巡る様な感覚に襲われていた。

左手首の腕輪をどかせと言わんばかりに全身を熱が駆け巡り、腕輪はそれを防ごうと手首を締め付ける。

洸夜はその繰り返しに頭痛が起き、体に力が入らなく成るのを感じた。

総司達の声もあまり聞こえない。

 

「はぁ……はぁ……!(俺は……足手纏い……だな……スマナイ……!)」

 

洸夜はぼやける意識の中で総司達に謝罪しながら、先程と同じ様に呼吸を繰り返す。

 

「大センセイひどい汗クマ! 大丈夫クマか!?」

 

苦しそうにする洸夜にクマが心配し洸夜の下に近づき、総司達も同じ様に洸夜に近づいたと同時の事だった。

メンバーの中で一番後方にいたりせの背後で何かが崩れる様な大きな音が響いた。

総司達が音のした方を見ると、そこには大量のヒビや刃こぼれをした武器や防具を身に纏いながら主の洸夜と同じ様に倒れるベンケイの姿だった。

その姿に総司達は目を開いた。

 

「なっ!? ペルソナまで!?」

 

「ちょっ! 洸夜さん一体どうしたの!?」

 

頭が洸夜の身に何があったのか理解出来ず驚く総司と千枝。

雪子の回復は間違い無く洸夜に行き届いていた。

ならば何故なのか? 少し顔を強張らせながら洸夜見ていた千枝は答えを求める様に総司や陽介達に顔を向けるが皆、顔を反らしてしまう。

 

「もしかして……さっきの攻撃が原因なんじゃ?」

 

雪子が今思いつく中で一番有りそうな可能性を言ったが、隣にいた完二が大きく手を払う様に振って雪子の言葉を否定した。

 

「そんな訳ねえって! 俺はこのペルソナと直に戦った事があっから分かるけどよ、このペルソナは物理に対して無敵なんだぜ! なのに、さっきのあんなヘナチョコ野郎の攻撃で洸夜さんがやられたってのかよ!」

 

嘗て、洸夜との戦いにてベンケイと唯一戦った完二だからこそ先程の攻撃で洸夜がやられる訳が無いと言い切れるのだ。

だがそうなると何故、この中で一番シャドウと戦い慣れている洸夜が倒れているのか分からない。

総司達は皆、原因が理解できなかった。

 

「おい! 原因よりも今は洸夜さんをなんとかしねえと!?」

 

「!? そうだ……こんな事している場合じゃない」

 

倒れている洸夜に肩を貸す様にして、洸夜を安全な場所へ運ぼうとする陽介の言葉に総司達は我に返った。

普段は冷静に物事を判断する総司だが、兄である洸夜になるとたまにこの様に冷静に最善の策を練れなくなってしまう。

総司は急いで陽介とは反対の方に行き肩を貸した。

そんな時だ、総司達の耳にキーンと言う耳鳴りの様な音が耳に届いた。

 

「なに……? この変な音?」

 

「なんだってんだ一体?」

 

耳に手を置き、周囲の音を拾うとするりせと完二だったが、音が小さく今一よく分からない。

だが、確かに音は聞こえる事からこの近くだと言う事は総司達全員にも分かっていることだった。

そんな時、洸夜のそばにいた陽介が気づいた。

 

「!? なあ……? この音って洸夜さんが付けてるブレスレットからじゃねえか?」

 

「……? どれの事だ?」

 

「ほら、その左手首についてる奴」

 

総司は陽介に言われるままに洸夜の左手首を覗き込み、他のメンバーも同じ様に覗き込んだ。

そこには、白をベースとした黒の十字架のデザインが刻まれた腕輪が小さく洸夜の手首を締め付ける様に振動しており、さっきから鳴っていた音は確かにこの腕輪からの物だった。

そして、微かに手首との隙間から青白い光が漏れていた。

 

「な、なんなんスか、この腕輪は……?」

 

「外した方が良いんじゃねえか?」

 

原因がこの腕輪にあると判断する陽介だったが、りせはその腕輪に何かを感じ取った。

 

「ちょっと待って!」

 

そう言って総司と陽介の二人に肩を貸して貰っている洸夜の左手首を見て、りせは徐に腕輪に触れた。

総司達は一瞬触っても大丈夫なのかと心配するが、りせは構わずに触って目を閉じた。

 

「……。(なにこれ? 洸夜さんからの力がこの腕輪に蓋されてる様に感じ取りずらい。それに、なんか、ヒミコの力が上手く使えない気もする。……もしかして、ペルソナの力を制御してる? ううん、違う。これじゃあまるでペルソナ能力の…………でも、こんな事してたら力があふれ出し―――)」

 

皆が見守る中、りせが腕輪の力に気づき掛けた時だった。

りせは自分の背後から氷の様に冷たい殺気の様な物を感じ取り、洸夜の手を掴みながら背後を向くと先程、完二とクマに倒されたと思ったミツオの影が此方を見ていたのだ。

その目は自らを無と言いながら、殺気や絶望と言った様な黒い感情が読み取れてしまう程に総司達を睨んでいた。

 

「なあっ!? あの野郎、まだ動けんのかよ! つうか、なんでクマもりせも気付かなかったんだよ!!」

 

何故、自分達の中で探知に優れている者達が大型シャドウの気配に気付かなかったのかと思い二人に怒る陽介の言葉に、クマとりせは申し訳ない感じで顔を下に向けてしまう。

 

「ク、クマはこの頃ちょっと鼻づまりが……」

 

「ご、ごめんなさい……なんか、あのシャドウに睨まれたら上手く力が使えなくって……」

 

元々探知能力の調子が悪かったクマと、久保に直に会って恐怖を植え付けられていたりせの二人。

今回の戦いでりせがサポートする事が少なかったのは、この事が有ったからだった。

 

「……。(怖いのは私だけじゃないのに……情けなさすぎるよ)」

 

恐怖によって思った様な行動出来ず、その結果が今の状況を招いた事を自分に言い聞かせるりせだったが、そんな中でミツオの影は行動を起こす。

 

『祈り……』

 

ミツオの影が何かを呟いた瞬間、ミツオの影の足下に謎のブロック状の物体が出現しそのブロックはミツオの影を包むかの様に形を形成して行き、その形はやがて足となり最終的には何かの下半身へと形成された。

そして、その下半身に総司達は見覚えが有った。

 

「あのドットもどき……! さっきのミツオの下半身か!」

 

「不味いクマ! またさっきのシャドウを作り上げるつもりクマ!」

 

「そんな……また、さっきのと戦うなんて……」

 

「なに、先輩達までビビってんだよ! 一回は倒してんだ。それに、あの野郎は見た感じ未完成……復活させる前に倒せば問題ねえっ!!」

 

そう言ってロクテンマオウを従えミツオの影へと単身突っ込む完二。

洸夜が戦えない今、誰かが切っ掛けを作らなければ成らない。

それならば、斬り込みは自分が引き受け、後の止めは総司に決めて貰えば良い。

そんな事を思う完二の姿にミツオの影は、忌々しい者を見る様に少し目を細めながらも勇者ミツオの復活へ力を入れる。

 

『えいしょう』

 

ミツオの影の言葉に次は剣や腕、胴体が甦りミツオの半分以上が完成された。

その光景に完二は回復の早さに驚いたが、足を止めずにそのままさらに接近する。

 

「それ以上はさせっかよ! 行くぜロクテンマオウ!! 新技ぶちかませ!!!」

 

完二の遠吠えの様に力が入った叫びに答えるかの様に、ロクテンマオウは拳を握り締め、ミツオの半身の中で浮いているミツオの影目掛けて右拳と左手に持つ大剣を同時に降り下ろした。

 

『マッドアサルト』

 

総司達メンバーの中で一番の巨体であるロクテンマオウの攻撃を直接その身に受ければ、ミツオの影であっても只ではすまないだろう。

完二の攻撃に対し、まだ不完全なミツオの半身が剣と腕を使いロクテンマオウの攻撃とぶつかり合う。

 

「うおっ!? そんな状態で動けんのかよ!」

 

「完二っ!」

 

「大丈夫だ相棒。最初の時と同じでまた押し合いだ」

 

心配する総司に対し言った陽介の言葉通り、最初の時と同様に押し合いが始まり地面が揺れ動く。

自分達は援護し、ミツオの影に隙を作って後はそこで一気に止めを刺せば良い……そう完二を含め全員が思っていた。

だが、その考えは呆気なく崩れさった。

 

『!』

 

ロクテンマオウと押し合っていたミツオの半身の中で浮いていたミツオの影は、完二の相手をそのまま半身に任せ、自分はその小柄の身体を生かして素早く飛んで洸夜を抱える総司達へ向かう。

 

「なっ!? 先輩っ!」

 

完二はミツオの影の行動に驚きながらもすぐに総司達に危機を知らせる。

洸夜を抱えている為に素早く動けない総司と陽介。

そんな二人に、洸夜は朦朧とする意識の中で目を開けてこう良い放った。

 

「総司……花村……俺の………事は……そこら辺に捨てとけ……」

 

「そんな事、出来る訳無いだろ! 今度は俺達が兄さんを守る番だ」

 

「そうだぜ! 俺達も成長してる。 さっきまで無理だったけど、今なら洸夜さんに見せてやれる……スサノオ!」

 

いつもなら絶対に見る事の無い筈の弱った洸夜の姿に、総司と陽介は多少は驚くが自分を捨て置く様な洸夜の発言に一喝し陽介は洸夜に肩を貸した状態のままスサノオに指示を出し、此方に一直線に飛んでくるミツオの影目掛けてソニックパンチを放つと直撃し、ミツオの影は空中でそのまま回転しながら吹っ飛んだ。

だが、ミツオの影は吹っ飛ぶ途中で急に停止するとスサノオに一睨みし今度はスサノオ目掛けて頭から突っ込み、スサノオの顔面に頭突きを喰らわす。

そのダメージはスサノオを通し陽介にも降りかかった。

 

「ぐっ! くそ………小西先輩の為にもここで負けれるかよ!」

 

陽介の叫びに再び攻勢に出るスサノオは、自分の周りで回転する円上の刃を前に出しながらミツオの影に向かって突撃したが、直線的な攻撃は小柄なミツオの影にとって避けるのは容易であったらしく、その場から下に下がってスサノオの攻撃を回避した。

だがその瞬間、ミツオの影の背後が突如氷付けに成り、突然の出来事にミツオの影は泣き叫んだ。

 

『オギャアアアアァァッ!』

 

何が起こったのか分からないミツオの影は自分の背後を振り返った。

そこには、してやったりと言った表情の千枝とクマ、そして、二人のペルソナであるスズカゴンゲンとキントキドウジの姿があった。

どうやら、陽介の攻撃をかわしたミツオの影の一瞬の隙を狙って二人はブフーラを放った様だ。

 

「良し、当たった!」

 

「やったクマね、チエちゃん!」

 

『………!』

 

手応えを感じる二人を、親の仇でも見るかの様に睨み付けるミツオの影だったが、その行動は総司にとっては只の隙でしか無かった。

 

「イザナギ!」

 

『!?』

 

総司の言葉にイザナギは大剣を横にして振りかぶり、千枝達を睨み付けている無防備なミツオの影に目掛けて真上から全力で振り下ろし、ミツオの影の頭に直撃すると地面にミツオの影は叩き付けられボールの様に二、三度バウンドした。

総司達の攻撃は確実にダメージを与えている。

だが、その攻撃はミツオの影を本気にさせた。

 

『アギャアァァッ!!』

 

キュイィィィィィンッ!

 

ミツオの影の怒号と共に聞こえる耳鳴りの様な聞き覚えのある鋭い音が総司達、そして洸夜の耳へ届いた。

 

「この音って……確か……!」

 

「え? えっ!? なになに!? なんだっけこれ!?」

 

「確かこれって……洸夜さんの使った……」

 

今一、この音の正体が掴めず行動が遅れる総司達だったが洸夜とりせは経験とペルソナの力で気付いた。

 

「マズイ……! 頭を下げろ……二人共!」

 

「力が大きい!?」

 

洸夜とりせはこの耳鳴りの正体が分かると同時に、ミツオの影から大きな力を感じ洸夜は身体の疲労等を無視して肩を貸す総司と陽介の頭を伏せさせると無意識の内に立ち上がり、りせと共に他のメンバーへ向かって同時に叫んだ。

 

「伏せろ! メギドラだっ!! / 皆!伏せてっ!!」

 

『メギドラ』

 

二人の叫びに反射的に完二達が伏せた瞬間、蒼白い光がフロア全体を包み爆発音がこだまする。

総司達は伏せた事で直撃は避けられたが、重苦しい衝撃と強風までは避けれず両腕で頭と顔をかくし、りせもヒミコに抱えられ直撃と衝撃に耐える。

だが、洸夜はそうも行かなかった。

総司達を伏せさせ、身体が悲鳴をあげているにも関わらず無理に立ち上がった事で咄嗟に伏せる事が出来ずに衝撃で吹き飛んだ。

 

「グゥ……! (万能属性の攻撃を防ぐ術は無い……だが、アイツのメギドラオンじゃなかっただけマシか……)」

 

洸夜は吹き飛びながらそんな事を思っていた。

メギドラの類いは防ぐ術の無い高威力の万能属性だが、洸夜は『彼』と共にエリザベスのメギドラオンをその身で体験した事がある。

耐性と言えばおかしいが、メギドラをその身で受けても不思議と威力が低く感じてしまい最悪、物足りないとまで感じてしまう自分が洸夜は馬鹿らしくて笑えた。

だが、このままでは壁に激突して笑い話ではすまなく成る。

 

「受け身だけでも……!」

 

壁との距離が迫る中、洸夜は壁に激突しても大丈夫な様に身体を丸め衝撃に備えた。

だが、洸夜が壁に激突する事は無かった。

 

「………ベンケイ」

 

『ヴォ……ヴォォ……!』

 

壁に激突する筈だった洸夜をベンケイが守り、今はその巨大な両腕の中で抱かれていた。

だが、身に付けている武器や鎧、籠手等は全てヒビが入っており使用出来る技もステータスも殆ど無い事に洸夜は気付いた。

弱体化によって通常よりも早く進行している固有スキルによってベンケイは既に虫の息状態。

しかし、そんな状態でもベンケイは洸夜を守った。

洸夜が自分の危機に、無意識の内にペルソナに助けを求めたのかも知れないが洸夜はこの所、次々と消えたり暴走するペルソナ達しか見ておらず、今だけはベンケイが自分の意思で自分を守ってくれたと思いたかった。

そして、それと同時に洸夜にある思いが生まれた。

 

「………。(……俺は一体何をしている? 総司を……皆を………もう二度と……あんな事が起きない様に……誰も悲しまない為にこの町に来たんだ…………なのに、俺は……!)」

 

まるで記憶を掘り起こしている様だ。

自分がこの町に来た意味、イゴールが再び自分をベルベットルームに招いた意味。

これら全て、洸夜は忘れ掛けていた物だった。

それら全てを思い出そうとしたそんな時、洸夜は前方から悪寒を感じた。

 

「!?……アイツ」

 

『ギャアオオオオオオ!!』

 

ベンケイの腕から降り、悪寒のした方を洸夜が見ると、怒気を含ませた金色の瞳を照らつかせながら自分の方へ直進してくるミツオの影の姿だった。

異常なまでの咆哮とスピードで洸夜へ迫るその姿に、総司達でさえ驚きを隠せない。

 

「兄さんっ!?」

 

「なっ!? ふざけんなよ! 何で俺達無視して洸夜さんを!?」

 

自分達の隣を素通りし完全無視。

洸夜に狙いを定めたミツオの影には既に総司達は眼中にすら入っていなかった。

 

「一体なんなの!?」

 

「シャドウにとってペルソナ使いは天敵クマ! あのシャドウの本能が大センセイを一番の脅威に感じているから真っ先に襲うクマよ!」

 

「あんな速度、アマテラスじゃ追い付かない! りせちゃん!」

 

「無理だよ! 動きが早すぎて探知が間に合わない!?」

 

ミツオの影を目で追うだけでやっとの今、総司達の援護は間に合わない。

完二も勇者ミツオの半身に足止めされて洸夜の状況を知るだけでやっとだ。

 

「クソが……! 顔無えくせに調子に乗んじゃねえ! ロクテンマオウ!」

 

『ジオンガ』

 

ロクテンマオウは大剣からジオンガを放つが、勇者ミツオの半身は効いているのかどうかも怪しく、勇者ミツオの半身は電撃を浴びても一切怯まずにロクテンマオウに掴み掛かり、完二は再びインファイトを続けざる得なかった。

 

『ギャアオォォォォォ!』

 

総司達の反応も虚しく、ミツオの影は猛スピードで洸夜へ迫る。

その姿は最早胎児ではなく、只の化け物。

常人ならばどうすれば良いか分からない程に恐怖して足にも力が入らないだろう。

だが、洸夜は違った。

洸夜はベンケイの後ろには隠れず、堂々と刀を構えて前へ出た。

その眼に、一瞬だけかも知れないが強く光る覚悟を宿しながら。

 

「……。(……今だけは余計な事は全て忘れろ! 今、俺がすべき事は総司達を守り……久保を捕らえる事……忘れろ! 今だけは! ここは学園都市じゃない………稲羽の町だ!!)」

 

ピキ……!

 

洸夜はそう己の内側で叫ぶと、左手の腕輪にヒビが入ったが洸夜は気付かず眼を閉じた。

耳に届くミツオの影の咆哮、風を切って自分に近付いてくる存在感。

全く怖くないと言えば嘘に成るが、不安では無かった。

洸夜はニュクスと戦った。

その事を思い出せば、ミツオの影の何処に恐怖するのか。

洸夜は自分が歩んできた道を思い出し、内心で覚悟を決めて眼を大きく開け叫んだ。

 

「ベンケイッ!!!」

 

バキンッ………!

 

洸夜の叫び、そして腕輪が崩れ落ちる音。

この全てが同時に重なった瞬間、洸夜の全身から巨大な蒼白い光が溢れだしたのだ。

その巨大な蒼白い光は、総司が初めてペルソナを召喚した時よりも巨大で剛々しいが確かな優しさも感じ取れる。

その光は洸夜の服を靡かせ、眼にも蒼白い光が宿っていた。

その力の巨大さからか、洸夜の付けていた黒い眼鏡のレンズに亀裂が走るが洸夜は気にせずにミツオの影を睨む。

 

『………!』

 

突然、出現した巨大な力にミツオの影は動きを止めてしまっていた。

ミツオの影が洸夜を襲おうとしたのがシャドウとしての本能ならば、今、ミツオの影が動きを止めたのもシャドウの本能が教える恐怖。

自分よりも強い天敵に対する防衛本能がミツオの影に教えている。

今の洸夜には勝てない、負ける…………死ぬ。

 

『ヴォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

『!??』

 

フロア全体に響き、フロアを軋ませるベンケイの咆哮がミツオの影、そして総司達の耳に届く

その咆哮にミツオの影は正気に戻ったが、ベンケイの姿は先程とは違った。

ヒビだらけだったベンケイの姿は既に無く、武器や防具全てにヒビは無く完全な姿のベンケイだった。

その身体からは洸夜同様に蒼白い光が流れており、眼も赤くギラついて弱体化で弱っていた今までのベンケイとは明らかに別物だ。

だが、その眼の見ている物はシャドウでは無く、主である洸夜だった。

 

「!? ……やはりか。 (腕輪が無くなった瞬間に暴走の兆し。もう、俺はこれだけの力を制御出来ないのか)」

 

先程は洸夜を守ったベンケイだが腕輪が壊れ、力が制限されなく成った途端に主である洸夜に牙を向けようとする。

その事に洸夜は、もう自分ではこのペルソナ達と共に戦う事が出来ないと思い始めてしまう。

だが、それでも今だけは……ミツオの影を倒すまでの間だけを従って欲しい。

洸夜はその想いを胸に、ベンケイの向ける眼に正面から向かい合い、ベンケイの眼を見てハッキリと叫んだ。

 

「クッ! (今だけで良い……!) ベンケイッ!!!」

 

『!……ヴォォ………!』

 

今にも洸夜に攻撃しそうだったベンケイだったが、洸夜の叫び困惑気味に動きを止めた。

そんな姿に陽介は驚く反面、子供の様に眼を輝かしていた。

 

「す、すげぇ……! 洸夜さんのペルソナって、まだあんな凄い力があったのかよ!』

 

ベンケイと、それを従える洸夜の姿に陽介は勝ちを確信してはしゃいでいた。

しかし、そんな兄の姿に総司は疑問に感じる物があった。

 

「さっきの……。(あのペルソナ、さっき兄さんを攻撃しようとしてた様な……気のせいか? あの腕輪が壊れたのと関係が有るのか?)」

 

総司はベンケイの異変に気付いていた。

だが、それがなんなのかまでは分からず、気のせいで片付けてしまうしか無い。

総司がそう思った時、誰かが総司の後ろから話し掛けた……りせだ。

 

「あの……総司先輩」

「どうした、りせ?」

 

「実は…………」

 

総司はりせの話に少し驚いた表情で聞いていた。

 

 

そして、りせと話している総司から少し離れた所でミツオの影は洸夜とベンケイを見ていた。

先程は本能から恐怖を感じたミツオの影だったが、洸夜の叫びに動きを止めたベンケイを見て口元をニヤリと歪ました。

叩かれる前に叩く。

チャンスを目の当たりにしたミツオの影に、ペルソナ使いを攻撃すると言う本能が甦ったのだ。

ミツオの影はベンケイに接近すると、小さな両手に力を込めてベンケイへ『両腕落とし』を放った。

だが……。

 

「……ベンケイの物理への耐性は吸収だ」

 

『!?ーーー』

 

洸夜がミツオの影へそう言い放った瞬間、ミツオの影を巨大な籠手を装備したベンケイの拳が捉えた。

これは技では無く、只の純粋なパンチ。

技ですら無い攻撃にミツオの影は大きく吹き飛んだ。

元々、ベンケイ本来のステータスは物理吸収に物理攻撃力ならば洸夜の持つペルソナの中で断トツを誇る。

そんなベンケイにミツオの影と言えど、両腕落とし等の物理技をを放っても今の洸夜のベンケイに効く訳が無い。

そして、吹き飛んだミツオの影はそのまま完二と、ミツオの半身の所へまで吹き飛ぶ。

 

「ぬお!?……危ねえ」

 

自分の元へ吹き飛んだ来たミツオの影に完二は、咄嗟にロクテンマオウを引っ込めて避けた。

その結果、ミツオの影は自分が生み出したミツオの半身と正面衝突し、そのままの勢いで半身共々に壁へと激突した。

今のベンケイに弱体化の影響は見当たらない。

洸夜はそんな様子に自分の今の状態を含め、内心で考えた。

 

「……不思議だ。 (さっきまでの疲労が嘘の様に感じない。それに、ベンケイも一回は暴走仕掛けたが、そんな様子は無くなった……それどころか、弱体化の影響も無い。これは一体……)」

 

洸夜は今の状況に更に考え込もうとしたが、すぐにそれを止めた。

 

「……。(いや、細かい事は後だ。ベンケイが弱体化の影響を受けてないなら今が好機だ) ベンケイッ!」

 

『天軍の剣』

 

洸夜の指示にベンケイは背中に背負っていた特別大きな剣を片手で逆手に持ち、半身の中にいるミツオの影へ投げた。

投げたけ剣から光が溢れだし、そのままミツオの影へ吸い込まれる様に飛んで行く。

だが……。

 

『!……ささやき』

 

ミツオの影はベンケイの攻撃に備える為か、勇者ミツオを復活させる最後のスキル『ささやき』を唱えた。

すると、半身からドット風のブロックが次々と現れ、そのままミツオの影を中に入れたまま勇者ミツオが復活し、ミツオの影は安心した。

これなら勝てる、今度の勇者ミツオは先程よりも強く成る様に誕生させたのだから……と、だが、ミツオの影のその考えは脆くも崩れ落ちる事と成った。

ベンケイが放った『天軍の剣』は、先程と変わらないスピードと威力で勇者ミツオへと飛んでいた。

そして………。

 

『!?』

 

天軍の剣はそのまま勇者ミツオへ突き刺さり、刺さったから亀裂が入って勇者ミツオの一部がテレビの砂嵐の様な姿になってしまった。

そして、天軍の剣は突き刺さったまま爆発の様な巨大な光を放ち消えていった。

 

「えッ!!」

 

「ウソ!?」

 

雪子と千枝はその光景に驚いていた。

先程、皆でやっと倒した勇者ミツオをいとも簡単に破ったのだ。

しかし、ベンケイの攻撃はそれで終わらなかった。

 

「終わらせるぞ、ベンケイッ!」

 

洸夜の言葉にベンケイは駆けた。

そして、そのまま勇者ミツオの目の前に来ると亀裂の穴へ巨大な両腕を突っ込み、抉じ開けようとする。

 

『ヴォォォォォォォッ!!!』

 

『!………??………!!?……』

 

ベンケイが抉じ開けようと力を入れれば入れる程、まるで壊れる様に身体のドットブロックの砂嵐が増えて行く勇者ミツオ。

そして、勇者ミツオの亀裂が身体全体に成った瞬間、ベンケイの赤い瞳が光った。

 

『ヴォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

ベンケイは両腕に全力を込め、勇者ミツオの頭部分を引き裂いた瞬間、勇者ミツオは前回し消滅した。

だが、その瞬間、勇者ミツオの中からミツオの影が飛び出し、ベンケイと洸夜を無視して、このフロアの入り口へ猛スピードで駆け抜けて行く。

 

「……タルタロスのシャドウも、俺達が自分達よりも強いよ分かると逃げていたな」

 

洸夜の呟きが聞こえたのか、ミツオの影は駆け抜けながら洸夜の方を振り向き、口元に笑みを浮かべる。

しかし、そんなミツオの影に洸夜は焦った様子は無かった。

 

「逃げるのは得策だが……その場所へは失策だぞ?」

 

『!?』

 

洸夜の言葉にミツオの影は正面を向くと、そこに居たのはイザナギ、スサノオ、スズカゴンゲン、アマテラス、ロクテンマオウ、キントキドウジ、総司達のペルソナ達だった。

何故、このペルソナ達が此処にいるのかミツオの影は分からなかった。

だが、ミツオの影が入り口の方を見た瞬間、全てが分かった。

 

「べぇ~~!!」

 

ミツオの影が見た先には、まるで決別の証とも思える様に自分へ向かって舌を出すりせとヒミコの姿だった。

 

「洸夜さんのペルソナが攻撃している間あのシャドウ、中で不自然に力を溜めてから、あ~これは逃げるなって分かったの。逃げるのが分かったなら後は探知するのは簡単だし!」

 

「そう言う事だ、久保美津雄のシャドウ。これで……」

 

総司の言葉に全ペルソナが構え、ミツオの影は最初の時の様に泣いて空間殺法を放とうとしたが、ミツオの影が逃げ出す前から準備していた総司に間に合う訳がなかった。

全ペルソナは各々の武器を振り上げ、そして……。

 

「「「「「「「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」」」」」

 

武器を降り下ろし、ミツオの影は木っ端微塵に斬られ殴られ爆発され消滅した。

跡には、消滅したミツオの影に呑み込まれていた久保 美津雄その人だけだった。

 

End



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戯れの終わり

今回は戦闘場面が無いので、すぐに投稿出来ました。


同日

 

現在、ボイドクエスト (最上階)

 

ミツオの影を倒した後のコロッセオは既に見る影も無かった。

辺りはほぼ全壊し、まるで廃墟か遺跡の様だ。

だが、それと同時に既に辺りにシャドウの気配は無く、ミツオの影の消滅に伴いボイドクエストのシャドウは逃げ出した様だ。

 

「………ベンケイ」

 

洸夜は自分の願い通り、ミツオの影を倒すまでは自分に従ってくれたベンケイに感謝しようと手を触れようとした時だった。

ベンケイの全身にヒビが入った。

 

「! ベンケイ………!」

 

洸夜は驚いてベンケイに触れるが、ベンケイのひび割れ止まらず武器と鎧全てにヒビが入ってしまう。

洸夜は頭でこうなる事は多少は予想していたが、実際に目にしてみると言葉が出なかった。

洸夜がそんな風に驚く中、美津雄を陽介達に任せた総司が洸夜を呼びに駆け寄って来た。

 

「兄さん! 久保 美津雄が目を覚ました。これから話を聞こうとーーー」

 

総司がそこまで言った時だ。

 

「「っ!?」」

 

ベンケイは崩れ落ちる様に消えていった。

その姿は燃え尽きた何かの様に儚かった。

そして、明らかにペルソナの普通の戻し方では無い様に見えた総司は、そんなベンケイの消え方に驚きながらも洸夜に問い掛けた。

 

「に、兄さん……今の、ペルソナを只戻しただけなの?」

 

「……」

 

総司の問いに、洸夜はすぐに答えなかった。

洸夜は少し黙ると、フロアの天井を眺めながら総司の問いに答えた。

 

「ああ……当たり前だ。戦いが終わったならペルソナを戻さないとな。周辺にシャドウの気配も無い様だし」

 

「兄さん……。(嘘だ……)」

 

洸夜の言葉に総司は咄嗟にそう思った。

何故かと聞かれれば、それらしい理由は言えないが強いて言えば弟の勘としか言えない。

 

「センセーイ! 大センセーイ! 早く来てクマ!」

 

「おっと……今行く。兄さん……」

 

「そうだな……また逃げられても厄介だし、行くか」

 

総司の言葉に洸夜は頷き、美津雄を見張る皆の下へ向かった。

 

「………。(お前も消えるのか……ベンケイ……!)」

 

内心でそう思いながら……。

 

「答えて! どうして私や他の人を狙ったの!」

 

洸夜と総司が皆の下へ行くと、陽介達が久保を囲んで逃げられない様にしており今は、雪子が自分や他の人を狙った理由を問いただしていた。

しかし、シャドウに呑み込まれていたにも関わらず久保は、雪子達の質問にニヤニヤと笑い、自分達を小馬鹿にした態度でいた。

 

「はは……! お前、雪子じゃん……なに? 今更、俺と話したいって事かよ?」

 

「……。(よくも、そんな事が言えるものだ)」

 

洸夜は状況を理解していないのか久保の未だにヘラヘラと笑い、雪子の言葉にも自分に都合の言いように解釈する態度に呆れを通り越して言葉が出なかった。

だが、久保は額に汗をかいている事から多少は現状を理解しているとも思いたかった。

しかし、久保の態度が気に入らないのは洸夜だけでは無く、ヘラヘラとした久保の態度に千枝が前に出た。

 

「いい加減にしなさいよ! さっさと答えろ! あんたは何で雪子や他の人達を狙ったの!」

 

「それだけじゃねえ。警察だってモロキンの殺人とかでお前を追ってんだ。 その点もどうなのかハッキリしやがれ!」

 

千枝は友を危険に、陽介は大切な人を失った。

目の前に元凶かも知れない男がいるにも関わらず、千枝と陽介がまだ冷静な対応が出来るのは二人とも心が成長したからだ。

だが、千枝達とは違い久保はそうでは無かった。

 

「…………くく。ハハハハ……! そうだ! 俺が殺したんだ! この手で全員を! モロキンも女子アナも発見者も全員俺がこの手でぶっ殺したんだよ! 」

 

「!……。(こいつ……!)」

 

「今の……。」

 

少し感情的に成った久保の言葉で、ある事に気付いた洸夜と総司だったが、気付いたのは洸夜と総司だけで他のメンバーは気付いておらず、久保の話の続きを聞いていた。

 

「誰でも良かったんだよ! どいつもこいつもムカつくんだよっ! だから殺したんだ! 文句あんのかよ!!」

 

尻餅をついているにも関わらず、久保は叫びながらその場で足をバタバタと激しく蹴る様に動かし最早、駄々っ子の様な行動をしていた。

その行動を見ている洸夜達は、先程の戦いや近所の噂等で久保の人間性を多少は理解しているからか、それ程驚きはしないが胸の淵から沸き上がる様な苛立ちを覚えていた。

人を殺しておきながら、この男は何処まで自分勝手な事を言えば気が済むのか。

この場にいる久保を除くメンバー全員が怒りを覚える中、ずっと我慢していた完二に限界が来た。

 

「さっきから舐めた口聞いてんじゃねえぞゴラァッ!!」

 

「完二!?」

 

「完二君!?」

 

完二が久保の首筋掴み、持ち上げる光景に総司と雪子が止めようとしたが、今の完二を止められないと判断したのか口を閉じて状況を見守る。

 

「テメェ……覚悟は出来てんだろうな!」

 

片手で久保を持ち上げ、そのままサングラス越しに久保を睨み付けながらいい放つ完二。

その完二の姿に久保も恐怖したのか、口調を震わせながらも完二に向かってヘラヘラしていた。

 

「な、なんだよ……俺を殺すのか? はは……やって見ろよ!」

 

半分自棄なのか、挑発した様に完二にいい放つ久保だったが、完二は久保がそんな事を言うのを予想していたのか対してその事では怒らず、久保の言葉に怒りを覚えた。

 

「殺すだ? ふざけんな! テメェは取り返しのつかねえ事をしたんだよ! その事の重さや償いする前に楽に成ろうとしてんじゃねえ!」

 

「……ハハハハ。だったらなんだよ、殴るのか俺を? 殴れば良いじゃねえかよ! その代わりお前は退学に成るぞ! 俺の親にだって言い付けるぞ!」

 

本当に今の状況と、現在の自分の立場が分かっているのか疑問に思う程に低レベルな返答をする久保に雪子やりせ、クマすらも絶句しており、その言葉に完二は遂にぶちキレた。

 

「いい加減にしやがれ!!」

 

「待て完二!」

 

今にも本当に顔面から殴り飛ばしそうな勢いの完二に、洸夜は止めに入った。

完二の心を知っている洸夜は、久保の為に完二の拳を汚したくは無かった。

洸夜の言葉に完二も又、渋々と言った完二だが手を離し、久保は苦しそうに咳をしながら再び尻餅を付くが自分の目の前に立つ洸夜を見た瞬間、再びニヤニヤと笑いだした。

 

「なんだよ……お前、りせのバイトじゃん。ハハ……そいつの代わりに、その刀で俺を斬るのかよ?」

 

「! テメェ……まだ分かってねえのか!」

 

「待て完二! 良いんだ……」

 

「なっ! でも洸夜さん……!」

 

久保のこれ以上の挑発に完二は拳を握り絞めたが、洸夜がそれを正した。

完二は何か言いたそうだったが、洸夜の優しい表情に何も言えなかった。

そして、完二を大人しくした洸夜は口を開きながら今度は、腰を下げて久保と同じ目線に成るようにした。

 

「この刀で斬る物は決めている。 それに、なんで俺が名前も知らない見ず知らずのお前を斬らないと行けないんだ?」

 

「はあ? なに言ってんだよお前! ニュース見たんだろ! だったら俺を知ってるだろうが!」

 

洸夜の発言に久保はシャドウの言葉を思い出したのか、酷く怒り、総司達ですら洸夜の言葉の意味が分からなかった。

だが、洸夜はそんな久保の言葉に首を振った。

 

「いや、知らない。俺が知っているのは久保 美津雄と言う少年だ」

 

「だからそれが俺だって言ってんだろ! 馬鹿にすんじゃねえーーー!?」

 

久保が怒りの言葉を言葉にぶつけようとしたが、それは叶わなかった。

久保が言う前に、洸夜が久保の頭を右手で掴んで固定し、自分の眼と久保の眼を合わせたからだ。

明らかに怒りが見てとれる洸夜の目に、久保はようやく恐怖し先程の完二からの恐怖も今更だがやって来て言葉が出なかった。

しかし、洸夜は話を続けた。

 

「いや違う。お前はもう、久保 美津雄ですら無い。今、ニュースで報道して皆が見ているのは殺人犯の久保 美津雄だ。俺の言っている意味が分かるか?」

 

「……」

 

洸夜の言葉に美津雄は震えながら首を横へと振った。

 

「……。(そういう事か)」

 

だが、それを見ていた総司は洸夜が何を言おうとしているのかが分かったが、口には出さず

兄が話すのを待っている事にした。

 

「お前は皆に自分の存在を見せたかったらしいが、今、皆が見ているのは久保 美津雄としてでは無い。………殺人犯として見ているんだ!」

 

「!……だから……なんなんだよ!」

 

「もう、分かっている筈だ。お前が諸岡さんを殺害した瞬間、お前は"お前自身"も殺害したって事を!」

 

「!? (俺が? 俺を殺した……?)」

 

洸夜の言葉に久保は眼を大きく開き、驚いたショックで頭が真っ白に成った。

人を殺めた瞬間から、その人の事を今までのその人として見る事は無い。

ニュース等で報道された瞬間にも、それを見た人はその人物を殺人犯としてしか見ない。

友人だった者も、多少は困惑するだろうが直ぐに現状を理解しようとして、その人の見方も変わるかも知れない。

只、言える事は……今、この瞬間でも久保の事を純粋に久保 美津雄、個人として見る者は誰もいないだろう。

そして、洸夜の言葉を理解したのか久保は 大きく発狂したように天井へ向けて叫んだ。

 

「ウワアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

全てを吐き出すかの如く叫び散らす久保。

その姿に、陽介は全て終わったと言う達成感と同時に虚しさを感じた。

 

「………。(終わったのか? 本当に……? だけど……なんで、こんな奴に小西先輩が……! 誰でも良いなら……なんで先輩だったんだよ!)」

 

今まで我慢してたが、陽介は我慢が出来ず眼から涙が溢れだした。

そんな陽介の姿に、総司達、そして洸夜も敢えて何も言わず陽介の中の物を吐き出せようとした。

だが、いつまでも此処にいる訳にも行かない。

そう思ったのか、完二はショックで動けない久保に肩を貸す様にし立ち上がった。

 

「帰りましょう。こいつを警察に引き渡さねえと……」

 

「そう……だね」

 

完二の言葉に賛同し雪子達も入り口へ向かって歩き出す。

今日は今までの戦いで一番疲れたかも知れない。

誰もがそう思っていた。

だが、洸夜はある疑問が頭に残っており、皆よりも少し後ろを歩いていたが、そんな洸夜に総司が話し掛けた。

 

「兄さん……」

 

「……どうした?」

 

「さっきの久保の言葉だけど……」

 

総司のその言葉に洸夜は、総司も自分と同じ答えを考えた事を察した。

 

「……テレビに入れただけなのに、俺がこの手でぶっ殺した……って普通言うのか?」

 

「! ……やっぱり、兄さんもそう思ってたんだ」

 

洸夜と総司は、他のメンバーに聞こえない様に互いに眼を合わせながら話を纏めた。

諸岡を殺害したのは確実に久保だが、他の二人はテレビに入れられその中でシャドウに殺された。

だが、それにも関わらず久保は、まるで三人とも自分が直接手を下した様な事を言っていた。

只の言葉のあやならそれで片付くが、少なくとも洸夜と総司は何処か腑に落ちなかった。

 

「考えても仕方ない……今は戻るか」

 

「そうだね、外ではどうなってるか分からないし」

 

互いにそう会話しながら洸夜と総司達は現実の世界へ戻って行った。

 

===============

 

現在、ジュネス (特別捜査本部)

 

久保を現実に戻した洸夜と総司達だったが、久保がいる事で周りが騒がしく成ると思ったがそう言う事は無く、特別捜査本部まで来る事が出来た。

そして、久保を特別捜査本部の椅子に座らせ、皆で久保を囲む様に見張りながら陽介が警察に電話しようとした時だった。

洸夜がそれに待ったをかけた。

 

「ちょっと待て。少なくとも総司や俺が居るのはマズイかも知れない」

 

「え? 大センセイなんで?」

 

現実に来たのが遅いクマには洸夜の言葉の意味が分からなかった。

そんなクマに洸夜は説明に入る。

 

「クマは分からないと思うが、叔父さんが総司達が事件に関わっているんじゃないかと疑っている。警察が今来たら、確実に叔父さんにも情報が届く。言い訳もそろそろ通用しないぞ」

 

「あ! そうだった……叔父さんに色々言われてたんだ」

 

「そう言えば……お店に来た時も私が色々言っちゃてたし……」

 

「って言うよりも、なんか大センセイの台詞が悪役っぽいよ」

 

「心外だな。少なくとも軽率だった総司達の責任だ。だから、あれほど自分達を中心に考えるなと遠回しに言ったんだ……」

 

「ちょ! 洸夜さん! そう言う話しは後で……今はこいつを何とかしねえと」

 

このままでは洸夜の説教大会が開幕してしまうと思った陽介は、目的を久保へと戻した。

そして、目的を戻した事で洸夜達は再び考える。

 

「……陽介、店員を呼べるか? ここはジュネスだから、居ても違和感ないのは陽介とクマだけだ。 陽介とクマが見付けて店員が警察に通報が一番良いと思う 」

 

「相棒……簡単に言うが、店員を呼ぶにしたって俺とクマだけじゃ不安だぜ」

 

「だったら俺も一緒に居ますよ。堂島のオッサンは豆腐屋で俺が花村先輩達と一緒に居る所を見てるから大丈夫でしょうよ」

 

「それ良いじゃん! 完二くんが居てくれるなら、こっちも安心出来るし」

 

「……まあ、そうだな。少なくともクマよりは頼りになる」

 

「ムキー! ヨースケ、クマに冷たい!」

 

「冷たくねえよ!」

 

騒がしくなる中、完二の言葉になんだかんだで納得する陽介。

そしてその後、完二とクマが久保を見張り陽介が店員を呼びに行ったが、やはり総司達は不安だったらしく、店員が来るまで離れて確認したいと言ったのだ。

その事で洸夜は余り口は挟まず、総司達の好きにさせた。

そして暫くして、陽介が店員を三人に呼んで来て、店員が驚きながらも二人が久保を左右から掴み、もう一人が警察へ電話をする。

すぐに警察に引き渡す為か、その場で警察を待つらしく店から店員に紛れ陽介の父親である店長も出てくると、店長は陽介とクマ、完二に事情を聞き始めた。

このまま居ても後は大丈夫だろうと、洸夜と総司達はそう思い、離れた所から陽介達に合図を送り、陽介達がその合図を返したのを確認すると洸夜と総司達はジュネスを後にした。

 

「……それじゃあ、私と千枝は此方だから」

 

「瀬多君、りせちゃん、洸夜さん、バイバイ!」

 

「分かった。それじゃあ」

 

「雪子先輩! 里中先輩! じゃあね!」

 

「二人とも気を付けて帰れよ」

 

帰り道が分かれる雪子と千枝の言葉に、洸夜達は別れの挨拶をし、洸夜、総司、りせは今度は商店街へ歩いて行く。

 

「……」

 

夕日が商店街を染める中、洸夜、総司、りせの三人は互いに何も言わず、達成感と言うよりも解放感に近い感覚でいた。

色々と疑問はあるが、少なくとも一つの事件は終わった。

この町に来て、まだほんの二、三ヶ月しか経っていないが色々とあった。

堂島家、ベルベットルーム、エリザベスとの再会、過去の問題に弱体化。

洸夜はこの町に来て、色々と起こった事を思い出してしまう。

そんな事を思っている内に洸夜達は豆腐屋に着いていた。

りせは洸夜と総司に手を振りながら店へと入る。

 

「それじゃあ、総司先輩! 洸夜さん! バイバ~イ♪」

 

「うん、それじゃあ」

 

「ゆっくり休めよ」

 

互いに挨拶し最終的に洸夜と総司の二人だけと成った。

互いに疲れているのか、夕日で黄昏たいのか、やはりお互い口を開く事は無かった。

そんな状態で暫く歩き惣菜屋を通り掛かった時だ、惣菜屋の前に置いてあるラジオからニュースが聴こえてくる。

洸夜と総司は歩きながら其を聞いた。

 

『速報です。稲羽市連続怪奇殺人の容疑者と思われる少年がつい先程、稲羽市の大型スーパーで発見され、警察に身柄を確保されたとーーーー』

 

「……」

 

「……」

 

情報が伝わるのが速いものだ。

洸夜と総司は互いに口は開かないものの、互いにそう思っていた。

今まで追いかけていた事件は既に過去と成り掛けているのだから、複雑な気分でそう思わない訳がない。

やっている内は未来だが、終わってしまえばそれは過去。

洸夜と総司は静かにその事を受け止めようとする。

その時、二人の前に一人の人物が現れた。

洸夜も総司も知る人物に、二人は足を止め洸夜はその者の名を口にした。

 

「……直斗」

 

「……」

 

洸夜の言葉に直斗は帽子の鍔を掴みながら二人に一礼し、静かに口を開いた。

 

「……先程、久保 美津雄の身柄を確保したと連絡が来ました」

 

「……そうか、それは良かったな」

 

洸夜は至って冷静に答えた。

しかし、その解答の態度が気に食わなかったのか、直斗は眼を細めて言い放った。

 

「あんまり驚いていませんね。まるで、最初から知っていたかの様だ」

 

「それは考え過ぎだ。感じ方は人それぞれなんだ。これが俺の感じ方だったと言うだけだ」

 

「………そうですか。因みに確保されたのはジュネスらしいですよ。……ちょうど、御二人が来た方向にもジュネスがありますね」

 

微かに微笑みながら直斗はそう言った。

どうも直斗の言い方には違和感がある。

そう感じた洸夜はやれやれと言った表情で返答した。

 

「……回りくどい言い方だな。 一体、何が言いたい?」

 

「洸夜さん……貴方は一体何者なんですか?」

 

「……」

 

直斗の言葉に洸夜は眼を細め、総司は黙って状況を見守る。

直斗が名指しで洸夜を指名したのなら、今回は総司達はの件ではない。

だが、一体何者なんですか? と言われても、内容が分からなければいくら洸夜でも、一体どう返せば良いのか分からない。

 

「どう言う意味で言っているんだ?」

 

「……久保 美津雄が確保された時、側に店員以外に花村陽介、巽完二、そして熊田と言う少年がいたそうです。……そして、天城雪子、巽完二、久慈川りせ、行方不明に成ったメンバーもそうですが、今回の久保 美津雄にもあなた方が関係している」

 

「……そう言う事か」

 

洸夜は面倒だと思った。

別に直斗は総司達の件を無視した訳では無く、一緒に行動しているであろう自分に標的を絞ったに過ぎなかったのだと、洸夜は分かったのだ。

二兎追う者は一兎も得ずと言うが、その二兎が同じ巣穴に帰るならば一兎に狙いを定めた方が良い。

そう判断した直斗が選んだ一兎が、どうやら洸夜だったと言う事。

 

「偶然って怖いな……」

 

洸夜はそう言いながら再び足を前に進め始め、総司も追う様に洸夜の後を追う。

だが、洸夜が直斗の隣を横切って言ったその言葉を聞き、直斗は怒りで眼を鋭くする反面、洸夜らしいと思い深く溜め息を吐いた。

 

「はぁ……。(言う気は無いって事ですか……全く、この人が一体何を考えているのか本当に分からない) 久保 美津雄は模倣犯です。僕のこの推理は変わらない」

 

「……直斗。言いたく無いが、もうこの事件はーーー」

 

「話は以上です。僕は行く所が有るので……それでは」

 

「………」

 

洸夜の言葉を最後まで聞かずに、直斗はそのまま洸夜達とは反対側へ歩いて行った。

洸夜も直斗の質問にあやふやに返したのだから、こう成っても仕方ない。

 

「兄さん。なんで直斗に事件の事を教えないの?」

 

そんな洸夜に総司が問い掛けた。

 

「……お前なら言えるのか総司?」

 

「………いや、直斗は信じられるけど何て言えば言いか良く分からない」

 

「……俺もだよ」

 

総司の言葉に、言葉は軽く笑いながらそう言った。

 

=============

 

現在、堂島宅 (洸夜の部屋)

 

あれから数十分。

洸夜と総司は堂島宅に帰宅し、居間でテレビを見ていた菜々子から笑顔で向かえられてそれぞれの部屋へ戻った所だった。

 

「……」

 

今日は忙しく布団を部屋に引きっぱなしだった洸夜だが、部屋に入った瞬間、刀を入れた袋を背負ったまま布団に倒れ込んだ。

額から汗は流れており、エアコンがついている事からどうやら、暑さでの汗では無いようだった。

 

「はぁ……はぁ……。(さっきまで格好つけてた癖に、気が抜けた瞬間にこれだ。身体に力が入らねえ……)」

 

洸夜は疲れていた、肉体もそうだが、何より心が……。

 

「……」

 

洸夜は腰に掛けていたペルソナ白書を目の前に運び、ページを捲った。

そこには、殆どが白紙でたまに文字が書かれているだけだった。

この時既に、洸夜のペルソナ白書は全体の70%が消えていたのだ。

そして、今日も又、洸夜は嘗ての戦いを共に乗り越えた仮面を失った。

戦車の仮面『ベンケイ』

この仮面を失ったショックは大きかった。

暴走しかけたが、ちゃんと自分に従ってくれた。

弟達を守らせてくれた。

もしかしたら、弱体化が無くなり始めたのでは無いかと内心でも少し思ったが、そうでも無かった。

 

「………。(……結局、俺はこの町に来ても何も変わらないのか)」

 

洸夜はそう思い、ふと左手を見た。

少し前までは付いていた物が無くなっている。

洸夜はまたペルソナの暴走が始まるのかと、内心で苦笑しながら眠りに入った。

 

Buuuuu! Buuuuu!

 

携帯の着信音が成っている事に気付かずに……。

 

=================

 

現在、堂島宅 (総司の部屋)

 

「………」

 

部屋に戻った総司は考えていた。

それは、ミツオの影との戦いでりせが自分に言った言葉であり、内容は洸夜の着けていた腕輪の件であった。

 

『え? ペルソナ能力の制限……?』

 

『うん……洸夜さんの着けていた腕輪から、ペルソナ能力を抑える様な感じがしてたんです。多分あれは、一定の力を超えたら強制的に力を制限してペルソナが、一定の力しか使えなくさせるペルソナ能力専用の道具 』

 

『………じゃあ、兄さんは本気で戦えていないのか?』

 

総司は考えた。

何故、洸夜はわざわざ自分に得の成らない事をしているのか? 普通に考えれば自分の力を制限すればいつもの様な戦いが出来ず、本調子に動く事が出来なくなる。

だが、よくよく思い出せば あの腕輪を渡したのはお見合いで会った桐条美鶴だ。

彼女が洸夜に腕輪を自分を通して渡した理由は分からないが、総司は何か良からぬ事が洸夜に起きているのでは無いかと思えて成らなかった。

しかし、いくらそう思っても洸夜は総司にはそう言う事は言わない。

お見合いの時もそうだった事から、総司はどうしようも無いと思い、溜め息を吐いてしまう。

総司はそんな感じで話は終わると思っていたが、りせの話はまだ終わっていなかった。

 

『あと、これは関係あるか分からないんですけど……さっき、あのペルソナに洸夜さんが指示を出した時、一瞬なんだか様子がおかしかった様に見えたんです』

 

『ペルソナの様子が……? 具体的にはどんな?』

 

総司の言葉にりせは考え込む様に頭に指をつけた。

 

『………なんて言うか、あのペルソナ……"悲しそう"だった』

 

りせの言葉をそこまで思い出すと、総司は我に帰った。

兄の異変、ペルソナの異変。

どれもこれも良く分からないし、久保の件も良く分からない。

自分だけならば気のせいで片付いたが、洸夜も自分と同じ意見ならば気のせいで片付ける訳には行かない。

久保の言葉。

久保は本当に三人を殺害したのか? それとも、兄や直斗が言った通り模倣犯なのか?

 

「………今、こんなに考え込んでも仕方ない。 今日はもう休もう」

 

なんだかんだ言って総司もそんな心身共に体力が余っている訳では無く、総司は疑問を一旦保留にして洸夜同様に引きっぱなしの布団に横に成ろうとした時だった。

 

~~♪ ~♪ ~♪ ~~~~♪

 

「……電話だ」

 

着信音が成っている携帯を総司は手に取った。

疲れているとは言え、メールでは無く電話ならば出るのが総司だ。

もし、イタズラ電話の類いなら激怒するが……。

そう思っていた総司だが、ディスプレイに写る名前を見てその考えを消した。

 

「(これって……) ……もしもーーー」

 

『ちょっと総司! 聞いたわよ!! あんたと洸夜がいる稲羽で怪奇殺害起きてるんだって!? 遼太郎からは何も聞いてないし! 菜々子ちゃん大丈夫なの!!?』

 

「………母さん。(耳が痛い……)」

 

電話を掛けてきた人物。

それは、この家の主である堂島 遼太郎の実の姉であり、洸夜と総司の実母その人であった。

突然の大音量的な声に総司は、電話を耳から放すが、まるでまだ耳に付けているかの如く声が響いていた。

息子達、弟、姪を心配する母、姉、叔母心だとは思うが出来れば聞く方の身にも成って欲しいと思う総司だったが、そんな総司の想いも虚しく母親から声はまだ途切れない。

 

『もう、あんた達と来たら……普通だったら連絡するでしょ! 海外(こっち)でも報道されるレベルよ? 尋常じゃないんでしょ! 全く……なんでお見合いの時の電話言わなかったのよ……』

 

「言いそびれただけだって……それに、容疑者はもう逮捕されたし………。(あれ? お見合い? そうか……! 兄さんにお見合いの話を持ってきたのは母さんだ。 母さんに聞けば、あの美鶴って人達と兄さんの関係が分かるかも知れない)」

 

母親に言い訳する総司だったが、洸夜にお見合いの話を持ってきた張本人である事も思い出した。

母親がお見合いに関与しているならば、少なからず兄である洸夜とお見合いで会った美鶴達との関係性が分かるかも知れない。

そう思った総司は、すぐに母親に聞くことにした。

 

「ところで母さん。お見合いの件で聞きたい事があるんだけど?」

 

『お見合い? あ~お見合いね、そう言えば洸夜が倒れて保留に成ったのよね? 相手の方から連絡来たわよ。 やっぱり、馴れない環境とかで洸夜に無理させたかしら……元々、休養を兼ねて行かせたんだけど………』

 

お見合いの話で少し母親の声のトーンが下がるのを総司は感じた。

自分達といても洸夜は休養させる事は出来ない。

そう思って両親は稲羽へ洸夜を行かせたのだが、別に洸夜の体調不良は稲羽の町が原因では無く、お見合いでの昔の友との再会が原因である事は両親は知らない。

だが、それでも息子達に苦労を掛けているのを両親は分かっていた。

だからこそ、今回の自分達の選択が大事な息子達を傷付けていないか心配なのだ。

総司はそれを知っている為、特に言葉は言わずにお見合いの件を聞いた。

 

「その件だけど……何で相手が桐条なの? 三年位前に決まったとか聞いたけど?」

 

『ん? あ~それね、実は三年位前に今の桐条のトップのお父様、つまり先代のトップの桐条 武治さんから直接連絡が来たのよ。 お宅の息子さんと娘をお見合いさせたいって』

 

「え? なにそれ? なんでそう成ったの?」

 

総司は訳が分からなかった。

桐条と言えば、殆どのシェアに参加し成功を収めている言わば名家だ。

何故、そんな所からわざわざ兄である洸夜を指定して来たのか、総司に理解に苦しむ。

しかし、それは自分だけでは無かった様だ。

総司の問いに母親も困惑した感じで答えて来たのだ。

 

『私もお父さんも良く分からないのよ……なんか、あっちで勝手にテストして洸夜は合格だとか色々と理屈っぽい事を言われたんだけど、勝手にテストしていきなりお見合いって言われても此方も困ったわよ』

 

少し冗談混じりの感じで話す母親だったが、突然、声のトーンを少し下げた。

 

『 ……それに、あの時に始まった事じゃ無いけど、桐条の悪い噂は有名だったし、下手にお見合いして自分の息子が何かに利用されて切り捨てられる可能性も踏まえれば、家とそちらでは釣り合えないって言って何とか断ろうと思ったのよ……」

 

「思った……?」

 

母親の言葉に総司は疑問に思った。

母と父は少なからず最悪のパターンも考え、お見合いを断ろうとしていたらしいが母の口調と実際にお見合いが行われた事を考えれば何かが両親の考えを変えたと言う事だ。

総司の言葉に、母親が電話越しから頷いているのが分かった。

 

『うん。でも、相手の方が諦めなかったのよ。許嫁までも取り消したって言うし、それが本当だったら尋常じゃないでしょ? だから堂々と聞いたの、確かに私達の仕事は他国との繋がりが強いですが、なんでそこまでして家の洸夜なんですか?って……そしたら』

 

「……そしたら?」

 

『………"せめて、これぐらいは娘の好きにさせてあげたい" って言われたのよ。多分、娘さんの事だと思うんだけど……まあ、結局は 桐条の当主直々の電話に あんなに思い詰めた感じで話されたら、 もう無視は出来ないわよ。 それに、その人とも面識有ったから多分、大丈夫だと思ったし』

 

「……母さん、なんか軽くない? それに、(写真を見る限り) 家と桐条さんの接点って兄さんが高校同じってだけでしょ?」

総司が母の言葉にそう言った時だった。

総司の言葉に、電話の向こうから "あ~そうかそうか……あんたも洸夜も覚えてる訳無いか" と言う母の声が聞こえた。

まるで、洸夜の高校以前にも接点がある様な感じだ。

 

「どういう意味?」

 

『さっき、私……桐条 武治さんと面識有るみたいな事を言ったでしょ? その時なんだけど、あんたも洸夜も"一緒"にその場にいたのよ』

 

「えっ!?」

 

総司は母の言葉に今日一番の驚きを見せた。

まさか、そんな所に接点が有るとは……しかし、自分にはそんな記憶が一切無いの何故だろう?

総司のその疑問は、次に発せられる母の言葉によって解決した。

 

『総司がまだヨチヨチしてて危なっかしくって、洸夜もまだ小さかった時にね、仕事の都合上で桐条 武治さんと会わないといけない時が有ったのよ。 でも、当時は引っ越して来たばかりで総司と洸夜だけを置いていく訳には行かなかったの……お父さんもその時は別の所にいたし』

 

母の言葉に総司は何か思い出しそうな気がした。

今は殆ど無いが、昔は父と母両方が揃っていない時期も有った気がしたのだ。

 

『近所も良く分からない。でも、商談の時間は迫ってる。どうしようかと思った時よ、桐条の人から電話が来たのよ。商談前に一回だけ念のために連絡するって約束だったんだけど……忘れてて、それでどうしようも無かったから桐条の人に事情を話したの……そしたら』

 

「そしたら?」

 

先程と同じ様なパターンだが、総司はそんな細かい事は気にせずに耳に集中する。

 

『息子さん達を連れて来ても構わないって言うのよ……。此方からはありがたい事だったんだけどね。自分にも子供がいるから気持ちが分かる……そう言ってたわ』

 

「……じゃあ、その商談に俺と兄さんは……一緒に行ったんだよね?」

 

総司の言葉に、電話越しから母が頷くのが分かった。

 

『……そう言う事。商談場所は特別な所だったから桐条の方が迎えに来たわ。どんな場所だったかは思い出せないけど、話によると破棄する予定の建物だったみたい。時間の都合でそこで商談せざる得なかったみたいな事を言ってたし』

 

「……そんな事があったんだ。でも、俺はともかくなんで兄さんは覚えてないの? 兄さんは俺より大きかったんだよね」

 

総司は何気無い事を言ったつもりだった。

だが、少し母から感じる雰囲気が暗く成るのを感じ取った。

何かマズイ事でも言っただろうか?

総司は疑問に感じたが、母はすぐにその訳を答えてくれた。

 

『実は、その事なんだけど……その時ね、その建物で問題があったのよ』

 

「問題……!」

 

総司は嫌な予感がした。

先程の会話から察するに、その問題に兄が関わっていると言う事が分かったからだ。

総司は無意識の内に背中から冷や汗をかき、息を呑んで母の言葉の続きを待った。

 

『……私が小さかった総司を抱きながら桐条さんと商談してる間、洸夜がいなくなったの。それに桐条さんが気付いて部下の人に頼んで探してくれたのよ。最初は桐条さんも冷静な表情をしてたんだけど……その時に"警報"みたいなのが鳴ったのよ』

 

「警報? 火事か地震?」

 

『多分、違うと思うわ。サイレン音じゃなく、音声で何か言ってたから……確か……"時間"がどうたらとか、そんな感じ………そしたら、桐条さんの表情が変わったのよ……』

 

そう言って母は少し間を空け、息継ぎするかの様に呼吸をして続き話した。

 

『……"まさか、疑似装置か……!" とか言ってた気もするし……でも、あの時は不安だったわ。桐条の悪い噂が頭に過ったの……話してみれば桐条さんは良い人だったわ。でも、組織だと全員が同じな訳ないし……そう思ってた時に、桐条さんが部下数名を残して、私に商談の部屋から絶対出ない様に行って何処かへ行ったわ。……それから数分後に洸夜は見付かったの』

 

「兄さんは何処にいたの?」

 

『それが、分からないのよ。警報に怖がって気絶してたらしくて、その時の事を洸夜は覚えて無いらしいの。桐条さんは廊下にいたって言ってたけど……』

 

「………でも、兄さんの身体に問題は無かったの?」

 

警報の一件には驚いたが、一番の問題は洸夜に何も問題は無かったのかと言う事だ。

まあ、今の洸夜を見れば大丈夫だとは思うが、総司の言葉に母は明るい感じに話して来たので心配は無用だったのがすぐに分かった。

 

『その件は大丈夫! 桐条さんの方が手配して洸夜を検査してくれたけど、特に問題は無かったわ。ただ……』

 

「え? やっぱり何かあるの?」

 

『そんな心配しなくても大丈夫だから………気になった事があっただけよ。 ……その後に、何度か桐条さんご本人から連絡があったのよ。息子さんに異常は無いかとかね』

 

「本人って……桐条の偉い人でしょ? なのに、なんでそんなに……」

 

『……今と成っては分からないわよ。お見合いの件も、予定を決めようとした時に桐条さんが亡くなってしまったから……お見合いもそのまま消えたと思ったんだけど、部下らしき人から連絡が来てね……そして、総司の知る今に至るって事かしら』

 

「……そうなんだ。(結局、分からないままか……)」

 

母の話は驚く内容だったが、総司の望む物では無かった。

自分達と桐条に接点はあったが、洸夜と美鶴達の事では無い。

 

『……さて、そろそろ切るわね。息子と色々と話せて楽しかったわ~。洸夜にも宜しくね!』

 

そう言って母は、掛けてきた時と一緒で一方的に切ってしまった。

だが、そう感じながらも総司も久々の母との会話を楽しんでいたのは此処だけ秘密。

 

「……目が覚めちゃったな。 (夕飯何を作ろう……)」

 

母との会話で総司はすっかり目が覚めてしまった為、下に降りて夕飯の仕度をする事にした。

そして、冷蔵庫を開けて食材を買い忘れており、インスタントで済ませたのは余談である。

 

End

 

 

 

 



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日常
始まりの予兆


この数日で三話投稿。
意外に出来るもんだね(-_-;)


これは、洸夜と総司達がボイドクエストを攻略する少し前の話。

 

現在、とある警察署。(通路)

 

自販機、観葉植物、ゴミ箱。

何処にでも同じ様な物が置かれている、これまた何処でも同じ様な感じの廊下。

そんな廊下の自販機の前で、一人佇んでいる紅い髪の女性……桐条 美鶴。

その手に紅茶の缶が握られているが、あまり好きでは無いのか中身は殆ど減ってはおらず、ただ自販機の前に立つ理由を欲しているかの様だった。

また、美鶴からは明らかな怒気が滲み出ており、文字通り美人な姿が台無しであった。

そこを通り掛かる警官も、最初は美鶴に見とれて足を止めそうになるが、すぐに美鶴の怒気に怯えてその場を早足で逃げる。

そんな場の様子に、美鶴自身も気付いているがどうにも出来ないでいたが、そんな彼女の後ろに二人の人物が立っていた。

一人は全身を隠す程のワンピースで身を包む女性、アイギス。

もう一人は、落ち着かなそうにスーツを着る青年、真田 明彦だった。

 

「美鶴さん……そろそろ帰りましょう」

 

「……俺も納得出来ないが、今回は諦めるしかない」

 

二人の仲間の声に美鶴はようやく振り向いた。

 

「……分かっている。だが、すぐに納得できるものでは無い! もし、実際にシャドウが関係しているなら本当に取り返しのつかない事に成るぞ!」

 

「ですが、他の方々があんなに反対されたらどうしようも……」

 

「……トップが美鶴でも、シャドウワーカーは出来て間もない。 まだ思う様に動けないか」

 

明彦の言う通り、いくら政府公認と言えどまだ美鶴達が好きに動かすにはシャドウワーカーはまだ幼い部隊だ。

だが、それを踏まえたとしても今回の稲羽の事件に介入出来ない理由があった。

それは、シャドウが関与していると言う証拠。

 

「事実上、洸夜の弟……瀬多 総司。彼がペルソナと発言した事、遺体の放置場所、死因。これぐらいしか無かったからな……」

 

美鶴はそう言って紅茶を飲み干して缶をゴミ箱に入れて歩き出し、アイギスと明彦もそれについて行く様に歩き出した。

出入口まではそんなに距離がある訳では無いが、美鶴達はそんな距離でも話さなかった。

互いに誰かが話すのを待っている様にも見える。

そして、美鶴達が出入口付近まで来た時だった。

アイギスが沈黙を破った。

 

「洸夜さんは大丈夫でしょうか……」

 

「っ! ………どう、なんだろうな」

 

アイギスの言葉に返したのは明彦だった。

あの時のお見合いでは唯一、自分だけが洸夜と会話をしていなかった。

情けないと言えばそこまでだが、それはあくまでも自分が楽に成る為の言葉だと明彦は思っている。

ならば、そんな事は言わない。

自分達が傷付けた友の痛みはきっと、こんな物ではない筈だと明彦は分かっているから。

そして、そんな明彦の次に言葉を発したのは美鶴だった。

 

「あの腕輪を着けている内は大丈夫だろ……。チドリも身に付けている物だ。だから……洸夜は大丈夫だ……!」

 

その言葉はまるで、そうであって欲しいと言った美鶴の願いに二人は聞こえた。

美鶴はあの時、洸夜とアイギスの会話を明彦と共に聞いていた。

美鶴を支える気は無い、別れの時、色々と聞いてしまった。

辛くないと言えば嘘だ。

だが、美鶴にはどうすれば洸夜が許してくれるのか分から無かった。

謝罪をすれば洸夜が耐えた二年間が無駄に成る。

成らば、洸夜に二度と関わらなければ良いのか?

そう思ったが、洸夜の叔父の堂島の言葉が甦る。

 

『洸夜がそう望んだのか?』

 

洸夜が直接そう言った訳では無い。

ならば、自分はどうしたい?

美鶴は何度も考えたが答えは見付からなかった。

そして、明彦も同じ悩みを持っている為に何も言えず、アイギスも何を言えば良いのかが分からず、再び黙ったまま出入口へと歩く。

 

「……。(何処で道を間違えたのでしょう……少なくとも、皆さんの今の関係は『あの人』が望んだ事では無い。やはり、洸夜さんにあの事を話した方が………いえ、やっぱり駄目です。あの事件は洸夜さんに更なる後悔を与えてしまう……)」

 

全てはタイミングが悪かった。

あの事件が起こった時、洸夜がまだ寮にいてくれればここまで関係が悪化する事は無かった事だろう。

だが、過ぎてしまえばそれは洸夜にとって只の後悔にしか成らない。

『彼』の本当の想いを教えても、慰めか何かとしか思わないだろう。

何か切っ掛けがあれば……。

アイギスがそう思っていた時だった。

 

「やはり、まだ帰ってはいなかったか……」

 

「……黒沢刑事」

 

明彦が、美鶴達に話し掛けてきた出入口に立っていた男……黒沢刑事に反応した。

黒沢刑事、彼も二年前の事件の関係者だった。

嘗て、桐条絡みの事件を上の者達の忠告を無視した結果、左遷させられた過去を持つが二年前の戦いで学園都市の巡査として影時間への適応性、ペルソナ能力が無いにも関わらずサポートしてくれた。

また、明彦にとっては同時に恩人であり、中々美鶴達にとっても関係の深い人物である。

現在は、美鶴の助力や巡査時代の働きを認められて刑事になり、公安委員会に言われシャドウワーカーの監視役としても働いている人物だ。

今日、ここにいる理由も美鶴が稲羽の事件に介入するかどうかの話を聞き、此処に来たのだ。

そして、そんな黒沢刑事の問いに美鶴が口を開いた。

 

「黒沢刑事こそ帰らなかったのですか?」

 

「……ああ、稲羽の事件は俺も気になっていた。それに、今回は全く力に成れなかったからな」

 

黒沢刑事の言葉の意味。

それは、今回の稲羽の事件にシャドウワーカーが介入するかどうかで、自分がいたにも関わらず何も出来なかったと言う意味である。

顔には出さないが、申し訳ないと言った感じの黒沢刑事の言葉に美鶴は首を横に振った。

 

「いえ、黒沢刑事のせいではありません。完全に私の力不足です……」

 

「……それにしても、介入するだけで何故、他の連中はあそこまで反対したんだ?」

 

明彦の言葉は最もだった。

殺害方法も死因も不明。

犯人の目撃証言も無いどころか、死体の第一発見者も殺害された。

それほどまでの事態や謎だ。

シャドウが関係していると言う美鶴達の言葉に、一部の者は賛成してくれたが他のメンバーは反対し結局、稲羽の事件は現地の警察に任せるで成ってしまった。

だが、そんな明彦の疑問に黒沢刑事が答えをくれた。

 

「……元々、他の所の事件(やま)に口出ししないのが礼儀でもあるが、一番の理由はこれだろう」

 

「これは……?」

 

黒沢刑事が差し出す一枚の資料。

アイギスがその紙を受け取ると、そこにはある人物の事が書かれていた。

 

「探偵一族、白鐘家……その五代目、白鐘 直斗。誰でしょう?」

 

「俺も聞いた事が無いな……」

 

アイギスと明彦は資料に書かれていた人物に覚えが無かった様だが、美鶴はその名に聞き覚えがあった。

 

「……白鐘」

 

「……やはり、桐条には聞き覚えのある名だったか」

 

美鶴の言葉に、予想通りだと言った様子の黒沢刑事。

 

「一体、何者なんだ? 本当に只の探偵なのか?」

 

そんな黒沢刑事の言葉に明彦が聞き、美鶴は笑みを浮かばせながら口を開いた。

 

「只の探偵では無い。かなり凄腕の探偵の一族だ。お父様が生きておられた頃にも、何度か世話に成ったとも聞いている」

 

美鶴の言う世話とは、恐らく仲良し的な意味では無いだろう。

調べる側と調べられる側。

そんな関係なのはアイギスと明彦にもすぐに理解出来た。

 

「……ですが、その探偵さんが一体なんの関係があるのでしょうか?」

 

「……元々、怪奇殺人と言われている程だ。現地の警察と県警じゃあ、解決が困難だったのだろう」

 

「………。(やはりか……)」

 

黒沢刑事の言葉に、美鶴はそれだけで全て理解出来た。

警察が探偵に頼んだなのと、あまり世間に言える事では無い。

自分達だけでは解決出来ないと言っている様な物だからだ。

そして、探偵に依頼しているにも関わらず、未だに解決出来てない中で更にシャドウワーカーと言う特別部隊を介入させられる訳がない。

警察にも面子がある。

これ以上のイレギュラーの必要は望んでいないのだろう。

美鶴は上の人間が考えそうな事だと思い、軽く鼻で笑い、そんな美鶴を見ながら黒沢刑事がもう一つ資料をポケットから美鶴へ差し出した。

 

「それからこっちは、先程俺も聞いたばかりの事でまだ確実とは言えないが………容疑者が特定された」

 

「っ!? 特定された……!」

 

美鶴は驚いた。

まさか、犯人はシャドウの類いとおもっていた為、容疑者が特定されるとは思ってもみなかったからだ。

また、驚いたのは美鶴だけでは無く、明彦も手渡された資料の内容を見てそれなりに驚いていた。

 

「……容疑者は高校生の少年。殺害された被害者三名への殺害を思わせる言動を周囲に言いふらし、三人目の被害者、諸岡 金四郎の遺体発見現場から立ち去る姿を目撃されている。その後、家には帰っておらずーーー………これじゃあ、犯人と決まったも同然だな」

 

「こんな物が有るのに、先に見せないなんて黒沢さんはKYですね」

 

「………アイギスだったな? 君はそんな性格だったか?」

 

黒沢刑事とアイギスは初対面と言う訳では無いが、特別親しい訳でも無い。

だが、最低限はどんな性格とは理解しており、なんと無く意味の合っていない言葉と言動のアイギスに黒沢刑事は呆気に取られたのだ。

そして、黒沢刑事の表情にアイギスは ?な感じの表情をした。

 

「何処かおかしかったでしょうか? う~ん……コミュニケーションは難しいであります」

 

「! (今……ありますって言った?)」

 

アイギスは何処から取り出したのか『年下の友人との会話術』と言う表紙だけで、その本の内容を理解出来る様な物を読んでおり、突然、昔の口癖を言うアイギスに明彦も何気に驚く。

 

「だが、容疑者が見付かったと言う事はシャドウは関係無いと言う事なのか……?」

 

皆の様子に溜め息混じりで話す美鶴の言葉にアイギス達も話を戻し、美鶴の言葉に黒沢刑事が返答した。

 

「まだ、なんとも言えない状況だな。容疑者と言うが、立証されたのは三人目の被害者の殺害方法位だ。前の二人の殺害については今も謎らしい……」

 

つまり、全ては容疑者を逮捕してからだと言う事。

そんな事を思う美鶴だったが、内心では別の疑問を考えていた。

それは、洸夜についてだった。

 

「……。(稲羽の事件とシャドウは関係無い……では、洸夜はなんでペルソナを使用しているんだ?ペルソナの弱体化、洸夜から感じたシャドウの気配。 ええい! 歯痒い……! 稲羽で何かが起こっているの確かなんだ……なのに、何も出来ないのか……?)」

 

今、自分達がこうしている間にも洸夜は何かをしている。

美鶴はそう思えてならず、アイギス達と出入口から外に出ても今一気分が晴れない気分だった。

そんな時だ。

 

Buuuuuu! Buuuuuu!

 

「美鶴さん。携帯が鳴っています」

 

「ん? 誰だ……?」

 

アイギスに言われ、美鶴は携帯を取り出してそのディスプレイに書かれている名を見ると、美鶴の表情が変わった。

 

「これは…………。(何かあったのか?)」

 

その人物から電話はある意味で珍しいと言える物だが、美鶴は無視する気は無く、迷わずに電話に出た。

 

「私だ」

 

その行動にある意味で後悔する事に成ってしまうのに、気付かずに……。

 

===============

 

あれから数日。

 

現在、とある喫茶店。

 

「お願いします! 会長!!」

 

「……伏見、私はもう会長では無いぞ?」

 

あの電話から数日の事、喫茶店のテーブルに向かい合う様に座る美鶴と、茶髪の長髪に眼鏡を掛け、明らかに気弱そうな表情だが、確実に綺麗な女性の類に入る少女『伏見 千尋』がテーブルに頭を付け、美鶴に何かをお願いしていた。

嘗ては男性恐怖症、そして美鶴を苦手にしていた昔の伏見からはすればこれは大きな成長と言える。

そんな生徒会時代の後輩の願いを聞いてあげたいが、伏見のお願いが美鶴の首を縦に振らせなかった。

 

「どうしてもダメですか……? 校長先生や理事長からは許可が下りているのですけど……」

 

「……伏見。今度来る他校の生徒へのスピーチの内容は一緒に考えてやれる……が、私が行く意味が有るとは思えないが……」

 

伏見の言葉に美鶴は、少し困った表情で聞いていた。

伏見が美鶴への頼んだ事、それは今度修学旅行と言う名目で来る他校との交流の事だ。

電話の時に言っていた本来の伏見のお願いは、その時に言うスピーチを一緒に考えてほしいと言う事だったのだが、他校の責任者である先生に不幸が起こってしまい急遽、予定を変更せざる得なく成ってしまったとの事。

そして、伏見率いる生徒会と先生方で協議した結果、学園のOBを呼んで学園の良いところとかを言ってもらい、何とか予定を調整しようと考えたらしい。

だが、それならば別に私じゃなくても良いのでは無いか? と言うのが美鶴の意見だ。

そんな美鶴の意見に対し、伏見の意見は……。

 

「それは分かっているんですが……未だに学園で会長の影響も強いですし、先生方にも……」

 

「……はぁ。(この様子、どうやら本当に困っている様だな………恐らく、伏見は反対したのだろうが、最後は皆からの推しに負けたか)」

 

顔を下に向け、暗い雰囲気を纏う伏見の様子に彼女も苦労していると美鶴は分かった。

伏見も会長と成っただけでも凄い成長であり、これからも成長はするだろう。

それに、あの学園は桐条が出資母体と成って建てたものであると同時に、なんだかんだ言って自分にとって思い出の場所でもある。

そう思った美鶴は、今回は伏見を助けると言う事で自分を納得させた。

 

「分かった……日程を教えてくれ。私で出来る事なら今回は協力させてもらおう」

 

「えっ!? 良いんですか……?」

 

まさか、本当に引き受けてくれるとは思ってもいなかったのだろう。

美鶴の言葉に伏見は、驚いた表情で美鶴を見て、その勢いでずれた眼鏡を直す。

 

「まあ、それぐらいしても良いだろう。私も久々にあの学園へ行きたく成ったしな……」

 

そう言って美鶴は微笑みながら伏見の方を見た。

その今の美鶴の姿は伏見にとって、とても素敵で憧れの先輩の姿でもあった。

そんな姿を見たら、伏見はいても立ってもいられなくなり、携帯を持って入り口へ走った。

 

「私、先生方に連絡してきます!」

 

「あっ! 伏見………やれやれ」

 

さっきとうって変わって明るく成った後輩の姿に美鶴は再び微笑み、紅茶の入ったカップを口へと運び、窓の外を眺めた。

こんなにしっかりと空を見たのはいつ以来だろうか。

白い雲と青空がはっきり見え、夏とは思えない程に清々しい。

そんな外の様子に美鶴はカップを置いて目を閉じた。

思い出すのは学生の頃、洸夜や『彼』もまだいた時の思い出だ。

 

『おーい!美鶴、伏見、『■■■』 帰りに何処か寄らないか?』

 

『ええ!? わ、私は良いです………』

 

『そう言って、伏見は洸夜先輩の魔の手から逃れる様に教室を出ていった……』

 

『おい!? 『■■■』! なんだそのナレーション!? 知らない奴が聞いたら誤解するだろ!』

 

『やれやれ……お前達が二人がいるだけで何故、ここまで騒がしくなる?』

 

『ちょっと待て美鶴!? 俺か! 俺も悪いのか!!?』

 

『洸夜先輩……この部屋の鍵閉めるんで早く出て下さい』

 

『おいぃぃぃ!? 『お前』俺に何か恨みでもあるのか!?』

 

「……」

 

今と成っては只の思い出だが、美鶴は何故かちゃんと様子や話の内容を覚えている。

洸夜と『彼』だから無意識の内に思い出成ってしまっているのか、それとも自分が本当に楽しかったから覚えているのか、美鶴には分からなかった。

 

「………。(少なくとも……あのメンバーで笑いあう事は、もう二度と無いのだろうな)」

 

そう内心で言いながら美鶴は、ポケットから紅い鈴を取り出して自分の掌に置き、何も言わずに只、ジッと鈴を眺める。

些細な傷はあるが特に目立った損傷は無く、鈴は静かに美鶴の手の中で鳴り響く。

そして、その鈴を手に取る度に美鶴はあの時の言葉を思い出す。

 

『………お前を信じた私達がいけなかったんだ』

 

「………」

 

洸夜と今の自分の関係を作ってしまった時の言葉を……。

 

===================

 

現在、とある喫茶店。(出入口の前)

 

伏見は喫茶店の外で先生方へ連絡していた。

本音を言えば、美鶴が本当に引き受けてくれると思ってもみなかった。

今の生徒会長は自分なのだから、自分の足で進み、自分で何とかしろとか言われるとすら思っていた。

だが、最初は困惑していたが美鶴は引き受けてくれた。

少し寂しそうな気もしたが、伏見は気のせいだと思って敢えて触れずに先生方へ連絡を入れていた。

普通に連絡を入れ、美鶴と一緒にスピーチの内容を考える。

そう、伏見は思っていた………だが。

 

「……えぇっ!? 一人だけだと見栄えも悪いし違和感在るから、もう二人程探してくれって……ちょ!? 待って下さーーー……切れちゃった……えぇ……」

 

伏見はどうすれば良いのか分からなかった。

先生に美鶴が引き受けてくれた事を報告したと思いきや、美鶴だけだとなんか申し訳ないし違和感や空気もアレだから、もう二人程OBに連絡してくれとの事だった。

 

「どうしよう……。(桐条先輩にはスピーチの件も有るし、これ以上頼る訳には行かない……ハア、どうしよう。………ううん。これじゃ駄目! 此処で諦めたら昔の私と変わらない!)」

 

伏見の目に力が戻った。

いつまでも誰かに頼ってばかりでは無く、自分でも行動しなくては……。

伏見はそう自分に言い聞かせ、店の中へと戻って行く。

 

「でも、本当にどうしよう……」

 

やっぱり少し、心配に成りながら……。

 

End

 

 



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打ち上げ と 連絡

夏祭りの時、本編だけ書いた方が良いか?
それとも、外伝として他のキャラとの夏祭りも書いた方が良いか?
悩む……。


8月5日 (金) 晴れ

 

現在、堂島宅 (居間)

 

『これが容疑者の少年が中学時代に書いた作文なのですが……どう思いますか?』

 

『内容を見る限り普通じゃないですね。 家庭環境とかが影響しているのでは……』

 

「……もっと報道すべき事があるだろ。(打ち切りにでも成ってろ…-)」

 

洸夜は久保について報道しているニュース番組を見てそう呟いた。

テレビの中では女子アナや何処かの大学の教授や有名人が、逮捕された久保が中学時代に書いた作文のコピーを見て色々と言っている光景だ。

字が乱れている、内容が訳分からない等、そんなどうでも事ばかり議論を続ける番組に洸夜は嫌気がさしチャンネルを変えた。

 

『エブリディ ヤング ライフ ジュ・ネ・ス ♪』

 

テレビから流れるジュネスのCMが居間に流れる。

だが、考え事をしていた洸夜の頭の中にまでは届かなかった。

 

「状況が何も変わらない……か。(久保が逮捕されても、立証されたのば諸岡さんへの犯行のみ。他の二人については未だに不明で、久保も黙秘している……笑えねえよ……)」

 

久保が逮捕された時、周りは大変驚いて警察や報道陣が忙しく動いていた。

勿論、叔父である堂島も例外では無い。

これでせめて、何か事態が進展するかもと洸夜も総司も思っていたが事態は全く進展しなかった。

それどころか、一部の報道は誰も知りたくない様な久保の情報ばかりを報道したりする始末。

そんな現状に洸夜は溜め息しか出なかった。

そんな時だ。

洸夜の背後である台所から食器の崩れる音や何かが爆発する音が響き渡り、その中からは女子の声も紛れている。

流石に気になった洸夜は、ゆっくりと背後を見た。

 

「う、うわわ!? 卵が爆発した! え? え! どう言う事!? 」

 

「これ入れても大丈夫かな……」

 

「ゆ、雪子先輩!? 何持ってるんでスか! それ洗剤ですよ!?」

 

「な、なんか凄そうだね……」

 

「ま、まずいクマ……菜々子ちゃんは離れた方が良いよ……」

 

「た、卵って爆発すんのかよ……」

 

「「………」」

 

洸夜の見た光景。

それは、戦場と成った台所で恐らく料理をしている千枝、雪子、りせの姿と、それを見て驚く菜々子、クマ、完二。

そして、その光景に無言で震えている総司と陽介の姿だった。

何故、この様な事態に成っているのかだが、発端は少し前に遡る事に成る。

堂島宅に来る前、洗濯物が溜まっていた為に来れなかった洸夜を除き、総司達はジュネスのいつもの休憩所にいた。

久保の事、これで事件が本当に解決したのかと言う疑問。

色々と話していたが、特に話す話題も無く結局は何も無いまま解散しようとしていた時だった。

りせの発した……。

 

「打ち上げしよう!」

 

この一言により楽しそうだからと言う理由で打ち上げの開催が決まり、堂島が事件の後処理で今日は家に帰れないと総司からの情報で場所が決定した。

だが同時に、それならば菜々子に夕飯を作ってあげようと言う事にも成ってしまったのだ。

勿論、それがどれ程の厄災であるかを身を持って知る総司と陽介は止めに入ったが……りせの言葉が二人の心に火を着ける。

 

「そう言えば前に聞いたんですけど、言葉が出ない程の物体を食べさせられたって聞いたんですけど……ふふ! それって、私が総司先輩と洸夜さんの心と胃袋もGET出来るって事ですよね!」

 

「……ふ、ふふ。く、久慈川りせ……さん! あまり調子に乗ならない方が良いと思うけどな~」

 

「い、いくらアイドルでも、負けた時の言い訳ってすぐに考えつかないでしょ? (一撃で仕留めてやる)」

 

と、この様な修羅場が発生し、いつの間にか料理対決にまで成ってしまった。

その後、堂島宅に電話して菜々子の食べたい物、オムライスが今回の題材に決まって三人の女子はジュネス食品売り場へと行くと、三人は全員が"別々"の食品売り場へと消えた。

作るのはオムライスなのに、何故三人全員が別々の食品売り場へと行くのか謎である。

 

そして、現在に戻る。

 

「……くそ、なんでこんな事に! (せめて、菜々子が食べられる物を……!)」

 

「相棒……俺は情けねえ! 俺達はあの悲劇を知っているのに、その悲劇が再び目の前で起ころうとしているにも関わらず何も出来ねえなんてよ……! (里中と天城は駄目だ……ならアイドルである、りせちーに賭けるしかねえ!)」

 

「……。(あいつら……なんで涙目に成りながら畳を殴ってるんだ?)」

 

林間学校の悲劇を知らない洸夜は、総司と陽介が何故にそこまでして三人(千枝と雪子)の料理を食べたく無いのかが分からなかった。

先程、戦場の様に成っていた台所も今は静かに成り、部屋に流れる匂いも決して酷い物ではない。

人が食べて気絶したり、物体X等と言った物を作るのは漫画やアニメの中だけの話。

少なくとも今現在は、洸夜はそう思っているのだった。

そして、洸夜がそう思いながらテレビの前に座っている時だ。

隣の部屋から避難して来た菜々子とクマの会話が耳へと入り、洸夜はその会話を聞いた。

 

「えっ!? クマさん……どこかに帰っちゃうの!」

 

「うん……約束が済んだし、クマは帰らないと……」

 

話の内容から察するに、事件が終わったことであのテレビの世界へ帰る事を言ったクマに菜々子が反応したのだろう。

クマが総司達と、どの様な約束をしたかは洸夜は知らないが恐らくは事件解決。

久保が逮捕された事で表向きには事件が解決しその結果、現実の世界にいる意味が無くなってしまったのだろう。

 

「……。(総司達の性格上、そんな約束とか関係無くこの世界にいる事に賛成してくれると思うがな……)」

 

話の内容を聞き、洸夜がそう思った時だった。

クマの話に菜々子が、まるで何か名案を思い付いたと言わんばかりに目を輝かせ、クマにこう言った。

 

「じゃあ! 菜々子とも約束しよう!」

 

「ナナちゃんと……約束?」

 

「うん! 菜々子とも約束したらクマさん帰らなくて良いよね?」

 

「……菜々子らしいな」

 

洸夜の言う通り菜々子らしい案に、洸夜はそう呟きながらつい微笑んでしまった。

クマが帰る理由が約束ならば、新しい約束をすればクマが帰る理由は再び無くなる。

単純だが、とても優しい菜々子なりの考えだ。

そして、そんな事を話している内に話を聞き付けた総司もクマと菜々子の側へとやって来た。

 

「セ、センセイ! クマ! センセイ達との約束終わってあっちに帰らないと……でも、ナナちゃんとの約束も有るし! まだ、此方にいても良いの!?」

 

現実の世界に居て良い新たな約束に慌てているのか、クマは言葉をぎこちなく言いながらも総司へ己の思いをうったえ、そんなクマに総司は静かに微笑んだ。

 

「俺達との約束を守るなら、菜々子との約束も守らないとな」

 

「センセイ……!」

 

総司の遠回しだが此処にいても良いと言う言葉にクマは目を輝かせ、次に自分を事実上住まわせ養ってくれている陽介の方を向き、陽介目掛けて突っ込んで行った。

 

「ヨ、ヨースケェェ! クマ! 新しい約束出来たから、もう少しヨースケの家に住まわせて!!」

 

「グホっ!!? な、なんだ行きなり!? つうか、当たり前だろ? 勝手に職場放棄すんなっつうの!」

 

「ヨ、ヨ、ヨースケェェェェ!!!」

 

「だあ! だから抱き付くなっつうの!!」

 

陽介からの許可に思わず抱き締めて叫ぶクマに陽介は抗議するが、その表情に怒りは無く、なんだかんだで楽しそうな表情だった。

 

「良かったなクマ。此方にいられる理由が出来たじゃないか」

 

「うん! クマ……まだ、帰らなくて良いんだ!」

 

洸夜からの言葉に本当に嬉しそうに言うクマだったが、何かを思い付いた様に洸夜の顔を見た。

 

「そうだ! ナナちゃんとだけじゃなく、大センセイとも約束すればもっと帰る理由が無くなるね!」

 

「俺とも約束か? 別に良いが、何を約束してくれるんだ?」

 

クマの提案に別に断る理由も無い洸夜はそう言ってクマの返答を待ち、クマはどんな約束をするか腕を組んで考え混む様な格好をしてると何かを思い付いたのか、クマはこう言った。

 

「そうだ! 大センセイはずっとクマ達の事を見守ってくれてんだよね? じゃあ、今度はクマが大センセイを"守ってあげる"!」

 

「っ!? (『■■■』……!?)」

 

クマの言葉を聞いた瞬間、洸夜の頭の中がフラッシュバックしてある記憶が甦った。

その記憶は、ニュクスと決着をつける為にタルタロスへ向かう前の洸夜と『彼』の会話だった。

 

『なあ、『■■■』 お前、この戦いの全てが終わったら何かしたい事は無いのか?』

 

『突然ですね……そう言われても特には無いです。強いて言っても、先輩や皆との約束を守る事ぐらいかな……』

 

『約束だけって……それで良いのか? 別にアイギスを悪く言うつもりじゃないがこの事件で、ある意味一番の被害者はお前だろ……』

 

『……確かにそうとも言えるかな。でも、そのおかげで先輩や皆に会えた……そう思うと、不思議とそうは思えないんです』

 

『………全く、本当に強いなお前は。だが、忘れるなよ……お前の人生はこれからなんだ。絶対に無茶しようと思うなよ……! 』

 

『それ、洸夜先輩が一番当てはまる気がするんですけど……』

 

『言ってろ……それに、難だったらこの事件が終わった後、お前の好きな所にアイギスと一緒に連れってやるよ』

 

『……じゃあ、場所じゃないですけど洸夜先輩の弟さんと会ってみたいです』

 

『総司にか? 確かに、お前と似ているから気が合いそうだが……そんなんで良いのか?』

 

『………はい。お願いします』

 

『?………まあ別に良いが……じゃあ、お前も約束しろ。この戦いで絶対に死ぬな。これはお前にだけ言った訳じゃない……美鶴達にも同じ約束をさせた。約束したら、俺も死ぬ気でお前等を守れるからな』

 

『そんな言葉聞いたら逆にこっちが心配しますって………でも、大丈夫ですよ。先輩にだけ無理はさせません。……何か有った時は、先輩も皆も……僕が守ります……"約束"です』

 

『ああ、お互いに"約束"だ……』

頭に流れたのは一瞬の事だった。

だが、それは洸夜と『彼』にとっての最後の約束であり、洸夜が『彼』との約束で初めて破ってしまったものだった。

結局、ニュクスを止めたのは『彼』だ。

そんな事も気付かず卒業式に成るまで思い出せず、洸夜が全てに気付いたのは屋上でアイギスの膝の上で眠った『彼』の姿を見た後だった。

 

「………なんで今頃に成って思い出したんだ……俺は……」

 

結局、叶えてやる事の出来なかった約束。

あの時、何故『彼』が総司に会いたがっていたのかは分からない。

ずっと暇ある度に喋っていたから興味が沸いたのか、それとも『彼』らしく気紛れの類いなのかは今になっては分からない。

二年近く経って今更、思い出したのだから考察すら出来なかった。

散々、守るとか言っときながらニュクスの力の前に動けなくなった自分を『彼』は、やはり恨んでいるだろうか。

同じワイルドを持ちながら何も出来なかった自分に失望してしまったであろうか。

洸夜は何も分からなかった。

そして突然、人形の様に動かなくなった洸夜にクマが心配し声を掛けた。

 

「大センセイ。どうしたの? いきなり黙り混んじゃって」

 

「っ! あ、いや……すまん大丈夫だ。 それに、まあ……約束だが好きにしてくれて構わないぞ」

 

「?……えっと、一応約束は良いって事だよね? やったー! ヨースケ! クマ、また約束が増えたクマ!」

 

洸夜との約束に更に目を輝かせて陽介の下に行くクマだったが、陽介はそんなクマの言葉に黙ったまま立ち尽くしていた。

一体どうしたのかと思い、クマが陽介の顔を回り込んで覗こうとしようとした時だった。

陽介は突然、クマと洸夜の方を冷や汗をかきながら向いたのだ。

 

「遂に来たぞ……」

 

「?……何が来たんだ?」

 

オーバーなリアクションをする陽介に対し、洸夜は退屈そうに聞き返したが次に発せられた言葉ですぐにその訳が理解出来た。

 

「皆、お待たせ!」

 

「やっと出来たよ……」

 

「皆、食べて食べて!」

 

そう言って自分達が作ったオムライスを皿に乗せて運んで来る千枝、雪子、りせの三人。

どうやら、さっきの陽介の様子は料理が出来た事による物だったらしい。

そして、冷や汗をかく陽介と表情を暗くする総司の二人の横を通り過ぎ、テーブルにそれぞれが作ったオムライスを並べる三人と、料理が出来た事でテーブルの周りに座る一同。

 

「……。(総司達はああ言っているが、見た目を見る限りでは食べられる物だろう……)」

 

そう洸夜は思いながらテーブルへ座った。

だが、その考えがどれだけ浅はかだったのか洸夜は、すぐに思い知る事に成った。

 

==============

 

「菜々子ちゃん、早速だけど食べてみて!」

 

テーブルの前でスプーンを持ちながらスタンバっている菜々子に、千枝がそう言った。

だが、それに待ったをかける者がいた……陽介だ。

 

「ちょっと待て! お前等、こんな小さな菜々子ちゃんにもトラウマ植え付ける気か!? ここは毒味をさせるべきだ!」

 

「毒味って言うな!毒味って!」

 

「今回はきっと大丈夫だから……」

 

「自分で作ったのに、なんでそんなにあやふやな自信なんスか?」

 

千枝と雪子の何処か不安げなリアクションに、総司と陽介以外にも不安が生まれ始めた。

何やら重い空気が、部屋全体を包み込む様な気分に成ってしまう。

だが、そんな空気を物ともしないと言った感じで満面の笑顔を浮かべながらりせが、自分のオムライスを差し出した。

 

「もう、皆で毒味毒味って失礼だよ! そんなに言うなら花村先輩から食べてみてよ!」

 

「そんな怒んなって、何気に期待してんだぜ? 只でさえ"りせちー"の手作りを食えんだよ」

 

そう言いながら陽介はりせのオムライスをスプーンですくい、口へと運んだ。

また、未だに未知数のりせの料理に総司達は陽介の様子を伺うが、洸夜は何処か呆れた表情で皆を見ていた。

 

「……はあ。(流石にリアクションがくどいな……只、オムライスを食べてるだけだろ?)」

 

洸夜がそんな事を思い油断した時だった。

 

「グフッ!」

 

突然、りせのオムライスを口にした陽介がスプーンを畳に落として倒れたのだ。

その表情は先程の明るい表情では無く、青白くなったり赤くなったりしながら酷い汗をかいていた。

そんな親友の危機に総司は陽介の上半身を持ち上げ、親友に呼び掛けた。

 

「陽介!」

 

「毒だ! この野郎、毒入れやがったな!」

 

「毒ってなによ!毒って!」

 

「ちょっ!? りせちゃん落ち着いて!」

 

陽介が倒れた事で半分、パニック状態になるメンバー。

だが、そんな状況下で奇跡が起こった。

なんと、陽介が総司の手を握ったのだ。

 

「あ、相棒……! はは……ワリィ、ドジっちまった……」

 

「陽介! いや、そんな事は良い! 今は喋るな!」

 

「いや……これだけは言わせてくれ……な、菜々子ちゃんに……これを食わせちゃ……ダメ……だ……ガク……!」

 

「陽介っ!」

 

「ヨースケェェェェェ!」

 

「……そろそろ良いか?」

 

このままでは誰かが止めるまでやりそうだと思い、洸夜が総司達の茶番に止めに入った。

だが、茶番を含めたとしても陽介の流す汗は普通では無い事は洸夜も気付いていた。

そして、陽介がオムライスをすくった事で玉子の中身が開放され、中から強烈な刺激臭が溢れだした。

肌にも空気からヒリヒリと伝わって来る刺激に、洸夜は思わず座りながらもテーブルから一歩下がった。

 

「……これは! (ば、バカな……調理中にはこんな刺激臭は無かった筈だ!? 一体、何を入れた……タバスコ? ハバネロ? 辛子? 山葵? 鼻にもツーンする刺激臭が….…間違い無い、全部入れたな!)」

 

洸夜は自分の考えの甘さを後悔した。

今思えば、豆腐屋でりせが料理系で手伝った所を見た事は一度も無い。

りせのお婆さんは知っていたのだろう、孫の料理の実力を……。

 

「……。(マズイ……もし、これを食べたら味覚に支障をきたす気がする。そうなると、明日以降の朝食や総司達の弁当が作れなくなる。ここはりせには悪いが部屋に撤退しよう。花村の様子を見れば誰も食べれないだろう)」

 

洸夜は堂島家の食事生命を守る為、部屋へ戻る事を決意した。

だが、運命は洸夜を逃がさない。

 

「もう! 花村先輩オーバーリアクション過ぎ! 総司先輩と洸夜さんならちゃんと評価してくれますよね?」

 

「っ!? (しまった! 逃げるタイミングを逃したか!?)」

 

「……! (陽介であれだろ……? どんな味だ……)」

 

藁にもすがる様な表情のりせの言葉に、洸夜も総司も無理とは言えなかった。

元々、りせはアイドルだ。

あまり興味がない洸夜と総司も、それ程の美少女のそんな顔を見て見捨てる事は出来なかった。

洸夜と総司はそんな自分の様子に苦笑いしか出なかった。

 

「「……。(男って……本当に馬鹿だな……)」」

 

内心でそう言った洸夜と総司は覚悟を決めてスプーンを取った。

そして、それと同時に二人の視界に入ってきたのは状況を見守るりせと、明らかにどうなるか気になると言った表情で自分達を見る千枝達の姿。

何気に菜々子もワクワクした表情で見ている。

もう、ここまで来たなら下手な行動も言葉も要らない。

洸夜と総司はスプーンにりせのオムライスをすくい、そのまま一気に口へと運んだ。

その瞬間、二人の口に衝撃が走った。

 

「!!? (馬鹿な……痛いだと! 味覚に痛いは無いだろ!? 何を入れた! タバスコ、ハバネロのレベルじゃない……! うっ……なんか鉄の味が……絶対、口内炎出来た……)」

 

「!!? (鈍痛してきた!? 汗も止まらない! 陽介……お前はこれを食べたのか!? 確かに……これは菜々子にあげられない)」

 

謎の衝撃にオムライスを一気に飲み込み、水を流し込む洸夜と総司だったが所詮は焼き石に水。

口、喉、味覚へのダメージは大きかった。

そして、二人に更なる試練が残っていた。

そう、りせが思いっきり期待した目で洸夜と総司を見ていたのだ。

明らかに味の感想を聞きたがっている。

 

「二人とも……どうでした?」

 

「……。(マズイ……どうする? りせの為に本当の事を言うか、それでも男を貫き傷付けない為に嘘を言うか……)」

 

りせの言葉に洸夜は考える。

一人の料理好きとして正直に言うか、一人の男として傷付けない為に嘘を言うか。

洸夜は一旦、総司の出方を伺う為に様子見を決め込む事にした。

だが、それは誤りであった。

 

「……俺の料理の師匠は兄さんだから。兄さんに代表して聞こう。兄さんの感想が同時に俺の感想だ」

 

「! (総司! この野郎ぉぉぉぉぉぉっ!?)」

 

なんたる誤算。

まさか実の弟に売られるとは……洸夜は隣で水を補充しながら我先に舌を癒す総司を思いっきし睨んだ。

だが、そんな事をしている間にもりせの視線は洸夜へと動く。

 

「洸夜さん……」

 

「!?」

 

久慈川 りせ。

休養中とは言え、捨てられた仔猫みたいなトップアイドルの表情に堪えられる男子がどれ程いるか。

少なくとも、瀬多 洸夜……面倒見の良い彼はそんなりせを見捨てられず、覚悟を決めて口をゆっくりと開いた。

 

「……ま、まあ、悪くは無いんじゃ無いか。あ、後味も中々に刺激的で俺は好きだったが……辛いのが苦手な人にはお勧め出来ないから結構、好みが分かれるかも知れないな」

 

誉める所は誉め、何気無くに否定する。

先程の衝撃がまだ残っている為、上手く表現出来たかは分からないが今の洸夜にはこれが限界であった。

 

「……。(流石に厳しいか……?)」

 

黙り混む一同の様子に少し無理が有ったかと思う洸夜だったが、りせは洸夜の言葉に笑顔を見せた。

 

「やった! 大人の味を意識して作ったから分かる人には分かるんですね! 」

 

「……。(今ので納得したのか……)」

 

りせの様子に周りと言った本人である洸夜もそう思った。

 

「じゃあ、次は私ね」

 

「あ、じゃあ今度は俺が……」

 

りせの次にオムライスを差し出したのは雪子だった。

見た目は至って普通のオムライスだが、そんな事はりせの時点で無駄だと言う事が分かっている。

全員が警戒する中、完二は雪子のオムライスを口へと運んだ。

だが……。

 

「……」

 

雪子のオムライスを食べた瞬間、完二の様子が変わった。

先程までは少し明るかった完二だが、食べた瞬間にその表情は無表情と言うか困惑と言うのか、何処か複雑な表情したまま黙ってしまった。

そんな完二の様子に倒れていた陽介が、まさか!と言った表情をした。

 

「まさか! 今度こそ毒……!」

 

「どく……?」

 

「ユキちゃん……」

 

「雪子……!」

 

「なんで皆してこっちを見るの!? 完二君も早く感想言ってよ!」

 

雪子は完二へ感想を急がせた。

実はこの時、洸夜と総司はこの三人の内の誰かが本当に毒の類いを入れた、又は作ったと頭に一瞬でも過ったのは本人達だけの秘密である。

そして、雪子の言葉に完二は今度は何処か悩んだ表情に成ると、一言だけ口にした。

 

「不毛……」

 

部屋の空気が一瞬だけ凍った。

不毛とは本来、枯れた土地で作物が育たない事や何の進歩も無い事を意味する。

だが、味の表現ではどの様な意味を表すのかは洸夜も分からないと言うより、聞いたことが無かった。

それは老舗の旅館の一人娘、天城 雪子も例外では無く、完二の言葉に雪子は怒りを露にした。

 

「不毛ってなによ!不毛って! 味の表現で不毛は存在しないでしょ!? 美味しいか不味い! どっちなの!」

 

「……いや、美味しいか不味いかって言われても……味が無いんスよ。だから、よく分かんないスね。 ……でも、まあ凄い才能じゃないスか? 味が何も無いんですか……」

 

「味が無い!? 」

 

「嘘でしょ! そんなの……あ!」

 

「っ!? (しまった! 目があったか……!)」

 

完二の評価だけでは満足いかず、雪子が周りのメンバーを見渡すが千枝すらも何故かこの時は目を逸らすのだが、不毛と言う味について考えていた洸夜は一瞬だけ行動が遅れ、雪子と目が合ってしまった。

そこからの雪子の行動は早く、素早くスプーンでオムライスをすくうと洸夜の口へと突っ込んだ。

 

「危なっ!? ……うっ! これは……」

 

洸夜はオムライスを噛みながら、しっかりと味を確かめたのだが……。

 

「……。(何故だ……味がない。見た目は普通なのになんでケチャップの味すらしない? それに、素材の味も生かしてない。いや、逆に確実に素材の味を殺している!こ、これが……不毛の味か!)」

 

初めて味わう不毛の味。

一切の味の存在も許さない無の味。

このオムライスを噛めば噛む程に、いつの間のかりせのオムライスの味は一切消えていた。

だが、初めての味?には驚いたが、美味しいと言う訳では無いが味がない時点で判定不能だ。

しかし、何かを言わねば成らないと洸夜は分かっている為、そのまま思った事を口にした。

「……こ、個性? があるオムライス……と言うよりも独特なオムライスだった。その独特さは良くも無ければ悪くも無い……な」

 

「……と言う事は、練習すれば腕が上がるって事ですよね! 良かった!」

 

「洸夜さん……絶対、天城先輩を傷付けない様に言ってましたよね?」

 

「ああ……洸夜さん優しいからな。言い出せなかったんだろうな」

 

「二人共……聞こえてるよ?」

 

「「ヒッ!」」

 

雪子の怒気の含む声に怯える完二と陽介。

そして、雪子のオムライスを食べた事で次は千枝が動いた。

 

「はいはーい! じゃあ、次は私の番だね」

 

「じゃあ、次はクマが毒味するよ」

 

「毒味じゃないって……!」

 

クマの発言に力強くクマを睨む千枝だが、クマは気にせずに口にすると満面の笑みを千枝へと向けた。

その表情に千枝や他のメンバーも、まさか手応えが有ったのかと全員が息を飲む。

 

「……はあ。(なんか怠い……)」

 

謎の衝撃と味覚の連続に少し弱り始めた洸夜も、誰か一人でもまともな物を作って欲しいと思いながら息を飲む。

そして、満面の笑みのクマは千枝の方を向いて一言だけこう言った。

 

「普通に不味い」

 

再び部屋の空気が一瞬だけ凍った。

作った千枝ですら絶句している。

下手な言い訳もせずに言い切った只一言の言葉。

最早、清々し過ぎて尊敬も出来る。

 

「……。(クマ……そうだ。言い訳して何の為に成る……! 彼女達の為にも正直に言うべきだ!)」

 

洸夜は自分の間違いに気付き、何があっても正直に言う事を決意した。

そして、未だに絶句している千枝の様子に漸く復活した陽介が恐る恐るに千枝のオムライスを口にした瞬間、クマの言葉に納得したのか何かを悟った様な表情をした。

 

「ああ……成る程、これは普通に不味いな」

 

「なっ!? ちょっ!?」

 

一度目は堪えたが二度目は駄目だった。

千枝は陽介の言葉に涙目に成りながら抗議しようとした。

しかし、そこ隣で雪子が何気無く千枝のオムライスを口にする。

すると……。

 

「アハハハハハハハ! ホントだ! これ、普通に不味いね!」

 

「なっ!? 雪子まで!」

 

テーブルを叩きながら大笑いする親友の姿に、千枝は更に涙目に成った。

そして、そのまま自分のオムライスを皿ごと持ち上げると、ある人物を見詰めた。

 

「……。(何故、総司じゃなくて俺を見る?)」

 

千枝が見詰める人物……それは洸夜だった。

最早、洸夜に食べてもらって慰めと言うか、励ましてもらうのが決まりの様に成っていた。

 

「う~~~~!」

 

「……。(知らない人が見たら、確実に俺が虐めたみたいだな……)」

 

涙目で洸夜にオムライスを向ける千枝の姿に、洸夜は謎の罪悪感に襲われながらも千枝のオムライスを口にする。

その瞬間、洸夜に再び衝撃が走った。

 

「これは……!」

 

洸夜はもう一度オムライスを口にした。

しっかりと噛んで味も分かった。

 

「……。(卵は焼きすぎて固くなり、チキンライスはベチャベチャしてて水っぽい。肉は生焼け、野菜は皮付き……つまり……!)」

 

洸夜はオムライスを飲み込み、心の中で味の評価を思った。

 

「……。(普通に不味い!)」

 

本当に不味かった。

他の二人に比べればまともな味の評価は出来た。

だが、その結果がこれだ。

しかも……。

 

「う、う~~~~~~!」

 

「……。(言えねえ……あんな今にも泣きそうなのに不味いなんて言えねえ……)」

 

今にも涙腺崩壊宜しくの千枝に向かって不味いとは言える状況では無いのだ。

 

「洸夜お兄ちゃん頑張って!」

 

一体何を頑張れば良いのか?

奈々子から謎の声援を受ける洸夜はそう思うしか無かった。

だが周囲は最早、洸夜が千枝の料理の事をどうやって伝えるのかと気になっている様にも見える。

 

「……どうやって伝えるんだ?」

 

陽介に関しては口に出している。

そして洸夜は、先程自分に言った事を早速破ってしまった。

 

「……総司達から聞いていたよりも上手く出来てると思う。後は火加減や基礎的な調理法を覚えれば……良いのが作れる。(うっ……気分が悪く成ってきた)」

 

「洸夜さん……ありがとうございます!」

 

「なに……気にするな……当然の……………気分悪い」

 

そう言って洸夜は座りながら仰向けに倒れた。

顔色も結構悪い。

 

「兄さん!? ……無茶するから……」

 

「センセイが真っ先に見捨てた様なーーー」

 

「兄さん!」

 

クマの言葉を遮る様に叫ぶ総司。

ここまで来たら後には引けない状況だ。

 

「お兄ちゃん!」

 

「洸夜さん!?」

 

倒れた洸夜に駆け寄る奈々子と完二。

陽介は後ろで申し訳なさそうな表情で縮こまった三人に視線を送る。

 

「あ~そのな……言う事は?」

 

「「「は、はは……ご、ごめんなさい! 今度からちゃんと味見しまーーーす!!?」」

 

===============

 

同日

 

現在、堂島宅 (洸夜の部屋)

 

「……あ~身体が怠い。総司め……弁当のおかず二品減らしてやる。(代わりに弁当箱の三割をパスタで埋めてやる……)」

 

あの後、洸夜は自分の部屋に戻って布団の上に横に成りながら総司への愚痴を言っていた。

総司達はまだ一階で話をしているが、時計はそろそろ九時に差し掛かっている為、間もなく陽介達は帰るだろう。

 

「はぁ……。(それにしても……強烈な料理だった。本当に漫画やアニメ見たいな事が有るんだな、料理で気絶仕掛けるって……)」

 

洸夜はそう言いながら怠い身体を起こし、パジャマ代わりである黒と赤のラインの入ったジャージに着替えた。

本当はお風呂に入りたかったが今の体調では危ない気がしたから止め、明日の朝にシャワーを浴びるしかない。

洸夜はそう思いながら寝る為にエアコンの温度を少し下げて適温にし、携帯を充電器に差し込むと布団の中に入った。

明日はバイトや皆の朝食と弁当作りがある為、早めに寝たかった。

そう言って洸夜はリモコンで部屋の電気を消し、少し早い就寝へ入ろうとした時だった。

先程、充電器に差し込んだ携帯から着信音が鳴り響いたのだ。

 

Buuuuuu!Buuuuuu!

 

「誰だ……」

 

洸夜は布団の中から携帯を掴み、暗い部屋では眩しい携帯のディスプレイに目を細めながら相手の番号を確認する。

しかし、そこに写し出されていた番号のみで、洸夜の携帯に登録されていない者からであった。

だが、その番号に見覚えは無いのかと言えばそれは別である。

 

「またコイツか……。(見知らぬ番号だから無視してたがこれで何度めだ? 新手のしつこい詐欺か? それとも、俺の知り合いか?)」

 

その番号は洸夜に何度も掛かってきた物だが、見覚えが無くてずっと無視してきた物だった。

基本的に知らない番号には出ない主義の洸夜。

何度来ようが絶対に無視する。

今までの人生でも運が良いのか、その手の事で困った事も他者に迷惑を掛けた事も無い。

そう思い、洸夜は今回も無視しようとするが、よくよく考えれば今回のこの番号はやけにしつこい。

今までだったらその内に掛かって来なく成る筈だが、今回はそんな気配が感じられない。

 

「……はぁ。(仕方ない、出てみるか) ……もしもし?」

 

仕方ないから洸夜は出ることにした。

また、洸夜は寝る前と言うのもあり、少し面倒そうに身体を起こして電話の着信ボタンを押した。

すると、電話の向こうの相手の声はやけに声が可愛らしい女性だった。

そして、その女性は洸夜が電話に出た事で嬉しそうな声をだした。

『やった! やっと出てくれた……うぅ、これで間に合うかも知れない……!』

 

「……あの、どちら様でしょうか?」

 

嬉しそうな声を出したと思ったら、今度は悲しそうな声を出しながら勝手に何かを言っている。

電話越しの声の為、今一顔見知りなのかも分からない。

だが、このままでは完全に相手は只の不審電話だ。

何度も掛けて来る事を考えればそうだとは思えないが……洸夜がそう考えた時だった。

相手の女性は洸夜の問いに慌てた感じの声を出した。

 

『えぇ!? あ、あの……瀬多 洸夜さんの携帯電話でしょうか? わ、私……伏見 千尋と言う者なんですが……』

 

「伏見 千尋……? 伏見? ……まさか、生徒会の伏見か!? 」

 

『は、はい! その伏見です! お久し振りです瀬多先輩!』

 

掛けた相手が洸夜だと分かると、伏見は先程と変わって安心と嬉しそうな声で言い、洸夜も言葉を返した。

 

「本当に久し振りだな。だが、携帯の番号をいつ変えたんだ? メールか何かで連絡してればもっと早く出てたんだが?」

 

『いえ、先輩達の卒業式から数日後にメールで送ったんですけど……』

 

「……ああ、それじゃあ無理だな。ちょっとその時期は色々あったからメールなんて見てない」

 

『……そうなんですか。あ! それよりも、瀬多先輩に一つお願いが有るんですが……』

 

「お願い……?」

 

洸夜は伏見の言葉を聞いた。

 

==============

 

伏見からのお願いは簡単には言えば今度、修学旅行と言う名目で月光館学園に他校の生徒が来ると言うのだ。

だが、他校の責任者の先生に不幸が起きてしまい急遽予定を変更し、学園の良いところとかをOBに言ってもらうと言う企画が持ち上がった。

そして、伏見の話を聞いた洸夜は……。

 

「それ……俺じゃなくても良いだろ? と言うより、なんでわざわざOBが学園の良いところを言わなきゃいけないんだ? それこそ在校生の役目だろ?」

 

『うぅ……確かにそうなんですけど……』

 

洸夜の言葉に少し申し訳なさそうな声でそう言った伏見。

洸夜も少し罪悪感を覚えるが、伏見の能力は洸夜も知っている為、いくら急遽の予定を作る事と成ったとしても伏見がこんな企画を出すとは思えなかった。

 

「ちなみに……その企画の立案者は?」

 

洸夜の質問に伏見は、少し言いづらそうな感じに答えた。

 

『それが……最初、江戸川先生がなんか新たな薬品を作ったからその実習をさせたいと言ったんです。 そしたら、それを聞いた生徒会の一人がその提案を阻止する為に適当に言ったのが……』

 

「この企画か……。(江戸川先生……相変わらずなんだな)」

 

洸夜は思わず頭を抑えた。

江戸川先生……嘗て、洸夜が在学していた私立月光館学園の保険医兼総合教師であり、普通の生徒からまあまあの人望を、一部の生徒からは熱狂的な人望を持つ先生である。

だが、その知識の範囲は魔術、秘術、儀式、神話、薬品等々、オカルトや薬品技術に至るまである意味で幅広く嘗て、調子が悪くなった洸夜と『彼』も変な薬を飲まされた事があるが、不思議と効果はてきめんであり未だに江戸川先生の作った薬による事件は起こっていない。

伏見の話から察するに、二年たった今も相変わらずなのだろう。

 

『あと……江戸川先生、何故か瀬多先輩が来るかも知れないと伝えたら喜んでいました。"洸夜君なら飲んでくれる"……そう言ってましたから……』

 

「(嘘だろ……!) そ、それより伏見……俺以外だったら何人来るんだ? 流石に俺一人じゃないだろ?」

 

洸夜は話を変える為に話を戻した。

学園を卒業してるのに江戸川先生の薬を飲みたくはないからだ。

 

『今の所は瀬多先輩を含めれば三人ですね……』

 

「誰と誰だ?」

 

『それは……内緒です! でも、瀬多先輩もきっと喜んでくれる人達ですよ!』

 

そう言いながら伏見は電話越しで嬉しそうな様子で、洸夜も伏見の嬉しそうな意味が分からなかったがそれ以上は追求しなかった。

 

『あの……それで、瀬多先輩……来てくれますか? 予定は9月7日なんですが……』

 

「9月7日……。(予定は無いが……)」

 

そう言いながら洸夜は机の上に置いてある黒色の写真立てを視線に捉えた。

その写真立ては以前、総司達が勝手に写真入れ代わりにしていた段ボールから勝手に出した物であり、写真には嘗ての仲間達と当時の自分の姿が写っていた。

部屋の電気は消しているがそれでも確かに見える写真を見て洸夜は、伏見のお願いに承諾すると言う事は再び"あの町"に行くと言う事を自分に問い掛けた。

 

「……。(……俺はどうしたいんだ? 断ればそれで終わりだが……これを逃せば、あの町に行く機会は二度と無いだろうな)………俺で良いなら行っても良い」

 

洸夜は考えた末にそう言った。

あの事件の始まりと終わりの町。

洸夜が大事な物を手に入れて失った場所。

色々あったが、洸夜はあの町が好きだった。

それが洸夜を再びあの町へ向かう事を決めさせたが、それと同時にあの町へ行くのはこれで最後にするとも覚悟を決めさせた。

そして、そんな洸夜の言葉に伏見は喜びの声をあげた。

 

『は、はい! 詳しい事は後々、御連絡しますので! 九時過ぎなのにありがとうございます!!』

 

「いや……礼を言うのは此方かもな。(もう一度、あの場所に行く機会をくれたんだからな……)」

 

『は、はあ……? 良くは分かりませんが……それでは今日はこの辺で、御休みなさい瀬多先輩 』

 

「君もな伏見……」

 

それだけ言って電話は切れた。

再び静かに成った部屋で洸夜は静かに溜め息を吐くと、自分が本当にその場所へ行くと言う事を言い聞かせる為に、呟く様に自分の行く場所の名を口にした。

 

「学園都市……人工島"辰巳ポートアイランド"……」

 

 

End



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夏祭り

今回は少し短いです。


8月20日 (土)

 

現在、稲羽市 (町内)

 

時計は六時過ぎ、空も暗くなり始めた頃に浴衣姿で町内を行き行く人々。

家族連れ、友達、恋人。

色々な人達の笑い声と共に聞こえる笛太鼓や、甘い綿飴やソースの匂いが町内全体を包み込む。

今日は稲羽の町の夏祭り。

そんな屋台が並ぶ道を洸夜は黒い浴衣を身に付けて一人で歩き、メインである神社へと向かっていた。

その姿は中々に渋く、落ち着いた格好良さを醸し出して黒い浴衣を完全に着こなしていた。

 

「……ふぅ。(戸締まりをしていたら遅れてしまったな……総司達や叔父さんも奈々子も既に楽しんでいるだろう)」

 

そう一息入れながらも神社へ着いた洸夜だったが、神社はメインなだけあって人の数も多かった。

この人混みで他のメンバーを探すのは骨が折れるかも知れない。

そう思った洸夜だが、意外にも総司達はすぐに見付かった。

 

「……。(なんで社の前で体育座りしてんだアイツ等……)」

 

洸夜の前に写ったのは社の前で落ち込む様に体育座りをする総司、陽介、完二の姿。

余程ショックな事があったのか、その落ち込み様は祭りの明るい雰囲気をも凌駕しており、誰もその周辺に近付かない聖域が完成していた。

そんな中、これでは他の人が迷惑してしまうと思った洸夜は総司達に接触した。

 

「……何をしているんだお前等?」

 

================

 

総司達から事情を聞くとどうやら、クマにまんまと嵌められて女子メンバー全員を持っていかれたのが原因だったらしい。

洸夜は総司達と神社を歩きながら苦笑いしていた。

 

「それは災難だったな」

 

「笑い事じゃないですよ洸夜さん……クマの野郎、今度の日給……楽しみにしてやがれ……!」

 

「アイツの中に綿詰め込んでやる……」

 

余程、嵌められたのが悔しかったのかドス黒い雰囲気を醸し出す陽介と完二。

このままでは本当に何かを仕出かす様な二人に、総司が声をかけた。

 

「これからどうする? 皆で祭り見ていくか?」

 

「いいや俺は……そんな気分じゃねえし。なんか適当に買って帰る……」

「俺も……そうします」

 

そう言ってフラフラしながら人混みの中に消えて言った陽介と完二。

二人がいなくなった後、残されたのは洸夜と総司の二人だけだった。

 

「……久しぶりに二人で祭りでも回るか?」

 

「そうだね。兄さんと一緒に祭りなんて何年ぶりだろう……」

 

総司の言う通りだった。

洸夜が高校入学するまでは良く一緒に祭りに行っていたが、それ以来は共に行く機会が訪れず今日に至る。

 

「……だが、その前に」

 

「うん。その前に……」

 

屋台に行く前に洸夜と総司は互いに顔を見合わせると……ニヤリと笑みを浮かべてある店へと向かった。

 

===========

 

現在、型抜き屋

 

カカカカカカカカカカカ!

 

「「………」」

 

謎の音をたてながら洸夜と総司は無言でひたすら型抜きに没頭していた。

二人が挑戦しているのは、一回千円という値段だが貰える賞金が高額な細かい部分が多く明らかに不可能に近い型だった。

しかも、この型抜き屋は古くから営業していると同時に稲羽でも完成させた者が殆どいなくて有名で、毎年その悔しさをバネにするリピーター達が収入源と成っている。

完成させるのが難しいければ難しい程に高額に成る賞金に騙され、幾つものリピーターが苦汁を飲んできた。

当初、型抜きの店主は洸夜と総司も今までのリピーター達と同じでどうせ出来ないだろうと踏んでいた。

だが……。

 

「あ、あぁ……」

 

「「……」」

 

既に洸夜と総司は型の八割を完成させていた。

子供の吐息一つ程の衝撃で壊れそうな部分も完成させている。

その光景に店主は恐怖すると同時にある悪夢を思い出した。

それは、数十年前に起こったある事件……いつもの様にリピーターを鴨にし、経営的に黒字に成っていた時だった。

今の総司と同じ位の年齢の少女が店に来たの始まりだった。

新たに鴨が来たと思って今、洸夜と総司がやっている同じ型抜きをやらせたが、見事に完成させたのだ……しかも五回。

黒字から赤字に急展開の悪夢だった。

その悪夢が繰り返され様としている……。

 

「良し、完成」

 

「こっちも完成」

 

「なっ!?」

 

悪夢は繰り返された……。

見た感じは文句の言いようが無い程に完璧だった。

だが、伊達に店主は数十年も型抜き屋台をやっていない。

万が一、完成させた客が出た場合に難癖つける技はある。

 

「あー! これはダーーー!?」

 

店主の難癖は最後まで言えなかった。

洸夜と総司の眼力がそれを許さなかった。

そして、洸夜と総司は店主の目から一切背けずにゆっくりと口を開いた。

 

「「おじさん……」」

 

「な、なんだ……! (こ、この光景は……!)」

 

洸夜と総司の睨みに店主は再び悪夢が甦った。

それは、嘗て完成させた少女にも同じ様に難癖をつけようとした時も今の洸夜と総司と同じ様に睨んだのだ。

そして……。

 

『「「まさか……完成させたら適当に難癖つけて賞金を渡さないつもりじゃあ無いですよね?」」』

 

「あ……あが……!」

 

同じ事を言ってのけたのだ。

良く見れば目があの少女に似てなくも無い。

目が本気だった。

ここで難癖をつけても洸夜と総司はその場から動かず、また同じ型を完成させて此方の心を折るだろう。

店主は悪夢を思い出し……気付いた時には賞金を渡していた。

 

===========

 

「やっぱり、祭りに来たら型抜きで補充だよな?」

 

「そうだね。引っ越しも多かったから出入り禁止に成っても問題無かったし」

 

そう言いながら洸夜と総司は重く成った財布を片手に祭りの中へと消えて行ったが、それを見ていた人物がいた。

堂島と奈々子だ。

洸夜達は気付かなかったが堂島と奈々子は先程の洸夜達はの型抜きの様子をずっと見ていたのだ。

 

「お父さん。お兄ちゃん達凄かったね!」

 

驚きながらも笑顔でそう言って父である堂島を見上げる奈々子に、堂島は懐かしそうに頷いた。

 

「そうだな……。(義兄さんが洸夜と総司は姉さん似って言っていた意味が分かった気がしたな……)」

 

そう言って堂島は奈々子の手を引っ張りながら再び祭りの中へと消えていった。

 

==========

 

現在、帰宅路

 

夏祭りを楽しんだ洸夜と総司は帰宅する為に道を歩いていた。

両手に色々とお祭りで買った物が入った袋を持ちながら、自分達同様に帰宅する人の流れに乗って堂島宅へと進んで行く。

だが暫く歩いている内に周りに人がいなくなり、暗く虫の声が聞こえる道で洸夜と総司だけが存在している。

そんな中、洸夜が静かに総司へ話し掛けた。

 

「……久し振りの祭りも悪くなかったな」

 

「そうだね。最後に一緒に行ったのが数年前だから尚更そう思うよ……」

 

微笑みながらそう言う総司だったが、不意にその足を止めた。

また、その様子に洸夜も足を止めて総司の方を向いた。

 

「どうした……?」

 

洸夜は総司の行動が気になり話し掛けた。

それに対して総司は、少し下を向くがすぐに顔を上げて洸夜からの問いに答えた。

 

「兄さん……」

 

だが、総司はそう言って再び顔を下へと向けた。

その表情はなにか言いたそうだが、洸夜は総司が何を言いたかったのかが分かり、軽く溜め息を吐くとゆっくりと歩き出しながら口を開いた。

 

「総司……お前が気にする事じゃない。美鶴達との事は俺の問題であり……俺自身がどうにかしなければ成らない事だ」

 

洸夜は分かっていた。

総司がこの所、こう言ったリアクションをする時は大抵自分の事に関する事だと言うことに。

 

「……。(恐らく、美鶴と一緒にいた時にアイギスと明彦から何かを感じ取ったんだろうな)」

 

総司が自分と美鶴達との事を知る機会があったのは食事の時だけだ。

そう思った洸夜はそう言って総司に問い掛けたが、どうやら洸夜の考えは正しかった様だ。

総司は洸夜の方を向いてこう言った。

 

「あの時、アイギスさんと真田さん……あの二人はペルソナと言う言葉に反応した。あの人達、兄さんが関わった事件に関係してるんじゃないの?」

 

「……。(……アイツ等、一体どんなリアクションしたんだ?)」

 

総司がここまで言うのだ。

アイギスと明彦の反応は余程分かりやすかったのだろうと洸夜は思ったが実際は、それ程まで大きなリアクションはしておらず、総司が気付いたの彼の洞察力が高かったの理由だが、洸夜は気付かなかった。

だが、総司の次の言葉を聞き自分の弟の鋭さに驚く事に成った。

 

「それに……桐条の悪い噂はネットでも噂されてる。昔程じゃないけど……今だって噂はある。兄さん……言いたくなけど、二年前の事件って桐条が関係してるんじゃないの?」

 

「……。(流石は俺の弟か……あんな僅かな情報でここまで考えたのか)」

 

洸夜はそう思いながら弟の能力の成長に驚きと嬉しさを覚えたが、同時に恐怖もあった。

何の関係もない総司が、自分のせいで少しずつだが二年前の事件に近付いて来ている。

少なくとも洸夜は『彼』に対しての罪を感じている。

それを……自分のせいで弟と両親にも背負わせてしまう。

洸夜自身は自覚は無かったが、無意識の内に心の内側から恐怖していたのだ。

それだからか、洸夜は一瞬だけ後悔するかの様に眼を力強く閉じるとすぐに開き、総司へこう言った。

 

「……総司、お前はあの事件に関わるな。 お前は今、仲間と共に目の前の事件だけに意識を向けろ」

 

「でも、兄さーーー!」

 

総司は洸夜へ反論しようとする。

兄の洸夜はよく自分を守ってくれた。

なのに何故、ここまでして自分に頼ってくれないのか? 総司にとって歯痒い事この上無かった。

だが、総司の反論は最後まで言えなかった。

 

「お前等は今! 終わった過去の事件なんか調べている暇なんかあるのか……? 久保が模倣犯なのはお前だって勘づいている筈だろ? あの事件は……終わったんだ」

 

総司の反論は洸夜によってかき消された。

洸夜の言う事は最もだ。

今の総司達に解決した事件に興味を向けている暇は無い。

その事は総司も理解したのか再び歩き出して洸夜の前へと行く。

その姿に、洸夜は息を吐いた。

 

「……すまない総司。(だが……だが絶対にお前だけは、あの事件に巻き込みはしない! 絶対だ……)」

 

拳を握り締めながらそう言った洸夜。

だが、その想いは祭りの後の夜風によって消され誰の耳にも届く事は無かった。

 

 

End

 

 



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スイカと桐条

この数日でマイリストの登録数が凄く増えた!?
一体、なにが起こった……?


8月31日 (土)

 

現在、帰宅路

 

「意外にも多くなっちまったな」

 

「あんな立派なスイカとは思わなかったね。しかも、二個……」

 

「と言うより、なんで僕まで……」

 

まあまあの暑さの中、蝉の鳴き声をBGMにしながら堂島、洸夜、直斗の三人はそれぞれ両手一杯に切られたスイカが入った袋を持ちながら堂島宅へ向かっていた。

だが、直斗は少し不服そうであった。

 

「仕方ないだろ? 叔父さんが近所からスイカ貰ったって言うから来たんだけど、意外に大きいし二人じゃあ大変。そんな時にお前が通り掛かった。なら仕方無いだろ?」

 

「強引なだけでしょう……? 全く……僕は堂島刑事に資料を渡しに来ただけだったのに……」

 

口ではそう言うが、口調から本気で嫌がって無い事が分かる。

そんな二人の様子に堂島は少し驚きながらも、嬉しそうに見ていた。

それに気付いたのは直斗だった。

 

「……なんですか?」

 

「いや、お前……洸夜の前だとそんな年相応な反応をするんだなって思ってな」

 

「なっ!? 違いますよ……僕は只……」

 

直斗はまさかの不意打ちに顔を赤くしてまう。

そんな姿に日頃の仕返してばかりに洸夜は声を掛けた。

 

「そう照れるなって、そんなんじゃあ学校でも上手くいかないぞ?」

 

「大きなお世話です!」

 

「と言っている間にも家に到着……直斗といると退屈しないな」

 

「どう言う意味ですか!」

 

「……やっぱり仲が良いな」

 

「違います!」

 

堂島は家の扉を開けながら直斗にそう言い、直斗はそんな堂島の言葉を必死に否定する。

そんな様子に洸夜は小さく笑ってそんな洸夜を直斗が睨む。

そんな感じで家に入ると玄関には大量の靴が並んでおり、その靴に驚きながらも堂島が家に上がる。

 

「すげえ靴だな……おーい!帰ったぞ!」

 

「お父さん!」

 

堂島達の帰宅に菜々子がやって来た。

そして……。

 

「スイカ割る!」

 

「「「え!?」」」

 

「え……?」

 

堂島達の驚きの言葉に菜々子も声を出し、視線が三人の持っている切られたスイカを見てしまった。

 

===============

 

現在、堂島宅

 

「む~~!」

 

「悪かったって菜々子……割るって発想が無かったんだ」

 

スイカを持ちながらいじける菜々子を同じくスイカを持った堂島が慰めるが、菜々子の機嫌は中々治らない。

スイカ割りをした事の無い菜々子にとっては尚更だったのだろう。

そんな奈々子の気持ちが分かるのか、直斗もスイカを食べながら微笑んだ。

 

「まあ、気持ちは分かりますけどね……小さい頃はそう言う物に憧れを持ちやすいですから」

 

「いや、お前何歳だよ!?」

 

「?……皆さんと殆ど変わりは有りませんが?」

 

「あ……いや悪りぃ。俺が間違ってた……」

 

「?」

 

直斗の普通の返答になんか逆に申し訳ない気持ちに成ってしまった陽介に、直斗はなんの事か分からずに首を傾げながらスイカを食べた。

ある意味、空気が読めないレベルではなく、寧ろ空気を破壊しているかも知れない。

そんな風に他者と関わった事の無い直斗だから仕方無いのかも知れないが……。

 

「って言うか、お前……普通にこう言うのに来るんだな?」

 

完二の言うこう言うのとは友人同士の集まりみたな物を示す。

それを分かっているからか、直斗は横目で洸夜を睨みながら返答した。

 

「ええ、洸夜さんが強引なので……」

 

「男には強引さも必要なんだよ。時と場合によるが……」

 

スイカを食べながら無表情で返答する洸夜。

今はスイカを食べる事に集中しているらしく、直斗の方には一切視線を向けずにスイカをかじる。

そんな洸夜に直斗は、言っても無駄だと判断して自分もスイカをかじる。

この様な会話を洸夜達はしていたが、そこ隣では菜々子が未だにむくれていた。

 

「む~~!」

 

「あはは……菜々子ちゃん。今日は無理でも今度やろうよ? ちゃんと海でね」

 

むくれる菜々子をに千枝がそう言って説得する。

 

「それ賛成!」

 

「海か……その時は直斗もどう?」

 

「え!?」

 

千枝の言葉に賛同する中で突然、総司に声を掛けられた直斗は驚いてしまい危うくスイカを落としてしまいそうに成った。

 

「ぼ、僕はいいです!」

 

そう言って首を力強く横に振る直斗。

性別を隠している彼からすれば絶対に行く訳が無いのは目に見えているが、それを知らない総司達からすれば何故、そこまでして拒否するのか良く分からず首を傾げる。

そして、総司達と直斗がそんな会話をしている中で洸夜は何かを思い出しカレンダーで今日の日付を見た。

そこに書かれていたのは8月31日、もう海水浴と言うより夏の季節の終わりを示していた。

 

「……今年はもう無理だな」

 

「ん? ああ、本当ですね。でも、だったら来年行こうぜ!」

 

洸夜の言葉に陽介が来年行く事を提案したが、それを聞いた洸夜と総司は一瞬だが皆から視線をそらしてしまった。

何故、二人が視線をそらしたのか? その意味は次に奈々子が発する言葉によって分かる事に成った。

 

「来年……? でも、来年……お兄ちゃん達はいないもん……」

 

「あっ……!」

 

「えっ!?」

 

寂しそうに言った菜々子の言葉に事前に総司からその事を聞かされていた堂島は少しバツが悪そうに頭をかき、同様に聞かされていた陽介は思い出した様にそう言い、他のメンバーは知らなかったのかポカン口に成ったり驚きの様子だった。

また、直斗も多少は驚いたがそれはあくまでも興味の範囲での驚きであり、他のメンバーとは違って表情には現さなかった。

 

「お兄ちゃん達……来年も菜々子と遊んでくれる?」

 

「勿論だよ……」

 

総司の言葉に菜々子は次に後ろを振り向き洸夜の方を見る。

 

「菜々子の為ならなんだってするさ」

 

総司と洸夜の言葉に菜々子は微笑むが、やはり寂しさを完全に隠す事は出来ず表情を暗くする。

また、奈々子の衝撃発言を聞いたメンバーの矛先は一斉に総司へと向かう。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ瀬多君! 来年にはいないって……」

 

「あれ……? 言って無かった?」

 

「初耳だよ!?」

 

雪子からの言葉に首を傾げながら陽介の方を見た。

その様子から察するに、どうやら総司は陽介には言っていた様だ。

総司から視線に陽介はいかにも、やべぇ……! みたい表情をしていた。

 

「わ、わりぃ……自分で言った瞬間に思い出した。皆、知ってると思ったからさ……ハハ」

 

苦笑する陽介だったが、りせはその言葉に肩を落とした。

 

「そ、そんな……ハハじゃないよ。それじゃあ、総司先輩と洸夜さんは……うわーん!」

 

そう言って庭で泣き叫ぶりせだがその目からは涙は出ておらず、どうやら悲しさを表現したかった様だ。

そして、りせはそのままの勢いで総司へ抱きついた。

 

「総司先輩~~~!!」

 

「ぐえっ!?」

 

しかし、その勢いが強すぎた為か総司の腹にりせが直撃して総司は思わずスイカをリバースしかけるがなんとか耐えた。

 

「こ、この子は……!」

 

そんなりせの行動に千枝はまたか……と言った表情で呟きながら眺めていた。

 

 

「……やれやれ。(総司も大変だな……)」

 

「……」

 

弟達の様子を見ながら洸夜は食べ終わったスイカの皮をテーブルの上の皿へ乗せ、ゆっくりと壁に背を預け、そんな洸夜を堂島がある事を思い出しながら見ていた。

それは、一昨日見たジュネスの監視カメラの映像。

久保がジュネスで捕まった為、一応店内の監視映像を見せてもらう事にしたのだ。

最初は堂島の部下である足立が見に行ったが、嫌な予感がした為に足立を追ってみると案の定ジュネスでサボる足立を発見。

その後堂島は足立に制裁を加え、共に監視映像を見る事にした。

だが、その映像にはどこにも久保が映ってはおらず、いくら探してもいなかった為に足立が 恐らくは人混みに紛れて映らなかったのでは?と言う意見を出した。

そんな都合良い事があるとは思えないが、映っていないのも事実。

そう思った堂島は無駄足と思いながらも、店員に礼を言いながらなんとなく流れている映像を見た時だった。

堂島の目に写ったのは画面の端に微かに映った制服の上に緑のジャージを着た女子高生と体が人一倍大きい男子学生……そして、灰色の髪をした"二人の男"の姿だった。

一人は制服を着ている事から学生なのが分かり、もう一人はジーンズと黒いTシャツを来た成人ぐらいの男性だ。

だが堂島は、その人物二人に見覚えがあった。

 

「……。(あれは間違いなく洸夜と総司だった……それに、確か久保を見つけたのも日頃総司と一緒にいるあそこの三人)」

 

堂島はそう言って視線の先にいる陽介、完二、クマの三人を見た。

別にジュネスにいる事が悪い訳では無い。

洸夜はそこで買い物をよくしており、総司はそこで友達とよく集まっているのは既に堂島も知っている為、久保が捕まった当日ジュネスにいてもおかしくはない。

だが、完二と一緒に総司と洸夜が映っていた事や日頃から総司達が事件の裏にいる事から何故か怪しく思ってしまう。

 

「……。(総司は前からだが……まさか、洸夜も関わっているのか? だが、そんな様子も無ければ噂も無い。……いや、俺はなに考えてんだ。相手は甥だぞ……)」

 

叔父としては酷いかも知れないが、やはり刑事としては疑ってしまう。

そう思いながらも表情に出さずに堂島は洸夜を見ていたが、洸夜がそれに気付いた。

 

「どうしたの叔父さん?」

 

「ん!?……あぁ、いや……」

 

まさかお前を疑っているとは言える訳がなく、総司の時の様に忠告する事も出来るが娘や総司の友人達がいる前で言える訳も無い。

そこで堂島は、別の事を咄嗟に口にした。

 

「桐条とのお見合いの件をどうするか、少し気になってな……」

 

咄嗟とは言えこれは嘘では無い。

あの後の事は堂島なりに考えていたのだ。

そして、そんな堂島の言葉に洸夜は少し悩む素振りを見せながら一息入れ、天井を眺めながらこう言った。

 

「分からない……今一、関心が無いんだ。けど、多分俺は自然消滅を願ってる」

 

洸夜の言葉に堂島は驚いた。

 

「自然消滅って…… なあ、洸夜……あのお見合いからだがお前、少し様子がおかしく成ってないか? 」

 

 

まだ短い付き合いだが、堂島は洸夜の異変に勘づいてはいた。

何処か心が疲れた様な表情や、たまに空を眺める時に感じる虚無感。

なによりも、一番印象が高いのは満月の時だ。

無言で只、涙を流していたのだ。

その光景に堂島が口を出せる訳も無い……いや、なんて言えば良いか分からなかった。

そして、堂島の言葉に洸夜はおかしそうに笑った。

 

「おかしくなったか……。(いつ頃からなんだろうな……本当に)」

 

洸夜自身も分かってはいなかった。

満月の夜は嫌いだ。

ろくな思い出が無い。

なにもない新月の方が何倍も良い。

洸夜がそう思いっていた時だった。

先程まで総司への質問の嵐に騒がしかったのだが突然、火が消えた様に静かに成ったのだ。

洸夜が周りを見ると何故か、直斗を筆頭に雪子と完二が驚いた表情で洸夜を見ており、陽介達他のメンバーも意味は分からないが取り敢えず見ておくと言った様子。

また総司と菜々子も今一状況を分かっていないらしく、場を傍観する事にしていた。

そして、直斗が洸夜へ話し掛けた。

 

「洸夜さん……桐条とお見合いって本当なんですか?」

 

直斗の言葉に洸夜は頷いた。

別に嘘をつく理由も無いからだ。

 

「ああ……親が決めた事だがな。……それがどうした?」

 

「……確か、洸夜さん達の御両親は国々との関わりが強いんでしたね? そう思うと納得出来ます。こんな近くに桐条と関わりを持つ人がいる事をね……」

 

何故、直斗が洸夜達の両親の事を知っているのかは疑問だが、洸夜と総司について調べた時に自然と分かったのだろうと思い洸夜と総司、堂島でさえも敢えて何も言わなかった。

そんな中、直斗の言葉に反応した者がいた……陽介だ。

 

「なあ? 桐条ってなんだよ?」

 

「わ、私に聞かないでよ!?」

 

陽介が桐条の事が気に成り隣にいた千枝に聞くが、千枝も分かる訳も無く両手を振ってそう言った。

 

「桐条は色々な分野に進出して成功を治めてる大企業で、言わゆる名家。うちの旅館にも昔よく来てた時、お母さんや板前さん達が騒がしくて印象に残ってたから、よく覚えてる」

 

意外にも陽介の問いに答えたのは雪子であったが、彼女の話を聞く限りでは当然だったのかも知れない。

雪子の言葉に桐条に詳しくない陽介達が、そうなんだ……と言った感じで頷いた

そして、直斗も同様に頷いて雪子の言葉に補足する様に語りだした。

 

「"桐条"……元々は"南条"と言う家の分家でしたが、後に独立。今の状態に至ります。また分野も本当に広いですよ……そのテレビや先輩達の持つ携帯の部品や服等とか、日常に必要不可欠な物には大体、桐条が関与してます」

 

「うっそ~!? 桐条って凄いんだね……」

 

驚くりせの言葉に直斗は、クスクス笑いながら頷いた。

 

「ええ、本当に凄いですよ……どんなに黒い噂があっても揉み消す程ね……」

 

「え! も、揉み消すって……つまり……」

 

「そう言う……意味ッスね」

 

「……。 (やっぱり……そう言う話も出るよな)」

 

直斗の言葉に冷や汗をかく陽介達。

結果を沢山残して自分達も使用していたから安心出来る綺麗な企業とでも思っていたのか、直斗の言葉に多少は衝撃を受けた様だ。

 

「?……アイギスお姉さん達は悪い人じゃないよ!」

 

お見合いで直に会っている菜々子は皆の言葉に小さい体ながらも抗議し、そんな奈々子に総司も奈々子は苦笑してしまう。

 

「分かってるよ奈々子……皆が皆、同じじゃないから。アイギスさん達は悪い人達じゃないよ」

 

「アイギスと言う人が誰かは知りませんが、僕も桐条全体が悪いとは思ってませんよ。でも、桐条の力は良くも悪くも大きい……堂島刑事だって御存じでしょう?」

 

「……ったく、一番言いづらい所で振ってきやがって」

 

直斗の言葉に堂島はばつが悪そうに頭をかき、溜め息を吐きながら語りだした。

 

「……警察関係者の間じゃあ有名な話だ。自分達が捜査している事件にもし、桐条が関わっているなら上の連中から圧力を掛けられ、事件は揉み消されるってな」

 

「ええ!? (……だから叔父さんあの時、桐条って聞いた時にあんな態度を……でも) そんな事、言って大丈夫なの叔父さん?」

 

堂島の言葉にお見合いでの堂島の様子を思い出し納得する総司。

それほど迄に警察関係者の間では、桐条と言う影響力の強さが分かるが同時にそんな事を軽々しく言って良いのか総司は堂島に聞いた。

 

「言ったろ? 関係者の間じゃあ有名だってな。……最初は噂程度だったが一時期、桐条の関わる事件に手を出した奴が上の指示を無視して捜査した結果、左遷させられ表舞台から消されたって話があった。……それ以来、口には誰も出さないが……公然の秘密みたいになってんだ。まあ、こんな田舎の警察には関係無い話だがな」

 

そう言って堂島は話を戻すかの様に直斗を見るが、その話を聞いた洸夜はその内容に心当たりがあった。

 

「……。(黒沢巡査……今頃、どうしてんだろう。未だに巡査か、それとも出世したのか……今じゃあ何も分からないか)」

 

嘗て、自分や『彼』と結構良好な関係を築いた警察の事を洸夜は思い出していた。

見た目が恐いが中身は優しかった人であり、色々とサポートをしてくれた。

学園都市を去る際に挨拶したのを最後に何の音信も無い。

だが、桐条が原因で左遷させられた黒沢巡査はあの事件に大きく貢献したのは事実

恐らく、酷い扱いは受けないだろう。

洸夜はそう思いながらボ~としてた時だった。

 

「うわ!? マジじゃん……携帯で"桐条" "黒い噂"で検索したら滅茶苦茶いっぱい出てきたぜ!」

 

気になったのだろう。

堂島の会話の最中の間、陽介は桐条について検索して色々と調べた様だ。

その証拠に陽介の携帯のディスプレイには"桐条の人体実験" や "桐条、死者多数の事故を隠蔽?"等々、色々と表示されていた。

それを隣にいた千枝も覗きこんだ。

 

「ほ、本当だ……でも、これって……本当の事?」

 

「全てでは無いと思いますが、どれか一つぐらいは本当でしょう。捜査は無理でしょうけど……僕もお爺ちゃんもそれで、桐条に苦汁を飲まされましたよ」

 

もうどうでも良い事なのか直斗は、帽子をかぶり直しながら平然とそう言ったが帽子をかぶり直す時の指の力が込もっていた事から、とても悔しい事でもあった様だ。

そんな時、ネットで桐条について見ていた陽介が何かを発見した。

 

「あれ……桐条の当主急死って、じゃあ今は桐条ってどうなってんだよ!?」

 

「急死……? ああ、それは少し古い情報ですね。その当主の名前は"桐条 武治"じゃないですか?」

 

「ああ、そう書いてるけど……古いってどういう事だ?」

 

今一、状況が分からない陽介の言葉に再び直斗が説明しようとした時だった。

 

「……二年ぐらい前に亡くなったんだよ。その人は……当時はそれでいろんな業界が荒れて有名だったんだけどな」

 

そう言ったのは洸夜だった。

だが、そう言ったとは言え洸夜の目線は陽介達では無く、下を向くようにして自分の足を意味無く見ながらそう言っていた。

そして、まるで関わりがある様な言い方に直斗が反応する。

 

「お知り合いなんですか洸夜さん? それとも只、詳しいだけなのかも知れませんが……そこまで知っているなら、あれも知っていますよね? 一番最近に起きた桐条の汚職」

 

「汚職……? 」

 

そう呟いたのは総司だった。

先程の亡くなった前の当主については母から聞いていて知っていたが、汚職については聞いていなかった。

その為、総司は気になって直斗の言葉に集中する。

 

「一年程前に起きた桐条の汚職事件。桐条 武治がいた時から桐条の悪い噂は絶えず一部の人達は、そんな彼に意識を集中していていましたが、それを利用して当主を盾にし裏では数人の幹部が汚職に手を染めていました。ですが……次の当主が一人娘である桐条美鶴さんに成ると、それが公になり幹部達は身を滅ぼした様です。……隠蔽出来たにも関わらず、しなかったのは評価出来ますが色々と当時は世間に叩かれていた事件です」

 

「……。(……それだけじゃない。若すぎるトップ、組織の闇を抑えられない? とかマスコミの餌にされていた事件だ。もう聞かないがな……)」

 

洸夜が心の中で付け足す中、陽介から携帯を借りてネットを見ていたクマも何かを見つけ口を開いた。

 

「でも、その亡くなった当主さんについて色々と書かれてるね。……桐条 武治は只の人殺しであり、数百人が死んだ事故も隠蔽する金の事しか考えてない悪魔だ……とか」

 

クマがネットの掲示板の一部を読み上げた瞬間、洸夜の中でなにかが弾けた。

 

「っ! あの人はそんな人じゃねぇっ!!!!」

 

そう叫びながら洸夜は拳で壁を殴っていた。

ドオォンと響く音と同時に手から伝わるジリジリとした痛みを感じる洸夜。

無意識だった。

ネットとは言え何も知らない奴が、自分を犠牲にしながらも自分達に未来を与え、大人が生み出した桐条の罪を子供達に任せる事に心を痛めていた美鶴の父、桐条 武治の事を好き勝手に言う事に我慢出来なかった。

 

「!」

 

しかし、洸夜はすぐに冷静に成った。

だが、周りは驚いた表情で固まってしまっていた。

堂島でさえ持っていた煙草を落としそうに成っている。

また、菜々子も初めて見る洸夜の怒りの姿と迫力に思わず涙目に成る。

 

「……グス」

 

「ああ!? ご、ゴメンな菜々子……お兄ちゃん、大きな声あげて本当にすまない……」

 

慌てて洸夜は涙目の菜々子を慰めた。

無意識とは言え小さな子供の前で感情を爆発させるなんて、自分はなにをしているのか。

洸夜はそう思いながら菜々子の涙をハンカチで優しく拭いてやり、菜々子も頷きながら大丈夫だと言う事を示した。

 

「菜々子……大丈夫だよ……少し驚いただけだから……」

奈々子はそう言って洸夜を見上げるが、洸夜は自分が許せず小さく溜め息を吐きながら腰をあげて玄関へと歩き出した。

 

「兄さん……どこ行くの?」

 

「……少し頭を冷やして来る」

 

そう言って洸夜は出掛けていった。

そして、洸夜が出掛けた後には少し重い空気が漂っていた。

 

「……クマ、なんかやっちゃった?」

 

先程の事で心配そうに呟くクマ。

だが、そんなクマに陽介は首を横に振った。

 

「いや……多分違うんじゃねえか?」

 

そう言って陽介は隣の千枝に視線を送り、千枝もそれに気付くと陽介は誰にも聞こえない様に小さな声でこう言った。

 

「……なぁ、もしかして洸夜さんのさっきの様子って……この間、教えてくれた二年前の……」

 

「た、多分……だって、あんなに感情的に成った洸夜さん始めて見るし……」

 

そう言った時、陽介と千枝はある事を思い出した。

それは、前にエリザベスが言った言葉。

洸夜が関わった事件には"後ろ楯"が存在していた。

そして、桐条の話をしていた時に洸夜の様子。

日頃、成績がお世辞にもとても良いとは言えない二人だが、こんな時に限って驚異的な頭の回転が発揮してしまった。

桐条+黒い噂=ヤバい事をしてる?

ヤバい事をしてる?+二年前のシャドウ事件=桐条関係あり?

桐条関係あり?+後ろ楯+隠蔽=君達は知り過ぎてしまった……。

 

「「ギャアァァァァァ!!」」

 

陽介と千枝の考えた結果、自分達は知ってはいけない事を知ってしまったのではないかと思い二人は発狂宜しく叫んでしまった。

そんな二人の光景に普通なら周りは心配するのが普通。

だが、今の周りのメンバーはそうでは無かった。

 

「二人とも、また何かしたのか?」

 

「提出物を出し忘れたとか、そんなんじゃないスか?」

 

「うわ~ん! 総司先輩と洸夜さんは来年にはいないし、その洸夜さんはお見合いしてたらしいし今日は厄日だよ~~!?」

 

「り、りせちゃん……落ち着いて……」

 

「お父さん、クマさん、帽子のお兄ちゃん! トランプしよう!」

 

「トランプか……ダウトなら得意なんだが……」

 

「ふふふ……何気にクマ……強いよ」

 

「バ、ババ抜きしか……やった事ないんですけど……」

 

陽介と千枝のリアクションに馴れてしまったのか、誰も二人のリアクションに直接触れる者はおらず、それぞれの行動をしようとしていた。

しかし、そんな中でも総司と堂島は洸夜が気になってしまう。

数ヶ月一緒に住んでいる堂島と菜々子は見たことは無く、長年一緒にいた総司でさえあんなに感情的な洸夜を見る事は滅多に無い。

 

「「……」」

 

堂島と総司は黙りながら考え込むと、静かに立ち上がるのだった。

 

============

 

現在、稲羽市 (河原)

 

頭を冷やす為に堂島宅から出た洸夜はその場の気分に任せた結果、河原へとやって来ていた。

先程まで感じていたまあまあの暑さは既に感じず、河原である事と風が吹いている事から涼しさを感じる程だ。

空も雲が殆ど無く青空が稲羽市を包んでいるかの様に清々しい。

早いものでそろそろ秋だ。

だが、季節が巡り始める中でも洸夜の心は晴れなかった。

 

「……。(……親父さんは別に他者から尊敬してもらう気も無ければ、感謝して欲しかった訳じゃない。自分の父がしてしまった罪……桐条の罪を償いたかっただけだった。その為に自分の人生も犠牲にした……美鶴も親父さんを助ける為にペルソナ使いとして生きていた……)」

 

洸夜はそう思いながら河原の階段を下って行き、川の側へと近付きながら桐条 武治と出会った時の事を思い出していた。

 

「……。("屋久島"……そこで俺達は息抜きと……当時、事件の生き証人であった親父さんの話を聞く目的で屋久島に行きそして、親父さんに会った)」

 

桐条 武治。

影時間への適性はあるがペルソナ能力は持ち合わせていない。

だが、その眼帯と雰囲気から醸し出される他者を圧倒する存在感は、始めて出会った時は美鶴を除く洸夜を含めたメンバー全員が息を呑み緊張する程だった。

しかも当時、武治は休暇目的で屋久島を訪れていた。

仕事を忘れ心身共に癒す為に来たのに桐条の罪の話をしてくれるのだろうか?

当時、屋久島に行く前に洸夜は美鶴から何気無く父親の事を聞いてみたが、美鶴の何処かよそよそしく話す感じに不安しか無かった。

だが、それは洸夜の無駄な心配と成った。

 

「……。(親父さんは嫌な顔一つしないで話してくれた。それ処か、自分達大人の罪に子供であった俺達に頼らなければ成らない事に本当に申し訳なさそうだった……)」

 

洸夜はそこまで思い出して川の中で游ぐ魚を見る。

当時の武治は出来るもの成らば父の責任にも関わらず、自分の命で贖おうとすらしていた。

知らない者が聞いても口だけだと思うかも知れないが、実際に本人の口から聞いた者は絶対にそんな事は言わないだろう。

それ程までに武治の言葉には重みがあったのだ。

桐条 武治……文字通り、桐条の罪の精算に己を命を掛けていた人物だろう。

だがしかし、そんな武治の行動に洸夜でも分からない事が一つあった。

それは、武治の洸夜への接し方。

お互いに初対面の筈にも関わらず武治の洸夜を見た時のリアクション、それは明らかに驚いた表情であった。

初対面なのにそんなリアクションをされても洸夜は困るだけであり、武治に洸夜が理由を聞いてみたが上手くはぐらかされただけだった。

だが、それ以外にも不自然な事があったのだ。

それは寮に帰った後の事……。

 

「……。(何故か俺だけに変な問題用紙の束を渡されたんだよな……期限が三日、しかも美鶴にすら内緒で一人だけで解くと言う条件が書かれた手紙と一緒に……)」

 

何故、自分だけがこんな事をやらさられるのかは分からなかったが、手紙には桐条 武治の名が書かれている為に無視等は出来る訳が無かった。

桐条という名家の当主直々のものを、自分だけとか面倒だからとかの理由で無視できる器量は当時の洸夜には無かった。

しかも"シャドウとの戦いで大変な中ですまないと思っているが、どうしても君にして貰いたい" そう手紙に書かれている為に更に無視は出来ない。

洸夜も大変な事を理解している上での最早、頼みに近い何かに洸夜は困惑する自分をなんとか落ち着かせて問題に取り掛かった。

問題の前半の内容は学力はあまり関係無いものだったのは洸夜は今でも覚えている。

内容はある企業の状況が詳しく書かれた用紙、そしてその企業に起きた問題をどうやって解決するか自分の考えを書くと言うものであった。

その内容にますます自分が解く意味が分からなかったが洸夜は、企業についての情報を調べて自分なりの回答を記入して問題を終わらせた。

だが、本当の問題は後半であった。

 

「……。(後半の問題の内容……あれは明らかに高校生が解ける問題じゃなかった)」

 

思い出しながら内心で呟く洸夜の言う通り、その後半の内容は異常だった。

見たことない数式や化学式等々、一体どこで学ぶ知識なのかと思わせる程の難問。

一度やると決めたからには途中放棄しないで図書館や本屋で色々と缶詰状態に近い状態に成る羽目と成ってしまった。

だが、それでも三日と言う短い期限で全て解ける訳も無く、半分行くか行かない位で三日が過ぎてしまい黒服を来た武治の使いに出来た所までで渡した。

半分位は出来たがそこまで書いた所も正解なのかも分からない。

そして、その結果も洸夜には分からなかった。

その後に一度だけ、寮宛に直接に武治から洸夜へ電話があったがその内容は"君と言う人間がどんな人間なのか分かった"それだけであった。

結局、なんの事か分かる事は無かった。

それが洸夜が武治と直接話した最後だったのだから……。

 

「……。(まあ、結果に興味は無かったからな。……もしかして、美鶴とお見合いさせる為の試験だったりして……だけど、それでもあの時……)」

 

洸夜は思い出しそうに成った。

忌まわしき幾月が起こした事件を……。

洸夜は思い出しそうに成るのを止めようと頭を抑え付けた後、自分が情けなくなり苦笑する。

そして、暫く苦笑してると不意に表情を真面目にすると空を見た。

だが、その表情は真面目だったが悲しみしか写っておらず、洸夜は空を見たまま心の中でこう言った。

 

「……。(親父さん……真次郎……『■■■』……俺、自分がどうしたら良いのか分からねえ……! 親父さん達が創ってくれた未来を俺はどう生きれば良いのかも……自分の力にも……そして『■■■』や美鶴達の想いも……)」

 

洸夜は唇を噛み締めながら空へ向かってそう内心で言ったが、答えが返ってくる訳はなかった。

そんな時だ。

 

「兄さん……」

 

「洸夜……ここにいたのか……?」

 

洸夜が声のする方へ振り向くとそこには、総司と堂島が二人揃って立っていた。

来たタイミング等を踏まえるとどうやら二人は、心配して来てくれたのだと洸夜は分かった。

だが、洸夜はすぐに顔を逸らした。

今の状態で一体、どんな表情をすれば良いのか分からないからだ。

そして、洸夜が顔を逸らし再び川を見ていると、その隣に総司と堂島が洸夜を挟む様に来て並んだ。

並ぶ三人中で最初に口を開いたのは堂島だった。

 

「桐条 武治……知り合いだったのか?」

 

「……そんなに深い関係では無かった。けど、親友だった奴の親父さんだったし……なにより、ネットとかで言われてる感じの人じゃなく、そして……俺が生涯で絶対越える事の出来ない人だよ」

 

「!……。(親友だった人の父親って……まさか、エリザベスが言っていたのって桐条 美鶴さんの……)」

 

洸夜の言葉に総司はエリザベスの言葉を思い出す。

その事件で亡くなり、洸夜にとっても大きな影響と成った人物。

今までの事から推測すると桐条 武治と成る。

元々、ペルソナ能力を制限する腕輪を渡したのも美鶴だ。

総司は確信した……二年前の事件に桐条が関わっている事に……。

 

「洸夜……今は関係無いかも知れないが、お見合いの時の二人……桐条 美鶴と真田 明彦だったな。お前が倒れている時、あの二人が言っていたぞ。……本来、全員が背負わなければ成らなかった罪をお前だけに押し付けてしまったってな……」

 

堂島はあの場の雰囲気と会話だけで洸夜の負の中心に、あのお見合いメンバーが絡んでいると判断し洸夜へ明彦が言った事を伝えた。

だが、洸夜はその言葉に少し驚いた様子だったが、すぐに先程の様な寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「……はは。罪か……なんなんだろうな……罪って……」

 

洸夜はそう言って寂しそうな笑みから、歯を食い縛りながら目を細め後悔の表情をした。

あの事件で大人達ではなく、S.E.E.Sであった自分達の罪。

それは一体、なんなのだろうか。

幾月の企みに気付かなかった事、目の前で死ぬ人を守れなかった事、犯してしまった罪で苦しむ親友を支えられず死なせてしまった事、仲間の苦しみを分かってやれなかった事、ストレガの二人を結局は死なせてしまった事、一人の仲間に全てを押し付けてしまった事。

他にもあるであろう罪。

そして、罪があるならば罰もある。

洸夜は思い出す……この二年間と、この町に来てから起こった自分の異変を。

自分が苦しんだ事、これ等全てが罰なのだろうか?

何の罪に対しての罰なのだろうか?

洸夜には分からなかった。

しかし、堂島と総司に言う事は思い出した。

 

「……叔父さん、総司。いい忘れてたけど……9月7日から二、三日……少し留守にする」

 

「……。(9月7日……?)」

 

洸夜の言葉に総司は引っ掛かりを覚えたが、堂島には特に引っ掛かりはなく洸夜の話を聞きながら煙草に火をつけた。

 

「俺は構わないが……何処に行くんだ?」

 

「辰巳ポートアイランド……母校の月光館の後輩から助っ人の要請。修学旅行で他校の生徒達が来るんで、OBを数名呼ぶらしい……」

 

「修学旅行で他校か……どっちも大変だな」

 

洸夜と堂島がそう言って場の雰囲気が終わりな感じに成り、自然と洸夜と堂島は帰り始めた。

総司を除いても……。

洸夜の話に総司は冷や汗をかいていた。

9月7日……実は総司達も修学旅行があり、しかも場所が……。

 

「辰巳ポートアイランド……学園都市の月光館学園なんだけど、もしかして……。(兄さんが呼ばれた理由って俺達の修学旅行……?)」

 

総司は兄弟で修学旅行に行くかも知れないと言う可能性に息を呑みながら洸夜、堂島の二人の後を追うように歩き始める。

そして総司がそんな風に悩んでいる中、堂島と河原の階段を登っていた洸夜の携帯が鳴っていた。

 

Buuuuuu!Buuuuuu!

 

マナーモードによってポケットから伝わるバイブレーションに、洸夜はポケットから携帯を取り出した。

 

「……。(メルマガか?)」

 

何かの宣伝メールと思いながらも、洸夜はメールフォルダを開いた。

来たのは二件だった。

だが、そのメールの宛名を見た瞬間に洸夜は目を大きく開いた。

 

「っ! (……このタイミングでこの二人からメール。もしかしたら、俺がこの時期にあの町に行く事は運命なのかも知れないな……)」

 

洸夜をそこまで考えさせる程の宛名の二人。

それは……。

 

「風花……乾……」

 

宛名の名前、それは洸夜と同じく元S.E.E.Sメンバーである山岸 風花と天田 乾の二人だった。

山岸 風花、天田 乾、どちらも影時間に適性を持つペルソナ使いであった。

風花は直接戦闘に参加はしないが、今で言うりせと同じサポート係であった。

だが、恐らく実力ではりせを軽く凌駕する程の実力だろう。

ペルソナを完全に召喚する前からシャドウの気配を敏感に探知する程だ。

あの戦い以降は自分の生活をしながらシャドウワーカーを手伝っていると予想出来る為、力は更に上がっているだろう。

逆に乾は戦闘要員だった。

身体が幼い乾だったが、自分にあった武器である槍とペルソナを巧みに扱える実力者。

しかし、乾の母は真次郎がペルソナを暴走させた事が原因で亡くなってしまった。

乾も真次郎へ復讐を思っており、真次郎も又、乾に復讐される事を望んでいた。

だが、真次郎が乾を庇って死んだ事で乾は変わった。

彼はその一件や今までの経験で大きく成長し、真次郎を許した。

また、そんな二人だが実は洸夜に一番なついていたメンバーでもある。

風花への虐めが再発したと聞いた時に風花のクラスに殴り込んだり、乾にお弁当や戦い方等を教えたり等をしている間に気付けば一番なついていたのだ。

だが、洸夜の指先は震えており、メールを開く気配が無かった。

洸夜とS.E.E.Sメンバーの溝を生んだ出来事に風花と乾は関与していない。

しかし、二年という歳月は人に恐怖を植え付けるのには充分な時間であった。

いつの間にか洸夜の中に他のメンバーへの不信感が、S.E.E.Sメンバー全員へと広がっていたのだ。

 

「……」

 

洸夜は黙ったまま無意識のうちに二件のメールを開かないまま削除選択した。

だが、やはり風花達との絆は強かった。

洸夜はすぐに削除を押さず、少し迷った。

そして、もしかして何か起こったのかと心配しメール削除を取り消そうとボタンを押そうとした時だった。

 

「洸~夜さん!」

 

「ぐはっ!? り、りせ……」

 

突然、背中に衝撃を受けた洸夜は後ろを見ると自分の背中に抱き付くりせと、それを呆れ顔で見る完二の姿だった。

そんな二人に追い付いた総司が話し掛けた。

 

「二人とも、なんでここに?」

 

「いや……菜々子ちゃんが腹減ったらしくて、そんで……まあ、探し兼迎えに来たんスよ」

 

「そうか……悪いな、俺のせいで面倒をかけたな」

 

「そんなの気にしてないって洸夜さん!」

 

洸夜の言葉に背中に抱き付きながらそう言ったりせ。

そんな時、洸夜が携帯を再び見るとある事に気付いた。

 

「あっ……。(メール……)」

 

携帯のディスプレイに写る削除完了の文字。

りせに抱き付かれた時、ボタンに触れたしまっていたらしく削除を選択してしまったらしく風花達からのメールを消えてしまった。

そう成ってしまえば最早、再び返信する気にも成れない。

 

「……。(この年は色々と起こるな。怪奇殺人、美鶴達と再会、学園都市への帰還と風花と乾からのメール。偶然の域を越えている)」

 

そう内心で洸夜は呟きながら、堂島宅へ戻る為に歩き始める総司達の背を見ながら追い掛ける様に歩き始めた。

今度は携帯の電源を切って……。

 

End

 

 



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黒き仮面 ~修学旅行編~
あの場所へ


今週から大学が始まるので、また更新が遅れると思います。



9月7日 (水) 晴れ

 

現在、稲羽駅

 

「それじゃあ、色々と作り置きしてるからカップ麺以外にも食べるんだよ? あと、燃やせないゴミは火曜日に変わったから。それと、寝る時はちゃんとガスの元栓と戸締まりをしっかり。それからーーー」

 

まだ朝早い時間、大きなスポーツバックと刀の入った袋を右肩にのせながら洸夜は車の外から車内にいる堂島と学校の都合で休みの菜々子にそう言っていた。

早いものでもう9月7日だが、それまで色々とあった。

なにせ、弟と修学旅行へ行く様なものなのだから。

一昨日に成って洸夜と総司達はお互いに向かう場所が同じだと判明したのだ。

判明した時の様子は十人十色の反応だったが、洸夜と絆が深くなり尚且つ、洸夜が月光館学園の卒業生だと言う事が分かり少なくとも全員が喜んでいた。

暇があったら洸夜に案内等をしてもらうと言う程に。

そして修学旅行当日、洸夜は打ち合わせ等の為に修学旅行で来る総司達よりも先に月光館学園へ着かなければ成らず、時間の都合上こんな朝早くに稲羽を出なければ成らなかった。

堂島宅を出る前に長持ちする料理を作ったり、ゴミの日についてもメモを残したりして後は電車に乗るだけなのだが、洸夜はやはり心配になり現在に至っていた。

そんな洸夜の姿に堂島と菜々子も苦笑しかでない。

 

「洸夜……大丈夫だから早く行け。そろそろ電車が来るぞ。(にしても、なんで木刀を持っていくんだ? 洸夜は枕みたな物って言っていたが……)」

 

「洸夜お兄ちゃん……菜々子達は大丈夫だよ?」

 

そう言う二人の言葉に漸く洸夜は車から離れた。

 

「……それじゃあ、本当に行くけど……本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だからさっさと行けって……」

 

しつこい洸夜に堂島も苦笑しかでない。

まるで日頃、自分達が何も出来ないと思われているかの様だからだ。

食生活とか安定したのは事実だが、洸夜と総司が来る前はこれが普通だったのだから問題は無い。

そう思いながら苦笑気味にそう言った堂島の言葉に洸夜は漸く駅へ入って行く。

 

「それじゃあ、土産期待してくれよ!」

 

「洸夜お兄ちゃんいってらっしゃい!」

 

菜々子の言葉に手を振って答え洸夜は、駅の中へと消えていった。

そして、いきなり静かに成った空間が嫌だったのか堂島は洸夜が出てこないのを確認すると車を出した。

 

「洸夜お兄ちゃん……大丈夫……かな?」

 

洸夜を見送ると言って聞かなかった菜々子だが、やはりまだ眠いのか目をこすりながらそう言った。

 

「……アイツなら大丈夫だから、お前は寝てなさい」

 

「……うん」

 

堂島の言葉に菜々子は小さく頷くと静かに目蓋を閉じ、その姿に堂島は一息入れて運転を続ける。

菜々子が洸夜を心配するの無理はなく堂島も理由を理解していた。

今日までの間、洸夜が上の空である事が多かったのだ。

この間も菜々子と堂島の弁当を間違え、堂島に可愛らしいキャラ弁が、菜々子にはガッツリした弁当を渡してしまった事もある。

そのお陰で日頃のイメージは改善されてしまい、一部の刑事、婦警と何故かお弁当会が開かれてしまった。

そんな事を堂島は思っていたが我に帰り、再び運転に集中する。

 

「……ハァ。(……洸夜と総司には助けれっぱなしだな。なのに、俺は洸夜に何もしてやれてねぇ……情けない話だ)」

 

そう思いながら堂島は自宅へと向かう。

 

=============

 

数時間後……。

 

現在、稲羽市(総司の登校路)

 

堂島と菜々子が洸夜を送り届けてから数時間後、総司も修学旅行の為に勉強道具や着替え等をスポーツバックに入れて陽介と一緒に学校へと向かっていた。

また、今回の修学旅行は人数の都合で一、二年生合同と成っている為、総司達の周りには二年生だけでは無く一年生も同じ様な荷物を持って通学路を歩いている。

そんな周りを見ながら陽介が総司に話し掛けた。

 

「いかにも修学旅行だな」

 

「まあ、実際に修学旅行だからな」

 

陽介の言葉に総司は普通にそう返答した。

 

「にしても他校で勉強するらしいけど、やっぱり修学旅行は楽しみだよな?」

 

「ああ、個人的にはかなり楽しみだよ」

 

総司の言葉に陽介は驚いた。

まさか、総司がそこまで修学旅行を楽しみにしているとは思っても無かったからだ。

 

「お、おいおい相棒……そんなに楽しみなのか?」

 

苦笑しながらそう言う陽介の言葉に、総司は笑みを浮かべた。

 

「……兄さんがペルソナに覚醒したのは五年前。その頃、兄さんは辰巳ポートアイランドの月光館学園に入学した時期なんだ」

 

「月光館……? ああ、この間そんな事を話してくれたもんな……ってよくよく考えてみたらそれって……」

 

陽介は総司の言いたい事が分かり表情に驚きの色を混ぜ、総司もそんな陽介に頷いた。

 

「うん。あの時期、基本的に兄さんはあまり家に帰って来なかった。理由を聞いてもなんかはぐらかしてたし、でも、兄さんが関わったシャドウの事件……その舞台が学園都市なら納得出来る」

 

「た、確かに……でも、それだけで判断は軽率じゃねえか?」

 

「……陽介には言っても良いかも知れないな」

 

考え込む様にしながらそう言った。

そして、そんなリアクションをされたら気になってしまうのが人間だ。

陽介は普通に聞き返した。

 

「どういう意味だ?」

 

「二年前……兄さんが高校を卒業して帰って来たんだ。だけど、その時の兄さんは精神が病んでいた。何があったのかも教えてくれないけど、時期的に考えてそこしかない……きっと、エリザベスが話してくれた事以外にも何かあったんだ」

 

「へ、へ~そ、そうだったのか……。(ま、まさか……あの事か……)」

 

総司の言葉に陽介はボイドクエストで洸夜が話してくれた内容を思い出していた。

弟である総司にも内緒の話。

親友であった者達との出来事。

陽介はあの洸夜がそこまで精神的に病む理由はそれしか浮かばなかった。

自分でさえ、聞いた時は嫌な感じに成ってしまう程だ。

直接言われた洸夜は精神的になにかあってもおかしくは無いだろう。

陽介はそう思ったが同時に、額から冷や汗が流れてきた。

千枝の真っ直ぐ過ぎる性格で聞き出した話とは言え、洸夜が自分達を信じたから総司には言わないと言う条件で話してくれたものだ。

陽介は今現在、隣で本当に悩んだ表情をしている総司に言いたく成ってしまうが、ここで言ってしまえば洸夜を裏切ってしまう。

陽介は言いたい事に葛藤するが、なんとか冷や汗を流しながら耐える。

しかし、そんな陽介の異変に総司が気付かない訳が無かった。

 

「どうした陽介。凄い汗だぞ……?」

 

突然の総司の言葉に陽介は思わず体をビクつかせてしまう。

 

「えっ!? あ、いや! な、なんでも無いぜ!」

 

出来るだけ意識しない様にしたのが災いしたのか無駄に堂々とした感じに成ってしまい、余計に怪しく成ってしまった。

そんな怪しさ満点の陽介の目を総司はジッと見つめる。

日頃からクールだからか、その瞳からは謎の迫力を感じてしまい陽介は思わず目を背けるが、それがいけなかった。

総司は無駄な動作を一切せずに陽介の肩をロボットの様に両手で掴んだ。

 

「陽介……水臭いな。俺達、相棒だろ? 何を隠しているか言ってみろよ?」

 

「隠してる事前提かよ!? いや、マジでにゃんでも! やべ噛んだ!?」

 

大事なところで噛んでしまった陽介。

これでは次に何を言っても説得力が無くなる。

そんな陽介になにかを察知したのか、陽介の肩を掴む総司の手の力が強まる。

 

「……陽介。そこまで俺に言えない事か?」

 

「こ、ここ個人的な事だから……」

 

「その割には凄い冷や汗だけど?」

 

「……。(や、やべぇ……なにか、なにか話題を変えねえと……)」

 

総司からの追及から逃れようと、陽介は辺りを見回した。

すると、前方に少し背が低く帽子を被った人物……直斗を発見した。

 

「! (あれだ!)」

 

直斗を見付けてからの陽介の動きは早かった。

咄嗟に力を入れ総司から逃れるとダッシュで直斗へと近付く。

 

「よお! お前も今登校か!」

 

そう言いながら陽介は直斗に挨拶のつもりで軽く背をポンッと叩いた。

だが……。

 

「わあぁぁぁぁっ!?」

 

それほど迄に予想外だったのかそれとも突然、体を触られたからなのか直斗は体をビクつかせながら、そう叫んでしまった。

その叫びに陽介を追い掛けてきた総司は勿論、やった張本人である陽介と周りの学生も固まってしまう。

そして、その状態が数秒経った後、直斗はゆっくりと振り向いて非難の目で陽介を睨み、陽介は思わず謝罪した。

 

「い、いや……なんつうか、わ、悪かった……まさか、こんなに驚くなんて思わなくてよ」

 

「……つ、次からは気を付けて下さい。と言うより、いきなり触らないで下さい。普通に驚くんですよ僕は……」

 

照れからきてるのか表情を赤くしながら言う直斗だったが、知らない者が見たら今の発言は誤解を招きかねない。

それに対し陽介は思わず手を左右に揺らしながら抗議する。

 

「いやいや……俺が悪かったけど、その発言は誤解されそうだから止めてくれ!」

 

「?……なにを誤解するんですか?」

 

陽介の言葉の意味が分からないと言った様に不思議がる直斗に、陽介は意味を説明しようとする。

総司からの追及に逃れようとしただけなのに、事態が逆に面倒に成ったら堪ったものではない。

 

「いや、だからな……その発言だと、まるで俺がーーー」

 

陽介がそこまで言った時だった。

 

「陽介……!」

 

声のする方を陽介と直斗が見ると、そこには見てはいけない物を見てしまったと言わんばかりの総司の姿だった。

そして、総司のその姿に陽介は嫌な予感がした。

 

「お前……そんな小さな後輩に何をした! しかも同性……!」

 

そういい放つ総司だったが、口元がニヤけそうになってピクピクしているのを陽介は見逃さず、総司の意図が分かった。

 

「あ! てめぇ! さっきの仕返しに俺をおちょくろうとしてるだろ!」

 

「って言うか今、小さいって言いませんでしたか?」

 

総司の言葉に直斗が反応するが、総司は敢えてそれを無視して学校とは逆方向を向くとそのまま走り出した。

 

「皆、聞いてくれ!陽介が!!」

 

「なっ!? おいコラ止めろ!」

 

誤解発言をしながら逆走する総司を追う様に今度は陽介が走り出す。

総司の無駄に無表情なところが逆に自分をおちょくっている様で笑えない。

そして十数メートル程、総司と陽介が走った時だった。

 

「あ、瀬多君……」

 

「どうしたの、学校はあっちだよ? 忘れ物?」

 

総司の前方に登校中の雪子と千枝が見えた。

その様子に陽介は嫌な予感がするが、それが見事に的中した。

総司は逆走しながら二人に手を振った。

 

「二人共、助けてくれ。陽介が……」

 

「え? 花村君?」

 

「花村がどうかした?」

 

自分達の背中に隠れる総司の言葉に、雪子と千枝は前方に視線を戻した。

すると……。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!! させるかぁぁぁぁっ!!!」

 

二人の目に入ったのは朝とは思えないテンションと形相の陽介の姿。

これ以上、総司の好きにさせまいと凄い勢いで追い付いて来た陽介だったが、鼻息が荒く息も乱れながら何か叫んで近付いて来る者を見た雪子と千枝の反応は……。

 

「えっ!? あれ花村君っ!?」

 

陽介の姿に驚く雪子、そして……。

 

「う、うわぁぁぁぁ!? こっち来んな!!」

 

陽介目掛けて回し蹴りで迎撃する千枝だった。

千枝の蹴りはそのまま陽介に吸い込まれる様に腹に当たった。

と、思われたが……。

 

「っ!? 何の!」

 

「っ!」

 

陽介は咄嗟に両腕をクロスして千枝の蹴りを防御したのだ。

蹴りの衝撃で陽介はザザザザ……! と靴で地面が擦れる音を出しながら数メートル後退したが、その表情は、どうだと言わんばかりにどや顔であった。

 

「フンッ! 俺も甘く見られたもんだぜ。お前に蹴られまくって早数ヶ月。 里中、その蹴りは……既に見切った!」

 

無駄に堂々とした陽介。

どうやら陽介のシャドウとの戦いで得た経験値は、このような場面で開花した様だ。

そして、そんな陽介に蹴りを防御されたのが悔しかったのか千枝は、拳を握り締めながら悔しそうに陽介を睨んだ。

 

「ちょこざいな!……つうか、夜に下ネタ電話してくる奴が無駄に格好付けんな! 」

 

「あ!? バカ! こんなところで暴露すんな! 普通に冗談の域だろ!」

 

「花村君……」

 

「陽介、やっぱりお前……」

 

千枝の言葉に陽介から少し距離をとって哀しみの視線を陽介へ送る雪子と総司。

そんな二人のリアクションに陽介は、それ見たことかと千枝に抗議した。

 

「里中! お前のせいで俺の好感度が下がったじゃねえか!」

 

元々の原因は総司にあるのだが、既にそんな事は忘れている陽介は千枝の事しか悪い意味で頭に無かった。

また千枝も、そんな陽介の抗議に対して鼻で笑って返答した。

 

「ふん! 日頃の行いが良かったら、そう簡単に好感度は下がらないっつうの!」

 

「なにを~!」

 

そう言って千枝と陽介は、お互いガルルルと獣宜しくな唸り声をあげながら顔を近付けて睨み合った。

また、総司と雪子を除く登校中の学生は一瞬、陽介と千枝のやり取りを見るが日頃から見慣れているのか気にせずに学校へ向かう。

ある意味、二人の日頃の行いが立証された瞬間でもあった。

そんな事をしている内に今度は、騒ぎを聞き付けた完二とりせが周りと同じ様な荷物を身に付けてやって来た。

 

「朝から馬鹿みたいに騒がしいと思ったら……やっぱり先輩達かよ」

 

「あ! 総司センパ~イ! 雪子センパ~イ! おはようございます!」

 

完二は予想通りの事に溜め息を吐き、りせは敢えて陽介と千枝をスルーして総司と雪子の下へと向かう。

そして、そんな風に賑かな空間で総司は不意に空を見た。

理由は兄である洸夜の事でだ。

時間的に考えて今は乗り換えの電車の中だろうか?

総司はそう思いながら荷物を背負い直した。

これから行く場所は一人の弟、一人のペルソナ使いとして重要な所なのは間違いない。

兄である、洸夜がペルソナ使いとしての原点であり、兄である洸夜の身に何かが起こった場所なのだから。

総司は内ポケットに入れていたイザナギが宿る愚者のペルソナカードを握りながら、そう思ったのだった。

 

============

 

その頃……。

 

現在、乗り換え駅。

 

洸夜は現在、稲羽から幾つか離れた駅で降りていた。

ここからは乗り換えをしなければ成らず、少し面倒だが降りなければ成らない。

だが乗り換えれば後は、辰巳ポートアイランドまで乗り換え無しで終点まで寝ていられる。

また費用も既に伏見を通して学校から受け取っている為、困る事も無い。

洸夜は荷物を整えながら乗っている電車を降り、乗り換えの電車に乗ると適当な席を見付けてた。

四人が座れる座席だったが誰もいない為、洸夜は棚に荷物を置き、刀の入った袋を持ちながら窓際の座席に座ると刀に身を任せながら外を眺める。

今は止まっているが、やがて電車は動きだし景色が動きだし洸夜はいつの間にか眠ってしまった。

過去の事を夢に見ながら……。

 

===========

 

現在、洸夜の夢

 

『チドリ!君は彼等に汚されている!』

 

洸夜の夢の中で、髪も肌も白く上半身裸に両腕に肩まで入った刺青を入れた男"タカヤ"が銃を帽子を被った少年"伊織 順平"とゴスロリファッションの赤毛の少女"チドリ"へと叫びながら向けていた。

ここはタルタロスにして、洸夜にとって過去のこと。

そこで洸夜達はストレガメンバーのチドリと対峙し勝利した。

順平の言葉にチドリも戦いを止めようとした時だった。

タカヤと眼鏡をかけた関西弁の少年"ジン"が現れて現在に至っていた。

そして、タカヤは歪んだ笑みを浮かべて銃を順平へと向けた。

 

『順平!』

 

チドリが叫ぶ。

だが……。

 

バァーーーン!

 

辺りに響く火薬の破裂音。

その瞬間、皆の時間が止まった様な感覚に襲われた。

先程の火薬の破裂音がなんなのか分かっているからだ。

 

『あ……』

 

ゆっくりと膝をつく順平。

その姿に再び歪んだ笑み浮かべるタカヤ。

 

『ハハハ……』

 

タカヤは小さな笑い声を出し、チドリを無視してS.E.E.Sメンバーへと視線を向け一人の少年を指差した。

そして、一人の少年を銃を"持っていた"手で指差すと表情を歪ませて叫んだ。

 

『また、貴方ですか。瀬多……洸夜っ!!』

 

タカヤが叫ぶと同時に地面に落ちるタカヤの白い銃。

その落ちた銃には、まるで別の銃を当てた様な傷もある。

そして、タカヤの言葉に灰色の長髪の少年である当時の洸夜は口元に笑みを浮かべた。

 

『すまないが、後輩の恋路の邪魔しないでやってくれ……』

 

刀を肩に置きながらタカヤにそう言い放つ洸夜と、タカヤに火縄銃を向けているペルソナ『マゴイチ』の一人と一体。

先程の一瞬、タカヤの銃を撃ち落としたのはマゴイチだった。

 

『なっ!? タカヤッ!?』

 

タカヤが武器を落とされた事でタカヤの下へと近付くジンだが、マゴイチの銃口が自分へ向けられるとジンは苦虫を噛む様な表情で足を止めた。

そして、そんな洸夜の動きに『彼』は微笑んでいた。

 

『流石、洸夜先輩……あっ、靴紐ほどけてますよ?』

 

『いや、お前も頑張れ……格好はつけたが正直危なかった。……それと関係無いが、ドラマの録画してたか不安だ。影時間で確認できねえし』

 

『二人とも少し気を抜きすぎです!』

 

『彼』と洸夜の気の抜けた会話に顔を赤くして抗議する風花。

そんな風花の言葉に苦笑しながらも洸夜はマゴイチにジンを見張らせ、驚きで膝をついてしまった順平とそんな順平の元に駆け寄ったチドリの前に出てタカヤと対峙する。

 

『瀬多先輩……』

 

『チドリちゃんと一緒に下がってろって……タカヤの狙いも既に、お前等じゃなくて俺に移ってるしな』

 

見上げながら言う順平に洸夜はそう言い、チドリに目で合図するとチドリは察してくれたらしく順平に肩を貸して少し下がった。

そして、二人を下がらせた洸夜はタカヤの方を見ると、タカヤは再び銃を持って洸夜を睨み、こう言い放った。

 

『なんとも思いませんか? 我々はペルソナを一体扱うのに命を削っている……だが、貴方は何体もペルソナを使っている!』

 

『ペルソナは使うんじゃない。共に戦ってもらうんだ。ペルソナをそんな物の様に言っている奴に、人工だろうが本当のペルソナ使いだろうがペルソナが答える訳がない!』

 

互いの言葉に一歩退かないタカヤと洸夜は、お互いにそう言いながらタカヤは銃を、洸夜は刀を相手に向ける。

まさに一触即発。

そんな二人の様子に美鶴と明彦も息を呑む。

 

『明彦。何が起こっても良いように……』

 

『分かっている。俺はいつでも大丈夫だ……』

そう言って構える二人と、それを見てチドリと順平を守る様に残りのメンバー達は身構えた。

自分達の相手はストレガだけでは無く今、こうしている間にも聞こえてくる唸り声。

シャドウ達も洸夜達の事を嗅ぎ付けて来ていたのだ

そんな緊迫とした中、タカヤは銃を向けながら洸夜へ自分の今の考えを口にした。

 

『所詮は貴方の戯れ言……それに、貴方がなんと思おうともチドリ……彼女の命も副作用で残り短いのは御存知でしょう? 守ってなんの意味があるのですか!』

 

『……!』

 

タカヤの言葉に順平は辛そうな表情をしチドリも表情を暗くする。

だがそんな時だ、こんな状況で『彼』が前へ出て洸夜の隣に立ったのだ。

 

『……極限までに0に等しい位の可能性だけど、それも解決出来るかも知れない。洸夜先輩の黒の力でありペルソナ……■■■の力なら』

 

『なっ!?』

 

『『えっ!?』』

 

『彼』の言葉に驚きの余り声を漏らすタカヤと順平とチドリ。

他のメンバーもなんの事か分からず、首を傾げたり不思議がるばかりだ。

はっきり言って抑制剤の副作用の治療法は無い。

有ったとしてもペルソナが偽の主を殺す為、現在は抑制剤に頼るしかない。

その事は『彼』も洸夜も知っている筈だ。

 

『洸夜、どういう事だ?』

 

美鶴の言葉に洸夜は召喚器の汚れを落とすかの様に手で擦りながら、こう答えた。

 

『……"白"は得た色によって無限の可能性がある。……"黒"も似た様な物なんだが、黒の場合……可能性そのものなんだよ』

 

『い、一体……貴方は何を言っている!』

 

そう言ってタカヤは洸夜の足下に一発銃弾を放つが、洸夜は特に表情を変えず寧ろ笑みを浮かべるばかりだ。

 

『な~に……別に治療とかって話じゃない。只……彼女に示すのさ。彼女自身の可能性を……』

 

洸夜は召喚器を右のこめかみに当てながら、チドリの方を振り向いきながらそう言うと再びタカヤの方を見て今度は堂々と笑顔を浮かべながら己の仮面の名を呼んだ。

 

『頼むぜ……■■■』

 

引き金をひいた洸夜の前に……巨大な"黒い姿"の仮面が現れた。

だがその瞬間、夢が消えた。

 

『っ!?』

 

夢の中の自分がペルソナの名を呼ぼうとした瞬間、テレビの電源が切れた様に夢は中断してしまった。

実を言えばあの時、洸夜は自分がなにをしようとしたのか覚えていない。

なにかをしてチドリを救った事は覚えている。

覚えているのはその後、自分が意識を失い数日間寝たきり状態に成った事そして、チドリのペルソナであるメーディアは未だに彼女の中に存在するが力は本来よりも失うと同時に、副作用の影響もナーディアが彼女を襲う事も無くなったことだった。

しかし、今となっては本当に自分が何をしてそんな奇跡みたいな事をしたのか、洸夜は本当に思い出せなかった。

オシリスに転生する前の……己のペルソナの名前と姿も同時に。

 

『……なんでだ。なんで思い出せない? 俺は……何故、ペルソナの名が思い出せない? 俺のペルソナ……』

 

いくら考えても答えは出なかった。

思い出そうとすると頭の中に靄が掛かった様な感覚に陥り、洸夜は夢の中で不快な気分に成ってしまった。

オシリスに成る前のペルソナ。

姿は黒い事しか覚えておらず、名前については論外だ。

まるで、そこだけスッポリと記憶が抜け落ちているかの様に……最初から存在していなかったかの様に……洸夜は嘗ての仮面の名を覚えていなかった。

チドリを救った程の力……黒の力。

洸夜が夢の中でも悩み苦しんだ時だった。

 

『……僕が先輩を弱くしてしまった』

 

突然、夢の中に再び『彼』の声が響き渡った。

全体が黒い世界の真ん中にポツンと『彼』は立っていて、申し訳なさそうな表情で洸夜へ向かってそう言った。

そして『彼』の、その姿と言葉に洸夜は何かを思い出した。

 

『これは確か……』

 

洸夜は思い出した。

これは嘗て、自分と『彼』との間の絆が生まれ自分とのコミュが完成し転生前のペルソナがオシリスに転生してから数日後の出来事だ。

突然『彼』に呼び出された洸夜が寮の屋上に行った時に『彼』から言われた言葉だった。

だが洸夜は、当時も今もその言葉の意味が分からなかった。

『彼』が言った、もう一つの言葉の意味も……。

 

『黒は……何かの色に成ってはいけなかったんだ』

 

その言葉を最後に洸夜の意識は覚醒した。

 

=================

 

現在、電車

 

洸夜が目を覚ますと、未だに電車は走っており辰巳ポートアイランドへ向かっていた。

電車の微かな揺れに身を任せてながら洸夜は、景色に海が見えるのに気付くと同時に周りの乗客が棚から荷物を下ろし始めたのにも気付いた。

どうやら、そろそろ付く様だ。

そんな時だった。

景色が一変し、窓から海に面した都市が出現したのだ。

この都市が学生都市、辰巳ポートアイランド。

洸夜は懐かしい光景に少し虚しさを覚えた。

 

「本当に帰って来たんだな……俺は」

 

そう言いながら洸夜は周りの乗客と同じように棚から荷物を下ろす為、座席から立った時だった。

そんな洸夜を一人の青年が見ていた事に、洸夜は気付かなかった。

 

=============

 

その頃……。

 

現在、辰巳ポートアイランド

 

人や建物が多く、店も充実している都会と言える程の街。

そんな街の道路に、都会と言える街にも関わらず浮いた車が走っていた。

冗談だろ言える程長い黒光りしたベンツだ。

周りの通行人も、そんなあからさまなベンツの存在にに思わず足を止めてしまう。

そんなベンツに四人の男女が乗っており、その内の三人は美鶴、明彦、アイギス……そして、最後の一人は二年前と同じ様なゴスロリファッションを身に纏っている女性『チドリ』であった。

そんなメンバーの中、美鶴はこれからの動きをアイギス達に聞いた。

 

「私と明彦はこのまま学園へ向かうが、アイギスとチドリは……」

 

「私とチドリさんはこのまま駅へ向かいます。そこで皆さんと待ち合わせの約束ですから」

 

「……私なんかが行って本当に良いの?」

 

アイギスの言葉に前の事件の件でチドリは俯くが、そんな彼女に明彦が首を横に振った。

 

「今更そんな言葉は無しだ。君は既に俺達の友人だからな……それに、君が来ないとうるさいのが一人いる」

 

「順平さんですね」

 

「確か前に……バイトをしながら近所の野球チームのコーチをしているとか……」

 

「つまりはフリーターです」

 

「……」

 

美鶴からの順平の情報を一刀両断するアイギスに、場の三人は苦笑いしか出なかった。

また、そんな状況で今度は美鶴がチドリに話し掛けた。

 

「しかし、チドリ……君こそ本当に大丈夫なのか? 君は自分の記憶が戻り始めたばかりだ。それに、メーディアが君を襲う事は無いかも知れないが、念のためその腕輪は外さない様にした方が良い」

 

「うん……分かってる。ありがとう美鶴……病院や住む場所とか色々と面倒みて貰っているのに」

 

「なに、気にする事は無い。元々は桐条が原因なんだ……逆にそれぐらいでしか償いの方法が無い事に情けなく思うぐらいだ」

 

そう言った美鶴の言葉にチドリは頷き、右手首に着けている腕輪に触れながら色々と思い出す。

メーディアが暴走しないの良い事だが、だからと言ってペルソナ能力が消えた訳でも無かった。

暴走まではしないがやはり時々、力が不安定になる事がある。

自分を襲わないからと言って、周りに被害が出ることをチドリは望まない。

そして、それを改善したのがこの桐条が生み出した腕輪。

抑制剤を使わずにペルソナ能力の力を制限してくれてチドリは少なくとも助かっている。

 

「あの時、洸夜のペルソナが放った力を浴びて以来……私の身体から副作用が消え、メーディアも襲わなく成った。タカヤとジンは"汚れ"だと言って気味悪がってたけど、少なくとも私は感謝してる。順平に出会って……洸夜達、皆に出会わなかった私はとっくに死んでたと思うから」

 

チドリはそう言って優しくそして、満足げに微笑んだ。

今の自分がいるのは順平や皆のお陰である事が分かっているからであり、今、自分が生きていると言う実感が嬉しいからだ。

それに、美鶴の言う通り去年から自分自身の記憶が戻り始めたのだ。

チドリと言う名前では無く、自分の本当の名前等を……。

チドリが静かにそう思い、心が暖かくなった時だった。

チドリはある事に気付き、その疑問を口にする。

 

「そう言えば……今日、洸夜は? 順平やアイギスから、みんなが集まるって聞いてたんだけど?」

 

「いや、それは……」

 

チドリの言葉に美鶴と明彦は一瞬、なんて言えば良いか分からず言葉が続かなかったがアイギスが助け舟を出した。

 

「風花さん達がメールを送ったそうですので、もしかすれば洸夜さんもきっと……」

 

アイギスの言葉に美鶴と明彦は無言で驚いてアイギスを見た。

自分達は何も知らなかったからだ。

勿論、風花達は自分達と洸夜に起きた事は知らない。

そんな中、風花達からメールが来た洸夜はどう感じたのだろう。

美鶴がそう思っていると、チドリは嬉しそうに微笑んだ。

 

「良かった……それなら洸夜にお礼が言える。前は洸夜……そのせいで眠ってしまったし、私の回復は私自身の力だって言ってお礼を言わせて貰えなかったから、今度は絶対言うつもり……"ありがとう"って……」

 

「ありがとう……か」

 

チドリの言葉を聞いて美鶴はその言葉を繰り返した。

自分達は洸夜にちゃんとありがとうと伝えた事があっただろうか?

あまり覚えていない。

そんな事だからあの時、あんな事をしてしまったのだ。

そんな事を思いながら美鶴は、ベンツの窓から空を眺め自分にこう問い掛けた。

自分は心の底から洸夜に何かしてやれただろうか……。

 

「……。(答えは……分かる訳がない……!)」

 

美鶴は湧き出てくる悲しみを隠すかの様に、運転手から声を掛けられるまでそっと目を閉じ続けた。

 

============

 

その頃……この街に集まる者達がいた。

 

駅では、茶髪と緑色の髪の女性が二人。

 

「遅い……! アイギスとチドリは仕方ないとしても、なんで順平達がこんなに遅いのよ!」

 

待ち合わせなのか、相手が来ない事に怒る茶髪の女性『岳羽 ゆかり』

 

「は、はは……まだ時間はあるから……落ち着いてゆかりちゃん」

 

そして、そんなゆかりの姿に苦笑いしてしまう緑色の髪の女性『山岸 風花』

この二人が駅に……。

 

==========

 

そしてその頃、ゆかりと風花のいる駅へ向かっている二人と一匹がいた。

一人は少し傷がついた帽子を被り、少し頼りなそうな青年。

その青年の前方には、小学生と中学生の間のまあまあ幼い少年が。

更にその少年の隣には、赤い目をした白く綺麗な毛並みをした犬がいた。

三人とも全力で走っている。

 

「順平さん! 風花さんからメール着てます! ゆかりさんが凄く怒ってるって!」

 

「ワン!」

 

「えぇっ!? ゆかりっち御乱心か!? って言うか乾もコロマルも足早っ! 待ってくれぇぇ!!」

 

乾達を追う様に順平は、帽子が飛ばされない様に押さえながら走り続ける。

 

==============

 

偶然か運命か……。

嘗て、(洸夜)(『彼』)と共に戦い、ニュクスとエレボスと死闘を演じた仮面使い達。

……今言える事は、この街に再び彼等が集結すると言う事実だけだ。

そして……もう一人。

 

===========

 

現在、ベルベットルーム

 

「おや……? どうされましたかな?」

 

「エリザベス……?」

 

イゴールとマーガレットに背を向けながら、二人の言葉にエリザベスは振り向かずに答える。

 

「……少し出掛けて参ります」

 

「またなの? 今度は何処へ行くつもり?」

 

「つーん……でございます」

 

正す様にエリザベスに言うマーガレットだが、エリザベスは反抗する様に言い返す。

そんな妹の姿にマーガレットは呆れた様に溜め息を吐くが、イゴールは全てを分かっているかの様に笑い出した。

 

「ヒッヒッヒッ……! あの街に向かうのですか……気をつけて行くのですよ」

 

「はい。主様……」

 

イゴールの許可に頭を下げるエリザベス。

その言葉にマーガレットもエリザベスが何処へ行こうとしているのかが分かった。

 

「もしかしてエリザベス……あなた、あの街に行く気なの? でも、なんで今更……」

 

「ヒッヒッヒッ……! 何かを感じましたかな……」

 

二人の言葉にエリザベスは顔を横へ向けて二人の方を向くと、小さく笑みを浮かべた。

 

「はい……再び回り始めた彼等の運命の歯車を……」

 

エリザベスはそう言ってベルベットルームから姿を消した。

 

 

End




チドリに関する事は出来ればツッコミ無しにして下されば幸いです。
この話だと、こう言う設定なのか……そう思って下さい。


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集いし仮面

長期休みの後の大学……就職活動……現在の戦いはこれからだ(--;)


同日

 

現在、ポートアイランド駅

 

巌戸台駅に着いた洸夜は、接続駅である為に存在するローカル線に乗り換え終点であるポートアイランド駅へ着いていた。

ここは月光館への通行手段でもある為、数年前までは洸夜もお世話に成っていた駅だ。

駅へ着いた洸夜は階段を降りて、辺りを見回した。

 

「……。(左側には映画。右には花屋のラフレシ屋。二年でも変わらないんだな……ん?)」

 

変わらない風景に少し拍子抜けしてしまう洸夜だったが、ラフレシ屋よりも更に奥の方へガラの悪い若者が入って行くのに気付く。

そこは、駅前広場のはずれ。

言わずと知れた不良達の溜まり場である。

洸夜達が卒業してから二年経つが、どうやらそこも変わっていない様だ。

 

「……。(行くか……)」

 

洸夜はあまりジロジロ見ずに月光館へと足を進めた。

昔ならば違ったが、今は例え絡まれたとしても昔の様に相手は出来ない。

少なくとも、もう自分は好き勝手出来る子供では無いのだから。

洸夜はそう思いながら月光館へと向かった。

 

===========

 

現在、月光館学園(校門)

 

二年前まで通っていた学園の場所まで迷う訳がなく、洸夜はあれから無駄に寄り道せず短時間で着いた。

そして、嘗ての母校を前に洸夜は校門の前で止まり、ゆっくりと学園を見上げた。

自分達の学ぶ場所であった同時に、戦う場所であったこの学園。

この場所が自分の居場所を作ると同時に狂わせた場所なのだ。

そう思い、洸夜が何処か心が虚しく成るのを感じた時だった。

 

「瀬多センパァァァイ!!」

 

「!……伏見? 」

 

学園の方から声を掛けられた洸夜が視線を向けると手を振りながらこちらに走ってくる伏見の姿が見えた。

久しぶりに見た立派に成った後輩の姿に、洸夜も嬉しい気持ちが出てきた……が。

 

「あっ!?」

 

「なっ!?」

 

洸夜との距離が後少しと言った所で何故か伏見は転びそうに成ったのだ。

勿論、伏見の足下には何も無い。

だが、伏見が地面と接触する事は無かった。

洸夜との距離が近かった事が幸いしたらしく、伏見は洸夜の腕の中にスッポリと収まる様に飛び込んで来た。

 

「随分と……立派?に成ったな」

 

伏見の様子に、少し笑みを浮かべながら洸夜は楽しそう言った

 

「あ……あはは…….うぅ……すいません……」

 

久しぶりの再会にも関わらず、いきなりドジを披露と洸夜の腕の中に入った事で顔を赤くしながら謝る伏見。

だが、洸夜は伏見の成長に気付いていた。

昔ならば自分が声を掛けただけでビクついていた伏見だが、今は自分の腕の中にいても恐がったりしない。

何よりも、こうして生徒会長をしていると言う事はちゃんと学生達から伏見が支持されていると言うのがどんな物よりも信用出来る証拠だ。

洸夜は伏見を放すと彼女の顔を見てこう言った。

 

「見違えたな……伏見」

 

「!……はい! ありがとうございます!そして……お久しぶりです瀬多先輩!」

 

=============

 

現在、月光館学園(二階 通路)

 

あの後、洸夜と伏見はOBの待機場所と成っている生徒会室へ向かっていた。

その事で洸夜は広さに疑問を持ったが、伏見の話では自分達が来る前に色々と片付けてかなり広いと話を聞いた。

理由までは分からないが、どうやら今回の事にかなり気合いが入っている様だ。

そんな事を考えながら洸夜が辺りを見回すと、周りの教室で勉強をしている今の高等部の学生達の姿が目に入った。

 

「成る程……修学旅行生に合わせて、月光館の高等部も今日は登校日なのか」

 

「はい。瀬多先輩の弟さん達に格好悪い所は見せられませんから。それに、出来るだけ日常の学園の様子を見て頂きたいので……」

 

伏見には既に今日の修学旅行生の中に自分の弟がいる事は事前に伝えている。

最初それを聞いた伏見は驚き、世間は狭いですね……とまで言った。

本当にその通りだと洸夜も思った。

その事を思い出しながらも、洸夜は今は母校の懐かしさを感じていた。

そんな時、伏見が思い出した様に洸夜へこう行った。

 

「そう言えば……江戸川先生が瀬多先輩が来るのを楽しみにしていましたよ? 来たら連絡欲しいってぐらいに」

 

伏見の言葉に洸夜はギョッとした。

確かに洸夜は江戸川先生の作った薬を飲んだ事は有ったが、それは満月の夜の前日に風邪をひいてしまい背に腹は変えられない状況の時の事。

別に嫌では無いが、洸夜は咄嗟に嫌な予感を察し話を変える事にした。

 

「そ、それよりも伏見!……一体、今日は俺の他に誰が来ているんだ? 結局、全然教えてくれなかったろ?」

 

洸夜の言う通り、伏見は今日に成るまで他に来るメンバーの事を教えてはくれなかった。

そして、会話をしながら二人が生徒室の前に着くと、洸夜の言葉に伏見は楽しそうな笑みを浮かべながら扉に手を掛ける。

 

「瀬多先輩が喜ぶ人達です。……失礼します」

 

既に室内にいるOBに声を掛け、伏見が扉を開けた。

クラスメイトか、それとも自分よりも歳上のOBか。

一体、誰が来ているのかと思いながらも洸夜も伏見の後を追う様に中へ入る。

そして……。

 

「丁度良かった。伏見、この時間帯……だが……」

 

「っ!……洸夜……か?」

 

広くなった生徒会室の真ん中で、テーブルを囲む様に座りながら伏見の後ろにいる洸夜の姿に驚きの表情をする美鶴と明彦の姿がそこにあった。

 

「……」

 

勿論、洸夜も二人の姿に気付かない訳が無く、洸夜は二人の姿に驚きの感情を通り越して無表情に成ってしまった。

生徒会室に重く俄に表現しづらい空気が包み込んだ。

 

=============

 

その頃。

 

現在、辰巳ポートアイランド(駅前広場はずれ)

 

日が入らず薄暗く湿気臭い駅の外れ。

そんな場所にいる者達も御世辞にも柄が良いとは言えず、全員が髪を染め目付きが悪く下品な笑い声をあげる男女の若者ばかりだ。

人数は五人……男三人、女二人。

しかし、今のこんな状態でも洸夜や明彦が見れば昔よりマシだと言うだろう。

洸夜達が卒業した後に変化でもあったのか、昔よりはそんな若者の人数が減っていたのだ。

そんな昔よりはマシに成った駅広場の外れに足を踏み入れる青年が一人。

ボロボロのニット帽を深く被っている為、顔の全ては把握しずらいが恐らくは二十代だと思われる。

しかし、青年は異質だった。

何がとは言いづらいが、まずはその格好だ。

まだ気温が秋に成っていないこの時期にも関わらず、ニット帽同様に少し傷が目立つ赤いコートを身に纏っているのだ。

また、そのコートの端に銅色の鈴らしき物も付いている。

そして、何よりも一番目立つのは青年が肩に掛けている自分の頭二つ分も長い何かが入っている布袋だ。

そんな目立つ姿をしながら足の歩みを止めない青年の姿に、先程の若者達は最初は驚いた表情で青年を見たが、やがて意地の悪い笑みを浮かべて青年へ近付いた。

 

「おいおい。そこのお兄さんちょっと待ってよ」

 

「そんな格好と変な物を持って此処に何の様だぁ?」

 

「ちょっとやめなって……ハハ!」

 

青年を囲む様にして絡み始める若者達に青年も足を止めた。

だが、当の青年はそれ以外は一切リアクションをしなかった。

それ所か、まるで何も無いように二人の若者の間を抉じ開ける様に再び歩き出した。

 

「……」

 

「なっ! おいっ!?」

 

「シカトしてんじゃねえよっ!!」

 

青年の反応に若者達は、まるで自分達を馬鹿にされた様に感じてしまったのだろう。

若者の中の一人の少年が青年に向かって殴りかかったのだ。

そんな様子に慣れているのか、周りの若者達はニヤニヤと笑みを浮かべて少年の行動を止める気配は全く無い。

若者達全員が、殴られる青年の姿を想像していた……勿論、殴りかかった少年もそう思っていた。

だが……。

 

「……!」

 

殴りかかってくる少年に対し青年は、無駄の無い動きで振り返りそのまま少年に頭突きをかました。

殴りかかった時の勢いも助け、強烈と成った頭突きをもろに当たった少年はそのまま地面に倒れた。

 

「ぐわぁぁぁぁっ!!? ふぁな……ふぁなが……イヘェ……イへェよ……!」

 

さっきの勢いは何処へ行ったのか、少年は鼻を抑えながら泣き叫ぶ。

そんな少年の様子に、自分達の思った光景とは違う現状に驚きを隠せなかった。

 

「なっ!」

 

「えっ!?」

 

若者達には初めての経験なのだろう。

人数も多く、明らかに不良と思われる服装や姿にも関わらず相手が一切怯まずに向かって来ると言う事態が……。

先程と打って変わり、地面に平伏す仲間の姿を見て表情に恐怖の色を浮かべる若者達に、今度は青年が口を開いた。

 

「おい……」

 

「!?」

 

思ったよりも迫力のある青年の声に、若者達は全員身体をビクつかせながら青年の方を向いた。

 

「一度なら許す……分かったら俺に構うな。そして、ここに二度と来るんじゃねえ……!」

 

青年はそうい言い放ち、睨みだけで人を殺せるのでは無いかと思う程の眼力で若者達を睨み付けた。

そして、その青年が後に見たのは自分に恐怖し逃げ出す若者達の姿であった。

 

……数分後。

 

青年は誰もいなくなった場所の段差に静かに腰を掛けていた。

元々、この場所に青年が来た理由はあまり大した事では無い。

只、あまり人が近寄らず個人的に他よりも落ち着けるマシな場所を考えた結果がこの場所だったのだ。

 

「……情けねえ」

 

静かに成ったこの空間で青年はそう呟いた。

この言葉は先程の若者達に言っている訳では無い。

青年は自分に言っているのだ。

力で先程の若者達を捩じ伏せた事、元々は先程の若者達もろくな事をしていた連中では無いだろう。

だが、青年の目には泣きながら自分に恐怖の視線を向けて逃げる若者達の姿が焼き付いている。

力だけしか何かを解決出来ない事に青年は呆れていたのだ。

 

「……。(あの時……俺はこうして生きていく事を覚悟した。"アイツ"がくれた命……こうする事にしか俺の償いはねぇと思ったからだ。だが……すぐに揺れるな)」

 

この二年……青年は償いの為に命を燃やした。

自分の命を助け未来に生きる様に言った友の事を考えればそう生きる事を望んだからだ。

他にも理由はあるが……今、青年が思っていたのはその事だった。

 

「……。(電車にいたな……思ったより元気そうだったが、何処かおかしくも見えた)」

 

青年はそう思いながらコートに付けていた傷だらけで形が少し崩れた鈴を取り出した。

電車で偶然に再会した友の姿。

相手は自分に気付かなかったが、それで良い。

それが青年が選んだ事だからだ。

そして、青年はそれと同時に自分がこの街に来た理由を思い出していた。

それは、一人の別の友からの連絡。

 

『お前が望むならば……あの街に来い。お前も十分に頑張っている。もう、皆に言っても良いのでは無いか?』

 

「……。(今更……どんな面で会えば良いんだ……"洸夜"に気付いても何も言えなかった俺は……!)」

 

見た目とは裏腹に今の青年の姿はとても弱々しく寂しそうな姿であった。

 

===========

 

現在、月光館学園(生徒会室)

 

心の何処かでは分かっていた。

伏見が自分以外では誰にこんな相談をするのか……考えればすぐに分かる事だ。

だが彼女の身を考えれば、参加する訳が無いと無意識の内に思い込んでいたのかも知れない。

いや……もっと単純に自分を守る為に、美鶴達が来ると言う可能性を考え無かったのかも知れない。

少なくとも洸夜は自分でそう思った

そして、自分の思っていた状況とは違う三人の様子に伏見は思わず、三人の表情を交互に見渡した。

 

「えっ! あ、あの……もしかして私、何か余計な事を……」

 

伏見の考えでは、洸夜、美鶴、明彦の三人の仲の良さを知っていた為、今回のはある意味でサプライズのつもりでもあった。

しかし、その考えとは裏腹に三人の様子が何処か普通では無い事は伏見も既に分かっている。

その事で伏見が不安そうに成る中、洸夜が彼女の肩に手を置き、伏見は思わずビクッと成りながらも洸夜の顔を見た。

理由は分からないが怒られるかも知れない。

そう思っていた伏見だったが、伏見の目の前にあったのは彼女を安心させるかの様に微笑む洸夜の姿だった。

 

「なんて顔しているんだ伏見。これからスピーチも有るんだろ? そんな顔を他校の修学旅行生には見せられ無いぞ」

 

「えっ……でも、瀬多先輩……私、また何か余計な事をしてしまったんじゃあ……?」

 

洸夜の言葉にまだ不安を覚える伏見。

慰めてくれているだけでは? ここで自分に失敗されても迷惑だからなのでは?

伏見が色々と考える中、洸夜は伏見の目を見ながら首を横へと振って話を続けた。

 

「伏見……自分に自信を持て。お前は生徒会長なんだ。俺は昔のお前を知っているが……あの頃と比べれば大きな成長だ。なにより、俺達の事を思ってした事だったんだろ?……ありがとな伏見。お前等もそう思うだろ美鶴に明彦……」

 

「!……ああ、私も洸夜と同意件だ。伏見……君が今生徒会長と言う地位にいると言う事は、少なくとも学園の皆が君を学園の代表に相応しいと思っての事だ。洸夜の言う通り自信を持て」

 

「あ、ああ……二人の言う通りだ」

 

突然、洸夜が自分達に話を振るとは思っていなかった美鶴と明彦だが、伏見の気持ちは理解出来る為に自分達の伏見に対する考えを口にした。

 

「会長……瀬多先輩……真田先輩も……」

 

そして、また失敗したと思った伏見は三人の言葉にそう言いながら思わず目から涙が出そうに成ってしまった。

最初は苦手だったが、今は尊敬する先輩達。

そんな彼等からの言葉を伏見がなんとも思わない訳が無かった。

 

「あ、あの……私! お茶とお茶菓子を持ってきます!」

 

そう言って伏見は、泣くのを隠すかの様に顔を隠しながら生徒会室を飛び出して行った。

伏見の目の涙を三人から見えていた事は彼等だけの内緒だ。

だが、伏見が出ていくとやはり空気が先程の様に重く成る。

そして、そんな状況を打破するかの様にお見合いの時に、まともに会話が出来なかった明彦が洸夜へ話掛けた。

 

「洸夜……暫くだな」

 

「体調は大丈夫なのか……?」

 

明彦は再会を喜ぶ様に、美鶴は洸夜の体調を心配する様に二人は洸夜に声を掛ける。

そして、そんな二人に洸夜は先程は伏見の方を見ていた為に二人の方を向いていなかった顔を向き直しながら返答した。

 

「……ああ、そうだな明彦。それと体調だが……」

 

そう言いながら洸夜は二人の顔を見て少し腕に力を入れて……。

 

「……お前等には関係ない事だ」

 

洸夜は特に何でも無い表情でそう言い、肩に掛けた荷物を入口の横に置くと一番近かったテーブルを挟んだ美鶴の向かい側の椅子へと座るとテーブルの上に洸夜用であろう資料へ手を伸ばして読み始めた。

その何事も無い様な洸夜の行動に美鶴と明彦は、言い表せない様な気分に成ってしまう。

自分達に本当に興味が無く成ったのかと思わせる洸夜の姿。

だが、そんな洸夜の姿に美鶴はある事に気付いた。

 

「洸夜……お前、腕輪を付けていないのか?」

 

美鶴が気付いたのは、総司に渡した筈の腕輪を洸夜が付けていない事だった。

お見合い会場で暴走したペルソナ能力。

それを抑える為に渡し、真次郎の事も知っている筈の洸夜がそれを付けない事に美鶴は驚きを隠せなかった。

だが、そんな美鶴に対して洸夜はと言うと、特に気にした様子を見せずに頷いた。

 

「あぁ……壊れたんだ」

 

「壊れた……!? あの抑制器が壊れたのか!?」

 

洸夜の言葉に美鶴は思わず資料を落としてしまい、それを拾わないまま洸夜を見詰めた。

美鶴がここまで驚くのには理由があった。

それは、腕輪型の抑制器を開発する時、美鶴を始めとしたS.E.E.Sメンバー全員が実験に協力した事にある。

他のメンバー全員は『彼』や洸夜に及ばずとも、並々ならぬ力の持ち主達だ。

そんなメンバー全員が抑制器を装着して力を使用したが、誰一人として抑制器の抑制に抗える者がいなかったのだ。

抗えないなら壊す事等はもっての他、試作とは言えそれ程までに抑制器のの抑制力と耐久力は強力なのだ。

それを洸夜は壊したと言った。

だが、それと同時に何が原因かは分からないが、それは……洸夜が抑制器を"使用"した事を意味する。

それに明彦も気付いた様だ。

 

「洸夜……! 俺達はお前の異変を見てから何もしていない訳じゃない。色々と調べた……だから教えてくれ。稲羽で何が起こっているんだ? 」

 

壊したでは無く壊れた。

つまりは使用したとも言える。

それだけ洸夜がペルソナ能力を使用する事態に陥っている事を意味している。

それに気付き明彦は洸夜にそう言ったのだ。

 

「……俺は今日は学園の件で来ただけだ。そんな事を話す為に来た訳じゃない」

 

洸夜は、本当に簡単な日程に成っている予定表を見ながら明彦からの言葉を流す様に返答した。

別に洸夜の言っている事は間違いでは無い。

今日はペルソナ使いでは無く、この学園の卒業生として来ているのだから当たり前だ。

だが、明彦も美鶴もそんな事は分かっている上で聞いている。

事態はそんな簡単な状況では無いのだから。

しかし、そんな二人の雰囲気を察したのか洸夜は美鶴達が言葉を発するより先に口を開いた。

 

「……ニュースを見ていないのか? 稲羽の事件の犯人は捕まった……シャドウワーカーだかなんだか分からないモノが介入する必要性は無いぞ」

 

「「っ!?」」

 

言うよりも先に理由を潰されてしまった美鶴と明彦は思わず言葉を詰まらせた。

確かに黒沢刑事が教えてくれてから数日後、容疑者確保のニュースが流れたのは美鶴と明彦も知っている。

解決した事件に理由も無く再調査は出来ない。

シャドウワーカーと言う特殊な立ち位置ならば尚の事。

明彦は洸夜の言葉に少し項垂れると、顔を上げて洸夜に語りかけた。

 

「……洸夜。お前には本当にスマナイ事をしたと思っている。なんであの時、あんな事を言ってしまったのか今でも不思議に思う。……許してくれとは言わないが謝罪はさせてくれ洸夜……!」

 

拳を握り締めながらそう言って洸夜へ明彦は頭を下げた。

何かしたかった。

親友を傷付け、ペルソナまで暴走させている。

そんな罪悪に明彦は何もしない自分が許せず、そんな想いを胸に洸夜に頭を下げた。

だが、そんな明彦の姿に何かを考える様な素振りをする洸夜に今度は美鶴が言葉を紡いだ。

 

「洸夜、前にお前は謝罪はするなと言った。自分の生きた二年が無駄になる……本当にその通りだ。だが……明彦はずっとお前に謝罪をしたがっていた。せめて……その想いは受け取ってやってはーーー」

 

「満足なのか……?」

 

「?」

 

美鶴の言葉を遮った洸夜の言葉に何を言っているのか分からず、洸夜の言葉の続きを美鶴と明彦は待った。

そんな洸夜は片手で資料を掴みながら自分の顔を隠す様に顔の近くに持っていき話を続けた。

 

「それを俺が聞いてやれば満足なのか? 俺が納得するかしないかは関係無く……」

 

「!……ち、違う! 洸夜、俺はそんなつもりで言ったんじゃ無いんだ! それ以外にも、お前をシンジと同じ様にしたくないからこそ!」

 

「……何を今さら。最初に俺を……俺の力を否定したのはお前等だろ! 」

 

「そうだ……私達はお前を傷付けた。その事実は変わらない。これからもずっと……だが、勝手かも知れないが、それでもお前を助けたいんだ私達は! お前の事は分かっている。ペルソナが制御出来なく成っている事を……」

 

美鶴の絞り出す様な言葉に洸夜は歯を食い縛り下を向いた。

確かに、ペルソナ白書の中身はもう殆ど無い。

力もどれ程下がったかも分からない。

もしかすれば桐条の力を使えば助かるかも知れない。

だが、だからと言って洸夜がそれを受け入れる気が有るわけが無かった。

 

「……だからなんだ? それは俺の問題だ。お前等には関係無い事だろ」

 

その洸夜の言葉に明彦は頭に血が上り、立ち上がった。

 

「関係無い訳が無いだろ! シンジの事を忘れたのか! これ以上、俺は友にーーー」

 

「俺を否定したお前がそれを言うのか! いい加減にしろよ明彦……今更、俺を否定したお前等が俺や俺の力に口出し出来るとは思うなよ……!」

 

「っ!.…だが……!」

 

洸夜の言葉に明彦は言葉を詰まらせた。

だが、美鶴が言葉を繋いだ。

 

「洸夜! お前はホテルの屋上の事を覚えていないだろうが、あんな事態に成ったら一般人の被害は計り知れないんだぞ!」

 

「!……くっ!」

 

美鶴の言葉に今度は洸夜が言葉を詰まらせた。

あのとき、ホテルで何かが起きたのは洸夜の耳にも入っていた。

当時の行動と一部の記憶の欠落を考えれば、洸夜が自分を疑ったのは言うまでも無い。

そこまでは洸夜も分かっており、洸夜は重苦しそうに口を開いた。

 

「……その時は、俺が命懸けでなんとかする。絶対だ……!」

 

あくまで美鶴達には頼らない。

別に洸夜が意地に成っている訳でも無い。

本当に、言葉通りの意味だ。

そして、その言葉の意味を察したのか美鶴と明彦の二人は黙ってしまった。

 

「……。(私達には頼っては貰えないのか)」

 

洸夜とのお見合いの後、美鶴は稲羽の事を考えるのと同時に洸夜の事も考えていた。

今思えば何故、当時の自分達は洸夜にあんな事を言ってしまったのか不思議で成らない。

最初は洸夜へ恨みも憎しみの感じは無かった。

勿論、洸夜も傷付いている事も分かっていた……のだが、あの時は気付いた時には洸夜へあんな事を言ってしまった後だった。

それから『彼』と洸夜がいなく成った寮は、文字通り火が消えた様な雰囲気が包み込んでいた。

美鶴もずっと後悔した。

仲直りがしたい……謝罪したい……もう一度だけで良いから側にいたい。

そんな想いを胸に生きてきた。

あの時のお見合いも、もう少し自分が何か一つでもしていれば変わったかも知れないと後悔した。

お見合いが保留と成っていても、洸夜と会う事はもう無いかも知れない。

そう思った矢先に伏見からの頼みによっての再会。

もう、後悔はしたくない。

そう思っても、なんて言えば良いのか言葉が見つからない。

そう思いながらも、何もしないのは嫌だと感じた美鶴は洸夜へ直接的に聞いた。

 

「洸夜……もう、私達は共に笑う事は無いのか……?」

 

「……」

 

美鶴の言葉に洸夜は黙った。

言った美鶴自身も、こんな事を言っても何も意味は無いと思っていた。

洸夜が只一言、そうだ……とも言えばそれで終わる。

言われても仕方ない……美鶴はそう言われるのを覚悟するが、言われるのはやはり怖い。

美鶴は洸夜の言葉が発せられる間、目蓋を強く閉じて心臓の鼓動が早く成るのを感じていた。

だが、洸夜の発した言葉は美鶴の考えていたモノとは違うものだった。

 

「分からない……」

 

「「ッ!?」」

 

洸夜のその言葉に美鶴と明彦は衝撃を覚えた。

分からない……これがどんな意味を示しているのかは全ては理解出来ないが、完全な否定の言葉では無い事に安心してしまう。

そんな二人の様子に気付いているのかは分からないが、洸夜は更に話を続けた。

 

「俺がお前等を……どう思っているのか分からない。憎い気持ちもある。だが……お前等と一緒に歩んだ三年間に嘘はつけない。本当に分からねんだよ……! 今……俺が何を望んでいるのか……!」

 

「洸夜……」

 

「……」

 

洸夜がそう言ってもしまえば二人が言える事は何も無かった。

子供では無いのだ。

自分達と仲直りした方が良いなんて言える訳も無いが、美鶴と明彦はそれでも何かを言わなければ成らないと思うが言葉が思い付かず、考え込んでしまう。

それは洸夜も同じだった。

 

「……。(千枝ちゃんは、ああ言ったが……やはり本人達を前にすると何も分からなくなる。分からない……美鶴達の事も……ペルソナも……俺がしなければ成らない事も……!)」

 

洸夜はそう思いながら片手で自分の顔を隠して、今の自分の弱々しい表情を隠した。

そしてこの時、洸夜の瞳の奥が一瞬だが金色の様に光った事に美鶴と明彦、洸夜本人ですら気付く事は無かった。

 

===========

 

洸夜と美鶴達の再会から数時間後……。

 

同日

 

現在、巌戸台駅

 

巌戸台駅の前で数人の男女と一匹の犬が集まっていた。

そして、その集団の中心に成っているのは、ゆかりと順平の二人だった。

 

「一体、どんだけ遅れたら気が済むのよアンタは!」

 

「いや俺も一言、言わせてけどよ。待って無かったゆかりっち達も悪いんじゃーーー」

 

「先に遅れたアンタが悪いわよ!」

 

「お二人共……この様な人通り多い場所で騒ぐのは止めた方が宜しいかと」

 

怒るゆかりと恐る恐る反論する順平。

そして、そんな二人を仲介するのは白いワンピースを身に纏うアイギスだ。

また、そんな状態に他のメンバーも溜め息を吐きながら見ていた。

元々の原因は、先に待っていたゆかりと風花は順平達を待っていたのだが、時間が過ぎても一向に来ない事に一旦飲み物を買いに行き、その場を離れた。

しかし、その後に順平達は到着したのだが、二人がいない事に順平は怒り、そのタイミングで戻ってきたゆかりと風花と対面。

口喧嘩が勃発した中でアイギスとチドリが合流し現在に至る。

 

「そんな風にばっか生きてたら、その内チドリにも愛想尽かされるわよ!」

 

「ふふふ……甘いなゆかりっち。俺とチドリんの絆はそんなじぁ消えねえ! なあ!」

 

ゆかりの言葉に順平は無駄に今世紀最大の決め顔でチドリの方を向くが、当のチドリは……。

 

「……。(なんだろう……なんか今の順平ちょっと残念。昔は輝いて見えたけど……) はぁ……」

 

「えぇ!? その溜め息の意味は!?」

 

「諦めなさい順平。分かってるでしょ」

 

「順平さんが劣化した事にチドリさんは残念なんですね」

 

「劣化ってなんだ!? チクショー! コロマルゥゥゥ!」

 

「クゥーン……」

 

久し振りの再会にも関わらず、チドリからも溜め息を吐かれ順平はコロマルに泣き付いた。

そんな順平にコロマルも前足を順平の肩に置いて慰めた。

しかし、なんだかんだで順平の性格を知っているからか、コロマルを覗き全員が世間話へ突入した。

 

「アイギスもチドリちゃんも元気そうで良かった」

 

「お久し振りです風花さん」

 

「風花も元気そうで良かった……」

 

「あれ……? 天田くん、背が凄く伸びたんじゃない?」

 

「そうですか? 自分では良く分からないんですけど.……」

 

「……良いんだ良いんだ。コロマルだけだ……」

 

それぞれが会話を始める中、本当に誰も自分を構ってくれない事に順平はイジけてしまい、駅の真ん中で体育座りを始めてしまう。

そんな姿に乾が順平を慰めに入るが……。

 

「順平さん……」

 

「ふ~んだ……」

 

良い歳して本当にイジけてしまった順平。

そんな姿にゆかりは呆れ、風花やアイギスは苦笑い。

そんな中、チドリが順平へ近づいた。

 

「順平……久し振り」

 

「!……チ、チドリ~ん!」

 

チドリからの言葉に嬉しさの余り飛び上がってチドリに抱き着こうとする順平だが……。

 

「やめい!」

「へぶっ!?」

 

チドリと順平との間にゆかりが入ってそれを阻止した為に、順平はチドリの下へ行けずにその場で倒れた。

 

「ゆ、ゆかりっち……ヒドイ……ガク!」

 

「「ハァ……」」

 

その場で倒れる順平。

そんな相も変わらない順平の様子に不思議と安心してしまうが、それを通り越してゆかりとチドリは溜め息を吐いてしまう。

そして、順平とのやり取りを終えたゆかりはアイギスに質問した。

 

「ところで……ねぇアイギス。美鶴さん達の予定ってどうなっているの?」

 

「はい。美鶴さんと明彦さんは学園での用事を終えた後、何が起こっても対応できる様にする為に学生の方々と同じホテルに泊まる筈です」

 

「さ、さすが美鶴さん達……」

 

「相変わらずあの人達、そう言う所もとことんしっかりしてるよな……」

 

アイギスの言葉にゆかりと復活した順平が驚きながらそう答えた。

昔からそうだったが、美鶴と明彦がそう言う所で徹底的な事は皆知っている為、ゆかり達以外も苦笑いしていた。

そんな時だった。

風花と乾の二人が何かを探す様に辺りをキョロキョロしていた事に順平が気付いた。

 

「どうしたんだ二人共?」

 

「あっ……ううん。只、ちょっと……」

 

順平からの言葉に風花は少し表情を暗くした。

そんな彼女の様子に周りのメンバーも彼女の周りに集まりだし、今度は乾が口を開いた。

 

「洸夜さん……来ていないんですね」

 

「!」

 

「天田くん、洸夜さんは……」

 

乾の言葉に順平が言葉を詰まらせると、ゆかりが乾の言葉を繋いだが乾は首を横に強く振った。

 

「分かってます!……洸夜さんが自分を責めて街を去った事は……でも……!」

 

「……今日の皆がこの街に集まる事をメールしたんだけど、返信も無かったから……やっぱり」

 

「……れ、連絡したんだ」

 

風花の言葉に順平は僅かだが冷や汗をかいた。

はっきり言って、風花と乾は洸夜が姿を消した本当の理由を知らない。

本当の意味で知っているのはゆかりと順平……そして、それを見ていたコロマルと、コロマルから聞いたアイギスだけだ。

勿論、ゆかりと順平は知らない。

コロマルとアイギスが自分達と洸夜の間に起きた出来事を知っている事に……。

そして、順平が冷や汗をかく中で乾が更に話を続けた。

 

「僕、一度だけ洸夜さんを責めた事があったんです」

 

「えぇ!?」

 

乾の言葉に順平は驚いて声を上げた。

乾や風花が洸夜にどれだけなついていたか知っているからだ。

そんな乾が洸夜を責めた事があるなんて想像も付かない事だった。

 

「洸夜さんが自分の力でチドリさんの様に荒垣さんを治した時、そんな力が有ったならなんでお母さんを助けてくれなかったんですか!……そう言って泣き叫んだんです。本当なら洸夜さんを責めるのは筋違いだって言う事は分かっていました。でも、洸夜さんそんな僕の事を責めないで……只、抱き締めてくれたんです。そして、頭を撫でながら……ごめんな……ごめんな……ってずっと言って僕が落ち着くまでしてくれた」

 

「天田君……」

 

そんな事が有ったなんて風花もアイギスも分からなかった為、驚いた表情を見せる二人だったが、ゆかりと順平は別の事で驚いている様で何処か表情が苦しそうだった。

 

「結局、僕は荒垣さんが亡くなって……洸夜さんがいなくなって……いなくなった後でしか何かを出来ない! ……僕、もう一度だけ洸夜さんに会いたいんです。あの時のお礼と……あの戦いで洸夜さんだけが背負う事は無いって……言ってあげたいんです」

 

「私も、天田君と同じ……洸夜さんにお礼と一人で背負わなくて言いって言いたい。そして……『あの人』の想いも……」

 

「「……」」

 

二人の言葉にゆかりと順平は言葉がでなかった。

いや、逆に何を言えば良いんだと思っていた。

チドリの事や色んな事を助けて貰った先輩……そんな洸夜に自分達がした事を言える訳が無い。

そう思っていた順平は、下手に何か言わない方が良いと思い笑顔で返答した。

 

「お、俺もそう思ってた! チドリんの事も有るし……色々と……なあ?」

 

「……え? あ、うん……そうよね……」

 

「……?」

 

何処か二人の様子がおかしい事にチドリは気付いた。

だが、その意味が分からず只の気のせいに成ってしまった……その時、コロマルがゆかりと順平に向かって吠えた。

 

「ワン! ワン! ……グルルルル!」

 

「え?コ、コロちゃん……?」

 

「コロマル……?」

 

普段のコロマルからは考えられない様な吠え方をする事に皆が疑問に思うと同時に、吠えられたゆかりと順平は驚いてしまった。

 

「どうしたの?」

 

「腹でも減ったのか……?」

 

コロマルが自分達に吠える理由が分からず、不思議がる二人だった……が。

 

「……"いつまで黙っているんだ"……コロマルさんはそう言っています」

 

「「!?」」

 

コロマルの言葉を翻訳するアイギスの言葉にゆかりと順平は思わず息を呑みながら動きを止め、コロマルとアイギスを交互に見るが、言葉の意味が分からない風花達は不思議がった。

しかし、順平は意味を分かっている為、流れる冷や汗を手首で拭いてアイギスに視線を向けた。

 

「……なあ、アイギス。もしかして……コロマルとお前って……」

 

何処か恐る恐るな口調の順平の言葉にコロマルは一鳴きしアイギスは頷いた。

 

「ワン!」

 

「……はい。コロマルさんから全てを聞いております」

 

「え!」

 

アイギスの返答にゆかりは自分の心拍数が早く成るのが分かった。

ドクンドクンドクン……まるで素早く太鼓を叩く様に段々と早くなる心拍数。

ゆかりは息を呑み、順平も思わず拳を握り締めた。

 

「じゃ、じゃあ……なんで何も言わねんだよ! ……知ってるんだろ? 俺達が……瀬多先輩をーーー」

 

順平がそこまで言った時だった。

 

「あっ! 皆……あれ」

 

何かに気付いたチドリが順平の言葉を遮り、駅の方を指差した先に駅から出てくる学生達の姿があった。

月光館でも無く、この近くでは見た事が無い制服姿。

そんな制服姿の集団に皆、心当たりは一つしか無かった。

 

「あれが修学旅行の人達でしょうか?」

 

「そうみたいですね……取り敢えず、少し移動しましょう。ここに居ては邪魔に成ってしまいます」

 

「そうですね」

 

「……あぁ」

 

アイギスの言葉に皆が頷く中、順平は何処か納得がいかないと言うよりも気まずいと言った感じに頷き、皆が歩き出した時だった。

 

「!……ワン! ハッ! ハッ!」

 

突如、何を思ったのかコロマルが尻尾を振りながら先程、駅に着いた修学旅行生の集団に走って行ってしまったのだ。

そんなコロマルの姿に他のメンバーも驚かない訳が無い。

 

「コ、コロちゃん!?」

 

「コロマル!」

 

風花達がコロマルを呼ぶが、コロマルは止まらずにそのまま走り続ける。

そんなコロマルを順平が追い掛ける為に走り出した。

 

「コロマルは俺が何とかすっから! 先に向こうで待っててくれ!」

 

「あぁ!順平さん!……どうしますか?」

 

「コロマルの事は順平に任せて、私達は先に向こう行ってよう」

 

乾の言葉にチドリはそう言って返答し、皆は駅の少し離れた壁まで移動し始めアイギスも移動しようとした時だった。

ゆかりがアイギスに話し掛けたのだ。

 

「あ……! アイギス……さっきの先輩に事なんだけど……」

 

「……ゆかりさん。この事を知っているのは私とコロマルさんを除けば、ゆかりさん達や美鶴さん達だけです。どうすれば良いのかは、もう私でも分かりません。ですが、ゆかりさん達がどうにかしたいと思う気持ちが有るなら……きっと、やり直せると信じています」

 

それは、前にアイギスが洸夜と美鶴達との関係を修復しようと思い洸夜と話した結果を踏まえての答えであった。

この問題は自分一人で解決できる問題では無くなっているのだ。

今の洸夜は何か問題に囚われている。

ペルソナの暴走、シャドウ化。

その様な事もあってアイギスは、ゆかりにそう言ったのだ。

 

「アイギス……」

 

そして、足を止めて振り返りながら言ったアイギスの言葉に、ゆかりは何か胸に突き刺さる感じを覚えた。

自分達がしてしまった事なのだから、自分達の手で解決 しなければ成らない。

何より、自分達が生み出した過ちで洸夜を傷付けてしまったのだ。

逃げてばかりでは要られない。

先程、風花達の言葉を聞いた時は思わず逃げ出しそうに成った程だ。

あの時、自分が弱いばかりに洸夜に八つ当たりしてしまった。

甘えていたのかも知れない。

洸夜ならば受け止めてくれる。

そんな事を思った結果が今の自分達と洸夜の関係。

 

「……。(本当に何してるんだろ……私。あの時……『彼』の事で瀬多先輩の責任なんて何も無かったのに、自分の事は棚に上げて……)」

 

================

 

現在、巌戸台駅

 

「ふぅ……やっと着いたな」

 

「いや、まだだって……この後、モノレールに乗らないと」

 

現在、総司達"八十神高等学校"の生徒達は無事に辰巳ポートアイランドへと到着しており、これからモノレールの乗って月光館学園へと向かう為、モノレールを待っている。

また、基本的に田舎である稲羽市から出た事が無いからか、総司、陽介、りせ等と言ったメンバー意外は普通の駅ですら物珍しそうに見ていた。

だが、総司は総司で全く別の意味で街を見ていた。

 

「これが……兄さんが居た街。(そして、シャドウの事件が起きたもう一つの街)」

 

総司はこの街に来るまでは、心の何処かで本当に洸夜がこの街でシャドウと戦っていたのか自信はあったが確信は持てなかった。

しかし、今は確信を持って言える。

この街で何かが在ったと……。

電車から降りて街に足を踏み入れた瞬間、初めて来たにも関わらず懐かしさの様な不思議と安心できる何かが身体の隅々まで流れるのを感じたのだ。

まるで、誰かが自分を見守ってくれている様にも感じられる。

総司は兄の戦い抜いた場所であるこの街からの歓迎されている様な雰囲気に、嬉しそうに空を眺めながら目を細めた。

そんな総司の様子に千枝が気付く。

 

「……瀬多くん。この街がさ……洸夜さんのペルソナ使いとしての出発点だったのかな?」

 

「多分……いや、絶対そうだと思う。なんか、不思議な感じがするんだこの街から……どんな感じかって説明は出来ないけど、なんか誰かに見守って貰っている様に安心出来る」

 

総司は自分が感じた事を千枝に返答する形で答えた。

普通ならば意味が分からないだろう。

言った総司自身もそう思っていたのだが、皆の反応は総司の予想とは全く違った。

 

「あ……! それ、私も感じてた」

 

「二人も?……実は私も」

 

「俺もだぜ!」

 

「私も……ストーカーとかそんな嫌な感じじゃない何か最も大きく安心出来る感じ……」

 

「……俺もッス。不思議ッスね……ペルソナ使い全員が何かを感じるなんて」

 

千枝の言葉を皮切りに次々と皆が総司と同じ感覚を覚えた事を口にし、総司はそんな皆の様子に最早なにか疑う余地は無かった。

 

「此処が、もう一つのシャドウ事件の場所……」

 

総司の呟きに陽介も総司の様に空を眺めた。

 

「俺……まさか修学旅行でこんなに不思議な位に清々しい気分に成るなんて思わなかったぜ……」

 

「私も……なんか、この街から懐かしさに近いモノも感じる」

 

「洸夜さんや他のペルソナ使いの人達が戦い抜いた街……」

 

「やべ……なんか緊張して来やがった……!」

 

「ふふ……皆、同じ気持ちなんだね」

 

陽介、千枝、雪子、完二、りせの順でそれぞれがそう言った。

総司も皆の様子にゆっくりと頷いて返した……その時。

 

「ワン!ワン!」

 

「へ………? うわっ!?」

 

「な……犬?」

 

総司達が話をし会話が落ち着いた瞬間、一匹の犬が総司達のクラスメイトの集団の隙間を猛スピードで抜けて来たのだ。

綺麗な白い毛皮に宝石の様に綺麗な赤い眼をした犬の突然の登場に、周りのクラスメイトがパニックに成り、総司達も状況を掴めない中、その犬と総司の眼が合った瞬間、一直線にそのまま総司へ飛び掛かって押し倒した。

 

「ぬおっ!?」

 

「相棒!」

 

「瀬多くん!」

 

「なっ! 瀬多が犬に押し倒されてるぞ!」

 

「まさか……瀬多の灰色の髪に同族的な何かを感じたのか……!」

 

「こ、これが都会か……!」

 

犬に押し倒された総司の様子に心配する陽介達とクラスメイト達だが、当の被害者である総司は未だに現状が理解出来ないでいた。

しかし、そんな時……総司は犬の様子に気付いた

 

「ハッ! ハッ!……クゥン……!」

 

「あれ……?」

 

「……な、なんかその子。瀬多君を襲っているって言うよりは……なついてる?」

 

雪子の言葉に総司も他のメンバーも同意せざる得なかった。

嬉しそうに尻尾を振りながら舌を出してジッと総司を見ている姿は、明らかに好意を持っている姿であった。

そんな犬の姿に総司も無意識にジッと眺めていた時だ。

さっきは驚いて気が付かなかったが総司は、犬の姿に見覚えがあった。

特徴ある赤い眼の犬。

自分は何処かで見た事が無かっただろうか?

総司がそんな疑問を持った時、隣にいた雪子が犬の首輪に付いているあるモノに気付いた。

 

「あれ、その子の首輪に付いてる"鈴"……洸夜さんから貰ったのに似てる……」

 

そう言って雪子は財布に付けている洸夜から貰った鈴を取りだし、犬の首輪に付いてる雪子の鈴より少し濃い色の眼と同じ"赤い鈴"を見比べた。

鈴は少し傷が付いているが、洸夜の鈴特有の模様が入っている。

実はこの鈴は嘗て、洸夜がある町の駄菓子屋の店主が趣味で作っていた鈴。

だが、そも独特の模様の為に大量に売れ残っていた所を洸夜が大量に安く纏めて買った物だった。

たまにストックを買う為に洸夜がその駄菓子屋を訪れるが、やはり売れ残っている事から持っている者は限られる。

その結果、総司達からすればその鈴の所持者は洸夜の関係者にしか思えないのだ。

 

「あれ、確かこいつ……」

 

雪子が自分のと犬の鈴を見比べていると、陽介が何かを思い出した様に懐から一枚の写真を取り出した。

そんな陽介の行動に完二が気付く。

 

「花村先輩。なんスかその写真」

 

「ああ、これは洸夜さんと仲間の人達が写ってるんだ。前に洸夜さんに冗談で一枚下さいって言ったら余ってるのを貰ったんだよ」

 

なんでその写真を修学旅行に持ってきているのかは誰も聞かなかったが、陽介はそう言ってその写真と見比べた。

そして、気付いた。

 

「っ! アアァァァァァッ!? この犬ってーーー」

 

そこまで陽介が叫んだ時だった。

一人の青年が陽介の言葉を何かを叫びながら遮って、此方に走って来たのだ。

 

「コロマルゥゥゥゥッ!!? こら、何してんだ! ハァ……ハァ……お、お前……大丈夫か……?」

 

走って来たからか青年は、息を切らしながら犬の名前であるコロマルの名を呼び、総司に心配の言葉を掛けながらコロマルを抱き上げると総司に片手で手を差し伸べた。

傷が入った帽子から髪の毛が飛び出ている何処か頼り成さそうな青年だが、飼い主かどうかは分からないとは言え自分を助けてくれた事は事実。

総司は下を向いていた顔を上げた。

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

そう言って総司が青年の手を握り返し、青年の顔を見た時だった。

 

「なっ!?……せ、瀬多先輩……?」

 

「え……?」

 

総司の顔を見た瞬間、青年の表情が変わったのだ。

何処か頼りなさそうな表情が、青くなり何処か恐怖の色が浮かんでいた。

一体、どうしたのだろうか?

総司も疑問に思ったがすぐさまに別の疑問が生まれた。

この青年は先程、自分の事を何と言った?

瀬多先輩……。

明らかに相手が年上である為、相手は明らかに誰かと自分を間違えている。

瀬多先輩と呼び……自分と間違えている人物、そんな人物は総司の中で一人しかいなかった。

総司はそう考え、青年に聞き返そうとした……が。

 

「!……あ、あぁ……ごめん。人違いだわ。本当にごめんなっ!」

 

「あっ!」

 

青年は正気に成ったのか、そう言いながら総司を急いで起こすとそのままコロマルを抱えたまま走り去ってしまった。

青年の素早い行動に、総司も声を掛ける事は叶わなかった。

そんな青年の姿に完二が気に食わなそうに口を開いた。

 

「なんだったんスかね。つうか、飼い主ならちゃんと躾とけよな……謝罪もしっかりしてけってんだ。(でも、あの犬……フワフワしてそうだったな)」

 

「って言うか……さっきの人にも見覚えがあった様な……?」

 

「あっ……私もそう思った」

 

「今の人。もしかして……」

 

千枝の言葉にりせも同意し、総司がある可能性を考えた時だった。

 

「ちょっとぉ~あなた達、何をしてるのぉ? モノレールが来るわよぉ!」

 

「え? あぁ! もう、皆がいないじゃん!」

 

「皆、早く行こう」

 

先生である柏木の言葉に千枝が周りを見回すと、既に自分達とクラスの数名を残して皆は駅へと向かっていた。

そんな光景に自分達が遅れる訳にはいかないと、総司は駅へと向かう。

だが……一人、花村陽介だけが動かずにその場で佇んでいた。

一枚の写真を手に持って、只々その場を動かない陽介に総司が声を掛けた。

 

「陽介! 早く!」

 

「!……あ、あぁ! 今行くって!」

 

総司の言葉に陽介は写真を制服の内ポケットにしまうと、総司達の後を追い掛ける様に駅へと入った。

 

「……。(さっきの犬と……男……間違いねえ。洸夜さんの……仲間だ……!)」

 

写真によって分かった先程の二人の正体を心に呟きながら……。

 

End



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再会は鳴き声へと共に

久々の投稿です。
大学の一部の講義が非常に手間取ってしまい、投稿も遅れてしまいました。
誤字も目立つと思いますが、すいません(-_-;)


同日

 

現在、月光館学園

 

月光館学園の二階の廊下。

そこでは、伏見を先頭に美鶴、明彦、洸夜の順に歩いていた。

だが、先頭を歩いている伏見の表情は何処か暗かった。

 

「すいません。来て頂いたのにこんな事には成ってしまって……」

 

「気にするな伏見。洸夜が言った通り元々、無理に予定したモノなのだからこうなっても不思議じゃないさ」

 

「ですが……」

 

気を使ってくれた美鶴の言葉だが、伏見はそれでも申し訳なさそうな表情を止めなかった。

何故、彼女がこんな顔をしているかと言うとそれは、伏見がお茶とお茶菓子を取りに行った時に校長に言われた言葉に原因があった。

 

『予定の時間調整を間違えてね……すまないけど多分、桐条君しかスピーチ出来ないから上手く伝えておいて欲しい』

 

伏見は絶望した。

態々、来てもらい交通費まで出したのにこれでは来てもらった洸夜と明彦に申し訳無い。

元々、無理矢理捩じ込んだ企画だから仕方ないと言えるが、責任感の強い彼女からすればこの問題の全てが自分の責任に感じてしまうの言うまでも無い。

しかし、そんな事は予想の範囲内だったのか美鶴、明彦、洸夜の三人は伏見の言葉にすぐに納得すると同時に彼女を責めなかった。

 

『無理矢理捩じ込んだ企画なんだ。問題が発生しない方がおかしい』

 

洸夜のその言葉に少し胸が軽く成るのを伏見は感じたが、だからと言ってすぐに立ち直る事も出来ず現在に至っていた。

 

「……」

 

そんな彼女に対して明彦も何か言おうとしたが、そんなに親しいと言う訳でも無い為に何を言っても慰め程度にしか思われる無いだろうと思ったらしく伏見と親しい洸夜にフォローして貰おうと、洸夜の方を向いた。

 

「……。(さっきもフォローしたのに今度は何を言えば良いんだ……)」

 

明彦の視線の意図を察した洸夜だが、既に伏見をフォローしている為に少し考えた。

流石に時間の経っていない二度目のフォローは、逆に相手からすれば完全に只の慰めにしか思えなくなるだろう。

その為、そんなすぐにはフォローなど入れられる訳がなかった。

しかし、ここで何か言わなければ伏見はテンションが最低値の状態で修学旅行生の前でスピーチする事に成ってしまう。

洸夜は悩んだ結果、自虐的なフォローを入れる事を決めた。

 

「伏見……俺はその方が良いと思うぞ。こんなフリーターが何か言うよりは、美鶴が何か言った方が遥かに良いに決まってる」

 

洸夜がそう言うと明彦も続く様に口を開いた。

 

「ああ、俺も大学に入学はしたが殆ど行かずに世界を回って武者修行に行ってるしな。はっきり言って来てみたは良かったが……何を言えば良いか思い付かなかったからな」

 

「……。(……明彦。この二年でまた常識が欠落でもしたのか? 良く見ると服装もおかしい……)」

 

明彦の言葉に洸夜は少し呆れながらも、明彦の服装に疑問を覚えた。

先程は再会で意識が服装に向かず気付かなかったが、良く見ると明彦の服は所々破れており、ギリギリ布切れを回避していると言った感じの服装であった。

洸夜は"猛獣に破られた"訳でも有るまいにと思いながらも、ズボンの生地の傷が斜めに入った綺麗な三本線の傷を見た瞬間、一瞬だが自分の考えが正しかったのでは無いかと思い明彦の今の生き方に疑問を持った。

だが、服装が変なのは明彦だけでは無かった。

洸夜は次に美鶴の服装に目を向けると、美鶴の服装も明彦に負けじ劣らずの格好をしていた。

首に掛け両肩から垂れ下がる白くモフモフとした何かの毛皮の様な物は少し嫌味に感じてしまうが、そこは流石は美鶴と言うべきか彼女が持つ特有の気品がそんな負の感情を無くさせる。

しかし、サブは良いとしても問題はメインにあった。

色は黒寄りで色自体は目立ちはしないが、そのメインの服装は美鶴のスタイルが良く分かるボディースーツの様な物だった。

恐らく、洸夜の人生の中でもこんな服を拝めるのはこれが最初で最後だろう。

もし、逆に美鶴以外でもこの服を着ている者に遭遇したのならば、この国のファッションセンスは崩壊したと洸夜は断言する自信がある程だ。

洸夜はそんな事を思っていたが、気付いてから見れば見る程に美鶴のスタイルがモロとまでは言わないが、それなり分かる服装だ。

 

「……。(少なくともピュアな小学生レベルには見せられないな……変な性癖に目覚め将来、犯罪に走っても誰も責任は取れないぞ)」

 

そう思いながらこれから美鶴がスピーチする事に不安を覚えたが、過去に洸夜達男組が美鶴に押し押しまくって美鶴にビキニアーマーを着せた事があった事は洸夜はすっかり忘れている。

そして、洸夜と明彦の言葉に伏見は漸く顔を上げた。

 

「……うぅ。先輩達が自虐しながらも私を励ましてくれているのに……私ったら落ち込んでばかり。先輩……ありがとうございます! 私、やりきって見せます!」

 

「あ、あぁ……そうか、頑張れ。(自虐……)」

 

自分の気合いを入れ直して表情を生徒会長その人のモノにする伏見だったが、伏見の言葉に洸夜は軽くショックを受けた。

自分で言うのは良いが、人から言われると何故か複雑や嫌な気分に成ってしまうからだ。

また、そんな洸夜達の会話に美鶴は別の視点で聞いていた。

 

「洸夜……。(まさか、私達との事が原因で就職も儘ならないのか……私が何かしてやれたら良いのだが、私の力等は借りたくは無いだろう。だが……)」

 

美鶴はそう思いながら洸夜に気付かれない様に複雑な表情で見た。

前に洸夜が精神科等に行った等と聞いた為に、罪悪感を更に強く感じてしまったのだ。

別に洸夜が就職しないのは只少し、自由に生きたいと言う理由なのだが稲羽に来る前まではバイトはしていたが、精神が病んでいたのは間違い無いので実は強ち間違いでは無かったりする。

そんな感じでそれぞれが色々と考えを持っていた中、洸夜は不意に自分がここに来てそれなりに時間が経っていた事に気付いて心の中で言った。

 

「……。(そろそろ、総司達が此処に来る頃だな。別から見れば良い街だ……気に入ってもらえると良いが)」

 

洸夜からすると嫌な思い出を考えれば、この街は既に居づらい場所として自身が認定してしまっているが、それでも他者からすれば良い街なのは変わらない。

複雑なモノだ。

内心では嫌な場所だが、全面的に他者から否定されたくないと言う気持ちもある。

こんな想いをしていても、こんな風に考えてしまう……人間とは単純な様で複雑な生き物。

洸夜はそんな風に考えながら伏見達と共に修学旅行生達を迎える為に校門へ行くのであった。

 

===============

 

現在、月光館学園(校門)

 

洸夜達がそんな会話をしてから凡そ一時間後、総司達、修学旅行生達も月光館学園の校門へと到着していた。

月光館学園独特の模様が入ったゲートが、中心から割れる様に横へ移動し先生方が先導しながら総司達も校内へと入った。

周りに植えられた木々や土では無く玄関まで続くパネルの地面、海に面しているにも関わらず不快な潮風では無く新鮮さと清々しさを感じさせる風と、それによって回る白い人工風車。

学園も青く輝くミラー等が日に当り輝き、爽やかさを醸し出す。

そんな出来てから歴史は浅いが、雰囲気を初めとしたモノ全てが自分達の学校とは天と地とも言ってしまいそうになる程な月光館学園の姿に、稲羽を出たことが無い千枝、雪子、完二や他の生徒は驚きや嬉しさからテンションが上がる者、目を大きく上げて周りを見る者、ただ静かにその場の新鮮な雰囲気を味わう者それぞれの反応をする。

それは、都会暮らしであった総司、陽介、りせ、直斗にも言える事であった。

 

「うぉぉぉぉ! すげぇぇ!」

 

「広さも八十神よりも広いですね……」

 

「この学園って小学生から高校までエスカレーター式だし設備を良くて有名なんですよ……なによりも、洸夜さんが通っていた学園なんですよね瀬多先輩」

 

「あぁ……兄さんから色々と聞いていたけど、こんなにも凄いなんて。(兄さんも、最初はこんな想いだったのかな……)」

 

自分と洸夜の思考は似ている部分が多い事を分かっている為、総司はそうだと良いなと思いながらゆっくりと、りせ達と歩きながら学園の周りを見て驚いていた。

千枝も又、周りに植えられている木々を指差して言った。

 

「見てみて雪子! あの木なんか蹴りの練習にピッタリの太さなんだけど!」

 

「ち、千枝……一人だけ喜ぶポイントが違うよ……」

 

「つうか、恥ずかしいんで……そう言う事は小さい声で言って下さいよ」

 

千枝の言葉に呆れる雪子と完二だが、総司は一人で何処か最低限ではあるが不自然に辺りを見渡す直斗が気になり声を掛ける。

 

「直斗。何かあるのか……?」

 

「いえ……只、ちょっと気になる事があったもので……」

 

「気になる事……? どんな事だ?」

 

直斗の言葉に総司は気になって聞き返す。

兄の母校であり、自分達が今から学び楽しむ場所でそんな事を言われたら不安に成るからだ。

直斗も悪気があって言った訳では無いのは総司も分かっているが、直斗自身は思った事をそのまま言ってしまう性格及び、そんなに重要な事では無いのか直斗は総司に普通に返答した。

 

「この学園に限った事では無いのですが……何年か前、この学園の生徒達が一斉に鬱病に掛かったり、駅前広場の外れで謎の不審死体が見付かった等、この街には色々とおかしな出来事や事件が起きていたんです」

 

「……本当なのかその話」

 

総司の言葉に直斗は静かに頷いた。

 

「えぇ……僕達、探偵の業界や警察では有名な話です。なによりも、この人工島の建設自体に桐条が関わって要る時点で……」

 

直斗がそこまで言うと、直斗は一旦口を閉じて考え込むと数秒後に言った。

 

「止めましょう……折角の修学旅行なんですから。今回は桐条が関わっていませんからね」

 

直斗は総司へそう言って、自分のクラスへ戻ろうとして前を向いた時だった。

先程とはうって代わり目を大きく開いて驚いた表情をする直斗。

だが、すぐに表情に冷静に戻すと再び足を止めて言った。

 

「……そうでも無かった様です」

 

「え……?」

 

直斗の言葉に総司が、その視線の先を見ると月光館の校長と女子生徒と挨拶をかわす八十神の先生達、そんな光景を横で見ていた三人の男女が目に入った。

三人の男女の見た目や服装等から察するに、修学旅行のしおりに書かれていた月光館のOB達と予想出来る。

三人とも容姿や雰囲気を良く、いつの間にか総司のクラスメイト達もそんな三人の男女の姿に騒ぎ始めた。

 

「おい……! なんだ、あの女性……反則級の美人だろ!?」

 

「あぁ……! モデルか何かか!」

 

「ねぇ? あの人達、凄く格好良くない!?」

 

「うんうん! なんかクールっぽくて頼りに成りそうで……!」

 

ざわざわと私語を続けるクラスメイト達。

だが、その三人は総司にとっては見覚えのある三人であり、総司は三人の姿を見ながら呟く様に言った。

 

「兄さん!……と、美鶴さんと明彦さん……?」

 

三人の内の一人は日頃から一緒に生活している為、見間違う筈のない兄である洸夜だ。

そして、残りの二人も総司にとって印象に残っている人物達、桐条美鶴と真田明彦であった。

両名共に今回は服装が個性的過ぎて凄い意味で目立っていたからか、総司もすぐに思い出したのだ。

また、洸夜に会ったのが初めてでは無い者は総司だけでは無い。

一部のクラスメイト達や勿論、陽介達も含まれると同時に全員が洸夜に気付きりせが手を振りながら洸夜の名を呼んだ。

 

「洸夜さぁーーん!」

 

「!……あそこに居たのか。ハハ……あんなにも、はしゃいで」

 

りせの呼び声に洸夜も気付き、りせ達の反応に嬉しそうに微笑むと軽く手を振り替えした。

そんな洸夜の姿に千枝達も各々の反応を示した。

 

「洸夜さん、本当に来てたんだね……ん? あの洸夜さんの隣にいる二人……何処かで?」

 

「あ……千枝もそう思った? 私も……最近、何処かで見掛けた気がするの」

 

「オレもッスよ。でも……あんな二人、見掛けたら忘れられねえけどよ。(特に、洸夜さんの隣にいる短髪の野郎……眼だけで分かるぜ。アイツは強いってな)」

 

「私も何処かで……って花村先輩?」

 

皆が見覚えを覚え完二が明彦の強さをヒシヒシと、その身に感じる中、りせが陽介の異変に気付いた。

はっきり言って洸夜の側にいる美鶴はアイドルである、りせから見てもかなりの美人だと思える程だ。

他の男子達もざわざわと騒いでいるにも関わらず、こう言う事に真っ先に反応しそうな陽介が反応しない事にりせが気付き、千枝も心配し陽介へ声を掛けた。

 

「花村? どうかしたの……? あっ! もしかしたら、あの紅い髪の女の人を見て変な事とか考えてるんでしょ? 全く……あんたは修学旅行でも変わんないよね」

 

「それは里中先輩も同じだと思うッスけど……。(花村先輩。また怒るんじゃねえか……?)」

 

千枝の言葉に完二が呆れた様に呟く中、完二は陽介がツッコミ的な反論をしてくると思い陽介の方を向く。

勿論、雪子とりせ、言った本人である千枝すらもそう成ると思っていたが結果は全く違い、千枝の言葉に陽介は何かを考え込む様に右手に洸夜からの写真を見る様に下を向いていたのだ。

 

「……」

 

「え……? ちょっ……花村?」

 

反応を返して来ない陽介に千枝が心配し肩を叩く様に声を掛けると、陽介は呟く様に言った。

 

「これ見ろよ……」

 

陽介は先程も見ていた写真を千枝達にも見える様に片手に持って上げた。

そんな陽介の反応に千枝達も気になるのか写真を覗き込むと全員が驚いた。

 

「っ!? これって!」

 

「洸夜さんの仲間の人達……!?」

 

千枝と雪子はそう言いながら美鶴と明彦の二人と写真を何度も見比べた。

写真に写る者と現在、自分達の目の前にいる者は明らかに同一だったのだ。

そして、そんな写真に今度は完二が気付いた。

 

「あぁ? この帽子男と犬って……さっきの奴等じゃねえか!?」

 

「え? 本当だ……! ハハ……世間って狭いね 」

 

「ほ、本当だね……って、と言う事はあの人達もペルソナ使い……!」

 

「そう言う事ッスよね……なんか、新鮮って言うか複雑っつうか……」

 

偶然に偶然が重なり軽く笑う、りせと雪子だったが皆、直に見る自分達とは違うペルソナ使いの存在に言い表せない気持ちに成る中、洸夜の事情を理解している陽介と千枝は笑う事等出来る訳が無く互いに周りに聞こえない様に囁いた。

 

「なぁ……洸夜さん、なんか表面でしか笑って無くないか?」

 

「うん……私も思ってたけど、もしかして洸夜さんに色々と言ったのってあの人達なのかな?」

 

千枝の言葉に陽介は総司と美鶴達、それぞれの方をチラチラ見ながら言った。

 

「相棒は知らないから気付いてないっぽいけど……少なくとも、まだ良く分かんねえ。洸夜さん、言われた事は教えてくれたけど、誰が言ったのかまでは言ってねえから」

 

「うっ……確かに、一人じゃないぐらいしか分かって無いんだった」

 

陽介の言葉に千枝は事実上の手詰まり状態だと悟った。

別に分かった所で何が出来る訳でも無く、下手して乱入したら更に状況を悪化させる事に成るかも知れない。

そこまで理解しているからか陽介と千枝は、そこまでで考えるのを止めたが話の渦の中心にいる美鶴と明彦は総司の存在に気付くと、あからさまでは無いが驚いた表情で総司を見た。

 

「稲羽の学校とは聞いていたが……まさか、彼もこの学校の生徒だったとは」

 

美鶴の言葉に明彦も頷き言った。

 

「あぁ……世間は本当に狭いんだな」

 

「……。(本当にな……)」

 

美鶴達との会話を聞いていた洸夜もそれには納得出来た。

自分の現在の状況が今まさにそれだからだ。

洸夜がそんな事を思っている中、明彦が誰にも気付かれない様に咄嗟に美鶴に小さく囁いた。

 

「美鶴、瀬多 総司……彼から何か感じ取れないのか?」

 

美鶴も多少だがサポート系の探知能力を持っている事から、明彦は総司がペルソナ能力を本当に持っているのか知る為に美鶴へとそう言ったのだ。

その事を美鶴も分かっているらしく、然り気無く総司の方を一瞬だけ見るのだが残念そうに首を横へと振った。

 

「駄目だ……何かの力自体は感じるがどうにも、あやふやにしか感じ取れない。風花が居てくれれば何とか成ったかも知れないが……」

 

S.E.E.Sメンバーの中で純粋な探知能力を持つ特別なペルソナを持つ風花。

彼女ならばワイトのジャミング等の特殊な状況下では無い限り、この集まっている者達の中で何人がペルソナ能力を所持しているか分かるだろう。

美鶴も明彦も、風花のこの場の不在に悔やんだ時だった。

八十神の生徒達の整列が終わったのか、伏見が美鶴達の下へと走って来ると、そのまま美鶴に言った。

 

「それじゃあ桐条先輩! 早速ですがスピーチの方を……!」

 

「なに……!?」

 

美鶴は驚いた。

普通、本来ならば校長等が先に何か言うべきなのが当たり前だと思うのだが、何故に卒業生の美鶴が先陣を着るのか明彦は愚か洸夜すらもそう思っていた。

そして、そんな事態に美鶴は元凶で有ると思われる校長の方を見ると、校長は既にマイクを持って美鶴の紹介を言っていた。

 

「……と言う事で皆さん。今から本学園の卒業生であり、桐条グループのトップの桐条 美鶴さんのお話を聞こうと思います。では、宜しく」

 

「……」

 

単純かつ簡単な台詞を言って美鶴へバトンを素早く渡す校長の行動に美鶴を始め、洸夜と明彦、伏見ですら言葉が出なかった。

しかし、本来ならば話は長いが、校長がそんな性格では無い事を知っている洸夜達は校長が、事前に周りから何か言われていたのか、どうも美鶴を持ち上げようとする節を感じる校長の行動に洸夜は静かに溜め息を吐いた。

 

「……。(どうせ、色々と腰の低い教育機関のお偉いさんが言ったんだろうな。桐条のトップがわざわざ居るんだ。美鶴に活躍させて持ち上げるつもりだったんだろうけど……残念賞を引いたな)」

 

美鶴がそういう事を嫌っている事を知っている洸夜は、そんな事を思いながらこの場に居ない顔も知らない人物へ対して鼻で笑った。

桐条と言う存在にそれぐらい恩を売るつもりだったのかと、可笑しかったからだ。

だが、同時に洸夜は自分が美鶴の事を理解している見たいに思え、勝手に気まずく成ってしまい溜め息を吐きながら空を眺めて気を紛らわしたが、無心に成ろうとして別の事を考えられる余裕が出来たのが仇に成り、洸夜はS.E.E.Sメンバーの事を考えてしまった。

不思議な物だ、人は親友と言う関係まで築いたとしても絆が崩れる時は呆気ないものだ。

少なくとも洸夜は皆と絆を築いたとは思っていたが、今と成っては『彼』とのコミュ以外は胸を張って築けたとは言い難く成っている。

只単に、自分が美鶴達との一件で彼女達の事に対して負の感情を抱いているからそう思っていると言う見方も出来る。

だが、だからと言って風花達にも会いたいとも思えない。

彼女達が美鶴達と同じ様な事をしないと言う保証が無いからだ。

 

「……。(いつからだ……? いつから俺は……こんなに)」

 

弱くなったんだーーー

 

「っ! (グッ! 胸が……!)」

 

洸夜はいつか何処かで聞いた様な声と共に、胸に針を刺した様な鋭い痛みを感じた。

身体全体が氷の様に冷たくなる様な感覚を覚えると同時に、何度も体験した眼の奥の痛み。

忘れる訳が無かった。

洸夜がこの痛み……忘れられる訳が無かった。

 

「ハァ……! ハァ……! (落ち着いたと思った矢先に暴走の予兆か……!)」

 

弱い……仮面を……自分を……仮面使いの自分を捨てーーー

 

「洸夜……?」

 

「はっ!」

 

明彦の問い掛けに洸夜は我へと還った。

我へと還った瞬間、胸の痛みや眼の奥の痛みが消えていた。

洸夜は無意識に額を手で拭ったが額には一切、汗などは無く少なくとも汗をかいていたと思っていた洸夜は不思議な感覚に陥り掛けた。

まるで眼の錯覚の様に手応えが無いが、確実に自分に影響を与えている……その様な感覚に。

 

「本当に大丈夫か洸夜?……お前、もしかしてまた暴走をーーー」

 

「違う!……頼むから、俺の事はほっといてくれ……」

 

顔色を悪くしながら言った洸夜に明彦は、また何か余計な事だったのでは無いかと思い、申し訳無さそうな表情で言った。

 

「……あぁ、すまない。だが、美鶴がもうスピーチをする。俺達はスピーチをしないとは言え、しっかりとした姿勢で見ていないと修学旅行生達に悪いだろ?」

 

「……そうだな。(落ち着いたか……)」

 

洸夜達がいるのは生徒達の前であり伏見達の隣である為、何か変な事をすれば目立ってしまう。

先程は美鶴達が注意を引いていた為、洸夜の異変には気付かなかったが次はそうも行かないだろう。

いくら騒がしくしても流石に限界がある。

八十神の生徒達も既に落ち着いているだろう。

そう思いながら洸夜は、静かに呼吸をし精神を落ち着かせて姿勢を正してスピーチをする為に真ん中へと移動した美鶴の方を見た……が。

 

「ヤ、ヤベェ……! さっきは考え込んでて気付かなかったけど、良く見たら滅茶苦茶美人じゃん! しかも、あんな凄ぇ格好の御姉様がスピーチって誰得だよ!」

 

「……。(静かに成ったと思えばなんだ、あそこの少年は……! 格好の事はもう良いだろ!)」

 

先程まで美鶴の事を見て一部の生徒達のテンションが上がり騒いでいたが先生方の言葉に落ち着いたと思ったのだが、騒ぎに一人遅れた花村が美鶴の姿をマジマジと見た瞬間に日頃の陽介と成って興奮し、現在に至る。

また、そんな陽介の言葉が先程から耳に入っている美鶴も怒りと羞恥から少し表情を赤くしながら拳を握り締めていた。

元々、あまり女子らしい事を意識もしなければ興味も無かった美鶴にファッションについて言うのは酷と言う物だ。

彼女からすれば大事なのは外見よりも、その服の動きやすさ等の所謂、性能重視だ。

何より、本人に自覚は無いが素が最初から良い美鶴が何を来たとしても自然に着こなしてしまうのだ。

他者が来たらドン引きされるが、美鶴が着れば最初は驚くが直ぐに慣れて自然な認識と成る。

 

「なあなあ相棒! 洸夜さんとのお見合いの時にも会ってたんだよな! もしかして、あの格好で……」

 

陽介は迫る様に興奮しながら総司へと聞いた。

 

「それは無い」

 

総司が直ぐに一蹴したが、美鶴の我慢もそろそろ限界であった。

本来ならば彼女の伝家の宝刀"処刑"が放たれてもおかしくは無いのだが、流石に時と場合がある。

修学旅行生に処刑をして良いものか美鶴が悩み始めた時だった。

 

「もう……花村くぅん! 静かにしないと先生がお仕置きするわよぅ! (なによ皆して! あんな赤毛よりも私の方が何百倍も綺麗でしょうが!)」

 

「真面目に聞こう」

 

「そうだな」

 

別の事で怒りを覚えていた総司達の担任である柏木の言葉に、一瞬で冷静になり黙る総司と陽介。

その影響は他の生徒にも及び、男女問わずに全員が真剣な表情で美鶴の言葉を待った。

年齢詐称の色々な意味でモロキンをも凌駕する柏木は、総司達にとっては逆らいたくない相手なのだ。

そして、静かに成った事で美鶴も漸く演説を始め様と口を開いた。

 

「(やれやれ……漸くか) ……初めまして皆さん。私は先程、校長先生から御紹介して頂いた桐条 美鶴です。今回、私はこの学園の卒業生として先ずーーー」

 

「流石は美鶴だ。あんな状態だったのに、何事も無かった様に演説を始めている」

 

「……あぁ、そうだな。(本当に、そう言う所は変わらないんだな)」

 

明彦の言葉に流石の洸夜も頷いた。

美鶴は伊達に生徒会長等、人前に何度も立っていた訳では無い。

何度も体験して来たこの状況で美鶴が言葉を詰まらせる事はまず有り得ないだろう。

何よりも、"桐条 美鶴"と言う人物の演説がどれ程に凄いのか知っている者達からすれば、八十神の生徒達の私語等は有って無いような問題だ。

勿論、洸夜も例外では無く美鶴の凄さを知っている。

まるで、唄を歌っているかの様に……詞でも読み上げているかの様に……美鶴の演説は飽きる事無く聞く事が出来るのだ。

彼女に見とれる者も少なからず存在するが、それは美鶴の存在感の強大さを意味してもいる。

現に、先程まで騒いでいた八十神の生徒達は皆、黙って美鶴の演説も聞いている。

中身の入っていない言う事だけが立派な演説等は違い、少なくとも美鶴の言葉の一つ一つに中身と重みと、幼い頃から重き荷を背負って来ている美鶴だからこそ感じられる説得力。

どれもそこら辺で聞き、体験出来る物では無い。

 

「……。(あの時もそうだった……)」

 

凡そ二年ぶりに演説をしている美鶴の姿を見て洸夜は、自分の月光館での入学式を思い出してしまった。

それが"瀬多 洸夜"にとって"桐条 美鶴"との初めての遭遇でも有ったからだ。

 

「……。(五年前。月光館の入学式で俺は美鶴達と初めて有った。入学式で新入生代表でスピーチをしたのが美鶴だった……)」

 

入学式のスピーチ等、誰が何を演説した所でまともに聞いている者は少ないであろう。

怠い、 面倒、早く帰りたい……色々と個人的な感情を誰もが抱いている。

勿論、それが同じ新入生であろうと例外では無い。

中等部から美鶴を知っている者ならば未だしも、洸夜を含む高等部から受験で入学して来た者達はまさにそんなメンバーであった。

洸夜ですら当時、入学式のスピーチ等を頭に入れず寮にある荷物やクラスメイトと成る者達を観察する等、どうでも良い事ばかり考えていた。

美鶴のスピーチを聞くまでは……。

 

「……。(人の上に立つ才能が有ったんだろう。俺を含めた受験組は、あの時に初めて桐条 美鶴と言う存在を知り……その凜とした姿に驚かされたんだ)」

 

今の総司達へのスピーチの様に当時も美鶴は、平然と当たり前の事をしているかの様な雰囲気を感じさせながらも、誰もが美鶴の雰囲気に文句を付けられない程に美鶴は堂々としていた。

その姿に全員が真剣に聞いていた。

一人……洸夜を除いて。

 

「……。(美鶴の姿には驚かされた……だが、あの時の俺は美鶴の表情が気にくわなかった。責任、焦り、不安……表情の中に色々な負の感情を混ぜていた。何に対しての感情かは分からなかったが、少なくとも入学式に関する事では無かったな。だが、当時の俺はイゴールの夢の事も有ってカリカリしていたからな……入学式で人前に立って堂々とした態度をした奴がそんな表情を見せる成って思っていたんだった……)」

 

過去の事を思い出しながら洸夜は再び美鶴を見て、再認識した。

総司達へ演説している美鶴の姿は、過去以上に凛々しく、そして堂々としている。

桐条グループのトップを継ぎ、過去の事への償いなのか……シャドウワーカーも設立している美鶴からすれば自然な成長と言えるだろう。

だが、洸夜は美鶴が前に進んでいると言う現実を見れば見る程、謎の不安で胸がざわつくのを感じ、この不安の答えを知る為に明彦へと小さく声を掛けた。

 

「明彦……今、良いか?」

 

「……! ああ、別に良いが……どうした?」

 

まさか洸夜から話し掛けられるとは思っていなかった明彦は、少し驚きの表情を見せながらも周りにバレない様に顔などは一切動かさずに口だけ動かす様に言い、洸夜も同じ様な感じで言った。

 

「……俺の事は一切、関係無しで聞きたい。お前……なんでシャドウワーカーに参加したり、大学にも行かずに武者修行に行っているんだ……?」

 

純粋に洸夜は知りたかった。

一体、何を思って明彦や美鶴がそんな生き方をしているのかを。

そして、洸夜の言葉に明彦は少し考える様な素振りを見せ、洸夜の言葉を理解し呟く様に言った。

 

「……美鶴は桐条という守り、償わなければ成らない物の為にしているが少なくとも俺は美鶴の様な立派な理由じゃない。只……純粋に力を求めている。妹……親友……色々な出来事で俺は自分の無力を知り俺はお前に……」

 

取り返しのつかない事をーーー。

そう言おうして明彦は洸夜の言葉を思い出して言葉を中断させた。

理由は分からないが、洸夜は今の自分達の事を知りたがっている。

そこまでは察した明彦はそう思い一旦、誤魔化す様に一息入れて続きを言った。

 

「……大学も実を言うとそれほど感心が無い。行ければ良かったと言う気持ちの方が強いかも知れないな。だから単位とかも殆ど気にして無いから、こんな風に世界を回って武者修行をしている。シャドウワーカーも……強者や自分の力量を測る為にしている事もあるから、さっきも言った様に俺は美鶴の様な立派な理由じゃない」

 

明彦の言葉が無意識の謙遜なのか、それとも本当にそうなのかは洸夜には分からない。

だが、少なくとも明彦の性格上から察するにそんな理由だけでは無いのは分かる。

きっと、何かしら明彦も思う所が有ったのだと思った洸夜は言った。

 

「……だが理由はともかく、お前も他のメンバーもシャドウワーカーに参加しているんだろ?」

 

洸夜の問いの意図が今一掴めない明彦は、少し眉間に指を当て悩む仕草をし言った。

 

「確かに全員が所属している訳じゃないが、順平達は頼めば参加してくれている。なんだかんだでシャドウワーカーは"特殊部隊"だからな。流石に職業が特殊部隊は色々と辛いと言っていた」

 

それからーーー

 

明彦がそう言って話の続きを言っているが、洸夜の耳には既に入っていなかった。

明彦の言った事は前にアイギスが言った事と殆ど同じあったが洸夜は、 あの時にアイギスに言われた時より強いショックを受けた。

まるで、現実と言う名の重い何かを背負わされた様にズッシリとそして、確かにその身に感じさせる様な衝撃だ。

美鶴も明彦も、アイギスや伏見でさえ前にちゃんと進み、順平達と共にペルソナを命と世界の為に使っている。

その事実は洸夜は自分が惨めだと感じさせ洸夜は、心の中で言った。

 

「……。(前に進めず二年も無駄にし……その後に稲羽に向かえば二人も死なせ……総司達の為と言って助けれた命を見捨て……もう、総司達は俺がいなくて大丈夫な程に成長した。なら、俺の存在の意味はあるのか? ……シャドウワーカーと言う組織に属している訳でも無く、ペルソナで人を守る処か自分で制御も間々ならく成っている……!)」

 

どんな事も背負うと覚悟していたが、時が経てば経つほど、自分で言えば言う程に辛さが増し惨めに思えて仕方ない。

それが今の洸夜の心情であった。

前へ進む美鶴達に比べ、弟や稲羽の人々を守り事件を解決する為に覚悟を決めたが現実は、犠牲者二名、誘拐も防げず、挙げ句の果てにペルソナの制御も間々ならない。

洸夜は今、いつの間にかに広がった美鶴達との差を酷く痛感したのだ。

他者から見れば洸夜は普通に立って演説を聞いている様に見えるが、心の中では既に膝を着いて悔しさと情けなさで涙を流していた。

 

「……。(一体、俺はどうすれば良いんだ……俺は本当に必要なのか……?『■■■』……俺はどうしたら良いんだ……!)」

 

洸夜が自分の今の現状を、既にいない友に問い掛けていた時だ。

悩む洸夜の目に演説を聞く総司の姿が目に入った。

その総司の姿はまるで、この月光館に入学してきた当時の自分の様に洸夜は感じてしまうと同時に、何処で自分の人生がおかしく成ったのか考えてしまった。

 

「俺は……。(もう分からない。只の学生だったんだぞ?……ベルベットルームに招かれた時か? 木刀を忘れて深夜の学園に侵入した時か? 美鶴達にS.E.E.Sに参加を頼まれた時か?……『アイツ』だけに全てを押し付けてしまった時か……?)」

 

洸夜の頭の中で誰も答えをくれない問いをずっと自問自答していた時だった。

そんな洸夜の耳に、誰かが自分を呼ぶ声が届いた。

 

「洸夜!!」

 

「っ!? 美鶴……?」

 

いつの間にか自分の目の前にいた美鶴の呼び声に、洸夜は我に返ると同時に何故、美鶴が演説中に自分の目の前にいるのか混乱気味に疑問に感じた洸夜は周りを見ると、伏見が先程まで整列していた八十神の生徒達にプリントを配布しながら、生徒の大半が学園の中へと入って行く光景が目に入る。

 

「何が……あったんだ?」

 

寝惚けている様に今一、現状が掴めていない洸夜に説明する様に美鶴は言った。

 

「洸夜……演説はとっくに終わったぞ? 皆が移動し始めても無表情で下を向いてままだから、私が声を掛けたんだ」

 

「終わった……? えっ!? あっ……本当なのか?」

 

少なくとも演説は全体的に40分はあった筈なのを洸夜は資料で見て覚えていたが、その演説が終わったっと言う事は美鶴の後の伏見の話も考え事をしている間に終わったと言う事に成る。

だが、まだ10分も経っていない様に感じていた洸夜からすれば現状が不思議でしょうがなく、そんな洸夜の様子に美鶴と明彦は互いに顔を見合せ、困惑した表情で洸夜へ言った。

 

「……洸夜。やはり、何かあるのか?」

 

「先程の質問の時もそうだったが、さっきから様子がおかしいぞ?」

 

「俺は……!」

 

洸夜の頭は、まだ状況が整理出来ず混乱してそう言った時だ。

総司が一人、洸夜の下へ走って来たのだ。

 

「兄さん!」

 

「総司……」

 

学園に入る前に兄に一言挨拶したかったのか、明るい表情の総司の登場に洸夜は漸く落ち着きを取り戻し、美鶴達も総司に声を掛けた。

 

「暫くぶりだな、総司君」

 

「まさか、君も修学旅行生の一人とは思わなかったぞ?」

 

美鶴達の言葉に、総司も軽く頭を下げ挨拶した。

 

「お久しぶりです美鶴さん、明彦さん」

 

本当は言う程に月日が経っている訳では無かったが、何故か不思議と久し振りに感じてしまった総司と美鶴と明彦。

しかし、再会の挨拶を交わす三人だったが美鶴が何者かの視線に気付き振り返った。

 

「あれは……?」

 

美鶴の視線の先に写ったのは特徴的な青い帽子を被り、自分を見ている人物……直斗であった。

 

「……。(白鐘 直斗……稲羽の事件捜査に協力している事は黒沢刑事からの資料で知っていたが、総司君と同じ高校に通っていたのか)」

 

資料で直斗の事を知っていた美鶴だったが、別に今は特に問題を抱えている訳でも無いからか下手に警戒せず、珍しい者を見た程度の気持ちで直斗を見ながら心の中でそう言い、振り返られた事で美鶴と目があった直斗は誤魔化す様に帽子を被り直しながら学園の玄関へ向かい心の中で呟いた。

 

「……桐条 美鶴ですか。(洸夜さん達、本当にお知り合いだったんですね。まあ、別にどうかすると言う訳では有りませんが一応、何があっても警戒は怠らない様にしないと)」

 

相手が今まで警察や数々の探偵達に苦汁を飲ませてきた桐条だからか、直斗は修学旅行にも関わらず場違いな雰囲気を纏い歩いて行き、美鶴も直斗がリアクションしないと分かると再び洸夜達の方を向き直すと、洸夜と総司は色々と会話していた。

 

「どうだ? この学園に来てみての感想は……?」

 

「悪くない処か、今まで来た学校の中で一番凄いんじゃないかな? 兄さんが此処を選んだのも頷ける」

 

弟との会話に少し落ち着いたのか、洸夜は総司の言葉に軽く微笑みながら言った。

 

「はは……別に見た目だけで選んだ訳でもないさ。まあ、悪くはないが……」

 

只の変鉄もない兄弟の会話だが、洸夜は落ち着いた気分に成っていた。

『彼』もそうだったが、総司も不思議と側に居ても嫌な気分に成らない。

席が沢山ある店で、自分の隣に来ても何故か嫌な気分に成らない……そんな感じだ。

洸夜がそう思っていた時だ、明彦が洸夜と総司の前に出ると 、総司を見ながら言った。

 

「すまない総司君……君に聞きたい事がある」

 

「……なんですか?」

 

何処か鋭い目線の明彦に気付いているかどうか分からないが、総司は不思議そうに聞き返した。

どうやら、総司は自分が前に明彦達に"ペルソナ"発言している事を忘れている様だ。

久保の一件もあり、仕方ないと言えば仕方ないが明彦は忘れてはいなかった様だ。

 

「総司君……君はペルソナを何処まで知っているんだ?」

 

「なっ! 待て明彦! 総司は……!」

 

予想通りの言葉に洸夜は言われた総司よりも早く反応し、そう言ったが明彦は静かに首を横へ振った。

 

「洸夜。すまないが俺は、現在、稲羽で起こっている怪奇事件……お前と彼が関わっている様に思えて成らない」

 

「ふざけるな。そんなのお前の推測だろ? 既に解決した事件に総司を巻き込むな」

 

「……! (兄さん……なんで明彦さん達にそうまでして隠すんだ? 前に言っていた事と関係があるのか?)」

 

洸夜の明彦への言葉に総司は違和感を覚えたが、明彦が洸夜へ反論した。

 

「……じゃあ、お前は一体、何処でペルソナを使っているんだ? 抑制器が壊れたと言う事実が、お前がペルソナを使ったと言う証明に成っている。……洸夜、ここまで言えばお前なら俺の言いたい事が分かる筈だ。稲羽の怪奇事件……シャドウが関わっているじゃないのか?」

 

「違う! ニュクスは既にいない! シャドウが稲羽に出現する訳がない!!」

 

ニュクスは存在しないが、それでもシャドウが誕生する事は美鶴達は知っており、洸夜も経験と明彦の言葉から感づいていた。

だが、洸夜は無意識の内に明彦の言葉を全て否定しようとしていた。

洸夜の目の前には弟がいるから。

そして、洸夜の言葉に明彦は少し表情を暗くして言った。

 

「お前らしくないな洸夜。シャドウやペルソナに常識は通用しない……それがお前の口癖だったろ? ニュクスの一部と人の負の感情でシャドウが生まれる常識は通じない筈だ」

 

「だが……!」

 

明彦の言葉に洸夜はまだ煮えきれなかった。

そんな様子に美鶴が総司へ言った。

 

「総司君。単刀直入に聞こう……君はペルソナ使いか?」

 

「俺は……」

 

どこか真剣な表情の美鶴と明彦に、別に言っても良いと思っていた総司は返答しようとしたが、洸夜が間に入り二人の会話を遮った。

 

「止めろ! お前等は総司にも何かを押し付けるつもりか!?」

 

「っ!? 洸夜……? 一体、何を……」

 

必死の表情の洸夜の言葉の意味が美鶴には分からなかった。

しかし、今の総司を"過去の自分"と重ねてしまった洸夜には美鶴達と総司を関わらせたく無かった。

自分は美鶴達との出会いで運命が変わったのかも知れない。

そう思い込み始めた洸夜は総司を自分の二の舞にしたく無かった為の行動であった。

勿論、美鶴と明彦は総司に酷い事をする気は微塵も無い為、美鶴は洸夜へ落ち着かせる目的で言った。

 

「待て洸夜! 落ち着け! 私達は只……!」

 

「只なんだ?……お前等が何もしない保証は無い筈だ! 元はと言えば……全部、お前等がーーー」

 

美鶴達へ洸夜は思いの丈を叫ぼうとしたが、洸夜はそこまでしか言う事が出来なかった。

何故ならば……。

 

「ワンッ! ワンッ!」

 

背後から、自分へと向かって吠えているであろう、聞き覚えのある"犬"の鳴き声が耳に届いたのだから。

 

End



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合わさる歯車

……な、なんとか今月中に投稿……出来ました……(--;)


同日

 

現在、辰巳ポートアイランド (とある喫茶店)

 

あの駅での出来事の後、順平達は一息入れる為に喫茶店へ来ていた。

衛生上で限られた席であったが、犬であるコロマルも入店可能な喫茶店は順平達にとっては嬉しい物である。

ペットならばまだしも、コロマルは"仲間"なのだ。

入口に繋いどく様な事はあまりしたくは無いのが順平達全員の気持ちだ。

そんな想いを胸に仕舞いながら、順平達は各々が注文したドリンクやスイーツをつまんでいる時だ。

 

「……ハァ」

 

伊織 順平は溜め息を吐きながら悩んでいた。

原因は先程、謎の行動をしたコロマルを追い掛けて出会った一人の少年であった。

自分が駆け付けた時にコロマルに押し倒されていた一人の少年の姿、それは自分達が傷付けた洸夜と似ていたのだ。

髪の色、眼、雰囲気等々、頭にくる程までに似ていたのだ。

こんなのは只の八つ当たりだとは順平も思ったが、よりにもよって何故、洸夜の姿とそっくりだったのか順平は疑問と困惑に襲われた。

最早、偶然では済まない気がして成らない。

 

『口だけじゃねえか! ヒーローごっこはアンタの方じゃねえかよ!』

 

「……!? (やめろ! やめてくれよ……! こんな事を思い出させないでくれ……!)」

 

順平は嘗て、自分が洸夜へ言った言葉を思い出して胸が苦しくなる様な不快感に襲われた。

なんで自分はあんな事を言ったのか、どうして洸夜に八つ当たりしてしまったのか。

全ては後の祭りなのは順平も分かっているが、そう簡単に割りきれる物でも無いのだ。

『彼』と共に先陣切って戦っていた洸夜。

いつも自分達を守ってくれていた洸夜。

そんな洸夜に、あんな事を言うのはお門違い。

順平も分かっていたのだが、どうすれば良いのか分からない。

そう思いながら順平は注文していたコーラの入ったグラスを口へと運ぶが、久し振りの炭酸も今の気分ではなんとも感じなかった。

そんな時だ。

 

「順平……さっきからどうしたのよアンタ? なんか、上の空に成ってるけど?」

 

自分の向かいの席でケーキを食べる手を止めながらゆかりが順平へそう言ったと同時に、言われた順平自身は自分はそんな暗い表情をしていたのかと思いながらも返答しようと口を順平も口を開こうとする。

 

「いや……只、さっきーーー!?」

 

そこまで言って順平は口を反射的に閉じた。

今、自分は何を言うおうとした?

自分達が傷付けた先輩に似た生徒がいたから悩んでいた?

そんな言葉が順平の頭に過り、口を閉じさせたのだ。

先程のアイギスの言葉の事もある。

幸運と言えるか分からないが風花達は先程の言葉を深く考えず、追及する事は無かったがそれでも順平とゆかりには先程の出来事は堪えていた。

そんな出来事の後で、自分達が傷付けた先輩に似た生徒がいた等と言える訳がない。

有名人のソックリさんに出会ったと言われても、驚く人も少なからずいると思われるが大概は、だからどうした? と言って済む程にどうでも良い事と同じだ。

本人に出会った訳でもなく、先程の出来事の後で洸夜のソックリさんを見たと言う話なぞ、誰も聞きたくは無い

少なくとも、そう感じた順平はそんな想いを胸に抱えながら誤魔化す様に返答した。

 

「なんでもないって……」

 

「そう? なら良いんだけど……」

 

「様子がおかしいと思ったのは私もだから……本当に大丈夫なの?」

 

ゆかりの後に隣で紅茶を飲んでいたチドリがそう言ったが、順平は肯定する様に先程よりも少し強く首を横に振って言った。

 

「本当になんでもないって……!」

 

「……」

 

駅の時とは違い、少し感情的になっている順平の言葉にゆかり達は少し驚いた表情になるが、興味を失ったのか話の内容を変えた。

 

「ねえ? この後、どうする?」

 

「どうするって……色々とお店とかを皆で見て回るんじゃあ?」

 

皆に聞こえる様に言ったゆかりの言葉に、ゆかり達から一つ後ろの席にいた風花が事前に聞いていた予定を言って聞き返した。

 

「……うん。そのつもりだったけど、ゴメン……気分が乗らなくなっちゃって」

 

自分で言っといて勝手なのはゆかり自身も分かっている。

だが、やはりアイギスとコロマルの言葉が効いてしまった事も事実な為、悩んでしまっているのだ。

コロマルの言う通り、いつまで隠しているのかと言う事を……。

 

「ゆかりちゃん……」

 

そんなどこか暗い表情で話すゆかりに対し、風花は名前を呼んだけで下手に追及もしなければ文句も言う事は無く、逆にありがたいとすら感じていた。

理由はゆかりと同じで気分が乗らなくなったからだが、唯一ゆかりと違うのは気分が乗らなくなった理由そのものであった。

"瀬多 洸夜"……その青年がこの場にいない事が一番、風花と口には出していないが乾にとっては一番辛い現実。

元々、風花と乾は洸夜が寮を去った後にすぐに連絡をとっていたが、当時の洸夜は心が疲れきっていた時でもあり連絡を返す訳も無かった。

そして、洸夜がそんな状態になっているとは夢にも思っていなかった風花達はその後も連絡を取ろうとしていたが、風花達も暇ではなくなって行き、やがて連絡をしなくなってしまった。

だが、それから月日が経ち、今日の事が決まって連絡が来た日、風花はすぐに洸夜にも連絡しようと居ても立ってもいられなくなり、乾にも連絡をとって洸夜に一緒に連絡をとってもらった。

相変わらず返信はいくら待っても来なかったが風花と乾は、洸夜が来てくれると信じて今日と言う日を楽しみにしていたのだ。

しかし、結果はこのザマだ。

洸夜が来ることもなければ何かしらの連絡も無かった。

どうして洸夜は、自分達に連絡をくれないのだろうか?

自分達が嫌いなった?

自分達に失望した?

それとも逆に自分に絶望して会いづらい?

色々な考えが浮かぶが、考えれば考える程に風花の心は暗くなっていった時だった。

風花の隣に座っていたチドリが言った。

 

「ねえ? 行きたい所があるんだけど……良い?」

 

「チドリさんの行きたい所……ですか?」

 

「どこなんですか?」

 

アイギスと乾の言葉にチドリは静かに頷いて言った。

 

「……月光館学園」

 

「え……?」

 

チドリが希望した意外な場所に、ゆかり達は思わず互いに顔を見合わせる。

ゆかり達にとっては卒業したとは言え、それほど月日が経っている訳でもない為に懐かしい感じが薄ければ、進んで行きたいとも思えなかった。

乾に関しては懐かしい処か、現在進行形ですらある。

何故、チドリが学園を希望したのか皆が不思議がる中、乾が代表して聞いた。

 

「チドリさん。どうして月光館学園へ行きたいんですか?」

 

「私、基本的にあそこがタルタロスの時にしか行った事がなかったから、皆がどんな場所で過ごしていたのか知りたくて……普通の人達が学ぶ場所を見てみたいの」

 

チドリの言葉に皆は気付いた。

当時、人工ペルソナ使いとしてタカヤとジンと共に行動してきたチドリにとって学校は、何の縁も無ければ興味もなかった場所。

しかし、ペルソナや副作用の問題も解決し嘗ての記憶が戻り始めた今の彼女にとっては違った。

自分と同じ位の少年少女が通う場所。

もしかしたら、自分も皆と同じ様に通っていたかも知れない可能性。

もう過ぎた時間は戻らないのば当のチドリ自身が一番分かっていたが、それでもせめてその場所を見て雰囲気等を感じたかった。

そんなチドリの想いをゆかり達は察し、順平が口を開いた。

 

「……別にいいんじゃね? 俺は反対しないけど」

 

「私も良いわよ。チドリだって、もう普通の女の子なんだからせめて、それぐらいの我が儘は許されるわよ」

 

「でも、今は修学旅行中で学園内に入れるんでしょうか?」

 

「今日は小・中等部は休みですが、高等部はいつも通りですから……どうなんでしょう?」

 

「それに関しては大丈夫だと思われます。あちらには美鶴さんと明彦さんがいらっしゃいますから……恐らく事情を説明すれば分かってくれる筈です」

 

順平達の言葉に風花達が疑問を指摘したがアイギスの言葉に皆は納得し、そうと決まればと言った感じに全員が店を出る為に席から立ち上がる。

 

「良し、支払いは俺がしとくから先に皆はコロマルを連れて外で待っててくれ」

 

「珍しい……アンタが進んで奢るなんて」

 

順平の行動にゆかりだけではなく、風花達やコロマルですら頷く光景に順平はショックを受けた様に肩を落とした。

 

「み、皆……酷くない。俺だってたまにはこう言う事をするって」

 

肩を落とすと同時に両手で顔を隠して嘘泣きの仕草をする順平の痛々しい行動に、ゆかりはドン引きし風花達は苦笑する。

そして、そんな順平にアイギスが追い討ちを掛けた。

 

「もしかして、チドリさんに良い所を見せたいのですか?」

 

「そうなの?」

 

順平の行動が純粋な優しさではなく下心なのではないかと言う疑いが浮上した事で、周りのメンバーの目線が冷たいものへと変わった。

 

「ちげーよ!? それは六割だけど! 俺だってたまには進んで奢る時だったあんだよぉぉぉぉ!!」

 

「それでも、半分以上は有るんですね……」

 

「本人はもう聞いてないけどね……」

 

負け犬の遠吠え宜しくそう叫びながらレジへ走り去る順平の姿に乾がそう言い、ゆかりが呆れながらも皆を連れて店の外へと出たのだった。

 

==============

 

 

現在、巌戸台駅

 

喫茶店を出た後、順平達は月光館へ向かう為にモノレールへ乗る為に巌戸台駅へと来ていたが、その中でコロマルが順平が事前に用意していたペット用の篭で物言いたそうな眼で皆を見ていた。

 

「クゥ~ン」

 

「ごめんねコロちゃん。動物はちゃんと篭の中に入れないとモノレールに乗せられないの」

 

「あっちの駅に着いたらちゃんと出してやるから、それまで我慢してくれな」

 

風花と順平の言葉を理解したのかコロマルはもう一度だけクゥ~ンと鳴くと大人しくなり、順平が篭を重たそうにしながらもコロマルに負担を掛けないように運び始めた。

 

「コロマルも重くなったな……!」

 

「ごめんね順平、コロマル……私が無理言ったから……」

 

「おっと! チドりん….…そう言うのは無しな」

 

「遠慮は無しです。無礼講です!」

 

「アイギス……ちょっとそれとは意味が違う気が……」

 

アイギスの言葉に風花が苦笑した時だった。

駅の外れの方から数人のチャラい格好をした少年達が飛び出して来た。

その突然の出来事に、順平達や周りの一般の人達も驚いたが少年達は特に何もせずに順平達の横を走り去ってしまった。

 

「ちくひょう! なんでふぉれが、こんなふぇに……! イテェよ……!」

 

「だから止めなって言ったじゃん!」

 

「良いから早く逃げるぞ! 追ってきたらどうすんだ!?」

 

まるで誰かに追われているかの様に、そう叫びながら走り去って行く少年達の姿を乾が驚いた表情のまま見つめていた。

 

「一体、なんだったんでしょうか?」

 

「さぁ? 多分、駅外れで喧嘩して負けたんじぇねえのか? あそこじゃ、そんなのは日常茶飯事だからな」

 

嘗て、順平とゆかりは『彼』と共に駅外れに行った事があり、そこで不良に絡まれた事があった。

順平は殴られてしまい、そんな順平達を偶然居合わせた荒垣 新次郎が助けてくれなければどうなっていたか分からなかったであろう。

それ故に、順平は乾の言葉に何処か知った感じに答えたのだ。

 

「あっ……! そろそろ時間じゃない?」

 

「その様です。早く駅へ行きましょう」

 

不思議な事が起きても時間は待ってはくれない。

順平達はゆかりとアイギスの言葉に急かされる様にモノレールへと乗り込むのであった。

 

=============

 

現在、辰巳ポートアイランド駅

 

時間帯が良かったのか、モノレールの車内には殆ど乗客の姿は無くコロマルを檻に入れなくても良かったのではと感じさせる程に快適だった。

そして、そんなモノレールから降りた順平達は駅の外へと出て、コロマルを檻から檻から出した。

 

「ほら、コロマル」

 

「ワン!」

 

余程、檻が窮屈であったのかコロマルは檻から出ると一鳴きして大きく伸びをする。

そして、久しぶりの母校への通学路であった場所を順平は見渡すと、どこか表情を暗くして溜め息を吐いた。

 

「はぁ……鬱だ」

 

「なに、いきなりそんな暗い事を言うのよあんたは!」

 

「そう言うけど、ゆかりッチ……卒業したとはいえ通っていた通学路を見ると学校の嫌な気分が甦るんだって」

 

「じゅ、順平さん……どれだけ学校が面倒だったんですか……?」

 

順平の言葉に乾は苦笑しながら言い、風花もゆかり達同様に呆れ半分な感じに肩を落とした。

二年経とうが順平はどこまで行っても順平であったのだ。

友人の変わらない事に喜ぶべきか、順平の勉強嫌いからくる学校への面倒だに呆れるべきか悩みどころであった。

 

「……道が綺麗」

 

「そうですね。学生の通学路と言う事もあって、掃除や植物の手入れが行き届いているらしいから」

 

駅前とは言え綺麗に整った道や周りに植えられている木々の植物から生み出される清潔感等に感心した様に言うチドリに、風花もそう言って返して説明する。

海が近い為に色々と植物の世話も大変だが、それでもこの現状を守ってくれているのは駅員や近所の方々の賜物だ。

そんな時であった。

チドリと風花がそんな会話しているとコロマルに異変が起こった。

 

「!……クゥ~ン」

 

「?……コロマルさん、どうかしましたか?」

 

駅から今現在、自分達がいる道までの匂いを突如、嗅ぎ回るコロマルの姿はまるで何かに気付いた警察犬を彷彿とさせる程であった。

それを不思議に思ったアイギスが声を掛けたが、コロマルはアイギスの言葉が聞こえていないのか一心不乱に周りに匂いを嗅ぎ続ける。

一体、なにがコロマルをそこまで夢中にしているのかが分からない。

先程の駅での暴走行動と言い、どうも今日のコロマルの行動が今一理解出来ないメンバーも対処に困ってしまった……その時であった。

突如、まるで何かを見つけた様にコロマルは嗅いでいた地面から顔を上げると、嬉しそうに一鳴きすると尻尾を振りながら凄い勢いで走り始めた。

 

「ワン……!」

 

「えっ!? ちょっ……! コロちゃん!?」

 

「コロマル! まって!」

 

コロマルの行動に驚きながらも声を出して呼び止める風花とチドリだったが、その程度でコロマルが止まる訳もなく、コロマルは更に走り続ける。

 

「まさか……!」

 

「えっ? 何か分かったの……?」

 

コロマルの謎の行動に、順平が心当たりがある様な事を口走った事に、ゆかりが反応するが内心では今一良い予感がしなかった。

元々、そう言う性格だからか順平が、あからさまに真面目ぶった事を言う時は大抵なんだかんだでふざけた事を言う事が多い。

順平の性格を知っているから故に、そう考えたゆかりであったが、順平は真面目な表情を全く崩さずに言った。

 

「コロマル……末期なんじゃね?」

 

「……は?」

 

一体、この男はなにをいっているんだ?

ゆかりのそう思った故に、思わずそう言ってしまったのだ。

他のメンバーですら今一、言っている意味が分からずに固まっている。

そして、順平の言葉に固まるメンバーの想いをまるで代弁するかの様にアイギスが順平に言った。

 

「どういう意味でしょうか順平さん?」

 

「いやさ……ホラ、犬って人より歳とるのって早いじゃんか? だから、もしかしたらコロマルは……」

 

「歳をとったから、あんな奇怪な行動してるって言うの……?」

 

「そんな、セミじゃないんですから……」

 

「それにコロちゃんはまだ、生き生きしてて現役だと思うけど……」

 

順平の言葉にゆかり、乾、風花の順にそう言った。

乾の言う通り、セミじゃあるまいしコロマルがそれでおかしくなったとは考え難くい。

何よりも、歳とった犬があんな疾風の様な過敏で清々しい走りが出来る訳がない。

順平を除いた全員がそう思った時だ、順平が思い出す様にとんでもない事を言い放つ。

 

「でもよ、さっき駅でも飛び出した時……修学旅行生を押し倒してたしな」

 

「え?……えぇっ!? コロマル……そんな事をしちゃったんですか!」

 

「どうしてそれを先に言わないのよ!」

 

「だ、だってよ!? なんかジャレてた見たいなもんだし大丈夫かなって……」

 

皆からの気迫のこもった言葉に両手を振りながら弁明する順平だが、アイギスは冷静に言った。

 

「ですが順平さん。順平さんがそう思っていても、相手の方が襲われたと思ってしまっていたら色々と大変な事が……」

 

「あっ……」

 

アイギスの言葉に漸く、事の重大差を理解した順平。

よくよく思い出せば、あの時の学生を助け起こしたのは自分だが、相手がケガをしたかどうかは確認していない。

そう思うと、順平はダラダラと冷や汗をかきはじめた。

人にケガを負わせた場合、もしかすれば最悪……。

 

「……殺処分」

 

「え……?」

 

まるで順平の心の言葉の続きが分かっていたかの様に呟いたチドリの言葉に、全員がチドリの方を向いた。

 

「もし、順平の言葉が本当なら万が一、コロマルが誰かに何かしてしまったなら……」

 

「……」

 

チドリの言葉を聞いた瞬間、今度は順平以外のチドリとアイギスを除いたメンバーから冷や汗を流し始めながら黙り込んだ。

皆、同じ事を思っているのだろう。

コロマルの賢さは皆が知っている。

勿論、性格も穏やかで優しく、心も強い犬だ。

しかし、チドリの言葉の言う通り"万が一"の事が起こってしまうと考えた結果、皆がとる行動は只一つであった。

 

「「「「コロマルゥゥゥ!!?/コロちゃぁぁぁん!!?」」」」

 

全力でコロマルを追い掛ける事だ。

万が一の事など起こさせて堪るかと、大事な仲間を殺処分等にさせるかと想いの下、順平達は一斉に走り出した。

 

「コロマル……」

 

「コロマルさん……」

 

そんな順平達に続く様にチドリアイギスも走り始める。

そして、そんな順平達を尻目に当の本人であるコロマルは、後ろから追い掛けてくる順平達に気付くと一旦、止まると一鳴きした。

 

「ワン!!」

 

「えっ……!」

 

コロマルのその一鳴きに、アイギスは思わず足を止めてしまう。

アイギスにはコロマルの言っている事が分かるからだ。

コロマルの言葉が彼女の足を止めたのだ。

 

「ワン!……じゃねえよコロマルゥゥゥ!? コラ! 止まりなさい!」

 

しかし、アイギスが足を止めた事に気付かない順平達は、そう叫びながらコロマルへと走るが、コロマルは再び走り出してしまう。

 

「ワン!」

 

コロマルが再び走り始めた事で順平達も速度を上げて追い掛ける中、足を止めていたアイギスだけが取り残される様な感じでその場に残ってしまった。

だが、アイギスは皆が先へ行ってしまった事よりも気になる事が出来てしまった。

それは勿論、先程のコロマルの言放った言葉だ。

 

"やっぱり来てた"

 

先程、アイギスが聞き取ったコロマルの鳴き声を簡単に人の言葉に直すと、この様になる。

コロマルが言ったこの言葉と、先程からのコロマルの不自然な行動。

駅から少しだけしか離れていない道の真ん中で、アイギスは静かに考える。

この言葉と行動の意味を……。

 

「……まさか」

 

アイギスの中で、ある考えと繋がった。

 

==============

 

現在、月光館学園前

 

アイギスが悩んでいる最中、順平達のコロマル追跡は続いていた。

だが、その距離はコロマルの過敏な動きによって縮まってはいない。

基本的に駅から学園までの距離は余り遠くは無く、寧ろ近いと言える。

しかもコロマルは基本的に直進状態で走る為、かなりスピードを上げやすい状態となっているのも原因だ。

しかし、そのコロマルの走りによって順平達は、ある事に気付いた。

 

「な、なあ……こ、この道筋ってもしかして……」

 

「多分……月光館学園への登校路だと思います」

 

変に走りながら喋ったからか息を切らし始めた順平に、息を切らしていない乾がそう返答した。

そう、コロマルが走っている場所は日頃、月光館学園生が通っている登校路に順平達は気付いたのだ。

コロマルの行動の意図は、まだ分からないが行こうとしている場所は察する事が出来ていた。

 

「コ、コロちゃん……もしかして……学園に……?」

 

「風花!? 大丈夫なの!? 」

 

元々、体育会系では無い風花に短いとは言え全力短距離走状態になっている現状は酷なものだ。

更にコロマルの事で焦っている事が厄して心臓に無駄に負担を掛けているのだから尚更であった。

息を切らす風花を、ゆかりが心配する中、チドリが前に出た。

結局は元々、行こうとしていた場所へ行くのだからコロマルの心配以外では特に困る事態では無い。

 

「先に行くね……」

 

「えっ!? チドリん無駄に早ぇぇ……!」

 

一見、動きづらそうに見えるチドリのゴスロリ衣装であったが、実は動きやすく彼女にとってはなんの障害でもない。

 

「チ、チドリさん!」

 

そんなチドリに追い付こうと成長期の乾もスピードを上げ、そのまま二人は他のメンバーよりも速く学園の中へ入り軽く息を整える為に下を向き、そして学園の中で何かをしているであろうコロマルを探そうと顔を上げた時だ。

チドリと乾の目線の先を見た瞬間、二人の背筋に電流が走った。

 

「「あ……!/えっ……!?」」

 

二人の目線の先に、コロマルは確かにいたが同時に四人の人物も確認した。

灰色の短髪の人物は分からなかったが、その内の二人は美鶴と明彦だと、すぐに確認出来た。

突然のコロマルの登場に美鶴と明彦も驚いていたが、そんな事は問題ではなかった。

チドリと乾に衝撃を与えたのは、コロマルが尻尾を嬉しそうに振りながらジャレついている自分達には背を向けている、もう一人の人物。

見覚えのある季節関係なく服装が黒か、それに近い色等の服を着こなしており"馴れた"感じで己にジャレてくるコロマルを撫でる人物。

乾は、その人物の正体がすぐに分かった。

忘れられる訳がない。

シャドウとの戦いで『彼』と共に誰よりも前に出て乾自身が一番、印象に残っている姿。

頼りになると同時に安心でき、いつも大きく見えた後ろ姿。

そんな人物、乾の知る中では一人しかいない。

 

「「洸夜さん……!/洸夜……?」」

 

「その声……乾とチドリか?」

 

乾とチドリの方は振り向かないまま、あまり気付かないが少し困惑が混じった様な口調で、洸夜はそう言った。

これが乾とチドリ、勿論、洸夜にとって彼等と二年ぶりの会話であった。

 

「天田? チドリも……? どうして此処にいる?」

 

「お前達は、今日は買い物じゃなかったのか……?」

 

本来ならば、この場所に来るとは聞いていなかったメンバーの登場に美鶴も明彦も困惑を隠せなかった。

 

「私が学園を見たいって言って……」

 

「そ、そしたらコロマルがいきなり走って……」

 

チドリは美鶴達の方を向いて言ったが、乾は未だに驚きが消えないのか目を大きく開いた状態で洸夜の背を見つめながら言った。

その時だ。

 

「洸夜さん……?」

 

「せ、瀬多先輩……!?」

 

「……!」

 

乾達の後ろから聞こえてくる声。

乾同様に驚きと困惑が混じった感じに言った風花と、どこか驚きよりも恐怖に近い感情で言った順平。

そして、ゆかりは言葉すらも失っていた。

 

これが、洸夜とS.E.E.Sメンバーの二年ぶりの再会で会ったが、それが一体どのような意味を持つ事になるのかは、まだ誰にも分からない。

 

「この人達……」

 

総司は、S.E.E.Sメンバーとの突然の出会いに洸夜と美鶴達を静かに見詰めていた。

 

End



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目覚め

かなり掛かりましたが、なんとか投稿できました(-_-;)



同日

 

現在、月光館学園ー玄関前広場ー

 

「ワン!」

 

聞き覚えのある鳴き声の正体がコロマルと分かった瞬間、自分の周りをコロマルが回っていた。

洸夜は一体、なにが起こったのか最初は分からなかったのだ。

嘗ての仲間のコロマルとの再会に、洸夜は先程の美鶴達への怒りが急激に冷めるのを感じた。

コロマルとの再会が、洸夜の頭を冷静にする良い薬となった様だ。

しかし、それと同時に美鶴達との一件以来の二年と言う時間によって生まれた、嘗ての仲間への罪悪感や苦手意識に近い何かすらも目覚めさせた事となってしまい、洸夜は自分の足下で再会に喜ぶコロマルを気まずそうに見る。

 

「ワン!ハッ!ハッ!」

 

「……」

 

洸夜の気持ちを知ってか知らずか、嬉しそうに鳴き続けるコロマル。

そんな様子に洸夜はコロマルから視線を逸らした。

 

「……。(もう、昔の様にはいかないんだ……)」

 

そう心で言って……。

だが。

 

「!……クゥ~ン」

 

「っ!」

 

洸夜が眼を背けた事が悲しかったのか、コロマルは顔を下げて本当に悲しそうに一鳴きしたのだ。

そんな様子に洸夜も、罪悪感が湧かない訳がなかった。

 

「……コロマル」

 

「!……ワン!」

 

気付いた時には洸夜はコロマルの頭を撫でていた。

昔と同じ様に、今だけは二年前に戻った様に思える程に懐かしむ様に頭と顎の下を撫でていたのだ。

そんな洸夜から撫でられるのが嬉しいのか、コロマルも嬉しそうに鳴いている。

しかし、いつまでもこんな事をしている訳にはいかない。

何故、此処にコロマルがいるのかは洸夜にとって謎だが、美鶴達からしても予想外だった様だ。

 

「コロマル……! 何故、此処にいる?」

 

「コロマル……」

 

驚きの表情を見せる美鶴と明彦。

しかし、洸夜は自分でも驚く程に己が冷静になっていく事に気付いていた。

コロマルとの再会が洸夜に教えているのだ。

これは始まりだと言う事に……。

 

「「洸夜さん……!/……洸夜?」」

 

「……。(やはり、この街に来た事は運命だったのかもな……)」

 

後ろから聞こえた声に、洸夜は歯を食い縛りながら静かに眼を閉じた。

 

===============

 

そして、現在。

嵐の前の静けさ。

現在の雰囲気を表すならば、まさにこの言葉が相応しい。

そして、その嵐の中心にいるのは勿論、洸夜だ。

洸夜がジャレてくるコロマルを撫でていた手を止めると、コロマルは物足りなさそうに鳴いた。

 

「……クゥ~ン」

 

「……フッ」

 

そんなコロマルの姿に和んだのか、洸夜は軽くコロマルに微笑む。

そんな時だった。

洸夜の隣で今一、現状を脳が処理しきれていないのか、少し混乱気味に周りを見ていた総司がコロマルを見て漸く気付いた。

 

「この犬……確か駅で……」

 

それと同時だった。

洸夜の背中を見ながらビクビクしていた順平も、表情を困惑と後悔を込めたままの状態で総司に気付いた。

 

「あっ!? お前……確か、駅でコロマルに押し倒された修学旅行生……」

 

「えっ……!」

 

順平への言葉へなのか、それとも総司の姿を見たからなのか、風花はそう驚きの声を出すと総司と洸夜を交互に見ながら言った。

 

「こ、洸夜さん……この男の子は、もしかして……?」

 

「……前に何回か言った事があったろ? 俺の……弟だ」

 

「っ!?」

 

金槌で思いっきり頭を殴られた。

例えるならば、そんな衝撃が洸夜の言葉を聞いた順平を襲った。

総司が洸夜に似ているとは思っていたが、まさか弟だったとは流石に予想できなかった。

と言うよりも出来る訳がない。

この広い世界、国、街の中で自分達が傷付けた人の弟と出会う等と一体、どのぐらいの確率なのか。

しかし、順平はそれと同時に後悔もした。

出会う確率とは言うが、今思い出せばそれらしい事があったではないか。

あのコロマルが理由も無しに押し倒す様な事をする人物、明らかにコロマルが好意を持っている人物か、それに親しい人物だと考えれば分かる事だった筈。

なによりも、一番はあの姿そのものがヒントであったのだ。

独特な灰色っぽい髪、シリアスと言うか無愛想と言うか、何を考えているか今一つ読めない眼。

違いがあるとすれば髪の長さと、所々違う顔の微々たる違いぐらいだ。

現に、自分は最初に総司を見た瞬間、洸夜と間違えている。

順平が、そう思いながら運命のイタズラの怖さを実感していると、洸夜の言葉に風花達が驚いていた。

 

「えぇぇっ!!? 洸夜さんの……弟さん!?」

 

「この人が洸夜さんの……?」

 

「眼が似てる」

 

「……」

 

風花、乾、チドリの順でそれぞれが総司を見て思った事を口にする。

総司については洸夜から色々と話を聞いていた為、存在は知っていたが会うのは初めてであり、更に洸夜との再会の衝撃も手伝い、色んな感情が合わさって一体、いま自分がどの様な感情になっているのかも分かり辛い事態に風花と乾は陥っていた。

だが、だからと言って総司との出会いが嫌な訳では無く、寧ろ嬉しいと言える。

尊敬し憧れに近い感情を持っていた洸夜の弟と会ったのだ。

嬉しく思わない方が難しい。

しかし、そんな風花達を余所に、ゆかりは未だに口を開けないでいた。

理由は勿論、順平と同じ洸夜への申し訳ない感情からくる混乱等であったが、そんなゆかりの気持ちを今現在、ちゃんと理解している者はいない。

そしてそんな状況で、いつの間にか話の中心にいた総司もどんな反応をすれば迷っていた。

写真でしか見た事もなければ、詳しい事も知らない人達から珍しそうに見られても安易な反応で返す訳にはいかない。

総司が悩んでいる時であった。

 

「あれ……? (この子……)」

 

風花が総司から何かを感じ取った。

山岸 風花。

彼女のペルソナ"ユノ"は『アナライズ』の能力を持つ探知系に特化された特殊なペルソナであり、その力はペルソナを召喚していない状態でも多少は探知能力が発揮できる程に強力。

そんな風花が、総司からなにか特別な力を感じ取ったのだ。

その力は自分を含め、洸夜達も持っている仮面の力。

だが、どうにも違和感がある。

上手く完全に感知が出来ないのだ。

それはまるで、蓋が閉じられた箱の中に入っている様に思えた。

総司から感じ取れるのは、その箱から漏れ出している僅かな力だと思われるが、風花は今一確信がなかった。

それほど迄に、あやふやな感じだからだ。

兄である洸夜がペルソナ使いだから何かしらの影響が出ているのかとも考えたが、どうも納得出来ない。

 

「……。(他の人達も一緒だから……? でも、今までそんな事は無かったのに……)」

 

風花がそんな風に悩む中、総司も未だに悩んでいた。

年上と年下だが、相手は兄である洸夜の仲間で自分からすればペルソナ使いとしの先輩だからだ。

しかし、だからと言って何も言わずに黙っているのが、一番よくない事を理解している為に総司は冷静を装いながら言った。

 

「瀬多総司です。兄がいつも……御世話になっています……?」

 

これが総司にとっては精一杯の言葉だった。

少しあやふやな返答してしまい風花達に変な想いをさせなかったか心配し、総司が風花達の方を見ると。

 

「ふふ……!」

 

「……」

 

笑われてしまった。

嫌味ではなく嬉しそうに風花が笑う姿に、総司が少し心配になった時だ。

そんな総司の想いを察したのか、風花が慌てた様に総司へ言った。

 

「ご、ごめんなさい!? えっと……せ、瀬多くんがおかしかったんじゃなくて……」

 

「総司で良いですよ」

 

別に総司は自分の呼び方はなんでも良かったが、瀬多くんだと洸夜と被った様に聞こえてしまいシックリとこない為そう言ったのだ。

なにより、風花が洸夜との事もあり"瀬多くん"は呼びづらいと思ったのが理由だ。

そんな総司の意図を察したのか年下であり、昔も洸夜に気をつかってもらっていた事もある為、その洸夜の弟である総司にも気をつかわれた事で風花は少し恥ずかしそうに言った。

 

「あ、ありがとう……総司くん。それに自己紹介も遅れたね。私は山岸風花。ここ、月光館学園の卒業生で洸夜さ……瀬多先輩の後輩なの」

 

「僕は天田乾と言います。高等部ではないですけど一応、僕も洸夜さんの後輩で、洸夜さんには本当に御世話になりました」

 

「私は……チドリ。呼び方もチドリで良い。……私も洸夜に助けられたの」

 

「……」

 

風花達の言葉に総司は思わず黙ってしまった。

先程から聞いていれば、兄である洸夜が風花達にとって大切な人となっている事が分かり自分の事の様に嬉しくなったからだ。

兄の功績に総司は静かに微笑んだ。

すると、風花達が再び自分を見ている事に気付く。

 

「似てる……」

 

言ったのはチドリだ。

チドリは総司の顔を覗き込む様にマジマジと見て、その距離は息がかかるのではないかと思う程まで近くに来ており、チドリのほのかに甘い匂いに総司は漸く現状に気付き、冷静を装いながらチドリから離れる。

 

「っ!……えっと、兄弟だから一応、似ているとは思いますけど……」

 

少し不自然な総司の様子にチドリは、少し不思議がる素振りを見せるが、先程のチドリの言葉が自分と洸夜との事を言っている思い、そう言った総司にチドリは首を横へと振る。

 

「?……そうじゃない。洸夜とも似てるけど『彼』にも似てたから」

 

「っ!」

 

「……本当だ」

 

チドリの言葉に、意外にも反応したのは順平とゆかりの二人だ。

見た目も似ている点も多いが、雰囲気に関しては瓜二つ。

ふと、一瞬でも総司を見ると『彼』の面影が見えてしまう。

 

「……本当ですね」

 

「……うん」

 

風花と乾にも思う事があるのか、皆と同じ様に総司をマジマジと見る。

別に見られること自体は何の問題もないが、落ち着く訳でもない。

しかし、風花達の自分を見る眼が何処か悲しそうな人もいれば、嬉しそうに見たりと十人十色の視線になんと言えば良いか困る。

それに、総司には気になる事もある。

 

「ところで、風花さんはなんでさっき俺を見て笑っていたんですか?」

 

チドリの言葉も気になった総司だが、最初の疑問は風花が自分を笑った為、そちらが総司的に優先順位が上になっている。

その為、チドリの言葉を一旦は保留にし話題を最初に戻した。

 

「あっ……! それはね、さっき総司くんが洸夜さんが御世話になっているって言ったでしょ? 御世話になったのは私達の……方だった……から……!」

 

「洸……夜……さん……!」

 

「!? (な、泣いてる……?)」

 

総司は焦った。

先程まで明るい雰囲気だったのに突然、風花と乾の眼から涙が流れ、泣き始めてしまったのだから。

なんで泣いているのが分からず総司は、思わず他のメンバー……名前もまだ知らない順平とゆかりの方を見る。

 

「あっ……っ!」

 

「……」

 

「?」

総司が二人を見ると、順平はなにかを言おうとしているが煮えきれない様な感じに黙るの繰り返しで、ゆかりは何故か総司を黙ってチラ見しながら洸夜の背中を見るの繰り返しで、二人共なかなかに挙動不審な様子だ。

どうも、何かがおかしい。

そう思う総司だったが、それよりも気になったのは風花達だった。

 

「洸夜さん……!」

 

乾は軽く涙を流しながらも、未だに自分達の方を向かないまま総司と乾達の話を黙って聞いていた洸夜の背中に抱きついた。

二年前、突如として自分達の前から姿を消した洸夜。

あの事件、そして『彼』の一件での罪悪感等の全てを背負って消えた自分達の兄貴分。

少なくとも、美鶴達から真実を聞かされていない乾はそう想いながら洸夜の名前を呟き、そんな乾に洸夜も静かに口を開く。

 

「……背が伸びたな」

 

「……はい。成長期ですから……!」

 

まるで二年前の様だと思い、乾は嬉しそうに言い、風花も嬉しそうに自分の涙をふく。

 

「洸夜さん……来てくれていたんですね。私……もう、本当に会えないって思い始めてた……!」

 

そう言いながら風花も、そして乾も確かに感じる洸夜の存在に思わず昔の事を思い出していた。

自分達にペルソナ等について教え学ばしてくれた洸夜。

あの寮で自分達の居場所を暖かくして支えてくれていた『彼』とは別の意味で大切な先輩。

そして、いつも自分達を守ってくれた者であり、風花と乾は洸夜が傷ついてない姿を見た事がない。

いつも自分を犠牲にしていた洸夜を、風花と乾は誇りであり憧れであり目標であり、そして……いつかしっかりと肩を並べて共に戦い、守ってあげたい人。

いつも守ってもらっていた風花と乾にとって、自分の代わりに洸夜が傷ついていた事が一番辛い事でもあった。

ミスが許されない戦いの世界だが、自分達が探知や技のミスで他のメンバーが危機に至る事もあった。

しかし、そんな状況をカバーしてくれていたのが洸夜と『彼』の二人だ。

この二人がいなければ世界は既に滅びを迎えていたと言っても過言ではない。

そんな二人に全てが終わったら、なにかしてあげようとも風花達は思っていた。

だが、それは叶わない事となってしまった……あの戦いの後『彼』は眠り、洸夜は街を去った。

まるで、もう自分達がやり残した事はないと言っているかの様に、二人のワイルドを持つ者達がいなくなった場所に残ったの"寂しさ"や"虚無感"だけであった。

しかし、洸夜は今ここにいる。

風花達にとって、これ以上に嬉しい事は今の所はない。

 

「洸夜さん! 僕と風花さんのメールを見てくれたんですよね!」

 

洸夜がここにいる理由。

それは自分と風花が送ったメールだと思っていた乾は洸夜に嬉しそうにそう言った……だが。

「……いや、メールは見ていない」

 

「えっ……?」

 

伏見からOBとして洸夜が呼ばれていた事を知らない風花と乾は、自分達のメールを洸夜が見て、この街に来てくれたのだと思っていた為、洸夜の言葉に一瞬だが思考が止まり、同時に洸夜から何故か距離を感じてしまう。

優しく頼りに見えた洸夜の背中も、何故か冷たく感じてならない。

 

「……俺がこの街に来たのは、伏見からOBとして呼ばれたからだ。そして、俺なりに二年前の事件の"ケジメ"をつける為だ」

 

「「っ!」」

 

「「洸夜……!」」

 

「「っ!? 洸夜さん……!」」

洸夜の言葉に順平とゆかりが、美鶴と明彦が、風花と乾が困惑や驚愕の表情でそれぞれそう言った。

美鶴達がそれぞれ、洸夜の言葉にどう言う想いを抱いたのかは誰も分からないが、その表情から察するに風花、乾チドリ後、コロマル以外は後悔と罪悪感の念を抱いているのは間違いないだろう。

そして、そんな緊迫とした状況下で総司が何も思わない訳がない。

 

「……ケジメ?」

 

総司も、そんな兄の言葉に疑問を抱く。

家に戻った時の洸夜の異変や、先程からの二年ぶりにも関わらずどこか冷たい感じの洸夜の姿。

何かがおかしいのだが、あと少しと言うところで今一分からない。

 

「……。(兄さんと美鶴さん達……本当にあと少しなんだ。二年前に何かがあったのは確かなんだ……)」

 

二年前の洸夜と美鶴達の決別の切っ掛けの事件を知らない為、総司の推理はここで止まってしまった。

総司の中では考えもつかないのだろう。

命懸けで戦った仲間と洸夜との間に、あの様な揉め事が起こった等と……。

総司が色々と考える時だ、この重苦しい空気を破る者が出た……天田 乾だ。

 

「っ! 洸夜さん!!」

 

乾はまるで、何か覚悟を決めたと同時に決心を固めた様に表情を真剣なものとし、気付けば洸夜に大声で叫んでいた。

こうなってしまえば、後はもう突き進むしかない。

 

「僕……ずっと洸夜さんに言いたかったんです! あの事件と『あの人』の事を……洸夜さんが全ての責任を感じて背負う必要は無いってっ!!」

 

「っ! (乾……)」

 

「「「「っ!?」」」」

 

思わず乾の言葉に洸夜は反応し、美鶴達も洸夜とは別の意味で反応した。

 

「……?」

 

皆の意識が乾に行く中、そんな美鶴達の反応にチドリが気付いた。

先程からどうも様子がおかしかったが、洸夜と再会してから更にその様子がおかしくなった気がしてならない。

本人達は平常を装っている様だが、走ったとは言えそれでも過剰に思える汗の量、異常に鳴り響く心拍数によって揺れる服、平常を装うとして意識した結果、ときどきしてしまうおかしな呼吸。

彼女も伊達にストレガにいた訳では無い。

無意識の内に磨かれていた洞察力で、チドリは順平達の違和感に気付いたのだ。

自分を含め、洸夜との再会はずっと皆が望んでいたのは間違いない。

それを証拠に現に、風花と乾は思わず涙を流し、コロマルは喜び尻尾をちぎれんばかりに振っている。

だが、美鶴達のリアクションは風花達とは違い、嬉しさの感情が読み取りずらい。

美鶴と明彦からは多少は嬉しさが感じ取れるが、なにかを悟り、覚悟を滲ませている表情に、その嬉しさを隠せる程に感じ取れるのは"罪悪感"や"恐怖"に近いなにか"負"の感情に近いもの。

チドリ自身、美鶴達や洸夜と一緒にいた時期はそんなに長くはないが"瀬多 洸夜"と言う人物と皆との関係性は把握しているつもりだ。

その為、美鶴と明彦からそんな感情がながれるのはおかしい事この上なかった。

しかし、一番おかしいのは順平とゆかりの二人。

この二人からはあからさまに、この場に不相応な感情が多く感じ取れる。

罪悪感、恐怖、後悔、不安、緊張。

自分が入院していた時、順平は『彼』と洸夜の事をよく自分の事の様に自慢をしていたのをチドリは覚えている。

それ故に、何故この二人からそんな感情しかでないのか理解に苦しむと同時に、ある考えが過る。

 

「!……。(もしかして、洸夜がいなくなったのってーーー)」

 

「洸夜さん! どうして一人で抱えるんですか……? 僕達……そんなに頼りないんですか……?」

 

「……」

 

自分の言葉に沈黙で返す洸夜に、乾は不安になるばかりであった。

洸夜が学園都市を黙って出ていったのは、一人で全てを背負ってしまったから。

少なくとも、それが乾の考え。

そして、何も言わない洸夜に風花は悲しそうな表情で聞いた。

 

「洸夜さん……辛くないんですか? 一人で背負って……一人で……本人に辛くはないんですか?」

 

「……」

 

「どうしてなにも言ってくれないんですか…… あの事件で背負う事があるなら、それは私達も背負う必要がある筈……もう、一人で傷付かないで下さい……!」

 

「風花さんの言う通りですよ! 僕達……寂しかったんですよ? 黙って消えて……それっきり連絡もない。洸夜さんはいつもそうです……周りの事ばかりで、自分の事はいつも後回しにする……」

 

乾はそう言いながらポケットから黄金色の鈴を取りだすと、風花も同じ様に財布に付けている緑色の鈴を取り出した。

 

「洸夜さんから貰った鈴……まだ、皆ずっと持っているんですよ? 思い出であると同時に、これが洸夜さんと私達をいつかもう一度、出会わせてくれると信じてたから……」

 

風花はそう言って鈴を優しく握る。

彼女の中で小さく鳴る鈴はまるで、風花達と洸夜の再会を祝っている様にも思えるが、それは少なくとも風花達だけなのかも知れない。

 

「風花……乾……お前等は、俺なんかともう一度会いたかったのか?」

 

「……洸夜さん。洸夜さんは、もう……僕達とは会いたくなかったんですか?」

 

どこか興味が薄らいでいる様な感じに話す洸夜に、乾は更に不安になりながら聞き返す。

だが、その眼は決して洸夜の背から動かさない。

もう二度と、洸夜を見失わせない様に自分を言い聞かせているかの如く乾の眼は強く光っていた。

 

……次に洸夜の言葉を聞くまでは。

 

「それはお前等の方も一緒だと思うがな。……そうだろう?……順平? ゆかり?」

 

洸夜は誰も見ていないが、眼を強ばらせている。

 

「「っ!」」

 

「「え……?」」

 

そして、洸夜からの突然の言葉に順平とゆかりは静かに顔を上げ、風花と乾は一体、洸夜がなにを言っているのか分からずに言葉のまま順平とゆかりを見る。

そんな様子に対し、美鶴と明彦は黙って状況を見守り、順平とゆかりは思わず風花達から目を反らし、コロマルは心配そうに皆を見る。

洸夜はそんな状況で黄昏るかの様に、静かに顔を空へと向ける。

 

「なにも言わないならば、それで良い。なにか言った所で変わる訳じゃないからな……総司」

 

「なに?」

 

「先に行っている。お前も早く花村達と合流して、指定された教室へ行け」

 

洸夜はそう言って静かに学園の方へと歩き出した。

やはり無理だ……と内心で思いながら。

千枝の言った様に、心のどこかで和解しても良いと言う自分もいるのは確か。

だが、美鶴達と会った瞬間に迷い、分からなくなる。

許して良いのか?

許した所で、また裏切るのではないか?

洸夜の不安は尽きない。

しかし、先程からの順平とゆかりの黙りを感じていると段々、イライラしてくるのを洸夜は感じている。

それはまるで、子供に悪戯の理由を聞いた時、その子供がウジウジとずっと黙り続ける時の様なイライラだ。

当事者である自分が目の前にいるのだ。

風花達を前に言いたくないのか、それとも総司の存在があるからなのかどうかは分からない。

だが、順平達がずっと黙っているのは確かな事実だ。

 

「あっ! 洸夜さん!?」

 

「一体、どういう事ですか……? さっきの洸夜さんの言葉……順平さん達となにかあったんですか?」

 

なにか察した乾が、先程から黙っている順平達を不安な表情で見る中、美鶴が洸夜を呼び止めた。

 

「待ってくれ洸夜。少しだけ話を聞いてくれないか……?」

 

「……この"偽り"の状況でこれ以上、俺は一体なにを聞けば良いんだ。風花と乾に、偽りを植え付けたお前等からの懺悔でも聞かせたいのか?」

 

美鶴の言葉に洸夜は足を止めてそう言ったが、相変わらず見ている方向は順平達とは正反対だ。

しかし、美鶴も洸夜を呼び止めてまで、そんな事を聞かせたい訳ではない。

神へ赦しを乞う様な事もしなければ、再会によって生まれた驚き等の感情を利用してあやふやにする様なマネもして、この場を修めると言うオチにするつもりは既に美鶴と明彦の心には無い。

 

「その通りだ洸夜。今、この場は偽りの状況だ。だからこそ……偽りを"真実"へ正さなければな。風花、乾。そして、君も聞いてもらえるか?」

 

「俺も……?」

 

総司の問いに美鶴は静かに頷いた。

一体、なにを聞かされるのか総司は予想できないが、これから美鶴が言う言葉を自分は聞かなければ

いけない気がした。

いや寧ろ、ここで聞かないと自分は絶対に後悔すると、総司は判断した。

やっと分かるかも知れないのだ。

自分が知らない……兄の抱えている心の傷の正体が。

 

「それは償いのつもりなのか……美鶴?」

 

洸夜は咎める様な感じに美鶴の方を向かずに彼女へそう言いったが、美鶴は首を横へ振る。

 

「違う……こんな事では、なんの償いにもならんだろう。ただ私は……真実を教えるだけだ」

 

「あの……? 一体、なんの事を言っているんですか?」

 

「皆さん。さっきから様子がおかしいですよ……一体、なんのーーー」

 

「乾。今は静かに……ね?」

 

美鶴からの只ならぬ覚悟を感じたのか、乾に今は静かに言う様にチドリは言った。

まるで乾の姉の様な感じに優しく話すチドリに、乾は思わず黙ってしまう。

だが、洸夜はそんな美鶴達の言葉を黙って聞く気はなかった。

 

「言うタイミングは幾らでもあったろ……。お前等の自己満足に付き合う気は無い」

 

本当は、こんな事を言いたい訳じゃない。

ベルベットルーム、稲羽、千枝と陽介、美鶴達。

その場所・人物の前では何度も悩み、許そうとする感情を何度も感じていた。

だが、現に自分は美鶴達・順平達の前で怒りと憎しみが顔を出し始めている。

それだけならまだ良いが、無関係であり自分に好意を懐いてくれている風花達をも遠ざけようとしている。

自分が一体、なにを望んでいるのか分からない。

それに今更、こんなタイミングで言ったからなんだと言うのか。

自分の目の前で見せ、自分達の謝罪の念でも見せようとしているのだろうか?

洸夜は内心でそう思い悩みながらも、美鶴達を無視して再び学園へと歩きだそうと足を一歩、前へと進ませた。

 

「待って下さい。洸夜さん」

 

自分を呼び止める声が洸夜の耳に届くと同時に、洸夜は反射的に足を止める。

そして、自分を呼び止めた相手に向かって言った。

 

「お前だけが来てない訳が無いとは思っていた。それで、今度はなんだ……アイギス?」

 

洸夜を呼び止めたのは先程、駅で足を止めていたアイギスであった。

今、漸く追い付いたのだろう。

また、ある意味で修羅場と言えるこの状況を見ても、特に怯んだ様子を見せないのは流石と言うべきかアイギスは洸夜の言葉を聞きながら静かに洸夜の方へ歩き出す。

 

「アイギスさん……?」

 

「お久し振りですね総司さん。菜々子ちゃんは、お元気ですか?」

 

「はい。菜々子は、アイギスさんに会いたがっていましたよ」

 

「私もです」

 

「え? ねえ、アイギス? なんであなた、総司くんの事を知っているの?」

 

「僕達が総司さんに会ったのは、ついさっきなんですよ?」

 

ゆかり達からすれば当然の疑問であろう。

アイギスの総司への接し方や会話内容から察するに、総司の事を聞いていたからとかではなく、明らかに一度は出会っている者同士なのが分かる。

初対面でこんな会話が出来る者がいたら逆に見てみたい。

ゆかり達はまさにそんな想いだ。

 

「美鶴さんのお見合いの時に一度、お会いしたんです。その時に、菜々子ちゃんと言う女の子とも仲良くなったりしまして」

 

「お見合い?……もしかして、前に言っていた桐条先輩のお見合いの事すか?」

 

「ああ、そのお見合いでの事だ。俺も付き添いで言ったから総司くんと会うのは、これで二度目だ」

 

「……ちょっと待って下さい。美鶴さんのお見合いで総司くんと会ったって事は、美鶴さんのお見合い相手ってもしかして……」

 

そう言ってゆかりが自分達に背を向けている洸夜を見て、そのまま今度は美鶴の方を向いた。

どうやら、お見合い相手が誰か察しがついた様だ。

ゆかりを始めとして他のメンバーも美鶴の方をジッと見始めた事で、美鶴はバレているであろう事実を言った。

 

「お見合い相手は……その…………洸夜だ」

 

自分ではポーカーフェイスを決め込んだつもりだったが、やはり恥ずかしいのか美鶴の表情は仄かに赤くなっていた。

そして、その美鶴の言葉と様子に案の定、メンバー達が騒ぎ出した。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

「美鶴さんと……洸夜さんが……お見合い……!」

 

「おめでとう……パチパチ」

 

「チドリ、まだお見合いしただけなんだから……」

 

苦笑しながらゆかりはチドリにそう言うが、彼女の表情には漸く笑みが浮かばれている。

それは他のメンバーにも言える事でもあった。

似ているのだろう。

今、この雰囲気やノリがS.E.E.S時代の時と……それ故に、思わず笑みが生まれたのだ。

 

「……。(泣いたり笑ったり忙しい人達だな)」

 

先程とは打って変わって再び明るいムードな感じになった事で、総司もゆかり達の事をどこか芸人かなにか見る様な眼で見てリアクションを楽しんでいる。

 

「えぇい! 少し静かにしてくれ!」

 

自分が言おうとしていた事は、こんな事ではない。

美鶴はそんな想いの中、ゆかり達を一喝して静かにさせる。

だが、そんな中で順平だけが口を開いた。

 

「……すいません。一つ良いすか?」

 

「,どうした順平?」

 

どこか悩みを抱えた様な順平の様子に明彦が聞き返す。

 

「いや、その……今の話からすると先輩達は今日よりも前に瀬多先輩と……」

 

「……ああ、会っていた」

 

「一応、言っておくが隠していた訳じゃない。少し問題もあってな。話すにも話せなかったんだ」

 

美鶴の言葉に明彦がそう付け足すが、順平は特に気にはしていなかった。

 

「そう……だったんすか」

 

「……順平さん?」

 

その場で再び顔を下にして考え込む順平にアイギスが問い掛けるが、代わりに答えたのは先程まで沈黙していた洸夜であった。

 

「いい加減にしろ! アイギス! お前が俺を呼び止めたのは、こんな事を聞かせーーー!?」

 

己の感情が混乱している中、S.E.E.S時代の雰囲気を洸夜も感じ取った事で更に訳が分からない気持ちになり、洸夜は話を中断させようとアイギスへ言おうとしたが、それは叶わなかった。

洸夜の頭に再び、あの"声"が聞こえたからだ。

 

"……何故、悩ム? 何故、後悔スル?……これハ、お前ト美鶴達が"築イタ"関係ダロ?"

 

「グゥ……! ガアァ……! (これは、また……! お前は一体、なんなんだ……!)」

 

お見合いの時にも感じ、再び聞こえだした謎の声。

だが、今度の声は前とは違った。

前よりもシャドウに似た雰囲気が強いのだ。

謎の声によって身体全体がザワザワとした不快感に襲われながらも、洸夜は自分の意思をしっかりとし、声の相手を非難する感じに心で良い放った。

しかし、だからと言ってその声が止む訳でもなかった。

 

"我ハ……汝……"

 

「こ、洸夜さん……?」

 

「クゥ~ン……」

 

洸夜の異常に気づいた乾とコロマル。

しかも、今の洸夜からは先程まで感じていた洸夜の優しさや安心感は既になかったと同時に、こんな風に洸夜が声を発する姿を乾は見たことがなかったからだ。

また、そんな状況を驚いていたのは総司も一緒だ。

 

「兄さん……どうしたの? 様子がさっきからおかしい」

 

「なんでも……ない! 良いから……早く教室へ行ってくれ……。(マズイ……目眩が……!)」

 

歪む視界、流れ出す汗、耳に届く画用紙を擦り合わせた様なガサガサとした雑音。

そんな状況下でも、洸夜の自分の問題に総司を巻き込みたくないと言う想いが総司の言葉を一蹴させ、無事に見せる為か今度こそ学園へ行こうとする洸夜。

そんな時だ。

 

「……くれ……待ってくれ瀬多先輩!!」

 

そう言って洸夜を呼び止めたのは……順平であった。

その表情は先程の不安な表情とは違い、なにかを決意した表情をして真っ直ぐに洸夜の背中を見据える。

 

「……。(順平……)」

 

そんな順平の言葉に洸夜はまたもや足を止めたが言う事が出来ないのか、足をしっかりと立たせるだけで精一杯だ。

しかし洸夜は、何故かそんな状況でも順平の言葉を待ってしまい、順平は無言で静かに洸夜の方へと近付き、その様子を他のメンバーも心配そうに見詰める。

そして……。

 

「……俺……俺……すいませんでしたっ!!!!」

 

洸夜の背中まであと少しと言った所で、順平はその場で洸夜に向かって"土下座"をして謝罪したのだ。

地面に頭を擦り合わせた時にゴツンと鈍い音が聞こえ、順平自身もズキズキとした痛みを感じたがそんな事はどうでもよかった。

美鶴達は自分よりも前に洸夜と既に会っていた。

そして、今度は今日。

洸夜が自分とゆかりに余り言わないのは美鶴達に既に色々と言っているからなのかも知れない。

それに美鶴は今、皆の前であの事を言おうとしている。

行き当たりばったりで出来る事じゃない、覚悟を決めていた証拠だ。

そう理解出来た瞬間、順平は直感的に動いていた。

 

「……。(ここで瀬多先輩から逃げたら、俺は……自分を一生許せねえ……!)」

 

この二年、順平自身もずっと悩んでいた。

何故、自分が洸夜にあんな事を言ってしまったのか?

何度も何度も問い掛けた質問。

答えは分からなかった……考えたくもなかった。

自分の過ちに、向かい合う勇気がなかった。

その内、時間が解決してくれるかも知れないとすら思っていたかも知れない。

だが、今日の再会が順平の頭を冷静にしてくれた。

今、自分が洸夜になにをしなければならないのかを……気付いたら、既に行動に移していた。

「順平さん!? なにしているんですか! 」

 

「学園の中で土下座なんて……どうしたの!?」

 

何度も言う様に、洸夜と美鶴達の出来事を知らない風花達からすれば今の順平の行動は理解出来ないだろう。

いつものおふざけかなにかとすら思ってしまうだろう。

そして、そんな順平をチドリとゆかりも見ていた。

ゆかりは驚き、チドリは察していたかの様に冷静に見ており、美鶴と明彦は順平の行動に驚きながらも冷静に物事を判断して順平に近付く。

 

「やめろ順平……洸夜は謝罪は望んでいないんだ」

 

「下手な謝罪は逆に洸夜を傷付ける……」

 

「……分かってます。でもよ……俺はどうしても瀬多先輩に言わなきゃならない事があるんすよ!」

 

額を赤くしてそう叫ぶ順平の姿に、風花と乾、総司ですらもう何がなんだかわけが分からないでいた。

そして、洸夜自身も順平の話を殆ど聞こえていなかった。

アイギスの時と同じだ。

段々と意識がなくなって行く

そんな感覚に襲われていた。

 

「ハァ……ハァ……グウゥ……!! (なんだ……順平が……なにか言っているのか? ……なんて言ってる? 聞こえ……)」

 

"望ンダのはお前等ダ。お前等ガ望ンダ……真ナル"絆"ダ"

 

「ち、違う……! こんなものが……絆な訳が……"ない"だろ!…………ハッ!?」

 

"………"

 

洸夜は自分の中から、なにかが込み上げてくるのを感じた。

 

「先輩……俺ずっと悩んでた。なんであの時、先輩にあんな事を言っちまったのか……本当になんであんな馬鹿な事したのか今でも分かんねえけど、少なくとも……俺達が先輩を傷付けたのは事実だ!」

 

「……順平さん。一体、なにを言っているんですか?」

 

「傷付けたって……なんの事を?」

 

「……まさか」

 

この状況で混乱している乾と風花はまだ真相に辿り着けない。

だが、総司は気づきかけていた。

二年前の兄の様子、苦しみ。

今の順平達の様子や、前に見た美鶴達の様子から総司はある可能性に辿り着いたのだ。

もし、大切な人達が犠牲になる程のシャドウ事件で万が一、責任等の話になったとしたらどういう事になるだろうか?

ワイルド能力者の二人の内、一人は自らの命を掛けたのにも関わらず、もう一人のワイルド使いは生きている。

その状況で、なにも思わない人物がいるのだろうか?

もし、その状況が自分の兄に当てはまっているとしたら……。

総司は真実を知る為、敢えて順平の言葉に口を挟まず聞き続けた。

 

「けど……勝手だけど、本当に勝手っすけど! もう、あのメンバーで笑い合えないのは嫌なんすよ……俺。でも、だからってそんな簡単に許して貰おうとも思ってねえ!……だから……だから……!」

 

順平は息を呑み、拳を握り締めて言った。

 

「俺は許さなくて良いっすから……せめて、ゆかりっちと真田先輩。そして……桐条先輩の事は許して上げて下さい!!!」

 

「!?……順平」

 

「お前……」

 

「順平……なにを言っているんだ!」

 

順平の言葉に美鶴達は案の定、順平に詰め寄った。

そんな事は自分達は望んでいない。

順平一人が罰を受け、自分達はのうのうと許される事等、合って良い訳がない。

洸夜もそんな事を承諾する訳がない。

「でも、俺……桐条先輩と真田先輩が、瀬多先輩とこんな関係になるのは嫌なんすよ! あんなに信頼し合ってて……原因を作った俺が言うのもなんなんすけど、こんな事は荒垣先輩も……『アイツ』だって望んでねえ!」

 

そう言って、順平は帽子に気を付けながら再び頭を下げた。

 

「……順平」

 

順平の言葉に美鶴も心の中で似たような事を感じていた事を思い出した。

確かに、二年前のあの戦いが終わったにも関わらず、自分達と洸夜に溝が生まれた。

『彼』も、こんな事態を招く為にニュクスを封印した訳ではないのは全員が分かっていると同時に『彼』の想いも知っている……洸夜を除いて。

自分達の後悔や現実を受け止めきれない弱さが招いた事件とも言える事実上、S.E.E.S最後の戦い。

全てが終わったとは思っていない。

少なくとも、洸夜と自分達との問題が解決しない内は二年前の事件は全てが終わったと言えない。

それが美鶴の考えだ。

そして、拳を握り締めながら頭を下げる順平の姿にアイギスも思わず瞳を閉じ、洸夜へ言った。

 

「洸夜さん……あの出来事で洸夜さんの責任はありません。洸夜さんは誰も守れていないとおっしゃいましたが、そんな事はありません。現に私達は生きています!」

 

「……」

 

アイギスの声は、まるで藁にもすがる様な想いが感じ取れたがそれでも洸夜は黙っている。

その様子にアイギスはもう一度だけ、口を開いた。

 

「ただ許して上げて欲しいとは言いません。ですが洸夜さん……せめて、せめて一度だけでも良いですから順平さんの言葉を聞いてあげてください」

 

「兄さん……」

 

アイギスの想いの詰まった言葉を聞き、総司もこれは尋常ではない覚悟だと判断し黙ったままの兄を見る。

そして、気付いたら。

総司の位置からギリギリ洸夜の口許が見え、その口許は優しそうに微笑んでいる様に見えるのだ。

洸夜は順平とアイギスの言葉になにを思い、感じたのかは総司にも誰にも分からず、その微笑みの意味がなにを意味しているのかも分からない。

しかし、洸夜が二人の言葉になにを感じてくれているのは確かだ。

それから、総司が言葉を発して十秒程度の時が過ぎた時だった。

洸夜は、初めて順平達の方を振り向き始め、そして……。

 

"我は汝……汝は我……"

 

『無理だな……!』

 

先程、見えた優しい笑みを歪んだ笑みへと変え、その瞳を禍々しい金色の瞳に変貌させ、そう言い放ち、身体から黒い力を放出させながら総司と美鶴達を見据えた。

 

この状況は正に、影の目覚めの時であった。

 

 

End

 

 

 



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黒き愚者

明けましておめでとうございます♪
ガキ使だけは見逃さない今日、この頃……。


同日

 

現在、月光館学園

 

この学園内で起こった異常事態に、真っ先に気付いた者が四人いた。

最初に気付いた一人は探知特化の山岸 風花、次に対シャドウ兵器のアイギス、探知能力を持っている美鶴だ。

そして、最後の一人は久慈川 りせ。

 

「っ!? 洸夜さん!!?」

 

「うおっ!? な、どうしたんだいきなり!」

 

月光館の廊下を歩き、指定されたクラスへと向かっていた途中、いきなり声をあげるりせに陽介が驚きによってビクりながら振り返り、他のメンバーも何事かとりせの方を見る。

 

「この感じ……私達のシャドウと似た雰囲気。洸夜さんと総司先輩が危ない!」

 

「はあ! シャドウだ!? ここは現実だぜ? シャドウなんかでるかよ!」

 

「落ち着いて完二くん。……って、あれ? 気付いたら……本当に瀬多君がいない」

 

「……マジか、相棒はどこに行ったんだ? 変な所で影が薄いな」

 

「確か、最後に見たのは校門だから……洸夜さんと一緒なんじゃない?」

 

今まで何故に誰も総司がいない事に気付かなかったのか不思議に思う中、話がズレ始めた事でりせが抗議した。

 

「だから、総司先輩は洸夜さんと一緒にいるのは分かってるの! 問題なのは、そこからとても強い力を持ったシャドウの気配を感じるんだってば!」

必死なりせの姿。

その姿に陽介達も漸く冷静に判断し、りせが冗談の類いを言っていないと理解して真剣な表情で陽介がりせに言った。

 

「本当なのか……シャドウの気配って?」

 

「うん! こんな禍々しくて色々ごっちゃになった様なシャドウ……嫌でも感じる」

 

「けどよ! ここは現実だぜ? シャドウが現実でも出たってのかよ」

 

「でも、この街って前にもシャドウ事件が起こったんでしょ? もしかしたら、その事件の……」

 

「生き残り!? 残党!? 反乱軍!?」

 

「里中先輩……頼むから、少し黙ってれ欲しいんスけど」

 

「もう、だから話がズレーーー!?」

 

りせがそこまで言った時だ。

ヒミコを通して悪寒の様な何かが身体全体に行き渡る様な寒気を感じ、その次に続いて今度はとてつもない力を感じ取ってしまったのだ。

まるで蟻と像の様な絶対的、力の差を教えるかの様な力。

これは笑い事ではない。

気付けば、りせは走った。

全てを壊す程の力のする場所へ。

 

「あ! ちょっと、りせちゃん!」

 

「おい! ちょっと待てって!」

 

気付けば今度は陽介達がりせを追う様に走っていた。

今一、りせの言っている意味が分からない。

だが、何かが起こっているのは確かだと思った故の行動なのかもしれない。

しかし、陽介達は知るよしもなかった。

月光館の校門で起きている"異常"の力が、自分達の想像を越えている事を……。

 

===============

 

現在、月光館学園【校門】

 

「「逃げて!」」

 

訳も分からず無意識に叫ぶ風花と、前回の時の危険性を理解しているアイギスが叫んだ瞬間、戦いの時の経験が働いたのか皆、咄嗟に洸夜?から距離をとり、順平も土下座からすぐに立って間合いをとって、総司も反射的に距離をとった。

この辺り一辺の空気が鋭い刃に変わったかの様に錯覚させる程の威圧感。

これだけでも最早、人の力の領域を越えている。

禍々しく目に見える黒いなにかを身体から出し、人とは思えない金色に輝き光る瞳。

その姿に、順平、ゆかり、風花、乾は一体、なにが起こったのか分からないと言った様に目を開き、コロマルは唸っていた。

 

「グルルルル……!」

 

心の底から敵意を放つコロマル。

その姿には先程、洸夜へ甘えた表情等は一切なく、代わりに牙を剥き出して威嚇でかえす。

そして、美鶴と明彦の二人も最初は驚いたが、すぐに頭を切り替える。

なんせ、この洸夜?を見るのはこれで二度目なのだから。

 

「明彦……構えろ。"あれ"は危険だ。ここで暴れられたら、被害が……!」

 

「分かっている。だが、前回同様に奴は洸夜から直接湧いている。一歩、間違えれば洸夜も……!」

 

それぞれ、腰につけた特別製のサーベル、使いふるされたグローブを装備して構えるが色々な問題が交差するこの場所で先制攻撃等は出来ず、なにか策を考えようとする。

そして、洸夜?の姿に順平達は混乱しながらもなんとか頭で今の光景を理解しようとするが、頭で処理するにも限度がある為、 眼を大きく開けながら洸夜?を見る事しか出来ないでいた。

目の前にいるのは一体、なんなのか?

洸夜ではないのか?

 

「まさか……」

 

誰が呟いたかは分からない。

だが、事情を知らない筈のメンバー全員の頭の中に"あるモノ"の名が思い浮かぶ。

そんな訳がない。

全員がすぐに己の考えを否定する。

ニュクスも影時間も、もう存在しない。

『彼』が終わらせた。

だから……"奴等"がいる訳がない。

なのに、なのに……全員が目の前の洸夜?の姿を見て、自分の否定した考えがすぐに出てきてしまう。

何故ならば、その姿は本当に……。

 

「この感じ、本当にシャドウみたい……!」

 

「っ!? なに言ってるの! 影時間はもうないのよ!?」

 

余程、嫌な雰囲気だったのか洸夜?の姿に機嫌悪そうな表情のチドリの言葉にゆかりが反論するが、どこか完全に否定しきれない想いがあるらしく言い切る程の自信が表情には出ておらず、目は揺れ視点が定まっていない。

だが、彼女等にとっての一番の驚きはシャドウではなく、洸夜がシャドウに見える事だ。

それ故に、アイギスと共に最初に叫んだ風花も未だ現状を理解しようと混乱気味の乾がそう言う意味で洸夜?から視線を外せずにいた。

 

「こ、洸夜さん? 一体、なんなんですか……その姿は……?」

 

「駄目!天田くん!……"あれ"は洸夜さんじゃ……ない! この感じは……」

 

洸夜?へ近付こうとする乾を、自分も現状に混乱している風花がなんとか冷静に判断し乾の肩を掴んで止めながら洸夜を見ると、唇を噛み締めながら洸夜?の正体を口にしようとするが言葉が詰まってしまう。

目の前の現状を風花は信じたく無いのだ。

漸く再会した大切な人の今の現状を……。

そして、そんな風花の想いを察したのか口を開いたのはアイギスだった。

 

「シャドウ反応です」

 

「!……そ、そんなの嘘だよなアイギス? だって影時間もニュクスも、もうこの世に存在してないんだぜ! なにより……! あれはどう見ても瀬多先輩じゃねえか! 笑えねえ冗談とか言うんじゃねえよ!!」

 

順平は美鶴の要請で他のメンバーと共にシャドウワーカーの活動に参加した事がある。

しかし、その主な内容は人工的に影時間を生み出す装置をやむを得ず運ぶ時の万が一に備えて待機しているだけである。

勿論、装置が誤差動を起こした事もなく、無意識の内にシャドウ等の非現実を遠くのものに感じ始めていた為にアイギスの言葉を信じたくない順平は、半ば自棄に近い口調で声を上げてそう言い放ち、アイギスも順平の気持ちが分かるのか何も言わずに瞳を閉じた。

 

「……冗談なんかじゃないんだ順平。あれは間違いなく洸夜であり……シャドウだ」

 

「奴はお見合いの時にも出現し、俺達と戦闘した。一定の戦闘をしたら勝手に消えて洸夜に戻ったがな」

 

「う、嘘……」

 

美鶴と明彦の言葉に全員が息を呑む。

何故、この二人が冷静に今の現状を見ていられるのかかが分かったと同時に、二人の言葉を信じたからだ。

漸く混乱が収まってきたメンバーだが、実はこの中で殆ど動じていない人物がいた。

それは総司だ。

アイギスと風花の言葉を聞いて距離を取った総司は、それからずっと洸夜?を見ていた。

 

「……」

 

何も言わずにただ、黙って洸夜?を見続ける総司の表情はまるで、いつかはこうなると分かっていたかの様に冷静を保っている。

しかし、だからと言って総司が全く驚いていないと言えば嘘になる。

兄の異常に驚かない訳がない。

だが、総司の中には何処か今の現状に納得している自分もいるのだ。

たまに異常な疲労を見せたり、ボイドクエストで見たペルソナの異常や抑制器。

それ以外にもあるが、何故そんな事態に洸夜が陥っているのか謎であったが、今の現状を見ると不思議と納得出来てしまった。

元々、洸夜が稲羽に来る前に精神科等に行っていた程に心が病んでいたのを総司は知っている。

自分達を手助けする為とは言え、洸夜が稲羽に来て普通になっている事が異常なのだ。

平気そうに保っているが、洸夜の心の傷の根元が解決した訳でも何でもない。

無理矢理に心を"覚悟"で補強して平気そうにしていただけで、実際は無理をしていただけなのかも知れない。

総司は驚きよりも、兄の苦しみを一切分かる事の出来なかった事への悲しみ、寂しさ、虚しさを感じながらも洸夜?へと近付く。

なんだかんだで、ここは学校の校門である事に変わりなく、万が一に人が来た時にシャドウが暴走したら被害が計り知れないからだ。

そして、端から見れば無謀に見える総司の行動に順平達が慌てた。

「お、おい!?」

 

「総司くん下がって! 今の洸夜さんは……!」

 

「分かっています。今の兄さんに似た状態を自分は何度も見ていますから」

 

「え……?」

 

心配する順平達に対し、冷静に返す総司の言葉にチドリも予想外だったのか眼を大きく開け驚き、順平達もその言葉に驚いた表情を見せる。

そんな順平達と総司の様子を美鶴、明彦、アイギスの三人はまるで何かを見定める様に総司を見て、そして言った。

 

「君は……今の洸夜の状態をどうにか出来るのか?」

 

「美鶴さん。それは俺にも分かりません。手助けは出来ますが決めるのは兄さんと……」

 

"アナタ達だ"

 

総司は言葉の続きを敢えて心の中で呟いた。

特に言わなかった意味はない。

只、強いて言えば無意識に自分が言ったら意味が無くなると思ったからだ。

そう思い、静かに総司は微笑むが、その微笑みは長く続かず今度は真剣な表情にし洸夜?を見る。

金色の瞳、禍々しい黒い力……既に自分の知る兄の姿ではない。

だが総司は何回か、この状態に似たモノ達を見た事がある。

陽介、千枝、雪子、完二、りせ、クマ。

友の抑圧されたものが具現化した存在のシャドウが暴走する前の姿。

正にそれであった。

 

「……お前は、兄さんのシャドウなのか?」

 

『……』

 

洸夜?に向かってそう言った総司だが、洸夜?は何も言わない。

何も感じていないかの様に自然な感じで一切、何も言わない洸夜?

……と思いきや、突如、洸夜?が笑いだした。

目線は順平達に向けながら、小馬鹿にするかの様に歪んだ笑みを浮かべながら……。

 

『クックック……! 理解に苦しむ。何故、謝罪などするのか本当に分からない』

 

「……どう言う意味でしょう? (前回よりも言葉が安定している……!)」

 

眼に力を込めて洸夜?に聞き返したアイギスは思わず息を呑む。

前は訳も分からない言葉を連発していたが、今回は口調を始めとした物が安定している。

前回とは何もかも明らかに違う……危険性を含めて。

そしてアイギスの言葉に洸夜?は、歪んだ笑みを止め、眼だけに力を入れた無表情になった。

 

『そのままの意味だ。今のこの現状は元々は"コイツ"とお前等が"望んだ"ものだ。なのに何故、謝罪して今の状況という名の"絆"を無くそうとする? 』

 

"コイツ"とは洸夜の事を意味しているのか、自分に向かって親指で指しながら言う洸夜?

そんな洸夜?の言葉に黙っていられない者がいた……順平だ。

順平は歯を食い縛り洸夜?を睨む。

 

「……なんだよそれ。俺達が瀬多先輩を傷付けたのが俺達の絆だって言いたいのかよ……!」

 

『そうだ。これが、互いの望んだ通りの結果。黒の力……"ワイルド"が導いた真なる絆だ。それをオマエは無くそうとしているんだぞ? 自らが望んだ結果を消そうとする……理解ができない』

 

洸夜と美鶴達が互いに望んで傷つけあい、それが自分達の真なる絆と言っている様に聞こえてならない洸夜?の言葉に順平は怒りを露にする。

 

「っ! うるせぇっ!! 互いに望んで傷つけあう事が俺達の本当の絆な訳がねえだろ!! 桐条先輩達と瀬多先輩の絆はそんなんじゃねんだよ!」

 

「それに洸夜が自らこの結果を望んだのなら、何故、洸夜はここまで傷付く? 一体、お前はなんなんだ……!」

 

洸夜?の言葉は何処か分からない事が多い。

洸夜が自ら傷付く事を望んだ様に言うが、洸夜は自分達の想像以上に傷付いている。

自ら望んだとは到底思えない。

美鶴が洸夜?の正体の確信を問いただす為、洸夜?に向かってそう言い放つと洸夜?の眼が光った。

 

『認めないのか? オマエ達の……"コイツ"との絆を?』

 

美鶴の言葉を無視し、洸夜?はそう言って逆に美鶴達に聞き返す。

その状況に総司はある事に気付いた。

 

「これは……! (シャドウの己の宿主への問い……?)」

 

美鶴達へ問いかける洸夜?の言葉は、シャドウ暴走の最後の砦である宿主の問い掛けに似すぎている。

己自身でもあるシャドウの否定によって暴走が起こってきたが、目の前のシャドウは少なくとも洸夜のシャドウであり美鶴達には関係ない筈。

今までの出来事を元にそう考える総司だったが、ここで洸夜の言葉が頭に過る。

 

"ペルソナもシャドウにも……常識は通じない"

 

前にそれらしい事を言っていた兄の言葉。

総司はその言葉を思い出すと妙な胸騒ぎを覚え、今にも否定しようとする勢いの順平達を止めようとした。

 

「待っーーー」

 

「待って!」

 

止めようとした総司だったが、その言葉は一人の女性に遮られてしまう。

その声の主……山岸 風花によって。

風花は洸夜?を恐る恐る見ながらも手を握りながら胸に置き、勇気を振り絞る様にして洸夜?を含め美鶴達に問い掛けた。

 

「あの……さっきから一体、何の話をしているんですか? 洸夜さんがシャドウ? 順平君達が傷付けた?一体、何の話をしているのか説明して下さい!」

 

「ふ、風花……」

 

珍しく声を上げる友の姿に、ゆかりも驚きを隠せず彼女を見る。

そして、今の現状に納得出来ていない者がもう一人いた。

 

「風花さんの言う通りですよ! さっきから様子も、この現状もおかしいですよ! 一体、僕達に何を隠しているんですか!?」

 

まだまだ子供の様に見える乾だが、流石の彼にも今の現状が異常であり、順平達の会話から察して自分達だけが知らない事があるのだと分かったのだろう。

共に戦ったあれはなんだったのか、何度も何度も危険な事もあったがその戦いによって生まれた絆が自分達にある。

しかし、だったら何故、自分達に何かを隠す様な事をするのか?

複雑な心境の下、乾も風花同様に洸夜?を含めて順平達を見てそう言うと再び表情を暗くする順平達。

当然だった。

風花、乾、アイギスに最初、洸夜の消えた事で彼女等に嘘を教えたのは紛れもなく自分達なのだから。

彼女等の心を守る為だったからと思ってやった事だったが、自分の保身も少なからずあったと思う。

その現実を突き付けられている様で、美鶴達をは胸が痛くなるのを感じた時だった。

美鶴達が何かを言う前に、洸夜?が風花達の方を先程と変わらない無表情で向いた。

 

『お前等にも関係無くも無いこともない。只、お前等はあの時、あの場所にいなかった。只それだけだ。もし、お前等も当時、あの場所にいれば今のコイツ等と同じ"絆"が生まれていただろう』

 

「あの場所? 同じ絆って……」

 

洸夜?の何処か分かりそうで分からないあやふやな言葉に風花は理解出来ず、答えを求めるかの様にゆかりの方を向き、そして、その風花の視線の耐えきれなかったのかゆかりは声鋭いめで洸夜?を睨んだ。

 

「いい加減にしてよ……! さっきから一体、なんなのよ! アンタは何者なの!? 傷付け合う事を絆みたいな事ばかり言って! 瀬多先輩は絶対にそんな事を言わないし、そんなのが絆な訳がない! 本当の絆は……『彼』や……瀬多先輩……洸夜さんから貰ってたから……!」

 

ゆかりは下唇を噛みながら悲しそうにそう言い放ち、そのまま下を向いてしまう。

自分が今、洸夜を傷付けたのに都合の良い事を言っているのが許せないからだ。

しかし、そう思う反面で自分が『彼』と洸夜から大切な絆を貰ったのも否定したくない事実。

寮に来て召喚器を持ちながら怯えていた自分を気にしてくれた洸夜。

『彼』に好意を持っている事を悟られ、洸夜からイジられ赤面で反論した事。

ペルソナを制御しきれずシャドウに襲われた時、洸夜が庇い怪我をした時も冗談混じりの笑みで"気にするな"と言ってくれた事。

他にもある洸夜との出来事をゆかりは今、全て鮮明に思い出せる。

他人なのに『彼』とは違う"家族"としての好意を抱き、本気で兄の様に感じさせる程にゆかりは洸夜を信頼していた。

なのに自分は洸夜に酷い事を言ってしまった。

あんなに冷たく距離を取る洸夜の背中と口調は今まで見たことも聞いた事もない。

 

「どうして……どうして私……! (あの時……洸夜さんにあんな事を……!)」

 

洸夜との出来事を思い出すゆかりは、自分の目頭が熱くなって行くのを感じるのと同時に当時の事を思い出そうとしていた……洸夜を傷付けたあの日の事を。

思い出そうとすればすぐに思い出せるものだ、寮の一階でありメンバー全員が良く集まるリビングで起こったあの出来事が。

気まずい葬式の様に暗い空気の中、風花・乾・アイギスは自室に閉じ籠り、自分は只々リビングの椅子に座って泣いていた。

美鶴と明彦は椅子に座らずに立っていて恐らくは泣いておらず、泣いていたのは順平と自分だけだ。

そんな風にゆかりは少しずつだが、あの日の事を思い出して行くと同時に胸が苦しくなるのも感じた。

罪悪感から来るものなのかは分からないが、少なくとも何かを感じているのは事実。

しかし、ゆかりは思い出すのを止めない。

美鶴と明彦、順平も前に進んでいる中で自分だけが誰かによって洸夜に許されたとしても納得出来ないからだ。

ゆかりは再び思い出そうとする。

 

「……。(あの時、私は泣いていて……そして、洸夜さんが寮に戻って来た時に私は確か……)」

 

"また守らなかった。同じ力が合ったのに……洸夜は守らなかった。いや、守る気がなかった"

 

「っ!? (そうだ……声。あの時、突然なにか声が聞こえた気がする)」

 

ゆかりは思い出す、全ての原因であるあの日、自分はなにか声を聞いた事を。

声の主は分からないが確か男の声であり、冷静に今、思い出すと洸夜の声に似ていたかも知れない。

 

「……。(あの時の声って一体……)」

 

謎の声を思い出したゆかりだが同時に怖くもなる。

正体も分からない謎の声だ、不安にならない訳がなくゆかりは思わず両手で自分を抱き締める。

 

「ゆかり? 大丈夫……?」

 

そんなゆかりにチドリが声をかけた。

このまま誰かがゆかりに声を掛けなければ、彼女が壊れてしまうのでは無いのかと思う程に脆く見えたからだ。

そして、チドリからの言葉にゆかりは一瞬、我に戻った時のショックで上手く返答が出来ない。

だが、そんなゆかりの代わりに口を開く者がいた……洸夜?だ。

無表情の洸夜?は突如、口元を人間が許された範囲を越える程までに歪ませて笑い出す。

 

『アハハハハハ!!……オマエ等は"絆"を分かっていない。自分の都合の良い絆しか分かっていない。怒り……憎しみ……恨み……妬み……これ等もまた一つの絆……他者との繋がり』

 

両手を上げ、空を見る洸夜?

その姿はまるで、この広い世界全体に自分の存在を教えているかの様にも見える。

警戒する美鶴達と総司が見る中、洸夜を話を続ける。

 

『哀れ……"黒き愚者"は本来の自分をワイルドで隠し続け、やがて忘れさろうとする。孤独故に他者とのどの様な関係も"絆"として自分と繋げ……あらゆる色でワイルドを"黒く"染め"仮面"を生み出す黒き愚者』

 

洸夜?は両手を下げ、顔をだけをされに上げ己の真上の空を眺めると、何かを演じるかの様に更に言葉を繋ぐ。

 

『しかし……孤独な黒き愚者は全てを絆とした故にも関わらず、その"繋がり"によって傷付き……やがて嘗て築いた絆から背け始める。黒き愚者は己の存在を否定したのだ。嘗てのこの街で、自分の存在価値が無くなったからだ。仮面使いを演じた黒き愚者は嘗ての繋がりを恐れ、やがて絆を失い始める。"仮面"の悲痛の悲鳴も届かず、絆から目を反らしている事に気付かない黒き愚者。……内なる己が目覚める事も分からずに!』

 

「っ!? (この威圧感……! このシャドウ……今までのシャドウとは何かが違う!)」

 

話を中断し突如、この場にいる全員に向けて身体全体で感じさせる程の威圧感を洸夜?が放ち、総司は思わず右腕で顔を隠しながら考える。

目の前の洸夜は恐らく、洸夜の抑圧された内面なのは予想できる。

しかし、今の言動だけでは洸夜の抑圧された内面そのものが分からない。

今までの陽介達のシャドウならば、こっちが聞く前に既に抑圧された内面について語り出すのだが、目の前の洸夜?はそう言った事を言わない。

 

「……くっ! (それに何故、兄さんの身体を媒体みたいにして現れている? ここがテレビの中じゃないからなのか?……それだけじゃない。さっきの"黒き愚者"ってまさか……)」

 

考えれば考える程、目の前のシャドウの目的が分からなくなる総司が何かに気付きかけたその時だ。

 

「ガタガタうるせぇ! さっきから訳の分からねえ事ばっかり言いやがって! 何度も言うけどな、そんなものが絆な訳がなえんだ! それよりも、とっとと瀬多先輩から出ていきやがれ!!」

 

洸夜?に向かって声をあげる順平。

その順平の言葉に明彦も一歩前に出た。

 

「どの道、このままにしとく訳にも行かないからな。そっちが応じないならば、此方は力付くで洸夜からお前を引きずり出す事になるぞ?」

 

そう言いながら拳を握り締め、グローブが締まる音を出しながら拳を洸夜?へ向ける明彦。

野生で鍛えた拳。

今ではシャドウ相手にも通じる力。

だが、そんな力の前でも洸夜?は特に恐れず眼を閉じる。

 

『……絆を否定するか。そうか……なればこれで……』

 

洸夜?は眼を閉じながら薄ら笑い、そして"最後の絆が消えた"……そう総司は聞こえた気がした時だ。

辺りに感じた事のある悪寒と威圧感を覚えた。

 

『ヴォォォォォォォ!!』

 

『っ!? やはり出てきたか……!』

 

「!……タナトス!?」

 

突如、洸夜?の背後から現れたタナトスに総司は驚き、タナトスをそのまま見上げた。

タナトスは手にいつもの剣は持っていないものの、低い唸り声を出しながら洸夜?を見下ろす。

 

『ヴォォォ……!』

 

「このペルソナって『アイツ』の……!」

 

「な、なんでここにいるんでしょうか……」

 

「グルルルル……」

 

タナトスの出現に思わず後ろに一、二歩程下がる順平と乾とコロマル。

風花も小さくキャッ! と小さく叫び、チドリは間合いをとり万が一に対処し、ゆかりは只、ひたすらに驚きの表情でタナトスを見続けている。

そして、その隣では美鶴・明彦・アイギスの三名が総司同様にタナトスを見上げていたが、その表情からは驚きよりも困惑が見てとれていた。

前回の時も現れたこのタナトス。

助けてもらったと言えるのかは微妙だが、前回の時も合わせると少なくとも美鶴達はこのタナトスが洸夜の制御下には入っていないと感じて成らなかった。

洸夜の異変に突然現れ、洸夜?と戦った事を踏まえれば明らかにタナトスは洸夜の意思とか関係なく動いているのが分かる。

 

「……タナトス」

 

思わずアイギスが呟いた時だ。

タナトスが吼えた。

 

『ヴオォォ!!』

 

『グッ!?』

 

洸夜?の頭と右腕を掴み、そのまま地面に向かって力を入れるタナトス。

その光景はまるで何かを抑え込む様にも見える。

だが、黒き身体に鉄仮面。

その様な姿をした異様な存在が人を襲う光景は、中々にエグいものだ。

しかし、洸夜?も負けてはいない。

洸夜?はタナトスの腕を振り払えないまでも、多少は辛い表情をしながらも倒される事なく身体に力を入れて耐えている。

クマの影をも圧倒するタナトスの力に耐える洸夜?……眼や雰囲気もそうだが、今の洸夜が普通ではない良い証拠とも言える。

そして、校門内で行われているそんな異様な光景の最中、この場所を訪れる者達がいた。

りせと陽介達だ。

りせと陽介達は急いで来た事で息が乱れていたが、膝に手を置きながらも目の前の現状に眼を奪われた。

 

「あ、あそこ……やっぱり! 洸夜さんのシャドウが……!」

 

「なんだってんだ……タナトスも出ていやがる。りせちーの言った事は本当だったのか……!」

 

「それよりも見て! あそこに瀬多君と洸夜さん以外にも人が!?」

 

美鶴達の存在に気付いた雪子が指を差し示し、千枝と完二が眼を細めて遠目で美鶴達を見る。

 

「あ、本当だ……って! 小さい子もいるじゃん!? 助けないと!?」

 

「助ける何もよぉ!? ここは学校で、暴走してんのは洸夜さんだろ!? だったらなんとかしなきゃいけねえだろうがぁ!先輩!!」

 

「ッ!! 駄目だ皆! 今はこっちに来るな!!」

 

完二達が自分の方に走って来た事に気付き、今の状況下では只、被害が増えるだけと判断して手を前に出し静止する。

その総司の様子に美鶴達も思わず眼を向けてしまった。

 

「なっ!一般人か!?」

 

「いけない! こっちに来ては駄目!!」

 

自分達に走ってくる学生達の姿に驚き、美鶴と風花が叫び総司同様に静止を促す。

だが、そんな状況下の中でタナトスに押さえ付けられている洸夜?は苦しみの表情から一変、再び歪んだ笑みを浮かべた。

 

『無駄だ……最後の絆が消えた今、オレヲ……縛ル……物は……無イ! これであの世界でオレは出ル事が……! "アイツ"がワタシた力……使うゾ……!』

 

そう言い放ち、左手を掲げる洸夜?

すると、洸夜?の左手からまるで渦の様な裂け目の様な白い何かが溢れ出し、やがてそれは洸夜?やタナトス、果ては総司と美鶴達すらをも包み込む。

 

『ヴォォーーー』

 

「これは兄さんのーーー」

 

「なんだコレはーーー」

 

「マズーーー」

 

「美鶴さーーー」

 

総司も美鶴達もそこまでで言葉が遮られ、目の前にはテレビの画面の様な何重もの黒い渦に吸い込まれて行く感覚に襲われた。

身体全体で浮いている様な感覚も混ざり、頭がクラクラして酔いの感覚にも似ている。

そしてその感覚は勿論、順平達にも例外ではない。

 

「なんなんだよコレーーー」

 

「「キャアアーーー」」

 

「ワンーーー」

 

「クッ!コレはーーー」

 

「皆さーーー」

 

総司と美鶴達同様の感覚に襲われる順平達。

そして、この感覚と光景に総司は気付いた。

 

「この感覚は……! (まるで……テレビの世界へのーーー)」

 

その言葉を最後に総司と美鶴達の目の前に深い霧が視界を遮り、皆の意識が消えた。

 

「……消えた」

 

その場に残されたのは陽介の呟きと、驚きで言葉の出ないりせ達。

そして、総司と美鶴達が消えた以外は何も変わらず、まるで最初から何も無かったかの様に何も変わらない学園の校門だけであった。

 

===========

 

月光館学園【生徒会室】

 

校門で洸夜達が消失していた頃、伏見 千尋は生徒会室へと訪れていた。

生徒会長である彼女が此処にいる理由は極めて単純であり自分が持っていた、ホチキスで止めてある今日の予定表が一枚抜けていたのが理由だ。

彼女程になれば今日の予定ぐらい全て覚えていても不思議ではない。

しかし、彼女は慢心しない。

万が一が合っては母校に泥を塗り、相手校にも悲しい思いをさせる訳に行かない。

その思いが故に彼女は忙しい中、生徒会室に予備の抜けていた部分のプリントを取りに来ている為に目の前のプリントの束と格闘しているのだ。

 

「あれ?……ここに……えっと……あ! 合った!良かった~」

 

目的のプリントが見付かった事で伏見は安堵の息をはいた。

流石にホチキスで止め直す時間は無いが、見付かったのだからそれで良い。

 

「早く戻んないと……八十神の先生方に確認と会長と瀬多先輩達に……先輩達に?」

 

伏見から嫌な冷や汗が流れ出す。

彼女は思い出してしまったのだ……忘れては行けない最大の事を。

 

「先輩方の事……忘れてた……! どうしよう?! まだ会長達にも伝える事があるのに!?」

 

此方から頼み呼んだのにも関わらず存在を忘れていた事を思いだし、軽くパニックを起こしそうになる伏見。

だが、すぐに冷静になり急いで生徒会室から出ようとする。

此処に戻って来ないと言う事は最後に別れた玄関口にまだいる可能性がある。

 

「急がなきゃ……!」

 

扉を開け急いでその場を出ようとする伏見。

しかし、入口の側に置かれている洸夜達の荷物が視界に入った事で伏見はある事に気付いた。

 

「あれ……? 瀬多先輩の木刀が……ない?」

 

入口の脇に立て掛けられていた筈の洸夜から"木刀"が入っている布袋が無くなっていたのだ。

本当は愛用の刀が入っているのだが、伏見に言える訳もない。

しかし、伏見からすればそこは問題では無く……。

 

「えぇッ!? もしかして……待機室泥棒! ど、どうしよう~!?」

 

流石に二度は耐えられなかったらしく軽くパニックに成ってしまった伏見。

そして、その生徒会室内に伏見の悲鳴が木霊していた。

どこにもない"刀"を探しながら……。

 

End



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その名は幽閉塔

現実は……忙しい(泣)
今回は色々と長くなってしまいましたが、待っていて下さった皆さん!
大変お待たせ致しました!


同日

 

現在、辰巳ポートアイランド【駅外れ広場】

 

「!?……なんだ……今のは?」

 

青年は空を見る。

暗く薄汚れた建物の隙間から、一切汚れていない雲一つ無い青空を。

その姿はまるで、忘れ去られた深い廃井戸の底から見ているかの様にどこか切ない。

しかし、青年は只単に空を見たかった訳ではない。

虫の報せとでも言うものなのか、青年は何か感じ取ったのだ。

良いか悪いかと聞かれれば間違いなく悪いと言える程に嫌な何かを。

青年はそれを感じとった為に思わず立ち上がり、この場でまともに外だと認識出来る空を見上げたのだ。

今まで感じてきた"異常な力"の中で間違いなく一番危険な部類。

青年は空を見上げながら、皮膚が切れるのでは無いかと思ってしまう程に拳を握り締め、己の神経を全て警戒へと回すのだが。

 

「!……何も感じなくなりやがった。(なんだったんださっきのは……?)」

 

錯覚だったのでは無いかと脳が勝手に認識してしまう程に、先程まで感じた力は今は全く感じなくなった事で青年は思わず己を冷静にする為に首を左右に振った。

 

「そんな訳あるか……! (さっきの力……錯覚でも気のせいでも無え。少なくともこの街全体に轟かせる程のものだった)」

 

そう言いながら青年は肩に自分の荷物を背負い、その場から歩き出してやがて今いる空間の丁度中心の辺りで足を止めてポケットに手を入れて何かを取り出した。

青年がポケットから出した手を開くと、そこには銅色の少し形の悪くなった鈴が握られていた。

 

「……。(……アイツ等に何かあったのか?)」

 

青年は今日、この街に来ていると聞かされている者達の事を想う。

自分が今日この街に来たのも、その者達が来ているから来た様なものだ。

だが、だからと言って会うと言う訳でも無い。

寧ろ、自分には会う権利すら無いとすら思っている。

一生、裏方で生きると決めた時から決めていた事だからだ。

ならば何故、この街に来たと言う話になるが答えは単純。

会えずとも、せめてその者達と一緒の街にいたかったからだ。

そうする事で会えずとも、一緒にいられる気がする。

 

「……揺らぎやがる。(自分で決めた事なのによ……!)」

 

そう言って青年は"親友"からの絆の証である鈴を再び強く、祈る様に額につけて握った。

それはまるで、何かに巻き込まれているかも知れない者達の無事を祈っているかの見える。

柄でも無いと思っているのはやっている青年が一番分かっているからか、その行動は一分もしないでやめると掌の鈴を眺め始める。

 

……そんな自分を背後から"見ている者"の存在に気付かずに。

 

「……」

 

青年を見ているのは女性だ。

先程まで誰も居なかった広場に突如青年の背後に現れた特徴的な青い帽子と服、そして髪は日本ではあまり見ない綺麗な銀髪が特徴の女性。

左手で大事そうに電話帳の様に大きく部厚い青い本を抱え、これまた外人の様な綺麗な瞳で見ている。

しかし、その瞳からは不気味な程に何も感じ取れない。

何も見ていないかの様に何も感じとれない瞳で青年を見る女性。

まるで青年は見る価値も無いと言いたいのか……女性の瞳に"怒り"が現れた瞬間、青年は咄嗟に背後へ振り向いた。

 

「ッ!?」

 

青年が振り向くと、そこに誰も居なかった。

薄汚れた建物の壁、雨水を流すパイプ。

それしか青年には写っていない。

青年は額に流れる汗を袖で拭った。

勿論、服装で生じた暑さによる汗では無く、謎の気配を感じた事で生じた冷や汗をだ。

 

「はぁ……はぁ……! (なんださっきの……気のせいなのか? )」

 

少なくとも先程の謎の気配に青年は恐怖を感じた。

しかし、まるで幽霊を相手にしているかの様に訳が分からない。

 

「この街で何が起きてる……?」

 

青年は少し早歩きでこの駅外れ広場を、嫌な予感を胸に抱えながら出て行く。

 

「……」

 

建物の屋上から再び先程の女性.…"エリザベス"に見られている事に気付かないまま。

 

==============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場付近の通路】

 

辺りに霧が立ち込めていた。

左右どころか上下も認識が危うい程に深い霧だ。

地面も人が倒れている様な形のシルエットと渦の様な模様が所かしこに描かれており、明らかに普通では無い。

しかし、そんな明らかに人が存在する場所では無い所でなにやら話をしている者達がいた。

八人の男女と一匹の犬。

そう、彼等は先程、月光館学園で姿を消した総司、そして美鶴を始めとした元S.E.E.Sメンバー達であると同時に総司がこの"世界"について美鶴達に説明している所であった。

総司達の戦いの舞台である霧に包まれた"テレビの世界"について……。

 

「テレビの中だあ!?」

 

「正確にはテレビの"中に存在"する世界です」

 

すっとんきょうな声で聞いてくる順平に慣れた様に冷静に対応する総司。

そんな総司に順平だけではなく、ゆかりも混乱気味に聞いてしまう。

 

「そんなテレビの世界って……あぁ~ちょっとゴメン。まだ頭が全てを処理できないみたい」

 

頭を押さえながら何とか現状を理解しようとする、ゆかりだが無理もあるまい。

順平もゆかりも、美鶴達全員に言える事だ。

この世界に来た当時、この世界に入った時のショックからか総司も美鶴達も倒れて意識を失っていたのだ。

そんな時に不幸中の幸いと言うべきか、最初に意識を覚醒したのは総司と美鶴・明彦・アイギスの四人。

この世界の事等は微塵も分からず、先程まで自分達は月光館学園にいたと言う事実によって美鶴達は困惑状態であった。

だが、不幸中の幸いは総司も一緒に目覚めた事だ。

日頃から行きなれているからか、先程の移動でも他の者達よりは影響が少ない総司はすぐにこの場所を理解し、美鶴達に軽く説明して無駄な混乱を起こさずに済んだのだから。

何度も足を踏み入れているこの世界。

この世界の他にも似た様な世界も知らなければ、念の為に懐に忍ばせていたクマ特製の眼鏡を掛けた事で視界から消える霧や、この今いる場所ですらいつもの広場に近く、他のダンジョンに向かう時に良く通ってて見覚えのある場所。

これだけの材料があるのだ、総司が此処をテレビの世界と認識出来ない方が難しい。

 

「無理はしないで下さい。逆に、こんな現状をすぐに理解出来る方が難しいですから」

 

順平同様に、ゆかりに対しても冷静に対応する総司。

そんな慣れた様子の総司に美鶴が口を開く。

 

「総司君。先程、君はこの世界について軽く説明してくれたが、それだけでは分からない事が多すぎる。出来ればもう少し詳しい話を聞きたい……この世界は文字通り"異常"だ」

 

そう言って美鶴は己の足下を見た。

そこには何処から出ているのか分からない光によって生まれた彼女自身の影があったのだが、これがまた普通の影では無い。

本来ならば只、真っ黒な筈の影なのだが、今は真っ黒どころか二、三色の色が混ざりあっている様な変な模様だ。

常識はずれな影を見て、美鶴ですら多少は困惑の表情を表してしまう。

そして、アイギスと風花もまた、美鶴の言葉に繋ぐ様に辺りを見る。

 

「それだけではありません。この霧……そして……」

 

「周りから感じる気配……もしかして……」

 

シャドウ関連に対策されているアイギスの眼すらも遮る霧と、辺りから微かに感じている気配に風花が恐る恐ると言った表情で辺りをキョロキョロと見回す。

そんな風花の様子に総司が気付き、総司は彼女の前に行き言った。

 

「こんな世界にも住人はいますよ……"シャドウ"ですけど」

 

総司の言葉にあった聞き慣れた単語に、混乱していた順平達も驚いた表情で彼を見る。

逆に美鶴達は、やはりか……と言う様な表情で総司を見ており、やれやれと言った感じで明彦が総司に近付いた。

 

「総司君……やはり君はシャドウについて知っていたんだな? 」

 

明彦の言葉に総司は小さく頷く。

 

「なら、君は"ペルソナ"についても知っていると思って良いのか?」

 

「お見合い会場でもペルソナと発言してましたし、それに今回は風花さんもいますから、どちらにせよ分かる事です」

「? (風花さんがいるから分かる……?)」

 

アイギスの言葉に疑問を覚え、総司は再び風花を凝視した。

風花はそんな総司からの凝視に恥ずかしいのか、頬を染めて下を向いている。

総司が風花を凝視してから凡そ4秒。

アイギスからの言葉の疑問がすぐに分かった。

 

「……。(風花さんって……もしかして探知タイプなのか?)」

 

確証は無いが、自分がペルソナ使いかどうかが分かるのは探知タイプ位のものだ。

総司はそう判断するとまた、明彦とアイギスの方を向いた。

元々、機会が無かっただけで隠す気は更々無かったからか、総司は何の迷いもなく明彦達に言った。

 

「知っていますし、俺自身もペルソナ使いです」

 

総司のカミングアウトに順平達が驚きの声をあげた。

 

「えぇっ!?」

 

「総司くんもペルソナを……」

 

「やっぱり、最初に挨拶した時にそれらしいのは感じてたから……」

 

「……。(さっきの挨拶だけで……)」

 

総司は純粋に風花の探知能力に関心すると同時に彼女の力が、りせを越えている事を直感した。

ペルソナも召喚せずに、あれだけ短い時間で感じ取っただけで総司には十分な判断材料だ。

そんな風に総司が風花を関心していると、漸く胸の中の何かが取れた様な気分になった美鶴が尋ねた。

 

「やはりか……。(兄弟共にペルソナを覚醒させたのか) どうしてもっと早く教えてくれなかった?」

 

「聞かれませんでしたから」

 

その言葉を聞いた瞬間は美鶴達全員が総司の事を、ああ、本当に洸夜の弟なんだな……と再認識させた瞬間であった。

それに先程からの冷静な感じや表情が明らかに『彼』にも似ている。

瀬多 総司……彼の存在は良い意味で美鶴達を困惑させてしまった。

美鶴は溜め息をつきたい気分だった。

 

「君は本当に不思議な少年なのだな……」

 

「照れます」

 

「いや!? 多分褒めてないぞこれ!?」

 

相変わらずの無表情で照れる?総司に順平のツッコミが入る。

中々にキレのあるツッコミだ。

思わず総司は、順平に親友である陽介の姿を被せてしまったが総司も美鶴達に聞きたい事がいくつかある。

今度は総司の番だ。

 

「今度は逆に聞きますけど、兄さんから聞いた二年まで共に戦ったペルソナ使い達って言うのは、もしかしなくても……?」

 

「私達ですね」

 

総司同様に冷静に返答するアイギス。

しかし、一部のメンバーは暗い表情をする。

 

「二年前……」

 

暗い表情をしているのは言うまでも無く、ゆかりと順平だ。

そんな二人の様子に美鶴は気付くが気持ちが分かる為、敢えて何も言わずに総司との話を続けた。

 

「君は二年前の事件をどこまで知っているんだ?」

 

「"影時間"とシャドウの存在。二年前に解決したけど……一人のペルソナ使いが眠りについたと言う事位です」

 

「……そうか」

 

「大体、合っています……」

 

「クゥ~ン」

 

総司の言葉に、美鶴もアイギスも少し悲しそうな表情をしながらも頷き、コロマルも二人と同じ様に寂しそうに鳴いて下を向くが、よくよく見れば他のメンバーも同じ様な表情をしていた。

二年前の事件・洸夜・名も知らぬ仮面使い。

これらが関係する会話で、美鶴達が必ずと言う程に見せる悲しみや後悔の表情。

学園での事もあり、流石の総司もいい加減に知る事にした。

兄と美鶴達の事を……。

 

「……美鶴さん。兄さんと一体、何があったんですか?」

 

「!」

 

総司の言葉に美鶴は、我に帰ったかの様に眼を開き総司を見ると、総司は答えるかの様に美鶴と視線を合わせた。

 

「……学園での兄さんの異常や美鶴さん達の会話の内容。何より、兄さんが抜け殻の様に生きる気力を無くして帰ってきた二年前。全部、美鶴さん達が関わっているんじゃないんですか?」

 

「ぬ、抜け殻……!?」

 

総司の言葉に思わず口を抑えて驚く風花。

抜け殻、明らかに人に対して使う言葉ではない。

そんな風花を見て、総司は頷く。

 

「俺は……あんな兄さんを見た事が無い。鬱にはなっていなかったらしいけど、寝言で誰かに謝罪しながら泣いてたりした。……俺は知りたいんです。何故、兄があんな事になったのか……一体、兄が何に苦しんでいるのか……!」

 

想いが込もっていた。

純粋に兄を想う、弟の想いが総司の言葉に込もっていたのだ。

総司は真っ直ぐに美鶴を見る。

そして、そんな総司の瞳を見た美鶴は思わず驚いてしまう。

 

「!……。(何故、この少年はここまで『彼』に似ている? あの眼は本当に『彼』の……)」

 

迷いのない無邪気な瞳。

絆を紡ぐ愚者の瞳。

まるで、本当に『彼』と話しているかの様に感じる。

眼を閉じればすぐに『彼』の姿が浮かんでくる。

ニュクスを自分の意志で封印し、なんの後悔もなく眠った『彼』の姿が……。

 

「……。(もう十分に逃げたな私は……)」

 

美鶴は静かに眼を開き、明彦・順平・ゆかりの順で彼等を見た。

 

"もう、大丈夫だな?"

 

そう語り掛けているかの様な美鶴に、明彦は既に覚悟を決めていたらしく躊躇いなく頷く。

順平も明彦同様に頷き、ゆかりは少し悲しそうな表情をするが決心したかの様に頷いた。

そんな三人の姿に美鶴も、漸く躊躇いが無くなった。

誰か一人でも迷いがあっては、心から洸夜への謝罪にはならない。

しかし、全員の迷いが晴れた今、そんな事を気にする必要はない。

美鶴は一瞬だが満足そうな笑みを浮かべた同時にすぐに真剣な表情で総司・風花・乾の三人を視界へと入れた。

 

「……総司君、そして風花と乾も先程は言えなかったが聞いてくれ。今から二年前『彼』が眠った後の私達と洸夜の間で起きた事を……」

 

美鶴は静かに語り出す。

まるで想いの込もった詞の様に。

そして、二年前の洸夜が寮を出ていった真実を風花は驚愕と悲しみの表情で、乾は悲しみと怒りの表情で聞き、総司は只々静かに眼を閉じて美鶴の話を聞いた。

まるで、兄の苦しみを少しでも感じようとするかの様に。

 

 

=============

 

その頃……。

 

現在、???【最上階・黒の祭壇】

 

深い霧が辺りを包む。

右も左も分からない程に深い霧。

そう、ここもテレビの世界。

だが、総司達とは違う場所なのは間違いないだろう。

この場所は総司達のいた場所とは違い、地面が色々な色で染め上げられている。

それはまるで、パズルの様に色合い良く感じさせる。

だが、色合いが良いとは言え明らかに普通ではない地面に一人の青年が倒れていた。

灰色の長髪、黒寄りの服装……そう、倒れている青年は紛れもなく瀬多 洸夜その人であった。

この不快な霧の匂いによって意識が戻り始めていたらしく、洸夜は静かに眼を開いた。

 

「……なんだ一体……俺はどうしたんだ……!」

 

頭が痛い、現状も理解出来ない。

そもそも、自分に一体なにが起こったのかすら分からない。

最後に思い出せるのは順平達が合流した後。

そこから後の記憶が何故かない。

混乱する中、洸夜は視界に写る霧の存在に気付いた。

 

「ここはまさか……テレビの中か……? (俺は月光館にいた筈……!)」

 

月光館から何かが起こって自分は、この世界に移動したとでも言うのか。

霧のせいで視界が定まらない中、洸夜が困惑した時だった。

 

カチャ……!

 

地面に倒れたままの洸夜の目の前に突然、黒い眼鏡が投げ込まれた様に現れた。

洸夜はそんな現状に再び驚くしか出来なかった。

 

「!……この眼鏡は。(クマが修理してくれると言って預けた眼鏡……それが、何故ここに?)」

 

洸夜が不意に眼鏡が投げられたであろう場所を向くと、そこには霧で姿までは見えないが何者かのシルエットが浮かんでいた。

子供だろうか?

そのシルエットの影は異常に小さい。

霧のせいで完全な姿が見えない時点で、なんとも言えないが洸夜は警戒しながらも立ち上がって眼鏡を掛け、シルエットの方を向くと、そこには……。

 

「……!?」

 

『お目覚めだな』

 

洸夜の目の前にいたのは、少年とは言えないモノ、無表情で服装から何まで自分と瓜二つの姿をしているが目の色だけが金色と言う異常な姿をしている青年の姿。

そして、気付かない訳がない独特の気配。

目の前の自分と同じ姿をしているモノがシャドウだと言う事に、洸夜が気付くのに時間は掛からなかった。

洸夜は反射的に洸夜?から距離を取った

 

「……お前。まさか俺のシャドウ……か?」

 

警戒する洸夜の問いに洸夜?は頷いた。

 

『理解が早くて結構。……"僕"は……"私"は……"俺"は……オマエだ』

 

「……! (落ち着け……状況を整理しろ)」

 

洸夜は自分を落ち着かせ様とした。

未だに自分は少し混乱している部分もあり冷静に物事を理解出来ないが、今はそんな事を言っている場合ではない。

テレビの世界への移動。

己のシャドウだと主張しているモノ。

 

「……」

 

洸夜は段々と己の置かれている現状を理解し始めると、洸夜は警戒を先程よりも一層強くする。

目の前にいるのが本当に己のシャドウならば、自分の今の現状はとても危険なものと言えるからだ。

ペルソナ使いのシャドウ、それもワイルドの力を持つ者のシャドウだ。

一体、どんな力を持つのか想像がつかない。

洸夜は洸夜?から目を逸らさずに、今度は自分の身に付けている物を相手に気付かれない様に確認し始めた。

 

「……。(ペルソナ白書……召喚器……刀だけが無いか)」

 

洸夜にとっての対シャドウ用三種の神器の内の二つはある事が分かったが、その中でも要である愛用の刀だけが自分が身に付けてもいなければ周辺にも無い。

これで洸夜は完全な生身での接近戦を制限された事となってしまう。

しかし、無いものはねだれない。

 

ペルソナ白書があるだけでも不幸中の幸い。

 

洸夜は己に言い聞かせ、今度は目の前にいる一番の謎であり元凶を考えた。

 

「……。(こいつ、本当に俺のシャドウか? だったら何故、今までテレビの世界に来た時に現れなかった……?)」

 

元々、ペルソナとシャドウは互いに紙一重の存在。

その為、ペルソナ能力に覚醒している時点でシャドウが出てくる訳がない。

洸夜は目の前のシャドウが偽物で何らかな陰謀かなにかが絡んでいると言う考えも出したが、それを受け入れる事はなかった。

それは、目の前のシャドウが似ていた事が原因であった。

稲羽に来てから見る様になった謎の悪夢に出てくる、もう一人の自分の姿や雰囲気、全てが。

しかし、そうなると目の前のシャドウの正体は自ずと限られる。

 

「オシリス……」

 

洸夜が呟いた己自身のペルソナ。

洸夜?が、もう一人の自分ならばそれは己自身とも言えるオシリスしか考えられない。

だが。

 

「……! (いや、オシリスは未だに俺の中にいる。他の弱体化で消えたペルソナ以外のペルソナもいる。じゃあ、目の前のシャドウはなんなんだ? 特別な力を持った只のシャドウ……?)」

 

己の中から感じるオシリスの気配。

ペルソナが己の中に存在しているにも関わらず、シャドウが存在している。

洸夜は無理にでも答えを探そうと考え、脳に負担を掛けようとした……だが。

 

『気は済んだか……?』

 

「っ!」

 

まるで、洸夜が行っていた事を全て知っていながら見ていたかの様に言う洸夜?の言葉に、洸夜は思わず驚きと同時に息を呑んだ。

そして、そんな洸夜の様子が楽しいのか洸夜?は歪んだ笑みを浮かべた。

 

『……オマエも分からない奴だ。今こうしている中でも、オマエは否定ばかり……』

 

「……。(呑まれるな……もし、本当に俺のシャドウならば否定さえしなければ、何とか暴走だけは防げる筈だ)」

 

洸夜は洸夜?から眼を離さず、己にそう言い聞かせた。

しかし、洸夜?の眼は何かが消えたかの様に禍々しく光だした。

 

『……卑怯者。所詮、オマエはそんなものだな。情けなし……黒きワイルドを持つ愚者よ、己の為に望んだモノを受け入れず否定するばかり』

 

「何が言いたい……! 」

 

洸夜の言葉に洸夜は表情を変えずに言った。

 

『本当の自分から眼を背け……自ら築いた絆を否定する。順平達もそうだった……二年前のあの揉め事……互いに自らが望んだにも関わらず否定する。愚かな者……文字通りの愚者か』

 

その言葉に洸夜は眼を開けた。

 

「!……あの事を言ってるのか……! アレを……あんな事を言われた事を……俺自身が望んだって言うのか……!」

 

『そうだ。互いに望んだのさ』

 

「っ!? ふざけんじゃねっ!!」

 

洸夜は左手を拳にし、凪ぎ払う様に振った。

 

「お前が俺自身ならば、あの一件で、どれだけ俺が苦しんだか分かる筈だろ!! 稲羽に来るまでのこの二年が……どれだけ地獄だったか……!」

 

地獄の二年間を思い出してしまったのだろう。

洸夜は眼を閉じると、その二年間の事や負の記憶が走馬灯よりも明確に頭の中に流れて来る。

少し話が変わるが元々、洸夜が進学も就職しなかったのには訳がある。

それは両親が関係していた。

基本的に多忙の更に多忙な程に仕事が忙しい洸夜と総司の両親。

今まで学校の行事に参加できた事など殆ど無く、入学式や卒業式もまともに参加等していない。

洸夜が総司に自分と同じ想いをして貰いたくなく、自分の事よりも総司の事を優先させる様に両親に頼み、漸く総司のみだが行事に参加出来た位だ。

又、行事と言うのは進路関連に関しても例外ではない。

洸夜が月光館学園の三年の時も、両親が面談に来る事はなかったのだ。

担任からも両親に連絡したが予定が合う事もなく最終的に、この問題は両親のある言葉によって幕を閉じた。

 

"進学も就職も一旦保留にして、卒業したら家に戻って来て欲しい"

 

当時、その言葉を聞いた洸夜は頭が真っ白になりかけた程に衝撃的だった。

実の両親からまさかの事実上の浪人してくれと言われたのだ。

進学も就職も後から何とかするとまで言われた。

元々、異動が多く、長くその地域にいない両親にとって今回の稲羽の様な例外を除けば、洸夜と総司を目の届く場所に置いていたかった。

洸夜が月光館に行く様に頼んだ時は嬉しそうにはしてくれたが、内心では反対したかった想いも同じ位あったのを洸夜は分かっていた。

まるで子離れの出来ない親そのもの。

洸夜と総司の二人と一緒にいた時間が少なかったのも原因であり、両親的には二人はまだまだ子供に感じているのもあるだろう。

故に、今度は自分達の望む場所にいて欲しいのだ……洸夜も総司にも。

ここまでくれば愛情を通り越し、只のエゴだ。

勿論、そんな常識はずれの事を呑まずに無視し、進学するならアルバイトしながらでも良いから稼げば良い。

基本的に高卒での仕事は、安い収入での過度な肉体労働なのは洸夜は分かっており、割には合わず不満が溜まり辞めるよりは進学して学歴を得た方が良いと洸夜は思っていた為、どちらかと言えば進学の方の想いが強い。

少なくとも、当時の洸夜にはそれぐらいの行動力はあった……しかし。

洸夜は両親のお願いを承認した。

その選択で不満も後悔もなかったと言えば嘘だ、寧ろ承諾した自分が情けない。

しかし、育ててもらった恩、両親との僅かな繋がり……なにより、洸夜自身が諦めていたのかも知れない。

自分の生き方に。

それ故に、洸夜は敢えてやりたい事を探すから等と言って両親から時間を貰い、色々とバイトに勤しんでいるのだ。

だが、そんな中での最終決戦、『彼』の眠り、あの出来事。

それから毎日の様に見る悪夢。

精神科で見られた同情の眼差し。

非現実である為に、誰にも相談等は出来ない。

精神科とて同じだ。

誰にも言えない。

『彼』に対する罪悪感を他者を巻き込めない、溜める事しか出来ない。

洸夜は思い出し、その眼を鋭くし洸夜?を睨んだが……。

 

『まだ迷うか。親へはなんだかんだ言って、生んで育てて貰った事以外に恩を感じていない癖に、いつまで己を誤魔化す? 嘗てのオマエは、まだマシだったが……今では迷い、否定するばかり』

 

呆れた様なに言う洸夜?の言葉に本来ならば、洸夜はここは怒る所なのだろう。

しかし、不思議と怒る気にはなれなかった。

幼い時から体験してきた悲しき記憶。

他の子は親が迎えに来る中、必ず最後の一人になり、孤独に待った保育園。

ご機嫌取りのつもりなのか、人一倍多いプレゼントを贈られて来た一人ぼっちの誕生日。

問題を解き、先生・クラスメイトとそのご両親から褒められた、自分の親だけがいない授業参観。

いつからだろうか?

自分にとって両親への想いがこうなってしまったのは。

電話の時等には普通に会話するが、それはただ下手に何かあったと思われる無駄に干渉されたくないからだったのだろう。

洸夜は気付いた……いや、思い出した。

自分は両親に本当に愛されているのか? と言う疑問がいつの間にか、自分から両親への関心がなくなってしまっていた事を。

しかし、洸夜は先程の言葉にまだ疑問があった。

 

「迷う……って言ったか?」

 

『分からないか? 思い出してみろ……オマエが稲羽に来た目的は総司を守り、事件の解決が目的だった筈だ。しかし、現状は悲惨ダ。二人も死なせ……当初は総司達とも協力スラしなかっタ』

 

「その事はエリザベスにも散々言われた。それに当初、総司達は力の責任は勿論、何もかも覚悟が足りなかった……それを自ら学ばせる為に、俺は裏手に回った」

 

洸夜?の言いたい事を察し、洸夜は拳を握り締めてそう言った。

総司達に対しても他の言い方をしたりすれば良かったかも知れないとは今でも思うが、総司達もちゃんと物事を考えて行動している。

それを思えば全く間違っていたと洸夜は思っていない。

だが。

 

『違うな』

 

間はそんなになかった。

洸夜?は、まるで一般常識を語るかの様な感じに平然と言い張り、洸夜も思わず表情が固まってしまった。

 

『エリザベスの言っていた事は多少は的を得てイル。だが、本当の理由は違ウ。オマエは……"失う"のが怖かったンダ』

 

「失うのが怖い……? どういう意味だ……!」

 

『始マリは、天城雪子の一件ダ。生半可な想いで救出に向かい、天城雪子の命をたかだか学校なんかをサボる理由にした。だからオマエは総司達を叱った……』

 

「そうだ。何処かアイツ等は、この事件をゲーム感覚に感じていた節があった。仲間を助けに行く事自体は悪く言うつもりはない。だが、自分達だけを中心に考えていたら本当に取り返しのつかない事になる。だから俺はーーー」

 

『それが違うと言っている』

 

まるで切り捨てるかの様にハッキリとしたその言葉に、洸夜は息を呑む事すらも忘れてしまう。

これではまるで、シャドウを否定する処か自分がシャドウに否定されている様にも見える。

 

『目の前マデ行ったにも関わらズ、総司達の成長を理由に見捨てタ男が何を言う?』

 

段々と言葉が変な風に聞こえ始めた洸夜?は、もう沢山だと言わんばかりに片手で頭を抑え、左右に振る。

 

『……オマエは只……"失う"のが怖かっタだけなんダヨ』

 

「う、失う……?」

 

失う。

先程から洸夜?へ放たれるその言葉に、洸夜は自分の身体全体に電流の様な何かが走るのを感じた事で混乱してしまいそうになった。

自分でも何故なのかは分からない。

しかし、まるで核心をついたかの様な衝撃なのは間違いない。

だが洸夜は、洸夜?の言葉を聞きたいとは思う事が出来なかった。

今まで生きてきた自分の全てを否定される。

そんな気がしてならなかったから。

そんな事を思う洸夜は思わず、一歩後ろへと下がってしまい、その光景を洸夜?は無視したかの様に一切触れずに言葉を続けた。

 

『そうだ。オマエ自身の行動の本質……それは"失う"事への恐怖だ。総司を守ろうとするオマエだが、いつも側にいられる訳ではない。自分のいない時に総司達が死んでしまう?ならばドウスル?……総司達を強くスルシカないよな!? それがオマエが総司達をシャドウと戦わせる"理由"だ!』

 

「や、やめろ……! (なんなんだコイツは……! 本当に俺の抑圧された内面なのか!? だが、その内面がなんなのかがサッパリ分からない……!)」

 

謎過ぎる洸夜?

洸夜?の正体が、洸夜の抑圧された内面であるシャドウなのは最早、洸夜も認め始めていた。

あの悪夢に何度も出てきた自分。

まさに、目の前の洸夜?と同じモノにしか感じれなかったからだ。

しかし、その重要な抑圧された内面が何なのかが分からない。

目の前の洸夜?が言っている事は抑圧された内面の核心ではない気がしてならない。

宿主への問いの割には、まるで"隠している"かの様に曖昧にしか言ってこない。

今までの花村達での事を思い出せばあり得ない事だ。

洸夜は額に汗を溜めながら、自分の身体が混乱と恐怖によって震えている事にも気付けず、洸夜?の言葉を只、聞く事しか出来なかった。

 

『天城雪子の一件……総司達に色々と言った理由も実際は失ウ事への恐怖からダ。昔のオマエならば総司達と同じ事をした筈だが、今は失う恐怖で出来もしない……堂島 僚太郎……菜々子の二人に対してのナ……!』

 

「叔父さんと菜々子への……!?」

 

『元々、噂が広がりやすい小サナ町ダ。刑事である堂島 僚太郎の甥が好キ放題してイルと思っている者もいるかも知れナイ。只でさえ総司と花村は模造刀の一件で前科があるからナ。村八分とまでは言わないガ……自分達の責任デ噂が広がり、堂島達に何かしらの影響がでる事を恐れたからの行動ダ』

 

「……」

 

言い返せなかった。

理由は分からない。

しかし、何故か洸夜?への反論を己が望んでいなかった。

 

「……一つ聞きたい」

 

『なんダ?』

 

何処か脱力した様な洸夜の言葉に、洸夜?は問いの内容を待った。

 

「美鶴達との一件……互いに望んだ事だと言ったな。どう言う意味なんだ?」

 

洸夜からの問い。

それに対して洸夜?は、特に眉一つ動かす事もなく口を開き始めた。

彼にとって、洸夜からの問いはどうやら予想できていた様だ。

 

『そのままの意味ダ。『アイツ』が眠りについた事で美鶴達は"後悔"し、そのどうしようも出来ない想いを抱イていた。そしてオマエも又、真実知った事でショックを受けていたが、伊達にワイルド使いではなかったな。オマエは『アイツ』へのショックを背負いながらも同じ様に傷付いているであろう美鶴達を"支えよう"と思っていた。ここまで言えば……ワカルヨ……ナ?』

 

「!……これは!?」

 

洸夜?が言い終えた瞬間に放たれる強い殺気。

同時に洸夜は己のいるこの場所の異常さに気付かされた。

洸夜が立っているこの場所は、とても広い円状の広場であり、その周りには"愚者"を始めとしたアルカナの絵柄が刻まれた石板の様な物が綺麗に広場に沿る様に存在している。

そして、最大の異常は夜空となっている空に浮かぶ一つの"満月"だ。

その空との不自然に感じる距離感に、洸夜は自分のいるこの場所がとても高い建物なのを理解してしまた。

理解した洸夜はその光景に恐怖した。

月・高い建物・アルカナ。

そう、まるで"タルタロス"そんものに感じてならなかった。

 

『色と言う名の"アルカナ"……アルカナと言う名の"色"……ククク……!』

 

洸夜が恐怖する中でも洸夜?が話を止める事はなく、それどころか口調が段々とおかしくなっている。

その様子に洸夜はペルソナ白書を構える。

だが、それは洸夜?にとっては余興以下なのか、目だけ笑わず口元だけを歪ませた状態で洸夜を見た。

 

『残リ……カスの……仮面で戦うか?……無意味ダ……それすらも間もなく消エルと言うノニ!……まあ、イイカ。もう……オワリにしよう……コノ……オマエが生んだ場所……この"黒き愚者の幽閉塔"でな!!!?』

 

「!……終われねえ……終われねえんだよ。俺は……まだ何もしてねんだよ……!」

 

発狂したかの様に叫ぶ洸夜?の姿に洸夜は唯一の武器になり得るであろうペルソナ白書を構え、震える己を一喝する。

生きるか死ぬか。

これから起こる戦いの結果がどうであれ、自分にとても大きな影響を及ぼす事となるのを洸夜は分かっているから。

 

==============

 

同日

 

現在、テレビの世界【総司と美鶴達のいる場所】

 

「……以上だ。これが洸夜のいなくなった本当の理由だ」

 

美鶴の話は終わった。

しかし、皆の表情は何処か暗いものだ。

特に風花と乾の二人の表情が一番と複雑なものとなっている。

風花は口を両手で抑え、今にも泣きそうだ。

その隣では驚いてはいるが、あからさまな表情をしないチドリが二人を慰める様に二人の肩に手をおく。

 

「チドリちゃんは……知っていたの?」

 

「知らなかったけど、さっきの学園での話や美鶴達の様子でなんとなく分かってた」

 

チドリの言葉に風花はただ項垂れ、そして乾も又、悲しそうな表情から怒りの表情を露にすると、そのまま近くにいた明彦にへと掴み掛かった。

 

「どうして……どうしてなんですか! なんでそんな事を洸夜さんに言ったんですか!? あの事で一番思い詰めていたのが洸夜さんだって分かってた筈だ! どうして……どうして洸夜さんの気持ちを分かってあげなかったんですか!!」

 

「それに、私達に嘘をついてまで……」

 

乾の悲しみと怒りに満ちた言葉。

風花の暗く悲しみに満ちた言葉。

その二人の言葉を美鶴・順平・ゆかりは勿論、乾に掴み掛かれている明彦も受け止めるかの様に聞き、すすまなそうに目で乾を見返した。

 

「……俺達が愚かだったとしか言えん。すまない」

 

「あの時の後で、あなた達に本当の事は言えなかったの……」

 

「!……本当に思っての事だったなら、私は言って欲しかった。それに……」

 

「本当に謝るのは僕達よりも……」

 

風花の言葉を紡ぐ様に乾はそう言いながら隣で黙って立っている人物へ視線を向ける。

 

「総司……」

 

チドリの声に同時に皆も総司の方を向いた。

総司は頭を下に向け、拳を握り締めている手は震えていた。

その様子に美鶴が総司の前へ向かう。

 

「総司君。すまない、私達は洸夜……君の兄を……」

 

美鶴の言葉に総司はバッと顔を上げた。

 

「ふざけるな! あんた達が兄さんにやった事はどれ程の事だと思ってるんだ!!」

 

「!」

 

総司の言葉に美鶴達、そして側にいたアイギス達も迫力にビクつかせてしまう。

当然だ。

実の兄であり、総司と洸夜の兄弟の絆が強いのは洸夜からの話で分かっていた。

美鶴はこの後、総司からどんな罵倒でも受ける覚悟をし、総司からの罵倒、最悪は殴られる覚悟もした……のだが。

 

「……って言って、怒りながら殴った方がいいですか?」

 

「……えっ?」

 

「……はっ?」

 

先程と打って代わり、まるで他人事の様な軽い感じな総司に思わず全員がマヌケな声を出してしまう。

美鶴も驚き過ぎて、髪で隠れていない方の目がまん丸になってしまう程だ。

 

「き、君は……なんとも思わないのか?」

 

「俺等……お前の兄ちゃんを」

 

美鶴達は最早、罪悪感かしか湧かなくなってしまった。

実の兄に酷い事をした張本人達が目の前にいるのに、何故こんな態度でいられるのか全くの謎だ。

 

「まあ、正直……かなり怒りは湧きましたけど、どうも美鶴さん達がなんの理由もなく、そんな事を言う様に思えない」

 

総司の言葉に美鶴達は驚かされるばかりだ。

こんな話をされても冷静に聞き判断する能力。

まるで昔の洸夜を見ているかの様だったのだ。

今は精神的な問題で感情的になる事もある洸夜だが、タルタロスでの戦いでは基本的に冷静であり、時には状況に応じ客観的な目線等にして状況判断したり等、かなり優秀なメンバーだった。

そして、美鶴達の目の前にいる総司も又、兄と似た優秀さを兼ね備えている事に美鶴達は驚いた。

 

「だが……俺達が洸夜に言ったのは事実だ。そんな俺達を君は……」

 

明彦は納得し難いと言った様に総司に訴えると、総司は短く顎に触れ少しだけ考える様な素振りをする。

 

「でも、俺が許しても仕方ないじゃないですか。だから、俺に謝罪は要りませんし……それで納得出来ないなら……」

 

「出来ないなら?」

 

アイギスの相づちに、総司は真剣な表情で美鶴達を見る。

 

「せめて、受け止めて下さい。兄さんがあなた方に出す答えを」

 

「洸夜の……答え……?」

 

美鶴の言葉に総司は頷いた。

はっきり言って事実上、総司自身に直接的な被害は無い。

だから、謝罪されたところで受け取れもしなければ受け取る気もない。

なにより、美鶴達が兄である洸夜にそんな事を言ってしまった事に総司は疑問を抱いている。

言ってしまったのは事実だろう。

だが、洸夜?が気になる事を言っていたのを思い出したのだ。

 

"互いに望んだ事だ"

 

"ワイルドが導いた真なる絆"

 

なにかが引っ掛かる。

答えは自分自身でも分かっている様な気がするが、時ではないのか敢えて分からない様にしているかの様に少しの何かで分かる気がしてならない。

そして、総司の言葉に美鶴は少しだけだが胸が軽くなるのを感じがした。

勝手かも知れないが、美鶴は総司の言葉に少し救われた感じがしたのだ。

 

「……。(瀬多 総司……本来、こんな事を言うのはおかしいのだろうが言わせてくれ……"ありがとう")」

 

ずっと、洸夜との距離が縮まない気がしていた。

お見合い、今回の事。

チャンスは色々とあった。

堂島にも教えて貰い、奇跡と言える程に仲を改善させる程の時間が出来た筈だった。

しかし、その全てが全部裏目を通り越し、とんでもない結果を招いてしまっている。

それ故に、総司の言葉で漸く自分が洸夜に近付く事が出来た様に美鶴は思ったのだ。

 

「……そろそろ行きましょう。この世界の詳しい説明は歩きながらするので、早く兄さんの居場所を掴まないと、取り返しのつかない事に……」

 

総司の言葉に漸く全員が我に帰る。

なんだかんだ言ってここは危険地帯であるには代わり無い。

しかし……。

 

「で、でもよ……ここにもシャドウがいるんだろ? ペルソナ使えても……生身じゃ……」

 

「何を言っている順平?……ほら」

 

生身である事への不安を総司に訴える順平に、美鶴はずっと腰に差している強化改造されているサーベルを抜き、彼の前へ降り下ろした。

ジジジ……と微かに聞こえる程に熱を浴びているサーベル。

言うならばヒートサーベル。

何故、誰もスピーチ中に突っ込まなかったのかという疑問は置いとくとしても、中々にかっこよく頼りになる武器には変わりはない。

美鶴自身も何故か、誇らしそうに見える。

だが、そんな美鶴の姿を見た明彦は……。

 

「フンッ!」

 

シュッ!

 

風を切る様な速さの拳を前へと出した明彦。

その拳に着いている歴戦の傷が付いているグローブも又、かなり男らしくかっこよく見える。

 

「フッ……」

 

「……!」

 

ドヤァ!……言わんばかりに小さな笑みを浮かべる明彦の姿に、美鶴は何処か悔しそうな表情を見せた。

 

「イヤイヤイヤイヤ!? 桐条先輩も真田先輩も武器自慢してる場合じゃないって! 持ってるのは先輩達とアイギス位だし、瀬多先輩を探す為に護身用の武器を俺達も……!」

 

武器自慢合戦が行われようとされている空気を察し、止めに入る順平。

昔とは違い、自分達は日常的に武器を持っている訳ではなく、今現在の身を守る方法がペルソナしか順平達は無いのだ。

……と、思い気や。

 

「順平さん……その……」

 

「何言ってるのよ順平。持ってないのはあんただけよ?」

 

「へ……?」

 

予想もしなかった言葉に思わず情けない声を出しながら順平は、声の発信者達の方を向いた。

そこには、先程まで持っていなかったであろう筈の物を持つ仲間達の姿があった。

ゆかりは弓と矢を数本、乾は何処かシンプルだがしっかりとした槍を、チドリとコロマルは何処にあったと言わんばかりのコンバットナイフと小太刀を、非戦闘員の風花は流石に持っていなかったが総司ですらいつも使う愛用の刀を肩に乗せている。

全員が最早、完全武装状態。

いつでも戦う準備は出来ていた……順平除けば。

 

「えぇっ!!? なんだよそれ! さっきまで持ってなかったじゃん!?」

 

「当たり前ですよ。ついさっき拾ったんですから」

 

「イヤイヤイヤイヤ! 乾……俺が言うのは難だが嘘はいけねえ。そんな物騒なの落ちてる訳ーーー」

 

「実はそれ、俺達が使わずに放置してた武器なんです」

 

総司からの答えに順平は固まった。

ゆかりが拾った弓矢は最初は遠距離攻撃出来て凄いんじゃね?……的な感じで陽介が持って来たのだが、ダンジョンの中には狭いエリアも少なくない。

誤って味方への誤射等を考えた結果、弓矢は却下でそのまま放置されていたものだ。

槍も使いずらいと言う理由で放置、ナイフと小太刀も陽介が持ち込んだのだがクナイを最終的に気に入り、いつの間にか忘れ去られていた物ばかり。

本来ならば、ここの住人であるクマが管理してくれてtいたのだが、現実世界を気に入っている為か管理が疎かになってしまっており、軽くシャドウ達の遊具になり掛けていた。

しかし、それでもこの武器全てが、だいだら製の物である為に性能はお墨付き。

因みに、総司の武器がここにあるのは只単に片付け忘れだ。

 

「えっ!? じゃあ俺のはなんか無いのか!?」

 

総司の言葉を聞き、順平は急いで霧によって見辛い辺りを見回したが、既に何も残っていなかった。

 

「順平……ドンマイ」

 

「じゅ、順平くん……私も武器は無いし大丈夫だと思うよ?」

 

「……いや! 流石にそれじゃあ男が廃る!」

 

チドリから慰められ? 風花からもフォローが入るが非戦闘員である風花にすらフォローを入れられては流石に男として情けない。

そう思い、順平は諦めずに辺りを探索する。

その光景に美鶴達はやれやれと言った様に首を振るが、何処か陽介に似た感じの順平を放って置けなかったのか総司が動いた。

 

「あの、この先によく使っている広場があるんですけど、そこになら予備の武器がある筈です」

 

「マジ!? 使って良いのか!」

 

「流石に……一人だけ無防備というのも難ですから」

 

「サンキュー! 流石は瀬多先輩の弟だぜ! だったらパパっと取ってくるから待っててくれよ!」

 

総司にお礼を言うと順平は、総司が教えた広場の方へと一人で駆け足で向かった。

そんな順平を見て、ゆかりは静かに溜め息を吐いた。

 

「はぁ~。ホント……アイツは変わらないわね」

 

「それが順平さんの唯一の良い所です!」

 

「右に同じ……」

 

「ア、アイギスもチドリちゃんも……流石にそれは……」

 

二人の言葉に風花は苦笑してしまった。

恐らくは冗談の類いで言っているのであろうとは思うが、二人とも中々のポーカーフェイスを繰り出している為か、本当に冗談なのかが分かりづらい。

その様子に美鶴達も思わず微笑んでしまうが、乾だけは表情が未だに暗い事にゆかりが気付いた。

 

「……天田くん」

 

「僕は……まだ、感情の整理がついていません。皆さんと洸夜さんとの間に起きた事……僕はまだ……!」

 

そう言って乾は拳を握り締めた。

寮生活時代に乾の面倒を率先的に見ていたのは基本的に洸夜だった。

育ち盛りの乾の事を考えての朝食やお弁当作りを始め、勉強や洗濯等もよく手伝ってあげていた事もあり、外出の時に一緒に行動する事も少なくはなかった。

それ故に、乾は親友であった筈の美鶴達の洸夜へ対する言動が許せなかった。

しかし、それでも美鶴達は仲間であり、総司の考えと同様に『彼』の一件があったからとは言え、美鶴達が理由もなく洸夜へそんな事を言うのが納得出来ない自分もいる事に、乾は気付いていた。

そんな想いがあり、乾は今も悩んでいる。

そして、そんな美鶴達の様子に総司が気になっていた事を聞いてみた。

 

「あの……? 影時間での戦いでその……眠りについた『その人』は兄さんの事を恨んでいたんですか?」

 

総司的には、洸夜と『その人』の関係性を知りたかった故のある意味で興味本意で聞いた質問であった。

だが。

 

「!? そんな事はないっ!!/ありません!!/ないわ!!/ありえません!!/ワン!!」

 

総司の思いとは予想外に、チドリを除いたメンバー全員が叫び、総司は驚いて眼を大きく開けて美鶴達全員を見渡すと美鶴達は我に帰ったかの様に総司に謝罪した。

 

「す、すまない……つい、叫んでしまった」

 

「いえ、そんなに気にしていません……」

 

「そ、そうか……本当にすまなかった」

 

総司の冷静な対応に美鶴が代表して謝罪し、そのまま話を繋ぐ様に話を続けた。

 

「だが、君にはこれだけは分かっていてもらいたい。『彼』が洸夜を恨む事は絶対にない……それはこれからも変わらないだろう」

 

「……こんな事になるのが分かっていたなら、例え慰めに思われても洸夜さんに伝えるべきでした。『あの人』の本当の想いを……」

 

「……アイギスさん?」

 

美鶴の後に発したアイギスの言葉に、総司とチドリを除く全員の表情に悲しみが写し出される。

まるで直接本人から全てを聞いた様にも聞こえるアイギスの言葉。

一体、それが何を示しているのかは分からない。

しかし、今の美鶴達の悲しそうな表情を見ているのは何処か申し訳ない。

 

「……順平さんが来るまで何か雑談でもしませんか? 高校の時の兄さんの話も聞きたいですから」

 

総司の言葉に美鶴達は思わず顔を見合わせたが、すぐに表情から笑みが溢れると静かに頷いて総司の下へと集まるのだった。

 

「ところで、聞きたかったんですけど……美鶴さんと明彦さんって何故、そんな格好をしているんですか?」

 

「「っ!? (変!?……やっぱり、おかしいのか……?)」」

 

暫し、二人の服装談義で盛り上がる事となった。

 

 

==============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司と美鶴達が色々と雑談を楽しんでいる頃、総司に言われて広場に来ていた順平はその広場の異常さに思わず表情を険しくしていた。

床の模様は人間が死んでいるかの様に倒れている黒いシルエットの模様。

周りには何処から出てきたんだと言わんばかりの照明機器。

順平は一人で来た事に後悔してしまった。

 

「不気味だな……色々と。つうか、なんでテレビの中にテレビがあるんだよ……しかも三つも」

 

広場にオブジェ宜しく的に佇んでいる縦に重なっているテレビを横目に、順平は目的を遂行するべく霧で見辛い中、武器を探す事にした。

 

「……。(え~と……できれば片手武器が良いんだけどな。なんか良いの……良いの……っ! 危なっ!?ちゃんと鞘に刃を戻しとけって…… )」

 

しゃがんで武器を物色する順平。

しかし、彼は気付いてはいなかった。

 

ポフ……ポフ……。

 

静かに自分に近付いてくる物体に……。

 

============

 

現在、テレビの世界【総司と美鶴達のいる場所】

 

「そう言えば総司くん? さっきまでそんな眼鏡って掛けてたっけ……?」

 

雑談をしている最中、風花が総司の眼鏡の存在に気付き、それを指摘された総司は思い出したのか"しまった~!"っと言った感じに頭を抑えた。

 

「当たり前過ぎて忘れてた……実はこの眼鏡を掛けると、この世界の霧が晴れている様に見えるんです」

 

「え!? この霧をそんな眼鏡で……?」

 

「俺が少し海外に行っている間に国内ではそんな凄い眼鏡が売られていたのか……!」

 

「申し訳ありません明彦さん。少し黙ってて下さい」

 

「……。(アイギス……何気に毒舌?)」

 

どうも話がズレている。

総司の眼鏡の正体で盛り上がるゆかり達に、美鶴は思わず溜め息を洩らしたくなったが、総司にその眼鏡について聞きたい為、なんとか耐える。。

 

「総司君。その眼鏡は一体……?」

 

「詳しい話は広場で説明します。実は順平さんが向かった広場に、この眼鏡のスペアがあるんです。こんな事なら最初から全員で行けば良かったな……」

 

「大丈夫です総司さん。気にしたら負けです」

 

どうも何かが違うアイギスのフォローに、一同全員が思わず肩を落としそうになるが総司はそんなアイギスの軽い天然?発言を一人楽しんでいたのは内緒だ。

 

「まあ、良いんじゃないか? どうも順平の帰りも遅いからな、ついでに迎えにーーー」

 

明彦がそこまで言った時だ。

 

「ヌォワァァァァァァァァァァッ!!!?」

 

ふざけた様な真面目な様なよく分からない叫び声が辺りに響き、総司達の耳にも届く。

 

「この声って!」

 

「ワン!?」

 

「順平の声……!」

 

声の出所が広場の方からと男の声と言う事もあり、一同はすぐに声の主が順平だと言う事が分かった。

まあ、こんな叫び声をあげるのは順平ぐらいのものだと皆、内心で実は思っているのだが、敢えて全員口には出さない。

しかし、叫び声には変わりはない。

 

「何かあったのか!?」

 

「まさかシャドウか……!」

 

「けど、この周辺のシャドウは基本的に弱いからあまり寄って来ない筈なんです」

 

「でも、現に叫んでますし……まずは行って見ましょう」

 

乾の言葉に全員が頷いて同意し、総司が先導して広場まで走り出した。

 

 

============

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司と美鶴達が先程までいた場所と広場の距離はそんなに遠くはなく、一分するかしない位走ると総司達は広場へと着く事が出来た。

 

「順平さん!」

 

「順平!?」

 

それぞれが心配し、順平の名を叫んだ。

それと同時に総司達の目に写ったのは……。

 

「いい加減にしろっつうの!! 俺は何もしてねえって!?」

 

なにやら揉めている元気な順平の姿があった。

しかし、総司も美鶴達も動きを思わず止まっている。

理由は単純に、順平が揉めている相手。

青い頭、赤い胴体……誰もが知っているとある動物に似ている姿。

そうその相手は、総司が良く知る……。

 

「惚けるのもいい加減するクマ!! そんな言葉が通用する事なんて稀中の稀クマよ!!!」

 

「クマ……!?」

 

「ん? 誰クマ一体………ってセンセイ!?」

 

修学旅行の為、一人稲羽の町に残ったクマだった。

クマは総司に気付くと、順平との睨み合いを止め嬉しそうな表情で総司へと抱き付き、総司はそのまま押し倒される形で倒れ、その光景に美鶴達は一体なにがどうなっているのか分からないと言った様子で暫し、総司とクマのじゃれあい?を眺めている事を強いられる事になったのだった。

 

End

 

 



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対話と処刑

お久し振りです。
今回は少し区切りが悪いので、頑張って二話投稿しました。


同日

 

総司と美鶴達がテレビの世界にて、クマと出会っていた頃。

 

現在、月光館学園【校門】

 

陽介達は焦っていた。

目の前で親友と、シャドウ化したその親友の兄が消えたからだ。

付近にいた一般人らしき者達も含めて。

 

「な、どうなってんだよ……」

 

「消えた……んだよね?」

 

事態の答えを求めるかの様に、互いの顔を見合わせる陽介と千枝。

稲羽の事件によって非現実に馴れて来ていた陽介達に、非現実を理解出来ないと言う常人時代の事を思い出させた瞬間だ。

 

「今の……まさか洸夜さんの左手の力……?」

 

先程の光景を思い出す様に考えていたりせが、そう口にする。

前に洸夜が見せてくれた力。

現実とテレビの世界を繋げられる謎の力。

りせは気付いていた。

先程、洸夜達が消える瞬間、僅かだがテレビの世界と同じ雰囲気や力を感じ取った事で洸夜達が何処に向かったのかを。

 

「もしかして、瀬多くんも洸夜さん達もテレビの世界に行ったんじゃあ……!」

 

雪子もりせと同じ答えに行き着いたのだろう。

少し焦った様な様子で雪子は皆に顔を向け、それぞれに意見を求めると完二がそれに答えた。

 

「テレビの世界って……けど、ここは稲羽じゃないッスよ? なにより、消えたのは間違いねえけど、テレビを使って消えた訳じゃねえし」

 

「ううん。私も雪子先輩と同じ考え。さっきの白い渦の様なヤツって洸夜さんの左手に宿ってた力と同じ感じがしたの」

 

「あの現実へ帰れるヤツだよな? けど、あれって現実からでも行けるのかよ……!?」

 

メンバーの中で唯一の探知タイプのりせの言葉だけあって中々に説得力があった事もあり、陽介を始め今一現状を全て把握出来ていなかった完二にも冷静さが戻り始める。

そんな中、千枝もある事に気付いた。

 

「ねえ?もしかしたら……かなりマズイんじゃない?」

 

「なにがッスか?」

 

「……さっき、洸夜さんからシャドウみたいなのが出てたじゃん?そして、瀬多くん達がテレビの世界に行ったなら……その洸夜さんのシャドウがもしかして……」

 

千枝の言わんとしている事に全員が息を呑む。

彼女の考えは、現実であったから洸夜のシャドウは洸夜から出ずにいたが、テレビの世界に行ったならばそのシャドウが解放されるのではないか?

あくまで千枝の予想だが、少なくともここにいるメンバー全員が似た様な事を考えたのだろう。

陽介の額にうっすらと汗が滲み出ていた。

 

「洸夜さんのシャドウって……一体、どんだけ強えんだよ……!」

 

「私達一人一人だったら、洸夜さんとまともに戦う事すら出来なかったのに……」

 

「只でさえ、洸夜さんと先輩は複数のペルソナを所持してんだ。……つまりよ、それって最悪ーーー」

 

完二はそこまでしか言えなかった。

それ以上の言葉は少なくとも、今ここにいる仲間に少なからず恐怖を与える事となってしまうと判断した完二なりの優しさだ。

しかし、その言葉の続きの答えは既にメンバー全員も理解しているつもりだ。

シャドウとペルソナは近い存在。

もし、完二の予想が正しいならば最悪……洸夜が所持している全ペルソナ"全て"の力を持ったシャドウが誕生しているのかも知れない。

既にペルソナを所持している洸夜からシャドウが出るとは思いもしなかった事態だが、一瞬だけとは言え洸夜からシャドウが出現しているのを見ている。

全員の表情に不安や恐怖が出る中、りせが今の雰囲気を払うかの様に首を激しく降った。

 

「け、けど! 洸夜さん強いし、私、洸夜さんは絶対に自分のシャドウを否定とかしないと思うんだよね!?」

 

そう言うりせだが、言葉に合わず表情と口調には焦りに近い感情が読み取れる。

そんなりせの考えを読み取ったのか、完二も少し慌てた様子を見せながらもりせの言葉に頷いて見せる。

 

「そ、そうだぜ! 洸夜さんがスゲェのは俺達全員が分かってる事じゃねスか! 例え、あの人に抑圧された内面があったとしても、あの人なら乗り越えるぜ絶対によ!」

 

「私も完二くんに賛成。洸夜さんは私や完二くんとりせちゃんの話を聞いてくれたもん。だから、私は洸夜さんを信じる」

 

雪子の言葉に完二とりせも頷き、表情に少しだが余裕が出てくる。

雪子・完二・りせの三人は、洸夜と色々と話をした三人だ。

その事もあって、この三人は洸夜を信じる事にこれ以上の戸惑いを見せなかった。

だが。

 

「でも……今回に限っては洸夜さん、もしかしてマズイかも……」

 

「相棒と洸夜さんと一緒に消えた連中って……多分、洸夜さんの前の仲間だしな……」

 

懐から洸夜から貰った写真を取りだし、先程総司と洸夜と共に消えたメンバーが洸夜の嘗ての仲間である事を確認しながら言う陽介。

それに同意するかの様に千枝も頷く。

洸夜の事情を知っている二人だからこその理解だ。

しかし、それは今の状況ではあくまで自分達だけにしか当てはまらない事を二人は忘れていた。

 

「?……なんで嘗ての仲間がいると洸夜さんがマズくなるんスか?」

 

「寧ろ再会して喜ぶんじゃあ……?」

 

完二とりせの当然の疑問に関する問いかけに、陽介と千枝は漸く自分達の言葉が失言だった事に気付き、二人は首と両手を力の限りに振り、なんとか先程の発言を誤魔化そうと考える。

 

「いやいや!? なんとなく想像でそう言っちゃっただけだから! うん! 想像……想像だからね!?」

 

「そうだぜ! 洸夜さんってあまり昔の事って言わないじゃん? 男は背中で語れって感じじゃん!? だからそんな事を言っちゃったな~って……」

 

誤魔化そうと必死な二人。

誰にも広言しないと洸夜と約束したからだ。

全力な否定。

そして、その必死さは伝える相手にも伝わった。

そう、あまりの必死さによる……その"不自然さ"を。

二人のあまりの行動に完二達は互いに顔を見合せ頷きあった。

陽介と千枝の二人が何かを隠している、そう確信したからだ。

そうと分かれば話は早い。

三人を代表と言うよりも、口を割らせるのが得意そうな完二が二人の前に出た。

 

「先輩達……なんか隠してんじゃねぇか?」

 

「な、な、な訳ねえだろ!」

 

「そ、そうだよ! 何を疑ってるの!?」

 

完二の威圧が混じった言葉に少しキョドった口調になる陽介と千枝だが、その口調には確かな強い想いを込めた様に力強さも混じっていた……が。

二人は気付いていない。

誤魔化す事に全力を注いでいた為、二人は自分達の目が尋常な程にキョロキョロと動いている事に。

その様子に感じはバカらしく感じて思わず溜め息を吐きたい気分になった。

ここまでバレバレな嘘をつくならば、いっそのこと吐いて貰いたい。

そう思った完二は、相手が先輩と言う事を一旦だけ頭の隅に追いやり、族と戦った時の様に身体に闘気の様な威圧感を放ちながら二人を睨み付けた。

 

「オラァッ!! そんな分かり易い嘘つくんなら最初から答えろやぁっ!!」

 

「うおぉっ!? 遂にバレたか!?」

 

「い、いくら脅しても……い、言わないから! 洸夜さんと約束したんだから!?」

 

「洸夜さんと何か約束したみたいッスね」

 

「何を約束したんだろう?」

 

千枝が口を滑らせた事で二人が隠す理由が分かったが、一体なにを隠しているのはまだ分かってない。

それを聞く為に何としてでも、陽介と千枝から聞き出さなければならない。

完二はまためんどくさい役割だと思いながらも、気合いを入れ直す様に指の骨を鳴らし再び二人の前に出ようとした時だった。

そんな自分の横を雪子が通り、二人の前に出た。

 

「千枝! 花村くん! 場合によっては一刻を争う事態かも知れないんだよ! 二人が洸夜さんとの約束を守りたいのは分かるけど、それで万が一の事が起こったとしても守らなきゃ駄目なの!?」

 

「い、いや……天城、その言い方はズルいだろ……」

 

「うぅ~!」

 

互いにどうしようと言った感じに顔を見合せる陽介と千枝。

約束か現状か。

二人は悩んだが、半分自棄になった感じに頭を掻きまくり覚悟を決める。

 

「だあぁぁ!! 洸夜さんに怒られたらお前等も一緒に謝れよ!」

 

「いくらでも謝ってあげますから、早く教えて下さい」

 

「本当だからね……」

 

りせの言葉に千枝は肩を落としながらも、陽介と共に根負けし内心で洸夜に謝罪しながらも雪子の考えも多少は思っていた事もあり、急ぎ半分で語りだした。

基本的に元凶である人物達が誰かは分からないが、洸夜が嘗ての事件の後で仲間との間で起きた事を陽介と千枝は三人に語った。

聞いた事しか言えない為、下手に尾ヒレ等も着けずに純粋に聞いた事だけを語ると真っ先に反応したのは言うまでもなく完二だった。

 

「……んだよ。その胸糞わりぃ話はよっ!!」

 

完二はここが他校だと言う事を忘れ、拳を握り締めながら怒鳴った。

そして、その怒りはそのまま陽介達へと向けられる。

 

「なんでんな事、今まで黙ってたんスか!」

 

「ど、怒鳴んなって!? 俺達だって知ったのは久保ん時だし、洸夜さんから口止めされてたんだよ……何より……」

 

「わ、私が無理言ったってゆうか……そんな感じで聞いちゃったんだよ。瀬多くんにも言ってない事だからって……」

 

陽介の言葉を繋ぐ様に言った千枝の言葉を聞き、完二はどうしようもない怒りが更に込み上げ、顔を片手で隠し歯を食い縛った。

 

「でもよ!……でもよ……! 仲間が死んでよ!? 普通なら全員で支えあうのが普通だろ……心からの信じあえるダチじゃなかったのかよ……なにかどうなったらそうなんだ……」

 

「落ち着いて完二くん。でも……洸夜さん、私には話さなきゃ伝わらないって言ってたのに……どうして一人でそこまで……」

 

「多分、相棒を巻き込みたくなかったんじゃねえかな。昔の事件での事に……洸夜さん、弟想いだからな」

 

陽介の言葉に同時に下を向くメンバー達。

その言葉がまさにその通りだと思ったからだ。

そんな中、りせが顔を上げた。

 

「洸夜さん……なんでそんな大変そうなのに他人の事ばっかり……もう少し自分の事も大切にして欲しいよ……」

 

洸夜に頼ったり相談する事もあったりせ。

しかし、思い出せば洸夜が自分達になにか相談等をした事は一切なかった。

その事を思い出し、りせが洸夜がどんな想いをしていたのか考えていた時だ。

雪子が事の重大性に気付く。

 

「……ちょっと待って。つまりそれって千枝や花村くんが言った様に……その人達と会った事で洸夜さん、精神的にまいってるかも知れないって事なんじゃ!?」

 

「おいおい!? そんな時に自分のシャドウなんかに会ったらマズイだろ!」

 

そう言うと完二はそのまま首を動かしりせを見た。

 

「おいりせ! 洸夜さん達の居場所わかんねぇのかよ!」

 

「無理言わないでよ! 出来たらとっくにやってるっつうの!」

 

「落ち着けって二人共!? お前等が揉めたって仕方ねえだろ……」

 

二人の仲介に入る陽介だが、この事態をどうにかしたいと思う気持ちは皆同じ。

自分達はただ助けられただけで、なにかしてあげられる事は出来ないのか?

陽介達の中を、焦り等の暗い空気が包み込む。

そんな時だった。

 

チリーーン……! チリーーン……!

 

辺りに聞き覚えのある鈴の音が鳴り響く。

密閉された場所でもないのに響き渡るその音は、まるで自分達に音を聞かせようとしていると錯覚してしまう程に響き、確かに陽介達の耳に届いていた。

 

「この鈴の音色……洸夜さんの……?」

 

聞いた事のある者には分かる独特の鈴の音色。

雪子は財布に付けている紅い鈴を取り出すと軽く鳴らし、音を確かめ確認すると同じ音色だと確信した。

その雪子の行動に合わせ、陽介達もそれぞれ洸夜に貰った鈴を取りだし音の出所を探ろうと辺りを見回すと、陽介がとある一ヶ所に目を奪われた。

 

「!……おい! あれ!?」

 

「えっ!なになに?」

 

陽介が何かに気付き、指差したのは玄関口。

それに釣られて千枝達全員が玄関口の方を見たが、特にこれと言ったものは何もなかった。

しかし、陽介は見たのだ。

姿は殆ど見えなかったが、微かに見えた何者かの姿とその者がつけていた鈴を。

そして、気付いた時には陽介は、自分が目撃した者を追い掛ける形で玄関口の方へ走り出しており、千枝達も慌てて陽介を追う。

 

「ちょ!? 花村! 一体どうしたのよ!?」

 

「あそこに誰かいたんだ! 姿は壁に遮られて足位しか見えなかったけど、確か鈴を持って居たんだ!」

 

「えっ? そんな人いた? 私もあんたと同じタイミングで玄関の方を見たけど特には……」

 

「気のせいとかじゃねえって! 見間違う筈なんて無理だ! 腰に付けてた、遠くからでも分かる様な"白い鈴"をよ!」

 

先程のりせの時と同じ様な必死な姿の陽介に、千枝達はそれ以上否定する事が出来なかった。

ここまで必死な陽介の姿はあまり見る事がない。

それだけ、今の陽介がどれだけ必死なのかが分かるのだ。

陽介達は再び校舎の中に入り、先程の鈴を鳴らしたであろう人物を探そうとした中、りせがもう一つの問題に気付く。

 

「そう言えば、特別授業どうしよう? もう、他の皆は指定された教室に行ってるよね?」

 

洸夜達の事で自分達が今現在、修学旅行中である事を思い出したりせ。

本当ならば指定された教室へ向かっていなければならず、このまま姿も分からない人物を追うよりも、ここにいない総司へのフォローも考え、教室へ向かった方が良いのではないかと言う考えが他のメンバーも浮かんでいた。

だが。

 

「いや、俺はさっきの奴を追う! 仲間がピンチなんだ……修学旅行つっても只の授業だ。んな事よりもこっちを優先する!」

 

陽介の言葉に迷いはなかった。

既に最初から覚悟は出来ていたようだ。

 

「って事は……あ~あ。今度は俺達も洸夜さんに説教されんのか……」

 

「でも、ほっとく気は更々なかったし仕方ないよね?」

 

前に陽介達と洸夜との一件を思い出したのだろう。

完二とりせは、そんな事を口にしたが最初から彼等も覚悟を決めていたが、そう言う二人の表情には笑みが浮かばれていた。

また、覚悟を決めていたのは三人だけではない。

雪子と千枝……彼女達も同じであった。

 

「大丈夫だよ二人とも。今度のは遊び気分とかは一切ないんだから、洸夜さんも分かってくれる筈」

 

「前に怒られた理由がそれだったもんね」

 

まるで、遠い昔の思い出を語っているかの様に楽しそうに話す雪子と千枝。

彼女達も又、あの時よりも成長している証拠でもある。

そんな時だった。

 

チリーーン!チリーーン!

 

先程と同じ様に、再び陽介達の耳に鈴の音が聞こえた。

 

「あっちの方から聞こえたよ!」

 

「っし! 行くぞ皆!」

 

鈴の音が何処から聞こえたのかが分かり、りせが鈴の音が聞こえた方の場所を指差すと陽介が頷き、メンバー達はそちらの方へと駆けて行った。

しかし、この時に二つ程、気付いていなかった事があった事を陽介達は知らない。

一つは、陽介が鈴の音を鳴らす者を目撃した時、彼等の鈴が僅かに輝いていたと言う事に……。

そして、もう一つは。

 

「……あの人達は一体、何をしているんだ?」

 

玄関の向かい側にある二階への階段から、直斗が首を出してそう呟いた。

直斗がここに来たのは些細な事だ。

つい先程まで自分の背後にいた陽介達が消えた事に気付き、気になって戻って来たタイミングで先程の陽介達の話を立ち聞きする形で聞いたのだ。

だが、直斗は先程の陽介の話の内容を思い出し、頭を捻ってしまった。

先程の陽介の話の内容を纏めると、鈴の音を鳴らしている人物を追い掛け様と言う事になる。

しかし、直斗にとってそれは理解が出来ないものなのだ。

その理由は単純、何故ならば。

 

「鈴の音なんて"無ければ"、それらしい人なんて"いなかった"筈だ……」

 

直斗が降りてきてから少しの差で陽介達は校内に入って来た。

しかし、先程の話的に考えれば自分がその人物を目撃していない訳がない。

だが、直斗は誰も見ていなければ鈴の音すら聞いていない。

直斗はそのおかしな話が気になったが、今は修学旅行に勝手な行動をしている陽介達を追おうと考えたがその考えはすぐに打ち消す事にした。

 

「……。(事件でもなんでもないのに、流石にそこまで面倒見る必要はないですね。あの人達だって高校生だ……自分で責任はとるでしょう)」

 

集団行動が義務付けられている今回の修学旅行中に、勝手な行動をしている陽介達を止める義務まではないと直斗は判断し、そのまま己の指定された教室へと歩いて行くのだった。

 

▼▼▼

 

直斗に見られていた等と少しも思っていない陽介達は、鈴の音を鳴らした者を追って玄関から向いて左側の廊下へ行く。

特に変わった所はない廊下。

そんな廊下で彼等は見た。

ガララララ……と扉を開けた音を発しながら開き、そして閉まる"保健室"と書かれた場所を。

陽介達は保健室の扉の前まで行くと、その場で止まりそれぞれの顔を見合わせた。

 

「ここに入ったよな……?」

 

少し自信なさげに言う陽介。

扉が開き、閉じるのを見て聞いたのだから間違う筈はない。

だが、陽介の言葉に全員が少し困惑した表情で見せる。

 

「多分……入ったとは思うけど、姿が見えなかったんだから断言は出来ないって……」

 

「見えたのは足って言うかズボン……と腰に付いてた白い鈴だけですもんね……」

 

千枝とりせは、そう言って自分達が見えた事だけを口にした。

文字通りチラッと見えた感じなので性別すら分からず、どこか雲を掴む様な感じにどこか違和感のある相手に千枝達も疑問を感じている中、雪子がある事に気付いていた。

 

「でも、多分……男の人だと思う」

 

「天城先輩、あんなチラッと見えただけでよく分かったスね?」

 

感心した口調で言う完二に、雪子は頷き理由を語った。

 

「さっき見えたズボン……確か、この学校の男子の制服のズボンの筈。ここの制服ってけっこう良い生地を使っているから印象に残ってたの」

 

流石は老舗の旅館の娘と言うべきか、私生活でも着物を羽織る雪子は日頃から服のデザインと同時に、その服の生地にも意識を持っていってしまう程だ。

その事もあり、先程のスピーチで見た生徒会長と男子役員が着ていた月光館の制服を見て、中々に良い生地を使っている事を早々に見抜いていた事もあり、チラッと見えただけでも雪子には十分な判断材料となるのだ。

雪子故の考察に説得力もあり、陽介は頷くと静かに扉に手を掛ける。

 

「まあ、詳しい話は本人から聞こうぜ……!」

 

考えるより、聞いた方が早い。

そんな陽介の意図を他のメンバーも読み取ったらしく、陽介の行動に頷いて返した。

それを陽介も確認すると、陽介は息を呑み、そのまま扉を力強く開けた。

既に室内にいるであろう人物に言葉を投げ掛けながら……。

 

「おい! あんたに……話が……?」

 

陽介は部屋の中を見て固まった。

銅像の様に見事なまでに固まった。

部屋の中身は問題ではない。

資料の本棚、デスク、薬品の棚やベッド等々、保健室に必要な物が揃っていて至って普通だ。

……一部、場違いな強大テレビと、保健室や病院ですら見ない色の薬品が入ったフラスコやビーカーがあったのを除けばだが。

だが、先程も言った様に陽介にとってはこれは固まった理由ではない。

本当の理由は……。

 

「ん?……君達は誰だい?」

 

保健室の一室で当たり前の様にコーヒーを飲む、ボサボサした黒い短髪に、目を覆う程に大きい眼鏡が特徴の男と目があったからだ。

眼鏡のレンズが原因?かどうかは分からないが、そのレンズによって男の目が確認出来ない為、目があったとは陽介の思い込みだが、耳に鉛筆を挟み、黄色いシャツの上に白衣を纏う姿から普通の人には思えな

い。

しかし、いくらなんでも不審者が学校の保健室で優雅にコーヒーを飲んでいるとは思えない。

そうなると、陽介達に残された答えは限られる。

目の前の男は"白衣"を着ている。

陽介達はあまり思いたくはなかったが、目の前の言っては悪いが変な男が保健室の先生なのではないかと考えた。

 

「……。(えっ? この学校の保険医って男なのか?)」

 

「……。(よく分かんないけど、絶対にここの保健室は使いたくない)」

 

見た目が教師どころか"妖しいおっさん"にしか見えない男が本当に教師なのかさえ疑問を持つ。

陽介は内心で自分達の考えを否定はするが……。

 

「あれ? 君達の制服ってうちの制服じゃないね?……ああ、君達、八十神の生徒か。教室の場所が分からないのかな? 一応、"保健室の先生"でもあるから分からないなら聞いてごらん? 」

 

「……」

保健室の先生だった。

メンバー達の目が陽介と雪子へと移る。

その目には、"二人が見た鈴の人物ってこの人?"と語り掛けており、二人は首を振って全力で否定する。

だが、その人物が保健室に入ったのは恐らく間違いない。

しかも、保健室にいるのは変な姿の、この男だけ。

ベッドはからだから隠れる場所もない。

メンバー全員が首を傾げた。

 

「すんません……その、一つ良いッスか?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いや……"鈴"って持ってねえかなって……」

 

自分でも聞いていて気まずいのか、少し口調が崩れる完二。

初対面の相手に失礼な気もするが、男はそんな事は気にしないのか、それとも興味がないのか特にリアクションせずに完二の問いに答えてくれた。

 

「持ってるよ」

 

そう言ってポケットから財布を取りだし、その財布に着いている"黄色い"鈴を見せる男。

男が本当に鈴を持っていた事に陽介達は驚いたが、更に驚く事があった。

その鈴には独特な模様があるのだ。

そう、洸夜の鈴特有の模様が。

その事で陽介達は顔を見合わせ、男に聞こえない位の声で話をする。

 

「鈴持ってんじゃん! 何故か黄色!?」

 

「白くないじゃん!」

 

「と言うよりも、あの鈴持ってるって事は洸夜さんの関係者?」

 

「えっ!? ペルソナ使い?……た、確かに普通には見えないけど……」

 

「写真には写ってないんスか?」

 

そう言って陽介の内ポケットに手を入れ写真を取り出そうとする完二。

 

「おい馬鹿やめろ!?」

 

陽介はそんな男にそんな所を触られても気持ち悪いだけであり、反射的に写真を取り出して完二から逃れようとした。

しかし、反射的、つまり冷静に取り出す事は叶わなかった為、写真は陽介の指から出来た僅かな隙間によってそのまま風に乗る様に落ちてしまう。

妖しいおっさんな男の下に。

そして男は無意識に写真を拾うが、その写真に写されている者達を見て目の色を変える。

 

「……これ、瀬多くん達と……『彼』だね」

 

「えっ!? ……洸夜さん達を知ってるんですか?」

 

雪子の言葉に、男は頷いた。

 

「一応、教え子だからね」

 

「教え子……?」

 

男の言葉に、陽介達は再び顔を見合わせる。

この一見、PTAだろうがなんだろうが完全無視しそうな程に妖しい男が、本当に先生なのかと言う疑問が尽きないからだ。

どこをどうみても、普通の教師の姿ではない。

 

「あの……あなたは一体……?」

 

戸惑い気味のりせの言葉。

それに対し男は、え?自己紹介していなかったっけ?的な感じに一瞬動きを止めた後、頭をボリボリとかき、写真を再び見てこう言った。

 

「保険医兼総合学習教師……の"江戸川"です。さっきも言いましたけど、瀬多くん達は一応、"元"教え子になります」

 

妖しいおっさんな男……江戸川はそう紹介し、陽介に近付き写真を手渡すと、陽介はどんな反応をすれば良いのか分からないらしく、困惑した表情で写真を受け取った。

一応、これが陽介達にとって洸夜を知っている人物との、初の直接的な会話であった。

 

■■■■■■■■■

 

同日

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

霧に包まれた不気味な模様の床や照明、並べられた武器や防具、現実に帰還する為の三つ積み重なっているテレビ。

総司達がジュネスのテレビから入り、テレビの世界で最初に訪れる場所にして拠点的な場所。

しかし、今回は総司とクマを除けば、いつものメンバーとは違う美鶴達がいる。

その場所で美鶴達はクマと出会い、総司によって多少の説明を受けて大体把握した所だった。

そして、その話題の中心であるクマは現在……。

 

「処刑だっ!!!」

 

「クマァァァァァっ!!?」

 

広場に出現する巨大な氷柱、そして辺りに響く絶叫と共に宙に舞うクマ。

そう、現在クマは女王基、美鶴の怒りを買い"処刑"されていた。

そして、そんなクマを総司は冷静に、明彦達は何処か疲れきった様に哀れんだ表情で見ていた。

 

「処刑は未だに健在か……」

 

遠くを見る様な虚しい瞳で語る明彦に、順平達も同意する様に頷いた。

まさか卒業しても尚、この光景を見る事になるとは……まさにそんな思いだ。

そして、宙を舞うクマの姿に総司はと言うと……。

 

「……ブリリアント」

 

そう呟き、静かにクマの姿を冷静に眺めていた。

本来ならば心配の一つはするべきなのだろうが、流石に今回はクマの"自業自得"だから仕方ないとしか言えなかった。

事の発端は先程の総司とクマの再会の後、順平の一件を含め事情を聞こうとしようと美鶴が二人の前に出た事で始まった。

目の前に現れた美鶴にクマが突如、奇声をあげながら飛び上がったのだ。

何事かと思う総司と美鶴達を他所に、クマは美鶴の姿を見て色々と騒ぎながら総司に色々と聞いてきた。

その内容はある意味で予想通りと言えるもので……。

"美鶴達をナンパしたのか? それとも逆ナン?"だとか、"何故、そんな刺激的な格好をしているのか?"とか美鶴の格好等についてだ、しかも無駄に興奮気味に。

そんな事を散々言われるのだ、当の美鶴にとっては堪ったものではなく、羞恥からか純粋な怒りからか、身体を震わせながら美鶴は堪えていた。

しかし、それでも興奮の熱が冷めないのかクマの口を閉じず、明彦達は"怖いもの知らずな奴"と心で思いながら見ていたが、クマは遂にやってしまった。

美鶴に近付き、彼女の身体に合わせる様にボンッ!キュッ!ボンッ!等と言い放ち、その光景に総司は何と言えば分からず傍観してしまい、明彦達に関しては燃え尽きた様な表情をしていた。

このクマは知らない、美鶴の本当の怖さを……。

神に唾を吐くが如くの行動に明彦達は最早、言葉が出なかった。

理由は勿論、美鶴が怖いからだ。

だが、そんな事など分かる訳もないクマは、最後にそのまま美鶴へモフモフの身体でハグしようと爽やかな表情で掛けて行く。

キグルミ状態では子供受けも良く、人の姿では奥様方に人気のあるクマ。

それ故に調子にのってしまったと言える。

千枝達ならば、まだ慈悲が合ったであろうが相手が悪かった。

美鶴は我慢した。

寧ろ、誉めてあげられる程に我慢した。

しかし、クマが美鶴の間合いに入った瞬間、美鶴の堪忍袋が切れたのと同時に……現在に至る。

 

「クマ、大丈夫か……?」

 

総司は氷柱に横から突き刺さった様な感じで、頭だけが出ているクマに声を掛けた。

 

「ぐ、ぐふぅ……! な、中々にハードな挨拶だったクマ……!」

 

「総司君。この失礼な物体はなんなんだ?」

 

そう言って動けないクマの目の前にサーベルを向ける美鶴に、ひえっ!と叫び声をあげるクマ。

自業自得とは言え、流石に助けない訳には行かない。

 

「……。(俺達がいなかったから寂しかったのかもな)」

 

自分達が修学旅行で稲羽を離れた事で、クマを一人にしてしまったと言う事実に総司はクマの先程の美鶴への行動は寂しさの裏返しに思ったのだ。

このままでは再び、美鶴によって処刑されるかも知れないので総司は説明に入った。

クマはこの世界の住人であり、自分達の仲間で害がないく先程話した眼鏡を作っている仲間である事。

そして、クマにも美鶴達が洸夜の関係者である事を話した。

 

「大センセイの関係者だったクマか? そうならもっと早く言えば良かったのに~」

 

「総司さん? 大センセイとは?」

 

「兄さんの事です。センセイは俺の事で、俺の兄である兄さんは大センセイ」

 

「大をつければ良いってものじゃあ……」

 

単純な理由に風花が苦笑いしていると、クマの言葉に順平が前に出た。

 

「説明する前に、お前が勝手に俺を犯人犯人って連呼したんじゃねかよ」

 

「仕方ないクマよ! 只でさえ、センセイ達以外でこの世界に入って来る人間は怪しいのに、色々と物色していたジュンペーが悪いクマよ!」

 

「それは仕方なかったんだって……って言うか、なんだジュンペーって?変な所で伸ばすな!?」

 

「もう! ヨースケみたいに、ああ言えばこう言うクマね! こっちが穏便に話し掛けようとしたのに、クマの姿見た瞬間に叫び声をあげる方が悪いクマよ!」

 

「それも仕方ねえんだよ!? こんな訳も分からない場所で、訳も分からない物体見たら誰だった叫ぶっつうの!」

 

「あの叫び声って、このクマさんを見た事での叫び声だったんですね」

 

「情けない……」

 

「まあ、何事もなかったんですから……」

 

醜い争いを続けるクマと順平の言い争いに肩を落とす乾とゆかりに、総司は冷静にフォローを入れたが、クマと順平の言い合いはまだ続く。

 

「ムッキー!こんなキュートで癒し系なクマに向かって、訳も分からない物体ってどんな目してるクマか!」

 

「だあぁぁぁ!? クマクマうるせえ! 悪かったつってんだろ! って言うか、お前こそ何してたんだよ? そんな風に武装してよ?」

 

そう言って順平はクマの手や腰等に装着してある物を指摘した。

クマの手にはいつもの武器である爪が装着されていたが、他にも色々と不恰好になるが武器が装着されいる。

普段のクマからすれば考えられない武装だ。

 

「こっちだって色々と事情が……あったんだクマ……よっと」

 

順平の言葉にクマは、身体をバタバタと動かしなんとか氷柱から抜け出すと総司の隣に来て辺りを警戒する様に見回す。

 

「センセイ。もしかしてだけども、大センセイになにかあったのかクマか?」

 

「!……クマ。兄さんもやっぱりこの世界にいるのか?」

 

クマの言葉に総司は、洸夜もこの世界に来ていると連想しクマにその事を聞き返すと美鶴達、他のメンバーも二人の会話に耳を傾ける。

そして、そんな総司の言葉と美鶴達の様子にクマは、思い当たる節があるらしく再び辺りを警戒がちに見て、己の思う事を口にする。

 

「センセイ……気付いてるクマか?」

 

「なにをだ?」

 

「実は……少し前に大センセイの匂いを感じてクマも急いでこの世界に戻って来たんだけども、その瞬間にシャドウ達がめっさ騒ぎ出したんだクマ」

 

「シャドウが……?」

 

「風花、君はなにか感じるか?」

 

美鶴が風花に問い掛け、風花は目を閉じて集中するがすぐに目を開き首を左右へ振った。

 

「すいません……シャドウがいるのは確認出来たんですけど、この世界の基準が分からないので異常なのかどうかは……」

 

申し訳なさそうに言う風花に、美鶴は"そうか……"と言い考え込むが総司とクマには異常なのと、その理由に心当たりがあった。

 

「クマ……まさか、大型シャドウの影響か?」

 

「霧も晴れてないのにこのシャドウの凶暴さ……間違いないクマ。恐らく……大センセイの"シャドウ"が出ているクマよ」

 

困惑気味に言うクマの言葉に、総司は先程出会った兄のシャドウらしき者の事を思い出す。

あの時の洸夜の瞳、あれは確実にシャドウのものだった。

なによりも、あのシャドウが此処に連れて来た様なものなのは間違いなく、総司はこの世界に兄である洸夜と、そのシャドウがいる事に確信を持った。

 

「じゃあクマ、その武装は……」

 

「クマ、ナナちゃんと大センセイと約束したクマよ。二人を守るって……ならば、センセイ達がいない今こそクマの出番クマよ!」

 

クマの謎の武装の理由は、どうやら洸夜との約束あっての行動だ。

洸夜はクマとの約束を、そんな大事に考えてはいなかったが現実に残る理由を作ってくれたクマにとっては菜々子と洸夜との約束はとても大切なものだった。

その事を総司も理解し、軽く微笑むとクマにある疑問を問い掛けた。

 

「ところでクマ。兄さんのいる場所は分かっているのか?」

 

総司のシンプルな問い。

しかし、クマはそんな問いを聞き恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「……いや~クマの鼻センサー少し調子悪いみたいだから……出来ればその後の事はスルーしてくれるとありがたいクマ……」

 

「……」

 

どうやら鼻が相変わらず不調で分かっていない様だ。

総司は溜め息を吐きたい気分だが、敢えて今は呑み込んでどうするか考え始めるが、現実その考えに至り、その事を知っている総司とクマだけなのを二人は忘れていた。

 

「洸夜のシャドウ?……一体、どう言う意味なんだ?」

 

「それに霧が晴れてないのにシャドウが凶暴だとかも……」

 

明彦と乾の手や言葉に美鶴達も同様に疑問を持っていた為頷き、総司とクマは互いに向かい合い、自分達しか状況を理解していない事に気付き、思わずポリポリと頬を撫でる。

 

「……実はこの世界に霧が出ていると基本的にシャドウは大人しいんですが、現実世界に霧が出ると、この世界の霧が晴れてシャドウが凶暴になって誰彼構わず襲う様になるんです」

 

「つまり、霧が出ている時と出ていない時でシャドウの強さが変わる……?」

 

チドリの言葉に総司は正しいと言う意味で"はい"と言って頷く。

 

「まあ、ペルソナ使いには問答無用で襲って来ますけど」

 

「そこだけ何処のシャドウも一緒か……」

 

そう言って順平は溜め息を吐いた。

シャドウと戦うの想像がついていたが、戦うにしても温存を考えれば少しでも楽な方が良い。

そう思った順平だがタルタロスでの事を思い出し、何を今更と思い己を納得させた。

 

「この世界のシャドウについては分かった。しかし……"洸夜のシャドウ"とはどういう意味なんだ?」

 

総司に聞く美鶴の姿は一見、誰も気付かない程に違和感はない。

しかし、内心では僅かに焦りがあった。

洸夜の身の安全。

そして、自分達は何か取り返しの付かない事をしてしまったのではないか?

この2つの理由から美鶴は僅かな焦りを抱いていたのだ。

そんな美鶴の焦りを総司は察する事が出来たのか、総司は頷くと……。

 

「その事は……クマ頼む!」

 

クマにパスした。

そんな総司にクマは予想していたのか、苦笑しながら溜め息を吐いた。

 

「あぁ~この説明も久し振りクマね」

 

最後に説明したのは千枝か雪子だったか気がする。

どこか懐かしみながらも、流石のクマも先程の様にふざけようと思ってはいない。

ふざけて良い悪いぐらいはクマにも分かる。

 

「んと、つまり……大センセイのシャドウってのは……」

 

クマは久し振りの説明に少し浮かれながらも、美鶴達にシャドウに出来るだけ分かり安く教えた。

もう一人の自分、抑圧された内面が具現化した存在。

そして、そのシャドウを否定する事で暴走が起こり、宿主を襲うと言う事を。

 

「とまぁ、こんな感じクマね……って、どうしたクマか?」

 

ざっとこんなもん、と言う風な感じで説明を終え美鶴達を見たクマだったが、話を聞き終えた美鶴達の表情を見て少し驚いてしまう。

なんせ、総司を除く全員が冷や汗をかき、何か考え込む様に下を向いているのだから。

 

「すまない、クマ……くん?」

 

クマに聞きたい事があるのか明彦が少し遠慮がちに聞くが、クマとの距離感もまだ掴めていない状況だ。

その結果なんて読めば良いのか分からず、少しぎこちない感じの口調となってしまう。

そんな明彦に、伊達にジュネスの食品コーナーでマダムキラーの異名を取っていないクマは、身体を揺らしながらフレンドリーに近付いた。

 

「別にクマでも、クマさんでもなんでも良いクマよ。そんかわり、クマも"アキヒコ"って呼ばせて貰うクマ♪」

 

そう言って無駄にその場でクルリと一回し、手を伸ばして明彦に握手を促した。

表情も無駄に爽やかだ。

そんな想像以上なクマの行動に明彦は、面食らった表情を免れる訳がなかった。

 

「あ、ああ。宜しく頼む……」

 

「宜しくクマ♪ 勿論、他の人達にもクマは忘れないクマよ! と言う事で次は"ミツル"ちゃん!」

 

「!?……ミツル……ちゃん?」

 

クマの言葉に美鶴は思わず固まり掛け、他のメンバーはと言うと生涯で聞くとは思ってもいなかった美鶴へ対する"ちゃん付け"に不意をつかれてしまい、口元を抑え笑うのを堪えている。

美鶴自身からにしても、最後に名前をちゃん付けで呼ばれた事等をかなり昔の話。

はっきり言えばむず痒い。

 

「……何故、私はちゃん付けなんだ?」

 

「クマは基本的に女の子は皆、ちゃん付けクマ。けど、どうもミツルチャン達は先生達とは違ってアダ名が作りずらいクマよ」

 

「ちなみに、私はなんて呼ばれるのでしょうか?」

 

興味本意で聞いたアイギスの問いに、クマは暫し考えると腕を組ながら言った。

 

「今のところは……アイギスチャンクマ」

 

「!……アイギス……チャン!……おぉ……! 不思議な感覚であります!」

 

クマの言葉に新鮮な何かがアイギスの身体を走った。

菜々子にお姉ちゃんと呼ばれた時の感覚に似ているこの衝撃。

そんな目を輝かせるアイギスを、ゆかり達は苦笑しながら見守っていた。

 

「そろそろ良いか?」

 

話が戻れなくなりそうな空気を察し、明彦が漸くこの話に終止符をうつ。

 

「クマ。君に聞きたい事がある」

 

先程言っていた"聞きたい事"を漸く出す事が出来た明彦。

そんな明彦にクマも美鶴達と少し馴染めたのか、先程よりも誇らしげな表情で"何クマ?"と言い、明彦からの問いに万全な態勢だ。

 

「その……宿主のシャドウは現実でも出てくるのか?」

 

明彦の言葉に総司は勿論、美鶴達も黙った。

現実に出てきた洸夜?の事が言いたいのだろうと、実際に見た総司と美鶴達は理解が早くて済んだ。

だが、このメンバーの中で知らないクマは明彦の言葉に、目を半開きにし困惑の表情を受けべた。

 

「実際に見た訳じゃないからクマは何とも言えないけども、シャドウは基本的にこの世界だから出れるクマ。だから……例え出たとしても、恐らくは宿主から完全に出れんと思うクマよ?」

 

クマなりの考えだった。

実際に見た訳でも無いし、そんな事があるとも考えずらい。

そう思っていたからこそ、クマは少し楽観的にそう言ったのだ。

しかし、総司と美鶴達は楽観的は勿論の事、他人事でもないのだ。

実際に見たメンバーからすればクマの考えはどこか的を得た様にしか聞こえない。

そう思ったからだろう。

順平がクマに口を開いたが、その表情はどこか焦りが見えた。

 

「な、なあクマ……そのな……その宿主のシャドウって完全に宿主から出てなくても、何かしたらヤバいのか……?」

 

順平の気まずそうな顔。

総司と美鶴達もどこか様子がおかしい。

そんな状況下だ。

クマは嫌な予感を覚え、恐る恐る聞き返す。

 

「もしかして……ジュンペーもセンセイ達もその事で心当たりがある……クマか?」

 

「……」

 

思わず黙り顔を逸らすメンバー達。

そんなあからさまなリアクションをとられたら、クマも黙る訳もなく、クマはプンスカと怒りを露にし声をあげた。

 

「もう! 知ってるなら全部話すクマ!!」

 

辺りにクマの声が響き渡り、総司がクマに事情を説明したのは言うまでもない。

現実であった洸夜の事を総司、そして美鶴達も知っている事を話した。

その結果、再びクマは声をあげる事になる。

 

「なんとぉぉぉ!!? そんな事が……って一体なにシャドウを刺激してるクマか!そんなの落ち着かせるどころか逆効果だっつうの!」

 

地面をドスドス踏みながらクマは事の重大さを教える。

元々、シャドウ抑圧されていた内面であるが出現した事で情緒不安定な感じなものを少なくない。

それどころかシャドウの行動は、抑圧されていた内面を悪く極端な行動で示してしまう。

シャドウなのだから仕方ないと言えばそれまでだが、そんなシャドウだからこそ下手な刺激でどんな影響を受けるかが予想が付かない。

それを踏まえ、クマはここまで怒っているのだ。

 

「ごめんなさい……状況が状況だったから、どうすれば良いか分からなくて……」

 

「ああ!? フウカチャンが謝らなくて良いクマよ!」

 

洸夜を危険にしてしまったのではないかと思い、暗い表情をする風花にクマが慌てて慰める。

 

「男女差別だ」

 

「右に同じく」

 

クマの様子に総司と順平の心が繋がった。

順平とは良いコミュが築けそうだと思う総司であった。

そんな総司と順平のジト目で見られている事に気付いたクマは、コホンと咳払いした。

 

「ま、まあ……仕方ないクマよね」

 

吹けもしない口笛をし、フーッフーッと風だけの音を鳴らすクマ。

そんな中、総司は伝え忘れていた事を思い出す。

 

「あっ……言い忘れてましたけど、もし何かあった時はそこのテレビから現実世界に戻れます」

 

「えっ! 戻れるの!?」

 

総司の何気ない言葉に驚くゆかり。

いかにもそう簡単に戻れない雰囲気の世界だ。

まさかそう簡単に戻れるとは思ってもいなかった。

しかし、その帰還方法は中々にシュールと言えるものなのは言うまでもなかった。

 

「テレビの世界なのに……帰る手段がテレビなの?」

 

流石のチドリも少し困惑気味なのは隠せなかった。

テレビの世界と言われているのに脱出方法もテレビ。

脱出なのに気分はマトリョーシカだ。

広場の隅に置かれている総司が指差す三段のテレビを見て、チドリは少なくともそう感じていた。

そして、同時に他のメンバーには別の疑問があった。

 

「あの……総司さん。このテレビってどう使うんですか?」

 

「電源を押すんでしょうか……?」

 

最早、この世界に関しては一般常識もタルタロスでの常識も通用しない。

アイギスが不思議そうにテレビを眺める中、乾がどうすれば良いか分からずに困惑しながら総司に聞くが、聞けなきゃ良かったとすぐに後悔する事になる。

 

「簡単です。こう頭から画面に突っ込めば良いんです」

 

「えっ!?」

 

その場で実演するかの様に手を伸ばしパントマイムの様な動きをする総司。

だが、美鶴達はもう何度目だと言わんばかりに頭を抑え、頭痛を覚えた。

 

「いや、本当にそんな事をしなければならないのか……?」

 

「はい。俺の周りでは日常茶飯事ですから堂々とやって下さい」

 

本当か?

その場のクマを除く全員が肩を落とし、互いに顔を見合わせる。

『彼』もそうだったが真顔でとんでも発言する為、総司にも同じ匂いを感じ質が悪い。

だが、美鶴達がそう思う中、順平とゆかりは別の事を思っていた。

 

「……。(でも、テレビの中に頭を突っ込む桐条先輩……見てみてぇ)」

 

「……。(あ……まずい。想像したら口元が……!)」

 

美鶴の背後で順平とゆかりは口元を抑え、ピクピクと動かし笑うのに堪えていたのだ。

あの美鶴が、凛々しく責任に厚い美鶴が頭からテレビに突っ込む。

想像するだけでシュール過ぎる。

そんな風に壮行している間にも唯一の脱出方法に美鶴は心が揺れていた。

明彦すでに覚悟は出来ているのか、表情から困惑さは消えており、アイギス・チドリ・乾・コロマルも同じ感じで佇んでいる。

残りはオドオドしている風花だけだが、このままでは周りに流されてしまうのは時間の問題だ。

美鶴は考える。

確かに恥ずかしさはあるが万が一の状態に陥り、万全の状態ではなくなり洸夜の探索に支障を来して洸夜や他の仲間を危険に晒す訳には行かない。

深く考えすぎていた為、このテレビが現実の何処に繋がっているのかすら聞いてない事に事態気付いてない美鶴。

そんな時だった。

 

「あの~センセイ……ちょっと良いクマ?」

 

クマが総司を呼ぶ声に我に帰る美鶴。

明らかに目を泳がしているクマの姿は、明らかに何かを隠していた。

 

「どうしたクマ?」

 

クマのそんなリアクションは既に慣れている為、何事もなく聞き返す総司。

そしてクマはと言うと、ゆ~くりと視線をテレビに入れていた。

 

「実は……ーーーせん」

 

「ん? すまん、もう一回頼む」

 

クマの言葉は最後の方になるに連れ、段々と声のボリュームが低くなり聞きとれなかった。

そんなクマの行動に美鶴達も気になり、少しでも聞き取り易くする為に無言で近付いて行く。

半開きの目になりながらも視点が定まらないクマ。

挙げ句の果てには身体すら震えている。

そんなクマを総司が感情無しな瞳で捉えた。

何を考えているのか分からない瞳。

心が分からない。

そんな瞳にして総司はクマに聞き返した。

 

「クマ……テレビに何があった?」

 

「……だから……ーーーません」

 

「もっと大きな声ーーー」

 

「だから"出れない"んだクマァァァァァァァァ!!?」

 

溜まった物を解放したかの様に叫び、辺りに自分の声を轟かすクマ。

思わず驚きそうになるが、総司はクマの言葉の意味に驚いてしまった。

 

"出れない"

 

クマはそう言った。

このタイミングでの出れない、つまりそれは。

 

「……まさか、この世界から"出れない"のか、クマ?」

 

総司の言葉に隠す気は更々ないらしく、クマはテレビに近付き画面に触れた。

本来ならば、そのまま吸い込まれる様にテレビに呑み込まれる筈のテレビ。

だが、今回はそうはならず、クマの手はそのまま画面に触れてしまった。

 

「クマも大センセイの救出に行こうと思ったクマ。けど、あまりにもシャドウが狂暴だったもんだから一旦、あっちに撤退しようとしたんだけども……御覧の通り、出れないクマよ」

 

こんな事は初めてクマ……そう呟き、クマは肩を落とす。

事実上、この世界に幽閉されたと言える状況だ。

クマも色々と混乱しているのだ。

 

「それも、洸夜さんのシャドウが関係しているんでしょうか?」

 

只のテレビと成り果てた物を見つめながらアイギスは、そう呟く。

 

「流石にそれは無いクマ。確かに大型シャドウの影響は強いけども、いくらなんでも世界の繋がりにまで影響は無理クマよ」

 

クマの言葉に総司が足を止める。

 

「けど、だったら何故、出れないんだ……?」

 

兄である洸夜のシャドウの影響か?

いや、それはクマの言葉の通り、いくらなんでもそこまで影響を及ぼせるとは思えない。

もっと別の何か、自分も知らない別の第三者の干渉なのではないか?

今は、それしか総司は考えが出なかった。

 

「まあ、現実に出る事が今出来ないならば仕方ない。だが、少なくとも俺は、洸夜を見付けるまでは出るつもりは無かったがな」

 

そう言って明彦は力強く拳と拳をぶつけると、美鶴達も同様に頷く。

なんだかんだで困惑してると思っていたが、彼女達の心は、この世界に来た瞬間から覚悟が決まっていた。

それを証拠に美鶴達の表情は先程までと違い、真剣な表情……前の戦いを生き残ったペルソナ使いの顔になっていた。

 

「すいません。少し待って下さい」

 

唐突に総司が手を挙げ、話を折った。

 

「どうしましか総司さん?」

 

「少し、寄りたい場所があるので、アイギスさん達は先にクマと一緒に兄さんを探知していて貰いたいんです」

 

その言葉に美鶴達は互いに顔を見合せると、再び総司の方を向く。

 

「君はこの世界に慣れている様だが、今のこの世界は君達にとっても"異常"になっているのだろう? それでも、君一人で行かなければならなのか?」

 

美鶴の言葉に総司は、はい、とだけ呟くと今度はクマを見る。

その総司の視線にクマは察した。

 

「センセイ、もしかして"あそこ"クマか?」

 

総司は頷く。

 

「クマ、すぐに戻るから美鶴さん達と兄さんの探索を……」

 

「任せるクマ」

 

総司の言葉に胸を叩くクマに総司は再び頷き、そのまま後ろを振り向くと、ある場所を見詰める。

それは、広場の脇に存在する幻の様に幻想的な蒼き扉。

周りを扉と同じ、蒼い蝶が周りを舞う様に飛んでいる。

その扉は、契約した者だけが見え入る事の出来る、この世界とはまた別の異様な世界"ベルベットルーム"へと繋がっている。

総司は扉の前に行くと、ポケットから不思議な模様が描かれた小さな鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込んだ。

 

「っ!」

 

差し込んだ瞬間、不意に光が溢れる。

そして、総司は広場から消えていた。

 

「消えた……!」

 

驚きの声をあげるチドリ。

ベルベットルームの扉は契約者以外は見えない為、美鶴達からすれば何もない場所で総司が唐突に消えた様にしか見えない。

しかし、美鶴達も驚いてはいるが、もう慣れたのか敢えて言葉は出さない。

 

「大丈夫クマよ。センセイは良くあんな感じで消えては、すぐに戻ってくるクマ」

 

クマにもベルベットルームの扉は見えていない。

しかし、日頃から総司はベルベットルームに入り消えているのを見ている為に驚きはしない。

美鶴達に簡単に話すと、クマは美鶴達全員の顔を見る。

 

「さあ! こっからはクマの番クマよ! 大センセイを探索するクマ」

 

総司に任されいる為、気合いが入っているクマ。

無駄に鼻息が荒い。

そんなクマに、順平がある疑問を聞く。

 

「なあ? お前は何でそこまで瀬多先輩の事に熱心になってくれるんだ? 」

 

総司は弟だから分かる。

しかし、クマに関しては謎が多すぎる。

順平も、美鶴達にとっても洸夜とクマの関係は当然の疑問だ。

 

「クマは……大センセイに"理由"をもらったクマ」

 

「理由? なんのですか?」

 

乾の言葉にクマは頷き続ける。

 

「クマは、現実からこの世界に帰らなきゃならなかった……そういう約束だったから。でも、この世界はシャドウばかりでセンセイ達がいないと一人ぼっちで寂しいクマ」

 

クマは、顔を下に寂しそうに向ける。

だが、すぐに顔をあげた。

表情を明るくして。

 

「でも、大センセイ達がクマに新しい"約束"をくれて、クマはまた現実にいられる理由をもらったクマよ! だから、クマは大センセイを助けるクマ! 守るって大センセイと約束したんだクマ!」

 

クマの言葉に美鶴達は黙った。

今のクマからは確かに洸夜との絆を感じる。

嘗て、自分達も同じ様に築いたものを。

 

「クマさん、洸夜さんは……クマさん達と一緒にいた洸夜さんってどんな感じだった?」

 

風花は知りたかった。

自分達と別れた後の洸夜の様子が。

だが、風花は気付いてはいなかった。

クマに聞く、自分の顔が悲しそうな表情をしていた事に。

それに気付いているのは、それを見ている美鶴達だけだが、美鶴達は風花の想いを察し、敢えて見ぬふりをする。

 

「大センセイの様子クマか? う~ん……至って普通だったからクマはなんとも言えないけども、怒ったら怖いクマ。でも、それ以上に優しい人クマよ」

 

「……」

 

微笑みながら言うクマに、風花は懐かしそうに聞いていた。

 

「大センセイは色々と考えていて、センセイ達ともそれで色々と誤解があったクマ。大センセイも自分のやっている事に悩んでいたけども、大センセイがクマ達を思っての事だったのは、すぐにセンセイ達にも伝わったクマよ。面倒見も良いし、少し自分の事をそっちのけにするけど、たまにクマに手作りのお菓子くれたりするし、クマは大センセイが大好きクマ!」

 

爽やかに言ったクマは、そのまま聞いてきた風花の顔を見た。

だが、その瞬間、クマは絶句した。

 

「ど、どうしたかフウカチャン? なんで泣いてるクマか!?」

 

風花の目には見て分かる程に涙が溜まり、静かに頬を流れていた。

しかし、涙だからと言って悲しい訳ではない。

寧ろ、彼女は嬉しかった。

クマの話に風花は純粋に嬉しかったのだ。

 

「風花……大丈夫?」

 

ゆかりが心配し声を掛け、風花の肩に手を添える。

風花も又、ゆかりの言葉に頷きながら、目の涙を指で拭いた。

 

「ご、ごめんなさい……! ただ、嬉しかったから……洸夜さん変わってなかったから……やっと会えたと思ったのに今日、会えた洸夜さん別人みたいで……それでもう、前の様に皆で笑えないと思ったから……!」

 

クマの言葉に風花は分かった。

洸夜は変わってはいなかったと言う事が。

他者に優しく、総司の事もあって面倒見も良く頼りになる人物。

それが瀬多 洸夜と言う男だ。

そして、風花の言葉を聞き、美鶴と明彦は静かに頷いた。

 

「……ああ、洸夜は変わってはいない。今はただ傷付いているんだ……そして、その傷を付けたのは私だ。だから、私は洸夜から逃げる事はしない。(そう決め、総司君……彼とも約束した)」

 

「美鶴だけのせいじゃない。俺も背負い、向かい合う……。(そうしなければ、俺はあいつの"親友"も名乗る事も許されないだろう。なあ……"シンジ"?)」

 

二人の話を聞き、他のメンバーも頷く中、どこか空気が湿っぽい。

そんな空気では洸夜を助ける事など出来ない。

となれば、クマが動かない訳がない。

 

「もう! 湿っぽいクマよ! 全くもう……コホン! では、これからクマが大センセイの居場所を探す方法を教えるから手伝って欲しいクマよ」

 

こうしてクマによる探索方法が美鶴達に教えられ、探知タイプの風花を中心に洸夜の探索は始まった。

 

End



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開幕 黒き愚者の幽閉塔

連続投稿です


同日

 

現在、ベルベットルーム

 

シリアスな青。

一言で表すならば、そんな雰囲気と色。

その色と雰囲気に覆われている見慣れた車内で、目を開いた総司は座っていた。

いつもの事だ。

自分から行こうが、相手から招かれ様が何故かいつも気付けば座っている。

 

「ヒッヒッヒッ……!ようこそベルベットルームへ……しかし、どうなされた? あなた様は今、町をお離れになっている筈では?」

 

いつもと同じ台詞で迎える向かい側に座っているイゴール。

台詞も同じであれば、座っている格好も同じ両手を組み、その上に顔を置いている。

だが、違うものが一つだけあった。

「マーガレットとエリザベスがいない……?」

 

いつもならば左右の椅子に腰を掛けている筈の二人がいない。

総司が不思議そうに左右を見ていると、イゴールが言った。

 

「二人は席を外しております。……ところで、何か御用があるのではございませんか? あなた様が何の意味もなく此処を訪れるとは思いませんので」

 

「……イゴール。あんたに聞きたい事がある」

 

なんでしょう? イゴールは総司の言葉にそう言うと、静かに総司の眼を見る。

そして総司も又、そんなイゴールの眼を見た。

 

「イゴール……あんたは兄さんがこうなる事を知っていたんじゃないのか?」

 

「……何故、そう思いに?」

 

総司からの突然の問いに、イゴールは言って当然の事を口にする。

そして、目蓋をピクリと動かし自分を見てくるイゴールに、総司はたった一言だけで返答する。

 

「勘」

 

「!……ヒッヒッヒッ!」

 

総司の言葉にイゴールは笑う。

狂った様にではないが、楽しそうに笑っている。

余程、総司の答えが気にいったのかいつもより長く笑っていた様に総司は感じた。

そして、暫く笑った後だった。

肯定も否定もしなければ、イゴールは唐突に語り出す。

 

「今のあの方を、一言で表すならば弱体化しております」

 

「弱体化? ペルソナ能力の……?」

 

総司の言葉にイゴールは特にリアクションせずに、話を続ける。

特にリアクションするよりは言った方が早いと判断した、総司はそう思う事にした。

 

「ワイルドの源は他者との繋がり。自ら築いた絆を否定し背け続けた結果、コミュの力が弱まったのでしょう。ペルソナも又、洸夜様と、洸夜様が築いた絆によって力を強めておりました。しかし、繋がりが弱まった今、ペルソナの力が弱まるのは当然と言えましょう」

 

「けど、コミュは自分と他者がお互いを理解し築く、強い繋がり……真なる絆だ。否定し背けたからって、そう簡単に壊れるものなのか?」

 

車の走行音をBGMにしながらも、総司はそう言った。

総司自身もコミュを陽介達や堂島達を始め、それ以外の人とも築いているから分かるのだ。

コミュと言うのがどれ程、強い絆なのかを。

もしも、イゴールの言う通りならば喧嘩の一つしただけで壊れてしまう。

 

「確かに仰る通り……しかし、あくまでもコミュの"中身"を築くのが、そのワイルドを持つ者と他者なのです。"コミュ"そのものを作りあげるのがワイルドを持つ者。あの方が特別と言う事もありますが、洸夜様が絆を否定するならば必ずコミュにも影響が出るものなのです。例え、相手の方が洸夜様を想っていたとしても……コミュに影響が現れ、そしてその影響はペルソナにも」

 

「それが……弱体化の原因」

 

イゴールは頷く。

 

「その事もあり、今は洸夜様のシャドウに力の支配権が移り始めておられる。ワイルドを持つ者のシャドウ……どれ程の力なのか……」

 

「それが不思議だった。兄さんは俺達と同時期にあの世界に入っている筈だ。なのに何故、今更になってシャドウが出てきたんだ?」

 

「あの世界の影響もありますが、結局の所……コミュが抑えていた様なものですな」

 

「……? どう言う意味だ?」

 

ニヤニヤとした笑みを一切崩さずに言うイゴール。

ある意味ではこの男が一番の謎だ。

もしかしたら、稲羽の事件解決よりも謎なのかも知れない。

 

「心の奥に潜んでいた抑圧された存在。あの世界の影響で具現化したそれを、コミュはまるで鎖の様に抑え込んでいたのです。しかし、コミュの力が弱まった今……」

 

「シャドウが出てきた……」

 

総司のその言葉に、イゴールは静かに頷いた。

そして総司は思い出す。

月光館で言っていた洸夜?の言葉を。

 

最後の絆。

これで、あの世界で。

 

洸夜?はあの時、自分がテレビの世界で出れる様になった事を口にしてたのだ。

しかし、そうなると一つだけ気になる点が総司にはあった。

 

「なら尚更、なんでこのタイミングなんだ? ペルソナ能力そのものに影響が出てたくらいなら、もっと前にそのシャドウが出てもおかしくない」

 

「ヒッヒッヒッ……残されていた絆がとても強かったのでしょう。今の今まで抑え込む程……」

 

「だけど、それ程に強い絆は……」

 

先程の話までの事を思い出すと、既に洸夜に残っていた他者との繋がりは殆ど無いと思われる。

今思い出せば、久保との戦いでのベンケイの異常も納得が出来る。

あれは弱体化の影響だったのだ。

しかし、そうなると上級ペルソナであるベンケイすらも制御が儘ならない時点で洸夜の繋がりに、イゴールが言う様な強い繋がりがあるとは思えない。

総司がそこまで考えた時だった。

 

「っ!? まさか……!」

 

総司はある考えに行き着いた。

しかし、それは今まで総司が思っていた認識を完全に覆す様な事。

あり得ない、だがこれしか答えが浮かばない。

総司は自分で行き着いた答えによって、自らを混乱させてしまう。

そんな総司を、イゴールは静かに眺めている。

 

「……行き着いた様ですな。あなた様の兄の"真実"が」

 

「でも、俺は今まで陽介達ともそんな事は……兄さんには何故、そんな特別な事が……?」

 

「その事……つまり原因に着きましては、あなた様の方がお詳しいのでは御座いませんか?」

 

真剣な表情と眼差しで見てくるイゴールと、その言葉に総司は驚いた。

そんな表情も出来たのかと、そして心当たりが確かにあると言う事でだ。

耳が痛い気がした。

何か一つでも何か自分がしていたら、洸夜の道を少しでも変えられたのではないかと思ってならない。

洸夜が自分に何も教えてくれなかった事もあるが、それは自分を想っての事だと総司も分かっている。

総司はもう一度、イゴールの眼を見る。

 

「最後にもう一つだけ聞きたい事がある」

 

「なんでしょう?」

 

「今の兄さんのシャドウはペルソナ……つまりはワイルドの暴走なのか聞きたい」

 

これが今、ベルベットルームで聞く最後の質問。

その質問の答えから別の疑問が浮上しても聞く気は無い。

総司のそんな思いを察したのか、イゴールはすぐに返答する。

 

「……あの方のシャドウが、一部のペルソナの力を使えるのは間違いない事で御座いましょう」

 

イゴールのその言葉に総司は、やはりと思ったがイゴールの話は終わっていない。

 

「しかし、ワイルドもそうなのと言われればどうなのでしょうな?」

 

「?……出来れば詳しく頼みたい」

 

「ヒッヒッヒッ……ワイルドはペルソナ能力の"突然変異"とも言われております。そしてアルカナは"愚者"。洸夜様も何かしらの"切っ掛け"があったと思われます。しかし……もし、その切っ掛けよりも存在していたアルカナがいたとしたら、どう思いますかな?」

 

いつのまにか問う側から問われる側になっていた。

しかし、総司は今は沈黙を返答にする。

最後まで聞き、その情報から自分の答えを出す。

それが総司のイゴールに対する答えだ。

そして、そんな総司にイゴールは何度目か分からないが再び笑っていた。

 

「ヒッヒッヒッ……! 愚者になる前に存在していたアルカナ……ワイルドの前に消えた存在。しかし、もしもそのアルカナが洸夜様にまだあるとしたら? 愚者になる以前の本来の"色"。抑圧された存在の正体はもしかしたら……」

 

「……けど、兄さんがワイルドに目覚めたと言う事は、兄さんの本来のアルカナは愚者なんじゃあ?」

 

「愚者であって愚者ではない……」

 

「……?」

 

イゴールの言葉は呟く様に小さなものだった。

だが、その言葉はしっかりと総司の耳へと届いていた。

愚者であって愚者ではない。

 

「……。(愚者に別の意味があるのか?)」

 

総司はそう考えたが結局、今は答えは出なかった。

 

「ヒッヒッヒッ……! ワイルドと言う色に身を隠しておられるやもしれませんな。ですが、洸夜様が愚者のアルカナを持っているのは事実。ヒッヒッヒッ……"黒"故に起こった事なのかもしれませんな」

 

イゴールの話は終わった。

総司はそう判断すると、静かに瞳を閉じた。

 

「……ありがとうイゴール。後は、自分自身で見つけるよ……兄さんの全てを」

 

「ヒッヒッヒッ……! 再び訪れる時をお待ちしております」

 

イゴールのその言葉を最後に、総司の意識はベルベットルームから消えた。

そして、ベルベットルームには一人残されたイゴールの笑い声が静かに響いていた。

 

▼▼▼

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司が再び眼を開くと、いつもの広場にいた。

ベルベットルームの時間の流れは基本的に現実とは違う為、そんな時間は掛かってない。

総司は美鶴達とクマを探す為、先程まで共にいた場所に眼を向けるとそこには大きさから察するに、女性型のペルソナが佇んでいた。

上半身は女性で赤いドレスの様な服装が目立つペルソナ。

しかし、それよりも目立つものがある。

それはペルソナの背後にある、まるで瞳の様な模様の何かだ。

その眼の模様なものの数は六つで、羽の様にも見えなくもない。

そして、最後はそのペルソナの下半身。

そのペルソナの下半身は簡単に言えば球体であり、その中では美鶴達の仲間である風花が立っている。

 

「もしかして、このペルソナは風花さんの……?」

 

ペルソナを眺めながら皆の下へ向かう総司。

そんな総司に美鶴が気付いた。

 

「戻って来たんだな。いきなり驚いたかも知れないが、これは風花のペルソナで"ユノ"だ。私達の中で唯一の探知特化のペルソナだ」

 

「フウカチャンは凄いクマよセンセイ! クマどころかリセチャンすら超えてるクマ!」

 

「そこまで……!」

 

クマとりせの探知能力は総司も分かっているつもりだ。

しかし、やはり自分が思った通りだった。

風花の力はりせすらも超えている。

見た目はひかえめな感じの風花だが、能力は本物。

総司は彼女も又、兄と共に戦ったペルソナ使いであると再認識した瞬間だった。

 

「風花さん。何か分かりましたか?」

 

総司が風花に声をかける。

 

「……不思議な世界ですね。この世界以外にも周りから別のなにかを感じます」

 

目を閉じ集中する風花。

別の何かとは雪子達が生み出した世界の事だろう。

洸夜のシャドウの影響が強いとは言え、この世界に馴れていない風花には霧や他の世界が邪魔でいつもの様には探知が出来ないでいた。

しかし、それであっても風花と"ユノ"の力は強力だ。

少しずつだが、探知で範囲を広げている。

そして、その時が来た。

 

「!……見つけました。ここから少しですが、離れた場所に洸夜さんと強い力を感じます」

 

ユノの中から一点を指差す風花。

それに伴い、総司と美鶴達が頷き合う。

時が来たのだ。

そんな事を思っていた時だ、総司が気付く。

 

「あ、クマから眼鏡を受け取ったんですね」

 

よくよく見ると、美鶴達全員が眼鏡を着けている。

自分がベルベットルームに行っている間に貰ったのだろうと総司が思っている中、美鶴は自分が着けている赤の強いインテリ風な眼鏡に触れる。

 

「ああ、度はなく霧だけを消してくれている。これで少しは戦いが楽になりそうだ」

 

シャドウとの戦闘で、最初から五感の内の一つが封じられているのは正直辛い。

風花がサポートするとは言え、風花は一人だ。

同時にメンバー全員一人一人に別々の指示を出す事は出来ない。

 

「日頃着けていないものだから少し違和感があるが、その内慣れるだろう」

 

分厚い作りのスポーツ眼鏡に触れながら明彦がそう言う中、順平はコロマルを見ながらこう言った。

 

「それでも、コロマルにも合って助かったな」

 

「犬には嗅覚がありますが、見えるのに越した事はないですからね」

 

「ワン!」

 

それぞれクマに渡された眼鏡を着けている順平と乾の言葉を聞き、総司がコロマルの方を向いてみると、そこには巨大なレンズの入った眼鏡と言うよりゴーグルの様な物を着けたコロマルがいた。

 

「苦労したクマ。犬用には作ってなかったもんだから、どうすれば分からなかったクマよ」

 

自分の後ろに散りばめられた道具や眼鏡の部品を眺めながら、そう呟くクマ。

人と同じタイプにしてもコロマルは気に入らず、顔を振って眼鏡を落とす為、なんとかコロマルが気に入る様に作った結果がゴーグル型だった。

 

「でも本当に不思議……霧だけを見えなくするなんて」

 

「本当です。このレンズの素材を知りたいぐらいであります」

 

「って言うか、アイギスの眼鏡だけ本当に凄いわね……」

 

ゆかりの言葉に全員が頷いた。

チドリもゆかりも普通の眼鏡だが、アイギスだけは違った。

アイギスの着けている眼鏡は、まるで近未来の眼鏡の様な物なのだ。

レンズも透明でなければ色付きレンズ、何故かアンテナまである。

どうやらアイギスの為に、クマが頑張った様だ。

総司の隣でクマが、まるで仕事をやり遂げた職人の様な表情している。

 

「……装備にも問題なし。美鶴さん、そろそろ向かいましょう」

 

「そうだな。……風花、案内を頼む」

 

総司の言葉に美鶴は頷き、風花に視線を送る。

 

「はい。皆さん……こっちです」

 

ペルソナを一旦消し歩き出す風花を総司とクマ、そして美鶴達がゆっくりと後を追う。

 

▼▼▼

 

違和感。

風花の案内によって兄・洸夜の下へ向かう、現在の自分達の状況に総司はそれを感じていた。

先程の広場と変わらない道。

洸夜の場所にはまだ着かない。

にも関わらず、シャドウとはまだ一回も戦闘になっていないのだ。

洸夜のシャドウによって影響を受けているであろうシャドウ達。

天敵であり、問答無用で襲う対象が集団で移動しているのにシャドウには全く出会ってなかった。

雪子達の世界へ向かう途中でも数回は戦闘しているが、今回は気味が悪い程に出会わない。

しかし、今はりせを超える力を持つ風花が同行している。

なにかあれば彼女が異常を知らせ、クマも少しは勘づいたりするだろう。

いつもと違う世界の雰囲気に、総司は胸の中で静かに神経を削っている。

「……何もないんだな」

 

「特にこれと言った物……だけどね」

 

順平とゆかりは物珍しそうに辺りを眺めながら歩いていた。

タルタロスとは違う異質な世界。

なにか思う事があるのだろう。

そんな風に暫く歩いていると、コロマルが唸り声をあげる。

 

「……グルル」

 

「どうしたのコロマル?」

 

チドリがコロマルに気付き顔を向けると、アイギスがコロマルに近付き通訳する。

 

「……視線の様なものを感じる。そうコロマルさんは言っております」

 

「視線……ですか? でも、僕は何も……総司さんは何か気付きましたか?」

 

「いや、特にこれと言った事は……でも、油断しないに越した事はない筈です」

 

歩きながら振り向き、乾にそう伝える総司。

自分達よりはこの世界に慣れている総司の言葉には説得力があり、乾やチドリ達も少しは安心できた様だ。

最低限の警戒心を纏いながらも、乾達は肩の力を抜いた。

その時だった。

突如、総司達の世界が黒に染まった。

その事でパニックにはならなかったが、困惑の表情を隠せない順平達に総司は素早く説明する。

 

「入りました。ここからは兄さんが生み出した世界です」

 

「瀬多先輩……の?」

 

「洸夜はこの先にいるのか?」

 

順平の呟きを聞き、明彦は風花の方を向いてそう言った。

 

「恐らく……いえ、います。ここから少し行った所に何か大きな力を感じますから」

 

風花の言葉に全員が再び周りを見回した。

文字通り黒い地面、周りに佇むオブジェなのかどうかも分からない、赤やら青やら色々な四角い物体。

今までのダンジョンの中で、一番の異常さを嫌でも感じてしまう。

総司もクマでさえ息を呑み、そんな様子に順平も帽子を被り直しながら空を見た時だった。

順平はこの世界の異常を思い知らされた。

 

「なっ!?……あれって……!」

 

順平の平常ではない口調の言葉に、全員が順平に視線を向け、彼が空を見ていたのが分かると全員が同じ様に空に顔を向ける。

そして、そこには合った物に美鶴と総司は我が目を疑った。

 

「!……どこまでも、驚かされるな」

 

「虹色の……"満月"?」

 

黒く染まった世界の空に君臨していたのは虹色の満月だった。

しかし、その色はメルヘンチックの様な物ではない。

どちらかと言えば、薬品か何かに汚染された様な虹色だ。

ゆかりと風花は、見ているだけで思わず吐き気を催した。

 

「なにあの月……嫌な色……!」

 

「私、少し気分が……」

 

倒れそうになる風花に、側にいたチドリが支える。

 

「大丈夫、風花?」

 

「ありがとうチドリちゃん……でも、大丈夫。行きましょう」

 

「……はい」

 

再び一人で立つ風花の姿に、総司と美鶴達も頷くしか出来なかった。

洸夜を見付け助ける。

自分にはこれしか出来ない。

そんな思いを胸にしまい、風花は静かに案内の為に前に出た。

その時だった。

 

『何処に行くって……?』

 

聞き覚えのある声が総司と美鶴達に聞こえた。

全員がゆっくりと背後に視線を向け、振り返るとそこにいたのは……。

 

「兄さんのシャドウ……!」

 

服装は変わっていたが、歪んだ笑みを浮かべた洸夜?改め、洸夜の影だった。

全身を基本的に黒で統一された服装だが、服の柄は色んな色の鎖が施されたもの。

まるで拘束衣を思わせる姿に総司と美鶴達は、危うく呑まれそうになるも何とか耐えた。

クマの言葉を思い出し、下手に刺激させまいと己を止まらせたのだ。

だが、風花とクマは別の意味で呑まれようとしている。

 

「嘘……! こんな近くまで接近されてのに気付けなかったなんて……」

 

「匂いが感じ取れなかったクマ! こんな強い力を持ってるシャドウなのに、気付けない方がおかしいクマよ!?」

 

自分達の探知を糸も簡単に抜けられた事に驚きを隠せない二人。

りせを上回る風花、総司達が来るまではシャドウから隠れた生活をしシャドウに敏感なクマの二人は、糸も簡単に己の探知を突破された事に驚きを通り越し、ショックを覚える。

だが、それと同時に今回の様な出来事に美鶴達を始め、当事者である風花にも何故か初めての体験に思えない感じを覚える。

デジャブの様な感覚。

嘗て、自分達はこんな光景を見た事があった様な気がする。

そう考えた美鶴達、そしてそれが何か気付いた。

 

「まさか!?」

 

風花は何かを思い出した様に声をあげると、その声に答えるかの様に美鶴も苦虫を噛みながら洸夜の影を睨み付ける。

答えは簡単だった。

少なくとも二年前、洸夜と共にいた者には分かる事、それは。

 

「ワイトのジャミング能力……"アンチ・マハアナライズ"か……!」

 

"アンチ・マハアナライズ"……通称、ジャミング能力。

それは現在、桐条が把握しているペルソナの中でも洸夜のペルソナ『ワイト』だけが持つ希少なスキルである。

風花やりせが持つ、能力を把握する為のアナライズとは真逆の能力処か、彼女達にとって最悪にし最強の天敵であると同時に完全なアナライズ潰しの力。

情報はおろか、姿すらも隠せる程に強力なスキル。

戦闘能力を捨てた対価に得たワイトの力。

それが今、洸夜の影がその力を得ている。

総司は静かに刀に手を添えながら、洸夜の影から視線を外さずに捉える。

 

「やっぱり、ペルソナの力も支配下にしてる様だな」

 

「ゴクッ……! クマ、ちょっと武者震いが……」

 

人の姿でありながら、大型シャドウを前にしている様な迫力を前にクマは思わず震えてしまう。

だが、大型シャドウ化していないと言う事は洸夜はまだ否定していない証拠。

どう行動するか、ここが分岐点となるとこの場にいる全員が思っていた。

そんな時だった、洸夜の影が不意に一冊の本を総司の前に放り投げてきた。

辞書よりも厚いその本は、総司達にとっても見覚えのあるものだった。

 

「!……兄さんの"ペルソナ白書"!?」

 

総司が拾ったのは洸夜の所持品であるペルソナ白書だった。

本来なら洸夜が持っている物。

その白書を総司は無意識の内にページを捲ると、総司の視界に入ったのは全て"白色"となったページのみであった。

 

「既にペルソナが……」

 

「クッ! シャドウ!洸夜は何処だ!アイツに何をした!!」

 

洸夜の身の危険を感じ、明彦は拳を握り締め洸夜の影に向けた。

しかし、そんな明彦に洸夜の影は特に気にもせずに静かに笑い声を出す。

 

『クク……! ここまで来た……新たな絆を築く為か? 寂しいもんな……孤独は……』

 

「なにか様子がおかしい?」

 

「気にする事ないわよチドリ。どうせさっきと同じ言葉遊びに決まってるわ! それよりも質問に答えなさいよ!」

 

「兄さんは何処にいる……!」

 

ゆかりと総司の言葉に続く様に美鶴達も又、静かな構えを解かずに洸夜の影へ少しだけ距離を詰めた。

数的にも何かされたとしても対処できる。

だが、洸夜の影は総司の言葉に首を傾げた。

 

『見えないのか? あるだろ……目の前にな!』

 

「ッ!? これは……!」

 

総司は己の目の前で起こった事に驚きを隠せなかった。

空に君臨する虹色の月が光の柱の様に、この世界を照らした瞬間、それは出現した。

一言で言えば黒い塔。

最上階が円上の広場になっている、天にも届くと錯覚しそうになる程に高い塔だ。

だが、総司も美鶴達も最上階等は目にも入らない。

そんなモノを見るよりも意識を持っていかれるモノが目の前にある。

出現したのは黒い塔だが、形が異常であった。

赤い家、黄色のビル、青い小屋等々、色とりどりの建物や物が黒い塔にぶっ刺さっているのだ。

いや、恐らくはぶっ刺さっていると言う表現も正しくはない。

正しく言うならば、黒い塔から色とりどりの物が"生えて"いる。

建物の存在感や異常さ、この全てが圧巻なのは総司もクマも、美鶴達でさえ否定出来ない。

しかし、美鶴達はその黒い塔の姿にあるモノを思い出してしまう。

そう、あの影時間に現れる桐条最大の罪の一つを。

 

「タルタロス……?」

 

呟いたのはアイギスだ。

色とデザイン自体はタルタロスには似て非なる物なのは間違いない。

だが、雰囲気等が似ていた。

異質を纏った巨大な存在感を醸し出す、あの建物に。

アイギスの言葉に思わず全員が反射的に身体を微かに動かしてしまう中、洸夜の影は総司を見ながら静かに語り出す。

 

『来るのか? 黒き愚者の下に?』

 

『見るのか? 黒き愚者の世界を?』

 

『背負えるのか? 黒き愚者の過去が?』

 

一々、間を空けながら話す洸夜の影。

まるで何かの役に成りきっているかの様に両手を挙げたり等、何かリアクションをしながら話していく。

そんな様子だが、総司達は静かに状況を見極めて行く。

確実な事しか出来ない。

その思いを胸に、総司達は洸夜の影を見ていた時だった。

洸夜の影の雰囲気が変わり、場の空気が変わる。

 

『……辿り着けるのか? あの黒き愚者の所へ?』

 

そう言った瞬間、洸夜の影は突然叫んだ。

 

『この数多のシャドウがいる! "黒き愚者の幽閉塔"を突破してな!!』

 

「!……シャドウです!?」

 

洸夜の影が言い終わるのと同時に風花が叫んだ瞬間、総司の周りから大量のシャドウ達が出現し出した。

アブルリー・ダイス・ギガス・アニマル・武者。

少なくとも、一目見ただけで五種類ものシャドウが確認出来る。

所々に通常の大型シャドウも確認出来る。

総司達は瞬く間にシャドウに囲まれてしまった。

その中に既に洸夜の影はも居らず、クマは武器である爪を出しながら総司に言った。

 

「やっぱりそう言う事だったクマか。ここまでシャドウに会わなかったのは只、シャドウがこの世界に集まっていたからと言う事……」

 

「それは随分と手の込んだサプライズだな」

 

「ああ! 腕が鳴る程にな!」

 

総司の冗談に明彦も腕を鳴らしながら答え、美鶴達もそれに頷く。

 

「風花、君は後方に下がってサポートだ。ゆかりとチドリは風花の護衛……残りのメンバーも臨機応変に対処。総司君、クマ……君達もいけるか?」

 

「いつでもどうぞ」

 

「センセイと同じく」

 

美鶴からの問いに頷き、ペルソナカードを取り出す総司とクマ。

シャドウも既に臨戦態勢。

 

「皆さん!」

 

アイギスは素早く、何処からともなく出した白い拳銃"召喚器"を所持していなかった順平達に投げる。

そして、順平達がそれを素早く掴んだ瞬間、全員が叫ぶ。

 

ペルソナ!!

 

……仮面の名を呼び、総司達の周りに多数のペルソナが現れシャドウ達に飛び込んで行く。

洸夜救出の幕が上がった。

 

 

End



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負の絆~瀬多洸夜編~
お互いに……


月1が難しくなったな……(--;)


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【入口】

 

「イザナギ!」

 

「キントキドウジ!」

 

主の呼び声に二体のペルソナは目の前のシャドウへと向かって行く。

大剣を大きく振り、シャドウ達を両断するイザナギ。

ミサイル攻撃によって爆破攻撃を仕掛けるキントキドウジ。

そして、ペルソナだけではなく総司とクマも又、シャドウ達に刀と爪で攻撃を仕掛けて行く。

総司が自分の目の前にいたシャドウを斬り捨てた時だ。

 

「!」

 

総司の目の前に大型シャドウ『闘魂のギガス』が降って来たのだ。

このシャドウは、洸夜も戦った事のあるタイプの大型シャドウ。

油断は命取りを意味する。

だが、総司は目の前に出現した大型シャドウに対して瞬時に敵を判断すると、素早くイザナギを戻し、内ポケットから別のペルソナを取り出す。

 

ギリメカラ……!

 

心の中でペルソナの名を呼ぶ総司。

その瞬間、総司と大型シャドウの間に割り込む様にそのペルソナは出現した。

一つ目に像の姿をした巨大な身体のペルソナ『ギリメカラ』は、召喚と同時にそのまま闘魂のギガスに右手の剣を大きく、そして素早く振り下ろす。

ギリメカラの一撃"剛殺斬"は、そのまま大型シャドウである闘魂のギガスを頭から真っ二つに両断し、その一撃がそのまま地面に亀裂と揺れを生んだ。

 

「さっすがセンセイ!」

 

キントキドウジと共にシャドウを袋叩きをしていたクマが、総司の戦いを見て大きく跳ねる。

そして、その光景は勿論、元S.E.E.Sメンバーをも驚かせた。

 

「愚者のアルカナ、それに複数のペルソナ所持……!」

 

ユノを召喚しメンバーのサポートしていた風花は、ギリメカラの攻撃の揺れに膝を手で抑えながらそう言い、美鶴もその言葉に頷く。

 

「ああ、どうやら彼もワイルドの力の持っていた様だな……」

 

「『あの人』と洸夜さん……そして、私とも同じ力」

 

アイギスの言葉に順平も頷くが、同時に首も振る。

 

「それだけじゃねぇ。結構、強いぜ」

 

「なら! 尚更、俺達が無様な戦いをする訳にはいかんだろう!!」

 

順平の言葉を聞き、明彦は力強くそう言い放ちながらアブルリーに全力の右ストレートを叩き込んだ。

どうやら洸夜救出と、総司とクマの戦いを見た事で明彦の中の何かに火が着いてしまった様だ。

アブルリーはそのままバレーボールの様に壁にぶつかりながら数回跳ね、最後は数体のシャドウを巻き込む形で激突し消滅する。

 

「凄い……!」

 

「ペルソナ要らないんじゃないの!?」

 

明彦の力に純粋に驚く総司とクマ。

最初に戦ったシャドウが先程、明彦が殴り飛ばしたアブルリーだから分かる。

下手な常人が容易く殴り飛ばせる程、アブルリーは軽くも無ければ弱くもない。

だが、二年前からずっと大学に在学してるとはいえ、大学に通う事よりも己を鍛える事を選んだ明彦は既にペルソナを召喚せずにシャドウと生身で最低限以上の闘いが可能となっていた。

そんな明彦へ、純粋な驚きと同時に尊敬の眼差しを向ける総司とクマの姿を見て今度は、この男の中の何かに火がついた。

 

「オッシャァァァァ! この男、伊織順平! 真田先輩に続くぜ!!」

 

トリスメギストス!

 

主の呼び声に、鳥の形をした鉄の顔と赤き人の身体、そして金色の鉄の翼を纏いし"希代の錬金術師"の名を持つペルソナ『トリスメギストス』が応える。

赤き身体の通り、炎系と数々の物理技を持つトリスメギストス。

久し振りの召喚に順平のテンションが更に上がる。

 

「行くぜトリスメギストス! 利剣乱舞!!」

 

順平の声と共にシャドウ達の群に飛び込んで行くトリスメギストスは、そのまま己の金色の翼を広げ、通りすぎ間にシャドウ達を切り裂いて行く。

斬る。

斬る、斬る。

斬る、斬る、斬る。

斬る回数と共にトリスメギストスの速度も上がって行く。

その速度と姿はまさに疾風の如く。

そして、トリスメギストスがスピードを落とさずに順平の下へと戻った瞬間、シャドウ達は肉片と変わると同時に消滅する。

 

「よっしゃ! やっぱり俺ってば、まだまだ最高!」

 

シャドウの大量撃破に成功した事で気分を良くし、勝利のポーズを決める順平。

人差し指を上へと上げ、勝利を皆へとアピールする。

その時だった。

 

「順平君! 後ろです!!」

 

「へ?」

 

風花の言葉に順平は後ろを振り向いたが、特におかしい事はなかった。

 

「?……特になにもーーー」

 

順平がそこまで言った時だった。

 

ブンーーー!

風を斬る音を順平は聞いた。

それと同時に衝撃が目の前から発生し、順平は漸く気付いた。

自分から見て左側の壁からシャドウ『雨明かりの武者』が、上半身だけを出した状態で刀を自分の目の前に降り下ろした事に。

もし、風花の言葉が間に合わず一歩でも移動していたら斬られていた。

順平は思わず息を呑むが、その瞬間、シャドウと目があった。

 

「ジュンペー!」

 

「順平君!?」

 

順平の頭が現状を理解していないと思い、クマと風花は叫んだ。

まぐれで避けただけで、未だに危険が目の前にあると言う事を順平に伝える為に。

そして、二人の言葉に順平も我に返り、武器の刀をシャドウに振り上げようとした。

だが。

 

「しまーーー!?」

 

日頃、少年野球チームのコーチをしている順平だが、やはりスポーツと戦闘は別物だ。

カウンターを仕掛けようとした順平だったが、身体が追い付かず刀が滑ってしまい、咄嗟にペルソナも動かせなかった。

他のメンバーもシャドウと闘いながらもそれに気付いたが、シャドウが順平援護の邪魔をする。

シャドウの二撃目が順平へ迫ろうと、刀が振り上げられようとした。

そんな時だ。

総司と美鶴達の間を小さな白い何かが駆け抜ける。

 

「ワオォォォォォン!」

 

「コロマル!?」

 

自分とシャドウとの間に入った存在、それは順平達の小さな仲間、コロマルだ。

仲間を守る為にコロマルは高らかに吠える。

コロマルの守る存在はもう、嘗ての主との思い出のある神社だけではない。

『彼』や洸夜がいない今、順平達も守る存在だ。

洸夜の一件で後悔しているのは何も、人間だけではない。

コロマルもその中の一つの存在だ。

そして、大切な者達を守る為、蒼白い光を発しながら吠えるコロマルの遠吠えは、地獄の番犬を呼び起こす。

 

オオォォォォォォォン!!!

 

大気を揺るがす遠吠え共に、三つ首を持つ番犬にしコロマルの仮面『ケルベロス』が召喚された。

総司と洸夜が所持しているケルベロスとは違い、前脚後ろ脚は三ツ又の矛に鎖の着いた首輪をそれぞれの首に着けた黒き姿は、まさに地獄の番犬に相応しいもの。

 

「ペルソナ? 人じゃなくても召喚できるのか?」

 

順平とコロマルのいる場所を見ながら総司は、純粋に内心だけで驚いた。

失礼かもしれないが、コロマルの事は完全にマスコット的な何かで自分達で例えるならばキツネと同じと思っていたからだ。

 

「驚いている様だな。コロマルは只のマスコットでは無いぞ? コロマルも又、強き心を持つペルソナ使い犬だ」

 

美鶴の言葉に総司はコロマルとケルベロスの方を向くと、ケルベロスは順平を襲うとしたシャドウの両腕を左右の首が噛み付き、そのままスポンジの様に食いちぎると同時に真ん中の首がシャドウの首を噛み潰した。

頭を腕を食いちぎられたシャドウは、そのまま痙攣し消滅すると順平は安堵の溜め息を吐く。

 

「ふぅ……助かったぜコロマル~」

 

コロマルに礼を言おうと近付き、順平がコロマルを撫でようとしゃがむ。

まさにその時の事だった。

 

ドサ……!

 

まるで、質量の詰まった何かが倒れた様な重苦しい音が順平の背後からした。

順平は反射的に俊敏に背後を振り向くと、そこには頭に"矢"が刺さったシャドウが糸の切れた人形の様に倒れている。

そして、今度は背後からゆかりの声が通路に響き渡った。

「油断しない!」

 

「お、おう……」

 

ゆかりの弓を構えながら言われた台詞に順平は、自分が背後を取られた事を自覚し、冷や汗をかきながらも頷く。

しかし、順平が背後を取られたのは無理もない。

先程から倒して行くシャドウだが、その数は一行に減る様子もなく、寧ろ増えている。

壁、床、天井、あらゆる所から沸いて出る。

只でさえ洸夜のシャドウの影響を受けているにも関わらず、ワイルドを持つ総司と異質な力を持つクマだけではなく、今回は美鶴達もいる。

これ程まで天敵がいるのだ、シャドウ達に騒ぐなと言うのは酷だ。

 

「気を付けて下さい! 一斉に来ます!」

 

マラソンのスタートの合図の如く、風花の言葉を皮切りに一斉に総司達に向かってくるシャドウの群。

一瞬見ただけでもその数は、軽く三十は越えるのが分かる。

 

「数が多すぎる……!」

 

総司はそう呟くと、懐から別のペルソナカードを取り出した。

そのカードには上級のペルソナが宿っている。

体力の温存の為、上級のペルソナの召喚は大型戦まで取っておきたかったのが本音だが、この数の相手に出し惜しみは出来ない。

総司はペルソナを召喚しようと前に出ようとした。

だが、そんな総司を一人の人物が遮った。

 

「美鶴さん……」

 

総司を遮ったのは美鶴だった。

美鶴は総司に背中を向けたままだが、そのまま状態で言った。

 

「無理をしようとしているな?」

 

「え?」

 

心の中を読まれた。

総司は美鶴の言葉を聞き、まさにそんな事を考えてしまった。

そして、そんな総司の戸惑い気味の声に、総司が今、どんな顔をしているのか分かったのか、美鶴は優しい笑みを浮かべる。

 

「先程の君の表情は、洸夜が無理をしようとしている時と同じ顔なんだ」

 

「兄さんも……」

 

総司の言葉に美鶴は背中を向けたまま頷く。

 

「ああ、限界なのに無理をしようとした時は真顔を演じ様として、無意識にそんな風に眉間にシワを寄せていた。倒れるまで、気付く事が出来なかったがな……」

 

今でも鮮明に思い出せる。

満月のシャドウや、ストレガの者達との戦いでの洸夜の事を。

ワイルドを持つ『彼』と洸夜はメンバーの主力の要。

だが、洸夜は多数のペルソナを同時に複数召喚する事が可能であった為、『彼』よりも負担は大きいのが現実。

只でさえ負担が大きいが、当時は明彦が怪我で戦闘メンバーから外れて、ゆかりや順平達は力と精神が未熟だった時期。

普通のシャドウ相手には遅れはそうそう取らなかったが、成長が早かった『彼』とは違い、満月の大型シャドウの時等にはよく危険な場面に陥る事もあり、嘘とは言え敵に情報を言った事もあった。

そんな風に窮地に陥る時、洸夜は順平達をサポートする為にペルソナを多様し無理に召喚する事が良くあった。

それ故、戦闘中に気付けずに、戦闘が終了した時に洸夜は倒れる事になるにはそうそう時間は掛からなかった。

汗を大量にかき、息も乱して倒れる洸夜。

ペルソナを酷使した代償によって当時は丸一日、洸夜は眠った。

そんな眠る洸夜を見て、美鶴は自分の情けなさに落ち込み、気付いてやれなかった自分に怒りを覚えた。

メンバーの中で一番ペルソナを長く使っていたのは紛れもなく自分にも関わらず、気付いてあげられなった事があまりにも情けなくて堪らない。

なにより、一番、美鶴が堪えたのは眼を覚ました洸夜の言葉だ。

『すまない。少し無理をし過ぎた……』

 

『これじゃあ、先輩として笑われるな』

 

『次は油断しない。上手く力を調整する』

 

眼を覚まし、そう言った洸夜に美鶴は最初、安心してしまうが同時に何か違和感も感じた。

理由は分からない。

何の違和感なのかすら美鶴自身も分かっていないのだから。

しかし、後の美鶴はその答えに行き着いた。

 

「……。(私は、洸夜に"頼って"欲しかったんだな)」

『彼』と洸夜の活躍に、いつの間にか頼って貰うと言う事を忘れていた。

今更、本当に今更気付いた事。

美鶴はシャドウが迫る中で眼を閉じ、自分を小馬鹿にする様にクスクスと笑うと、静かに眼を開ける。

 

「総司君。本来、これは洸夜に言わなければならない事だとは思うが聞いてくれ」

 

その言葉に総司は何も言わず、美鶴の言葉を待つ。

そして、そんな風に待つ総司の様子に美鶴は、静かに振り向き言った。

 

「私達を頼ってくれ」

 

どこか、頼みに近い様な感じに聞こえた美鶴の言葉。

一体、どんな想いで美鶴が自分にそう言ったのか総司には分からなかった。

会って二回、話も数回、洸夜からも殆ど詳しい話もない。

何だかんだで総司自身も、美鶴達の事は何も知らない。

そんな考えが表情に出ていたのだろう。

美鶴は優しく微笑み、総司を見る。

「この世界については君達の方が詳しい。だが、シャドウとの戦いにおいては、私達の中に足手まといはいない」

 

「!……センセイ!?」

 

美鶴の話が終わった直後、背後からクマに呼ばれた総司はすぐに後ろを振り向いた。

そこには、サポートの為、後方にいた風花に近付くシャドウ達の姿があった。

 

「風花さん……!」

 

総司は風花の名を呼び、それに他のメンバーも反応する。

だが、風花は動かない。

周りのサポートに集中し過ぎて、自分の危機に気付いていないのかも知れない。

りせも良くそれで危機に陥る事もあった。

しかし、シャドウの進撃は止まらない。

シャドウが風花を襲う為に飛び上がり、総司はもう一度、風花の名を呼ぼうと手を前に出すが。

 

「大丈夫」

ユノの中にいる風花の顔には、一切の恐怖も困惑もなかった。

冷静、安心。

風花はそんな感情を浮かべ、心配そうに自分を見る総司に笑みを浮かべ、小さく呟く。

 

「皆がいるから……」

 

刹那ーーー

 

風花を襲おうとしたシャドウ達が一斉に消滅する。

一体は槍の様に鋭い形となった風に抉られ、もう一体は巨大な紅蓮の炎に抱かれ、最後の一体は巨大な拳による物理の連撃に崩れ去った。

そして、シャドウが全滅すると三体のペルソナと、その主達が安堵の息を吐いた。

 

「風花……ちょっと無茶し過ぎよ」

 

ガクッと肩を落としながら、弓に矢を装着するゆかり。

そんなゆかりに、チドリと乾も同じ様に安堵の笑みを浮かべ、風花自身もクスクスと笑いだした。

 

「でも、来てくれるって思ったから、私は皆のサポートに回れる」

 

「まあ、風花の護衛も任されてたからね。来ない訳には行かないでしょ?」

 

風花に笑みを浮かべながら言うゆかり。

そんな光景を、総司は驚いて見ていた。

 

「……風花さん。仲間の人が来てくれるって分かってた……いや、信じてたんだ」

 

仲間を信じ抜かなければ、あんなギリギリの探知等は出来ない。

ゆかり達も、風花のその信頼に応え守った。

昨日今日で作られる信頼関係ではない。

本当に信用しているのだ。

仲間を、親友を……。

そんな風花達の信頼関係を見て、純粋に総司が驚いている中、チドリが視界に入る。

チドリは壁際により、短剣と炎を入れた杯を持つ羊の様な仮面を着けたペルソナ『メーディア』を見上げていたと同時に、少し苦しそうに表情を歪ませる。

 

「お願いメーディア。今だけでも良いから、力を貸して……!」

 

右手首に嵌めている腕輪を握り締めるチドリに、ゆかり達が駆け寄る。

そして、総司もチドリの持つ腕輪に気付いた。

あれは 、洸夜が着けていた物と同じならば、それはペルソナ能力を抑えている事を意味する。

 

「チドリさん。もしかして、ペルソナが……?」

 

総司のそんな呟きを聞いた美鶴は、総司の後ろから頷きながら言った。

 

「彼女は……チドリは人工のペルソナ使いだったんだ」

 

「!?……人工のペルソナ使い?」

 

意味が分からなかった。

ペルソナは、言わばもう一人の自分。

それを人工で作ったと言うのは何を意味するのか、総司が困惑を隠しながらも美鶴にそれについて聞き返す。

 

「ペルソナは言わば、もう一人の自分。それを人工って……無理矢理にでもペルソナを目覚めさせたんですか?」

 

「いや、それよりも……もっと残酷なものだ。人工ペルソナ使いとは……」

 

美鶴がそこまで言った時だった、クマがシャドウの大群の内の一匹が美鶴の背後に迫って来た事に気付き叫ぶ。

 

「シャドウが!? 後ろクマよ!」

 

クマの焦り声が美鶴と総司に届く。

しかし美鶴は、そんな事は何の障害でもないと言わんばかりに冷静を保ち、神速の如く背後を向き直しシャドウを斬り捨てながら、先程の言葉の続きを呟く。

そして、その言葉は総司の中に深く残る事となる。

 

人為的にペルソナを"植え付けられた"者達の事だーーー。

 

「!?」

 

美鶴の言葉に、総司は思わず頭の中が真っ白になりかけたが、自分の目の前にシャドウが迫って来た事に気付いて我に返ると攻撃を避けながら、そのシャドウを刀で斬り裂くと、すぐ側でシャドウを蹴り飛ばす美鶴を、信じられないと言った目で見る。

 

「植え付けられたって一体、それはどう言う意味で……」

 

無表情ながらも不安の色を隠せない総司の問いに対し美鶴はただ、静かにこう言った。

 

「そのままの意味だ。ペルソナ能力を持っていない者に、無理矢理ペルソナを植え付け、人工的にペルソナ使いを生み出したんだ」

 

「そんな事して、植え付けられた人達は大丈夫なんですか?」

 

総司からすれば最もな疑問だった。

植え付けた時点で、そのペルソナは植え付けられた人とは何の関係もない存在。

悪く言えば、只の異物としか言えない関係でペルソナ使いに何のリスクも無い様には思えない。

そんな事を総司が思う中、答えは背後から返って来る。

 

「……人為的に作られたペルソナ使いに、ペルソナを自力で従わす術はないの。その結果、ペルソナは暴走し偽りの主を殺そうとする」

 

「!……チドリさん」

 

総司に答えをくれたのはチドリだった。

チドリの額には、うっすらと汗がついていたが顔色は健康な状態に戻っている。

そして、そんな彼女に美鶴は小さく、チドリ……とだけ心配そうに名を呼び、チドリはそれにゆっくりと頷いて答え、もう一度、総司を見る。

 

「人工ペルソナ使いにとって、唯一ペルソナを抑える方法は"抑制剤"を使う事だった」

 

「ヨクセイザイ……?って何クマ?」

 

「摂取した者のペルソナの力を抑える薬の事だ。その代わり……"命"を縮めるがな!!」

 

ガッ!!

 

余程、胸糞が悪くなったのか。

そう言って怒鳴り、近くの壁を殴る明彦。

壁は衝撃に耐えきれず、一部がその場で崩れる光景に総司は驚いたが同時にあることに気付いた。

 

「それじゃあ、もしかして……チドリさんは……」

 

命を縮めると言う事を聞き、総司はチドリを見たが、チドリは静かに首を横に振る。

 

「今は大丈夫。洸夜のペルソナが私の副作用を消してくれて、それ以来、メーディアが私を襲う事はなくなったの」

 

「副作用……つまり、短命を消した? 兄さんのペルソナ、オシリスにそんな力が……」

 

洸夜のペルソナと言う言葉を受け、純粋に総司はオシリスだと思い言ったが、その言葉にアイギスは何処か思い出す様に呟いた。

 

「いえ、確かあの時の洸夜さんのペルソナはまだ、オシリスに転生していなかった筈です」

 

その言葉に明彦が腕を組んで頷く。

 

「ああ、確かにあの時はまだオシリスではなかったな。……だが、一体どんなペルソナだった?」

 

覚えていないのか?

明彦の言葉に全員がそう思った。

総司とクマは分からないのは仕方ない。

だが、少なくとも三年も共にいた明彦が言うのは流石に薄情だ。

そう、メンバー達は思ったのだが、美鶴はここである異変に気付く。

 

「……どんなペルソナだった?」

 

美鶴は思い出せなかったのだ。

明彦にそんな事を思ったにも関わらず、何故か自分も思い出せなかった。

意識するまでは覚えていた"つもり"だった筈。

しかし、意識した途端に記憶から消えていた。

そして美鶴は、自分と明彦の答えを求める様にアイギス達に視線を送る。

当初、アイギス達は美鶴もかと言った様子で苦笑していたが、その表情は徐々に険しくなって行くのが分かると同時に、アイギス達はそれぞれ口を開いて行く。

 

「……思い出せません」

 

アイギスの言葉を皮切りに、順平達も頷きながら言った。

 

「な、なんで思いだせねんだ……?」

 

「た、確か……そんな複雑な名前でも姿でもなかった筈?」

 

「なにかおかしい……? 忘れた訳じゃないのに……」

 

「思い出せない。まるでその部分だけ塗り潰されたみたいに……!」

 

「クゥ~ン」

 

全員だった。

S.E.E.Sに参加していたメンバー全員が、洸夜の最初のペルソナを思い出す事が出来なかった。

イメージして思い出そうとしても、そのペルソナの部分だけが太い黒いペンか何かに塗り潰された様にグチャグチャでイメージして思い出す事も出来ない。

別に複雑な名前でも姿でも無いにも関わらず、全員が思い出せない。

ここまで来れば最早、作為的な何かを感じてしまう。

 

「……。(洸夜のシャドウの影響? それか、何らかの力か?)」

 

只でさえ今この場所は洸夜の心であり、洸夜のシャドウの庭の様な場所。

疑うなと言う方が難しい。

そんな美鶴の考えに、明彦達も同じ事を思ったのだろう。

明彦達を美鶴が見ると、他のメンバー達も複雑な表情で其々に視線を送る。

辺りに重い空気が流れ出して行く。

そんな時だった。

総司が美鶴達の前に出て言った。

 

「ところで、なんで俺に人工ペルソナ使いの事を話したんですか?それに頼ってくれって……?」

 

美鶴達の様子は総司も気にはなったが、思い出せない事を幾ら考えても仕方ない。

重い空気の流れを何とかしようと言う考えもあったが、今は何故、美鶴があんな事を言ったのか気になっていた。

そして、そんな総司の言葉に美鶴は我に帰り、再び総司の方へと向いた。

 

「……私達は何処か、ワイルドを持つ者達に頼りっぱなしだった」

 

「洸夜さん……そして『あの人』も……」

 

俯いて呟くアイギス。

その表情に確かな寂しさが見て取れる中、明彦達もその言葉に俯き、美鶴は更に話を続けた。

 

「二人共、無理をしていた事もあったろう。そして、今度は洸夜の弟である君が無理をしようとしている」

 

「俺達が言える事がじゃない。だが、今度は君だけに無理をさせる訳にはいかないんだ……!」

 

美鶴と明彦の言葉を聞き、総司は静かに周りを見る。

口には出していないが、順平達も又、強い瞳で自分を見ていた。

頼って良い、一人で背負うな、そう瞳で語っている。

影時間での戦いがどう言うモノだったのかは、総司は分からない。

自分と同じワイルドを持ったペルソナ使いが犠牲になったと言われても、その人が、どう思い、何を感じていたのか想像もつくことが出来ない。

それは兄である洸夜へ対しても同じだ。

だが、一つだけ分かった事がある。

少なくとも、『あの人』と呼ばれる人と洸夜にとって、少なくとも美鶴達は"守りたい"存在だったんだと。

 

「……。(皆……不器用だ)」

 

総司が内心で呟いたその言葉が一体、誰に対しての言葉なのかは分からない。

直接会った事のない『彼』へなのか、それとも、一人で背負った結果、潰れかけている兄への言葉なのか、端はその事で後悔している美鶴達へなのか。

それとも自分への言葉なのか、その意味は微かに微笑む総司にしか分からない。

そんな風に総司は暫く笑みを浮かべていたが、そんなに時間がない事にも気付いき、再び美鶴に聞き返した。

 

「美鶴さん達が、俺だけに背負わせたくないと言いたいのは分かりました。ですが、それと人工ペルソナ使いの話の接点がーーー」

 

総司がそこまで言った時だ。

その言葉を遮る様に美鶴は言う。

 

「人工ペルソナ使いは……元を辿れば"桐条"が犯した罪だ」

 

「!?」

 

流石の総司もそれは予想だにしなかった言葉。

人工ペルソナ使い、その言葉を聞いただけでも不快な気持ちが生まれたのだ。

人体実験の類は確実に行っている。

それだけでも許される事ではないのだが、美鶴のその言葉を聞いたクマが恐る恐る、ある事を口にする。

 

「あ、あの~もしかしてだけども、ネット上で流れている桐条の黒い噂ってのは……」

 

基本的にはデマの塊にしか思っていない事だったが、人工ペルソナ使いの事を言われたら全てがデマとは思えない。

美鶴自身も隠す気は無いらしく、クマの言葉に冷静に頷いた。

 

「全てでは無いが、大半が真実と思っていい」

 

「……」

 

総司とクマは言葉が出なかった。

いや、理解の限界を越えていたのだ。

非人道的実験やエリザベスから聞いた死者が出たと言う言葉が二人の脳裏を過るが、それはまだ序の口だと言う事を知る。

 

「影時間……タルタロスの誕生……世間への情報操作や警察組織への圧力……そして、研究者達を始めとした関係者達の死。他にも、桐条の罪は数多く存在する」

 

普通ならばこの様な話は漫画やゲームでしか聞かない話だ。

しかし、桐条のトップである美鶴の言葉一つ一つから想いと説得力が伝わってくる為、出会って日が浅い総司とクマにも、それが真実だと分かった。

だからこそ分からないものだった。

 

「なんで、そんな事を出会って間もない俺達に?普通ならそんな事……」

 

「そ、それに人工ペルソナ使いについてもクマよ!? さっきから言ってるけども、なんでそんな事……ま、まさか……口封じする気クマか!? サスペンスのラストみたいに!」

 

「いやいや……それだったら真っ先に消されんの俺らだぞ?」

 

頭を押さえながら騒ぐクマに、順平が冷静にフォローを入れるが、クマはハッとなって再び騒ぎ出した。

 

「分かった!さっきの呼び方が気にくわなかったクマね! ミツルチャンとかアイギスチャンの語呂が悪いとクマも思ってたけども、まさかここでその話とは……!」

 

「いや、アダ名の事は別に気にしては……」

 

寧ろ何とも思っていない。

そう美鶴は思わず言いそうになったが、ここで何か余計な事を言えば更にクマが五月蝿くなりそうだと判断し思い止まったが、クマの耳には届いておらず、更にヒートアップして行く。

 

「分かったクマよ!こうなったらもう、新しいアダ名つけたる!……ミッツー、アッキー、アッギー、ジュンペー、ユカリン、チドリンでどうクマか!?因みに、フウカチャンとケンとコロマルは違和感ないからそのままで呼ばせて貰うクマ!」

 

別に誰もアダ名の事など言っていないのに熱くなるクマの様子に、全員が思わず黙り込んでしまう。

寧ろ、言葉が出ない。

 

「ユカリンって……もしかして私の事?」

 

該当者が他に誰がいると言わんばかりのアダ名に、ゆかりは顔が赤くなるのを感じた。

大学生にもなってそのアダ名は恥ずかしい。

そんなゆかりの肩に、チドリは慰める意味で黙って手を置き、風花と乾は安堵の息を吐く。

 

「……。(下手に変化球を投げられなくて良かった……)」

 

事実上の被害なし状態である風花と乾は、苦笑しならがらも同情の目を向け、コロマルは何とも思っていない為、欠伸すらしている。

総司と美鶴もそろそろこの話を終わらせたいのだが、ここで思わぬ者達から声が上がる。

 

「大変です明彦さん! 私達のアダ名が被っています!?」

 

「確かに……これじゃあ、どっちがどっちか区別がつかないぞ!」

 

最早、口出しするのも馬鹿らしい状況になってきた気がする。

そう思いながら溜め息を吐く美鶴だが、その隣でなんだかんだで無表情ながらも楽しそうに見ている総司に気付いた。

 

「楽しい仲間だな」

 

「お望みなら記念撮影も可能ですよ?」

 

笑みを浮かべながらの総司の言葉に対し、美鶴も笑みを浮かべ、それは遠慮しておこうと返答する。

たわいもない会話の中でも、クマと明彦達のアダ名論議は続いており、二人はその光景を見ながらも総司が美鶴に言った。

 

「美鶴さん。さっきの話ですけど……」

 

総司が何を言いたいのか、美鶴はもう分かっている。

今思えば、こんな途方もない話を突然されても困惑するだけだ。

だが、美鶴は桐条の事を話した事を後悔していない。

正しいと思ったからこそ言ったのだ。

美鶴は静かに笑みを浮かべ、総司に己の胸の内を語った。

 

「私は君に頼ってくれと言った。それはつまり、信頼してもらいたいと言う意味でもある。ならば、下手な隠し事は不要だ」

 

美鶴はそれだけ言うと、総司に背を向けて通路の先へと歩いて行く。

そんな美鶴を総司が、ただ静かに見つめていると自分の背後から声を掛けられた。

 

「なあ……そのよ……」

 

声を掛けて来たのはクマとの会話を終えた順平だった。

帽子の上から頭をかき、どこか気まずそうな様子で自分を見る順平の様子に、何かを伝えようとしている事に総司はすぐに分かり、順平は口ごもりながらも口を開いた。

 

「さっきの桐条先輩の話だけどよ……別に桐条先輩が起こした訳じゃねんだ。ああ!? だからと言って桐条先輩の両親がやった訳でもないんだ! やったのはよ……桐条先輩の爺ちゃんだ」

 

順平がそこまで言うと明彦達、他のメンバーも来て総司に色々と話してくれた。

美鶴の祖父『桐条鴻悦』が始めたシャドウの研究が全ての始まりであり、鴻悦がシャドウの力に魅了されていたと言う事を。

 

「戦っている側からすれば気付かないものだが、シャドウの能力はさまざまものがある。美鶴の祖父はそれを利用し"時を操る神器"を作ろうとしていたんだ」

 

美鶴の後を追う様に歩きながら説明する明彦の言葉に、総司は納得できる部分があった。

兄である洸夜はタルタロスとテレビの世界のシャドウは別物と言ってはいたが、シャドウに色々な能力があるのは総司も理解している。

アルカナや属性を始め、中にはりせの影の様な特殊なシャドウもいたのだ。

非現実な話だが、時間や空間レベルに干渉できるシャドウがいても不思議でもなければ、それを利用して巨大な力にしようとする者が出るかも知れない。

だが、実際にそれを考え実行した者が桐条鴻悦だ。

特殊な研究者を集めての研究所を設立し、時を操ると言う己の野望の為にシャドウを集めさせ研究していた。

その様な説明を聞いて行く中、クマが目を細めながら言った。

 

「クマからすれば無謀に近いよ。シャドウは人間がそう簡単に管理出来る様な存在じゃない。なのに、シャドウの能力を利用して時を操るなんて無謀クマよ?」

 

自分の思った事をただ口にしたクマであったが、意外にも明彦達はコクンと頷く。

 

「クマの言う通りだ。研究は最終的には失敗し、結果……君も知る影時間やタルタロスが誕生した」

 

歩きながらも、瞳を閉じながら静かに語る明彦の後ろで話を聞いていたゆかりは僅かに表情を暗くする。

 

「……」

 

「本当は、もっと色々とあったのですが……今回はこの辺で」

 

ゆかりの様子に気付いていたかどうかは分からないが、遮る様に話を中断するアイギスの言葉に総司は、まだこれ以上に何かあるのかと思ったが、これ以上の事を言われても自分に理解する自信はない為、敢えて深い追いの真似をしない。

だからこそ、別の事を聞くことにした。

 

「……もしかして、その事件で兄さんの友人のお父さんが亡くなったって言うのは、美鶴さんの?」

 

「洸夜さん、そこまで教えていたんですね」

 

本当は洸夜ではなくエリザベスからの提供なのだが、下手な事を言って話が拗れるのを防ぐ為に総司は敢えて何も言わず、乾は静かに呟き、明彦が更に言葉を繋ぐ。

 

「美鶴の父親は、自分の父である鴻悦の生んだ罪への償いの為に人生を掛けていた。しかし……影時間の事件の半ばで命を落としてしまったんだ」

 

明彦は敢えて、桐条武治の死因は言わなかった。

別に隠すつもりではないが、少なくとも関係のない総司とクマには聞かせたくは無かったのだ。

自分達を騙し、己の野望に呑まれた"あの男"の事など……。

 

「だけど……美鶴さんにはお父さんの死を悲しむ暇は無かったの。当主が急死した事で混乱していたグループの纏めや、当主の後釜を狙う人達から桐条を守らなきゃ行けなかったから」

 

表情の暗さが先程よりは良くなり、美鶴は思い出す様にゆっくりと言い。

その隣でアイギスは、前方にいる美鶴の背中へと視線を向ける。

 

「それでも美鶴さんは背負いました。桐条の"名"……そして"罪"を、桐条の隠していた負の遺産の提示や特殊部隊の設立、美鶴さんは償いである事を全て行っているんです……」

 

アイギスの言葉に総司も又、美鶴の背を見つめる。

文武両道、凛とした姿、そして見た瞬間に分かる美鶴が持つ特有のリーダーシップ等、一人でも全てをこなせる様な完璧な人間、それが総司の美鶴への印象。

だが、美鶴も一人の人間である事には代わりない。

自分達と生きてきた環境が違うと言えば、それで済ます事も出来るかも知れないが、それは只の自己完結に過ぎない。

しかし、美鶴の寂しそうな背中を見ると総司も何処か悲しい想いが胸を締め付けた。

幼い頃からどんなに辛くとも、辛いとは言わず父親の為だけにペルソナ使いとして生きてきた美鶴だが、同時にそれは自分が父の弱味にならない様に誰にも頼らず、強く生きて行く事を意識せずとも強いられていたのかも知れない。

一体、あの桐条美鶴と言う一つの存在にどれ程の悲しみと苦しみを背負っているのか、総司には想像も出来なかった。

 

「あのよ……桐条先輩の言葉を借りるつもりじゃねけど、俺達の事も頼って欲しいんだ。」

 

帽子の鍔を掴み、深く被りながら順平はそう言ったが、それは自分が洸夜の弟で、後ろめたい事もあるからではないのかと、総司は少しそう思ってしまい、一瞬だが迷ってしまった。

無表情ながらも迷えば表情に出るものだ。

そんな総司の表情を見て、順平は自分達の立場を思い出し、慌てて言葉を足す。

 

「いや!? 別にお前が瀬多先輩の弟だからとかは関係……」

 

順平はそこまで言うと、自分が今なんと言おうとしたのか考える。

洸夜は関係なく、十割全てが瀬多総司と言う個人として自分は総司に話そうとしたが、それは本当に総司を個人として見て言おうとしているのか、順平は悩み一旦、言葉を止めるが答えはすぐに分かり、両手で自分の両頬をパン!パン!と叩いて気合いを入れ直した。

その光景に総司も明彦達も少し困惑していたが、順平は気にせず言い放つ。

 

「いや……多分、少しは瀬多先輩の弟だからってのもあると思う。でもよ、先輩の弟ってのを除いて、お前個人に俺達を……え~と……だから……」

 

頭の中では言いたい事は決まっていたのだが、慣れてない事もあり途中で言葉が止まってしまう。

信頼してくれと言えば言いが、言葉が止まってしまい完全に勢いがなくなってしまった。

そして、順平はそのままゆかり達に助け船を求める形で見ると、ゆかりは溜め息を吐いた。

 

「そこまで言ったんだから最後まで言いなさいよ……洸夜さんの時にはビシッと決めたでしょ?」

 

「あの時の順平さんカッコ良かったんですよ?」

 

「いや……ゆかりっちも乾もさ。やっぱり色々とな……流石の俺も、やっぱ気まずいじゃんかよ」

 

「私の時はウザイくらいに……」

 

自分との出会いの事を思い出し、チドリはジト目で順平を見ると本人も気まずそうに目を逸らす。

そんな様子にやれやれと、明彦やアイギス、風花も思わず溜め息を吐いたり、苦笑する。

その様子はまるで、クラスでふざけあう友人同士の戯れに見えた。

 

「別にそこまで言わなくても、俺とクマは最初から美鶴さんは勿論、順平さん達の事を信じていますよ」

 

その言葉に、順平達はお互いに顔を見合わせた。

 

「そう……なのか?」

 

「でも、何度も言う様だけど、私達は洸夜さんを……」

 

困惑の順平と罪悪感を抱くゆかりの表情は、静かに総司へと向けられるが、総司は首を横へ振る。

 

「兄さんの事はさっき言った通りですから……それに、理由もあります」

 

「理由……?」

 

首を傾げる風花に、総司は頷いて返す。

 

「はい。順平さん達って……"面白い"ですから」

 

その言葉に思わず転けそうになる順平達。

予想外にも程があった。

なによりも、ゆかり達に不満があったのは……。

 

「順平が基準って事がなんか嫌!」

 

拳を作って力強くゆかりはそう言い放ったが、それに対し順平が悲しみの声をあげる。

 

「ひでぇ!流石にそれは酷すぎんだろゆかりっち!? 別に悪い事じゃないだろ!?」

 

そう言って順平は他の仲間の方を向いて同意を求めたが、全員が順平の動きに合わせて綺麗に顔ごと視線を逸らす。

それは黙秘と言う名の見放しにしか見えず、順平はそのまま落ち込んだ様に地面に両手を付き、その肩をクマが優しく触れる。

クマの無駄なイケメンフェイスは少し腹立つが、総司の話はまだ終わっていなかった。

 

「すいません。俺から、もう一つ言いたい事があります」

 

そう言うと同時に全員が総司の方へと顔を向け、順平もそのままの状態で顔をあげた。

 

「どうかされたんですか?」

 

アイギスの言葉に総司は一旦、一呼吸入れて言った。

 

「……いえ、俺とクマの事も頼ってもらって欲しいんです」

 

意外な言葉に順平は起き上がり、明彦達も腕を組んだりして総司の言葉を待ち、自分も含んだ内容だと分かったクマも何処か誇らしげに総司の言葉を待った。

 

「互いに信頼し頼ってこそ、自分とその人達の間に絆が生まれると思うんです。どちらか片方だけじゃ意味がない。だから……俺とクマの事も頼って貰いたい」

 

その言葉を聞いた瞬間、明彦達の中で何かが甦る。

絆の生まれた瞬間、自分達が総司に頼って欲しかった理由はペルソナ使いとしても人生としても先輩である自分達が、総司任せにしてしまう事が情けないと言う思いと、総司が『彼』と洸夜に被ってしまっている事が本当の原因だ。

それを明彦達は分かり、明彦達はただ総司に自分達の内なる願いを押し付けていただけだとも理解した瞬間だった。

これでは『彼』に笑われる、そう思った様に懐かしさを含んだ優しい笑えで互いを明彦達は見合った時だ。

 

「……君には救われてばかりだな」

 

背後から聞こえた声に振り向くとそこには、自分達よりも先を進んでいたと思っていた美鶴が立っていた。

 

「美鶴、お前は先に行っていた筈じゃあ?」

 

「ま、まさか又、洸夜さんのシャドウ!?」

 

「天田くん……本物の桐条先輩だよ?」

 

苦笑しながら説明する風花達の姿に、美鶴は呆れた様に溜め息を吐いた。

 

「君達が私を追い抜いたんだろ? 話に夢中で気付かなかったのか?」

 

コクンと頷く美鶴を除いたメンバー一同。

心が一つとなった記念すべき瞬間だったが、美鶴からは溜め息しか出なかったが、美鶴はそのまま総司の方を向いた。

 

「総司君……」

 

「総司で良いです。君付けは慣れてないんで」

 

その言葉に一瞬だが目を開く美鶴だったが、その表情にはすぐに笑みが戻り静かに頷いた。

 

「分かった。なら、改めて宜しく頼む……総司」

 

「なら、俺もやり直さないとな……真田 明彦だ。宜しく頼む、総司」

 

「宜しくお願い致します」

 

美鶴に続いて明彦とアイギスも改めた自己紹介をし総司と握手をすると、順平達も総司に近付いた。

 

「……なんか、下手に気を使ってたみたいだな」

 

「お互い様クマよ。なんだったら、クマだけ特別でもーーー」

 

怪しい笑みを浮かべながら、クマはゆかりに近付いて両手を広げたが、それよりも先にゆかりの手刀が火を吹いた。

 

「調子に乗るな!」

 

「ゲフゥ!?」

 

クマは地面に倒れ込んだ。

自業自得と言うか、積極的と言うか、なんとも言えないクマの行動に風花達は苦笑している。

 

「に、賑やかだね……」

 

「今ならレンタルしてますよ?」

 

「そ、それはちょっと……」

 

勿論、嘘だが総司の言葉になんて言えば良いか悩む乾。

しかし、そんな乾に代わりチドリが代弁者となる。

 

「いらない」

 

「グバァ!」

 

バッサリと切り捨てるチドリの声が聞こえたのか、倒れていたクマが更に叫ぶ。

白目になりながらも、余程ショックだったのかピクピクと痙攣をおこしてはいたが、時折チラッと様子見をしてくる為、完全に構ってもらうのを待っているのが分かる。

それに対し全員が溜め息を吐きたい気分になり、コロマルが欠伸をする……その時だ。

ユノの探知がシャドウを見付ける。

 

「皆さん、あそこに大型シャドウ反応が……」

 

その言葉に全員が風花の示す場所を見ると、そこには二階への階段の前に佇む巨大なシャドウの姿があった。

それは円盤の様な姿であると同時に砲台を持つシャドウ『極論の器』だ。

光・闇を無効にする身体をユラユラと動かし、円盤の様な動きをしていたが砲台だけは動かずに総司達を捉えていた。

 

「次のフロアへは、あそこの階段を昇る必要ある。だから……」

 

「言わば門番である、あのシャドウを倒せば良いのだな?」

 

美鶴は腰まである自分の髪を両手で上げながら整えると、サーベルを抜刀して宙を斬る。

そんな美鶴の行動に連動されたかの様に、己の身支度を整える明彦達とクマ。

そして、総司も又、刀を構えると美鶴の横に立つ。

 

「美鶴さん」

 

「別に私は美鶴と呼び捨てでも構わないぞ。 こちらだけが君を気軽に呼んでは不公平だろ?」

 

そう言って美鶴は総司に優しい笑みを見せる。

年上が年下に見せるに相応の笑みだ。

そして、美鶴の言い分にも一理あると総司は思うが、美鶴達は全体的に先輩なのは代わりない。

だが、ここで変に断っても又、美鶴達に気を使わせてしまう切っ掛けになりかねない。

どうしたものかと、総司は少し考えるが、答えはすぐに頭に思い浮かんだ。

これなら上手く行くだろう。

総司はイタズラッ子の様な笑みを浮かべ、じゃあと、勿体ぶる様にし小さく、そして的確に言った。

 

"義姉さん"で……。

 

「……」

 

その言葉を聞いた瞬間、美鶴は一瞬、総司の言葉の意味が分からず固まってしまった。

美鶴だけではない。

明彦達とクマも、美鶴と同じ様に固まってしまっていた。

あまりにも不意討ちだったが、美鶴達も鈍い訳ではない。

その言葉の意味が分かると同時に、美鶴の顔は赤く染め上がった。

 

「なっ!?」

 

恐らく意味は"姉さん"と言う普通の意味ではなく"義姉さん"だと思われる。

つまりは、そう言う事なのだと美鶴は嫌でも想像してしまった。

自分の側で洸夜が自分を支えてくれているビジョンが。

しかし、流石は美鶴だった。

正気に戻るのも早く、今さっきの自分の恥ずかしいビジョンの事を思い出すと思わず叫びそうになったが、それよりも先に文字通り楽しそうに笑う総司の顔が目に入る。

 

「それじゃ、俺は先に……!」

 

イタズラ成功と言った笑みを浮かべながら、シャドウにいち早く走って行く総司の姿に美鶴は自分が、からかわれた事に漸く気付く。

そして、気付いた事で表情は再び恥ずかしさと最早、八つ当たりに近い怒りによって赤く染め上がった 。

 

「コラッ! と、年上をからかうな!?」

 

そして美鶴は、そのまま総司を追う様にサーベルを構えながらシャドウの方へ走って行く。

また、明彦達はと言うと美鶴の珍しい一面に驚いたものの、その表情には笑みがあった。

 

「あいつの弟らしい……共にいた時間は短いが、もう美鶴にあんな顔をさせている」

 

「洸夜さんもよく、あんな風に追い掛けられてましたね」

 

懐かしそうに話す明彦と乾。

だが、願っても過去には戻れない。

過去が返ってくる事はない。

二人とも、その事を深く理解している為、無駄に黄昏る様な事はせず互いに小さく笑うと総司と美鶴の後を追い走り出した。

そんな二人の背中をアイギス達は眺めていた。

 

「……」

 

「どうしたアイギス? 総司が、そんなに気になったのか?」

 

静かに眺めるアイギスに順平が心配し、声を掛けた。

純粋に真っ直ぐ総司を見るアイギスの瞳は、寂しさや懐かしさがあったが、何処か我が子を見るかの様な優しさが篭っている。

そして、アイギスは順平からの言葉に静かに首を横へと振った。

 

「いえ、なんでもありません。……私達も参りましょう!」

 

「ワン!」

 

「え!? ちょっ!アイギス! コロマルも……待ってくれって!」

 

走り出すアイギス、自分の横を駆けて行くコロマルの姿に順平も慌てて追い掛ける。

そんな二人と一匹を、今度はゆかり達が眺めてた。

 

「馴染むのが早いって言うか、なんか凄いな……」

 

「『彼』に似ているのが?」

 

チドリの言葉に、ゆかりは楽しそうに首を横に振る。

 

「それもなんだけど、なんて言うか、総司くんそのものが凄いなって……。私も今一分かって無いんだけど、そう思っちゃうんだ」

 

本当に総司にそう思った理由が分からないのだろう。

ゆかりは笑いながら首を捻り、チドリへそう言って後ろにいる風花の方を振り向くと、風花は何も言わずに下を向いていた。

 

「風花……?」

 

チドリが心配し声を掛けたが、風花は下を向いたまま黙っている。

表情が微かに落ち込んだ様に暗いのは分かるが、何故、風花が落ち込んでいるかはチドリには分からなかった。

しかし、ゆかりには分かっていたのか、風花に黙って近付き彼女の手を優しく握る。

その事で風花も漸く顔を上げた。

 

「ゆかりちゃん……」

 

「その……さっきの総司くんが美鶴さんに言った"義姉さん"発言が原因なんでしょ?」

 

その言葉に風花は再び顔を下げてしまう。

 

「ゆかりちゃんには、やっぱりバレてたんだ……」

 

ゆかりは静かに頷いた。

 

「分かるわよ、一応、私だって女なんだから。なにより、風花が先輩の中で下の名前を呼ぶのって瀬多先輩……洸夜さんだけじゃない」

 

「もしかして風花、洸夜の事……」

 

気付いたのか、チドリからの言葉に風花の顔は更に下へと向かい、顔をが完全に見えなくなってしまうが、風花の頬は微かに赤くなっていた。

そんな初々しい反応を見せられれば、答えは聞かなくても分かる。

そして、彼女の性格を考えればもう少し程この様子になると、ゆかりもチドリも思っていた。

だが、彼女達の考えは違う結果が出る。

風花は顔を上げて前を見て、目に力を戻すと歩き出してゆかり達の横を通ったのだ。

その事に顔を見合せるゆかりとチドリだが、そんな二人に風花が振り返る。

 

「ゆかりちゃん、私は大丈夫だから。いつまでも、洸夜さん達に守られてばかりだった頃じゃいられない。……チドリちゃんも、行こう!」

 

力強い表情で言う風花。

しかし、多少無理をしているのはすぐに分かった。

何故とは言えないが、ゆかりにはなんとなく女の勘でそう思った。

だが、それでも二年前の彼女よりも大きく見える。

風花は成長した、もう一人ではないから。

そして、今は二年前に縛られ続ける仲間の為に彼女はペルソナと戦うのだ。

 

「……風花。勝手に自己完結したり、後悔だけはしない様にね。美鶴さんだって、そんな事されても悲しむだけよ?」

 

「寧ろ怒りそう」

 

それを想像するのは容易いものであった。

仲間・友達とは言え他人の事なのに、まるで自分の事の様に真剣な表情で怒る美鶴がいる。

そして、三人とも同じ想像をしたのだろう。

三人は思わず、プッと吹き出してしまったが、彼女達は互いに頷き、皆の後を駆け足で追って行く。

その表情に先程とは違う、優しい笑みを浮かべて。

総司と元S.E.E.Sメンバー全員の心が一つとなり、全員がシャドウへ向かって行った……と思われたが。

 

「……ふ、風が目に染みるクマ」

 

忘れ去られていたクマが呟き、渋い雰囲気で総司達の後ろ姿を見ていたのだった。

そして、当の総司達はと言うとクマの前方で大型シャドウと激闘していた。

極論の器はその場から浮かぶと同時に、総司達へ砲を向け乱れ撃った。

その技は、広範囲の物理技である『あばれまくり』だ。

四方八方に撃たれる攻撃は、通路の床や壁を破壊しながら総司達へ迫る。

 

「アルテミシア!」

 

美鶴は己のペルソナを召喚し、自分達を囲むようにしながらアルテミシアに刃の鞭を振り回させた。

そして、刃の鞭はそのまま次々と撃たれる攻撃を、此方も同じ様に次々とは弾き、弾いた攻撃はボロボロの通路を更にボロボロにして行った。

数多の攻撃を一発も自分や仲間達に被弾させずにペルソナの制御する、そんな美鶴の高い技術を見て総司は純粋に驚く。

 

「凄い……流石、義姉ーーー」

 

キッ!

 

そこまで総司が言った瞬間、鋭い目線が総司を捉える。

流石は美鶴、対処が早い。

先程の総司からのからかいを教訓にしたのだろう。

単語の序盤を聞いた瞬間に反応を示した。

だが、表情は相変わらず仄かに赤い。

 

「……。(そんな反応するから、からかわれるんだろ……)」

 

二人の背後で様子を見ていた明彦が内心でだけで呟く。

明彦ですらそう思ってしまう状況だが、美鶴の対応が照れ隠しなのは否定出来ない事実。

総司は美鶴へこう言った。

 

「美鶴さんって……兄さんの事が嫌いなんですか?」

 

「!!?……い、いや……別に嫌いと言う訳じゃあ……」

 

寧ろ好意的だと美鶴は思っている。

こんな事が起こっていなかったら、自分は洸夜とどうなっていたのだろう?

美鶴がそう思った時だった。

何かに気付いた様に美鶴は総司の方を見た。

 

「……彼なら、またシャドウを追って行ったぞ」

 

「……。(また、やられた……)」

 

明彦の言葉を聞き、美鶴は思わず額に手を当ててしまう。

自分もまだまだ甘い、そう思う美鶴だった。

そして、美鶴が反省をしていると間にも大型シャドウとの戦いは続いていた。

 

「大きい攻撃が来ます!」

 

風花の言葉に全員がシャドウへ集中する。

極論の器は空中から速度を上げて急降下し、そのまま順平達に突っ込んで行き、順平達は通路の端へ飛び込む様に避けた。

 

「うお!?」

 

あの巨体での速度は反則。

思わずそう思った順平だが、極論の器は関係ないと言わんばかりに速度を上げた。

 

「行くよ……カーラ・ネミ!」

 

『槍の心得』

 

極論の器の前方にいた乾は槍を構えると、ペルソナの力を借りて槍を強化する。

蒼白い光を待とう槍を相手へと向ける乾。

この速度ならば、相手は避ける事も出来なければ、それによる攻撃で槍が折れないと言う自信がある。

乾もまた、一人のペルソナ使いとしてシャドウと対峙し、極論の器が目前に来た瞬間、槍を真っ直ぐに向けて前に出る。

そして、そのまま槍はシャドウを貫く……筈だった。

 

「な!?」

 

乾は我が目を疑う。

槍が当たる直前、極論の器は全身を回転させ乾を避ける様に避け、そのまま空中へと戻った。

そして、乾は避けられた事での勢いで転びそうになるが、上手く受け身を取って立ち上がる。

その刹那、あの巨体であの速度、極論の器を追う様に強風が発生し、男性陣は顔を、女性陣はスカート等を抑える。

 

「くっ!? あのシャドウ速いだけじゃない! ちゃんと考えて行動してる!?」

 

チドリが鬱陶しそうに上から自分達を見下す極論の器を睨む。

だが、そんな行動にシャドウと言う存在が怯む訳がなかった。

この位で怯むのならば最初から戦わず、逃げているだろうからだ。

極論の器は今度は突っ込んでこず、全砲門を開いた。

 

「攻撃がくる!?」

 

「まずい! 風花、あのシャドウの弱点属性は?!」

 

「疾風属性です!」

 

風花からの情報を聞いたゆかりは笑みを浮かべた。

疾風属性はゆかりのメイン属性、ならば自分の独壇場。

 

「皆、隙を作って! 隙が出来た瞬間……」

 

ゆかりがそこまで言うと、順平達は理解しペルソナを召喚する。

 

「行けトリスメギストス!」

 

「カーラ・ネミ!」

 

二体のペルソナは空中の極論の器に接近すると、球体を作る様に飛び回る。

風が切る様な音が辺り二体のペルソナの周りから発生する。

敵を蹂躙し、相手の意識からゆかりを外すのが目的だ。

だが、当の極論の器は特に反応せず、そのまま空に漂う。

それを隙だと判断したゆかりは、ペルソナに指示を出した。

 

「イシス! マハガルダイン!!」

 

女性の上半身に両手は金と青の装飾を施さした赤い翼を持つ、ゆかりの仮面『イシス』の前に力の塊が集まり出す。

そして、疾風属性の力の塊をそのまま極論の器へ向けるとトリスメギストスとカーラ・ネミがシャドウから距離を取った瞬間、マハガルダインは放たれた。

広範囲の緑色の螺旋が、周りの壁等を抉る様に削りながらシャドウへ迫る。

マハガルダインは疾風属性の中でも、広範囲の上級技。

弱点属性であれば、直撃すればひとたまりもないのは目に見えている。

しかし、それはあくまでも直撃"すれば"の話である。

マハガルダインが接近した瞬間、極論の器の目が禍々しく光り輝いた。

 

「!……みんな、避けて!?」

 

いち早くシャドウの攻撃を予測した風花が、メンバー全員に必死に叫ぶ。

だが、攻撃は放たれた。

 

『……マハジオ……ダ……イン……!』

 

機械的なシャドウの声が聞こえた瞬間、極論の器は高速回転すると雷の様な轟音と共に黄色い電撃が全砲門から放射された。

高速回転により、フロア全体に電撃が降り注がれ、それはアテネの放ったマハガルダインをも消し飛ばした。

その光景にゆかりは勿論、順平達も驚愕した瞬間、フロアは雷の光に包まれてしまった。

 

『……』

 

やがて、轟音と一緒に砲撃は止み、砲門から煙を出しながら極論の器は順平達がいた場所を空から静かに見下ろす。

その時だ、突如、巨大な雷が極論の器を包み込んだ。

 

『?!!??!』

 

己が先程、放った雷よりも強い雷が自分の肉体を焼き焦がすのが分かる。

だが極論の器は一体、自分の身に何が起こったのかは分からなかったが、答えはすぐに分かった。

全身を覆う金色の鱗、赤と青の宝珠を持ち、先程の攻撃による爆煙により身体が一部ずつしか確認出来ないが、フロア全体を包める程の蛇の様な長い身体と、そこから放たれる威圧感が目の前の存在の巨大さを極論の器に嫌でも理解させた。

全身から異常な程に雷を放電させる金色の何か、その放電の異常さはまるで怒りを露にしているかの様だ。

そして、やがて煙が薄れて来たその時だ。

フロア全体に巨大な咆哮が轟いた。

 

『■■■■■■■■■■■■!!!??』

 

声にも叫びにも思えない咆哮は極論の器に確かな恐怖を植え付ける。

大型シャドウであろうが、シャドウなのは変わりない。

相手が自分より強ければ、大型シャドウでも恐怖を抱くのは当然だった。

そして、その咆哮の衝撃によって煙が消滅した事でその金色の何かが正体を晒す。

一切見えなかった頭部にあるは複雑に枝分かれした様な巨大な角、左右に揺れ動く長い髭、唸り声と共に輝く数多の牙、そして絶対的な威圧感を放つ赤き瞳。

そう、それは『法王』のアルカナを持つ金色の竜、その名は……。

 

「コウリュウ……!」

 

主である総司の言葉にコウリュウは静かに頭を上げると、その下から順平達が姿を現した。

その姿には傷一つ存在しない。

先程、極論の器がマハジオダインを放った時、総司は咄嗟にコウリュウを召喚し順平達を包む様にして守らせたのだ。

雷属性反射を持つコウリュウにとって、上級技とは言えマハジオダインは無力化出来る処かその攻撃を的に反射させる事も出来る。

蒼白い光を纏う総司とコウリュウの姿に順平達は純粋に驚くばかりだ。

 

「あ、ありがとう……総司くん」

 

「いえ、風花さん達もご無事でなにより……」

 

真剣な総司の表情に、風花達はこれがペルソナ使いとしての総司の本当の姿だと理解する。

先程までは互いの肩の力を抜かせる為に、何処か冗談を混ぜた風に話していたが、互いを信じ始めた今、総司も本気で戦い始める事が出来る。

 

「……ゆかりっち、俺等、鈍ったか?」

 

「……少なくとも、油断はしてたわね」

 

肩を落としながら笑みを浮かべる順平に、ゆかりも先程の戦闘での反省を口にする。

昔は『彼』・順平・ゆかりの三人で満月の大型シャドウを撃破した事もある二人は、目の前の大型シャドウを仕留められなかった事に多少ながらのショックだった。

 

「お二人共、反省は後です」

 

後ろから声を掛けられ、順平とゆかりが振り向くとそこにはアイギスが立っていた。

 

「真打ち登場であります!」

 

そう言ってアイギスは笑顔を二人に向け、いきなりそんな笑顔を向けられた順平とゆかりはアイギスが何をしたいのか分からず首を捻ってしまう。

だが、その時、コウリュウによってマハジオダインを反射し自らダメージを負った極論の器が再び砲門を出した。

 

「皆さん、また攻撃が来ます!」

 

「また広範囲の技クマ! 防御するクマよ!?」

 

風花と、いつの間にか追い付いたクマが叫び、全員の視線が大型シャドウへ向けられた。

そして、同時にアイギスも叫ぶ。

 

「了解です!」

 

バサッ!

 

着ていたワンピースを脱ぎ捨てるアイギス。

 

「!?」

 

「!?」

 

「……!」

 

そして思わずアイギスの方に視線を向けるクマ、順平、総司の三人。

美少女が突如、いきなり服を脱いだと言う事実が頭に残る。

その結果クマは眼球を限界まで開き、順平はつい見てしまった感じ、総司は無意識に見てしまう。

「なんで順平まで見てるのよ」

 

「い、いや、なんか身体が勝手に……」

 

チドリからの感情のない言葉に思わず寒気を感じる順平。

アイギスの秘密を知っている順平が何故見た? そんな思いをチドリも、他のメンバーも内心で呟くしかなかった。

そして、アイギスの秘密を知らない総司とクマは、その彼女の姿に驚きを隠せなかった。

 

「!……アイギス……さん?」

 

「なんとぉぉぉぉぉ!!?」

 

二人の目に入ったのは女性の素肌等と言う色っぽいものな訳がなく、白と金色の鉄のボディや黒鉄の間接部分と留め具。

それは明らかに人の姿ではないのは、総司とクマの二人はすぐに理解出来た。

はっきり言って予想外であるのと、どこかやっと理解出来たと言う解放感を総司は感じていた。

見合い会場では料理の汁しか飲まず、頭部のアクセサリーも、なんか直に頭部に埋め込まれている様にも見えていた。

そして現在、自分達の目の前にいるアイギスの姿で答えは出た。

 

「ロボット……?」

 

「デデンデンデデン……」

 

呟く総司と、ショックで謎のBGMを口ずさむクマの二人にアイギスはと言うと、二人に優しく微笑むと突如、飛び上がる。

アイギスが両足から火を吹かせ、空を飛んだのだと言う事実の認識を総司がした時には既にアイギスは極論の器の背後を取っていた。

また、極論の器も背後をとられた事で迎撃しようと砲門をアイギスへと向けるが、相手が悪かった。

 

「遅いです!」

 

アイギスは自分に向けられた砲門を瞬時にロックオンし、頭部と片手に内蔵された火気でその砲門全てに銃弾を撃ち込む。

破裂音が瞬時に数十回鳴ったと認識した時には、アイギスへと向けた極論の器の砲門は銃弾が貫通した事で穴が空き、砲門から黒煙が出た瞬間、爆発して地面へと落下する。

だが、アイギスの攻撃はまだ終わらない。

 

「敵シャドウの弱体化を確認……止めです!」

 

アイギスが背中の一部を開けると中から出た金色のアームが彼女の右手まで伸びた瞬間、そのアームの先端が機会音を発しながら形を変形させ、その形状はガトリング砲へと変わる。

そして、アイギスは落下した極論の器の上に衝撃を加えながら着地すると、そのままガトリング砲の引き金を全力で引いた。

飛び散る火花、散らばる弾、嗅覚を刺激する火薬の匂い。

シャドウは絶叫をあげるが、アイギスは手を休める事はなかった。

シャドウが命の灯火が消え失せるまで……

 

「……」

 

アイギスは黙ってシャドウから離れると、ガトリングは自動でアイギスの中へと収納されながら総司達の下へと歩いて行く。

シャドウの爆発を背景にしながらの光景と、アイギスの先程の戦いでの事を見ていた総司は静かに息を呑んでいると、後ろから声を掛けられる。

 

「あれが"対シャドウ兵器"として生まれたアイギスの本来の使命だ……」

 

総司が振り向くと、そこには美鶴と明彦の姿があった。

 

「対シャドウ兵器……」

 

「ああ、"対シャドウ特別制圧兵装七式アイギス"……彼女もまた、桐条の消えない罪だ」

 

作った事へなのか、それとも兵器として戦わせている事へなのか、総司には美鶴の想いは分からない。

だが、複雑な表情を見せる美鶴の姿を見る限り、美鶴がアイギスを只の兵器としてだけと見ていない事は総司にも分かる。

しかし、それでも驚いた事には変わらない。

 

「まさか……アイギスさんが……!」

 

「……!」

 

目を大きく開ける総司のその言葉にアイギスの動きが止まるが、同時にアイギスはそれが正しい反応とも思った。

自分には心があるが、だからと言って身体は人間と言う訳ではない。

シャドウを駆逐する為だけの兵器を身体に仕込み、敵と判断したモノを倒す事を目的として作られたのが自分。

『彼』や皆のお陰で人間に近くはなっているが、総司は菜々子の兄だ。

こんな自分と仲良くする事が心配するのは無理もない。

アイギスは総司の様子に、そう感じていた時だった。

口を開こうとする総司に気付き、アイギスは静かに彼の言葉を待つ。

何か言われるかも知れない。

洸夜の弟である総司が、そう言う事を言うとは思いたくは無かったが、不安にはなってしまう。

だが……。

 

「まさか、アイギスさんが……"お色気担当"だったなんて……!」

 

「……はい?」

 

誰が言ったか分からない、もしかしたら全員がそう言ったのかも知れない。

それ程にまで、総司の言葉は予想外だったのだから。

 

「総司、君は一体なにを言っているんだ……?」

 

代表として明彦が総司へ皆の胸の中の想いを代弁してくれた。

明彦の言葉に全員が頷き、話の中心であるアイギスも黙ってその答えを待つが、皆の想いを明彦が言った様に、その答えを話すのが総司とは限らない。

そして、それを証明するかの様にクマが明彦達と総司の間に入る。

 

「だってそうでしょうよ!服をバサッ!っと脱いだクマよ!……あまりの事にクマ、恥ずかしさで何も出来なかったよ……」

 

そう言って恥ずかしそうに顔を両手で隠すクマ。

だが、総司は先程の戦いでの最中で見ていて知っていた。

クマがアイギスをガン見していた事を……。

 

「……。(ジュネスのフードコーナーで全開になろうとしていたのに、よく言えるな……)」

 

クマの前の行動を思い出し、思わず総司は口に出しそうになるが、今の現状が悪化するのは目に見えている。

言わぬが仏とはこの事だ。

事の発端は自分なのだが、総司は沈黙する事にするが、クマのテンションは更に上がる。

 

「それに!……アイギスちゃんの顔!……一見、大人しそうに見えるけども、その印象に隠れて気付きづらい幼さと大人っぽさの混ざった良さがあり! スタイルも出ている所は出ている!男なら、黙る訳にはいかないクマよぉぉぉぉ!!?」

 

クマの魂の叫びだった。

元々、アイギスが服を戦闘中に着ないのは単純に邪魔だからだ。

基本的な武器が火器のアイギスにとっては、それは普通の事。

しかし、下らない内容だが、クマの言葉は無駄に印象に残ってしまい、クマの言葉を聞きながらアイギスは静かに自分の身体を見た。

美鶴よりはないが、女性的をイメージさせやすい様なデザインになっている。

 

「……これは、喜ぶべきなのでしょうか?」

 

総司とクマの言葉が何故か、自分に悪意があるとは思えなかったアイギス。

だが、ゆかりがアイギスの肩に手を置き、ドン引きの笑みで首を横に振る。

 

「寧ろ、一発平手打ち出来るレベルよ、アイギス……」

 

その言葉に他の女子メンバーは頷き、乾とコロマルは分からず互いの顔を見るが、嘗てアイギスを男子メンバーでナンパしてしまった過去を持つ明彦は遠くを眺めていた。

先程のシリアスな空気は何処へ行ったのか、そんな想いメンバーは思ったが話はまだ終わらなかった。

 

「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」

 

片手を伸ばし、それを全員に向けて叫ぶ男が一人、その名は伊織 順平。

今度はお前か、そんな目で順平を見る明彦達。

総司は黙ってその現状を見ていたが、クマは何故か挑戦的な目で順平の言葉を受け止めた。

 

「お色気担当はアイギスとは限らねえ!」

 

「どう言う事クマかジュンペー! クマのスンバラシィ言葉と、センセイが間違っているとでも!?」

 

互いに対峙する二人。

アイギスでの事で自分は気にしてはいない事、少し空気を和らげる事が目的だった総司にとって話がここまで膨れ上がるのは予想外。

総司は順平の事で 美鶴達へ視線を送るが、美鶴達はいつもの事だと溜め息を吐いた。

だが、そんなメンバーの事等はつい知らず、クマと順平はまだ争っている。

 

「まさか、他にお色気担当がいるクマか……アイギスちゃんを超える逸材が!?」

 

最早、アダ名で呼ばずに熱くなるクマ。

だが、順平はその言葉を待っていたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「フッフッフッ……当然だぜ。なあ……チドリン!!」

 

「……は?」

 

何故にこのタイミングで自分の名が呼ばれるのか? チドリは分からず、順平へ視線を向け、クマは、もしや……と呟き順平に視線を向けると順平は語りだした。

 

「嘗て、一人の女子がいた。性別問わず、男女関係なく悩殺する強者が!……さあ、みせてやれチドリン!! 必殺、セクシーダーーー」

 

「ふん!!」

 

順平がそこまで言った瞬間、チドリの右ストレートが順平の腹へ入った。

最後まで言わせない。

そんな覚悟がチドリから感じる。

そして、当の順平はそのまま崩れる様に倒れた。

 

「グフ……何でだチドリ……なんで怒ったんだ……?」

 

「寧ろ、何故、言おうと思った?」

 

「……。(確かに……)」

 

順平に同情の視線を向けながら呟く明彦、それに同意する総司だったが、美鶴は今の状況を呆れてしまったのか、再び溜め息を吐いてしまう。

 

「ハァ……私は先に行くぞ?」

 

「僕達も行きましょうか……」

 

「そ、そうだね……」

 

「ワン!」

 

階段を上って行く美鶴に続く様に上り始める乾達。

チドリとゆかりも上ってゆくが、チドリの顔を仄かに赤かったのに気付き、ゆかりは苦笑しながら上って行った。

 

「順平、立てるか?」

 

「肩、貸しますから」

 

右を明彦、左を総司が順平に肩を貸して立たせ、後を追う様に上り始める。

 

「へっ……ドジっちまった」

 

「お前はよくやったクマよ」

 

「……お前もな」

 

クマと何処のドラマだと思わせる台詞で会話する順平。

そんな様子に総司と明彦は溜め息を吐くしか出来なかったが、総司は自分の表情が不思議と笑顔になっているのを感じながら二階へ上り、兄へ近付いて行くのだった。

 

End

 

 



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消えない記憶

お待たせしました。
今回は過去が主です。


幼い少年がいた。

髪は長くないが灰色が目立つ髪をし、何処か少年らしからない雰囲気を纏う少年がテレビ、テーブル等の家具がある普通の和室に座っている。

窓からは雨水が染まっているのが分かり、雨水が窓にぶつかる程に風も強い。

時折輝く雷の光。

普通の子供ならば騒ぐか泣く、又は興味から外す為に何かに意識を向ける等をするだろう。

だが、少年は何も言わず沈黙を守ったまま座り続ける。

そう、少年の前にあるテーブルには綺麗な料理の数々が並べられており、その真ん中には少年の歳と同じ数だけの蝋燭が刺されたワンホールのケーキが置かれている。

今日は少年の誕生日。

生まれた事を祝う、一年で最も大切な日の一つ。

それを証拠に、少年の隣には綺麗に装飾され包まれたプレゼントの箱が置かれている。

それは両親から少年へのプレゼント。

子供は喜び、笑い、親へ感謝の言葉を返す……それが本来ならば見られる少年の行動の一つ。

しかし、少年は違う。

少年は何も言わずに黙って、プレゼントの"山"へ視線を向ける。

一人に与えるには些か多すぎるプレゼントの数。

それはまるで、生まれた事へのお祝いより、まるで少年へのご機嫌とりの様に見える。

そして、プレゼントの山の上に置かれた一枚の紙切れを少年は覗いた。

 

"ごめんね"

 

そう書かれた紙切れを見ると、少年は黙って立ち上がり、料理、ケーキ、プレゼントを見渡すが、その目は飽きた玩具を見る様に虚しい目だった。

そして、少年はやがて部屋を出て行く。

本来いる筈の"両親"が欠けた誕生日の部屋から……。

残された部屋には、ケーキの上で全てが燃え尽きるまで燃え続ける蝋燭だけだった。

 

その時、部屋を出て行く少年を、同じ姿をした少年が見ていた。

そんな光景を"総司達"は見た気がした。

 

▼▼▼

 

同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【二階】

 

「!?……今のは?」

 

総司は気付くと、そこは二階のフロアだった。

壁に描かれている多色で染まる仮面や七色に染まっている床。

間違いなく次のフロアだ。

だが、総司にとってそれはどうでもいい事、気になっているのは二階への階段を上った後に見た少年の光景だ。

総司はいったら、自分を落ち着かせる為に深く息を吐くと、美鶴達の様子を見るが美鶴達は困惑の表情で立ち尽くしていた。

どうやら、先程の光景を見たのは総司だけでは無い様だ。

 

「さっきのは一体……?」

 

頭痛を抑えるかの様に額に手を当てる明彦の言葉に、美鶴と乾が明彦へ顔を向ける。

 

「どうやら、全員が見た様だが……あの少年はまさか……」

 

「面影は……ありました」

 

二人は心当たりがある様に呟き、それを聞いた順平達も気付き息を呑んだ。

灰色の髪でも印象的なのだ、そして少なくとも三年と一年の付き合いがそれぞれのメンバーにはある。

間違い様がなく、美鶴達の考えが正しいと証明するかの様に総司が口を開いた。

 

「さっきの少年……間違いない、あれは兄さんだ」

 

「……やはりそうか」

 

総司の言葉を聞き、美鶴は眼を閉じて肩の力を抜いた。

安心でも無気力とも違う脱力、ただ言える事は微かに虚しさが美鶴の中に存在してしまったのだ。

何故、そんな事を感じてしまったのかは美鶴自身も分からなかったが、先程の光景が何処か悲しく感じたのが原因かも知れない。

「でも、洸夜のシャドウが私達に見せたって事は? あのシャドウ、口調的に私達の妨害する感じだったし」

 

チドリの言葉に他のメンバーも多少は、そう考えていた。

逆撫でする様な挑発的な口調や内側から感じる絶対的な敵意。

あのシャドウの行動を考えれば、なくはない意見だ。

だが、この世界の住人であるクマが、チドリのその意見に対し首を横へと降った。

 

「いや、それはちょっと考えニクいよ」

 

「?……なにか、思う事があるのですか?」

 

アイギスの言葉にクマは頷き、説明する様に喋り始めた。

 

「さっきも言ったけども、ここは大センセイの心が作った世界クマ。……シャドウと同じ、抑圧された内面によって殆どが構成された世界。だから、少なくともシャドウだけであんな光景を作らないと思うよ? そんで、言いづらいけど……多分、あれは大センセイの"記憶"を元にしているクマ」

 

その言葉に、総司とクマを除くメンバーがそれぞれ顔を見合わせた。

洸夜の記憶、それは美鶴達にとって初めての遭遇的なものだったのだ。

基本的に洸夜は、何故か自分の昔の事をあまり語る事はなく、美鶴達も極力聞かなかったのも原因とも言えるが、それを踏まえても言わないにも程がある。

家族については最低限は聞いていたが、それだけでは過去を聞いたとはいわない。

だが、友人となる者の過去を全て知りたいと言う者は、そうそういないだろうし、無理に聞いてその人物との間に溝が出来ても互いに嫌な思いをするだけ。

そう言う考えもあり、いつの間に美鶴達の中から洸夜の過去が知りたいと言う探求心が消えていたのだ。

 

「お前の言いたい事は分かったけど、さっきの光景はなんだったんだよ? なんつうか、その……」

 

「誕生日、だったのかな……」

 

順平と風花が戸惑い気味に口にした。

先程の光景を思い出す限り、その場にいたのは洸夜だけ。

多少なりともシャドウが改善しているかも知れないが、クマの言葉を聞く限りでは少なくとも洸夜にとっての誕生日は、光景通りに感じていたのかも知れない。

普通じゃない誕生日。

そして、その答えを知るのは、この場では一人しかおらず、総司は静かに話始める。

 

「……基本的に両親は昔から多忙でした。年に引っ越し数回は当たり前、場合によったら二ヶ月近くしか住んでいなかった場所もある。だから、学校行事は勿論、誕生日に両親がいる方が珍しいことだった」

 

そう話す総司の様子は至って冷静で、特にリアクションする訳でもなく、只の一般常識を話しているかの様に見えた。

もしかすれば、1+1の答えは2と言う事を言っているのと同じ程度にしか、総司は考えていないのかも知れない。

少なくとも、家庭の話をする者の様子ではない。

そんな総司の様子に対し、美鶴達もなんとも言えない感じに襲われ、なんて言えば良いか分からなかった。

しかし、そんな中でも総司へ対し口を開く者がいた、ゆかりだ。

 

「ちょ、ちょっと待って! その……さっきの光景を見た限りじゃ……洸夜さん、かなり幼かった様に見えたけど?」

 

話が終わりそうになり、慌てて自分の疑問を口にするゆかり。

そう言われて見ればそうだった。

あの光景の洸夜は幼く、少なくとも小学低学年、もしかすれば小学生になったばかりかも知れない。

そんな幼い子供を残し、両親が外出する訳がない。

ゆかりはそう思いたかったが、総司はそれにすぐに答える。

 

「さっきも言った様に、両親は多忙です。帰宅した後、突然連絡が来て、またすぐに出て行く事がよくあった……と言うより、それが普通でした。勿論、両親二人共……」

 

もう、総司がそこまで言うと、ゆかりは全部分かってしまった。

そして、その事実にゆかりは怒りを覚え、拳を握り締めると思わず怒鳴ってしまった。

 

「そんなの理由になんないわよ! あんな幼い子だけ家に残して、一体なに考えてんの!? あんな寂しくて虚しい顔をさせて……これじゃ、虐待と変わらない!」

 

感情的に叫ぶゆかり、その目に薄っすらと涙が浮かんでいる。

ゆかりがここまで感情的になるのは久し振りなのだろう、彼女の様子に順平を含む一部は驚き、残りのメンバーは複雑な表情をしていた。

だが、ゆかりは別にただ感情的になった訳ではない。

元々、母親と桐条で働いていた父の三人家族だったゆかり。

しかし、ゆかりの父は桐条の研究施設の事故で亡くなり、それが原因で母親とも距離があいてしまう事となった。

事実上、家族関係が壊れた状況だ。

だからこそ、ゆかりは洸夜と総司の両親が許せなかった。

父と母、ちゃんと二人揃っているのに子供の大切な時にほったらかし。

自分には、もう望んでも手に入らない時間。

それ故に、ゆかりは許せなかった。

勿論、総司がその事を知っている訳がないが、ゆかりの気持ちは理解したのだろう。

両親に対し言われたにも関わらず、総司の表情は微かに笑みが浮かんでいた。

皮肉めいた笑みではなく、嬉しさからくる優しい笑みを。

しかし、総司は突如、表情を真剣なものとすると、ゆかりを見て言った。

 

「だけど、俺達はそれで食べさせてもらってきた。ここまで育てて貰ってきたんだ」

 

「……!?」

 

その言葉に、ゆかりは我に返った様にハッとなる。

社会に出る前ならば、この言葉にも食い下がる事はしなかったが、ゆかりも社会に出た。

だから、総司の言葉に思わず納得してしまった。

だが、乾は違う。

彼は、まだ幼い部分がある為、総司の言葉に今一納得出来ず、総司を見た。

 

「でも! 洸夜さん、悲しい顔をしてましたよ! 両親のどちらかでも時間は取れなかったんですか!? 子供だけを置き去りで、それでも親なんですか!?」

 

「……だけど、仕事上で両親の代わりはいないんだ。仕事で何かあれば、勤め先や周りに迷惑を掛ける事になって、最悪、路頭に迷う事になれば本末転倒」

 

総司は乾の言葉に対しても冷静を貫き、物静かな感じで返答した。

だが、その言葉からは今一、感情が出てはいなかった。

 

「……先に言っときますが、俺も兄さんも少なくとも両親を恨んではいません」

 

まるで先手を打つかの様に総司は聞かれてもいない事を言うと、そのまま美鶴達へ背を向けて歩き出すが、その背中からは微かに寂しさを美鶴達は感じ取った。

だからと言って、これ以上は下手に追及する訳には行かない。

全員ではないが、メンバーの殆どが御世辞にも、まともな家族関係を築いているとは言えない。

だからこそ、総司と洸夜の気持ちは分かっているつもりだ。

 

「……行こう」

 

美鶴達の言葉に全員が頷き、総司の後を追い、この話は一旦、終わりを見せる。

だが、実際には終わってはいない。

皆より先へと進んだ総司は歩きながら静かに考え事をしていた。

先に進んだ理由も実は一人で考え事をする為だったからだ。

総司が考えていた事、それは先程の光景、そして兄、洸夜の事。

総司が兄を人生の目標としているのは、洸夜が両親に頼み、出来るだけ総司との時間を作って欲しいと言っていた事等が理由だ。

そして、それが理由どうかは分からないが、両親との時間は一般の家庭より少ないが確かに増えた気がしていた。

だが、先程の光景を見る限り、やはり洸夜も寂しかったのが分かる。

自分も辛いのに、弟の総司の事ばかり。

 

「……。(……自分も大事にしろよ)」

 

総司はそう思いながら前へと進んで行く。

 

▼▼▼

 

一階のフロアとは違い、二階のフロアにはシャドウが全くと言う程、出現しなかった。

風花の探知でも気配すらしないとの事。

全てのシャドウが一階の集結し、これ以降は出現しないのかも知れない、順平が先程重くなった空気を和ます為、そんな事を言って風花達は笑みを浮かべるが、内心でが誰も油断はしていない。

そして、総司と美鶴達は上って行く。

この悲しき幽閉塔を、洸夜の記憶をその身に刻みながら。

 

▼▼▼

 

総司と美鶴達は上って行く。

二階から三階、三階から四階、四階から五階。

フロアが変わる度に変わる、仮面の模様や風景を見ながら。

また、流石に二階の様には行かず、三階から五階までの間にシャドウとも戦闘を行っているが、一階の様な激戦はなく、普通のシャドウのみとの戦闘だった為、それ程苦戦するものではなかった。

しかし、総司と美鶴達の表情は暗かったり険しかったり等している。

シャドウとの戦闘、それよりも辛いものがあった。

それは勿論、洸夜の過去が元となった光景だ。

ここに来るまで、階段を上り、フロアが変わる度に新たな光景を見せられて行く。

 

三階での光景は、保育園時代の洸夜。

時間が過ぎても来ない両親を保育園の女性の先生と待っている洸夜、残っているのは洸夜だけ、他の子は皆、親が迎えに来て帰宅していた。

来る筈の時間から既に一時間近くが経ち、先生が洸夜に"ここで待っていて"と伝え、保育園の建物へ入って行き、両親からの連絡を聞き、洸夜に伝える。

それがいつもの流れだった。

しかし、今回は違う。

先生が建物へ入った後、洸夜は移動し始める。

毎日が同じだと飽きる、そんな子供らしい考えによる行動だった。

洸夜は保育園の外の窓へ行き、その窓の下で動きを止める。

実は職員室の窓であり、園児の様子を知る為の構造だが、窓の下でしゃがめば園児の姿が見えなくなる。

灯台もと暗しであり、ここから先生を驚かすのか園児の中では流行りとなっている。

洸夜もそれをしようとしゃがみ、先生が窓に近付くのを待つ……だが、その真上から話し声が聞こえ始める。

話し声は二人共女性、いつも一緒に待つ先生と別の女性の先生。

二人しかいないからか声もまあまあ大きく、洸夜が聞いていると思ってもいなかったのだろう。

いつも一緒にいる先生の言葉に、洸夜は耳を疑う。

 

"いつも迎えが遅くて迷惑"

 

"こんな安い給料で子供の面倒なんて馬鹿馬鹿しい"

 

"時間通りに迎えに来れないなら子供なんて作るな"

 

それはいつも一緒にいる先生の声に間違いなかった。

もう一人の先生が、その先生の言葉に怒り注意するが、分かった分かったと言いながらも気持ちは伝わらない。

日頃から思っている事なのだろう、言い慣れている感がある。

だが、幼い洸夜でも分かった事はまだあった。

少なくとも、両親が"貶されている"と言う事だ。

言い方は悪いが、相手の言い分も一理ある……だが、大人ではない幼い洸夜にそこまで理解しろと言うのは酷。

やがて、両親を貶した先生が椅子から立つ音が聞こえるが、同時に瓶を持つ様な音も聞こえた。

そして、同時に響くもう一人の先生の怒鳴り声。

洸夜は思わずびくっと驚くが、それによって内容は聞こえなかったが、貶した先生が保育園の裏に行くと言った事だけは聞こえると、後を追うように洸夜も移動しようとした時、右足に何かぶつかったのに気付く。

洸夜が下を見ると、そこにはインスタントカメラが落ちていた。

実は園長先生が写真好きであり、よく保育園の様子を写真に残している。

恐らく、窓から落ちたのだろう。

洸夜はそのカメラを持ち上げると、右手に握ったまま裏へと向かった。

 

"ダルい"

 

そんな独り言の様な暗い声が聞こえる。

洸夜は隠れる様に壁から静かに覗くと、そこには腰を下ろしている両親を貶した先生がいた、その手に茶色い瓶を持ちながら。

それを洸夜が認識した瞬間、洸夜は変な匂いに気付く、ずっと嗅いでいたら頭痛がしそうな匂い。

洸夜はそれを知っている。

夜に両親が飲んでいる物……"お酒"だ。

先生は隠れて飲酒をしていたのだ。

洸夜は子供ながらも、それがいけない事だと理解するが、同時に自分が何をすれば良いか考える。

他の先生に伝え様とも思ったが、子供の自分だと冗談だと思われるかも知れない。

そう思ったが、洸夜は自分の手にインスタントカメラを持っている事を思い出す。

カメラは写真を撮るもの、それを理解していれば後は簡単だ。

カメラの真上には数字も書かれている、0ではなければ写真が取れる事を洸夜は知っている。

だが、幼い洸夜にそこまでさせるには単純な正義感ではない、只、両親を貶したと言う怒りからだった。

 

月日が経った。

だが、いつもの保育園ではない。

園長先生の怒鳴り声が響いており、一部の保護者も来ている。

全員の顔には怒りが写されいる。

そして、その話の中心はあの……"貶した先生"だ。

泣きながら頭を下げる先生。

園長先生の手には写真がある、酒瓶を口につける先生の姿。

しかし、先生の容疑は飲酒だけではなかった。

集金したお金の一部を窃盗、子供が持ってきた物を取り上げた後の着服。

芋づる式に発覚する問題。

それを、洸夜は窓から見ていた。

子供とは思えない、冷めた目でその光景を見ながら。

 

そこで一つの光景は終わるが、この様な光景が幾つか続く。

四階では、洸夜が中学二年の時の光景。

中学二年当時、結果から言えば洸夜は転校先のクラスのある三人からの苛めの対象となっていた。

理由は単純に転校生だから、転校生の癖に周りと仲良くなっているのが気に食わない。

そんな只の自分勝手な理由だった。

先生もクラスメイトも気付いてはいたが、先生はふざけているとしか思っておらず、クラスメイト達は次の苛めの対象になる事を恐れ、何も言えない。

通り過ぎ間に悪口、蹴り等も洸夜へ行う。

だが、洸夜はそんな事を気にもしなければ、反撃もする事はしなかった。。

元々、メンタルが強い事もあるが、また引っ越しが決まったのもあり、下手に問題を起こしたくなかったのだ。

だからだろう、全く動じない洸夜にクラスメイトは好感度を上げるが、苛めグループの火には油を注ぐ。

そんな時、彼等は知ってしまう。

洸夜には弟が存在する事を。

それを知ってしまえば、苛めグループの行動は早かった。

苛めグループの三人は、洸夜へ迫る。

弟をダシに、洸夜を陥れる為に。

 

"お前、弟いるんだって? 弟もお前に似てウザくてキモいじゃね? それに、お前調子に乗ってきてるよな? もし、その弟に……偶然、拳がぶつかったらーーー"

 

少年が最後まで言う事は叶わなかった。

それよりも先に、洸夜の拳が少年の顔面を直撃させたからだ。

ずっと下だと思っていた相手が、想像以上に強いと言う現実。

殴られ吹っ飛び、壁に当たるが少年は反省はしていない。

寧ろ、反撃を狙っていた。

洸夜の性格が基本的に優しいの分かっている。

これは感情的になってやった一発、そう思ったのだが……少年の顔へ衝撃が放たれる、何度も何度も。

その光景に取り巻きが加勢する為に洸夜へ掴み掛かるが、洸夜はその少年達の髪を掴み壁にぶつけ、再び少年を殴り続ける。

少年は気付くのが遅すぎた、洸夜が最初から止める気がないと言う事に。

鼻が熱くて息をしているのかも分からない、怒りと痛みで頭に血が昇るが反撃できない程に強い力で殴られている為、更に頭がおかしくなりそう。

少年はいつの間に涙を流し始めるが、洸夜は止めずに殴り続け、クラスメイトが呼んで来た先生が来てもまだ続けられた。

 

ここで光景を終わり、次は五階の光景。

今度は少し戻り、洸夜が小学六年の時の光景だった。

どうやら年代はバラバラで、別に統一されている訳ではないようだ。

 

そして、五階の光景は、洸夜の新しく引っ越した地で起こった事。

仕事の都合で家族四人で引っ越して来た洸夜。

だが、その地もすぐに去る事になるのは最初から言われていた事であり、数ヶ月後にはここから少し離れた場所へ越さなければならない。

その為、現在の住む場所は小さなアパートだった。

すぐに越すのだから、そんなに良いところにする必要がないと言う両親の考えからだ。

それから、越してから少し経ったある日の事、洸夜が帰宅すると自宅の扉の前に一人の女性がいた。

年齢的には失礼だがオバサンが一番似合い、シワと無駄に着飾る様な服装が目立つ女性は、偶然早く帰宅していた母親と話をしていたが、話が終わると女性は帰る為に動き出し、やがて外で立っていた洸夜と目が合う。

誰にでも挨拶をする洸夜は、いつも通りに挨拶を女性へした。

だが、女性は何処か洸夜を小馬鹿にする様に鼻で笑うと、こんにちはと言って帰って行く。

一体、さっきの女性はなんだったのか? 気になる洸夜に母親は小さな声で洸夜へ言った。

 

"さっきの人に、お母さんとお父さんの仕事の事、絶対に教えちゃ駄目よ?"

 

声は優しいが、表情は真剣な母親の姿に洸夜は頷いた。

その時はまだ、母親の言葉の意味を洸夜は分からなかったが、やがて少しずつ分かって行く事となった。

近所の情報網は馬鹿にならないとは良く言ったものだ。

洸夜と総司、二人の両親の仕事が何をしているのかを、その情報網で例の女性の耳にも入ってしまった。

両親の仕事が国外にも影響し、収入もかなり高額と言う事が女性が分かってからだ、その女性は今まで洸夜の両親とご近所付き合い等、全くしなかったにも関わらず、母親にお茶会や買い物に誘う事が多くなったのだ。

洸夜と総司に扱いも悪くなく、寧ろ大事にし過ぎている気がする程。

帰宅中にお菓子を渡され、断るも無理矢理に近い状態で渡される。

女性の変貌の理由、それを洸夜が知るのは引っ越しの日の出来事だった。

洸夜と総司は両親の車に乗り、両親が来るのを待っていた時の事。

 

"どうして! どうしてよぉぉぉぉ!?"

 

女性の叫び声が車内にいる洸夜と総司にも届き、洸夜は思わず車内から後ろを見る。

そこには、両親に泣き付く例の女性の姿があった。

着飾った服装は乱れ、いつもの雰囲気はまるでない。

そんな女性を両親は正すと、急ぐように車に乗り込み、洸夜と総司が後部座席でシートベルトを締める前に車を出してしまう。

それでも後ろから女性の声が響き、洸夜は後ろを見ようとするが母親に強い口調で止められ、それを最後に、瀬多家がその女性と会う事はなかった。

それから、洸夜は後に両親に聞く事となった。

例の女性は近所の一軒家に住む人で、夫が一部上場の企業に勤めている。

だが、その為、変にプライドが高く、アパートに越して来た洸夜達を当初、見下しており、洸夜と総司も馬鹿にしていた。

馬鹿な子供、自分の家の子とは違う馬鹿な子供だと。

だが、洸夜と総司の両親の仕事が分かると態度を変えたらしい。

その理由は、夫の会社の経営が苦しくなったからだった。

しかし、人を見極める目があった両親はそれを見破り、出来るだけ関わりを断っていたが、引っ越しの日がバレ、あんな騒ぎになったのだと……。

 

そこで光景は途切れた。

だが、光景は次のフロアで流れ出す。

六階、七階、八階。

それから進むフロアでも、似た光景が何度も流れ出し、総司と美鶴達は一つの試練の様に見続けて行くしか出来なかった。

しかし、そんな光景でも一つだけ共通する事があった。

それは、その光景の終わりで必ず、もう一人の洸夜が現れ、その光景の中の洸夜を眺める事だ。

まるで、生まれたばかりだと言わんばかりに無感情な表情で……。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【九階】

 

また新たなフロアに足を踏み入れる総司と美鶴達。

六階までは誰かしら何か言って場を和ませていたが、今は誰も口を開く事もしない。

順平とクマですら、流石に疲れたのか口を開こうとしない。

明彦は、自分の知らない洸夜の過去に戸惑いながらも冷静に受け止めようとしていたが、やはり困惑の為に口数が減り、他のメンバーも同じ様な理由で話さない。

それは、弟である総司も同じであり、静かに足を前へ進めて行く。

そんな目の前の光景を、美鶴も又、洸夜の過去について考えながらも見ていた。

 

「……洸夜。(……なんとなく、分かった気がする。お前の両親への想いが)」

 

この場にいない親友の名を呟き、美鶴は堂島の言葉を思い出しながら洸夜の事を考えている。

今まで洸夜から両親の話はなく、そこで堂島の言葉だ。

美鶴は洸夜が両親を嫌っている、又は苦手としていると思っていた。

だが、それは違うと今は美鶴は言える。

先程までの光景は、少なくとも洸夜の過去と言う印象も手伝い、強く辛いものと言えたが、冷静に思い出せばそれは、洸夜じゃなくての辛いものだった。

元々、家柄と容姿も良く、才色兼備の美鶴は苛めとは縁遠いものだったが、少しでも当主と個人的な繋がりを強めたい者達は美鶴を利用しようとする。

その為、美鶴はずっと見てきた、自分を利用しようとする薄汚い者達を。

父親に対しても似たようなものだ。

大切な存在である父親の為にペルソナ使いとして生きる事を決めたが、それは本来の家族としても間違った関係だったのかも知れない。

だからこそ、今になって分かる気がする。

自分達の知る洸夜と言う名の仮面の裏に隠された苦しみと、洸夜の両親への想いが。

 

「……。(洸夜、本当はお前は"寂しかった"んじゃないか?)」

 

美鶴は心で呟いた。

両親の多忙、先程の光景、そして総司の言葉。

自分達よりも年下の総司がそこまで理解しているのだ、洸夜が理解していない訳がない。

多忙の両親と本当ならもっと接したかった筈だが、恐らく洸夜はそれを叶えたら両親の只の負担となると思ったのだろう。

だから、自分にとっての両親への"価値観"を変えた。

美鶴はそうとしか思えなかった。

しかし、それともう一つだけ気になる事もあった。

勿論、何度も言うがそれは先程の光景だ。

 

「……。(似ているんだ。先程の光景全てが、私達と洸夜の一件と……)」

 

それは美鶴達と洸夜との間に絶対的な溝を作った出来事。

それが、先程の光景と雰囲気が似ていた。

美鶴は胸に生まれる変な感じに不安を覚えるが、今は何も言えなかった。

そんな時だった。

先頭を歩く総司が不意に足を止めた。

 

「これは……?」

 

総司の言葉に美鶴達も前を見るが、そこには階段はなく、黒い扉が存在するだけだった。

ここまでのフロアは基本的に一本道に近く、風花のサポートもあって迷う事はなかった。

総司達は風花の方を向いた。

 

「……ここ以外にそれらしい道はありませんし、階段もこの扉の先にあります」

 

皆の意図を理解し、すぐに答えを教える風花の言葉に全員が頷き、総司は静かに扉の取手を掴んだ。

その瞬間、総司に尋常じゃない負担が注がれる。

 

「これは……!」

 

「どうしましたか、総司さん?」

 

心配したアイギスが総司へ語りかけ、総司はそれにそのまま説明する。

 

「今までとは違う。なにか、とても大きな何かを感じる……! 多分、ここは兄さんにとって何か特別なーーー」

 

総司がそこまで言った瞬間、扉が突如開いた。

勿論、総司は開けていない。

まるで扉の中から押された様な力を感じたが、そんな事はどうでもいい。

扉が開いた瞬間、フラッシュの様な光が放たれ、総司と美鶴達は扉の中へと誘われる。

そこもまた、洸夜の記憶の光景……"二年前"の、辰巳ポートアイランドの光景。

そこで総司は目撃する。

影の終わりから、霧への始まりの切っ掛けを。

 

End



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外伝 : 影の終演、霧の開演 【前編】

あくまで総司達が見ているのは、洸夜の視点だけです。


二年前……。

 

現在、辰巳ポートアイランド【ポロニアンモール】

 

辰巳ポートアイランドの一部であり、ムーンライトブリッジを渡った人口島にここは存在する。

桐条グループが出資し、作られたショッピングモール。

円上の形、それに沿って存在する店の数々。

老若男女拘らず、あらゆる人々がここを訪れる。

そして、今はまだ昼ぐらいの時間。

まだ、街も人も明るい雰囲気だが、中央に存在する噴水のベンチに座る一人の少年がいた。

服装は学生服で月光館の制服を着こなすこの少年の名は"瀬多 洸夜"。

昨日、月光館学園を卒業したばかりの少年である。

しかし何かあったのか、洸夜は両手を握り、それをおでこに付けながらも顔を下げている為、表情は分からないが少年は時折肩と拳を震わせ、泣いているかの様にも見える。

周りの通行人や買い物客も、そんな洸夜を気にして敢えて触れずにそのベンチを避けて歩いていた。

そして、洸夜自身も周りのそんな様子に気付いたのか、静かに顔を上げるが、洸夜の瞳は軽く充血していた。

 

「どうする事も出来なかったのか? 本当に……俺は……俺達は『アイツ』に何もしてやれなかったのか……!」

 

屋上でアイギスの膝枕で安らかな表情で眠る『彼』。

その様子が鮮明に洸夜の頭に写し出され続ける。

眠る『彼』、最初は洸夜もただ眠っている様に思えてしまったが、異変に気付くのに時間は然程掛からなかった。

目を覚まさない。

起きろと言っても起きない。

気付けば洸夜は、自分の目から涙が流れている事に気付くが、はっきり言って訳が分からない。

何故、自分は涙なんて流しているのか?

流す理由なんてない、なのに何故流す?

アイギスの目にも雫が流れている。

何故、彼女も泣いている?

そして、何故……『彼』は全く目を覚まさない?

洸夜は認めたくなかった、知りたくなかった。

自分が泣いている理由を。

だが、今日全てが分かってしまった。

だから、洸夜は自分がこの場所にいるのだと分かっていた。

このショッピングモールの奥にあるあ青い扉。

契約した者のみが招かれる場所。

そこで、洸夜はイゴールから聞いてしまった。

 

「……『宇宙』のアルカナ……"ユニバース"……!」

 

ワイルドを超える力。

だが、洸夜はそれを扱えなかった。

理由は分かる訳がない。

 

「……『■■■』、お前は後悔はなかったのか? 」

 

"恨んではいないか?"

 

その言葉だけが洸夜は言えなかった。

『彼』の性格を知っているからだ。

だが、『彼』が後悔していなかったのかは分からなかった。

両親が死に、その体内に"デス"を封印され、今度は自分の命を……。

 

「お前……本当にそれで良かったのか……!」

 

ショッピングモールに洸夜の悲痛な叫びが響く。

だが、お客さんはいつの間にか消えており、それを聞く者は誰もいなかった。

しかし、洸夜も頭では分かっている。

そういなければ、世界が滅んでいたのだから。

 

「俺は……一体、これからどうすれば良い……? 『お前』、総司と会ってみたいって言ってたろ……」

 

洸夜はニュクスとの戦いの前にした『彼』との約束を思い出す。

どこか似ている弟の総司に会ってみたい、『彼』がそう言ったから、洸夜は色んな意味で楽しみにしていた。

だが、もうその約束は叶わない。

『彼』がいないから……。

その事実が洸夜の胸を締め付け、どうしようもない想いで胸が苛つき始めた、洸夜は思わず苦しみで表情を歪ませ、身体を一旦立たせた。

そんな時だった。

 

チリーン!

 

「!……鈴?」

 

身体を動かした事で、洸夜のベルトに付けている黒い鈴が鳴った事で洸夜は我に帰る。

色んな人に渡した鈴。

絆を結んだ人に渡した鈴。

それを見て、洸夜は思い出した。

 

「こんな所で、俺一人だけが悲しんでいる訳にはいかない……か」

 

洸夜は指で涙を掬うと、静かに立ち上がった。

自分一人だけが悲しんでいる訳にはいかない。

自分と同じ、またはそれ以上に悲しみ、傷付いている者達がいる。

悲しむのなら、その者達を支えた後でいくらでも出来る。

 

「寮に帰ろう……あいつ等を支えずに一人で悲しんで、何が兄貴分だ」

 

洸夜は静かに歩き出す。

今の自分の帰る場所へ。

支えなければならない者達の下へ。

 

「帰るまでに、涙を拭かないとな……」

 

優しい笑みを浮かべ、洸夜は己へ言い聞かせる。

洸夜自身も立ち直った訳ではないが、行かなければならない。

ここで一人で悲しむだけで終わるなら、『彼』が化けて嫌味でも言ってくるかも知れないが、その時は此方も何か言ってやれば良い。

 

「案外、俺自身は受け止めているのかも知れないな……」

 

そんな事を考えてしまう自分に、洸夜は先程まで泣いていた自分を思い出しながらも、そう呟いていた。

強がりと本心の両方かも知れないが、少なくとも、今は受け止めようと洸夜は思う。

そうでもしなければ、寮に帰ってもメンバー達に何も言えないから……。

そして、洸夜は前へと歩き出す。

優しい笑みを浮かべ、支えてやらねばならぬ仲間の下へ。

再び頬を蔦る雫を、何度も拭きながら……。

 

▼▼▼

 

現在、巌戸台分寮【エントランス】

 

ポートアイランド駅から少し離れた場所に、そこは存在した。

寮と言われているが、見た目は完全に洋風の屋敷にしか見えない建物、そう、ここは対シャドウ本部でもあるペルソナ使い達の住んでいる場所。

この寮の住人がペルソナ使いである事を知っているのがごく一部であり、一般の人には当たり前だが知らされてない事。

そして、その寮のテーブルや椅子、受付、裏口、トイレと二階への階段がある一階のエントランスでは、四人の男女が集まっていた。

メンバーの代表格の美鶴、古株の明彦、そして間も無く三年生になるゆかりと純平の四人。

その他のメンバーは皆、自室に閉じ籠っている為、エントランスにはいない。

だが、集まっている四人もまた、仲良しの雑談をしている訳ではない。

それを証拠に、ゆかりは椅子に座って泣き崩れていた。

 

「……うぅ……ぐっ……どうして……どうして……なんで『彼』だけが……!」

 

「ゆかりっち……ズズ……あの、バカ野郎……!」

 

泣き崩れるゆかりを隣で見ている順平も、親友への悲しみで鼻をすすりながら涙を流している。

当初は皆から認められて行く『彼』に嫉妬に近い感情を抱いていた順平だが、今はそんな感情もなく、ただ純粋に『親友』を思っての涙だ。

また、その二人の向かいの席では明彦が眼を閉じ、腕を組ながら座っていた。

文字通り、明彦は冷静な様子を保っており、まるで眠っている様にも見えるが、組んでいる明彦の腕は微かに振るえている。

そして、そこから少し離れた場所で壁に寄り添いながら三人を美鶴は見ていた。

その表情は、一見明彦同様に冷静に見えるが、その眼には悲しみと後悔の色が宿っていた。

しかし、美鶴はそれを表に出さない様にと唇を微かに噛み、痛みでその感情を抑えつける。

自分さえも、あからさまに悲しんでしまえば他のメンバー達へどの様な影響が出るかは目に見えている。

ならば、美鶴はそれに耐えようと己に言い聞かせる。

例え非道だと言われようが、それがS.E.E.Sを作り、メンバー達を勧誘した自分に今出来る責任の取り方。

このメンバーの中に、彼女に対してその様な事を言う者はいないが、美鶴も悲しんでいる事は変わりない。

そして、美鶴はそんな内心の葛藤に悩みながら、外へ出ているもう一人の仲間にし、『彼』と同じワイルドを持つ少年の帰りを待っていた。

 

「……洸夜。(情けない話だが、私では皆の心を埋められない。早く、戻って来てくれ……!)」

 

美鶴は分かっていた。

自分よりも、洸夜の方が皆のケアが出来る事を。

S.E.E.Sの縁の下の力持ち、影のリーダーの名に相応しい活躍をし、メンバーに親身に相談を聞く事もあった。

美鶴自身の洸夜への信頼も含まれているが、他のメンバーも口には出さないだけで洸夜の帰りを待っている。

まさにそんな時だった、玄関の扉が開き、両手に買い物袋を持った洸夜が入って来た。

 

「……ただいま」

 

そう言って他者を安心させる優しい笑顔を浮かべる洸夜の姿に、順平が一番早く立ち上がる。

 

「瀬多先輩!」

 

「洸夜さん……!」

 

駆け寄る順平に続く様に、ゆかりも立ち上がり洸夜の下へ近付いて行く。

しかし、悲しみによって心身共に疲れたのか、ゆかりの足は少しフラついており危なっかしく見え、逆に洸夜が素早く二人の下へ駆け寄った。

そして、洸夜が目の前に来た事で安心したのか、ゆかりの目に再び涙が溢れ出す。

 

「洸……夜さん……!『彼』が……『彼』が……どうして!」

 

悲しみに染まる妹分であるゆかりの姿に、洸夜はそっと肩に手を置いて静かに語り掛ける。

 

「分かってる……分かっている、ゆかり、今は全部吐き出せ。溜め込んでも溢れ出すなら、いっその事、全部出してやれば良い。思う存分、泣いて良いんだ」

 

「うっ……うぅ……うわぁぁぁん!」

 

洸夜の言葉を皮切りに、ゆかりは洸夜の胸に顔を押し付けながら再び泣き出した。

悲しみや後悔、その全てを涙と叫びに変換したかの様に大きく泣いた。

中々、耳に響くものがあるが、その泣き声を鬱陶しく思う者はこの場にはいない。

場合によっては、自分がゆかりの様に泣いていたかも知れないのだから。

 

「先輩……俺……」

 

目の前でゆかりが泣いている中、今度は順平が洸夜に話し掛ける。

帽子の鍔を持って深く被って顔を見えなくする順平。

このままでは、自分も涙を見せそうだからかも知れないからの隠しなのかは分からないが、それを見て洸夜は、やれやれと言った様に笑みを浮かべて順平へ言った。

 

「もう少し待ってろ。今は先客がいる、ゆかりが終わったら次はお前に貸してやる」

 

「……へ?」

 

何気なく言う洸夜の言葉に順平は、最初意味が分からなかったが、すぐにその意味が分かると同時に無意識に笑みが生まれた。

 

「流石に……それはハズ過ぎっすよ!」

 

鍔を上げ、片眼だけで順平はそう言って洸夜を見る。

今度は完全に照れ隠しがある。

簡単に言えば、ゆかりの次に胸を貸してやると言っているのだ。

弟分とは言え、流石にそれは恥ずかしい……プライド等の色々な面で。

しかし、更に順平は気付いた。

自分が笑っていると言う事に。

洸夜がそれを狙ったのかどうかは分からないが、少なくとも洸夜にその事を言ってもはぐらかすだろう。

順平はそう思いながら、再び帽子を深く被る。

今度は笑みを隠す為に。

そんな順平の表情に今は満足したのか、洸夜は再び自分の胸で泣いているゆかりに語り掛ける。

 

「落ち着いたか……?」

 

洸夜のその言葉に、ゆかりは顔を静かに上げた。

眼はやはり充血している。

 

「すいません……もう少しだけ……!」

 

気持ちの整理がまだ出来ないのだろう。

無理もない話と言える。

ゆかりは『彼』に特別な感情を抱いていたのだから。

洸夜はゆかりに短く、分かった……とだけ言い、再び胸を貸すとそのまま明彦と美鶴の二人の方を向く。

それに応える様に、明彦と美鶴も洸夜を見て、そして気付いた。

 

「!」

 

「!?……洸夜」

 

笑みを浮かべているが、洸夜の眼が赤く充血している事に二人は気付いた。

泣いた為になった充血、そして、洸夜の笑みが多少無理をしての事だとも気付いてしまった。

ゆかりと順平は気付かなかったが、およそ三年も共にいる美鶴と明彦にはそれが分かった。

洸夜も当たり前だが悲しんでいる、しかし、それを自分達の前で見せない様に我慢している。

 

"すまない……"

 

美鶴と明彦は、この様な状態になっても洸夜に無理をさせてしまっている事に、そう心の中で呟いた。

 

「明彦、美鶴……アイギス達は?」

 

「……アイギス達なら、自室にいる。『あいつ』の事を聞いてから、出て来ていない」

 

「今は、無理に出てこさせる必要はないからな……」

 

洸夜の問いに明彦と美鶴は答え、その答えに対し洸夜は困った様な笑みを浮かべて肩の力を抜いた。

 

「そうか、後で話ぐらい聞いてやらないとな……ゆかり、どうだ?」

 

後でアイギス達の所へ向かう様な事を口にし、洸夜はゆかりに再び語り掛ける。

只の勘だが、そろそろ大丈夫な気がしたのだ、洸夜的に。

ゆかり、彼女もまた成長し強くなっている。

そう思っている洸夜の気持ちを知ってか知らずか分からないが、洸夜の予想通り、ゆかりは静かに洸夜から離れて頷いた。

 

「その……す、すいませんでした」

 

今更になって恥ずかしくなったのか、ゆかりの頬は微かに赤くなっていた。

泣いていた事も理由と思われるが、恥ずかしそうに視線を逸らしている事から、強ち間違いではないと洸夜は思った。

 

「ゆかりっち、別に恥ずかしい事じゃないんだから……なんなら、次は俺がゆかりっちみたいに瀬多先輩の胸にーーー」

 

「うるさい!」

 

順平なりに、ゆかりを励まそうとしていたのだろうが、流石にしつこかった。

ゆかりは左足で順平の右足を素早く踏みつけた。

 

「……あ~。(これは痛い)」

 

文字通り他人事なので、洸夜は客観的にゆかりと順平の様子を見ていたが、案の定、順平の痛みによる叫びが一階に響き渡る。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!? ひでぇ!ゆかりっち、いくらなんでもこれは酷い!」

 

「しつこいあんたが悪いのよ!」

 

当然の制裁と言った様に順平に言い放つゆかりだが、雰囲気は先程よりも明るい。

勿論、この場の雰囲気も含めての事だ。

全部が戻った訳ではないが、洸夜が戻って来た事で雰囲気が確かに変わった。

その事実に、明彦は静かに自分の考えに同意する様に頷くと、洸夜の買い物袋が明彦は気になった。

 

「洸夜? そのビニール袋はなんだ?」

 

「?……ああ、これか? 見れば分かる。順平、片方持ってくれ」

 

「へ? 別に良いっすけど……これって……?」

 

渡された袋を順平は受け取ると、それは結構な重量があった。

順平は不思議そうに中身を覗くと、中には卵や牛乳、小麦粉を始めとした何かの材料一式が入っていた。

 

「まあ、ケーキの材料だな。皆で作るぞ……」

 

材料をテーブルの上に並べて洸夜は言ったが、ゆかりは少し気まずかった。

 

「洸夜さん、その……多分、作っても私、食べられそうにないです」

 

洸夜が自分達の事を考えて、お菓子作りをしようとしているのはゆかりも分かっている。

だが、流石にそこまでの元気は自分に戻っていない事も分かっていた。

しかし、洸夜はゆかりの思いを分かっていたのか、静かに語り掛けた。

 

「別にそんな表情をする事はないぞ? それが本来なら普通の感情だ。だけど、俺も流石に一人じゃ、この人数分作るのは大変だ。だから、皆で作らないか?」

 

「皆で……?」

 

反応した美鶴の言葉に、洸夜はゆっくりと頷く。

 

「ああ、こんな状況で気分転換……って言ったら不謹慎だが、いつまでも、俺達は立ち止まる訳には行かない。乗り越えないと行けないんだ……」

 

"真次郎や……親父さんの時の様に……"

 

静かに、そして小さくそう呟いた洸夜の言葉だが、それは確かにメンバー達の耳へ届いた。

ずっと苦しんだ親友、暴走とは言え、一人の命を奪ってしまい最後は、それが原因で己に復讐しようとしていた乾を庇って死んだ。

メンバー達に道を開いてくれた美鶴の父親、父の生んだ罪の清算の為に生き、最後は幾月の野望を阻止する為に命を掛け、娘である美鶴の目の前で死んだ。

洸夜が出した人はこの二人だが、本当ならばもっといる。

『彼』の両親、ゆかりの父親や沢山の研究員や関係者。

生きている人もいるが、人生を大きく狂わされた人達も多くいる。

自分達は、そんな人達の犠牲の上でこの場にいる。

勿論、『彼』や他の人の命を比べる訳ではないが、それでも自分達は前に進まなければならない。

生きている限り前に進む、それは命ある全ての者達の責任や義務、そして……"特権"なのだ。

亡くなった者たちを忘れろとは言わない、忘れたら、本当の意味でその者との別れを意味するのだから。

洸夜の言葉に、美鶴達はそれを思い出した時だ。

洸夜は不意に卵のパックを掴み、口を開いた。

 

「それに、ケーキの匂いに釣られて『アイツ』が戻ってくるかも知れないしな……」

 

寂しそうに呟いたその洸夜の言葉は、洸夜がメンバー達の前で見せる唯一の弱さだったのかも知れない。

少なくとも、この場にいるメンバー達は全員が口には出さないが、そう思っている。

そして、洸夜の姿と言葉を聞いていると、順平が牛乳を手に掴み立ち上がった。

 

「よっしゃ! そうと決まったら作ろうぜ皆で! こうなったら、『アイツ』に自慢する気持ちで作ってやろうじゃんかよ、ゆかりっち!」

 

「順平……はぁ、仕方ないわね」

 

満面のスマイルを自分へ向ける順平に、ゆかりは言葉通り仕方ない、と言った様に肩を落としながらも立ち上がった。

しかし、その表情にはやはり笑みがあり、少しは立ち直れたのだと分かる。

 

「やれやれ、柄に合わないが俺も手伝おう」

 

「プロテインは、自分のだけにしてくれよ明彦」

 

「当然だ」

 

「やっぱり、入れるんですね……」

 

洸夜と明彦の会話に溜め息を吐くゆかりだが、そんな時、美鶴が何か考え事をしている事に気付いた。

 

「どうしたんですか、美鶴さん? なにか、考え事をしてるようですけど?」

 

「ん?……ああ、いや別に大した事じゃないんだが……ただ」

 

ゆかりからの言葉に、美鶴は言葉の通り焦り等の様子が見られない為、本当に大した事ではないとは分かるが、美鶴は口ごもり、少し間を開け、こう言った。

 

「ケーキとは……自宅で作れるものなのか?」

 

その言葉に美鶴を除く全員の動きが一瞬、固まってしまった。

桐条 美鶴、桐条グループの令嬢、才色兼備、文武両道、性格も問題なし、誰にでも基本的には平等の一見完璧な人間だが、一部、欠点と呼べるものが存在する。

それが先程の発言が示す様に、彼女は一般的常識が欠落している部分が存在しているのだ。

学ぶ機会がなかったのも原因だが、皆からすれば沈黙してしまうレベルもよくある。

その為、洸夜、明彦、真次郎の三人がそれで苦労したことも実はあったりする。

そして、今の発言を聞き、洸夜は溜め息を吐きながら美鶴へ指示を出した。

 

「美鶴……お前は他のメンバーを呼んで来てくれ。ケーキの作り方ぐらい、その時に教えてやるよ」

 

「?……そ、そうか? じゃあ、少し待っていてくれ」

 

何故、洸夜が疲れた表情をしているのか美鶴は分からなかったが、まずは行動する事にした。

そんな一連の事をしている間にも材料にダメージがあったら困る。

洸夜は順平に材料の一部を渡した。

 

「順平、これ運ぶの手伝ってくれ」

 

「了解っす」

 

やっと普通の会話らしくなってきた。

二人の会話にゆかりは、そう思っていた。

たまに強引な所がある兄の様な存在の洸夜。

先程よりは立ち直ったとは言え、恐らく部屋に戻れば再び泣いてしまうだろうが、今は笑っていたい。

順平も同じ事を思っていると思うが、洸夜の頼りなる魅力に安心感等を覚えていたと思う。

現に、自分は洸夜が帰ってきた瞬間、確かに安心していた。

そう、ゆかりは心の中で呟き、自分を安心させると洸夜と順平と明彦の手伝いをしようと、三人の前へ歩き出した。

何も変鉄もない、生活し慣れた寮を……普通に歩いた、まさに、その時だ。

 

"また守らなかった。同じ力が合ったのに……洸夜は守らなかった。いや、守る気がなかった"

 

「え……?」

 

声が聞こえた様な気がした。

男か女か分からないが、多分、男だと分かる。

それ程までに曖昧な感じの声が、ゆかりは聞こえた様な気がした。

目の前の三人を見るが、材料を持ったりしており、誰も自分に話し掛けていないのがゆかりにも分かり、疲労による幻聴ではないかと疑いを持った……だが。

 

"約束したろ? 洸夜は皆に……なのに『アイツ』は死んだ……"

 

「!?……いや……いや!」

 

違う、これは幻聴ではない。

一回だけなら幻聴だと思ったが、二回目はしっかりと分かる、これは幻聴ではないと。

ゆかりは突如、寒気を覚え、思わず自分を抱き締める様に両腕をそれぞれの腕で掴んだ。

言い方一つ一つが気にさわる。

洸夜も他のメンバーも『彼』の死について、あからさまに言わないようにしてくれていたにも関わらず、この謎の声は平然と"死んだ"と言ってくる。

 

嫌だ、嫌いだ……この声は好きになれない。

 

ゆかりは胸の中に、モヤモヤした途方もない怒りの様なものを感じた。

だが、そんなゆかりの想い等、知ったことではないと言わんばかりに謎の声は更に続く。

 

"悲しいな……寂しいな……父親も死に、母親とは疎遠に、そして今度は愛した『男』が消えて行くのか"

 

「!?……はぁ……はぁ……。(聞きたくない……黙れ……黙ってよ……お願いだから……!)」

 

息が乱れる、呼吸がしずらくなっている。

それ程までに、ゆかりの精神は乱されていた。

乗り越えた筈だが、また自分を襲う新たな心の傷が過去の傷も抉り出し、彼女のトラウマを甦らせる。

そして、それは一時的だろうがどうだろうが、確かに彼女を弱らせていっている。

 

"思い出してみろ? 瀬多 洸夜……あの男は『アイツ』と同じ"ワイルド"を持っているんだぞ?"

 

「だから……なによ……?」

 

ゆかりはいつの間にか、その幻聴と自分が会話している事にすら気付いていなかった。

そんな事自体、最早、どうでも良かった。

とっとと、この悪夢を終わらせたい。

それが、ゆかりの願いであったが、次の幻聴の言葉を聞いた瞬間、彼女の心に異変が起きる事となる。

 

"本当だったら、今、目の前にいるのは……『アイツ』だったかも知れなかった。……お前が愛した『男』……だが、目の前にいるのは同じ力を持った別の人間だ。何故だ?"

 

「……」

 

その言葉に対し、ゆかりは何も言わなかったが、だからと言って無視しようとしている訳ではない。

ゆかりの瞳には力も、先程までの明るい色は消えていた。

その代わり、別の色が徐々に染まっていっていた……"怒り"……"憎しみ"の負の色が。

そして、その瞳には目の前にいる洸夜の姿を写してゆく。

 

"……もう一度だけ言おう。『アイツ』死んだのは何故だ?目の前に同じ力を持っている別人がいるのは何故だ?……それはな、目の前の男がーーー"

 

「……!」

 

もう、駄目だった。

彼女の心は沈んで行く。

一時的なものとしても、ゆかりの心は堕ちた。

目の前の男が憎く思えた。

笑顔が憎い、腹が立つ。

本来ならば、今、自分に向けていたかも知れない『彼』の笑顔。

それは、もう無い、存在しない。

そして、時が来た。

 

"守る気がなかった……"殺した"様なものなんだよ!!"

 

ゆかりは堕ちてしまった……その負の色の瞳に洸夜を写したまま。

そんな状況を知らないまま、洸夜の隣で順平は騒いでいる。

 

「瀬多先輩……『アイツ』の好きなケーキってなんでしたっけ?」

 

「多分……強いて言えば、何でも食っていたと思ったが……すまん、スイーツについては、好みは"覚えてない"」

 

覚えてない。

たわいもない、ただの言葉。

たわいもない、ただの会話。

洸夜も思い出話の感覚で言っており、隣にいた順平も似た様な感覚で聞いていて、この程度の事で何か言う者は、恐らく誰もいないだろう。

そう……"恐らく"。

 

「……そんなんで、よく家族だなんて言えますね」

 

冷めた言葉。

まさに、そんな感じの雰囲気を纏った言葉が洸夜と順平の背後から掛けられる。

洸夜と順平は振り向いたが、誰が言ったのかは元から分かっている。

背後にいるのは一人しかいないからだ。

 

「……ゆかり?」

 

「へ?……ゆかりっち?」

 

洸夜と順平、後ろを振り向いた二人は困惑した。

先程まで、多少なりとも笑顔が戻っていた筈のゆかり。

しかし、今二人の目の前に写るゆかりは冷めた瞳を宿し、何処か怒りを見せる姿で洸夜を見ている。

一体、何がおこったのか分からず、順平が洸夜へ視線を送るが、洸夜も分からず首を横へと振る中、ゆかりは静かに口を開いた。

 

「前に言ってましたよね? 先輩……私達の事、本当の家族みたいに思ってる……妹や弟の様に思っているって」

 

ゆかりの雰囲気はやはり異常だった。

口調も何故か、咎める様に何処か口調に敵意がある。

 

「岳羽? 一体、どうしたんだ?」

 

「ゆかり……?」

 

騒ぎを聞き付けたのか、荷物を調理場へ運んでいた明彦と、皆を呼びに行く筈だった美鶴が戻って来た。

二人が来た事で何かしら状況に変化が起きるかと洸夜は思ったが、ゆかりは特に二人に気にせずに話を続けて行く。

 

「家族とか言って、好みすら分からないんですか?」

 

「……すまん。確かに、デザートの好みぐらい知っておくべきだったな」

 

「ああ……でも、ゆかりっち? 『アイツ』って基本的に好き嫌いとかなかったじゃんか? だから、デザート好みぐらい分からなくてもしょうがないって」

 

順平が洸夜のフォローへ回り、ゆかりをあまり刺激しない様に言い回して行く。

美鶴と明彦も、ゆかりが『彼』の事で情緒不安定になっていると思い、下手に刺激せず様子を見ている。

ゆかりも今はまだ頭に血が昇っているだけで、すぐに冷静になる。

そう、誰もが思っていて下手な行動も言動もしなかった。

それが、取り返しのつかない事態に陥るとも知らずに。

 

「じゃあ、それは別に良いとしても……なんで……」

 

ゆかりはそう言い、一瞬だけ顔を下げ、そしてまたすぐに顔を上げると洸夜を見て言った。

 

「『彼』を守ってくれなかったんですか……!」

 

「……!」

 

鋭い視線を向けるゆかりからの言葉に、洸夜は思わず辛そうに瞳を閉じてしまう。

口は閉じているが、口内では歯を食い縛っており、洸夜自身がその事を深く考えているのが分かる。

同じワイルドを持つと言う事だけでも、今の洸夜には後悔してしまう理由になるのだ。

そして、ゆかりの言葉に美鶴達はと言うと、咄嗟の事に驚き言葉が出なかったが、ゆかりは口を閉じず、洸夜の胸を掴んだ。

 

「先輩……言ってたじゃないですか! 戦いの前、私達を守ってやる。もう一度、この寮に帰って来ようって!」

 

「……すまない」

 

ゆかりから揺らされる中、洸夜はそれしか言えなかった。

確かに、自分はそう言った。

そして、自分の言った事に責任を取れなかった。

洸夜はそんな想いを胸に抱きながら、ゆかりからの言葉を聞き続けていると、順平が洸夜の服を掴むゆかりの手を離しながら間に入った。

 

「落ち着けって、ゆかりっち! 俺達だって、あの時は何も出来なかった。だから、瀬多先輩だけを責めるのはお門違いだぜ? 守ってやれなかったのは……俺達も同じーーー」

 

「同じじゃないわよ!」

 

「!……ゆかり!?」

 

順平の言葉を遮って叫ぶゆかりの姿に、美鶴すらも驚いてしまった。

ゆかりは何処か感情が不安定な時もあったが、ヒステリックと呼べる程のものではなかった。

だが、今は感情しか表に出さず、洸夜しか見えてない事に美鶴と明彦は驚き、呆気にとられ、ゆかりは順平の手を払い退け、再び洸夜に掴み掛かり、己の胸の縁を叫んだ。

 

「私達には『彼』と同じ力がなかった!? でも、瀬多先輩にはあった! しかも、私達よりも二年も前にペルソナに覚醒して、私達の中で一番『彼』を助ける事が出来たのよ!!」

 

ゆかりの口調は既に自棄に近い物だった。

これでは最早、冷静な話は出来る訳がない。

そして、そんなゆかりの言葉に、遂に順平の堪忍袋の尾が切れ、順平がゆかりを強く睨む。

 

「おい! ゆかりっち! 幾らなんでもいい加減にーーー」

 

"本当にいい加減にするのは誰なんだろうな?"

 

「……は?」

 

頭に響く謎の声。

男か女かと言えば男だと順平は思った。

何処か喧嘩腰の様な不快、そして苛つかせる口調。

周囲を目線だけで見るが、話し掛けて来た者はいない。

順平は呆気にとられた様にそう呟き、一瞬ボーっとしてしまうが、謎の声が止まる訳ではなかった。

 

"ゆかりの言葉は最もだろ? 目の前の男には力があった……"

 

「……! (なんだこの声!?……いやそれよりも、まさかコイツ……ゆかりっちにも似たような事を!)」

 

伊達にペルソナ使いではなかった様だ。

順平はゆかりの様に謎の声の出現に精神を乱さず、目の前のゆかりの変化にこの声が絡んでいると睨んだ。

勿論、それを裏付ける根拠も無ければ証拠も無く、謎の声の正体等知った事かと言わんばかりに順平は己の中でそう決め付ける。

単純に物事を考える順平らしいと言えば、順平らしい。

そして、そうと決めた順平の行動は早く、心の中で謎の声に食って掛かった。

 

「……。(テメェ……ゆかりっちに何を言ったんだ!)」

 

"真実さ、目の前の男は何も守れなかった。だから『彼』は死んだ、違うか?"

 

順平の言葉に一切怯まず、平常的な口調を維持する謎の声。

自分を眼中に入れているのかどうかも分からない感じに、順平は更にボルテージを上げた。

 

「!……。(ふざけんな! 『あいつ』の事は先輩だけの責任じゃねえ! 責任があるとしたら、それは俺達全員だ!それに、瀬多先輩はチドリを助けてくれたんだぞ!?)」

 

"……成る程"

 

チドリ……彼女の命を助けたのは間違いなく洸夜であり、それは覆らない真実。

順平は謎の声が口ごもり、言葉を論破したと思って内心で微かに勝ち誇った。

だが、それは論破処か、まともな反論にもなっていない事を順平は思い知る事となる。

 

"つまり……都合の良い"偽善"だな"

 

「……。(はぁ?)」

 

何を言ってるんだコイツは?

謎の声に今まで優勢だと思っていた順平はそんな事を思い、謎の声のその言葉の意味が全く理解する事が出来なかったが、怒りは覚え、目付きを厳しくした。

 

「……。(もう一度言ってみろ……! 瀬多先輩の何が偽善だってんだよ!)」

 

心の中の会話とは言え、順平の口調は荒々しく尚且苛立っている事が分かる。

洸夜の事を理解している順平だからこその感情。

だが、謎の声は怯む事もなく、ただ静かに、そして馬鹿にするかの様に笑い出した。

 

"ハハ……だってそうだろ? チドリを助けたのは助けられたからだ。目の前にゴミ箱があった、だからゴミを拾って捨てた。似てるだろ……?"

 

挑発的な言葉。

いつの間に謎の声と順平の立場は変わっていた。

順平もそれを察知したのか、ゆっくりと息を呑み、精神を安定させ、謎の声へ聞き返した。

 

「……。(何が言いてぇんだよ……!)」

 

"……本当の"善"なら、無理でも何かしら行動するだろ? だが、目の前の男は何もしなかった。無理だと思ったからだろ? なあ? お前は出来る事だけが善……って言わねえよな?"

 

声だけなのに、まるで視線を送られている様な寒気を順平は感じ取った。

同時に品定めをしている様にも思う。

まるで、洸夜と自分が別々と区別している様な感じ。

当たり前の事なのだが、その言葉に対し順平は何故か自分が嬉しく感じてしまった。

もし、ここで謎の声の言葉を肯定すれば、良い意味で洸夜と区別出来る。

それは同時に、絶対に敵わなかった『彼』への忘れていた嫉妬等の感情からの解放を約束された様に思えてならない。

そんな順平に、謎の声は嬉しそうな口調で話を続けて行く。

 

"覚えてるか?……お前が洸夜に言われた最初の言葉を?"

 

「ハァ……ハァ……! (最初の……言葉?)」

 

まるで誘導されているかの様に、順平は息を乱しながら謎の声の言われるがままに過去の事を思い出して行く。

あれは、明彦に連れられて順平が寮に来て影時間の説明等を受けた時の事だった。

ペルソナ・シャドウ・影時間。

まるでゲームの様な話。

アニメ・ゲーム・漫画、これ等の主人公の様に特別な力を持つ選ばれた人間。

金を払っても得られる訳ではなく、意識していた訳でもない。

ただ、普通に生きて来ただけ。

それだけなのに、自分は特別、選ばれた人間だった。

当時の美鶴達の話を聞いていた順平は、内心でまさにそう感じてならなかった。

そして、待ち望んだ問い。

 

『共に戦ってくれ』

 

順平の心は跳び跳ねた。

最高の刺激になろう事、この上ないのは考えるまでもない。

順平は即答した。

断る理由が何処にあると言うのだ?

学園で有名人の美鶴と明彦が頼んでいる。

雲の上の人間にしか思えなかった先輩が、自分を必要としている。

 

『まるでヒーローみたいじゃねえっすか!』

 

その言葉を切っ掛けに、順平はS.E.E.Sに参加する事となり、先輩や理事長達、全員が自分の参加を望んでいると、順平は思っていた。

だが、そんな時だった。

洸夜が順平に忠告したのは。

 

『伊織 順平……だったよな? 間違いが起きる前に言っとく。お前、シャドウとの事"ヒーローごっこ"か何かと思ってるなら悪い事は言わない。退部しろ』

 

順平は意味が分からなかった。

確かに洸夜は何も言わなかったが、誘ってきたのはそちら側だ。

それに美鶴達と理事長は同意しているのに、何故、この先輩だけが一人否定するのか。

洸夜は付け足す様に"ペルソナとシャドウは甘いものじゃない"と言ったが、当時の順平にとって、その時の洸夜の言葉を反発的にしか受け取れず、結局は深く考えなかった。

だが、段々と分かる現実が順平へと突き付けられていく事になる。

洸夜が先程の様な言葉を言ったのは自分だけだと、口だけの先輩かと思えば自分以上に特別だった事や真次郎と乾の過去。

順平は少し恥ずかしく、そして情けなく思えてきてしまった。

やがて色々とあり、忘れて行った記憶だが、謎の声によって甦って来たのだ。

自分よりも特別だった洸夜が出来なかった。

順平の心は乱れ始め、そして、そんな順平の様子に謎の声は止めを差した。

 

"誰かを救える"ヒーローごっこ"……誰も守れない"偽善"……お前はどっちを取る?"

 

いつの間にか話は最初より代わり、いつの間に内容がすり代わっていたが、今の順平にはそんな事に気付かなければ、どうでも良い事だった。

順平は崩れ、彼の目には洸夜しか写っていない。

暗く、薄暗い様にしか……。

そして、順平がそうなっている間にもゆかりの八つ当たりは洸夜へ続いている。

 

「どうして!どうして?!嘘つき! 」

 

洸夜の胸を感情的に叩くゆかりに、洸夜は眼を閉じて黙って受けていた。

まるで、それが己の罪の精算の一つだと言わんばかりに。

 

「落ち着けゆかり!」

 

黙ったままになった順平を隣に、美鶴はゆかりと洸夜の間に入り二人を引き離し、ゆかりは美鶴に掴まれた状態になる。

それで大人しくなるならば良いのだが、ゆかりはそのまま美鶴の腕の中でもジタバタと暴れ,そんな現状を打開する為、明彦もゆかりの前に出た。

 

「冷静になれ岳羽!お前は自分が今、何を言っているのか分かっているのか!?」

 

ゆかりの言葉は既に言い過ぎたでは済まない程にエスカレートしており美鶴と明彦は、洸夜と、言っている当人であるゆかりの為になんとかこの場を治めようとした。

『彼』の事があったとはいえ、自分達が仲間割れを起している場合ではない事は美鶴と明彦の二人は理解していた。

ならば、この場を治めるのは自分達の最低限の義務だと二人は感じ、洸夜とゆかりを更に引き離そうとした正にその時だった。

 

「……真田先輩こそ、自分が何を言ってるのか分かってんすか?」

 

暗く重い口調の声が辺りに響き、明彦達、そして洸夜も声の主の方を向いた。

 

「順平……?」

 

洸夜達が向いた先には、先程まで突然黙った順平がおり、今は帽子を深く被っており顔は見えない。

だが、先程の言葉には今まで感じさせなかった暗さがあったのは間違いない事実であり、順平の暗い何かは洸夜に向けれられている事に洸夜自身と美鶴達は感じ取った。

 

「どう言う意味だ順平? 言い方によっては只では済まさないぞ……!」

 

自分の言葉への反論、友への否定、掌返しの様な順平の態度に明彦は小さな声でありながら、確かに順平に聞こえる様に力の入った口調で順平を睨んだ。

口調には静かな闘志が、眼は獣すら睨み殺すと言わんばかりの鋭さを見せる明彦の姿に本来ならば順平は恐怖で怖じ気づいたり、冗談だと言うのであろうが、今回の順平は全く違うものであった。

明彦の言葉と視線に順平は、恐怖する処か特に気にする様子もなく洸夜の方を向く。

まるで、洸夜しか見えていないと思わせるかの如く、無駄のない動きで。

 

「瀬多先輩……結構前、俺に言ったすよね? ヒーローごっこなら辞めろって」

 

順平の言葉に、洸夜は彼の様子の変化に多少の驚きを見せながらも、その言葉の意味は覚えていた。

順平が入部する時、明らかにペルソナやシャドウを甘く見ている順平の言動を危うく思い、洸夜自身が順平に言った事だ。

今となってはチドリや色々な経験を積んだ事で、しっかりと成長した事で洸夜も順平にそんな事を言う事は無くなった。

しかし、何故今更、そしてこのタイミングでその話が出るのかは洸夜自身にも分からないでいる中、順平が静かに語り始めた。

 

「ずっと思ってたすけど……今回の一件で、俺の中で確信に変わったんすよ。瀬多先輩って、いっつも綺麗事しか言ってないすよね?」

 

「!?……」

 

洸夜は思わず息を呑む。

先程までゆかりを説得していた順平の変化での事も原因だが、それを踏まえても突然過ぎた。

順平達の前で弱さを見せまいと思い、平常心を保っている洸夜だが、『彼』の事を完全に乗り越えている訳ではない。

それ故に、ゆかりの事もあり洸夜は受け止めきれなかった。

 

「順平! お前まで……お前まで洸夜に責任を押し付けるつもりか!」

 

ゆかりと順平の変化に、遂に美鶴の堪忍袋の緒が切れようとしていた。

ここまで来れば冗談の域をとっくに越えている。

二人の変化は平等的な第三者が見れば不自然極まりないが、今のメンバー達の中にはそんな冷静な者は存在する筈がなく、美鶴の強い口調に噛み付くかの様に順平も強い口調で言い放った。

 

「だってそうじゃねすか! 満月の大型シャドウもニュクスも、全部『アイツ』がいたから勝てた様なもんじゃねえか!! 瀬多先輩はいつも、ここぞと言う時はいつも無力で……なにより『アイツ』がこの場にいない事が瀬多先輩の責任である証拠だ! どうせ、何かあったらヤバいとか思って力を出し惜しんでたんじゃねえのかよ!!」

 

「!……順平! お前、人が黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! 誰が力を出し惜しんだって!? もう一回言ってみろ! 誰があの状況で好き好んで力を出し惜しむんだ……!」

 

今まで黙っていた洸夜だが、ゆかりと順平の言葉に遂に限界を越え、順平の首筋の服を掴んだ。

誰が好き好んで力を抑えるものか。

シャドウやペルソナの事については、洸夜はメンバーの中で最も考えていた人物の内の一人であり、中途半端な真似は自分と周りすらも傷付ける事を分かっている。

なによりも、あの状況で出し惜しみなど出来る訳もなければする気は微塵もありはしない。

洸夜は全力でニュクスに挑んだ、そして他のメンバー同様にやられた。

その時の事がどれ程、今に悔やんだ事だろう。

『彼』がいない事は、洸夜だって悲しい。

それ故に、洸夜は順平の発言が許せなかった。

だが、順平の存在だけではなく、洸夜は自分に向けられているもうひとつの敵意の存在を忘れていた事に気付かされた。

 

『じゃあなんで『彼』がいないんですか!? 全力でやったんでしょ! だったらこの場にいない方がおかしいのよ!?』

 

順平同様にヒステリックに近い感じに感情を爆発させ、それをゆかりは洸夜にぶつけた。

ゆかりの眼からは大量の涙が溢れていた。

それはまるで、最後の望みにすがる人間の様に必死に思える。

だが、目の前の友への理不尽な状況に明彦も美鶴も黙っている訳がなく、順平とゆかりを睨み付けた。

 

「二人共、いい加減にしろ! 自分達がどれ程『アイツ』と同じ位、洸夜に助けられたか思い出してみろ! 自分達の事だけ棚に上げるな!」

 

「君達の成長を間近で見てきたのは間違いなく洸夜であり、あの状況の中で洸夜だけを責める事がどれ程に愚かか考えてみろ!」

 

明彦と美鶴の激が飛んだ。

内心でこの場の雰囲気が悪くなるのを感じ取ったのも理由の一つ。

そして、先輩二人の怒りに順平とゆかりも一瞬だが動きを止めた。

中々の迫力であり、流石は明彦と美鶴。

このままこの場を収めると、明彦と美鶴もそう思っていた……だが、この二人だけが例外になる訳がなかった。

 

"……守れない力。そんな力に意味ってあるのか?"

 

「「……!?」」

 

頭に流れる悪魔の囁き。

悲しそうな、そして無性に相手の心を逆撫でする様な口調。

突然の事に、美鶴と明彦は驚きで一瞬だが言葉が出せなかったが、明彦と美鶴は何かに気付いた様に眼を開くと、そのまま眼を険しくして謎の声を問いただした。

 

「……。(何者だ……そして、岳羽と順平に何を言った……!)」

 

「……。(二人の心変わりは……一体、誰だ貴様は!?)」

 

謎の声に対し、明彦と美鶴は相手の正体について問いただした。

シャドウ関連、 まだ知らぬペルソナ使い、桐条の何者か?

頭に直接声をかける異常な方法を持つのだ、二人は可能性のある物を全て頭の中に出したが、今一ピンと来ず、来たとしても余計に悩むだけ。

だが、二人は気付いていない。

そんな悩んだ瞬間が、心の隙を作った事に。

 

"力とは……使う為にある。時には傷付け、時には守る。それが力だ、そうだろ?……明彦"

 

謎の声は二人の言葉を無視し、静かな感情での突然の問い掛けに明彦は思わず身体を強張らせた。

客観的に見ればそれは、学校でボーっとしている時に先生に突然、問い掛けられた時の様な感じだが、実際はそんな笑える様なものではない。

全身が氷の様に冷たくなったと思えば、まるで別の誰かに自分の身体と意思を奪われた様な錯覚を明彦は覚えてた。

先程まで明彦が感じていた感情や考えをバッサリ切り捨てられた様になり、謎の声に明彦はまんまと意識を持ってかれてしまった。

 

「……。(なんだ……俺に何が言いたいんだ!)」

 

意識が持っていかれたとは言え、突然の感情の変化に明彦は困惑によって声を上げたが、謎の声は怯むどころか、寧ろ楽しそうに話し出した。

 

"明彦……お前は力を欲しているんだろ? 妹を守れなかったから、親友を救えなかったから、お前は力を求めた"

 

「く……! (だからなんだ……! それがお前に何の関係がある?!)」

 

謎の声の姿があったならば、明彦は睨み殺すかの様な目付きで睨んでいただろう。

明彦にとってそれは親友や仲間達ならばつい知らず、訳も分からない存在に触れられて良いものではなかったのだ。

 

"関係はないな……だが、力について聞きたくてさ。明彦、何も出来ない、しない力に意味ってあるか?"

 

明彦はその言葉に表情を歪める。

何も出来ない力、何もしない力について等、明彦にとっては既に答えが出ている存在だ。

それは何も"意味もない"ものであり、一言で言うならば"無力"。

明彦が最も嫌いな言葉の一つだ。

だが、明彦が表情を歪める理由は別にその事ではない。

何故、そんな事を自分に聞いて来た事に疑問を思ったからだ。

明彦は謎の声の意図が分からず、言葉を出さずにいると軈て謎の声が言葉を発した。

 

"目の前を見てみろ"

 

「?……。(目の前?)」

 

明彦は不安定な意識の中、謎の声に誘導される様に言われるがまま目の前を見た。

本来の明彦ならば、そんな事にも反発していただろうが、ゆかりや順平と同じ、謎の声に意識を持っていかれている為、そんな事はしない。

そして、明彦の目の前に写ったのはゆかりと順平の二人に八つ当たりの様に何か言われている親友である洸夜の姿があった。

何故か、目の前で起きている声が聞こえないが明彦は不思議と気にする事はなかった。

それはまるで、それが当然の事の様に明彦が感じていたからだった。

 

「はぁ……はぁ……! (洸夜がどうかしたのか……?)」

 

何故か、息がキレて仕方ない。

明彦は呼吸が苦しくなっている事に気付くも、それと同時に洸夜の事も気になり、息を乱しながらも謎の声に洸夜の聞き返し、それに対し謎の声は先程から全く口調を変えずに楽しそうに話した。

 

"無力だと思わないか? 『アイツ』を守れなかった哀れな愚者だ。昔にお前に似てるかもな?"

 

その瞬間だった。

その言葉を聞いた瞬間、明彦は意識を無理矢理自分の下へと戻す事に成功した。

自分は今、目の前の親友の事を守ろうとしていたのに、危うく目的を忘れそうだった事に気付くが出来たのだ。

いつの間にか、まんまと誘導されてしまった自分に対し、明彦は自分と謎の声に対し怒りを露にする。

 

「クッ! (二人にも同じ事をしたのか!? 洸夜へ何かぶつける様に!……ふざけるなっ! 洸夜は強い! 力も心も! 『アイツ』の事で洸夜一人が背負う事は何一つありはしない!!)」

 

"……"

 

感情的になった明彦だが、謎の声には届いていなかった。

寧ろ、謎の声の雰囲気が変わった気がした。

そう思った瞬間、明彦の景色が変わった。

 

"これを見ても同じ事が言えるか?"

 

謎の声が明彦にそう呟いた気がしたが、明彦は目の前の光景に先程の比ではない程に意識を持って行かれてしまっていた。

なにせ、それは明彦にとって忘れる事の出来ない光景なのだから。

 

「ここは……。(孤児院……!)」

 

明彦の目の前に写り出されたのは、いつもの寮ではなく、明彦の原点である孤児院。

妹、真次郎、この二人と共に過ごした場所であり、そして……その妹を失った場所。

目の前の燃え上がる孤児院は明彦から大事な者を奪い去った。

火事を起こした孤児院か、妹を助けに行こうとしたのを止めた孤児院の人か、明彦は一体、何を恨めばいいか分からなくなった。

だが、結局のところ明彦が誰かを恨む事はなく、自分の無力を恨んだ。

妹を助けられなかった、自分自身の無力を。

そして明彦は過去を思い出しながらも、何故、自分が今この光景を見ているのかを考える。

 

「……。(何故、この光景が……)」

 

幻覚、幻、色々とあるが、光景は妙にリアルだった。

燃える孤児院からの熱も感じる。

一体、これはなんなのか?

考える明彦だが、彼は全く気付いていなかった。

自分がまた、謎の声に誘導されていると言う事に。

そして、明彦は目の前で思いもしない人物を目撃する事になるのだった。

 

「!……。(まさか!……洸夜……?)」

 

明彦の目の前に写った人物は、自分の親友、瀬多 洸夜その人だった。

その姿は、今の高校生ぐらいの姿の洸夜。

実際ならばあり得ない光景、それは明彦と真次郎が子供の時の事だからだ。

その為、洸夜がいるのはおかしい事なのだが、明彦に写る洸夜は目の前の燃える孤児院をただジッと眺めるだけ。

その姿に、明彦は本当ならば変に思う筈が、まるで頭が麻痺したかの様に別の事しか考えられなくなっていた。

 

「洸夜……! (何故だ、何故何もしてくれない! お前なら助けれらる筈だ!)」

 

気付けば明彦は、目の前の洸夜に助けを求めていた。

まるで、心も当時の子供時代に戻ったかの様に。

だが、洸夜はと言うと明彦の声が聞こえなかったかの様に何も反応を示さない。

ただ、何かを見ているかの様に視線すら動かさない。

その反応に明彦は、もう一度言葉を発しようした時だった。

 

パァーン!

 

耳に響く破裂音。

爆竹か何かかと思うが、妙に鼻にくる火薬臭が気になる。

明彦は破裂音のする方を見た。

その光景に、明彦は言葉を失った。

 

「!?……。(シンジ!)」

 

明彦の目に写ったのは、燃える孤児院を背景に白い髪や身体に刺青を入れた男"タカヤ"に撃たれ倒れた少年"荒垣 真次郎"の姿だった。

そして、その瞬間、孤児院は崩れ去り、それに呑まれて真次郎とタカヤは消え、明彦の光景は戻り始めた。

光景が消える瞬間、何もしない洸夜の姿が嫌に明彦の印象に残ってしまったが。

そして、我に返った明彦の光景は元の寮へと戻る。

目の前では先程と変わらず、ゆかりと順平が未だに洸夜に何か言っている。

まるで、先程の光景を見ていた間、全く時間が流れていなかったかの様に何も変わっていなかった。

 

"なあ、明彦? 別に洸夜を責めろとは言わない。だが、洸夜の力は大きいものだった。なのに、この様だ……なあ、洸夜の力って一体何の為にあったんだ?"

 

先程とは打って変わって優しい口調の謎の声。

まさに飴と鞭。

その一言一言が明彦の脳へと染み渡って行き、明彦へ洸夜の事を考えさせた。

もう既に、明彦に先程までの勢いはなく、静かにゆかりと順平同様に堕ちて行くのだった。

そして、それは隣にいる美鶴も同じ事。

明彦と同時進行で、美鶴もまた謎の声によってとある光景を見せられていた。

美鶴にとっての最大の悲しき過去を。

 

『幾月ぃぃぃっ!!』

 

ペルソナを封じる十字架に縛られた美鶴と洸夜達を背景に、桐条 武治は幾月修司へ拳銃を向け引き金を引いた。

 

パァン!

 

破裂音がタルタロスに響き渡ると同時に、血を流しながら倒れる武治と脇腹から出血しながらよろめく幾月。

撃ったの武治だけではなく、幾月もまた拳銃を所持しており、武治へ反撃したのだ。

武治はそのまま力尽きたが、無駄死にではなく、致命傷を負った幾月もまた己の妄想を叫びながらタルタロスの奈落へと消えて行った。

これは、美鶴が父を目の前で失った時の出来事にし、美鶴にとって最大の心の傷であった。

父の為にペルソナ使いとなった美鶴だが、その父が死んだ。

その事実は美鶴を深く傷付け、もう戦う事すらやめようとまで思う程だった。

そんな過去の事を、美鶴は静かに第三者の形で眺めていた。

 

「……。(お父様……)」

 

今は乗り越えた過去とは言え、美鶴にとって父が全てだったのは紛れもない事実。

その光景に美鶴は父の事を呟き、謎の声は美鶴へ三人と同様に語り始めた。

 

"どう思う? 先程の光景を見る限り、洸夜がどれ程に無力だったか分かる筈だがな?"

 

「……。(……黙れ! こんな光景を見せてまで私に洸夜へ悪意を向けさせたいか!)」

 

謎の声に反発するかの様に強い口調で言い返す美鶴。

先程からこの様な事が続いていた。

光景が色々と変わり、謎の声が洸夜について悪い印象へと誘導する様に語る。

一部、 無理矢理に近い感じの所もあり、美鶴は当初、謎の声に耳を貸そうとしなかった。

だが、それで終われ良いが、頭では分かっているのにも関わらず、気付けば謎の声の言葉に誘導され洸夜へ負の感情を向けていた。

その事に美鶴は気付き、なんとか我に変えるが気付けば再び同じ感情を洸夜へと向けている。

まるで、決められた終着点への道を拒絶すれば、その終着点を選ぶまでずっと同じ所を歩かされると言う途方もない事をしている様だ。

同じ事、途方もない事、これだけでも人は疲れるものだが、美鶴はなんとか強い口調で反論し己を保ち続けてはいるが、確実に心は疲労して行く。

それを分かっているからか、謎の声も手を休める素振りがなく、声のトーン等が最初の時からずっと一定を保ち続けている。

それは端から見れば、入口付近にいる、村の名前しか言わないゲームキャラにずっと話し掛けている様にしか見えない。

 

"強がるな、お前も内心では一瞬でも思った筈だ。洸夜なら父親を助けられたかも知れなかったと……"

 

「くっ……! (違う、あれは全て……私が招いた事だ!)」

 

父の為にと思い、幾月に言われるままにS.E.E.Sを組織した美鶴は、父の死も自分が招いた事だと心では思っており、今でもやるせない気分が内側を今でも微かに覆っている中、己を見失わない様に謎の声に強気の姿勢を崩さなかった。

だが、そんな美鶴に謎の声は楽しそうな口調をやめなかった。

 

"そう自分を卑屈するな。……桐条 美鶴、お前は洸夜を信頼していた筈だよな?"

 

「……。(だからなんだ? 確かに信頼しているが、別に洸夜だけではない、私は全員を信頼している)」

 

美鶴のその言葉は嘘ではない。

洸夜と明彦の様に初期メンバーもそうだが、ゆかり達にも随分と助けられている。

自分と一人では、決して解決出来なかっただろうと、美鶴も分かっているからこその言葉だった。

 

"ふ~ん、まあ良いが……"

 

美鶴の言葉が気に食わなかったのか、謎の声はあからさまに口調を変えた。

つまらなそうであり、どうでも良いと言った様な感じにだ。

 

「……。(一体、なんだコイツは先程から)」

 

姿は見えないと言っても口調だけでも相手の気分が分かるものだ。

元生徒会長と言う事もあるのだろうが、やはり此方が話しているのにその態度は美鶴は気に入らなかった。

だが、そんな呑気な事を考えている暇等はなかった事を、美鶴はすぐに知る事となった。

謎の声は、今度は少し小馬鹿にする様に口調で美鶴に話し掛けるが、その内容に美鶴は思わず反応する事となる。

 

"結局の所、洸夜はお前を"裏切った"んだな"

 

「!?……。(どう言う意味だ……!)」

 

その言葉に美鶴は反応してしまった。

洸夜の今までの頑張りを考えれば、裏切り等と言う言葉は全く縁遠い言葉だからだ。

それを理解しているからこそ、美鶴の口調は少し強くなるが、謎の声は怯む事もなく話を続けて行く。

 

"洸夜は強い、洸夜は頼りになる、洸夜は安心できるよな? "

 

「……! (まどろっこしい! 言いたい事があるならハッキリ言えば良い!)」

 

"ならば言おう。お前は洸夜を信頼していた。ペルソナ使いとしても特殊であり、実戦経験も多く時には臨機応変にメンバーを手助けする……正に影のリーダーだ。だが、そんな洸夜は結局、お前の信頼を裏切ったんだ"

 

「なに……?」

 

その言葉に美鶴も思わず直接、口に出してしまった。

洸夜が自分の信頼を裏切った等と、美鶴には少なくとも心当たりがまるでなかったからだ。

 

"良く考えて見ろよ? 真次郎、父親、ストレガ、そして『アイツ』……一体、誰を守った? ペルソナを多数同時に召喚出来る程の力持っているんだぞ? あの時、洸夜がもう少し動きを見せていれば、お前の父親はもしかしたら……"

 

「ッ!……。(止めろ!! あの時、幾月の装置で私達は全員ペルソナを封じられていた! それは洸夜も例外ではなかった!)」

 

美鶴は強く首を振り、その言葉を否定する。

自分の言った言葉通りの意味であり、洸夜もアイギスのせいだとも思っていないからだ。

しかし、同時に美鶴は今、後悔の渦に呑まれようともしていた。

もし、あの時に何かしらのアクションをしていれば父は死ななかったかも知れない。

あと少しでも違えば、命だけでも助かったのかも知れない。

その様な考えが、美鶴の中で膨らんでいき、最早ギャンブルやクジ引きの感覚に近いモノとなっている。

負けていて引き上げようとしても、あと一回だけお金を入れれば負け分すらも取り返せる当たりが来るかも知れない。

あの時、別のクジを引けば一等だったかも知れない。

第三者では感じる事が決して出来ず、当事者にしか感じる事しか出来ない後悔。

当事者であり、目の前で起こったからこそ、不可能ではなかったかも知れないからこその後悔程、人は諦め切れず、前を見る事も曇らせ、やがて膨らみその人の心の重荷となって行くのだ。

今の美鶴はまさに、謎の声の言葉によってその後悔に呑まれており、その感覚とも共に嘗て抱いた父への想いも膨らませて言った。

父に褒められたい、父に甘えたい、父の力になりたい。

美鶴は後悔と、自分の原点の想いが甦った事で胸の中の違和感が強くなり、胸糞悪くなったみたいに胸の真ん中を右手で掴んだ。

まるで、心臓を握り潰すかの様に。

 

「ウグッ……! (お父様……お父様……! あの時、何か一つでも違っていれば、お父様は生きていたのか……!)」

 

"それが出来たのは洸夜だっ! 『アイツ』でも明彦でも、ゆかり達でもない! 瀬多 洸夜! アイツだけだったんだよ! だが、アイツもまんまと皆と同じ様に捕まった! 特別だったにも関わらずな!"

 

謎の声が美鶴の頭へ直接響き渡った。

ここぞとばかし言わんばかりに、強く、ハッキリと心に刻み込むかの様に。

 

"本当に守って欲しい時は無力! その時点で瀬多 洸夜は、お前の信頼を裏切ってたんだよ!!"

 

「あぁ……私は……洸夜……。(お……父様……)」

 

美鶴は静かに堕ちてゆく、皮肉な事に大切な父への想いがトリガーとなって。

 

"脆い絆だな……"

 

美鶴の意識が洸夜へ向かう最中、皮肉めいた謎の声の言葉が聞こえた気がしたが、今の美鶴の意識には残る事はなく、明彦と美鶴の心が堕ちた時、ゆかりと順平は未だに洸夜と揉めていた。

 

「誰も助けれらない善よりも、俺は誰かを助けられるヒーローごっこの方がマシだぜ!」

 

順平は心の底から叫び、その叫びを洸夜へとぶつけているがその言葉は洸夜達、そして順平自身の今までの成長を否定している事に本人は気付いていない。

最早、苛烈な感情でしか行動しておらず、頭では行動していない。

周りを気にせず、感情のみの行動は、一歩間違えれば只の駄々っ子と変わらないのかも知れない。

そんな順平の言葉に、洸夜は疲れた様に右手を額に当て、顔を少し歪ませた。

 

「いい加減にしろ……頼むから、落ち着いてくれ」

 

感情的な言葉は、言っている方は気にしていないと言うより、気にする気もないが聞いている方からすれば場合によるが、多大なストレスを相手に与える。

何度も言うが洸夜も『彼』の事で完全に立ち直っている訳ではなく、あくまで美鶴達を支える為に無理矢理に心を保たせているに過ぎない。

そして、順平達の言葉に洸夜の心の補強は確実に削られており、洸夜は何とかそれを阻止する為に説得しようとする。

これ以上は、自分も冷静ではいられなくなる、内心で洸夜はそう思っていた。

その時だった、順平に更に触発されたのか、感情的なゆかりが言ってはいけない事を言ってしまう。

 

「何でそんな風に冷静で要られるんですか! 『彼』……死んじゃったんですよ? 守らなかった癖に……助けられた癖に……先輩が……先輩が……『彼』を"殺した"様なものじゃないですか!!」

 

感情的な言葉。

それは己を淵を代弁しているとも言っている言葉。

何も考えずに、己の事しか考えておらず、誰も味方も敵も関係なく発し続ける。

だから当然の事なのだろう、その言葉が"過ち"と気付き、後悔と変わってしまうのは。

 

「あっ……」

 

「!……あっ……」

 

ゆかりと順平は漸く落ち着き、自分達の言った事の重大性に気付いた。

だが、遅かった、なにもかも遅かった。

 

「……今、なんて?」

 

洸夜はゆかりの眼を見て、そう言った。

恐ろしい程に虚ろな眼で。

顔は無表情だが眼は笑ってない。

怒っているのかどうかも分からない。

ただ、ゆかりと順平が分かるのは自分達が言ってはいけない事を言った事だけだった。

しかし、だからと言ってその現実にすぐに向かい合えるかと言うと別の話だ。

 

「あっ……いや……い、行こうぜ……ゆかりっち! ここに居たって、何もなんねえし」

 

「……う、うん」

 

感情的な言葉が生む過ちは、後悔等も生むが同時に引っ込みがつかなくなり、当事者を意地にしてしまう。

間違いと思っていても、相手がどう思っているのか分からない為に不安になり、保留や自然消滅を願う。

自分が傷付きたくないからだ。

何もしなければ、下手に傷付く事はない。

弱い人間と言えばそれまでだが、自分を守ろうとするのは皆同じ、その点を否定する事は誰にも出来ないのだ。

今の順平とゆかりも、この境遇に近い状況となっており、まるで洸夜から逃げる様に階段を昇り自室へと帰って行った。

一度も、洸夜の方を振り向かずに。

そして、今この場にいるのは静かに順平達が消えていった階段の方を眺めるながら佇む洸夜と、美鶴と明彦の三人だ。

 

「洸夜……一つ、聞きたい」

 

「……なんだ?」

 

洸夜へ背を向けながら、明彦は洸夜へ問い掛け、洸夜も覇気が薄れた声で答える。

明彦のその様子は順平とゆかりとは違い、あからさまに態度には出ていないが雰囲気は暗かった。

 

「別に俺は『アイツ』の事はお前の責任とは思わん。だが……お前の……お前の"力"は一体、何の意味があったんだ?」

 

明彦は悲しそうな表情を浮かべながら振り返り、洸夜へそう告げる。

まるで、弁護出来ないと言っている様なその表情は、匙を投げた医者の様にも思える。

明彦が自分に対して何を言っているのかは、洸夜自身にも理解出来ていないが、聞きたくないと言う事実は変わらなかった。

しかし、明彦は言葉は止めなかった。

先程の事も踏まえて洸夜は困惑していて返答が遅れただけなのだが、明彦は沈黙と言う名の返答と受け取ってしまったのだ。

 

「思えば、満月のシャドウやストレガ、そしてニュクス……全部『アイツ』が解決した。洸夜、お前は……お前の力は本当に必要だったのか?」

 

「!……待て!何が言いたい、明彦!?」

 

背を向けたまま立ち去ろうとする明彦に、洸夜は右手を前に出しながらそう言って止めた。

しかし、明彦は今度は振り返らず、ただ一人ごとの様に小さく呟いた。

 

「洸夜……何も守れない力に"意味"なんてない」

 

そう言って、明彦は今度こそこの場を去って二階へと上っていった。

そして、洸夜はそんな明彦の背中を見ながらも、何も言う事は出来なかった。

失望したと言わんばかりに拒絶の意味での迫力が明彦の背から放たれていたからだ。

そんな友の後ろ姿に、洸夜の心も限界に近付いていた。

 

「なにが……一体、なにが? 俺は……! 俺は……俺が『アイツ』を!? 」

 

ゆかりも順平も明彦も、一体、何故あんな事を自分へ言ったのか? 洸夜は考えようとするが、頭も心を支え様としている為に冷静な答えが浮かばない。

と言うよりも、洸夜の眼も視点が定まっておらず、冷静な考え等は最初から出来ないのは誰の眼から見ても明らかだ。

心は強く保とうとするとそれを実行するが、崩れれば何処までも堕ちて行く。

『彼』を殺した。

その言葉だけが洸夜に頭に残り響き続ける。

鐘か何かの様に反響の様に何度も何度も、頭に響きながら。

余りの事に洸夜は思わず、頭を抑えた、その時だった。

 

「洸夜」

 

洸夜は背後から声を掛けられ、反射の様にバッと首だけ動かして背後を見た。

実際には見なくても誰かは分かっていたが、見ずにはいられなかった。

何でも良い、このジワジワと込み上がってくる苦しみから気を逸らせるなら、そんな思いで洸夜は背後の人物の名を呟く。

 

「……美鶴」

 

そこには、一人残された美鶴の姿があったが、何故か洸夜から眼を全く逸らさずにいた。

普通より逆に不気味だったが、今の洸夜にそんな事を考える余裕はなかった。

 

「美鶴……! 俺は!俺の力は……! 俺は『アイツ』をーーー」

 

頭で考えるより、感じているままに喋ろうとしている為、洸夜はテンパる様に喋っていた。

洸夜はただ、否定して欲しいだけだ。

自分の力と『彼』を殺したのが自分ではないと言う事を。

それを否定してくれるならば、小さな子供だろうが小動物だろうが何でも良かった。

ただ、自分が"崩れる"前に否定してくれれば誰でも。

そんな風に洸夜が喋る中、願いが通じたのか美鶴は静かに洸夜の近付いてきて、一言呟いた。

 

「洸夜、今は喋らなくて良い」

 

優しい口調だった。

美鶴のその言葉に、洸夜は少しだけ安心して心に僅かなゆとりが生まれた。

美鶴の話す内容によって"最悪のタイミング"となって。

 

「お前を信じた……私達がいけなかったんだ」

 

洸夜は思わず頭が真っ白になった。

人間って、本当に頭が真っ白になるんだ……等と考える余裕もない程に唐突に。

別に、言葉の理解出来なかったか訳ではない、寧ろ理解してしまったからこそに真っ白になったのだろう。

不思議と分かってしまったのだ。

先程の美鶴の言葉の真意が別に洸夜を慰めるつもりで言った訳ではないと言う事に、その逆の感情の中の"失望"と言う真意が。

洸夜はその場で佇みが、美鶴は特に気にする事もなく二階へと消えて行き、こに場には文字通り洸夜一人だけになってしまった。

テーブルに置かれているケーキの材料の入った袋は何とも場違いだが、そんな事を言う者すらこの場にはいない。

 

「……『■■■』、俺は……お前を……一体、なんで……」

 

眼に力が入っておらず、光も覇気も消えたまま洸夜はその場で膝をついてしまう。

大切な者の"死"の中で、言葉の集団攻撃を受ければ心が折れるのは容易であり、洸夜の心は静かに折れていった。

 

『我は汝……汝は我……。汝、新たなる絆……見出だしたり』

 

一瞬、何かの声が聞こえた気がしたが、洸夜の意識からはすぐに消えて行き、やがて洸夜は立って冷蔵庫に材料を入れると、寮の自室へと消えていった。

 

「クゥ~ン……」

 

テーブルの下から出てくる、一匹の目撃者の存在に気付かないまま……。

 

 

End【後半に続く】



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外伝 : 影の終演、霧の開演 【後編】

後編です。


二年前……。

 

同日。

 

現在、私立月光館学園・巌戸台分寮【各自室】

 

あの後、各メンバーは黙って己の自室へと戻って行った。

だが、メンバー全員の顔は暗く、雰囲気も覇気が全くなかった。

最初に戻った順平とゆかりですら、エントランスでは色々と言っていたが、二階へ上がった後は互いに何も言わずに自室へと戻った。

明彦と美鶴も同じだった。

しかし、そんな全員にも共通する事はある。

それは、全員が自室へと戻り、部屋の入口で扉に背を向けたまま、ゆかり、順平、明彦、美鶴の四人全員が言った言葉だ。

 

「わ、私……洸夜さんに何て事……!」

「ハァ……!ハァ……! 俺……俺……先輩に……なんであんな事、言ったんだよ……!?」

 

「なんで俺は……洸夜にあんな事を……!」

 

「私は……一体、何を……何故、洸夜を……!」

 

全員が後悔していた。

顔色が青白く、視点も揺れ、ゆかりに関しては罪悪感によって己の両腕を掴んでいる。

四人共、一体自分が何であんな事を洸夜へ言ったのか分からないのだ。

『彼』に対して、洸夜だけの責任なんてありはしない。

自分達は洸夜に何回も守られて来たのは、自分達が一番良く分かっている事実。

なのに、あの時はそんな事、微塵も考える事は出来なかった。

 

「私は、洸夜……すまない……!」

 

美鶴も後悔の渦にいた。

他の仲間以上に洸夜に支えられて来たのにも関わらず、自分はとんでもない事を洸夜へ言ってしまった。

 

「どうして……! どうしてだ……私は!」

 

美鶴は両手で眼から上を隠す様に掴み、悲痛の叫びをあげる。

全部、己のせいだと思い込む美鶴。

"謎の声"の存在等、とても薄い存在と言わんばかりに記憶から消えている事にさえ気付かずに。

そして、時間の流れも美鶴は感じる事も出来ず、自室に戻ってから一時間近くも扉の前で佇んでいた時だった。

 

buuuuu!buuuuu!

 

「っ!?……電話か?」

 

意外にも、スカートのポケットに入れていたマナーモードにしていた携帯が美鶴を現実へと戻す切っ掛けとなる。

罪悪感や後悔の気持ちの中では電話に出たくなかった美鶴だが、それで出ない訳にはいかなかった。

宗家の者からの連絡の可能性もあるからだ。

影時間と言った桐条の罪の一つの終焉を迎えた今ならば、尚の事。

美鶴は静かに、そして迅速に携帯を取り出しディスプレイを見た。

そこには『桐条宗家』の文字が写し出されていた。

 

「……。(やはり宗家か……)」

 

写し出される文字に、美鶴はやはりかと思いながらも電話に出る事にした。

 

「私だ」

 

凛とした口調で電話に出る美鶴。

この番号を知っているのは一部の者達だけである為、これだけの短い言葉でも十分なのだ。

相手が宗家の人間ならば尚更だ。

そして、宗家の者からの話を聞く事数分後。

 

「なに……?」

 

美鶴はその電話の内容に、表情を僅かに歪ませたがすぐに表情を直す。

当然の内容だったからだ。

"宗家に一旦、戻って来て欲しい"……そう言う予想の範囲内過ぎる内容に、美鶴は一旦は戸惑うものの、拒否等出切る訳もなく承諾するのには時間は掛からなかった。

 

▼▼▼

 

数日後。

 

現在、桐条宗家【とある部屋】

 

あれから少しの日数が経った。

美鶴は電話の通り宗家へと戻り、グループの事を始め、影時間やS.E.E.S解散の事を中心に話をしていた。

今は一旦、話が纏まり美鶴はとある一室で腰を掛けて紅茶を飲みながら一息着いていた。

また、この一室は流石は桐条宗家と言うべきか、誰が見ても高級だと分かる装飾や家具が置かれており、普通の者ならばお世辞に一息等は着けない。

しかし、昔からこれが普通の美鶴は話が別で、静かに一息着いている。

だが、その表情はどこか暗いものだった。

 

「……洸夜」

 

宗家からの迎えは早く、あの電話からすぐに迎えの者が寮へ訪れた為、洸夜の下へ向かう事は愚か、どの様な状態なのかも分からないまま来てしまった。

しかも、あの一件から数日経っているが、美鶴に寮へ帰る暇等あるわけもなく、更に洸夜へ会う事は出来なかった。

電話とて例外ではなく、少しでも早く話し合いを終わらす為に美鶴はこの数日をそれだけに費やした。

早く、寮へと帰る為に。

 

「後悔しか残ってないか……」

 

美鶴はそう呟くと、独特な模様とお洒落な装飾をしたのティーカップと受け皿をテーブルの上へと置いた。

この数日、寮へと帰る為に休む時間を無くしてまで費やしていたが、話し合いの時等、全ての時に頭の片隅には洸夜がいた。

プライベートと仕事を分ける。

美鶴はまさにそんな人間だが、美鶴自身も困惑する程に頭の中には少しでも洸夜の事を考えてしまっていた。

やはり、後悔しているのだ。

自分から洸夜を勧誘しておいて、勝手な事ばかり言ってしまった事に後悔ばかりが生まれる。

 

「……許してもらえるのだろうか」

 

独り言を呟き、美鶴は気分を少しでも紛らわす為に再びティーカップを持ち上げ時だった。

コンコンと、扉を叩く音が部屋へ響き、それは当然美鶴の耳にも入り、美鶴は思わずティーカップと受け皿を持つ手を止め、目付きを少し厳しくして扉を睨んだ。

 

「菊乃には誰も近付けるなと言ったんだが……」

 

少しだけ一人になりたかった為、決めた時間までは誰であろうと通さない様に幼なじみであり、メイドの菊乃に言っていた美鶴。

だが、時間はまだにも関わらず、目の前で扉は叩かれた。

菊乃の性格から本人ではないと美鶴は予想し、親族の誰かかと予想する。

親族の者ならばしそうな事だからだ。

美鶴は、やれやれと言った感じに疲れた表情で扉の前へと移動し、一体誰かと聞こうとした時だった。

扉の向こう側から、菊乃ではない女性が話し掛けてきたのだ。

 

「美鶴、今大丈夫かしら?」

 

「!?」

 

女性の声と口調は優しそうで、そしてどこかおっとりとした感じのものであった。

そして、同時に美鶴はその声の持ち主が誰かすぐに分かった。

この声と雰囲気の持ち主は、美鶴の記憶の中で一人しか該当せず、美鶴は慌てて扉を開き、その女性の事を呼んだ。

 

「お母様……」

 

開いた扉の前に立っていたのは、今は亡き桐条 武治の妻であり、美鶴の実母『桐条 英恵』だった。

身体が弱い為、基本的には空気の綺麗な場所で静養していたが、武治が亡くなった事で宗家に帰って来る事が多くなっていたが、この数日間は少なくとも宗家にはいなかった為、帰って来たのはついさっきと言う事になる。

勿論、美鶴も何も聞いていない。

 

「久し振りね、美鶴」

 

「お母様……どうなされたんですか? 戻って来るなんて話は……それにお身体は大丈夫なんですか?」

 

突然の来訪での困惑と、身体が弱い事を知っている為に美鶴は英恵の事を心配する様に近付くと、英恵の後ろにいた菊乃が美鶴と英恵に黙って一礼すると、静かにその場を後にした。

明らかに気を効かせたとしか思えない菊乃の行動はともかくとして、美鶴は母親である英恵を室内へ通し、向かい会う様に座りながら美鶴は英恵にも紅茶を入れ、英恵は静かにそれを口にして一息着いた。

 

「ふぅ……美味しい。紅茶を入れるのが上手いのね美鶴」

 

自分しか飲まないと思って準備し、そんなに手の込んだ事はしていない為に味には自信が無かったが、少なくとも美鶴は誉められるのは悪い気がしなかった。

しかし、美鶴が母から聞きたいのは紅茶の感想ではない。

 

「あの……それでお母様、どうなされたんですか。何か急用でも?」

 

美鶴は身体が弱く、先代の当主である武治の妻であり、美鶴の母と言う桐条でも重要な位置にいる英恵が何の意味もなく宗家の戻って来るとは思えなかった。

その為、自分には知らない何か特別な事でも起こったのではないかと、内心で警戒をしていた。

しかし、そんな美鶴の内心とは裏腹に英恵は、娘の堅苦しい反応を見て、あらあら……と困った感じに言うが表情は楽しそうに笑っている。

そんな母の様子に美鶴は更に状況が分からなくなった。

 

「お、お母様……?」

 

「ふふ……安心して、少なくとも一族の事とかではないわ。ただ、大切な一人娘と話がしたかったの」

 

「話? そんな……お母様、御身体の事もあるのに、わざわざそんな事だけの為に宗家へ戻られたのですか!?」

 

母の意外な言葉に、美鶴は思わず椅子から立ち上がってしまった。

別に美鶴は母と話すのが嫌な訳ではない。

ただ純粋に、身体の弱い母を想っての事だ。

気持ちは嬉しいが、自分と話す為だけに来た事で万が一が起こってしまえば、少なくとも美鶴は父である武治に顔向けが出来ない。

そして、そんな娘の想いは勿論、英恵にも伝わっていたが、その表情はどこか寂しそうな表情だ。

 

「……ありがとう、美鶴。私の身体を気遣ってくれてるのね。でも、近頃は体調が良いから大丈夫よ」

 

英恵はそう言って紅茶の入ったティーカップと受け皿を膝へ置くが、内心では違う想いがあった。

はっきり言えば、娘の言葉が寂しかったのだ。

一般の家庭では、親子で会話したり相談を聞いたりするのが普通の事で、それが本来の家族と言う形だと英恵は口にはしないが思ってはいた。

だが、只でさえ"桐条"と言う特別な中にも関わらず、亡くなった夫は多忙、当の自分は身体が弱い為に静養地から出るだけでも大事だ。

その為、まもとに親子の会話等、殆ど出来た試しがない。

頭では理解していたとは言え、英恵はそんな想いを胸にしまいながら目の前の娘を見る。

一般から見れば普通ではない状態を、美鶴からすれば"普通"にしてしまったのは間違いなく自分達と"桐条"だと、英恵は分かっている。

故に悲しかった。

まともに、一人娘と話も出来なかった事を。

そして、美鶴もそんな母の真意は分からずとも、母が何かを思っている事は察すると静かに腰を掛け直したが同時に部屋に少しだけ重い空気が流れ始めた。

そんな時だ、英恵は再び一息入れて肩の力を抜くと、静かに自分がここに来た真意を語り始めた。

 

「……美鶴。私が此処に来たのは、貴女と話したかったって言う事は本当なの」

 

「それは分かりました。ですが、何故急に? 今回、宗家で話した事は時期を見計らってお母様にも伝えるおつもりでしたが……」

 

「実はね、貴女が宗家へ戻って来た日に菊乃さんから連絡を頂いたの」

 

「菊乃から……?」

 

美鶴は頷く母の言葉に、思わず頭を押さえてしまった。

美鶴と菊乃のは昔ながらの関係で、長年桐条のメイドをしているが実は彼女のとある経歴から桐条と言うよりも、"美鶴"個人を第一の行動をする為、美鶴の障害となるならばそれが美鶴の身内でも容赦はしない。

勿論、美鶴自身もそれを察しているが、今度は何の目的で実の母である英恵を呼び出したのかと言う問題が発生する。

美鶴からすれば自分の為とは言え、菊乃が美鶴に直接彼女に自分の行動の思惑や真意を語る事はまず無いからだ。

その事もあり、美鶴は今回の一件に菊乃が絡んでいると知って頭痛を覚えてしまった。

 

「……はぁ。(菊乃め、今度は何を考えている?)」

 

問い詰めた所で吐く様な者で無いのは美鶴が良く知っており、答えを知るのは先になるかも知れない、と美鶴は思った。

しかし、美鶴は答えを案外早く知る事となる。

やれやれと言った娘の姿に、再び、あらあらと言った様子の実の母によって。

 

「美鶴、菊乃さんは別に何も企んでいないわ」

 

そう言ってティーポットも持ち、高く上げて空になったティーカップへ注ぐ英恵。

その紅茶の入れる無駄のない動作から、案外日頃から自分で入れているのかも知れない。

そして、そんな優雅にティータイムを楽しむ母の姿に、美鶴は菊乃は本当に関与しているのだろうか? と思い始めた時だった。

 

「先ほど言った菊乃さんからの連絡と言うのはね、美鶴……貴女についてよ。宗家に戻った貴女の様子がおかしい、それが菊乃さんが私に教えてくれた内容よ」

 

「っ!?」

 

美鶴は思わずハッとなった。

宗家へ戻って来てから、洸夜の事や残して来たメンバー達の事で少し様子がおかしかったのかも知れない。

しかも、特に周りが気付かなかった事は愚か、美鶴自身も気付く事は出来なかった。

だからこそ、ずっと美鶴を見てきた菊乃だけが気付き、静養中の英恵に連絡をとり現在に至らせたのだろう。

 

「……。(菊乃には気付かれていたのか……だがーーー)」

 

美鶴は己の私情を抑えきれなかった事、そして菊乃の洞察力を評価する反面、静養中の母を宗家へわざわざ呼んでしまった事に罪悪感を覚える。

はっきり言えば、今回の美鶴の異変の中心点は洸夜との一件だ。

つまり、完全に自分が招いた事なのは明白であり、そんな事の為に母が来てくれた事が美鶴にとって申し訳なかった。

 

「……いえ、特におかしい事はありません。私は菊乃の気のせいだと思いますが?」

 

美鶴は誤魔化す事を内心で決め込んだ。

こうなればこの話題を迅速に終わらせ、宗家で少し休んで頂いた後に母には静養地に戻って安静にして貰おう。

そう考えた美鶴は、身体の弱い母に余計な心配をさせまいと頭の中でシナリオを考え、場を誤魔化す為にティーカップを口へと運んだ。

だが、そんな娘の行動に英恵は何かに気付くと小さく微笑み、まるで小さなイタズラを叱る様に美鶴へ優しく言った。

 

「中身が空よ、美鶴」

 

「っ!」

 

美鶴は母に言われて自分でも初めて気が付いた。

己のティーカップの中身が空っぽである事に。

中身の存在にすら気付かなかった等、これでは説得力がまるで無い。

 

「お、お母様……こ、これはその……!」

 

生涯で最後となるであろう、見事なまでの墓穴に美鶴自身も困惑を抑える事は出来なかったが、それでも何とか言い訳を考えようとする。

しかし、英恵はそんな娘の様子に楽しそうに見ており、最早何を言っても無駄なのは分かりきっていた。

それでも尚、美鶴は言い訳を考えようとするが、軈てそんな自分が惨めだと気付き、静かに椅子に座り直し、そんな我が子を見て英恵も助け船を出した。

 

「美鶴、貴女と一緒にいた時間は少なかったけど、話してくれないかしら? こんな私でも、少なくとも聞いてあげる事はできるわ」

 

そう言って静かに、そして優しい眼差しで美鶴を見る英恵。

最早、美鶴が何かで悩んでいるのは完全にバレている。

その事は美鶴自身も気付いており、母である英恵の言葉に美鶴が折れるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……聞いて頂けますか、お母様?」

 

そう言って、漸く素直になった娘に英恵は優しい微笑み頷いた。

 

「ええ、その為に来たんですもの」

 

母の言葉に美鶴はすぐに言おうとしたが、やはり少しだけ戸惑ってしまうが、おっとりとした英恵の雰囲気が背中を押し、ゆっくりとだが母へ語った。

自分が一人の少年をS.E.E.Sに勧誘した事から始め、自分がその少年から色々と教えてもらった事、その少年や仲間から沢山助けて貰い、同時に支えられた事。

だが、自分がその少年に酷い事を言ってしまい、何も言えないまま宗家へ戻って来てしまった事。

美鶴はが起こった事、思った事を出来るだけ、そして言えるだけ母に伝えた。

伝える間は吐き出した事で胸が楽になっていったが、同時に楽になっていく事への罪悪感が生まれるが、美鶴は全部伝えた。

全部、母に聞いて欲しかったから。

そして、軈て美鶴が全部言い終わると、英恵はティーカップをテーブルに置き、膝に両手を被せる様に置くと真剣な表情で何かを考え始め、そんな母に対して美鶴は口を開いた。

 

「……私は、どうすれば良いのか分からないのです。お母様」

 

「そうね、難しい問題だけど……美鶴、貴女は自分がその方に言った事はどう思っているの?」

 

その言葉に、美鶴は少しだけだが俯いてしまう。

 

「……間違った事です。洸……その者は、ずっと周りを支えてくれていました。勿論、私の事も……なのに私は……!」

 

思わず洸夜の名を言いそうになったが、思わず言い直した美鶴。

理由は自分でも分からなかったが、今は自分の思った事を口にし、その美鶴の様子に英恵は再び何かを考え始めると落ち着いた様子で呟いた。

 

「……そうね、なら美鶴。まずはーーー」

 

「……。(お母様が言おうとしている事は分かる。まずは謝罪だ)」

 

英恵の話の途中に美鶴は母が何を言わんとしようとしているのか悟った。

手遅れになる前に御詫びしなさい、謝罪しなさい。

美鶴の頭の中で、母の声でそんな言葉を脳内再生してしまう。

思わず、自分の手を握る力が強まる美鶴だったが、母英恵の言葉は美鶴の考えていたものとは少し違うモノだった。

 

「その方に……"会いなさい"」

 

「……え?」

 

会いなさい。

母は自分にそう言ったと、美鶴は認識すると同時に意味が理解できない事で困惑してしまう。

だが、娘のそんな反応は予想の範囲内だったのか、英恵は更に話し出した。

 

「美鶴……もう一つ聞いて言いかしら?」

 

「っ! は、はい……なんでしょうか?」

 

「人が最も恐れるのは何だと思うかしら?」

 

おっとりした口調の割りに中々に深い事を美鶴へ問い掛ける英恵に、美鶴はすぐにその答えを考えた。

大切な物を無くす、己が傷付く、誰かを亡くす、己の死。

美鶴は色々と候補を頭の中に浮かべるが、答えが一つに絞る事が出来なかった。

恐らく、人それぞれによって答えが異なる。

美鶴はそう思ってしまい、中々答えが言えなかった。

 

「ふふ、難しく考えてしまっているのね」

 

「!」

 

まるで己の心を読まれた様に思い、母の言葉に美鶴が思わず頬を仄かに赤らめる中で英恵は静かに答え合わせを始めた。

「それはね、美鶴……自分の"心"が傷付く事なの」

 

「心が……傷付く?」

 

美鶴の言葉に、英恵は静かに頷く。

 

「その人にとって大切な人や物を亡くしたり、自分の体が傷付けば、人は寂しさや悲しさ、痛みや恐怖が不安になって心を傷付ける。怪我と違って目に見えないから、人は余計に心が傷付く事を恐れる……」

 

英恵はそこまで言うと、少し悲しそうな表情になりながらも再び語りだした。

 

「小さな子から、お年老いた方は勿論、権力を持つ人達だって……今の地位や生活を失いたくな、結果が出せない……そんな風な想いから自分の心が傷付かない為に許されない事をする人も大勢いるわ。それによって、別の誰かが傷付く事になっても……」

 

「お母様……」

 

美鶴は母の言葉に、その真意を察した。

静養地に日頃いるとは言え、英恵が武治の妻であり桐条の人間なのは変わりない事実。

色々と、そう言う者も見てきたのだろう。

美鶴はそう思う中、父が母を静養地に住まわせ、宗家から遠ざけていたのは身体が弱い事だけが理由ではなく、そう言う者達から遠ざけるのも目的だったのかも知れないとも思った。

そんな風に、美鶴が色々と考えていた時だった。

英恵が静かに美鶴を見た。

 

「美鶴、貴女……その傷付けてしまった方に会うのが恐いのね」

 

誰も傷付けない様な優しい雰囲気のまま、英恵は美鶴へそう言った。

同時に、美鶴はその言葉を聞いた瞬間、自分の胸に刺さる小さな針が抜けた様な感覚を覚え、漸く気付く事が出来た。

寮を出る時、急いでいたと言うのは言い訳で、本当は自分が洸夜に会うのが恐かったのだと美鶴は母の言葉で気付く事が出来たのだ。

 

「美鶴、私はこう思っているの……心が傷付くのは辛い事だけれど、全く傷付かない者にはその苦しみを知る事は絶対に出来ない。そして、誰かの為に傷付く事が出来る人が本当に強い人だと私は思います」

 

「誰かの為に……傷付く事が出来る人」

 

その言葉に美鶴は、咄嗟に『彼』と洸夜の姿が思い浮かんだ。

戦いの時、あの二人の姿は後ろ姿しか基本的に見た事がなかったからだ。

最後の最後まで。

 

「勿論その方と会う事でその人が傷付くかも知れない。けれど、何もしなければ何も変わらず、お互いに傷付き続ける事にもなるわ。でも、お互いに誰かの心の痛みを分かってあげられる同士なら、きっと仲直りが出来るわ。だって、少なくとも貴女は誰かの心の痛みを分かってあげられる子ですもの」

 

「お母様……」

 

心が楽になった気がした。

すっと、重りの様に取れなかったモヤが全部ではないが、話を聞いて貰い助言をもらった事で美鶴はそう思った。

いや、もしかしたら母と話したからかも知れない。

美鶴に漸く笑顔が戻り始めた。

宗家に戻ってから、始めての笑顔だった。

そして、同時に美鶴は決心する、洸夜に会うと。

本当ならばすぐにでも寮に戻りたかったが、今はそうも行かない。

決心はしたが、再び問題が出来た事で美鶴の笑顔が若干だが曇る。

しかし、何かを決心した娘の姿と笑顔をみた英恵は、美鶴の姿を見ると満足したかの様に微笑んだ後、部屋の扉の方を向き、ある人物の名を呼んだ。

 

「菊乃さん」

 

英恵の声と共に静かに扉が開き、そこには礼儀正しく綺麗に頭を下げる菊乃の姿があり、菊乃は頭をあげると静かに言った。

 

「御車の準備は整って下ります」

 

そう言って再び頭を自分に下げる菊乃の姿に、美鶴は困惑気味に楽しそうに笑っている母の方を向いた。

 

「行きなさい、美鶴。宗家の事は私に任せなさい」

 

まるで、最初からこうなる事を知っていたかの様な反応の母の姿に、菊乃が席を外した時から二人の掌で踊っていたのだと理解する美鶴。

 

「ですが……!」

 

だが、その言葉に美鶴は躊躇した。

宗家での話等、身体の弱い母には只のストレスにしかならないと知っているからだ。

だが、英恵はそんな娘の反応に首を横へと振った。

 

「大丈夫よ。少しは母親らしい事をさせてちょうだい」

 

「しかし、お母様のお身体は……!」

 

「ちゃんと終わったら、また話を聞かせてね?」

 

部屋に入ってきた時から変わらない母の優しい雰囲気の言葉に、美鶴はそれ以上は何も言わなかったが、静かに、そして深く母の頭を下げると部屋を後にし、皆のいる寮へと戻っていった。

そして、美鶴が出て行った後、菊乃が英恵の方を見るが、もう少しだけこの部屋で休むと伝えると菊乃は頭を下げると扉をしめて再び、その場を後にした。

 

「明るくなったわね、美鶴……」

 

一人になった部屋で英恵は嬉しそうに呟くが、実は英恵には少しだけ気になる事があった。

それは、今回の美鶴の話してくれた内容。

ずっと一生懸命に影時間で戦ってくれていた仲間に、美鶴が傷付く事を言ったと言う事だ。

親馬鹿と思われるかも知れないが、少なくとも自分の知る美鶴は理由も無しにそんな事を言う娘ではない。

そう思う英恵は、少し嫌な予感がした。

シャドウ等が関わっているのではないかと言う予感を。

だが、今そんな事を自分が考えても仕方ないとも思い、英恵はもう一つ気になる事を思い出すと、持ってきていた小さなバックから一枚の写真を取り出した。

 

「聞きそびれてしまったわね」

 

少し残念そうに言う英恵が持っていた写真には、灰色の色の少年の姿が写っており、英恵はこの写真を貰った時の経緯を思い出した。

それは、夫である武治が亡くなる少し前、静養地に突然武治が来た時の事だった。

頻繁にとは言わないが、武治はよく妻の様子を見に来ていた為、英恵はその日もそれだ思っていた。

突然来た夫が、それまた突然美鶴の"許嫁"を白紙にして来たと聞くまでは。

英恵と武治も政略結婚が目的の許嫁で結婚し、美鶴も同じ様に許嫁はいたが歳の差は二回りも違う男である為、美鶴に辛い思いをさせると思っていた英恵だったが、夫の言葉で状況は変わってしまった。

理由を聞けば、その許嫁の父は有能だったが息子は無能である為、継げば会社が打撃を受けるのは目に見えており、政略的にも意味を成さないと言って強引に白紙にして来たとの事。

相手側の苦情が気になった英恵だが、本気で圧力を掛ければすぐに黙ると言い捨てる夫の言葉に何も言わなかった。

しかし、英恵は美鶴の婚約者はどうするのかを気になり夫に聞くと、武治は少し間を開けた後にこう言った。

 

『興味深い少年を見つけた』

 

そう言って、英恵は武治から手渡された資料と写真の束を受け取っていた。

その時の写真の一枚が、今英恵が持っている写真だ。

資料は高校の履歴書、写真はまるで盗撮したかの様に遠目であり、被写体である少年は一回もカメラを見ていなかった。

恐らく、この少年を観察したのだろうと英恵は思う反面、夫らしくないとも思っていた。

罪の清算の為とは言え、桐条がしていた事は多少は知っていたが、何も関係ない人を巻き込む様な事はしない人だからだ。

しかし、当時の武治はそんな妻の疑問を知ってか知らずか、勝手に色々と話し出した。

 

『彼の御両親には話はしてある。落ち着いた頃にお見合いをさせようと思う』

 

表情を変えなかったが、真剣な夫の姿に当時の英恵は一つだけ聞いた。

相手の御両親の返答についてだ。

 

『流石は国際的な仕事をしている方々だ。桐条の噂を良くしっていて、かなり警戒された』

 

そう言いながらも、どこか満足感溢れる表情をしていたのを英恵は覚えている。

それからすぐに武治は帰らぬ人となり、お見合いの話がどうなったかは知らない。

自然消滅したかも知れなければ、美鶴も知らなそうだった為、下手に考えなかったが英恵は写真の少年だけは気になっていた。

 

「どんな方なのかしら……瀬多 洸夜さん?」

 

そう言って英恵は、美鶴にアイスキャンディーを手渡す洸夜と、それを受け取り困惑している美鶴の写真を楽しそうにしながら見ているのだった。

 

▼▼▼

 

同日

 

現在、私立月光館学園・巌戸台分寮

 

宗家を出て数時間後、美鶴は寮へと戻って来た。

今の時間はお昼過ぎ程度、母と菊乃の準備の良さのおかげで美鶴は自分でも思った程早く帰る事が出来、そのまま入口で降ろしてもらうと運転手に指示を出して寮へと入って行った。

そして、寮へと帰って来た美鶴を出迎えたのは、まるで火でも消えた様な寂しく、静かな寮だった。

エントランスには誰もおらず、誰かと散歩に出掛けているのかコロマルすら姿がなかった。

 

「……誰かいないのか?」

 

美鶴は独り言を呟き、気晴らしと同時に誰かが自分の声に反応してくれると思ったが、残念ながら誰も出て来なかった。

我ながら馬鹿馬鹿しい事をしている。

美鶴は自分の事にも関わらず小さく笑うと、上の階へ、つまり洸夜の自室へ向かう為に階段へと歩き出したが、その途中で美鶴はある事を思い出し、足をキッチンへと向ける。

そして、美鶴はキッチンの冷蔵庫の前で足を止めると、冷蔵庫を開けて中身を覗くとそこには洸夜が買っていたケーキの材料だけが置かれていた。

丁寧に並べられている無駄のない配置を見て、美鶴はそれを洸夜を入れたのだと察し、同時に手を付けられていない事でケーキを作らなかったのだとも分かった。

だが、よくよく中を見ていれば、冷蔵庫の他の中身にもこの数日間、中身に触れた痕跡が見当たらない事が分かり、この数日、誰も冷蔵庫を開けていないのだと理解出来た。

前ならば考えられない事であり、食欲が無いのか、寮に帰って来たくないのか、答えは分からないが少なくとも、美鶴は寮の静かで寂しい雰囲気の理由の全貌を理解した気がした。

 

「……行かねば」

 

美鶴は一言、決意表明の様に呟くと静かにそこを後にし、洸夜の自室のある三階へと向かうのだった。

 

▼▼▼

 

現在、私立月光館学園・巌戸台分寮【三階フロア】

 

コツ……コツ……と、階段を上がる度に靴との衝撃音が美鶴の耳に届く。

静寂故に辺りに聞こえる音をBGMにしながら美鶴は階段を上り、途中で自販機の商品の一つ"モロナミンG"に意識を向けてしまう。

 

「モロナミンG……。(洸夜が良く飲んでいたな)」

 

洸夜はモロナミンGの愛飲者であり、他の飲料水同様にまとめ買いは勿論、夏にはかき氷にすら掛けていたのが美鶴には印象的であった。

それに対して明彦が引いてはいたが、かき氷に水で溶かしたプロテインをかけている時点で自分も同類であると皆から思われていたのを明彦は知らない。

そんな事を思い出しながら、美鶴は三階へと到着する。

 

『三階は面倒だ』

 

美鶴は洸夜がこの寮に来て、部屋が三階と伝えた時の言葉を思い出しながら洸夜の部屋の前まで着くと、そこには"三人"の先客がいた。

 

「ゆ、ゆかりっちが先陣をきってくれよ!」

 

「わ、私!?……あ、あんたがやりなさいよ!」

 

「二人が行かないなら俺が行くぞ?」

 

洸夜の部屋の前には、手土産なのか何やら大小色々な大きさの袋を持った明彦達の姿があった。

しかし、何やら部屋の前で揉めており、話の内容から察するに誰が洸夜に最初に話し掛けるか揉めていた様だ。

一体、部屋の前で何をしているのやら、美鶴がそんな事を思っていると、ゆかりが美鶴の存在に気が付いた。

 

「あっ! 美鶴先輩!?」

 

「なんだ美鶴、こんなに早く戻るなら連絡すれば良かったろ?」

 

ゆかりの後に続いた明彦は、美鶴の登場にバツが悪そうに頭を掻きながら言った。

 

「色々とあってな。それよりも、君達はどうして?」

 

「その、俺……あれから気まずくって瀬多先輩に会わないように寮を出入りしてたんすけど、やっぱりこのままじゃいけねえって思って……御詫びを兼ねてたこ焼き買って来たんすよ」

 

そう言って皆にたこ焼きが入っているであろうビニール袋を見せる順平。

高さがある為、数パックは買った様だった。

どうりで独特なソースの匂いがすると思ったと、順平を除くその場の全員が思う中、順平は話を続けた。

 

「えっと……まあ、そんな感じで俺、一人で瀬多先輩の部屋に来たんすけど、そこには既にゆかりっちがいたんです」

 

「なんだ、最初は岳羽が最初だったのか?」

 

明彦は美鶴とタッチの差だったのか、明彦は順平とゆかりが一緒に来ていたのだと思っていたらしく意外な顔でゆかりを見た。

 

「そ、その……私も順平と同じで予備校の方の手続きとかで寮から離れてて、でも……瀬多先輩の事から逃げるのが嫌で……」

 

頭を下に向けながら言うゆかりの両手には、可愛らしい紙袋が握られている。

ソースの匂いに混じってする甘い匂いを察するにお菓子の様だった。

 

「なあ、ゆかりっち。それっていくらしたんだ?」

 

平然とそんな事を聞く順平に、ゆかりはこれ以上にない程に不快な表情を露にした。

この場ではこの男ぐらいなものだろう。

御詫びの品の値段を平然と聞いてくる者は。

 

「……そう言うあんたのは?」

 

「確か……八パックで二千四百円」

 

「順平……それは自ら、恥を晒している事だと分かっているのか?」

 

「え? なんでっすか?」

 

美鶴の言葉の意味を本当に分かっていないらしく、素で頭を傾げる順平の姿にこの場の全員が溜め息を吐いた。

しかし、同時に美鶴は自分が手ぶらである事に気付いてしまった。

 

「しまった。急いでいたから、そこまで気が回らなかった……」

 

「別に大丈夫だろ? 土産があるないで洸夜は何か言う奴じゃないだろ?」

 

明彦の言う通りだが、美鶴にとってはそう言う問題ではなかった。

 

「そう言う問題ではない。私の気持ちの問題であり、これでは洸夜に申し訳ない」

 

謝罪しようとしているのに、自分だけが何も持っていない事は美鶴のプライドも許す事は出来ないのだ。

しかし、今から買いに行くとしてもそんな時間はない。

買いに行っている間に明彦達に待っていて貰うのは申し訳なく、だからと言って買いに行っている間に洸夜が戻ってくればかなり気まずく、ちゃんと話に持っていけるか疑問だ。

すると、暫し考える美鶴の様子に順平がある提案を出した。

 

「じゃあ、代わりって言えばおかしいすけど、桐条先輩が瀬多先輩に呼び掛けてもらえば良いんじゃね?」

 

「……順平、あんた、自分だと気まずいから美鶴先輩にやってもらおうと」

 

「違う違う!? いや、だって、桐条先輩なんか悩んでんだろ? だったら、敢えて先陣を斬ってもらって、何も悩む事なく瀬多先輩に会ってもらった方が良いだろ?」

 

ゆかりの言葉に順平は筋は通っている事を言うが、かなり必死な動きをしている為、少しは図星であったのが分かる。

だが、結局の所、元々そのつもりで来たのが目的であった為、美鶴は頷いた。

 

「どの道、洸夜に会うのが目的だったのだからな……」

 

「良いのか美鶴?」

 

明彦が心配そうに美鶴へ問い掛けるが、美鶴は静かに微笑みもう一度だけ頷いた。

 

「その為に早く戻ってきたからな」

 

美鶴はそう言って洸夜の部屋の扉の前に立った。

作りは皆、同じ扉にも関わらず、洸夜の扉はまるで大手銀行の金庫の様に分厚い扉に思えてしまう。

だが、逃げる訳には行かない。

美鶴は冷静に扉を叩き、コンコンと言う音が四人の耳に届いたが、扉の向こうからは反応はなかった。

 

「……洸夜。今大丈夫か?」

 

返事がなかった為、美鶴は自分から問い掛ける事にした。

その様子に他の三人は息を呑み、順平に関して冷や汗までかいていた。

しかし、洸夜からの反応はない。

 

「瀬多先輩、もしかして寝てる?」

 

ゆかりの意見にそうかも知れないと言う思いが美鶴達に芽生えたが、どうにもそんな感じでは無い気がしてならない。

美鶴は嫌な胸騒ぎを覚え、ドアノブへと手を伸ばし、回してみるとドアノブは糸も簡単に回って扉が少し開いた。

その事で、明彦達も思わず困惑してしまうが、美鶴は静かに扉を開いた。

 

「洸夜……? すまないが、入るぞ……」

 

そう言って扉を開けた美鶴達の前に、当然の如く洸夜の部屋が視界へと入った。

だが、それは予想外の光景であった。

何故ならば、その部屋には殆ど物が無く、"空き部屋"同然の部屋だったから。

その光景に、美鶴は思わず思考が止まりかけ、順平達はそれぞれの土産を部屋の床へと落としてしまった。

 

「これ……は?」

 

美鶴が何とか出した言葉がそれだった。

それで精一杯だった。

今の現状の答えが分からないのだから。

先程まで一番騒がしかった順平ですら、殆ど空になった本棚を見て呆気に取られていた。

 

「ほ、殆ど何もねえじゃん……な、なんだよこれ? テレビもパソコンもプラモも、先輩の私物が何もねえじゃんかよ!?」

 

そう言って順平は辺りを見回すが、あるのは元々桐条側が部屋に置いていた家具や一部の参考書ぐらいしか無く、洸夜の私物は何も見当たらなかった。

 

「……」

 

明彦も黙りながらクローゼットを開けて見たが、そこにはハンガーが数個だけ掛かっていただけで、ゆかりもベッドへ視線へ向けるが、そこはプロの従業員が整えたかの様に整理された物だった。

 

「こ、これって……」

 

ゆかりは表情を青くしながら部屋を出て、この部屋が本当に洸夜の部屋なのか確認するが残念ながら洸夜の部屋で間違いは無かった。

その時だった、何も残っていない綺麗な机で美鶴はある物を見付けた。

 

「これは……」

 

綺麗に掃除された机の上に置かれていたのは、S.E.E.Sメンバーが持っている銃型召喚器、その横には白い縦長の封筒。

そして、最後は洸夜が愛用していた刀が机に立て掛ける形で置かれており、美鶴の声に気付いて明彦達も机へと集まり、美鶴は一番気になった白い封筒を手に取って見た。

そこには達筆な字で『皆へ』とだけ書かれており、美鶴は不安な思いを抱きながらも封筒の中身を取り出し、一枚の折られた紙が出て来た。

 

「これは、洸夜が書いた……手紙?」

 

「……美鶴。一体、何が書いてあるんだ?」

 

明彦に問われながら、美鶴は静かに手紙を読み上げる。

そこには以下の事が書かれていた。

両親がまた引っ越す事になり、卒業した後、すぐに合流する様に言われていた為、寮をすぐに出て行かなければならなかった事。

寮を出て行く際に自分で必要な事は既に済ませた事。

影時間関連の道具は全て置いていった事。

美鶴達との一件は、美鶴達が自分にああ言う事で前へ進めたと解釈する事で何とか心を落ち着かせたが、次に会う時は"恨み"等、負の感情を抑えられないと思い、誰にも言わないで出た事。

そして、最後に自分がこの街に二度と来る事はない事。

洸夜の手紙にはそう書かれていたが、美鶴は気付かなかった。

自分が途中から声が出ていなかった事に。

 

「美鶴先輩! なんて書かれているんですか!?」

 

痺れを切らしたゆかりが美鶴へ問い掛け、美鶴はその声で我に帰ったがショックは大きく、美鶴にはそれを読み上げる気力は既に無かった。

そして、美鶴はやがて首を下へと向け、弱々しく手紙をゆかりへと手渡し、ゆかりを挟む様に順平と明彦も覗き込む様に読んで行った。

それから、美鶴の様に弱々しくなっていったのに、そう時間は掛からず、軈て時間だけが経って行き、その中で順平が恐る恐ると喋り出した。

 

「これよ……その……やっぱり……! 俺等が瀬多先輩を……!」

 

順平の言葉は途中から涙声になっていき、それを聞き、ゆかりは拳を握り締めながら下を俯いて行った時だった。

ガンッ!! と衝撃音が部屋に響き、美鶴達は音の出所の方を向くとそこでは明彦が壁に拳を叩き付けていた。

皮が捲れたのか、明彦の拳からは仄かに血が流れていた。

 

「本当なら……本当ならば……! 俺達は洸夜をちゃんと送り出してやるべきだった!なのに、俺達は『アイツ』の事を洸夜全てに!」

 

洸夜が寮を早めに出て行く事を知らなかったとは言え、明彦はあんな事を言った自分を恥じた。

真次郎、『彼』、洸夜、三人の友が自分から去り、洸夜に関しては自業自得である為、明彦はやるせない思いで一杯だった。

そして、ゆかりもまた、脱力したかの様に涙を流しながら床に腰を着けてしまった。

 

「私……私ぃ……! 洸夜さん……瀬多先輩にとんでもない事を……!」

 

ゆかりは思い出す、最後に自分が洸夜に言ってしまった言葉を。

殺した様なもの、確かに自分はそう言ってしまった。

ゆかりは『彼』のが重なった後悔の念によって泣く事しか出来なかった。

少なくとも彼女にはそれしか出来ない。

愛した『人』も、謝らなければいけない人も、この場には存在しないのだから。

そして、後悔が高まる部屋の中で美鶴は封筒の小さな異変に気付いた。

 

「埃がある……」

 

洸夜の置き手紙が入っていた封筒には、多少の埃がついていたのだ。

その事から、洸夜が寮を去ったのが今日より前だと分かる。

情けなかった、馬鹿みたいだった。

会いたかった人物は、当の前にいなかったのだから。

美鶴は歯を食い縛り、己を保とうとする中で携帯電話に手を伸ばし、洸夜の番号へと掛けた。

何もしないと自分が許せなくて仕方なかったからだ。

そして、五回程コールが鳴った後、ガチャッと音がし、美鶴は思わず肩に力が入ってしまう。

だが……。

 

『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かない地域か、電源がーーー』

 

美鶴の耳に届いたのは非常にも洸夜ではなく、今は何の意味もない知らせだった。

そして、お決まりな声で言い続ける携帯を美鶴は思わずそのまま机に叩き付けてしまう。

ただの八つ当たりだ、そう自分の心に言い聞かせると同時に、母へ申し訳ないと言いながら。

 

「……。(遅すぎましたお母様……全部……)」

 

この部屋にいる四人とも後悔しか出来ず、もう真次郎も助言はくれず、『彼』も支えてくれない。

 

「ど、どうすれば良いんだよ……! 風花達だってすぐ気付くじゃんか……」

 

「ッ!?」

 

順平の言葉に美鶴はハッとなる。

何の連絡も無かったと言う事は、少なくとも風花達も洸夜が去った事を知らないと言う事だ。

『彼』の事から洸夜の一件。

まだ、風花達が背負いきれるものではない。

風花と乾は洸夜と色々と親しかった為、このタイミングで言える訳がない。

 

「情けない……」

 

一体誰に対してなのかは美鶴にしか分からないまま、美鶴はある決断をしてしまう事になり、この事が二年後へも続く事となったのだった。

 

▼▼▼

 

数日前

 

現在、ポロニアンモール

 

少しだけ朝霧があり、朝日によって反射する中、大きなスポーツバックを肩に掛け、四泊五日は出来そうな大きなキャリーバックを引きながら洸夜はポロニアンモールにいた。

そして、辰巳東交番と眞宵堂の間にある長い通路へと白く分厚い本を持ちながら進んで行く。

本来ならば、そこには契約した者だけが招かれるベルベットルームへ通じる蒼い扉が存在している。

しかし、洸夜は途中でその足を止め、ゆっくりと自分のポケットへ手を入れる。

いつもならば、意識していなくてそこにある筈だからだ。

ベルベットルームへの鍵が……。

しかし、洸夜のポケットには鍵はなく、道の先にはベルベットルームの扉すら消えており、本来の行き止まりの壁だけが存在している。

 

「お前等も消えたのか……イゴール、エリザベス」

 

不気味で訳の分からない様で的を得た助言やペルソナの手助けしてくれた男も、世間知らずで色々と危なっかしいのにとんでもなく強いエレベーターガールも、もう会えない。

無表情ながらも、何処か寂しそうに空を眺める洸夜。

風が心地良く、霧も晴れて青空が顔を出し始めていた。

数分程、洸夜はずっとそんな事をしていたが、軈て壁まで歩くとゆっくり壁の下に立て掛ける様に先程持っていた本"ペルソナ白書"を置くと、そのまま振り返らずに駅へと歩いて行く。

 

 

▼▼▼

 

現在、巌戸台駅。

 

洸夜は駅へと来ていた。

今から自分はこの街を出て行く。

洸夜はそんな思いを胸に入れならがら、駅のホームへと歩いていた時だった。

洸夜は駅の隅にいる数人の男達に目を向けてた。

理由はなく、少し目立っていたからだ。

若い成人男性、中年男性、そんな人達の集まりだが、その男達はなにやらぶつぶつと何かを言っていた。

 

「ニュクス様……ニュクス様……」

 

「お願いします……妻と娘ともう一度だけ……ニュクス様……!」

 

「わ、私は信じ続けるぞ……ニュクス様を!」

 

その言葉を聞き、洸夜は彼等の言っている事を理解した。

ストレガが広めたオカルトだ。

何も知らず、その口にしている存在がどの様な存在なのか心の底から本当に理解等している訳がない。

洸夜は彼等を鼻で笑うと、音楽機器にさしたイヤホンを耳へと入れる。

まるで彼等の言葉等、聞きたくないと言っている様に。

 

▼▼▼

 

現在、電車。

 

洸夜は向かいあった形の四人が乗れる席にいた。

荷物が大きく、朝が早い為、乗客が少ないからだ。

そして、スポーツバックを荷物棚に置き、キャリーバックを側に寄せると洸夜は窓際に体重を掛けて外を見ていた。

最初にこの街へ来た時を思い出していたのだ。

行き交う人々、社会人や学生。

色々な人が生きている街。

自分も今日からここに住み、暮らして行く。

まさか、シャドウ等と言った非現実に巻き込まれるとは思わなかったが、確かに自分はこの街で色々と得たのは間違いない。

同時に、失った事も。

軈て、電車の扉が閉まると同時に洸夜は眼を閉じた。

朝が早く、電車で眠るつもりだったのだ。

最後になるかもしれないが、この街の景色を見納める気はない。

虚しくなるからだ。

電車に揺られながら、洸夜は静かに眠りについていった。

 

『どうして……先輩だけが生きているんですか?』

 

「ッ!?」

 

洸夜はハッとなって意識を覚醒させ、辺りを見回した。

そこは、普通の光景、電車で自分と同じ様に寝ている人が殆どの電車内の光景だった。

しかし、先程の声は確かに『■■■』の声。

洸夜は息が乱れる自分を落ち着かせながら、再び瞳を閉じる。

眠っていたい。

休みたい。

今だけでも良いから、休んでいたい。

そう自分に言い聞かせながら、洸夜は再び夢の中へと意識を落としていった。

 

『今だけは……お休みなさいませ、洸夜様。そして、またお会いする時までお元気で……でございます』

 

夢の中でメギドラオンを撃ちまくる、たちの悪いエレベーターガールの声が聞こえた気がしたが、洸夜の意識は静かに消えて行く。

隣の座席の上で揺れる一冊の"白い本"と共に、電車の揺れを揺りかごの様にしながら。

 

そして、黒い仮面使いは暫しの休息へ入った。

影が終演を迎え、霧の開演までの二年と言う時間の間。

静かだが、苦しくないかと言われれば断言出来ない、曖昧な休息を……。

 

End



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影、再び

アニメ、ぼくらのOPアンインストールを聞きながら書く、今日この頃


同日

 

扉の先の洸夜の過去。

寮らしきリビングで洸夜と美鶴達との一件を総司は見ていた。

それは思ってはいたが、やっぱり見ていて気持ちの良いものではなかった。

だが、総司は冷静にその光景を見続ける。

まるで何かを待っているかの様に。

そして、その時は訪れた。

洸夜が膝をついた瞬間、総司は確かに聞いた。

 

『我は汝……汝は我……。汝、新たなる絆……見出だしたり』

 

頭に直接呼び掛ける様な声を総司は聞いた。

ワイルドを持つ総司自身も何度も聞いた事のある声。

他者との絆を築いた時に目覚めるモノ。

 

「やっぱり、これが兄さんの……」

 

イゴールと話した時に気付いた兄のワイルド、黒と呼ばれる力。

総司は自分の考えが正しかったのだと確信すると、静かに瞳を閉じ、総司は静かに次のフロアへ、大切な兄へまた一歩近付いて行った。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十階】

 

総司が眼を開くと、そこは今までと同じおかしな色とデザインの通路が目に入り、周りを見回すと美鶴達とクマもいた。

だが、それぞれの表情はあまり好ましくなく、顔色は良くなかった。

それだけで見た光景が同じだと総司には分かったが、最後に聞いたコミュの言葉はワイルドを持つ者にしか聞こえない。

その為、あくまで総司の予想だが美鶴達には聞こえていないのだと感じた。

また、今回の一件では事実上、あまり関係ないクマは気まずいのか、吹けもしない口笛を吹きながら様子を見ている。

そんな時だった。

 

「なんなんですか……?」

 

先程から拳を握り絞めていた乾が突如腕を力強く払いながら叫んだ。

 

「なんなんですか! さっきのは! 一体、何がどうなったらああなるんですか!?」

 

洸夜と美鶴達の一件。

当事者達はそれどころではなく、殆ど気付く事はないが、第三者から見ればおかしい事この上なく、違和感を拭いきれない。

普通に会話していたと思えば、突然人が変わったかの様に洸夜に色々と言い始める。

一体、何がどうなっているのか乾、風花、チドリは先程の光景に困惑しており、アイギスは黙って静観している。

だが、それは美鶴達にも同じ事であり、ゆかりは首を横へ振るしか出来なかった。

 

「分からないの。なんで、先輩にあんな事言ったのかが……!」

 

ゆかりの本心からの言葉だった。

しかし、言っている側と聞いている側では感じ方が違ってしまうのは当然の結果であり、乾がゆかりの言葉に納得出来る筈がなかった。

 

「分からないって……自分達の事じゃないですか! なのに分からないって、ふざけないで下さい! 皆、前に進むって決めたじゃいですか!? なのに洸夜さんだけを置き去りにして!」

 

「……すまねえ」

 

乾の言葉に、ゆかりの代わりではないが順平がそう言い、美鶴と明彦は言い訳をするつもりはないのか沈黙を返答としている。

 

「謝ってばかりだ! それはばっかりで、何も解決してーーー」

 

「ケ、ケーン! 落ち着くクマよ!? そんな事したって何も解決しないし、第一そんな事は大センセイが悲しむクマよ!」

 

頭に血が昇る乾を、クマが前に出て止めに入った。

これ以上は美鶴達と洸夜の間だけではなく、乾達との間にも亀裂が入りそうだったからだ。

クマにとって、洸夜は大事な仲間であり、菜々子と同じく約束を与えてくれた大切な人であった。

そんな洸夜の仲間なら、クマにとっても美鶴達は既に大切な仲間であり、洸夜のいない今、クマは自分に出来る事をしようと思った結果が今に至る。

 

「悲しむもなにも……! 今の事だって全部、ゆかりさん達のせいでしょ!なのにーーー」

 

「天田君!」

 

クマの説得も虚しく、まだ叫ぼうとする乾を今度は風花が止めに入り、乾の腕を掴んだ。

そんな風花の腕が震えていたのに気付いたのは、掴まれた乾と近くのクマ。

そして、状況を冷静に見ている総司とチドリだった。

 

「やめて天田君。クマさん言う通り、洸夜さん……絶対望まない。『あの人』も絶対……!」

 

「……!」

 

その言葉に乾は黙り、ゆっくりと頭を下へと向ける。

洸夜の事を理解しているからこそ、そして『彼』の存在が大きかった。

自分達は二年前、前に進む事を決めた。

『彼』の一件で仲間同士で戦ったが、結局は一丸となって今に至っている事を乾は思い出してしまう。

 

「一体、俺等の何があんな事をさせたんだ……」

 

順平は己の情けなさに悔しそうに唇を噛んだ。

分からない、あの時の事が本当に分からない。

深く考えれば考える程に気分は鬱になって行くが、深く進んでも答えは見付かりそうにない。

まるで、絶対に分からなくされているテストの答えを永遠と書かされている気分を順平が思っていた時だった。

 

「それが、皆さんと兄さんの"絆"だからです」

 

声のする方に全員が向くと、そこには先程まで静観していた総司が立っていた。

一切表情を変えないその顔のせいで、一体何を考えているのかが分からないが、美鶴達は『彼』の時にも似たような経験をしている為、そこはあまり問題ではない。

寧ろ、本題である総司の言った言葉に皆、意識を向けてしまっていた。

 

「き、君もそんな事……ううん、当然の事よね」

 

「私達とは違い、君にとって洸夜は実の兄……家族だ。君が私達にそう思ってしまっても仕方ない」

 

総司の言葉に美鶴達は悪く受け取ってしまった。

あの一件が自分達と洸夜の絆、それは互いの繋がりが悲しいモノしか無いと認めている様なものだからだ。

しかし、相手は洸夜の実の弟であると同時に、自分達の洸夜への行いは消えない事実。

ゆかりと順平は顔を下げ、美鶴も明彦もそれ以上は何も言わなかった。

だが、そんな美鶴達に総司は冷静に首を横へ振った。

 

「そう言う意味じゃありません。ただ、本当にそう言う意味なんです」

 

「どう言う意味?」

 

チドリが総司へ問い掛けた。

このメンバーで冷静に判断出来るのはコロマルを除けば彼女しか居らず、だからこそ先程まで様子見をしていたチドリが総司へ問い掛けたのだ。

伊達にストレガにいた時に情報収集を担当していた訳ではないと分かる。

 

「言っても良いですけど、本当は美鶴さん達自身で知った方が良い」

 

「それは、俺達と洸夜……互いの為にか?」

 

明彦の言葉に総司は静かに頷き、そのままゆっくりと前へと歩き始めた。

それで話は終わりだと言う事なのは美鶴達にも伝わり、総司をトコトコと追い掛けて行くクマに続く様に歩き出して行った。

そして、それから暫くフロアを歩いて行く中、アイギスが総司の隣に並んだ。

 

「総司さん、一つ宜しいでしょうか?」

 

「なんですか?」

 

アイギスの言葉に総司は短く答える。

無表情が助け、どこか冷たく感じてしまうが総司に悪気は微塵もなく、『彼』にも似たような事があった為か、アイギスは総司の内心を理解しているかの様に特に気にせずに話し出した。

 

「先程の事で少し……洸夜さんと美鶴さん達の一件の光景で、最後に聞こえた不思議な言葉がもしかして……」

 

「……!」

 

アイギスの言葉に総司は多少だが驚きを見せる。

最後に聞こえた不思議な言葉とは、自分自身も聞いたコミュの言葉だと総司が理解するのに時間は掛からなかった。

先程からの様子からして、美鶴達がコミュの言葉を聞こえていなかったのは既に分かっている事だ。

現に総司は、自分の隣にいるクマが話について行けないと言った様に頭を捻っている事も分かっている。

だが、そうなると何故アイギスだけが聞こえていたのかと言う事だが、総司には一つしか思い浮かばなかった。

 

「アイギスさん、もしかして……」

 

その言葉に、アイギスは察したのか静かに頷いた。

 

「……お考えの通り、私も貴方や洸夜さんと同じ"力"を持っています。多様は出来ませんが」

 

その言葉に、総司は彼女の言う"力"の意味がワイルドである事を察したが、それ以上は敢えて踏み込む様な真似はしなかった。

何故、先程までの戦いの中でワイルドの力を使用しなかったのか等、色々と疑問はあるが彼女が力を使わなかったのには彼女自身の理由があると判断したのだ。

アイギス個人の戦闘力は少ししか見ていないが、総司はそれがとても高いモノだと理解しており、ワイルドの力を使えば更に戦術に応用が可能にも関わらず使用しない。

そこまで考えれば理由は明白で、自分達とは違う何らかの訳があるとしか思えなかった。

そして、総司が頭の中でそこまで考え黙っていると、アイギスは話を続けた。

 

「総司さん、最後のあの言葉は察するに洸夜さんの……」

 

「アイギスさん、それは今は誰にも言わないで下さい。少なくとも、今は胸の中に……」

 

アイギスの言葉が終わるのを待って、総司はアイギスへそう告げた。

時ではない、ただそれだけだった。

そして、総司の言葉にアイギスは自分が行き着いた答えの肯定と受け取り、それ以上は何も言わず、分かりましたと言って進んで行った。

それから、階段を見つけ次のフロアへ総司達は上がった。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十一階】

 

先程までのフロアとは違い、この階には洸夜の過去の光景等はなく美鶴達は何の問題もなく十一階へ入ったが、フロアに入った瞬間、美鶴は我が目を疑った。

 

「!?……これは……!」

 

美鶴の視界に入ったのは先程までのフロアの様な構造やデザインではなく、完全に真っ黒な光景が広がっていた。

完全な黒、闇、そして己の呼吸音以外は無音無臭。

電柱の電気がない暗い夜道等比ではない程に暗い世界。

己の身体は見えるが、感覚が狂い、頭が混乱しそうになってしまうのは恐らくは時間の問題だった。

しかし、美鶴はある事に気付いた。

 

「!……皆!? 何処にいる!」

 

美鶴は辺りを見回すが、辺りには総司やクマを始め、明彦やアイギス達の姿が無かった。

 

(くっ! 階の移動時に分断されたか!)

 

美鶴は思わず苦虫を噛む様な心情で己の油断を後悔した。

タルタロスでも似た様な事があったからと言って、この様な世界でも同じ事が起きない保証はない。

ましてや、洸夜のシャドウは確実に美鶴達を挑発していた感じもあった為、美鶴はこのダンジョンで少しでも気を抜いてしまった自分を恥じながらも、辺りを警戒していた時だった。

 

『皆さん! 聞こえますか!?』

 

「……!?」

 

何も見えない黒の世界で突如、美鶴の耳に届いたのは風花の声であった。

そして、それが彼女のユノの力である事も既に知っている為、それ程に驚く事ではなかった。

 

「風花か? 彼女は無事なのか!?」

 

堂々と通信し、口調にも焦りがない為に風花は無事なのだと判断した美鶴。

また、通信の内容も個人を指すと言うよりも、出来るだけ色んな人に聞かせる様な感じ為、美鶴は自分だけが離された訳でないと理解した。

 

『結論から言います。今、私は真田先輩と一緒にいるんですが、他の人は殆ど分断されている状況にあります』

 

恐らく、美鶴達の声は聞こえていないだろう。

同時に言われたりすればサポートに支障をきたすと思った為、風花は個人通信より誰でも聞こえる様に広範囲の通信をしたのだ。

それは美鶴も分かっており、風花の言葉を静かに待った。

 

『あと、このフロアの事なんですが……実は、私でもよく分からないんです。ダンジョン全体を探知したのですが、マップの表示がしずらく……』

 

(やはり、そう簡単に突破はさせては貰えない様だな)

 

風花の言葉に美鶴はやれやれと、ここに恐らくいないである洸夜のシャドウに対してそう言った。

薄暗いを通り越し、完全な闇のフロア。

闇討ちには持ってこいの状況だ。

相手に地の利があるならば尚の事。

そして、風花もまた、再び通信しますと言って通信を切ってしまう。

探知に力を集中したいのだろう。

 

(明彦と一緒だと言っていたな。なら、彼女は安全な類だ)

 

歴が長く、今でも心身共に鍛えている明彦はメンバーの中でも強い位置にいる。

純粋な接近戦ならば最強かも知れない。

そんな明彦が側にいるのだ、風花は明彦のサポートによって探知に集中出来ると思える。

昔の様な無鉄砲な所が再発しなければだが。

美鶴は信頼と一緒に不安な部分も思い出し、思わず溜め息を吐いてしまう。

 

「ハァ……。(私から他のメンバーに連絡は出来ない。こんな事ならば、無線機も装備しておくべきだった)」

 

影時間でも使用できる桐条製の特別な無線機。

ここで使えるかは分からないが、無いよりはマシと美鶴は思っており、持っていない事に後悔するが、所詮は無い物ねだり。

美鶴の中で、無線機も今後の必需品のリストに入り、今後に生かそうと美鶴は内心で誓った。

だが、その時だった。

辺りの空気が変わり、重苦しく、空気がピリピリとし始めたのを美鶴は感じ取った。

 

(……やはり来たか)

 

自分達を潰したいのだ、相手がこんな奇襲に持ってこいの環境で来ない訳がない。

美鶴は下手に音を出さず、サーベルに手を伸ばすと意識を辺りに集中させる。

静か過ぎるが耳鳴りすら聞こえない無音の空間。

この重苦しい空間を肌で感じながら、美鶴は更に意識を集中させた。

音がした場所、そこにも何かいる。

仲間ではない、別の忌々しい存在が。

静かな間、少しの時の流れ。

そして、その時はやって来る。

背後から、ガタッと音が発生し、美鶴は俊敏に身体全体で振り向くと思わず首を傾げそうになった。

 

(……なんだ"アレ"は?)

 

美鶴が向いた先にいたのは、カタカタと音を鳴らす人の形をしたよく分からないシルエットだった。

よく見えない為、人形しか確認出来ず美鶴は目を凝らしてそれの正体を確認しようとした。

そして、相手も美鶴に気付いたのかゆっくりと美鶴の方へと近付いて行く。

美鶴も、静かにサーベルを持つ手に力がはいる。

そして美鶴の目の前に、その正体が姿を現した。

 

「……明彦か?」

 

美鶴の目の前に現れたのは、真田明彦その者の姿だった。

なんだ明彦か、等と少しだけだが安心した美鶴だが、異常はすぐに気づいた。

 

(待て……明彦は風花と共にいる筈!? では、この明彦は……!)

 

近付いて来る明彦?から咄嗟に距離を取る美鶴。

すると、それに反応したかの様に明彦?は飛び上がり、美鶴目掛けて拳を降り下ろした。

 

「……っ!?」

 

美鶴はバックステップでそれを回避するが、地面には亀裂が入る。

人の力ではない。

美鶴もそれに対応し、戦闘態勢に入った。

 

「何者だ……お前は?」

 

地面に拳をめり込ませたままの明彦?へ、そう問い掛ける美鶴。

明彦?は、一瞬だけ痙攣の様に身体を震わせると顔を上げ、その顔に美鶴は思わず声を出してじまった。

 

「なっ!? 人形か……?!」

 

その明彦?の顔は、まるで木偶人形の様に口が四角のスライド式、眼も無駄にリアルな出来だが左右非対称な動きをしながら美鶴を見つめた。

よくよく見れば、間接部分も綿の入った人形の様にペッタンこで完全に人ではない。

そして、アキヒコドールは口を高速で動かし、カカカカッと音を発しながら再度美鶴へと襲い掛かった。

 

『カカカカッ!』

 

「正体が分かれば容赦はせん! アルテミシア!」

 

美鶴はアルテミシアを召喚する。

召喚されたアルテミシアは刃の鞭をアキヒコドールへと放ち、そのまま突き刺さった瞬間、アキヒコドールは氷付けとなりそのまま氷殺された。

案外呆気ないものだったが、美鶴はサーベルをしまわず、そのまま辺りを警戒した。

自分に来たと言う事は他のメンバーにも敵が向かっている筈だからだ。

 

「しかし、どうやって……!」

 

真っ暗で脳も混乱しそうなフロアで、下手に動けば自分が危ないのは目に見えている。

なんとか効率良く他のメンバーと合流したいが、今の状況で風花から何も通信が無いのは恐らく彼女達も襲われていると判断するのが妥当。

美鶴が何とか知恵を振り絞ろうと、額に手を付けた時だった。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! "変な桐条先輩"からの襲撃だぁ!!?」

 

先程まで無音だったフロアの中、居場所が特定された。

声で既に分かっていたが、こんな所に来てまで緊張感のない叫び声をあげるのは一人しかいない。

 

(……順平だな)

 

無事の確認から来る安心か、それとも情けないからか、美鶴はやれやれと溜め息を吐きそうなったが、今はそんな場合ではない。

声の感じからそれほど遠くはないと判断した美鶴は、先程の声を頼りに純平達の下へと走り出した。

暗闇の中では方向感覚も狂ってしまう……だが。

 

「うおぉ!? この変な桐条先輩なんなんだよぉぉ!」

 

「順平! 少し黙りなさいよ!?」

 

「二人共、喧嘩しないで下さいよ……」

 

認めたくはなかったが、この純平筆頭の声が自分と純平達の距離を教えてくれている事に美鶴は悲しくなる。

しかも、先程から変な桐条先輩と連呼しており、それが更に美鶴の羞恥心と怒りのボルテージを上げて行く。

恐らくは先程のアキヒコドールの美鶴版が純平達を襲撃しているのだろう。

美鶴もそれは理解していたが、やはり何か嫌だった。

 

(早く合流しよう。そしてこのふざけた叫び声を止めさせる!)

 

そう決意する美鶴だったが、辺りは闇で床は愚か壁も識別しずらいのだ。

声の場所を判別する為に足を止めてしまう事もしばしばあり、それがロスになっていた。

此方から呼ぶのも良いが、敵を近付けるかも知れない為に声を出すのは躊躇われる。

だが、それでも幸いなのは手探りに近いとは言え純平達が確実に美鶴の方に近付いている為、何もしなくても着実に美鶴と順平達の距離が縮んでいる事だった。

そして、美鶴がある所で曲がった時だった。

 

「あっ! 美鶴さん!?」

 

曲がった先にいたのは、此方に走って来ていた乾達の姿だった。

だが、背後からは余計な者も一緒に美鶴の方へと向かって来てもいる。

 

『カカカカッ!』

 

赤い髪が目立つ先程のアキヒコドールと類似した人形が乾達の後ろを走っていた。

その右手には美鶴同様にサーベルまで持っている。

そして、追い掛けられている順平とゆかりも乾の言葉で本物の美鶴の姿に気付く。

 

「美鶴先輩!」

 

(一瞬、人形だと思っちまった……)

 

乾やゆかりとは違い、何故か目を逸らす順平はさておき、なんとか合流に成功した美鶴達。

しかし、危険はそんな彼女等に容赦はしない。

 

「伏せろ!」

 

美鶴は咄嗟に叫び、順平達はそれに従った伏せた。

それと同時だった。

ミツルドールが飛び掛かり、順平達に攻撃を仕掛けて来たのが。

だが、美鶴は既に気付いており、カウンターと言わんばかりにサーベルを素早く降り下ろしミツルドールを両断する。

勢いがあった為、それほど難しくはなく、自分がモデルであったとは言え美鶴は容赦はしなかった。

そして、斬られたミツルドールは空洞の中身を見せながらその動きを止める。

 

「人形……?」

 

正体が分かっていなかったのか、ゆかりは息を乱しながらそう呟いた。

 

「他のメンバーは?」

 

素早く順平達の状況を知ろうとする美鶴の言葉に、乾が答えた。

 

「僕達三人だけです。風花さんからの通信が途絶えたと思った矢先、さっきの人形が……」

 

「って言うか、この状況で風花から何も連絡無いって事は……」

 

乾に続く様に純平は呟き、その意味を理解した美鶴は付け足した。

 

「恐らく、我々同様に襲われて探知どころではないのだろう。不幸中の幸いなのが明彦と共にいる事だ」

 

はっきり言って風花の単独での戦闘能力は比無である。

その為、何の守りも無い探知中の風花は無防備この上ない状況になってしまう。

今回は幸いに明彦がいる為、その点は何とかなっているが問題は他にある。

 

「って事は、今状況が分からないのは……アイギスとコロマルとチドリさん。そして、総司さんとクマ?」

 

「そのメンバーなら大丈夫だとは思うけど、もし単独だったら……」

 

ゆかりは心配そうに辺りを見渡した。

真っ暗な闇の世界。

やはりそれは、他のメンバーにも色々と不安を与えていた様だった。

 

「クソッ! 目が慣れるって問題じゃねえぞ。こんな真っ暗でサポートも無しじゃ、皆と合流どころか出口だって見付かりやしねえぜ!」

 

「落ち着け順平。ここで冷静さを失えばシャドウ思う壷だ。ここは何とか壁づたいにーーー」

 

美鶴がそこまで言った時だった。

そんな彼女達の背後から不吉な音が聞こえ出した。

カラカラとなるそれは、まるで空洞状の殻でも動かしている様だ。

美鶴達に緊張が走り、四人は同時に背後を見た。

 

「な、なんだ……さっきの人形が?」

 

順平が眼前で起こった事を口にする。

純平達の目の前には、先程美鶴が両断したミツルドールが宙に浮いていたのだ。

身体は未だにバラバラだったが、それはやがて糊付けしたかの様にくっつき初め、最終的にミツルドールは元通りの姿へと戻ってしまう。

その光景に、美鶴は勘弁してくれと言わんばかりに溜め息を洩らす。

 

「シャドウじゃないな、この人形は」

 

「洸夜さんのシャドウが操っているのかも……」

 

美鶴と乾の言葉を聞きながら、純平とゆかりも武器を構え態勢を整え始める。

だが、美鶴は目の前の光景を見てある疑問を覚えた。

 

(待てよ。目の前の人形が復活したと言う事は……先程の明彦の人形もーーー)

 

「あれ? 何か変な音がしねえ?」

 

順平が耳に手を当て、何やら音が鳴っている事に気付いた。

音の鳴り方からして目の前のミツルドールでは無いと分かるが、音は確実に自分達に近付いて来ているとメンバー達は確信している。

そして、それから数秒後の事だった。

何やら聞き覚えのある、カカカカッと言う音が近付いており、音の鳴る方を全員が目を凝らして見ると。

 

『カカカカッ!』

 

高速でヤモリの様に壁を走って来るアキヒコドールの姿がそこにはあった。

その光景は完全にホラーであり、ゆかりは思わず叫び声を上げてしまった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

「今度は変な真田先輩が来たぁぁぁぁぁっ!?」

 

ゆかりに誘発され順平も叫び、乾もアキヒコドールの出来に思わず絶句していた。

ホラー関連の主人公達の気持ちが、今自分達は理解しているのだ。

そんな事を内心で実は思っている分はまだ余裕が見られるが、忘れてはいけないのはアレが敵だと言う事だ。

攻撃力も常人ならば敵わないレベルで、しかも復活もする。

下手に戦えば力尽きるのは自分達なのだと、皆分かっている。

数もこの二体だけの訳がない。

そうなれば、美鶴の作戦は一つしかない。

 

「ッ! 走れ! 復活する相手に一々構う事はできない!」

 

その言葉を合図に一斉に走り出す面々。

だが、視界が制限されている空間の中で確実な効率の良い逃げ方はできないのが現状だ。

ドール達は当たり前だがフロアの構造を理解しているかの様に、スムーズに美鶴達を追跡して行く。

まるでロックオンしているかの様に的確に。

 

「しまった! 行き止まりか……!?」

だが、やはりそれは起こってしまう。

先頭を走っていた美鶴の前には行き止まりの壁が佇み、それ以上の進行を拒絶する。

そして、行き止まりと言う事は引き返す道も一つ。

 

『カカカカッ!』

 

先程のドールが追い付き、再び美鶴達に牙を向けた。

 

「トリスメギストス!」

 

飛び掛かって来た二体に、純平はトリスメギストスで応戦する。

トリスメギストスは己の金色に輝く鉄の翼を広げると、そのまま凪ぎ払う様に振った。

そして、そのままドールはバラバラになり、再びその動きを停止する。

 

「今の内だ!」

 

純平の声に再び走り出す美鶴達。

背後からカチャカチャと音がするが振り返らない。

それをしている暇があるならば、逃げる事に力を入れる方が効率的だからだ。

だが、メンバー達は忘れ掛けていた。

この世界の本当の"住人"が誰なのかが。

走る美鶴達の前に黒い水溜まりが出現した。

 

「これって!」

 

咄嗟に叫ぶゆかりを前に、水溜まりはやがて球体へと姿を変えるとそのまま裂け、巨大な口と舌を出すアブルリー系のシャドウが立ちはだかった。

更に言えば、そのシャドウからは何処となく殺意に近い感情を感じ取った。

ペルソナ使いだからじゃない。

もっと別の意図があるとしか思えない程に尋常じゃない負の感情。

親の仇でも見るかの様に、そんな感情を剥き出しのシャドウが四体も襲撃してきた。

そこから分かる答えは一つ。

 

「やはり……確実に殺しに来ているな」

 

「洸夜さんの……シャドウ」

 

美鶴と乾が呟いた。

しかし、事はそんなに悠長にしている暇等はなかった。

洸夜の無事も分からず、そして今は後ろからも敵意の塊が追い掛けて来ている。

 

「なんなのよ……もうっ!!」

 

後ろから迫るドール達を無視し、ゆかりは空中に浮かぶアブルリー達に矢を放った。

風を切る矢はそのまま一体のアブルリーへ刺さり、アブルリーは空中分解する様に消えて行く。

だが、それはあくまで一体のアブルリーに過ぎず、残り三体は巨大な舌を使って矢を弾いて攻撃を避ける。

 

「カーラ・ネミ!」

 

それを見た乾が追い討ちを掛ける形でペルソナを召喚した。

巨大な身体のカーラ・ネミが宙に浮き、アブルリー達にジオダインを放った。

拡散する様に放たれたジオダインは、まるで多数の鞭の様に揺れる様な動きでアブルリー達を呑み込み消滅させた。

 

「全滅? いや!? 一匹生きてーーー」

 

「アルテミシア!」

 

気付き声を発した純平の声を遮り、美鶴はアルテミシアの鞭で焦げたアブルリー最後一匹を絡め取ると、モーニングスターの様にアブルリーを鉄球代わりにして後方のドール達へ放った。

雑魚クラスのシャドウとは言え、アブルリーは充分凶器になる質量を持っており、ドールと直撃させられたアブルリーはそのまま消滅し、ドール達もバラバラになる。

だが、所詮はドール達へは足止めに過ぎない。

美鶴達が見下ろす中、それを分かっているかの様に小馬鹿にするか感じでドールはカラカラと動き始めた。

 

「あの人形、まだ動いてますよ」

 

「恐らく、あの人形を操っているシャドウをどうにかしない限りは力の無駄うちだな」

 

普通じゃない以上、シャドウが人形を操っているのは目で見るより明らかだ。

移動、攻撃、復活、いくら人形でもタダで動ける訳がない。

何者かから力を提供されているのだろう。

エネルギーの無いラジコンはただの置物、電気の提供されていないゲーム機はただの重い箱に過ぎないのと同じ事。

 

「けど、皆の声も聞こえないし、風花からのサポートも無しじゃあこのフロアを脱出出来ないわよ?」

 

無駄撃ちしてしまった矢を回収しながら、ゆかりは言った。

提供されているであろう相手のエネルギーの底が分からない以上、ずっと人形と根比べする程馬鹿ではない。

 

(クッ! 探知妨害と五感制限のフロア……風花でも苦戦していたんだ。私のアルテミシアでどうこう出来るレベルではない)

 

何とか出口まででもと、美鶴は己のペルソナが持つ探知能力を使うが所詮が噛む程度しかない力。

メインである能力でも無い為、フロアの探知が全く出来ない。

やはり餅は餅屋。

下手なサポートは己の力を無駄に浪費するだけだと理解し、美鶴は僅かな探知能力を止める。

無いよりマシだが、有っても意味が無いならただの無駄装備。

万が一なんていらない。

使って効果が得られた時こそに、それの価値が輝くのだから。

しかし、時は止まる事はない。

迫られる選択。

迫る復活へのカウントダウン。

美鶴は考え、純平は警戒し、ゆかりは息を呑み、乾は悩む。

 

『カ……カカ……!』

 

声を出す美鶴と明彦のドール。

バラバラとなっていた身体も繋がり始め、再び美鶴達に襲い掛かるのはもうすぐの出来事になる。

短い時間の中、風花のサポート無しで視界の悪いフロアの突破の答えを美鶴達が要求されている時だった。

彼女等に聞き覚えある音色がフロアに木霊した。

 

チリーン……!チリーン……!

 

長く鳴り続ける音色。

この様な限られたフロアでは、これ程まで長く全体に鳴り続ける筈はない。

だが、現に音色は鳴っている。

金属の不快な音ではなく、風鈴の様な心が不思議と落ち着く優しい音色。

その音を美鶴達は知っていた。

 

「この音……!?」

 

「先輩の……鈴?」

 

己の鈴を取り出して見るゆかりと純平。

同時に美鶴と乾もそれぞれの鈴を取り出した。

洸夜から貰った特別な鈴。

本人が安い鈴だと言っていた為、安心して受け取れた物だが安いと言う割りにかなり丈夫で音色も心地よい。

S.E.E.Sメンバーだった者は全員が受け取っており、今でも大事に身に付けている。

洸夜との数少ない繋がりだからだ。

そして、各々の鈴を見る美鶴達だが、どの鈴も鳴ってはいなかった。

しかし、だからと言って何も"起こっていない"訳でもなく、美鶴は我が目を疑った。

 

「なんだこれは、鈴が……光っている?」

 

美鶴の赤い鈴は彼女の手の中で、まるで蛍の光の様に光を発していた。

赤い色が助け、蝋燭の火の様に優しく心落ち着かせる光であり、その現象は他の三人にも発生していた。

鈴の音色が鳴りやまない中での不思議な現象。

美鶴達はそれに只々、目を奪われてしまっていた時であった。

 

チリィーン!

 

不意に自分のすぐ側で鈴が鳴ったのを美鶴は気付き、反射的に音色の発生場所の方を向いた。

明彦や総司達かも知れない。

そう思った美鶴だがその目に写った現実は、事実は小説より奇なりであった。

 

(ッ!? 白い……鈴……?!)

 

美鶴はそれを見た。

暗い闇の中、白く光った小さな鈴を腰にぶら下げた人物の影を。

すぐに曲がり、背中から足までは見えたがなんせ一瞬しか見えなかったのだ。

誰なのかまで分からない。そう、実際ならば。

しかし、美鶴は誰なのかは分かった。

いや、分かってしまった。

 

「まさか……! いや、そんな筈は……」

 

己の答えを否定する美鶴。

しかし、彼女の心は何度もその答えを提示して行く。

それが答えだと、それが真実だと示すかの様に。

また、その光景を見たのは美鶴だけではなかった。

ゆかりも純平も乾も目撃しており、全員の眼は先程見た場所をずっと固定したままだ。

 

「今の……でも、そんな……!」

 

「いやいや、あり得ねって……だって、さっきの後ろ姿……!」

 

困惑する二人。

仕方ない事だった。

その姿は、本来ならばもういない人なのだから。

 

「洸夜さんのシャドウの罠でしょうか?」

 

困惑はしているが、冷静に判断して考えた事を言う乾。

精神的攻撃が狙いならば、これ以上に無い程に有効なのは美鶴達全員も認めるだろう。

同時にそれは、決して許される事では無い事も。

だが、美鶴達全員が感じていた事もあった。

それは、先程の姿が何故か不思議と安心できたのだ。

罠でここまで出来るのか、それ自体も罠と言えば切りがない。

その時だった。バラバラだったドール達が立ち上がった。

 

『カカカカッ!』

 

「やべっ?! 変な先輩達が復活したぞ!」

 

(処刑を望んでいるのか?)

 

しつこく言い続ける純平に、美鶴もこんな状況だが最大の修正を行おうとしていた。

だが、現実は更に過酷を負わせる。

 

「美鶴先輩!? シャドウが!」

 

「あの数は……まずいっ!?」

 

ゆかりと美鶴が見たのは、ドールの周りの壁や床から涌き出てくるシャドウ達の姿があった。

側にいるドールには目もくれず、視界と殺意を美鶴達に向けるシャドウの群れ。

最早、猶予は無くなった。

その時だった。ゆかりが先程の白い鈴を持っていた人物がいた場所へ走り出した。

それに戸惑う順平は、手を前に出して止めに入った。

 

「ゆかりっち! そっち行ってどうすんだよ?! 罠かも知れないだぜ!」

 

追い詰められている中でのリスクに飛び込む行為は避けたい順平だが、ゆかりは違い、振り向いてこう言った。

 

「どっちにしたって追い詰められてるんだから! 今更、罠の一つや二つなによ! それに……」

 

「それに……?」

 

「『彼』と洸夜さんの鈴までは……疑いたくないの」

 

ゆかりはそう言って、洸夜から貰った桃色の鈴を握りながらそう言った。

大切な絆。あんな事をしておいて何を言っているんだと、ゆかり自身もそう思っていたが、だからこそ『彼』と自分達と洸夜の最後の繋がりである鈴まで罠だとしても疑いたくなかったのだ。

その言葉に、ゆかり以外の三人も思う事があったのか何も言えなかった。

そして、再びゆかりが走り出すと今度は美鶴と乾も後を追う様に走り出す。

 

「えっ!? 桐条先輩! 乾もか?」

 

「ああ、私も疑いたくない。『彼』と、洸夜との鈴を……」

 

「どの道、後ろの人形とシャドウが来ます。だから、僕は行きます」

 

「そう、だよな……」

 

順平が呟くと、美鶴と乾はゆかりを追う様に走り出し、その二人を追う様に今度は順平も走り出した。

後ろからシャドウ達が追い掛けてくる音が聞こえて来る。

もう、これで後戻りも断たれた。

白い鈴の音色を頼りに走り続ける美鶴達。

右と左も分からず、ただ音色の方へ従い曲がり、そして走り続ける美鶴達。

だが、いくら走ってもその距離は縮まない。

一瞬、見える姿は普通に歩いている様に見えるがスピードが合っていない。

速度を上げるが一瞬しか見えない。

何とか見えないものかと、無意識の内に足が速くなるがやはり見えない。

そんな事を幾つか繰り返す内、その時は起きた。

ある場所を曲がると、美鶴達の目の前には次のフロアへの階段があった。

白い鈴を持っていた者の姿はなかったが、次のフロアへ行けるのだ。

この最悪な環境のフロアから脱出出来るが、美鶴達はすぐには登れなかった。

 

「明彦達は……いない」

 

階段の周囲を美鶴は見渡すが、何処にも明彦達の姿はない。

まだ迷っているかも知れない中で、自分達だけが先に行く訳には行かない。

だが、現実は美鶴達に迫って行く。

 

「やべっ! また来たぞ!?」

 

順平の声に美鶴が振り向くと、シャドウとドールが追い掛けて来ていた。

スピードも速く、モノの数十秒で追い付くだろう。

最悪、ここで皆が揃うまで戦う。

そう、美鶴達が決心した時であった。

突然、階段の周りから大きな光が発生し美鶴達を呑み込み、そのフロアから美鶴達は消えていた。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十二階】

 

「うっ……一体、何が……?」

 

突然、光に呑み込まれた美鶴達。

閃光弾の様な強烈な光では無かったが、うっすらと認識して行く視界は先程のフロアとは違うのが分かる。

自分達に一体何が起こり、そしてどうなったのかを美鶴が確認しようとしていた矢先だった。

 

「美鶴……か?」

 

声の方を美鶴が振り向くと、そこにいたのは困惑気味に自分を見る明彦の姿であった。

だが、更に周りを見るといるのは明彦だけではなかった。

先程まで共にいたゆかり達、そして別れていた風花やチドリ、コロマルが困惑気味に互いを見ている光景があった。

 

「明彦……? それに風花達も? 本当になにが?」

 

先程のショックから頭を抑えながら美鶴が更に辺りを見渡すと、今自分達がいる場所は今までの迷路式のフロアとは違い、広々とした一つの大部屋の様なフロアであった。

漸く、先程のフロアを突破できたが、今のフロアも負けず劣らずした嫌な内装が施されていた。

辺りに積み上げられている壊れた人形の頭や身体、胴体の山。

天井から首吊りの様に吊るされている人形達。

このフロアにある人形全てが、先程のフロアで美鶴達を追い掛けて来たドールに似ている気がしたが、今はメンバー達の状態の確認が先決であり、美鶴は明彦は聞いた。

 

「明彦。お前は風花と共にいたんじゃなかったのか?」

 

美鶴からの問いに、明彦は何とも言えない様な表情で頭を弄る。

 

「ああ、確かに俺は山岸と一緒にいた。だが、山岸がお前達に連絡した後、変な人形とシャドウに襲われてな……その時なんだが」

 

明彦は言葉を詰まらせる。

何か言いずらい事でもあるのかも知れない。

だが、美鶴は明彦が何を言いたいのか分かる気がした。

 

「白い鈴……でも見たか?」

 

平然と言う美鶴の言葉だったが、それは図星であった様だ。

明彦だけではなく、別行動していた者達全員が大きく眼を開いた。

「どうやら……俺と山岸だけじゃない様だな」

 

「と言う事は、美鶴さん達も見たのですね? 白い鈴を持つ人を……」

 

アイギスのその言葉に美鶴は頷いた。

全員が見ていた白い鈴を持つ者。

同時に皆の所に出現していた、洸夜のシャドウの罠ではないか、等と色々と疑問が存在しているが美鶴達には実はそんな事は大した問題ではなかった。

一番の問題は"白い鈴"を持っていると言う事だ。

 

「……前に洸夜さんが言ってましたよね? 黒い鈴と白い鈴は"一個"ずつしか持って無いって」

 

「あ、あぁ……それは俺も知ってる。他の色はかなり被ってるけど、その二つだけはそれしか無いんだよな?」

 

乾と順平が疑問の理由を話し出して行き、それに続く様にアイギスが付け足して行った。

 

「黒い鈴は洸夜さんが……そして、白い鈴は『あの人』が……」

 

「……何故、この世界に"居た"んだ? そもそも、本物だったのか?」

 

「しかし、明彦、お前も実際に見てあの鈴は本物だと思ったから言ったのだろ?」

 

美鶴の言葉に明彦は小さく頷く様に、ああ……と言った。

明彦は別に怪しんでいる訳では無く、ただ困惑しているのだ。

もし、実際に目撃したのが『彼』ならばそれはそれで謎が生まれてしまう。

それは、ゆかりも同じ様で風花の方を向いた。

 

「風花も見たのよね? 何か感じなかった?」

 

探知タイプの風花ならば何か気付いたのかと思ったゆかりだが、風花はその問いに首を横へ振った。

 

「ごめんなさい……私も見たんだけど、何も感じなかった。まるで、そこには何も存在してなかった様に」

 

風花の言葉に全員が頭を下へ向ける。

謎が謎を呼んで行くだけだった。

犬であるコロマルはどうかと思い、無意識に皆の視線はコロマルへ向いてしまったが、コロマルはクゥンっと一鳴きすると前足で器用に顔を隠してしまった。

 

「何も感じなかったそうです」

 

アイギスが通訳してくれたが、それは言わなくても分かった。

結局、答えは分からず終いになりそうだ。

しかし、やはりと言うか表情は不思議と笑みが生まれる。

居なくなって尚、色々と『彼』らしい気がしたからだ。

静かに微笑む面々だが、チドリがある事に気付く。

 

「あれ? 総司とクマは?」

 

その言葉にハッなって美鶴達は辺りを見るが、何処にも総司とクマの姿はなかった。

寧ろ、今まで何故気付かなかったと思ったが、過ぎた事は仕方ない。

そして、美鶴はある答えを思い付く。

 

「まさか、まだ先程のフロアにいるのか!」

 

「迷子でしょうか?」

 

「アイギス。あの歳で迷子は無いだろう? どちらかと言えば遭難だな」

 

「いやいやいやっ?!アイギスも真田先輩も何、馬鹿な話ししてるんすか!」

 

「助けに行きましょう!」

 

順平と乾がツッコミを入れながら後ろの階段の方へ近付いた時だった。

突如、下への階段への入口全体を七色の鎖が封鎖する。

ジャラララッと音を出しながら何重にも重なり、入口がどんどん見なくなって行く。

 

「なにこの鎖……!」

 

突然の鎖の出現に顔を歪ませ、不快感を出すチドリ。

だが、このままでは総司達が救出出来ない。

そんな時、明彦が入口の前に立った。

 

「皆!下がっていろ!! 来い、カエサル!」

 

明彦はペルソナを召喚すると、カエサルは巨大な剣振り上げると鎖目掛けて降り下ろした。

巨大な質量の攻撃。

人間やシャドウでもただではすまない攻撃だ。

細い鎖で話にもならないだろう。

そう、誰もが思ったが、カエサルの剣が鎖の束に当たる直前、ガキンッ! とまるで壁でも叩いたかの様に弾かれたのだ。

勿論、鎖にダメージはありはしない。

 

「なんだと……!」

 

まさか傷一つ付かないとは思っていなかった明彦は、鎖を睨み付けながらそう言った。

まるでペルソナやシャドウの物理無効スキル。

先程の人形と同じで何者かが力を送っているかも知れない。

どうすれば良いのか、皆が考え様とそれぞれが振り向いくと、フロアの真ん中に佇む者に気付いた。

それは、美鶴達に見覚えのある人物の後ろ姿でもあった。

 

「洸……夜? いや、あれは……!」

 

美鶴はすぐに気付いた。

後ろ姿は洸夜だが、服装は多色の鎖のデザインが施されている。

それは、洸夜の影の姿。

だが、美鶴達は別の事にも気付くと、思わず眼を鋭くして睨んだ。

美鶴達が見たモノ、それは……。

 

『コーヤ ノ セイダ! コーヤ ノ セイダ!』

 

『マモッテクレナカッタ! マモッテクレナカッタ!』

 

洸夜の影の周りに揺れ動く、先程のフロアで追い掛けれた人形達だった。

美鶴、明彦、ゆかり、順平の姿に類似した形をした人形達が、洸夜の影に揺れ動きながらそう言っている。

そう、それは洸夜と美鶴達の一件にとても類似していた。

完成度は子供のお遊戯会の様に幼稚であったが、それが美鶴達の心を逆撫でして行く。

そして、その光景に我慢が出来なくなったのか、美鶴と明彦が洸夜の影の下へ走り出すと、アイギス達も続く様に走り出した。

そんな距離がある訳でもなく、美鶴達が洸夜の影の下へすぐに着いた。

すると、人形達が突然、震え出した。

 

『!?』

 

元々の自分達のいた場所でバラバラに崩れさる人形達。

それはそれで不快な光景であったが、そんな美鶴達に背を向けている洸夜の影がそのまま話し出した。

 

『下らねえ……ああ、下らねえ。上っ面だけのママゴト見たいな絆だけ築いて、意気がっている馬鹿共が上がって来やがった』

 

呆れた感じ尚且つ、怠そうに洸夜の影は美鶴達へ言った。

その言い方が気にさわったのか、順平が前に出ようとするのを明彦とチドリが止め、代わりに美鶴が前に出た。

 

「洸夜と総司達は何処にいる?」

 

単刀直入な言葉。

しかし、美鶴の視線は鋭く洸夜の影を捉え、纏う雰囲気も真剣そのモノだった。

 

『最上階……残りは下』

 

そんな美鶴の態度が気に入らないのか、洸夜の影はうんざりと言うより投げやりな感じに言った。

その態度や口調は会えば会う程に個性が出ている気がするが、美鶴達は居場所が判明し僅かだが安心する。

洸夜の影の言っている事が正しければの話だが。

そして、そんな洸夜の影に噛み付く者が出るのは必然であった。

その人物は弓と矢を手に所持しながら前に出る……そう、ゆかりだ。

 

「あんたの目的はなに? 自分は瀬多先輩だとか言うけど、この事が先輩の望んでる事なの!」

 

『そうさ。オレは洸夜で、洸夜はオレだからな』

 

「その割には、洸夜さんらしい所が余り無い気がするんですけど?」

 

洸夜の影の返しに乾が更に返した。

洸夜の記憶を除けば、この世界やシャドウの行動は洸夜らしく無いと言うのが乾なりの答えなのだ。

 

『洸夜らしい……?』

 

乾の言葉に反応を示す洸夜の影。

何か思う事でもあるのかと思ったが、洸夜の影は大きく笑いだした。

 

『ク……ククッ……アッハッハッハッハッハッハ!』

 

大きく、そして狂った様に笑い出す洸夜の影。

箍が外れた如く大声で笑い、フロア全体に響き渡る。

 

「何がおかしいの……?」

 

この笑い声が気に入らなかったのか、少し機嫌悪そうにチドリは洸夜の影に問い掛ける。

それに対し洸夜の影は、そのシャドウ特有の禍々しく輝く金色の瞳でチドリ達を見据えた。

 

『ハッ! 薄っぺらい絆しか築いてねえ奴等が、何知ってるんだよ? お前等は何も知らない。何も分かっていない。"真なる絆"とはなにか!』

 

「真なる……絆?」

 

「グルルル……!」

 

洸夜の影の言葉に反応するアイギスとコロマル。

思う事がある様に考えるアイギス、言い方が酷く、皆を悲しませる洸夜の影に敵意を向けるコロマル。

話し方が曖昧なのだ。

そろそろはっきりさせたい。

 

「洸夜のシャドウ。お前は俺達に言ったていたな。互いに望んだ絆、薄っぺらい絆。どう言う意味かハッキリさせてもらいたい」

 

そう言って相手を射ぬく明彦の視線。

下げている拳からもグローブを握り締める音がうっすらと聞こえている。

明彦としても我慢が限界に近付いていた。

しかし、そんな明彦の言葉に洸夜の影は表情を一変させ、顔を歪ませた。

 

『そのまんま意味だ。誰も傷付かない傷の舐め合いの様な絆。互いの自己満足な絆。下らない事ですぐに崩れさる絆。そんなモノが真なる絆な訳がない』

 

言い馴れている様にハッキリとした洸夜の影の言葉。

傷の舐め合いやら、自己満足等と相変わらず癪に障る言い方しかしない。

 

「……じゃ、じゃあ。あなたの言う真なる絆って何なの?」

 

風花は恐る恐ると言った風に聞き返した。

すると、洸夜の影は再び表情を一変させると今度は感情が無い様な無表情となった。

人形の様に固定された表情はあまりに不気味であり、美鶴達に不気味さを与えるのには十分であった。

 

『真なる絆。それは……怨み、怒り、憎しみ、嫉妬、復讐。傷の舐め合いとは違い、とても強い感情を媒体としたモノさ』

 

そう言いながら、更に禍々しく輝く洸夜の影の瞳。

美鶴達もその瞳を見ていると、深い何か恐ろしいモノに呑まれそうな感覚に襲われてしまう為、話を聞くだけでも己を失わない様に集中する。

 

「そんな感情、信頼も何も無いんだから寧ろそっちの方が絆なんて築けそうに無いけど?」

 

一方的な言葉を並べる洸夜の影に対し、ゆかりが負けじと食って掛かる。

しかし、洸夜の影は声を低くしながら言った。

 

『本当にそうか? 実際にそう言えるのか? お前等も本当は分かっている筈だ』

 

「……とっとと言えよ」

 

洸夜の影の言葉並べに反論する気も失せたのか、順平は眼だけ睨みながら呟いた。

そして、聞こえていたかどうかは分からないが、洸夜の影は順平の呟きからすぐに語り出した。

 

『例えば、最も最たるモノは"虐め"だ。互いを又は片方を一方的に傷付ける行動。下らない事で消える絆とは違い、これによって生まれる絆はとても強い……』

 

「……絆? 虐めが……誰かを一方的に傷付ける事が?」

 

洸夜の影の言葉に風花は苦しそうに顔を下へ向けてしまう。

虐めを体験している風花だからこそ、そして洸夜を大切に思っているからこそに風花にとっては二つの意味で辛い言葉だ。

 

「聞くな山岸! 虐めやら何やら、そんなモノは自分より下にいる者がいなければ不安がる本当の意味での弱者がする事だ!」

 

「ワンッ! ガルルル……!」

 

強さに人一倍敏感な明彦とコロマルが反論し、風花を守ろうとするが洸夜の影の話は終わっていない。

 

『そうか? ならば聞くが、親友と呼べる者がいた。その時は楽しい思い出が生まれて行く。だが、下らない事でそれが消え、相手が憎しみの対象となった時に楽しい思い出はあるか? 憎い、相手の幸せや笑顔が胸糞悪い、最悪……死を望まないか?』

 

「……」

 

沈黙を決め込む美鶴達。

下手な反論しても何か言葉遊びしてくるのは目に見えている。

ならば、いっそのこと全てを出させるまでは傍観者を決め込むのが得策だ。

 

『だが、虐めや嫉妬や憎しみはどうだ? 虐め側は忘れても、やられた側は決して忘れない! 何があっても忘れない……強い繋がりだろ? 傷の舐め合いの様な繋がりとは比べモノにもならない程に!!』

 

表情は一切変えず、口調だけで感情の全てを語る洸夜の影。

その姿はまるで何者かの代弁者の様だった。

 

『その繋がりは長年経っても消えない!寧ろ、新たな絆となって強くなる! 虐めと言う絆を与えた側の様に、与えられた側は恐怖、憎しみ、復讐と言う新たな絆を与え、繋がりは強くなる! 与えた側が忘れ、その者に大切な者達が生まれたとしても与えた側は絆を返そうと軈て、"死"と言う絆によって真なる絆が完成する!』

 

金色の瞳は更に輝きを増して行く。

まるで、自己暗示を己に掛けているかの様な光景に、美鶴達は傍観者から不快感や嫌悪感によって言葉を失ってしまっていた。

 

『そして、完成された絆は新たな絆を永遠に生み出し続ける。次は嫉妬? 憎しみ? 復讐? 怒り? 幾つも繋ぐ無限の絆……まさに強く、永遠に続く真なる絆だ!』

 

「狂っている……!」

 

美鶴が漸く絞り出せた言葉はそれだった。

最初に傍観者になったが、それは失敗であり、洸夜の影は何を言っても無駄だと漸く分かったからだ。

 

『本当に狂っているのはどっちだ? 自分可愛さだけの偽りの絆より、愚かな子供から意味なく老いる大人達でさえ築く絆の方が良いだろ? 永遠に忘れない絆。負の感情こそ……真なる意味での本当の絆だ!』

 

まるで宣戦布告でもしているかの様に洸夜の影は言い放った。

全てを出しきった、いやそれが洸夜の影の全てだと美鶴達は不思議と分かってしまった。

だが、だからと言ってこれが洸夜の本心とは思っていない。

美鶴達は洸夜と共に生活した数年の己の記憶に嘘はつけなかった。

しかし、洸夜の影の瞳は美鶴達を捉え続ける。

先程、言った事を真実だと思い込ませるかの様に瞳を輝かせながら、だがその時だった。

 

「違いますっ!!」

 

突然の声に美鶴達は我に帰る。

そして、クラッカーの様なショックを与えた言葉の元である"風花"の方を見る。

 

「確かに、虐めとか……傷つけられる事は忘れる事は難しいし、辛い事でもある。でも、その先が復讐や憎しみだけじゃない! 新しい繋がりが生まれたり、分かり会える事だってある! 私がそうだった様に!」

 

嘗て、虐めの対象であった風花はその者達によって夜の学校、その体育館の倉庫に閉じ込められた事があった。

閉じ込めた者達は、やがて誰かが見付けたり自力で脱出すると思っていたが、風花はそのままタルタロスへ迷い混んでしまう。

そして、風花を閉じ込めた者達の一部が謎の症状で意識を失って行き、漸く事の重大さに気付いた一人の加害者が当時の美鶴達に相談する事態となったのだ。

その加害者が、森山夏紀と言う風花のクラスメイトであり、事件の後に風花の"親友"となった人物である。

虐める側から今度は風花の友として守る側になった夏紀。

軈て彼女は転校する事となるが、今での彼女と風花の絆は消えていない。

寧ろ、強くなっている。

勿論、世の中は風花の様に救われた者ばかりではないが、実際に体験し学んだ彼女だからこそ洸夜の影に反論しているのだ。

また、それを教えてくれた者の中に、洸夜も入っている事も風花を洸夜の影に立ち向かわせる力となっている。

 

『クククッ……おめでたい奴だな。そんなもの、加害者が己の罪と罪悪感を精算したいが為の行動だと何故気付こうとしない? 絆の根元は、"自分だけの為"にと言う欲が生んだものでもある』

 

「あなたが洸夜さんの姿で何と言おうと、私はナツキちゃんを信じてる! 勿論、私の大切な仲間の人達も!」

 

風花の言葉と共にユノが召喚され、彼女を優しく包み込んだ。

それは、洸夜の影に立ち向かう事への風花なりの意思表示でもあった。

 

『お前がそうでも他はどうだ? この場に来たのは、あの男と弟である総司への罪悪感からでは無いと仲間達に誓えるか!』

 

無表情だが迫力の籠った洸夜の影の言葉に、思わずゆかりと順平は眼を逸らしてしまったが、美鶴は自分に言い聞かせる様に答えた。

 

「言い逃れはしない。私の中には確かに洸夜とその家族への申し訳なさがある。だが、ここまで来たのは洸夜に会いたいと言う私の意思だ! 例え、その結果が己を傷付けるだけになろうとも私はそれを受け止める!」

 

「俺もだ。洸夜から逃げる事は幾らでも出来る。だが、過去を背負ってアイツに会う、今がその時だ!」

 

洸夜の影に、美鶴と明彦も己の意思表示を示しそれに答えるかの様にアルテミシアとカエサルが主の隣に降り立った。

 

「洸夜さんは僕に家族として接してくれました。荒垣さんへの復讐心だけで生きてきた僕に、洸夜さんは家族の暖かさを思い出させてくれた。だから僕はここにいる、洸夜さんや『あの人』……皆さんの為に!」

 

「私も皆から未来を貰った。これはきっと、これから先幾度と生まれ変わったとしても返せない物。だから、私は今は自分の意思で皆を助ける。メーディアも、もう無闇に誰かを傷付ける力ではなく、大切な人達を守る力だから!」

 

それぞれの武器を構える乾とチドリの真上に降臨するカーラ・ネミとメーディア。

主同様に、ペルソナ達も復讐や傷付ける力ではなく、誰かを守る存在に生まれ変わっている。

 

「そう……よね。私だって、もう眼を背けたくはないな。一応、子供達のヒーローなんだから、ちゃんと先輩に会わないと、自分のした事にケジメはつけられない」

 

「こう見えて俺だって、見た目と違って軽くはねんだ。瀬多先輩に土下座した以上は途中放棄はしないぜ!」

 

「ワン!」

 

ゆかり、順平、コロマル、それぞれの意思表示を済ませ、イシス、トリスメギストス、ケルベロスもその姿を現した。

そんな姿に洸夜の影は更に声を低くし、美鶴達の行動に嫌悪感を露にした。

 

『それも己の自己満足に過ぎない。お前等も洸夜の一件と『アイツ』に"死"があったからこそ、今まで心から消えなかったのだろ? 否定した所で真実は変わらない!』

 

洸夜の影は高らかに叫び、美鶴達を全力で否定する。

抑圧された存在、全てのペルソナの力を持つ愚者の片割れであるシャドウが自分達洸夜間の最後の障害であるのは美鶴達も既に気付いている。

 

「そうです。否定した所で真実は変わりません。……あなたが洸夜さんだと言うならば、本当は分かっている筈です。本当の絆……繋がりを……」

 

全てを見据えているかの様なアイギスの深く蒼い瞳が洸夜の影を捉えるが、そんな彼女の瞳と言動が洸夜の影の怒りに触れた。

 

『出来損ないのワイルドを持つ兵器人形が何をほざく! 感情もなく、自分の意思がなく全てを破壊する人形のお前が!』

 

「そうです、昔の私はただの兵器でした。ですが、もう誰か傷付けるだけじゃない! 大切な方々の為に私は戦う。『あの人』も……そう望むと思います」

 

そう言って指の銃口を洸夜の影に向けるアイギスの隣に、彼女ペルソナであるアテナが舞い降りる。

もう、美鶴達は止まらない。

そう思わせる程何かを感じさせる程に。

 

『"ワイルド"ばかりに頼っていた者達が調子にのるな。『アイツ』も洸夜も総司もいない。今のお前等何が出来る』

 

そう、いつも皆より前を進むワイルドを持つ者達はいない。

洸夜の影は美鶴達を徹底的に揺さぶる。

しかし、そんな言葉に明彦は小さく笑った。

 

「ふっ……お前が本当に洸夜ならば、俺達の力も覚えているべきだったな。言っとくが、さっきまでは洸夜の事があったから本気を出せなかったが、今は俺も本気で行くぞ……!」

 

本当ならば小物臭い台詞だが、明彦ならばその言葉が本当の為に恐ろしい。

相手の言葉に一々怯む事はしない。

そう、美鶴達は決心したが、次に放たれた言葉の影の言葉に動きが止まってしまう。

 

『……たかが、あんな"言葉"で絆を無くした癖にな? まあ、仕方ないか。なんせ洸夜はーーー』

 

"また守らなかった。同じ力が合ったのに……洸夜は守らなかった。いや、守る気がなかった"

 

"つまり……都合の良い"偽善"だな"

 

"……なあ、洸夜の力って一体何の為にあったんだ?"

 

"結局の所、洸夜はお前を"裏切った"んだな"

 

洸夜の影は意味が分からない言葉を並べ、小さくクククッと歪んだ笑みで笑い出す。

だが、言葉の意味が全く分からない。

また、何か考えているのかアイギス達が警戒する中、風花がある異変に気付いた。

 

「ゆかり……ちゃん?」

 

風花は思わず言葉を失い掛けた。

何故なら、ゆかりの表情は青白く冷や汗まで流れている。

まるで、何か思い出してはいけない何かを思い出したかの様に眼を大きく揺らしていた。

そして、それはゆかりだけではなかった。

 

「順平……?」

 

順平を見たチドリも彼の異変に気付く、順平もまたゆかりと同じ様な状態をしていたからだ。

 

「美鶴さん……!」

 

「明彦さんも……皆さん、一体どうしたんですか?」

 

「ワン?」

 

二人だけはなく、美鶴も明彦も四人が同じ状態であったのだ。

知らない者には何の意味もない言葉。

だが、美鶴達四人は違う。

まるで、吸い出されて行く様に思い出されて行く記憶。

忌々しい記憶であり、洸夜を傷付けてしまった記憶。

ずっと、分からなかった。

何故、洸夜にあんな言葉を言ってしまったのか。

どれだけ、自分を責めた事か思い出せないぐらい責めた。

しかし、先程の洸夜の影の言葉で全て分かった、いや、思い出した。

そして、全てを思い出したゆかりは弓を血が滲むのではないかと思わせる程に握ると、血眼の様な瞳で洸夜の影を睨み付け、そして……。

 

「あんたが……あんたが……!」

 

『ククク……脆い絆だな』

 

その言葉に順平の堪忍袋も弾ける。

 

「テメェェェェェ!!」

 

「あの時の声……あんたが全部!」

 

『クク……ハハハハハハッ!! あれも全て! 洸夜とお前等が望んだ結果なんだよ!』

 

気味の悪い歪んだ笑みを順平達へと向け、そう言い放つ洸夜の影。

その状況に真意を知らないアイギス達は困惑するが、明彦と美鶴はそれぞれの武器を洸夜の影へ向けた。

 

「何が望んだ結果だ! そんなあやふやな言葉で納得できると思っているのか!!」

 

『それが黒き愚者のワイルドの力だ……』

 

「下手な言葉はお前に意味が無い事は理解した。だからこそ……シャドウ、お前は処刑する! そして、洸夜の下へ案内してもらおうか!」

 

既に美鶴の怒りは限界を越えていた。

全ての元凶が目の前にいる。

それだけで処刑に値する。

そして、事情は読めなかったが美鶴達の様子から察し、アイギス達も武器を構えた。

その光景に洸夜の影は、瞳を再び輝かせた。

まるで、その状況を喜んでいるかお様に口元を歪ませながら……。

 

『築こう、戦いと言う名の"新たな絆"を……!』

 

 

▼▼▼

 

その頃、総司とクマはと言うと……。

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十一階】

 

『……カ……カ……!』

 

「大丈夫ですか、順平さん!」

 

「ジュンペー!しっかりするクマよ!?」

 

真っ暗な空間の中、総司とクマは順平の形をしたドールを抱えていた。

事の発端は風花からの通信の後、総司は共にいたクマの鼻を便りに皆と合流しようと考えていたのだが、曲がり角の直前、怪しい気配を感じた総司とクマは先制攻撃を仕掛けた。

そして、それが順平のドール。

無駄に完成度が高い為か、それともわざとなのかは分からないが総司とクマは怪我をさせてしまったと思い、回復させながら出口を目指して行く。

 

「順平さんしっかり!」

 

 

「頑張れジュンペー!夜明けは近いクマよ!」

 

彼等が美鶴達合流するのは、もうちょっとだけ掛かるのだった。

 

End



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負の人形使い

台風に気を付けよう!

そしてこの所、普通に文字数が二万を越えてしまう今日この頃。


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十二階】

 

「イシス!」

 

「トリスメギストス!」

 

洸夜の影の言葉が終わると同時に、ゆかりと順平は武器を構えながらペルソナを召喚し目の前の敵に向かって走り出した。

 

「待ってゆかりちゃん! 順平くん! まだ相手の情報が分かってないから!?」

 

探知が終わっておらず、洸夜の影のステータスが分かっていない為に風花は二人を止めようと声を掛けたが、二人はそのまま走り続けた。

 

「私達は大丈夫! 風花はそっちに集中して!」

 

「先手必勝して困る事はねえからな!」

 

そう言ってペルソナの共に二人は走り、そのまま二手に分かれ洸夜の影を挟む形となった。

そして、互いのペルソナも攻撃態勢をとった。

 

「イシス! ガルダイン!」

 

「トリスメギストス! ギガンフィスト!」

 

主の命により、二体のペルソナは洸夜の影に攻撃を放った。

イシスは巨大な風を放ち、トリスメギストスは身体に光を纏い、そのまま洸夜の影へ突撃を行う。

その二体の攻撃はフロアの床を削りながら進んでおり、どれ程強いのかはすぐに理解出来る程だ。

しかし、そんな二体の攻撃に対し洸夜の影は何もせず、動こうとしない。

そんな光景に、ゆかりと順平の二人は怒りを隠せなかった。

 

「どこまで馬鹿にする気よ!」

 

「当たっても自己責任だかんな!」

 

その攻撃に対し、文字通り避けるまでないと言わんばかりの洸夜の影の態度に対して叫んだ二人の言葉と同時に攻撃は洸夜の影に当たり、大きく爆発を起こした。

そして、そこを中心に巨大な衝撃波がフロアを駆け巡る。

 

「アテナ!」

 

皆を守る為、アイギスはアテナを召喚してその巨大な盾で衝撃波から美鶴達を守り、ゆかりと順平もそれぞれ膝を曲げるなどしてその場に踏ん張った。

 

「っ!……どうなった……の?」

 

「手応えは合ったぜ……俺っち的にはだけど」

 

攻撃によって発生した煙によって洸夜の影の姿は見えず、どうなったのかが分からない。

しかし、二人は内心では手応えを覚えており、倒せないまでもかなりのダメージを与えたと言う確信があった。

次の瞬間が訪れるまでは。

 

『ククク……ハハ……』

 

「っ?! 二人共構えて! 洸夜さんのシャドウは生きてる!」

 

聞き取れるかどうかの小さな笑い声が放たれた瞬間、探知を急いでいた風花が最初に異変に気付き、二人に対して叫んだ。

その風花に声を聞き、ゆかりと順平はすぐさま構え直して煙が晴れるの待つ。

晴れた瞬間に反撃されるかも知れないからだ。

しかし、全員が見たのは予想外の光景だった。

 

『アハハハハッ!! 所詮はそんなもんだよな? ワイルド亡き仮面使いの実力は……』

 

笑い声と共に全員が見た光景。

それは、まるで洸夜の影の両肩から生えている様に両脇に佇む黒い二体の何かが先程のゆかりと順平の攻撃を防ぎ、洸夜の影を守っている光景であった。

そして、その二体の何かはペルソナ『マサカド』と『ジャターユ』に似ており、マサカドがトリスメギストスを刀で受け止め、ジャターユがイシスのガルダインを翼で受け止めたのか、翼から煙が発生していた。

その光景にゆかりと順平は勿論、美鶴達も驚きを隠せなかった。

 

「やはり、ペルソナか……!」

 

「あの時と同じ。ホテルでの暴走か!?」

 

美鶴と明彦が悪い夢だと言わんばかりに呟き、ゆかりと順平は洸夜の影が無傷の姿に目を大きく開いて驚いていた。

だが、それが同時に大きな隙を生み、洸夜の影はそれを見逃さなかった。

 

『マサカド! ジャターユ!』

 

それは刹那の出来事だった。

マサカドが刀でトリスメギストスを殴り倒し、そのまま順平へ身体を大きく広げて迫る。

ジャターユも同じ様にゆかりへ翼を広げて迫った。

 

「ゆかりさん! 順平さん!」

 

乾が二人に危機を伝える為に叫んだ。

しかし、ゆかりと順平は一体、目の前で何が起こったのか分からず、それが原因で認識が遅れてしまっていた。

刀を順平へ振り上げるマサカド、鋭利な刃の様なクチバシをゆかり目掛けて飛んで行くジャターユ。

それが、気付いた二人が見た光景であった。

だが、二体の攻撃は二人に届く事はなかった……それを遮る者達がいたからだ。

 

「カエサル!」

 

「メーディア……ポイズマ!」

 

順平の前に明彦が、ゆかりの前にチドリが二体のペルソナの前に立ちはだかったからだ。

チドリのペルソナであるメーディアは、ジャターユに目掛けてポイズマを放ち、それが当たるとジャターユは苦しむ様に奇声を上げ、ゆかりに届く前に地面に落ち消滅した。

そして、順平に迫っていたマサカドの攻撃もカエサルが大剣で受け止めると、明彦は己のペルソナを踏み台にしマサカドへ拳を降り下ろした。

 

『拳の心得』

 

カエサルの力も明彦を強化し、明彦の拳はそのままマサカドの腹部へめり込み、マサカドは腹部優先に地面にめり込むとそのまま消滅する。

 

『弱い……弱い……その程度の絆ではこの程度の力か。片腹痛いな……』

 

先程の光景を見ていた洸夜の影は、先程からしているつまらなそうな口調でそう呟く。

その時だった。

 

「ほう、戦いの最中に独り言とは 余裕だな?」

 

『ッ!』

 

そう言い放ち、洸夜の影に現れたのはサーベルを降り下ろして来ている美鶴の姿だった。

洸夜の影は咄嗟に後ろへ下がったが、肩にサーベルがかすり、洸夜の影が表情は初めて歪んだ。

しかし、美鶴は攻撃を止めず、追撃して行く。

一回、二回とサーベルを振ってからの付き、そして一定のタイミングで身体を一回転して蹴りを入れる。

無駄の無い動き、しかもそのスピードが早いとなれば尚も辛い。

なんとか避ける洸夜の影だったが、ダメージが少しずつ蓄積していき、それは咄嗟の隙を生む。

先程より、ワンテンポ、たったのワンテンポずれた洸夜の影の動きが鈍くなった瞬間、美鶴は洸夜の影に強烈な蹴りの一撃を入れた。

 

『グッ……! 』

 

綺麗に腹部に美鶴の蹴りが入り、表情は更に険しくなる。

しかし、流石はシャドウと言うべきか、常人ならば数メートルは吹っ飛んでもおかしくないにも関わらず、洸夜の影は両足で耐え、殆ど動かなかった。

それを見た美鶴は更に追撃を試みる為、前へ出た。

しかしその瞬間、洸夜の影の瞳が光り、足下から大量の縄の様なものが現れる。

美鶴は咄嗟に後ろへ下がり、それから距離を取ると美鶴は縄の正体が分かった。

それは縄ではなく、蛇……ヤマタノオロチであった。

 

『ヤマタノオロチ……!』

 

洸夜の影の言葉にヤマタノオロチの頭全てが美鶴に牙を向く。

 

(やはり、あのホテルの屋上と同じ……いや、力だけならそれ以上!)

 

前にホテルでの戦った時以上の力を美鶴は感じとっていた。

動きも威圧感も全てが別物であり、まるで洸夜本人と戦っている様に思えてならない。

しかし、ここでそれを受け入れ殺される気は美鶴は更々なく、アルテミシアを召喚しヤマタノオロチを迎え撃った。

 

「アルテミシア! 鞭を振れ!」

 

美鶴の指示にアルテミシアは弾く様に鞭を素早く降り、ヤマタノオロチの二つの頭を一撃、二撃と素早く叩いて美鶴を牙から守る。

だが、その瞬間に残りの頭がアルテミシアへ襲い掛かった。

戦えるヤマタノオロチの首は先程の二つを除けば残りは六つであり、その内の四つが攻撃を繰り出して行く。

四つの内の二つはアルテミシアの首と腰に巻き付きながら締め上げ、残りの二つは両腕へ噛み付き動きを封じに掛かった。

アルテミシアも一応は鞭で反撃するが、ヤマタノオロチは鞭ごと噛み付き一進一退の攻防となってしまう。

しかし、ヤマタノオロチにはまだ二つの頭が残されていた。

アルテミシアとヤマタノオロチの四つの頭が戦う中、残り頭が左右から飛び出し美鶴を直接狙いに掛かったのだ。

 

『シャアッ!』

 

美鶴を狙う二つの頭の内の一つが口からブフーラを美鶴へ放った。

 

「ッ!」

 

美鶴はそのブフーラを後方へ飛びそれを回避した。だが……。

 

『シャッ!』

 

もう一つの頭が時間差で美鶴が後ろへ飛ぶと同時にブフーラを美鶴へ放つ。

タイミングが完全に合ってしまい、今度は避ける事が出来ない。

その為、美鶴はその場でサーベルを振りブフーラを弾いた。

 

「ハァッ!」

 

サーベルとブフーラが衝突し、美鶴は手に微かに冷たい感覚を感じる程度に済んだ。

直撃していたらどうなっていたか分からないからだ。

しかし、美鶴はすぐにある異変に気付き、先程ブフーラを弾いたサーベルを見た瞬間、美鶴は目を大きく開いた。

 

「なっ! しまった……サーベルが!」

 

美鶴のサーベルの刃の部分は、先程のブフーラを弾いた為に氷付けになってしまっていたのだ。

特別製とはいえ、解凍に時間が掛かると同時にこれではサーベルは使いものにならない。

 

「まずい!美鶴さんが……! 風花さん!シャドウの能力はまだ分からないんですか!?」

 

風花の護衛をしていた乾が美鶴の状況に焦りを覚え、隣で額に汗を滴ながらも必死にペルソナを駆使している風花へそう聞いてしまう。

 

「もう少し待って……! あのシャドウ、ジャミング能力を持っているの……」

 

そう乾に返答し、風花は額の汗を拭かずに必死の表情で探知を続けて行く。

針に糸を通す様に慎重に、だが力は抜いてはいけないと言うかなりの力を駆使した作業を風花は行っている。

おそらく、洸夜のシャドウはペルソナ『ワイト』の力も持っている。

それ故に、探知特化のユノですら情報が砂嵐や文字化けの様な形で風花に届けられ、完全な情報が得られずらい事この上ないのだ。

しかし、風花もただジャミングに振り回されている訳でもなく、洸夜の影の使うペルソナ達がなんなのか位は掴めていた。

 

「天田くん……よく聞いて。あのシャドウが操っているペルソナだけど、あのペルソナ達は形だけのものなの」

 

「形だけ……ですか?」

 

「うん。あのペルソナ達はあくまで形だけで、その中身はあのシャドウなの。だから、結論を言うとあのペルソナ達はあのシャドウが形だけペルソナにしているだけで、力そのものはあのシャドウの力」

 

目の前のシャドウが使うペルソナの正体を乾に伝える風花だが、それはあのシャドウが洸夜のペルソナ達全ての力を得ている事の証明でもある。

それを理解している為、風花はある決断をする。

 

「天田くん。私は大丈夫……だから、皆を助けてあげて!」

 

「えっ! でも、ユノに戦闘能力はないんですよ?」

 

乾はそう言って風花の案に反論する。

既に何度も言われているが、探知特化の能力を持つユノはその代償と言うべきか戦闘能力がまるでなく、探知中はまるで無防備となる。

その為、万が一の為に護衛は不可欠なのだ。

しかし、それは風花自身が一番良く分かっている。

 

「でも、あのシャドウは洸夜さんの力の集合体と同じ。皆で戦わなきゃ駄目。私も万が一の時はなんとかするから、天田くん……お願い」

 

「で、でも……!」

 

一歩踏み出せない乾。

風花はそう言っているが、本当に万が一が起こったらどうするのか?

だが、洸夜の影の力が異常なのも確かだ。

乾が顔を前へ向けると写し出される苦戦する仲間の姿。

乾の槍をを掴む手に力がこもり、そして乾は結論を出した。

 

「風花さん。僕、言って来ます。でも、なにかあったらすぐに言って下さいよ?」

 

「うん。その時は呼ぶね?」

 

風花からの返答を聞くと、乾は頷いて槍を片手で持って洸夜の影へ立ち向かって行く。

そして、ヤマタノオロチに苦戦するアルテミシアと美鶴を洸夜の影が無表情で眺めている時だった。

洸夜の影の背後に何者かが迫った。

 

「今だカエサル!」

 

『ラクンダ』

 

洸夜の影の背後をとったのは明彦とカエサルだった。

カエサルは地球儀から光を放ち、それを洸夜の影へ当てた。

それはラクンダの光、相手の物理・魔法防御を下げる技だ。

 

『グッ……!』

 

それを浴びた洸夜の影は怯み、動きを一時的に止める。

しかも防御低下のおまけ付きでだ。

 

(もらった……!)

 

ボクシングと武者修行で得た勘が明彦に確信を与える。

この攻撃は通ると、そう明彦自身が絶対の自信を持った。

そして、明彦が拳に力を入れてカエサルと共に洸夜の影の背後を睨みながら攻撃を繰り出した。

その時だ。明彦は洸夜の影の背中がウネウネと変形した様に見えた瞬間、背中から血液の様に黒い何かが飛び散り出したのだ。

 

(一体、今度は何をする気だ?)

 

警戒する明彦だが、攻撃についての確信が消えた訳ではない。

その為、そのまま攻撃を続行したその時だった、明彦が洸夜の影の背中に金色に輝く大量の"目"の存在に気付いたのは。

 

『ガアァァァァァ! マザーハーロット……!』

 

「!……なんだとっ!?」

 

まるで激痛に苦しむかの様に洸夜の影は叫び、血潮の様な黒い液を背中から飛び散らせながら冠を被る七つの首を持つ獣と、それに股がるグラスを翳す骸の淑女『マザーハーロット』が飛び出して来た。

そして、マザーハーロットが操る七つの首を持つ獣はそのままの勢いで明彦へ襲い掛かる。

攻撃の勢いによって明彦はブレーキが掛けられない。

そのままぶつかればあの質量のペルソナが相手であり、それでは明彦自身も被害を免れない。

だが、明彦は諦めなかった。

 

「迎え撃てカエサル!」

 

主の命にカエサルがマザーハーロットへ大剣を降り下ろし、それを迎え撃とうするがマザーハーロットはそのままカエサルへ飛び込んで行った。

 

『ジオダイン』

 

カエサルはジオダインを大剣へ纏わせる形でマザーハーロットの獣へ降り下ろした結果、マザーハーロットの獣の七つの首の内、その三つが両断される。

黒い血潮を辺りに撒き散らすマザーハーロットの獣。

だが、マザーハーロットがグラスを明彦へ向けると残り頭がカエサルへ噛み付き、そのまま押し返して行く。

それに明彦も受けて立つが、マザーハーロットはでかい。

その為、純粋な力押しが起こってしまい明彦は洸夜の影へ離されて行く。

 

「くそ!……この程度で怯むと思うな!」

 

「真田先輩がヤベェ! なら……次は俺だ!」

 

明彦と美鶴のピンチに次は順平が剣を構えながら洸夜の影へ向かって行った。

フリーターとは言え、子供達に野球のコーチをしている身だ。

その足は皆が思っている以上に速く、気付けば既に順平の射程圏内となっていた。

 

「タッチアウトだぜ!」

 

フルスイングで剣を洸夜の影へ振る順平。

しかしその瞬間、洸夜の影の瞳が蒼白く光った。

 

『残念だがセーフだ』

 

洸夜の影は”見切り系”のスキルを使用し、順平の攻撃を容易に回避した。

そして、洸夜の影はそのまま地面に拳を叩きつけ、物理技のデスバウンドを放つとそのまま衝撃は順平を襲った。

 

「ゲッ!う、嘘だろぉぉぉぉっ!!」

 

そう叫びながらまるで凧の用に吹き飛んで行く順平。

次々と攻撃を防がれるメンバー達だが、だからと言って諦める訳もなく順平がやられた直後に動きを見せる者たちがいた。

 

「コロマルさん。私が仕掛けますのでその隙に……」

 

「ワン!」

 

アイギスはコロマルに指示を伝えるとそのままコロマルよりも一歩先に出た。

そう、アイギスには秘策があるのだ。

前にホテルの屋上で戦った時に見せた事、そうオルフェウスの存在だ。

洸夜の影も洸夜だからこそ『彼』の事で何かしらの反応があった。

それが前回、屋上でオルフェウスを召喚した時に一時的に動きを止めた事だ。

洸夜の影の中に洸夜の心がまだあるならば、きっと何かしらの動きを見せてくれるだろうとアイギスは思っており、コロマルとの距離が一定になった時、アイギスは動いた。

 

「オルフェウス!」

 

主の呼び声に何かが砕ける音と共に吟遊詩人が洸夜の影の前へ姿を現す。

 

「オルフェウス……そうか!」

 

その光景に美鶴達もアイギスの意図を読み取る中、洸夜の影もオルフェウスの存在に気付いた。

 

『オルフェウス……!』

 

アイギスの作戦通り、オルフェウスを見た洸夜の影の動きは止まった。

そして、それを見たアイギスはコロマルヘ呼び掛けた。

 

「コロマルさん!」

 

アイギスの言葉にコロマルはワンと一鳴きして洸夜の影へ向かって行き、同時にケルベロスも召喚して洸夜の影へ迫った。

洸夜の影はまだ動いていない。

アイギスは攻撃が通る事への確信を得た。だが……。

 

『ククッ……』

 

(!?……笑った……?)

 

アイギスは一瞬、洸夜の影が口元を歪めた様な気がした。

そしてそれからすぐに洸夜の影は、一瞬だけコロマルを見た事でアイギスは気付く。

 

「いけない! オルフェウス!」

 

洸夜の影は全て分かっていた。

オルフェウスを見て動きを止めたのも演技。

それに気付いたアイギスはオルフェウスで洸夜の影へ攻めた。

精神的攻撃が無理ならば直接攻撃してコロマルの攻撃を助ける為にだ。

そして、アイギスの命にオルフェウスはハープを構えながら洸夜の影へ接近した。

 

『ヨシツネ……』

 

洸夜の影が何かを呟いた瞬間、アイギスが見たのは何か素早いモノに両断されたオルフェウスの姿であり、それと同時に自分の背後に何者かが迫っている事に気付く。

 

「クッ!」

 

何者かが刃を降り下ろして来る中、アイギスは間一髪で背後を振り向き腕で相手の攻撃を受け止めると目の前の敵を睨んだ。

 

「見た事のないペルソナです……」

 

オルフェウスを両断し、アイギスに攻撃を仕掛けた者の正体は古い甲冑姿のペルソナ"ヨシツネ"であった。

ペルソナブレイクとなり、消滅するオルフェウスとそれによって攻撃のダメージがアイギスへ伝わりながらも彼女はヨシツネの攻撃を受け止め続ける中、その背後で洸夜の影が笑っていた。

 

『ハハハハハッ! そんなモノでオレを止められると思っていたのか!? あの時とは違い、今のオレは真なる影だ! そんな子供騙しはもう効かねんだよ!』

 

「クッ!アイギス……!」

 

美鶴がアイギスを心配して呟くが、今の自分達も余裕がないのは事実。

なんとかしたくても出来ない歯がゆさを覚える中、アイギスはヨシツネと戦闘を始めていた。

 

「元は物理に強いペルソナだったようですね」

 

『……』

 

アイギスの言葉に特に返す訳もなくヨシツネは刀をアイギスへ振り下ろし、アイギスは腕でそれを防ぎながらも指や頭部に内蔵されている火器を至近距離で放つ等、高度な接近戦を繰り広げている。

伊達に対シャドウ兵器として作られていた訳ではないアイギス。

洸夜の影からしても、今いるこのメンバーの中でも一番厄介なのはアイギスであったりする。

生身でシャドウと平然と戦う力と経験やペルソナ能力。

精神的に疲労させた美鶴や明彦、そして平和ボケして戦いと言う経験から離れていた残りのメンバー比べればアイギスが一番の脅威なのは言うまでもないのだ。

しかし、そんなアイギスにダメージを与え、最強クラスのペルソナであるヨシツネをぶつけられた事で洸夜の影の優位は更に増える。

 

「グルルル……!ワン!」

 

アイギスとの作戦は失敗したが、それでもコロマルは小太刀を咥えたまま洸夜の影へ飛び掛かった。

 

『見えてるんだよっ!!』

 

飛び掛かってきたコロマルに対し洸夜の影は、まるで最初からコロマルの動きを予知していたかの様に無駄ない動きでコロマルを左手で掴んで捕えた。

 

「!?ワン!……グルル!」

 

掴まれた時に小太刀を落としてしまったコロマルだが、首を掴まれても屈しないと言わんばかりに吠え、洸夜の影を睨み付ける。

 

『ハハハッ……!憎いか?洸夜の姿をしたオレが?洸夜の姿でお前の大事な者達を傷つけるオレが?クク……良いぞ憎め!それが俺達の絆だ。そうだろコロマルゥ!』

 

怒りで満ちているコロマルの赤い瞳を見て洸夜の影はそう言い放ち、その言葉にコロマルは思わずビクリと身体を振わせた。

動物は人よりも敏感だと言い、コロマルは直感的に洸夜の影の深層心理を見てその底なしの負に恐怖を覚えてしまった。

そして、そんな仲間のピンチに今度は乾とチドリが動いた。

 

「コロマルを離せ!」

 

乾が叫び、その隣で距離を取りながらナイフを構えながら走るチドリ。

だが、洸夜の影はそんな二人を見ずにコロマルだけを見ている。

また甘く見てるのか、それとも嘗めているのか、理由は考えれば幾つでもあるが今はそれが好機と思い二人は走って武器を持つ手に力を入れた。

その時だった、突如、乾とチドリの視線が上へ上がった。

重力に逆らう様な感覚が同時に二人に襲い掛かり、自分達に何が起こったのか二人が知るのに時間は掛からなかった。

 

「これ……は!」

 

チドリが下と周りを向くと、自分と乾を掴んでいる巨大な腕の存在に気付いた。

そして乾もまた、こんな丸太の様な巨大な腕を持つ者の存在に一つしか心当たりがなく、まさかと思い下を向くと布で顔の殆どを隠し、唯一出ている赤い目が目に入った。

 

『ヴォォォォ……!』

 

「あれは……!?」

 

「洸夜のベンケイか!」

 

唸り声をあげるペルソナの存在にゆかりと明彦が目を開く。

ベンケイは物理攻撃力だけならば、洸夜のペルソナの中で不動の頂点に存在する。

その代償にスキルにベンケイの弱点が存在するが、洸夜の影の一部となった今もそれが存在するのかは断言できない。

今言えるのは、少なくともあのペルソナは危険だと言うことだ。

 

『未熟だな。復讐の正義!偽りの刑死者!』

 

復讐の正義とは真次郎に復讐を考えていた乾を指し、偽りの刑死者は本当のペルソナ使いではチドリの二人の生き方とアルカナに因んだ呼び方なのだろう。

その呼び方にベンケイに握られながらも、二人は洸夜の影を睨み付けた。

 

「お前……お前は……洸夜さんなんでしょ?なのに、なんでそんな事やこんな事ができるんだ!」

 

乾の悲痛な叫びだった。

洸夜は乾にとって尊敬する人物の一人であり、自分を家族言ってくれた恩人だ。

だが、目の前の存在は乾が見てきた洸夜とは似ても似つかない存在。

そんな目の前の存在が洸夜等と乾は認めたくなかった。

 

『ハッ!表面だけの絆だけで満足していたガキが何を知っている!何を分かっている!我は影、宿主が抑圧していた真なる我!内側に隠されていた本当の瀬多洸夜だ!』

 

「それが本当の姿ならなんで私を助けたの? そんな事をする意味は貴方にはない」

 

自分の時の事を思い出したのだろう。

少し不安な瞳でチドリは洸夜の影へ問い掛ける。

自分に未来をくれた事までもそんな感じならば悲しすぎる。

そう思ったからチドリは問い掛けたのだが、洸夜の影は鼻で笑った。

 

『ハッ!……お前、ゴミをゴミ箱に入れるのに理由を一々聞くのか? やれたからやった、ただそれだけだろうがっ!!』

 

平然と言い放った洸夜の影。

意味などはない。

自分の答えが洸夜の本性であると言わんばかりの言葉に弁慶に捕まる乾とチドリの瞳にも悲しみと怒りが現れる。

だが、その感情は洸夜の影にとってはまさに計算通りだった。

 

『そうそう! その感情だ! 怒れ、憎め! そして築け!新たな絆を!お前等の力の源は負の感情が生んだものだからなっ!!』

 

面白おかしく話し、狂った様に笑い出す洸夜の影。

そんな洸夜の影を見ていた風花が洸夜の影に禍々しい力が溢れている事に気付く。

 

「な、なに……?この力って一体……!」

 

何かがおかしい洸夜の影の力に戸惑う風花だが、洸夜の影は乾とチドリへ話を続けた。

 

『誰を恨む乾? 母を奪った今は亡き真次郎か? それともシャドウに呑まれて暴走させ、真次郎に人殺しの汚名を作らせた母親自身か?それとも、影時間を生んだ桐条か!?』

 

「!?……お、お前!」

 

乾はベンケイの腕の中で怒りを露にした。

真次郎だけではなく母親の事まで言われたのが乾は許せなかった。

 

「乾! 落ち着いて、シャドウに呑まれる!」

 

もう片方の腕に捕まるチドリが乾へ語り掛けたが、洸夜の影の目線はそのままチドリへ移った。

 

『お前もそうじゃないのかチドリ? 非道な実験によって身体も心もボロボロにされ本当の記憶も失い、そのまま人工のペルソナ使いにされて本当ならば得る事の出来たかも知れない暖かい世人生を得れたのかも知れなかったんだぞ? 憎くないのか桐条が!?』

 

「!……黙れ!失った過去は戻せない。なら、私は皆と一緒に未来を生きるの!」

 

チドリはそれだけ言って止めた。

頭を冷静にする事に意識を向けないと本当に洸夜の影の思う壺になってしまうからだ。

しかし、チドリはともかく乾の怒りはそうそう収まる事は出来なかった。

乾は洸夜の姿で好き勝手言い、尚且つ真次郎と母親を侮辱された事に何も出来ない事に思わず悔し涙を流しながら洸夜の影を睨む。

 

「違う……! お前は洸夜さんじゃない! 洸夜さんなら荒垣さん達の事をそんな風に言う筈がないからだっ!!」

 

『ククッ……今はそんな話じゃない。憎いか憎くないかの話だ。そう思わないか二人とも!』

 

「……!」

 

「?!」

そう返答し睨み反された洸夜の影の瞳を見た瞬間、乾とチドリはまるで心臓を握られた様な感覚に襲われた。

全てを見透かされている。

あのシャドウは自分の全てを知っている。

そんな感覚が二人を包み込もうしているのだ。

 

『なあ、乾? 少なくとも桐条が馬鹿な事をしなければ真次郎がS.E.E.Sに入る事も無ければ母親がシャドウに呑まれる事もなかったんだぞ? チドリも同じさ。だから……憎くないか桐条が?』

 

「桐条……」

 

「桐条の研究員……!」

 

先程までの二人はどこへ行ったのか。

乾とチドリの瞳から段々と復讐等の負の感情が芽生え始めていた。

 

『そうだ。想像してみろ、今思う自分の幸せを。それが桐条がお前達から奪ったものだ!恨め憎め!それがお前等の力のーーー』

 

バシュ!

 

洸夜の影がそこまで言った時、コロマルを掴んでいた腕の方から何やら音が聞こえ言葉を中断し腕の方を見ると、そこには一本の矢が存在していた。

だが、矢があるのは大した問題ではない。

問題なのはその矢がコロマルを掴んでいた洸夜の影の腕に"刺さっている"と言う事だ。

その現実を目の当たりにした洸夜の影は思わずコロマルを離してしまった。

 

「グルルル……!」

 

解放されたコロマルは素早く小太刀をくわえ直し、再び洸夜の影へ威嚇をするが洸夜の影は矢が刺さっているにも関わらず特に何も言わなければ叫ぶ事も激情をしなかった。

それどころか、平然と矢を腕から引っこ抜くと放たれたであろう方向を見るとそこには弓を自分の方へ向けているゆかりがいた。

ゆかりは先程の事などもあってか若干震えているが、弓だけは力強く握り締めている。

 

「これ以上、あんたなんかの自由にさせない!」

 

力強い目で洸夜の影へ言い放ったゆかりだが、先程矢を当てた部分がみるみる回復する洸夜の影の姿に再び矢を装填する。

時間稼ぎでも何でも良い。

何とかあのシャドウの行動を妨害する、そうゆかりは思いながら弓を向ける。

その直後だった、今度は乾とチドリを掴んでいたベンケイを弾丸が襲う。

 

『ヴォォォォ……!?』

 

ダメージ自体は無かった様だがその衝撃で乾とチドリを離してしまうベンケイは、そのまま地面に存在する洸夜の影の足下にある影に呑まれる様に沈んで行く。

そして、ベンケイから解放された乾とチドリは尻餅を着きながらも弾丸が飛んできた方向を見る。

勿論、洸夜の影も同じ様に見るとそこには膝を着くヨシツネの隣で両腕を向けるアイギスの姿がそこにあった。

アイギスは特に何も言わず、そのまま腕を美鶴と明彦が対峙するヤマタノオロチとマザーハーロットへ向け弾丸を放ち、弾丸はそのままそれぞれに吸い込まれる様に被弾する。

 

『シッ!?』

 

『!?』

 

その場で崩れる様にへたり込むヤマタノオロチとマザーハーロットは、そのままベンケイ同様に地面に呑み込まれる様に消えて行き、アイギスの隣にいたヨシツネも同じ様に消えた。

 

『アイギス……!』

 

アイギスによって戦力を潰された洸夜の影は、そんな彼女を憎しみの瞳で睨み付ける。

だが、アイギスも腕を洸夜の影へ向けながら口を開いた。

 

「もう、終わりにする気はありませんか?」

 

『シャドウを殺す為だけの機械が言う言葉か?』

 

アイギスの言葉に小馬鹿にする様に返答する洸夜の影だが、アイギスは何処か悲しいモノでも見るかの様な寂しい瞳で洸夜の影を見つめながら話を続けた。

 

「私にはあなたが可哀想に思えます。あなたは知らない……知る事が出来なかった。『あの人』の真意、本当の想いを……」

 

アイギスが静かに語る中、漸く氷を解凍した美鶴達がアイギスの近くに集まり始め、それでも警戒を解く事もなく武器は身構える。

 

『想い?『あいつ』の……?』

 

洸夜の影はそう呟く様にアイギスへ聞き返し、アイギスはそれに頷いた。

 

「はい。『あの人』は全てを終わらせました。ですが、それは『あの人』の本心であり、何の迷いもない『あの人』自身の”意志”だったんです」

 

『……』

 

アイギスの言葉に黙る洸夜の影。

そんな黙っている僅かな間に風花も合流し、美鶴は他のメンバーの無事を確認した。

 

「皆、大事はないか?」

 

「ああ、少しかすった程度で俺は大丈夫だ」

 

そう言って腕を組む明彦だが、右の脇腹から血が流れており全くの無事とは思えなかった。

何だかんだでペルソナとシャドウ相手にインファイトを繰り広げていた明彦。

寧ろ、この程度で済んだのが無事と言えるのかも知れない。

しかし、怪我なのは違いなく、そんな体力馬鹿な先輩の発言にゆかりは呆れた顔で溜息を吐いた。

 

「かすっても怪我は怪我ですから、無理だけはしないで下さい。ペルソナでも癒せるのは怪我までですから……」

 

そう言って明彦の怪我を治し始めるゆかりの言葉に、明彦自身も反省したのか小さくすまん……とだけ言って黙って治療して貰った。

そんな時だ、そんな二人の後ろでフラフラで近づく者がいた。

 

「ゆ、ゆかりっち……次はおれっちも頼む……」

 

今にも事切れそうな声に振り向く一同。

そこには一人、メンバー達の中でも異常にボロボロの順平の姿がそこにあった。

 

「ワン!?」

 

「順平さん!だ、大丈夫なんですか!?」

 

まるで戦場から帰還した兵士の様な順平に思わず声を出してしまったコロマルと乾。

今思えば、順平は先程明彦の援護で追撃しようとした時、洸夜の影に反撃されてしまいデスバウンドを諸にくらったのだ。

 

「順平……生きてる?」

 

「いくらなんでもこんな状態で死んでいるとは思えないが……」

 

剣を杖代わりにして立つ順平にチドリと美鶴が心配するが、順平の足は完全に震えていて立っているのもやっとの様だった。

これでは帰還兵から生まれたての小鹿になるのは時間の問題だ。

 

「ちょっ!?あんた耐えなさいよ!もう少しでこっちも終わるから!」

 

「岳羽、俺はもう良いから順平をーーー」

 

「何言ってるんですか!真田先輩も見た目より傷が深いんですよ!?」

 

見た目よりも酷かった明彦の傷に文句を言うゆかりの言葉に何も言えない明彦。

その光景に戦闘に集中したかった美鶴だが、今はそう言えずやれやれと言った様に順平を癒す為に近づいた時だった。

美鶴と順平は勿論、メンバー全員の足元から心地よい光があふれ出し、メンバー全員の傷を癒しはじめたのだ。

 

「これは確か……」

 

光の正体に見覚えがあった美鶴だが、その正体はすぐに分かった。

 

「すまないな風花。君も消耗している中で」

 

そう言って美鶴が風花を見ると、風花とユノから癒しの光である『癒しの波動』が出されていた。

 

「いえ、今回の私……ジャミングにやられて上手く探知できないですから。せめてこれぐらいのサポートぐらいはと思って……」

 

「風花……変に責任は感じなくて良いんだからね?疲労してるのは皆同じなんだから」

 

ゆかりは責任を感じている様子の風花に心配そうに言う。

戦闘能力が無い為、探知能力でしか皆を助けることが出来ない事を一番気にしているのは風花自身だ。

その為、今の様に相手が探知能力に耐性を持っている時は風花は気にしてしまう。

別に風花の能力が低い訳でもなければ、その事で何か言う者はメンバーの中にいないのだがそこは風花の性格の為に少しマイナス思考に考えてしまっている。

そして、風花がゆかりに小さくありがとうと言っていると、その隣でチドリが何かを考える様に乾へ話しかけた。

 

「乾、さっき洸夜のシャドウに聞かれた時、何か違和感なかった?」

 

その言葉に乾は目を開き、少しだけ間をあけて口を開く。

 

「……はい。さっき、母さんと荒垣さんの事を言われた時に少しだけ」

 

まるで夢でも見ていたかの様にあやふやな感覚。

少しの振動でも崩れ去る様な、まるでトランプタワーの様に繊細な感じ。

ついさっきの事にも関わらず、明確に思い出せない時間。

乾もチドリもそんな時間を味わってしまったのだ。

そして、乾は槍を持つ手を震わせながら乾は話し始める。

 

「僕は……荒垣さんを許しました。だけど、さっきシャドウに言われた時、僕の中に確かに存在していたんです。荒垣さんへの憎しみが……あの時と同じ、いや、あの時よりも強い憎しみを……!」

 

母を死なせ、自分に殺される事を望むと同時に命を背負う事を説いた真二郎。

自分を庇って凶弾に散って死んだ真二郎。

そんな荒垣真二郎を乾は許した。

その変化はペルソナにも現れ、ネメシスと言う存在からカーラ・ネミへと姿を変えている。

だが、先程の言葉通り、乾もチドリも今無い復讐心と憎しみが存在したのだ。

 

「あのシャドウ……やっぱり何かが違う」

 

チドリが先程から黙る洸夜の影を見ながらそう言った。

 

「……それが”黒のワイルド”の力ですか?」

 

そう発した声の方を全員が見ると、今も洸夜の影の方を見ているアイギスの姿があり、メンバーに背を向けながらアイギスは話を続ける。

 

「前に『あの人』と洸夜さんが仰ってました。ワイルドは他者への繋がりが強い分、他者への影響も強いと。……”白のワイルド”は他者と絆を築く事で色を”貰い”強くなり、”黒のワイルド”は他者と絆を築き、色を”与える”事で強くなると」

 

アイギスのその言葉はメンバー全員に聞き覚えのある言葉だった。

他者との絆を力とするワイルド。

その能力を持つ二人の男、世界を救った『彼』とそれを支えた瀬多洸夜。

何処か人間らしさがなく、感情が乏しかった『彼』。

誰とでも接し、感情豊かで絆を築き上げる瀬多洸夜。

その二人を色に表すならば、まるで自分は無だと言わんばかりの『彼』は”白”であり、誰にでも接し色々と持っている瀬多洸夜は”黒”だ。

洸夜と関わる事で色々と変化する者。

色んな者達と関わり、変化していった『彼』。

メンバー達はそれを己で見て感じてきたのだ。

ワイルドを持つ二人の男の歩みを。

 

『そうだ。それが黒の力だ。他者への影響が大きい……つまり、その人物の心が詳しいと言うことだ。だからこそお前等はオレに抗えない、絶対に勝てない』

 

アイギスの言葉にそう返答する洸夜の影の言葉に、勝ち等に敏感な治療を終えた明彦が反論した。

 

「戦いに絶対はない。命のやり取りをする以上、互いに絶対は言い切れない」

 

『普通ならばそうだが、お前等に限ってはオレ限定にそれが適応する』

 

「なんだと?」

 

美鶴が険しい瞳で洸夜の影を見つめるが、それは他のメンバーも同じことであり洸夜の影は特に気にしていないかの様に話を続けた。

 

『思い出してみろ?メンバーのリーダーとして表で支えたのは『アイツ』だが、裏で支えて戦いのサポートをしたのはオレだぞ?だから分かるんだよ、お前等の行動、怒らせる方法、心の傷つけ方、その全てが!』

 

その言葉に美鶴達が心当たりを思い出す。

二年前の一件、ホテルでの戦闘、先程起こった突然の感情の暴走、そして戦いの中で洸夜の影の異常な強さ。

敵は洸夜そのものと頭では理解させていたが、それでも異常に強く思えた理由はそれだったのだ。

洸夜の影は知っていた。

美鶴達の事を、それだけで洸夜の影の有利が大きく存在していたのだ。

只でさえ強い力にも関わらず、絆を築いた者達限定で更に力を上げる。

その事実は美鶴達を実感させる、今まで戦ってきたシャドウの中で最凶だと。

自分達を理解し、アルカナを多数使用すると言う点ではある意味ではニュクスよりもたちが悪い存在なのは間違いない。

だからと言って美鶴達もそれを認める気もないと思ったのだが。

 

「あっ……どうりで戦いずらいと思ったぜ」

 

やはり、平然と言い張るの我等の順平であった。

そんな順平に全員が何か言いたそうだが、面と向かって言えないのはやはり少しそう思っている証拠なのだろう。

そして、そんな様子のメンバーに洸夜の影は再び表情を歪ませ、そのまま歪んだ笑みを浮かべた。

 

『ハハハッ! お前等がどう思おうが何を言おうが"真実"は変わらねんだよ! 桐条の罪、ムーンライトブリッジ、苛め、ペルソナの暴走、妹、父親、母親、飼い主との死別、桐条の人体実験! お前等の始まりこそが"負の絆"が幕を開けた!ここにいるのも負の絆の導き! お前等の全てだ!』

 

洸夜の影の言葉は相変わらずメンバーを不快にさせるが、その言葉の全てを否定はメンバー達には出来なかった。

桐条が下らない野望を考えなければ、美鶴が桐条の罪を背負う事も無く、父である武治が死ぬことも無かった。

ゆかりも父親を失う事も無く、アイギスも生まれる事はなかったが『彼』の人生を狂わせる事も無かった。

真次郎もペルソナに関わる事も無かったかも知れず、乾が母親を失う事も無かったかも知れない。

チドリも人工ペルソナ使いにされず、人並みの幸せを得たかも知れない。

明彦や風花、コロマルも妹と飼い主の死別、苛めが無ければS.E.E.Sに参加していなかったであろう。

 

(……あれ? 俺だけあまり関係ある言葉が無いような?)

 

先程から聞いていた順平ただ一人だけがそう思ってしまった。

今思えば、参加の理由も夜中にコンビニへ行き立読みしていた時に影時間に巻き込まれ、そこを明彦に発見されてスカウトされただけである。

肉親が死別したとか、人体実験されたとかそんな過去も勿論だが無い。

一時期、自分よりも活躍していた『彼』や洸夜に対し嫉妬に近い感情を持っていたが、それが始まりと言う訳でもない。

順平は自分だけが何も無い事が良い事なのか、それとも何か悪いのか悩み始める中、美鶴が悟った様に口を開いた。

 

「確かに……お前の言葉の全ては否定出来ない。だが、不謹慎かも知れないが私は……桐条の罪によって皆に会えた事を後悔しない。寧ろ、こんな仲間が出来た事が私の誇りだ!」

 

その言葉に頷くメンバー達、ワンテンポ遅れて順平も頷くが全員が同じ気持ちなのは変わらない真実であった。

 

『……愚かだな。そこまで言うならば、お前等は乗り越えられるか見せて貰うぞ?』

 

洸夜の影は右手を上へ掲げると同時に、先程崩れ去った筈の美鶴達に似せたドール達が立ち上がり始める。

今度は何をする気だと、美鶴達が警戒する中、風花が異変に気付く。

 

「ッ!? 上です!」

 

その言葉に一斉にフロアの上を見るメンバー達。

フロアの天井は周りと同じデザインだったが、その天井を多い尽くす程に巨大な何かが光学迷彩が解除されて行くかの様にその姿を露にする。

鳥のクチバシの様な細い顔、薄汚れた長い白髪、首に着けているあらゆるアルカナを示す仮面のネックレス、ボロボロで暗い色合いの洋服、裁縫針の様に細い指。

段々と現れて行く敵の姿に美鶴達も息を呑む。

 

「な、なによ……コイツ!」

 

「大型シャドウ……!」

 

ゆかりと風花がそれぞれ口を開きながらも、その姿を露にした大型シャドウ『ドールマスター』が洸夜の影の隣に降り立った。

 

『人の負の感情により生まれしこの大型シャドウ。お前等が負を否定するならば乗り越えて見せるんだな!』

 

そう言って姿を霧の様に消す洸夜の影。

そして、洸夜の影が消えた事で全員の視線はドールマスターへと向けられ、ドールマスターは針の指から虹色に輝く光の糸をドール達へと繋いで行き、ドール達はまるで新しい命でも吹き込まれたかの様にカタカタと動き始める。

足が存在しておらず、空中に浮かびながらドール達を動かすその光景はまさに人形劇。

そんな命を賭ける人形劇に明彦も血をたぎらせる。

 

「どうやら、あの変な人形を操っていたシャドウは奴の様だな」

 

「どちらにしろ相手は大型シャドウだ。明彦、油断はするな。……風花、あのシャドウの情報は?」

 

美鶴の問いにユノを召喚して探知をする風花。

洸夜の影はジャミングで探知を妨害されたが、今度の相手はジャミング能力を持っていない為、風花も自分の力を大いに発揮出来る。

 

「"ドールマスター"……アルカナは"愚者"、弱点属性は物理、耐性持ちは光と闇です」

 

「物理が弱点……ですか?」

 

「おっ? それなら俺達が有利だな!」

 

アイギスの言葉に順平が嬉しそうに言った。

普通に考えれば無理もなく、下手に属性攻撃や弱点無しよりはやり易い相手だと言える。

下手に小細工等せずに、ただ殴れば弱点を突けるからだ。

しかし、それは美鶴達だって分かっている事であるが、心配は別の所にある。

 

「あの人形達、さっきまでとは動きも雰囲気も違う……」

 

チドリの呟きに順平を除く全員が頷く。

例えるならば、先程までは烏合の衆だったが今は訓練された軍隊の様だ。

 

「どちらにしろ、戦わなければならない相手だ。あんなものでもな……」

 

『カカカ……!』

 

美鶴が疲れた感じに呟きながらドール達を見るが、美鶴、明彦、ゆかり、順平の形をしたドール達はただ口をカタカタと動かすだけ。

やれやれと、メンバー達もそう思った時、ドールマスターが指を動かすと同時にドール達が一斉に美鶴達へ襲い掛かって来た。

 

「そんな単純な動きで俺がやられる思ったか!」

 

基本的に先程のフロアの時と同じ様に単純な動きで仕掛けてくるドール達に、明彦はそう言い放ってペルソナも召喚しないで拳で反撃しようと目の前の自分と同じ姿をしたドールへ仕掛けた。

だが、その時、明彦に思いしない事が起こった。

 

『ジオダイン!』

 

「なっ! クッ……!?」

 

突如、明彦目掛けて拳の先からジオダインを放つアキヒコドール。

その攻撃に明彦は反射と本能で避けたが、ジオダインは威力の高い技だ。

身体を仰け反らして避けたは良いが、ジオダインが少しかすり、露出の多い明彦の服装が災いして身体に僅かに焦げあとが残ってしまう。

自分の失態に思わず舌打ちする明彦だったが、ドール達の攻撃は終わらない。

 

『ブフダイン』

 

『アギダイン』

 

『ガルダイン』

 

次々に放たれる属性技に対し、美鶴達は咄嗟にペルソナを召喚してそれを防ごうとする。

 

「ペルソナ!」

 

美鶴達はペルソナを召喚し、相手の属性技に耐性を持つ美鶴達が前に出てそれを防いだが、それだけでは安心できないのが現状だ。

 

「明彦! ペルソナを召喚しろ! この人形達は既に生身で戦える相手ではなくなっているぞ!」

 

「分かっている。カエサル!」

 

美鶴の言葉に明彦も漸く召喚するが、ドール達はそれを見て後退して行く。

無闇な攻撃はしないのか、それともただの様子見かは分からないが、ドールマスターは気味の悪い笑みで美鶴達を見下す。

 

「風花、あのドール達の情報は?」

 

「えっと……あの人形達、全部にアルカナや技が存在しています。それぞれのアルカナと技はあの人形のモデルになっている人と全て同じです!」

 

風花言葉に全員が成る程と思った。

見たまんまと言う事であり、ある意味では己との戦いとでも言えるかも知れない。

 

『カカカ!』

 

ドールマスターが再び指を動かすと、ドール達も再び一斉に攻撃を始める。

 

「あの大型シャドウをどうにかしない限り、あの人形達は止まりませんよ!?」

 

「それなら……!」

 

乾の言葉にアイギスは空中へ飛び上がり、ドールマスターの背後へ一気に回り込むと背中の中からガトリング砲を取り出して引き金を引き、無数の弾丸がドールマスターへ降り注がれる。

 

『!』

 

しかし、弾丸が当たる前にミツルドールとアキヒコドールが間に入って攻撃を遮ったのだ。

その光景にアイギスは眼を開いた。

 

「速い……! ですが、これなら!」

 

今度は頭部と指先の銃器を放つアイギス。

先程からの攻撃の後ではこれは防げまい。

そうアイギスは思っていたのだが、シャドウはアイギスの考えの先を行っており、二体のドールは四肢のパーツを全てバラしてアイギスの攻撃を防いだ。

 

「なんだあれ!? 人形達が全部防ぎやがった!」

 

「皆さん! まずは人形を全て行動不能にして下さい! 人形がいる限り、あのシャドウは攻撃を全て防ぎます!」

 

風花の言葉に目付きを真剣なものへ変えるメンバー達。

アイギスは少しでも戦い易くさせる為、ドールマスターへ攻撃を続ける事でドール達を足止め兼そのまま倒そうとし、残りのゆかりと順平のドール達へは美鶴達が相手をする。

 

『カカカ!!』

 

美鶴達へガルダインとアギダインを放つドール達だが、すぐさまイシスとトリスメギストスが間に入り、盾となって技を無効化する。

やはり、所詮は人形であり単純な攻撃だけしかしてこない。

 

「カーラ・ネミ!」

 

攻撃の反動で動きが鈍くなっており、その隙に乾が二体の懐に入り槍を強化して凪ぎ払う形で槍を振って二体に刃が当たる。

だが、乾は手応えを薄く感じとった。

 

(浅い……!)

 

そう、攻撃は致命傷にまではならなかった。

後一歩の所でドール達が後ろへ下がったのが原因だが、下がったと言うのは謝った表現であり、誰かが引っ張ったのが正しい表現。

そして、誰がそれをやったかは乾は分かっており、顔を険しくしながら上へ向けると、そこには意地の悪い笑みを浮かべるドールマスターがいた。

ドールマスターはただドールを操っている訳ではなく、どちらかと言えば指揮官に見える。

だがそれで、はいそうですかと言う美鶴達ではない。

美鶴と明彦が追撃する形でドール達へ迫るが、ドールマスターの瞳が美鶴と明彦を捉えた瞬間、風花がそれに気付く。

 

「下がって! 大きい攻撃が来ます!?」

 

風花が叫ぶが、メンバー達の頭上に蒼白い光の球体がそこにあり、その球体が急速に落下しメンバー達を襲う。

 

『メギドラオン』

 

「ッ!? 明彦! コロマル!」

 

「おう!」

 

「ワン!」

 

美鶴の声に明彦とコロマルが答え、アルテミシアが鞭で弾き、拡散するメギドラオンをカエサルが地球儀を使い重力で更に弾き、ケルベロスがブースタで強化したマハラギダインで更に拡散させてメギドラオンの欠片はメンバー達を襲う事はなく、フロアの周りへ降り注ぐ。

爆散するフロアの中、アイギスが相手をしていたドール達にもそれが直撃して粉々に砕け散り、ドールを失った事でドールマスターの守りが手薄となった事でチドリとゆかりが動いた。

 

「貰った……!」

 

「外さない!」

 

ナイフを手にメーディアと共にドールマスターへ迫るチドリと、イシスを召喚したまま弓を同じくドールマスターへ向けるゆかり。

だが、ドールマスターは残ったドール達を一斉に力を送り、最後の反撃に出た。

 

『マハタルカジャ+マハスクカジャ』

 

『カカカカ!』

 

物理・魔法・命中・回避を一斉に強化された二体のドールから、禍々しい光が放たれており、先程よりも素早い攻撃で目の前にいた美鶴と明彦へ襲い掛かる……だが。

 

『カカカーーー!』

 

「遅い!」

 

「隙だらけだぞ!」

 

一閃するサーベル、降り下ろされる拳。

それと同時に両断、破壊されるドール達。

 

「やはり、洸夜のシャドウの方が手強いな」

 

「まったく……コイツらにここまで苦戦するとは、俺もまだまだか」

 

相手が洸夜の影だった事や過去の事も重なり苦戦を強いられた美鶴達だが、この程度の大型シャドウに負ける様な実力ではない。

そして、己を守るモノを失ったドールマスターにまずはチドリが迫った。

 

「メーディア!」

 

主の命に左手に持つ杯からアギラオをドールマスターの顔面へ放つメーディアに、顔面に直撃して腕を振り回すドールマスター。

だが、攻撃はまだ終わっていない。

まだ、ゆかりの攻撃が残っているのを忘れてはいけない。

ゆかりは弓を構えたまま、暴れるドールマスターの額に照準を合わせる。

失敗は許されない、いや、失敗等最初からする気なんて微塵もない。

不特定に揺れる的だが、ゆかりは何の躊躇いもなく矢を放ち、その矢は吸い込まれる様にドールマスターの額を貫き、ドールマスターが地面に着く。

 

「今だ! 一気に畳み掛けるぞっ!!」

 

美鶴の号令に一斉にドールマスターへ飛び掛かって行くメンバー達。

その勢いによって砂埃が発生し、ドールマスターは勿論、攻撃している美鶴達も見えない。

これが集団攻撃、伝家の宝刀『ボカスカアタック』である。

 

「攻撃やめ!」

 

美鶴の声に攻撃を止めるメンバー達。

煙が晴れるのを待ち、様子見をしていると煙は晴れ、そこにはボロボロになり粒子状になりながら消滅して行くドールマスターの姿があった。

 

「勝ちましたね」

 

「え、えぇ……スッゴい疲れたけど……」

 

「これ、めっちゃ疲れるんだよな」

 

「二人とも大丈夫……?」

 

アイギスの言葉にゆかりと順平が肩で息をし風花が心配する中、周りがそれを見ながら微笑んでいた時だった。

パチパチ……と、どこからか拍手の様な音が聞こえ始めた。

 

『あの程度のシャドウじゃ相手にならないか……』

 

声はドールマスターの向こう側から聞こえ、ドールマスターが消えるとその姿を現すが、案の定、声の主は洸夜の影であった。

 

「大型シャドウは倒したんだから、そろそろ洸夜の下へ案内して欲しいんだけど?」

 

もう洸夜の影の挑発に慣れたのか、チドリが平然と言い放った。

だが、洸夜の影は首を横へ振る。

 

『まだだ。お前達はまだ知らなければならない。黒の過去……黒の産声を……クク、耐えられるか見物だな……』

 

そう言って洸夜の影は消え、それと同時に入口と出口の鎖が消滅する。

その事に誰も何も言わず、一旦だが危機が消えた事に安堵の息を吐いた。

 

「……あれが、洸夜さんの本心なんでしょうか? 僕、洸夜さんの事、全然分かっていなかったんじゃーーー」

 

先程の洸夜の影の言葉が気になったのか、不意に乾がそんな事を言い放った。

洸夜の影は自分は洸夜だといっていた、つまり洸夜の意思だとも取れる。

乾がそれが気になっていたのだ。

洸夜は本当は自分の事を何とも思っていなかったのでは無いかと。

だが、そんな乾に明彦が声を掛けた。

 

「乾。一体、何が洸夜の本心なのか俺にも分からん。だが、だからこそ俺達は洸夜に会わなければならないんだ。結末がどんな形になったとしても、俺達はそれを受け止めなければならない」

 

乾にそう言う明彦だが、その言葉は他の仲間達、そして明彦自身にも言っている様に思えるが、少なくとも乾に通じたらしく乾は小さくはい……とだけ言った。

少し重い空気が流れるフロアだが、次の瞬間、聞き覚えのある二人の声が美鶴達の耳に届く。

 

「センセイ!通れる様になってるクマよ!」

 

「本当か! 良し急ぐぞ!」

 

それは先程のフロアに取り残されたクマと総司の声であった。

戦いで忘れていたが、声からして無事なのが分かる。

美鶴達は総司達が無事な事で安心したのだが、近付いてくる二人の声は何処か焦った様子。

 

「クマ急ぐぞ! このままじゃ……!」

 

「耐えるクマよ! すぐに皆と合流するクマ!」

 

なにやら不穏な会話が聞こえてくる。

美鶴達は互いに顔を見合せ、もしかしたら総司かクマのどちらかが怪我をしたのではないかと予想する。

怪我でもしたならば、この慌てた様子が分かる。

そして、それから一分も経たない内に二人はフロアへ上って来た。

 

「着いた!……あ、美鶴さん!」

 

「皆いるクマ!」

 

上って来た総司とクマは美鶴達を発見するや否や、美鶴達の下へ走るが総司は背中に何かを背負っていた。

 

「無事だったんだな二人共」

 

「心配したんですよ?」

 

美鶴と乾がメンバー達を代表する形でそう言って二人の無事に安心するが、総司とクマは何処か様子がおかしかった。

 

「ふ、二人共……どうしたの?」

 

「何かあったの?……って言うか何か背中にいるんだけど……」

 

風花とゆかりが何かを背負っている総司へ話し掛けた。

すると、総司とクマは何処か辛そうな表情をしながら少しだけ黙るが、それからすぐに口を開いた行く。

 

「すいません。俺達のせいで……!」

 

「クマ……!守れなかったクマよ!」

 

一体、何を守れなかったのか?

美鶴達は互いに顔を見合せるが何だかんだで気になるのは総司が背負っている、何処か見覚えのある形をした何かであるが、今は総司達の言葉を待つことにした。

 

「美鶴さん……俺は……」

 

そう言って総司は背負っていたモノを美鶴達の前へ置いて見せる。

総司とクマは気まずそうだが、それを見た瞬間、美鶴達もある意味で眼を大きく開いてしまう。

そう、総司とクマが背負ってきたモノ、それは……。

 

『……』

 

何も言わないで横になっている順平ドールであった。

これは一体、何を意味しているのか。

美鶴達も突然の事に眼を点にしてしまいそうになるが耐え、代表して思わず頭痛を起こしそうになった美鶴が総司へと聞いた。

 

「総司……これは一体、どういう意味なんだ?」

 

「すいません。さっきのフロアで俺とクマは誤って順平さんを攻撃してしまったんです……!」

 

「ずっと回復はしていて、ジュンペーもカカカカ! って言って場を和ませてくれたんだけども、さっき突然喋らなくなったんだクマよ!」

 

拳を握り締め、本当に悔しそうに言う総司とクマだが、美鶴達は一体どうすれば良いのか逆に分からなかった。

わざとなのか、それとも本気なのか。

どの道、こんな事をしている場合ではない為、美鶴達はゆっくりと本物の順平へ視線を送る。

 

(責任持ってお前が何とかしろ)

 

そんな意思を込めて、美鶴達は本当に眼が点になって自分の人形とそれを見て悲しむ総司とクマを見ている順平に対処をさせようとする。

別に責任は順平にないのだが、どうにかこの茶番を終わらせたかった美鶴達。

チドリが放心に近い順平を押して前に出し、明彦が総司とクマへ語り掛ける。

 

「総司、クマ、君達は"これ"が何に見える?」

 

「何を言っているんですか、順平さんですよ」

 

「アッキー!仲間を"これ"扱いなんて酷いクマよ!」

 

言っている言葉は良いものだが、明らかに今は使って欲しくない言葉に明彦は溜め息を吐きながら、目の前にいる順平を指差した。

 

「じゃあ、君達の目の前にいるのは何に見える?」

 

そう言って総司とクマの視線は目の前にいる本物の順平に向かされる。

 

「……多分、順平……さん?」

「あれ? なんでジュンペーがそこにいるクマか? ジュンペーは目の前で力尽きて……」

 

真顔でそう言いながら、本物の順平と目の前に置かれている順平ドールを交互に見る総司とクマ。

本物の順平、順平ドール、本物の順平、順平ドールの繰り返しで何度も確認する二人に本物の順平も敢えて沈黙で待っている。

まさかこんな人形と本気で間違われているとは思いたくない順平は、総司とクマの言葉を待っている間はショックで燃え尽きたかの様に真っ白に見える。

そして、何度か二人は見たのち、その時がやって来た。

 

「っ!?」

 

しまった! まさにそんな表情をする総司とクマの二人に、遂に順平の我慢も限界に達してしまう。

 

「しまった! じゃねえよ!? どこをどうしたら間違えんだよ! 俺じゃん! 明らかに本物はオレッちだろ!?」

 

必死に言い放つそんな順平に対し、総司とクマは冷や汗をかきながらもポーカーフェイスを決め込み、必死に眼だけ逸らしていた。

 

「も、勿論、冗談ですよ。いくらなんでも人形と間違える訳ないですよ……HAHAHA!」

 

「ク、クマも最初から分かっていたクマよ!? クマぐらいになれば本物と偽物ぐらい匂いで分かるクマ……」

 

「嘘つけ!? 眼が笑ってねえじゃん! 本気だったろ! 本気でオレッちとこの人形の区別がついてなかったろ!? 」

 

あからさまな嘘を言う二人に畳み掛けるかの如く言い続ける順平。

そんな順平に総司も言い返した。

 

「順平さん! 互いが互いを信じなければ、本当の絆なんて作れません!」

 

「どの面が言ってんだ!? お前、クールな顔してとんでもない事を言ってるぞ?!……って言うか! 眼だけ逸らしてる時点で後ろめたいと思ってるんだろ!?」

 

そう、総司だけ先程から一回も順平に眼を合わせようとしていないのだ。

絶対にこっちを順平を見ず、無理に見ようとしてもプログラムされているかの様に無駄のない動きで眼だけを逸らし続けるのだ。

 

「いや~それにしてもおかしいとは思ったクマよ? 何言ってもカカカカ! としか返さないもんだから」

 

「普通にふざけているだけだと思ってました。別に違和感もありませんでしたから」

 

最早、自然に開き直っている総司とクマだが、順平は顔をピクピクと動かしながら聞き続けるが、後ろから笑い声も聞こえてくる事からゆかりやチドリ辺りが笑っている事が分かり、更に腹が立つ。

そして、順平は目の前に寝かされている元凶であるドールを睨む。

平然と間の抜けた顔をしているのがハッキリ言ってムカつく中、順平はある事に気付く。

 

(ん? この人形、額に何か書かれて……)

 

ドールの額を覗き込む順平。

そこには、平仮名で"じゅんぺい"と書かれていた。

子供のイタズラの様な文字。

そんな文字に順平の堪忍袋の緒が切れた。

 

「どっせぇぇぇぇぇい!!」

 

順平は素早く人形の頭を掴むと、そのまま上に投げた瞬間にトリスメギストスを召喚してそのままドールを一刀両断にする。

 

「あっ! 順平さんが!?」

 

「違うって言ってんだろぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

▼▼▼

 

「と言う訳で、私達は君達が来るまで洸夜のシャドウと戦っていたんだ」

 

「そんな事が……」

 

順平の一件を済ませた後、総司とクマは自分達がいなかった時に起こった事を美鶴達から聞いていた。

因みに、順平は最後の総司の言葉に対するツッコミによって息切れを起こし休憩中である。

 

「それじゃあ、次のフロアに行けば良いクマね?」

 

「はい。ですが……」

 

クマの言葉にアイギスも頷きはするが、その目線は心配そうに次のフロアへの扉へ向けられていた。

次のフロアへの扉、それは先程も開けた洸夜と美鶴達の一件を見せられた黒い扉と同じデザインの物であった。

また何かあるのか、皆もそれが心配なのは雰囲気だけでも隠す事が出来ない事実。

風花と乾も先程の洸夜の影の歪んだ笑みが頭から離れないでおり、不安だけが積もっている。

 

「"黒の産声"……あのシャドウ、そう言ってたわね」

 

「……黒の産声?」

 

思い出した様に言うゆかりの言葉を総司も繰り返す様に呟くが、心当たりはまるでなかった。

周りに重い空気と時間だけが過ぎて行く。

だがそんな時、美鶴が一人扉の方へ歩き出し、それを見たアイギスが声を掛けた。

 

「美鶴さん。宜しいんですか? もしかしたら、先程の光景よりも……」

「大丈夫だアイギス。さっき、洸夜のシャドウの前でも言ったが覚悟なら、既に出来ている」

 

そう言って再び皆に背を向けて扉の方へ歩き出す美鶴の背に、他のメンバー達もそうだったなと言う感じで少し笑みを浮かべた後、表情を真剣なものにして美鶴の後を追う。

それを見ていた総司とクマも、先程とは違う何かを美鶴達から感じ取ったのか安心した様子で皆と扉の前へと向かい、そのまま扉を静かに開く。

しかし、総司達はまだ知らない、黒の産声の意味を。

そして、総司達はすぐに知る事になる、黒の産声の意味を。

 

(これは……!)

 

総司達は再び見る。

黒き愚者の過去を……。

 

End

 

 




オリジナルシャドウ

名前:ドールマスター
アルカナ:愚者

洸夜のシャドウに影響され突然変異した大型シャドウ達の集合体。
まるで、ワイルド能力者とその仲間達との関係を皮肉めいた様に表すかの様に美鶴達の姿をした人形を操って来る。
攻撃は自分での属性攻撃と人形達を強化する等して攻撃し、人形を的確に操り美鶴達を苦戦させたが、それでも二年前を生き抜いた美鶴達にとっては勝てない相手ではなく、最後は己で放ったメギドラオンが仇となり美鶴達の"ボカスカアタック"により消滅した。


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外伝 : 黒の産声

前と同じく、総司達が見ているのは洸夜の視点です。


十数年前……。

 

現在、???

 

男は歩いていた。

整ったスーツやネクタイを纏い、真っ白く埃一つない通路、まるで病院の様な清潔に保たれた建物の中をコツコツと革靴の音を鳴らし、後ろに二人の黒スーツの男達、いわゆる護衛の様な者達を連れて。

観葉植物位しか見る物が無い程に物がなく、それが手伝い革靴の音が大きく響き、周囲の者が男の方を向く。

この場所は研究所なのだろうか、周囲の者達は全員が医者とは違い科学者の様な白衣を着ている。

そして、その白衣を来ている者達全員が男に対し頭を下げる。

 

「お疲れ様です、御当主」

 

「ああ、ご苦労」

 

研究員にそう返答しながらも、男は眼を合わせる事もなく足を止めずに通路を進む。

いや、眼を合わせなかったのはしょうがなかった。

なにせ、研究員は男から見て右側にいるのだ。

男は右を見れない理由がある。

そう、男の右目には眼帯が付けれており、例え男が意思を持って見ようとしても叶わないのだ。

そして、暫く歩いて周りに男と護衛しかいなくなった時、護衛の一人の声を掛けた。

 

「御当主」

 

「どうした?」

 

男は護衛に聞き返し、護衛は少し言いずらそうに口を開く。

 

「宜しかったのですか? 先程の件。破棄する研究所とは言え、部外者を三人も、しかもその内の二人はまだ小さい子供……」

 

「……私も相手も忙しい身だ。取れる時間は今しかない。それに万が一、見られても困る物はもう移してある」

 

男は振り向かずにそう言い、護衛もそれ以上は言わなかった。

 

「すまないな……」

 

男の言葉に護衛達は恐縮した様に背筋を伸ばし、いえ……とだけ言って男の後を守り直し、男は心の中で溜め息を吐く。

護衛が心配するのも無理は無いからだ。

 

(父の犯した桐条の罪……この研究所もその欠片。破棄するとは言え、桐条の罪を外の者に知られる訳にはいかん)

 

桐条の罪、それが男『桐条 武治』が背負う物。

決して知られてはいけない罪。

自分が一生を費やしても償わなければならない罪。

この研究所もその罪の欠片の一つだが、もうその必要性を無くした為に研究機材や資料を回収し、近々解体する事を決めている。

本当ならば、それでも関係者以外は立ち入る事の出来ない場所だが、今日は仕事で会わなければならない人物がいる。

互いに多忙の為、この研究所の視察の時間しか取れず、この場所を解放する事にしたのだが、ある問題もあった。

それは、相手方の二人の子供。

引っ越して来たばかりもあり、子供を預ける事が出来ないと言う。

父親は別の場所に単身赴任中であり、親戚も近くにいない。

そして、その話を聞いた武治は何を思ったのか、子供の同伴を許可したのだ。

自分も子供がいる身だからか、自分は娘とまともに接する事が出来ないから、それとも娘を"ペルソナ使い"として桐条の罪に巻きんだ事への罪滅ぼしを他人に写しているのか、武治自身も己の真意は分からない。

 

「御当主様、お着きになられた様です」

 

護衛の声に我に帰る武治。

気付けば入口に着いており、迎えに送った護衛が入口の扉を開けると一人の女性と二人の子供が護衛に囲まれる様にして入って来た。

女性はスーツを身に纏う中、小さな男の子を抱えている。

そして、もう一人の男の子は母親である女性の隣に立ち、落ち着いた様子で辺りを見て武治と目が合うとペコリと落ち着いて頭を下げた。

 

(落ち着いた子だ。……だが、子供らしいと言えばそうとは言えないが)

 

子供の様子に純粋に武治は感心するが、その反面でまだ自分の娘と同年代であると思われる小さな男の子様子に子供らしさを感じる事が出来なかった。

 

(美鶴も、他者からはこう見えているのだろうか……)

 

性別は違えど、目の前の少年に自分の娘を重ねてしまう武治だったが、少年の母親が前に出てきた事で再び我に帰る。

 

「桐条 武治さんですね。私が先程、ご連絡させて頂きました瀬多です」

 

「いえ、忙しい中、この様な場所をして申し訳ない」

 

「こちらこそ、子供達の同伴を許して頂いてありがとうございます」

 

互いに軽い挨拶をする武治と瀬多と名乗る女性。

だが、武治は気付いていた。

この瀬多と言う女性の眼、その眼は柔らかい言葉とは裏腹に全く笑っていない。

相手が自分よりも立場が上か下なのかは関係なく、その眼は子を守る親の者であった。

武治は自分でしか分からない様に小さく笑う。

 

(少し、今日は長くなるかも知れんな)

 

相手の土俵で立場も上にも関わらず、こんな風に怖じ気付かない者は武治の経験上そんなに多くはない。

寧ろ、己の保身の為に誰にでも尻尾を振る様な犬の様な者が大半なのが武治の周りの現状。

相手は国際的な仕事も多いと聞いていたが、目の前の様子を見ればそれも納得できるが、警戒している理由はそれだけではないと武治は分かっている。

桐条の罪は隠されているが、その全てが隠されている訳ではない。

僅かながらもそれが漏れ、その漏れた罪が黒い噂となっている。

死者も出している桐条の罪。

それを隠しているのだ、黒い噂となって尾ヒレが着いてしまえば桐条に対し警戒するのは当然の事。

武治もそれを否定するつもりは無い。

その為に、警察にも圧力を掛ける等の違法行為を黙認させたりもしたのは事実だからだ。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

護衛の一人が瀬多親子を案内し始め、武治も先頭に立ってその場所へ向かう事にした。

 

▼▼▼

 

現在、とある一室。

 

武治が瀬多親子を通した一室は、少し豪華な一室と言うのが妥当な部屋であった。

縦長のテーブルを真ん中に、一人用のソファが二つと三人が座れるソファを挟み、武治は気を聞かせて三人が座れるソファへ瀬多親子を座る様に進めると、やがて護衛の一人がお茶とジュースと菓子を持ってテーブルへ並べる。

だが母親に抱かれている少年の方はそのまま眠っており、母親の方も子供が落ちないようにする為に敢えてお茶等には手を出さない。

護衛に子供も預けさせるという手もあるが、流石に子供の面倒までは見られるとは武治は思っていない。

まあ、どちらにしろ警戒している時点で子供を預けてくれるとは武治もあり得ないと分かっている。

自分が同じ立場であったら自分も預けないからだ。

 

「……」

 

そんな母親の考えを理解しているのか、隣に座る少年もジュースにすら手を付けずにいる。

この子供は年齢とは合わない程に冷静に物事と人を見ていると武治は思った。

見る人は優秀な子供と思うかも知れないが、武治はそうは思わない。

子供として見れば、寧ろこの少年は可哀想に見える。

少年の両親が多忙なのは仕事の内容から見ても分かり、こう子供らしくない様になったにはそれが関係していると察するのは容易い。

 

(……私が言えた事ではないがな)

 

武治は心の中で己へ対し皮肉めいた口調で言った。

自分も同じ分類だと分かっているからだ。

 

「遠慮しなくて良い」

 

武治は右手を差し出し、少年へジュースを飲みやすくしてあげた。

流石に子供にまで遠慮させるのには気が引けると言う事もあってだ。

 

「……」

 

武治の言葉に母親を見る少年。

母親から許可を貰おうとしている様だが、そう言う所は子供らしいと武治は思わず微笑ましく思ってしまう。

そして、息子の視線に母親は少し考えた後に小さく頷いた。

 

「良いわよ。でも、こぼさないようにね?」

 

母親の言葉に頷き、ストローの付いたグラスの中のジュースを飲み始める少年。

そんな少年の姿に多少だが場の空気が軽くなり、武治と少年達の母親はそれを皮切りに商談の話を始めるのだった。

 

▼▼▼

 

商談から一時間強程が経った。

武治が思ったより話は進み、二人の子供達も仕事の邪魔になる事は全くしなかった事もその理由。

全く騒がず、特に何もせずに小さい方の子供は母親に抱かれて眠り、もう一人の少年は部屋をもの珍しそうに見たり、時折護衛の一人をジッと見続ける等して、自分なりの暇つぶし方法を見つけていた。

そして、それから十分後の事であった。

少年が母親の方を向いて言った。

 

「トイレ……」

 

ジュースが冷たかった事もあってか、時間もいい具合に経った事で少年はトイレに行きたがる。

そしてそれを見た武治は数人の護衛の内の一人を呼び言った。

 

「案内してあげてくれ」

 

武治の言葉に護衛は、はっ、と小さく言って了解すると少年の下へ近づく。

しかし、片や小さな少年に対し、もう片方は黒スーツにサングラスの男。

はっきり言って人攫いに見えなくもなく、母親は少し心配そうにするが商談の時間も限られている事も分かってか、最後は武治と案内の護衛の男性に頭を下げ、少年も護衛の人の手を掴んで部屋を出て行った。

 

▼▼▼

 

現在、トイレ前の廊下。

 

少年がトイレに入ったのを確認し、護衛は入口で立って待つことにした。

はっきり言って護衛も武治の意図は分かっており、ただトイレへ案内する事だけが目的ではなく、未だにこの研究所には危険物や見てはいけない物が多少存在している。

万が一、それを少年が見たり巻き込まれたりしない様にするのが己の役目である事を護衛は胸にしまっている。

 

(まあ、本当に危険な場所はIDカードでしか開けられない場所だがな……)

 

護衛はそう心で呟きながら、目の前に存在する長い廊下の先を見る。

そこには、一見普通の扉に見えるがその扉の前で二人の研究員らしき人物が止まり、一人が首に掛けているカードの様な物を扉の横にある装置にスライドさせると扉は開き、研究員は入って行く。

護衛も心の中で言った様に、本当に見られても困る物等は目の前の扉の先にある。

扉の先以外にも多少はそう言う場所はあるが、素人が見た所で理解出来る訳がない。

 

(御当主も心配されるのも無理はないが、少し肩の力を抜けば良いものを……)

 

やれやれ、と護衛が少し気が抜けた感じで本来ならば絶対に本人の前では言えないような事を思っていた時だった。

先程の扉とは違う通路の方から、黒いスーツとサングラスを掛けた別の護衛が少年を頼まれた護衛に早歩きで近付いてきた。

「どうした? 商談が終わるまで持ち場を離れると言った筈だ」

 

「申し訳ありません。ですが、少し困った事が……」

 

「なに……?」

 

話を聞くと、この研究所の周囲で不審者を見つけたらしく、数人が声を掛けて立ち去る様に言っているがそれに応じようとせず、力強くにしようも今は当主である武治が此処にいる為に大事に出来ず、対処に困って来たとの事。

 

「まさか"白鐘"の者か?」

 

『白鐘一族』

探偵業を生業とする由緒正しき探偵一族であり、その人脈は警察組織の上層部とも繋がりがあるとまで言われている。

独自なのか依頼されたからのか、白鐘が動いていると情報は桐条も知っている。

しかし、やって来た男は首を横に振った。

 

「いえ、白鐘にしては隠れかたがお粗末でした。恐らく、ジャーナリストの類ではないかと」

 

その言葉に護衛は少し面倒そうに唸った。

そちら側にも圧力を掛けているが、それでもハイエナよりも鼻が良い者達が桐条の噂を調べている者も少なくはない。

警察の中でも組織に逆らい独自に調べる者や、先の事件がただの事故とは思わず桐条を不審に思う亡くなった研究員の遺族もいる。

どちらにしろ放っておけば面倒になるのは目に見えている。

護衛は少年の入ったトイレの方を見る。

 

(さっきの子供はまだか……)

 

武治から少年の事を言われていたが、今来た問題は放っておけば"桐条"そのものに害を与える事だ。

目の前の命令か桐条を守る事か、だが護衛の決断は早かった。

 

(すぐに戻れば良い……御当主の命でも、それが桐条の為ならば)

 

護衛は決断し、目の前に男へ言う。

 

「場所は何処だ? すぐに行って解決する。分かっていると思うが、御当主には言うな。下手な問題は我々で解決する」

 

「了解」

 

護衛達は互いに頷き、その場を走って後にした。

しかし、それを少し離れていた場所で見ていた二人がいた。

 

「あれ? さっきのって御当主の護衛ですかね?」

 

「おい、無駄口を叩くな。俺達はこれを運ぶだけだ」

 

白衣を来た研究員の内の一人が先程護衛を見てそう言ったが、もう一人の研究員がそれを正す様に言い、手に持っている分厚いアタッシュケースを強調する様に見せて更に注意する。

そして、言われた研究員も同じ様なアタッシュケースを持っており、怒られた事でやれやれ、と言って扉の前に立ち、ポケットからIDカードを取り出すがそれが再び、もう一人の研究員を怒らせる。

 

「おいッ! IDをそんな所に入れる奴がいるか!落としでもしたらどうする気だ!」

 

「大丈夫ですって、そう簡単に落としませんし、ポケットに入れてて落としてもすぐに気付きますよ」

 

そう言ってIDを通す研究員だが、その態度に反省の色は見れず、もう一人の研究員は呆れた様に首を横に振って扉の中へ入って行く。

 

「もう、知らんからな」

 

「あっ!?ちょっ?! 待って下さいよ!」

 

そう言って研究員は慌ててポケットにIDカードを入れ、急いで先程の研究員を追っていた。

 

▼▼▼

 

現在、研究所内部。

 

分厚いアタッシュケースを持つ研究員、二人の内の一人は怒っていた。

原因は共に行動している目の前のもう一人の研究員。

何処か緊張感が抜けており、チャラいと言うか不真面目と言うか、どうも仕事に対する集中が無さ過ぎるのだ。

今運んでいる装置も失敗作の烙印を押されてはいるが、だからと言ってそこら辺に捨てられる物でもない。

だが、目の前の研究員は失敗作だからと知ってか扱いは雑、終いにIDカードもいつ落とすか分からないポケットに入れている。

注意しても反省の色はなく、この仕事をバイトか何かと勘違いしているのではないかと疑いたくなる。

しかし、人格に問題が合ったとしても桐条の研究員としている事から一応は優秀なのだろう。

 

(だからと言って、これ以上なにかしでかすなら上に報告するがな……)

 

研究員は表情を変えず、内心だけでそう言った。

何か合ってからでは遅く、そのとばっちりで研究員にも関わらず下働きになるのは御免だからだ。

だが、そんな相方の内心を知ってか知らずか問題の研究員はふざける様にフラフラし、アタッシュケースも危なげに揺らしながら持ち、研究所は再び怒る。

 

「おい! いい加減にしろッ! ちゃんと運べ、何かあってからでは遅いんだ!」

 

「そんなに怒る事ないでしょ? これは、ただの失敗作なんですから?」

 

片手で持ち上げながらアタッシュケースをパンパンと叩く問題の研究員に、もう一人の研究員は頭痛がするのを耐える。

 

「ただの失敗作をこんな厳重なアタッシュケースに入れる筈ないだろ! 失敗作でもそれぐらい危険な物なんだ。お前も研究員なら分かーーー」

 

研究員がそこまで言い、問題の研究員を見た時であった。

その研究員はあろう事か、アタッシュケースを開き、中の物を覗いていたのだ。

 

「お前!?何をやっているんだ!って言うか、どうやって開け……!」

 

「最初から鍵は掛かってませんでしたよ。此処が破棄されるからって変な所でセキリュリティが緩いですよね桐条って」

 

悪びれた様子もない研究員、寧ろ眼は輝いており好奇心旺盛な子供の様だ。

だが、問題はそこではない。

 

「開けるなって言ってんだ!早く閉じろ!」

 

「良いでしょ別に?この場所は運よく監視カメラの死角、パッと見てしまえば……ん?なんだこれ?」

 

相手の言葉を無視し研究員がアタッシュケースの中を開くと、中身は真ん中に手のひらサイズの四角い箱とそれを取り囲む様に指輪が幾つか収納されていた。

そして、その研究員は指輪を一つ取ると指に填め、更に真ん中の箱も手に取って自慢げにもう一人の研究員に見せる。

 

「なんで指輪と箱なんですかね?」

 

「知るか!俺達は後処理の手伝いで来ただけだ。それに、此処の研究資料やデータは既に運ばれている。内容も知らなければ知る必要もない!」

 

「そう言って本当はただ知らされてないだけでしょ?同期の幾月って人に成果を全部持ってかれたんでしたっけ?」

 

「っ!?お前、いい加減に……!」

 

その言葉に研究員の堪忍袋が限界に達し、目の前の問題の研究員に殴り掛かりそうになった時だった。

 

「何をしているッ!」

 

通路に響き、二人の研究員も思わず身体を強張らせる程の怒鳴り声。

二人の研究員がその声の出所の方を見ると、そこには顔を赤くして怒りの色を露わにする一人の白衣を着た中年男性がいた。

その姿にマズイと言う表情をする二人の研究員。

そう、この中年男性は二人の上司にあたる人だったのだ。

上司の男はドスドスと音を出す様に歩いて二人の下へ近づいた。

 

「迅速にと言った筈だ!御当主がいらしゃっておる時に何を……ッ!?」

 

怒る上司の視線が研究員が持つ指輪と箱、そして開いたアタッシュケースに止まった瞬間、上司の顔色が怒りを通り越し恐怖に近い何かへと変わり、それを持つ研究員へ叫ぶ。

 

「何をしているッ!!早くそれを戻さんかッ!!」

 

「ッ!!?」

 

予想以上の怒鳴り声に身体をビクつかせる程に驚いてしまった研究員。

だが、それがいけなかった。

反射的な驚きの反動で手から箱が落ちてしまい、そのまま通路の壁へぶつかった瞬間、その箱が不自然に開くと機械音がなった刹那、辺りの世界が”隠された時間”の世界となる。

 

「な、なんだこれ!?……さっきの箱、失敗作だって……って言うかなんだこれはよ!」

 

装置を落とした研究員が変わり果てた辺りを見るも周りは薄暗く、音も無ければ光も感じられない。

そもそも、自分以外に生きている人間がいるのかも怪しい。

しかし、研究員は気付く、自分の隣でさっきまで口うるさく注意をしていた人物を。

 

「あの!これってーーー」

 

隣を向く研究員だが、そこには口うるさい同僚の姿はなかった。

代わりにいたのは”棺桶”の様な物体だけが異様な存在感を出して佇んでいた。

 

「ひッ!?なんだこの棺桶は……!誰か……誰かオレに教えてくれ!?」

 

救いと答えを求める研究員。

しかし、聞こえるのは己の声ばかり。

異様な世界、異質な物体。

何が何だか分からない中、研究員は桐条に就職する前に聞いた”噂”を思い出す。

 

『桐条は異様な研究をしてるらしい』

 

当時、その噂を何とも思わなかった研究員。

一部の者はそれを信じ、桐条への就職を止めた者もいたがそれは愚かな事だとすら当時は思っていた。

ハードルは高いが収入は高い桐条に入れるのに入らないのは馬鹿だとすら思い、自分は今ここにいる。

しかし、今ならばそれを信じる。

目の前が証拠なのだから。

 

「誰かッ……誰かッ!」

 

ゴポポーーー!

 

研究員は叫ぶ自分の後ろで何かを音がした。

ゼリー状の物が動く様な不快な音が。

研究員が恐る恐る後ろを振り返って見ると、そこには先程怒鳴っていた上司が倒れていたが様子がおかしかった。

その上司の身体からは何かが出ており、それはウネウネと動いている。

ウネウネと動くそれはやがて一つの固まりとなり、ゆっくりと研究員の方を向くとそこには。

 

「あ、青い顔……?」

 

青く泣きそうなお面を付けた様な化物がいた。

少しずつゆっくりと研究員に近付く化物に、研究員も逃げようとするが恐怖で身体が動けない。

しかし、問答無用で近付く化物。

そして、化物は研究員に飛び掛かる、まるで獲物を見つけたかの様に。

 

「アァァァァァァァッ!!!」

 

通路内に叫び声が木霊する。

 

▼▼▼

 

現在、トイレの前の通路。

 

少年がトイレで手を洗い、それを乾かしていた時であった。

突如、辺りの世界が急変する。

 

「……ッ!?」

 

音もなく機械も停止する異様な世界に、冷静と言われた少年も不安は隠せなかった。

何が起こったのか分からない。

何でこうなったのか分からない。

パニックにはならなかった事は幸いだが、少年は恐る恐るトイレを出た。

 

「……いない?」

 

トイレから出て入口の周りを見る少年、だが本来ならばいる筈の護衛の男はそこにいなかった。

ここで待っていると言っていたのだが、実際に目の前にいないのが少年にとっての現実だ。

不審者がいた為に護衛が消えた事など、少年が分かる訳がなく、勝手にこの場を離れても良いのかも分からない。

先程の護衛の男からも、勝手に移動してはいけない、とも言われていたのも理由。

 

「……」

 

結局、少しだけ悩んだ結果、少年はその場で座り込む事にした。

現状維持、それが少年の答え。

しかし、運命は少年を逃さない。

 

ガシャンッ!!……キィィィ……ドンッ!

 

「っ!?」

 

何かが壊れ、そして倒れる音が辺りに響く。

音の発生源は奥の通路。

少年は思わず立ち上がり、恐る恐る移動してその通路を覗くと通路の奥には、壊れて歪んだ扉と一部の瓦礫が転がっていた。

爆発でも起きたのか、そう思わせる程に壊れ方は異常だった。

息を呑みながらそれを見る少年、だがその通路の奥の瓦礫の一つが動いた事で状況は変わる。

 

「……?」

 

何が動いているのか気になり、集中してその動く瓦礫を見る少年だったが、瓦礫のあるモノを見た瞬間、少年は目を大きく見開いた。

その瓦礫には”顔”があったのだ、泣きそうな表情の青い顔が。

そう、それは瓦礫ではなかった。

青い仮面の様な丸い顔、液体の様な黒い身体、それは『シャドウ』と呼ばれる異様な存在。

それを見た少年は怖さで後ずさりしようと、片足を擦る様にして下がる。

 

ザザ……!

 

『……!!』

 

擦った僅かな音にシャドウが気付き、少年の姿を捉える。

 

(逃げなきゃ……!)

 

バレた事で少年も逃げる事を第一に考え、シャドウに背中を見せて走ろうと考えた瞬間、シャドウの顔が目の前にあった。

刹那、少年はとても強い力に引っ張られ、視界が横へ揺れる。

 

「大丈夫か坊主ッ!」

 

何が起こったのか認識する前に力強い声が少年に掛けられ、その声の主を少年が見ると先程いなくなった護衛の男だった。

その護衛の言葉に取りあえずは頷く少年に、ホッとした様に護衛は息を吐くと目の前で壁に激突しているシャドウを睨み付ける。

 

「これが影時間にシャドウ……!あのクソ研究員共、試作品は全て回収したんじゃなかったのか!」

 

右手の人差し指に填めている指輪を触りながら愚痴る護衛。

一体、何を言っているのか少年は分からなかったが、壁にめり込んでいたシャドウが起き上った事でそれどころではなくなり、護衛も冷や汗をかきながら鬱陶しそうにシャドウを見る。

 

「やはり、勝手に自滅してはくれないか……」

 

口調は余裕を持ってそうだが、実際は護衛の男も恐怖で震えそうになっている。

前に当主とタルタロスへ行った他の護衛がシャドウで全滅したとか、色々と噂は聞いていた。

実際に見ても異様過ぎて怖い。

だが、逃げる気もない。

結局、ここを離れた自分へのツケがこれだと護衛は思う事にしたのだ。

護衛は懐から拳銃を取り出し、シャドウへ向けると少年へ言った。

 

「坊主、細かい説明は出来ないから黙ってよく聞けよ?この通路を真っ直ぐ行けばこの変な所から出れるんだ」

 

そう、この影時間は中途半端な範囲のみ限定に発生している。

実際の範囲ならこの研究施設の半分も満たしてない。

装置が失敗作だったからかどうかはこの際、問題ではなく、大切なのはこの先の通路の奥が影時間と現実の境界線の様になっている事だ。

護衛自身もそこから指輪を填めて入ってきている。

 

「だから、俺が合図したら走って逃げるんだぞ?返事はハイだけだ!」

 

「は、はい……」

 

自分の思う様に行動してくれる少年に護衛も嬉しそうに頷くと、拳銃の引き金に指を掛ける。

 

「良いか?行くぞ……走れッ!!」

 

言葉と銃声を合図に少年は走り出す。

少年は全力で走り、護衛は全力で引き金を引きシャドウを足止めする。

一発、二発、とシャドウへ放たれる弾丸だが、シャドウの動きを止めるどころか怯む様子も見せず、シャドウは護衛の男の方へ走り出した。

 

(嘘だろ、動きを止める事も……!)

 

目の前まで迫るシャドウに護衛の男も万策尽きたとしか言えなかった。

まさか、こんな訳も分からない存在に人生を終わらされるとは、護衛の男は出来るだけ恐怖をなくす為に目を閉じる。

次に感じるのは痛みと思いながら……。

 

(……ん?)

 

しかし、護衛の考えとは裏腹に痛みも衝撃も来ず、恐る恐る目を開けた瞬間、己を無視し先程逃がした子供を追うシャドウの姿が護衛の目に写る。

 

「なっ!?何故、その子供を狙う!」

 

護衛が叫ぶが、シャドウはそのまま少年を追いかける。

クソッ!と護衛は言ってシャドウと少年を追いかけるが、シャドウの速さは大の大人の比ではなく追い付く事が出来ない。

勿論、それは先に行った少年にも言える事。

 

「……っ!」

 

シャドウは少年に追い付くと、そのまま飛びか掛かり少年の全身をシャドウが覆う。

 

「坊主ッ!?クソがッ!!」

 

追い付いた護衛は少年を傷付ける可能性がある銃を使わず、近くにあった消火器をシャドウの忌々しい顔部分である仮面へぶつけようと振りかぶった。

だが、その瞬間、シャドウが邪魔をするなと言わんばかりに腕を鞭の様に振って護衛を払い、そのまま壁へ叩きつける。

 

「がぁッ……!!」

 

背中から全身へと伝わる激痛に表情を歪ませた。

全身が痛く、右肩に痛みが走って上げる事が出来ず、そのまま気を失ってしまった。

 

ドプッ……ゴポッ!

 

邪魔がいなくなり、少年を包むシャドウの身体が奇怪な音を発しながら動き始める。

氷の様に冷たく、孤独よりも残酷で寂しい。

そんな感覚を少年を襲っていた。

これは一体、なんなのかと考えるよりも先に少年の中である答えが出ていた。

 

(これは……”死”?)

 

段々と何も感じなくなる感覚や暗くなる心情。

 

(ここで死ぬのか?)

 

誰もおらず、訳も分からない化け物に襲われて自分は死ぬ。

そう思った瞬間、少年の目に涙が流れる。

 

(死にたく……ない!)

 

”我……ハ……レ”

 

少年は願う、こんな所で死にたくないと。

 

”汝……ガ名……ベ”

 

(孤独はもう嫌だ、一人は嫌だッ!)

 

少年の想い、その悲しみが心の叫びとなる。

 

”我は汝……汝は我……!”

 

パリィンッ!と何かが割れた音、そして蒼白い光が辺りを包み込み、そして。

 

『ッ!!?』

 

グシャリ、と一本の黒い腕がシャドウを貫いた。

 

 

▼▼▼

 

現在、研究所【影時間と現実の分かれ目の通路】

 

桐条武治は通路を塞ぐ様に存在する影時間との分かれ目の前に護衛十数人を連れ、そこにいた。

武治は勿論、全員が銃と試作の影時間で行動できる様になる指輪を装備している。

元々、影時間に耐性にある武治とは違い耐性がない者は影時間を体験する事ができない。

 

「御当主!準備は完了です!」

 

「良し!では行くぞ!」

 

影時間が発生した瞬間、施設内に警報がなった後の武治の行動は速かった。

施設全てが影時間に入っていないと言う事から、原因は運び出している開発中の人工的に影時間を発生させる装置の誤作動しか考えられない。

そして、同時に武治はもう一つの異変に気付く。

先程の少年と護衛がトイレから戻っていないのだ。

武治はすぐ様、他の護衛に同行させた者と連絡を取らせるが、連絡はとれないと分かると武治はすぐに瀬多親子を避難させる様に指示を出すが、母親は息子を置いて避難等できないと言い張り、抱かれている小さな男の子も、コクリと頷く。

それでも武治は何とか避難させようとしたが、時は一刻を争う。

その結果、武治は護衛を数人部屋に置き、絶対に部屋から出さない様に言いつけて現在に至る。

影時間へ行く事に部下たちも反対したが、父を止められず桐条の罪を背負うと決めてから命は既に掛けている。

 

「来い!」

 

武治の合図に次々と影時間へ入ろうとしたその時であった。

先程まで目の前で存在していた影時間が消滅する。

 

「っ!?……どう言う事だ?」

 

影時間の突然の消滅。

それは装置の停止を意味するが、誰かがそれを止めたのか、勝手に止まったのか答えは定かではない。

 

「我々が先行致します」

 

護衛の内の三人が先程まで影時間だったフロアへ向かう。

それに武治と残りの護衛も続いて行く。

影時間だった通路は思った程、荒れてはいなかったが、目的の人物達も発見されない。

 

(どこだ?どこにいる……!)

 

これ以上、桐条の罪によって命を失わせる訳にはいかない、それが無関係の人物であり子供ならば尚更。

武治がそれを胸にしまいながら走っている時、通路の曲がり角の先にいる先行していた三名の護衛が驚きの声をあげる。

 

「なっ!?これは……!」

 

思わず立ち尽くす護衛達に、武治達も追い付いた。

 

「どうした!なにが……っ!?」

 

武治は声を掛けるが、その理由は目の前の光景が全てを物語っていた。

破損した通路、壁に寄りかかっている護衛、そしてフラフラな状態で立つ少年と、その少年を守る様に佇む”黒い人型”をした存在だけがその場にいた。

肩で息をしながら蒼白い光を放つ少年と、主を守る様な従者の様な黒き存在。

武治はその光景に見覚えがある。

そう、それは娘である美鶴と同じ光景。

 

(ペルソナ……だと言うのか?)

 

武治は目の前の現状に驚きよりも、ショックを隠せなかった。

目の前の少年、普通の少年さえも桐条の罪は呑み込んでしまったのだ。

 

「……!」

 

「っ!」

 

後ろへ倒れる少年、そして同時に消える黒き仮面。

武治は咄嗟にその少年を抱き留め、すぐに様子を調べた。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

少年は眠っていた。

呼吸も安定し、疲れ果てて眠る普通の子供。

影時間の様な非日常に遭い、シャドウに襲われてペルソナに覚醒してしまったのだろう。

ペルソナの召喚には体力と精神を大きく疲労させる、眠ってしまうのも仕方ない。

武治は少年の安全にひとまずは安心するが、同時に膨大な罪悪感が湧き上がってしまう。

 

(実の娘は疎か……何の罪もないこの子まで、大人が犯した罪によって狂わせたのか。全てを……!)

 

武治の想いは、誰にも聞かれず武治本人の心の中だけで響き渡るだけだった。

 

 

▼▼▼

 

現在、桐条グループ【とある一室】

 

あの騒動から数日が経ち、武治は資料を読みながらあの日の後にやった事を思い出していた。。

結果から言えば、まず騒動の発端となった研究員は処罰し情緒不安定な装置は封印、重症であったが一命を取り留めた護衛は秘密保持の為に指輪だけを外させ、あの出来事の記憶だけを消させた。

そして、例の少年についてはあの後、桐条の傘下の病院で精密検査を行う等したが身体に問題は特になかった。

しかし、本来ならば影時間の適応者は影時間内の記憶を覚えているが、今回の少年はショックにより影時間・ペルソナに関する記憶は覚えていなかった事が分かった。

記憶を失わせる前の護衛からも、少年が何の特殊装備も無しに影時間で行動をしていた事が判明している。

それが判明した後でもある、武治が護衛の記憶消去、厳重な口止め、あの少年が居た痕跡や記録の抹消を行ったのは。

そう、何も起こっていない、それが武治の決断であった。

 

(あの少年……瀬多洸夜。無関係な彼まで巻き込む訳にはいかん。大人の罪にこれ以上、子供を巻き込む訳には……!)

 

武治はそう言い聞かせた。

彼以外にも無関係で巻き込んだ者は大勢存在する。

そんな者達にも同じ事が言えるのか、彼だけを特別扱いしたのではないか。

 

(あの子を……美鶴と似た状況で覚醒したあの子を美鶴を罪から逃れなくしてしまった罪滅ぼしの代わりにしただけなのではないか?)

 

洸夜が検査の為の入院時に眠っていた時、母親と弟は勿論、単身赴任中の父親も駆けつけていた。

多忙にも関わらず駆けつけ、母親は泣いていた。

弟はそれに驚いて泣いていた。

父親は何とか落ち着いて場を治めていた。

すぐに父親は帰ってしまったが、あれが普通の家庭と言うものなのだろうか。

武治はそれが少し羨ましかった。

 

「ふっ……」

 

思わず笑みがこぼれる、らしくない、何を今更と自分に対し皮肉の意味で。

そう思いながら、武治は洸夜の資料を手に持って立ち上がる。

 

(まあ、結果的に”エルゴ研”の生き残りの連中に知られなかったのが一番の成果だがな……)

 

武治は洸夜の資料をシュレッターに掛けると、部屋の暖炉に近づき火をつけた。

 

End

 

 

 

 

 



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親友の為に鈴は鳴る

投稿です。


同日

 

総司は洸夜の過去を見ていた。

自分を襲うシャドウを粉砕する黒き仮面と、その目覚めの瞬間を。

 

(母さんが言っていた事、この事だったのか)

 

総司は前に母親と電話でした内容を思い出す。

桐条との接点を聞いた時の事、それが先程の光景と丸々同じものであった。

殆ど覚えていない記憶だったが、所々は総司もうっすらだが見覚えがある。

それでも、今の今まで思い出せなかったにのは代わりないものだったが。

 

(……光景が変わる?)

 

突如、総司の目の前の光景が消え、不思議に光輝く。

次のフロアへの移動と思う総司だが、新たなに広がる光景は次のフロアではなく、何処か古い雰囲気のある鎧やら何やら飾られている場所が映し出された。

また兄の記憶かと総司は思ったが、その場所の光景に見覚えがある事に気付く、しかもつい最近も見た覚えまである。

「ここは……もしかして"だいだら屋"?」

 

稲羽で総司達が武器防具、シャドウが落とした物を売って装備を整えている場所。

目の前に広がる光景は、まさに日頃通っているだいだら屋そのものであった。

 

「でも、なんかいつもよりも綺麗な様な……」

 

総司は目の前の光景に違和感を覚える。

日頃行くだいだら屋は、まさに男の仕事場と言わんばかりに年期の入った汚さがあり、少しボロい。

だが、目の前のだいだら屋らしき店は、なんと言うか周りの年期が浅く感じてしまう。

気のせいと言えばそれまでなのだが、総司の中でその違和感が拭えない。

 

「でも、何故にだいだら屋? しかも、恐らく過去のだいだら屋だろし……」

 

今まで洸夜の過去だったが、だいだら屋は洸夜も最近知った店故に、洸夜の心に印象的になるとは思えない。

新たに増える疑問を抱えながらも、総司は辺りを見渡す。

すると突如、店の中に怒号が響き渡った。

『返せッ!それはまだ未完成だッ!!』

 

総司は突然の怒号に驚きながらも、その声の方を見る。

そこには、渋い雰囲気を醸し出す手拭いを頭に巻いた男と黒服にグラサンを付けた二人の男が対峙していた。

 

「あっ……やっぱり、だいだら屋のオジサン」

 

頭に手拭いを巻いた男、それは少し若いが総司達がよく知るだいだら屋の店主の姿だった。

いくらこれが過去の光景とは言え、あんな濃い人物は間違い様がない。

 

「これでここがだいだら屋って分かったけど、一体何をしているんだ?」

 

総司の目の前では、店主と黒服の男達が揉めているのが分かる。

黒服の一人は大きなアタッシュケースを手に持っているが、揉め事の中心はもう一人の黒服が手に掲げる様に持つ一本の刀の様だ。

布製の袋に入れられている一本の刀、微かに持ち手の柄が見えたが店主はそれを指差し、黒服へ返せと言っている。

しかし、それに対して黒服達は店主の言葉を小馬鹿にした様に鼻で笑っていた。

 

『フン! 此方はこれで問題ない。形さえ出来ていれば良いと、御当主は仰っている』

 

『……ほら、これが報酬だ』

 

黒服の一人が持っていたアタッシュケースを店主と自分達の間に投げ捨てると、アタッシュケースはその振動で開くと、中から大量の札束がこぼれ落ちる。

 

「おっ、旧札」

 

こぼれ落ちた札束の絵柄、それは総司の知る中、二つ程前の絵柄だった。

大量の札束よりもそこに目に行くのは総司らしいが、これでこの光景が完全に過去だと確信する。

 

『これは口止め料も含まれているが、それでも無名の職人に与えるに破格の額だ』

 

『桐条現御当主、"桐条鴻悦"様に感謝するんだな』

 

「桐条……鴻悦!?」

 

黒服が口走った当主の名前に総司は驚きを隠せなかった。

桐条鴻悦、シャドウを捕獲して研究させ、桐条の罪の権化の張本人。

そんな相手と店主が一体どんな関係があるのか、関係しているのは刀だと思うが総司は意外に思えて仕方なかった。

 

『そんな事はどうでも良い! それはまだ未完成、そんな中途半端な仕事もしなければ、刀も可哀想だろうが!』

 

そう言って黒服の持つ刀を掴む店主。

しかし、黒服は不気味な笑みを浮かべて言った。

 

『なにが可哀想だ。なんだかんだで金欲しさだろ? それに刀だろうが武器は道具だ。それ以上の価値は……望んじゃいねんだよッ!!』

店主を振り払う黒服に、だいだらの店主は思わず尻餅をついてしまう。

だが、黒服達は起き上がらせる事もしないまま、そのまま店を出て行こうとする。

 

『待てッ!待てぇぇぇぇッ!!』

 

だいだら屋の店主の声が木霊する。

だが、黒服達と刀はそのまま出て行くのは止められず、同時に再び辺りが光輝いた。

 

「また光景が……!」

 

総司が呟く中、辺りの光が無くなると今度の光景はだいだら屋ではなく、沢山の機械や研究員らしき人が沢山いる、所謂研究施設の様な場所だった。

人の声の殆どが辺りの機械音で聞きずらいが、周りの人間全員は平然と会話をしている。

総司は何やら頭がおかしくなりそうな場所に溜め息を吐きながら、辺りを見渡すと気になる物を見付ける。

 

「あれは、さっきの刀か?」

 

目の前の光景である研究施設の部屋、その中央にある台に一本の刀が寝かされていた。

先程見た刀が何でこんな場所に、と総司は思うが寝かされている刀の異様な様子を見るとそんな思いでは無くなった。

刀は鞘から出されており、その刀の刃には赤や青色のケーブルが付いた装置が取り付けれており、そこから出される数値等を見て研究員達は頭を抱えている。

 

『クッ!またか……何がいけない!?』

 

『実戦データを踏まえても、シャドウを弱らせる程度しかならないか……』

 

『最悪、後継機の七式アイギスの装備にしてみては?』

 

『七式は火器中心装備だ。刀なんて必要あると思うか!?』

 

『ならば旧式でも……!』

 

『わざわざ旧式なんて引っ張り出してどうする! 七式に幾ら金が掛かってると思っているんだ?!』

 

何やら揉め出す研究員達、目的は分からないが研究が上手く行っていないのは分かる。

結局、その研究員達が揉め始めた事を皮切りに実験を一時中断し始める他の研究員の一人が刀から装置を取り外し鞘へ戻した瞬間、研究員は異変に気付く。

 

『お、おいッ!? この刀、鞘から抜けないぞ!』

 

その言葉に、その研究員の下へ研究員達が集まって行く。

 

『どう言う事だ! お前、一体何をしたッ!?』

 

『わ、私はただ鞘に……!』

 

『それで何故、抜けないッ! どうするつもりだッ!!』

 

再び揉める研究員達、総司には分からなかったが余程の事態の様だった。

何やら試行錯誤する研究員達だったが、結局、刀は全く抜く事は出来ず研究員達は刀をその場に残し出て行ってしまう。

 

『鉄屑め……!』

 

研究員のその言葉を最後に、景色は消えて行く。

消える直前、総司は刀が寂しそうに見えてしまった。

 

▼▼▼

 

同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【十三階】

 

総司の視界に先程のフロアと全く同じ様な広い空間、そして美鶴達の後ろ姿が入る。

隣ではクマが小さく先程の光景について考えていたのか、唸っていた。

 

「な、なあぁ……さっきのシャドウに襲われてペルソナが覚醒した子供……なんて言うか……あぁ……」

 

やはり言葉を最初に発したのは順平であったが、順平は気まずそうに言葉を濁す。

気を使っているのは分かるが皆も馬鹿な訳がなく、ここまで来ているのだ、既に先程の光景が誰の者なのかは皆も分かっている。

そして、先程の光景が一番ショックだった者も。

 

「美鶴先輩……」

 

ゆかりは美鶴を心配し声を掛けた。

もし、もしも先程の事が洸夜のペルソナ・ワイルド能力覚醒の引き金ならば、それは即ち……。

 

「巻き込んでいたんだな。既に桐条は、五年前よりも昔に洸夜を……」

 

儚げに語る美鶴。

幼くしてペルソナに覚醒した者の辛さを美鶴を知っており、記憶が無かったとは言え、それで責任が無くなる訳ではないからだ。

後に洸夜がタルタロスに迷い、シャドウと戦う事となるがその時にワイルドに目覚めたのか、それとも先程の光景の時に既に目覚めていたのかは分からない。

 

「ですが、結局の所洸夜さんはあの戦いに巻き込まれました……」

 

「遅かれ早かれ……って事ね」

 

暗くもフォローする乾とチドリ、だがチドリの言葉には微かに怒気がある。

先程の桐条の研究員が彼女の心を刺激したからだ。

そして、二人の言葉に悩みながらも頷くメンバー達。

結局、影時間に適性がある時点で洸夜が何かしら関わるのは決まっていたのは事実。

だが、美鶴と明彦だけが首を横に振る。

 

「いや、先程の光景を見て確信した。五年前、洸夜がタルタロスに巻き込まれた一件、それは仕組まれていた」

 

「えぇッ!? し、仕組まれていたって……」

 

不安な口調で言う風花。

仕組まれていた、その言葉が一番気になったのだ。

そして、その風花に明彦は腕を組んで説明する。

 

「洸夜が巻き込まれた一番の理由はタルタロスに迷い込んだ事だ。洸夜は言っていた。誰かに眠らされ、気付いたら学校にいてタルタロスに巻き込まれたと……」

 

「眠らされて学校……?」

 

不思議そうに呟く総司。

眠らされて学校に連れて行く理由が分からないのだ。

 

「実は影時間中、学校がタルタロスになるの」

 

「へ~変わった学校だったんだクマね?」

 

「兄さん、全国でよくそんな学校をピンポイントで選んだな……」

 

ゆかりの説明に色々と納得した総司とクマ。

総司のそんな学校発言に、少しグサッと来る物があったのは内緒。

 

「けど、そんな事出来る人って……あッ!?」

 

順平は思い出した。

該当者が一人いる事を、絶対に忘れてはいけない人物。

特に、美鶴は絶対に忘れる事の出来ない人物だ。

 

「幾月ぃ……! あの男なら、理由はどうであれ先程の一件を知り得る事が出来た男だ!」

 

怒りの瞳の美鶴。

今になっては知り得る事が出来ないが、恐らくは幾月が裏で糸を引いていたと確信があった。

 

「あの晩、俺、美鶴、シンジの三人は当初タルタロスへ行く予定ではなかった。だが、あの日に理事長はタルタロスのデータが欲しいと言い、俺達はタルタロスへ向かった……そして」

 

「シャドウに襲われている洸夜さんを見付けた……」

 

アイギスが明彦の話の続きを言い、明彦もそれに肯定の意味で頷いた。

今思えば『彼』を連れてきたのも幾月であり、ワイルドを持つ者達はあの男に言いように動かされていたのだろう。

最終的には、その思惑と共に帰らぬ人となったが。

そんな風に会話する中、総司はさりげなくクマに聞いた。

 

「クマ、さっき兄さんの過去以外にだいだら屋のオジサンと刀も見なかったか?」

 

「へっ? あの渋い店主さんと刀?……いや、クマは見てないクマ。クマは大センセイの過去を見たらここにいたクマよ?」

 

「えっ……?」

 

クマの言葉に総司はそんな筈は、と先程の光景を思い出す。

気にせいでも幻でもない、あれ程まで鮮明に見せられたのだ。

クマがそんな事で嘘をつく様な奴じゃないのも分かっており、総司が考え始める中、風花が美鶴に近付いた。

 

「桐条先輩……そんなに自分を責めないで下さい。洸夜さんの事は、少なくとも美鶴さんだけが背負う事では……」

 

心配いて風花は美鶴へ言ったが、美鶴はそれに対し首を横へ振る。

 

「桐条としてそれは言えないんだ……私は、桐条は、洸夜を苦しめ過ぎた……!」

 

そう言って美鶴は何処からともなく錠剤の入った瓶を取りだし、皆に見える様にした。

 

「なにクマかそれ? ラムネ?」

 

クマが気になってソワソワしながら聞くが美鶴は小さく、いや、これは……と言って否定して説明しようとしたが、それよりも先にチドリが口を開いた。

 

「どうして美鶴がそれを……抑制剤を持ってるの?」

 

咎める様に言うチドリの言葉に、総司とクマを除くメンバー達の表情が変わる。

抑制剤、ペルソナを抑制させる薬であるが副作用で命を縮める薬。

嘗て、チドリ達ストレガと真次郎が服用しており短命となっていたが洸夜のペルソナによって副作用が消されている。

しかし、チドリにはそれでも忌々しい物であるのには変わりない。

 

「先輩! なんでそれを今持ってるんすか!?」

 

順平の問いに黙って頷くメンバー達。

それに対し、明彦が何か言おうとしたが美鶴がそれを手で制止する。

それは、己で話すと言う覚悟の様だった。

 

「これは、洸夜から私が取り上げた物だ」

 

その言葉に全員、特にチドリと総司の表情が固く真剣なモノとなった。

チドリは身を持って知り、総司はチドリの事を聞かされた時に聞いた抑制剤が頭から離れなかったからであり、それが実の兄が持っていたと知れば尚更だ。

 

「どうして瀬多先輩がその薬を……?」

 

「洸夜が……ペルソナを扱えなくなっているからだ」

 

全員の表情が更に驚きとショックを隠せなかった。

だが明彦とアイギスは知っており、総司もそれは勘づいていた為にその点に関しては驚く事はなかった。

そして、驚くメンバー達を前にするが美鶴は更に話を続ける。

 

「前に会った時、洸夜のペルソナ達は洸夜の意思と関係なく現れ、洸夜を襲っていた」

 

「だからって、洸夜さん……なんであの薬を、荒垣さんやチドリさんの事を分かっている筈なのに……」

 

美鶴の言葉を聞き、ショックで悲しみの表情を見せる乾。

だが、美鶴は何となくだがその答えが分かっており、そのまま総司の方を向いた。

 

「洸夜がこの薬を飲もうとした時、私はそれを止めた。だが、その時にこうも言っていた……"俺は総司達は殺してしまう"……と」

 

「……えっ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、総司とクマは互いを見合わせる。

 

「ペルソナを使役出来ず、暴走させた結果、総司さん達を巻き込んでしまう……洸夜さんはそう考えていたのでしょう」

 

「だ、だからって使って良い訳じゃねだろ!? もし、桐条先輩が止めなかったら瀬多先輩、命縮めてたかも知れねえんだろ!」

 

アイギスの言葉に順平が怒りの声をあげた。

そんな事したらどうなるか、洸夜もよく知っているからこそ順平は怒った。

風花やコロマルもショックが大きく、顔を下に下げてしまう。

 

「……なんで大センセイは、そこまでして背負い込んでしまうクマ?」

 

気まずそうにクマが美鶴達へ聞いた。

己をそこまで犠牲にしてまで、何故、背負い込もうとするのかクマには分からなかった。

そして、そんなクマの問いに答えたのはアイギスだった。

 

「……洸夜さん自身が自分を許せないんだと思います。『あの人』と同じワイルドを持っていたのに、何も出来なかったと思う自分を」

 

「人は己の無力程……許せないモノはない」

 

アイギスの言葉の後に明彦が呟き、その言葉に何処か強い説得力を総司は感じ取る。

そして、同時に総司は思った……自分ならばどうだったのだろう。

同じ立場でもそう思ったのか、考えても仕方ないのは分かっていたが、総司は考えずにいられず、そう思った瞬間、思わず呟いてしまった。

 

「背負い過ぎなんだよ。馬鹿兄……」

 

その呟きが聞こえたのどうかは分からないが少しの間、黙ってしまうメンバー達。

そんな時、チドリが不意に動き、美鶴の手の抑制剤の瓶を奪う様に取ると上へ放り投げ、そして……。

 

「メーディア!」

 

メーディアを召喚しメーディアは炎が燃える杯に顔を近付け、息を吹き掛ける様にすると、小さく飛び出した炎がそのまま抑制剤を燃やしてしまう。

突然のチドリの行動に呆気に取られる美鶴達に、チドリはメンバー達を見て言った。

 

「こんな物も、こんな物を使わなきゃいけない人も……もう、ない方が……良い……!」

 

そう言って一人歩き出すチドリだが、拳を握り締めていたのを総司達は見ていた。

足を止める事はできない、いやしない。

皆で決着をつけなければならないのだ。

 

「美鶴……」

 

「分かっている明彦。足を止めるつもりはないさ……」

 

明彦が美鶴を心配したが、美鶴は頷いて足を動かし始めると他のメンバー達も歩き出した。

重い足を前に、静の己のするべき事を自覚させながら。

そしてそんな時、総司はフロアの中心に何かが置かれている事に気付く。

 

「あれは……」

 

少し足を速め、そこに行く総司とそれに続き総司を追い掛けるメンバー達。

やがて総司は目的の場所へ着くと、置かれている様にある紫色の縦長の袋を拾い上げると、袋の口から刀の柄が飛び出して来る。

黒紫色の綺麗な柄、そして総司はその袋の紐に"黒い鈴"が着いている事に気付く。

それは、忘れる事も出来ない兄の鈴であった。

 

「これ……兄さんの刀?」

 

鈴がある事で洸夜の物と判断する総司。

よく見れば洸夜の愛用の刀である事も理由だが、総司はもう一つある事に気付いた。

 

(これ、さっきの光景の刀に似ている……)

 

先程の自分しか見ていない光景、それに出ていた刀と洸夜の刀が同じ様に思えたのだ。

色合いも綺麗で特徴的な刀、素人の総司でも分かる位に存在感を出している。

 

「それは……洸夜の刀か? だが、何故ここにあるんだ?」

 

明彦も刀に気付き、荷物置き場にした生徒会室にある筈の刀に疑問を覚える。

そして、それが本当ならば確かに変であり、総司は袋から刀を取り出して両手で持ち、何か異常がないか調べるが洸夜の鈴があった位しか特にはなかった。

 

「元々、その刀自体不思議な物だ。ここにあってもそれ程、不思議ではないさ」

 

「ああ……確かに」

 

慣れている様にに話す美鶴の言葉に、何故か納得する様に頷くメンバー達。

一体、何が不思議なのだろうか総司は気になった。

今になって見れば、堂島家でも洸夜が総司達に刀を触らせる事もなく、何かあるのかと総司は左手で鞘を持ち、右手で柄を持って抜刀の刀を取ると、順平が総司に言った。

 

「あ、その刀ーーー」

 

順平が何か言おうとしたが、既に総司は鞘から刀をぼ抜いてその姿を出させた。

あまりじっくりと見る事が無かった為に気付かなかったが、刀の刀身はまるで潤う水の様に綺麗なモノだった。

刃に写る模様、光に反射し水晶の様に輝く。

余りの事に思わず刀が趣味になりそうになった総司は寸前で踏ん張り、現実に戻ると刀を再び鞘に戻した。

 

「この刀、本当に凄い刀なんだな……」

 

シンプルだが、本心から感想を呟く総司だったがある事に気付いた。

周りを見ると、美鶴達が眼を開いて驚いた様子で総司と刀を見ていたのだ。

クマは何事かと思い、美鶴達各々を見るがあたふたするだけに終わる。

一体、本当に何事かと思い、総司がなにか……?と言った時だった。

 

「ぬ、抜いた……!?」

 

順平が珍しく真剣な口調で言い、それでも言葉が足らない為に困惑する総司に気付き、明彦がその言葉の意味を説明してくれる。

 

「その刀は……誰でも抜ける訳ではないんだ」

 

「……?」

 

抜けないもなにも、現に目の前で洸夜の刀は抜かれた。

総司は一体、明彦が何を言いたいのか分からずに思わず黙ってしまい、そんな総司に今度は美鶴が声を掛けた。

 

「総司、君はこの刀をどの程度まで知っている?」

 

「……兄さんが使用している。そして、シャドウの力を少し弱らせる事が出来る程度です」

 

総司の言葉に美鶴は頷くが、正しいがそれで全てではない、そう言って総司達が知り得ないこの刀の秘密を語りだした。

 

「この刀も桐条の罪であり、対シャドウ武器として開発された物だ」

 

「た、対シャドウ兵器……クマ?」

 

クマの言葉に美鶴はゆっくりと頷いて肯定し、話を続ける。

 

「開発コンセプトは"ペルソナ能力の無い者でもシャドウを倒せる武器"。記録が消されて分からないが、何処かの職人に作らせた刀を元に研究していた様だ。今となっては殆ど記録がなく、色々と不明な部分も多いが、結果を言えば研究は失敗。この刀もある事故によってタルタロスの中に消えた……筈だった」

 

「……筈だった?」

 

「君の兄、洸夜がタルタロスに迷いシャドウに襲われ、そこから逃げる途中で偶然その刀を発見したんだ」

 

総司の疑問に今度は明彦が答える。

どうやら、刀について詳しく知っているのは美鶴と明彦だけの様であり、その為かゆかり達は刀については沈黙を通す。

 

「その刀はペルソナ使いにしか抜けない様になったと、残っていた数少ない記録に書かれていた……だが、それを抜く事が出来たのは私達の知る限りでは君を含め"四人"だけだ」

 

「四人だけ……? けど、ペルソナ使いには抜ける筈……美鶴さん達は抜けなかったんですか?」

 

総司の問いに美鶴と明彦、そして今度は順平達も試したのか全員が頷く。

 

「まるで"意思"でもあるかの様に、その刀は当時……洸夜、『■■■』、アイギスの三名しか抜く事が出来なかった」

 

「実際、私達も何度も試したけど文字通り、ビクともしなかったわ……」

 

美鶴の言葉に続く様に、ゆかりが当時の事を思い出したのか疲れた感じで言った。

当時はその刀も数少ない形ある桐条の罪であり、貴重な物であったが抜く事が出来たのは三名のみで、何故その三名なのか当時はワイルドしか共通点が分からず終いで終わっていた。

それ以外の人物が抜こうモノならば、まるで拒むかの様にペルソナ使いだろうが一般人だろうが例外なく抜く事は叶わなかった。

 

「へぇ~でも、ちょっと意外クマ。アイギスちゃんってば刀も使うんだクマね?」

 

抜けたメンバーの中にアイギスがいた事に意外そうに言うクマ。

火器中心のアイギスが刀を使うと言うイメージが無かったのが理由だが、それに対しアイギスもクマの方を見て返答を返す。

 

「はい。二年前の戦いの後、私達はある異変に巻き込まれまして……その時に、私は洸夜さんが残して行かれたこの刀をお借りしたんです」

 

二年前、繰り返す3月31日の異変によって幕開けとなった事件。

アイギスの妹を名乗る『メティス』、各々の過去、『彼』のシャドウ、『時の鍵』、そして”生”を感じる為に触れたがる人々の”負の集合体”『エレボス』。

そこでアイギスは『彼』と同じワイルドを、洸夜からは”刀”を借り受けその事件に立ち向かった。

そして、可能性の未来と今の未来、進む各々が望む未来の為に争ったS.E.E.Sメンバー。

誰もが正しく、誰もが間違いの望みと選択……しかし、アイギス達は知った『彼』の真意、封印の意味。

ただ一人、洸夜だけが知らない事実を。

因みに余談だが、この時アイギスが『彼』と同じ力、洸夜の刀を持ち使用していた事が理由でゆかりが彼女に嫉妬していたりもしていたりもする。

 

「総司さん。その刀は総司さんをお選びになられたんだと思います。少なくとも、私はそう思います」

 

アイギスの言葉に少し総司は悩む様に刀を眺めた。

自分が使っても良いのだろうかと言う考えが頭を過るが、答えは案外早く出され、総司は笑みを浮かべ刀を再度見る。

 

(お前も、兄さんが心配だったのか?)

 

チリ~ン……!

 

返事するかの様に刀に付けられている鈴が鳴った。

ただの偶然かも知れないが、総司はそれを返答として受け取り、刀を鞘に戻すと空いている方の腰のベルトに付け、自分の刀と洸夜の刀を同時に抜き二刀流の型となった。

 

「行きましょう」

 

総司の言葉に全員が頷き、階段を駆け昇って行った。

 

▼▼▼

 

総司とクマと美鶴達は、全力で幽閉塔を昇って行く。

途中でシャドウと交戦するが、美鶴達の能力と風花のサポートによって撃破して階を進む。

総司も初の二刀流でシャドウと戦い、目の前に出現した大型シャドウを洸夜の刀で攻撃した瞬間、大型シャドウは豆腐の様に呆気なく両断された事に総司はその斬れ味に驚くばかりである。

使い勝手が良い程の軽さと斬れ味、余程物理防御が高くなければ防がれる事もないだろう。

よくこの刀で洸夜と戦ったなと思う反面、総司が刀の性能に驚きながら戦っていた時、明彦がそんな総司に語り掛けた。

 

「力に呑まれるなよ、瀬多総司!」

 

「明彦さん……」

 

「強すぎる力はその者に”慢心”と”自惚れ”と言う副作用を与える。だからこそ、己の心を強く持ち、その刀を使いこなして見せろッ!」

 

明彦はそう言ってシャドウを殴り倒す。

総司への一喝、それは明彦なりの優しさであり、親友の弟が万が一力に呑まれないようにと言う責任感からくる言葉であった。

勿論、それは総司も察している為、ちゃんと明彦に聞こえる様に、はい、と言って明彦もそれに嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階・扉前の廊下】

 

総司と美鶴達の眼前に巨大な扉が君臨していた。

ここは幽閉塔最上階にし、扉の先には洸夜と洸夜の影のいると思われる。

 

「匂う……匂うクマよ。何かヤバイ匂いがするクマ!」

 

クマのテンションが扉の前で大きくなる。

風花自身は何も感じ取る事が出来ないが、クマには何かが感じ取れている様だ。

勿論、扉の先から感じる威圧感は美鶴達も感じ取っている。

この扉の先、そこがこの黒き過去の終着点。

全員が思わず息を呑んだ時だった、突然風花が膝をついた。

 

「ちょっ!?風花、大丈夫!」

 

ゆかりが心配し、風花に近付くと額には汗、息も乱れていた。

元々、体力が少ない風花だが、理由はそれだけではない。

よくよく見れば、他のメンバー達も息を乱していたのだ、体力に自信がある明彦と順平や乾も疲れた表情は出ていた。

この世界は、人が長時間いて良い場所でない。

 

「少し、休んだ方が良さそうだな……」

 

美鶴もそう言って近くの壁の寄りかかり、体力の回復に集中するがやはり自然回復では限界がある。

まともな準備もされておらず、美鶴も疲れをみせた時だった。

 

「はい、これどうぞクマ!」

 

声と共に美鶴の前に出されたのは、フワフワしたぬいぐるみの様なクマの手であった。

そして、その手の中には携帯食料・栄養ドリンク・チョコ等が置いてあり、クマはそのまま美鶴へ渡す。

 

「こ、これは……」

 

「クマ、大センセイ救出の為に色々と持ってきてたから、遠慮せずに食べるクマよ。ほら、フーカちゃんや皆も栄養とるクマ!」

 

「あ、ありがとうクマさん……」

 

クマは次々とメンバー達に食料やら何やらを取り出し、風花を始めコロマルにも食べれる物を渡す。

元々、この世界の住人だからか、今のクマの株価は今までで最高である。

 

「ほらほら、ヨースケのママさん特製のレモンの蜂蜜漬けも食べるクマ!」

 

「ど、どっから出したソレ……」

 

「……確かに色々とツッコむのは無理ないが、助かっているのも事実だ。今はありがたく受け取るべきだ順平」

 

準備の良さに驚くメンバー達、最初から武装等も凄かったクマの準備力は今はありがたいものであった。

 

「ところで、よくこんなに揃えられたな?」

 

先程から美鶴達に渡していた物を総司は見ていたが、携帯食や栄養食品の値段ははっきり言って高い。

収入の少ないクマにこれ程まで物が揃えられると思ってもみなかった。

しかし、クマは総司の言葉に、大丈夫クマよ、と言って笑いながら総司の方を見て言った。

 

「まあ、ちょっと時間もなかったもんだから、全部ヨースケのツケにして貰ったクマから大丈夫クマよ!」

 

(……ヨースケ)

 

その言葉に総司はホロリと涙が流れそうになりながら、陽介が修学旅行前に言っていた事を思い出す。

 

『相棒!俺、旅行から帰ったら原チャリをそろそろ買おうと思ってんだ!』

 

今思えば、あれは死亡フラグだったのだと総司は思いながらも背に腹は代えられない為、総司はクマから物資を貰う事にした。

 

「クマ、俺にも何か貰えるか?」

 

「ちょっと待ってクマ、センセイ。今取り出すクマよ」

 

クマのその言葉に、栄養を取っていた美鶴達の動きが停止する。

気になっていたのだ、一体クマが何処から物を取り出しているのかが。

 

「ゆかりっち、見た感じ何処から出してんか分かる?」

 

「それを知りたいから、皆黙ってんでしょ……!」

 

息を潜めて周りがクマに集中し、遂にその時がやって来た。

 

「どっこい……せッ! ふぅ~はいセンセイ!」

 

クマはいつも通り、ジュネスでバイトをする時の様に頭を取り外すと中から金髪の美少年の姿のクマが現れ、クマは栄養ドリンクを総司へ手渡すがそれは美鶴達には衝撃的過ぎる光景であった。

 

「ブフゥッ!!?」

 

一体、メンバー達の中で何人が吹き出してしまったのだろう。

少なくとも、美鶴は己の誇りに掛けて踏み止まったが、風花やチドリですら目が点になってしまう程の衝撃だったのは間違いではない。

 

「あぁ、ありがとなクマ」

 

総司は当然だが知っている為、何も驚く事なくドリンクを受け取って口を付ける。

おお冷えてる、クマに任せるクマ、等と美鶴達の事態に気付かないまま会話を続ける総司とクマ。

そんな二人に順平の突っ込みのメスが入った。

 

「お前!? 中身あんのかよぉぉぉぉッ!!?」

 

メンバーの気持ちを順平が代弁した事で、美鶴達はクマの方へ意識を集中させた。

そして、順平の言葉にクマと総司も漸く事態に気づく。

 

「あッ!?」

 

漸く自分の方を向き、やってしまったと言う表情の総司とクマに、順平は頷き真実の回答を求める様な態度を取る。

だが、素直に言う二人ではなかった。

 

「キャア~! ジュンペーのエッチ痴漢覗きクマァァァ!」

 

「順平さんも罪作りですね」

 

「何でだよっ!?」

 

顔を赤らめ身体をクネクネしながらクマは叫び、総司は楽しそうな素敵な笑顔を向け、当の順平は眼を全力開眼し、疲労を吹っ飛ばす程の突っ込みを見せる。

だが、それでも総司とクマは笑みを崩さない。

どうやら、総司とクマと順平の関係は完成してしまった様だ。

 

「そ、総司君達……なんか輝いてるね」

 

「完全に弄られてる……」

 

風花とチドリはその光景を見て苦笑するしかなかった。

完全に遊ばれているとしか思えないが、それでも不思議と笑みが生まれてしまう。

そんな光景は、風花やチドリ以外のメンバー達にも笑みを生み、レモンの蜂蜜漬けをタッパーごと持った明彦が美鶴の側に行き言った。

 

「なんか、俺達が疲労した後に彼は、ああやって場を明るくしてくれるな」

 

「……ふ、偶然か自然か、瀬多 洸夜の弟してではなく、それが瀬多 総司個人としての魅力なのかもな」

 

そう言う美鶴の笑みは、本当に嬉しそうな静かな笑みを浮かべる。

目の前で順平に追い掛けられている少年、恐らく自分達は彼に一生敵わないかも知れない。

美鶴と明彦に、そう思わせる程の魅力を総司は持っている。

少なくとも、美鶴と明彦は目の前の光景に笑い、疲れすら忘れながらそう思っている。

 

そして、暫くして疲れを癒した総司とクマ、美鶴達は扉の前へ立った。

各々が纏う雰囲気は先程とは打って変わり、全員が真剣な物。

総司と明彦と順平は扉に触れると、ゆっくりと内側に開い行く。

人一人が通れるか位の隙間が、僅かな時間で全員が一斉に通れる程の広さへとなり、総司達は扉の中へ入って行った。

 

(兄さんの過去、ペルソナ・ワイルド覚醒の理由、そして黒きワイルド……もう、俺は全て知った。だからこそ、兄さんの闇を終わらせる……俺やクマ、美鶴さん達と一緒に……!)

 

総司は決意を胸に扉の中を歩く、兄の苦しみを止める為に戦う覚悟をペルソナの力にして。

 

バシューーー!

 

「っ……!?」

 

入った瞬間、総司と美鶴達は何か鈍いが鋭い音を聞いた。

分厚い肉を斬る様な、そんな音を。

 

「一体、なんだ今……の……」

 

視界がハッキリし出し、総司と美鶴達の視界にその世界が写る。

上には天井がなく、違和感のある夜空に君臨する多色の月。

自分達が立っている、円上の広い空間。

その周りを囲む様に存在する、アルカナの絵柄と数字が刻まれているステンドグラスの様な石碑。

全てが異質であり、ワイルドを持つ洸夜が作った世界の終着点に相応しい場所だ。

だが、総司達、特に総司とクマの眼が大きく開く。

場所の作りに驚いた訳ではない、周りに圧された訳ではない。

ただ、自分達の目の前で起こっている光景が信じられないだけであり、総司は思わず叫んだ。

 

「兄さんッ!!陽介ッ!!皆ぁぁぁぁッ!!?」

 

うつ伏せに倒れている洸夜、周りのアルカナの石碑の真上に存在する十字架に張り付けられている陽介達、そして両断されたタナトスが今の総司達の現実であった。

 

 

▼▼▼

 

総司達が屋上に到着する少し前……。

 

現在、巌戸台駅

 

青年は歩いている。

破れたニット帽、傷付いた赤いコートを纏いながら歩いていた。

まだ昼時ではないが、青年の目的は少し早い昼食にする為であった。

適当に済ませ、とっととその場を離れるつもりだ。

青年はそう思いながら、自分の考えで行動し何処で食べるか考えていた。

 

(別の何処でも良いが……この場所なら"はがくれ"が妥当か)

 

近くのラーメン屋が頭に過る青年。

昔、よく友人達と食べに来ていたモノだと、青年は思わず感傷に浸りそうになるがそこは己の精神で抑え込む。

そんな事、自分が思い出して良い訳がない、そう思っているからだ。

そして、頭を切り替え青年は"はがくれ"へ向かおうとした時、ある違和感に気付いた。

 

(ッ! こいつは……!)

 

青年が感じた違和感。

それは目の前で流れる人々にあった。

ハッキリ言って、青年の姿は御世辞にも関わりを持ちたいとは言えない姿であり、それは青年自身が一番分かっている。

そんな事もあり、先程から来る人来る人が自分を避けていると青年は分かっていた。

極力、関わりを持たない様にしている青年の考えあっての事もあるのも理由だが、だからこそ目の前の違和感に気付くのが遅れてしまったのだ。

避けていたと思っていた人々、その全員が避けていると思っていたが目すら会わせず表情も全く変えずに青年を避けていた。

例えるならば青年が岩であり、来る人達は流れる川、形だけならばそんな感じだが、その様子はまるで青年を認識出来ていない様だった。

自分だけが世界から隔離されいるかの様な感覚に、青年は襲われ様としていた時であった。

青年は、数メートル離れた所から自分を見ている女に気付く。

 

(……なんだアイツは?)

 

他の人とは違い、その女は的確に自分の事を見ており、完全に認識していた。

しかし、それだけでも変だが、一番おかしいのは女の服装である。

青中心の服装と帽子、そして帽子からはみ出ている綺麗な銀髪。

少なくとも日本人ではないが、それでも情報が足りない。

 

(なんだ、この異変はアイツの仕業か……?)

 

青年は肩に掛けている長い袋の尾を緩める。

戦闘態勢、まさにそんな雰囲気を醸し出す為、青年が戦い慣れしているのが分かる。

しかし、そんな青年の態度にも怯まずに女は青年に近付いて来たのだ。

一見、武器らしき物は持っておらず、分かるのは分厚い本位だ。

無警戒なのかと思われる行動、だが青年は気付いていた。

女の眼を見て、その女は強い、底が分からない程の強さを持っている。

それが、青年が一目みた女に対する評価であった。

そして、女は青年の前で止まったが黙ったまま青年を見つめ、青年も様子見の為に同じ行動を取る。

 

(目的はなんだ。コイツは何者だ……!)

 

青年が警戒する中、女の口が動き出し、青年も身構えた……そして。

 

「ベールベルベール♪ ベルベットー♪ わーがーあるじ長い鼻ー♪」

 

突然歌い出した。

攻撃してくる訳でもなく、平然と当然に歌い出した。

歌詞も意味が分からず、一体何の歌のかも分からない。

こんな人間とは会った事もない為、何を考えているのかも分からず、青年は警戒心よりも頭痛を覚えてしまった。

 

「如何でございましたか?」

 

「……は?」

 

突然の不意打ちに青年は思わず聞き返してしまう。

いきなり意味不明な歌を歌われたと思いきや、突然何か聞かれたのだ。

ハッキリ言って返答に困る。

そして、そんな風に青年が呆気な顔をしていると、女は少し困った顔を浮かべた。

 

「……歌は他者とのコミュニケーションと学んだのですが、何が間違ったのでございましょう?」

 

青年は状況が掴めなかった。

コミュニケーションと女は言った、つまり自分とコミュニケーションを図ろうと思い歌ったのだと青年は一応解釈した。

 

「ああ……そいつはすまない。ところで、あんたは?」

 

青年は歌の事は敢えて触れなかった。

歌等はハッキリ言って分からないからだ。

それならば、単刀直入に聞くのが一番であり、後ろめたい事を言えばすぐに分かる。

青年は意識を集中した。

だが、青年の期待は大きくぶち壊される事となる。

「通りすがりのエレベーターガールでございます!」

 

「そんなエレベーターガールはいねえだろ……」

 

青年は完全に頭痛を覚えてしまった。

恐らく、この目の前の女は青年にとって生涯で関わってはいけない者だと分かったのだ。

こうなれば、もう目の前で異変を起こしているのが目の前の女だろうが、もうどうでも良くなってしまい、青年は女の横を通り抜けながらこう言った。

 

「はあ、分かったから……"これ"なんとかしろよ。それじゃあな」

 

呆れ顔で青年はそう言い、その場を後にしようと女に背中を向けた時であった。

 

「エリザベスでございます。友から逃げた法王様……」

 

「……ッ!」

 

青年は女、エリザベスの言葉に振り向いた。

友から逃げた法王、その言葉が自分を意味している事は今度はすぐに理解できたが、問題はそれだけではない。

青年が振り向いた一番の理由は、エリザベスから放たれる威圧感。

それは、今まで相手をしてきた連中の比ではなく、目の前の女が自分よりも強い事を証明していた。

だが、青年も怯む事はせず、口を開いた。

 

「エリザベスって言ったな。あんた、何者だ? なんで俺を知ってる?」

 

「私、そう言う事にグイグイっと首を突っ込む、とても可愛らしい性分なものでございますので」

 

「……そう言うのは止めにしろ。もう一度だけ聞くがお前は一体、なんーーー」

 

「瀬多洸夜様」

 

「……ッ!?」

 

突然言われる親友の名前を聞かされ、眼を開く青年だが、同時にある事を悟る事となった。

 

「……成る程な。洸夜の関係者なら、こんな事が出来ても納得しちまう。……お前と洸夜の関係は?」

 

「親友でございます」

 

エリザベスはそう言い、何処からともなく青く輝く鈴を青年へ見せる。

彼女の手の中で小さく鳴る鈴を見て、青年はエリザベスが洸夜と親しいのは間違いないと確信した。

それほど、この鈴は安くない。

値段の意味ではなく、想いの意味で。

 

「……で、その洸夜の親友が俺に何の様だ?」

 

青年は本題に入る事にした。

空間をおかしく出来る程の者が、一体そこまでして何を目的に自分に近付いて来たのかを知るために。

青年の言葉にエリザベスは、少し間を空けた後、表情を真剣なものとして青年へ言う。

 

「洸夜様、そしてその周りの方々に危機が迫って下ります」

 

「なんだと……? どう言う事だ? 」

 

青年はエリザベスに食い付く様に聞き返す。

洸夜だけではなく、周りの方々とは誰を指しているのかが分からないが嫌な予感を胸に抱いてしまったからだ。

 

「傷付き過ぎた黒きワイルドの暴走でございます。洸夜様達はそれに巻き込まれ、桐条様達を始め、洸夜様の弟の瀬多 総司様達も共に巻き込まれて下ります」

 

「なんだとッ……! アイツ等も……それに洸夜の弟……?」

 

青年は考えていたよりも、事が大きな物だと分かってしまい思わず頭のニット帽を鷲掴みにしてしまう。

それに、こんな事が出来るエリザベスが知らせに来ているのだ。

その一件にペルソナが関わっていると断言しても良い。

つまり、それらを踏まえて考えると……。

 

(洸夜の弟も……恐らくはペルソナ使いか)

 

兄弟揃って何をしてんだ、そう言いたくなる青年だったが少し何かを考えた後、不意に口を開いた。

 

「何が起こってるか、大体は想像出来た……だが、俺に出来る事は何もねえ」

 

「……本気でございますか?」

 

エリザベスの瞳には微かに怒りが出ていた。

普通ならば分かりずらい表情だが、青年はそれを感じ取って尚、話を続ける。

 

「アイツ等がいるなら俺は必要ねえよ。何より、俺にはアイツ等に会う資格も……」

 

「……生きている方が、一々誰かに会う為に資格が必要なのでございますか?」

 

「……生きちゃいねえよ。俺は死んだ人間ーーー」

 

「あなた様は生きているッ!!」

 

「……ッ!」

 

エリザベスの声に青年は驚いてしまった。

冷静な表情の彼女がここまで感情的になるとは思ってもいなかったからだ。

そして、青年が言葉を失ってしまった事で今度はエリザベスは話し出した。

 

「あの人は苦しんでいるのです! 自分が守れなかった方々の事を悔やみ、苦しんでいるのです! あなた様は生きていらっしゃるのに!」

 

「……洸夜の事だな」

 

青年は今朝、電車に乗っていた親友を見ていた。

何処か疲れて、悲しそうな姿の親友を。

自分は死んだ、そうしているのが一番良く、そうして裏に回る事で罪滅ぼしに青年はした。

だが、親友は今でも自分の事を思い苦しんでいる。

その言葉が青年の心に刺さる。

 

(生きている……か)

 

青年は己の胸に手を置くと、その手に己の心拍数が響いた。

かつて青年は、己の未熟が招いて命を奪ってしまい、己の命を軽くしていた時があった。

己の命を削り勝手に死ぬか、自分へ復讐を望む者の槍に貫かれて死ぬ、そのどちらかで死ぬと青年は決めていた。

だが、親友はそれを許さなかった。

 

『ふざけんなよッ!! 死んで終わらせるってのはただの自己満足だろうがッ!! 生きなきゃいけねえんだよ! 何があっても、死んじゃ駄目なんだ……死んでも"終わる"だけだ。それは"償い"じゃないんだぞ……』

 

嘗て親友が自分に言った言葉。

青年はそれを思い出しながら、自分の心拍数を感じる。

親友が治した命、医者からも異常はないと言われ、身体が軽くなったのを実感してしまった。

許されない事、他者命を奪った自分が己の命を実感する等、許されない事だと思ってしまうが、親友の前ではそれが出来なかった。

 

「俺が会って良いのか……」

 

青年は空いている方の手でニット帽を深く被らせると、エリザベスに問う様に聞き、エリザベスもその言葉優しい笑みを浮かべた。

 

「会って良いのではありません。会うのです。あなた様も洸夜様達と共に向き合うべきなのでございます」

 

「だが、俺は……」

 

「それでも資格を求めるのであれば、あなた様は既にお持ちの筈でございます」

 

エリザベスはそう言って己の青い鈴を青年に見せ、それを見た青年は気付いた様に自分の腰に着けていた銅色の鈴を取り出した。

何処か壊れ鳴らなくなった鈴だが、青年が鈴を手に持ってみるとその鈴は光り、そして……。

 

チリーン……!

 

「……ッ!?」

 

鈴が鳴った、鈴が鳴ったのだ。

ずっと壊れて鳴らなかった鈴が、何もしていないのに鳴った。

その目の前の出来事に、青年も眼を開けて驚くが小さく笑みを浮かべた。

 

(向かい会う時なんだな……逃げてたのは俺だったのか。洸夜や母親を奪った俺を許したアイツから……)

 

眼を閉じて青年は己に問い掛ける。

会うのか、それは己の覚悟に反するんじゃないか、今からでも引き返せる。

己に問い掛ける青年、しかしその眼には覚悟が宿っていた。

 

「……洸夜達は何処にいるんだ?」

 

青年の言葉に、エリザベスは微笑みながら青年の前に立つと二人の目の前で空間が裂けた。

 

「この先に皆様方はいらっしゃいます。ですが、十分お気を付けて下さいませ……ここから先は大変危険なモノとなっております故に……」

 

「覚悟は既に出来てる。……お前は来ないのか? 洸夜の親友なんだろ?」

 

青年はエリザベスへ問い掛けたが、エリザベスはクスクス笑いながら返答した。

 

「私も後程、必ず参りますが……終わらせるのは皆様方でございます。それと、こちらをどうぞお持ちください」

 

そう言って青年がエリザベスに手渡されたのは、茶色いレンズが目立つサングラス風の眼鏡だった。

青年は不思議に思いながら、レンズを調べるが度は入ってはいない。

 

「伊達眼鏡か?」

 

「他者を迷わせる霧を払い、旅人達に世界を写す眼鏡でございます。それの必要性はこの先を行かれれば自然とご理解なされるかと……」

 

「そうか……」

 

青年はそう言うと、その空間の裂け目へ進んで行くが入口付近で一旦足を止める。

 

「どうなされましたか?」

 

「あ~いや……」

 

エリザベスの言葉に、青年は何か言いずらそうに口ごもる。

何か言いたそうだが、だけど言い出せない。

そんな事を数秒すると、青年はエリザベスに背を向けて言った。

 

「エリザベス……って言ったな。その……ありがとよ」

 

それだけを言い、青年は空間の中へと消えて行き、それを見守っていたエリザベスは先程の青年の言葉に満足そうな様子だ。

 

「……ふふ。やはり、人と言うのは不思議な者でございます」

 

嬉しそうにエリザベスはそう言うと、彼女は人混みからその姿を消した。

最初から、そこには何もなかったかの様な虚無感だけを残して。

 

▼▼▼

 

現在、テレビの中の世界【黒き愚者の幽閉塔・入口付近】

 

空間の先、その先は霧が立ち込める世界。

現実とは違い不快な気分にさせる霧が世界を包む中、青年は冷静に辺り見回した後、エリザベスから受け取った眼鏡を付けた。

すると、目の前の霧は消え、その世界が姿を現す。

 

(タルタロス? いや、別物だ……)

 

黒い世界、多色の月、ごちゃ混ぜにした様な違和感しかない巨大な塔。

普通ならば何かしらのリアクションを見せるのが普通だが、青年は異常な程に冷静であり、先程のエリザベスの言葉を思い出し、目の前の塔へ歩いて行く。

そして、入口付近立った時だった。

 

巨大な姿をしたレスラー姿をしたギガス系のシャドウが青年の前に出現する。

青年を見つけ、笑い声の様な声を発するギガス系の大型シャドウ。

しかし、青年はそんなシャドウを見て鬱陶しそうに呟いた。

 

「ハァ……おいおい、こんな所にもいるかよテメェ等は……」

 

鬱陶しそうに言う青年だが、その瞬間、シャドウが青年へ襲い掛かる。

丸太の様な巨大な腕、それ風を切りながら青年を放ったのだ。

 

「邪魔だ……」

 

ザシューーー!

 

『ッ!?』

 

しかし、その拳が青年に届く事はなかった。

届く前にギガスの拳、いや腕が吹き飛び消滅したのだ。

ギガスは振り返り、いつの間に自分の背後へ移動していた青年を見ると、そこには先程まで丸腰であった筈の青年の手に斧付きの槍、俗に言うハルバードを持った青年の姿があった。

そして、ニット帽からの青年の瞳がギガスを睨んだ瞬間、再びギガスが青年へ襲い掛かった。

今度は笑い声ではなく、怒気丸出しの怒りの遠吠えを吐きながら。

 

「……仕方ねえ」

 

やれやれ、と言った風にシャドウを見る青年。

その青年の左手には銃が握られており、青年は目の前に迫るシャドウには眼もくれず引き金を己へ向かって引いた。

その直後、パリィン、と何かが砕ける音と共に何かがシャドウを背後から貫いた。

苦しみながらも、振り向こうとするシャドウだったが、その瞬間に地面に叩きつけられ消滅した。

 

「行くぞ……」

 

シャドウの消滅を確認した後、青年は扉へ向かう。

大型シャドウと戦ったにも関わらず、青年は息一つ乱れてはおらず、青年はそのまま塔の中へ足を踏み入れた。

その青年の背後で"黒い馬"に跨がる巨大な何かを従えながら……。

 

 

End



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死の絆

ナルトも終わりか……ssが書きたくなって来た。
だが、こっちを完結させてからだね♪


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

「兄さんッ!?」

 

総司は目の前で仰向けに倒れる洸夜に駆け寄った。

洸夜は僅かに眼を開いているが、その眼には光がなく虚ろなものであった。

しかし、身体も多少は傷付いているが息はしている為に一応の安全は知る事が出来、総司は後ろから来た美鶴に洸夜を預ける。

 

「洸夜ッ……! クッ……アルテミシア!」

 

美鶴は洸夜の側に寄り添い、アルテミシアを召喚するとメディラマを洸夜へ掛ける。

メディラマによって少しずつ傷は癒され、呼吸も落ち着いて来た洸夜に今度は美鶴達が安心し一呼吸入れる。

そして、総司と美鶴達は次に陽介達の様子を見る為に辺りを見回すと、陽介達は十字架に磔にされたままで、タナトスも両断された状態に地面に放置されている。

総司はタナトスに近付こうとするが、目の前でタナトスは硝子の様に砕け散ってしまう。

 

「ペルソナブレイク……」

 

「ク、クマのシャドウを倒したタナトスが……!」

 

目の前で光の粒子となって消えるタナトスに、総司とクマはただただ驚くしかなかった。

自分達を圧倒し、クマの影はおろか自分達にすら恐怖を抱かせたタナトスが、目の前で呆気なく消えていったのだから。

 

「……風花。君からはどう見える?」

 

「……少し待って下さい」

 

洸夜の背中に手を置きながら支える美鶴は、そのままの状態で風花へ陽介達の事を聞き、風花はユノを召喚し陽介達と十字架を調べた。

すると、陽介達は怪我を多少負っているものの、気を失っているだけで命は安全なのが分かり、十字架にも『魔封』としか表示されず直接的な害はなかった。

風花はその事を皆に伝えると、美鶴はある意味で安心した。

 

(どうやら、幾月の作った装置とは無関係の様だな……)

 

あの事件で幾月が使用したペルソナを封印させる装置も十字架だったが、風花の言葉を聞き美鶴はそう判断した。

おそらく、洸夜の影が精神的な揺さぶりを込めての十字架なのだろう。

そして他のメンバー、総司とクマも陽介達の一応の無事を知って少し落ち着いた時であった。

 

「オラァァッ!!これ外しやがれぇぇぇッ!!」

 

上の方からする謎の怒号が辺りに響く。

中々に迫力があり、風花は思わず肩をビクッとさせてしまう。

美鶴達は何事かと辺りを見回すが、総司とクマにはその声に聞き覚えがあり、声のする方へ見上げるとそこには十字架に張り付けになっている大柄の少年がいた。

怒鳴り散らしながら暴れて十字架を揺らす少年、それは総司とクマの予想通りの人物であった。

 

「完二!?」

 

怒鳴り声をあげていた少年、それは総司の後輩である巽完二その人であった。

そして、総司の声に完二も気付き、完二は総司達を見つけた。

 

「総司先輩ッ!?クマッ!?それと……洸夜さんの取り巻き!」

 

「取り巻きって、私たちに言ってるわよね……?」

 

ゆかりの言葉に互いが顔を見合わせながら返答に困るが、否定しようにも総司達が先に完二と会話をしてしまう。

 

「どうしてここにいるんだ。確か、皆は月光館に残された筈だろ?」

 

「そ、それがよ先輩……先輩達がいなくなった後、実は……」

 

完二は困惑気味に語り出した。

それは、総司達が二階付近に到達していた時の事……。

 

▼▼▼

 

少し前。

 

現在、月光館学園【保健室】

 

「……と言う訳で、イザナミが最後に生んだ火の神『カグツチ』。カグツチは火の神であり、その為に火を纏いながら生まれ、それが原因の火傷でイザナミは死んでしまいました」

 

陽介達が保健室を訪れ、江戸川先生と対談して早数十分。

最初は洸夜の事を聞いていた筈なのだが、いつの間にか日本神話の話になってしまい、終わる気配のない話に陽介達は疲れ果てていた。

 

「ねえ、これっていつ終わるの……?」

 

「俺に聞くなよ。そう言うなら里中があの先生に言えよ」

 

「無理言わないでよ……絶対、話聞かなさそうだし」

 

陽介と千枝は互いに溜息を吐いてしまう。

先程から止まらない神話トーク。

勉強にはなるが、江戸川の知識量の方に驚いてしまいそっちに意識が向いてしまうのだ。

そんな中、雪子が手を上げて先陣を切った。

 

「あの、今回の合同授業はどうなっているんでしょうか?私達、迷ってここに来てしまったので……」

 

雪子の言葉に全員が上手いと心で呟く。

修学旅行の話を出せば、見た目が不審者でも教師である以上は話を聞かない訳がない。

漸く話が終わると思った陽介達、しかし……。

 

「ああ、それは大丈夫。なんか桐条君達がいなくなって大変らしく予定が変わったってさっき電話きたから」

 

「ああ?なんで桐条って人達がいなくなったからってそんな大事になるんスか?抜け出してどっか行ったかも知れねえだろ?」

 

ここで完二がまさかのファインプレーを出した。

洸夜達がテレビの世界に行った等とは言えないから、完二はありえそうな事を言ったのだ。

だが、江戸川はボリボリと頭をかき、緊張感ない反応を示す。

 

「正確には桐条美鶴……彼女が大事。彼女の性格上、無断で抜け出す事はしない。しかも、この学園に資金援助しているのも桐条グループ。上の人は大変だ……ヒッヒッヒッ」

 

まるで他人事かの様に言う江戸川に呆気になる陽介達。

 

「花村先輩。このままじゃ話が全く進みませんよ?」

 

とうとう、りせも我慢が出来ずに陽介へ言った。

それに対し、陽介も考える。

総司と洸夜達が危機が迫っているのは間違いない。

ならば、何を迷う事があるのだろうか。

陽介は意を決して、少し分かりやすく大きな咳をした。

 

「エッフンッ!!」

 

咳をして話を強引に戻す強硬策に陽介はでた。

良く思われないかも知れないが、時間がない事には変わりない。

陽介は咳をした後、江戸川の方を力強く見た。

だが、無表情で自分を見る江戸川の姿に思わず恐怖を感じ、寒気を覚えた。

 

「君……もしかして風邪かい?本当は風邪って病名は存在しないけど、風邪かい?」

 

そう言って江戸川は陽介達に背を向けると、何やらビーカー等をカチャカチャと鳴らしながら何やら液体を入れる音が陽介達の耳に入る。

何やら、先程までしなかった変な臭いも発生している。

陽介達が息を呑む中、江戸川が振り向くと何やら手に怪しげな色の液体が入ったグラスを握っており、そのまま陽介へ近づい行く。

 

「えッ!?いや、さっきのは……!」

 

迫り来る危機に陽介は、両手を振って体調不良は誤解だと江戸川へアピールする。

まさか変な薬品を飲まされそうになるとは一体、誰が予測出来ると言うのか。

陽介は修学旅行に来てまでこんな無意味な事に巻き込まれたくはなかった。

しかし、江戸川の足は止まる事を知らない。

 

「遠慮しないで、せっかくの修学旅行でしょ? 体調をしっかり整えなきゃね。さあ、飲みなさい」

 

「いやッ!? だから俺はーーー」

 

「さあ、飲むんだ!」

 

江戸川の迫力に気付けば陽介は薬を飲んでいた。

しかし、見た目とは裏腹に味は栄養ドリンク風味であった。

 

(あれ……思ったよりイケる……ッ!?)

 

イケると思った陽介だったが、ところがどっこい。

突如、陽介は生涯で味わった事のない味覚に襲われてしまった。

辛い、甘い、しょっぱい等、それらの一般的な味覚を凌駕する謎の味覚に陽介は飲み終えると同時に動きを止める。

若干、表情が青白い気もし、呆気に捕らわれていた千枝達も漸く正気に戻る。

 

「花村君ッ!?」

 

「先輩ッ!? おい! あんた何を飲ませた?!」

 

雪子が心配する中、完二は江戸川へ先回りの薬品について問いただすのだが、江戸川は平然とした表情を崩さずに言った。

 

「昔、洸夜君も飲んでいた万能薬。どんな風邪でも次の日には殆ど完治する江戸川特性です」

 

あんたが作ったのかよ。

全員がそう思い、自家製の薬を作る様な教師の存在に恐怖すら感じてしまう。

 

「こ、こんな変な薬……一体、誰が飲むのよ……!」

 

「さっきも言ったように洸夜君筆頭に生徒複数人」

 

どうやら洸夜の高校生活は日常的にハードモードだった様だ。

千枝の呟きに返答する江戸川の答えに、顔色が良くなって来た陽介を始めとしたメンバー達はそう思ってならない。

神話に詳しく、自家製の薬も製造する保険医、一体どんな学校だ。

 

「当時の洸夜さんのストレスの原因。絶対にこの学校も入ってる……」

 

「今回ばかりはテメェに同意するぜ」

 

りせと完二が半分引いている表情をしながら、そう呟きあう。

少なくとも、三年間の殆どをこの江戸川と会うと思うと胃に穴を空けない自身がない。

胃に穴が空くと言えば、江戸川が薬を飲まそうとしそうだが、そう思うと更に不安が押し寄せる。

 

「う~ん。洸夜君も『彼』も黙って飲んでくれたんだけどな?」

 

「それって、ただ言葉が出なかっただけーーー」

 

「待って花村君。あの、『彼』って言うのはこの写真の……」

 

余計な問題を増やさない為に雪子が陽介を止め、陽介の写真を指しながら江戸川の言う『彼』について聞いた。

二年前のシャドウ事件、それを己の命を懸けて終わらせたペルソナ使い。

ある意味、『彼』について聞くのも洸夜に関係していると思い、雪子は江戸川は聞いたのだ。

そして、雪子からの問いに対し、江戸川は雪子達へ背を向けた。

先程まで色々と話していた江戸川とは思えない程に静かにして……。

 

「うん、そうだよ。洸夜君達の後輩……それが『彼』」

 

「あ、あの……『その人』は今は……」

 

どうしているんですか?

りせは江戸川にそう聞きたかった。

亡くなっていると聞いてはいたが、それが洸夜自身も勘違いしていると言う可能性もある。

洸夜の仲間達が、洸夜に酷い事を言ったと陽介達から聞いている為、もしかして『彼』の事も本当は嘘をついているのではと考えた。

しかし、りせの考えとは裏腹に江戸川はボリボリと頭を掻くと、静かに語り始めた。

 

「……噂で亡くなったと聞いたね。葬儀は親族だけで行ったらしいよ」

 

「……」

 

陽介達は黙った。

亡くなったと言うのが本当なのだと分かり、僅かな可能性に縋った自分達が馬鹿みたいに思えたのだ。

漫画やドラマの様な展開等、ある訳がなかった。

そして言葉が見つからず、黙ってしまう陽介達に何か思ったのかどうかは分からないが、江戸川は言った。

 

「でもね……なんと言うか、亡くなっているとは思えないんだよね」

 

「ああ?どう言う意味だよ?」

 

「言葉通りの意味です。『彼』はそう思わせる様な生徒だったんだよ」

 

完二の言葉に冷静に江戸川は返すと、お替わりいる?と陽介達にコーヒーかココアのお替わりを聞いた。

別にどっちでも良かったが、無下に断る理由もなく陽介達はマグカップを江戸川に手渡し、江戸川はポットを動かすが、その間の間がどうにも気まずい。

そう思った為、千枝が江戸川へある事を聞いた。

 

「あの、その名前はなんて言うんですか?「その人」は……」

 

「名前かい?名前はね……『あーーー」

 

「ぶえっくしょいッ!!」

 

それは江戸川が名前を発したと同時、まさに最悪なタイミングで陽介が大きなクシャミをしてしまい、江戸川の言葉を遮った。

おいおいマジかよ、そんな思いを胸に非難の眼を陽介に向けるメンバー達に、陽介は慌てて弁解した。

 

「いやいや! 今のは仕方ない……ッ!!?」

 

弁解する中、再び陽介の背筋に寒気が走る。

突然の寒気に反射的に背後を向くと、そこには言うまでもなく江戸川の姿があった。

その手にはカップではなく、自作の薬を持って……。

 

「君、まだ調子が治らないのかい? なら今度は試作品を……!」

 

「いやいや!? 大丈夫だから! そ、そうだ……これ! このテレビはどうしたんですか?」

 

再び薬の被験者の様になるのは御免だと、陽介は話題を保健室の隅に置かれている大型テレビへと向けた。

 

「ん? ああ、あれはね……使われていなかったヤツを保健室に持ってきたんだけど全然使わないし邪魔になっているんだよね」

 

江戸川はそう言うと、興味が変わったのか再びコーヒーとココアを入れ始める。

その光景に陽介は安心し、お前のおかげだと言いながらテレビの画面へと触れた時であった。

 

ズズズ……!

 

沼に沈むかの様に鈍くテレビの画面に陽介の腕は呑まれてしまった。

 

「へ……?」

 

突然の出来事にポカンとする陽介。

何故、稲羽じゃない町でテレビに呑まれるのか、ハッキリ言ってそこが疑問だが目の前の現実はテレビに入れると言う事。

しかも、抜こうとしても抜けない。

これはヤバいと思い、陽介は千枝達に助けを求めた。

 

「おい! 皆ちょっと手を貸してくれ!?」

 

陽介の言葉を聞き、千枝達も漸く陽介の事態に気付いた。

 

「ちょッ!? なにしてんの!」

 

「抜けねんだよ……助けてくれ!」

 

「だぁ! 男なら騒ぐなって先輩! ったく……あれ? 抜けねえ」

 

陽介に注意しながらも腕を掴み引っ張ろうとする完二だったが、腕はビクともせずに寧ろ完二ごと更に呑み込んで行く。

いよいよ不味くなってきた事態に、千枝や雪子、りせも二人を掴んで引っ張ろうとするが陽介はどんどんテレビの中へ入ってしまう。

 

「ええッ!? どうなってるの!」

 

雪子が叫んだ瞬間、突然物凄い力が陽介達をテレビへ引っ張りこみ、四の五の言う事も出来ずに陽介達はテレビの中へと消えて行った。

 

「はい。出来ましたよ……あれ?」

 

そして、保健室には江戸川だけが残されたのだった。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【三階フロア・別ルート】

 

「……ん? ここは?」

 

陽介は気付くと霧に包まれたおかしな場所にいた。

色々な色に染められた変なフロア。

ずっと見ていると頭痛が起きそうな程に目に悪い色合いなのは間違いない。

一体、何がどうなっているのかと思いながらも、陽介が辺りを見ると同じ様に倒れている千枝達の姿があり、陽介は咄嗟にポケットに入れっぱなしだった眼鏡を付けた。

すると案の定、霧は晴れて視界が広がり、陽介は千枝達の下へ駆け寄る。

 

「おい里中! 天城! 完二もりせも起きてくれ!」

 

「う~ん……に、肉丼?」

 

訳の分からない事を言いながら千枝が眼を覚まし、それに続く様に雪子達も起き上がり始める。

 

「おい! 寝ぼけてる場合じゃねえぞ! 俺達、テレビの中に来ちまったみていだぞ!?」

 

「え……えぇっ!?」

 

陽介の言葉に完全に眼を覚まし、千枝達も陽介同様にポケットから眼鏡を取り出して掛けてみた。

すると、やはり霧は晴れて視界が広がる。

 

「マ、マジかよ……本当にテレビの中か」

 

「け、けど、こんな場所、私達行った事ないよね?」

 

雪子が驚く完二の困惑気味にそう言った。

今いる場所の風景、それは城でも大浴場でも劇場でもない見覚えのない場所。

霧があるのだからテレビの中に間違いないとは思うが、雪子達は現在地が分からない事で不安を覚えてしまいそうになるが、りせがヒミコを召喚して周りを探知し始めた。

 

「りせちゃん何か分かる?」

 

千枝が恐る恐るりせに聞き、りせもちょっと待ってと言いながら周りの地理を調べ、その結果を語った。

 

「此処、私達の拠点からそんなに遠くない場所にあるよ」

 

その言葉に全員が互いに顔を見合わせた。

 

「拠点から近い? でもよ、こんな場所ってあったか?」

 

「寝惚けて探知ミスったんじゃねえのか?」

 

呆れ風にりせへ完二はそう言ったが、それに対しりせも顔を膨らませて反論した。

 

「ミスってないわよ! 脳筋馬鹿の完二には分からないと思うけど?」

 

「んだとコイツ!」

 

グヌヌ、と互い睨み合うりせと完二。

どっちもどっちだが、そんな二人に溜め息を吐きながら雪子が間へと入る。

 

「二人共、此処に来てまでも喧嘩しないの」

 

「だって雪子先輩、完二が!」

 

「だって天城先輩、りせの野郎が!」

 

同時に互いを指差してそう言う二人は再び互いに睨み合い、その様子に雪子も勝手にしなさいと手の掛かる子供の母親の様な感じで再び溜め息を吐き、陽介と千枝はこの場所について話していた。

 

「にしても、本当に此処ってどこなんだろ?」

 

険しい表情で千枝は呟くが、その疑問に対し陽介はある心当たりがあった。

「……なあ。もしかして、此処って洸夜さんが生んだ世界なんじゃねのか?」

 

その言葉に全員の動きが止まった。

テレビの世界に関わらず見覚えのない世界だが、思い出せば洸夜と総司達はテレビの世界へ行ったのだ。

しかも、洸夜はあの時シャドウ化していた為、この世界に来てこの空間を誕生させても不思議ではない。

そして、陽介の言葉に何かを感じたのか、りせは再びヒミコで探知を始めた。

今度はこの場所について詳しく、そしてりせは気付いた。

 

「いた! 洸夜さんとそれに似た強い力!」

 

「マジか!? 場所は?」

 

「このダンジョンの最上階! それと、このダンジョンの別の場所から総司先輩達の気配も感じるよ!」

 

「やっぱし先輩と洸夜さんの取り巻き達も此処に来てんだな。こりゃ、決まりッスよ」

 

今度は喧嘩せずに二人は陽介へ向ける。

もし、りせの言葉が本当ならば自分達がするべき事は一つしかない。

 

「行くぞ。恐らく、洸夜さんのシャドウが出てる。今度は俺等があの人を助ける番だ」

 

陽介の言葉に全員が頷く。

今まで自分達を影で支えてくれて、時には反発もしたけど結局は自分達の事を考えての行動をしてくれていた洸夜。

一人で悩み続けている洸夜を、今度は自分達が助ける番だと陽介達の心は一つとなった。

 

「そう言えば、瀬多君達とは合流できないのかな?」

 

雪子が今出る案の中で最善策とも思われる案を提案する。

ハッキリ言えば戦力は重要であり、総司、そして二年前の戦いを生き残ったペルソナ使い達との連携は考えるのは当然でもあった。

だが、その案にりせは首を横へと振った。

 

「多分無理。久保の時と同じで合流が出来ない様になってる」

 

「マジかよ……今更だけど、この世界のそう言う所は嫌になるぜ」

 

頭を抑えながら陽介は、今更ながらこの世界の非現実な洗礼に嫌になってしまう。

 

「けどさ、今の私達って武器がないんだよね? ペルソナだけでも戦えるけど、体力とかもつかな……」

 

その場で跳んだりし、戦いへのウォーミングアップをしながら千枝は言う。

確かにペルソナだけでもシャドウと戦えるが、それでは体力等が持たない。

どちらにしろ体力等は使うが、やはり武器があるとないとでは天と地の差がある。

そして、それは陽介達も分かっているらしく、再び悩みの色を表情へ浮かべた。

その時だ、完二は自分達のいるフロアに並べられている"ある物"に気付く。

 

「ん? あぁッ! あれって俺等の武器じゃねえか!?」

 

「……本当だ。私の扇子もある」

 

全員がその場に近づくと、そこには綺麗に並べられた陽介達の武器があった。

陽介のクナイ、千枝の具足、雪子の扇子、完二の盾、それが品物の様に綺麗に並べられており、ここまでくれば作為的にしか思えない。

 

「どうやら、俺達の事もお待ちかねの様だな」

 

陽介の言葉に全員が武器を持ちながら頷く。

どうやら、このダンジョンの主は自分達もこの戦いに参加させる気だった様だ。

 

「そっちがその気なら、俺達もやってやるさ。行こうぜ皆!」

 

陽介の言葉に全員が頷き意思表明をし、陽介達はフロアの奥にある階段を上って行った。

 

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔

 

拍子抜け、それが幽閉塔を昇って行く陽介達が感じた感想だ。

昇って行く中、シャドウは陽介達へ牙は向けるがそれは決して苦戦するような相手ではない。

洸夜のシャドウだから何かしら強い影響をシャドウ達に与えていると思っていたのだが、現実は大型シャドウは一匹も出てこない。

陽介は気になり、りせに聞いてみるとどうやら他のエリアの方に大型シャドウ達は集中しており、此方の方は手薄になっている様だ。

案外、体力面は節約できるかも知れない。

陽介達は口には出さないがそう思っていたが、それは強ち間違いではなかったりする。

そう、”体力面”だけでは。

 

「あぁ? なんだこりゃ?」

 

先頭を歩いていた完二が目の前に存在する黒い扉を前にして足を止め、その言葉に陽介達も足を止めて完二の後ろから千枝も覗き込む。

 

「扉だよね? 見た目的には変哲もないけど……」

 

千枝は思った扉の感想を口にするが、この世界で普通に見える物ほどに怪しい物はない。

 

「う~ん……別にこれと言って問題はないけど?」

 

りせがヒミコで扉を調べた結果を口にする。

これでシャドウが化けているとか、扉が罠であるとかは無くなったが問題は扉の中。

開けた瞬間、モンスターハウス宜しくシャドウだらけとも考えられる。

最悪、吊り天井に床から串刺し等の忍者屋敷パターンかも知れない。

考えれば切がないが、だからと言ってここで引き返す訳にもいかない。

いつの間にか自分達が修学旅行と言う事も忘れ、陽介達は扉の先へと足を踏み入れた。

 

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階前の通路】

 

結果だけ言おう。

扉の先で見たのは洸夜の過去であった。

しかし、総司達が見たのとは違い、陽介達が見たのは二年前の事件などについてだ。

 

洸夜が迷い込んだタルタロス。

親友の犯した過ち。

新たに入る仲間。

目を覚ます満月の大型シャドウ。

暗躍し対峙する人工ペルソナ使い・ストレガ。

語られる真実に裏切り等、これ等以外にも陽介達は最上階に来るまで洸夜と言うより、過去の事件について知った。

友の正体、最後の選択、滅びを与えるニュクス。

それらが同時に自分達が思っていた以上に重く悲しい事件であったのかも。

陽介は最上階の扉の前に触れながら、思わず呟いてしまう。

 

「なんか、俺等が思っていたよりも事態はヤバかったんだな……」

 

「えっと……特にはどれが?」

 

「……全部」

 

混乱して変な質問をしてしまう千枝に、陽介はそう即答する。

どれがなんて選べる訳がなく、本音を言えば洸夜の親友がシャドウを倒したが同時にペルソナを制御出来ず、民間人の命を奪ってしまった、その時点でも陽介的にはギブアップだ。

前に、洸夜が自分達にペルソナについて厳しく言ったのは根源を見た気がしてしまう。

ヒーローみたいで楽しい、自分達は特別、ペルソナに目覚めてそう思っていたが先程の光景で見たストレガと言う人達はペルソナを扱うだけでも文字通り命懸けだった。

最後には命を落とし、人工ではない洸夜の親友でさえペルソナを扱えきれずに暴走させてしまった。

 

「私達、恵まれていたんだね……」

 

雪子の呟きは小さいながらも、確かに全員の耳に届いたが陽介達は何も言えなかった。

誰でも言える様な無責任な発言しか思い浮かばなかったからだ。

 

「……まあ、なんつうか。今は目の前の事に集中しましょうや」

 

沈黙を破ったのは完二だった。

完二は流れを変える様に何事もないように言うが、りせは納得できなかった様で案の定、完二に噛み付いた。

 

「ちょっと完二! 少し白状じゃない? 洸夜さん達、凄い大変だったじゃない!」

 

「別に何も考えなかった訳じゃねえよ。でもだからって、俺等がどうこう言える立場じゃねえだろが。かわいそうだとか、そんな無責任な事を考えるのがオチだろ?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

以外にも完二に冷静に正論をぶつけられ、りせは口ごもってしまい、完二は今度は陽介達も視界に入れて言った。

 

「先輩達にも言っとくけどよ、今のオレ等がする事は洸夜さん達の過去を知ったからってそれについて悩む事じゃねえ筈だぜ。オレ達の時の様に今度は洸夜さんを助ける……そうだろ? こう言う時は少し単純に考えれば良いんスよ」

 

母親が眠れなかった為に族を潰した完二らしい言葉に、陽介達は少し驚きながらも頷くが、千枝はまだ悩んでしまっていた。

 

「そ、そうだけどさ。見ちゃったモノは仕方ないじゃん……」

 

「別に何にも思うなって言ってる訳じゃねって。何にもならねえのに煮詰まんなって言ってるだけッスよ。ただ、学ぶ物は学ぶ、それで良いだろう?」

 

その言葉に今度こそ千枝は納得したかの様に頷いた。

完二にしては珍しく正論の嵐であり、小さい頃を知っている雪子は嬉しそうにしながら完二へ近づいた。

 

「成長したんだね完二くん。おばさんも泣いて喜ぶと思うよ」

 

「なッ! なんでここでクソババァが出てくんだよ!!?」

 

顔を真っ赤にして雪子へ反論する完二だが、それは怒りからではなく照れからくる事なのはすぐに分かった。

 

「完二照れてるぅ~」

 

「そう言う所は可愛いのに、普段は口が悪いもんね」

 

「だあぁッ!! うっせんだよ! とっとと行くぜ!」

 

りせと千枝と続いて好き勝手に言われ、完二は一人で扉の方へいってしまう。

それでも、耳まで真っ赤なのを見て更に陽介達が笑ったのは言うまでもなく、陽介達は笑いながら扉の中へ入って行った。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

洸夜は倒れていた。

己のシャドウに挑んだがペルソナはおらず、眼を見た瞬間に身体から力が抜けて現在に至っていた。

洸夜の影はペルソナ白書を持って何処かへ行ってしまったが、何か嫌な予感だけは洸夜は覚える。

どうしようもない無力感だけが洸夜の中に溜まろうとする中、扉の方から聞き覚えのある声が届く。

 

「洸夜さん!?」

 

洸夜は聞き覚えのある声の主に微かに眼を開き、その名を呼んだ。

 

「花村……何でここに?」

 

洸夜の途切れそうな口調の中、陽介は倒れている洸夜の上半身を起こして頷き、他のメンバーも二人の周りへと集まり始める。

 

「洸夜さん! 大丈夫なんですか!?」

 

「ああ……見た目程、悪くはない。ただ、身体に力が……入らないんだ……!」

 

心配するりせに洸夜はそう返答するが、見た感じはやはり調子が悪く見えて仕方ない。

そんな洸夜に雪子は近付いて回復しようとした、だが、同時にりせはある気配を感じ取った。

 

「なにこれ……! この感じ……今までのシャドウとは違う!?」

 

「ッ! 戻ったのか……マズイ、花村逃げろ。皆を連れて逃げるだ……!」

 

「なに言ってんだよ!? んな事、出来る訳ねえだろ! シャドウがいるなら今度は俺達が守る番だ!」

 

逃げろと言う洸夜の言葉に陽介は反論し、それに続いて他のメンバー達もそれに賛同して洸夜の言う事を聞かない。

だが、それでも洸夜は、逃げろ……と言い続ける。

 

「違う……今までの大型シャドウとは……とは違う! 逃げるんだ……」

 

険しい表情で洸夜は言う。

自分のシャドウだからとか、そんな自惚れではない。

確かに己のシャドウの恐ろしさは理解しているが、直感的なもの等を踏まえても危険過ぎる。

殆どのアルカナとペルソナの力を持つシャドウ。

自分の経験等も全てを持つ大型シャドウ。

そして、その時は訪れた。

 

『己と向き合った仮面使い……か。だが、心はまだ幼い……』

 

「ッ!」

 

陽介達は声のした方を振り向くと、そこにいたのは見た目は洸夜だが、眼はシャドウ特有の金色の瞳をした洸夜の影であった。

そして、そんな洸夜の影と眼があった瞬間、陽介達は洸夜の言葉の意味が分かった。

今まで戦ってきた自分達の大型シャドウは、確かに恐怖等を感じたの事実だが、洸夜の影はそんな比ではなかった。

恐怖を通り越し、身体から心まで見透かされている様で戦意処か精神までもが油断していると一瞬で鬱になり、絶望しか見えなくなってしまう程の力を持っていると見て間違いない。

あくまでも、これは陽介達の直感的に感じた意見だが、直に肌で感じたモノより説得力があるものもそう存在しないだろう。

だが、それでも自然と武器を構える陽介達。

彼等には例え恐ろしい相手でも逃げると言う選択肢は存在せず、ジッと洸夜の影を睨み続けた。

 

『……クク。俺と戦いたい様だな?』

 

「お前が洸夜さんを殺そうとするなら相手になってやるぜ」

 

『だが、当の本人にはそんな意志はないようだがな』

 

陽介の言葉に洸夜の影も、陽介が抑えている洸夜を指さしながら返答し、陽介達も洸夜を見た。

洸夜は表情は力強くして己のシャドウを睨んでいるが、身体が震えている事に陽介達は気付いた。

こんな洸夜は見た事が無い、自分達と多勢に無勢に戦った時でさえ震える事もなかった洸夜が震えている、

それ程までに、自分のシャドウが洸夜にとって脅威なのだと、陽介達も嫌でも分かってしまうが気持ちが分からない訳ではない。

千枝達は洸夜を守る様にして前に出ると、洸夜の影から黒い光が発光し始めた。

 

『クククッ! 良いぜ……邪魔をするなら先ずはテメェ等から殺してやるよ! これが真なる影、オレの姿だっ!!』

 

「っ!! 皆、構えて!!」

 

りせの言葉に全員が身構える。

洸夜の影は全身を黒い何かで覆い尽くすと、その身体は徐々に巨大なモノへと変貌を始めた。

 

「やっぱり、こうなっちゃうのか……」

 

「ハッ! 結局はいつも通りって事じゃねえか!」

 

千枝と完二が前衛に構え、雪子とりせが後衛のサポートに入る。

そして、身体が徐々に形を整える洸夜の影を陽介が睨む中、支えられている洸夜が陽介に語り掛けた。

 

「すまない……花村」

 

「何、言ってんすか。礼なら終わってからーーー」

 

「そうじゃない……」

 

お礼だと思って言った陽介だが、洸夜はそれを否定しそれが謝罪だと分かったが一体、何に対しての謝罪なのかは陽介は分からないが、洸夜は続けて語り出す。

 

「己と向かい合うってこんなに大変で、こんなにも辛いんだな……お前等は凄い。己と向き合えたのだから……俺には無理だった……!」

 

「……」

 

陽介は驚いて言葉が出なかった。

弱音を吐いているのだ、あの洸夜が。

それ程までに追いつめられているのだ、洸夜の心は。

 

「すまなかったな……あの時、あんなに叱って。あんなに叱んなくても良かったよな? 本当にすまなかった……花村」

 

あの時とは、ペルソナ等について言われた時の事だと陽介は理解したが、洸夜のその言葉一つ一つがまるで遺言の様に力なく語られる事に陽介は怒りを覚える。

そんな弱弱しく話すなよ、そんな諦めたような表情をするなよ。

そんな感情が陽介の中に溢れ、気付けば陽介は洸夜へ叫んでいた。

 

「やめろよ! そんな弱弱しくしないでくれよ! 俺はあの時、洸夜さんに言われて恨んでないし、寧ろ感謝してるんだ! きっと、あのままだったら力の責任について気付かなかったかも知れねえし。けどよ、一番気に入らねえのは今のあんたの姿だ!! 俺から見ても……あんたは格好良く見えたんだ。だから、そんな事は言わないでくれよ……!」

 

「……」

 

陽介の言葉に今度は洸夜が驚いてしまう番であり、陽介はそう言うと立ち上がって洸夜の前に立った。

 

「見ててくれよ……今度は俺達があんたを守る番だ」

 

そう言って洸夜の影と対峙する陽介達だが、洸夜は陽介達に迫る危機に身体を揺らしながらも立ち上がった。

 

(マズイ……! このままでは花村達が……クッ! 頼む、少しでいいからアイツ等を守れる力を……!)

 

己に呼びかける洸夜だが、もうペルソナは自分に宿ってはいない。

それでも何とかしたいと思う気持ちが届いたのか、洸夜は自分の中から何かが出現するのを感じ取り、己の背後を見るとそこには棺桶の形をした何かを纏う一体のペルソナ『タナトス』がいた。

 

『ヴォォォォ……!』

 

唸り声をあげ、目の前の洸夜の影を威嚇するタナトス。

何故、タナトスだけが召喚されたのかは分からないが、そんなタナトスに洸夜は希望を託した。

 

(タナトス……今だけは力を貸してくれ! 総司にやっとできた本当の仲間達なんだ……絶対に死なせん!)

 

そう胸に熱い想いを宿しながら、洸夜も己のシャドウと向き合う。

そして、洸夜の影はその姿を露わにする。

 

『我は影……真なる我……』

 

▼▼▼

 

そして現在。

 

「って事があって、洸夜さんとりせのサポートでなんとかやりあってたんスけど……あのシャドウ、洸夜さんに精神攻撃したとかで洸夜さんが突然発狂したみたいに叫んだ隙に……この様だ」

 

十字架に縛られながら完二はこれまでの経緯を説明し、総司達はそれを黙って聞いている。

 

「やっぱり暴走したクマか。可哀想な大センセイ……ってあれ? っという事は大センセイのシャドウは今どこに……?」

 

クマが当然の疑問を口にする。

暴走し、陽介達を倒したシャドウがここにいない訳がない。

しかし、目の前や周辺にはそんな姿と気配もない。

 

「おそらく、姿を消してんだろ。あのシャドウ、洸夜さんの骸のペルソナの力も持ってからよ……」

 

縛られながらも完二は総司達へ助言をくれるが、それでも周りに異常はない。

総司も美鶴達も警戒する中、完二が何かを思い出したかの様に、あッ!と声を出した。

 

「どうした完二?」

 

「総司先輩! そん中にりせと同じ探知系の奴っているんスか!」

 

「探知系? それなら、風花さんが……」

 

「……?」

 

風花を見ながら総司は呟き、風花も状況が分からず完二の話の続きを美鶴達と待った。

 

「いや、洸夜さんのシャドウ……頭良いのか、りせや洸夜さんのサポートメンバーを集中的に狙ってたからよ。だから、もしかしたらーーー」

 

そう言って完二が総司達の方を見た瞬間、先程と異なる光景になっている事に気付き動きを止めた。

全員が自分を見ている中、先程まで存在しなかった黒く巨大な存在。

それが、風花の背後で巨大な何かを振り上げていた。

風花への攻撃、それを理解した瞬間、考えるよりも先に完二は腹から全力で叫んでいた。

 

「先輩ッ! 後ろだぁぁぁッ!!!」

 

「ッ!!」

 

全員に衝撃が走った。

クマもアイギスも、風花自身でさえ気付けなかった。

ワイトのアンチマハアナライズであり、気付くのが遅れた。

だが、総司達もそれで何も出来ない訳じゃない。

総司、美鶴、明彦も完二の言葉と同時にペルソナを風花の背後にいる存在に攻撃を仕掛ける。

 

『ッ!』

 

ガキィン、と刃物同士のぶつかる音が風花の真上で起こる。

 

「キャッ!」

 

突然の衝撃に叫んでしまう風花だが、その瞬間、彼女の身体は浮き美鶴達の中へ素早く移動された。

一体、何が起こっているのか風花は分からなかったが、すぐにそれが分かった。

総司が自分を抱えて移動させてくれたのだ。

しかも、俗に言うお姫様だっこで。

気付けば風花の顔が赤くなってゆくが、総司は彼女に無事かどうか聞いた。

 

「大丈夫ですか風花さん?」

 

「えっ……う、うん。大丈夫……」

 

無事が確認出来ると、総司はそれ以上は言わず風花をすぐに下ろした。

下心のないと分かる総司の行動、そんな所も洸夜とそっくりだ。

風花は思わず懐かしい感じがしてしまう、二年前の戦いの時の洸夜を見ている様だからだ。

 

「カッコいいな!」

 

「……どうも」

 

順平が総司の行動にそう言うが、今までのおふざけが嘘の様に総司はクールに返答した。

その行動に順平自身は思わず苦笑してしまうが、それは仕方ない事だ。

なにせ、目の前では風花を襲った存在がその姿を現そうとしているのだから。

 

『ッ!!』

 

その存在が何かを呟いた瞬間、その姿は徐々に変貌して行った。

右手は巨大な建物程ある刀と同化しており、左手には巨大な盾を持っている。

身体は西洋の鎧と和風の羽織りを纏っているが、それはボロくまるで立ち振舞いは放浪者の様だ。

顔も何処かオシリスを彷彿とさせるものがある。

だが、最も目立つのは身体のあっちこっちに埋めつけられているアルカナを模した仮面だった。

右手の刀には隠者や月、左手の盾には戦車や太陽等の様にアルカナを示すものがあった。

首にも全てのアルカナを意味する仮面一つ一つが真珠の様になって繋がっているネックレスまで付けている。

ワイルドのシャドウ、全てのアルカナを持つ大型シャドウにし、二年前を生き抜いたペルソナ使いの力そのものである『洸夜の影』がその姿を現した。

 

『我は影、真なる我……与えよう、最後の絆。"死"の絆を!』

 

 

二年前の苦しむ物達のこの戦いは、どう言う結果であれ一つの終局を迎える。

そして今が、その最終局面だ。

 

End

 



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その名を呼ぶ……

ナルトとジアビス、この二つですねアイデアがあるのは。
あぁ~早く書きたい。どっちを書こうかな。


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

『果てろッ! ラグナロク!!』

 

洸夜の影は口を開けると巨大な豪炎し、最強の炎系技『ラグナロク』が総司達へ放たれる。

 

「マズイ! ホワイトライダー!」

 

「お前もだ! トリスメギストス!」

 

総司と順平がラグナロクを防ぐ為、自分とメンバー達の前に炎に強いペルソナで迎え撃つ。

耐性がある為、予想通りラグナロクは防ぐ事は出来た。

しかし、ラグナロクはメンバー達に当たる事は無かったが、防がれた事で周りへラグナロクの残り火が流れ、辺りの地面を溶かして空気を熱し、それはラグナロクの威力がどれ程のものだったのかを理解させるのには十分であった。

そして、それを十字架から見ていた完二は、その光景に怒りを覚えずには入られなかった。

 

「あのシャドウ……! 俺達に手を抜いてたのかよ!」

 

目の前の威力の技。

洸夜の影は、そんな凄まじい攻撃を完二達には放っていない。

だが、それでも自分達は負けたのだ。

完二からすれば情けない事この上なく、悔しくて堪らない。

そして、完二が怒りを覚える中、コロマルのケルベロスが残り火を吹き消して安全を確保するが洸夜の影の攻撃はまだ終わらなかった。

 

『ハハッ!……抉れ! 』

 

「ッ! 皆さん避けて! 最大疾風技来ます!」

 

風花のサポートに全員は一瞬も休まず、全力でアクセルを踏んでいる様に全力行動。

威力も強い技が続き、洸夜を移動させられず総司達の行動が制限される中、洸夜の影は技を放つ。

 

『万物流転!』

 

洸夜の影の前に巨大な風の塊が出現した。

辺りの破片を吸い込んでは削るその疾風の塊、それはまさに攻撃する為だけに生まれた風。

それが総司達に再び迫る中、今度はゆかりが前に出た。

 

「舐めんじゃないわよ! イシス!」

 

イシスを前に出し、万物流転を受け止めさせた。

だが、それでも万物流転は止まらずに少しずつゆかり達へ迫る。

 

『所詮、『アイツ』がいなければ何も出来ないお前には無理だな……!』

 

「くぅ……! まだ……私は……!」

 

ゆかりは歯を食い縛って耐えるが、それでも時間の問題なのは目に見えている。

見下す様に洸夜の影は笑い、止めを刺そうと右手の刀をイシスへ向けたその時。

 

「メーディア!」

 

「キントキドウジ!」

 

「アテナ!」

 

チドリ、クマ、アイギスの三人が油断していた洸夜の影にペルソナを接近させていた。

 

『なに……!?』

 

突然の奇襲に洸夜の影も対処に遅れ、三体のペルソナ達はそれぞれの技を洸夜の影へ放った。

 

「マハラギダイン!」

 

「マハブフーラミサイルクマ!」

 

「ゴッドハンド!」

 

それぞれの技が洸夜の影の身体にそれぞれぶつかり、その直後に爆発した。

そのおかげなのか、イシスが押さえていた万物流転も消滅してゆかりも呼吸をして肩を落とす。

耐性持ちとは言え、相手の技を耐える為にペルソナを維持するにも力はいる。

そして、爆煙で洸夜の影が見えなくなるが美鶴達は警戒は解かない。

あの程度で消滅するとは全く思ってないからだ。

 

「皆、油断はするな。総司達の話では暴走したシャドウの目的は宿主の殺害……」

 

「何処から狙うかも分からんからな。山岸、ジャミングは気にするな。今は君の出来る事に全力に取り組むんだ」

 

「は、はい!」

 

明彦の言葉に風花は力強く頷いた。

洸夜のワイトの能力は本当に探知特化&探知潰し。

それは風花にとって能力を事実上封じられたと言っても同然だ。

だからと言ってメンバー達は風花を足手まといとは思っていないが、風花自身が己を許せない。

明彦はそれ分かってか、そう風花に言ったのだ。

勿論、風花にも出来る事はある。

先程の様に技が来る時のサポートは風花にしか出来ない。

 

「よっしゃ! 俺も攻撃に回るぜ!」

 

風花の気持ちが落ち着いた事で順平も断然やる気が現れ、爆煙に呑まれている洸夜の影を睨んだ時だった。

 

『月影』

 

バシュ!

 

チドリとクマ、その二人のペルソナ達の中を一本の光が走る。

鋭く鋭利な一本の光。

その正体は煙の中から伸びる一本の太刀、洸夜の影の攻撃だった。

満月時に威力を上げる物理技『月影』。

この世界に存在する多色の満月がその技の威力を上げたのだ。

そして、洸夜の影の一閃はメーディアとキントキドウジを確かに捉えており、それは同時に宿主へのダメージも意味する。

 

「ッ! カハッ!」

 

「グギャ!」

 

自分達のペルソナが地面に落ちると同時に、口から痛みによって息を吐くチドリとクマ。

二人はそのまま膝を付き、洸夜の影がチドリの姿を捉える。

 

『まずはお前だ……偽りの仮面使い』

 

チドリへ刀を振り上げる洸夜の影。

そんな洸夜の影をチドリは睨み付けるが、痛みによって眼力は低く負け犬の遠吠え程度しか威圧できない。

 

「チドリ!」

 

「チドリさん!」

 

チドリの危機に武器を構えて走り出す順平と乾の二人。

彼女を副作用から解放して救ったのは洸夜だ。

なのに、その洸夜の力によって彼女の命が脅かされる事はあってはならない。

だが、そんな二人に気付かない洸夜の影ではなかった。

洸夜の影が順平と乾へ視線を向けた瞬間、首のアルカナの仮面のネックレス、その内の”死神”の仮面が光ると黒い光が二人に降り注がれる。

 

『デビルスマイル!』

 

「ッ!?」

 

「なっ!?」

 

突如、順平と乾に悪寒が走る。

寒く不安で、全身の震えが止まらず動けない状態『恐怖』状態に陥ってしまったのだ。

 

『……先ずは一人目』

 

邪魔がなくなり、今度こそ洸夜の影の攻撃が振り落とされた。

 

「させるかぁッ! イザナギ!!」

 

しかし、今度は総司が洸夜の影の攻撃を妨害した。

イザナギはそのまま自身の大剣で洸夜の影の刀を振り上げて隙を作り、イザナギは再び大剣を振りかぶる。

 

「総司さん!」

 

『マハタルカジャ』

 

更にそこへアイギスからの追撃もとい、補助が入りイザナギの力が増強され、そのままイザナギは大剣を洸夜の影目掛けて全力で振った。

 

『グオォォォォォッ!!?』

 

強化されたイザナギの攻撃に耐えきれず、フロアの奥まで吹き飛ばされる洸夜の影。

相手に隙と距離が生まれた事で総司達は態勢を整え始めた。

ゆかりはチドリ達四人に近づいて回復に専念した。

 

「ほら、しっかりしなさいよ!」

 

順平と乾にはメパトラを、チドリとクマにはメディア系を掛けようとするがチドリはそれを制止させた。

 

「ゆかり、私は大丈夫だから他の皆を……私には『生命の泉』があるから」

 

生命の泉、それは宿主の体力を回復させる自動効果スキルの類であり、それによってチドリの体の傷は確かに消え始めていた。

しかし、ゆかりはチドリの言葉に首を横へ振った。

 

「何言ってんのよ。どんな力だって万能じゃないんだから、特にチドリは無理出来ないでしょ?」

 

ゆかりはチドリの言葉を一蹴し、彼女にも回復を掛ける。

ペルソナの回復だって万能ではないのは事実、命を失ってからでは遅いのだ。

だからゆかりは癒すのだ、誰も死なせない為に。

そして、先程から戦いを見ていた明彦は未だに洸夜を支える美鶴へこう言った。

 

「美鶴。俺達も出るぞ……洸夜も守らなければならないが、俺達が後衛のままで倒せる程、あのシャドウは生易しくはない」

「確かにそうだが……」

 

明彦の言葉を聞くが、美鶴には迷いがあった。

自分達はシャドウに踊ろされたとは言え、洸夜を傷付けた。

ならば、今度こそ自分の目の届く所にいればそんな過ち等は起こらないのではないか。

そう心の中で美鶴は思ってしまい、それが彼女の迷いになってしまっている。

そして、そんな彼女に気付いたのか風花が洸夜は自分が見ていると伝えようと二人の傍に近付いた時であった。

 

「うぅ……美鶴……か?」

 

「洸夜!? 目を覚ましたのか?」

 

洸夜が目を覚まし、薄らと開ける瞳で美鶴を見た。

それに美鶴も声を掛け、近くにいた明彦と風花や総司と他のメンバーも洸夜の方を向き、美鶴は洸夜へ今の状態について説明しようとする。

 

「洸夜、今はーーー」

 

「……すまない」

 

「えっ……?」

 

説明しようとした美鶴の言葉を遮り、洸夜からでた言葉は謝罪の言葉であった。

陽介達の時とは違い、何処か悲しみと深い謝罪の念が感じ取れる。

しかし、美鶴達は洸夜に謝れる事はされていない。

寧ろ、謝罪をするのは自分達の方だと、明彦は洸夜へ言った。

 

「洸夜、謝罪するのは俺達の方だ。お前は謝罪するなと言ったが、少なくともお前が俺達に謝罪する理由はないんだ……」

 

親友への謝罪。

ただの謝罪は洸夜を傷付けると明彦は理解しており、直接ではなく感情でそう表した。

だが、洸夜は明彦の言葉に宙を悲しげな眼をしながら首を横へと振った。

その眼に涙を浮かばせて。

 

「違う……違うんだ明彦。全部、原因は俺だったんだ……全部、俺は知った……思い出した……すまない……!」

 

歯を食い縛り、涙を流しながら洸夜は深く美鶴達へ謝罪を続ける。

あまりの謝罪に思い違いとも思えないが、一体何に対しての謝罪なのかは美鶴も明彦もゆかりと順平ですら分からない。

それは他のメンバー達にも同じだったが、総司ただ一人だけは意味深に兄の事を見ていた時だった。

皆の背後から、声が響く。

 

『そいつは思い出したんだ。己の真髄、黒きワイルドの力の意味を!』

 

「洸夜さんの影……!」

 

「グルルルル!」

 

立ち上がり、此方の方に迫る洸夜の影に再び構えるアイギスとコロマルだが、一切のダメージが無かったかの様に洸夜の影は先程とは変わらない足取りで迫っていた。

 

「どう言う意味だ。お前は本当に知っているのか!」

 

『当たり前だ。俺自身がそうだったんだからな』

 

美鶴の言葉に小馬鹿にした様に返答する洸夜の影は、微かに瞳を開けている洸夜を一瞬だけ見ると静かに喋り始めた。

 

『お前達は見てきた筈だ。ここに来るまでにその男の過去を……』

 

「あの扉の事クマね」

 

クマの言葉に洸夜の影は頷いた。

 

『そうだ。だが、重要なのはその扉で見た内容だ。負の感情を中心とした嘗ての過去……その意味が分かるか?』

 

「分からないわよ。知ってるならとっとと言いなさいよ」

 

ゆかりが噛み付く様に返答するが、今までの洸夜の影の行動から考えればそれは仕方ない事だと言える。

そんなゆかりに対し、洸夜の影も対して何も思わずに鼻で笑い、話を続けた。

 

『俺は言った筈だ。負の感情も絆の一つだとな……孤独に生きてきた一人の愚者。他者に影響と色を与える黒き愚者。黒は全、全とは全てを意味する……正と負、どちらも欠けても黒のワイルドにはなりえない。クク、ここまで言っても分からないか?』

 

「……」

 

洸夜の影の言葉に誰も返す者はいなかった。

本当は分かっているかも知れないが、自信もない。

そして、そんな何も言わない美鶴達に洸夜の影は失望した目で見下した時であった。

 

「兄さんは正と負、その二つを力にしていると言う事だろ?」

 

口を開いたのは総司だった。

総司の言葉に皆が総司を見る中、洸夜の影も総司を見た。

 

『ほう、やはり気付いていたか……』

 

「兄さんの過去、そして美鶴さん達との一件やペルソナの暴走……そう考えれば納得できる」

 

既に答えに辿り着いているからか、総司の言葉に迷いは感じられない。

手探りで話している訳でもなく、総司は答えに辿り着いているのだ。

そして、辿り着いた者はもう一人だけ存在する。

 

「やはり、そう言う事だったのですね……」

 

「アイギス……君も分かっているのか? この事件の真相が……!」

 

静かに呟くアイギスに美鶴が聞く。

皆、答えが知りたいのだ。

何故、自分達が洸夜を傷付けてしまったのか、何故、それが自分達と洸夜の絆なのかが。

答えを求める仲間達、そして、そんな仲間達に答えを与えたのはやはり総司だった。

 

「本来、ワイルドを持つ人が絆を繋ぐ時、喜び等を分かち合い、その人と互いを理解しあって初めて出来る。でも兄さんは孤独で寂しかった。だから、兄さんは全てを繋がりにしてしまったんだ……憎しみや嫉妬等の”負の感情”さえも」

 

その総司の言葉に美鶴達のピースが勢いよく填まり出す。

ここまで見てきた洸夜の過去、それは別に辛い出来事をただ見せていた訳ではなかった。

洸夜のワイルド、黒のワイルドの力の片鱗を見ていたに過ぎなかったのだ。

 

「それじゃあ、洸夜のワイルドは……」

 

「……負のコミュを築く事で力を得て、それが色……つまりアルカナからペルソナを誕生させたんだ。本来の絆と共に」

 

明彦の言葉に総司は更に言葉を付け加えて伝え、その答えに美鶴達はショックを隠せなかった。

負を力、絆にすると言う事はそれはつまり自分達と洸夜の一件が意味するのは……。

 

「つまり、私達と瀬多先輩の一件は……」

 

「……はい。恐らく、総司さんがおっしゃれた様に負の絆だったのでしょう」

 

「マジかよ……そんなのって……」

 

順平は洸夜の影と総司が言っていた事を思い出していた。

月光館から言っていた洸夜の影の言葉、そこから全て真実しか言ってなかったのだ。

つまり、自分達は本当の意味で絆を否定した。

順平はもう、何が何なのか分からなくなってきた。

そして、そんな順平達を見て洸夜の影は歪んだ笑みを浮かべる。

 

『……漸く気付いたか。そうだ、あの時、お前等は『アイツ』の一件で傷ついていた。勿論、洸夜もだ……そしてその結果、ワイルドはお前等の心に反応した。ワイルドはお前等の心に応えたに過ぎん! 皮肉だが、その絆がお前の中で一番大きなモノでもあったがな』

 

「そう言う事だ。皆……全部、俺が招いた事だったんだ……被害者面して、俺は……自分が情けない……!」

 

己のシャドウの言葉に洸夜は涙を流し、美鶴達へ謝罪する。

自分が招き、余計な傷を残してしまった。

洸夜はそれが情けなく、全てを知った事で自分が許せなかった。

勿論、それは美鶴達も同じ事でもある。

 

「洸夜、あの事は偶然が重なってしまっただけだったんだ。だから、お前が一人で傷つく事も責める事はないんだ。私達にも責任ある……」

 

「洸夜、共に前に進もう。今度は俺達も一緒だ」

 

美鶴と明彦は漸く洸夜とちゃんと話すことが出来た。

二年と言う月日、それは長いものと見えるが短くも見える。

だが、少なくとも美鶴と明彦にはとても長く感じるものであったのは間違いない。

そして、そんな洸夜へ話す事が出来た二人を見て順平もまた涙を流し男泣きをしていた。

 

「うおぉ……うおぉぉぉ! よがったぜ先輩達ぃ……!」

 

「順平……」

 

「くぅ~ん……」

 

チドリとコロマルが心配し、順平に静かに近づこうとしたが泣き方が尋常ではなかった為、少し引いてしまい結局は後ろへ下がってしまう。

そんな光景に笑いや涙がある中、ゆかりだけはまだ洸夜へ近付けずにいた。

原因があったとは言え、引き金を引いたのは自分だとゆかりは分かっていた。

だから、直に洸夜の前に出ると不安で怖く仕方なかった。

しかし、美鶴も明彦も順平ですらケジメは付けた。

だが自分は逃げるか? 

 

(嫌! それはもっと嫌だ!)

 

ゆかりは心の中で叫んだ。

逃げて何になる、一番それが嫌ならば今、自分がする事は一つだろう。

ゆかりは覚悟を決め、洸夜の下へ行こうとしたその時だ。

周囲に洸夜の影の怒号が響く。

 

『笑わせるッ!お前等が和解した所で絆を否定したのは変わらん! そしてお前がペルソナをも傷付けた事もなあ!!』

 

「ッ!!」

 

洸夜の影の怒号により、ゆかりの覚悟はかき消され、洸夜もその言葉に怯える様に言葉を失った。

 

『あの一件、本来ならば今まで通りに絆となって終わる筈だった。だが、あの絆はお前自身ですら受け止める事が出来なかった。それどころか否定し、その結果、連鎖爆発の様に他の絆にも影響を与えた。それがペルソナ達の暴走だ! 正と負の絆によって生まれた仮面達、どちらかを否定すればペルソナ達は己の存在が維持できなくなるのは当然だった。ペルソナはずっとお前に助けを求めていたが、結局お前がそれに気付く事はなかったがな』

 

「そう言う……事だったのか……」

 

洸夜は今まで暴走したペルソナの事を思い出す。

消えたペルソナ達、そして暴走して消えて行ったペルソナ、その全てがただ暴走した訳ではなかった。

苦しんでいたのだ、絆が否定された事でそれによって生まれた仮面も否定された事になり、徐々に消滅して行く事で。

洸夜は美鶴に支えられたまま俯いてしまった。

ペルソナは裏切っていなかった、自分が勝手に否定し見限ってしまっていただけだった。

洸夜にとってそれは苦しい真実であり、その洸夜の様子に洸夜の影の雰囲気も変わった。

鋭利な戦いの雰囲気へと。

 

『もう良いだろ。どちらにしろ、これで終わりだ……!』

 

「ッ!? 力を溜めてる!? 攻撃に備えて下さい!」

 

風花が攻撃に気付き、皆にそれを伝えると明彦が単身、洸夜の影へ向かって行った。

 

「明彦ッ!?」

 

「撃たせる前に叩けば良い! 美鶴は洸夜を頼む!」

 

美鶴の制止も聞かずに明彦は突っ込み、カエサルを召喚し洸夜の影に挑む。

 

「行くぞカエサル!」

 

『ジオダイン!』

 

剣からジオダインを放つカエサル。

だが、洸夜の影は左手の盾を翳し、ジオダインがその盾に直撃し攻撃を防いだが、それだけでは終わらなかった。

盾に直撃したジオダインは消滅せず、そのまま威力で明彦へ迫る。

 

「反射系スキルクマ!?」

 

「真田先輩!?」

 

明彦の危機に叫ぶクマと風花。

だが、明彦はそんな攻撃には目もくれずにカエサルに対処させると、うずくまる形で一気に洸夜の影の懐付近に迫った。

 

「舐めるなよ。そんなオウム返しで俺をーーー」

 

明彦はそう言い返し、洸夜の影へ顔を上げた瞬間、明彦の世界がスローモーションに写る。

洸夜の影が的確に自分を捉え、右手である刀を振上げていたのが明彦の世界。

 

『言った筈だ。お前等の事は理解していると……』

 

明彦の動きは読まれていた。

どこにくるか、完全に読まれていたそれは例えるなら正に溜め攻撃がドンピシャで直撃するかの様。

 

「キントキドウジ!」

 

その直後、明彦のピンチにクマが援護を出した。

キントキドウジのミサイルが洸夜の影に直撃し、洸夜の影は怯み態勢を崩す。

 

『ッ!? 目障りだ……!』

 

ミサイルの爆煙を払う洸夜の影。

その隙に明彦は洸夜の影から距離を取り態勢を整えた。

 

「すまない。完全に油断した……!」

 

「気を付けるクマよ、アッキー! 大センセイのシャドウはアッキー達の事は知られてるクマ。クマの鼻もフウカちゃんの探知も制限されてるし、スタンドプレーじゃ勝てないクマ!」

 

クマと風花の探知は現在、相手のステータスを見抜く事ができない。

技が来るのは分かるが、大型シャドウの割に洸夜の影の技スピードは速く、サポートを直接的にも封じられ総司達には分が悪い。

それが洸夜の影の狙いでもあるのだから仕方ないのだが。

それを理解してか、明彦も気まずそうにしながらも悔しそうな表情で洸夜の影を睨んだ。

 

「ああ、それは反省するが……まさか、あそこまで見抜かれているとは……!」

 

あのシャドウは自分の二年間の努力を優に超えている事を認める気はない明彦。

だが諦めている訳でもなく、ふて腐れている訳でもない。

寧ろ、内側から沸々と熱い気持ちが溢れて来る。

純粋な戦士とした明彦の闘争心が燃えているのだ。

そして、明彦とクマが集まる中、残りのメンバー達が洸夜の影に追撃を加えていた。

 

「カーラ・ネミ!」

 

「メーディア!」

 

「アォーン!」

 

乾、チドリ、コロマルがペルソナで追撃し、アイギスは武装をフルに活用して戦いを行っていた。

 

「皆さん! 下がってください!!」

 

その言葉に傍にいたメンバー達がアイギスの方を向くと、彼女の手には束になった手榴弾が握られており、アイギスはそれを全力で投げ、それが洸夜の影に当たった瞬間に爆発する。

 

「やったか!?」

 

順平が思わずそう呟く、普通のシャドウなら木端微塵は間違いない。

だが、煙には大きな影が蠢いていた。

 

『どうした? 『アイツ』や洸夜がいなければ何も出来なのか?』

 

「……効いてませんね」

 

「恐らく、物理無効……」

 

煙や焦げは発生しているが、洸夜の影にはちゃんとしたダメージが見られない。

思わず嫌になりそうだが、メンバー達は構え、今度は明彦とクマもその中へ入って行く。

そして、それを総司は日本の刀を構えて見ていた。

自分も行かねばならないが、まだやる事があり総司は洸夜と美鶴の下へ行く。

 

「兄さん……」

 

「……総司。結局、俺はお前も巻き込んだんだな……お前が戦う覚悟をした時から、せめて二年前の事だけには巻き込まない様にしようとした俺自身が……守りたかった弟を巻き込んでしまった……ごめんな……!」

 

洸夜が再び戦う覚悟をした一番の理由は総司を守る事だ。

大切な弟が危険に晒されようとされる中、兄が何もしないでどうする。

過保護と思われるかも知れず、『彼』の一件も関係ないと言えば嘘だが、洸夜にとっていつまでたっても大切な弟なのも事実。

本当ならばペルソナやシャドウに関わって欲しくなかったのが本音だが、しっかりとした覚悟を持った弟を止める事は出来ない。

ならば、自分に出来る事は側で共に戦ってやる事、洸夜はそう己に言い聞かせていたのだが、目の前の現実に洸夜は己の無力、そして原因が自分と言う悲しさに打ちのめされてしまった。

側にいる美鶴と風花も心配を隠せず洸夜を見守るが、心が既に折られている洸夜は歯を食い縛り、絞り出すかの様な口調で己の心の淵を語り出した。

 

「寂しかっただけだったんだ……父さんも母さんも家にいない。両親と一緒にやる行事だって、一度も一緒に参加した事もなかった……周りを見るだけでも当時は胸が苦しかった……!」

 

「……」

 

総司は兄の言葉をただ静かに聞き続ける。

兄の本心、ずっと知る事の出来なかった真実。

総司はそれを己の心に深く刻ませ、美鶴と風花も総司が静かに聞いている事も手伝い、彼女たちも黙ってそれを聞き続けた。

 

「家にも誰もいなくて孤独だった、だからかな……出会った人達、その人達との出来事を俺はずっと繋がりの様に考えていた……良し悪し関係なく、そう思う事で自分が一人じゃなと実感出来た唯一の方法だったんだ……!」

 

天を見ながら洸夜は話を続ける。

本当なら一番、両親からの愛情が欲しかった時期も洸夜が物心ついた時には既に両親は多忙な毎日。

それ故に、自分が我儘を言えば両親が困ってしまう事も早くに学んでしまい、洸夜が両親に我儘を言う事が無くなって言ったのは必然であった。

 

「けどよ……散々、そうやって来たのに突然それを否定したら、そりゃペルソナ達も困るよな……結局、何もかも俺の自己満足なだけだったんだな……家族も……そして仲間も……」

 

そう言って洸夜は眼を閉じる。

まるで、もう終わりにしたいと言う諦めた感じに。

だが、今度はそんな洸夜に総司が語り始めた。

 

「兄さん。兄さんは少し一人で頑張り過ぎたんだ。兄さんが周りに迷惑かけない様に出来るだけ一人で背負い込んでいたのは俺も気付いてたし……勿論、父さんも母さんも」

 

「父さんと母さんが……?」

 

意外そうに聞き返す洸夜に、総司は頷いた。

 

「兄さんは覚えてるかな……かなり昔のクリスマス……」

 

洸夜と総司がまだ幼い頃、二人の両親はある事を考えていた。

ずっと息子達と一緒にクリスマス等を過ごしておらず、一度だけ何とか二人とも休みを得て家族でクリスマスを過ごした事があった。

しかし、休みを得たまでは良かったが何を息子達にプレゼントすれば良いのかと言う問題が発生してしまう。

残念ながら息子達の欲しい物は疎か、今流行りのゲームや玩具も分からない。

そんな両親が考えたのは自分達と同じ子持ちの同僚から聞く事で、今子供達の間で流行っているゲームがある事を知り、それを仕事仲間の協力で何とか洸夜と総司の分を確保する事に成功した。

そして、クリスマス当日に両親はそれを二人に渡し、洸夜と総司はそれに喜び両親も息子達の笑顔に肩を撫で下ろす。

日頃、相手をしてあげられず随分と寂しい想いをさせた。

それを分かっている為、息子達の笑顔が両親にとっては最高のプレゼントだった。

それから数か月、両親が帰宅した時は洸夜も総司もそのゲームをしており、更に嬉しく思えたある日の事。

両親が帰宅し洸夜と総司が眠る中、興味本位で二人のゲームを起動してみる。

話の種、そして息子達が嵌っているゲームはどんなものだろうかと思い、両親は機器を起動してゲームを見てみた。

だが、そこに写ったデータに両親は我が眼を疑った。

二人のやっていたゲームデータ、そこに写るプレイ時間が一時間も無かった。

そんな訳はない、自分達が帰ってきてはそのゲームをしていたのを両親は見ている。

だが、目の前の現実に両親は嫌な予感を覚えた。

 

それからある日、偶然母親が学校に行った時に保護者達と会話する中、母は洸夜のクラスメイトの男の子に洸夜の事を聞いてみる事にしたのだ。

嫌な予感が正しいかどうかを知る為に。

そして、そのクラスメイトの子の言葉に母は自分と夫の過ちに気付く。

 

『洸夜も、洸夜の弟も、そのゲームには興味ないって前に聞いた』

 

クラスメイトの言葉に息を呑み、母親は知ってしまった。

息子達は自分達に気を使っていただけだったのだと。

そして後に会った先生達の言葉に母親、父親は更に悩む事になる。

 

『洸夜くんは物覚えも良く、分からない子にも進んで教えてくれるんですよ』

 

『総司くん、この間の体育で活躍して美術でも金賞を取ったんです』

 

洸夜くんは、総司くんは、洸夜くんは、総司くんは、先生や他の保護者から聞かされる息子達の事。

昔、洸夜から総司との時間を作る様に言われ、総司の事は多少は分かっていたが洸夜の事は聞くこと聞くことが新鮮、驚きの連続。

 

『親御さんの教育が宜しいんですねきっと……』

 

そう言われ、母親も父親は何も言えなかった。

息子の評価は嬉しいが、その事が素直に喜べない。

なにせ、自分達は何もしていなかったのだから。

洸夜が一人で築いた評価、そんな洸夜に親らしい事をしてあげられただろうか。

お金だけを与え、本当に与えたかった物は与えられなかったのではないか。

生活の為の仕事とは言え、両親は息子達へ対しての愛情を与えられなかった事に後悔してしまった。

 

そんなある日の事、洸夜からお願いを両親はされた。

 

『行きたい学校がある』

 

進学校の事の相談なのに、両親はそれがとても嬉しかった。

息子の事が少しだけでも知れた気がしたからだ。

本当ならば、自分達の望む高校にして一緒に暮らしたかったのが本音だが、洸夜からの純粋な我儘はこれが初めての事。

そして、両親はそれを承認した。

 

そこまでの事を、洸夜が家を出た後に聞かされていた総司が洸夜に伝え、その後の想いを更に伝えた。

 

「母さん達はさ、ずっと兄さんに我慢させてから……将来だけでも困らない職に付けたかったみたい。だから兄さんが卒業した後に色々と考えて行かせたい大学、学ばせたい事があったけど、色々とあったから当時は兄さんに大学や就職もさせなかったんだって……多分、美鶴さんとのお見合いも……」

 

総司の言葉を三人は黙って聞き続ける。

一件、親の勝手な良い分だが、洸夜も総司もその真意は分かっており、総司は堪えきれずに笑みを零してしまう。

 

「うちの家族は皆、不器用だね。兄さんも、もっと話せばよかったんだよ。天城にも同じ事を言ったんだろう?」

 

悩む雪子に洸夜が言った言葉を、今度は悩む兄に総司がそれを伝えた。

そんな弟の言葉に洸夜も小さく笑みを浮かべた。

 

「本当だな……!」

 

漸く笑みを浮かべる洸夜に総司、そして美鶴と風花も嬉しく思えた。

あの一件から誰も洸夜に会えず、笑顔すら見る事はなかった。

だが、久しぶりに見れた洸夜の笑顔は昔から変わっておらず、安心したのだ。

そんな三人を見ながら、総司は預かっていた刀とペルソナ白書を洸夜へ渡すと、三人へ背を見せる。

 

「今度は俺が兄さんを守る番だ」

 

「ッ!? 総司!」

 

弟を止めようとする洸夜だったが、総司は走って戦いへ向かう。

 

『どうした! やはりそんなものかッ!!』

 

「乾! 踏ん張れッ!!」

 

「はいッ!!」

 

洸夜の影の刀を受け止めるカエサルとカーラ・ネミの二体。

体力切れとペルソナの過度でゆかりに回復してもらっているクマとチドリ。

そして、後方から援護射撃するアイギスだが物理無効によってダメージは与えれず、僅かに意識を自分の方へ向けるので精一杯。

 

「行くぞコロマルッ!」

 

「ワンッ!」

 

武器を構え、ペルソナと共に洸夜の影へ挑む順平とコロマル。

 

『『アギダイン!』』

 

洸夜の影へ放たれる二体のペルソナのアギダイン。

周りの空気を燃やしながら二つのアギダインは一つとなり、より巨大なアギダインとなって洸夜の影へ迫る。

しかし、洸夜の影は明彦と乾の相手をしながら順平とコロマルのアギダインに先程、カエサルの技を防いだ盾を翳す。

すると、巨大なアギダインは盾に吸い込まれる様な形で吸収されてしまった。

 

「なッ!?」

 

まさか、明彦と乾の相手をしながらも攻撃を防がれた事に順平は驚く中、コロマルがケルベロスと共に駆け出して行く。

 

「ワンッ!!」

 

『耳障りな……ソニックパンチ!』

 

洸夜の影は左手の盾を鈍器の様に使い、ケルベロスへ直撃させた。

その攻撃にケルベロスは消え、衝撃はそのままコロマルを吹き飛ばした。

 

「わんッ!!?」

 

「コロマル!? クソッ……!」

 

間一髪で順平がコロマルを抱き留めたが、その間にも洸夜の影は明彦と乾を追い詰めてゆく。

そんな二人を助ける為にアイギスはガトリング砲を出し、更に援護射撃を畳み掛けた。

 

「もう……誰も傷付けさせない!」

 

『ならば、お前が死ね!』

 

洸夜の影が首に付けている仮面のネックレス、その中の”隠者”の仮面が光った瞬間、アイギスの周りの空間が裂け、その裂け目から巨大な大筒の先端がアイギスへ向けられた。

裂け目からの一斉砲撃による全体物理技、洸夜のペルソナ『マゴイチ』の専用技であるその名は……。

 

『空間殺”砲”!』

 

裂け目の大筒がアイギスへ一斉に火を吹いた。

その一斉砲火にアイギスを足に火を入れ、空へ上がり回避する。

回避が難しい時は物理に耐性のあるアテナで防ぎ、洸夜の影へ銃器で反撃をするが、洸夜の影は口を大きく開くとその口内に光が洩れていた。

そして、その光景に風花がアイギスへ叫ぶ。

 

「逃げてアイギス! メギドラが来る!」

 

「ッ!」

 

風花の言葉にアイギスは気付くが、洸夜の影は空中のアイギスを捉えている。

やられた、そうアイギスが思った瞬間に総司が走って来ていた。

 

「イザナギィッ!!」

 

主の呼び声に応え、イザナギは大剣を洸夜の影の顔面目掛けてフルスイングをかました。

今からメギドラを放とうとしていた中での攻撃、その結果、洸夜の影の顔面は暴発し周囲に衝撃波が発生する。

暴発によって顔面から煙が立ち上る洸夜の影だが、総司達は下がって集まった。

 

「アイギス! 総司! 二人共大丈夫か!?」

 

「はい、総司さんのおかげで助かりました……」

 

心配する明彦とお礼を伝えるアイギス、だが総司は何も言わずにイザナギ同様に構えながら洸夜の影を睨む。

しかし、煙の中から金色の瞳もまた総司を睨み付けていた。

 

『どこま……でも……邪魔を……!』

 

「負ける訳にはいかないからな。お前には絶対……!」

 

互いに睨み合う双方。

そして、洸夜の影が仕掛けた。

 

『月影!』

 

「ジオンガ!」

 

両者でぶつかる大剣と大剣。

衝撃波と放電が重なり、周囲のフロアを削りとって行く。

しかし、両者はその場から動かなかった。

力がほぼ均等だからであり、総司も戦えると思った……だが。

 

ブシュッ!

 

「ッ! イザナギ!」

 

一本の槍がイザナギを"貫いた"のだ。

何が起こったのか分からない総司、しかし、原因はすぐに分かった。

洸夜の影の大剣、そこから生える様に真っ黒に染まった上半身だけのタムリンがおり、そのタムリンがイザナギを貫き、そのダメージが総司を襲う。

 

「グッ……!?」

 

貫かれたイザナギと同じ腹部に痛みが総司を襲い、思わず膝を付きそうになったが総司は耐え、前屈みになりながらも目線は洸夜の影から離さない。

 

「総司くん……!? この……!」

 

ゆかりが矢を洸夜の影へ放つ、だが、顔面に矢は当たったがカキンッと音を発しながら弾かれてしまう。

そして、そんな攻撃に洸夜の影の瞳が輝いた。

 

『黒の嘆き!』

 

洸夜の影の瞳から放たれた光を総司、そして総司を援護しようとしていた明彦達は浴びてしまう。

その直後、総司達は己の異変に気付いた。

 

「身体が……重い……!?」

 

「なんだ、身体に力が入らん……!」

 

総司と明彦は自分の身体に力を入れようとするも、上手くそれが出来ない。

勿論、アイギスや乾達も同じ現象が起きていた。

 

「ペルソナが召喚できません!?」

 

「ゴホッ! 身体が怠い……!」

 

「ヤロウッ! ぶっ■してやるクマッ!!」

 

ペルソナを封じられ、顔色も悪く、クマがキレている等、収拾がつかなくなってくる事態に離れていた為に難を逃れていた風花はユノで全員のステータスを見た。

すると、風花は目の前に映し出された光景に目を疑った。

何故なら、全員が何らかのバットステータスの状態になっていたからだ。

 

「全員がバットステータスに罹ってる!? どうして……!」

 

「さっきの光だ! そいつのさっきの攻撃は全員にランダムで状態異常にするって俺の仲間が言ってたんだ!」

 

驚く風花に十字架に吊るされている完二が事態を説明し、洸夜の影を睨む。

 

「それだけじゃね……そのシャドウ、まだ他にもーーー」

 

『黙っていろッ!!』

 

余計な事を言うなと言わんばかりに洸夜の影は完二の言葉を遮り、目を光らせると完二の十字架に衝撃が走り、完二の意識は途切れてしまった。

 

「ぐはッ!……ちく……しょう……!」

 

「完二……!」

 

苦痛の表情で完二の方を総司は心配しながら見るが、その隙を洸夜の影は見逃さない。

 

『終わりだな……メギドラ!』

 

先程とは違い、今度は一切の溜め無しでメギドラを総司へ放った。

バッドステータスの影響で周りの援護も間に合わない。

そして、メギドラは総司へ放たれ爆発した。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「ッ!? 総司ぃぃぃぃぃッ!!」

 

弟がメギドラに呑まれ、洸夜は何とか起き上がろうとするも身体に力が入らない。

総司は無事なのか、全員が心配する中で洸夜の影は勝利を確信した歪んだ笑みを浮かべている。

そして、煙が晴れて行き、全員が総司の安否を心配する中、煙の中から一本の閃光が洸夜の影へ放たれた。

 

『グウゥッ!!』

 

再び押し出される形で後ろへ飛ばされる洸夜の影。

攻撃をしたのは言うまでもなく総司だった。

ペルソナに守ってもらったのかイザナギはボロボロに見え、総司にも完全にダメージを防ぐ事は叶わなかった。

総司は肩で息をしながら、未だに洸夜の影から眼を逸らさないでいる。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

状態異常からのメギドラをくらっているにも関わらず、総司は膝を地に付かせる事すらしていない。

それどころか、武器を構え直しイザナギも主と共に洸夜の影へ何度でも挑もうとする姿に洸夜は耐えられなかった。

 

「もう良い……もう良いんだ! 止めろ総司ッ!! お前がそこまで傷付く事は無いんだ! 花村達を連れて皆と逃げろッ!!」

 

限界だった。

これ以上、弟と仲間達に傷付いて欲しくはない。

洸夜は胸が締め付けられる様な思いで総司へそう言い放った。

しかし、総司は動かない。

それどころか、総司は満足そうに笑えを浮かべ、洸夜へ振り向かずに己の想いを語り始めた。

 

「兄さん……俺にとって兄さんは憧れであり、いつか越えたい目標なんだ。両親がいなくても兄さんはずっと俺の事を気にかけてくれて、優しくて強くて……ずっと格好いい兄さんだった」

 

「だが、総司……お前も見たろ。俺の過去を……俺は本当はお前が思っている様な人間じゃない。本当は弱くてちっぽけな人間だ……」

 

洸夜のこの言葉は別に暗くなっているからとかが原因ではなく、目の前の事などを見ての思いだ。

強がった結果、自分を傷付け、それが周りにも招いてしまった。

それが目の前のシャドウだ。

自分がしっかり受け入れればそうはならなかったのに、洸夜は受け入れる事が出来なかった。

何だかんだで一番『彼』の死を受け入れられなかったのは自分なのだと洸夜は気付き、そんな自分が総司が言う程、誇れる人間ではないと分かっていた。

そんな兄の想い、しかし、それを聞いても総司は笑みを崩す事はなかった。

 

「それでも良いんだ……それでも、俺にとって"大切な兄さん"である事には変わらない」

 

そう言い、姿勢を真っ直ぐに伸ばす総司の後ろ姿に洸夜は、ふと考え込んでしまう。

こんなにも、弟の背中は大きかったのかと。

 

「俺は決して逃げない。だから……だから……兄さんも負けないでくれよ……過去にも今にも未来にも……そして"自分"にも……」

 

弟のその言葉に洸夜は何も言えなかった。

これ程までに情けない姿を見せた兄を、総司は未だに信じていてくれているのだ。

 

「立派な弟じゃないか、洸夜」

 

美鶴が総司の事を褒めるが、洸夜は未だに言葉が見つからなかった。

しかし、その時だ。

 

『ならばこれはどうだ?』

 

洸夜の影が総司目掛けて武器を構えていた。

止めを指す気なのだと一瞬で理解し、先程のダメージで動けない総司を見て、洸夜は己のシャドウへ叫んだ。

 

「やめろッ!!?」

 

『貴様は黙っていろッ! 弱者の見る夢!』

 

声をあげる洸夜に対し、洸夜の影は禍々しい金色の瞳で捉えると洸夜はガクンッと力が抜けた様に首を下にした瞬間、突如、顔を上げて発狂したかの様に叫んだ。

 

「ガアァァ……!? アァ……カハッ!」

 

「洸夜!?」

 

「兄さん!」

 

美鶴と総司、そして風花も心配そうに洸夜に近付く中、先程の洸夜の影の攻撃に明彦はホテルでの戦いを思い出す。

 

「今のは確か……ホテルでのやつか。精神攻撃の類だと思ったが……」

 

ホテルの屋上での戦闘で明彦は洸夜の影から、洸夜と同じ技を受けている。

自分のトラウマを見せられ、中々に強烈な技なのが印象的であった。

そして、明彦の言葉を聞いた総司達は反射的に洸夜の影を睨むが、洸夜の影は皮肉めいて笑い、先程の攻撃を説明し始めた。

 

『ハハハ……黒は他者へ大きな影響を与える。それはつまり、他者のトラウマも分かっているとも言える事だ。相手の心に干渉し、相手の最も辛い光景を見せる、それが『弱者の見る夢』だ!』

 

「つまり、洸夜さんにまた酷い事を……!」

 

毒状態で体力が減り、力が入らない乾が洸夜の影を強く睨み付けるが洸夜の影はそれを否定する様に首を横へ振る。

 

『違うな乾。オレは確かに洸夜に”弱者の見る夢”を放ったが、最初に放った時に見せたのは黒のワイルドの本質と美鶴達との一件の真実だ。そして今見せてるのも洸夜自身のトラウマ、つまりは実際にあった真実のみ。オレはあくまで、実際にあった真実しか見せてはいない』

 

恐らく、完二が最初に言っていた洸夜の受けた精神攻撃とは”弱者の見る夢”の事だ。

ずっとここにいた洸夜が己の事を知った理由も、シャドウの言う事が正しければ頷ける。

他者の事を知り尽くし、心にまで干渉、更にペルソナの力の全てを持っている大型シャドウに全員の表情も疲れが隠せなくなって来ている。

しかし、洸夜の影は休ませると言う事を知らず、刀を総司へ突き出した瞬間、美鶴も同時に走り出した。

 

「風花、洸夜を頼む!」

 

「は、はい!」

 

風花が洸夜を受け止めたかどうか確認せず、美鶴はアルテミシアを召喚させ洸夜の影へ鞭を振らせ刀へ巻き付かせると攻撃を総司から逸らせた。

 

「私が控えているのを忘れられては困る」

 

『……眼中になかっただけだ』

 

睨み合う美鶴と攻撃の影の間で火花が散る中、クマが全員に栄養が高くて有名なアムリタソーダ配り、状態異常を治そうと奮闘していた。

 

「ホラホラ! 早く飲むクマよ!」

 

「ま、待て! 自分で飲め……ッ! ガバババババッ!!?」

 

順平の口をこじ開け、クマはそのまま順平にアムリタソーダを流し込ませる。

時間が無い為にするクマの行動だが、流し込まれては堪らないと総司達は自分でそれを流し込んだ。

かなりキツイ炭酸が喉を攻撃するが、そんな事を言っている暇はない。

そして、自分達の身体が楽になるのを明彦達は感じ取る。

一体、原料は何のか気になるが、そんな呑気な事を言っている暇はなく、総司達は美鶴と合流を果たす。

 

「明彦、修行の成果はそんなものなのか?」

 

「まさか。まだまだこれからだ!」

 

そうは言う明彦だが、他のメンバーも洸夜の影に対してどう対処すれば良いか分からないのが心情であった。

先程からの攻撃も全てが効いている様に思えない。

このままでは軈て、押し切られるのが目に見えている。

だからと言って諦めた訳でもなく、全員が再びペルソナを召喚し洸夜の影と対峙する。

そんな、総司達がおかしいのか、洸夜の影はメンバーを見下す。

 

『これがワイルドの力だ。お前等が頼るだけ頼って見捨てた力だ……』

 

「なによ、それ。そこまで言う事ーーー」

 

『ならば否定できるのかッ! 『アイツ』便りで、その中にデスがいたと判明した時に何かしら言っていた貴様らが言えた事かッ!!』

 

「そ、それは……」

 

全員がその言葉に思わず言葉を詰まらせた。

何か言い返せる物はあったかも知れないが、それが出る事もなく、総司とクマを除くメンバー達が一々辛くなるような事しか洸夜の影は言わなかった。

だが、そんな洸夜の影に疑問を持つ者がいた、クマだ。

クマは何やら唸り声を出し、身体を揺らしながら何やら考えている。

 

「どうしたクマ?」

 

「まさか、諦めたとかじゃねえよな?」

 

総司と順平がクマに問いかけるがクマは首を大きく横へ振って否定した。

 

「違うクマよ! なんて言うか……あの大センセイのシャドウ、なんかシャドウらしくないっていうか……」

 

『ッ!?』

 

クマの言葉に洸夜の影の動きが変わる。

まるで、何か触れられてはいけない何かに触れられたかの様に見えるが、誰もそれには気付かなかった。

 

「シャドウらしくない……? しかし、あれはシャドウなのだろう?」

 

「シャドウなのは間違いないクマ。でも、な~んか腑に落ちないって言うか違和感って言うか……」

 

美鶴の言葉にも煮え切らないクマ。

ここの住人であるクマだから分かる何かがあるのかも知れない。

そう総司が思った瞬間、とても強い力が彼等を襲った。

 

『無駄話は止めだ。もう、終わりにしよう……メギドラオンッ!!』

 

突如、総司達の真上に光の塊であるメギドラオンが出現する。

見ただけでもドールマスターより威力が高いのが分かり、総司と美鶴達は一斉に散らばり、それとタッチの差でメギドラオンを落下し周囲を巻き込む様に爆発した。

 

「クッ……!」

 

「なんて威力……!」

 

ゆかりとチドリが顔を隠しながら爆風に悪態をつくが、その瞬間、避けながら総司、美鶴、明彦、アイギスが洸夜の影へ反撃を試みる。

ペルソナ達が全員、同じタイミングで洸夜の影へ武器を振り下ろす。

 

『アンチマハアナライズ』

 

しかし、洸夜の影は佇む姿のまま風に溶ける様にその姿が消え、総司と美鶴達の攻撃は宙に消えた。

 

「消えやがった!?」

 

「また探知妨害!? 一体、どこに……!」

 

順平と乾が辺りを急いで見回すが、姿は見えずどうしようもない。

総司と美鶴達は息を呑み、警戒に集中しようとした時、コロマルが何かに気付き風花と洸夜の方へ吠える。

 

「ワンッ! ワンッ!」

 

「ッ! しまった!? 風花さん、そこから逃げて下さい!!」

 

「えっーーー」

 

アイギスがコロマルの意図に気付き、風花へ退避を伝えるが風花やメンバー達が気付いた時には遅かった。

まるで何も学んでいないかの様に同じ戦法をされてしまった。

風花の背後から、先程とは逆再生の様に洸夜の影がその姿を現した。

 

『ギガンフィスト!』

 

右手の刀から蒼白い光がにじみ出て、風花ごと洸夜を殺そうする洸夜のシャドウ。

しかも、メンバー達は先程のメギドラオンの回避によって散っており、風花と洸夜から離れていた。

それでも仲間の危機に全員が駆け出すが、洸夜の影の攻撃準備は既に完了しており、どうあがいても間に合わないのは誰の目から見ても明らか。

それを悟ってか、風花は洸夜を抱き寄せて身を固め、ユノが洸夜の影へ立ちふさがった。

少しでも壁になろうとしているのだろうが、戦闘力が比無のユノでは何の壁にもならない。

だが、もう動き事は出来ず、仲間も間に合わないならば自分がどうにかするしかない。

風花は今度は自分が洸夜を守る為、自爆覚悟の様な気持ちで洸夜を守ろうとしているのだ。

 

「クソッ!」

 

「間に合ってくれッ!!」

 

追う者、ペルソナを向かわせる者、それぞれが何とかしようとする中、非情にも洸夜の影の刀は振り下ろされた。

 

「兄さんッ!! 風花さんッ!!」

 

総司の叫びが虚しく辺りに轟き、クマも叫ぶ。

 

「も、もう駄目クマよぉ~!!?」

 

虚しく木霊する弱者たちの叫び声。

結局、また自分達は守る事ができないのか。

美鶴達の心が圧倒的な無力に呑みこまれようとされた、まさにその瞬間だった。

 

『ゴッドハンド』

 

洸夜の影の攻撃がユノへ触れようとされた時、巨大な力の拳が上から降って来て洸夜の影に直撃し、その衝撃で洸夜の影は怯み、攻撃が不発となる。

しかも、洸夜の影にも当たり所が良かったのかダメージも入る。

 

『ガハッ!! な、何が……一体、どうしたと……』

 

それは此方が聞きたい、そう思ってしまう総司と美鶴達。

一体、何が起こっているのか聞きたいのは自分達の方だと言わんばかりに立ち尽くしてしまう。

攻撃したのが自分達ではないのだ、それならば誰だと言う事になる。

そんな総司達の気持ちを知ってか知らずか、洸夜の影は原因があると思われる背後へ振り向こうとしていた。

 

『誰だ……一体、誰がッーーー』

 

叫ぼうとする洸夜の影だったが、それは遮られてしまう事になる。

突如、バンッ!と最上階の扉が破裂音の様な音を発す程に強く開かれた瞬間、”黒く巨大な何か”が凄い勢いでフロアに侵入して来たのだ。

それが何なのか誰も考える暇なく、”それ”は洸夜の影の背後にそのままの勢いで接近すると、そのまま洸夜の影を吹っ飛ばしてしまう。

 

『ガアァァァァッ!!?』

 

結局、一体何が起こったのか分からぬまま洸夜の影は総司達の真上をアーチ状になりながら通過し地面と衝突する形で落ちてしまった。

そんな洸夜の影を全員が見る中、乾は先程侵入してきたモノの方を見た……そして、言葉を失った。

 

「えっ……」

 

目の前の”現実”が乾から言葉を奪った。

何故ならば乾が見た”それ”は、もうどこにも存在する筈がないからだ。

乾にとって”それ”は嘗て、母を奪った時に見たモノで復讐の象徴とも言えるモノ。

そう、それは巨大な”黒い馬”だった。

黒い馬に跨り、胸に剣を突き刺したモノ。

それを見た瞬間、言葉を失ったのは乾だけではなく、総司とクマを除く全員が言葉を失っていたのだ。

だが、美鶴だけが何かを悟った様な表情をしていた事には誰も気づかない。

 

「まさか……! いや、そんな……!?」

 

明彦も、突然の事に戦いの最中でありながら構えを解いてしまう程の衝撃を味わう中、遂にその時が訪れた。

 

「ったく……いつまでたっても世話の掛かる奴等だぜ! テメェらはよ!!」

 

気迫が混じった迫力の言葉と共に一人の青年が先程、黒い馬が侵入した事で半壊した扉からフロアへ足を踏み入れ、黒い馬も主の下へ向かう様に青年の隣へ戻る。

敗れたニット帽から飛び出す長髪、傷だらけの季節外れの赤いコートを纏い、そして何より、自分の身長よりもあるハルバートを片手で振り回す青年の存在感に総司とクマは息を呑む。

だが、他のメンバーは違った。

 

「は、はは……瀨多先輩と再会した時点で特別な日だとは思ってたけどよ、これは流石のオレッちも予想外過ぎるわ……!」

 

順平はおかしそうに笑い。

 

「もう、なにが起こっても驚かないわよ?」

 

ゆかりは呆れた様に言いながらも嬉しそうに笑みを浮かべ。

 

「えっ……えぇッ!!?」

 

風花は思考が追い付かず。

 

「なによ、生きてたんじゃない」

 

チドリはあまりに変わらず。

 

「ワン! ハッハッ!」

 

「コロマルさんも喜んでおります。かくゆう私も同意見であります……が、これはあまりにも予期せぬ事でした」

 

コロマルとアイギスも楽しそうに笑い。

 

「やれやれ、やはり来たんじゃないか? だが、遅すぎる。もっと早くこれたんじゃないのか?」

 

美鶴はあまり驚かずにそう呟く中、明彦と乾の二人だけは言葉が見つからなかった。

勝手に消え、勝手に背負い、勝手に一人で苦しみ続けていた勝手過ぎる男。

少なくと、明彦と乾はそう真っ先に思った。

そして、救いようのない程の大馬鹿野郎とも、明彦と乾はそう思いながらも込み上げる想いは隠す事は叶わなかった。

 

「……いつもそうだ、お前は。生きていたなら……そう言え……馬鹿野郎……!」

 

明彦は手で目元を隠しながらそう呟くが、手の隙間からは雫が漏れていた。

そして、乾もその青年を見ながら槍を強く握りしめていた。

 

「あなたは本当に卑怯でずるい……! ずっと守って、勝手に消えて……死んだと思っていたら本当は生きていた? 本当にずるいですよ……」

 

己の想いを言葉にする二人が想う目の前の青年。

そんなもう呼ぶ事が叶わないと思っていた青年の名を二人は呼ぶ。

 

「なあ、”シンジ”!!」

 

「”荒垣”さん!!」

 

「……フッ」

 

明彦と乾の言葉に青年『荒垣 真次郎』は小さく笑みを浮かべ、彼の仮面『カストール』と共に仲間達、そして、この世界(非現実)に舞い戻った。

 

 

End



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アルカナ異常

近々、NARUTO、ジアビスの小説を投稿するかもしれません。
勿論、ペルソナが最優先ですが。


同日

 

少し前……。

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【通路】

 

青年、真次郎は幽閉塔を駆け上がって行く。

立ちふさがるシャドウを薙ぎ払い、吹き飛ばして行き、自分の進む道に立ちふさがるモノに一切の容赦もしない。

目指す場所は親友の所、そこへ行くまでこの足を止める気は真次郎にはなかったが、一定の場所では思わず足を止めてしまう事となる。

そう、洸夜の過去を見せる扉だ。

フロア間を移動する度に見せられるその光景、それを見て行く中で最後の扉を潜り、新たなフロアに足を踏み入れると真次郎は足を止め、やるせない感じで静かに息を吐いた。

 

(俺が言えた義理じゃねえが、『あいつ』といい、お前といい、なんでそこまで自分を犠牲にすんだ。辛いなら辛いって言えや……馬鹿野郎……)

 

真次郎は嘗て、洸夜が自分を助けた事を思い出してしまった。

洸夜のペルソナが持つ特殊な力によって助かったこの命。

副作用によって体温調節もまともに出来ない身体だったがそれも治り、今では戒めに近い物として赤いコートを今も年中身に着けている。

それ程の力は負担が大きいらしく洸夜はその力を使った後、数日寝込み、それを見て真次郎は辛く、そして疑問が絶えなかった。

何故、そこまでして自分を助ける? なんで自分に生きろと言うんだと、横たわる洸夜に真次郎は何度も心の中で問いかけるが洸夜が答える事はなかった。

しかし、その答えをずっと洸夜が自分に言ったいたのを真次郎は本当は気付いていた。

親友だから、その苦しみを分かっているからこそ生きて自身で同類を作らない様に伝え続けろ等と、洸夜はよく言っていた。

真次郎自身もそれも一つの答えだとも思い始めていたが、天田乾への罪悪感がそれを許さない。

美鶴からも乾の一件は、乾の母親がシャドウに呑まれた結果、新たなにシャドウが発生し、荒垣がシャドウを倒さなかったら乾が死んでいたと言うが、そんな物は何の理由にもなる筈がない。

自分の力が引き起こしてしまった事を事故で片づけてはならない。

親のいない辛さを知っている自分がまだ幼い少年から、たった唯一の母親を奪い、自分の同類を作ってしまったのだ。

この世の誰が自分を許そうと、真次郎は決して自分を許さない。

それが真次郎自身の戒め、自分で己に巻き付けた罰。

 

そして、乾がS.E.E.Sに参加する事が決まった事を皮切りに真次郎も戻り、あの事件が起こった。

乾の母親の命日であり、大型シャドウとの戦いが起こった日に乾に呼び出された真次郎。

その理由を真次郎は分かっていた、母親を殺した自分への復讐の為だと言う事に。

この時、乾は既に荒垣が抑制剤によって短命だった事を知っていた、それを洸夜が治した事も。

洸夜を責める乾を真次郎は偶然にも立ち聞きする形で見てしまい、乾の想いを知ってしまう中、洸夜との会話で迷いが乾に生じてしまっていた事も知ったが、真次郎は最初から乾に殺される覚悟は固まっている。

唯一、その事で真次郎が心配なのは乾がちゃんと命を背負えるかと言う事ぐらいだ。

復讐の相手であっても命を奪う事には変わりはなく、その重さをしっかりと乾が理解出来るのか、本当にそれだけが心配だった。

まだ幼く、感情をコントロール出来るとは真次郎も思ってはいなかったが、命の重さを知る事に子供も大人も関係ない。

命日が近づくに従い、何処となく何とも言えない気分にもなった。

だが、それを察してか『彼』が真次郎に話しかける事も多くなる。

何を考えているかは分からないが、真次郎が『彼』を無視する理由もなく、何だかんだ一緒に過ごして行き、色々と充実した日々なのは間違いなかった。

 

だが、時は必ずその時を与える。

それが命日のあの日、とある場所に呼び出す乾、呼び出される真次郎。

とある場所、自分が殺めた命の場所、逃げようと、忘れようと何度もしたが無意識に訪れた場所。

 

『僕の母さんは殺された。あれは事故じゃない!』

 

『ここに来たって事は分かってるんでしょ? お前が母さんを殺したんだ!!』

 

『僕がお前を殺してやるッ!!』

 

耳に響く自分が生んだ復讐者の声。

残された者の叫び、亡くした者への想いによって奏でられる哀しき調べ。

やはり、洸夜の言葉でも乾を止める事は出来なかったのだろう。

乾を自分の同類にしたくなかったと言う想いが真次郎の中にはあったが、それは自分の弱さが生んだ感情だとし、真次郎はその思いを黙殺する。

そして、その調べを身体全体で聞く真次郎は、自分が思っていた事を乾へ語る。

 

 

自分を殺す事は構わない事、だが今は憎しみだけでも必ず命を背負う時が来る事を真次郎は乾へ伝える、自分がそうであった様に。

その言葉に乾は少し怯みが、槍を払い、誰が背負うか! と否定されてしまった。

だが、真次郎は分かっている。

必ず、乾も自分の様に背負ってしまう時が来る事を。

今のままでは潰れてしまうが、明彦や美鶴、そして洸夜と『彼』がなんとかするだろうと思いながら真次郎が覚悟を決めた後、乾の槍で自分は断罪されるだけだった……だが、その瞬間に”やつ”が来た。

ストレガのリーダー格、タカヤである。

銃口を乾と真次郎に向け、復讐の正当性やら何やら語るタカヤだが、同時に彼は乾が真次郎を殺した後、自分も死のうとしている事を見抜く。

真次郎を呼び、母の死んだ日にその場所にいる事で乾の中ではもう願いが叶ったにも等しくなっていた。

そんな乾にタカヤは”救い”を与えようと、銃口を向け、その引き金を指に掛け、銃声が辺りに響き渡った。

 

 

だが、乾に銃弾は届かなかった。

真次郎が彼の前に立ちふさがったからだ。

これで良い、そう言って目に前の現状に涙を流す乾に真次郎は言った。

……もう、自分の為だけに生きろと、それを伝え終わったと同時に駆けつけた明彦達の姿が見える。

悲しみの顔の明彦、信じたくないと言う顔の洸夜。

そんな”家族”の顔を見た瞬間、真次郎は微笑み、そして倒れた。

そんな真次郎が意識を途切れる瞬間に見たのは、タカヤに向かって行く洸夜と、自分と、そんな洸夜を見ながら困惑している乾の姿だった。

そして、荒垣真次郎と言う一つの命が終わった……筈だった。

 

(……だが、俺は生きていた)

 

病院に担がれた真次郎は奇跡に近い形で助かったのだ。

医者も驚く程だったらしいが、意識はまだ戻らない筈の真次郎は意識が戻り、目の前にいたのは理事長である幾月であった。

何故いるのかも分からず、あまり好感が持てる人物では思わなかったが、自分の生存を許せなかった真次郎は虚ろな意識の中、幾月に願った。

 

『俺……が生きている事は……隠してくれ。それ……が、アイツ等の為なんだ……』

 

自分がいては乾に何かしらの影響をまた与えてしまう、洸夜達にもきっと。

それでは解決できる物も出来なくなってしまう。

それだけは駄目だと、もう自分が皆の足を引っ張っては行けない、そう幾月に願い、真次郎は再び意識を失うがその間際、幾月の歪んだ笑みが印象に残る。

だが、次に目を覚ました時、真次郎は全てが手遅れである事を知る事になる。

 

 

真次郎が次に目を覚ましたのは、それから六ヶ月後の事だった。

意識が戻った真次郎を出迎えたのは慌てた様子で医師を呼ぶ看護師、そしてその後、桐条の者を名乗る黒服の男。

その黒服は幾月から通じ、今は亡き武治から真次郎の面倒を頼まれたのだと言う。

そして、その後に病室に案内され入って来たのは美鶴だった。

真次郎を見た美鶴は最初は目を大きく開いて驚いた後、今度は怒りになり真次郎と美鶴は少し揉めてしまったがその後に和解し美鶴は現状を真次郎へ説明した。

タルタロス・影時間の消滅が叶った事、だが、そこまで経緯の途中で幾月の裏切り、武治、ストレガ、『彼』の死があった事。

そして、洸夜が街を去ったと言う事実が真次郎へ伝えられた。

今になっては幾月の意図は分からないが、自分の生存を隠してくれていた事が確かなのは真次郎も理解はしている。

だが、それでも犠牲が多すぎた事に真次郎は多少なりともショックを隠せなかった。

特に『彼』の死には堪えるものもある。

短い時間だったとはいえ、気に入ってしまっていたのだ。

自分の作る食事を美味い美味いと言ってお代わりし、暇があれば自分と過ごした『彼』を。

自分の選択が間違っていたのかと思う真次郎だが、美鶴から細かい詳細を聞く限りではそんなレベルではない事を悟り、更に虚しくなる中、真次郎はある疑問を美鶴へ問いかけた。

 

『洸夜はどうしたんだ? あいつはただ本当に街を出ただけなのか?』

 

卒業したとはいえ、あの変な所で他人優先の洸夜がそんなあっさりと街から出て行くとは考えにくい。

真次郎は嫌な予感を察し、美鶴へ問いかけたのだが案の定、美鶴の表情は曇り、口を閉じてしまうが美鶴はすぐに洸夜の事を話した。

美鶴達と洸夜の一件、それを聞いた真二郎は馬鹿か、と怒りを表に出そうとしたが一番馬鹿なのは自分だと気付き、特に言う事をしなかった。

今、真次郎に分かっているのはもう洸夜も『彼』もいないと言う事。

そして、暫く沈黙する中、美鶴はこれからの事を真次郎へ語った。

二度と桐条の様な事態を招かない様に、シャドウ関連の事件を未然に防ぐ部隊の設立を考えている事を美鶴は真次郎へ話すと、真次郎もそれには賛成だった。

自分と乾の様な事はもう二度と起こしてはいけない。

ならば、今の自分に出来る事は分かり切っており、真次郎は美鶴へその部隊の参加を申し出るが、同時に頼みも申し出る。

 

『アキやアイツ等には俺の事は絶対に言うな。俺は裏方に回り、文字通り影からお前等を支える事にする』

 

誰からの評価や礼も要らず、純粋にこの世界の為だけに生きる。

それが真次郎の見つけた新たな罪滅ぼし、己への罰。

美鶴は予想通り反対したが、真次郎も生半可な気持ちで言っている訳はない為、美鶴を何とか説得し裏から支える事を承諾させた。

 

 

そして、『シャドウワーカー』の設立が完了すると真次郎は裏で動き始め、美鶴や黒沢からの任務を聞き行動する。

参加しているであろう明彦達には絶対に悟られな様に、最善の注意を払いながら。

荒垣 真次郎の新たなる戦いの扉はそう開いたのだ。

 

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

『ガ……ガァ……!』

 

洸夜の影が怯んでいるのを確認すると、真次郎は洸夜を抱える風花の下へ近付いて行くが当の風花本人は真次郎の登場に未だに混乱していた。

目をぱちくりしながら何度も真次郎を見つめる風花に、真次郎は気まずい雰囲気を隠しずらかったが何とか呑み込み、倒れている洸夜を見る。

 

「生きてんのかよ……洸夜?」

 

洸夜へ呼びかけるが、洸夜が真次郎へ返答する事はなかった。

ただただ目を閉じ、静かに倒れている親友の姿に真次郎は何とも言えない気分になってしまう。

そして、そんな真次郎へ風花は恐る恐るに話しかける。

 

「あ、あの……本当に荒垣先輩なんですか……?」

 

「……安心しろ、足は付いてる」

 

平然とそう返答する真次郎に、風花は本当になんて言えば良いか分からず絶句するしかなかった。

だが、そんな時だった。

 

「シンジ……」

 

「アキ……か」

 

声に真次郎が振り向くと、そこには家族であり親友である明彦と仲間達の姿があった。

全員が困惑の視線を向ける中、一番会いずらかった者もそこにはいた。

 

「荒垣さん……」

 

天田 乾、彼との因縁とも呼べる日から既に二年近く、あの事件からは更に経っていたが、自分の事を見る乾の瞳は何処か困惑の色を含むと同時に、何処か優しさも存在している。

そして、そんな乾の目線に真次郎は目を逸らさずに見詰め、全員に対して言った。

 

「言いたい事は分かる……けどよ、今はあのシャドウが優先だろ」

 

そう言って洸夜の影を見る真次郎。

その目線の先には今まさに立ち上がろうとする洸夜の影の姿があった。

先程の攻撃に真次郎は手を抜いてはおらず、寧ろ本気で挑んだがどうやら致命傷にもなってはいないのが分かる。

その様子に真次郎は思わず舌打ちをした。

 

「チッ……随分と丈夫なシャドウだな」

 

「まあ、兄さんのシャドウですから」

 

聞き覚えのない声に反応し、真次郎が声の主の方を見ると、そこには洸夜に似た灰色の髪と雰囲気を持つ少年が自分を見ていた。

初めて見る少年だったが、真次郎はすぐにその正体に気付く。

 

「話は聞いてる。お前が洸夜の弟だな……」

 

「はい、瀬多総司です。あなたが……荒垣真次郎さんですか?」

 

総司の言葉に真次郎の目元が少しだけ動く。

 

「俺を知ってんのか?」

 

「……写真で見ただけです。それに、あなたは死んだと聞かされていたので」

 

随分とハッキリ言う総司に、真次郎は洸夜の面影を見たのか破れているニット帽を被りなおしながら思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「それで間違っちゃいねえよ……俺は死んだ身だ。まあ、表上での話だがな」

 

「そう! そこっすよ! なんで生きてるんすか!?……アッ!? 今のは文句とかじゃなくて、なんで撃たれて生きているのかって言うか……死んだっつうより、葬式までしたじゃん!?」

 

真次郎の生存にパニクリ、頭で整理するよりも口が動いてしまっている順平。

よく喋る順平に真次郎は、相変わらずの様子に再び笑みを浮かべるしかなかった。

 

「その事は後で話すって言ったろ……ったく、相変わらず人の話を聞かねえ連中ばかりだな」

 

「そう言うな。皆、お前が生きているのを知らなかったのだから仕方ない……」

 

真次郎の言葉に平然と返す美鶴。

その美鶴の言葉にはまるで最初から真次郎の生存を知っていたかの様な口振りであり、明彦は今度は美鶴の方を見てしまう。

 

「美鶴!? お前、シンジが生きているのを知ってたのか! なんで黙ってた!?」

 

「……美鶴を責めんな。全部、俺が頼んだ事なんだ……これが終わったら全部話す」

 

「……今度こそ本当なんだな?」

 

やはり少し疑いの目で見る明彦。

散々、好き勝手して最後には勝手にいなくなり、そう思っていたら本当は生きていた。

そんな事ばかりをしていた真次郎を疑うなと言える方が難しい。

また、勝手に何処か行ってしまう可能性だってあるからだ。

そんな明彦の想いを悟ったのか、真次郎は黙って、ああ……とだけ言うと、チラリと乾を見て言った。

 

「もう、逃げねえよ……」

 

そう言って、今度は倒れている洸夜へ再び真次郎は視線を送った。

 

(随分と掛かったが……戻って来たぜ、洸夜)

 

今度は自分が親友を守る番であり、漸く背負っていたもう一つの重き荷を下ろす時が来た様だ。

真次郎はハルバートを強く握り直し、集中力を高めようとした時であった。

洸夜の影の咆哮が辺りに響き渡る。

 

『ガアァァァァァッ!! シンジィ……ロウゥゥゥゥゥッ!!!』

 

大気が震え、耳にがキィィンとなり思わず耳を塞ぐメンバー達を他所に、洸夜の影をただの大型シャドウとしか見ていない真次郎は、相手が自分の名前を呼んだ事に驚きを隠せなかった。

 

「あのシャドウ……俺を知ってんのか? そう言えば、洸夜のシャドウとかさっき言ってたな……」

 

先程の総司の言葉を思い出した真次郎は、その詳細をしる為に総司と美鶴達を見るが、メンバー達は真次郎の視線に合わせる様に道を開くと、最後に真次郎の先に写ったのはクマであった。

皆の意図が分かっているからか、クマはやれやれと言った感じだ。

 

「ハァ~今回は本当に説明が多いクマね……」

 

「ッ!? な、なんだ……ぬいぐるみが喋ったのか……!?」

 

目の前のモフモフした存在に息を呑む真次郎。

何故、こんな物体が此処にいるのか、何故に誰も何も言わないのか不思議でならない真次郎は未知との遭遇に思わず手を伸ばす。

 

「ってコラ! お触りは厳禁クマよ!」

 

御安くはないらしく、真次郎から離れるクマ。

ちゃんと意志を持ち行動している物体に、真次郎は半分絶句しながらも謝罪した。

 

「あ、あぁ……すまねえ……」

 

「まあ、良いクマ。そんじゃあ説明するけども……」

 

クマはもう何度目かの説明を真次郎へ話す。

説明係となり始めている自分を理解してなのか、何だかんだで丁寧にクマは説明し終えると、真次郎は事態の真相が分かった事で一呼吸入れるが、様子は至って冷静であった。

 

「……つまり、あれは洸夜でもあるのか」

 

「それだけじゃありませんよ? 洸夜さんのペルソナ全ての力を持っているんです、あのシャドウは……」

 

乾の瞳が洸夜の影を睨むが、真次郎は至って冷静な表情を崩さない。

 

「だから……洸夜なんだろ?」

 

まるで乾の言葉に何とも思っていない真次郎。

嘗めているのか、恐怖が麻痺しているのかは分からないが、少なくとも真次郎は洸夜の影に恐怖を持っていないのは確かだ。

真次郎の強さは皆も知っているが、それは既に二年前の事。

やはり、少し不安を覚えてしまうのは仕方なかったが、そんな不安の中で洸夜の影は止まる訳が無かった。

 

『ガアァァァァァ!!』

 

真次郎の生存が余程、精神的ダメージにでもなったのか、洸夜の影の動きが先程よりも乱暴的になっていた。

咆哮しながら突っ込んでくる洸夜の影に全員が構える中、洸夜の影の姿が歪むとそのまま景色に溶ける様に消えた。

 

「またクマッ!?」

 

「皆、広がれッ!!」

 

クマの叫びと同じタイミングで明彦は、固まる事で一網打尽にならない様に全員にそう言い放ち、総司と美鶴達はバラけた。

その中で真次郎だけは動かなかったが、まるで何かを探るかの様にメンバー達の場所を確認していた時であった。

真次郎の目線の先にゆかりが写った瞬間、真次郎は彼女に向けて腹の中から叫んだ。

 

「後ろだッ!!」

 

「ッ!!」

 

真次郎の声に驚き、ゆかりへメンバー達は視線を向け、ゆかりも反射的に動こうとしたがそれよりも先に動いたのは叫んだ真次郎だった。

 

「カストール!」

 

真次郎はペルソナを召喚するとカストールをそのままゆかりの方へ突っ込ませ、彼女の背後へカストールの馬が体当たりをすると、見えない何かにぶつかった瞬間、周囲に怒号が響く。

 

『ガアッ!! シンジロウッ!!!』

 

見えない何かの正体は洸夜の影だった。

カストールの体当たりを受け、洸夜の影は姿を現すと後ろへ飛んでカストールから距離をとる。

そんな洸夜の影を逃さないと言わんばかりに真次郎は睨み付けるが、ゆかり達には現状を理解する事が出来ず、明彦が真次郎へ説明を求めるのは当然であった。

 

「シンジ……! お前、なんであのシャドウの場所が分かったんだ!?」

 

「ま、まさか……探知タイプクマか!?」

 

クマは真次郎が風花以上の探知タイプなのではないかと思ったが、真次郎はそんな彼等に視線だけを向けるとそれを否定した。

 

「んな器用な事できるか……ただ、洸夜ならそうすると思っただけだ」

 

真次郎は洸夜の戦い方を知っている。

必ず最初は補助を狙うのが洸夜であり、先程は探知の風花を狙ったが失敗した時点で別の人物を狙うのは分かっていた。

回復が可能な美鶴かゆかりのどちらかだが、戦闘力が高い美鶴を狙うのはリスクも高い。

ならば、狙うのはゆかりなのだ。

真次郎はそう言うと、視線を元に戻すが順平達にはそれだけでは納得できないものがある。

 

「い、いくらなんでもそれでけ出来るもんなんすか!?」

 

「言いたい事は分かりますけど、そう上手くいくものなんですか……」

 

はっきり言って順平と乾達は洸夜の影に押され気味なのは事実であり、簡単に言えば自身がなくなっていた。

勿論、それは他の一部のメンバーにも言える事でもある。

異常な力、そして自分達を知っている洸夜の経験に自分達は勝てないのではないかとすら心の隅で生まれ始めてもいる。

順平と乾が思わず下を向いてしまう……その時だった。

 

「情けねえ顔してんじゃねえッ!!」

 

辺りに真次郎の怒号が響き渡る。

あまりの怒号に全員が顔を上げ、総司も無表情ながらも驚いたのか身体が少し傾いてしまっていた。

そして、真次郎はメンバー達の方へ向かず、洸夜の影を見詰めたまま口を開く。

 

「テメェ等は一体、こんな訳の分かんねえ所まで来てなんで戦ってんだ? 謝罪か? 自分達が生き残る為か? どれも違うだろが……洸夜を助ける為なんじゃねえのか! ふざけた事を言う前に自分のやれる事をやりやがれ!!」

 

真次郎の一喝に全員の目に再び覚悟が目覚め始めた。

確かに、自分達は洸夜を助けたい、そしてもう一度だけ皆と笑いあいたいと思った筈。

彼等の目にはまだ迷いもあるが、戦う気持ちの火はまだ消えてはいない。

しかし、風花だけはそんな単純な問題ではなかった。

 

「で、でも私……能力を封じられてるから、皆の役には……!」

 

ジャミングによって風花の探知は意味をなしていない現状、戦闘能力を持っていない風花にはそうそうどうにか出来るものではない。

それは真次郎も分かっているらしく、少しだけ視線を風花へ向けるがすぐに元へ戻してから口を開いた。

 

「お前だけに言えた事じゃねえが……テメェ等、心のどっかでまだ迷ってんじゃねえのか?」

 

振り向かない真次郎の言葉に全員の動きが止まり、真次郎はそれを知らぬまま更に続けた。

 

「自覚があるないは関係ねえ、だが、ペルソナは心の力……テメェ等はまだ、どっかで洸夜には勝てねえ、洸夜への申し訳なさ……そんな無意識な迷いが力を乱してんじゃねえのか?」

 

「だが、真次郎……あのシャドウは私達について知り過ぎている。全て、見透かされてる……」

 

美鶴は思わず弱音を漏らしてしまった。

あの時の一件がここまで大きくなってしまった事実、それは美鶴達を惑わしてしまうのに十分な力。

しかし、真次郎はそんな美鶴の言葉に可笑しそうに微笑んだ。

 

「らしくねえな美鶴。お前がそんな弱音を吐く様な奴かよ……迷ってんなら、そこで倒れている奴が誰なのかよく見てみろ」

 

その言葉に全員が風花の傍で倒れている洸夜へ向かう。

何の反応もせず、静かに眠っている洸夜。

こんなに弱弱しい洸夜は初めて見たぐらいに、メンバー達は何処か不思議な感じを覚え、真次郎は話を続ける。

 

「そいつは誰だ? ただの壁か? ただの戦力か? ただの洸夜か?」

 

次々に言われる真次郎の言葉にメンバー達は気付き始め、その言葉を否定して行く。

只の壁な訳がない、只の戦力でもない、勿論、只の洸夜な訳がない。

無意識に全員の手に力が入る。

そして、その言葉にゆかりの目に涙が漏れ出してしまう。

 

(荒垣先輩の言う通りだ……瀬多先輩も……洸夜さんも『彼』や皆と同じ、大切な人。そんな当たり前の事を忘れてて……順平みたいに謝罪もしないで……ごめんなさい……ごめんなさい洸夜さん!)

 

口を押え、声が漏れるのを防ごうとするゆかりは溢れる涙と共に思い出も次々に蘇ってしまう。

迷いや恐怖でペルソナを召喚が出来ず、ゆかりが『彼』を助ける事が出来なかった時も洸夜は彼女をフォローしていた。

初めて寮に来た時、洸夜はゆかりに順平の時の様な事を思っていたが、父の事を知りたがっていたゆかりの覚悟に負け、特には何も言わなかったがちゃんと彼女に優しく接してあげていた。

当時、周りに壁を作っていたゆかりにとって洸夜は鬱陶しいと思っていた。

ただ先輩風を吹かしたいのか、上下関係を示したいのかとか当時のゆかりはそう思っていたが、ペルソナを召喚出来てからのタルタロスで彼女を洸夜がシャドウの攻撃に庇って怪我をした事で見る目は変わった。

左手から血を流す洸夜を、ゆかりは心配し焦りながら謝罪するが洸夜は笑いながら許し、そんな洸夜にゆかりは頭がおかしい、変な奴と思ってしまったが、それよりも先にでた想いは今までに思っていた事への謝罪の想い。

それからだ、恋愛感情まで覚えなかったが、兄の様な暖かさを洸夜から感じてしまったのは。

 

「うぅ……あぁ……!」

 

あの時の事を思い出し、ゆかりの口から遂に声が漏れてしまう。

皆も気付いていたが、敢えてそれには触れなかった時だ。

 

『ガアァァァァァッ!! ナンデ生キテんだッ! ナンで、お前がガ……!』

 

口調や行動が荒々しく、そして理性のない洸夜の影の姿に真次郎は笑みを浮かべてハルバートを構える。

そして、首を横に向いて明彦達を見て言った。

 

「俺に見えたのは……親友の危機だ。だから俺は戻り、戦うんだ……」

 

真次郎はそう言うと、ニット帽を被り直した瞬間、目を大きく開き叫ぶ。

 

「オラァァァァァァァッ!!!」

 

叫びと共に洸夜の影へ向かって行く真次郎、そして彼の仮面カストール。

洸夜の影も向かい討つ形で剣を振り、真次郎とカストールとぶつかった。

そんな光景に総司とクマは、首を鳴らしてアップをすると刀と爪を構えた。

 

「クマ!」

 

「分かってるクマよ!」

 

互いに呼びあって総司とクマは真次郎に続けとばかりに突っ込んで行き、そんな彼等の光景に美鶴達も互いに頷きあい倒れている洸夜を見た。

瞳を閉じ、傷付いて倒れる洸夜の姿が美鶴達に覚悟を思い出させ、全員は互いに頷きあい、洸夜の影へと向かって行った。

 

『凍えろ……ニブルヘイム!』

 

総司と真次郎へニブルヘイムを洸夜の影は放ち、巨大な氷が彼等へ降り注がれる中、クマがキントキドウジと共に前に出た。

 

「させないクマ!」

 

クマはキントキドウジのミサイル攻撃を放ち、そのままニブルヘイムへとぶつけて氷を砕いた。

しかし、それは所詮は氷山の一角であり、まだまだ巨大な氷が総司と真次郎へ迫り、二人はペルソナを召喚し氷へ向かった。

 

「イザナギ!」

 

「カストール!」

 

イザナギは大剣からジオンガを放ち、カストールは馬の角に力を集中させてヒートウェイブを放つと、一点と広範囲の攻撃が上手く直撃して氷は完全に砕けて総司と真次郎に当たらないまま地面に欠片となって降り注がれる。

そして、真次郎はそんな総司に攻撃を見え驚いていた。

 

(ペルソナに迷いがねえ。あの歳で既に覚悟は固めてるのか……!)

 

自分はこの時、迷ったり後悔ばかりしていたが目の前の少年は違った。

躊躇いもなければ遊び気分も感じさせない真剣な総司の表情を見て、真次郎は無様な戦いを見せまいと追撃を緩めなかった。

 

「カストール!」

 

主の命に先程よりも強い光を角に集め、それを洸夜の影目掛けて突進しようとした時だった。

洸夜の影は盾を横にして鋭利に向けると、それを攻撃によって隙が生まれた真次郎へ薙ぎ払う形では放ち、真次郎は咄嗟に武器で防ごうとした。

だが、洸夜の影の盾は真次郎に当たる前に、鎖の様な何かが絡めとってしまう。

 

「アルテミシア!」

 

盾を防いだのは美鶴のアルテミシアの鞭だった。

盾を絡めとった鞭から氷が発生し、有無を言わせる前に盾を氷結させた。

 

「なんだ、腑抜けてたわりにはいい攻撃じゃねえか?」

 

美鶴を見て小馬鹿にする様に真次郎は言い、美鶴もそれに対し笑みで返した。

 

「なに、ウォーミングアップは先程で終わったと言うだけだ」

 

「義姉さんのウォーミングアップは遅い……」

 

意味はなかったのだろうが、総司は美鶴達とは違う明後日の方を向きながらそうボソリと呟いた時だった。

突如、総司の頭を何者かに掴まれ、錆びた機械の様な動きで後ろを振り向くと、そこには片手で自分の頭を掴んでいる美鶴がいた。

怒りの笑みと言う器用な表情をしている美鶴は、総司の目を見て一切彼から視線を外さないでいた。

 

「聞こえている。どうやら君は随分と余裕の様だな……」

 

「……」

 

美鶴からの視線に言葉を出さない総司、恐らくは照れによる怒りだと思うが美鶴の表情を見る限りでは言わぬが花だ。

しかし、何を思ったのか総司は余計な事を口走ってしまう。

 

「その照れてる姿を見せたら、兄さんもイチコロですね……義姉さ---」

 

「ふんッ!!」

 

美鶴の握力が火を噴いた。

怒っているのは分かるが、それでも美鶴の顔は赤くなっており、やはり照れていた。

しかし、忘れてはならないのが今は戦闘中だと言う事。

馬鹿な事をしている二人を見ていた真次郎が事態に気付き、咄嗟に叫んだ。

 

「上だッ!!」

 

真次郎の叫びに総司と美鶴が上を向くと、そこには今まさに自分達に剣を振り下ろそうとしている洸夜の影の姿がそこにあった。

やばいとは二人も流石に感じた、しかし、洸夜の影の顔が突然、爆発を起こして攻撃は放たれる事は無かった。

 

「アイギス! そのまま援護を頼むぞ!」

 

「了解であります!」

 

総司と美鶴が空から声が聞こえたと思い、上を見るとアイギスが空を飛びまわりながら援護射撃を繰り出し、明彦はペルソナを出さずに全力ダッシュで洸夜の影へ向かっていた。

そして明彦は、そのまま洸夜の影の羽織を掴みながら一気に洸夜の影の顔に接近すると全力の拳を放つ。

洸夜の影も向かい討つ言わんばかりに顔を後ろへ逸らし、そのまま頭突きの様にして明彦を迎え撃った。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

『目障リなァァァァァァァッ!!!』

 

ぶつかり合う両者の一撃は辺りに轟音と衝撃を生み、互いの押し合いが始まった。

物理無効を持つ洸夜の影だが、明彦ももう勝ちを与えるつもりはなかった。

明彦は目を一瞬だけ閉じ、カッ!と開けた瞬間、腕に血管が浮き出た。

そして、明彦の瞳に火が灯る。

 

「ウゥゥゥゥゥ……オォォォォォォォッ!!!」

 

明彦は物理無効など関係ないと言わんばかりに押し、洸夜の影の態勢が崩れて後ろへ倒れはじめた。

更に真次郎は”拳の心得”で更に強化して駄目押しし、一気に行った。

 

「ドリャアッ!!!」

 

明彦は拳の力を一気に放ち、洸夜の影を殴り倒してしまった。

周りに砂埃を発生しながら倒れる洸夜の影も、その衝撃に思わず口から息を吐き出してしまう程に。

 

『ガハッ!!』

 

「今だ! 一気に叩け!!」

 

明彦の号令に何処からともなく現れた順平、乾、コロマル、チドリは己のペルソナと共に倒れた洸夜の影の真上から追い打ちを掛ける。

アギダインとジオダインをペルソナに放たせ、順平達は上から更に袋叩きを喰らわせる。

物理無効持ちだろうが関係なく、休ませないのが重要。

しかし、洸夜の影もやられているばかりではなく、再び背景に溶ける様に姿を消してしまった。

 

「またジャミングです!」

 

「バラけろ! 互いをカバーしあえ!」

 

アイギスと真次郎が警戒を促し、皆が周りを警戒する中、それを見ていた風花にも変化が起こった。

皆、先程までよりも動きが変わり、洸夜の影と互角の戦いになっている。

それならば自分はどうか、風花はユノの力を集中させて瞳を閉じた。

ただひたすらに集中し、己の力を信じるのみ。

風花は今、自分の持てる力を極限まで出すかのようにしてユノから得られる情報を受け取る。

目の前の光景、皆がまたシャドウを探している。

やはりユノでも分からないが、風花は諦めずに集中し、そしてその時は訪れた。

 

「!」

 

風花のビジョンにある違和感が発生した。

目の前の光景、その中で順平の後ろで陽炎の用に僅かに歪む存在を見つけたのだ。

気づけば、風花は叫んでいた。

 

「順平くん! 後ろにいる!」

 

風花の言葉に全員が順平の後ろに視線が集まり、順平本人も動こうとした時だった。

一本の矢が順平の背後に放たれ、何もない空間に刺さり、浮いている様になる。

 

「とっとと出てきなさいよ!」

 

先程とは変わり、今度は弾かれずに洸夜の影に矢を当てたゆかり。

そして、その攻撃により洸夜の影が苦しみの叫びを放ちながらその姿を現した。

 

『ガアァァァ……! なンナんダ……さっキよリも……!』

 

そう言って洸夜の影は美鶴達、ゆかり、そして風花を睨み付ける。

先程までとは力が違う、真次郎の出現に何かが変わったのだ。

そして、その風花の探知には順平も声を出して喜んだ。

 

「やったな風花! こっからが俺達全員での反撃だ!」

 

「うん!」

 

順平の言葉に頷く風花、そしてその光景に互いに美鶴達は頷きあってそのまま洸夜の影を見る。

もう、先程とは違う、迷いを斬った今が攻勢の時なのだ。

全員が身構え、攻撃を行おうとした時だった。

突如、洸夜の影からドス黒い闇が溢れだし、洸夜の影の瞳から光が放たれた。

 

『■■の戯れ』

 

洸夜の影から放たれた光は総司、明彦、ゆかり、チドリを捉え、彼等を包み込んだ。

光は黒から青に変わり、その青い光に包まれた総司達は困惑しながらも己の状態を確認した。

直接的なダメージがないならば、これは状態異常なのは間違いない。

だが、風花とクマから見ても総司達に状態異常は存在していない。

ならば、今の光はなんだと言う話なのだが、その答えを語ったのは十字架に縛られる皇帝であった。

 

「ち、ちげえ……んだ……!」

 

「あっ!? カンジ!」

 

洸夜の影に気絶させられた完二が十字架から目を覚まし、縛られながらも苦しそうに何かを総司達に伝えようとしていた。

 

「じょうたい……いじょうじゃねえんだ……あ、あ……!」

 

「完二! 無理はするな!」

 

青い光を纏いながら総司は完二の身を心配するが、完二はそれでも何かを伝えようと力を振り絞った時だった。

顔を上げた完二が見たのは、今まさに総司達へ剣を横へ向けて振ろうとしている洸夜の影の姿、その姿に完二は叫んだ。

 

「避けろぉぉぉぉぉッ!!」

 

完二は叫ぶが、総司達が気付いた時には遅かった。

既に洸夜の影の攻撃準備終わり、剣を横へ振って青色の衝撃波を総司達に目掛けて放つ。

 

『愚者の戯れ』

 

放たれた衝撃波、全員は武器とペルソナで防御をする。

そして、衝撃波が彼等を襲った。

 

(ぐっ!……ってあれ?)

 

身体を縮めて防御をとり、己を襲うであろうダメージを覚悟していた順平だったがダメージは殆どなく、強い強風程度の技にしか感じられなかった。

周りはどうなのだろうと、順平は皆を見るが他のメンバーも自分と同じ感じなのだと分かり、ただのハッタリなのだと思った時だった。

その場に倒れる者達がいたのだ。

それは総司、真次郎、明彦、ゆかり、チドリの五人、そう先程、真次郎を除けば謎の光を浴びたメンバー。

 

「ガッ!?」

 

「なん……だ……と!」

 

「あう……!?」

 

膝を付いたり、その場に倒れる総司達に美鶴達は驚きを隠せない。

 

「明彦! 真次郎! 総司! ゆかり……チドリ……一体、なにが」

 

先程の攻撃を受けたのは間違いなく全員、違いがあるのは最初の技を受けたかどうかと言う点だけ。

最初の技に何かあるだと思う中、完二が再び叫ぶ。

 

「そいつが変えたのは……”アルカナ”だッ!!」

 

「アルカナ……? まさかッ!?」

 

ペルソナやシャドウの存在を示すアルカナ、その意味や存在は理解していたが一体、完二が何を言いたいのかはまだ分からないメンバー達だが、風花を一言呟くと何かに気付き、急いでユノで倒れたメンバー達を調べた。

集中して調べるのは主に、彼等のペルソナのアルカナだ。

そして、風花は完二の言葉の意味を知った。

 

イザナギ:*法王*

カストール:法王

カエサル:*法王*

イシス:*法王*

メーディア:*法王*

 

ダメージを受けたメンバー達のペルソナのアルカナが”法王”に統一されたいたのだ。

元々のアルカナが法王であるカストールには見られないが、他のメンバーには見た事のないエラーの様なマークと共に法王のアルカナにされていたのだ。

風花は完二の言葉、そして先程の攻撃の意味を知った。

 

「アルカナの強制変更!? いや、アルカナ異常!?」

 

「どういう事ですか、風花さん! 説明して下さい!」

 

そうとしか言えない風花の言葉、それに乾が説明を求めた事で風花を説明を皆にした。

恐らく、最初の攻撃はアルカナを変更させる技、二回目の攻撃は指定したアルカナだけの者全員を攻撃する技。

そうじゃなければ、最初の攻撃を受けていない真次郎の事が説明できないからだ。

風花の説明を聞き、残ったメンバー達に緊張が走った。

 

「ア、アルカナ変更なんて……聞いた事ないクマよ!?」

 

「アルカナ異常の方が正しいかも知れませんね……ワイルドのシャドウ、その真髄と言う事でしょう」

 

「グルル……!」

 

クマは困惑、アイギスは冷静に分析、コロマルは唸る等の様子だが、ハッキリ言って辛い事は皆同じだ。

そして、攻撃を受けたメンバー達も何とか立とうとするもダメージが大きく、チドリも回復が間に合っていなかった。

そんなメンバー達に美鶴とクマは回復の為に駆けつけ、風花もユノの『癒しの波動』で出来る限りの回復を試みた。

その間に戦える順平、アイギス、乾、コロマルが前に出て洸夜の影に対峙した。

皆を見下す洸夜の影、そんなシャドウを総司は倒れながら見上げる。

 

「くッ……! まだだ……!」

 

『そウだ、マだだ! 死の絆……キズ……ナ……!』

 

狂ったかの様な咆哮を上げる洸夜の影、まだ戦いは終わらない。

そして、皆が戦っている時、倒れている洸夜は己の精神世界へと誘われていた。

 

▼▼

 

現在、洸夜の心【精神世界】

 

洸夜は自分の精神世界で佇んでいた。

何故、精神世界だと分かるのかと聞かれれば、そうとしか感じられないからとしか言えない。

反射的、無意識、直感、それらによって分かってしまうのが、此処が己の精神世界だと言う事実だけ。

沢山のアルカナや扉、それらが辺りで浮かんでいる世界。

数々の色も存在している世界は良く言えば種類豊富やら何やら言えるが、悪く言えば統一性がないとしか言えない。

そんな自分の世界で洸夜はただ静かに今までの事を考えながら呟いていた。

 

「結局、俺は一体、何をしたかったんだろうな……」

 

もう分からなかった。

最初は自分の身を守る為、そして仲間達、学校の皆、そして世界と規模が大きくなった。

洸夜は自分の戦いの歴史について思い出すが、最終的には『彼』の死でつまづいてしまう。

稲羽でも事件は解決出来ないでいる、美鶴達のせいにもしたが結局は自分の撒いた種。

自分の存在価値、戦う理由、もうどうでもよくとも思える。

 

「……ん?」

 

そんな時だった。

洸夜は何やら視線を感じ、その視線の方を見てみた。

そこにいたのは、”真っ黒な服”を着た自分と同じ姿をした男が立っていた。

 

(ああ、シャドウがここまで来たのか……)

 

何も言わずにジッと自分を見て来る、もう一人の自分を洸夜はただのシャドウとしか思えず、抗う気も既にない。

このまま殺された方が良いのかも知れない。

そう思うと、不思議と洸夜はおかしく思えてしまい、そんな目の前の洸夜?に語り掛けていた。

 

「もう良いさ。このまま終わらせてくれ……今更、抵抗する気もない」

 

このまま自分が死ねばシャドウも消え、少なくともこの一件は幕を閉じるだろう。

そんな事を思いながらの言葉だった、しかし、洸夜?からの返答は洸夜が思っていたのとは違う物だった。

 

『諦めるのか? たった一人で無理して、足すらも止めた……その代償の答えがそれか? 案外、呆気ない”命の答え”だった……いや、答えですらないか』

 

失望、無念、情けない、まるでそう言っている様にしか聞こえない洸夜?の言葉。

洸夜はその言葉に驚く反面、何故か気に食わなかった。

 

「なに言ってんだ? 俺を殺したい……それが否定されたお前の願いだろ!」

 

『……それはお前の願いだろ。自分が許せない、一人は嫌だ、お前は一体、今まで何を見て、何を感じていたんだ? 何故、そこまで『アイツ』の事等で一々足を止めるんだ?』 

 

他人事、そして全く気にもしていないその言葉に洸夜は怒りを覚えた。

 

「見殺しにしたんだぞ! 『アイツ』は家族を失って、あそこからが本当の人生だったんだ! なのに、俺はただ兄貴面して……親父さんだって……稲羽の被害者に対してだって……」

 

やはり元はそこなのだ。

洸夜にとっても『彼』の存在は大きく、悲しいだけで済む問題ではない。

勿論、他のメンバーにも言える事だが。

洸夜は下を向き、拳を強く握りしめてしまう、自分が憎い、情けない、そんな思いが強くなった時だった。

 

『何故、一人で背負い込む?』

 

洸夜のその言葉に、洸夜は思わず顔を上げた。

洸夜?のその表情と口調は、洸夜も驚く程に優しげなものであり、洸夜は驚いてしまう。

そんな洸夜を見つめ、洸夜?は話を続けた。

 

『ワイルドを持つ者ならば分かっている筈だ。たった一人の力がどれ程に弱く脆いのかが。……あの仮面達がどうやって生まれ、お前と共に戦って来たのかも忘れたのか?』

 

「たった一人の力……」

 

思わず呟いてしまい、洸夜?はそれに頷いた。

 

『『アイツ』はどんな時でも選択して前に進んでいた筈だ。お前等がいたからだ……『アイツ』にとって家族はお前等だけだった。だから進めた、どんな真実を知ったとしても……』

 

「……俺は、もう一度だけ進めるのか、オシリス?」

 

無意識の内だった、目の前の自分をオシリスと呼んでしまった事が。

それしか心当たりがなく、そしてそれが正しいとも思えてならないが、同時に何か違和感を覚えてしまう。

正しいが何かを忘れている気がする、目の前の自分にそう思ってならない。

そんな洸夜の様子が通じたのか、洸夜?は目を閉じながら言った。

 

『オシリスではある……だが、それはお前と『アイツ』の絆によって変わった姿。そして、あの時にお前が最も望んだ力がオシリスへと転生させたのだ』

 

「それは覚えている……だが、転生前の名を俺は思い出せないんだ」

 

消えない靄が隠しているかの様に、何度も思い出そうとしても思い出すことが出来ない。

真次郎やチドリも助ける事が出来た程の力、それを持つペルソナの名を洸夜は今も思い出せないでいる。

だが、洸夜?は今の言葉に静かに頷いた。

 

『私が忘れさせた……姿が変わると言う事は力が変わると言う事。オシリスでは二人を救った力は使えないが、お前の本質は変わった訳ではない。使えないのに使おうとする事……それはお前への負担にしかならない、だから記憶を封印した。私の名を隠す事で』

 

「なんで名前を……?」

 

『名は己の存在を示す巨大な力。何物でもない者には何の力も使えない……』

 

つまりは、オシリスに転生した事で転生前の力は使えなくなり、このままでは負担になる為に名を封印して力を封じたと洸夜?は言いたいらしい。

単純な物忘れとは思ってはいなかったが、まさかそんな理由があろうとは洸夜も思っておらず一息入れる事で落ち着かせる事にするが、洸夜?の話が終わった訳ではなかった。

 

『本当ならば、全ての絆を力にしていたお前は最も『ユニバース』の近くにいたのだ。だが、それと同時に絶対に辿り着く事も出来なかったがな。迷いある絆ではワイルドを越えた力は応えられない』

 

そう言うと洸夜?の前に光り輝く道が生まれ、洸夜と洸夜?はその道の上に立っている。

そして、その目の前には謎の強大な壁が発生する。

先程の話を目に見える様に説明している様だ。

 

『お前はこの壁の前で止まり続けていた……道はそれしかなかったからだ。だが、そんなお前に『アイツ』は新しい道を作った』

 

そう言って洸夜?が右手を翳すと、壁の手前の道が横へと延びて行き、新たな道が生まれた。

 

『本来ならば歩む己の愚者、その命の旅をお前は一旦中断させた。そして、純粋に『アイツ』の力になる道を選んだのだ。一人のワイルドを持つ者ではなく、純粋な仲間として……その結果がオシリスだ』

 

そう言うと光は消え、元の精神世界へと戻る。

 

(俺は元の旅に戻らなければならないんだな……)

 

『彼』と歩んだ命の旅、それはもう終わってしまった旅。

洸夜はそれを頭で理解すると、悲しく、そして虚しく思えてならなかった。

だが、足を止める事など出来ないのだ、誰かしら必ず前に進んでいる。

それがただ、己の望む先なのか、意味があるかの違いだろう。

しかし、洸夜にはあと僅かな迷いがあった。

 

「俺は進んでも大丈夫なのだろうか……俺の力は他者を傷付けすぎてる。誰かを傷付け、シャドウを殺すだけの力……命を襲う黒きーーー」

 

洸夜がそこまで言った時だった。

突如、洸夜の背後から強大な光が放たれる。

直視出来ない程の光、だが何故か邪魔だとか不快には思わなかった。

寧ろ、懐かしく暖かい光であり、洸夜はゆっくりとその光を見ると中心に誰かがいた。

その誰かの姿に洸夜は眼を開き、言葉を失った。

 

(ッ!? アイツは……!)

 

光の中心で洸夜が見たのは一人の『少年』だった。

学生服を纏い、前髪で片方の目が隠れている少年が洸夜を見詰めており、少年は笑顔を浮かべると洸夜へ言った。

 

”違う……先輩の力はそんな力じゃない。安心できて、皆を守ってくれる……暖かい黒なんだ”

 

少年の言葉に未だに言葉がでない洸夜だが、その後ろにいる洸夜?も笑みを浮かべていた。

 

『お前が再び、私の名を呼ぶ日を待っている……』

 

「ッ! オシリス……!?」

 

洸夜が振り向くと、洸夜?の姿は薄くなっており、洸夜?は最後にこう言った。

 

『”あれ”もまた……お前自身の姿。受け止めてあげてくれ……ワイルドの中に入らず、ずっと負の絆を背負って来たあの仮面を……』

 

そう言って洸夜?は消え、洸夜は少しだけその場所を見詰めていたが重要な事を思い出し、再び先程の『少年』の方を見るがその少年もまた姿が薄くなっていた。

 

「ッ! ま、待ってくれ!? 俺はまだお前に!」

 

謝らせてくれ、お礼を言わせてくれ、何か一言を言わせてくれ。

洸夜は内心では分かっているが、言葉には出せないで混乱してしまった。

だが、そんな洸夜に少年は再び小さな笑みを浮かべるとその姿が消え、その少年のいた場所には『タナトス』が立っていた。

 

「タナトス……?」

 

『……』

 

洸夜の言葉にタナトスは何も言わないが、その姿には恐怖などは感じられない。

不思議な気分だった、こんな安心できるタナトスなど洸夜は見た事が無かったからだ。

そんな不思議な光景に洸夜は目を奪われるが、やがてタナトスから光が溢れて洸夜を包み込ん行く。

 

「ああ、そうか……」

 

洸夜は何か気付いた様に頷くと、何かに納得した様に優しい笑みを浮かべる。

そして、再び洸夜はタナトスの方を見るとタナトスも洸夜を見ていた。

そんなタナトスに笑みを返すと、光は更に強まる。

 

「……お前は最初から……ずっと……」

 

洸夜は光に包まれ、意識を現実へと戻して行った。

 

 

End

 



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我等は汝、汝は我等

今回のガキ使で一番笑ったのは、昔話で松本の爺さんが犬を誘拐した時のシーン。


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

「俺は……どうなっていた?」

 

意識が覚醒し始め、洸夜はそう呟きながら倒れたままの状態で辺りを見ると、おかしな色合いであった床は亀裂が走っており、色々と荒れ果てていた。

ぼやける視界、完全には覚醒していない脳によって目の前の事理解しずらいが、洸夜は奥で動く巨大な姿に気付く。

視界も正常へとなって来た事でその正体が何か見ようとすると、洸夜は一瞬で目の前の状況を理解した。

 

『アァ……憎イ……憎い……!』

 

「ぐうぅ……!」

 

「カハッ!」

 

目の前の光景、それは洸夜の影が両腕を生やして総司と美鶴を握りつぶそうとしていたのだ。

しかも、周りをよく見れば他のメンバー達も周りで倒れている。

洸夜は息を呑み、どうにか立ち上がろうとするが足に力が入らず立つだけで精一杯だ。

 

「……くそ、どうにかしなければ!」

 

何とかしようと洸夜は考えるが、そうこうしている間にも総司と美鶴達が危ない。

そんな時だった。

倒れていた仲間達を見ていた洸夜が一人、見覚えのない人物が倒れている事に気付く。

 

(誰だ、学校の時はいなかった筈……?)

 

見覚えのない男に意識を向けてしまう洸夜だが、その瞬間、男の服装に気付いた。

破れたニット帽、ボロボロの赤いコート、そんな特徴的な服装を持つ人物を忘れた事などない。

洸夜はその男の正体を知った瞬間、目じりが熱くなるの感じた。

 

「なんだよ……生きてんじゃねえか。大馬鹿野郎……!」

 

なんでここにいるのかは分からない、だが真次郎は生きていた。

理由を今すぐにでも聞きたいし、言いたい事も沢山あるが今はそんな暇もないのは分かる。

洸夜は涙が流れそうになるのを気合で抑えると、どうにかしようと自分の周囲を確認した。

すると、少し後ろに洸夜愛用の刀とペルソナ白書を見つけ、洸夜は頷く様にしてそれを手に取るのだった。

 

▼▼▼

 

そして、総司と美鶴は洸夜の影の腕の中でもがいていた。

洸夜が倒れている間にも戦況は変わり、洸夜の影は真次郎やアイギス達を戦闘不能近くまで追い詰めていた。

アルカナの干渉させる技を防ぐ術はなく、攻撃をモロに喰らい続けて風花もその衝撃で洸夜から離れてしまい、その結果、最後に残った総司と美鶴がその腕にとらわれた形となってしまった。

きつく握りしめ、総司と美鶴は動く事も出来ずに痛みによって心も乱れてペルソナを召喚するのもままならない。

 

「くそ……!」

 

「こんな所では……死ねん!」

 

美鶴は腕を出してサーベルを洸夜の影の腕に突き刺すが、サーベルは弾かれてしまいダメージはまともに入らなかった。

 

『アアァ……! シネ……シネ……!』

 

時間も経ったことが関係しているのか、洸夜の影は情緒不安定となっていて言葉もまともにはなっていない。

純粋に力だけに頼って天敵を抹殺しようとする、それはまさにシャドウの本能そのものだった。

握り締める音が徐々に強くなり、二人に苦痛の表情が強くなったその時だ。

カンッ!と音がなり、自分の顔に何かがぶつかった事で洸夜の影は動きを止め、ぶつけられた物へ視線を向ける。

それは、フロアの瓦礫の一部であり、洸夜の影は投げられてきた方向へ首を動かすと、そこにはしてやったりとした表情を浮かべる洸夜の姿。

 

「そいつらは……俺の弟と親友達だぁッ! 手を出すんじゃねえぇッ!!」

 

辺りに響く洸夜の叫び、その叫びがした瞬間、総司と美鶴は視界が急激に落ちる。

それが、洸夜の影が自分達を離したと言う事に気付くのに僅かながらに掛かってしまうが、問題はそんなことではない事に総司と美鶴はすぐに気付いた。

洸夜の影が咆哮をあげながら、己の宿主である洸夜へ突撃している事に。

 

『ッ!!!!!』

 

言葉にもならず、爆音と錯覚してしまう程の咆哮をあげながら洸夜へ剣を構えながら突撃してゆく洸夜の影。

己を否定した宿主への殺意、それが原動力となっており誰にも洸夜の影を止める事は出来ない。

だが、当の洸夜は逃げようともせず、刀を両手で構えて向かい討つ体制をとる。

迫るシャドウと迎え撃つ洸夜の姿を総司と美鶴達もまた、目を離せずに見続けていたが、同時に違和感に気付く。

 

「?……洸夜、もうペルソナが使えるの?」

 

最初に口に出したのはチドリだが、皆もそれが気になっていた。

洸夜の影との距離はもう殆どないにも関わらず、洸夜は刀を構えるだけペルソナを召喚する素振りを見せない。

だがこの時、皆は気付いた、洸夜の足は震えており、その洸夜自身も表情も何処か無理した笑顔である事に。

そして、極めつけは一瞬の事、洸夜が総司と美鶴達の方を向くと、その表情は優しげな笑みを浮かべていたのだ。

同時に”すまなかった”と言う感情も読み取れる程に優しい笑みを。

それを見た瞬間、真次郎と風花が全員に聞こえる程の声で叫んだ。

 

「回復、急げぇぇぇぇぇッ!!!」

 

「洸夜さんはまだ、ペルソナが戻っていません!!」

 

洸夜がペルソナ抜きで己のシャドウとやりあおうとしている事に気付き、真次郎は怒号の声で回復を急がせ、風花も今できる探知で洸夜にペルソナ能力が戻っていない事を伝える。

勿論、他のメンバーもその事に気付いており、全員が同じタイミングで行動に移していた。

 

「イシス!!」

 

全体回復を持つゆかりが回復に乗り出し、他のメンバーもすぐに立ち上がろうとするもダメージが大きく、すぐに移動が出来なかった。

 

「クソッ! 動け! 何の為に鍛えた足だ!」

 

「もう少し……後、もう少し……!」

 

明彦は力が入らない己の足に一喝し、アイギスも己の回復を”焦り”と言う感情を抱きながら待つが、そうこうしている間にも洸夜と洸夜の影の距離は縮んで行く。

 

「逃げて……逃げて下さい、洸夜さんッ!!」

 

「逃げろ! 洸夜ッ!!」

 

耐えられず、乾と美鶴は洸夜に叫んでしまった。

洸夜のあの表情、やっと自分達は分かりあえたのに洸夜が死んでは何もならない。

だが、洸夜は聞こえている筈の声に一切、反応をしなかった。

もう、洸夜の中で覚悟は決まっていたから……。

 

(悪いな皆……確かに怖いし、ペルソナ抜きでは勝てる気もしない)

 

「兄さんッ!!」

 

洸夜がそう心で呟いた時、メンバー達の傍を総司が駆け出した。

ダメージとて全快した訳でもないのに、総司は兄の危機に気付けば身体が動いていたのだ。

そして、その総司の姿に美鶴達も自分に鞭を打って動かし、洸夜へ向かって駆け出して行く。

 

「ワンッ!!」

 

「先輩!?」

 

コロマルと順平が叫び、チドリが苦虫を噛む様に舌打ちをした。

 

「チッ! なんで……そんな風に命を使えるのッ!?」

 

チドリは何故、洸夜が目の前の様な無謀な戦いに命を費やせるのかが分からずに怒りを露わにする。

しかし、本当は彼女も分かっているのだ。

ただ、その自分の変化への困惑やそれを分かっていても生へ執着してほしいと言う願いから、怒ってしまった。

皆が洸夜の下へ向かっている。

だが、もう洸夜の影は洸夜の目の前に来ており、そのまま剣を洸夜目掛けて横向きに振り、洸夜もフルスイングの様に刀を振った。

 

(逃げるのも目を背けるのも……もう、止めたんだ……)

 

 

その想いを乗せて洸夜は刀を振り、互いの剣が衝突して火花が散った。

そして……。

 

「ガハッ!!?」

 

洸夜はそのまま吹き飛ばされ、扉に背中から激突した。

肺の酸素が全て出たのではないかと思う程の衝撃、飛びそうな意識に耐えながら洸夜は地面にうつ伏せの形で倒れたが洸夜はすぐに己の身体を調べた。

動こうとすると、肩や足に走る激痛によって少なくとも立てそうにない。

そんな洸夜に総司と美鶴達は叫ぶしかなかった。

 

「兄さん……兄さん!?」

 

「洸夜!?」

 

「先輩!?」

 

急いで洸夜の下へ向かう総司と美鶴達、だが洸夜の影がそれを許す筈もない。

 

『餌だ……』

 

その呟きと同時に総司と美鶴達の壁になるかの様にシャドウ達が沸き始め、あっと言う間に彼等を取り囲んだ。

最早、洸夜の影の標的は完全に洸夜のみに絞っており、総司と美鶴達は眼中にない。

 

「ク、クマァ……囲まれたクマよ!?」

 

「……口動かすよりもとっとと倒せ!」

 

怯むクマを一喝し、真次郎は目の前のシャドウを薙ぎ倒して行き、総司や美鶴も目の前のシャドウ達を倒して早く洸夜の回復に行かなければならない。

洸夜は死んではいないが、ダメージが大きいのも事実。

早く回復してあげなければ手遅れになるかも知れない。

 

「けど、本当に良かったぜ……先輩死んでねえよ。あのシャドウ、手加減したのかもな!」

 

「順平! 喋ってないで倒しなさいよ!!」

 

洸夜が無事な事に感動している順平を、遠くのシャドウを撃ち落していたゆかりが叱る。

さっき言われたにも関わらず、もう口を動かしているのだから仕方ない。

だが、その順平の言葉も決して無意味ではなかった。

順平の言葉を聞いた洸夜の影は、自分の剣を見ながら考えていた。

 

(違ウ……殺す気デやった……だが、ナゼ死ななイ?)

 

刀が間に入っていたとはいえ、本気でやってしかもかなりの体格差での攻撃。

そのまま死んでもおかしくないが、運が良かったのだろうと洸夜の影はそう思う事にした時だ。

洸夜の影は気づく、立ち上がれもしない洸夜が這いつくばりながら自分の下へ近づいている事に。

そして、洸夜が自分の近くまで来ると洸夜の影は、洸夜が何かを言っている事にも気付く。

 

「ペ……ル……ソナ……」

 

洸夜が呟いていたのはペルソナだった。

いくら強気になろうが、シャドウを倒せるのはペルソナの力のみ。

洸夜は己と向き合うためにも仮面の名を何度も呼ぶが、洸夜の影はその姿を見て、可笑しくてならなかった。

 

『ククッ……ハハッ……アハハハハハッ!! 今更、何ヲ言ってイる! 仮面を捨テたのはキサマだろウがッ!! そんなキサマに……ダレガ答えルものかッ!!』

 

そう怒鳴ると洸夜の影は、洸夜の辺り一面にマハジオンガを唱えて降り注がせた。

轟音と共に辺り降り注ぎ、傷が多いフロアを破壊して行き、洸夜は両手で自分を庇いながらも何度もペルソナの名を呼び続けた。

 

「ペル……ソナ! ペルソ……ナ……!」

 

全て知り、洸夜は全てを理解した。

美鶴達との一件も自分が己の為に築こうとして、彼女達との絆や願いと共鳴した結果に生み出してしまったもの。

だが、自分はそれを受け止めきれず絆を否定する形となり、やがてそれを含めた絆も否定してしまい、その影響がペルソナ達の弱体化と消滅。

皆、ただ助けを求めていただけっだのだ。

消滅して行く中、仮面達にはそれしか出来ないから洸夜を襲うと言う形を取ってしまったのだが、洸夜は自分がそれを気付いてあげられなかった事が申し訳なくて堪らなかった。

自分が築いた絆で誕生させ、共に戦ってきた仮面達。

最初に裏切ったのは仮面達ではなく、この自分自身だった。

 

(すまない……ごめんな、辛かったよな。勝手に否定されて悲しかったよな……!)

 

洸夜はマハジオンガの残り火に時折だが襲われながらも、口では彼等を呼び続け、心ではずっと彼等に謝罪し続けて行く。

 

(都合良い事を言っている事も分かっている。困った時だけ助けを求めていると言う事も……だけど頼む! 俺はいいから……総司とあいつ等を助けられるちょっとの力を……俺に貸してくれ!)

 

何度も呼ぶは仮面の名。

しかし、何度呼んでもペルソナは現れず、腰に差しているペルソナ白書にも変化は見られない。

やがて、マハジオンガが鳴り止むと、洸夜の影は洸夜を見下しながら剣を天へと掲げた。

 

『もう良イ……終わラセる! オマ……エを殺……して……オワリダァァァァァッ!!』

 

憎しみと怒りの最後の攻撃が洸夜へ放たれようとされ、それを見た総司とクマは洸夜の影を見た。

 

「兄さん!」

 

「大センセイ!」

 

今まさに命の危機となっている洸夜の姿に、二人はペルソナの攻撃目標を周囲のシャドウから洸夜の影へと変え、イザナギとキントキドウジが洸夜の影へ迫る。

だが……。

 

『ジャマ……だ』

 

周りのシャドウ達が二体を遮る様に立ち塞がり、洸夜の助けの妨害を図る。

 

「突破できない……!」

 

「もう! 鬱陶しいクマ!」

 

妨害するシャドウ達を薙ぎ払うイザナギとキントキドウジだったが、倒して現れ、倒しては現れの繰り返しでシャドウ達を突破する事が出来なかった。

空から行こうとするアイギスも銃器を放ちながら、そのシャドウ達の数に圧倒されていた。

 

「キリがありません……!」

 

「一人でも良いから洸夜の下へ行け!!」

 

明彦が全力で叫ぶが、誰一人としてシャドウの壁を突破は出来ないでいた。

数が多すぎるのだ、風花もユノの力でサポートをするも数の多さに悪戦苦闘しており、素早いコロマルもシャドウに包囲されて動く事もままならない。

異常な力に、異常な数のシャドウ達。

それら全てが洸夜を殺す為だけに動いている事実に、真次郎は思わず胸糞悪い気分を覚えた。

 

(そこまで殺してぇのか! 否定されたシャドウの憎しみは……ここまで強いのかよ!)

 

近くの敵を切り裂きながら真次郎は内心で呟くも、ペルソナのカストールはシャドウに取り付かれて動きを鈍らされていた。

しかし、その時であった。

一瞬の隙をついた順平が洸夜の下へと全力でダッシュを試みた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

順平だからと言って侮るなかれ、伊達に少年野球のコーチをしている順平ではない。

その速さは皆が思っているよりも速く、シャドウ達の間を駆け抜けて行った。

 

「順平を援護しろ!」

 

美鶴の言葉に全員の意識が順平へと向かい、順平を止めようとするシャドウ達へ次々に攻撃を繰り出して行く。

徐々に距離が縮む洸夜と順平、シャドウ達の妨害も今は少ない。

順平は一気に駆け出した……しかし。

 

『……デスバウンド』

 

洸夜の影は空いている方の腕、その腕に付いている盾を振り下ろすと巨大な衝撃波を生み、順平にデスバウンドが迫った。

その威力はとても大きいもので、他のシャドウ達もそれに巻き込まれて消滅して行く中、順平はトリスメギストスを召喚して直撃までは避けたものの、洸夜との距離が再び離れてしまう。

 

「ぐあッ!……せ、瀬多先輩……!?」

 

デスバウンドの余波は美鶴達にも影響しており、少しのダメージと動きを妨害されてしまい、一番近かった順平がこうなってしまえば他のメンバーでは洸夜の下へは行けない。

しかし、ここで諦める気も誰も持ち合わせておらず、すぐに行動しようとして洸夜達の方を見た時であった。

見た今まさに、洸夜の影の攻撃が洸夜へ振り下ろされようとされていた。

 

「ペルソナ……ペルソナ……!」

 

洸夜もまだ仮面の名を呼ぶが、ペルソナ達はその姿を現そうとしない。

最早、障害は何もない今、洸夜の影の攻撃を防ぐ者は誰もおらず、洸夜の影の剣は洸夜目掛けて振り下ろされた。

 

「兄さんッ!!」

 

「洸夜ッ!!」

 

皆が叫ぶが攻撃は止まらない、真次郎の様な奇跡も二度目はない。

迫りくるシャドウの刃を洸夜も気付き、洸夜は思わず瞳を閉じてしまうがその口からは未だに仮面の名を呼んでいた。

 

「ペルソナ……ッ! ペルソナァァァァァァッ!!!」

しかし、洸夜の叫びも虚しく、洸夜の影の刃は洸夜へと到達してしまう。

 

ガキィィィィィンッ!!

 

周囲に響く鋭い金属音の様な物が響き渡り、全員の身体も洸夜へ攻撃が当たった事で身体が動けずにいた。

一瞬、見えた赤い何か見えた気もするが、それは洸夜の血と思い目を逸らしたものもいる。

 

(俺は……一体、何の為に……!)

 

真次郎は洸夜を守れなかった事に悔いた。

全てが遅かったのかとしか思えず、親友を救えなかったのだ。

真次郎はハルバートを地面に刺すと、膝を付いてしまった。

洸夜の影の復讐は成し遂げたられたのだ、己の宿主の殺害と言う最悪の形で……と、誰もが思ったのだが。

 

(……ん?)

 

当の洸夜は違和感を覚えていた。

瞳を閉じている為、視界は真っ暗なのだが一向にくらう筈の攻撃の衝撃が来ないのだ。

洸夜は恐る恐ると眼を開くと、目の前には”真っ赤な何か”が浮いており、洸夜の影の剣は自分には当たってはいない事は理解できた。

しかし、頭が回っていない事もあって目の前の存在には気付けないでいたが、次に目の前の赤い何かが発したもので洸夜は全てを理解する。

 

『オラオラオラ……!』

 

洸夜の影に眼を飛ばしながら、攻撃を防いでいたのは赤い勾玉みたいな形のペルソナ『アラミタマ』だった。

 

「ショボッ!!?」

 

目の前の事態に順平が思わず吹き出してしまう。

確かに見た目はシンプルでショボいと言う評価は否定は出来ないが、それでも物理耐性を持つペルソナだ。

 

(使えるのに……)

 

順平の言葉にそれを知っている総司とアイギスが心の中で呟くが、問題はそこではなかった。

ペルソナ、アラミタマが召喚されているという事であり、事の重大性に気付いたのは攻撃を防がれた洸夜の影であった。

 

『アア……アアァ……! 何故……だ……!』

 

声を震わせ、剣をアラミタマから離しながら後ろへと下がる洸夜の影。

その隙にと総司達は、倒れている洸夜の下へ向かった。

 

「兄さん!」

 

「洸夜さん! 今、すぐに治しますから!」

 

ゆかりがイシスを召喚すると、洸夜の身体を上へと向けて回復を優先して力を使い、そんなメンバー達を洸夜は見上げながら見ていると、真次郎が洸夜の前に来た。

 

「洸夜……」

 

やはり気まずいのか、少し照れくさそうな表情の真次郎。

そんな真次郎に洸夜はただ小さく笑うしかなかった。

 

「ここは、少なくとも天国じゃないよな?……真次郎」

 

「……ああ、残念だったな」

 

互いの冗談に二人の顔には笑みがこぼれる中、回復してきた洸夜は立ち上がると全員を見渡した。

皆、少し傷等が目立ち、ここまで来るのにどれ程に大変だったのかが分かる。

やはり申し訳ないと言う気持ちには嘘はつけないが、不思議と学校まで憎しみは消えており、今は嬉しさの方が大きかった。

そして、フッと洸夜が皆を見てると美鶴と目が合った。

美鶴もそれに気付くが、恥ずかしそうに眼を逸らしてしまい、洸夜は思わず笑みを浮かべながらこう言った。

 

「助けてもらったな……」

 

「……ああ」

 

短い会話だが、今は互いにそれで十分だった。

何が言いたいかは分かっている。

皆、それぞれ言いたい事もあるがそんなに時間はない、だが、それでもゆかりは洸夜に言わなければならない事がある。

自分が引き金を引いてしまったあの一件、ゆかりは原因が何であれ、何もしないのは自分が許せず、ゆかりは洸夜の近くへと行く。

 

「こ、洸夜さん……すいません! 私、ずっと言おうと思ってたけど言えなくて! でも、言わないといけないのに……!」

 

洸夜の前で自分の想いを伝えようとするが、ゆかりの目からはやはり涙が止まらず、それを止めようとするも流れ続ける事でテンパってしまった。

美鶴も明彦も、順平だってケジメを付けようとしていたのに、これではちゃんと伝える事は出来そうになかった。

涙や声が無意識に溢れだしてしまい、言葉が上手く洸夜に言えない事が情けない。

ゆかりは思わす下を向いてしまった時、洸夜はゆかりの肩に手を置くと、ゆかりは顔を上げて洸夜を見てみると、洸夜はゆかりに優しい笑みで迎える。

 

「ゆかり、今は何も言うな。少なくとも、お前等が悪い訳じゃなかった……すまなかったな。お前等に余計な心の傷を作ってしまって」

 

「そんな事ない! 私が強く意思を固めていたら、あんな事には……ごめんなさい……!」

 

口元を抑えながらゆかりは謝罪し、それに対して洸夜も謝罪の言葉を掛けあう。

これで、ようやく全員と話す事が出来た。

メンバー達を見渡し、洸夜は静かに頷いた時だった。

突然、洸夜の腰辺りに小さい何かがぶつかってきて、洸夜が後ろを見ると青いドレスを纏った金髪の少女が振り向いた洸夜の顔を見上げていた。

 

「アリス……」

 

洸夜はお見合いの時に消えたペルソナ、アリスの名を呟くとアラミタマも洸夜の傍に寄って来た。

そう、今一番重要なのはこの仮面達、消えた仮面達の存在だ。

洸夜は目の前のペルソナを見ながら、腰に付けていたペルソナ白書を手に取った……その時だった。

 

”我等は汝……汝は我等……”

 

洸夜達の周辺に光の粒子が溢れだし、洸夜は我が眼を疑った。

 

「これは……!」

 

光の粒子は洸夜も周辺に集まると、その姿を徐々に本来のモノへと姿を変える。

光の粒子が弾けた瞬間、そこに現れたのはタムリン、クー・フーリン、そしてマゴイチやベンケイ、トール等と言ったペルソナ達であった。

だが、それだけでは終わらず、ミカエルやアスラおう、トランぺッターを始めとした洸夜の消えた仮面達が次々に召喚されてゆく。

空中にはサタン、ルシフェル、ルシファー、ベルゼブブ、そしてタナトスの姿も存在し、その数はあっという間に百を超えて行くと総司達もその姿に目を奪われてしまう。

 

「兄さんのペルソナ達が……」

 

「す、すごい……クマ、ちょっと圧巻クマよ」

 

見上げながら総司とクマは呟き、美鶴達も『彼』や洸夜が数多くのペルソナを所持していたのを知っていたつもりだったが、こんなに一気に召喚された姿を見たのは初めての事、見上げながら何とか理解するだけでも精一杯だ。

 

「洸夜のペルソナ……」

 

「こんなに沢山のペルソナ……それは、洸夜さんの絆の数も意味しています。そして、その絆が戻って来た事も」

 

美鶴の呟きにアイギスが付けたす様に言い、洸夜もその言葉に頷くと自分の頭上が光った事に気付いた瞬間、そこには洸夜の真なる仮面の姿があった。

 

「オシリス……!」

 

弱体化した時の姿ではなく、完全な姿をしたオシリスが洸夜の頭上に姿を現していた、不思議な事にその姿の半分は黒く染まっていた。

 

「黒いオシリス……」

 

「僕、前にも見た様な気がする……」

 

「私も……」

 

チドリ、乾、風花がそれぞれ言葉を発すると他のメンバーもそれに頷いた。

ニュクスの時に見た気もするが、それよりも前に見た気がしてならない。

結局、誰も思い出せないでいるが、洸夜は何か分かっている様に笑みを浮かべるとペルソナ白書を天へ掲げた。

天へ掲げられたペルソナ白書、その白書にペルソナ達が次々と身体を光にして入って行き、最終的にはオシリスだけがその場に残される。

 

「……ありがとう」

 

再び埋まったペルソナ白書のページを眺めながら洸夜は呟いた。

一度は捨てた自分を許してくれて、再び守る力となってくれて。

洸夜はペルソナ白書を片手で胸に抱くと、静かにその瞳を閉じた。

 

▼▼▼

 

現在、ベルベットルーム

 

薄暗く、シリアスな青の世界が洸夜を出迎える。

目の前の老人、イゴールだけが今いるベルベットルーム。

エレベーター、車の姿であったベルベットルームだが、今はそのどれでもなかった。

 

ガタンゴトン……! ガタンゴトン……!

 

揺れ動く車内と特徴的の音、そうここは”電車”の姿となったベルベットルームであった。

豪華な車内、神秘的な蒼いカーテン、すぐそこにはBARまで備えられているが、ソファの様な椅子に座り、互いを見据える洸夜とイゴールの二人、彼等を遮るのは縦長のテーブルのみだ。

今までのベルベットルームではないのは目で見るよりも明らかだが、洸夜は不思議とこのベルベットルームに違和感は感じられなかった。

 

(懐かしい……そして落ち着くな)

 

少なくとも初めて訪れた気はしない。

洸夜は言える、自分は前にもここに訪れたのだと。

そして、そんな洸夜の気持ちを説明するかの様にイゴールがいつもの笑みで口を開いた。

 

「ヒッヒッヒッ……この姿のベルベットルームでの対面は随分とお久しぶりですな」

 

相変わらずの笑い声と言葉が洸夜に届くが、今は洸夜は沈黙を続けてイゴールの言葉を待ち、イゴールもそれを察しているのか笑みを崩さずに続けた。

 

「……長い年月をかけ、とうとう最後のアルカナがその姿を現しましたな。ワイルドに隠れながらも、その力を貴方様に与え続けてきた最後の仮面……ヒッヒッヒッ、それが描く結末、一体どのようなものなのでしょう?」

 

ずっと負の絆を宿していたアルカナが姿を現した事、その重要性と存在を語るイゴールだが、洸夜の今求めている答えはそれではなく、まだ沈黙を続けた。

また、イゴールも今度は小さく笑うと、洸夜の望むものを口にする。

 

「……分かっております。このベルベットルームの事が聞きたいのですな?」

 

「ああ、俺は前にもこのベルベットルームに来た事がある。だが、そこが曖昧だ……教えてくれイゴール、このベルベットルームの意味する事を!」

 

一体、このベルベットルームと自分を繋ぐものとはなんなのか、己と向き合うためにもそれは知っておかなければならないと洸夜には確信があった。

自分が忘れている数々の事、最初のペルソナ、隠れたアルカナ、このベルベットルーム、その答えを自分は知らなければならない。

洸夜は真剣な眼差しでイゴールを見詰め、イゴールもそれに対して頷いた。

 

「このベルベットルームは、洸夜様……貴方様”本来”のベルベットルームでございます」

 

「俺の、本来のベルベットルーム……?」

 

洸夜の言葉にイゴールは頷く。

 

「夢と現実精神、物質の狭間の場所……このベルベットルームは、招かれたお客様によってその姿も住人も変わるのです。……まだ、思い出されませぬか? 五年前、貴方様が初めてこの場所に招かれた時の事を」

 

今度はイゴールの方が洸夜を見据え、洸夜もその言葉に何とか思い出そうとするも、やはりあと少しで思い出せない。

頭を軽く押さえ、洸夜はイゴールに思い出せない事を伝えようとした時だった。

突如、洸夜の頭の中と視界が真っ白に弾けた。

 

(……ッ!? これは……!)

 

弾けると同時に記憶と光景が洸夜の中に蘇る。

この場所でいつもの様に自分へ語り掛け、エリザベスはBARで興味あり気な視線を向けていた。

夢か何かか、そう聞く自分とそれに対して笑うイゴール。

思い出した、五年前に訪れたベルベットルームこそがこの場所。

 

”……洸夜様。貴方様が初めてベルベットルームに招かれた時の事を覚えていらっしゃいますか?”

 

前にエリザベスが自分に言っていた言葉を思い出す。

エリザベスの言いたかった事、そして自分が忘れてしまったベルベットルームの事。

だが、次の問題も生まれてしまった。

 

「思い出した……! だが、俺が今まで訪れていたベルベットルームは一体、なんなんだ!?」

 

「エレベーター……車……それらの姿のベルベットルームは他の方々のベルベットルームです。エレベーターは『あの方』、車は『瀬多総司』様の姿なのですよ」

 

洸夜はその言葉に驚いた。

何故、他者によって変わるベルベットルームで自分の時に他者の姿になるのかが分からなかったからだ。

分からない洸夜、だがイゴールは静かに説明を始めた。

 

「黒きワイルドの力、それは貴方様が思っているよりも他者への影響は強いものなのです。貴方様のワイルドの影響を『あの方』や総司様に与えました……しかし、それは『あの方』達にも言えた事なのです」

 

「……俺への影響も強かったのか?」

 

洸夜に伝わった事でイゴールは楽しそうに頷く。

 

「ヒッヒッヒッ……そう、貴方様が影響を与えていた様に『あの方』と総司様も、貴方様に影響を与えていたのです。その結果、貴方の心……そしてベルベットルームにも影響しました。それ故に、他者のベルベットルームへ貴方様は招かれていたのです」

 

正と負、全てを力にする黒きワイルドの様に『彼』と総司のワイルドも洸夜へ影響を与えていた。

それ故、洸夜は自分のベルベットルームへ行く事が出来なかった。

しかし、イゴールの話はそれで終わりではなかった。

 

「……しかし、『あの方』の影響は特に強く、貴方様のワイルドにも影響させました。オシリスがその証拠であり、今の貴方様の力は純粋な貴方様の力ではございません。『あの方』の力が混ざった力なのです……その覚えも貴方様は知っている筈です」

 

「ミックスレイド……」

 

ペルソナ二体以上を組み合わせた力、本来ならば『彼』だけの力。

しかし、洸夜も全く使えない訳ではないが最初は全く使えなかった。

同時に多数の召喚が可能であった洸夜、二体以上を組み合わせた新たな力を扱う『彼』、それぞれだけの力。

だが、洸夜がオシリスを手にしてから使える様になってきた力だ。

『彼』の影響によって純粋な己のワイルドを捨てた事によって手にした力。

それが意味する事、それは……。

 

「洸夜様……貴方様は戻らねばなりません。今のワイルドを捨て、貴方様本来のワイルドに」

 

「俺の本来のワイルド……」

 

『彼』から影響したワイルドを捨て、洸夜本来の力に戻る事を伝えるイゴール。

洸夜もそう言われた時にそんな感じはしていたが、それはつまり”ミックスレイド”を捨てると意味する。

それは、『彼』が残した数少ない遺産を洸夜自身の手で捨てるとも言えるのだが、洸夜は迷わずに頷く。

 

「ああ、あるべき姿に戻すだけだ。たとえ消えても『アイツ』と共に生きた時間までは消えない」

 

「……宜しいのですな?」

 

洸夜はイゴールの言葉に対して頷いた。

 

「ああ、『アイツ』はずっと俺を見守ってくれていたんだ。もう、心配を掛けさせる訳にはいかない……」

 

そう言うと洸夜は、己の胸ポケットから召喚器を取り出して銃口を己の右側の眉間に付けた。

今、黒き愚者が前に進む時、洸夜は瞳を閉じず笑みを浮かべ、こう言った。

 

「ありがとな……『ミナト』」

 

その瞬間、洸夜は引き金を引いた。

砕ける音と共にベルベットルームにオシリスが現れる。

その姿は半分の黒色の状態であったが、その黒は侵食する様にもう半分へ広がって行くと全身がやがて黒一色となった。

『真・オシリス』名付けるならば、その名前となる。

 

「今度こそ、前に進む時が来た……お前等にも迷惑を掛けたなイゴール」

 

「いえいえ、私共は何もしてはおりません」

 

そう言って再び笑うイゴール、そして彼は洸夜へ言い放つ。

 

「さあ、行きなされ! 過去と自分に決着をつける時ですぞ」

 

「そうだな……ありがとう、イゴール」

 

洸夜はイゴールに礼を言うと、そのまま瞳を閉じた。

 

▼▼▼

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

洸夜が再び目を開けると、そこは己の作り上げてしまった世界、そして己のシャドウの姿があった。

また、オシリスの姿も真っ黒に染まっていて先程とは違う事にメンバー達は頭を首を傾げた。

 

「ワン?」

 

「さっきと色が違くないか?」

 

「それだけではありません……ステータスが全て変わっています!」

 

コロマルと明彦が呟き、風花がオシリスのステータスの変化に気付いた。

物理無効はあるが雷無効が消え、他のステータスは大きく上昇していたのだ。

僅か一瞬の出来事だが、ベルベットルームに行ったことは美鶴達は知らない。

特に何も言わない総司は気付いている思われるが、何も言う気はないようだ。

周りが首を傾げた、その時だ。

洸夜の影の咆哮が洸夜達に放たれた。

 

『ナゼダァァァッ!! ナンデ、捨てタそいつに力を貸すッ!!?』

 

ペルソナが再び洸夜の下へ向かうとは思っていなかった洸夜の影、そんな洸夜の影の変化に風花が気付いた。

 

「あのシャドウ……全体的に力が落ちています!?」

 

「ペルソナが洸夜に戻った今、あのシャドウの力はなくなったも同然って事ね」

 

「それじゃあ!? 戦うなら今が好機ですよ!」

 

風花の言葉にチドリと乾が答え、それに対して洸夜も頷くと美鶴達には背を向けたまま洸夜は皆に語り掛けた。

 

「……美鶴、明彦、真次郎、アイギス、ゆかり、順平、風花、乾、チドリ、コロマル、クマ」

 

メンバー達の名を次々に言う洸夜に、美鶴達は少し驚きながらも聞き続ける。

 

「そして……総司」

 

自分の名も呼ばれた事で、総司も兄の方を向く。

そして、洸夜は皆へ言った。

 

「今更だ……本当に今更になった。だが、頼む! 俺に力を借してくれ……俺は自分と向き合いたい。俺と一緒に戦ってくれ……!」

 

洸夜の言葉、それは精一杯の言葉だった。

下手な事は言わず、ただ純粋な頼みを洸夜は仲間、そして弟に頼んだ。

長くなってしまった願い、その願いを聞いて美鶴は洸夜の後ろに立ち、そして……。

 

「ああ、勿論だ。一緒に戦わせてくれ……洸夜」

 

美鶴はそう言って、後ろから洸夜の手を取る。

その行動の本当の意味は分からないが、美鶴も、他のメンバー達も力強く頷いた。

 

「ああ、任せろ!」

 

「まあ、俺はその為に戻って来たからな」

 

「私も協力させて頂きます」

 

明彦、真次郎、アイギスが応える。

 

「もう、私は守ってもらうだけじゃないもの」

 

「よっしゃあ! おれっちもやるぜ!」

 

「私も皆の力に……!」

 

ゆかり、順平、風花の言葉も届く。

 

「僕も成長したんです。洸夜さんも……皆さんも助けれる様に!」

 

「あの時、本当だったら私は死んでいたと思う……けど、私は生きて、皆と戦う!」

 

「ワン!」

 

「クマもやっちゃうもんね!」

 

乾、チドリ、コロマル、クマも洸夜へ応えてくれた。

そして、最後は総司だ。

 

「兄さん」

 

総司は皆が言い終えた後に洸夜の横へと立つと、静かに兄の顔を見る。

そこにある兄の顔は、前にあった悩みや迷い、後悔から解放された穏やかな表情をしている。

そして、そんな自分の顔を見る弟に洸夜は静かに頷いた。

 

「すまないな、総司。折角の修学旅行にお前等を巻き込んでしまってな……」

 

言葉ではそう言うものの、洸夜から伝わる感情には来てくれた事への嬉しさが伝わって来ていた。

可笑しそうに言う洸夜だが、その表情はすぐさま真剣なものに戻り、総司を見て言った。

 

「……力を借してくれるか、総司?」

 

「ああ、任せて。やっと並んで戦える」

 

「……そうだな」

 

二人同時に刀を担ぎ、臨戦態勢をとる洸夜と総司。

すると、二人は不思議な感覚を覚え、空いている方の手を相手の方へ翳した。

暖かい感じを洸夜と総司、そして美鶴達も感じ取った瞬間、洸夜と総司から蒼白い光が現れ、その光は巨大なものとなり天へ昇る程の力だった。

 

「兄さん……!」

 

「ああ……! 新たな仮面が産声をあげるぞ」

 

真なる意味で美鶴達との絆を取り戻し、総司と純粋な兄弟の絆を元に互いのワイルドが干渉した結果、その新たな真なる絆によって新たな仮面が目覚めようとしていた。

洸夜と総司、二人の目の前にクルクルと蒼い光を巻きながら回るアルカナが描かれたカードが舞い降りる。

洸夜には二枚、総司と美鶴達との絆。

総司には一枚、兄とのワイルドの干渉。

他のメンバー達が二人の姿に目を奪われる中、二人は目の前のカードを握り砕くと、洸夜は召喚器の引き金を引き、総司はそのまま新たな仮面の名を叫ぶ。

 

「来いよ……! 『ヘーメラー!』『アイテール!』」

 

「来い……!『カグツチ!』」

 

何かが割れる音を産声として、三体のペルソナが降臨する。

光の衣を纏いし女性型の姿、輝きし長髪に顔の右反面を覆う仮面を付けしペルソナは、光輝き心地よき暖かな光を放つ”ヘーメラー”。

光輝く鎧を纏いし男性型の姿、光明を彷彿させる光の髪に左反面を覆う仮面を付けしペルソナは、神々しく光を照らす”アイテール”。

そして、総司のペルソナは外見だけならばイザナギと瓜二つ、だがその色は炎の様な赤で染まり、頭部・両肩・背中・大剣に炎を纏わせし”カグツチ”。

その三体が洸夜と総司の前に召喚され、その場所で誰よりも大きな存在感を放ち、その存在感に風花とクマは息を呑んだ。

 

「す、凄い力です……今までのペルソナ達とは何かが違う……」

 

「でも、不思議と怖くないクマ。それどころ……安心するクマよ~」

 

爽やかな笑顔を浮かべるクマ、その表情に風花や乾が苦笑するが、美鶴は洸夜が召喚した二体のペルソナに別の意味で視線を奪われていた。

 

「これは、何かの偶然なのか……?」

 

「へっ? どうしたんすか……?」

 

驚きを通り越し、困惑すらしている美鶴の姿に順平は理由が分からずに皆へ答えを求めるが、皆も分からないらしく首を傾げたり沈黙で返す中で、アイギスが答えをもたらした。

 

「昼の女神ヘーメラー、天空神アイテール……それは、神話ではニュクスとエレボスの三人の子供達、その内の二人なんです」

 

「ハアッ!!?」

 

「うそ……!」

 

アイギスの言葉に順平とゆかりは堪らずに吹き出してしまった。

ニュクス、エレボス、この二つの存在はメンバー達にとって忘れる事の出来ない存在達。

神話上とはいえ、その二体が洸夜の新たなペルソナとして誕生したのだ。

それを知っている美鶴とアイギス、それを知った順平達が困惑するのは無理もなかった。

 

「偶然……でも良いんじゃない?」

 

「でも、流石に偶然で片付けられない気も……」

 

「クゥン……」

 

チドリの言葉に納得できず、乾とコロマルが迷った時だった。

何かに気付いた明彦と真次郎が全員の無駄口を手で制止させた。

 

「おい、無駄口は終わりだ……」

 

「あのシャドウ、動き出したぜ……」

 

二人の言葉に全員が視線を洸夜の影へ向けると、洸夜の影は動き出して自分達の下へと近付いていた。

相変わらず、発狂よろしくな怒号を叫びながら。

 

『ふざケルなッ!! マタ、捨テラれるだけなのが、ナンデ分かラナいッ!!』

 

剣を振り回しながら暴れる洸夜の影、その姿は既に抑圧された人格とも思えないもの。

そんな姿に総司の中にも疑問が浮かぶ。

 

(おかしい、暴走気味とはいえ……何かが変だ。心が統一されていない? まるで感情の一部を切って貼った様な……)

 

そこまで考えた時、総司はイゴールの言葉を思い出す。

 

『ヒッヒッヒッ……! 愚者になる前に存在していたアルカナ……ワイルドの前に消えた存在。しかし、もしもそのアルカナが洸夜様にまだあるとしたら?』

 

『ヒッヒッヒッ……! ワイルドと言う色に身を隠しておられるやもしれませんな』

 

ベルベットルームで言っていたイゴールの他愛もない言葉、だがそれがもし真実を指しているのならば、それが示す答えは一つしかない。

 

(まさか……!)

 

総司はその言葉の意味に気付いた。

目の前のシャドウのあの姿をワイルドの様な物とするならば、今の大型シャドウの正体が自ずと見える。

 

「兄さん!」

 

総司は答えは知り、洸夜へその事を伝えようとした。

だが、洸夜はそれを手で制止させ、静かに頷いた。

 

「ああ、分かってる……姿を出させる」

 

洸夜は己のシャドウを睨み、己の答えをぶつけた。

 

「姿を現せよ……いるんだろ、その中に!」

 

『……』

 

洸夜の言葉に、先程まで行動が嘘の様に洸夜の影は動きと言葉を止めた。

その姿は、まるでロボットの様に正確な動きだった。

だが、それだけであり、まだ何も変わらない。

そう思われた時だった。

 

ピキッ……!

 

洸夜の影に亀裂が走る。

そして、その事によって洸夜の影が小さく唸り声をあげ始めた。

 

『アアァ……!』

 

「動きが鈍り始めたぞ」

 

洸夜の影の様子を明彦が言い、その言葉を聞いた洸夜は一気に畳み掛ける。

 

「姿を見せろ! 俺のシャドウ! 本当の内なる存在!!」

 

ガタン……!

 

その瞬間の出来事であった。

このエリアの周囲に並ぶアルカナを示すステンドグラスが填め込まれた石版、それらが一つずれる様に動き出した。

次々に動き始めるアルカナ、その内、ずれた事によって生まれた空白に一つの石版が出現するが、それ真っ黒な状態でアルカナが描かれてはいなかった。

だが、それは最初の内だけ徐々に下から染まり始めその姿を現して行く。

片足立ち、おかしな格好のそのアルカナの存在にメンバー達は気付く。

 

「あのアルカナは……?」

 

他者をおちょくる様な姿のそのアルカナは、No.0『道化師』であった。

 

『ガアァァァァァッ!!?』

 

アルカナの出現と同時に洸夜の影の亀裂は全身へと渡り、やがてその姿は爆発する様にして砕け散った。

爆発による強風は強い物であったが、ヘーメラーやアイテール、そしてカグツチによって洸夜と総司を始め、メンバー達を守護する。

 

「ど、どうなったクマか……?」

 

爆風から守ってもらい少し安心するクマだったが、その僅かな安心は一瞬で砕け散る事になった。

 

『ヒャ~ハッハッハッハッ! 絆なんてな、自分の為だけに築くもんだろうがッ!!』

 

小馬鹿にした様な大声が辺りに響き、油断していたクマがビクついてしまう中、洸夜と総司、そして美鶴達は声の主を見詰めると、そこにいたのは異様なモノであり、洸夜の纏う雰囲気も一層鋭い物となった

 

「やっと会えたな……!」

 

洸夜が睨む先、そこにはいたのはハリネズミの様な髪をオールバック状にした存在であった。

髪型だけでも異様だが、その色は化学薬品の様な虹色であり、顔は顎の部分が尖っているのが目立ち、顔全体を覆う仮面を付けていた。

仮面には涙の様なメイクがされており、服装も沢山の色を切って貼った様にカラフル、しかもその服にはシャドウ達が付けているアルカナを示す仮面を沢山身に着けており、まるで演じる道具に見える。

その姿はさながら道化師そのものであり、真の姿を現した洸夜の影は、宿主である洸夜の言葉に首を傾げながら言った。

 

『ああぁッ? 会いたくなかったのはお前だろうが、この腰抜け! 今更、皆と仲直りして絆が最強とか思ってねえよな!?』

 

「……口が悪いな」

 

洸夜の影の言葉遣いに険しい表情をする美鶴。

彼女の性格は、あんな言葉遣いを許せない様だが真次郎はある考えを持っていた。

 

「だが、あれは洸夜なんだろ? って事はよ、あれも一応……」

 

「こ、洸夜さんの性格の一部って事ですよね……」

 

真次郎の言葉に風花が気まずそうに呟き、それに対して順平が納得した様に頷く。

 

「ああ! すげえ納得した!」

 

「洸夜さんって怒ると何かするか分からなかったからね……」

 

「それはいわゆる、間違った高校デビューでありますね!」

 

ゆかりやアイギスまで順平に続くように言い、背後で好き勝手言われ始める洸夜だったが、それを遮る様に己のシャドウへこう言い放った。

 

「お前は何が言いたい! 言いたいことが言えば良いだろ!」

 

『だからよ……絆ってのは所詮、自分だけが良いから築くんだよ。友達だろうがなんだろうが、自分が作りたいって欲求があっからだろ? 憎しみも相手が憎いから築く、正も負も全部そうさ……自分良ければ全て良しって事なんだよ!』

 

中指を立てて完全に敵対行動と挑発をする洸夜の影は、そのまま更に話を続ける。

 

『結局、『アイツ』の事も自分が辛いだけだから悩んでんだろ? 相手は全く関係ねえじゃんか!? 絆を築くだけの道具だろ、そいつらは?』

 

「……」

 

洸夜の影の言葉に洸夜は黙り、他のメンバー達はそんな洸夜を見守った。

信じているからだ、今の洸夜も自分達も乗り越える事が出来ると……。

そして、少しだけ洸夜は黙った後、静かに口を開いた。

 

「確かに、その全ては否定できない。昔の俺は、まさにそれだった……けどよ、皆と会えて変われた。自分の絆に振り回されたが最後はちゃんと戻れた……だから、俺は前に進む!」

 

『なんだぁ? 過去は捨てるんじゃねえか!』

 

小馬鹿に言う洸夜の影、だが洸夜は首を横へ振る。

 

「過去は捨てない! 過去は背負い、共に未来を歩む!」

 

ようやく気付いた、『彼』や武治の事を後悔すると言う事は二人が作ってくれた未来、二人の生き方を否定してしまうと言う事に。

洸夜は背負う覚悟を固めた、そして決意を胸に刀を己のシャドウへ向けるとオシリス達、そして総司や美鶴達も静かに構える。

そんな洸夜達の姿に、洸夜の影は黙るとドス黒い闇を身体から溢れさすと金色の瞳を輝かせ、洸夜達を見据えた。

 

『……我は影、真なる我。俺の為だけ築かせろ、最後の絆……”死”の絆を……!』

 

「……行くぞッ!!」

 

ペルソナーーー!

 

仮面の呼び声と共に始まる戦い。

過去と己、全てにケジメを付ける戦いの幕は上がった。

今度は、仲間達と弟と共に……。

 

 

End

 

 



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黒の終劇

卒研が終わり、久しぶりにPS2引っ張り出し、テイルズ・D・R・Aやってました。
リオン!?リオォォォォン!!
クレアァァァァァァァァァ!!
俺は悪くねぇぇぇぇぇぇぇ!!

全部が懐かしい……。


同日

 

現在、黒き愚者の幽閉塔【最上階】

 

ペルソナを召喚すると同時、洸夜と総司、美鶴達は洸夜の影へ駆け出した。

それぞれが己のペルソナと共に進み、それを見た洸夜の影は服から”魔術師”の仮面を取り出すと自分の顔へ付けた。

すると、洸夜の影の服の色が一つの色に統一され、雰囲気も少し違うものとなりながら洸夜の影は洸夜達に両手を翳す。

 

『灰も残さねえ……ラグナロク!』

 

洸夜の影から放たれた炎系最強技ラグナロク、それが己へ向かってくる洸夜達へと放たれた。

地面を溶かしながら進む巨大な業火、それを見た総司とコロマルは一気に前に出てカグツチとケルベロスを押し出す。

 

「カグツチ!」

 

「ワン!」

 

主の命にカグツチとケルベロスはラグナロクの目の前に行くと、身体全体でそれを受け止めた瞬間、己が持つ炎耐性を利用して一瞬にして掻き消す。

ケルベロスの力もそうだが、カグツチの力は強大であった。

掻き消したラグナロクを今度はそのまま、自分の大剣へ集めると洸夜の影目掛けて振り下ろす。

 

「カグツチ!」

 

総司の言葉と同時に敵へ向かうカグツチのラグナロク、それは生き物の如く、そして烈火の様に激しい炎となり、洸夜の影が放った以上のものとなって洸夜の影を包み込む。

だが……。

 

『嘗めんなッ!!』

 

洸夜の影はそう叫ぶと、そのまま己を包むラグナロクを吹き飛ばした。

辺りに降り注ぐラグナロクの火は、地面に落ちる前に燃え尽きるが洸夜の影には傷はほとんどなかった。

魔防が高く、耐性もあった為にダメージは互いに通らなかったのだ。

それに風花も気付き、皆にそれを教える。

 

「あのシャドウ、身に着けている仮面によってアルカナと能力が変わっています。今は魔攻・魔防共に高く、属性攻撃の耐性も多くあります!」

 

「表と裏……その中で裏の絆を司る、洸夜さんが持つ最後の力。……これで最後です! 過去から在りし私達全員が清算しなければならない罪。それを今日、ここで終わらせます!」

 

アイギスは自分が何もしてあげられなかった事が後悔だった。

『彼』の一件に囚われ、洸夜達の事に自身で気付くも止める事も出来なかった事が悔しくて仕方ない。

だが、それも今日で終わる。

アイギス達は選らんでいる、自分達は前に進む事を選らんでおり最後の仲間である洸夜を迎えにきた。

そして、洸夜に迷いが消えた今、アイギスにも迷いはなく、アテナを洸夜の影に突撃させる。

 

「アテナ!」

 

槍を向けて突っ込むアテナ、しかし洸夜の影は魔術師の仮面を外して服に付け直すと今度は”戦車”の仮面を被り、アルカナと能力を変化させる。

そして、洸夜の影はそのままアテナの槍を鷲掴み、攻撃を防ぐ。

 

『どうした? どうした!? そんなものかよッ!!』

 

「……クッ!」

 

攻撃が防がれると、今度はアイギスが直接飛んで空から援護射撃を開始した。

銃弾はアテナと取っ組み合いをしている洸夜の影に直撃するが、物理に強くなっているらしく銃弾の攻撃力は届かない。

 

(物理に強くなってる……なら、他のペルソナを……!)

 

アイギスは己のワイルドを使おうとするが洸夜の影にそれは見透かされており、洸夜の影の仮面がいやらしく歪んだ。

 

『今更そんなのが効くかよ……鉄屑がッ!!』

 

洸夜の影は顔をアイギスへ向けると、その口を大きく開けて中から疾風攻撃を繰り出した。

攻撃はマハガルダイン、広範囲の強力技にアイギスは回避行動を取るが範囲も広く、それによって発生する周囲の強風でアイギスはバランスを崩してしまった。

 

「ああぁッ!?」

 

バランスを崩したアイギスにマハガルダインが迫る。

避けるのは不可能、だが彼女もまた一人ではない。

 

「アイギス!」

 

アイギスとマハガルダインが接触する前に、ゆかりのイシスが割り込んで攻撃はイシスの前で掻き消される。

難を逃れたアイギスは洸夜の影から一気に距離をとると、ゆかりへ礼を言った。

 

「ありがとうございます、ゆかりさん!」

 

「私だって、泣いてばかりじゃいられないわよ!」

 

お互いに親指を立てて合図する二人、だが洸夜の影の能力を突破した訳ではない。

真の姿になっても面倒な力、それを見ていた乾は槍に力を入れて攻撃を仕掛けようとした時、そんな彼を真次郎が止める。

 

「ちょっと待て!」

 

「なッ!? なんですか、早くしないと……!」

 

慌てる乾だが、真次郎は親指を”とある方向”へ向けながら乾へ言った。

 

「俺達には、やらなきゃいけねえ事があんだろ……」

 

「えっ……?」

 

真次郎の言葉に、乾は理解できずに首を傾げてしまう中、洸夜・美鶴・明彦の三人も攻撃に参加し始めていた。

 

「ヘーメラーはタルンダを! アイテールはラクンダだ!」

 

洸夜は新たな二体のペルソナ達に命令し、ヘーメラーとアイテールはそらぞれの技を放とうと光を集め始めるが、それに洸夜の影も気付くと、アテナを力づくで引き離し距離を取る。

そして……。

 

『おっと! それに当たるのはご免だな! あらよっとッ!!』

 

洸夜の影はしゃがむと、そのまま一気に力を入れて飛びあがり、洸夜達の真上を通り過ぎながら笑みを浮かべた。

 

『ハッハッ! 当てれるもんならやってみやがれ!!』

 

よっぽど回避に自身があるのか、洸夜の影は洸夜に挑発しながら飛び回り続ける姿に順平とゆかりは引き摺り下ろす為に攻撃を仕掛けた。

 

「いけ! トリスメギトス!」

 

「撃ち落してやるわ!」

 

金色の翼を広げてトリスメギストスは斬りかかり、ゆかりは矢を放って攻撃を仕掛けると、その攻撃は全て直撃して洸夜の影は叫び声をあげた。

 

『ギャアァァァァ……な訳ねえだろ!?』

 

洸夜の影にダメージは通ってはおらず、逆にその攻撃の衝撃は当の順平とゆかりへ回り、自らの攻撃に襲われる。

 

「うげぇッ!?」

 

「ぐッ……! なん……で……!」

 

心構えをしていなかったダメージに思わず膝を付く二人、そんな二人を見て洸夜の影は見下しながら笑う。

 

『どうだ、物理反射のお味はよ? アルカナなんて興味ねえとか思ってねえだろうな? これが”剛毅”のアルカナの真骨頂だッ!!』

 

いつの間にか仮面が変わっており、小馬鹿にする様に笑う洸夜の影に、順平とゆかりは悔しそうに睨むも洸夜の影は更に笑い、二人の抵抗は負け犬の遠吠えとなってしまう。

そして、そんな二人の姿に今度はクマが攻撃に出た。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! クマを舐めると痛い目に遭うクマよ! ブフーラミサイル!」

 

クマは洸夜の影目掛けてミサイルを放ち、多数のミサイルが洸夜の影へ飛んで行くのだが……。

 

『はい、残念賞!』

 

洸夜の影はすぐさま仮面を魔術師に取り換えると、耐性を利用してミサイルを全て手掴みし、そのままクマの方へ投げ飛ばした事でミサイルはクマ目掛けて飛んで行く。

 

「のわぁッ!!? それ反則でしょうよッ!?」

 

元は自分の攻撃に背を向けて逃げるクマの姿に、思わず洸夜の影は腹を抱えて笑った。

 

『ヒャ~ハッハッハッハッ! 口ほどにもねえって意味を身を持って実感したかよ!』

 

その言葉は先程返り討ちにした順平とゆかりへにも含まれており、小馬鹿にする様な洸夜の影の笑い声が辺りに響く。

だが、そんな洸夜の影を立ち上がった順平とゆかりが見ていた。

 

「いつまで笑ってられっかな?」

 

『ああぁ……?』

 

挑発的な口調の順平に対し、振り向き様に首を傾げる洸夜の影だが、その姿は隙そのものであり、洸夜は見逃す訳が無かった。

 

「ヘーメラー! アイテール!」

 

力を溜めていたヘーメラーとアイテールは、洸夜の言葉に溜めていたタルンダ・ラクンダを洸夜の影へ放ち、そのまま洸夜の影の背中へ直撃をみせる。

そして、その影響は早くも洸夜の影へ出た。

 

『ガアァ……! 力が……クソが……!』

 

物理・魔法の攻防のステータスを一気に減らされた洸夜の影、突然の脱力に膝を付いてしまうが洸夜の追撃はまだ終わってはおらず、二体に力を注ぎ、洸夜とその二体から巨大な蒼い光が溢れ出た。

 

「ヘーメラー! アイテール!」

 

二体は洸夜の言葉に、膝を付く洸夜の影目掛けて突っ込むとヘーメラーは左手を、アイテールは右手を洸夜の影へと触れた瞬間、巨大な光が解き放たれた。

 

『下天の光明』

 

『上天の光明』

 

二体から放たれた光は巨大な力となって放たれ、零距離で当てられた洸夜の影を包みながら巨大な爆発を生み、その想像以上のダメージに洸夜の影は叫び声をあげながら吹き飛ばされた。

 

『ギャアァァァァッ!!? な、なんだこの力……!?』

 

身体が焼ける様に熱く、中身が全て破壊されるかの様な衝撃。

今まで洸夜が誕生させたペルソナの力を持ち、知り得てきた洸夜の影だったが、つい先程に誕生させたばかりのヘーメラーとアイテールだけは例外であった為、自分の知り得ぬ力に驚きを隠せない。

耐性を無視した先程の攻撃は恐らく、万物属性の攻撃であり喰らえば事実上防ぐことは出来ない。

だが、吹き飛ばされ洸夜の影は咄嗟に反撃を試みた。

 

『ッ! マハブフダイン!』

 

洸夜だけで飽き足らなかったらしく、広範囲の技で迫る洸夜の影。

力を落とされても威力は侮れない……だが、それは愚作であった。

 

「ムラサキシキブ!」

 

「アルテミシア!」

 

「キングフロスト!」

 

洸夜・美鶴・総司がそれぞれペルソナを召喚し、皆と盾となったのだ。

耐性持ちによる盾で全員を防ぎ、防がれた洸夜の影に隙が生まれた瞬間、今度はコロマルが駆け出した。

 

「ワンワン!」

 

コロマルはその小柄を利用し、小太刀で斬りつけながらケルベロスも召喚して連携で挑んだ。

コロマルが斬り、ケルベロスが噛む、その力の前に洸夜の影のダメージは蓄積されて行く。

 

『ガアッ! この……!』

 

剣の様に尖った洸夜の影の腕がコロマルに向けられる。

鋭利なその指で払われればコロマルも只では済まないのは分かっている事であり、ゆかりがコロマルに援護射撃を開始した。

 

「させるもんですか!」

 

一本、また一本と矢を放ち、計四本の矢が洸夜の影へ飛んで行き、その矢は綺麗に一列の形でコロマルを襲う洸夜の影の右手に突き刺さった。

 

『ッ!?……甘いんだよ!』

 

しかし、洸夜の影もそれで動きを止める事はせず、微々たるダメージを無視してコロマルへ腕を伸ばそうとするが、今度は順平が反撃に出た。

 

「行け! トリスメギストス!」

 

順平の声にトリスメギストスは身体を真っ直ぐにし、クチバシ部分をまるでダーツの矢の如くの勢いで洸夜の影へ飛んで行き、そのまま腹に命中して更に吹き飛んだ。

 

『カハッ……!? まだ……だッ!!』

 

吹き飛ばされた洸夜の影だったが、気合で立て直すと受け身を取って順平達から距離を稼ぐが、そこにはチドリがメーディアと共に立っていたのだ。

チドリは自分に近付いてくる洸夜の影に怯む様子も見せず、洸夜の影もチドリの存在にまだ気付いてはいない事も幸いとなり、彼女の攻撃はそのまま洸夜の影へ放たれる。

 

「メーディア……”マリンカリン!”」

 

メーディアが放った技、それは敵の動きを制限させる”悩殺”のバットステータスにする技であり、メーディアが放った桃色の光を浴びた洸夜の影は身体が思う様に動かせず、胴体着陸した飛行機の様に身体を地面に擦らせながら倒れ、そのまま見上げる様にチドリを睨み付けた。

 

『こ……の……! 偽りの……出来損ないの仮面使い……が……!』

 

「……その言葉は否定しない。私自身、今思えば嫌な生き方だって思ってるから。でも、洸夜と順平達は私を救ってくれた……だから、私は今もメーディアと戦う!」

 

強い意志で言い返すチドリ、そんな彼女の言葉が面白くない様に舌打ちする洸夜の影。

 

『チッ! この……クソ”貧乳野郎”がッ!!』

 

精神攻撃のつもりの暴言だったのだろうが、洸夜の影のその言葉にチドリの中の”何か”がキレた。

そして、チドリは何やらメーディアに指示を出すと、メーディアは静かに動きが止まっている洸夜の影へ近付くと手に持っている火が灯されている杯を洸夜の影の顔に直接押し付けた。

 

『アチャチャチャチャッ!!? クソがッ!!』

 

チドリの思いがけない反撃に悩殺状態にも関わらず高く飛びあがって距離を取る洸夜の影、次は周囲にも集中して周りに誰もいない事を確認している。

そして、洸夜の影は魔術師の仮面から”女教皇”と”女帝”二つの仮面を混ぜて被ると、回復スキルを使用して回復を図った。

 

『メシアライザー!』

 

全回復・バットステータス回復の両方を持つメシアライザーを唱え、己に当てる洸夜の影にアイギスと風花は驚きを隠せなかった。

 

「アルカナを組み合わせた……!」

 

「ステータスの向上も大きい! アルカナの組み合わせが来たら止めて下さい!」

 

本領が発揮され始めた風花の探知はすぐに相手の技の利点をあげ、皆にそれを伝えるが、そんな彼女を洸夜の影は静かに捉えていた。

 

『……邪魔だな』

 

元々、洸夜の影が風花とクマを集中的に狙っていたのは鼻が弱っているクマとは違い、純粋な探知タイプである風花を恐れたからだ。

嘗ての戦いの時も探知を妨害されていた事もあった風花だが、あれから二年と言う月日は確実に彼女を強くしていおり、敵からすれば邪魔な存在としか言えないのだ。

 

『……!』

 

そこからの洸夜の影の行動は速かった。

仮面を戦車のアルカナへ変えると、洸夜の影は飛びあがってそのまま風花へ刃の様な鋭利な爪を向けて迫った。

だが、風花はそれに動じずに正面から洸夜の影を見詰めていると……。

 

「……」

 

『ッ!?……こ、これは!』

 

洸夜の影が目の前に迫った瞬間、風花とユノは景色に溶ける様にその姿を消してしまい、洸夜の影は攻撃を中断して辺りを見るが風花の気配は何処には存在していなかった。

 

『ま、まさか……!』

 

何かに気付いた洸夜の影、そんな時、洸夜の影は背後から聞き覚えのある笑い声を耳にする。

 

『カシャシャシャシャ!』

 

『ッ!!?』

 

聞き覚えのある乾いた音の様な笑い声に洸夜の影へ振り向くと、そこには先程消えた筈の風花とユノが美鶴達の下におり、しかもその風花の真上には彼女を包むかの様にボロボロのマントをなびかせるワイトの姿があった。

ワイトは小馬鹿にする様に洸夜の影を笑い、その様子を見ながら洸夜は己の影へ言った。

 

「ワイトはもう、誰も傷付けない……俺の仲間を守ってくれる」

 

『……ッ! クソがッ!!?』

 

全てのペルソナが洸夜に戻った事で、洸夜との形勢が逆転している事を悟った洸夜の影はその事を認めないと言わんばかりに右手に力を溜め、攻撃の準備をした。

しかし、それは風花に読まれていた。

 

「広範囲の物理技、来ます!」

 

「ならば……アルテミシア!」

 

風花の言葉に美鶴はアルテミシアに指示を出し、アルテミシアの鞭は力を溜めていた洸夜の影の右手に巻き付き、そのまま一本釣りの様な形で引き、洸夜の影はその衝撃でそのまま宙へと浮いた。

 

『グウッ! そんなものでッ!!』

 

空中で洸夜の影は空いている方の腕を使い、アルテミシアの鞭を引きちぎろうとする。

 

「明彦!」

 

「おうッ!」

 

牽きちぎろうとする洸夜の影の背後の真上から明彦とカエサルが現れ、そのまま明彦は拳を、カエサルは大剣を洸夜の影の背中へ叩きつけ、洸夜の影はそのまま地面に叩きつけれた。

そして、それを見ていた総司はカグツチで追撃を試みた。

 

「行け、カグツチ!」

 

剣を構え、カグツチは洸夜の影へ向かうが弱っていても大型シャドウだ。

洸夜の影は迫っていたカグツチを左手で鷲掴みにして捉えた。

 

『ふざけるな……半端なペルソナ使い如きにッ!!』

 

そのままカグツチを握り潰そうとする洸夜の影だったが、力を入れた瞬間、カグツチの身体を赤い光が包み込む。

 

『炎殺の産声』

 

『ガアァァァァァッ!!?』

 

カグツチから放たれる巨大な炎は、そのまま掴んでいた洸夜の影へ襲い、洸夜の影は忽ち火だるまとなり、あまりの攻撃にカグツチを手放した洸夜の影。

まるで赤い光の柱の様に巨大な火柱、それを見ていた洸夜とクマは驚いた。

 

「なんて力だ……」

 

「センセイ……凄いクマ……!」

 

異常な熱風がカグツチから放たれており、例え自分達でも迂闊には近付く事が出来ないのを洸夜達でさえ思わず理解してしまう程だ。

 

「兄弟揃って出鱈目だな……」

 

「でも、凄いです……洸夜さんも、総司さんも!」

 

呆気に囚われる明彦とアイギス、だがその時だった。

洸夜の影を包み込んでいた炎が弾き飛び、多少焦げた洸夜の影がその姿を現した瞬間、洸夜の影は仮面を”星”に変えて両手を翳すと洸夜達の真上に巨大な力の塊が出現した。

 

『くたばれッ!! 明けの明星ッ!!』

 

それはルシファー等の限られたペルソナ専用の万能技『明けの明星』であった。

その威力は最大万能属性技であるメギドラオンさえも上回り、その力は正に最強クラス。

 

「明けの明星!? この技まで使えるのか……」

 

己のシャドウの無茶苦茶な力に何度目か分からない驚きをしてしまう洸夜だったが、落ち着いて瞳を閉じるとオシリスへ命じた。

 

「オシリス……」

 

『……』

 

主の命に落ちて来る明けの明星の前に立ちはだかるオシリスは、左手をゆっくりと翳すと黒き力がオシリスを、そして洸夜達を包み込み、やがて障壁の様な壁となる。

 

『黒の壁』

 

向き合った事で誕生した新たな力『黒の壁』。

出現した黒の壁と明けの明星が衝突し巨大な爆発を生むのだが、まるで世界が遮られているかの様に黒の壁は爆発を遮り、洸夜達を守った。

 

「万能属性の攻撃を……!」

 

「防いじゃった……!」

 

チドリとゆかりが驚き、目を丸くする。

防ぐ術などないと思われた万能属性の技を正面から防いだからだ。

 

「対万能属性に特化した補助技……」

 

「これが、黒の……兄さんとオシリスの本当の力」

 

技に対して調べる風花、そして兄のペルソナの力を直に体験した総司もまた驚きを隠せせず、そして明けの明星が消滅すると黒の壁も砕ける様に消え去った……だが、その瞬間---。

 

『貰ったッ! メギドラオンッ!!』

 

先程、明けの明星があった空中に出現する巨大な光の集合体。

洸夜の影の攻撃はまさかの二重構えの攻撃だったのだ。

威力は落ちたがそれでも当てれば洸夜の影の勝利であり、目の前の事態に順平達も慌ててしまう。

 

「マジかよ! また撃ってきやがったッ!!」

 

「クッ……! 洸夜、もう一度さっきの技を!」

 

明彦が洸夜へ黒の壁を頼んだ。

目の前のメギドラオンは、ドールマスターや最初の洸夜の影が放ったメギドラオンとは桁違いの威力なのは探知タイプではないメンバー達でさえ分かる。

正面から防ぐには洸夜の力が必要なのだ。

だが……。

 

「……グッ!」

 

「ッ!? 洸夜さん!」

 

明彦達が洸夜の方を見ると洸夜は膝を付いており、それに気付いたアイギスが駆け寄ると洸夜の額からは汗が出ており、息を乱れていた。

 

(まさか……黒の壁一回でここまで力を持っていかれるとはな……!)

 

万能属性を防ぐ黒の壁を扱うには多くの力を消費してしまう。

勿論、洸夜が弱った理由はそれだけではなく、身体と心への負担が蓄積してしまった結果でもある。

そして、それは美鶴達にも言える事であり、つまり現状は……。

 

「絶対絶命クマよぉぉぉぉッ!!?」

 

「あんたはもう黙ってなさいッ!?」

 

現状に再び絶望するクマ、そのクマを一喝するゆかり。

絶対絶命なのは皆も分かっているからであり、そんな事を言っている間にも洸夜の影渾身のメギドラオンが迫っている。

そして、そんなメギドラオンに対し、体力がメンバー達の中でも披露している筈の総司・美鶴・アイギス・明彦の三人が直撃だけは防ごうとペルソナと共に迎え撃とうと構えるが、それを理解している順平は慌て半分で驚いた。

 

「先輩!? アイギス!? 総司も!? 防ぐより逃げた方が良いって! いまのままじゃ本当に死んじまう!」

 

「何もしなければ本当に死ぬぞ!」

 

「完全に防げなくとも、直撃だけ防げれば良いッ!」

 

明彦と美鶴が激を飛ばし、四人はメギドラオンの真下で身構えるとそれを聞き、見たメンバー達もメギドラオンの真下に集結して迎え撃とうとする。

しかし、真上から迫る重苦しい威圧感、それはメギドラオンの威力をも意味している。

その中でゆかりは洸夜の回復に回っているが、黒の壁が唱えられるまで回復できるかは絶望的だ。

全員が息を呑む。

そして、一定の距離になった瞬間、メギドラオンの落下速度が加速して洸夜と総司達へ迫り、全員の身体に力が入った……その時だった。

 

「ふふ、メギドラオンには……メギドラオンでございます!」

 

何処からか声が聞こえた瞬間、洸夜達へ迫るメギドラオンの真横から割り込む形で洸夜の影のメギドラオンを倍は大きいメギドラオンが出現し、そのまま洸夜の影のメギドラオンを消し飛ばしてしまう。

そして、その余波は洸夜の影を襲い、そのまま吹っ飛ばし床に激突させた。

 

『カハッ……! 今のメギドラオンは……まさか!?』

 

洸夜の影は仰向けのまま空を見上げると、空に君臨する多色の月に重なっている小さな人影があった。

統一されてない色の月を背景に空に浮かぶ人影、その人影の周りを小さな何かが飛び回っている。

その正体こそ、洸夜の親友であるエリザベスとそのペルソナ『ピクシー』である。

エリザベスは自分を見上げている洸夜の影の姿に、楽しそうな笑みで返す。

 

「ふふ、爪が甘いメギドラオンでございました。その程度は私、決してワックワク致しませんので」

 

『エリザベス……だと!?』

 

まさかの乱入者に洸夜の影は驚きを隠せず、洸夜も嬉しい意味で驚いていた。

 

「エリザベス……来てくれるとはな」

 

洸夜も空を見上げて彼女の姿を捉えた。

空に浮かぶ親友の姿、規格外ではあるが洸夜も総司も慣れている為に騒ぎはしないが、見慣れていない者達にとっては洸夜の影以上にある意味で驚く事であり、美鶴達がエリザベスに気付くと目を開いて驚いてしまった。

 

「な、なんだ……彼女は?」

 

「空を……飛んでるな」

 

美鶴と明彦は呆気になってしまう中、ゆかりや順平も同じ気分を味わっていた。

 

「『彼』もそうだったけど、洸夜さんの交友関係ってどうなってるんだろ……」

 

「って言うか俺、あの子をどっかで見た様な?」

 

順平の脳内がエリザベスの姿に反応してしまう。

何処かで『彼』と一緒にいた所を見た様な気もするが、何故か不自然な程に印象がない。

そんな風に順平が己の記憶に悩んでいると、エリザベスも視線を美鶴達に移すと美鶴・アイギス・ゆかり・風花へそれぞれ視線を向かわせる。

 

「な、なんなんだろう……?」

 

「なんでしょうか?」

 

面識がない様な人物に見られれば誰だってそう思うだろう。

風花とアイギスが困惑気味に首を傾げていた時であった。

 

「ドヤァ……!」

 

エリザベスは空から美鶴達を見ながら、言葉通りにドヤ顔を決めた。

それは明らかに洸夜と総司を含めた者達を除き、美鶴・アイギス・ゆかり・風花の四人へ向けられたものだ。

 

「ゆかり、なぜ私達は面識のない筈の者からあんな顔をされているんだ?」

 

「分かりませんけど……なんだろう? なんか凄く悔しく感じてしまうのは」

 

ゆかりはエリザベスの表情に謎の敗北感を覚えてしまう。

まるで、自分よりも知っている事があるとでも言うかの様に感じてならない。

勿論、それはアイギスと風花にも言える事だ。

 

「なんでしょうか、この気持ちは……モヤモヤした様な、今一判断が出来ません」

 

「私も同じ気分……」

 

四人全員がエリザベスに対してやり返す形で視線を向けるが、それでもエリザベスはその楽しそうな笑みを消すことはなかった。

それでも窮地を乗り越えたのは変わりないが、この展開に納得しない者が一人いた。

それは勿論の事、洸夜の影であった。

 

『何故、お前が此処にいる!?』

 

「ふふ、全ての絆を力にするワイルド……私にとって、それは大変興味深いものなのでございます。そして、そのワイルドに身を隠していた最後のアルカナにも興味がそそられるのです」

 

洸夜の影にも笑みを崩さずにエリザベスは言い返す。

そんな彼女の態度に洸夜の影は怒りのボルテージを上げてゆき、怒気を含ませながらエリザベスを睨み付ける。

 

『興味本位って言いてえのか? 一番、胸糞悪い答えだなッ!?』

 

怒気を含んだ洸夜の影の叫びが辺りに響き渡る。

だが、洸夜の影もエリザベスの強さを知らない訳でもなく、寧ろ洸夜の中にいた時に戦っている為、その強さは身を持って知っている。

ハッキリと言えば邪魔なのだ、エリザベスの存在が。

勿論、彼女の真意の一つも洸夜の影が言っていた事は間違いではなく、エリザベスも自分の目的があっての介入でもある。

しかし、それだけでもない。

 

「その言葉は否定致しません。ですが、私が此処を訪れた理由はそれだけではありません。私が持つ絆、それを守る事……親友の危機に駆け付けたのでございます」

 

そう言い放つエリザベスの表情はとても爽やかな笑みであったが、その笑みには不似合いの威圧感も放っていた。

掛かってこい、洸夜の影にそう言い放っている様にも見れるエリザベスに洸夜の影は息を呑み、洸夜も呆れ半分だが嬉しさを隠すことは出来ずに笑みを零してしまう。

そして、エリザベスがそう言い放って間もなく、彼女は己の指先にピクシーを立たせながら口を開いた。

 

「ですが、私の目的はあくまで手助けでございます。そちらがメギドラオンや明けの明星を放つ時こそ、私の出番となるでしょう。私の現在のテンションがグ~イグイと上がり、そこからのボーナス確定状態でございます」

 

『……!』

 

メギドラオンや明けの明星を放つならば、何度でも自分が防ぐと言う意味の言葉を放つエリザベス。

その言葉に洸夜の影は怒りを隠せず、今すぐにでも撃ち落してやりたいと思ったが、今の状況でエリザベスとも戦うのは辛い。

追い詰められているのは洸夜の影、その事実は明白なものとなり始めている。

だが、大型シャドウがそう簡単に負ける筈がなく、洸夜の影は腹に力を入れて全力の咆哮をあげた。

 

『シャドウ共ッ!! 餌が残ってるぞぉぉぉぉッ!!!』

 

幽閉塔全体に洸夜の影の声が届く。

そして、それが意味することは一つしかなかった。

 

「シャドウ達が……!」

 

「この数は……!」

 

洸夜と総司が見た物、それは洸夜の影の周辺や空に続々とシャドウ達が現れた光景であった。

飢えている獣の様に唸ったり笑うシャドウ達、そのシャドウ達はエリザベスの周りにも出現する。

 

「おやおや……」

 

全方向を包囲されエリザベスは困った感じに呟くも、その姿は空中で優雅に座っており、本当に困っている様な感じはしない。

だが、それはエリザベスだからであり、美鶴達にとっては脅威である。

だからと言って諦めた訳ではない。

 

「やれやれ、随分と出てきたものだ」

 

「それだけ追い詰められていると言う事だろ」

 

ペルソナと共に構える美鶴と明彦、それに続くようにアイギス達も構え、洸夜と総司も武器とペルソナを構えて皆へ背を向けたまま言った。

 

「皆、ここからが正念場だ。もう少しだけ……手伝ってくれ!」

 

「終わらせるんだ……兄さんや皆さんの為にも」

 

背中から語られる洸夜と総司の言葉に、美鶴達も横に立つ等して応える。

対峙する歴戦のペルソナ使い達と大型シャドウ率いるシャドウの群れ。

そして、洸夜の影は言い放った。

 

『ヤレッ!!!』

 

一斉に吠えだすシャドウ達、その牙は洸夜達に向かって行く。

まるで地震の様に揺れが大きくなって行き、シャドウ達の進撃が迫ろうとしていた。

しかし、その時であった。

突如、洸夜達へ向かって行くシャドウ達を巨大な風や炎が包み込んだ。

それは空中のシャドウ達にも及び、空にシャドウ達も氷漬けや雷に打たれながら落ちて行く。

 

「ま、間にあったぜ……!」

 

シャドウ達が倒される中、総司の耳に聞き覚えのある声が届き、その声のする場所を見るとそこにいたのは五人の人影と五体の巨大なシルエットがあった。

勿論、総司はその正体を知っている。

 

「陽介ッ!! 皆!!」

 

そこにいたのは、先程まで十字架に貼り付けにされていた自称特別捜査隊メンバーである陽介や雪子達の姿であった。

そして、総司の声に気付き、陽介達は総司達へ手を振って自分達の無事を伝える。

 

「相棒! 洸夜さん!」

 

「皆、無事だよ!」

 

陽介と雪子が、総司と洸夜に語り掛ける中、美鶴達の視線は陽介達のペルソナであるスサノオやアマテラスへ向けられていた。

 

「あれが、彼等のペルソナか……」

 

「なんか派手だな」

 

「でも、みんな強い力ですよ」

 

美鶴の言葉に反応する順平の言葉に風花はそう言った。

話は聞いていたが実際に見るのとでは違う中、風花は陽介達のペルソナの力を静かに感じ取っていた。

しかし、そんな陽介達の参戦に納得できないのは洸夜の影だ。

洸夜の影は視線を陽介達の方へと向けた。

 

『貴様等一体、どうやって……!』

 

ペルソナ能力を封じる十字架から陽介達が自力で脱出するのは、まず不可能。

一体、どうやって十字架から脱出したのか疑問に思う中、陽介達の隣に見覚えのある二人に気付く。

そこにいたのは、一仕事終えた様な雰囲気を纏いながら武器を肩に乗せる真次郎と乾の二人が立っていた。

 

『まさか、お前等が!』

 

「ハッ! 今更、気付いたのかよ」

 

「僕達がしなければならない事……この事だったんですね」

 

戦闘から離脱していた真次郎と乾がしていた事、それは十字架から陽介達を助け出すことであった。

二人は手短に状況を説明しながら五人を助け出し、洸夜の影と対峙する。

 

「先輩! 洸夜さん! 話は大体分かってます!」

 

「周りのシャドウ達は私達が相手するから、洸夜さん達は大型シャドウを!」

 

「サポートは任せて!」

 

完二、千枝、りせの言葉を皮切りに陽介達は周りのシャドウ達へ向かって行く。

 

「センセイ! 大センセイ! クマもヨースケ達の手伝いをして来るクマ!」

 

そう言ってクマも、陽介達同様に周りのシャドウ達へ向かって行き、そんなクマの代わりに真次郎と乾を合流を果たす。

 

「これで戦い易くなったろ?」

 

「いい仕事をしてくれるな……二人とも」

 

友の言葉に洸夜と真次郎・乾は互いに笑い合う。

だが、そんな状況になっても洸夜の影が諦める事はない。

 

『何故だ! なんでこんな事が起こる! 絆を否定した奴、死んだ奴、封じた奴、どいつもこいつもなんでこんなに集まり、その男を助ける! なんでこんな事ばかりが起こるッ!!?』

 

「……終わりの時なんだ。俺が招いてしまったこの一件、二年前の事、俺自身の事、この全てが終わろうとしている。決着をつける! 俺は皆や過去と共に……未来を歩むと決めた!」

 

洸夜のその言葉に全員が構え直し、洸夜の影と対峙する。

全員から伝わる気持ちや、周りでシャドウ達と戦う陽介達の姿に洸夜の影は初めて気圧された。

かつて、洸夜の影もそれを直に感じた事があるからだ。

最初に感じた時は洸夜の中で、次はシャドウとして目の前でだ。

だが、洸夜の影は戦いを止める事はない。

 

(何故だ、何故に皆はこの男に集まる? 全ての色、ペルソナは何故に従う? ずっと苦しい絆を支えていた俺を認めないこの男を……!)

 

己の全てを否定した宿主に対する憎しみは消えない。

全ては此処で変わるのは皆、分かっている。

そして、洸夜の影の咆哮を合図に戦いは始まった。

 

『ガアァァァァァッ!!!』

 

洸夜の影は爪を向けながら突進し、洸夜達の中で大きく振り回すが洸夜達はそれを回避すると、洸夜の影はチドリへ視線を向けた。

 

『チドリッ!? 己を道具にして命を弄んだ桐条が憎くないのか!?』

 

「確かにあの時の事は忘れる事はできない。でも、私はもう誰も恨まない。皆と笑いながら未来へ生きるの!」

 

チドリは自分に爪を向ける洸夜の影の攻撃と言葉を否定し、交差するタイミングでメーディアで反撃をする。

メーディアの放つ炎が洸夜の影を襲い、洸夜の影はそれを鬱陶しい様に払う。

 

『クッ! ゆかり! コロマル! お前等はどうなんだ!? 父を奪い、大切な場所を襲う原因を作った桐条が憎くはないのか!?』

 

「それはもう区切りをつけたわ。周りやお母さんの事で苦しい思いをしたけど、私だっていつまでもこのままじゃいられないのよ!」

 

「ワンッ!」

 

ゆかりの矢とコロマルの攻撃が洸夜の影へ放たれ、一瞬怯んでしまう洸夜の影。

 

『ッ! 真次郎! 乾! シャドウに呑まれ、自分を人殺しにした女が憎くないのか! 母親を奪った男を本当に許せるのか!』

 

「あれは俺の未熟さが生んだ事だ。それは今もこれからも変わらねえ、そして、俺が憎いのはそれを招いて逃げていた俺自身だ!」

 

「僕はもう復讐を望まない! 僕は拒絶されるのが怖かった、恨んでいないと立っていられなかった! でも、もう誰かに守ってもらってばかりの僕じゃない! 母さん、荒垣さん、洸夜さん、『あの人』、今度は僕が皆を守る番だ!」

 

真次郎と乾はその場で飛びあがり、洸夜の影の胴体にそれぞれ一閃して攻撃を放つ。

 

『グゥッ! 風花! 虐められていたのに他人を信用できるのか!?』

 

「できます! あんなだった私にも友達や仲間ができたんです! 心が辛かったけど、皆が私を信じてくれた様に私も皆を信じたい!」

 

風花は洸夜の影の攻撃を読み、その攻撃を回避した。

 

『クソッ! 順平! 『アイツ』や洸夜が妬ましくなかったのか!?』

 

「わりぃけど、そんなガキだった俺は止めたんだ。ふらふらしている様な俺だけどよ、俺が今、一番何をしなければならないか位は分かってるつもりなんだよッ!!」

 

トリスメギストスが洸夜の影へ突撃し、態勢が崩れた洸夜の影へ順平は剣でフルスイングを繰り出した。

 

『ガフッ!? あ、明彦! 妹を助けなかった周りが憎くないのか!?』

 

「俺が憎いのは、あの時に美紀を助けられなかった俺の無力だ。それは今でも変わっていない!!」

 

明彦の顔面ストレートが洸夜の影に直撃する。

顔面にめり込みながら吹き飛ぶ洸夜の影だが、咄嗟に受け身を取って態勢を整えた。

 

『美鶴! アイギス! 沢山の命を終わらせ、奪い、狂わせたお前等が誰かを助ける事が出来ると思っているのか!?』

 

「人によっては私の行動や生き方を否定するだろう。だが、少なくとも私はその罪をなかった事にするつもりはない! どれだけの人に恨まれようが桐条の罪を背負う覚悟! この想いに迷いはない!」

 

「兵器として作られ、沢山の命を傷付けた私ですが『あの人』や洸夜さん、そして皆さんの為にも私は生きて戦い続けます! それが私の覚悟であります!」

 

アルテミシアの鞭で弾かれ、アイギスが銃弾の雨をお見舞いする。

洸夜の影はその攻撃を避ける様に距離を取ると、総司の方を向いた。

 

『総司ッ!! 兄を傷付けた奴等が憎くはないのか!!?』

 

「それは俺がどうこう言う事じゃない。その件で俺がやれるのは全力で兄さん達を見守り、支える事だ!」

 

総司の言葉にカグツチからイザナギにチェンジし、イザナギは大剣を振って洸夜の影をそのまま吹っ飛ばす。

最早、美鶴達も総司にもそんな言葉遊びは通じない。

彼等の目の前にいる兄の影、負の道化師。

どれだけの言葉を並べ惑わされようとも、もう一人じゃない。

 

『セェェタァァァァァコウヤァァァァァッ!! なんでそんな奴等を信じられる!? そいつ等は自分の事だけ棚上げし、お前を裏切った奴等だぞ! なのになんで信じる!? 何故、共に戦えるんだ!!?』

 

「気付けば単純だ。共に生きた三年間に……嘘はつけない。……タナトス!」

 

己のシャドウを真っ直ぐに見詰めた洸夜は、新たなにタナトスを召喚し対峙する。

また、召喚されたタナトスの姿は元の色よりも黒色が濃く、今までの様な危うい感じは全く感じられない。

力だけのタナトスの異変に、洸夜の影は思わず驚いて動きを止めてしまう。

 

『不純物のタナトスが何故、お前自身のペルソナの”様に”なっているッ!?』

 

「このタナトスはもう不純物じゃない。本当の意味で俺のペルソナになったんだ!」

 

洸夜は叫び、タナトスはそれを合図に猛スピードで洸夜の影へ突っ込む。

その姿に洸夜の影もまた、迎え撃つ様に両手を構えるがタナトスの速さは予想以上であり、そのままタナトスは通り過ぎる間に斬りつけられ、膝を付きながら痛みの叫びをあげた。

 

『グオォォォォッ!! こんな、こんな事が……あってたまるかッ!! ペルソナ使い共は全員、皆殺しだッ!!』

 

洸夜の影はそう叫ぶと、身体に取り付けていた仮面を全て外して自分の両手で包み込んだ。

何かをこねている様にも見える動きを見せる洸夜の影だが、やがてその両手を広げると中から出てきたのは黒一色の仮面が出てきた。

見ただけでも無言の圧力を感じてしまう黒の仮面、それを洸夜の影は顔に取り付けると全身に力を溜めた。

 

『コンセントレイト!……そして、これで終いだッ!!』

 

洸夜の影から大きな力が溢れ、それを見た風花はその目的を察知し全員に呼び掛けた。

 

「全体技が来ます! 備えて下さい!」

 

風花の言葉に全員が何かを言うよりも先に防御の態勢をとる。

ペルソナを盾にする形をとり、後は態勢を縮めたり等してダメージを和らげようとしているのだ。

そして、洸夜達が防御をしたとほぼ同時に洸夜の影の攻撃は放たれた。

 

『冥王の呪縛』

 

 洸夜の影はオシリスの専用技を放ち、洸夜達を中心にし辺り一面に禍々しい稲妻が降り注がれた。

 轟音と共に辺りを包む稲妻。それは洸夜の影の持つ負の全てを具現化した程に重く、そして叫びの様に何処か悲しい光。

 そんな攻撃もやがて収まり、辺りに煙が発生し始めた。

 

『……』

 

煙が隠し、洸夜達の姿は確認できない。

だが、コンセントレイトで強化した渾身の一撃を喰らえば、直撃を回避したとしても只ではすまない。

洸夜の影は意識を洸夜達を見つける事に集中する。

 

『まだだ』

 

まだ、洸夜は死んでない。

半身とも言える洸夜の影にはそれが分かる。

宿主の死、それが意味するのは洸夜の影にとっては己の消滅も意味する。

だが、自分は生きている事実と否定された憎しみが、洸夜の影に洸夜の生存を教えているのだ。

洸夜の影が意識を未だに探索に集中していたその時、洸夜の影は少しずつ晴れて行く煙の中で一瞬だが”灰色”の髪を捉えた。

 

『そこだぁぁぁぁぁッ!!!』

 

目標を捉えた瞬間、力を溜めた爪で洸夜の影は襲い掛かった。

殺す、終わりにする、ただそれだけの為に。

放たれた洸夜の影の殺意、それはその目標に直撃した様に見え、その衝撃で煙も晴れてその目標の姿が現れた。

その姿は……。

 

「……残念賞!」

 

イザナギで攻撃を受け止めながら、してやったりと言った笑みを浮かべている総司だった。

洸夜ではない、その現実に洸夜の影の身体は怒りで震えあがる。

 

『また貴様かぁぁぁぁッ!!』

 

怒りの咆哮をあげ、大気を揺らす洸夜の影。

しかし、洸夜の影はすぐに現実に戻った。

洸夜ではないなら本物の洸夜は今どこに?

その当然の疑問が洸夜の影の頭を過った瞬間、洸夜の影は何かに気付き、空を見上げた。

 

『そこかッ! コウヤッ!!』

 

洸夜の影が見上げた先に、オシリスに支えられながら自分の方へ向かってくる洸夜の姿があった。

 

「オシリス。これで終わらせる……力を貸してくれ」

 

主の言葉にオシリスは頷く様な仕草をすると、その身体は光の粒子となって洸夜の刀を包んだ。

そして、その蒼白く光る刀を洸夜は構え、そのまま己のシャドウの下へと落ちて行った。

 

『なめるなッ! 小剣の心得で斬られるかッ!』

 

洸夜の影は迎え撃つ形を取り、右手の巨大な爪を下にして構える。

洸夜と洸夜の影、その最後の戦いを総司と美鶴達や陽介達も息を呑んで見守っていた。

そして、その時は訪れた。

 

「黒は新たな力を創る……そうだろ、オシリス?」

 

落ちながら呟く洸夜の言葉を聞き、それに応えるかの様に刀を包み光が強くなった。

だが、それは眩しくて頭が痛くなるような不快な光ではなく、それは優しく安心できる光だ。

そして、その刀の光に洸夜の影の顔色が変わった。

 

『ッ! なんだ……なんだそれは!? それは小剣の心得じゃない! それは---』

 

「……『小剣の心髄』」

 

洸夜の影は最後は聞かれる事はなく、洸夜によって振り下ろされた刀に両断された。

傷口から吹き出す黒い霧の様な物を吹き出しながら、洸夜の影は静かに消滅していった。

 

 

▼▼▼

 

洸夜の影が消滅すると、陽介達と戦っていたシャドウ達は一斉に逃げ散ってしまった。

自分達に影響を与え、力を渡していた洸夜の影抜きでは歴戦の美鶴達に対抗できないと思い、各上の洸夜や美鶴達が怖くて逃げたのだろう。

一部、エリザベスに睨まれ既に逃亡したシャドウもいたが、少なくとも今この場所にシャドウはいない。

そんなエリザベスもいつの間にか消えていた。

そして美鶴達と陽介達は、洸夜と総司の下へと集まった。

 

「これで終わったんだな、洸夜」

 

「少なくとも、大型シャドウは消えた筈……」

 

美鶴と陽介がそれぞれ口にするが、洸夜はその言葉に首を横に振る。

 

「すまん、まだなんだ」

 

そう言って洸夜はある一点を指さし、皆もその一点を見詰めるとそこにいたのは金色の瞳をし、洸夜?の姿になっているシャドウの姿があった、

思わず全員が身構えそうになったが、その構えはすぐに解かれた。

何故なら、洸夜?の姿でもその姿は”幼い子供”の姿だからだ。

 

「あれは……確か、洸夜の子供の頃の姿だな」

 

明彦の言葉に全員が静かに頷いた。

洸夜の過去を見た時に見ているので忘れる事はない。

勿論、それは洸夜自身も分かっており、洸夜はシャドウに近付くと、その手前で立ち止まって静かに語り始めた。

 

「単純に寂しかった……両親のいない家、誕生日、クリスマス、保育園や学校の授業参観もいつも俺だけ一人だった。寂しい、と一言言えば良かったのかも知れない。けど、それを言うと父さんも母さんも困ってしまうのは幼い頃の俺にだって分かってた」

 

当時から両親が忙しいのは子供ながらに分かっていた事だった。

忙しい中での幼い洸夜の子育てについて、両親が夜中に揉めていたのも知っている。

いつも一人、友達も出来たと思えば引っ越しで関係は薄れて行く。

一番付き合いが続くのは大学の友達と言うが、それは正しい部類に洸夜は思っている。

幼稚園、小学校、中学校、どの全ても引っ越してから少しは手紙や電話、メール等をして交流するが自然とそれもなくなってしまう。

 

「だからだろうな。寂しかった故に、俺は孤独を恐れて他者との繋がりを求めていたのは……それが良いか悪いか関係なくな」

 

他者との繋がり、仲良くする普通の繋がりや負の感情で繋がる負の絆。

孤独を恐れていた故に築いてしまった絆。

それが洸夜のワイルドの本質、全てを力にしている黒のワイルドだ。

 

「だが、それでも全てに嫌になった時もやっぱりあったんだ。何も変わらない日々にイラついて、グレてやろうとも思ってたよ。けど、そんな時だった……総司、お前が産まれたのは」

 

洸夜の言葉に反射的に総司に視線を向けるメンバーだが、総司はそれに気付かず黙って兄の言葉を聞いている。

 

「なにを考えているのか分からない無邪気な顔をして、危なっかしいったらなかった。だが、だから思ったんだろうな。この子に俺と同じ辛さを味あわせてはならないと」

 

自分が得る事が出来なかった家族の愛情。

それを総司にも味あわせてはならないと言う想いをバネに、洸夜は総司との時間を大切にした。

誕生日やお祭り、ゲームセンターにも兄弟でいって楽しんだものだ。

それは勿論、総司も分かっていた事であるがようやく兄の本音が聞けた気がして嬉しかった。

余談だが、話を聞いていた真次郎が感動して目が潤んでいた事は誰も知らない。

 

「ワン?」

 

真次郎を見ながら首を傾げる一匹を除いて。

そして、そこまで言うと洸夜はゆっくりと自分のシャドウに近付くとしゃがんで目線を合わせた。

 

「だが、そんな中でもこいつはずっと築いてくれていた。今までの事、美鶴達の事も全部今まで通りにしてくれていただけだった。……なのに、俺はそれを否定した」

 

お互いに眼を離さず、洸夜は語り続ける。

もう、力はいらない。

今いるのは想いを乗せた言葉だけだ。

 

「傷付いたよな。ずっと頑張ってくれていたのに、それを否定されれば誰だって。……すまなかったな。お前にも今更になってしまったが、頼む……戻って来てくれ」

 

そう言って洸夜は己のシャドウへ頭を下げた。

今回の事はもう洸夜自身は認め、己の弱さを受け止めている。

残るは、己のシャドウだけだ。

最悪、また暴走するかも知れないと洸夜は内心で思っていたが、言葉を発してから生まれた少し長い沈黙に耐えていた時だ。

洸夜は自分の前で音が聞こえ、頭を上げるとそこには自分の顔を見つめるシャドウの姿があった。

しかし、そのシャドウの表情は先程まであった憎しみは一切なく、嬉しそうな笑顔であった。

 

「ごめんな。お前は俺だ……おかえり」

 

『……!』

 

そう言って洸夜が両手を広げると、シャドウは満面の笑みで洸夜に抱き付いた行った。

その姿は寂しさから解放された幼い子供そのもので、抱き付いたシャドウはそのまま光の粒子となり、そのままオシリスと一体化していった。

そして、そのオシリスの目の下には道化師を思わせる、涙の様なデザインの模様が浮かんでいた。

 

「終わったね」

全てを見守っていた総司が洸夜へ言うと、洸夜は立ち上がって弟達の方へ振り向いた。

 

「ああ、ようやく終わらせられた」

 

そう言う洸夜の表情はとても穏やかなもので、迷いも苦痛の表情も一切感じられない。

黒のワイルドが生んだ絆、二年前の一件はようやく終わることが出来たのだ。

そして、その洸夜の表情を見て、美鶴たちにも笑顔が戻り、美鶴は洸夜へ近付いた。

 

「……洸ーーー」

 

「洸夜さぁぁぁん!」

 

りせは全力で洸夜へ向かって行き、そのままの勢いで抱き付いた。

あまりの勢いに洸夜も避ける訳にもいかず、りせをそのまま受け止める。

 

「おおぉ! りせ!?」

 

「洸夜さん! 私、頑張りましたよ! 」

 

抱き付いたまま洸夜の胸にスリ付き、甘える様にりせは言う。

そして、その光景に陽介達は呆気に取られていた。

 

「私じゃなく……私達な」

 

「って言うか、この子はまた。行動が日々エスカレートしている」

 

「仕留めるなら……今かな」

陽介、千枝、雪子がそう呟くがりせの耳には入っておらず、りせは抱きつくのを止める気配はない。

半分呆れた空気が流れる中、美鶴達はと言うと。

 

「……」

目の前の事に無言の直立不動状態を維持する美鶴。

何も言わないが、美鶴の周りには確かな威圧感が存在し、少なくとも彼女の機嫌が良くない事だけは明彦達は悟る。

 

「み、美鶴……無言で威圧するのは止めろ。洒落になってないぞ」

 

「止めとけ、アキ。今は触れねえ方が良い」

 

明彦が説得に乗り出すが、真次郎は無駄だと判断して明彦を止める。

美鶴には触れられない状態、その中で他のメンバーの意識は元凶であるりせへ向けられる中、順平が気付いた。

「つうか、よく見るとあの娘……アイドルのりせちーじゃん!?」

 

休業しているとはいえアイドルのりせ。

ノーメイクだからと言えど、順平の目は見抜いていた。

だが、正体はこの際どうでも良く、問題は何故に洸夜がアイドルに抱きつかれているのかと言う事だ。

 

「ア、アイドル……そんなの、勝ち目なんて……」

 

風花は風花でショックを受けており、思わずその場に崩れて落ちてしまう。

 

「ふ、風花さん! 大丈夫ですからしっかり!」

 

「これが修羅場……でございますね」

 

風花をフォローする乾、状況に新しい何かを学んでいるアイギスの二人。

また、場を見ていたチドリはチドリで興味が無いらしく、少し離れてコロマルと戯れていた。

その中で何故か、ゆかりはりせから隠れる様に距離を取っていたが、それに気付く者は誰もいない。

そんな中、事の原因であるりせはと言うと……。

 

「洸~夜さん! 私、修学旅行もほっといて洸夜さんの為に頑張ったんですよ?」

 

相変わらず洸夜の胸に顔を沈めながら甘えており、千枝と雪子は溜息を吐くしかない。

洸夜が基本的に優しい事を知っているりせは、既にこう行動してしまえば洸夜が無理やり引き離す様な事を出来ないと計算にいれている。

ただ、今回に限っては一つりせにも誤算があった。

 

「ああ、ありがとう……りせ。お前たちのおかげで助かった」

 

自分の胸に顔を埋めるりせを、今度は洸夜がそのまま抱きしめた。

両手を優しく背中へ回し、りせを自分の方に近付けた事で洸夜とりせの頬が接触を起こす。

そんなまさかの反撃を喰らう、基本的に純粋なりせは……。

 

「ふぇッ!!? こ、こうや……さん!?」

 

先に仕掛けたのは自分にも関わらず、りせの表情はリンゴの様に一気に真っ赤に染まった。

顔に熱が発生しているのをりせ自身も気付いている。

 

(ええぇ!? こ、これは流石に予想外すぎるよ!?)

 

恥ずかしさと緊張で頭がショート寸前のりせ。

そんな中で彼女が考えたのは、昨夜、修学旅行が楽しみで寝付けなかった事で肌が荒れてないか、顔がむくんでいないかの心配、そして、戦闘終了してばかりで変な匂いをしていないかと言う事。

最早、思考がおかしくなるのは時間の問題のりせだが、反撃はまだ終わっていなかった。

 

「総司、お前もりせに礼があるだろ?」

 

「ふぇ、ふぇえ?」

 

洸夜の言葉にりせは後ろを振り向くと、そこには素敵な笑みを浮かべて両手を広げる総司の姿があった。

そして、洸夜がりせをくるりと回して総司へ正面に向けると、今度は総司が感謝の抱擁をする。

 

「$%#&%$#!?」

 

最早、言葉にもならない声を出すりせ。

頭は完全にショートしてしまった。

 

「ありがとう、りせ」

 

総司がお礼を呟くが、りせは口をパクパクと酸欠の金魚の様になっている。

そして、総司が少し力を入れた時だった。

 

「ご、ごめんなさ~~い!!」

 

りせのやっとの言葉が辺りに響いた。

 

そして……。

 

「うぅ……」

 

真っ赤な顔を両手で隠し、皆から少し離れているりせ。

積極的な行動はするが、相手からの真っ直ぐな事にはこうなってしまう初心な心を持つ少女、それが久慈川りせだ。

そして、りせに反撃を終えた瀬多兄弟はと言うと。

 

「ブイ」

 

「ブイ」

 

兄弟揃ってVサインを陽介達に向ける洸夜と総司。

りせの扱いに慣れている二人に、陽介達はまた溜息がでてしまう。

 

「……あいつ、あんなに初心なのになんでやるんだ?」

 

完二は一人、別の事で悩んでおり、周りの様子には気付いていない。

そんな中、洸夜は今度は陽介に近付くと彼の頭にポンっと手を置いた。

 

「花村、ありがとな。お前の言葉、確かに届いた……本当に皆、成長が早いな」

 

「え? あ、いや、その……」

 

成長等を認めたと受け取れる洸夜の言葉に陽介は一瞬、戸惑ってしまうが高校生で頭を撫でられた事への照れくささも手伝って顔を背けてた。

 

「俺だって、いつまでも子供じゃないんですよ。やる時はやるんだ」

 

「フッ、そうか。なら、俺から言える事はもうないかもな」

 

洸夜はそう言って陽介の背中を優しくポンッと叩くと、後の事は総司に任せて自分は自分の仲間の下へと足を進める。

そして、メンバーの先頭にいた明彦と真次郎の前に立った。

 

「……洸夜」

 

「……」

 

二人は気まずそうに小さく言った。

先程まで洸夜のシャドウと言う倒すべき敵がいた事でなんとかなっていたが、それが終わった事でどこか気まずい感じを覚えてしまう。

 

「……」

 

洸夜もまた二人の前で黙ってしまう、と思ったが。

 

「……フッ」

 

洸夜は両手を上げ、それぞれ拳を作ると明彦と真次郎の前に突き出す。

二人はなんなのか理解に遅れてしまうが、洸夜はそんな二人を見て笑みを浮かべて言った。

 

「やっと、終わった」

 

洸夜はもう一度、拳を突き出す。

そして、今度はその意味を明彦と真次郎も理解する事ができ、二人も笑みを浮かべて拳を作った。

 

「フッ、そうか」

 

「……ハッ」

 

互いに拳をぶつける三人。

まるで、昔ながら悪友達の挨拶だ。

その光景を見て、順平が一人で感動している。

乾とチドリも互いに顔を見合わせて一息入れ、コロマルは嬉しそうに尻尾を振る。

 

「やっと、全員が揃いました」

 

「……お前にも心配かけたな、アイギス」

 

そう言って互いを見詰める洸夜とアイギス。

もう、前の時の様に洸夜が彼女にも怒りをぶつける事はない。

洸夜はアイギスとも拳をぶつけ合っていると、後ろから洸夜は呼びかけられた。

 

「あ、あの……洸夜さん」

 

「おお、風花か」

 

洸夜が振り向くと、風花は少し緊張した感じにモジモジしていた。

 

「ありがとな、風花。お前にも随分と守ってもらった」

 

「えッ、いえ、私……あんまり役立てなかったし」

 

マハアナライズを封じられた事を風花を気にしていた。

ここぞと言う時に役立てなかったのが辛かったが、洸夜は勿論、誰も責めてはいない。

洸夜はそれを伝える為、彼女の前に立った。

 

「風花、俺は覚えている。俺が倒れてる間、お前が俺を守っていてくれたろ。見違えたよ」

 

「ええっ!? いえ、私、そんな……」

 

お礼を言われた事は嬉しいが、それを素直に受け止める事が出来ずにオドオドしてしまう風花。

そして、そこから会話が続きそうにない雰囲気が漂い、洸夜は困りながらも移動しようとした時だった。

後ろから風花に近付く影が一人……ゆかりだ。

ゆかりは何気なく風花に近付くと、さりげなく風花の背を押した。

 

「きゃッ!」

 

突然の事でバランスを崩し、前方に倒れる風花はそのまま目の前にいた洸夜が受け止める形となり、洸夜の胸の中へとダイブしてしまう。

 

「へッ!?」

 

「おお、どうした!?」

 

何が起きたか分からない風花、突然の事で焦る洸夜。

それから一瞬の間が空いた瞬間、我に返った風花は叫びながら洸夜から離れた。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁッ! ゆかりちゃんッ!!?」

 

顔を真っ赤にして風花は原因であるゆかりへ詰め寄って抗議するが、ゆかりは真剣な顔をで風花へ言った。

 

「私ね、美鶴先輩も風花も応援する事にしたんだけど、少なくとも風花に積極性がないのよ。元が悪い訳じゃないんだから正面から攻めれば良いのよ!」

 

「で、でもそんな……!」

 

真顔で言い張るゆかり、少なくともそんな度胸はない風花。

そして、状況を理解するために二人に近付く洸夜。

 

「どうした? 一体、何を……」

 

「実は風花が―――」

 

「ゆかりちゃん!?」

 

慌ててゆかりの口を封じる風花。

全く状況は分からなかったが、これ以上は話を聞けそうにないと判断して洸夜は最後の一人の下へ向かう。

何故か、辺りを無言で威圧している人物、美鶴の下へ。

 

「……」

 

「……」

 

二人はお互いを確認するが、言葉が見つからず黙っている。

美鶴も威圧するのは止めたが、互いの溝が深かったのは事実。

なんて言えば良いのか分からない。

明彦達もここが一番心配であり、二人を黙って見守るが互いに何も話さない。

このまま平行線で終わるのかと、誰もが思った時だった。

 

パァン!

 

洸夜と美鶴は何も言わず、互いにハイタッチをした。

言葉はないが、お互いに表情は穏やかな笑みを浮かべている。

何も言わずとも、お互いを理解しているのだ。

もう、この二人の溝は想い等によって埋められていた。

 

 

▼▼▼

 

場が落ち着き、自称特別捜査隊と元S.E.E.Sメンバーが互いを意識し始めた時だ。

陽介が何か思い出す様に突然叫んだ。

 

「ああぁぁぁぁッ!!? 修学旅行どうすんだよ!?」

 

先程まで格好つけていた陽介だが、冷静になった事で我に返ったのだ。

そんな陽介の姿に千枝と完二は呆れた様に彼を見る。

 

「花村……あんたさ、学校では散々格好つけてた癖に今更それ?」

 

「一瞬でも花村先輩が格好良いと思った俺が馬鹿だったぜ」

 

「はぁ!? なんだよ言いたい放題言いやがって! 少なくとも問題にはなってるだろ。俺達、勝手に消えた様なもんなんだからよ!」

 

意外にも現実的な反論で千枝と完二へ反撃する陽介。

しかし、最早過ぎた事と思っている雪子とりせは慌てた様子はなかった。

 

「でも花村君。もう、過ぎた事だし、騒いでも仕方ないじゃない」

 

「そうだよ! それに正論言ってるけど、確か言いだしっぺは花村先輩でしたよね?」

 

「うぐ! い、いや……それはなんか気持ちが抑えられなかったと言うか」

 

思い出したのか、陽介は二人の言葉に詰まってしまう。

無我夢中だったとしか言えないが、言ってしまったのも事実。

そして、ああだこうだと騒いでいた陽介達の話を聞いていた美鶴が陽介達の前に出る。

 

「修学旅行の事ならば、私から学校側に上手く伝えておこう。今回の一件は私達が君たちを巻き込んだ様なものだからな」

 

「え! でも、良いんですか?」

 

美鶴からの提案に雪子が聞き返す。

巻き込まれたと言うよりは自分達で勝手に飛び込んだ様なもののため、美鶴の提案は嬉しいが簡単に受け入れるには申し訳ない気持ちが強かった。

だが、そんな雪子の気持ちを察したのか美鶴は笑みを浮かべて言った。

 

「そんなに深く考えなくて良い。受け入れずらいならば、先程の君達がシャドウの注意を引いていてくれたお礼だと思ってくれて良い」

 

美鶴からすれば月光館には顔が効く為、言う程に難しい事ではない。

そのため、雪子達が受け入れてくれればすぐに出来る事だ。

そして、自分達が受け入れやすいように伝えてくれる美鶴の優しさに陽介達にも変化があった。

 

「……俺。誤解してた。洸夜さんの昔の話を聞いて、最低な連中だと思ってたけど、本当は優しい人達だったんだんだな」

 

陽介の呟き。

それを聞いた美鶴達は特に怒る事は無かった。

寧ろ、それで納得ができた。

 

(彼等から感じていた敵意に近いのはそう言う事だったか)

 

陽介達からは微かに口調等に敵意が込められていた。

理由は分からなかったが、今は陽介の言葉を聞いて分かった。

洸夜は彼等にとっても大切な仲間なのだと。

 

「私も、凄い格好していたし、そう思っていた」

 

「うん。凄い格好してるもんね」

 

(……ん?)

 

美鶴は何やら千枝や雪子の言葉に違和感を覚えるが、それを口にする前に完二とりせも話し始める。

 

「確かに、直視はできねえよな」

 

「グラビア撮影でも、あんなの着た事ないよ」

 

「……」

 

最早、陽介達にとって美鶴達の印象は彼女たちの強烈な衣装によって植えつけれらてしまっていた。

ボディスーツや半裸、弁解の余地はない。

洸夜ですらそれは思っていた為、フォローは出来ない。

その後ろで順平も笑いを堪えている。

 

「おれっちだって口に出さなかったのに、平然と言うんだな」

 

「ああ、確かに美鶴の服装は異常とも見れるだろ」

 

「お前はそれ以上だろが」

 

明彦の言葉に真次郎がの言葉が飛び、美鶴は服装の事ばかり言われ、それ以外の言葉が出てこない。

また、洸夜と総司は我関せずと言った態度を取り、二人で空の満月を眺めている。

そんな時だった。

洸夜の左手から何か巨大な何かが溢れ始めた。

 

「ッ!? これは……」

 

「月光館の時の……」

 

それは、月光館で起きた力であり、テレビの世界に来た原因であるものと同じものだった。

それに気付いて美鶴達と陽介達も洸夜達の方を見るが、その力は徐々に大きくなってあっという間に全員を呑み込んでしまった。

 

(長かったな……)

 

現実に帰る中、洸夜はやっと終わった事で身体が軽くなった様な想いだった。

長かった事件は終わった。

呑み込まれながら穏やかな笑みを浮かべる兄を、総司もまた隣で見ていた。

 

――その時だった。

 

”やはり、あなた方は不思議な存在ですね……”

 

 

 何処かで聞き覚えのある声に洸夜と総司は振り向こうとしたが叶わず、その身体と意識は現実へと戻されていった。

 

 

End




近々、テイルズでジアビスの小説を投稿します。
だからと言って、ペルソナの投稿が疎かになることはないので安心してください。


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黒き仮面 ~修学旅行編2~
『彼』の想い、仲間の想い


遅くなり申し訳ないです。
少し忙しくなってしまい、書くのが遅れました。


 洸夜は深い眠りについていた。

 目蓋が重く、開けられない程に深い眠りだ。

 何処からともなく感じる優しい雰囲気と甘い匂いも手伝い、悪夢など見る事も無く洸夜は眠り続けた。

 最早、時間の流れも分からなくなっている中、洸夜の耳に誰かの会話が届く。

 

『様子はどうだ?』

 

『まだ眠っている。余程、疲れていたのだろう……』

 

 そう言って冷たいながらも、心地よい何かが自分の額に乗せられるのに洸夜は気付いた。

 それが、誰かの手だと言う事に気付いたのはそれからすぐだった。

 

 

――それを切っ掛けに洸夜はその意識を静かに覚醒させていった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在:旧S.E.E.S本拠地【学生寮・エントランス】

 

「……寝てた……のか?」

 

 ぼやける視界、未覚醒な頭の中、洸夜が最初に視界にいれたのは赤い何かだった。

 寝起きのため、そこまでしか分からない洸夜だが、その正体は”赤”から教えてもらう事となった。

 

「目が覚めたのか、洸夜?」

 

「……美鶴?」

 

 その声によって覚醒し始める洸夜。

 その視界に移るのは桐条美鶴その人であり、美鶴は優しい笑みを浮かべながら自分を見ている事に洸夜は気付いた。

 何故、こんな状況になっているかは疑問だが、洸夜は不意に頭が柔らかい何かを枕にしている事に気付き、意識を向けた事で漸く自分のおかれた状況を理解した。

 

「二十歳にもなって膝枕か……流石に照れるな」

 

「お前も照れる事があるのか?」

 

 どこか抜けた様な会話。それによって無意識の内に互いに笑顔が浮かんでいた。

 安心できるからだ。恨む事もなくなって互いと普通に話せる事が。

 そう思ったからか、洸夜はその想いを美鶴にも伝えた。

 

「けど、安心できて……心地良いな」

 

「!……そ、そうか」

 

 平常心で言ったつもりなのだろうが、そう言われた美鶴の顔は嬉しそうながらも赤くなっており、洸夜も更に笑ってしまう中である事に気付く。

 

「そうだ……総司達は、修学旅行はどうなった?」

 

「安心しろ。彼等は私が部下を呼んで学園に送らせた。伏見にも良い訳はしといたぞ」

 

 そう言う美鶴の顔は僅かに困った様に笑っており、どうやら伏見への言い訳は大変だったようだ。

 旅行生と桐条のトップが姿を消したのだ。

 今になっては当事者たちは笑いで済むが、伏見達には笑い事では済まない。

 洸夜は自分も後で謝ろうと心の中で思いながら、不意に周りを見渡して見ると自分のいる場所の違和感に気付いた。

 今、自分がいるのは数人が座れる長いソファだが、周りの家具と装飾、そして部屋の内装には見覚えがあった。

 

「ここは……寮なのか? なんで俺は此処に?」

 

「それは私にも分からないが、あの世界から戻った私達はこの学生寮にいたんだ。お前が望んだんじゃないのか?」

 

 美鶴の問いかけに対し、洸夜はなんて言えば良いか分からなかった。

 無意識の内に自分が望んだのも否定できないが、それはそれでなんか照れくさい。

 

「俺にも分からんさ……けど、ここは閉鎖すると聞いていたぞ?」

 

 洸夜は事前に美鶴から全てが終わった後、この寮を閉鎖すると聞いていた。

 突然この場所に来たからと言って、そうそう開放出来る場所でもない。

 そんな疑問を洸夜は美鶴に問いかけ、美鶴はその言葉に静かに頷いた。

 

「ああ、実際に閉鎖はしたんだ。だが、シャドウワーカーを組織した後、色々と問題もあってな。仮とはいえ、再びこの場所を使用する事を決めた」

 

「……シャドウワーカーか」

 

 また【シャドウワーカー】……洸夜はそう思った。

 初めて聞いたのはアイギスからで、シャドウ事件専門の特殊部隊『シャドウワーカーズ』

 S.E.E.Sメンバーだった者達も協力していると聞き、多少は気になったが流石にネットでは出てこなかった。

 その内、洸夜も興味が失せて調べなくなったが、今目の前にそのリーダーがいる。

 洸夜は聞くか聞かないか迷った時だった。

――不意に、寮の玄関が開いた。

 

「戻ったぞ!」

 

「あぁ~疲れた……!」

 

「あんたは何もしてないでしょ!」

 

 玄関から聞こえた声は明彦・順平・ゆかりの三人だった。

 何処かへ出かけていたのか、洸夜は身体を起こして玄関を見ると帰って来たのは明彦達だけではなく、アイギスに風花や乾、コロマルとチドリも一緒にいた。

 メンバー達のその手には買い物袋、そして良く見ると自分の荷物がある事に気付いたが、同時に明彦達も洸夜に気付いた。

 

「洸夜! 目が覚めたのか?」

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

「ああ……寝すぎて頭が痛いぐらいだ」

 

 明彦と乾へ、頭に触れながらそう応える洸夜。

 美鶴の膝枕は色々と良かったが、やはり寝過ぎは身体に毒だ。

 洸夜は立ち上がって大きく伸びをし、身体をポキポキと鳴らしながら体調を整えながら、今度は洸夜が明彦達の姿を見ながら問いかけた。

 

「それ、俺の荷物だよな? 学園に行ってたのか?」

 

 洸夜が気になったのは学園に置いて来た筈の自分の荷物。それを明彦が担いでいる事からだった。

 

「ああ。今の所は俺達に出来る事はない様だから、宿泊場所に現地集合になった。だったら、荷物を取って来てここから向かう事にしたんだ」

 

 そう言って明彦は洸夜の荷物をテーブルの上に置くと、他のメンバーも買い物袋をテーブルに置いた。

 

「なんだこの袋?」

 

「私達、お昼まだだから……ここで作って食べる事にしたの」

 

 チドリの言葉に洸夜は腕時計を見ると、時間は既に十二時を過ぎていた。

 今から荷物を持って移動するのも面倒とも思え、この寮で作って食べる方が楽に思える。

 

「そうか……」

 

「……」

 

 洸夜が納得する様に頷くが、何故か会話が続かない。

 まだ、それぞれに気まずいと言う気持ちがあるのだろう。

 この場所で始まった一件。

 誰のせいでもなかったのだが、洸夜もこの二年は苦労したのは事実であり、美鶴達もその想いは同じだ。

 

「なんて言えば良いか……分からないな」

 

「……そうですね」

 

 洸夜の問いにゆかりが応えたが、またそこで会話が消えてしまう。

 すると、アイギスが前に出た。

 

「少しずつ……話していきましょう。時間はあるんですから。前みたいに色々と……」

 

「たわいない話もしたいですから……」

 

 乾が思い出す様に呟いた。

 この寮には三年間の思い出が洸夜にある。

 勿論、他のメンバーにもそれぞれの思い出がある。

 それは、これからも作れるものだ。

 

「でも、やっぱ少し気まずい気も……」

 

「だったら良い思い出を作れば良いだろ。テメェ等はこれからだろうが……」

 

 順平の言葉に寮の隅にいた真次郎がそう言った。

 腕を組みながら黙っていた事で洸夜は真次郎に気付けず、ようやくその姿を捉える。

 

「真次郎……やっぱり本物なんだな?」

 

「……ああ。俺は生きていた。それが真実だ」

 

 まだ真次郎の事が嘘などではないかと混乱していた洸夜に、真次郎が自分の生存を伝える様に頷く。

 

「荒垣さん……話してくれますよね」

 

 乾が真次郎へ問いかけた。

 同時に明彦も真次郎へ視線を送った。

 美鶴を除けば全員がその疑問を知らず、真次郎から直接聞きたかった。

 そして、それは真次郎自身も察しており、黙って頷くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 買ってきたものを冷蔵庫にしまった後、メンバー達はそれぞれソファ等に腰を掛けて真次郎の話を聞いた。

 

――タカヤの銃弾で確かに重症となったが自分は生き残り、その事で幾月に自分の生存を隠す様に頼んだ事。

 その後、目を覚ましたのは全てが終わった後であり、美鶴から『彼』や洸夜、そして乾の話を聞き、己の罰として裏方に生きると決めた事を真次郎は洸夜達へ言った。

 そして、真次郎が全てを語った後、一同は沈黙して黙り込んでしまった。

 

「……せめて一言、生きてる事を教えてくれても良かったんじゃないのか?」

 

 なんとか最初に口を開いたのは洸夜だった。

 真次郎が生きてる事実を知っていただけでも、皆への影響は大きく変わっていただろう。

 だが、真次郎は顔色一つ変えずにこう言った。

 

「教える必要がねえ……そう判断した」

 

「ッ!……シンジィッ!!」

 

 真次郎の言葉に明彦の怒りに火が付き、明彦は立ち上がって真次郎に掴みかかった。

 思わずゆかり達はビクついてしまう中、当の真次郎は相変わらず顔色を変えないで黙って座りながら明彦に掴まれ続ける。

 

「どれだけ悲しんだと……どれだけ後悔したと……どれだけ……! お前、本当に分かっているのか!?」

 

「それが、俺の選んだ道だ。どれだけの奴が俺を心配しようと、どれだけの奴が俺を許そうと……俺は自分を許さねえ。……洸夜が救ってくれた命、無駄にしない為にも俺はシャドウワーカーとして裏で生きると決めた」

 

「で、でもそんなのって……」

 

「クゥ~ン……」

 

 真次郎の言葉を聞き、それは悲しすぎると思った風花とコロマル。

 しかし、真次郎は首を横へ振った。

 

「それが俺の決めた道だ。それだけは変えるつもりはねぇ……」

 

「……まさか、お前また!」

 

 明彦は真次郎が再び自分の命を軽く見ているのだと思い真次郎を問い詰めるが、真次郎はそれを否定する。

 

「いや、洸夜が救ってくれた命……また疎かにすれば、洸夜からまた殴られそうだからな。勿論、お前からもな」

 

 真次郎は一切、目を逸らさずに明彦へと言い放った。

 それが嘘なのかどうかは明彦には分かっており、静かに真次郎を掴んでいた手を離すと、真次郎はそのままとある人物へ視線を向ける。

 

「……それで、お前はどうなんだ? 天田乾」

 

「……」

 

 真次郎の問いかけに乾は黙った。

 乾にとっては、真次郎の死によって自分と向き合えたと言える事だった。

 そんな中で真次郎の生存を聞かされた彼がどう思うのか、再び復讐に堕ちる可能性も否定はできない。

 全員もそれが気がかりであり、静かに乾を見守っていると乾は静かに口を開く。

 

「確かに、洸夜さんのシャドウから干渉された時、僕の中にあなたへの憎しみが存在しました。……でも、僕はそれを乗り越えました。……荒垣さん、僕はもう”一人で立てます”」

 

 乾のその言葉の意味は一件、どういう答えなのかは分からない。

 しかし、この場にいる者達、特に真次郎にはしっかりとその意味は届いた。

 母の死を受け入れられず、その母によってシャドウが誕生した事も認めたくなかった乾にとって、自分が生きて行くには真次郎への復讐心が必要だった。

 そうしなければ立てなかったからだ。

 そんな乾が真次郎へ一人で立てると言った……そう、乾は真次郎を許していたのだ。

 そそ言葉を聞かされた真次郎はボロのニット帽で目を隠す。

 

「……そうか」

 

 それだけ言って真次郎は黙ってしまった。

 乾もその様子に黙って頷き、他のメンバーもそれに安心した様に肩の力を抜くのだった。

 

「それでは、次はこちらの番ですね」

 

 真次郎の話が終わるのを見計らい、今度はアイギスがその口を開いた。

 

「こちらの番って……もしかして?」

 

「アイギス、あの話の事を言ってるのよね?」

 

「はい」

 

 順平とゆかりの問いかけにアイギスは頷いた。

 そして、その言葉に美鶴達も分かっているかの様にそれぞれが頷きあい、チドリと真次郎は話を事前に聞いているのか特に反応はない。

 しかし、その意味が分からない洸夜にとってはアイギスが何の事を言っているのか理解できないでいた。

 

「なんの話だ……?」

 

 内容が分からない洸夜は呟き、その洸夜の言葉に風花と乾は何故か気まずそうに下を向く。

 その二人の様子に洸夜は更に分からなくなり、そんな洸夜の様子にアイギスが静かに語り始める。

 

「それは、3月31日……洸夜さんが去って間もなくの事でした」

 

――アイギスは静かに語り始めた。

 

 寮を封鎖するに従い、31日に全員で集まってパーティーをする事にした事。

全てが終わり全員が集まらない中で12時になった時、世界がまた31日を繰り返し始めた事に気付いた事。

 そして、アイギスの妹を名乗る『メティス』と言われる存在の登場により、新たな事件の幕開けになった事。

 そこまでアイギスが説明すると、流石の洸夜も理解に戸惑ってしまう。

 

「待て待て!……31日が繰り返す?――メティス? 俺がいなくなった後にそんな事が本当に起こったのか?」

 

 頭を片手で抑えながら洸夜は戸惑うが、アイギスは静かに頷いた。

 

「はい。ですが……それは始まりに過ぎませんでした」

 

 アイギスは今の所まで説明するよりも、全てを話した方が早いと判断して特に説明はせずに話を続けた。

 『時の狭間』、それぞれのトラウマや覚醒の記憶、皆の未練が作り上げてしまった『彼』の姿をした怪物との戦い。

 そして、『時の鍵』を巡るメンバー同士の戦い。

 『彼』を助ける為に”過去”を選ぶゆかりと美鶴。

 『彼』の覚悟と意志を無駄にしない為に”今”を選ぶ明彦と乾。

 全員が頭を冷やすまで鍵は預かっていると主張する順平とコロマル。

 そのそれぞれの強き意思は既に話し合いで解決できない程に固くなっており、風花は明彦の提案でアイギスとメティス側についてメンバー達は激突した。

 

――各陣営共に今ある全力を出し、文字通りの死闘の結果。勝者はアイギス達だった。

 勝者となったアイギスは皆に『彼』が何故、命を落としたのか知るために当時を見に行く事を提案したのだ。

 まだいると思われる”敵”の存在を胸に抱きながら。

 そして、アイギス達は知る事となった。

 『彼』の封印はニュクスを”敵”としての封印ではない事、人の無意識の悪意の生んだ怪物『エレボス』との戦い。

 アイギスは今自分が教えられる事の全てを洸夜へ言い終えると、聞いていた洸夜は疲れた様に顔と肩を下げてしまっていた。

 

「……以上です、洸夜さん。これが、あの後にあったもう一つの戦いです」

 

「……」

 

 アイギスの言葉に洸夜は何も返さなかった。

 なんて言えば良いのか分からないのか、それとも何か考えているのか。

 どちらにしろ、洸夜が何も言わないのには変わらない。

 そしてそれを心配し、ゆかりは洸夜に声を掛ける。

 

「あ、あの……洸夜先輩。大丈夫ですか?」

 

「やっぱ、ショックっすよね……」

 

 順平は、あの一件が自分達の心境などに深く影響したのを分かっており、今こうやって未来へ進んでいれるのもあの一件があってこそだった。

 しかし当時、洸夜は既に寮を退寮していた為、今回の事は経験もしていなければ起こった事も今知った。

 自分達とは違う想いがあるのだろうと順平は思っており、勿論それは真次郎とチドリを除いたメンバー達も思っていた。

 だが、洸夜はその言葉に首を振る。

 

「いや、大丈夫だ……ただ、嬉しくてな……!」

 

「嬉しい?」

 

 風花が聞き返すと、洸夜は顔を下に向けながら口を開こうとした。

 すると、美鶴、明彦、真次郎は気付いた。

 洸夜が微かに震えている事に、頬から雫が流れている事に。

 

「真次郎は生きてて……『アイツ』も自分の意思で”後悔”がなかった……それが嬉しいんだ……!――ずっと、俺は『アイツ』だけに背負わせてたと思ってた……ワイルドを持っていたのに『アイツ』だけに背負わせて……恨まれてるとも思っていた。けど……『アイツ』は自分の答えを……!!」

 

 それ以上は洸夜は言葉が出なかった。

 歯を食い縛り、右手で両目を覆うが涙は止まらず流れ続ける。

 『彼』だけにやらせた、自分だけしか出来ないから『彼』はやった。

 まだ人生はこれからだって言うのに『彼』は眠ってしまった。

 洸夜はずっと悔いていた。自分達にもっと力があれば、何か一つでもしてあげれば結果は変わっていたのではないかと。

 だが、アイギスから聞いた話で洸夜は漸く『彼』の想いを知る事が出来た。

 『彼』は誰も恨んでいない、『彼』は自分の意志で封印をした、そして、『彼』は皆との約束を果たせた事で満足したのだと。

 

「すまない……! すまない……『■■■』! すまない……!!」

 

 洸夜は謝罪し続けた。

 何に対してなのか、何の意味があるのかは洸夜自身にも分からないが、洸夜は謝らなければ気が済まなかった。

 己のシャドウの時にも助けてくれ、今までも”タナトス”を通じて見守ってくれていた親友兼もう一人の弟に洸夜は謝り続けた。

 

(ありがとう……! 本当にありがとう……『■■■』)

 

 心の中で、これ以上にない程に『彼』に感謝しながら。

 そして、そんな洸夜を仲間達も黙って見守り続けた。

 ようやく、皆が『彼』の想いを知る事が出来た。

 

(『■■■』さん。時間は掛かりましたが、ようやく洸夜さんにも、あなたの想いを伝える事ができました……)

 

 アイギスは洸夜を見守りながら、心の中で静かに『彼』へ報告し、仲間達の絆が再び繋がって行くのを感じ行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

 少し時間が経って洸夜も落ち着いた頃、洸夜は静かに皆に謝罪していた。

 

「すまん。情けない姿を見せた……この二年、少し涙脆くなった」

 

「気にするな。悪い事じゃない……お前の想い、私達も同じだ」

 

 洸夜の謝罪に美鶴は首を振りながら洸夜へ優しく声を掛けた。

 なんだかんだで高校時代は洸夜が泣いた姿を見た者は誰一人いなかった。

 故に美鶴達は、ようやく洸夜と本当の意味で分かりあえたと思っている。

 洸夜のもう一つのワイルドによって築いてしまった負の絆を乗り越え、自分達はここにいるのだ。

 ようやく、洸夜と共に前に進めるのだと美鶴も感じていた。

 しかし、美鶴にも洸夜にどうしても聞かなければならない事が一つある。

 今このタイミングで聞くのもどうかと思うが、場合によっては一刻を争うかも知れず、美鶴は今だけはシャドウワーカーとしての顔になった。

 

「洸夜……お前に聞きたい事がある。稲羽の事件についてだ」

 

 美鶴の言葉に、順平が首を傾げた。

 

「い、いなば?……の事件ってなんすか?」

 

「稲羽市って場所で起こってる事件の事ですよね。確か、怪奇連続殺人事件って言われている……」

 

「被害者達は家のアンテナや電柱、アパートの屋上に吊るされて遺体で見つかってるから怪奇連続殺人って言われてるの」

 

 乾と風花が順平へ説明し、順平はそれを聞いて驚いた表情を見せる。

 

「アンテナって……犯人、おかしいんじゃねえのか!?」

 

「って言うか、一時期ニュースで持ち切りだったでしょ。証拠も一切残さないから捜査は難航してるって。新聞でも良いから見なさいよ」

 

 ゆかりの言葉に順平は苦い表情を浮かべた。

 どうやら、ニュース等は本当に興味がない様だ。

 そして、そんな会話が行われている中、洸夜は洸夜で別の意味で意外そうな表情を浮かべている。

 

「……てっきりテレビの中で総司と一緒だったから、あいつから全て教えられているとばかり思っていたんだが?」

 

「確かに、お前の弟からはあの世界の事は教えられたが、稲羽の事件については何も聞いていない」

 

 明彦の言葉に洸夜は面倒そうな顔をした。

 一体、何処から説明するべきか考えているらしく、総司が一通り説明していてくれれば楽だったのだが、残念ながらそれは叶わなかった様だ。

 そして、少し考えた後、洸夜は一言こう言った。

 

――『マヨナカテレビ』って知ってるか?

 

 洸夜から放たれる聞きなれない単語に美鶴達は互いに顔を見合わせたが、誰もその答えを出せず、美鶴は再び洸夜に聞き返す。

 

「なんだ、そのマヨナカテレビとは?」

 

「今、稲羽の町で流行ってる”都市伝説”だ。雨の降る深夜12時に何も映ってないテレビを見詰めていると、別の人物が映る。それがその人の運命の人……よくある内容だ」

 

「……それは分かったが、事件と何の関係がある? ただの都市伝説なら国内だけでガセも含め、いくらでもある話だ」

 

 真次郎は都市伝説と関係性が分からず、洸夜へ聞き返した。

 都市伝説の類は真次郎の言う通り、ガセも含めてかなりの数が存在する。

 マヨナカテレビだけに限った事ではないが、その内に風化するのは目に見えているよく分からない噂に一々付き合うのは時間の無駄になりかねない。

 

「俺も最初はマヨナカテレビの噂は知らなかったが、雨の深夜にテレビは映った。そのテレビに映ったのが、最初は『山野真由美』、次は『小西早紀』だ」

 

「山野真由美?……小西早紀?……っ!? まさか!」

 

「怪奇殺人の被害者の方々ですね……」

 

 美鶴とアイギスが気付き、その言葉を聞いたメンバー達の顔色が変わる。

 

「どういう事だ、洸夜。事件の被害者が都市伝説で映し出されていたのか?」

 

「寧ろ、そのマヨナカテレビに映ったから殺されたんじゃないですか?」

 

 明彦と乾がそれぞれの意見を口にする中、風花がある事を思い出す。

 

「で、でもその事件は確か、犯人が捕まったってニュースで……」

 

「顔写真も名前も出てなかったけど、確か学生が犯人だった筈よね」

 

 風化の言葉にゆかりが付け足した。

 現在、世間では既に稲羽の事件は久保の逮捕と言う形で終わろうとしている。

 警察もようやく犯人逮捕ができ、世間への名誉挽回を達成した事でこれ以上の捜査はしようとしていない。

 しかし、直斗はそれを認めてはおらず、堂島も表だっては言わないが事件が解決したとは思っていない。

 勿論、洸夜も同意見だった。

 

「久保は模倣犯だ。最初の被害者二人は死因も不明だったから捜査が難航した。……だが、三人目の被害者である諸岡さんは撲殺であり、目撃者もいた。今までの犯行から考えてこれはあまりにもお粗末だ」

 

「だが最初の二件が成功した事で油断したんじゃねぇのか?――よくある事だ、味を占めた連中が慢心で足を残すのはな」

 

 そういう連中の相手をしていただけあり、真次郎の言葉には説得力があった。

 しかし、真次郎にはなく、洸夜にはある材料によって洸夜は言い切っている。

 

「勿論、俺だってそれだけ模倣犯扱いする気はない。……そろそろ気付いてるんじゃないのか? マヨナカテレビ、そしてさっきまでいたあのテレビの中の世界。分かったろ、俺が言いたい事が……」

 

「……まさか!」

 

 洸夜の言葉を聞き、明彦の顔が強張り、メンバー達も察したのか表情が固くなった。

 空気が重くなるのを洸夜も感じ、全員が察したと判断してゆっくりと頷いた。

 

「そう言う事だ……」

 

「くッ!……なんだよそれ!」

 

 順平が立ち上がり、怒りを露わにして拳を握り締めた。

 流石の順平も犯人の行動が分かると、その非情さに怒りを隠せなかった様だ。

 

「”テレビで撲殺”かよ!! ふざけんじぇねえ!!」 

 

 その言葉に全員がズッコケた。

 残念ながら、中途半端に聞いていた順平の脳内ではテレビと言う単語と撲殺と言う単語だけを記憶してしまっていた様で、完二と同レベルの推理レベルを披露してしまった。

 そして、ズッコケた仲間の姿に順平は首を傾げる。

 

「あり? 皆、どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ?……じゃないわよ! 順平、あんた話、全く聞いてなかったの!」

 

「死因不明、そしてテレビの世界って言ってたでしょ」

 

「ちゃんと話を聞いてて下さい!」

 

「ワンワン!!」

 

 ゆかり達から一斉放火が飛んだ。

 コロマルすらも察していたらしく、分かっていなかったのはどうやら順平だけのようだ。

 

「えぇ~じゃあ、他の皆は分かったのかよ……」

 

「……洸夜、お前が直接説明してやれ」

 

 少なくとも答えを完全に知っている洸夜に言わせた方が手っ取り早いらしく、真次郎は洸夜にそう言い、洸夜はその言葉にやれやれと言った様に頷いた。

 

「順平、俺があのテレビの世界に初めて入ったのは稲羽の町だ。他の町では入れなかった……この町ではイレギュラーがあったからか分からないが、少なくともあの世界に行けるのは稲羽の町だけだ」

 

「――あっ! そ……それって……」

 

 ようやく理解したらしく、順平の顔色がどんどんと青くなって行く。

 自分が思っていた事よりも事態は更に非情だと分かったのだ。

 

「そうだ。あの世界は稲羽のテレビからなら何処からでも入れるが……脱出方法を知らなければ、脱出不能で時間が経てばシャドウに殺されるだけの檻だ」

 

「……犯人は被害者達をテレビに入れ、シャドウに殺させているんだな」

 

 言葉は冷静だが、美鶴からは微かに怒気が含まれていた。

 常人には入れない殺害現場、常人には理解する事ができない蠢く凶器達。

 そして、洸夜は美鶴の言葉に洸夜はゆっくりと頷く。

 

「ああ、死因不明の凶器の正体。それは”シャドウ達”だった。アンテナ等に死体がぶら下がっていたのもシャドウが邪魔となった死体を現実に放り出しているだけだ……」

 

「ッ!……ふざけるな!! 犯人は……シャドウを人殺しに利用してるのか!!」

 

 明彦の怒号が寮内に響き渡った。

 力に執着する明彦にとって、その犯人の行動は彼の逆鱗に触れる物だった。

 それは美鶴も同じだったが、あまりの事に逆に冷静になれたようで美鶴は静かに納得する。

 

「……どうりで、証拠が殆ど掴めない筈だ」

 

「じゃあ、テレビで捕まった犯人は……!」

 

 乾が先程の言葉を思い出して洸夜を見る。

 

「ああ、あいつはテレビの世界を理解していなかった。テレビに入れてやったとかは一切言わず、自分自身の手で殺したような口振りばかり。……シャドウについても全く理解しておらず、寧ろ存在に困惑していた」

 

「まるで直接、会ったみたいな言い方……」

 

 チドリが洸夜の言い方に気になったらしく、ジッと目で見つめると洸夜はそれに頷く。

 

「あいつが指名手配された後、あいつはテレビの中に逃げ込んだ。総司達は久保の後を追い、俺も総司達と追った。……結果、色々とあったが捕まえる事には成功した」

 

「……やっぱり、詳しいと思いましたけど洸夜さんも、総司君も事件を追っているんですね」

 

 自分達が知らない間、洸夜がシャドウと戦っていた事実に思う事があるらしく風花は少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「ニュクスや桐条とは関係ない新たなシャドウとはいえ、シャドウには変わりない。ペルソナ使いにしか対処ができない。……なにより、総司が巻き込まれていたからな」

 

「……先輩らしいですね」

 

 洸夜がどういう人物かはメンバー達は分かっており、ゆかりは静かに頷いた。

 それと同時に、洸夜の本当の弟である総司が羨ましくも思えた。

 こんなにも思ってくれている家族がいる事に。

 ゆかりがそう思っている中、洸夜は拳を握り締めて決意を固める様な仕草をした。

 

「だが、真実は絶対に見つける。それだけが亡くなった人達への供養になるからな」

 

「……事情は分かった。だが洸夜、マヨナカテレビと事件の関係性は薄い様に感じるんだが?」

 

 明彦の言葉に洸夜は説明不足だったと思いだし、もう一度説明を始める。

 

「実は事件になっていないだけで、本当はマヨナカテレビに映ったのは被害者二人以外にもいたんだ。総司と一緒にいた赤い制服を来た天城雪子・辰巳完二・久慈川りせ、この三人もテレビに映った結果、誘拐されてテレビに入れられた。――これを偶然と思える方がおかしい」

 

「……犯人はテレビの中の危険性を分かってると見て良いな。だが、にも関わらず犯行を続けている」

 

「今は先輩と総司が助けているから良いけど、このままじゃやべぇんじゃ……!」

 

 洸夜と真次郎の話を聞き、順平は後に起こるであろう事態に気付いてしまった。

 逮捕された久保が真犯人じゃないとすると、本当の真犯人は今も暗躍している。

 

「美鶴さん、警察はどうしてるんですか!?」

 

 乾も不安を覚え、警察の事情に多少とはいえ詳しく分かっているであろう美鶴へ問いかけたが、美鶴は首を横へと振る。

 

「私が聞いた限り、警察は捜査を打ち切ろうとしている。犯人が久保と言う少年だと決め込み、これ以上は立場も世間的にも警察の上層部は失態を見せたくないのだろう」

 

「そ、そんなのって……!」

 

 風花が美鶴の言葉に信じられないと言った表情を見せるが、洸夜は小さく、大丈夫だ……と呟いた。

 

「心配はない。……『真実』は総司達が、新たな仮面使い達が見つけるさ。だから、俺が……俺達が出来るのはアイツ等を全力で支える事だ」

 

 そう言った洸夜の顔に不安等はなく、総司とその仲間達を心から信じている事が分かる。

 その表情を見て、美鶴達も総司とその仲間達を思い出した。

 傷付きながら最後は皆で囲んで笑顔、そして誰かの為に必至になれる心と絆。

 嘗ての自分達以上に総司達は良い関係を築いていると分かる。

 皆、洸夜の言葉が嘘ではないと思えてならず、静かにその言葉に頷いた時だった。

 グゥ~~と言う音が部屋の中に響き渡った。

 

「……」

 

 この音はなんの音と10人に聞けば、10人全員がお腹の鳴った音だと答える様な音がメンバー達の間に響き渡った。

 ある意味、気まずい。

 しかも、下手な行動をすれば自分が鳴らしたと思われたくなく誰も動きもしない。

 ある意味で最大の心理戦とも言える状況だ。

 

「少し遅いが……昼にするか」

 

 洸夜の言葉にようやく皆も動き始め、静かに頷きあうのだった。

 

▼▼▼

 

 洸夜と真次郎が作ったのは材料や時間の都合上、ミートソースのパスタだった。

 風花等の一部のメンバーには盛り付けだけをさせ、洸夜達はそれを食べた。

 しかし、時間の都合であまり理想通りに行かなかったのが気に喰わなかったらしく、洸夜と真次郎の表情は少し不満そうに見える。

 それでも、皆は満足だったらしく粉チーズなどをお好みで掛けながら食べ、やがて食事を終えると洸夜と真次郎は食器を洗い、他のメンバーも片づけをしながら退寮の準備を行った。

 そして皆、自分の荷物を持つと静かに寮の外へと出始め、洸夜も自分のスポーツバックを肩に掛けた時だった。

 寮の鍵を閉めるために最後に出る予定だった美鶴が洸夜に声を掛ける。

 

「……洸夜。少し、良いか?」

 

「どうした?」

 

 美鶴からの呼び止めに洸夜も足を止め、彼女の方に耳を傾けた。

 

「あの世界で、私はお前の過去を見た。……それはお前がワイルド……ペルソナ能力に目覚めた時の事だった。そして、その原因は桐条にあった……」

 

 桐条が起こしてしまった許されない事故。

 世間には漏れなかったが、洸夜にペルソナ能力と言う重き力を背負わせてしまった。

 自分は当時いなかったとは言え、美鶴は桐条の罪を背負うと決めている。

 故に、その自己も今は美鶴が背負う罪の一つであり、美鶴は洸夜に謝りたかった。

 すると、そんな美鶴の様子に洸夜は何やら考え始め、やがて静かに口を開く。

 

「……それは俺もシャドウに見せられて思い出した。けど、今となっては恨んでない。だから謝罪もいらない」

 

「洸夜……だが、それでお前は何回も傷付いた筈だ。巻き込んだ事でも桐条はお前に謝罪しなければ、私の気も収まらん!」

 

 基本的に事を有耶無耶などにさせず、責任感も強い美鶴にとって謝罪がいれないと言われて、はいそうですかと言える程に器用ではない。

 すると、その言葉を聞いた洸夜は面倒そうな顔を浮かべていた。

 

――そして、美鶴は洸夜がそんな顔する時の意味を知っている。

 それは、まだ洸夜と美鶴が学生であり、出会って間もなければそれ程親しい訳ではなかった一年生の入学したばかりの頃だった。

 同じクラスの席が隣と言う事以外で、それ程に関わりがなかった二人。

 美鶴も当時から生徒会などで多忙であり、洸夜も良く分からない令嬢に声を掛ける程暇ではない。

 そんなある時の昼休み、洸夜は友人達と昼食を終えて小さなメロンパンが数個入った袋を開けてデザートにしようとしていた時だった。

 生徒会の仕事でクラスにいなかった美鶴が戻り、昼食がまだだった美鶴は昼食を取ろうとするのだが昼休みは既に終わりに近く、美鶴は昼食をしまって取るのを止めた。

 それを席が隣であった為に見た洸夜は、特に意図はなかったがメロンパンの袋を美鶴に差し出したのだ。

 

『食うか?……口に合うかは知らねえけど、結構旨いぞ』

 

『っ!……いや、だが……』

 

 これが、洸夜と美鶴がまともに会話した初めての対話だった。

 別に限定品ではない為にあげても何の問題もない洸夜。

 突然の事に呆気になりながらも、申し訳なく思って受け取るのを躊躇う美鶴。

 そんな美鶴に対して浮かべた洸夜の表情こそが、その面倒そうな顔であった。

 

「一々、そんな事を気にすんな。昔からお前って変な所を深く考えるからな……男だったら確実に禿げるぞ」

 

「なっ!? なんだその言い方は! あの時と違って今回の事は簡単な事ではないだろ!」

 

「なんだ、あの時って?」

 

 顔を赤くして怒る美鶴の言葉に、特に深く考えていなかった洸夜はメロンパンの事など覚えている訳もなく、美鶴の言葉に聞き返す。

 

「あっ……いや、覚えてないなら別に良い」

 

 今になって照れくさくでもなったのか、美鶴はその話を一方的に中断した。

 洸夜も深くは追及する気はなかった故にそれ以上は言わず、代わりに自分の思ってる事を言う。

 

「俺は別にペルソナ能力の目覚めた事に後悔はない。……そりゃあ、この間までなんでこんな訳の分からない力に俺は目覚めたのかとは思っていた。……けど、だからこそ今の俺がいる。仲間と自分自身とも向き合う事ができた……弟達も守る事ができる。その想いに関しては後悔はない」

 

「……洸夜」

 

 その言葉に美鶴は思い出す。

 洸夜もまた、自分自身の足で前に進み始めたと言う事に。

 

「俺達もやり直せる……御見合いの時みたいのじゃなく、今度はちゃんと色々と話そう」

 

「……ああ、そうだな!」

 

 その言葉に美鶴もようやく笑顔を見せる。

 もう、あの時の様には戻れない。

 だが、あの時とは違う未来を自分達は進んでいる。

 そして、洸夜と美鶴は静かに寮から出て行った。

 

(そう言えば、総司達は今頃なにやってんだろうな……)

 

 洸夜は自分達がいなくなった事で何かあったか心配になりながらも、静かに弟達が叱られていない事を祈るのだった。

 

▼▼▼

 

 その頃……。

 

 現在:月光館学園【体育館】

 

 結果から言えば、総司達は特に何も言われなかった。

 旅行生がいなくなった事も問題だが、それ以上に桐条の当主が消えた事の方が大きく、火事場泥棒宜しく総司達の事は気付かれなかったのだ。

 しかし、何もないと言えばそれは嘘となる。

 何故ならば……。

 

「さあ、八十神の生徒さん。この薬品を混ぜたら完成です!」

 

 体育館のステージの上に立ち、怪しげな薬品を混ぜ合わせながら体育館内に設置されているテーブル、その上に置かれた謎の薬品を持った総司達に指示を出す江戸川の姿があった。

 そして、完成された栄養ドリンクにも見える液体を手に持ちながら八十神の生徒達は黙り込んでいた。

 

「お、おい。本当にこれ飲むのか……?」

 

「だ、大丈夫だろ……先生の指示だぞ?」

 

「でも、ネットでこの学校の保険医は黒魔術してるって書いてあったぞ……実はこの薬で意識を奪った後、俺達を!」

 

「バカ! 折角覚悟を決めたのに!!」

 

 江戸川の指示によって完成させてしまった薬品を見て、江戸川の胡散臭さも手伝い生徒達も手が出せずいる。

 勿論、それは総司達にも言える事だった。

 

「どうしてこうなった……」

 

 総司は薬品と睨めっこしながら不意にそう呟いた。

 

「さっき友達から話聞いたんだけど……ほら美鶴さん。私達と一緒にテレビの世界にいたでしょ? 桐条の当主が消えたって事で騒ぎになっちゃって予定の授業が出来なさそうだったんだって……」

 

「そして、その隙を突いてあの江戸川って先生はこの特別講義を開いたんだとさ……」

 

「混乱に乗じて行動するたぁ……あの江戸川って先公、プロだ……!」

 

 雪子・陽介・完二の三人も総司同様に薬品を手に持ちながら話していた。

 だが、誰一人として口に運ぼうとはしない。

 その理由は江戸川の胡散臭さだけではなく、もう一つあり、総司達はステージの隣で倒れている一人の女子生徒へ目を向ける。

 

「う……うぅ~……苦い……怖い……」

 

 そこにいたのは現月光館生徒会長である伏見の姿があった。

 彼女は最後の砦として江戸川に立ち向かったが、江戸川が作った『ゴーヤミンZ』ととか言う緑の液体を飲まされ、現在に至る。

 江戸川いわく、ゴーヤ■十本と言葉を濁しながら言っていたが、名前を聞いただけで苦みを感じてしまう。

 

「健康、神話、黒魔術……時に犠牲も必要……」

 

「保険医の言葉じゃないでしょ!?」

 

 保険医とは思えない江戸川にりせのツッコミが飛んだ。

 

「くそ!……俺等はどうすれば!」

 

「落ち着いて完二くん……突破口は絶対にある。そうだよね、千枝?」

 

 雪子はそう言って親友である千枝の方を向くと、そこには”空”になった瓶を持つ親友の姿があった。

 そして千枝も雪子からの視線に気付くと、照れたように笑う。

 

「ハ、ハハ……」

 

「千枝! それ全部飲んだの!!?」

 

 雪子はさりげなく完食していた親友に驚きを隠せなかった。

 確かに食い意地はあった方だが、まさか得体の知れない薬品も考えずに飲むとは思わなかった。

 そして、完食していた千枝に陽介達も近付く。

 

「里中! お前、どこも問題はねえのか!? 頭か? 頭が問題か!?」

 

「そこは元々ッスよ」

 

「いや、意外に美味しかった……って、あんたら蹴り倒すよ!!?」

 

 言葉通り今にも陽介と完二を蹴り倒しそうな勢いを見せる千枝。

 その隣では総司とりせが未だに謎の薬品を睨めっこを続けていた。

 はっきり言えば飲みたくないが、千枝は美味しいと言っていたのは事実であり、案外 ジュース感覚で行けるかも知れない。

 そう思って総司は意を決して薬品を口に運ぼうとした時だった。

 

「――ブフォッ!! マジィィィッ!!?」

 

 総司のクラスメイトの一人が噴水を作り出し、そのまま倒れてしまった。

 騒然となる周り、雪子達は疑問の目を美味しいと言った千枝と移す。

 

「千枝……」

 

「肉しか食わねえと思ったら……味覚がおかしかったのか」

 

「先輩……」

 

「千枝先輩……」

 

「違うって! 本当に美味しかったんだから!!」

 

 最早、同情の目を向けられてしまった千枝は何とか誤解を解こうとするが、仲間達の目はそう簡単には変わらない。

 するとそんな中、先程倒れたクラスメイトが飲んでいた薬品を江戸川は指でとって口にするとその原因を口にする。

 

「……これ、配合を間違えたんだね。……上手く配合すれば美味しいけど、間違えると異常なまでに苦くなります。まあ、その方が健康に良いんだけどね。まあ、話をちゃんと聞いてないとこうなるよ……ヒッヒッヒッ」

 

 そう言って江戸川は再びステージへと戻って行くが、残された総司達は再び薬品と睨めっこを再開させた。

 配合に自信があるかどうかは問題ではなく、はっきり言えば飲みたくない。

 しかし、江戸川に監視されている様で拒否はできない。

 よく、こんな学校で兄は生き延びたなと感心してしまいそうに総司はなった。

 

「配合次第かよ……おい、相棒! こんな配合で大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 総司はそう言って薬品を飲んでしまった。

 ノリが良いと言うのは時に命を持っていかれる。

 

(あっ……)

 

 気付いた時は既に遅く、また一つの噴水が生まれた。

 

「なにやってるんでしょうね……」

 

 その様子を一人、直斗は調合を成功させたドリンクを飲みながら総司達を見ているのだった。

 

 

End



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見送りの鈴

あぁ~じ、時間が足りない……書く時間が……。
と言う訳で遅くなりましたが投稿です。


同日

 

現在、辰巳ポートアイランド【寮前】

 

 再び寮を封鎖した後、洸夜と美鶴達はこれからの予定について話し合っていた。洸夜と美鶴達は伏見からの頼みでもあり、何かあっても対処できる様に修学旅行生達と同じ場所に宿泊する事が決まっている。

 その為、本来ならばこのまま解散になるのだが、久し振りに全員が集まり、洸夜ともわかり会えた後で解散はしたくないと順平が言ったことから始まった。

 

「もっと一緒にいましょうよ! 折角、今日皆で会えたんすから。なんなら、先輩達と一緒のところに俺達も泊まらね?」

 

 その言葉に全員参加の話し合いが始まってしまう。別に一緒に泊まる事は問題ではなく、風花や乾も洸夜とようやく会えた中で別れるのは寂しく思い、どちらかと言えば賛成派だ。

 しかし、真次郎はチドリとは違ってどっちでも良いわけではなく、どちらかと言えば乗り気ではない。特に一番の問題はコロマルの存在であった。

 宿泊先がペット可能とは思えない中、コロマルだけを放置する訳にも行かず、どうするか考えながらも美鶴は事前に伏見から預かっていた宿泊先の連絡先を取り出して相手へ電話を始めた。

 色々と事前の予約もない中でコロマルも可能なのか悩みながらも美鶴が電話すると、意外にもホテル側はそれを承諾してくれたのだ。

 話によればそのホテルはできたばかりであり、宣伝も含めてサービスに力を入れていると言っており、ペットとの宿泊も可能との事。

 そして美鶴は早速その事を皆に伝え、宿泊費を自分が持つと伝えると全員がそれでも良いかと承認するのだった。

 真次郎はそれでも拒んでいたが、なんとか洸夜達で説得してようやく真次郎も承認をした。だが、この事を全員が後悔する事になるのは洸夜達はまだ知らない。

 

 

▼▼▼

 

現在、辰巳ポートアイランド【白河通り】

 皆、洸夜との再会もあってそれぞれの会話をして楽しんでいたが、徐々にその顔は全員が気まずく、険しいもになってしまって行く。

 その原因は白河通りにあり、その通りはいわゆる大人の施設が多く存在する通りだった。

 洸夜は渡されていた資料の地図を見て途中から嫌な予感はしていたが、口に出す勇気はなく、空気を壊さないようにするので精一杯。何かの間違いであってほしいと願う中、そのホテルの場所に辿り着いてしまった。

 

「こ、ここは……!」

 

「な、なんでこんな事が……!」

 その場所に辿り着くと美鶴とゆかりから不穏な雰囲気が溢れ始めた、洸夜、アイギス、明彦、真次郎の四人は美鶴のその気迫に顔を引きずらせながら距離をとる。

 順平もまた、美鶴同様に凄まじい気迫を放出させるゆかりにビビりながら距離を取っており、風花と乾は場所が場所であり、顔を赤くしながら俯き、チドリは気にしていないらしく平然としている。

 

「ワン!」

 

 その中で全く目の前の場所がどう言う所か知らないコロマルの鳴き声だけが唯一の癒しだが、美鶴とゆかりにとっこの場所は黒歴史と言える場所。

 徐々に二人からの気迫が強くなり、真次郎は痺れを切らして洸夜と明彦に声をかけた。

「おい、本当にこのホテルなのか?……明らかに学生が泊まる場所じゃねえだろ」

 

「けど、場所はここであってるぞ。資料にもそう載ってる」

 

「……洸夜、お前の弟の学校はどうなってるんだ?」

 

 それは俺が聞きたい、明彦の言葉に洸夜はそう思った。そう、目の前の泊まる予定のホテルとは潰れたラブホテルなのだ。

 しかも、その場所はかつて満月の大型シャドウに乗っ取られた場所でもあり、精神操作により美鶴とゆかりには悪い意味で特別な場所でもある。

 先程から二人が機嫌の悪さの原因はそれであり、ピンク色のライトで照らされているホテルを二人は親の仇の様には睨み付けていた。

 

「……なぜ、この場所を選んだ」

「本当に最低……最低……全部!」

 

 美鶴とゆかりは時間が経つ事に機嫌が悪くなるだけで、メンバー達も声をかけられない。

 

「わ、私、こんな所に泊まれない!」

 

「い、いや風花……意識し過ぎだって。別に今はただのホテルなんだからさ。そうっすよね洸夜先輩?」

 

 順平が意識していた風花を落ち着かせながら洸夜の方を見るが、そこには洸夜の姿はない。

 

「あれ? 洸夜先輩どこだ?」

 

「さっきまでそこに……?」

 

 順平と乾が周辺を見渡して探し始めると、真次郎は背後で足音が聞こえて振り向くと、そこには足音を極力消しながら静かに来た道を戻る洸夜の姿があった。

 そして、洸夜もそれに気付くと皆の方を振り向き、全員と目が合った瞬間、その足のスピードを上げて走り出す。

 

「こ、洸夜さん!? どこ行くんですか!」

「俺、近くのカプセルホテルに泊まる事にした。そこはお前達だけで泊まって疲れを癒してくれ!」

 

 乾の言葉に振り向く事もせず、洸夜は走り続けて行く。

 

「まさかあいつ、逃げる気か! ……そうはさせんぞ!」

 一人だけこの場を去って良い思いをしようとする洸夜の心理に気付き、明彦は洸夜を追うように駆け出した。

 

「待て洸夜! 自分だけこの場から逃げるのは許さん!」

 

「舐めるなよ明彦! 俺とてただ病んでいた訳じゃない。 今のお前から逃れる程の脚力はある!」

 

 その言葉は満更嘘ではなく、意外にも洸夜と明彦の距離は縮まらないが、明彦はこの修羅場になりかけている現場から自分だけ逃げようとする洸夜を何とか捕まえようと必死となるが、洸夜の影との戦いが響いており、体力の消費が思った以上に激しい。

 

(くっ! ここまでなのか……!)

 

 己の無力に嘆く明彦。段々とその足のスピードも落ち、洸夜は勝利を確信しながら曲がり角を曲がった時だった。

 

「きゃッ!」

 

 洸夜は誰かと勢いよくぶつかってしまい、相手の人はその場で腰を着いてしまった。

 

(しまった!)

 

 流石に洸夜も全面的に自分に非がある事を分かっており、急いでその倒れた人に手を差し出した。

 

「すいません……大丈夫ですか?」

 

「もう! どこ見てるのよ!」

 

 突然の事に相手方も当然ながら怒りを露わにしており、ぶつくさ言いながらもその女性は洸夜の手を掴み、双方共に相手の顔を見た時だった。洸夜の顔から血の気が引いた。

 

「あ、あなたは……!」

 

「いった~……ん? あらぁ~洸夜君じゃないのぉ」

 

 その人物とは、亡き諸岡の後任として総司達の教師となった柏木であった。すると、柏木はぶつかった相手が洸夜だと知るや否や、先程の態度を一変していつもの口調へと戻って行く。

 

「うふふ……」

 

「か、柏木さんは……な、な、なんでここに?」

 

 笑いながら自分に近付いて来る柏木から、洸夜は苦笑しながら距離を取るのだが、それに合わせて柏木も何故か洸夜に近付いて来る。

 

「それは私だって担任ですものぉ、愛しい生徒達を引率しなきゃ。……うふふ、なぁに洸夜君? 私に会えて照れてるのねぇ~」

 

「いいえ、とんでもない!……あっ、いえいえいえ! た、ただ、その割には総司達がいないと思いまして……」

 

 苦笑いしながら洸夜は更に後ずさりしながら誤魔化すが、その姿は確実に柏木を恐れていた。何故、ここまで洸夜が柏木を恐れているかと言うと、それは日頃の洸夜のバイト生活から語らなければならなくなる。

 まず基本的に洸夜がしているバイトは色々とあるが、その中でも主なバイトはりせの家の豆腐屋であり、朝早くから洸夜も手伝い、基本的には夕飯時の奥さん達や帰り始める学生達を洸夜は見ており、相手方も洸夜の事を知っている様な関係。

 その稲羽の日常が洸夜と柏木を会わせてしまった。

 

 ある夕時、洸夜はいつも通り店の戸締りをりせの祖母と片づけを行っていた時、洸夜に話し掛けて来たのが柏木だった。

 顔が良ければ誰でも良いのか、柏木はここを通る度に洸夜へアピールして行くが何も買わないのだからたちが悪い。

 行動だけならば、りせも似た様なものなのだが、りせは時と場合をちゃんと理解してくれているが、柏木は教師でありながら時と場合を無視して問答無用。

 そんな事が何度もあり、洸夜にとって柏木は苦手な人種なのだ。

 

「うふふ、生徒達は後で来るわぁ。それより……洸夜くんもなんでここに?」

 

「いや、それは……」

 

 はっきり言えば言いたくはない。しかし、何を言っても柏木は自分を追ってくるだろうと言うのが洸夜は経験で分かる。

 どうするか洸夜は悩みながら更に距離を取ろうと後ろに下がった時だ、追い付いた明彦が洸夜の肩を掴む。

 

「洸夜……あの美鶴を置いて自分だけ逃げる気か!」

 

 後ろから洸夜を睨む明彦。修羅となった美鶴は明彦にとっても怖いものであり、洸夜だけ楽にはさせない。

 

「あらぁ?」

 

 すると、明彦の姿に柏木は気付き、静かに彼の方を見始めた。その事態に洸夜も気付き、咄嗟に首を横へ移動すると、明彦の顔を柏木がはっきりと認識してしまう。

 学生時代、ファンクラブが出来る程にモテていた明彦だ。柏木の眼光が光り、明彦に悪寒が走ったのだった。

 

 

▼▼▼

 

「あらぁ~そうだったの。OBとして呼ばれていたのね? まあ、私は全く聞いてなかったから気付かなかったわぁ~」

 

 結局、明彦が全てを話す形となって柏木に事情を不本意ながら説明をすると、柏木は納得した様に頷いた。

 元々、まともな性格ではない柏木らしいが、身内が通っている洸夜からすれば柏木の態度や言動には好感は持てない。

 寧ろ、口が悪いとはいえ教育には真面目だった諸岡の方が何倍も好感が持て、柏木が何か不祥事を起こし他の学校に移動してくれないかと、普段はそんな事を思わない洸夜もそう願ってならない。

 しかし、そんな洸夜の思いを知る由もない柏木は、胸を強調しながら洸夜と明彦に近付いて行き、洸夜と明彦はそれに距離を取りながら苦い顔を浮かべていた。

 

「え、えぇ……それはそれは。ところで、あのホテルなんですが……」

 

「少し、配慮に欠けると言うか……学生を泊めて良い場所ではないのでは?」

 

 洸夜と明彦は先程の潰れたラブホを見ながら柏木に説明を求めると、柏木は眉一つ動かさずに平然とこう言った。

 

「あらぁ、分かるぅ?……良いホテルでしょう? 私が選んだのよう?」

 

(お前が選んだのか……)

 

(お前が選んだのか……)

 

 修学旅行と言う事で何かしら教師の意向が入っているとは思っていたが、やはりこの宿泊先を選んだのは柏木だった。

 表情を見る限りでは悪びれた様子もなく、寧ろ柏木は自分が悪い事をしたと言う自覚はない。勿論、責めるのは最終的に選んだ学校側も同じだが、少なくとも原因の根源は間違いなく柏木だ。

 洸夜は身内が通う学校として不安を更に上乗せし、明彦は普段は気にしない教育の現状に呆気になっていた。

 

「それに……あらぁ? そろそろ生徒達が来るわねぇ。それじゃあ残念だけど私は行くわねぇ」

 

 時計を見ながら柏木は二人にそう言うと、何故か狭い二人の間を通ると小さく二人に耳打ちした。

 

「私の部屋は二階の奥の場所よぉ? ノックしてくれればすぐに開けてあげるわぁ」

 

 その言葉が止めとなり、洸夜と明彦は燃え尽きた様に精神が真っ白になった。柏木が立ち去った後も二人は茫然と燃え尽きており、正気に戻ったのはそれから数分後の事だ。

 

「なんか、大切な物を失った気分だ……」

 

「ああ、俺も山で遭難した時よりも恐怖を覚えたぞ……」

 

 二人の精神を蝕む程に柏木のインパクトは凄まじいものだった。明らかに自分に都合の悪い言葉は変換され、自分に都合の良いように柏木は聞いている。

 あんな人種は初めてだと、洸夜と明彦は心の傷を少しずつ応急手当てを施すと、互いに顔を見合わせた。

 

「戻るか……」

 

「ああ……」

 

 そう言って二人は重く暗い背中で美鶴達の下へと戻り始めた。先程の柏木の後では美鶴達の方が普通に見えるからだ。

 魔王と大魔王、どちらが良いか、それだけの話であり、いつもなら強い方を求める明彦も、流石に柏木を選ぶことをする事はせず、二人は美鶴達の下へと戻って行った。

 

 

▼▼▼

 

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、戻った洸夜と明彦を出迎えたのは未だに金剛力士像の様に君臨する美鶴とゆかりだった。その二人の立つ場所はまるで聖域の様に来る人来る人が避けて行くが、単純に美鶴とゆかりが怖いだけ。

 他のメンバー達も怖がる者と我関せずと言った者に分かれており、その中で怖がる側の順平が洸夜に問いかけた。

 

「瀬多先輩……なんで桐条先輩はあんなにキレてんすか?」

 

「……まあ、色々とあったんだ」

 

 当時、満月の大型シャドウが乗っ取った時、このホテルに突入したのは洸夜と『彼』、そして美鶴とゆかりの四人だけだった。

 他のメンバーは外で待機しながら風花とサポートをしており、事実上このホテルでの出来事を知っているのは当事者の四人だけとなっている。

 その為、外にいた順平は当時、美鶴とゆかりが死ぬほど恥ずかしい思いを、洸夜と『彼』が凄まじく痛い思いをした事を知らない。

 だからと言ってそれを教えるのは怖くて言えないが、洸夜の目の前にいる順平は聞きたくて聞きたくてしょうがないと言った目で洸夜を見ている。

 

「……口外厳禁だからな」

 

 静かに美鶴達に悟られない様に注意しながら様子見をし、洸夜は順平に小さな声でそ言うと、周りのメンバーも耳に意識を集中した。

 真次郎もチドリも下らないと雰囲気で言っているが、ちゃっかり耳は洸夜の方を向けている。

 

「ふっ……愚問だぜ、先輩。おれっちの口の堅さは黄金の如く!」

 

(柔いんじゃねえかよ)

 

 順平の言葉に真次郎が心の中で一人ツッコミを入れながら、洸夜は順平達に小さく教え始めた。満月のシャドウの精神干渉、そしてそれによって自分達が分断され、洸夜は美鶴と、『彼』はゆかりと個室にいた事までを順平達へ教え終える。

 

「なん……だと……!」

 

 衝撃の告白に順平の電流が走った。勿論、風花もその一人だ。

 

「えぇ!! でも、それは……えっと、だから……何もありませんよね!?」

 

「落ち着け」

 

 顔を真っ赤にして混乱する風花を明彦が落ち着かせるが、風花の言葉に順平が返答する。無駄に悟った様なイケメン顔で。

 

「フッ……それは野暮ってもんだぜ風花。ホテルの一室に二人の男女……やる事は一つ、保健体育の実技だろ!!」

 

 ホテル街のど真ん中でなんて事を口走っているのだこの男は、その言葉に明彦と真次郎は顔見知りだと思われる事を拒否して距離を取り、チドリさえもコロマルと距離を取る。

 

「キャアァァァァァァ!!」

 

「そ、そそそう言う事は普通は言わないでしょ! 何を言ってるんでふか、順平さんは!」

 

 逃げ遅れた風花は順平の言葉に恥ずかしさの限界が突破し、乾は平常心を保とうと真剣な表情で順平を怒るが声が完全に震えてキョドっている。

 そんな乾をどこか暖かい眼差しで真次郎が見守っていた事は誰も知らない。

 

「おいおい、話を膨らませるな。俺も『あいつ』も何もしちゃいない。どちらかと言われれば、手を出されてのは俺達の方だな」

 

「えぇッ!?」

 

「その話、詳しく」

 

 まだまだ突き進もうとする順平の態度はさて置き、洸夜は静かに話し始めた。

 

「いや、シャドウの精神攻撃があった後、俺は我に返っって気付くとホテルのベッドに腰をかけていた。だが、俺は気付いた……気付くと、俺の膝の上にバスローブ一枚だけを纏った美鶴が跨っていた。あれは流石の俺も驚いた……」

 

 しみじみと思い出す様に洸夜は頷く。あまりの衝撃に当時は吹き出しそうになったが、シャドウの攻撃の影響だと分かっていた為に冷静に対応出来た自分を褒めてやりたいと洸夜は思っている。

 その後、割れに返った美鶴から強烈な一撃を受け、廊下に出た瞬間に隣の部屋からゆかり達が出てきた時は気まずかったが、洸夜と『彼』の顔に刻まれた平手と言う名の紅葉の跡を見て、メンバー達は全てを悟ったのだった。

 

「けど、別に見せてくれとは頼んでも無ければ俺が襲った訳でもないのに平手打ちは酷くないか? あれじゃ、動物園でゾウを見ていたら平手されたと同じだろ……そう思わないか?」

 

 洸夜は当時の事を言いながら順平達に同意を求めようとしたが、順平達はいつのまにか洸夜から距離を取って何故か目を逸らしていた。

 

「おい、聞きたいって言ったから教えてるのになんでそんなに距離を取ってる?」

 

 洸夜は距離を取っている順平達に近付こうとすると、何者かに洸夜は両肩を掴まれた。

 

「随分と楽しそうな話をしていたな、洸夜?」

 

「私も聞きたいんですけど、瀬多先輩?」

 

「……」

 

 その聞き覚えのある声、そして強烈な力で掴まれる肩。それだけで洸夜は全てを悟り、顔から感情が消えて表情が真顔になる。

 

「ゆかり、私達はゾウの様だぞ?」

 

「まあ、怒ると怖いのは否定できませんから……」

 

「……」

 

 二人の言葉に洸夜は何も言わず、離れた順平達も震えあがっていた。そして、最後に美鶴が洸夜に問いかけた。

 

「何か、言いたい事はあるか?」

 

 今ある美鶴の中の唯一の慈悲を与えられた洸夜は、特に頷く事もせずに一言こう言った。

 

「パオン……」

 

 白河通りに乾いた音が二つ程、響き渡った。

 

 

▼▼▼

 

現在、ホテルはまぐり【ロビー】

 

「先程、予約の件で電話をした桐条です」

 

 美鶴は受付で部屋の割り当てなどを聞いている中、その姿を後ろから頬に紅葉を刻まれた洸夜と明彦達は見ていた。

 

「社会と女性って似ているよな……理不尽な所が」

 

「さっきのはお前にも非はあんだろ」

 

 真次郎が黄昏る様に呟いている洸夜にそう言い、ゆかりを除くメンバー達も苦笑しているとなにやら受付が騒がしくなる。

 

「い、いや! それは何かの間違いじゃないのか!?」

 

「いえ、確かにそういう部屋割りでご予約されておりますが……」

 

 受付の方を見ると、なにやら美鶴と受付係が揉めていた。上手く予約がされていなかったのか、不安を覚えたメンバー達は美鶴の下へと向かった。

 

「どうしましたか、美鶴さん?」

 

「予約ミスでもあったのか?」

 

 アイギスと明彦が美鶴へ声を掛けるが、美鶴は少し混乱気味の様子だ。

 

「なっ!? なんでもないから君達は待っていろ!」

 

 何故か顔を赤くして皆を遠ざけようとする美鶴。その態度に皆も不審がり、気になった順平が受付に声を掛けた。

 

「すんません。部屋割りってどうなってんすか?」

 

「はい、部屋割りは先程、ご連絡を受けました時に男女別にして欲しいとのご要望でしたので……多少の変更をしまして真田様、荒垣様、伊織様、天田様、そしてコロマル様も同室となっております。また、アイギス様、岳羽様、山岸様、チドリ様との部屋割りとなっております」

 

 受付からの説明に順平は頷いた。しっかりと男女に分かれており、美鶴が慌てる理由は何処にもない。そう思った順平だったが、すぐにある問題に気付く。

 

「あり?……瀬多先輩と桐条先輩は?」

 

 先程の名前の中に二人がない事に気付いた順平は再び受付へ問い掛けようとすると、美鶴が止めに入ろうとして手を伸ばした。

 

「まっーーー!」

 

「桐条様と瀬多様は皆さまと同じフロアですが、二人用の御部屋となっております」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全員の空気が固まった。勿論、美鶴自身も。

 

「美鶴先輩……積極的過ぎる!」

 

「っ!? ち、違う! 誤解するな! これは私がした事ではない!」

 

 必死で誤解を解こうとする美鶴だが、現に目の前で直接予約をしたのは美鶴自身だ。学園側が三人の部屋を予約していたが、それを変更して今の部屋割りにしていたのも美鶴であり、完全に美鶴の犯行は目に見えていた。

 

「……すいません。予約前の部屋割りってどうなってました?」

 

「はい。ご連絡前の部屋割りは瀬多様と桐条様が同室。真田様が個室となっておりました」

 

 どうやら最初の学園側の予約から全ては始まっていた様だ。そして、洸夜は受付の話を聞いて一人の女子生徒を思い出す……そう、伏見だ。

 恐らく、何かを誤解している伏見がそう言う部屋割りにしてしまったのだろう。やり遂げた顔を浮かべる伏見を思い浮かべるのも難しくない程に確信が持てる。

 天使のミスか、自覚なき悪魔の悪戯か、どちらにしろ有難迷惑なのは間違いない。

 

「何故、そうなっているんだ! 私はちゃんと分ける様に言った筈だ!」

 

 事が事の様で珍しく声を上げて受付へ説明を求める美鶴に、受付側も慌てて事実の説明をした。

 

「今日は修学旅行とも重なっておりまして、部屋がこれ以上は無かったもので御二人の部屋割りだけは変える事が出来なかったのです」

 

 受付の言葉に美鶴は納得できる様で納得したくない気持ちに襲われた。元々、潰れたラブホである為にそこまで広くはない。

 部屋が無いのは仕方ないが、それならば電話の時に言うのが普通なのではないかと思っているた。

 

「はぁ……なら、俺が美鶴と交換する。それで文句はないだろ?」

 

 なにやら納得していない美鶴に明彦が提案を出す。照れて恥ずかしいだけなのは明彦も分かっているが、変な所で難しく考える美鶴にはハードルが高いのは間違いない。

 男3の女1と言うのはバランスが悪いが、少なくとも男女一人よりは美鶴も納得するだろうと明彦は思っていたのだが。

 

「男二人で入るのか……そっちの方が気まずいだろ」

 

 洸夜が明彦の案に異を唱えた。別に女が良いと言っている訳ではないが、だからと言って男同士で入るのは抵抗があるに決まっていた。

 

「じゃあ、ゆかりっちの誰かが瀬多先輩とトレードで良いじゃん」

 

「女同士でも気まずいわよ!」

 

「それに、女部屋に男一人ってのも最早苛めだろ……」

 

 順平の案に今度はゆかりが異を唱え、真次郎も難色を示した。

 

「じゃあ、私が美鶴と交換する」

 

 周りが解決しないと分かるとチドリが自ら立候補する。

 

「えッ! 良いのチドリちゃん!?」

 

「別に洸夜は信用できるし。なんなら、風花が変わる?」

 

 チドリの言葉に風花の顔が真っ赤になり、やかんだったら既に音が鳴って沸騰しているだろう。

 

「無理無理! 絶対に眠れないよ私!?」

 

 男女が同じベッドで寝ると言う事はまだ風花には難易度が高いらしく、そのままチドリが同室決定となろうとしていたのだが、またも異を唱える者がいた。それは順平だった。

 

「まった! 異議ありだぁッ! そんな事はおれっち許しませんよ! 若い男女が同じ部屋で止まるなんてまだ早いわよ!」

 

「どこの母親だ、お前は……?」

 

 順平の異議を始めとし、ああだこうだと話し始める洸夜達だが、そんな事をしている間にもホテルに着いた生徒達が集合し始めていた。

 その事に美鶴は気付くと、自分達の行動が邪魔になっていると思い、洸夜達にその事を伝える。

 

「おい、生徒達が集まっている。私達は邪魔になっているぞ」

 

 美鶴がそう言うと、洸夜達は美鶴の方を向いた。しかし、その顔は明らかに、えぇ~と言った様な困惑した表情であった。

 

「そうは言うが……こうなってるのは美鶴、お前が駄々をこねてるからだろ」

 

「なっ!? 駄々とはなんだ! 私が我儘を言っている様に言うな!」

 

 洸夜の言葉に美鶴が顔を赤くしながら反論するが、それを聞いていた真次郎も洸夜に賛同する様に頷いた。

 

「だが、美鶴。お前が別に洸夜と同室で良いって言えば即解決だろうが」

 

「まあ……一番手っ取り早いのはそれですよね」

 

「ゆかりまで……だが、しかし」

 

 ここまで来ても美鶴はウンとは言わない。別に洸夜も襲う気もなければ、洸夜も洸夜で気まずい気持ちは同じだ。

 そして、そんな事をしている間にも生徒達が更に集まってきており、洸夜は仕方ないと言った風に溜息を吐きながら美鶴に近付いてこう言った。

 

「まあ無理を言うのも止めとくか。……美鶴だし、こう言うのは無理だろ」

 

「……なに?」

 

 洸夜の言葉に美鶴は眉を動かして反応すると、それを聞いた明彦達が何かを察したらしく洸夜と同じような口調で言い始めた。

 

「確かにな。美鶴だし、流石に無理か……責任感が強いと言っても無理は無理だ」

 

「なんだかんだ言っても桐条先輩ですし、まあ無理っすよね……ああ無理だ無理だ~」

 

「……」

 

 煽りの様な言葉に美鶴はプルプルと肩を震わせながら黙った。そう、この作戦は嘗て、なんとなく魔が差して美鶴にビキニアーマーを着せた時の作戦なのだ。

 刺激しながら美鶴を煽った結果、自棄になった美鶴はまんまとその作戦にはまってしまった。

そして、それは今回もそうなった。

 

「……だろう」

 

「ん?」

 

 美鶴が肩を震わせながら小さく呟き、メンバー達がそんな美鶴の方を向くと、美鶴は顔を上げて力強く言い放った。

 

「良いだろう! 泊まってやろうじゃないか! そうだ! 別に意識しなければ良いだけの事だ!」

 

 美鶴はそう言うと、受付からキーを受け取って洸夜の首根っこを掴むとそのまま引き摺る様に引っ張って行く。

 

「来い、洸夜! 別になんでもないんだ!」

 

「単純だな……明彦~後でお前等の部屋に行くからよろしくな~」

 

 洸夜は引き摺られながら明彦にそう伝えると、明らかに取って付けた様に作られているエレベーターと入れられ、美鶴と共に上の階へと上がって行くのだった。

 

「美鶴は相変わらず変な所で単純だ……」

 

「美鶴先輩も素直になれば良いのに……」

 

「この展開……これが昨晩はお楽しみでしたね、でありますね!」

 

「アイギス、それ桐条先輩の前で言わなく良かったね……」

 

 

 美鶴達の姿が見えなくなった後に明彦達も好き勝手言いながら、受付からキーを受け取って自分達の部屋へ行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

現在、ホテルはまぐり【洸夜・美鶴の客室】

 

 何かしらは期待していた。見た目はあんなんだが、中身は改築されて一般的な宿泊施設になっているであろうと。

 だが、それは間違いであり、部屋の中は殆どが当時と変わってはいなかった。ライトはピンクなのも不快であり、ベッドもピンクのダブルベットだ。

 変わっているのはテレビが普通の物になっている事と、ルームサービス用のメニューと電話が設置されている事ぐらいだ。また、そんな電話等も明らかに取って付けた感じが消えておらず、その場所だけ違和感が存在している。

 

「……俺は明彦達の所に行って来るが、美鶴、お前はどうする?」

 

 洸夜は荷物を近くのソファに置きながら美鶴へ問いかけるが、美鶴は現実を受け入れるので大変らしく身体を震わせながら沈黙していた。

 

「……!」

 

「……ま、まあ、疲れただろうし、今の内にシャワーでも浴びとけよ。夕飯はどうするかは皆で後で考えよう」

 

 触らぬ美鶴に崇りなしと言うやつだ。洸夜はそう言いながらゆっくりと部屋を出て行った。

 

「……伏見。この事は忘れないぞ」

 

 部屋を出る瞬間に聞いてはいけない事を聞いた気がしながらも、洸夜は扉を閉めて明彦達の部屋に行くのだった。

 

▼▼▼

 

現在、ホテルはまぐり【明彦達の部屋】

 同じフロアである為、洸夜が明彦達の部屋に着くのに時間は掛からなかった。扉の前に着いた洸夜は扉を叩くと、中から鍵の開く音が聞こえると、出てきたのは真次郎だった。

 

「おう、もう来たのか?」

 

「美鶴が落ち着くのに時間がいりそうだからな」

 

 互いにおかしそうに話し真次郎も、違いない、と言って楽しそうに洸夜を招き入れると、洸夜は部屋の構造に呆気に囚われてしまった。

 

「四人宿泊と聞いたから気になっていたが……凄いな」

 

 洸夜の見た部屋はまるで隣の部屋と繋げて一つの部屋にしたかの様に広いモノだった。現に一部の構造がおかしくなっており、明らかに壁を壊した様な痕跡もある。

 ベッドもわざわざ移動させたのだろう、浴槽も二つあってあまりの奇怪さに言葉も出ない。

 

「遅かれ早かれ潰れるな、このホテル」

 

「明らかに力入れる所を間違えて改装に失敗してるからな。……ところで、明彦達はどこだ?」

 

 部屋を見回していた洸夜は部屋の中に明彦達が見つからず出かけてると思い、真次郎に詳細を聞くと、真次郎は部屋に常備されていた冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら説明した。

 

「一階の売店に行ってる」

 

「……売店まであるのか」

 

 どうやらここのオーナーは何とかして客足を増やそうとして色々とおかしな方向に進んでいる様で、洸夜はあまりのギャップに混乱しそうになりながら暇つぶしの様に辺りを見回し始める。

 すると、それを見ていた真次郎が何か戸惑いがちに洸夜へ言った。

 

「……洸夜。お前、もう大丈夫なのか?」

 

「……なにがだ?」

 

 真次郎の言葉に特に気にする様子もなく返答する洸夜に、当の真次郎は溜息を吐きながら更に続ける。

 

「話は聞いた……この二年でどれだけ苦しんだのかをな。さっきの美鶴と岳羽との事もある意味で”治療薬”のつもりか?」

 

 真次郎のその言葉を聞くと、洸夜の動きが止まる。どうやら、洸夜の考えている事は真次郎にはお見通しだった様だ。

 真次郎の言葉を聞いた洸夜は困った様に髪を弄ると、何かを思い出す様に自分の右手を見つめた。

 

「やっぱ……駄目なんだ。原因が分かって解決しても、この二年で思っていた美鶴達への感情が消える訳じゃない様だ。……美鶴達への苦手意識がまだ残ってる」

 

 そう言っている洸夜の右手は僅かに震えていた。元々、稲羽に来るまでの二年は洸夜にとって中々に消える物ではないのだ。

 洸夜のシャドウが影響を及ぼしていた事もあって過剰な夢などもよく見てしまい、精神的にもダメージを受けていたが、そのシャドウと向き合っても身体に刻まれた感情は心の根に残っており、今もその感情がある。

 先程の一件や目が覚めてからの行動はいわゆるリハビリの様な物だ。S.E.E.S時代に近い感情で接する事で感情を治療する。出来るだけ意識しない様に頑張っていたが、どうやら真次郎には見抜かれていた様で、洸夜は苦笑しながら真次郎を見つめ返す。

 

「悪いが、これは内緒にしといてくれ。これは本当の意味で俺の問題だ。あいつらに意識されたら意味がない……こればっかは俺自身でしか治せないからな」

 

 洸夜がそう言い終えると、真次郎はやれやれといった表情を見せたがそれ以上は追及せず、洸夜もそれが分かると隣の部屋の壁際を覗き込みながら、そこに隠れていた仲間にも言った。

 

「悪いが、今回だけは内緒にしてくれよ……コロマル」

 

「……クゥ~ン」

 

 壁に隠れていたコロマルはどこか寂しそうに鳴くと洸夜に寄り添う様にして身体を擦り付け、洸夜も若干震える手に力を入れながらコロマルを撫でた。

 そして、真次郎はそれを見守りながら先程のミネラルウォーターに口を付けていると、洸夜が来るまでに見ていたテレビがあるニュースを放送しており、それに真次郎も洸夜も意識を向ける。

 それは、稲羽の事件の内容で逮捕された久保についての事でもあった。

 

『―――逮捕された少年は未だに黙秘を続けており、警察の取り調べは続いているとの事です』

 

 アナウンサーはそう言うとその後、久保の近所の評判等を話して行くが、ニュースはそれだけを言うと天気予報へと変わってしまう。

 

「今ので終わりか……? 別にニュースを鵜呑みで信じるつもりはねえが、いくらなんでも説明不足だろ」

 

「いや、恐らく説明が出来ないんだろうな。今回の事件、判明しているのは久保が模倣して直接殺害した諸岡さんの一件だけだ。最初の二人を殺害したのはシャドウだからな……メディアは疎か、警察だって真相は分かってないんだよ、真実を」

 

 勿論、自分達も……。洸夜は心の中でそう呟き、再度事件解決への意欲を強くする。真次郎も、そんな洸夜を見ては何も言わないが、逆に言わないのは彼が理解していると言う事でもある。

 ”マヨナカテレビ”ただの都市伝説では済まなくなっている現象。影時間の様に人の手によって発生してしまったのか、それとも災害の様に自然発生したのか、どちらにせよ洸夜は追わなければならない。

 それが、再びペルソナと共に戦う覚悟をし未来へ進むと決め、この事件へ足を踏み入れた自分の責任だと洸夜は思っているからだ。

 そして、洸夜は少し考える素振りをすると、真次郎を見て言った。

 

「真次郎。もし、今回の一件が俺達の手に負えなかった時は―――」

 

 洸夜がそこまで言った時だった。大きく扉が開かれ、洸夜の言葉を遮った。

 

「たっだいま~! 荒垣先輩! 瀬多先輩来てっスか~?」

 

入って来たのは順平だった。その後に乾と明彦も入り、皆その手には売店で買った物をいれたビニール袋を持っており、酒やらジュース、そして菓子などが透けて見えた。

 どうやら、ここで飲み会の様な事をするつもりらしい。乾がいる為、少し抵抗があるが再会を祝いたい順平のテンションは既に高く、止める事はできそうにない。

 

「おいおい……派手に飲み会を開く気か?」

 

「まあまあ、瀬多先輩。今日は再会とかあるんスから、皆で楽しみましょうよ! なあ、ゆかりっちもそうだろ?」

 

 順平がそう言うと、扉からゆかりや風花、アイギスとチドリが入って来た。そして更にその後ろからは美鶴も入ってくる。

 流石に着替えたらしく、美鶴の服装は先程とは違ってジーンズ等を履き、至って普通の物だ。

 

「なんだ、結局は全員が集まったのか」

 

「部屋までこの馬鹿が来たんですよ……まあ、別に嫌じゃないですけどね」

 

「まあ、なんだかんだで皆も、お前との再会が嬉しいんだ。今回は素直に付き合ってやろうじゃないか」

 

 意外にも美鶴も乗り気らしく、他のメンバーも得には何も言わない。こうなれば後はなる様になるしかないと洸夜は思い、静かに頷くのだった。

 

▼▼▼

 

 飲み会が始まって一時間、現場は混沌としていた。最初は普通に飲み会だったのだが、洸夜が途中で順平達がまだギリギリで未成年だと気付くが誤ってゆかりが酒を飲んでさあ大変。

 乾は真次郎とチドリが避難させているが、悪酔いしてしまい美鶴やら誰やらゆかりは問答無用で絡んでしまっていた。

 

「アハハハハハ! もう! 美鶴! ちゃんと飲んでんの!?」

 

「ま、まあ……飲んではいるが、ゆかり、少し飲み過ぎじゃないのか?」

 

 絡んでくるゆかりに美鶴が何とかしようと注意をするが、その言葉を聞いた瞬間、ゆかりの瞳が光り、美鶴へ牙を向けた。

 

「な~に子供みたいな事を言ってんのよ!! こんな身体してぇぇぇ!!」

 

「きゃあ!? お、おい……!」

 

 ゆかりは美鶴の身体をまさぐる様に触って服の中に手を突っ込む等し、美鶴は思わず叫んでしまう。最早、ゆかりの今の姿は只のエロ親父の類になっていた。

 そして、そんな教育上良くない光景を乾に見せてはならないと真次郎は両手で乾の目を隠し、汚れた光景から守ろうとする。

 

「見るな! お前にはまだ早い!!」

 

「なっ! なんですかいきなり!? ぼ、僕だって子供じゃないんですよ! そ、そう言う事だってあるってわかてるんですから!」

 

 ああだこうだと真次郎と乾も揉め始め、洸夜は周りを傍観しながら横を見ると酒を飲んだしまった順平が壁の隅で泣いていた。

 

「うおぉぉぉ……! なんでおれっちって奴はこんなにもぉぉぉ……オォォォォォォォ!」

 

 泣き癖なのか、酒を飲んでしまった順平は酔って泣いており、アイギスはコロマルと共に座りながらそれを見ていた。まるでこの世の終わりの様に滝の涙を流す順平を見る限り、中々にストレスを抱えている様だ。

 それとも、洸夜との和解が想像以上に嬉しかったのかも知れないが、順平の泣きにアイギスとコロマルは楽しそうに見続ける。

 

「全員、結構飲んでるな……」

 

「分かってやれ。皆、お前と昔の様に接することが出来ると分かって嬉しいんだ」

 

 洸夜の言葉に明彦はそう言って手に持つグラスを口へと運ぶ。その姿は飲み慣れており、酔った様子は微塵も見せない。大人の余裕とでも言えるその姿に洸夜も意外そうにしながらラムネサワーを口にした。

 

「意外だな。お前って酒とか飲まないと思ってたぞ?」

 

「ハハ。俺だって、親友達と飲む良さは分かってるつもりだ。……また、お前とこう話しているとあの時を思い出す」

 

 あの時とは高校時代の事だ。二年前の一件で、明彦は洸夜ともう会う事は出来ないとまで思っていた為に今日の戦いは辛くもあったが嬉しい出来事でもあるのだ。その為か、明彦の表情は何処か清々しかった。勿論、洸夜も嬉しい気持ちは隠せず、清々しい表情を見せている。

 そして、暫く洸夜と明彦は飲んでいたが、明彦は不意に手元のグラスを飲み干して洸夜へ言い放った。

 

「洸夜……! 全てが終わった後だが言わせてくれ! ……すまなかった」

 

 そう言って明彦は頭を下げる。それはとても深く、渾身の謝罪の姿だ。洸夜でさえ思わずグラスを止めて明彦へ問いかける程に。

 

「どうした明彦? それはもう終わった事だ。もうどちらも謝る必要はないんだぞ」

 

「いや……俺はずっと修行しながら自分に問いていた。何故、あの時にお前にあんな態度をとったのかと……結局、その答えは出なかった。……いや違う! 俺はそうして答えを出さないで罪悪感を感じる事でお前への謝罪の様にしていただけだった……!」

 

 まるで懺悔の様なその明彦の姿。後悔はどれだけ準備を施したとしても訪れるものであり、誰も避ける事は出来ない。しかし、乗り越える事は出来るのだ。明彦はいま、自分にある最後の後悔を乗り越えようとしていた。

 

「今日の事で全ては終わった。だが、俺のその事はまだ終わってない……だから、洸夜。俺に謝罪させてくれ!」

 

「……明彦」

 

 そのらしくない明彦の様子に洸夜もその決意を感じ取る事が出来た。そして、自分も何か言わなければならないと思ったが残念ながら洸夜は言葉が出なかった。どうしても言葉がでないのだ。……明彦が自分ではなく、コロマルにさっきから言っているから。

 

「洸夜! 何か言ってくれ!」

 

「?」

 

 酔っている明彦は既に洸夜とコロマルの区別がついていない。しかも、何か言ってくれと言われてもコロマルには難易度が中々に高い。更に言えば状況がコロマルは分かっておらず、嬉しそうに舌を出しながら尻尾を振っていたが、明彦の様子に疑問を覚え一鳴きした。

 

「ワンッ!」

 

「っ!? ワン? ……そうか、つまり”一発”殴らせろと言う事か!」

 

(いや、違うだろ……)

 

 余程に酔っているらしく明彦の脳内は既にちゃんと機能しておらず、残念ながら自分の世界に入っていた。

 

「良し! ならば来い洸夜ッ!! お前との絆との為、俺はお前の一撃を受け止めてやる!」

 

「?」

 

 首を傾げるコロマルを他所に明彦はエスカレートし、上着を脱いで臨戦態勢をとっている。まるで今から魔王と戦う勇者の如く険しい表情だが、相手は魔王どころかコロマルだ。コロマルは遊んでもらえると思って明彦の周りをグルグルと走り回る。

 しかし、その姿に明彦の表情が変わった。

 

「な、なんだと……洸夜が一人、二人……それ以上に増えただと!? ……ハハ、成る程な。お前もシャドウと戦っていただけはある! 分身を使えるとはな……良いだろう! 来い、洸夜ッ!!」

 

「ハッハッ! ワン!」

 

 明彦には洸夜が何人にも見えているであろうが、実際にはコロマルが元気一杯に走り回っているだけだ。どうしたものかと洸夜が思っていると、そんな洸夜にアイギスが近付いてくる。

 

「明彦さん達は私が何とかしますので、洸夜さんは楽しんでください」

 

「……楽しめと言われてもな。この状況じゃ―――」

 

 総司の部屋に行くのも手だが、アルコールの匂いを纏って行く訳には行かない。この部屋に来ない事や連絡が来ないのも、もしかしたら気を使わせてくれているのだろう。

 そう思いながら洸夜は不意に美鶴とゆかりの方を見ると、ゆかりを止めようとしていた風花の姿が目に入る。先程の美鶴との事もあって警戒しながら近付く風花だったが、ゆかりが風花の接近に近付いて彼女へ毒牙を向けた。

 

「あま~い!!」

 

「キャアッ!? ゆ、ゆかりちゃッ!? まッ! あぁ……!」

 

 ゆかりに掴まり服の中を弄られ、中々に色っぽい声を出す風花。その姿に思わず洸夜も目が止まってしまう。

 

(ッ! これは……中々。ん? ッ!? 風花……大人しい顔してなんて下着を―――!)

 

 一瞬、チラッと見えてしまった風花の下着。僅かにチラッと見えただけな為にこれはいわゆる嬉しい事故でしかない。別に洸夜が服を剥いでなければ何もしておらず、神の悪戯、運命の悪戯。ただ偶然に洸夜が部屋の壁を眺めていた時に視界の端っこに映っただけだ。

 また、この瞬間に僅かに横に視界を移動してもそれは事故と言えるであろう。そう判断した洸夜は特に意味は、本当に意味はなく横へ移した。そこには……。

 

「どうした洸夜?」

 

「……」

 

 何故か、美鶴の顔があった。険しい顔のその表情がドアップで洸夜の視界に写り、洸夜はその迫力に言葉が出ない。顔をそらそうとしても蛇に睨まれた蛙の様に動けず、身体だけでも逃げようと後ずさりするが美鶴も距離を詰めた。

 

「何か良い物でも見れたか?」

 

「……黒いエデンが見れた」

 

 その後、洸夜がこの部屋でどんな仕置きを受けたかは誰も口にしなかった。

 

▼▼▼

 

 その翌日、総司は何処か疲れた表情を浮かべる洸夜、そして頭を抑えながら昨日の事を思い出そうとする美鶴達を見る事となった。風花は顔が赤くしてゆかりから距離を取り、ゆかりは昨夜の記憶が抜けていて思い出そうと必死だ。明彦も何故かコロマルを抱いて寝ており、順平も記憶はない。全てを知っているのは事実上、アイギス、真次郎、チドリ位だが誰もそれを口にすることはなかった。

 ただ一言、お前等とうぶん酒禁止……それだけ言って

 

▼▼▼

 

 洸夜は残りの日数は基本的に用事もなかったので適当に過ごした。嘗てお世話になった人達へ挨拶や、総司達への観光案内。美鶴達とも遊んだりし、洸夜達と総司達との王様ゲームも行われたが、それはまた別の話となっている。

 そして、総司達の修学旅行最終日当日。洸夜も総司達と同じく稲羽に帰る為に駅にいた。勿論、見送りの為に美鶴達も駅を訪れていた。

 

▼▼▼

 

 9月10日【土曜日・晴れ】

 

 現在、辰巳ポートアイランド【駅】

 

 八十神の生徒達が次々と電車の中に入って行く中、総司達もクラスメイト達と一緒に電車に乗り込み始めていた。入る前に総司は不意に少し離れた所にいる美鶴達の方を向くと、美鶴達もそれに気付いて総司達に手を振ってくれた。

 集合時間もあり、挨拶は既に終えている。そして、総司達も美鶴達に手を振りながら電車へ入って行った。

 

「そろそろ時間か……」

 

 腕時計を見ながら洸夜はスポーツバックを背負い直した。

 

「瀬多先輩、駅弁買ったからコレ電車で食ってくれよ」

 

「お茶も一緒に」

 

「そんなに気を利かせなくて良かったんだが……」

 

 少し申し訳なさそうに洸夜は順平と乾からお弁当と缶のお茶を受け取ると、荷物を持ちなおす。そして、洸夜が荷物を持ちなおすのを確認してから美鶴は洸夜に問いかける。

 

「洸夜。お前は、これからも稲羽の事件を追うつもりなんだな」

 

 美鶴の言葉に洸夜の動きが一瞬止まり、真次郎とコロマルを除いたメンバー達も洸夜の事を待っていると、洸夜は僅かに間をあけながらも頷いた。

 

「……ああ。それが再びペルソナと向き合い、この事件に足を踏み入れた俺の責任だ。亡くなった被害者の前でも誓った。絶対に真実を見つけると……」

 

「そうか……やはりお前らしいな」

 

 予想通りの言葉にメンバー達の表情に不安はなく、寧ろ笑みがこぼれた。本当はワイルドを持つ洸夜が危険な事件に再び巻き込まれている事に不安があったが、洸夜には守る者がいる。誰にも止められる事は出来ない。

 だがそれが、その姿が自分達を支えてくれた仲間である洸夜の姿だ。不安どころか自分達でさえ安心できる。

 

「瀬多先輩……おれっちも頑張るぜ」

 

「私も……私も頑張ります。だから、何かあったら呼んで下さい。私達は仲間ですから、今度は絶対に皆で助けます!」

 

「私も手助けさせて下さい。もう、守られるだけじゃありません」

 

「……そうか。何もないが、稲羽に来ることがあったら連絡してくれ。色々と案内してやる」

 

 逞しく成長した後輩からの言葉に洸夜も頷いて、それに応える。順平も今や子供達の立派な兄貴分に成長しているが、ゆかりと風花は若干目が潤んでいた。だが、涙も弱さも今は見せない。『彼』が残してくれた未来へ皆、進むと決めているから。

 

「洸夜さん。僕も、何かあったら呼んで下さい。美鶴さん達は僕に普通の生活に戻る様に言ってくれたんですが、僕にとっては皆さんが目標です。……ですから、今度は僕も洸夜さんと並んで戦わせて下さい」

 

「ワン!」

 

「コロマルも同じみたい。……洸夜、本当にありがとう。私に未来をくれて」

 

 乾、コロマル、チドリが洸夜に言葉を投げ掛け、洸夜は流石に照れくさそうになりながらも目の前の成長したもう一人の弟と仲間達に手を差し伸べた。

 

「お前達の人生はお前達だけのものだ。……もう、俺が弟離れしないとな。何かあれば俺もお前等の力になる。一人の仲間としてな乾、コロマル。……チドリも、俺はあくまで可能性を作ったに過ぎない。切り開いたのは君だ」

 

 そう言って互いに握手する洸夜が次に見たのはアイギスだった。なんだかんだで一番奮闘したのは彼女かも知れない。そう思うと自然に洸夜とアイギスは互いに近付いて腕を交差する様につける。

 

「元気でな、アイギス」

 

「洸夜さんも元気で。……それと、約束してください。ご無理だけはしないと、命だけは決して戻らないのですから」

 

 アイギスだからこその重みがある言葉。世の中には人でありながら命を軽く見る者や奪う者もいる。しかし、身体は機械兵器であるアイギスの方が命を知っており、下手な人間よりも人らしい。

 洸夜はアイギスの言葉に頷いた。

 

「ああ、約束する。どんな事があっても命は疎かにはしないとな」

 

 そう言って互いに頷く洸夜とアイギス。彼女は彼女なりに道を歩み始めた様だ。そして、最後に洸夜は三人の下へと行く。S.E.E.S初期メンバーである美鶴、明彦、真次郎の三人。最初に築いた絆だ。

 洸夜が近付くと、明彦と真次郎も近付いたが明彦は少し真剣な表情を見せていた。

 

「洸夜。気を付けろ……その稲羽の事件だが、どうも嫌な予感する」

 

「嫌な予感……?」

 

 洸夜は明彦の言葉に反応する。殆ど事件を知らない明彦の言葉を全ては鵜呑みには出来ないが、明彦は普通の人間ではない。何かしら野生の勘でもあるのだろう。そう思わせる程に明彦の瞳は真剣であり、明彦は洸夜に頷いた。

 

「ああ。ニュースなどを見たが、どうも悪意を感じる。この事態を起しておきながら、自分は安全圏からそれを眺めている。……洸夜、この事件はただテレビのシャドウに殺させるだけの単純な事件じゃないぞ。絶対に最後まで気を抜くな。何かあれば、俺も援軍として行く」

 

「分かった。その時は頼む」

 

 洸夜は明彦と頷きあうと、互いに拳をぶつけ合って絆を確かめ合った。そして、明彦と話し終えると今度は真次郎が明彦同様に真剣な表情で洸夜へ近付く。

 

「洸夜。俺も近々、稲羽へ行く。……前に稲羽へ一度だけ行ったが、アキの言う通り普通じゃねえ。駅を降りた瞬間、誰かに監視されている感じがした。……形あるやつだけが敵と思うな」

 

「形あるやつだけが敵じゃない……か。その位の覚悟はいるな」

 

 真次郎の言葉に気構えを固めながら頷き、真次郎もそれ頷いた。それに真次郎が稲羽に来てくれるのはハッキリ言ってありがたい。万が一の事が起きてしまえば、自分だけでは対処が出来ないと思っても不思議はないからだ。

 洸夜は真次郎とも拳をぶつけ合うと、最後は美鶴の下へと行く。

 

「……世話になった」

 

「私もだ……」

 

 そう言って互いに黙ってしまう二人。何か気の利く言葉が互いに見つからないからだ。しかし、そんな事を言ってもいられない。電車の時間もあり、何か言わなければ色々と心残りが生まれそうだ。だからといって言葉が出て来る訳ではなく、人間とはこう言う所で不器用だ。

 

「何度も言われてると思うが、決して無理だけはするなよ。お前は自分で気付かないが、他人から見れば危なっかしい時が何度もあるぞ」

 

「まあ、否定は出来ないがそう言う時は大抵、無意識の内だと思うからな……自分でどうこうできるとは思えない」

 

 少し悩みながら洸夜は言うが、これは完全に本心である。S.E.E.S時代もこれが揉め事の種になったのも一度や二度ではない。今になってはマシになったが、昔の洸夜は自分の事を省みない行動が多かった。それで仲間が助けれた事も多いのは事実だが、メンバーの責任者であった美鶴とはそれでよく叱られていたのも、洸夜にとって今は良い思い出だ。

 勿論、美鶴もそれが洸夜の良さである事も分かっている為、今の洸夜の言葉にもやれやれと言って仕方ないと言った笑みを浮かべると鞄からハンカチを取り出し、そのハンカチに大切に包まれた赤い鈴を取り出して洸夜に見せた。

 

「……洸夜。互いにもう忘れない様にしよう。私達はもう、一人ではないと言う事を」

 

「まだ持っていてくれたのか……」

 

 洸夜もそう言って美鶴同様に財布に付けた黒い鈴を取り出して互いに見せ合うと、他のメンバーもそれぞれの鈴を取り出して見せ合う。最悪、50円にもならないと鈴だが、メンバーにとってはどんなプレミア品よりも大事な物だ。

 

『間もなく一番線から―――』

 

 やがて電車のアナウンスが駅に響き渡り、洸夜は荷物を持って入口へ行く。

 

「……またな!」

 

「!……ああ!」

 

 嘗て、洸夜をこの街から見送る事が出来なかった美鶴達だったが、今度はちゃんとそれが叶う。自分達の下から離れる洸夜の後姿は新鮮である為、どこか胸にポッカリと穴が空く様な気分に陥るが、それだけ洸夜の存在が大きかったのだと再度自覚させられる。

 『彼』と同じように他者に影響を与えて来た黒き愚者の瀬多 洸夜は今、再びこの街を去る。

 

▼▼▼

 

 現在、電車【車内】

 

 車内に入った洸夜だが、既に指定席の為に席を探す必要はない。当然ながら総司達とは違う場所であり、この車両には洸夜を含めてあまりお客はいなかった。

 

(見つけた……)

 

 少し歩くと洸夜は席を見つけ、大きい荷物を棚に載せる。席の場所も窓際で都合良く美鶴達の姿が見える。向こうも洸夜に気付き、順平が特にだが異常に手を振っていて少し恥ずかしい思いをする洸夜だが、やがて電車が動き出す。

 

(またな皆。またな辰巳ポートアイランド……)

 

 全てに再会への挨拶をし、洸夜は美鶴達の姿を確認してからゆっくりと席に着き直そうとした時だった。

 

チリーン……チリーン……!

 

(ッ!?)

 

 まるですぐ隣で鳴った様にハッキリとした鈴の音が洸夜の耳に届いた。聞き覚えのある鈴の音色だが、周りには客はおらず、鈴を鳴らせる様な人物は確認できないと判断した瞬間、洸夜は電車の外から視線を感じ取って急いで窓から外を見た。

 そこは美鶴達か離れた駅の片隅、そこに洸夜へゆっくりと手を振っている少年がいた。今にも消えてしまいそうな程に不思議と認識しずらい片目が隠れる程に長い髪をした少年だ。その少年の腰には”白い鈴”が揺れ動き、その音を奏でている。

 

(あれは……!?)

 

 洸夜は我が目を疑うが、その姿を間違うものか。その少年は、あの『少年』だからだ。

 

(……『お前』まで見送りに来てくれたのか。ありがとうな……本当にありがとうな……!)

 

 洸夜はあまりの出来事に眼を逸らしそうなるが、電車のスピードは上がって行き遅かれ早かれそうなるならば目に焼き付けようとするが、『少年』のもう殆ど見えない。そのまま幻の様に消えて行くかのように……。

 

(さよなら……『■■■』……また会おうな『湊』)

 

 黒き愚者の心の言葉を聞いた者は恐らく誰もいない。しかし、その想いを分からなかった者こそ誰もいない。最後に自分を見送りに来てくれた『親友』の想いを背に、黒き愚者は影から霧へ再び舞い戻って行くのだった。

 

 

 

End




今回は省略してますが、外伝と言う形で王様ゲームの下りは書いた方が良いでしょうか? 見てみたいと言う意見があれば書かせていただきます。


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外伝:新旧対決!? 王様ゲームだ、全員集合!

投稿遅くなりました。忙しく投稿に時間が掛かりました(;´・ω・)


 

 それは、とある日の出来事であり、修学旅行の中での出来事だ。

 

 現在、クラブ・エスカペイド【二階】

 

 洸夜達と総司達は現在、クラブの二階フロアで腰を掛けながら雑談していた。このクラブは以前、りせが仕事中に停電などがあった等して二階を貸切にして貰ったのも大きい。

 ドリンクやおつまみはついては美鶴が全て出してくれている。自分達のゴタゴタに招いた事への謝罪を込めての事であり、ドリンクを飲みながら再度自己紹介を行ったりしている。

 美鶴の肩書が凄すぎて今一距離を取りがちの陽介だったが、なんだかんだで一番未だに驚いているのはアイギスの存在であった。テレビの中でも聞いたが、やはり服を着ているとアイギスガロボットとは思えず、言葉も普通に話している為に脳が混乱してしまう。

 なんだかんだで美鶴達はペルソナ使いの先輩でもあり、陽介達にはそれだけでも新鮮すぎる。

 しかし、総司達にも色々とキャラが濃いメンバーが多く存在し、洸夜がどちらも負けてはいないと言った事で全員が納得してしまう。また、いつの間にクマも普通にいて皆は驚いたが話を聞く限り、洸夜の左手に巻き込まれて寮にいたらしいが、好奇心に負けて観光していたとの事だ。

 また、今回は直斗もいる為、あまりペルソナやシャドウについての言葉は自粛している、ただでさえ美鶴がいる事から直斗も多少ながら彼女へ注意が行っている。

 そして、色々と場が和んで来た中、洸夜はと言うと……。

 

「アハハハハハッ! これお前か、ゆかり!」

 

 洸夜はソファの上で携帯に写る一人のコスプレの様な姿をした女性の写真を見て笑っていた。その写真には『不死鳥戦隊フェザーマン・フェザーピンク役』と書かれており、その姿はまさにゆかりその人であった。

 事の発端は、りせが何処かでゆかりを見た気がすると思ったのが始まりで、前に一度だけゲストとしてフェザーマンに出演していたりせはそれを思い出してしまった。

 後はイモずる式であり、洸夜にバレたゆかりは顔を真っ赤にして両手で顔を隠していた。

 

「アァァ……瀬多先輩だけにはバレたくなかったのに!?」

 

「ま、まあ気にするな……ククッ……普通に似合って……ハハッ、アハハハハハッ!」

 

 余程、その格好がおかしいのか洸夜は腹を抱えて笑ってしまう。顔は隠れているが、胸元は大きく空いており明らかに子供達には良いとは言えない。

 しかし、そこが逆にツボリ、ゆかりを良く知っている洸夜からすればヒーローの台詞を言っているであろうゆかりを想像すると笑いが堪えられないのだ。

 

「そう言えば、バイト先の子供達がよくフェザーマンごっことかしてるんですけど、何故かいつもピンクが余って最終的にはジャンケンで決め様として、それが男の場合……」

 

『うわぁ! お前、ピンクだ! 胸みせろよ! えっちだ!! 』

 

「って、よくからかわれてますね」

 

「私のイメージどうなってるのよぉぉぉぉッ!!」

 

 総司の経験談を聞いたゆかりは発狂したかの様に頭を抑えながら立ち上がり、天へ叫び散らす。その向かい側では洸夜が可笑しくて仕方なく、腹を抑えながら悶絶していた。

 

「私だってあんな衣装だなんて知らなかったわよ!」

 

「ゆかり、あまり気にするな……」

 

「そ、そうだよゆかりちゃん! ちょ、ちょっと子供達には伝わりずらいだけで……別に悪い事じゃ……」

 

 フォローのつもりなのだろうが、風花の言葉は完全に止めとなり、ゆかりは机に倒れた。

 

「子供向けなのに致命的じゃないそれぇぇぇ!!」

 

 なんだかんだで気にしていたのか、ゆかりは遂に壊れてしまい、ヤケ酒を始めてしまう。美鶴達がそれを止めるが、ゆかりのダメージは大きかった様だ。因みに、洸夜はまだ笑っている。

 

「大丈夫であります、ゆかりさん! 薄い本が厚くなるだけですから!」

 

「アイギス……意味知ってて言ってるの……!」

 

 最早、ゆかりのライフは0に近く、メンタルが限界に近くなっており、その眼は血走っていた。因みに、アイギスは首を傾げている為に意味は知らない様だ。完全にノリで言った為に達が悪いが、そんな時でも洸夜は笑っている。

 そして、そんな中で陽介と完二は美鶴達を見て何やら話していた。

 

「おい、完二……どう思う? 美鶴さんは言うまでもなく完璧。ゆかりさん同じく。アイギスさんもロボットとか関係なく最強……寧ろロボッ娘キタ! 風花さんとチドリさんも控えめながらそこが良い」

 

「レ、レベルが高すぎるぜ花村先輩……天城先輩クラスが……いや、場合によればそれ以上か!?」

 

 美鶴達の容姿を見ながら話しあう陽介と完二。千枝や雪子、りせ、そして洸夜だけが知ってはいるが直斗も中々にレベルが高い。彼女達に張り合えるレベルは中々にいない。

 しかし、美鶴達は堂々と張り合えるレベルなのだ。陽介と完二が見とれる程に。

 そして、そんな事を二人が話していると、それをさりげなく聞いていた洸夜は笑いから復活し、二人に物申した。

 

「フッ……お前等もまだまだ甘いな。まるで蜂蜜の如く」

 

「ど、どう意味ですか……!」

 

「お、教えてくれよ、洸夜さん!」

 

 自分達の考えが蜂蜜の如くの甘さと言われてしまった二人。それがどう言う事か洸夜に問いかけると、洸夜は腕を組んで小さく笑いながらそれに答えた。

 

「全てを外見だけ判断するとは愚の骨頂……良いか、風花は”着やせ”するんだ!!」

 

「!!?」

 

「なん……だと……!」

 

 陽介と完二に電流が走った。そして、すぐに目線は風花へと向けられる。一見、控えめな様に見える二つの果実。隠す事も出来ない美鶴の自家製メロンと違い、その姿を隠す禁断の果実。完全に把握できない為に想像も膨らむと言う物だ。

 そして、それを距離が近い為に聞いていた他のメンバーも思わず風花を見てしまう。

 

(見た感じ控えめだけど……私よりもあるのかな)

 

(あの着こなし……中々ね)

 

(待って、あれで着やせ? じゃあ本当は私よりもあるんじゃ……!)

 

(なにかコツでもあるんでしょうか……)

 

 それぞれの考えの下の中、千枝達も視線は風花の下へと注がれる。しかし、流石にそれだけの人数から見られれば風花とて気付かない訳がなかった。

 

「な、なんか……沢山の視線を感じる……」

 

「風花、君も無視を覚えた方が良い……」

 

 呆れた表情で美鶴はそう風花へアドバイスをし、静かに溜息を吐くのだった。……因みに、洸夜と総司は再び笑っている。

 

▼▼▼

 

「はぁ……!」

 

 風花は疲れていた。化粧直しの名目でトイレの洗面所の鏡の前で溜息を吐く程に。その原因は別に総司達のせいではないが、人数的に言えばそうなってしまう。

 元々、そんなに大人数で集まるのには慣れてなければ苦手な部類に入る風花。美鶴達とは問題ないが、洸夜の知り合いとはいえ流石にまだ慣れていない。だからと言って嫌いではない為、主に気疲れとも言える。

 だが、それでも嬉しさもある。洸夜がいて、また昔の様に集まれている事は嬉しい。この二年、洸夜とは連絡先は分かっていたが基本的には音信不通だったからだ。

 

(……また、皆で会えた)

 

 風花が鏡の中で静かに微笑んだ時だった。

 

「ふ・う・か……さん!」

 

「ッ!? えっ、ええっ!! ええと、あなたは確か……久慈川りせ……ちゃん?」

 

 突如、後ろから声を掛けられて驚いてしまった風花だが、振り向いてそれが先程共にいた、りせである事が分かると安心の様な困惑の様な気になってしまう。

 

「はは! 別にりせで良いですよ!」

 

 しかし、そんな思いを知ってか知らずか、りせはそう言って隣の方に移り髪型などを直し始めた。

 

(殆どお化粧してないのに……やっぱり、アイドルの子って綺麗……)

 

 りせの姿を見て純粋に綺麗と思う風花。顔も小さく肌も綺麗だ。髪型を少し直しただけでもかなり変わり、風花はアイドルの凄さを思い知らされた気がした。

 

「り、りせちゃんはお肌とか綺麗だね……」

 

「ありがとうございます! でも。風花さんも綺麗ですよ。だから、お化粧とかも薄い方が良いですよ?」

 

 大人気アイドルであるりせから褒められるの悪くはないが、やはりそれでも風花的にはお世辞とも思えてしまう。その為、そんなりせの言葉に嬉しい反面、複雑な感じがして苦笑するしかなかった。

 そんな中、髪型を直し終えたりせは風花の方を向いて言った。

 

「風花さんって、洸夜さんの事が好きですよね?」

 

「えっ? う、うん……って、ええぇぇぇぇぇぇッ!!?」

 

 当然の超ド直球の言葉に反射的に言ってしまうが、風花はすぐに冷静に戻って顔を真っ赤にしながらここが何処か関係なく叫んでしまう。そして、照れ隠しの如く慌てて両手を振り回して言い訳を始めた。

 

「違うよ!? 違うからね! あっ違うって言うか、嫌いじゃないって言うか!? そうじゃないよ!? そうじゃないから!? えっと……つまり……!」

 

「お、落ち着いて下さい……流石にその反応はこっちも予想外ですし……」

 

 予想以上の反応にりせも苦笑してしまい、風花を落ち着かせようとする。そして、風花は冷静さを取り戻し始めたが顔は未だに赤く、恥ずかしそうだった。

 

「……や、やっぱり分かりやすいかな?」

 

「まあ、私だって洸夜さんと総司先輩の事が好きだから敏感だっただけですよ」

 

 意外にも直球でとんでもない事を口走るりせに、風花は一気に平常心まで落ち着いてしまった。

 

「え、えっと……洸夜さんと、総司くんも?」

 

「はい! 二人共、私に大切な事を教えてくれたり守ってくれたりって……そん風に接してくれた人って今までいなかったから、気付いたら恋してたんです。……女性はもう少し、恋に貪欲になった方が良いと追うんですよね私」

 

 なんという自信と女子力。こんな堂々な事は風花はとても言えず、りせが年下なのは知っているが恋愛に関しては向こうの方が凄かった。

 すると、呆気になっている風花をりせは見ていると、何かを思いついた様に風花へと聞きたかった事を聞いてみた。

 

「あの、風花さんが洸夜さんに惚れた理由って聞いても良いですか?」

 

「え、えぇ……」

 

 凄い突っ込んでくるなこの()

 そう思ってしまう風花。ゆかりが言っていた自分には足りない積極さとはこういう事を言っているのだろうか。そう思うと、風花は少し考えた。実は不思議と言いたくない気はせず、寧ろ誰かに聞いて貰いたい。

 風花は少しだけ悩んだが、微かにある年上としての意地も手伝い、意を決した様に頷くと口を開いた。

 

「あ、あんまり……誰かに言わないでね……」

 

「は、はい! 任せて下さい……! で、ではどんと来てください!」

 

 りせも何故か緊張した感じであり、雰囲気は完全に恋バナを聞きたくて仕方ない年頃の少女であった。そんな姿に風花は急に親近感が沸き、先程よりも肩の力を抜きながら話し始めた。

 

「私ね、高校の時……イジメにあっていたの」

 

「イジメ……」

 

 風花の言葉を聞いた途端、りせの表情から先程の笑顔や軽い感じの雰囲気が消えた。そして風花はそれを見た瞬間に察した。りせもまた、自分と同じで何かあったのだと。

 しかし、同じ経験をしたものだからこそ分かる。今は聞くべきではないと。風花はそう思い、自分の話を再開させていった。

 

 事の発端は風花が学園に復帰し、イジメをしていた森山 夏紀と和解して親友として生活していた時に起こった。イジメの種とはそうそう無くなる事はなく、一部の女子が再び風花に狙いを定めたのだ。

 勿論、それに対し夏紀も風花を守ろうとするのだが逆に風花同様に標的にされてしまう。嫌がらせを始める女子生徒達、自分のせいで夏紀まで巻き込んだと思う風花。事態は、最悪の方向に向かうと思われ掛けていたのだが、何処から聞いたのか風花の教室に殴り込みをした人物がいた。そう、それが洸夜だった。

 当時の洸夜は今より大人しい性格ではなく、後輩の教室だろうが問答無用で殴り込みをかけた。その時は風花も突然の事で何故に洸夜が自分のクラスに来たのかは分からなかったが、洸夜がイジメをした女子生徒に平手打ちをくらわして状況は変わった。

 洸夜に対して猛抗議する女子生徒達、そんな女子生徒の抗議を怠そうに一蹴する洸夜。教室が騒然とする中、今度はそれを聞きつけた女子生徒の彼氏がクラスに乱入し洸夜に殴り掛かるが、残念ながらシャドウとは違う中途半端な不良に恐怖する洸夜ではなく、それを返り討ち。

 結局、それを聞きつけた美鶴達が来るまで洸夜の一方的自称制裁が行われ続けたのだ。そして、それを聞いたりせは意外そうな反応をした。

 

「なんか意外、洸夜さんってどちらかと言えば優等生を演じてたんだと思ってたけど、普通にやんちゃしてたんですね」

 

「ま、まあ……少し強引な事も多かったけど、それでも優しい人だから誤解はしないでね」

 

 それはりせも分かっており、別に悪くは思っていない。寧ろ、思わなかったギャップに少しキュンとしてしまっていた。洸夜と総司、二人が悪な感じを見せられたらと思うと顔が赤くなる。

 まあ、二人が本当に優しいからこそ思う事であり、実際に最低な人間ならばこんなにも人は集まらないだろう。

 

「それで、その後はどうなったんですか?」

 

「うん、その後はね……夏紀ちゃんやクラスの人達が味方になってくれて洸夜さんは停学にはならなかったの。でも、私をイジメていた人達、色々とそれ以外にも万引きとかカツアゲみたいな事もやってるのが分かって、その人達は停学と退学になったの……」

 

 風花はそこまで言ったが、更にこの話には続きがある。その後、停学・退学された生徒は完全に標的を洸夜へと定め、駅裏の広場に洸夜を呼びつけた。

 駅裏には友達が多いと強調していたが、真次郎の一件で出入りをしていた洸夜にとっては怖がる理由にはならず、言われた通りに駅裏へ行く。

 しかし、そこで起こったのは意外な事だった。洸夜を呼び寄せた少年少女たちが、別のグループに殴られていたのだ。そのグループは洸夜もよくみる顔であり、いわゆる駅裏の常連だ。

 更に言えば、話を聞きつけた風花と夏紀、そして美鶴達も駆けつけて事情を聞くと、どうやら風花をイジメていたメンバーはそのグループは駅裏で調子に乗っていたらしく、常連に制裁されたとの事。

 洸夜は自業自得と見捨てる事を提案したが、風花はそれを拒否。イジメられていたからと言って同じ様な事はしたくない。そう言う風花の意見を聞き、洸夜と明彦、騒ぎを聞きつけた真次郎によって彼等は解放された。

 その後、彼等は姿を見せなくなった為、どうなったかは知れないが、風花は自分の知る事を全部話した。

 

「私もね、最初は洸夜さんをただ乱暴な人だと思ってたの。けど、私がその事を言ったら素直に謝ってくれたし、シャドウとの戦いの時も色々と支えてもらう内に目で追ってた……」

 

 手を出すのは認めないが、洸夜に守ってもらう内に芽生えた想い。その始まりはその出来事だった。

 思い出す様に様に呟き、どこか幸せな表情の風花にりせは少し羨ましそうな表情をする。自分の知らない想い人の姿を知っているのだ。それはかなり羨ましい。

 すると、りせはある事を思い出し、もう一つの気になっていた事を風花へ聞く。

 

「そういえば、美鶴さんって人はどうなんですか? 多分……あの人も洸夜さんに好意を持ってると思ったんですけど?」

 

「……うん、桐条先輩も好意を持ってるよ」

 

 一年も見てはいないが、それでも洸夜を見ていたからこそ美鶴の様子が分かる。特に気にはせず、誰にでも平等に話す洸夜に惹かれたのだろう。洸夜と話す時の美鶴は本当に楽しそうだった。

 風花はそれを思い出すと、少し複雑な表情を浮かべてしまい、それにりせも気付くと大きく溜息を吐いた。

 

「はあぁ~やっぱり、洸夜さんもライバル多いな……」

 

「ふふ、そうだね。……そういえば、りせちゃんは総司君の事も好きって言ってたけど……」

 

二人に好意を持っている様な事を言っていたりせの言葉を思い出し、風花はりせへ問いかけた。もし、保険な意味でそう言ったのならば風花とて許せない。

 しかし、そんな不安はすぐに消える事となる。りせが風花の言葉を聞いてすぐに返答したからだ。

 

「あっ、言っときますけど、別にどちらかに振られた時の保険みたいには考えてませんよ。……私にとって、あの人達は本当に特別なんです。今まで出会う事がなかった人達……私に大切な事を教えてくれた人達」

 

 そう言うりせの表情は満足そうであり、同時に幸せそうであった。そんな表情を見てしまえば風花も信じざる得ず、どこか似ているりせの言葉を信じた。

 

「ほんと……なんであんなに似てるんだろう。洸夜さんも総司先輩も……」

 

「……ふふ、確かに似てるね」

 

 テレビの中で自分も総司に助けられた事を風花は思い出す。あの行動力も、後姿も昔の洸夜そのものだ。しかも、それは洸夜の弟だからではなく、瀬多総司としての本来の姿。

 風花もそう思うとりせの気持ちが良く分かり、総司に助けてもらった事を思い出すと少し表情を赤くしてしまっていると、りせが時計を見た。

 

「そろそろ戻りましょうか。皆、多分待ってますね」

 

「あっ……もう、こんなに時間経っていたんだね」

 

 すっかり話し込んでしまい、それなりに時間が経っていた。風花はそれが分かり、りせにそう言いながらその場を後にしようとした時だった。

 りせが形態を取り出しながら風花を呼び止めた。

 

「あっ、風花さんちょっと待って下さい! これ、メルアド交換しましょう!」

 

「メルアド?……エエェッ!?」

 

 りせの言葉に予想以上に驚いた様子の風花。そんな様子を見せられれば、りせだって驚いてしまう。

 

「ア、アドレス!? アイドルのりせちゃんと!? で、でも、私、機械いじりとは好きだけど絵文字とかあまり使わなし、面白い事とか書けないから!!?」

 

「そ、そんなに重く考えなくても……気軽に友達になる感じに……」

 

 まさかそんなに深く考えてしまうとは予想外で、りせは苦笑しながら風花を落ち着かせながら携帯の赤外線部分を風花へ向ける。

 

「それに、風花さんってペルソナが探知タイプですよね? 私も探知タイプなんですけど、それで悩む時もあるから、先輩の風花さんとはもっとお話ししたいんです」

 

「り、りせちゃん……!」

 

 そう思われるのが余程うれしかったらしく、今にも泣きそうな表情の風花にりせは苦笑を止められない。そして、少し時間が経った頃には風花も静かに携帯を差し出し、二人は連絡先を交換した。

 

 チリーン……!

 

 二人の関係を現すかのように、洸夜から貰った二人の鈴が静かに鳴り響いて行くのだった。

 

▼▼▼

 

 場所は戻ってメンバー達が集まる二階。風花とりせも戻り、再び雑談を始めて数分後……。

 

 ラウンド1

 

「王様だ~れだ!」

 

 メンバー達は王様ゲームを開始していた。

 その事の発端は雪子とりせが酔っぱらった事から始まった。酒は美鶴達が目を光らせていた為、総司達が飲まない様にしていたのだが、何故か酔っぱらってしまう雪子とりせ。

 二人が飲んだドリンクもノンアルコールであり、結果から言って”場に酔った”のではないかと思われた。そして、あれやこれやと暴走した結果、洸夜達さえも巻き込んだ王様ゲームが開催された。

 何故か仲良くなっていた陽介と順平のお気楽タッグも乗り気であり、何か企んでそうにも見える中、割りばしを皆も引いて王様が選ばれようとされている。

 

「自分の数字は言わなくて良いんだな?」

 

「ああ、最初に言うのは王様だけ。指名された時のその数字に該当していたら公表するんだ」

 

 初めての王様ゲームに少し不安そうな美鶴に洸夜は軽く教える中、最初の王様が決まった。

 

「ハイハ~イ! クマが王様!」

 

 先端が赤くなった割りばしを見せながらクマが手を上げたが、その様子に女子メンバー全員(雪子・りせ・直斗を除く)が目を細め、信用なさそうに視線をクマへ向けた。

 

「……お前か」

 

「君か……」

 

「……嫌な予感がするのよね」

 

「さ、流石に変な事はしないよね……」

 

「人生はギャンブルであります!」

 

「……」

 

 クマの信用が良く分かる。アイギスは状況を理解していないが、それ以外のメンバーはクマの命令に警戒しかしていなかった。

 

「で、はやく命令しろよ」

 

「分かってるってヨ~スケ。……では、11番が王様にチィ~ス!!」

 

「なっ!?」

 

 クマの命令に美鶴が怒りと羞恥で顔を赤く染めたのを皮切りに、女子メンバーが批難の言葉をクマへぶつける。

 

「このアホグマ!」

 

「そんなこと出来る訳ないでしょ!!」

 

「ムリムリムリ!! 私は絶対に無理だから!」

 

「……撃つべきなのでしょうか?」

 

「……皮を剥ぎ取れば良い」

 

(僕だって嫌ですよ)

 

 当たり前だが女子にしては嫌なことこの上ない。美鶴からも怒気が生まれ、処刑のカウントダウンも始まったかに見えたのだが。

 

「あっま~い!! もうサイはなげられたのぉ~! こっからは生き残りのたたかいよ~!」

 

「ヒック! もう! いいらら~はらくわりばし……みるろ~!」

 

 女性でありながら何故か雪子とりせは乗り気であるが、女子メンバーそれでも納得できなさそうだ。しかし、話が進まないのは流石に洸夜も退屈であり、溜息を吐きながら美鶴達の方を見た。

 

「まあ気持ちが分かるが、まずは割りばしを見てから言えよ。お前等が決まったとも限らないだろ?」

 

 洸夜の言葉に一斉に己の割りばしを見た。そして全員が見終わると、肩の力を抜きながら勝ち誇った笑みを浮かべ全員に差し出した。

 

「セーフだ」

 

 女子メンバーの割りばしには誰一人として11番の数字がなかった。女子的には嬉しい話なのだが、そうと分かると別の問題が生まれた。

 

「……」

 

 今度は男子メンバー全員が顔を下へと向け、まるで葬式の様に黙り込んでしまった。そう、悪魔の標的は男へ向けられたのだ。

 

「下手に時間を掛ければ余計に傷付くだけだ……正直に名乗り出るんだ」

 

 先陣を切ったのは明彦だ。明彦はそう呟き、男子メンバーに割りばしの提示を要求させた。勿論、明彦は既に提示しているが11番ではない。

 

「俺は違う……」

 

「俺も……」

 

 洸夜と総司が提示するが、二人の数字も11番ではなかった。

 

「俺も違うぜ……」

 

「俺もだぜ……」

 

「おれっちも違うっすよ」

 

「僕も……」

 

 全員が割りばしを提示し、それを見る限りでは誰も11番がなかった。

 

「どういう事だ? 11番が誰もいない訳がないだ―――!」

 

 そこまで明彦が言った瞬間、明彦はある事に気付いた。先程から沈黙していた事で気付かなかったが、この中でまだ数字を提示していない者がいる。

 そう、それは……。

 

「シンジ……」

 

「……」

 

 先程から一言も発していない人物、そう荒垣真次郎。何も言わない為に参加しているのかさえ怪しいが、その手にはしっかりと割りばしが握られていた。勿論、その割りばしに刻まれている数字は11番だ。

 

「チェェェェェェェンジィィィィィィ!!!」

 

 男である事に黙っていたクマだったが、相手が真次郎と判明するや否や全力でそれを拒否するが、今更そんな事が通用する訳もない。

 

「んな事、通用するか!」

 

 流石に無効にされるのだけは阻止するために、ゆかりが全力でクマの言葉を否定した。ゆかりがしなければ他の女子メンバーが口を出しただろう。

 どの道、残された男メンバーも自分の所にこなくて良かったと思っていたが、その様子を見ていた真次郎は小さく舌打ちをすると席から立ち上がって背を向けた。

 

「……馬鹿らしい。遊びにそこまでする理由はねえだろ。本人も嫌だって言ってんだ……する必要は―――」

 

 そこまで行って真次郎は後ろを向くと……。

 

「仕方ないクマ、クマの純情……お兄さんにあげちゃう!」

 

「……」

 

 上着を脱ぎ、顔を赤くしながら自分に近付くクマがいた。その目の前の悪夢に神次郎は寒気を覚え、顔を引き攣らせながら眼光をクマへ放つ。

 

「テ、テメェ……こっち来るんじゃねえ……来たら本気で……!!」

 

「食わぬが男のなんてやらクマ……」

 

 そこらの不良も裸足で逃げる程の真次郎の眼光だったが、残念ながらクマには通用せず、徐々にその距離を詰められる。 

 そして一定の距離となった瞬間、突如クマは飛びあがり、そのまま真次郎へと飛び掛かる形となった。

 

「ッ!!? バッ! テメェ!!……ガアァァァァァッ!!?」

 

「荒垣さぁぁぁぁぁん!!」

 

「シンジィィィィィィ!!」

 

 クマに飛び掛かられた事でバランスを崩した真次郎は、そのまま真次郎はクマに抱き付かれたまま階段から足を踏み外し、乾と明彦の叫びも虚しくそのまま一階へと落ちて行った。

 そして、彼等によって引き起こされた狂気はそのまま一階のお客にも感染する事とになる。

 

「なんだ! 今の衝撃は!?」

 

「ギャアァァァ! 二階から美少年とコワモテがァ!!」

 

「なんだ事件か! 強盗か!!?」

 

「えッ!? 火事!!?」

 

「キャァァァァ! この人、痴漢です!!」

 

「おい待て。お前、男だろ?」

 

 真次郎とクマの衝撃が一階のお客にも飛び火し、最早一階は混沌と化してしまう。そして、それを聞いていた洸夜と総司達はその声を黙って聞いていた。

 

「……言葉がでねぇ」

 

「……二人脱落ね。命令を遂行しないと生き残れないわよ!」

 

 目の前で親友が悲惨な目にあった事で肩を落とすが、りせは割りばしを既に回収して次のラウンドへと移ろうとしていた。

 そして、初めての王様ゲームを体験した美鶴は息を呑み、目の前で友を失った(死んでない)明彦は膝を着いていた。

 

「これが王様ゲーム……ただの遊びと思っていたが、命令を上手く使っての生き残りを賭けたゲームだったのか……」

 

「……俺は力さえあれば守れると思っていた。だが、実際はどうだ? お前はまた先に逝っちまった!」

 

「そんな血生臭い王様ゲームなんてごめんだ……そしてお前も正気に戻れ明彦」

 

混乱している二人を洸夜は一人落ち着かせながらも、心の中で静かにこの王様ゲームに恐怖を覚えていたのだった。

 

▼▼▼

 

 ラウンド2

 脱落者:クマ・真次郎。

 

「王様だ~れだ!」

 

 早くも二人が脱落してしまった王様ゲームだったが、メンバー達は全員が息を呑みながら割りばしを引いて行く。現状が分かった今、命令によっては自分達が天国と地獄を見ると分かったからだ。

 そして全員が引き終わり、次の王様が決められようとしていた。

 

「……俺だ」

 

 挙手をしたのは総司だった。総司は自分の割りばしを皆に見せ、自分が王様である事を確認させると、クマほどではないにしろ美鶴達は若干の警戒を見せる。

 

「今度は君か……」

 

 疲れた様に総司を美鶴は見る。残念ながら総司の事はテレビの中で多少は理解したが、故に何をするかが分からず一番たちが悪いとも言えるのだ。

 ゆかり達もそれが分かっているらしく、美鶴の呟きに小さく頷いてしまうが、流石に総司も常識を持っている少年だ。伊達に家庭教師をしている少年から信頼を得ていない訳じゃない。

 

「大丈夫ですよ。流石にクマみたいな命令はしません」

 

「まあ、なんだかんだで相棒が一番の常識人だしな」

 

 陽介が総司のフォローを入れ、それを聞いた美鶴達は多少なり警戒を解く。なんだかんだで洸夜の弟なのだ、仲間の弟を信じずにどうするのだ。

 美鶴達は心の中で自分達を恥じ、洸夜の弟……否、瀬多総司を信じて彼の命令を聞く。

 

「……2番と8番がキス!」

 

「ちょっと待て!!」

 

 総司が命令を発するや否や美鶴が待ったを掛けた。一体、どの面が先程の言葉を言ったのか、総司に女子メンバーが集中する事となった。

 

「ちょちょッ! なんで瀬多君まで!!?」

 

「阿保グマと同じでしょ!?」

 

「クマは王様だけが得する様にしてたけど、これなら皆が楽しめる筈」

 

 そう言ってゆかりに親指を上げてグッとして、素敵な笑顔を総司は向ける。もう、ゆかりは言葉が出ずに諦めを覚えそうになってしまった。

 

「おい、洸夜。お前の弟なんだ、責任もって止めろ……」

 

「いや、責任うんぬんの前に既に巻き込まれたんだが……」

 

 そう言って洸夜は明彦へ割りばしを見せると、その割りばしには2番と書かれていた。最早、巻き込まれていた洸夜にとっては何とも言えず、周りも周りで洸夜が2番と分かると美鶴と風花がピクリと反応する。

 そして、さりげなく自分の割りばしを確認した。

 

「……7番」

 

「……9番」

 

 まさかのニアピン賞。しかし、所詮はハズレであるのには変わりなく、美鶴と風花が肩を落とすとそれを見ていた順平が素敵な笑顔を向ける。

 

「残念したね」 

 

「ッ!?……なんの事か分からないが、今はゲームに集中しろ!」

 

「そ、そう言うのじゃないから!!」

 

 言葉ではそう言っているが、美鶴と風花は顔が赤く完全に照れ隠しであった。だが、そんな事を美鶴に堂々と言える猛者は中々おらず、二人は順平の言葉を否定した。

 順平の頬をそれぞれが引っ張りながら……。

 

「わはりまひたはら……はなひて……」

 

 美鶴は当然ながら風花も中々に痛く、順平は素直に謝罪している中で当の洸夜は8番が誰か探し始めていた。

 

「……で、結局8番は誰なんだ?」

 

「……ぼ、僕です」

 

 なんという神の悪戯。8番に選ばれたのはまさかの直斗だった。直斗は帽子で上手く隠しているが、顔は赤くなっているのが分かる。

 しかし、異性である事は当然ながら洸夜にとっては問題だったが、それは表上の事だ。なぜならば、直斗は男を名乗っている為、見る人が見ればそれは……。

 

「……一番辛いのがまさかの二回連続かよ」

 

「は、はは……」

 

「……あぁ、まあ……うん」

 

陽介と千枝は男同士のキスに再び陥ってしまった事に何とも言えない表情をするが、完二は相手が直斗だからか少し気まずい表情をした。

 そして、美鶴達もなんて言えば言えば良いか表情を曇らせる。

 

「……我々はどうすれば良いんだ?」

 

「流石にそれは私にも……」

 

「シンジの次は洸夜まで……! 俺はまだ弱いのか!」

 

 美鶴の言葉にゆかりは苦笑しかできず、明彦はアルコールを摂取したからか再び後悔の念に囚われていた。各々が苦しむ中、場に酔ってしまっている雪子とりせはと言うと……。

 

「あはははは! やれやれ! 前に出てキスしなさ~い!」

 

「もう、良いな~ズルい~」

 

 好き勝手言って理性がちゃんと働いているかどうかも未だに怪しい状態だった。言葉がしっかりしているが見た目はベロンベロン。これでアルコールは一切摂取していないのだから驚きだ。

 そして、なんだかんだで洸夜と直斗は立ち上がって互いの前に立つが、そこからが難関である。

 

「……どうする」

 

「……」

 

 悩む洸夜、黙り込む直斗。互いに意識しすぎているかも知れないが、そんな洸夜の雰囲気を察したのか直斗は溜息を吐いて小さく笑う。

 その姿は余裕に満ち溢れており、洸夜も無意識に落ち着いて行く。そして、洸夜が落ち着きを取り戻すと直斗も洸夜へ話し掛けた。

 

「こ、こここんなの、ただのゲームですから! べ、別に……へ変な感情は……!」

 

「おい」

冷静であった思ったが、一番テンパっていたのは直斗であった。目を逸らして冷や汗もかいている。変に意識しなければ良い物を、変に意識した事でおかしな緊張が洸夜にも伝わる。

 

「ちょっ、待て落ち着け直斗!」

 

 直斗を冷静にしようと肩を抑える洸夜。しかし、それは自ら墓穴を掘る行為であった。

 

「ッ!……!!」

 

 しかし、何を思ったのか両肩を掴まれた直斗はビクッと身体を震わせると、顔を赤くして覚悟を決めた様に表情に力を入れて流れに身を任せた。

 

(馬鹿野郎!?……そんないかにもな雰囲気出されて、俺はどうすれば良いんだ!)

 

 何度も言うが、洸夜は直斗の秘密を知っている。だが、他のメンバーはそれを知らない。

 

(あれ、なんで俺ドキドキしてんだ……?)

 

(ど、どういう事だ……やっぱ俺ってホ……いやいや、落ち着け俺!)

 

 陽介と完二は洸夜と直斗のキスするかしないかの光景に反応する自分達に困惑し、元凶である総司は楽しそうに飲み物を飲みながら鑑賞する。

 

(これはこれで面白い)

 

 最早、自分のせいだとも思っていない総司。この中で一番腹黒いのは総司なのかも知れない。そして、そんな事を考えている内に洸夜も覚悟を決めていた。

 

(でこだ、でこにしよう。キスするとは言っても唇だけがキスじゃない。落ち着け俺、下手に意識するな!)

 

 下手に意識しない事で覚悟を決めた洸夜は徐々に直斗に近付いて行く。女子メンバーも息を呑む。しかしこの時、ある疑問が脳裏に過る人物がいた。

 それは美鶴だった。

 

(はて、そう言えば白鐘の家に男児がいたか? 確か、前に資料を読んだ時は確か……) 

 

 『跡取りとして六代目を継いだのは孫”娘”である白鐘直斗と見られる』

 

「ッ!?」

 

 美鶴の中で何かが弾けると、その勢いのまま拳を洸夜へ放った。

 

「へぶぅッ!!?」

 

 美鶴の放った拳は洸夜の頬を捉え、そのまま直斗にキスしようとした洸夜を吹き飛ばした。

 驚く直斗、呆気になるメンバー、気を失う洸夜、そして息を乱しながら我に返る美鶴。

 

「……ハッ! いや、これは……その……違う! 違うんだ!」

 

 自分のした事を弁明する美鶴。自分でも今の行動に驚いているのだが、何故か総司に関しては暖かい目をで見ていた。

 

「義姉さん!」

 

 親指を立てて美鶴へそう言い放つ総司。完全にこの場を楽しんでおり、他のメンバーは男でも駄目なのかと、美鶴は意外と嫉妬深いと見ていた。

 そして、総司の言葉を聞いた美鶴は恥ずかしさも相合わさって顔を真っ赤に染めた。

 

「違うッ!!!」

 

 何が違うのかは分からないが、美鶴の言葉が店内に木霊するのだった。何故か、総司もブッ飛ばして。

 

▼▼▼

 

 ラウンド3

 脱落者:クマ・真次郎・洸夜(戦闘不能)・総司(洸夜と同文)・美鶴(恥ずかしさにより化粧直しと言ってトイレへ逃げ込み中)

 

「次の王様は俺か。なら、5番が俺の背中に乗って、俺が腕立て100回だ!」

 

 次の王様となった明彦の命令に全員が苦笑する。それは王様に得があるのだろうかと思うが、明彦にとっては皆と遊びながら身体を鍛えられるならそれ以上に楽しい事はない。

 そして、5番である千枝がそれに答えた。

 

「え~と、私が5番です」

 

「そうか、良し! 来い!」

 

 既に腕立ての態勢をとっている明彦。女遊びなどには微塵も興味もない彼にとっては、相手が千枝でも問題ない。

 そして、少し気まずいながらも千枝は明彦の背中へ座る。そこはとても固く、立派な筋肉の床であった。

 

「えっと……わ、わたし、重くないですか?」

 

 千枝とは言え女の子だ。やはりそう言う事は気にしてしまう。だが、明彦にはそんな事を分かる訳もなく、そのままの感想を言ってしまった。

 

「大丈夫だ。寧ろ、良い重さだ! 一般よりも多分少し重いぐらいだな!」

 

「……」

 

 女心を明彦が理解できる日は来るのだろうか。デリカシーのない言葉のまま、明彦は腕立て100回を成し遂げた。

 

▼▼▼

 

 ラウンド4

 脱落者:クマ・真次郎・洸夜・美鶴・千枝(体重がショックで放心中)

 

「彼女はどうしたんだ? 調子でも悪いのか?」

 

「真田先輩って、結構残酷っすよね」

 

 放心状態の千枝を心配する明彦だが、自分が原因とは思っていない事に順平が苦笑しかでなかった。

 そして、次の王様であるチドリが命令を出した。

 

「2番が7番を抱えてスクワット、回数は限界まで……」

 

「2番は私です」

 

「なっ!? マジかよ……」

 

 2番はアイギスだったが、それを知った瞬間7番の完二は納得できない表情をする。

 

「なんだよ完二、嫌なのか?」

 

「花村先輩。いくらロボットでも、見た目は女っスよ? そんな事、真の男がやる事じゃね!!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「296……297……298……まだまだいけます!」

 

「……」

 

「止めてくれ! 完二の心を解放してくれ!!」

 

 見た目は綺麗な女性のアイギス。そんな彼女にお姫様だっこされ、しかも300近くもスクワットを余裕でされれば恥ずかしさや男のプライドも合わさり、完二の心は燃え尽きていた。

 

▼▼▼

 

 ラウンド5

 脱落者:クマ・真次郎・洸夜・総司・美鶴・千枝・完二。

 

「よっしゃあ! 次の王様は俺だ! 1番が王様にキスだ!」

 

 遂に陽介の天下が訪れた。長かった、とても長かった。見たくもない男同士のキス(未遂?)を見せられ、他の命令も自分に得がない。

 周りに美人な人が沢山いるにも関わらず、これでは修学旅行の意味がない。故に、陽介は高らかに命令を下す。

 

「クゥ~ン」

 

「……チュ」

 

 陽介は自身の言った命令通りキスが出来た。相手は人数の補充で参加していたコロマルだったが。

 その行為にコロマルは特に気にはしておらず、陽介は何処か虚しそうな表情を浮かべながら静かにその場から姿を消すのであった。

 

▼▼▼

 

 ラウンド5

 脱落者:クマ・真次郎・洸夜・総司・美鶴・千枝・完二・陽介。

 

「無理です! 無理です! こんなの駄目ですってば!!?」

 

「いいはら~年上の言う事は聞くろ~!」

 

 現在、乾は王様となった雪子の命令により全力で抱きしめられており、顔を真っ赤にしながら暴れていた。しかし、見た目からは想像できない力によって雪子から離れる事が乾は出来ないでいた。

 そして、暴れる乾を抑えようと雪子が力を入れた瞬間、乾はバランスを崩してそのまま……。

 

 むにゅん―――!

 

「!!?」

 

 乾は何か二つの柔らかい何かに顔がぶつかった。甘い匂いがするが、それよりもこの柔らかい何かが乾に現実を見せる。

 

「はれぇ~?」

 

 そう、乾は雪子の胸に顔を突っ込んでいた。雪子は酔っぱらって現状が分からないでいたが、乾はそのまま顔を上げる事が叶わずそのまま気を失ってしまった。

 

▼▼▼

 

 ラウンド6

 脱落者:クマ・真次郎・洸夜・総司・美鶴・千枝・完二・陽介・乾(まだ早すぎた)・明彦(ちょっとトイレ)

 

「よっしゃあ! とうとうおれっちの出番が―――ぶへぇッ!!?」

 

 とうとう王様となった順平だったが、その時に悲劇が起こった。先程まで総司から聞いた話のせいでヤケ酒しながらゲームに参加していたゆかりだったが、遂にアルコールが一定値を超えた瞬間、順平をブッ飛ばしていた。

 

「分かっていたわよ!! 私だってあれは子供受けしてないって!! 握手会も子供よりも変な男ばっか!! もう、イヤァァァァァァ!!?」 

 

 余程、溜まっていたのかゆかりは泣き叫んでしまった。順平は端で倒れているが、残ったメンバーでゆかりを抑えようとする。

 

「ゆかりちゃん、落ち着いて!?」

 

「どうどう……」

 

 風花とチドリがゆかりを抑えるが、ゆかりはグラスを持ちながら叫び続ける中、直斗とアイギスは変わった組み合わせはそれぞれの会話をしていた。

 

「あの……ロボットなんですよね? その、握手してもらっても宜しいですか?」

 

「?……はい、構いません」

 

 直斗の願いに快く応えるアイギスは、直斗と何故か握手をした。その時の直斗は何処か満足そうな表情だったそうだ。

 

「ハハハ~! チョウソカベ~柔らか~い!」

 

「ちょっと~なに、こんな着ぐるみ着てるのよ! 正々堂々脱ぎなさ~い!」

 

「クゥ~ン……」

 

 また雪子とりせの二人はと言うと、コロマル抱き付いたり頬を突っついてたりしていた。酔っぱらって自分が何をしていたかは次の日には忘れているであろうが、コロマルは困った様に鳴くのだった

 そんな時、順平が死の淵から復活を果たし、割り箸をかき集めて皆の下へ差し出した。

 

「ま、まだだ……たとえ……こんなアクシデントが起きようとも……レベルの高い女の子がいる中で……男とのロマンが詰まった命令をしないまま脱落なんてするわけがねえ!」

 

 まさに執念。すぐ傍にチドリがいるにも関わらずそう発言するのは男の性であろう。他のメンバーも意味は分からず、一旦は引いておくと言った感じで割り箸を引いて行く。

 

「王様……だ~れだ!!?」

 

 王様ゲームに取り付かれた哀れな命、欲望への探求者である伊織順平の叫びが辺りに響いた。その言葉に釣られてメンバー達は己の割りばしを除く。

 すると、順平は己の背後から声を掛けられた。

 

「俺だ……!」

 

 聞き覚えのある声。しかし、声にはドスの利いている声圧と怒気の混じった雰囲気が醸し出されていた。順平は嫌な予感がしながらも、錆びた機械の様にギギィ……と言った風に首を後ろへと回した。

 すると、そこにいたのは序盤でクマと共に一階へ消えた真次郎の姿があった。ボロボロの成りながら、ボコボコになったクマを肩に担いで順平達へ怒気の眼光を向けていた。

 

「命令は……お前等全員、腹筋100回だ……!」

 

「……」

 

 こうして、彼等の楽しい王様ゲームは続いて行くのだった。

 

▼▼▼

 

 その頃、混沌としたクラブ・エスカペイドから出て来る二人の男達の姿があった。入口から這って出て来たのは洸夜と総司の二人であり、二人は入口から出て来た瞬間に再びうつ伏せに倒れ込んでしまう。

 

「ぐふっ……こ、こんな王様ゲームに付き合っていられるか……!」

 

「お、俺達は先に抜けさしてもらおう……!」

 

 サスペンスならば高確率で死ぬであろう台詞を放つ二人。もう少し楽しい何かを想像していたが、現実は辛かった。二人はこのままでは体力がもたないと判断し逃げ出してきたのだ。

 店内は混沌に満ちており、誰も二人の存在に気付いていない。洸夜と総司はこのまま最後の力を振り絞って逃げようとした時だった。

 二人の目の前にそれぞれ割りばしが降ってくる。

 

「なんで割りばし?」

 

 洸夜はそう言って拾い、総司も割りばしを拾うとそこにはそれぞれ1番・2番と書かれていた。

 

 なんだこれは―――?

 

 二人がそう思った瞬間、人影が倒れている二人に覆いかぶさる。なんだこれはと顔を上に向けると、二人の顔色は徐々に曇り出した。

 

「では御命令をさせて頂きます。……1番と2番が王様に超高級きな粉を奢る……でございます」

 

 王様にしたくない人物の一人であるエリザベスが、とても”優しい笑顔”で二人を見下ろしていたのだから。エリザベスは『王』と書かれた割りばしを二人に見せている。

 洸夜と総司は互いに顔を見合わせ、そのまま完全に倒れてしまった。

 

 王様ゲームは、もうこりごりだ……。

 

 その言葉を最後に、二人はエレベーターガールに連行されたとかされなかったとか。ただ、その日、学園都市で二人の男性を引きずりながら移動するエレベーターガールが目撃されたのだった。

 

 

End

 



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日常
霧への帰還。直斗の覚悟


外伝なので連続投稿します。……ナルトも投稿するかも(だって書きたいんだよ!(;'∀'))。


同日

 

 現在、稲羽市【堂島宅】

 

 あれから洸夜は電車を二つ乗り換え、稲羽駅に着いた後はバスに乗って今は堂島宅の前に到着していた。総司達は洸夜よりも前の駅でバスで乗り換えており、丁度総司も堂島宅に到着して洸夜と合流すると、二人で玄関口を開ける。

 

「ただいま!」

 

「ただいま!」

 

 二人がそう言って中に入ると菜々子と堂島の靴が並べられている為、洸夜と総司は二人共家にいるのだと分かった。今日、帰ってくる事を伝えていたからか堂島も飲みに行かずに早めの帰宅をしている。

 そして洸夜と総司が家の中に入ると、菜々子は目を輝かせて嬉しそうに二人に近付き、堂島もソファで新聞を見ながら二人へ帰宅の言葉を掛ける。

 

「お帰りなさい! お兄ちゃん!」

 

「よう! 思ったよりも遅かったな」

 

 二人は洸夜と総司に暖かい笑顔を向けてくれており、テーブルにも四、五人前はある寿司が置いてあった。どうやら洸夜と総司の帰宅に合わせて夕飯は寿司にした様だ。

 

「ただいま、菜々子。ただいま、叔父さん」

 

「はい、これお土産」

 

 洸夜と総司はそれぞれがお土産を取り出す。洸夜はフロスト人形(辰巳ポート限定版)を、総司は赤い提灯を菜々子へ渡す。すると、奈々子の目は更に輝いた。

 

「うわぁ~! かっこいい! ありがとう! 洸夜お兄ちゃん! 総司お兄ちゃん!」

 

菜々子(天使)だ……)

 

(明日も頑張ろう……)

 

 最愛の妹の姿に帰宅までの疲れが吹き飛んだ洸夜と総司。彼等にとっては、この笑顔こそが何よりの最高の回復薬だ。

 そして、そんな娘の姿に堂島も嬉しそうにしている。

 

「良かったな菜々子」

 

「うん! 菜々子、お土産部屋に置いて来るね!」

 

 そう言って菜々子は走って部屋へと行ってしまうと、洸夜と総司は次に堂島へのお土産を取り出して本人の前へ出した。

 

「そして、これは俺達から叔父さんへのお土産」

 

「結構、良いお酒です」

 

「おお……俺にもあったのか。なんか悪いな」

 

 まさか自分にもお土産あるとは思わず、二人から一升瓶を受け取る堂島は少し困惑気味であった。しかし、その表情は徐々に嬉しそうなものとなる。

 

「……ありがとうな。洸夜、総司」

 

 堂島からのお礼に洸夜と総司は頷いた後、荷物と部屋へ、洗濯物を洗濯機に入れると部屋から菜々子も戻って来ており、四人は夕飯の寿司を土産話をしながら食べ始めるのだった。

 

▼▼▼

 

 夕飯を食べ終わり、菜々子と総司はお風呂に入るとそのまま部屋へ戻って眠ってしまった。それはもう死んだように眠り、完全に爆睡している。

 二人がそんな眠る中、洸夜と堂島は庭の縁側で腰掛けながらお土産で買って来た日本酒等を、洸夜が作った軽いおつまみで飲み交わしていた。

 しかし、そう言っても洸夜はあまり酒は飲みなれていない為にコーラなどで割っており、それを見た堂島は大人っぽい割に子供の洸夜を笑ってしまう。

 

「はは、なんだ? 酒は飲み慣れないか?」

 

「……と言うより、色々とあって飲む機会が無かったからさ。自分が酒を飲めるって自覚がないんだよ。まあ、心がピュアって事だね」

 

 そう言ってから揚げを食べると、洸夜はグラスの酒を飲み干した。そして次はカル〇スで割って飲み始めると、堂島もお湯やお茶で割って飲んだ。

 そして、なにやら思いながら洸夜の顔を眺めていると、洸夜もそれに気付く。

 

「どうしたの?」

 

「いや……お前、なんかあったか?」

 

 堂島の言葉の意味を今一理解できず、洸夜は堂島へ聞き返す。

 

「なんか変だった?」

 

 その言葉に、堂島は首を横へと振る。

 

「いやその逆だ。……見違えた様に目に自信と光が満ちてるいるぞ。最初の頃とは比べられない程にな」

 

 どうやら、堂島がずっと気になっていたのは洸夜の変化に気付いての事の様だ。共に生活しておよそ半年程度だが、堂島はちゃんと洸夜の変化に気付いてくれていた。大切に思い、常に心配してくれていたとも取れる。

 洸夜はその信頼に応える様に、静かに語り出した。

 

「……やっと、過去に一区切りつけられた。やっと、『仲間』の想いを知れたんだ」

 

「……桐条達繋がりの事か? お前達が背負わなければならなかった罪と言っていたな」

 

 酒を口にしながら堂島は、お見合いの時の事を呟いた。洸夜が精神的にも疲れていたのは知っており、それもあって心配もしていた中での変化だ。堂島とて気になる。

 そんな叔父の言葉に洸夜も頷いて応える。

 

「そんな罪はどこにも無かった。それが分かったんだ……ようやく」

 

 そう言った洸夜の顔はとても満足していたものだった。そんな顔を見てしまえば堂島とてそれ以上は追及しようとは思わなかった。何かしら罪を犯しているのではとも心配していたが、流石にそれは自分の考え過ぎと堂島は小さく笑う。

 

「後悔が乗り越えられたんならそれで良いさ……」

 

 そう言って堂島はグラスを洸夜へ差し出し、洸夜もそれに応える様にグラスを差し出して互いに軽くぶつけ合う。カンッ……と言う音だけが夜風と虫の合唱に混ざり合い、秋の夜で奏でて行く。

 その時だった。ポケットに入れていた洸夜の携帯からメールの受信音が鳴る。洸夜は時間的に何かを察し、携帯を取り出してメールの差出人を確認すると少し目を細めた。

 

「どうした?」

 

 堂島が洸夜の様子に気付いて問いかけるが、洸夜はすぐに携帯をしまった。

 

「いや、大したことじゃなかったよ……」

 

 そう言って、洸夜はグラスの中の酒を飲み干して携帯をしまう。『白鐘 直斗』差出人の名前はそう書かれていたメールを開いたままにして……。

 

▼▼▼

 

 9月11日(日)晴れ

 

 現在、鮫川河川敷

 

 翌日、バイトもなければ何もない洸夜は河原の橋の下へ訪れていた。総司達も今日は普通に休みで旅行の疲れを癒している中、洸夜はこの場所で自分を呼び出した人物を待つ。

 そして、待つこと十分弱、待ち人は訪れた。

 

「すいません。疲れている中、来てくれて」

 

 そう言って川を眺めていた洸夜に声を掛けてきたのは昨夜、洸夜にメールを送った直斗だった。直斗は旅行の翌日とはいえ一切の疲れを見せず、いつもの格好をしている。

 そして、自分を呼び出した張本人の到着に洸夜も直斗の方を見た。

 

「いや、意外にも時間に余裕はあるんでな。……で、俺を呼び出した理由はなんだ?」

 

 送られてきたメールにはこの場所に来て欲しいとしか書かれておらず、ハッキリとした内容は洸夜も知らない。告白か、それとも闇討ちか、どちらにしても上等なのだが直斗に関してそれはない。

「……少し直接聞きたい事があるんです。修学旅行では色々とはぐらかされていましたから」

 

 直斗は帽子を深く被りながら軽く微笑む。冷静だからか、少なくとも余裕があるのは確かだ。

 そんな直斗の様子に洸夜もいつも通りの為、同じ様に平常運転を貫く。

 

「回りくどいのは無しだ。まずは本題に入ってくれ」

 

「……前に言いましたよね? 僕は久保が真犯人ではないと。諸岡さんの事件は彼でしょうが、最初の二人の事件は彼じゃない。あなたもそう言いましたね」

 

 確かに言った、洸夜はそう心の中で言った。ずっと事件に意識をしており、テレビやシャドウと言う情報を持っている洸夜からすれば諸岡の事件は違和感が隠せない。

 その事は前に直斗にも言っている為、洸夜は余計な事は言わずに頷いた。

 

「言ったが……それがどうした? それだけなら俺を呼ぶ必要はないだろ」

 

「本題はここからです。久保の身柄を確保してから二ヶ月も経ってはいませんが、既に警察の中でも解決ムードが広まっています。もう、殆どの警察が事件は終わったと思っているか、決め込む事にしているんです」

 

 良くも悪くもこの事件の被害者は色々と特殊過ぎた。不倫アナウンサーと、その遺体の第一発見者の女子高生だ。特に小西早紀の時はメディアが第一発見者を面白おかしく報道したのが原因だと言われ批判も多かったと聞く。

 結局、事件の解決は困難を極め、白鐘への協力要請までした。そんな時に起こった久保の事件。元々、人格的にも問題があった久保が犯してしまったのも手伝い、その結果が久保が犯人と言う答えだ。

 堂島の様に完全に納得していない刑事がいるのも現状だが、所詮は少数であり組織を動かせるまでではない。

 

「つまり、警察はもうこの事件を終わらせる気なんだな?」

 

「ええ。……まあ、僕は捜査を続けますけどね。今日、あなたに来てもらったのはその覚悟を聞いて貰いたかっただけなんです」

 

 洸夜は直斗のその言葉を聞き、堂島が前に言っていた事を思い出す。久保の事件の時に当初から事件と久保の事件は別物だと周りに言い、個人で直斗が勝手に動いて担当の刑事達とぶつかった事を。

 おそらく、もう警察内部で直斗の見方は殆どいないのだろう。堂島も何かしら言っていると思われるが、今の直斗が素直に聞くとは思えない。その為、こんな事に洸夜を呼んだのだ。誰でも良いから、話を聞いて貰いたかったから。

 洸夜は反射的にそう感じ取り、帽子をこれでもかと更に深く被る直斗を見続ける。一見、平常に見えるが気付いてみると辛そうに見えてならない。

 

「……それじゃあ、今日はありがとうございました。また、何かあれば宜しくお願いします」

 

 そう言って直斗は洸夜に背を向けて帰り始めた。しかし、洸夜は不安でならない。普通の事件ならば直斗は解決できると思われるが、これは非現実の世界によって起きている事件。

 真実もその非現実の世界にあるのは明白だ。そう、残念ながら直斗にはそれを見つける術はない。寧ろ、これ以上の行動は直斗にマイナスにしかならない。プラスの事でも事件解決をしたい警察上層部は、それを無理にでもマイナスにするだろう。

 それ程まで、直斗はまだ幼く見えてしまうからだ。今、目の前で帰ろうとする直斗の姿に、洸夜は遂にある決断をする覚悟を決め、直斗へ言った。

 

「……もう、良いんじゃないのか?」

 

「……えっ?」

 

 その言葉に思わず立ち止まり、直斗は洸夜へ振り向いた。だがその顔は言葉の意味を理解出来ていないのは明白だった。

 

「今まで進展のなかった事件。だが、お前が事件に参加してから状況は変わった。警察もどんな答えが出てもお前を責めないさ。……お前を責める事は今回の事件で警察の無能を示している様なもんだからな」

 

「意味が分かりません……何が言いたいんですか?」

 

 洸夜の言葉の意味がまだ分からない。直斗は声のトーンを低くしながら聞き返す。

 その直斗の言葉に、洸夜も目に力を入れて言い放った。

 

「もう、この事件から手を引くんだ、直斗……!」

 

「っ!?……ふざけないで下さい! そんな事、出来る訳ないでしょ!?」

 

 洸夜の言葉に直斗の表情に怒りが現れ、声も荒々しいものだった。しかし、洸夜はそれは予想の範囲内だったらしく冷静でいられた。

 だが、だからと言って直斗がそれで落ち着く訳はなかった。

 

「なんでそんな事を言うんですか! あなたは分かってくれている筈でしょ! 僕がどんな想いでこの事件を追っているのかを!」

 

「……それを踏まえて言っている。別に、これはお前の為に言っているとか綺麗事は言わない。だがな、この事件はお前や警察が解決できないまで至ってる。もう、お前でも真実には近寄れないんだ」

 

 洸夜の言葉には不思議と重みが乗せられていたが、それで納得しろと言われても直斗が出来る筈もない。引けと言われて引くならば警察の意向に逆らってはいない。

 

「なんでそんな事があなたに言えるんですか!? なんだかんだであなたは―――! ……いいえ、もう良いです。あなたは僕の理解者だと思っていましたが、それは僕の勝手な思い込みだった様です」

 

 直斗はこれ以上は話す事はないと言わんばかりに言い捨てると、この場からすぐにでも去ろうとする。もう、この場からすぐにでも離れたいのだと分かる。

 そんな様子に洸夜は一息入れながら直斗を見た。

 

「そう思ってくれていたのか、それは嬉しいな。……だが、俺にはそれが言えるんだ、直斗」

 

「だから、なんでそんな事が言えるんで―――!」

 

 パリィィィィン―――!

 

 直斗の言葉を遮る様に、何かがガラスが割れた様な大きな音に直斗は思わず動きを止めてしまう。橋の上で誰かが何かを割ったのか、それとも洸夜が何かを割ったのか、どちらにしろ直斗が洸夜の方を向くのに時間は掛からなかった。

 そして、洸夜を見た瞬間、再び直斗の動きが止まった。そこに、人よりも巨大な体と大剣を持つ黒い何かがいたからだ。

 

「……な、なんですかそれは? 洸夜さん、あなたの横にいるのはなんなんですか……?」

 

 この世の物とは思えない存在。ゲームや漫画の世界、それともオカルトの類ならば納得できるが自分がいるのは現実であり、直斗は目の前の存在の認識と理解に苦しむ。 

 勿論、その隣で平然としている洸夜にも言えた事だが、当の洸夜はそれがどうしたと言った様に平常の態度を示している。

 

「これが何か分からないか?」

 

「分かる訳ないでしょ! ……ど、どこかに映写機の類でもあるんですか!?」

 

 あくまで存在を認めたくない直斗は、辺りの草をどけて映写機を探すがそんなものは当然ありはしない。

 すると、黒い存在もといオシリスは、肩に担いでいた大剣を地面へと突き刺した。質量のある衝撃に周囲は少し揺れ、地面にも大剣の先端が深く突き刺さっている。

 映写機で衝撃まで出せる筈がない。直斗はそれを頭で理解すると、無言でフラフラと近付いて突き刺さる大剣に触れた。

 

「実態が……ある?」

 

 大剣は横向きになっている為、直斗からすれば巨大な壁の様になっている。今まで感じた事も無いような雰囲気と手触りだ。直斗は言葉が出ず、その代わりに洸夜が口を開いた。

 

「……こいつが何か分かったか?」

 

「分かる訳ないでしょ……この様な存在は現実にはありえない。あり得たとしても非現実だ……」

 

 大剣に触れながら力なく首を横へ振る直斗。それが当然の反応だが、洸夜からすればそんな反応はもう、あまり取る事が出来ない。

 

「そうだ、目の前の存在は非現実だ。……けど、俺にとってはもう現実なんだ。この非現実が、俺の現実だ。だが、お前にとってはこいつは只の非現実、それがお前が真実へ近寄れない理由だ」

 

「非現実……それが真実へ近付けない理由?」

 

 直斗は力なく呟いた。目の前の存在が自分へ何を阻むと言うのか、そんなものは分かる訳がない。直斗は再び目の前のオシリスを見上げる事しか出来なかった。

 

「……”これ”が、事件に関係していると言う事ですか?」

 

「そうだ。……だが、俺が教えるのはここまでだ。お前は目の前の存在が分からなければ、知る機会もなかった。それだけで、これ以上は真実へ近付けない」

 

 そんな事って……直斗は理不尽な現実にどうすればよいか分からなかった。洸夜も一切自分から眼を逸らさず、本来ならば一蹴するこの話も目の前の存在と洸夜の真剣な雰囲気から真実だと分かってしまう。

 時間だけが流れる中、やがて洸夜は直斗へ背を向け、それに気付いた直斗は思わず手を洸夜へ伸ばした。

 

「待って下さい! 教えて下さい、これはなんなんですか!? 彼等も同じ事が出来るんですか!?」

 

 彼等とは総司達の事だろう。しかし、その言葉に洸夜は動く事はしなかったが、直斗に振り向かないままでそれに答えた。

 

「言った筈だ……俺が教えるのここまでだと。これ以上は言うつもりはない。……俺を恨めよ、直斗」

 

 そう言って洸夜は直斗へ背を向けたまま歩き始める中、その代わりの様にオシリスだけが直斗を見下ろす形で見守り続ける。

 しかし、その姿も徐々に消えて行き、完全に消えた時には直斗も既に立ち去った後だった。

 

▼▼▼

 

 同日

 現在、堂島宅

 

 あの後、洸夜は特に寄り道する事もなく帰宅した。途中、直斗から連絡が来るとも覚悟したが特にそう言う事はなかった。

 そして、帰宅した洸夜を出迎えたのは総司だ。菜々子は部屋にいるらしく、総司だけが今は洸夜の帰宅に気付く。

 

「あっ、おかえり」

 

「総司。直斗にペルソナを見せた」

 

 突然のカミングアウトに総司は思わず固まった。帰宅早々に爆弾発言はハッキリ言って嘘か本当かも迷ってしまってたちが悪い。

 しかし、総司は固まったものの、徐々にその雰囲気はいつも通りになり、分かった、とだけ呟いた。

 

「驚かないんだな」

 

「……遅かれ早かれ、直斗にはいつかバレる様な気がしていたから。兄さんは、これ以上、直斗には事件を追えないと思ったから見せたんだろ?」

 

 どうやら総司には全て悟られてしまっている様だ。流石は兄弟か、総司も同じ事を考えていたのかも知れない。どちらにせよ、それを実行したのは洸夜だが。

 洸夜は総司の言葉を聞きながら窓に近付き、静かに空を眺めながら呟いた。

 

「ズルいな……俺は」

 

「自分の嫌いな食材は夕飯に殆ど出さないしね」

 

そう言う事を言いたいわけではなのだが、恐らくは総司は兄を気遣ってそう言ったのだと思う。因みに余談だが、洸夜はキノコと貝が苦手だ。松茸や帆立も例外ではなく、安い高い関係なく嫌いである。

 そして話を戻し、そんな弟のリアクションに洸夜は静かに息を吐いた。

 

「……すまないな」

 

「別に気にしていない。……けど、そうなると直斗は俺達もペルソナを持っている事を知ったって捉えて良いの?」

 

 なんだかんだで重要な点はそこである。元々、マークされていたのは総司達である為、そこは総司的にも気になる所だ。

 洸夜は総司の問いに頷いた。

 

「直接俺がお前等の事を言った訳じゃないが、少なくとも察してはいるだろう。なんだかんだでお前等は直斗にマークされていたからな」

 

 出る杭は打たれると言うが、直斗の場合はその杭と周りを観察してその原因を探るタイプだ。ただ、今回はその杭が一癖も二癖もあったと言う事だ。

 総司も自覚はある為、洸夜のその言葉に否定はせず、洸夜は最後に夕日に染まる空を見上げる。

 

「……このまま、何事も無ければ良いが」

 

 洸夜の言葉は部屋の中で静かに消えて行くだけだった。しかし、洸夜も総司も失念していた。出る杭、その打つ側も今回は一癖も二癖もある事に……。

 

▼▼▼

 

 現在、警察署【稲羽】

 

「堂島さん、今日は飲みに行かないんですか?」

 

 自分の相方である刑事、足立の言葉に既に帰り支度をしていた堂島は静かに首を横へ振った。

 

「いや、今日は早めに帰ると家の連中に伝えてるから止めとこう。約束を破ると菜々子も厳しくなってきたからな……」

 

 そう言って、はは……と参った様に笑う堂島に足立は意外そうな顔を見せる。

 

「へぇ~あの菜々子ちゃんがね……。流石の堂島さんも家族に甘いって事ですかね?」

 

「そう言う訳じゃない。別に家でまで刑事をやる必要はねぇって気付いたんだよ。……さて、そろそろ行くか。洗い物も遅くなると洸夜が大変だからな」

 

 軽く汗をかいたワイシャツと弁当箱。このどちらも準備しているのは洸夜だ。その為、早く帰ると伝えた時には堂島もちゃんと早めに出そうと思っている。

 

「そう言えば堂島さんの弁当もそうですけど、洸夜君ってそんなに主夫力高いんですか?」

 

「ああ、洸夜もそうだが総司も凄いぞ。あいつらは産まれて来る性別を間違えたな……」

 

 堂島の言葉に更に驚いた表情を足立は見せる。一部、身内の欲目もあるだろうが、堂島的にはそう断言できると自信がある程だ。

 そんな風に少し話していると、足立は自分の時計を見て一息を着くと帰り支度を始めた。

 

「じゃあ堂島さん。今日は僕も帰りますね。……それでは、お先に失礼します。お疲れ様でした」

 

「おぉ、お疲れ……」

 

 先に部屋を出て行く足立の姿を見送ると、今度は自分の番だと言った様に堂島も荷物を持ち、まだ残っている同僚に一声かけて部屋を出る。既に外は暗く、廊下も暗くなっている所がある。もう、殆どの者が帰宅しているだろう。

 堂島もその一人だが、最後にトイレによってから帰る事にした。

 

▼▼▼

 

 それは堂島がトイレから出た時の事だった。入口に見覚えのある後姿があり、堂島はトイレの前で足を止める。

 

「足立……? 何やってんだアイツ?」

 

 とっくに帰ったものと思っていた足立が今、署を出たのが気になった。何処かに寄り道したのかも知れないが、サボリ癖のある足立に関して署内をうろつくのは考え難い。

 堂島は何かあったかと思いながらも得には気にせず、自販機のブラックコーヒーを購入して自分も帰ろうとした時だった。廊下の奥から光がある事に気付いた。

 

(……? あそこは資料室か? まだ誰か使ってんのか)

 

 この時間に使われるのは珍しい。久保が逮捕されるまではよく使われたが、落ち着き始めたこの時期ではこの時間まで使う者は減っている。

 堂島は電気の消し忘れとも思い、何事もなく資料室に近付き扉を開けて中を見た。すると、そこには警察官とは思えない程に小柄な人物が何やら必死に資料をめくって調べものをしている。

 一瞬、堂島は警戒してしまうがその後姿には見覚えがあり、呆れた様に溜息を吐くとその人物へ声を掛ける。

 

「こんな時間まで何やってんだ、白鐘?」

 

「……その声、堂島刑事ですか」

 

 余程の調べものなのか、直斗は堂島の方を一切振り向かずに応える。そんな態度は見慣れているのか堂島は特には言わなかったが、見ている資料は興味があり視線だけでその資料を捉えると、それは怪奇連続殺人の資料であった。

 初期の中の物もあり堂島は、またか……と心の中で呟き直斗を見下ろす。

 

「お前、また勝手に調べてんのか? 上から止められてるだろ……」

 

「……僕は間違っている事をしているとは思っていません。上がどうこうと僕には関係ありませんので」

 

 また生意気な事を……。

 堂島はやれやれと心の中で呟く。直斗がどれ程貢献してくれたかは知っているし、間違った事も何だかんだで言っていない。しかし、早めに事件を終わらせたい上層部にとっては邪魔なだけだ。

 大人ぶっても現実は総司の一個下の年齢であり、堂島的には普通に生きた方が直斗の為だと思っている。勝手な話だが、今の直斗では無駄に敵を作ってしまう。

 すると、そんな堂島の様子が気になったのか直斗は堂島の方を見た。

 

「堂島刑事は納得しているんですか、久保の逮捕に? 僕が見る限り、事件解決の事を聞く度に苦い顔してますよ?」

 

「……」

 

 あながち間違ってはいない。諸岡の事件は久保で決まりだが、最初の二人もそうなのかと聞かれれば納得できない自分がいる事に堂島も気付いていた。しかし、それを裏付ける証拠が見つからない。

 どんなに確信があろうとも、証拠がなければ上の人間に意見を言う事が出来ない。直斗が上の人間に煙たがられている理由も証拠不足がある。

 

「まあ、良い。お前も早めに帰れよ。ご家族が心配するだろ……」

 

 そう言って堂島は先程購入した缶コーヒーを直斗が使っているデスクに置き、資料室を出て行こうとした時だった。

 

「堂島さん。もし、あなたが担当する事件に非現実……いわゆるオカルトが関係していたらどうしますか?」

 

 堂島は直斗に呼び止められた。呼び止められることも稀だが、その内容も中々に特殊だった為に堂島もすぐには理解できなかった。

 

「オカルト? いきなりなんだ突然……」

 

「そのまんまの意味です。その事件には非現実的な事が関連していて、僕達みたいな常人には決して真実には近づけない……そうなったらどうしますか?」

 

 直斗の話を聞いた堂島は考える。普通の奴、つまりは足立などに言われれば一蹴するだけだが直斗が何も考えずにこんな事を言うとは思えなかった。

 オカルト、非現実、そんなモノは堂島は一切信用しない様にしている。そんな事があってはならないと思っているからだ。

 

「どうもしねえな。俺だったら例えそうだとしても、捜査を止める理由にはならんな……事件を解決するのが警察の仕事だ。オカルトだとか、そんな訳の分からねえ存在に止められる程、人間は諦めが良い方じゃないんでな」

 

 堂島はそう言って資料室を後にする。その場に残されたのは直斗だけだったが、直斗は堂島からの貰ったコーヒーを開けて口にすると、何かを考えだした。

 そして、胸ポケットから一枚の名刺を取り出すと携帯も取り出し、名刺に書かれた番号に掛け出した。

 

「……もしもし? 今、宜しいですか? はい……ええ、例の件で……はい、インタビューお受けします。分かりました。では、明日でお願いします」

 

 携帯を切ると、直斗はゆっくりと立ち上がると資料を戻し始めた。そして、全てを片すと荷物を持って資料室の電気を切ってその場を後にすると、そのまま警察署を出た直斗を出迎えたのは星空であった。

 

「……あなたは、僕は心配して言ったと思いますが、僕は止まる気はありません。現実側から非現実の中にある真実を引きずり出します」

 

 直斗の言葉は静かに夜空へと吸い込まれていった。

 

 

End



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直斗の覚悟。そして合流

現実で色々とあって若干ブルーになっていて少し執筆が遅れました。
ジアビスの方も登録数が爆発的に増えていて驚きです。
前は、100人前後しかいなかったのに(;・∀・)


 同日

 

 現在、堂島宅【洸夜の部屋】

 

 深夜、洸夜は自分の部屋で机で執筆作業をしていた。

 執筆していたのは白と黒のノート。洸夜が今回の事件の事を詳しく記して来た物だ。

 今回の自分の一件での事も記し終え、洸夜は伸びをした後、忘れない内にそのノートをしまう。誤って堂島の目に入るものならば、面倒事になるのは分かっている。

 

「……終わってみれば、なんか呆気ないな」

 

 机の電気スタンドしか明かりがない部屋で一人、二年前から今に至るまでの事を思い出しながら呟く洸夜の視線の先には、机の上にある写真立てにちゃんと入れられた『彼』と美鶴達との写真があった。

 前に総司達が勝手に出してしまった写真だが、一度は忌々しくしまった写真も今ではそんな感情もなく、ちゃんと思い出として存在する。

 そんな写真を楽しそうに見る洸夜、そんな洸夜は机に置いてあった一つの資料を手に取る。それは、大学の資料であった。

 両親が洸夜に行ってもらいたい大学らしく、堂島宅に暫く前に届いた物だ。中々に多種な分野に精通している大学で、堂島からの勧めもあって洸夜は受けるつもりだった。

 両親とは自由にさせてもらう約束だったが、別に大学に行きながらでも可能な事。なにより、美鶴達の出会いと和解が洸夜の中に新たな可能性を生んでいた。

 

(シャドウワーカー……か)

 

 アイギスに最初に聞かされた時は頭に血が昇っており、冷静に考える事は出来なかった。しかし、今となっては冷静に考えられる。

 美鶴の話では、未だにそう言う事件が数多くあると言う。それは洸夜も稲羽の事件で分かっている為、納得している。

 だが、シャドウワーカーの話を再度聞いた時、洸夜は美鶴から聞かされている事があった。

 

『確かにお前が参加して貰えると助かる。だが、だからと言って強制でもない。ゆかり達の様にこちらの要請のみの参加も可能だ』

 

 つまりは、洸夜の自由を尊重する事を言いたかったらしい。だが、その事をきっかけに洸夜も深く考える様になった。

 

(ペルソナ能力。――この力は本来、使われない方が良いのかも知れない。けど、この力でしか解決できない事件も今、目の前の様にある)

 

 この力で誰かの為に使う・要請の時のにのみ活動し普段は日常に住む・非現実から表面上は完全に抜け出す。

 色々と考えはあるが、どうも逃げ出す気には洸夜はなれなかった。

 

(両親の望む様に就職への道か……それともシャドウワーカーか……どちらにしろ、先ずは念の為に大学には行くか)

 

 既に大学には申請している為、後は近々ある試験を受けに行く。先ずは自分の目の前の課題を終わらせる事を考えながら、洸夜はジャージに着替えて布団の中へ入った。

 

(もう、過剰な悪夢を見る事はないからな……)

 

 洸夜は電気を消し、布団の中で静かに眠り付いた。

 もう、ありもしない悪夢に苦しめられる事はない。そう思っていたのだが……。

 

▼▼▼

 

 曖昧な感覚、おぼろげな意識。

 そんな世界に洸夜はいた。――と言うよりも、夢を見ていた。

 曖昧感がありながら、これが夢だと分かる程にハッキリとしながらも、洸夜は夢の中で声が聞こえて来るのに気付いた。

 

『――が、ま―――だ。テレ――中は――ぜ―――。もう、あ――――は繰りか――――い』

 

 声はまるで通信状態が悪いラジオの様に雑音が入り混じった感じであり、全てをしっかりと聞く事は叶わなかった。

 なんとか分かったのは、その声が男性の物であったと言う事ぐらいのものだ。

 耳障りな雑音が強い言葉の中、今度は別の声が洸夜の中に届いた。

 

『アイ――また、た――――ったな。ほん―――ガキ――めざ――――。そ――ろ、だま―す――』

 

 先程と同じ様に聞き取りずらい声。

 しかし、先程とは別の男の声だと分かる。

 先程の男の声は生気が感じ取りずらかったが、この声は明らかに何らかの感情が読み取れる。

 

(……なんなんだ。この夢は?)

 

 違和感しかなく、胸に不快な感覚が溜まるのを洸夜は感じた。

 ただの夢とは思わず、何らかの異常があると思われる夢。だが、その正体は全く掴めない。

 そして、不完全燃焼と言うよりも、燃え始める前に洸夜の意識は覚醒し始めて行くのだった。

 

▼▼▼

 

 9月12日(月)晴れ⇒曇り

 

 カーテンから朝日が差し込み、小鳥が飛び回りながら鳴いていた。

 静寂な部屋の中で洸夜は一人、目を開けながら上半身を起き上がらせた。

 

「……変な夢だ」

 

 そう一人で呟いた洸夜。既に夢の詳細も思い出しずらくなっていたが、ロクな夢ではなかった事だけは印象に残っていた。

 

(……顔洗って、朝食と弁当作ろう)

 

 夢の事は隅に置き、洸夜は立ち上がっていつもの日常へと入って行くが、携帯のランプが点滅している事に気付いて中を開くとメールが”9件”来ていた。

 中身を除くと案の定、美鶴達からだった。別れた途端に不安にでもなったのか、メールを送ってくるメンバー達。

 その内、忙しくなり送って来なくはなるだろうが、当分はモーニングメールを覚悟した方が良い。そう洸夜は思うのだった。

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、堂島宅【居間】

 

 既に日は暮れ、家事・バイト・学校・仕事。それぞれのやる事を済ませ、夕飯を皆で食べようと堂島や菜々子、総司と洸夜は居間へと集まっていた。

 

「今日は鰻丼にしたよ」

 

 お盆に四人分の丼を乗せながら洸夜はテーブルまで運び、それぞれの人の前に並べて菜々子が丼の蓋を開けると、湯気とと共に丼一杯に乗せられた鰻が姿を現した。

 

「あっきい~!」

 

 甘いタレ、鰻の風味が湯気に混ざって漂いながら、菜々子は鰻のボリュームに目を輝かせた。

 また、それは堂島も同じであり、菜々子ほどではないにしろ驚いていた。

 

「おぉ……今日は豪勢だな」

 

「いや、今年はまだ食べてなかったなと思ってさ。自分の金出して鰻にしたんだ」

 

 洸夜はそう説明しながらテーブルにお吸い物・りせの祖母の漬物・山椒の瓶をテーブルへと並べる。

 そして総司が全員に箸を渡すと、全員が席に着いた。

 

「んじゃあ、食べるか」

 

「いただきます!」

 

 菜々子の元気一杯のいただきますを始まりとし、洸夜達もそれぞれが言って食べ始める。

 山椒をかけ、途中でお吸い物を口に運びながらタレの甘い空気が漂う空間での食事を楽しんでいた時だった。

 テレビのニュース、その内容が耳に入った瞬間、洸夜達はそれに意識を奪われてしまう。

 

『次は、話題の”探偵王子”こと白鐘直斗君の特集です。――直斗くんは先日解決した稲羽での”連続怪奇殺人事件”で警察に捜査協力をし、事件を解決まで導き――』

 

「直斗……!」

 

 洸夜の目に入ったのは、テレビにアナウンサーの説明と共に映る白鐘直斗だった。

 メディアはあまり好きではないと言っていた直斗、それがテレビに映るのも驚きだが、色々と知っている者からすれば驚きは普通より大きかった。

 しかし、そんな反応など意味などは既になく、直斗はアナウンサーからのインタビューに応え始めた。

 

『先日の事件解決お疲れ様でした』 

 

『いえ、確かに諸岡さんの事件の犯人は先日逮捕した人物です。――ですが、僕は他の二件と今回の一件に違和感を感じています。――同時に、事件もまだ完全に終わってはいないとも思っています』

 

「ッ!――アイツ……!」

 

 直斗のインタビューを聞いていた堂島の表情が変わった。

 警察は先日、久保の逮捕でこの事件は完全に解決したと会見したばかり。しかし、直斗の言葉はそれを否定する様な内容だ。

 刑事である堂島がなにか思うのは無理はないが、堂島の表情は怒りよりも心配している様に見えた。

 

「アイツ、またこんな事を黙ってしやがって。……本当に敵しかいなくなるぞ」

 

 箸を一旦その場に置き、溜息を吐く堂島だったが、何かを思い出す様に顔を上げて総司へ語り掛けた。

 

「そういや、白鐘はお前と同じ学校だったな。――前に家に来た時は話していたが、学校でもよく話すのか?」

 

「ん~……多い方だと思う」

 

 どちらかと言えば総司達から話す事はない。話したい事があっても直斗の詳細は掴めず、向こうからやって来て話して行く事が殆どである。

 総司の言葉を聞いた堂島は、再び溜息を吐いた。

 

「洸夜は知っていると思うが、アイツは総司と一個下なんだ。勝手な話だが、警察内には白鐘の味方は殆どいない。――お前達が仲良くしてやってくれ」

 

「俺はそのつもりだけど、事件の方はまだ解決してない?」

 

「っ!?――いや、それはお前が気にする事じゃない。……丼が冷めるな。早く食べよう」

 

 そう言って再び食べ始める堂島。その様子から少し気分がブルーになったと総司と菜々子は察し、特にはそれ以上は言わず、食事に戻った。

 しかし、洸夜はだけは黙ってテレビをジッと眺めていたのだった。

 

▼▼▼

 

 9月13日(火)曇り⇒雨

 

 厚い雲が町を覆っていた。天気予報ではそのうち雨になると言っており、行く人々の殆どが傘を持っていた。

 朝にも関わらず薄暗い町並み。そんな中、土手にて二人の人物が対峙していた。

 

「俺が何を言いたいのかは、流石に分かるな?――直斗」

 

「昨日の特集の事ですか?」

 

 対峙する二人、洸夜と直斗はお互いに短い言葉で会話をする。

 本来、直斗は登校中なのだが、直斗の登校ルートを知っていた洸夜が待っていたのだ。

 直斗自身も無視する事はなく、寧ろ学校に遅刻する事には何とも思っていない様子。

 

「昨日の番組。……お前、自分を”囮”にするつもりだな」

 

 メディアをそれほど好きではない直斗が進んで出演した意味、それはよく考えれば一つしかない。

 犯人の誘拐する標的の共通点、それはテレビに写る事だ。

 事件解決に納得していない直斗は、そうする事で真犯人を捉える気なのだと洸夜は思い、直斗に会いに来た。

 

「……こうでもしないと、真実には近づけませんのでね」

 

「……何が真実に近付く為だ?――只の無謀だろ!」

 

 洸夜は少し怒っていた。らしくない作戦。直斗の行動は手段を択ばないと言えば聞こえは良いが、悪く言えば自棄にしか見えないからだ。

 

「初めて会った時、不意だったとはいえお前は俺に簡単に引っ張られた。そんな奴が、犯人を捕まえられる訳がないだろ。族を壊滅させた完二ですらやられたんだぞ!」

 

「……そうですね。確かにそうだとすれば、僕の身体能力では圧倒的に不利です。――でも、僕も見す見すやられる気はありませんよ」

 

 完二がやられた事実は既に直斗の中では分かっていたらしく、その事には特に反応はせず、囮作戦を止める気は全くない様にしか見えない。

 そんな直斗に、洸夜は肩の力を抜いて説得を始めた。

 

「もう止めろ直斗。ここから先はお前には無理な領域……”非現実”の世界だ」

 

「だからなんですか? 先に現実(こちら側)に仕掛けて来たのは非現実(あっち)ですよ? 現実側も無力なだけではありません」

 

「踏み込めない世界。そういう世界もある……それを学べ」

 

 非現実。それは決して今の直斗が踏み込む事が出来ない世界。

 現実の常識・摂理・ルール。その全てが通じない別次元の問題。根本的に異なる領域。

 これ以上、非現実に干渉しようとする直斗の行動はただ己を危険に晒し、立場を危うくして守りたかった”白鐘”その物を壊してしまかも知れない。

 

「……お前は、俺が他人事だからそう言っていると思っているだろう。――けどな、非現実(この世界)に踏み込まないで済むならそれが最善だ。お前に見せた力も、誰かを守る事に使える。だが同時に一生誰かや己を苦しませてしまう程の力にもなる」

 

 洸夜は命の危機に晒されてペルソナ能力が目覚めた事を思い出していた。

 タルタロスでシャドウに襲われて目覚めた力。しかし、本当に覚醒した原因は桐条の研究施設での事故が原因だった。

 運が悪かったと言えばそれで終わりだが、この世界は進んで入って良い領域ではない。

 『彼』や真次郎。色んな人が悲しみを生んでしまい、それが枝分かれの様に悲しみを新たなに生み出してしまった。

 その事実を見ている事から、洸夜は直斗をここまでして止めるのだ。

 

「……なんでそこまでして止めるんですか? 確かにあなたとはこの町の人達の中では親しい方です。けど、だからと言ってそこまで僕を守ろうとする理由にはならない」

 

 直斗は疑問だと言った表情で洸夜を見た。

 

「『親友』との約束なんだ。目の前にいない命まで守るなんて無責任な事は言わない。――けどな、目の前にある命は守る。そう約束したんだ」

 

 洸夜は思い出す様に呟いた。

 結局、守れたのかどうか分からない約束。しかし、諦める事も決してしない約束でもあった。

 そして、そんな反応の洸夜の姿に直斗の反応が変わった。

 

「そうですか。――その人は今は?」

 

「……遠くに行ったよ」

 

 下手な誤解や感情を与えない様に洸夜は平常心で呟いた。

 しかし、それが逆に仇になってしまい、直斗は何かを察したように様に洸夜の隣を横切りながら言った。

 

「洸夜さん。貴方の想い信念、あの力にも色々と思う所があるのは分かりました。今の僕には、その世界がどれ程に危険なのかも」

 

「……だがその様子じゃあ、分かってはくれたが止める気はないんだな」

 

 直斗の口調から、洸夜は想いは分かってくれたが止める気はないと判断した。

 やはり、興味本位ではなく、固い意志を持って事件に取り組んでいる直斗を止める事は出来なかった。

 そして直斗は、その洸夜の言葉に静かに頷いた。

 

「僕はまだ、自分に出来る事があると思っています。諦めるにはまだ早いのに捜査を諦める。……それは、探偵であった祖父の背中を見て育った僕にとっては”死”に近い事なんです」

 

「なら、せめて少しの間、稲羽を離れろ! 近いどころか、本当の意味で死ぬぞ!」

 

 洸夜は叱る様に若干、強い口調で直斗へ言った。

 本当の意味で死ねば、その祖父が悲しまない訳がない。

 それは直斗も分かっていない筈もなく、せめて少しの間は離れて欲しいと洸夜は直斗へ分かって欲しかった。

 しかし、そんな洸夜の言葉に対して直斗は、何故か安心する様に笑顔であった。

 

「その時は……洸夜さんが”守って”くれるんですよね。その『親友』の方との約束なんですから。――信じてますよ?」

 

「お前って奴は……」

 

 洸夜はそれ以上、言葉が出なかった。

 あれやこれやと手を打ち、恨めとまで言ったにも関わらず直斗は自分を未だに信じていた。

 それだけ言って学校へと向かう直斗の後姿を、洸夜はもう呼び止める術はなかった。

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、天城旅館

 

 事実は小説より奇なり。作り話よりも、現実の方が実際に変な事が起こる。

 直斗と別れて数時間後、洸夜はそれを体験する事となった。

 とある”人物”からの突然の連絡を受け、洸夜は天城旅館のとある客室を訪れた。

 

「……で、なにしてんだお前等?」

 

 洸夜が訪れた部屋にいたのは三人の人物。しかも、よく見知った顔であった。

 

「言わなかったか? 私も稲羽へ向かうと」

 

「援軍見参であります!」

 

「……まあ、そういう事になるか」

 

 洸夜の言葉に、美鶴・アイギス・真次郎の三名は備え付けの菓子やお茶を飲みながら応えた。

 部屋にある大きなキャリーバッグが5つはあり、美鶴の服装もボディースーツからジーンズや秋物の服へと変わっていた。

 一目見れば完全に旅行客にしか見えない三人だが、洸夜が聞きたいのはそこではない。

 

「そうじゃない。あれからまだ数日しか経ってないんだぞ? よくこんなに早く来れたな」

 

「……お前の話を聞く限りでは、事態は軽視できる様なものではないと分かっていた。事件が本当に終わっていないのならば、行動は早い方が良い」

 

「と言うのは建前で、本当は洸夜さんが無茶してないか美鶴さんはずっと心配していました。――鈴を握りながら時折、洸夜さんの名前を呟く美鶴さんは健気であります!」

 

「アイギス!!?」

 

 冷静に言った瞬間にアイギスからバラされ、顔を赤くして怒る美鶴。

 そこも冷静に返せば良い物を、そんな反応をするからそれが真実だと自らも認めていると同じだ。

 アイギスも、実際に考えなしに喋る様な事はせず、ロボットの様に自覚がない様にしているが、実際は自覚もあるからこそたちが悪い。

 洸夜はそんな友人たちの姿に溜息を吐きながら、自分がここに来た原因であるメールを見せた。

 

「どちらにしろ、こんな物を突然送ってくるな。悪戯メールの類にしか見えなかったぞ」

 

 洸夜が見せたメールにはこう書かれていた。

 

『稲羽に先程入った。天城旅館にいる』

 

 まるで推理ゲームの後半に落ちているメモ紙の様な内容のメール。

 因みに送り主は真次郎だ。

 

「ただ連絡しただけだ」

 

「普通、連絡は来る前にするだろ」

 

 真次郎の言葉に冷静に反論する洸夜だったが、彼の疑問はまだあった。

 

「それと、お前等は忙しくないのか? いくらシャドウ関連とは言え、美鶴は今はグループのトップだろ」

 

 洸夜の疑問は最もだ。

 美鶴は大学生であると同時に桐条のトップであり、シャドウワーカーの代表でもある。シャドウ関係とは言え、そうそう空けていられる立場ではない。

 勿論、美鶴自身がそれを一番理解している。

 

「大学に関してはどうとでもなるが、グループに関しては周囲に任せて、必要な事もメールや直接私に連絡する様に言っている。……まあ、それでも時折ここを離れる時はあるだろう」

 

「私もメンテナンスの時には稲羽を離れます」

 

 予想通りとは言え、やはり美鶴とアイギスはいつも稲羽にいられる訳ではない様だ。

 だが、今回の事件上、やはりいつでもいてくれる人物が洸夜的には心強く、洸夜は最後の一人である真次郎へ視線を向けた。

 

「……安心しろ。俺は基本的に稲羽に滞在できる」

 

「良く来てくれた真次郎! 頼りにしてる!」

 

 洸夜は真次郎の肩に手を置き、彼の到着に快く喜んだ。

 美鶴達への対応とは偉い差だ。

 

「おい! なんだその態度の違いは!」

 

「男女差別です!」

 

「お前等の方こそ忙しいなら無理してくるな! もっと暇な奴がいただろう!」

 

「この人員にも訳はある!」

 

 美鶴は今回の人員の説明を始めた。

 

 順平:本来、一番乗り気であったがコーチしている野球チームが急に多忙になり断念。

 ゆかり:乗り気ではあったが、期間が分からない為、勉学とモデルの事もあって断念。

 風花:乗り気ではあったが期間が分からない以上、大学の事もあって断念。

 乾&コロマル:元々、乾には普通の生活に戻る様に言っていた為に断念。

 チドリ:不安定な要素もあり、無理に彼女に負担を与える事を避けさせた為に断念。

 

 そこまで話を聞いていると、洸夜はある事に気付いた。

 

「明彦はどうした? あいつは絶対に暇だろ」

 

 親友に対して酷い言い草だが、半裸で武者修行をする明彦を庇う者は誰もおらず、美鶴がそれに対して説明しようとした。

 

「いや、明彦も本来は来る予定だったのだが……」

 

 そう口ごもる美鶴の視線は何故か真次郎へ向けられており、今度は真次郎が口を開いた。

 

「俺が止めた」

 

「……どう言う意味だ?」

 

 事態が分からない洸夜に、真次郎は説明した。

 実は今回の同行メンバーに真っ先に入っていた明彦であったが、明彦が武者修行ばかりに集中して大学に全く行っていないと知った真次郎が待ったを掛けたとの事。

 もう単位は取れないだろうが、行っている以上は顔出しぐらいしとけと明彦は無理やり説得したらしい。

 

「行きたくても行けねえ奴もいるんだ。行っている以上、少しでも顔を出すべきだろ」

 

「そう言えば、お前ってなんだかんだで一番の常識人だったな」

 

 見た目や行動のせいで一件、常識人とはかけ離れた存在にしか見えない真次郎だが、実は家事などを完璧にこなす事が出来る数少ない人物。

 S.E.E.Sオカン大賞があったならば、確実に受賞していただろう。

 

「話がずれ始めてるぞ。――洸夜、事件はどうなっているんだ?」

 

 先程と変わり、美鶴の表情が真剣なモノとなり、洸夜も流石にここでふざける程空気が読めない訳がない。 

 洸夜はテーブルに二冊のノートを取り出して置き、美鶴達へと渡した。

 

「まずは見てくれ。……俺が見てきた事件、その今までの全貌を書き記した物だ」

 

 洸夜のノートを美鶴達はそれぞれ見始めた。

 それは数分もあれば重要な点は把握でき、美鶴達も事前に収集していた独自の資料も手伝って短時間で理解出来た。

 

「表に出たのは『山野真由美』と『小西早紀』の二人だが、実際は『天城雪子』・『巽完二』・『久慈川りせ』の三名も誘拐されているのか」

 

「――手口に関してもテレビ以外はこれと言って不明。目撃者も全く無しか」

 

 美鶴と真次郎はそれぞれの資料を見ながらそう呟いていた。

 やはり、被害者二名とは違って雪子達の事は事件になっていない為、新鮮な情報には色々と考えられる様だ。

 

「そして、皆さんは全員テレビの世界に入れられたのですね」

 

「ああ、俺の時の様に抑圧された内面のシャドウが出て後は前に話したとおりだ」

 

 洸夜はアイギスからの言葉に応えると、今度は真次郎が口を開いた。

 

「……で? 今の状況はどうなってんだ。一旦は沈静化してんのか?」

 

「分からない。……だが最悪の場合、近々起こるかも知れん」

 

「……何かあるのか?」

 

 気になる事があるとでも言わんばかりの反応をする洸夜に、美鶴は聞き返した。

 

「白鐘直斗は知ってるな? あいつが真犯人を炙り出す為にわざとメディアに出た。――自分を囮にする為に」

 

「自分を誘拐させるつもりなのでしょうか?」

 

「いや、白鐘ならばその場で犯人の確保。または顔を確認するのが目的だろう」

 

 流石は美鶴と言うべきか、白鐘について詳しい感じに言いながらアイギスに言った。

 だが、実際は女性とはいえ大人、そして族を潰した完二ですらまんまと捕まってしまっている。

 洸夜はその事実や、自分が直斗に接触して説得を試みた事をメンバーに伝えると、真次郎が腕を組みながら口を開いた。

 

「……なら今はほっとくしかねえ。洸夜(こっち)が事情も全て話してそこまでしてんだ。聞かない以上、後は自己責任だ」

 

「だが、真次郎。……俺は」

 

「……分かってる。誘拐されれば自己責任だ。だが、シャドウが出てくんなら俺達も動く。――それだけだ」

 

 回りくどく言っているが、結局は何かあれば助けてやると言っているだけだ。

 素直ではない真次郎の言葉に洸夜は小さく笑い、美鶴も手元の資料を見ながら話を続けた。

 

「先の事件だけが模倣犯である以上、今までの犯行から考えて犯人は、犯行でテレビに入れる事に終着している。……若干、期間が空いてはいるが、犯行を繰り返すならばテレビを利用する可能性が大きい」

 

「ですが、犯人の方は御自身はテレビには入らないのですよね?」

 

「ああ。……俺も何回もテレビに行ったが、それらしい人物とは全く出会わなかった」

 

 犯人からすれば、テレビに入れた時点で目標達成なのだろう。

 自分は機会に材料を投入しているだけなのだから、後はシャドウ任せにしているのが現状。

 

「実際、二人も死んでんだ。――証拠も全く出ないとは言え、リスクしかない世界に自分が行く理由はねえからな」

 

 真次郎は茶を飲みながら呟いた。

 裏町で行動していただけあり、そういう犯行をする者の考え方が多少なりとも理解出来てしまう様だ。

 

「まあ、どうなるにしろ。今日は雨だ。……今日の午前零時に『マヨナカテレビ』が映る筈だ。確認しといてくれ」

 

 洸夜の言葉に全員が頷き、今日はここで解散する形となった。

 何事もなければそれで良い。ここにいるメンバー全員がそう思っている。

 しかしその日。洸夜から直斗に連絡が届く事は何故かなかった。

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、堂島宅【洸夜の部屋】

 

 雨。音がハッキリとする程の雨。時計は間もなく午前零時になろうとしていた。

 マヨナカテレビの条件が揃う中、洸夜は自室で総司と共にテレビを見ていた。

 そして、テレビの砂嵐が不意に乱れると、テレビに白衣を着た人物が姿を現した。

 

『どうも皆さん。こんばんわ……皆さんの”探偵王子”こと白鐘直斗です。――世紀の大実験へようこそ!!』

 

 白鐘直斗。白衣を着ていたがそれ以外の者は彼と全く同じであり、彼その者だった。ただ一つ、瞳が金色でなかったのならば。

 

「直斗のシャドウ……!」

 

「やはり、こうなったか……」

 

 総司はテレビに映る直斗の姿に多少の驚きを見せ、洸夜は薄々は分かっていた事であったが、こうなってしまった事実にショックを覚えていた。

 

 

▼▼▼

 

 現在、天城旅館【美鶴・アイギスの部屋】

 

 洸夜と総司がマヨナカテレビを見ていた同時間。共に確認する為に美鶴とアイギスの部屋に真次郎は訪れており、テレビに映る現実を眺めていた。

 

『行われるのは人類の夢! ”人体改造手術”!! あなた方もお楽しみに……!』

 

 こちらにお辞儀する直斗。正確には直斗のシャドウ。

 こうなってしまえば、直斗は既にテレビの世界にいる事になる。

 マヨナカテレビと言う非現実をこの目で確認した美鶴達だったが、全員冷静な様子であり、美鶴は静かに口を開いた。

 

「これが洸夜や”君達”の言っていたマヨナカテレビか……」

 

 美鶴はそう言って、この部屋にいる四人目の人物である天城雪子へと顔を向けた。

 雪子はその言葉にゆっくりと頷いた。

 

「……はい。そして、マヨナカテレビに映っている以上、直斗君はもうテレビの中にいる事になります」

 

 雪子との説明に美鶴達は頷き、真次郎が雪子へ話し掛けた。

 

「悪かったな……こんな時間に呼んじまって」

 

「いえ。どんな時にもお客様の御要望に応えるのも、うちの旅館の魅力ですので」

 

 流石は雪子と言うべきか。真次郎からの謝罪も優しく返した。

 これは雪子にとっても他人事ではなく、真次郎から謝罪して貰う事はなかった。

 遅かれ早かれ、自分も見る事になっただけだ。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、巽宅【完二の部屋】

 

 皆が見ているであろう時間帯、完二もマヨナカテレビを見ていた。

 久保が捕まったにも関わらず再び犯行は繰り返された。

 それが示す事は一つ。洸夜が言っていた久保の模倣犯説が当たった事を意味する。

 そして、マヨナカテレビが消えると完二は暫く黙っていたと思いきや、突然畳を力任せにぶん殴った。

 

「あの大馬鹿野郎……!」

 

 昨日の番組、そして今日学校で起こった直斗の覚悟の言葉。

 だが実際は直斗は返り討ちにあった様な物であった。

 その事実に、完二は直斗への何とも言えない怒りが溢れていた時、完二の携帯が鳴り響いた。

 完二は電話に出ると、相手は陽介からだった。

 

「もしもし!」 

 

『完二!? マヨナカテレビ見たか!!?』

 

 陽介が掛けてきた理由、やはりマヨナカテレビであった。

 

「見ましたよ……あんの野郎、返り討ちにあいやがったんだ!」

 

『ああ……そうなるよな。けど、同時に洸夜さんが言っていた久保の模倣犯の事も確定しちまったよな?』

 

「久保が殺ったのはモロキンだけ。――そうっすよね?」

 

 そうでなかったら直斗誘拐の説明が出来ない。

 

『そうなるよな。……あっ! あと、お前聞いたか? 美鶴さん達、稲羽に来てるんだってよ!』

 

「みつる……? ああ! 洸夜さん時にいた連中ッスか!」

 

 若干、名前だけ言われれば分からなかった完二だったが、印象が強すぎた外見によって記憶が蘇った。

 

『そうそう! 今、天城んとこの旅館にいるんだってよ!』

 

「へぇ~そうなんスか。だけど、それが――」

 

 それがどうした? そう言おうとした完二だったが、何かに気付いた様に黙り込んでしまう。

 突然、途切れてしまった後輩に陽介は心配そうに声を出した。

 

『お、おい! 完二!? 大丈夫か?』

 

「花村先輩……ありがとうございます」

 

『は? おい、なんの話――』

 

 完二はそれだけ言うと、そのまま陽介からの電話を切ってしまう。

 後に残ったのは、”覚悟”を決めた様に険しい表情をした完二だけが存在するのだった。

 

 

End



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孤独の探偵~白鐘 直斗編~
直斗を助けろ、心の闇の秘密ラボ


デビサバ3とかでないかな……(願望)


 

 9月14日(水)曇り

 

 現在、八十神高校【総司のクラス】

 

 放課後までのカウントダウンは間もなくとなっていた。今日は日程的にも午前中で終わりのため早く帰れる。そして残りはHRのみ。

 クラスメイト達は先生が来るまでの間、それぞれの時間を過ごす中、総司の机の周りに陽介・千枝・雪子のいつものメンバーが集まっていた。

 

「何度も言うけど、これからどうする?」

 

「勿論、助けに行くに決まってんじゃん!」

 

 朝から何度も言っている陽介の言葉に千枝は迷いなく応えた。

 

「うん。美鶴さん達も動いてくれるって言ってくれてるし。それに……」

 

 何か言おうとして、雪子は少し表情を暗くしていた。

 それを見て総司は雪子が言いたい事を察し、首を横へと振る。

 

「気にするなとは言わない。……けど、直斗の行動の全てに責任を感じることはないと思う」

 

 自分達は何度も直斗と会い、そして少し揉めてしまっている。

 メンバー達の中には、今回の直斗の行動は自分達が追い詰めたからではないのかと思っている者もいる。

 総司はそう思い、雪子にフォローをいれたのだ。

 

「でも!……いくらなんでも、死ぬかもしれないのに」

 

 万が一が起これば間違いなく直斗の命はない。

 そう思うと、雪子は簡単には切り替える事が出来ない様だ。

 その様子に総司は、洸夜からその事も踏まえて何度も説得していた事を話すと、陽介が口を開いた。

 

「あいつ……なんでそこまでして。死んじまったらそこで終わりなんだぞ!」 

 

「警察はもう動かない。それなら自分でって……想いもあったのかな?」

 

「今は分からない……」

 

 今回の直斗の行動は、もしかすれば自分達が思っているよりも深いのかも知れないと総司達は薄々と感じ始めた。

 自分達はまだ知らない事。兄である洸夜は何か知っていたが、洸夜は教えてくれなかった。

 

『俺が勝手に言って良い事じゃない』

 

 何かあるのだろうか。余程の事なの、頑なに直斗について教えてくれなかった洸夜が言った言葉を総司は思いだしていた。

 そんな時であった。総司の携帯が振動し、メールを受信した。

 この時間帯には珍しい。総司は何かを察してメールを開くと、送り主は洸夜であった。

 洸夜のメールには短めに、こう書かれていた。

 

『先に行く。後で来い』

 

「ああ!」

 

 その意味が分かった総司が思わず声を上げた瞬間、今度は廊下から総司を呼ぶ声が届いた。

 

「総司センパーイ!」

 

 聞き覚えのある声の主は間違うはずもなく、りせの物だった。

 りせは手を振りながら総司達を呼んでおり、荷物を持っている事からHRも既に終わっている様だ。

 総司達はりせの下へ向かった。

 

「りせ、もう少し待っててくれ。もう少しでこっちも終わる」

 

「うん。それは良いんだけど……ねえ、先輩達、完二見なかった?」

 

「えっ? 完二君?」

 

 千枝が首を傾げた。

 何故ならば、りせと完二は同じクラスであり、りせの方が圧倒的に所在は詳しい筈だからだ。 

 

「完二くんがどうかしたの?」

 

「それがね雪子先輩。完二、今日は学校に来てないの。無断欠席だって!」

 

「マジか……こんな時になにやってんだ!」

 

 陽介は完二の行動に怒った。

 今こそ、自称捜査隊の力を一つにする時。皆の血と汗を一つにする時だ。

 それなのに完二は無断欠席。

 

「なにやってんだアイツは!!」

 

「なんで陽介、あんな熱いの?」

 

「昨日、少年少女の探偵物見て、今の自分達に重なってテンション高くなってるんだと思う」

 

 千枝は冷静に応えた。

 これで陽介の理由は分かったが、やはり分からないのは完二の事だ。

 不良ではあったが、根は良く、近頃はしっかりと学校に通っていた完二が無断欠席。

 総司はその原因を考えていた時だ。先程の洸夜からのメールを思い出す。

 

『先に行く。後で来い』

 

「アアッ!!?」

 

 総司は叫びながら、一つの可能性に辿り着いた。

 

▼▼▼

 

 現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

 総司達がそんな事をしていた頃、洸夜達はテレビの世界へ入り、直斗救出の準備を行っていた。

 美鶴達が辺りを警戒し、洸夜はワイトの探知で直斗の居場所を探っていた。

 

「どうですか、洸夜さん?」

 

「もう少し待ってくれ。――随分と世界が増えたからな。今一、探知が面倒になってる」

 

 探知特化のワイトだが、色々と世界が増えた事で前よりも場所の特定に時間が掛かってしまっていた。

 しかし、それでも不可能な訳ではなく、やがて洸夜はその場所を特定する。

 

「……見つけた。どうやらこっちの方角だ」

 

 洸夜の指さす場所、そこは嘗て総司達が初めて訪れた世界。小西早紀によって生まれた稲羽、【異様な商店街】と言われている場所の奥からだった。

 場所は特定され、洸夜達はその場所へ行こうとすると、不意に美鶴が呟いた。 

 

「しかし、本当にテレビの向こう側の世界なんだな……」

 

 洸夜の時は左手の謎の力によって訪れたが、今回は実際に洸夜の部屋のテレビより入った事で、美鶴達はテレビの世界だと完全に自覚できた。

 聞いてはいたが、やはり最初は半信半疑。テレビの中に入ると言う現実は色々と困惑する物だった。

 

「まあ、最初は俺もそうだった。影時間とは違うからな。……けど、総司達はジュネスの家電コーナー、そこのテレビのから入ってるぞ?」

 

「バレんだろ。普通……」

 

 まるでチャレンジャーでも見るかの様な真次郎。そこは息子の陽介がいるから何とかなっているが、それでも危なっかしいのは美鶴達も同感の様だ。

 

「その事を踏まえても、美鶴達に頼みたい。――明後日、俺は大学の入試の為に稲羽を離れる。だから、その間、総司達の事を頼みたいんだ」

 

 正確に言えば、試験そのものは三日後だが、前日には現地入りしていなければ翌日の試験には間に合わない。

 

「私は構わない。その日ならば特に本家にも本社にも戻る必要はない筈だ」

 

「私も美鶴さんがいるならば戻る必要もありません」

 

「……ったく、昔からお前は面倒な事ばかり押し付けやがる」

 

 最後に愚痴みたいに言う真次郎だが、断らない事からただ素直じゃないだけなのが分かる。

 

「……前よりは大丈夫だと思うが、あいつらは詰めが甘いからな。やっぱり、少し心配なんだ」

 

「なら、私達がしっかりと面倒を見ている。ちゃんと受かってこい」 

 

 そう言って美鶴は洸夜の背中を軽く叩き、洸夜も少し照れくさそうにしながらも頷き、直斗の下へ向かおうとした時だった。

 真次郎は背後から何かの気配を感じ取り、背後を振り向いた。

 

「……」

 

「どうした真次郎?」

 

「……いや、なんでもねえ」

 

 洸夜の言葉に真次郎はそう言って振り返り、メンバー達は静かにその場を後にするのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、秘密結社改造ラボ

 

 古い特撮モノのアジト。その出入口のお手本の様な物がそこにはあった。

 一見、ただの倉庫にしか見えない外見。しかし、巨大な無駄に濃いアンテナや組織のマーク。明らかに普通ではなかった。

 そんな場所まで来た事で、ワイトは嬉しそうに骨を鳴らした。

 

『カシャシャ……!』

 

「到着だ。……結構、本格的な形だな」

 

 洸夜は目の前まで来ると一旦、ワイトを戻し、出入口でもある巨大なゲートの姿を眺めていた。

 

「……周りには特に何もないか」

 

「中も特に異常はありません」

 

 美鶴は周囲を、アイギスはゲートからラボの中をそれぞれ見たが、特にこれと言った変化や異常は見当たらなかった。

 洸夜のシャドウの事もあり、油断は絶対に出来ない。

 皆、それぞれの心構えで辺りを警戒していたそんな時だった。真次郎は何かを感じ取り、自分達が来た方向へ振り向いた。

 

「――出て来い」

 

「……!」

 

 ドスの効いた真二郎の声が辺りにいる者の耳に届く。同時に何者かの反応もあった。

 洸夜達もその声に反応する様に武器を構え、自分達が来た道の方を見ながら様子を見ていると、影から出て来たのは巨大なシルエットであった。

 そして、そのシルエットには洸夜は見覚えがあった。

 

「……完二か?」

 

「……ウッス」

 

 そこにいたのは、本当ならばここにいる筈のない完二であった。

 時間的に考えても、学校からここに来るまでの時間を入れてもまず間に合わない。

 そうなると、完二がここにいる答えは一つ。

 

「お前、ずっとテレビの中で俺達が来るのを待っていたな?」

 

「……」

 

 洸夜のその言葉に完二は、悪戯がバレた子供の様な顔をしながら頷いた。

 そんな様子を見る限り、図星だったのだと分かる。

 

「確か、君達は今日、学校の筈じゃなかったか?」

 

 元生徒会長なだけあり、美鶴はその疑問に真っ先に気付く。

 ここにいる以上、その答えは分かり切ってもいたが、本人から言わせようとする美鶴の厳しさの一つが出ていた。

 

「……その、サボったつうか……行かなかったつうか……」 

 

「行かなかったんだろ?」

 

「……はい」

 

 罪悪感はあるらしく、洸夜の言葉で完二は頷いた。

 総司達との事もあってから、完二はちゃんと真面目に学校へと通っている。

 進級の事や、自分の評判のせいで母親に迷惑が掛かっている事も完二なりに考えて最低限の事はし始めていた。

 そんな完二が今回に限ってこんな事をした理由は一つしかない。

 

「直斗が気になってたんだな?」

 

「……あの野郎、散々オレ等に言っといて自分が捕まったら意味もねえだろ!――そう思ったら、身体が動いてたんだ。洸夜さん達なら、翌日に行動に移すと思ってたから」

 

「成る程。しかし、気持ちも分かるが君達はまだ高校生だ。私達もいる以上、学業にも意識を向けた方が良い。――色々と、"面倒事"が起こらんとも限らんからな」

 

 美鶴は完二から視線を外さずに言った。

 能力・経験共に豊富な美鶴達も来た以上、完二達が色々と犠牲にする必要はない。

 学ぶ事もまだあり、場合によっては人生に左右する。

 洸夜達は桐条等のバックアップの下、色々と自由が効けたが完二達には地盤も後ろ盾もない。

 万が一、自分達の限界を超える責任が起きても誰も守ってはくれず、場合によっては家族に"影響"がでる可能性もある。

 善を成したからと言ってそれが帰ってくるかは分からない。

 非道・理不尽、己の目的を達成した時、何かを失ってしまう事だってある。

 ”信用”を使わなければならない時が必ず起きる以上、最低限の事はしていなければならない。

 美鶴達の総司達への潜在的不安は尽きそうにない。

 だが、完二は足を止めなかった。

 

「そんな事は分かってんだ! あんた達の時とは事情も立場も違うってのは分かってる! けどよ……あの馬鹿野郎を連れ戻して、一発殴ってやんなきゃ気が済まねぇんだ!」

 

 既に賽は投げた。

 自分達が追い詰めてかも知れない直斗を、自分の話を聞いてくれた直斗を、完二は助けて殴る為にここに来たのだ。

 そんな覚悟に反応したらしく、真次郎が前に出た。

 

「……別に良いだろ。どの道、他の連中も来る以上、俺達がとやかく言う理由はねえ」

 

「意外だな。……お前が一番、何か言うと思っていたんだが」

 

 美鶴からすれば、自分よりも濃い内容を真次郎が言うと思い、言葉を選んでいた。

 しかし、当の真次郎の反応が意外な為、美鶴は少し驚いてしまう。

 

「真次郎さんは何か考えがあるのですか?」

 

「そんなんじゃねぇ。――ただ」

 

 真次郎は静かに呟きながら身体を横のままにし、完二を目線だけで見た。

 完二もそれに気付き、只者ではない真次郎の気迫に息を呑む。

 それに気付いたかどうかは分からないが、真次郎は静かに呟いた。

 

「そいつ等が、自分の責任を自覚、そして取らなかった時は……そんな奴らが、この非現実(せかい)に入っちまった。――ただそれだけの事だ」

 

 この場にいない総司達へ対しても言っているのだろう。

 全ては自己責任。これから先、何が起ころうとも。

 真犯人に目を付けられようが、家族に何かが起ころうが、どんな結末になろうがそれは自分達の責任。

 

「……あ、当たり前だ! 自分のケツ位、自分で拭くぐらいはできらぁ!」

 

 真次郎の言葉を挑発とも取ったらしく、完二は拳を真次郎へ向けて言い放った。

 それに対して真次郎は沈黙で返したが、その表情は仄かに微笑んでいた。

 

「話が付いたなら、これ以上は私から言える事はないな」

 

 自分が深く考えすぎてしまったと判断し、美鶴は真次郎の短いながら的確な言葉に頷き、アイギスは完二へ近付いた。

 

「では、これから宜しくお願いします。巽さん」

 

「お、おう……!」

 

 まだ、アイギスへの慣れが出来ていないらしく、完二はリアクションに困っていた時だった。

 自分は前にも伝えている為、ずっとその状況を見ていた洸夜は考えていた。

 完二の気持ち、そして直斗の事を。

 

「似た者同士なんだよ、お前と直斗は」

 

 気付けば洸夜は完二へそう言っていた。

 男でありながら女性的な事が得意で、男っぽくないと言われて生きて来た完二。

 女でありながらカッコイイ良く、どちらかと言えば男の子が好みそうな物が好きだった直斗。

 二人は鏡に近い。互いに映る鏡の中の姿。

 直斗の事を知っている洸夜だからこそ分かった事。しかし、完二も総司もそれをまだ知らない。

 その為、そんな洸夜の言葉を感じは理解出来なかった。

 

「?……洸夜さん、それってどう言う意味ッスか?」

 

「……自分の目で確かめろって意味だ」

 

 そう言って洸夜は、完二を激励する様に背中を叩き、ラボの中へ足を”一歩”踏み入れた。

 その”一歩”、そう”一歩”踏み入れた時だった。 

 突如、洸夜が足を置いた床がビックリ箱宜しく、バネ仕掛けの様に飛びあがり、洸夜はそのまま吹き飛ばされ、三人の間を飛んだ。

 

「ゴハッ!!?」

 

「洸夜!!?」

 

 飛んだ洸夜は床へそのまま落下して大の字で倒れ、美鶴が慌てて洸夜の下へ駆け寄った。

 

「洸夜!? 大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……オシリスが物理無効だからな。なんとか助かった……!」

 

 ダメージは0で済んだが、突然の事で身体が驚いているらしく、産まれたての仔牛の様にゆっくりと立ち上がる。

 そんな洸夜を感じは心配そうに見ており、そのまま視線をラボへと向けた。

 

「クソッ……罠を張ってやがったのか!」

 

 見た目的にも罠の一つや二つは確実にありそうではないか。

 何があるか想像もつかないラボ。そんなラボの、先程、洸夜がやられた床に真次郎は何回か足を置いて罠の状況を見た。

 結果、罠は起動しなかった。

 

「使い捨ての罠かも知れねえな」

 

「どちらにせよ、少し警戒を強くした方が宜しいですね」

 

 そう言ってアイギスは先行する様に進んで行き、洸夜達も後に続くようにしてラボの中へ侵入するのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、秘密結社改造ラボ【フロア一階】

 

 露出した配線、巨大な錆びたパイプ、網状の壁や鉄板。

 中を照らしているのは回転しながら明かりを照らすランプ、そのランプによって周囲は点滅する赤の世界。そして、銀行の金庫の様に分厚い扉によって先を閉ざされている。

 ラボの中のBGMは壁の中から聞こえる謎の機械音のみ。

 あまり長居はしたくない環境だが、警戒しながら進む洸夜達を”シャドウ”達が出迎えた。

 

「オシリス!」

 

『―――!』

 

 主の命を受け、新たな姿となったオシリスが大剣を大きく薙ぎ払う様に振り回し、その衝撃にシャドウ達は原型をとどめる事叶わず、その存在を終わらせてゆく。

 

「チッ!」

 

「外しません!」

 

 真次郎とアイギスもそれぞれの武器でシャドウ達を倒して行き、シャドウ達は斬られたり、銃弾で穴を空けながら消滅して行った。

 すると突如、一体のシャドウ『地獄の騎士』が現れて真次郎へと突撃を行う。

 

「カストール!」

 

 だが、真次郎は冷静に判断を行い、カストールを召喚した。

 カストールと地獄の騎士は互いに馬型に乗ってはいるが、力の差は歴然であり、カストールの突撃に地獄の騎士はそのまま角に突き刺さって消滅した。

 

「洸夜!」

 

「おっと!?」

 

 隙を突かれ、背後を取られた洸夜に迫るシャドウへ、美鶴はサーベルを突き刺した。

 

「すまん、油断した! やっぱ、ワイトを召喚してないと辛い」

 

「多数の召喚はお前の負担になるだけだ。私達もサポートする!」

 

 そう言って背中合わせになる洸夜と美鶴は、次々とシャドウ達を薙ぎ倒して行く。

 アイギスや真次郎も同じ様に倒して行き、その慣れた動きを見て圧倒されていた完二にも火が入った。

 

「畜生! 俺だけが足を引っ張る訳にはいかねんだ! ――ロクテンマオウ!」

 

 完二の前に現れるはペルソナ・ロクテンマオウ。

 ロクテンマオウは巨大な大剣を振上げ、一気に振り下ろすと、衝撃波などによって散開していたシャドウ達を吹き飛ばした。

 

『――!』

 

 両断されるモノ、壁に激突するモノ等様々であったが消滅して行くシャドウの群れ。

 元々、隠密と言う訳ではなかったが、ここまで皆で暴れればシャドウ達も更に騒ぎ出すのは当然であった。

 それを証明するかのように、ラボ内に警報も鳴り響く。

 

『ヴィー! ヴィー! ――侵入者アリ! 侵入者アリ! 直チニ迎撃セヨ!』

 

 ラボ内に響き渡る警報。ほぼそれと同時に洸夜達の前に巨大な影が降り立った。

 

「流石にデケェな……」

 

 目の前に現れた新手を見上げ、真次郎はそう呟いた。

 赤く、左右の肩にそれぞれ正・義と刻まれているロボット風のシャドウ『正義・圧倒の巨兵』であった。

 圧倒の巨兵は洸夜達の姿を確認すると、眼光が光り、手に持つ巨大な剣を振上げる。

 

「ヘーメラー!」

 

 洸夜は先の己とのシャドウ戦で生まれた新たな仮面『太陽・ヘーメラー』を召喚する。

 ヘーメラーは低飛行で圧倒の巨兵へ接近して手に力を込め、万能属性攻撃『下天の光明』を放った。

 

『!!?』

 

 下天の光明の攻撃によって腹部に風穴があく圧倒の巨兵。

 そのまま身体が傾き、放電しながら崩れ落ちる姿にそのまま動きを止めると思われたが、圧倒の巨兵の瞳が点滅を始めた。

 それと同時、アイギスはその体内にエネルギーが集まっている事に気付く。

 

「自爆するつもりです!」

 

 アイギスは皆に大声で伝えたが、自爆への間はとても短かった。

 その声と同時に光が圧倒の巨兵を包み込んだ時であった。

 圧倒の巨兵は凍える青に包まれた。

 

「爆弾処理ならば終わったぞ?」

 

 美鶴がそう言うと、パァン! と刃の鞭を引っ張り破裂音を出すアルテミシア。

 それを合図に圧倒の巨兵を包んでいた氷は中の圧倒の巨兵事、砕け散った。

 

「すまん、美鶴。完全に油断した……」 

 

「気にするな。役に立てなければ、ここに来た意味がない」

 

 向かい合う洸夜と美鶴。ついこの間は負の繋がりしか残っていなかった二人だが、今は昔の様に共に戦えている。

 それはとても頼もしく、安心でき、そして温かい感覚であった。

 

「だが、入口での罠の件もある。やっぱし、探知は必要だ。……洸夜、可能ならあの骨を召喚しとけ」

 

 先程の件もある中、このラボごと自爆されては堪ったもんじゃない。

 真次郎は全てにおいて最悪の状況が起こった時の対処に必要と判断し、真次郎は洸夜に探知系ペルソナの召喚を要請した。

 

「一網打尽されたら笑えないしな。余裕がある内に探知しとくか……ワイト!」

 

 パリィィィィン――!

 

 召喚器によって眉間を打ち抜いた瞬間に響く、何かが砕け散る音。

 それと同時に錆びた鎌を持ちながらワイトが召喚された。

 洸夜は心でワイトに命令し、辺りへの警戒を強めながら先へ進んで行った。

 

▼▼▼

 

 あれから少し経ち、幾つかのフロアを通ってきた洸夜達。

 しかし、洸夜だけがどこか疲れた表情を浮かべていた。ペルソナによる疲労ではなく、別の事で。

 小部屋に入ると、何故か洸夜だけに蝿叩きサイズの小物顔面に放たれ、足元に出っ張りが飛び出してコケ、宝箱を開ければバネ仕掛けでパンチが飛んでくる。 

 その結果、シャドウ達と同じ回数戦っていても、洸夜だけの負担は大きかった。

 そんな事が続いている為、新しいフロアに入ると、とうとう真次郎が口を出した。

 

「流石に変だ。罠なら俺達にも被害が出る可能性がある中、なんで洸夜だけが引っ掛かる?」

 

「しかも、探知されねえ様に手作り感満載ッスよね……」

 

 ワイトが探知に特化しているとはいえ、それはあくまで対シャドウに関してに言える事。

 無論、ダンジョン等の変化やシャドウの力が働いた罠等は探知できるが、今までのまるで子供の悪戯の様な罠まで分かる訳ではない

 

「この世界は洸夜さんの世界とは違って戦い易いですから、その点も踏まえ、私達の中で一番の戦力である洸夜さんを狙っているのでしょうか?」

 

「それにしては決定打に欠けている。まるで洸夜に嫌がらせをしている様にしか見えないな」

 

 戦力を削るのが目的とも思えない罠(洸夜限定)の数々。

 目的が分からず、探知も出来ない小さな罠に洸夜達が頭を捻っていると、完二が何かに気付いた。

 

「……もしかしたら」

 

「どうしましたか、巽さん?」

 

「あ~だから……」

 

 アイギスの呼びかけに完二は頷くものの、言いずらそうに口を開け閉めしていた。

 

「完二、何か気付いたなら言ってみろ。お前にしか分からない事かも知れない」

 

「……その。この世界って入れられた人間が作ってる様なもんじゃないスか?」

 

「私達もそう聞いている」

 

 完二の言葉に自分達との認識の間違いもなく、美鶴達も頷いた。

 

「だから……この世界作ったのが白鐘の野郎だから、つまり……。――洸夜さん、あいつに何かしたんじゃないスか?」

 

 完二がそう言った瞬間、僅かに辺りの時間が止まった様な気がした。

 そして、その場の全員の視線が洸夜へと向けられる。若干、疑いの眼差しで……。

 

「いやいや待て待て待て!? それは、それはおかしい考えだ!」

 

 若干、早口になりながら必死で弁解する洸夜。

 被害者から一変し、まるで自業自得の様に思われ始めたのだから仕方ない。

 だが、それは論破するかの様に真次郎が呟いた。

 

「洸夜、お前……”前科”あんだろ?」

 

 真次郎の言う”前科”、それはS.E.E.S時代に遡る。

 当時は後輩からはクールな先輩として人気があった洸夜だが、普通にノリも良く『彼』と共にメンバー達への悪戯をしていた事がある。

 メンバー色々と内容は異なるが、真次郎の場合はニット帽にヒヨコの遊具を仕込まれ、怖い表情の真次郎が通る度にピヨピヨと鳴ってシュールな光景が生まれている。

 美鶴の場合も一度、シャドウとの戦い方を巡って喧嘩になり、”その二つの自家製メロンでも作ってれば良いだろ”と彼女へ言い返した事がある。(その後、美鶴に処刑されている)

 

「洸夜、白鐘直斗とお前は関わりを持っている以上、何かしたんじゃないのか?」

 

「ショックだ……まさか、やっと絆を取り戻した大切な仲間に疑われるなんて……」

 

 美鶴のその言葉に洸夜はあまりのショックに膝を付いてしまう。 

 その様子に自分がまた洸夜を傷付けたと思い、美鶴は慌てて弁解をした。

 

「ち、違うんだ洸夜! わ、私はただ、お前が何かしたのならば、その原因を取り除くべきだと考えて……!」

 

「アホ、洸夜の掌で踊らされてんじゃねぇか。洸夜も心当たりがあんならとっとと言え」

 

 美鶴ならば何とか出来たであろうが、残念ながらこの場には真次郎がいた。

 真次郎は美鶴がまんまと洸夜に言い包められている事に溜息を吐きながら、洸夜へ心当たりを吐かせようとする。

 

「とは言うが、心当たりは……」

 

 初対面で事故とはいえ胸を触って揉んだ。

 時折、直斗の反応が面白く、おちょくったり子供扱いした事もしばしば。

 しかし、それらは直斗の怒りに触れる程の事ではない。

 本当に嫌がっていたならば本当にせず、ちゃんと判断する。

 そうなると、本当に洸夜には原因が分からず、洸夜が悩んでいた時だった。

 洸夜はある事を思い出した。

 

『俺を恨めよ、直斗……』

 

「……あっ」

 

 ペルソナを見せた時、少しでも直斗の不満を無くす為に言ったあの言葉。

 思い出した事で洸夜は呟き、それを聞いていた美鶴達も反応をする。

 

「洸夜、まさかお前……本当に何かしたのか?」

 

 一度、嵌められている事もあってか、美鶴の眼光は中々に鋭かった。

 更に言えば美鶴は直斗の性別の秘密を知っており、最早死角はない。

 流石の洸夜も何もなかったとは言えない。

 

「まあ、その……それっぽい事はあった。――けど、そんな暴言とか暴力を振った訳じゃないぞ!」

 

 誤解を与えない様に洸夜は慌てて弁解をした。

 別に嘘をついている訳でもなく、暴を振ってはいないが傷付けてしまった可能性は否定できない。

 勿論、美鶴達も完二も洸夜がそんな事をする人間ではない事は知っており、完二は少し悩んだ感じに口を開いた。

 

「まあ、洸夜さんと白鐘の間に何があったかは、この際、どうでも良いッスよ。――少なくとも、オレ等はアイツの事を殆ど知らねぇんだ……」

 

 完二の表情は暗かった。

 短いながらも全く接していなかった訳ではない直斗の事、それを冷静になってみれば全く知らない事がショックなのだ。

 

「……行きましょう」

 

 アイギスが皆に声を掛け、洸夜達は次のフロアへ向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 それは更に二つフロアを通った時だった。

 フロアの各所に設置されているモニターから映像と共に音声が流れ、洸夜達は足を止めてモニターを眺めた。

 そこに映っていたのは、”二人”の直斗だった。

 

「直斗……? もう一人はシャドウか」

 

「やっぱり、もう出てやがった……!」

 

 いつもの青より服を着た直斗、白衣を着ている直斗のシャドウの存在に洸夜と完二が真っ先に反応した。

 既にシャドウが出現している以上、直斗が危険に晒されているの間違いない。

 血生臭いとまでは言わないが、恐ろしい状況になっている……と思っていたのだが。

 

『なぁんで! なぁんで僕だけを置いて行くの!? 一人は寂しいよ!』

 

『ハァ……いつまで泣いてるんだい? ずっと泣いてばかり、そろそろ僕も帰らないと』

 

 現実は血生臭い処か、何故か直斗のシャドウは幼い子供の様に泣き続けており、それを見ている直斗は困った様にしていた。

 まるで駄々を捏ねる子供を見ている親の様にも見える。

 現にモニター越しの直斗の声には、そんな感じの疲れが読み取れる。

 しかし、そんな事を言う直斗にシャドウは更に泣き叫んでしまう。

 

『だって! だって! 皆が僕に言うんだ! ”子供の癖に”とか”子供はもう帰れ”とか!? なんで事件を解決しても誰も認めてくれないの!』

 

「……君のは本当に駄々を捏ねているだけだからだ。事件を解決する以上、こんな姿の僕が心無い言葉を浴びせられる事、それも覚悟の上さ」

 

 シャドウに対して冷静に返答する直斗。

 シャドウの事を完全に他人と認識してしまっているからこその冷静さだが、直斗はまだ知らないだけ。

 目の前の存在の正体を。

 

『どうしてそんな”嘘”を付くの? 君の事を言ってるんだよ! 皆からそう言われて部屋の中で泣いてたじゃないか!』

 

「っ!? いい加減にしないと本当に怒りますよ。一体、誰が嘘を付いて泣いたって――」

 

『お前だよ――!』

 

 シャドウの雰囲気が周りの空気と共に一変する。

 ドスの効いた低い声、重苦しい空気。 

 それを直斗が気付かない筈がなく、事態の異変に気付き、洸夜達も走りながら各所にあるモニターで事態を見守りながら直斗の下へ向う。

 

「なっ……なにを……!」

 

『必要な時だけ”少年探偵”……終わったら”子供は帰れ”……何をしても子供としか見られない……大人になりたい、カッコいい男の探偵になりたい……』

 

 いつの間にか立場が逆転していた。

 直斗のシャドウは徐々に言葉だけで直斗を追い詰めて行き、シャドウが言っている事は真実であるのだろう。

 直斗は一歩、また一歩と後ろへ下がって行く。

 

『瀬多洸夜……あの男に対してもそうだ。最初は疑っていた癖に、いつの間にか物語の探偵の相棒、それか協力者みたいに思って喜んでたよね?』 

 

「うるさい! あの人は関係ない! あの人と僕は違うんだ!」

 

『だろうね、あの男は自分の道を迷いを断ち切って進んでいる。……ショックだったよね、事件から手を引く様に言われたのが、しかも本当に自分が入り込めない領域だって知っちゃったから』

 

 シャドウの一言一言が直斗の勘に障る。

 当たり前だ、シャドウは直斗のなのだから。変えられない現実、しかし直斗は認める事が出来ない。

 

「だからこそ! 僕は自分の力で解決できる方法を考えたんだ! お祖父ちゃんの力じゃなく、洸夜さんに頼るんじゃなく僕自身の力で、あの人達の様な誇れる人間になるんだ!」

 

『無理だろ。だって祖父や洸夜とか、カッコいい男の大人になりたいとか言ってるけど、それ以前に君――”男ですらない”じゃん?』

 

「……はっ?」

 

 モニター越しで聞いていた完二は、そのシャドウの言葉を聞いて思わず足を止めてしまった。

 洸夜達も、完二に合わせる様に一旦、足を止めたままモニターの中の直斗の方をポカンとした表情で見つめ続ける完二を見た。

 

「あ、あいつ……”男”じゃねぇ……?」

 

「……ああ、知ってしまった時点で隠せないな。――白鐘直斗、あいつは正真正銘”女”だ」

 

 知っていた口調で言う洸夜、そんな洸夜を完二はポカンとしたまま向いた。

 

「洸夜さんが内緒にしていた白鐘の秘密って……”性別”の事だったのかよ。――けど、なんでアイツ、性別を隠してたんスか!?」 

 

「アイツの立場上、男の方が都合が良かった事もあるんだろうが……今の話を聞く限りでは完二、お前と似ているかもな」

 

「……ッ!?」

 

 その言葉に完二は気付く事が出来た。

 裁縫等が好きだったにも関わらず、周りからの言葉で苦しんでいた自分。

 どれだけ結果を出しても認めてもらえず、決してなれない皆から認められる”男らしい”探偵に憧れている直斗。

 似ていた。自分と直斗の苦しみは同じと言える程に似ていた。

 

「そりゃあ……苦しい筈だろうが。俺だって、認めてもらったのは最近なのに、アイツは俺以上に苛酷な状況で耐えて来てたんだからよ……!」

 

「……直斗は俺にバレてからも、女として扱われる事には過剰に嫌がっていた。――今思えば、自分の祖父や俺への憧れ、そして対等の存在になりたかったから……か」

 

「だからって! なんでアイツがここまでしなきゃならねんだ! 警察だって殆ど捜査を止めてんのに、なんでアイツがそこまでしなきゃならねんスか!」

 

 全てにおいて完二は納得もしなければ認める事もしなかった。

 いくら理由があろうとも、直斗がここまで無理をした無謀や追い詰めた周りの環境。

 こんな事、自分と同年代、しかも”女子”がやろうとする事ではない。

 だが、そんな完二の疑問に美鶴がすぐに答える事が出来た。

 

「”白鐘”は探偵の業界でも知らない者がいない程、力と影響力を持った一族だ。そして、信頼が命の業界で白鐘は警察組織の上層部からも信用も得ている」

 

「……そんなに凄い家なのかよ、アイツ」

 

 直斗の家の凄さを美鶴の口から聞かされた事で、冗談の類ではないと完二はすぐに判断できたが、美鶴の話はまだ終わっていない。

 

「だが、信頼は得るのは難いが、落とす事は易い世界でもある。更に言えば需要が減ったとはいえ、代変わりした白鐘に依頼人達が求めるのは今までか、それ以上の成果。――白鐘直斗、”彼”のさじ加減一つで業界と白鐘の家を潰す事になる」

 

「アイツ……そんなの背負ってんのか」

 

 完二は直斗の現状を聞き怒りを覚えた。

 周りではなく、本当に何も理解してないにも関わらず好き勝手言っていた自分達に対してだ。

 

「本当に……オレ等、お遊びじゃねえかよ……」

 

「……」

 

 俯きながら呟く完二、そんな彼を真次郎が見詰めていた時、遂にそれは起こってしまう。

 

「違う! 僕は……僕が思っているのは!」

 

『何も違わないだろ? 叶わない願いの為に駄々をこね、そして自分で周りの味方を遠ざける癖に何か言われたら部屋で一人で泣く。――全部、僕は知っているんだ。僕は”君”だからね』

 

「違う! お前は僕じゃない! 白鐘直斗は僕だけだ!」

 

 モニターから叫ばれる直斗拒絶、それがスタートの合図の様に洸夜達は一斉に走り出し、完二は慌てて後を追った。

 そして、モニターからは直斗のシャドウの笑い声が響く。

 

『アハハハハハッ!! それが答えか! ――なら、死んでもらうよ! さあ、始めるよ! 人体改造手術をさ!』

 

 その瞬間、モニターは砂嵐に呑まれた。

 映像はもう見えない。

 

『我は――影――真なる我――!』

 

 それを最後にモニターは死に、洸夜達と完二は急いで直斗の下へと急いだ。

 

「急げ! シャドウ化している! ここを抜ければすぐだ!」

 

 洸夜の言葉に頷きながら目の前の通路をメンバー達は走り抜け、少し広いフロアに出た時であった。

 そのフロアの奥には分厚い鉄板の扉があり、手術中のランプが点滅していた。

 しかし、同時に扉の前、その真下から次々と出現する巨大な姿が現れる。

 それは、ラボで最初に戦った大型シャドウ・圧倒の巨兵であった。しかも、その数は5体。

 

「おっ……主人公機の量産タイプか? 好きな展開だ」

 

「言ってる場合か……」

 

「他のシャドウも出現しています!」

 

 関心した様に言う洸夜へ、真次郎が呆れた様に呟くが目の前では、更にシャドウが増えている事をアイギスが周りへ知らせる。

 

「クソッ! 時間がねえのに、こいつ等の相手なんか……!」

 

 既に直斗ぼシャドウは暴走している。

 下手なタイムロスは直斗の死を意味しており、無駄な戦いは避けるべきだった。

 しかし、目の前のシャドウ達は徐々に距離を詰めており、戦いを避ける事は不可能。

 それを察してか、美鶴が完二へ言った。

 

「巽完二! このシャドウは我々が相手をする。君は白鐘直斗の下へ行け!」

 

「なっ! けどよ、この数は――!」

 

「セト!」

 

 洸夜は完二の言葉を遮り、黒龍の様な姿をしたオシリスの弟、ペルソナ『月・セト』を召喚する。

 セトは完二の目の前に降りると、呆気になっている完二の後ろからアイギスが接近し、そのまま完二を持ちあげた。

 

「お、おい!?」

 

「大人しくしてください。危険です」

 

 アイギスは上で暴れる完二を気にせず、セトの背中へ放り投げると、セトは飛翔し、そのまま直斗のいるであろう部屋の扉の方へ向かって行く。

 

「こ、洸夜さん!」

 

「後で追う! お前は直斗を守れ!」

 

 セトの背中から洸夜へ抗議しようにも、さきに洸夜から断れない事を言われてしまい、黙ってしまう。

 そして、そのまま完二は扉の奥へと進んで行き、シャドウ達は完二を追おうとした時だった。

 アイギスの火器が火を吹き、次々とシャドウを撃ちぬいて行く。

 

「先へは行かせません!」

 

「やるぞ!」

 

「任せろ!」

 

「……おう!」

 

 アイギスの先制攻撃を合図に、洸夜達へ狙いを定め、洸夜達も武器を構えて迎え撃つ様に飛び出して行き、戦闘の幕が上がった。

 

▼▼▼

 

 現在、秘密結社改造ラボ【手術室】

 

「くそ……アイツ、どこにいやがんだ?」

 

 セトの背中に乗り、空から直斗を探す完二。

 しかし、手術室とは名ばかりで中はとても広く、廊下の様に長い通路を数分近く飛んでも直斗は見つからない。

 完二は段々と焦りを感じ始めるが、その時、完二は倒れている身に覚えのある姿を見つけた。

 

「いた! おい、降りてくれ!」

 

 直斗の姿を確認でき、完二は慌ててセトの頭を叩いて降りる様に言った。

 セトは若干、不満そうな表情をしていたが素直に降下し、直斗の横と降り立つ。

 

「おい! ――おいッ! 白鐘! お前、大丈夫か!?」

 

「……うっ、君は……巽君? なんで君が……?」

 

 声にモニターでの元気はないが、声の割に見た目には害はそれ程はない。

 だが、良く見れば周りモニターの時と変わり、ベッドや機材は見る影もなく、床にもダメージは出ている。

 何かしら起こったのは誰が見ても明らかだが、”直斗の影”の姿はない。

 とりあえず、完二は安心し、直斗の問いに答えた。

 

「てめぇを助けに来たに決まってんだろ! 学校で散々、言っといて逆に捕まってたら世話ねえよ……」

 

「……」

 

 その言葉に直斗は沈黙で返す。

 しかし、安心も出来たのか呼吸は落ち着き出しており、その直斗の様子に完二も一息入れる。

 

「ふう。けど、良かったぜ。取りあえずこっから――」

 

 直斗を両手で抱えて立ち上がり、完二がそこまで言った時であった。

 

 ――ブオォン!

 

 何か、ジェット機の様な何か飛行音が薄らと二人の耳に届いた。

 

「ッ!?」

 

 音の正体を知っているのか、それを聞いた直斗の表情が変わる。

 明らかに恐怖を抱いた表情だが、完二はそれに気付いておらず、その場で周囲を見渡し始めた。

 

「なんだ、今の音……?」

 

 ジェット機か何かの音に聞こえたが、その割には音の規模が小さい。

 まるで、ミニチュアサイズで飛び回っている様に音はリアルだが、規模の小ささに完二は困惑してしまったその時、二人の隣で待機していたセトを、七色の光線が貫いた。

 

『ギャア――!』

 

「なっ!?」

 

 完二も驚いて声を出すが、セトは奇声を上げながら消滅してしまう。

 すると、それと同時に上空から声が届いた。

 

『見~つけた!』

 

 人の声と機械音が混ざった様な声。

 完二はその声のした上空を咄嗟に見上げると、そこにいたのは暴走した大型シャドウ『直斗の影』が浮いていた。

 その姿は左右が綺麗に生身と機械の身体に分かれており、背中には飛行機の様な鉄の翼、両手にはSF的な光線銃を持っている。

 

『逃げるだけの元気はある様で驚きだよ……』

 

 光線銃を完二達へ向ける直斗の影。

 その行動に完二も直斗を持ったまま身構えた。

 

「やっぱりいやがったか……大型シャドウ」

 

「シャドウ……?」

 

 シャドウと言う言葉は初耳らしく、完二の言葉に直斗は首を傾げた。

 

「詳しい話は後だが、アイツはお前の抑圧された内面が具現化した奴なんだ」

 

「あれが……僕の……?」

 

 やはりすぐには納得できないのだろう。

 直斗の表情はまさにそうなっていた。

 

『別に納得はしなくても良いよ。だって、君はここで死ぬんだからね!!』

 

 直斗の影はそう叫びながら完二達目掛けて突っ込んでくる。

 風を斬る音が耳にハッキリと届き、このままぶつかれば車と衝突するに等しいダメージを追ってしまう。

 万事休す、そう直斗が思った時、完二から蒼白い光が漏れ出し、直斗の影へ真っ向から向かい合った。

 

『邪魔するなら君から改造だ!!』

 

 直斗は光線銃を完二へ向けた。

 しかし、それは叶わなかった。何故なら、直斗の影の真上に佇む巨大な影に、直斗の影が気付かなかったから。

 そして、その巨大な影から直斗の影へ、真上から巨大な剣が振り下ろされた。

 

『グバァッ!!?』

 

 まるで叩き落とされた虫の様に地面にめり込む直斗の影。

 その光景に完二も笑みを浮かべていた。

 

「ロクテンマオウ……!」

 

 直斗の影を叩き落としたのは、完二のペルソナ、ロクテンマオウだった。

 その巨大な初めて見る存在、しかし、見覚えのある感じがある存在に直斗は困惑しながら完二へ言った。

 

「巽君……きみも、やっぱり洸夜さんと同じ力を……」

 

「ペルソナっつうんだ。詳しく教えろって言われたら無理だけどよ……まずはコイツを黙らせてからだ!」

 

 説明が苦手な感じらしいが、まずは直斗の安全を確保する為、ロクテンマオウの剣の先を向いた時だった。

 

『黙らせたいの? ――じゃあ、口を改造しようか?』

 

 叩き落とした直斗の影が、ロクテンマオウの大剣を持ちあげながら立ち上がりながら言った。しかも、片手で。

 

『勿論、改造するのは君の口だけどね……』

 

「……やっぱ、そう簡単には行かねえか」

 

 分かりきっていた事だが、やはり現実は見たくはない。

 完二は苦しい笑みを浮かべながら直斗を下ろし、直斗を背にする様に直斗の影と対峙する。

 その光景に直斗は完二へ叫んだ。

 

「止めるんだ巽くん! 逃げろ! これは僕だけの責任だ! 君がここまでしてくれる理由は――!」

 

「俺も同じだった!!」

 

 直斗の声を遮り、怒号の様な声で完二は叫んだ。

 

「俺も同じだった……ガキの頃から絵や裁縫が好きで得意だった。けど、周りの連中に女みたい、気持ち悪い、男らしくない、そう言われ続けてよ。……言った奴、全員をブッ飛ばして生きて来た」

 

 幼稚園の頃から始まった事、最初は褒めて庇ってくれた先生も次第に自分から距離を置いた事で、完二の理解者は本当にいなくなった。

 母親や幼馴染は認めてくれたが、それは身内の欲目、ただの優しさとしか思えず嬉しくはなく、寧ろ苦しかった。

 

「俺の場合……結果的には自業自得だ。けどよ、そんな時に会えたのあの人達だ」

 

「瀬多総司達……ですか?」

 

「ああ……花村先輩は馬鹿だし、里中先輩は肉しか言わねえ、天城先輩は少しネジ外れてる、りせは生意気、クマも同様。――そして、総司先輩と洸夜さんは日頃、何を考えてるのか分かんねぇ。全員が変人だ」

 

 自分の監視をしていた時も、最初は変なカップルがいたと思いきや、それは総司達の作戦である事を知り、総司達は明らかに馬鹿だと思っていた完二。

 しかし、今となっては自分もその一部。ずっと欲しかった居場所。

 

「だからだろうな……俺が今も笑っていられるのは。あんな人達だから、俺は変われた。――こんな俺が変われたんだ、お前も変われねえ訳がねぇ!」

 

「……」

 

 完二の言葉に直斗は黙った。

 そして同時に知った。少なくとも、完二が自分が女である事を知ったのだと。

 だが、不思議と今はそんな事はどうでも良く思え、直斗は完二の言った買われると言う言葉に意識を向けていた時だ。

 完二の言葉を聞いていた直斗の影は、呆れた様に溜息を吐く。

 

『話は終わったかい? いや~胸糞が悪くなる様な言葉だったよ。――もしかしなくても、君は馬鹿なのかな?』

 

「ハッ! だから俺がいて丁度いいんだよ、あの人等には!」

 

『……ふ~ん、じゃあ馬鹿な君に教えてあげるよ。――君じゃ、僕には勝てないよ?』

 

 挑発の様に聞こえる直斗の影の言葉。

 しかし、完二はそれが挑発だけじゃない事を分かっている。

 何のスキルでもなかったとは言え、ロクテンマオウの一撃をモロに受けてあの程度のダメージ。

 恐らく、気を抜けば本当にその通りになってしまだろう。

 だが、完二の表情に恐怖はなく、寧ろ上等だと言わんばかりに堂々としていた。

 

「生憎だったな。俺は馬鹿だからよ……言われても聞かねんだよ!」 

 

『じゃあ――死ねよ』

 

 それと同時に直斗の影は完二に目掛けて飛び出した。

 

「こいやぁぁぁぁぁっ!!」

 

 直斗の影へ対し、巽完二、ロクテンマオウ、仁王立ち。

 

(倒せなくても……皆が来る時間は稼いでやるぜ……!)

 

 完二の戦いが始まった。

 

▼▼▼

 

 その頃、総司達は……。

 

▼▼▼

 

 現在、秘密結社改造ラボ【一階フロア】

 

 洸夜達の後を追い、ラボへと訪れていた総司達は、一階フロアに設置されていたモニターを息を呑んで見ていた。

 モニターに映されていた映像が総司達の足を止めている。まるで、金縛りの様に。

 そう、モニターの中では一人の男の苦しむ姿が映し出されていた。

 何度も傷付けられる一人の男。その映像とは……。

 

 パァン――!

 

『ブフォッ!?』

 

 シュキン!

 

『いてっ!?』

 

 ボヨヨ~ン!

 

『ぐおぉ!!?』

 

 洸夜が罠に掛かる映像が映画のスタッフロールのNG集の様に、ずっとループして流されていたのだ。

 アニメや漫画の様に罠に掛かる洸夜、そのシュールの光景に雪子の我慢袋が崩壊する。

 

「アハハハハハハハッ! こ、こ、洸夜さん……ぷ、ぷぷ……アハハハハハッ!!」

 

「大センセイ、見事なまでに引っ掛かってるクマ」

 

「洸夜さん、可哀想……」

 

「でも、見事に罠に掛かってるから笑える」

 

 総司ですら兄の失態に楽しそうにしている。

 中々、お目に掛かれない光景なのは間違いない。

 そして、それぞれの思いを胸に、総司達はもう暫く映像を見続けるのだった。

 

「……早く行こうって言いたいけど」

 

「……なんか、言いずらいよな」

 

 意外にも、まともなメンバーは千枝と陽介の二人だったりもする……。

 

 

End



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受け入れる時

ペルソナと言い、デビサバと言い、何故に魅力のあるキャラが多いのか!
一人に絞れない!


 同日

 

 現在、秘密結社改造ラボ【手術室前フロア】

 

 完二と直斗の影の戦いが始まって数分後、洸夜達とシャドウ達の戦いは終わりへと近付いていた。

 

「アナンタ!」

 

 周りのシャドウを斬り捨てながら洸夜は新たなペルソナ、七つの頭を持つコブラの様な蛇『法王・アナンタ』を召喚する。

 召喚されたアナンタは、その長い尾を利用し鞭の様にシャドウ達を薙ぎ払い、シャドウ達はそのまま身体が割けて消滅した。

 その中には、再度出現した圧倒の巨兵、その内の一体も混ざっていた。

 

『!!?』

 

 放電しながら消滅する圧倒の巨兵、生半可な大型シャドウとて、迷いを乗り越えた洸夜の敵ではなかった。

 勿論、他のメンバーも同様だ。

 

「アテナ!」

 

 アイギスも負けてはおらず、己のペルソナであるオリュンポス十二神の一柱の女神の名を持つ『戦車・アテナ』を召喚し、残りの圧倒の巨兵の背中を槍で突き刺した。

 

『!?』

 

 アテナは圧倒の巨兵の背中を突き刺したまま天へ神々しく槍を上げ、圧倒の巨兵は海老ぞりになりながら爆散した。

 

「こっちも終わりだ」

 

 メンバー達の様子を確認しながら真次郎はそう呟くと、その後ろにいる四肢が外れて全壊している圧倒の巨兵は爆散した。

 純粋な戦闘能力ならばS.E.E.Sメンバーの中でも一、二を争う真次郎相手では、大型シャドウとはいえ力が足りなかった様だ。

 これで残りの圧倒の巨兵は2体だが、それも既に終わっている。

 

「……片付いたぞ」

 

 周りを冷気が包む中、そう言った美鶴とアルテミシアの目の前には二つの氷像が出来ていた。

 まるで、美鶴へ襲い掛かろうとしている様なポーズの氷像の正体、それは言うまでもなく残った圧倒の巨兵であった。

 そして、美鶴がその二つの氷像の間を通る際、サーベルで一閃すると氷像はそのまま砕け散り、処刑によって人工のダイヤモンドダストが生まれた。

 

「洸夜さん、これでシャドウは全滅です」

 

「ああ、すぐに完二を追うぞ!」

 

 洸夜達は完二が向かった手術室へと目をやり、駆け足で入って行った。

 

▼▼▼

 

 そして、洸夜達が後を追う事、数分前から完二の戦いは続いていた。

 

「タルカジャだ! ロクテンマオウ!」

 

 攻撃強化の補助技”タルカジャ”を使用し、完二はロクテンマオウへ強化を施して直斗の影へと挑む。

 しかし、元々が補助などに特化している訳はない完二とは違い、直斗の影のスキルは補助も高かった。

 

『なら、僕だって……”ヒートライザ”!』

 

 直斗の影が唱えると、謎の光が自身を包み込んだ。

 

『さあ、勝負だ!』

 

 そう言って攻撃態勢を取る直斗の影、それに対して完二も迎え討つ構えを取ったのだが……。

 

『そおら!!』

 

「うおッ!!?」

 

 背中の翼を利用したジェットの勢いの体当たり、技ですらない攻撃だが、完二はそれを躱す事が出来ず直撃を許してしまう。

 それによってロクテンマオウは尻餅をつき、衝撃も完二を襲うが、完二の中には疑問が生まれており、それどころではなかった。

 

「なんだ……! あいつの動きが全く変わりやがった!?」

 

 直斗の影の力は多少なりとも理解したつもりであった完二。

 しかし、先程の動きはそれ凌駕したものであった。

 攻撃力・速さ、全てが段違いなのだ。

 

『理解したかい? さっき、僕が使ったヒートライザは僕の力の全てを強化する技なんだよ。 君が使った付け焼き刃な補助技よりも強力だよ!!』

 

 直斗の影が光線銃の引き金を引くと、銃口から放たれたのはガルダインやブフダインの属性技。

 その全てが完二が無効にできる属性ではないが、棒立ちでやられる様な真似を完二はしなかった。

 

「負けるか! ロクテンマオウ!」

 

 完二の言葉にロクテンマオウは大剣を大きく振り、ガルダインとブフダインを薙ぎ払った。

 そして、直斗の影の攻撃は完二や直斗へ向かわず、周囲を削ったり凍らせる程度で済んだ。

 

『っ!? 強引に弾いたのか!』

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 ロクテンマオウは大剣を天へ上げると、巨大な雷が大剣へと集まる。

 

「喰らえや! ジオダイン!!」

 

 轟音と共にロクテンマオウが溜めた雷を直斗の影へ放つと、雷はそのまま巨大な光を発生させながら直斗の影を呑み込んだ。

 

『うわぁぁぁぁっ!!』

 

 轟く轟音、巨大な放電と爆発が直斗の影を呑み込み、確かなダメージを与える事に成功した。

 少なくとも、完二にも手応えがあった。

 しかし、やがて煙が晴れた中に現れたのは、多少の焦げを纏いながら最初と変わらず平然と空に浮かぶ直斗の影だった。

 

『ちょっと驚いたよ。……けど、もう終わりみたいだね?』

 

「クソッ! 少しは効きやがれ……!」

 

 直斗の影の見た目にダメージはあるが、口調等からは一切のそれを感じさせず、完二の心に確かな疲労を植えつける。

 体力を奪うよりも心を折った方が簡単。それを直斗の影が行っているかは不明だが、少なくとも完二の心の疲労は蓄積していた。

 

『じゃあ、次は僕の番だ! 面白い物を見せてやるよ……”エレメンツ・ゼロ”』

 

 直斗の影はそう叫ぶと、空間を何かが包み込む様な感覚を完二と直斗は気付いた。

 

「今度は何をする気だ……!」

 

「巽君……やっぱり、君だけでも逃げるんだ……!」

 

 完二の劣勢は直斗から見ても明らか。

 ならば、完二をこれ以上の危険に巻き込む訳には行かない。

 しかし、直斗の言葉を完二は受け取らない。

 

「ふざけんな! ここまで来て見捨てれる訳ねえだろ! ここで俺が逃げたら、お前は本当に殺されんだぞ!」

 

「囮をしようと思った時から、その覚悟はありましたよ。……僕も、洸夜さんからの忠告を無視してまで来てるんだ。――でも、流石にこれは予想外過ぎますよ……」

 

 洸夜からペルソナを見せられて多少の想像はしていた直斗だったが、まさかここまでの”存在”が事件の裏に蔓延っていたのは予想外過ぎた。

 

「警察も、僕も……犯人の犯行を立証できない訳だ……」

 

「そんな事、生きて出た後に考えやがれ!」

 

『じゃあ、一生無理だね!』

 

 直斗の影の攻撃が再開した。

 光線銃を両手に、宿主を殺す為に再び完二達へ直斗の影は接近し、光線銃の引き金を引く。

 

『お返しだ! ジオダイン!』

 

「油断しやがったな! ――ロクテンマオウ!」

 

 電撃属性ならば、ロクテンマオウは無効化できる。

 完二は少しでも時間を稼ぐため、ロクテンマオウを前に出して攻撃を防御しに掛かった。

 しかし、完二は先程の直斗の影が放った謎の技の存在を忘れていた。

 

『っ!!?』

 

 本来ならば効かない筈の電撃属性を受けたロクテンマオウだが、ジオダインを浴びるとそこには確かなダメージが存在し、身体に煤を付けながら膝をついてしまう。

 

「なっ!? なんで、ロクテンマオウが!?」

 

『”エレメンツ・ゼロ”……さっき僕が放った技の名前だよ。この技は、君達の属性に対する耐性を全て通常にする事が出来る。――そのペルソナは、もう何も守れないただのデカい的になったんだよ』

 

「ち、畜生……!」

 

 万策、早くも尽きてしまった。

 物理技も当たらず、属性耐性までも消された。

 

『口だけの感情論ばっかの君にしては、よくやったと思うよ? だから……”死ね”』

 

 直斗の影は上空へと高く飛び、完二と直斗へトドメを刺す為に態勢を取った。

 それを見て完二もロクテンマオウで迎え撃とうとするも、ロクテンマオウのダメージも大きく、次の攻撃がモロに直撃すればペルソナブレイクを起こすだろう。

 そして、直斗の影が身構えたその時、微かな破裂音と共に大量の閃光が直斗の影へ飛んで行った。

 

『ぐあっ!? なんだコレ……!』

 

 直斗の影へ吸い込まれるように直撃する閃光の正体、それは無数の”弾丸”の雨と言うより”群れ”。

 かなりの数の弾丸を受け、直斗の影が後方へ回避すると、予測していたと言わんばかりに刃状の鞭が出現し、周囲を覆う様に次々と壁に突き刺さった。

 直斗の影は当然、それを回避しようとしたが、翼の片方が僅かにそれに接触した瞬間、その翼は氷に包まれる。

 

『しまっ――!』

 

 翼のバランスが取れず、バランスを崩しながら宙を舞う直斗の影。

 その目の前に現れたのは黒い馬に跨るペルソナ『カストール』であり、直斗の影はそのままカストールの体当たりをモロに受けて地面へと叩きつけられた。

 

『がはっ!! ――なに……が……!』

 

 ぎこちなく立ち上がり、その攻撃の場所を向くと四人の人影があった。

 

「間に合った……」

 

 そこに居たのは言うまでもなく、洸夜達の姿だった。

 洸夜達は直斗の影の視線に気付きながらも、完二と直斗の下へと駆け寄った。

 

「無事の様だな」

 

 美鶴は完二と直斗の様子に安心すると、二人へそれぞれディアラハンを掛けた。

 完二と直斗は、徐々に身体の痛みや疲れが引いて行くのが分かり、直斗は美鶴を見た。

 

「桐条……美鶴。やはり桐条も、この非現実の事態に関わっていたんですね」

 

「当たらずも遠からずだ。詳しい話が聞きたいならば、現実に戻ってからだ」

 

 今回の事件に限っては桐条は関わっていない。

 しかし、シャドウやペルソナ等について言えば関わっており、美鶴からすれば嘘を言っている訳ではない。

 そんな美鶴の態度に直斗は小さく笑い、完二は援軍の到着に一息つくと、そんな完二と直斗に、何故か”タライ”を持った洸夜が話し掛けた。

 

「無事だな二人共」

 

「うッス……なんとか、耐えきりましたよ」

 

 洸夜と完二は拳を合わせあった。

 そして、今度は視線を直斗へと移す。

 

「……全く、心配ばかり掛けてくれる。本当に危険だったろ?」

 

「ふふ、ええ……まさかここまでとは……」

 

 平常運転の口調の洸夜に、最早何も言わない直斗は小さく笑いながら応えた。

 ようやく、完二も直斗も安心した所で、二人は洸夜の持つタライに意識を向けた。

 

「洸夜さん、ところで……」

 

「なんでこんな所にタライがあるんですか?」

 

 少なくとも完二の記憶では別れた時にタライはなかった。

 この場でも明らかに浮いているアイテムだ、気にならないと言えば嘘にしかならない。

 

「……拾った」

 

 目を逸らしながら言う洸夜。

 明らかに嘘を付いている。仮に本当だとしても何故に拾った?

 また新たな疑問が生まれたのだが、その疑問を解消してくれたのはアイギスであった。

 

「このフロアに入った時に、このタライがピンポイントで洸夜さんの頭上に降って来たんです」

 

「……洸夜さん、また罠に掛かったんスか」

 

 アイギスの暴露によって、また洸夜が罠に掛かった事を理解した完二。

 散々、幼稚な罠を仕掛けてきて、その最後がタライとは笑い話にもならない。

 しかも、洸夜が全て引っ掛かっているからら尚更だ。

 だが、洸夜はアイギスの言葉に納得していなかった。

 

「違う。男らしく、堂々と正面から罠と向き合っただけだ」 

 

「男らしいなら避けて下さいよ……」

 

 気持ちは分かるが流石にそれは通らないだろう。

 共感できるからこそ、完二は複雑な気持ちで洸夜の話を聞いていた、そんな時だった。

 美鶴達の攻撃により倒れていた直斗の影が静かに立ち上がり、上昇しながら洸夜達の前へと再度現れた。

 

『目障りだ……目障りだ……君達、みんな改造してやる!』

 

「完二や美鶴達を甘く見た、お前の自業自得だ」

 

『ふんっ! 全部の罠に引っ掛かった奴に言われたくないね!』

 

「……ふふっ」

 

 誰が笑ったかは分からない。

 しかし、直斗の影の言葉に確かに笑った者がおり、洸夜も言い返せない恥ずかしさが若干の怒りへと変換されていた。

 そして、洸夜は刀を抜き、二、三歩前に出た時であった。

 洸夜が足を置いた床がスイッチの様に陥没し、その瞬間、洸夜の前方、左右、真上からプレス機の様に壁が飛び出し、洸夜を襲った。

 

『ハハハハッ!! 最後の最後まで引っ掛かってくれたね!』

 

 まんまと罠に引っ掛かった洸夜の姿に勝利を確信する直斗の影。

 そんな光景に洸夜の堪忍袋の緒が切れた。

 

「そう何度も引っ掛かって堪るか!――『アスラおう!』」

 

 召喚器を撃った洸夜の前に召喚されたのは、インド神話の神族”アスラ”の王、『太陽・アスラおう』だった。

 独特な装飾を身に付け、圧倒的存在感の容姿と神々しい雰囲気。

 そして、特徴である六本の腕の内の二本を祈る様に合わせ、残りの四本も掌を天へ向けていた。

 召喚されても微動だにせず、直立不動の姿はまさに王に相応しい姿であったが、そんなアスラおうへ直斗の影の罠が迫っていた。

 だが、アスラおうは無駄の無い動きで、六本の腕を迫りくる壁へそれぞれ向けると、罠である壁はそのままの勢いのまま粉々に砕けた。

 

『なんだとっ!?』

 

 何事も無い様な動作で攻撃を防いだアスラおうに、直斗の影も焦りを感じ始めた。

 天敵への危険を感じるシャドウの本能、それが直斗の影に働いていた。

 そんな直斗の影の考えを知ってか知らずか、アスラおうは攻撃を防ぐと再び祈りの形を取り、その異質な存在に直斗も呆気になっていた。

 

「最初に見せてもらった時とは違うやつ……?」

 

 オシリスとは違い、完二のロクテンマオウも見たが直斗は最上級クラスのペルソナの力をまだ知らず、色々とあり過ぎて頭がついていけない。

 

「洸夜さんと総司先輩は色んなペルソナが使えんだ。――悔しいけどよ、この人と総司先輩は別格だぜ」

 

 そう呟く完二だったが、その表情は笑っており、完二の二人に対する信頼が分かる。

 そして、直斗の影と洸夜達の間が終わりを告げた。

 

『喰らえッ!!』

 

 先に仕掛けたのは直斗の影だ。

 直斗の影は光線銃の引き金を連続で引き、属性攻撃をアスラおう目掛けて撃ち放つ。

 

「アスラおう!」

 

『……』

 

 洸夜の言葉に静かに動き始めたアスラおうは、前の両手合わせたまま、残りの四本の腕に力を込めて直斗が放つ属性攻撃を殴る様に弾く。

 炎は無効、氷結は耐性を持っている為、ダメージは殆どない。

 電撃は耐性が通常でありダメージはあるが、やはり決定打ではない。

 そうなると、アスラおうを止められるのは”弱点属性”だけだ。

 

『ならコイツでどうだ!』

 

 直斗の影が光線銃の引き金を再び引くと、疾風属性の攻撃が連続でアスラおうへ飛んで行く。

 範囲の広い”マハガルダイン”、しかも疾風属性はアスラおうの弱点属性であり、流石のアスラおうも弱点を直撃するのを回避する為、宙へ飛んだ。

 しかし、直斗の影はアスラおうから狙いを外してはいなかった。

 

『捉えたよ……!』

 

 光線銃二丁を向け、二丁の前に巨大なガルダインの種が集まり出す。

 特大の攻撃をアスラおうへぶつけようとしており、アスラおうは宙で動きを止まった所で洸夜が指示を出した。

 

「アスラおう! ――アギダイン!」

 

『……!』

 

 その指示に、アスラおうの目の前に巨大な炎が集まり出した。

 直斗の影と同じ位の大きさであり、その様子に直斗の影は引き金を引き、アスラおうも同時に放った。

 すると、双方の攻撃は見事にぶつかり、大きな爆発を生む。

 

「備えろ!」

 

 美鶴の声に咄嗟に動くアイギスと真次郎は、それぞれのペルソナを召喚して完二と直斗の盾となった。

 疲労しているロクテンマオウでは完全に防ぐことは出来ず、そのまま防げばペルソナブレイクを起こしてしまっただろう。

 美鶴も洸夜の前に立ち、アルテミシアで攻撃を防いだ。

 

「洸夜!」

 

「あぁ……無事だ」

 

 美鶴にそう返答する洸夜。

 その姿に完二は疑問を持った。

 

「なんで、洸夜さん……他のペルソナを召喚しねえんだ?」

 

 同時に多数のペルソナを洸夜が召喚できるのを完二は知っている。 

 今までもそれで助かっていたし、今こそその力を発揮する時。

 故に、洸夜が今はアスラおうしか召喚していない事に違和感があったのだ。

 

「……最上級クラスのペルソナは”怠い”んだとよ」

 

「……はっ?」

 

 完二の独り言を聞いていた真次郎の呟き、その意味が完二は分からないが、真次郎は続きを話してくれた。

 

「昔、洸夜がそう言っていた。――最上級クラスのペルソナは負担がでかく、無理して多数召喚すれば後々響く。だから洸夜は、余程の相手じゃねえ限りは最上級クラスを一体しか召喚しねんだ」

 

「多ければ良い訳じゃねんだ……」

 

 やっと完二は真次郎の言葉を理解出来た。

 冷静に考えれば当然とも言える。どれだけ凄くても、洸夜とて一人の人間。

 限界もちゃんとある。

 完二は理解出来たが、真次郎の話はまだ終わっていなかった。

 

「……で、テメェはいつまでそうしてんだ? まだ、目的達成してねえだろ」

 

「……へ?」

 

 真次郎の言葉に思わず頭を捻る完二。

 そんな事をしている間に、直斗の影とアスラおうの戦いに再び動きがあった。

 

『くっ……! 煙が邪魔だ!』

 

 目の前で爆発したが、大型シャドウなだけあって大した被害はない。

 だが、上級技の衝撃の爆発は大きく、煙が中々に晴れない。

 左右、背後、この煙を利用してどこから攻撃してくるか分からない。

 警戒する直斗の影、そしてアスラおうは動いた。

 爆煙をモノともせず、アスラおうは堂々と”正面”から直斗の影へ迫る。

 そして、三つの右腕、その拳に力を入れているアスラおうの姿に直斗の影の反応が遅れる。

 

『なっ!――この!!』

 

 反撃しようとするが反応が遅れている事で間に合わず、直斗の影にアスラおうの三つの拳が直撃した。

 

『ゴホッ!??』

 

 仏教でも有名な”阿修羅”

 その阿修羅が誕生も、”アスラ”を仏教に取り入れた事が始まりと言われている。

 そんなアスラおうの強大な質量の様な重き拳、それを三つもそれぞれ、顔面、左肩、左腕に直撃し、放電しながら直斗の影は地面へブッ飛ばされる。

 

『なっ……めるな……よ!』

 

 直斗の影は意地を見せ、地面ギリギリで再度上昇する。

 そして、そのままの勢いで反撃に出た。

 

『魔封光線!!』

 

 光線銃から放たれたのは、今までとは違う異質な光線であった。

 技の通り、相手を魔封状態にするペルソナ殺しの技。

 そんな気味の悪い光線は、そのままアスラおうへ直撃した。

 これでペルソナを通し、洸夜は魔封状態に掛かってアスラおうは消滅する。

 そう、直斗の影は思っていたのだが……。

 

『……』

 

 アスラおうは消滅せず、それどころか直斗の影へ接近し六本の腕を使い、首、両腕、胴を掴んで絞め始めた。

 

『な……ぜ……っ!』

 

「アスラおうのスキル『不動心』――生半可な状態異常は、アスラおうには効かないぞ」

 

 一部の状態異常を受けつけないアスラおうのスキル『不動心』が発動し、洸夜の言った通りに”魔封”にはならなかった。

 しかし、洸夜の説明を直斗の影は聞いてはなかった。

 アスラおうの絞めにより、身体のあちこちから亀裂音が生まれていた。

 そして、アスラおうはそのまま直斗の影を絞めたまま急降下し、地面にそのまま叩きつけた。

 

『ガハッ……!!?』

 

 衝撃により床は陥没し、直斗の影も全身を故障させながら動きを止めた。

 それを確認し、アスラおうも離れ、洸夜の下へと降り立った。

 

「終わった……んですか?」

 

 ようやく一段落したと直斗がそう思った時であった。

 

『この瞬間を待っていたよっ!!』

 

 半壊している直斗の影が再び起動し、アスラおうへと迫る。

 すると、アスラおうは宙へと飛び、直斗の影も後を追おうとした。

 

『逃がすと思っているのか――!』

 

 その瞬間、直斗の影は再び地面にめり込む程の力で叩きつけられた。

 直斗の影を襲ったのは巨大な”腕”だった。

 その正体は、勿論と言うべきかロクテンマオウであった。 

 

「一発殴る。――そう決めてたんでな」

 

 そう言って肩で息をする完二の姿を見て、真次郎は小さく笑っていた。

 流石にもう動かない、誰もがそう思ったのだが……。

 

『ま―――だ―――!』

 

 大破しても光線銃だけを直斗へ向けようとしていた直斗の影。

 最早、執念としか言えなかった。

 

「こいつ……!」

 

 完二は再びトドメを刺そうとした時であった。

 直斗の影の真上から、『イザナギ』が飛来し、そのまま大剣で直斗の影を突き刺した。

 その光景に洸夜達が後ろを向くと、そこには肩で息をしている総司達の姿があった。

 

「……間に合った?」

 

 ここまで走って来たらしく、総司は額の汗を拭きながらそう言った。

 そんな総司達の姿に、洸夜は笑みを浮かべていた。

 

「結果出ている。――間に合ったさ」

 

「流石、俺」

 

 洸夜の言葉に総司は無駄にどや顔をする。

 

『……ここ……まで……か』

 

 その言葉を最後に、直斗の影も消滅し、後に残ったのは最初に現れていた白衣を着た直斗のシャドウであった。

 そして、戦いが終わりを告げると、洸夜は直斗を見て言った。

 

「後は、お前次第だ。……お前の思った通りの事をすれば良い」 

 

「思った通りって言われても、どうすれば良いんですか……」

 

 冷静になってみれば、シャドウと言う未知の生命体に自分に何が出来るのか分からない。

 洸夜は慣れているかもしれないが、直斗には全く理解できない世界であり、直斗は不安で下を向いてしまった。

 そんな直斗の姿を見て、洸夜は溜息を吐きながらも直斗へ近付き、口を開いた。

 

「なに、簡単な事だ。あのシャドウの前に行って向き合えば良い。そうすれば、自ずと答えがでる。――本当に、あのシャドウは自分じゃないのか、本当になんでもない存在なのか、その答えを持っているのはお前だけだ」

 

 洸夜は直斗の手を持って立ち上がらせ、そう言いながら直斗の影へ視線を向ける。

 まるで何かを待っている様な直斗のシャドウ、それに直斗が気付いていない筈がなかった。

 

「でも、僕だって怖いんです。散々、あなたに忠告されてたのに、実際に巻き込まれたらこの様で……本当に、僕が僕自身と向き合えるのか分からない」

 

 直斗自身、本当は既に答えは出ていた。

 しかし、口で言っても心が認めていないかも知れない。

 また何か起こってしまうかも知れない。

 未知なる結果が直斗に不安を生んでおり、後一歩が出せなかった。

 すると、洸夜が直斗の背中をポンッと押した。

 

「安心しろ、少なくとも……この場には、お前を”子供の癖に”とか言う奴は一人もいないさ」

 

 満面の笑み、本当に信じ切った者の笑顔。

 この表情、この雰囲気、初めてあった時から感じていた安心感。

 そうだ、これがこの人の魅力だった。

 食えない性格なのに、何故か安心出来てしまう。

 

「……本当に、あなたは不思議な人だ」

 

 そう言って帽子を直斗は深く被り直し、表情が見えなくなったが、口元には確かな笑みがあった。

 

▼▼▼

 

 直斗は言う、両親から自分が受け継いだのは探偵と言う職への”誇り”だったと。

 残された直斗を引き取った祖父も、そんな直斗の探偵への夢を叶えようとしてくれて、助手の様に手伝っていた直斗に付いた通り名が”少年探偵”だった。

 時には祖父が見落とした証拠を見つけ、また時にはずっと捜査が進まなかった事件を直斗が参加した事で解決した事件も数多くあった。

 その事に祖父や付き人の人達も喜び、捜査協力した警察の人間も直斗へ感謝した。

 しかし、世の中はそんな”綺麗な人間”だけではない。

 

『子供の癖に……!』

 

『チッ……子供が手柄だけ持っていきやがって』

 

『俺達には俺達のやり方があんのによ……あのクソガキ!』

 

 警察は基本的に男社会、そう思っている人間は未だに寄生虫の様に数多く存在する。

 女・子供は必要なし、それが普通となっている人間を直斗は多く見てきた。

 故に、直斗の外見だけで気に食わず、捜査にも協力せず、寧ろ直斗の足を引っ張って直斗の立場を危うくしようとする者すらいた。

 その結果、妨害にも屈せずに事件を解決した結果、足を引っ張った警察の人間達は、それが漏えいしてしまい処分された。

 そして、その処分された者達、全員が決まって恨みの矛先を直斗へ向ける。

 

『あの子供がいなかったら、こんな事はしなかった』

 

『あの子供のせいで……』

 

『子供の癖に……!』

 

 子供の癖に……子供の癖に……子供の癖に……。

 

 その言葉が直斗の闇を生む事となった。

 只でさえ、女である事は変えられないのだ。

 それならば、少しでも大人の男らしく、大人っぽく、子供らしさを消すしかなかった。

 女性である事は、直斗の夢にとっては不都合でしかない。

 全てを耐え、全てを我慢し、己の中の”子供である自身”を全て押し殺した。

 その結果が、今、直斗の目の前にいる。

 

「僕は……君と言う僕自身の”子供部分”を封印して忘れ去ろうとしていた。少しでも、男らしい探偵になりたかったから……」 

 

 今でもその夢は変わらない。

 ずっと、信じて願っていた夢だからだ。

 

「けど……女性であること、僕がまだ子供であること……いくら否定しても、それは変わらない。僕がどんな夢を想おうと、それは僕の自由だけど、その前にやらなきゃいけない事がある」

 

 直斗は静かに足を前へ出し、己のシャドウのすぐ目の前まで来くると、両手を広げた。

 

「僕が”今の僕を受け入れる”事、僕は君で、君は僕だ……」

 

 直斗は己のシャドウをそう言って抱きしめると、シャドウは蒼白い光を発し始めた。

 その表情、本当に嬉しそうであり、小さな子供の笑顔。

 そして、やがてシャドウの姿は完全に光の中に消えると、その姿をペルソナとして現した。

 他のメンバーのよりは一回り小さいペルソナだは、確かに感じる強い力。

 

「スクナ……ヒコナ……!」

 

 国造りの神の名を持つ仮面『運命・スクナヒコナ』

 直斗は頭に出て来た己のペルソナの名を呟くと、スクナヒコナは”運命”のアルカナカードとなって、直斗の下へと舞い降りた。

 

「シャドウがペルソナに転生したのか……」

 

「洸夜さんが言った通りですね」

 

 己と向き合った結果、シャドウがペルソナへと転生すると事前に聞いていた真次郎とアイギスは目の前の光景を焼きつけた。

 

「記録はしてかねばならまい」

 

 美鶴もそう言って目に焼き付ける。

 自分達は『シャドウワーカー』少しでも、シャドウに関するデータは記録しなければならない。

 そして、直斗はアルカナカードを手に取り、洸夜達へ振り向いた。

 

「終わりました」

 

「お疲れ、少しは素直になった方が良いだろ?――なあ、完二?」

 

「えっ!? こ、ここで俺に振るんスか!」

 

 先程まで格好良かった完二だが、事が終わった途端にいつもの完二に戻ってしまい、洸夜の突然の言葉に反応できなかった。

 しかし、直斗からすれば完二は命の恩人でもあるのは変わりない。

 

「巽君、今回は君にも助けられましたね」

 

「っ! い、いや……その……ハッ! 囮になって逆にやられたんじゃ世話ねえぜ!!」

 

 そう言って後ろを完二は向いてしまった。

 明らかに照れている。

 

「お前、どこまで素直じゃねんだ……」

 

 陽介が流石に呆れて口を出すが完二は、うっせぇ! と言って一蹴してしまう。

 

「僕、何かしましたか……?」

 

 直斗も完二の突然の変わり様に困惑し、首を傾げてしまう。

 

「気にしなくても良いよ、完二はいつもああだから」

 

「いつもなんですか?」

 

 りせの言葉に直斗は驚いた。

 最初に会った時も変な反応をする為、変わった人だとは思っていたが、いつもああなのだと思うとやはり変わった人と思ってしまう。

 

「それじゃあ、とりえあず現実に戻るクマ!」

 

 クマの言葉に全員が頷き、入口に出ようとした時であった。

 完二が一歩踏み出した瞬間、膝がガクリとなり、地面に膝がついてしまった。

 

(やべ……少し、無茶しちまった)

 

 美鶴から回復して貰ったが、戦いの疲労も合わさって最後の一撃が無茶になってしまった。

 今、思えば先程の戦いの時は頭に血が昇っていたが、防御に徹底していれば良かった思った完二。

 その様子にメンバー達が集まった。

 

「大丈夫か、完二?」

 

「大型シャドウとタイマン張ってたんだ、無理もない」

 

 総司と洸夜が完二へ近付いてそう言い、回復の為に新たなペルソナを召喚しようとしたが、完二がそれを止めた。

 

「良いっス、これぐらい。現実に戻れば治るッスよ」

 

 そう言って立ち上がろうとするが、完二はまた膝をついてしまう。

 しかし、その瞬間、完二の巨体が宙へとあがった。

 まるで空を飛ぶように軽々と、そして不意に背中と腰に感じる固い何かが答えを示していた。

 

「巽さんは私が運びます!」

 

 洸夜達と総司達、双方が見たのは完二の巨体を軽々と持つアイギスの姿だった。

 

「またアンタかよッ!!?」

 

 なんと言う運命の悪戯。

 完二、王様ゲームの悪夢が再び起こってしまった。

 

「放してくれ! 俺は大丈夫だ!?」

 

「御無理をなさらず、では参りましょう!」

 

 そう言って上昇し、完二を抱えたままアイギスは入口の方へ飛んで行ってしまった。

 

「誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇッ!!!?」

 

 完二の言葉が虚しくメンバー達の耳に届くが、残念ながら今はどうしようもない。

 

「完二、哀れ……」

 

「って言うか、アイギスさんって凄い高性能なんだね」

 

 総司と雪子が好き勝手に言う様に、メンバー達は先程の現状に対しても平常運転。

 

「良いな……あたしもいつか飛べるようになりたいなぁ……」

 

「里中、お前がそれ出来たら人間を止めてるんだからな?」

 

 千枝のアホな言葉に陽介が、呆れ半分で呟く。

 

「なによ、花村! あんただって飛べない癖に偉そうに!」

 

「人間は普通、飛べねぇんだよッ!!?」

 

 関係ない所で無関係な言い争いが始まった光景に、真次郎は欠伸をして我関せず、美鶴は昔の雰囲気を思い出して笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ、アイギスと完二を追うか……」

 

 洸夜がそう言い、皆も今度こそ歩み始めた。

 本当ならば洸夜の左手で帰れたが、アイギスと完二を放置すると可哀想だ。

 ところが、洸夜が歩いていた時であった。

 とある床を洸夜が踏んだ瞬間、小さくピーとなったのに総司が気付いた。

 そして、頭上から洸夜へ迫るタライ再び。

 

「兄さん危ない!」

 

 咄嗟に総司は洸夜の背中を押した。

 

「ハァッ!?」

 

 突然の事で、洸夜は何が何だから分からないままバランスを崩すが、タライはそのまま地面にぶつかって難を逃れた様に見えたのだが……。

 

「えっ……?」

 

 バランスを崩して倒れる洸夜の前にいたのは、まさかの直斗。

 そして、洸夜はそのまま直斗へ倒れ込んでしまった。

 

「二人共、大丈夫か!」

 

 美鶴も驚きながらも、二人の下へ向かい、他のメンバーも集まった。

 しかし、それと同時に全員の動きが止まった。

 

(な、なにが起こった……? 倒れたと思った矢先、何か”柔らかい”何かにぶつかったな)

 

 現状を整理しながら立ち上がろうとする洸夜だが、それと同時に仄かな甘い匂いを感じた。

 そして、その光景を見ていたメンバー達も全員が絶句している。

 美鶴は口を開けながら、真次郎ですら目を開けて絶句している。

 りせは羨ましい表情をしており、元凶である総司はスゥーと目を逸らした。

 

「あ、あぁ……!」

 

 次に洸夜が聞いたのは直斗の声。

 しかし、何処か弱弱しく、不思議と聞き覚えがある。

 洸夜はゆっくりと顔を上げると、そこに写ったのは……。

 

「う、うぅ……!」

 

 羞恥心から来て半泣きになっている直斗の顔。

 そして、気付いた現実。 

 洸夜が顔を埋めていたのは直斗の”胸”であり、体勢は押し倒している状態だ。

 サラシを巻いてはいるが、確かに感じるものがある。

 どうりで柔らかい筈であり、洸夜も事の重大性に気付いた。

 

「待て直斗! 違う! これは断じて違う! まずは落ちつけ、こうなったのは――」

 

「わあぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 パァン! パァン!

 

 清々しい程の乾いた音が周囲に響いた。

 出会った時の様な状況であったが、違うのは音が二発である事。

 

 こうして、直斗救出は締まらない最後で幕を閉じたのであった。

 

 

End

 



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日常
動き出す者


お金を使う・お金に使われる。
僅かな違いで天地の差。


 同日

 

 現在、堂島宅

 

 直斗救出を終えた洸夜と総司達は、疲労していた直斗を念のために救急車を呼んで病院へ向かわせた。

 その後に二人が堂島宅へ帰宅すると、家にいたのは堂島と菜々子、そして足立だった。

 また、テーブルの上には特が付く様なお寿司が置かれており、全員が揃った事で食事は始まった。

 

「いや~それにしても、無事に事件解決して良かったですよね! 事件解決を祝してかんぱ~い!」

 

 足立はそう言うと、寿司を頬張りながらビールを飲み干した。

 最早、完全に事件は解決したと思って、疑いは無い様だ。

 

「……ああ、そうだな」

 

 足立の言葉に堂島も寿司を食べながら返答するが、その表情は明らかに曇っている。

 不完全燃焼、ある筈の物が見つからない、等の様にスッキリしない気持ち悪さを堂島は抱いているのだ。

 

「お寿司、おいしいね!」

 

「菜々子、俺の茶碗蒸しいるか? 俺は食べれないんだ……」

 

「良いの!? 食べる食べる!」

 

 洸夜から茶碗蒸しを貰い、菜々子は嬉しそうに食べ始める。

 洸夜と総司も、そんな菜々子を見ながら寿司を食べてゆき、総司がイクラへ手を伸ばした時であった。

 

「……お前、今日、巽完二を見なかったか?」

 

「……何かあったの?」

 

 突然、堂島から聞かれる完二の事に戸惑いを覚えつつも、総司はそれを押し殺して平常心を装って聞き返した。

 

「いや、今日、巽完二の母親から連絡があったんだ。――息子が学校に行った筈なのに、学校にも自宅にも戻ってないとな」

 

 確実に今日の出来事が原因であり、ここでまさかの完二のとばっちりである。

 しかも、堂島はまた何かを疑う様に鋭い眼光の照準で、総司を完全に捉えていた。

 

「近頃の巽は学校にちゃんと行って、警察の世話にもなってなくてな。それが突然、また学校を無断で休んだ事で巽の母親は心配になったんだろ」

 

 完二の母親が警察に連絡した理由を話、寿司を口に運ぶ堂島はやがて寿司を呑み込むと、本題に戻した。

 

「……で、結局の所、お前等は巽完二を見てないのか? よく、ジュネスに集まっているのは知っているんだぞ?」

 

 確実に自分との距離を詰めて来ている。

 まるで尋問の様に逃げ口を塞ぎに掛かる様な雰囲気の堂島に、総司も思わず息を呑むと、堂島の眼光が火を吹いた。

 

「総司、お前等……本当に何もしてないだろうな?」

 

 堂島の目は総司を通して陽介達も写っていた。

 元をたどれば、最初に総司が問題を起こした時から傍に陽介達がいた。

 雪子・完二・りせの行方不明時も、事件になる前に総司達が発見している。

 総司達が事件に関わっているかどうか、堂島の考えは完全にほぼ黒へと傾いているが、家族と言う感情が無意識に堂島のブレーキとなり、最後の一歩を抑えていた。

 しかし、この問いかけの答えによってはその最後の一歩が出るだろう。

 

(……様子見しかないか)

 

 弟の叔父のやり取りに洸夜は何とかしたかったが、ここで下手な口出しは状況の悪化を招きかねない。

 なにより、堂島がちょくちょく洸夜にも視線を送っていた。

 

”……お前は口を出すな”

 

 明らかにそう堂島は洸夜へ伝えていた。

 文字通り、堂島と総司の心理戦。

 幸か不幸か、菜々子はこの現状に気付いておらず、洸夜から貰った茶碗蒸しを食べている。

 どうなるか分からないこの状況の中、総司と洸夜が息を呑んだ時であった。

 

「まあまあ、堂島さん、別に良いじゃないですか。総司くん達がいつも一緒にいるからって、そこまで知ってる訳じゃないでしょ?」

 

 まさかの助け舟を出したのは、まさかの足立であった。

 能天気に寿司を頬張りながら見ていた足立は、二人の様子にこれまた能天気に言った。

 

「足立、お前は黙ってろ!」

 

 洸夜の口出しすら禁止している中、足立の口出し等は以っての外であり、堂島は足立に文句を放つ。

 しかし、堂島が酔っぱらって苛立っていると思っている足立は黙らなかった。

 

「でも、堂島さん、巽完二ってあの不良でしょ? 署内でも評判悪いし、僕ら刑事にも突っかかって来るじゃないですか、彼?」

 

 足立はそう言って酒を飲み、一息入れる。

 その口調には、堂島が不良一人にそこまで気にする理由が本当に理解していないとも読み取れる。

 

「元々、周りに迷惑しか掛けてこなかったんですから、真面目になったと言ってもそうそう人なんて変わらないですよ。――彼の場合、-10から-5になった程度ですって、良くても0でしょ?」

 

「……足立、思ってもそう言う事は口にするな」

 

 流石に言い過ぎだと判断し、堂島は足立に黙る様に言う。

 だが、若干の酔いが回っているせいもあってか、足立は堂島の言葉に混ざっている怒気に気付けなかった。

 

「えぇ……だって堂島さんも言ってたじゃないですか? 巽くんが問題を起こしても、いつも頭を下げているのは彼の母親だって。――本当に、自分じゃ何一つ責任取れない癖に好き勝手やってますよね、あのガ――」

 

「足立ィッ!!!」

 

 足立のそれ以上の言葉を堂島は許さなかった。

 場の空気が揺れたのではないかと思う程の怒号に、洸夜と総司の背筋もピンと伸びてしまった。

 そして、事の重大さにようやく気付いた足立も、ハッとなって慌てて良い訳を始めた。

 

「ああッ!? す、すいません……ちょっと酔ってたました。洸夜くんと総司くんも、この事は内緒にね?」

 

 そう言って足立は今度はお茶を飲んで酔いを醒まそうとする。

 洸夜と総司も、あまり良い思いをしなかったが、足立も色々と溜まっているのだと思って呑み込んだ。

 

「……また喧嘩?」

 

 流石にここまでの怒号と場の空気に気付かない程、菜々子も子供ではない。

 菜々子は場を心配と不安の籠った目で見渡した。

 

「……ああ、いや、なんでもない。食べよう」

 

「……うん」

 

 そう言って再び食事は再会されるが、空気が戻る事はなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、堂島宅【玄関】

 

 食事が終わった後、洸夜と菜々子は酔いつぶれた堂島を寝かせ、総司は足立の見送りの為に外へ出ていた。

 

「いやぁ~別に見送ってもらう必要はなかったのに、なんかごめんね?」

 

「いえ、別に……」

 

 酒には強いのか、堂島と同じ量は飲んでいる筈の足立は殆ど酔ってはおらず、平常心を保っていた。

 そして総司との会話もそこそこにし、足立は帰ろうとしたその足を不意に止め、総司へ話し掛けた。

 

「あのさ総司くん、堂島さんのことだけど……あれは君達を想ってのことだから、あまり悪くは思わないでね」

 

「……いえ、それは大丈夫です。俺も変に心配かけたから……」

 

 総司はそう言って頷き、足立もそれに頷き返した。

 

「そりゃ良かったよ。……堂島さんは事件や、それに疑わしい人物の裏にいつも君達がいるから変に勘ぐちゃったんだろうね」

 

「……」

 

 やはり、疑われている原因はそこだった。

 雪子達は事件化していなかったのが幸いしての事だが、もし事件化していれば堂島のメスは既に自分達に入っていたかも知れない。

 総司はそう思うと、落ち着かせるように息を呑んだ。

 すると、そんな総司を見て、足立は静かに言った。

 

「……もしかして総司くん、本当に事件を調べてないよね?」

 

「!……いえ、してません」

 

 総司はその問いに首を横へ振るが、足立はおかしそうに笑った。

 

「ハハ……総司くんは嘘が下手だね。まあ、ここは何もない町だから刺激を求める気持ちは分かるよ。――けど、これは殺人事件だ、解決したからよかったけど流石に遊びにするのには危険過ぎるよ」

 

 足立の口調はいつに増して真剣だった。

 日頃、サボっている男とは同一人物とは思えない程に。

 

「口うるさい人なら被害者の遺族に失礼とか色々と言うかも知れない。本当に解決したから良かったけど……その、あの……君達は、ねえ?――色々と有名だからさ」

 

 足立はどこか気まずそうだ。

 腫れ物に触らない様にとまでは言わないが、どこか傷付けない様にと言葉を選んでいるのが分かる。

 その姿はまどろっこしかった。

 

「……正直に言ってもらっても構いません」

 

「……そ、そんな真正面から堂々と見られるとなぁ」

 

 堂々とした態度に押されたのか、足立は静かに語り出した。

 

「僕が言ったってのは内緒で頼むよ?――えっと、総司くんはさ、前に花村陽介と模造刀を振り回して補導されたでしょ? それ以前に彼はジュネスの息子、他にも家出してた旅館の娘や不良の巽完二、アイドルの久慈川りせとか良くも悪くも目立つメンバーでしょ?」

 

「はい」

 

 確かに冷静になればよくあんな濃いメンバーが集まったものだと感心出来るレベルだ。

 それについては総司も否定せず、静かに頷いた。

 

「そんなメンツでジュネスでたむろとかしてると……やっぱり、ねえ? 良く思わない人がいたり……警察でも過剰に反応する人がいたりとか……いなかったりとか……」

 

 再び足立の口調が詰まり始めた。

 どうやら、総司達に対して言いずらい事らしい。

 

「足立さん……」

 

「あぁ……ごめん。つまりは……少し羽目と気を抜きすぎじゃないかなぁ……ってさ」

 

(あぁ、そう言う事か……)

 

 洸夜からも似た様な事を言われていたから総司は理解するのに時間は掛からなかった。

 しかし、足立が言いたい事は総司が思っていたのと少しだが違い、足立は言葉を小さくしながら呟く様に言った。

 

「ここだけの話……君が補導された時、巡回中の警官に告げ口したの近所の人なんだよ。――ジュネスが気に食わない商店街寄りの人で、花村陽介が警察の厄介になれば評判も下げられ、ついでに退学になるんじゃないかって軽率な考えでね」

 

「……」

 

 突然の事実に総司は何も言わなかった。

 なんと思えば良いかは分からないが、複雑な気分になってしまったのは紛れもない事実だった。

 

「そう言う人達は本当に少ない……本当に少数だけど、必ずいるんだよ。偏見で君達がジュネスに集まっているだけで通報してくる人もいるくらいだ、まあ、君達の事も分かってるからあまり相手にはしないけど……君達の行動も多少はね……誤解を招く事もあるし」

 

「でも、俺達は一切そんなつもりでは……!」

 

「あ、あぁ!? 大丈夫、分かってるから!? 君達ぐらいの年頃の子だ……遊びたいって気持ちは僕は理解できるよ」

 

 足立からすれば総司達の行動は全て遊びだと思っている様で、慌てた感じに言った。

 またその方が都合が良い為、そこに総司はツッコミは入れない。

 

「でも、それで万が一が起これば責任を取るのは君達じゃない。――君の両親から責任持って預かっている堂島さんや、さっきも言った様に保護者だよ。義務教育を終えたからって言っても、君達は自分の身を守れる物を持っている訳じゃない」

 

「だけど……!」

 

 それでも総司達は足を止める訳にはいかない。

 事件は解決した訳でもなく、このままマヨナカテレビの事件は繰り返されるのは分かり切っている。

 

「分かってるよ……でも、君達が責任を”取らせてもらえなかった”らどうする?――それで一番傷付くのは、何だかんだで君達じゃないのかい?」

 

 今日の足立は本当にいつもと違っていた。

 わざわざ、ここまで人がいない場所を選んで話してくれている。

 余程、堂島が日頃から言っているのか知れない。

 

「……勿論、君達の行動とかを肯定や反対する人はいるよ。僕の様な第三者の助言? も同じ様にね。――でも、それはあくまでも第三者、責任が無い人達が無責任に言っているだけでもある。結局、考えて行動するのは君達だからね?」

 

 足立はそこまで言うと腕時計を見ながら一息ついた。 

 自分でもこんなのは合ってないと思っているのだろう、その様子はどこか落ち着いてない。

 

「……ああ、ごめんね。僕、そろそろ行くよ。明日も色々あるからさぁ……ハァ、公務員も楽じゃないよ」

 

 そう言って足立は総司に手を振りながら帰って行くが、途中で一旦足を止めて再び総司へ話し掛けた。

 

「ああ、何度もごめん。――さっき玄関に旅行の荷物みたいなのがあったけど、何かあるのかい?」 

 

「あれは兄さんの荷物です。明後日に試験があるから明日から稲羽を離れるんですよ」

 

「……へぇ、洸夜くんいないんだ」

 

 総司へ背を向けたまま話す足立だが、その言葉を聞いて足立が何やら考えている様に総司は見えたが、やがて足立は再び歩き出した。

 

「それじゃあ、僕は今度こそ帰るよ……じゃあね」

 

 後姿のまま手を振りながら足立は今度こそ帰って行き、総司もそれを見送って家の中へ入って行った。

 

▼▼▼

 

 現在、堂島宅【洸夜の部屋】

 

 総司は足立を送ってから風呂に入り、そのまま自室へ向かっていると洸夜の部屋から明かりが差しこんでいた。

 既に時間も遅く、明日は早いと言っていた事を思い出し、総司は洸夜の部屋の扉を開けると洸夜は小さな鞄に手荷物の準備をしていた。

 

「……どうした、なにかあったか?」

 

 総司が入って来た事には気付いている洸夜だが、準備が忙しいのか背を向けたままだ。

 そして、総司はその言葉を聞き、少し考えてから口を開く。 

 

「兄さん、俺達のしている事って………想像以上に周りに迷惑をかけているのかな」

 

「今更だな……まあ、迷惑と言うよりは心配の方が合ってるがなんでそんな事を?」

 

 洸夜は何か感じ取ったのか、手を休めて総司の方を向くと、総司は先程の足立との会話を話した。

 それはそんな時間が掛からず、数分で済み、それを聞いた洸夜は意外そうな表情を見せた。

 

「……あの足立さんがそんな事を?」

 

「うん、あの足立さんが」

 

 ジュネスでしょっちゅうサボリ、刑事だが完二にもビビり、会った時の大半は堂島に怒られている足立がそんな真面目な事を総司へ言った。

 その事実ははっきり言って二人に困惑しか生まなかった。

 

「試験の日に本気で槍とか降らないよな……?」

 

「大丈夫、槍が降ったらそれどころじゃないから」

 

 アホな会話だと思うが、本当に足立からの真面目な助言はそのぐらいの驚きをも生んでいる。

 仕事の出来ないへっぽこ刑事を絵に書いたような人間、それが足立透だ。

 

「……まあ、足立さんは事件が解決したと思っている。恐らく、それ以上は言わないだろ」

 

 洸夜はそう言って必要な資料などをクリアファイルに入れ、鞄の中へ入れ始める作業を再び始めた。

 黙々と準備を行う洸夜、それから口も開かず、話はもう終わってしまっていた。

 そんな呆気ない様子を受け、総司は意外そうな表情で洸夜へ話し掛けた。

 

「……それだけしか言わないの?」

 

「俺が言いたかった事は前に言ったからな。今更、何かを言う事はない。――なにより、もう俺は何か言えた立場じゃない」

 

 そう言いながら洸夜は本棚から本を取ってペラペラと簡単にめくりながら答え、やがてそれを閉じて静かに語り始めた。

 

「総司、今だから言えるが、俺の本当の目的はお前の身の安全だけだった。美鶴達との一件もあって、俺は周りは内心ではどうでも良かった。――そんな時、お前がペルソナに覚醒した時、いよいよ俺はどうすれば良いか迷ってしまった」

 

 このまま自分が合流すればそれで済むが、いつまでも自分が傍にいてあげられる筈はない。

 万が一、自分がいない時に何か起こってしまったらどうする事も出来ない。

 

「その結果、俺は雪子ちゃんを見捨ててお前の成長の試練にした。――特殊な大型シャドウとの戦闘、それだけでもかなりの実戦経験になるからだ」

 

「でも……それでも兄さんは助けてくれてたじゃないか。千枝のシャドウが出た時、防御を崩してくれたのは兄さんだろ?」

 

「関係ない。それでも俺が弟の成長の為に誰かを利用した事にはな。……まあ、周りに無断でいきなり向かうとは思ってもみなかったが」

 

 洸夜は思い出す様に呟き、シャドウの事を己で記した影の書をめくり、あるページで止めた。

 そこに描かれていたのは赤い鳥のシャドウ、雪子の影のイラストや能力が細かく記している。

 それは資料であると同時に洸夜自身の過ちとして残される。

 

「……総司、ペルソナ使いってのは周りとは違う。事件が解決した後も本来の日常に戻れる保証はない。美鶴達が言うのは、ペルソナやシャドウによって人生を狂わされた人達を沢山見ているからだ。――事件が終わった後、お前達が無事に日常に戻れるか、それが心配なんだ」

 

「……あくまで、俺達はこの事件を解決したいだけなんだ。事件が終われば、もうペルソナを扱う事もしないと思う」

 

 事件解決、それは今でも総司達の変わらない目標。

 それが終わればペルソナも扱う事もなくなり、洸夜や美鶴達が望む結果を与える事が出来ると総司は思っている。

 だが、その言葉を聞いた洸夜の動きが止まり、ゆっくりと振り向いた。

 

「……本当にそうだと良いんだがな」

 

「……?」

 

 洸夜は意味深な言葉を放ち、総司は意味を理解できず首を傾げた。

 

「どういう意味……?」

 

「総司、さっきも言ったが……綺麗事を言ってもペルソナ使いは周りとは違う。周りと違う杭、それだけでも目立つのに、その杭が出ているとなれば何も言えない。――お前等が望まなくとも、非現実が世界からお前達を見つけるかも知れないんだ」

 

「……」

 

 兄の言葉に総司は息を呑む。

 恐らく、それは経験談を踏まえたワイルドを持つ洸夜故の言葉。

 所詮はただの言葉だが、総司はそれを確かな重さと共に感じ取った。

 そして、一通りの準備を終えたのか、洸夜は荷物を整えると総司に近付いて肩を叩いた。

 

「まあ、今はそんなに悩む事じゃない。美鶴達には俺から言っておく、見た目はあれだが頑固と言う訳じゃないからな。――まずは落ち着いて行動しろ、叔父さんはまだお前等からマークを外してないぞ」

 

「ある意味、美鶴さん達よりも大変だ……」

 

 刑事の堂島の優秀さと言ったら言葉に出来ない程の凄まじい物がある。

 僅かな疑問にも徹底的に疑い、事件解決したと発表された今でもその疑いは全く薄れていない。

 目の前の課題の中には確かに堂島が存在しているのだ。

 

(……直斗にも相談してみよう)

 

 総司が今は安静の為の入院をしている直斗の事を思い出していた時だ、洸夜が思い出した様に言った。

 

「……そういえば総司、俺がいない間、注意しろよ?――何か、胸騒ぎがするんだ」

 

「街を離れる事での不安じゃなくて?」

 

「……そうだと良いんだが」

 

 何処か総司の言葉に納得していない洸夜、総司も引っ掛かりを覚えたが、まだそれが何なのかは分からないままで兄弟の会話は終わった。

 

 

▼▼▼

 

 9月15日(木)晴れ

 

 現在、堂島宅前。

 

 翌朝、洸夜は朝霧が晴れない内に家を出た。

 堂島が駅まで送ると言ってくれたが、明らかな二日酔いで表情の優れない表情を見て、洸夜は『大丈夫』と言って断った。

 

「……流石に冷えるな」

 

 まだ日差しが暑いが多いが、季節的には既に秋が訪れている。

 朝は既に肌寒く、葉っぱの色も緑が終わり始めていた。

 そんな季節の変わり目を見ながら洸夜は家から出ると、先ずは大通りへ出た所、そこには一台の車が停車していた。

 両脇のランプを点滅させながら停車する黒光りの高級車。

 時間帯と場所的に珍しいとは洸夜は思ったが、運転席の窓から顔を出す人物を見て納得する。

 

「乗れ、駅まで送ってやる」

 

「……お前、免許持ってたんだな、真次郎」

 

 ハンドルを握っていたのは真次郎、助手席には手を振るアイギス、そして後部座席には美鶴が黙って座っていた。

 

 

▼▼▼

 

 現在、稲羽駅。

 

 車内でしたのは他愛もない話だ。

 稲羽、総司達、そしてそれぞれの現状等、本当に昔の同級生とする様な内容だった。

 しかし、それ故に洸夜達からすれば楽しい時間でもあり、駅にはすぐに着いた様に思えてしまう程。

 

「すまなかったな、こんな朝から」

 

 別に洸夜が頼んだ訳ではないが、シャドウの一件もあってか細かい事で洸夜は謝罪してしまう。

 

「勝手にやった事だ、んな事で謝んな。――試験、頑張って来いよ」

 

「お気を付けて行ってください」

 

 真次郎とアイギスから応援を受け、それを手を振りながら洸夜は返す。

 死んだと思った親友、そして色々と苦労させてしまった仲間からの応援は不思議な感覚を覚え、ある意味で新鮮だ。

 そして、最後は後部座席の窓が下り、美鶴が顔を出す。

 

「じゃあ洸夜、稲羽は私達に任せてお前は試験に集中して受けて来い」

 

「……応援はないのか?――ないなら、もし落ちたら慰めてくれ」

 

「ふふ、じゃあ、その機会は一生ないな」

 

 信頼ゆえ、美鶴は洸夜が試験に落ちるとは全く思っていない様だ。

 美鶴は楽しそうに返し、洸夜は参った様に苦笑するが、表情は嬉しそうだ。

 

「全く……それじゃあ、しっかりと受けに行って来る」

 

 洸夜はそう言って背を向けて歩き出したが、一二歩、進むと足を止める。

 

「……美鶴、真次郎、アイギス。――総司達を頼む、何か胸騒ぎずっとして、それが消えないんだ」

 

「……何か、感じているのですか?」

 

 ワイルド故の何かを察していると思ったのか、それともシャドウの影響の類とも思い、アイギスは心配そうな表情を浮かべる。

 

「いや、そうじゃないんだが……何か”悪意”の様な何か感じている様な気がするんだ」

 

「……黒のワイルドの力、負の絆の類か?」

 

 自分達も築いた負の絆、その力の何かを洸夜が再び感じているのではないかと美鶴は悟った。

 だが、洸夜自身には心当たりもなければ自覚もない。

 最悪、自分が心配性だっただけも知れない、それで済めば良いと洸夜は思っている。

 

「……まあ、考えすぎかも知れない。――じゃあ、ちょっと行って来る」

 

 そう言って背を向けたまま洸夜は美鶴達へ手を振りながら駅の中へ入って行った。

 後、ものの数分で洸夜は稲羽から離れて行く。

 何やら何かを感じていたが、美鶴達もそれが気のせいであってほしいと願うだけだ。

 しかし、残念ながらそれは叶わず、それが現実となる事になる。

 更に言えば、それは”翌日”の出来事であった。

 

 

▼▼▼

 

 9月16日(金)晴れ⇒曇り

 

 現在、堂島宅。

 

 洸夜が稲羽を離れて翌日、菜々子はポストの中を覗き、新聞等の配達物を取り出していた。

 それは菜々子の毎朝の日課の様な物であり、それと同じくして堂島が急ぎ足で家から出て来る。

 

「じゃあ菜々子、行って来るぞ」

 

「いってらっしゃい!」

 

 いつもの光景、忙しそうに車を出して仕事へ向かう父の姿を見送りながら菜々子は新聞を取り出した。

 新聞、スーパーの広告、請求書等、これまたいつもの光景。――の筈が、今日に限っては違った。

 

「あれ?」

 

 配達物を菜々子が纏めていると、一通の封筒がヒラヒラと落ちた。

 変哲もない封筒、しかし毎日の平凡な日常の中の確かなイレギュラー。

 菜々子は不思議そうに封筒を拾って確認すると、切手もなければ目立った所も一切ない。

 あるのは、パソコンで打ったと思われる文字で刻まれた『瀬多総司様へ』と言う文字だけだった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、学校【屋上】

 

『オマエノコトハ シッテイル コレイジョウ タスケルナ』

 

「……警告かこれ?」

 

 屋上でも集まった捜査隊のメンバー達は今朝、総司宛に届いた手紙の内容を呼んで表情を曇らせていた。

 

「い、いたずらでしょ……どうせ」

 

「そう考えるのは早計ですよ」

 

 不安そうな顔の千枝、その言葉を聞いた新たに合流した直斗は首を横へ振って結果を今出す事を止める。

 

「冷静に考えて下さい。宛先が総司先輩とは言え、家は堂島刑事の家ですよ? それだけでもリスクがあるにも関わらず宛名までつけて送りつけてます。――本物なら、相手は総司先輩達の事を確実に知っている事になる」

 

「……けど、俺達の事をどこで知ったんだ? テレビの中での戦いは映ってないんだぜ? 噂になるのもマヨナカテレビの映ったやつだけだし」

 

 もし本物ならば送り主は自分達がテレビの中での戦いを知っている事になるが、陽介はそれを知られる様な事には一切の心当たりがなかった。

 洸夜との一件もあり、前よりもテレビの行く時や行動する時も目立つ行動はしておらず、いつ知られたのかが誰も分からなかった。

 

「自信もあるのかも……叔父さんが封筒に気付いても特定されない自信が」

 

「で、でも、もし本当に警告だったら危ないんじゃ……場合によっては堂島さんに相談……出来ないかぁ」

 

 総司の言葉にりせも息を呑み、現実的な解決として堂島へ相談を提案しようとしたが現実にすぐに戻る。

 自分達がそんな立場ではない事を思い出したのだ。

 

「俺等……堂島のおっさんに目をつけられってからな。もし言ったら確実に今までの様な事は出来なくなるぜ」

 

 完二も思い出したのだ、あまり機能はしていなかったが堂島が足立に自分達を見張らせた事を。

 結局、サボリ癖のある足立だった事で成果があるかは分からないが、少なくとも堂島がそれだけの行動をすると言う事が問題だ。

 

「もう! こんなせこいやり方じゃなくて堂々と来いッつうの!」

 

 影からこっそり仕掛けられるのは我慢ならないらしく、どうしようも出来ない現状にイラつきながら叫んでいると、雪子はある事を思い出す。

 

「そう言えば瀬多くん、洸夜さんはこの事はなんて言ってるの?」

 

 雪子が思い出したのは洸夜の事、こんな事態になっているならば確実に意見が欲しい人物。

 前々から注意された結果がこれだが、洸夜も支えてくれると言っており、叱るだけで終わる様な事は言わない筈だ。

 そして、そんな雪子の言葉に陽介も頷く。

 

「そうだぜ相棒、こういう時こそ洸夜さんに力を借りるべきだ!」

 

「……」

 

 陽介からの言葉、しかし総司の顔はどこか優れなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

 隣にいた事で総司の表情にいち早く気付き、直斗が総司へ尋ねると静かに口を開いた。

 

「兄さん……今日、大学の試験があるんだ」

 

 総司がそう言うと、メンバー達の表情が確かに変わる。

 そして、陽介達は納得した様に頷くが、マジか……と言った様にタイミングの悪さを恨んでもいる様に見える。

 

「前々からなんかそんな事を言っていた気がしてたけど、まさか今日だったなんて……」

 

「……どうする? 流石に試験前には言いずらいぜ?」

 

 大事な試験前に不安要素をわざわざ知らせる様な事はしたくない。

 雪子と陽介二人の言葉を聞き、他のメンバーも同意見なのか特に言葉を発しようとしない。

 しかし、そんな考えの中、直斗は違った。

 

「僕は知らせた方が良いと思います。……最初は桐条美鶴さん達に頼る手も考えましたが、そうなっても洸夜さんには伝わる筈ですから」

 

「で、でも……洸夜さんの邪魔になるんじゃあ……」

 

 りせが不安そうに聞き返す、だが直斗は首を横に振った。

 

「僕もあの人の性格は知っているつもりです。――このまま何も言わない方が逆に怒ると思いますよ? 自分の大事な試験でも、洸夜さんはそう言う人です」

 

「まあ、確かにそうだけどよ……」

 

 完二は納得したが、表情の迷いまでは消し切れておらず、全員の視線は総司へと集まる事になる。

 洸夜の連絡先は全員が知っているが、この状況で掛けるのは流石に腰が引ける。

 そうなるとやはり弟の総司の出番と言う訳だ。

 

「……」

 

 総司は携帯を取り出して履歴から洸夜を探し、番号を見つけた。

 問題はここから、はっきり言って申し訳ない気持ちの方が強い。

 こうなる可能性を兄洸夜は何度も言っていたが、結局こんな警告状まで送られてきてしまった。

 完全に自分達のミス、しかしこのまま放って置くことも出来ないのも確か。

 結果、総司が電話を掛けるのに時間は掛からなかった。

 

「……」 

 

 総司の耳にコール音が鳴り響く、まだ二回も鳴ってないのにそれがとても長く感じてしまう。

 そして、三回目のコールの途中、洸夜は電話に出た。

 

『どうした、総司? 何かあったか?』 

 

「兄さん……今、大丈夫?」

 

 電話に出た洸夜に総司が真っ先に尋ねたのは今掛けて大丈夫な状況かどうか。

 既に大学内にいればすぐにでも着るつもりだ。

 

『いや、今ホテルを出たばかりだから大丈夫だ。……それで、こんな時間に掛けて来た以上、何かあったんだろ?』

 

 やはり兄の勘は馬鹿に出来ない。

 町を離れる前に言った”胸騒ぎ”の正体、もしかしてこう言う事を言っていたと思うと驚きを隠せない。

 

「……」

 

 総司は何とか警告状の事を言おうとしたが、やはりなんと言えば良いか分からず黙ってしまう。

 すると、そんな様子に何かを察したのか、洸夜から話し掛けられる。

 

『――何があった?』

 

 真剣、そしてハッキリとした口調の洸夜の声に総司は我に返る。

 

「実は今朝……」

 

 総司は今朝に届いた警告状、そして今までの事を全て話した。

 洸夜は歩きながら聞いているのだろう。

 時折、周りの音が移動している様に流れて聞こえて来るが、洸夜が真剣に聞いている事はだけは分かる。

 そして、全て聞き終えると洸夜は話し出した。

 

『……恐らく、それは犯人か、その関係者からなのは間違いないだろう。『助けるな』……わざわざそんな言葉を使い、更に刑事の叔父さんの家に送っているんだ。――お前が叔父さんに渡す事はないとも分かっているんだろう』

 

「……やっぱり」

 

 否定ほしかったぐらいだが、やはり目を背ける事は出来ない。

 洸夜からの言葉を受け、総司はやっと全てを受け入れた。

 

『俺が何とかしてやりたいが、俺はまだ帰れない。だから美鶴達の下に行け。俺から言っておく』

 

「分かった。ごめん、兄さん。こんな事になって……」

 

 総司は先程まで考えていた感情の下、電話の向こうの兄に謝罪する。

 

『……過ぎた事だ。届いてしまった以上、仕方ない。――だが、分かっていると思うが総司、相手はお前達を見ているぞ。それだけは忘れるな?』

 

「……分かってる」

 

 叱る様な事はしなかったが、洸夜は総司、踏まえては他のメンバーも含めてだが、自分達の手の内が犯人に知られている事を自覚させる。

 内容、宛名、家、その全てがピンポイント過ぎている。

 偶然からの悪戯ではないと洸夜は思っている様だ。

 

『じゃあ、済まないが……もう着るぞ。そろそろ着く』

 

「ありがとう。……試験前なのに」

 

『そんなのに比べたら大学の試験なんて可愛いものだ。――俺も出来るだけ早めに帰るから、それまで気を付けろよ?』

 

 総司は頷くと、洸夜はそのまま電話を着り、今までの事を陽介達へ説明するのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、天城旅館【美鶴達の客室】

 

 放課後、総司は美鶴達が宿泊している客室へ訪れていた。

 流石に全員で押し掛けるのも難なので、総司、雪子、直斗が同行する形だ。

 雪子は帰宅する様なもので、直斗は探偵だから必要な力。

 そして雪子の案内の下、美鶴達がいる客室に到着し、雪子が扉を叩くと中からアイギスが顔を出した。

 

「お待ちしてました。どうぞ、お入りください」

 

 アイギスから言われ、三人が中に入ると美鶴はお茶を飲んでおり、真次郎は壁に背を預けたまま目を閉じていた。

 

「良く来てくれた。洸夜からは話は聞いているから、先ずは座ってくれ」

 

 顔を上げて総司達へそう言うと、総司達は静かに腰を下ろす。

 それを確認すると、美鶴は早速、本題へと移った。

 

「早速だが、実物を見せてもらっても構わないだろうか?」

 

「はい……これです」

 

 総司は例の警告状を取り出し、美鶴へ手渡した。

 受け取った美鶴も手袋をしており、慎重に中を開いて読んだ。

 

「……確かに妙な内容だな」

 

「脅迫状とは違う様ですし、この忠告を破った時に何をするのかも書かれていません」

 

 総司達程の動揺はないが、それでも奇妙な点は同じらしく、美鶴もアイギスもそう呟きながらジッと警告状から眼を逸らさない。

 

「万が一の場合を想定してんだろ。そんな内容だ、脅迫にもならねからな」

 

 壁に寄り掛かっていた真次郎もいつの間にか目を開き、耳で聞いた内容を元にそう言った。

 タスケルナとしか書かれておらず、実際に害を与える様な脅しもない。

 事実上、特に害がない時点でどの道、警察に行っても無意味と真次郎は判断していた。

 

「ですが、それはあくまで一般人に限ってです。”タスケルナ”……僕達にとっては、この言葉に意味があります」

 

「マヨナカテレビか……」

 

 美鶴は直斗の言葉を理解している。

 マヨナカテレビに入れられた人々、それを助けた事でのこの手紙。

 全てを鵜呑みにする訳には行かないが、それでも真犯人からの可能性は高いのだ。

 

「……この手紙、こちらで預かっても構わないだろうか?」

 

「良いですよ」

 

 総司が承諾すると同時であった。 

 客室内に一人のメイド、どこからどうみてもメイドにしか見えない女性が入り、美鶴から警告状を受け取って袋の中へ入れた。

 

「何か手がかりがないか調べてくれ」

 

 美鶴の言葉にメイドは頷くと、そのまま客室を出て行き、何処かへと行ってしまった。

 

「さて、話を戻すとしよう。一応、心配ならば護衛を君の家の者達に付けるが……君は望むか?」

 

 メイドに呆気になっていた総司達に美鶴の声が届き、我に返らせる。

 護衛、万が一の可能性もそうだが、はっきり言えば目立つ事は控えたい。

 

「いえ……自業自得ですが、俺達はあまり目立つ行動は出来ないんです」

 

「堂島刑事の事か……」

 

 洸夜が教えたのか、既に堂島との関係も聞いているらしく、美鶴は少し困った様に呟いた。

 望めば目立たない様に護衛を付ける事も可能だが、恐らくそれでも総司は首を縦には振らないだろう。

 そう言う所は本当に兄弟そっくり、美鶴はそう思いながら溜息を吐いた。

 

「気持ちはお察ししますが、まずは様子見をしましょう。下手に行動すれば犯人を刺激するかも知れません。……それに、少なくとも堂島刑事の家には総司先輩と洸夜さん、そして堂島さんもいます。他の場所よりは安全な筈ですよ」

 

「……我々はそれでも構わない。だが、何かあればすぐに伝えてくれ。出来るだけの事はしよう」

 

 その美鶴の言葉から確かな心強さと安心感があった。

 伊達に桐条のトップでなければ、歴戦のペルソナ使いではない。

 しかし、それでも総司には気になる事があった。

 

「でも、美鶴さん達は良いんですか? 本当は、俺達が事件から手を引いて欲しいんじゃ?」

 

「本音を言えばそうだ……だが、君達は止まる気はないのだろ?」

 

 総司の問いに美鶴はすぐに答えてくれた。

 既に美鶴も答えを持っていたのだろう。

 そんな美鶴からの言葉に総司も、しっかりと頷いて返した。

 

「はい。俺は……守るために、この事件を終わらせたい為にペルソナを取りました」

 

「ならば……その力で後悔する事ない様に祈っている」

 

 そう言って美鶴は手を差し出し、総司もその手を掴んだ。

 総司は、美鶴達の事が少し理解出来た気がしていた。

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、電車

 

 夕日が自分の世界を照らす中、洸夜は電車の中にいた。

 既に試験は終えたが、総司からの話が気になり急いで電車に乗って稲羽まで帰宅している最中だ。

 稲羽へ近付くに連れて減って行く人々。

 電車の揺れる音だけがBGMだ。

 やがて洸夜は、そのBGMを子守歌とし、そのまま静かに眠りに付いた。

 

▼▼▼

 

 現在、ベルベットルーム【洸夜のベルベットルーム】

 

 夢の中で目を覚ます、そんな器用な事をしながら洸夜は夢の中で意識を覚醒する。

 幻想的な雰囲気、蒼白い光に包まれたシリアスな電車。

 そして、目の前で洸夜を見詰めているのはいつもの住人、イゴールとエリザベス、そしてマーガレットだった。

 

「ヒッヒッヒッ! ようこそ、洸夜様……」

 

「よお、イゴール。……そして、土産をたかる悪女よ」

 

「むしゃくしゃしておりませんでしたがやった、反省は致しません」

 

 王様ゲームの時に買わされた土産の件を流す気満々なエリザベス。

 別に洸夜もそこまで怒っている訳ではないが、諦めたくない自分がいる。

 

「お前の妹らしい……のか、マーガレット?」

 

「ふふ、それはこの子だけよ?」

 

 楽しそうにマーガレットは笑っている。

 どうやら、このままでは自分は遊具にされてしまうだけに招かれるかも知れない。

 洸夜はそう思いながらイゴールに向き合うと、イゴールは静かに語り始めた。

 

「ヒッヒッヒッ……貴方様も本当の力を取り戻しました。同時に霧の町の事件……これも動き出す事でしょう」

 

「今日の奇妙な手紙か?――まさか、あれもシャドウか何かが関わっているのか?」

 

「それを決めるのは貴方次第でございます。時には”自由な放浪者”となり、時には”愚行の道化師”を演じる黒き愚者。……時に何を演じ、何をもたらすか、全ては可能性でございます」

 

 エリザベスはそう言って静かに本を閉じる。

 どうやら、やはりあの手紙はただの悪戯では済まない様だ。

 すると、そんな様子の洸夜を見ていたイゴールはタロットを取り出すと宙で回転させ、テーブルに並べた。

 

「ヒッヒッヒッ……」

 

「運試しか……」

 

 何も言わないイゴールに洸夜はそう判断し、並べられた一枚のタロットを指さした。

 すると、そのタロットは宙に浮かぶと素早く回転し、そのまま表になった。

 その絵は『NO.13死神』のアルカナ、その正位置であった。

 

「死神のアルカナ……その正位置の意味は『結末』・『終焉』……そして『死の予兆』でございます」

 

「……何が言いたい?」

 

 イゴールへ洸夜は聞き返す。

 その表情は別に怒っている訳ではないが、真剣さは出ていた。

 

「……そのままの意味でございます。事件が再び動き始めました……何が起こるか、我々は見守る事に致します」

 

「縁起でもない事を言って良く言う。――まあ、例えそうなる事態が起きても……させねえよ」

 

 洸夜の瞳に力が映し出される。

 もう、自分が守るのは総司だけではないのだから。

 

「今日はこれで失礼する。――試験疲れで眠いんだ」

 

「お望みならば膝枕をご提供致します」

 

「嬉し過ぎて寧ろ怖いって……」

 

 エリザベスとそんな会話をしながら笑い合うと、洸夜は静かにベルベットルームを後にした。

 

「……」

 

 それをイゴールも確認し、ゆっくりと洸夜が選んだ死神のカードを手で掴んだ時であった。

 

「ッ!……おやおや、これは……!」

 

 綺麗に重なっていたのか、死神のカードから更に二枚のカードがこぼれ落ちる。

 テーブルの上に自然に落ちる二枚のタロット、そのカードを見てエリザベスの表情が変わる。

 

「『正義』と『道化師』……」

 

 正義には何か思う事は今の所はない。

 しかし、この道化師は何故か不快に思えて仕方なかった。

 洸夜とは違う道化師、それを見詰めるエリザベスだが結局、その不快の訳も分からなかった。

 

(……これは一体、何を暗示しているのでございましょうか)

 

 険しい表情のエリザベス、そんな彼女を道化師はのカードは歪んだ笑みで見つめている様に思えた。

 

 

End

 



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洸夜と美鶴【稲羽】

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!
仕事やら引っ越しやらで色々と重なった結果、一ヶ月近くも投稿出来ませんでした!
ですが、何度も言う様に失踪はしませんので安心してください♪

P.S 去年のガキ使はオープニングと蝶野の所は面白かったけど、全体的になんか雑と言うか、おそまつに見えた。


 同日

 

 現在、堂島宅【居間】

 

「済まなったな迎えに行けなくて……まさか今日、帰ってくるとは思ってなかったんだ」

 

「いいよ別に。俺が勝手に帰って来ただけだから」

 

 仕事と受験、それぞれを終えて帰って来た堂島と洸夜。

 突然の帰宅だった事で駅に迎えに行けなかった事を堂島は謝り、自分が勝手にしただけだと洸夜は言って返しながら酒を飲み交わしていた。

 因みに総司も菜々子も既に眠っており、事情は寝る前の総司から聞いている。

 美鶴達が調べてくれる様だが、はっきり言って難しいかも知れないとも事前に洸夜へ連絡は来ていた。 

 例の手紙、あれから発見された手掛かりは特に見つからなかったらしい。

 指紋も菜々子、総司、直斗の三人だけが確認され、犯人の物は存在していなかった。

 

(……本当に問題ばかり増えるな、この町は)

 

 体験し過ぎた事で感覚が麻痺している洸夜。

 問題が起こってもこれと言って特に驚かなくなっており、これが異常とも思えなくなっていた。

 元凶が必ず稲羽の何処かにいる、そう思っているからか逆に問題が起きない方が違和感を覚えてしまうだろう。

 

「そういや、試験はどうだった? その顔を見る限りじゃ手応えはあったと俺は思っているが?」

 

 酒を口に運びながら他愛もない事を聞く堂島。

 そんな他愛もない会話も今となっては逆に新鮮に思えてしまう。

 

「問題ないよ。時間だけはかなりあったから」

 

 実際、洸夜は勉学を疎かにはしていなかった。

 洸夜自身、学力の成績は良かった方だが、学力で自分が天才とは思っていない。

 寧ろ、本当に普通の物だとすら思っている。

 学ばねば覚えない、使わなければ衰えるだけであり、洸夜はこまめに自主勉を行っていた事の積み重ねが今日の受験の手応えに繋がったとしか思っていなかった。

 

「ハハハ……随分な自信だな! 合格したら特上の寿司を買ってこよう」

 

 お祝い=寿司。

 そういう考えを持つ堂島は嬉しそうに笑い、洸夜も嬉しそうに微笑んだ。

 結果は来週だが、来週には特上の寿司を食べる事が出来そうだと思いながら、今は酒のつまみのチーズ鱈を食べる事にした。

 特に意味のない時間と休息、だが人間だから、限られた時間しか生きれない命だからこそ分かる必要な時間。

 それを人間らしく無意識に実感しながら洸夜と堂島は庭へ目をやると、少し肌寒い風が流れて来た。

 

「……もう秋か。ついこの間まで暑かったのにな……季節の変わりはあっという間だ」

 

「始まればいつか終わるだけ。夏が終わって、秋が始まっただけだよ」

 

「ハハ、そりゃそうだ……」

 

 そんな当たり前の事を忘れていた自分が楽しいのか、軽く笑う堂島。

 そんな堂島の一枚の葉っぱがヒラヒラと舞い落ちる。

 緑ではなく、既に赤く染まっている紅葉だ。

 

「早いな……」

 

「近頃は四季も不安定だから……紅葉の時期もズレがあるんだろうね」

 

 紅葉になっている事に堂島が呟いたと思い、洸夜も紅葉を見ながらそう呟いた。

 しかし、堂島は首を横へ振った。

 

「いや、そうじゃない……お前達が来てから、もう五ヶ月くらいかと思ってな。――来年の今頃、お前達はここにはいないと思うと複雑でな」

 

「……また来るよ。菜々子とも約束してるしさ」

 

 洸夜は器にある酒の鏡を見ながら呟いた。

 やっと五ヶ月、もう五ヶ月、どれが正しい表現かは分からない。

 この五ヶ月で色々な事があり過ぎて時間の感覚もよくは分からないのだ。

 

「お前達が帰るまで、何も問題が起きなきゃ良いが……」

 

 若干の不安を感じさせる堂島の言葉に、洸夜は何も返せなかった。

 己でもそれを望んでいるが、それは叶わないと確信しているから……。

 

▼▼▼

 

 洸夜が帰宅してから数日後……。

 

 9月27日(火)晴れ⇒曇り

 

 現在、久慈川豆腐店

 

「おばあちゃん! 洸夜さん! 行って来るね!」

 

「ああ、気を付けて行ってこい、りせ」

 

 朝、洸夜は早くに訪れて豆腐屋のバイトとして働いていた。

 丁度、りせが学校に行くのを見送り、後は豆腐や油揚げなどの品を店頭に配置する。

 手慣れたいつもの作業、そんな日常の中で洸夜は数日前に届いた手紙について考えていた。

 

(あれから数日、特に変わった事は起こっていない……様子見なのか、あの手紙は?)

 

 謎しかない犯人の真意。

 犯人の今の所の目的、それはテレビに入れる事だとは考えているが、手紙の内容から察するに助けている事が気に入らないとしか思えない。

 助ける事で犯人に何らかの問題が発生するのならば理解出来るが、それも分からない。

 

(結局、事態が動くのはマヨナカテレビに異変が起きる時か……)

 

 全ての始まり『マヨナカテレビ』

 次にこの不穏な沈黙が破られるとすればそれしかない。

 

(願わくは、この時間が続いてくれ)

 

 決して叶わない願いを胸に、洸夜は豆腐を並べて行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、堂島宅【洸夜の部屋】

 

『なるほど、美鶴達の言った通り事態は動いてないのか』

 

「ああ、何事もなければ良いが……そうも言ってられない。――明彦、お前の言った通り、何か裏にあるんだろうな」

 

 その夜、日常の終わりの中、洸夜は自室で明彦と電話で話していた。

 あの一件からだが、こうやって美鶴達以外のメンバーとも連絡を取っているのだ。

 

『俺が行ければ良いんだが……!』

 

「真次郎に止められてるだろ? 最悪、休学届けでも出すしかないな」

 

『ああ、それも考えている。この時期だぞ!? 今更、単位なんか取れるか!』

 

 海外で武者修行していた明彦、彼の不満の声を洸夜はやれやれと聞いていた。

 余程、首を突っ込みたいのだろう、連絡を多さを数えれば明彦の数も中々に多い。

 殆どの内容は今と同じだが、友との会話を洸夜は拒絶することはもうない。

 

「しかし、美鶴達も来ているが事態は動かない。……前にシャドウワーカーは今回の事件に介入出来ないと言っていたのと関係あるのか?」

 

『確かに警察関係者の一部が事件の介入に猛反対している。だが、それは本当に一部の連中だ。他のメンバーや警察関係者は介入するべきだと言っているからな。――機密もあるからお前には内緒にしているかも知れないが、美鶴達は裏で動いているんだぞ。現に、俺もこの間”例の少年”に会って来た』

 

「例の少年?――久保か?」

 

 その問いに電話の向こうの明彦が頷く。

 洸夜が話した事と現状もあり、シャドウワーカーも独自の動きをしている様だ。

 

『お前から話を聞いていて覚悟をしていたが、確かにどこか変だったな。俺や警察関係者が事件の事を聞いてもだんまり、それか小さくぶつぶつと何かを呟くだけだった……』

 

「……彼が犯人じゃないの既に分かっている。現にその後、こちらで一人また誘拐されているからな。けど、全く無関係ではないのは確かだ。少しでも良いから話してくれると良いんだが」

 

 久保はテレビの世界へ逃げた、それは偶然の産物で見つけた可能性もあるが、久保はその事も話していないらしい。

 記憶障害か、それとも精神的な面で話したくないだけなのか、どちらにしろ久保の供述は一切ないのだ。

 洸夜はそれも気になっており、例の手紙の件もあって色々と苦労が溜まっている事から、明彦は洸夜の声からそれを察し、話の流れを変えた。

 

『そう言えば、大学の受験はどうだったんだ? 結果は既に出ているんだろ?』

 

「ああ大学か、あれは合格したぞ? 気分や精神が病んでいても、やる事はやっていたからな」

 

 ネットで見て既に確認済みだ。

 番号も何度も見ており、見間違いはなく、洸夜は何事も無かった様にそう明彦へ言った。

 

『……ま、まあ、まずはおめでとうと言わせてくれ。やったな洸夜!』

 

 洸夜の口調に毒気を抜かれた様な気分になる明彦だが、受かった事に変わりはない。

 明彦は親友の合格に祝いの言葉を送った。

 

「ああ、ありがとな明彦。どっちでも良かったが、やはり大学は行った方が可能性が広がるからな」

 

『俺も行かないよりはマシ程度だったからな。――ああ、済まない、そろそろ着るぞ?』

 

 大学の事で話す洸夜と明彦だが、突然、明彦が電話を着る様に言いだす。

 

「何かあるのか?」

 

『実は身体が訛ってきたから山に行こうと思ってな。そろそろ寝た方が良いんだ』

 

 そっちの方が洸夜的には驚きだ。

 大学やら言っていながらこの会話、確実に大学には行っていないだろう。

 半裸のイメージがある親友の姿、山で動物に育てられた人間発見、またはビッグフットが発見されたと言うニュースが流れない事を祈るばかりだ。

 

「熊とかに間違われて撃たれるなよ?」

 

『心配するな、撃たれてぐらいで俺は死なん』

 

 誰が撃たれてる事を前提な話をした?

 相変わらずの明彦、そんな友との会話も終え、互いに電話を着る。

 

「……相変わらずだ」

 

 そう言いながら洸夜が見ているのは携帯のメール画面。

 沢山届いているメール、それは宣伝ではなく順平達からのものだ。

 当初は落ち着くと思っていたメールだが、全員が暇なのではないかと疑う程に頻繁に送られてくる。

 風花や乾は基本的に学校での出来事などの日常的な内容、チドリも大差ない。

 ゆかりの場合では仕事の愚痴が多くなっている、関係者にセクハラされた、ファンの子供層の伸びが悪い等、大学とモデルを両立しているゆかりらしい内容だ。

 順平の場合もそれに近いが、基本的に下らない内容も多くて困る。

 食玩のシークレットが出た、昼のラーメンは美味かった、こんな内容が頻繁に送られてきては洸夜も怠くなるが、不思議と順平からだと思うと納得出来てしまう自分がいる事に気付く。

 良くも悪くも理解しているのだと自覚できるからだ。

 その結果なんだかんだで無下にはせず、メールを返信しようと洸夜が操作を始めると、携帯に着信が届く。

 

「……ん? アイギスか」

 

 画面に表示されるアイギスの名、アイギスが携帯を持っているのは中々に不思議な感覚になるが、以外にも操作が上手なのは驚きと言える。

 洸夜は思い出し笑いをしながら電話に出る事にした。

 

「もしもし?」

 

 洸夜はアイギスの電話に出た。

 その行動が自分の明日の予定を決める事になるとは思いもしないまま……。

 

 

▼▼▼

 

 9月28日(水)晴れ

 

 現在、稲羽市の隣町。

 

 そこは、洸夜達が暮らす稲羽の町の隣町。

 多少とはいえ、都会の面影がある場所であり、服、雑貨を始め娯楽施設も充実しており、週末には総司達を始めとした稲羽の住民も多く訪れている。

 そんな隣町、そこで洸夜は己の大型バイクを走らせていた、サイドカーに美鶴を乗せながら。

 やがて、洸夜はゲームセンターの駐車場に入ってバイクを止め、思いっきり伸びをしながら降りた。

 

「あぁ~! やっぱこの距離を走るのは良いな」

 

「同感だ。……しかし、いきなり誘われるから驚いた。何かあったのか?」

 

 ヘルメットを脱ぎ、首を振って髪を整えながら美鶴は洸夜へ聞いた。

 本来ならば旅館で何かしらの作業をするつもりだった美鶴だったが、そんな彼女の下を洸夜が訪れて一言……。

 

『遊びに行くぞ!』

 

 突然の事で何がなんだか分からなかった美鶴、しかし洸夜が乗って来たバイクを見て意識は完全に洸夜へ向けてしまう。

 元を辿れば美鶴に影響されてバイクに乗り始めた洸夜、それから数年、少なくとも美鶴にとっては初見の洸夜のバイク、それを見て美鶴の目は輝いていた。

 

『乗りたい』

 

 誰がどう見てもそうとしか見えない美鶴の子供っぽい表情。

 グループを継ぎ、シャドウワーカーを設立してからそんな暇などなかったのだろう。

 普段はクールな彼女からは想像できない程に好奇心が溢れていた。

 

『帰りに運転させても良いぞ』

 

 そんな美鶴にそんな事を言えばどうなるかは想像する必要もなく、そのまま洸夜の強引さも手伝い、洸夜は美鶴を遊びに連れ出し現在に至る。

 

「まあ、たまにはお前も息抜きが必要だと思ってな……」

 

 そう言って洸夜はヘルメットを受け取るが、洸夜が美鶴を誘ったのは昨夜のアイギスからの電話にあった。

 昨夜、アイギスから掛かって来た内容、それは今の状況から察せる様に美鶴の事だった。

 

『美鶴さんは洸夜さんが思っている以上にあの時の事を悩んでいたんです。稲羽に来てからは洸夜さんに心配されない様にと、裏で動いていて……このままでは美鶴さんが倒れてしまいます』

 

「……」

 

 洸夜は昨夜のアイギスの言葉を思い出し、少しバツが悪そうな表情をしていた。

 口調は普通だったが、微かになんで自分が気付かないのだと若干の責めの様にも洸夜は感じた。

 気付けないとは言え、美鶴達は裏で動いている。

 そう思うと、他意はないとはいえ、状況が変わらないと言ったのは薄情だと反省する。

 

「さて、まあ……行くか。俺もゲーセンは久しぶりだから、新しい機種が楽しみだ」

 

 ヘルメットをしまって洸夜は美鶴と共にゲームセンターへ入ろうとするが、美鶴は少し困惑していた。

 

「し、しかし洸夜……こんな時間から遊ぶのは……」

 

 別に休日なのだから問題ないのだが、美鶴からすれば午前中からゲームセンターへ入る事など初体験。

 高校時代に洸夜とは何回か行った事はあるが、流石にこの時間からは抵抗がある様だ。

 

「気にするな。昔も言ったがお前は少し硬いんだ……あんまり無理し過ぎると本当に倒れるぞ?――今日はガス抜きだと思って、まずは楽しもう」

 

「う、うむ……だ、だが……」

 

「強制」

 

 まだ何か言おうとする美鶴、そんな彼女に有無を言わさず洸夜は美鶴の手を取った。

 

「ッ!」

 

 突然の事に驚く美鶴。

 しかし、洸夜は特に気にする事なくゲームセンターへ向かって行く。

 二人が手を繋いだのは高校時代ぶりの事であり、久しく感じていなかった洸夜の手の暖かさを受け、美鶴の表情はどこか嬉しそうだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、ゲームセンター

 

 ゲームセンターへ入った洸夜と美鶴。

 店内は開店してからそれ程の時間は経っていない筈にも関わらず、店内は既に賑わっており、その光景に美鶴は意外そうに見ていた。

 

「既にこんなに賑わっているのか……」

 

「お前からすれば意外だろうが、開店から閉店まで一日ずっと遊ぶ人もいるし、なんだかんだでそんなもんだ」

 

 洸夜はそう返答しながら両替機にお札を入れ、細かくなった小銭を片手で掴み取って財布に入れて美鶴の傍に向かう。

 

「それで、お前は何かやりたいゲームがあるのか?」

 

 基本的に洸夜に任せる様子で美鶴は洸夜へそう聞くと、洸夜はあるゲーム機を指差した。

 

「じゃああれだな。ネットで見てから一度プレイしてみたかったんだ」

 

 そのゲーム機は個室の様になっており、中に入って座ってプレイするシューティングゲームだ。

 外側にプリントされている大量のゾンビ、定番と言えば定番なゲームに洸夜と美鶴は入り、長い二人用の椅子に腰を掛ける。

 

「二人用なのか……?」

 

「一人でも出来るが、流石にそれは寂しいだろ」

 

 目の前にある巨大なディスプレイに流れる映像を見ながら美鶴は、自分の目の前にある固定された銃を両手で掴み、洸夜は二人の間に先程両替した小銭のタワーを積み上げる。

 

「良し! 目標は二人で二千円以内のクリアだ。甘く見てると、あっという間に死ぬからな?」

 

「自分の分は私が出すが……」

 

「誘ったのは俺。――じゃあやるか」

 

 問答無用で洸夜は百円玉を投入しゲームを始めた。

 左右のスピーカーより流れるBGMが不安を煽り、暗い世界が恐怖を見せようとしてゆく。

 ゾンビの大群、生物兵器やスプラッター系のトラップの数々。

 驚かせるような仕掛けが多い中、最初は困惑していた美鶴にも熱が入り、洸夜と美鶴は時折コンテニューしながらステージを順調に攻略していった。

 

「ふっ、中々にはまってしまうな……」

 

 平常心を装って楽しんでいる様に見える美鶴だが、洸夜は気付いていた。

 ゾンビの奇襲や大きな音が流れる演出の時、美鶴がビクリッと何回も動いていた事に。

 明らかに怖がっており、同時にかなり驚いているのも分かる。

 

「おっ……次の展開だな」

 

 ゲームの場面が変わり、新たな場所へ移動している様子を洸夜は楽しみながら見ていた。

 大量のゾンビが倒れており、主人公達がアドバイスで銃を撃つなとも言っている。

 起こしたら一斉に襲ってくると誰が見ても分かる罠だ。

 

「洸夜……絶対に撃つな」

 

 美鶴は洸夜へそう言うが、美鶴の銃を持っている手は微かに震えており、それに気付いた洸夜は頷いた。

 

「ああ、分かった。――バァンッ!!」

 

 美鶴が油断した瞬間、大きく破裂音が叫び銃を乱射する洸夜。 

 同時に奇声を上げながら襲いだすゾンビ。

 その全てが重なった瞬間、美鶴の緊張の糸が切れた。

 

「キャアッ!!」

 

 今まで聞いた事も無いような女の子らしい叫び声を上げる美鶴。

 その様子に悪戯が成功した洸夜は笑うしかなかった。

 

「アッハッハッ!」

 

「こ、洸夜~!」

 

 美鶴は非難めいた瞳で洸夜を睨む。

 良く見れば若干だが涙ぐんでいる様にも見え、余程驚いてしまった様だ。

 

「悪い悪い! ほら、撃たないと進めないぞ?」

 

「クッ! 後で見てろ……!」

 

 納得した訳ではないが、美鶴はそう言いながらトリガーを引き続け、二人は何だかんだでゲームを続けて行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、とある飲食店。

 

 その後、ゲームを終えた洸夜と美鶴はUFOキャッチャー等でも遊び終えると、ゲームセンターを出て少し遅い昼食を取っていた。

 コーヒーと紅茶、それにサンドイッチとドーナツだけの簡単な物であり、二人は先程の会話などをしながら食事をする。

 

「本当に驚いたんだぞ、さっきのは……!」

 

「だから悪かったって……だが、楽しめたろ?」

 

 どうやら美鶴は先程のゾンビゲームでの一件を根に持っているらしく、食事の雑談でもそれを出し、洸夜は勘弁してくれと言った様子でコーヒーを飲んで誤魔化していた。

 

「ま、まぁ……確かに楽しめはした……」

 

 美鶴はそう言ってサンドイッチを口にするが、やはり驚きの規模は大きかったらしく複雑な様子だ。

 やはり、ぬいぐるみやキーホルダー程度では簡単に機嫌を直してくれないらしい。

 だからと言って後悔していないのが洸夜らしく、なんだかんだで本人が一番楽しんでいる。

 すると、冷静になって洸夜は美鶴を見ていると、不思議な感覚を覚えた。

 

「む?……どうした?」

 

 洸夜がずっと自分を見詰めている事に美鶴自身も気付いて聞き返す。

 すると、洸夜は『いや……』と言いながら話し始めた。

 

「俺達……”お見合い”したんだよな? それについ最近まで溝もあった。そう思うと、なんか今が不思議な感じがする」 

 

「ああ、確かにな……私もそれは感じていた。――本当に不思議だ、つい最近までこうなるとは思ってもみなかった」

 

 僅かな時間だったが、それによって世界が180度変わった。

 偶然では片付けられない出来事、あれは運命だったと言われても信じられる。

 

「けど、未だに自覚がない。俺みたいなフリーターがお前とお見合いしたなんてな」

 

 コーヒーを口にしながらまるで他人事の様に洸夜は言った。

 恐らく、それだけでも宝くじが当選するぐらいの確率ともいえ、それを聞いた美鶴は少し考え込んでから口を開いた。

 

「こんな事を言えばお前は傷付くかも知れんが、あのお見合いの一番の目的はお前の両親との繋がりが生まれる事だ。グループの雰囲気の改善等はついででしかなく、お前の意志も関係はなかったのだろう……」

 

 そう言った美鶴の表情は少し暗かった。

 暗に、桐条が洸夜を利用していると言っている様なものだからだ。

 だが、洸夜はその言葉を聞いても特に気にした様子はなく、寧ろ微かに笑っていた。

 

「ハハ、そんな事は気にするなって……寧ろ、そうじゃなきゃ逆に怪し過ぎる。フリーターと大企業のトップだぞ? 釣り合ってないのは明らかだ」

 

 元々、お見合い事態に乗り気ではなかった事も作用し、全く気にしていない様子の洸夜。

 それどころか、こう堂々と言ってもらった方が安心できるというものだ。

 上手い話には裏がある、タダより怖い物はないと昔の人はよく言ったものだとすら思っている。

 話の内容も中々に被虐的だが、それが洸夜の本心なのだから仕方ない。

 すると、その言葉を聞いた美鶴は小さく笑った。

 

「いや洸夜、お前は自分自身とも向き合い、大学にも合格している。……勿論それだけでなく、お前は自分が思っている以上に凄い人間なんだ。だから、私はお前が周りから見ても私と釣り合う男になれると信じている。――なってくれるのだろ、洸夜?」

 

 己の本心を偽りなく美鶴は語った。

 自分がここまで来られたのは間違いなく『彼』や仲間達、そして洸夜の存在が大きい。

 本当ならば人として自分よりも大きい洸夜が周りを認めさせられない訳がない、そう美鶴は思っていた。

 しかし、その言葉を聞いた洸夜はカップを置いたまま、黙って美鶴を見詰め続けていた。

 

「……」

 

「?……どうした?」

 

 美鶴が問いかけると、洸夜は言い出しずらいのか少し悩みながらも口を開いた。

 

「いや、その言葉だけなら美鶴……まるで、お前が俺とのお見合いの件、承諾している様にしか聞こえないと思って」

 

「……なッ!?」

 

 美鶴の顔に一気に熱が溜まる。

 言われて気付いた発言であり『私はお前が周りから見ても私と釣り合う男になれると信じている』ここまでならば洸夜も自分の自惚れで済んだ。

 しかし、その後の『なってくれるのだろ、洸夜?』まで言われてたらそうとしか言えなくなる。

 美鶴自身も気付いたからこそ顔を真っ赤にしており、言葉を発しようとしても頭が働かない。

 

「えっ……いや! その! だから……今のは私が……!」

 

 なんとか言葉を形成して口にしようとする美鶴だったが、否定はしたくなかった。

 それは、自分が一生抱く事はないと思っていた感情によってであり、美鶴は日頃の凛々しい姿が嘘の様に小さくなっていた。

 

「こ、こんな時……なんて言えば良いんだ……」

 

 本当に分からないのだろう、美鶴の口数は減っていた。

 正解やハズレなんてないが、そんな事に美鶴は頭が働かない。

 すると、それを見た洸夜は小さく笑みを浮かべた。 

 

「……いつも通りで良いんだ。どんな関係になろうとも、俺達は変わらない……だろ?」

 

 洸夜は静かにそう言った。

 今の自分達の関係は今の自分があっての事、どちらの中身が今と違えば必ず関係は多少なりとも今と変わっていただろう。

 そう、いつも通りでいいのだ。

 そして、その事に気付いた美鶴は小さな溜息を吐くと、肩の力を抜いた。

 

「そうだな……全く、相手がお前だと色々と悩みが多くなってしまうよ」

 

 少し考え過ぎた、美鶴は小さく笑いながらそう答えを出した。

 自分は桐条美鶴であり、相手は洸夜ならば今までと何が違うと言うのだろうか。

 何も変わらない、最初から何も変わっていないのだ。

 

「褒め言葉と思わせてもらう」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 洸夜と美鶴は互いにカップを相手に向け、そのまま飲み干すと、暫く過ごして喫茶店を後にするのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、稲羽市【とある丘の上】

 

 あれから時間は経ち既に夕日が昇っている中、洸夜と美鶴は稲羽の町へと戻っており、町全体が見下ろせる場所へ来ていた。

 ここまでの運転は美鶴が行い、久しぶりの運転にスッキリした表情をする。

 洸夜も洸夜で美鶴がヘルメットを外して髪をなびかせる姿を見て満足し、二人は夕日に包まれる街を手すりに触れながら見下ろした。

 

「こんな場所があったなんて知らなかったろ?」

 

「ああ、知らなかった。あまり、旅館だけに閉じこもっているのは良くないな」

 

 美鶴はそう言うが、洸夜はアイギスから聞いているから知っている。

 閉じこもっているのではなく、外出の時間が取れない事を。

 

「美鶴、その、アイギスから聞いたんだが……頑張ってくれているんだな。色々と……」

 

「……やれやれ、アイギスには口止めをしていたんだがな」 

 

 洸夜の言葉を聞き、美鶴は一息つきながら言った。

 どうやら、本当に洸夜には内緒にしとくつもりだったのだろう、その表情は残念そうだ。

 応援で来ているのだから、それで洸夜に心配は掛けたくなかったと言う複雑な想いなのだろう。

 

「……あまり無理はするなよ。お前の立場を考えれば無責任な発言だが、それでお前に倒れて欲しくない」

 

 今回の稲羽の事件は自分が美鶴に持ってきた様な物、そう洸夜は思っていた。

 ただでさえ多忙な美鶴にとんでもない物件を持ってきてしまい、美鶴の性格も考えると心配でならない。

 しかし、美鶴はそんな洸夜の言葉を聞いて小さく笑う。

 

「ふふ、そんなに気にしないでくれ。私とて昔の様に無茶は出来ない立場だと言うのは分かっている。――だが、それでも私も人だからな……今回は誘ってくれて嬉しかったよ、洸夜」

 

 振り向きながらそう言った美鶴の表情は笑顔、それも憑き物が取れた様に爽やかで優しい笑顔だ。

 アイギスから言われて気付いたのは情けなかったが、その笑顔を見れた事で洸夜も満足だった。

 

「……アイギスにも礼を言わないとな」

 

「ッ!?」

 

 何気ない様に、しかし確実に含みのある感じに言った美鶴の言葉に洸夜はギョッとしてしまう。

 

「い、いや……美鶴、その今回のはな……!」 

 

 アイギスから言われて今回は誘った、そんな誤解が生まれない様に洸夜はなんとか言おうとするが、それも事実でもある為に言葉が上手く出ない。

 完全にあたふたする洸夜、そんな姿を見てた当の美鶴は特に怒った様子はなく、寧ろ可笑しそうにに笑っている。

 

「ふふ、そんな慌てなくても良い。最初から全部知っていたさ」

 

「えっ? いや、そう言えば……」

 

 美鶴の言葉に洸夜は呆気になりながらも冷静になった。

 今回の事はアイギスと自分しか知らない筈、しかし美鶴は最初から知っていたと言う。

 それはつまり……。

 

「秘密だと言われて先入観に囚われたな洸夜。秘密と言っ他とは言え、アイギスが一人で電話していたと言う確証はない」

 

「おいおい、それって……」

 

 洸夜はようやく真相に気付き、思わず手で顔を覆い隠してしまった。

 そして洸夜が気付いた事で美鶴も静かに頷く。

 

「ああ、あんな堂々と目の前で掛けられてしまえば私も黙るしかないさ……」

 

 美鶴は昨夜の事を今でもちゃんと覚えている。

 旅館の夕食を済ませた後、やるべきことを行い、疲れによって出た溜息をした時だった。

 何を思ったか自分を見ながら突然、電話を掛け始めたアイギス。

 内容から洸夜だと分かり、何か言う前に翌日に自分と洸夜が出掛ける事が決まった様なものだ。

 

「……恥ずかしいんだが?」

 

 真相を知ってしまうと色々と認識が違ってくる。

 朝、突然に訪問して美鶴を驚かせたと思ったが、実際は美鶴が驚いたふりをしていたと言う事だ。

 すると、洸夜が顔を隠しながら唸っていた時、夕日が町を照らし始めた。

 

「綺麗な町並みだな……」

 

 夕日に染まる稲羽の町並みに

 高所から見ている事もあって、光景としては素晴らしいとしか言えない。

 美鶴の言葉に洸夜も手をどけて景色を見ると、思わず見とれてしまう。

 

「……本当に綺麗だ。そして懐かしい」

 

 そう言って二人は柵の上に両手を置いて景色と風に身を任せた。

 

(二年ぶりかもな……景色をこんな気持ちで眺めたのは)

 

 いつ以来だろうか、こんなふうに景色を楽しんだのは。

 いつ以来だろうか、こんなふうに新鮮に感じるのは。

 いつ以来だろうか、家族以外の”誰か”の隣で楽しく過ごせたのは……。

 

(……美鶴)

 

 洸夜が隣を見ると、美鶴は風によってなびく特徴的な紅い髪を片手で抑えながら感じていた。

 夕日によってその紅い髪は更に美しく染まっており、思わず目を奪われていると、美鶴はそれに気付いた。

 

「ん?……どうした?」

 

 流石に気になったのだろう、美鶴は洸夜へ聞いた。

 別に不快に思っている訳ではなく、寧ろ美鶴の表情は満更でもなく嬉しそうであった。 

 そして、そんな真正面から言われてしまうと洸夜は洸夜で思わず顔を逸らしそうになる。

 

「あっ……いや……なんでもない」

 

 情けない事にこんな時にヘタれる仮面使い。

 総司達には大人の余裕を見せるが、美鶴達となると流石に正面から言うのは照れくさいらしい。

 

「そうか、だがお前も無理はしないでくれ。最近は大人しくなった様に見えるが、お前は昔から無茶ばかりするからな」

 

 逆に美鶴から心配されてしまう始末、洸夜自身も流石においおいと自分にツッコミを心の中で入れたくなるほど。

 そんな時だ、洸夜は目線を夕日に染まる町に戻すと今度は落ち着いて見た事で心の中の何かが溶け、静かに自分の想いを口にした。

 

「……美鶴、俺はこの町が好きだ。静かで優しくて……住んでいる人達も暖かい。勿論、中には酷い人間もいるさ。けど、今はこの町を守りたいと思っている」

 

「最初は違ったのか?」

 

 美鶴は意外そうな表情で聞いた。

 昔の洸夜ならばそんな事を言わないからだ。

 

「俺がこの町に来たのも最初は休養が目的だった。――そんな時、総司がこの町で何かに巻き込まれると知った。総司を守る事、それが一番の目的になっていたんだ」

 

「それもお前の良ささ洸夜。私には姉妹がいないから気持ちを完全に理解は出来ないが、それが普通の感情だろ?」

 

 美鶴は特にこれと言って気にしない様子で言ってくれていた。

 何故、洸夜が事件の事を最初から知っているのか疑問になる筈だが、そこは二人の信頼ゆえに敢えては触れない。

 だから洸夜も安心して話が出来る。

 

「けれど、俺の心の心理は事件解決、そして二年前の事もあって他人の事もどうでも良かったんだと今なら分かる。――総司を守るために援護だけなら良かったが、俺は自分がいない時の不安を取り払う為、総司の成長の為に助けられた雪子ちゃんを放置した。同時にこの非現実から関わらないで貰いたいとも思って色々としてしまったんだ……」

 

「前にも言っていたな。……お前は迷っていたんだな」

 

 美鶴は特に追求せずに聞いてくれており、洸夜の事を心配する素振りを見せる。

 そして洸夜もそんな美鶴の言葉に静かに頷いた。

 

「……何が正しかったのか分からない。ただ総司が『あいつ』と同じ様になってしまうかもしれない、そう思うとどうしても気が気じゃなかった。ようやく落ち着いて滞在できて、本当に楽しそうに友達を作れている総司が見れたんだ。短い期間、普通に生活して欲しかったんだ」

 

 その結果、それは総司に対しては正しくもあり間違いであったと気付く事は出来たが、納得までは出来ていない。

 当時は美鶴達への恨みも持っており、冷静に考えていたかどうかも怪しいのも原因だ。

 

「その想いは悪いものではない……だが洸夜、お前は一人で悩んでしまったから迷ってしまったんだな」

 

「……ああ、もう一人の自分と向かいあった時、それを思いさせてくれたよ。――それと、こんな事を言うと虫が良いとかお前を怒らせるかも知れないが、黒きワイルドが築いてくれたあの絆も今は良かったと思えてるんだ」

 

 築いた絆によって双方共に苦しんだ、それは絶対に変わらない事実。

 だがその結果、自分達はそれを乗り越え、そして受け止めた。

 負の絆が良いものかどうかは個人によって変わる、しかし互いを絶対に傷付けないだけの優し過ぎる絆だけと言うのも何かが違う気がする。

 少なくとも、その絆があったからこそ自分達の絆は更に強くなる事が出来た。

 洸夜はその事を美鶴へしっかりと伝え、美鶴も静かにそれを聞いてくれている。

 

「だから結局、何が正しいのかは本当に分からない。けど、俺はもう迷わないと決めた。悩む時はあると思うが……それでも前に進んで行くつもりだ」

 

 そう言って洸夜は手すりに置いている右手に力を入れると、話を聞いてくれていた美鶴はその右手の上に自分の左手を優しく乗せた。

 

「悩んだら一人で考えなければ良いだけだ。今、この町には私やアイギス……真次郎だっている。――仲間を頼って良い、嘗て私にそう教えてくれたのはお前だ、洸夜」

 

 美鶴はそう言って嘗ての自分を思い出す。

 桐条の事、父との事、それらについて勝手に悩み、そして背負い込んでしまっていた嘗ての自分。

 父が亡くなった時はいよいよ苦しんだが、その時に助けてくれたのが洸夜だった。

 迷いの中にいた自分に光を指し、洸夜は『道標』となってくれた。

 その後は『彼』やゆかりも助けてくれて、その結果、今の自分がここにいる。

 そんな恩が美鶴にあり、それを今ようやく返す事ができる。

 

「……やっと今度は私がお前を助ける事が出来るな」

 

「……美鶴、すまない」

 

 何を想っての謝罪なのか、それは洸夜にしか分からない。

 だが、それを聞いた美鶴は小さく笑いながらこう言った。

 

「こう言う時は”ありがとう”だと……お前が私に教えてくれたんだぞ?」

 

 そう言って美鶴は静かに洸夜の肩へ頭を寄せ、洸夜へ己の身を任せた。

 その表情は赤く、身体もどこか固い。

 良い意味で無理をしている美鶴、そんな彼女を見て洸夜も小さく笑みを浮かべた。

 

「ああ、ありがとう……美鶴」

 

 そう言って洸夜は、今度は自分の右手を動かし、美鶴の左手の上へ置いた。

 美鶴の手は冷たかったが、洸夜の手でその暖かさを感じ取り、二人はもう少しだけ稲羽の夕日を眺めていた。

 

 そして、洸夜は美鶴を旅館まで送り、その日を終わらせたのだった。

 

 

END



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健康診断

時間がない……休みが無い……殆どない……(´;ω;`)
仕事は辛いよ……。夢は見る者、そんな人はそれで満足か諦めており、夢が実現する事はない。


リメイク致しました。
新訳ペルソナ4迷いの先に光あれ、と言う題名です。



 10月7日(金)晴れ

 

 現在:稲羽市立病院

 

「キャアァァァ!?」

 

 千枝の叫び声が辺りに響き渡る。

 彼女の後ろでそれを目撃してしまった雪子、りせ、直斗の三人も哀しそうな表情で目を逸らす。

 

「残念ですが……」

 

 そして千枝の目の前で白衣を纏とう一人の女性も哀しそうに首を振り、その最終判決に千枝はその場で膝を付き悲しみの叫びを上げた。

 

「体重が増えてるよぉぉ……!!」

 

 目の前の体重計と言う悪魔の機械に見下ろされながら、千枝の心の中から絞り出された叫び声は非情にも消えて行くだけであった。

 現在、総司達が行っている”健康診断”での中で起こった悲しい出来事であった。

 

▼▼▼

 

 現在、稲羽市立病院【廊下】

 

「間もなく結果が出る筈です」

 

「そうか、ご苦労」

 

 病院のとある廊下で医師からの言葉に美鶴は頷き、医師も頭を軽く下げてその場を後にすると、美鶴は目の前の現状を溜息を吐きながら見る。

 

「あぁ……アァァァ……!!」

 

 千枝は余程にショックなのだろう、椅子に腰かけながら額を壁にこすりつけ、そのまま呪いの様に悲痛な声を出し続けている。

 これに関しては気持ちの分かる女子メンバー、彼女達も何を言っても辛くなる事だけは理解出来る故に気の利いたフォローが出せない。

 このままでは千枝の心が傷付き、肉を数日は食わないと言い出しかねない。

 しかし女子は言葉が出せず、そうなれば男子の出番でしかないのだが男子は男子で問題を抱えていてそれどころではない。

 

「オ、オエェェ~」

 

「お~い大丈夫か?」

 

 顔色が蒼白くしながら唸る完二を、陽介がやれやれと言った表情で背中を摩っていた。

 

「だからクマは献血中は見ない方が良いって言ったのに……」

 

 クマはそう言って完二に呆れた様に首を振る。

 献血中、血を採取している中、何を思ったのか完二はその様子をジッと眺めていると下手に深く考えてしまいその結果、気分を悪くしたのだ。

 

「う、うっせぇ~目を背けたら負けだと思ったんだ……!――うっぷ!」

 

「族は潰せんのに自分の献血で気分悪くすんじゃねえよ……ったく」

 

 何が楽しくて勝手に自滅した自分よりも巨体な男の背を摩らねばならんのか、陽介が虚しそうに摩り続けている中、洸夜と総司の二人は悩んでいた。

 

「千枝ちゃんが言う程、そんなに太っているのか……?」

 

「見た感じは言う程じゃない気がするけど……」

 

「うぅ……体重と言う呪縛は見た目で判断できないものなのぉ……!」

 

 洸夜と総司の言葉を聞くが、千枝の精神を回復させるまでには及ばず、千枝は先程と変わらず壁に頭部を擦りつ続ける。

 

「そうか……しかし、それに比べて雪子ちゃんは見た目の割に大胆だな」

 

「服と言う鎧で己の力を隠していたのか……!」

 

「えっ!? 洸夜さんも瀬多君も一体、何の話をしてるの!?」

 

 雪子は自分に背を向けている二人の言葉の内容に反応して椅子から反射的に立ち上がったが、洸夜と総司の話はまだ続く。

 

「りせもスリーサイズを誤魔化していると言ってたが……普通に良いな」

 

「異論なし」

 

「けど、やっぱり事務所的には少しでも人気を取れる様にしたいから……って、あれ?」

 

 りせも洸夜と総司の言葉の違和感に気付く。

 なにやら何かがおかしな会話だが、次の二人の言葉でそれが判明する。

 

「直斗はけしからん!」

 

「本当にけしからん!」

 

「えっ!? さっきからお二人共、何を言って……って、お二人は何を見ているんですか?」

 

 直斗が見たのは何やら資料の様な物を見ながら話していた洸夜と総司の二人。

 千枝、雪子、りせ、そして自分の事を言われた直斗だったが、二人は四人の方を一切見ておらず、ずっとその資料を見ていた。

 そして、直斗の言葉に二人は振り向きながらその資料を明かした。

 

「何って……皆の診断書」

 

「何って……皆の診断書」

 

 兄弟二人の声が合わさると同時に現れたのは診断書。

 里中千枝・天城雪子・久慈川りせ・白鐘直斗と書かれた四人のあれやこれやが記されている診断書だった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「イヤァァァァァァァッ!!」

 

「キャアァァァァァァッ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 千枝、雪子、りせ、直斗の四人は同時に叫ぶと同時に洸夜と総司から己の診断書をふんだくる様に取り戻し、顔を真っ赤にして涙目で抗議をする。

 

「なに考えてるの!? なに考えてるの!? 本当に馬鹿でしょ!!?」

 

「なんで洸夜さんも瀬多君も何事もない様に読んでるの!?」

 

「見たいなら本物見せてあげるのに何で資料を見ちゃうの!!?」

 

「お二人は馬鹿ですか!? いや馬鹿ですよ!!?」

 

 四人が一斉に言うので洸夜と総司にはなんて言っているかまでは聞き取れず、聖徳太子になりたい気分であったが四人が怒っているのだけは理解した。

 

「ああ、ごめん。なんか渡されてたんだけど、皆なにも言わないから」

 

「反省している……けど後悔はしてない」

 

「二人共反省してないでしょ!?」

 

 洸夜と総司の言葉に千枝がツッコミを入れた。

 

「全く……洸夜さんも先輩も、いつもそうですよ。――ん?」

 

 直斗はやれやれと言った風に自分の診断書を見ると、そこに書かれていた名前は『久慈川りせ』であった。

 まさかと思い、直斗はバッとりせの方を向くと、りせは診断書を見ながら何やら震えていた。

 

「あ、あの久慈川さ――」

 

「に、偽物よ!? これ何かの間違いでしょ!!?」

 

 突然、りせが叫んだと思いきや、りせはそう叫びながら直斗の”ある一部”を指差した。

 それは、直斗の胸だった。

 

「ッ!? なに!? そ、それは……!」

 

「一体……!」

 

「どう言う意味クマか!!?」

 

 まるで餌に食い付いたかの勢いで復活し、異常に反応を見せる完二、陽介、クマの三人。

 そして同時に一斉に周りの視線が直斗の胸部に集中される。

 

「な、なんですか……!?」

 

「や、やっぱり抑えてるから!? 抑えてるから成長してるの!? 頭が良くないと大きくならないの!!?」

 

「久慈川さん! お、落ち着いて下さい!?」

 

 今にも自分の胸に飛び掛かって来そうなりせから直斗は距離を取るが、ジリジリと距離は縮まって行く。

 追い詰められた直斗、獣の様な瞳のりせが迫る。

 

「覚悟決めて……見せなさい!!」

 

「こらこら止めろってりせ。それに、その胸は本物だ。――あっ」

 

 場の空気が止まった、いや凍った。

 そして場の視線を今度は洸夜へと集中され、直斗も口を開けながら真っ赤な顔で洸夜を見ていた。

 

「兄さん……まさか……!」

 

「いやいや待て待て! そんなケダモノを見る様な目で兄を見るな。あれは事故、接触事故だ。互いにブレーキの掛け間違い――」

 

 ――ガシッ! 

 何かに掴まれた様な感触と音を洸夜は感じた。

 細い指の割に強い力、その正体を洸夜はすぐに理解出来た。

 

「……洸夜、なにか説明はあるのか?」

 

「……説明はないが、言い訳はある」

 

「そうか……ならば、あっちで聞こうか?」

 

 そう言って美鶴は洸夜の頭を掴んだまま引きずって行き始めた。

 まさにドナドナ、常識ある非常識な連行、四面楚歌。

 この時見た虚しそうな兄の顔を総司は忘れる事はないだろう。

 

「悲しいな……これがすぐキレる最近の若者か」

 

「ああ、本当に悲しいな。これが反省しない最近の若者か」

 

 嫌味を嫌味で返されながら、洸夜は美鶴によって連れて行かれた。

 何処へかは分からないが、廊下の曲がり角によって姿が見えなくなると洸夜の悲痛の声が響き渡る。

 

「アアァ……!」

 

「哀れな……」

 

 兄のそんな姿を見送りながら総司がそう呟いている中、その隙を突いて直斗は皆の診断書を持ってその場から離れ始めた。

 

「ん?――あぁッ!? ちょっと直斗! なに逃げようとしてるのよ!?」

 

「わあぁ!? バレた!」

 

 りせにバレた事で病院内などと言う事は忘れ、直斗は開け足でその場を後にしようとした。

 すると、それ故に直斗は視野が狭くなり、曲がり角から出て来た人物に気付かずにぶつかってしまう。

 

「なんだ、もう終わったのか――んッ!?」

 

「わあぁ!?」

 

 曲がり角から出て来たのは真次郎だった。

 直斗は声を出すがそのまま真次郎とぶつかった事で診断書を落としてしまう。

 

「……前はよく見てろ」

 

 直斗へそう注意しながら真次郎は床に落ちた診断書を拾うと、つい反射的に内容を除いてしまう。

 

「……!」

 

「あ、あの……」

 

 診断書を見てしまった真次郎の動きが一瞬だが止まった事に気付いた直斗は返して貰おうと声を掛けた。

 それに対し真次郎は特に何事もなかった様な様子で直斗へ診断書の束を渡した。

 

「ほら、気を付けろよ……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言って真次郎は直斗の横を通り抜けて行くがその際、一瞬だけ直斗へ視線を向けた。

 その行動は直斗に怪我がなかったかどうかの確認だったのだが、それをどう感じるかは個人によって変わってしまい、案の定、真次郎の行動に気付いた陽介は誤解する。

 

「あぁッ!!? 今、荒垣さん! 直斗の診断書を見てさりげなく直斗の胸をチラ見しただろ!!」

 

「……あぁ!!?」

 

 陽介の叫びを聞き、思わず足を止めて声を荒げた。

 

「なんでそうなんだ?」

 

「男が異性の診断書を見て、実物を見ない訳ねぇ!! 万国共通! 男はみんなスケベなんだよぉぉぉぉ!!!」

 

 この男は病院内でなんて事を叫んでいるのだろうか。

 少なくとも女性陣はドン引きしており、完二と真次郎もその堂々とした姿に言葉を失ってしまう。

 

「ヨ~スケ~カッコイイよ!」

 

「おう!」

 

 何がかっこよく、何がおう! なのか分からないが、陽介は少なくとも後悔のない表情をしている。

 

(今の内に……)

 

 再び訪れた隙を突き、直斗がその場を再び後にしようとする。

 しかし、直斗は気付いていない。

 己の背後にまわり込んでいる眼光を持つアイドルの存在に……。

 

「な・お・と♪」

 

「ひぃ!?」

 

 直斗は襲うは久慈川りせ、その後、直斗がどうなったかはこの場にいた者にしか分からない。

 

 

▼▼▼

 

 ちなみに、アイギスの場合は……。

 

「武装をパージします」

 

 彼女のあらゆる場所に搭載されている武装を外し、彼女は特別製の装置に乗って重さを測る。

 

「……特に異常はなし。最近は戦闘が多かったが大丈夫な様ですね」

 

「はい。……しかし里中さんは何故、あんなにも体重で悲しんでいたのでしょうか?」

 

 ある意味で体重をコントロール出来る様な物のアイギスにとって、それは大いに謎であったが、それを聞いていた係りの者は苦笑するしかなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、現在、稲羽市立病院【院内】

 

「しかし助かった……」

 

 洸夜は美鶴に引きずられながらそう呟いた。

 

「何の事だ?」

 

「今回の健康診断の事だ。俺はそこまで頭が回らなかった」

 

「フッ、それならば例は白鐘直斗、彼に言った方が良い。今回の事は提案してくれたのは彼だ」

 

 テレビの世界に入る事への人体の影響、またはペルソナ能力を使う事で何らかの異常が生まれているのではないかと言う直斗からの提案。

 それを受け、美鶴は今日、院内の一部と桐条のシャドウ関連の者達を呼んで総司達への健康診断を行った。

 

「けれど、こんな田舎町でも桐条の影響が強いとは……ここの院長、凄い顔色だったな」

 

「無駄に権力がある者程、桐条に何かしらの貸しがあるものだ。私も当主になった事で色々と知る事が出来た」

 

 それは彼女にとっては知りたくなかったモノだっただろう。

 しかしそれが今では役にも立ち、同時に美鶴が背負う覚悟をした物の一つ。

 

「それを踏まえても今回はお前にも感謝するのが普通だ。――ところで、俺を連れ出した理由はなんだ?」

 

「……」

 

 洸夜は美鶴が自分を連れ出したのは何か伝えたい事があるからだと察していた。

 そして洸夜のその言葉を聞くと美鶴の足が止まり、洸夜を放すと一枚の資料を洸夜へと渡す。

 

「なんだ……?」

 

 立ち上がりながら資料を受け取った洸夜はそれを読むと、目を微かに開けた。

 

「これは……」

 

 見た目・口調、共に冷静に見える洸夜だが、目をいつもより大きく開いている事から驚いている事が分かる。

 洸夜が渡された資料、それは先程の健康診断の結果の一部、名前の欄には『熊田 クマ吉』(命名は陽介)つまりはクマの偽名が書かれている。

 

「何かの間違い……じゃないよな?」

 

「普通医療設備での検査ならばそうだっただろう。だが、この検査に関しては桐条の独自の機器を使っている」

 

 面倒事だと分かっている洸夜からの言葉、それを聞いた美鶴は資料を指差しながら言う。

 通常の身体の検査ならば普通の医療機器で事足りるが、シャドウやペルソナに関してでの検査ならば桐条独自の機器での検査が必要だ。

 それはわざわざ、桐条が車両に搭載して移動可能にもした機器であり、健康診断の中で総司達全員にも行ったものだった。

 

「クマは最初からテレビの世界の住人だった……だから、もしやと思ってはいたが……!」

 

「この事は彼等にはまだ伏せていた方が良いだろう。下手に荒立てて余計な混乱を与える事は避けたいからな」

 

「ああ、それが得策だな」

 

 洸夜は資料から眼を離さずにそう呟いた。

 

(本当に、騒がしい年だな今年は……)

 

 洸夜は心の中で溜息を吐きながら、その場を動くまでその資料をずっと眺めていた。

 

『検査結果:以下の者から異常を探知。『熊田 クマ吉』――シャドウ反応』

 

 

▼▼▼

 

10月14日(金)曇り

 

 現在、商店街【中華料理・愛家】

 

 あの健康診断から数日、特に異変がない日常を洸夜達は過ごしていた。

 総司達は今日から中間試験、美鶴とアイギスは外せない用事があって稲羽を一旦離れており、天城旅館に今いるのは真次郎のみ。

 そして、洸夜は午前中で終わりの短いバイトを終わらせ、愛家でちょっと遅い昼食を取ろうとしていた。

 

「ああ、洸夜くん。いらっしゃいアル!」

 

「おじさん、おかかチャーハンと卵スープ、後は中辛回鍋肉」

 

 絶対に中国人ではないであろう店主のおじさんのいつもの口調を聞きながら注文する洸夜。

 いつもならば店主の娘が手伝っているが、流石にこの時間は学校だ。

 

「はい、お待ちどうアル~」

 

「……いただきます」

 

 少ししてから出された注文した料理が現れた。

 おかかが全体に包まれているチャーハン、フワフワ卵のスープ、そしてどす黒い色の割に味が濃くない回鍋肉を洸夜は食べだした。

 流石にピークは過ぎたからだろう、客は殆どおらず、洸夜は静かに食事を楽しめていた時だった。

 

「あぁ~腹減った……おじさん、エビラーメン一つ……って、あれ、洸夜君?」

 

「足立さん」

 

 扉を開けながら入って来たのはサボリの常習犯、足立透だった。

 

 

▼▼▼

 

同日

 

 現在、ジュネス【家電コーナー】

 

「いやぁ~サボられてる所を見られちゃったね!」

 

「なんで反省の色はないんですか……」

 

 あの後、昼食を一緒に済ませる事になった洸夜と足立。

 その後、洸夜は色々と見たい物があると言う理由でジュネスの家電売り場へ向かうが、何故かそれに足立もついてきた。

 仕事は大丈夫なのかと聞くと、パトロールやらなんやら言って抜け出して来たらしく、愛家に来た時点で実はサボっていたらしい。

 

「叔父さんに怒られますよ?」

 

「甘いな洸夜君。僕ぐらいになれば堂島さんの怒鳴り声も聞き流す事は出来るよ」

 

 どうやら怒られるのは前提のサボリの様だ。

 その余裕から分かる様にサボリは常習どころかプロの領域に入っている。

 

「ところで堂島さんから聞いたよ。大学受かったんだって? おめでとう!」

 

「ありがとうございます。でも、一年遅れですから」

 

「いやいや名前を聞いたけど結構、良い所の大学じゃないか。 下手なレベルの低い大学に学歴目当てで行くよりは何倍も良いと僕は思うよ?」

 

 自分は若くして刑事になっている事もあってか、足立はハッキリと物を言う。

 これで本人は悪気はないだろう、ずっと表情は洸夜を祝っている様で和やかだ。

 

「けど、話は聞いたけど洸夜君も大変だったね。両親のせいで一年間、大変だったんだろ?」

 

「あぁ……でも、それは俺にも原因はありましたから」

 

 洸夜は思い出す様にそう言った。

 両親への諦め等、タルタロスでの事なども含めて自分の責任もちゃんと感じていた。

 

「ふ~ん……まあ、よその家庭の事に口出ししても仕方ないか」

 

 そう言って足立はその話題から興味が失せ始めた時だった。

 テレビ売り場の辺りを通っていた事もあり、今放送しているニュースが流れており、洸夜と足立の二人はニュースの内容に思わず足を止める。

 

『では次は……稲羽市内で起こっていた連続怪奇殺人で、殺人容疑で逮捕された少年は未だに黙秘を続けております』

 

 テレビには稲羽の事件について報道されており、警察の現場捜査や久保が逮捕された時の映像が流されながらアナウンサーは読み上げていた。

 

「……やはり実名報道はされないか」

 

 ニュースを見ていた洸夜は思わずそう呟いた。

 先程から言われているのは少年・年齢のみ、模倣犯と言えど諸岡を殺害したのは久保。

 ただでさえ事件の内容が異質である中で、よくも分かっていない中で犯人逮捕。

 世間では田舎町で起こった連続殺人、その犯人は少年、後は久保の処遇位しか興味を持たれずに事件が忘れ去られる将来を思うと洸夜は虚しく感じてしまった。

 

「しょうがないよ。それが少年法なんだから……法律が守っている以上、あの少年が世間に晒される事は絶対にないだろうね」

 

 洸夜の呟きが聞こえたらしく足立はそう言うが、その様子や口調には特に変化はなく、当たり前の事をただ言っているだけ感があり、何処か諦めの様にも見える。

 そしてそう足立は言い終えると、テレビに視線を向きながら更に続けた。

 

「洸夜君に人生の先輩としてアドバイスするよ。……法律が守れるもんなんてたかが知れてる事、殆どは被害者すらまともに守れないのさ。警察だって何か起こってからでしか動かないでしょ? 事件が起こったから仕方なく捜査しているのが現実。だから、社会にでたら何かあったら法律がとか……やめなよ?」

 

 そう言った足立の声に冷たい重さがあった。

 刑事である足立だからの重さなのかも知れないが、同時に違和感もある。

 

「俺も法律が絶対とは思ってないですが……足立さんがそう言う事を言って大丈夫なんですか?」

 

「勿論、刑事としてはまずいだろうね。ただでさえ今の警察は不祥事ばかりで信用ないし。――けど、これは僕個人、足立透としての考えだからそんな事は関係ないんだよ」

 

 足立はチラッと洸夜を見ながらそう言い終えると、再びテレビの方を向き、洸夜も同様にテレビの方を向いた。

 

『さあ! 次は特集です! 嘗て不良だった少年が大人になり、自分と同じだった少年達へ手を差し述べており、カメラはそれを追いました!』

 

 先程のニュースが終わり、今度は特集となって元不良だった男性が不良少年達へ更生の手を差し伸べる内容のモノが放送され始めた。

 男性の少年時代、行った事等が次々と流されて行く中で更生へ続いて行く説明や行っているが明かされて行く。

 すると、それを見ていた足立は口を開く。

 

「洸夜君はさ、こう言うのをどう思う?」

 

「……悪い事ではないと思いますよ」

 

 洸夜は画面から視線を離さずにそう言った。

 別に悪い事ではない、だからと言って全てを受け入れている訳でもないのが洸夜の考え。

 だが、その言葉をどう理解したのかは分からないが、足立は洸夜の言葉に笑みを浮かべながら言った。

 

「――僕はさ、こう言うの嫌いなんだよね」

 

 その足立の言葉に洸夜は特に驚く事はなかった。

 何故だか分からないが、足立ならばそう言うのだろうと分かっていたからだ。

 

「家庭の事情とか色々あるって言うけどさ、こう言う連中は結局は迷惑掛けているのって無関係の第三者でしょ? 散々、好き勝手やってきた癖に……馬鹿が普通になっただけでなんでこんなに持ちあげられるのか理解できないよ僕には……」

 

 怒り、胸糞悪い怒り、それが足立の口調からは感じ取れた。

 

「ようは横入りしてるんだよコイツ等はさ……僕らが歩いてきた道から勝手に外れた癖に、都合悪くなったらその道に割り込んで何事もなかった様に演じる。――別にコイツ等を咎める気は僕にはないよ。ただ戻ってくるのが気に入らないんだよ……だからコイツ等は散々好き勝手やってきたんだからさ」

 

 そう言う足立からは普段の雰囲気は一切なかった。

 あちゃらけたヘッポコ刑事、その姿は今は彼の中で眠っており、別の色になっている。

 

「この更生した男も気に入らないよ。ただ普通になった奴が、一体今まで何人の普通だった人に邪魔をしてきたのか? 昔やっていた事を今のコイツにさせれば普通に逮捕できるよ。今まで迷惑かけた連中に謝れって言っても謝らないだろうね。――まあ、やる気も無ければ出来ないからしない、だからテレビに出てるんだよ。迷惑掛けた人達がテレビ見てたら僕は頑張ってるから昔の事は許して下さいって……」

 

 足立はそう言うと小さく笑い始めた。

 

「ハハハッ……誰も許す訳ないのに本当に馬鹿だよね」

 

 そう言った足立の表情は満足そうであり、その言葉に悪気も罪悪感も一切感じさせる事はなかった。

 だが、一つだけ言える事はある。

 それは足立が彼等を見下していると言う事だ。

 

「何故、そんな事を俺の前で言ったんですか? そこまで本心を……」

 

「んん?……なんでだろうねぇ。――なんか、洸夜君が僕に似ているからかな」

 

「俺と足立さんが……?」

 

 自分は日頃、あんなにヘッポコな感じなのだろうか。

 足立に似ていると言われてもハッキリ言ってその点が分からない。

 

「いやぁ期待してもらって悪いけど、僕もそれが分からないんだよね。ただ言うなら……勘かな」

 

 掴めない、足立透と言う人物が掴めない。

 形が分からないまるで雲の様な存在、いや全く別の物かも知れない。

 

「……おっと、ごめん洸夜君。そろそろ戻らないと堂島さんの説教が長くなりそうだから戻るよ。――それじゃあね」

 

 足立はそう言って腕時計を見ながらその場を出て行き、洸夜はその後姿を見送った。

 足立透、彼の事を洸夜は少し理解する事が出来た様な気がしたが、同時に分からなくもなった事を静かに胸の中にしまうのだった。

 

 

▼▼▼

 

 同日

 

 現在、稲羽市【警察署への道】

 

 洸夜と別れた後、足立は警察署へ戻っていた。

 ゆっくりと歩きながらマイペースを維持している足立。

 そんな彼の前に三人の小学生がふざけながら走って来ていた。

 

「やめろよぉ!」

 

「やめたよぉ!」

 

「ハハハッ!!」

 

 前を良く見ていない小学生達。

 このままでは自分がぶつかる事は明白であり、足立は道の端に移る。

 だが小学生達は足立の傍まで来ると突然、方向を変えて足立へぶつかってしまった。

 

「イテッ!」

 

 前を見ていなかった事で背中から足立にぶつかる小学生。

 振り向いてぶつかった足立の方を見るが、その表情は不満そうだ。

 

「やあ、大丈夫かい? ちゃんと前は見ないと――」

 

「うっせえッ!! 気を付けろバーカ!」

 

「へへ! バーカ! バーカ!」

 

「クーズ!」

 

 足立は大人の対応をしようと声を掛けたが、小学生達は足立の外見で怒らないと判断したのか一斉に汚い言葉を放ちながら走って行く。

 

「……」

 

 足立はそんな様子の小学生達を見送る形になってしまうが、その表情はどうなっているかは分からない。

 ちょうど影が出来ており、場合によっては本人にも表情は判断できないだろう。

 何も言わず、足立はそのまま小学生達が走って行った方向に背を向けて歩き出した。

 すると……。

 

「イッテェ!! んだごのガキッ!!」

 

「……んん?」

 

 先程とは違う声が背後から聞こえ、足立が振り向くと少し離れた場所で先程の小学生達が不良の若者たちに絡まれていた。

 恐らく、先程の様に前を見てなかった事でぶつかったのだろう。

 小学生達は四人の不良に囲まれ、全員が震えていた。

 そんな状況に足立は……。

 

「……ハハッ! 本当に馬鹿だな」

 

 足立はそう言ってその場を後にしていった。

 最初から何事もなかったかのように……。

 

 

 

End

 



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お知らせ

 

最近、投稿が遅くなっている中、いつも見て頂いてる皆さん、誠にありがとうございます。

 

早速ですが結論から言いますと、この小説のリメイク版を作りました。

最近いろいろとあったりメッセージで書き直した方が良い、と 言う物が最近になって増え、オリ主である洸夜ももう少し上手な立場に出来たのではないかと思い、その結果、良い機会だと思い書き直す事に致しました。

その為今作を未完にし、これからはリメイクの方を進めさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します(-_-;)

 

題名は 新訳ペルソナ4迷いの先に光あれ です。

 

ペルソナの変更をしたり、一部ストーリーも変わっておりますので今作とは多少のオリジナル展開があります。

勿論、今作は消去致しません。今まで沢山の方に応援して頂いた作品であり、原点の様なものなので残させていただきます。

 

 

 

これからは、そちらの方で宜しくお願い致します♪

 

また、テイルズに関してですが、そちらの方も少しずつですが執筆しておりますが、基本的には余裕があったときの投稿と考えております。

 

 

 

以下、文字稼ぎの為、今作のプロローグの一部を貼らせて頂きます。(つд;*)

 

在、ベルベットルーム

 

薄暗く、シリアスな雰囲気を漂わせる車の内装をした場所で、一人の青年は座っていた。

その青年の髪は灰色に染めており、また顔も最低限は整えている。

だが、青年の目には生気が感じない……まるで抜け殻の様に。

そして、青年の正面ではまるで、青年を見据えている様に見詰める鼻の長い男。その隣では目を閉じ、この場の雰囲気を楽しんでいる様に黙っている銀髪の女性が座っていた。

 

「ヒッヒッヒッ……二年ぶりでございますな。“瀬多洸夜”様」

 

鼻の長い男“イゴール”の言葉に洸夜は一瞬、表情を歪めるが直ぐに戻した。

 

「(……別に俺から話す事は何もないが、昔世話になったし無下には出来ない)」

 

等と思いながらも本音を言えば、シャドウやペルソナと関係しているモノからは極力関わりたくない洸夜。なので早くこの場から去りたいのだ。

 

「久しぶりだなイゴール……だが、いまさら一体何の様だ? もう、お前との契約は終わり、俺に出来る事は何も無いんだぞ」

 

「ふふふ、それはどうかしらね?」

 

洸夜の言葉に返したのイゴールでは無く、隣で座っていただけの銀髪の女性だった。

しかし、洸夜の記憶の中にはこの人物はいない。

二年前にベルベットルームに招かれていた時は居なかった女性。

 

「(エリザベスじゃない、一体誰だ……? )」

 

本来ならば、イゴールの手伝いをしている筈のエリザベスが居ない事に困惑してしまう洸夜。

だが、考えるより聞いた方が早いと判断した為、目の前の人物と会話をする。

 

「あんたは誰だ? 二年前には居なかったろ?」

 

「自己紹介が遅れました、私の名前は“マーガレット”。ついでに言うと、エリザベスは私にとって妹に成ります」

 

「妹……!?」

 



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