【完結】スネイプ家の双子 (八重歯)
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入学前
01 お誕生日!


 

 

12月13日。

朝日が部屋の中を明るく照らしたその瞬間、男女の双子はほぼ同時に目を覚まし、勢いよくベッドから飛び起きた。

 

「おはようソフィア!僕の親愛なる妹よ!お誕生日おめでとう!」

 

喜びながら叫ぶように言ったのは少年の方で、ネグリジェを着る少女に飛びつくと強く抱きしめ頬にキスを落とした。少女は少し残念そうに「負けたわ!」と言いながらも同じように強く抱き返し、頬にキスを返す。

 

「私が先に言いたかったのに!おはようルイス!私の大切なお兄様!お誕生日おめでとう!」

 

2人は頬をくっつけ、ぎゅーっと抱きしめ合う。そして指を絡め手を繋いだままスリッパをならしぱたぱたと廊下を走り一つの扉を少年──ルイスは蹴り開け、少女──ソフィアは手で押し開けた。

 

 

2人の暴行により扉は蝶番を破壊され大きな音を立てその場に無惨にも倒れた。2人は少しも気にする事なくその倒れた扉を踏みつけ部屋に入ると、布団の中でまだ毛布に包まれるその人めがけて飛び乗った。

 

 

「おはよう父様!今日という日に感謝を!」

「父様まだ寝ているの?今日は家族にとって特別な日よ!」

「──っ!」

 

 

遠慮のない2人分の体重を一身に受けたそのベッドの主であり、2人の父親──セブルス・スネイプは呻めき痛む腹や脇腹を抑えながら起き上がった。

 

 

「…ルイス…ソフィア…お前たちは私を圧死させるつもりか?」

 

 

それだけで人を殺せそうな冷たくきつい眼差しを見ても、2人は少しも恐れることはなく、それぞれにっこりと満面の笑みを浮かべセブルスの頬にキスを落とした。

 

 

「まさか!僕たちはただこの日を少しでも早く祝いたかっただけさ!」

「そうよ!…ねぇ父様?私、父様の作ったあまーいブラマンジェが食べたぁい」

「ええー!ずるいよ!僕はプティング!カラメルソースは苦めがいいなー」

 

 

「おねがーい!」と甘えた声を出しながら自分の首に絡まる2人の重さを感じながらセブルスは身体を起こし──その確かな重みに2人の成長を少し喜ばしく思いながら微かに微笑む。

 

 

「…ああ、良いだろう」

「「やったー!」」

 

 

途端に嬉しそうに歓声を上げた2人は、セブルスの頬に再び軽くキスを落とす。

 

 

「ルイス、ソフィア…誕生日おめでとう」

 

 

セブルスは優しさと、愛おしさが含んだ声で2人に言うと、そっとその頬に掠める程度の軽いキスを返す。

2人はきょとんと顔を見合わせ、そして頬を押さえキラキラと目を輝かせ強くセブルスに抱きついた。

 

 

「ありがとう父様!」

「私達を産んでくれてありがとう!」

「…いや、産んではいない」

 

 

苦笑しながらセブルスは言うが、二人は気にせずベッドから飛び降りる。そしてニコニコと明るくいっぱいの喜びを表したままセブルスの腕を引きベッドから外へ誘い出した。

 

2人がこれ程までに楽しげで、興奮しているのは誕生日だから、ではない。

父親と、家族揃って過ごせる誕生日だから、であった。

 

 

2人の父であるセブルスはホグワーツの教員をしている。教師も皆ホグワーツで寝泊まりし、家に帰って来ることは少ない、それにセブルスはただの教師ではなく、スリザリンの寮監でもある。夜の見回りや数多く起きる問題の処理があり、家に帰れないのも仕方のない事だった。

幼い頃は自分達ではなく他人の子どもばかり構う父が悲しくて、なんだか無性に悔しくて、見たこともない子供への嫉妬心から沢山の我儘や駄々を捏ねてセブルスを困らせていた2人だったが今はもう──悲しい事だが──眠れない夜に父の寝室へいき、そのベッドが冷えていることに悲しむ事にも慣れていた。

 

それでも、何度途中で呼び出されることになろうとも、休暇のたびに戻って来てくれることは嬉しく思っていた。

 

彼らの11歳の記念すべき誕生日は、幸運にも休日だった為にセブルスは夜遅くにダンブルドアに帰宅する事を告げ、愛しい我が子らの誕生日を祝うべく自宅へと帰って来ていたのだ。

 

2人は寝巻きのままリビングへ向かい、そして沢山のプレゼントを見て嬉しげに駆け寄る。

色とりどりの包装紙を眺め、暫くはこの幸福な気持ちに浸っていたいと彼らはすぐに開けることはなく、ダイニングテーブルにつくと微笑みながらそのプレゼントの山を見ていた。

 

セブルスが2人の希望の料理──という名のお菓子であったが──を作る様子をちらちらと見て、2人は顔を合わせ笑い合う。

こんな幸せな日、滅多にないだろう。父親がいて、愛しい相方も隣にいるなんて!

 

 

「…2人とも、もう朝の挨拶はしたか?」

「あ!」

「忘れてた!ごめんなさい母様!」

 

 

2人はばたばたと慌てて椅子から飛び降りると、リビングの窓のそば、1番日当たりのいい場所にある小さな丸テーブルの上に置かれている写真たての前に向かい、膝をつき祈るように指を組んだ。

 

 

「おはよう母様!遅くなってごめんね?僕たちは11歳になりました!」

「おはよう!もうすぐホグワーツよ!私たくさんの伝説を残してみせるわ!」

 

 

口々に写真たてに映る、真っ赤な髪と優しげな緑色の目を持つ女性に話しかけた。魔法界の写真は専用のカメラか魔法薬を使えばその場面を切り取ったかのように動く──その女性は赤子を抱き愛おしげに、そして幸せそうに微笑んでいた。

2人は母親をたった一枚の写真でしか知らない。まだ赤子の時に亡くなったのだと聞いた。あまりにも父親が辛そうにするので、2人は母がなぜ死んだのか……病気なのか、事故なのか、それとも──殺されたのかを、知らなかった。

薄情だと思われるかもしれないが、2人は記憶に無い母親の事よりも、父であるセブルスを愛し、そんな大切な人の辛い顔は二度と見たくなかったのだ。

 

2人は口々に写真たてに向かって話を続ける。返答はないが、まるで会話をするようにとても楽しげだった。

 

セブルスは2人の声をBGMにしながらプティングとブラマンジェ、そして軽い朝食を作り終えると机の上に並べた。

 

「2人とも、朝食が出来たぞ」

「「はーい!」」

 

元気良く2人は声を揃えて返事をし、テーブルに着くと目を輝かせ嬉しそうに、好物を食べ始める。そんな2人を見て、セブルスの表情は柔らかく緩んでいた。

 

 

 



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02 衝動的な悪意!?

 

 

朝食後、2人は数々のプレゼントをそれはもう溢れんばかりの喜びを表現するように包装紙びりびりと勢いよく開けた。散らかった包装紙が部屋の中をひらひらと舞うのを見てセブルスは苦笑した。この双子は一挙一動が全て、ややオーバーだと言えるだろう。

 

 

「──ああっ!ソ、ソフィア…これ見てよ!ジャックからのプレゼント…!」

「え?なになに??…うわぁーー!」

 

 

ルイスはその小さな冊子を掴むとわなわなと体を興奮で振るわせ相方にずいっと見せた、ソフィアはそれを手に取り、そして見ると大きな声で叫ぶ。が、すぐにその開いた口を手で押さえ、身を屈めるとこそこそと囁きあった。

 

セブルスは聞こえた名前に、嫌な予感を覚え興奮する2人の元に音もなく忍び寄る。いつも賑やかな双子がこうやってひそひそとしている時は、だいたい碌でもない事になっていた。

 

 

「ダメよこれ父様にバレたら間違いなく、没収されるわ!」

「僕もそう思うよ、だから早く隠さないと!」

「──ほう、何を隠すのかね?」

「「うわぁ!」」

 

 

セブルスの低い声に2人は飛び上がると、直ぐにそれを背中に隠しにっこりと微笑み首をものすごい速さで振った。

 

 

「何でもないよ父様!」

「そうよ、何でもないの!」

「……アクシオ」

 

 

どう見ても、何かがある。今までの経験上そう察したセブルスは杖を振り、ソフィアの手からその小さな冊子を自身の元に引き寄せた。

 

 

「「ああ!!」」

 

 

2人は悲痛な声を出し慌てて取り返そうとするが、セブルスが高くそれを掲げてしまえば大人と子どもの身長差ではとても届く事が出来ず──そもそも2人は平均よりも身長が低い──2人は地団駄を踏みながらぴょんぴょんと何度も跳んだ。

 

 

「父様!返して!」

「父様!それは私達のバースデープレゼントよ!」

「…、…」

 

 

セブルスは、その冊子がアルバムだという事に気付き、二人の叫びを聞きながら嫌な予感がするそれを開いた。

 

そこに挟まれていた沢山の写真は、学生時代のセブルスと、このアルバムの送り主であるジャックが映るものだったが──。

 

セブルスはその写真の内容に表情をこわばらせ、びきりとこめかみに青筋を立てる。

 

 

──あ、やばい。

 

 

双子は父の静かな怒りを感じ、跳んでいた脚をぴたりと止めると慌ててその場から退散した。

 

セブルスは自分を落ち着かせようと、何度か深呼吸をし、そして暖炉の前に足速に向かいフルーパウダーを一掴みすると乱暴な動作で粉を投げ入れる。

 

 

「──ジャック!今すぐ来い!」

 

 

怒りを滲ませるその声を聞いて2人は肩をすくめ顔を見合わせたが、その顔はどこか楽しげだった。

 

暖炉の奥で緑の焔が上がり、すぐに1人の男が現れる。男にしては長めの銀髪をゆるく1つに結び、長身を窮屈そうに屈めながらジャックは暖炉から這い出た。

 

 

「何だよこんな朝早くに…それに、今日は双子の誕生日だろ?」

 

 

ジャックは眠そうに目を擦りながら訝しげにセブルスを見た。

セブルスは口先をひくつかせ、怒りを極力抑えながらゆっくりと、嫌に静かに問いかけた。

 

 

「……これが何だか、私に教えていただけるかね?」

 

 

手に持つアルバムを軽く振る。ジャックは数回瞬きをした後「あ。」と一言漏らし、ソファの背に隠れそろそろと目から上を出して此方を伺う双子を見た。

 

 

「ばれちゃった?」

「うん」

「一瞬だったわ」

 

 

あちゃー。とジャックはどこか演技かかった動作で額を押さえる。

セブルスは戦慄きながら、非難めいた目で鋭くジャックを睨むが、その目を見てもジャックは少しも恐れない。双子と同様、慣れていたのだ。

 

そのアルバムは学生時代、セブルスがジャックからの悪戯により空中に浮かされていたり、変化術で制服を女生徒の物に変えられていたり、くすぐり呪文により無理矢理爆笑させられている所であったり──つまりセブルスにとってしてみれば我が子らには決して見せたくない姿がありありと写っていた。

 

 

「ジャック!!」

「んな怒るなって!俺にとってはセブ、お前との青い友情の日々の輝かしい思い出なのさ!」

 

 

からからと笑いながら答えるジャックを苦々しくセブルスは睨み、苛立ちから手に持つアルバムを衝動的に暖炉に放り込んだ。

 

 

「ああーーっ!!」

「酷い!」

 

 

双子の悲痛な叫びに、少し大人げない事をしたかと思ったが、既にアルバムは炎に飲まれぷすぷすと音を立てて燃えている。

ジャックは、本当セブルスは衝動的に行動するところは変わってない、と苦笑し、残念そうに燻るアルバムを見る双子の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 

「心配するな、俺の家にまだたくさんあるから!」

「やった!」

「ジャック!!貴様いい加減にしろ!」

 

 

双子が喜びの声を上げるのと、セブルスの怒りが爆発するのはほぼ同時だった。

 

ジャックは五月蝿そうに耳を押さえくるりとセブルスを振り返る。

 

 

「セブ!…セブルス!今日は可愛い双子の誕生日だ!そんなかりかり怒るなよ。血管切れるぞ?」

「誰のせいで…!」

「はいはい、俺のせいです分かってますよ。……今日は休みなんだろ?お邪魔虫は退散するから、家族で過ごせ」

「…、…わかっている!」

 

 

ジャックは茶化すかのように言ったかと思えば、その目に優しさを滲ませセブルスを諭す。ジャックは双子の一時的な育ての親でもあった。

妻を失い、双子を育てるために──養うためには、セブルスは教員を続けなければならなかった。貧困の辛さは、彼自身がよく知っていた。愛する我が子たちにあんな想いはさせたくない、働かねばならない。

どうしようもなくなり、セブルスは唯一の親友を頼った。ジャックは第一次魔法戦争で親を失った子どもや、怪我の為育てられない親の子どもを孤児院で保護し、育てていた。

二つ返事でジャックは双子を預かり、2歳から7歳まで双子を育てたのだった。

勿論、親友の子どもだとはいえ、贔屓する事なく他の子と同様に、平等に育て、愛した。

 

そんなジャックだ。勿論2人の誕生日を祝いたい気持ちはセブルスには負けないが、家族として共に過ごせるのはわずかな時間であると知っている。そんな大切な時間を邪魔したくは無かった。双子が誰よりも父親であるセブルスを愛し、求めている事を知っているからこそ、ジャックはこの場に自分はいるべきではないと考えた。

 

 

「ルイス、ソフィア…誕生日おめでとう、また改めて祝いにくるからな」

「…うん!ありがとう!」

「またね、ジャック!」

 

 

ジャックは膝を折り、幼い2人に目線を合わせるようにしゃがみ込み、優しく笑う。

双子はにっこりと微笑み、その頬に感謝のキスを送った。

 

2人を一度抱きしめ、ジャックは立ち上がると少しバツの悪そうな顔をするセブルスの肩を叩き、フルーパウダーを使い直ぐに家へと戻った。

 

 

「…燃やしてしまって…すまない」

 

 

セブルスは、小さく2人に謝罪した。冷静になってみれば、やはり大人げなかったように思えてきたのだ。何も燃やさなくとも──良かったのかもしれない。

 

 

「…ううん!大丈夫だよ!」

「気にしないで父様!」

 

 

2人は手を後ろで組み、首を傾げてにっこりと笑う。

 

ジャックが二人を抱きしめた時に、こっそりと新しいアルバムをその小さな手に持たせた事に、セブルスは気がつかなかった。

 

2人は今度こそバレないようにこっそりとそのアルバムをポケットの中に隠し、ほくそ笑んだ。

 

 

「…他の贈り物も、開けてしまいなさい」

「「はぁい!」」

 

 

セブルスは2人があまり悲しみを見せていない事に安堵しながらプレゼントの元へと促す。今日一日、2人には幸せであって欲しかったのだ。

 

 

「ドラコからは…また箒だよ!」

「あー、一緒に飛んで欲しいのね」

「ええー僕あんまり飛行術得意じゃないからなぁ」

 

 

ドラコから──正しくは、マルフォイ家からだが──は毎年新しい箒が2本届いていた。これで一緒に飛びたいのだろうが、ルイスはあまり飛行術が得意ではなく毎年変わり映えしないプレゼントに少し不服そうに頬を膨らませた。

ソフィアはドラコと共に空を駆け回れる程度には飛行術が得意だった為、箒が貰えて嬉しい気持ちはある。だが──。

 

 

「…部屋の一室が箒で埋まってしまうわね」

「箒屋さんでもはじめようか」

 

 

ドラコが箒に乗り始めた3年前から2本ずつ箒は届き、今年の2本を加えれば8本になってしまう。クィディッチチームを作れてしまう本数が収められている部屋を思い出し、2人は笑った。

 

 

 

 



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03 2人はプリンス!

 

 

2人は箒をとりあえず傍に起き、プレゼントを開ける作業を再開させていたが、フクロウが窓を突く音にぱっと弾かれたように立ち上がると何処か緊張した面持ちで顔を見合わせ、足速に窓の側に向かいフクロウが持っている手紙を真剣な面持ちで見つめた。

 

セブルスもまた、誕生日に届く手紙の意味をよく知っていた為、静かに2人を見る。

 

 

「「ホグワーツからの手紙!!」」

 

 

2人は声を揃えて叫び──フクロウはその声に驚き翼を広げた──フクロウが持っていた二通の手紙を手に取る。緑色のキラキラとした文字で住所が書かれ、ホグワーツのエンブレムが記されている。

だが、2人はそこに書かれている名前を見て、眉を寄せた。

 

 

「…ルイス…プリンス?」

「ルイスのも?私のも、ソフィア・プリンスになっているわ…間違って届いたの?」

 

 

2人は困惑し、手紙に書かれた名前と住所を何度も見た。住所は間違っていない、名前もだ。ただファミリーネームだけが異なっていた。

 

 

「父様…これ、…どうして?」

 

 

2人は不安げに目を揺らせセブルスの元に駆け寄り、手紙を見せた。セブルスは2人を安心させるためにしゃがみ込み、目線を合わせ、2人の肩を優しく掴む。

 

 

「…本来、教師の子どもはホグワーツに通う事を許されない」

「えっ…そうなの?」

「そんな…知らなかったわ…」

 

 

2人は驚き顔を見合わせる。

 

 

「…ここに、イルヴァーモーニー魔法魔術学校の入学許可証もある。アメリカにある、ホグワーツと似た良い学校だと聞いている」

 

 

セブルスはローブから二通の手紙を取り出し2人にそれぞれ手渡した。

ホグワーツの手紙とよく似たその手紙に書かれている名前は、ルイス・スネイプ。ソフィア・スネイプ宛であり、名前に間違いは無い。

2人は二つの学校から届いた手紙の真意が分からず、首を傾げていた。

 

 

「…ホグワーツに通うのであれば…私が父親であると、知られてはならない。それが約束出来るのであれば…ダンブルドア校長は特例として、入学を許可するとの事だ」

 

 

教師の子どもが入学してしまえば、どれだけ親が他の生徒と同じように接し、特別扱いするつもりはないとしても、周りの生徒は納得しないだろう。例えば、授業で加点されたとして、それが公平的な加点であっても、そう思わない者は必ず現れる。

学舎は全ての者に公平で無ければならないのだ。

 

2人はセブルスの言いたい事を理解した。

親子だとバレてはならない。きっと父は子どもだからといって贔屓する事はないだろう。

 

 

「…もし、バレたら…どうなるの?」

「…ホグワーツを退学し、別の魔術学校に編入する事となるだろう。…私としては、ホグワーツに来るより…イルヴァーモーニーへ入学する事を勧める」

 

 

セブルスは、2人が7年間も隠し通せるとは思ってはいない、もちろん、約束は守る子どもだと思っている。だがそれでもどこから秘密がバレるかは分からない。そうなったとき友人と離れ、ようやく慣れた学生生活をまた初めからやり直す事となる。辛い思いをするのは自分ではない、2人なのだ。

それともう一つ、ホグワーツに入学して欲しくない理由がセブルスにはあった。

あの、憎いポッターの息子、ハリー・ポッターが入学する。出来れば2人とハリーを会わせたくないと考えていた。

 

しかし、2人は何故それ程にセブルスがジェームズを憎み、恨んでいるのかは知る由もない。セブルスも、また言うつもりは──…言う決心は今までつかなかった。

 

 

2人はセブルスの真剣な目を見て、ちらりと顔を見合わせた。双子である彼らは言葉を交わさずとも、お互いの思いを理解していた。

 

 

「「ホグワーツで学びたい」」

 

 

はっきりとした意志で2人は同時に答えた。

セブルスは暫く無言だったが、諦めたように小さくため息をこぼし、少しだけ2人に微笑んでみせた。

 

 

「…わかった。イルヴァーモーニーへは断りの手紙を送ろう。……決して、親子だとバレてはいけない。……誓えるか?」

「もちろんだよ!僕たち大切な約束は絶対に守るから!」

「そうよ父様!安心して!」

 

 

2人は自信満々に告げ、胸を張った。

 

 

「でも、プリンスって……何なの?」

「……私の母方の性だ」

「と言うことは、お婆様の?……プリンスねぇ……」

 

 

セブルス・プリンス。…王子様?

2人は王子様の格好をする父を想像し、同時に吹き出し、腹を押さえて笑った。

 

 

2人はセブルスを父だと言えない事は残念だと思っていたが、それでもホグワーツに行きたかった。父親から魔法薬学を学ぶのをずっと心待ちにしていたし、友人のドラコもいる。それに…たまにしか会えなかった父親と、毎日会えるのだ。7年間関係を偽ることの見返りにしては十分な物だと2人は笑った。

 

こうして、ルイス・スネイプは、ルイス・プリンスとして。ソフィア・スネイプは、ソフィア・プリンスとして、ホグワーツの入学が許可されたのだった。

 

ホグワーツに通い続ける為の約束はただ一つ。

 

 

 

──セブルス・スネイプと親子だと、バレてはいけない。

 

 

 

 



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04 ショッピング!

 

 

セブルスは双子の誕生日が終わった深夜に眠そうに目を擦る2人を強く抱きしめ、充分過ぎる資金を2人に渡し、またホグワーツへ戻ってしまった。

 

その数日後、ルイスとソフィアはホグワーツ入学許可証を鞄の中にきちんと入れ、お揃いの衣服に身を包み。フルーパウダーを使いダイアゴン横丁へと来ていた。父はもちろん授業があるため来ることが出来ない。もはや2人きりの買い物は慣れたものでわざわざ父に一緒に行ってとねだる事は無かった。

 

 

2人は杖やローブ、制服を買う前にギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店へと向かった。ホグワーツへ入学するにあたり、最も必要なものはここで揃うと思っているあたり、2人の性格が垣間見れる事だろう。

 

沢山の商品が陳列する中、2人は新商品入荷!と書かれ派手に点滅するポップに気付くとすぐさま駆け寄りまじまじとその数種類の商品を見た。

 

 

「ヒエビエ爆弾だって!」

「もう一つは…メラメラ爆弾よ!」

「うーん、どっちがいいかなぁ…」

 

 

セブルスから資金を渡されているとはいえ、全てをこの店で使うわけにはいかない。どちらを買おうか──どちらの方が面白いかと悩む2人の後ろから燃えるような赤毛がひょっこりと顔を出した。

 

 

「小さな魔法使いさん達!お困りかい?」

「俺たちのおすすめは…ヒエビエ爆弾さ!」

 

 

2人は驚き同時に振り返る。悪戯っぽい笑顔を見せる赤毛の双子もまたルイスとソフィアのよく似た顔をみて、4人はそれぞれすこし驚いたように顔を見合わせた。

 

 

「もしかして君たちも双子かい?」

「ええ、そうよ!見たところあなた達もそうよね?そうじゃ無ければおかしいわ!」

 

 

ルイスとソフィアは男女の性差はあれ、よく似た顔立ちをしていた。髪色や瞳の色は異なっていたが、それでも楽しげに笑うその表情は瓜二つだ。──マグルのゲーム風にいえば、2Pカラーとでも言えば2人のよく似た顔が伝わるかもしれない。

2人はそっくりで燃えるような赤毛の双子を見た。鏡を写したかのような2人はまさに正統派の双子だと言えるだろう。

 

 

「俺はジョージ・ウィーズリー」

「俺はフレッド・ウィーズリー」

 

 

ジョージとフレッドは交互に名を名乗ると、さっと陳列棚の奥に身を隠し悪戯っぽい笑顔で再び現れた。

 

 

「「さぁ、俺は誰?」」

 

 

両手を広げ、ルイスとソフィアに問いかける。2人は顔を見合わせたが、面白そうにぱっと笑うと明るい表情を見せた。

 

 

「「右がフレッドで左がジョージ!」」

 

 

自信に満ちた声で2人は同時に答えた。

まさか即答されるとは思わず──しかも、その答えは合っていた──フレッドとジョージは歓声を上げ2人の肩をばしばしと叩く。

 

 

「ワォ!すごいね!親ですらたまに間違うのに!」

「どうしてわかったんだい?勘かな?」

「だって、ジョージ…君の鼻の頭に何か汚れがついているんだ!」

 

 

ルイスはくすくすと笑いながらジョージの鼻を指差す、ジョージとフレッドは顔を見合わせ、大袈裟に肩をすくめた。

 

 

「君たちの名前は?」

 

 

ジョージは鼻についた汚れを服の袖で拭いながら2人に問いかける。

こんな双子の兄妹がいれば気付かない筈がない、きっと自分達の弟と同じ新入生だろう。

 

 

「私はソフィア・プリンス」

「僕はルイス・プリンス」

 

 

2人は名を名乗ると、企むように笑いながら陳列棚の後ろに隠れ、少し経ってから姿を現した。

 

 

「「さあ、僕は誰?」」

 

 

先程フレッドとジョージがしたように、2人は悪戯っぽい笑顔で現れると両手を広げ、二人を見上げた。

 

ソフィアとルイスは双子で顔はよく似ているとはいえ、髪の長さが決定的に違う。ソフィアは女児らしく腰までのふわふわとしたややウェーブかかった長髪で、ルイスは品のあるさらりとした短髪だ。流石に間違える人は居ないだろう。フレッドとジョージは顔を見合わせ、それぞれを指差した。

 

 

「君がソフィアで」

「君がルイスだよね?」

「「正解!」」

 

 

至極当たり前の事なのだが、キョトンとしたフレッドとジョージの顔を見るとけらけらと腹を抱えて楽しそうに笑う。

楽しそうなルイスとソフィアを見てジョージとフレッドは2人に揶揄われたのだとわかったが、2人のたしかなユーモアと悪戯心を理解し、同じように楽しそうに笑い2人の肩をがっしりと組んだ。

 

 

「君たちはなかなか愉快な心を持っているようだ!」

「光栄だわ!」

 

 

ジョージに肩を組まれたソフィアは胸を反らせ挑戦的な目で彼を見上げた。幼い少女の小悪魔的微笑に、ジョージはヒュウと口笛を吹いた。

 

 

「君たちの入学が待ちきれないよ!」

「僕も早く行きたいさ!」

 

 

フレッドはルイスの肩を組み、彼の自分とよく似た柔らかそうな赤毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。ルイスはきゃっきゃとくすぐったそうに笑ったが嫌がる事は無く、その目を嬉しそうに細めた。

 

暫く4人は共に店内を見て周り、沢山の悪戯の計画を企てていた、来年からきっと更に楽しくなると赤毛の双子は心を踊らせ、ルイスとソフィアも同じように愉快な悪戯心を持つ2人が通うホグワーツに、更に期待が高まった。

 

母親らしき女性に呼ばれ、フレッドとジョージは演技かかった口調で別れを惜し嘆いた。実際もっと2人と話していたかったが、そうすれば母親の雷が落ちることに間違いはない。

 

ルイスとソフィアは双子と別れ、彼らがおすすめしたいくつかの悪戯グッズを購入し、ほくほくとした顔で漸く新年度の準備物を買いに行った。

 

 

 

2人はオリバンダーの店を訪れた。店内には壁に沿って天井まで届くほど高い棚が並び、その棚には折り重なるようにして少々乱雑に杖の箱が収まっていた。天井付近のものは蜘蛛の巣が張られており、長く持ち主が現れていないことが窺える。

この店は紀元前からあり、杖達は何千年もじっと持ち主を待っていた。

 

 

「うわぁー…すっごいね」

「こんなに沢山あるなんて…私の杖はどこかしら…」

 

 

あまりの膨大な杖の量に2人は圧倒され思わず呟く。

 

 

「おやおや…可愛らしい魔法使いさん、…もう杖を買いに来たのかね?」

 

 

来客を告げるベルの音を聞き、棚の向こう側から顔を出したオリバンダーは興味深そうに2人を見つめた。大きな瞳に見られた2人はにっこりと微笑み自慢げに頷いた。

 

 

「うん!僕らもう11歳だからね!」

「杖を買いに来たの!」

「よしよし…じゃあまずお嬢さん、ここへ来なさい…」

 

 

梯子から降りたオリバンダーはメジャーをポケットから出すと軽く投げる、メジャーは1人でに伸び、驚きの顔を見せるソフィアの身体の至る所を計測した。

 

 

「杖腕はどちらかな?」

「右よ!」

 

 

ソフィアは右手を意気揚々と掲げる。オリバンダーは頷き山を作る箱の中から真新しい一つを抜き出すと──山が雪崩を起こしたがオリバンダーは全く気にしていないようだった──そっと蓋を開け中から黒い杖を取り出した。

 

「セストラルの体毛にカシの木、23センチ…癖がなく使いやすい。…さあ振ってみなさい」

 

ソフィアは差し出された杖をそっと掴み、軽く振った。

その瞬間天井付近の棚から杖の箱が押し出されるように音を立てて落下した。驚いているとオリバンダーは直ぐに杖を回収し、新しい杖をすぐにソフィアに握らせる。

 

 

「合ってなかったようじゃな。…サクラの木に、麒麟の角、少し硬い」

 

 

ソフィアは再び杖を振るが、今度は机の上にあった花瓶が爆発し粉々になる。そばに居たルイスは跳び上がり服についた水滴や花瓶のかけらを払った。

杖職人をしていれば家具が壊れる事など日常茶飯事なのか、オリバンダーは少しも砕けた花瓶に目を向ける事なくソフィアの手から杖を受け取るとすぐに新たな杖を探しに店の奥に消えた。

 

 

「…見つかるかしら…」

「…店中の杖を試すって言われたらどうする?」

「うーん…」

 

 

無数にある杖を見渡し、ソフィアは肩をくすめた。

 

 

「…寝袋を持ってこなきゃいけないわね」

 

 

その後、何度も杖を試したが、ソフィアに合う杖は中々見つからない。オリバンダーは目をギラギラと輝かせ何やら不敵な笑みを浮かべながら楽しげに色々な杖を試す。これほど杖選びが難航するのは久方ぶりであり、オリバンダーの胸は躍っていたのだが、何度も杖を振りその度に店の中が破壊されていく状況にソフィアとルイスは些か疲れ──飽きていた。

 

 

「ねぇ…まだかかるかしら?」

 

 

ソフィアは振りすぎて疲れてきた右腕を揉みながらため息を溢す。

 

外はうっすらと暗くなってきているが、まだローブや教科書を購入出来ていない。これはまた別日に出直さなければならないだろう、何しろ、まだこの後にルイスの杖選びも残っているのだ。

 

 

「うーむ…君達は…双子かな?」

「ええ…そうよ、私はソフィア、彼はルイス」

「ふむ…。…そうじゃ!アレを試して見よう」

 

 

暫くオリバンダーはソフィアとルイスを交互に見ていたが、思い出したように手を叩き、床に散らばった杖の箱を掻き分けながら奥へと進む、オリバンダーは棚の奥から他の箱より大きな箱を取り出した。

その箱につく埃を服で払い、オリバンダーは中からそっと杖を取り出す。

 

 

「ルイスと言ったかな、君も隣に来なさい」

「──え?僕も?」

 

 

待ち続けることに疲れたルイスは椅子に座ってぼんやりとしていたため、急に名前を呼ばれたことに驚きながらも直ぐにソフィアの隣に並んだ。

 

 

「さあ…これを持ちなさい」

 

 

オリバンダーは1つの杖をソフィアに渡すと、箱の中から瓜二つの杖をそっと取り出しルイスに差し出す。

 

 

「君は、これじゃ。振ってみなさい、二人、同時に」

 

 

ソフィアとルイスは目を合わせ、そっと同時に杖を振った。

銀色の眩い光線が二人の杖から溢れ、主人との出逢いを喜ぶように二人の周りをキラキラと輝きながら巡った。

 

 

「おお!…なんと…この杖の選択者に生きているうちに会えるとは…」

 

 

オリバンダーは深く感嘆しながら嬉しそうに微笑む。

黒く艶やかな杖を二人は目を輝かせながら見つめた。

 

 

「この杖は…根元から別れ、双子となった杉から作られておる、極めて稀な物じゃ…お嬢さんが持つ杖は双子スギの枝、スナリーガスターの心臓の琴線を芯とする。25センチ、かなり気まぐれ。坊ちゃんの杖は同じ双子スギの枝、スナリーガスターの牙を芯とする。主人のみ忠実。…同じ個体を材料とする兄弟杖はたまにあるが、これは…木材をも同じ、稀有な双子杖なのじゃよ」

「へぇー?僕らにピッタリなわけだ!」

「私たちが双子だってわかっていたらもっと早く見つかったかもしれないわね」

 

 

まじまじと杖を見ながらルイスは嬉しそうに言った。杖まで双子だなんて、最高だとその表情が物語っていた。

 

 

「いやいや…これは双子杖であり、よく似ているが全く真逆の性質を持つ…矛盾を多く孕んだ杖なのじゃ、ただの双子には扱えん。今まで何組もの双子が試したが使えなかったのじゃ」

 

 

オリバンダーの話を聞いても二人はぴんとくるものはなく、首を傾げていたがとりあえず杖が決まった事は喜ばしいことだ。やっと、この店から解放される。

 

二人は杖の代金を払い、まだギリギリ営業時間だったマダム・マルキンの洋服店で制服を購入し家へ戻った。

教科書を買うことは諦め、2人は疲れた表情でソファに座り込む。

 

 

「はぁー…何だかとっても疲れたわ」

「まぁね、フレッドとジョージに出会えたのは嬉しかったけどね!」

「ええ!ホグワーツに行く楽しみがひとつ増えたもの!」

 

 

2人は赤毛の双子を思い出し、顔を見合わせくすくすと笑った。

 

 

 

 



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賢者の石
05 ホグワーツへ!


 

 

9月1日。

2人は沢山の荷物をカートに詰めキングズ・クロス駅に来ていた。胸を期待に膨らませ、ゴロゴロとカートを押しながら9と4分の3番線を探す。あらかじめセブルスから行き方を聞いていた為迷う事なく足を進めた。

 

 

「あ!ソフィア、見てみて!」

「え?何なに?!」

 

 

マグルや魔法使いらしき人の群れにソフィアは大声をあげた、目を離すと前を進むルイスを見失ってしまいそうなほど混雑していた。

ルイスは早く気付いて欲しいと言うように、人の群れの中の先を指差した、その目はきらきらと嬉しそうに輝いている。

 

 

「ほら!あの家族達を見てよ!」

「えー?…あっ!」

 

 

ソフィアはその場でぴょんぴょんと跳んでいたが、ようやくルイスが言う家族達、が誰だかわかりぱっと表情を明るくさせカートを勢い良く押し慌てて飛び退くルイスを追い越すと、そのまま燃えるような赤毛の集団に突撃──彼らにとっては奇襲だっただろう──した。

 

「うわぁ!?」

「な、何だい!?」

 

 

後ろからのいきなりの衝撃に驚いた彼らはしこたまぶつけ、痛む腰を抑えながら何事かと振り返る。

 

その先にあったのは大きなカートに乗せられた沢山の荷物、それを見てその集団に居たモリーはきっと誰がが誤ってぶつかってしまったのだろうと思った。少し皆で固まって動きすぎて通行の邪魔になっていたかもしれない。

とりあえず謝ろうとしたが、荷物からひょっこりと顔を出した少女のその表情は何処か既視感のある悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

「あはは!ごめんなさい!ジョージ!フレッド!会いたかったわ!」

「「ソフィア!」」

 

 

謝罪しながらも嬉しそうに笑い、ソフィアはカートから手を離しジョージに駆け寄ると飛びつくようにして首元に抱きつく。ジョージはそのスキンシップに少し驚いたが抱きつく妹のジニーを受け止める事に慣れていた為特に照れる事なくしっかりと抱きとめた。

 

 

「ソフィアが居るって事は…」

「フレッド!また会えて嬉しいよ!」

 

 

ゴロゴロとカートを押しながらルイスも現れ、同じようにフレッドの首元目掛けて飛びついた。フレッドもまたルイスを抱きとめたが、ニヤリと笑うとその場で勢いよくルイスを振り回す。ルイスの「わあ!あははは!」という楽しげな歓声がホームに響いた。

 

 

「ジョージ?フレッド?この子達は…?」

 

 

モリーは初めて見るルイスとソフィアを見て、少し驚いた。フレッドとジョージに歳下の友人が居るとは思わなかったのだ。

 

 

「この前言った双子さ!」

「まさに、運命的な出会いだった!」

 

 

二人はルイスとソフィアを離すと、自分の母親の前にずいっと押し出す。押し出されたソフィアはスカートの端を掴み丁寧に頭を下げた。少し目を回していたルイスはよろめきながらも胸に手を当て恭しく頭を下げる。

 

 

「私はソフィア・プリンスです、はじめまして!彼らの偉大なるお母様!」

「僕はルイス・プリンスです、フレッドとジョージという最高な2人を産んでくださり感謝します!」

「まぁ!…ふふっ!面白い子達ね!」

 

 

双子の母であるモリーは、ソフィアとルイスに抱いた既視感の正体に気付いた、わが家の双子とよく雰囲気が似ているのだ、あの悪戯っぽい笑顔は何度も見て…そして頭を悩まされていたのだが。

しかし幼い2人は愛らしく、フレッドとジョージがするような危険な悪戯をするようには見えず、モリーは微笑んだまま目線を合わせるように少し身を屈めた。

 

ソフィアとルイスはその年齢にしては小柄な方だった、身長も低く、末っ子のジニーとあまり変わらないように見えた。 

 

 

「ホグワーツの新入生かしら?」

 

 

モリーが聞けば、2人は笑顔のまま頷く。

 

 

「母さん、僕たち、先に2人と行くよ!」

「ルイス、ソフィア!これから楽しい日々の幕開けだ!」

「「さあ、行こう!」」

 

 

その言葉に2人は顔を輝かせ、カートを掴むと先に進んだフレッドとジョージの後を追って目の前の柱の中へ突っ込んだ。

恐れる事はなかった、セブルスから行き方を聞いていたのは勿論だが、フレッドとジョージがこの先で待っていたのだから。

 

まるで嵐のように過ぎ去っていった4人を見送り、残されたモリーは何処かつまらなさそうに口を尖らせるロンの肩を叩く。

 

 

「…さあ、ロン、あなたも早く行きなさい」

 

 

ロンは小さく頷きカートを握りなおす。

いこう、と思った瞬間、近くにいた少年に声をかけられ出鼻を挫かれた思いがした。

 

 

「あのっ…すみません、ホグワーツに行くには…どうすればいいんですか?」

 

 

話しかけてきた黒髪の少年が同じ新入生だと知ると、ロンは少し安堵した。先程の新入生の双子が自分には目もくれずさっさと兄達と行ってしまった事を、少し残念に思っていたのだった。

 

 

ルイスとソフィアはフレッドとジョージと共に空いているコンパートメントを探していた。もうすぐ出発するホグワーツ特急は既に沢山の生徒で溢れており、4人が一緒に座れる場所…つまり、誰も乗っていないところを探す事は中々に難しかった。

 

 

「フレッド!ジョージ!おーい!こっちだ!」

 

 

少し離れた場所から自分達を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえ、2人はぱっとその声の方へ走り寄る。ルイスとソフィアは聞き覚えの無い声に顔を見合わせたがきっと彼らの友人なのだろうと推測した。

 

汽車の窓から身を乗り出し手を大きく振る少年のその手を取りフレッドとジョージは再会を喜んだ。

 

 

「久しぶり!休みはどうだった?」

「楽しかったさ!こっち来いよ、もう出発する、中で話そう」

 

 

2人の親友であるリー・ジョーダンは自分がいるコンパートメントに向かい顎をしゃくる。リーが居るコンパートメントに入ろうとする者は誰一人として居ない。フレッドとジョージが後から来るだろう事を皆知っており、もし入ってしまったらどんな悪戯を仕掛けられるかわからないのだ。

それに、先程リーが何やら毛むくじゃらの生き物をこっそり持っていたのを何人かの生徒が目撃して居た。

 

 

「ああ!…あ、ちょっと待って俺らの他に…後2人分入れるかなぁ?」

 

 

ジョージはちらりとルイスとソフィアを見てコンパートメントを覗き込む。しかし4人がけのその場所に5人入るのは中々無理そうに思えた。5人中3人が中々に高身長の男なのだ、荷物も複数個あり、皆が入るには些か狭すぎる。

リーはジョージとフレッドの後ろにいる2人の存在に気付いた。てっきり新しく入学する二人の弟の事かと思ったが、その2人の外見はどう見てもウィーズリー家の者ではない。

 

 

「フレッド、ジョージ私たち別の場所を探すわ」

「でも…」

 

 

フレッドが少し残念そうに眉を寄せた。だが2人は何でもないと明るく笑う。

 

 

「またホグワーツで会えるよ!」

「そうよ!…あ、でも…別れる前に列車に荷物を積むのを手伝って貰えたら嬉しいわ」

「お安い御用さ!」

 

 

沢山の荷物を小柄な2人が持ち上げるのは無謀に思える。大きなトランクケースに潰される未来が容易く想像でき、フレッドとジョージはすぐに頷いた。

列車の戸口へと向かうと、1人の少年が顔を真っ赤にし必死にトランクケースを積み込もうと奮闘していた。ジョージはそれを見ると直ぐに駆け寄り落ちかけたトランクケースを後ろから支え、少年がトランクケースに潰される未来を回避した。

 

ルイスとソフィアは、彼の優しい一面、それも気取った様子のない自然な善意を見て心が温かくなるのを感じた。悪い人ではないと思っていたが、自分達の目に狂いは無かったようだ。

 

 

「手伝おうか?」

「うん、お願い…!」

 

 

少年──ハリーはぜえぜえと荒い呼吸をしながら救世主を見る目でジョージを見るとこくこくと頷く。

 

 

「おい、フレッド!こっち来て手伝えよ!」

 

 

ジョージの声にフレッドも後ろからぐいとトランクケースを押し、何とかトランクケースは汽車に乗り、ハリーは空いていたコンパートメントに引き摺るように荷物全てを押し込んだ。

 

続いて2人はルイスとソフィアのトランクケースを協力しながら同じように汽車に乗せた。

 

 

「フレッド!ジョージ!本当にありがとう!」

「ありがとう!コンパートメント探さないとダメだね」

「ありがとう…あ、僕のところにくる?」

 

 

ハリーも2人と同じように赤毛の双子に言うと、何処か緊張した面持ちで少しだけ微笑みソフィアとルイスに聞いた。

 

 

「え?いいの?わー!やったね!ありがとう!」

「お願いするわ!」

 

 

ハリーは2人のぱっと明るい顔を見て、僅かに心が踊った、はじめての友達になれるかもしれない。今までに友達はいなかった、きっと魔法界に飛び込めば同じ力を持つ人たちと仲良くなれ…友達が出来るかもしれないそう思っていたのだ。

 

ハリーは拒絶されなかった事に安心しながら汗をかき額に張り付いた前髪をかきあげた。

その瞬間、ジョージがその額に走る稲妻型の傷を目を見開いて見つめた。

 

 

「…それ、なんだい?」

 

 

ソフィアとルイスも、その特徴的な傷痕を見て彼が誰なのか分かった。かの、有名なハリー・ポッター。奇跡の子だ。

 

 

「驚いたな…君は?」

「…彼だ。…君…そうだよね?」

 

 

フレッドとジョージは確信めいた目をしていると言うのにひどくあやふやにそれを指し示す。ハリーは2人の、どこか恐る恐ると言った声に目を瞬かせ首を傾げた。

 

 

「何が?」

「君、ハリー・ポッターでしょ?」

 

 

明言しない赤毛の双子の代わりにルイスがさらりと答えた。

 

 

「ああ、その事。うん、そうだよ。僕がハリー・ポッターだ」

 

 

ハリーは先日のもれ鍋での一件を思い出し、ようやく赤毛の双子の言いたいことを察すると頷く。2人はぽかんと口を開きじっとハリーを見つめた。

ハリーは僅かに頬を赤らめ、きまりが悪そうに視線を逸らす。

その時列車の外から彼らを探すモリーの声が響き、ようやく2人はハリーから視線を外した。

 

 

「今行くよ!…じゃあなルイス、ソフィア…そして、ハリー!また後で!」

 

 

フレッドとジョージは最後にもう一度ハリーを見てから列車から飛び降り、自分達を探す家族の元へ向かった。

残された3人は誰からともなく顔を合わせた。

 

 

「…僕はルイス・プリンスだよ」

「私はソフィア・プリンス。双子なの」

「あっ…僕は…ハリー・ポッター、よろしくね」

 

 

何処かぎこちなくハリーは自分の名前を告げる。また先ほどの彼らのように見られるかと思ったが、2人は特に何も言わず荷物を詰め、コンパートメントに入った。ハリーはなんとなく傷痕が見られないように前髪で隠し、2人に続いてコンパートメントへ入る。

 

外からは先ほどの双子と、そして恐らくその家族達の会話が聞こえ、なんとなく恥ずかしくなりハリーはもじもじと座席の上で落ち着きなく足を動かした。

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、少し肩をすくめる。

 

2人はハリーの事を知っていた。

かの残酷で劣悪な魔法使い、ヴォルデモートを退ける事が出来た唯一の奇跡の子どもだ。

だが、彼は両親を失っている。大人たちはヴォルデモートの失脚を喜びハリーを讃えたが、沢山の賞賛をうける代償にハリーが払ったものは大きいと、彼らは思っていた。

 

汽車が汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出す。流れていく景色を見ながら暫く3人は無言だった。

 

 

「ホグワーツ、楽しみね」

 

 

その沈黙を破ったのはソフィアであり、ソフィアはハリーを見ながら優しく微笑む。

ハリーはどこかほっとしたような顔でそれに頷いた。

 

 

 

 

 



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06 タランチュラだーいすき!

 

 

3人は暫く話に花を咲かせた。

ハリーはマグルの元で育てられていた為に、2人が話す摩訶不思議な話は何処か夢物語のように思えた。ホグワーツでの生活に期待感を込めると同時に、何も知らない自分が果たして上手くやっていけるのか心配だった。

 

世界は僕を知っているのに、僕は世界を、何も知らない。

 

ハリーの表情が少し不安げに揺れたのを見て2人は顔を見合わせ、カバンの中を探り、小さな箱を取り出すとそれぞれ1つずつハリーに手渡した。 

 

 

「これは…?」

「ヒエビエ爆弾と」

「メラメラ爆弾よ。どっちも中々に面白い物だから…是非使ってみて」

 

 

2人は悪戯っぽく微笑む。

ハリーはきょとんとしたまま手のひらに転がる箱を開けようとしたが、それは「だめ!」という2人の渾身の叫びにより止められた。

ハリーが2人の必死な声に驚いていると、2人はまだ箱が開けられていない事にほっとため息をついた。 

 

 

「ハリー!これはね…うーん…ちょっと悪戯したい相手に使う物さ!」

「間違っても狭い密室で開けてはだめよ?じゃないと…大変な事になるの」

 

 

2人は大真面目な表情で声を顰めハリーに忠告した。

ハリーは手のひらに転がる二つの箱をそっとポケットの中に入れる。それは止められなかった為、こうして持っていても危険のない物なのだろう。

 

 

「大変な事って?」

「それは…やってみてのお楽しみさ!」

 

 

ルイスは楽しげに笑う。ハリーは2人からもらった物騒な名前の箱を早く何かに使いたいとちらり、と思った。

 

 

「──ねえ、ここ空いてる?他はどこもいっぱいなんだ」

 

 

突如コンパートメントの扉が開いて赤毛の少年が何処か疲れたような表情で尋ねた。

ハリーは先程一緒に9と4分の3番線に来た少年だと気付いたが、ルイスとソフィアはフレッドとジョージしか目に写って居なかった為気が付かなかった、ただ、彼らと同じ赤毛と特徴的なそばかすが散りばめられた顔を見てきっと兄弟なのだろうとは思った。

 

ハリーはちらりとルイスとソフィアを見る。後1人なら入れない事もないが、この場には2人がいる、自分1人で決める事は出来なかった。2人はハリーの視線の意図に気付き、にっこりと笑った。

 

 

「ええ、どうぞ!」

「君、もしかしてフレッドとジョージの弟?」

「そうだよ、ロナルド・ウィーズリー、みんなは僕のことロンって呼ぶよ…あ、ちょっとごめんね、…ありがとう」

 

 

ロンはルイスの足の上を跨ぎ、ハリーの隣へと深く腰掛けた。

 

ルイスとソフィアは自己紹介をしようと口を開きかけたが、その後に扉からひょっこりと顔を出した赤毛の双子に気づくとぱっと立ち上がり扉へ駆け寄った。あまりに同時に動いた為、2人は肩をぶつけ合ったが全く気にする事はない。

 

 

「なあロン、俺たち、真ん中の車両あたりまで行くぜ…リーがでっかいタランチュラを持ってるんだ、見にこないか?」

 

 

にやにやと笑いながら言うフレッドに、ロンは顔を青くして苦虫を噛み潰したような表情になりもごもごと「わかった」と呟く。2人の兄は自分が蜘蛛が大の苦手だと知っている、知っていて、こうしてわざわざ聞きにきたのだろう。

 

 

「タランチュラ!?見に行きたいわ!」

「ソフィア!…へー?虫とか得意なんだ?」

 

 

ジョージは面白そうにソフィアを見た。ソフィアは笑ったまま大きく頷く。

ソフィアは一見するとおとなしそうな少女に見える。それこそ、図書室で本でも読んでいそうな雰囲気だ。だがそれは口を閉じていたらの話で口を開き目を輝かせている彼女は活発性と行動力に溢れていた。勿論虫や爬虫類の一匹たりとも、彼女は怖いとは思った事はない。

だが隣にいるルイスは別だった、よく似ている彼らの決定的な差と言えるだろう。ルイスは引き攣った笑みを浮かべ、一歩下がると静かに席に座り直した。ルイスは爬虫類はともかく、6本足以上の生き物は大の苦手だった。

 

 

「…僕は、遠慮するよ…」

「なんでよ!折角なのよ?タランチュラよ??ふわふわとして可愛いじゃない!」

 

 

その言葉にルイスとロンはタランチュラを想像してしまい顔を青くして身を震わせた。

フレッドはルイスとソフィアの会話を面白そうに笑いながら見ていたが、チラリとハリーを見ると思い出したように口を開いた。

 

 

「ハリー、自己紹介したっけ?俺たちフレッドと、ジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン。じゃ、また後でな」

「バイバイ」

 

 

ハリーとロン、ルイスは声を揃えて答えた。

ソフィアはジョージに手を差し出され、その手を素直に取ると度胸のない3人を見て少し残念そうにしながらも扉から出ていった。

 

 

ジョージに引かれ、ソフィアは車両の真ん中辺りへ向かう。直ぐに目的の場所を見つけることが出来た、とあるコンパートメントの側に人だかりが出来ており、覗き込んだ人たちは一様に顔を恐怖で引き攣らせながら小さな悲鳴をあげていた。それでも見に来る人が絶えないのは、怖いもの見たさ故だろう。

 

 

「リー!この子に見せてやれよ!」

 

 

ジョージとフレッドは人混みを掻き分け、コンパートメントにソフィアを連れ込んだ。

リーは先程の少女だと気付き、こんな普通のおとなしそうな女の子、見ただけで泣き出してしまいそうだと慌ててタランチュラの入っている蓋を閉めた。

 

 

「ちょっ…!き、君、この中に何が入っているか知ってるのか?」

 

 

ソフィアはリーの前に座り、キラキラとした目で箱を覗き込み、リーを上目遣いで見上げた。

 

 

「ええ、ふわふわとした可愛い子でしょ?」

「…いやー…おい、フレッド、ジョージ…何だと言って連れてきたんだ?」

 

 

愛らしい動物を想像しているのだろうとリーは考え怪訝そうな目で双子を見た。まさか嫌がらせの為に?双子は人を傷つける悪戯はしないと思っていたのだが。

しかし、双子はにやりと笑うとリーの手の中にある箱を奪い、慌てるリーを横目にさっとソフィアの目の前で蓋を開けた。

 

この後響くだろう悲鳴に、リーはぎゅっと目を閉じた。

 

 

「わぁーーー!!」

 

 

しかし、響いたのは嬉しそうな歓声であり、怖々と目を開けたリーの目に信じられない光景が広がった。

ソフィアは自分の手のひらよりも大きなタランチュラに眼を輝かせ、そっと優しく手を差し出していた。

 

 

「…おいで?…そう…ふふ、いい子ね…」

 

 

箱の中で縮こまるタランチュラを怖がらせないようにとても優しく囁き、そっとタランチュラがその長い脚を手に乗せて登ってくるとさらに嬉しそうに頬を赤く染めた。

 

 

「わぁ…!なんて可愛いのかしら!」

 

 

今にも頬擦りしそうなソフィアの声に、リーは言葉を無くし困惑しながら楽しげに笑うフレッドとジョージを見た。

 

 

「あー…この子は一体誰なんだ?」

「「僕らの運命さ!」」

 

 

声を揃えた双子に、全く解答になっていないと思いリーは沈黙する。

タランチュラを愛おしげに見ていたソフィアだったが、そういえば自己紹介もしていなかったとリーに向き合った。

 

 

「私はソフィア・プリンスよ。私もフレッドとジョージと同じで双子なの!双子の兄のルイスは…虫がちょっと苦手でね、誘ったけどこなかったの」

「…俺はリー・ジョーダンだ、よろしく」

「よろしくね!…ねえ、リー?この子…貰っても…」

「絶対、駄目」

 

 

ぴしゃりと言い切られ、ソフィアは残念そうに眉を下げた。

そのまま何となくソフィアはジョージ達のコンパートメントに座り、双子とリーが行った数多くの悪戯の話を目を輝かせて聞いていた。

 

ふと、ソフィアは自分の足元に何がぬるりとした感覚を感じ足元を探った。

手に触れたものを取り出し、何をしているのだろうと見ていた3人の前に掲げる。

 

 

「ヒキガエル?」

 

 

その小さな手にはぬるぬるとひかるヒキガエルが握られていた。タランチュラを見ても動じないのだ、ヒキガエルなんて可愛いものなのだろう。

幼い少女と醜いヒキガエルの絵面はタランチュラに引けを取らないなかなかに強烈なものだった。

 

 

「…あっ!タランチュラの餌ね?」

「いや、違うよ」

 

 

ハッとしてソフィアはリーにヒキガエルを渡そうとしたが、きっぱりとリーは否定し首を振った。流石に、タランチュラはヒキガエルを食べないだろう。…恐らくだが。

 

 

「誰かのペットじゃない?逃げ出したのかな?」

 

 

フレッドはソフィアの手に握られても大人しくしているヒキガエルを突きながら考えた、野生の物ならもう少し暴れそうなものだが、このヒキガエルはとても人に慣れているように見えた。

 

 

「そうかもしれないわね、…あっ!良い事思いついたわ!」

 

 

ソフィアはヒキガエルを自分の膝の上に置くとカバンの中をゴソゴソと探る。ソフィアとここにいないルイスは、常に小さな斜め掛けカバンを身につけていた。勿論中には悪戯に使えそうな物が沢山入っている。

 

ソフィアは手のひら程度の大きさの透明の瓶を取り出す、その中には何かが蠢いていてよく見ようと顔を近づけた3人はそれの正体に気付き表情を引き攣らせ勢いよく身を引く。

中には夥しい量の小蜘蛛がうじゃうじゃと蠢いていた。何十匹…いや、何百匹はいる事だろう。虫が恐ろしくない3人だったが、不意にそれを見てしまい身をぶるりと震わせた。

 

ソフィアは気にする事なく更に鞄からカエルチョコの箱を取り出す。箱を開け逃げようとするカエルを取り出し、3人を悪戯っぽく見た。その目を見たフレッドとジョージは顔を見合わせ、ソフィアが何が楽しそうな事を企んでいる事に気付くと同じような顔で笑う。

 

 

 

「何を見せてくれるんだい?」

「それは─と見てのお楽しみ!」

 

 

ソフィアはポケットから杖を取り出すと、カエルチョコを軽く撫でる。

 

 

変化せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

呪文を唱えると、カエルチョコはぶるりと震えみるみるうちに大きくなり、ソフィアの膝の上にいるヒキガエルと瓜二つに変化した、違う所はチョコレートで出来ているというところだろう。

 

3人は目の前で繰り広げられた変身術に目を見張る。変身術はとても高度な魔法の一種だ、それをまだホグワーツに入学してもいない少女が使えるだなんて、聞いたことが無かった。

 

ソフィアはまじまじとヒキガエルチョコを観察し、小蜘蛛の大群がいる瓶の蓋を開け、そしてその小蜘蛛達にも杖を向け、先程と同じように変身術の魔法を唱えた。

 

 

写せ!(コーピアリティ!)

 

 

すると瓶から這い出た小蜘蛛達は次々とヒキガエルチョコに代わり、コンパートメントの扉からぴょんぴょんと跳ねながら外へ飛び出していった。

 

満足そうにヒキガエルチョコの大群を見ていたソフィアは、生徒たちの「何このカエルチョコ!大きい!」「レアだ!捕まえろ!」という期待通りの歓声を聞き嬉しそうにくすくすと笑った。

 

 

「…凄いな!」

 

 

ジョージは心の底から驚き、ソフィアの魔法の才能を褒めた。ソフィアは少し得意げに笑うと杖をポケットに入れながら答える。

 

 

「私、変身術がすっごく得意なのよ!ずっとこの悪戯を考えていたんだけど…ルイスは蜘蛛が嫌いだから彼の前で出来なくて」

「あれを食べたら…どうなるんだい?」

「流石にチョコそのものに変化は…まだ出来ないの、食べたら蜘蛛に戻っちゃうわ」

 

 

肩をすくめるソフィアに、彼らはこの後の惨劇を想像し少し嫌そうな表情をした。

フレッドとジョージも悪戯をよく行うが、彼らの信条は他人を不幸にしない人を笑顔にさせる愉快な悪戯をする事だ。何も知らない人がチョコだと思い蜘蛛を食べる事になるような悪戯は彼らのモットーに反していた。

 

 

「大丈夫よ、あのカエル達の背中にちゃんと…危険!食べるな!実は蜘蛛!って記すようにしたわ!それでも食べてしまったら…それは、その人の責任じゃないかしら?」

「うーん、まぁ…オッケーかな?」

「ああ。確かにそれで食べる馬鹿は居ないだろうな」

 

 

そこまで親切に記しているのであれば被害に遭うものは居ないだろうと三人はほっと息をつく。ソフィアの言うように、巨大なカエルチョコに喜んでいた声はいつしか「これって蜘蛛なの!?」という驚きの声に変わりつつあった。

 

 

「中にはこのカエルを預かってます、ソフィア。って記したカエルチョコも混ぜたの、きっとこれでこの子の飼い主も見つかるわ!」 

 

 

ソフィアの膝の上で微睡んでいたヒキガエルは、そっと頭を撫でられ、ゲコ。と小さく鳴いた。

 

 

「ソフィア、君は…サイコーだよ!」

 

 

フレッドとジョージの賞賛の声に、ソフィアは頬を染め嬉しそうにはにかんだ。

 

 



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07 タランチュラだーいきらい!

 

ソフィアが出ていった後、ルイス達はハリーが車内販売員から沢山購入したお菓子をみんなで分けて食べていた。

 

コンコン、とコンパートメントの扉がノックされ半分泣きながら1人の少年が静かに扉を開けた。

 

 

「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

 

 

三人は顔を見合わせ同時に首を振る。

ルイスはそういえばペットとしてヒキガエルを連れてきても良いと書いてあった事を思い出した。2人は猫を飼おうかと相談した事もあったのだが、一年生でまだ学校生活に慣れない内は新しいペットを飼っても育てる余裕が無いかもしれないと思い諦めたのだった。

 

 

「いなくなっちゃった。僕から逃げてばかりいるんだ!…もし見かけたら、僕に声をかけて?」

 

 

少年はすんすんと鼻を啜り涙目のまま酷く落ち込んだ様子で出ていった。きっと、もう何人にも同じ事を聞き、同じ言葉を返されたのだろう。

 

ルイスは一人で探す少年が何だか気の毒に思った。今から輝かしく楽しい学生生活が始まるのだ、その始まりが涙で濡れている子どもが1人でも居るなんて、そう思うとルイスは立ち上がりルイスを驚いて見るハリーとロンを振り返りながら扉に手をかけた。

 

 

「僕、さっきの子と探してくるよ!」

「ええ?わざわざ…知り合いだったの?」

 

 

ロンはそんな事しなくても、と言いたげな目でルイスを見る。ルイスは少し苦笑し首を振った。

 

 

「知らない子だけど…入学する時の思い出が涙の記憶なんて、あんまりじゃないか!…それに、ソフィアの様子も見てくるよ」

 

 

ルイスは2人の返答を聞かずに手を振ると直ぐに少年の後を追った。

ロンとハリーは顔を見合わせ、ルイスの心の優しさを尊敬すると同時に、そんな事つゆとも思わなかったとほんの少し、恥ずかしく思った。

 

 

 

「ねぇ、君!」

「…僕?ヒキガエル、見つかったの!?」

 

 

少年──ネビルは呼び止められ期待を込めてルイスを見たが、彼の困ったような表情に気付くと再びじわっと目に涙を溜めて肩を落とした。

 

 

「期待させちゃってごめんね、僕も一緒に探すよ!」

「ほ、本当?ありがとう!…僕はネビル・ロングボトム、ヒキガエルの名前はトレバーだよ」

「僕はルイス・プリンス、よろしくね」

「…あら、貴方も一緒に探してくれるの?」

 

 

ルイスは気が付かなかったが、ネビルの奥にいた栗色のふわふわとした髪の少女がずいっとネビルを押し退けルイスの前に立つ、そして手を差し出した。

 

 

「私、ハーマイオニー・グレンジャーよ、私もネビルのヒキガエルを探しているの」

「そうなんだ、僕はルイス・プリンスだよ、よろしく!3人居ればすぐに見つかるかもね」

 

 

何となくソフィアと似た自分に自信たっぷりの話し方をする少女だと思いながらルイスはその手を握った。

 

 

「別れて探そうか、──僕はこっちを探すよ」

「ええ、じゃあ私たちは…こっちね」

 

 

ハーマイオニーはネビルとルイスが今来た方を示し、そっちはもう探したよ、とネビルが言う前にさっさと進んでいってしまった。

ネビルは慌ててハーマイオニーの後を追い、残されたルイスは仕方がなく一人で探す事にした。確かソフィアもこちらに向かって行ったはずだ、タランチュラを見に行ったにしてはなかなか帰ってこない。きっと話が盛り上がっているのだろう。

そう思いルイスは一つのコンパートメントをノックした。

 

 

「ごめんね、ヒキガエルを──あれ?ドラコ!こんな所にいたんだ!」

 

 

ルイスはぱっと表情を明るくさせコンパートメントの中に入る、ドラコもまた嬉しそうに立ち上がり、ちらりとルイスの後ろを見た。

 

 

「ソフィアは?…居ないのか?」

「…タランチュラを見に行っちゃったんだ」

「ああ…成程」

 

 

いつも一緒にいるもう一人がいない事にドラコは驚いた。彼が知る限り二人は常に行動を共にしていた。片時たりとも離れているところを見たことがなかった。しかし、ドラコもルイスの虫嫌いは知っていた為納得したように頷いた。

久しぶりにソフィアとも会いたかったドラコは残念そうな顔で無意識の内にため息を溢した。ルイスはドラコがソフィアに対して友情では無い少し甘酸っぱいものを抱いている事に気付いてはいたが、本人がしっかりと自覚していない感情を教えるつもりはなく、気が付かないふりをしていた。

 

ルイスはふとコンパートメントの座席に窮屈そうに身を屈めながらカエルチョコを貪り食う二人を見つけた。自分の1.5倍は横に大きい2人を見て、何を食べたらそれほど屈強な身体になれるのだろうかと、少しだけ羨ましく思う、太りたい訳では無いが、男としてがっしりとした体付きには憧れてしまう。

 

 

「コイツがクラッブで、こっちがゴイルだ」

「クラッブとゴイルね…よろしく!僕はルイス・プリンスだよ」

 

 

2人はモゴモゴと口を動かし、ごくり、と音を立てて口の中にあったものを飲み込み、慌てて口の周りについた食べカスを袖で拭った。ドラコと親しげに話す程だ、きっとそれなりの純血一族なのだろう、あまり不躾な態度を取るとドラコに、そしてお互いの親に叱られてしまう。そう考えたのだ。

 

 

「ビンセント・クラッブだ、よろしくな!」

「グレゴリー・ゴイル、よろしく!」

 

 

巨大な体格の2人はだったが、拭い切れていない食べカスを少しつけて笑うその表情はどこかあどけなさの残る年相応の少年に見えた。

 

ドラコは自分の隣に座ったルイスを見て、何とも言えない気持ちになり口を閉ざす。

ドラコはルイスがセブルス・スネイプの子どもである事を知っている。事前に父親とルイスやソフィアに強く誰にも言わない事を約束させられていた。賢く、父の決定に反論することの無いドラコはすぐに頷き疑問を持つことはなかった。

ただ、2人はいつも楽しそうに父親の話をしていた。一緒に暮らしていない、あまり会えない父親を心から愛していると言うように、数少ない思い出を何度も嬉しそうに話すのだ。

そんな2人が父親の事を言えないだなんて、これからは毎日会えるのに、父親と呼ぶことが出来ないなんて、きっと辛いだろう。そう、ドラコは考えていた。

 

 

「…そうだ、ルイス。入る時何か言いかけてなかったか?」

「え?──ああ、そうそう!ヒキガエル見なかった?ネビル…男の子のペットがいなくなったんだってさ」

「ヒキガエル?…いや、見てないな」

 

 

ドラコはすこし眉を顰めながら首を振る。確かにホグワーツの手紙にはヒキガエルを持ってきても良いと書かれてあったが、まさか本当に持ってくる人が居るとは思わなかった。

 

ルイスは少し残念そうに「そっか」と呟く。それならまた引き続きヒキガエルを探そう、とルイスが腰を浮かしかけた時、クラッブとゴイルが目を見開きながらコンパートメントの扉を指差した。

 

 

「「ヒキガエル!」」

「えっ?」 

 

 

ルイスとドラコはその声につられて扉を見た。

扉のガラス部分にぺっとりとおおきなヒキガエルがくっついていたが、それはどう見ても普通のヒキガエルではない、茶色くつるりとした表面のそれはどう見ても今までクラッブが食べていたカエルチョコのように見えた。

一般的なカエルチョコよりもおおきなヒキガエルチョコを見つけると、クラッブとゴイルはその巨大からは想像も出来ない俊敏さで扉を開けた、するとぴょんぴょんとヒキガエルチョコは跳ねながら数匹コンパートメント内に入り込む。

クラッブとゴイルは見た事も無い大きなヒキガエルチョコに歓声を上げ、またも素早くそのチョコを捕まえた。

 

ドラコも珍しさから足元に跳ねてきたヒキガエルチョコを捕まえ、覗き込んでいたルイスに見せた。

 

 

「新商品か?見たことが無いな」

「僕も初めて見たなぁ。…ちょっと待って、これ…」

 

 

ルイスはヒキガエルチョコの背中に何か文字が記されている事に気付く。

それはすこし溶けかけていて読み難いものだったが、間違いなく「危険!食べるな!実は蜘蛛!」と書かれており、ルイスは思わず仰け反った。この見覚えのある文字は、間違いなくソフィアの字だ。

 

 

「…ドラコ…それ、ソフィアが魔法で変化させたやつだ、絶対そうだ!すぐに外に捨てて!」

「え?…あ、ああ、わかった」

 

 

顔を引き攣らせ悲鳴染みた声を上げるルイスに、ドラコは直ぐに手に持っていたヒキガエルチョコを窓から捨てた。

ルイスは安心し硬らせていた体の力を抜いたが、そういえばこのコンパートメントに入ってきたのは一匹ではなかった事を思い出し再び顔色を変えると辺りを見渡す。

そして今にもヒキガエルチョコを食べようとするクラッブとゴイルを慌てて止めた。

 

 

「ちょっと!チョコに書かれた文字を見なかった!?」

「あんなの嘘だろ!見てみろよ…こんなに美味そうだ」

「これを食べないで捨てるなんてどうかしてるぜ!」

「どうかしてるのは──」

 

 

君達の方だ、というルイスの言葉は2人が大きな口を開けて巨大なヒキガエルチョコを一口で頬張ったその衝撃で失われた。

 

2人は幸せそうにもぐもぐと口を動かしていたが、眉を顰め怪訝そうに顔を見合わせた。

 

 

「うぇっ!何だこれ?」

「口に入れた途端チョコが消えた!それに…なんだ…苦くて…何か硬いものが歯に挟まる…」

「うわあ!何も言わないでくれ!」

 

 

ルイスはおそらく、蜘蛛を食べただろう2人の食レポに耳を塞ぐと首をぶんぶんと振り、ドラコのローブをばっと捲るとその中に潜り込んだ。

 

 

「──っおい!」

「あーあー!何も見てない!聞いてない!!」

 

 

ルイスはドラコの背中に額を押し付けて、わあわあと叫ぶ。微かに震えを感じ、ドラコは小さなため息をついたが振り解く事はせず落ち着くまで好きにさせておいた。

 

 

「…クラッブ、扉を閉めろ」

「わ、わかった」

 

クラッブはそんなにカエルが怖いのかと検討はずれな事を思いながら素直にドラコに従う。その間にもゴイルは入ってきたヒキガエルチョコをすべて捕まえ今度こそ味わって食べまでやると舌なめずりをしていた。

 

 

「ゴイル、それを全部窓から捨てろ」

「え?そんな…勿体ない…」

「早く」

「…わかったよ」

 

 

ゴイルはしぶしぶ窓から集めたヒキガエルチョコを捨てた。最後の一匹は捨てるフリをしてこっそりとポケットの中に突っ込んだ。ルイスがカエル嫌いなら、いない所で後で1人で食べようと企んでいた。

 

ドラコはまだ震えるルイスに、ドラコにしては優しく話しかける。

 

 

「…ほら、もう居なくなったぞ」

「…本当?嘘ついてない?嘘だったら多分僕は気絶するよ!?いいの!?」

「嘘なんてついてない」

 

 

ドラコがため息混じりに言えば、ルイスはそろそろとドラコのローブの中から顔を出した、注意深く当たりを見渡し、本当に一匹も残っていない事を知るとホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「…あー…良かった…ドラコが居なかったら僕は…たぶんコンパートメントを…いや、特急を爆発させてたよ…」

「ホグワーツに行く前に退学になっていたな」

 

 

冗談のつもりで言ったルイスだったが、ドラコは本気と捉え神妙に頷いた。

 

 

「…そういえば、ルイス、君はハリー・ポッターと会ったか?」

 

 

まだそわそわとしているルイスを落ち着かせるために蜘蛛から意識を逸らさせようとドラコは思い出したように話題を変えた。

ルイスは少しきょとんとした顔をして頷く。

 

 

「会ったよ、…っていうかたまたま同じコンパートメントだったんだ。5つ隣にいるよ」

「そうなのか!…見に行こう、行くぞクラッブ、ゴイル」

「じゃあ僕は…」

 

 

ルイスはちらりと汽車の廊下を見て、近くにヒキガエルチョコがいない事を確認して小さく、先程の事を思い出したのか嫌そうにつぶやいた。

 

 

「…ヒキガエルを探してくるよ、本物をね」

 

 

ドラコは頷き、ルイスと別れ言われたコンパートメントにハリーを探しに行った。魔法族の子どもなら、一度はハリーを目にしたいと思うものだ。ドラコは、密かに友人となれないかと考えていた。奇跡の子は、自分の友人にふさわしい、自分の家柄に自信があり、きっとハリー・ポッターは喜んで自分の手を取るだろうと考えた。

 

 

ルイスはドラコと別れ、ヒキガエル探しを再開した、ふと列車中央まで来た時に一つのコンパートメントから聞き覚えのある声がする事に気付く。楽しそうに笑う片割れ──ソフィアの声に、先程ソフィアが行った悪戯を思い出したルイスはノックする事なく強く足で扉を蹴り開けた。

 

 

「うわっ!?」

「何だ!?…ってルイスじゃないか!」

「やあフレッド、ジョージ!…そして、ソフィア」

「…まぁ、何だか…めちゃくちゃ怒ってるわね?」

 

 

ソフィアはさっとジョージの背の後ろに隠れた。

ルイスはとても、感情の赴くまま衝動的に行動する、もちろんそれは良い方向に動く事が殆どだ──ネビルを助けたのも、彼の衝動的行動ゆえだろう──だが、たまに悪い方向へ行くのも事実だ。

 

ルイスはにっこり笑ったままソフィアに近付き、ばちんとソフィアの両頬を強く挟むように叩いた。

 

 

「──っ!」

「ソフィア!蜘蛛は使わない約束でしょ!?僕はうっかりこの汽車を爆破させるところだったよ!」

 

 

そのままルイスは柔らかく白いソフィアの頬を摘むとぐいーっと引っ張った。

ルイスはしばらくぐいぐいと引っ張っていたが、ソフィアが痛みにたまらずルイスの腕を強く叩き、ようやくルイスは手を離した。

 

 

「いたい!──もう!ほっぺたがちぎれるわ!」

 

 

赤くなった頬を抑え、ソフィアは涙が滲む目でルイスをじとりと睨んだ。

ルイスは頬を膨らませ、べっと舌を出す。批難的眼差しを見ても少しも動じなかった。

 

 

「ソフィアが悪い!」

「何よ!」

「まあまあまあ!」

「お二人さん落ち着いて?」

 

 

今にも喧嘩が勃発しそうな2人を止めたのはフレッドとジョージだった。

あんなに仲の良さそうにしていた2人も喧嘩をするものなのかと意外に思い暫く見守っていたが、これ以上放っておくわけにもいかなかった。

 

ルイスはぐっと眉を寄せ、フレッドの服をぐいぐいと引っ張った。

 

 

「僕は蜘蛛が大っ嫌いなんだ!そんな悪戯するのって最低だよね?!」

 

 

ソフィアはその言葉にひくりと口元をひくつかせ、ジョージの服を引っ張る。

 

 

「ジョージ!ねえ、私の悪戯、素晴らしかったわよね??」

 

「フレッド!」

「ジョージ!」

 

ルイスとソフィアからそれぞれ名を呼ばれた二人は苦笑しながら降参というように手を挙げた。

 

 

「うーん、じゃあ判断はリーに任せよう!」

「それが最も公平だ!」

 

 

リーは楽しげな赤毛の双子と、自分が正しい!という男女の双子の4人から視線を浴び、ため息をこぼし、そしてゆっくりと口を開いた。

 

 

「──喧嘩両成敗!」

 

 

その言葉に何か言いかけたルイスとソフィアだったが、ジョージとフレッドにもうそれぐらいにしろと肩を叩かれる。お互い気まずそうに視線を交わした。

 

 

「…ごめんなさい、やり過ぎだったわ…蜘蛛は使わない約束、だったわ。私、その…ごめんなさい」

「…僕も、ごめん。言い過ぎたよ…ほっぺた、痛かったよね?…ごめんなさい」

 

 

ルイスはそっと赤くなったソフィアの頬を撫でる。ソフィアは首を振り、その手を取った。頬を引っ張られた時に、ルイスの手が僅かに震えていた事に彼女は気付いていた、よほど、蜘蛛が怖かったのだろう。

 

 

「…もう二度と、蜘蛛は使わないわ」

「うん、そうして?…ねぇそれよりもアレどうやったの?」

「変身魔法と変化魔法の応用よ!いつかやってみたいってずっと思ってたの!あのね──」

 

 

フレッドとジョージとリーは先ほどの激しい喧嘩は嘘のように楽しげに笑いあい、魔法の話をする2人を見て顔を合わせ、少し苦笑した。

 

 

 

 



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08 ホグワーツに到着!

 

もうすぐホグワーツに到着するという車内放送を聞き、ルイスとソフィアは顔を見合わせる。そっとコンパートメントから顔を出すと通路には沢山の生徒達が服を着替え、待ちきれないと言ったように既にそわそわとしているのが見えた。

 

 

「まいったな…服はハリー達がいるコンパートメントだよ」

 

 

ルイスは呟き、ソフィアも頷いた。すでにジョージ達はホグワーツの制服に身を包んでいる。今からこの人の群れの中に入り目的のコンパートメントに行くのは少し覚悟がいる事だった。

 

 

「このままホグワーツに行ったら間違いなく、注目の的になるわね」

「仕方ない…行こうか」

 

 

2人はジョージ達に別れを告げ、覚悟が決まった顔で扉を開けると人の群れを押し分け謝罪しながら目的地へ急いだ。

 

 

「──はぁ!やっとついた!」

 

 

群衆に揉みくちゃにされた2人は乱れた髪を手で撫で、はあはあと荒い呼吸を整えた。

すでにハリーとロンは服を着替え終わり、まだ私服でいる2人を見て驚き、自分のことのように慌てた。

 

 

「ルイス!ソフィア!もう列車が停まりそうだよ、早く着替えなきゃ!」

「うん、わかった!」

 

 

2人は荒くなった呼吸を抑え、すぐに着替えにようと上着に手をかける。

 

 

「うわっ!」

「ちょ、ちょっと待ってソフィア!」

 

 

ハリーとロンは上擦った声で焦りながらばっと視線を逸らした。

何の躊躇いも無く服を脱いだソフィアのその白い腹をちらりと見てしまった2人はロンの髪色のように顔を赤く染めた。

 

 

「…あ、ごめんなさいね?ちょっとだけ後ろを向いててもらえるかしら」

 

 

ソフィアはいつもルイスと共に行動している、それこそ、いつも、だ。

風呂に入る時だって何も考えず一緒に湯船に浸かっていた。幼い頃からそうだったため、男女として成長したとしても、2人の間に恥じらいは生まれなかった。ついその癖で何も考えず服を着替えようとしたが、ルイス以外の男の子の前で着替えるのは常識的に考えると──少し、まずいのだろう。

 

 

「出て行くから!」

 

 

ハリーとロンは声を揃えて叫ぶようにいうと、わたわたと扉を開けすぐに出ていった。

ぴしゃりと強めに締められた扉を見た2人は少しだけ笑ってしまった。

 

2人も新品のホグワーツの制服に身を包む。ネクタイの色は新入生を示す黒だった。はやく、お揃いのネクタイが欲しい、そう2人は思った。

 

 

「おまたせ!」

「さあ、行こう!」

 

 

ルイスとソフィアはまだ頬を少し赤くしながら通路で待っていたハリーとロンにそう声を掛ける、4人は人の群れの中に混じり、ざわざわと期待と興奮に満ちた声を聞くうちに自然と4人の表情も他の新入生と同じく少し緊張したものになって行く。

 

列車から降りると、そこは4人が想像していたような豪華な場所では無く、寂れた暗いプラットホームだった。目の前にホグワーツがあると思っていた生徒たちはキョロキョロとあたりを見渡し不安げに顔を見合わせた。

だが、新入生の自分達とは違い、上級生達はなんの不安も抱かず楽しげに話しながら悩まず進んでいく。きっとここから徒歩か、何かに乗ってホグワーツに向かうのだろう。

 

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!ハリー!元気か?」

 

 

突如大きな声がプラットホームに響いた。ルイスとソフィアは自分の頭上高くから聞こえてきた声に驚き、上を見上げる。

ルイスとソフィアを足してもまだ大きな人が新入生を誘導する為に手を振っていた。

こんなに大きな人は見たことが無い、2人は目を輝かせ巨人──ハグリッドに近づいた。

 

 

「さあついて来いよ、足下に気をつけろ。いいか!イッチ年生ついてこい!」

 

 

2人はハグリッドと話したかったが、自分の半分もない子供が足元でうろうろとしている事にハグリッドは気づかない、そんな事よりも彼はダンブルドアから任された一年生を無事に届けるという任務で頭がいっぱいだった。

 

 

「残念!気付いてないわ」

「忙しそうだね、まぁホグワーツに居るなら会えるさ!僕たちもついていこう」

 

 

2人は残念さを言葉に滲ませながらも気を取り直し他の生徒と同様にハグリッドの後ろをついて行く。その中で1人足元をキョロキョロと見て何かを探すように歩くネビルに気付き、ルイスはそっと駆け寄りその落ち込む肩を叩いた。ネビルの隣にはハーマイオニーがちらちらと彼を気遣うように見ている。

 

 

「ネビル!まだトレバーは見つかってない?」

「うん…」

「ルイス、あのヒキガエルチョコの大群見た?どうも同じ一年生がやったらしいの!まさかホグワーツに行く前にあんな魔法使える子が居るなんて!もっと勉強するべきだったわ…どうしましょう…」

「ソフィアって子がトレバーを預かってるみたいなんだけど…誰か知らない?」

 

 

ネビルは落ち込んだままため息混じりに言い、ハーマイオニーはぶつぶつと「まぁあんな悪戯に魔法を使うなんてどうかと思うけど」と呟きながらもソフィアの魔法の凄さに感心しているようだった。

 

ルイスは自分の隣に居るその話題の中心であるソフィアを見た。

ソフィアは嬉しそうに笑い、どこか悪戯っぽくローブのポケットからヒキガエルを取り出す。

 

 

「トレバー!…じゃあ君が…!」

「ええ、私がソフィアよ!」

「まぁ!あなたがあの魔法を使ったの?凄いわ!…でも悪戯はちょっと…もっと魔法は有効に使うべきよ」

「そう?トレバーはちゃんとこの子の手元に帰ってきたんだし、有効な活用じゃないかしら?」

 

 

咎めるようなハーマイオニーの言葉にソフィアはさらりと言いかえす、ソフィアの言葉も最もだったが、ハーマイオニーは眉をぐっと顰め「でも…だからといって…」と更に言葉を探していた。

 

 

「ソフィア・プリンスよ、2人はルイスを知ってるのよね?わたしは双子の妹なの」

「ネビル・ロングボトムだよ、本当にありがとう!」

「…ハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

 

まだ納得の行っていないハーマイオニーは、目に涙を浮かべ何度も感謝を述べるネビルとは対照的にやや冷めた言葉でそっけなくソフィアに名前を名乗った。

ソフィアはちょっとだけムッとしたようだったが、この子は規律を守る事を良しとしているのだ、まぁ大多数はそうだろう、自分達が少しズレているだけで。

 

そのまま4人は人の波に流されるままに大きな黒い湖のほとりに出た。急に開けた視界の先に見えるのは高い山と、そして壮大な城だった。あれがホグワーツ城。誰もが歓声を上げその城を見つめる。いよいよ始まるのだ、皆が心を弾ませた。

 

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 

ハグリッドのその声に、ネビルとハーマイオニー、ルイス、ソフィアが同じボートに乗り込んだ。

 

ルイスとソフィアもまた、胸を期待でいっぱいにして揺れるボートの上からホグワーツ城を見つめていた。

これから起こるだろう想像もつかない輝かしい日々、そして、そこで自分達の到着を待っているだろう父親を思い、顔を合わせ嬉しそうにはにかんだ。

 

 

一年生を乗せたボートは1人でに船付き場に留まる、全員がボートから降り、ハグリッドに続いてゴツゴツとした大きな岩の路を登る、背の低いルイスとソフィアは必死になりながらみんなの後をついていった。

 

 

「も、もうちょっと整備してくれないかしら…!」

「っていうか…汽車…ボート…徒歩って…!魔法でなんとかすればいいのに!」

 

 

魔法族の者なら皆が思っただろう当然の疑問をルイスはぜいぜい言いながら代弁する。

一年生達は額に滲んだ汗を拭きながら巨大な樫の木の扉の前に集まる。ハグリッドは一年生が全員揃っている事を確認して大きな握り拳を振り上げ、城の扉を3回叩いた。

 

 

 

 



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09 組み分け!

 

 

ルイスとソフィアを含めた一年生全員の引率者はハグリッドからマクゴナガルへと引き継がれた。彼女はとても厳格そうな雰囲気を漂わせていた。

2人はこのホグワーツで面白おかしい日々を過ごす為には彼女の目を盗む必要がある、そう直感した。

 

マクゴナガルはマグル出身の一年生の為に四つの寮の説明と組み分けが行われる旨を簡単に説明した。それぞれの寮の特色を今伝えないという事はきっと後程組み分けの儀式の時に伝えられるのだろうと2人は思う。

 

2人はどこの寮に配属されても、特に問題はなかった。希望も特に無い、ただ2人はお互いが必ず同じ寮になる事を信じて疑わなかったし、当然そうなると思っていた。ただ、愛しい兄妹と同じ寮なら、2人の願いはそれだけだ。

 

 

「組み分け儀式がまもなく始まります。さあ、一列になって。ついてきてください」

 

 

扉が開き、小部屋に集められていた一年生達は緊張から強張った顔をしてマクゴナガルを見つめた。組み分けの儀式はどんなものなのだろうか、試験や戦いは本当に行われるのだろうか、もしどの寮にも選ばれなかったら──。

組み分け帽子を被るだけだと知っているルイスとソフィアも、周りの緊張と不安が伝染し、いつもより表情を固くして静かに一年生の列に並んだ。

 

組み分けの儀式がいよいよ始まる。

 

二重扉を潜って大広間へと向かった一年生達は、その先に広がっていた素晴らしい光景に今までの不安を一瞬忘れた。

何千という蝋燭が空中に浮かび大広間を照らす。四つの長机にはそれぞれの寮の色を示すネクタイをつけた上級生達が着席し、机の上には黄金に輝く食器やゴブレットが置いてある。ホグワーツで共に過ごす新入生達を上級生達は暖かい眼差しで歓迎した。

 

大広間の上座にはもう一つの長机があり、そこに座る教師達の中に、ソフィアとルイスは父親を見つけた。

口を固く結び、他の教師達とは違い微笑ましげに見てもいない。2人は久しぶりに見た父親に思わず飛び出しそうになったがぐっと堪えた。そうだ、親子だとバレてはいけないんだった。

 

教師が座る机に着きながら一年生の中にいるソフィアとルイスを見たセブルスは、2人の今にも飛び出しそうなウズウズとした表情を見て、小さくため息をこぼす。本当にこの双子達は在学中ずっと秘密を守れるのだろうか。

 

 

マクゴナガルは椅子を出すとその上に組み分け帽子を置いた。その帽子はぴくりと動くとつばの縁の破れ目をかぱりと大きく開き、そしてそれぞれの寮の特色を歌い出した。

 

勇気ある者が住まう寮、グリフィンドール

忍耐強い者が向かう寮、ハッフルパフ

知識を得る者が選ばれる寮、レイブンクロー

真の友と狡猾さを持つ寮、スリザリン

 

歌い終わると全員が割れるような拍手を送る。一年生達はほっとしたように表情を緩めた、試験や戦いなんてない、帽子を被るだけだなんて!

 

 

「ABC順に呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください。──アボット・ハンナ!」

 

名前を1番に呼ばれた少女は頬を赤く染めながら転がるように舞台に上がり、震える手で帽子を掴むとそのまま被り、椅子に座った。

 

 

「ハッフルパフ!」

 

 

帽子は高らかに宣言し、ハンナは嬉しげに笑いながら温かい拍手を送るハッフルパフ寮へと走り、同じ寮生が待つテーブルに着いた。

 

何名もの組み分けが終わり、ハリーとロン、それにルイスとソフィアはまだよばれぬ名前と、徐々に近づいて来た順番に緊張するように前を見た。

きっと、ハリーの次に呼ばれる。アルファベット順ならそうなるはずだ、とルイスは隣に居るハリーと自分の妹を見た。

 

ハリーの組み分けはこの数多く居る一年生の中で最も注目を集めていた、この世界でハリーの名前を知らない人はいない。ぜひ、ハリーを我が寮に、そう皆が思い固唾を飲んで見守る中、組み分け帽子は高らかにグリフィンドールを宣言した。

 

誰よりも大きい拍手と歓声がグリフィンドールから湧いた。

頬を赤くしてグリフィンドール寮へ向かうハリーを見ていたルイスは、少しだけこの後に続くのが自分でなければいい、と思ってしまう。こんな注目されたハリーの後だなんて。いや、別にどこの寮でもいいんだけど。

 

ちらりとグリフィンドール寮を見れば、ネビル、ハーマイオニー、ハリー、そしてフレッドとジョージがその場にいる事に気付く。どこでも良いが、知り合いが大勢いる所も中々に楽しそうだと思った。だが、スリザリン寮を見ればドラコがじっと自分を見つめている事に気付き、少し笑って手を振った。

 

 

「プリンス・ルイス!」

 

 

名前が呼ばれ、ルイスは静かに組み分け帽子の元に向かう。

プリンス?王子様だって?珍しい苗字だな。微かなざわめきが大広間に響き、上級生達は首を伸ばしてルイスの顔を見た。

 

ルイスは一年生の中で最も背が低く華奢だった。彼が羽織るローブはやや大きく、白い指先が少しだけ見えている。

温かな日差しを思わせる柔らかそうな赤毛はさらりと形の良い頭に沿って流れ、頬は緊張からか赤く染まり、形の良い口はきゅっと結ばれている。

けして、王子様のような美少年では無かったが、何処か温かな雰囲気を持つ少年だった。

 

ルイスが帽子を被ると大きすぎる帽子は彼の顔全てを隠した。

 

 

「ふーむ。どうしたものかね…君は何よりも勇敢な心を持ち、とても思慮深い、好奇心も旺盛じゃ…」

 

 

ルイスの頭の中に低い声が響いた。

その声を黙ってルイスは聞く、どこの寮でもいい、帽子の決定に委ねようと思っていた。

 

「──ほう、じゃが、その優しさを向けられるのは──…なるほど──それならば…」

 

帽子は一度一呼吸分沈黙し、大きく口を開いた。

 

「──スリザリン!!」

 

 

わっと歓声がスリザリン寮から上がる、ルイスは帽子を脱ぎ、微かなブーイングの声──おそらく赤毛の双子だろう──を聞きながら何処か嬉しげなドラコの隣へ向かった。

 

 

「一緒で良かったよ!」

「僕はルイスはきっとスリザリンだと思っていたさ。…きっとソフィアも同じだろう」

「そうだろうね」

 

 

ルイスはドラコの言葉に頷く。ルイスもまたソフィアが同じ寮に組み分けられるだろうと思っていた。

ちらりと父を見れば、嬉しいようなそれでいて複雑そうな顔で手を叩いているのが見えた。家族にだけわかる、あの微妙な表情。きっと自身が持つ寮に息子が入ったのは嬉しいが、この後の学生生活で間違いなく大量の減点をする事を予想し、気を揉んでいるのだろう。

ルイスはスリザリン寮になっても、たとえ父に怒られようが、悪戯を控えるといった発想にはならなかった。

 

 

「プリンス・ソフィア!」

 

 

続いてソフィアが舞台の上に上がる。

同じ苗字を持つ少女を見て、彼らを知らない生徒達は初めて男女の双子だと気づいた。

 

ソフィアもまた、ルイスと同じように小柄で華奢だった。ローブの袖からはほんの少し指先が見え、その肌も青白い。

顔の作りはよく似ていたが髪色は黒く艶やかで、腰の辺りまで伸び毛先は途中から緩く巻かれていた。くるりとソフィアが振り返れば、ふわり、とそれに合わせて髪が靡く。

瞳の色は鮮やかな緑をしており、キラキラと輝いていた。

この少女も特別美少女なわけではない、ただ、どこか愛らしさを持つ少女だった。

 

ソフィアは深呼吸を一つし、帽子をかぶって椅子にちょこんと座った。

 

 

「ふむふむ…君は誰よりも強い意志と、困難にも立ち向かえる勇気と博愛、恵まれた魔法の才能を持つ…それでいて他者を信じる心の強さもある…」

 

 

ソフィアもまたルイスと同様静かに組み分けされるのを待っていた。

ルイスがスリザリンに選ばれたのならきっと自分もそうに違いないと思い込んでいたソフィアは帽子に何も言わなかった。

 

──この時の過ちを、ソフィアは酷く後悔する事になる。

 

 

「ならば──グリフィンドール!!」

 

 

割れるような歓声と拍手が響いた。一際大きくフレッドとジョージが喜び口笛を吹く。

双子であっても必ず同じ寮に組み分けられるわけではない、帽子はその人の本質を見て、そして少しの希望を叶える。

 

ソフィアは固く身体をこわばらせたまま、動けなかった。今帽子から高らかに宣言された言葉が信じられず、膝の上で強く手を握り、帽子を取ることも、立ち上がりグリフィンドールへ向かう事もなかった。

 

動こうとしないソフィアに、マクゴナガルは片眉を上げ近づくと帽子をさっととった。

 

帽子の奥から現れたソフィアの表情は蒼白であり、目は大きく開かれ、そしてうっすらと涙の膜を張っていた。

その表情を見てマクゴナガルは驚く、スリザリンに組み分けされ、このような顔をする者は過去に何名か見たことがある、それでもグリフィンドールに入って、こんな絶望感を見せる子どもは初めてだった。

 

 

「ミス・プリンス、さあ立ちなさい」

 

 

動かないソフィアをマクゴナガルはややきつい口調で促す。マクゴナガルはグリフィンドールの寮監であり、自分の寮が最も素晴らしいと心の底から思っているのだ、その素晴らしいグリフィンドールに入る事を喜びこそすれ、嫌そうにするなんて、とマクゴナガルは少し気分を害した。

 

他の生徒も一向に動かないソフィアをざわざわと見た。グリフィンドールからの拍手もいつのまにか止まり、不穏な空気が静かに流れる。

 

 

「──嫌よ!!」

 

 

ソフィアは立ち上がると、悲痛な声で叫び、マクゴナガルの手から無理やりに組み分け帽子を奪うと強く揺さぶった。

 

 

「いや!!なんで、なんでグリフィンドールなの!?スリザリンに入れなさいよ!!」

 

 

その声にグリフィンドール生はやや軽蔑にも似た目でソフィアを見る。スリザリンを渇望するなんて、そんな生徒こちらからお断りだと何人かが舌打ちをした。

 

しかし、ソフィアと交流があるフレッドとジョージはそのソフィアの悲痛な叫びを聞いて顔を見合わせ、心配そうに見た。いつも笑顔で楽しげなその表情のかけらもなくら今にも泣き出しそうに目は揺れ、帽子を掴む指は力が込められ白く震えていた。

 

 

「ミス・プリンス。組み分けは絶対です。…それ程グリフィンドールが嫌なのなら…どうぞ、扉から家へお帰りください」

 

 

マクゴナガルは厳しい目つきでソフィアを見ると、大広間の扉を指差した。

ソフィアはぐっと言葉に詰まり、帽子を強く抱きしめる。

その目には、どこか必死な懇願が滲んでいた。

 

 

「違う…違いますマクゴナガル先生…グリフィンドールが嫌なわけじゃ無いの…」

「なら、どうぞあの席へ」

 

 

震える声でソフィアは呟く、マクゴナガルを見上げるその大きな目からついにポロポロと涙が溢れ頬を伝った。

 

 

「…ソフィア…」

 

スリザリン寮の席についていたルイスはその涙を見て呆然とつぶやいた。

ソフィアは滅多に泣かない、どれだけ自分と喧嘩しようとも、幼い頃に孤児院で上級生と取っ組み合いの喧嘩をし怪我をした時だって、泣かなかった。

 

セブルスもまた、唖然とした表情でソフィアを見る。彼もまた彼女がこんなにも悲痛な表情をするのも、涙を流すのも滅多に見たことがなかった。

 

 

「じゃあ…ルイスを…ルイスをグリフィンドールにして…」

「…それも、不可能です」

「そんな…!私達、今まで、一度も離れたことがないの!生まれてから、ずっと…!ルイスと一緒じゃなきゃ、わ、私…!」

 

 

マクゴナガルはソフィアがグリフィンドールを嫌がる理由が、寮を嫌うわけではなく、双子の片割れと離れたく無いのだと分かると少しだけその厳しく固められた表情を緩め、残念そうに、それでいて諭すように優しく泣きじゃくるソフィアの背を撫でた。

 

 

「ミス・プリンス…別の寮にわかれたといって、ずっと会えないわけではありません。…このホグワーツで共に暮らすのですから…」

「っ…いや…いやぁ…ルイス…」

 

 

ソフィアは駄々をこねるように首を振り、涙を流して愛しい片割れを見た。

その涙に濡れる悲痛な瞳を見たルイスはたまらなく胸が締め付けられ思わずそこから駆け出しソフィアの側に駆け寄り、縋るように腕を伸ばすソフィアを強く抱きしめた。

 

 

「ソフィア!僕だってソフィアと離れるのは辛いよ…」

「ああ、ルイス!こんな、こんなの…わたし、どうしたら…」

「組み分けは覆らないんだ、ソフィア…ね?良い子だから…もう泣き止んで?」

 

 

ルイスは優しく身体を離すと、まだ涙を流すソフィアの目元にキスを落とした。

 

 

「僕の可愛いソフィア!君は笑顔が1番似合う、…さあ、僕に笑顔を見せて?」

「ルイスっ…で、でも、私…!」

 

 

何を言ってもソフィアの目からポロポロと涙の粒は溢れて止まりそうになかった。

ルイスはちらりとマクゴナガルとグリフィンドールの生徒がいる机を見た。

先程まで憤っていたグリフィンドール生は皆、可哀想なものを見る目で2人を見ていた。あまりの悲痛な泣き声に、感性豊かな子はつられてうっすらとその目に涙を見せている。

 

 

「…ソフィア」

 

 

ルイスの諭すような声に、ソフィアは固く唇を結んだままだったがようやく諦めたようにごしごしと袖で目元を拭った。

 

 

「…ま、毎日会いにきてくれる?」

「うん、絶対会いにいくよ」

「おはようとおやすみのキスは?」

「勿論!ソフィアが望む限り寮を抜け出すさ!」

 

 

目の前で校則を破る行為の約束が交わされていたが、今口を挟めばきっとまたこの少女は泣き喚く事だろう、そう考えマクゴナガルは何も聞こえなかったふりをした。

 

 

「いつだって…そばにいると、思ってたの」

「心ではいつもソフィアを思っているよ、…ソフィア、君もそうでしょ?」 

 

赤くなった目元を優しく撫でれば、ソフィアは小さく頷いた。 

 

 

「さあ、グリフィンドールに行けるね?」

 

 

そっとソフィアの手を取り立たせると、ソフィアはルイスにしがみつくようにしていたが、名残惜しそうにルイスの頬にキスを落とした後、何度も振り返りながらとぼとぼと肩を落としてグリフィンドール生が待つ机へ向かった。

温かい拍手の代わりに、誰もが悲しげなソフィアを慰めた。

 

 

 

 



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10 優しい人たち!

 

 

ソフィアはすんすんと鼻を啜り、俯きながら静かに席についた。

隣に座っていたハーマイオニーはあまりのソフィアの嘆きと悲しみに、辛そうに眉を寄せそっとソフィアを覗き込む。

 

 

「…大丈夫?」

「…大丈夫に見える?」

 

 

ソフィアは赤く腫れた目でハーマイオニーをチラリと見た、彼女が自分を励まそうとしているのはわかっている、それでも、気丈に振る舞うことは出来なかった。

 

 

「あー…見えないわ、でも、ほら…マクゴナガル先生が言ってらしたでしょう?何時でも会えるわよ」

「…そう…ね」

 

 

ソフィアは少しだけ微笑んだ。もう涙を流していないと分かるとハーマイオニーは安心し、ソフィアの小さな背中を撫でた。

同じ一年生だが、ソフィアは誰よりも小さく幼く見えた、慰めていると、妹が居るとこんな感じだろうかと、とハーマイオニーは苦笑した。

 

 

スリザリン寮の机へと戻ったルイスはドラコの隣でまだ俯いているソフィアをじっと見ていた。

 

 

「…ソフィア…大丈夫か?あんなに、辛そうに…」

 

 

ドラコもまた心配そうな目でソフィアを見る、ソフィアの涙や悲痛な顔を見たのは初めてだった。記憶にある彼女はいつでも大輪の花のような笑顔で笑っている。その彼女からは想像も出来ないほどの悲しみに染まった顔をみて、ドラコは自分の胸がちくりと痛むのを感じた。

 

 

「うーん…まさか、別々になるなんてね、僕も…ソフィアも想定外だったよ」

「ああ…それに、グリフィンドールか…あんなところに選ばれるなんて…」

 

 

ドラコは他のスリザリン生と同じようにグリフィンドールに対して良い印象をかけらも持っていない。そんな所に入れられたソフィアが可哀想でならなかった。

 

 

「…んー…今はまだ混乱してるみたいだけど、ソフィアは強いからね、時間が経てば落ち着くと思うよ」

 

 

ルイスも、ソフィアと離れてしまったのは本当に辛く思っていた、だがそれでも泣き喚く事が無いのは、自分の代わりに全てソフィアが代弁し、泣き叫ぶソフィアを見てなんとか慰めなければならないと思い冷静になったからだ。

きっと、組み分けの順番が逆だったなら、泣いていたのは自分で、慰める事になったのはソフィアだっただろう。

 

一年生全員の組み分けが終わり、ダンブルドアが立ち上がり話初めてもまだルイスはソフィアをじっと見つめる。

 

ルイスがソフィアから目を離したのは、空だった皿の上に数々の料理が並び、ハーマイオニーによって甲斐甲斐しく世話をやかれたソフィアがようやく顔を上げ食事に手を伸ばした後だった。

 

 

 

 

「ソフィア!ほら、ローストビーフ食べるかい?美味しいぜ?」

 

 

ジョージが後ろからソフィアに話しかけ、小さな肩を気遣うように叩いた。ソフィアはぱっと顔あげ、ジョージとその隣にいるフレッドを見て少しだけまた悲しそうに目を揺らせた。

 

 

「ジョージ…フレッド…わたし、ルイスと離れちゃった…」

「あー、残念だったな、でも、ほら!悪戯は辞めないだろ?」

「それは…ええ、勿論よ」

「ルイスはスリザリン生になっただろ?一緒に悪戯をすれば…スネイプは減点しないかもしれないぜ!アイツはスリザリン贔屓だからな!」

 

 

フレッドとジョージはこそこそとソフィアに耳打ちをし、教員席にすわるスリザリン寮の寮長であるセブルスを盗み見た。この数年間何度彼らがセブルスから減点をされ続けたかわからない。もう数えるのが無駄な程だ。

ソフィアはちらりとセブルス──父を見た。父はこちらを見る事はなく隣に座る教師と何が話しているようだった。

 

 

「…そうね、…たしかに…スリザリンとグリフィンドールで悪戯をするのも、悪くないかもしれないわ」

 

 

双子に励まされたソフィアは、少し何時ものような悪戯っぽい目で笑った。その目元は涙の跡がのこり痛々しく白い肌を赤く染めていたが、それでも双子は安心し優しくソフィアの頭を撫でた。

 

 

「な!悪いことだけじゃ無いさ!ルイスに協力してもらって…スリザリンの談話室にちょっとした花を添えることだって不可能じゃない!」

 

 

フレッドが楽しげに言うと、ソフィアは目を開き、くすくすと笑った。

 

 

「ありがとう…うん、ちょっとだけ…元気が出たわ」

「良かった!」

「もう君の泣き顔は見たくないな、笑顔が1番だ!」

「ふふっ!…そうね、私らしくなかったわ。本当に、ありがとう」

 

 

ソフィアは立ち上がり、フレッドとジョージをぎゅっと抱き締める、2人は顔を見合わせ、少し照れたように笑った。

 

身体を離したソフィアはジョージが持ってきたローストビーフを受け取り、席に着く。2人もまたリーに呼ばれ席に戻った。

 

ハーマイオニーはその様子を、どこか面白くなさそうに見ていた、私だって慰めたのに、と心の中で呟く。

ソフィアはローストビーフを食べていたが、「あっ」と小さな声をあげると口をもぐもぐと動かし肉を飲み込み、くるりとハーマイオニーを見た。

盗み見ていたのがバレてしまったのかと、少しだけハーマイオニーは視線を彷徨わせる。だがソフィアはにっこりと笑い、隣に座るハーマイオニーを不意にぎゅっと抱きしめた。

驚いたハーマイオニーだったが、振り払う事はなく、少し腕を彷徨かせたあとそっとソフィアの背に回した。

 

 

「ハーマイオニー!さっきは励ましてくれて、ありがとう!私、ちゃんとお礼を言ってなかったわ、ごめんなさい…本当に、ありがとう!」

 

 

ぎゅっと強く抱きしめたソフィアはその白い頬をハーマイオニーの頬にぴったりとくっつけたまま耳元で囁いた。

ハーマイオニーは僅かに頬を染め、くすぐったそうに身を捩る。

 

 

「元気が出たみたいね、良かったわ!…ねぇ、ソフィアは変身術が得意なの?あのカエルチョコの魔法…私に教えてくれる?」

「勿論よ!…私、あの魔法の事でハーマイオニーは怒ってると思ったわ」

 

 

ソフィアは身体を離すとハーマイオニーの表情をちらりと伺い見る、ハーマイオニーは首をすくませ、少しだけ笑った。

 

 

「まぁ、あれは入学前だったし…でも、同じグリフィンドール生になったのだから、規律はちゃんと守るのよ?」

「うーん、それは約束出来ないわ!」

「まぁ!」

 

 

ハーマイオニーはキッパリと言うソフィアに憤慨したが、ソフィアの楽しそうな顔を見て言いたい言葉を飲み込んだ。彼女は笑顔が1番似合う、そうハーマイオニーも思っていた。

 

様々な料理を食べながら自然と話題は家族のことになった。初対面の彼らは自分の事をまず知ってもらおうと、生い立ちを口々に話した。

ハーマイオニーはそれを聞きながら、自然とソフィアに問い掛けた。

 

 

「ソフィアは?ご両親は魔法族なの?…あ、私は両親共にマグルなの!ホグワーツの手紙が来て、とっても驚いていたわ!喜んでくれたけどね」

「あー…私、7歳まで孤児院で育ったの、それからはルイスと暮らしているのよ。たまに色んな人が様子を見に来てくれるけど…」

「まぁ…そうだったの、ごめんなさい…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉を聞き口元を押さえ、申し訳なさそうに眉を下げた。その言葉からきっとソフィアと、そしてルイスは両親と死別しているのだと思った、だからあれほどルイスと離れるのを拒絶していたのかと思うと、納得ができる。

 

ソフィアは気にしないでと言うように首を振る。

先ほどの言葉に嘘は一つもなかったが、かといってハーマイオニーが想像しているだろう間違いを正すつもりは無かった。

 

 

「大丈夫よ!気にしないでね」

「…ええ、…あっ!デザートが、出てきたわ…食べましょう!」

 

 

ハーマイオニーは無理矢理話を終わらせ、自分の皿に糖蜜パイを置くと、ソフィアの皿にも同じように置いた。ソフィアはハーマイオニーの気遣いに少しだけ…真実を言えないでいる事に胸が痛み心の中でこっそり謝った。

 

 

 

豪勢な食事は生徒全員が満腹になると突如消えた。

ダンブルドアが立ち上がり、いくつかの注意事項を述べる、校内にある森には入らない事、廊下で魔法を使わない事、クィディッチの予選が開始される事、そして、四階の右側の廊下には決して近付かない事。

最後の注意だけが異質であり、死ぬ可能性を示唆していた。ソフィアは不思議そうな顔でダンブルドアを見つめる。このホグワーツにそんな危険な場所があっても良いのだろうか?今年いっぱい、と言う事は去年は普通に使用されていた廊下なのだろう。

痛い死に方をしたくはなかったが、その場所への興味が勝ちチラリとスリザリン寮にいる片割れを見れば、彼もまた何処か企むように目を細めていた。

 

その後、思い思いのメロディで校歌を歌い──教師達は皆小さく呟くか、口を閉ざしていたが──生徒達はそれぞれの寮の監督生に連れられて寮へ移動した。

 

途中でピーブズに邪魔をされたものの、なんとか生徒たちはグリフィンドール寮へたどり着くと眠い目を擦り、重い足を引き摺りながら談話室を通りそれぞれの部屋へ向かった。

 

 

「あ!ソフィア!見て、同じ部屋よ!」

「本当!?やったわ!」

 

 

ハーマイオニーは扉に貼られた紙に書かれている名前を見て喜び手を叩いた。ソフィアもまた、ハーマイオニーと同室なのは嬉しかった。

ソフィアは明るく、その性格から人に可愛がられる事が多い、孤児院では沢山の子ども達に囲まれ、その中では皆の妹として愛されていた。孤児院を出てからはあまり会うことがなくなってしまったが、皆元気だろうか、今度休みの日に会いに行ってみようか。

そう思いソフィアは荷物を片付けていた手を止めいつものようにその言葉を口にした。

 

 

「ねぇルイス、今度──」

 

 

振り返った先に居たのは、少し目を見開いたハーマイオニーだった。

ソフィアはぴたりと言葉を止めると、口を押さえ悲しさが滲む困り顔で肩をすくめた。

 

 

「…ルイスが居ないの、忘れてたわ」

「きっと、いつか慣れるわよ…。でも、多分同じ寮だったとしても…同じ部屋にはなれないと思うわ」

 

 

だって、男子と女子では部屋が違うもの。そうハーマイオニーは言葉を続け、トランクからパジャマを取り出し着替え始めた。

今まで同じ部屋で寝起きするのが当たり前だった、振り返ればいつだってルイスがいた。怖い夢を見て起きた時も、彼のベッドに潜り込んで朝を迎えた。

 

ソフィアは着替えようとしていたパジャマをトランクに押し込むとすぐに扉へと向かう。

 

 

「どこに行くの?」

「ルイスの所よ、おやすみのキスをしてもらってないもの」

「本気だったの!?でも…時間が…早く行ってすぐ帰ってくるのよ?」

「わかってるわ!」

 

 

ハーマイオニーは止めようか一瞬迷ったが、ソフィアに何を言っても無駄だ、きっとどうにかして抜け出すことだろうと考え、ため息をつきながら見送った。

 

 

 

「あれ?もう1人の…あの子はどこに行ったの?」

 

 

遅れて部屋に入ってきたラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルはもう1人のルームメイトが見当たらない事に気付き首を傾げた。

ハーマイオニーはパジャマに着替え終わり、ベッドに腰掛けながらため息混じりに2人に答える。

 

 

「おやすみのキスをしに行くらしいわ!」

「ああ…」

「成程ね…」

 

 

組み分けの儀式での強烈な悲劇を思い出し、2人は納得した。

パーバティも双子であり、片割れのパドマはレイブンクローに組み分けされてしまった。もちろん悲しさや不安はあるが、ソフィアほどではなくーーそれでも、同じ双子として話しが合うかもしれない、今度ゆっくり話してみたい、とパーバティは思った。

 

 

 

 

 




当初はハーマイオニーと2人部屋の予定でしたが、4人部屋に変更しました。


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11 大切な人達!

 

ルイスはドラコと、そしてドラコのボディガードのように少し後ろを歩くゴイルとクラッブと共にスリザリンの監督生である男子生徒に引率されながら地下へと向かっていた。

 

石造りの廊下や階段を下り、どこかひやりとした雰囲気の地下深く、そこには一つの扉がありその上には壁や扉と同じ灰色をした石像の蛇が生徒たちを見下ろしていた。

その扉は取手やドアノブの無い、奇妙な扉だった。

 

 

「この蛇に向かって合言葉を言うんだ。合言葉は定期的に変わる、他寮の人間に伝えないのは勿論だが…くれぐれも忘れないように」

 

 

監督生の男も勿論、先ほどの組み分けをしっかり目撃していた為、ルイスが別の寮の生徒──ソフィアを連れ込むのではないかと危惧し、厳しい目でルイスを見ながら伝えた。

その目にルイスは少し肩を竦める。

流石のルイスも超えてはいけない境界線や、分別はついているつもりだ。他の生徒からの信頼を壊すような悪戯をするつもりはなかった。

 

 

「合言葉は…──穢れなき血」

 

 

その言葉に反応して蛇の石の目が光り、ゆっくりと這うように動くと本来ドアノブがある場所へと向かい、静かにその場で鎌首をもたげた。

監督生はドアノブの代わりとなった蛇を掴み押し開ける。見た目は重そうな石の扉だったが、するりと直ぐに扉は開かれる。

 

 

「入ってすぐが談話室だ。一年生は先に自分の部屋を確認しなさい」

 

 

その声にぞろぞろと一年生達は扉を通り談話室へと入っていった。

石造りの細長い談話室は中々に広く、天井や壁にかけられたランプの炎は少し緑がかり揺れている。

至る所に壮大な彫刻があり、黒い革張りのソファが数脚一番奥にある暖炉を囲むように配置されている。それらはランプの光に照らされ輝いていた。

 

少し冷たい印象を与える談話室だが、静かな空間を好む者が多いスリザリンらしい談話室だった。

 

ルイスは談話室傍にある男子寮へと降りていく、そこは石造りの地下牢を模した構造になっていた。生徒を地下牢で寝泊まりさせるなんて、少し悪趣味ではないかとうっすら考えた。

 

 

「ルイス!…同室のようだぞ」

「え?…本当だ!」

 

 

扉の一つに貼られた紙にはドラコ・マルフォイとルイス・プリンスという2人の名前が書かれていた。他の部屋に貼られた紙にはどうやら3人分の名前が書かれている事から、2人分余ってしまったのだろうとルイスは考えた。

昔からの友人のドラコと2人部屋というのはルイスにとってかなり都合が良かった。勿論、緊張する事なく過ごせると言う事もあるが、父のことをうっかり話したとしてもドラコにならば問題が無い。

まさか、それを見越してのこの部屋割りなのか、とルイスは考える。それなら、愛しい片割れは一人で秘密を守り続けなければならなくなる、グリフィンドール寮には自分達の秘密を知っている者はいない。

 

ルイスはふと、誰が本当の秘密を知っているのかと考えた、ダンブルドアは勿論だが、他の教師は知っているのだろうか?この事はいつか父に確認しなければならない、そうルイスは思った。

 

 

「僕は疲れたから…もう寝るよ、ルイスは?」

 

 

ドラコは欠伸を噛み殺し、目を擦りながらルイスに問いかける、ルイスは自分の荷物を片付けていた手を止め少し悩むように顎に手を当てた。

 

 

「うーん。ちょっとソフィアのところに行くよ」

「こんな時間に…外に出て怒られないか?」

「さあ、別に怒られてもいいさ。おやすみのキスをしなきゃいけないからね」

「まぁ…気をつけろよ。…ソフィアに、僕の分もおやすみと伝えてくれ」

「わかった!」

 

 

ドラコは少し眉を寄せたが止める事はせずパジャマをトランクから出した。

妹の事になるとどんな事でもしてしまうルイスの性格をよく知っているドラコは止めても無駄だと考えていた。お互いに溺愛しているのだ、長く2人で暮らしているようなものだし、お互いに依存するのは仕方のない事だろう。

 

 

 

ルイスとソフィアはほぼ同時にこっそりと寮を抜け出し、夜の薄暗い廊下を駆けた。

ホグワーツにきて初日で寮から抜け出したのは長いホグワーツの歴史の中でも2人が初めてだった。そのため教師達も油断し見回る事は無かった。彼らもまた、明日から始まる新年度の授業の準備で忙しく、そこまで気が回らなかったのだ。──ただ、1人を除いて。

 

人1人いない廊下を走っていた2人は、お互いの寮の場所は勿論知らない。だが、相手ならきっとここに来るはずだ、という直感で大広間近くの廊下を目指していた。

 

 

「ルイス!」

「ソフィア!」

 

 

2人は薄暗い廊下で愛しい片割れを見つけると駆け寄り強く抱きしめあった。さながら恋人同士の密会のような光景に、壁にかけられた肖像画が眠そうな目をしながら2人をちらりと見て「お熱いことで」と呟いた。

 

暫く2人は無言で抱き合っていたが、そっと身体を離し額をくっつけ合う。

黒い目と緑の目が確かに結ばれ、その瞳の中に映るのは愛しい片割れ、ただそれだけだった。

 

 

「…私、明日から不安だわ…」

「大丈夫、グリフィンドールにはハリーやロンもいるし…ほら、フレッドとジョージもいるでしょ?心配する事ないよ」

 

 

心細そうに呟くソフィアをルイスは何度も励ました。決まった事は覆らない、どうしようもない事だ。ソフィアもそれは分かっていたが、一度吐いた弱音は止まることが無い。

ルイスはソフィアの手を繋ぎ、近くの大きな窓に近づいた。充分に座れる窓の縁に腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩き、座るよう促した。

 

手を繋ぎ、身を寄せながらポツポツと弱音を吐くソフィアに、ルイスは何度も優しく頷いた。

 

突如、コツ、コツ、と小さな靴音が響き2人は身体を硬まらせる。おそらく同じ生徒では無い、間違いなく見回りの先生だろう。

 

足音は徐々に近づき、窓から差し込む月明かりがその人物を朧げに照らし出すと、2人は肩の力を抜いて思わず立ち上がった。

 

 

「と──」

 

 

父様、そう言いかけて慌てて口を押さえる。

久しぶりに対面した事と、周りに誰も居ない事でつい油断してしまったが、ここは家では無い、ホグワーツだ。誰が──どのゴーストが急に現れるかわからない。ピーブズに知られたらそれこそ次の日には噂は駆け巡り、2人は荷物を鞄に詰めてホグワーツを後にする事となるだろう。

 

セブルスは寮を抜け出し、窓の側にいる2人を見て盛大にため息をつくと額を抑えた。その表情に怒りはなく、代わりに呆れが滲んでいた。

組み分けの時の2人の会話から、本当に夜に抜け出しているかもしれないと思い念のため見回りをしたのだが、まさか本当に…ホグワーツでの生活が始まった初日にして校則を破った、記念すべき第一号が自分の子供達だなんて。

 

 

「…ミス・プリンス、ミスター・プリンス。就寝時間後に寮から出る事は禁じられている」

「…ごめんなさーい」

 

 

他人行儀なセブルスの言葉に、ソフィアは面白くなさそうに口を尖らせしぶしぶ頷いた。

ホグワーツに入学するにあたっての約束はわかっている。だが実際他人として話す父に何とも言えない寂しさを感じていた。

2人がセブルスと会うのは実に1か月ぶりだった。毎年新年度が始まる前の夏季休暇は、セブルスも家に戻り一緒に過ごしていたのだが、今年は忙しくセブルスが家に戻ってこれたのは初めの数週間だけだった。

 

 

「…罰則を与えねばならん、…明日の放課後、私の研究室に来なさい」

 

 

どんな内容の罰則なのかと2人は続きの言葉を待ったが、セブルスはそれ以上何も言わない。ソフィアとルイスは顔を見合わせ、不思議そうにセブルスを見上げる。

 

 

「罰則の…内容は?」

 

 

ルイスが恐る恐る聞けば、セブルスはほんの少し、彼らにしかわからない程度の微笑を浮かべる。

 

 

「それだけだが、…不満かね?」

「…?……あっ!なんて事だろう!」

「…まぁ!なんて罰則なの!?」

 

 

2人は含みを見せるセブルスの言葉の真意にようやく気付くと嬉しそうな悲鳴をあげた。

罰則という名の、自室への誘いに2人は思わず飛び付きそうになったがぐっと耐え、飛び切りの笑顔を見せた。

 

セブルスも我が子らに会いたく無いわけではなかった。だが会うにはそれなりの口実が必要だ。

研究室に罰則として生徒を呼び寄せる事は今までに何度かあり、周りから不信感を抱かせる事は無い、密会をする口実としては最適だろう。研究室の奥にはセブルスの自室もあり、そこでなら親子として会話をしても誰に聞かれる心配もない。わざわざセブルスの自室や研究室に近づく命知らずの生徒など、このホグワーツには居ないだろう。

 

しかし、セブルスは後にこの事を後悔する事になるのだが、今はまだ何も気付いていない。

 

 

「もう遅い、寮まで送ろう」

「はい!スネイプ先生!」

 

 

二人は嬉しそうに笑いセブルスの両隣に立つと、そっと彼のローブを握った。いつもする彼らの癖だったが、普通の生徒なら決してしないその行動に、セブルスは無言で咎めるような目で見下ろした。

しかし、2人は手を離す事はなく、悪戯っぽく笑いながらセブルスを上目遣いに見上げた。

 

 

「僕、暗いのが本当は怖くて…こうして居てもいいですか?」

「私もなの!怖くて震えちゃうわ!」

 

 

セブルスは2人が闇を怖がる事はないと知っている。こうしてローブを掴むための、彼らなりの言い訳だとすぐに分かり小さくため息をついた。

 

 

「…それなら、仕方があるまい」

 

 

だが、セブルスは少し微笑むと振り払う事はせず2人の歩調に合わせゆっくりと歩く。

 

 

静かなホグワーツの廊下を歩く親子を、月明かりが優しく照らしていた。

 

 

 

 



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12 私たちを離すことはできない!

 

 

ホグワーツでの授業が始まった。

大多数の一年生は授業の内容が自分が想像していたよりも複雑で難しい──時には酷く退屈で──事を知り、授業についていくだけで必死だった。休み時間や自由時間に校内を散策する暇もなく、彼らは山ほど出される宿題をこなさねばならなかった。

 

ソフィアは同じルームメイトであるハーマイオニーと一緒に行動する事が多かった。ただ大広間で食事を取るときにはハーマイオニーと別れルイスの元へと向かっていた。

ハーマイオニーは友達を作る事が得意ではない、彼女は自分自身、そう自覚している。

人にも自分にも厳しく律するその性格が疎まれてる原因だと幼く賢い彼女は分かっていた。それでもハーマイオニーはこの性格を変えるつもりはなかった。

自分の正しさに間違いはない、間違っているのは周りであり、いつか痛い目を見るのだ、そうしてそれ見た事か、だから言ったでしょう。と、そうなれば周囲も自分を認めるはず。私はマグルの世界から来た、もっともっと努力して、周りから認められなければ。

そう、ハーマイオニーは一人でどこか味気ない料理を食べながら自分自身に言い聞かせる。

 

 

スリザリンカラーのネクタイで彩られる長机の後方に一人赤いネクタイが混じっていたが、最早その事について誰も何も言わなかった。

周りの者は見て見ぬふりをしよう、そう決めたのだ。

 

 

入学式の次の日の朝。

ソフィアはルイスを見つけると直ぐにスリザリン生のみが集まる机に一瞬も躊躇う事なく座った。 

 

 

「おはようルイス!」

「おはようソフィア、いい夢は見れた?」

「うーん、まあまあね」

 

 

2人はお互いの頬に軽くキスをして朝の挨拶を交わす。それを机を挟んだ前の席で見ていたドラコは、周りの突き刺すような目に慌ててソフィアに声をかけた。

 

 

「ソフィア!」

「ああ!ドラコもおはよう!」

「あ、ああおはよう…って違う!挨拶が済んだのなら直ぐに向こうに行け」

 

 

スリザリン生のみが集まるこの机にいる異分子を周りがよく思っていないのは火を見るより明らかだ。まだ誰も咎める事がないのは──その分視線で訴えかけてはいるが──昨日の組み分けの儀式を見たからだろう。朝の挨拶くらいは目をつぶってあげよう。そう彼らは思い黙っていた。

 

しかし、ソフィアはそんな周りの視線など微塵も気にせず、目の前の皿からトーストを取るとぱくりとかぶりついた。

 

 

「何故?」

「何故って…グリフィンドールはあっちだ」

「ドラコ、別に式典で無い限り、大広間のどの席で食べようと自由なのよ?」

「いや、それは…」

 

 

それはドラコも知っていた。だが、実際は四つ並んだ長机にそれぞれ各寮の生徒が座っている。定められて居なくとも、暗黙の了解として皆が守っている。

 

 

「だが…」

「私はぜっっ…たいにここから移動しないわ」

「…ソフィア、僕も一緒に食べたいけど…ここはいう事を聞いた方が…」

 

 

ルイスの嗜めも聞かず、ぷい、とソフィアはそっぽを向いた。

ソフィアもまた、ルイスと同じで片割れが関わる事に対してはかなり頑固だった。

ドラコとルイスは顔を見合わせ呆れたような目でソフィアを見た。

 

 

「あー…ミス・プリンス?ここはスリザリン寮で…私たちは同じ寮の者だけと食事を取りたいのだよ。他の寮…それも、グリフィンドールの色が視界に映るだけで…吐き気をもよおすからね、食事どころじゃなくなるんだ」

 

 

ソフィアの後ろから声をかけたのはスリザリンの上級生だった、その威圧的で冷ややかな言葉に、ドラコは自分に対しての言葉では無いとわかりながらも椅子の上で身を縮こませた。

 

上級生の声に賛同するように周りからくすくすと嘲笑が響いた。いくら昨日の悲惨な組み分けの儀式を見ても、心動かされない者もいる。

 

ソフィアは立ち上がり背の高い上級生を睨むように見上げる。幼く身長の低い彼女が幾ら睨んでも上級生は少しも怖くは無かった。

寧ろ、薄らと侮蔑を含む笑みを口元に浮かべている程だった。

 

 

「…そんなに蛇に囲まれていたいのね?」

「そうだね、だからさっさと向こうへ行きなさい──」

 

 

2度と来ないように、という上級生の言葉はソフィアに突き付けられた杖により飲み込まれた。

一瞬表情を消した上級生だったが、すぐにせせら笑う。まだ授業も受けて居ない、一年生の魔女がどんな魔法を使えると言うのだろう。幼い彼女が脅しのために杖を突きつける行為は滑稽だと上級生は考えた。

それに、万が一何をされても盾の魔法で塞いで見せる、上級生はいつでも反撃出来るようローブの下で杖を握った。

 

 

「愛する蛇に囲まれて楽しい食事を取るといいわ!」

 

 

ソフィアは上級生に向けて居た杖を数々の料理へ向けて振った。そして、沢山の生徒と先生が見ているにも関わらず魔法を放つ。

 

 

蛇よ出よ!(サーペンソーティア!)

 

 

杖先が光り、大きな蛇が現れる、目の前に突如出てきた蛇に近くでせせら笑っていた生徒は小さく悲鳴をあげ後ずさる、ドラコも慌てて立ち上がり引き攣った顔で蛇を見て居た。

 

 

写せ!(コーピアリティ!)

 

 

ソフィアの得意な変身術により、スリザリン生が居る机にあった料理は全て蛇へと変わり、ずるずると机の上を這いずった。夥しい量の蛇の大群に、上級生はひくりと顔を引き攣らせ一歩後退する。

一年生が、こんな高度な変身術を使えるとは、上級生も、そして周りで見ていた生徒たちも夢にも思わなかった。料理全てに変身術をかけるなんて、それは大人の魔法使いでも、難しいだろう。

 

生徒が悲鳴をあげ逃げ惑うのを、教師陣の席からセブルスは苦虫を噛み潰したかのような顔で見ていた。今日の放課後、本当に罰則を──それもキツめのものを──与えなければならない。

場を収集させる為にセブルスは重いため息をつきながら立ち上がった。

 

 

 

「ソフィア!やりすぎ!」

 

 

ルイスは慌ててソフィアの杖を掴み、無理矢理下げさせると今度は自分の杖をポケットから出した。

 

 

効果よ終われ!(フィニート・インカンターテム!)

 

杖を横に薙ぐように動かし、全ての料理に掛かっていた魔法を解呪すれば、机の上に残ったのは一匹の蛇だけになった。

 

 

蛇よ帰れ!(ヴィペラ・イヴァネスカ!)

 

 

ルイスは最後に残った蛇も消すと、むっつりとしたままのソフィアと、まだ今見た魔法が信じられずソフィアを驚愕の目で見る上級生をちらりと見た。

 

 

「先輩、申し訳ありません…先生達が来る前に、ここから去った方がいいと思いますよ?」

「……ちっ…そうしよう」

 

 

上級生は舌打ちをこぼし、ソフィアを強く睨みながら駆け寄るマクゴナガルと静かに歩み寄るセブルスに気付きその場から退散した。

 

 

「ミス・プリンス!今のは貴女がやったのですか?」

「マクゴナガル先生…あの人が蛇が好きで囲まれて食事をしたいって言うから、そのようにしてあげただけです」

「まぁ!…貴女、変身術を誰かに…教わりましたか?」

 

 

マクゴナガルは口を抑えながらちらりとセブルスを見た。その視線を見た2人はマクゴナガルも自分達の父親が誰なのかを知っているのだと察した。

 

 

「いいえ、私…変身術は得意のようで、独学ですけど…」

「なんてこと…!貴女には稀有な才能があります!…あ、いえ、…その前にグリフィンドール1点減点です、蛇を出すなんて…蛇に噛まれて怪我をさせて居たかもしれませんよ?」

「あれは外見を写しただけですので、見た目は蛇でも中身はただの無害な料理です!」

「そうなんですか?それも、中々に高度な…いえ、それでも減点は減点です」

「…はぁい」

 

 

マクゴナガルはソフィアの才能に大変興奮しているようだったが表立って褒め称える事は流石にせず、減点を言い渡す、だがその目はソフィアへの期待がちらちらと見え、さらに嬉しそうに頬は緩んでいた。

 

 

「セブルス、異論はありますか?」

 

 

マクゴナガルは後ろからついてきて居たセブルスを振り返る。セブルスはふんと鼻を鳴らしルイスを見た。

 

 

「…ミスター・プリンス、上手く解呪魔法を使い、場を収めた事でスリザリンに1点加点しよう」

「え?…あー…ありがとうございます」

 

 

ルイスは加点されるとは思わず驚いたが、そういえばスリザリン贔屓だと周りから聞いていた、ここは素直に受け取ろうと考えた。

 

 

「そもそも、何故ミス・プリンスはここにいる?」

「まぁ!…スネイプ先生?生徒が大広間のどの席で食事を取ろうが自由なのをご存知ないのですか?」

 

 

ソフィアは嘆かわしいとでも言うように、どこか演技かかった動作で頭を振った。

 

セブルスとマクゴナガルは顔を見合わせ、何故ここにソフィアが居るのかも、何故料理全てが蛇に変えるほどの魔法を使う羽目になったのかも何となく理解した。

 

 

「マクゴナガル先生?そうですよね?」

「…まぁ、たしかに式典で無い限りは…そのような校則はありませんね」

「ですよね!」

 

 

にっこりと笑うソフィアを見て、マクゴナガルはため息をついた。

 

 

「ですが、ミス・プリンス。周りの迷惑になるような事は決してしてはなりません。それは人としてのマナーです」

「…、…はい、わかりました」

 

 

諭すように言われたソフィアは、たしかに少しやりすぎたかと反省した。

 

その後、ソフィアはルイスの元に行く事を決してやめなかったが、それでも周りに配慮し2人は机の一番後方で食事を取る事にした。

スリザリン生は面白くなさそうにそれを見たが、また魔法を掛けられてはたまらないと視界に映さないように努め、無視を決め込んだ。

 

 

「明日から僕があっちで食べようか?フレッドとジョージとも話したいし」

「それも良いわね!でも…私ドラコと話したいのよ」

「…まぁ、食事の時くらいしか今はゆっくり出来ないからな」

 

 

ドラコは時たまルイスに付き合い机の後方に共に食事を取っていた。

ドラコも、それ程友達が多いわけでは無い、取り巻きは沢山いるが彼らはマルフォイ家しか見ていない、自分を通して媚を売る彼らと四六時中共にいるのは少々鬱陶しく思っていた。

 

それを態度で出す事はマルフォイ家として、とても出来ない。そのような振る舞いを父は許さないだろう。

だからドラコはルイスに仕方がなく付き合って居るんだと周りにアピールする事を忘れなかった。

 

 

「ドラコは飛行訓練がいつ始まるか知ってる?」

「いや…早く始まってほしいんだが…そういえば何も聞かされていないな」

「ねえ!ドラコ、どっちが早く空を飛べるか飛行訓練の時に競争しましょうよ!」

「ほう?僕に勝負を挑むとは…受けてたとう」

 

 

楽しげに話すドラコとソフィアを見て、ルイスも少し嬉しくなったが、遠くからこちらをチラチラと見て何やら企むように視線を交わすスリザリンの上級生達に気付くと人知れずため息をついた。

 

ソフィアの魔法のセンスを知った彼らは表立ってソフィアを攻撃する事はないだろう、そもそも、スリザリン生は証拠を残さない、裏で暗躍する事にとても長けている者が多い。

彼らがソフィアに対し何を考えているのかだなんて、想像するのは容易い。

 

ソフィアは隠された悪意には鈍感だ。

その分敏感なのはルイスの方だと言えるだろう。

 

 

──そっちがその気なら、スリザリン生らしくひっそりと、反撃するのみだ。

──愛しい妹がずっと笑っていられるのなら。

 

 

ルイスは全く気が付いていないソフィアを見て、バレないように彼らに向かい不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 



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13 楽しい罰則!

 

 

ルイスとソフィアは放課後、セブルスの研究室の前で立っていた。

 

ルイスが拳を上げ、軽く扉をノックする。

 

 

「スネイプ先生、ルイスとソフィアです」

「…入れ」

「はぁい」

 

 

2人は扉の奥から聞こえてきた声に素直に返事をし、直ぐに扉を開けた。

他の生徒なら何としてでもセブルスの研究室に向かう事を回避するだろうが、2人は寧ろはやくこの時が来るのを朝からそわそわと心待ちにしていた。

 

ルイスはドラコに、ソフィアはハーマイオニーに昨日夜に抜け出したことがスネイプ先生にばれて罰則を受ける事になったと伝えて寮を抜け出していた。

ハーマイオニーは酷く心配し、「だから気をつけてって言ったでしょう!」と憤慨していたが、ドラコは全く気にせず頷いただけだった。

 

 

ソフィアとルイスが研究室の中に入り扉を閉めると、セブルスはすぐに防音魔法とくっつき魔法を扉に掛けた。

それを見て2人は期待の眼差しをセブルスに向ける。

 

 

「…ここでは何と呼べばいいかしら?」

「スネイプ先生?それとも──」

 

 

二人は白い頬を赤らめ、研究室の後方にある椅子に座っているセブルスを期待のこもった眼差しで見つめる。はやく、許可を出して欲しい。二人の目は雄弁にそう語っていた。

 

 

「…いつものように呼んで構わない」

「「父様!」」

 

 

セブルスの許可を得た二人はパッと笑顔を見せるとその場から跳ねるように駆け出した。

ルイスは走った勢いをそのままに机の上に足を掛け椅子に座るセブルスの正面から抱きつき、ソフィアは流石に机に登ることはせず少し遅れて横からひしっと抱きついた。

 

 

「父様!久しぶり!…ちゃんとシャワー浴びてる?」

「父様!せっかく父様の髪は黒くて綺麗なのに、薬品の臭いがついているわ!」

「なんかべっとりしてるし、ねえ頭洗ってあげようか?僕、清め魔法最近覚えたんだ!」

「えー!ずるい!私も父様にしてあげたいわ!」

「んーじゃあ交代でする?一度の魔法じゃこの汚れは取れないかも!」

「いいわね!そうしましょう」

「…少し、落ち着け」

 

 

次々と溢れる2人の言葉に、セブルスはくぐもった声でそれだけを伝える。すると2人はぴたりと口を閉ざし、えへへ、と恥ずかしそうに笑った。

 

 

「だって!久しぶりだもの!幾らでも話したい事があるのよ!」

「ソフィアの言う通りだよ!」

「わかった、…ルイス、机の上から降りなさい。ソフィア、ローブの端を踏んでいる」

 

強く抱きしめられているセブルスが静かに言えば、2人はようやくセブルスから離れ──ルイスは机からひょいと降り──机を挟み、前に立った。

 

 

「そこに座りなさい。…紅茶を淹れよう」

「「はぁい」」

 

 

セブルスは杖を振るいソファと小さな丸机を出現させた。2人はその黒くふかふかとしたソファに座り、セブルスが紅茶を淹れている間興味深そうに辺りを見渡した。

よく見れば、棚には様々な瓶や材料が並んでいる。それ見てソフィアは少し顔を顰め、ルイスは対照的に目を輝かせた。

 

 

「父様!部屋を見てもいい?」

「構わないが…。…危険なものもある、決して触れないように」

「はーい!」

 

 

ルイスは立ち上がると興味深そうに一つ一つを見て、瓶に書かれたラベルを熱心に読んでいた。

 

 

「生ける屍の水薬!…真実薬まで!…えっ…こ、これってもしかしてフェリックス・フェリシス!?…凄い…あっ!これは…サラマンダーの血液かな…ベゾアール石まで!かなり貴重なのに…」

 

 

ぶつぶつと呟き、時折歓声を上げながら興奮するルイスを、ソフィアはソファの背に腕を乗せ頭を預けながら見ていた。

魔法薬学が好きなルイスとは違い、ソフィアはあまり魔法薬学が好きではなかった。

得意では無い、とも言い換える事が出来るだろう。

 

 

「ルイスって本当に魔法薬学が好きなのね」

「うん!だって、材料の組み合わせと調合が完璧に合わないと薬は完成しないんだよ?それを編み出した過去の偉大な賢者達は…本当に素晴らしいと思わない!?それに、魔法薬ってさ、本当に、運命も操作出来るんだ!このフェリックス・フェリシスは幸運の液体とも呼ばれていて──」

「オーケー、もういいわ!」

 

 

まだまだ話は続きそうだった為、ソフィアは無理矢理ルイスの言葉を遮る。ルイスは少しムッとしたが、気を取り直して再び棚に収められている薬や材料をまじまじと見た。

 

 

「ソフィアは魔法薬学が嫌いか?」

 

 

セブルスは紅茶の入ったカップを机の上に置き、ソフィアの隣に座った。

ソフィアはカップのなかに角砂糖を3つほど落としティースプーンでかき混ぜながら少し申し訳なさそうに、セブルスを見た。

 

 

「うーん…嫌いじゃないわ。筆記試験ならきっと完璧よ!…でも、魔法薬作りは…苦手なの」

「ソフィアは大雑把過ぎるんだよ!なんで手順はわかるのに適当にしちゃうのかなぁ?」

 

 

充分に薬や材料を見たルイスはセブルスの隣に座り、紅茶の中にミルクを少し垂らしながら言った。心の底からわからないという彼の言葉に、ソフィアは熱い紅茶をちびちびと飲みながら眉を寄せる。

 

 

「だって…右に掻き回すのも左に掻き回すのも同じじゃない?違う意味がわからないわ!」

「同じじゃないよ!」

 

 

ルイスは首をぶんぶんと振り、セブルスは我が子の魔法薬学に対する考えの無さに頭を痛めた。そもそも、仮にも魔法薬学を教えている自分に堂々とこんな疑問を向けるとは思わなかった。

 

 

「材料によっては、攪拌する方向により効能が変わるものもある。…いずれ学ぶこととなるだろう」

「えー…私、別に作れなくてもいいもの!魔法薬が欲しい時は父様に作ってもらうわ!」

 

 

胸を張って言うソフィアを、どこか可哀想な物を見る目で2人は見た。

 

 

「ソフィアには魔法薬学の美学がわからないんだね…」

「…嘆かわしい事だな」

「な、何よ!」

 

 

2人の視線にソフィアは少したじろぎ、じろりと睨み返したが、ルイスとセブルスは素知らぬ顔で紅茶を飲んだ。

 

 

「あ、それより…父様?僕たちと父様の事を知っているのは誰なの?」

「教師では、マクゴナガルとダンブルドアだけだ。マクゴナガルはグリフィンドールの寮長だからな、伝えないわけにはいかん」

 

 

ソフィアがグリフィンドールに組み分けされた日の夜、セブルスはマクゴナガルと共に校長室に向かった。

その場でルイスとソフィアは自分の子どもである事をマクゴナガルに伝えた。わざわざ話す場を校長室にしたのは、きっとダンブルドアが居なければ信じないだろうと思ってのことだった。

 

子ども達が入学する前に、ダンブルドアとセブルスは子ども達がどこの寮に配属されたとしても、寮長にだけは真実を話そう。そう決めていたのだ。

 

 

2人がセブルスの子どもだと聞いたマクゴナガルは、まず冗談だと思った。彼が結婚して居たなんて聞いた事が無かったし、そんな素振りも少しも感じられなかった。困惑した目でダンブルドアを見たが、ダンブルドアは否定する事なく頷いていた。

 

マクゴナガルは、学生時代にセブルスが仲良くしていた女生徒が居ることは知っていた。よく図書室や廊下で2人でいるのを、彼女は目撃していた。

 

マクゴナガルはホグワーツ特急でソフィアが蜘蛛をカエルチョコに変身させたと噂で聞いて、一年生がそんな事出来るわけがない、きっと噂が曲げられて囁かれている、と思っていたが、そういえば、彼女は変身術が得意だった。自分の個人授業を受けるほどに。

結婚した事と、子どもができたことは聞いていたが、彼女は最後まで相手を伝えなかった。

そう思えば、ルイスの髪色と、ソフィアの目の色は彼女と同じだ。…いや、なぜ今まで気が付かなかったのだろう、ルイスとソフィアは幼い頃の彼女に、良く似ている。

 

マクゴナガルは、手を口元にあて、小さく囁いた。

 

 

「…まさか…アリッサの…?」

 

 

その言葉にセブルスは頷く。マクゴナガルは小さく、息を呑んだ。

 

 

「ルイスとソフィアには母親が何故死んだのか…伝えていない」

「そんな…どうして…」

「2人が聞かなかったからだ。…あなたは人の家庭には口を挟まず、私を差し置いて余計な事を伝えることのない人だと…。…私は思っていていいかね?」

「…ええ、…わかっています。私の口からは…言いません。…勿論、貴方達の関係についても、私は沈黙を約束しましょう」

 

 

寧ろ、言えるわけがない。

他人が踏み込んでいい領分ではない、そうマクゴナガルは思い真剣な面持ちで頷いた。

 

 

 

「──父様?」

 

 

いきなり黙ってしまったセブルスを2人は覗き込む、セブルスは何でもないように紅茶を飲み取り繕うと言葉を続けた。

 

 

「生徒で知っているのは、ドラコ・マルフォイだけだろう」

「まぁ、僕たち交友関係狭いからね」

 

 

ルイスは少し肩をすくめて笑った。

孤児院で共に過ごした子ども達は勿論皆魔法使いだが、2人より年上の子ども達はもう皆卒業していた。

 

 

「あーあ、ルイスと同じ寮じゃないなんて…今でも信じられないわ!合同授業も…魔法薬学だけだし…はやく金曜日にならないかしら!」

「きっと、スリザリンとの合同授業を望むのはソフィアだけだね。僕も早く父様の授業を受けたいなぁ」

「父様の授業かぁ…5点以上減点されないように頑張るわ!」

「せめて1点の加点を目標にしたら?」

「えー?…魔法薬学の教授様は大変スリザリン寮贔屓だと聞いたわ!グリフィンドールでも加点なさるかしら?…ねえ、父様?」

「それは困った事だね!そんな教授様がいるなんて…!僕らの父様が殴り込みにくるかも!ねぇ、父様?」

 

 

2人はセブルスを見上げ、悪戯っぽい笑顔を浮かべニヤニヤと笑う。

セブルスは自身でもスリザリン贔屓だと言われていると知っている。だが、特別贔屓しているつもりはない、ただグリフィンドール生は授業を真面目に聞かず、調合も大雑把で危なっかしく、つい何度も注意してしまうのだ。

調合ひとつで薬の効能は変わり、それこそ、ミスを犯せば大惨事になりかねない。

贔屓というよりも、グリフィンドール生には手を焼かされ仕方のない減点の、つもりだった。

 

 

「…真面目に授業を受けていれば減点はせん」

「えー?加点はしないのかしら?」

「…加点に相応しい功績を残せば、どこの寮であろうとも…加点する」

「まぁ!じゃあやっぱり私は加点されないわ!何たる不幸なの!…しくしく」

 

 

セブルスの言葉にソフィアは演技かかった口調で嘆くと、セブルスの肩にもたれかかるようにしてさめざめと泣く振りをした。

それを見たルイスも、同じようにそっとセブルスの肩にもたれかかる。

 

よく、家ではこうして一つのソファに3人で座り色々な話をしたり、本を読んでいた。

父の微かな温もりを半身に感じて微睡む事が、ルイスもソフィアも大好きだった。

 

 

「…父様…たまには、ここに来ても良い?」

 

 

ルイスは手に持つ冷えたカップを見つめたまま呟く。

その声は、今までのような明るい物ではなく、何処か寂しさと甘えが含まれていた。

 

セブルスはそっとルイスの肩を抱き、ゆるりと頭を撫でた、さらさらとした柔らかい髪質。亡き妻に──2人の母親によく似ている。

 

 

「…ホグワーツに入学する時の約束は、覚えているだろう。…頻繁に会うことは出来ん」

「……、…そっかぁ…」

「…父様は罰則を与える時は研究室に呼ぶ事が多いのかしら?」

「まぁ、罰則だからな、薬の下準備をさせることも…。…ソフィア、何を考えている?」

「なーにも!」

 

 

悲しげにするルイスとは対照的に、ソフィアは何か企むかのような悪戯っぽい笑顔を見せていた。

 

それからしばらく3人は親子として、限られた少しの幸せな時間を共に過ごした。

 

 

 

──後日談として、次の日のセブルス・スネイプの髪は汚れがさっぱりと取れ、さらさらと歩くたびに靡いていた事をここに記しておこう。

 

 

 

 



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14 得意な変身術!

 

 

ソフィアは父と会える魔法薬学の次に、変身術の授業を楽しみにしていた。

何度も複雑な変身術をソフィアは成功させている、これは努力した結果ではなく、彼女の才能だと言えるだろう。──実は、彼女が持つ杖は人を惑わす魔法を得意としている。その為さらに魔法の成功率を上げているのだが、まだ彼女は杖の魔法を詳しく知らなかった。

 

 

「初めての授業では何を変身させるのかしら?」

 

 

変身術の教室で、自ら一番前に着席したのはハーマイオニーとソフィアの2人だけだった。後の生徒は真ん中か後ろの方に座り、遅れてきた者たちが仕方がなく諦めたように前に座っていた。

 

 

「確か…マッチを針に変える事が基礎とされていたわ。…出来るかしら…」

「なーんだ、その程度なら簡単よ!変身魔法はね、しっかりと変身させたい物を観察して、変身するイメージを強く持つの。必ず変身させる!…っていう気持ちでやれば大丈夫よ!」

 

 

不安そうなハーマイオニーを励ますようにソフィアは彼女の背中を軽く叩く。

その話を近くでこっそりと盗み聞きしていた生徒たちはソフィアの助言をしっかりと記憶した。変身術が得意なソフィアの言うことだ、きっと間違いはない。

 

マクゴナガルが入室するまでざわざわと生徒たちは囁き合っていたが、それも彼女が現れたらすぐに止まった。

厳格で聡明な彼女は、存在するだけで生徒たちを黙らせる力があった。この先生に逆らってはいけない、そう、皆が思ったのだ。

 

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ授業の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒には出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。…初めから警告しておきます」

 

 

マクゴナガルはそう言うと机を豚に変え、また戻してみせた。

ソフィアは無言魔法を使い鮮やかに変身させるマクゴナガルをキラキラとした尊敬の眼差しで見つめる。早く出来るようになりたい、心が躍りうずうずとした気持ちを抑えられなかった。

 

しかし、すぐに変身術を使う事はなく。まずマクゴナガルは複雑な変身術の構造を黒板に書き、それをノートに写させた。その後マッチ棒が一人ひとつ配られ、ハーマイオニーの予想通りそれを針に変える練習が始まった。

 

 

変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

ソフィアは当然のようにマッチ棒を輝く銀色の針へ一度で変身させる。

それを見たハーマイオニーも、同じように変身魔法を唱えたが、彼女のマッチ棒は銀色に僅かに変色しただけだった。

それでも初めての変身術で少しでも変身させる事が出来たハーマイオニーは優秀だと言える。

しかし、隣で完璧な変身術を見たハーマイオニーは銀色になっただけでは納得が出来なかった。

 

 

「ソフィア!難しいわ…ねえ、もう少しコツを教えてくれないかしら?」

「んー…そうねぇ」

 

 

ソフィアは自身の針を解呪し、マッチ棒まで戻すとハーマイオニーの目の前にずいと出した。

 

 

「ハーマイオニー、これは針よ」

「え?…ええ、針だと、思い込むのよね?」

「ええ、針だと強く考えた?」

 

 

真剣な顔でハーマイオニーは一度目を瞑り、これは針、これは針、とぶつぶつと呟き目を開けた。

 

 

「…うん、針…針ね」

「じゃあ──」

 

 

ソフィアはマッチ棒の先端の赤い部分をハーマイオニーの手の甲にちょんとつけた。しかしハーマイオニーはそれを不思議そうに見つめ、何かのおまじないかと訝しげに眉を顰める。

 

 

「…何?」

「ハーマイオニー!これは針なのよ?まだ思い込めて無いわ!針なら、貴女は手を引っ込めるべきよ!」

「──ああ!そうね、そうだったわ…まだ思い込む意思が弱いのね…」

「想像して、ハーマイオニー?照明の光を反射して光っているわ、先端は尖っていて…触れるだけで手の先にぷっくりと血が流れるの…冷たくて…細くて…鋭利な針よ……」

 

 

ハーマイオニーはもう一度目を閉じ、歌うように囁くソフィアの声に集中した。

家で裁縫をした時の、針を思い出した、そうだ、あれは冷たくて、指を誤って刺した時にちくりとした痛みを感じた、思わず手を引いてしまい、白い布に赤い血がつく──。

 

 

「──さあ、唱えて!」

「──変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

ぱちりと目を開けたハーマイオニーは杖を振るう。

するとマッチ棒はその姿を鋭利な針へと変身させた。

 

 

「やったわ!」

「おめでとう!ね、簡単でしょ?」

 

 

頬を赤くして喜ぶハーマイオニーを見て、ソフィアが何でもない事のように言うが、ちょっとだけハーマイオニーは苦笑し首を振った。

 

 

「んー…簡単では無いと、おもうわ」

 

 

その証拠にこの授業でマッチ棒を針に少しでも変える事が出来たのはソフィアとハーマイオニーの二人だけだった。

マクゴナガルは生徒全員に、二人の針がどれだけ銀色で尖っているかを見せた後、2人を褒め微かに微笑みを見せた。

 

変身術の授業が終わり、ソフィアとハーマイオニーが片付けを始めているとマクゴナガルはそっと2人の元に近づいた。

 

 

「ミス・プリンス、…少し残ってくれませんか?」

「え?…はい」

 

 

まだ今日は騒ぎを起こして居ないはずだが、と思ったが、マクゴナガルの表情は何処かいつもより柔らかく見えた。ソフィアは叱られるわけではなさそうだと安堵しながら頷いた。

ハーマイオニーはきっとソフィアがまたなにかをしたのだと思い、何も言わずに1人教室を後にした。

 

誰も居なくなった教室で、マクゴナガルは静かにソフィアを見つめ、近くにある椅子を指差した。

 

「ミス・プリンス、貴方は椅子を動物に変えることが出来ますね?」

「え?…はい、それなら…── 変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

ソフィアは杖を振り、木で出来た椅子を黒猫に変えた。マクゴナガルはその黒猫を手に取り、じっと観察するが、その黒猫はどこからどう見ても完璧な猫であり、尻尾を揺らしてにゃあと小さく鳴き声を上げた。

完璧な変身術に、マクゴナガルはにっこりと微笑みを見せた、その目には彼女の才能を褒め称える色と、僅かな期待と興奮がちらちらと覗いていた。

 

 

「貴女は…恐らく、歴代の魔女の中で最も変身術の才能を持っています。…そう、私以上に」

「そんな!褒めすぎですよ!冗談でしょう?」

「いえ、ミス・プリンス。私は冗談は言いません。…もし、貴女がより変身術を深く知りたいという気持ちがあるのなら…私の個人授業を受けてみませんか?」

「…個人、授業…ですか?」

「ええ、本来なら上級生のみが受けられるものですが…貴女は今からでも、問題ないと…充分な才能がありますから」

 

 

ソフィアは、たしかに自分は人より変身術が得意だとは思っていた。危険で複雑だと書物に書かれていた魔法も、数回の練習で出来るようになったのだ。それでも、目の前の先生より優れた魔女であるという言葉はあまりにも過大評価しすぎでは無いかと思っていた。

だが、得意な変身術で個人授業が受けられる。より高度な魔法を学ぶことが出来るまたと無いチャンスに、ソフィアは悩む事なく即答した。

 

 

「私、受けたいです!」

「貴女ならそう言ってくれると思いました。…では毎週金曜日の午後2時から3時の1時間行います。私の研究室に来てください」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

期待通りの返答に、マクゴナガルは優しげに目を細める。ソフィアもまた嬉しそうに頬を赤く染めにこにこと笑った。

 

 

 

 



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15 待ちに待った魔法薬学!

 

 

ついにその日がやってきた。

ソフィアとルイス、2人が待ちに待った魔法薬学の授業だ。

もっとも、魔法薬学が苦手なソフィアは授業そのものを楽しみにしているわけではない、父親と兄に会える事が嬉しいのだった。

 

ソフィアはハーマイオニーと共に魔法薬学の授業が行われる地下牢へと向かった。

扉を開ければすでに何人かのグリフィンドール生とスリザリン生が席についていた、ソフィアはキョロキョロとあたりを見渡し、目的の人を見つけるとぱっと輝かしい笑顔を見せすぐに駆け寄った。

 

 

「ルイス!」

「ソフィア!やっと一緒に授業を受けられるね!」

「ええ、待ち望んでいたわ!…2人の再会の場としてはちょっとロマンチックさはない場所だけどね」

「えー?僕はこの雰囲気、嫌いじゃないけど」

 

 

ソフィアはルイスの隣に座り、ハーマイオニーは少し悩んだ後椅子ひとつ分空けてソフィアの隣に座った。

ルイスの隣にはスリザリン生であるドラコが座っている、あまり近付くと面倒な事になるかもしれないとハーマイオニーは思ったのだった。まだ、ハーマイオニーはドラコがどんな人間かを知らなかったが、この時の彼女の勘は冴えていたと言えるだろう。

 

グリフィンドール生とスリザリン生が集まり、授業の開始時刻になった瞬間、教室の扉が開け放たれセブルスが黒く長いマントをはためかせながら現れ、滑るように教壇へと向かう。

セブルスはソフィアとルイスには一切視線を合わせる事なく一度教室内をゆっくり見渡す。その雰囲気に誰もが背筋を伸ばし、口を固く噤んだ。彼の授業でふざけてはいけない、そう皆が思った。

 

セブルスはまず静かな声で出席を取る。ルイスとソフィアの名前を呼ぶ時も、彼は他の生徒と同じように呼んだが、ふと、ハリーの名前で少し止まった。

 

 

「ああ、さよう。ハリー・ポッター…我らが新しい…スターだね」

 

 

その含みを見せる甘い猫撫で声に、ドラコとその取り巻きはくすくすと冷やかし笑いを零し、ソフィアとルイスは驚き目を見合わせた。

父親の揶揄うような甘い声など、子どもの自分達ですら聞いた事がなかった。

 

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。──フツフツと湧く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力…諸君がこの見事さを真に理解できるとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

 

 

長い演説に、教室内の気温が下がったかのような気さえした。

息遣いが聞こえてしまいそうな程の静寂の中、肩を震わせ必死に笑い声が漏れないようにしていたのはルイスとソフィアであった。

父親がこれ程長く話すのを初めて聞いた2人はバレないように必死に湧き上がった感情を抑えようと努めた。

 

 

「ポッター!アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 

セブルスが突然ハリーの名を叫ぶように呼び、質問をする。まさか当てられると思わなかったハリーは動揺しながら「わかりません」と答えた。

 

「チッ、チッ、チッ──有名なだけではどうにもならんらしい」

 

ソフィアは自分の一つ隣で勇敢にも──それとも、場の雰囲気を理解出来ず、愚かにも、と言うべきか──ハーマイオニーが高く腕を上げるのをちらりと見たが、セブルスはハーマイオニーの挙げられた手を無視した。

 

スリザリン贔屓だと聞いていたが、ここまで酷いとは思わずソフィアとルイスは顔を見合わせ、小さく頷きあい、2人ともハーマイオニーのように高く手を上げた。

 

セブルスはちらりとその高く上がる手を見たが、すぐに視線を再びハリーの元へ向ける。

 

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

「わかりません」

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」

「わかりません」

 

 

ハリーは視界に映るドラコ達が腹を捩って笑うのをなるべく見ないようにし、せめてもの対抗心からセブルスの目を逸らす事なく見続けた。

 

ハーマイオニーは我慢できずさらにアピールする為についに座席を立った。これ以上はもう手が上がらないと言うようにプルプル震えている。

ソフィアも同じように立ち上がり、さらにアピールする為に手を振ってみた。ルイスは流石に当てる気のない父の気持ちを汲み手を下げつまらなさそうに頬杖をつき、じっと父を見ていた。

 

 

「ソフィアかハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女達に質問してみたらどうでしょう?」

 

 

ハリーの冷ややかな言葉に何人かが笑い声を上げたが、セブルスは不快そうに眉を顰め、手を上げる2人を見ないままに言った。

 

 

「座りなさい」

 

 

ハーマイオニーは不服そうに座ったが、ソフィアは立ち上がったまま頬を膨らませセブルスをやや批難するように見た。

 

 

「先生!答えさせて下さい!」

「…ミス・プリンス、君は我輩の言葉が聞けないのかね?…反抗的な態度でグリフィンドール1点減点」

「はぁ!?何でそう──」

 

 

ソフィアは怒りが滲む言葉で抗議を続けようと思ったが、隣にいるルイスはソフィアの口を手で抑え無理矢理引っ張り、席に座らせた。

 

 

「──何するのよ!」

「黙って、授業を妨害してはいけない」

「妨害だなんて…!ルイス、貴方…!」

 

 

小さな声で諫められ、ソフィアはその目を怒りと困惑で揺らしたが、ルイスの真面目な表情に、ぶすりと拗ねたように口を閉ざした。父のこんな姿は見たくなかった、親子だと言う事が気付かれないようにする為のわざとらしい演技だとしても、酷すぎる。ソフィアはむっつりとしたまま睨むようにセブルスを見ていた。

この授業──父から教わる授業を楽しみにしていた気持ちは煙のように消えていた。

 

 

ルイスもまた、父の言動には思う所があったが、父は無闇に人を陥れ蔑む人ではない、きっとハリーのみに執拗なまでに問い掛ける、その理由があるはずだ。

ソフィアよりは思慮深く冷静に物事を見る事ができるルイスはそう考えていた。

 

 

「教えてやろうポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、生きる屍の水薬と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、トリカブトの事だ。──どうだ?諸君、なぜ今のを全部ノートに書き取らんのだ?」

 

 

一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出し必死に覚えている範囲を書く音がした。

ルイスも書き始めたが、ソフィアは机の上に出した羽根ペンに触れることはなく、じっとセブルスを睨んでいた。

 

 

「ポッター、君の無礼な態度でグリフィンドールは1点減点」

 

 

ハリーは顔を歪め、叫びたくなる気持ちをじっと抑えながら羊皮紙に羽根ペンで文字を書く、怒りからか手は震え、羊皮紙の上に書かれた文字はミミズが這っているようだった。

 

 

 

 



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16 待ちに待った魔法薬学その2!

 

その後2人1組となり、おできを治す簡単な薬を調合する事になったが、グリフィンドールの状況はよくなる事はなく、むしろ酷くなる一方だった。ドラコ以外はどんな些細な事でも注意を受け、セブルスが黒いマントをひるがえし近付くたびに皆身体をこわばらせた。

ただ、1人、ソフィアを除いて。

 

 

「先生、私ヘビの牙を紛失してしまいました」

「…予備の物を使え」

「先生、私の秤どうやら壊れているみたいで動きません」

「…隣の生徒のを借りなさい」

「先生、角ナメクジですがもう少し大きい個体に変更してくれませんか?」

 

 

ソフィアはセブルスが自分から最も離れたタイミングで何度もセブルスを呼び、教室の端から端を移動させた。同じ組みとなり作業をしていたネビルは顔を蒼白にさせなるべく2人の静かな攻防を見ないように身体を縮こませ俯きながら作業に取り組んだ。

 

 

「…ミス・プリンス、どういうつもりかね?」

 

 

セブルスが静かに問いかける、その氷のように冷たい声にも、ソフィアは屈する事なくむしろ挑戦的な目でセブルスを見上げ薄く微笑んだ。

 

 

「先生、私は調合が苦手なんです、なので完璧に仕上げる為に少しでも不安な事は取り除きたいんです。調合は、繊細で、複雑で、少しのミスも許されないものでしょう?…まさか、先生は生徒の不安な気持ちを押しはかる事なく授業をお進めになるのですか?」

 

 

ソフィアの言葉は教室内によく響いた。

ハリーはソフィアの勇気を内心で誉めると共に、あまりにもそれは無謀な勇気ではないかとも、心配になった。間違いなくまた減点される。

 

 

「…ならば、もう疑問は無いようだな?」

「…、…はい、そうですね」

 

 

ソフィアは自分の目の前にある材料が完璧に準備出来てしまったことに気付き、何も言い返す事が出来ず頷く。

セブルスはひらりとマントを翻し、また見回りへと戻った。

 

 

「…ソフィア…君、凄いね…僕なんて…スネイプ先生が近くに来るだけ…震えて…怖くて…」

「ネビル…巻き込んでごめんなさい、ちょっと…腹が立ったの」

 

 

ネビルは震えながら小声で言うと曖昧に微笑んだ。あの怖いスネイプ先生に文句を言うなんて、僕はきっと大人になっても無理だろう。せめて調合を成功させ、怒られないようにしないと。と、焦りながらネビルは教科書を見て、ソフィアが完璧に準備した山嵐の針を手に取った。

 

 

「ええっと…次は山嵐の針をいれる…」

「そうよ」

 

 

ソフィアが頷いたのを見て、ネビルは机の上にある山嵐の針を掴み、大鍋に入れようと腕を上げる。

それを見たソフィアは目を見張り慌てて叫んだ。

 

 

「ネビル!待って!!」

「──え?」

 

 

ソフィアが静止するよりも先にネビルは手を離していた。大釜に針が吸い込まれるのを見たソフィアは咄嗟にネビルの腕を強く引き、彼の頭を守るように胸の中に強く抱くと大釜に背を向けた。

 

爆発音と共に大釜から緑色の煙が上がり、シューシューと大きな音が広がる。大釜は溶けて黒い小さな塊になり、溢れた薬が石の床を伝って広がる。

靴はその薬に触れると、じゅっと焦げた音を立てて溶けてしまい、生徒たちは悲鳴をあげ椅子の上に避難した。

 

 

「ソフィア!!」

 

 

少し離れた大釜でドラコと作業していたルイスはその中央に居るのがソフィアだと気付き、叫ぶとすぐに駆け寄る。薬を踏み、靴が溶けて焦げ穴を開けていたが全く気にしなかった。

 

ネビルはソフィアに引き寄せられ薬の直撃は免れたものの、腕と足に薬を被り真っ赤なおできが噴出し、痛さに呻き声を上げていた。

が、ソフィアの方が被害は甚大だった。

 

 

「ソ、ソフィア…!ぼ、僕…ごめんっ…!」

「──っ…いいの、大丈夫よ…」

 

 

ソフィアは力なく笑ったが、その顔は苦痛から歪められ額には汗が滲んでいた。ネビルは顔を蒼白にし、涙を流しながら何度も謝った。

 

 

「ソフィア!ああ…!酷いっ…!」

 

 

駆け寄ったルイスはソフィアを見て、思わず悲痛な叫びを上げた。

ネビルに覆いかぶさるようにしていたソフィアはその背中に薬を被り、背中の広範囲におできが広がっていた。

 

 

「馬鹿者!」

 

 

セブルスは怒鳴り、杖を一振りして、溢れた薬を取り除いた。

そして薬を被ったネビルとソフィアを見て、ぐっと表情を険しくさせ苦々しく呟く。

 

 

「…おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?…ミスタープリンス、2人を医務室へ連れて行きなさい」

「…はい、…ネビル、ソフィア…立てる?」

「うん…大丈夫…」

「…なん、とかね…」

 

 

ネビルは痛む足に呻きながらもよろよろと立ち上がり、ソフィアもルイスに肩を借りながら何とか立ち上がり、ゆっくり地下室を後にした。

 

セブルスは扉が閉まるまで3人を──いや、ソフィアだけを見ていた。薬を被り爛れた背中、白いソフィアの背中は赤いおできと膿で埋め尽くされていた、治っても、跡が残ってしまったら──。

沸々と怒りが溢れ、セブルスはくるりと振り返るとその怒りの矛先をハリーに向け、グリフィンドールからさらに一点を減点した。

あまりに理不尽な減点にハリーは言い返そうかと思ったが、ロンに止められてしまい苦々しく思いながらも口を閉ざした。

 

 

 

 

ネビルとソフィアはルイスに付き添われながら医務室になんとか辿り着く事ができた。

 

マダム・ポンフリーはすぐにおできを治す薬をネビルの足や腕にちょんちょんと塗る。するとおできはすぐに小さくなり、見る見るうちに消えた。

ソフィアの背中を見たポンフリーは別の飲み薬の入ったゴブレットを手渡した。

 

 

「ロングボトムはあまり薬を浴びずに済んだようですね、数時間もすれば良くなるでしょう。…ミス・プリンス…貴女は薬を大量に浴びましたね?今ここにある薬では…完璧に治す事は難しいでしょう、今出来るのは痛み止めを飲む事くらいです」

「そんな!…そんな、ポンフリー先生、ソフィアの怪我は…治らないんですか?」

 

 

ルイスは絶句し、なんとかならないのかとポンフリーを見た。ネビルもまた自分のせいだと強く後悔し、目に涙を貯めた。

 

 

「いいえ、スネイプ先生にもっと強力な薬を作ってもらいます、…そんなに心配せずとも、貴女の怪我も綺麗に治りますよ」

「…ありがとうございます」

 

 

ソフィアは苦い薬を飲み干し、口の中に残る不味さに顔を見て顰めながら少しだけ笑って見せた。ネビルのせいでは無い、自分がちゃんと見ずに針を入れていいと言ったからだ、火を消したかどうか確認するべきだった。

 

 

「ソフィア…本当に、ごめんね…!」

「ネビル、本当に大丈夫だから…もう謝らないで?」

 

 

ソフィアの優しい言葉に、ネビルの目からはまたじわりと涙が溢れ、口からはひっくと小さな声が漏れた。

 

 

「さあさあ、もう大丈夫ですから、ミスター・プリンスとネビルは戻りなさい、彼女には休息が必要です」

「…はい…ソフィア、また、様子を見にくるよ…」

 

 

ポンフリーに出ていくよう優しく言われた二人は何度かベッドの上でうつ伏せになり寝ているソフィアを心配そうに振り返りながらその場を後にした。

 

ポンフリーはベッドのカーテンを閉めると、寝ているソフィアを見下ろした。

 

 

「さて…ミス・プリンス、治療の為に服を脱がせますが…良いですね?」

「はい…」

 

 

ポンフリーは杖を一振りし、殆ど焼け焦げているローブやシャツ、ブレザーを脱がせた。上半身が晒され、ひやりとした空気を感じ思わずソフィアが身を震わせると、ポンフリーは優しく白く大きなガーゼを背中に乗せた。

 

 

「──っ!」

 

 

ガーゼが触れるとびりびりとした痛みが走ったが、それでもソフィアは何も言わずに痛みに耐えた。早く痛み止めが効けばいい、それだけを考えていた。

 

 

「気休めかもしれませんが…炎症を抑える薬をガーゼに染み込ませてあります。あとは薬が出来上がるまで、ゆっくりしてくださいね」

「はい…」

 

 

ポンフリーは優しくそう言うと、セブルスに薬の調合を頼む為に医務室から出て行った。

 

 

1人残されたソフィアは小さくため息をつき、枕に顔を伏せた。

 

 

「…マクゴナガル先生の個人授業…受けたかったわ…」

 

 

約束の時間までは後3時間あるが、それまでにこの怪我を治す事が出来るのだろうか。ソフィアは二度目の深いため息をこぼした。

 

 

ふと、人の気配と優しく撫でられる感覚にソフィアは目を覚ました。いつの間にか寝てしまっていたようだった。

 

ぼんやりとした視界と思考で、ベッド脇の椅子に座る人を見つめる。ひどく頭が重い、それに、何だか身体が熱い。

 

 

「…とー……先生…」

 

 

掠れた声でソフィアはつぶやいた。

セブルスはじっとベッドの上で寝ているソフィアのその赤く痛々しい背中を見つめた。

 

 

「傷口から細菌が入ったのだろう、発熱している…」

 

 

セブルスはそっとソフィアの頭を撫で、額に手を当てた。通常よりも熱く、そしてじっとりと汗ばんでいる。

 

 

「…薬は寝ている間に塗った。…痛むか?」

「大丈夫、…今、何時?」

「…二時半だ。…個人授業のことなら、開始を一週間遅らせるとの事だ」

「…楽しみにしてたのに…」

「しっかり休みなさい、夜には良くなっているだろう」

 

 

ソフィアは何か言いたげに口を開いたが、ぎゅっと閉じると枕に顔を埋めた。

魔法薬学での父の行いを、ソフィアはどう受け止めて良いのか分からず混乱していた。今はとても優しい、ソフィアのよく知る父だ。だが、あの時は酷く差別的で、冷酷で、優しさの欠片も見出せなかった。

 

セブルスは静かに立ち上がると何も言わずにその場から出て行った。ソフィアもまた、強く枕を掴み、何も言う事は無かった。

 

 

 

 



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17 闇の魔法?何だっていいさ!

 

 

ソフィアが魔法薬学の授業で失敗し、未完成な薬を被り大怪我をした、死の縁を彷徨うほどらしい。

 

その事実とは少々異なる情報はホグワーツ内に静かに広がった。

フレッドとジョージはすぐにお見舞いに行ったが、「治療中です!面会謝絶です!」と直ぐにポンフリーに追い返されてしまった。その事がさらに噂を大袈裟にしたと言っても過言では無い。

ポンフリーが面会謝絶としたのは、単にソフィアは上半身を露わにしている。それを他人に見せる事は出来なかっただけであり、夕方には熱も引きソフィアは至極暇そうにしていたのだが、ルイスですらも面会させて貰えず、誰もその事実は知らなかった。

 

 

「ソフィア…そんなに酷いのか?僕からはあまり様子が見えなかったんだ…」

「うーん…まぁ背中は酷かったけど…普通に会話出来たから…何で面会謝絶なんだろうね」

 

 

夕食後、ルイスとドラコは自室で宿題を終え、談話室に向かっていた。

ルイスは誰よりもソフィアを心配していたが、兄妹のルイスですら面会は叶わなかった。それもまた、ポンフリーの家族であっても素肌を見られたく無いだろうという気遣いなのだが、この2人がついこの間まで共に風呂に入っていたと知ればいらぬ気遣いだとわかった事だろう。

 

 

「──あの女、面会謝絶らしいぜ」

「──いい気味だ」

 

 

ルイスは聞こえてきた会話にぴたりとその足を止めた。談話室へ続く扉の向こうで話しているのはソフィアの事をよく思っていない上級生達だろう。彼らはけして自分からソフィアに挑みはしなかったが、大広間での食事の際嫌そうにソフィアを見ていた。

 

 

「どうやらかなり酷いらしい」

「今日の食事は久しぶりに静かで安らかだったよ」

「ああ、違いない!あの女…本当に目障りだったからな」

「ずっと伏せっていて欲しいよ」

「噂では、顔が爛れて酷い事になっているらしいぜ?」

「治らず傷の一つでも残れば少しは大人しくなるだろう」

「はは!ルイスもあんな出来損ないが妹で可哀想だよなぁ」

「彼もきっと、心の奥では出来損ないの妹を疎ましく思っているだろう。いつも申し訳なさそうにしている彼が不憫でならないよ」

 

 

 

「ル、ルイス…」

 

聞こえてきた会話を嫌に静かに聞いているルイスに、ドラコは恐々声をかけた。

この少年が心から妹を愛し、慈しんでいる事はよく知っている。その妹に対してこんな酷い事を言われ、彼が黙っているはずが無い。いつ爆発するのか、そっとドラコはその表情を覗き見た。

 

だが、ルイスの口元は笑みの形をつくっていた。──ただし、目は海の底を思わせるほど黒く濁り、静かな怒りを燃やし決して笑ってはいなかったが。

 

 

「…ドラコ、…あぁ、大丈夫さ、この寮に配属されて…ソフィアと別れてから覚悟はしていたからね」

 

 

ルイスは扉にかけていた手を離すとくるりとドラコに向き合い首を傾げて微笑んだ。

その奇妙な笑顔に、ドラコは表情を固まらせ視線を泳がせた。言葉だけを聞けば納得しているかのような静かなものだ、だが、その目は闇のように暗く、それでいて獲物を狙うような獰猛さをちらちら見せている。

 

こんなにも静かに怒る人を、ドラコは初めて見た。

そして、それがどれだけ恐ろしいかを、齢11にして初めて知った。

 

 

ルイスは微笑みを作ったままわざとらしく足音を立て扉を開いた。

談話室に居た上級生はルイスが現れた事により慌てて話題を変える。流石の彼らもルイスの前で陰口を叩くほど愚かでは無い。

 

ルイスは上級生達の側によると、2人の前のソファに座り、愛らしく見える表情を作り2人に話しかけた。

 

 

「先輩達!さっき楽しそうに話してましたね、僕にも聞かせてくださいよ」

「──いや、そんな大した事は…なぁ?」

「あー…その、聞こえていたかい?」

「え?いいえ、聞こえませんでした!」

「そうか…いや、ただ君の妹が怪我をしたと聞いてね、大丈夫かなーって話していただけさ、なぁ?」

「…ああ、そうだよ、酷い怪我だと聞いたからね、別寮だとしても…同じ仲間の君の妹だから、ちょっと気になっただけさ」

 

 

心に思っても居ない事をすらすらと述べる上級生に、ルイスは心の中からどろりと黒い感情が溢れるのを感じた。

この張り付いたような笑みを浮かべる彼らの顔を今すぐに苦痛の表情で歪めてやりたい、彼女を侮辱する口が二度と開かないように永久に、閉じさせたい。

 

 

「噂で流れているほど酷くは無いですよ!…ありがとうございます、気遣いに感謝します。…じゃあ、僕はまた妹の様子を伺いに行きますね」

 

 

ルイスは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

上級生達は何も聞こえていなかった事への安堵からほっと胸を撫で下ろしルイスを見送った。

ルイスは談話室から外へ繋がる扉に手をかけながら、ポケットに入れている杖を持ちバレないように彼らに向かって杖を振るった。

 

それを目撃したのは、談話室の入り口で怖々と成り行きを見守っていたドラコだけだった。

銀色の光が杖先から飛び出て後ろから上級生達の身体を貫く、だが彼らは何も気づかず、別の話題に花を咲かせ続けていた。

 

ルイスは1人にやりと笑いながらドラコに目配せをし、寮から出て行く。慌ててドラコはその後を追った。

 

扉から出たドラコは近くの廊下で自身を待つルイスに駆け寄る。

 

 

「…何をしたんだ?」

「呪った」

「のろっ…!どんな、呪いだ?」

 

 

あっさりと告げられた言葉にドラコは驚愕し、静かにその呪いが何なのかを聞く。だがルイスはにっこりと、綺麗な笑顔を見せると首を傾げたまま口を開いた。

 

 

「聞かない方がいい、彼らを可哀想に思うだろうから」

「……」

 

 

明確な拒絶に、ドラコは少しだけ彼らの事を可哀想だと思ってしまった。それほどの呪いをかけられたのだ、どんな事がこの先の彼らに待ち受けているのか、想像するだけで寒気がした。

 

 

「…そんな呪いを…よく知っていたな?」

「…ま、父様の書斎には色んな闇の魔法に関する書物があったからね。…それに、僕はどうやら…そういう魔法が得意らしい」

 

 

ルイスは周りに誰もいない事を確認し、声を顰めて囁いた。

 

 

「…僕はルイスを怒らせないようにする」

「ああ、それは賢い判断だ!」

 

 

楽しげに笑う友人を見て、ドラコはため息を一つ溢した。そんなドラコにルイスはくすくすと笑いをこぼす。

 

はじめ、ドラコはルイスがスリザリンに組み分けされた時嬉しさもあったが彼はレイブンクローだとばかり思っていた。聡明で優しい彼が何故スリザリンに選ばれたのか、少し疑問に思っていたのだ。

今までの彼には狡猾さは微塵も感じらなかった、だが妹であるソフィアと寮が別れ、2人の時では見せなかった彼の性格が表に出てきた事で、ドラコは組み分け帽子が彼をスリザリン寮に入れた事は間違いではなく、とても正しかったのだと思い知らされた。ルイスの包み込むような温かな優しさは、限られた人にしか向いていない。

 

 

「さ、僕はもう一度医務室に行くよ、ドラコは?」

「…僕は寮に戻る」

「そう?…なら、彼らには近付かずすぐに部屋に戻った方がいい、変な疑いをかけられたく無いでしょ?」

「…わかった」

 

 

ドラコは軽い足取りで医務室に向かうルイスを見送り、合言葉を石像の蛇へ告げ、寮への扉をくぐった。

談話室に居る彼らをちらりと見たが、彼らは先程と変わらず楽しそうに過ごしている。ドラコには呪いがもう発動されているのか、それとも時間差で何かが起こるのかはわからなかったが、とりあえずルイスの忠告通り自室へと戻った。

 

 

その後、その上級生達は忽然と姿を消した。次の日は土曜日で授業も無かった為、彼らが消えたことに友人達が気付いたのは土曜日の夜遅くだった。

彼らは土曜日の深夜、教師達の捜索により物置と化している空き教室に居るのが見つかった。

身体を震わせ酷く錯乱し、怯えていた。支離滅裂な言葉を話す彼らの周りには乱闘と、魔法痕が残されており、何か闇の魔法を試した結果錯乱状態になっているのだろうと皆が思った。結果、彼らは聖マンゴで数日療養する事となる。

 

ドラコは監督生からその事を聞いた時、隣にいるルイスがひどく心配そうな表情を見せている事に気付く、ルイスはドラコの視線にきづくと、彼にだけにっこりと、笑って見せた。

その笑顔は少し前に見た闇を思わせる不気味なものであり、ドラコはひくりと喉を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

 



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18 お姫様は悪戯好き!

 

 

ソフィアの怪我は夜には回復し、グリフィンドールの談話室に戻る事が出来た。

強い薬の副作用で少し倦怠感はあったが、夜にゆっくり眠ればマシになるだろう。

 

ソフィアは太ったレディに合言葉を告げ、もう少し身長の低い生徒のことを考えた作りにしてほしいと内心で思いながらなんとか額縁を掴み這い上がった。

 

 

談話室に降り立った途端、身体に強い衝撃的と圧迫感、そして暖かさを感じソフィアは目を丸くした。

 

 

「──ジョージ?」

 

 

自分を強く抱きしめるジョージの腕の中でソフィアは驚きながらくぐもった声を上げた。

 

 

「ソフィア!大丈夫かい?かなりの怪我だってきいたよ!?」

「俺らすぐに様子を見に行ったんだけど、ポンフリーに面会謝絶だって言われて…」

 

 

ジョージは身体を離すと心配そうにソフィアを見つめる、隣に立つフレッドも怪我は残っていないかと頭の先からつま先までじっと見ていた。

 

二人の心配そうな顔にきょとんとしていたソフィアは嬉しさと、何だか2人に似合わないその表情に思わず吹き出してしまう。

 

 

「あははっ!大丈夫よ!…でも、面会謝絶なのは知らなかったわ」

 

 

ソフィアは2人に促され談話室のソファに座った。2人はまだソフィアを心配していたが、いつものように笑う彼女を見てほっと安堵の息を吐く。

 

 

「んー多分、怪我が背中で…治療のために上は裸だったの、だから人を入れなかったんじゃないかしら」

 

 

ソフィアは何でもないように言うが、双子はその言葉に彼女の裸体を想像しかけて慌てて首を振り自分の想像をもみ消した。年頃の男子なのだから、つい想像しても仕方のない事だろう。

 

 

「まぁ、無事で良かったよ」

「ああ、本当にな!快気祝いに…1つ良い話があるんだ!…聞いてくれるかい?」

「ええ!勿論よ!」

 

 

双子の悪戯っぽい笑みに、ソフィアも同じように笑う。3人は頭を合わせるようにして身を屈め、他の誰かに聞かれないよう声を顰めながら彼らの言う良い話、をし始めた。

 

 

「──で、これを成功させるにはソフィアにも協力して欲しいんだ!」

「無理にとは言わない、病み上がりだろうし、…間違いなく減点されるからな」

 

 

ジョージはソフィアの身体を気遣ったが、ソフィアは楽しげに笑うと迷う事なく頷いた。

 

 

「大丈夫よ!是非協力させて!」

 

 

双子は顔を見合わせ、にやりと笑うと同時に立ち上がり演技かかった動作でソフィアに手を差し出した。

 

 

「それならば!我らが姫様の快気祝いに!」

「素晴らしい余興を演じましょう!」

「ふふっ!光栄だわ!」

 

 

ソフィアはそれぞれ差し出されたジョージの右手とフレッドの左手をとり、しっかりと握った。

 

 

 

ーーーー

 

 

土曜日の朝、ルイスは大広間でいつものようにスリザリンの生徒が集まる長机の席に座りながら、どこか不安気な顔で何度も入り口を見ていた。

人が入るたびにその人物が探している人ではないとわかると肩を落とす。

 

 

「…ソフィア…どこ行ったんだろう…」

 

 

昨日の夕方、ドラコと別れ医務室に行った時にはまだ会う事が出来なかった。それでも諦めきれず自由時間の終わりぎりぎりに医務室に向かえば、もう回復して寮へ戻ったという。

それなら朝に迎えに行こう、と予め聞いていたグリフィンドールの寮塔の前で待っていれば出てきたハーマイオニーに「朝早くに出て行ったの、てっきりあなたに会いに行ったと思ってたわ!」と驚かれた。

驚きたいのはこっちの方だった、一体、僕の片割れはどこへ消えてしまったのだろうか。まさか、スリザリン生にちょっかいを出されているのかとも思いスリザリンの談話室で様子を伺ってみたが、いつもソフィアの事を疎ましく思い陰口を叩いていた主犯格達はもう呪いが発動したようで、姿を消していた。

 

図書室や、もしや、と思い父の研究室へ行ってみたがそこには誰もいなかった。

捜索できるところは全て探しても、ソフィアを見たという情報も得ることが出来ず、ルイスは不安そうに表情を陰らせながらとぼとぼと大広間へやってきたのだった。

 

流石に、朝食の時間には現れるだろう。そして、いつものようにここに来るに違いない、そう思っていた。

 

だがその期待は打ち砕かれる。朝食の時間になってもソフィアは現れる事はなかった。

がやがやとした生徒の楽しげな会話が大広間の至る所で交わされる。ホグワーツの新年度が始まって、今日は初めての休日だ、きっと新入生達はこの後ホグワーツの探検に出かけるのだろう。

 

楽しげな声を聞いていても、ルイスの心はちっとも晴れなかった。

 

 

「…少しは食べた方がいいんじゃないか?」

「ドラコ…」

 

 

見るからに元気のないルイスに、ドラコはそっと目の前にあるプディングを薦めた、確かこれは彼の好物だったはずだ。

ルイスは肩を落としたままスプーンを掴み、少しだけ掬って口元に運んだ。カラメルソースのほろ苦い味が口の中一杯に広がる、美味しい、とても、でも何故か物足りない。

 

ルイスが何度目かのため息をついた時。

 

 

──バァン!

 

 

大きな音を立てて大広間の扉が開かれた。

生徒たちは皆何事かとそちらを一斉に振り返る。

 

 

「ヒャッホーー!」

「我らが姫様の復活だー!」

「きゃー!あははは!!」

 

 

それぞれの箒に乗ったフレッドとジョージが生徒達の頭上ぎりぎりを物凄い速さで飛び交う、慌てて生徒達は机の下に潜り込み避難したが、ルイスは思わず立ち上がった。

 

 

「ソフィア!?」

 

 

楽しげな声を上げ、ジョージの背中にしがみつくようにして箒に乗っていたのは今まで探していたソフィアだった。

速いスピードで空を駆けるジョージを煽るかのような「もっと!もっと速く!」と楽しげな叫びが聞こえる。ちらりと見えたその頬は赤く染められ、風に髪を靡かせ満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「ウィーズリー!ミス・プリンス!降りなさい!」

 

 

マクゴナガルが三人に向かって叫ぶが、三人は聞こえていないのか、それとも無視しているのか──おそらく、後者だが──高い位置で止まると赤毛の双子はポケットに手を入れ、何かを高く放り投げた。

 

 

「それっ!」

 

 

それは天井ギリギリまで上がると眩い光と共に破裂音を響かせる。

色とりどりの美しい花火に、机の下で怖々と見ていた生徒達は思わず歓声を上げて机から顔を出した。

 

 

「最後の仕上げだ!」

「ソフィア!頼んだぜ!」

「ええ!──いくわよ!」

 

 

ソフィアは杖を出すと花火に向けて魔法を放つ、それは彼女が得意とする変身魔法だった。

 

「花よ!鳥よ!蝶よ!──変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

その言葉に反応するかのように花火から出た無数の火の粉は沢山の花弁を散らす花になり、空を優雅に飛ぶ小鳥になり、ひらひらと美しい蝶になった。

銀色に輝くそれらは大広間中を駆け巡り、生徒達の側を掠めた。

 

 

「綺麗…」

 

 

幻想的な魔法に誰かがぽつりと呟けば、それを皮切りに皆が興奮したように歓声を上げ手を叩く。マクゴナガルでさえも、一瞬怒りを忘れてその美しい魔法に魅入ってしまっていた。

 

ダンブルドアは椅子に座り、楽しげに笑いながら目の前にくるくると落ちてきた銀色の花をそっと手に取る。それは暫く繊細なガラス細工のような輝きを見せていたが、時間の経過と共に空気に溶けるようにして消えた。

 

三人は大歓声の中、堂々たる態度で地面に降り立つと、割れんばかりの喝采に手を上げ笑顔で答えていた。

 

 

「ウィーズリー!ミス・プリンス!!」

 

 

だがそれもマクゴナガルの怒号により直ぐに消え、三人を取り囲んでいた生徒達は怒れるマクゴナガルにさっと道を開けた。

三人は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑い、そして──。

 

 

「「逃げるぞ!」」

「お待ちなさい!!」

「マクゴナガル先生!ごめんなさーい!」

 

 

フレッドはソフィアを肩に担ぐようにして抱き上げそのまま三人はマクゴナガルの静止も聞かず、逃げ出した。

 

 

その後、三人はあっさりとマクゴナガルに捕まり──そもそも、本気で逃げるつもりは三人には無かったのだった──長時間の説教とグリフィンドールからの五点減点、そして一週間のホグワーツ清掃の罰則を言い渡された。

 

この一件からソフィアはよくフレッドとジョージと共に行動し、悪戯を行うようになる。

今まで双子は2人で作った魔法道具を使い悪戯をしていたが、それにソフィアの変身魔法が加わることによりさらに大胆で強烈な悪戯へと進化したと言えるだろう。

 

ただでさえ教師達はフレッドとジョージに手を焼いていたと言うのに、それに優秀な変身術使いが加わった事に、皆頭を抱えていた。

 

しかし、生徒達の中には、また幻想的な魔法を見たいと思った者も少なくはなかったようで、彼らの悪戯は肯定的に受け入れられていた。──勿論、スリザリン生を除いて、だが。

 

 

 



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19 友達だっていいじゃない!

 

 

ハリーは魔法界に来て、箒を使い空を飛ぶ事を何よりも楽しみにしていた。だがそれも、グリフィンドールの談話室の掲示板に記された飛行訓練の合同相手がスリザリンだと知るまでだった。

 

ハリーは見るからにがっくりと肩を落とし、失望を露わにした。

 

 

「そらきた。お望み通りだ!マルフォイの目の前で箒に乗って、物笑いの種になるのさ!」

 

 

自暴自棄に吐き出されたその言葉に、ロンは慰めるように声をかける。

 

 

「そうとも限らないよ。あいつ、クィディッチがうまいっていつも自慢しているけど、口先だけさ」

「あら、ドラコは確かに箒に乗るのはうまいわよ」

 

 

ハリーとロンの隣で掲示板を見ていたソフィアは聞こえてきた話に思わず声をかけてしまった。ハリーとロンは驚きながらも嫌そうに眉を顰める。

 

 

「ドラコ、だって?君、あいつと仲良いのか?」

「まぁ、ここに来る前からの友達だからね」

「正気かよ!?あんな嫌な奴とよく友達なんかになれるな!」

 

 

ロンの心の底から嫌そうな響きに、ソフィアは流石に友達の事を目の前で悪く言われて良い気はしなかった。

それほど嫌悪感を露わにするほどドラコとロンは交流が無いはずだ、確かにドラコはよくハリーに対してくすくすと嫌な笑いを浮かべるが、なにもハリーだけではない、基本的に彼はスリザリン生以外全てを見下している。

 

 

「ドラコに何かされたの?」

「あー…ソフィアはホグワーツ特急で…マルフォイが来た時に居なかったからね」

「いつもアイツは嫌味ったらしいじゃないか!」

「…まぁ、好みが分かれる性格はしてるかもしれないわね」

「あんな奴!好きになるやつがいたら頭が狂ってる!」

 

 

ロンの言葉に、流石にソフィアは黙っていられず口元に侮蔑したような微笑みを見せながら少しイラついた様子でロンを睨みつけた。

 

 

「あら、…なら私の頭は狂っているのね!」

 

 

ロンは少し言いすぎたかとも思ったが、一度言った言葉を取り消すつもりは無い、それくらい、嫌な奴だと思っている。ハリーもまた火花を散らすどちらについていいかわからなかった、勿論、ロンの言葉に大賛成なのだが、ソフィアを怒らせるのはあまり良くないと、直感が訴えかけていた。

 

 

「ああ!狂ってるね!君も、…マルフォイと一緒にいるルイスもだ!──ぐっ!!」

 

 

ロンがその言葉を言い切るのが先か、振りかぶったソフィアの右ストレートがロンの鼻にヒットしたのが先か。

ソフィアは一度だけでは足りなかったのか、よろめいたロンの胸ぐらを掴むと更に右腕を振り上げていた。ハリーは慌ててソフィアを後ろから羽交締めにし押さえこみ無理矢理ロンと引き離した。

 

 

「離してハリー!あと1発…いえ、5発は殴らないと気が済まないわ!」

「お、落ち着いてソフィア!」

 

 

ソフィアはハリーの腕の中で暴れてもがいていたが、男女の力では振り解く事は叶わず、荒い呼吸をしながら抵抗するのをやめた。しかし、ロンを怒りに満ちた目で睨み続けることはやめなかった。

 

 

「見てよ!…鼻血が出た!こんな凶暴な女の子初めて見たよ!?」

「あら、男前になったんじゃない?」

「そんなにマルフォイが好きなのかよ!全くいい趣味してるぜ!」

「はぁ!?何言ってるの!私の事は何を言っても良いわ!けど…ルイスの事を悪く言うのは、許さないから。……ハリー、もう離して、暴れないわ。…こんな人と一緒に居たくない…もう部屋に戻るわ」

 

 

叫ぶように憤っていたソフィアだったが、途中から静かに呟くように吐き捨てると大きくため息をついた。

自分の言ったことを思い出し、少し罰の悪そうにするロンを一切見る事は無く、ソフィアは背中に怒りを滲ませながら足早に談話室から出て行った。

 

 

「…ロン、大丈夫?」

「…医務室に行ってくる」

「あー…僕も付き添おうか?」

「…いや、1人で行くよ…」

 

 

鼻を押さえて、何処か元気なく答えるロンは少し反省しているようにも思えた。

ハリーはロンを見送り、人知れずため息をついた。

ロンの事はかけがえのない友人だ、いつも一緒に居て楽しいし、気が合う。

しかし、ソフィアやルイスもまた、大切な友人だった。ルイスは寮を違えてからあまり話す事はなくなってしまったが、2人は初めて魔法界で出来た友人だった。

ホグワーツへ向かうコンパートメントで、不安になり心細さを感じていた自分を優しく励ましてくれた、あの時の安心感は一生涯忘れる事はないだろう。

 

出来れば2人には仲良くして欲しいと思っていたが、ソフィアとルイスがマルフォイの友達である限り、無理なのかもしれない。

 

 

「…はぁ…」

 

 

ハリーは何となく自室に戻る気分になれず、木曜日に来る飛行訓練に備えて何か本でも借りようかと図書室へ向かった。

 

 

図書室に来たのは初めてだったが、数万冊はあるだろう沢山の本が棚一面に収められ、その中から目当ての本を探すのはなかなかに難しかった。

 

 

「飛行術…飛行術……あった!」

「──あ」

 

ハリーはようやく飛行術に関する本を見つけそれを手に取ろうとしたが、同じ本を取ろうとした相手と手がぶつかってしまい慌てて手を引っ込める。

 

 

「ごめん!…あ…ルイス!」

「やあ!ハリー、こうやって話すのは久しぶりだね!」

 

 

図書室であまり大きな声で話すとすぐにイルマ司書に咎められてしまうため、ルイスは声を顰めながらも嬉しそうに笑った。

 

 

「ああ、うん、…久しぶり…」

 

 

ハリーは先程の談話室での事件を思い出し、何とも言えない気持ちになり、ついぎこちなく曖昧な笑顔を見せた。

 

 

「…?どうしたの?」

「あー…その。ロンとソフィアが喧嘩しちゃって…」

「へぇ?何でまた…」

「実は──」

 

 

ハリーは談話室で起こった事をぽつぽつと話した、本人に言うべきではなかったのかもしれないが、ハリーにはどうすれば良いのかわからなかった。

全てを聞いたルイスは困ったように笑い、少し言葉を選びながらゆっくり答えた。

 

 

「うーん…ロンとハリーはドラコの事が嫌いなんだね」

「まぁ…だって、何もしてないのに…嫌な事ばっかり言うし…」

「ドラコの悪い所だよね、それは僕も思うよ。…けど、ドラコにも、少しは良い所があるんだ、意外と情に熱くて、優しいし」

「ええ?……ほんとに?」

 

 

信じられないという怪訝な目をするハリーに、ルイスもこればかりは理解されないのも仕方がないと苦笑した。

ドラコとハリーに何があったのかはわからないが、確かにドラコは他のグリフィンドール生よりも、一段とハリーを目の敵にしているようだった。何がチャンスがあれば貶めてやろうとドラコが常に思っている事に、ルイスは気付いていた。ただ、ドラコは何も意味もなく人を嫌う事はない。グリフィンドール生をよく思っていないのは確かだが、それは他のスリザリン生も同じだろう。

 

 

「もしかして、ドラコと初めて会った時に、彼のプライドを傷つけるような事をした?ドラコ、めちゃくちゃプライド高いんだよ、見てわかると思うけど」

「……、…あー…でも、僕は間違った事は言っていないから、謝るつもりはないよ」

 

 

ハリーはマルフォイとの出会いがどんなものだったか少し思い出すのに時間はかかったが、思い出してみれば、確かにプライドを傷付けただろうと思う。だが、謝るつもりは毛頭もなかった。

 

 

「それで良いと思うよ。誰が誰と友達になるのかは自由だからね。…だから、ロンは僕やソフィアが誰と友達になろうとも…口出しすべきじゃ無かったんだ」

 

 

まだ少し納得出来ない事も多かったが、ハリーはおずおずと頷いた。

 

あんな奴と友達だなんて、本心を言えばやっぱり嫌だった。確かにルイスはドラコが自分を嘲笑う時はむっつりとした顔でドラコを咎めるように見ているけれど、決して注意する事はない。自分より、ドラコの方が仲が良いから何も言わないのかと思うと胸の奥がチクリと痛むし、なにより悲しかった。

 

 

「…ルイスとソフィアは…いつからマルフォイと友達なの?ルイスは純血とか…?」

「あー…僕たちは7歳まで孤児院に居たんだ。その孤児院の寄附をドラコのお父さんがしていてね、たまに慰問にも来ていたんだ。…その時にドラコをよく連れてきていたんだよ」

「えっ…そう、だったんだ」

「昔はドラコも今ほど高圧的じゃなかったし、人をすぐ見下す悪癖もなかった…。マルフォイ家は純血一族だから…まあ、色々と教育されてるんだと思うよ」

 

 

ルイスが孤児院育ちだと知らなかったハリーは驚き、少し申し訳なさそうに眉を下げる。だがルイスは優しく微笑むと、慰めるようにハリーの肩を叩いた。

 

 

「ま、ロンとソフィアの事はあまり気にしない方がいいよ。ソフィアも…あの子ってカッとなりやすいけど、優しいからきっと今は殴っちゃって後悔してるさ」

「そうかなぁ…」

「大丈夫!それに、ロンも悪い奴じゃないだろう?きっと今頃言い過ぎたって反省してるよ」

「…うん」

 

 

励まされたハリーはルイスの笑顔につられて少しだけ笑った。そして自分の手に持つ『基礎飛行術〜箒は友達〜』の本に視線を落とす。

 

 

「ルイスも、この本借りたかったの?」

「あー…うん、僕…飛行術苦手なんだ」

「そうなんだ!…僕も飛行術が不安で…いっしょに読む?」

「うん、そうしよう!」

 

 

2人は机に向かい隣に座ると一つの本を一緒に読み始めた。本は色々な写真付きの解説があり、見ているだけで面白く、2人は囁きあいながら夢中になって本を読む。

少しだけハリーはロンとソフィアの事を忘れる事が出来た。

 

 

「ルイス、たまに…こうやって話せないかな?」

 

 

その言葉にルイスは驚いたように目を開き、そしてにっこりと、どこか悪戯っぽく笑う。

 

 

「僕ら、友達でしょ?いつでも話そう!」

「…!…うん!」

 

 

ハリーは嬉しさからつい大きな声で頷いてしまい、その声を聞きつけたイルマ司書により2人は図書室を追い出されてしまったが、図書室の外で2人は顔を見合わせると、何だか面白くて、笑い合った。

 

 

 



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20 友好関係を築きましょう!

 

 

はじめての飛行訓練の日。

箒に乗り空を駆けるのが好きだったソフィアはその日をとても楽しみにしていた、何よりスリザリンの合同訓練だ、ルイスと少しでも一緒にいる時間がある事は何よりも嬉しかった。

 

ハーマイオニーと共に大広間に来たソフィアはグリフィンドール生が集まる席についていた。

入学当初はルイスと離れ難く、少しでも一緒にいる為に、ソフィアは周りの状況をあまり理解していなかった。

 

学校生活の経過と共に次第に仲の良いグループが出来ていた。

自然と同じ寮の、同じ部屋で暮らす人と固まって楽しそうに過ごす彼らを見た時、ハーマイオニーがいつも1人だと気付いた。ネビルはよく勉強を教えてもらう為に話しかけていたが、それでも用事が終わるとシェーマス達の方へ駆けていく。

 

ソフィアはスリザリン生の多い場所からハーマイオニーが1人黙々と分厚い本を読みながら食事をしているのを何度も見ていた。

ハーマイオニーは優しい少女だと、ソフィアは思っている。少し口うるさく規則に厳しい所があるが、それは寮の為や、本人の為に言っているのだろう。だがそれをよく受け止めない人が多いのも事実であり──…彼女は、ハーマイオニーはやや孤立していた。

 

今日も1人で大広間にやってきたハーマイオニーは本を片手に持ちながら硬く口を結び、どこに座るべきか悩んでいるようだった。

その横顔は、どこか心細そうで、悲しみが滲んでいた。

 

 

それをスリザリン寮の机で見てソフィアは駆け出し、後ろからハーマイオニーに突撃するように抱きついた。

驚いたハーマイオニーは硬い表情のままぱっと振り返り、自分に抱きついているのがソフィアだと知ると、ほっとしたように表情を緩めた。

 

 

「どうしたの?」

「ハーマイオニー!一緒に食べましょう?」

「えっ?…でも、私…スリザリンの所に行くのはちょっと…その…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの誘いにぱっと目を輝かせたが、すぐに思い出したようにちらりとスリザリン生が多い場所を見て表情を陰らせ首を振った。

 

 

「わかってるわ!私、今日はハーマイオニーとお話ししながら食べたいの!どう?」

「え!?…も、勿論よ!行きましょう!」

 

 

ハーマイオニーの嬉しそうな、安堵がちらりと見える笑顔を見てソフィアはぱっとハーマイオニーの前に回ると手をつなぎグリフィンドール生の集まる場所へと向かった。

途中で後ろを振り返り、ルイスにごめん、と無言でジェスチャーを送れば、ルイスは微笑んだまま小さく首を振った。

 

ルイスもソフィアと一緒に過ごしたい気持ちは強くあった。

だが、それでも同じ寮の生徒と交流しようというソフィアを止めるつもりはなかったし、優しいソフィアをどこか誇らしく、嬉しく思っていた。

 

 

それからソフィアはハーマイオニーと食事を時々共にしていた。ハーマイオニーにはどうしてもルイスと会って話したい事もあり、毎回は一緒にいられない事を伝えてあり、ハーマイオニーも2人の仲の良さは知っていた為、無理に一緒に居ることを強要しなかった。

 

 

「ソフィア、あなたは箒に乗ったことある?私、クィディッチ今昔を何回も読んだの!それによるとね、箒にうまく乗るには恐れちゃダメらしいの、あと毛先が整っていて歪みが少ないものがいいらしいの!」

「あーそうかもしれないわね、新品の方がクセが少ないから…」

「ハーマイオニー!僕にも箒の乗り方教えて?」

「ネビル!いいわよ、あのね──」

 

 

食事をしながらハーマイオニーは高々に本で得た知識を披露し、ネビルは一言も聞き逃さんとばかり必死な形相で真剣に話を聞いていた。

ソフィアは内心で飛行術はどれだけ本を読んでいても、乗りこなす事ができるかどうかは才能に左右される部分がある事を知っていたが、今この2人に言うとパニックになるだけだと判断し黙ってフレンチトーストを食べていた。

 

その時大広間にふくろう便が届き、何百というフクロウやミミズクが生徒たちの頭上を飛び交う。鳥達はそれぞれ届け先に手紙や小包を落とすとトーストの端やポテトを啄みながらまた高く飛び立って行った。ソフィアはそれを見上げ、フレンチトーストの上にひらりと落ちた羽毛を指先で少し嫌そうに摘むと後ろに捨てた。

 

ネビルは自分の目の前に落ちた小さな包みを嬉しそうに開け、中から綺麗なガラス玉を取り出した。

 

 

「思い出し玉だ!ばあちゃんは僕が忘れっぽい事を知っているから──何か忘れてると、この玉が教えてくれるんだ。見ててごらん。こういう風にぎゅっと握るんだよ。もし赤くなったら──あれれ…何か忘れてるって事なんだけど…」

 

 

ネビルが握った思い出し玉は真っ赤に光り輝いた。何を忘れているのかネビルが思い出そうと唸っていると、ソフィアはふと、ネビルの忘れ物に気付いた。

 

 

「私、ネビルが何を忘れているかわかったわ!」

「え?」

 

 

ネビルがきょとんとし、思い出し玉からソフィアに意識を向けたとき、そばを通っていた人がネビルの手からぱっと思い出し玉をひったくった。

 

「へえ?これが思い出し玉か。ロングボトムには必要ないんじゃ無いか?毎日何かを忘れているから、赤色以外になりはしない」

「マルフォイ!」

 

 

ニヤニヤと意地悪げな表情でドラコは思い出し玉を手の上で転がして遊ぶ。ハリーとロンは瞬時に立ち上がり睨むようにドラコを見た。ドラコの後ろにいたルイスは少し興味深そうに思い出し玉を見る、本で読んだ事はあるが実物を見たのは初めてだった。

 

 

「ねえネビル、僕にも思い出し玉…見せて?」

「え?…い、いいけど…」

「ありがとう」

 

 

ルイスはちゃんとネビルに確認した上でドラコの手から思い出し玉を取ると──ドラコは少しつまらなさそうにしていた──しげしげと見つめる。ぎゅっと手のひらで握れば透明な思い出し玉はほのかに赤く光った。

 

 

「ん?…僕も何か忘れているのかなぁ」

「…淡い赤色は、ずーーっと昔からの忘れ物っていう意味だよ」

 

 

スリザリン生であってもネビルはルイスにだけは恐怖心を抱かなかった。ホグワーツ特急で共にヒキガエルのトレバーを探してくれたとてもやさしい人だと分かっていた。

ネビルの言葉にルイスは少し眉を顰め首を傾げながら考えたが、何かを忘れていると言うことも、思い出せなかった。

 

 

「ネビル!私もいい?」

「うん、良いよ」

 

 

ぴょんと跳ねるように立ち上がったソフィアはルイスから玉を受け取ると手で包み込む。

すると、玉は先ほどのルイスのようにほのかに赤く光った。

 

 

「あら…私も何か忘れているのね…」

「うーん。なんかもやもやするね、忘れていることなんてあるかなぁ?」

「せめて、この思い出し玉が何を忘れているのか教えてくれたらいいのに…はい、ネビルありがとう」

 

 

ソフィアはネビルに思い出し玉を返し、喉の奥に小骨が刺さったような微妙なもやもやを感じていた。忘れている事があるのに、それが何なのかわからない。それも昔から忘れ続けている事のようだが、それならいっその事忘れているという事実を知りたくはなかった。

忘れていても何も気にせず生きているのだから、きっとその程度の事なのだろう。そう、ソフィアとルイスは思い、忘れている事が何なのか、考える事をやめた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、グリフィンドール生とスリザリン生がにこやかに会話をしているとは思わなかったのか、マクゴナガルがサッと現れソフィアに聞いた。

 

 

「先生、マルフォイが僕の思い出し玉を勝手に取ったんですけど…ソフィアとルイスが取り返してくれました」

「…そうですか、ならいいんです」

「…見ていただけですよ。…ルイス、行くぞ」

 

 

ドラコはしかめ面でつまらなさそうに言うと直ぐにその場を離れた。1人先に行ってしまったドラコにルイスはため息を一つ零したが、ソフィアにはにこやかに微笑み、頬に軽くキスを落とした。

 

 

「はいはい、じゃーねソフィア!」

「また飛行訓練でね!」

 

 

ソフィアもお返し、とばかりに頬にキスをし、ドラコの後を追いかけるルイスを見送った。

そしてくるりと振り返り、悪戯っぽい顔でネビルの服をちょんと突いた。

 

 

「そうそうネビル、あなたローブを忘れてるわ!」

「え?──あ、本当だ!」

 

ソフィアの指摘にネビルはハッとした表情で自分の服を見た。するとネビルの手に収まっていた思い出し玉は赤い光を消し、透明なガラス玉に戻った。

 

 

 

 



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21 飛行訓練開始!

 

 

午後3時過ぎ、ソフィアはハーマイオニーと共に飛行訓練が行われる校庭へ向かった。ハーマイオニーは飛行訓練の時間が近付くにつれ表情を険しくさせぶつぶつとクィディッチ今昔の内容を反芻していた。

 

 

「ハーマイオニー、そんなに一生懸命にならなくても…」

「ごめんなさいソフィア、今は集中したいの、話しかけないで」

「………」

 

 

きっぱりと言い切られ、ソフィアは肩をすくめた。

既に校庭には数名のスリザリン生が並べられた箒を見ながら飛行訓練の開始を今か今かと待っていた。魔法族の生まれであっても、広い庭がなければ箒に乗った事の無い者もいるのだろう、珍しく、どのスリザリン生も楽しそうにひそひそと会話をしていた。

 

その中で一際大きな声で話しているのはドラコだった。彼はこんなボロい箒じゃ自分の本来の力見せられない事や家にはもっと優れた箒があり、それを持って来られなかった事が残念な事、そしてもう同じスリザリン生は何十回も聞いたのだが、一年生がクィディッチの選手に慣れないのはとても残念で絶対来年は選手になる事を自慢げに、朗々とした声で話す。

ルイスはもう耳にタコができる程聞かされた話に興味はなく、禁じられた森をぼんやりと見ながら、時々ドラコの「なぁ?そうだろう?」の言葉に適当に返事をしていた。

 

 

「ドラコ!やっと箒に乗れるわね!」

 

 

ソフィアは何も気にする事なくスリザリン生の輪の中に入りドラコに話しかけた。ハーマイオニーは目前に控えた飛行訓練を気にするあまり、箒の前に立ち自分の世界に入り込んでしまって全くその事には気が付かなかった。

 

 

ソフィアが近づき嬉しそうにしたのはルイスとドラコだけであり、他のスリザリン生は嫌なものを見る目でソフィアを見つめる。

 

 

「プリンス、あなた何ドラコに馴れ馴れしく話してるの?」

 

 

パンジーが薄く笑いながらソフィアとドラコの間に立ちはだかる。ソフィアは少し首を傾げ、自分より背の高いパンジーを見上げた。

 

 

「私がドラコに話しかけるのに、あなたの許可が必要だとは知らなかったわ!…ドラコったらメイドまでホグワーツに連れてきたの?」

 

 

不思議そうに言うソフィアの言葉に何人かのスリザリン生が思わず吹き出せば、パンジーは顔を赤くして憤慨した。

 

 

「なっ…違うわよ!」

「あら、そうなの?じゃああなたは誰?」

「パンジー・パーキンソンよ!パーキンソン家の長女よ!ドラコと同じスリザリン生の!」

「私はソフィア・プリンス!よろしくね!」

「誰が!あなたと!…っ話かけないでちょうだい!」

 

 

ソフィアが満面の笑みで差し出した手をパンジーは叩き落とし、ぎろりと睨みつける。

だが、ソフィアは大人の怒りを買った時に、彼女よりも強烈な眼差しに射抜かれた事が何度もあり、同じ同級生の少女がする威嚇など、可愛らしいものだと思い少しも怖がる事はなかった。

 

 

「可笑しな人ね!あなたから私に話しかけたんじゃないの!」

「…っ!」

 

 

くすくすと楽しげなソフィアに、パンジーは言葉に詰まるように口を閉ざす。それでも何か言おうと口を開きかけたが、自分から話しかけるなと言った手前憎々しげにソフィアを睨みつける事しか出来なかった。

 

 

「ソフィア、そんなにからかわないの。…ごめんねパンジー…僕の妹なんだ、ドラコとはここに来る前から…僕らは友達なんだよ。ドラコのお父上もそれはよくご存じだ。──その意味が、賢い君にはわかるよね?」

 

 

ルイスはパンジーとソフィアの間に割って入り、優しく諭すように話しかけたが、その言葉の端々には微かな脅しのような物が含まれていた。パンジーはドラコの父親が許す程、彼らの家柄が良いとは思えず──プリンス家なんて聞いた事が無かった──信じられずにドラコを振り返る。

暫く黙っていたが、ドラコはルイスにちらりと視線を移し、彼の意味ありげな目配せに深くため息をついた。

 

 

「ああ、ルイスの言う通りだ。父上もルイスと…ソフィアの事はよくご存知だ。何度も家に招待した事もある」

「パンジー。…ルシウスさん…ドラコのお父上は、ソフィアがグリフィンドール寮になったからと言って、ドラコとの友人関係の解消を望むほど心の狭い人ではないよ」

「っ…そ、それなら良いのよ!私は、その…ドラコの事を考えて…ねえ、ドラコ?分かってくれるわよね?」

 

 

ドラコの父親が認めているのならば、パンジーは遂にソフィアに文句を言う事を諦め、わざとらしくドラコに甘えたような声で擦り寄った。

ドラコは少し鬱陶しそうにパンジーを見たが、「わかってるさ」とだけ呟いた。

 

パンジーがドラコの隣でどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべているのを見たソフィアは、この子はきっとドラコの事が好きなのだろうと考えた。その予想は──今はまだ──正解だとは言えないだろう。パンジーが今惹かれているのはドラコではなく、マルフォイ家なのだから。

 

 

「なら私がこれからドラコと話していても、何も言わないわね?」

「っ…ええ…」

 

 

絞り出すようにパンジーは呟く。パーキンソン家にとって、マルフォイ家との不仲は避けなければならない。マルフォイ家の当主やその息子が友人だと認めているのなら、それを無碍にするのは賢い行動ではない、そう、純血一族として育てられてきたパンジーは瞬時に判断した。

 

 

──いや、むしろ…。

 

 

「…ごめんなさい、私、あなたのこと勘違いしていたみたい…。ソフィアって呼んでもいいかしら?」

 

 

パンジーは先程自分が叩き落としたソフィアの手を両手で包み込み、眉を下げて謝った。

 

あまりの変わり身にルイスとドラコは顔を見合わせ苦笑した。

2人は、先程までの憎悪を微塵も感じさせぬ振る舞いに至ったパンジーの心情の変化を、何となく察した。

 

ソフィアは少し彼女の変わりように驚いたが、それでもぱっと表情を明るくするとその手を引き、飛び付くように抱きつく。

その瞬間パンジーの顔は笑みの形を作ったままビシリと強張ったが、幸運にも誰にも見られる事はなかった。

 

 

「ええ!勿論よパンジー!」

 

 

心の底から嬉しそうなソフィアの声に、パンジーは動揺したがそれをなるべく表情には出さず、かと言って抱き締め返す事もできず、曖昧に無理矢理微笑んだ。

 

 

「ソフィア、ほら、もうパンジーを離して上げて?彼女困ってるよ。…うーん、ソフィアのその癖はちょっと直さないといけないね?」

 

 

やんわりとルイスはソフィアの肩を掴み、2人を引き離す。パンジーは心の中でルイスに感謝しながら、何のことか分からないと言うような顔をするソフィアをちらりと見た。

 

──ドラコとドラコのお父上が認められているのだから、この女には何か利用価値があるに違い無い。

 

そうパンジーは考え、無理矢理笑みを取り繕った。

 

 

「そう?私ハグって好きよ!温かい気持ちになるもの!」

「うーん、まあそうだけどね、僕もソフィアとハグするのは大好きさ!」

 

 

ルイスはぎゅっとソフィアを抱き締め、ソフィアもまた嬉しそうに抱き締め返した。

 

何を見せられているのだろうか。パンジーはそう心の中で吐き捨てた。

 

 

「ねぇ、パンジーは箒で飛ぶの得意?」

「え?…まぁ少しは…飛べるわ」

「そう!今日の飛行訓練楽しみね!」

「…ええ、そうね。…ソフィアは得意なの?」

「ええ!ドラコといい勝負するわよ?──ね?ドラコ!」

 

 

ソフィアはドラコを見て、悪戯っぽく微笑んだ。

実際、ソフィアの箒の腕前は中々のものだ。ドラコと共に空を駆け巡り、そのスピードに着いていける程には乗りこなす事が出来ている。

 

 

「はっ!…僕に勝とうだなんて10年は早いぞソフィア」

「あら!じゃあ今日の飛行訓練で…どっちが上手く飛べるか勝負ね!勝った方が負けた方の命令を何でもひとつだけきく…どう?」

「…良いだろう、今から何を命じるのか考えておくとしよう」

 

 

ドラコはニヒルに笑い、ソフィアの挑戦を受けた。

2人ともかなり負けず嫌いなのを知っているルイスは、この後の飛行訓練が何事もなく終わる事をこっそりと願った。自分は飛行術が得意では無い、何があっても止めに行く事は出来ないのだから。

 

 

「あ!もうそろそろ時間かしら?みんな集まって来たわ!」

 

 

授業開始の3時半ギリギリにまだ来ていなかったグリフィンドール生がバタバタと校庭に駆け込んで来たのが見え、ソフィアはこっちこっち!とでも言うように手を降った。

 

ハリーとネビルはその手に振りかえしたが、ロンはソフィアがスリザリン生に囲まれているのを見て嫌そうに顔を見て顰め、ぷいとそっぽを向く、あの日から2人は顔を合わせても喋る事は一切無かった。

 

全員が揃ったとほぼ同時にマダム・フーチが颯爽と校庭に現れた。

 

 

「何をぼやぼやしているんですか!皆箒の側に立って。さあ、早く」

 

 

開始の合図もなく、フーチの厳しい叱責の声から飛行訓練はスタートした。

皆は慌ててそれぞれ近くの箒のそばに立ち、それを確認したフーチはすぐに次の指示を出した。

 

 

「右手を前にも突き出して、そして…上がれ!と言う。さあ!はじめなさい!」

「──上がれ!」 

 

 

フーチの掛け声に、皆が手を出し「上がれ!」と叫んだ。

 

 

だが一度の掛け声で箒が手に収まった者は少なかった。ソフィアとルイス、ハリー、そしてドラコは一度の掛け声で箒を手にする事が出来たが、他の箒は地面を転がり、少し浮いたが直ぐに落下し、そして全く動かない物もあった。

 

フーチは生徒の間を見廻りながら箒の乗り方や、箒の握り方を指導した。魔法族の子どもは幼少期から箒に乗る事があるが、間違った癖をつけやすい、正しく乗らなければ、大きな事故に繋がる事もある為フーチは細かく少しの間違いも許さなかった。

 

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように抑え、2メートルくらい浮上して、それから少し前屈みになって降りて来て下さい」

 

 

ソフィアとドラコはこっそり視線を交わし、ソフィアは悪戯っぽく、ドラコは挑発的にニヤリと笑い合った。

約束していた勝負を行うのなら今だ。2人はそう考えていた。

 

 

「良いですか?笛を吹いたらですよ?──1、2の──」

 

 

ソフィアは箒を持つ手に力を入れて込め、訪れる3の掛け声と笛の合図を待ったが。

 

 

「──こら!戻って来なさい!」

 

 

フーチの笛を待たず、緊張からか強くネビルは地面を蹴り、そのまま高く高く浮上した。

出鼻を挫かれたソフィアはぽかんとぐんぐん伸びるネビルを見上げる。

 

あれは、上手くいっているのではない、箒に振り回されている。

 

乗り手の恐怖心とパニックがうつった箒はめちゃくちゃに空高くを飛ぶ、ネビルは顔を見て蒼白にさせ悲鳴を上げながら必死に振り落とされまいとしがみついた。

 

スリザリン生から嘲笑が漏れるが、笑っていられる状況ではない。

 

 

「フーチ先生!止めないと!」

 

 

地上でおろおろとしているばかりのフーチにソフィアは咄嗟に叫ぶ。フーチはハッとしてポケットから杖を出したが、既に遅く、箒に振り回されたネビルはついに箒から手を離し真っ逆さまに落ちた。

 

 

「──っ!変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

ソフィアは杖を抜き出すとネビルが落ちるだろう地面に向かって呪文を放つ。

10メートルほどの高さから地面に叩きつけられたネビルは一度その身体を大きくバウンドさせゴロゴロと転がった。

悲鳴が上がり、誰もが最悪の結果を覚悟した。あの高さから落ちたのだ、骨折程度では済まない。ぴくりとも動かないネビルを見て、皆がーー先程まで嘲笑っていたスリザリン生も、流石に笑えなかったーー表情を硬らせた。

 

 

「「ネビル!」」

「…っ…う…」

 

 

ソフィアとルイスは直ぐにネビルに駆け寄った、表情は苦悶に歪められているが、血は出ていない、頭を打ったかもしれない、動かさない方がいいだろう。

フーチも顔を青くしてネビルにさっと駆け寄りネビルの上にかがみ込むようにして怪我の具合を確認した。

 

 

「手首が折れているわ。…あの高さから落ちてこの程度で済むなんて…ミス・プリンス、あなたが地面を変化させたのですね?」

「え?あ、はい…柔らかいものに、咄嗟に…」

「瞬時に良く動けましたね、グリフィンドールに10点。あなたが地面を変えていなければ…」

 

フーチは一度言葉を切り、ぶるりと身体を震わせた。

 

 

「…きっと、もっと大怪我をしていたでしょう。…さあさあネビル、大丈夫。立って」

「…う…い、痛い…」

 

 

フーチは無理矢理ネビルを立たせると他の生徒の方へ向き合う。

 

 

「私がこの子を医務室に連れて行きますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチのクを言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ」

 

 

ルイスはその忠告を聞きながら、ネビル頭を打っているかも知れないのに、何故不要に動かすのかと眉を顰めた。

もしかして、この先生は箒の扱いのスペシャリストでも、魔法はあまり得意では無いのだろうか。

 

 

「フーチ先生、ネビルは頭を打っているかも知れません。その、あまり無理に動かさない方が…浮遊魔法で浮かせて運ぶべきでは…?」

「…そうですね、よく気がつきました。スリザリンに5点加点します」

 

 

フーチは杖を出すと浮遊魔法を唱えた。ルイスはそれを見て、やはりこの先生は魔法が得意では無いのだと確信する。普通の大人の魔法使いなら、初歩中の最も簡単な魔法である浮遊魔法の呪文を唱えなくとも使える筈だ。

 

横向きになり地面から数センチ上をゆらゆらと危なかしげに浮遊するネビルは、涙と泥で顔をぐちゃぐちゃにしながら手首を抑え、フーチに付き添われるようにして医務室へ運ばれていった。

 

 

浮遊せよ(ウィンガーディアム レヴィオーサ)

 

 

ルイスはこっそりとネビルに浮遊魔法を掛け直した。途端ネビルの揺れていた身体は安定し、滑るように空を浮いていた。

 

二人が校庭を離れ、城の中へ向かうのを見送り、ルイスはため息をこぼす。散々な飛行訓練になってしまった。ドラコはこんな不完燃焼で満足する事は出来ないだろう。

きっと、ソフィアとの勝負も出来ず内心苛立っている筈だ。

 

 

「あいつの顔を見たか?あの大間抜けの」

 

 

後ろから聞こえて来たドラコのからかいの声と、スリザリン生の囃し立ての声に、やっぱり、とルイスは額を抑える。 

 

 

「やめてよ、マルフォイ」

「へー?ロングボトムの肩を持つの?パーバティったら、まさかあなたが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 

 

ドラコを咎めたパーバティに、パンジーが揶揄うように噛み付けば、パーバティはかっと頬を紅潮させ怒りを滲ませながら強くパンジーを睨んだ。

 

 

「もう!ドラコ!ネビルは初めての箒に触ったのよ!誰だってミスはあるし貴方だって昔──」

「ソフィア!」

 

 

ソフィアもまたドラコとパンジーの言葉には黙っていられず、つい昔、まだ幼いドラコが高いところから同じように落ちた時泣いていたじゃ無いと言いかけたが、ドラコの強い叫びに、続きの言葉は飲み込まれた。

 

 

「ほら、見てみろよ!ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」

 

 

ドラコはソフィアがそれ以上なにも言わなかった事に安堵すると気を取り直すかのように草むらからネビルの思い出し玉を拾い上げた。

 

 

「そのバカ玉が赤く光った僕も馬鹿ってことかな?」

「そういえば私も光ったわ」

 

 

ルイスとソフィアは冷ややかな目で意気揚々と思い出し玉を掲げるドラコをじっとりと見た。

だがドラコは少しぐっと言葉を詰まらせたものの、2人の棘のある言葉を無視する事に決め、スリザリン生に思い出し玉を見せびらかせた。

 

 

「マルフォイ、こっちに渡してもらおう」

 

 

ハリーの静かな声に、皆が注目した。

 

「それじゃ、ロングボトムが後で取りに来られる所に置いておくよ。そうだな──木の上なんてどうだい?」

「こっちに渡せったら!」

 

 

ハリーはつよい口調で言ったが、ドラコはせせら笑ったままヒラリと箒に乗り、空高く飛び上がった。

 

 

「ここまで取りに来いよポッター。それとも…ルイスが取りに来るか?…怖くて来れないか?」

「……ドラコ……あとで覚えておけよ」 

 

 

ルイスが飛行術が得意で無い事を良く知っているドラコは勝ち誇ったように笑う。ドラコが、ルイスに唯一勝てるものと言えば今のところ飛行術くらいだった。

ここで、ソフィアの名前を出さない所が、狡賢いドラコらしさ、だろう。

 

地上で悪態をつくルイスの小さな呟きを聞いたのは隣にいたソフィアだけで、彼女は後に来るドラコの惨劇を思い、少しいい気味だと思った。

 

ハリーはドラコの言葉にカッとなり、箒を掴む。

 

 

「ダメよ!フーチ先生がおっしゃったでしょう?動いちゃいけないって!私たちみんなが迷惑するのよ」

 

 

ハーマイオニーは叫ぶようにハリーを咎めたが、ハリーはそれを無視し箒に跨り、じめんを強く蹴った。

 

初めての飛行術とは思えない箒使いに、思わずソフィアは歓声を上げる、地上で見守っていた他の女の子達も黄色い声を上げ声援を送った。

 

 

「ハリー!やるじゃない!初めてなのに、凄いわ!」

「本当だよね!初めてだって思えないよ!」

 

 

ロンとソフィアは思わず顔を見合わせ興奮しながら頷き合う、だが先日まで喧嘩をしていた事を思い出し、ロンは罰の悪そうな顔でちらちらとソフィアを見る。

ソフィアは、少し苦笑しながらロンの側に近寄る。ロンはまた殴られるかと少し身をひいたが、ソフィアは何も言わずロンの隣で空高く舞うハリーを見上げた。

 

 

「本当に…私たちの友人は凄いわね、ロン?」

「うん…本当に、凄いよ…ソフィア。…その、酷いことを言って…本当にごめんね…後でルイスにも謝るよ」

「──何のことか、忘れちゃったわ」

 

 

ソフィアはロンをちらりと見上げ、悪戯っぽく笑った。

その可愛らしく、どこか小悪魔的な微笑みにロンは僅かに頬を紅潮させながら、ありがとう、と呟いた。

 

 

ソフィアとロンが喧嘩を終え仲直りをしている間に、ハリーにより追い詰められたドラコは苦し紛れに思い出し玉を高く放り投げ、すぐに地上に逃げ帰った。

 

取れるわけがない、ビー玉のように小さいんだ。そうドラコは思っていたがハリーは一直線に急降下し必死に小さな玉へと手を伸ばす、下で見ていた生徒が悲鳴を上げ、ぶつかる!と叫んだが、ハリーは地上ギリギリで玉を掴むと体勢を立て直し草の上に鮮やかに着陸した。

 

わあっ!と歓声が沸き起こり皆がハリーの元へ駆け寄り目の前で起きた神業とも言える箒使いを口々に褒めた。

 

 

「ハリー!凄いわ!貴方シーカーになれるんじゃない!?」

「本当だよ!僕はあんなに上手く飛ぶ人を見た事ないよ!ドラコよりずーっと上手だね!」

 

 

ソフィアは歓声を上げたままハリーに抱きつき、身体全体で興奮と喜びを露わにし、ルイスもまた駆け寄るとハリーの背中を嬉しそうに何度も叩いた。

 

「ソフィア!ルイス!見た?僕、なんだろう、どうすればいいのか、どう飛べばいいのかわかったんだ!」

 

 

ハリーも魔法界に来て初めて自分に誇れるところがあったのだと、自慢の出来る事が一つでもあったのだと嬉しくて顔を見て輝かせ、興奮しながら叫んだ。

 

 

「ハリー・ポッター…!」

 

 

だが、ハリーの喜びや興奮はマクゴナガルの登場により、風船のように萎んでしまった。

 

「まさか──こんな事はホグワーツで一度も…よくもまあ…大それたことを…首の骨を折ったかも知れないのに…」

「先生、ハリーが悪いんじゃないんです」

「お黙りなさい、ミス・パチル」

「でも…先生、マルフォイが…」

 

 

ロンもハリーだけが減点や罰則を受けるのは割に合わないと思い、果敢にも加勢しようとしたが、マクゴナガルの鋭い目つきで睨まれてしまい口を閉ざした。

 

 

「くどいですよ。ミスター・ウィーズリー…。ポッター、さあ、一緒にいらっしゃい」

 

 

マクゴナガルは足早に城に向かって歩き出し、ハリーはとぼとぼと俯いたままその後ろをついて行った。

 

 

 

「ソフィア、どうしよう!ハリー退学になるのかな…?」

 

 

ロンはおろおろと連れて行かれたハリーの後ろ姿を心配そうに見つめていた。ソフィアは少しだけ笑いながら首を振る。

 

 

「んー大丈夫だと思うわ、だって…マクゴナガル先生、あんまり怒ってなかったような気がするもの」

「え?…嘘だろ?めちゃくちゃ怒ってたように見えたけど…」

 

 

ロンは信じられないと言ったようだったが、ソフィアはそれ以上何も言わずに、どこか楽しげな目でハリーを見送った。

 

 

その後ネビルを医務室へ送り届けてきたフーチが校庭に現れたが、もう今回の飛行訓練は終わりだと言って解散を命じた。

 

 

皆がぱらぱらと城へ戻る中、ルイスは勝ち誇ったような上機嫌なドラコにそっと近付き、後ろからもたれかかるようにして抱きつく。

 

「──っル、ルイス?」

「──さて、空では僕は確かに君には敵わないけど…地上でなら…どうかな?」

 

 

甘く囁くような楽しげな声に、ドラコはぞわりとした寒気を感じ表情を引き攣らせた。

 

 

 

ソフィアはハーマイオニーと城へ戻っていたが、後ろからドラコの悲鳴が混じる笑い声が小さく聞こえ、少し後ろを振り返った。

 

 

「どうしたの?」

「──いいえ、何でもないわ、行きましょう」

 

 

ハーマイオニーの声になんでもないと首を振り、ソフィアは素知らぬ顔で城の中へ入る。

 

 

後ろではルイスにより擽り魔法をかけられたドラコが草の上を転げ回り腹を捩りながら笑っていたが、ソフィアは何も見なかった事にした。

 

 

 

 



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22 決闘の審判員!

 

 

飛行訓練があった日の夕食時、ソフィアはハーマイオニーと共に食事を取っていた。ハーマイオニーはハリーの表情が憂鬱なものでは無いと分かると、退学は免れたようだとわかり少しほっと表情をゆるめた。

しかし、あれだけ止めたにも関わらず、教師の忠告を無視し箒を使い空を飛んだ事を、他人にも自分にも厳しいハーマイオニーは許せず、少し不機嫌そうでもあった。

 

 

「ハリー、退学では無さそうね」

「ええ…でも、先生の言い付けを守らなかったのは良くないわ!ソフィア、あなたもそう思うでしょう?」

「うーん、それ、私に聞く?」

「……」

 

 

ハーマイオニーはソフィアも規則を遵守する性格ではなかったと思い出しむっつりとした表情で閉口した。

 

ソフィアはどこか夢心地でぼんやりとした表情のハリーを見る。ロンにだけ何かを耳打ちし、ロンは驚興奮しながら何やら囁いていた、きっと悪い事は起こっていないのだろう。

フレッドとジョージもハリーを見つけるとすぐに駆け寄り何か楽しげに話していたようだし、一部にだけ何かが伝えられているのだろうか。

ソフィアはまだハリーと赤毛の双子の共通点──クィディッチに関わっている事──を知らなかった為、後でこっそり2人に聞こうと決めた。

 

デザートのチョコケーキを食べながらそんな事を考えていると、スリザリンの机からドラコがクラッブとゴイル、そしてルイスを連れてこちらへ向かってやってきているのが見えた。

ドラコと子分の2人はいつもの意地悪そうなニヤニヤとした笑いを浮かべていたが、ルイスは何度言ってもハリーに自分からちょっかいをかけに行くドラコに少し呆れているのか、面倒臭そうな顔をしていた。

ソフィアは何故それ程までドラコがハリーに対し異常なまでに執着するのか分からなかった。お互いに嫌いあっているのなら、関わらなければいいのに。

 

 

「ポッター、最後の食事かい?マグルの所に帰る汽車にいつ乗るんだい?」

「地上ではやけに元気だね、小さなお友達もいるしね」

 

 

ドラコの揶揄いにハリーは冷ややかな声で返す。クラッブとゴイルはハリーを睨み、威嚇しながら指をごきりと鳴らしたが、上座に先生達が並んでいるこの場でハリーに掴み掛かる度胸はない。

ソフィアはフォークを噛み、机に肘をつきながら彼らの静かなる戦いを詰まらなさそうに見ていた。そんなネチネチとするんじゃなくて拳で語りあえばいいのに、と衝動的にすぐ手が出るソフィアは思ったが、誰も拳を振るうことも杖を出す事もなかった。

 

 

「僕1人でいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ。杖だけだ。──相手には触れない。どうしたんだい?魔法使いの決闘なんて聞いたことも無いんじゃないの?」

「勿論あるさ。僕が介添人をする、お前のは誰だい?」

 

 

ロンはすぐさま口を挟みドラコを睨む。

ドラコの言葉にソフィアは口をぽかんと開き、咥えていたフォークは皿の上に音を立てて落ちた。

ドラコが決闘?自分から面と向かって立ち向かう事は決してない、影からちくちく嫌らしい攻撃しかしないドラコが?

少し不思議には思ったが、陰湿な口喧嘩よりはよっぽどソフィアの好みでもあり、楽しそうに立ち上がった。

 

 

「なら、私が審判員をするわ!」

「──いいだろう。僕はルイスを介添人にする。真夜中でいいね?トロフィー室にしよう、いつも鍵が開いているんでね」

「…僕を勝手に介添人にしないでよ…まぁソフィアが審判員なら…公平だしいいけどさぁ…」

 

 

なんの相談もなく勝手に決闘の介添人となってしまったルイスはため息をつく。だが、ソフィアが審判員なら、まぁ酷い事にはならないだろうと考え拒否する事はなかった。

 

ドラコはふんと鼻で嘲笑し、ローブをはためかせながら足早に大広間をでて行った。

 

 

「魔法使いの決闘ってなんだい?君が僕の介添人で、ソフィアが審判員って…どういう事?」

 

 

ハリーはドラコ達がいなくなった後、不安げにロンとソフィアに聞いた。2人は顔を見合わせ、やっぱりマグルの世界で生きていたハリーは魔法使いの決闘を知らなかったかと思った。

 

 

「審判員は、そのままね。2人が同時に倒れた時、どちらが勝ったか勝敗を告げるのよ」

「介添人っていうのは、君が死んだら代わりに僕が戦うという意味さ」

 

 

死、という物騒な言葉にハリーは言葉を無くして顔色を変えた。それを見て、ロンは慌てて首を振り気軽に告げる。

 

 

「死ぬのは、本当の魔法使い同士の本格的な決闘の場合だけだよ。君とマルフォイだったらせいぜい火花をぶつけ合う程度だよ。二人とも、まだ相手に本当のダメージを与えるような魔法なんて使えない、マルフォイは君が断ると思ってたんだよ」

「もし、僕が杖を振っても何も起こらなかったら?」

 

 

ハリーは心配そうに眉を下げてソフィアとロンの顔を見る。二人は顔を見合わせにやりと笑った。

 

 

「杖なんか捨てちゃえ、鼻にパンチを喰らわせろ!」

「私みたいにね!」

「ああ、ソフィアの右ストレートは強烈だったな」

 

 

ハリーは顔を合わせて笑う二人を見て、二人がいつの間にか仲直りをしていた事に気付いた。

 

 

「ちょっと、失礼」

「あらハーマイオニー」

「…全く、ここでは落ち着いて食べる事も出来ないんですかね?」

 

 

ロンはすっかり冷めた食べかけのパイを口の中に放り込みながら嫌味っぽく呟いたが、ハーマイオニーはちらりと一瞥しただけで無視をした。

その代わりにソフィアとハリーを睨むように見る。

 

 

「聞くつもりはなかったんだけど、あなたとマルフォイの話が聞こえちゃったの。…夜、校内をうろうろするのは絶対にダメ。もし捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。それに、捕まるに決まってるわ。ソフィアもよ!貴方前に抜け出してスネイプ先生に見つかって罰則を受けた所でしょう?あれから抜け出す事は無くて改心したのだとばかり思っていたわ!」

 

 

ハーマイオニーは少し軽蔑が滲む目でソフィアを見下ろす。比較的仲のいいソフィアに対しても、ハーマイオニーは決して甘く見る事はなく、むしろ友人だからこそ厳しくあたった。

 

 

「まったく、なんて自分勝手な人たちなの!」

「まったく、大きなお世話だよ」

「バイバイ」

 

 

憤慨するハーマイオニーへハリーとロンは冷めた言葉で突き放す。ハーマイオニーは酷く傷ついたような目をしていたが、きっと睨むようにソフィアを見た。

 

 

「あなたは、どうなの、ソフィア?」

 

 

一言一言区切るように言われたソフィアは黙って肩をすくめた。

 

 

「私、審判員なの、ハーマイオニーは魔法使いの決闘知ってる?審判員はどんな事情があっても途中放棄は出来ないのよ」

「──ええ!ああそうですか!ならもういいわ勝手になさい!」

 

 

叫ぶようにハーマイオニーは言うと、その背中に強く怒りを表しながら踵を返す。

 

 

「ハーマイオニー!待ってよ!…ハリー、ロン、後でね!」

「バイバイ」

「うっかり寝ないようにね」

 

 

ソフィアは2人の声を後ろに聞きながら、怒るハーマイオニーの後を慌てて追いかけた。

 

 

「ハーマイオニー!待って!」

 

 

背の低いソフィアは必死に走って何とか追いつくと、弾む呼吸を抑えながらハーマイオニーの前に回り込むと通せんぼをするように両手を広げた。

しかしハーマイオニーはツンとそっぽを向き何も答えず、その手を退かしながら隣をするりと通り抜ける。

 

 

「──ああ、もう!私はあなたと喧嘩したいわけじゃないの!」

「喧嘩?喧嘩ですって?そんなのしてないわ!」

「怒ってるじゃない!」

「あなたが規則を守らないからよ!」

「ハーマイオニー!規則より大切なものだってあるわ!」

 

 

ツカツカと足早に歩くハーマイオニーと並行しながらソフィアは必死にハーマイオニーに話しかけたが、ハーマイオニーは一切ソフィアの目を見ようとせずそのまま図書室へ向かった。

 

 

「ねえ、ハーマイオニー!ちょっと待ってったら!」

 

 

ハーマイオニーは図書室の入り口でくるりと振り返り、ソフィアはその目を見て口に出かけていた言葉を飲み込んだ。

酷く傷ついたその目には、怒りと確かな悲しみが映っていた。

 

ソフィアが規則を破る事に酷く傷ついたわけではなかった。

ハーマイオニーは自分の考えが正しいのに、誰もわかってくれないことが辛かったのだ。

 

いつもそうだ、一人として味方をしてくれない、それどころか鬱陶しそうに思われている。なんで、こう、うまくいかないんだろう。私はただみんなの為を、寮の為を思って言っているのに。

 

 

「ハーマイオニー…」

「ソフィア、私は間違ってないわ」

 

 

ハーマイオニーはそれだけ伝えると、ソフィアが何かを言う前に扉を開き図書室の中へ消えた。

 

 

「ハーマイオニー!待ってよ!」

「何事ですか!?この神聖な場所で大声を出すなんて…!ここから出て行きなさい!」

 

 

ソフィアは慌ててその後を追ったが、ソフィアの大声にすぐにイルマ司書が気付き飛んでくるとソフィアが弁解する間も与えず背中を強く押して図書室から追い出した。

 

 

「…ハーマイオニー…わかってて図書室へ行ったのね…」

 

 

ソフィアは小さく呟き、しばらくハーマイオニーが出てこないかと入り口でうろうろしていたが諦めたかのようなため息をつくととぼとぼと自室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ドラコ、本当に決闘なんてするの?君がするなんて珍しいね」

「するわけないだろう。フィルチに言いつけてやるのさ」

 

 

得意げにいうドラコを、ルイスはなんとも言えない目で見つめた。ソフィアはきっとドラコの思惑には気付かないだろう、あの子はあまり人を疑わない。友人のドラコの言葉なら、尚更そうだ。むしろ決闘という選択をしたドラコを見直しているかもしれない。

 

 

「あのさ…ソフィアを巻き込んでるの、わかってる?」

「……、…あんな奴らと仲良くするからだ」

「…はぁ…ソフィアに嫌われるよ」

「ふん!ソフィアは僕を嫌いになんてならないさ」

 

 

どこからそんな自信が現れるのだろう、ルイスは頭を押さえながらつぶやいた。

 

 

「まぁ幻滅はされるだろうね」

「……」

 

 

ドラコはそれを否定せず、ルイスの責めるような目から逃れるようにぷいとそっぽを向いた。

 

 



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23 ケルベロス!!

 

 

「ハーマイオニー…あの…」

「私今勉強してるの、話しかけないでちょうだい」

 

 

ハーマイオニーはあれからソフィアに何と話しかけられようが無視し、同室のラベンダーとパーバティは肩をがっくりと下ろし元気のないソフィアの背を気遣うように優しく撫でながら自室から廊下へと連れ出した。

流石にハーマイオニーのいる前で原因を聞く事は出来なかったのだ。

 

 

「どうしたの?」

「あー…ちょっと、喧嘩?…かなぁ。ほら…私が規則をあまり、守らないから…怒っちゃって…」

「ああ…成程ね。彼女は規則が大好きだから」

 

 

ラベンダーとバーパティは顔を見合わせ、ソフィアを慰めた。彼女達は頭ひとつ分ほど違う小さなソフィアの事をどこか妹のように感じていた。同じ歳だとは分かっていても、くるくると楽しげに変わる表情や明るい声、そしてちょっと悪戯好きな所など、もしひとつ下に妹がいればこんな感じかと思っていた。

 

 

「飛行訓練の事もあったものね…大丈夫よソフィア!朝になって何かの授業で先生に褒められたらあの子の機嫌も戻るわ」

「そうそう、それに…私はソフィアの悪戯大好きよ!この前の花火のはすっごく素敵だったもの!キラキラしてて…あんな素晴らしい景色は初めてだったわ!…あの子はちょっと頭が硬すぎるわね」

「バーパティ…ラベンダー…」

「談話室に行きましょう?ここは冷えちゃうわ。私、ソフィアともっと話してみたかったの!」

 

 

ラベンダーはソフィアの手をとり、優しく微笑む。バーパティもまた、ソフィアの肩を掴み微笑みながら頷いた。

彼女たちからの励ましと優しさに、ソフィアは少し嬉しそうに頷くと2人に手を取られ談話室へと降りて行った。

 

 

 

 

夜の11時半より少し前、ソフィアはそっと身体を起こし、そばに置いていた灰色のカーディガンを羽織る。ルームメイトの寝息が微かに響く自室からそろりと這い出て、螺旋階段を音をなるべく立てずに降りた。静かに談話室を覗いたがそこには人1人居らずほっとため息をこぼした。

僅かに火を上げている暖炉のそばの肘掛け椅子に座り、手を火に当てながらハリーとロンの到着を待った。

暗闇の中ぼんやりと小さな炎を見つめる。

ラベンダーとバーパティに連れられ談話室へ降り、暫く経って戻った時に既にハーマイオニーは自分のベッドの上だった。

 

喧嘩をした時は、その日の内に仲直りをしないと長引いてしまう。ルームメイトでありよく顔を合わせるのだから、気まずい思いはしたくないし、なにより仲良く過ごしたかった。

きっと、ハーマイオニーの制止を聞かず夜に抜け出したとバレてしまえば、それこそ彼女との仲は修復不可能になってしまうかもしれない。

かと言って、審判員の自分が行かないわけにも、いかないのだ。

 

 

「ハーマイオニー…怒るかなぁ…」

「怒られるとわかってて、どうしてやるのかしら」

「──っ!?」

 

 

誰も聞いていないと思っていた呟きに返答があり、ソフィアは飛び上がるように身体を跳ねらせ声をのした方を向いた。

談話室の入り口にもたれかかるようにして腕を組み、ピンクのガウンを羽織ったハーマイオニーがしかめ面をしてソフィアを見ていた。

 

ソフィアは何と言っていいのか、視線を右往左往させているとハーマイオニーは長い溜息をつきながらソフィアの隣の肘掛け椅子に座り、薄らと赤い暖炉をじっと見た。

 

 

「…図書室で、魔法使いの決闘について調べたわ」

「…え?…あー…そうなの…」

「子どもだといえ、危険じゃないの?」

「危険はないと思うわ、彼ら魔法上手くないもの!…私とハーマイオニーが決闘するなら…マダム・ポンフリーにベッドの予約を2つしなきゃならなかったかもね」

「まぁ!…ふふ、そうかもね」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉に少し笑った。ソフィアは久しぶりに見たハーマイオニーの笑顔にほっと安堵の息をつく。

ハーマイオニーちらりとソフィアを見た。

 

 

「ソフィア…あなたはどうして、規則を守らないの?先生達に怒られるし…私たち、同じグリフィンドールの仲間に迷惑がかかるとは、思わないの?」 

 

 

その言葉は、怒りのまま吐かれたものではない、真剣に、友達だからこそ向き合いたいというハーマイオニーの心が見えていた。

 

 

「ハーマイオニー…そうね、私は…友達の為になら、規則を破ってもいいと思ってるの。…後は退屈な生活の少しのスパイスの為ね。減点して迷惑をかけているのは、わかってるわ。でも…その分授業で加点しているつもりよ」

「…、…はあ…だめ、分かろうかと思ったけど、全然、わからないわ!」

 

 

じっとソフィアの言葉を聞いていたハーマイオニーだったが、やはりどう考えてもわからず首を振る。ソフィアはこればっかりは仕方がないのかもしれないと思いもう何も言わなかった、きっと今何を言っても彼女には言い訳にしか聞こえないだろう。

 

 

「ハーマイオニー、私、あなたの事好きよ」

「なっ…何よ…ご機嫌でも取ろうっていうの?」

「そうじゃないの。…もしハーマイオニーに何かあって、助ける為に沢山の規則を破らないといけない事になっても…私は迷わず規則を破るわ」

 

 

真っ直ぐなソフィアの瞳は炎の僅かな明かりに照らされキラキラと輝いていた。

あまりにも真摯な言葉に、ハーマイオニーはぐっと言葉を無くす。

その目には、あなたならどうするの、と訴えて居るような気がして、ハーマイオニーは思わず目を逸らした。

 

重い沈黙が流れる中、微かな足音が近づく音が聞こえ2人は身体をこわばらせた。

ハーマイオニーは肘掛け椅子の影からそっと顔だけを出し様子を伺った。

男子寮の方から降りてきたのは、ハリーとロンであり、ハーマイオニーは小さく疲れたようなため息をついた。本当に来るとは思わなかったのかもしれない。

 

 

「もうソフィア来てるかな?」

「さあ、どうだろ」

「来てるよ、…ハーマイオニーもだけど」

「──ハリー、まさかあなたがこんなことするとは思わなかったわ」

「また君か!ベッドに戻れよ!」

 

 

ハーマイオニーは立ち上がりつかつかと2人の元に進む、ロンの顔は薄暗い中でもわかるほど怒りで赤くなっていた。

 

 

「本当はあなたのお兄さんに言おうかと思ったのよ。パーシーに。監督生だから、絶対にやめさせるわ」

「…行くぞ」

 

 

ロンはハーマイオニーの言葉を無視し苛立ちながらハリーとソフィアを呼ぶ。2人は顔を見合わせロンについて肖像画を超え外に出た。

ソフィアはハーマイオニーはもう諦めるだろうと思っていた、止める為だとは言えこんな時間に外に出ているのが見つかればきっと彼女も処罰の対象となるだろう。

だがハーマイオニーはなんとかして3人を止めようとその後をつけて肖像画から出ると後ろから叫んだ。

 

 

「グリフィンドールがどうなるか気にならないの?自分の事ばっかり気にして。スリザリンが寮杯をとるなんて私はいやよ!私が変身術を成功させたからマクゴナガル先生が下さった点数を貴方達がごはさんにするんだわ」

「あっちへ行けよ!」

「いいわ。ちゃんと忠告しましたからね。明日家に帰る汽車の中で私の言った事を思い出すでしょうよ。貴方達は本当に──…」

 

 

もううんざりしたのか、ハーマイオニーはくるりと踵を返す。

だが太ったレディは夜のお散歩に出掛けてしまいそこに残っていたのは額縁だけだった。

太ったレディが居なければ、いくら合言葉を言っても扉は開かれない。

 

 

「さあ、どうしてくれるの!?」

「知ったことか」

「僕たちはもう行かなきゃ、遅れちゃうよ」

「あー…ハーマイオニー、少し待ってたらきっとレディは帰ってくるわよ。…じゃあね」

 

 

ソフィアはここにハーマイオニー1人残していいものか少し悩んだが、ロンに「はやく!」と急かされ仕方がなくその場から移動する。

 

 

「一緒にいくわ」 

 

 

その場に残ると思われたハーマイオニーは後ろから走って3人に着いてきてしまった。

 

 

「ダメ、来るなよ」

「ここに突っ立ってフィルチに捕まるのを待ってろって言うの?見つかったら私、フィルチに本当の事を言うわ。私は貴方たちを止めようとしましたって!ねえソフィアは証人になってくれるわよね?」

「あー…そうね、見つかったらちゃんと言うわ」

 

 

ハーマイオニーの何処か吹っ切れたのか、ギラギラとした目に睨まれソフィアは苦笑しながら頷き、ロンはハーマイオニー信じられない物を見る目で見ていた。

 

 

「君、相当の神経してるぜ!」

「しっ!3人とも静かに、…何が聞こえない?」

 

 

ハリーの声に3人は口を閉ざし息までも止めた。

こんな出だしで誰かに見つかっていたら、約束の時刻に間に合わないだろう。

 

 

「…ネビル?なんでこんなところにいるの…?」

 

 

ソフィアは床の上で身体を丸めて眠っているのがネビルだと分かると声を顰めながら訝しげに丸い背中を見た。

ロンとハリー、ソフィアは顔を見合わせ無言で頷くと、ネビルを起こさないようにそろそろと抜き足差し足、静かに進んだ。

 

だが人の気配を感じたネビルはビクッと身体を震わせ目を覚ました。

 

 

「ああよかった、見つけてくれて!もう何時間もここにいるんだよ、ベッドに行こうとしたら合言葉忘れちゃって…」

 

 

結局、ネビルは1人残されるのを嫌がりソフィア達に着いてくる事になった。何とか置いて行きたかったが、約束の時間まで後少ししかなく、宥め落ち着かせる時間はないと判断しやむを得ず5人はトロフィー室へ向かった。

 

 

トロフィー室には沢山のカップ、盾、賞杯などが月明かりを浴びて輝いていた。

ソフィアはふと、何故ドラコがここの部屋の鍵はいつも開いていると知っているのだろうかと思った。

輝かしいクィディッチ選手を讃えたトロフィーや功績を残した生徒の名前が記された盾、もしかして彼はこれをよく見にきているのだろうか。──自分も、必ずここに名前を刻むと誓う為に。

 

月明かりの下、トロフィー室の奥に1人の人影が見えて5人は脚を止めた。

 

 

「…本当に来たの?」

「ルイス!…マルフォイは何処だ?」

 

 

月明かりに照らされたルイスは呆れているようにも、彼らの勇気に感心しているようにも見えた。

ルイスはなぜここにハーマイオニーとネビルが居るのかと思ったがもう時間はない、直ぐにハリー達に近付くと声を顰めながら言った。

 

 

「居ないよ、罠だったんだ。ドラコに言われてもうすぐここにフィルチが来るから、早く帰ろう」

「なっ…罠!?そんな…」

 

 

ハリーはその言葉に愕然としていたが、ハーマイオニーはそれ見たことかと言うような責める目でハリーを見ていた。

ソフィアもまた、ドラコがここまで卑怯な事をするとは思えず、つい大声で怒り叫びそうになったが、突如聞こえてきた物音により、あわてて口を閉ざした。

 

ハリーは隣の部屋から聞こえて来るフィルチの声に急いで五人を手招きし、自分について来るよう合図した。五人は硬い表情のまま音を立てずに反対側の扉へ急ぎ、沢山鎧が飾ってある長い廊下を這うように進んでいたが、あまりの恐怖と緊張にパニックとなったネビルが闇雲に走り出し、躓きロンの腰に思わず抱きつき、そして鎧にぶつかり倒れ込んだ。

 

鎧がけたたましい音を立てて倒れ、ハリー達はさっと表情を無くした。

 

 

「逃げろ!!」

 

 

ハリーの叫びに五人は必死になって走った。

先頭を走るハリーは今自分がどこを走っているのか、どの扉を潜ったのかわからなかった。次から次へと目についた扉をくぐり抜け、闇雲に走り抜ける。

 

 

「──フィルチを撒いたと思うよ」

 

 

ハリーの声に、五人は答える余裕はなく、誰もが冷たい壁に寄りかかり、ぜえぜえと荒い呼吸を整え、額から流れる汗を拭いていた。

ソフィアもまたドキドキとうるさい心臓を抑え、必死に呼吸を整える。

 

 

「日常に、スパイスは欲しいけれど──これはちょっと刺激的過ぎだわ!」

「たしかに、僕らにはフィルチと夜の鬼ごっこをするには、早すぎたね」

 

 

笑いながらソフィアとルイスは言ったが、ハーマイオニーは強く胸を抑えながらぎろりとそんな2人を睨んだ。

 

 

「早くグリフィンドール塔に戻ろう。ルイスは大丈夫?一人で帰れる?」

「ああ、大丈夫、多分みんなで行動するより、一人の方が逃げやすいから」

「だから──そう──言ったじゃない!」

 

 

ハーマイオニーは怒りを爆発させたが、それ以上は言わなかった。今更何を言っても無駄だと思ったのだろう、ドラコに嵌められたという事実と、こんな所まで来てしまった現実は変えられない。

 

五人はすぐに寮へ戻ろうとしたが、妖精の呪文の教室から転がるようにピーブズが飛び出てきて身体を硬らせる。

 

ピーブズはおもちゃを見つけた子どものような歓声を上げるとにたにたと意地悪げに笑った。

 

 

「ピーブズ…お願いだから、黙って…じゃないと、僕たち退学になっちゃう…」

「真夜中にふらふらしているのかい?一年生ちゃん、悪い子悪い子捕まるぞ!」

「黙ってくれたら捕まらずにすむよ、お願いだ。ピーブズ…」

「フィルチに言おう、言わなくちゃ。君たちのためになる事だからね」

「どいてくれよ!」

 

 

ピーブズはニヤニヤ笑いを止めて、突如凛々しく言ったが、それに苛ついたロンはピーブズを怒鳴って払い除けようとしてしまった。

 

急にピーブズは表情を変えると、息を大きく吸い込んだ。

 

 

「──まずいわ」

 

 

ソフィアの低い呟きは──。

 

 

「生徒がベッドから逃げ出した!妖精の呪文の教室の廊下にいるぞ!!」

 

 

ピーブズの大声により掻き消された。

六人はピーブズの下を潜り抜け全速力で走った、ドアにぶち当たり開けようとノブを回すが鍵がかかっていて一向に開かない。

 

 

「もうダメだ!おしまいだ!一巻の終わりだ!」

 

 

ロンが絶望感漂う悲鳴を上げた、ソフィアとルイスはすぐにアロホモラを唱えようと杖を出したが、それよりも先にハーマイオニーがロンを押し退け前に出た。

 

 

「どいて!──アロホモラ!」

 

 

カチリと小さな音が響き、六人は重なるようにして扉を開け雪崩れ込んだ。

 

 

ソフィアはほっと安堵の息を吐く、きっとフィルチはこの扉に鍵がかかっていると思っているだろうし、一年生はまだアロホモラを使えないと思い込んでいるに違いない。

兎に角、助かった。

そう思い、ふと、獣の臭いがする事に気づき視線を上げた。

それに気づいたのは、どうやらソフィアとネビルだけだったようだ。

ハリーとロン、ハーマイオニーにルイスはじっと外の様子を伺っていて、まだ此処が何処か気がついていない。

 

声を出す事が出来なかった、頭が三つある巨大な犬のような怪物。──ケルベロスだ。

 

獰猛な顔つきに口から見える牙は自分の腕ほどありそうだ。爪も、黒く鋭利であれに切り裂かれたらひとたまりもないだろう。

 

ソフィアは思わず、隣にいるルイスのローブを引っ張った。ルイスは扉につけていた顔を後ろに向け、彼もまた巨大なケルベロスを見上げびしりと固まった。

 

声を出してはいけない、まだこの怪物は突然の侵入者に戸惑っているが、直ぐにその鋭利な爪か尖った牙を振るうだろう。

ルイスは震える手で杖を握り、ソフィアを守るように後ろに隠した。背中越しにソフィアが恐怖から小さく震えているのを感じた。何があっても彼女だけは、助けなければならない。──例え、誰かを犠牲にしても、自分が死んだとしても。

 

 

「──え?どうしたの?」

 

 

ハリーがようやく異変に気づき、ロンとハーマイオニーも振り返り、そして彼らもまた言葉を無くしその怪物を見た。

 

眠っていたのか、ぼんやりとしていたケルベロスは小さく唸りそろりと一歩近づく、ハリーは咄嗟に扉を弄り取手を掴むと扉を開け、六人は先程とは反対に廊下から飛び出した。

 

幸運にもフィルチは居らず、ハリー達は無言のまま──誰も話せなかった──寮へと走る。

ルイスはソフィアの手を引き途中まで行くと一度強く抱きしめ、頬に掠めるキスを落とし離れた。

 

 

「行って」

「…っ…ルイス…」

「さあ、早く」 

 

 

二人はお互いに震えている事に気付いていた。だがルイスは安心させる為に無理に微笑み、ソフィアの背中を押した。

ソフィアは何度か振り返りながらもハリー達に続きグリフィンドール塔を駆け登る。

 

一人闇の中残されたルイスはその場にしゃがみ込み、胸を押さえた。

 

 

「──っはぁ…」

 

 

あそこから生きて帰れた事が奇跡のように感じた、手はまだ震え、身体は芯から冷え切っている。

何とか震える足に力を入れ、ルイスはゆっくりとスリザリン寮へ向かった。

 

 

 

 



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24 色々あって疲れちゃったの!

 

 

昨日は一日色々な事がありすぎて、いつも元気なソフィアもやや疲れたように欠伸を噛み殺し眠たそうに目を擦った。朝食の時も、何故か食欲がわかずいつもなら二つは食べるケーキを一口も食べなかった。頭も、ぼんやりとして霞がかかっている気がする。

隣にいるルイスは「せめてスープだけでも飲んで?」とソフィアにミネストローネを勧めたが、それも、数口飲んだだけでやめてしまった。

 

 

「何だか疲れたわ…」

「そりゃあ、昨日は本当に走り回ったからね、誰かさんのせいで!可哀想な僕たち…」

 

 

棘のある言い方に、ドラコは無言でトーストを齧った。

昨夜夜遅くにスリザリン寮へ戻ったルイスは、すやすやと安眠を貪っているドラコを蹴り起こし、何があったか…どれだけフィルチから逃げるのかが大変だったかをドラコに伝えていた。勿論、最後に四階の禁じられた廊下に入ってしまった事は言わなかったが。

 

ドラコはハリー達は兎も角、ソフィアとルイスを巻き込んでしまった事に反省しているのか項垂れたままルイスのチクチクとした愚痴を聞いていた。

 

 

昨日の一件の夜更かしと、ハーマイオニーとの不仲──朝もハーマイオニーは1人で先に大広間へと向かっていった、近頃は必ず一緒に行っていたのに──そして過度なストレスで、ソフィア自身は気が付かなかったが、間違いなく体は不調をきたしていた。

 

 

 

魔法薬学の授業中であり、この後作る解毒剤の効能や作り方の手順、また使用する材料の説明が行われていた。

誰もが羊皮紙に向かいセブルスの淡々とした説明を一つも取りこぼさまいと必死に羽根ペンを走らせる中、ソフィアは自分の父親の低くて静かな抑揚の無い声と、羽根ペンが羊皮紙を滑るカリカリと言う音と、父親に抱きついた時に微かに香る複雑な魔法薬の匂いが満たされた空間に目を閉じ、そのまま机の上に突っ伏して眠ってしまった。

 

セブルスは教科書を開き、薬に使う材料の説明をしながら生徒の周りをゆっくりと回った。

誰も話す事は無く、緊張した面持ちで俯きながら書き留めていく。側を通る為に誰もが何か指摘されるのではないかと身体を硬らせた。

 

ルイスは隣にいるソフィアが眠ってしまった事に気付き、肘で身体を小突きなんとかセブルスに気付かれる前に起こそうとしたが、それよりも先にソフィアが眠りこけている事にセブルスは気付き、説明していた言葉を不自然に止めた。

 

生徒達は言葉が途切れた事にそっと顔をあげ、怖々とセブルスを見る。

その先に机に臥せて寝ているソフィアを見て、皆が唖然とした。

こんな緊張感があり、それも、あのセブルス・スネイプの授業だと言うのに、どれほど神経が図太ければ眠れるのだろうか。

 

セブルスは持っていた分厚い教科書を閉じると、無言でソフィアの後ろに回り、すやすやと寝息を立てている姿を見下ろした。

ルイスはもう全てが手遅れだと察し、これからソフィアの身に起こる事を見たくないと言うように目を背けた。

 

ソフィアの頭上に掲げた分厚い教科書を、セブルスは何の躊躇いもなく振り下ろした。

 

 

「──痛っ!?」 

 

 

ソフィアはびくりと身体を震わせ小さく叫びながら飛び起きた。頭を抑えその目には薄らと涙が滲む。頭を痛そうに抑えたまま後ろを振り返り、そばに立つ人を見上げ、固まった。

 

 

「──どうやら、我輩の授業は眠気を誘うほどつまらなく、退屈なものらしい」

「あー……すみません」

「おめでとうミスプリンス、我輩の授業で眠りこける1人目になれたようだ、その褒美をやらんとならん。──グリフィンドール5点減点、この後居残り掃除の罰則を授けよう」

 

 

ソフィアは反論することなく、素直に小さく謝った。セブルスは再び教科書を開き、何もなかったかのように授業を再開させた。

 

 

「何で起こしてくれなかったのよ」

「起こそうとしたけど、間に合わなかったんだ」 

 

 

小声で責めるように言われ、ルイスは肩をすくめた。

ソフィアは小さくため息をつき、今更だが真っ白な羊皮紙に羽根ペンで文字を書き連ねる。授業を聞いていなかったとしても、今教わっている解毒剤の作り方や材料全てを知っていた。

 

ソフィアは今、セブルスとどう話せばいいかわからなかった。はじめての魔法薬学の授業で、あまりのハリーへの当たりの強さを見てからなんとなく、父と会う事を避けていた。まぁ、そうはいっても二人きりになんて今までなれたことは無いが。

 

はじめての授業以来、父はハリー1人を特別虐げることはなかった。ドラコを除いたほぼ全員が同じように些細なことで注意されていた。

だが、ソフィアはハリーを見る父の目に他の生徒には見せない、何処か憎しみのようなものが宿っている事に気付いていた。

一度その事でルイスと話したいと思ったが、近頃色々あり全く二人きりになれていない。ルイスのそばにはいつもドラコが居たのだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

ソフィアは一つ、憂鬱そうなため息を溢した。

 

 

 

 

魔法薬学が終わり、この教室から早く逃げ出したいとばかりに皆が急いで帰るなか、ソフィアは椅子に座ったままむっつりとした表情で何も書かれていない黒板を見ていた。

 

ハリーやロンは帰る間際に「頑張ってね」と励ましの言葉をかけていったが、ハーマイオニーは自業自得とでも言いたげな目で見ただけで何も言葉はかけなかった。

 

 

「ミス・プリンス、授業で使用した大鍋とビーカーを洗いなさい。勿論、魔法は使わずに」

「…はい、先生」

 

 

ソフィアは立ち上がり、20個の大鍋の元へ向かった。調合に成功したハーマイオニーの大鍋は綺麗で洗うのは簡単そうだったが、ネビルのはどうやればこうなるのか、真っ黒なヘドロが至る所に付着していた。

重い大鍋一つを両手で抱えるようにして持ち、ソフィアはゆっくりと運んだ。もし、ここで落として割ってしまったらこの程度の罰則では済まされないだろう。

 

セブルスは何の文句も言わず黙って作業を続けるソフィアを教壇から見ていた。彼女の──娘の事だから、悪態の一つでも吐くか、前のようにいつものように呼んでもいいかと聞くかと思っていたが、やけに今日は大人しかった。

よほど反省したのかも知れない、まぁこの教室には他の生徒が入ってくる可能性がある、ソフィアが望んだとしても親子のように会話する事は出来ないのだが。

 

反省したのならそれで良いとセブルスは考え、授業で使用した材料のあまりを片付け始めた。

 

暫くは水を流しながら大鍋をこする音や、ソフィアが大鍋やビーカーを運ぶ足音が静かな教室に響いていた。

 

 

──ガチャン!

 

 

突如耳をつんざく高い音が聞こえる、音からして手からビーカーを滑り落として割ったのだろう、セブルスは片付けていた作業を止め洗い場に居るソフィアを見た。

 

 

「──ソフィア!」

 

 

ソフィアは洗面台に手をかけたままその場に膝をつきぐったりと洗い場に身を寄せていた。

 

思わずソフィアの名前を呼びセブルスは駆け寄り、動かないソフィアを抱き抱えた。

ぼんやりと潤んだ目は開いているが身体は熱い。手にはビーカーを割った時に切ったのか赤く長い傷が出来、ぽたりと指先から血が垂れていた。

 

 

「…体調が悪かったのなら、そう言え」

「…ぇ?……あ、ビーカー…ごめんなさい、先生…」

 

 

ソフィアはハッとしたようにセブルスと視線を合わせると眉を下げて力なく謝った。

そのソフィアの様子にセブルスは一つため息をこぼし、そのままソフィアを抱き上げると隣にある研究室へと向かった。勿論、生徒を抱き上げて運んでいる場面など見られたら何という噂が立つかわからない。セブルスは魔法薬学の教室の隣にある研究室へ行く前に、ちらりと外の様子を伺い誰もいない事を確認し、さっと研究室の扉を開けた。

そのまま奥にある扉を開け、自室へと入るとしっかりと魔法で鍵をかける。

 

ソフィアは何も言わず、セブルスの腕に抱かれたまま大人しく運ばれていた。

黒いソファの上にソフィアを座らせると、すぐにセブルスは棚の中を漁り中から解熱薬とハナハッカ・エキスを取り出した。

 

 

「…熱冷ましだ、飲みなさい」

「…はい」

 

 

解熱剤をコップに入れ手渡せば、ソフィアはすぐに受け取りそれを飲み干す。渡す時に触れた指先から流れる血がセブルスの手についたが、セブルスは気にする事なく杖を振り清めた。

 

 

「手を出せ、少し…染みるかもしれん」

「…っ…う…」

 

 

ぽたりと傷口にハナハッカ・エキスを数滴垂らせば緑がかった煙が傷口から立ち昇る。

ソフィアは痛みに顔を顰めたが、手を振り払う事は無くじっと耐えた。

しゅうしゅうと音を立てて傷口は塞がり、数日前の怪我のように薄いピンクの皮膚が盛り上がった。

 

 

「ソフィア…少し、ここで休んでいきなさい」

「……はい、父様…」

 

 

ソフィアはセブルスが自分の事を名前で呼んでいる事に気付き、ソフィアもセブルスを父と呼んだ。彼が自分の事を名前で呼ぶのだ、きっとここには誰も来ないのだろう。

 

ソフィアは自分の隣に座るセブルスをちらりと見上げ、何か言いたそうに口を開いたがすぐに閉じるとその目を伏せた。

何でも思ったことをすぐに言ってしまうソフィアらしく無い行動に、セブルスは片眉を上げた。

 

 

「…何だ?」

「…父様…ハリーの事が嫌いなの?」

 

 

ソフィアの緑色の目がセブルスの目を射抜いた。

セブルスは一瞬、言葉に詰まったが直ぐにソフィアの目から視線を逸らす。

それは、母親によく似た、緑色の美しい目だった。髪は自分に似たが、きっと赤毛なら幼少期の母とよく似ているだろう。

 

 

「格段、他の生徒と比べて特別視しているわけではない」

「嘘!だって…初めての授業の時…」

「…ポッターは英雄視されている事だろう、その事で自分が特別だと、思い上がるような愚かな奴なら…早めに自分の程度を解らせようと思っただけだ」

 

 

その言葉に嘘はなかった。周りから持て囃され自分の実力を過信しているのならそれは正さねばならぬと考えていた。勿論それだけでは無いのだが、セブルスは全てをソフィアに言うつもりは無かった。

 

暫くソフィアは考えるように眉を寄せていたが、セブルスの言葉の意味もわからない事はない、確かに英雄ハリー・ポッターと言われ過ぎていたら高慢な性格になるかも知れない。それは充分にあり得る可能性であり、だからあえて英雄では無いと、他の生徒と同じだと示す為に辛く当たっていたと言うのか。

 

 

──なら、何故ハリーを見る目に憎しみが宿るの?

 

 

ソフィアはそう聞きたい気持ちを抑えた。

ハリーの話をする父の表情があまりにも嫌そうだったからだ。そんなに、嫌なのだろうか。普通の魔法使い達は例のあの人に恐れ怯え、ハリーが何らかの方法で例のあの人を倒した時、皆両手を上げて喜び祝福した。どうして、父はそんな顔をしているのか。──そんなに、苦しそうな顔で、何処を見ているのか。

 

 

「…もう休みなさい。今日はこの後、変身術の個人授業があるのだろう?」

「…あ、そうだわ!…忘れてた…」

 

 

セブルスは杖を振りブランケットを呼び寄せるとソフィアの肩に優しく掛けた、ふわりとブランケットから漂う薬のにおいに、まるで父に優しく包まれているようだと思う。

 

 

「…アリッサも…お前の母も、変身術が得意だった」

「…え?…母様も?」

 

 

セブルスはソフィアの髪を優しく梳くように撫でた。髪色は自分と同じだが、毛質はアリッサによく似ている、柔らかくて美しい。セブルスは懐かしい感触に目を細めた。

 

ソフィアは頭を撫でられながら、驚きから目を見開く、父が母の事を話す事はあまりない。話題をあえて避けている事には気付いていた。ただ、誰に対しても優しく聡明で、勇敢な女性だったと聞いた事があるだけだ。

 

 

「ああ…ソフィアはアリッサに似たのだろう」

 

 

ソフィアは優しく細められた目が、自分を見ていない事に気づいた、おそらく、亡き妻の面影を見ているのだろう。

だが、それでもソフィアは母の事を知れて嬉しかった。にっこりと微笑むと、頭をセブルスの肩に乗せる。

 

 

「その話は、ルイスにもしてあげて?きっと喜ぶわ!」

「…そうだな、また今度…2人に話して聞かせよう」

「ええ!必ずよ!」

 

 

ソフィアは嬉しげに笑うと立ち上がり、セブルスの頬にキスを落とすとぎゅっと抱きつく。すっかり体調も良くなり、いつものような笑みと明るさを取り戻したソフィアの頭を優しく、愛おしげにセブルスは撫でた。

 

 

 

 



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25 待ちに待った個人授業!

 

セブルスの自室で休んだソフィアの体調は薬のおかげですっかり良くなっていた。

まだ頭を悩ます事は数多くあるが、とりあえず今は個人授業のことを考えよう。ソフィアは色々な問題に蓋をしマクゴナガルが待つ彼女の研究室へと向かった。

 

 

「マクゴナガル先生!」

「ミス・プリンス、待っていましたよ」

 

 

マクゴナガルは優しい眼差しでソフィアを迎え入れる。

ソフィアは昨日こっそり抜け出し、数々の規則違反をした事を思い出し、ちくりと胸を痛めた。

ハーマイオニーの言うことも今なら分かる、もし抜け出した事を知れば彼女は怒り、そして心配し悲しみ幻滅する事だろう。厳しくもあるが、それはハーマイオニーと同じで、──優しさ故の厳しさなのだ。

 

 

「私も、楽しみにしていました!今日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。…さてミス・プリンス…あなたはどの程度の変身術を使えますか?」

「えっと…そうですね、姿を模倣するのは得意です。けれど、中身…本質まで変える事は苦手です…そうですね…この本の羊皮紙を使っても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 

ソフィアはあたりを見渡し、机の上にあった一巻きの羊皮紙を手に取る、マクゴナガルが頷いたのを見て、ソフィアは杖を振るった。

 

 

変身せよ(タスフォーマニー)

 

 

するとソフィアの手の中にあった羊皮紙は透明なガラスのグラスへと変わった。

マクゴナガルはいとも簡単に行われた変身術を見て、やはり彼女の才能は本物だと知る。何度か見たが、本来全く別の性質へと変化させる事はとても複雑で難しい。木製のコップをガラスのグラスに変える事は出来ても、一巻きの薄い羊皮紙を大きさも、性質も異なるグラスに変えるには精密な魔力操作が必要なのだ。

 

ふと、ソフィアはグラスを持った手を離した。

それは重力に従いそのまま床に落ちる、しかしガラスの割れる音はせず、グラスは変化を解くと素の羊皮紙に戻った。

それを見たマクゴナガルは小さく頷く。

 

 

「──成程、あなたの課題は変化した後の姿を保つ事ですね」

「はい、どうしても強い衝撃を与えると解けてしまうんです。本当なら…ガラスのまま砕けるはずですよね?」

「ええ、そうですね」

 

 

マクゴナガルは床に落ちた羊皮紙を手に取り杖を振る、そして先程ソフィアが変えたのと同じガラスのグラスに変化させ、床に落とした。

 

 

──ガシャン!

 

 

グラスは床にあたった衝撃で割れ、床に転がりながら破片を散らばせた。ソフィアは間近で見たマクゴナガルの鮮やかな変身術に目をキラキラと輝かせ、そっとしゃがみ込みその破片をまじまじと観察する。

 

 

「凄い…!細かくなっても、変身術が解けてない…!」

「ええ、修練すればあなたも出来るようになりますよ、ミス・プリンス」

 

 

杖を一振りし、散らばった破片を消し去りながらマクゴナガルは微笑んだ。彼女は1年生にして、既に4年生が行う変身術と同じレベルにきているだろう。それも、独学だというのだ、彼女はずば抜けた才能と確かなセンスを持っている。

 

 

「ありがとうございます!…後は、そうですね…大きすぎるものとか…無機物から別の生き物への変身術は出来ますが、生き物から無機物への変身術は…苦手です」

「分かりました。まずは変身した後、維持の持続を目標にしましょう」

「はい!」

「では、この教科書をお貸しします。毎回持ってきてください。…さて、では18ページを開いて下さい」

 

 

中級変身術と書かれた分厚い教科書を受け取ったソフィアは直ぐに机につき言われたページを開く。ソフィアは熱心にマクゴナガルの教えを聞き、羊皮紙にメモをとった。 

 

 

あっという間に個人授業の時間は終わり、ソフィアはふう、と一息をつく。今まで独学では分からなかった解釈が、人に教えられる事により明確になり、こんがらがっていた頭の回路がすっきりとしたような気がした。

 

 

「今日はこの辺りにしましょう。来週までに第3章まで読み、深く理解をしてください」

 

 

第3章、とは300ページ以上先だったが、ソフィアは頷き笑顔を見せた。大好きな変身術の教科書を読む事は全く苦ではない。むしろ、早くこの本全てを読んでしまいたかった。

 

 

「今日はありがとうございました!」

「はい、次回も同じ時間で待っていますよ、ミス・プリンス」

「ええ!よろしくお願いします」

 

 

嬉しそうに笑いながら何度もお礼を言いソフィアは研究室を後にした。

マクゴナガルはソフィアを見送り、彼女に確かな才能が受け継がれていたのだと真に思う。

 

アリッサも──彼女の母親もとても優秀な変身術使いだった。アリッサもまた、4年生の頃からマクゴナガルの個人授業を受けていた。目を輝かせ、色々な質問をし、そして真剣に変身術と向き合っていた。

アリッサの柔軟な発想は面白く、つい個人授業だと言う事を忘れ、お互いに議論を交わした事もあった。

 

 

 

「マクゴナガル先生、私いつかドラゴンに変身させたいの!」

「ドラゴン、ですか?魔獣は難しいですよ、外見だけ変えられても、中身は…その性質を持たせるにはかなりの修練が必要です。…事実、成功したと言う人は世界的見てもほんの僅かです。…私ですらドラゴンに変身させた事はありませんから」

「ええ?そうなんですか?なら一緒にやってみませんか?私の論理だと、…おそらく、魔力量が足りないんですよね。あの大きさを再現するには… 」

「ですが、アリッサ?イメージを共有するのは至極…難しいですよ」

「ああ!そうですね…本当だ…現実的じゃないですかね」

「今はまだ難しいでしょう、…ですが…アリッサ、貴方はいつか出来るようになります。きっと」

「ふふ!ありがとうございます!」

 

 

懐かしい記憶を思い出したマクゴナガルは、ふっと小さく、悲しそうに笑った。

いつか、彼女はきっと何にだって変身させることが出来る様になると信じていた。ドラゴンに乗って現れ、輝かしい笑顔と自信に満ちた目で自分の前に現れる事を今か今かと心待ちにしていた。

 

だが、届いたのは彼女の死を知らせる一報だった。

 

あの時代、ヴォルデモートが猛威を振るい世の中を暗黒に陥れていた時代では、人の死は悲しい事に、良くある事だった。それも彼女のように闇に勇敢に立ち向かう強さを持つものから、殺されてしまった。

 

 

今はもう彼女は居ない。

それでも、その血は確かに次の世代に引き継がれているのだ。

 

 

それに、マクゴナガルは密かな彼女の願いを知っていた。

いつかの個人授業で、将来どの職につくのかと聞いたマクゴナガルに、アリッサは輝かしい笑顔の中に少しだけ恥ずかしさを含ませながらも言ったのだった。

 

 

「私、愛する人の奥さんになりたいの。」

 

 

それが誰なのか、マクゴナガルは聞く事はなかったが。その密かで愛らしい願いは叶っていたのだ。ソフィアとルイスという確かな結晶を残して。

 

 

マクゴナガルは授業中にソフィアが変身させたグラスを手に取った。透明度の高いそれは窓から差し込む光を浴びてキラリと光った。

 

 

 

 

 

 



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26 箒に乗るの、だーいすき!

 

 

ハリーはソフィアにこっそりと実はクィディッチのシーカーに選ばれた事を伝えた。秘密にしててね、と囁いた後、飛行訓練の後マクゴナガルと何があったのかを伝え、そして夜談話室に誰も居なくなった後でニンバス2000をソフィアに見せた。

 

 

「わぁ!ニンバス2000!これ、すっごく素敵な箒だって聞いたわ!いいなぁ…私もこれで飛んでみたいわ!…触っても良い?」

 

 

ソフィアは目を輝かせ、箒の美しいフォルムにうっとりとしたように呟く。ハリーはニコニコと微笑み頷いた。

 

 

「勿論!」

「ありがとう!…ああ!なんて滑らかなの…それに、見た目より軽いわ!ハリー、あなたはきっと素晴らしいシーカーになるわよ!この箒と、あなたの才能が組み合わされたら…怖いものなしよ!」

「期待に応えられるように頑張るよ!…練習が週3回あってね、疲れるけどすごく楽しいんだ!…それで、…えぇっと…宿題をちょっと…手伝ってくれないかな?」

 

 

ハリーのおずおずとした申し出に、ソフィアは箒を丁寧に袋の上に置くとすぐに頷いた、ただ、表情は少し悪戯っぽく笑っていたが。

 

 

「勿論よ!そのかわり…ちょっとだけこの箒に乗せてもらえるかしら?」

「えっ?」

 

 

その申し出を受けるかどうか、ハリーは少し悩んだ。ハリーはソフィアの箒の腕前を知らない。もし、あまり上手く無くてこの素晴らしい箒を壊されたら…そう思うと直ぐには頷けなかったのだ。

そんなハリーの不安をソフィアは感じ取ったのか、自信たっぷりの笑顔を見せて胸を逸らせた。

 

 

「私、箒の扱い方には自信があるのよ!変身術の次にはね!」

「そうなの?ならいいよ!でも、その…くれぐれも気をつけてね?」

「勿論よ!」

 

 

ソフィアが変身術の次にと自信を持って言うのであれば余程得意なのだろう、それなら壊される心配はしなくても良さそうだ、とハリーはほっと胸を撫で下ろした。

 

その日の夜7時から練習が入っていた為、ハリーは早速ソフィアとロンを連れて練習前にクィディッチ競技場へとやってきた。ハリーはロンにも乗ってみるかと提案したが、ロンは少し悩んで「万が一壊したら弁償出来ないから」と辞退したが、苦渋の決断、とばかり表情は歪められていたし、それでもハリーが乗せてくれる事を密かに期待していたがハリーはそれ以上ロンに何も言わなかった。ハリーとしても、万が一であっても壊す可能性がある人には──たとえ友人のロンであっても──乗せられなかった。

 

 

「ここが競技場!初めてきたわ!…選手達はこんな目線なのね…」

 

 

ソフィアは目を輝かせ、何百人も入るだろう観客席やスタジアムの中をキョロキョロと見渡した。

 

 

「はい、ソフィア…気をつけてね?」

「大丈夫よ!万が一の墜落も、あり得ないわ!」

 

 

ハリーは宝物の箒をそっとソフィアに手渡す。ソフィアもしっかりと受け取り、そしてゆっくりと跨った。

 

 

「──行くわよ!」

 

 

ソフィアはぐっと柄を握り地面を蹴った。

箒はソフィアの思ったように動き、速度を上げる。今まで乗ってきたどんな箒よりも滑らかに空を切り裂くように進み、そして驚くほど軽やかに方向を変える。

 

 

「あはは!!すごーい!最高だわ!!」

 

 

ハリーとロンは地上で楽しそうに飛ぶソフィアを見て歓声を上げた。

高く飛び上がり、速度を落とさずくるりと回転しそのまま急降下する。箒に自信があると言っていたソフィアの言葉に嘘は無く、むしろハリーが想像する以上に上手く空を駆け巡っていた。

 

 

「──っと!ああ!本当に素晴らしい箒ね!ありがとうハリー、楽しかったわ!」

 

 

10分ほどすると満足したのかソフィアは頬を興奮で赤らめながら地上に降りてきた。長い髪は風に煽られやや乱れていたが、ハリーはそんな姿を見て何故か胸がどきりと高鳴ったのを感じた。

 

顔にかかった髪を後ろに流し、頬を紅潮させながら顔中に幸せを表現する明るい笑顔を見せるソフィアの姿が、ハリーは何よりも魅力的に見えた。

 

 

「ソフィア、君って本当に上手いんだね!来年選手になれるんじゃない?」

 

 

ロンは興奮したようにソフィアの箒捌きを褒めた、ソフィアも嬉しそうに笑いながら胸を張りふふんと自信に満ちた顔で得意げに笑う。

 

 

「ありがとう!そうね、来年立候補してみようかしら!」

「それが良いよ!ソフィアと一緒だと、僕も嬉しいし!」

 

 

ハリーはソフィアから箒を受け取りながら何度も頷いた。

満更でもない表情でソフィアは笑いながらもう一度広いグラウンドと高い空を見上げる。

ここでクィディッチの選手として仲間と戦う、もしそれが出来たらなんて素晴らしい事だろうかと、想像するだけで胸は高鳴った。

 

競技場を見渡していたソフィアは入り口から誰かがこちらに向かってくる事に気付き、それが誰か──誰達か──が分かるとぱっと笑顔を見せて駆け寄った。

 

 

「フレッド!ジョージ!あなたたち選手なの!?」

 

 

自分の箒を持ち、この時間ここにやってきたと言う事は選手なのだろう、ソフィアが驚いていると2人は大きく頷いた。

 

 

「ああそうさ!言ってなかったか?」

「俺たちはビーターなんだ!」

「そうなの?クィディッチの試合応援しているわ!」

 

 

ソフィアは背伸びをして双子の頬にキスをするとにっこりと笑った。頬を抑えた双子はにやりと笑い恭しくソフィアに頭を下げる。

 

 

「勿論!我らが姫様のお望みとあれば!」

「必ずや勝利の杯を届けて見せましょう!」

「期待していますよ、ステキなナイト様達?」

 

 

ソフィアもまた、演技がかった動作でスカートの端を掴み膝を折る。3人は顔を合わせ、同時に噴き出すと腹を抱えて楽しそうにけらけらと笑った。

 

 

 

ハリーの練習を見ていくというロンと別れ、ソフィアは1人廊下を歩いていた。

さて、どこへ行こうか。もう宿題は終わらせてしまったし、ハーマイオニーがいるだろう図書室に行くのも、なんとなく気まずかった。

あれからハーマイオニーはソフィアを無視する事は無くなったが、それでもやはりまだ許せていないのか彼女の言葉にはいつも棘が含まれていた。

いい加減、ソフィアは仲直りがしたかったが、いつまで経ってもきっとハーマイオニーは規則を破る度に許さず、こんな雰囲気になってしまうだろう。確かにあの夜はハーマイオニーに多大な迷惑をかけてしまった、だが来なければ良かったのではないか、自分から着いてきたのにこちらにばかり怒られても釈然としない。と、ソフィアは胸の奥で考えていた。

 

 

あてもなく廊下を歩き、ハーマイオニーとどうすれば仲良くなれるのかと思考をそちらに飛ばしていたソフィアは、曲がり角で向こう側からきた人と正面衝突した。

 

 

「──きゃっ!?」

「──ああっ!す、す、すみま、せん、ミ、ミス・プリンス!」

「私、前を見てなくて…すみませんクィレル先生!」

 

小さなソフィアは身体が軽く、ぶつかった衝撃でひっくり返りその場に尻餅をついてしまった。

衝突した相手は闇の魔術に対する防衛術の教師、クィレルだった。いつも何か酷く臭いターバンを巻き、生徒にすらおどおどしいつも眉を下げ不安げに辺りを見渡している。緊張からか、そのどもりは止まる事がない。

 

「だっだだだいじょうぶですか?」

「ええ、はい──っ!」

 

 

ソフィアはすぐに立ちあがろうとしたが、足首にずきりとした痛みを感じ呻めき声を上げた。左足の靴下を少し下げてみれば、倒れた時に変に捻ってしまったのだろう、足首が次第に赤く変わりつつあった。

 

クィレルはソフィアが怪我をしてしまった事に気付き、オロオロと胸の前で手を揉んでいたが、躊躇いながらも、意を決したようにソフィアに震える手を差し出した。

 

 

「ど、どどどうぞ…医務室まで、つ、つ、つれて行きます…」

「すみません、クィレル先生…お願いします」

 

 

ソフィアは苦笑しながらその手を取った。震えている手はひやり、としていて酷く冷たかったが、生徒に対してもいつも緊張している人だ、怪我をさせてしまった事でいつもより更に緊張し怯えてしまっているのだろうとソフィアは思った。

片足で立ったソフィアはよろりとよろめき、思わずクィレルの胸元に捕まった。びくりとクィレルは大きく肩を震わせ恐怖と緊張に満ちた目でソフィアを見下ろす。

 

 

「あー…すみません、うまく立てなくて…」

 

 

クィレルの噂はソフィアも知っていた。

それは吸血鬼を恐れ、いつまた襲われるかわからないという恐怖にいつも襲われているというものだ。だから、彼はいつも怯え小さな物音にもびくつき震えているのだ。

 

しかし、ここはホグワーツだ、吸血鬼が入ってくるとは考えにくい。寧ろここにいる事が最も彼にとって安心できるのではないだろうか。何をそんなに怯えているのだろうかと、ふとソフィアは思った。

 

ソフィアは固まってしまった──勿論小さくいつものように震えていたが──クィレルから離れると壁に手をつき身体を支えた。

 

 

「…ふ、ふふ浮遊呪文を、か、かけますね?」

「…お願いします」

 

 

クィレルは杖を出し、ソフィアに向けた。

ソフィアは苦笑し黙って魔法を掛けられるのを待つ。

 

 

「何をしている!」

 

 

突如、叫ぶような怒号が響いた。

ソフィアとクィレルは同時に声をした方を振り向く。

 

 

「セ、セ、セブルス…」

「…先生?」

 

 

つかつかと大股で現れたのはソフィアの父のセブルスだった。

セブルスはソフィアの前に立ちはだかると、クィレルを睨み、そっとローブの陰に彼女を隠した。

 

 

「わ、私はただ、か、彼女に浮遊呪文をか、かけようとしただけで…その、ぶ、ぶつかってしまって、彼女が、け、怪我を…医務室に、つ、連れて行こうと…」

「…そうなんです、先生。私ぶつかった時に足を挫いてしまったようで…」

 

 

クィレルは見ていて可哀想なほど萎縮し一歩後ろに下がった。生徒に怯える程だ、彼にとっては怖い表情の父に睨まれるなんて、今すぐ逃げ出したいのだろう。

ソフィアはそっと後ろから見ていてなんだかクィレルに対し申し訳なく思った。

 

 

「……ほう?クィレル、あなたの震えでは上手く魔法をかけることも叶わないのではないかね?我輩が医務室まで連れて行くとしよう」

「そ、そうですか、な、ならよろしくお願いします」

 

 

クィレルはそそくさとその場から直ぐに離れていく。途中であまりにも急ぎすぎたのか足がもつれ1人で転びかけ、ずれたターバンを慌てて手で押さえながらばたばたと廊下の角を曲がり消えていなくなった。

 

セブルスは足音が充分に離れてからソフィアへと向き合う。

 

 

「…どちらの足だ」

「あ、左足首です」

「…座りなさい」

 

 

ソフィアは大人しく座り、左足首を見せるために靴と靴下を脱いだ。足首は先程よりも赤く腫れ、じんじんと熱を持ち始めていた。

 

患部をじっと観察したセブルスは杖を出し足首に向けて軽く一振りした。杖先から銀色のひかりと白い包帯が現れやさしくソフィアの足首を光が包み、そして包帯が巻かれた。

 

 

「──わぁ!すごい!痛みが消えたわ!」

「応急処置だ、この後医務室に行くように」

「はい、先生、ありがとうございます」

 

 

ソフィアはそっと立ち上がってみたが、微かな違和感はあるが痛みはほとんどない、これなら問題なく歩けそうだ。

 

 

「…、…」

 

 

セブルスは周りを見渡し、人間やゴースト1人もいない事を確認すると身を屈め、そっとソフィアに顔を寄せる。ソフィアはきょとんとしたまま黙ってセブルスを見上げた。

 

 

「…クィレルには、近づくな」

「──え?」

 

 

セブルスはソフィアの耳元でそれだけを囁くとすぐに身体を離す。ソフィアは告げられた言葉に訝しげに眉を寄せた。

 

 

「──それは、私だから、ですか?」

「…君の兄にも伝えておくように、質問は許さない」

 

 

セブルスは静かに言うと直ぐに踵を返し、その場から去った。生徒と2人で話しているところをあまり見られたくないのだろう。

 

1人残されたソフィアはその言葉の意味を考えていた。

他の生徒たちには伝えていない、私だから──つまり、娘である私にだけ伝えたかったのだ。

自分とルイスにだけ、という事は父の個人的な感情と思考で、クィレルと子どもたちを近付けたくないという意味になる。

もし、大多数の生徒たちをクィレルから遠ざけたいのであれば、きっとまず父はスリザリンの生徒たちにその事を告げるだろう。寮長である父の事をスリザリン生はとても信頼している。もともと仲間内の結束はどこの寮よりも強いのだ。

 

 

「…医務室に行って、ルイスを探さないと…」

 

 

言葉の意味はいくら考えてもわからない、ただ、父がそう望んでいるのならとりあえずルイスに話し、相談しようと思っていた。

 

 

「…何だか色々ありすぎるわ…ハーマイオニーとは話せないし…ケルベロスは居るし…」

 

 

小声で呟き、ソフィアは小さくため息をついた。

 

 

 

 



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27 双子の内緒話!

 

 

ソフィアは早くルイスと話し合いたかったが、なかなか2人で、それも誰にも聞かれないようにするのは難しい事だった。ホグワーツには沢山の生徒とゴーストがいる、それに壁には肖像画があり、常に生徒たちを見ていた。肖像画がなくゴーストがあまり現れない場所は恋人達の恰好のデートスポットと化していて、いつも何組かが寄り添っているのだ。

 

 

ソフィアは夕食時、スリザリンの机の奥でルイスとドラコ、パンジーと座っていた。

最早上級生達もスリザリンの机の奥なら何も言わなくなっていた。ドラコとだけでなく、マルフォイ家と交友がある事がパンジーを通して知った彼らはあまりソフィアを蔑ろにしてマルフォイ家のーールシウスの怒りを買う事を恐れた。

 

 

「…ソフィアって思ったより沢山食べるのね」

「え?そうかしら?…うーん、でも大きくならないのよね…」

 

 

すでにソフィアはローストビーフ一皿とクラムチャウダー一皿、チキンレッグ一皿、そして山盛りのポテトサラダとオニオンリングを食べた上で更にピザを2枚、デザートにケーキを3つも食べていた。

一般的な女子としては中々に大食らいの分類だろうが、ソフィアは小柄でその小さな身体のどこに全てが収まるスペースがあるのか不思議でならない。

 

 

「確かに、細いし…背も低いわね」

「…ちょっと気にしてるのよね…」

「あら、私は可愛らしくて良いと思うわ、ほら…マスコットみたいな?」

 

 

くすくすとパンジーが笑えば、ソフィアは少し嫌そうに眉を顰めた。女の子としてすらりとした体型に憧れを抱くのは仕方のない事だろう。胸の膨らみもない幼い身体を見下ろし、ソフィアはため息をついた。

 

ルイスは2人の話を聞いて苦笑する、自分も、小柄であり一年生の中で1番背が低い事を気にしていた。父は長身の方だから、きっといつか背が伸びるに違いない、そうルイスは淡く期待をしていたが、今のところその兆しは悲しいことに、無かった。

 

 

談笑していると鳥達の羽ばたきが聞こえ頭上に何百羽というふくろうが現れる。いつも家から手紙と共に有名な菓子を受け取っているドラコは顔を上げて家のミミズクの到着を待った。

 

ソフィアとルイスは今までに手紙を受け取った事は無く、今日も何も来ないだろうと思い気にせずデザートを食べていた。

だが、一羽のフクロウが2人の真ん中にポトリと白い手紙を一通落としていった。2人は顔を見合わせ、ルイスがそれを手に取った。

 

 

「ジャックからだ!」

「えっ!?何て書いてあるの?」

 

 

差出人を見たルイスは驚きながらも歓声をあげ、すぐに封を切り中から手紙を取り出した。

 

 

──親愛なるルイスとソフィアへ

 

ホグワーツでの生活はもう慣れたかな?遅くなったけれど、入学おめでとう。

聞いた話ではルイスはスリザリンで、ソフィアはグリフィンドールだったようだな。

二人はきっと離れてしまって寂しいんじゃないかと思ってね、俺からのささやかな入学祝いとして、ホグワーツの秘密の部屋を教えよう。

誰にも言ってはいけない、二人だけの秘密にするんだよ?

 

2階の奥、突き当たりに花束を持つ少女の肖像画があるのを知っているかな?

その少女に何でもいい、花を一本渡してみなさい、そうすると扉が開くから。

 

この部屋は、学生時代俺が親友と──君たちには誰かわかるだろう?──良く使っていた部屋だったんだ、置いてある本や家具は好きに使って構わないよ。

ただ、誰かさんに知られたらきっとものすごく怒るだろうから、バレるまでは秘密にしなさい。

 

ソフィア、ルイス。俺の可愛い子ども達!

2人の学生生活がとても有意義で楽しく、スリリングなものになる事を期待しているよ。

 

ジャック・エドワーズより 愛を込めて──

 

 

 

「わぁ…!なんて素晴らしいのかしら!」

 

 

横から読んでいたソフィアは歓声を上げ手を叩いた、ルイスもまた嬉しそうにニコニコと笑い何度も頷く。

ジャックーー育ての親からの手紙が来た事が嬉しいのは勿論、書いてある内容も今の2人が丁度求めているものでまさにタイミングを測ったような手紙に喜びが隠しきれなかった。

 

 

「早速行きましょう!」

「うん!そうだね!」

「どこに行くんだ?」

 

 

立ち上がった2人にドラコは声をかけた、すでに走り始めていた2人は後ろを振り返り、顔を見合わせ悪戯っぽく笑う。

 

 

「返事を書きに行くだけさ!」

「返事を書きに行くだけよ!」

 

 

2人は同時に答えると大広間を後にした、早速校庭を横切り禁じられた森近くの湖の畔に咲いている野花を一輪取ると、手紙に書かれていた場所に向かう。

 

 

「あった!…この肖像画だね」

「こんなところにあるの、知らなかったわ」 

 

 

1番奥の薄暗い場所に花束を持つ少女の肖像画は確かにあった。

優しそうな微笑みを浮かべ、色とりどりの花に顔を寄せうっとりとその匂いを楽しんでいる。

 

 

「僕もだよ、…肖像画に花を渡すって…どうすればいいのかな?」

「うーん、とりあえず、近づけてみる?」

 

 

ソフィアはそっとその少女に花を向け、絵の中の彼女に渡すようにくっ付けてみた。

すると少女は花を見て嬉しそうに笑うとソフィアが差し出した花を受け取るような動作をする。にこやかに笑った少女は少し頭を下げるとその場からさっと額縁の向こうに消えてしまった。

 

少女が居なくなった事で、初めてその後ろに扉があることに気付く、2人は顔を見合わせそっと、その扉に触れた。

 

 

「──うわぁっ!?」

 

 

突然腕が強く引かれる感覚に、思わず2人は叫び目を閉じる。

怖々と目を開けると、そこには談話室を小さくしたような部屋が広がっていた。

 

深紅の五人は座れるだろう大きなソファと、木のローテーブルが真ん中にあり、奥には暖炉が静かに火を燃やしていた。

部屋の左右には棚が幾つもあり、中には沢山の本が綺麗に並べられていた。

 

 

「わぁ…凄い…!」

「ここ、秘密の話をするには…もってこいの場所だね!」

 

 

ソフィアとルイスは辺りを見渡しながらふかふかとした毛並みのソファに座った。

ふと机をみれば一枚の紙がそこに置かれている事に気付く。

 

 

──この部屋を発見した者たちへ、本は外には持ち出してはいけない、閲覧はご自由に。帰る時は壁にいる少女に伝えれば扉を開けてくれるだろう。J &S──

 

 

「これ、きっとジャックと父様ね」

「うん、そうだと思う。父様も…昔此処に来てたんだ…」

 

 

2人は顔を見合わせ、幸せそうに笑った。

大好きな父親が学生時代に居た場所、それも秘密の場所に今2人でいる事が、なんだか特別な事のように感じた。

 

 

「此処なら誰にもバレないで話が出来るわ!…私、ルイスに言わなければならない事があるの、父様からの伝言なんだけど…」

 

 

ソフィアはこの部屋にはルイスしか居ない、それはわかっていたが声を顰めて父親からの伝言──クィレルには、近づくな──を伝えた。

 

それを聞いたルイスは何か考え込むように顎に手を当てて黙り込んでしまった。

ソフィアは静かにルイスが話し出すのをまった、このポーズで悩んでいる時のルイスに話しかけても思考にどっぷり浸かっている彼には届かないことを、ソフィアはよく知っていた。

 

 

「…クィレル先生って、2年前まではマグル学の先生だったんだ」

 

 

しばらく黙っていたルイスが、暖炉の中でゆらめく火を見ながらポツリと呟く。

 

 

「…え?そうなの?」

「うん、上級生に聞いたんだけどね、1年間世界中を旅して回るために休暇を取って…帰ってきたら防衛術の先生に変わっていたみたい。まぁ、でもそれは無いわけでは…ないんだけど。

旅行に行く前と後では性格がちょっと違うんだって。…吸血鬼を恐れているとかいうけど…。…その上級生達はマグル学なんてとってないから、そこまで詳しくは知らないみたいなんだけどね」

「そうだったの…吸血鬼ねぇ…私はそれも引っかかってるのよ。だって、吸血鬼よ?彼らは確かに破壊衝動が強いし、人に噛み付く恐ろしい一面もあるわ。けれど弱点も多いわ!銀やロザリオ、ニンニクの匂いに聖水──正直、それほど恐れるものかしら?ケルベロスを恐れるなら…まぁ、わかるけど」

 

 

ソフィアは実物の吸血鬼を見た事がない。

吸血鬼はヒトではないが魔法生物でもない。人狼に近い存在であり一見するとヒトとよく似ている。特定の条件下で姿を変貌させ二足歩行する巨大な蝙蝠のような姿になり、獰猛な性格で噛み付いたら血の最後の一滴を飲み干すまでけして離さない。処女の血を好み、主に洞窟や日のささない森の奥に生息しているという。

 

確かに恐ろしい生き物だが、この魔法界には吸血鬼よりも格段に恐ろしい生き物が生息してしている。大人なら──それに、闇の魔術の防衛術の教師なら、よく知っている事だろう。

 

そう考えれば、マグル学の教師として戻ってくるのではなく、闇の魔術に対する防衛術の教師として戻ってきている事にも引っ掛かる。

少しの物音にもびくつき、怯えているのだ。

防衛術ではさまざまな魔法生物の退治法やその生態について学ぶ事も多い、それこそ、吸血鬼について上級生に教えることもあるだろう。

それは、怖くないのだろうか?彼の見る限りでの、性格なら…防衛術の授業に恐れ慄き拒絶しそうなものだが。

一方、マグル学はそんな恐ろしい生き物について学ばない筈だ。何故、わざわざ変更したのだろうか。

 

 

「…もしかして、父様は昔のクィレル先生との違いを…何か別の吸血鬼を恐れているのではない…別の理由があると思って、怪しんでるのかな?」

「んー…どんな理由かしら…まぁ…考えてみればちょっと…怪しいような…」

「憶測の域を出ないけどね、僕もあまりクィレル先生には近づかないようにするよ。まぁ、とは言っても…クィレル先生って生徒が近づいたら直ぐ逃げるんだよねぇ」

「あー、この前フレッドとジョージがクィレル先生のターバンを外そうとしていたの。ニンニクが入っているか確かめようと思ったんですって。…それからよ、生徒が近付いたらびくびくするようになったの」

「そんな事があったんだ!…へー?…ターバンねぇ…。…まぁ、クィレル先生の事は誰にも言わないようにしよう、父様が僕らだけに言うって事は…そうして欲しいって事だろうし」

「ええ、そうね。…ダンブルドア先生がそんな不審すぎる人を教師として迎え入れるとも思えないもの。父様は心配性だから、きっと色々考えすぎてるのよ」

 

 

2人はクィレルの話題は誰にも話さないようにしようと頷き合い、その後この部屋を少し探索した後それぞれの自室へ戻った…ジャックへ返事の手紙を書くために。

 

 



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28 ハロウィーンは刺激的!

 

 

ハロウィーンの朝、ソフィアは微かに香るパンプキンパイの匂いに包まれながら目を覚ました。

 

 

「ふわぁ…おはよう」

「おはようソフィア」

「おはようお寝坊さん?私たちはもう行くわね」

 

 

バーパティとラベンダーは既に着替えを終わらせ、ソフィアに手を振ると何やら楽しげに話しながら部屋から出て行った。

ソフィアは服を着替えながらちらりとハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは机に座り黙々と今日の授業の予習をしていた。

 

 

「…おはよう、ハーマイオニー」

「…あら、おはようソフィア」

 

 

ハーマイオニーは少し顔を上げそれだけを言うとすぐに本へ目を落とした。夜中に抜け出した事件からもう2ヶ月程が経とうとしていたが、ハーマイオニーはまだつんつんとした態度を軟化させる事はなかった。かと言って明確に拒絶するわけでは無いのだが、ソフィアとの間に薄い壁があるのもまた事実だ。

 

ソフィアはハーマイオニーと仲良くする事を諦めたわけではない、彼女は彼女なりの正義の元、忠告をしているのだから。それに、一般的に見れば規則を破る問題児と、規則を守る優等生であれば…後者の方が正しいのは火を見るより明らかだ。

ソフィアも少しは反省し──規則を破った事についてでは無い、ハーマイオニーを巻き込んでしまった事に対してだ──最近はあまり、規則を破るような事はしていない。

 

 

ハーマイオニーは妖精の呪文の授業で使う教科書を読みながら、本を掴む手に力を込めた。

あれからソフィアが規則を大きく破る事はなく、大人しくしているのはわかっている、それに、何度も自分と話そうとしていることも。だが、どうせ何を言ってもソフィアは規則を破り続けるだろう、私の忠告を無視して、みんなのように。

今仲直りをしたとしても、きっとすぐにまた喧嘩をして私のことを嫌いになるに違いない…みんなのように。

 

自分が同級生達に疎まれているのは知っていた。同室のバーパティやラベンダーも、口煩く言われるのは勘弁して欲しいと、うんざりとした目を向けている。ハリーとロンなんて、あれから殆ど口を聞いていない。此処に来る前から、そうだった、どうして──私には彼らのように、友達ができないんだろう。

 

 

「…ハーマイオニー、私、今日はルイスと約束しているから…大広間まで一緒に行く?」

「…私は予習をもう少ししてから行くから」

「そう…わかったわ」

 

 

ソフィアは教材を詰めた鞄を持ち、扉から出るときに一度だけハーマイオニーを振り返り足を止めたが、ハーマイオニーは頑なに本に視線を落としていた為、諦めたように扉から出て行った。

 

 

 

 

妖精の呪文の授業では、初めて浮遊呪文を行う事となり、皆期待に胸を膨らせていたのだが、その中でハーマイオニーとロンだけは不機嫌そうな顔でむっつりとしていた。フリットウィックは2人の仲の悪さを知らない。おそらく彼に他意はなく、その2人が組まされたのは偶然だろう。

 

ソフィアはネビルと組んで練習する事になり、ネビルはどこか安心したような目でソフィアを見る。変身術が得意なソフィアは、きっと妖精の呪文も得意なんだろう、そう思っていた。

 

 

「ソフィアは浮遊呪文…出来る?」

「一応、出来るわ」

 

 

ソフィアは杖を出し、一度咳をすると机の上にある羽に向かって呪文を唱えた。

 

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ」

「わぁーー!」

 

すると羽はふわりと舞い上がる、ネビルが大きな歓声をあげれば、皆が振り向き空高く上がる羽を口をぽかんと開け、信じられない思いで気持ちで見つめた。

その羽は高く高く上がるとついに天井に張り付いた。

 

 

「…ね?一応出来るわ。…ただ、降りてこないのよね」

 

 

ソフィアは肩を少しすくめながら天井に糊付けされたように落ちてくる事のない羽を見上げて言った。それでもフリットウィックは他の生徒と同様歓声を上げ手を叩きながらソフィアの元へぴょこぴょこと訪れる。

 

 

「凄いです!ミス・プリンス!後は魔力の調整のみですね!グリフィンドールに3点!」

「ありがとうございます」

 

 

フリットウィックの言う通り、ソフィアは魔力の調整がやや苦手としていた。杖は変身術に関してはよく言う事を聞き、細微な調節もうまくいくのだが、その他の魔法に対しては調整がやや難しかった。何事にも全力で向かうソフィアの性格を表すように、魔法も全力でその効果を発揮した。

 

一向に降りてこない羽にフリットウィックが魔法を終わらせる呪文を唱えれば、ようやく羽はふわふわと机の上に舞い戻った。

 

 

「さ、次はネビルがやってみたら?くれぐれも噛まないようにね、ウィンガーディアム、レヴィオーサ よ」

「う、うん…ウィンガーティアム レビィーオーサー!…あれれ?」

 

 

ネビルは杖を振るうが、ぴくりともその羽は浮く事はない。ソフィアは発音がおかしい事にすぐに気づき、それを優しく指摘した。

 

 

「んーちょっと発音がおかしいわ。私の口を見てて?…ウィン ガー ディ アム レヴィ オーサ。最後は伸ばさないの、dとvの発音に注意してね。あと振り方も少し違うわ」

 

 

ソフィアは立ち上がりネビルの後ろに回り込むと、後ろから覆いかぶさるようにしてネビルの右腕を掴んだ、ふわりと香るソフィアのシャンプーの匂いに──同じ種類のはずだが、何故かとても甘い匂いに感じた──ネビルは頬を赤く染めた。

ソフィアはドキドキとしているネビルには気付かず、その腕を掴んで動かし方を伝える。

 

 

「こう…ウィンガーティアムのところでびゅーんと上げて…レヴィオーサで下ろすの。びゅーん、ひょい、ね。どう?わかったかしら?」

「う、うん、ありがとう」

 

 

ネビルは顔を赤くしたまま何度も頷く。それを見てソフィアは微笑み、ネビルの腕から手を離して隣の席に戻った。

 

 

「さあ、やってみて?」

「…ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 

 

机の上にある羽は浮き上がりはしなかったものの、微かにふるふると震えた。

ネビルはぱっと表情を明るくし嬉しそうにソフィアを見る。

 

 

「凄い!僕が少し動かせるなんて…!」

「そうね!良かったわ!後はもう少し堂々と杖を動かしたらいいと思うわ!頑張ってね!」

「うん!ありがとう!」

 

 

ネビルはその後も何度も練習をした。何度失敗しても挫ける事なく直向きなその姿にソフィアは微笑む。自分に自信がないネビルだが、これを気に少し自信を持ってくれればいいとソフィアは思った。きっと、彼は自信さえつければ人に優しく思いやりのあるとてもすぐれた魔法使いになる、そう確信していた。

 

結局その授業で羽を浮かす事が出来たのはソフィアとハーマイオニーだけだった。フリットウィックはハーマイオニーの事もソフィアと同じように沢山褒め、3点の加点をした。

 

 

授業が終わり、ソフィアは後片付けをしながらネビルと話をしていた、今後たまに練習に付き合って欲しいというネビルに、ソフィアはすぐに頷く。

ネビルはぱっと表情を輝かせ、嬉しそうにその場で飛び跳ねた。

 

 

「そのかわり、ネビルは薬草学が得意なんでしょ?私に生き物の育て方のコツを教えてほしいの!」

「勿論だよ!…でも、僕でいいの?ハーマイオニーとかのほうが、うまく教えられると思うよ…?」

 

 

ネビルは少し嬉しそうにしたが、それでも自分に自信がないネビルはおずおずとソフィアを見た。ソフィアは少し苦笑し、ネビルの肩を叩く。

 

 

「ネビル?私は誰よりもネビルが薬草学の才能があると思うの!ネビル、いつも優しく色んな植物に話しかけてるでしょう?魔法植物達もそれがわかってるのね、いつもネビルに対しては凶暴な草達もおとなしいもの!本当に、凄い才能だわ!」

「え、えへへ…そうかなぁ…」

「ええ、そうよ!」

 

 

ネビルは人生でこれまでに褒められた事はなく、顔を真っ赤にして照れた。その相手が同級生の中でも優れた才能を持つソフィアなのだ、嬉しくないわけがなく、何処かくすぐったさそうに笑った。

 

ソフィアはネビルと話していて、自分の遠く離れた場所にいるハリーとロンが何を話しているのか、そしてハーマイオニーが走り去った事には全く気がつかなかった。

 

 

次の薬草学の温室までネビルと共に移動したソフィアは、授業が始まってもハーマイオニーが現れない事に気付いた。彼女が授業をサボるわけがない、体調でも崩したのだろうかと心配し、後で医務室を見に行こうと思いながらソフィアは授業を受けていた。

 

授業が終わるとすぐに医務室に向かったが、そこにハーマイオニーの姿は無かった。

 

ソフィアは自室で休んでいるのだろうかと考え、寮の部屋へ戻ってみたが、そこに居たのはバーパティとラベンダーの2人だけだった。

 

 

「ねえ、ハーマイオニーを見なかった?」

「ああ…トイレで泣いていたわ」

 

 

バーパティとラベンダーは顔を見合わせ、ため息をつきながら答える。

その言葉を聞いてソフィアは驚き、訝しげに眉を寄せた。あの、いつも強気なハーマイオニーが泣くだなんて何があったのだろうか。

 

 

「そんな…どうして?」

「さあ、わからないわ。1人にしてって言われたもの」

「…どこのトイレ?私行ってみるわ」

「ええ!?今からハロウィーンディナーが始まるのよ?それに…残念だけど、彼女に貴女の声は届かないと思うわ」

「うーん…まぁ行くだけ行ってみる」

 

 

ラベンダーは少しソフィアを気遣うようにおずおずと言ったが、ソフィアはそれでもハーマイオニーの所に行く事にした。

きっと、ラベンダーの言うようにハーマイオニーは自分の言葉にも耳を傾かせないかもしれない、それでもこのまま無視する事はソフィアには出来なかった。

 

 

ソフィアはハーマイオニーのいる女子トイレへと向かう、入口をそっと開けて中に入って見れば、個室の一つが閉まっていて、その中から小さく鼻を啜る音が聞こえた。

 

 

「…ハーマイオニー?」

 

 

ソフィアはそっと個室に近付き、扉に手をついた。

 

 

「…っ…ソフィア?な、何しにきたの?」

「ラベンダーとバーパティから…ハーマイオニーが此処で泣いているって聞いて…」

「そう…なら1人にして欲しいっていうのも、き、聞かなかった?」

「…聞いたわ、だけど…泣いているあなたを1人になんて出来ないもの…ねえ、扉を開けて?」

「い…嫌よ!どうせ、あ、あなたも私を笑いに来たんでしょう?私が悪魔みたいだって!みんなそう思ってるんだわ!」

 

 

ソフィアの言葉をハーマイオニーは拒絶し、ヒステリックに叫ぶ。その声には悲しみが含まれ、ソフィアは眉を寄せた。そして、何故ハーマイオニーが泣いているのかを、何となく察した。

 

 

「…誰に言われたの?」

「…ロンよ!いいの、わかってるわ!私のこと、疎ましいでしょう?嫌ってるんでしょう?!わかってるわ!」

 

 

ソフィアは心の中でロンに舌打ちを溢す。その言葉は、彼女の心を酷く傷つける言葉だ。最近2人が啀みあっているのは気がついていたが、それでも何でそんな酷い事を言えるのだろうか。

 

 

ハーマイオニーは感情が昂ったのか、止まりかかっていた涙を再び流し、声を上げて泣いた、そのあまりの悲痛な泣き声に、ソフィアは居ても立っても居られず、杖をさっと出すと短く唱えた。

 

 

「アロホモラ!」

 

 

ソフィアの感情が籠りすぎ、強すぎた魔法は鍵を開けるだけでは足りずその扉を勢いよく開け放った。

突如大きく開いた扉に、ハーマイオニーは一瞬涙を止めて驚愕の表情で扉と──勢いが良すぎて蝶番まで外れている──ソフィアを見た。

 

 

「なっ……!」

「ハーマイオニー!」

 

 

ソフィアはすぐに個室に入ると、涙で濡れたその顔を見て辛そうに顔を歪め強くハーマイオニーを抱きしめた。

蓋を閉めた便座に座っていたハーマイオニーはソフィアの胸の中に顔を強く押し付けられ、一瞬息が詰まる。

 

 

「ソ、ソフィアっ!離して!」

「嫌よ!友達が泣いているのに、抱きしめる事もできないなんて、私は嫌だもの!」

 

 

ハーマイオニーは自身を抱きしめるソフィアの胸を拒絶するように叩いていたが、その言葉に、動きを止めると大きく目を見開いた。

 

 

「と、友達…?」

 

 

信じがたいその言葉を、呆然と呟く。

 

 

「ええ、…ハーマイオニーは嫌かもしれないけれど、私は…友達だと思ってるわ」

「そんな…だって、私…何回もあなたに注意してるし…い、嫌がってると…」

「別に嫌じゃないわ、ハーマイオニーの注意はいつだって正しいもの!…まぁ忠告を聞くかどうかは、別問題だけど…でも、あなたを嫌いに思った事は一度も無いわ。…大好きよ、ハーマイオニー」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが抵抗するのをやめた事にほっと安心し、ハーマイオニーのふわふわとした髪を撫で、優しく囁く。

優しい手つきと、温かい抱擁、そしてなによりも望んでいた言葉に、ハーマイオニーは抱き締められた驚きで止まっていた涙がじわりと溢れるのを感じた。

 

 

「ソフィア…!わ、私っ…」

 

 

わっと涙を流し、ハーマイオニーはソフィアの背中に手を回すと縋るように抱き着いた。

 

 

「私っ、ずっと、嫌われてると、思っていたのっ…だから…!」

「…うん、大丈夫よハーマイオニー…あなたが私に注意するのも…私の事を思ってくれてるのよね?ちゃんと、わかってるわ」

「ソフィア…!ご、ごめんなさい!わ、わたしも、あなたと…友達になりたいっ!」

 

 

叫ぶように告げられたハーマイオニーの言葉に、ソフィアは優しく腕の中からハーマイオニーを解放すると、その涙に濡れる目元を優しく指で拭った。

 

 

「もう、友達だと思っていたわ!」

 

 

そして、いつもの明るい笑顔でハーマイオニーに笑いかける。

ハーマイオニーは涙に濡れるその顔を嬉しそうに緩めると同じように笑った。

 

 

「さあ、涙を拭いたら大広間に行きましょう?今日はハロウィーンディナーが出るみたいなの!まだデザートに間に合うわ!」

「ええ…」

 

 

ハーマイオニーはポケットからハンカチを出すと涙を拭きながらも微笑み、差し出された手を握った。

 

 

 



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29 大捜索!

 

 

ソフィアとハーマイオニーが友情をしかと感じ、その手を取り合う少し前、ルイスは豪華絢爛なハロウィーンの飾り付けが施された大広間であたりを見渡し、ソフィアがいない事に気づくと不安げに眉を寄せる。今日のハロウィーンディナーを、ソフィアはとても楽しみにしていた。来ないなんて有り得ない、ルイスはそう思い、すぐにハリーの元へ向かった。

 

 

「ねえ、ハリー!ソフィア見なかった?」

「え?ソフィア?…あ、本当だ…どこ行ったんだろう…ごめん、知らないや」

「そっか…ありがとう」

 

 

ハリーなら知っているかと思ったが、ハリーも不思議そうに首を振りあたりを見ていた、この様子だと本当に知らないようで、ルイスは期待していた答えはもらえず肩を落とした。

 

 

「どこいったんだろう…」

 

 

不安げに表情を翳らせたままスリザリンの机へと向かった。少し図書室に寄っていて、遅れているだけなら良いんだけど、と一人で呟き、豪華な料理の数々を眺める。

だが、食事が開始されてもソフィアは現れることはなかった。

 

ルイスは扉からソフィアが現れないかと思い、料理には手をつけずじっと扉を見ていた。

すると勢いよく扉が開き、クィレルが全速力で大広間に駆け込んできた。生徒たちは何事かと振り返りクィレルを見つめる。クィレルの表情は恐怖で歪み、今にも気絶しそうなほど顔色は悪い。

足をもつれさせながらなんとかダンブルドアの席まで辿り着くと、表情を険しくしてクィレルを見つめるダンブルドアに、喘ぎ喘ぎ、必死に告げる。

 

 

「トロールが…地下室に…お知らせしなくてはと思って…!」

 

 

しん、と静まり返っていた大広間にその言葉が響く。

クィレルは何とかそれだけを言うと、その場で気絶してしまった。

 

生徒たちは恐怖から悲鳴をあげ、不安げに辺りを見渡す、今にもここにトロールが来るのでは無いかと皆身体を震わせていた。

ダンブルドアは大混乱し騒つく生徒たちの気をひくために杖の先から紫色の爆竹を数回爆発させ、重々しく呟く。

 

 

「監督生よ。すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように」

 

 

その言葉に監督生達は立ち上がりすぐに生徒たちを引率し、時には恐怖から泣いてしまった生徒を宥め寮へと向かう。

 

 

ルイスは表情を硬らせてスリザリン生の軍団の中からそっと抜け出した。

 

 

「ソフィア…!」

 

 

ソフィアはトロールが来た事を知らないだろう、何処に彼女が居るのかわからない、だが自分だけ安全な場所に避難することはどうしても出来なかった。

ルイスは必死に辺りを見渡し、何度も大声でソフィアの名前を呼んだ、まず図書室に向かったが、そこには誰も居ない、皆が特別なハロウィーンディナーを食べに大広間に集まっていたのだ、司書すらも、いなかった。

 

 

「ソフィア!!いたら返事をして!!」

 

 

しかし、自分の声がこだまし響くだけで、返事は無かった。

舌打ちをこぼし、すぐにまた廊下を走り回る、息は上がり、喉が炎を飲んだかのように痛んだ。

 

トロールは地下室にいる、なら地下に行って、トロールを食い止めるべきだろうか?僕に、出来るだろうか──いや、やるしか無い。

 

ルイスは杖を出し、そのまま地下へと向かった。

 

 

「──ルイス!?」

「ハリー?ロン!?どうして、ここに!?」

 

 

ルイスが階段を駆け降りた時、丁度ハリーとロンが階段を駆け上がっていた。3人はぶつかりそうになったが何とか止まる事が出来、お互いを驚いた目で見る。

 

 

「ハーマイオニーはトロールが来た事をしらないんだ!」

「ハーマイオニーも!?そんな…!ソフィアもいなくて!」

 

 

1人見つけるのも大変だと言うのに、探す相手が2人になった事にルイスは言葉を無くした。

ハリーは突然ハッとしたようにルイスの腕を掴み必死な声で叫んだ。

 

 

「…!もしかしたら、ハーマイオニーとソフィアは一緒にいるかもしれない!ハーマイオニーの居場所は知ってる!──こっちだ!」

 

 

駆け出したハリに続き、ロンとルイスは階段を駆け上がる。なぜ一緒に居るのか、それを聞いている暇は無さそうだった。

 

 

「──待って!足音がする!」

「パーシーだ!」

 

 

ルイスは小声で叫び、ロンが囁く。ハリーは慌てて大きな石像の後ろに2人を引っ張りこんだ。今監督生に見つかれば、2人を捜索する事が出来なくなってしまう。

 

三人はそっと石像の陰から様子を伺った、しかし、現れたのはロンが想像していたパーシーではなく、険しい表情をしたセブルス・スネイプだった。

 

 

「何してるんだろう、どうして他の先生と一緒に地下室に行かないんだろう」

「…たしかに…」

「知るもんか」

 

 

ハリーとルイスは呟いたが、ロンは小さく吐き捨てた。

セブルスの足音が遠ざかって行ったのを確認して、三人はそっと足音を立てずに廊下を走る。

 

 

「スネイプは四階に向かってるみたい」

「四階…?」

「待って、何か臭わないか?」

 

 

ハリーとルイスの言葉を制するようにロンが手を挙げた、2人は顔を見合わせ鼻をひくつかせる、たしかに、どこか鼻を突く酷い悪臭が漂って来ていた。そして、その直後低い唸り声と共に巨大な足と何かを引きずり歩く音が聞こえた。

 

ロンが震える手で廊下の向こう側を指差した。闇の向こうで何か巨大なものが蠢いている。ルイスは動けない2人を引っ張り物陰まで引き摺ると身を縮めて息を殺した。

 

引き摺る音と、悪臭は段々強くなってくる。ロンは叫び出しそうな口を自分の手で強く抑え、悲鳴を飲み込んだ。

 

巨大で醜いトロールが、月明かりに照らされ目の前を通過した。巨大な棍棒を引き摺り、ゆっくりと歩いている。

 

トロールは三人の少し離れた向かい側にある扉の前で立ち止まると中をじっと見た、長い耳をぴくつかせ、何かを聞き取ったのか、前屈みになると頭をぶつけながら中に入った。

 

 

「鍵穴に鍵がついたままだ、あいつを閉じ込められる」

「名案だ」

 

 

ロンの声は恐怖で震えていた。

だが3人は強張り緊張しながらも頷きあい、じりじりと扉に近づくと、最後は飛びつくようにして扉をつかみ、素早く閉めるとハリーが鍵をかけた。

 

 

「やった!」

「さあ、早く2人を探しに行こう!」

 

 

三人はすぐにもと来た廊下を走り出したが、突如甲高い恐怖に立ちすくんだような悲鳴が聞こえた。

 

 

「しまった!」

「女子用トイレだ!」

「ハーマイオニーだ!」

「待って…ソフィアもいるんじゃ無いの!?」

 

 

3人は顔を青ざめながら慌ててトロールを閉じ込めた場所へと向かう。

何故気が付かなかったんだ、今閉じ込めたこの場所は女子トイレだ。ハリーはとんでもない事をしてしまった後悔に気付き顔を歪める。

 

ルイスは1番初めに駆け出すと扉の鍵をあける余裕もなく、走った勢いをそのままに足で強く蹴りあげた。ばきりと扉は破壊されけたたましい音を立てて開かれた。

 

 

 

 

 



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30 腕の中にある命!

 

 

ソフィアは笑顔で個室から出ようとしたが、すぐにぴたりと足を止める。

なにか、変な臭いがする、トイレの臭いではない。それよりももっと鼻を突き指すような酷い悪臭だ。

 

ちらりと個室から顔を出したソフィアは、その先にいる巨大なトロールを見て表情をこわばらせた。

あれは、トロール?ハロウィーンの余興?いや、まさか、そんな──。

今はまだ此処に自分達がいる事に気づいてはいない、だけど、これ以上奥に来られると見えてしまう。

 

いきなりのトロールとの遭遇にソフィアが混乱していると、急に足を止めた事に不思議に思ったハーマイオニーがひょこりと扉の向こうから顔を覗かせた。

 

 

「キャアーーー!!」

「──っ!」

 

 

ハーマイオニーは恐怖で甲高い悲鳴をあげる、その声に気が付いたトロールがゴツゴツとした棍棒を引き摺りながら、2人の元へと近付き、棍棒を持つ腕を振り翳した。

 

 

「ハーマイオニー!!」

 

 

ソフィアは恐怖から動けないハーマイオニーの上に覆いかぶさるようにしてその場に倒れ込む、その少し上をトロールの棍棒が通過し、トイレの個室は飴細工のように粉々に砕け散った。

背中に木の破片が散らばるのを感じ、これを食らったらひとたまりも無いと表情を青ざめ、ソフィアはハーマイオニーの腕を強く引き引きずるようにしてその場から這い出した。トロールの足元を通過し、洗面台の下に逃げ込む。が、トロールは愚鈍な動きで振り返るとすぐに洗面台を破壊するべくまた手を振り上げる。入り口に行かなければならない、だが、一度2人を獲物と捉えたトロールはけして2人を逃さなかった。

 

 

「ハーマイオニー!私が注意を引くから、逃げて!」

「で、でも!そんな、それじゃあソフィアは!?」

「大丈夫、私は変身術の使い手よ!── 変身せよ!(タスフォーマニー!)

 

 

ソフィアは破壊された個室の木片に杖を振るった。木片は鋭い小刀へと形を変える。すぐにソフィアはもう一度その複数の小刀に魔法をかける。

 

 

「──襲え!(オパグノ!)

 

 

小刀はソフィアの号令に従い浮遊するとトロールの元へと突き進む。それは小さな小刀で、トロールの分厚い皮膚を切り裂くことは叶わなかったが、トロールの気引くには十分だった。

トロールは顔の周りを飛び交う小刀達を鬱陶しそうに手で払い除ける。

 

 

「ハーマイオニー!今よ!」

 

 

ハーマイオニーはトロールの足元を這うように通り抜け、何とか閉められた扉まで進む。

早く扉を開けようと駆け寄ろうとした瞬間、外から物凄い勢いで扉は破壊され、ハーマイオニーはもう一体トロールが来たのかと悲鳴を上げた。

 

 

「キャアアア!?」

「ハーマイオニー!?ソフィアは!?」

「ル、ルイス!?」

 

 

ルイスはハーマイオニーをすぐに後ろに押しやる、そしてトロールの向こう側でこちらを唖然と見るソフィアを見つけた。

 

 

「ルイス!?それに、ハリー!ロンまで?!」

 

 

ソフィアもまた、急に現れたルイスとその後続いて飛び込んできたハリーとロンに驚き、一瞬トロールから目を離してしまった。小刀達もまた速度を緩め、トロールはぎろりとソフィアを見ると、棍棒を薙ぐようにしてソフィアを襲った。

 

 

「──くッ!」

 

 

咄嗟にソフィアは後ろに飛び退いたが、棍棒はソフィアの顔を掠めた。

倒れた衝撃で握っていた杖を離してしまい、ソフィアは赤くなる視界を擦りながらも次の攻撃を避けるために地面を転がった。がつん、と地面に振り下ろされた棍棒をぎりぎりで避け、ソフィアは顔についた血を袖で拭いながら洗面台の下へと身体を潜り込ませる。

 

 

──何度拭いても血が止まらない、杖は、私の杖はどこ!?

 

 

「こっちに引きつけろ!」

 

 

ハリーは今にも殺されそうなソフィアを見て無我夢中でロンとルイスに言うと、落ちていた蛇口を拾い力一杯壁に投げつけ物音を出す。

 

 

「許さない──!」

 

 

ルイスは強く歯を噛み締め唸るように言うと杖を振るった、いつもの冷静なルイスならトロールに魔法が効きにくい事がわかっていただろう。だがソフィアの血を見た瞬間、思考は怒りで埋め尽くされ、冷静さをかいていた。

 

 

切り裂け!(ディフィンド!)

 

 

切り裂き呪文は僅かにトロールの皮膚を裂いた、トロールにしてみれば紙で指を切った程度の僅かな傷だったが、それでもトロールはハリー達が立てる物音と痛みにゆっくりと立ち止まり、ハリー達の方へ向かって唸りながらゆっくりと歩いた。

 

 

「やーいウスノロ!」

「ソフィア!早く、こっちへ!」

 

 

ハリーが叫んだが、視界が赤くぼやけているソフィアは動けない、前がうまく見えなかった。

 

トロールは狙いをロンに定め、逃げ場のないロンへと腕をあげる。恐怖で顔を引き攣らせるロンを見て、ハリーは咄嗟にトロールへ向かって走り、後ろから飛びつくとトロールの首に腕を絡ませ、手に持っていた杖を深くトロールの鼻の穴に突き刺した。

トロールは痛みから唸り声を上げ、首にぶら下がるハリーを振り下ろそうともがく。腕をめちゃくちゃに振り回し、棍棒がトイレの鏡を破壊した。

その隙をルイスは見逃さなかった、すぐに走り出し滑り込むようにしてトロールの足の間を潜るとソフィアの元に行き、その身体を抱きしめながら叫んだ。

 

 

守れ!(プロテゴ!)──ロン!何か呪文を!」

 

 

ルイスは自分とソフィアの周りに見えない守りの盾を出現させた。

いきなり指名されたロンは慌てて杖をトロールに向け、頭に最初に浮かんだ呪文を唱えた。

 

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 

 

その呪文は幸運にもトロールの棍棒に当たり、棍棒は空高く上がるとくるりと回転し、そしてトロールの頭の上に鈍い音を立てて落ちた。トロールはふらふらとよろめき、そして大きな地響きを立てて倒れ込んだ。

 

しん、と一瞬の静寂が落ちる。

 

 

「…やった…の?」

「──はぁっ…うん、もう大丈夫だ」

 

 

視界が悪いソフィアは何が起こったのか分からなかった、震える声で聞けばルイスは詰まっていた息を大きく吐いて頷く。

 

 

「これ…死んだの?」

「いや、ノックアウトされただけだと思う」

 

 

ハリーは震えながら立ち上がり、息も絶え絶えに言うとトロールの鼻に深く突き刺さっている杖を引き抜いた。灰色の糊の塊のようなものがべっとりとついており、嫌そうに顔を歪める。

 

 

「うえー…トロフィーの鼻糞だ…」

 

 

トロールが履いていたズボンで拭き取ったが、それでもどこか汚れている気がしてハリーは顔を顰めたままだった。

 

 

「ソフィア!ああ、こんなに、血が…!」

 

 

暫く呆然としていたハーマイオニーはハッとしてソフィアに駆け寄り、顔を赤く染める血を見て、目に涙を溜め、口を抑え震えた。

 

 

「ご、ごめんなさい!ソフィア!私が、私がこんなところにいたから…!」

「…悪いのはトロールよ、それに私が此処にきたのは自分の意思だもの。血も…額を切ったのね、ここは血が出やすいけど…大丈夫、そんなに痛くないわ」

 

 

ルイスは袖でソフィアの額を強く抑えた、ソフィアは強がっているが、見た限りぱっくりと額が避けている、もし、この美しい肌に傷が残ったら。ルイスはふつふつとした怒りが沸き、今にも溢れ出てしまいそうなのを必死に押しとどめた。

ソフィアは何度か袖で目を擦る、顔に血の跡はついたままで、まだ視界は薄らと赤いがそれでも表情を歪め今にも泣きそうなハーマイオニーを見る事が出来るようになった。

 

 

「ソフィア…!本当に、ごめんなさい!」

「泣かないでハーマイオニー、本当に大丈夫だから」

 

 

ソフィアは微笑み、ハーマイオニーの震える身体を抱きしめようと思ったが、自分の手が血塗れな事に気付くとすぐに腕を引き込める。しかしハーマイオニーはそんな事は気にせずソフィアの首元に抱きつくと、身体を震わせて大声で泣きだした。

 

 

急にバタバタとこちらに向かう足音が聞こえ、ソフィア達は顔を上げた。

おそらくトロールとの戦闘の音が外に漏れていたのだろう、マクゴナガルが飛び込んできて、その後にセブルス、そしてクィレルがやってきた。

 

クィレルは床に倒れているトロールを見た瞬間弱々しい悲鳴を上げ、その場にへたり込んでがくがくと震え出す。

マグゴナガルはハリー達を見渡し、顔中に怒りを滲ませ唇を蒼白にさせていた。

そして、セブルスは血塗れのソフィアを見て、目を大きく見開き思わず、口を開いた。

 

 

「ソ──」

「ソフィアは無事です!」

 

 

セブルスがその言葉を言う前に、ルイスが叫ぶ。その目はじっとセブルスを見ていた。

マクゴナガルはルイスの言葉で初めてソフィアの惨状に気づき口を抑え駆け寄った。

 

 

「ミス・プリンス!ああ、血が!」

「マクゴナガル先生…大丈夫です、もう血もほとんど止まってますから…ルイス、もう良いわ、ありがとう」

 

 

ソフィアは額を抑えていたルイスの手を軽く叩き自分の額から外させた、あまり傷口を見せるのは良くないだろうと、血は止まっていたがソフィアは自分の手で抑え傷口を隠した。

 

 

「…一体…あなた達はどういうおつもりなんですか?」

 

 

マクゴナガルはソフィアを心配しながらも、ゆっくりと立ち上がると怒りに身を震わせハリー達を見た。

 

 

「殺されないのは運が良かった。寮にいるべきあなた方がどうしてここに居るんですか?」

「…マクゴナガル先生、聞いてください…皆私を探しにきてくれたんです」

「ミス・グレンジャー!」

「私がトロールを探しに来たんです。私…私、1人でやっつけられると思いました。──あの、本で読んでトロールについては色々な事を知っていたので」

 

 

ハーマイオニーは嘘をついている。

その事実にロンは持っていた杖を落とし、ハリーはぽかんと口を開き、ソフィアとルイスは大きく目を見開いた。

 

 

「もし、皆が見つけてくれなかったら…私、今ごろ死んでいました。ソフィアは木片を小刀に変えてトロールの注意をひいて、ルイスは切り裂き呪文でトロールの気を逸らし、ハリーは杖をトロールの鼻に差し込んでくれ、ロンはトロールを棍棒でノックアウトしてくれました…皆、誰かを呼びに行く時間はなかったんです…みんなが来てくれた時は、私はもう殺される寸前で…」

 

 

ハリー達は真面目な顔を何とか装い、その通りです、と見えるようにした。

 

マクゴナガルはため息をつき、ハーマイオニーをじっと見据える。

 

 

「まあ、そう言う事でしたら…ミス・グレンジャー、なんと愚かしい事を…たった1人で野生のトロールを捕まえようだなんて、そんな事をどうして考えたのですか?ミス・グレンジャー、グリフィンドールから5点減点です。…貴方には失望しました」

 

 

ハーマイオニーは床を見て項垂れていた。ソフィアは、何か声を掛けようかと思いきや口を開いたが、今何かを言えばハーマイオニーの嘘がバレてしまうかもしれない、そう思いぐっと唇を噛んで堪えた。

 

 

「…マクゴナガル先生、ちょっと良いですか?」

「…どうかしましたか、ミスター・プリンス。私の決定に不服でもおありですか?」

「いいえ、ただ、少し確認したいのですが」

 

 

ルイスは言いながら立ち上がり、ゆっくりと歩く。そしてトロールの横を通り越し、床の上で未だにへたり込み震えているクィレルの側まで来ると冷たい目で彼を見下ろした。

 

 

「クィレル先生が、トロールを発見したんですよね」

「ミ、ミスター・プリンス…そ、そうです…が?」

 

 

突き刺すようなルイスの視線にもクィレルは怯え震えながら答える。

 

ルイスは、ふっと表情を緩めへたり込んでいるクィレルと目線を合わせるようにしてしゃがみ込むと、小首を傾げた。

 

 

「何故、トロールを捕獲しなかったんですか?」

「そっ…それ、は、…それ、は…お、恐ろしくて…!すぐに、ダンブルドアに、つ、伝えなければと…!」

 

 

息も絶え絶えにクィレルは答えた。

あまりの怯えぶりに、ハリーはクィレルが可哀想に思ったが、それよりもルイスの声が聞いたこともない程静かで、それでいて怒りが溢れていたため、なにも声をかけられなかった。

 

 

「あぁ…クィレル先生?あなた、大人ですよね?僕たちより沢山の呪文を知っていて、使えますよね?」

「そ、そ、それは…それ、は…」

「それに…あなたは大人である前に、教師だ。この、ホグワーツの!教師として生徒を守らなければいけない筈だ!命に換えても!何故、トロールを倒さなかった!?怖い?恐しい?それなら直接戦わずともあなたなら足止めする術はあった筈だ!全てを放棄しただ報告するだけだと!?…ふざけるのも大概にしろ!お前の考えの無さのせいでソフィアは怪我をしたんだぞ!」

「ひっ…ひぃっ!」

 

 

ルイスの怒号にクィレルはがたがたと震え後ずさる。

ルイスは立ち上がり、軽蔑の眼差しでクィレルを見下ろした。

 

 

「…僕は、お前を教師だとは、認めない」

 

 

冷ややかな声が静かな部屋に響く。

クィレルは小さく泣き声のような悲鳴を上げ、頭を抱えていた。

 

「…ミスター・プリンス、落ち着きたまえ」

「…先生…」

 

セブルスは怒りに震えるルイスの肩を掴んだ。ルイスは何か言いたげにセブルスを見上げたが、強い視線に射抜かれ、ぐっと奥歯を噛み締めると視線を下げた。

 

マクゴナガルはルイスが落ち着いたのをみて、ほっとため息をつく。確かに、ルイスの意見は最もだった。マクゴナガルもトロールを捕獲する事が出来ず逃げてきたクィレルにはやや、批判的であり同じ教師として情けないと思っていたのだ。

 

 

「…さあ、ミス・グレンジャー、あなたはもうグリフィンドール塔にかえりなさい。生徒たちが寮でハロウィンパーティーの続きをしている事でしょう」

 

 

ハーマイオニーはちらりとソフィアを見たが、項垂れたまま帰って行った。

マクゴナガルはそれを見送った後、今度はハリー達の元へ向き合う。

 

 

「あなた達は、運が良かった。でも、大人の野生トロールと対決出来る一年生はそういません。一人5点ずつあげましょう。…ですが、ミスター・プリンス、教師に暴言を吐くことは、何があっても許されません。スリザリンに1点減点です。…私はダンブルドアに報告しに行きます。ミス・プリンスは、スネイプ先生と共に医務室へ行きなさい。ミスター・プリンスも心配でしょう、ついていく事を許可します。さあ、2人は帰りなさい」

 

 

ハリーとロンは頷き、急いで部屋から出て行った。

 

マクゴナガルは魔法でトロールを捕縛すると、未だに座り込み震えているクィレルをちらりと一瞥し、ため息をこぼす。

 

 

「…クィレル先生、すぐにダンブルドアを連れてきますので、ここでトロールを見張っていてください。…それくらいは、出来ますよね?」

 

 

マクゴナガルの棘のある言い方に、クィレルはびくりと肩を震わせたがおずおずと頷いた。

 

 

「…行くぞ」

 

 

セブルスはソフィアとルイスについてこいと視線を向ける。ルイスは黙って着いて行ったが、ソフィアはキョロキョロと床に視線を向けていた。

 

 

「ミス・プリンス、早く来なさい」

「先生!私、杖を落としてしまったんです!…どこ行ったのかしら…」

 

 

瓦礫の多い洗面台の下辺りを探すソフィアに、セブルスはまゆを寄せたまま杖を振るい、ソフィアの杖を呼び出した。

すると床に散らばる木片の下からソフィアの杖が飛び出し、セブルスの手のひらに収まった。

 

 

「──これでいいかね?」

「まあ!ありがとうございます」

 

 

ソフィアは杖を受け取り、嬉しそうに笑うとポケットにしっかりと入れた。

明るい笑顔だったが、顔と服は血で汚れ、頬は青白い。その痛々しい姿にセブルスは眉間の皺をいつもより深く刻む。

 

暫くセブルスは2人を引き連れ無言で歩いていたが、女子トイレから遠く離れ、誰も居ない廊下で足を止めるとくるりと振り向く。

ルイスとソフィアはいきなりセブルスが止まった事で危うくその背中にぶつかりかけたが何とか止まると、どうしたんだろう、と見上げた。

 

 

突如2人は視界が黒で覆われる。

それが、自分の父が抱き締めているからだと気付いたのはすぐだった。

 

 

「──無事で良かった…」

 

 

絞り出すかのような、セブルスの震えが混じる声に、ソフィアとルイスは息をのみ、そして自身の身体が震えてくるのを感じた。

今までは興奮で──ルイスは怒りで──感じなかった恐怖が、足先から這い上がってきた。

本当に、運が良かったのだ。死んでもおかしくは無かった。そもそも、ソフィアは死にかけたのだ。

 

 

自分達の頭を強く抑え、抱きしめる父の手は震えている。トロールと一緒にいる2人を見て、血に濡れるソフィアを見て、父はきっと、母が──妻が死んだ時を思い出した筈だ。母の死因は知らないが、それでも、愛しい者が死ぬかもしれない、そう、思わせてしまった。

 

 

 

2人は、セブルスの背に手を回し、ぎゅっと服を掴んだ。

 

 

「ご…ごめんなさい…父様…」

「ごめんなさい…父様…!」 

 

 

2人の声も震えていた、じわじわとした恐怖に、目に涙が滲む。

それは、トロールと対峙した事への恐怖ではなく、愛しい者を失っていたかも知れないという事実を今、理解した上での、紛れもない恐怖だった。

 

セブルスは2人が小さくしゃくりあげながら泣くのを聞き、さらに強く抱きしめる。温かい2人の体温に、ほっと息をついた。

 

本当に、無事で良かった。ソフィアは怪我をしてしまったが、それでも生きている。

 

過去、命を失った身体の冷たさを思い出したセブルスは、その悪夢を振り払うかのように、強く確かな命を抱きしめた。

 

 

 



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31 痛そうな怪我!

 

 

ソフィアは2日ほど額に大きなガーゼを貼り付けていたが、傷は全く残らず綺麗に治った。それも、普通の傷薬ではなく、かなり貴重な物をセブルスが持ってきて6時間おきに塗るという、甲斐甲斐しい手当のおかげだろう。夜中と早朝にこっそりと寮を抜け出し入り口の前で薬を持ち待ちうけているセブルスに会いに行くのは少々嬉しくもあり、かなり眠くて面倒だったが、少しの傷跡でも残ってしまえばきっとルイスと父は酷く心を痛めるだろう。それがわかっていたから文句は何も言わなかった。

 

トロールの一件で、ソフィアとルイスはハリーとロン、そしてハーマイオニーのかけがえのない友人となった。共通の強い経験がある事で絆が強固となりお互いが好きになる、そんな特別の経験を経て、彼らは真の友人となった。

ルイスは寮が異なっていたため、常に一緒には行動できなかったが、それでも休み時間にハリー達を見つければすぐにルイスは駆け寄って取り止めのない話を楽しそうにした。

気がつけばいつの間にかハリーとロン、ハーマイオニーとソフィアは4人で行動するようになったが、それも当然の事と言えるだろう。

 

ハーマイオニーはトロールとの一件から、規則を破る事にやや寛大になり、随分と優しくなり、それはハリーとロンにとって途轍もなくありがたい事だった。

膨大な宿題にうなされるハリーとロンに、ハーマイオニーとソフィアは2人がかりでヒントを与え、間違っているところはチェックを入れた。どちらかと言うとソフィアは2人に甘くすぐに答えを教えようとしたのだが、ハーマイオニーは自分で考えなければ身につかない、と当然の事を告げそれを止めた。

 

ハリーはハーマイオニーから借りたクィディッチ今昔という本を夢中になって読んだ。もうすぐハリーが選手として初めてのデビュー戦を迎える。この本を読んでいると昂りそわそわとした気持ちが少し落ち着いた。

 

ハリーのデビュー戦の前日。

4人は休み時間に凍りつくような中庭に出ていた。あまりの寒さにソフィアは持っていた羊皮紙を透明なガラスのランプに変え、ハーマイオニーは魔法で鮮やかなブルーの火を出しランプに入れた。

 

 

「寒いわ…!」

「本当に…もう冬だもの…うぅ、指の感覚がないわ…!」

 

 

ソフィアは鼻を赤くし、ランプに震える手をくっつけた。4人がランプの火で温まっていると、ハリーはセブルスが廊下からこちらを見ていることに気付き、慌ててぴったりとくっ付きランプが見えないように隠した。きっと、火を出すことは禁止されているに違いない、そう思ったのだ。

しかし、ハリーのその隠し事をしているような表情に気付いたセブルスは脚を引き摺りながら4人に近づいてきた。

ソフィアは眉を顰め、その脚を見る。

そういえばトロールが襲った日、医務室へ向かう父の足取りはゆっくりだった。自分の額の怪我を気遣いゆっくり歩いているのかと思ったが、もしかしてあの日脚を怪我していた?でも、あれから一週間はたっている。何故、治さないのだろう。

 

自分の脚を見つめるソフィアに気付いたセブルスは、苦々しい表情で4人を見る。

そして、目敏くハリーが持つ本に気が付いた。

 

 

「ポッター、そこに持っているのは何かね?」

 

 

ハリーは渋々、クィディッチ今昔を差し出した。セブルスはすぐにそれを奪い取ると、静かにハリーを見下ろした。

 

 

「図書館の本は校外に持ち出してはならん。グリフィンドール5点減点」

 

 

悔しそうなハリーの表情を見て、セブルスはどこか勝ち誇ったような顔で──少なくとも、ハリーにはそう見えた──また脚を引きずりながら去って行った。

 

 

「規則をでっちあげたんだ!」

「うーん、規則はでっちあげれないと思うわ。…だけど、あの脚…どうしたのかしら」

「知るもんか!でも、物凄く痛いといいよな」

 

 

ロンも悔しそうにセブルスが消えた先を睨みながら言う。ソフィアは父のあまりの評判の悪さに何も言えず口を閉じた。ハリーへの対応があまりにも悪すぎて、弁解の余地もなかった。

 

 

 

その夜、グリフィンドールの談話室は明日に控えるクィディッチ戦の話で盛り上がり騒々しかった。

4人は一緒に窓際に座り、ハーマイオニーはロンの、ソフィアはハリーの宿題をチェックしていた。

ハリーはそわそわと脚を動かし、落ち着かないようで、それに気付いたソフィアは首を傾げる。

 

 

「ハリー、どうしたの?」

「僕…本を返してもらってくる」

 

 

すくっと立ち上がり、宣言するハリーをロンとハーマイオニーは心配そうな目で見た。そんな事、成功するとは思えなかったのだ。

 

 

「一人で大丈夫?まだロンの宿題が終わりそうにないの…」

「私も着いていくわ」

 

 

ソフィアは立ち上がり、ハリーと共に職員室へ向かった。ハリーには勝算があった、きっと他の先生が居る前ではスネイプは断らないに違いない、それにソフィアもいる、一人で行くよりましだ。そう思っていたのだ。

ソフィアはセブルスの脚の怪我を心配し、ついでに見に行こうと思っていたのだ。ハリーが居れば何も教えてくれないかも知れないが、それでも心配で居ても立っても居られなかった。

 

ハリーは職員室の扉をノックし、暫く待ったが何も返事はなかった。2人は顔を見合わせ、もう一度ノックをする。だが、やはり帰ってきたのは沈黙だけだった。

 

 

「…入ってみよう」

「えっ…それは流石に…バレたらかなり、怒られるわよ?」

「かまうもんか!本があるか確認して…無かったら諦めるよ」

 

 

それは、あったら本をこっそり取ると言うことであり、後で父が没収した本が無くなっている事に気付かないわけがない。──余計に怒られるんじゃあ…。とソフィアが言う前に、ハリーはそっと扉を開け中を覗いた。

仕方なく、ソフィアも同じようにこっそりと中を覗いてみた。

 

誰も居ないかと思われた職員室だが、中にはセブルスとクィレルが居た。

セブルスはガウンを膝までたくし上げ、ズタズタに引き裂かれていた片方の脚を露出させていた。それを見て、ソフィアは口を押さえる。自分の額の怪我よりも深く、広い傷は癒えること無く血を流している。

クィレルは痛々しい傷を見る事すら恐怖なのか、震えながらセブルスに包帯を渡していた。

 

 

「いまいましいヤツだ。3つの頭に同時に注意するなんて出来るか?」

 

 

そっと、ハリーは扉を閉めようとした。これは、見てはいけない場面だ、直感的にそう判断したのだが。

 

 

「ポッター!」

 

 

セブルスは薄く開く扉の先にハリーが居る事に気付き怒号をあげるとさっとガウンを下ろした。ハリーはもう隠れることは出来ない、と扉を開くと震えながらセブルスの目をしっかりと見た。

 

 

「僕、本を返してもらえたらと思って」

「出ていけ、失せろ!」

 

 

ハリーはセブルスが減点しないうちに、全速力で寮まで戻った。

 

セブルスはハリーの影で隠され今までソフィアが居た事に気が付かなかった、自分の脚を見つめるソフィアに舌打ちを溢し、重い口調で告げる。

 

 

「…ミス・プリンス、早く、戻りたまえ」

「…、…私、クィレル先生に伝えなければならない事があって…」

「わ、わわたしですか?」

 

 

クィレルはびくりと肩を震わせ恐々ソフィアを見た。ソフィアはセブルスの脚からようやく視線を外し、クィレルを見ると真面目な顔で頷く。

 

 

「はい、さっきクィレル先生の教室を通ったのですが…何か物音がして、誰かが忍びこんでいるのかもしれません、…その、見に行かれた方がいいのでは…?」

「な、ななっ…い、行ってきます、あ、ありがとう、ミス・プリンス…」

 

 

クィレルは慌てて立ち上がると机にぶつかりながらセブルスとソフィアの横を通りすぐに教室へと駆けて行った。──勿論、今のはソフィアの嘘だ。

 

 

「用が済んだのなら、さっさと帰りたまえ」

「…脚、どうしたんですか」

「……何でもない、帰りたまえ」

 

 

強く、セブルスはソフィアを見下ろしながら伝える。

ソフィアはため息をつき、扉の方に身体を向ける、ようやく諦めて帰るかとセブルスは思ったが、素早い動きで直ぐに振り返ると驚くセブルスに向かって飛びつき勢いよく机に押し倒した。

 

 

「──っ!」

 

 

いきなりの事でバランスを崩したセブルスはがつん、と強く背中を打ち、痛みに顔を歪める。いくつかの教科書が机から音を立てて崩れ落ちた。ソフィアは直ぐにセブルスのガウンをたくし上げ、脚を無理矢理露出させるとその傷を見た。遠目で見た時よりも、それは酷く感じた。

 

 

「…これの何処が、なんでもないの?」

「…、…ソフィア、ここは人が来る。降りなさい」

 

 

静かなセブルスの声に、ソフィアは顔を歪めたままセブルスの胸の上から降りるとすぐにしゃがみ込みその痛々しい傷を見た。

 

 

「…ソフィア、帰りなさい。傷は…何でもない、薬草を取りに禁じられた森に入った時に…少しヘマをした、それだけだ」

 

 

セブルスは早口にそれだけを言うとガウンをたくし上げるソフィアの手を優しく外した。

ソフィアはガウンで隠されたその脚を暫く見つめていたが、すっと立ち上がりセブルスの目を見つめた。

 

 

「…四階の禁じられた廊下にいるケルベロスね」

「なっ…何故、それを…!まさか──」

 

 

セブルスはソフィアの口から放たれた言葉に愕然としたが、直ぐに鋭い目つきでソフィアを見る。ソフィアはその視線を受けたまま、まっすぐにセブルスを見上げた。

 

 

「ごめんなさい、入っちゃったの。…私、あのケルベロスの足元に隠し扉があるのを見たわ、…何があるのかはわからないけれど、そこにある何かを守っている番犬なのね。……、…待って…じゃあ、まさか…あのトロールの騒ぎは…」

「──ミス・プリンス!」

 

 

セブルスは大声でソフィアの名前を、一生徒として呼んだ、ソフィアはびくりと肩を震わせ、口をつぐんだ。

 

 

「帰りなさい」

 

 

三度目の言葉は、確かな拒絶が含まれていた。ソフィアは暫く黙っていたが、一つ長いため息を吐くと、諦めたように肩をすくめた。

 

 

「…、…この事を兄と相談しても?」

「それは許可しない。何も行動するな、大人しく過ごしなさい」

「…はい、…失礼します。…怪我、早く良くなる事を…祈ってます」

 

 

ソフィアは静かに職員室を後にした。

 

魔法生物から受けた怪我は、魔法薬が効きにくい。自身の治癒能力に任せるしか無いのだ。だから怪我がまだ治っていないのだろう。ソフィアはそう考え、少しでも早く治る事だけを祈った。そしてグリフィンドール塔の階段を登りながら、頭の中で色々な考えを巡らせる。

 

 

父の怪我はトロールの日からだ。

ケルベロスが何を守っているのかはわからない、が、父がそれを盗みに入ったとは考えられない。

ならば、父はそれが盗られていないか確認しに行こうとしたのだろうか?

トロールの騒ぎに生じて盗もうとした人が居るんだ、このホグワーツ内に…。そして、その人物は…確たる証拠はないが、1人、怪しい人物が居る。

 

 

──クィレル先生だ。

 

 

そう、ソフィアは考えた。

だが証拠は何もない、ただ漠然と直感でそう思うだけだ。もとから少し怪しく思っていた先入観がそうさせているのかも知れない。ダンブルドアが信頼している先生を疑いたくは無かったが、トロールをホグワーツ内に侵入させるなんて芸当、生徒にはできないだろう。

 

ソフィアは思考しながら太ったレディに合言葉を言い、談話室へと入る。

ハリー達は顔を突き合わすようにしてこそこそと話していたが、ソフィアが戻ってきた事に気がつくと弾かれたように駆け寄り、無言でその手を引くとまた窓際に戻った。

 

 

「ソフィア!遅かったね、どうしたの?まさか…怒られちゃった?」

 

 

ハリーが心配そうにソフィアを見る。ソフィアは何でもないと首を振った。

 

 

「大丈夫よ、帰る途中でルイスにあって、明日のクィディッチ戦の事で話をしてただけなの。…で、どうしたの?」

「そうなんだ…今、ちょうど2人に職員室で何を見たのか話し終えたところだよ」

 

 

ハリーは声を顰めながらロンとハーマイオニーとソフィアを順番に見た。その目は確信と興奮で奇妙に光っている。

 

 

「ハロウィーンの日、スネイプは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。ハーマイオニーとソフィアを探している時に、僕達が廊下で見たのはそこへ行く途中だったんだよ──あの犬が守っている物を狙ってるんだ。トロールは絶対あいつが入れたんだ。みんなの注目を逸らすために…箒をかけてもいい」

「違う、そんなはずないわ。確かに意地悪だけど、ダンブルドアを守っている物を盗もうとする人ではないわ」

「おめでたいよ、君は。先生はみんな聖人だと思ってるんだろう。僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。…ソフィア、君はどう思う?」

 

 

ロンの問いかけに、ソフィアは少し沈黙したあと口を開いた。

 

 

「…私は、ハーマイオニーの意見に賛成ね。スネイプ先生はそんな事をする人じゃないと、私も思うわ」

「なら、誰だっていうんだよ!」

「…それは…その、わたしの直感で…証拠も何も無いんだけど……クィレル先生とか」

 

 

ソフィアのその言葉に、三人は顔を見合わせてあり得ないと首を振った。

 

 

「クィレル先生が?それは無いね!あんなに怯えてる人がトロールを連れて来れると思うかい?」

 

 

ロンが苦笑しながらいう、それを言われて見れば、確かにそうだとソフィアは口を閉ざした。だが、父は絶対そのような事はしていない。

何故かと言えば、至極簡単だ──子どもが通う学校にトロールを放つ愚かな親は居ないだろう。

だが、その確信を、ソフィアは伝える事は出来なかった。

 

 

「でも、スネイプは何を狙っているんだろう?あの犬、何を守ってるんだろう?」

 

 

ロンはぽつりと呟く。

4人は顔を見合わせたが、誰もその答えを持ち得なかった。

 

 

 



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32 祝福のキス!

 

 

次の日。

クィディッチ戦には相応しい晴れ渡った朝日がさす中、ソフィアはハリー達と大広間に来ていた。

大広間ではクィディッチ戦を楽しみにしている生徒の楽しげな騒めきで満たされていたが、ハリーはその緊張から顔色を悪くし、目の下には薄らと隈があった。今日の事と、そしてケルベロスが守っている物を考えていて少ししか眠れなかったのだ。

 

 

「朝食、しっかり食べないと」

「何も食べたくないよ」

「トーストをちょっとだけでも」

「そうよハリー、んーと、リンゴでもいいわよ?」

「お腹すいてないんだよ」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは少しでも食べてもらおうと優しく声をかけたが、ハリーは力なく首を振った。

 

 

「ハリー、力をつけておけよ。シーカーは真っ先に狙われるぞ」

「…わざわざご親切に」

 

 

シェーマスの聞きたくなかった忠告に、ハリーは何処かイラつきながら答え、シェーマスが自分の皿のソーセージにケチャップを山盛りかけるのをむすっとした表情で見ていた。

 

 

「ハリー!」

 

 

ルイスは大広間に入るとドラコに断りを入れハリー達の元へやってきた。

 

 

「ルイス…おはよう」

「ああ、みんなもおはよう!ソフィアも、いい夢見れた?」

「ええ、まあまあね」

 

 

ルイスはいつものようにソフィアの頬にキスを落とし、ソフィアもまたルイスの頬にキスをする。

その後少し空いたハリーとソフィアの間に座るとハリーの顔色の悪さに眉を顰めた。

 

 

「ハリー顔色悪いよ?今日は…初試合でしょ?どうしたの?」

「…緊張してて…」

 

 

ハリーはほんの少しだけりんごを齧りながら呟くように答えた、ルイスはきょとんとしていたが、ハリーの肩に腕を回すと元気づけるように優しく叩いた。

 

 

「ハリー!大丈夫だよ!君はとっても素晴らしくそらを飛べるじゃないか!…それに、ここだけの話…僕もハリーが勝つ事を祈ってるよ」

「えっ…今日の相手は…スリザリンなのに?」

 

 

流石に、自分の寮を応援するだろうと思っていたハリーは驚いてルイスを見た。ルイスは明るく笑い何度も頷く。

 

 

「友達を応援するのは当たり前だよ!…まぁ大きな声で言うと、流石にドラコが怒るどころじゃ無いから言えないけどね」

「そっか…ありがとう、嬉しいよ」

 

 

ハリーは嬉しかった、心の底から嬉しかったが、それでも元気が溢れてくる事はなかった。

力なく微笑むハリーに、ルイスは「うーん」と頭を捻り、その後悪戯っぽくにやりと笑うとそっとハリーの耳元で囁いた。

 

 

「ハリーがスニッチを取って勝利を収めたら…ソフィアがキスをしてくれるかもよ?」

「──っ!?」

 

 

囁かれた言葉にハリーは頬を紅潮させ、ばっとルイスを見る、ルイスはにやにやと笑ったまま何も言わずソフィアにチラリと視線を向けた。

 

 

「…何?」

「なっ何でも無いよ!」

 

 

ハリーは自分の声が上擦って居るのを感じた。ソフィアは不思議そうな顔をしたが、気にしないことにしたのか目の前のケーキを美味しそうに食べている。

 

 

「…もう!ルイス、なんだよ、いきなり…!」

「はは!元気出たみたいだね!」

 

 

ルイスはパッとハリーの肩から手を離すと笑ったまま目の前のトーストを手に取った。

トロールでの一件から、ルイスはたまにこうやってハリー達と食事を取るようになった。──それをスリザリンの席から憎々しげにドラコが見ているのを見て、ハリーはなんとも言えない優越感に浸っていた──グリフィンドール生は何故スリザリン生が混じっているのかと訝しげな目で見たが、ソフィアの兄だとわかると何も言う事はなかった。

それに、ルイスはスリザリン生だが、悪い噂が一つもない。それもまた、ここにいる事を許されている一つの理由だろう。

 

 

「おや!今日は俺たちの運命が揃っているね!」

「朝からいいものを見たな!これは今日の勝利は間違いない!」

「フレッド!ジョージ!おはよう!」

「私たちはジンクスか何かなの?」

 

 

フレッドはルイスの後ろに立つと、ルイスの頭を下げてわしわしと撫でた。ルイスは「やめてよー!」と言いながらも顔は嬉しそうに笑い、その手を振り払う事も無い。

 

 

「ハリー!今日は派手に行こうぜ!」

 

 

ハリーの肩を叩きながらジョージが言えば、ハリーは叩きに合わせて揺れながらも何度か頷いた。みんなが応援してくれているのはわかっている、嬉しいが、そのぶん期待が重くのしかかり──そっとしてほしい。そう、ちらりと思ってしまった。

 

 

「ハリー、そろそろ俺たちと行こうぜ、ウッドは早めに集合したいらしいからな」

 

 

フレッドはルイスの頭を撫でていた手を止めると、ウッドの方を顎でしゃくる、ウッドは急いで食事を掻き込むと選手達に早く来い、と言うようなジェスチャーをしていた。

 

 

「ああ…うん、行くよ…」

 

 

ハリーの元気のない声に、ジョージとフレッドは顔を見合わせる。

そしてソフィアを見てニヤリと笑うと──ソフィアは突然見られて首を傾げた──ソフィアに向かって跪き、大仰しく手を掲げた。

 

 

「おお、我らが姫様よ!」

「どうか、戦に向かう我らに祝福の口づけを!」

 

 

ソフィアは食べていたブランマンジェをごくりと飲み込むと、ハンカチで口元を拭い、楽しげに笑いながら立ち上がった。

 

 

「よろしくてよ!」

 

 

跪く2人の頬にそれぞれキスを落とし、ソフィアは輝かしい笑顔を見せた。

 

 

「今日は頑張ってね!」

「ありがたき幸せ!」

「さあ、我らがエースにも祝福を!」

「……えぇっ!?」

 

 

フレッドとジョージに押し出され、ハリーは驚きドギマギとしながらソフィアを見る、ソフィアは悪戯っぽく笑ったまま、ハリーに顔を寄せ──ハリーは、避ける事も出来た、だが身体は固まったまま動かない──その頬にキスを落とした。

 

 

「ハリー、応援してるわ!頑張ってね!」

「…う、うん!頑張るよ!」

 

 

ハリーは頬を手で押さえ、耳まで赤くしながら何度も頷いた。

ソフィアのそのキスは、異性に対しての好意的な愛情が含まれていない事はわかっている、親愛の証としてのキスだ。だが、ハリーは今まで頬にキスをされた覚えがない。両親はきっと幼い頃にしてくれただろうが、覚えていないし、あの従兄弟家族が親愛を込めてキスだなんて想像するだけで寒気がする。

 

照れたように笑いながら、ハリーはにやにやと笑うフレッドとジョージに連れられてクィディッチ競技場へと向かった。

 

ルイスは上座に座る父が、何とも言えぬ苦々しい顔でこちらを見ていた事には気がつかないふりをした。

 

 

「…ソフィアって、誰にでも…そうなの?」

「え?…何が?」

「その…ハグとか、キスとか良くするじゃない?家族の間ではしても…その、友達とするのって珍しくない?」

「そう?僕のママとかは家族にも、友達にも良くしてるけどなぁ」

 

 

ロンはポテトを齧りながら何でもない風に答えた。ロンがソフィアのキスを見ても特に照れたり驚いて居ないのは、母親が良くキスをする人だったからだ。

実際、ソフィアはスキンシップの多い方だが、これは同じイギリス人であっても、人による部分がかなり多いだろう。ハーマイオニーはあまり親が友達…親友であってもキスやハグをする場面を見た事が無かった為、ソフィアが誰かの──殆どルイスだが──頬にキスとハグをするたびちょっとどきりとしたのだ。

 

 

「私だって誰にでもするわけでは無いわよ?仲の良い人だけよ、仲が良くても…ハグとかキスが苦手な人にはしないわ」

「そうなの…」

「ハーマイオニー?あなたにはしても良いかしら?」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑い、ハーマイオニーを下から見上げる。小悪魔のような微笑みに、ハーマイオニーはぽっと頬を赤らめ、おずおずと頷いた。

可愛らしいその反応に、ソフィアは思わずぎゅっとハーマイオニーを抱きしめた。

 

 

 

 

 



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33 クィディッチ戦!

 

ソフィアは同じグリフィンドール生達と一緒に競技場の観客席の1番最上段に座っていた。

みんなでハリーを驚かせようとベッドシーツで大きな旗を作り、「ポッターを大統領に」と書いて絵の上手いディーンがグリフィンドール寮のシンボルのライオンを描いた。ハーマイオニーとソフィアは2人で少し複雑な魔法をかけ、絵が色々な色に光るように手を加えた。

 

競技場にいる者皆が始まりを今か今かと待ち、期待と興奮から手を叩き足を踏み鳴らしす。

 

 

「さあ、皆さん、正々堂々戦いましょう。──よーい、箒に乗って…」

 

 

 

ピーーーーっッ!!

 

 

フーチの審判が銀色の笛を高らかに鳴らす。途端にグリフィンドールとスリザリンの選手達がそれぞれ空へ舞い上がった。

 

ソフィアは大歓声を上げグリフィンドール寮を応援した、点が入れば隣に居るハーマイオニーに抱きつき2人とも頬を紅潮させ喜んだ。

 

 

「ちょいと詰めてくれや」

「ハグリッド!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンはぎゅっと寄ってハグリッドが座れるよう席を大きく開けた。

 

 

「俺も小屋から見ておったんだが…やっぱり、観客の中で見るのはまた違うのでな。スニッチはまだ現れんか?ん?」

 

 

ハグリッドは笑いながら膝の上にある双眼鏡をぽんぽんと叩く。

 

 

「まだだよ。今のところハリーはする事が何も無いよ」

「トラブルに巻き込まれんようにしておるんだろうが。それだけでもええ」

 

 

ハグリッドは双眼鏡を手に当て、空高くを旋回している豆粒のようなハリーをじっと見た。

 

 

「ハグリッド!ねえ、双眼鏡を私にちょっと貸してくれないかしら?」

「んん?──お前さんは?」

「私、ソフィア・プリンス!」

「ハグリッドだ、ほれ」

 

 

ハグリッドは何処から声がするのかとキョロキョロしていたが、ハーマイオニーとロンの間に挟まれ縮こまっているソフィアをようやく見つけると、にっこり微笑んで双眼鏡を手渡した。

 

 

「ありがとう!」

 

 

ソフィアはじっと双眼鏡を観察し、覗いて辺りを見渡した。そしてポケットから小さな飴玉2つと杖を取り出すと、飴玉2つを双眼鏡に変化させ、ハーマイオニーとロンに手渡す。

 

 

「これで見やすいわよ!」

「ありがとう!」

「いつ見てもソフィアの変身術は素敵ね!」

 

 

笑顔で手渡された双眼鏡を2人は受け取り、早速目に当ててハリーを見た。ハグリッドは手際の良く鮮やかな変身術に驚き目を白黒させているが、ソフィアの悪戯っぽい笑顔に、はっと表情を変えた。

 

 

「まさか、お前さんはアリッサの…?」

「アリッサは母様よ!ハグリッド、知ってるの?」

 

 

ソフィアはハグリッドから双眼鏡を返しながら不思議そうに大きなハグリッドを見上げた。

ハグリッドは視線を明後日の方に向けながら、思わず呟いてしまった事を後悔しているように顔を歪め、曖昧に頷くとソフィアからの視線に逃れるために双眼鏡を強く目に押し付けた。

 

ソフィアはその反応が気になったものの、突然周りの生徒達が強く怒りの声を上げてブーイングをし出した事に気を取られ直ぐにハグリッドから目を離した。

スリザリンの選手とぶつかったのだろう、ハリーはコースを外れ辛うじて箒にぶら下がっていた。ソフィアは息を呑んだが、なんとかハリーは箒の上に登るとまたしっかりと跨り空へ登る。ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。

 

暫くどちらの寮も点を取り合っていたが、ずっと双眼鏡でハリーを見ていたハグリッドとソフィアはいち早く彼の異変に気付いた。

 

 

「いったい、ハリーは何をしとるんだ!…あれがハリーじゃなけりゃ、箒のコントロールを失ったんじゃないかと思うわな…しかし、ハリーに限ってそんな…」

「スリザリン生がぶつかった時に、どうかしちゃったのかしら?」

 

 

ソフィアもまた不安げに呟くが、声には疑念が含まれていた。ハリーの箒は最高級だ、少しぶつかったくらいで性能を失う事はない。

ハーマイオニーとロンもようやく異変に気付き、双眼鏡を目に押し当てながら不安げに眉を寄せた。

 

 

「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん。チビどもなんぞ、ニンバス2000にはそんな手出しは出来ん」

 

 

ハグリッドの震えながら告げられた言葉に、ハーマイオニーとソフィアは観客席を見渡した。何かを探すように色々な方向を見て、そして2人の双眼鏡はとある観客席で止まった。

 

 

 

「スネイプよ!何か箒に呪いをかけているわ!」

「そんな、…まさか…」

 

 

ソフィアは信じられない思いで、ハリーをじっと見つめるセブルスを見た。瞬きをせず何かを呟いているように口を動かす。ハーマイオニーが直ぐにセブルスを妨害すべく走り出した、ソフィアはセブルスから目線を逸らし、クィレルを探した。ずっと怪しいと思っていた、もし自分の直感が正しければ、クィレルの筈だ!セブルスは──父がそんな事するわけがない、そう信じ必死にクィレルを探した。

 

ソフィアはセブルスとは全く逆の観客席に居るクィレルを見つけた。

周りの生徒が不安げにハリーを見て視線を交わしている中、クィレルはセブルスと同様じっとハリーを見ている。その目にはいつものような怯えや恐怖は微塵も浮かんでいない、口元は手で隠してしまって見えなかったが、それでもクィレルに違いないとソフィアは双眼鏡を放り出しすぐに駆け出した。

 

 

「──ハーマイオニー!待って!」

「ソフィア!待てないわ、あなたも見たでしょ!?」

「違う!ハーマイオニー!クィレルもハリーを見ていた!あの人なら普通恐怖で怯えて怖がって目を逸らすでしょ?!それなのに、じっと静かにハリーを見てたの!」

 

 

ハーマイオニーは始めソフィアを見る事なく走り続けていたが、その言葉に思わず足を止め動揺し混乱しながら振り返った。

 

 

「そんな──そんな!でも、スネイプは呪っていたわ!私は自分が見たものを信じる!ソフィアは…一応、クィレル先生の所へ!」

「ええ、わかったわ!」

 

 

2人は頷きあい、直ぐに反対方向へ走り出した。

 

ソフィアは観客席の後ろを疾走する、今ほど小柄な体型に感謝した事はなかった、縫うように生徒の間をすり抜け、クィレルのいたスタンドへの階段を駆け上がる。

 

 

「──ルイス!?」

「ソフィア!…ソフィアも見たんだね!」

 

 

階段の少し上でルイスが同じように走っていた、目指す先は同じだった、二人は真っ直ぐクィレルの元へ駆ける。

 

ルイスもまた、ハリーの異変に気付きドラコが持つ双眼鏡を借りて直ぐに観客席を見渡し、ルイスは真っ先にクィレルを探した。そして普段なら恐怖から目を逸らすはずのクィレルが、不気味な目でハリーを見据えている事に気付いたのだ。

ハリーの箒の不調に「あんな不相応な箒を持つからだ!」と喜んでいるドラコに双眼鏡を押し付け、後ろで自分の名前を呼ぶドラコの声には返事をせず走り出していた。

 

 

「ソフィアは、ここにいて」

 

 

前を走っていたルイスはクィレルに目視出来るほど近付くと、急に足を止めると手を広げてそれ以上行くなとソフィアを制した。

 

 

「なっ──」

「僕と、クィレルの様子を良く確認してて、別の視点から見て、気がついた事があったら後で教えて」

「…わかったわ、でも、気をつけて…」

「大丈夫さ」

 

 

軽く笑い、ルイスはクィレルの前に立ちはだかる。この手の呪いは相手を瞬き一つせず見つめ続けなければならない、こうするだけで、効果はあるはずだ。

 

 

「こんにちは」

「──っ!?プリンス…!」

 

 

ルイスはにっこりと微笑み、クィレルの前の観客席の上に立っていた。クィレルは驚愕で目を見開き、一瞬鋭い目でルイスを睨んだがすぐにいつものような怖々とした目でルイスと自分の手先の間で視線を彷徨わせた。

 

わっと観客が歓声で湧く声が聞こえたがルイスは構わず微笑んだまま小首を傾げクィレルを見続けた。

ソフィアは空を見上げ、ハリーの箒にかけられた呪いが解かれた事を知り、ほっと胸を撫で下ろす。だが、同時にそれはクィレルがハリーを殺そうとしていた事実をさしていた。今、その相手と対峙しているルイスは、果たして無事で居られるのだろうか。

 

 

「な、なんだい?」

「いえ…その、この前のハロウィーンの日…僕、妹が怪我していて動揺して…よく考えたら酷いことを言ってしまったと…あれから後悔していたんです。…今日はそれを謝ろうと…すみませんでした」

「い、い、いえ…」

「じゃあ、それだけです。僕は戻りますね…クィレル先生?これからの貴方が教師として…誇れる人である事を…僕は願います」

「……、…」

 

 

そのルイスの言葉にクィレルは答えなかった。ただ、ぶるぶると震え、ルイスとは決して視線を交わそうとしなかった。ルイスは暫くクィレルを見ていたが、軽く一礼をすると直ぐにソフィアの元へと戻った。

ソフィアは人混みの影に隠れながらホッと胸を撫で下ろす、そしてちらりとクィレルを見て、彼の目が確かな殺気を帯びてルイスの背中を見ているのを見た。いつものように震えてもない、ただ、静かに、獲物を狙う獣のような獰猛さと狂気をちらつかせていた。

 

 

「…ルイス!大丈夫?」

「うん、まぁ普通に話しかけただけだよ。それより…気付いたのは僕らだけ?」

「いいえ、ハーマイオニーとロンも気付いたわ、でも…2人は…スネイプ先生だと、思ってるみたい」

 

 

2人は元来た道を帰りながら声を顰めて話し合う。ルイスはソフィアから出た人物の名前に眉を顰めた。その目はソフィアと同様、信じられないという怪訝な色が写っていた。

 

 

「え?…なんで…」

「後で話すわ」

 

 

突如、大歓声が競技場に轟いた、2人は驚きそういえばクィディッチの試合中だったと思い出し、グラウンドを見下ろす。ハリーは地上に降り立ち、金色のスニッチを頭上高く振りかざして居た。

 

 

「ハリーが取ったのね!やったわ!」

「…今日のドラコは大荒れだね!」

 

 

2人とも嬉しそうに顔を見合わせ、笑い合った。

 

 

 

 

その後、ソフィア達はハリー達と合流し、ハグリッドの小屋へ向かった。

ソフィアとルイスはハグリッドの小屋へと行くのは初めてであり、興味深そうに部屋の中を見渡す。

 

 

「こんばんは、ハグリッド。僕はルイス・プリンス。ソフィアの双子の兄で、ハリー達の友人だよ」

 

 

初めて小屋に入る時、ルイスは丁寧に自己紹介をした。友人、という部分を強調したのは、自分の寮がスリザリンだからだ。基本的にスリザリンに好印象を持つ者は、教師であっても少ない。変な誤解をされないためにこの言葉を外す事は出来なかった。

 

しかし、ハグリッドはルイスが想像していた怪訝な表情は見せず──何故、スリザリンがここに!と言われると思っていた──あっさりとルイスを小屋の中に入れた。

 

ハグリッドに淹れてもらった濃い紅茶を飲みながら、今日見た事をロンはハリーに説明した。

 

 

「スネイプだったんだよ、ハーマイオニーとソフィアも見た!君の箒にぶつぶつ呪いをかけていた。ずっと目を離さずにね」

「違う!スネイプ先生はしてない!クィレルだよ!アイツ、じっとハリーを見てたんだ。おかしいでしょ?落ちそうなハリーなんて…アイツがずっと見れると思う?顔を覆って怯えてるはずなのに、あの時のクィレルは…とても冷静に見えたんだ、ねえソフィア!」

「ええ、それにルイスがクィレルの前に立ちはだかって視線を遮った時、ハリーの箒は収まったわ!」

「あら!私もスネイプのローブに火をつけたの!スネイプが目を離した時に止まったわよ!」

 

 

ハーマイオニーもソフィアとルイスに負けずに声を張りあげる。まさか、同時だったとは思わずソフィアとルイスは顔を見合わせた、これならどちらが犯人かわからない。2人はセブルスを信じているが、どれだけ言ってもハーマイオニー達は信じないだろう。

 

 

「馬鹿な!なんでスネイプ先生とクィレル先生がそんな事をする必要があるんだ?」

 

 

怪訝な表情をするハグリッドに、ソフィアはハリー達と顔を見て見合わせ、どう言おうか、言っても良いのかと迷ったが、ハリーはごくりと固唾を飲み声を顰めながら真剣な顔でハグリッドを見る。

 

 

「僕、スネイプについて知ってる事があるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守っている物をスネイプが取ろうとしたんじゃないかと思うんだ」

「なんでフラッフィーを知ってるんだ?!」

 

 

ハグリッドは手に持っていたティーポットを落とした。ガチャンと音が響き、床に琥珀色の液体が広がる。

それよりも、ルイスは三頭犬に噛まれたという言葉に唖然とし心配そうに眉を寄せ、ソフィアに囁いた。

 

 

「怪我って、本当に?そう言えば、最近脚を引きずっているけど、まさか…」

「…そうよ。私も見たもの。魔獣の怪我は…治りにくいから…」

「今度、様子を見にいくよ」

「あー…そうね、そうした方がいいわ」

 

 

ソフィアはそういえばルイスには言うなと父に言われていた事を思い出したが、今更もうどう言っても遅いと諦めた。それに、遅かれ早かれルイスは父の異変に気づいただろう。

 

 

「──去年、パブで会ったギリシャ人の奴から買ったんだ。俺がダンブルドアに貸した、守るため──」

「何を?」

 

 

身を乗り出したハリーに、ハグリッドは慌てて口を閉じる。

 

 

「これ以上聞かんでくれ、重大秘密なんだ、これは」

「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ?」

「私はクィレルだと思うわ」

 

 

小さくソフィアがそう付け足した。ハリーはちらりとまだそんな事を言っているのか!という怪訝な眼でソフィアを見たが、直ぐにハグリッドに視線を戻す。

 

 

「バカな!2人はホグワーツの教師だ。そんな事するわけないだろう」

「ならどうしてハリーを殺そうとしたの?」

 

 

ハーマイオニーの怒りが滲む叫びに、ソフィアはハーマイオニーが昨日までの意見を──父を信じると言う言葉を──変えたのが分かった。

ソフィアは辛そうに顔を見て歪ませ、ルイスの手をぎゅっと握った。ルイスもまた無言でソフィアの手を強く握り返す。ハーマイオニーはクィレルの様子を見る前に走り出した。もし賢いハーマイオニーがクィレルの様子を一目でも見ていたらあの異様な姿に気付いただろう。

それほど、いつもと全く異なる静かな姿は強烈だった。

 

 

「ハグリッド。私、呪いをかけているかどうかは一目でわかるわ、沢山本を読んだんだから!じーっと目を逸らさずに見続けるの。スネイプは瞬き一つしなかったわ。この目で見たんだから!」

「なら、僕たちも見た、クィレルも瞬き一つしていなかった!」

「クィレル先生、目を開けたまま奇絶していたんじゃないの?」

 

 

ロンが吐き捨てるように言う。その言葉にルイスは驚き言葉を無くした。ハリーもきっとそうだとばかりに頷いていた。

普段のセブルスのハリーへと態度を見れば、疑わしいのは間違いなくセブルスだろう。ハリー達はルイスとソフィアが何を言おうとセブルスが犯人だと信じて疑わない。

 

 

「お前さん達は間違っとる!おれが断言する!」

 

だが、この中で最も頑なだったのはハグリッドだった。まったく譲らず、立ち上がるとハリー達を非難するような目で見ながらゆっくり言い聞かせるように言葉にした。

 

 

「ハリーの箒が何であんな動きをしたんか、俺にはわからん。だが、スネイプ先生とクィレル先生は生徒を殺そうとしたりはせん。5人ともよく聞け、お前さん達は関係の無い事に首を突っ込んどる。危険だ。あの犬の事も、犬が守っている物の事も忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの…」

 

 

そこまで言ってばちんとハグリッドは自分の口を手で覆った。明らかに自分が言った言葉に腹を立てているように見えた。

これは、ずっと話していればもっと聞けるかもしれない、とルイスは考えた。この数分でわかる、この人はかなり──悪意は無いのだが──口が軽い。

 

 

「あっ!ニコラス・フラメルって人が関係してるんだね?」

 

 

ハリーは聞き逃さず、ハグリッドに問いかけたが、ハグリッドは苦々しい顔をしたまま静かに座ると紅茶を飲んだ。もう何も答えないように決めたらしい。

 

暫く話しかけていたハリーは諦めたように椅子に座り込み、ルイスとソフィアを見た。

 

 

「…2人は、まだスネイプを信じてるの?」

「僕は自分の見たものを信じる。ハリー達はハリー達が見たものを信じたらいいよ」

「ルイス…!そんな、どうして?」

 

 

ハーマイオニーは心の底からわからないと言う声でルイスに詰め寄った。

 

 

「ハーマイオニー、君と一緒さ。見たものしか信じられない。…それに、こういう物事は色んな可能性を考えておくべきだと、僕は思う。狭い視野で見るのは良くないからね」

「…ルイスの考えも、…うん、わかるわ」

「それに…僕はクィレルが個人的にめちゃくちゃ嫌いだからね!スネイプ先生よりもクィレルが犯人で捕まるのを期待してるんだ!」

 

 

明るい笑顔で言うルイスに、ハリー達はトロール騒ぎの時にクィレルに激しい怒りを見せていたルイスを思い出し、納得したように苦笑した。

 

ハグリッドは何か言いたげな目でルイスを見ていたが、今日はもう何も話さないと決めたのか口をぎゅっと結んだまま新しい紅茶を作りに行った。

ルイスはハグリッドが少し離れたところに行ったのを確認し、身を屈め声を顰める。

自然とハリー達は同じように頭を突き出し身を屈めた。

 

 

「それに…僕は、クィレルの前に立って妨害をした…姿を見せたんだ…ハリーを殺すのを邪魔した、きっと…面白くないだろう。…もし、僕に何かあったら…クィレルを疑ってね」

「そんな…!!まさか、だから私に出てくるなって言ったの!?」

 

 

ルイスの言葉にソフィアは悲鳴にも似た声で叫んだ。ハリー達はクィレルを疑っていない、それでも、もし万が一クィレルだった場合、それはあまりにも危険な行為だったんじゃないかと不安げに眉を寄せ、心配そうにルイスを見た。

 

 

「大丈夫、なるべく1人にはならないようにするし…自衛もするから」

「…そんな…!ルイス、本当に気をつけて…」

 

 

不安げに身を震わせるソフィアに、ルイスは優しく笑いかけてソフィアを優しく抱きしめた。

 

初めから、ルイスはこうするつもりだった。自分にだけ目を向けさせ、そして何か決定的な証拠を掴みこの学校から追い出そうと考えていた。

もう迷いはない、ルイスはこの一連の騒動が全てクィレルだと確信していた。あの冷たく鋭い眼差しは間違いなく殺意と呪いが込められていた。後は、証拠だけだ。ルイスは腕の中の愛しい存在を守るべく、じっと胸に誓いを立てた。

 

 

 

 

 



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34 雪遊びとクリスマス!

 

 

もうすぐクリスマスを間近に控え、生徒たちの大多数は久しぶりに家に帰り、家族と会える日を今か今かと楽しみにしていた。

 

 

ルイスとソフィアは2人で魔法薬学の研究室へと向かう、予め訪問は告げて無かったが、一応宿題の質問という建前を用意している為に無理に追い返され無いだろうとは思っていた。

 

地下室にある研究室は、ホグワーツの中でも一段と冷えて居た。ソフィアはルイスの片腕に捕まり暖をとりながらも、ぶるぶると身体を震わせた。

 

 

「先生、ソフィアとルイスです。宿題の質問に来ました」

「…入れ」

 

 

不在だったらどうしようかと思ったが、幸運にも目当ての人は居たようで2人は扉をくぐり中に入った。

ちらりと見渡した限り、他に生徒はいなさそうだった。

 

 

「どこがわからないのかね?ミスター・プリンス、ミス・プリンス」

 

 

開口一番のセブルスの言葉に、生徒として振る舞えという隠された言葉を読み取った2人は顔を見合わせ頷いた。

 

 

「先生、ここです」

 

 

2人は用意して居た教科書を持ち、セブルスの元に駆け寄った。セブルスはこの2人が授業の質問などあるわけがないと──2人はとても、優秀だった──思っていた為訝しげにしながらも、開かれた教科書を覗き込む。

 

 

──クリスマスは、家に戻るの?

 

 

そのページには小さく切られた羊皮紙が挟まれていた。

セブルスはその言葉を読み、2人を見下ろす。2人はどこか自慢げな悪戯っぽい顔で笑って居た。こうすれば、ほかに誰が居たとしても、自分たちの関係を知られる事なく聞くことが出来る、素晴らしい思いつきでしょうと言うような、そんな笑顔だ。

 

 

「先生、これはあっていますか?」

 

 

セブルスがイエスかノーかで答えやすいように、ソフィアが誘導した。セブルスは少し考え。

 

 

「いいや、違うな」

 

 

ノーと答えた。

2人は少し顔を見合わせ、そしてルイスは次のページをめくる。

 

 

──少しだけでも、家族で過ごせる?

 

 

「これは、どうですか?」

「…少し。…惜しいな。回答は25ページ…後半の…20行目に乗っている」

「──!わかりました!」

 

 

ルイスはパッと表情を明るくさせた。

セブルスの答えは、25日、午後8時からなら会えるというものだと2人は理解し、嬉しそうに笑った。

そして、顔を見合わせ悪戯っぽく笑い、ソフィアは次のページを開いた。

 

 

──プレゼントは、ルイスは上級魔法薬学書、ソフィアは高度変身術集で!

 

 

「また、質問を聞きに来て良いですか?」

「…良いだろう」

「ありがとうございます!」

 

 

2人はちゃっかりクリスマスプレゼントをねだり、その願いを受けてもらえたことに嬉しそうに笑い、ようやく教科書を閉じた。

 

 

「質問は終わりです!」

「ありがとうございました、先生!」

 

 

2人は嬉しそうに笑い、セブルスに手を振りながら研究室を飛び出した。

 

研究室に1人残されたセブルスは、2人の確かな成長を感じ、少し嬉しそうに目元を緩めた。

 

 

 

 

 

ホグワーツ城は雪で覆われ、屋根からは氷柱が伸びる。フレッドとジョージは中庭で雪玉を作り氷柱目掛けて投げてはどちらが巨大な氷柱を折ることができるか競っていた。

 

 

「フレッド!ジョージ!こんな寒いところで何してるの?」

「うーっ!雪で足が凍りそうだわ…!」

「「ルイス、ソフィア!」」

 

ルイスとソフィアは白い息を吐き、鼻先を赤く染めながら赤毛の双子に駆け寄った。ソフィアはあまりの寒さにガウンを何枚も着込み、そのシルエットはいつもより何倍も丸かった。

 

 

「氷柱落としさ!」

「コツは魔法で石のように硬くするんだ」

「へぇー!僕もやってみよ!」

「私は、いいわ…指が千切れちゃう!」

 

 

ルイスは早速冷たい雪をぎゅっと掴むと大きな雪玉をつくり、真っ赤になった手で杖を出した。手の感覚は無かったが、魔法をかけるに問題はなさそうだ。

 

 

「デューロ!…よーし!見てて!」

「大きいのを狙えよ!」

「人に当てるなよ?雪が真っ赤になるぜ!」

 

 

フレッドとジョージの囃し立てる声にルイスは頷き、大きく腕を振りかぶりその雪玉を名一杯投げた。

 

 

「──えいっ!」

 

 

ルイスの手から投げられた雪玉は大きな放物線を描き、氷柱──では無く、窓に吸い寄せられるように突き進む。

あ。と4人が思った頃にはその雪玉は窓に衝突した。

 

 

──ガシャン!

 

 

窓の割れる音と共に誰かの悲鳴が響く。

ルイスは雪玉を投げたフォームのまま固まり、ゆっくり振り返ると困ったように笑った。

 

 

「うーん、僕に投手の才能はないみたい」

「あそこ、DADAの教室じゃないか?」

「今授業は…無かったはずだから…あの声はクィレル先生だな」

「そうなんだ!ならいいや!」

 

 

ルイスは先程までの誰かに対しての申し訳なさそうな顔をすぐに消し、晴れ渡った笑顔を見せた。

フレッドとジョージは顔を見合わせ、肩をすくめるときっとクィレルは吸血鬼からの奇襲だと思っただろうと考えた。ソフィアはニコニコと嬉しそうなルイスに呆れつつ、ため息を溢した。

 

 

「僕、あの先生好きじゃないんだ!」

「へぇ?ルイスが人の悪口を言うなんて…何かあったのかい?」

「色々、ね!」

「まぁクィレル先生が好きだと言う人もそんなにいないだろうな、授業は板書ばかりで退屈だ!」

「魔法なんて全然使わせてくれないもんな」

 

 

フレッドとジョージも不服そうにクィレルに文句を言う。実際、闇の魔術に対する防衛術の授業に不満を持つ生徒は多かった。杖を使う事は一切なく、震え怯えながら酷くどもるクィレルの長ったらしい説明をただノートに写すだけだった。

 

 

「…あ、ほら、窓からこっちを見てるわ」

 

 

ソフィアが窓を指させば、何事かとクィレルがそっと顔を出し辺りを伺い、そして中庭に先生達をも手こずらせるトラブルメーカーである赤毛の双子と、肩をすくめるソフィアと、楽しげに笑うルイスを見つけるとビシリと身体をこわばらせ、ゆっくりと窓の向こうに消えていった。

その目にはありありと恐怖と怯えが写っていた。

 

 

「やべ、バレたかな?」

「僕らしか居ないしね…まぁ、でもここまでこないんじゃない?」 

 

 

フレッドは逃げようかどうか迷っていたが、ルイスはあの顔を見る限りここに来る度胸は無さそうだと笑う。

だがジョージとフレッドは顔を見合わせ、声を顰めながら真顔で答えた。

 

 

「いや…クィレル先生は意外と…しつこいぜ?俺たち何度かターバンを外そうとして失敗して…逃げたんだけど捕まってさ、後は罰則と減点さ!」

「どれだけ逃げても転びながら追いかけてくるのは…ちょっと気の毒で俺らが手を抜いてるって言うのも、まぁあるけどな」

 

 

フレッドとジョージは罰則や減点を恐れて居ない。怒る教師達との鬼ごっこも、彼らにとっては醍醐味の一つなのだ。ただ、クィレルは他の教師とは違いひいひい言いながら追いかけ、いつも転んでいた。その必死さにフレッドとジョージは降参し、少し逃げただけで捕まってあげていた。

 

 

「そう見たいね、…ほら、来たわよ」

 

 

ソフィアは我関せず、と言うように少し3人から離れてぜいぜい息を切らせながらこちらに向かうクィレルを見た。

 

 

「あ、あ、ああなた達っ!ま、またですか!」

  

 

クィレルは赤毛の双子のどちらが窓を割ったのかと2人をオドオドしながらも見比べた。

 

 

「僕ですよ、クィレル先生。わざとじゃ無いんです…雪合戦してたら、手が滑って…」

「ゆ、ゆ、雪合戦?…貴方たちの雪合戦は、ゆ、雪玉を、い、石にかえるのですか?!」

「そうですクィレル先生!楽しいですよ!」

「さあ、俺たちと雪合戦しましょう!」

「なっ──」

 

 

フレッドとジョージはにやりと笑うとすぐに手で雪玉を作り投げた、クィレルは小さな悲鳴をあげながら逃げ惑う。ルイスもまた雪玉を作り、魔法をかけクィレルの頭上をずっと旋回させクィレルの気をひいた。

それを見てフレッドとジョージも面白そうだと思ったのか、同じように魔法をかけクィレルに付き纏わせ、ターバンの後ろでぴょんぴょん跳ねるようにした。

 

 

「ばっばば、罰則です!ミスター・ウィーズリー!ミスター・プリンスッ!」

 

 

その一方的な雪合戦は、息も絶え絶えにクィレルが罰則を口にするまで続いた。

 

 

 



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35 なんて幸せな誕生日!

 

 

12月13日。

朝日が部屋の中を明るく照らしたその瞬間、ソフィアは目を覚まし勢いよく起き上がるとすぐに服を着替えガウンを羽織り、まだ寝ているルームメイトを起こさないように静かに、だがなるべく早く──一秒でも早くその場に向かうために駆け抜けた。

 

 

「こんな朝早くに、一体なんなの?」

「ごめんなさいレディ!今日だけ許して!」

 

 

ソフィアに叩き起こされたレディは眠たげに目を擦りじとりと非難的な眼差しを向けながら寝起き特有の掠れた声で文句を言う。機嫌を損ねられたら扉を開けてもらえないとソフィアは慌て、彼女に何度も謝りながらなんとか開いた扉を潜り抜けすぐに寮から飛び出した。

長い階段を降り、まだ薄暗くぼんやりとした松明の灯りしかない廊下を走り、二階の奥、突き当たりまで急いだ。

 

花束を持つ少女の肖像画の前にくると、そこには待ち人が既に来ていて、ソフィアを見つけるとパッと笑顔を輝かせ駆け寄った。

 

 

「ソフィア!」

「ルイス!」

「「誕生日おめでとう!」」

 

 

2人はしっかり抱き合い、嬉しそうにお互いの頬を擦り合わせる。

 

 

「おはようソフィア、僕のかけがえのない宝物!お誕生日おめでとう!」

「おはようルイス、私の唯一の宝物!お誕生日おめでとう!…今年も先に言われちゃったわ!」

「ははっ!これだけは譲れないかな?さあ、寒いし中に入ろう」

 

 

2人は顔を見合わせくすくすと笑い合う。ルイスはポケットから小さな花を出し少女に捧げ、手を取って2人で中に入った。

 

 

12月13日、今日はソフィアとルイスの12回目の誕生日だった。

 

 

 

 

2人は秘密の小部屋で久しぶりにゆっくりと話した後、手を繋いだまま朝食を食べに大広間へ向かった。

たまたま大広間へ向かう階段でハリーとロン、ハーマイオニーと遭遇した2人はそのまま流れでグリフィンドール寮の生徒が集まる長机の後方に座った。

 

サラダを食べながら、いつも以上に上機嫌なソフィアとルイスを見て、ハーマイオニーが不思議そうに首を傾げる。2人が楽しげで明るいのはいつものことだが、それにしても今日は一層幸せそうだ。

 

 

「朝から会ってたの?珍しいわね」

「ええ、そうよ!」

「今日は特別な日だからね!」

「特別?今日何かあったっけ?」

 

 

ソーセージを齧り、ロンが怪訝そうな顔をした。今日は魔法薬学の難解な宿題の締切日だ、確かに悪い意味で特別な日には違いない。

ハリー達は顔を見合わせたが、特に思い当たる事もなく、「わからない」と、首を傾げソフィアとルイスを見た。

 

 

「今日はね──」

「こんな所にいたのか」

 

 

ルイスが幸せそうに微笑みながら答えを言おうとした時、後ろからドラコが現れ、少し不機嫌そうな顔でルイスとソフィアを見下ろした。

ドラコの登場に、ハリーとロンは立ち上がり彼を睨みつける。最早犬猿の中となっている彼らは顔を合わせるたびに常に喧嘩腰だった。

今回も何か嫌味の一つでも良いに来たのだろうか、どうせまたクリスマス休暇に家に帰ることの無い自分への嘲笑だろうとハリーはドラコを睨んだ。

だが、ドラコは睨まれても少しも気にせずハリーとロンを見て鼻で笑う。

 

 

「今日は君たちに関わるなんて馬鹿な真似はしない。今日という日を穢したくないんでね」

「ああ、関わらないでくれてとってもありがたいね!」

「むしろ一日じゃなくて、ずっと関わってほしくないな」

 

 

ロンとハリーが噛み付くように言うが、ドラコはその言葉を無視しソフィアとルイスに向かい合った。

ハリーは、ふとドラコにとっても今日が特別な日なのだと気がついた。──ならば、それが最悪の日になればいいのに、と願ったが、後にすぐ心の中で訂正する羽目になる。

 

 

「ルイス、ソフィア、誕生日おめでとう」

 

 

そう言ってドラコはいつもの嘲笑ではなく、ハリー達には決して見せない優しい笑顔で手に持っていた綺麗な箱を一つ、ソフィアに手渡した。

 

 

「これは、ソフィアに」

「ありがとうドラコ!」

 

 

ソフィアは立ち上がり嬉しそうに満面の笑顔を見せ、両手でしっかりと受け取るとドラコに抱き着き頬にキスを落とす。

すぐにソフィアは離れるとまるで宝物のように綺麗な包装紙とキラキラ輝くリボンを眺めた。

ドラコはソフィアの反応に満足気に微笑み、そのままの表情で今度はルイスに向き合うと、もう一つの箱を渡す。 

 

 

「これは、ルイス、君に」

「ありがとう!ねえ、開けて良いかな?」

  

 

ルイスもまた同じように受け取り、軽くドラコを抱き締めた。

 

 

「勿論、きっと後でフクロウ便で父上からも届くだろう。…おや、まさかポッター達は今日という日を知らなかったのかい?」

 

 

ドラコはぽかんと口を開けているハリー達を見て愉快そうに──憐れむように──笑った。

 

 

「た、誕生日だったの!?なんで教えてくれなかったのよソフィア!」

「え?だって、聞かれなかったもの…」

 

 

包装紙を開けて中から美しいブローチを見ていたソフィアはきょとんとした表情で、蒼白な顔をするハーマイオニーを見上げた。

 

 

「そんな、なんて事なの…!知ってたらお祝いしたわ!…ソフィア、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう、ハーマイオニー!」

 

 

叫ぶようなハーマイオニーの言葉に、ソフィアは嬉しそうに笑うとハーマイオニーに抱きついた。ハーマイオニーは自身の想いが伝われば良いとばかりの渾身の力でソフィアを抱きしめる。

 

 

「あはは!痛いわ、ハーマイオニー!」

「だ、だって…!遅くなるけど、プレゼント用意するわね!」

「ありがとう、楽しみにしてるわ!ハーマイオニーの誕生日はいつなの?」

「9月19日よ」

「もうかなり過ぎちゃってるわね…来年は、お祝いするわね!」

「ええ、ありがとう!」

 

 

ハリーとロンは目の前で強く熱烈に抱き締めあうソフィアとハーマイオニーをしばらく見ていたが、おずおずとルイスに向き合うと眉を下げながら口を開いた。──ハリーは、先程心の中で最悪の1日になれば良いと思ってしまった自分を恥じていた。

 

 

「ルイス、誕生日おめでとう」

「おめでとうルイス、教えてくれたら何か…用意できたのに…」

 

 

ルイスもまたドラコから貰ったソフィアの物と対になっているブローチを光に当てながらその美しさを楽しんでいたが、2人の方を見ると笑いながら首を振った。

 

 

「その言葉だけで嬉しいよ!ありがとう、ハリー、ロン」

 

 

ルイスの心からの笑顔に、ハリーとロンは少しホッとしたように笑った。

 

ドラコはロンに「今から来年のプレゼントのお金を貯めないと間に合わないんじゃないか?」と言いたかったが、折角2人が幸せそうにしているんだ、ここで言い合いをしてその表情が翳るのは見たくないと、彼にしては珍しく嫌味を飲み込んだ。

 

 

「…ルイス、ソフィア、向こうに行かないか?パンジーが祝いたいと言っていた」

「うん、分かった」

「ええ、良いわよ!…ごめんなさい皆、また後でね!」

「うん…バイバイ」

 

 

勝ち誇った顔をするドラコに連れられソフィアとルイスはスリザリン生の集まる場所へ行ってしまった。

残された3人は顔を見合わせる。なんとかして友人の誕生日を祝いたかった。──あのドラコにもらったプレゼントより、2人を喜ばせたかった。

 

 

「お困りのようだな!」

「話は聞いていたぜ!ルイスとソフィアが誕生日なんてな…知らなかった!」

「2人も?…そうなんだよ…僕ら、本当に知らなくて…」

 

 

ソフィア達が行った後、空いた席に座ったのはジョージとフレッドだった。彼らも2人の誕生日が今日とは知らず──聞き耳を立てずとも、ドラコの自慢げな声はよく響いていた──どうにかして2人にとって最高の一日にする事は出来ないかと考えているハリー達と同じ事を思っていた。

 

 

「こんなのはどうだ?──」

 

 

ジョージが小声でハリー達にある計画を伝えた。はじめはどんな案だろうかと眉を寄せて──ジョージの思いつきは愉快ではあるが、あまり良いものではない──聞いていたハリー達だったが、思いつきにしては中々面白く、そして何より最高に思えた。

 

 

「幾つか規則を破るけど、お嬢さんはどう思う?」

「ソフィアとルイスの為だもの!今日は…特別よ!ねぇ?」

 

 

この計画にはハーマイオニーの手伝いが必須であり、フレッドとジョージは規則にやや厳しいハーマイオニーがはたして参加してくれるのか不安だったが、その不安は杞憂に終わった。

ハーマイオニーは皆を見渡し、同意を求めるように問いかける。皆は勿論、すぐに頷いた。

 

 

「じゃあ──そうだな、決行は夕食後…7時だ!」

「ハーマイオニーは6時半から仕上げを手伝ってくれ、俺たちは今日昼から授業がない、準備に取り掛かるよ。ハリーとロンは時間までは決して2人を…ソフィアを近付けないように、頼んだぞ!」

「うん、わかった」

「任せて!」

「楽しみだわ!」

「くれぐれも、2人には気付かれないように!意外と鋭いからなぁ」

「他のやつらにも声かけていいぜ?ただし──絶対に、秘密だ」

 

 

唇に人差し指を当ててフレッドとジョージは声量を落とし悪戯っぽく笑う。こそこそと楽し気に交わされる会話を、周りのグリフィンドール生はまた赤毛の双子が何か企んでいるのだろうと考えていた。

 

 

 

スリザリン生達のいる席へ向かったソフィアとルイスは、パンジーから新しい羽ペンをもらい、嬉しそうに何度もお礼を言った。勿論ソフィアは抱きついたが、まだソフィアに心を許してはいないパンジーは──この贈り物も、将来を見越しての、いわば投資のような物だった──複雑そうな表情をしていた。

 

幸せな気持ちで朝食の続きをとっていると、何百というフクロウ便が生徒達の頭上を飛び交う。今日は雪続きだった天候が少し落ち着いていたためか、いつもよりフクロウの数が多かった。

 

フクロウ達は次々に小包を持ってソフィアとルイスの前に代わる代わる現れ、ベーコンの切れ端を啄みすぐにまた飛んでいった。

 

 

「わぁー!こんなに沢山!」

「授業が始まる前に、部屋に持って帰らないといけないね」

「そうね!ああ!また!…ふふっ困っちゃうわ!」 

 

 

ソフィアは一つも困っていない声でそういうと嬉しそうに包みを開いた。

孤児院の時の兄や姉から、亡き母の友達から、ジャックから、ドラコの家族から、そして、父親であるセブルスからは手紙が届いていた。──宛名には「S」と書かれていただけだったがその理由を充分2人は理解していた。

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、そっと手紙を開く。

 

 

──15時30分 自室で待つ

 

 

短いそれだけが書かれた手紙だったが、2人は何よりも顔を輝かせ、嬉しそうにその文字を撫でた。2人はちらりと教師達が座る上座を見て父の様子を伺ったが、セブルスは一切2人に視線を向けなかった。

今日という日であっても関係を偽るために徹底しているセブルスに、2人は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

ソフィアは3時過ぎ、今日の授業が全て終わると、すぐに薬草学の荷物を片付けて、ハーマイオニー達に申し訳なさそうに謝った。

 

 

「ごめんね、今日は…ニコラス・フラメルについて探せないの」

「謝らないで!勿論良いわよ。今日は誕生日だもの!…何処かに行くの?」

「ええ、…ルイスと夕食までは一緒に過ごそうって約束してるの!多分そうね…6時前には大広間に戻ってくるわ」

「そう…わかったわ、いってらっしゃい!」

「ありがとう!」

 

 

手を振りながら走り去っていくソフィアを見送ったハーマイオニーは、彼女にしては珍しく悪戯っぽく笑いハリーとロンを見た。

 

 

「丁度いいわね!」

「うん、今のうちにいろんな人に声をかけようか!」

「そうしよう!」

 

 

3人はまだ残っていた同級生達に今日の計画を伝えた。皆、はじめは怪訝そうにしていたが、それでもすぐに楽し気に笑うと絶対に参加すると頷いた。

 

 

 

一方その頃、自分達の知らないところで秘密裏に計画が進んでいるとは露知らず、ソフィアとルイスは大広間前で待ち合わせをしてセブルスの研究室へと向かっていた。

研究室までの距離がもどかしいとばかりに走り、それでも嬉しそうに笑いながら地下へと降りていく。

 

 

「先生!ソフィアとルイスです!」

「開いている」

 

 

研究室の扉を叩けば、いつもよりすぐに返事が返ってきた。

きっと、待っていてくれたのだ、そう思うと2人はなんとも言えぬ幸福感に胸の奥が温かくなるのを感じる。

 

 

「失礼します!」

 

 

元気よく、ニコニコとした表情のまま2人は扉を開けた。

幾ら嬉しくて浮き足立っていてもいきなりセブルスに飛びつく事はなく、しっかりと扉を閉めて同時に振り返る。

 

 

「──誕生日おめでとう、ルイス、ソフィア」

「父様!」

「ありがとう!」

 

 

2人は同時に父親の胸の中に飛び込んだ。

セブルスもまたしっかりと抱きとめ──少しふらついたが、それは2人が去年よりも成長した証だろう──優しく頭を撫でる。

 

 

「…向こうへ行こう」

「「はーい!」」

 

 

セブルスは自分の両側に立ち、ぎゅっと腕に抱きついている2人を奥にある自室へと案内した。

 

研究室よりも物が少なく、小さなリビングのような作りになっているセブルスの自室に入り、2人はいつものようにソファに座り、セブルスは目の前の机にアフタヌーンティーセットを出した。いつもは紅茶と少しの茶菓子だけだが、今日は特別だった。

 

 

「わー!美味しそう!」

「僕の好きな卵サンドがある!ソフィアはハムだよね?はいどうぞ!」

「まぁ!ありがとう!」

 

 

直ぐにルイスはナイフとフォークを使いソフィアの分も取り分けると自分も一口サンドイッチを食べた。丁度小腹が空き始めた時間に家族が揃う中で食べるサンドイッチは何より格別だった。

 

セブルスはソフィアとルイスの前にあるソファに座り、楽しそうに笑う2人を目を細めながら優しく見ていた。

 

ソフィアとルイスは誕生日プレゼントをねだる事は無かった。2人にとって、父と過ごせる事、それが何よりの誕生日プレゼントだったのだ。

 

まだ幼い頃、なかなか会うことが出来なかった父に、2人は涙を流しながら、誕生日だけは少しでもそばにいて欲しい、プレゼントは父様の時間が欲しい。そう言ったのだった。

その言葉にセブルスは心が痛むのを感じた。蔑ろにしていたわけではない、2人を確かに愛していた、だが、どうしても2人と会うとその面影のよく似た人達の事を思い出して辛く、無意識のうちに避けていたのだ。

 

それからセブルスは週末は家に帰るようになり、誕生日は必ず数時間でも2人と過ごした。会う回数が増えるにつれ、2人の精神も安定していった、やはり、父に会えない事は幼い子どもにとって大きな負担だった。

ルイスはソフィアの兄として落ち着きを見せ、ソフィアはルイスに見守られ甘やかされ、やや、我儘に育ったが。

それでもセブルスは良い子達に育ったものだとしみじみと思う。

少々、規則を破る事はあるが、それでも周りの教師からの信頼も厚く、将来を期待されているようだ。自分が2人の父親だとは決して明かさなかったが、職員室で2人が話題に上がるたびに誇らしい気持ちになったものだった。

 

 

ルイスとソフィアは夕食時までゆっくりと家族3人で過ごした。

共に広間に行く事はできないというセブルスに、2人は飛びつくように抱き着き、そして頬に沢山の愛情を込めてキスを落とすと何度も手を振り、ようやく大広間に向かった。

 

 

「素晴らしい誕生日だね!」

「そうね!本当、楽しい時間だったわ!」

 

 

2人は手を繋いだまま大広間に向かう、アフタヌーンティーを食べたとはいえ、もう時刻は6時半を過ぎている。ずっと色んなことを話していたからか、そこそこ空腹だった。

 

 

「ソフィア、ルイス!今日僕らと食べない?」

「ハリー!勿論!誘ってくれるなんて嬉しいな」

「ええ勿論よ!早く行きましょう!」

 

 

大広間の入り口で2人を待っていたハリーとロンは、拒否されなかった事にほっと安心し、グリフィンドール生が座る長机へと向かった。

 

ソフィアはそこに座るグリフィンドール生達を見て、いつもより閑散としている事に気付いた。

 

 

「あれ?ハーマイオニーは?」

「あー…なんか、授業の質問があるっていって何処かに行っちゃった」

「ふぅん?もう夕食の時間なのに…」

「話し込んでるんじゃない?」

 

 

少し気にしたソフィアだったが、今までにも何度かハーマイオニーが夕食時に遅れてくる事はあったため今日もそうだろうと思いすぐに目の前の食事に手をつけた。

ルイスもまたピザに手を伸ばし、美味しそうに食べていた。

 

ハリーとロンは何故か料理に手をつけず、そわそわとした表情でソフィアとルイスを見た。ロンは何度も時計で時刻を確認していたし、ハリーは2人が料理を食べるたびに何か言いたげに口を開き、そして閉じる。

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせる。何かがおかしい、どう見ても2人は挙動不審だった。

 

 

「どうしたの?なんか…2人とも変だよ」

「…まさかまたハーマイオニーに何かしたの?」

 

 

訝しげにソフィアが聞けば、2人はブンブンと首を振った。

 

 

「あ!そうだ!ハーマイオニーがね、2人にグリフィンドール塔まできて欲しいって言ってたよ!」

「そうそう、何か言いたい事があるんだって!行こう!さあ、立って!」

「えっ…!ま、まだ食べてるんだけど」

 

 

まだ、デザートも食べてない。2人は顔を見合わせたが何か焦ったようなハリーとロンに促され、仕方がなく立ち上がる。

ハリーはソフィアの手を取り、ロンはルイスの手をとり、足早にグリフィンドール塔へと向かった。ルイスとソフィアは引っ張られながらちらりとお互い顔を合わせ、首を傾げた。

 

 

「グリフィンドール塔初めてきたよ。…怒られないかな?」

「大丈夫、ほら、誰もいないし!」

「…ハーマイオニーも居ないけど…」

 

 

ぎくり、とハリーとロンが肩を震わせ、曖昧に微笑んだ。

 

 

「ハリー?ロン?あなた達一体なんのつも──」

動きよ止まれ!(アレスト・モメンタム!)

 

 

ソフィアが怪訝な顔で2人に向かい合った時、後ろからハーマイオニーが呪文を叫ぶ声がした。

ソフィアとルイスは呪文を受け、びしりと固まったまま動けない。その目は驚愕に見開いていた。

 

 

「ちょっとごめんね!」

 

 

ハリーとロンはそう言いながら動けない2人の頭にすっぽりと紙袋を被せ、ルイスに向き合う。ルイスのスリザリンカラーのネクタイをそっと外すと、素早く自分のネクタイを外し、ルイスの首にかけた。

 

 

「…よし!オッケー!」

「ルイス、ソフィア、心配しないで!」

 

 

ハリーはソフィアを抱き上げ、その軽さに少し驚きながらも素早くグリフィンドール塔を駆け上がる。ロンもまた同じようにルイスを抱き上げ後ろに続いて走った。

 

 

「まぁ、一体何事?」

「あー彼ら気分が悪いみたいなんだ」

「顔色が悪くて、誰にも見られたくないんだって」

 

 

目隠しをされ運ばれているソフィアとルイスを怪訝そうに見ながらも、太ったレディは合言葉を告げられしぶしぶその扉を開けた。

 

 

「私、先に上がるわ!2人を引き上げるから、持ち上げて?」

「うん、わかった」

 

 

少し高さのある肖像画を潜るために3人は協力してソフィアとルイスを何とか運び入れた。談話室の中まで連れて行くと、しっかりと2人を立たせる。

 

 

呪文よ終われ!(フィニート・インカンターテム!)

 

 

ハーマイオニーは解呪魔法を2人にかけた。ソフィアとルイスは少しよろめきながらしっかりと床を踏み締める。

 

 

「目隠し、もうとっていいよ!」

 

 

どこか楽しげなハリーの言葉に、2人はゆっくり頭にかぶせられている紙袋を外した。

 

 

「誕生日おめでとう!」

 

 

その声と共に沢山のクラッカーが鳴り、花火が上がり、歓声が響く。

2人は目の前の光景に、言葉を無くし目を見開いた。

 

グリフィンドールの談話室には色とりどりの紙吹雪が舞い、風船がそこかしこに浮いている。奥には「ソフィア、ルイス誕生日おめでとう!」と書かれた大きな横断幕が飾られ、色とりどりの色で光り輝いていた。

机の上にあるのはどこから持ってきたのか、大きなバースデーケーキだった。沢山のグリフィンドール生が集まり、割れんばかりの拍手をしていた。

 

 

「わぁーー!!すごい!!」

「なんて素敵なの!!?」

 

 

2人は頬を紅潮させ、興奮したようにその場で跳ねた。

悪戯成功!とばかりにハリー達は笑い、談話室の中央へ2人を優しく押し出した。

 

 

「さあ!蝋燭を吹き消して!」

「ちゃんと願い事を考えながらな?」

 

 

頭の上に先から火花を散らせる三角帽子を被っているフレッドとジョージが笑いながら2人をバースデーケーキの前に立たせる。

 

ソフィアとルイスはこれ以上の幸福はないと言ったようなキラキラとした笑顔で何度も頷いた。

 

 

「願い事は決まっているわ!」

「そうだね、きっと僕らは同じ事を考えているに違いない!」

 

 

2人は顔を見合わせ、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

 

「「こんな素敵な誕生日会をありがとう!皆に素晴らしい幸福を!」」

 

 

そう叫び、2人は同時に蝋燭を吹き消した。

歓声と拍手、そしておめでとうの声が響く中、2人は照れたように、本当に幸せそうに笑った。

 

この企画をしたのがフレッドとジョージだと分かると、ソフィアは何度も2人を抱きしめ頬に感謝のキスを送る。ルイスもまた初めて話すグリフィンドール生と楽しげに過ごしていた。スリザリンとは思えない温和で優しく、少し遊び心もあるルイスの事を、皆大好きになっていた。

勿論、元々ソフィアの兄だという事で嫌われては居なかったのだが。

 

暫く2人は色々な人と話し、沢山の祝福を受けたあと、窓際に座り2人を見ていたハリー達の元へ向かった。

 

 

「これを企画してたから、ちょっと変だったのね?」

 

 

くすくすと笑いながらソフィアはロンとハリーに言う。ハリーとロンは顔を見合わせ、苦笑した。

 

 

「バレちゃわないかって、本当ひやひやしてたんだよ!」

「それに、ケーキがあるってわかってたから、2人が料理を食べるたびに…お腹いっぱいになったらどうしようか心配で…」

「ああ、だからチラチラ見てたんだね!ふふ、全然気が付かなかった!」

 

 

ルイスは先程大広間での2人を思い出し、愉快そうにくすくすと笑った。

 

 

「本当にありがとう、3人とも大好きよ!」

「3人とも、僕の大切な友人だよ!」

 

 

ソフィアは3人をぎゅっと抱きしめ、それぞれの頬にキスをする。3人とも少し照れたがそれでもソフィアからの感謝の気持ちを確かに感じ、嬉しそうだった。

ルイスもまた嬉しそうに3人を抱きしめた。

この中で1番嬉しかったのはルイスだろう、自分は寮が違う、それにもかかわらずこうしてソフィアと共に祝ってくれた事が嬉しかった。

中には絶対に、スリザリン生の自分がここに来る事をよく思わない生徒もいた筈だ。それは、当然のことだ。きっと、彼らは自分が知らないところで沢山動き回り、説得してくれたのだろう。

そんな彼らの優しさが、本当に嬉しかった。

 

 

実際、この企画を成功させるために彼らはかなりの努力をした。何せ急な計画だったため、準備する時間は限られていたからだ。フレッドとジョージは忍びの地図を使いゾンコや雑貨店へ行き飾り付けを買い、ホグワーツにいる屋敷僕に友人の誕生日を祝いたいからこっそりケーキが欲しいと頼んだ。そして、頑としてスリザリン生であるルイスを入れることを拒絶したパーシーを魔法で眠らせた。

 

ハリーとロン、ハーマイオニーは誕生日会を行う事をこっそりとグリフィンドール生達に伝えた。勿論参加は強制ではないが、その時間談話室を使う事を許して欲しいと皆に聞いて回ったのだ。流石に全てのグリフィンドール生に3人だけで言う事は出来ず、ソフィアと親しくぜひ祝いたいと言うラベンダーやパーバティも手伝い、何とか殆どのグリフィンドール生に伝えることが出来た。

もとより、グリフィンドール生は楽しい祭ごとであれば割と許容する者が多いからこそ、成功したのだろう。

ハーマイオニーは数々の魔法を使い、フレッドとジョージと共に談話室を彩った。

 

ソフィアとルイスのとびきりの笑顔を見て、今までの苦労が報われたのだと3人は安心したように笑った。

大切な友人である2人が、何よりも幸せそうに笑っている事が嬉しかった。

 

 

 

こうして、ソフィアとルイスの誕生日会は大成功し、この日の記憶は2人にとって最も幸せな記憶の1つとなった。

 

 

 

 

 



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36 クリスマス!

 

 

クリスマス休暇が始まった。

ソフィアとルイスのルームメイト達は皆家へ帰ってしまった為、2人は良く大広間か花束を持つ少女の部屋で過ごした。図書室でニコラス・フラメルについて探してはいたが、収穫は全くなく少し飽きてしまい、たまに全く関係の無い本を読んで気を紛らわしていた。

 

ハリーとロンは、人も殆ど居ない為ルイスをグリフィンドール寮へ誘ったが、あの日──誕生日の事だが──特別で、流石に何度も入る事はダメだろう、とルイスはやんわりその誘いを否定した。それに、監督生のパーシーはホグワーツに残っていた為、彼の目を何度も盗むのは難しい。

 

 

クリスマス当日、ソフィアは枕元にある沢山のプレゼントを嬉しそうに開き、父からのプレゼントである高度変身術集を夢中になって読んだ。

その日のクリスマスのご馳走はとても豪華な物だった。生徒が少ないにも関わらず、素晴らしい豪勢な食事を振る舞うダンブルドアに、ソフィアは尊敬の眼差しを向けながら大好物のブランマンジェがある事に気づき歓声を上げて何度もおかわりをした。

ルイスもまた、美味しいプディングを食べ満足そうに笑う。ルイスはハリー達と共に座っていたが、勿論誰も何も言わなかった。

 

 

「ルイス、──ほい、一緒に引っ張ろうぜ!」

「うん!…かなり大きいね、これ!」

 

 

フレッドが持ってきた抱えるほど大きなクラッカーを一緒に引っ張れば、大砲かと思うほど大きな爆音と共にピンク色の煙がもくもくと上がり、様々な楽器を持つ音楽隊がファンファーレを奏でながら現れ、真っ白なウサギが数羽飛び出した。

 

いつも各自静かに食事をとっている教師達も、今日ばかりは楽しげに会話をし声を上げて笑っている。

ソフィアはマクゴナガルが酔っ払ったハグリッドに頬にキスをされ、照れながらもくすくすと笑っているのを見て少し驚いた。

 

 

ソフィアもルイスも両手に抱えきれない程のクラッカーのおまけを手に持ち、一度部屋へ戻った。

この後中庭でハリー達と待ち合わせをしているため、充分な防寒具を身につけ、2人はぱたぱたと中庭に向かった。

既にウィーズリー4兄弟とハリーが雪合戦をしていて、ルイスとソフィアは顔を見合わせ、直ぐに笑顔になりその雪合戦に混じった。

 

 

「きゃっ!──ルイス!雪を付き纏わせないでよ!」

「はは!──うわっ!」

「ルイス!後ろがガラ空きだぜ!」

「もう!魔法ありなら初めから言ってよね!ーーバルフォース(鳥になれ)!ーーオパグノ(襲え)!」

 

 

ソフィアは雪玉に魔法をかけ、雪で出来た鳥を弾丸のように皆に襲わせた。鳥達はハリー達の頭を突っつき、最後は背中に突撃し雪玉へと戻っていった。

 

雪合戦中は動き回っていて熱かった体も、終われば寒くなり、びしょ濡れで凍えながらルイスはスリザリン寮に、ソフィア達はグリフィンドール寮に戻った。

 

ソフィアは服を着替え、微かな倦怠感から欠伸をひとつ零すとベッドの中に潜り込みそのまま心地よい夢の中に旅立った。

 

 

 

 

夜の8時前、クリスマスディナーを食べた後ソフィアとルイスは魔法薬学の研究室へと向かい、その扉を叩いた。先日と同様すぐに返事があり、扉が開かれる。

 

 

「父様、メリークリスマス!」

「クリスマスケーキは食べた?とってもおいしかったわよね!」

「メリークリスマス、ソフィア、ルイス」

 

 

2人はセブルスに促され彼の自室へと入り、いつものようにソファに座った。

温かい紅茶を飲みながら、ソフィアとルイスは家族で過ごすクリスマスを幸せな気持ちで過ごしていた。

 

 

「…ソフィア、変身術の個人授業は順調か?」

「ええ!今は大きなものへ変身させる練習をしているの!私、いつかドラゴンに変えてみたいわ!そして、背中に乗って飛ぶの!」

「えー?ドラゴン?ドラゴンはかなり高度で成功者は少ないって聞くよ?」

 

 

ソフィアに出来るのかなぁ、とルイスは懐疑的に言うが、ソフィアは全く気にせず自信に満ちた目でルイスの目を見た。

 

 

「マクゴナガル先生は、応援するって言ってくださったもの!」

「ふーん?じゃあ初めは赤ちゃんドラゴンから始めるの?」

「…それは盲点だったわ!…たしかにいきなりドラゴンの成体は難しいわよね…今度マクゴナガル先生に言ってみるわ!ありがとうルイス!」

「どういたしまして?」

 

 

セブルスは2人の会話を聞き、アリッサも同じようにドラゴンに変身させる夢を持っていた事を思い出した。それは叶う事は無かったが、もし彼女が今生きていれば、きっと心から喜んだだろう。

 

 

「…アリッサ…お前達の母親も、変身術の才能があった。…ドラゴンに変身させてみたいと、よく言っていた」

「えっ…母様は変身術が得意だったんだ…ソフィアは母様に似たのかな?」

「ふふ!嬉しいわ!…ルイスは父様に似たのね、魔法薬学が得意でしょう?」

「そうだね!…ねえ、父様?母様の話…僕、もっと聞きたいな」

「私も聞きたいわ!…ねえ、だめかしら?」

 

 

ルイスとソフィアはセブルスの腕にくっつき、下から見上げ甘えるような声を出した。セブルスは優しい眼差しで2人を見つめ、少し言葉を選ぶようにしながらぽつぽつと2人の母親の事を話した。

 

 

「…アリッサは…スリザリンだったが…ルイスのように、他の寮に友がいて慕われていたな。…いつも彼女の周りには人が絶えなかった」

「へー!スリザリンだったんだ!」

「…もしかして、私だけグリフィンドールなの?」

 

 

ソフィアは少し不服そうに頬を膨らませた。

家族の中で自分だけがグリフィンドールなのは、なんとなく仲間はずれになったような気がしたのだ。

 

 

「そうだな。まぁ…アリッサはスリザリンらしくは、無かったな。才能に恵まれた彼女は、たまに疎まれる事もあったが…気にせずいつも2人のように笑っていた」

「へー?…ソフィアみたいな性格だったの?」

「ああ。…だが、彼女はソフィアほど規則を無視せず、悪戯を仕掛ける事もなかったが」

「……紅茶、美味しいわー」

 

 

セブルスがソフィアを見ながらちくりと言えば、ソフィアは舌をぺろりと出して何も聞こえなかったふりをした。

ルイスはセブルスが静かに自分達の母親──彼の亡き妻のことを話すのを見て、まだその横顔に僅かな寂しさと悲しみが写っている事に気付いた。

 

 

──母様が亡くなったのは、僕らが一歳になって少しだ。11年が経っても、悲しいんだ。

 

 

「ねぇねぇ父様!どっちから告白したの?」

 

 

ソフィアはセブルスの膝の上に上半身を乗せ、にやにやと笑いながら聞いた。

セブルスはソフィアを見下ろし、少し沈黙した後で微かに微笑む。

 

 

「……それを伝えるには、まだ2人は幼い」

「えー!?教えてよー!」

「ねね、母様モテたでしょう?どうやって射止めたの?それだけでも!お願い父様!」

 

 

ルイスとソフィアの声をセブルスは無視し、紅茶を飲んだ。

懐かしい記憶が蘇る、何年たっていても、その記憶は褪せる事なく思い出せる。

 

 

3年生になってすぐだった。

図書室で宿題をしていると、アリッサは何の前触れもなく口を開いた。

 

「ねえ、セブ、あなた結婚式はしたい?」

「…何の話だ」

「何がって、私たちの結婚の話よ」

「…僕と、結婚?」

「あら、ご不満がおありで?」

 

 

悪戯っぽく笑うアリッサに、戸惑いを隠せなかった、結婚という話以前に自分達は恋人同士ですら無かった。その時既に恋心を抱いていたのは間違いなかったが、彼女は自分に対しそんな素振りを一切見せたことは無く、何かの冗談かと思ったほどだった。

 

 

「冗談ではないわ、セブ。…セブルス、あなたは私と結婚するのよ」

 

 

当然の事のように言う彼女はとびきりの笑顔を見せ、頬は赤く染まっていた。

彼女は誰からも好かれていた、たしかな美貌と、誰に対しても分け隔てのない優しさ、学力も高く常に上位をキープし、教師の信頼もあつい。

ただ、少し頭のネジの1本は外れているようだと、その時思った。

 

 

「愛しているわ」

「僕も、…愛している」

「知ってたわ!」

 

 

そう言って彼女はまた何の前触れもなく、ほぼ無理矢理自分の心も、唇も奪っていったのだった。

 

 

 

 

 

「──父様!ねえ、教えてよー!」

「それは出来ない」

 

 

きっぱりとセブルスが言えば、2人はぷくっと頬をわざとらしく膨らませた。

 

ルイスとソフィアはその後セブルスにくっつくようにして寝てしまい。セブルスも2人のルームメイトが誰もいない事を知っていた為無理に起こす事はせず、自分のベッドまで抱き運ぶと幸せそうに微笑みながら眠る2人の額に口づけを落とし、夜の見回りへと向かった。

 

 

 

 

 



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37 私ののぞみは何なの!?

 

 

翌朝、ソフィアとルイスは他の生徒にバレないようこっそりと研究室から抜け出し──クリスマス休暇にわざわざセブルスの研究室を訪れる者はまず居ないだろうが──朝食を取るため大広間へ向かっていた。

 

 

「ソフィア!ルイス!聞いてよ!昨日すごい鏡を見つけたんだ!」

 

 

2人を見つけたハリーはすぐに駆け寄ると夢に浮かされたようなぼんやりとした目で、興奮しながら昨夜何を見たのかを教えた。

 

 

「へえ?ハリーのご両親かー!僕も会ってみたいな!」

「2人とも見に来る?今晩もいくつもりなんだ!」

「ええ、是非!でも、その透明マントだっけ?…4人もはいれるかしら」

 

 

ソフィアは3人をまじまじと見ながら伝えた。ハリーとロンは顔を見合わせ、少し考えたもののすぐに頷く。

 

 

「大丈夫だと思うよ」

「ルイスもソフィアも小さいしね!」

 

 

密かに2人が気にしていた事を背の高いロンに言われ、ソフィアとルイスは少し怒ったように眉を吊り上げそっぽを向いた。

 

 

夜グリフィンドール塔の側で待ち合わせたルイスと共に4人はこっそりと夜の廊下を進んだ、流石に4人でマントを着るのは難しく、かなりのろのろ歩きになってしまい、なかなか目当ての部屋が見つからずロンは寒さにぶつぶつと文句を言っていた。

 

 

「凍えちゃうよ、もうあきらめて帰ろうよ」

「嫌だ!この辺りのはずなんだ…あっ!ここ…ここだ、そう、…ここだ!」 

 

 

ハリーは漸く目当ての部屋を見つけ、さっと扉を開ける。マントを素早く脱ぐとハリーは一目散に中央に立つ鏡の元へと向かった。

 

 

「ほら、ねっ?」 

 

 

ハリーの笑顔に、ロンとソフィア、ルイスは顔を見合わせハリーの隣に立ったが、ハリーが言うように家族は見えなかった。

 

 

「何も見えないよ」

「ほら!みんなを見てよ、…たくさんいるでしょ?」

「うーん、僕しかうつってない…ソフィアとルイスはどう?」

 

 

ロンは困ったようにソフィアとルイスを見たが、2人とも同じような困り顔で首を振った。

 

 

「私も見えないわ」

「僕もだよ」

「ちゃんと見てごらんよ!ほら、僕の隣に立って!」

 

 

ハリーが脇に移動し、ロンを前に押しやった。ロンは怪訝そうな顔で鑑をじっと見ていたが、突然ぽかんとした表情にかわり食い入るように鏡を見つめる。

 

「僕を見て!」

「家族みんなが、囲んでいるのが見えた?」

「ううん、僕1人だ…でも僕じゃないみたい…もっと年上にみえる…僕、主席だ!ビルがつけていたようなバッチをつけている…最優秀寮杯と…クィディッチ優勝カップを持ってる!…僕、クィディッチのキャプテンなんだ!…ソフィアとルイスも見てごらんよ!」

「え、ええ…わかったわ」

 

 

興奮するロンに押しやられ、2人が揃って鏡の前に立った。

 

暫く、ルイスには何の変化もない、ただソフィアが隣にいるだけに見えた。

しかしその後ろから父が現れ、ルイスは抜け出しているのがバレたのかと慌てて後ろを振り返った。しかし、背後には興奮状態のロンと、どこか縋るような目で鏡を見つめるハリーしかいない。

 

 

「…僕には…ソフィアと…父様が写って見える…。ソフィア、君は?……?…ソフィア?」

 

 

ソフィアは先ほどのロンと同じように食い入るように鏡を見ていた。

驚きに目を見開き、そして信じられないのか口を抑えている。ロンとハリーと異なる事といえば、その目には戸惑いが含まれていた。

 

 

「私…私、家族が…見える…私の…父様と…母様と…」

 

 

ソフィアはそこで言葉を区切り、ルイスを見た。そしてもう一度鏡を見て、何かを振り払うように激しく首を振り鏡の前から離れた。

 

 

「この鏡は未来を見せてくれるのかなぁ?」

「いや、そんな筈ないよ…僕の家族はみんな死んじゃったもの…ルイスとソフィアもそうでしょ?もう一度僕に見せて…」

「君は昨日独り占めにしたじゃないか!もう少し僕に見せてよ!」

 

 

ロンとハリーが鏡の前を取り合うのを、ソフィアとルイスは少し離れた場所で見ていた。ソフィアは、そっとルイスの手をとり強く繋いだ。その手は僅かに、震えている。

 

ルイスはきっと亡くなった母を見て狼狽えているのだろうと思い、優しくその手を握り返した。

 

 

ソフィアは、何も言わずじっと鏡を遠くから見つめる。

 

 

ソフィアが見たのは自分を囲むようにして、優しく微笑みながら寄り添う母と、その隣に立つ父、隣にはルイスがいた。

そして、もう1人、見覚えのない少年が、母と父の隣に立って優しくソフィアを見つめていた。

 

突如、外の廊下で物音がした、ハリーとロンはどれほどの大声で討論をしているか、気がつかなかった。慌てて4人はマントを被り、身を縮こまらせた。

 

扉の向こうから蛍のように目を光らせ、ミセス・ノリスが静かに部屋の中に入ってきた。暫くミセス・ノリスはゆっくりと部屋を見渡し、部屋の中をぐるりと一周すると尻尾を揺らめかせながらまた廊下へと戻っていった。

 

 

「今日はもう戻った方がいいわ」

「そうだね、フィルチのところに行ったかもしれない…さあ、戻ろう」

 

 

まだここに留まっていたかったハリーを無理矢理ロンは引っ張り、4人はそろそろと部屋から抜け出した。

 

 

 

ソフィアはベッドの上で先ほど見た光景を思い出していた。

さっきの光景は何だったのだろうか。それに、あの鏡は何を写す鏡なのだろう。

ハリーは、家族が見えた。

ロンは、素晴らしい将来の自分が見えた。

ルイスは、父様と私が見えた。

私は、家族と、見知らぬ少年が見えた。

 

──その共通項は、なんだろう。

 

 

いくら考えても分からず、ソフィアは寝返りを何度もうちながら目を閉じた。

 

脳裏に浮かぶのは、黒髪と、黒い目を持つ、自分より背の高い年上らしき少年だった。

見覚えは無い、もしかして将来の恋人とかだろうか?いや、それならあの少年だけが写ってもいいはず、なぜ家族の中に…家族のように混ざっていたのだろうか。

 

 

次の日の朝、ソフィアは眠たい目を擦りながら談話室へ向かった、そこにはぼんやりとした表情のハリーと、心配そうにハリーを見るロンがいた。

 

 

「おはよう」

「おはよう、ソフィア。…あ!ハリー、ソフィアがきたよ、朝ごはんを食べに行こう?」

「行かない、お腹減ってないんだ」

「…今日は何する?チェスでもする?」

「…しない、ソフィアとすれば?」

 

 

ロンとソフィアは顔を見合わせる、ロンはため息をつき首を振った。

 

 

「さっきからこの調子なんだよ…」

 

 

ソフィアはぼんやりと暖炉の火を見つめるハリーの肩をそっと叩いて隣に座った。

 

 

「私と競技場で…箒に乗らない?」

「…ううん、そんな気分じゃないんだ…」

 

 

ソフィアはまさか、箒に乗る事も拒否されるとは思わず驚きに目を見開いた。ハリーが最も好きで興味があることでも気がひけないなんて、一体何があったのだろうか。

 

 

「…重症ね」

「…ハリー、あの鏡の事を考えてるんだろう。今日は行かない方がいいよ」

「どうして?」

「わかんないけど、なんだかあの鏡…嫌な予感がするんだ。それに、フィルチもスネイプもミセス・ノリスもうろうろしているよ。今度こそ見つかるよ!もし君がぶつかったらどうする?」

「そうよ、ハリー、今日あなたおかしいわ…大人しくしておいた方がいいわ」

「君たち、ハーマイオニーみたいな事をいうね」

「本当に、心配しているんだよ」

「ハリー…いっちゃだめよ」

 

 

ソフィアとロンは必死にハリーを説得しようとしたが、ハリーは頷く事も首を振る事もなく、ただじっと揺らめいている炎を見ていた。

 

ソフィアも、本音を言えばあの鏡の前に立ち、もう一度よく少年を見たかった。はじめは動揺して見覚えのない知らない人だと思ったが、よく考えれば微かに、見覚えがある気がした。

どこで出会ったのかはわからない、ただ、あの目に見覚えがあったのだ。

 

 

ソフィアとロンは梃子でも動こうとしないハリーを大広間に連れて行くのを諦め、2人で大広間に向かった。何かサンドイッチでも持っていってあげようと話し、大広間の入り口で待っていたルイスと共に席に着く。

 

 

「ハリーは?」

「なんか、変なんだ、多分あの鏡を見てから…僕、嫌な予感がするんだ」

「んー…あの鏡は何を写していたんだろうね…」

「さあ…何なのかしら、でも、私も…もう行かない方がいいと思うわ」

 

 

ソフィアは自分に言い聞かせるように呟いた。

そして、ふと上座にいる教師達をなんとなく見た。その中にいるセブルス──父を見ていると、視線に気付いたのかセブルスはなんだと言うようにソフィアを見返す。

 

 

「──あっ!」

 

 

ソフィアは小さく悲鳴を上げた。

 

 

「どうしたの?」

 

ルイスとロンが不思議そうに自分を見ている事に気付き、ソフィアは慌てて首を振り目の前にあったトーストを手に取り誤魔化した。

 

 

「ううん、何でもないの。…なんでも」

 

 

あの少年の目をどこで見たのか、ソフィアは気がついた。

 

 

──父様の目に、そっくりだわ…。

 

 

ソフィアはこの話を、誰にも──ルイスにも言う事が出来なかった。何故だか分からない、言ってはならないような気がしたのだった。

 

 

 

 



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38 賢者の石!

 

 

新学期が始まった。

久しぶりにハーマイオニーと再会し、ソフィアは喜びぎゅっとハーマイオニーを抱きしめた。

 

グリフィンドールの談話室でハーマイオニーにクリスマス休暇中何があったかを話し、三度も夜中に抜け出したのにニコラス・フラメルについては一向に進展が無かった事を知ると悔しそうに足を叩いた。

 

 

「ニコラス・フラメル…実は、わたしその名前に見覚えがあるの…でもどこで見たか…うーん…思い出せないわ…」

「ソフィアも?僕もどこかで見たんたけど、思い出せないんだ!」

「ハリー!ソフィア!なんとかして思い出して!」

 

 

ハーマイオニーの必死な声に、2人は小さく頷く。

新学期が始まり、彼らは何度も図書室でニコラス・フラメルの名前を探したが全く見つからず、諦めかけていた。そもそもどの分野に秀でている人かもわからない、この図書室には何万もの本があり、たった1人を探し出すことは無謀な事に思えた。

 

ダメ元でソフィアとルイスは花束を持つ少女の部屋にある本棚を探して見たが、そこにもニコラス・フラメルの名前はなかった。

 

 

ハリーがクィディッチの練習をしている間、ソフィアは談話室でハーマイオニーとロンのチェスの対決を見ていた。ロンのチェスの腕前はなかなかのもので、今のところハーマイオニーもソフィアも、ルイスでさえロンに勝つことは出来なかった。

 

 

「あら、ハリーお帰りなさい。…はい、タオル」

 

 

外が横殴りの雨だったため、きっとびしょ濡れで帰ってくるだろうというソフィアの予想は辺り、ハリーの黒髪からは水滴が滴っていた。ふかふかのタオルを手渡せば、ハリーは硬い表情のままそれを受け取る。

 

 

「ありがとう…」

「どうしたの?」

「それが…」

 

 

ハリーは頭を拭きながらロンの隣に座り、声を顰めてセブルスが次のクィディッチの審判をする事になったと4人に告げた。

 

 

「先生が?…先生って、クィディッチのルール知ってるのかしら」

 

 

ソフィアは驚き思わず呟いた。

父がクィディッチに詳しいだなんて、聞いたことが無い。むしろ、箒に乗っている所も見た事がなかった。

 

 

「試合に出ちゃだめよ!」

「足を折ったってことにすればいいんだ…いっそ本当に折っちまえ!」

「出来ないよ!シーカーの補欠は居ないんだ、僕が出ないとグリフィンドールはプレイ出来なくなってしまう…」

 

 

項垂れるハリーに、三人は顔を見合わせ気遣うように肩を叩いた。

 

 

「ねえハリー?でも、先生…スネイプ先生も、他の先生達が見ている前で…そんなに酷いことはしないと思うわ」

「そうかなぁ…そうだと良いけど…」

 

 

ソフィアは疲れたように微笑むハリーを見て何も言えなくなってしまう。

この中で父の無実を信じているのは自分一人だけだ、きっと何を言おうと彼らは納得しないだろう。

それこそ、自分が娘だと明かさないかぎりは。そう、思ったもののソフィアはその秘密だけは彼らに伝えられなかった。

 

ソフィアはもう、ハリー達のことを心からの友人だと思い、秘密がバレてしまい退学し、離れ離れになるなんて嫌だった。…考えられなかった。

 

 

その時、ネビルが談話室に倒れ込んできた。どうやら両足がぴったりとくっついているようで、何度も倒れたのだろう、身体中白い埃と汚れがついていた。

 

そんなネビルを見て皆が吹き出し笑ったが、ソフィアとハーマイオニーはすぐにネビルに駆け寄った。

 

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ 終われ)!」

スコージファイ(清めよ)…ネビル、大丈夫?」

 

 

ハーマイオニーがネビルにかかっている呪文を解き、ソフィアが汚れを清めるとネビルは2人にお礼を言ってよろよろと立ち上がる。

ハーマイオニーは震えるネビルを気遣いながら、そっとハリーとロンの所まで連れて行った。

 

 

「どうしたの?」

「マルフォイが…図書館の隣りで会ったんだ…誰かに呪文を試してみたいって…ルイスも、居なくて…」

「まぁ!マクゴナガル先生のところに行きなさいよ!マルフォイがやったって報告するのよ!」

 

 

ハーマイオニーはドラコの行いにいきりたつが、ネビルは顔色を悪くしたまま首を振った。

 

 

「これ以上面倒は嫌だ」

「ネビル、マルフォイに立ち向かわなきゃダメだよ。あいつは平気でみんなを馬鹿にしてる。だからといって屈服してヤツをつけ上がらせていいってもんじゃない」

「先生に言いたく無いのなら…ルイスに相談しに行く?きっと、ルイスはドラコの行いを叱ってくれるわ」

 

 

ロンとソフィアの言葉にも、ネビルは首を振る、誰とも目をあわせず、じっと自分の膝の上に握る白い手を見つめていた。

 

 

「僕が勇気がなくてグリフィンドールにふさわしくないなんて、言わなくってもわかってるよ。…マルフォイがそう言ってたから」

 

ネビルは今にも泣きそうに声を詰まらせながら小さな声で呟く、ハリーはポケットから一つ残っていたカエルチョコを取り出し、ネビルに手渡すと優しく語りかけた。

 

 

「マルフォイが束になったって君には及ばないよ。組み分け帽子に選ばれて君はグリフィンドールに入ったんだろう?マルフォイはどうだい?スリザリンさ!」

 

 

ハリーは腐れスリザリン、と言おうと思ったが、ルイスもスリザリンだと思い出しその言葉を飲み込んだ。

ネビルはカエルチョコの包みを開け、微かに微笑んだ。ハリーの励ましに、少し元気が出たようで、ハリー達はほっと安堵の息をつく。

 

 

「ハリー、ありがとう…僕、もう寝るよ…カードあげる。集めてるんだろう?」

 

 

ネビルは手から逃げ出そうとするカエルチョコを口の中に押し込みながら、背中を丸めとぼとぼと部屋へ戻った。

ハリーはその悲しげな背中を見送り、渡された有名魔法使いカードを眺めた。

 

 

「またダンブルドアだ…僕が初めて見たカード…」

「…ダンブルドア?……、…ああっ!!ハリー!そうよ!その裏をみて!」

 

 

ソフィアが急に興奮したような叫び声をあげ、ハリーはその裏の説明文を読む。

ハリーは息を呑んだ。そうだ、どこで見たのか思い出した。この説明文の中で見たんだ!

 

 

「見つけたぞ!フラメルを見つけた!どっかで見たことあるって言ったよね?ほら、みて…」

 

 

ハリーはソフィアと同じく興奮しながらその裏の説明文を読み上げ、皆の顔を見渡した。

ハーマイオニーは興奮し跳び上がり、「ちょっと待ってて!」というと女子寮の階段を駆け上がっていったが、すぐにハーマイオニーは巨大な本を抱えて矢のように戻ってきた。

 

 

「この本で探してみようなんて思いつきもしなかったわ!ちょっと軽い読書をしようと思って、随分前に図書館から借りたの」

「軽い?」 

 

 

あまりに巨大で分厚い本だったが、ハーマイオニーにとっては軽い読書なのかとロンは信じられないような目でハーマイオニーを見つめる。

 

 

「これだわ!これよ!──ニコラス・フラメルは、我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者!」

「何、それ?」

 

 

ハリーとロンは賢者の石が何か分からず、顔を見合わせ首を傾げる。

 

 

「賢者の石はね、金属を黄金に変えられたり…命の水、っていう飲めば不老不死になれる水を生成する事が出来るのよ」

 

 

ソフィアは声を顰め、ハーマイオニーが開いたページを指しながら2人に説明した。

ハーマイオニーはソフィアが知っていた事に満足そうに何度も頷く。

 

 

「あの犬は賢者の石を守ってるに違いないわ!フラメルがダンブルドアに保管してくれって頼んだのよ。だって2人は友達だし、フラメルは誰かが狙っているって知っていたのね。だからグリンゴッツから石を移して欲しかったんだわ!」

 

 

ハーマイオニーは自分の仮説に自信があるようで、三人を見渡しながら伝える、ハリーとロンはそうだと頷いたが、ソフィアは怪訝な目でハーマイオニーを見た。

 

 

「どうしてグリンゴッツが出てくるの?」

「ああ…ソフィアには言ってなかったっけ?グリンゴッツに侵入者があったんだ、その前の日に…ハグリッドがその侵入された保管庫から何かを引き取っていたんだ、それが多分、その石なんだよ!」

「…待って!じゃあ、スネイプ先生が、それを盗もうとしたって思ってるの?」

「当たり前だろ?それ以外に何があるって言うんだい?」

 

 

当然の事のようにロンが言い、ハリーとハーマイオニーも頷く、だが、ソフィアはどうしてもそんな事をしたとは思えなかった。確かに、今年の夏季休暇は忙しそうにしていた、だがそれはこの石をホグワーツに保管するための準備をしていたのではないだろうか?まさか、彼らの言う通り盗みに入る算段をしていた?──まさか──そんな──。

 

 

「そんな…、そんな事、しないわ。私は…クィレルがしたと思う」

「ああ…ソフィアはそっち派だったわね」

 

 

ハーマイオニーは至極残念そうな声で呟く。その声には早く現実を見て意見を変えてほしいという願いが込められていた。

 

 

「まぁ、この前ルイスが言ったように…ごくわずかな可能性があるなら色々な方向で物事を見たほうがいいもの」

「…ねぇ、グリンゴッツに侵入者が来たのはいつだったの?」

「えーと…僕の誕生日の二日後だから、8月2日だったと思うよ。…賢者の石…金を作る石、死なないようにする石!スネイプが狙うのも無理はないよ!誰だって欲しいもの!」

 

 

ソフィアはハリーの返答を聞いて、眉を寄せたまま強く握られた自分の手を見つめていた。

いつもは新年度がはじまる一週間前までは家で過ごしていたが、今年は準備に忙しいといい、7月の終わりと共にホグワーツに帰ってしまったのだ。

まさか、本当に?賢者の石を取るための準備て忙しかった?いや、そんなわけがない、父様を信じないでどうする。

 

 

ソフィアは一人首を振り、もやもやとしたどうしようもない気持ちを必死に抑え込んだ。

 



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39 信じたいの!

 

クィディッチの試合が行われる日、ソフィアとルイスは自分の父が箒に跨る姿を見たかったが、こっそりと観客席から抜けだし花束を持つ少女の部屋へ来ていた。

 

 

「どうしたの?ソフィア、話って…」

「あのね、ルイスは勿論…父様を疑ってないわよね?」

 

 

おずおずとソフィアがいえば、ルイスは当然だと言うように頷いた。

 

 

「当たり前でしょ?」

「そうよね…その、ルイス。ニコラス・フラメルは賢者の石の創造者だったの。多分、ケルベロスは賢者の石を守ってるんだわ。…それで、私昨日初めて知ったんだけど…グリンゴッツに8月2日に侵入者があったらしいの。それで、ハリーはその1日前にハグリッドが侵入された金庫にある物を取って、ホグワーツに移送する仕事があるって言ったのを聞いたみたい。…それが、たぶん…賢者の石なんだけど…」

 

 

ソフィアはそこで言葉を区切り、深呼吸をした。

ルイスは怪訝そうな顔でソフィアを見て、まさか、と呟く。

 

 

「まさか、父様が盗みに入ったって言いたいの?」

「…いいえ!わたしは父様を信じてるわ!…けど、父様…いつもは夏季休暇中ずっと家にいるのに…今年は8月になると…用事があるって…忙しいからって…私、父様を…し、信じたいけど…ハリー達は、父様だって…私…どうしたらいいのか…」

 

 

ソフィアの目には薄ら涙が浮かんでいた。

どれだけ違うと言っても誰も話を聞いてくれず、父が犯人だと決めつけている。それに、その考えを覆すほどの確たる証拠はない。勿論、父が犯人だと言う証拠も無いが。ハリー達が言うように辻褄はあっているのだ。

 

大切な友人達が父を蔑み罵倒する中、ソフィアは心を摩耗させ、疲れ切っていた。

 

 

「ソフィア…」

「ルイス!私、どうしたらいいの?どうしたら、ハリー達はわかってくれるの?絶対父様はやってないのに!」

 

 

ソフィアはルイスの胸に飛び込み、わっと涙を流した。ルイスは悲痛な面持ちでソフィアの背中を優しく撫でる。

 

たしかに、ハリー達の言うように父も怪しく見えるだろう、元々の印象は最悪だし、ケルベロスにも噛まれている。一度こうだと思い込むと、それを拭い去るのは中々に難しい。

ルイスは胸の中で震えるソフィアを強く抱きしめた。

 

 

「大丈夫だよ、ソフィア。父様はやってない。父様は金も、不老不死も求めていない。…それは子どもである僕たちがよく知っている事でしょ?」

「で、でも…父様は、母様が亡くなって…酷く落ち込んで…も、もし…死を恐れていたら…?自分のためじゃなくて…私たちを…不老不死にするためだとしたら…?」

 

 

ソフィアは、賢者の石が隠されていると知った時からずっとその事を考えていた。

セブルスからのかけがえのない愛情を感じていたからこそ、ソフィアはその可能性を捨てきれなかった。

ルイスははっと息を呑む。一瞬、あり得るかもしれない、と思ってしまったのだ。

 

 

「──そんな事ないよ、大丈夫。…僕たちは…父様を信じよう」

「…、…ええ…そう…そうよね…」

 

 

ソフィアは、ルイスも同じ考えに至ったのだと気がついた。だが、そのルイスが父を信じると言ったのだ、なら、自分も信じよう。そう、強く目を閉じながら思った。

 

 

「ごめんなさい、ルイス…」

「ううん、大丈夫だよ。…他には?何か気に悩んでることがあったら、何でも言ってね」

 

 

優しいルイスの言葉に、ソフィアはみぞの鏡で見た事を伝えるべきか悩んだ。だが、これ以上ルイスにあらぬ心配をかけたくはない、みぞの鏡でみた光景は、賢者の石とは全く関係がないんだ。と考えて、首を振った。

 

 

「大丈夫、もう…何も無いわ」

「そう?…何かあったらいつでも聞くからね。…さあ、競技場に戻ろう、もしかしたらもう終わって…抜け出しているのがバレてしまうかも」

「…そんなに早く終わるかしら?」

 

 

ソフィアは涙を拭き、小さく笑った。

 

 

 

 

ソフィアとルイスが競技場へ向かっていると、ガヤガヤと話しながら生徒たちが大広間に向かっているのが見え、2人は顔を見合わせた。どうやらルイスの予想通りもう終わってしまったらしい。

 

 

「ルイス!ソフィア!あなたたちどこにいたの?もう試合終わったわよ!5分とかからなかったわ!」

「そんなに?…その様子だとグリフィンドールの勝ちなのね!」

 

 

ハーマイオニーが2人に近づき、いち早く駆け寄ると興奮したように何度も頷いた。

 

 

「ええ!凄かったわ!」

「ハリーにおめでとうを言わないとだね!…じゃあ僕はドラコの怒りを鎮めなきゃいけないのか、スリザリンが負けてきっと荒れてるよ」

「ああ…今日は一段と荒れてるかもしれないわ。マルフォイとロンが大乱闘を起こしてね…ロンったらマルフォイに右ストレートで青あざを作ってやったみたいなの!」

 

 

ハーマイオニーは楽しげに言うが、ルイスは少し黙ったあと、苦笑した。

 

 

「…怒りを収めるのが大変そうだ。喧嘩なんてきっとドラコは慣れてないだろうし」

「私はいいと思うわ、裏でコソコソ陰口を言うよりもよっぽど健康的よ!」

「あー…じゃあ、僕はドラコを探しに行ってくるよ。…またね」

 

 

ルイスは苦笑したまま手を振り、医務室へと向かった。怪我をしたならきっと大広間にはいないだろうと判断したのだった。

 

 

「あれ?そういえばハリーは?」

「それが、見当たらないのよ!ロンも探してるんだけど…」

 

 

まったく、主役がどこに行ったのかしら!とハーマイオニーは少し怒りながら生徒の群れをきょろきょろと見渡す。すると、生徒達を縫うように鼻にティッシュを詰めているロンがこちらへ向かってやってきた。

 

 

「だめだ、どこにもいないや!」

「やっぱり?うーん…とりあえず先に大広間に行きましょう、夕食には来るでしょうし」

 

 

ハーマイオニーの提案に2人は頷き、大広間へ向かう人の群れの中に加わった。

 

 

結局、ハリーは夕食に現れる事はなかった。どこで道草を食っているのか、もしかして他の選手達ともう合流して談話室でのパーティーに参加しているのだろうか、と三人はとりあえず寮へ向かった。

 

三人が寮へ向かう途中の廊下で顔色を悪くしてハリーが現れ、ソフィア達は驚いたように目を見開く。

 

 

「ハリーったら、どこに行ってたのよ!」

「僕らが勝った!君の勝ちだ!僕らの勝ちだ!」

「ハリーおめでとう!やったわね!」

 

 

三人の言葉にハリーは曖昧に頷き、真剣な顔でひそひそと囁いた。

 

 

「それどころじゃ無いんだ、どこか誰もいない部屋を探そう。大変な話があるんだ…」

 

 

ソフィア達は顔を見合わせ、小さく頷く。今一番嬉しいのはハリーだろうに、それどころでは無いとは一体何があったのだろうか。ソフィアは、なんとなく嫌な予感がした。

 

ハリーは近くの空き部屋にピーブズや生徒が居ない事を確認すると、部屋の扉をしっかりと閉めてから今見てきたこと、聞いた事を三人に話した。

 

 

「僕らは正しかった。賢者の石だったんだ。それを手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していたんだ。スネイプはフラッフィーを出し抜く方法を知ってるか聞いていた…それと、クィレルの怪しげなまやかし、の事も何か話していた…フラッフィー以外にも何か別なものが石を守ってるんだと思う。

きっと、人を惑わすような魔法がいっぱいかけてあるんだよ。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃいけないのかもしれない…」

「待って!ハリー、スネイプ先生は、賢者の石を手に入れるのを手伝え、って言ったの?本当に?」

「え?…えーっと…フラッフィーを出し抜く方法を知ってるのか…自分を敵に回したくなかったら…とか言ってたな。あとは…よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めろって言ってた」

「…そう…わかったわ」

 

 

ソフィアはそう呟くと何かを考え込むようにじっと自分の手を見つめていた。ハリーはまだ今になってもソフィアはセブルスを信じている事に気付き、胸の奥にドロリとした黒い感情が溢れた。ーーどうして、僕の言葉を信じてくれないんだ、誰がどう考えても、怪しいのはスネイプなのに。そう、ハリーは思った。

 

 

「…なら、賢者の石が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけという事になるわ」

 

 

ハーマイオニーが蒼白な顔で呟く。

 

 

「それじゃ、3日ともたないな。石はすぐ無くなっちゃうよ」

 

 

ロンが肩をすくめてそう言い、ハリーとハーマイオニーは同意するように頷いたが、ソフィアはけっして頷こうとはしなかった。

 

ソフィアは、ハリーの伝え方は事実とは異なる部分が多いと思っていた。あまりにも、セブルスに対して悪い感情がありすぎて、少々誇張表現されている。ハリーは石を手に入れるのを手伝えと言った、と説明したが、その時の会話を聞く限りそうとは捉えられない。

 

ソフィアは固く唇を結んだ。

その会話が聞きたかった、ハリーの先入観のない、2人の会話が。

きっと時間が経つにつれハリーの中で父が犯人だと決めつけているせいで、少し捻じ曲げられた表現になり、ハリーは強く父だと確信するだろう。それに、何度聞いても、おそらくハリー達の意見は変わらない。

 

 

ソフィアはハリーが言った言葉を思い出した。

 

──父様は、どちらに忠誠を誓うのかと聞いていた。

──父様は、クィレルの後ろに誰かが居ると考えている…?

 

 

 

「…この事、ルイスにも話してもいいかしら?」

「うん!勿論だよ、きっとルイスもクィレル先生が犯人だなんて馬鹿な考えてをやめて、スネイプが犯人だって認めるさ!」

 

 

ハリーの言葉に、ソフィアは無理矢理微笑みを見せた。

 

 



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40 まるで優しい母様のよう!

 

すぐにクィレルはセブルスに屈すると思っていたハリー達だったが、クィレルはハリー達が思っている以上の粘りを見せた。常に顔色は悪く、震えているが、それでもどうやらまだ賢者の石はフラッフィーの守りの下にあるらしい。

ハリー達はほぼ毎日禁じられた廊下の前にいき、そっと扉に耳を当て、中のフラッフィーが無事かどうかを確かめた。

 

 

 

ソフィアはルイスにもう一度相談し、ハリーが聞いたというセブルスとクィレルの会話を伝えた。

 

 

「ハリーは、父様が嫌いだから…かなり悪意のある捉え方をしていると思う。けど…側から見たら父様が怪しく見えるのも…仕方ないかも。どんな会話が交わされたのか、僕は聞いてないから分からないけど…わかるのは、父様はクィレルが何かを企んでいて、それを止めようとしている…後、クィレルの後ろには誰かが居るんだ…文脈を読むなら、その人につくか、それとも自分側…ダンブルドア側に着くかって事じゃない?」

「でも…そんな、じゃあ黒幕は誰なの?」

「さあ…そればっかりは…クィレルは無理矢理従わされてるのかも知れないし、自分の意志かもしれない…もうちょっとクィレルについて探ってみるよ。ソフィアは大人しくするんだよ?2人とも目をつけられたら動けなくなってしまうからね」

 

 

ソフィアは、言いようのない漠然とした不安を感じながらも、ルイスの言葉に頷き一旦クィレルの事を考えるのをやめた。ただでさえ毎日のようにハリー達から父の悪口を聞かされほとほと疲れ果てていた。

暫くはあと数ヶ月後に控える試験勉強をする事にし──ハーマイオニーもその意見に賛成だった──ハリー達と図書館で勉強をして過ごした。

特に筆記試験であれば、苦手科目のない優秀なソフィアは、ハリーとロンに付きっきりになり勉強を教えた。

 

 

「こんなのとっても覚えきれないよ!」 

 

 

うんうん唸っていたロンはついに羽ペンを放り投げ、つまらなさそうに図書館の窓から外を見た。

 

 

「ドラゴンの血の十二種類の利用方法だけでも、覚えていた方がいいわよ?」

「あーー!もう僕の頭には何も入らない!今日はもう駄目だ、少しでも詰め込むと今まで覚えたものが溢れちゃうよ!」

 

 

ソフィアはちらりと時計を見る。今日はもう2時間は勉強をした、確かに今まですこしの休憩しかしていなかった、この辺りが限界だろう。

 

 

「そうね、今日はもうやめておきましょうか」

「それが賢明だよ!…あ!ハグリッド!図書館で何をしているんだい?」

 

 

凡そ図書館に似合わないハグリッドは、狭い通路をカニ歩きで進みながらバツの悪そうな顔でもじもじしながら現れた。

 

 

「いや、ちーと見てるだけ。お前さん達は何をしてるんだ?まさかまだニコラス・フラメルについて探しとるのか?」

「そんなのもうとっくの昔にわかったさ!それだけじゃない賢者の──」

「シーーッ!」

 

 

得意げに話すロンを慌ててハグリッドが制する、キョロキョロとあたりを見て誰にも聞かれていなかった事にほっとため息をつき、厳しい目でロンを見ると声を顰めた。

 

 

「その事は大声で言いふらしちゃいかん!お前さん達、まったくどうにかしちまったんじゃないか」

「ちょうど良かった。ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど、フラッフィー以外にあの石を守ってる人は誰なの?」

「シーーッ!!」

 

 

ハリーの言葉をハグリッドはもう一度制したが、ハリーの声よりもハグリッドの声の方が大きく、何人かの生徒が本棚から顔を出し不思議そうな目でハリー達を見た。

その視線に気づいたハグリッドは見るからに狼狽し、後で小屋に来るように伝え、背中を見せないよう奇妙な歩き方でそそくさとその場から去って行った。

 

 

「背中に何を隠してたのかしら?」

「…石関係かしらね?」

 

 

なんとなく、ソフィアはハーマイオニーの言葉につぶやいた。途端にハリーとロンは顔を見合わせてハグリッドが出てきた書棚へと走って行った。

 

 

「ドラゴンだよ!ハグリッドはドラゴンを探してたんだ!ほら、あの棚にはドラゴン関係の本ばっかり!」

「ハグリッド、初めて会った時からドラゴンを飼いたいってずっと言ってたよ」

「でも、僕たちの世界じゃ法律違反なんだよ?どうしたって庭でドラゴンを飼ってたらマグルが気付くからね」

「でも…まさか、野生のドラゴンなんて居ないでしょ?」

「あら、いるわよ!たまにマグルが目撃して…騒ぎになるでしょ?その前に記憶を消さなくちゃならなくて…大変らしいわ」

「魔法省はかなり苦労しているってパパいってたよ」

 

 

ハリーはまさか野生のドラゴンなんて居ないと思ったが、その考えはロンとソフィアの言葉に否定された。

 

 

「私、一度でいいから本物のドラゴンを見てみたいのよね…」

 

 

ぽつり、とソフィアは呟いた。

 

 

ハグリッドの小屋にソフィアも行きたかったが、今日は金曜日。3時から変身術の個人訓練があるためハリー達とは別れた。

 

いつものようにマクゴナガルの研究室へ向かい、トントンと扉を叩く。

 

 

「マクゴナガル先生、ソフィア・プリンスです」

「はい、お入りなさい」

 

 

ここ数ヶ月のマクゴナガルの指導によりソフィアはかなり変身術の腕が上達した。今までは失敗してする事も多かった大きなものへの変化も徐々に出来るようになったのだ。

 

 

「今日から暫くは鉛筆を象に変える練習をしましょう」

「はい、わかりました」

 

 

ソフィアはこの授業が大好きだった。

その授業を受けている間だけ、賢者の石のことを忘れられるからだ。

クィレルの事も、ハリー達が父を何度も侮辱し貶す事も、──ここでは忘れられた。

 

1時間はあっという間に終わってしまった。

心の底から残念に思い、ソフィアは小さくため息をつく。

そのため息と、いつもよりどこか元気のないソフィアの横顔にマクゴナガルは片眉をあげ、そっとソフィアに近づいた。

 

 

「どうしました?ミス・プリンス。今日は少々気が散っていましたね」

「…すみません、…その…マクゴナガル先生は、私の父が…誰かご存知ですよね?」

「えぇ、知っていますよ」

 

 

ソフィアは少し、躊躇いながら視線を彷徨わせていたが、椅子に座り込むと疲れたように微笑み、悲しそうに目を伏せた。

 

 

「…その…友人が…父を悪く言うので…でも、私は…止める事も、出来なくて…」

「…ミス・プリンス…」

「友人は、悪くないんです。たしかに父は…ちょっと──かなり彼に辛く当たっていますから。でも、やっぱり…その、聞いていて気分はよくありません。…疲れちゃいました」

 

 

勿論、最近気に悩んでいることはそれだけではない。賢者の石を誰が狙っているのか、そちらの方が問題は深刻だ。

だが、毎日のようにソフィアにとって辛い言葉を聞かされていて、いつも明るいソフィアも、流石に元気を無くしていた。

 

ハリー達に対して怒ってはいない。

ソフィアがなによりも怒りを見せるのは、何もできない、否定も肯定も出来ない曖昧な自分自身に、言いようのない怒りを感じていた。

 

 

マクゴナガルはそっとソフィアの前に目線を合わせるようにしゃがみ込み込み、肩に手を置いてゆっくりと告げた。

 

 

「ミス・プリンス。──私はこの件についてアドバイスは出来ません。あなたを助ける事もできないでしょう。…何も言えませんから。ですが、私はグリフィンドールの寮監であり、あなたはグリフィンドール生です、…本当に辛い時はいつでも来なさい。胸の中にあるものを、今のように吐き出しなさい。

そうしないと、いつか潰れてしまいますからね」

「…ありがとうございます、マクゴナガル先生」

 

 

ただ、自分の気持ちを理解してくれている人がいる。

その事実だけで充分嬉しい、とソフィアは少し微笑んだ。

 

 

 



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41 敵の内部に殴り込み!

 

 

ルイスはソフィアから、父とクィレルが密会し──父がクィレルを問い詰めている場面のことを聞いた。

 

クィレルの事を探る。

そうソフィアに伝えたものの、さてどうするかと思案した。

 

 

「もっと早くに手を出してくると思ったんだけどなぁ…」

 

 

トロールでの一件。

クィディッチでの一件。

その二つを邪魔した自分がさぞ鬱陶しいだろうと思い、きっと排除するために何らかしらの接触を仕掛けてくると思っていた。

自分を囮にして、何か証拠を掴みたい。そう思っていたがクィレルはルイスに何も反応は示さなかった。

 

近頃、クィレルの顔色はどんどん青白くなり目は窪んでいる、病んでいるかのような形相に、何人かがひそひそと噂を話していた。なんでも「吸血鬼が近づいている」らしい。それは定かではないが、クィレルの体調が頗る悪いのは事実だった。

 

 

──ちょっと、仕掛けてみるか。

 

 

「クィレル先生?いますか?」

 

 

ルイスは闇の魔術に対する防衛術の教室の前に来ていた。トントンと扉をノックするが返事はない。

 

 

「クィレル先生?」

 

 

もう一度叩き、声をかけるがやはり返事はなく。ルイスはゆっくりとドアを開けた。

むせ返るようなニンニクと香草の臭いが鼻をつく。この臭いはいつまで経っても慣れることのない。

 

一応、手には闇の魔術に対する防衛術の教科書を持ってきている。もしここにいる事が責められても、質問があり、探していたと言えば良いだけだ。

 

 

「クィレル先生?いらっしゃいませんか?」

 

 

一応、ルイスは探しているという建前を守るべく小さな声でクィレルの名を呼んだ。

やはり、部屋の中にはいない。だとすれば奥の研究室か、それとも職員室だろうか?

 

ルイスはそっと奥にある扉に近づく。

手を上げて扉を開けてノックしようとしたが、奥で何か物音が聞こえた。

手を止め、そっと扉に耳をつける。

 

 

「──だめ、だめ、です。そんな──まだ──まだ、今は──どうか──お願いします──」

 

 

誰かと話しているクィレルの声は、酷く怯え、今にも叫び泣きそうな恐怖が滲んでいた。まさか、ここに誰かいる?クィレル以外の、黒幕が、今ここに──?

 

 

ルイスはごくりと唾を飲み、悩むように顎を少し撫でたが、さっと扉から数メートル離れるとわざとらしく足音を立てて扉に近づいた。

 

 

「クィレル先生!いませんか?質問があるんです失礼します!」

 

 

ルイスは一言でそう言い、扉に手をかけた。この扉に鍵穴は見当たらなかったが、ドアノブをいくら回してもガチャガチャとなるだけで開くことはない。──閉ざされている、それに、これは鍵ではない。魔法で、念入りに──。

 

 

「クィレル先生!扉をしめてどうしたんですか?」

「ミッミミミスター・プリンス、わ、わたしはい、いい今忙しくて後にして、く、ください」

 

 

扉の向こうからくぐもり、いつものようなどもり混じりの声が聞こえてきた。何としてでもこの先に入る、クィレルと話している相手が誰なのか知りたい。

ルイスは杖を出し、鋭く唱えた。

 

 

アロホモラ・デュオ(扉よ 強く開け)!」

 

 

ルイスは扉が開いたのを確認し、そのままドアノブを捻り中に飛び込んだ。

その研究室もまた、酷い臭いが立ち込めていた。ただ、ニンニクと香草の臭いだけではない、何処か酷く甘く、胸がつっかえるような重い臭いがした。

それ程広い部屋ではなかった。壁一面に書棚があり本が収められている。真ん中にぽつんと机があり、机の後ろに大きな姿見の鏡がある。ただ、それだけの質素な研究室だった。──研究なんて、何もしていないのだろうことは一目でわかった。

 

ルイスは素早く部屋の中を見たが、クィレル以外誰もいなかった。

そんな、まさか──この部屋には暖炉もない、窓もない。どこに行ったんだ。

 

 

驚愕で目を見開くクィレルは乱れたターバンを手で押さえた。慌てて巻いたのか、そのターバンは半分解けている。 

 

 

「プリンス…き、君は…」

「クィレル先生、ターバン解けてますよ?巻くの手伝いますね」

 

 

執拗なまでにターバンに触れられるのも、解かれるのも拒絶するクィレルのターバンに近づくチャンスに、ルイスは強引かと思ったがーーいや、もういい、ここまで来たのだ何かを掴んで帰りたい──ニコニコと人のいい笑顔を浮かべ、全く他意は無いですと表情を取り繕いクィレルに近づいた。

 

 

「来るなっ!」

 

 

その悲鳴にも似たその声は、いつものクィレルとは違うハッキリとした鋭い声だった。

 

 

「クィレル先生?…どうしました?」

「──…ミ、ミスター・プリンス…こ、このターバンは…大切なものなんです、触られたく、あ、ありません」

 

 

しかし、次の言葉はいつものように、おどおどと神経質そうな、怯えているような声だった。だが、ルイスを見る目だけはいつもとは違った。

いつもならクィレルはルイスをちらちらと見るか、視線を一切合わせない。だが今、クィレルの視線は強く、ルイスを射抜いていた。

 

 

──目は口ほどに物を言う、って何かの本で書いてあったな。

 

 

きっと、何か聞かれたのかと探っているのだ、だからあんな探り疑う目をしている。

 

 

──これでいい。

 

 

ルイスは内心で嗤う。このまま自分を疑っているんじゃないかという疑念を持ち過ごしてほしい、そうすれば精神は間違いなくすり減り、何処かでボロが出るかもしれない。

 

 

「ミスター・プリンス…勝手に、は、入ってはいけません」

「…扉が開かなかったもので、つい。──だってこの扉、鍵穴がないのに、扉が開かなくて、何かあったのかと…最近覚えた魔法を試してしまいました」

「…スリザリン5点減点です。きょ、教師の部屋は、危険な物が…あ、あります」

「はーい、ごめんなさい」

 

 

クィレルは鏡を見る事なく慣れた手つきでターバンを巻き直し、ルイスから一度視線を外し足元を見つめ、もう一度目を上げた時にはいつものような怯える目に戻っていた。

 

 

「そ、それで…なんの、よ、ようですか?」

「ああ、分からないことがあって、聞きに来たんです」

「…ど、どこですか?」

「ここです」

 

 

普段のように戻ったのなら仕方がない、きっともう探ることは出来ない。ルイスは内心ため息をつき、言い訳として持ってきていた教科書を開いた。

 

 

──まぁ、この教科書にトラップは仕掛けてあるけど。

 

 

 

「吸血鬼についてなんですけど、いいですか?」

「え、ええ…」

「吸血鬼の弱点を教えてくれませんか?」

「…?…そ、その本にも乗っているように…ニンニク…日光…銀のナイフ…ロザリオ…聖水…です」

「そうですよね。…──だからわからないんです…」

 

 

ルイスは深く頷き、パタンと教科書を閉じる。

そして、おどおどとするクィレルを見上げた。

 

 

「吸血鬼なんて、弱点の多い生き物の…何が怖くて、貴方はそこまで怯え恐れているんですか?…少なくとも、2年前は違いました。あなたは吸血鬼に会ったからだと言いました。…本当に?吸血鬼なんて…僕でも駆除の方法を知っていれば恐れることはありません」

 

 

クィレルは目を見開いた。

 

 

「…そ、それは…襲われた時の、き、記憶が…と、トラウマに…弱点が多いのは、わ、わかってます、それでも…こ、怖くて…」

 

 

ガタガタと震えるクィレルは、確かに恐れているように見えた。

ルイスはその答えを聞いて、納得したように深く頷くが、すぐにまた首を傾げ目を細めた。

 

 

「なるほど、トラウマですか。…なら、クィレル先生は何で…闇の魔術に対する防衛術を担当したんですか?自ら希望したと聞きました…元のマグル学の方が…あなたのトラウマを刺激しなくて済むのでは?」

「──っ!…」

 

 

クィレルは何度か口を開き、そして閉じた。

ルイスは何も言わずに笑ったままクィレルを見上げる。

 

 

「き…君は…」

「…さて、僕を納得させることができる…回答はありますか?」

「そ、それは……、…」

「…ああ、もう次の授業が始まりますね…失礼します」

 

 

口をつぐみぶるぶると震えるクィレルに、ルイスはあえて背を向けた。攻撃をするならすればいい、それを証拠としてダンブルドアに突き出してやる。

だがクィレルは何もせず、何も言わず、悔しそうな目でルイスを見つめた。

 

 

「…ああ、そうだ。…僕、スネイプ先生のお気に入りなんですよ、…知ってました?」

 

 

扉から出るときに、そうルイスは牽制し、目を見開くクィレルの驚愕の顔をしっかりと見て目を細め、部屋から出て行った。

 

 

残されたクィレルはぐっと拳を握り、怒りから震えていたが急にびくりと肩を震わせると胸の前に、まるで自分を守るように手を上げた。

 

「あ…あのこは…た、ただの生徒、です──。は、はい、わ、わかりました…し、調べます…!」

 

 

がたがたと震えながら見えない誰かに何度も頭を下げ、クィレルはそう答えた。

 

 

 



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42 可愛いドラゴン!

 

「ドラゴン?本当に!?」

「ソフィア声が大きいよ!…そうなんだ、ハグリッドは何を考えてるんだろうね…」

 

 

思わず叫んでしまったソフィアに、ハリーは慌てて「しーっ」と人差し指を自分の口に当て、声を顰めて答えた。

 

 

「うーん、まぁでも私ももしドラゴンの卵を手に入れるチャンスがあったら…こっそり飼っちゃうかも」

「正気かい!?ドラゴンなんて…危険だし、凶暴だし、とんでもないお金もかかるし…」

「チャンスがあったら、の話よ。だってドラゴンの卵なんて…滅多に手に入らないもの」

「まぁね、それよりこの宿題の山を見てよ!終わる気がしないよ!」

 

 

ロンの言葉にソフィアは被せるようにして答えた。ふと、何か引っ掛かりを覚えたが、ハリー達の話題は別の話に変わってしまい、それに気を取られたソフィアは何に対して引っかかったのかを忘れてしまった。

 

 

 

ある朝、ハリー達が朝食をとっているとハグリッドから「いよいよ孵るぞ」という報告の手紙を受けとった。

ソフィアはその時スリザリン生と共に朝食を食べていたため、その事には気付かず、大広間から授業へ向かう廊下でこっそりとハリー達からその事を聞いた。

 

 

「薬草学なんてサボっていこうよ!」

「ダメよロン!絶対ダメ!」

「だって、ハーマイオニー。ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思うかい?」

「授業をサボったらまた面倒な事になるわよ。でもハグリッドがしてる事がばれたら…私たちの面倒とは比べ物にならないぐらい、ハグリッドも困るわ…」

「じゃあ、薬草学が終わった後の休み時間に行くのはどう?」

 

 

ソフィアの提案にロンはそれが良いと頷いたが、ハーマイオニーは眉を顰めたまま無言だった。どうしても見てみたいロンとソフィアとは違い、ハーマイオニーはただでさえ色んな問題を抱えているのに、これ以上の問題を増やしてどうするの。と尤もなことを思っていた。

 

 

「黙って!」

 

 

ハリーが小声で言い、後ろにちらりと視線を向ける。

ほんの数メートル先に、ドラコとルイスが居た。ドラコはハリー達が自分に気付いたのを知るとすぐに隣を通り過ぎて去っていく。ハリーは彼が何も言わなかった事が、酷く気になった。

 

 

「ルイス!今の、聞こえた?」

「君たち、ちょっと声が大きすぎるよ!…ハグリッドがドラゴンの卵を孵すんでしょ?…僕に聞こえたんだ、ドラコにも聞こえただろうね」

 

 

ルイスは苦笑し肩をすくめる。

ハリー達は顔を見合わせ、さっと表情を無くした。

マルフォイにしられてしまった、間違いなくとんでもないことになってしまう。

 

 

「ねぇ、僕もドラゴン見に行って良い?ドラゴンって一回見たかったんだよね!」

「い、いいけど…どうしよう…マルフォイは絶対黙ってない…よね?」

「んー…ちょっとどうするか聞いてみるよ、…まぁ、僕はハリー達と仲が良いから…教えてくれるとは限らないけど。…じゃあ、また後で!」

 

 

ルイスはそう言うと直ぐにドラコの後を追って妖精の呪文学の教室へと駆けて行った。

4人は顔を見合わせ、全員が無言のままに薬草学が行われる温室へと向かった。

 

 

 

授業の終わりを告げる鐘が響いた瞬間、ハリー達は荷物をすぐに片付けハグリッドの小屋へと急いだ。

途中でルイスと合流し、ドラコのことを聞いたがルイスは申し訳なさそうに笑った。

 

 

「ドラコ、何も聞いてないって」

「嘘だ!…あいつ、何のつもりなんだろう…」

「僕も嘘だと思うよ。…ま、でも…ドラゴンを見にいくのはやめないんでしょ?」

「だってこんなチャンスもう二度とないもの!」

「マルフォイなんかに邪魔されてたまるもんか!」

 

 

ルイスの疑問に即座にソフィアとロンが答えた。ハーマイオニーはまだむっつりとしたままで、行かない方がいいに決まってるという雰囲気をありありと出していたが、誰もその事には触れなかった。

 

 

「もうすぐ出てくるぞ!」

 

 

興奮状態のハグリッドに招き入れられた5人は、部屋の中の室温にすぐにローブを脱ぎながら机の上に置かれた黒い卵を見た。

コツ、コツ。と中から何かが叩く音が聞こえ、卵はぶるぶると震えている。

先程まで不満そうにしていたハーマイオニーも思わず椅子から身を乗り出してその卵を見ていた。

 

突然、劈くような鳴き声と共に、亀裂の入っていた卵はぱっかりと割れ、中から皺くちゃの黒いドラゴンの幼体が飛び出した。

そのドラゴンは体は酷く痩せていて小さいが、骨っぽい黒い羽は体の三倍は大きい。少なくとも愛らしい幼体ではなかったが、一目見てハグリッドは気に入ったのか、うっとりとした声でつぶやいた。

 

 

「素晴らしく美しいだろう?」

「ええ!たまらないわ!お誕生日おめでとう、小さな赤ちゃん!…いいなぁ…ドラゴンを手に入れられるなんて、とんでもない幸運よ!」

「…ソフィアの美的センスはちょっと…あーずれてるね?」

「甘いねハリー。ソフィアはタランチュラを愛でる女の子なんだ!」

 

 

ハグリッドと同じようにうっとりとドラゴンを眺めるソフィアに、ハリー達は顔を見合わせ少し、引いた。

 

 

「ほら見て!ハグリッドの手に興味があるみたいよ!ママが誰だかわかってるんだわ!」

「こりゃすごい!なんて賢い子だ!」

 

 

差し出したハグリッドの手を噛もうと威嚇するドラゴンを見て、かなり前向きに解釈したソフィアが言えば、ハグリッドは感激したように歓声を上げた。

 

 

「ハグリッド。このドラゴンってどれくらいで大きくなるの?」

 

 

大きな羽をばたつかせ、鼻や口から火花を出すドラゴンをうっとりと見つめながらソフィアがハグリッドに聞き、それにハグリッドが答えようとした途端さっとハグリッドの顔から血の気がひいた。

彼は弾かれたように立ち上がり、窓際に駆け寄った。

 

 

「どうしたの?」

「カーテンの隙間から誰かが見ておった…子どもだ…学校の方にかけていく…」

 

 

ハリーの問いにハグリッドは呆然と答える。ハリーが急いで扉へ向かいそっと外を見れば、ドラコが城へと走り去っていく後ろ姿が見えた。

 

 

「マルフォイだ…!」

「…ハグリッド、隠し事をするんだから…カーテンはちゃんと閉めておかないと…」

 

 

ルイスの言葉に、ハグリッドは唸り声で答えた。

 

 

 

ハグリッドと別れ、次の授業が行われる教室へと向かったルイスは、薄ら笑いを浮かべるドラコの隣に座った。

 

 

「…見たよね?」

「何がだ?僕は何も見てないさ」

 

 

その返答は、どう考えても見た事を白状しているようなもので、なんとかハリー達にドラコを黙らせてくれと言われたが、難しそうだとルイスはため息をこぼす。

 

それから数日、ドラコはやけに大人しかった。いつもならハリー達を見れば嫌味の一つは言うのだが、ただ薄ら笑いを浮かべたままよこを通り過ぎた。

そんなドラコを見て、ルイスは彼の思惑が手に取るように分かった。

 

無言で圧力をかけているのだ、いつ言われるのかわからない、毎日ハリー達は神経を擦り減らしている事だろう。じわじわとした恐怖を与えているのだ。

彼らに確かな優越感を見せるドラコの横顔を盗み見て、ルイスはソフィアに迷惑が掛からなければいい、と少々薄情な事を思った。

 

ソフィアはノーバートと名付けられたドラゴンを毎日ハグリッドと甲斐甲斐しく世話をしていた。ノーバートの為に喜んで城中から鼠を集め、ノーバートの世話で忙しいハグリッドの代わりに家畜の世話をし、ノーバートの成長の為に図書館でドラゴンについて黙々と調べた。そのふわふわでさらさらの髪の毛がたとえノーバートによって焦がされてしまっても「やんちゃな子ね!」と笑って許していた。ルイスは何度かソフィアにドラゴンは可愛いペットにはなれない事を伝えたが、ソフィアは全く気にせずルイスの忠告には耳を貸さなかった。

 

 

ある日の夜中、ロンはノーバートが大きくなるに連れ行きたくなさそうにしたが、ソフィアに誘われ断りきれなかった為しぶしぶハリーから透明マントを借り2人でノーバートの世話へ向かった。

 

 

「ああ!なんて大きくなったの!本当に良い子ね!」

「だろう?ノーバートや、もっともっと大きくなるんだぞ?」

「はぁ…チャーリーから返事が来るのが…少し嫌だわ…」

「ソフィア…そう言ってくれるのはお前さんだけだ…」

 

 

まるで可愛い仔猫にでも話しかけるようなソフィアとハグリッドに、ロンはいやそうな顔をしながら箱から鼠の死骸をつまみノーバートの口に放り込んだ。

 

 

「──あいたっ!こ、こいつ!噛んだ!何するんだよこのバカドラゴン!」

 

 

ドラゴンの口に手を近づけすぎたロンは鼠と一緒に鋭利な歯で手を噛まれてしまい、思わず悪態をつき反対の手を振り上げる。

 

 

「ロン!ダメ!──っああ!」

 

 

ソフィアが慌てて振り下ろされたロンの手を払い除けたが、ノーバートは自分に向かってきたロンに向かって炎を吐き、ソフィアの手が炎に包まれた。

ソフィアは痛そうに顔を顰めながら慌てて手についた炎を叩き消す。炎はすぐに消えたが、ソフィアの白い手は真っ赤になり一部の皮膚がべろんと捲れていた。

 

 

「いっ…痛い…」

「ソフィア!大丈夫!?…うわっ…酷い…」

「ロンも、手…血が出てるわ」

「ソフィア、大丈夫か?…まぁただの火傷だろう直ぐに良くなる!…ロン!お前さんがノーバートを怖がらせるからだ!…おおよしよしノーバートや、もう大丈夫ですからね?」

「…ソフィア、もう今日は帰ろう」

「ええ、そうね…」

 

 

ソフィアは杖を振り呪文を唱え、氷を出すと酷い火傷をした手に当て顔を顰めながら素直に頷き透明マントを羽織った、ロンも血が流れる手をハンカチで抑えながら直ぐにそのマントの中に入り、ノーバートに子守唄を歌うハグリッドを恨めしそうな目でチラリと見た。

 

 

「…ソフィア、これで分かっただろ?ノーバートはふわふわの可愛い子じゃなくて、獰猛なドラゴンだって」

「…ええ、ドラゴンだって…思い出したわ。まぁ、でもノーバートは悪くないわ、まだ赤ちゃんだもの」

「…君ってほんと、クレイジーだね!」

 

 

手に酷い火傷を負ってもノーバートを庇うソフィアを、ロンは信じられない目で見つめチクリと嫌味を言った。

 

 

 

翌日。

ノーバートの牙に毒があったのか、ロンの手は2倍ほどの大きさに腫れ上がり傷口が真緑色になっていた。ソフィアの手もまた血が滲み、火傷の水疱が至る所に出来てしまった。

 

暫く、何のせいでこうなったのか知られることを恐れ我慢を続けた2人だったが、ハリー達に説得され渋々医務室へと向かった。

 

ソフィアの火傷は薬で大分マシになり、包帯が巻かれているもののすぐによくなるだろうと言うことだったが、ドラゴンに噛まれたロンの手はそう言う訳にはいきそうになかった。

 

 

手に包帯を巻き医務室から出たソフィアは、すぐ近くの廊下でルイスとドラコとあった。

慌ててソフィアは包帯が巻かれている手を後ろに隠したが、すでに遅く、すぐにルイスが駆け寄り隠された手をそっと取った。

 

 

「ソフィア、手…大丈夫?」

「…変な生き物を飼うからこうなるんだ」

「僕もドラコにこればかりは同意するよ!…ああ、ソフィアの白くて美しい手が…」

「あー…何のこと?私ちょっと魔法の練習で失敗しただけよ」

 

 

ソフィアは必死に白々しく言い訳をしたが、ドラコとルイスは勿論信じる事は無かった。

 

 

「ロンも酷いって聞いたけど」

「あー…ハグリッドの犬に噛まれたの」

「…ウィーズリーもなのか?…ふぅん?」

 

 

ドラコは少し考えていたがニヤリと笑うと医務室へと向かいさっさと行ってしまった。

ルイスの安易にドラゴンを飼い続けることを責めるような目に、ソフィアは項垂れた。

 

 

「明日の魔法薬学、きっと大変な事になるよ」

「…ただでさえ調合苦手なのに…はぁ…」

「自業自得さ」

「…明日一緒に組んでくれない?」

「……ま、いいけど」

「やった!ありがとうルイス!持つべきものは優秀なお兄様ね!」

 

 

ソフィアは嬉しそうに笑うとルイスの頬に感謝のキスを落とした。

 

 

「じゃあ私、次は薬草学だから!またね!」

「うん、またね」

 

 

ソフィアが手を振りながら駆けて行き、廊下の曲がり角へ消えたのと、ニヤニヤと笑いながらドラコが医務室から出て来たのは同時だった。

 

 

「…何してたの?」

「ただのお見舞いさ」

 

 

ドラコは本をカバンの中に仕舞うと鼻歌でも歌い出しそうな程の機嫌の良さだった。それは面白い玩具を手に入れた子どものようで、ルイスはもう暫くハリー達に苦悩が続く事を知った。

 

 

 



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43 真夜中の逃避行!

 

土曜日の真夜中、まだ手が癒えていないロンとソフィアは寮に残り、計画の成功を祈った。ハリーとハーマイオニーは密かに透明マントを被り、ノーバートを引き渡すために寮を抜け出した。

 

 

ハリーとハーマイオニーがこっそりと寮を抜け出したのとほぼ同時刻。

全く別の場所で同じように寮を抜け出したドラコとルイスは密かに廊下を走っていた。

 

 

「ドラコ、やめた方がいい…ハリー達を陥れたいのはわかるけど…」

「なんと言われようと、僕は行く。ドラゴンに真夜中の脱走だ!罰則に1人10点の減点はかたいぞ」

 

 

ルイスはドラコに今日の夜中にハリー達が抜け出すと聞き、何故ドラコがそれを知っているのかと驚いた。

 

ソフィア達からノーバートと名付けられたドラゴンをロンの兄であるチャーリーに引き渡す事になったという事を聞いていたが、彼らは絶対にドラコには伝えてはいないだろう。まさか、また大声で話していたのだろうかとも思ったが、答えは単純だ、ドラコがロンから奪った本の中に、チャーリーからの手紙が挟まれていたのだ。

本当に、なぜ彼らはいつもこう、詰めが甘いというか、何処か抜けていると言うか。

1人でも行く、と言って聞かないドラコに、ルイスは仕方がなく着いていったのだ。勿論道中で戻るように説得する為だが、どうもうまく行きそうにはなかった。

 

 

「…でもさ、僕らも減点されるんじゃない?真夜中に出歩いてるわけだし…」

「いや、ポッターの事を知らせる為だと言えばいいだろう」

「…僕らを見つけるのがスネイプ先生である事を祈るよ。マクゴナガル先生だったら…どんな理由であれ、規則を破ることを許さないだろうし」

 

 

何を言っても戻ろうとしないドラコに、ルイスは共に減点と罰則を受ける事を覚悟した。

まだ、父に見つかるのならいい。だがもしマクゴナガル先生に見つかってしまえば、彼女はきっといくら言い訳をしても、規則は規則だと言い容赦なく減点するだろう。

 

 

「…で、どこに行くの?ここまで来たら…付き合うよ」

「一番高い天文台の塔だ…こっちだな」

「…はぁ…」

 

 

ルイスはハリー達が透明マントを持っている事を知っている。

だからこそ、自分達だけが見つかり処罰される可能性が極めて高い事を理解し、かと言ってそれをドラコに言えるわけもなくーーため息をひとつ溢した。

 

 

ルイスとドラコは幸運にもフィルチやミセス・ノリスと鉢合わせる事なく──だが、今思えばそれは幸運でも何でもなかった。フィルチやミセス・ノリスが居ないと言う事は、別の者が見回りをしていると言う事に気がつくべきだった──天文台の塔の下にたどり着いた。

 

 

「時間は…まだ大丈夫だな」

「ドラコ…最後にもう一回だけ言わせて?…戻らない?」

「ここまで来て戻るわけがあるか!」

「──私は、戻るべきだったと思います。ミスター・マルフォイ、ミスター・プリンス」

 

 

天文台へ続く階段から、寝巻き姿のマクゴナガルが現れ、ドラコは悲鳴をあげ跳び上がり、ルイスは手で額を抑えた。

慌てて逃げようとするドラコをマクゴナガルは捕まえ、ぐっと耳を強く引っ張る。

 

 

「だから止めようって言ったのに…」

「2人とも罰則です!さらに、スリザリンから20点減点!こんな真夜中にうろつくなんて…!なんて事です…!」

 

 

マクゴナガルの声は怒りに震え、暗がりの中でも顔が真っ赤になっているのが見えた。

 

 

「先生、誤解です!ハリー・ポッターが来るんです!…ドラゴンを連れてくるんです!」

「何というくだらない事を!…ミスター・プリンス、本当ですか?」

「…ルイス!君も本当だと言ってくれ!」

「あー……」

 

 

マクゴナガルの不信感に満ちた眼差しと、ドラコの懇願するような眼差しがルイスを捉えた。

ルイスは少し、悩むように沈黙する。

ドラコをここで見捨てれば、きっとドラコはもう二度と話しかけてくれないだろう。だが、ハリー達の事を裏切る事も、また出来ない。

 

 

「…僕は、今日この時間ハリーがドラゴンを連れてくる、とドラコが言っていたので、ついてきました。ドラコは僕の大切な友達です、僕に嘘をつくとは…思いたくありません。僕はドラコの言葉を信じています。…けれど、ハリーも僕の友達です。本当にドラゴンを連れてくるのであれば…後でドラコとスネイプ先生に報告しに行くつもりでした」

「ミスター・プリンス!ドラゴンなんて、居るわけがありません!あなたは騙されています!…いらっしゃい…マルフォイ、プリンス、あなた達の事でスネイプ先生にお目にかからねば!」

 

 

マクゴナガルはドラコの耳からは手を離したが、厳しい目で2人を睨んだ後ついてくるようにと言い、背中に怒りを滲ませながら先頭をきった。

 

 

「ルイス!なんであんな…」

「ドラコ、あれが僕にできる最大限の譲歩だ。それに、嘘は言っていない。…何を言っても僕らが抜け出したのは事実だ、スネイプ先生と違って、マクゴナガル先生は何があっても規則に忠実だ。言ったよね?…罰則と減点の覚悟をしておくべきだったね。…それに、普通の人はドラゴンなんて突拍子もないこと信じないよ」

「っ…くそっ!」

 

 

ドラコは悔しそうに顔を歪ませ、その場に唾を吐いた。

 

 

マクゴナガルに連れられたドラコとルイスはセブルスの研究室の前へと来ていた。

何度も彼女が研究室の扉を叩き、暫くして眉間に深く皺を刻んだセブルスが扉を開けた。

 

 

「…こんな真夜中に、一体何事ですかな?」

「セブルス、あなたの寮生が2人も!こんな真夜中に抜け出しました。すでに罰則と20点の減点はしていますが、…後はあなたに任せます。…私は見回りに戻らなければなりません。…一応、2人の言葉が真実か確かめなければなりませんので」

 

 

では、失礼させていただきます。そう冷ややかにマクゴナガルは言うとすぐに踵を返して地下牢の階段を駆け上がった。

 

 

セブルスは俯くドラコと、ドラコの隣で少し申し訳なさそうにしているルイスを見下ろし、一度ため息をつき──ドラコはびくりと肩を震わせた──研究室の扉に背中を預け、静かに2人に問いかけた。

 

 

「…一体、何故こんな真夜中に抜け出したのかね?」

「それは…スネイプ先生、信じてください…ポッターが──」

 

 

ドラコは必死にドラゴンの事を説明した。先程マクゴナガルには伝えなかった、ハグリッドの小屋で見たこと、ロンの手がドラゴンに噛まれて酷く腫れた事、ソフィアも重い火傷を負った事──この時僅かにセブルスの表情が変わった事に、息子のルイスだけが気付いた──手紙で今日ドラゴンを引き渡す事を知ったという事、全てを話した。

 

 

「信じてくださいますか…?」

「…我輩はいつだってマルフォイ、君を信じている」 

 

 

セブルスの優しい声に、ドラコは固くしていた表情を緩めた。

 

 

「スネイプ先生…ありがとうございます…」

「ただ、証拠がなければマクゴナガル先生を納得させ、罰則や減点を取り消す事は残念ながら…難しい。…わかるかね?」

「っ…はい…」

「いい子だ。…マルフォイ、怪我などはしてないか?」

「はい…はい、大丈夫です、少し耳を引っ張られただけです…」

「そうか…明日まで痛むようなら薬を渡すから、ここに来なさい」

「はい…ありがとうございます…スネイプ先生…」

 

 

ドラコは悔しそうにしながらも、信じてもらえた事を安堵し喜んでいるようだった。

隣で見て居たルイスは、少し面白くなさそうな目でドラコとセブルスを見る。

ドラコは父のお気に入りだ、まぁ、自分もそのお気に入りの中に入っている事は確かだが、ただの生徒として振る舞っているなか、ドラコのように優しく話しかけられた事はない。むしろ今ここに自分がいる事に気付いて居るはずなのに、あえて無視をしている。ドラコは自分達の関係を知っている。──少しくらい、僕を見てくれてもいいじゃないか。

 

 

 

「スネイプ先生、僕らの罰則はどんなものになるんですか?」

「…それは、残念ながらまだ分からん。後日知らせが届くだろう」

「…そうですか」

「…もう寮へ戻りなさい」

「はい、スネイプ先生…ルイス、いくぞ」

 

 

ドラコはセブルスの言葉に素直に頷き、隣で黙ったままだったルイスを見て帰ろうと促した。

 

ルイスはちらり、とドラコを見て、そしてセブルスを見て、周りをぐるりと眺め3人以外のも居ない事を確認すると、セブルスの胸元をぐっと掴み引き寄せた。

 

 

「──僕を見てよ、父様」

 

 

バランスを崩し前に屈んだセブルスの耳元で囁き、頬にキスを落としすぐに離れた。

 

 

「──ルイス!」

 

 

咎めるようなセブルスの声に、ルイスは振り向き、思わず叫んだ。

 

 

「こんな時だけ名前で呼ばないでよ!ドラコばっかり心配して!少しくらい僕を心配してくれたっていいじゃないか!ソフィアの手だって…焼け爛れて本当に酷かったんだからね!なのに父様は昨日無視したでしょ!…ばれたくないのはわかるけどさ!…少しくらい…。ばーかばーか!…おやすみなさい!!」

 

 

ルイスは早口で言うと返事は聞きたくないと言うようにぱっと階段を駆け上がった。ドラコはオロオロとセブルスとルイスを見ていたが、ルイスが走り去ったのを見て慌ててその後を追いかけた。

 

セブルスは研究室の前で、ルイスの辛そうな顔を思い出し、何度目かのため息をついた。

 

 

 

 

 

ルイスは自室のベッドの上で座り、走ったせいで上がった息を整えていた。少し後にドラコが自室へと戻り、胸を抑えながら少し視線を彷徨わせ、おずおずとルイスの隣に腰掛ける。

 

 

「ルイス…どうしたんだ?」

「…ちょっと、君に嫉妬した」

「えっ…ぼ、僕に?」

「…父様が、ドラコばっかり構うから…。わかってるよ、父様はソフィアと僕とで差をあまりつけたくないんだと思う。ソフィアはグリフィンドールだから優遇はできない、優しくできない…だから、僕にも一定の距離で接している。分かってるけどさ…普段は他の生徒の目があるから…我慢できるけど、あの場所には僕らしかいなかったんだから少しくらい…僕を見てくれたって…」

「…ルイス…」

 

ルイスはむすっとした表情のまま、宙を仰ぎベッドに倒れ込んだ。ドラコは何と声をかけて良いのか分からず、ルイスの赤髪を優しく撫でた。

 

 

 



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44 禁じられた森の中!

 

グリフィンドールが150点を一夜にして喪ったのはハリー・ポッター達のせいだ。

その噂は直ぐに広まり、今まで賞賛の的でありみんなのヒーローだったハリーは一夜にして嫌われ者になった。

今や、ハリー、ハーマイオニー、ネビルに話しかけるのはロンとソフィアだけだった。

今年こそスリザリンから寮杯を取る事を悲願にしていた為、グリフィンドール生の生徒たちは皆ハリーの悪口を隠さずに言った。レイブンクロー生やハッフルパフ生までも、スリザリンから寮杯が奪われるのを楽しみにしていた為、ハリー達を罵倒した。

 

スリザリン生だけはニコニコとハリーに話しかけ、「ポッター!ありがとうよ!借りができたぜ!」なんて言いながらハリーの肩を叩いた。

ハリー達は今すぐ消えてしまいたいと何度思ったかわからない、幸運にも試験の日が近かったため、黙々と談話室や図書室で試験勉強する事で気を紛らわせた。

もう、何もしない、関係のない事には絶対首を突っ込まない。彼らは固く誓った。

 

 

「まぁ…ほら、失った点数の事を考えても仕方がないわ、授業で挽回しましょう?」

「君みたいに頭が良ければ出来ただろうね」

 

 

ソフィアは必死に減点された三人を励ましたが、今回ばかりは三人ともすぐには元気を取り戻せず、深く反省しているようだった。

 

 

ハリー達は150点という大量の点数を失った事ばかりに気を取られ、罰則の存在を忘れていたが、ある朝ハリー達の元に手紙が届き、ようやく罰則があった事を思い出し項垂れた。

 

 

「そうだ…まだあったんだ…」

「頑張ってね、ハリー…ハーマイオニーと、ネビルも…」

「ソフィア…罰則って、どんな物なの?」

「うーん…私は片付けとか…が、多かったわ。でも…時間が11時って遅いから…何をさせるつもりかわからないわね」

「…ひどい物じゃないと、いいなぁ…」

 

 

顔を青くする三人に、ロンとソフィアは顔を見合わせ、一生懸命夜まで励まし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

夜11時、ルイスはいつも青白い顔を更に蒼白にさせたドラコと共に玄関ホールにいた。

 

 

「こんな夜に…何をさせるつもりなんだ…」

「さあ?少なくとも、天体観測じゃないのは確かだね」

 

 

ルイスはドラコを和ませようと明るく冗談を言ったが、ドラコは思い詰めるようにぐっと唇を噛むだけで返事はしなかった。

 

 

フィルチがミセス・ノリスを従え、ニタニタと笑いながら現れる。そのすぐ後にハリー達がドラコのように顔色を悪くさせて現れた。

 

 

「ついてこい」

 

 

フィルチはランプを灯し、ルイス達の先頭を歩いた。ふと、ルイスはそういえばこの人が魔法を使うところを見た事がないと気付くが、何も言わず黙っていた。

重い沈黙が落ち、ハリー達は酷く後悔しているようで、ネビルなんて今にも気絶してしまうのではないかと思うほど震えていた。

 

 

「規則を破る前に、よーく、考えるようになったんじゃないかね?」

 

 

フィルチは意地の悪い目でルイス達を舐め回すように見ながら、彼らの──ルイスはさして恐怖していなかったが──恐怖を楽しんでいるようだった。過去は痛めつける体罰を行っていた事もつげ、ゆっくりと、真っ暗な校庭を進む。無言で歩く一堂の中に、ネビルの啜り泣く声が響いた。

 

 

「フィルチか?急いでくれ。俺はもう出発したい」

 

 

ハリーは今まで鬱々としていた目を僅かに輝かす。ハグリッドと一緒ならそこまで悪い罰則では無いだろうと安心したからだったが、そんなハリーを見てフィルチは嘲笑った。

 

 

「あの木偶の坊と一緒に楽しもうと思ってるんだろうねぇ?坊や、もう一度よく考えた方がいいねぇ…君たちがこれからいくのは森の中だ。全員無傷では戻れまいよ…」

「森の中?!森の中にいけるの?僕一度行ってみたかったんだ!あそこには貴重な薬草が生えているんだよ、楽しみだなぁ…こんな事ならフラスコとか持ってきたらよかった!」

 

 

ドラコとネビルは呻めき、絶対に行きたくないとありありと示したが、ルイスは嬉しそうな歓声を上げ今にもスキップのひとつくらい見せそうな様子だった。

 

 

「ルイス…正気か?そんなところに夜いけないよ…色んなのがいるんだろう?…狼男とか…聞いたけど…」

「そんな事、今更言っても仕方ないねぇ」

「狼男は居ないよドラコ、もし居たとしても今日は満月じゃないからただの人さ」

 

 

ルイスが軽い調子で言うが、ドラコは不安げに視線を彷徨わせ、フィルチは全く恐怖していないルイスを憎々しげに見て舌打ちを溢した。

 

 

「もう時間だ、俺は30分くらい待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー大丈夫か?…ルイスは大丈夫そうだな」

「うん!早く行こうよ」

 

 

ルイスは嬉しそうに1人だけ笑っていたが、ハリー達はルイスのように微塵たりとも笑えなかった。

ハグリッドはぎろりした目に僅かに怒りを滲ませながらフィルチを見下ろしたが、フィルチはそんな視線を鼻で笑い飛ばした。

 

 

「ふん、こいつらは罰を受けにきたんだ。あんまり仲良くするわけにはいけませんねぇハグリッド」

「それで遅くなったと、そう言うのか?説教を垂れてたんだろう、え?説教するのはお前の役目じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける」

「…夜明けに戻ってくるよ、こいつらの身体の無事な部分だけ引き取りにねぇ…」

 

 

フィルチは嫌味たっぷりに言うと、ランプの火を暗闇に揺らしながらゆっくりと城へ戻っていった。

 

 

「僕は、森に行かない」

 

 

ドラコがハグリッドを睨みながら言ったが、その声にいつもの横暴さや自信に満ちた色は一つもなく、恐怖に彩られていた。

 

 

「ホグワーツに残りたいのなら、行かねばならん。悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」

「でも、森に行くのは召使いのする事だよ…生徒にさせる事じゃない…同じ文章を何回も書き取りするとか…そう言う事だと…。もし僕がそんな事をしたと知れば父上は…、きっと…」

「それがホグワーツの流儀だと言い聞かせるだろうよ!書き取りなんて何の役に立つ?お前の父さんがお前が追い出された方がマシだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物を纏めろ!さあ!」

 

 

ハグリッドの言葉に、ドラコは暫く唸り睨んでいたが、やがて何も言わず視線を落とした。

 

 

「よーし、それじゃよく聞いてくれ。なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ、皆軽はずみな事はしちゃいかん。暫くは俺についてきてくれ」

 

 

ハグリッドが先頭に立ち、森のはずれまで向かう。ランプを高く掲げ照らすが、暗い森の少しもその光は照らす事が出来なかった。

 

 

「あそこに光っているものを見ろ、…ユニコーンの血だ…」

 

 

ハグリッドは今回の罰の説明をした。傷ついたユニコーンを探す、それがルイス達に課せられた今回の任務であり、罰だった。

ルイスは説明を聞きながら眉を顰める。ユニコーンの血は猛毒だ、癒しの力があり延命する事もできるが、しかし、一度口にすれば穢れなき存在を貶めた罰として、一生ユニコーンの血を飲み魂を穢し続けなければならなくなる。

そんな事をする存在が、この森にいると言うのだろうか?死にかけて、それでも死を拒絶し禁忌を犯す。そんな存在がホグワーツの領域内に…?

 

 

「僕はファングとルイスと一緒がいい」

「…え?あ、ごめん話聞いてなかった、…何?」

「…よかろう、そんじゃハリーとハーマイオニーは俺と一緒に行こう。ドラコとルイスとネビルは一緒に別の道だ。もしユニコーンを見つけたら緑の光を打ち上げる。もし困ったことがあったら赤い光だ…うん、わかったな?じゃ気をつけろよ、出発だ」

 

 

ドラコはルイスの左側に、ネビルはルイスの右側に隠れるように立ち、自然とファングと先頭を歩くことになったルイスはハグリッド達と別れ一本の道をいつものような迷うことのない足取りで進んだ。

 

 

「ま、待て!もう少しゆっくり進め!」

「あ、あ、ルイス!な、な、なにかの音がするよぉ!」

「…大丈夫だから、落ち着いて二人とも…」

 

 

ドラコとネビルはルイスのローブをしっかりと握りしめ、後ろでぎゃいぎゃいと叫ぶ。少しの物音にも敏感に反応し叫び声をあげる二人に、ルイスはため息をついた。

 

 

「あ!…ちょっと待って」

「な、何だ!?何かいたのか!?」

「もう帰りたい!帰りたいぃ…!」

 

 

ルイスがふと足を止め、直ぐに木の元に駆け寄る。その側には銀色の血と、純白の毛が散らばっていた。

 

 

「…ここにもユニコーンの血がある…毛が散らばって…勿体ない…」

 

 

ルイスは血に触れないように白い毛をそっと摘むとこっそりとポケットに突っ込んだ。ユニコーンの毛はかなり貴重で、買おうと思ったらかなりの金額がする、そのまま放置し、持ち帰らないという選択はルイスにはなかった。

 

 

「──ああっ!」

「何だ!?」

「ひぃい!」

 

 

ルイスは小さな叫びを上げすぐに別の場所に移動するとしゃがみ込む。ドラコとネビルは震え、辺りを注意深く見ながらも先々進んでしまうルイスに置いていかれまいと慌ててその背中を追った。

 

 

「見て!ヤミヒカリゴケだよ…!こんな所にあるなんて…!シャーレ持ってくればよかった…!」

「ルイス!おまえ、いい加減にしろ!」

「もう脅かさないでよ!」

 

 

ドラコとネビルは、この時初めて同じ気持ちになった事だろう。

怒る二人を振り返り、ルイスは肩をすくめながら少し悪戯っぽく笑った。

 

 

「…なーんてね。少し落ち着いた?ここは森の中だからね、注意するのは良いけど怖がり過ぎるのは良くないよ。冷静にならないと…いざという時に魔法を使えないでしょう?…さ、僕が先頭を進むから、ちゃんと周りを見て、静かについてきてね」

「…、…わかった」

「…う、うん…」

 

 

ルイスへの怒りで恐怖心やパニックが少し落ち着いた二人は、ルイスの言葉に頷き、先程よりは冷静に辺りを見る事が出来るようになった。もちろん、恐怖はまだあったが、いつも通りのルイスを見ると少し心に余裕が生まれた。

 

 

「…ルイス、見て…あ、あっち…何か光ってない?」

「…本当だ、多分、ユニコーンの血だね。…見てくるから、ここでファングと2人は待ってて」

 

 

ネビルが指差した場所は少し開けた場所だった。木々の隙間から月の光が僅かに差し込み、地面に何か光っているものが見える。

ルイスは杖を向けたまま木々の隙間をそっと進む。

 

震えるネビルとファングと待つドラコは、自分もこんな奴みたいに今まで怯えていたのかと思うと無性に腹が立ち、そしてそっとネビルの後ろに回り、勢いよく背中に飛びついた。

 

 

「うわあああぁぁあーー!!」

 

 

後ろからの突然の襲撃に、パニックになったネビルは大声で叫び、杖からめちゃくちゃに赤い光を噴出させる。その光を見てルイスは驚いてドラコたちの元に戻ってきた。

 

 

「何があったの?!」

「ああ、ああーー!!」

「ネビル!落ち着いて!」

 

 

ルイスはその場にしゃがみ込み頭を抱え震えるネビルを強く抱きしめ、背を優しく撫でた。ネビルは涙を流し目を硬く瞑り身体全体を震わせ酷いパニックに陥っていたが、ルイスの優しい声かけと、背中に伝わる暖かさに少しずつ落ち着いてきたものの、涙は止まらない。

ルイスは周りを見て、何も危険がない事と、少し離れた所にバツの悪そうな顔でもじもじとするドラコを見て、何故ネビルがこれ程までに怯えパニックになったのか分かった。

 

 

「…ドラコ…本当に君ってやつは…!やっていい事と悪い事がある!もし同じ事をぼくが君にしたらどうする?」

「こ、こんなに驚くって思わなかったんだ!」

 

 

ドラコの度が過ぎた悪ふざけに、ルイスが怒りながら言うとドラコは慌てて弁解をする、流石のドラコもやり過ぎたと思ったのか、俯いて視線を逸らした。

突如茂みがガサガサと音を立てて揺れ、ルイスとドラコは勢いよく音のした方を振り返った。

 

 

 

「どうした!何があった!?」

「…ハグリッド…」

 

 

ネビルの赤い光線を見たハグリッドはすぐに駆けつけ、余程急いできたのか呼吸を荒げながら心配そうにネビルとルイスを見る。

ルイスはハグリッドだとわかると安心したが、困ったようにネビルとドラコを見て、周りを注意深く見ながら手に持つ斧をしっかりと構えたままのハグリッドを見た。

 

 

「あー…ドラコが…ネビルを驚かしたんだ、それでネビルがパニックになっちゃって…」

 

 

それを聞いたハグリッドはみるみる内に顔を怒りで赤らめドラコを見ると斧を振り上げながら叫ぶ。

 

 

「何を考えちょるんだ!罰則だと言うとるだろうか!もっと重い罰則が良かったのか!?えぇ!?ネビルに謝ったのか!?」

「…、…」

「……ふー…ネビル、大丈夫か?よしよし、大丈夫だ。…よし、行くぞ顔をあげろ。ルイスと、そこの愚かもんもついてこい」

「う、うぅ…」

 

 

どれだけ待っても決して謝ろうとしないドラコに、ハグリッドは長いため息をついた後、まだ泣いているネビルの腕を引き立たせると優しく背中を支え、寄り添いながら森の中を進んだ。

 

 

「…ドラコ、行くよ」

「…あぁ」

 

 

ドラコはルイスの言葉に小さく頷き、とぼとぼとルイスの後ろをついていった。

ハグリッドは道なき道を進み、なんとかハリーとハーマイオニーと合流すると怒りを滲ませながらドラコを睨んだ。

 

 

「お前がとんでもないことをしたせいで、見つかるものも見つからんかもしれん…。よーし組み分けを変えよう。ネビルらハーマイオニーは俺と組むんだ。ハリーはファングとルイスとこの愚かもんと一緒だ。…ルイス、この愚かもんを頼む」

「…ん、わかった」

 

 

ハグリッドは何度か頷き、くれぐれも気をつけるように告げた後、心配そうなハーマイオニーを連れて直ぐに森の中に入った。

 

残されたルイスは足元でひんひんと鳴くファングの頭を撫でながらハリーとドラコを見た。まぁ、ドラコの驚かしもきっとハリーには効かないだろうが、犬猿の中の二人を組ませる事は果たして成功なのだろうか。

 

 

「さ、ハリー、ドラコ、行こうか。…僕がファングと先頭を歩くよ。くれぐれも静かに、ついてきてね。何か気付いたら…直ぐに教えて」

 

2人が頷いたのを見てルイスはファングを引き連れ、杖先をルーモスで光らせながらゆっくりと森の中を進んだ。

 

 

 



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45 恐ろしい行いと影!

 

点々と続く銀の血を追いながら、ルイス達はどんどん森の奥へと進む。風に合わせてざわざわと木々が人の騒めきのような音を出した。少し進む度に闇がより深くなり、鬱蒼とした森の中ではルイスの灯す光だけでは、酷く頼りなく見えた。

ルイスも流石に気を引き締め緊張したまま森を進む。この森に来たのは初めてだが、あまりにも生き物がいないことに違和感を感じていた。何かに怯えているのか、森に住むはずの生き物は一匹たりとも現れない。

 

ユニコーンを襲った存在が、近くにいるのだろうか。ルイスは杖を持つ手に力を込めた。

 

 

落ちている銀色の血の量が多くなってきた。木の根元に大量の血が飛び散り、草が倒されている。それは傷付いたユニコーンがこの辺りで痛みと苦痛にのたうち回った事を簡単に想像させ、ルイスは眉を顰め、ハリー達を振り返る。

 

 

「…近いと思う、気を引き締めて…」

 

 

ハリーとドラコは緊張した面持ちで頷いた。

樫の古木が絡み合うその先は、開けた平地だった。

 

 

「っ…ルイス…見て…」

 

 

ハリーが息を飲み震える指で先を示した。

開けた平地の奥に、月の光を浴びて純白に輝くものが落ちていた。

ユニコーンは白く細い足を力なく投げ出し、輝く真珠色の立髪は暗い木の葉の上に散らばっている。身体の至る所が傷付き、最も深い首の傷からはまだ銀色の血が溢れ、血溜まりを広げていた。

美しくも、悲しい生き物の死に、ハリー達は強く心を痛めた。

 

ルイスはそっと近付き、ユニコーンの傷口を観察した。その傷は鋭利な何かで切り裂かれたような傷だった。少なくとも、獣が噛みついたり、切り裂いたような歪な傷では無い、刃物で裂いたような長く深い傷、こんな傷口を作る事が出来る生き物は人間しかいない。

もう少しよく観察しようと思ったルイスだったが、ずるずるとローブを地面で擦るような音にいち早く気付いたハリーが慌ててルイスを引っ張り木々の後ろに隠した。

 

 

「な──」

「しっ!何か、聞こえた…」

 

 

ハリーはルイスの口を塞ぎ、自身も木の影に身を隠した。ずるずると言う音にルイスとドラコも気付き、顔を青くさせぴくりとも動かなかった。

 

暗がりの中から、フードを深く被った黒い影が現れた。まるで獲物を漁る獣のようにゆっくりユニコーンに近付くと、その横たわった死骸に身を屈め、傷口から血を飲みはじめた。

身体中の産毛が粟立つ程の恐ろしさと強い嫌悪感、美しいものが穢されていく光景に、ルイスは思わず顔を強く顰めた。

 

 

「ぎゃああああっ!」

 

 

悍ましい光景と、強い恐怖に耐えきれずドラコが絶叫し、もんどり打ちながら逃げ出した。ファングもその声に驚いたように飛び上がるとすぐにドラコの後を追い森の奥へと走り去る。

 

ドラコの声に気付いた影のは、ゆっくりと顔をもたげた。フードで隠された顔の下からぽたぽたと銀色の血が垂れる。

それは、こちらをじっと見て、するすると音もなく近づく。

 

 

「──うぐぅっ!」

「ハリー!」

 

 

ハリーは額の傷が今まで感じた事もない激痛で自身の頭が割れたかと思った程だった。目に涙が浮かび、ルイスに縋るように倒れかかる。

ルイスはハリーを片手で支えると杖を構え、その影をじっと見た。

 

 

──死。

 

 

死ぬかもしれない。あれが出す異様な空気は、人間では無いと思ってしまう程、悍ましい。だが、あれは間違いなく、人間だ。

ユニコーンの血を飲むなど、人間しかあり得ない。どれだけ死にかけている生き物でも、決してユニコーンの血は口にしない。純粋な存在を殺してまで生きたいと、呪われても生きながらえたいと願う生物は、地上に一種しかいない。──人間だ。

 

 

 

影がルイスとハリーに近付く。

ふと、ルイスは酷く甘く、重苦しさを感じさせる臭いを嗅いだ。

 

 

 

ルイスの脳裏に父と、ソフィアの顔が一瞬横切り、これが走馬灯かと思い覚悟を決めた時、後ろから蹄の音が聞こえ、ハリーとルイスの頭上を飛び越えその影に向かって突進した。

ルイスに手を伸ばしかけていた影はさっと手を引き込める。

 

 

目の前に現れたケンタウルスに、ルイスは驚き目を見開いた。ケンタウルスは、決して人とは関わろうとしないはずだ、まさか助けたのか?いや、偶然、なのだろうか。

 

 

その影はケンタウルスの振り上げられた前脚にたじろぎ、また音もなく滑るように木々の奥へと姿を消した。

 

 

「怪我はないかい?」

「あ、ありがとうございます…」

 

 

暗闇の中、輝く青く澄んだ目がルイスを見つめる。あまりの美しい宝石のような瞳に、ルイスは一瞬今の状況も忘れて見入ってしまった。

ハリーは額を抑えながら、よろよろと立ち上がり、自分達を助けてくれたケンタウルスをじっと見た。ケンタウルスもまた、ハリーの傷口をじっと見ていた。

 

 

「ありがとう…あれは…何だったの?」

「…、…君はポッター家の子だね?早くハグリッドの所に戻った方がいい、今この森は安全じゃない、特に君はね…さあ、そこの君は…ああ、…その顔…アリッサの子だろう。君たち私に乗れるかな?その方が早いから」

「えっ!…い、いいんですか…?そんな…貴方は…ケンタウルスでしょう?」

 

 

ルイスは何故ケンタウルスが母の名前を知っているのかという驚きよりも、ケンタウルスが人を背に乗せるといった選択をした事に驚いた。ケンタウルスはルイスの戸惑いを察すると少し、優しげに微笑み頷く。

 

 

「君はアリッサのように聡明だ。彼女は私達の友であった…さあ、早く乗りなさい、旧友の子とポッター家の子を死なせるわけにはいかない」

 

 

ルイスはそれでも迷った。ケンタウルスは気高い生き物だと知っているからだ。だがそんな事知らないハリーは直ぐに脚を曲げたケンタウルスの後ろによじのぼり、焦ったそうにルイスを見た。

 

 

「ルイス!早く!」

「…う、うん…」

「私の名はフィレンツェだ」

 

 

ルイスがハリーの後ろに乗った事を確認すると、ケンタウルスーーフィレンツェは直ぐにその場から踵を返した。

 

だが、すぐにその足は止まる。

平地の反対側からフィレンツェの行く手を阻むように二体のケンタウルス──ロナンとベインが現れた。その顔は怒りと困惑に満ちている。

 

 

「フィレンツェ!何という事を…人間を背中に乗せるなど、恥ずかしく無いのですか?君はただのロバなのか?」

「この子達が誰かわかっているのですか?ポッター家の子と、我々の亡き友人アリッサの子どもです。一刻も早くこの森を離れるほうがいい」

「アリッサの…?いえ、だからと言って…君はこの子達に何を話したんですか?フィレンツェ、忘れてはいけない。我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起こるか読み取ったはずじゃないかね?」

 

 

ベインが唸るように言い、苛立ちからか蹄を打ち鳴らす。ルイスはハリーの背に捕まりながら、不安げに三体を見る。やはり、背中に乗るのは間違いだったのだ。

 

 

「私はフィレンツェが最善と思う事をしているんだと、信じている」

 

 

ロナンが困惑しながら言うが、ベインの怒りは収まらない。

 

 

「最善!それが我々と何の関わりがあるんです?ケンタウルスは予言された事にだけ関心を持てばそれでいい!森の中で彷徨う人間を追いかけてロバのように走りまわるのが我々のする事でしょうか!」

「あのユニコーンを見なかったのですか?何故殺されたのか、君にはわからないのですか?それとも惑星がその秘密を君には教えていないのですか?ベイン、僕はこの森に忍び寄るものに立ち向かう。そう、必要とあれば人間とも手を組む」

 

 

フィレンツェは叫ぶように言うとすぐに向きを変え、ロナンとベインを後に残し木立の中に飛び込み素早く木々の中を駆けた。

 

 

「…フィレンツェは…母と…友人だったんですか?」

「…ええ、彼女はかけがえの無い友でした。優しく…人間にしては聡明でした。惑星の動きに目を向け星の囁きに耳を傾けていた…ああ、あなたの名前を教えて下さい」

「ルイスです。…双子の妹がいます。ソフィアっていう名前の…」

「ああ…そうですか、いつか会いたいものです」

 

 

フィレンツェは少し嬉しそうに言った。

ルイスはハリーの背中に捕まりながら、何故母がケンタウルスと友人になれたのかと考えた、ただの人と友人になるのとは訳が違う。ケンタウルスは気高く、そして──人を嫌う。

 

 

「ねえ、どうしてベインはあんなに怒っていたの?君は一体何から僕たちを救ってくれたの?」

 

 

ハリーの疑問に、フィレンツェは速度を落とし並足になると言葉を選ぶように沈黙した。ルイスは、何故彼がそうしているのかわかっていた。ケンタウルスは、全てを理解していても、惑星の動きから大きく外れることは出来ない、そういう、賢く孤高な生き物なのだ。

 

 

「二人はユニコーンの血が何に使われるか知っていますか?」

「ううん。角とか尾の毛を魔法薬の時間に使ったきりだよ」

「…僕、知ってます」

「ルイス、君はアリッサのように聡明でいて、その知識ゆえに酷く心を痛めていますね。…そう、ユニコーンを殺すなんて非情極まりない事です。これ以上失う物は何も無い、しかも、殺す事で自分の命の利益になる者だけが、そのような罪を犯す。ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいる時だって命を長らえさせてくれる。でも恐ろしい代償を払わなければならない。自らの命を救う為に、純粋で無防備な生物を殺害するのだから、得られる命は完全ではない。その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われた命を生きる…生きながらの死なのです」

 

 

フィレンツェの言葉に、ハリーは必死に考えた、生きながら死んでいる。そんなの、誰が望むのだろうか。

 

 

「いったい誰がそんな必死に?永遠に呪われるんだったら、死んだ方がマシだと思うけど、ちがう?」

「その通り。しかし──他の何かを飲むまでの間だけ生き長らえればよいとしたら…二人はこの今この瞬間に、学校に何が隠されているのか知っていますか?」

「…賢者の石ですね」

「そうか!命の水だ!だけど、いったい誰が…」

「力を取り戻すために、長い間待っていたのが誰か──思い浮かばないですか?」

 

 

フィレンツェの、静かな声にルイスは息を呑んだ。そうか、そうだとしたら、すべての辻褄が合う──合ってしまう。いや、しかし、フィレンツェがここまで知っているなんて、惑星の語りかける予言はどれほど正確なものなのだろうか。

 

 

ハリーは、自分の心臓が鷲掴みにされたような気がした。手が震え、脳が痺れたように揺れる。それじゃあ、さっき見たのは──

 

 

「それじゃさっき見たのは…ヴォル──」

「ハリー!ルイス!あなた達、大丈夫?」

 

 

ハリーが全てを言おうとした時、道の向こうからハーマイオニーが走り寄ってきた。その後ろからハグリッドも息を荒げながら走ってくる。

 

 

「僕は大丈夫だよ」

「僕も大丈夫。ハグリッド、ユニコーンが死んでた、…殺されてた。森の奥、開けた所にいるよ」

「何!?わかった、すぐ見てくる」

 

 

ハグリッドはすぐにルイスの指が示した先へと走っていった。ハグリッドを見送りながら、フィレンツェは小さく呟く。

 

 

「ここで別れましょう。君たちはもう安全だ」

「…ありがとうございます、フィレンツェ…」

「いいえ、当然の事ですルイス。…幸運を祈りますよ、ハリー・ポッター。ケンタウルスでさえも、時には惑星の読みを間違えた事がある…今回もそうなりますように」

 

 

フィレンツェはハリーとルイスを下ろし、そう言い残して暗い森の奥へと駆けていく。

フィレンツェの言葉に、ルイスは眉を寄せた。その言葉は、ハリーにとって良く無い未来を惑星が示した事を意味している。一体、惑星は何をケンタウルス達に予言したのだろうか。

 

 

ハリーは無意識の内に額を抑えながら、ブルブルと震えていた。

 

 

「すぐに…ロンとソフィアに言わなきゃ…」

「…ねえ、今回だけ、これで最後にするから…僕もグリフィンドールの寮に連れて行って、ユニコーンの死骸は僕が一番近くで見た、あの影もだ…僕も一緒に何があったか話すよ」

 

 

ルイスはハリーの両肩を掴み、真剣な声で懇願した、ハリーは驚いたもののすぐに頷く。ハリーは今先程の光景を冷静で話せる気がしなかった。できればルイスにいて欲しいと思っていたのだ。きっとこの時間、グリフィンドールの談話室に起きている人は居ない。黙ってさえいれば、バレる事はないだろう。

 

ハリー達は頷き、そっとグリフィンドール塔まで走った。ルイスは途中でスリザリンカラーのネクタイを外しポケットに突っ込み、ハリーのネクタイを借りて首に掛けた。

 

 

 

 

ハリー達の帰りを待っている内に、ロンとソフィアは真っ暗になった談話室で寝てしまっていた。一つのソファに身を寄せ合い、すやすやと眠る2人をハリーはやや乱暴に揺り起こす。

 

「──ああ!ファウルだ!くそっ!」

「──だめよ!トビナガウサギはどう足掻いても泳げないの!」

「何言ってるの!2人共、起きて!」

 

 

訳の分からない寝言を言う2人にハリーは小声で叫ぶ。2人は目を擦りながらむにゃむにゃと口を動かし、ぼんやりとした目でハリー達を見た。

 

 

「ふぁあ…おかえりハリー…」

「んうー…あれ?ルイスがいるわ…まだ夢を見ているのかしら…」

「夢でも何でも無いよソフィア、とんでもない事があったんだ」

 

 

眠そうなとろりとした目で、ロンとソフィアは真剣な表情するハリーとルイスを見て不思議そうにしていたが、ハリーとルイスが何があり、何を見たのか話していくうちに徐々に目が冴えてきたのか皆と同じ真剣な眼差しでハリー達の言葉を聞いた。

 

ハリーは落ち着かないようにそわそわと火の消えた暖炉の前を何度も言ったり来たりし、口元に手を当てながら呟く。

 

 

「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだ…ヴォルデモートはあの森の中で待ってるんだ…僕たち、いままでずっと、スネイプはお金のためにあの石が欲しいんだと思っていた…」

「そんな──」

「その名前を言うのはやめてくれ!」

 

 

ソフィアは父があの人なんかに服従しているものかと叫びそうになったが、それを言うよりも先にロンが震える声で叫んだ。

顔は蒼白になり、目は大きく見開かれている、信じられないものを見る目で、ハリーを怖々と見た。

 

 

「その名前を言うのはやめてくれ!」

 

 

だが、ロンの声はハリーには届かない。頭の中でみるみる内に様々なパーツが揃い、パズルが噛み合うような、今までの事件の全てがたった一つに集約されていく感覚に、ハリーは自分が興奮していくのを感じた。これは、正解がわかったからか、それとも、恐怖からかなのか、ハリーにはわからない。

 

 

「フィレンツェは僕たちを…僕を助けてくれた。だけどそれはいけない事だったんだ──」

 

 

ハリーが熱で浮かされたように言葉を続ける中、ルイスはそっとソフィアの手を繋ぐ、ソフィアが不安げに眉を寄せ、このままハリーの考えを黙って聞くのか、父様がそんな事するわけが無いのに。と目で訴えかける。だが、ルイスは小さく首を振り、ハリー達に聞こえないよう、声を出さず口を動かした。

 

 

──何も言わないで。

 

 

ソフィアはその言葉に戸惑ったが、あまりにもルイスの真剣な目に、小さく頷いた。

 

 

「ヴォルデモートが僕を殺すのなら、それをフィレンツェが止めるのはいけないって、ベインはそう思ったんだ…僕が殺されるのも星が予言していたんだ」

「頼むから、その名前を言わないで!」

「それじゃ、僕はスネイプが石を盗むのをただ待っていればいいんだ…そしたらヴォルデモートがやってきて僕の息の根をとめる…そう、それでベインは満足なんだ」

 

 

熱に浮かされたような、絶望したような、どこか不思議な声でハリーは呟いた。

ハリーは今、正気では無い。死んだとされていた、ヴォルデモートが死んではいなかった、両親の敵が、今蘇り自分を殺そうとしている。それは想像を絶する恐怖であり、怒りだろう。

ルイスとソフィアはハリーの虚な目を見て、苦しげに眉を寄せる。

 

ソフィアは立ち上がり、色々な感情が溢れ、その逃し方がわからないのだろう、酷く落ち着きのないハリーの頭をそっと抱きしめた。

ハリーは暫く身体を硬直させたが、ソフィアの胸に頬をつけていると、小さな鼓動の音が聞こえることに気付き、その一定間隔で鳴る音はハリーの昂っていた神経を落ち着かせた。

 

 

「…ハリー、落ち着いて?…ダンブルドア先生は、あの人が唯一恐れている人だって、みんな言ってるわ。ダンブルドア先生がいる限り、あの人はあなたに触れることなんて出来ないわよ」

「そうよ、ハリー。それにケンタウルスが正しいだなんて、誰が言った?私には占いみたいなものに見えるわ。マクゴナガル先生がおっしゃったでしょう。占いは魔法の中でも、とっても不正確な分野だって」

 

 

ソフィアの抱擁と、ハーマイオニーの励ましにより、ハリーは落ち着きソフィアからそっと離れると頷いた。

 

話し込んでいるうちに空が白み始め、ハリー、ハーマイオニー、ロンはすぐに自室へと戻ったが、ソフィアはルイスをグリフィンドール塔の下まで送ると言い、寮を出ていた。

 

 

グリフィンドール塔の廊下で、ソフィアはルイスに向き合い、やや非難がましい目で見ながら小さく叫んだ。

 

 

「なんで…!と──スネイプ先生じゃないって否定しなかったの?」

「ソフィア…ハリー達にはスネイプ先生だって思わせておいた方がいい」

「どうして…!」

「もし、…いや、間違いなく、後ろにあの人がいる。…全ての元凶は…クィレルだと、僕は思うし…知ってる。ただ、それが本当に正しいのなら…ハリーがクィレルに近付くのは危険すぎるんだ。クィレルだけならまだ良かった…でも、後ろにいるのがあの人なら…ダメだ、僕たちが…子ども達が踏み込んでいい域を超えている。ハリーが真実に気付けば…きっと、殺されてしまう。だから、ハリー達は勘違いをしていた方がいい」

「でも…そんな…」

 

 

果たして、それが正解なのか、ソフィアの目は不安げに揺れていた。

ルイスはぐっとソフィアを強く抱きしめると、その耳元で囁いた。

 

 

「ソフィア、君は…絶対にもう…関わらないで。ハリーに何を言われても、何をこれ以上知っても!…お願い、僕は君に何かあったら…きっとハリー達を許せない」

「…ええ、わかった。…約束するわ」

「…良かった…僕は…タイミングを見つけて、父様に言うよ。信じてもらえるかわからないけど…。ソフィア、危険だから絶対1人にはならないで、僕も極力1人にはならないようにするし、ドラコが居なくても…人が多いところで過ごすから」

「…そうね、それが…いいと思うわ」

 

 

もう、手に負えない。そうルイスもソフィアも思っていた。

本当に、あの人が森にいるのなら、早めに知らせなければならない。

今なら、ハリーが聞いたクィレルと父様の会話の意味がわかる。

父様は、クィレルに聞いていたのだ、ダンブルドア側につくか、あの人につくか。…父様は、長くクィレルとこのホグワーツで教師をしていた、ただの他人ではなかったのかもしれない。助けたいと、思っていたのだろう。

 

父のあまりにも回りくどく分かりにくい不器用な優しさに、ルイスだけが気付き、胸を痛めた。

 

 

──もう、遅い。もう、彼はユニコーンの血を飲んでしまった。呪われたのだ。

 

 

禁じられた森で影と対峙した時、ルイスは風に乗って酷く甘く、重い臭いを嗅ぎ取った。それは、クィレルがターバンを外し掛けた時にふと香った臭いだと、ルイスは気付いていた。

  

 

 

 

 



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46 深い眠り。

 

 

ルイスは一刻も早くセブルスに自分の考えや、罰則中の森での出来事を伝えたかったが、フクロウ試験やイモリ試験を間近に控える上級生が常に魔法薬学の教室や準備室、はたまた職員室にまでもセブルスに質問に来ていた為2人きりになる事は叶わなかった。

いつも生徒から遠巻きにされているセブルスでさえも流石にこの時期は忙しいようで生徒達の対応に追われていた。

下級生──特にグリフィンドール生──はセブルスの威圧感が恐ろしく近寄り難いのだが、上級生にもなれば慣れてくるものだ。そもそも、セブルス・スネイプ教授は真面目な生徒に対してはとても誠実で、ちゃんと個人の将来まで見据えた対応をする。例えその言葉に嫌味が混じっていたとしても、上級生達は気にする事なく彼と関わる事が出来た。

 

ルイスはこっそりフクロウ便を使い、少し話せないかとセブルスに手紙を送ったが、返事は想像した通り試験が全て終った日の夜に、というものだった。

セブルスは、きっと罰則を受けることになった日…珍しくルイスがセブルスに対して癇癪を起こした事を謝りたいのだと思い、それなら試験後でも良いだろうと後回しにしていた。

 

その考えが、ルイスやソフィア、ハリー達に大きな影響を与えることになるのだが、また彼はそれを知らず後に大いに後悔する事になる。

 

 

長いようで短い試験が全て終わり、ルイスは自分でも魔法史と変身術以外は会心の出来だと考えた。勉強する事が苦ではないルイスは中々に優秀な生徒の1人だと言えるだろう、真面目な彼はドラコに少し図書館に行き試験の答え合わせでもしようかと言ったが、ドラコはもう試験に関わりたく無いのか断り、さっさとクラッブとゴイルを脇に従えスリザリン寮へ戻って行ってしまった。

 

1人になったルイスは図書館への廊下を歩く。

 

 

「ミ、ミミスター・プリンス」

「…クィレル先生…」

 

 

廊下の暗がりからクィレルが現れ、両手に沢山の本や書類を持ちながらおどおどとルイスに話しかけた。

顔色は土気色で、目は落ち窪み濃い隈が出来ている、酷く辛そうに見えるのは、ユニコーンにより呪われているから、なのだろう。

少し、ルイスは身構えたものの逃げ出す事はなく、自分に近付くクィレルをじっと見た。

 

 

「に、荷物を運ぶのを、て、手伝ってくれませんか?ひ、1人では大変で…」

「…、…わかりました」

「あ、ありがとうございます」

 

 

クィレルはほっと安堵したように微かに微笑み、ルイスの手に半分の本や書類を乗せた。

 

 

「きょ、教室まで、お願いします。…す、スリザリンに1点加点しましょう…」

 

 

先頭を転びそうになりながら歩くクィレルの後ろを、ルイスは静かに着いて行った。

闇の魔法に対する防衛術の教室までは、お互いに無言だった。クィレルは辛そうにぜいぜいと呼吸を荒げ、額に汗を流し、横目でちらちらとルイスを見ながら進む。その何か探るような視線に、ルイスは気が付かないふりをした。クィレルに対し警戒は緩めず、ルイスは静かに歩いた。

 

 

「クィレル先生、教壇に置いたらいいですか?」

「え、ええ、お願いします」

 

 

誰もいない教室に入り、ルイスは手に持っていた物をどさっと教壇に置いた。これでもう用事は終わった、振り返ろうとした時、首の後ろに冷たい物が触れ、ルイスは身体を硬らせた。ーーー杖先だ。

 

 

ジュロース・サンメル・デュオ(深い眠りに堕ちよ)

 

 

ルイスは直ぐにポケットに手を伸ばし、杖を取ろうとしたが、それよりも早くクィレルの魔法がルイスを貫いた。

 

「──っく……」

「君は邪魔だ、全てが終わるまで退場願おう」

 

 

急激な眠気がルイスを襲い、ルイスは教壇に身体をぶつけながら床に倒れ込む。書類や本がばさばさとルイスの体の上に落ちた。

 

ルイスは重くなる身体を必死に動かそうとしたが、すぐに逆らうことの出来ない眠気に、悔しそうにしながら目を閉じた。

 

 

クィレルはルイスが完全に眠ったのを見てようやく杖を下ろす。

 

 

「──大丈夫です、…はい、殺してません……ええ、貴方様の望み通りに──ホグワーツを閉鎖させるわけにはいきませんから──はい……わかりました…──はい…手紙…ええ、そのように…」

 

 

クィレルはブツブツと一人で話何度も頷く。

そして机の引き出しから鞄を取り出し、ルイスの身体に浮遊魔法をかけ無理矢理中に押し込むと、そっとあたりを見渡し強く鞄を握りしめたまま教室から出て行った。

 

ルイス・プリンスが姿を消した事に、誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

ルイスがクィレルの手にかかり深い眠りに落ちた時、ソフィアはハリー達と試験が終わった事の解放感から晴れ渡った気持ちで湖に向かい、心地よい木陰に寝転んでいた。

ソフィアはハリーがまだ石やヴォルデモートの事を言っているのを聞きながら、何も言わずに草の上で身体を伸ばす。ハーマイオニーやロンの言う通り、いくらヴォルデモートが石を望んでも、ダンブルドアがいる限りここは最も安心だから心配する事はないと、ソフィアもそう考えていた。

 

ハリーは突然立ち上がった。

その顔は真っ青に染められ、何か天命でも受けたかのように、目に確信の色が写っている。

 

 

「どこに行くんだい?」

「いま気付いたんだ、すぐにハグリッドに会いにいかなくちゃ」

 

 

ロンの問いかけにハリーは震える声で呟き、すぐにハグリッドの小屋へと駆け出した。ソフィア達は顔を見合わせ、その後を追った。

 

 

「は、ハリー?どうして?」

「おかしいと思わない?ハグリッドはドラゴンがほしくてたまらなかった。でも、いきなり見ず知らずの人がたまたまドラゴンの卵をポケットに持って現れるかい?魔法界の法律で禁止されているのに、ドラゴンの卵をもって彷徨いている人がザラにいるかい?」

「…そうね!そうよ、それに、ハグリッドは賭けに勝って貰ったって言ったわよね?ドラゴンなんて希少生物…賭け事に使うわけがないわ!だって裏では高値で取引されているもの!」

「ハリー、ソフィア…何が言いたいんだい?」

 

 

ハリーはソフィアもその考えに至ったのだと確信し、ソフィアを見る。まだハーマイオニーとロンは困惑していたが、ソフィアはハリーと同じく顔色を悪くしていた。

 

ソフィアもハリーもロンの言葉に答えず──答える余裕がなく──全力疾走し、草の茂った斜面をよじのぼった。

ハグリッドは小屋の外で何か作業をしていたが、走ってくるハリー達に気がつくとにっこりと笑って彼らを出迎えた。

 

 

「よう。試験は終わったか?茶でも飲むか?」

「ううん、ごめんなさいハグリッド、私たち急いでるの」

 

 

ソフィアは胸に手を当て呼吸を抑えながら心から残念そうにハグリッドに言った。

 

 

「ハグリッド、聞きたいことがあるんだけど。ノーバードを賭けで手に入れたって言ったよね?トランプをした相手って、どんな人だった?」

「わからんよ、マントを着たままだったしな」

 

 

ハリー達は、絶句した。流石にロンとハーマイオニーも事態を飲み込めてきたようで、顔色を悪くする。ソフィアもまた嫌な予感に、顔を引き攣らせた。

 

 

「そんなに珍しいこっちゃない、ホッグズ・ヘッドなんてとこにゃ…村のパブだがな、おかしなやつがウヨウヨしてる。もしかしたらドラゴン売人だったかもしれん。そうじゃろ?顔も見んかったよ。フードをすっぽり被ったままだったしな」

「ハグリッド…その人とどんな話をしたの?ホグワーツの事、何か話した?」

「話したかもしれん」

 

 

ソフィアは頭を抱えた。

ハグリッドは良い人だ、決して悪い人ではない、だが少々ホグワーツの一員としての自覚が欠けている。なぜ、どう見ても怪しい人から貰った物を、沢山の生徒がいるホグワーツに持ち込めるのだろうか。ソフィアはハグリッドの考えなさを嘆き内心で苛ついた。

 

 

「うん、俺が何してるかって聞いてきたんで、森番をしてるっていったな。そしたらどんな動物を飼っているのか聞いてきて…うーん、あんまり覚えちょらん、次々と酒を奢ってくれてなぁ……それで、ドラゴンが欲しかったって言ったな…。…うん、それからドラゴンの卵を持ってるから、トランプでかけてもいいってな…でもちゃんと飼えなきゃだめだっていうんで、俺は…フラッフィーに比べればドラゴンなんて簡単だって言ったな」

「そ、そ…れで、その人はフラッフィーに興味があるようだった?」

「そりゃそうだ、三頭犬なんて滅多にいねえ、だから俺は言ってやったよ。フラッフィーなんて宥め方をしってれば…音楽を聞かせればすぐにねんねしちまうって…」

 

 

そこまでハグリッドが言ったが、急にハッとしたように口を閉ざした。

 

 

「お前たちに話しちゃいけなかったんだ!」

 

 

ハリー達は直ぐに踵を返しホグワーツの玄関ホールまで走っていった。

ソフィアは途中で振り向いて、怒りながら叫んだ。

 

 

「ハグリッド!あなた、私たち以外の誰に話してしまったのか、ちゃんと考えなさい!!」

 

 

ソフィアの言葉に、ハグリッドはその場で茫然と立ちすくんでいたが、ソフィアは気にすることが出来なかった。

 

 

「ダンブルドアの所に行かなくちゃ。ハグリッドが怪しいやつにフラッフィーをどうやって手なづけるか教えてしまった…マントの人物はスネイプかヴォルデモートだったんだ…」

 

 

ハリーは真剣な声で言うが、ソフィアはマントの人が父なら間違いなくハグリッドは気付いただろうと考えた。流石に、いくらフードとマントを使っても騙せるものではない。それならば、やはりヴォルデモートが接触したのか。それとも…ずっと怪しいと思っている、クィレルだろうか。

 

 

「すぐに校長室を探さなきゃ、どこだろう?」

「…私、ルイスを探してくるわ!みんなは校長室を探して!」

 

 

ソフィアはハリー達にそう言うとすぐにその場から離れた。

ルイスからこれ以上関わるなと強く言われている、だが、流石にここまで知ってしまった。もう、フラッフィーの守りが意味をなさないと知ってしまった。全てを無視し、見ないふりをすることはどうしてもソフィアには出来なかった。

 

 

スリザリン寮の地下牢へ向かう階段を駆け降りていると、少し前にドラコが居ることに気付き直ぐに駆け寄った。

 

 

「ソフィア?こんなところで…何をしてるんだ?」

 

 

この先にはスリザリン寮しかない、なぜこんな場所に、とドラコは眉を顰めたが、ソフィアは必死にドラコに訴えかけた。

 

 

「ねえ、ルイスを呼んできて!寮に居るんでしょう?お願い、急いでるの!」

「え?…いや、ルイスは寮に居ない。試験が終わってから図書館へ行くと言って…まだ戻って来てない」

「わかった、ありがとうドラコ!」

 

 

ソフィアは直ぐにドラコにお礼を言うと元来た道を急いで戻り図書館へと向かった。

あまり走り回っていてはイルマ司書に追い出されてしまう為、できる限りの早足でルイスを探したが一向に見つからず、ソフィアは焦りから不安げに眉を下げ、必死にあたりを見渡した。

 

 

「ルイス…!」

 

 

しかし、いくら書棚の間を探しても、ルイスは見つからず、もう出て行ってしまったのかと探す事を諦め図書館の出入り口に向かう、ふと、入り口に最も近い机でパンジーが本を読んでいる事に気がつき、ソフィアはパンジーに駆け寄った。

 

 

「パンジー!ねぇ、ルイスはもう図書館から出て行ったかしら?どこに行ったか知ってる?」

 

 

いきなり声をかけられたパンジーは驚き訝しげにしながらも、首を振った。

 

 

「私、試験が終わってすぐここに来たけど…多分、ルイスは来てないわよ?」

「──え?」

「ルイスなら試験の答え合わせをしに来るだろうと思って、私図書館で待ってたの、けど来なかったわ」

「…、…ありがとうパンジー」

 

 

ソフィアは小さく呟き、直ぐに図書館から飛び出した。

試験が終わって、もう2時間ほど経過している。ルイスは基本的にドラコと一緒に行動し、別行動を取る時はこの図書館にしか向かわない。

どこに行ってしまったのか、ソフィアは漠然とした嫌な予感に、表情を固くしたままホグワーツ中を探し回った。

大広間、中庭、もう一度図書館、クィディッチ競技場、テストが行われた教室、フクロウ小屋、考えられる全てを探し、何度か遭遇したドラコにルイスが戻ってきたかと聞いたが、ドラコは毎回首を振った。

 

最後にソフィアは職員室へ向かった。もしかしたらテストの問題の答え合わせをしているうちに誰か教師と話し込んでいるのかもしれない、そうだったらいいと思ったが、職員室の前で中を覗き込んでいる生徒はハーマイオニーだけだった。

 

 

「ハーマイオニー!ねえ、ルイスがここに来た?」

「ソフィア!それどころじゃないの、あのね、ダンブルドアが魔法省に呼び出されたの、もし石を取るなら今夜よ!だから私スネイプを見張って──」

 

 

ハーマイオニーは小声で説明したが、職員室の扉が勢いよく開かれ、あわてて口を閉ざした。

扉を開けたセブルスは、ハーマイオニーとソフィアを睨むように見下ろし、静かに問いかける。

 

 

「何をしてる?」

「あ、あー、私、フリットウィック先生を待ってるんです」

 

 

ハーマイオニーがおずおずと言うと、セブルスは少し黙った後、職員室へ一度戻り、にこにことした顔のフリットウィックを連れてきた。

 

 

「おや、ミス・グレンジャー!私にようですかね?」

「は、はい、その…あー試験でちょっと質問が…」

 

 

ハーマイオニーは仕方がなく、フリットウィックと向き合い話し始める。その目はちらちらとソフィアとセブルスを見ていたが、この場では何も言う事が出来なかった。

 

 

「ミス・プリンス、君も誰かを探しているのか?」

「っ…先生…お願いします、少し…その、お話ししたい事が…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアが自分の意志を引き継いでくれるのかと少しほっとしたが、ソフィアにそのつもりはなかった、ルイスが居ないという漠然とした不安に押しつぶされそうなソフィアは、必死な目でセブルスに訴えかける。

 

 

「我輩は忙しい、後にしてくれ」

 

 

セブルスは冷たく言い放ち。ちらりとハーマイオニーとフリットウィックを見た後直ぐに歩き出す、ソフィアはそれでも諦めきれず、セブルスの後を追った。

 

 

「先生!」

「……」

 

 

早く歩くセブルスの後をソフィアは必死に追いかける、セブルスは人気のない廊下まで来ると注意深くあたりを見渡し空き教室の中にソフィアを押し込むと、さっと自分もその中に入った。

 

 

「──しつこい。人前で話せない事はわかっているだろう」

 

 

部屋の中にも誰もいない事を確認し、セブルスは眉間に皺を寄せたままソフィアを見下ろした。

 

 

「ごめんなさい、父様。…父様、ルイスがいないの…試験が終わってから、どこも…私、探してるんだだけど…」

「…ルイスとて、1人になりたい時はあるだろう、何をそんなに…」

 

 

一日中見つからないのであれば問題だが、まだ数時間しか経っていない、何をそんなに必死になる事があるのか、兄離れ出来ていないとは重々承知しているが、僅か数時間すがたが見当たらないだけでここまで必死になるのか、とセブルスはため息をつく。

それを見て、ソフィアはさっと表情を無くした。

 

 

「父様…ルイスから、何も聞いてないの…?」

「…何をだ?…今夜、時間をとっている。試験前や試験中は人目がある、話したいと言われたが…時間を作れなかった」

「そんな!父様…私…私たち、全てを知ってるの!賢者の石がある事も…父様がクィレルを疑っている事も!その後ろに、誰がいるのか…予想はついているわ!ルイスもクィレルを疑ってるの、何かを知って、確信してるようだったけど…私には言わなかったの!危険だから、父様に言うからって…!お互い1人にはならないって約束したわ、なのに…ルイスがこんなにも長時間誰にも姿を見せないなんて…!」

「な──」

「父様!私の気のせいだったらいいの、考えすぎなら…!お願い、ルイスを探して…!」

 

 

ソフィアはセブルスのローブに縋りつき、必死に訴えた。セブルスは唖然としソフィアを見下ろしていたが、すぐに表情を険しくさせその場に静かにしゃがみ込み、ソフィアと目を合わせた。

 

 

「…わかった、私がルイスを探そう。…だから、ソフィア、寮に戻りなさい」

「でもっ…!」

 

セブルスは涙を浮かべるソフィアの目元を優しく指先で拭った。

 

 

「ソフィア」

「…っ…はい、父様…」

 

 

優しく、それでいて有無を言わせないセブルスの声に、ソフィアは小さく頷いた。

セブルスは優しくソフィアの頭を撫でると直ぐに立ち上がり表情を険しくさせ扉から出て行く。

 

ソフィアもまた、静かに空き教室を抜け出し、グリフィンドール寮へ急いだ。

 

 

 

ソフィアが談話室に入ると、すぐにハリー達がソフィアに近づきその手を引いて人のいない端っこへと連れて行った。

 

 

「ソフィア!僕らは今夜、ここを抜け出して石をなんとか手に入れる。ダンブルドアが居ないんだ…石が狙われていることに気付いているのは僕らだけだ!」

「…そんな…でも、危険じゃ…」

「勿論、それはわかってる。ソフィアは談話室で待ってて」

「……」

 

 

ソフィアは顔色を蒼白にさせたまま、一度俯いた。だがすぐに顔をあげると、ぎゅっと手を強く握り、決意のこもった目でハリーを見る。

 

 

「私も連れて行って」

「…ソフィアが言ったように、危険だし…退校になるかもしれない、いいの?」

 

 

ハリーは、どこかでソフィアが来てくれるんじゃないかと期待していた為、少し嬉しかった。彼女の魔法はこの中の誰よりも強い、きっと力になってくれる、そう思っていたのだ。

 

 

「構わないわ、ホグワーツ以外にも魔法学校はあるもの!退校になったら皆で別の学校に行きましょう」

 

 

ソフィアは冗談のつもりでそう言ったが、ハリー達にとっては笑えなかったようで神妙な顔で頷いていた。

何時ごろに寮を抜け出すか計画を立てているハリー達を見ながら、ソフィアは今ホグワーツ中を探しているだろう父の事を考える。どうか、ルイスが見つかりますように。ただこの広大なホグワーツですれ違っていただけで、夕食時には大広間にいますように。そう、ソフィアは祈った。

 

 

 

だが、その祈りも虚しく、夕食時にルイスは現れなかった。そして、セブルスもまた上座には現れない。

ハリー達はそれを見て、スネイプはきっと今準備をしているんだと囁きあったが、ソフィアは何も答えられなかった。

 

 

「…ミス・プリンス、私についてきてください」

「…マクゴナガル先生…?」

 

 

夕食が終わり、大広間からハリー達と出ていこうとしたソフィアをマクゴナガルが止めた。彼女の顔は悲痛に歪み、顔色も酷く悪い。

どうしたんだろうと訝しげにマクゴナガルとソフィアを見るハリー達に先に帰っていてと伝え、ソフィアはマクゴナガルに連れられてホグワーツの廊下を歩く。

 

 

「…ミス・プリンス。動揺すると思います。ええ…きっと…ですが、心を強く、もちなさい」

「…マ、マクゴナガル先生…一体…なんの…ことですか?」

 

 

嫌な予感がした。

マクゴナガルが向かう先にあるのは、医務室だ。

医務室の扉の前で、マクゴナガルはくるりとソフィアを振り返り、強く肩を掴んだ。

 

 

「…ミス・プリンス。落ち着いて聞いてください。──あなたの兄は、禁じられた森の中で見つかりましたが──」

 

 

その言葉を聞いたとたん、ソフィアはマクゴナガルの手を振り解き弾かれたように医務室の扉を開けた。

マダム・ポンフリーやフリットウィックが医務室に駆け込んできたソフィアに気がつくと、驚いたように目を見開いたがすぐに悲痛な目でソフィアから視線を逸らす。

 

 

「ルイス…?」

 

 

ソフィアは、小さく震える声でルイスの名前を呼びながら、よろよろと先生達が集まるベッドに近付いた。セブルスはルイスが寝かされているベッドの隣に立ち、俯き、ソフィアとは目を合わせなかった。

 

 

真っ白のシーツの上に、ルイスは静かに寝ていた。身体の至る所に泥や汚れをつけ、その顔はいつもより青白く、目は固く閉じている。

 

 

「いやああーーっ!!ルイス!ルイスっ!!」

 

 

ソフィアは悲痛な叫びをあげ、その大きな目に涙を浮かべ動かないルイスに縋りついた。

その動かない身体に触れた途端、驚くほど冷たくて、ソフィアは頭を何かに殴られたかと思うほどの衝撃を受けた、心臓が煩く鳴り響き、呼吸ができない、頭が痛い、視界が霞む、まさか、ルイス、ルイスは死んで──。

 

 

「はっ…はっ、…っ!」

 

 

ソフィアは強く胸を抑え、喘ぐように口を何度も開閉させた、あまりの衝撃に、過呼吸状態になりよろめく、咄嗟にセブルスはソフィアを抱きしめた。

 

 

「…落ち着いて息をしなさい」

「っ…は、…はっ…」

 

 

セブルスは苦しげに曲げられたソフィアの背中を何度も撫でる。ソフィアはセブルスの胸元に顔を押しつけ、手が白くなるほど彼のローブを強く握った。

 

 

「っ…父様…ルイス…ルイスは…」

 

 

思わず、セブルスの事を父と呼んでしまったが、ソフィアはその事には気付かない、この場面で冷静にいられる程、ソフィアは大人ではない。まだ、12歳の子どもだった。

セブルスはすぐそばにいるマダム・ポンフリーとフリットウィックが息を呑んだことに気付き、諦めたように小さく溜息を零すと、ソフィアに優しく語りかけた。

 

 

「──ソフィア、ルイスは眠っているだけだ。深い、眠りだが…死んでいるわけではない」

「えっ…?そんな、こんなに…冷たいのに…」

 

 

セブルスの言葉に、ソフィアはよろよろと立ち上がると苦しげな目でルイスを見つめる。そっと、頬に手を当てて見るが、やはり氷のように冷たかった。ソフィアはすぐにルイスの胸元に耳を当てる。

 

──何も、聞こえなかった。やっぱり、死んでいるんだ、父様はわたしを励ますためにそんな残酷な嘘を──!

 

 

そう、言いかけたが、とくん、と微かな振動がソフィアに伝わった。

生き物の、人間の鼓動としては酷く遅い、止まりそうなほどゆっくりと、ルイスの心臓は動いていた。

 

 

「……、…まさか、これは、魔法で…?」

「ああ、私とフリットウィックの見立てでは、強い眠りの呪いがかけられている。解呪呪文が効かないほど強力な…闇の魔法だ」

「…そ、そんな…誰が…──まさか…」

 

 

ソフィアは呆然とセブルスを見上げた。セブルスは何も言わず、ただ沈黙する。それはソフィアの考えを肯定するかのような沈黙であり、ソフィアはぐっと奥歯を噛み締めた。

 

 

「…解呪するには、術士が解くか…死ぬかしかない。…一度強い目覚め薬を飲ませてみるが…目覚めるかどうか…。私はすぐに調合に取り掛かる」

「…父様…」

 

 

ソフィアはおずおずと頷き、強くセブルスを抱きしめた。震えるソフィアの背をゆるくセブルスも抱き締め、そのままマダム・ポンフリーとフリットウィックを見る。

 

 

「…この事は、内密に。ダンブルドアが戻ったらすぐに話をするだろう」

「──…ええ、わかりました」

「スネイプ先生、私は後いくつかの解呪を試してみます。…勿論、この事は…言いませんとも」

 

 

セブルスは同僚達の言葉に小さく頷くと、そっとソフィアを離し、足早に研究室へと向かった。

 

残されたソフィアは悲痛な面持ちで眠りにつくルイスを見る。

 

 

──許せない。

 

 

ぶるぶると手が震えるのは恐怖ではない。

 

 

──絶対に、許さない。

 

 

「…私、寮に戻ります…ルイスを…どうかよろしくお願いします…」

「ミス・プリンス…大丈夫ですか?」

 

 

マクゴナガルは心配そうにソフィアを見た、ソフィアは少しだけ微笑み、頷く。

 

 

「ええ…父様が薬をすぐに作ってくれます」

「…そうですね、スネイプ先生は優れた薬師でもあります。しかし…校長が不在の時にこんな事が起こるだなんて…一体誰が…」

「…わかりません…きっと、ルイスが目覚めれば教えてくれるでしょう…。…失礼します」

 

 

ソフィアは一度頭を下げると、すぐにその場から走り去る。後ろからマクゴナガルが自分の名を呼んでいる事に気付いたが、足を止める事は無かった。

溢れる涙を乱暴に拭き、その目に怒りを燃やしてソフィアはグリフィンドール寮へと戻った。

 

 

 

 

 

ハリー達はソフィアが目元を赤く染め、その顔に怒りを滲ませて戻ってきた事にまず驚き、そして心配そうにちらちらと様子を伺った。

だが、ソフィアは何も言わず談話室のソファに座るとじっと揺れる炎を見つめ、何があったのかを話そうとはしなかった。

何も聞くな、そうソフィアの背が言っている気がして、ハリー達は何も言わず、ただそっとソフィアの側に寄り沿った。

 

 

 



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47 色々な試練!

 

 

寮生が少しずつ自室へと戻り、談話室には人気がなくなってきた。ハリー達は徐々に緊張し、言葉少なに決行の時を静かに待つ。

最後、リーが談話室から出ていった時、ハリーは透明マントを取りに急いで自室へと戻り、すぐにまた談話室へと帰ってきた。

 

 

「ここでマントを着てみた方がいいんじゃない?4人も入れるかしら…」

「大丈夫だよ、一度4人で入った事があるから」

 

 

ハーマイオニーの不安げな声に、ハリーが答える。そういえば、ルイスはどうしたんだろう、夕食の時にも居なかったし。そう、ハリーはふと思ったが、今からする事が無事に終わってからソフィアに聞こうと考えた。

 

 

「君たち、何してるの?」

 

 

部屋の隅からネビルが現れ、手にトレバーを掴みながらハリー達をじろじろと見る。

 

 

「なんでもないよ、ネビル。なんでもない」

「また外に出るんだろ。外に出てはいけないよ、また見つかったら、グリフィンドールはもっと大変な事になる」

 

 

ネビルは責めるようにハリー達に言ったが、ハリー達も流石にすぐに引くことは出来ない。

いつものネビルならすぐに引き下がったが、ネビルは出口の肖像画の前にさっと立ちはだかると、両手を震わせながらも、決意に満ちた目でハリー達を見た。

 

 

「僕、僕…君たちと戦う!」

「ネビル、そこをどけ、バカはよせ!」

「バカ呼ばわりするな!もうこれ以上規則を破ってはいけない!恐れずに立ち向かえと言ったのは君じゃないか!」

 

 

ロンに向かってネビルは叫び、その手を振り回した。ロンはイライラとしながら頭を掻きむしる。

 

 

「ああ、そうだ、でも立ち向かう相手は僕たちじゃない!」

「──ペトリフィカス トタルス(石になれ)

 

 

ソフィアの静かな呪文が響き、ネビルの両腕がびちりと体の脇に張り付き、両足が閉じる。身体が硬くなり一枚板のようになったネビルは驚愕の表情のまま、うつ伏せにばったり倒れた。

 

 

「ネビル、ごめんね。私たち急いでるの…後でちゃんと解きにくるわ」

 

 

ソフィアはネビルの側に座ると、呼吸が出来るようにネビルをひっくり返す。ネビルは目だけを動かし、恐怖に満ちた目で4人を見ていた。

 

 

「ネビル…こうしなくちゃならなかったんだ、わけを話している隙がないんだ」

「あとで、きっとわかるよ、ネビル」

「ああ…!ネビル、ごめんなさいね」

 

 

ハリーとロン、ハーマイオニーは口々にネビルに言い、ソフィア達はネビルを跨ぎ透明マントを被った。

 

 

なるべく急いでソフィア達は四階へと向かった。少しの物音でびくりと身体をこわばらせ、フィルチが来たのではないかと不安になり。途中でピーブズに気付かれそうになりながらもハリーの機転でなんとか突破し、彼らはようやく目的地へ到着した。

 

 

禁じられた廊下に続く扉は、僅かに開いていて、それを見てハリーが唸るように呟く。

 

 

「ほら、やっぱりだ。スネイプはもうフラッフィーを突破したんだ。…君たち、戻りたかったら、恨んだりしないから戻ってくれ。マントも持って行っていい、もう必要ないから」

「バカ言うな」

「一緒に行くわ」

「早く行きましょう」

 

 

ロンとハーマイオニーとソフィアの答えに、ハリーは扉を押し開けた。

 

扉は軋みながら開き、すぐに獣の唸り声が響く、ソフィア達はごくりと固唾を飲み、そっと扉をくぐった。

 

 

「…見て、ハープがある、きっとあれで眠らせたのね」

「…僕が笛を吹く、さあ、始めよう」

 

 

ハリーが横笛に口を当てた。音楽とも言えない旋律だったが、すぐにフラッフィーはトロンと目を眠たげに瞬かせ、そしてよろよろとたたらを踏み、膝をついて座り込みゴロンと床に横たわり大きな寝息を立て始めた。

 

 

4人はマントを抜け出し、そっと仕掛け扉へと向かう。

 

 

「扉は引っ張れば開くと思うよ。…ハーマイオニー、先にいくかい?」

「いやよ!」

「ロン、一緒に行きましょう。私1人では重くて開けられないかもしれないわ」

「…ようし!」

 

 

ハーマイオニーは首をちぎれんばかりに振って拒絶したが、ソフィアはすぐにフラッフィーの足をぴょんと跨ぐとすぐに屈んで扉の引き手を持った。

ロンも決心がついたのか慎重にフラッフィーの足を跨ぎ、引き手を一緒に掴む。

 

 

「せー…のっ!」

 

 

二人が目一杯引っ張ると、隠し扉が錆び付いた音を立てて跳ね上がる。ソフィアはその扉の先を覗いたが、中には闇があるだけで梯子や階段は見当たらなかった。

 

 

ルーモス(光よ)

「…何が見える?」

「何にも…真っ暗だ…降りていく階段もない…落ちて行くしかない…」

 

 

誰が初めに降り立てばいいのか、悩むロンの肩をハリーは叩き、手で自分自身を指差した。

 

 

「君が先に行きたいのかい?本当に?…どれくらい深いかわからないよ、ハーマイオニーに笛を渡して、犬を眠らせておいてもらおう」

 

 

ロンの提案にハリーは頷き、ハーマイオニーに横笛を手渡した。ハーマイオニーはすぐに吹き始めたが、僅かに音が途絶えただけでフラッフィーは唸り前足を動かした。

 

ハリーは穴の中に入り、指先だけで扉にしがみつくと、心配そうにみる3人を見上げた。

 

 

「もし、落ちた後僕の身に何か起きたら、ついてくるなよ。まっすぐフクロウ小屋にいって、ダンブルドア宛にヘドウィグを送ってくれ。いいかい?」

「了解」

「気をつけて、ハリー」

「じゃ、後で会おう。…できればね」

 

 

ハリーはぐっとくちびるを噛み締めて、手を扉から離す。ソフィアとロンはハリーが消えて行った穴の中を覗き込んだが、暫くは何の叫び声も聞こえなかった。どうやらかなり、深いらしい。

 

 

「──オーケーだよ!降りてきて大丈夫!」

 

 

ハリーの声に、ロンがすぐに飛び降りる。ソフィアはハーマイオニーを見て手を差し出した。

 

 

「一緒に行きましょう」

 

 

ハーマイオニーは笛を吹きながら頷き、しっかりソフィアの手を繋ぎ同時に穴の中に飛び込んだ。

冷たい湿った空気を切りソフィアとハーマイオニーは落ちて行った、かなりの深さを落ちたが、着陸した場所はやわらかい植物の上で痛みはなかった。

 

ソフィアはすぐに立ち上がり、あたりを見渡す。この植物は、なんだろう、蔓が絡み合うように伸びている。

 

 

「この植物のおかげでラッキーだったよ」

「ラッキーですって!?自分を見てごらんなさいよ!」

 

 

ハーマイオニーの悲鳴に、皆が自分の身体を見下ろした、足元にある蔓が蛇のように蠢き、脚に絡みついていた。ソフィアは咄嗟に振り解いたが、ハリーとロンは気がつくのが遅れ長い蔓で脚を絡め取られていた。

 

 

「動かないで!私、これ知ってる!悪魔の罠よ!」

「あぁ。なんて名前か知ってるなんて、大いに助かるよ!」

「ロン!ちょっと黙って!」

 

 

ロンの唸り混じりの叫びにソフィアは厳しい声で制する、ハーマイオニーは目を閉じてなんとか思い出そうとうんうん唸っていた。

 

 

「悪魔の罠…悪魔の罠…スプラウト先生はなんて言ってたっけ?暗闇と湿気を好み…あぁ、どうしたら…!」

「なら、火だ!炎だよ!」

「ああ、そうね!でも、薪がないわ!」

 

 

ハリーの言葉にハーマイオニーはハッとしたが、あたりを見渡し絶望したように叫ぶ。

 

 

「気が変になったのか!?君はそれでも魔女か!」

「あっ…!」

インセンディオ デュオ(焔よ激しく燃え盛れ)!」

 

 

ソフィアは冷静でないハーマイオニーの代わりに蔓に向かって杖を向け魔法を唱える。ハーマイオニーも慌てて杖をふるい、青い色の炎が植物めがけて噴射された。

 

真っ赤な炎と青い炎の熱と光に蔓は怯えるようにすくみ上がり、ハリーとロンの身体を締め付けていた蔓がみるみる解けて行く。

 

 

ハリーとロンは汗だくになりながら、ソフィアとハーマイオニーの居る壁に息も絶え絶えに近づいた。

 

 

「ハーマイオニー、君が薬草学をしっかり学んでいて良かったよ」

「本当だ。それにこんな状態でハリーとソフィアが冷静でよかったよ!薪がないの!なんて…まったく…」

 

 

ロンはぶつぶつ言っていたが、ソフィア達は気にする事なくその先の石造りの一本道を走る。

 

次は何が待っているのか、ソフィア達は杖を手にしっかりと持ち、慎重に進んだ。

 

 

「何か聞こえない?」

「…何だろう、ゴーストかな?羽根の音みたいに聞こえるけど…」

 

 

柔らかく擦り合うような音や、金属がぶつかるような軽い音が進むたびにはっきりと聞こえていた。

四人は顔を見合わせ頷き合うと、通路の出口に飛び出した。

 

そこは今までいた場所よりもかなり明るく、高く夥しいほどの鳥が羽ばたき渦を作っていた。

その鳥の群れの奥に、古くて大きな扉が見える。進めば鳥の大群に襲われるのではないかと思ったが、鳥達はハリー達が扉目掛けて走っても襲ってくることは無かった。

 

 

「ダメだ!鍵がかかっている!」

アロホモラ(扉よ開け)!…ダメね、もっと強い魔法で閉ざされているわ!」

 

 

押しても引いてもびくともしない扉に、ソフィアがすぐにアロホモラを唱えたが扉は硬く閉ざされたままだった。

 

 

「どうする?」

「…鳥よ、鳥はただ飛んでるわけじゃないはずだわ!」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィア達は頭上高くで旋回している鳥達を見上げた。鳥達は黄金の色に輝いていて、ハリーはそれを見て突然叫んだ。

 

 

「鳥じゃないんだ!鍵なんだよ!羽の生えた鍵なんだ!…と言う事は…ほら!あそこに箒がある!扉を開ける鍵を捕まえなくちゃいけない!」

 

 

ハリーはすぐに箒を手に持つとソフィア達に押しつけた。ロンは空を飛ぶ鍵と箒を見ながら不安げに呟く。

 

 

「でも…何百匹もいるよ?」

「大きくて、昔風の鍵を探すんだ、たぶん…取手と同じ銀製だ」

 

 

ハリーはそれだけを言うとすぐに箒に跨り鳥達の中へ突っ込んでいった。ソフィア達も箒に跨り地面を蹴って、なんとか捕まえようとしたが小さな鍵はするすると3人の手から逃れる。しかし、ハリーはクィディッチのシーカーだ、それも、今世紀最年少であり、特別な才能を持つ。

 

 

「あれだ!あの大きいやつだ!明るいブルーの羽だ!…片方折れ曲がってる…皆で追い込まなくちゃ!ロン、君は上からきて!ハーマイオニーは下で待機、ソフィアは右へ!僕が捕まえてみる!──いまだ!」

 

 

ハリーの素早い号令に、ソフィア達はすぐに動く、ソフィア達の目は既に銀色で青い羽の鍵を見失っていたが、ハリーだけはそれを捉え続け、壁に突撃するように素早く鳥達の間を通りそして、一羽の鍵を壁に押さえつけるようにして手にしていた。

 

 

「すごいわハリー!」

 

 

目にも止まらぬ速さで捕まえたハリーに、ソフィア達は歓声を上げながら箒から降りて扉の前に集まった。

ハリーは手の中で暴れる鍵を押さえつけながら鍵穴に突っ込んで回す。かちゃり、と小さな音がして扉がすぐに開き、その瞬間鍵の鳥はまた飛び去って行ってしまった。二度も捕まった鍵の鳥の羽は折れ曲がり、かなり不恰好な飛び方をしていた。

 

 

「いこう」

 

 

ハリーが取手に手をかけながらソフィア達を見て聞き、ソフィア達は静かに頷いた。

 

 

次の部屋は鍵の鳥の部屋とは対照的に真っ暗だったが、四人が入り扉が閉まると突然部屋中に光が溢れた。眩しそうに目を細め手で目を覆ったソフィアだったが、手の影から見えたその光景に驚息を呑む。

 

 

「…チェス…?」

「…向こうにいくにはチェスをしなくちゃなないんだ」

「…どうやるの?」

「多分、僕たちがチェスの駒にならないといけないんだ…」

 

 

ロンが呟きながら巨大なチェス盤に並ぶ大きな石像で出来た黒のナイトに触れた、するとナイトは命を与えられたかのようにぶるりと震え、馬が蹄で地面を蹴る、ゆっくりと、ナイトがロンを見下ろした。

 

 

「…ちょっと考えさせて…僕たち、四人が…ひとつずつ黒い駒の役目をしなくちゃいけないんだ…四人か…」

 

 

1人ならともかく、4人全員の駒を失う事なく進めるのは中々に大変な事だろうと、ハリー達は思う。ロンはこの中で誰よりもチェスがうまい、それを知っているハリー達は考え込むロンを黙って見守った。

 

 

「…気を悪くしないでくれよ。でも、3人ともチェスはあまり上手じゃないから…」

「私たちはロンを信頼してるわ!何をしたらいいの?」

 

 

ソフィアの声にロンは少しだけ安心したように微笑んだが、すぐに気を引き締めると一度駒を見渡し、口を開いた。

 

 

「ハリーはビショップと代わって、ハーマイオニーはその隣でルークの代わりをして。ソフィアはクイーンだ」

「ロンは?」

「僕はナイトになるよ」

 

 

チェスの駒はロンの言葉を聞いていたようで、4人が代わりとなる黒の駒達はくるりと後ろを向きチェス盤から降り、持ち場を譲った。

 

 

「よし…じゃあ、始めようか」

 

 

ロンは自分を奮い立たせるように、静かに開始を宣言した。

その後何度も危険な場面はあったが、なんとかロンがギリギリで気付き回避することが出来た。ソフィアたちはもう盤上の事はわからない、ただ、じっとロンの言葉通りに動いた。

 

 

「詰めが近い。──ちょっと待てよ…うーん…」

 

 

ロンが突然呟き、暫く盤面を見た。

そして、目の前にいる白のクイーンを見て、一度振り返りハリー達を見た。

 

 

「…やっぱり。これしかない。僕が取られるしか…」

「だめ!!」

 

 

3人は同時に叫んだ、だがいつもなら震えているだろうロンは、ハッキリとした言葉でハリー達に言った。

 

 

「これがチェスなんだ!犠牲を払わなくちゃ!僕が一駒前身する、そうするとクイーンが僕をとる。ハリー、それで君が動けるようになるから、キングにチェックメイトをかけるんだ!」

「でも…」

「スネイプを止めたいんだろう?違うのかい?急がないと、スネイプがもう石を手に入れたかもしれないぞ!──いいかい?僕はいくぞ、勝ったらここでぐずぐずしてたらダメだよ」

 

 

ロンは青ざめた顔で、ただきっぱりとそう言う。そしてもうハリーたちを見ることなく、一歩進んで目を閉じた。

 

白のクイーンがロンに飛びかかり、石の腕でなぐりつけた。ロンが床の上に倒れ、ハーマイオニーとソフィアが悲鳴をあげたが、なんとか持ち場から離れず踏みとどまる。白のクイーンはロンを片隅に引き摺っていった。

 

 

「…チェックメイトだ…!」

 

 

そして、ハリーはキングにチェックメイトをかけ、白のキングが王冠を足元に捨てた。チェスの駒達は左右に分かれ、前方の扉への道をハリー達に開けた。

 

ハリー達は気絶してしまったロンを見て、ぐっと奥歯を噛み締めロンの願い通りに、扉へ突進し次の通路を進んだ。

 

 

「ロン、大丈夫かしら…」

「きっと、大丈夫さ」

 

 

心配そうなハーマイオニーの声に、ハリーは自分に言い聞かせるように答えた。

 

 

「…ロンを早く迎えに行くためにも…早く、行きましょう」

 

ソフィアが2人を促し、ハーマイオニーとハリーも強く頷く。暫くまた通路を進んでいたが、次の扉がまた現れた。

 

 

「いいかい?」

「…いきましょう」

 

 

ハリーはそっと扉を開けた。

途端にむせ返るような悪臭が鼻をつき、三人はローブをたくしあげ鼻を覆った。

ハロウィンの日にみたトロールよりも巨大なトロールが地面に横たわっている。

頭から血を流していて、気絶しているようだった。

 

 

「よかった、こんなのと戦わずに済んで…」

 

 

ハリーはそう呟き、そっとトロールの巨大な足をまたぐ、ハーマイオニーが続いて跨いだ時、小山のようなトロールがびくりと動いた。

慌ててハーマイオニーはハリーに続いて扉に飛びついたが、ソフィアはもうそちらに行くことが出来なかった。

 

トロールは頭を押さえながらゆっくりと身体を起こし、痛みに顔を歪めながらソフィアを見下ろした。

 

 

「──トロールはあなた達に気付いてないわ!何も言わないで、声を出しちゃだめ!早く、行って!」

 

 

ソフィアは杖をトロールに向け、今にもこちらに向かってきそうなハリーとハーマイオニーを制した。

 

 

「早く!行きなさい!!私は大丈夫!もうあんなヘマはしないわ!」

 

 

ハーマイオニーは何度も首を振っていた。彼女の脳裏にはハロウィンの日、血を流して顔を蒼白にしたソフィアが思い浮かんでいる。あの日のトロールよりも、手負いとはいえかなり巨大だ。

 

 

「大丈夫、私は──変身術士よ!」

 

 

ソフィアは自分を鼓舞するためにそう言うと地面の小石に向かって呪文を唱え杖を振るった、途端に小石はガタガタと震え、巨大な狼が数匹唸りながら現れる、狼達はソフィアを守るように囲み、その牙を剥き出しにしながらトロールを威嚇した。

 

 

「早く!!」

 

 

ハリーはハーマイオニーの腕を強く引き、無理矢理扉の中に入った。

 

 

 

「…このトロールを用意したのがクィレルなら…ハロウィンの日の騒ぎはクィレルの仕業だって、どうしてみんな気がつかないのかしら…──いや…違うわ…そもそも、賢者の石を守るのに…何故、子供が解ける程度の守りしかないの…?」

 

 

ソフィアは狼達がトロールに噛みつき、引っ掻く中、じっとその意味を考えたがすぐに思考を切り替え、杖を振るとトロールが持つ棍棒を可愛らしい花に変化させた。

 

トロールは急に自分が振り回していたものが花にかわり、何が起こったのかわからないという不思議な目で小さな白い花を見つめる。

 

その隙にソフィアは高く石をトロールの頭上目掛けて放り投げた。

 

 

エンゴージオ(肥大せよ)!」

 

 

小石は巨大な大岩になり、トロールの血が流れる頭に鈍い音を立てて落ちる。今度こそトロールはぐるりと目を回し、その場に倒れた。

 

ソフィアは大きく息を吐き、狼達を小石に戻した後ですぐに次の扉に向かったが、ソフィアが手をかける前にハーマイオニーが飛び込むようにして現れた。

 

 

「ハーマイオニー!」

「ああっ!ソフィア!無事だったのね!?」

 

 

ハーマイオニーは目に涙を溜めてしっかりとソフィアを抱きしめた。

 

 

「無事だったのね!ああ、良かった!」

「ええ、…ハリーは?」

「…もう行ったわ、この先に行けるのは1人だけだったの!トロールは倒したのよね?じゃあすぐに戻りましょう。ダンブルドアを呼ばないと!スネイプにハリーが殺されてしまうわ!」

 

 

ハーマイオニーは目に涙を溜めて叫ぶ。

ソフィアは小さく首を振った。

 

 

「スネイプ先生じゃないわ。ハーマイオニー、まだわからないの?今までの試練を思い出して!トロールをここに用意したのはだれ?クィレルでしょう?ならハロウィンの日にトロールを連れてきたのは誰?」

「で、でも…そんな…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの手を取り、トロールを避けながら二人は手を繋いだまま、走った。

 

 

「でも、スネイプはクィレル先生を脅していたわ!」

「違う!それがそもそも思い込みなのよ!スネイプ先生は、クィレルがダンブルドアにつくか、例のあの人につくかよく考えるようにいいたかったの!…きっと、クィレルを助けたかったのよ!」

「そんな、でも…クィディッチでハリーを殺そうとしたわ!」

「誤解よ!あれはきっと反対呪文よ!…ハーマイオニー、それにね、ルイスが言ってたでしょう。自分に何かがあったらクィレルを疑ってって」

 

 

ソフィアはトロールの部屋を足早に過ぎ、廊下で足を止めハーマイオニーを見つめる。

ソフィアの硬い表情とその言葉に、ハーマイオニーははっと口を押さえた。

 

 

「まさか…」

「ルイスは…今、呪いをかけられて眠っているの、深い眠りで…術士を倒さなきゃ目覚めないかもしれないわ」

「そんな!それなら早くスネイプを倒さないと!」

「だから…!スネイプ先生はそんな事をするはずがないの!」

 

 

ソフィアの言葉に、ハーマイオニーも負けじと言い返す、どう考えても怪しいのはスネイプだ、なぜ、ソフィアはそこまでスネイプを庇うのか。ハーマイオニーは自分の考えに自信を持っているからこそ、譲れなかった。二人とも自然と声が大きくなり怒鳴るように言い合った。

 

 

「何でそんなにスネイプを信じるの!?いつも嫌味ばっかり言うしあなたにも辛くあたるじゃない!挙げ句の果てにルイスを呪っただなんて!例のあの人に指示されたんだわ!ルイスは森であの人の姿を見てしまったから!!」

「自分の子どもに呪いをかける親がどこにいるって言うの!?」

 

 

ソフィアも負けじと声を張り上げた。

 

 

「それは!──え?」

 

 

──しまった。

 

 

ソフィアは口を抑えたが、もう全て遅い。

ぐっと唇を噛み、暫く沈黙したが大きく息を吐き体にこもっていた力を抜いた。

ハーマイオニーの目は驚愕で見開かれている。

 

 

「ソフィア…いま…何て…」

「…言葉の通りよ」

「そりゃあ…子どもを呪う親はいないわ。…まって、…本当に?…本当に、ルイスとソフィアは…?」

 

 

ハーマイオニーは静かにソフィアに問いかける、その目は嘘と言って欲しいというどこか、懇願が含まれていた。

 

 

「…ええ、そうよ。黙っていてごめんなさい。…私の本当の名前は…ソフィア・スネイプ…セブルス・スネイプは私の父様よ。

…ねえ、わかるでしょ?だから、私たちは初めから、スネイプ先生を…父様を疑ってないの。父様が…自分の子どもがいるのに、トロールをホグワーツに放つと思う?自分の子どもの、ルイスを呪うと思うの?」

「そんな…まさか…!なんで、言ってくれなかったの!?」

「言えなかったの、私達がホグワーツに通うための、ダンブルドアとの約束だったの。…誰にもバレてはいけない…バレたら…私たちはホグワーツを退校しなければならない」

 

 

ソフィアは苦しげに呟いた。

ルイスはきっと起きた時に退校すると聞いて驚くだろう、謝っても許してくれないかもしれない。一年も秘密を隠すことが出来なかった。

 

 

「そんな!嫌よ、ソフィアがいなくなるなんて!…私、絶対誰にも言わないわ!」

「ハーマイオニー…学校が変わっても、友達よ。…手紙を送ってね」

「ああ!…ソフィア!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアに抱きついた、ソフィアは一度強く抱きしめ。すぐにハーマイオニーを離し優しく笑いかけた。

 

 

「…もうスネイプ先生…父様を疑ってない?」

「…ええ、そうね…うーん…半分くらいかしら」

「まあ!」

 

 

それでも半分は疑っているハーマイオニーに、ソフィアは呆れたが、何も言わず止まっていた歩みを進めた。

 

 

「…さあ、ロンを起こしてフクロウ小屋に行きましょう」

「──ええ、そうね」

 

 

2人はこの話は後だとお互いに考え、しっかり手を取り、ロンが待つチェスの部屋へと向かった。

 

扉を開けた時、ロンの側にしゃがみ込み様子を伺う人が居ることに気づいた。

 

 

「ダンブルドア先生!」

「ソフィア、ハーマイオニー!無事じゃったか、ハリーはもう追いかけて行ってしまったんじゃな」

「ええ、そうです!…きっと、その先にはクィレルと…あの人も!」

 

 

ソフィアの言葉にダンブルドアは眼鏡の奥の目を光らせ、直ぐに飛ぶように扉へと向かった。

 

ハーマイオニーとソフィアはダンブルドアが消えた先の扉を暫く、何も言えず見つめる。

 

 

「…もう、大丈夫よ、ダンブルドア先生がきたなら…きっとハリーは無事よ…」

「…ええ…でも、ダンブルドアが何故ここに?」

「さあ?わからないわ…それは、後で聞きましょう」

 

 

ソフィアはそう呟き、ハーマイオニーと共にロンの元へ駆け寄った。

 

 

 



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48 まるっと解決!

 

 

クィレルが死んだ。その事をダンブルドアから聞く前に、ソフィアはわかっていた。術士が解くか死ぬかでしか解かれないルイスの呪いが解かれ、目を覚ましたからだった。

 

 

「ルイス!!」

「ん…ソフィア…?」

 

 

ソフィアは涙を流してルイスの目覚めを喜んだが、その後に秘密を話してしまった事を、ルイスに伝えるのはとても気が重く勇気のいる事だった。

しかし、隠していられる事ではない。病み上がりに聞かせる話題ではなかったかもしれないが、心からルイスに謝り全てを伝えた。

 

ルイスは驚いていたものの、仕方ないよ、と言うようにソフィアを慰めた。

ルイスとて、ホグワーツを去らなければならない事が悲しくないわけではない。ただ、仕方のない事をこれ程落ち込み悔いているソフィアに告げても仕方のない事だ。

 

 

「ごめんなさい、私…本当に…」

「もう、いいよ、仕方ないさ。…泣かないでソフィア…僕は、ソフィアと一緒なら何処でも天国さ!」

「…ルイス…」

 

 

ルイスはおどけたように言い、ソフィアの頭を優しく撫でた。ソフィアは流れる涙を止めようとせず、ルイスの胸の中でわんわんと声を上げて泣いた。

 

 

「──ルイス!ソフィア!」

「…あ、と──…先生」

 

 

勢いよくベッド脇のカーテンが引かれ、息を切らしてセブルスが飛び込んできた。身体を起こしソフィアを抱きしめているルイスを見ると、ほっと表情を緩め2人ごと強く抱きしめた。

 

 

「危険な真似はあれほどするなと…!」

「はは、ごめんなさい父様」

「ごめんなさい…父様…」

 

 

ルイスは少し苦笑し、二人の暖かさを感じながら目を閉じた。

暫く強く抱きしめていたセブルスだったが、ゆっくりと身体を離すとしっかりとルイスの頭の先から爪先までを観察するように眺める。もう呪いはかかっていないが、油断することはなかった。

 

 

「大丈夫か?」

「うん、多分眠ってただけだし…あ、父様。クィレルが犯人だったけど、もう死んだの?」

「…ああ」

「そっか…ならもう安心だね。…ほら、ソフィア?もう泣かないで?」

「でも…私…ああ…父様ごめんなさい…私、言っちゃったの…」

 

 

ソフィアは手で顔を覆ったまま、消え入りそうな声で呟いた。

その言葉にセブルスは目を大きく見開き、つい怒鳴りそうになったが、ぐっと唇を噛むと深くため息を落とした。

 

 

「…誰にだ」

「ハーマイオニーに…」

「…だからか…ダンブルドアが、ソフィアとルイス…それにグレンジャーを連れて校長室に来るようにと言ってきたのは…」

 

 

苦々しく言うセブルスの言葉に、ソフィアはまた涙を流し、ルイスは必死に慰めた。

 

 

 

 

その後、ソフィアとルイス、そしてハーマイオニーはセブルスの後をついて校長室へ向かう、ハーマイオニーは何か言いたげにセブルスと2人を見たが、何も言わなかった。

 

ハーマイオニーは今、ようやく気づいたのだ。ここにセブルスが今いるということは、ソフィアやルイスの言う通り犯人がセブルスではなく、クィレルだったのだと。

 

 

「…レモンキャンデー」

 

 

セブルスがガーゴイルに合言葉を言うと、ガーゴイルは音を立てて道を開ける。

3人はセブルスに視線で促され静かに校長室へと入った。

 

 

「おお、よく来たのぅ、疲れているだろうに…話はすぐに済む」

「ダンブルドア先生!ハリーは、無事ですか?」

「無事じゃよ、今は疲れて眠っておる。君達が心配する事は全てもう終わったのじゃ」

 

 

優しいダンブルドアの言葉に、ソフィアとハーマイオニーはほっと胸を撫で下ろした。

ソフィアは自分の退校よりもまず、ハリーが無事なのかを心配していたが、とりあえず全て終わった事を知り、初めて硬く握っていた拳を解いた。

 

 

「さてさて…ハリーの話は後で彼が起きてからゆっくりと聞くが良い。まずは、君達2人と…セブルスの事じゃな」

「はい…」

 

 

ソフィアは俯き、項垂れた。

今すぐ荷物をまとめろと言われるのだろうか、あと少しで一年が終了する、せめてその時まではこのホグワーツにいる事を許してもらえるだろうか?

 

 

「ハーマイオニー。君は口が硬いかな?」

「え?…え、えぇ」

「誰にも何も言わないと、誓えるかの?」

「はい!…必ず、誰にも…ハリーにも、親にも言いません!」

 

 

ハーマイオニーは何度も頷いた。

ダンブルドアはキラキラと目を輝かせ、満足そうに何度も頷く。

 

 

「では、話は終わりじゃ。もう帰って休みなさい」

「──え?ダンブルドア先生?…私たち…退校じゃあ…」

 

 

ソフィアは顔をあげ、信じられない思いでダンブルドアを見て、ルイスをチラリと見た。ルイスは苦笑し肩をすくめる。なんとなく、ルイスは校長室に入りダンブルドアのキラキラとした目を見た時からこうなるのではないか、と思っていた。

 

 

「わしが君たちに他言無用だと約束をしたのは。君達がセブルスの子どもだとばれた時に、悲しい事に、あらぬ危害を受けると思ったからじゃ。じゃが、ハーマイオニーはルイスとソフィアがセブルスの子どもだと知っても…子どもだからと言って、2人がセブルスに優遇される事はないと理解しておるじゃろう?」

「ええ、だってソフィアはかなり、減点されてます!」

 

 

ハーマイオニーはダンブルドアの言葉の意味がわかり、嬉しそうに言ったが、少なくとも褒められた事ではないのは確かであり、ソフィアは苦笑した。

 

 

「なら、何も問題は無い。…のうセブルス?それでも2人を退校させたほうが良いと思うか?」

 

ダンブルドアは苦虫を噛み潰したかのような表情で黙り込んでいたセブルスを見る。

セブルスはハーマイオニーを睨むように見ていたが、ソフィアとルイスの縋るような眼差しを受け盛大にため息をつくと渋々と言ったように答えた。

 

 

「…校長が良いのであれば、私から何も言う事は…ありません」

「「父様!」」

 

 

ソフィアとルイスは弾かれたようにセブルスに向かって飛びつくと、嬉しそうに笑いながら強く抱きしめた。その様子をハーマイオニーは物凄く引き攣った表情で見る、初めてちゃんと理解したのだ。本当に、親子だったのだと。

 

 

「ありがとう父様!私も本当はここにいたかったの!」

「違うよソフィア!お礼はダンブルドア先生と、ハーマイオニーに言わなきゃだめだ!」

「あっそれもそうね!」

 

 

ソフィアはぱっと振り返ると、すぐにハーマイオニーに抱きついた。

 

 

「ハーマイオニー!本当に、本当にありがとう!大好きよ!」

「え、ええ!私もソフィアが居られる事になって良かったわ!」

 

 

ソフィアは強くハーマイオニーを抱きしめ頬にキスを落とすと、今度はダンブルドアに駆け寄った。一瞬、抱きついても良いのかと躊躇ったが、ダンブルドアが茶目っ気たっぷりに笑いながら両手を広げたのを見て、すぐにその広い胸の中に飛び込んだ。

 

 

「ダンブルドア先生!本当に、ありがとうございます!」

「おお!よしよし…じゃが、今回はバレたのがハーマイオニーじゃったから、退校を免れたんじゃ。もしこれが別の人ならそうは行かん、今後もしっかりと秘密は守るんじゃよ?」

「はい!」

 

 

もし、バレたのがハーマイオニーではなくハリーだったら、きっとこうはならなかっただろうとソフィアもわかっていた。

ソフィアはぎゅっと親愛を込めてダンブルドアを抱きしめるとすぐに離れ、少し照れたように笑う。

 

 

「さてさて、もう夜も更けておる…よくやったのぅ…ゆっくりとおやすみなさい」

 

 

ダンブルドアはにっこりと微笑み、ソフィア達は何度も頷き校長室から出て行った。

 

 

 

校長室から離れた廊下で、セブルスはついてきていた3人を振り返る。

 

 

「…さて、ミスター・プリンスは我輩が寮まで送ろう。ミス・プリンスとミス・グレンジャーは2人で寮へ戻るように」

「はい、先生。…じゃあね、ルイス!ゆっくり休むのよ!」

「うーん、僕めちゃくちゃ寝たから疲れてないんだけどね」

 

 

ルイスは苦笑しながらそう言うとセブルスに連れられてスリザリン寮へと帰っていった。

それを見送ったソフィアとハーマイオニーはちらりと顔を見合わせる。

 

 

「…何だか変な感じね、まだ信じられないわ」

 

 

ハーマイオニーはぽつり、と呟く。校長室から出た後、ソフィアとルイスはしっかりとただの生徒として振る舞い、セブルスもまたただの教師に戻っていた。この3人が親子だと気付くなんて、言われなければ無理だろう。ハーマイオニーは周りを見渡し、誰も居ない事を確認するとそっとソフィアの手を握った。

 

 

「ハーマイオニー?」

「…ごめんなさい、ソフィア、私…知らないとはいえ、あなたのお父さんに、ひどい事を…」

 

 

知らなかったとは言え、父親を何度も罵倒し貶されて良い気持ちでは無かっただろう。ハーマイオニーは申し訳なさそうに眉を下げたが、ソフィアはきょとんとした顔をしすぐにぱっと笑った。

 

 

「──何のことかわからないわ!」

 

 

明るく笑うソフィアに、ハーマイオニーは申し訳なさそうにしながらも少しだけ微笑み、手を繋いだまま仲良くグリフィンドール寮へ戻った。

 

 

 

 

三日後。ハリーがようやく目を覚ましたと聞いたソフィア達はすぐさまお見舞いに駆けつけた。

その時には既にクィレルの企みと、ハリー達がそれを阻止した事は広まっていた。寮杯は取れなかったが、それでも邪悪な存在から賢者の石を守ったという4人に誰もが賞賛し、褒め称えていた。

 

 

なんとかハリーがマダム・ポンフリーに頼み込んでくれ、ソフィアとロン、ハーマイオニーは病室に入る事を許された。 

 

 

「ハリー!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは今にもハリーに飛びつきそうだったが、身体の怪我に障ってはいけないとなんとか思いとどまった。

 

 

「ああ…ハリー!本当によかったわ…」

「ソフィアも、トロール倒せたんだってね!僕、それだけが心配で…」

「大丈夫よ!まぁトロールはかなり怪我してたからね、難しくはなかったわ」

「ねえねえ、学校中がこの話でもちきりだよ!本当は何があったの?」

 

 

ロンが早く聴きたいと急かし、ハリーは三人に全てを話した。

3人は息を飲み、小さく悲鳴を上げながらもハリーが話し終えるまでは口を挟む事は決して無かった。

 

 

「じゃあ…石は無くなってしまったの?フラメルは…死んじゃうの?」

 

 

ロンが小さな声で最後に尋ねた。

 

 

「僕もそう言ったんだ、でも…ダンブルドアは…ええっと…整理されたこころを持つ者にとっては、死はつぎの大いなる冒険にすぎない、…だって」

「だからいつも言ってるだろう、ダンブルドアは狂ってるって!」

 

 

ロンは嬉しそうに歓声を上げた。

ハリーもまた、ソフィア達がどうやって無事に戻ったのか気になり、尋ねた。

ハーマイオニーとソフィアは、チェスの部屋でダンブルドアに会い、その後ロンの意識を回復させなんとか箒を使い戻ったのだと伝えた。勿論、道中で2人が交わした会話の事は微塵とも話さなかった。

 

 

「ダンブルドアは君がこんな事をするように仕向けたんだろうか…だって、君のお父さんのマントを送ったりして…」

 

 

ロンの呟きに、ソフィアは頷いた。

 

 

「…きっとそうね。多分ダンブルドア先生は殆ど全てを知ってたと思うわ。その上で…今回の数々の仕掛けを作ったのよ。だって、賢者の石の守りが…一年生に破られる程度なんて…お粗末だと思わない?本気で守りたいのなら、ダンブルドア先生のポケットに入れておくのが一番だわ。…きっと、ハリーと…あの人を対峙させたかったのね」

「そんな!もしもそうだったら…酷いじゃない!ハリーは死にかけたのよ!?」

 

 

ハーマイオニーは立ち上がり顔を赤くして憤る。ソフィアはその気持ちが強くわかり、同意するように頷いた。

 

 

「多分、ダンブルドアは僕にチャンスを与えたかったんだよ。僕にそのつもりがあるのなら…ヴォルデモートと対決する権利があるって、そう考えていたような気がする…」

 

 

ハリーが考えをまとめながら言うと、ハーマイオニーはむっつりとしたまま椅子に再び座り込んだが、ロンはそんなダンブルドアの考えを感心し楽しんでいるようだった。

 

 

「あ、ねえねえハリー?あとひとつだけいい?」

「?…何だい?」

 

ソフィアが思い出したように声をあげ、悪戯っぽい笑顔でハリーを見た。

 

 

「結局、犯人はスネイプ先生じゃなくて、クィレルだったじゃない?」

「…うん、そうだね」

「ハリー、あなた、…スネイプ先生がハロウィーンの日にトロールを入れたんだ、皆の注目を引くために…何をかけても良いって言ったのか覚えている?」

「え?──…あー…」

 

 

ハリーは思い出したがバツの悪そうな顔をすると、机の上にたくさんあるお菓子の中から1番大きくて綺麗な箱に入ったお菓子を手に取った。

 

 

「お菓子をかけるって言った気がするよ。……だめ?」

「…ふふ!まぁ良いわ!」

 

 

ハリーのそれだけは勘弁してくれ、という目に、ソフィアは軽く笑うとその箱を受け取った。

 

 

 



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49 一年目終了!

 

 

学年度末パーティの装いが施されている大広間はグリーンとシルバーのスリザリンカラーで彩られていた。スリザリンのシンボルを描いた巨大な横断幕が壁の後ろを飾り、横断幕の中を蛇が優雅に這っていた。

 

ハリーが遅れて大広間に現れると一瞬生徒たちは喋るのを止めたが、しかしすぐにガヤガヤとまた大声で話し出す。

ハリーはグリフィンドールの机でロンとハーマイオニーの間に座った。今日ばかりはソフィアもルイスと別れしっかりとグリフィンドールの席に座っていた。

 

 

ハリーが着席するとすぐにダンブルドアが現れ、また大広間は静かになった。ダンブルドアは悠然と自身の椅子へと向かい、壇上の前で一度くるりと振り返った。

 

 

「また一年が過ぎた!一同、ご馳走にかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。何という一年だったろう。君たちの頭にも以前に比べて何かが残ってたら良いのじゃが…新学年を迎える前に君たちの頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。

それでは、ここで寮対抗杯の表彰を行うことになっておる」

 

 

ダンブルドアが後ろにかがげられた大きな砂時計を手で指し示し、各寮の点数と順位を発表したが、言われずともスリザリンが首位だ。

スリザリンから割れるような拍手と歓声、足を踏み鳴らす音が響いた。

 

 

「よし、よし。スリザリン。よくやった。しかしつい最近の出来事も勘定に入れなくてはならん」

 

 

ダンブルドアの言葉に、スリザリンから笑いが消え、部屋全体が静まり返った。

 

 

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。…まずは、ロナウド・ウィーズリー君。ここ何年間かホグワーツで見る事が出来なかったような最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 

グリフィンドール生は大きな歓声を上げ、先ほどのスリザリンよりも激しく足を踏み鳴らす。ロンは髪色と同じくらい顔を赤くさせていた。

 

──少し、ソフィアとルイスはこの後の展開が読めてしまい、スリザリン生を流石に、気の毒に思った。

 

 

「次に、ソフィア・プリンス。獰猛なトロールに立ち向かい、素晴らしい変身術を駆使し退けた事を称え、グリフィンドールに50を点与える」

 

 

ソフィアは沢山の目に見られ、鼓膜が破れそうな程の歓声に少し苦笑いを浮かべた。

 

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 

ハーマイオニーは腕に顔を埋めた、震える彼女を見て、ソフィアはきっと泣いているのだろうと思い優しく背中を撫でた。

 

 

「次に、ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 

耳をつんざくような大騒音が大広間を揺らせた。だめ押しだった、これでグリフィンドールが50点の差をつけて首位に躍り出た。

 

 

「次に、ルイス・プリンス」

 

 

ルイスはまさか自分が呼ばれるとは思わず、驚きぽかんと口を開けた。今まで連続でグリフィンドールが大量に加点され、ついには首位から転落してしまったことを悟り、俯き黙り込んでいたスリザリン生は少しだけ顔を上げた。

 

 

「たった一人で全てを解き明かしたその輝かしい頭脳を称え、スリザリンに50点を与えよう」

 

 

スリザリン生は喜び大声で歓声を上げルイスを褒め称えた。

これで、スリザリンとグリフィンドールは同点に並んだ。ダンブルドアはどういうつもりなのかと誰もがじっと固唾を飲んでダンブルドアを見上げた。

 

 

「勇気にも色々ある。敵に立ち向かうこと以上に、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトムに10点を与える」

 

 

大爆発が起こったかのような歓声が沸き起こり、大広間を揺らせた、窓がガタガタとなり、蝋燭の炎がゆらめく。

 

ソフィアとルイスは離れた場所にいたが、視線を交わすと少しだけ肩をすくめた。

 

 

「従って、飾り付けを変えねばならんのう」

 

 

ダンブルドアが手を叩くと、スリザリンカラーで彩られていた大広間はみるみるうちにグリフィンドールカラーの深紅と金色に変わり、蛇を獅子が押し退け勝利を喜ぶように横断幕の中を駆けた。

 

 

 

「…ま、残念だったね」

 

 

呆然としまだ信じられないのかぴくりとも動けないドラコに、静かにルイスは声をかけた。

 

 

「そんな…こんな事って…」

「…僕ね、ちょっと思うんだ、グリフィンドールとスリザリンが啀み合うのは、…仕方がないってね」

 

 

目の前で勝利を掠め取られてしまったのだ、中には今にも泣き出してしまいそうな生徒も居る。セブルス・スネイプがスリザリン贔屓ならば、きっとダンブルドア校長はグリフィンドール贔屓、なのだろうとルイスはため息をついた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

数日後、ついに一年が終了し、生徒たちは全員ホグワーツ特急に乗り込んだ。色々話しているうちに特急はキングス・クロス駅に到着し、ソフィアとルイスはハリー達と共に改札口のゲートに並んだ。

 

 

「夏休みに皆泊まりにきてよ!フクロウ便を出すから!」  

 

 

ロンの言葉にソフィアは嬉しそうに何度も頷く。

 

 

「ええ!楽しみにしてるわ!」

「ありがとう、僕も楽しみに待っていられるようなものが何かなくちゃ…」

「ハリー!マグルはね、僕らが魔法を禁じられている事を知らないんじゃないかな?」

 

 

ルイスが声を顰めてハリーに悪戯っぽく耳打ちをすれば、ハリーは少し驚いたものの同じように悪戯っ子のように笑った。

 

 

5人は共にゲートを抜けた。そこはもう、魔法のないマグルの世界だった。

 

 

「じゃあ、僕らはこっちなんだ!」

「またね、皆!」

 

 

ソフィアとルイスは3人に何度も手を振り、カートをがらがらと押しながらプラットホームを進む。

 

人混みの中に見知った銀髪を見つけ、ソフィアとルイスは嬉しそうに駆け寄る。

 

 

「「ジャック!」」

「ソフィア!ルイス!ホグワーツは楽しかったか?」

「ええ、とっても!」

「中々にスリリングな一年だったよ」

 

 

ジャックは自分に飛び込んできた二人をしっかりと受け止め、一年ぶりの再会を喜んだ。2人とも身長も伸び、顔つきも凛々しくなったような気がする、きっと良い経験をしたのだろう。

 

 

「さあ、家まで送っていくよ。今か今かと二人の帰りを待ってる人が居るからね!」

 

 

ジャックは人気のない所まで2人を連れて行くと、自分が持っていた小さなカバンの中にぽいぽいと2人の巨大な荷物を全て押し込み、そして2人に手を差し出した。ソフィアとルイスは直ぐにジャックの腕に捕掴まった。

 

 

──バシッ

 

 

空を叩くような音がして響いた後、そこには誰もいなかった。

 

 

 

 

姿現しをして家の近くまで着くと、二人はすぐに家へと走り、扉を勢い良くあけた。

 

 

「「父様!ただいま!」」

「ああ、おかえり」

 

 

ソフィアとルイスは勢い良くセブルスの胸の中に飛び込んだ。

 

 



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秘密の部屋
50 夏休み!


 

 

ソフィアとルイスは早めに宿題を全て終わらせていた。夏休みになり、2人はダイアゴン横丁に買い物に行ったり、父から魔法薬作りを教わったり──勿論ソフィアは嫌がりルイスだけがキラキラとした目で何時間も調合に付き合った──沢山の本を読んで楽しく穏やかに過ごした。

 

しかし、そんな2人にも少し心配ごとがあった。

 

フクロウが窓を突き、ソフィアとルイスは弾かれたように立ち上がりすぐに窓を開けると手紙を受け取った。

ソフィアは複数の封筒を見たが、ふぅとため息をひとつこぼす。

 

 

「やっぱり、ハリーからの返事は無いわ」

「うーん…もしかして、ハリーの家にはフクロウ便が届かないのかな?」

「そんなはずないわ、だってハリーは入学証を受け取ったでしょ?」

「ああ…そっか」

 

 

何度かハリーに手紙を出したが、一向に返事はなかった。出した手紙が戻ってくる事は無かった為、受け取っている事は確かなのだろう。ハーマイオニーとロンとも手紙のやりとりをしていた2人はハリーから手紙が来たかと聞いたが、やはり2人共ハリーからの返事は無いようだった。

 

 

「もしかして、返事を出せないのかもね、ハリーは中々に酷いマグルの一家と暮らしているって聞いた事があるわ」

「ああー…可哀想に…じゃあ無事を確認出来るのは9月1日だね」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせて、ため息を零す。

ソフィアは手紙の束を持ったまま、ソファにぼすんと座り、一つの封筒から手紙を取り出した。

 

 

「ロンからよ、…うーん、やっぱりハリーの返事はまだ無いみたいね…。……あ!今日家に遊びに来ないかって書いてあるわ!」

「本当に?やった!父様に聞きに行こう!」

 

 

手紙の内容を見ていた2人はパッと駆け出し、セブルスの自室をノックする事なく開いた。来年度の事務作業に追われていたセブルスは視線を少し上げて訝しげに2人を見る。

 

 

「…今、私は重要な書類を広げている。入ってくるなと言ったはずだが?」

「見なかったらいいんでしょ?大丈夫!これ以上入らないよ!」

 

 

ソフィアとルイスはぴったりと扉に背をつけながらセブルスを見る。

まぁ、それならいいかとセブルスは手を止める事なく視線を再び書類に下ろした。休暇中家に戻るために沢山の事務作業を持ち帰ってきた、勿論、ホグワーツで処理してしまう方が双子の妨害がない為早く終わるのだが、ソフィアとルイスが父と過ごしたいように、セブルスもまた子ども達と過ごしたかったのだ。

 

 

「父様!ロンが家に遊びにおいでって言ってるんだけど、行ってきていい?」

「…泊まりか?」

「まさか!せっかく父様と過ごせるのに泊まるわけないでしょう?」

 

 

セブルスの疑問に、ソフィアもルイスも首を振った。きっと、ロンの家で過ごすのはとてつもなく楽しいだろう、ウィーズリ家にはロンだけではない、フレッドとジョージも居る。だが、彼らと過ごすよりも、二人はセブルスと過ごす方を迷う事なく選んだ。

 

 

「…わかった。夜遅くなる前には帰ってくるように」

「はーい!」

「じゃあ行ってきまーす!」

 

 

ソフィアとルイスは嬉しそうに笑うと手を振り、すぐに棚の中から沢山のお菓子を取り出しカバンの中に詰め込むと暖炉の前に行き、フルーパウダーを一掴み分暖炉の火に投げ入れた。

 

 

「お先にどうぞ、レディーファーストさ!」

「あらありがとう!──隠れ穴!」

 

 

ソフィアは緑に燃え上がる火の中に飛び込み、大声でハキハキと叫んだ。すると体が勢い良く吸い込まれ、ぐるぐると回転する。ソフィアはしっかりと肘を引っ込め体を小さくしながら硬く目を閉じた。

 

 

──ドシン!

 

 

と、尻をぶつけてしまったソフィアは顔を歪めながら暖炉の中から這い出た。

 

自分を見つめる驚いた顔のロンに、にっこりと笑いかけてすぐに立ち上がる。

 

 

「ロン!お招きありがとう!」

「もう来たの!?いや、嬉しいよ!ようこそ!」

「──いたっ!…てて…あ、ロン!お邪魔します!」

 

 

直ぐにルイスも現れ、同じように腰をぶつけたのか腰を抑えながら暖炉から出てロンに明るく言った。

 

 

「手紙出したのついさっきだよ!君の家のフクロウめちゃくちゃ早いね!」

「そう?うーん…多分エロールが遅いんだと思うわ」

「ロン、ご両親はどこかな?挨拶しないと!」

「あっ、それもそうね」

「今はママしか居ないよ、こっち!」

 

 

笑顔のロンに案内されながら、二人は台所まで向かうと忙しそうに料理を作るモリーを見た。モリーは慌ただしく昼食の準備をしていたが、ロンを見ると少し眉を顰める。

 

 

「ロン!つまみ食いはだめですよ!」

「もう!そんなのしないよママ!ルイスとソフィアが遊びに来てくれたんだ!挨拶したいんだってさ」

 

 

ロンはモリーの言葉に恥ずかしそうに頬をぽっと赤くしながら叫び、ソフィアとルイスを見た。

モリーはようやくこの家に家族以外のお客様がいることに気付き、驚いたものの嬉しそうに笑うと手を止め──しかし、フライパンは一人でに料理を作り続けた──2人を優しく抱きしめた。

 

 

「ようこそウィーズリー家へ!あなた達はフレッドとジョージの友達だったわよね?ロンとも友達になったのね!嬉しいわ!」

「覚えていてくれたんですね!お久しぶりです!」

「またお会いできて嬉しいです!今日はお招きありがとうございます!」

「ふふっ!自分の家だと思ってくつろいで頂戴ね?あなた達、お昼ご飯はまだよね?準備が出来たら呼ぶわ、それまで遊んでらっしゃい」

「ありがとうございます!」

 

 

優しいモリーに、二人は嬉しそうに笑うと、何だかもじもじとしているロンに連れられてロンの自室へと上がった。

 

 

「ごめんね、ちょっと狭くて汚いけど…」

「え?とんでもないわ!」

「うん、とってもあったかくて素敵な家だよ!」

 

 

その言葉にロンは安心したように少し笑った。裕福ではないロンの家は、お世辞にも広く綺麗とは言えなかったが、二人はそんな事全く気にしない。何故なら、二人が暮らすスピナーズ・エンドの家は負けず劣らず古く狭かった。治安の面で言えば最悪だろう。だが、2人はその少々汚い家でも全く気にする事なく過ごしていた。場所や見た目はどうだっていいのだ、家族が揃う場所ならば。

 

 

「ねえ、何して遊ぶ?」

「そうだねー。じゃあこれは?」

 

 

ロンは勝手にシャッフルするトランプを指差し、2人は嬉しそうに頷いた。

 

 

モリーの呼ぶ声が響くまで、3人はトランプをしながら近状報告をして過ごしていた。

バタバタと階段を降りると既にパーシーとフレッドとジョージ、それに1人女の子がリビングの中央にある席に座っていた。

 

 

「まぁ!」

 

 

ソフィアは赤毛の可愛らしい少女の元に駆け寄るとすぐに抱きしめる。抱きしめられた少女はいきなりの抱擁に目を丸くし、ぽっと頬を赤らめあわあわと手をばたつかせた。

 

 

「なんて可愛いの!ねえ、あなた名前は?私はソフィアよ!」

「あ、わ、私はジネブラよ、皆私のことジニーって呼ぶわ」

「ジニー!!まぁ、なんって可愛いの!」

 

 

ぎゅーっとジニーを抱きしめるソフィアに、フレッドとジョージは驚き嘆いた。

 

 

「ああ!僕らの運命はまるで僕らが見えていないようだ!」

「なんたる嘆かわしい悲劇だ!」

「あら、フレッドとジョージじゃない!久しぶり!」

「ごめんね2人とも、ソフィアは可愛いものに目がないんだ」

 

 

ルイスはフレッドの隣に座り、久しぶりに会えた2人に嬉しそうに微笑む。フレッドはがばりとルイスを抱きしめよしよしと頭を撫でた。ソフィアはジニーを一目で気に入り、ジニーの隣に座る。ジニーは少しおどおどとしていたようだが、飛び退く事はなかった。

 

 

「さあ、召し上がれ!」

「いただきます!」

「わあー!美味しそう!ありがとうございます!」

 

 

2人は出てきた料理に目を輝かせ、嬉しそうに食べた。それはただのなんの変哲もない家庭料理だったが、二人とも笑顔のまま食べ進め、何度もモリーに「美味しいです!」と告げた。モリーもまた素直で好感の持てる2人をすぐに気に入り、ソフィアとルイスの皿の上に何度もおかわりを入れにこにことしていた。

 

 

「まぁまぁそんなにお腹が空いていたの?」

「あっ…美味しくてうっかり食べ過ぎてしまいました、もうお腹いっぱいです!」

「今日、ソフィアがご飯当番だったのに朝作らなかったからだよ」

「だって昨日夜更かししちゃったから…」

 

 

ルイスの小言にソフィアはもごもごと言い訳をした。昨日は夜遅くまで父から魔法を学んでいた2人はうっかりと寝過ごしてしまったのだ。セブルスは元々朝に紅茶さえあればいいと考える人の為、ソフィアが朝食を作らなくとも文句を言わなかった。

 

 

「まぁ!料理をつくるお手伝いをしているの?偉いわ!」

「ママ!」

 

 

ロン達も見習って欲しいくらいよ、とでも続きそうなモリーの言葉に、ロンは少し慌てて立ち上がった。ロンは二人が孤児院で過ごしていた事を知っていた為──ルイスと初めて会った時にコンパートメントで聞いていたのだ──あまりその話題に触れない方がいいと思ったのだ。

いきなり名前を呼ばれ、モリーはその先の言葉を飲み込みロンを見る。ロンは視線をうろうろと動かした。

 

 

「──ああ、私たち7歳まで孤児院で過ごしていて。今は家に戻っていますが、ほとんど二人暮らしなんです」

「そう、なの…ごめんなさい、私…」

「いいえ!そんな、そんな顔しないでください!僕たち楽しく過ごしてますし、もうすぐホグワーツも始まります!…ね、ソフィア!」

 

 

一瞬で申し訳なさそうに表情を翳らすモリーに慌ててルイスとソフィアはぶんぶんと首を振った。モリーはこんな幼いのにしっかりとして居るのは、その境遇のせいなのかと思うと僅かに涙ぐむ。さらにソフィアとルイスは慌てたが、ロンはため息をついてこっそり耳打ちした。

 

 

「ママは涙もろいんだ、気にしないで。さあ、食べたし今度は庭で遊ぼう!」

「え、えぇ…ご馳走様でした!」

「本当に、美味しかったです!」

 

 

ロンに手を引かれたソフィアとルイスは、もう一度モリーと向き合い頭を下げると直ぐに庭へと走っていった。

 

その後はフレッドとジョージ、そしてジニーも混じり小人に爆弾を投げたり、誰が一番遠くまで小人を投げられるか競ったり、小人で遊ぶことに飽きてしまったら水をかけあったり、疲れたらソフィアとルイスが持ってきたお菓子を分けて食べ休憩し。そしてまた中に入ることができる大きなシャボン玉を作りふわふわと浮いてみたり、箒で空を飛んだりしながらくたくたになるまで遊び回った。

 

太陽が沈む頃、そろそろ帰らないと行けないというソフィアとルイスに、皆が残念そうに引き留めた。

ジニーはこの数時間でソフィアに懐き、ぎゅっと手を握って別れを惜しんだ。

 

 

「泊まって行っても構わないのよ?」

「いえ、その…外泊は育て親に禁止されていて」

「すごく楽しかったです!」

 

 

モリーは二人暮らしだと知った後、それならホグワーツが始まるまでここで過ごせばいいと思ったが、育て親が禁止しているのなら仕方がないと残念に思いながら諦めた。

 

 

「ソフィア…もう帰っちゃうの?」

「ジニー!またすぐに会えるわ、来年一年生になるんでしょう?」

「うん…」

「9月まで待たなくてもさ!また会おうよ!」

 

 

ロンの言葉に、ソフィアとルイスは嬉しそうに頷き、期待を込めた目でモリーを見上げた。そのキラキラとした視線に、モリーは笑顔で頷く。

 

 

「勿論!また来なさい!いつでも歓迎するわ!」

「「ありがとうございます!」」

 

 

2人はモリーに強く抱きしめられ、柔らかい身体と洗剤の香りに母親が居る家が少し、羨ましく思った。

 

ウィーズリー家の面々に見送られ、2人は何度もお礼を言い手を振りながらフルーパウダーを使い、家の暖炉へ戻った。

 

ちょうど居間にはセブルスが居て、もう事務作業が終わったのか──煩い双子が居ないため、仕事はスムーズに終了した──肘掛け椅子に座り紅茶を飲んでいた。

 

 

「ただいま!」

「楽しかったわ!」

 

 

ソフィアとルイスはすぐにセブルスに駆け寄ると、椅子を囲むようにして立ち口々に何をして遊んだのか楽しそうに話して聞かせた。

 

友人が出来るのはいいことだ、それがウィーズリー家の者なのは少々引っかかるが、セブルスは何も言わずに紅茶を飲み、左右で次々に交わされる言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

それから一週間に1.2回ほど、ルイスとソフィアはウィーズリー家を訪れ、日が暮れるまで遊んだ。すっかりジニーはソフィアに懐き独占しようとし、フレッドとジョージに邪魔されたくないとばかりに自室へ連れ込み、その度に面白くないフレッドとジョージはジニーの扉の前で爆弾を爆発させ、モリーの雷が落ちたのだった。

 

 

 

 



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51 夏休み!2

 

 

楽しい夏休みも後半に差し掛かっていた。また今年もセブルスは早くホグワーツに戻ってしまうのかと思ったが、やはり去年は特例だったらしく、今年はいつも通り新年度の一週間前までは自宅で過ごす予定だと2人に告げた。勿論、二人は両手を上げて喜んだ。

 

 

ルイスとソフィアはセブルスの監視の元、難しい魔法書に目を通しいろいろな魔法を試していた。本来、未成年は魔法を使うとその魔力の匂いで魔法省にバレてしまう、だが、魔法省が感じ取れるのは、魔法がどの場所でいつ使われたか、だけであり、誰が使ったか、まではわからないのだ。

──つまり、大人がいる場所で2人が魔法を使ってもバレることはない。そして、もちろんそれは違法なのだが、セブルスは一切止めるつもりはなかった。危険のない魔法なら早めに学んでおいて損はない。そう、セブルスは考えている。それは特にこの魔法界においては珍しいものでもなく、法の網目を潜り、子どもに魔法をこっそり教える大人は実は、かなり多いのだ。

 

 

ヴァンタス(吹き飛べ)!」

「うわっ!やめてよソフィア!教科書が飛んでいったじゃないか!」

「…あら、ごめんなさいね?羊皮紙を狙ったんだけど…」

 

 

ソフィアは憤慨するルイスにぺろりと舌を出して謝る。ルイスは怒りながらも教科書をアクシオで引き寄せ、ついた埃を払った。

 

 

「ソフィアは魔力の調節が苦手のようだな」

「父様…そうなの、何回か練習すれば使えるんだけど…」

 

側で見ていたセブルスは、少し顎に手を当てて考える。成功させたいという思いが強すぎるのかも知れない、繊細な魔力操作が必要な変身術は上手くいくため、何故他の呪文が失敗するのか不思議だった。

 

 

「…一度、言葉に出さずやってみなさい」

「え?無言呪文って事?うーん…やってみるわ」

 

ソフィアは机の上にある羊皮紙に狙いを定めた。

 

 

──ヴァンタス(吹き飛べ)

 

 

心の中で呪文を唱え杖を振る、すると羊皮紙は勢いよく壁に向かって吹き飛んだ。

 

 

「出来たわ!ちゃんと羊皮紙に当たったわ!」

「…、…」

 

 

ソフィアは興奮したように羊皮紙の元に駆け寄ったが、無言呪文は高度な魔法だ、まさか一度で成功させるとは思わず、セブルスは些か驚愕しソフィアを見る。

 

 

「えー!僕もやってみたい!」

 

 

面白そう!とばかりにルイスも杖を持つとキョロキョロと見渡し、机の上に羽ペンをそっと置いた。

そして、狙いを定めて杖を振るう。

 

 

──エンゴージオ(肥大せよ)

 

 

羽ペンはぶるぶる震えたかと思うと、一気に二倍ほどの大きさに変わった。

ルイスもまた歓声を上げ、その羽ペンを掴むと誇らしげにセブルスの前に持ってきた。

 

 

「見てみて!僕も成功したよ!」

 

 

セブルスは、信じ難い目で二人を見た。

一瞬で二人はセブルスが喜んでいなさそうだと思い、不安に眉を下げた。

 

 

「…二人とも、…稀に見る才能だ、私は二人を誇りに思う」

 

 

セブルスが感嘆しながら言うと、ソフィアとルイスはぱっと明るい笑顔を取り戻し嬉しそうに笑った。

 

実際、二人の魔法の才能はかなり秀でている。無言呪文をまだ二年生にもなっていない子どもが使えるなんて、だれが想像しただろうか。だが、確か2人の母も早くから無言呪文を習得していたと思い出した。あまり、その技を公言するような人ではなかったが。

間違いなく、母の…アリッサの魔力センスを2人は受け継いでいる。それがセブルスにとってどれほど誇らしく、嬉しい事なのか、ソフィアとルイスにはまだ分からなかった。

 

 

「あとは、ソフィアは魔法史と薬草学。ルイスは魔法史と、変身術をしっかり学ぶように」

「…えー」

「うーん…」

 

 

セブルスの言葉に、2人は曖昧に返事をした。

2人とも退屈な魔法史の授業は仮眠の時間だと思っているところがあるため、あまりテストの点数は良くなかった。

 

 

「将来のための選択肢は多いに越したことはない、学びは無駄にならないと、私は思うが?」

「はぁーい父様せんせー」

「父様せんせーわっかりましたぁー」

「……ほう?」

 

 

2人のからかいを含んだ言葉に、セブルスは眉を寄せ目を細める。ソフィアとルイスは顔を見合わせると怒られる前にさっさとその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

夜、今日はルイスが料理を作り──簡単なものだったが、セブルスもソフィアも文句は言わなかった──夕食を済ませ、ソファの上でそれぞれ本を読みながらゆっくりとした時間を過ごす。

この家には壁一面に本があり、この家に住む者は皆なかなかの読書家だった。双子が唯一静かになるのは、本を読んでいる時だけだ。

 

 

──コツコツ

 

 

「あら、こんな時間に手紙だわ…あー…エロールね…また迷子になったの?」

 

 

ソフィアが窓を開け、よろよろとしたフクロウのエロールを優しく手で撫でた。ウィーズリー家のフクロウはもうあまり飛べないのか、手紙を届けるのは遅く、よく迷子になっていた。

 

 

「ロンからだわ……、…まぁ!ハリーを連れ出したんですって!」

「え?ハリーを?なんでまた…」

 

 

ルイスはその言葉に読んでいた本から顔を上げ直ぐにソフィアの隣に並び手紙を横から見た。

セブルスもまたあまり休み中は聞きたくなかった名前に訝しげに顔をあげ手紙を読む2人を見る。

 

ハリー・ポッターは従兄弟の家で暮らさなければならない、それは、あの家には強い守りがあるからだ、だがそれを知っているのはほんの一握りだけであり、セブルスは今年も何か彼らが厄介ごとを引き起こすような嫌な予感に久しぶりに眉間に皺を寄せた。

 

 

「…へー!ロンの家で新学期まで過ごすんだ!それは楽しいだろうなぁ」

「また今度遊びに行こうか!」

「そうね!そうしましょう、手紙にもぜひおいでって書いてあるし…父様、いってもいい?」

「…、…ああ」

 

 

本音を言うと、あまり行かせたくは無かったが、ここで否定すると今までは良かったのに何でと詰問が飛んでくるのは目に見えているため、渋々頷いた。

 

 

「…父様って、ハリーの事嫌いよね、どうして?」

「グリフィンドール生の中でもハリーだけ特別だよね、なんで?」

 

 

しかし、そのセブルスの微妙な変化に気がつかないソフィアとルイスではない。

そっとセブルスに近付き、2人は両隣に座るとセブルスの身体に身を寄せながら彼の表情を覗き込むように見上げた。

セブルスはむっつりとした表情をしたまま黙り込んでしまった。

 

 

「…父様ってルシウスさんの後輩なのよね?」

「…そうだが?」

「もしかして、ハリーのご両親と同じ時期にホグワーツに通っていたとか?」

 

 

ぴくり、とセブルスの眉が少し動いたのを見てソフィアとルイスは顔を見合わせた。

 

 

「年代的にはそうでもおかしくないものね…」

「…ハリーはお父さん似てるらしいから、えーと…名前なんだっけなぁ…ジェフ…ジェームズ!ジェームズ・ポッターと何かあったの?」

 

 

自分の子どもの口からこの世で──たとえ死んだとしても──最も憎い相手の名前が出て来るとは思わず、セブルスは厳しい目でルイスを見下ろす。その目に込められた怒りに、ルイスは肩をすくめた。

 

 

「まあ!そうだとしたら父様?あまりに子どもっぽすぎるわ!」

「…ほう?外出許可はいらないようだな」

「もう!父様!」

 

 

ソフィアとルイスは、ジェームズ・ポッターと父の間に何があったのか、なぜ息子のハリーをそれほど憎むのかを知らなかったがこれ以上怒らせると本当に外出許可が取り消されてしまうと口を黙み、ソフィアはつまらなさそうな顔でセブルスの脚の上に寝そべった。

 

 

 



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52 ノクターン横丁で!

 

 

ハリーがロンの隠れ穴で過ごしている日、ソフィアとルイスは一日だけ遊びに行き、ハリーとの再会を喜んだ。ハリーからドビーという屋敷僕に手紙を奪われていたことを聞き、そんな事、家に縛られる屋敷僕(ハウスエルフ)が指示されずに出来る事なのかと首を傾げた。

ソフィアとルイスはあまりハウスエルフについて詳しくは知らない。そういったハウスエルフは裕福な家にしか存在しない為、勿論、スネイプ家には居なかった。

 

 

 

その時にハーマイオニーも水曜日に新しい教材を買いに行くから一緒に落ち合えないかと聞かれたが、ルイスとソフィアは顔を見合わせ残念そうに首を振った。

 

 

「その日、僕たちドラコと買いに行く予定なんだ」

「…ドラコ?まさか、ドラコ・マルフォイかい?」

 

 

ソフィア達の会話を聞いていたロンの父であるアーサーは怪訝そうに2人を見る。

 

 

「ええ、そうです」

「…君たちは…あー…マルフォイ一家と仲がいいのか?」

 

 

あまり歓迎していないようなアーサーの問いかけに、ルイスは肩をすくめ頷く。

 

 

「ええ、僕はスリザリン寮なんです」

「なんだって!スリザリン寮!?いや…そ、そうなのか…ロン達の友人だからてっきり2人ともグリフィンドールなのかと…」

「アーサーさん、別の寮でも友情は存在しますよ?」

 

 

心外だとばかりにソフィアが言えば、アーサーは視線を彷徨かせ少し申し訳なさそうに──しかし、とても信じられないと言うような顔で苦笑し謝った。

 

 

「僕たち、ホグワーツに来る前からドラコとは友人なんです、ドラコのお父さんのルシウスさんが僕たちが暮らしていた孤児院に多額の寄付をしていて、そのつながりで」

「マルフォイが寄附を?…まさか、その孤児院はエドワーズ孤児院かい?」

「ええ、ご存知ですか?」

 

 

アーサーはようやく合点が行ったと言うように何度も頷いた。ソフィアとルイスは知らなかったが、エドワーズ孤児院は魔法界ではなかなかに有名な孤児院の一つだった。

施設の充実性は勿論の事、入所する子ども達への最高の環境を整え教育する事への出費を惜しまない。その為その孤児院の子どもを引き取りたいと言う大人は多いのだ。

 

 

「ジャック・エドワーズは私の後輩でね、友人、とまではいかなかったが。有名な人だったからね。…まぁ…そういえば確かに彼もスリザリン寮だった気がする」

「まぁ、ジャックの孤児院だったの?確かチャーリーの友人もその孤児院出身者がいたわ!ジャックはね、ホグワーツでも…中々のトラブルメーカーでそれでいてみんなから好かれていたわ、スリザリン生だったけど…他の寮の友人も多くいて、かなり交友関係は広かったみたいだもの、いつも色んなネクタイの色に囲まれていたわ」

「へぇー!そうなんですか」

 

 

ルイスとソフィアは初めて知った育て親の学生時代の話に興味深そうに頷いた。ジャックもセブルスと同じで、あまり、学生生活のことを話そうとはしなかった。

確かにジャックはスリザリン生らしくないかもしれない。それはホグワーツに入ってから知ったことだが、どちらかというとあの底抜けの明るさと人を楽しませる事が好きな悪戯心はグリフィンドール生が持つ性質だ。

 

 

「まぁ、でも同じ日に行くのなら会えるかもしれないわ!」

 

 

ソフィアが気を取り直してハリーとロンに言うが、2人は嬉しいような、嫌なような、複雑そうな顔で頷く。

 

 

「ソフィアとルイスには会いたいけど、マルフォイには会いたくないなぁ」

「あー…会っても喧嘩しないでよ?止める僕の身にもなってね?」

「止めなくていいよ、いつかアイツの鼻を真っ赤に染めてやりたいんだ」

 

 

ルイスの言葉をハリーは軽く流した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

数日後の水曜日、ソフィアとルイスはジャックと共にノクターン横丁を訪れていた。もしこの事をセブルスが知ったら流石にジャックに幾つかの魔法が炸裂するだろうが、残念ながらセブルスがそれを知る事はない。

本来ならソフィアとルイスだけで買い物は済ませられるのだが、去年教材を買う時にセブルスの想像以上に彼らが無駄遣いをし──沢山の悪戯グッズを購入した──今年はそうはさせまいと、ジャックに監督を頼んだのだった。

果たしてそれが正解かどうかは、今3人がノクターン横丁に向かい、それを止める者がいないという事実が現している事だろう。

 

 

「ソフィア、ルイス、くれぐれも俺から離れるなよ?ここで迷子になったら流石にアイツに顔向け出来ないからな」

「はーい、パパ」

「わかってるわ、パパ?」

 

 

ソフィアとルイスがにやりと笑い、「パパ」と呼べば、ジャックは嬉しそうに顔中に笑顔を見せ二人の頭を撫でた。ジャックの扱い方を優に心得ている二人は、こっそりと顔を見合わせ悪戯っぽく笑った。

 

 

「ルシウスとドラコと待ち合わせしてるんだろ?なら急がないとな」

「まだ時間には余裕あるよ。…でも、ここに何を買いにいくの?」

「んーナイショ。お子様にはまだ早い物さ」

 

 

ジャックはそれ以上何も言わず、ノクターン横丁の中で一際大きな店に迷う事なく入った。ショーウィンドウにならぶ商品は萎びた手やギョロつく義眼など、表では決して売っていない闇の魔法や呪詛が掛けられているものばかりが陳列されていた。

 

 

「──あれ?ルシウス!久しぶりじゃないか!」

「ジャック?なんで君がこんな所に…」

「…お互い余計な詮索はしないでおこう、な?」

 

 

扉から現れた人にルシウスは動揺したが、特別彼に見られて困るような事はしていないと気を取り直した。

 

 

「ルシウスさん!お久しぶりです!」

 

 

揃った双子の声に、ルシウスは視線を下げて扉から入ってきたばかりの、およそノクターン横丁に似合わぬ明るい笑顔を浮かべるソフィアとルイスを見た。

 

 

「久しぶりだね、ソフィア、ルイス。今年は家に呼べなくてすまないね。少々立て込んでいて…」

「残念です…。ルシウスさんの家には楽しいものが沢山ありますもの!」

「また落ち着いたら呼んでくださいね?」

「ああ、約束しよう」

 

 

ソフィアとルイスは嬉しそうに微笑み、その奥にいるドラコに気付くとさらに笑顔を深め駆け寄った。

 

 

「ドラコ!久しぶり!」

「こんな所で会えるなんて思わなかったわ!」

「ああ、久しぶり」

 

 

ソフィアはドラコに抱き着き喜びを表現し、ルイスもその後に軽くドラコを抱きしめた。

 

 

「ドラコおっきくなったなぁ!ルシウスにそっくりに育って…ナルシッサは喜ぶ事だろう」

「ジャックさん、…お久しぶりです」

 

 

ドラコはこのジャックという男が少々苦手だった、幼少期に親の目を盗み数々の悪戯を仕掛けられかなり酷い目にあったことをドラコは勿論忘れていなかった。なぜこんな男が自分の両親と親しいのかさっぱりわからないのだが、父の友人なのだ、下手な態度は取れなかった。

 

 

「ドラコ、店の物には一切触るんじゃないぞ」

「ルイスとソフィアもだ、絶対にダメだからな?」

 

 

ルシウスが言いながらカウンターのベルを押し、店の奥にいる店主を呼んだ。

保護者二人の再度の忠告に、ルイスとソフィアは素直に頷いたが、ドラコはつまらなさそうに口を尖らせた。

 

 

「何かプレゼントを買ってくれるんだとおもったのに」

「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」

「寮の選手に選ばれなきゃ、そんなの意味ないじゃないか…」

 

 

ドラコは拗ねながらギョロつく義眼を見ていた。ルイスとソフィアは萎びた手に手を伸ばしかけたがすぐに触れるか触れないかで手を引っ込め、ドラコを見る。

 

 

「ドラコ、きっと今年は選手になれると思うわ!私もなりたいのよね」

「頑張れ、僕は地上で見守るよ」

「でも…ハリー・ポッターなんて去年ニンバス2000を貰って、グリフィンドールのチームに特別許可までもらって選手になっただろ?ダンブルドアのお気に入りなんだ、対してうまくもないのに…有名だからって…額に馬鹿な傷があるから…」

「うーん、それはどうかしら、ハリーは中々に良いシーカーだと思うわ」

「それに、ドラコ。傷が欲しいなんて言うもんじゃないよ。ドラコのおでこは綺麗だから傷なんて無い方がいいと思うし」

「…君たち二人はどっちの味方なんだ?」

 

 

ドラコは誉められているのか貶されているのか分からず頬を少し赤く染めじろりと二人を睨んだが、二人はドラコの睨みなど一切怖くなく無視して陳列棚をわざとらしく見た。

 

 

「まったく…どいつもこいつもハリーがカッコいいと思ってる…額に傷、手に箒の、すてきなハリー・ポッター…」

「もう同じことを何十回と聞かされた。しかし言っておくが、ハリー・ポッターを好きじゃないというようなそぶりを見せるのは、なんというか…賢明では無いぞ。大多数の者が彼を、闇の帝王を倒したヒーローだと思っているからね」

「ああ!ルシウスさん、それは残念ながらもう手遅れですね」

 

 

ルシウスがドラコを押さえつけるようにため息をつきながら言うが、ルイスはその言葉にわざとらしく嘆いた。

 

 

「…二人はどうやら、息子よりもまだ賢明なようだな」

「まぁ、ハリーは友人ですからね」

「私はグリフィンドールですから」

 

 

ルシウスの言葉に二人は肩をすくめ苦笑した。

 

 

「なんだ、ハリー・ポッターと二人は友人になったのか!…そうか…」

 

 

掛け合いを聞いていたジャックは、驚き、どこか悲しそうな目を一瞬向けたがすぐにそれを消すと二人の頭を撫でながら「友人は多いに越したことはない」と頷きながら呟いた。

ルイスとソフィアはジャックの一瞬の表情の変化を見逃さなかったが、何かを言おうとした時にカウンターの奥から店主が現れたので口を噤んだ。

 

「マルフォイ様、エドワーズ様、またおいでいただきましてうれしゅうございます。恐悦至極でございます…そして、若様達と…お嬢様まで…光栄でございます。手前どもに何がごようは?本日入荷したばかりの品をお目にかけなければーーお値段の方はお勉強させていただきーー」

「バーボン君、今日は買いに来たのではなく、売りに来たのだよ」

「へ?売りに、でございますか?」

 

 

油っぽくねちっこい声をあげていたバーボンは顔から笑顔を少し消した。

ルシウスはジャックに視線を移し、そしてソフィアとルイスを見た。何を言いたいのかわかったジャックは手を上げ了解の返事をし、くるりとソフィアとルイスを見る。

 

 

「さ、ここからは大人の話だ。君たちはちょっと店の奥に居なさい。…いい子だから、意味はわかるね?」

「はーいパパ」

「わかったよパパ」

「いい返事だ!…ただし…」

「「絶対触らない事!」」

 

 

あまり、ここの店主との会話を他人に聞かれたく無いのだと、二人もわかっていた。このノクターン横丁にある店に──それも闇の魔法や呪詛がかけられたものばかり陳列している店に──売りに来るものなんて、だいたい言われなくても関わり合いにならない方がいい。

 

二人はドラコに手を振り、店の奥へと向かった。

 

 

 



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53 ようやく集う!

 

 

しげしげと陳列棚を眺め、呪いのネックレスや呪いの本、そして闇の魔導書を見ていたルイスは棚の隙間からちらりと何か黒いものが動いた気がして身を屈める。

 

商品の隙間と隙間から、苦笑いしながらこっそり顔を出したハリーを見て、ルイスは驚き口をぽかんと開け思わず名前を呼びかけた。

 

 

「ハ──…」

 

 

だが後ろにドラコがいたことを思い出し、ルイスは慌てて口を手で抑えた。ソフィアはそんなルイスに気がつき、どうしたのかと不思議そうな目でルイスを見る。ルイスは声を顰め、ひそひそと囁いた。

 

 

「…驚かないで、大声を出さないでね?…ハリーがここにいるんだ」

「…何ですって?……まぁ!ハリー!あなた、ロンの家にいるんじゃなかったの?」

「あー…その、フルーパウダー?でダイアゴン横丁って言ったんだけど…ここに出ちゃって…」

 

 

ハリーは顔を出し、苦笑いしながら答えた。何故二人がこんな所に居るのかはわからないが、それでも救世主のように思えたのだ。

ソフィアとルイスは出来ればハリーをダイアゴン横まで連れて行きたかったが、マルフォイ家の者が出て行ってからじゃないと難しそうだと眉を顰めた。

 

 

「…ハリー、何とかしてダイアゴン横丁まで案内するわ、ここは子ども一人で居ていい場所じゃないわ!」

「うん、僕もそう思ったよ…」

「少しだけ待っててね、ドラコ達に見つかると面倒だから…静かに隠れてて」

 

 

ソフィアとルイスは真面目な顔でハリーに忠告し、そっと辺りを伺った。ドラコが商品を見ながらこちらに近づいてきていて、2人はハリーを背中に隠しながら陳列棚を見ているふりをした。

 

 

「ドラコ、行くぞ!…ルイス、ソフィア、また待ち合わせの時刻に」

「はい、ルシウスさん!」

「ドラコ、また後でね!」

 

 

ルイスとソフィアはドラコとルシウスに手を振った。

そしてカウンターでジャックと店主が話し込んでいるのを見るとそっと小さく息を吐いた。

 

 

「…なんとかドラコとルシウスさんだけ行ってくれたわね」

「急いでるって言ってたね、ダブルブッキングでもしてるのかな?」

「さあ…わからないわ」

 

 

店主に金貨の入った袋を渡し、数え終えた店主が小さな包みをにんまり笑いながらジャックに手渡した。そして深くお辞儀をしたまままた店の奥に消えていく。ジャックは受け取った包みを内ポケットにしっかりとしまうと、店の奥にいるルイスとソフィアを呼んだ。

 

 

「おーい!もうダイアゴン横丁に戻るぞ」

「はーい!…ハリー、おいで」

「で、でも…」

「大丈夫、ジャックは煩く言う人じゃないわ」

 

 

ソフィアとルイスはハリーの手を繋ぎ、陳列棚の奥からジャックの前へと姿を現した。

ジャックは二人に挟まれるようにして居心地の悪そうな、おずおずとしながらも何とか笑みを浮かべようとするハリーを見て、驚愕に目を見開いたが、すぐに後ろを見て店主が奥に消えている事を確認すると、出入り口を顎で示した。

 

 

「…行こう、ワケは後で聞くよ」

「はーいパパ」

「流石パパ、察しがいいね」

 

 

ハリーは申し訳なさそうにしながら3人と一緒に店から出て行った。

店を出たが横丁には何とも、不気味なものや悍ましいものがそこかしこに並び、ハリーは小さくなりながらソフィアとルイスにこそこそと話しかけた。

 

 

「ここは…?」

「ノクターン横丁よ」

 

 

ソフィアは指で毒蝋燭の店の軒先にかかった古びた木の看板を示した。

そこには、夜の闇の横丁(ノクターン横丁)と掠れる文字で書かれていた。

暫くジャックは早足で無言で進んでいたが、ノクターン横丁の中でも比較的闇の気配が薄いエリアまで来ると速度を緩め、ハリーを振り返った。

 

 

「…で、君は何であんな所に?…あぁ、俺はジャック・エドワーズ、彼らの育て親だ。…よろしく」

「僕は、ハリー・ポッターです」

 

 

ハリーは差し出された手をおずおずと握った。

 

 

「その…フルーパウダーで…噛んじゃって…」

「それは…まぁそんな時もあるさ、何にせよ、俺たちと会えて良かったよ、君は幸運の星の元に生まれたんだな?」

 

 

にやりと悪戯っぽく笑うジャックのその笑顔が、ハリーにはソフィアとルイスとそっくりに見えた。なるほど、たしかにこの人は二人の育て親なんだ。その笑顔を見ていたハリーは、何処か二人とは別に、彼の顔に見覚えがある気がした。

 

 

「──あっ!もしかして、写真を送ってくれましたか?僕のお父さんの…」

「ああ、ハグリッドに言われてな」

 

 

ハリーはその顔をどこで見たのかを思い出した。彼に良く似た青年を、ハグリッドがプレゼントしてくれたアルバムの中で見たのだ。

 

 

「えっ?ジャックってハリーのお父さんと友達だったの?」

「ああ、まぁ関係でいうとルイスとハリーみたいなもんさ。スリザリンとグリフィンドールだったから」

 

 

ジャックは苦笑し軽く答えた。ルイスとソフィアは初めて聞いた言葉に、思わず顔を見合わせる。と、言うことは、やはり自分の父親はハリーの父と同窓だったのだ。

まさかとは思っていたが、予想は的中し、思いもよらぬ関係性にもっと話しを聞きたかったが、ハリーがいる前で父の話は出来ず、ソフィアとルイスは黙り込んでしまった。

 

 

「僕のお父さんは、どんな人だったんですか?僕、あんまり知らなくて…」

「うーん…」 

 

 

ジャックは少し、困ったように笑った。

 

 

「いい奴だったけど、いい子では無かったな」

「……?」

 

 

ハリーはそのよくわからない遠回しな言い方に首を傾げた。ジャックは言葉を選ぶように少し考えたが、パッと笑った。

 

 

「そうだなぁ、ルイスとソフィアを足して割って、プラス二人の悪戯ぶりを10倍は凶悪にした感じだったな」

「何それ?…ハリー、ジャックは割と適当に言うから、あまり気にしない方がいいよ」

 

 

ルイスは呆れ口調で言いながら、混乱しているハリーに向かって首を振った。ハリーはジャックの言葉を聞いて、フレッドとジョージのような生徒だったのかとかなり良い方の意味で解釈した。

ジャックは冷ややかなルイスの目に心外だと言うようにわざとらしく嘆いてソフィアにしながれかかるように抱きつく。

 

 

「ソフィア!ルイスが反抗期だ!パパは辛いよ…」

「諦めて、パパ、私もルイスと同じ気持ちよ」

「なんてこった!俺の子ども達がぐれちまった!」

 

 

ジャックは大袈裟な動作でソフィアから離れよろよろと後退する。途端にルイスとソフィアは吹き出し、けらけらと楽しげに笑った。

ハリーもまたそんな三人を見て、少し笑ってしまった。

 

4人は話ながらまたゆっくりと歩き出し、次第に横丁の通りが明るくなり、人のがやがやとした騒めきがハリーの耳に届く。

 

 

「さあ、ハリーここまでくればもう安心だ。…その前に服の汚れと眼鏡を直そう」

 

 

ジャックはポケットから杖を出しハリーに向かって一振りし、杖先で眼鏡をちょんと突いた。

一瞬の目の前に来た杖先にハリーは思わず目を閉じ、そして開いた時には服についた煤や汚れはすっかりと消え、眼鏡は新品同様ピカピカになっていた。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「そんな大層な事はしてないよ。…で、ハリーは誰かと待ち合わせしてるかな?」

「ええ、ウィーズリーさんと…。…探さなくっちゃ」

「まぁ、新年度の教材を買うならグリンゴッツか書店かしら?」

 

 

ソフィアは人混みをキョロキョロと見渡し、特徴的な赤毛がちらりとでも見えないかと探した。

 

 

「あっ!ハーマイオニー!」

「ソフィア!!」

 

 

ソフィアはぴょんぴょん跳ねながらグリンゴッツの白い階段の上にいるハーマイオニーを見つけ嬉しそうに人混みを掻き分けてハーマイオニーに抱き着いた。

 

 

「わっ、あ、危ないわ!」

 

 

階段の一番上で抱きつかれたハーマイオニーは少しだけ怒りながらも頬を紅潮させしっかりとソフィアを抱きしめ返した。

 

 

「あら!ごめんなさい!会えたのが嬉しくって!」

「私も嬉しいわ!あっ、ねえ、私の両親に友達だって紹介してもいいかしら?」

「友達?親友の間違いでしょ!?」

「あら!…ふふっ!そうね!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕に自分の腕を絡め、にっこりと笑ったままソフィアを両親の元に連れて行った。

ハーマイオニーの両親は魔法使いや小鬼に少しだけ怯え不安そうに佇んでいたが、ハーマイオニーが笑顔でソフィアを連れてきた事に少しだけ安心したように表情を緩める。

 

 

「パパ、ママ!この子がソフィア・プリンスよ!私の親友なの!とっても賢くて、明るくて、優しいのよ!」

「はじめまして!…もう殆どハーマイオニーに紹介されちゃいましたね。ソフィアです、よろしくお願いします」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの褒めっぷりに少し照れながら膝を折って頭を下げた。ハーマイオニーの両親は、娘が友だちが作り難い性格をしている事を気にしていた為、本当に仲の良い友達が出来たことに安心し、心から安堵した。

 

 

「ハーマイオニーったら、毎日あなたのことを話しているの。これからもこの子とどうか仲良くしてあげてね」

「はい!」

 

 

ソフィアは笑顔で頷いた。

それを見たハーマイオニーもまた、嬉しそうにはにかんだ。

 

 



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54 書店にて大喧嘩!

 

 

 

ソフィアがハーマイオニーを見つけ一人でさっさとグリンゴッツへ向かってしまったあと、残された3人は人混みを見渡しウィーズリー家の者を引き続き探していた。

 

 

「あ、ハリー、ルイス。…多分あれじゃないか?」

「どこ?見えない!」

「ルイスは背が低いからなぁ…とは言ってもこの人混みだ気付くかどうか……よし」

 

 

ジャックは杖を掲げ、杖先から数回花火を爆発させた。周りの人たちが音に驚き、ハリー達から離れていく。ざわざわと注目されてしまい、ルイスとハリーは少し恥ずかしさから顔を赤らめた。

 

 

「ハリー!」

 

 

その花火を見たウィーズリ家の者たちが人混みを縫うようにしてハリー達の前に飛び出した。

 

 

「ああ…せいぜい一つ向こうの火格子まで行き過ぎたくらいであればと願っていたんだよ…」

 

 

アーサーがぜいぜいと息を切らせながらも深く安堵の息を吐き、額に光る汗を拭った。

そしてようやくハリーの隣にルイスがいる事に気付き、驚くがそういえば今日会えるかもしれないと言っていた事を思い出した。

 

 

「ルイス!…と言う事は…君は、ジャック・エドワーズか!久しぶりだね!」

「ようやく気付いてくれましたね!卒業以来ですね、久しぶりですアーサー先輩!」

 

 

ジャックはようやく視線があったアーサーに苦笑しながら差し出された手をしっかりと握った。

ハリーとルイスは、二人は友人では無かったとアーサーから聞いていたが、仲が良さそうに見えて不思議そうに顔を合わせた。

 

 

「もう先輩はやめてくれ!敬語もいらんよ!…お互い立場もかわった、そうだろう?」

「俺にとっては先輩は先輩だけど…まぁそういうなら」

「君がハリーを見つけてくれたのかい?本当にありがとう。モリーはもう半狂乱になってね…もうすぐ来ると思うよ」

「モリー先輩が?…あー…俺、彼女苦手なんだよな…」

 

 

ジャックの呟きに、アーサーは少しムッとしながらも──最愛の妻を苦手と言われて喜ぶ人はいないだろう──彼は昔からそうだったと思い出し何も言わなかった。

 

 

「ハリー、どっから出たんだい?」

 

 

ロンの疑問に、ハリーが「ノクターン横丁だよ」と小声で答えたが、フレッドとジョージが大声で歓声を上げた為、アーサーにどこに出たのかバレてしまった。

 

 

「すっげぇ!」

「僕たちそこに行くの、許してもらえたことないよ!」

「あー、まぁ、危険だからね、フレッドとジョージは触っちゃいけないって言われたら、触りたくなっちゃうでしょう?」

 

 

ルイスは苦笑しながらフレッドとジョージを見る。2人は顔を合わせてそんな事ないとぶんぶん首を振って否定をした。

 

 

今度はモリーが片手にハンドバッグを持ち、もう片手にジニーの手をしっかり握りしめて人混みの間を跳ねるように現れた。

 

 

「ああ、ハリー!とんでもない所に行ったんじゃないかと思って……!あなたが助けてくれたんですね!ありがとう…あら、あなたは?」

 

 

モリーはアーサーと話している人がハリーを見つけてくれたのだろうと考え、ハリーの無事を確認してすぐに向き合ったが、その見覚えのある顔に言葉をとめた。

 

 

「あー…ジャックです、お久しぶりですね」

「まぁまぁジャック!?貴方なの!本当にありがとう!元気かしら?貴方は…相変わらず細いわね、ちゃんと食べてるの?髪も!学生の時からずっと伸ばしているわね!切った方がいいってずっと言ってたのに、まだ長いままなのね!」

「あー…モリー、その辺にしておこう。早く買い物を済まさなければ、グリンゴッツに行こう」

 

 

アーサーはモリーの言葉のマシンガンを止め、やんわりとジャックとモリーの間に割って入る。ジャックはあからさまに安堵のため息をついた。昔からモリーはこうして小言を言っていたため、ジャックは彼女を苦手としているのだ。

 

 

「ノクターン横丁の店で誰と会ったと思う?」

 

 

ハリーはグリンゴッツの階段を上がりながらロンに問いかけた。

 

 

「マルフォイと父親なんだ」

「ルシウス・マルフォイは何かを買ったかね?」

 

 

アーサーがハリーの言葉を聞いて厳しい声で問いかける。

 

 

「いいえ、売ってました」

「それじゃ心配になったわけだ。──ああ、ルシウス・マルフォイの尻尾を掴みたいものだ…」

「アーサー、気をつけなさいと。あの家族は厄介よ、無理して火傷しないように」

「何かね、私がルシウス・マルフォイに敵わないとでも?…ところでジャック、ルイス。君たちはどこでハリーを見つけたんだい?」

 

 

ルシウスの話題が出ても黙ったままだったジャックとルイスはその言葉に聞こえないふりをしてわざとらしくハーマイオニーと楽しそうに喋るソフィアを見つけると「ソフィア!」とその名を呼んだ。

 

 

「あ!みんな!」

「ハリー!ロン!久しぶりね!」

「なんと、マグルのお二人がここに!」

 

 

アーサーはハーマイオニーの両親がいることに気付くと直ぐに興味を2人に移し、興奮したように駆け寄りすぐに挨拶をし手を握った。ハーマイオニーの両親はその勢いに少し驚いたが、それでも歓迎されてるらしいとわかると笑って見せた。

 

 

「後でここで会おう!」

 

 

ハリーはそう言うと小鬼に連れられてウィーズリー一家と共に地下の金庫へと向かった。

 

 

「ソフィア、ルイス、こちらは?」

「ああ、俺はジャック・エドワーズ。彼らの育て親だ、君のことはソフィアからよく聞いているよ。…何を知っているかもね」

 

 

ジャックはハーマイオニーにウインクを一つし、悪戯っぽく笑い、ハーマイオニーもまた、ハリーと同じくその笑顔に2人の面影を見た。

 

 

 

暫くしてからハリーとウィーズリー一家が戻ってきて、各自別行動を取ることになった。

 

 

「ねえ、ソフィア、ルイス。一緒に居られないかしら?」

「そうだよ!時間は?どう?」

「んー…ドラコと約束の時間はまだ大丈夫だけど…」

 

ソフィアとルイスはちらりとジャックを見た。

ジャックは時計を見て、そして笑って2人の背中を軽く叩く。

 

 

「俺のことは良い、楽しんでおいで?」

「いいの?わぁ!ありがとう!」

「じゃあさー…」

 

 

2人は同時にジャックに手を出した。

 

 

「「お小遣い、ちょーだい?」」

「…ちゃっかりしてるよ、全く!」

 

 

ジャックは2人に呆れながらも、財布から数枚の金貨を取り出すと2人の手に握らせた。

 

 

「1時間後にみんなフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で会いましょう。教科書を買わなくちゃ」

「グレンジャーさん!ジャック!一緒に漏れ鍋で飲まないか?」

「んー…そうだな、ご一緒しても?」

 

 

ジャックと別れたルイスとソフィアは、ハリーとロンとハーマイオニーと曲がりくねった石畳の道を散歩しながら──ジニーはついていきたいと駄々を捏ねたが、モリーに無理矢理制服を見に連れて行かれた──様々な店を見て回った。 

 

 

 

ハリーはみんなに大きなアイスクリームをご馳走し、皆笑顔でぺろぺろ舐めながら楽しい会話をして過ごした。

 

あっという間に約束の1時間がすぎ、少し寂しく思いながらルイスとソフィアはハリー達と別れ、ジャックと共にダイアゴン横丁にあるパブに向かった。ここでドラコと待ち合わせをしていたのだ。

 

店の前で待つドラコとルシウスを見つけ、ソフィアとルイスは駆け寄った。

 

 

「ドラコ!さっきぶりね!」

「ごめん、待たせた?」

「いや、さっき来たところだ。何から買いに行こうか」

「重いものから済ませてしまいなさい。…書店に向かおう」

 

 

ルシウスはそう言うとみんなの返事も待たずにすたすたと書店へと向かう。

今、そこにはハリー達とウィーズリー一家がいる。あまり良い予感はしない、とソフィアとルイスは思ったものの、ルシウスは足早に人混みの中を縫うように進んでいた為慌ててその後を追いかけた。

 

 

「父上は何を急いでるんだ?」

「…息子のドラコにわからないことは、私たちにわからないわ!」

「まぁ、本は先に買った方がいいかもね…今年は同じ人の本を揃えなきゃならないし、大変そうだ」

 

 

書店へ向かうと、大勢の人が集まってなんとか中を覗き込もうと背伸びをしたり、隙間から覗いていた。

ルシウスは少し眉を顰め、店の中に見覚えのある赤毛を見つけると、微かにほくそ笑む。そして手に持った杖で地面を強く突く。

何だと周りが訝しげにルシウスを見たが、相手が誰だかわかるとそそくさと彼に道を開けた。

ドラコはその様子を何か自慢げに胸を張りながらいつもの薄ら笑いを浮かべて、堂々と店の中に入って行った。

 

 

「…ほら、2人も続いて入っちまえ、本はいるからな」

 

 

ジャックにぐいぐいと背を押され、2人はどうあがいてもこの先良いことはない!と思いながらしぶしぶ店の中にはいる。

書店ではハリーが誰かと引き攣った笑顔で写真を何枚も撮っていた。それを入り口近くでドラコは面白く無さそうに見ていたが、にやりと意地の悪い薄ら笑いを浮かべよろめきながら人混みからなんとか這い出したハリーに近づいた。

 

 

「ドラコも、ハリーにちょっかいかけなきゃいいのにね」

「ええ、あれはもう…趣味みたいなものなのかしら」

 

 

2人はそっとドラコの後を追いながらため息をついた。

 

 

 

「良い気分だったろうねぇ?有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に行くのでさえ、一面大見出し記事かい?」

「ほっといてよ!ハリーが望んだ事じゃないわ!」

 

 

ジニーが果敢にもドラコを睨み、噛み付くように声を荒げる。

 

 

「ポッター!ガールフレンドができたじゃないか!」

 

 

ドラコの言葉にジニーは髪色と同じくらい顔を赤く染めた。

 

 

「もう!ドラコ!ジニーはわたしの可愛い可愛い妹なの!揶揄わないでちょうだい!」

 

ソフィアがジニーとドラコの間に立ちはだかり、ぎゅっとジニーを守るように抱きしめた。ドラコはふんと鼻をならしてそっぽを向く。謝るつもりは毛頭も無いらしい。

 

その時ハーマイオニーとロンがロックハートの本をひと山抱え、人混みをかき分けて現れた。再びルイスとソフィアと会えて嬉しそうにした2人だったが、すぐにドラコがいる事に気付くと気分を害したかのように表情を歪める。

 

 

「なんだ、君か。ハリーがここにいるのに驚いたってわけか、え?」

「ウィーズリー、君がこの店にいるのをみてもっと驚いたよ、そんなに沢山買い込んで、君の両親はこれから1ヶ月は飲まず食わずだろうね」

「ドラコ!言っていいことと悪いことがある!」

 

 

ルイスはドラコの肩を掴み強く制したが、ロンは収まらずジニーの鍋の中に本を入れ顔を真っ赤にしながらドラコに掴みかかろうとした。だが、ハリーとハーマイオニーがしっかりとロンの上着を掴みそれを止めた。

 

 

「ロン!何してるんだ?ここはひどいもんだ、はやく外にでよう!」

 

 

アーサーがフレッドとジョージと共に人混みと格闘しながら叫ぶ。ルイスとソフィアは間違いなくそうした方がいいと思いロン達に「早く出て!」と伝えたが、それを阻むようにドラコの隣にルシウスが現れた。

 

 

「これはこれは…アーサー・ウィーズリー」

「ルシウス…」

 

 

なんでこんな所で会わなきゃならないんだと言うように、アーサーは素気なく少しだけ首を傾げて挨拶をした。

 

 

「お役所は忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を──…残業代は当然、払ってもらってるんでしょうな?」

 

 

ルシウスはジニーの大鍋から使い古された本を一冊ひっ掴み、薄ら笑いを浮かべ残念そうに笑った。

 

 

「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」

「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」

「さようですな」

 

 

ルシウスの薄灰色の目が心配そうに成り行きを見守っているハーマイオニーの両親を捉え、すっと細められた。

 

 

「ウィーズリー…こんな連中と付き合っているようでは…君の家族はもう落ちる所まで落ちたと思っていたんですがねぇ──」

 

 

明らかに蔑みを含んだ声に、アーサーはルシウスに飛びかかるとその背中を本棚に叩きつけた。ルシウスは憎々しげに顔を歪め、手にあたった本を掴みアーサーに投げる。

 

 

「やっつけろ!」

「アーサー!だめ!やめて!」

 

 

フレッドが煽るように言い、モリーは悲鳴を上げた。ハーマイオニーの両親は顔色を青くしてその場から後ずさる。いや、ハーマイオニーの両親だけではなく、人垣が乱闘に巻き込まれては敵わないとばかりに後ずさる。

 

 

「ルシウス!アーサー!お前ら良い大人が何してるんだ恥ずかしい!!」

 

 

ジャックは人垣を掻き分け叫ぶように言うと無理矢理2人の間に割り込み、引き離した。まだ2人はギラギラとお互いを憎々しげに見ていたが、周囲の視線に気づいたアーサーはすこし気まずそうに唇の血を拭った。

 

 

「ルシウス!さっきの言葉を俺にも言えるのか?俺はさっきこの2人と酒を飲んできた所だ!…アーサー!子ども達の目の前で掴み合いはするな!何を言われても無視しろ!」

「──フン、…ほら、チビ、君の本だ。君の父親にしてみればこれが精一杯だろう」

 

 

ルシウスは手に持っていたジニーの古本をジニーに突き出し、そう捨て台詞を言うとドラコに目で合図を送りさっと店から出て行った。

 

 

「…アーサー、ルシウスの事はほっとけ。ほら、子どもたちがびっくりしてるだろう?」

「ああ…そうだな、すまない…ジャック」

 

 

ジャックは深いため息をつき、ルイスとソフィアを見る。

 

 

「どうする?ドラコとルシウスを追いかけるか?」

 

 

ソフィアとルイスは少し悩んだが、おずおずと頷いた。大人同士の取っ組み合いを見たのは初めてであり、その迫力とあまりに強い憎しみのぶつかり合いに圧倒されていた。

いつも、ルシウスは2人には優しかった。だが、誰に対してもそうでない事を知り──勿論、ドラコもそうだが──何故か、酷く悲しく感じた。

 

何故、純血やマグル生まれなんて気にするんだろう。そこに優劣なんて、無いはずなのに。

 

決してルシウスに聞く事は出来ないが、2人はそう、思っていた。

 

 

 

 

ソフィアとルイスはハリー達に別れを告げ、書店から外へ出た。

少し離れた場所で俯き一人で立っているドラコを見つけ、思わず二人は駆け寄る。

 

 

「ドラコ!」

「…ルシウスさんは?」

「父上は、自宅に戻られた。…その、怪我が痛むから…」

 

 

ドラコは少し元気がなさそうに見えた。

流石のドラコも目の前で取っ組み合いの喧嘩をする父を見るのは初めてであり驚き、さらに怪我までしていた事に動揺していた。

 

 

「…ドラコ、どうする?まだ買い物する?」

 

 

ルイスは優しくドラコの手を取り、話しかける。ドラコは少し顔をあげルイスを見て、ふるふると首を振った。

 

 

「…父上の怪我が心配だ…もう、帰るよ…」

「うん、そうした方がいい。また今度一緒に買いに来よう?」

「ドラコ…ルシウスさんにお大事にって伝えてね」

 

 

ソフィアもまた心配そうにドラコの肩をそっと掴み励ました。ルシウスが悪い、自業自得だと心の中では思っていたが、落ち込むドラコに追い討ちをかける事は出来なかった。

 

 

「──よし、じゃあさっさと漏れ鍋の暖炉から戻ろう、早く行かないとまたアーサー達に会ったら…もう喧嘩を止めるのは面倒だ」

 

 

子ども同士の喧嘩でもな、とジャックは付け足し、3人は頷くとすぐに漏れ鍋へと向かい、ドラコはフルーパウダーを使い一人で自宅に戻った。

 

ドラコを見送ったあと、三人はほぼ同時にため息をこぼし、顔を見合わせて苦笑した。

 

 

「ねぇ、ジャックも…掴み合いの喧嘩をしたことってあるの?」 

 

 

ソフィアがジャックに問いかける。誰と、とは言わなくてもジャックにはわかったようで少し困ったように笑いながらも頷いた。

 

 

「ああ、あるさ」

「へえー…大人になってから?」

「んー…ナイショ」

 

 

ジャックは誤魔化すように笑い、フルーパウダーを一掴みすると暖炉の中に投げ入れた。

 

 

「さ、早く帰りな」

「うん、今日はありがとうジャック!またね」

 

 

ソフィアはジャックを抱きしめ頬にキスをするとすぐに緑色の炎の中に飛び込み家の名前を言った。途端に吸い込まれるようにソフィアの姿は消える。

続いて再びフルーパウダーを投げ入れたジャックを、ルイスは優しく抱きしめた。

 

 

「また話を聞かせてね?」

「ああ、またな」

 

 

ルイスは手を振り、すぐに暖炉に飛び込んだ。

 

ジャックは二人が消えた後、しばらく暖炉を見ていたがすぐに姿現しをし、自分もそこから移動した。

 

 

 



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55 家族写真!

 

 

夏休みがもうすぐ終わる。日数で言えばあと一週間で九月一日がやってくる。

その日、ソフィアとルイスは太陽が顔を出し、窓からやわらかい光が射した途端目を覚ました。

 

 

「おはようルイス」

「おはようソフィア」

 

 

お互い朝の挨拶をし、台所へ向かう。

いつもなら真っ先にセブルスの自室に向かいそのベッドの上の身体に飛び掛かり起こしに行くのだが、今日はセブルスにとって最後の休日だ。明日から早めに仕事が始まる父を思い、思うままに寝かせてあげよう、そう思っていた。

 

紅茶とパンの焼けるいい香りが部屋を満たした頃。その匂いに誘われるようにノロノロとした足取りでセブルスは居間へと姿を見せる。

 

 

「おはよう父様」

「ゆっくり寝れた?」

「ああ…おはよう、ルイス、ソフィア」

 

 

セブルスは机の上にある日刊予言者新聞に目を通しながらソフィアが淹れた紅茶を飲んだ。あまり、セブルスが朝しっかりとした食事を取らないと分かっていたが一応トーストとオムレツと少しのサラダを用意し机の上に並べる。

ソフィアとルイスは席に着き、紅茶にたっぷりのミルクを入れ、トーストにかぶりついた。成長期であるソフィアとルイスは勿論セブルスと同じ量では足りず、ソーセージや厚切りにしたベーコンを皿に添えている。

セブルスは2人が作った食事を特別褒める事はしなかったが、それでも何も文句は言わず静かに食べた。

2人はちゃんと、セブルスにとって残さず綺麗に完食することが無言の賞賛なのだと知っていた為、こっそり顔を合わせて微笑んだ。

 

 

朝食後、それぞれが思い思いに過ごす中、ソフィアは何か面白いものでもないかと、ようやく身長が届くようになった戸棚の奥を探っていた。

 

 

「……カメラ?」

 

 

戸棚の奥、小さな箱に入れられた古ぼけたカメラを見つけ、ソフィアはレンズのくすみを袖で拭いながらセブルスの元へ持ってきた。

 

 

「父様、カメラなんて持ってたの?」

 

 

本に目を落としていたセブルスは、ソフィアが持つカメラを見て、ああそういえばあったな、と思い出す。あまり写真を撮る事も、映ることも無いセブルスはその存在を今まで忘れて──思い出さないようにしていた。

 

 

「それは、アリッサの物だ」

「母様の?へぇー…」

 

 

試しにレンズ越しにセブルスを覗き、ニコリともしない父に向かってシャッターを押す。カシャン、と小気味いい音が響き、ヒラリと写真出口から直ぐに写真が飛び出る。まだフィルムが残っていた事に驚きながらソフィアは出てきた写真を見て、思わず笑ってしまった。

 

 

「あはは!見てルイス!」

「んー?…ははっ!めちゃくちゃ不機嫌そうだね」

 

 

写真に写るセブルスは嫌そうに2人を見ていたがすぐに手元の本に目を落とす。だが視線が気になるのか鬱陶しそうにちらちらとこちらを見ていた。

 

 

「ねえ、3人で撮りましょうよ!」

「いいね!」

 

 

ルイスは読んでいた本を閉じ机の上に置くと、直ぐにセブルスの隣に座る、ソフィアもまた反対側に座り腕を遠くに伸ばした。

 

 

「父様、笑ってね?」

 

 

──カシャン。

 

 

直ぐに出てきた写真を撮ったソフィアは、楽しそうに──そして嬉しそうに笑った。

 

 

「父様だけ笑ってないじゃない!」

 

 

2人に挟まれるセブルスは勿論いつもの仏頂面をしていて、対照的にソフィアとルイスは幸せそうに微笑んでいた。

 

 

「新しいフィルム買わないとね」

「そうね!沢山撮りたいわ」

 

 

ソフィアは嬉しそうに写真に写る3人を撫でる、ソフィアとルイスはくすぐったそうに身を捩ったが、セブルスはやはり、鬱陶しそうにその指を避けた。

 

 

「父様、母様は沢山写真を撮ったの?あまりこの家には写真がないけど…」

 

 

実際、ソフィアとルイスは家族皆で写る写真を見たことが無い。学生時代の写真はこっそりジャックから見せてもらったが、両親が結婚した後の写真は本当に1.2枚程度しか見た事が無かった。

 

 

「…アリッサはあまり撮らなかった」

「そうなんだ…家族写真、一枚でもあったらよかったのになぁ…」

 

 

ルイスもソフィアと同じく、残念そうに眉を下げた。2人は母親の顔や姿を、写真でしか見た事がない。一歳の頃に亡くなった彼女の事を、覚えていないのは仕方がない事だろう。その、顔も、表情も、声でさえ、2人は一切覚えてなかった。

2人は幼い頃、夢でいいから会いたいと何度も願い、祈りながら眠りについたが、一度も母は現れなかった。

 

セブルスは残念そうにする2人を見て、少しだけ心を痛めた、それこそ幼い頃は母を求め何度も夜に泣きぐずった2人だが、物心着く頃には母は居ないものである、そう理解し何も言わなくなっていった。それが良いことではないと、セブルスも勿論わかっていたが、どうする事も出来なかった。まだ、当時セブルスもアリッサの事を話せるほど心に余裕はなかったのだ。

孤児院で同じように親のいない子どもたちと過ごし、周りの環境もあってか2人はあまり母の事を聞かなくなった。それは孤児院を出てからも続き、たった3人で完結している2人の世界で母の事を思い出す事は減っていた。

だが、ホグワーツで過ごすようになり沢山の普通の──親のいる──子どもたちと出会い、その話を聞き、そして暖かく賑やかなウィーズリー家と知り合った事により、2人は再び、母の事を良く知りたいと思うようになっていた。

今は、昔ほど焦がれる事も悲しむ事もない、2人の心は凪のように穏やかに母と向き合える準備が出来ていた。

 

だが、それでも、セブルスは2人にアリッサの事を伝えることはなかった。

ソフィアとルイスは心の準備が整っていたが、セブルスにはまだ時間が必要だった。──きっと、何かきっかけがない限り、セブルスはアリッサの事を2人に自分からは話せないだろう。

 

 

「父様、このカメラ貰ってもいい?友達と沢山写真を撮りたいの!」

「ああ、構わない。…壊さないように注意しろ」

「いいなー!僕も使って良い?」

「勿論よ!」

 

 

それからソフィアとルイスは人によっては無駄とも言えるほど、何の変哲もない日常の写真をたくさん撮った。

いつ見ても、楽しく幸せだった日々を思い出せるように。

 

 

 

セブルスの最後の休暇は穏やかに過ぎて行った。今日ばかりはソフィアとルイスはロンの家に行く事も、セブルスに悪戯を仕掛け怒らせる事もなかった。いつもよりも長く、セブルスの隣に座り、いつもよりも沢山、セブルスと話した。

 

 

古びた壁掛け時計が夜の12時を示し、低い音を響かせた。

ルイスとソフィアは顔をもたげ、時計の針を見る。静かな部屋にボーン、ボーンと低い音が12回響いた後セブルスは本を閉じ、今から告げられるだろう言葉を聞きたくないと言うように顔を伏せる2人の頭を撫で、伝えた。

 

 

「──もう寝なさい」

「「…はぁい」」

 

 

セブルスにもたれかかるようにして本を読んでいた2人は残念そうな声音で答えるとすぐに本を閉じセブルスを抱きしめた。

 

 

「おやすみなさい、父様」

「良い夢を、父様」

 

 

それぞれ片頬ずつおやすみのキスを落とし、セブルスもまた2人を優しく抱きしめた。

 

 

「おやすみ」

 

 

ソフィアとルイスは手を繋ぎ、自室へ向かう。一度扉の前でセブルスを振り返ったが、何も言わずにそっと廊下の向こうに姿を消した。

 

 

セブルスもまた立ち上がり杖を振り部屋中の電気を消すと自室へ向かった。明日──いや、今日から生徒たちより一足先にホグワーツに向かい、新年度の準備の大詰めをしなければならない。今年こそ、平穏に過ごすことができれば良いが、と、セブルスは去年恐ろしい事件に巻き込まれた2人と、そしてハリー・ポッターの事を考えた。

 

 

セブルスはベッド脇のランプに火を灯し、手元だけぼんやりと明るくさせながら寝る前に本を一冊読んでいた。眠気が無いわけではないが、ただ、時間を潰すために何度か読んだ本の文字を目でなぞる。

 

 

「…父様…」

「一緒に寝ても、いいかしら?」

 

 

扉が静かに開き、それぞれの白い枕を抱え、何処か寂しげな表情でソフィアとルイスが現れる。

セブルスはすぐに本を閉じると、彼にしては優しい顔つきで2人を見た。

 

 

「…来なさい」

 

 

その言葉に2人はすぐに駆け寄り、少し高いベッドにのぼり、ほのかに温かい布団の中に身体を滑り込ませた。

セブルスはきっと2人が来るだろうと思い、寝ずに待っていたのだった。

 

 

「父様…ホグワーツは楽しみだわ、また友達に会えるもの!…でも…」

「また、他人のフリをするのは、ちょっと寂しいな…」

 

 

ソフィアとルイスはセブルスの服を着て掴みながら、憂いを帯びた声でつぶやいた。

2人はセブルスに対してはその歳の子どもよりも幼く甘える、だが2人は──特に、ルイスは──本当は、同じ歳の子どもよりも大人びて少々達観し、賢い子どもたちだった。その境遇ゆえ、本心をうまく悟られないようにするのが上手かった。

今だけは、セブルスの子どもとして、目一杯甘え、素直に本心を吐露した。

 

 

「…そうだな、私も…同じ思いだ」

 

 

優しくその柔らかなつむじに唇を落とし、セブルスは2人に囁く。ソフィアとルイスは目を見開いて驚いたが、すぐに嬉しそうにはにかみ、セブルスに縋るように身を寄せ彼の独特な薬草のような匂い──2人にとっては落ち着く匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

セブルスは杖を振り部屋の明かりを消す。暫くは暗闇だけが目に映っていたが、次第に月と星の光に照らされお互いの輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。

 

 

「おやすみなさい…」

「おやすみなさい、父様…」

「…おやすみ、ソフィア、ルイス…」

 

 

3人は身を寄せ合うようにして、幸せな眠りについた。

 

 

 

 

朝になり、いつものように朝食を取った後、セブルスは鞄を持ち暖炉の前に立つ。ソフィアとルイスは静かに、セブルスを見送るべく後ろに立っていた。

 

何度経験しても、夏休みの後の別れは切なく寂しいもので、ソフィアとルイスはセブルスに抱き着き、暫く無言でそうしていたが名残惜しそうに離れると、朗らかに微笑んだ。

 

 

「いってらっしゃい」

「また、一週間後に、ホグワーツで会おうね」

「ああ…行ってくる」

 

 

暖炉の中で燃える緑色の炎の中に進んだセブルスが燃え盛る炎とともに消えた後も、2人は暫く暖炉を見ていた。

 

 

「あーあ、行っちゃったわ」

「ま、仕方ないよ」

 

 

ソフィアはため息をこぼし、「つまんなーい」と言いながらソファの上に飛び乗りすぐに棚の中からお菓子の袋を取り出すと寝転がりながらクッキーを食べた。

その行儀の悪さを咎める者が居なくなった途端、ソフィアは足をばたつかせながら写真立ての母を見つめた。

ルイスはすぐにだらけるソフィアに苦笑しながら本棚から本を抜き出し、肘掛け椅子に座った。彼もまたセブルスが居なくなった途端、ポロポロとこぼれ落ちやすいクッキーを摘みながら本を読むあたりソフィアと変わらないといえるだらう。

 

 

ソフィアは写真立てを手に取るとじっと母の顔を見る。

腕に毛布で包まれた赤子を抱き、幸せそうに微笑む母。

 

ふと、この抱かれている赤子はどちらなのか、と思った。

ソフィアとルイスは双子だ、だが、写真に写る母が抱いているのは1人だけのように見えた。しっかりと毛布で包まれているその赤子の姿は見えないが、時おり写真の中の母が愛しさを含んだ目で毛布の中の様子を伺うように見ていた。きっと、どちらかが寝ているのだろう。

 

ソフィアはなんとなく、その毛布に包まれた赤子を指で突いた。途端に母は驚いたように目を見開き、慌てたように毛布をゆらゆらと揺らす。おそらく、腕の中の赤子が起きて泣いてしまったのだろう。

 

 

──髪だけでも見えないかしら?

 

 

ソフィアはくすぐるように、毛布に包まれた赤子を撫でた。

すると毛布はうごめき、小さな白い手が見えた。母を求めるように伸ばされた手、そして少しはだけた毛布の隙間から赤子の顔がちらりと見えた。

 

 

──あ、黒髪だわ…なら、この写真の赤ちゃんは私なのね。

 

 

ぎゅっと目を閉じもごもごと動く赤子は起こされて不機嫌そうに眉間を寄せていた。

それを見て嬉しいような、何となく、ルイスに申し訳ないような気がした。

 

写真の中の母が咎めるような目でソフィアを睨む。その目は折角寝ていたのに、なんで起こすの?と言っているようで、ソフィアは苦笑しながら写真立てをいつもの場所に戻した。

 

新しいお菓子の袋を探すために視線を逸らしたソフィアはそれを目にしなかった。

写真の中で、目を覚ました赤子の瞳が、自分とは異なる黒色だった事に、ソフィアは気が付かなかった。

 

 

 



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56 ついに2年目の始まり!

 

 

9月1日。

2人は去年と同じく沢山の荷物をカートに乗せキングズ・クロス駅に来ていた。去年との違いといえば、2人とも同級生の中で最も小柄だったのは今でも変わらないが、5センチは身長が伸びた事だろう。まだローブの袖は余ってはいるが、去年ほどでは無い。

 

ソフィアとルイスは直ぐに9と4分の3番線へと向かい、懐かしいホグワーツ特急に目を細めながらこっそりと荷物に浮遊魔法をかけて車輌の中へ運んだ。去年は時間ギリギリに着いてしまい、空いているコンパートメントを見つける事に苦労した為、今回は時間に余裕を持って早くから駅を訪れていた。

空いているコンパートメントはすぐに見つかり、2人は鞄からお菓子を出すと食べながら窓の外で家族と別れを惜しむ生徒達を見る。見知った顔が現れたらすぐに声をかけよう、二人はそう思っていた。

 

 

暫く窓を見ていたソフィアは、その中に両親と別れを惜しむハーマイオニーを見つけた。思わず窓を開け身を乗り出し気付いてもらおうと手を上げたが、声をかけるのは、やめた。

 

 

「声、かけないの?」

「…ええ、ご両親との別れを邪魔したくないわ」

 

 

一年に2回ほどしか家に帰られないのだ、それにハーマイオニーの両親はマグルで魔法界の事を知らない。去年は大変なことに巻き込まれたし、きっと色々不安に思い、別れはかなり辛いだろう。

 

ソフィアは座席に座り直し、何度も両親と抱き着き、笑いながらも少し寂しそうなハーマイオニーの横顔を見ていた。 

ルイスは目を細め、ソフィアの優しさに微笑み同じように席に座った。

 

 

 

ハーマイオニーが手を振って両親と離れ、汽車に乗り込んだのを確認し、ソフィアはコンパートメントの扉に向かうとすぐに開け、乗り口の方を見た。

ソフィアは重そうに荷物をあげるハーマイオニーに近づき、上から大きな鞄を引っ張る。

ハーマイオニーは突然鞄が引かれ驚いた顔をしていたが、それがソフィアだとわかるとにっこりと笑った。

 

 

「ハーマイオニー!あと少し持ち上げて!」

「僕も手伝うよ」

「ありがとう2人とも!」

 

 

ルイスもすぐに駆け寄ると、同じように上から大きな鞄を引っ張った。3人は額に滲んだ汗を拭き、笑いながら再会を喜びルイスとソフィアがいたコンパートメントに向かう。

 

 

「2人とも、この前あった以来ね、パパとママが来年は家に遊びに来て欲しいって言っていたわ」

「是非!マグルのお家かぁ…楽しみだわ!」

「マグルの世界では、機械で食器を洗うってきいたよ?本当?お皿とか、割れない?」

「本当よ、それに割れないわ」

 

 

一般的なマグルの生活を知らない2人は、ハーマイオニーが話す色々なことに驚き目を輝かせた。手紙をフクロウを使わず、ポストに入れ郵便配達の人が配る、と知った時には思わず口を手で押さえ怖々と聞いた。

 

 

「それって…手紙を勝手に見られたり、無くなっちゃったりしないの?」

「ポスト?って何?そんなとこに入れて大丈夫なの?変な名前だけど…生き物なの?噛まない?」

「もう!大丈夫よ、手紙は勝手に読まれないし、ポストは噛んだりしないわ!ただの回収箱のようなものよ!」

 

 

神妙な2人の様子に、ハーマイオニーは楽しそうに笑った。

マグルの世界の話や、夏休みに何をして過ごしたか等色々話しているとあっという間に時は過ぎ、大きな汽笛と共に汽車はゆっくりと動き出す。3人は一度会話を止め、窓から見送りに来た人達に向かって手を振った。

 

 

「ハリーとロンはどこに居るのかしらね?」

 

 

ハーマイオニーはふと呟いた。一緒にホグワーツまでの時間を過ごしたい気持ちもあったが、広い列車の中を探しに行くのは大変で、それに2人を見つけたとしてもこの狭いコンパートメントに5人は入らないだとう、と無理に探しに行こうとは思わなかった。

 

 

「2人は一緒じゃないかな?多分、ロンの家から直接来てるだろうし」

「ハーマイオニーはジニーを知ってるかしら?ダイアゴン横丁で少し会ったわよね?ロンの妹なんだけど、すっごく可愛いの!」

「ああ、あの子ね!知ってるわ、結構…お兄さん達があんななのに…大人しい子だわ!礼儀正しいし」

 

 

ハーマイオニーは感心したように頷くが、ソフィアとルイスは顔を見合わせた。2人の知っているジニーは中々にお転婆で、兄達と大声で言い争い時には手まで出していた。…いや、確かに出会ったばかりの頃は大人しかったが、きっとかなりの人見知りなのかも知れない。数時間しか会っていないハーマイオニーはまだそれを知らないのだろう。

 

 

「きっと、駅に着いたら会えるわよ」

 

 

ソフィアの言葉に、ルイスとハーマイオニーは頷き、現れた車内販売員から数種類のお菓子を購入し、皆で少しずつ分け合って食べた。ーーちなみに、百味ビーンズを買おうとしたソフィアを必死に2人が止めたのは言うまでも無い。

 

 

だが、プラットホームでは会えるだろうと言うソフィアの予想は大きく外れ、ロンとハリーは汽車が止まりホグワーツへのプラットホームに着いてもその姿を見つける事はできなかった。

この人混みだから仕方がないわ、大広間では流石に会えるでしょう。というハーマイオニーの予想も見事に外れる事となる。

 

 

沢山の蝋燭が照らす煌びやかな大広間でハーマイオニーとソフィアはグリフィンドールの座席に座り、ハリーとロンを探したが全く見つからなかった。どこにいるんだろうと思っているうちに新入生の組み分けが開始され、そして遅れてハリーとロンが到着する事もなく、新学期の歓迎会が始まった。

 

数々の豪勢な料理を見ても、ハーマイオニーとソフィアは喜ぶ事なく不安げにあたりを見渡していた。

 

 

「いないわね…まさか、遅刻したのかしら?」

「でも…他のウィーズリー家の人たちはちゃんと来ているわ…どうしたのかしら…」

「うーん…まぁ乗り逃しても、直ぐに先生達が気付いて迎えに行ってるんじゃない?」

「…それもそうね」

 

 

分からない事を幾ら考えても仕方がない、心配なのは勿論だが、きっと今日の夜か遅くても明日の朝には会えるだろうと2人は考え直し沢山の料理に手を伸ばした。

 

 

「ただね、ハーマイオニー、気付いてる?」

「…?何?」

 

 

ソフィアは教師達が座る上座で、一つ空席がある場所を視線で伝えた。ハーマイオニーはソフィアが訴える視線の先を目で追い、ソフィアの言いたい事に気付いたのか深くため息を付き額を抑えた。

 

セブルス・スネイプ教授がその席に居ないだけではない。他の先生達も険しい顔でこそこそと囁き合っていた。フリットウィックは手に夕刊予言者新聞を持ち、椅子の上で立ちながら他の先生達にとある記事を見せている。

 

 

「きっと、迎えに行ってるのね。…父様が行くということは、あまり良いことじゃないと思うわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーにだけ聞こえるように小声で囁いた。

 

 

「ああ…あの2人はどうやってここまで来たのかしら!」

「私達の想像もつかない事なのは、たしかね」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、ハーマイオニーは「新学期そうそう!」と憤ったまま目の前のチキンレッグに八つ当たりするように齧り付いた。

 

 

 

歓迎会が中盤に差し掛かると、夕刊予言者新聞を購読している生徒達から噂がひそひそと伝わってきた。──どうやら、マグルが空飛ぶ車を見て、それがキングズ・クロス駅から目撃されているらしい、きっと、今いないハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだ。

 

 

「ワォ!──流石2人ね、私達の予想を大いに覆してくれるわ!」

「全く!何を考えているの!?ありえないわ!」

 

 

楽しそうに笑うソフィアだったが、ハーマイオニーは相変わらずトラブルを引き起こす彼らに憤った。

 

 

今年は去年のように立ち入り禁止区域の説明もなく、ダンブルドアの少しおかしな言葉で歓迎会が締め括られたことにソフィアは安心した。どうやら今年は、まだ平穏な一年を過ごせそうだった。

 

 

 

 

 

 



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57 煩すぎる吠えメール!

 

 

ソフィアはハーマイオニーとグリフィンドール塔へと向かっていたが、まだ怒りながら足音を響かせ進むハーマイオニーの肩を不意に叩いた。

 

 

「何よ!」

「もう、私に怒っても意味ないでしょ?──あのね、ハリーとロンが本当に空飛ぶ車でここに来たとして…寮に入る合言葉は知っているのかしら?」

「…知らないかも、しれないわね」

 

 

ハーマイオニーはその眉間に皺を寄せたまま、深い深いため息をついた。

 

 

「一度…寮に行って、ハリーとロンが居なかったら…待つ?」

「ええ、そうしましょう。…ふふ、なんだかんだ言って、優しいハーマイオニーが大好きよ!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕に抱きつき、自分の腕を絡ませて彼女の肩に頭を下げて乗せた。むっつりと不機嫌そうだったハーマイオニーは、ふっと表情を緩め少しだけ笑った。

 

一度2人はグリフィンドール寮へ行ったが、やはりまだハリーとロンは来ていないようだった。グリフィンドール生は皆──規律を重んじるパーシー以外は──ハリーとロンの素晴らしい話が聞きたいとばかりに2人の到着を今か今かと待っていた。その様子を見たハーマイオニーは、消えていた眉間の皺を再び復活させる。

 

 

「もう!噂が本当だったとして、決して褒められる事じゃないのに!」

「まぁ、皆お祭り騒ぎが大好きだから」

 

 

再び怒りを滲ませるハーマイオニーを宥めながら2人はハリーとロンを探すためにグリフィンドール寮から出て廊下を歩いた。

 

いくつかの階段を下り、廊下を進んだが一向に会う気配は無く、ソフィアとハーマイオニーは別の道を2人が進んでいるのかも知れない、と寮の方向へまた戻ってみることにした。

 

 

「──あ!」

 

 

グリフィンドール塔の長い階段を上がり、太ったレディの絵画の前で見慣れた2人を発見し、ソフィアは声を上げた。

 

嬉しそうなソフィアとは対照的に、ハーマイオニーは急いで2人に駆け寄ると、その足音に気づいた2人が驚き目を見開くその前で立ち止まり、大きな声で叫んだ。

 

 

「やっと見つけた!いったいどこに行ってたの!?馬鹿馬鹿しい噂が流れて…!誰かが言ってたけど、あなた達が空飛ぶ車でホグワーツへ来て、さらに墜落して退校処分になったって…!」

「うん、退校処分にはならなかった」

「まさか、本当に車できたの!?」

 

 

信じられないと悲鳴をあげ、厳しい視線で2人を睨むハーマイオニーに、ハリーとロンは居心地の悪そうな目を向けた。

ソフィアもハーマイオニーの後から2人の本へ駆け寄ると、泥だらけで傷だらけの2人を見て少し心配そうに眉を寄せた。

 

 

「怪我は?…ロン、血が出てるんじゃない?」

「ああ…これくらい大丈夫。ねぇソフィア、新しい合言葉は?誰かさんは説教で忙しいみたいなんだ」

「ロン!!あなたね!!」

 

 

苛々とした口調でロンはハーマイオニーを揶揄い、すぐにハーマイオニーが目を吊り上げて怒りロンに詰め寄った。

しかしソフィアはいつもの事だとあまり気にせず─2人はいつも喧嘩をしていた──太ったレディに向き合う。

 

 

「ミミダレミツスイ、よ」

 

 

ソフィアが呟き、肖像画がぱっと開くと、突然大きな歓声と拍手がソフィア達を迎え入れた。

驚くソフィア達を気にする事なく何本かの腕が入口の穴から伸びてきてハリーとロンを掴むと部屋の中に引きずり入れた。残されたソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ、すぐにまた怒りを滲ませたハーマイオニーは直ぐに穴をよじ登った。

ソフィアもそのあとに続き、沢山のグリフィンドール生から賞賛を受け、少しきまり悪そうにしながらも頬を紅潮させるハリーとロンを見た。

 

さながらヒーローか英雄のように迎え入れられた2人は、怒り顔で近づくパーシーに気付くとまだ2人の話を聞きたいと思っていたグリフィンドール生達に「ベッドにいくよ、疲れちゃったんだ」と告げ、パーシーに捕まる前にすぐに自室に続く螺旋階段へ向かった。

 

途中何人もの生徒から背中をばしばしと叩かれていたハリーは、一度振り返りソフィアとハーマイオニー視線を向ける。

 

 

「おやすみ」

「ええ、また明日聞かせてね!良い夢を!」

 

 

ソフィアはハリーに手を振ったが、ハーマイオニーはしかめ面をしたままそっぽを向き、おやすみの返事を返すことはなかった。

 

 

「私たちももう休みましょう?明日からまた授業だしね」

「…ええ、そうね」

 

 

怒るハーマイオニーに後ろから抱きついたソフィアは宥める様に優しく言い、彼女の顔を覗き込んだ。ハーマイオニーはまだ不機嫌そうだったが、それでもソフィアの優しい体温と抱擁に落ち着いてきたのか、ふう、と小さく息を吐き、ソフィアと一緒に自室へと上がった。

 

 

 

 

次の日の朝、まだハリーとロンが到着した方法を許す事が出来ていないハーマイオニーはやや表情を険しくさせたままソフィアと共に大広間へ向かった。

ハーマイオニーは席につくなり心を落ち着かせる為なのか、カバンからロックハートの本を取り出すと黙々と読み始めた。

 

 

「ソフィア、これ読んだわよね?」

「え?ああ、読んだわよ。ロックハート先生って色んな経験をしてるのね。…凄い運と遭遇率だわ」

「そう!とっても偉大な人よね…そんな人の授業を受けられるなんて…あぁ!楽しみだわ!」

 

 

ソフィアとルイスは後日ドラコと共にまた今年度の教材を買いにダイアゴン横丁を訪れ、沢山の新しい本を購入していた。ロックハートの自伝は読んだことは無かったが、小説のように書かれているその本は読み物としては、中々に読み応えのある物だった。

ただ、彼はそこまで年齢を重ねていない。本の著者紹介欄によれば、父よりも四つ歳下だった。そんな若さで数々の珍しい闇の生物と遭遇し、勇敢に、時にはドラマチックに倒している。なかなかの運と遭遇率、だろう。

うっとりとした表情のハーマイオニーは、ハリーとロンへの怒りを少し忘れているようで、ソフィアは安心した。

 

 

「おはよう」

「…おはよう」

「おはよう、ハリー、ロン」

 

 

ハリーとロンは大広間に来るとすぐにハーマイオニーの隣に座った。途端にハーマイオニーは顔を見て怒りを思い出したのか不機嫌そうに冷たく呟くような挨拶をした。─2人まだ、挨拶をする分、昨日より怒りは落ち着いているのだろう。

 

 

少しハリーとロンは居心地が悪そうにもじもじとしていたが、急に肩を叩かれて同時に振り返る。

 

 

「ハリー!ロン!おはよう!」

「おはよう」

 

 

後ろには満面の笑みのルイスが居た。一年生は何故グリフィンドール生のいる場所にスリザリン生が混じっているのか不思議でならなかったが、二年生以上の者は慣れ親しんだ光景に何も言わなかった。

 

 

「あら、おはようルイス!」

「ソフィアとハーマイオニーも、おはよう!」

「ええ、おはようルイス」

 

 

ハリーとロンにした挨拶とは打って変わってにこやかに微笑みながら挨拶をするハーマイオニーに、ロンは「なんだよ」と不満げに呟いたが、ハリーは嗜めるように肘でロンを小突いた。

 

 

「ねえねえ!空飛ぶ車で来て暴れ柳の上に墜落したって本当?ドラコは退校だって言ってたけど、その様子だと…大丈夫そうだね」

 

 

ルイスはハリーの隣に座ると早く冒険話を聞きたいとばかりに目を輝かせ、それを見たハーマイオニーの機嫌は急降下した。

 

 

「まぁ!あなたまで2人の行動を褒めるの!?」

「え?…あーいやいや、だめだよ2人とも!落ちるなら大広間に落ちた方が劇的だったね!」

 

 

ルイスはニヤリと笑いハリーの背中を叩いた。「ルイス!」とハーマイオニーは咎めるように彼の名を呼んだが、ルイスはハリーとロンに向かって悪戯っぽく笑い舌を出した。

 

その後少し寝坊してしまったネビルが寝癖を手で撫でながらロンの前に座り、ハリー達に挨拶をした。ハーマイオニーとパーシー以外のグリフィンドール生はどちらかといえばハリーとロンの登城の仕方を面白がり肯定的に見ていた。

 

 

「もう、フクロウ便の届く時間だ。ばあちゃんが、僕の忘れた物を幾つか送ってくれると思うよ?」

「何を忘れたの?」

 

 

ソフィアはスコーンに木苺のジャムをつけながらネビルに聞いたが、ネビルは「うーん?」と首を傾げた。

 

 

「わからないけど、絶対忘れてると思うんだ」

 

 

どこか自信ありげに言うネビルに、ソフィアとルイスは顔を見合わせ苦笑した。あまり、誇れる事ではないのは確かだ。

 

 

暫くして大広間に沢山のフクロウが手紙や小包を持ち現れる、その大群を初めて見る新入生達は歓声を上げて空を見上げていた。

 

生徒達に手紙を落としたフクロウは少しのハムやトーストを啄み、すぐに再び空へと飛んでいく。その中で一羽の灰色のフクロウが他のフクロウと衝突しかけ、避けたもののバランスを崩しハーマイオニーの側にあったミルク入れの瓶に落下した。羽とミルクが辺りに飛び散り、ハーマイオニーは悲鳴を上げてロックハートの本を急いで手に取ると本についたミルクを袖で拭った。

 

 

「エロール!」

 

 

ロンはミルクにぷかぷかと浮かぶフクロウを慌てて引っ張り上げる。ソフィアとルイスはついに死んでしまったかと思ったが。その身体は僅かに上下している。どうやらエロールは気絶しているようで、机の上に置かれてもぐったりとしていた。しかし、しっかりと嘴にはミルク塗れの赤い封筒を咥えているあたり、気を失っても、伝書梟としてのプライドは失っていないようだ。

 

 

その赤い封筒が、何なのかわかっているロンとネビル、ソフィアとルイスは息を呑んだ。

 

 

「大変だ──」

「大丈夫よ。まだ生きてるわ」

 

 

ハーマイオニーが指先でエロールを優しく突きながら言うが、ロン達はエロールが運んできた赤い封筒から目を離さない。

 

 

「あー…僕、ドラコ達の所へ行くよ。ロン、頑張ってね!」

 

 

ルイスはそう言うと返事も待たずに足早にグリフィンドールの机から最も離れているスリザリンの机へと向かった。

それを見てソフィアも腰を浮かしかけたが、ハリーが不思議そうな眼でソフィアを見ていた為、視線を彷徨かせながら仕方なく、再び座った。

 

 

「どうしたの?」

「あー…あれは、吠えメールっていう物なの」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは苦笑いしながら答えた。マグルで育ったハリーやハーマイオニーは吠えメールがどういう物なのか知らない。ただの赤い封筒をまるで爆発物か何かのように恐々と見るロンとネビルが不思議でならなかった。

 

 

「ママったら…僕に、吠えメールを送ったんだ…」

「ロン…早く、開けた方がいいよ。開けないともっと酷いことになるよ…僕のばあちゃんも一度送った事があるんだけど…放っておいたら…──酷かったんだ」

 

 

ネビルは怖々囁き、過去吠えメールを送られた時のことを思い出したのかぶるりと大きく震えた。

 

 

「ロン、嫌な事はさっさと終わらせた方がいいわ…ほら…ほんの数分で終わるわよ」

 

 

ソフィアも慎重な面持ちでそう優しくロンに告げたが、その言葉はどこか緊張を孕んでいた。

ロンはごくりと固唾を飲み、決心がついたのかそろそろとエロールの嘴から封筒を外し、四隅からケムリを吐き出すそれを恐る恐る開けた。途端に、ネビルは耳に指を突っ込み、ソフィアは強く手で耳を押さえた。

 

何故そうしてるんだろう、ハリーの疑問はすぐに最悪の形で解決した。

 

大広間中に広がる怒号と叫び、まさに吼えるようなモリーの声が響き渡った。机の上にある食器がガタガタと揺れ、天井から埃が舞い落ちる。

大広間に居た全員が耳を塞ぎ吠えメールなんて物を誰が受け取ったのかと辺りを見渡した。

 

モリーの説教と怒号が終わると、赤い封筒は炎を上げてやがて塵となって消えた。ハリーはあまりの音量に耳鳴りがし、呆然と手紙があった場所を見つめ続けていた。

暫く大広間は静まり返っていたが、何人かがくすくすと笑いを漏らし、だんだんといつものような騒めきが戻ってきた。

 

ハーマイオニーは羞恥から顔を赤くそめ呆然としているロンを冷ややかな目で見た。

 

 

「ま、あなたが何を予想していたか知りませんけど、ロン、あなたは──」

「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」

 

 

ロンは悔し紛れに絞り出すようにハーマイオニーに噛み付いたが、ハーマイオニーはふんと鼻で笑いロックハートの本に目を落とした。

 

ソフィアはあまりの音量に手で塞いでいても鼓膜が震え、耳が痛み、眉間に皺を寄せたまま何度も頭を振っていた。

 

 

 

 



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58 はじめの授業!

 

 

マクゴナガルから二年生の時間割を受け取ったソフィアは二年目はじめての授業が薬草学である事が分かると少し残念そうにした。苦手としている薬草学がいきなりあるだなんて、ついていない。

 

ハーマイオニーが何やら時間割に書き込んでいる事に気が付いていたが、ソフィアはそれよりも薬草学の事に意識が向いており、彼女がロックハートの授業──闇の魔術に対する防衛術の授業を小さなハートマークで飾り付けている事には気が付かなかった。

 

 

ハリー達と一緒に城を出て温室へと向かうソフィアは、ふと奥の方で包帯が巻かれている痛々しい暴れ柳を見た。どこかいつものような凶暴さは無く、元気が無さそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

温室で他の生徒と共に薬草学の教授であるスプラウトを待っていると、腕一杯に包帯を抱え足早に歩くスプラウトが温室へと近づいてきた。ただ、その表情は何故か苛立ちを見せていて、ソフィアは暴れ柳の具合がそんなに悪いのかと思ったが、スプラウトの後ろに白い歯を覗かせ明るい笑顔を振り撒きながらロックハートが現れたのを見て、もしかして彼女はロックハートが嫌いなのかも知れない、と思った。ちらりとロックハートをみたスプラウトの目が、今まで見た事が無いほど冷たい目をしていたのだ。

 

 

「やぁ皆さん!スプラウト先生に、暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね。でも私の方が先生より薬草学の知識があるなんてわ誤解されては困りますよ!たまたま私、旅の途中、暴れ柳というエキゾチックな植物に出会った事があるだけですから…」

「え?ロックハート先生、暴れ柳の原生地では…暴れ柳を攻撃出来るほど獰猛な魔獣が居ないはずですが…ディーンの森以外の原生地があるのですか?」

 

 

ソフィアは、ロックハートの言葉に思わず声を上げた。

ソフィアはかなりの勤勉であり、尚且つ家にある本は魔法薬学に関する書物が多い。

魔法薬学で使う材料である、薬草学の本もまた同じように多く、筆記試験だけでいえば薬草学は得意科目だった。ただ、実技が残念なほどに苦手なだけで。──つまり、ソフィアはこの中の生徒でハーマイオニーと同等か、それ以上の薬草学の知識を持っていた。

 

 

ロックハートはソフィアからの疑問に虚をつかれたように口を閉ざしたが気を取り直すようにソフィアに微笑み、「チッ、チッ、チッ」と指を振る。

 

 

「本に書かれている事だけが世界の全てでは無いのですよお嬢さん?あれは3年前──」

「皆さん、今日は三号温室へ!」

 

 

ロックハートの声をスプラウトは不機嫌そうに遮り、大きな鍵をベルトから出すとドアを開けた。

むっとした甘い匂いと、湿った土と肥料のにおいが混ざり、なんとも言えないじめっとした空気が流れていた。

 

ソフィアは実物で初めて見る薬草や魔法植物の数々に「うわぁ…凄いわ」と感嘆の声を上げた。ハリーもまた天井からぶら下がった巨大な花を珍しそうに眺め、ソフィア達と一緒に温室に入ろうとしたがロックハートにより行く手を阻まれてしまった。

 

 

「…あれ?ハリーは?」

「ロックハート先生とお話ししてるみたい、ああ、いいなぁ…」

 

 

ハーマイオニーは閉ざされた扉を見て、羨ましそうな声を上げた。

ソフィアは、まぁ確かに見た目は中々にカッコいいわよね、と心の中で頷いた。顔の作りは整っていて、風に靡くブロンド髪はしっかりとセットされている、トルコ石カラーの鮮やかな水色のローブは確かに、彼の外見の魅力をさらに引き立てていた。

 

一瞬、ソフィアはいつも真っ黒な服しか着ない父を思い出し、ロックハートのようなトルコ石カラーの服を着たら…と想像し掛けたが、きっと笑いが堪えきれず授業にならないと──ただでさえ、苦手なのだ──考え、頭を勢いよく振って想像を振り払った。

 

 

マンドレイクの植え替えを、ソフィアはネビルとハッフルパフ生2人との4人で行った。ネビルは薬草学が得意であり、魔法植物の扱いも上手く、いつもの彼からは想像も出来ないほどテキパキとマンドレイクの幼体を土の中から出し、別の鉢に植え替えした。

 

ソフィアは一本引き抜き、自分の指を噛もうと小さな歯をぎらつかせるマンドレイクに「今すぐ魔法薬の材料にするわよ!」と脅したが、マンドレイクはそれで大人しくなる事は無く、四肢をめちゃくちゃに振り回して威嚇した。

 

なんとかネビルに手伝ってもらいながらマンドレイクを移し終えたソフィアの服は泥まみれになり、腕には細かい引っ掻き傷が幾つもついていた。

 

 

「ありがとうネビル、あなたがいなかったら…まだ終わってなかったわ」

 

 

ソフィアは耳当てを外し、鉢植えから出ているマンドレイクの葉っぱを睨みながら言う。

ネビルは少し咎めるように眉を寄せ、「ソフィア」と優しく言った。

 

 

「君、作業している時に…なんて言ってるのか聞こえなかったけど、マンドレイクに酷いことを言ったんじゃない?彼らは言葉がわかるわけじゃ無いけど、ある程度の知性はあるからね。大事に扱わないと」

「…うーん…次から気をつけるわ」

 

 

ソフィアがそう言うと、ネビルはにっこりと笑った。

 

 

 

 

次の変身術の授業では、主に一年時の復習を兼ねて幾つかの課題が出された。

マクゴナガルは黄金虫をボタンに変身させる事が出来るか、木の棒を羽ペンに変身させる事が出来るかを見て回った。どちらも出来ない生徒には、ため息と共にマッチ棒が配られた。──基礎の基礎からやり直しなさい、そう言う事だった。

 

変身術が得意なソフィアは、マクゴナガルから出された課題を1番に提出した。

マクゴナガルは優しく微笑み、グリフィンドールに5点を与えてくれた。

 

 

「今年度、あなた達はより複雑な変身術を学びます。今日黄金虫をボタンに変えられなかった生徒はその問題点と課題を次までに羊皮紙一巻き分でまとめて提出するように」

 

 

早速の宿題に、ハリーとロンは嫌そうに顔を歪めた。2人の黄金虫は少しもボタンに変身するそぶりを見せなかった。──ロンは、それ以前の問題かもしれない、彼の杖はほぼ、半分に折れてしまっていた。

 

 

授業の終わりを告げるベルが鳴り、皆がやっと昼休みだと腕を伸ばしぞろぞろと昼食を取るために大広間に向かう中、ソフィアはハリー達に後で大広間に行くと告げ、生徒全員が変身術の教室からいなくなるのを待っていた。

 

教室に生徒1人だけになった後、ソフィアは教壇の前で立ちコチラをみるマクゴナガルの元へ駆け寄った。

 

 

「マクゴナガル先生!今年は…個人授業を受けさせて頂けますか?」

「ええ、勿論です。私も今それを言おうと思っていましたから」

「まぁ!嬉しいです!」

 

 

ソフィアの明るい笑顔に、マクゴナガルはいつもの厳しい表情を緩めた。

 

 

「では、今年は金曜日の9時から10時半まで行いましょう。場所は去年と同じです」

「はい、わかりました!」

 

 

ソフィアはカバンから時間割を取り出すと、言われた日時を忘れないように書き込んだ。そしてしっかりとカバンの中にしまいこみ、少し悪戯っぽく笑う。

 

 

「はじめての個人授業が延期されないのを…祈ってくださいね?」

「…まぁ!…ふふ、…ええ、そうですね」

 

 

去年のことを思い出し、マクゴナガルは小さく笑い声をあげた。この人はとても厳格だが、ユーモアが分からないわけではない。

生徒と教師の立場の違いをしっかりと理解し、ある程度までしか踏み込まない様に線引きしているのだろう。

ただ、ソフィアは他の生徒よりも多くの時間をマクゴナガルと過ごしているうちに少しずつ、その強固な彼女の砦を崩していた。今のようにジョークに笑ってくれる事が多くなっている事こそがその証拠だろう。

 

 

ソフィアは笑ったまま膝を折り少し頭を下げるとマクゴナガルと別れ、昼食を取るために大広間へ向かった。

 

 

 

 



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59 写真を撮りましょう!

 

 

ソフィアは大広間でハリー達と合流し、昼食を取った後次の授業が始まるまで中庭で過ごした。

ハーマイオニーは石段に腰掛けて、ロックハートの本をまた夢中で読み、ハリーとロン、ソフィアはクィディッチの事を楽しげに話していた。今強いチームは何処だとか、あの戦略は素晴らしいとかを話していると、ふとハリー達は視線を感じ顔を上げた。

 

少し離れた場所に薄茶色の髪をした小さな少年──ソフィアよりは高いが──がその場に釘付けになりハリーを熱い視線でじっと見ていた。

ハリーと視線が合うと、少年はぽっと頬を赤らめ、おずおずとハリーに近づいた。

 

 

「ハリー、元気?僕、コリン・クリービーと言います。…僕もグリフィンドールです。あの──もし、構わなかったら…写真を撮っても良いですか?」

 

 

コリンは大事そうに持っていたカメラを少し掲げ、緊張と興奮を滲ませながらハリーに聞いた。

 

 

「写真?」

「僕、あなたにあったことを証明したいんです。僕、あなたの事は何でも知ってます。みんなに聞きました、例のあの人があなたを殺そうとしたのに、生き残ったとか、あの人が消えてしまったとか…今でもあなたの額に稲妻型の傷があるんですよね?…同じ部屋の友人が、ちゃんとした薬で現像したら、写真が動くって教えてくれたんです」

 

 

コリンは一息で熱っぽく、必死にハリーに訴えた。ハリーはそれを見て少し嫌そうに一歩後ろに下がる。ハリーは稀有な経験をし、魔法界でその名を知る者はいないヒーローでもあるが、ハリー自身は自分には相応しくない名声では無いかと思い、あまり騒がれる事は好きではなかった。

どうせ注目されるのなら、クィディッチの腕前で、とかならいいのにとハリーは密かに思う。

 

 

ソフィアはコリンのカメラを見てパッと表情を輝かせると鞄の中を漁り「じゃじゃーん!」と大袈裟な動作でカメラを取り出し皆の前に披露した。

 

 

「ねえ!私も夏休みにカメラを見つけたの!そういえば持ってきていたわ!皆と写真を撮ろうと思って!…ねえ、いい?勿論ハリーだけじゃ無くてロンとハーマイオニーも一緒に撮りたいの!」 

 

 

ハリーとロンは顔を合わせ、ハーマイオニーは自分の名前が呼ばれた事に気付き本を閉じるとソフィアの側に駆け寄った。

 

 

「呼んだかしら?」

「ハーマイオニー!──ここを見て?」

 

 

ソフィアは隣に並んだハーマイオニーの腰に手を回すと、ロンにカメラを渡した。ロンは受け取ると、すぐにレンズ越しにソフィアとハーマイオニーを覗く。

少し驚いたハーマイオニーだったが、すぐに意図に気付きにっこりと笑うとソフィアに寄り添った。

 

 

「撮るよー…3、2、1…笑って!」

 

 

ロンは掛け声と共にシャッターを押す。直ぐに飛び出た写真をソフィアは上手く空中で掴むと、嬉しそうにハーマイオニーに見せた。

 

 

「ありがとうロン!良い写真が撮れたわ!」

「本当ね!」

 

 

写真の中の2人は嬉しそうに笑い、手を振っていた。ソフィアは動く写真を興味深そうに見るハーマイオニーに写真を手渡し、ロンからカメラを受け取ると今度はハーマイオニーに渡した。

 

 

「ねぇ、次はハリーとロンと写りたいの!…お願いしても良いかしら?」

「勿論よ!──はい、並んでー」

 

 

ソフィアはハリーとロンの間に立つと、2人の腕にぎゅっとしがみつき満面の笑みを見せた。ロンとハリーは少し驚いたもののカメラを覗くハーマイオニーに向かって同じように笑う。ハリーは、友人とこんな風に楽しく写真を撮るのははじめてだった。

 

 

「──オッケー!…良い写真だわ!」

 

 

飛び出た写真を見たハーマイオニーは満足気に頷き、ソフィアに渡した。腕を引かれて少し前のめりになっているハリーとロンだが、3人とも溢れるような笑顔を見せている。

 

 

「ねえ、僕もこの写真欲しいな!」

「良いわよ!今は複製薬が無いけど、今度購入して複製して皆に送るわね!」

「ありがとう!」

「わぁ!嬉しいわ!」

「ジニーとフレッドとジョージが僕に嫉妬しちゃうかも」

 

 

友人との初めての写真。それは一生の宝物になるに違いないとハリーは目を輝かせ嬉しそうに頷いた。

ソフィアは2枚の写真を大事そうにカバンの中に入れるとハリー達に向き合い、興奮から頬を染めながら言った。

 

 

「よーし、今度は皆で取りましょう!…コリン、お願いしてもいいかしら?後でこのカメラでコリンとハリーの2人で撮るわ!このカメラなら薬品を使わなくても動くわよ?」

 

 

ハリーと写真を撮るなんて、羨ましい、というようにソフィアを見ていたコリンはぱっと表情を輝かせ、何度も頷いた。

 

 

「良いんですか!?やったぁ!あの、よければハリー?その写真にサインしてくれませんか?」

「サイン入り写真?ポッター、君はサイン入りの写真を配っているのかい?──みんな、並べよ!ポッターがサイン入りの写真を配るそうだ!」

 

 

突然ドラコがルイスと共に現れ、嘲るような声を中庭に響かせた。途端にハリーは今までの楽しかった気持ちが怒りに変わり、強く拳を握る。

 

 

「僕はそんな事してないぞ。黙れマルフォイ!」

 

 

ハリーは怒鳴りながら言うが、ドラコは面白そうにニヤニヤとした笑いを止める事はない。そんなドラコをルイスは呆れたように見ていた。

 

和やかで明るい雰囲気が一気に険悪なものになった中、場の空気を読めないのか──読もうとしていないのか、ソフィアはパッと表情を輝かせると「ドラコ!」と嬉しそうにドラコに駆け寄った。

 

 

「ドラコ!ねえ、私と写真を撮らない?」

「…ソフィアと?──まさか君までサイン入り写真を配っているのか?」

「え?何が?私のサインなんて欲しいの?…変わってるわね!構わないわよ!…はい、ルイス、お願い!」

「はいはい、──後で僕もドラコと撮りたいなぁ、ちゃんとサインしてあげるから、ね?」

 

 

怪訝そうな顔をしたドラコは嫌味っぽくソフィアに言うが、ソフィアは全く気にせず、そしてルイスはどこかからかい宥めるようにドラコの肩を叩いた。

 

 

「なっ──」

「はいドラコ、笑ってー」

「ほら!笑って?」

「……」

 

 

ソフィアはドラコの腕を組み、にっこりと笑った。ドラコは少しむっつりとしていたが、カメラを向けられて僅かに微笑む。

高貴な純血一族である彼は、記念写真を何度も撮った事があり──カメラを向けられると、何処から見ても、誰が見てもマルフォイ家の名に泥を塗らないよう、完璧な気品ある出立ちをするよう躾られており、つい、微笑みを見せてしまった。

 

 

「──うん、良い写真だ!」

「わぁー!本当…あっ次はルイスとドラコよね?」

 

 

ソフィアは嬉しそうに写真を見ていたが、すぐにカバンの中に入れるとルイスからカメラを受け取り、並んだ2人にカメラを向けた。

 

 

「撮るわよ?3、2、1──笑って!」

 

 

写真に写るドラコとルイスは、とても仲が良さそうに寄り添い微笑んでいた。その写真を見たドラコは少し、嬉しそうに表情を緩める。

 

 

「後で複製してくれないか?」

「勿論!」

 

 

ソフィアはにっこりと嬉しそうに笑った。今まであまり自分の写真を持っていなかったのだ、これから色々な人と沢山の写真を取り、思い出を振り返られるようにしたい、そう思っていた。

中庭にあった緊張感はふと緩んだが、ドラコはくるりとハリーを見ると先ほどソフィアとルイスに見せた優しい気品ある笑みを一切感じさせない嘲笑を浮かべた。

 

 

「──で?サイン入り写真で一稼ぎでもして、ウィーズリーに恵んでやるつもりかい?」

「君、嫉妬してるんだ」

 

 

コリンは憧れのハリーが侮辱される事が我慢ならなかったのか、果敢にもドラコに言い返した。

ドラコは薄ら笑いを消し、眉を顰め小さなコリンを強く睨む。

 

 

「嫉妬?…何を?僕はありがたいことに、額の真ん中に醜い傷なんて必要ないね。頭をかち割られる事で特別な人間になるなんて、そうは思わないからな」

「ナメクジでもくらえマルフォイ!」

 

 

ドラコの言葉に我慢ならなかったロンが杖先を彼に向けた、だがテープで無理やり固定されたそれを脅しに使うのはいささか迫力に欠けており、ドラコは鼻でせせら笑う。

 

 

「言葉に気をつけるんだねウィーズリー、これ以上問題を起こしたら、君のママがお迎えに来て学校から連れて帰るよ?──今度ちょっとでも規則を破ってごらん!」

 

 

ドラコが吠えメールでの言葉と声音を真似、甲高い突き刺すように言えば周りにいたスリザリン生達は声を上げて笑った。

 

ルイスは深いため息をつき、額を抑押さえる。

ドラコはやはり、ハリー達に噛み付かなければ居られない性格のようだ。

 

 

「まぁポッターのサイン入り写真は、君の家一軒分よりも価値があるだろうね」

「…ドラコ、もうそれくらいにして。聞いていて気分の良いものじゃない」

「本当よ!ロンの家はとっても暖かくて素敵な家だったわ!」

 

 

ソフィアとルイスがドラコの前に立ち、厳しく咎めるように言うとドラコは嘲笑を消すと不機嫌そうに顔を歪めた。

ルイスはいつもそばに居てくれる、ハリー・ポッターをどれだけ罵倒しても呆れつつも離れていく事はない。だが決して自分の心を理解しては、くれない。

言いようのない苛立ちから、ドラコはソフィアとルイスに向かって、ハリー達にしたような嘲笑を浮かべた。

 

 

「ああ、君たちもポッターのサイン入り写真を貰った方が良い。薄汚いボロい家を建て替えるくらいは出来るんじゃないか?まぁ──君たちにはその家がお似合いかもしれないけどね」

 

 

露骨に2人の家を貶したその言葉に、ソフィアはカッと顔を赤くさせ表情を硬らせ、右手を振り上げたが直ぐにルイスがその腕を強く掴み止めた。

 

 

「──ルイス!離して!」

「…ソフィア、落ち着いて」

 

 

ドラコは振り上げられた手に驚き少し一歩下がったが、やはりルイスは自分の言葉を許して止めてくれるんだ、と何処か安堵しながらルイスを見たが、ルイスの目は今までドラコが見た事がないほど、冷ややかに自分を見ていた。

 

 

「…ドラコ、それって君の本心?それとも、勢いで言っただけ?」

 

 

静かにルイスはドラコに問いかける。

ドラコはいつものルイスとは異なる雰囲気と威圧感に少し狼狽したが、ハリー達の手前、すぐに前言を撤回するなんて情けない姿を見せる事もできず、虚勢を張るように顎を上げ、ルイスを見下ろした。

 

 

「──ああ!本心さ!それがどうした!?」

 

 

ルイスはドラコの言葉を聞き、悲しそうに目を伏せ、そして無言でソフィアの鞄の中から先程はドラコと2人で撮った写真を取り出した。

 

 

「…そう、悲しいね。僕は君と友人だと…思っていたよ」

 

 

そう言いながらドラコに近付き、その胸に写真を押し付けた。いきなりでドラコは写真を受け取らず、誰の手にも届かなかった手紙はひらりと地面に落ちた。

 

 

「行こうソフィア」

「…え、…ええ」

 

 

ルイスはソフィアの手を取り、足早に中庭から去った。ソフィアは途中で振り返り、唖然とした目でドラコがこちらを見ていた事に気付いたが、何も言葉をかける事なくルイスに引かれるまま城へと戻った。

途中で騒ぎに気づいたロックハートとすれ違ったが、彼はハリーだけを見ており、2人には全く目もくれなかった。

 

 

人気の無い廊下でルイスは足を止めるとソフィアの手を離した。

ソフィアは、彼がここまで静かに怒っているのを久しぶりに見たために、何も言う事が出来ない。

ルイスの気持ちは、痛いほどよくわかっている。きっと彼もドラコの自尊心が強く、虚勢を張っているだけで、勢いで言ってしまった言葉を取り消せなかったのだと分かっているのだろう。だが、──だからこそ、悲しかった。

 

ルイスは、勿論ドラコが今までハリー達に発していた暴言を快くは思っていない。どちらも友達だからだ。…だが、ルイスはスリザリンであり、いくら友達だとはいえグリフィンドール寮のハリー達よりも、ドラコと共に過ごす時間の方が長かった。ルイスは、ハリー達ではなく、ドラコの事をかけがえのない親友だと、思っていた。

 

 

「…ルイス…」

 

 

ソフィアは俯き項垂れるルイスの後ろからそっと彼を慰めるように抱きしめた。

 

 

「…わかってる、ドラコはただ…ハリー達の前で…勢いで言っただけだって…でも…僕は…それでも、友達、だから……謝ってくれると…」

 

 

ルイスの震える声を聞いて、ソフィアは目を閉じ、いつもより小さく見える彼を抱きしめる腕の力を、強くした。

 

 

「…ええ、そうね。私も悲しかったわ…だって、ルイスはいつでもドラコの事を考えて…ドラコを愛しているもの」

「…、…うん…」

 

 

一番の友達だと思っていたが、そう思っていたのは自分だけだったのだろうか。ルイスは俯いたまま拳を強く握った。

 

 

「…ごめん、大丈夫だよ。…もう授業が始まっちゃうね」

 

 

ルイスはやんわりと自分を抱きしめるソフィアの腕を解くと、心配そうに見るソフィアに笑いかける。

その悲しい微笑みを見て、ソフィアは更に不安げに目を揺らした。

 

 

「本当?…私、そばにいるわよ?」

「…初日の授業をサボるなんて、いけないよ。…さあ、行って…ね?」

 

 

ルイスはソフィアの背を優しく押すと、笑ったまま数歩後ろに下がり、思わず手を伸ばしたソフィアを振り払うように駆け出した。

 

 

「ルイス!」

 

 

後ろからソフィアは叫び、すぐに後を追おうとしたが次第に足を止めるとその場で立ち止まる。追いかけないで、1人にして。──そう、ルイスの背が伝えていた。

 

 

ソフィアは暫くルイスが走り去った廊下を見ていたが深いため息をつくと、とぼとぼと次の教室──闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かった。

 

 

 

 

 

ドラコは呪文学の教室で不安げにちらちらと扉を見ていた。

もう授業開始のベルがなったが、ルイスは現れる事はない。

フリットウィックが教壇の上に立ち、生徒一人ひとりの名前を呼び、出席を取り始めたが、それでも扉が開かれる事はなかった。

 

 

「──ルイス・プリンス……?…ミスター・プリンスは居ませんか?」

 

 

いつもならすぐに返事をするルイスの声が聞こえず、フリットウィックは出席簿から目を上げ生徒を見渡す。だが、その姿を見つける事は出来ず、フリットウィックは欠席、と記しながら優等生のルイスが授業をサボったとは、微塵も考えずきっと体調不良だと思った。

ドラコは空席になっている隣をチラリと見て、俯いた。

 

 

 

 



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60 ロックハートの授業!

 

 

ソフィアはルイスの事を心配しながら闇の魔術に対する防衛術が行われる教室へ小走りになりながら向かった。なんとか始業のベルには間に合い、呼吸を落ち着かせながらハーマイオニーの隣に座り、胸を抑えた。

 

 

「ソフィア…ルイス、大丈夫だった?」

「うーん…大丈夫だとは言ってたけど…やっぱりショックだったみたいで、元気は無かったわ」

 

 

ソフィアは鞄から本や羊皮紙を取り出しながら肩をすくめた。ハーマイオニーは心配そうな顔をしながらじっと机の一点を見つめる。

 

マルフォイなんて嫌な奴、友達にならなかったら良いのよ、優しいルイスにふさわしくない。このまま仲違いして仕舞えばいい。そう、ハーマイオニーは心の奥で毒づいた。

 

 

ソフィアが机の上に7冊もの本を並べていると、教室の扉がバタンと勢いよく開き、現れたロックハートは満面の完璧な笑みを浮かべひらりとローブを翻し、胸を張りながら教壇へ向かった。ハリーは皺のついた服を伸ばしながらそっとロンの隣に座り、目の前に本の山をつくるとロックハートを見れないようにした。

 

ロックハートはネビルの持っていた本を取り、表紙でウインクをしている自分自身を満足げに見て、教室全体を見渡した。

 

 

「私だ。──ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章。闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員。そして、週刊魔女5回連続チャーミング・スマイル賞受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」

 

 

得意げになって高らかに言うロックハートは、皆が自分のチャーミングなジョークに笑うのを待ったが、あまりに勢いよく自慢され殆どの生徒が沈黙し、何人かが曖昧に笑っただけだった。

ハーマイオニーは目を輝かせ、胸の前で指を組んでロックハートの言葉に聞き入っていたがソフィアは少し、他の大多数の生徒と同じような訝しげな表情で彼を見ていた。

 

 

「全員が私の本を全巻揃えたようだね。大変よろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。…心配ご無用、君たちがどのくらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかチェックするだけですからね」

 

 

ロックハートは顔を見合わせる生徒たちに茶目っ気たっぷりなウインクをすると、問題用紙を配った。

 

 

「30分です、よーい──はじめ!」

 

 

ソフィアは問題用紙を見下ろし、問題文に目を落としたが、すぐに眉を寄せ何かの間違いか、それか生徒の気持ちを和らげるジョークかと思い2枚目の問題用紙を見る。だが、それもまた同じような問題が続き、それは三枚目も──尚且つ、裏面もそうだった。

 

 

「何これ」

 

 

ソフィアは小さく呟いた。

問題は全てロックハートに関するものだった──好きな色、好きな場所、好きな言葉、ロックハートの野望、誕生日に欲しいもの──今は闇の魔術に対する防衛術の授業であって、彼の事を学ぶ授業では無い、ソフィアは何か真意があるのだろうか、答えに凶悪な魔法生物の名前を書くところは無いかと探したが、残念ながらそんな問題は一つもなかった。

 

ソフィアは、理解できない問題用紙を、はじめて遭遇した未知の生物が何かのような目で見下ろしていたが、隣にいるハーマイオニーが必死に答えを書いているのを見て、ため息をつきながら面倒臭そうに答えを埋めていった。

 

このテストでロックハートが満足する答えを書いたのはハーマイオニーただ一人であり、彼はハーマイオニーに惜しみない拍手と笑顔を振り撒き、10点の高得点をグリフィンドールに追加した。

この教室の中で、彼をうっとりと見続けているのはハーマイオニーだけであり、殆どはロックハートの謙遜の裏に隠された大きな自慢と、理解しがたい問題に、少々彼を胡散臭く感じ始めていた。

 

 

ロックハートは机の下から巨大な籠を取り出すと、教壇の上に置いた。ベールのかけられているそれはガタガタと忙しなく動いている。一瞬、教室の中が不安と緊張──そしてわずかな期待──で、しん、と静まり返った。

 

 

「では、授業ですが──さあ、気をつけて!魔法界の中でももっとも穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです!この教室で君たちは、これまでに無い恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいるかぎり、何物も君達に危害を加える事はないと思いたまえ。落ち着いているよう、それだけをお願いしましょう」

 

 

ロックハートは先ほどまでの笑顔を少し消し、真剣な表情で伝えた。何人かの生徒が身を正し、食い入るように籠を見つめる。

 

ソフィアもまた、緊張した面持ちで籠を見た。去年は板書ばかりで魔法生物の一匹たりとも実物では見ていない、魔法の一つでさえ、教わらなかった。

なんだか胡散臭さを感じる教師だけど、今から行う危険な授業に、私たちを緊張させないためのデモンストレーションだったのかも。ソフィアはそう、かなり前向きに考える。──その思いに、そうであってほしいという懇願があったのも事実だ。2年連続でハズレの教師など、耐えられない。

 

 

「どうか、叫ばないようにお願いしたい。連中を挑発してしまうからね──」

 

 

ロックハートは笑みを消し、低い声で忠告し、全員が息を殺して緊張したままじっと籠を見つめる。

 

 

ぱっとロックハートがベールを外すと、その中には複数のピクシー小妖精が籠の中に収まっていた。

 

どんな危険な魔法生物なのか緊張し、怖がっていた生徒は肩透かしを食らったかのように強張らせていた身体を弛緩させ、中にはシェーマスのように吹き出しくすくすと笑う者もいた。

ソフィアもまた、小さくため息をこぼす。まぁ、去年は殆ど何もしなかった、魔法生物とはじめての邂逅はこの程度から始めても良いかもしれない。それにしても、脅し過ぎだとは思うが。

 

 

「どうしたのかね?」

「あの…コイツらがそんなに危険なんですか?」

 

 

笑いを堪えながらシェーマスはロックハートに尋ねるが、ロックハートは酷く真面目な顔でそれをたしなめた。

 

 

「思い込みはいけません!連中は厄介で危険な小悪魔になりえます!」

 

 

確かに、ピクシー小妖精はかなりの悪戯好きで対処法を知らなければ厄介と言えるかもしれない。大きな危険は無いとは言え、腐っても魔法生物であり、時たまピクシー小妖精の被害が報告されている。──とは言っても、被害に遭うのはフクロウだったり、誰かの飼い猫で人間が大きな危害を加えられる事は滅多に無いのだが。

 

 

「さあ、それでは!君たちがピクシーをどう扱うか見てみましょう!」

 

 

ロックハートは籠の戸を開け放つ。

途端に自由になったピクシー達は楽しそうに鳴き声を上げながら教室中を飛び回り、本を投げ、魔法生物の標本を壊し、インク瓶を逆さにひっくり返し生徒たちにふりかけ、天井のシャンデリアまでネビルを引っ張り上げると吊るした。混乱する生徒たちを見てピクシー達はケタケタと高い笑いをあげると更に部屋中に風を吹き起こし羊皮紙を舞わせた。

 

 

「…めちゃくちゃだわ…対処の方法も教えないなんて…」 

 

 

ソフィアはシャンデリアから落下したネビルを浮遊呪文で救出しながら、阿鼻叫喚な教室を見て呟いた。

 

 

ネビルのような目に遭ってはたまらないと、生徒たちは終業のベルが聞こえた途端我先にと出口に押しかける。ソフィア達も急いで出口に向かったが、後少しで扉に手がかかると言うところでロックハートに呼びかけられてしまった。

 

 

「さあ、その4人にお願いしよう。その辺に残っているピクシーを摘んで、籠に戻しておきなさい」

 

 

すぐに外へ逃げ出そうとするロックハートに、ソフィアは呆れつつ、後ろから叫んだ。

 

 

「ロックハート先生!何者も私たちに危害を加えないんじゃなかったんですか?」

 

 

ロックハートはソフィアの言葉に応えることなく、白い歯をちらりと見せながら曖昧に笑うと素早く戸を閉めた。

 

 

「全く!耳を疑うよ!」

 

 

ロンは自分の耳を噛むピクシーを振り払いながら唸る、ハリーもまたメガネを取られまいと必死に腕を振り回し、ハーマイオニーは頭を引っ張られ「痛い!」と叫んだ。

 

 

ソフィアは杖を出し、大きく空気を切り裂くように振るった。

 

 

イモビラス(動きよ止まれ)

 

 

するとピクシー小妖精達はつぶらな瞳を大きく見開いたまま空中でその動きを止めた。

近くでふわふわと浮かぶピクシーを摘み、ソフィアは籠の中に押し込みながらくるりとハリー達を見る。

 

 

「さ、早く籠に入れちゃいましょう」

「ありがとうソフィア!…君はあの先生よりずっと優れた教師になれるよ…」

 

 

ハリーがずれたメガネを正しながら言うと、ハーマイオニーは髪を撫で付けながら少し気まずそうに呟く。

 

 

「先生は、私たちに体験学習をさせたかっただけよ…」

「体験だって?ハーマイオニー、ロックハートは自分が何をやってるのか全然わかってなかったんだよ」

「違うわ。彼の本──読んだでしょ?彼って…あんなに偉大な事をやってるじゃない」

 

 

ハーマイオニーは籠に三匹のピクシーを押し込みながら言ったが、その言葉にはいつもの自信に満ちた色は含まれて居なかった。

 

 

「ご本人は、やったって言ってるけどね」

「少し…怪しいわよね」

 

 

ロンの嫌そうに吐き出された言葉にソフィアは同じように同調した。ハリーもまたその言葉に賛同するように頷き、ハーマイオニーだけが「そんな事ないわよ…」と、自信なさげに呟いた。

 

 



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61 枕投げ!

 

 

ルイスは昼からの授業をすべてサボり、夕食時には大広間にも行かなかった。

ただスリザリンの談話室で、肘掛け椅子に座り魔法薬学の本を読んでいた。

何人かが授業に現れなかったルイスを心配し、声をかけたが、ルイスは少し気分がすぐれなくて、と安心させるように微笑んでみせた。

 

ルイスは、ドラコが現れるのを待っていた。2人きりになれる自室ではなく、談話室を選んだのは──彼を試すためでもあった。

 

 

「…ルイス……その…」

 

 

ドラコはおずおずとルイスの前に立つと、居心地が悪そうに視線を彷徨かせる。ドラコはなぜルイスが午後の授業や夕食時に現れなかったのか、わかっていた。自分と会わないようにするためだろう。かなり、怒っていたし。

だが、ドラコが居ることに気づきながらもルイスは本から目を上げること無く「何?」とそっけなく、冷ややかに答えた。

途端ドラコは傷ついたような表情を見せたが、すぐに周りに他の生徒が居ることを思い出すといつものように胸を逸らし薄い笑いを無理矢理浮かべると、なんとか思考を働かせルイスの機嫌を取るように、彼にしては優しく、話しかけた。

 

 

「まだ拗ねているのか?──僕はルイスのその態度も寛大な心で許そう」

「…許す?」

 

 

ルイスはその言葉にぴくりと眉を動かす、俯き本を見たままだったが、返事があったことに少し安心したドラコはきっと自分がここまで言ってるんだ、ルイスも許してくれるだろうと、自信たっぷりに頷いた。

 

 

「ああ、昼間の事はもう──」

 

 

──ガンッ!

 

 

水に流そう。そう、続いたドラコの言葉はルイスが蹴り上げた机の鈍い音で掻き消された。がやがやとしていた生徒たちは何事かと音のした方を見る。

 

 

「寛大な心…?許す…?ドラコ、君は何を言ってるんだ?」

 

 

ルイスは本を閉じ立ち上がると、その怒りに揺れる目をドラコに向けた。ドラコは自信に満ちた笑い顔を硬らせ、ルイスの鋭い目から目を逸らせなかった。

 

 

「なんで、君が許すの?」

「そ、れは」

「それは、君の言葉じゃ無い。──…本当に、君には失望したよ」

 

 

ルイスは吐き捨てるように言うと辛そうに表情を歪めた。その表情を見て、はじめてドラコはまだルイスが自分に対し許してなどいなかった事に気付き、掛ける言葉を間違えたと理解した。

正解の言葉が何なのか、わかっていても…それでもまだ、ドラコは口にする事は出来なかった。彼の中の凝り固まったプライドと矜持がそれを邪魔していた。

 

 

「僕は、君を友人だと思っていたよ。でもそうじゃなかったんだね」

「な…何を…」

 

 

ドラコの言葉は情けなく、震えていた。ドラコもルイスの事を友人だと思っている、たった1人の、友人だと。だが、それが崩壊の音を立てて居ることに、ドラコはようやく気付いた。

初めて見たルイスの強い怒りと、軽蔑の眼差しにドラコはぐっと眉間に皺を寄せると今までの余裕のある表情を消し同じようにルイスを睨んだ。

僕には、ルイスしか友人がいない。だが、自分はルイスの多数の友人の、1人でしか無い。何があっても見捨てず支えてくれると思っていた、何があっても、ルイスは自分の側に居てくれると──。

 

 

「──ルイス!それはこっちのセリフだ!僕も友人だと、思っていたさ!だが君にとって僕は…どうせ…!……君はいつもハリー、ハリー!…耳障りだ!」

 

 

ドラコはいつもの表情を崩し、ただの子どものように叫んだ。青白い頬は赤く染められ、怒りと悲しみで目は揺れる。

ルイスは一瞬言葉に詰まったが、すぐに厳しい表情を見せ、一歩ドラコとの距離を詰めた。

 

 

「何を言ってるの!論点をすり替えないでよ!僕は、君が僕の家のことを馬鹿にしたから怒ってるんだ!友達なら、蔑むなんて馬鹿な真似しないでしょう!?なんでそこにハリーが関係するんだ!」

「関係あるね!君が僕を苛つかせるからだ!」

「はぁ!?」

 

 

ドラコの言葉にルイスは心底訳がわからないと言うように眉間に皺を寄せ、苛々とした態度を誤魔化さず頭を掻いた。

 

 

「何を言ってるんだよ!」

「いつも、君は…!僕を肯定しない、あいつらの味方だ!」

「それは…!」

 

 

それは、あまりにもドラコが彼らに対して失礼な態度をとり喧嘩をふっかけるからで、少しも誉められた事をしないからだろう。そう、ルイスは心の中でぼやく。

ドラコはルイスを睨んだまま、この体から溢れる感情が怒りかなんなのか自分でもわからなかった。ただ、胸が詰まり、息が苦しい。──身体が、勝手に震えてしまう。

 

 

「君はいつもそうだ!僕には──君しかいないのに!」

 

 

ドラコの悲痛な叫びが談話室に広がった。しんとした談話室でその声はよく響き、沢山の目がドラコを見つめる。

その視線に気付いた途端に、ドラコは口を硬く閉ざすと勢いよく踵を返しそのまま男子寮への階段を駆け下りた。

 

 

「ドラコ!」

 

 

ルイスはドラコの後を追って階段を一段飛ばしで素早く降りると自室へ向かう、すぐに扉を開ければ、ドラコがベッドのカーテンを閉め唯一のプライベートゾーンで身動きひとつせず、じっとしているのが見えた。

 

ルイスは上がった呼吸を落ち着かせ、少し離れた場所からドラコを見つめた。

 

 

 

元々、ルイスはもうあまり怒っていなかった。真剣に話をするのなら談話室ではなく、2人きりになれる自室にはじめから居ればよかった。そうすればきっとドラコはすぐに本心を話し、ルイスもまた何故悲しくなり、怒ったのかを告げ、2人はすぐに謝罪し合い円満に解決しただろう。

何故、あえてルイスが談話室でドラコを待ったのか。それは、ドラコが他の生徒の前で、謝る事が出来るのか、彼が今までのプライドと矜持もかなぐり捨て、そこまでするほどに自分の事を大切な友だと、そう示す事が出来るのか、知りたかった。

 

謝罪の言葉は結局、談話室で聞くことが出来なかったが、それとは別のルイスが望んだ言葉をドラコは告げた。きっと、あんな大勢の人のいる場所で言うつもりはなかったのだろう、冷静さを失っていたに違いない。

 

ルイスはそっとドラコのベッドに近づき、閉じられたカーテンを開けた。

 

 

「…ドラコ」

「来るな!あっちへ行け!」

 

 

ドラコは叫ぶと振り返りながら手元にあった枕を勢いよくルイスに投げた。まさか枕を投げられると思っていなかったルイスは避ける事なく枕を顔面で受け止める。

ずるり、と枕がルイスの顔から落ち、赤くなったルイスの鼻が覗いた。

 

 

「──何だよ!僕にとってはハリーは友達なんだよ!友達の悪口を肯定しろっていうのか!?」

 

 

ルイスは枕を掴むとドラコに投げ返しながら叫ぶ。枕を胸で受けたドラコは息を詰まらせ一つ咳を溢したものの、すぐにまた枕を投げ返す。

 

 

「ああそうさ!僕はっ──ルイスはいつだって僕の味方になってくれるって思ってたんだ!どうせ、僕はポッターより劣ってるんだろう!君にとって僕は、数多くいる友人の1人にすぎないんだ!」

 

 

投げられた枕を胸の前で受けたルイスはぎゅっと強く枕を掴み、ドラコの頭目がけて振り下ろした。

 

 

「な、ん、で!!──わからないの!?」

 

 

言葉一音一音を区切りながら、ぼすぼすとドラコを枕で叩き、ルイスは叫ぶ。ドラコは思わず頭を守るように腕を上げ鈍い痛みに顔を顰めた。

 

 

「僕にとって、君がその他大勢と一緒なら!もうとっくに!愛想を尽かしてるに決まってるでしょ!?」

「ル──」

「ドラコが、一番の友達だから…!ハリー達を悪く言われて嫌でも、悲しくても!…君の側に居たじゃないか!」

 

 

ルイスは枕を強くドラコに押し付けながら、絞り出すように掠れる声で叫んだ。その言葉にドラコは大きく目を見開く。

 

暫くお互いの荒い息遣いが静まった自室に響いた。

少し冷静さを取り戻したルイスは、長いため息を吐くとちらりとドラコを見る。

 

 

「…僕は、ドラコのことを、ハリー達よりも大切な友人だと思っている。…だから、そんな君に家のことを蔑まれるのが、…──悲しかった」

「ルイス…」

「……もう一度だけ聞くよ。…昼間の言葉は…本心だったの?」

 

 

ルイスはベッドに座り込み、ドラコをじっと見つめた。

ドラコは、その黒く、僅かに潤んだ目に見つめられようやく、自分がしでかした罪の重さを胸の痛みと共にしかと感じた。

 

 

「…す…まない…あれは…本心、じゃ──なかった…」

 

 

蚊の鳴くような小さな声で、ドラコはルイスに謝罪し、項垂れる。ルイスはしばらく無言だったが、枕を掴む手の力を緩めるとドラコの隣に倒れるようにベッドの上に寝転び、手で顔を覆うと大きなため息をついた。

 

 

「はぁ…。わかってるよ、ハリーの前で謝れなかったんでしょ」

「…、…」

 

 

ドラコは小さく頷く。

あんな場所で、とても謝るなんて出来る訳がなかった。

ドラコの頷きを指の隙間から見ていたルイスは、本当に素直さを出さず心を閉ざしすぎて居るドラコに内心で毒づいた。

 

 

「…僕には…本当の意味での、友人は…ルイスしか、いない。周りに群がる連中は…僕を通してマルフォイ家を見ているものばかりだ…誰も、僕を見ない」

 

 

ドラコは、小さく抑揚のない声で呟く、それは溢れ出た感情を、静かに垂れ流しているような、今までは決して誰にも明かさずひた隠しにしていた秘密を吐露するような──そんな声だった。

 

 

「…マルフォイ家の者として…それは当然の事だ、理解している。…嫌になったこともない。ただ……、…──羨ましかったんだ、何にも縛られる事なく…ルイスと話せる…アイツらが…」

「ドラコ…」

「…ルイスは、…僕だけを…ただの1人の人間として、見て…くれるから…。…僕も、ルイスの事を──大切な…友だと…思っている」

 

 

じっと、膝の上で硬く結ばれた手だけを見ながらドラコは囁いた。

手で顔を覆っていたルイスはゆっくりと手を離し身体を起こすと、ドラコに向き合った。

ドラコはおずおずと視線をあげ、ルイスの目を見た。

 

その目はいつものように、優しく細められ、どこか悪戯っぽさをちらりと覗かせていた。

 

 

「…コリン・クリービーの言葉は当たってたね。ドラコはハリーに嫉妬してたんだ?」

「なっ…それは──違う!そういう意味じゃない!」

 

 

ドラコはカッと頬を紅潮させ、つい反射的に否定したが、その先の言葉はルイスの突然の抱擁に飲み込まれた。

 

ルイスは優しくドラコを抱きしめ、慰めるように背中をゆるゆると撫でた。

 

 

「…ごめんね、ドラコ。僕は君の気持ちがわかっていると思ってたけど…本当の意味で理解は出来てなかったみたい。…でも、それはお互い様だね?ドラコも僕がどれほど君を大切に思っているか、知らなかったでしょう?」

「…、…ああ…ルイスはいつも食事の時はグリフィンドールの方に行ってしまうし…ポッター達なんかと仲良くするし…僕の言葉には怒るし…」

「ハリー達は、友達だからね。そりゃ友達が貶されたら僕は怒るよ?それはドラコにだけじゃない。ハリー達がドラコの悪口を言う時は、ハリー達にも同じように怒ってるからね」

「そう、なのか?」

 

 

ルイスは身体を離し、くすくすと面白そうに笑う。まさか、ドラコは影でハリーと僕がドラコの悪口を言っているに違いないと思っていたのか。それで、あんなにハリーと一緒にいる時は不機嫌そうで嫌そうな目で見ていたのか。

 

 

「当たり前でしょ?僕にとって君は──…1番の親友だからね」

 

 

その言葉に、ドラコは心の奥から温かい感情が溢れるのを感じた、それと同時に、後悔が波のように押し寄せる。

 

 

「…ルイス…すまない、僕は…ひどい事を…」

「…もう、いいよ。…ただソフィアにも後で謝ってね?」

「ああ、わかった…」

 

 

ドラコは頷きながらルイスの目をじっと見てその奥に隠された感情を読もうとした、まだ怒っているだろうか?そう、ドラコは心配したが、ルイスの目から怒りは消え、いつものような柔和な色が戻ってきていた。

 

 

「僕は、これからもずっと君の1番の友人だよ。──ただ、僕の友達を馬鹿にする事を許す訳では無いけどね」

「ああ、それで良い。──僕もやめる気はないからな」

 

 

悪戯っぽく笑うルイスにつられ、ドラコも同じようなニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

 



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62 リドルの日記!

 

 

翌朝、ソフィアは夕食にも現れなかったルイスを心配しハーマイオニーに先に行くと告げホグワーツの廊下を足早に歩いていた。去年とは違い、1人で過ごしても脅威は無い。それはわかっていたが大切な家族が1人きりで心を痛めているのを知りながらじっとしているなんて、ソフィアには出来なかった。

 

不安げに表情を翳らせていたソフィアだが、スリザリン寮の地下牢へ続く階段を、ドラコとルイスがいつものように上がって来たのを見るとほっと表情をやわらげた。

 

 

「ルイス!」

「ソフィア、おはよう」

「ドラコ!…仲直りしたのね?」

「…ああ、…その…家のことを言って、悪かった」

 

 

ドラコは開口一番そう言って小さく謝った。いつになく素直なドラコに、これはきっと夜に何かあったに違いないとソフィアはルイスを見たが、ルイスは悪戯っぽく笑っただけで何も言おうとはしない。昨夜の会話は2人だけの秘密だと、ルイスとドラコは何も示し合わずとも同じことを思っていた。

 

 

「もう二度と言わないでね?次は無いから!」

 

 

ソフィアは少しだけドラコを睨んだが、すぐにいつものようににっこりと笑うと三人で大広間へと向かった。

だがソフィアはふと大広間へ続く廊下を一人でとぼとぼと歩くと見知った後ろ姿を見つけ、ドラコとルイスに「また後でね!」と言うと返事を聞かずにすぐにその人の元へ駆け寄った。

 

 

「ジニー!やっと会えたわね!」

 

 

後ろから声をかけぎゅっと胸の中にジニーを抱きしめれば、ジニーは驚いたものの嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ソフィア!…久しぶり」

「…?…ジニー、何だか疲れてる?」

 

 

どこか疲れたような微笑みにすぐに気付いたソフィアはそっと身体を離しジニーの手を取り心配そうに眉を下げた。

 

 

「その……ちょっとね。同室の子達とまだ仲良くなれなくって」

 

 

ジニーは肩をすくめ苦笑した。

まだホグワーツが始まって一週間も経っていない、きっと人見知りをするジニーはなかなか友人を作りにくいのかもしれない。

ソフィアはぱっと笑顔を作ると優しく目を細め、ジニーを励ました。

 

 

「まだホグワーツでの生活は始まったばかりだもの!きっと、仲良しの子が出来るわ!…それに、私たちはもう友達でしょう?何か心配事があったら、すぐに言ってね?」

「ええ、ありがとうソフィア」

 

 

ジニーは励ましの言葉に嬉しそうに頷き、手に持っていた黒いノートを無意識の内に撫でた。

 

 

「それは…?ノート?」

「ああ…これ?多分兄弟の誰かの…フレッドかジョージだと思うけど…お古の日記ね。二人は日記なんてつける性格してないから、ママが私にくれたんだと思うの。鞄の中に入っていて…」

 

 

宝物を見せるように、ジニーはソフィアにその黒いノートを手渡した。

あまりに気軽に手渡された日記に、ソフィアは驚いてジニーと日記を交互に見る。日記なんてプライバシーの塊だ、いくら仲が良いとはいえ、見ても良いのだろうか。

そんなソフィアの戸惑いを感じたのかジニーはくすくすと面白そうに笑うと「見て良いわよ」と促した。

 

ソフィアは当人の許しがあるのなら、と1ページ目をめくる。

 

 

「…T.M.リドル…?これ…あなたの日記じゃないの?」

 

 

ソフィアはペラペラと中をめくってみたが、中には何も書かれていない、表紙からして古そうだったが中身は新品のように真っ新だった。

 

 

「多分、誰かの日記が中古で売られて…それをママが買ってフレッドかジョージにあげたんだと思うわ。…で、私に回ってきたのね。よくあるのよ、お古のお古がね…」

 

 

ジニーは嫌そうにため息をついたが直ぐに気を取り直すと何処かうっとりとした目で黒い日記を見た。今までのお古は全て嫌なものだった、服の丈は合っていないしローブの色も薄くなっている、教科書や羽ペンはぼろぼろでペットも飼ってもらえない。──それでも、これだけは唯一お古でも全く嫌じゃなかった。

 

 

「ソフィアにだけ教えてあげる!きっと、この日記の秘密をフレッドとジョージが知ってたら絶対に私に回ってこなかったと思うわ!」

「秘密?…楽しそうね!ぜひ知りたいわ!」

 

 

ジニーはそう言うとソフィアの腕を引き、近くの教室の中に入った。まだ誰もいない教室は、しん、と静まり返っている。

ジニーは席に座ると机の上に日記を開き、羽ペンとインクを出した。

 

 

「見てて…」

 

 

ジニーは羽ペンにちょんとインクをつけ、迷うこと無く文字を書いた。

 

 

──おはよう、トム。

 

 

それは、日記の内容にはいささか場違いな言葉だった。ソフィアは首を傾げその書かれた文字とジニーを交互に見る。ジニーはくすくすと笑ったまま楽しげにソフィアを見た。どうやらまだ種明かしをするつもりは無いようで、クリスマスプレゼントをこっそりと用意する親のような、素晴らしいものを今にも見せようとするような、そんな含み笑いをしていた。

 

ソフィアはじっとジニーが書いた文字を見つめる。すると、いきなり文字は淡く光ったかと思うとノートの中に吸い込まれるようにして消えた。

 

 

──おはよう、ジニー。今日はいい天気かな?

 

 

「えっ…!」

 

インクがじわじわと滲み出てくるように白いページに文字が現れる。ソフィアは思わず驚きの声を上げ、その文字を指で撫でた。ジニーは想像通りの反応に嬉しそうに、どこか自慢げに笑うとさらに続きの言葉を日記に書き綴る。

 

 

──今日はいまいち、いい天気じゃないわ。それに今日ははじめての魔法薬学があるの!スネイプ先生はスリザリン贔屓だって聞くから、嫌だわ。

 

──いい天気だったらいいのにね、魔法薬学の教室は今でも地下かな?当時は湿気が酷くて、羊皮紙が直ぐにダメになってしまったんだ。

 

 

ジニーは一度手を止めると少し嫌そうにまゆを潜めてソフィアに「湿気てるの?」と聞いた。ソフィアは驚愕から何も言えず、ただ日記の文字を見ながら首を振った。

 

 

──それは大変ね。今は改善されているみたいよ!ねえ、今日は友達を紹介するわ!私の1番の友達なの!

 

──楽しみだよ。

 

 

ジニーはトムの言葉に嬉しそうに微笑み、ソフィアに羽ペンを渡した。羽ペンを受け取ったソフィアは少し文字を書くべきか悩んだ。

ソフィアは、この日記があまり良いものでは無いかもしれない、と何となくそう思った。

人間では無いものが、人間のように優しく語りかけるなんて聞いたことが無い。この日記はどう言う仕組みなのだろうか?ただ、自分のもっとも望んだ言葉を返してくれる?──いや、違う、この中にはリドルという人の人格が収められている、そう、ソフィアは直感した。

 

良いものでは無い、そう、わかっていたがはじめて見るものに好奇心が抑えられず、ソフィアは羽ペンを持ち直すとゆっくりと言葉を書き綴った。

 

 

──はじめまして、私はソフィア・プリンスです。ホグワーツの2年生です。あなたは?

 

──はじめましてソフィア。僕はトム・リドル。この日記は当時6年生だった僕の記憶を封じ込めています。

 

 

「トムもホグワーツ生だったの!色んなお話をしてくれるのよ!トムが居るから、私1人でも…大丈夫なの」

「記憶を閉じ込める魔法なんて聞いたことがないわ!きっと、この人はとても優秀な人なのね」

 

 

ソフィアが感心したように言うと、ジニーは友達が褒められたかのように嬉しそうに笑う。ソフィアは少し、姿の見えない友達を作るより同じグリフィンドール生の友達を作って欲しいと思ったが、彼女にとって心の拠り所になっているのなら、それを今無理に伝えるのは彼女の為にならないのかも知れないと考え、何も言わなかった。

 

 

──ジニーは私の大切な人なの、支えてあげてね。

 

──勿論。

 

 

リドルの返事に、ジニーは恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも嬉しそうにはにかんだ。

ソフィアは羽ペンをジニーに返すと日記をぱたんと閉じた。せめて、自分と居る時は慣れない寮生活の辛さや、同級生とうまくいかないと寂しい気持ちを日記に書き込むことの無いようにしてあげたかった。自分がいるんだ、日記になんて話しかけず、生きている人と話したほうがいい。

 

 

「ジニー、大広間に行きましょう?私お腹すいちゃった!」

「ええ、そうね」

 

 

ソフィアはにっこりと笑ったが、ジニーはその笑顔を見る事なく、直ぐに閉じられた日記を開き「トム、また後でね」と書き込んでいた。

 

 

ジニーと共に大広間へ向かっていたソフィアは、グリフィンドール塔へ続く廊下からまだ初々しくあたりをキョロキョロ見渡す一年生の集団に出会った。

彼女たちに気付いたジニーは少し歩みを遅くしソフィアの後ろに隠れたが、集団の中の1人がジニーに気付き、他の少女達に意味ありげに目配せをし、くすくすとあまりいい印象を与えない笑い声を上げた。

ジニーはソフィアの後ろで俯いたまま、その集団が過ぎ去るまで顔を上げることはなかった。

 

 

「…ジニー?」

「…さっきの子達、同じ部屋のルームメイトなの。ホグワーツに来る前から知り合いだったみたいで…私はいつも除け者よ。…それに、私の持ち物をいつも、馬鹿にするの…」

 

 

ジニーは悲しさと、悔しさが混じった声で呟き、自分の古い制服を憎々しげに見下ろした。ウィーズリー家はあまり裕福だとは言えない。その末っ子であるジニーの持ち物はすべて誰かのお下がりであり、ひとつとして新しいものは無かった。

 

それを影で笑うルームメイトと仲良くなれるわけがない。もし、ジニーが男の子なら、きっとここまで気にすることはなく、同級生達も気にしなかっただろう。

だが女の子というものは自分を着飾るものにこだわりを持つ者が多く、くたびれ古ぼけた印象を与えるジニーを馬鹿にするように笑うのも、幼い彼女たちにとっては当たり前の事であり、誉められたものでは無いが──仕方がない事だった。

ジニーは確かに古い服を着ているが、外見に頓着がないわけではなく、年頃の少女らしくキチンと髪を梳かし可愛らしいバレッタで留めていた。さらさらとした赤毛は絹のように滑らかで美しい。それでも、同級生の少女達の中でジニーは少し見下されていた。

 

 

ソフィアはジニーに何と声をかけて良いのかわからなかった、彼女の服を新品にする事は出来ず、下手に慰めても、きっと彼女の自尊心をさらに傷つけるだけだろう。──恵まれた者からの慰めほど、惨めなものはないとソフィアはよくわかっていた。

ソフィアは振り返り、ジニーの硬く結ばれた手を優しく握った。

 

 

「…美味しいものを食べに行きましょう?」

「…ええ」

 

 

ジニーは慰める事なく、ただ寄り添うソフィアにほっとし──ジニーも下手な慰めは求めていなかった──差し出された暖かい手を取り、止まっていた足を動かした。後で、この事もトムに伝えよう、そう思いながら。

 

 

 



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63 最低の侮辱!

 

土曜日の朝、ソフィアはハリー達と共にハグリッドの小屋を訪れる約束をしていた。

すっきりと目覚めハーマイオニーと共に談話室に降りると、既にロンが2人の到着を待っていた。その隣にいつもいるハリーがいないことに気づいたソフィアは首をかしげる。

 

 

「ハリーは?」

「多分、競技場だと思う。朝起きたらもう居なかったんだ。他の選手達も居ないみたいだし…」

 

 

ロンが談話室を見渡しながらソフィアに答える。確かに、いつもの休日ならフレッドとジョージが何か魔法で悪戯グッズを作ったりしていたが、彼らの姿も見当たらなかった。

 

 

「なら、朝食を持って競技場に行ってみましょう」

 

 

ハーマイオニーの提案にソフィアとロンは頷いた。

ソフィアは今年クィディッチの選手になりたかったが、残念ながら今年は良い選手が揃っていた為ウッドは新しい選手を補充する気は無さそうだった。

 

 

ソフィア達は大広間でマーマレードトーストやサンドイッチを持ち出し、競技場のスタンドへ訪れた。

もう太陽はあがり、流石にクィディッチの練習をしているかと思ったが、空には誰一人として飛んでいなかった。

 

 

「誰もいないわね」

「あれ?おかしいなぁ…もう終わっちゃったのかな?」

 

 

ロンはキョロキョロと芝生を眺め、選手達が出てくる更衣室の扉をじっと見ていた。するとしばらくして疲れたような表情の選手たちがぞろぞろと現れた。

 

 

「まだ終わってないのかい?」

 

 

選手達の中にハリーを見つけ、ロンは立ち上がるとスタンドから身を乗り出し芝生の上を歩くハリーに声をかけた。

 

 

「まだ、始まってもないんだよ。ウッドが新しい作戦を教えてくれたんだ。…こんな時間までね」

 

 

ハリーは肩をすくめてロンの言葉に答えた。まだ始まってもいないと知ったロン達は顔を見合わせる。新しい作戦を教えるのに何時間もかかるなんて、せっかく練習出来る時間が減り少々効率が悪そうだと思った。

 

ハリーはソフィア達が食べているトーストやサンドイッチを羨ましそうな目で見て空腹の虫が鳴る腹を抑えた。

 

 

「ハリー!ちょっとこっちにきて!」

 

 

ソフィアの声に、ハリーは箒に跨り地面を強く蹴り浮遊する。冷たく心地よい朝の風は、ハリーの半分また寝かけていた思考をはっきりとさせた。──やっぱり、箒に乗り空を飛ぶのは最高だ。

 

 

ソフィアは少し上で止まったハリーに手に持っていたサンドイッチを差し出した。

 

 

「何も食べてないんでしょ?少し食べておいたほうがいいわ」

「わぁ!…ありがとう!」

 

 

箒をしっかり掴んでいたハリーはソフィアに近づくと大きく口を開けた、ソフィアは笑ったまま一口大のサンドイッチをハリーの口に近づけ、食べさせる。ふわふわの食パンと厚焼き卵の美味しさに、ハリーはにっこり微笑みぺろりと唇を舐めた。

 

 

「ハリー、練習頑張ってね!」

「うん、行ってくる!」

 

 

ハリーはもっとソフィアの手からサンドイッチを食べたかったが──何故か、とても美味しく感じたのだ──他の選手達が練習を始めたのを見て、その中に飛び込んでいった。

 

 

ソフィア達はしばらくハリーがフレッドとジョージと全速力で競争をしているのをサンドイッチを食べながらゆっくりと眺めていたが、後ろから近付いてくる足音に誰が来たんだろうと振り返った。

 

 

「──あれ?」

 

 

現れたのはルイスで、片手に本を持ちながらきょとんとロンとハーマイオニーを見た。

 

 

「なんでここに?」

「ルイス、何でって…ハリーの練習を見に来たんだよ」

 

 

ロンが空を物凄い速さで飛び交う赤い光線達を指差した。それを見てようやくルイスは練習しているのがグリフィンドールチームだと気付く。そもそも彼がここに来たのはドラコに見に来て欲しいと強く言われたからであり、クィディッチにあまり興味がない彼は本当なら図書館で過ごしたかった。

 

 

「え?…あれ?本当だ、飛んでるのはグリフィンドールチームだね。スリザリンの練習時間だって聞いてたんだけどなぁ…」

 

 

ルイスはそう呟きながらソフィアの隣に座り、空を舞うハリーを見つけようと暫く上を見ていたが何人もの生徒が飛び交っている中で一人を見つけるのは彼には難しく、諦めたように肩をすくめた。

 

 

「スリザリンの?…なら、何故ドラコと一緒じゃないの?」

 

 

スリザリンチームがクィディッチを練習する様子が見たいのであれば、何故ドラコがこの場に居ないのか、ソフィアは不思議そうに首を傾げる。ルイスは少し困ったようにしながら笑った。

 

 

「ああ…それは──」

「見て!スリザリンの人たちと何か争ってるみたい!」

 

 

ハーマイオニーは大きな声を上げて芝生の上を指差した。緑色の選手用のグリーンカラーのローブを着た選手たちが何やらウッドと言い争いをしていた。

 

 

「ダブルブッキングしちゃったのかしら?」

「そうかも知れないわ…いきましょう!」

 

 

ハーマイオニーはロンと共にすぐに駆け出すと選手達がいるグラウンドへ向かった。残されたルイスとソフィアは顔を見合わせ、またスリザリンとグリフィンドールのいざこざが始まったとため息をこぼす。

 

 

「何故ドラコがここに居ないのか…わかったわ」

 

 

ソフィアは大柄な選手たちに混じって見覚えのある小柄な選手を見つけ、嬉しいような、羨ましいような複雑な声を出した。ドラコの飛行術の上手さは知っている、きっと今年は選手に現れる事だろうとは思っていたが、目の当たりにするとどうしても羨ましくて仕方がなかった。

 

 

ソフィアとルイスは少し遅れてグラウンドに降り立ち、今にも喧嘩が勃発しそうなその集団の中に混じった。

 

 

「どうしたんだい?なんで練習しないんだよ、それになんでコイツがこんなところに…」

「ウィーズリー、僕はスリザリンチームの新しいシーカーだ。僕の父上が、チーム全員に買ってあげた箒を、みんなで賞賛していたところだよ」

 

 

自慢げに七人の選手が手に持っていた箒を掲げる。太陽の光を浴びて輝くそれは、先月発売されたばかりの最新型の箒だった。得意顔のドラコに、ロンは言葉を無くしその箒を見つめた。

一本でもなかなか高額なそれを、たかだか学生のチーム全員に買い与えるなんて、流石潤沢な資金を持つマルフォイ家といえるだろう。

 

 

「…ルシウスさん、凄いわね」

「…まぁ、金は捨てるほどあるだろうからね」

 

 

ソフィアはルイスにだけ聞こえるように囁いた。ルイスは胸を逸らし自分の功績のように自慢するドラコにため息をつきながらそっとドラコの後ろに回った。ドラコがこうしていい気になっている時は大体碌なことにならない。何かあれば直ぐに止めようとルイスは思った。

 

 

「いいだろう?だけど、グリフィンドールチームも資金集めをして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、博物館が買い取るだろうよ」

 

 

長く使われぼろぼろになっている箒をチラリと見てドラコが言えば、スリザリンの選手達はゲラゲラと腹を抱えて笑い、グリフィンドールの選手達は顔を真っ赤にして彼らを睨んだ。

 

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 

 

ハーマイオニーがきっぱりとドラコを見て強く言うと、グリフィンドールの選手達はドラコを見てせせら笑う。その瞬間ドラコは顔を怒りから紅潮させ、顔を少し歪め心底見下しながらハーマイオニーを見た。

 

 

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの穢れた血め──うっ!?」

 

 

ドラコがそう言い捨てた途端、グリフィンドールの選手達は怒りを爆発させドラコに掴みかかろうとしたが、それよりも早くドラコの側に居たルイスが後ろから足払いをし、バランスを崩したドラコは盛大に後ろにひっくり返り尻を強く打ち付けた。

ハリーはいい気味だと思いながら痛みに顔を歪ませるドラコを見て笑う。

 

 

「な、なにするんだ!?」

「──助けてあげたんだよ。それとも、ソフィアの重い一撃の方が良かった?」

 

 

ルイスは冷ややかな目でドラコを見下ろしながら答えた。

ドラコがルイスから視線を外し、ソフィアを見ると、彼女はハーマイオニーにより後ろから羽交締めにされながらも強くドラコを睨みその顔は怒りで燃えていた。

 

 

「ハーマイオニー!離して!この馬鹿を2.3発殴らせて!」

「駄目よソフィア!あなたの手が痛くなっちゃうわ!」

「マルフォイ!思い知れ!」

 

 

ソフィアと同じくらい怒りを見せていたロンはポケットから杖を取り出すと、未だに地面に座り込んでいるドラコに向かい杖を突きつけた。

途端に轟音が響き、緑色の閃光が杖先からではなく、反対側から噴出しロンを貫いた。衝撃で吹っ飛んだロンは芝生の上で苦しそうに呻く。

 

 

「ロン!ロン!!大丈夫!?」

 

 

ハーマイオニーは慌ててソフィアから手を離すとロンに駆け寄った。

ソフィアはロンの状態を見て一瞬ドラコへの怒りを忘れたが、すぐに思い出すとドラコを冷たい目で見下ろす。

 

 

「──最っ底」

 

 

それだけを吐き捨てるように言うと、ソフィアはロンとハーマイオニーの元に駆け寄った。ロンは顔を真っ青にし、口を押さえながら何度かえずくと口から巨大なナメクジを数匹吐き出した。それを見てスリザリンチームの選手達はまた、ゲラゲラと笑った。

 

ドラコも立ち上がりながら腹を捩らせ笑っていたが、隣にいるルイスの冷たい眼差しに顔を硬らせる。彼らが喧嘩をしたのは数日前だ、折角仲直りをしたのに、また暫く気まずい思いをしなければならないのかとドラコはちらちらとルイスを見た。

 

 

「…君はハーマイオニーを侮辱するけど、一つも授業で勝てるところが無いって気付いてた?それって君らがそのなんとかの血よりも下なんだって言ってるようなものだよ?…ドラコってさ、本当考え無しに口から馬鹿な事をいうよね。ずっと口を閉じてた方がいいと思う。もう筆談でもする?」

 

 

ルイスは馬鹿にしたように言ったが、それでも会話をしてくれる程度の怒りだと分かるとドラコはほっと胸を撫で下ろし──かなりの言葉を吐かれたがこの際反応しない方が賢明だと考え、いつものようにフンとそっぽを向いた。

ルイスに言い返しても勝てない事を、ドラコはわかっていたし、なにより彼はもうルイスと険悪な関係にはなりたくなかった。

 

 

 

 

 

「ハグリッドのところに行こう、1番近いし」

 

ハリーはすぐにまだナメクジを吐き続けるロンを肩に担ぐと立ち上がらせた、ハーマイオニーとソフィアは顔を硬らせながら頷きその後を着いていく。

 

 

「ロン、これにナメクジを吐き出した方がいいわ。…後で拾いにくるのは面倒だもの」

 

 

ソフィアは芝を少しちぎると呪文を唱え杖を振り、銀色のバケツに変える、そのバケツを受け取ったロンはありがとうを言う代わりにまた一つ大きなナメクジを吐き出した。

 

 

 



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64 友人の侮辱は許さない!

 

 

ハーマイオニーとハリーは両脇からロンを支え、ソフィアはバケツから逃げ出すために這い出し地面に落ちたナメクジを拾い、やっとのことでハグリッドの小屋まで近付いた。

すぐに入ろうとしたが、ハリーは小屋からロックハートが颯爽と現れたことに気づくと慌ててロンを茂みの中に引っ張った。 

 

 

「早く、こっちに隠れて!」

 

 

ハリーは小声でハーマイオニーとソフィアを呼び必死に手招いた。ソフィアはすぐに茂みに隠れたが、ハーマイオニーは何故隠れなければならないんだと、渋々と言った表情を浮かべ茂みに座り込んだ。

 

ロックハートがハグリッドに何かを自信たっぷりに告げ、ローブを翻しながら城へ去っていき、彼が見えなくなるまでハリー達は息を顰めて隠れ続けた。

ようやくその明るい青色が完全に城の中に入った後、ハリーは茂みの植え込みでナメクジを吐くロンを無理矢理立たせハグリッドの小屋の戸口まで連れて行った。

 

扉を強く叩けば、またロックハートが戻ってきたのかと思ったハグリッドが不機嫌そうな顔で現れたが、ハリー達だと気付くとすぐにパッと顔を輝かせた。

 

 

「いつ来るんかと待っとったぞ。さあ入った入った!またロックハートが来たんかと思ってな」

 

 

ハグリッドは優しく四人を小屋の中に迎え入れ、歓迎するために紅茶の準備を始めた。

ハリーは気分が悪そうなロンを椅子に座らせ、湯を沸かせるハグリッドになぜロンがこうなったのか手短に説明したが、ハグリッドは動じる事なく大きな銅の洗面器を渡し、ナメクジで溢れそうな銀色のバケツを引き取った。

 

 

「出てこんよりは、出したほうがいい。ロン、みーんな吐いちまえ」

 

 

ハグリッドは朗らかに言うと元気付けるために曲がったロンの背中を軽く叩いた。彼にとっては軽く叩いたつもりだったが、ロンは危うく自分が吐き出したナメクジとキスをするところだった。

 

 

「止まるのを待つしか…手は無いと思うわ。あの呪いって、ただでさえ難しいのよ。まして杖が折れてたら…」

 

 

洗面器の上にかがみ込んでいるロンを心配そうに見ながらハーマイオニーが呟く。

ソフィアは一応、ダメ元でロンにフィニートを唱えたが、ロンの呪いは解かれることはなく、嘲笑うかのように再び小さなナメクジが口から飛び出した。

 

 

「ねえハグリッド、ロックハートは何のようだったの?」

「井戸の中から水魔を払う方法を俺に教えようとしてな、まるで俺が知らんとでも言うようにな。その上、奴が泣き妖怪を追っ払った話を散々ぶちまけとった。あいつの言う事がひとつでもほんとだったら、俺は臍で茶を沸かしてみせるわい」

 

 

ハグリッドはロックハートを思い出したのか気分を損ねたような顔で憎々しげに吐き捨てる。ホグワーツの教師達には尊敬こそすれ、批判するなんて初めて聞いたハリーは驚いてハグリッドを見つめた。ーースネイプですら、良い先生だって言うのに。

 

 

「それって、少し偏見じゃ無いかしら。ダンブルドア先生は、あの先生が一番適任だとお考えになったわけだし──」

 

 

ロックハートを貶されて面白くないのはこの場でハーマイオニーだけであり、彼女はいつもり少し上擦った声で反論したが、ハグリッドは小さく鼻で笑った。

 

 

「他に誰もおらんかったんだ。闇の魔術の先生を探すのが年々難しくなっちょる。誰も進んでやろうとせん。長続きしたものはおらんみんな一年と経たずに辞めちまうからな。みんな縁起が悪いと思い始めたんだな」

 

ハグリッドに勧められた糖蜜ヌガーを前歯で小さく齧りとり、口の中でふやかしながらソフィアはセブルス──父の事を考えた。たしか彼は闇の魔術の先生をしたがっていた。ハグリッドの言葉が本当なら、彼はこのまま魔法薬学の教師をして居た方が良いのかもしれない。

 

 

「それで?ロンは誰に呪いをかけるつもりだったんだ?」

 

 

ハグリッドはもうロックハートの話をしたくなかったのか、無理に話題をロンに戻し、まだ吐き続けているロンを顎で指しながらハリーに聞いた。

 

 

「マルフォイがハーマイオニーの事を何とかって呼んだんだ。物凄く酷い悪口だったんだと思う、皆カンカンだったし…ソフィアなんて今にも殴りそうだったもんね」

「だって…本当に酷い悪口だったもの…」

 

 

 なんとか糖蜜ヌガーを飲み込んだソフィアは、暖かく甘い紅茶を飲みながら苦々しく呟く。ドラコの言葉を思い出しただけで沸々とした怒りが湧き、カップを持つ手に力が篭った。

 

 

「本当に酷い悪口さ、マルフォイのやつ、ハーマイオニーの事穢れた血って言ったんだよ」

 

 

ロンが洗面器から顔を上げ、苦しげに脂汗を流し嗄れ声で言った。しかしすぐにまたナメクジが上がってくる感覚に慌てて洗面器の中に顔を突っ込む。

 

 

「そんなこと、本当に言ったのか!」

「言ったわよ。でもどういう意味かは…私は知らない。物凄く失礼な言葉だとはわかったけど…」

「…ドラコが思いつく限りの、最悪の侮辱ね」

 

 

ソフィアはため息をつき、紅茶を見ながら呟いた。

 

 

「穢れた血って、マグルから生まれたって言う意味の…両親が魔法使いじゃない人を指す最低の呼び名なの。…ドラコみたいな純血魔族の中には、その血を誇りに思うからって…自分達が優れていると勘違いして、そんな馬鹿な事を言う人がいるのよ」

「ソフィアの言う通りだよ。勿論、そういう連中以外はそんなの関係ないって思ってるよ。ネビルは純血だけど、鍋を逆さに火にかけかねないだろ?」

 

 

ソフィアの言葉を引き継いだロンは、小さなゲップと共に飛び出したナメクジを空中で捕まえ洗面器の中に放り込みながら言った。

 

 

「それに、俺たちのハーマイオニーが使えない呪文は一つもなかったぞ」

「そうよ!ハーマイオニーを侮辱するなんて…たとえドラコでも許せないわ…ああ!やっぱり殴れば良かった!」

 

 

ハグリッドが誇らしげにハーマイオニーを見て優しく告げ、ソフィアは再び怒りに身を震わせる。ハーマイオニーは二人の気持ちに少し嬉しそうに頬を紅潮させ微笑んだ。

そんな意味の言葉だとは知らなかった、だが、ここにいる人達は誰もそんな事を思っていない、寧ろ自分のためにこれ程怒ってくれる事が何よりも嬉しかった。

 

 

「マルフォイなんて殴ったら、ソフィアの手が可哀想よ」

「…じゃあ…ロンの代わりに呪っとくわ」

「ああ、そうしてくれ。フレッドとジョージがナメクジ呪いを教えてくれるよ」

 

 

ソフィアとロンは顔を見合わせにやりと意地悪く笑い合う。ハーマイオニーは眉を顰めてそれを見たが止めることはしなかった。

 

そのあとまた沢山のナメクジを吐いたロンだったが、時間の経過と共に少しマシになってきたのか──呪いが消えかかっているのか──ナメクジを吐き出すペースを落とし、額に浮き出た大粒の汗を服で拭った。

 

 

「穢れた血だなんて、まったく。狂ってるよ!どうせ今時、魔法使いは殆ど混血なんだぜ?もしマグルと結婚してなかったら僕たちとっくに滅びてるよ」

 

 

実際、間違いなく純血であるのは本当一握りの一族だけだった。世界には圧倒的にマグルが多く、魔法使いと魔女だけで子孫を残すことは不可能だ。それに、マグル生まれだとしても魔法が使えるのであれば、生まれなんて関係あるのだろうかと、ソフィアは常々思っていた。

 

 

「うーん。そりゃあ、ロン、奴に呪いをかけたくなるのも無理はねぇ。…だが、お前さんの杖が逆噴射したのはかえってよかったかもしれん。ルシウス・マルフォイが学校に乗り込んできたかもしれんぞ。お前さんがやつの息子に呪いをかけちまってたら──少なくともお前さんは面倒ごとに巻き込まれずにすんだわけだ」

 

 

ハグリッドはそう言ってロンを慰める。背中を再び叩かれたロンは、今度こそ自分が吐き出したナメクジとキスをする羽目になり、嫌そうに口についたナメクジを剥がしハグリッドを睨んだ。

 

ソフィアは少し苦笑して少し冷めた紅茶を飲む。確かに、もしロンの呪いが成功したらルシウスは間違いなく学校に乗り込み──面倒くさい事になって居ただろう。

いや、穢れた血という言葉を使うなんて、今の魔法界では寧ろ使用者が軽蔑されてしまう。呪いをかけられた原因を考えれば、ルシウスは無言を貫くかも知れない。

 

 

 

「そうだハリー、お前さんにも小言を言うぞ?サイン入りの写真を配っとるそうじゃないか。なんで俺に一枚くれんのかい?」

 

 

ハグリッドは悪戯っぽく言うが、その言葉をからかいだと気が付かないハリーは反射的にカッと頬を赤らめ怒りの声を上げた。

 

 

「僕サイン入りの写真なんて配ってないよ!」

「からかっただけだ」

 

 

ムキになったハリーに、ハグリッドは優しく笑いながら言う。ハリーがそんな事をしようとしないのは、ハグリッドが一番よく知っていた。

しかし全く笑えないからかいに、ハリーはムッとしたまま紅茶を啜った。

ハグリッドは元気付ける為に皆が紅茶を飲み切ったのを見ると小屋の裏にある小さな畑にたわわに実った大きなカボチャを披露した。

ソフィアはあまりの大きさに感心し、驚きのを上げて隣に並ぶ。

 

 

「凄いわ!私と同じくらい大きい!」

「よーく育っとるだろう?ハロウィン祭のために育てちょる。その頃にはもっと大きくなるぞ!」

 

 

目を輝かせて喜ぶソフィアを見てハグリッドは誇らしげにカボチャをポンと叩いた。

 

 

 



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65 風邪と罰則!

 

10月に入り、ホグワーツ城は一層寒くなり生徒達は凍えて震え、身を寄せ合っていた。生徒や先生の間でも急に風邪が大流行し、医務室のベッドは直ぐに埋まり、マダム・ポンフリーは大忙しで生徒達の間を駆け回り体温を測り体を温めるために沢山の毛布をかけた。

 

 

「うぅ…さ、寒いわ…」

 

 

ソフィアは医務室のベッドの上で沢山の毛布に包まれながら震える。ソフィアも他の生徒と同じく風邪をひいてしまった。他のベッドの上でも何人もの生徒がうんうん唸り、寒さに震えているか、顔を赤くして耳から煙を出していた。それはマダム・ポンフリー特製の元気爆発薬が効いている証拠なのだが、悪寒と耳から絶えず出る煙、どちらがマシかは微妙なところだった。

 

耳から煙を出した生徒はすぐに医務室から追い出され、かわりにまた新しい生徒が咳込みながら現れる。終わりの見えない流行に、ポンフリーは大きくため息を吐いた。

 

 

「ああ、新しい薬を作らなくては…!もう在庫が無くなってしまったわ…」

 

 

薬が入っていた瓶を逆さまにしてぶつぶつとポンフリーが呟き、忙しそうに医務室の奥へ消えていった。残された生徒たちはまだ少し風邪と闘わなければならない事と、耳から煙を出さずにすんだことがわかり、喜んで良いのか悲しんでいいのか、複雑そうに顔を見合わせ苦笑いした。

 

 

「ソフィア…あなたも風邪をひいたのね」

「そういうあなたもなのねパンジー…うう、鼻水が、と、とまらないわ」

 

 

ソフィアはそばにあるタオルで鼻水が流れてくるのを止めようとしたが滝のように溢れて止まることはない。諦めたようにタオルで鼻を押さえたまま、ソフィアはパンジーを見た。彼女もいつもより顔を赤くし、目はどこか腫れぼったい。何度か頭を押さえている事から頭痛もしているのだろう。

 

 

「ええ…多分、この前雨の中ドラコの練習を見てたから…あ、ドラコがシーカーになったのは知ってる?」

「…ええ、知ってるわ」

 

 

パンジーは華麗に空を舞うドラコを思い出すかのように遠くを見ながらうっとりとしたが、ソフィアはドラコがハーマイオニーを侮辱した事を思い出し不機嫌そうに眉を寄せた。あれからドラコとは一切喋っていない。ドラコは何度か話したそうにしたが、ソフィアは無視し、大広間での食事の際もスリザリンの机には近付かなかった。

 

 

「ニンバス2001で飛ぶ彼は本当に凄いのよ!」

 

 

パンジーはその後もどれだけドラコの飛行術が素晴らしいのかをソフィアに話し、ソフィアはあまり興味がなかったが他にする事もなく──病気の時は寝なさいとポンフリーに言われ本を持ち込むことは禁じられてしまった──時々気の抜けた相槌をしながらその話を聞いていた。

 

 

ポンフリーが新たな薬を持って現れ、ようやくパンジーは口を止めた。少し嫌そうにゴブレットに入れられた薬を見るあたり、彼女も耳から煙を出す事が恥ずかしいのだろう。流石のソフィアも、同じだった。

 

 

 

「さあ、飲みなさい」

 

 

ソフィアはポンフリーから薬を手渡され、パンジーとちらりと目配せをする。パンジーは無言で肩をすくめ顔を嫌そうに思い切り歪めた後舌を出した。──飲みたくない。その気持ちがありありと込められたジェスチャーにソフィアは真顔で何度か頷く。

 

 

「早く!何をしてるんです?廊下でベッドの空きを待っている子がいるんですよ!さあ、早く!」

 

 

すぐに飲もうとしないパンジーとソフィアに、ポンフリーは痺れを切らし2人を強く睨みながら早く飲めと急きたてた。

 

ソフィアは大きくため息をつき、一気に薬を煽った。パンジーはソフィアが飲んだのを見て、しぶしぶと言うように薬を飲み干した。

 

しばらくして2人の耳からもくもくと煙が上がる。それを見たポンフリーは薬の効き目に頷くと一度2人の熱を測り、平熱に戻っている事を確認した後すぐに医務室から追い出した。

 

 

ぴしゃりと締められた扉の先で、パンジーとソフィアはどちらともなく顔を合わせる。

もくもくと絶えず煙があがるそれは、まるで火事になっているようだった。

 

パンジーは自分の耳を押さえてみたが、そうすると今度は鼻から煙が上がり──思わずソフィアは吹き出してしまった──諦めて耳から手を離した。

 

 

「…このままドラコの前になんて、行きたくないわ」

 

 

いつもの強気な彼女からは考えられない弱々しい呟きに、確かに好きな人の前でこんな姿は見られたくないだろうとソフィアは思った。

 

 

「んー、外は寒いから…空き教室で煙が収まるまで時間を潰さない?」

「…そうね、そうしましょう」

 

 

ソフィアは別にこのまま寮に戻っても良かったのだが、心細そうな目をするパンジーを1人にする事もできず、そう声をかけた。

あまりグリフィンドールである自分といるところを見られたくないだろう、断るかもしれないと思ったが、ソフィアの提案にパンジーは頷いた。

 

 

医務室近くの部屋を開けたが中には誰も居らず、ソフィアは椅子に座ると寒さからローブの前をしっかりと手で止めた。

 

 

「寒いわね…」

「ええ、使ってない教室だもの」

 

 

ソフィアの隣に座ったパンジーは、体を縮こまらせて震えた。

授業が行われる教室は、一部の授業を除き、快適に授業を受けられるように一定の気温が保たれている。とくに風邪が流行っている今は授業中は少なくとも寒さを忘れることができた。──魔法薬学の授業以外は。

 

 

ソフィアは震えながら杖を取り出し呪文を唱え軽く振るう。近くにあった椅子をランプに変え、その中に炎を入れてパンジーが座る机の前に置いた。

 

 

「ほら、温まりましょう?」

「ええ…。…いつ見ても…本当あなた変身術は凄いわね。魔法薬学はいっその事芸術的だけど」

「あはは…」

 

 

丁度先日スリザリンとの合同授業で起こった一件を思い出し、パンジーがしみじみと言い、ソフィアは反論できず苦笑いしか返せなかった。

 

ソフィアは魔法薬学で、大幅に減点された時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

寒い地下室で行われる魔法薬学の授業は、皆手の先を赤く染め震えながら必死に課題である老け薬を調合していた。

ソフィアはルイスと共に組み、ルイスが真面目に材料を計量し、黙々と細かく刻むのを震えながら見ていた。

 

 

「ねえルイス、なんで1ミリに切ったライスバーンの根を28グラム入れるの?面倒臭いから切らずに28グラム入れたらいいじゃない、この根は直ぐ溶けるし…」

「触らないで」

 

 

ソフィアが根の塊を掴んだのを見てルイスはぴしゃりと言い切るとその手を軽く叩いた。

ソフィアは筆記だけは出来るが、こういった細々とした物は性に合わず面倒くさそうにため息をつく。

ルイスは教科書を何度か見ながら慎重に材料を入れ、ゆっくりと大きく鍋をかき回した。

近くをセブルスが通り、2人の鍋を覗き込む。

 

 

「…上手く調合出来ているようだな。スリザリンに3点与えよう」

「…あら先生、グリフィンドールには?」

 

 

ソフィアはちらりとセブルスを見上げて言ったが、セブルスはふんと小馬鹿にしたように笑い、ソフィアを見下ろす。

 

 

「ミス・プリンス。この薬で君がやった事があるのなら──…我輩に教えていただけるかな?」

 

 

わざとらしく柔らかなその声に、ソフィアはムッとしてルイスがかき混ぜる鍋を見る。

残念ながらソフィアは何もしていなかった。ぐうの音も出ないソフィアに、セブルスは「調合は2人でするように伝えたはずだ。グリフィンドール3点減点」と告げ、勝ち誇ったような嘲笑を浮かべローブを翻し他の生徒を見て回った。

ハーマイオニーは後ろからそれを見ていて、本当にこの2人は親子なのだろうか、あまりにもスネイプ先生の目は他のグリフィンドール生を見るように冷たい。我が子に向ける眼差しではないだろう。──少し信じられなかった。

 

 

「何よ!やればいいんでしょやれば、ルイス、代わるわ」

「えっ…うーん…まぁ、そうだね…ソフィア、くれぐれもゆっくりかき混ぜてね?右回しで一周5秒くらいかけて…」

「作り方はちゃんと覚えてるわ!」

 

 

ソフィアはルイスの手から無理矢理かき混ぜていた棒を取ると、怒りながらもゆっくりとかき回した。それを見てルイスはホッとし、使った器具や残った材料の後片付けを始めた。

ゆっくりと鍋をかき混ぜていたソフィアだったが、寒気からぶるりと震えるとトロ火の鍋を恨めしそうに見る。せめてもう少し炎が燃えていれば暖かいのに、そう思ったソフィアは何も考えず火の勢いを強めた。

 

 

「ソフィア!ダメ──」 

 

 

それに気付いたルイスが慌ててそう叫んだが時は既に遅く。ソフィアが訝しげにルイスを見た時鍋がぐらりと湯立ち轟音を立てて爆発した。

 

ルイスは杖を振るい咄嗟に自分とソフィアを守ったが、爆発した鍋は濛々とした煙と共に生徒を覆う。突然教室中が闇に覆われ叫び声と共にいくつもの鍋をひっくり返す音や倒れる音が響く。

 

 

「──静まれ!」

 

 

セブルスは怒号と共に杖を一振りした。

すっと煙は消えたが、視界が晴れた先に見えた惨劇にセブルスは眉間に刻まれた皺を深くし、苛立ちからつい舌打ちを零す。

煙に覆われた生徒達は皆髪を白くし、肌にはシミや皺が出来ていた。被害を被った少女達は顔を見合わせ叫び泣き出してしまった。

 

 

「…被害にあったものは薬をやるからすぐに来い。縮み薬を飲めば治る」

 

 

セブルスは教壇に向かい、薬棚から縮み薬を出すと机の上に置いた。老いてしまった生徒達は顔を隠しながらよろよろと我先にと教壇の前に並ぶ。生徒達は皆すれ違いざまに居心地の悪そうなソフィアに憎しみの目を向けた。

 

 

「ご…ごめんなさい…」

 

 

爆発の中心地にいて、さらにこの惨劇の犯人にも関わらず、ルイスに守られたソフィアは少しも被害を受けていなかった。

流石のソフィアも申し訳なさから一人一人に謝ったが、誰も笑う事なく怒りを滲ませながらそっぽを向いた。

 

 

「ミス・プリンス、20点の減点と罰則だ」

「…はい、先生…」

 

 

ソフィアは項垂れたまま頷いた。

隣にいたルイスは呆れたようにため息をつき、ソフィアの肩を叩く。

 

 

「ソフィアはもう二度と調合しない方がいい、みんなのためにね」

 

 

 

 

魔法薬学での大失敗を思い出したソフィアは無言でランプの炎を見つめる。

パンジーはソフィアから離れていた場所で調合していたため、何とか無事だったがもし他の生徒達のように老いていたら今のようにソフィアと話すことは出来なかっただろう。

 

 

「罰則はもう終わったの?」

「あー…。うわ…今日だったわ…」

 

 

そういえば今日の夜8時からだった。何の罰則かは聞いていないが、研究室にくるようにと言われていた。ソフィアは嫌そうに顔を顰める。少なくとも楽しい罰則ではなさそうだ。

 

パンジーはあの惨劇を考えれば罰則も当然だと思い、慰める言葉をかけることはなかった。

 

数時間後。

ようやく耳から煙が収まった2人は時間を潰した空き教室から出て、パンジーはスリザリン寮へ、丁度罰則の時間が近かったソフィアは研究室へ向かった。

 

何処よりも寒く冷たい隙間風が吹き込む地下への廊下を震えながら歩き、ソフィアはセブルスの研究室の前に立ち扉を叩いた。

 

 

「ソフィア・プリンスです。罰則にきました」

「…入りたまえ」

「…失礼します」

 

 

ソフィアは聞こえてきた声がどうも暖かいものではなく、冷たい響きをしていることに心の中でため息をつきながら扉を開けた。

 

 

「…座りなさい」

 

 

セブルスは険しい表情のまま杖を一振りし部屋の中央に無機質な机と椅子を出した。ソフィアはそれを見て、流石に今回は楽しい罰則──という名の、親子としての交流──ではなく、本当の、罰則なのだと理解した。

逆らうことなくソフィアはその椅子に座り、セブルスは机の上に羽根ペンとインク瓶、そして大量の羊皮紙を置いた。

 

 

「書き取りだ。我輩が良いと言うまで。──私、ソフィア・プリンスは二度と魔法薬学の授業でふざけた真似をしない──と、書くんだ」

「…私、別にふざけたわけじゃ…」

 

 

ただ、寒かったから温まりたくて、と言おうとした言葉はセブルスの鋭い睨みによって口の中で消えた。

ソフィアは大人しく羽根ペンを持つと、言われた言葉を書き始めた。

 

 

どれくらいそうしていただろうか。

時たまセブルスがちゃんと書いているかどうか覗き込み、ちゃんと書いている事を確認すると無言でその場から離れ、魔法薬と様々な材料が納められている棚を整理する。静かな部屋に衣擦れの音と羽根ペンのカリカリと言う音、フラスコなどを片づける音だけが響いた。

 

だんだん手が痛くなり、ソフィアは一度手を止めると軽く手を振った。流石に病み上がりの罰則はきつく、手首の痛みだけでなくだんだん頭痛までしてきてしまう。

 

小さく疲れたようにため息をつき、左肘を机に乗せ痛む頭を支えながらソフィアはまた文字を書き続けた。

 

 

「…ポンフリーから聞いたのだが」

 

 

ふいに、セブルスが呟いた。

頭が痛いソフィアは眉間を寄せたまま、セブルスをちらりと見上げる。

 

 

「体調は、もう戻ったのか?」

 

 

静かな言葉に、少しの心配が確かに含まれていた。いつものソフィアなら気付いただろう、生徒には見せない父として、娘の体調を気遣う思いだったが。ソフィアはガンガンと強くなる頭痛にそれどころではなく、羽根ペンを羊皮紙の上に置くと少し恨めしさを滲ませた目でセブルスを見上げ、少し揶揄うように笑った。

 

 

「お陰様で。頭が割れそうです」

 

 

ソフィアはそう吐き捨てると、大きく息を吐き顔を手で覆った。

確かに具合が悪そうだとセブルスは額を押さえ俯くソフィアを見て薬棚から一つの小瓶を取り出す。

 

 

「…鎮痛剤だ、飲みなさい」

 

 

ソフィアはゆっくりと両手から顔を離す。

目の前に置かれた小瓶を見ると直ぐに手を伸ばし飲み干し、疲れ切ったソフィアは机に突っ伏した。

 

 

「もう罰則はいい。…少し休んで帰りなさい」

 

 

そう言うとセブルスは優しくソフィアの頭を撫でる。その優しい手の感覚に、ようやくソフィアはセブルスが父として自分に接している事に気付き顔を横にずらしてセブルスを見上げた。

 

 

「父様…わたし、本当にふざけてあんな事をしたわけじゃないのよ。…寒かったから…」

「…なお悪い。…ゆっくり温度をあげなければならない、その作り方はわかっていた筈だ」

「あー…確かそうだったわ、本当薬作りってややこしいわ…私には向いてない…」

 

 

痛みが治ってきた頭で薬の作り方を思い出せば、たしかにゆっくりと混ぜて温度を少しずつ上げていくと書いてあった。結局温度をあげきるのだから、同じ事ではないかとソフィアは心の中で思う。

 

 

「…知識はあるのだが…勿体ないな」

「良いのよ…作れなくても、父様とルイスが作れば良いもの」

 

 

拗ねたようにソフィアは言うとぷいとそっぽを向いた。

ちなみにソフィアは──料理の腕もイマイチである。

 

 

 

 

 



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66 絶命日パーティ!

 

ハロウィーンの日。

ハリー達はゴーストであるニックの絶命日パーティーへいくと約束してしまった為に、賑やかな大広場のドアの前を素通りし──ちらりと隙間から大広間を見ると、中には巨大なカボチャや去年のような特別なキャンドルが大広間を輝かしく照らしていた──地下牢へと向かった。

 

 

「約束は約束でしょ。あなたが行くって約束したんだから」

 

 

行きたくなさそうな顔をするハリーに、ハーマイオニーが厳しくたしなめた。

絶命日を祝うパーティーへ続く道にもキャンドルがありゆらゆらと廊下を照らしてはいたが、明るい物ではなく、真っ青な炎が不気味に揺れていた。階段を一段降りるたびに気温が下がり、彼らは身震いをしてローブを強く身体に巻きつけた。

 

 

「きゃっ!…な、何の音なの…?」

 

 

耳をつん裂くような高い不協和音に、ソフィアは叫び耳を抑えた。ハリー達もまた廊下の先から聞こえる音に顔を顰める。

 

 

「あれが音楽のつもり?」

 

 

ロンが囁いたが、誰も答えなかった。音楽のつもりなら、この先に待ち受けるのは間違いなく、地獄だろう。嫌な予感は一歩進むほどに、不協和音と共に強くなった。

 

角を曲がるとニックがビロードの黒幕を垂らした戸口のところでハリー達を待ち受けていた。

 

 

「親愛なる友よ。この度はよくぞおいでくださいました…」

 

 

ニックは悲しげに挨拶をすると、祝えばいいのか、一緒に悲しめばいいのか分からず曖昧に笑ったハリー達に向かって帽子を脱ぎ、4人を招き入れるように深くお辞儀をした。

 

黒幕の先には信じられないような光景が広がっていた。ホグワーツ内のゴーストが集合しているだけではなく、きっと世界中から訪れたのだろう、何百というゴーストが集まり、地下牢は白い霧で満たされているように見えた。

 

甲高い不協和音を奏でていたのは30本の鋸が奏でる恐ろしい音で、ソフィアはニックのいる手前耳を塞ぐ事も、不快感を顕にする事も出来ず、ただ引き攣った笑みを浮かべた。

殆どのゴーストは混み合ったダンスフロアでふわふわと優雅にワルツを踊っていて、それを見たソフィアは隣にいたロンに手を出した。

 

 

「一曲お相手願えませんか?」

「あー…出来たらもっと良い雰囲気で君と踊りたいよ…」

「それもそうね」

 

 

ロンは悪戯っぽいソフィアの微笑みに、少し頬を赤く染めたが、残念そうに肩をすくめる。確かにゴースト達はワルツを楽しそうに踊っているがその音源は耳を塞ぎたくなるほどの音だ。生きている人間にはロマンスのかけらもない。

 

 

「見て回ろうか?」

「ああ…誰かの身体を通り抜けないように気をつけろよ」

 

 

ゴーストに通り抜けられると冷水を浴びたように体の芯から凍えてしまう。ただでさえここは酷く寒い冷凍庫のようなのに、これ以上冷えたら凍死するに違いない、とハリー達は慎重に部屋の端を回り込むように歩いた。

 

 

「あっ!嫌だわ…!戻りましょう、嘆きのマートルとは話したくないの…」

 

 

ハーマイオニーが当然立ち止まり小声で叫ぶとソフィアの服を早く戻ろうと引っ張った。ソフィアもまた、前を見て少し困った顔をしながらもハーマイオニーについて元来た道を引き返した。

 

 

「誰だって?」

「マートルは、3階の女子トイレに取り付いてる女の子なの」

 

 

男であるハリーとロンは嘆きのマートルの事を知らず、そんなゴーストがいたのかとちらりと後ろを振り返った。

 

 

「トイレに取り憑いてるって?」

「そうなの。去年一年間トイレは壊れっぱなしだったわ。あの子が癇癪を起こしてそこら中水浸しにするんだもの…」

「まぁ…トイレが壊れてなくても、できればあまり行きたくはないわね…ずっと泣いてるから、気が滅入っちゃうもの」

 

 

トイレの前を通っただけでもマートルの悲痛な高い泣き声はよく聞こえていた。その悲しげな泣き声を思い出し、少しソフィアは可哀想に思っていた。何故このホグワーツに居るのかわからない、だが、ホグワーツの服装に身を包む彼女は──この安全だと言われているホグワーツで命を落としたのだろう、それは、嘆きたくもなる。

 

 

「見て、食べ物だ」

 

 

ダンスフロアの反対側に真っ黒なビロードがかかる長机があり、どうやら料理が沢山置かれているようだった。ゴーストも料理を食べるのだろうか、大広間で彼達は浮かんでいるだけだったけれど、とソフィアは不思議に思いながら、ハリー達と共に興味深々で近づいた。だが鼻を刺すような悪臭に、ソフィアは思わず身体を引いた。

 

銀色の盆に置かれている魚は腐り、山盛りのケーキは炭のように焼け焦げている。肉料理には蛆が湧き蠢き、厚切りのチーズは緑のかびをはやし芝生のようになっていた。一段と高い所にある灰色の墓石の形を模したケーキには、ニックのフルネームと共に死亡日が書かれていた。

 

 

「悪趣味…」

「ここで趣味がいいものは、ひとつもなさそうだね」

 

 

ソフィアの呟きに、ハリーは小さく同意した。

引いた目でケーキを見ているソフィア達の隣を恰幅の良いゴーストが大きく口を開けながら悪臭を放つ料理を通り過ぎた。

 

 

「食べ物を通り抜けると味がわかるの?」

「まあね」

 

 

ハリーの問いにゴーストが悲しげに答える。ソフィアは驚いてそのゴーストを見つめた。ゴーストは生きていない──死んでいるわけでもないが──味を感じられる味覚があるのだろうか。

 

 

「つまり、より強い風味をつけるために腐らせたんだと思うわ」

 

 

ハーマイオニーは鼻を摘み、腐った肉料理をしげしげと眺めた。

 

 

「行こうよ、気分が悪い」

 

 

ロンの心底嫌そうな言葉にソフィア達は頷きすぐに料理から離れようと向きを変えたが、足を進める間も無くピーブズがすっと4人の前に現れ目の前で止まった。

ニヤニヤと意地悪げな顔を浮かべるピーブズは、正しく言えばゴーストでは無い。そんな彼も、この絶命日パーティーに招待されたのが何となく、意外だとソフィアは思った。──いや、ピーブズなら招待されずとも乱入しそうだ。

 

 

「おつまみはどう?」

「いらないわ」

 

 

ハーマイオニーにきっぱりと言われたピーブズはにたっと笑ったままハーマイオニーの前に滑るように移動するとくるりと上下逆向きになり、楽しげにくすくすと声を漏らした。

 

 

「おまえ達がかわいそうなマートルの事を話しているのを聞いたぞ。…お前たち、ひどいことを言ったなぁ」

 

 

ハーマイオニーは青い顔をして辺りを見渡す、もしマートルがこの事を聞いてしまったら間違いなく、また泣き叫ぶに違いない。どうかマートルに気付かれませんように、ハーマイオニーはそう願ったが、その願いも虚しくピーブズは大声でマートルを呼んだ。

 

 

「おーい!マートル!」

「ああ!ピーブズ、ダメ!私が言ったこと、あの子に言わないで。じゃないとあの子とっても気を悪くするわ」

 

 

ハーマイオニーは大慌てでピーブズに囁くが、ピーブズは意地悪げに笑うだけで何も言わない。そもそも、ピーブズは人が困るのを心から楽しむ性格だ、きっと今更何を言っても彼を止める事は出来ないとソフィアは諦めて音もなく近づくマートルを見た。

 

 

「なんなの?」

 

 

不機嫌そうな仏頂面をしてマートルが現れ、訝しげにソフィア達を見渡した。

 

 

「はぁいマートル。ご機嫌よう」

「お元気?トイレの外で会えて嬉しいわ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは無理に明るい声と笑顔を浮かべマートルに向き合った。ただ、マートルはそんな言葉を一切信じず、胡散臭そうに鼻を鳴らした。

 

 

「ミス・グレンジャーがたった今お前のことを話してたよ…」

 

 

ふわりとピーブズは浮かび、悪戯っぽくマートルに耳打ちした、ハーマイオニーはピーブズを睨んだが、慌てて手を振りにっこりとマートルに向き合う。

 

「あなたの事…ただ──その──」

「トイレの外で会うあなたはとっても素敵だって話してたの」

 

 

何と言っていいかわからず言い淀んでいたハーマイオニーを助けるようにソフィアが微笑んでそう言った。

しかしマートルは優しいソフィアの声にも疑心を溶かす事は無く、鋭く睨むとその目からじわりと銀色の涙を溢れさせた。

 

 

「嘘でしょう、あなた達、私のことをからかってたんだわ」

「そうじゃない、ほんとよ?私たち、さっきマートルの事を素敵だって言ったわよね?」

 

 

ぽかんとしていたハリーとロンはソフィアに脇腹を小突かれ、慌てて頷く。

 

 

「ああ、そうだとも」

「そう言っていたよ」

「嘘言っても駄目!」

 

 

ついにマートルの涙は決壊し、滝のように頬を伝った。悲しみでしゃくりあげながら涙を流すマートルの後ろでピーブズが満足げにケタケタと笑う。

 

 

「みんなが影で私の事なんて呼んでるか、知らないとでも思ったの?太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋、呻めき屋、塞ぎ屋マートル!」

「抜かしたよぅ、ニキビ面ってのを」

 

 

ピーブズが意地悪くマートルの耳元で囁くとマートルは耐えきれず悲痛に叫び、沢山のゴーストの上を滑るように逃げた。

あまりの悲しみの声に、ソフィアはちくりと胸が痛む。きっと彼女は生前酷く虐められていたのだろう。それが原因で亡くなったのかもしれない、死してもなお、生前の記憶に苦しめられているのだ。

 

 

「ちょっと励ましてくるわ」

「ええ…やめた方が…」

 

 

ハリー達の静止の声も聞かず、ソフィアはゴーストをすり抜けないように隙間を通りながらマートルが向かった方へ走る。もう彼女の居場所であるトイレに戻ってしまったかと思ったが、マートルは地下牢の一番奥で壁に背中をつけ膝を抱えてめそめそと泣いていた。

 

 

「…マートル?」

「何よ、まだ言い足りないって?わざわざわたしをバカにするためにきたの!?」

 

 

マートルは威嚇するように吠え、涙をぼろぼろと流した。

ソフィアは少し困ったように言葉を探していたが、すぐにマートルの前にしゃがみ込むとそっとマートルを抱きしめた。

触れられるわけではない、ただ彼らは生きていた人間だった。こうしていれば落ち着くかもしれない、そう考え、彼女が出す冷気で凍えながらもソフィアは離れる事はなかった。

 

マートルは驚きから涙を引っ込め、信じられないものを見るようにソフィアを見つめた。

 

 

「あんた、なに、して…」

「泣いている人を放っておけないわ。…ゴーストでもね。私はこうして居ると涙が止まるの。…マートルの涙も…止まったみたいね」

 

 

ほっとして優しく笑いかければ、マートルはまだ仏頂面をしたままだったが久しぶりの抱擁に少し気を良くしたのか、するりとソフィアを通り抜けないように腕から抜け出すとソフィアの隣に座った。

 

 

「あんた、変わってる」

「そう?」

「…ハグなんて…昔…生きてるときに…パパとママにしてもらって以来よ」

 

 

その言葉は、とても悲しみを含んでいた。マートルは何も、虐められた事ばかり嘆いて居るわけではない。両親より先に死んでしまった事、未来が急に消えてしまった事に対しても、深い悲しみを負っていた。

 

 

「…あんたなら…三階のトイレを使ってもいいわ…水をかけないであげる」

 

 

マートルは小さく呟き、ぷいとそっぽを向く。彼女が少しだけこころを開いてくれた事を感じ、ソフィアは嬉しそうに笑うと、大きく頷いた。

 

 

「ええ、お願いするわ!」

「…あんた、名前は?」

「自己紹介もまだだったわね、私はソフィアよ。ソフィア・プリンス。…あなたは?」

「…マートル・ウォーレン。…じゃあね」

 

 

マートルはそう呟くと、ふわふわと漂いゴースト達の中に混ざった。その後ろ姿が何処か嬉しげに見えたのは、ソフィアの気のせいでは無いだろうだろう。

 

 

ソフィアは立ち上がるとハリー達と合流する為に元いた場所へ戻った。丁度彼らはもうここから帰ろうとソフィアを探していた所で、4人は誰かと目が合うたびににっこりと会釈しながら後退りして出口へ向かう。

なんとかどのゴーストにもバレずに地下牢から抜け出すと、4人は黒い蝋燭が青く辺りを怪しく照らす廊下を急いで走った。

 

 

「デザートがまだ残ってるかもしれない」

 

 

空腹を抑えながらロンが祈るように言った。

その時、突然ハリーが足を止め、どうしたんだと三人は後ろを振り返る、ロ早く大広間に行きたいロンはイライラとした目でハリーを見る。

 

ハリーは何かを探すように緊張した顔で辺りを見渡した。

 

 

「ハリー、一体何を…」

「またあの声なんだ、ちょっと黙ってて──ほら!聞こえる!」

 

 

ハリーは天井からその声が聞こえると気付き、じっと上を見上げたが、ソフィア達はその場に立ちすくみ、何も言えずハリーを見つめた。三人で目配せをしたが、皆が首を振る。──何も、聞こえない。

 

 

「こっちだ!」

 

 

ハリーは叫び階段を駆け上がる。

ソフィア達は暫くどうするか迷ったが、ハリーを無視して大広間に行くことも出来ず、後をついて行った。

 

 

「…何か聞こえた?」

「何も聞こえなかったわ…ハーマイオニーは?」

「私も、何も…」

 

 

ソフィア達は当惑しながらハリーの背を追った。他の人には聞こえない声が聞こえるなんて、それは尋常じゃない。少し、必死に辺りを見渡すハリーが不気味に見えてしまったほどだった。

 

 

「ハリー、ちょっと待って…!」

「シーッ!」

 

 

ハリーはソフィアの呼びかけを強く制し、耳に神経を集中させるように目を閉じた。何も聞こえない、ただ、遠くから生徒達の楽しげな声が聞こえてくるだけだ。

 

 

「誰かを殺すつもりだ!」

 

 

そう叫ぶと、ハリーは3人の困惑した表情には気づかずすぐにまた走り出した。声は上から聞こえてくる。きっと上の階に違いない、とハリーは階段を駆け上がり、ソフィア達は呼吸を荒げながら必死にその後を追った。

沢山の角を曲がり、誰も居ない廊下に着いた時、ようやくハリーは足をぴたりと止めた。

やっとのことで追いついたソフィア達は肩を揺らしぜいぜいと息を整え額に滲んだ汗を拭った。──あれほど寒かった身体が、今は燃えるように熱い。

 

 

「ハリー、どうしたの?僕たちには何も聞こえなかった…」

 

 

ハーマイオニーもロンと同じように当惑していたが、ハッと息を呑むと廊下の隅を指差した。

 

 

「見て!」

 

 

向こうの壁に何かが光っていた。四人は暗がりに目を凝らしながらそっとそれに近づく。窓と窓の間の壁に、まるで血で書かれたように赤い文字が書き殴られていた。

 

 

──秘密の部屋は開かれたり

──継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

「…ねぇ…あれは──何?」

 

 

ソフィアは松明の腕木にぶら下がって居る物を震える指先で示した。

じりじりと近寄り、足元の大きな水溜まりに足を取られそうになりながらその文字の下にある何かを、四人はよく見ようとした。

 

ふと隙間風が吹き、松明の炎が揺れた。その瞬間四人はぶら下がって居るものがなんなのかはっきりと見え──見てしまい、仰反るように飛び退いた。

フィルチの飼い猫のミセス・ノリスだった。

 

尻尾を絡ませ、硬直し、カッと目を見開いている。

あまりの現実離れした恐ろしい光景に、ソフィア達は暫くの間動けなかった。

 

 

「ここを離れよう」

 

 

ロンが緊張を滲ませる硬い声で言った。

 

 

「でも…」

「助けてあげるべきじゃないかな…」

 

 

いつも、ミセス・ノリスをいつか蹴飛ばしてやりたい、そう思っているハリーでさえ、あまりの悲惨な可哀想な姿にそう戸惑いながら呟いた。

 

 

「僕の言う通りにして、ここに居るところを見られない方がいい」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーはミセス・ノリスから目を離さないままに頷き戻ろうとロンに続き踵を返した。

しかし、まだソフィアはその場で躊躇った、彼女はミセス・ノリスを見捨てて去る事が本当に正しいのか迷っていた。

 

 

「早く!何してるの!」

 

 

ロンが咎めるように動かないソフィアとハリーに言う、ハリーはミセス・ノリスをチラチラと見て気にしながらも、ゆっくりとその場から後ずさる。

 

だが、ソフィアはぐっと唇を結び恐怖を目にちらつかせながらも腕木にぶら下がるミセス・ノリスに近づいた。どう見ても死後硬直が始まっているように見える、だが、このまま放っておく事は出来ない。

 

せめて、腕木から外してあげよう、そう思いソフィアがミセス・ノリスに手を伸ばし触れた。あまりの硬さに一瞬手を引き込め、そっとその硬くなった毛を撫でた。

 

 

「……あれ…?」

 

 

 

ソフィアが微かな疑念から呟いたのと、大広間でのパーティーが終わり沢山の生徒が楽しげな騒めきと共に現れたのは同時だった。

 

先頭の集団に居た生徒がぶら下がった猫を見つけた途端小さく悲鳴をあげ、そこから恐怖が漣のように広がった。

楽しげなお喋りや騒めきも一気に窄み、その悍ましい光景を恐い物見たさなのか、よく見ようと何人かが前の方で押し合った。

その傍でソフィア達は廊下の真ん中にぽつんと、取り残されていた。

 

どう見ても怪しく見えるソフィア達に、誰も近づこうとはしない。

 

 

「継承者の敵よ、気をつけろ!次はお前たちの番だぞ、穢れた血め!」

 

 

静けさを切り裂くような声が響く。

人垣を押し退けて最前列に進み出たドラコが、いつも青白い顔を紅潮させぶら下がったミセス・ノリスを見てニヤリと笑う。

だがそれも一瞬でその先にソフィアが居ると気付くとまた殴りかかるかもしれないと一歩後ろに下がる。

 

だがソフィアはそんなドラコの最悪な言葉に構うことなく──時間の無駄だと言うように──ミセス・ノリスを優しい手つきで慎重に腕木から外すとその腕に抱きしめた。

 

毛の一本一本まで硬い。

これは死後硬直ではない、石化している。

 

何かの魔法による石化なら、まだ死んでは居ない、きっと助かる筈だ。そう、ソフィアは憂いを帯びた目でミセス・ノリスを見る。石化させるだけでは足らず、猫を吊るすだなんて非道な事を誰がしたのか。沸々と怒りが込み上げた。

 

 

 

 



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67 可哀想な猫!

 

 

「なんだ、──何事だ?」

 

ドラコの大声に引き寄せられたのか、寮に帰るはずの生徒たちが足を止めたのが気になったのか、フィルチが生徒たちをかき分けて先頭に躍り出た。

 

 

「フィルチさん…その…」

 

 

ソフィアはなんと言っていいか分からなかった。生徒達に嫌われているフィルチとミセス・ノリスだが、フィルチが自分の飼い猫をとても可愛がっている事をソフィアは知っていた。廊下の窓際の陽だまりでミセス・ノリスを愛おしげに撫でるフィルチを何度か見ていた。そんな大切な存在の変わり果てた姿を見て──きっと酷く心を痛め狼狽するだろう。

 

声をかけられて訝しげにソフィアを見たフィルチは、その腕の中に抱かれている変わり果てたミセス・ノリスを見て恐怖のあまり声無き悲鳴をあげ、顔を覆い、現実を直視出来ないというようにその場から後ずさった。

 

 

「私の猫だ!…何故っ!ミセス・ノリスに何が起こったんだ!?」

 

 

フィルチは第一陣の衝撃と恐怖をなんとか耐えると、よろよろとソフィアに近づき、辛そうに顔を歪ませ硬くなったミセス・ノリスを悲痛な面持ちで見た。

すぐにフィルチはそばにいるハリーを憎しみのこもった怒りの目で睨むと、金切り声で叫び詰め寄る。

 

 

「お前だな!──お前だ!お前が私の猫を殺したんだ!あの子を殺したのはお前だ!俺が…俺がお前を殺してやる!」

 

 

管理人としての顔を捨てたフィルチは今にもハリーに掴みかかりそうだった、ハリーはあまりのフィルチの怒りに何も言えず、茫然とその場に立ち尽くす。ハリーはフィルチが大嫌いだった、それでも、顔を真っ赤にし目に涙を浮かべるフィルチを見て──彼にも人の心があったのだと、生き物を愛する人なのだと初めて理解し、狼狽した。

 

 

「アーガス!」

 

 

ダンブルドアの声が響く。

彼は他の先生達を従えて混乱する現場に現れた。素早くハリー達のそばを通り過ぎ、ソフィアの腕の中に抱かれているミセス・ノリスをそっと受け取った。

 

 

「アーガス、一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー、ミス・プリンス。君たちも来なさい」

「校長先生、私の部屋が一番近いです。すぐ上です──どうぞご自由に」

「ありがとう、ギルデロイ」

 

 

ロックハートの言葉にダンブルドアは頷くと直ぐに歩き出した。

人垣は無言でソフィア達をじっと見つめたまま道を開け、彼らを通した。ソフィア達は沢山の目に見られ少し俯きながらダンブルドアの後を追う。マクゴナガルやセブルスも、その後を静かに追った。

 

 

 

ロックハートの部屋に着くとダンブルドアは磨き上げられた机の上にそっとミセス・ノリスを置き、じっくりと彼女の状態を調べた。マクゴナガルもまたダンブルドアと同じように目を凝らして見ていたが、セブルスはその後ろに立ちじっとそれを見下ろしていた。

 

 

──何故、いつも何かが起こった時にソフィアが居る、何故、巻き込まれるのか。

 

 

そう、セブルスは苦々しく思いちらりとソフィアを見る。だがソフィアはセブルスの視線を見る事はなく、ダンブルドアとマクゴナガルの隙間からじっとミセス・ノリスを見ていた。

 

ハリーとロンとハーマイオニーは蝋燭の灯りが届かない暗がりで身を寄せ合ってソファに座り込んでしまった。三人とも顔色が悪く、一言も話せない。

 

ミセス・ノリスを調べるダンブルドアの後ろでロックハートがうろうろとしながら得意げになり自論を演説していたが、それに応えているのは涙も枯れたフィルチのしゃくり上げる声だけだった。

 

彼は机の脇の椅子に座り込み、手で顔を覆ったまま項垂れている、明るい場所で哀れなミセス・ノリスの姿を直視できないのだろう。

ソフィアはそっとフィルチに近づきしゃがみこんだ、下から覗き込むようにして、彼の膝に手を乗せる。

ぴくり、とフィルチは震え泣き腫らした指の隙間からソフィアを見下ろした。

 

 

「…フィルチさん、あなたの猫は死んでないわ」

 

 

その言葉にフィルチはしゃくり上げるのを止めた。ハリー達は一体何を言っているんだとソフィアを見る、どう見ても、あの猫は死んでいるように見えた。

 

 

「──死んでない?」

 

 

その言葉を信じられないのは、フィルチも同じだった、ほんの僅かに希望が宿ったが、ちらりと指の隙間からミセス・ノリスの姿を見てまた絶望で目を曇らせる。

 

 

「ミス・プリンスの言う通り。アーガス、猫は死んでおらんよ」

 

 

ダンブルドアはミセス・ノリスを見るために屈めていた体を起こすと優しくフィルチに伝えた。フィルチは顔から両手をそろそろと下ろし、縋るような目でダンブルドアを見た。

 

 

「それじゃ、どうしてこんなに…固くなって…?」

「石になっただけじゃ。ミセス・ノリスに触れたミス・プリンスにはそれがわかっていたようじゃな」

 

 

ダンブルドアは静かな目でソフィアを見る。どこか探るような眼差しだったが、ソフィアは立ち上がるとダンブルドアに向かい合い、小さく頷いた。

 

 

「はい…毛の一本一本まで固まっていました…何者かに殺されて、死後硬直したのなら…毛までは固まりませんから」

「そうじゃな。…じゃが、どうしてそうなったのか、わしには答えられん…」

 

 

ダンブルドアは悲痛な面持ちでフィルチを見て、憂うように悲しみにくれるその肩をそっと掴んだ。

ソフィアはその言葉に、僅かな引っ掛かりを感じた。わからない、ではなく、答えられない。その言い方は、まるで全てを理解した上で今はまだ、答えられないというようにも捉える事が出来た。──勿論、何も知らないために答えられないのかも、しれないが。彼に知らない事なんて、本当にあるのだろうか。去年はほぼ全てを知った上でハリーを試した事があった。まさか、また今回も──?

 

 

「あいつに聞いてくれ!」

 

 

フィルチは顔を真っ赤にして立ち上がり、よろめきながらハリーを並んだ。

 

「二年生がこんな事を出来るはずがない。最も高度な闇の魔術を持ってして初めて──」

「あいつがやったんだ!あいつが!」

 

 

ダンブルドアの言葉を遮り、フィルチは叫ぶ。怒りと苦しみに体を震わせ、吐き捨てるように彼は言った。

 

 

「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう!あいつは見たんだ。──私の事務室で…あいつは知ってるんだ!…私が…私が…っ…出来損ないのスクイブだって知ってるんだ!」

 

 

フィルチは苦しげに吐き出すと、わなわなと震え今にもハリーに飛び掛かりそうだった。

スクイブ。その言葉を聞き、ソフィアはやっぱりそうだったのかと内心で呟いた。

夜の見回りで杖を持たず、ランプを持ち、フレッドとジョージの悪戯で汚れた廊下を綺麗にするときはマグル式の掃除を行っていた。きっと、そうなのだと──スクイブなのだと、思っていた。

 

 

「僕、ミセス・ノリスに指先一本触れてません!──それに、僕、スクイブが何なのかも知りません!」

 

 

ハリーは自分にかけられた疑惑を大声で否定した。本当にハリーはスクイブという言葉を初めて聞いて知らなかったのだが、この部屋にいる全てのものがハリーをじっと見つめた。

ハリーの言っていることは本当だ、本当に彼はスクイブという言葉を知らないのだろう、穢れた血の言葉と意味も知らなかったのだ。ソフィアはそう思ったが、きっとフィルチはその言葉を醜い言い訳としか捉えないだろう。

 

 

「バカな!あいつはクイックスペルからきた手紙を読みやがった!」

「──校長、一言よろしいですかな」

 

 

セブルスが一歩前へ進み、暗がりから姿を現しソフィア達を見下ろした。

ハリーはこの人が自分に有利な発言はしないと確信していた為、不吉な予感に表情を硬らせた。

 

 

「ポッター達は、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。──とは言え、一連の疑わしい状況が存在します。だいたい連中は何故3階の廊下にいたのか?なぜ4人はハロウィーンのパーティに行かなかったのか?」

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーが一斉に絶命日パーティの説明をした。ソフィアもまた、この城にいるゴースト全てが証明してくれると付け足した。

ソフィアはそう話しながら、何故セブルスは自分達がハロウィーンパーティに行かなかったと知っているのだろうと不思議に思ったが、今は聞く場面ではないだろうと口を閉ざす。──実は、セブルスは大広間での食事のたびに、ソフィアとルイスがしっかりときているか確認しているのだが、二人はその事を知らなかった。

 

 

「それでは、そのあとパーティに来なかったのは何故かね?何故、あの廊下に行ったのかね?」

「それは──…」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーはちらりハリーを見た。誰にも聞こえない声のことを、果たして言う事がハリーの為になるのか悩み自分から打ち明けることは出来なかった。

 

ハリーもまた、自分にだけ聞こえる声を追って言っただなんて伝えても誰も信じてくれない、余計に立場が悪くなりかねないと咄嗟に嘘をついた。

 

 

「僕たち疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」

「夕食も食べずにか?ゴーストのパーティで、生きた人間にふさわしい食べ物が出るとは思えんがね」

「そうなんです、先生…。あまりに悍ましい料理しかなくて、…気持ち悪くなってしまって…食欲が湧かなかったんです」

 

 

ハリーが声のことを隠す選択をしたのなら、なるべく不自然でないように自分もそれに続こう、とソフィアは口を開いた。

セブルスがちらりとソフィアを見たが、ソフィアは目を逸らす事なくセブルスの目を見返した。

 

 

「そうです、僕たち空腹じゃありませんでした!」

 

 

ロンもソフィアの言葉に続いたが、大声で言った途端ロンの腹の虫が大きな音を立てた。セブルスはロンを見下しながら嘲笑し、ダンブルドアに向き合う。

 

 

「校長、ポッターが正直に話しているとは言えないですな。全てを正直に話してくれる気になるまで、彼の権利を一部取り上げるのがよろしいかと思います。我輩としては、彼が告白するまで、グリフィンドールのクィディッチチームから外すのが適当かと思いますが」

 

 

薄ら笑いながら言ったセブルスの言葉にソフィアは目を見開き、顔を歪めると一歩前に進み出てセブルスを強く睨んだ。さすがに横暴だと言おうと口を開きかけたが、ソフィアとセブルスの間にマクゴナガルが現れ、彼女の静かな怒りを目にして、ソフィアは口を閉ざした。

 

 

「そうお思いですか、セブルス。私には、この子がクィディッチをするのを止める理由が見当たりませんね。この猫は箒の柄で頭を打たれたわけでもありません。ポッターが悪い事をしたと言う証拠は何一つ無いのですよ」

 

 

ダンブルドアは探るような目でハリーを見た。眼鏡の奥でキラキラと輝く明るい青色の目で見つめられたハリーは、なんだか全てを見透かされているような気がした。

 

 

「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」

 

 

ダンブルドアがきっぱりと断言すると苛立ちを見せたのはセブルスだけではなく、フィルチもまたそうだった。苛立ち唾を吐きながらハリーに向かって叫ぶ。

 

 

「私の猫が石にされたんだ!罰を受けさせなけりゃ収まらん!」

「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ。スプラウト先生が最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。充分に成長したらすぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」

 

 

ダンブルドアはフィルチの心を落ち着かせるためにゆっくりと穏やかに言った。フィルチは治す事が出来るのか、と一瞬その目を安堵で緩めた。

 

 

「私がそれをお作りしましょう」

 

 

今まで黙っていたロックハートは、自分が口を挟める機会を見計らっていたかのように突如声を上げ自信たっぷりな笑みを浮かべた。

 

 

「私は何百回作ったかわからないくらいですよ。マンドレイク回復薬だなんて、眠ったって作れます!」

「──お伺いしますが、この学校では、我輩が魔法薬の担当教師のはずだが」

 

 

とても気まずい沈黙が流れた。流石のロックハートも、セブルスの冷ややかな眼差しにそれ以上は何も言えずうろうろと視線を彷徨わせていた。

 

 

「…さて、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャーはもう帰ってよろしい。…ミス・プリンス。君はミセス・ノリスを最も初めによく見た事じゃろう、少し話を聞かせてもらえんかの?」

「…はい、わかりました」

 

 

ハリー達は残されたソフィアを見て少し申し訳なさそうにしたが、すぐにロックハートの部屋から出ていった。

 

 

「うむ、──それじゃあ場所を移動するとしよう、今はミセス・ノリスとアーガスをしばし二人きりにさせてやらんとな。ミネルバはスプラウト先生にこの件を伝えてくれんかのう」

「わかりました」

 

 

マクゴナガルはそう言うとすぐにロックハートの教室から出ていく、沢山のロックハートの写真に囲まれるなんてこれ以上少しも我慢ならなかったのだ。

 

ダンブルドアはソフィアを連れてロックハートの部屋からゆっくりと出た、その少し後にセブルスが同じようにロックハートの部屋から出て、すこし迷うように足を止めた。

 

 

「セブルス、君も来なさい」

 

 

ダンブルドアはちらりと後ろを見て朗らかに言う。セブルスとソフィアは少しだけ視線を交差させたが、何も言わずに彼の後を追った。

 

 

校長室に連れ行かれたソフィアは、机に座り物憂げなため息を溢すダンブルドアの前に静かに立っていた。

 

 

「ダンブルドア先生?聞きたいことは…?」

「うむ…君はミセス・ノリスを見て、どう思ったかのう」

 

 

優しくダンブルドアは問いかけた、だが、その奥にある目は真剣そのもので、ソフィアの心を読み取ろうとするかのように探るように見ていた。

 

 

「…そうですね、…また、去年のように…闇に精通する何者かによる犯行なのでは無いか、と考えました。あの人を復活させるために…。ダンブルドア先生がおっしゃる通り…石化は高度な闇の魔術だと思いますし…ただ…」

「──ただ?」

 

 

言い淀んだソフィアの言葉のその先をダンブルドアは促した。

ソフィアは頭の中で思考を巡らせる。言葉を選ぶようにして、おずおずと口を開いた。

 

 

「…その…ダンブルドア先生でも解呪出来ない呪いなんてあるのかなぁと、思いまして…」

「そうじゃの、ほぼ、ないと言えるかもしれん」

「はい…なので、人の仕業では…無いのかもしれないと…何か別の恐ろしい魔法生物とか…ただの直感です、外れているかもしれません。そんな生物がホグワーツにいるなんて…想像したくありませんね」

「なるほどなるほど…」

 

 

ダンブルドアは自分の長い髭を撫でながら何度も深く頷き、今度はセブルスを見た。

 

 

「セブルス、君の考えはどうかのう」

「…私も、ほぼ同じ考えですな」

 

 

セブルスは小さく呟きながらソフィアをじっと見た。

あの僅かな時間だけでソフィアがここまで考えていたなんて、信じられない。きっとソフィアは、何かを知ってしまっているに違いない、そう、セブルスは思った。

 

 

「わかった、2人ともありがとう。もう戻りなさい」

 

 

ダンブルドアは二人の予想を肯定も否定もせず、優しくもう帰るように促し、セブルスとソフィアは揃って部屋から出て行った。

ミセス・ノリスが襲われた後のホグワーツは静まりかえっている、きっと皆今頃寮に戻り様々な憶測を立てているのだろう。

 

 

ソフィアはセブルスをチラリと見上げた。

 

 

「…先生、少し、いいですか?」

「…なんだ」

「多分、石化の被害はまだ続きます」

「──…こっちに来い」 

 

 

セブルスはソフィアの言葉に眉を顰め、彼女の腕を掴むと足速に廊下を進み自分の研究室へ向かった。そして扉を閉めるとすぐにソフィアに向かい合う。

 

 

「ソフィア、何を知っている」

 

 

ソフィアは少し虚をつかれたような目を瞬かせ、首を傾げた。

 

 

「何って…何にも知らないわ」

「…何故、被害が続くと断言出来る」

「ああ…だって、壁にあんな文字を書いて、ミセス・ノリスを吊るして…猫を石化させたのは人間じゃなくても、それをしたのは間違いなく、人間でしょう?あんなパフォーマンスをするくらいだもの、きっとまたやると思うわ」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、疲れたように扉に背をつけた。

セブルスは暫く無言でソフィアを見下ろす。嘘を言っているようには見えなかった、だが──。

 

 

「ソフィア」

「何?父様」

 

 

ソフィアの緑色の目がセブルスの黒い目を見つめた。

セブルスは開心術を使いソフィアの心を読んだが、たしかにソフィアは、何も知らないようだった。ただ一つ、絶命日パーティから戻る際にハリーが急に走り出した事だけは引っかかり、やはりあいつは何かを隠していたのかと眉間に皺を刻む。

 

 

「──どうしたの?」

「…いや、何でもない」

「そう?…あ、そういえばドラコが穢れた血って叫んでたわ。その言葉は減点対象じゃないの?」

 

 

セブルスはその言葉に、ぴくりと肩を震わせた。自分の記憶にある最も苦い記憶。それを刺激する言葉におもわずソフィアから視線を逸らす。

 

 

「…私の前で言ったのなら減点しよう」

「それなら無理ね、ドラコにはまだ教師の前で言うほど度胸はないもの」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、ため息をこぼす。なんとかドラコを懲らしめたかったが、難しいようだ。ソフィアは眠そうに欠伸をこぼすと目を擦り、セブルスにもたれかかった。

 

 

「今日は疲れたわ…お腹もすいたし…」

「…食欲が無いのではなかったのかね?」

 

 

セブルスはソフィアの肩を抱くと意地悪く呟いた。ソフィアは「しまった」とは思ったものの一度言った言葉を取り消すと、さらに怪しむだろうと思い上目遣いにセブルスを見上げた。

 

 

「父様の側は…安心するから」

 

 

それがソフィアの言い訳だと、セブルスはなんとなくわかっていたが何も言わずに杖を一振りし、机と椅子と共にスコーンと紅茶を出した。

それを見た途端ソフィアは嬉しそうにパッと表情を輝かせる。

 

 

「…食べて行きなさい」

「やった!ありがとう父様!」

 

 

ソフィアはぎゅっと嬉しそうに抱きしめるとすぐに椅子に座り、サクサクとしたスコーンにかぶりつく。セブルスは机を挟んで対面するように前に座り、自分も紅茶を少し飲みながら無邪気にスコーンを頬張るソフィアをじっと見つめる。

 

 

「…あまり、余計な事に首を突っ込むな。…私は…去年のような思いをしたくない」

「はーい。…けどね、私がトラブルに突っ込んで行くんじゃないのよ?…トラブルはどうやら私に恋をしているみたいね!」

 

 

「無理矢理迫ってくるの!」と、おどけたようにソフィアは言うが、セブルスは今年もまた厄介ごとに巻き込まれていくのか、と呆れたようなため息をこぼしただけだった。

 

 

 



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68 刺激的な魔法史!

 

 

それから数日、ミセス・ノリスが襲われた事件は暫くの間生徒たちの間でひそひそと囁かれていた。秘密の部屋とは何の部屋なのだろうか?継承者は一体誰だ?と様々な噂や憶測が飛び交う。現場に一番に居た、という理由でもしかしてあの中に犯人がいるのでは無いか、と考える生徒も少なくなかった。

あの中でもっともそれらしい人物といえば、ハリー・ポッターだ、彼は過去恐ろしい闇の魔法使いを撃退した、何か特別な力があるのかもしれない──そんな噂があった。

 

 

ジニーはあの一件で酷く心を乱されたようで顔を真っ青にして落ち込んでいた。

談話室の端で項垂れ、手を膝の上で固く握るジニーの隣に座ったソフィアは、優しくジニーの肩を抱き、頭を撫でた。

 

 

「ジニー、大丈夫よ。薬が出来上がったらミセス・ノリスはすぐに元通りになるわ」

「ソフィア…」

「…何か不安な事があったら…何でも相談に乗るわ!あなたは私の可愛い妹で、大切な友達だもの」

「…ありがとう…」

 

 

ジニーの顔色は悪く、その後兄達やソフィアがどれだけ励ましても彼女の表情を晴らすことはできなかった。

 

 

事件の後、変わったのはジニーだけではない。ハーマイオニーは授業中以外の時間全てを読書に費やしているようで、ハリーとロンが何を調べているのかと聞いても本から目を上げる事なく生返事だけを返した。

 

その日もハーマイオニーはベッドに腰掛け、図書館から借りてきた本を就寝前に読んでいた。ソフィアはそっと邪魔をしないように近付いた。

 

 

「ハーマイオニー?何を探してるの?…私も手伝おうか?」

「…、…ええ…そうね、もう1人で探すのは限界だわ」

 

 

ハーマイオニーはため息を吐き本を閉じ、疲れたように目頭を揉んだ。

 

 

「秘密の部屋の伝説について調べているの。私どうしても思い出せなくて…ソフィアは知ってる?」

「秘密の部屋…ああ、あの壁に書いてあった文字よね?…うーん…」

 

 

腕を組み、なんとか思い出そうと頭をひねる。確か、何処かでその言葉を見た事がある。何処だったか──そうだ、ホグワーツの歴史の本に書いてあったような。

一つ思い出すと連想ゲームのように頭の中に文字がポツポツと現れ、ソフィアはうんうん唸りながらも言葉を吐き出した。

 

 

「ホグワーツの歴史に書いてあったわよね?えーっと…ホグワーツの創設者のサラザール・スリザリンがゴドリック・グリフィンドールと…マグル出身の魔法使いをこの学校に入学させるかどうかでかなり揉めて、結局スリザリンはホグワーツを去ったのよね?その時にこっそりと秘密の部屋を作ったとか書いてあった気がするわ…でも、確か…スリザリンが去ったまでは信頼できる事実だけど。秘密の部屋については確実な裏付けはなくて…伝説とか、噂話のようなものだって…んー…」

 

 

ソフィアはぽつぽつと話していたが、これ以上は思い出せず手を上げ首を振った。

 

 

「ここまでしか思い出せないわ。うーん…」

「私も、途中までしか覚えてないの…ホグワーツの歴史の本はいつ図書館に行っても貸出中だし…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアもしっかりとした内容を覚えていないと分かると残念そうにため息をついた。ハーマイオニーもそこまではぼんやりと思えている。だがスリザリンが隠したとされる秘密の部屋の詳細は彼女も思い出す事が出来なかった。

 

無言で考え込むハーマイオニーを見ていたソフィアは、そっとハーマイオニーの隣に座り声を顰めた。

 

 

「…父様に聞く?…何か知っているかも…」

「え?…あ、ああ…そういえば、そうだったわね。忘れてたわ…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉でようやくソフィアの父親がホグワーツの教員であるセブルス・スネイプだと思い出した。たしかに生徒同士で頭を捻らせるよりは良い返答が貰えるかもしれない。ホグワーツに勤めているのだから、歴史に詳しい可能性もある。

暫くハーマイオニーは考えていたが、ゆるゆると首を振った。

 

 

「…やめておきましょう。きっと、何かを企んでると思われるわ」

「あー…うん、そういえば、既に厄介ごとに首を突っ込むなって警告されちゃったわ」

「それに、ハリーとロンは…あの人から聞いた事は事実であれ、信じないわ」

「…あはは……」

 

 

確かな自信を持って真面目な顔で告げられたハーマイオニーの言葉に、ソフィアは複雑な気持ちになり苦笑いを溢した。

 

 

「…教師…そうよ!魔法史の時に聞いてみましょう。ビンズ先生は必ず知ってるはずよ!」

 

 

ハーマイオニーが名案を思いついたと言うように手を叩き、ソフィアはそのほうが父に聞くよりは良いかもしれないと頷いた。きっと魔法史の先生なのだ、ホグワーツの歴史にも詳しいだろう。

 

 

「ちょうど、明日魔法史があるわね…そうとわかったら、もう寝ましょうか、疲れたわ…」

 

 

ハーマイオニーは大きな欠伸を噛み殺し上に手を大きく伸ばした。長時間同じ姿勢で本を読んでいた彼女の骨はぼきりと嫌な音を立てた。

 

 

 

 

 

 

翌日の魔法史は相変わらずいつもと変わらぬ退屈な授業であり、生徒の殆どが夢の彼方に旅立っていた。

ソフィアもまた、ビンズの抑揚の無い単調な言葉に催眠術をかけられたように机に突っ伏し、夢の世界に片足を突っ込みつつあった。いつもなら既に寝ているソフィアだが、ぎりぎりでも何とか起きているのはいつハーマイオニーが秘密の部屋についてビンズに質問するのか、それが気になっていたからだ。

 

 

ビンズが自分のノートと教科書を30分も読み上げた頃、この授業ではじめてハーマイオニーが手を上げた。──ビンズは生徒に質問する事は無く、誰も手を上げる機会が無かったのだ。

 

ビンズはこの授業で手を上げる生徒など初めて見たというような驚いた表情でハーマイオニーを見つめた。

 

 

「ミス……あー…」

「グレンジャーです。先生、秘密の部屋について何か教えていただけませんか?」

 

 

ハーマイオニーのきっぱりとしたよく通る声は静かな教室に響き、何人を夢の世界から連れ戻す事に成功したようだった。

ソフィアは閉じようとする目を擦り、顔を上げた。

 

 

「私が教えるのは魔法史です。事実を教えるのであり、ミス・グレンジャー。神話や伝説では無いんです。──では、授業の続きを……ミス・グラント?」

 

ビンズはすぐに授業を再開させようと思ったが、ハーマイオニーの手がまた高く伸びている事に気づくと訝しげに──名前を間違えていたが──ハーマイオニーを呼んだ。

 

 

「先生、お願いです。伝説というのは、必ず事実に基づいているのではありませんか?」

「──ふむ…然り…そんなふうにも言えましょう。…おそらくですが。しかしながらです、あなたがおっしゃるところの伝説はと言えば、これはまことに人騒がせなもので、荒唐無稽な話とさえ言えるものであり…」

 

 

今まで授業を遮られた事がないビンズはハーマイオニーをまじまじと見ていたが、クラス全体が自分の言葉に耳を傾け、誰一人として寝る事は無く、自分をしっかりと見つめている。それは生前から考えても初めての事であり、ビンズは少し狼狽えた。 

 

 

「あー…よろしい。…さて、秘密の部屋とは…」

 

 

はじめはハーマイオニーを窘め、授業をすぐに再開させるつもりだったが、はじめて魔法史というものに興味を持たれ、それが望んではいなかったきっかけだとしても──学ぼうとする生徒たちを蔑ろには出来ないと、ビンズは1人の教師として考えを改めた。

そして噛み締めるようにホグワーツの歴史を語り出す。

 

 

「皆さんも知っての通り、ホグワーツは一千年以上も前に、その当時の最も偉大なる四人の魔法使いと魔女達によって、創設されたのであります」

 

 

ビンズはいつものような単調な声で話したが、誰の眠気も誘えなかった。生徒達は固唾を飲みその声を一言も漏らさまいと真剣に聞き入った。

 

 

「──数年の間、創設者達は和気藹々と魔法力を示した若者達を探し出しては、この城に誘って教育したのであります。しかしながら四人の間に意見の相違が出てきました。スリザリンは、ホグワーツには選別された生徒のみが入学を許されるべきだと考えたのです。魔法教育は、純粋に魔法族の家系にのみ与えられるべきだという執念を持ち、マグルの親を持つ生徒は学ぶ資格はないと考えて、入学させることを嫌ったのであります。暫くしてスリザリンとグリフィンドールが激しく言い争い、スリザリンがホグワーツを去ったのであります」

 

 

ビンズはここまで話すと一度言葉を止めた。

秘密の部屋についてはこの先を話さなければならないが、この先は信頼できる歴史的書類は一つもない、ただの言い伝えや伝説──神話のような不確かなものだ。

果たして魔法史の教師である自分が不確かな事を教えても良いものか、彼はそう逡巡したが、生徒たちの無数の目に射抜かれたビンズは暫く黙った後で口を窄めながら、小さく続きを伝えた。

 

 

「信頼できる歴史的資料はここまでしか語ってくれんのであります。しかし、こうした真摯な事実が、秘密の部屋という空想の伝説により、曖昧なものになっておる。

スリザリンがこの城に、他の創設者には全く知られていない、隠された部屋を作ったと言う話がある。その伝説によれば、スリザリンは秘密の部屋を封印し、この学校に彼の真の継承者が現れる時まで何人もその部屋を開ける事が出来ないようにしたという。その継承者のみが秘密の部屋の封印を解き、その中の恐怖を放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶに相応しくない物を追放するという──勿論、全ては戯言であります」

 

 

ビンズが語り終えると教室に沈黙が落ちた。

それはいつもの眠気を誘う沈黙ではなく、もっと続きを聞きたいという落ち着かない雰囲気が漂っていた。ビンズは生徒たちの様子に微かに困惑した様子を見せた。

 

 

「ビンズ先生」

 

 

ビンズはまたハーマイオニーかと思ったが手を上げたのはソフィアだった。やっぱり名前がわからないビンズはソフィアを見ながら「ミス…?」と首を傾げる。

 

 

「プリンスです、先生。秘密の部屋にある恐怖とは…一体何ですか?」

「何かの怪物だと信じられており、スリザリンの継承者のみが、それを操る事が出来るという」

 

 

──怪物。それが真実なら、私の予想は当たっているのかもしれない。

 

 

ソフィアはじっと考え込むように空を見ていたが、生徒達は恐々顔を見合わせどんな恐ろしい怪物なのかと身体を震わせた。

 

 

「言っておきましょう、そんなものは存在しない。部屋など無い、したがって怪物はおらん」

「でも、先生」

 

 

今度の発言者はシェーマスだった。ビンズはうんざりしたような目で彼を見る。

 

 

「もし、部屋がスリザリンの継承者によって開けられるのなら…ほかの誰も、それを見つける事なんてできない、そうでしょう?」

「ナンセンス!歴代のホグワーツ校長達が、何も発見されなかったのだから──」

「でも、ビンズ先生。そこを開けるのには、闇の魔術を使わないといけないのでは…?」

 

 

パーバティは、闇の魔術は凶悪なものだけが使える魔術で歴代の校長達は使えなかったのだと思ったが、ビンズは首を振ると険しい目でパーバティを見る。

 

 

「闇の魔術を使わないからといって、使えない、という事にはならない。──繰り返しではありますが、ダンブルドアのような方でも──」

「でも、スリザリンと血が繋がってないといけないのでは…?ですから、ダンブルドアは──」

 

 

ディーンがそう言いかけたところで、ビンズはもう沢山だとばかりに首を大きく振り強く打ち切る。彼の言葉に抑揚と感情が強くこもったのはこれが初めてだった。

 

 

「以上、おしまい!これは神話であります!部屋は存在しない!スリザリンが部屋どころか、秘密の箒置き場ですら作った形跡はないのです!こんなバカバカしい作り話を聞かせるべきではなかった!…実態のある、信ずるに足る、検証できる事実である歴史に戻りましょう!」

 

 

ビンズはそう言うといつもの授業を再開させ、生徒達はいつものように、また眠りに落ちた。

 

 

ソフィアは殆ど寝ているせいで白紙の羊皮紙を見下ろし、今まで出てきたキーワードと、そして自分の勘を書き連ねる。

 

 

スリザリンの秘密の部屋。

継承者のみが開く事ができる。

ダンブルドアですら、その部屋を発見できない。

部屋には恐ろしい怪物がいる。

それは、継承者のみが操る事が出来る。

ミセス・ノリスの石化。

ダンブルドアでも、その呪いを解けない。

人ならざる者の力。

 

 

 

──やっぱり、私の予想が正しいのなら、秘密の部屋は何者かの手によって開かれたんだわ。その中にいる怪物がミセス・ノリスを石化させた…新しく入った教師はロックハートだけ、あの人にそんな事は出来ないだろう。…いや、去年のクィレルのこともある、彼は全てを欺いて狡猾に強かにあれ程の悪行をやってのけた。もしかしたら、ロックハートも自分を偽っている可能性がある。

ロックハートじゃないのなら、スリザリンの生徒だろうか?…いや、純血はスリザリン生以外でもいる、スリザリンの血筋だからといって必ずスリザリンに組み分けされるとは限らないだろう。私とルイスには同じ血が流れているけれど、別々の寮だ。

 

 

ソフィアはそこまで考えたが、やはり確証はなく、後でスリザリンについてもっと調べてみようと考えると諦めたように羽ペンを転がし、その文字を書いた羊皮紙を鞄の中に隠した。

 

 

 

 



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69 女子トイレで待ち合わせ!

 

 

魔法史の授業が終わり、生徒達は今ビンズから聞いた秘密の部屋について色々話し合っていた。勿論、ソフィア達も同じように廊下を歩きながら声を顰めて話し合う。

 

 

「秘密の部屋があるって、ソフィアとハーマイオニーは本当にそう思う?」

 

 

ロンが問いかけ、2人は顔を見合わせた。

 

 

「私、あれから色々考えてたんだけど…ダンブルドア先生はミセス・ノリスの石化を治せなかったわ。ただの呪いならきっとダンブルドア先生は解呪出来るでしょう?それが出来ないのなら…きっと、人間の魔法じゃなくて…その秘密の部屋の怪物なんじゃないかって」

 

 

ソフィアはちらりとハーマイオニーを見る。ハーマイオニーもソフィアと同じように考えていたのか不安げにしていたが、少し頷いた。

 

 

「この騒ぎを起こした人が…継承者なのは間違い無いと思うわ。だって、文字を書くのは怪物ではなく、人間でしょう?」

 

 

ソフィアがそう言った時、4人は丁度あの事件が起きた廊下の端に出た。素早く辺りを見渡したが、あの夜のように自分達以外には誰も居ない。壁にはフィルチがどうやっても消す事が出来なかった文字がいまだに鮮やかに残っていた。

 

 

「ちょっと調べてみよう」

 

 

ハリーは鞄をロンに渡すと四つん這いになって何か手掛かりは無いかと探し初めた。ソフィア達は顔を見合わせたが、ハリーと同じように地面を注意深く見渡した。

 

 

「焼け焦げた跡がある!ほら、あっちも…こっちにも!」

「なんでこんな所に…ちょっと変ね」

 

 

ソフィアはハリーの側にしゃがみ込むと黒くなった跡を少し指でなぞった。黒い煤がソフィアの白い指先を汚した。

 

 

「ねえ、こっち来てみて!…変だわ…」

 

 

ハーマイオニーの声にハリーとソフィアは彼女が調べる文字のすぐ脇にある窓に近付いた。ハーマイオニーが指差す一番上の窓ガラスには、大勢の小さな蜘蛛がガラスの僅かな裂け目から外へ逃げ出そうと争うようにして這い出していた。

 

 

「蜘蛛があんなふうに行動するのを見たことがある?」

「無いわ」

「ううん。…ねぇ、ロンは?……ロン?」

 

 

ロンの声が聞こえずハリーは後ろを振り向いた。すぐ側に居るだろうと思ったが、ロンはずっと遠くで立ちすくみ、顔を引き攣らせ今にも蜘蛛のように逃げ出したいのをなんとか堪えているようだった。

 

 

「どうしたの?」

「僕──蜘蛛が──好きじゃない」

 

 

ロンはその名前を言うのも恐ろしいというように息も絶え絶えに細く伝えた。

 

 

「まぁ、知らなかったわ。蜘蛛なんて魔法薬で何回も使ったじゃない」

「死んだやつなら構わないんだ、あいつらの動きが嫌なんだ」

 

 

ロンはなるべく窓を見ないように目を細めながら恐々つぶやいた。ハーマイオニーとソフィアは思わずくすくすと笑ってしまい、ロンは嫌そうに顔を歪める。

 

 

「何がおかしいんだよ」

「ごめんなさい、違うの。…ルイスと同じだなって思っただけよ、ルイスも死んでる蜘蛛は大丈夫だけど…生きている蜘蛛を見ると発狂するの。私が昔ちょっとした悪戯で…ルイスが読んでいた本の文字を全て蜘蛛に変えてしまったの、本から無数の蜘蛛が這い出て彼の服に──」

「ああ!!もう!!想像したじゃないか!君、酷すぎるよ!」

 

 

ロンは叫び、それ以上は聞きたくないと耳を抑えた。恨めしそうな顔でソフィアを睨み「信じられない」と呟く。

 

 

「僕は三つのときに、フレッドのおもちゃの箒の柄を折っちゃったんだ。あいつったら…僕のテディ・ベアを馬鹿でかい大蜘蛛に変えたんだ!考えてみろよ、嫌だぜ?ぬいぐるみを抱いている時に急に足がニョキニョキ生えてきて…そして…」

 

 

自分で言いながら当時のことを思い出してしまったのか、ロンは口を閉ざし身震いをした。ハーマイオニーは蜘蛛を怖がるロンがおかしくて仕方がなく、笑いをなんとか堪えようとしたが口先は引き攣るようにぴくぴくと動いていた。

 

 

「ねえ、床の水溜まりのこと覚えてる?あれ、どこから来た水だろうね、もう誰かが拭き取っちゃったみたいだけど」

「この辺りだったな」

 

 

ロンは蜘蛛から離れられる話題にすぐに飛びつき、フィルチの椅子から数歩離れた床を指差した。

 

 

「このドアのところだった」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはそのドアの先に何があるのかを知っていた為、何故この辺りに水溜まりが出来たのかを察した。

ロンは扉を開けようとしたが急に手を引っ込め、狼狽しながら困ったようにハリーを見た。

 

 

「どうしたの?」

「ここは入れない、女子トイレだ」

「ロン、大丈夫よ。ここは女子トイレだけど…マートルが居るの、誰も居ないわ。入ってみましょう」

 

 

ソフィアは居心地悪そうに扉の前でもじもじとするロンの横を通り、扉に貼ってある故障中の張り紙を気にすることなく扉を開けた。

 

そのトイレは、おそらくこのホグワーツの中で最も陰気で憂鬱なトイレだろう。鏡はヒビだらけで所々欠けている。微かに無事な部分には水垢がつきくすんでいて人の顔を映すことはない。

床は濡れていて空気までどこか湿っぽく、燭台の中で燃え尽きそうな短い蝋燭が鈍く辺りを照らしていた。床や個室の扉は引っ掻き傷がついている。

 

ソフィアは迷う事なく一番奥の個室まで歩いていくと、明るい声でマートルに声をかけた。

 

 

「マートル!久しぶりね、元気かしら?」

「ソフィア…」

 

 

マートルはトイレの水槽の上でふわふわと浮かび顎のニキビを弄っていたが、ソフィアが来たとわかると少し嬉しそうにしたものの、ソフィアの後ろからハリーとロンが顔を出したのを見るとぐっと眉間に皺を寄せ、胡散臭そうに2人を見た。

 

 

「ここは女子トイレよ。この人たち女じゃないわ」

「ええ、そうね。私が連れてきたの。だって彼らはマートルの事をよく知らないでしょう?紹介しようと思って」

 

 

ソフィアの言葉にマートルはじろじろとハリーとロンを見た。そのあまり歓迎されてないような目に、2人は曖昧に笑って見せた。

 

 

「ソフィア、何か見なかったか聞いてみて?」

 

 

後ろからハーマイオニーがこっそりと耳打ちをすると、マートルは鋭い目でハーマイオニーを睨むみ、すっとソフィアとハーマイオニーの前に立った。

 

 

「何をこそこそしてるの?」

「なんでもないわ、私ちょっと聞きたい事が──」

「私の陰口を言うのはやめてちょうだい!、私は確かに死んでるけど、感情はちゃんとあるのよ!」

 

 

マートルが涙声になり、言葉を詰まらせる。ハーマイオニーは彼女の前で耳打ちするべきじゃ無かったと悔やんだがもうすでにマートルの涙の堤防は決壊していた。

 

 

「マートル?ああ、ほら泣かないで…私たちは陰口を言ってなんかいないわ」

 

 

ソフィアは優しくマートルに言うと、その硬く握り震える手の上に自分の手を重ねる。あまりに優しいソフィアの言葉と眼差しに、ハリー達は驚愕しこっそり視線を合わせた。

 

 

「ソフィア!」

 

 

マートルはがばっとソフィアに抱きついた。その瞬間ソフィアは身体の中に冷水が通ったかのような寒気を感じ体をブルリと震わせる。──触れる事は出来ない、マートルもソフィアに抱きつくようにしているだけだ。

ソフィアは寒さに凍えながらも優しく彼女の背中に手を回し、撫でるように動かした。

 

 

「私の生きてる人生って、この学校で、悲惨そのものだった!今度はみんなが、死んだ私の人生を台無しにしにくるのよ!」

「大丈夫よ、マートル。もしそんな人がいたわ私が懲らしめてやるわ!…ねえ、マートル?ハロウィーンの日に…この先の扉で何か見なかったかしら?この先で猫が襲われて…」

 

 

マートルはソフィアからふわりと離れると、すんすんと鼻を啜りながら首を振った。

 

 

「そんなこと、気にしてられなかったわ。…あの日…ソフィアと別れた後でまたピーブズがやってきて、酷い事を言ったもんだから、私ここに入り込んで自殺しようと思ったの。そしたら──急に思い出したの、当然だけど…私…私…」

 

 

一度止まりかけていた涙がまた溢れ、マートルは言葉を詰まらせる。その先の言葉にピンと来たロンは言い淀むマートルに助け舟を出した。──少なくとも、ロンはそのつもりで悪意は無かった。

 

 

「もう死んでた」

 

 

マートルは悲痛な啜り泣きと共に空中に飛び上がると真っ逆さまに便器に飛び込んだ。

辺りに水飛沫を浴びせ、マートルは姿を消したがくぐもった啜り泣きが聞こえてくる方向からしてトイレのパイプの何処かでじっとしているようだ。

 

ソフィアはため息と共に振り返るとロンをジロリと見た。

 

 

「…ロン、言葉には気をつけて。せっかく機嫌が戻ってきてたのに…」

「ソフィア…君の交友関係はスリザリンだけじゃなくゴーストまで対象なのかい?」

 

 

ロンは信じられないものを見るような少し引いた目でソフィアを見ていた。ソフィアはそんな目をしなくとも、と思ったが、どうやらハリーとハーマイオニーも同じ気持ちだったようで困惑した目でソフィアを見ていた。

 

 

「はぁ…もうマートルとは話せないわ、出ましょう」

 

 

ソフィアがため息と共にハリー達を促し、女子トイレから廊下へと出て行った。

しかし、不運にも女子トイレから出るところをパーシーに見られてしまい「ロン!」と大きな叫びと共に衝撃を受けたと言う恐怖の顔をしながら大股で近づいて来た。

盛大に怒られたが、それを面白く思わないロンがパーシーに噛み付くように言い返し、2人の語尾は強まり叫ぶように言い争う。

ハリーとハーマイオニーとソフィアは口を挟む事ができず、言い合う2人をただ見ていた。

 

結局、パーシーはロンに五点の減点を告げ、怒ったまま大股で歩き去った。

 

 

 

その夜、ソフィア達は出来るだけパーシーから離れた談話室で宿題に取り組んでいた。しかしロンはパーシーが視界の端にちらりと映るたびに機嫌を損ねて、宿題どころじゃ無かったのかパタンと教科書を閉じた。

それを見てハーマイオニーも同じように教科書を閉じる。彼女が早く教科書を閉じるなんて初めての事で、ハリーとソフィアは顔を見合わせた。

 

 

「だけど、一体何者かしら?出来損ないのスクイブや、マグル出身の子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」

 

 

ハーマイオニーは答えを求めるかのようにソフィア達の顔を見渡す。

ロンは嫌そうな顔をしたまま、わざとらしく咳を一つこぼし頭を捻ってみせた。

 

 

「それでは考えてみましょう。我々の知ってる人の中で、マグル生まれは屑だ、と思ってるやつは誰でしょう」

 

 

ロンはハーマイオニーを見た後に、ソフィアをちらりと見た。ソフィアは一瞬きょとんとしたが、その言葉が誰を指してるのか分かると眉を顰める。

 

 

「まさか、ドラコの事を言ってるの?」

「勿論さ!あいつの言った事を聞いただろう?──次はお前たちだぞ、穢れた血め!──って、しっかりしろよ。友達だからって目が曇ってるんじゃないのか?」

「それは無いと思うわ。もしドラコが本当に継承者なら…普通自分が疑われるような発言はしないはずよ。もし次に生徒を襲うつもりなら…アズカバン行きは免れないわ!」

 

 

ソフィアはあんまりのロンの言葉に憤慨して言うが、ロンは全く気にせず、わかってないなぁとばかりにため息をついた。

 

 

「あいつの家族を見てくれよ。あの家系は全部スリザリン出身だ。あいつ、それをいつも自慢している。あいつならスリザリンの末裔だっておかしくない。あいつの父親もどこからどう見ても悪人だよ」

 

 

ハリーは教科書を閉じてロンの意見に賛成を示した。ソフィアはまた勝手な思い込みをしているのかと呆れて何も言えなかった。去年それで痛い目に会ったのを、もう忘れてしまったのだろうか。

 

 

「あいつらなら、何世紀も秘密の部屋の鍵を預かっていたかもしれない。親から子へ代々伝えて…」

「そうね、その可能性はあると思うわ」

「ハーマイオニーまで!」

 

 

ハーマイオニーは慎重に言ったが、また今年も同じ事を繰り返すのかとソフィアは少し三人に失望したような表情を見せた。それを見て慌ててハーマイオニーは首を振り、ソフィアを見る。

 

 

「あくまで、可能性よ!ソフィアはどう思うの?」

「私はドラコでは無いと思うわ。確かに…まぁ…なくは無いけど、もしスリザリンの末裔なら、それこそ自慢しそうじゃない?しないって事は、違うのよ。

──それに、ハリー?ロン?あなたたち、去年勝手な思い込みで痛い目に遭ったのをもう忘れたの?あなた達が犯人だと思っていたのは誰?そして、結局黒幕は誰だったの?」

 

 

厳しい目で諭すように言われたハリーとロンは口を噤んだ。たしかに、言われてみれば去年はスネイプが犯人だと決めつけていたせいでクィレルが犯人だとは微塵も思わなかった、その可能性を強く訴えていたソフィアの言葉を無視し、酷い目にあったのだ。

 

 

「私は…まだ証拠も何も無いけれど、去年と同じでこのホグワーツに昔から居る人ではないと思う。また…例のあの人絡みだとしても…不思議じゃないわ。だから…今年から新しくホグワーツに来た人が怪しいと思うの」

「まさか!ロックハート先生だって言うの!?」

 

 

今度はハーマイオニーが憤慨する番だった。ハリーとロンもあんな教師に出来るのかと訝しみ首を捻る。ソフィアは首を振り、ハーマイオニーをじっと見ながら呟いた。

 

 

「わからないわ、あの人はあまりにも…それっぽくないのは確かよ。けれど…去年はそれで、クィレルが皆を欺いていたでしょう?また彼も…同じように無害なふりをしている可能性は…捨てきれないわ。ロックハートじゃなくても…私たちが想像もしない他の誰かかもしれない。…だから、この人だと決めつけるのは良く無いとおもうの」

 

 

ソフィアはそう言うと、もう言いたい事は言い切ったというように口を閉ざし3人を見た。ハリー達は顔を見合わせ、ソフィアの話もわからなくは無い、と小さく唸る。

 

 

「だけど…手がかりが全く無いのは確かだから…可能性を手当たり次第潰していくのは、いいかもしれないわね」

 

 

3人があまりにも無言のため、ソフィアは少し考えながら呟く。ドラコではないと、早めに彼らの目を醒す為にも、何とかしてドラコの疑念を晴らさねばならない。

 

 

「だけど…どうやって?」

 

 

ハリーの顔が曇った、ドラコにしろ、ロックハートにしろ、その2人をどうやって調べればいいのか彼にはその手段が全く分からなかった。

 

 

「方法が無いことは、ないわ。勿論難しいの、それに危険だわ。とっても。学校の規則を五十は破ることになるわ」

 

 

ハーマイオニーは考えながら話し、声を一層顰め、4人にだけ微かに聞き取れる音量で言った。

 

 

「…何をするつもりなの?」

「何をやらなければならないかと言うとね、まずマルフォイを調べる為に…スリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気づかれずに、いくつか質問するのよ」

「だけど、不可能だよ。…ルイスに頼んだ方が良いんじゃない?ルイスになら話してるかも」

 

 

ハリーがそんな事は不可能だと力なくいい、ルイスを引き合いに出した。ルイスは最もドラコと仲の良い生徒だ、きっと彼には秘密を話しているかもしれない。そう思ったが、ハーマイオニーは静かに首を振った。

 

 

「駄目よ。ルイスを巻き込むのは良くないと思うわ。…ルイスはかなり優秀で…去年も少しの情報からクィレルに辿り着いて…眠らされたでしょう?…今年は、眠るだけで済まないかもしれないわ…」

 

 

ハーマイオニーが少しソフィアをチラリと見て心配を滲ませた声で言った。

確かに、ルイスはスリザリンでドラコの親友だ。彼はもう全てを知っているかもしれないが、もし、何も知らなかったらこの事件に巻き込む事になる。そうなれば、また危険な目に遭うかもしれない。

ソフィアもハーマイオニーの言葉に頷いた。

 

 

「そうね…今回、ルイスには内緒にしましょう」

「だけど…スリザリンの談話室に入って質問するなんて無謀だよ」

「いいえ、そんな事はないわ。ポリジュース薬が少し必要なだけよ」

「ええっ!?ハーマイオニー、まさか…!」

 

 

ハーマイオニーの言葉の意味と、隠された計画がわかったのはその薬が何なのかを知っているソフィアだけだった。

ハリーとロンは同時に「なにそれ?」と聞いた。

 

 

「自分以外の誰かに変身できる薬なの。私たち四人でスリザリンの生徒に変身するの。誰も私たちの正体を知らない…マルフォイは多分、なんでも教えてくれるわ!」

「…ええ…?でも、それなら…ルイスもその話を聞いてるだろうし…結局、巻き込む事になるんじゃあ…」

「他に何か方法があるの?」

 

 

ソフィアは思わず呟いたが、ハーマイオニーはぎろりとソフィアを睨んだ。ソフィアは肩をすくめながら、ちらりと不安げにしているハリーとロンを見る。彼らはもしその薬を飲んで変身が戻らず永久に別の誰かのままだったら、と想像していたが、ソフィアの不安は別のところにあった。

 

 

「でも、材料はどうやって手に入れるの?それに、あれは…調合も複雑よ?」

「ソフィア、作り方知ってるの?」

「ええ、家に…本があって、読んだことがあるもの。…けど、今持ってきてないし、細かいところまで覚えてないわ」

 

 

父の書棚には様々な本があり、その中にポリジュース薬の作り方が載っている最も強力な薬の本があった。ソフィアは何度かそれを読んだ事があるが、興味津々に読み耽ったルイスとは違い、内容全てを覚えては居なかった。

ハーマイオニーはソフィアの父が誰かを知っている為に、納得したように頷いたが、内容を覚えていないのは残念だと思い、深く考え込んだ。

 

 

「作り方が書いてある本は、きっと図書館の禁書の棚にあると思うわ」

「でも、薬を作るつもりはないけれど、そんな本が読みたいって言ったら、そりゃ変だって思われるだろう?」

「多分、理論的な興味だけなんだって思い込ませれば…もしかしたらうまくいくかも」

 

 

自分で言いながら、ハーマイオニーの声にいつものような自信は込められていなかった。ロンは大きく呆れたようにため息をつく。

 

 

「何言ってるんだが、先生だってそんなに甘くないぜ?──でも、騙されるとしたら、よっぽど鈍い先生だな」

 

 

その言葉にハリーとハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせた。

三人と──そして自分で言いながら心当たりがあった──ロンはちょうど同じ人のことを考えていた。

 

 

「ちょうどいいかもしれないわ。もしなんの躊躇いもなく禁書の閲覧許可のサインをくれるのなら、彼は黒幕では無いでしょ?」

 

 

ハーマイオニーは誰の名前も言わなかったが、言わずとも四人が思い浮かべていた人は同じであり、ソフィア達は頷いた。

 

 

 

 

 



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70 間抜け?それとも策士?

 

 

その日の闇の魔術に対する防衛術の授業では、ロックハートが上機嫌でハリーに狼男の役をやらせ、どのように果敢に自分が立ち向かい、狼男を退け、尚且つ人狼を人間に戻したのかドラマティックに高々と披露した。

 

ピクシー小妖精の一件から、ロックハートは魔法生物を持ち込むことをやめ、このように自分が行った偉業を再現して過ごしていた。だがその回数が重なるにつれ、ロックハートの嘘が露呈している事にソフィアを含めた一部の生徒は気付いていた。

今回の話でもそうだが、人狼を人間に戻す魔法は存在しない。もし彼の言う通り人狼を戻す事が出来たのなら、それこそロックハートは今頃世界的な偉大な魔法使いの1人になっていただろう。

 

 

ソフィアは終業後、ロンとハリーと共に教室の一番後ろでハーマイオニーがロックハートに閲覧禁止書籍の許可証を受け取るのを待ちながらそう考えていた。

 

 

もし、ロックハートが黒幕なら流石にこの行動を不審に思うだろう、だが、ロックハートはハーマイオニーが何を借りるかも確認せず直ぐにサインをすると輝くほどの笑顔をハーマイオニーに向けていた。

 

サインを受け取ったハーマイオニーはもたもたとしながらそれを丸めしっかりカバンの中に入れ、すぐにソフィアとロンと──少し遅れてハリーと共に──教室から出て行った。

 

 

「信じられないよ。僕たちがなんの本を借りるのか、見もしなかったよ」

 

 

ハリーがサインを確認しながら呆然と呟く、まさかここまで上手くいくとは思わなかった、他にも沢山言い訳を用意していたハーマイオニーは、あっさりと貰えたサインに安心し、気を良くしたようにソフィアを見る。

 

 

「これで、ロックハート先生の疑いは晴れたわね?」

「うーん…まぁ、そうね、普通本くらいは確認するもの…黒幕なら、闇の生物についての本を借りられるかもしれないと思うはずよ。…知られたら困ると思うし」

 

 

ソフィアも、あまりに簡単にサインをした時の様子を考え複雑そうな顔で頷いた。

と言う事は、いま可能性があるのはドラコしかない。結局、ポリジュース薬を作るハメになるのだ。

 

 

四人は急いで図書館へ行き、司書から最も強力な薬、と書かれた大きな本を受け取った。司書は怪しんだものの、許可証が本物な以上、職務を全うするほか無くむっつりとした表情で本を渡した。

 

 

どこでこの本を読むか、そう考えた時に、やはりマートルのトイレが一番適任だと言うハーマイオニーの意見が採用された。ロンは最後まで嫌そうにしていたが、それ以外で人が絶対に来ないと確証できる部屋を皆知らなかったのだ。

 

ソフィアは花束を持つ少女の部屋を一瞬思い浮かべたが、あの部屋には父が残した本がある、もし何かの拍子に親子だとばれてしまうことを恐れ、言い出さなかった。

 

マートルはトイレが使われる事を嫌がり喚いていたが、なんとかソフィアが宥め、個室の一角を使う許可が降り、四人はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「…あったわ、これよ!」

 

 

大事そうに本を開き、ページを捲っていたハーマイオニーは小さな声で興奮したように囁いた。ポリジュース薬、と記されたページには複雑な手順と珍しい材料が書かれていたが、ハリーはそれよりも挿絵の表情がとても痛そうだったのが気掛かりだった。

 

 

「こんなに複雑な魔法薬は初めてよ…クサガゲロウ、ヒル、満月草、ニワヤナギ…これは生徒用の材料棚にあるから、簡単に取れるわね…うわっ!二角獣の角の粉末…毒ツルヘビの皮…これ何処で手に入れたらいいかわからないわ…」

 

 

ぶつぶつと材料を見ていたハーマイオニーは顔を顰めながら独り言のように呟いた。それを覗き見ていたソフィアは、おずおずと手を上げる。

 

 

「それ、確かどっちも…スネイプ先生の研究室の…先生個人の棚にあったわ。何度も罰則を受けてるから…間違いないわよ」

「なら良かったわ!注文するときっと高額でしょうし、怪しまれるもの。…それと、変身したい相手の一部…」

「なんだって?変身したい相手の一部って、僕クラッブの足の爪なんか入ってたら絶対飲まないからね」

「ロン…別に髪の毛でいいじゃない、足の爪なんて…私だって絶対嫌よ」

 

 

嫌そうに顔を歪めたロンに、ソフィアは呆れながら言った、流石に足の爪は、誰のものでも摂取したいとは思わない。

 

 

「ハーマイオニー、どんなに色々盗まなきゃいけないか、わかってる?僕、絶対うまくいかないような気がする…」

 

 

ハリーは変身したい相手の一部よりも、セブルスの研究室から材料を盗み出す方が困難な事に思えた、バレたら罰則だけでは済まない。きっと退校を強く進言するだろうスネイプの嘲笑うかのような表情を思い浮かべ、不安げに首をすくめた。

 

 

「そう、2人とも怖気付いて、やめるって言うなら結構よ!私は規則を破りたくはない。わかってるでしょう?だけどマグル生まれの者を脅迫するなんて…魔法薬を密造するよりもっと悪い事だと思うの。でも、2人がマルフォイがやってる事かどうかはっきりさせたく無いのなら、この本はすぐに返してくるわ!」

 

 

あまりに2人の前向きではない言葉に、ハーマイオニーは頬を赤くして目を吊り上げ本を強くて閉じる。ロンとハリーは慌てて首を振り、嫌々ながらも降参するように頷いた。

 

 

「わかった!やるよ、けど足の爪だけは勘弁してくれ」

「でも、造るのにどれくらいかかるの?」

「材料が全て揃うのを考えたら…1ヶ月くらいかかるんじゃ無いかしら?確か1日では調合できなかったはずよ」

 

 

ソフィアはポリジュース薬の作り方を思い出しながらハリーの疑問に答えたが、ロンにとってはあまりに長く途方もない時間に感じたのだろう、驚きながら叫んだ。

 

 

「1ヶ月も!?マルフォイはその間にマグル生まれの半分は襲っちゃうよ!──あーでも、それが今のところこれがベストだね、うん」

 

 

しかし、ハーマイオニーの目が怒りでまた吊り上がってきたのを見ると慌てて付け足した。ロンとハリーは魔法薬学は苦手であり、ハーマイオニーやソフィアのような知識は勿論ない。薬を調合するのに1ヶ月かかるなんて良くある事で、中には調合に半年を有する物もあるのだが、きっとそれを知ると言葉を無くすだろう。

 

 

とりあえずポリジュース薬の作り方と材料がわかった所で、ハーマイオニーは本を閉じカバンの中に大切に仕舞い込んだ。

女子トイレから出るときはまた誰かに──パーシーに──見つかって注意されてはたまらない、とソフィアとハーマイオニーがそっと外の廊下を覗き込み、誰も居ないことを確かめてから静かに素早く彼らは寮へ戻った。

 

 

 

 



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71 狂ったブラッジャー!

 

 

次の日はクィディッチの試合が行われる日だった。ソフィア達は試合前、更衣室に入ろうとするハリーに駆け寄り、激励の言葉を告げた後観客席に向かった。

 

 

「今回は、何も起こらないといいわね」

 

 

ソフィアは隣にいるハーマイオニーに小さな声で囁いた。途端ハーマイオニーは去年の事を思い出し、緊張した面持ちで頷く。

 

 

「ええ…一応、ハリーの動きには注意しましょう」

 

 

何事も起こらないといい、そうソフィアとハーマイオニーは祈ったが、試合が開始された途端その祈りが届かなかった事を知った。

ブラッジャーがハリーだけを執拗に狙い打ち落とさんとばかりに頭めがけて突進していく。ブラッジャーはどの選手にも満遍なく攻撃を仕掛ける筈だ、あの動きは不自然すぎる。

すぐに気付いたソフィアは舌打ちを零し観客席を見渡した。だが視界に入る者は全て狂ったブラッジャーを見て不安そうにしている。それは教師達も同じだったようで、何事かと皆ハリーを見つめていた。

 

 

「だめ!変な動きをしている人はいないわ!」

 

 

ハーマイオニーは悲痛な面持ちで叫んだ、前回はたまたますぐに見つかったが、今回は見つからない。──いや、見つけられないと言った方が正しいだろう。前回、ハーマイオニーはセブルスを犯人だと、ソフィアはクィレルを犯人だと思いすぐにその姿を見つけることが出来た。しかし、今回は犯人の目星もついていないのだ。

 

 

「まさか、マルフォイが!?」

「いえ、ドラコも試合中よ、彼にそんな器用な真似出来ないわ」

 

 

ソフィアは、万が一の事を考えてドラコの動きにも注目していたが、彼は何度もブラッジャーから視線を外している。前回のように強い呪いをかけているのだとすれば、目を一時も離す事は出来ない筈だ。

 

 

「ソフィア!どうしましょう…!」

「っ…ハリー…!」

 

 

ハーマイオニーもソフィアも、どうする事も出来なかった、ただ祈るように手を組み、ハリーがブラッジャーとの衝突を回避し続けることと、一刻も早く試合が終わる事だけを祈った。

 

ブラッジャーがハリーの肘を強打した時、ハーマイオニーは叫び顔を手で覆った。ソフィアもまた息を飲み悲痛な面持ちでハリーを見る。豪速で重いブラッジャーにぶつかったんだ、きっと骨が折れた事だろう、もしこれが頭にぶつかったら──ソフィアは嫌な考えを首を振って振り払い、殆ど手摺から身体を乗り出してじっとハリーを見ていた。

 

ハリーは急に地面へ急降下すると、そのまま折れていない方の手を必死に前に伸ばした。あの動きは、間違いない、スニッチを見つけたんだ!そう分かるとソフィアは大声で叫んだ。

 

 

「ハリーー!!頑張ってー!!」

 

 

ソフィアの叫びが届いたのか、はたまた偶然だったのか、その直後からハリーの手はスニッチを捉え、地面に突っ込み泥の中を転がった。

周りから叫びとどよめきが広がる、事故か?落ちたのか?それとも、ついに捕まえたのか?

 

試合終了を告げるホイッスルが鳴り響き、フーチがグリフィンドールの勝利を告げると観衆は喜び歓声を上げ口笛を高く鳴らした。

 

ソフィアはほっと胸を撫で下ろし、隣で無邪気に喜ぶロンと、顔を青くしながらも安心から表情を緩めるハーマイオニーに向かって言った。

 

 

「ハリーの元へ行きましょう」

 

 

2人はすぐに頷き、グラウンドへと向かった。

 

ソフィア達が駆けつけると、すでに同じグリフィンドールの選手たちが心配そうにーーだが喜びを隠しきれないといった笑顔でハリーを取り囲んでいた。

 

 

「心配するなソフィア、腕が折れて気絶してるだけさ!」

 

 

駆け寄ったソフィアを元気付けるようにジョージが軽く言う。クィディッチで命を落とした選手はいないが、骨折は割と頻繁に起こる事故でもあった。

 

 

「ああ!ポンフリーが治してくれるさ!」

 

 

フレッドも嬉しそうにニコニコしながらソフィアに告げる。ソフィア達は顔を見合わせて、安堵から笑いあった。頭は打ってなさそうだ、それなら本当に良かった。

 

ソフィア達以外にも何人かのグリフィンドール生がハリーの様子を見ようと心配そうに駆け寄ってきて、グリフィンドールの選手達は口々に大丈夫だといい、安心させるように笑った。

 

 

「──おっと!まだブラッジャーが狂ったままだ!」

 

 

芝生の上に寝転び気絶しているハリー目掛けて飛んできたブラッジャーをジョージが持っていた棍棒で撃ち返し、すぐにフレッドも加勢し2人でブラッジャーを捕獲しにいく。ソフィアはちらりとそれを見て、間違いなく何か呪いか細工がされているだろうと目を細めた。

ただ、試合で負けさせたいわけじゃないんだ。ハリーに重傷を負わせることが、目的なんだ。

 

 

「どいて!私に道を開けてください!」

 

 

何処からともなく意気揚々とした声とともにロックハートが現れ、ハリーを取り囲む集団に笑顔を振り撒き、まるで今から自分がする偉業をしっかり見ておくようにというような目配せをした。

そして雨の中バサリとローブをはためかせ、ハリーの顔を覗き込んだ。

 

 

「ぅっ…」

 

 

ハリーが小さな呻めきと共に瞼を震わせ、ゆっくりと目を覚ました。そして目の前にいる人が誰なのか理解すると痛みとは別の感情で顔を歪めた。

 

 

「やめてくれ、よりによって…」

「自分の言っていることが分かってないのだ。ハリー心配するな、私が君の腕を治してやろう」

「止めて!僕、腕をこのままにしておきたい、かまわないで…」

 

 

激痛の中息も絶え絶えにハリーが懇願するが、ロックハートは自信たっぷりの笑顔をハリーと、そして群衆に見せる。ソフィアはピクシーさえ退けられない人が、はたして治癒魔法という難しいもの──それも骨折を治すなんて出来るわけがない、とハリーの上に覆い被さるようにしてロックハートからハリーを隠し、強い目でロックハートを見上げた。

 

 

「ロックハート先生!ここにはマダム・ポンフリーという優秀な校医の先生が居ます!」

「おやおや、君は…ミス・プリンス!ああ、なるほど、心配なさるな!君のダーリンはしっかりと私が治して見せましょう!そうすればあなたの憂いは晴れ、輝かしい笑顔を振り撒くことになるでしょう!ああ、でも感激のあまり私に飛び付いてはいけませんよ?勿論断りませんが、君のダーリンがヤキモチをやいてしまう!」

「なっ…!」

 

 

茶目っ気たっぷりにロックハートはウインクを一つし、白く輝く歯を見せた。

 

ロックハートはきっとこの少女はカッコいい悲劇的なボーイフレンドが怪我をした為狼狽えているに違いないと思い込み、想像もしなかった言葉に唖然として動きを止めたソフィアの下からするりとハリーを引っ張り出すと──ハリーは激痛で呻いた──すぐに杖を出し、何やらくるくると大袈裟に振り回す。

 

 

「やめて…だめ…!」

「──あっ!ハリー!」

 

 

人は理解できないものに遭遇すると思考を放棄するらしい。ソフィアがハッとして意識を取り戻した時には既にロックハートがハリーの腕に杖先を向けていた。

 

 

「あっ。──そう、まぁね。時にはこんなことも起こりますね。でも、要するにもう骨は折れていない。それが肝心だ。それじゃハリー医務室まで気をつけて歩いて行きなさい。ミス・プリンス?君のハリーを連れていけるね?マダム・ポンフリーがきっとハリーを…その…少し、きちんとしてくれることでしょう」

 

 

ロックハートは早口でそう言うとさっさとその場から逃げ出してしまう。ハリーは腕を見ないようにゆっくりと立ち上がる。不思議と激痛は消えていたが、腕が無くなってしまったかのような気持ち悪さがあった。

 

 

「ハリー…あー…医務室に、行きましょう」

 

 

ソフィアはなるべく優しくハリーに語りかけた。周りの人たちが気の毒そうに自分を見ている事に気付き、ハリーは恐る恐る自分の右腕を見た。ロックハートは骨折を治したのではない、右腕の骨を全て抜き取ってしまったのだ。ゴム手袋のように変わり果てた右腕を見たハリーはふらりとよろめいた、慌ててソフィアとロンが支え、ハーマイオニーはぶらぶらと揺れる右腕を引き攣った顔で見ていた。

 

 

「最悪だ…」

 

 

心の底から搾り出すようにハリーが言えば、ロンとソフィアは大きく頷いた。間違いない、骨折ならマダム・ポンフリーはすぐに治してくれるが、それが骨を生やす事となると…それが可能なのかソフィアにはわからなかった。

 

 

「さあ、行きましょうダーリン?勝利のキスを後であげるわね!」

 

 

少しでもハリーの気が紛れないかと、ソフィアは少し悪戯っぽく言ってみたが、ハリーは自分の腕の事で頭がいっぱいであり、虚な目で「ああ、うん」と返事をしただけだった。

 

 

「重症だ」

「…怪我も心もね」

 

 

茫然とするハリーを何とか医務室まで連れて行き、マダム・ポンフリーに診せると彼女は顔を真っ赤にして怒った。

 

 

「まっすぐに私のところに来るべきでした!」

「そうしようとしたんですが、ロックハート先生が無理矢理…」

 

 

ソフィアがおずおずと言うと、ポンフリーは大きなため息をつき、ハリーのぶよぶよした右腕をよく診察する為に持ち上げたり、捻ったりした。腕が本来出来ないだろうその雑巾絞りのような動きに、ソフィア達は顔を顰める。

 

 

「何て酷い!…骨折ならすぐに治せますが、骨を元通りに生やすとなると…」

「先生、出来ますよね?」

 

 

ハリーは絞られている自分の右腕を見ないようにしながら、すがるような思いでポンフリーに聞いた、ポンフリーは安心させる為にちょっと微笑み、頷く。

 

 

「勿論出来ますとも、でも…痛いですよ。今夜はここに泊まらないと…」

 

 

パジャマを渡しながらポンフリーは怖い顔でハリーに告げた。ハリーは顔を真っ青にしながらも、元通りになると分かって少し落ち着いたようだった。

 

 

ハリーがロンの手を借りてパジャマに着替える間、ソフィアとハーマイオニーは閉められたカーテンの外で待っていた。

 

 

「ハーマイオニー、これでもロックハートの肩をもつの?」

「本当だよ!頼みもしてないのに骨抜きにするなんて!」

 

 

ソフィアとカーテン越しのロンが刺々しい言葉でハーマイオニーに聞いた、流石のハーマイオニーもすぐには何も言えず暫くもじもじとしていたが、それでもロックハートの肩をもつと決めたようだ。

 

 

「誰にだって、間違いはあるわ。それにもう痛みは無いんでしょう?」

「ああ、痛みもないけど、感覚もない」

「ハーマイオニー、人に向ける魔法は間違うことは許されないわ!それに、ハリーはこの後激痛の夜を過ごすのよ!」

 

 

ソフィアが怒りながら言うと、ハーマイオニーは尤もな言葉に何もいい反論が思い浮かばなかった。

 

 

着替えが終わったハリーがカーテンを開けると、気まずそうにするハーマイオニーとまだ怒っているソフィア、そして骨生え薬を持つマダム・ポンフリーが現れた。

ポンフリーは薬をビーカーに並々と注ぎ「今夜は辛いですよ。骨を生やすのは荒療治です」と忠告しながらそれをハリーに渡した。

 

その薬を飲む事自体が既に荒療治だった、ハリーは目に涙を溜め何度も吐き戻しそうになり、咽せながら何とか飲み切ると、ロンとソフィアに水を飲むのを手伝ってもらった。

クィディッチとロックハートに対して良い印象を持ってないポンフリーは文句を言いながら医務室の奥に消えていき、それを見送ったロンはハリーを励ますために顔中にいっぱいの笑顔を見せた。

 

 

「とにかく、僕たちは勝った!物凄いキャッチだったなぁ、マルフォイのあの顔…殺してやる!って顔だったな」

「あのブラッジャーに、マルフォイがどうやって仕掛けたのか知りたいわ…」

「質問リストに伝えておけばいいよ、ポリジュース薬を飲んでからアイツに聞くリストにね。…さっきの薬よりマシな味だといいんだけど…」

「スリザリンの連中のかけらが入ってるんだぜ?冗談言うなよ」

「ま、美味しくはないでしょうね」

 

 

ロンが嫌そうに舌を出しながら言った時、医務室のドアがパッと開き、泥んこでびしょ濡れになったグリフィンドール選手全員がハリーの見舞いにやってきたため、4人はポリジュース薬の話をやめた。

 

選手達は全員溢れんばかりの笑顔を見せてハリーを取り囲む、たくさんのお菓子やジュースを持ち込んでまさに宴会が始まろうとした時、ポンフリーが怒り鼻息を荒くしながら現れた。

 

 

「この子は休息が必要なんです。骨を33本も再生させるんですから!出ていきなさい、出ていきなさい!」

 

 

尻を叩かれるようにしてソフィア達や選手達は追い出されてしまった。

そのあと談話室に戻ると、主役のいない宴会が既に始まっており、ソフィアは少しハリーに申し訳なく思いながらも、フレッドとジョージに手を引かれその中の輪に加わった。

 

 

 

 



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72 レッツ調合!

 

 

日曜日の朝、ソフィアはハーマイオニーとロンと共にハリーの見舞いに行くために医務室へ向かっていた。

 

だが階段を降りようとした時に、階下の踊り場からフリットウィックの小さな悲鳴が聞こえ、一体何事かと三人はこっそり階段の上から下を盗み見た。

 

踊り場に居たのはフリットウィックとマクゴナガルで、2人はひそひそと声を顰め、顔を合わせるようにして話し込んでいた。

 

 

「そんな…!本当に、生徒が…?」

「ええ、フリットウィック先生。私はこの目で見ました…一年生のコリン・クリービーです。ミセス・ノリスと同じように…石になっていました」

「なんと…何と酷い…!」

 

 

あまりの衝撃に、フリットウィックは手で顔を覆い、その場で座り込んでしまう。マクゴナガルもまた、悲痛な顔をして固く口を結んだまま、じっと石の階段を見ていた。

 

3人は顔を合わせ、足音をさせないように気をつけながら元来た道を戻り、人気のない廊下にたどり着くと一度足を止めた。

 

 

「コリンが…!まさか…」

「ついに、マルフォイのやつ!やりやがった!」

「こうしちゃいられないわ、──早く薬を作りましょう。ハリーのお見舞いはいけないけれど…きっとハリーは分かってくれるわ」

 

 

3人とも顔色を悪くしていたが、無言の内で頷き合うとすぐに3階のトイレへと向かった。しかしすぐにソフィアは足を止め、驚き急ブレーキをかけたハーマイオニーとロンを見て静かに言う。

 

 

「私、生徒用の戸棚から材料をとってくるわ。二人は準備を始めてて!」

「わかった、…けど、気をつけて」

「くれぐれも、誰にも見つからないようにね!」

 

 

ソフィアは深く頷き、2人と別れ魔法薬学の教室へと向かう。

今日は日曜日で授業もない、忍び込むにはもってこいだろう。後は、セブルスが居ないことを祈るしかない。

 

足早に地下室へ向かい、教室の扉を少しだけ開いた。中は無人で鎮まりかえっている。ソフィアはホッとしながら素早く体を扉に潜り込ませると、すぐに生徒用の薬棚へ向かった。沢山の小瓶や材料が並ぶ棚から必要な材料を素早く探す。

 

 

「クサガゲロウ、ヒル、ニワヤナギ…あっ、満月草もあるわ、よかった…これで次の満月まで待たないで済むわ…」

「ポリジュース薬でもつくるの?」

 

 

突如聞こえた声に、ソフィアは声にならない悲鳴を上げ勢いよく後ろを振り向いた。

その先にはきょとんとした顔のルイスがいて、ソフィアは早鐘のように打つ心臓の音を聞きながら、胸を抑え深く息を吐いた。

 

 

「ルイス…もう、驚かせないでよ!」

「え?…いや、それは僕のセリフだよ…こんな所で何してるの?流石に、勝手にとったら…先生に、怒られるよ」

 

 

ルイスは忠告し、怪訝な目でソフィアを見たが、ソフィアはバツの悪そうな顔をしながらも戸棚からさっと材料を抜き取ると鞄の中に突っ込んだ。

 

 

「お願い、誰にも言わないで」

「…先生にも?」

「先生にも、よ」

 

 

必死な顔で懇願するソフィアに、ルイスは小さくため息を吐いたが、真面目な顔でソフィアの両肩を掴み、彼女の黒い目を覗き込んだ。

 

 

「ソフィア…黙っててあげるけど、何をするつもりか教えて」

「…ごめんなさい、言えないの」

 

 

ソフィアは悲しげに首を振る。暫くルイスは無言でソフィアを見つめたが、彼女の口が開かれることはなく強く結ばれたままで、諦めたように肩から手を離し、肩をすくめた。

 

 

「危険なことはしてない?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 

──今のところはね。と内心でソフィアは呟いた。

ルイスはまだその言葉を信じられないような目をしていたが、ソフィアが一度決めた事を曲げないことも、意外と頑固な事も知っていた為それ以上の追求はしなかった。

 

 

「ただ、ポリジュース薬はぜっっ…たい、ソフィアには逆立ちしても作れないと思うよ」

「まぁ!」

 

 

ソフィアはルイスのからかいに顔を赤くして憤慨したが、ソフィア自身、あんな複雑な調合は不可能だと理解していたため、頬を膨らませるだけで反論はしなかった。

 

 

「事実でしょ?…ハーマイオニーあたりかな?ポリジュース薬か…いいな、僕もまだ作ったことないもん、先生に作りたいって言ってみようかなぁ」

 

 

少し笑いながら言ったルイスの言葉に、ソフィアは少し不機嫌そうな表情のままちらりとルイスを見た。

作りたいといっても、きっと授業でポリジュース薬を造る事は無いだろう。夏休み中にセブルスと家で造るにしては少々時間がかかるものだ。いつ作るつもりなのか。

そんなソフィアの視線に気付いたのか、ルイスは悪戯っぽく笑うと声を顰め、ソフィアの耳元で自慢するように告げた。

 

 

「僕、今年から…父様の個人授業を受けてるんだ」

「えっ…!」

 

 

ソフィアの想像通りの反応に、ルイスは満足したかのように笑いながら身体を離した。

 

 

「そんな…!ずるいわ!」

「えー?だってほら、僕って魔法薬学は優秀だからね?ソフィアはマクゴナガル先生から個人授業を受けているでしょ?それと同じだよ。ソフィアは…スネイプ先生の個人授業を受けるにはちょっと…スキルが足りないんじゃない?」

「…、…そうね…」

 

 

くすくすと楽しそうに笑うルイスを見て、ソフィアは苦々しい顔を見せ頷いた。たしかに、自分は先生の──父の個人授業なんて永久に受けられないだろう、補習ならいずれ受ける事になるかも知れないが。

それに、魔法薬学の個人授業が羨ましいのではない、そもそも調合は苦手で嫌いだ。父と2人きりになれる、それが途轍もなく羨ましかった。

 

 

「僕、この後個人授業なんだ。…ソフィアが何してるのかは言わないけど、もう教室から出て行った方がいい…すぐに先生が来るよ」

「…わかったわ…ありがとう、ルイス」

 

 

ソフィアは頷きながら、そういえば2人きりで話すのは久々だと気付いた。ルイスは今年ドラコと喧嘩をしてからあまりソフィアに…ハリー達に近付かなくなった。大広間での食事の際も去年は頻繁にグリフィンドールに混じっていたが、ここ最近は全く無かった。

そう考えると、何となく寂しさが溢れ、ソフィアはぎゅっとルイスを抱きしめた。ルイスは驚き目を開いたが、すぐにその目を優しく細めさせるとソフィアの背に手を回した。

 

 

「クリスマス、どうするか…聞いておくね」

「ええ、お願いね?」

「…ソフィア、くれぐれも…僕達を悲しませる事はしないでね?」

「…わかったわ」

 

 

ソフィアは頷く。そしてすぐに身体を離しルイスの頬にキスを落とすと手を振り、魔法薬学の教室から去っていった。

 

それを見送ったルイスは今までの優しげな表情を消し、考え込むように顎に手を当てた。

 

 

「…秘密の部屋…調べてみようかな」

 

 

いま、ソフィア達が調べ嗅ぎ回ることと行ったら間違いなく秘密の部屋関連だろう。ルイスは今年もまた厄介なことに巻き込まれていくソフィアを思い、父と同じように深いため息をついた。

 

 

 

 

材料を手に入れたソフィアはすぐに3階のトイレへ向かい、そっと扉を開け中の様子を確認する。一番奥の個室が閉まっている事に気付きそっと扉を叩いた。

 

 

「材料、とってきたわ」

 

 

ガチャリと鍵の開く音と共にハーマイオニーが安心したように息を吐き、ソフィアを抱きしめた。

 

 

「ソフィア!遅かったから心配してたのよ!」

「何かあったのかい?」

「ああ…ルイスと魔法薬学の教室で会って、誤魔化すのが大変だったの」

 

 

ソフィアはカバンの中を漁り、材料を取り出しながら言った。その言葉にハーマイオニーとロンは顔を見合わせ不安そうな目でソフィアを見る。

 

 

「大丈夫だったの?…その、バレなかった?」

「何とか大丈夫だったわ。…はい、材料よ。…私は調合に自信がないから…ハーマイオニーにお願いすることになるけど…」

 

 

大丈夫だと言う言葉が本当なのか、少し気になったハーマイオニーだったが──ルイスは、かなり勘が良い。少しの情報で驚くほど色々な事を知ってしまう──今はそれを気にしても仕方がないと考え、材料を受け取り間違いが無いかを本を開き何度も確かめ、深く頷いた。

 

 

「よし…これで、途中までは大丈夫ね…早速作りにかかるわ!」

「僕たちは何をしてればいい?」

 

 

ロンがハーマイオニーに問いかけ、ちらりとソフィアを見た。ハーマイオニーは少し考え、声を顰めて隣の個室を顎で示した。

 

 

「マートルのご機嫌をとって頂戴。トイレの水がもし鍋に入ったら…全て台無しよ!」

「ああ、それなら簡単だ!ソフィアがマートルと話して、僕は黙ってたらいいんだからね!」

 

 

ロンは手を上げて喜んだが、ソフィアはそれを見ると頭を押さえて首を振った。

マートルの泣き声は今は聞こえないが、過去に自分を虐めた相手を呪う言葉の呟きが聞こえてくる事から、あまり機嫌は良くなさそうで、ソフィアはハーマイオニーに言われた任務の難しさに肩をすくめた。

 

 

ハーマイオニーが早速調合を始め、ソフィアはマートルの機嫌を取るために隣の個室へ向かう。ロンはマートルに姿を見せない方がいいと考え、出来る事はないがハーマイオニーと共にその場に残った。

 

 

「こんにちはマートル、急にお邪魔してごめんなさいね」

「ソフィア…またアイツらを連れてきたの?私は…あなただけなら歓迎するのに」

 

 

マートルはトイレの水槽の上で浮かんでいたが、ソフィアが入ってきたと分かるとふわりと前に舞い降り、つまらなさそうに唇を尖らせた。

 

 

「ごめんね、ちょっと…秘密で作りたいものがあって…マートルも、内緒にしてくれるかしら?あなたはかけがえのない友達だから…教えてあげるのよ?」

「…まぁ!…ふふ、良い響きね?」

 

 

ソフィアは少し彼女を都合よく使っているだけのような気がして彼女の嬉しそうな笑顔に胸にチクリとした痛みを感じたが、仕方のない事だと、自分に言い聞かせ無理に笑って見せた。

 

ソフィアは蓋の閉まった便座に腰掛け、マートルの機嫌を損ねないよう取り止めのない話をした、なるべく彼女の過去のトラウマを刺激しないような話題を選び、家族を思い出させ悲しませてはいけないと、家族の話題も避け、去年あった賢者の石に関する事を話していた。マートルはあまりトイレから出ないのか、興味深そうに頷きそれを聞いていた。

 

少し経った後、トイレの扉が開く音がしてソフィアは息を呑んだ。まさかこの部屋に自分達以外の誰かが来るなんて全く想像していなかった、もし、ポリジュース薬を作っている事がバレたら大変な事になる。

じっと息を殺していたが、聞き覚えのある声が聞こえ、ほっとソフィアは胸を撫で下ろした。

 

 

「マートル、ごめんなさい、私ちょっと隣に行くわね?」

「わかったわ…またきてね、ソフィア…」

「ええ、必ず」

 

 

マートルは悲しそうにしたがすぐに頷き、何かを期待するような目でソフィアの前に立った。少しソフィアは考えた後、両手を広げ、マートルを抱きしめた。

 

 

「ふふっ…またね…ソフィア…」

 

 

マートルは嬉しそうに笑いながら便器の中に向かってゆっくりと水飛沫をソフィアにかけないように飛び込む。パイプから機嫌のいいくぐもった鼻歌が聞こえてきたのを確認し、ソフィアは感じた寒気に体を一度大きく震わせたあと隣の個室へ移動した。

 

 

「ハリー、腕は大丈夫?」

「ソフィア!うん、もう平気さ。…2人に聞いたんだけど…もうコリンのことは知ってるんだね」

「ええ…」

 

 

ハリーは腕をぐるぐると回し、問題のなさをアピールした、それを見てソフィアは安心したが、コリンの事を思い出すと表情を翳らせる。

 

 

「コリンの事じゃ無い、もう一つ…話があるんだ。真夜中にドビーが僕のところに来たんだ」

 

 

ハリーは三人にドビーが話した事、話してくれなかった事を詳細に伝えた。ロンもハーマイオニーもソフィアも、想像もしなかった話に口をぽかんと開けたまま聞いていた。

 

 

「秘密の部屋は以前にも開けられた事があるの?」

 

 

ハーマイオニーが恐ろしさに身を震わせ、小さな声でハリーに聞いた。

 

 

「これで決まったな!ルシウス・マルフォイが学生だった時に部屋を開けたに違いない!今度は我らが親愛なるドラコに開け方を教えたんだ。間違いない!」

 

 

ロンはまるで勝利を確信したかのように膝を叩き、意気揚々と言った。ソフィアはハリーの言葉を聞いて暫く悩んでいたが、ふいにロンを見た。

 

 

「ロン、アーサーさんは、ドラコのお父さんの…ルシウスさんと同級生かしら?」

「え?どうだろう…多分、違うんじゃ無いかな?僕のパパの方が歳上だと思うよ。…どうして?」

 

 

いきなり自分の父が話題にあがり、ロンはきょとんとした顔をしていたが少し考えて首を振った。ソフィアは考え、言葉を選びながら自問自答するように呟いた。

 

 

「ルシウスさんが秘密の部屋を過去に開いたと仮定して、の話だけど…。もし開けたのなら、アーサーさんは絶対に知ってるでしょう?犯人がルシウスさんだとは気が付かなかったかも知れないけれど。そんな事件がホグワーツ在学中にあったのなら…知らない人は居ないと思うの。けれど…そうね、学年が違うのなら…アーサーさんが卒業してから…ルシウスさんが開いた可能性もあるし…。

私の知り合いで当時のことを知ってる人も…ルシウスさんより年下だし…んー…だめ、もしいつ開かれたか分かれば、もっと犯人を絞り込めると思ったの。でも…ここ二十年は無いと思うのよね…親がホグワーツの卒業生なんて子ザラにいるでしょ?皆秘密の部屋の事を知らないなんて…ああ、でも…一度目はほとんど、誰にもバレなかった…?…うーん…」

 

 

ソフィアは両手を上げて首を振る。

ハリーとロンは間違いなくドラコの仕業だと思っている、ハーマイオニーですら、九割はドラコだと思っていた。だがこの様子ではソフィアはまだドラコが犯人だと確証を持てていないのだとハリーは気付いたが、去年の事もあり何も文句は言わなかった。

 

 

「それにしても、ドビーがそこにどんな怪物がいるか、教えてくれたら良かったのに!そんな怪物が学校の周りをうろうろしてるのに、どうして誰も気が付かなかったのか、それが知りたいよ」

「きっと、透明になれるのよ。そうでなきゃ何かに変身してるとか…鎧とかに。カメレオンお化けの話、読んだことあるわ…」

「そうね…それに、千年前から生きていたとして、途轍もないわ。そんなの…伝説級の生き物くらいしか…確か今昔奇妙物の怪図鑑で…沼地に住む不死の生物がいるって見たわ…」

 

 

ハーマイオニーとソフィアも怪物の正体について考えたが、これだと言うものは思い浮かばなかった。ソフィアは何度か図書館に行き、魔獣についての本を探したのだが、考えることは皆同じなのだろう、全て貸出中になっていた。

 

 

「ハーマイオニー、ソフィア、君たち本の読みすぎだよ」

 

 

ハリーが少し嫌そうに呟き、それにロンも賛同して頷く。ハリーは改めてロンがこのグループの中にいたことに感謝した。

──失礼な言い方かも知れないが、同じレベルの人が1人でもいなければ、この勤勉で博識な2人とはとても上手く付き合ってられないだろう、と思った。

 

 

 

 



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73 似ているのは偶然!?

 

 

コリンが襲われたと言う話は、休み明けの月曜日には学校中に広まっていた。人がついに襲われた、次は自分の番かも知れないと皆が疑心暗鬼になり信じられる友人と固まって行動した、とりわけマグル出身の者は教室を移動する度に生きた心地がしなかった。

 

余裕を見せていたのはスリザリン生だけだろう。彼らは自分達は絶対に襲われないと考え、恐怖に慄く生徒達を見て馬鹿にしたように笑った。──実際のところを言えば、スリザリンにも純血ではなく、片方の親がマグルだと言う生徒も、両親共にマグルだという生徒も存在している。だが利口な彼らはもちろんそのことを生涯誰にも言うことはない。この寮で、その事実が露呈する事がどれだけ危険なのか、彼らは重々理解していた。

 

自由時間も殆どの生徒がここだけが安全地帯だというように各自の寮で身を寄せ合って過ごしていた。

生徒達が固まって行動するなか、ソフィアはジニーの事が気掛かりでならなかった。未だにジニーは殆ど1人で過ごしているようで、ついこの間教室を移動する際も一人きりでとぼとぼ歩いていた。心配したソフィアとロンはもちろんジニーを次の教室まで連れていったが、どうやらジニーはコリンと妖精の呪文の授業で隣だった事もあり、酷く動揺し落ち込んでいるようだった。

 

 

その日、ソフィア達もまた他の生徒と同じように談話室で過ごしていた。

ポリジュース薬は着々と完成に向かっているが、ただどうしても必要な材料が二種類足りず、それを手に入れる事が出来るのはセブルス個人の薬棚しかなかった。

 

 

「必要なのは、気を逸らす事よ。そして、私たちのうち誰かがスネイプの研究室に忍び込んで、必要な材料を取るの」

 

 

ハーマイオニーは声を顰め、真面目な顔でついに計画を立て始めた。ハリーとロンは怪物と戦うよりも、研究室に忍び込む方が何倍も難しいのでは無いかと乾いた笑いを漏らした。果たして、誰が忍び込むのか、どうか自分を指名しないでくれとハリーとロンは心配そうにハーマイオニーを伺うように見た。

 

 

「私が実行犯になるのがいいと思うの。ハリーとロンは次に問題を起こしたら退校処分でしょ。ソフィアも何度も罰則を受けているわ。私なら前科がないし…だから、あなたたちは一騒ぎ起こして、ほんの5分くらいスネイプを足止めしてくれたらそれでいいの」

 

 

ハーマイオニーはいとも簡単そうにいうが、それ以上に困難な事をハリーは想像出来ず、力なく笑った。

ソフィアは自分が実行犯になった方が良いのではないかと思っていた為、心配そうにハーマイオニーを見た。

彼女は自分と先生の関係が親子だと知っている筈だ、見つかっても罰則を受ける可能性は高いが退校になることは無い。そんな危険な真似をハーマイオニー1人に任せて良いのだろうか。──しかし、ハリーとロンが居るこの場でそれを言うことは出来なかった。

ハーマイオニーはソフィアが何か言いたげな目をしていた事に気付いたが、知らないふりをした。彼女もまた、ソフィアに危険な目は合わせられないと同じことを考え、自分自身が名乗り上げたのだ。それに、ソフィアは退校になることはないとわかっていたが、バレた時に父親に失望され、悲しむソフィアを見たくはなかったのだ。ソフィアはとても優しい。自分で全ての罪を被るだろう、それを避ける為でもあった。

 

 

「5分ね!それは、大丈夫よ。私、騒ぎを起こすのには慣れているから」

 

頼もしいような、果たしてそれは本当に大丈夫なのか、ハリーとロンは顔を見合わせどうか無事成功しますように、と呟いた。

 

 

自室にいた生徒達が談話室に集まりだし、周辺に人が溢れがやがやと騒がしくなったところでソフィア達はそこでポリジュース薬についての話題をやめた。

ロンが部屋から魔法チェスをしようと持ってきて──ロンは自分が得意な魔法チェスを頻繁にやりたがった──まずはソフィアとハリーが対戦する事になった。

 

 

二人の腕前は同レベルであり、ソフィアは賢く冷静になれば何手先でも読み勝つ事が出来るのだが、ハリーのトリッキーな戦略に心が乱されるとつい──彼女の性格なのだろう──焦ってすぐにキングを取りに行こうと躍起になり、結局負ける事が多かった。

 

今回もなかなかにいい勝負をしている二人はお互い同じように真面目な顔をして考え込む。

ふと、それを少し離れた所で見ていたネビルはソフィアとハリーに近づくと、二人の顔を見比べた。

 

 

「何?ネビル」

 

 

ネビルの視線に気付いたハリーは気が散ってしまいソフィアに駒を一つ取られてしまった。小さく「ううっ」と呻めき、ネビルを少し恨めしげに見る。

 

 

「今気づいたんだけど、ハリーとソフィアって似てるね」

「え?」

 

 

同じ真剣な表情をしていたハリーとソフィアをまじまじと見ていたネビルはぽつりと呟く。二人はきょとんとしたまま顔を見合わせた。

 

 

「…そう?私はそんな事…思った事ないわ」

 

 

ソフィアの隣に座って盤上を見ていたハーマイオニーはソフィアとハリーを見ながら首を傾げた。ロンも同じように二人を見ながら首を捻る。

 

 

「そうかなぁ…目が似てるって思ったんだけど…」

 

 

全員に否定され、ネビルは自信なさげに眉を下げた。ハーマイオニーはじっと二人の目を見比べる。たしかに、言われてみれば似てなくも無い、かもしれない。

 

 

「ねえ、二人で並んで…手で顔を隠して目だけを出してみて?」

 

 

ソフィアはハリーの隣に移動すると、不思議そうにしながら片手で鼻から下を、もう片方の手で額を隠し、それを見たハリーも同じようにして、ハーマイオニー達の方を向いた。

 

 

「……あっ!」

「わー!本当だ、今まで気付かなかったや!」

「ほら、僕の言った通りでしょ?」

 

 

ハーマイオニーとロンは驚きの声をあげ二人の目をじっと見た。ネビルは自分の意見が間違っていなかった事を喜びどこか得意げに微笑む。

目だけを見てみれば、確かによく似ている。その鮮やかな緑色の瞳も瓜二つだった。

 

 

「ハリーの目はお母さん似なのよね?…ソフィアは…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの父を知っているために間違いなく母親似だと思ったが、それを口にするときっと何故そう思うのかハリー達に不思議に思われるだろうと途中で言葉を止めた。

 

 

「私もルイスも、母様に似てるの」

「じゃあ…もしかしたら君達の母親は親戚かもしれないね」

 

 

ネビルはなんとなく、そう呟いたがそれに酷く動揺したのはハリーだった。

ハリーはダーズリー一家以外に親戚が居ないと思っていたし、そう、聞いていた。皆死んでしまったのだと…少なくとも、父親側の魔法界に居た人は皆死んでしまったとそう、思い込んでいた。

 

 

「まさか、そんなの聞いたことないわ!」

 

 

ソフィアは苦笑しながら「ないない」とばかりに手を振った。だが、ロンは面白そうに笑いながら「あり得るかも」と何処か確信めいた色を滲ませながら言う。

 

 

「ソフィア、君のお母さんは純血かな?」

「うーん、多分そうね。スリザリン寮だったみたいだし…」

 

 

ソフィアは母がスリザリン寮だったとは聞いていた。その寮に選ばれると言うことはきっと純血なのだろう、スリザリンには純血しか組み分けされないと聞いた事がある。──ソフィアは、スリザリン寮にマグル生まれの者や、両親の片方がマグルの者も居るという隠された事実を全く知らなかった。

 

 

「今の魔法界では皆、何処かで血が繋がってるって聞いた事があるんだ!」

「そうなんだ…もしそうなら、嬉しいな!」

 

 

ハリーは興奮し、喜びと期待を滲ませながらソフィアを見た。もし本当に親戚なら──例えどんなに遠い親戚でも──心から嬉しいと、ハリーは思った。

そんなハリーを見てソフィアもまたロンと同じく、楽しそうに笑った。期待させてしまって少し申し訳ないが、ソフィアはそれは無いだろうと思っている。父がそんな事は一言も言わなかったし、もし本当に親戚なら流石の父もこれほどハリーを嫌わないだろう。

 

 

「あはは!親戚だったとしても、きっと凄く遠いわよ!…でも、その話は面白いわ!後でルイスにも伝えてあげましょう!」

「うん!伝えてみて!」

 

 

ハリーは嬉しそうに笑い、心がじんわり暖かくなるのを感じた。ソフィアとルイスが僕の親戚なら、ダーズリー家からソフィア達の家に行けないかな?ああ、でも2人も孤児だから、難しいかもしれない。どうにか関係を調べられないだろうか。

 

 

「ソフィアのお母さんって、ファミリーネームは何なの?」

「え?……そう言えば、聞いた事ないわ…物心つく前から居なかったし…あまり気にした事が無くて…今度何か家に手かがりが無いか探してみるわ!」

 

 

ハリーは少し残念に思ったが、それでも探してくれるという言葉が嬉しく、期待を込めて何度も頷いた。

ソフィアはいつか、暇を見て父に聞こうと思った。母の話題を父が避けているのは知っているが、流石にファミリーネームくらいは教えてくれるだろう。

 

 

「…さあ!勝負の続きよ!親戚かも知れなくても、手加減しないわ!」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑い、ハリーもまた臨むところだと楽しげに頷いた。

 

ただ1人、ハーマイオニーだけが違和感に気付きどこか複雑そうな顔でハリーとソフィアを見ていたが、楽しげな雰囲気を壊す事に気が引けてしまい、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

就寝時間になり、ベッドの中に潜り込んだハリーは談話室で話したソフィアとルイスと親戚かも知れないと言う事をぼんやりと考えていた。

もしそうならどれだけ幸せだろうか、そう妄想を膨らませていたハリーだったが、ふと一つのとんでもない勘違いに気が付いてしまい、身を硬らせる。ややあって、こっそり重いため息をついた。気が付かなかったら良かった、そうしたらもう少し幸せな時を過ごせたのに──。

 

 

「…僕のお母さんは…マグル出身だった…」

 

 

すっかり忘れていた。そうだ、お母さんはあの憎いダーズリー家のペチュニアおばさんの妹だ。

 

 

魔法界ではどこかしら繋がりがあるとはいえ、流石にマグル出身の者と親戚だなんて、そんな奇跡は無いだろう。きっとあの時皆その事について失念して、気が付かなかったんだ。──いや、ハーマイオニーはずっと黙っていた、もしかしたら、気を遣って黙っていてくれたのかもしれない。 

 

きっと、目が似ていたのは偶然なんだろう、こんな沢山の人がいるんだ、似ている人が居ても不思議ではない。ゴイルとクラッブもよく考えればダドリーに似ているし。ルイスの赤毛はロンの赤毛と似ている。

 

 

幸せな気持ちは急激に萎み、ハリーはごろんと寝返りをうった。

 

 

 

 



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74 命懸けの強奪!

 

木曜日の午後。

ついに魔法薬学の授業が始まった。今日、ハリー達はとんでもない事をしなければならない。──この授業で、なによりもハリーが恐ろしいと感じるセブルス・スネイプの授業で騒ぎを起こさなければならないのだ。

 

予めハリー、ロン、ソフィアはフレッドからフィリバスターの長々花火を貰い、こっそりポケットの中に忍び込ませていた。3人中誰か1人でも騒ぎを起こさなければならない。

 

成功するには薬を調合する位置も重要だった。

なるべく研究室から遠い席に座り、尚且つ、この花火を入れるクラッブかゴイルが側に居なければならない。クラッブとゴイルを選んだ理由は簡単だ、ハリーとロンの心がちっとも痛まないからだった。

それと、出来るならルイスは巻き込みたくない、そう4人は思っていた。

 

研究室とルイスから遠く、クラッブかゴイルが近くに座る。そんな奇跡のような席になるためにハリーとロン、ソフィアは皆バラバラに座った。あまりいつものメンバーがバラけていると不信がられるかもしれない、とハーマイオニーはソフィアの隣に座り、ロンはネビルを誘い隣に座らせた。

 

 

先に教室の中に入り席についていたハリー達の後でスリザリンの生徒がぞろぞろとやってきた。ハリーとロンはどうかこっちにクラッブとゴイルが来ませんように、とこっそりと机の下で指を組み祈っていたが、幸運の女神はどうやらロンに微笑んだようで、ハリーの前の席にクラッブとゴイルが座った。

 

ちらり、とハリーはロンとソフィアを見る、2人とも人差し指と中指を交差させ、「幸運を祈る」とジェスチャーで伝えていた。ソフィアの目は真剣そのものだが、ロンの目には隠しようのない安堵が滲んでいる。

 

 

「………はぁ…」

 

 

ハリーは天を仰ぎ、小さくため息をついた。

天井を見ていた顔をゆっくりと戻した時には心は決まり、ハリーの目は決意が宿り、唇は緊張から固く結ばれていた。

 

 

 

行動に移すのがハリーだと決まってしまい、ソフィアは不安に思いながらせめて邪魔はしないでおこうと真剣に調合に取り組んだ。ルイスからは2度と調合しない方がいいと言われていたが、しないわけにも、いかないだろう。

 

絶えず緊張し、真剣に調合した結果。ソフィアの膨れ薬は奇跡的にもほぼ成功していた。少し色が薄いが、今までの中で会心の出来だといえるだろう。──寧ろ、上手く作りすぎて怪しまれかねない。ソフィアは迷う事なく余っていた材料をわざと少し足して薬を失敗させた。少しでも、疑念を抱かせないようにしなければならない。

 

 

セブルスは生徒の周りをゆっくりと歩き、薬の出来を見て回った。ドラコとルイス以外のほぼ全員が細かすぎる批評を受けたが、それはいつも通りの授業風景といけるだろう。

 

 

「…ミス・プリンス。どうしたらこうなるのか…理解に苦しむ」

 

 

セブルスはソフィアの大鍋を少し覗くと、わざとらしく盛大なため息をついた。彼女の手によりわざと失敗して作られた膨れ薬は何故か液体ではなくオレンジ色の石の塊のようになっていた。

ソフィアは無言で俯く。何か企んでいると悟られてはならない。いつもこうして目を逸らしている、きっとバレないはず──。

 

俯きながらちらりとハーマイオニーを見れば、ハリーにこくりと合図を送っていた。ハリーがこそこそと花火を出している中、セブルスが不意にハリーのいる方向を降り向こうとした為、ソフィアは慌てて顔をあげセブルスを見た。

 

 

「先生!」

 

 

呼び止められ、セブルスは半分ハリーの方を向いていた身体をくるりとソフィアに向けた。──ソフィアの隣でハーマイオニーが強ばった肩をおろしたのが見えた──ソフィアはしばし逡巡した後、机の上にあったフグの目玉を摘み上げた。

 

 

「…多分、この目玉のせいです。ちょっと…白内障ぽくありませんか?」

「──ほう?ミス・プリンスは、我輩が準備した材料に、ご不満がおありだと…そういうのかね?」

 

 

フグの目玉は新鮮そのものであり、セブルスは口先だけで侮蔑の笑みを見せる。近くでそれを聞いていたグリフィンドール生達は、またグリフィンドールが減点されると少し落ち込んだその時──。

 

 

──バンッ!

 

 

短い破裂音と共にクラス中に雨のように膨れ薬が降り注いだ。

薬の飛沫がかかった生徒は悲鳴を上げ、みるみる膨らんでいく身体の一部を見て呻く。

 

セブルスは反射的にソフィアを見たが、ソフィアは驚きに目を見開いていて、セブルスと目が合うと今回は私じゃないとばかりに首を勢いよく振った。舌打ちをこぼしたセブルスは杖を振るい膨れ薬を消し去ると怒号を上げる。

 

 

「静まれ!静まらんか!」

 

 

セブルスは早足で被害の最も多い場所へ向かう。ハーマイオニーは彼が後ろを向いた途端こっそりと教室から抜け出した。

 

 

「薬を浴びた者にはぺしゃんこ薬をやるからここに来い」

 

 

セブルスは棚からぺしゃんこ薬を取り出し教壇の上に置いた。ドラコがメロン程に膨れた鼻を下から支えながら急いで進み出て、それに続きクラスの半数程度が身体の一部を巨大化させ、重い身体を引きずるようにして教壇の前に並んだ。

 

ハリーはスリザリン生が殆ど被害を受けていた事が嬉しく、必死に笑いを堪えた。それになんとかルイスは被害を免れたようで、巨大化した生徒を可哀想なものを見る目で遠巻きにしている。

そんな中、ハリーはハーマイオニーがするりと教室内に戻ってきたのを見た。

 

 

ハーマイオニーは素知らぬ顔で着席すると、額に滲む汗を拭き呼吸を抑えた。ソフィアは声を潜ませなるべく唇を動かさないようにしてそっと囁いた。

 

 

「…ハーマイオニー、大丈夫だった?」

「ええ、問題ないわ」

 

 

ローブの下で隠していた材料を机の下で出して見せ、ハーマイオニーはニヤリと笑い、直ぐに材料を鞄の中に入れその上に沢山の教科書を乗せた。

 

 

皆が解毒剤を飲み、色々な膨れが収まったあと、セブルスはゴイルの大鍋の底から黒焦げた花火の燃え滓を掬い上げた。

それを見た生徒達は誰も一言も話さず、教室内に重い沈黙が流れた。──この授業で、こんな馬鹿な真似をする人がいるなんて、信じられなかった。

 

 

「これを投げ入れた者が誰かわかった暁には、我輩が間違いなく、そいつを退学にさせてやる」

 

 

セブルスが怒りを滲ませ低い声で言うと、教室内の気温が3度は下がった気がした。

ハリー達は一体誰がそんな事をしたんだろう、という表情を取り繕った。しかし、セブルスはハリーを真っ直ぐに見据えていて、ハリーは終業のベルが鳴るまで生きた心地がしなかった。

 

 

終業のベルがなった途端、4人は教室から出るまでは他の生徒と同じように普通に歩いていたが、一歩セブルスの視界から離れた瞬間その場から逃げ出した。

 

 

 

急いでマートルのトイレに向かう中、ハリーは不安そうに後ろを振り向きつつ──もしかしたら、スネイプが追いかけているかも知れない──3人に話しかける。

 

 

「スネイプは僕がやったってわかってるよ。バレてるよ」

「大丈夫よ、証拠がないもの!」

 

 

ソフィアは安心させるように言いながらトイレの扉を開けた。

すぐにハーマイオニーが鍋のある個室へ行き、新しく持ってきた──盗んできた──材料を鍋の中に入れると顔を輝かせ興奮したように夢中でかき混ぜた。

 

 

「後2週間で出来上がるわよ!」

 

 

嬉しそうなハーマイオニーに、ソフィアもなんとかなって良かったと微笑む。

まだ一人不安で落ち着かないハリーの肩をロンが優しく叩いた。

 

 

「スネイプは君がやったって証明できない。あいつにいったい何が出来る?」

「でも…相手はスネイプだ…何か臭うよ…」

 

 

ハリーがそう言った時、鍋の中で薬がぷくぷくと泡立った。

 

 

 

 



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75 楽しい決闘クラブ!

 

それから1週間後、ソフィア達が玄関ホールを歩いていると、掲示板の前にちょっとした人だかりが出来ていて、張り出されたばかりの掲示物を夢中になって読んでいた。

シェーマスとディーンがソフィア達に気付くと興奮した顔で彼らを手招きした。

 

 

「決闘クラブを始めるんだって!今回が第一回目だ!決闘の練習なら悪くないな…近々役に立つかも」

 

 

興奮したままシェーマスが独り言のように囁いた。彼が何を考えているのかすぐにわかったロンは驚いて口をぽかんと開けた。

 

 

「え?君、スリザリンの怪物と決闘なんかできると思うのかい?」

 

 

そうからかいながら、ロンも興味津々で掲示を読み、ソフィアもまた面白そうな試みに頬を赤らめキラキラとした目でそれを見つめていた。

 

 

「役に立つかもね、僕たちもいこうか」

 

 

夕食に向かう途中ハリーがソフィア達に言えば、3人とも乗り気で直ぐに頷いた。

 

 

その夜8時に4人は再び大広間へと向かった。食事用の長机は取り払われ、代わりに一方の壁に沿って金色の舞台が用意されていた。各々が杖を持ち、ホグワーツの殆どの生徒が参加したらしく興奮した面持ちで口々に喋りなかなかに騒がしかった。

 

 

「ソフィア!ハリー達も、久しぶり!」

 

 

生徒達の群れを掻き分け、ルイスがソフィアの前に現れにっこりと笑った。こうしてルイスと会うのはかなり久しぶりであり、ハリー達はルイスを見た途端笑顔を見せ駆け寄るが、近くにドラコが居るのではないかと注意深く辺りを見渡す。そんなハリー達に気付いてルイスはくすくすと笑った。

 

 

「大丈夫、ドラコは向こうでクラッブとゴイルにどれだけ自分が優れた決闘者か語ってるよ」

「ルイス、久しぶりだね!ルイスも参加するんだ?」

「うーん、僕ルイスとは決闘したくないなぁ」

 

 

ロンは嬉しそうにしながらも、その言葉はやや消極的だった。去年トロールを倒すために幾つも彼が呪文を放ったのをしっかりとロンは覚えていたのだ。

 

 

「私はルイスと決闘してみたいわ!どうやって組み分けされるのかしらね?多分2人1組だとは思うんだけど…」

「ソフィアと?うーん…ソフィアを傷付けたくないなぁ…」

 

 

ルイスはちょっと困ったように笑っていたが、遠くからルイスを呼ぶドラコの声に気付くと「じゃあね!」と言いすぐに手を振り、人混みの中に消えて行ってしまった。

 

 

「いったい、誰が教えるのかしら?誰かが言ってたけど、フリットウィック先生って、若い時決闘チャンピオンだったんですって、きっと彼よ」

「呪文学の先生ですもの、きっと強いんでしょうね!楽しみだわ!」

 

 

なるべく前の方に行こうと、ハーマイオニーがお喋りをしている生徒の群れの中に割り込みながら言い、ソフィアはその後に続きながら楽しげに声を弾ませた。

 

 

「誰だっていいよ──」

 

 

あいつでなければ。と、ハリーは言いかけたが、その代わりに出たのは呻き声だった。

ロックハートが煌びやかな深紫色のローブを纏い舞台の上に登場した。その後ろからは、セブルスがいつもの服装で舞台に静かに立った。

 

 

「最悪だ…」

「どっちが?」

「それ、聞く意味あるかい?」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは力なく答えた。

ハリーにとってみれば、どちらも最悪に違いなかったが、ソフィアは父の決闘する姿が間近で見れるのだと少し嬉しそうだった。

 

 

「静粛に!皆さん、集まって。さあ、集まって!皆さん、私がよく見えますか?私の声がよく聞こえますか?結構、結構!

ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しをいただきました。私自身が数えきれない程経験してきたように、自らを守る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げる為にです。──詳しくは私の著書を読んでください」

 

 

ロックハートは観衆に向かっていつもの輝く白い歯を見せた笑顔を振り撒き、ウインクをしてみせたが、ぱらぱらとした控えめな拍手が響いただけだった。

 

 

「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう!スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごく僅か、ご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるという御了承をいただきました!──さてさて、お若い皆さんにご心配をおかけしたくはありません。私が彼の手合わせをした後でも、皆さんの魔法薬の先生は、ちゃんと存在します!ご心配めさるな!」

「むしろ、闇の魔術に対する防衛術の先生が居なくなりそうよね?ほら、ハグリッドも一年続かないって言ってたわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーに囁いた。まだロックハートの偉業の数々を信じているハーマイオニーはちょっとムッとしたが、その可能性をチラリと考えたのか心配そうにロックハートを見つめていた。

 

 

ロックハートとセブルスは少し離れた場所に立ち、向かい合って一礼をした。ロックハートは腕を振り上げ大袈裟なまでに振り回し深々と頭を下げ生徒達に笑顔を振り撒いたが、セブルスは不機嫌そうに頭を少し下げただけだった。

それから二人は杖を剣のように前に突き出して構えた。

 

凛々しいセブルスの所作に、ソフィアとルイスは内心で「父様かっこいい」と何度も呟き惚れ惚れとその姿を見ていた。

 

 

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています。3つ数えて、最初の術をかけます。勿論、どちらも相手を殺すつもりはありません」

 

 

ロックハートは少しも自分が傷付く未来を想像していないのか、説明が終わると自信たっぷりにセブルスと対面した。

 

 

「1──2──3──」

 

 

ロックハートのカウントと共に二人とも肩より高く杖を振り上げ、すぐにセブルスが叫んだ。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 

目も眩むような紅の閃光が杖先から走ったかと思うと、ロックハートは舞台から吹っ飛び、後ろ向きに弧を描くように宙を飛び壁に激突し、そのままズルズルと滑り降りて床に無様に転がった。

 

ドラコや数人のスリザリン生が歓声を上げたが、ソフィアとルイスもまたぐっと拳を握り密かに父を讃えた。

 

 

「ロックハート先生、大丈夫かしら?」

「知るもんか!」

 

 

ハーマイオニーは爪先で跳ねながら顔を手で覆い怖々と見つつ、心配そうに言ったがハリーとロンは声を揃えて答えた。

 

ロックハートはそれでも笑顔を見せ──少々引き攣っていたが──よろよろと立ち上がると壇上まで戻ってきた。この状況で笑顔を見せられる意地はちょっとすごいかも知れない、とソフィアは珍しくロックハートを誉めた。

 

 

「さあ、皆さんわかったでしょうね!あれが、武装解除です。ご覧の通り、私は杖を失ったわけです。──あぁ、ミス・ブラウン、ありがとう──スネイプ先生。たしかに、生徒にあの術を見せようとしたのは素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたのか、あまりにも見えすいて居ましてね…止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せた方が、教育的に良いと思いましてね…」

 

 

ロックハートはそれらしく聞こえそうな言い訳をつらつらと口から吐き出していたが、セブルスがあまりにも強い目で睨んでいる事に気付き、慌てて模範演技の終了を告げた。

 

その後ロックハートとセブルスは生徒の群れの中に入り、二人ずつ組ませた。ロックハートは目についた生徒を適当に組んで行ったが、セブルスはまず最初にソフィア達の元へ現れた。

ソフィアには視線を移さず、セブルスは冷笑を浮かべロンとハリーを見る。

 

 

「どうやら、二人にお別れの時が来たようだな。ウィーズリー、君はフィネガンと組みたまえ。ポッターは──」

 

 

ハリーは思わず、ソフィアのほうに寄ろうとしたが彼女の呪文学と変身術の能力を思い出すと方向転換し、ハーマイオニーに近づいた。

 

 

「そうはいかん。──マルフォイ、来たまえ。かの有名なポッターを、君がどう捌くのか拝見しよう。それにミス・グレンジャー、君はミス・ブルストロードと組みたまえ」

 

 

ドラコはニヤニヤしながら現れ、その後にルイスが人混みを掻き分けながらセブルスを見上げた。

 

 

「先生、僕は誰と組めばいいですか?」

「…ミスター・プリンス、君は──」

 

 

ちらり、とセブルスの目がソフィアを捉えた。少し悩んだ後、セブルスはソフィアから視線を外すとルイスに向き合う。

 

 

「ミス・プリンスと組みたまえ。…兄妹だろうが、手加減の無いように」

 

 

セブルスはそれだけを告げると他の生徒達を組み分けする為に生徒の群れの中に消えた。

何故あえて兄妹で組ませたのか、セブルスは2人の呪文学のセンスをしっかりと理解している。他の生徒と組ませれば彼らの攻撃によりどんな惨劇が待っているか、考えるに値しないだろう。怪我をした子どもの保護者がクレームをつけるよりは、自分の子ども達同士で組ませた方が被害が少ない。それに、ルイスはソフィアを傷付けないだろう、とセブルスは考えた。

 

 

「ルイス、先生もああ言っているし、絶対手加減しないでよね?もし怪我してもすぐに医務室で治して貰えば良いんだわ」

「えー…でも…」

 

 

ルイスは心の底から妹を溺愛している。そんな存在に向かって攻撃魔法を繰り出すなんて、かなり嫌だった。だがここでわざと負ければきっと彼女は烈火の如く怒るだろう。

 

 

「もし手加減したら──許さないわ」

「でも…そんな…」

「ルイス、お願い」

 

 

ルイスはそれでも暫く迷っていたが、ソフィアの懇願についに諦めたように両手を上げため息を吐く。

 

 

「……わかったよ!…どうなっても知らないよ?…今から謝っておくね、──ごめんね?」

「あら、私に勝てると思ってるの?」

「うん、勿論」

「…私も謝るわ、泣かせてしまったらごめんなさいね?変身魔法は使わないであげるわ!」

 

 

ルイスは静かにソフィアに杖を向けた。少し困ったようにしながらも、どこか楽しそうに目は弧を描いていた。ソフィアもまた挑戦的な目でルイスを見ると杖を突きつける。

 

 

「相手と向き合って──そして、礼!」

 

 

ロックハートの号令に従い、ソフィアとルイスはお互い同時に深く頭を下げた。

 

 

「杖を構えて!私が3つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。──武器を取り上げるだけですよ?皆さんが事故を起こすのは嫌ですからね」

 

 

ソフィアとルイスは微かに頷き合った。お互い考えている事は同じだ、武装解除なんて、するわけがない。

 

 

「1──2──3!」

 

 

ロックハートのカウントと共に、ソフィアとルイスは杖を振り上げる。どちらの顔も楽しげに笑みの形を作っていた。

 

 

インセンディオ(燃えよ)!」

プロテゴ(守れ)!」

 

 

ソフィアの放った炎をルイスは難なく防御魔法で防ぎ、すぐにそれを消すとさらに鋭く呪文を唱える。

 

 

エクスパルソ(爆破せよ)!」

「きゃっ!」

 

 

足元が爆破され、床が抉れ石のかけらがソフィアを襲った。ソフィアは身体の前で腕を交差させ石粒の直撃を防ぎすぐに叫ぶ。

 

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

フィネストラ(砕けよ)!」

ヴェンタス(吹き飛べ)!」

「──うわっ!」

 

 

ソフィアの攻撃をルイスは別の攻撃魔法で相殺させ、新たな魔法を繰り出そうと杖を振るうが、それよりもソフィアが強く魔法を放つ。

ソフィアは杖を高く振り上げ、それに合わせるようにルイスの足元から気流が発生しルイスは空高く吹き飛んだ。

 

 

──勝った!

 

 

そう、ソフィアは思い直ぐに浮遊呪文で落下するルイスを助けようとした。──が、ルイスは天井ぎりぎりでくるりと身体をひねり反転させ、落下しながらも空を切り裂くように杖先をソフィアに向け振り下ろした。

 

 

セクタムセンプラ(切り裂け)!」

「──っ!?プロテゴ(守れ)!」

 

 

初めて聞いた魔法に、その効果が分からずソフィアが防御を選んだのは幸運だっただろう。もし、この魔法を防御する事なく受けていたら、ソフィアの身体は剣で切り裂かれたようにズタズタになり、血に塗れていた。

 

 

ウィンガーディアム レビオーサ(浮遊せよ)──やるね!」

 

 

ルイスは地面にぶつかる直前に自分の体に浮遊呪文をかけ、軽い足取りで難なく着地すると、楽しげに目を細めソフィアに杖先を向ける。

ソフィアは嫌な汗が背中に流れていくのを感じた、足下を見ればプロテゴの範囲外だった石造りの床は深く切り裂かれている。いつの間に、こんな呪文を覚えたのだろう。

 

 

「そっちこそ、なかなかしぶといじゃない?」

 

 

ソフィアは薄く笑うと同じように杖先を向けた。

もう一度仕切り直しだ、そう2人は直感し同時に杖を振り上げる。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

「えっ!?」

「わぁっ!」

 

 

しかし2人の再戦は第三者の乱入により敵う事は無かった。2人の手元に紅の閃光が当たり、杖が飛び出した。

ソフィアとルイスは痛む手を振りながら杖の飛んでいった先を目で追い、怒りの表情で二人の杖を纏めて捕まえたセブルスを見た。

 

 

「何を──」

 

 

何をするの、そう、ソフィアとルイスは同時に言いかけたが、ふと周りが奇妙なほど静かな事に気付き辺りを見渡した。

自分達の近くには誰も居らず、生徒達は遠まきにソフィアとルイスを怖々見ていた。

二年生では覚える事のない数々の攻撃の魔法に、初めは驚きつつもその凄さに感心していた生徒達だったが、2人のあまりの圧倒的な強さと魔法に、恐ろしさを感じていた。

 

 

 

 



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76 蛇と会話!

 

 

ハリー達もまた、ソフィアとルイスの決闘の様子を見て唖然としていた。武装解除呪文を唱えた者は少ないが、他の呪文を使ったとしても精々リクタスセンプラ(笑わせ魔法)ペトリフィカス・トタルス(石化魔法)が良いところだ。

誰一人として直接的な攻撃魔法をしかける者はいなかった。──あの二人以外には。

 

 

「武装解除だけだと…聞いていなかったのかね?」

「…ごめんなさい」

「…兄妹だから、遠慮なくしちゃいました…」

 

 

流石に周りの痛いほどの視線に2人は項垂れ反省を見せた。決闘クラブとはいえ、どうやらやり過ぎてしまったようだ。

 

セブルスは眉間に深く皺を刻み、硬い表情でその杖を2人に手渡す。

 

まさか、ソフィアとルイスがここまで戦うとは思っていなかった。ルイスは妹であるソフィアを愛している。セブルスは、きっとルイスはソフィアに魔法をかけることなくプロテゴか、素直に武装解除を行うと考えていた。

ルイスはソフィアが傷付くことをいつも恐れている、そんな存在に致命傷を負わせることが出来る魔法を躊躇いなく使うとは微塵も思わなかった。

 

今はしおらしくしているが先程の目にはちらりと戦闘を求める暗い狂気が見え隠れしていた。──特に、ルイスには。

 

それに、教科書には乗っていない魔法をどうやって知ったのか、後で色々と聞かないといけない、とセブルスは苦虫をを噛み潰したような表情を見せながら壇上へ向かう。

壇上ではロックハートが圧倒的な2人の魔法の応戦を見て唖然としていたが、すぐに我に帰ると気を取り直すように──生徒たちが自分に注目をするように──何度か咳をこぼした。

 

 

「なかなか素晴らしい決闘でした!皆さんプリンス兄妹に拍手!!」

 

 

生徒達は顔を見合わせ、確かに素晴らしい決闘には違いなかった、とパラパラと拍手をソフィアとルイスに送ったが、二人はどこか気まずそうに苦笑した。

 

 

「私も見ていて昔の血が騒ぎましたよ!もっとも、私なら小さな決闘士さん二人をまとめてお相手出来ますがね?──さて、皆さんには非友好的な術の防ぎ方をお教えするほうが良いようですね」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせると苦笑いをこぼし、そっと生徒達から離れどちらからともなく後方へ向かった。

 

 

「やり過ぎたね」

「ええ…でも、とっても楽しかったわ!最後の魔法は…あれは何?聞いたことないわ」

「あーあれ?ジャックがこっそり教えてくれたんだ」

 

 

ルイスは少し、困惑していた。ジャックからは切り裂き魔法だと聞いていたが、まさかあれ程の──床が抉れるほどの強い魔法だとは思わなかった。そんな魔法を愛する妹に使ってしまっただなんて、ソフィアが防御してくれて本当に良かった。

少し埃や汚れはついているが、大きな怪我は無いソフィアを見て、ルイスはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

2人は離れた場所から大広間の真ん中に無理矢理招かれたハリーと、意気揚々と向かうドラコを見ていた。

 

 

「何かと先生はドラコとハリーを敵対させようとするよね」

「ええ…2人の仲が悪くなるのも、仕方ない気がするわ」

 

 

薄く笑いながらドラコの耳元で何やら囁いているセブルスに、ソフィアとルイスは呆れたような視線を向けた。父の事は心から愛し尊敬しているが、彼のハリーに対する言動だけが、2人には受容出来なかった。

 

 

「1──2──3──それ!」

 

 

ハリーは何の魔法を使えば良いのか分からず困惑していたが、ロックハートは気にする事なく決闘開始の合図を告げる。すぐにドラコが素早く杖を振り上げた。

 

 

サーペンソーティア(蛇よ出よ)!」

 

 

ドラコが大声で鋭く発した呪文により、杖の先から黒い蛇が飛び出てきた。急に呼び出された地面に身体を打ち付けた蛇は怒り、臨戦態勢を取りハリーに鎌首をもたげる。

近くにいた生徒は悲鳴を上げさっと後方へ下がった。

 

 

「まぁ!蛇よ!可愛いわ…近くに行きましょう!」

「えぇ…ソフィアって本当…ちょっと変だね」

 

 

ルイスは一般人と同じ程度には、蛇が怖い。だがソフィアはルイスの手を引き、ウキウキとしながら決して蛇に近付こうとしない生徒達の間を縫って前に飛び出した。

簡単にその場所へ行くことが出来たのは、蛇を怖がり中央が広く開いていた事と、ソフィアとルイスならこの蛇を始末できるだろうという期待からだった。

 

 

「わぁ…!何の蛇かしら…」

「さあ…アオダイショウの黒個体じゃない?ねぇソフィア危ないからもうちょっとさがって!」

 

 

今にも噛み付きそうにソフィアに威嚇する蛇だが、ソフィアは嬉しそうに微笑み目を輝かせる。それを生徒達──勿論ルイスも──はかなり引き気味で見守っていた。

 

 

「動くなポッター、…ミス・プリンス。我輩が追い払ってやろう」

 

 

ただ1人蛇に近づくソフィアを見たセブルスはすぐに蛇を消そうと杖を向けた。あれは毒蛇ではないが、今は気が立っている、噛まれても可笑しくはない。

 

 

「私にお任せあれ!」

 

 

しかし、今まで輝かしい見せ場が無かったロックハートはこの絶好のチャンスを見逃すわけがなく、果敢に叫び蛇に向かって杖を振り回す。

 

ロックハートの杖先から出た閃光は蛇を消失させるどころか、ニ、三メートル宙を飛びビシャッと大きな音を立ててまた床に落ちてきた。ロックハートから攻撃を受けた蛇は怒り狂いたまたま視界の先に居たハッフルパフの生徒、ジャスティン目掛けて滑り寄った。

 

 

「危ない!」

「──手を出すな、去れ!

 

 

ソフィアはジャスティンが恐怖と驚愕で動けないのを見ると直ぐに蛇から遠ざけるために強くその手を引く。

ジャスティンが驚いたまま後ろに下がるのと、ハリーが人間の言葉ではない言語で叫んだのはほぼ同時だった。

 

ハリーの言葉により蛇は威嚇する事をやめるとジャスティンからハリーの方に向かい、従順にハリーを見上げた。

 

 

誰もが唖然とハリーを見ていた。蛇に襲われそうになったジャスティンは顔を蒼白にさせ、恐怖に戦き震えている。

ハリーはジャスティンを見て、にっこりと笑った。だが、その笑顔を良い意味で捉えることはジャスティンには出来なかった。──凶悪な笑顔に、見えたのだ。

 

 

「いったい、何の悪ふざけだ!?」

 

 

ジャスティンは叫ぶと直ぐに背を向けその場から去った。

暫く重い沈黙が降りるが、なぜ皆がそんなに静かなのか、なぜ、怪訝な目で自分を見るのか、ハリーには分からなかった。

 

 

大人しくなった蛇にセブルスが杖を向け直ぐにその場から消す。ヒソヒソとした囁きが大広間の沈黙を消した。

 

 

「…ハリー、来て」

「ソフィア…」

 

 

ソフィアはハリーの手を取ると、すぐに大広間から抜け出した。生徒達の間を縫うように歩かなくとも、皆が近寄りたくないとでも言うようにサッと道を開けた。

 

途中でロンとハーマイオニーと合流し、無言のまま人気の無いグリフィンドールの談話室までハリーを引っ張り、肘掛け椅子に座らせた後、漸くソフィアは困惑するハリーに口を開いた。

 

 

 

「ハリー、あなた…パーセルマウスなのね」

「そうだよ!どうして僕たちに話してくれなかったの?」

「パーセル…何?何だって?」

 

 

ハリーはその言葉を初めて聞いたように首を傾げる。ロンは伝わらない言葉と隠されていた事実に苛々としていたが、ソフィアは口を閉ざした。──ハリーは、知らない事が多すぎる。もう少し魔法界の事を知らないとダメだ。

 

 

「パーセルマウスだよ!君は蛇と話ができるんだ!」

「そうだよ。さっきので二回目だ。一度、動物園で偶然…話せば長いけど…大ニシキ蛇がブラジルなんて一度も見た事がないって僕に話しかけて、僕がそんなつもりは無かったんだけど…その蛇を逃してやったようになったんだ。自分が魔法使い何だってわかる前だけど…」

「大ニシキ蛇が、君に一度もブラジルに行った事がないって話したの?」

 

 

何でもない事だと、きょとんとした顔で平然と言うハリーに、ロンは力なく信じられない思いで繰り返した。

 

 

「それがどうかしたの?ここにはそんな事が出来る人、たくさんいるでしょ?」

「それが、いないんだ。そんな能力はザラに持ってない。──ハリー、まずいよ」

 

 

ロンが緊張し、怖々ハリーに言うと、この中でその能力を持つ意味がわからないハリーだけが、憤った。

 

 

「何がまずいんだい?皆、どうしたんだよ!考えてもみてよ、もし僕が蛇にジャスティンを襲うな、去れ!って言わなかったら──」

「そう言ったの?」

 

 

ソフィアは、ハリーを見ながらぽつりと呟く。ハリーは驚き怪訝な目でソフィアを見た、彼女は最も近くにいた筈だ、その言葉を聞いていないわけがないだろう。

 

 

「どう言う意味?ソフィアは一番近くにいて…僕の言う事を聞いたじゃないか…」

「ううん、私が聞いたのは…パーセルタング、蛇語よ。ハリー、あなた蛇の言葉を喋っていたわ。…ハリーが何を言ったのか、多分あの場でわかった人は居ないわ…ジャスティンは、ハリーが蛇を唆したんじゃないかって、そう考えてると思うわ」

「…僕が違う言葉を話したって?だけど──僕、気がつかなかった…。自分が話せるって知らないのに、どうしてそんな言葉が話せるんだい?」

「…分からないわ」

 

 

ソフィアは首を振った。ハリーはロンとハーマイオニーを見たが、2人も首を振り暗い顔をしてハリーを見ていたが、何故蛇と話せる事がそんなに悪い事なのか、ハリーにはまだ理解出来なかった。

 

 

「あの蛇が、ジャスティンの首を食いちぎるのを止めたのに、いったい何が悪いのか教えてくれないか?どんなやり方で止めたのかなんて、問題になるの?」

「…問題になるのよ、ハリー」

 

 

ハーマイオニーがぐっと手に力を込め、ひそひそと囁いた。

 

 

「サラザール・スリザリンは蛇と話しができる事で有名なの。だから…スリザリンのシンボルは蛇でしょう?」

 

 

ようやく、ハリーは何故まずいのかがわかり唖然と口を開いた。

ソフィアは、せめて蛇と話す事ができるという事実がもっと別のタイミングで判明されたのなら、まだマシだったのにとため息をつく。ホグワーツ内でスリザリンの継承者が誰なのか、ピリピリとしている中でハリーがパーセルマウスだと皆が知ってしまった。──それも最悪の形で。

 

 

「きっと、今度は学校中が君のことを、スリザリンの曾々々々孫だとかなんとか言い出すだろうな…」

「だけど、僕は違う」

 

 

蒼白な顔で、そんなの信じたくないとばかりにハリーは首を振った。

 

 

「それは証明し難いことね、スリザリンは千年ほど前に生きてたんだから、あなただと言う可能性もありえるのよ」

 

 

ハーマイオニーの静かな言葉に、ハリーは言葉を返せない。重々しい無言の中、ソフィアはこのお通夜のような雰囲気を何とかしようと手を叩いた。

 

 

「まぁ、ほら、蛇とお話できるなんて、私は素晴らしいと思うわ!私、蛇大好きだもの!」

「…こんな能力欲しがるの…ソフィアだけだよ…」

 

 

ソフィアは慰める為に言ったが、ハリーの沈んだ気持ちは晴れなかった。

 

 

 

 



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77 大反省会!

 

決闘クラブの次の日の朝、ソフィアとルイスは共にセブルスの研究室に呼び出されていた。

この日、ソフィアは朝から学期最後の薬草学の授業があったのだが、前夜から降った雪が吹雪となり、凍えるマンドレイク達の世話の為にスプラウトの手が離せず休講となった。マンドレイクの生育は今何よりも急がなければならず、誰も休講になった事に文句は言わなかった。

朝食時の大広間で、フクロウ便から呼び出しの手紙を受け取ったソフィアがハリー達に「魔法薬学の補習が入ったの」と言っても、誰もそれを疑わなかった。

 

 

 

「呼び出しの理由が私が補習で、ルイスが特別個人授業だなんて納得いかないわ…」

「そう?一番適切だと思うけど」

 

 

ソフィアはルイスと共に地下牢へ続く階段を降りながらぶつぶつと文句を言ったが、ルイスは涼しい顔でそれに答えた。

 

ルイスは元からこの時間に授業がない、きっとセブルスはそれを知っていた為に、偶然にも出来た2人共通の空き時間を利用し呼び出したのだろう。

2人とも呼び出しの理由は告げられていないが、察していた。間違いなく決闘クラブでの一件を聞く為に呼ばれたのだろう。

 

研究室の扉の前に立ち、ルイスが扉を軽く叩いた。

 

 

「先生、ルイスとソフィアです」

「入りたまえ」

 

 

直ぐに扉を開け、中に入り扉を閉める。

2人が入った事を確認し、セブルスが杖を振い、いつものように扉を固く閉ざし防音魔法をかけた。

 

 

「座りなさい」

「はーい」

 

 

部屋の中央に机とソファ、そしてティーセットが出され、ソフィアとルイスは声を揃えて返事をするとすぐに着席し、自分達の前の椅子に座るセブルス──父を静かに見た。

 

 

「ソフィア、ルイス、何故呼び出されたのか、わかっているか?」

「昨日の決闘クラブのことでしょう?」

 

 

ソフィアはたっぷりミルクを入れた紅茶を飲みながら答えた。ルイスも同じように紅茶を一口飲み、父を見る。一言目が怒りの叱責ではないと言うことは、この呼び出しはそれなりに穏やかなお茶会になるだろう事を示唆しており、ソフィアは心の中でほっと安堵した。

 

 

「ああ、2人が優れた魔法使いで強い魔術を使えるのはわかっていたが。──やりすぎだ。一歩間違えれば互いに重傷を負っていた」

 

 

セブルスは二人を窘めるように言ったが、その目はルイスをじっと見ていた。ルイスはおそらく、最後の魔法の事を指しているのだと思い眉を下げ申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

 

「そもそも、相手を拘束する魔法ではなく、何故攻撃魔法ばかり使った?」

「だって、…ある程度弱らせないと捕まってくれないと思ったんだもの」

 

 

ソフィアはチラリとルイスを見る。ルイスも同じように考えていた為頷いた。

その危険性を理解した上で、何の躊躇いもなくお互いに強力な攻撃魔法をかけていた事を知ると、流石にセブルスは眉に皺を寄せ責めるような目で二人を見る。

ソフィアとルイスはその目を見て慌てて首を振った。──機嫌を損ねさせてしまったら楽しいお茶会が出来なくなってしまう。

 

 

「でも、ほら、絶対に防ぐだろうって思ってたからだよ!?」

「そうよ!お互いの力はよく知ってるわ!だから、その…信頼して攻撃したの!」

 

 

実際、二人はお互いの力量が分かっていた。同じように育ち、共に魔術をこっそり練習していたのだ。勿論得意なことは違うが、呪文学においては同等の力を持っていると知っていた為、遠慮なく攻撃し合った。

 

 

「…ルイス、最後の魔法はどこで知った」

「あー……。ジャックから教わった」

「……」

 

 

ビキリ、とセブルスのこめかみに青筋が走る。鋭く細められた目に射抜かれたルイスは彼の強い怒りを感じ、肩を震わせた。

 

 

「…どんな魔法か、理解していたのか?」

「その…切り裂き魔法だって。戦闘には役立つものだと…初めて使ったから、あんなに強力なものだとは思ってなかった…ごめんなさい」

 

 

ルイスは項垂れ、小さな声で呟くように答え、頭を下げた。

しっかりと反省し、ソフィアにあの魔法を使った事を後悔しているルイスを見て、セブルスは大きなため息を吐き自分の中の怒りを無理矢理収めると、静かな声で「ルイス」と、名前を呼ぶ。

 

 

「ルイス、あの魔法…セクタムセンプラ(切り裂き魔法)は人命をも奪う事が出来るほど強力なものだ。呪文が直撃していれば、ソフィアの身体は切り裂かれ、重傷は避けられなかっただろう。…二度と使うなとは言わん。ただ、己が使用する魔法の効能を、真に理解せず闇雲に強力な魔法を振り翳すのは…ただの愚か者だ。…ルイス、お前はそうではないな?」

「…はい、父様…」

 

 

優しく諭され、ルイスは俯いたまま頷く。膝の上で拳を握り、無言のままのルイスに、ソフィアは心配そうにそっと彼の背中を撫でた。その温かく優しい感覚に、ルイスは顔を上げてソフィアの目をじっと見つめる。うっすらと、その黒い目には涙が出て光っていた。

 

 

「ソフィア、本当に…ごめん…」

「…大丈夫よ、ルイスは父様の話をちゃんと聞いていたし、もう知らない魔法を安易に使わなでしょう?…それに、私は怪我をしてないもの!」

 

 

目を揺らすルイスを慰めるようにソフィアはにっこりと笑った。あの時防御魔法を選択して本当に良かった、きっと大怪我をさせてしまったら──そんなつもりは無かったとしても、ルイスは酷く後悔していただろう。

ルイスはソフィアの笑顔を見て驚いたように目を見開いたが、すぐに泣きそうになり顔を歪め──少しだけ微笑んだ。

 

 

「あ!そうそう、それより父様!今年のクリスマスはどうするの?今年は…まぁ、父様は帰れないわよね。ホグワーツがこんな状態だし」

 

 

ソフィアはもうこの話題は終わり!と言うように無理矢理話題を変え、セブルスに問いかけた。セブルスもこれ以上ルイスを責めるつもりは無かった為、紅茶を少し飲みながらソフィアが選んだ話題に乗り掛かる。

 

 

「…ああ、私は帰れない。…が、2人は帰った方がいい」

「え?そんなの嫌よ!クリスマスは家族で過ごすものだもの!ね、ルイス!」

 

 

ソフィアはセブルスの提案に頬を膨らませながら、未だに気落ちしているルイスに話しかけた。ルイスは流石にすぐにいつものように話す事は出来ず、僅かに頷いただけだった。

 

 

「だが、今年は…何かと物騒だ。何もない、とは思うが…」

「父様は、秘密の部屋が本当にあって、怪物がいるって…そう思う?」

「…秘密の部屋については、少々懐疑的ではある。実際今まで数多くの魔法使いがその部屋を探したが見つからなかったからな。…だが、何者かが魔法生物を使役し、良からぬ事を企んでいるのは…事実だろう」

「まぁ、そうよね…」

 

 

ソフィアはどこまでセブルスに話していいのか悩んだ。秘密の部屋が一度開かれた事があるか、それだけでも聞きたかったが、何故知っているのか間違いなく疑問に思われるだろう。そして、一つの綻びから今ソフィアがハリー達と企んでいる事も、バレかねない。

少し緩くなった紅茶と共に、ソフィアは聞きたい言葉を飲み込んだ。

 

 

「…でも、狙われるのはマグル出身の子とか、両親の片方がマグルの子じゃないの?…僕はそう、聞いたけど。…なら、僕たちは…大丈夫なんじゃない?父様も、母様も…魔法界生まれでしょ?」

 

 

ルイスはようやく言葉を話せる程度に気持ちが落ち着き、おずおずとセブルスに聞いた。ルイスも今ホグワーツで起こっている事はかなり気にしていた。何せ、ルイスはソフィア達がポリジュース薬を使い何かを企んでいる事を知っていたのだ。また危険な目に合わないかと、気が気ではなかった。

 

 

ルイスの疑問に、セブルスは少し沈黙した。

 

 

「…それは、あくまで噂だろう。危険の可能性がある以上…。クリスマス休暇中、今のホグワーツに残ることは賢明では無い。…殆どの生徒が帰宅し、人が減る。…狙われる可能性も上がるだろう」

「…でも、先生方はみんな残るんでしょう?なら、むしろ安全だわ!生徒が減った分、先生達の目が充分に届くでしょうし!」

「…僕も、クリスマス休暇は残りたいかな…ドラコも残るらしいし…」

 

 

何としてでもクリスマスに少しでも3人で過ごしたいソフィアは必死になって残る口実を探した。ルイスも頷き、2人で懇願するようにセブルスを見上げる。

 

2人の強い眼差しに、ついに、セブルスはため息と共に折れた。

 

 

「…決して1人にならない事を誓えるか?」

「はい!誓います!」

「うん、誓うよ」

 

 

ソフィアは勢いよく手を上げ、ルイスは深く頷いた。ソフィアはまた今年も3人で過ごせる喜びを顔中に溢れさせた。そしてふと悪戯心が湧き、楽しげに口を開く。

 

 

 

「そうよ!もし怪物と遭遇しても、セクタムセンプラ?だったかしら?──その魔法をかけたらいいんじゃない?私練習しておくわ!」

 

 

名案だと言うように──勿論、少しの悪ふざけで──ソフィアは手を叩いて言ったが、セブルスとルイスは冷ややかな眼差しを送るだけで、微塵たりとも笑えなかった。

 

 

「やだ…ジョークよジョーク!」

 

 

ソフィアは慌てて付け足すと、その視線から逃れるために大人しく座り込みすっかり冷めた紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

クリスマスの日の夜7時にこの場所で、そう約束を交わし、暫くお茶会を楽しんだ後、ソフィアとルイスはそれぞれの寮に戻った。

寮の談話室に足を踏み入れた途端ソフィアはハーマイオニーとロンに手を引かれ深刻な顔で何があったを聞き、ルイスは楽しげなドラコからそれを伝えられた。

 

 

 

ジャスティンと、ゴーストのニックが襲われた。

そして、その第一発見者はハリー・ポッターである。

間違いなく、ハリー・ポッターがスリザリンの継承者だ。

 

 

 

その事実と噂話は、ホグワーツ内に恐ろしい速さで伝わった。生徒達が一番恐怖し不安になったのは、ゴーストに危害を加えられるという事実だった。

死んでいる者にまで効果のある恐ろしい力、それはいったいどんなものなのだろうか、彼らはひそひそと話し合い、身体を震わせていた。

 

 



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78 メリークリスマス!

 

クリスマス休暇がやってきた。ホグワーツに残る生徒は1割以下であり、いつも賑やかな声で溢れる談話室は静かなものだった。

しかし、それもグリフィンドールの談話室には当て嵌まらず、残った生徒達は誰にも迷惑はかけないから、と言って爆発する魔法玩具で遊んだり、密かに決闘の練習をしていた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは談話室があまりに騒がしすぎて集中出来ず、自室に戻り宿題を広げていた。同室のパーバティとラベンダーも家に帰ってしまい、今ここには2人しかいない。

ハーマイオニーは宿題がひと段落すると手を止め、教科書を閉じた。ソフィアはハーマイオニーほど熱心に取り組んでいなかった為、ハーマイオニーが終わるのなら自分ももう終わろう、と教科書を閉じ大きく腕を上げ凝り固まった肩を解す。

 

 

「ソフィア、ポリジュース薬の決行日はクリスマスの夜にしようと思うの、多分その日に完成すると思うわ。それで一つ相談なんだけど…」

「えっクリスマス…?どうしましょう、私夜からルイスと父様と過ごす予定なの…」

「そうなの?なら丁度いいかもしれないわ。その日、ルイスをスリザリン寮から連れ出して欲しいって言おうと思ってたの!」

 

 

ソフィアは申し訳無さそうにしたが、ハーマイオニーの言葉を聞いてホッとし表情を緩めた。

 

 

「私、考えてたんだけど、マルフォイはルイスととても仲がいいでしょう?」

「ええ、そうね」

「でも、ルイスは…今ホグワーツで起こってる事を歓迎はしていないでしょ?もしかしたら、マルフォイはルイスに秘密の部屋や自分が継承者だって言わないんじゃ無いかなって思うの、嫌われないためにね」

「ああ…そうね、そうかも」

 

 

ソフィアはルイスを思い出しながら頷いた。ドラコが継承者で全ての黒幕だとは思えないが、万が一そうであった場合、ドラコはルイスにだけは秘密にしているような気がした。

きっとルイスがそれを知ったら軽蔑し何が何でも止めようとするだろう、邪魔されない為に──これ以上嫌われない為にも、ドラコは黙秘する。確かにその可能性が高そうだ。

 

 

「私、クリスマスの日は夕食後の7時からルイスと父様の研究室に行く事になってるの!多分…10時ごろか…それか、もし寝てしまったら次の日の朝までは戻らないわ」

「7時ね…わかったわ!…家族で過ごすクリスマス、楽しんでね?」

「ええ、ありがとう!」

 

 

父と、家族として接する事が許されていないソフィアがいつも少し寂しそうにしている事を知っているハーマイオニーはソフィアの幸せそうな笑顔を見ると、まるで自分まで幸せになり、心が温かくなったような気がして微笑んだ。

 

今ハーマイオニーは計画のために家に帰る事が出来なかった。家で2人きりで過ごす両親の事を考え、少し胸を痛め、必ず、クリスマスカードは両親に送ろう。──そう心に決めた。

 

 

 

クリスマス当日の朝、ソフィアとハーマイオニーは朝早くに目覚めた。ポリジュース薬は最後の仕上げを行えば完成する為朝早くに済ませてしまおうと2人は考えていた。勿論ソフィアは一切手を加える事はなく、ただハーマイオニーに付き添うだけだが。枕元にある沢山のプレゼントを嬉しそうに眺めた後、開けるのは後にしようと直ぐにベッドの上で着替えたソフィアはカーテンを大きく開けながらハーマイオニーに声をかける。

 

 

「メリークリスマス、ハーマイオニー!」

「メリークリスマス、ソフィア!」

 

 

クリスマスの特別な挨拶を交わし、ソフィアはハーマイオニーに用意していたプレゼントを手渡した。ハーマイオニーは驚いたが嬉しそうに微笑むと、彼女も用意していたクリスマスプレゼントをソフィアに渡す。

ソフィアが用意したのは新しい羽ペンで、ハーマイオニーが用意したのは愛らしい白く小さな花がついたバレッタだった。

 

 

「まぁ!なんて可愛い花なの…!早速今日から使うわ!大切にするわね」

 

 

ソフィアはすぐに髪の両サイドを軽く編み込み後ろで纏めるとそのバレッタをつけ、にっこりとした笑顔でハーマイオニーの前に立ち、くるりと回転してみせた。

 

 

「どう?」

「すごく似合ってるわ!羽ペンも、ありがとう!授業で使うわね」

 

 

ソフィアの黒髪に白く小さな花の飾りがついたバレッタは映え、彼女の愛らしさに彩りを添えていた。

ハーマイオニーもまた箱の中から羽ペンを出し、朝の太陽の光に当てる。羽の部分がガラスのように半透明なそれは太陽の光を受け、虹色に輝いていた。

 

 

早朝のホグワーツは、まだ誰も起きていないのか静まり返っていた。2人は怪物に遭遇した場合に備え杖を握り、マートルのトイレへと向かう。

 

 

「マートル!メリークリスマス」

「…メリークリスマス、ソフィア」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが薬を作っている間、隣の個室にいるマートルに会いに行き、にっこりと笑い彼女にも特別な挨拶を送る。

ゴーストになってから初めて言う言葉に、マートルは初めて今日がクリスマスだと気が付いた。

 

 

「クリスマスプレゼントを持ってきたの!」

 

 

ソフィアは鞄の中から細長いガラスで出来た乳白色の一輪挿しと淡いピンク花を一輪取り出すとマートルの前に差し出す。それを見てマートルは驚きから目を見開き、何度も瞬きをした。

 

 

「わ、私に…?」

「ええ、そうよ!どこに飾ったらいい?」

「え、…そ、そうね。じゃあ…ここに…」

 

 

マートルはトイレの水槽を指差し、ソフィアは直ぐにその上に花瓶を一輪挿しを置いた。少しの振動では倒れないように接着魔法をかけているソフィアを見ながら、マートルはなんとも言えない感情が胸の奥から込み上げる。

プレゼントなんて、両親以外から貰ったのは初めてだった。生前も、死後も、自分のために何かをしようと考えた人は1人たりともいなかった。もし、ソフィアが生きているときに同学年だったら、私はこうはならなかっただろうか。──叶わない空想だとしても、そう、考えてしまう。

 

 

「…ソフィア、…その、──ありがとう、嬉しいわ」

 

 

幸せな気持ちを噛み締め微笑むマートルは、嘆きのマートル、ではなく、明るい普通の少女のゴーストだった。

 

 

 

その後、ソフィアは薬の調合を終えたハーマイオニーと共にマートルに別れを告げグリフィンドール寮へ戻った。

談話室は静まり返っていて、まだソフィアとハーマイオニー以外は誰も起きていない事を示していた。

 

 

「ハリーとロンを起こしに行く?」

「えっ?…入れるの?」

「ええ、男子が女子寮には入れないけど、女子が男子寮には…入れるのよ」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく微笑み、僅かに頬を赤く染めた。ハーマイオニーも何故入る事が出来るのか理解し耳まで真っ赤に染めた。

 

 

「もう!誰がそんな事を考えたのかしら…!」

「まぁ、恋人達には必要なことかもしれないわ」

 

 

ソフィアは意味ありげに笑う。まだソフィアは恋を経験していない。だが、恋人同士が何をするのかは、勿論知っている、ソフィアはそこまで純粋で初心な少女では無かった。

2人は一度ハリーとロンへのプレゼントを取るために自室に帰り、すぐに男子寮へと向かう。

 

男子寮のつくりは女子寮と変わらず、2人は扉に貼られた名前を見て部屋を探すとすぐに中に入った。

 

 

「メリークリスマス!」

「起きなさい!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーで部屋中のカーテンを開け、薄暗い部屋に眩い明かりを取り込んだ。ベッドの上でハリーとロンは呻めきながらゆっくりと身体を起こし、そこにいる2人を見つけると驚いて目を見開く。一瞬にして眠気が吹っ飛んでしまった。

 

 

「君たち、男子寮に来ちゃいけないはずだよ」

 

 

ロンが眩しそうに目を覆いながら言い、ソフィアはニコニコと笑ったままロンのベッドに近づいた。

 

 

「まぁ気にしない気にしない!はい、ロン、メリークリスマス!」

「あなたにも、メリークリスマス」

「え?…わぁ!ありがとう」

 

 

ソフィアとハーマイオニーからクリスマスプレゼントを受け取ったロンは嬉しそうに笑う。ソフィアとハーマイオニーはその喜びの顔を見て満足げに笑うとすぐにハリーの居るベッドへ近づいた。

 

 

「ハリー、メリークリスマス!」

「メリークリスマス、ハリー」

「ありがとう、ソフィア、ハーマイオニー!メリークリスマス!」

 

 

ハリーはにっこりと笑ってそれを受け取った。箱を軽く振りな何が入ってるんだろう、またケースに入ったカエルチョコかな?と楽しみにしていると、プレゼントに気を取られ着替え出さないハリーとロンを見て、ハーマイオニーはため息をついた。

 

 

「私たち、もう1時間も前から起きて、薬にクサカゲロウを加えてたの。完成よ」

「本当?」

「絶対よ、──やるのなら、今夜ね」

 

 

ハーマイオニーは不敵な笑みと共にそう告げた、ハリーは真剣な面持ちでこくりと頷く。ついにポリジュース薬を飲み、スリザリン寮へ潜入し全てを聞く時がやってきたのだ。この時を──ドラコを出し抜けるこの日をハリーはずっと待ち焦がれていた。

 

 

「私は別行動なの、ルイスをドラコに近づかせない為にね。がんばってね!」

 

 

ソフィアはハリーのベッドに腰掛けると、少し不安げなハリーを応援し肩を叩いた。そのあと何故ルイスをドラコから遠ざけなければいけないのか聞きながら、ハリーはスリザリン生のエキス入りのポリジュース薬を飲まないで済むなんて、それがクリスマスプレゼントの様なものだと内心でソフィアをたまらなく羨ましく思った。

 

 

 

 



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79 2年目のクリスマス!

 

ホグワーツのクリスマス・ディナーは、残った生徒が少ないにも関わらず去年と同じように素晴らしく豪華だった。

大広間は霜に輝くクリスマスツリーが何本も並び、天井には柊やヤドリギの小枝が縫うように飾られている。天井からは温かく乾いた雪がちらちらと降り、見るもの全てを楽しませた。

 

 

豪華なクリスマスケーキを食べていたソフィアは、セブルスが大広間からすっと姿を消したことに気付き、ドラコの隣に座るルイスを見た。すぐにルイスはその視線に気付き、そっとドラコに耳打ちをする、ドラコがそれを聞いて頷いたのを見て、ソフィアもまたケーキを美味しそうに食べるハーマイオニーに小さな声で耳打ちをした。

 

 

「私、そろそろ行くわね」

「もうそんな時間なのね、いってらっしゃい。…楽しんできてね!」

「ありがとう!…頑張ってね!」

 

 

ソフィアは大広間の扉の側で待っていたルイスと合流すると手を繋いで静かに大広間を抜け出し、弾む心から小走りなり、2人は笑いながら父の待つ場所へと向かった。

 

だが、ソフィアは地下牢へ続く階段の前で突然足を止めると、不思議そうな顔をするルイスに悪戯っぽい笑顔を浮かべ、杖を出した。いきなり杖を向けられ少し驚いたルイスだが、ソフィアの笑顔を見る限り悪い事をするつもりはないのだろうと、防御も何もせず微笑んだままソフィアの魔法を受けた。

 

 

「…わぁ!凄いね!」

「でしょう?父様、驚くかしらね?」

「うん、きっとね!」

 

 

ソフィアは自分にも杖で魔法をかけ、ルイスが差し出した手を取り、父の驚愕の顔を想像してくすくすと笑いながら2人は階段を駆け降りた。

 

 

「「メリークリスマース!」」

 

 

先程大広間に全員がいたのは確認していたため、ソフィアとルイスは遠慮なく扉を開けた。

すぐに2人が来るだろうと思い扉のすぐ近くで待っていたセブルスはいきなり開け放たれた扉に驚き、万が一他に誰かが居たらどうするんだ、そう言いかけたが2人を見てその言葉を忘れてしまった。

 

 

「………はぁ…」

「なんでため息をつくのよ!」

「ソフィア、可愛いでしょ?」

「あら、ルイスも可愛いわ!」

「うーん、あんまり嬉しくないなぁ」

 

 

大きなため息を吐きたくもなるだろう。ソフィアとルイスは2人とも真っ赤なサンタクロースの格好をしていた。同じようなデザインだが、ソフィアはスカートであり、ルイスはズボンでそこだけが異なっていると言えるだろう。

制服よりも短いスカートから伸びるソフィアの白い足を見て、セブルスは聞かずにはいられなかった。

 

 

「寒くないのか?」

「寒いわよ!…早く部屋に行きたいわ!」

 

 

自分でこの服装に変身させたものの、やはりこの時期に素足にミニスカートは寒く、ソフィアは震えながら早く父の自室に行こうとセブルスに駆け寄った。

 

 

「ああ…二人とも、メリークリスマス」

「メリークリスマス!父様!」

 

 

セブルスに誘われ、ソフィアとルイスはセブルスの温かい自室に入り、既に用意されている紅茶やお菓子、ケーキに目を輝かせすぐに黒いソファに座る。

ソフィアが足を組み替えるたびに白い太ももがちらりと露わになったが、セブルスもルイスも特に気にする事は無かった。

 

 

美味しい紅茶とお菓子を食べながら、幸せな家族だけの時間が過ぎる。ソフィアが思い出したように含み笑いをしながらルイスを見た。

 

 

「そうそう!あのね、この前初めて気付いたんだけど、私とハリーの目が似てたって知ってた?」

「え?…うーん、思った事ないや、色は似てるけどね。…父様、どう思う?」

 

 

ルイスはじっとソフィアの眼を見ながらハリーの目を思い出したが、それ程似てるだろうかと首を傾げ、セブルスに聞いた。

 

 

「…父様?」

 

 

セブルスは目を見開き、驚愕してソフィアを見ていた。その表情を見て、二人はそんな表情をする程、ハリーとの共通点が自分の子どもにある事が嫌なのかと苦笑いをした。

 

 

「…ポッターの顔など、まじまじと見た事がない」

 

 

キッパリとセブルスはそう言いながら紅茶を飲んだ。ルイスは何だか取り繕うようなセブルスの行動が面白くてくすくすと笑う。

 

 

「今度ハリーと見比べてみようかな!」

「ええ、そうしましょ!…それでね、ロンがハリーの目はお母さん似で、私たちの顔立ちも母様似でしょう?ーーもしかしたらハリーのお母さんと、私たちの母様が遠い親戚なんじゃないの?って言ってたの!」

「えー?うーん、…それは無いと思うけど」

「そうね、私ももしかしたらあり得るのかなぁって初めは思ってたけれど、よく考えたらハリーのお母さんはマグル出身でしょ?母様は純血のはずだもの!ちょっと残念よね、親戚がいたらきっと楽しいわ!」

 

 

ソフィアはクッキーを摘み、笑いながら言う。ソフィアとルイスに親戚は1人もいない。今まで会ったこともなく、父もそんな存在を伝える事もなかったし、何より孤児院にいたのだ。もし親戚がいるのなら、きっと孤児院で過ごす事は無かっただろう。

 

 

「ハリーと親戚かぁ…うーん、楽しそうではあるね!」

 

 

ルイスもそれが無いとわかっているからこそ、楽しい空想を繰り広げる事ができた。もしハリーと親戚なら、夏休みを共に楽しく過ごせただろう、ただ、父は心の底から拒絶しそうだが。

 

 

「あっ!そうそう、この前フレッドとジョージがね──」

 

 

ソフィアは話題を変え、ついこの間フレッドとジョージが新しく開発した魔法道具についてルイスに話して聞かせた、ルイスもまた目を輝かせ時間差で爆発する爆弾を使ってみたいと思いながらソフィアの話に楽しそうに相槌を打つ。

 

 

楽しげに話す2人を見て、セブルスは静かに詰まっていた呼吸を吐いた。

ソフィアからハリーの母親のことを話題に出された時、僅かに動揺してしまった。幸運にも2人はお喋りと楽しい空想に夢中で気がつかなかったが、もし異変に気付かれていたら──セブルスは、うまく取り繕えたか、わからなかった。

 

 

結局その夜、ソフィアとルイスは寮に戻ることは無くセブルスのベッドで共に就寝し、朝早くに寮の近くまでセブルスに送ってもらったのだった。

 

 

ソフィアは談話室に入ったが、その場所にハーマイオニーだけがいない事に気付く。自室で勉強してるのだろうかと女子寮に向かいかけた時、ハリーとロンがソフィアの手を引っ張り談話室の端、他の生徒達から遠い場所まで連れて行った。

 

 

「どうしたの?」

「それが…昨日僕とロンで、スリザリンの寮に入って、マルフォイに色々聞いたんだけど…あいつ、継承者じゃなかったんだ」

「ああ…そう、やっぱりね」

 

 

ハリーは声を顰め、深刻な顔で囁く。そういえば昨日、ドラコに聞きに行くと言っていた、楽しいクリスマスのひとときにすっかりその事が頭から抜けてしまっていて、ソフィアは心の中でハリー達に謝った。

 

 

「それで…どうやら、前回秘密の部屋が開かれたのは五十年前で、マグル生まれの生徒が1人…死んじゃったみたい」

「えっ!…殺傷能力が…あるのね?」

 

 

眉を寄せ、ソフィアはその言葉の衝撃に動揺した、今まで生徒が襲われても死んでいなかったのは幸運だったからなのだろうか。それとも、前回は殺せて、今回は殺せなかった何か理由があるのだろうか。

 

 

「本当、そんな怪物がホグワーツに居るなんて…信じたく無いよな」

 

 

ロンは身体をぶるりと震わせ、忙しなく辺りを見渡した。その怪物がこの近くにいるのではないかと、不安なのだろう。

 

 

「そう…でも、これで…犯人が誰だかわからなくなっちゃったわね…他に怪しい人なんて…思いつかないわ」

「そうなんだよ…」

 

 

ソフィアはため息をつき、ハリーも間違いなくドラコが犯人だと思っていた為ガッカリと肩を落とした。

新しい情報の収穫はあった、だが、それでも犯人の目星はつきそうにない。このまま怪物を野放しにしていては、五十年前のように死者が出るのも時間の問題かもしれない。

難しい顔で考えていたソフィアは、ふとハリーとロンを見た。

 

 

「ハーマイオニーはなんて言ってたの?彼女の意見も聞きたいわ。部屋にいるかしら?」

「あー…」

「ハーマイオニーは医務室にいるんだ」

「えっ!?ま、まさか…!」

 

 

困ったようなハリーとロンの表情に、まさか怪物の手によって石にされてしまったのかと、ソフィアはサッと顔を蒼白にし恐怖から震えた。それを見てハリーとロンは慌てて首を振る。

 

 

「違う!大丈夫だよ!…あ、いや、大丈夫ではないんだけど…ポリジュース薬に、間違えて猫の毛を入れちゃったみたいで…あの薬は動物の変身に使っちゃだめなんだってハーマイオニーは言ってた。だから姿がまだ戻ってないんだ…それで、医務室に居るんだよ」

「顔中毛むくじゃらで、…毛玉まで吐いてたぜ?」

「…まぁ…それは…よくないけど、無事で安心したわ」

 

 

ソフィアは後で必ずお見舞いに行こう決め、猫になったハーマイオニーを想像し、ちょっとだけ早く見てみたい、とハーマイオニーが聞いたなら威嚇して瞳孔を開かせるだろう事を考えた。

 

 



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80 譲り受けたもの!

 

「ハーマイオニー?大丈夫?」

 

 

ソフィアはクリスマスの次の日の朝、ハーマイオニーのお見舞いに医務室を訪れていた。ハリーとロンは宿題に追い込まれ、今はお見舞いどころでは無いようで、夕方にまた3人で行こうと約束をしていた。

その頃には宿題を終わらせると息巻いていた2人だが、ソフィアはきっと夕方になっても宿題を終わらせることが出来ず、ハーマイオニーが居ない今自分に泣きつくだろう、そう思っていた。

 

 

ベッドのカーテンは引かれていて、中を見る事は出来ない。ただぼんやりと人影が見える事から、起きてはいるようだ。

 

 

「ソ、ソフィア…」

「入ってもいいかしら?」

「………いいわ。…でも、その…お、驚かないでね?」

 

 

ソフィアはそっとカーテンを開き、そこにいるハーマイオニーを見た。

 

 

「まぁ…!」

 

 

ハーマイオニーの顔や腕、見えている肌の部分には猫の毛が生え、鼻も人間のものでは無くなっている。目は瞳孔が縦に伸び、色彩は輝く金色をしていて、髪の毛の間から柔らかそうな猫の耳が生え、ソフィアの驚愕の声に反応し、ぴくぴく動いていた。

 

 

「いつものハーマイオニーも勿論だけど、猫のハーマイオニーも可愛いわよ!」

 

 

ソフィアは感嘆しながらハーマイオニーの毛が生えた手を躊躇うことなく掴み、にっこりと笑った。

ハーマイオニーはまだ猫の姿になってしまった事に落ち込んでいたが、ソフィアの言葉に少しだけ微笑んでみせた。

 

 

「ありがとう…でも、早く戻りたいわ…」

「そうね、私も休暇が明けてハーマイオニーが隣にいないのは寂しいわ」

 

 

ソフィアはベッドに腰掛け、ちょっと寂しそうに笑いながらハーマイオニーの丸まった背中を優しく気遣うように──少し服の下はふわふわとしていた──撫でた。

 

 

「ああ…授業にどれくらい出れないのかしら…こんな…こんなのって無いわ…!」

 

 

授業をいつまで休む羽目になるのか、ハーマイオニーはそればかり考え顔を蒼白にし、不安げに胸の前で指を組みそわそわと長い爪を弄っていた。

 

 

「ちゃんとノート取るわ!ハリーとロンには任せられないものね?」

「ああ…ありがとうソフィア…!」

 

 

ハーマイオニーは感激のあまりソフィアの首元にぎゅっと抱きついた。獣に抱きつかれたような、頬にちくちくとした感触とハーマイオニーの髪の匂いに混じってほんのりと獣の匂いがした。

 

 

「ねえ、尻尾はあるの?」

「…あるわ…」

「見せ──」

「それはソフィアでも、ダメよ!」

 

 

ハーマイオニーは身体を離すと真面目な顔でソフィアに言うが、頬は薄らと赤く染まっていた。

どこから尻尾が生えているのか。ソフィアはかなり気になったが、ハーマイオニーがあまりにも恥ずかしそうな顔で視線を逸らした為、聞くのをやめた。

 

 

「…ハーマイオニー、ドラコとロックハートじゃ無いとなると…うーん、誰だと思う?」

「わからないわ…他に怪しい人なんて…ただ、スリザリン生だとは思うけれど…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは暫く色々話し合っていたが、ドラコ以上にマグル生まれのことを疎ましく思っている者などいるのだろうか、居たとしてもうまく隠している上級生なら、わかるわけがなく、ため息を付いた。もし、完璧に隠しているのなら見つかるわけがない。──お手上げだった。

 

 

 

ソフィアは面会時間が終わった為残念に思いながらグリフィンドール寮へ戻っていた。

ふと、目の前を俯いて歩く背中を見つけ、1人で歩くなんて不用心だと──自分も、だが──思いながらそっとその背中に駆け寄り声をかけた。

 

 

「ジニー!」

「っ!…ソフィア…」

 

 

突然声をかけられ、ジニーは驚いたように肩を跳ねらせ、勢いよく振り向いた。しかし相手がソフィアだと分かると、ほっと固く強ばっていた唇を緩めた。

 

 

「ジニー、何だか前より顔色が悪いわ…」

「…ソフィア、あの…、…今、少し時間ある?」

「え?ええ、大丈夫よ」

「2人きりで、話したいの…」

 

 

ジニーは周りに人影が無いにも関わらず背を丸め縮こまり何かを恐れるように忙しなく辺りを見渡していた。きっと、ホグワーツに居るという怪物を恐れているのだろう、コリンとも仲が良かったようだし。ソフィアはそう考え、優しく微笑みジニーの手を取った。

 

 

「なら、私の部屋に行きましょう。ハーマイオニーは今…居ないの」

「…ええ…」

 

 

ジニーは頷くと、静かに手を引かれソフィアの後についてきていたが、その握った手は氷のように冷たく、足取りはおぼつかない。目も、何処か虚だった。

 

 

ソフィアはジニーと共に自室に入るとすぐに扉に鍵を閉め、戸棚の中からチョコレート菓子を一つ出した。

 

 

「ジニー、おいで、お菓子を食べながらお話しましょう?」

 

 

ソフィアは自分のベッドに座り、隣を叩いた。ジニーは小さく頷くと、すぐに隣に座り差し出されたチョコを受け取ったが、包みを開くことは無かった。大切そうに抱えていた日記を膝の上に置き、ジニーはじっと黒い日記を見つめていた。

 

何を話したいのかは分からないが、きっと大事な話なのだろう。ソフィアはそう思い急かすことは無く、ジニーに寄り添いながら話し出すのを待っていた。

 

 

「あの!…あのね…」

「何?」

 

 

ジニーはソフィアの目を見た。その目は困惑と恐怖がちらちらと見え、今にも泣き出しそうに揺れている。何か酷く思い詰めているような様子に、ソフィアはそっとジニーの膝の上にある冷たい手を握った。

 

 

「っ…ソフィア…、…ソフィアは、今…ホグワーツで起きている…秘密の部屋の継承者って…どんな人だと思う?」 

「…え?」

 

 

ジニーの口から秘密の部屋の事が飛び出るとは思わず、ソフィアは少し驚いた。が、すぐにジニーが何を言いたいのかソフィアはぼんやりと思い当たる事があり、優しく頭を撫でた。

ジニーは普段共に行動する友達がまだいない、きっと断片的に耳に入る噂だけしか知らず、その事について話し合う相手もいない。一人で考え込んでいるうちに目に見えない怪物への恐怖心が膨らみ、抑えきれなくなり、誰かに話したいのだろう。

 

 

「そうね…凄く狡猾で、狡賢くて、卑怯な人だと思うわ。誰かは…分からないけれど、マグル生まれを嫌うのならスリザリン生だと思うわ」

「……そう…」

「大丈夫!きっとすぐ捕まってアズカバン行きになるわよ!」

 

 

ジニーは暗い顔をしたまま俯いた。

犯人が誰だか分からなくて、不安なのだろう。ソフィアは明るく安心させるために言ったが、ジニーは俯いたまま顔を上げることはなかった。

固く閉じられていた手が開き、膝の上の黒い日記を何度も撫でる。

 

 

「…ソフィア…」

「何?」

 

 

日記に視線を落としていたジニーはゆっくりと顔を上げた、蒼白な顔で、どこか表情を欠落させ、じっとソフィアの目を見つめる。

 

 

「この日記を、暫く持っていて欲しいの。けれど、誰にも、見せないで…私から受け取ったとも言わないで…秘密にしていて…」

 

 

ジニーは日記をソフィアに差し出し、小さな囁き声で言った。ソフィアは驚き──大切な物のなはずなのに──目を瞬かせたが、それがジニーの望みなら、とその日記を受け取る。

 

 

「いいわよ。でも…どうして?」

「…友達作りのためよ、…日記に話しかけてるだけでは…駄目だもの」

 

 

ジニーはそう言うと考え込むように俯いてしまった。ソフィアはざらりとした表紙の日記を撫でる。たしかに、この日記は何にでも返事をくれ、持ち運べる友人のような存在になれるかもしれない。だが、決して本当の意味での友人にはなり得ないのだ。

ホグワーツが危険に晒されている中、ジニーは日記を一時手放す覚悟ができたのだろう。人間と友人関係を築くために。

 

 

「…良かったら、トムと話してあげて…じゃあ、私、もう部屋に戻るわ…」

「ええ、わかったわ。…チョコレート、食べてね?」

 

 

ジニーは初めて気づいたと言うように手のひらにあるチョコレートを見ると、包みを開いて小さな塊を口に放り込み、静かに部屋を出ていった。

 

手を振って見送ったが、一度もジニーが振り向かなかった事に少しソフィアは憂いを帯びたため息をつく。

ちらり、と手に持つ黒い日記に目を落とし、折角だからと机に座り、日記を開いた。

 

 

「…何を書こうかしら…」

 

 

羽ペンのふわふわとした部分で額を掻きながら悩んでいたが、とりあえずは今、日記がジニーから自分に移っている事を伝えようと白紙のページに文字を書き連ねた。

 

 

──こんにちはリドル。ジニーから日記を預かりました。ソフィアです。

──ソフィア?久しぶりだね。元気かい?

──ええ、元気よ。

──それは良かった。ジニーは僕と少し距離を置く勇気が出たみたいだね、ずっと気にしていたんだ…僕だけと話しているようだったから。

──そうなの、暫く預かって欲しいって言われたわ。

──良いことだけど、ちょっと寂しいな。

 

 

ソフィアはリドルの文字を見て微笑む。ジニーが大切に思うのも理解できる気がした、ただの日記に込められた少年の記憶のはずだが、今目の前にいて交流を深めることが出来るようなそんな返答に、彼女が夢中なるのも仕方がないだろう。

 

 

──たまには、あなたに話しかけるわ。

──ありがとうソフィア。

 

 

ソフィアは羽ペンを置き、日記を閉じた。少し怪しさはあるが、この日記には呪詛がかかっている様子はない。きっと、自分の思い過ごしだろう。ホグワーツがピリピリしているから、そう思うだけだ。

 

そう、ソフィアは思いぐっと身体を伸ばすとクリスマス休暇中の宿題に取りかかり始めた。

 

 

 

 

ジニーはふと、自分の部屋で手のひらに残る包紙を見つめた。

 

 

「あれ…私…」

 

 

──何をしていたんだっけ。

 

 

ジニーは首を傾げながら、ゴミ箱にその包紙を捨てた。

 

 

 

 



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81 バレンタインデー!

 

ソフィアは2月の中頃、花束を持つ少女の部屋で一人ノートを開き考え込んでいた。ジニーに誰にも言わないでくれと言われていた為、ソフィアはこの日記の事をハリー達には伝えなかった。

ハリー達の前でこの日記を開く事が出来なかったソフィアはたまに、こうしてリドルと話をするためにわずかな時間を見計らいこっそりとこの部屋に来ていた。

一月後半あたりから、リドルはジニーの事を気にするようになった、最近の様子を聞いたり、一度話したい、と文字を表した。

 

 

──ソフィア、ジニーは友達が出来たかな?

──うーん、あまりうまくいってないわ。まだ暗い顔をしているもの。

──そっか…僕はただの記憶だから、友人にはなれないのかもしれない…でも、励ましてあげたいんだ…。

──あなたって優しいのね、リドル。

 

 

きっと、リドルにとっても長い間ジニーと話をしているうちに友人のようになっていったのかもしれない。たとえ日記であり、過去の記憶だとしても今のリドルとジニーの関係を表す言葉は、きっとそうなのだろう。そう思ったが、それが正しい事なのか、ソフィアには判断出来なかった。

 

 

あれから一度もジニーは日記の事をソフィアに聞くことも、返して欲しいと言うことも無かった。何時でも返す事が出来るように、常にカバンの中に日記を忍ばせていたがその日記が日の目を見ることは、まだ無さそうだ。

 

 

──ソフィア、君だってジニーの事を気にしているだろう?ジニーはいつも僕に言っていたよ、ソフィアがお姉さんなら良かったのにって。とても優しい人だからって。

──嬉しいわ、私にとってもジニーは妹のように思ってるもの!

──ソフィア、君は何か困っている事はないかい?僕でよければ、話を聞くよ。話しか、聞けないのがとても歯痒いけどね…。優しい人は、色々苦悩を抱えてしまうから…。

 

 

ソフィアは少し、羽ペンを動かす手を止めた。悩みは沢山ある、だが──。

 

 

──何も無いわ。じゃあ、またね、リドル。

 

 

ソフィアは返事を見る事なく日記を閉じた。

近頃、リドルは自分に悩みが無いかをぼんやりと聞くようになっていた、それは遠回しであったり、今日のように率直な聞き方であったが、ソフィアはこの日記にプライベートな事を一切書かなかった。

悪い物では無いのかもしれない、呪詛がかかっている形跡もない。ただ、この日記の内容を万が一誰かに見られる事があったら、リドルがジニーに教えてしまったら。──そう思うと何も書くことは出来なかった。

 

 

ソフィアは鞄に日記を入れ、部屋からそっと抜け出しグリフィンドール寮へ戻った。

 

 

 

談話室にいたロンとハーマイオニーはソフィアが入ってくると直ぐに駆け寄り、少し怒ったような、でも安心しているような、複雑な表情で出迎えた。

 

 

「ソフィア、どこにいってたんだい?」

「マートルの所よ、朝の挨拶をしに行っていたの。たまに行かないと不機嫌になって…この前長く行かなかったら…拗ねちゃってトイレの水をかけられたから」

「あー…でも、気をつけるのよ?何もないとは思うけれど…」

「ええ、わかったわ」

 

 

つい1週間ほど前にびしょ濡れになって帰ってきたソフィアを思い出して、ハーマイオニーとロンは苦笑した。

ポリジュース薬を作るために使った陰気なトイレに、ハリー達は二度と訪れる気は無かった。ソフィアもまた時間の許す限りハーマイオニーのお見舞いに行っていた為マートルのトイレに行く事は無く、ようやくハーマイオニーが退院し、それをマートルにも伝えようとソフィアがトイレを訪れたのだが、長くソフィアと会えなかったことにマートルはかなり臍を曲げてしまったようだった。

 

 

「まぁ、悪い子ではないわ、私の前で泣くこともほとんど無くなったし…」

 

 

ソフィアは肩をすくめて、少し嘘の隠れ蓑にしているマートルに心の中で謝る。マートルのトイレなんて、ハリー達は絶対に一緒に行こうとはしなかった。本来──年末までは、一人でホグワーツ内を彷徨く事は、かなり不用心で愚かな事だと言えただろう。

だが、ニックとジャスティンの一件以来、怪物が現れ生徒が襲われる事は無くなっていて、生徒達の間にまた少しずつだが、笑顔が戻ってきていた。

何より、マンドレイクの成長が順調に進んでいることも彼らの気持ちを明るくさせた。もうじき石になった者達は蘇生される。そうすれば、その口から何があったかを聞き、きっと犯人もすぐ見つかるだろう。そう、皆が思っていた。

 

ソフィア達はまだ真犯人を見つけ出す事を諦めては居なかったが、何も行動には起こさなかった。──いや、起こせなかった。

もう犯人の手がかりは何もなく、思い当たる人物も居ない。一人ひとり疑わしい人物を調べられる程ホグワーツの人数は少なくない。

 

何も起こらないのであれば、このまま静かにした方がいい、きっとホグワーツ中が警戒する中で継承者は秘密の部屋を開ける事が難しくなってきたのかもしれない。

実際、ジャスティンの一件から教師の見回りは頻繁に行われ、夜に少しでも寮から抜け出す事は困難だった。

 

 

 

「さ、朝ごはんを食べに行きましょ?ハリーは昨日のクィディッチの練習で寝てるみたいなの」

「先に行こうぜ、僕もうお腹ぺこぺこだよ」

 

 

その瞬間ロンのお腹が小さく鳴り、ソフィアとハーマイオニーはくすくすと笑い、ロンは頬を髪色のように赤く染めた。

 

 

大広間に続く扉をくぐったソフィア達は、一瞬入った部屋を間違えたのかと思った。

壁一面に鮮やかでやや下品なピンクの花が飾り付けられ、天井からはハート型の紙吹雪が降っていた。

 

三人は顔を合わせ一度振り返り、ここが大広間で間違いない事を確認してからグリフィンドールの机に向かう。机の上には舞い落ちたハート型の紙が沢山積もっていて、料理の見た目を間違いなく、損ねていた。

 

 

「一体なに…これ…」

 

 

ソフィアは席に座りながら呆然と辺りを見渡し、上座に座る教師達を見た。誰もが気難しい顔か無表情で椅子に座っている。

ただ、1人ロックハートだけはこの大広間の飾り付けに合わしたかのような、けばけばしいピンクのローブを着てニコニコと満足そうに大広間を見回しては、ちらちらと熱視線を向ける女子生徒達に手を振っていた。

 

 

「きっとロックハート先生ね!素晴らしいわ…」

 

 

ハーマイオニーは手のひらを上げ、その上に落ちたハートをうっとりと眺めると大事そうに胸ポケットの中にそっと入れた。

ソフィアとロンはミルク瓶の中に溺れたハートをじっと見て、上座にいる教師達のような無表情を貫いた。

 

ソフィアも同じような悪戯をした事がある、だが、ソフィアの──そしてフレッドとジョージの信条はなるべく他人に迷惑をかけない事、だ。せめてこの紙吹雪が幻想であり、料理の中に入らなければまだ、ソフィアは許せたかもしれない。

山のように降り積もる紙を見て、ソフィアは嫌そうにため息をついた。

 

 

 

「これ、何事?」

 

 

暫くして遅れてやってきたハリーが戸惑いながらロンの隣に座り、目の前のベーコンから紙吹雪を払い除ける。ハーマイオニーは頬を染めくすくすと笑い、ロンは黙ったまま教師達のいるテーブルを指差し、ソフィアは肩をすくめた。

 

 

「静粛に!バレンタインおめでとう!」

 

 

ロックハートは立ち上がり、両手を広げ輝く笑顔を見せながら叫び、その動作に何人かの生徒が黄色い声を上げた。

 

 

「今までのところ、46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう!そうです、皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました!──しかも、これが全てではありませんよ!」

 

 

チャーミングなウインクを見せ、ロックハートは手を叩いた。すると玄関ホールに続く扉から無愛想な顔をした小人が12人ぞろぞろと入っていた。

 

 

「私の愛すべき配達キューピッドです!」

 

 

不服な表情をした小人達は手にハープを持ち、背中に金色の羽をつけている。かなり良いように解釈すれば、神話に出てくる愛のキューピッドに、見えなくもない。

 

 

「今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタインカードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ!さあ、スネイプ先生に愛の妙薬の作り方を見せてもらってはどうです?ついでにフリットウィック先生ですが、魅惑の呪文について、私が知ってるどの魔法使いよりもご存知です!素知らぬ顔して憎いですね!」

 

 

茶目っ気たっぷりにロックハートはフリットウィックを見たが、彼は両手を顔で覆い誰も自分を見るなと言うように項垂れた。ルイスはスリザリンの席からセブルスを見て、あまりにも苦々しい顔でロックハートを睨んでいることに気付きくすくすと小さく笑う。

 

 

「次の個人授業で愛の妙薬の作り方を教わろうかなぁ」

「…やめておけ」

 

 

ドラコは人を射殺せそうなセブルスの睨みを見て、ひくりと頬を引き攣らせた。

 

 

紙吹雪が舞う中朝食もそこそこに生徒達は皆小人を避けながら授業へ向かった。廊下のそこかしこでメッセージカードを配り、時には歌を歌っていた。受け取った人は皆顔を引き攣らせるか、炎が出るのではないかと言うほど顔を真っ赤に染めていた。

まさか小人達は授業中には来ないだろう、そう皆が思ったが小人達はお構いなしで授業中の教室に乱入してはメッセージカードを配り周り、その度に教師達の怒りは徐々に蓄積していった。

 

 

「あなたにです、ソフィア・プリンス!」

「え?私に?」

 

 

次の教室に移動する時にソフィアは仏頂面をした小人から一枚の赤いメッセージカードを受け取った。差出人の名前は──From your Valentine(あなたを密かに想う人より)──と書かれていた。バレンタインにはこのようなカードを送る人がいるとは知っていたが、初めて明確な好意を記したカードに、ソフィアは驚き目を見開き、すぐに照れたように頬を染めはにかんだ。

真っ赤なカードの中には、金色に輝く文字で愛の告白のような、日頃の感謝のような文章が綴られていた。

 

 

「誰からなの?」

「んー…わからないわ、でも…初めて頂いたわ!…嬉しいものね!」

 

 

カードを口に当て、くすくすと笑い、大切そうに何度か書かれている文章を読んだ後、その金色の文字を撫で、そっとカバンの中にしまう。

ソフィアは目の覚めるような美少女ではない。だが、愛くるしく感情のままにころころと変わる表情と、明るく、誰に対しても──何に対しても優しい彼女の性格で、尚且つ勉学においても優秀だ。それにただの少女ではなく、ユーモアにも富んでいる。

そんなソフィアを好む者は意外と多い。

 

ハーマイオニーは最もそばに居てそれを知っているからこそ、今までにも廊下ですれ違いざまに男子生徒がちらちらとソフィアを気にしている様子に気付いていた。

──きっと、一枚では済まないだろう。

 

ハーマイオニーの予想通り、それからソフィアはメッセージカード3枚と、赤い薔薇を一本貰った、嬉しそうにはしていたが、何かの間違いではないのかと少し困惑するソフィアに、ハーマイオニーはこっそりと耳打ちをする。

 

 

「ソフィア、あなたってかなり人気があるのよ?気がつかなかった?」

「えっ…そんな、全然…気がつかなかったわ…」

 

 

頬を染めて眉を下げるソフィアは、見ていて思わず抱きしめたくなる程の可愛らしさだ、今までどこか、妹のように思っていた彼女の女らしい表情に、ハーマイオニーはちらりと隣にいるハリーとロンを盗み見た。

彼らはそわそわと落ち着かず、どこか挙動不審だった。きっと、彼らもまたソフィアの何時もとは違う表情に鼓動を高鳴らせ、胸を甘く締め付けられているのだろう。──だけど、まだその意味はわかってなさそうね。と、ハーマイオニーは恋愛に関してまだまだお子様な2人を見て思った。

 

 

「オー!あなたです、アリー・ポッター!」

 

 

小人の甲高い声が響く。ようやく目的の人を見つけた!一体どれだけ探し回った事か、と言うようなしかめ面をした小人が生徒たちを押し退けハリー達の前に躍り出た。

 

周りには生徒が沢山いる、その中にはグリフィンドールの一年生であるジニーも混じっていた。ハリーはソフィア達ならまだしも、知っている人に小人から何か受け取る場面なんて見られたく無く、顔を赤く染め引き攣らせると、すぐに逃げようとした。

 

 

「アリー・ポッターに、直々にお渡ししたい歌のメッセージがあります」

「ここじゃダメだよ!」

 

 

ハリーは慌ててそう言い逃げようとしたが、小人はさっさと終わらせてしまいたいのかハープを掻き鳴らしながらハリーを睨んだ。

 

 

「動くな!」

「離して!」

 

 

小人はハリーの鞄をがっちり捕まえ、引き戻すと唸るように言うが、ハリーも負けじと叫び鞄を強く引っ張る、2人の引っ張り合いに耐えきれなかった鞄は突如中央からびりびりと破けた。

 

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 

バランスを崩したハリーは隣にいたソフィアにぶつかり転倒する、ソフィアもまた倒れ込むと痛む尻を抑えた。

 

 

「いたた…」

「ご、ごめんソフィア!──うわっ!ちょっと!乗らないでよ!」

「これでよし、貴方に歌うバレンタインです」

 

 

ハリーは慌ててソフィアに謝罪したが、この騒動の原因を作った小人はソフィアの転倒も素知らぬ顔でハリーの足の上に乗るとハープを鳴らし高らかに上手いとは言えない歌を歌った。

 

 

 

貴方の目は緑色、あおいカエルの新漬のよう

貴方の髪は真っ黒、黒板のよう

貴方が私の物ならいいのに。貴方は素敵

闇の帝王を征服した、貴方は英雄

 

 

 

ハリーは顔に熱がこもるのを感じながら無理矢理周りと同じように笑って見せ立ち上がった。

ソフィアもまた鞄から散らばった本や教科書などをすぐに鞄に押し込み、尻を摩りながら立ち上がる。

 

ふと、ソフィアはその集団にジニーが居て、何か言いたげな必死な目で自分を見ていることに気付き、ソフィアは申し訳なさそうに眉を下げる、誰にも内緒にしておいてほしいと言われていた日記が、少し鞄からはみ出てしまっていた、きっとジニーはそれに気が付き、焦っているのだろう。

 

今すぐにこの場から逃げ出したくてたまらなかったハリーが遂に次の教室まで走り出し、ハーマイオニーとロンは顔を見合わせ慌ててその後を追った。ソフィアは集団がパラパラと解散し出している中でも自分をじっと見つめ動けないジニーを気にしながらも、ハリー達の後を追いかけた。

 

 



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82 真実へは、後もう一歩!

 

 

一日の授業が終わり、ソフィアはマートルのトイレに向かった。

ようやく小人たちの任務も落ち着いたのか、疲れた顔をして階段に座り込んでいた小人に鞄からクッキーを取り出し渡せば、お礼に、と言って赤い薔薇を一輪貰ったのだった。ソフィアは驚き、それは誰かにあげなくていいのかと尋ねたが、キャンセルの連絡がありましたから、気になさらず、と言い小人は少しだけ頭を下げて背中の羽を外しながら何処かへきえてしまった。

 

 

綺麗な薔薇を、マートルにも見せてあげよう──バレンタインのお裾分けをしよう、とソフィアは強い薔薇の匂いを胸いっぱいに吸い込みトイレの扉を開けた。

 

──少しして、マートルのトイレのある廊下の曲がり角から、人影が現れ、静かにそのトイレへと近づいた。

 

 

「…ソフィア…」

 

 

ジニーはトイレの前で立ち止まる。ここは嘆きのマートルのトイレだ、何故ここに?何か用事だろうか、…まぁ、すぐに出てくるだろう。

このトイレに入りたくなかったジニーは、不安げにあたりを見渡しながら──ここは、ミセス・ノリスが石化された廊下だ──体を小さくさせ扉の前でソフィアが出てくるのを待っていた。

 

 

 

 

 

残念ながら、マートルは何かで気分をかなり損ねたらしく、トイレのパイプの中で泣き叫び何と声をかけても出てこなかった。きっと、過去のことを思い出して深く嘆いているのだろう。

ソフィアは折角来たのに、と残念に思いながらため息を一つ溢し空いている──いつも、空いているが──個室に入ると自分が贈った一輪挿しに薔薇の花をそっと生けた。

 

蓋を閉めた便座に座り、膝の上に鞄を置き中から日記と羽ペンを取り出し、日記を開く。

 

 

 

──リドル、この日記の事、ジニーに秘密にしてって言われたのに…みんなの前で落としちゃったわ。ジニー…怒ってるみたい。

──それは大変だね、でも…わざとじゃないんだろう?

──ええ、ぶつかって鞄を落とした拍子に…また後で謝らないと…

──そうだね、きっとジニーは許してくれるよ

 

 

そうだと良い、そう思いソフィアは一度日記を閉じた。マートルも出てこないし、もう戻ろう、そう思っていたのだが、ふと日記を眺めそこに書かれた年号に気付く。──今まで気にする事は無かったが、これは50年前に発行された日記本のようだ。

 

 

「…50年前…?たしか…前回秘密の部屋が開かれたのも、50年前だったわ…!」

 

 

どうして今まで気が付かなかったのか、ソフィアは心臓が少しずつドキドキと煩くなるのを感じた。リドルは当時ホグワーツにいた生徒だ。何かを知っている可能性が高い。

思わぬところから現れた秘密の部屋に関するきっかけに、ソフィアは胸に手を当て何度か深呼吸をした。

リドルに秘密の部屋の事を聞いてみよう。何かを知っているかもしれないし、知らなくとも第三者の視点から新たな発見に気付いてくれるかもしれない。

 

 

──リドル、実は今ホグワーツでスリザリンの秘密の部屋、というものが開かれていて、そこにいる怪物が…生徒達を襲ってるの、ジニーから聞いてる?

──うん、聞いてるよ。

──前回開かれたのは、50年前なの、リドルは何かを知ってる?

 

 

返事は暫く現れなかった。

もしかして、知らないのか、とソフィアが残念に思いかけた時、今までの中で最も長文の言葉が浮かび上がってきた。それはどこか知っている事全てを教えようとする焦りが含まれていた。

 

 

──勿論、秘密の部屋のことは知ってるよ。僕の学生時代はそれは伝説だと言われていた。けれどそれは嘘だったんだ。僕が五年生の時、部屋が開けられ怪物が数人の生徒を襲い、とうとう1人の少女が殺されてしまった。

僕は部屋を開けた人を捕まえ、そしてその人は追放されたんだ。

ディペット校長はホグワーツで死者を出した事──それも、存在しないはずの秘密の部屋が開けられ、怪物により少女が亡くなったこと…それを隠して、僕にも真実を話す事を固く禁じた。

怪物は、捕らえられなかった、逃げられてしまったんだ。きっと…また現れる、当時の僕はそう思って、この日記に当時の記憶を封じ込めたんだ。いつか、僕の記憶が何かの力になれば良いと思って…!…ジニーは過去に死者が居たと知れば、怖がるだろうから…ここまで詳しくは伝えていない。

 

 

「リドルが…記憶を残したのはこの為だったのね…!」

 

 

──その人は誰なの?アズカバンに今でもいるの?

──名前は、言えない。それだけは…出来ないんだ。ただ、投獄されることは無かったみたい。

──そう…わかったわ。

 

 

ソフィアは眉を寄せて深く考え込んだ、このリドルの言葉は恐らく、本当だろう。それなら、幾つか新たに分かったことがある。最もソフィアが注目したのは、亡くなったのは女生徒だという記述だった。

 

 

「──マートル!」

 

 

ソフィアは叫んだ。

座る便座の下からはまだマートルの嘆きが聞こえてくる、ソフィアはすぐにしゃがみ込み、パイプに向かって必死にマートルの名前を呼んだ。

 

 

「マートル!私よ、ソフィアよ!お願い、お願いだから出てきて!聞きたいことがあるの!」

 

 

泣き声のする方に声をかければ、少ししてそのくぐもった泣き声が鮮明に聞こえ出した。ふわり、と涙で頬を濡らすマートルがソフィアの前に現れる。

 

 

「な、何?私今は1人にしてほしいの…」

「ごめんなさいマートル!でも、ひとつだけ、教えてほしいの!…マートルが亡くなったのは50年前?」

「…ええ、…多分それくらいだと思うわ。それが何なの?」

 

 

──やっぱり!

 

 

ソフィアは固く握りしめられたマートルの手を握った。身体にぞくりとした寒気が走るが、興奮したソフィアは少しも身を震わす事なく、どこか必死な顔でマートルを見つめる。

 

 

「お願いマートル、あなたがどうやって亡くなったか…私に聞かせて?」

 

 

ホグワーツで亡くなった者はそう多くないはずだ、それに、50年前に亡くなったという情報も一致している。自分の直感が正しいのなら、きっと前回殺されたのは──マートルだ。

 

 

マートルは少し目を見開き驚いていたが、顔つきをかえ涙を引っ込めると、にやり、と笑った。その質問を待っていた、誰かに伝えたくてたまらなかったというような何故か誇らしげな表情をするとソフィアの目と鼻の先ほどの距離に顔を近づけ、ゆっくりと囁いた。

 

 

「ああ…怖かったわ…まさに、このトイレだったの。ここで死んだのよ…よく覚えてる…ホーンビーが私のメガネをからかったから…ここに隠れて泣いていたの…」

 

 

マートルはふわりと浮かびソフィアの後ろに回った、その表情は顔をこわばらせ一言も聞き逃すまいとしているソフィアに喜び、もっと怖がらせたい、というようなゴーストらしい、表情だった。

後ろから、そっとマートルは囁く。

 

 

「そうしたら、誰かが入ってきたの…何か喋っていた…外国語だったと思う、何て言っているかわからなかったもの…嫌だったのは、その声が男子のものだったってこと。だから…出て行け!男子トイレを使って!そう言おうと鍵を開けて扉を開いて──…死んだの」

「…え?…なぜ?どうやって、死んだの?」

「わからないの。覚えているのは大きな黄色い目玉が二つ…体がぎゅっと金縛りみたいになって…それからふーっと浮いて、そして、またここにゴーストとして戻ってきたの…」

「…ありがとう、マートル!」

 

 

ソフィアはマートルに飛びつくように抱きしめーー強く交差しすぎて腕はマートルの身体を突き抜けたーー直ぐにそのトイレから飛び出した。

マートルは聞くだけ聞いて出て行ったソフィアに臍を曲げ、フンと鼻を鳴らすと便器の中に飛び込みそのままずっと奥まで潜り込んだ。もう、ソフィアが何を言っても答えてやらないんだから、──そうぶつぶつと呟きながら。

 

 

 

このトイレに何かあるに違いない、ソフィアは個室の目の前にある手洗い場に駆け寄り、注意深く隅々まで調べた、内側や外側、パイプ、鏡、そしてソフィアは蛇口の脇に小さな引っ掻き傷のような蛇の彫物を見つけた。

 

 

「蛇…、……大きな黄色の目…、…スリザリンの継承者…」

 

 

ソフィアは忙しなくその辺りをうろうろと動きながら、今までに集まったパーツを一つ一つ呟く、頭の中でジグソーパズルのように、歯抜けになっていたキーワードが全て、収まったような気がした。

 

 

「──バジリスク!」

 

 

何で今まで気が付かなかったのだろう、ソフィアは大きく舌打ちを打ち、もしルイスなら、聡く勘の鋭いルイスならもっと早く気がついた筈だと自分の理解力の無さに憤ったが、それでも少ない情報からバジリスクまでたどり着いたのは偉業だと言えるだろう。

 

ソフィアの家にはその家主の嗜好から闇の生物に関する本も数多く存在した、その中で怪物の中でも最も珍しく、そしてなによりも凶悪な存在だとしてバジリスクが示されていた。

 

バジリスクの過去の目撃情報は極めて少ない、500年ほど前に一匹確認されたきり、その姿は確認されていなかった。だが、数少ない個体の一匹がスリザリンの秘密の部屋にいたとしてもおかしくはない。

サラザール・スリザリンは蛇語を話し、蛇を好んでいた、自分の寮のモチーフにする程に。偉大な魔法使いがバジリスクを飼い慣らしていても、不思議ではない。

 

ソフィアは蛇口の蛇に向かって杖を振り、アロホモラや解呪魔法を唱えたがその蛇は少しも変化することが無かった。

 

 

「…そうか…継承者しか開けれないのね…きっと、蛇語を使えなければ…」

 

 

ソフィアの脳裏に1人の顔が浮かんできた。

いや、ありえない。だって、あの人は──ハリーは、ミセス・ノリスが襲われた時に一緒にいた。違う、ハリーじゃない別の誰かがパーセルマウスなのだ。でも、一体──?

 

 

日記を開き、急いで書いたその文字は歪んでいた。

 

 

──リドル、貴方の年代でパーセルマウスを使える人は居た?

──どうして?

──私わかったの。秘密の部屋の場所は…ホグワーツの三階の女子トイレよ、ここで亡くなったの女生徒のゴーストに聞いたわ、彼女は大きな黄色の目に見られて、死んだと言っていた。視線だけで命を奪うことが出来る生物は多くないもの。スリザリンの秘密の部屋なら、間違いなくバジリスクだと思う。

 

──でも、バジリスクだと…皆死ぬだろう?生徒達は石化しているはずじゃ…

 

──今1人も死者が出てないのは…そう!そうよ、みんな…バジリスクの目を直接見てないんだわ!それに…私の友達が、初めの事件の時に、1人だけ不気味な声を聞いたの、私には聞こえなかった──それは、蛇の…バジリスクの声だったのよ!犯人が誰かはわからない、けれど、全てわかったわ、早くダンブルドア校長に言わないと!ねえ、パーセルマウスは遺伝しやすいと聞いたことがあるわ、もしかしたら50年前の犯人の…子孫かもしれないの、何か知らない?

 

 

ソフィアは必死になり文字を書き連ねたが、リドルからの返事は無かった。きっと、戸惑っているのだろう。さすがに突拍子もないと思われているかもしれない、だが、ソフィアには自分の推理に自信があった、後はダンブルドアに全てを話そう。彼が蛇語を話せるかどうかはわからないが、きっとこの場所へ案内すれば何か特別な魔法で秘密の部屋を開けてくれるかもしれない。

まだわからない事は沢山ある、バジリスクには透明化の性質は無いはずだ、何故誰にも気付かれずにホグワーツを徘徊できるのか、分からない。だがそんな事は後でいいだろう、部屋の手がかりを見つけた、直ぐに言わなければ。

 

 

 

ソフィアは日記を脇に抱え、すぐに扉へ向かったが、その扉がゆっくりと開き、思わず足を止めた。何も悪いことはしていない、見られても困ることは無い、だがこんな所に人が来るとは思えなかった。

 

 

「…ソフィア…」

「ジニー?どうして、ここに…?」

 

 

ジニーはあまりにソフィアが出てこない事に痺れを切らしおずおずと中の様子を伺った。

トイレの陰湿さに怖々と身をちぢこまらせ、おどおどと周りを見ていたが、ソフィアの手にある日記を見て顔を引き攣らせた。

 

 

「私、その日記のことでソフィアと、話したかったの…」

 

 

ジニーの胸の前で強く握られた手は白くなり、小刻みに震えていた。ソフィアはこの日記を返してほしいのだろう、ああ、そうだ落とした事も謝らないと、そう思い手に持っていた日記をジニーに手渡した。

ジニーがその日記に触れる瞬間、彼女は何かを怖がるように目を見開き、身体を仰け反らせていたが、手は日記と糊付けされてしまったかのようにしっかりと掴んでいる。

 

日記に視線を落とすように俯いたジニーの表情は読むことができない、何も反応を返さないジニーに、ソフィアは少し眉を顰め首を傾げた。

 

 

「ジニー?」

「──ありがとうソフィア、日記を返してくれて」

 

 

顔を上げたジニーはにっこりと微笑み、しっかりと胸の中に日記を抱きしめるとローブのポケットから杖を出した。

 

 

 



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83 少女は離脱した。

 

 

「…ジニー?」

 

 

ジニーはトイレの扉を閉めると、その杖先をゆっくり自分の首に当てた。

 

 

「何を…何をしてるの?──危険だわ、離しなさい」

「うん、分かってるよ。ここに来るなんて…どうやら運は僕をまだ見捨てていないようだ」

「ジニー?」

 

 

ジニーは杖先を首に当てたままニコニコと笑う、その笑顔は彼女が見せるものとは全く違っていた、暗く、嘲るようなその笑顔に、ソフィアは狼狽えながらじりっと一本後ろへ下がり、そっとポケットの中で自分の杖を握った。

 

 

「動くな」

「…あなた…あなた、…誰…ジニーじゃないわ。ポリジュース薬でも飲んでるの?」

 

 

ソフィアの硬い声に、ジニーはくつくつと楽しげに笑い首を振った。種明かしをするように、楽しげにジニーは囁く。

 

 

「いや、この身体は君の知っているジニーさ、今は少し…深く眠っているけれど、…僕が操っているんだよ…ねえ、僕が誰かわからないソフィア?…ここ数ヶ月、ずっと一緒にいたじゃないか…」

 

 

甘く、柔らかく囁かれた言葉に、ソフィアは目を見開き息を呑んだ、ジニーから、ジニーが胸に抱える日記へ視線がずれる。それを見たジニーは深く頷き目を細めた。

 

 

「そうだ。今ジニーの体を使っているのは僕だよ、ソフィア」

「まさか…そんな、リドル?どうして……どうやって!?」

「この子は長い間僕に悩みを相談し…その闇を見せてくれたからね、僕の魂とよく馴染んだよ…少しだけ、僕の魂をこの哀れな少女に与えて…そうして、操れるようになったんだ…まだ、少しの間だけどね。…ふふ、もう分かったんじゃ無い?僕がなぜ、この子を操っているか…秘密の部屋の場所まで…バジリスクが居るとまで気付いた君なんだ──分かっているだろう?」

「…貴方が…ジニーを操って…秘密の部屋を開けたのね…」

「ご名答!本当、君に秘密の部屋の存在がばれるとは思ってなかったよ…今ダンブルドアに伝えられるのは困る…僕のシナリオにそれは無いからね…」

 

 

ソフィアは強くリドルを睨む。鳩尾のあたりから、強い怒りと、そして恐怖がじわじわと身体中に広がった。手が震えるのは、怒りなのか恐怖なのか、ソフィアには分からない。

ジニーは優しい子だ、きっと何も知らないのだろう、何も知らず悪行に手を染めている、それを知れば、どれほど嘆き悲しむか、強く歯を食いしばり、せめてジニーの杖を奪いたかったが、それよりも早く彼の──リドルの魔法がジニーを貫くのは目に見えていた。

 

 

「さてさて…君は知りすぎた…選んでいいよ。ジニーが死ぬか…ソフィア、君が死ぬか…二つに一つしかない…」

 

 

愉しげにジニー…リドルはそう告げると、顔を凶悪に歪めたまま何かを囁いた、空気が漏れるような、人の言葉ではない言語。それはハリーの口から出た音とよく似ていた。

 

 

──ずるり

 

 

何かが後ろに現れた気配を感じ、ソフィアは体を硬らせた。トイレの温度が変わったかのような、冷たく重い殺気と濃い生き物の気配。ずるずると、それが近付く音は大きくなっていた。

 

ソフィアは固く目を閉じる、リドルの冷たい嘲笑が部屋に響き嫌な音を奏で反響した。

 

 

 

「ソフィア、後ろを向いて?目を開けて?さあ、じゃないと君の大切なジニーが死んでしまうよ?…ああ、一言でも言葉を発したら…その時もジニーを殺す。君は優れた魔女だとジニーから聞いているからね……早く後ろを見るんだ!」

「──っ…」

 

 

ソフィアはゆっくり、後ろを向いた。

巨大な生き物の静かな息遣いが聞こえる、身体中が悪寒に震え、口からは荒い呼吸が漏れた。リドルは今にも消えようとする命を楽しむような低い笑いを零し、冷たい目でソフィアを見つめる。

──ソフィアは優しい、間違いなくジニーを見捨て、自分だけ生き残る事はしないだろう。ソフィアがこちらを向くか、一言でも呪文を発したら…その時はバジリスクの目を見よう。その女の前で、命を消してやる。

 

 

ソフィアは強く、杖を握る。

そして、心の中で叫んだ。

 

 

 

──アクシオ、一輪挿し!

 

 

 

ソフィアがマートルに贈った一輪挿しが勢い良くソフィアの目前に広げた手に飛び込む、ソフィアはガラスの冷たい感触をしっかりと掴み、そして目を開いた。

 

 

 

見たのは、巨大な黒い蛇だった。

両目だけが輝くように黄色い、ソフィアはそれを見た途端身体中に電撃が走ったような気がして──そして、その意識を途絶えさせた。

 

 

 

ソフィアはその場に倒れ込む。バジリスクを見ないように俯いていたリドルの視界の端にトイレの床に広がるソフィアの髪が写り、リドルは勝ち誇ったような嘲笑を上げ、バジリスクに部屋へ戻るよう指示した。

 

 

「はははっ!呆気ないなぁ…」

 

 

生き物の気配が去った後、漸くリドルは倒れているソフィアに近づく。その顔がどんな恐怖に彩られているのか見るために顔を覗き込んだ途端、リドルは薄笑いを消した。

 

 

「──何?…死んでない、…石化…?」

 

 

ソフィアの開かれた目は恐怖に慄いてはいなかった。何か決意し、強い意志を持つ瞳。──リドルが一番嫌いな感情を込めていた。

 

身体は硬くこわばっていたが、死んでいない、石化している。そんな、何故──。

 

 

リドルはソフィアの足元に転がる割れた乳白色の一輪挿しと赤い花を見つけ、舌打ちを溢した。

先程までは持っていなかった、まさか、たった二年生で無言魔法を使えるなんて、想像もしなかった。

 

憎々しげにその花を勢いよく踏み潰す。

思う通りに行かなかった癇癪を爆発させるように、何度もわ何度も足を振り下ろし、花をぐちゃぐちゃに踏み荒らした後で荒い呼吸と沸き起こる苛立ちをなんとかおさめようと何度か深呼吸をした。

 

このまま、この女をここに置いておくわけにはいかない、50年前は死者が、そして今回この場所で石化したとわかればきっとダンブルドアは何かに気付くに違いない。

 

 

リドルは杖を振りソフィアを浮遊させるとそっとトイレの扉を開け、用心深くフードを深く被り外を伺う。その廊下は元々人通りがかなり少ない、嘆きのマートルのトイレがある場所をわざわざ通る者は居ない。

 

それでもリドルは注意深くそっと抜け出すと浮遊するソフィアを連れて廊下を静かに走った。

あと少しで夕食の時間になる、大広間に向かう生徒が来るかもしれない。

 

廊下の角から目だけを出し、そっと様子を伺ったが人気はなく、リドルはなるべくマートルのトイレから離れた場所へ向かった。階段を降りた2階、その奥へと向かい、そっとソフィアを寝かせる。ここなら、周りに使っている教室もない。誰も暫くは気づかないだろう。

 

2階の廊下の突き当たり、花束を持つ少女の肖像画の前にソフィアを置いたリドルはすぐにその場を離れるべく走った。

 

 

 

「──ソフィア?」

 

 

 

後ろから声が聞こえ、リドルは思わず振り返り、肖像画から出てくる人を見た。その少年は、驚いた顔で倒れているソフィアを見ている。顔がゆっくりとあげられたが視線が合う前にリドルはパッと前を向くと、出来る限りの速度で走る。

 

 

 

──しまった。見られたか?隠された部屋が、あんなところにあるなんて…!

 

 

 

リドルはすぐに曲がり角を曲がり、そのまま生徒の群れの中に身を眩ませた。

 

あまり長くはこの体を操れない、リドルは切り離される感覚に苛立つ、もっともっと、この女から魂を奪わなければ──。

 

 

 



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84 次の日記の持ち主は!?

 

 

ルイスは花束を持つ少女の部屋からそろそろ寮へ戻ろうと大きく伸びをする。ここには図書室には無い本が数多く置いてある、内容が難解なものが多いが、見ていて飽きはこない。

 

肖像画の裏枠に手をかけながら少女にもう帰ると告げれば閉ざされた鍵がかちゃりと開いた。

肖像画の裏面に足を突っ込み、枠をしっかりと持って廊下へと体を這い出す。

 

ふと、下に何かがあることに気づき、やや遅れてそれが、愛しい妹だと理解した。

 

 

 

「──ソフィア?」

 

 

 

うつ伏せに寝転び、長い黒髪を廊下に散らばせている、ルイスはさっと体の芯まで冷えたかのような、言いようのない悪寒が走るのを感じた。

視界の端に何かがチラリと動く、ソフィアから視線をずらし、思わずそれを目で追った。──走り去る人影、おそらく、少女だ──だがルイスは追いかける事なく直ぐにその場に降り立った。

 

床を踏み締めたはずの足に力が入らず、そのままがくりと膝は折れ床に鈍い音を立てて打ち付けたが、不思議と痛みは感じなかった。

 

 

「…ソフィア?…ソフィア…ソフィア、起きて…」

 

 

そっと肩に触れた。

恐ろしく、硬い。

 

無理矢理身体を反転させれば、その目は強く何かを睨んだまま固まっていた。

 

 

──石化している。

 

 

 

「…何で…何で、ソフィアが…!」

 

 

マグル出身ではないソフィアは、狙われるわけがないと思っていた。たまにソフィアが一人で出歩いているとは知っていたが、それを強く止めなかったのも、狙われないと思い込んでいたからだ。今までの被害者はたまたま、純血では無かっただけなのか、ドラコの汚れた血が狙われる、その言葉を信じるあまり──そして、サラザール・スリザリンの思想からきっとそうだろうと、安直な思い込みだった。秘密の部屋を開けた継承者がそう言ったわけでも無かったのに。父様は言っていたじゃないか、油断は出来ないと。

 

 

ルイスは苦しげに顔を歪めると、震える足を強く叩く。ソフィアをこのままにする事はできない、直ぐに誰かを呼ばなければ。

 

必死に足に力を込め、よろめきながら立ち上がるとそのまま走り出す、人の気配と騒めきが多い廊下に出るとすぐに辺りを見渡した、誰か、誰か居ないか、石化されたと聞いても戸惑う事なく、教師を呼びに行ってくれる人──?

 

 

「フレッド!ジョージ!」

「…ルイス?」

 

 

人混みの中、目立つ赤髪を見つけるとすぐに駆け寄り、その胸の中に飛び込んだ。

フレッドは振り向いた途端自分に飛び込んできたルイスをしっかりと抱きとめ、その肩が震えていたことに驚眉を寄せた。

 

 

「どうした?」

 

 

ルイスは俯いて居た顔をあげる、その目は今にも泣きそうなほど、涙の膜が張って居た。初めて見るその悲痛な表情に、フレッドとジョージが息を呑む。

 

 

「マクゴナガル先生と…スネイプ先生を呼んで…また、生徒が襲われた…曲がった先の奥にいる…」

「そんな!…誰なんだ?」

「…おい、…まさか…!」

 

 

ルイスは目を一度瞬かせた。

白い頬に、涙が一筋流れる。

 

 

 

「石化したのは…ソフィア…僕の妹だ!」

 

 

悲痛な叫びが廊下に響き、周りの生徒たちは一瞬足を止め、硬直し、そして何人かが悲鳴をあげた。もう襲われないと思っていた。──まだ、脅威は去って居なかったのだ。

 

 

 

「──わかった、俺はマクゴナガルを呼んでくる」

「…じゃあ俺は、スネイプだな、嫌だけど、ルイスの頼みだ」

「うん…お願い…!」

 

 

フレッドとジョージは強く頷く。

フレッドは一度、しっかりしろ、と言うようにルイスを抱きしめるとその背中を強く叩いた。

 

 

「ルイスはソフィアの元に!」

「すぐ呼んでくる、安心しろ!」

 

 

2人は怯える生徒を掻き分けすぐにそれぞれ別の方向へ走り去った。

ルイスは生徒の群れの中に消えた2人の背中を見送ったあと、流れる涙を乱暴に拭き直ぐに踵を返す。──ひとり、暗く冷たい廊下に横たわる最愛の妹の元へ駆けつける為に。

 

 

 

 

フレッドとジョージが駆け出した頃、ジニーは人混みの中意識を覚醒させた。しばらく廊下の端でぼんやりとしていたが、ふと自分が何かを持っている事に気付き視線を下ろす。

 

 

「──っ!!」

 

 

声にならない叫びがジニーの喉をひくつかせた。その手にあったのは黒い日記。なんで、これがここに。──そうだ、私はこの日記を何故ソフィアが持っているのか聞こうと思って嘆きのマートルのトイレで待って居たはず、何でこんなところに。

 

 

「ソフィア…!」

 

 

嫌な予感がした、時たま意識を無くし、気がついたら知らない場所にいて──とんでもない状態になっていた事があった、ここ数ヶ月はそれも無かったと言うのに、やっぱり、この日記が?いや、まさか、そんな──。

 

 

ジニーは人混みを掻き分けて進んだ。

必死に走るジニーの耳に、誰かの囁きが飛び込む。

 

 

「──また、襲われたらしい」

 

 

その言葉に顔を引き攣らせ、今にも泣き出しそうになりながらジニーは走る。

 

 

「──グリフィンドール生の女の子だ」

 

 

嫌な予感がした、喘ぐように、その口から枯れた呼吸が出る。

 

 

「──双子の、片割れだ」

 

 

嫌な想像と言葉を振り払うかのように頭を強く振った。だが、その言葉たちはジニーを咎め追い詰めるかのように、無情にも囁かれる。

 

 

「──ソフィア・プリンスだ」

「──っ!」

 

 

ジニーは聞こえてきた名前についに涙を溢れさせた、滲む視界でなんとかマートルのトイレまで辿り着き、どうかこの先にソフィアが、いつもの笑顔で、いつもの優しい太陽のような笑顔で自分を迎えてくれますように──そう願い、喘ぎながら扉を体全体で押しあけた。

 

 

「──ああっ!」

 

 

口から溢れたのは、絶望に染まった叫びだった。

そこには誰も居なかった、見慣れない一輪挿しが割れて落ちている、真っ赤なバラが見る影もなく荒らされている。

 

体の震えを抑えられなかった、溢れる涙をそのままにして、ジニーは強く日記を掴む。ぎりぎりと爪を立て、びきりと爪が割れた血が滲んだが、少しも気づかなかった。

 

 

 

「──こんなものっ!」

 

 

ジニーは日記をトイレの便座の中に放り込み、すぐにその場から走り去った。

 

 

 

「…何?なんなの?──誰よこんなの投げたの!」

 

 

頭の上を通って落ちてきた黒い日記を憎々しげに見つめ、マートルは怒りながらすっとトイレの個室に姿を現した。辺りを見ても人影はない、きっとその人はもう逃げ出したのだろう。──ソフィアも、居ない。

 

 

「…なっ!?…だ、誰がこんな…こんな…!!」

 

 

マートルは震える声で叫び、床に落ちて割れている一輪挿しと、踏み荒らされたような薔薇の花を見た。思わず手を伸ばし掴もうとしたが、自分の手では掴めず空を切る。

 

 

「酷い…!は、はじめて、初めて貰ったものだったのに…!!」

 

 

ゴーストの自分ではそれを拾いあげることも出来ない。

マートルは顔を歪め一気に涙を溜めると滝のように溢れさせ、癇癪を起こし泣き喚き、便座の中で浮く黒い日記を睨んだ。

 

 

──きっとこれが当たって落ちたのよ!投げた奴が踏み荒らしたんだわ!

 

 

「あああーーっ!!」

 

 

マートルはぼろぼろと涙を流しながら日記に強い憎しみを込めて便座へと飛び込み、水を大量に流し外へ弾き飛ばす。

辺り一面に広がった水はマートルの心を表しているかのように止まることを知らず、トイレの外へと流れ出た。

マートルはいつものU字溝のところで悔しさと怒りからずっと、泣き叫び続けた。

 

 

 

 

 

少し後、マートルのトイレの扉が開いた。

 

 

「ソフィア?いないの?」

 

 

顔を少し出したのはハーマイオニーで、大きな水溜まりに嫌そうに顔を顰めらローブが濡れないようたくし上げながらゆっくりと中に入る。

 

 

「いないみたいだね。…マートルの機嫌も悪そうだ」

 

 

ハリーはハーマイオニーに続き中に入ると嘆きのマートルの激しく泣き喚く声に顔を顰めながら首を振る。

 

 

「うぇー…びしょびしょだ…」

「でも、ソフィアはここに行くって言ってたわよ?…マートルがこんなに嘆いてるの、久しぶりだわ…」  

 

 

ロンはもう帰りたそうにしたが、ハーマイオニーが直ぐにマートルの個室へ向かったのを見て渋々トイレの中に入った。

 

 

「ねえ、どうしたのマートル?ソフィアは来てない?」

 

 

ハーマイオニーがいつもマートルがいる個室へと呼びかけた、するとゴボゴボと水の音が聞こえ、しゃくりあげながらマートルが上半身だけ便座の中から現れた。

 

 

「…なんなの?また何か、私に投げつけに来たの?」

「どうして私が何かを投げつけると思うの?」

「私にきかないでよ!」

 

 

叫びながらマートルはハーマイオニーの前に現れる、その拍子にまた大量の水が便座から溢れ出て、それを被ったハーマイオニー達は嫌そうに顔を歪めたが、マートルの前だと気づくとすぐに取り繕った笑みを浮かべた。

 

 

「私、ここで誰にも迷惑をかけずに過ごしているのに、私に本を投げつけて面白がる人がいるのよ…」

「だけど、何かがぶつかっても痛くないだろう?君の身体をすり抜けていくじゃないか…」

 

 

ハリーはゴーストなのだから、痛くも痒くもないはず、そう思い──痛くないのだから、気にする事はないと慰めたつもりだったがそれは大きな間違いだった。マートルはかっと表情を険しくさせると、大声で喚く。

 

 

「さあ、マートルに本をぶつけよう!大丈夫、あいつは感じないんだから!腹に命中すれば10点!頭を通り抜ければ50点!そうだ!ははは!なんて愉快なゲームだ!──どこが愉快だっていうのよ!」

「一体、誰が投げつけたの?」

「…知らないわ、U字溝のところに座って、死について考えてたら…頭を通って落ちてきたの。…それにっ!」

 

 

マートルは急に顰めて居た声を怒りで震わせると、大量の水に押し流され、手洗い場の下にある一輪挿しと花を震える手で指差した。

 

 

「これ…ソフィアからのプレゼントじゃない?」

 

 

ハーマイオニーが落ちて居た一輪挿しを拾い上げ、ひびをそっと指で撫でる。

 

 

「そうよ!その投げた人は、ソフィアから貰ったプレゼントを落として!割っていったの!花も!踏み荒らして…!私、許せなくて、その本を流し出してやったわ!」

 

 

マートルは少し離れた場所を指差し、そこには薄い本が落ちて居た。

ハリーはびしょ濡れの本を拾おうと一歩踏み出したがロンが慌ててそれを止めた。

 

 

「なんだい?」

「気は確かか?危険かも知れないのに…」

「危険?こんな本が?」

「見かけによらないんだ…」

 

 

ハリーはこんな薄い本のどこが危険なのかと笑ったが、ロンは不振げに本を見つめ怖々と父親が話した本の話をハリーに聞かせた。だが、ハリーはその忠告も気にすることなく、本に近づく。

 

 

「わかったよ、だけど見てみないとどんな本かわからないだろう?」

「まって!ハリー、私も危険だと思うわ」

 

 

ロンとハーマイオニーの制止も聞かず、ハリーは水溜まりの中に沈む本を拾い上げた。

後ろで2人が息を呑んだのに気付きハリーは振り返り本をひらひらと振ってみせる。

 

 

「ほら、何も起こらないよ。…これは、日記だね。…ただの日記だ…名前が書いてある…T・M・リドル…?」

 

 

びしょ濡れになり滲んだインクで書かれて居た文字はなんとかそう読むことが出来た。

 

 

「ちょっと待てよ…この名前知ってる…50年前学校から特別功労賞をもらった人だ」

「…そんな人の持ち物なら…まぁ、悪い事にはならないかも知れないわね」

 

 

興味が無いわけではない2人は用心深く近づきながら、ハリーの手に収まる本を見る。

ハリーは何故ロンが知っているのか──ハーマイオニーが知っているのなら、納得だが──感心したようにロンを見た。

 

 

「どうしてそんな事知ってるの?」

「だって、処罰を受けた時…フィルチに50回以上もこいつの盾を磨かされたんだ。ナメクジのゲップを引っ掛けちゃったんだ…名前のところについてたネトネトを1時間も磨いていれば覚えるさ…」

 

 

ロンは思い出したのか、嫌そうに顔を歪める。

ハリーは濡れたページが破けないよう注意しながらそっとページを捲ったが、全て白紙だった。日記なのに、何も書かれて居ない、メモのひとつもそこにはなかった。

 

 

「この人、何も書かなかったんだ」

「誰かは…どうしてこれをトイレに流したかったんだろうね…」

「…この人、マグル出身に違いない、ボグゾール通りで日記を買っているんだから…」

 

 

裏表紙に印刷されてある場所は魔法族が訪れることのない、マグルの世界の商店街の通りが記されていた。こんな所で、マグルの世界を感じさせる言葉を見るのは酷く不思議な思いがした。

 

 

「そうだね、君が持ってても役に立ちそうにはないよ」 

 

 

ロンはそう言ったが、ハリーは黒い日記をポケットに入れた。じわり、と日記から冷たい水が溢れ服を濡らしているのを感じながらハリーはロンとハーマイオニーを見る。

 

 

「ソフィアもいないみたいだし、戻ろう、入れ違いになって…寮に戻ったのかも」

「ええ、そうね…──レパロ」

 

 

ハーマイオニーは頷きながら杖を振るい、一輪挿しのヒビを消し、驚くマートルに少し掲げて見せた。

 

 

「これ、いつものところに置いておくわね」

「まぁ…!…あんた、嫌な奴かと思ってたけど…良いとこあるじゃない」

 

 

マートルの機嫌はすっかりと戻り、嬉しそうにトイレの水槽の上に置かれた一輪挿しを見る。花はないが、それでもマートルには十分だった。

ハリー達はじゃぶじゃぶと水音を立てながら扉へ向かう。

 

三人が扉を開けようとした時、マートルは顔だけを扉から出して、ハーマイオニーに告げた。

 

 

「──ソフィアは、一度来たけど…知らない人と話してすぐどこかにいっちゃったわ」

「え?」

 

 

ハーマイオニーが驚き振り向いたが、マートルは既に便座の中に飛び込みいつもの場所に座ると鼻歌をならしていた。

 

 

三人は顔を見合わせる。

このトイレを、自分達以外が訪れるなんて、そんな事あり得るのだろうか。

 

 

「…ルイスかな?」

「さあ…ソフィアに聞いてみましょう」

 

 

ハリー達は首を傾げながらとりあえずグリフィンドール寮へ戻ろうと足を進めた。

 

 

 

だが、途中でマクゴナガルにより呼び止められたハリー達が向かう事になるのは──医務室だった。  

 

 



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85 みんなで!

 

ルイスはソフィアの側に座り込み、硬くなった頬を撫でていた、声を上げる事はなかったが、その黒い瞳からは静かに涙の粒が溢れ頬を伝い流れる。

 

離れた場所から横たわるソフィアと、跪き、項垂れ悲しみにくれるルイスを見ていた生徒たちは胸を締め付ける様な悲劇に、苦し気に顔を歪め、ルイスの強い悲壮が伝染していき涙を流す者までいた。ソフィアの名は去年、フレッドとジョージらと共に大広間で行った大々的な悪戯によりよく知られていた。話したことが無い者も、彼女の顔と名前は一致し、その明るい楽し気な笑顔を今でも覚えていた。知らない存在では無い彼女が襲われた事に、誰もが胸を痛めた。

 

 

フレッドとジョージによりソフィアが襲われたと聞きマクゴナガルとセブルスが生徒を掻き分けながらその場に急いで現れた。

 

 

「ミス・プリンス…!」

 

 

マクゴナガルは悲鳴にも似た声で彼女の名を呼び、すぐに状態を調べた。彼女も他の生徒達と同じで石化されていると知り、苦し気に息を詰まらせる。セブルスはその後ろで、愛娘が横たわる姿と、息子が涙を流し悲しみに暮れる姿を見て強く奥歯を噛み締めた。

 

 

ルイスはマクゴナガルとセブルスの到着に蒼白となった顔を上げ、声もなく「父様」と呟いた。流れていた涙は2人を見た途端少し安心したのか、ようやく止まった。

 

 

セブルスは駆け寄りその震える肩を抱き締め慰める事すら出来ない、そんな不甲斐ない自分に──仕方がないとは言え、苛立ちが募る。だが、それをしてしまえばルイスとソフィアが築き上げてきた物を、自分が壊す事になってしまう。セブルスは強く己の手を握り、マクゴナガルと同じようにソフィアの側にしゃがみ彼女の様子をよく調べながら、周りの生徒に気付かれないようなるべく口を動かさず、ルイスに囁きかけた。

 

 

「…心配するな…石化しているだけだ。薬が出来ればすぐに蘇生させる」

「っ…は…い」

 

 

マクゴナガルは悲痛な面持ちで口を固く結ぶと立ち上がり、杖を振りソフィアを浮遊させる。こんな冷たくて硬い床にいつまでも置いているのは、可哀想だった。石化した者は何も苦しみや温度を感じ無いだろうが──そうだといいと願った──早く医務室に運ぼう。

 

 

「…医務室に行きましょう、ミスター・プリンス、立てますか?」

「…あ……」

 

 

ルイスはすぐに立ち上がろうとしたが腰を浮かした途端またその場にへたり込んでしまう。脚が震え、言う事を聞かない。先程フレッドとジョージの元に駆け寄った時に全ての力を使い果たしてしまったかのように、脚は動くのをやめていた。

 

 

「…セブルス、ミスター・プリンスを支えてください」

 

 

ルイスの様子を見たマクゴナガルが、硬い言葉の中にほんの僅かに優しさを含ませてセブルスの名を呼んだ、自分が支えても良かったが、きっと彼を真の意味で支えることが出来るのはセブルス──父だけだ。

 

 

「…ミスター・プリンス、掴まりたまえ」

「…は、い…先生…」

 

 

マクゴナガルの言葉に無言のまま頷いたセブルスはルイスに向かって手を差し出す。ルイスはその大きな手を、震える手で掴んだ。

 

 

「──っ…」

 

 

ぐっと力を込めて手が握られる、少しかさついているが、それでも柔らかで暖かく、大きな手にルイスは胸が詰まり、顔をまたぎゅっと歪めると、目にいっぱいの涙をため、嗚咽を溢した。

──あたたかい、優しい手。ソフィアと、同じ手だ。だけど、ソフィアは──…。

 

そのまま立たされたルイスはセブルスの腕に片方の腕を絡ませるように捕まり、その体に半身を寄せながらもう片方の手で、セブルスの胸元を強く掴んだ。──何かに縋りついて無いと、この張り裂けそうな思いを堪えることができなかった。

 

 

「うっ…ああっ…!!ソフィア…!」

「しっかりしろ、お前の妹は死んだわけでは無い」

 

 

セブルスはルイスを見下ろし、硬い声で眉間に深い皺を刻ませながら呟く。そのあまりの平坦な声に、生徒達はこんな時くらい自分の寮生をもっと慰めればいいのにーーなんて冷たい人なんだ。そう思ったが、ルイスは涙を床にポタポタと降らせながら、何度も頷きしゃくりあげた。──ルイスは、セブルスのその言葉に込められた精一杯の慰めに気が付いていた。

 

 

「…医務室に行きましょう。──皆さんは自分の寮に戻りなさい、今すぐにです。寮長から報告があるまでは外出を禁じます。…さあ、急いで!」

 

 

マクゴナガルは周囲を見渡し生徒達に通る声で強く告げた、その中にいた監督生達はすぐに戸惑い不安がる生徒達を慰め、引き連れながら速やかにその責務を全うした。

 

 

ルイスはセブルスに縋りながら、よろよろと先に歩くマクゴナガルと滑る様に浮遊するソフィアの後ろをついていった。動かないソフィアを見て、ルイスは呟く。

 

 

「許さない…絶対に…許さない…!」

 

 

その憎しみが篭った声を聞いたのは、セブルスだけだった。

 

 

 

 

ソフィアは速やかに医務室に運ばれ、再び石化した生徒を見たポンフリーは顔を青くし小さく悲鳴をあげたが、すぐに表情を引き締めると辛そうにしながらも、一番奥のベッドにソフィアを寝かせた。立っている事が出来なかったルイスは、ベッド脇の椅子に疲れた様に座り込み、ソフィアを見つめた。

 

 

「私はダンブルドア校長を呼んできます。2人はここで…ソフィアの側に居てください」

 

 

マクゴナガルは悲痛な目でソフィアを見るルイスとセブルスにそう言うと、直ぐに踵を返し校長室まで急いだ。

 

 

カーテンで囲われたベッドの上で、ソフィアは強く天井を睨んだまま微塵も動く事はない。

 

 

「…大丈夫だ、あと数ヶ月もすれば…マンドレイクを収穫し、薬を作る事が出来る」

「…せ、んせい……何で…ソフィアが…」

「…わからん」

 

 

セブルスは重く呟く。その言葉に、ルイスは溜息にも似た吐息を吐き、そっとまたソフィアの頬を撫でた。

 

暫く2人は無言だった。何も話す事が出来ず──口を開く気力すら失っていた。

遠くから複数の人の足音が聞こえ、ルイスは顔を動かさないままに音のする方を見た。すぐにカーテンが引かれ、硬い表情をしたダンブルドアが姿を現した。

 

 

「セブルス、ルイス…なんと、…悲しき事じゃ」

 

 

ダンブルドアは重苦しい口調で言うと、じっとソフィアの目を見つめた。光を返すことのない瞳は、何かを睨むように鋭いままで停止している。

 

 

「…生徒達に1人での行動を硬く禁じねばならん。自由時間もなるべく談話室で過ごすよう伝え、決して油断せず…気を緩めないように…今談話室で集まっているじゃろう各寮生に伝えるのじゃ」

 

 

集まっていた各寮の寮長監は頷き、すぐに医務室を飛び出した、セブルスもまた他の生徒に説明をしに行かねばならない──寮監として。ソフィアの側を離れ難かったが、ダンブルドアに強い目で促され、やっとセブルスは重い足を引き摺る様にしてスリザリン寮へ向かった。

 

ソフィアのベッドの側にはルイスとダンブルドアのみが残された。ダンブルドアはひとつの小さな椅子に座ると、ルイスの目を優しく見つめた。

 

 

「ルイス…何かわしに話す事はないかね?」

「校長先生…」

 

 

ルイスはようやく顔を上げダンブルドアのキラキラとした不思議な色彩の目を見た。

そして、小さく頷き口を開く。

 

 

「…ソフィアを…見つけた時、走り去る人影を見ました。…誰かはわかりません、けれど…多分、下級生の…女子だと思います。背が低くて…走り去る時にローブが…めくれて、足が見えました…男子なら、ズボンを履いているので…見えないはずです」

「そうか…わかった。…他には?」

 

 

ルイスの脳裏にチラリと何かを企んでいたソフィアの事が浮かんだ。ポリジュース薬を使って何をするつもりだったのかは知らない、ただ間違いなく秘密の部屋と継承者について調べていた筈だ。

 

 

「…ソフィアは…秘密の部屋と、継承者について調べていたと…思います。けれど…何をしていたのかは──わかりません…」

 

 

ルイスはダンブルドアから視線を逸らした。暫く無言だったダンブルドアは、ルイスの背中を優しく撫でた。その暖かさにルイスはまた涙がこぼれる。この人はこんなにも暖かい、それなのに──僕はソフィアの秘密を守る事を選んだ。

 

 

「思い切り泣くといい、感情を溜め込みすぎると毒になる。──暫くここで過ごしなさい、わしは…ソフィアが発見された場所を調べてこよう」

 

 

ダンブルドアは一度ルイスの頭に手を乗せ、優しく撫でると静かにその場を去った。

ルイスは誰も居なくなったベッド脇で静かにソフィアを見つめる。少ししてダンブルドアと入れ替わる様にばたばたと大きな足音が響き、勢いよくカーテンが開いた。

 

 

「ソフィア!!」

「…ハリー…ロン…ハーマイオニー…」

 

 

 

飛び込んできたハリーとロン、ハーマイオニーは叫びながら現れ、ベッドの上に寝かされているソフィアを見ると、その顔を引き攣らせさっと顔色を無くした。

 

 

「ソフィア!!──ああっ!」

 

 

ハーマイオニーは悲痛な声で叫ぶとソフィアの胸に覆いかぶさる様にして縋りつき、その硬さに石化したのは事実だと知り、声を上げて泣き出した。

ハリーとロンもぐっと唇を結んだまま悲しみに染まった目でソフィアを見下ろした。

 

 

「どうして…ここに?寮にいるんじゃあ…」

「寮に帰ろうとしたら…マクゴナガル先生と会って、医務室の前まで連れてこられたんだ」

 

 

困惑した眼で三人を見るルイスに、ハリーは小さく呟いた。

ハリー達を呼び止めたマクゴナガルの表情は硬く、一瞬ポリジュース薬をこっそり作った事や、材料を盗んだ事がバレたのかと思ったが連れてこられたのは医務室であり、その場所に向かう途中から、何も説明しようとはしないマクゴナガルに嫌な予感を薄らと感じていた。

 

まさか、ソフィアが襲われただなんて。

決闘クラブでは誰よりも強力な魔法を使っていたソフィアでも、怪物には敵わないのか。

どんな姿かもわからない怪物の恐ろしさをひしひしと感じ、ハリーは言葉を無くし悲痛な眼で、石像のように固く動くことのないソフィアを見つめた。

 

 

暫くハーマイオニーは泣き崩れていたが、身体をゆっくりと起こすと泣き腫らした目を擦りながら身体を上げた。ソフィアの頬に震える手を伸ばし、優しく労わる様にそっと撫でる。

まだ時折鼻を啜るような音を出しているが、ハーマイオニーが落ち着き始めたのを見てルイスは静かに三人に聞いた。

 

 

「君たちは何を調べていたの」

「っ…それは…」

 

 

ルイスの強い目に見られたハリーは言葉に詰まる。ちらりとロンとハーマイオニーを見れば、同じように表情を固くしていたが小さく頷く。ーールイスに全てを話そう、3人はそう同じことを思っていた。

ハリーはルイスに今まであった事を全て伝えた、ドビーがした事、奇妙な声、自分達がした事、秘密の部屋は過去に一度開かれているということ。──全てを話し終えたハリーはルイスが何を言うのか…怖くて俯いた。

 

思い沈黙が医務室に落ちる、時折ハーマイオニーが鼻を啜る音だけが虚しく響いた。

いつもこんな時はソフィアが場を明るくさせようとすぐに話し出してくれた、──しかし、今そのソフィアは沈黙して何も話す事はない。

 

 

「…ごめん、ルイス…」

 

 

ハリーは沈黙に耐えきれずぽつりと謝った。それに弾かれたようにハーマイオニーとロンも顔を上げ、口々にルイスに謝った。

 

ハリーの話の途中からじっとソフィアを見つめていたルイスは小さな溜息をつき──人は肩を震わせた──ゆっくり顔を上げると少し、困ったように微笑んだ。

 

 

「…3人は悪くないよ、悪いのは…継承者だ。…ソフィアは…たまたま…怪物と会ってしまっただけだよね?」

「それは…、…多分そうだと思う。…でも…ソフィアは親も魔法族なのに…」

「僕も、それは引っかかった。…今までたまたま非魔法族生まれの人たちが被害に遭っただけで…実際は無差別なのかも知れない」

 

 

困惑しているハリーと同じ疑問をルイスも持っていた。継承者は特に狙いを定めているわけではないのだろうか、ただ、ソフィアが1人だった。狙い易い生徒だった為に狙われた。──本当にそうだろうか。

こればかりは継承者本人に聞かなければわからない事だろう。三人は考え込んでいたが、ふとハリーはあることに気づく。

 

 

「……あ…」

 

 

じっとソフィアを見ていたハリーは他の襲われた生徒と、ソフィアとの違いに気付く。ルイス達の視線を受けたハリーは少し、これを伝えていいのか悩んだ──だが、きっとこの違いに気づいたのは、奇しくも被害者達全てを見た自分だからだ。他の人は気付かないだろう。

 

 

「何?ハリー、何かに気づいたの?」

 

 

ハリーの迷うような目に、ハーマイオニーが一歩ハリーに詰め寄った。もし何かソフィアのことで気づいた事があるのなら全て彼女は知りたかった。

 

 

「…、…その…もしかしたら…ソフィアは何か…何かを知ってしまって、口封じのために…襲われたのかもしれない」

「そんな!」

 

 

ハーマイオニーは口を抑え、目を驚愕と恐怖で見開き絶句した。ロンも信じられないと言うようにハリーを見て、そしてルイスを心配そうにちらちらと見る。ルイスは驚いてはいたが、すぐに真剣な顔でハリーを見た。

 

 

「何で、そう思うの?…勘とかは、やめてよ?僕は今…そんな言葉は聞きたくない」

 

 

ハリーは自分の喉が酷く乾くのを感じた、気のせいかも知れない。ルイスは自分の言葉に静かに怒っている。──だが、この事に気付けるのが自分しか居ないのなら…告げなければならない。

 

 

「僕は…他の被害者達を見た。…皆驚いて…恐怖で顔が引き攣ってたんだ。でも…ソフィアは何かを強く睨むようにしてるでしょ?」

 

 

ぱっとルイス達がソフィアの顔を見る。

ソフィアの眼は強く決意のこもった眼で前を睨み、その唇は固く閉じられている。目前に何かを掴んでいたかのように左手を掲げている。ルイスはそっとソフィアのローブを捲り、隠れていた右手を見た。──その手には、杖がしっかりと握られている。

それを見たルイス達は息を呑んだ。

 

 

「…間違いない…ソフィアは…いきなり襲われたんじゃないんだ、きっと…怪物がいる事に気付いて、何かをしようと…」

 

 

ルイスは呆然と信じられない気持ちで呟く。それは他の三人も同じだった、何故何かに気付いたのなら、言ってくれなかったのか。それとも言えない理由があったのだろうか。

 

 

「…ハリー、僕は…ソフィアを見つけた時、逃げる人影を見たんだ。背の低い女の子だった。多分、一年生から三年生までだと思う。顔は見れなかったんだ…フードを被っていて、髪型も…髪色もわからない。だけど…きっとそいつが継承者なんだと思う」

「そんな!…女の子?」

「なら、スリザリンの女子生徒に絞れるな、マルフォイ以上の純血思想の人間を探せばいいんだ!」

 

 

ロンの叫びにルイスは少し考え込んだが、ドラコ以上にマグルを嫌い軽蔑している女子生徒に思い当たる人物は浮かんでこなかった。スリザリンの生徒は皆、同じようにマグル生まれを軽蔑している。談話室ではスリザリン生だけがこの状況を何かのショーを見ているかのごとく楽しんでいる。…だからこそ、1人に絞る事はできなかった。

 

継承者をこの手で捕まえ、ソフィアの目前に引き摺り謝罪させなければ気が済まない。ルイスはぐっと唇を噛むと、一度自分のふつふつと溢れ昂った気持ちを抑えるために長く息を吐いた。

 

 

「…もう、この件には関わらない方がいい。薬も…あと数ヶ月で作れるんだ。…深く知りすぎると、ソフィアのようになってしまう」

「馬鹿な事言わないでルイス」

 

 

ハーマイオニーは強くその言葉を切り捨てた。彼女の目にも継承者への強い怒りと、決意が込められている。

 

 

「そんなこと言って、どうせ去年みたいに1人でこっそり調べるつもりでしょ?わかってるわよ。それに、このまま継承者に好き勝手させられないわ!また、ソフィアみたいな犠牲者がきっと出るもの!」

「ハーマイオニーの言う通りだよ、1人で探すのは危険だ。…探すなら…皆で、だよ」

 

 

ハリーとハーマイオニー、ロンは顔を見合わせ強く頷いた。その目に灯るのは継承者への恐怖はもう無い、あるのは大切な友を襲われた事に対する怒りと、何とかしてでも継承者を見つけてみせるという決意の炎だった。

 

 

「……、…そうだね、危険な橋を渡るなら──」

 

 

ルイスは静かな声で呟く。──彼の目にも、強い決意の火が燃えていた。

 

 

「──皆で」

 

 

四人はそれぞれの揺るぎない強固な気持ちを無言のうちに確かめ合った。

 

 

 



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86 ヒントはどこに!?

 

 

次の日の朝にはソフィアが襲われた事はホグワーツ中に広まっていた。明るさを取り戻した学校内が、ソフィアという明るさの象徴を失い、それに呼応して暗くなるように──また生徒達は廊下で笑うのもやめてしまった。授業を移動する際はクラス全員で動き、少しも一人にならないよう、教師や監督生が目をに光らせた。寮に所属するゴーストさえ──ニックを除き──生徒たちの動きを見張った。

 

 

ハリー達は数日後グリフィンドールとスリザリンの授業がない僅かな時間に密かに会った。もちろん褒められた行動では無いが、まだ一人ではなく、4人で行動する彼らを止めようとする者は居なかった。──彼らがソフィアと親しいと知っているからこそ、悲痛で暗い顔をする彼らに誰も声をかけられなかった。

 

 

「ソフィアが見つかった場所に何か手がかりがあるかもしれない」

 

 

ルイスのその一言で、ハリー達は空き時間に2階の廊下を訪れた。しかしその廊下には何もなく、手がかりらしいものは何もなかった。注意深く床や壁、窓を見るハリー達だったが、ハーマイオニーは周りをぐるりと見て首を傾げた。

 

 

「でも…何でソフィアはこんな所に来たのかしら?行き止まりなのに…」

 

 

周りには空き教室しかなく、人気も少ない。こんな所に一人で来るなんて、流石に少し不用心過ぎないかとハーマイオニーは眉を顰める。

 

 

「ああ…。…んー…実は、この先に隠し部屋があるんだ。僕たちはたまにこの先の部屋で会ってたんだ」

 

 

ルイスはハーマイオニーほど疑問に思って無かったようで、少し考えたのち廊下の行き止まりまで歩く。その先にある花束を持つ少女の肖像画を指差した。

 

 

「隠し部屋?そんなの、あるの?」

「そういやフレッドとジョージがそんな事言ってたっけ」

「多分、ここ以外にも隠し部屋とか、隠し通路は沢山あるんだと思う。…その怪物も、そういうところを使ってるのかも知れないね…」

 

 

今ルイスは少女に捧げる花を持っていない為その扉は開かれない。隠されている場所に行くには何か隠された手順がある。──きっと、秘密の部屋も同じなのだろう。

 

 

「この部屋に入るには…ある手順を踏まなければいけないんだ。僕らはその手順を育て親から聞いたんだ。…スリザリンの秘密の部屋も、同じかもしれないね」

 

 

ルイスの言葉にハリー達は頷く。

継承者にだけ代々伝わる隠された部屋を開ける方法。ロンが以前考えた代々鍵を渡す事よりも、あり得る事のように感じた。

 

 

「…そうだ、ルイス…T・M・リドルって知ってる?」

「…?誰かの名前?…聞いたことないや」

「そっか…前回扉が開かれた50年前に.その開けた人は追放されたってこの前教えたでしょ?丁度そのT・M・リドルっていう生徒が50年前にホグワーツ特別功労賞を貰ってたんだ。トロフィー・ルームに盾が置いてあったんだけど…何でその賞を貰ったのかは書いてなかったんだ」

「…まさか、その人が継承者を捕まえたって考えてるの?」

 

 

ルイスは驚き声を思わず顰めたが、ハリー達は頷く、もしそうだとしたら、何故怪物の事も秘密の部屋の事も公になっていないのだろうか。継承者を捕まえたのなら、真実薬を使えば全てが明らかになり、秘密の部屋は閉鎖され、怪物は処分されているだろう。

 

 

「それは…どうだろうね、…でも、どうやってリドルって人を知ったの?」

 

 

ルイスの当然の疑問にハリーは鞄を探り黒い日記を取り出した。それを見てロンとハーマイオニーが目を見開き何か言いたげにハリーを見る。──まさか、常に持ち歩いているなんて。二人の目はそう告げていた。

 

 

「この日記を拾ったんだ。…50年前の物で、多分リドルはマグル生まれだよ。マグルの店で買ってるもの。…でも、日記は真っ白なんだ。…ロンが罰則でトロフィーを磨いてる時に、この名前を見て覚えていてね…昨日トロフィールームで調べたところなんだ」

「首席で卒業したらしいぜ。きっと全部の科目だよ…全く、そんな優等生様はパーシーだけだと思ってたよ」

「…どこでこの日記を拾ったの?」

 

 

リドルが誰かも詳しくはわかっていない得体の知れない日記を拾うなんて、それは少々不用心過ぎやしないかとルイスは日記を見ながらハリーを非難するような目で見たが、散々ロンとハーマイオニーからその眼で見られていたハリーはそんな眼で見られても動じる事は無かった。

 

ハリーは、何故かこのリドルという名前を知っている気がした。ほとんど記憶に残らないほど遠い昔に友達だったのではないか──そんな事はあり得ないのだが──そう思うほど、懐かしく感じていた。

 

 

「マートルのトイレだよ、誰かが捨てたみたい」

「まぁ、でも私がどれだけ調べても…何にも現れなかったから、本当にただの日記で…リドルは使わなかった日記を古本屋で売ったのかもしれないわ」

 

 

ルイスはその日記を覗き込み、少し胡散臭そうにしながらも決して触れようとは思わなかった。ノクターン横丁にたまに訪れたことがあるルイスは、闇の魔力は想像もつかないようなものに宿る事があると知っている。隠された呪詛や、遅延型の呪いなど、それは様々な形に宿り狡猾なまでに姿を装い、日常に溶け込む。

 

 

「…ハリー、どんな呪いがかかってるのかわからないし、すぐに捨てた方がいい」

「んー…そうだね」

 

 

真面目な顔でルイスはハリーに忠告をしたが、ハリーは言葉では頷いたものの鞄にしっかりと日記を鞄に片付けた。

それを見た三人は顔を見合わせる。ルイスはハリーの行動に眉を顰めたが、ロンとハーマイオニーは仕方がないというように肩をすくめただけだった。

 

 



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87 動揺する心!

 

 

ルイスは魔法薬学の個人授業を受ける為にセブルスの研究室を訪れていた。

ソフィアが石化して初めての個人授業、正直今は授業どころでは無かったが、セブルスから授業中止の知らせは届かず、仕方なく重い足を引き摺り地下牢へと向かう。セブルスの──父の元へ行くのに、これ程気が重かったのは初めてだった。

 

 

「ルイスです。…失礼します」

 

 

扉をノックし研究室の扉を潜る。

入った途端にムッとした湿気を多く含む熱気と、鼻を刺すような刺激臭がルイスの身体を包み込み、思わず服の袖で鼻を隠し顔を顰めた。

 

 

「…何をしに来た」

 

 

セブルスは奥にある調合机の後ろで大鍋をかき混ぜ、一瞬たりとも顔を上げず厳しくルイスに問いかけた。

この悪臭はぐらぐらと煮える大鍋が発生源なのだろう、ルイスは今すぐに換気したい気持ちに駆られたが、難易度の高い複雑な調合をしているのであれば、炎の揺れ方一つで薬の効能は大きく変わってしまう、ルイスは鼻を押さえながら後ろ手に扉を閉めるとそろそろとセブルスの元に近づき怪訝な顔をしながら大鍋を覗き込んだ。

とろみのある黒い液体、時々ふつふつと気泡が弾け、その度に紫色の煙が上がっていた。

 

 

「何って…この時間は個人授業ですよね?」

「……忘れていた。今は手が離せん」

 

 

暫く沈黙した後セブルスは静かに答える。

ルイスは机の上にある本を読む。想像通り、中々に難しい調合方法が書かれていた。呪いを解く際に使用される薬らしいが、その材料もルイスが今まで見た中でも最も希少なものばかりが並んでいた。

 

何故こんな物を作っているのだろうか、ルイスは暫く大鍋の中にある黒い液体と、注意深く温度計を確認し、秤から少しの何かの体毛を入れるセブルスを見ていた。

薬を調合する父を見る機会は今までに何度かあったが、今までの中で最も真剣に調合する父を見て、ルイスははっと気が付いた。

 

 

「…まさか、ソフィアに…?」

 

 

セブルスからの返事はなかったが、それは無言の肯定だろう。マンドレイク薬以外に石化を解く事が出来る薬が存在するのだろうか、ルイスは開かれたページの効能が書かれたページを隅々まで見たが、呪いを解くとしか書かれていない。──石化は呪いに含まれるのだろうか。

 

 

「…効くかどうかはわからん」

「…そっか…効くといいね」

 

 

小さく呟かれた言葉に、ルイスは少し微笑んだ。

きっと、自分が何もせずじっとする事が出来ないように、父もソフィアの為に何かせずには、居られなかったのだろう。

 

セブルスはこの薬が効くとは思っていなかった、だが、石化したソフィアを少しでも早く蘇生させる為にマンドレイク薬以外に効く薬は無いかと、調合せずには居られなかった。

 

 

「…父様。僕はもう帰るね」

「…ああ。……すまない」

 

 

ルイスは首を振った。

セブルスの気持ちが痛いほどわかる、だからこそ少しも責める気持ちはなかった。

寧ろ父がソフィアの為に薬を調合している、その気持ちがとても嬉しく、ルイスは微笑みその場から離れた。

 

 

「じゃあ、先生…また、個人授業が再開される時は…教えてください。…調合、頑張ってくださいね」

「…ああ」

 

 

セブルスは一度も大鍋から視線を上げる事は無かったが、ルイスは気にする事なく少しだけ頭を下げ研究室を後にした。

来る前の億劫な気持ちが嘘のように、スリザリン寮へ帰る足取りは軽かった。

 

勿論それは、個人授業が無くなったからではなく、セブルスの優しさが、ソフィアに対する確かな愛情が嬉しかった。

 

 

あまり一人で彷徨いていると見回りをしている教師や監督生達に叱られてしまう。ルイスはなるべく人気の多い──それでも通常よりはかなり少ないだろう──廊下を選び、やや遠回りな道を進んでいた。

 

 

「ルイス!こんな所にいたんだ!」

「ハリー?」

 

 

図書館へ向かう廊下からばたばたとかけてきたのはハリー、ロン、ハーマイオニーの三人だった。その顔は困惑と、そして僅かに興奮している様に見える。

 

 

「すぐに話したい事があるんだ、どこか…誰にも聞かれない所ないかな?」

「んー…そうだね、今なら大丈夫…こっちだよ」

 

 

声を顰め必死なハリーの言葉にルイスは頷くと踵を返し来た道を戻った。

向かうのはソフィアが倒れていた場所──花束を持つ少女の肖像画の元だ。

 

 

息を弾ませながら肖像画の前に到着したルイスは、カバンの中から一輪の花を取り出す。不思議そうに見る3人に何も説明はせず、いつものように少女に花を捧げた。

 

 

「ごめんね、これでも許してくれるかな?」 

 

 

取り出したのは今日の調合に使う材料のひとつだった。少し枯れかけている花であり、臭いもかなりキツイ。少女は少し眉を寄せたが、それでも花は花だと考えたのか僅かに花の匂いを嗅ぐと勢いよく飛び退き鼻を抑えながら額縁の向こう側に消えた。

 

 

「さあ、入ろう」

「…すごいわ…こんな仕掛けになっていたのね」

 

 

ルイスが先に額縁に足をかけ開いた向こうへ飛び込んだ。ハーマイオニー達は感心しながら同じように肖像画の向こうへ飛び込んだ。

 

その先はグリフィンドールの談話室のように膝掛け椅子や暖炉があり、ハリーはあたりを見渡しながら「凄い…」と呟いた。違う所といえば、壁一面に本棚があり数多くの本が収められているという事だろう。

 

 

「君たちだから連れてきたんだ、他の人には内緒にしててね?」

「うん、約束するよ!」

 

 

ハリー達は頷き、ルイスは少し安心したように微笑む。ここはソフィアとの密会に使っている、本当ならハリー達にも教えるつもりは無かったのだがホグワーツがこんな状況なのだ、仕方ないと言えるだろう。

 

 

「で?話したい事って?」

 

 

ルイスはソファに座り、ハリー達も直ぐに柔らかなソファに腰を降ろした。そして誰にも聞かれる事はないとわかってあたが、ハリーは鞄から黒い日記を取り出し、内緒話をするように声を顰めた。

 

 

「実は…この日記に隠された秘密に気付いたんだ…この日記には、持ち主ーーリドルの当時の記憶が収められていたんだ。そこで僕は…50年前、秘密の部屋の扉を開けたのが…ハグリッドだって知ったんだ!」

「…ハグリッドが?…そんな、それは…」

 

 

怪訝な顔をして懐疑的な目をするルイスに、ハリーはリドルにより見せられた過去の記憶の詳細を伝えた。既に聞いていたロンとハーマイオニーは口を挟む事は無かったが、何もその話を聞いてもすぐにはハグリッドが犯人だと信じられなかった。

 

 

「…たしかに…ハグリッドは三頭犬とか…ドラゴンとか…飼ってたね」

「本当、困った趣味だよね」

「うーん…でも、ハグリッドはきっとこうなることを望んで秘密の部屋から怪物を解き放ったんじゃ無いと思う。…その凶暴さをいまいち理解していなかったんだろうね。…ハリー達もそう思ってるんでしょ?」

「勿論だよ!ハグリッドは、マグル生まれを襲うなんて酷いこと、絶対しない!」

 

 

ハリーは強くきっぱりと言い切った。ハーマイオニーとロンも頷き賛同を示す。

筋はたしかに通っているだろう、ハグリッドが目覚めさせた怪物が、彼の手に終える存在ではなく、そしてついに人を襲ってしまった、その怪物は逃げ出し、ハグリッドはホグワーツを退学する。──そして、50年の時を経て怪物は再び古巣に帰ってきた。

 

 

「…ハグリッドに聞きに行くべきだと…思う?ハグリッドは今まで何でホグワーツを退学する事になったのか…いつもはぐらかして答えてくれなかった。聞かれたく無いんだと思うんだ。今の事件にハグリッドは関係ないと、僕は思う。…思い出させて…彼を傷つけるだろうし…」

「うーん…まぁ、多分…僕らが聞きに行かなくても、ダンブルドア先生がもう既に聞いてるんじゃ無いかな?」

「…あ、そっか…」

 

 

ハリーはルイスの言葉を聞いてどこかホッとしたように胸を撫で下ろした。他の生徒達──ソフィアの事を思えばすぐに聞きに行くべきだとはわかっている、だが聞くことは少なくとも…ハグリッドを傷つけるだろう。疑っていると言っているようなものだ。それに、万が一襲われたらどうしよう、とロンは考えていた。ハグリッドの優しさは勿論知っているが、怪物に対する熱意を──去年ドラゴンに手を噛まれたロンに対するハグリッドの対応を知っていたからこそ、ロンはそれを心配していた。

 

 

「そうね…私はそのリドルって人が間違えてハグリッドを捕まえたんじゃ無いかなって思うわ。どっちにしろ…ダンブルドア先生がもうお聞きのはずよ」

「うん、今回はハグリッドは犯人じゃ無いと思うよ。別の真犯人を探した方がいい…ソフィアは、何を知ったんだろう…」

「私も、そこが気になるのよ。私たちは同じ情報しか持っていなかったはずだもの!…何か…見落としがあるのかしら…」

 

 

ハーマイオニーとルイスは考え込むように視線を下げ、机の何も無いところを睨んでいた。ハリーとロンは顔を合わせ同じように頭を捻らすが、全く何も浮かんでこなかった。

 

 

「ソフィアは…交友関係が広いからね…何かを…聞いて、知ってしまったのかもしれない」

 

 

ルイスがぽつりと呟く。

ハーマイオニー達はそれを聞いて少し苦笑した、スリザリン生だけではない、ゴーストとすら友達になってしまうのだ。きっと彼女は意思の疎通さえ出来れば姿が何だっていいのだろう。持ち前の明るさと優しさで包み込み、簡単に懐に深く潜り込んでしまう。彼女が友達になれないのは、自分や大切な人達に敵意を向ける存在だけだろう。

 

 

 

「…僕は、この日記を他の人たちに見えるように、持ち歩いてるんだ。時々人の多い所で出して…。そうしたら、きっとこの日記を捨てた人が、何か…してくるかもしれないから」

「ハリー…それは…」

 

 

このリドルが持つ秘密を知られ無いようにきっとトイレに投げ込んだのだろう。嘆きのマートルのトイレには人が訪れない、それはホグワーツの生徒なら皆それを知っている。──日記を捨てた人はきっと継承者だ。

そうハリーは考え果敢にも自らを囮としていた。ルイスは流石に危険だと感じ眉を寄せたが、すぐにハリーはハーマイオニーとロンを見てにっこりと笑った。

 

 

「勿論、3人で行動してるよ!決して1人にはならないから!」

「話し合って決めたの、継承者を炙り出すには…これしか無いって」

「3人で居たら、流石に直接継承者は現れない、だろう?」

 

 

何としてでも継承者を見つけたい、その気持ちはルイスも同じだったが、流石にすぐに頷く事も、その決定を誉める事もできない。ルイスは小さくため息を一つ零すと本当に心配そうに表情を不安から翳らせ、ハリー達をじっと見た。

 

 

「…絶対、無理はしないでね?何かあったらこの部屋に逃げ込んで。さっきしてみたいに…花さえあれば入れるから」

「うん!…ありがとう、ルイス」

「僕も、リドルについて…スリザリン生にちょっと聞いてみるよ、何か反応を返す人がいるかも知れないし」

「ルイスこそ、気をつけてね?」

 

 

3人で行動出来る自分達と違い、ルイスは1人で探さなければならない。今ほど寮が異なった事をもどかしく思った事は無かったのだが、心配するハーマイオニーの言葉に、ルイスは薄く微笑んだ。

 

 

「大丈夫、人間相手に負ける気はしないよ」

 

 

不敵な笑顔で告げられたその言葉に、ハリー達は決闘クラブでの出来事を思い出した。怪物には敵わないかもしれない──ソフィアですら、敵わなかったのだ──だが、人間相手なら確かにルイスは引けを取らないだろう。彼が見た継承者の後ろ姿は同年代の女子だ、この年代で彼に勝てる者なんて、ハリー達には思いつかなかった。

 

 

 

 



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88 復活祭休暇!

 

ソフィアがバレンタインデーに襲われた日から既に1ヶ月以上が経過した。またも継承者は息を潜めているようで、誰も襲われる気配はない。

それでも油断しているとソフィアのようになるかも知れない、生徒達は復活祭の休暇を迎えても、気を緩める事はなく集団で過ごしていた。

 

 

ハリーはあれから大広間や廊下、授業中などそれとなく日記を色々な人の目に晒してきたが、誰もがハリーのただの持ち物だと思っているのだろう、何も反応を返さなかった。ルイスもまたリドルの名前をトロフィー・ルームで見たと言い彼がどれほど優等生だったかを話しながらそれとなくスリザリン生の様子を伺ったが誰もリドルの事は知らず、そんな生徒がスリザリン生だったということを──リドルは、スリザリンの監督生で首席だと記されていた──誇りに思いはしていたが、それ以上の反応は示さなかった。

 

 

復活祭の休暇中に三年生で選択をする科目を決めなければならず、ルイスはスリザリン寮の自室でドラコと共に新しい科目のリストに目を通していた。

 

 

「ルイスはどれにするんだ?父上は…魔法生物飼育学と古代ルーン語を勧めていた」

 

 

ドラコはルイスの表情を盗み見ながら言う。その言葉の裏には、この科目を選択するから、一緒の授業を選んでくれないか、という願いが込められていたことにすぐにルイスは気がついたが、素知らぬふりをして悩むようにリストを眺めていた。

 

 

「んー…どうしようかな、数占い学も気になるんだ。呪い破りになるのなら必須でしょ?」

「…宝探しに興味があるとは知らなかったな」

「楽しそうじゃない?」

 

 

ルイスはドラコの怪訝な顔を見ながらクスクスと笑う。ようやくからかわれているとわかったドラコは頬を僅かに朱に染め鼻を鳴らしそっぽを向いた。よくドラコがする動作であるが、この高貴で品のある端正な顔立ちから溢れる子どもっぽい表情が、ルイスは一番気に入っていた。──その為、ドラコはよくからかわれた。

 

 

「ま、宝探しは冗談だけど。数占いって難解だって聞いたからね、挑戦してみたい気持ちは本当さ」

「そうか…数占いは古代ルーン語とかぶっているな…」

 

 

ドラコがリストを見ながら残念そうに呟いた。父が勧めている科目を取らないわけにはいかないし、ドラコはそれを拒絶するつもりは毛頭ない。父はいつでも正しく、間違っていたことなど無いのだ。──だが、ルイスと同じ授業を取れないのは残念だった。

 

 

「今なら、お願いしてくれたら…古代ルーン語を選択出来るんだけどなぁ…」

 

 

悪戯っぽく笑い、羽ペンをくるくると指先で回し遊ばせながらルイスは楽しげに言う。ドラコはちらりとルイスを見て口をぎゅっと結び暫く無言だったが、それでルイスが同じ科目を選択してくれるのなら、とおずおずと口を開いた。

 

 

「…僕と同じ科目を選択してくれたら…その…、………………嬉しい」

 

 

ドラコはぽつりと呟き、沸き起こる恥ずかしさに頬をさらに赤く染めた。ドラコは他人に何かを願う事も、真摯に頼む事もない。

全ての人間は自分よりも劣っている、血に確かな誇りを持っているドラコは彼の両親の少々歪んだ教えもあり──自分が誰よりも優れた存在であると思っていた。

故にドラコは人に何かを頼む事はない、そうするのが当然だと、思っているからだ。勿論ある程度年長者や優れた魔法使いには敬意を払う事もあるが、それも純血主義に当てはめた時に尊敬できるか否か、である。

 

そんな彼の価値観の中で、唯一ルイスだけが例外だった。

ルイスは純血主義ではない、その考えを解けばやや批判的に返されてしまう。そこだけは相容れないが、それでも、唯一の友なのだ。

 

 

「うーん…あと一声」

「っ……僕は、ルイスと同じ授業を受けたい」

「もうちょっと」

「──同じ授業を選択してくれ!」

 

 

ドラコは半ばやけくそ気味に叫んだ。青白い顔全体がほんのり赤く、その白い首筋や耳までもほのかに色付いている。恥ずかしさからぎろりとルイスを睨むが、そんな赤い顔で睨んでいても微塵も凄みはなく、ルイスは噴き出すと声を上げて笑った。

 

 

「あははっ!──よく言えました!」

 

 

指先で遊んでいた羽ペンをくるりと回転させ、ルイスは魔法生物飼育学と古代ルーン語学にチェックを入れた。

 

ドラコは視界の端でそれを確かめると心の奥で安堵の息を吐き、自分も同じようにリストにチェックを入れた。

 

ルイスにからかわれ、やや下方気味になっていたドラコの機嫌は直ぐに戻り、相変わらず単純な性格をしているとルイスは目を細めて思わず笑いそうになる口を羽ペンで隠した。きっとこの笑った口を見られてしまえばせっかく戻ったドラコの機嫌がまた降下する事となるだろう。

 

リストをカバンの中に片付けるドラコを見ながら、ルイスは世間話をするように何気なくドラコに聞いた。

 

 

「ドラコは、継承者ってどんな人だと思う?」

「さあ…父上は何も教えてくれないからな」

「偉大な事をしていると…思う?」

 

 

ルイスの言葉に、ドラコは少し悩んだ。今までなら穢れた血を一掃する願ってもないチャンスだと喜んでいた。秘密の部屋が開かれたことに恐れた穢れた血共がホグワーツを去ればいい、そう思っていたし、生徒が襲われるたびに心の奥底で喜び、継承者に畏敬の念を抱いた。

だが、その感情もソフィアが襲われるまでだった。純血であるソフィアがなぜ襲われたのか、スリザリンの継承者だという名前を騙っているだけの偽物なのか、そんな考えがちらりと鎌首をもたげ、ドラコの心を乱していた。

 

 

「ソフィアが襲われて…分からなくなった。純血をも襲うので有れば…それは僕の思想からややズレている。…まぁ、ソフィアは純血だが穢れた血達にも優しいから。…それで襲われたのかも知れないが…」

 

 

ドラコはやや自分の考えに自信がないようだった。この様子を見る限り、本当にドラコは継承者について知らないのだろう。──ドラコは、僕に嘘をつけない。彼は心を開いた相手に対してはとても真摯に向き合う。それが、とても彼の美点だろう。

 

 

「マグル出身の者と関わるだけで襲うなんて、ちょっと継承者は心が狭いよね」

 

 

ルイスは肩をすくめ嘆かわしいというように大袈裟に首を振り額を抑えた。

その大仰な動作を見たドラコは、じとりと目を細め怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「何か僕に隠してるだろう」

 

 

ドラコがルイスに隠し事が出来ないように、ルイスもまたドラコに隠し事が出来なかった。──否、ルイスは幾つかの秘密を自ら隠そうとしている、ドラコのように誠実なわけではない。

ただ、ドラコは今、ソフィアの次に──いや、この一年はソフィア以上にルイスの隣にいた。彼の僅かな変化に気付けるようになっていたのだ。その変化に気がつけるのは、ドラコとソフィアだけだろう。

 

 

「んー…まぁね」

 

 

黙っていても不信感を与えるだけか、と思い直ぐにルイスは頷いた。ドラコは強く眉を顰めると、なぜ隠し事なんかするのか──僕らの仲なのに──という批判的な目でルイスを見る。

 

 

「…実は、…僕は継承者を探しているんだ。こっそりと一人でね」

「…何故…そんな事を…」

「ソフィアを襲ったからね。報いを受けさせないと気がすまない」

 

 

ルイスはきっぱりと告げると、真剣な顔でドラコを見つめた。

 

 

「だから、何か知っていたら教えて欲しいんだ。…本当に、何も知らない?」

「…力になりたいが…本当に、知らないんだ」

「そっか…わかった。…僕が継承者を探している事は秘密にしていてね。…あまり表立って探すと去年みたいに…眠らされるだけならいいけど、石化させられちゃうかもしれないし──ソフィアみたいにね」

 

 

去年はクィレルに深入りしすぎ、無理矢理事件の渦中から退場させられてしまった。今回はそうなることのないよう、なるべく慎重に進めていかなければならない。

ドラコは暫く考えていたが、ルイスの言葉の少しの含みに気がつき「まさか」と呟いた。

 

 

「…まさか、…ソフィアは…知りすぎて、襲われたかのか?」

「…僕はそう考えているよ」

「そうか……、…全く!二人とも去年から碌なことに首を突っ込まないな!」

 

 

ドラコは呆れたように言いため息を零す。

まぁ、確かに褒められたことでは無いのかも知れない。ただ、ルイスはドラコの言葉を素早く訂正した。

 

 

「突っ込んで行ってるんじゃないよ、トラブルが寄ってくるのさ!熱烈片想いのようだけどね」

 

 

奇しくもソフィアと同じような事を言い、そしてそれを受けたドラコもまた、セブルスと同じような目でルイスを見た。

 

 

 



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89 盗まれた日記と消えた友!

 

 

「日記が盗まれた?」

 

 

大広間の入り口でそれをハリーから聞いたルイスは驚き思わず叫ぶように言ったが、ハリー達の慌てた「しーっ!」という注意に口を抑えあたりを見渡した。

クィディッチの試合を控えた大広間は、沢山の生徒達の久しぶりに楽しみが出来たという騒めきに満たされ、ルイスの叫びを聞いた者は居なかったようだ。

 

 

「でも…どこで?いつ?」

「…それが…寮の中でなの」

 

 

ハーマイオニーが声を顰めながら固く深刻な顔で答える。何故そんな表情をするのか、ルイスは説明されずともわかっていた。

グリフィンドールの寮に入る事が出来るのは、同じ寮生だけだ。──つまり、犯人はグリフィンドール寮の生徒に限られる。

 

 

「じゃあ…継承者は…グリフィンドール生なの?…そんな人、いる?」

 

 

信じられない思いで呟いたルイスが、伺うようにハリー達を見たが、ハリー達もまた困惑し表情を固くしたまま首を振った。少なくとも、談話室に居る彼らは皆この事件に心を痛め、継承者を憎んでいた。微塵も同じ寮生の事を疑わず、間違いなくスリザリン生だろうと考えていた。

ルイスもまた、きっとスリザリン生だと思っていた。──いや、ルイスやグリフィンドール生だけではない、ホグワーツに居る皆がそう思っているだろう。スリザリンの秘密の部屋なのだから、スリザリン生に違いない、と。

 

 

「もし、グリフィンドール生が継承者なら…その人物は誰よりも利口で狡猾だね。…スリザリン生以上に…」

 

 

重々しく告げられたルイスの言葉に、同じ寮生だと信じたくはないハリー達は、悲痛な顔で沈黙した。…信じたくはないが、彼らもまた同じように思っていた。談話室で過ごした同寮生の中に、継承者の行いに怒りながらも内心でほくそ笑んでいた人物が居るなど、考えただけで重い石を飲み込んだかのように気が沈んだ。

 

 

「…ハリー、今日は試合でしょ?とりあえず日記の事も、継承者の事も忘れて頑張って」

「…うん……頑張るよ」

 

 

落ち込んでいるハリーの肩を叩き、ルイスは3人に手を振ってスリザリンの机で待つドラコの元へ向かった。

 

ドラコはハリー達と話すルイスに面白くなさを感じ、不満を隠す事なくありありと表情に出しながら低く呟いた。

 

 

「…何を話してたんだ」

「ハリーは今日試合でしょ?頑張れって言っただけだよ」

「…ハッ!負けた僕に対する当てつけか?」

 

 

ドラコは憎々しげに吐き捨て、トーストを齧る。

最近、またハリー達の元へ行くルイスに対してドラコはまた不満を持っていた。少し前までは──少なくとも自分がいる所ではハリー達に話しかけなかったのに、何故また話すようになったのか。これが幼い嫉妬心だとは、理解していても抑えられ、割り切れるほどドラコは大人ではなかった。

 

 

「当て付けじゃないよ。それにあの試合で負けたのは箒の性能にかまけて練習をちゃんとしてなかったからだって、わかってるでしょ?僕に当たるのはお門違いだよ、ドラコ」

 

 

痛い正論をはっきりと言うルイスに、ドラコは何も言い返せず無言でトーストを咀嚼した。

 

 

朝食を終え、他のスリザリン生と共に競技場へ向かったルイスは観覧席でクィディッチの開始を待っていた。

秘密の部屋が開かれ、継承者の猛威が振るう中、暗く沈んでいた生徒たちも今日ばかりは頬を赤く染め興奮しどちらが勝つか楽しげに話し合っていた。

がやがやとしたいつも通りの騒めきが競技場全てを包み込む中、選手達がグラウンドに現れ、大きな拍手と声援と共に足を踏み鳴らす音が響く。

 

選手達は声援を受け、表情を引き締めながら箒に跨った。今まさに試合開始が告げられる──その時、マクゴナガルが巨大なメガフォンを手に持ちグラウンドに走り出た。

 

 

「この試合は中止です!」

 

 

大声が響き、その言葉に野次や怒号が飛び交う。だが怒りを爆発させたのは一瞬で、その後誰もが試合が中止になる程の何かが起こったのだと察すると不安な騒めきが広がった。

 

 

「…どんな天候でも中止になる事はないのに…まさか…また襲われた…?」

 

 

ルイスはぽつりと呟く。

それを近くで聞いた生徒は顔を引き攣らせ、その言葉を別の生徒に伝えた。不穏な言葉が漣のように広がり、まだマクゴナガルから詳細の説明は何も無かったが、おそらくこの噂が正しいのだと皆は思っていた。

 

 

「今すぐ監督生の指示に従い、各自寮の談話室に戻ってください!今すぐにです!」

 

 

不満げな顔をしまだ文句を言う生徒も少しはいたが──とくに、スリザリン生だ──監督生に連れられて、生徒達は群れを成してぞろぞろと競技場から出て行った。

ルイスもまたドラコと共に集団に混じりスリザリン寮へ向かう中、ふとグラウンドを見下ろし、ハリーとロンがマクゴナガルについて別の方向へ向かうのを見た。そこにいつもいるハーマイオニーは──いない。

 

 

「…まさか…」

 

 

 

嫌な予感が脳裏をよぎった。

その予感が辛くも当たっていた事を知ったのはすぐ後だった。

 

スリザリン生が皆談話室に集まり、寮監であるセブルスの話に耳を傾けていた。

 

 

「これより、全校生徒は夕方6時までに談話室に戻るように。それ以後はけして寮を出てはならん。授業に行く時は必ず教師が1人引率につく事になる。席を外す時もかならず、教師が付き添う。クィディッチの試合や練習、クラブ活動等は全て禁止だ」

 

 

セブルスは羊皮紙に書かれている内容を静かに読み上げると一度スリザリン生達を見渡した。

彼らは間違いなく自分は襲われないに違いないという自信があるのか、特に恐怖する事なく、ただ不満げに、そしてつまらなさそうな顔をしていた。その中でも後方にいる数名が思い詰めたようなぎこちない表情をしていることにセブルスは気が付いていたが、とくに彼らに何も言葉はかけない。──こんな大勢の居る場所で個別に声をかけるなんて、純血ではないと大声でいうようなものだった。

 

 

「…これまでの襲撃事件の犯人が捕まらない限り、ホグワーツが閉鎖される可能性もあり得る。…もし何か心当たりのある者がいれば速やかに告げにくるように」

 

 

生徒を見渡しながら言ったセブルスだったが、最後に視線を合わしたのはルイスだった。ルイスはその視線を受けたが肩をすくめると何も知らないと小さく首を振った。

 

 

セブルスが扉を通り談話室から出た後、沈黙していた生徒達は一斉に話し出す。

 

 

「ホグワーツ閉鎖は嫌だな、別の学校に編入なんて面倒だ」

「穢れた血が何人消えようがどうでもいいけど、本当…クィディッチも無いなんて!」

「そもそも魔法学校に穢れた血がいる事が問題なんだ。純血だけ入学を許可すればこんな事にはならなかった」

 

 

その言葉に皆が頷きパラパラと拍手を送る。

ルイスは呆れたようなため息を零す。純血のみの生徒に限るので有れば、ホグワーツの生徒の半数以上をスリザリン生が占める事になるだろう。それほど、純血は少ない。

 

 

「…部屋に戻るよ」

 

 

本当ならハーマイオニーの様子を見に行きたかったが、流石に今寮の外を出る事は出来ず、他の生徒達と凝り固まった持論を振り翳すドラコに一声かけ、ルイスは人混みを掻き分け自室へ戻った。

 

 

 

ルイスはベッドに寝転ぶと天井を見上げながら考える。

 

何故、ハーマイオニーはひとりになったのか。あれ程3人で行動すると言っていたのに。あまりにも無茶な行動では無いだろうか。──何かに気付いて確認するために別行動をとったのだろうか。

 

 

「…きっとそうだ…」

 

 

ハーマイオニーが一人で何かを確認するのであれば、間違いなく図書館に向かった事だろう。彼女は本の中に世界の全てが収まっていると信じている。何か疑問があれば必ずそこに向かったはずだ。

 

 

明日、見舞いに行けないか監督生に聞いてみよう。ハーマイオニーの見舞いだと言うと断られるだろうから、ソフィアに会いに行くと言えばいいだろう。──会いたいし。

 

 

ルイスは目を閉じ、談話室から微かに聞こえる生徒達のざわめきを聞きながら眠りについた。

 

 

 



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90 校長不在!

 

 

ルイスは翌朝朝食を取る前に医務室へ向かったが、すでに面会謝絶になっていた。

 

 

「そんな!僕はソフィアの兄ですよ?」

「兄でも、だめです」

 

 

医務室の扉の僅かな割れ目からポンフリーは恐怖と緊張に満ちた目だけを覗かせ、キッパリとルイスに告げた。それでもルイスは暫く一眼だけでも合わせて欲しいと願ったが、ポンフリーが頷く事はない。

 

肩を落としため息を吐きながらとぼとぼと大広間へ向かっていると、顔色を変えたハリーとロンが駆け寄り、生徒達に会話が聞かれない程度に少し離れると、そっとルイスの耳にハリーが囁いた。

 

 

「ハーマイオニーの事は知ってるよね?…昨日の夜、僕らはハグリッドに怪物の事を聞こうと小屋に言ったんだ…」

「…!…透明マントで?」

「うん、それで…ハグリッドは連行されてしまった…!ダンブルドア先生も、停職になったんだ…理事会で決まったって…来たルシウス・マルフォイが言ってた…!きっとこの話は朝食の時に報告されると思う」

 

 

ルイスは何も言えず、唖然としたままハリーの顔を見た。

 

 

「…ダンブルドア校長が…いない?」

 

 

その声は掠れていた。

信じられない。ダンブルドアがいなくなったホグワーツなど、少しも安全な場所はない。継承者はこの機会を逃す事はないだろう。間違いなく誰かが襲われる、それこそ、過去のように命が奪われ最悪の結果が待つ事になるだろう。

 

 

 

「それで…ハグリッドは僕たちに蜘蛛を追えって…」

「え?……蜘蛛?」

「うん、でも蜘蛛が一匹も居ないんだ!」

 

 

ハリーは床の端を見渡し残念そうにため息をつくが、ロンとルイスはちらりと視線を交わし神妙に頷いた。

 

 

「蜘蛛なんて一匹も居ない方がいい」

「僕もそう思うよ」

 

 

ロンはルイスに真剣な顔で握手を求め、ルイスも真顔でしっかりとその手を握った。──ハリーは額に手を当ててこの二人とでは蜘蛛なんて永遠に追えないだろう未来を想像し嘆いた。

 

 

「まぁ…蜘蛛は…うん、僕は…あー…。…ソフィアの為だ、何とか探してみるよ、探すだけだけどね。…それよりも、これから中々2人と会えそうに無いね…」

 

 

気を取り直すようにルイスは言うと、悩むように顎に手を当てた。これからホグワーツ内の監視はより強くなるだろう。

寮が違うハリーとロンとは中々時間を見つけて会うことも、もはや不可能に近いのかもしれない。透明マントを持つハリーは──褒められた行動では無いが──ホグワーツを自由に行き来できる。だが、ルイスは姿を消す事は出来ないのだ。夜にこっそり寮から抜け出せば間違いなく継承者だと疑われてしまうだろう。

 

 

「何か行動する時は、できれば二人と一緒に居たいんだ」

「うん…ルイスが居ると心強いからね」

 

 

ロンは何度も頷いた。

ハリーとロンは魔法に関してはあまり自信がない。呪文学も変身術も、他の生徒と同じか──むしろ少し劣る程度の力しか持っていない。それに、ロンの杖は今にも折れてしまいそうなほど頼りなく、今年は一度も魔法が成功した事はない。

確かな知識があり、色々な魔法を使う事が出来るルイスが居るのと居ないのとでは…2人の気持ちの持ちようも変わってくるのだ。

 

 

「…そういえば、何でハーマイオニーはクィディッチを観にいかず1人だったの?」

「ああ、…ルイスはハリーにだけ聞こえる奇妙な声のこと知ってたっけ?」

 

 

ロンはハリーを見ながらルイスに問いかけた。そう言えば一番初めの事件の前に、そんな声を聞いて3階の廊下まで向かったのだという説明をソフィアが石になった時に聞いた気がして、ルイスは頷いた。

 

 

「言ってたね、そんなこと」

「それが…競技場に行く前にもその声がして…ハーマイオニーはちょっと調べたいって図書館に行ったんだ」

「僕もついて行けば良かったよ…」

 

 

肩を落とし後悔するロンに、ハリーとルイスは慰めるようにその下がった肩を叩いた。過去の事を悔やんでも仕方がない。どうあがいても過去は変える事は出来ないのだ。

ルイスはやはり、ハーマイオニーは何かに気付き図書館に行ったのだと確信した。怪物の手掛かりを掴んだのだろう、とすれば──そのきっかけはハリーにだけ聞こえる声にある。

 

 

「ハリー、またその声が聞こえたら…僕にも教えて」

「うん、わかった」

「…もうすぐドラコがゴイル達と来るから、僕は先にスリザリンの席に行くよ。…くれぐれも気をつけてね」

 

 

ハリーとロンはドラコの名前を聞き、嫌そうに顔を歪め──ロンは吐くような仕草をした──大広間に入りすぐにスリザリン生の集まる場所に混じってしまった。

 

 

「…ルイスもグリフィンドールならよかったのに…」

「本当に、そうだよな。帽子の世紀の大誤審だよ!」

 

 

ハリーとロンはいつもなら気の利いた言葉かけをしてくれたり、鋭く正しい答えを伝えてくれる声がない事に寂しさを募らせた。

いつも、四人で行動していた、それが三人になり──今では、二人だ。

それも、お互い何も言わないが、賢い二人がいなくなり、ハリーとロンは本当に継承者を見つける事が出来るのか、漠然とした不安を抱えていた。

 

 

 

季節は夏に移り変わっていたが、ホグワーツには冬の凍える寒さが再来したかのような陰鬱とした空気が漂っていた。

ダンブルドアの停職が理事会で決まった事は、ハリーの想像通り次の日の朝に生徒達に伝えられた。マクゴナガルはすぐに戻ってくる事と、それまで校長代理を務める事を説得し、何も心配せず勉学に励む事を強く訴えたが──それを素直に受け入れた生徒は居ないだろう。

強靭なダンブルドアという灯りが居なくなったホグワーツには暗い恐怖心がこれまでになく広がり、隣の友人がまさか継承者なのかと漠然とした緊張感と猜疑心に苛まれ、心を閉ざし病んでしまう生徒も多かった。

 

急に取り乱し、泣き出す生徒をハリーは何人も見て、強く心を痛めた。廊下で突如泣き出してしまった少女はきっと、マグル生まれなのだろう。その少女の友人たちが必死に慰め支えていたが、少女の恐怖に満ち、空を切り裂くような甲高い叫び声はよく廊下に響いた。

 

 

不安げな生徒たちの中でスリザリン生だけは肩で風を切るように堂々とホグワーツ内を闊歩していた。不安げに身体を縮こませこそこそと行動する生徒たちが愉快でならないと言ったようにくすくすと冷ややかな嘲笑を漏らす。

それをグリフィンドールの監督生であるパーシーに咎められたとしても、素知らぬ顔で「愉快な話をするのは禁止されていないが?思い出話に花を咲かせ思い出し笑いする事すら、今のホグワーツでは監督生の許可が必要か?」と嘲笑いながら返した。

パーシーは彼らが思い出話などしていない事など、百も承知だったがその証拠もなく、憎々しげに睨み、怒りながら大股で彼らから去っていった。──彼らの嘲笑いを背中にうけながら。

 

 

 

ダンブルドアが居なくなり、2週間ほど過ぎた魔法薬学の授業で、これ程愉快な事も、誇れる事もないと言うようにドラコは授業中にも関わらずクラッブとゴイルに話しかけた。

 

 

「父上こそがダンブルドアを追い出す人だろうと、僕はずっと思っていた」

 

 

セブルスの授業で私語をしていても注意も減点も受けた事がないドラコは、ヒソヒソ話にしては大きな威厳溢れる声で2人に言い聞かせる。──いや、後ろにいるハリーとロンに聞かせているのだろう。

そう、ルイスはドラコの隣で大鍋をかき混ぜながら思った。

 

 

「お前たちに言って聞かせただろう?父上は、ダンブルドアがこの学校が始まって以来最悪の校長だと思ってるって。多分今度はもっと適切な校長がくるだろう。秘密の部屋を閉じたりする事を望まない誰かが…」

 

 

ドラコはクラッブとゴイルに鼻高々に語りかける時はいつも、調子に乗り周りが見えなくなってしまう。ルイスがかき混ぜていた匙を止め、すぐに完璧に出来上がった薬をビーカーに入れ机の端に避難させた事にドラコは気が付かなかった。

 

ルイスは机の上にある分厚い教科書を閉じ、身体をひねり大きく振りかぶる。ドラコを狭み反対側に居たクラッブとゴイルと──そして後ろにいたハリーとロンの4人だけがそれに気がついた。

 

 

──バシッ!!

 

 

「痛っ!!──あっつ!!」

 

 

ルイスは大きく振りかぶった教科書で思い切りドラコの小さな尻をぶっ叩いた。その途端ドラコは跳び上がり火のついた大鍋に手で触れてしまい慌てて手を振りながら飛び退いた。

 

 

「秘密の部屋が閉じられないと、ソフィアが目覚めないかもしれないでしょ。馬鹿な事言わないでよ」

 

 

教科書が汚れたわけでもないのに手で払いながらルイスは冷ややかな目で尻を抑え手を痛そうに振るドラコを見下ろす。

ドラコはぐっと言葉に詰まらせながら、クラッブとゴイルのいる手前、すぐに撤回できず──それでもルイスをこれ以上怒らせないために必死に取り繕いながら弁解した。

 

 

「っ…ソ…ソフィアは純血だ!きっと間違いで襲われたんだ!次は襲われない筈だ!」

「その、きっと、とか筈とかの不確かな言葉を信じるほど僕は愚かではないんだよ、ドラコ。──もう一発いっとく?」

「やめろ!!」

 

 

にこりと微笑み教科書を掲げるルイスに、ドラコが悲鳴を上げ勢いよく離れる。グリフィンドール生からはくすくすと笑いが聞こえ、ドラコは屈辱から頬を赤らめグリフィンドール生を鋭く睨んだが、彼らはすぐに大鍋を見て知らないふりをした。

 

 

騒ぎに気付いたセブルスが何事かと訝しげな顔で近づいて来た事にルイスはいた早く気がつきすぐに教科書を開き熱心に読んでいるふりをした。

 

 

「先生」

 

 

通り過ぎようとするセブルスをドラコが大声で呼び止める。ルイスからの暴力を訴えるのか、まさか初めてのスリザリンからの減点かと周りがちらちらドラコとルイスの様子を伺った。

 

 

「先生が、校長職に志願なさってはどうですか?」

「…滅多な事を言うんじゃない、マルフォイ」

 

 

セブルスは足を止め軽くいさなめたが、その口先は僅かに綻んでいる。

何だ、暴力であっても流石に同じスリザリン生からなら告げ口しないのか──グリフィンドール生は期待が外れつまらなさそうにドラコを見たが、ドラコはその眼差しを気にする事なくセブルスを熱の篭った視線で見上げる。

 

 

「ダンブルドア先生は、理事達に停職させられただけだ。間も無く復職なさるだろう」

「さあ、どうでしょうね。…先生が立候補なさるなら、父が支持投票すると思います。僕が、父にスネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから…」

 

ドラコはにんまりと後ろのグリフィンドール生を見回しながら笑うと、隣にいるルイスを見た。

 

 

「ルイス、君もそう思うだろう?スネイプ先生こそが最高の先生で、校長に相応しいと…」

「え?」

 

 

ルイスはちらり、とセブルスを見上げた。

セブルスは今までの薄笑いを止め、この場から直ぐに去るべきか僅かに悩んだ。──ルイスがどう思っているのか、少し気になってしまい、他の場所へ向かう一歩を出すのが遅れた。

 

 

「そうですね…スネイプ先生は、最高の先生ですよ」

 

 

ルイスはにっこりと笑いドラコに同意した。ドラコは満足げに頷き、セブルスは少し目を見開いたものの何も言わず口元の笑みを深め、ゆっくりと他の生徒の見回りに向かった。

その背中を見送ったルイスはぽつり、と聞こえないように呟く。

 

 

「校長になるのは大反対だけどね」

「…何故だ?」

 

 

その言葉にドラコは驚き怪訝そうにルイスを見た。父親が校長なら、その関係を隠す事なく過ごせるだろう。その方がいいんじゃないかと眉を潜めた。

 

 

「だって…先生が校長になったら、きっとクリスマスパーティもハロウィンパーティーもとてもつまらないものになるからね。…クラッブとゴイルが楽しみにしてる特別なディナーやスイーツも無くなるよ?」

「そんな!…それは耐えられない…」

「辛すぎる…」

「毎日勉強勉強宿題宿題ばっかりで…君たちは留年の危機に毎年晒されるだろうね?」

 

 

くすくすと悪戯っぽく笑うルイスに、クラッブとゴイルは顔を青く染め「そんなの嫌だ!」と叫ぶ。ルイスはちらりとハリーとロンの方を見て目配せをすれば、2人もまたくすくすと堪えきれない笑いをこぼした。

 

ただでさえギリギリのクラッブとゴイルはこれ以上勉強が難しくなる事も、宿題の量が増える事も耐えられないだろう。

ドラコは震える2人に呆れため息をついていたが、後ろにいるハリーが達が笑っている事に気がつくと嫌そうに顔を歪め、吐き捨てた。

 

 

「まぁ…穢れた血の連中がまだ荷物を纏めてないのは全く驚くね…次のは死ぬ。金貨で5ガリオン賭けてもいい。グレンジャーじゃなかったのは残念だ…」

「──よーし、もう一発だねドラコ」

 

 

ルイスは再び教科書を振り上げたが、その時終業ベルがなりドラコはすぐにその場から逃げ出した。

ロンもドラコの言葉を聞いた途端立ち上がり近付こうと杖を掴んだがすぐにハリーとディーンに引き止められていた。

しかしルイスを止める者はおらず、簡単に逃す事も無く──すぐに鞄を掴みその後を追うと逃げるドラコの背中をその沢山の教材が入るカバンで思い切り殴った。

 

 

「──っ!!何をするんだ!」

 

 

ドラコはよろめき、壁に手をつくと顔を痛みで顰めながら振り向こうとしたがルイスは壁に強く手をつき、ドラコの動きを無理矢理止め、後ろから壁に追い詰めるように顔を近づけ甘くゆっくりと囁いた。

 

 

「──どうやら、ドラコは身体に教え込まないとわからないみたいだね」

「ル、ルイス…」

 

 

至近距離でその黒い目に射抜かれ、甘く囁かれたドラコは一瞬顔を赤くしたがすぐにさっと青くすると顔を引き攣らせた。目は一切笑ってない、過去にルイスが呪いをかけたスリザリンの上級生に向けたその闇を多く含む目と、同じだった。

 

 

「何をしている。──急ぎたまえ。次の教室に引率せねばならん」

 

 

セブルスの声を聞き、ルイスは壁についていた手をゆっくり離すとぱっと後ろを振り返り、笑顔で答えた。

 

「…はい、先生」

 

 

教室の入り口でルイスとドラコを見ていたセブルスはその返事を聞くと直ぐに生徒の引率を始める。ぞろぞろと次の教室に向かう生徒達に遅れないように、ルイスは固まってしまっているドラコの手を掴むと無理矢理引っ張った。 

 

 

「命拾いしたね?ドラコ…」

 

 

集団の中で、ルイスは小さくドラコに囁く。

ドラコは強く掴まれる腕を振り払い、ぷいとそっぽを向いた。

 

 

 

 



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91 蜘蛛を追って!

 

ハリーは闇の魔術に対する防衛術の授業が終わった後、密かにルイスへと手紙を出した。「必ず、今日の夕食に届けてね?」ハリーはヘドウィグに何度も念を押し、彼女はまるで──同じホグワーツに居るんだから直接渡せば良いのに、こんな簡単な仕事つまらないわ。とでも言うように少々強めにハリーの指を啄んでからしっかりと手紙を受け取った。

 

 

ヘドウィグはハリーの願いを聞き入れ、しっかり夕食時にルイスの元まで手紙を届けた。

ルイスはその手紙を開き、中に書かれていた文章を読むとグリフィンドールの机でこちらを見ていたハリーとロンに、小さく頷く。

 

 

──蜘蛛を見つけた。今夜追いかける。もし出られるのなら夜の12時ごろ迎えに行く。待つのは5分だけだ。

 

 

簡潔に書かれた手紙をルイスは誰にもバレないように机の下で杖を振り燃やし跡形もなく消滅させた。

 

 

 

今夜12時。

ハリーとロンが来る時間に寮を上手く抜け出せるだろうか。抜け出せても、蜘蛛を追いかけなければならない。

 

 

ルイスは内心とても気が重かったのだが、真実に近づく為だ、ソフィアの為だ、継承者を殴らないと気が済まないと何度も自分に言い聞かせ、すっかり食欲が萎えてしまい目の前の肉料理には手をつけず、ミネストローネを少し飲んだ。

 

 

 

夜中の12時少し前、ルイスはゆっくりとベッドの上で身体を起こした。ドラコはいつも12時前には寝てしまう。自室から出るのは簡単だが、問題は談話室に人がいるのかどうかわからない事だった。

 

杖を持ち、そろりと談話室に続く扉に耳を当てる。その先で生徒の話し声が微かに聞こえ、ルイスは内心で舌打ちを溢した。

 

 

──仕方ないか。

 

 

そっと音が鳴らないように扉を薄く開け談話室の様子を見る、ソファに座るのは監督生の男子生徒2人だった。2人だけなら何とかなりそうだ、とルイスは開いた隙間に杖を差し入れ、軽く振った。

 

 

──スーメイス(眠れ)

 

 

 

ルイスの杖先からふわりと紫色の煙のようなふわふわとした光りが現れ、談話室に薄く広がった。

途端に彼らは大きな欠伸を零すと、ソファの背にもたれ掛かりすぐに寝息を立てる。この魔法は10分ともたない、直ぐに目覚めてしまうだろう。

ルイスはなるべく静かにその横を通り過ぎ、さっと寮を抜け出した。──あとは物陰に隠れ、ハリーとロンの訪れを待つだけだ。

 

ほっと安心し、それでも教師にバレたら大変な事になる、とルイスは直ぐに一番闇の深い場所に身を隠した。

 

 

 

 

「──ルイス、いる?」

 

 

数分後、何もない空間からハリーの小さな囁き声が響き、ルイスは直ぐに暗がりから出るとその声がした方向辺りを見た。

 

空間がぐにゃりと歪み、何もない所から安堵したように笑うハリーとロンを見て、ルイスも薄く微笑む。

ルイスは直ぐに透明マントを広げるハリーの側に寄るとその中に入った。

 

 

「流石に、ちょっとキツイね」

「…慎重に進まないと…ロン、もっと身を屈めないと足が見えちゃうよ!」

「ごめん、僕──背が高いから…」

 

 

小柄なルイスとハリーとは違い、ロンは身長が高くそのマントの中に隠れるのは中々大変そうだった。腰を下ろし足がマントから出ないように気をつけながら3人はそっと玄関ホールへ向かった。

 

暗い廊下ではホグワーツの教師達が交代で見回りをしているようで、杖先を灯した教師達に見つからないよう玄関ホールに向かうのは中々に難しかった。透明マントは視界から姿を消してくれるが、足音までは消えない。教師の足音が遠くから聞こえるたびに3人は廊下の端にぴたりと身体をくっつけ、通り過ぎる教師とぶつからないように避けていた。

 

 

なんとか玄関ホールにたどり着き、そっと扉の閂を外し音を立てないように注意して開き、人が通れるギリギリの隙間を通り抜ける。

黒々とした草むらを夜の風が優しく吹き抜ける中、三人は詰まっていた息を吐いた。

 

 

「──よし、行こう…蜘蛛は禁じられた森に向かってた」

 

 

ハリーは自分を鼓舞する為に強く言うと、透明マントが風ではためくのを抑えながら大股で歩き出す。

城内とは違い足音は草の騒めきによりある程度気にしなくても良いだろう。──さすがに、教師達は外まで見回りはしていないようだ。

 

 

「うん。…森まで行っても、蜘蛛なんか…跡をつけるものなんかいないかもしれない。あの蜘蛛は森なんかに行かなかったかもしれない。だいたい、そっちの方向に行ったように見えたのは確かだけど…でも…」

 

 

ロンはぶつぶつと呟き、できればそうであってほしいという願いを込めていたが声は徐々に小さくなっていた。

ロンもまた、ルイスと同じでハーマイオニーとソフィアが石化しているから、自分が最も苦手とする蜘蛛を追いかけるという恐ろしい行動にも耐えていた。きっと2人が石化していなければ、ロンは蜘蛛を追いかける事はしなかっただろう。自分は使い物にならないから、置いていってくれ!そう、願っていただろう。

だが──ここには、ソフィアもハーマイオニーも居ない。自分がやるしかない。

 

 

ハグリッドの小屋にたどり着くと、ハリー達は透明マントから抜け出し扉をくぐった。

3人を見つけたファングが嬉しそうに鳴き、尻尾を激しく振り3人を歓迎する。ハリーは透明マントを机の上に置き、煩く鳴き声を上げるファングに暖炉の上にあった糖蜜ヌガーを食べさせた。

嬉しそうにかぶりついたファングの歯はしっかりとくっつき、ファングは尻尾を揺らす事はやめなかったが、静かになった。

 

 

「ファング、おいで、散歩に行くよ」

 

 

ハリーの言葉にファングは喜んで跳び上がり、直ぐに扉から外へ走り出すと木のそばで足を上げ用を足した。ハリーとルイスは杖を取り出し、同時に「ルーモス(光よ)」と唱える。杖の先に小さな灯りが灯ったが、それは暗い森を照らすには頼りなく、なんとか足元と蜘蛛を探すのに間に合う程度のか細い光だった。

 

 

「もう少し強い光にしても良いけど…城から見られると厄介だよね?」

「うん…このまま行こう」

「いい考えだ…僕も点ければ良いんだけど…杖がこんなだし…」

 

 

無理矢理テープで固定されている杖を取り出してロンが眉を下げた。

注意深く足元を見ていたハリーが、ロンの肩を叩き足元を指差した。逸れ蜘蛛が二匹、杖の灯りに驚き闇の元へ隠れるところだった。

 

 

「うっ……!!」

 

 

それを見た途端ぞわぞわと身体中に寒気が襲い、ルイスは大きく身体を震わせ後ろに下がり思わずロンの後ろに隠れた。

だが、ロンもルイスと同じように顔を蒼白とさせていて、盾にはならないだろう。

ロンはなるべく見たくないのか目を極限まで細め、重々しく呟く。

 

 

「オーケー…いいよ。行こう」

 

 

もう逃れようがないと覚悟したロンはため息をつき、先に進んだハリーの後を追おうとしたが後ろから強く引っ張られてしまいバランスを崩した。

何だと後ろを見れば、自分のローブを強く掴み背中にピッタリと額をくっつけているルイスの頭頂部が見えた。

 

 

「…大丈夫かい?」

「ごめん、無理だ。このまま進んでいい?…杖で足元は照らしておくから…」

「…その気持ちはよく分かるよ。…転けないように気をつけてね」

「ロン!ルイス!早く行かないと見失っちゃうよ!」

 

 

ハリーの苛立ちと焦りを含んだ声に急かされ、ルイスは仕方なくロンの背中に頭をくっつけたまま足を前に進めた。

 

 

先頭を蜘蛛が道なき道を進み、その後をハリー達が追いかけた。蜘蛛は森の奥へと迷う事なく進み──蜘蛛が靴の上を通過するたびにルイスは声にならない悲鳴を上げた──勿論人間のことなど気にしていない蜘蛛達は沢山の木の枝や茂みが生い茂る方へと進み、ルイス達は蜘蛛を追い素早く進む事が難しくなっていた。

杖の灯りで照らしていても、直ぐに木々や茂みが隠してしまう。1メートル先も満足に見えない程の森の深遠にきてしまったのだとルイス達は思ったが、引き返す事も出来ない。

 

もう30分は歩いただろう。いつの間にか地面がやや下り坂になっている事に先頭を歩いていたハリーが気づいた。

それをロンとルイスに言おうとした途端、ふいにファングが大きく吠えた。

その鳴き声は鬱蒼とした森の中に不気味に響き、今度はロンが声にならない悲鳴を上げ身体を縮こまらせる。

 

 

「何だ!?」

「向こうで何かが蠢いている…シーッ…何か大きいものだ…」

「うっ…お願い…神様…あれだけは、嫌だ…」

 

 

ルイスの怯えがロンに伝染し、思わずロンはルイスに縋るように抱き着き身を震わせる。ルイスもまたロンの腕を痛いほど握り顔を蒼白にさせ身体を縮こまらせた。

 

何か大きなものが小枝をバキバキと踏み近づく音が聞こえ、ロンとルイスは叫んだ。

 

 

「もうだめだ!!もうだめ、もうだめ──」

「あああっ!僕は何も聞こえてない!だから何も居ない!」

「シーッ!君達の声が聞こえてしまう!」

 

 

パニックに陥るルイスとロンを必死にハリーが宥めその叫びを止めようとしたが、ロンは顔を引き攣らせ恐怖から半笑いになり、叫ぶ。

 

 

「僕らの声?とっくに聞こえてるよ!ファングの声が!」

 

 

ロンの上擦った声と、荊に触れたファングの鳴き声が響いた。

恐怖で凍りつき立ち尽くす三人に──ハリーの頼みの綱だったルイスは今にも気絶しそうな程顔を白くさせていた──闇が重くのしかかった。

 

木々の擦れ合う騒めきではない、ゴロゴロと奇妙な音が響き、ハリーとロンは身を寄せ合い身体を縮こめた。ルイスはロンに抱き締められたまま震える手で杖を高く掲げた。

 

 

ルーモス マキシマ(強き光よ)!」

 

 

ルイスの叫びと共に杖先からまばゆい閃光が辺りに広がった。ロンとハリーはその眩さに反射的に手を翳し目を覆う。指の隙間からちらりと見えた姿は、ロンとルイスが想像したような──巨大蜘蛛では無かった。

 

 

「ハリー!僕たちの車だ!」

「えっ?」

「行こう!」

 

 

ロンはその姿を見ると恐怖と緊張の呪縛が解けたようにその場から直ぐに駆け出す。ルイスの眩い光に反応するように、車はヘッドライトを照らし、ルイス達に居場所を告げていた。

 

 

「──ノックス(闇よ)

 

 

ルイスは杖を振り光を消すと、巨大蜘蛛でなかった事に心の底から安堵し、茂みの向こうからこちらを照らす車の元へと駆け寄った。

 

開けた場所にいた車は誰も乗っていなかった、1人でに動き、ヘッドライトを照らす車にロンが口を大きく開けて驚きながら近寄る。

すると車には犬が飼い主に擦り寄るように寄ってきた。

 

 

「この車は?…まさか、2人が学校に来た時の…?」

「そうなんだ!こいつ、ずっとここにいたんだ!見てよ、森の中で野生化しちゃってる…」

 

 

ロンは先程までの恐怖を忘れたかのようにうれしそうに車の周りを歩きながら言う。車は泥だらけであり、幾つもの傷がついている。窓ガラスは蜘蛛の巣状にひび割れ、座席のシートも木の葉や泥がついていた。

 

 

「僕たち、こいつが襲ってくると思ったんだ!おまえはどこに行っちゃったのかって、気にしてたよ!」

 

 

ロンは嬉しさを滲ませながら車を優しく叩いた。

ルイスは車というものを初めて見た為、興味深そうに車内を覗き込み、見たこともない文字盤やハンドルを「わぁ…すごく不思議な作りだね」と誉めた。

 

ハリーはマグル界出身であり、車に興味はなく──それよりも蜘蛛の群れがどこに消えたのかと地面を調べたが、蜘蛛はルイスと車の強い光から急いで逃げてしまったようで一匹も見当たらなかった。

 

 

「見失っちゃった──さあ、探しに行かなくちゃ」

 

 

ハリーはため息をつきながら車に寄りかかるロンとルイスを振り返った。

だが、2人は何も言わなかった。身動きもしなかった。ハリーの直ぐ後ろの頭上2.3メートルあたりに目が釘付けになり──顔が恐怖で土気色になっていた。

 

 

ハリーが振り返る間も無く、カシャッと何かを擦り合わせる大きな音がしたかと思うと、大きな毛むくじゃらの足がハリーを持ち上げた。恐怖にもがき何とか逃げ出そうとしたが、それはハリーを決して離さない。

 

 

「う、うわぁーー!!」

 

 

ルイスの悲鳴が響いた。

ハリーは反射的にルイスの方を振り返り、車に縋りついていたルイスとロンもまた巨大なものに捕まれ宙吊りにされているのを見た。遠くで、ファングも捕まったのだろう、悲痛な鳴き声が響く。

 

 

ハリー達を捉えたのは巨大な蜘蛛だった。ロンの車と同じくらい大きなその蜘蛛が器用に前足でハリー達を持ち上げ残りの足で地面をカサカサと進み森の奥へと素早く移動した。

 

 

 



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92 苦手なものは苦手なんだ!

 

 

どのくらい運ばれていたのだろうか。

ルイスは体に触れる硬い毛の感触とその姿を見て気絶していたが、身体を地面で強く打ち付けた事により何とか覚醒した。──が、それは間違いなくルイスにとって不幸な事だっただろう。

 

 

「──ひっ!」

 

 

ルイスは情けない悲鳴を上げながら、地面の上でへたり込みすくみ上がっているハリーとロンに慌てて近寄り2人の間に自分の身を無理矢理捻り込むと強く目を閉じた。

 

 

「これは夢だこれは夢だ…」

 

 

巨大蜘蛛に囲まれたルイスは壊れたように呟き、一抹の期待を込めて恐々と薄めを開くが、勿論これは夢でもなんでもない、現実であり、目の前の様子は微塵も変化していない。

ルイスは顔を引き攣らせ、大きく震える手で杖をその蜘蛛達に向けた。

その瞬間巨大蜘蛛は怒りガシャガシャと鋏を掻き鳴らす。ルイスは僅かに残った理性を総動員させ何とか逃げ出したい気持ちを押し込め、真顔でハリーにつぶやいた。

 

 

「ここを爆破しよう」

「だめだよ!…蜘蛛は大勢奥に居るんだ、君は気絶してたから見てなかっただろうけど…かなわないよ…!」

「なら火の海にしよう、森を燃やそう」

 

 

そうと決まれば自分が持つ最大の魔力を込めようと杖を振るルイスの腕をハリーが慌てて掴んだ。

 

 

「ルイス!冷静になって!そんなことしたら僕らまで焼け死ぬよ!?」

「蜘蛛に食われるよりはマシだ!」

 

 

ハリーは蜘蛛に食われるのも嫌だったが、焼死するのも御免だった為必死になりルイスの腕を抑える。

ルイスはそれでも目の前の蜘蛛を一掃出来るのならともがいて居たが、蜘蛛達が言葉を発している事に気付き、そのしゃがれながらにつん裂くような声に思わず耳を塞ぎ、強く首を振ると震えながら大人しくなった。

とりあえず焼死は免れたようだとハリーはほっとして何も喋らないロンを見たが、ロンは目を見開いたまま気絶でもしているのか、石化してしまったように動けない。

 

 

「アラゴグ!」「アラゴグ!」

 

 

蜘蛛達が鋏を掻き鳴らしながら何者かの名前を叫ぶ。

靄のような巨大な蜘蛛の巣の中から、一際大きな蜘蛛がゆらりと現れると、ルイスはもう叫び声を上げる力も無いのか何度も蜘蛛を見て精神が壊れてしまったように「はは…大きすぎるよ…」と乾いた笑いを漏らした。

 

この中で唯一冷静なハリーだけが、アラゴグが盲ていることに気付く。

 

 

「何の用だ?」

「人間です」

「ハグリッドか?」

 

 

アラゴグはルイス達に近付き、3人を連れてきた蜘蛛に問いかける。その声はハグリッドなら、歓迎すると言った色が滲み出ていて、ハリーはもしかしたら助かるかもしれない。と緊張した面持ちで蜘蛛達の会話を聞いた。

ルイスもまた恐怖に顔色を無くしながらも、会話できる知能があるのならまだ交渉の余地があるかもしれない、となるべく蜘蛛が見えないように目を極限まで細めながらアラゴグを見たが。「やっぱり無理…」と直ぐに目を強く閉じた。他の蜘蛛と異なり知性がある魔法生物だと分かっていても──怖いものは怖い。

 

 

「殺せ──眠っていたのに…」

 

 

アラゴグはイライラとしながら冷たく吐き捨て、巣に戻るために退がった。アラゴグの許しを得た周りの蜘蛛がじりじりとハリー達に近付く。

 

 

「僕たち、ハグリッドの友達です!」

 

 

ハリーは叫んでいた。

この蜘蛛が秘密の部屋の怪物に違いない。それならこの蜘蛛達の声を聞くことが出来るのは、もしかしたら自分だけなのかもしれない。何とか殺されない為にも交渉しなければ。

いや、そうで無かったとしても、そもそも今話せるのは自分だけだ。

ハリーは自分の心臓が口から飛び出るのでは無いかと思うほどの激しい鼓動を感じた。

 

 

「ハグリッドは一度もこの窪地に人を寄越した事はない」

「ハグリッドが大変なんです、それで、僕たちが来たんです」

「──大変?しかし、何故お前達をよこした?」

 

 

アラゴグはハグリッドの友達だと聞いてもどうでも良さそうだったが、ハグリッドに何かがあったのだと知ると気遣わしげに呟く。巣の中に戻りかけていた巨体が、またゆっくりとハリーに近付いた。

 

ハリーは何度も深呼吸し、心を落ち着かせ立ちあがろうとしたが、足は震え力が入らない。それにルイスが自分に縋るように抱き着き頭を脇腹に押し付けている為、立つことは諦め座ったまま出来るだけ落ち着いて話した。

 

 

「学校のみんなは、ハグリッドがけしかけて──か、怪──何者かに、学生を襲わせたと思ってるんです。ハグリッドを逮捕して、アズカバンに送りました」

 

 

アラゴグは怒り狂い鋏を打ち鳴らす。夥しい数の蜘蛛の群れもそれに呼応し鋏を鳴らし、窪地中にガシャガシャという拍手喝采の様な音がこだましたが、ハリー達はその悍ましい音に震え身をさらに縮こませた。

 

 

「しかし、それは昔の話だ。何年も何年も前の話だ。よく覚えている…それでハグリッドは退学させられた。みんながわしのことを、秘密の部屋に住む怪物だと思い込んだ…ハグリッドが部屋を開けて、わしを自由にしたのだと…」

「それじゃ、一度も…誰も襲ったことは無いのですか?」

「一度もない」

 

 

ハリーは自分に縋るルイスが無言で強く首を振っている事に気付く、きっと蜘蛛を怒らせるな、機嫌を損ねさせてしまえば殺されるからやめておけと訴えているのだと思ったが、ルイスは大蜘蛛を見た瞬間にわかっていた。彼は秘密の部屋の怪物では無いと。それ故に一刻も早くここから立ち去りたかった。

 

 

「襲うのはわしの本能だ。しかし、ハグリッドの名誉のために、わしは決して人間を傷付けはしなかった。殺された女の子の死体はトイレで発見された。わしは自分が育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見た事がない。わしらは暗くて静かなところを好む…」

「それなら…一体何が女の子を殺したのか知りませんか?何者であれ、そいつは今戻ってきてみんなを襲って──」

 

 

ハリーは勇気を振り絞り聞いたが、鋏を打ち鳴らす大きな怒号がハリーの言葉を飲み込んだ。蜘蛛がハリー達を囲い、じりっと躙り寄る。

 

 

「城に住む物は──わしら蜘蛛の仲間がなによりも恐れる。太古の生物だ。その怪物が城の中を動き回っている気配を感じた時、わしを外に出してくれと、ハグリッドにどんなに必死に頼んだか、よく覚えている」

「一体その生き物は?」

「ハリー!頼むから、もう、やめて!」

 

 

ハリーが急き込んで尋ねると、ルイスは悲鳴にも似た声でハリーを静止する。

 

 

「わしらはその生き物の話をしない!わしはその名前さえけして口にしない!ハグリッドに何度も聞かれたが、わしはその恐ろしい生き物の名前をけしてハグリッドに教えなかった」

 

 

ハリーはそれ以上追求しなかった。

ルイスが止めたからでは無い、巨大蜘蛛達が四方八方から詰め寄り、今にもその鋏を振り下ろさんとゆらゆらと動かしている事に気付いたからだ。

 

 

「それじゃ、──僕たちは帰ります」

「帰る?…それはなるまい…」

「でも──でも──」

 

 

ハリーは絶望し、顔を蒼白にさせる。

疲れたような声だったアラゴグは、低い声で笑うとゆっくりと赤子に言い聞かせる柔らかい口調で話した。

 

 

「わしの命令で、娘や息子達はハグリッドを傷付けはしない。──しかし、わしらの真っ只中に、進んでのこのこ迷い込んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。…さらば、ハグリッドの友人よ」

 

 

ハリーは無駄な抵抗だとは分かっていたが杖を掲げ、必死にルイスの名を叫ぶ。ルイスはずっとこの場をどうにかするには、この呪文しか無いと考えていた。食い殺される事もなく、焼死する事もない、魔法で一匹殺したところですぐに他の蜘蛛が襲うだろう。蜘蛛達全員を蹴散らす事の出来る魔法は──これしか無い。

ルイスは閉じていた目を開き杖をすぐに振った。

 

 

サーペンソーティア(蛇よ現れろ)! エンゴージオ(肥大せよ)!」

 

 

ルイスの杖先から鮮やかな青い蛇が飛び出すと肥大魔法により巨大なものへと変わり、人間の胴体ほどの太さになった蛇はゆっくりと巨大な鎌首をもたげ蜘蛛達を見渡す。目の前のご馳走の数々に蛇は舌舐めずりをするように赤い舌をちらちらと出した。

巨大な蛇に蜘蛛達はたじろぎルイス達から下がる。だがその蛇が天敵では無い(・・・・・・)と知るとすぐに鋏を振り翳した。蛇が蜘蛛に食らいつき、長い尾で跳ね飛ばす、蛇は何匹もの蜘蛛に纏まりつかれたが鬱陶しそうにまとめて締め殺した。バキバキと軋む音と蜘蛛の耳をつん裂くような叫び声、ぼたぼた垂れる体液にルイス達は顔を引き攣らせその戦いの場からじりじりと後退した。

だが蛇がいくら払っても、食らっても蜘蛛は途絶えることが無く、鋭い鋏で切り付けられた蛇の叫びが響く。

蛇が倒れてしまえば次は自分達の番だ、ルイスとハリーは杖を構えていたがそれを持つ手は震え、顔は恐怖に固まっていた。

 

その時、高らかな長い音と共に窪地に眩い光が差し込んだ、蜘蛛はその光に怯み、ざわざわと闇の深いところまで逃げる。

 

ボロボロの車がヘッドライトを輝かせ、クラクションを高らかに鳴らし蜘蛛を薙ぎ倒しながら荒々しく斜面を降りルイス達の前で轟音を響かせ止まり勢いよくドアを開けた。

 

 

「ファングを!」

 

 

ハリーが前の座席に飛び込みながらそう叫び、ルイスとロンはファングを抱き抱え後ろの座席に放り込み、ロンは助手席に、ルイスは後部座席に飛び込んだ。

途端に扉が閉まり、アクセルも触っていないのに車は急発進した。怒り狂う蜘蛛達を薙ぎ倒し、窪地を駆け上がると森の中に突っ込む。車は見知った道なのか巧みに空間の空いている所を通り素晴らしいドライブテクニックを見せた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

ハリーが2人に聞いたが、ロンはまっすぐ前を見たまま口を大きく開き声の出ない叫びを上げ続けていた。ルイスは蜘蛛から逃れることができた事に安堵し、シートに必死に捕まりながら何度も頷く。

 

森の深いところから抜けたのか、やがて木木もまばらになり、森の入り口近くで車は急停車し──三人はシートベルトをつける余裕もなく、前に激しくぶつかりそうになった──ルイスとハリーはよろよろと車内から降り、ファングは尻尾を巻いたままこんな所にこれ以上居たくないのか一目散にハグリッドの小屋へと走り抜けていってしまう。

三人は無言で荒い呼吸を繰り返していたが、数分後ようやく、落ち着き足に力が入るようになるとロンがぎこちない動きで車から降りてきた。

 

 

3人が感謝を込めて車を撫でると、車はぶるぶると嬉しそうにその身体を震わせ、森の中へとゆっくりバックし──そして姿が見えなくなった。

 

 

ロンは口を抑えよろよろと畑の元へ向かい、そのまま膝をつきえずきだし、ルイスは青い顔をしたままロンの元へと駆け寄りその背中を撫でる。その間にハリーは透明マントを取る為にハグリッドの小屋へ戻った。

 

 

「ロン…大丈夫?」

「蜘蛛の跡をつけろだなんて…ハグリッドを許さないぞ。…僕たち、生きているのが不思議だよ…」

 

 

胃の中のものを全て吐き出したロンは震えながら口元を袖で拭き弱々しく言った。ルイスも、流石に今回の出来事はもう二度と経験したく無い程、危険なものだったと身体を震わせる。

 

 

「きっと、アラゴグなら自分の友達を傷つけないと思ったんだよ」

 

 

透明マントを脇に抱えながら、ハリーは一応、ハグリッドの弁解に回ったが、ロンは小屋の壁をドンドン叩きながら怒りを爆発させた。

 

 

「だからハグリッドってダメなんだ!怪物はどうしたって怪物なのに、みんなが怪物を悪者にしてしまったんだと考えてる!そのツケがどうなったか!アズカバンの独房だ!」

「本当、今回ばかりは…死を覚悟したよ、もう二度と蜘蛛は見たくない…」

 

 

ルイスは自分の身体を抱きしめ、止まらない身震いを何とか止めようとしていたが、思い出すだけで震えるのだろう、いつもどこか余裕のあるその表情は、気の毒になる程白かった。

 

 

「僕たちをあんなところに追いやって、いったい何の意味があった?何がわかった?教えてもらいたいよ!」

「ハグリッドが秘密の部屋を開けたんじゃ無いって事だ。ハグリッドは無実だった」

 

 

ハリーはマントをロンにかけてやり、ルイスを見た。ルイスもすぐにロンの隣に寄るとその腕を取り歩くように促した。

 

 

「秘密の部屋を開けたんじゃなくても、凶暴な怪物を飼っていたことは事実だったけどね」

 

 

ルイスは少々嫌味っぽく告げ、ロンは何度も頷きそれに同意した。

 

 

「そうだよ!もしルイスが蛇を出してなかったら、僕らは今頃蜘蛛のメインディッシュさ!」

 

 

その後もロンはぶつぶつと不満を呟いていたが、城の中に入る前に流石に口を閉ざし──それでも不満をありありと表情に出していたが──3人は見張りが目を光らせている廊下を息を殺して通り過ぎた。先にルイスをスリザリン寮まで送り届け、その後ハリー達は無言でグリフィンドール寮まで戻る。

 

 

ルイスは真っ暗な談話室を静かに通り、自室に入る。

ドラコの小さな寝息が聞こえ、漸く安全な場所に来たんだ、そう実感した途端言いようもない重い疲労感が身体を突き抜け、ルイスはベッドの上に倒れ込むとそのまますぐに目を閉じて眠った。

 

 

 



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93 悪あがき!

 

 

昨夜の大冒険というには危険すぎた出来事を経験したルイスは朝食の時間になっても体が鉛になってしまったかのように動けず、心配するドラコに「ちょっと試験勉強を遅くまでしていて眠いんだ、朝食はいらない」と告げそのままベッドの上で転がっていた。

 

ぼんやりと目を開けて、昨夜の出来事を思い出す。あまり思い出したくは無かったが、昨日の出来事を無駄にしない為にもルイスはアラゴグの言葉を何度も反芻した。

しかし、わかった事といえばハグリッドの無実と、蜘蛛の怪物を飼っていた事、50年前に亡くなった女の子は女子トイレで発見された事、それくらいだ。

 

 

「……トイレ…?」

 

 

そういえば、ハーマイオニーがポリジュース薬を作った場所に選んだのがトイレだと言っていた、そこには嘆きのマートルという女子のゴーストが居て、誰も近寄らない絶好の場所なのだと。

ルイスはマートルを見たことが無い、だが、もしそのゴーストが50年前、怪物に殺されてその場に留まり続けているのだとしたら──?

 

 

ルイスは勢いよく起き上がると、直ぐに大広間へと向かった。──この考えを一刻も早くハリー達に伝える為に。

 

 

 

大広間に着いたルイスは朝食の最中のハリーとロンの元へと向かい、ハリーの隣に座った。

 

 

「おはようルイス、朝来ないのかと思ったよ!…僕たち、気付いたんだ…昨日アラゴグが言っていた事だけど…もしかして、殺された女子はマートルかも知れないって」

 

 

ハリーが小声でルイスに囁く。ルイスは少し目を見開きあたりを注意深く見た後深く頷いた。

 

 

「僕もさっきそうだと思ったんだ」

「マートルに話を聞きに行きたいんだけど…中々難しそうだよね…」

 

 

ハリーは肩を落とし、ため息を吐く。嘆きのマートルのトイレは最初の事件の場所に近い、今はその場所に向かうことすら難しいだろう。

 

 

「…そういや、ソフィアが…襲われた日に、最後に行った場所がマートルの所だったんだ」

「えっ?…そうなの?」

 

 

ハリーは思い出したようにハッとすると声を顰めたまま呟く。たしか、マートルはそこで誰かと話すソフィアの声を聞いていたと言っていた。

 

 

「うん、…ソフィアはマートルと仲がよかったんだ…もしかしたらマートルの死因を聞いて、五十年前に犠牲になったのがマートルだって気付いたのかも知れない!…その後、誰かと話してたって言ってたから…まさかその後で…」

「…その、まさかだろうね…」

 

 

ルイスは眉を顰めたまま苦々しく呟いた。

きっとソフィアはその時に何があったのか知ったのだろう、それが継承者にバレてしまい、襲われたのだ。

 

 

「ごめん…ルイスと会ってたんだとばかり思ってた…そうだ、そのあと襲われてルイスが発見したんだよね…早く思い出していたら…」

「…ううん、仕方ないよ、ソフィアが襲われて…色々あったしね」

 

 

もっと早く思い出して居たなら、マートルに色々聞けたかもしれない。まさか当時この事実がそれ程重要だとは思わず、ハリーは悔しそうに目の前の肉にフォークを突き刺した。

ロンもまた渋い顔で考えながら、呟く。

 

 

「あの時なら聞けたのに、今じゃなぁ…」

 

 

ハリーとルイスは何も答えることができず沈黙した。

ハリーはあたりを見渡し、生徒が誰も自分達の話を聞いて居ない事を確認しさらに声を顰めルイスを見た。

 

 

「…ルイスは、怪物の事何かわかった事ある?」

「んー…。…蜘蛛が恐るものだよね…家に魔法生物の図鑑はあったんだけど…僕、あまりちゃんと読んで無いんだよね…図書館で調べたいけど…それすらも難しそうだし…」

 

 

ルイスは残念そうに首を振る。

あの時、蛇を出すという選択をしたのは単純に巨大な蛇なら蜘蛛を食べるのでは無いかと思っただけだった。その選択が限りなく真実に近付いて居た事に、ルイスは気が付かない。

 

 

「…もし、図書館に行けそうなら調べてみるよ。ハリーとロンも何かわかったらすぐに教えてね」

 

 

ハリーとロンが頷いた時、朝食の終了のベルがなった。

教師達が生徒を1時間目の授業の教室へ引率する為に立ち上がると、ルイスはハリーとロンと別れ移動する為にドラコの元へと向かった。

 

 

ルイスはそれから数日、図書館へ行き、魔法生物について探す機会を狙って居たが中々その機会は訪れなかった。

試験の勉強をする為に図書館へ行く事は出来たが、必ず監督生が付き添い最短で本を借りすぐに図書館から談話室へ移動するように促したのだ。授業に関係のない本を探す隙は無く、ルイスは魔法生物の書棚を悔しそうに見つめる。あの所に、全ての答えがあるかもしれないのに。

 

 

ハリーとロンもマートルのトイレに行く隙を見つけることが出来ず、三人はこれと言った収穫を得られないままテストの三日前を迎えた。

大広間での朝食の前にマクゴナガルが生徒達を一望できる舞台の上に立ち、発表があると告げると騒がしかった大広間は途端に鎮まり帰った。

まさか、また誰か襲われたのだろうか。生徒達は不安げにマクゴナガルの言葉を待っていたが、マクゴナガルは久しぶりに少し柔らかな表情を浮かべ口を開いた。

 

 

「よい知らせです」

 

 

途端大広間中に歓声が上がる、ダンブルドアが復職したのか、スリザリンの継承者を捕まえたのか、クィディッチが再開されるのか──。どんな良い知らせなのか興奮したまま目を輝かせる生徒達の騒めきが治まった頃、マクゴナガルは一つ咳をし、柔らかく皆に告げる。

 

 

「スプラウト先生のお話では、とうとうマンドレイクが収穫出来るとの事です。今夜、石にされた人たちを蘇生させる事ができるでしょう。言うまでもありませんが、そのうちの誰か1人が、誰に、または何に襲われたのか話してくれるかもしれません。私は、この恐ろしい1年が、犯人逮捕で終わりを迎える事が出来るのではないかと、期待しています」

 

 

歓声が響き、誰もが嬉しそうに笑い合った、ルイスもまたようやくソフィアが蘇生される事に安堵し、ほっと長い息を吐いた。

 

 

「ソフィアはきっと、犯人も怪物も何か知っていると思う…ようやく、終わるね」

「…ふん、つまらない幕引きだな」

 

 

ルイスの言葉にドラコは鼻を鳴らしつまらなさそうに皿の中にあるオートミールをスプーンで突いた、ルイスは片眉を上げ、じとりとドラコを睨む。

 

 

「何?じゃあソフィアが蘇生されない方がいいの?」

「…そういうわけじゃない」

 

 

ドラコも、ソフィアの蘇生は嬉しかった。だが彼女とはグレンジャーを穢れた血と呼んでから一切話して居ない、何もいう事が出来ない日々を過ごしたまま、ソフィアは石にされてしまったのだ。謝罪をするつもりは毛頭も無いが、ソフィアと去年のような友人に戻るには──時間が経ちすぎていた。今更、何をいえば良いのだろうか。

 

 

「…ソフィアが起きた時に、抱きしめたらいいと思うよ、ソフィアはドラコの言葉を許しはしないけど…まぁ、理解はしてくれるよ、ぼくと同じでね」

「……、…」

 

 

ルイスはドラコが何を心配しているのかすぐに察すると、その少し元気のない背中を優しく叩いた。

ハーマイオニーに対する侮辱をソフィアはけして許さないだろう。それでも、ソフィアは優しく──聡い子だ。ドラコが植え付けられている純血至高主義を理解は、してくれるだろう。

 

 

「さ、テスト前だし授業頑張らないとね。ソフィアにノートでも見せてあげなよ、きっと喜ぶよ」

「…ああ」

 

 

ソフィアが石になってから、ドラコはいつもより熱心に授業内容をノートに書き込んでいた、誰が見てもわかりやすいそのノートが、誰のためなのか、いつもそばにいたルイスは気付いていた。ドラコはとても傲慢で純血以外を見下すが──認めた者にはとても、優しい。その優しさを知らない人は、ドラコが冷酷だと勘違いしてしまうだろう。勿体ない性格をしている、とルイスはいつも思っていた。

 

 

その日のホグワーツは久しぶりに明るい雰囲気で包まれていた。石化した生徒達が蘇生され、この事件に終止符が打たれる事を皆が期待していた。

だが、1時間目が終わり、次の教室へ移動する中突如ホグワーツ中にマクゴナガルの声が響き渡った。

 

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」

 

 

呪文学へ向かっていたスリザリン生達は顔を見合わせ、急いで職員室へかけて行ったフリットウィックを見送る。

暫く置いて行かれたスリザリン生はどうしようかと囁いていたが、マクゴナガルの指示に従うべきだとルイスが言い、渋々ながらに寮へ戻った。

 

 

「何があったんだろうな」

「…わからないの?…また、襲われたんだよ…今になって…なんで…」

 

 

ドラコの声にルイスは苦々しく答えた。きっと、生徒の石化が解かれると聞いて最後の悪足掻きをしているのだろう。それならば、今までの中で最悪の事態になっているのかも知れない。どうせ捕まるのなら、誰かを道連れにしてやる──自暴自棄になった継承者がそう思ってもおかしくない。

いや、それとも、正体をばらされない為に石化した生徒達の口を塞いだのだろうか?──その石となった身体を破壊して。

 

 

ルイスは自分の想像にさっと表情を無くすと、足を止めた。スリザリン生達はがやがやと話していてルイスが遅れている事に気がつかない。ドラコだけが気付きルイスを振り向いたが、その蒼白な顔を見て眉を顰めた。

 

 

「どうした?」

「ソフィアが心配だ。僕が継承者なら─石化した者を口封じの為に襲う!」

 

 

ルイスは小さく叫ぶと直ぐに踵を返し、ドラコが焦ったように自分の名前を呼ぶその声を後ろで聞きながら一目散に職員室へ向かった。

 

 

職員室の扉に耳を強く当て、ルイスはその先の会話を聞こうと集中する。少しくぐもった声だが、深刻な声で話す彼らの声は何とか聞こえた。

 

 

「──生徒が1人、怪物に連れ去られました。秘密の部屋そのものの中へです」

 

 

重々しいマクゴナガルの言葉に、ルイスは息を呑んだ。やはり、最悪のことの事が起こっていた、石化された生徒達が襲われて居なかった事には安堵したが──それでも、最悪と言えるだろう。

 

 

「なぜ、そんなにはっきりと言えるのかな?」

「スリザリンの継承者がまた伝言を書きました。最初に残された文字の直ぐ下にです。──彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう」

「──誰ですか?」

「ジニー・ウィーズリー」

 

 

ルイスはぐっと奥歯を噛み締めた、まさか、ジニーが連れ去られるなんて、いや、確かに彼女は廊下ですれ違うたびに一人で行動していた、そこを狙われていたのだろう。スリザリン生の自分が声をかけたら余計に友達が作れないだろうと、遠目で見ていたが、それは失敗だった。教師達が引率するようになってからは俯きながらも集団の最後尾をついて居たから、問題ないとばかり思っていた。

 

 

ルイスは自分の行いを悔やんでいたが、後ろからバタバタと足音が聞こえすぐに飛び退くと後ろ髪を引かれる思いでそこから駆け出し、素早くスリザリン寮へ戻った。

 

 

 

ルイスがスリザリン寮へ戻った後、すぐに心配そうにドラコが駆け寄った。

 

 

「ソフィアは?」

「…ソフィアは無事だった」

「そうか!──よかった」

 

 

ドラコはぱっと表情を明るくさせ、安堵の息をこぼす。だがルイスは苦しげに顔を歪めたまま、ソファに深く座り、顔を手で覆った。

ルイスが少しも喜んでいない事にドラコは首を傾げ、そっとその隣に座ると顔を覗き込んだ。

 

 

「…何があったんだ?」

「…後で、先生から説明があると思うよ」

 

 

ルイスはそれだけを言うと、もう何も言いたくないと言うように黙り込んでしまい、ドラコは少し眉を顰めたが後でわかるのなら構わないか──それに、たとえ穢れた血が犠牲になろうとも、少しも心は痛まない。──そう考えすぐに噂話に花を咲かせる他のスリザリン生の元へと向かった。

 

 

暫くして談話室に集まっていたスリザリン生はセブルスから生徒が1人秘密の部屋へ連れ去られた事と明日家に帰される事を聞いた。不満げに文句を言ったスリザリン生も居たが、セブルスの睨みにより無言になった。

 

スリザリン生達は寮を抜け出す事を禁じられ、退屈な午後を過ごした。彼らにとって大切なのは同じスリザリン生だけで、スリザリン生が一人も欠けて居ないのであれば、この一年間の事件も、被害者の事も、どうでもよかった。

 

ルイスは長い時間何度も一年にあった事を思い出し、秘密の部屋の場所を脳内で探したが、やはりマートルの言葉が鍵となっているのだろう、自信を持ってここだと思える所はなかった。

それでも居ても立っても居られず、そわそわと忙しなく身体を揺らす。

セブルスは誰が襲われたかを言わなかった、ウィーズリー家の者はこの事を知っているのだろうか?…いや、知ってるに違い無い。父はジニーの名前を言わなかったが、それはスリザリン生だからだろう。──彼らはきっと、グリフィンドール生が犠牲になった事を喜ぶだろうから。

 

ルイスは静かに立ち上がると、すぐに寮を抜け出した。

きっとロンはジニーの生存を願い何か行動せずに居られないだろう。秘密の部屋の事は何もわかっていない、だが、それでもルイスも1人朝が来るまでここで大人しく待つ事は出来なかった。きっと抜け出してマートルに話を聞きに行っている筈だ、自分ならそうする。

 

 

 



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94 秘密の部屋へ!

 

 

ルイスは静かに薄暗い廊下を走る、向かう先は嘆きのマートルのトイレだ。

ソフィアはここでマートルから何かを聞いたはずだ、それが秘密の部屋や継承者へ繋がる決定的な証拠になり、襲われたのだろう。

幸運にもルイスは教師の一人とも会わなかったが、注意深くあたりを見渡し物陰に身を隠しながら3階の廊下をちらりと見た。廊下の壁にはマクゴナガルが言った継承者からの言葉が闇の中に悍しく光って居る。ルイスは表情を険しくさせ、足早にトイレへ向かうと一呼吸おいて扉を開けた。

 

 

 

「──っ!?」

 

 

扉を開けた途端、その先に人影が見えまさか継承者が居たのかとルイスは杖先を鋭く向けた。

 

だが、そのよく見るとその後ろ姿は見覚えのある派手な青色のローブを着るその人であり、ルイスは驚き杖を下げる。

 

 

「ロックハート先生?」

「や、やぁ…ミスター・プリンス…」

 

 

ロックハートは顔白い顔で振りかえり、僅かに微笑んで見せたもののいつものような自信に満ちた自意識過剰な笑顔では無く、明らかに狼狽していた。まさか、この人が継承者──?

信じられない思いで一度下げた杖をもう一度突きつけると、ロックハートは両手を上げ一歩後ろに下がった。

 

 

「ルイス!?どうしてここに?」

 

 

ハリーとロンはロックハートの後ろから姿を表すと驚き目を見開いたが、驚いたのはルイスも同じだった。ルイスはロックハートを警戒しながらも今まさにマートルのトイレを開けようとしていたハリー達の元へ駆け寄った。

 

 

「ハリー?ロンまで!君たちこそ…マートルに話を聞きに?」

「うん、多分秘密の部屋の入り口はここにあるんだ…それで、マートルに聞こうと思って」

「僕も同じだ、…でも、なんでロックハート先生が?」

 

 

ルイスはそわそわと落ち着かないロックハートをちらりと見て首を傾げる。ロンはロックハートの名前を聞いた瞬間嫌そうに顔を歪め、憎々しげに吐き捨てた。

 

 

「そいつ!そいつは、秘密の部屋に行くって他の先生に言ってたのに、いざとなったらジニーを見捨てて逃げ出そうとしたんだ!コイツの偉業も全部他人から奪った嘘だったんだよ!こんな嘘つきやろうでも…盾ぐらいにはなるさ!」

 

 

ロンがロックハートを強く睨み、ロックハートは引き攣った顔で力なく笑う。ルイスは彼の授業を聞き、その能力と見合っていない偉業ばかり本で書いてあるのをみて、きっと彼が作った創作なのだろうと思っていたが、まさか他人の手柄を自分のものにしていたとは。

呆れた目でロックハートを見たが、ロックハートは何も言う事が出来ずうろうろと視線を彷徨わせて居た。

 

 

「さあ、マートルに早く聞こう、ジニーが心配だ…」

 

 

ロンは大蜘蛛のアラゴグに会った時よりも、顔色を悪くしてハリーとルイスを急かし扉を開けた。

 

 

「あら、あんただったの。今度は何の用?」

 

 

マートルはトイレの水槽の近くに浮かび、何も生けられていない一輪挿しをぼんやりと見て居たがハリーに気がつくと面倒臭そうに言った。

 

 

「君が死んだ時の様子を聞きに来たんだ」

「あんたも?ソフィアもこの前聞いてきたわ…」

 

 

マートルがソフィアの名前を呼ぶ時、ちらりと悲しみが混じっていた事にルイスは気がついた。きっと何処かでソフィアが襲われたと聞いたのだろう──本当に、マートルとソフィアは友達だったのか。

ふわりと浮かんだマートルはハリーの前に立つと、声を顰めゆっくりと語り出した。

 

 

「この小部屋で死んだのよ。からかわれて…ここで泣いてたの、そしたら誰か入ってきて…外国語だったと思う、何かを話していたわ…喋ってるのが男子だったから、出て行け!男子トイレを使え!って言おうと思って扉を開けたの…それで──死んだの」

「どうやって?」

「わからない、覚えているのは大きな黄色い目玉が二つ…身体がぎゅっと金縛りにあったみたいになって、それで…ふーっと浮いて…」

 

 

当時のことを思い出すように朗々と語ったマートルは夢見るようにルイスを見て、少し驚いたようにしながらすっとルイスの前に移動した。

 

 

「…あなた、ソフィアの双子の兄でしょう?」

「そうだよ、妹と仲がよかったんだってね。…ねぇ、その目は何処で見たの?」

 

 

マートルはソフィアとよく似ているルイスをまじまじと見ていたが、すぐに個室の外を指差した。

 

 

「あのあたりよ」

 

 

ハリーとロン、ルイスは急いで指し示された手洗い場の辺りを探した。それを見たマートルは呆れたようにため息をつき、何かを探す三人の側に近づき訝しげに眉を顰めた。

 

 

「ソフィアもこの話をしたらそうやって何かを探していたわ」

 

 

マートルの呟きに答える余裕は三人には無かった。隅々まで探したハリーは、蛇口の傍のところに蛇の小さなモチーフが彫られているのを見つけた。

 

 

「ハリー。何か言ってみろよ、蛇語で」

 

 

ロンがすぐにハリーを急かし、ハリーは真剣な面持ちで頷くと、「開け」と口にしたがそれは普通の言葉だった。

 

 

「普通の言葉だよ」

 

 

ロンが眉を下げ首を振る、ハリーはもう一度蛇の彫り物をじっと見つめた。

 

 

「…何で蛇語なの?」

「怪物が何かわかったんだ。…バジリスクだったんだよ。知ってる?人を視線だけで殺せる蛇さ。…ハリーはパーセルマウスだから…人が襲われる時にその声を聞くことが出来たんだ…」

「…ああ…成程…そうか…」

 

 

ルイスの疑問に、ロンは掻い摘んで説明をし、ルイスは納得したように頷く。

だが──それなら、ジニーの生存は絶望的かもしれない。そう、思ったがロンにはとても言えなかった。

 

 

──開け

 

 

真剣な顔をしたハリーの口から、空気が漏れるような音が響いた。

そして蛇口が眩い光を放ち、回り始める。次の瞬間蛇口台が沈み込むと、大人が通れるほど太いパイプがその黒い口を開けた。

 

 

ロンとルイスが息を呑む声で、ハリーは目を上げた。何をするべきなのか、ハリーの心はきまっていた。

 

 

「僕はここを降りていく」

「僕もいく」

 

 

ハリーの言葉にルイスとロンが同時に答える。

三人は顔を見合わせ、強く頷いた。ジニーの生存は絶望的だ、それでもこの目で確かめるまでは諦められない、それに、遺体がこんなところで誰にも見つからないまま朽ちていくなど、あってはならない。せめて、親元に連れて帰らなければ。

 

 

「さて、私は殆ど必要ないようですね。私はこれで──」

 

 

帰ろうとしたロックハートに、ロンとハリーが素早く杖先を向けた。

 

 

「先に降りるんだ」

 

 

 

杖を持って居ないロックハートは、ロンの凄みに逆らうことも出来ず顔面を蒼白にさせたまま、そろそろとパイプの入り口に近付いた。ロックハートはルイスとすれ違い様に、助けて欲しそうに彼を見たが、ルイスは肩をすくめるだけでハリーとロンの行動を止めようとはしなかった。

 

 

「君たち──ねぇ、君たち、それが何の役に立つと言うんだね?怪物がいるかも知れないんだ、…それがなんの役に──」

 

 

ロックハートはまだ何かを言いかけていたが、ハリーに背中を杖で突かれ、ロンに手で強く押された為全てを言う事なくパイプを滑り降りていった。

 

すぐにハリーが飛び込み、ロンとルイスもその後に続いた。パイプは長く曲がりくねりながら急勾配で続き、地下へ地下へと降りていく。魔法薬学の地下牢よりも深く、空気が冷たく湿り気を帯び出した頃ぽっかりと出口が見え、ルイスは広い空間に飛び出すとなんとか両足で着々した。

 

暗い石造りのトンネルに、薄ぼんやりとしたハリー達の輪郭が見える。ルイスは杖を出すと高く掲げた。

 

 

ルーモス マキシマ(強き光よ)

 

 

眩い光によりトンネルの中が明るく照らされた。

床や壁一面が苔むしていて、何処からか水が滴り落ちる音が聞こえる。トンネルは高く、ずっと奥に続いている。ルイスが放つ強い光をもっても、その全てを照らし出す事は出来なかった。

 

 

「学校の何キロもずーっと下の方に違いない」

「湖の下だよ、多分」

 

 

ロンはぬるぬるとした床や壁を見渡しながらつぶやいた。言葉と共に白い息が口から吐かれ、外は夏だと言うのに、ここだけは冬のようでその深さをものがたっていた。

 

 

「…行こう」

 

 

杖で灯りを掲げるルイスが三人に声をかけ、ゆっくりと歩き出した。ロンとハリーはルイスの後を注意深く進み、ロックハートは奥になど絶対に進みたくは無かったが、杖も持たずこんな所に置いていかれるの耐えられずーー少し後ろをそろそろと縮こまりながらついてきた。

 

 

「みんないいかい?何かが動く気配を感じたら、すぐに目を閉じるんだ…」

 

 

静かなハリーの忠告に、ロンとルイスは頷き聴覚に全神経を集中した。僅かな音でも聞き逃さない為に静まり返り、聞こえてくるのはお互いの息遣いと、ぴちゃぴちゃという足音だけだった。

 

最初に聞こえた耳慣れない音は、ロックハートの小さな叫びだった。だが、ハリー達はそれを少しも不思議には思わない、彼らもまた悲鳴を押し殺し、その先にある沢山の小動物の骨を見た。

 

ジニーが、どんな姿でここにいるのか。

 

ハリー達は嫌な想像を振り払い鼠の骨を踏み潰しながら──そこら中にあり、避ける事は不可能だった──トンネルのカーブを曲がった。

 

 

「まって…あれ、見て…」

 

 

先頭を歩いて居たルイスは曲がった途端足を止めると後ろに続くハリー達を静止した。

まさかこの先にバジリスクが居るのか、とハリーとロンはすぐに俯き視線を下げ、ロックハートは手で目を強く抑えた。

 

ルイスは目を細め暫くその先にある物体を見ていたが、息を飲むと恐々とつぶやいた。

 

 

「…蛇の…抜け殻だ…」

 

 

毒々しく鮮やかな緑色の透き通った皮がトンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。その全長は6メートルはあるだろう。

この先にいる怪物本体の巨大さを目の当たりにしルイス達は顔を青ざめさせた。

 

 

「──なんてこった…」

 

 

森で見た蜘蛛の数倍は巨大な抜け殻に、ロンは力なく呟く。その目に絶望がありありと写っていた。

ロックハートはその脱皮した皮を見てへなへなと腰を抜かしびちゃりとその場にへたり込んだ。

 

 

「立て」

 

 

そばにいたロンが杖を向け、きつい口調で言った途端、ロックハートは立ち上がると素早くロンに飛びかかった。

ロックハートはみるからに怯えていた、まさか反撃するとは思わずーーあまりの一瞬の出来事で、ハリーとルイスも反応出来ず足を踏み出した頃にはロックハートが息を切らせながらロンの杖を手に持っていた。

 

その顔には、いつものような自信に満ちた笑顔が戻り──少し凶悪に歪ませ、勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 

「坊やたち、お遊びはおしまいだ!私はこの皮を少しもって帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たちはずたずたになった無残な死体を見て哀れにも気が狂ったと言おう──」

 

 

ロックハートは不敵に微笑み、杖を掲げた。

 

 

「さあ、記憶に別れを告げるがいい──オブリビエイト(忘れろ)!」

 

 

ロックハートの叫びと共に杖は小型爆弾並みに爆発した。その反動でルイスとハリーはよろめき蛇の躓きながら後ろに後退し、今にも呪文が襲うのでは無いかとすぐに逃げた。

 

その刹那轟音が響き、二人が飛び退いたばかりの場所に巨大な岩が落下した。爆発は天井に向かって発射されたのか、天井が崩れ岩の塊が次々とハリーとルイス目掛けて落ちてくる。

 

 

「ハリー!」

 

 

ルイスは唖然と上を見るハリーのローブのフードを強く引くと、無理矢理後ろに下がらせた。

暫く轟音が続き、もくもくと土煙が上がっていたが、崩れた大岩が落ちきると、ぱらぱらと小石が乾いた音を立てて足元に転がった。

 

 

「ロン!」

「ロン!大丈夫か!?」

 

 

ロンと離れてしまい、その姿は見えない。まさか岩に巻き込まれたのかとハリーとルイスは必死な顔で巨大な岩を拳で叩きながらロンの名を叫んだ。

 

 

「ここだよ!僕は大丈夫だ!でも、こっちのバカはだめだ。──杖でぶっ飛ばされた」

 

 

崩れた岩の奥からくぐもったロンの声が聞こえ、二人はほっと息を吐いた。ロックハートは自業自得だ、どうでもいい──ロンが無事で、本当に良かった。

 

 

「どうする?こっちからは行けないよ、何年もかかってしまう」

「ルイス、何か良い魔法は無い?」

 

 

ハリーとロンの必死な言葉に、ルイスは一度後ろに下がり天井と目の前の巨大な岩を見て暫く考えていたが首をゆっくり振った。

 

 

「…だめだ、爆発で吹っ飛ばしてもいいけど…さらに天井が崩れて…ここが崩壊したら生き埋めになってしまう」

 

 

トンネルの天井には大きな割れ目が出来ていた。岩を魔法で狙ったとしても、その破片がぶつからない保証はない。

一度ルイスは浮遊呪文を唱えたが、──一瞬辺りが闇に包まれた──重すぎる岩は僅かに揺れたもののそれ以上持ち上がる事はない、これほどの大岩を持ち上げるには、魔力が足りないのだろう。

 

 

ルーモス マキシマ(強き光よ)──ここで時間を潰すわけにはいかない。ハリー…奥へ行こう」

 

 

ルイスはハリーをじっと見つめた。

ハリーは決意の篭った目で、頷く。その目には恐れや戸惑いは一切無かった。その目を見て、ルイスは目を細め優しく微笑む。スリザリンの後継者はハリーだと言う噂が流れたが、なんて馬鹿馬鹿しい事だろう。ハリーはこんなにも人のために勇気を出す事が出来る、とても優しい人だ、グリフィンドールに選ばれる精神を間違いなく持っている。

 

 

「ロン、君はロックハートとそこで待ってて。もし1時間経っても僕らが戻らなかったら──」

 

 

ハリーはそこで言葉を途切れさせた。今から敵地に向かうのだ、恐ろしい怪物が待っている事だろう、嫌な想像が脳裏を駆け巡る。

 

 

「…僕は、少しでもここの岩石を取り崩してみるよ。そうすれば君たちが──帰りにここを通れる。だから…ハリー…ルイス…──」

 

 

ロンは岩の向こうで縋るように、願うように必死に訴えた。

ハリーとルイスは、そっと岩に手を当てた。──必ず、帰ってこよう。ジニーを助ける為にここにきた。無事に帰ってこなければ…そうでなければロンは罪悪感で押し潰されてしまうだろう。

 

 

「それじゃ、また後でね」

「必ず帰るから」

 

 

ハリーの声は震えていた。

ルイスはぎゅっとハリーの手を握り、二人は確かに頷き合うと巨大な蛇の皮を越えてその先へ向かった。

 

 



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95 トム・リドル

 

 

ロンが力を振り絞り岩を動かそうと唸る声もやがて遠くなり、聞こえなくなった。2人はくねくねと曲がるトンネルを無言で進む。ルイスの杖が辺りを照らしてはいるが、曲がり角が多すぎて先を十分に照らす事は出来ず、曲がるたびにその向こうにバジリスクがまっているのではないかという恐ろしい妄想に駆られ、2人の神経がキリキリと痛み擦り減る。

 

長い距離を走り、ついにそのトンネルに終わりが訪れた。

行き止まりの壁には二匹の絡まりあった蛇の彫刻があり、その目には輝く大粒のエメラルドが2人を見据えている。何をするべきなのかハリーにはすぐにわかり、カラカラに渇いた喉をごくりと唾を飲み飲み潤しながら、ゆっくり口を開いた。

 

 

「──開け

 

 

壁が二つに裂け、絡み合った蛇が分かれ両側の壁が滑るようにして見えなくなった。

 

 

2人は視線を交わし、どちらともなくその先へと進んだ。

 

 

 

 

ハリーとルイスは細長く奥へと伸びる薄明かりの部屋に立っていた。

壁には松明の明かりが灯り、辺りを照らしている。ルイスは杖先の灯りを消すと、いつでも攻撃魔法を繰り出せるように一度杖を握り直した。

蛇が絡み合う彫刻を施した柱が上へ上へと聳え、暗闇に吸い込まれて見えない天井を支えていた。

 

ハリーとルイスはお互い杖を前に向けたまま、どこからバジリスクが飛び出すのか注意深く辺りを見渡し、左右一対になっている蛇の柱の間を進む。

最後の一対の柱間で来ると、部屋の天井に届くほど高く聳える石像が壁を背に悠然と現れた。

 

 

「…サラザール・スリザリンの石像だ…肖像画であの顔を見た事がある」

 

 

ルイスはそっとハリーに耳打ちをした。2人は上を見上げていたが、すぐに視線を下へと下ろし、その石像の足の間に、燃えるような赤髪を見た。

 

 

「「ジニー!」」

 

 

同時に叫ぶと力なく床に横たわるジニーに駆け寄り、ハリーは杖を脇に捨て膝をつき必死に名前を呼んだ。

 

 

「ジニー!死んじゃだめだ!」

 

 

ハリーはジニーの肩を掴み仰向けにさせた、その身体はぐったりとしていて柔らかかった。髪がはらりと流れ顔が露わになったが、その顔色は悪い。ハリーは震える手でその頬に触れたが、あまりの冷たさに反射的に手を引き込めた。

石にはされていない。だが、これ程冷たいなんて、ジニーはもう──。

 

 

「ジニー、お願いだ、目を覚まして…!」

 

 

ルイスはすぐにジニーの胸元に耳を付け、目を閉じた。ハリーはその様子を固唾を飲んで見守る。──どうか、鼓動が動いていますように。

 

 

「…大丈夫、ハリー。ジニーはまだ生きてる」

 

 

ハリーは「良かった…!」と呟いたが、ルイス表情を険しくさせたまま身体を起こしジニーを見下ろした。脈が弱すぎる、衰弱している。今すぐに医務室へ向かわないと今すぐに死んでしまってもおかしくは無い。だが、帰り道は塞がっている、果たしてどうやって──。

 

 

「その子は目を覚ましはしない」

 

 

物静かな声が響いた。

ハリーとルイスは肩を震わせその声のした方を振り返る。背の高い、黒髪の少年がすぐそばの柱にもたれてこちらを見ていた。まるで曇りガラスの向こうがにいるかのように輪郭が奇妙にぼやけているが、ゴーストとは異なり、色彩がある。

 

 

「トム──トム・リドル?」

 

 

ハリーは記憶の中で見たその顔に、信じられない思いで呟く、リドルはハリーの顔から目を離さず頷いた。

 

ルイスは驚き、ハリーと、そしてリドルを見た。この人がリドル?彼は50年前の人だ、こんなに若いわけがない、本当にリドルだとしても、何故ここにいる?

 

 

「目を覚さないって、どういうこと?」

「その子はまだ生きている。辛うじてね」

「…君はゴーストなの?」

「記憶だよ、日記の中に50年間残されていた記憶だ」

 

 

リドルが巨大な石像の足の指あたりを指差した。そこには見覚えのある黒い日記が開かれたまま、置いてあった。

 

 

ルイスはその日記を見て、脳裏に一年の出来事が通り過ぎた──スリザリンの秘密の部屋、バジリスク、リドルの日記、彼はハグリッドを追放したがハグリッドは犯人では無かった、それにも関わらず50年前の襲撃は止まった、リドルはスリザリン生だ──身体に電撃が通り過ぎたかのような衝撃が走り、ルイスはリドルを呆然と見た。

──まさか。

 

 

「トム、助けてくれないか。ここからジニーを運び出さなきゃ、バジリスクが居るんだ…何処にいるかはわからないけれど…今にも出てくるかもしれない、お願い、手伝って…ルイスも、持ち上げて!」

 

 

ハリーはジニーの頭を持ち上げながら、リドルを見たまま微動だにしないルイスに焦ったように声をかけたが、ルイスは返事を返さなかった。

 

 

「ハリー…」

 

 

ルイスは緊張した声で小さくハリーの名を呼ぶが、ハリーは汗だくになってジニーの身体を持ち上げていた。意識のない人間を持ち上げるのは、かなり難しい。それにハリーはその年齢にしては小柄で、ジニーとあまり変わらなかった。

なんとかジニーの体を床から半分以上持ち上げると、杖を拾おうと床を見た。

 

 

「トム、ルイス、僕の杖を知らないかな…」

 

 

ハリーが床から目を離し、リドルを見上げると、まだリドルはハリーを見つめていた。──すらりとした指でハリーの杖をくるくる弄び、口元には笑みを冷たい笑みを浮かべている。

 

 

「ありがとう」

 

 

リドルが拾ってくれたのだと思い、ハリーは手を伸ばしたが、リドルは笑みを深めたまま杖を指先で弄び続ける。

 

 

「…トム?早く返して」

 

 

ジニーの重みでイライラしたハリーは急きたてるようにリドルに言う、ルイスも何故動かないんだとジニーを持ち直しながらルイスを見れば、彼の顔は見たこともない程緊張で強張り、じっと杖先をリドルに向けていた。

 

 

「…ルイス?」

 

 

ルイスはハリーとジニーをリドルから隠すように片手を広げて自分の後ろに隠した。

 

 

「ハリー…ゆっくり、下がっ──」

「動くな」

 

 

リドルの冷たい声がルイスを突き刺した。

ルイスはぐっと言葉を飲み込む。彼の出す重苦しい雰囲気に、手が震えた。蜘蛛と対峙した時とはまた別の──途轍もない悪意にルイスは呪文を唱える事が出来なかった。ルイスは自分の力量をしっかりと理解していた。だからこそ、わかってしまったのだ。

──リドルに僕は敵わない。彼は自分の記憶を日記に留める事ができるほどの魔法使いだ、どんな方法でそれを成し遂げたのかはわからないが、かなり高度な魔術なのだろう、本体ではない記憶体だとしても、その力は計り知れない。

 

 

「…ハリー、君にはこの杖は必要ないよ」

 

 

ルイスが沈黙したのを見て、リドルは笑みを深めハリーに薄く微笑みかける。ハリーは、今何か想像もつかない事が起こっていることに、うっすら気付いた。

 

 

「どう言う事?必要じゃないって?」

「僕はこの時をずっと待ってたんだ。ハリー・ポッター。君に会えるチャンスを──君と話すのをね」

「いい加減にしてくれ!君にわかってないようだけど、僕たちは秘密の部屋の中に居るんだよ、話なら後でできる」

 

 

ハリーはきっとトムは日記から出たばかりで──どうして出れたのかわからないが──ここが何処だかわからないのだ、ルイスもいきなり見知らぬ人が現れ警戒しているだけだ、きっとそうだ、と自分に言い聞かせた。

 

 

「今、話すんだよ」

 

 

リドルは手を止め、杖をハリーとルイスに向けた。

ハリーは驚愕し、嫌な予感がちらりと脳裏によぎった。しかし、有無を言わさないリドルの笑みに、ゆっくりと切り出した。

 

 

「…ジニーはどうしてこうなったの?」

「うん、面白い質問だね…話せば長くなる。ジニー・ウィーズリーがこうなった原因は、誰なのかわからない目に見えない人に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けたからだ」

 

 

楽しむように愛想よくリドルは答え、くつくつと喉の奥で笑った。

 

 

「…意味がわからないけど?」

「あの日記は、僕の日記だ。ジニーは何ヶ月もその日記に馬鹿馬鹿しい心配事や悩みを書き続けた。兄さん達がからかう、お下がりのローブや本で学校に行かなきゃならない、それに──有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターが自分を好いてくれる事は絶対にないだろうとか…」

 

 

探るようにリドルはハリーの顔を覗き込む。こうして話しながらもリドルの視線はハリーから一瞬も離れず、ルイスから一時も杖を外さなかった。

 

 

「11歳の小娘のたわいない悩み事を聞いてあげるのはうんざりだったよ。…でも僕は辛抱強く返事を書いた。同情してあげたし、親切にもしてあげた。ジニーは僕に夢中になった──トム、あなたぐらい私の事をわかってくれる人は居ないわ、なんでも打ち明けられるこの日記があってどんなに嬉しいか…まるでポケットの中に入れて運べる友達がいるみたい──ははっ!」

 

 

リドルは甲高く、冷たい声をあげて笑う。

ハリーとルイスの背がぞくり、と粟立った。

 

 

「自分で言うのもどうかと思うけど、ハリー、僕は必要となればいつでも誰でも惹きつける事が出来た。だからジニーは僕に心を打ち明ける事で、自分の魂を僕に注ぎ込んだんだ。ジニーの魂…それこそ僕が欲しいものだった。僕はジニーの心の深層の恐れ、暗い秘密を餌食にしてだんだん強くなった…哀れな少女とは比較にならないくらい強くなった。──そして、僕の秘密を少しだけジニーに与え、僕の魂を小娘に注ぎ込み始めた…」

「それは…どう言う事?」

 

 

ハリーはもう、気が付いていた。だが信じたくないのか、掠れた声で弱々しくリドルに聞いた。

 

 

「まだ気づかないのかい?ハリー・ポッター?…ジニーが秘密の部屋を開けた。学校の雄鶏を締め殺したのも、壁に脅迫の文字を書き殴ったのも、ジニー。4人の穢れた血と愚かな娘と、スクイブの飼い猫にスリザリンの蛇を仕掛けたのもジニーだ」

「まさか…」

 

 

ハリーは愕然として呟く。リドルはくつくつと愉しそうに喉の奥で笑い、歌うようにジニーが書き綴っていた困惑の記憶をハリーに伝え、ハリーは爪が掌に食い込むほど強く拳を握った。

 

 

「──馬鹿なジニーが日記を信用しなくなるまでにずいぶん時間がかかった。だがとうとう変だと疑い始め…そして…」

 

 

リドルはこの時初めてハリーから視線をルイスに移した。その目は闇を含んでいるが、どこか優しげに細められている。

 

 

「君の妹の、哀れなソフィアに全てを告げようとした…だが、ソフィアはジニーの本当の悩みには気が付かなかった、きっと秘密の部屋が開かれ怯えているのだろうと考え…可哀想に、ジニーに継承者はアズカバンに行く──だなんて、検討外れの言葉をかけた…ジニーは怯え何も言えなくなってしまってね…。ジニーに疑われ日記が捨てられるのは本意ではない、僕は狙いをジニーからソフィアに変えた」

「…何…?…ソフィアを、まさか、操ったの…?」

「いいや」

 

 

ルイスは硬い声でリドルに問いかけたが、リドルはつまらなさそうに首をふり、肩をすくめた。

 

 

「ソフィアは愚かだったが、とても賢かった。──僕はジニーを操り、日記をソフィアに預けた…僕はソフィアがジニーのように悩みを書く事を期待したが…ソフィアは聡明だ、僕にプライベートな事は一切、書かなかった…流石に、少し焦ったよ。このままただの日記に戻ってしまうなんて耐えられなかったからね」

 

 

ふう、とため息をつき、それでも楽しげにリドルは微笑む、その顔はどこかソフィアを讃えているようでもあった。

 

 

「ところが、想定外の事が起きた。ソフィアは数少ないヒントから──たった一人で秘密の部屋の在処を知ってしまった。…ソフィアが愚かだったのは、それを僕に伝えた事だ…それを日記に書くことがなければ、きっと僕はこうしてここに立っていない。僕はなんとかソフィアの考えを否定しようと思った、彼女はダンブルドアに伝えに行く気だったからね」

 

 

ハリーとルイスは何も言えなかった。

ソフィアが何故全てに気付くことが出来たのか、漸く理解した。リドルから50年前に何があったのか、ハリーが見たように彼女も知ったのだろう、そしてすぐにマートルの事だと気付き、マートルに死因を聞いた…そして、秘密の部屋の場所を見つけ出したのだ。

 

 

 

「ああ、本当に…僕をこれ程まで焦らせたのはソフィアが初めてだったよ!…だが、運は僕に味方をした…何とかしてソフィアを止めなければならなかったが、彼女を操れるほど魂を繋げていなかった…もう無理だと思った時…ジニーが現れたんだ。ジニーには疑われていたが、それよりもソフィアを止めなければならなかった僕はジニーを操り…バジリスクを呼び出した。ソフィアを殺すためにね」

「っ…なんて、ことを…!」

 

 

ルイスはぎりぎりと奥歯を噛み締め、憎々しげにリドルを睨む。リドルは子どもの睨みなど少しも怖くなく、笑みを深めたまま種明かしをするように全てを話した。

 

 

「殺すつもりだったけど…まさか、二年生で無言呪文が使えるとは思わなかったよ…彼女は僕には劣るが中々に優秀な魔女になるだろうね。あの世で君達が会えたら僕が褒めてたって言ってあげてね?」

「誰が言うか…!」

 

 

からかいを含んだリドルの言葉に、ルイスは今にも飛びかかり殴りたい気持ちを必死に抑えた。

だめだ、こんなに警戒されている中飛び掛かっても殺されるだろう。隙を狙わなければならない。ルイスは強く噛み締めた歯で唇がぶつりと切れ、口の中に血の味がじわりとしたのを感じたが、怒りで満ちて痛みは感じなかった。

 

 

「ジニーは日記を捨てた…そして、そのあと君が拾ったんだよ、ハリー!僕は最高に嬉しかったよ…事もあろうに君が拾ってくれた、ぼくが会いたいと思っていた君が…」

 

 

リドルは再びハリーを見た。その目は凶悪な色がちらりと見え隠れし、ハリーを貪る様に見つめる。ハリーは怒りで口を戦慄かせる。この人が、こいつが全ての元凶なんだ、この記憶が──過去の記憶が、あの日記がこんなにも凶悪なものだったなんて。

 

 

「どうして僕に会いたかったんだ?」

「そうだな。ジニーがハリー、君のことを色々聞かせてくれたからね…君を信用させるために、あの愚かなハグリッドを捕まえた場面を見せてやろうと決めた」

「ハグリッドは僕の友達だ!それなのに、君はハグリッドをはめたんだ、そうだろう?君が勘違いしただけだと思ったのに!」

 

 

リドルはまた高い笑い声を上げた、さも愉快そうに目を細め、小首を傾げ言い聞かせるように優しくハリーの名を呼んだ。

 

 

「ハリー、優等生の僕のことを信じるか…ハグリッドを信じるか、二つに一つだ…みんな僕のことを信じたよ、ただ1人…変身術のダンブルドア先生だけが、ハグリッドは無実だと考えたらしい」

「ダンブルドアは君のことなんてお見通しだったんだ!」

 

 

ハリーはぎゅっと歯を食いしばりながら叫ぶ。もう何も聞きたく無かった、犯人がリドルだと分かった今、リドルから何かを聞くたびに怒りが込み上げ爆発しそうだった。それを止めていたのは腕の中にある、ジニーの重みと、そしてリドルの手の中にある、自分の杖の存在だ。

 

ハリーとルイスはリドルが不気味に微笑んだまま話す言葉を遮る事も出来ず聞いていた。

リドルは全てをハリーに話すつもりなのだろう──冥土の土産のつもりかもしれない。ジニーが何故またハリーから日記を取り戻したのか、そしてどうやってジニーとここでハリーの訪れを待っていたのか。しかし、ハリーは何故そこまで自分に固執するのかわからなかった、トム・リドルなんて聞いたことが無い、知っているような気がしたがそれはリドルと話していて間違いなく気のせいだとわかった。

 

 

「──これといって特別な力を持たない赤ん坊が、どうやってヴォルデモート卿を倒したんだ?」

 

 

リドルの赤い目が、ハリーの前髪の下に隠れている稲妻型の傷を探るように見た。

ハリーは顔を歪めたまま、吐き捨てるように呟く。

 

 

「何でそんなことを気にするんだ」

「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、未来なのだよ──…ハリー・ポッター」

 

 

リドルは静かな声で言うと、杖を振るい空中に文字を書いた。

三つの単語が空中に淡く光り、ゆらめく。

 

 

 

TOM MARVOLO RIDDLE

 

 

 

「──まさか!」

 

 

ルイスは先ほどのリドルの言葉と、宙に浮かんだ名前を見て叫ぶ。リドルはくつくつと笑い、杖をもう一振りした。

 

 

I AM LORD VOLDEMORT

 

 

「君も、なかなかに聡明なようだね?」

 

 

リドルはハリーとルイスの蒼白な顔を見て高らかに嘲笑した。

 

 

 



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96 決戦終了!

 

 

トム・リドルは、少年時代のヴォルデモートだった。

その事実の衝撃は筆舌尽くし難いものだった。この、少年が将来沢山の人間を苦しめ殺すだなんて、誰が想像しただろうか。外見は整いその口から漏れる音は優しく、穏やかだ。だが思想は歪み、吐かれる言葉は闇を大きく孕んでいる。

優秀なリドルは狡猾に全てを隠し学生時代を過ごしていたのだろう、ダンブルドアに不信感を抱かせて居ながらも、結局証拠は掴ませなかったのだ、たった、16歳の子どもが。

 

 

「穢らわしいマグルの父親の姓を僕がずっと使うと思うか?答えはノーだ。僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を!僕が世界一偉大な魔法使いになる事はわかっていたのさ!」

 

 

高らかにリドルは嗤うが、ハリーは静かに「違う」とその声に強い怒りと憎しみをこもらせつぶやいた。

 

 

「──何が?」

 

 

リドルは笑いを止めると、鋭くハリーを睨み切り返した。

 

 

「世界一偉大な魔法使いはダンブルドアだ!君が強大だった時でさえ、ダンブルドアには手も足もでなかった!」

 

 

その言葉にリドルは顔を歪め、初めて笑み以外の感情を見せた──強い憤怒だ。

 

 

「…ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによって追放された!」

「ダンブルドアは君の思っている程、遠くに行ってないぞ!」

 

 

ハリーは言い返したが、それは咄嗟の思い付きだった。──そうだったらいい、そう願い叫んだ言葉であり、リドルが言い返そうと口を開いたがその表情は凍りついた。

 

 

「……歌…?」

 

 

ルイスはこの場に似合わない美しい旋律の音楽が聞こえてきた、妖しく人を惑わすような、背中がぞくりと粟立つ旋律だった。その音がだんだん大きくなった時、突如深紅の鳥が天井付近に現れた。リドルが思わず顔をあげハリーとルイスから視線を逸らした瞬間、ルイスは叫んだ。

 

 

ネビュラス(霧よ)!」

 

 

あたりに白い霧が立ち込め、リドルの舌打ちと共に赤い閃光がルイスの頬を掠めた、ぱっと焼かれたような痛みが走ったがルイスは気にする事なくすぐにジニーに無言魔法で浮遊呪文をかけるとハリーの腕を引き柱の影まで走った。

 

 

「チッ…現れたのは不死鳥か?…ふん、組み分け帽子を持っていたようだが…それが何の力になる?ダンブルドアが送ってきたものにしてはお粗末なものだな!」

 

 

リドルの笑いが響く。霧に覆われ姿が見えないその声は、部屋の中に反響しまるで何人ものリドルが笑っているように不気味に聞こえた。

 

 

ハリーとルイスはジニーを一番奥に隠し、じっと息を殺していた。どうすればいいのかわからない、本当にリドルが若かりし頃のヴォルデモートなら──勝ち目はない。

 

霧の中をすうっと優雅に舞い、不死鳥のフォークスが現れハリーの足元に古い組分け帽子を落とし、ハリーの肩に止まった。

 

 

「ルイス、どうしよう」

 

 

ハリーは古びた組分け帽子をぎゅっと掴み、蒼白な顔でルイスを見た。ルイスは霧が晴れていく中外の様子を伺いながら、小さな声で囁く。

 

 

「…ハリー、リドルの輪郭が濃くなってた事に気付いた?…リドルはジニーの命を吸っている…一刻も早く、倒さなければならない」

「でも!…どうやって?」

「…リドルの本体は、日記だ。日記を…壊すしかない…。僕が日記を探す、ハリーは…アイツの気をひいて」

「でも──」

「これしか無い、──さあ!」

 

 

ルイスはハリーの返事を待たず霧の立ち込める中へ飛び出すと足音を響かせないように走った。

ハリーはぐっと歯を食いしばり、ルイスの足音が聞こえないように大きな声で柱の影からリドルに向かって叫ぶ。

 

 

「僕がどうやって生き残ったのかは僕にはわかる、母が、僕を庇って死んだからだ!母はマグル生まれの、普通の母だった!君が僕を殺すのを母が止めたんだ!──僕は去年、君の落ちぶれた残骸を見たぞ!辛うじて生きているなれの果てだ!」

 

「そうか──。なるほど、母親が君を守るために死ぬ…それは呪いに対する強力な反対呪文だ、君に力がないのなら、どうでもいい。もしやと思って居たんだ、君に何か特別な力があるかもしれないって…気付いているだろう?君と僕とは不思議とよく似ている──ディフィンド(裂けよ)!」

「──ぅあっ!」

 

 

リドルは走っていたルイスにすぐに気付き躊躇う事なく鋭く呪文を唱えた。ぱっと銀色の閃光が霧の中を飛び、ルイスを貫く、身体に響く激痛に呻めき、ルイスは脚をもつれさせ倒れ込んだ。「ルイス!」ルイスの呻き声を聞いたハリーは思わず悲鳴にも似た声でその名を必死に呼んだが、ルイスは歯を食いしばりそれに応える余裕はなかった。

 

 

肩から夥しい量の血が流れ、床に這いつくばったまま、ルイスは燃えるように痛む腕を見てすぐにフェルーラを唱え傷口を包帯で巻くと立ち上がり近くの柱に飛び込んだ。

 

 

「一撃で殺せなくてごめんね?あまり魔力を消費するわけにもいかないんだ…さてハリー、不死鳥と組分け帽子でどうやって戦うのか…楽しみだよ」

 

 

リドルはスリザリンの石像の側に寄ると大きく口を開き、蛇語を放った。

ルイスの耳には空気が漏れている音のように聞こえたが、ハリーには何と言っているのかがわかった。

 

 

スリザリンの石像の口が開き、奥から何か巨大な物が這い出した。

 

 

「ハリー!バジリスクだ!見ちゃダメだ!」

 

 

ルイスは叫びーールイスの声が聞こえ、僅かに安堵したのも束の間、ハリーは固く目を閉じたーー蛇の頭を見ないよう目を細めながら霧の晴れてきた広い空間をじっと見た。

 

 

アイツを殺せ

 

 

リドルが現れたバジリスクに命じると、バジリスクは身体をくねらせゆっくりとハリーの元へと向かった。

 

 

「ハリー!逃げて!!──ボンバーダ(粉砕せよ)!」

 

 

 

 

ルイスは叫びながらバジリスクの行く手を阻むために石柱の一つを壊した。それは轟音を立て真ん中から折れるとバジリスクの身体の上にのし掛かる、バジリスクは怒ったように強く鳴き声を上げ、するりと岩の間から抜け出すと頭をルイスの隠れる方へ向けた。

 

 

ハリーは強く目を閉じたまま両手を前にしてその場から駆け出した。

ここに留まっていては、奥に隠しているジニーにバジリスクの攻撃が当たってしまう、必死に走ったハリーは躓くと思い切り床に顔を打ち付けた。リドルの嘲笑いが響く中、ハリーは四つん這いになったままジニーから必死に離れた。

 

 

ルイスは直ぐに柱の裏に隠れ、そのまま別の場所へ走る。バジリスクは巨大な尾を鞭のようにしならせ、ルイスが先程いた場所を叩いた。

 

 

 

そいつは後でいい!先にあっちだ!黒髪を殺せ!

 

 

ルイスは蛇語がわからない、きっとまた襲われると思い、直ぐに走り出すと後ろを見る事なく床を這いずる音が聞こえるあたり目がけて魔法を放った。

 

 

セクタムセンプラ(切り裂け)!」

 

 

途端、バジリスクは狂ったように床の上をのたうち回った。ルイスの魔法は蛇の右眼に当たり、目から夥しい量の血が溢れる、苦痛に身体を痙攣させるバジリスクの元に空を旋回していたフォークスが急降下し、その長い嘴を残った左目に突き刺した。

 

ぼたぼたと水が床に落ちる音がして、ルイスはバジリスクをやっつけたのか、そう思い咄嗟に振り返る。苦痛にのたうち回るバジリスクは鎌首をもたげルイスの方を見た。──しまった。

 

 

目を見てしまった。そう、ルイスは思ったが、ルイスの命の炎が消える事は無かった、切り裂き魔法により傷付けられたバジリスクの目からは止まることの無い血が溢れ、そして深くフォークスが突き刺さした目も完全に赤く濁っていた。──視線の殺傷能力が無くなった。

 

 

「ハリー!もう目を見ても大丈夫だ!毒牙には気をつけて!」

 

 

ルイスはどこに居るのかわからないハリーに叫び、蛇に向かってもう一度セクタムセンプラを唱えたが、その呪文は鱗により跳ね返された。おそらく、身体を覆う鱗に魔法は効きにくいのだろう。たまたま幸運にも目に当たり、その魔法が効いただけだ。

ルイスはそう判断するとすぐさま走り一度足を大きく曲げ高く跳躍すると浮遊魔法を自身にかけた。

 

 

 

ラカーナム・インフラマリ・マキシマ(強き炎よ 全てを焼き尽くせ)

 

 

バジリスクの頭上まで浮遊したルイスはその巨体目がけて杖先から轟々とした炎を吐き出した。

蛇は身体に纏わりつく炎を消そうと床の上を転がり回る。

 

 

「──フィニート(終われ)!くそっ…!鼻を使え!さっさと殺せ、すぐ上にいる羽虫を叩き落とせ!

 

 

リドルは炎を消失させると苛立ちながら叫ぶ。バジリスクはふらふらとしながら尾を上げ、人の匂いの強い場所を薙ぐように払った。

 

 

「──っ!!プロテゴ(守れ)!─ぐぁっ!!」

 

 

バジリスクの太い尾はルイスの身体を捉え、そのまま壁に叩きつけた、防御魔法で守っていたとは言え既に尾に押しやられていたルイスは上手く魔法を発動させる事ができず強かに身体をぶつけ、そのまま床に落ちた。

 

 

「ルイス!そんな…!!」

「ははは!頼みの綱のルイスは…身体中の骨が折れ…もう虫の息だ…ハリー?…さあ…残るは君だけだ…」

 

 

ーー殺せ!

 

 

リドルの恐ろしい声が響く。バジリスクはすぐにハリーの匂いを嗅ぎ分けると鎌首をもたげハリーの側を尾で払った。

 

 

ルイスは床に身体を横たえたまま浅い呼吸を繰り返していた。身体中が痛む、無事なところなんて一つもない、それに、喉の奥から血が込み上げてくる、骨が折れて内臓を傷付けているのだろうか、視界が黒くぼやけ、呼吸をするのも、億劫だった。

 

息も絶え絶えなルイスの側に、深紅の陰がすっと降り立った。

 

 

「…不死鳥…」

 

 

顔を動かす力もなく、ルイスは目だけを動かしフォークスを見る。フォークスはルイスの顔近くに頭を寄せると、その美しい目からぽたぽたと真珠のような涙を流した。

 

 

──不死鳥の涙…

 

 

ルイスはそれが何を意味するのか知っていた。

僅かに薄く口を開けば、フォークスはその傍に目を寄せた。吸い込まれるように涙の粒がすっと口の中に入って行き、ルイスはごくりとその涙を飲んだ。途端、身体中の痛みが和らぎ、そして視界が鮮明となる、ルイスは身体を起こすと少し呻く。──数粒の涙では全治は叶わなかった。

まだ涙を流そうとするフォークスに優しく首を振り、感謝を込めてその身体を撫でた。

 

 

「もう大丈夫、ありがとう…その涙はまだ…取っておいて?」

 

 

フォークスは何か言いたげにルイスを見たが、一度その美しく、そして温かな身体をそっとルイスに寄り添わせると、羽でルイスの頬を一撫でしながらまた空高く舞い上がった。

 

 

「──っ…はぁ…」

 

 

リドルはもう自分の事を見ていない。きっと、死んだと思っているのだろう。ルイスは着ていたボロボロのローブを脱ぐと肥大魔法をかけ布を厚くした。こうすれば、横たわっている人影に見えるかもしれない。

 

 

「…ちょっと、お粗末かな…」

 

 

ただのローブの塊にしか見えなかったが、無いよりはマシだろうとルイスはそっとその場から走り去る。もし、ソフィアなら得意な変身術でそっくりのフェイク死体を作り出していただろうと、少しだけ考え苦笑した。

 

 

ハリーは何処から手に入れたのか、手に銀色の剣を持っている。杖はリドルに奪われてしまったが、あの剣があるのなら、少しは時間を稼げる筈だ。ルイスは土埃が舞う床を必死に見渡し、日記を探した。

 

 

 

目を失ったバジリスクは闇雲にハリーに襲いかかる。ハリーは剣で何度かその毒牙を弾いていたが、ついにその腕に深々と毒牙が突き刺さった。

燃えるような痛みに顔を歪ませながら、ハリーは全体重を剣に乗せ、剣の鍔まで届くほど深く、毒蛇の口蓋に突き刺した。

 

長い毒牙はハリーの腕に突き刺さったまま折れた、バジリスクはドッと横向きに倒れると、ひくひくと痙攣していたが、すぐにその動きを止めた。

 

 

リドルはバジリスクの死を見て憎々しげにハリーを睨んだが、ハリーの腕に毒牙が突き刺さっているのを見るとまだ少し気分は晴れたようで醜く顔を歪めながら笑った。

 

 

ハリーは灼熱の痛みが腕から広がっていくのを感じた、だめだ、毒が広がっている。ルイスはどうなったんだろう?まさか、本当に死んでしまったのか?ジニーも助けられなかった──。

 

 

ルイスは折れた柱の影からそっとハリーの様子を見ていた、今すぐ駆け出したい衝動に駆られたが、すぐに思い止まる。大丈夫だ、不死鳥がハリーの側で涙を流している。不死鳥の涙はどんな傷も、毒も癒してくれる──。

柱の影に再び身を隠し、ルイスは手に持つ日記を強く掴んだ。

 

何とか見つけ出す事は出来た、だが、これはどうやっても傷つける事が出来ない、どんな呪文も効果はなかった。それよりも強い守護がかかっているのだろう。どうすれば壊せる?

ルイスはもどかしさに顔を歪め、またそろりと柱から顔を出した。あのどこかから現れた剣なら壊せるだろうか?バジリスクの硬い鱗と口蓋を貫いたのだ、不可能では無い。ルイスは再び柱から顔を出し、ハリーとその側に立つリドルを盗み見た。どうにかして、あそこに行かなければならない。ハリーにこの日記を渡せば、きっとハリーは剣で貫いてくれるだろう。

 

 

「ハリー・ポッター。君は死んだ。鳥にも君の死がわかるらしい、泣いているよ。良かったねハリー、君の死を悲しんでくれる鳥が居て。ダンブルドアも粋な贈り物をしてくれたね?──ほら、ルイスももう動いてないようだ、残念だね…」

 

 

リドルが楽しげに嗤う。

ハリーは死の音を聞きながら目を閉じた。これが死なら悪くない、痛みは消えていた。

 

 

「──くそっ!鳥め!どけっ!」

 

 

ハリーの傷が治癒している事に気づき、リドルは叫びながらフォークスに杖を向けた、大きな破裂音がして閃光が走ったがフォークスはそれをひらりとかわすと空へ舞い上がる。

 

 

「不死鳥の涙…癒しの力だ…忘れていた…」

 

 

リドルは起き上がったハリーの腕を見ながら低く唸るように呟く。リドルはまだ諦めていないハリーの目をじっと見つめ、杖をゆっくりと掲げた。

 

 

「しかし、結果は同じだ、むしろこの方がいい。一対一だ、ハリー・ポッター…2人きりの勝負だ」

 

 

リドルが杖を振り上げる、ハリーは手に持ったバジリスクの牙を強く前に突き出し、威嚇したがリドルはせせら笑っただけだった。

 

 

「ハリー!!」

 

 

突如ルイスの声が響く。

──生きていたのか!ハリーとリドルは同時に声のした方を振り返り、柱の上に立つルイスが何かを強く投げたのを見た。

 

 

それは弧を描き、ハリーの足元に落ちた。──日記だ。

 

ほんの一瞬、ハリーも、リドルも日記を見つめた。そして何も考えず、躊躇うこともなく、元からそうするつもりだったようにハリーはバジリスクの毒牙を日記に深く突き刺した。

 

 

恐ろしい耳をつんざくような悲鳴が長々と響く。日記からは鮮血のように黒いインクがどくどくとほとばしり大きな水溜まりをつくった。リドルは叫んだまま身を捩り、苦痛に悶え、のたうち回り──消えた。ハリーの杖が持ち主を失い床に音を立てて落ちる。

 

 

 

暫く、ハリーとルイスは動けなかった。

お互いの荒い呼吸が聞こえる。

ルイスとハリーはゆっくりと視線を合わせると、ルイスは柱から降り、どちらからともなく駆け出し強く抱擁した。

 

 

「ルイス!!」

「ハリー!大丈夫?怪我はない?」

「うん!」

 

 

ハリーは首を振り、にっこりと笑って見せた。全身に倦怠感はあるが、大きな怪我はフォークスにより治癒された。細かな傷や打撲も、バジリスクの毒牙に貫かれた痛みを思えばこんなもの可愛いものだった。

 

 

「そう、良かった…」

 

 

ルイスはほっと表情を和らげると、ハリーに縋ったままその場に力なく膝をついた。慌ててハリーは倒れそうになるルイスを抱き抱える。

 

 

「ルイス!?…っ!ひどい怪我だ!」

「…致命傷は無いよ、大丈夫…ちょっと…疲れただけさ…」

 

 

安心させる為にルイスは微笑み、ハリーは心配そうにルイスの身体を柱の背にもたれ掛からせた、あまり強く抱きしめていては、傷が痛むかもしれない。

 

 

「肩をかしてくれる?多分、歩けるとは思うんだ…」

「うん…あっ!ちょっとだけ待ってて!」

 

 

ハリーはそう言うと床に放り出していた杖と、少し悩んで日記と組分け帽子を拾った。そして満身の力を込めてバジリスクの上顎から剣を引き抜くと、すぐにルイスの元へ戻った。

 

 

「さあ、戻ろう」

「…いや、ハリー?ジニーを忘れてない?」

「え?…あ、いや、忘れてないけど…何だかもう、終わったんだって思い込んで…」

 

 

帰ろうとするハリーにルイスが苦笑いをすれば、ハリーはすこし気まずそうに笑った。

ルイスはなんとかハリーに肩を借りて立ち上がると、小さな呻き声の聞こえる方へと二人で向かった。

 

 

ハリーとルイスが駆け寄ると、ジニーはちょうど身体を起こしていた。なぜこんなところに居るんだろうと、とろんとした目でハリーとルイスをぼんやり見ていたが、バジリスクの巨大な死骸と、血だらけのハリーとルイスと、そしてハリーの手にある日記を見た途端身震いし大きく息を呑んだ。大きな目からじわじわと涙が溢れ、すぐに決壊する。

 

 

「ハリー!…ああ、私、朝食の時に言おうと思ったの!ハリー、私がやったの!!それに、ソフィアも、きっと、私が──私のせいで──っ!!」

「もう大丈夫だよ」

 

 

ハリーは取り乱すジニーに優しく語りかけ、日記を持ち上げると真ん中に黒々と空いた穴をジニーに見せた。

 

 

「リドルは消えたよ。見てごらん!それに、バジリスクもだ!おいで、ジニー。早くここを出よう」

「私、退学になるわ!それに、ソフィアに合わせる顔がないわ…!」

 

 

さめざめと泣くジニーの頭を、優しくルイスは撫でた。

 

 

「大丈夫、ジニーが操られていたって事は僕達が証言するし、ソフィアは絶対に怒らないよ、むしろ心配して泣いちゃうかもね」

 

 

ルイスの悪戯っぽい笑顔に、ジニーは少しだけ泣き声を抑えたがそれでもまだぽろぽろと涙を流し続けた。困ったように眉を下げるハリーからルイスはそっと離れる。

 

 

「ハリー、女の子が泣いているんだ、支えてあげなきゃね」

「あー…うん。ジニー?ほら、行こう?」

 

 

ジニーはハリーの腕に捕まりながらよろよろと立ち上がる。ハリーは少しぎこちなく支え、ルイスを気遣うように見た。

 

 

「大丈夫?僕の肩に捕まって」

「うん、ありがとうハリー」

 

 

ハリーは左腕にジニーの、右肩にルイスの暖かさを感じ、その暖かさが一つも失われなかったことに言いようのない安堵を感じながらゆっくりと薄暗がりに足音を響かせトンネルへと向かう。

 

背後で石の扉が音を立てながら閉まっていくのを聞いたが、誰も振り返る事は無かった。

 

 

 

流石に、ルイスはもう魔法を使う気力が無かった為、明かりのない暗いトンネルを数分歩く。

すると遠くの方からゆっくりと岩がずれ動く音が聞こえてきた。

 

 

「ロン!ジニーは無事だ!ルイスもね!ここにいるよ!」

「ハリー!ルイス!──ジニー!!」

 

 

ロンが胸の詰まったような声で歓声をあげ、早くその姿を見たいと言うように名前を呼ぶのが聞こえた。三人は自然と足を早め、次の角を曲がる。

崩れ落ちた岩の間に、ロンが懸命に作った隙間が出来ていた、人一人はなんとか通れそうなその隙間からロンは顔を覗かせ、しっかりと立つ三人を見ると目に涙を浮かべ顔を輝かせた。

 

 

「ジニー!!生きてたのか!夢じゃ無いだろうな?一体何があったんだ?」

 

 

ロンが腕を突き出して隙間からジニーを引っ張った。

ロンは抱きしめようとしたが、ジニーはしゃくり上げ、ロンから一歩離れた。

 

 

「もう大丈夫だよ、ジニー。もう終わったんだよ」

 

 

ロンはにっこりと笑いかける。

ジニーはわっと泣き声をあげ、謝りながらロンの両手を広げる旨の中に飛び込んだ。

 

 

「この鳥はどこからきたんだい?」

 

 

フォークスがジニーの後から隙間を通って現れた。

 

 

「フォークスだよ。ダンブルドアの鳥だ──…ルイス、手を出して」

 

 

ハリーが狭い隙間を通りながら答え、手に持っていた剣を岩に立てかけると直ぐに隙間からルイスを引っ張り出した。

 

 

「それに、どうして剣なんて持ってるんだい?」

「ロン、僕たちかなり疲れたし、見て…怪我が酷いんだ、帰ってからゆっくり話すよ」

 

 

ルイスはボロボロになり、血だらけの服を摘んで見せると、ロンはジニーに気をかけるかまり、初めてルイスの怪我に気がつき小さく叫ぶと心配そうに表情を翳らせ頷いた。

 

 

「ロックハートはどこ?」

 

 

ハリーは剣を持ち、ルイスに肩を貸しながら辺りを見渡す。ロンはニヤッと笑うと「あっちの方だ、調子が悪くてね、来てごらん」とトンネルからパイプへ向かう道筋を顎でしゃくった。

 

 

フォークスは悠々と金色の羽を広げ、柔らかな光を発しながら4人をパイプの出口の所まで先導した。

 

 

ロックハートは鼻歌を歌いながら一人で大人しく座っていた。その異様な光景に、ハリーとルイスは顔を見合わせる。

 

 

「記憶を無くしてる。忘却術が逆噴射して…全部忘れたんだ、自分が何者かも、ね…」

 

ロックハートは人の良い無害そうな笑顔を浮かべ四人を見上げた。

 

「やあ、なんだか変わったところだね、ここに住んでるの?」

「いや」

 

ロンが答えると、ロックハートはきょとんとしたが直ぐに気にしないことに決めたのかまた鼻歌を歌い出した。

 

 

「どうやって上まで登ろう…」

「…本当だね、うーん…あと12時間くらい休んだら…浮遊魔法でみんなを飛ばせられるけど…」

 

 

ルイスはハリーと共に上に伸びるパイプを見ながら困ったように笑った。ハリー達は顔を見合わせとんでもないと首を振る。

 

 

「そんなに待ってたら僕たちも行方不明者扱いでホグワーツは大混乱だよ!」

 

 

ロンの声に、ルイスは「そうだよねぇ」と呟いた。すると、フォークスがすっと後ろから飛んでくるとハリーの目前で羽を何度も羽ばたかせた。

 

 

「捕まれって言ってるように見えるけど…でも、鳥が上まで引っ張るには僕たちは重すぎると思うな」

 

 

ロンは当惑しながらフォークスを見る。

ハリーはハッとするとルイス達を見渡した。

 

 

「フォークスは普通の鳥じゃない。みんなで手を繋がなきゃ。ルイス、ジニーの手に捕まって、ロックハート先生は、ジニーの空いている手とロンに捕まって」

「先生?私が?」

 

 

ロックハートは驚ききょとんとしたが、ジニーと呼ばれているのはこの少女だろう、と大人しくジニーとロンと手を繋いだ。ロンは片手でハリーのローブの背中のところをしっかりと掴み、ハリーは剣と組分け帽子をベルトに挟むとフォークスの不思議に熱い尾羽をしっかりと掴んだ。

 

全身が異常に軽くなった気がした。

次の瞬間5人は風を切りパイプの中を上へ上へと飛んでいた。腕にかかるはずの体重も、不思議と何も感じない。ただ手を繋いで居るだけな気がした。

 

 

「凄い凄い!まるで魔法だ!」

 

 

ロックハートのはしゃぎ声がハリー達に聞こえた。心地よい飛行を楽しんでいるうちに、5人は嘆きのマートルのトイレの床に着々した。

するとパイプを覆い隠していた手洗い場がまた、元の位置に戻った。

 

 

マートルは舞い戻ってきた5人をじろじろと見た。かなり長い間戻ってこなかったため、てっきり全員死んだのだと思い込んでいた。

 

 

「生きてるの」

「そんなにがっかりしなくてもいいじゃないか」

 

 

ハリーは眼鏡についた血や汚れを拭いながらマートルを睨んだ。マートルは大きなため息を零しつまらなさそうにふわりと浮遊した。

 

 

「あぁ…私、丁度考えていたの。もしあんたが死んだら、わたしのトイレに一緒に住んでもらえたら嬉しいって」

 

 

マートルはもじもじと身体をくねらせ、頬を染めながらいつもの便器の中に飛び込んで消えてしまった。5人は顔を見合わせたが何も言わずにトイレから出ると暗い廊下の外で足を止めた。

 

 

「ハリー!マートルは君のことが気に入ったみたいだぜ?ジニー、ライバルだ!」

 

 

ロンは冗談で──落ち込んでいるジニーをからかったのだが、ジニーはぽろぽろと涙を流しロンが期待したような反応を見せなかった。

 

 

「…さぁ、どこへ行く?」

 

 

ロンは心配そうにジニーを見ながらハリーとルイスに聞いた。

ルイスは金色の光を放つフォークスを指差した。

 

 

「ついていこう」

 

 

フォークスはすっと優雅に先導し、5人はそれに従った。

まもなくマクゴナガルの部屋の前にたどり着くと、フォークスは近くの窓辺にゆっくりと止まった。

 

 

ハリーはノックして、その扉を開いた。

 

 



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97 家族の元へ!

 

ハリー、ロン、ルイス、ジニー、ロックハートが泥まみれに汚れた姿で──その上ハリーとルイスは血まみれだった──戸口に立つと、一瞬沈黙が流れたが、すぐに叫び声が響いた。

 

 

「ジニー!」

 

 

ジニーの母であるモリーがジニーを見た途端跳び上がり涙を流しながら駆け寄ると強く抱きしめた。すぐに父のアーサーも続き、モリーごと強く抱きしめる。

 

 

ルイスはほっとして家族の再会を喜び、力なく壁に背中を預けた。もう足が震え1人では立てなかった。

すっと扉からフォークスが部屋に入ると暖炉のそばにいたダンブルドアの肩に止まった。

笑顔を見せるダンブルドアに、ルイスは少し微笑んだが、急に目の前が暗くなり顔が押しつけられ、ハリーとロンとルイス、3人まとめてのモリーからの熱い抱擁をうけたことに気付いた。ルイスはちょっと身体が痛んだがそれでも嬉しくてモリーの震える腕をそっと手を添える。

 

 

「あなた達があの子の命を助けてくれたのね!どうやって助けたの?」

 

 

モリーの声は感激と感謝で震えていたが、信じられない気持ちもあるのか、体を少し離すとハリー、ロン、ルイスの顔を順に見回しながら不思議そうに言った。

 

 

「私たち全員がそう思ってますよ」

 

 

マクゴナガルがぽつりと呟きモリーの言葉に同意した。

ルイスとハリーは目を見合わせる。この機会に全てを言った方が良いのだろうか。

 

 

「全てを聞くのならルイスはスリザリン生じゃ、寮監のセブルスもいた方が良いじゃろう。ミネルバ、すぐ呼んできてくれるかのう」

 

 

部屋の奥からダンブルドアの静かな声が響く。マクゴナガルはルイスをチラリと見て頷くと直ぐに部屋から飛び出した。

ダンブルドアはルイスに向かって意味ありげなウインクを一つ零す。それを受け取ったルイスは彼の気遣いに深く感謝した。──父だから、呼んでくれるのだろう。

 

 

少しして足音が響き、閉じられていた扉が勢いよく開くと、険しい顔をしたセブルスが現れ、ルイスのその体につく血や泥を見て目を見開き苦々しく顔を歪めた。

 

 

「…これは、いったいどう言う事ですかな?」

「今からそれを聞くところじゃよ、セブルス。…さあ、説明出来るかな?」

 

 

ルイス達は顔を見合わせ無言で頷き合ったが、ロンは全てを知っているわけではない、ハリーとルイスに前に行き説明するように促した。

ルイスがゆっくり頷いたのを見て、ハリーはルイスを支えながら部屋の中央にあるデスクまで歩いて行った。

ぽたり、とルイスのローブから血が床に垂れ、モリーは小さな悲鳴を上げた。

 

 

「ルイス!あなた、大丈夫なの!?」

「モリーさん…ええ、話が終わったら…医務室に行きますね」

 

 

ルイスは微かに微笑むと、躊躇するハリーに「大丈夫」と告げた。ハリーはこくりと頷き、組分け帽子と剣、それにリドルの日記の残骸をデスクの上に置いた。

 

 

ハリーは満身創痍なルイスの代わりに一部始終を話した。

時折ルイスが自分の行動を補足しながらも、ハリーは秘密の部屋を見つけ出したところまで話し終えると一度ふぅと息継ぎをした。その僅かな隙にマクゴナガルが硬い言葉で先を促すように言った。

 

 

「それで入り口を見つけたわけですね、──その間100の校則を粉々に破ったと言っておきましょう。──でもポッター?プリンス?どうやって全員生きてその部屋を出られたのですか?」

「ルイスが数々の魔法でリドルとバジリスクを翻弄してくれたおかげです、ちょうど良いタイミングでフォークスが組み分け帽子を持ってきて──…」

 

 

ハリーはそこで言葉を途切れさせた。それまでハリーはリドルの日記の事にわざと触れないようにしていた。だが、これ以上隠すのは難しい、ルイスと2人でジニーの無実を説明すると言ったが、それでもジニーは許されるだろうか。乗っ取られたと、どうやって証明すればいいんだろう。

 

ハリーは本能的に、ダンブルドアを見た。

その目はいつものようにキラキラと輝き、優しく微笑んでいて──その眼差しを受けたハリーは全て良い方向に行くに違いないと強く思った。

 

 

「わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート卿が、どうやってジニーに魔法をかけたと言う事じゃな。わしの個人的情報によれば、ヴォルデモートは現在アルバニアの森に隠れているらしいが」

「何ですって?例のあの人が、ジニーに?ま、魔法をかけたと?でも、ジニーはそんな…本当に?」

 

 

ヴォルデモートの名前が出たアーサーが驚愕し狼狽しながらジニーとダンブルドアをチラチラと何度も見た。今回の事件にヴォルデモートが関わっていたなんて、誰が想像しただろうか。

 

 

「アーサーさん、…この日記です。リドルは16歳の時に自分の記憶を閉じ込め…ジニーを操りました」

 

 

ルイスは少しよろめきデスクに身体をもたれかけながら黒い日記を掴み、ダンブルドアに手渡した。ダンブルドアはその日記をしっかりと受け取ると数枚のページを捲り、熱心に見ると大きく頷いた。

 

 

「見事じゃ…確かに、彼はホグワーツが始まって以来最高の秀才だったと言えるじゃろう」

 

 

ダンブルドアはバジリスクの毒牙に貫かれ大きな穴が開く日記をゆっくり机の上に置くと、いきなり出てきたリドル、という人が何なのかわからないアーサー達に向き合い、昔の思い出話を懐かしむように目を細め、髭を撫でながら口を開いた。

 

 

「ヴォルデモート卿がかつてトム・リドルと呼ばれていた事を知る者は、殆どいない。わし自身、50年前ホグワーツでトムを教えた。卒業後、トムは消えてしまった…遠くへ。そしてあちこちを旅したようじゃ。…闇の魔術にどっぷりと沈み込み、魔法界で最も好まざしからぬ者たちと交わり、危険な変身を何度も経て、ヴォルデモート卿として姿を現した時には、昔の面影は全く無かった。あの聡明でハンサムな男の子、かつてここで首席だった子を、ヴォルデモート卿と結びつけて考える者は、殆ど居なかった」

「でも…私のジニーが、その人と──何の関係が?」

 

 

モリーは不安げにジニーを見た。ジニーは母からの視線に身体を硬くすると、顔を覆いわっと泣き出し叫ぶ。

 

 

「そ、その日記なの!私、その日記にか、書いてたの、そしたら、その人が…私に一年中返事をくれたの!」

「ジニー!私はお前に何も教え無かったと言うのかい?いつも言っていただろう、脳が何処にあるのか見えないのに、一人で勝手にものを考える事ができる物は信用出来ないって!なぜ、日記を私かモリーに見せなかった?そんな怪しげな物は闇の魔術がはっきりと詰まっている事が分かりきっているのに!」

 

 

アーサーは悲痛に叫び、娘の行いを悔やみその震える肩を掴んだ、号泣するジニーはしゃくりあげ、何度も謝った。

 

 

「ママが準備してくれた本の中にあったの、私、てっきりいつものお下がりだと思って…!」

「アーサーさん、僕たちでさえ…初めその日記の危険性に気がつきませんでした。責めるのであれば…僕ら皆同じ罪を持っています」

 

 

ルイスはジニーだけ責められるのは間違えていると首を振り、真剣に伝えた。──ルイスはその日記に不信感を持っていたが、それでもセブルスに…父に伝えるほどでは無いと思っていた。それほど、この日記は巧妙に闇の気配を隠していた。

 

 

「私、私──!」

「ミス・ウィーズリーは直ぐに医務室に行きなさい。苛酷な試練じゃったろう。処罰はなし、もっと年上の賢い魔法使いでさえヴォルデモート卿に誑かされていたのじゃ」

 

 

ダンブルドアはジニーの言葉を遮ると出口まで歩き扉を開けた。振り返ると、いつもの優しい眼差しでジニーに見つめ、労わるように優しく言った。

 

 

「安静にして、それに、湯気が出るようなココアをマグカップ1杯飲みなさい。…わしはそれでいつも元気が出る。マダム・ポンフリーはまだ起きておるじゃろう。マンドレイクのジュースをみんなに飲ませたところでな、バジリスクの犠牲者達が、今にも目を覚ますじゃろう」

「ソフィアは無事ですか?」

 

 

ルイスは心配そうにダンブルドアと部屋の隅でこちらを見ていたセブルスを見る。ダンブルドアは優しく深く頷いた。

 

 

「回復障害は何も無かった」

 

 

ダンブルドアの答えに、ルイスはほっと身体の力を抜き、その場に膝をつき胸を押さえ「良かった…」と声を震わせながら噛み締めるように呟いた。

 

 

モリーが項垂れ泣くジニーの肩を抱きながら連れて出て行った。アーサーはまだ動揺していたが2人の後に続く。

 

 

「のうミネルバ、これは一つ、盛大に祝宴を催す価値があると思うんじゃが。厨房にその事を知らせにいってくれまいか?」

「わかりました。3人の処置は先生に任せて良いですね?」

「勿論じゃ」

 

 

ダンブルドアの茶目っ気たっぷりの笑顔にマクゴナガルは頷き、足早に部屋から出て行く。最後に残されたのはルイス達と、セブルスだった。

 

 

「わしの記憶では、ハリーとロンがこれ以上校則を破った退学処分にせざるをえないと言ったの…どうやら誰にも過ちはあるようじゃな、わしも前言撤回じゃ」

 

 

ロンは退校するかもしれない恐怖で顔を引き攣らせていたが、ぱっと顔を安堵で明るくさせると、ほっと息を吐いた。

 

 

「三人にホグワーツ特別功労賞が授与される。それに──1人200点ずつそれぞれの寮に加点しよう」

 

 

ロンの顔がぱっと赤く染まり、嬉しさと驚愕でそわそわと身体を忙しなく動かした。──200点もの加点だなんて、今まで聞いたことが無い。

 

 

「さて、ルイス。君はその怪我を治さねばならん。セブルスに薬を貰い、後はゆっくり医務室で過ごしなさい」

「…はい、わかりました」

 

 

ルイスは机を掴み、なんとか立ち上がると背後を振り向く。セブルスは変わらず険しい表情をし、ルイスの足元に出来た血溜まりを見ていた。

 

 

「これはいかん、セブルス、早く連れて行くのじゃ」

 

 

ダンブルドアもまたそのローブから滴る血を見て早く出て行くように促す、セブルスは一度強い眼差しでハリーとロンを睨んだが──2人はダンブルドアがいる前でセブルスは何もしないだろうとその視線を無視した──すぐにルイスの側に寄るとその腕を掴み上手く歩けない彼を補助しようとした──が、ルイスは腕が掴まれた途端小さく呻いた。

 

 

「っ…すみません、先生、僕…バジリスクの尾で打たれて…多分、骨が…」

 

 

セブルスは冷汗を流し苦しそうに顔を歪めたルイスを見ると直ぐに手を離し、杖を振りルイスの身体に浮遊魔法をかけた。地面から少し浮いたルイスは静かに滑りながらセブルスに連れられ部屋を出て行く。

 

部屋を出て行った後も変わらず無言だったセブルスを、ルイスはちらりと見上げたが、セブルスは前を見たまま足早に進み、ルイスと視線を交わすことは無かった。

 

 

ルイスは医務室に向かっているのでは無いと直ぐに気付いた。階段を降り、何度も通ったその場所は──セブルスの研究室だった。

 

 

セブルスは研究室に入ると直ぐに浮遊するルイスを抱き上げ──腕にルイスの服がじっとりと血で濡れているのを感じながら──そのまま研究室を横切り自室へと向かった。

 

 

「──あの、父様…」

 

 

何も言わないセブルスに、ルイスは少し不安になりながらその胸の中で父を呼んだ。セブルスは自室に入ると、初めてルイスを見下ろした。

 

 

「…何故、何も言わなかった」

 

 

セブルスは膝掛け椅子にルイスを優しく座らせるとすぐに立ち上がり薬棚に向かいながら呟く。ルイスはかちゃかちゃと瓶の微かな音を聞き、肩をすくませた。

 

 

「…本当に、ただの日記だと思っていたんだ…」

「私は、危険な事をするなと言っただろう──どうやら、2人とも一切私の忠告を聞く気は無いようだ」

「あー…いや、僕は本当に今回の事件には関わる気が無かったんだよ…ソフィアが襲われるまではね」

 

 

セブルスはルイスの言い訳を聞いて眉を顰め睨みながらルイスのぼろぼろになった服を魔法で消した。

 

 

「──寒っ!」

 

 

いきなり上半身が露わにさせられたルイスはぶるりと震え身を縮こませる。セブルスは暖炉に向かって杖を振り、すぐに温かい焔を燃やした。

 

暫くはぱちぱちとした炎の爆ぜる音が静かな部屋に響いた。セブルスはルイスの身体の傷一つ一つに丁寧に薬を垂らし、白い包帯で巻いて行く。骨折を治す薬を飲んだルイスは身体中にじわじわと氷のような冷気が広がり、さらに強く身体を震わせていた。

 

 

「…服についていた血ほど…傷は深くないな」

「ああ…ダンブルドアの不死鳥が…その涙で内臓の損傷は治してくれたんだ。本当に凄いよね…一粒でも涙が欲しいなぁ…」

「……」

 

 

セブルスはルイスの治療を終えると深くため息をつき、洋服ダンスから黒いシャツを出すと杖で縮めルイスの前に膝をついた。

 

 

「…ルイス、…後でソフィアにも言うが…来年は、何かあればすぐに私に知らせろ。何でも良い、異変に気付いたら──直ぐにだ」

 

 

ルイスの腕にシャツの袖を通し──それはふわりと薬草の匂いがした──ボタンを閉じながらセブルスは真面目な顔でルイスの目を見つめる。似た色彩の黒い目が交わり、ルイスは少し微笑んだ。

 

 

「異変ばっかりで、毎日父様のところに行かなきゃならないかもね」

 

 

悪戯っぽく笑ったルイスだったが、流石に疲れたのか椅子の背に深く身体を預け、長いため息をついた。身体には強い倦怠感がある、それでも思考は興奮しているのか眠気が訪れる事はない。

 

 

「父様…ねえ、ソフィアはもう戻ったの?僕、ソフィアに会いたい…もう4ヶ月以上もソフィアの声を聞いてないんだ…」

「ああ、先程目覚めた。…今頃は大広間だろう。祝宴を開くと言っていたからな」

「僕も参加したい、…だめ?」

 

 

ルイスはぐっと足に力を入れ立ち上がった。ふらついたルイスをセブルスがしっかりと抱き止める。ふわり、といつもの匂いに包まれたルイスは目を細めた。

 

 

「…怪我は痛まないか?」

「父様の作った薬でしょ?…大丈夫だよ」

 

 

ルイスは自分の頭を撫でるセブルスの温かな手のひらの感触にくすぐったそうに顔を綻ばせ、重い腕を上げて父の背に腕を回して強く抱きしめた。

 

 

「僕、…結構頑張ったんだ…」

「そのようだな…あまり危険な事をして欲しくないが」

「ふふ、トラブルがね、僕らに恋をしてるんだよ」

 

 

離してくれないんだ、と言って顔を上げ悪戯っぽく笑ったその表情は、ソフィアが過去に見せた顔とよく似ており、セブルスはほんの僅かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

セブルスに連れられ──くれぐれも無理をするなと強く言われた──ルイスは大広間に向かった、近づく程に生徒達の騒めきや歓声が聞こえ、その暖かく賑やかな音は扉を開けたルイスを包み込む。──ああ、やっと帰ってきたんだ。

 

 

 

「ルイス!」

 

 

生徒の騒めきの中でも、その声は良く通りルイスの耳に届いた。唯一の愛しいその声に、ルイスはふわりと花が綻ぶように笑い、その頬に柔らかな涙を流した。

 

 

ソフィアはすぐにルイスに気付くとぱっと立ち上がり両手を広げるルイスの胸の中に飛び込んだ。

 

 

「ソフィア、──ああ、目が覚めて、本当によかった…」

 

 

ルイスはソフィアの柔らかな頬に自分の頬を擦り合わせ、温かい身体を強く抱きしめた。ソフィアもまた、ルイスの首元に顔を埋め、胸が詰まったように「ええ、ありがとう」と呟く。

 

 

そっと身体を離したソフィアはまじまじとルイスの身体を見て──ハリーから酷い怪我をしたと聞いて気が気ではなかった──傷が全て治っていることにほっと胸を押さえ肩を下ろした。

 

 

「ルイスも、無事で良かったわ!…色々聞いたわ…ごめんなさい、日記の事…ルイスには話せばよかったわ…」

「ううん、もう全て終わったからもうその話はやめとこう?…僕お腹ぺこぺこだよ…」

 

 

ソフィアはルイスの手を取り、賑やかな集団の中へルイスを誘いながら、ちらりと振り返り悪戯っぽく笑った。

 

 

 

「ルイス、アクロマンチュラを見れたなんて良いわね!──私、いつかベッドにしたいと思っていたの!寝心地最高そうじゃない?捕まったんでしょう?毛質はふわふわだった?」

 

 

 

ルイスはリドルがヴォルデモートだと知った時や、内臓を損傷し苦しんだ時──その時よりも顔を引き攣らせた。

 

 

 



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98 来年度はこれ!

 

 

石化から蘇生したソフィアとハーマイオニーは、花束を持つ少女の部屋でハリー、ロン、ルイスに全てを聞いた。

驚いたり、憤ったり、息を呑んだりーー中々に2人の反応は話し手を喜ばせるものだった。

 

 

「ソフィアはどうして…石化で済んだの?」

 

 

ハリーはずっと疑問に思っていた事をソフィアに聞いた。他の生徒たちはバジリスクの目を直接見ていない、だから死なずに石化で済んだのだ。…だが、ソフィアの周りには何かを経由して見た形跡が見当たらなかった。「ああ…」と思い出すようにソフィアが口を開いた時、ハーマイオニーが「わからなかったの?」と訝しげにハリーとロンを見た。

 

 

「あの一輪挿し!ね?そうでしょ?ソフィアだけ、被害現場と発見場所が違ったのよ」

「ええ、そうよ」

「え?トイレで襲われたの?…たしかに、一輪挿しが…そういやあったね」

 

 

ハリーは胸のもやもやが取れたように深く納得した。たしかにあの一輪挿しは乳白色だった、あれを通してなら死亡することなく、その目を見られただろう。

 

 

「あの時、ジニーを人質に取られていたの。ジニーは操られて、自分の首に杖を突きつけていたわ…ジニーが死ぬか、私が死ぬか…選べって言われたの」

 

 

「流石にあの時はもうこれまでかと思ったわ!」とソフィアは明るく言うが、ルイスはまさかそんな事になっていたとは思わず今更ながらに顔を青くした。

 

 

「それで…何か喋ったらーー呪文を唱えたらジニーを殺すって脅されたわ。リドルが私を殺したいのは…わかっていたから、咄嗟に無言呪文で一輪挿しを見て、バジリスクの目を見て…自分から石化されたの。そうすればリドルは私を殺せないでしょう?その後に私を運んだのは…流石に秘密の部屋の入り口に石化した私が居たら怪しまれるからでしょうね」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、ソファに深く座ると持ち込んだお菓子を食べた。ハリーは咄嗟によくそんな芸当が思いつくものだと驚愕する。きっと自分ならあっけなく殺されていた事だろう。

 

 

「まぁ…まさかあなた達が秘密の部屋でリドルと決闘するとは思わなかったわ!本当にお疲れ様」

 

 

ソフィアはハリーとロン、ルイスを見て明るく笑った。去年に引き続き、またトラブルに巻き込まれている。3人が照れたようにーーどこか誇らしげに笑うのを見て、ソフィアはふと気付いた。

 

 

「そう言えば2年続けてあの人絡みなのね…来年こそ、本当に何とも無いといいけど」

「はは、それは流石に…」

 

 

ロンは乾いた笑いをこぼしチョコレートを食べたが、他のみんなを見渡し誰も笑ってない事に気付くと真顔に戻った。

 

 

「ーーーまじで?」

「ありえるわね、二度あることは三度あるのよ、ロン」

 

 

顔をさっと青くしたロンに、ハーマイオニーは神妙に頷き伝えた。ハリーとルイスも、もしかしてあり得るのでは無いかとうっすら思っていた。むしろ、これから毎年起こるのでは無いかと言う漠然とした予感すらある。

 

 

「まぁ、皆で考えればなんとかなるわよ!」

 

 

ソフィアは沈黙を破るように明るく言い放つと、いつもの悪戯っぽい笑顔でハリー達を見渡した。やはり、ソフィアが居ればどんなに暗い雰囲気も明るくなってしまう。ーー大切な存在だ。そう、ハリーは心の奥で思った。

 

 

「あ、そうそう、来年の選択科目何にしたの?私明日までに提出しなきゃならないの」

 

 

ソフィアは食べていたビスケットを勢いよく口の中に押し込み、鞄の中を探って一枚の羊皮紙を出した。復活祭休暇の時に配られたものだが、当然石化されたソフィアはまだ提出していない。

 

 

「僕は占い学と魔法生物飼育学だよ」

「ハリーと同じにした」

「僕は古代ルーン語学と魔法生物飼育学だ。…魔法生物飼育学だけ合同で受けられるかもね」

「えー…迷うわね…ハーマイオニーはもう決めたの?」

 

 

ソフィアは眉を寄せ羊皮紙をじっと見る。隣にいるハーマイオニーはソフィアの疑問に「ええ、決めたわ」と涼しい顔で答えた。

それなら、ハーマイオニーと一緒にしよう、とソフィアは羽ペンを取り出した。

 

 

「何にしたの?」

「数占い学と占い学と古代ルーン語学とマグル学と魔法生物飼育学よ」

「数占い学とーー占い学とーーって!それ全部じゃ無い!授業時間が被ってるわよ?」

 

 

ソフィアは驚いてハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは当然だと頷き机の上にあるビスケットを食べた。

 

 

「大丈夫なの?これ…」

「大丈夫よ、マクゴナガル先生と決めたもの」

 

 

心配そうにソフィアはハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは来年度から始まる新しい授業が楽しみで仕方がなく、上機嫌で頷く。流石に全部取る気は無かったソフィアは「うーん…」と悩みながらまた羊皮紙と睨めっこを開始した。

 

 

 

「んー…魔法生物飼育学と…数占いと…古代ルーン語学とマグル学を受けたいのよね…私もマクゴナガル先生に相談してみようかしら…」

「いいと思うわ、ソフィアは優秀だし、きっと力になってくれるわよ」

「まって、ソフィア。君それ殆ど全部だって気付いてる?」

 

 

ロンが心の底から信じられないと眉を寄せた。自分なら取らずに済む授業は取らない。科目が増える分、課題の量も増えるのだ。5教科中2教科は選択しなければならず、仕方なく選んだロンは「うへー」と舌を出した。

ロンの隣でハリーは何故占い学は選ばれないのか首を傾げた。

 

 

「何で占い学は取らないの?」

「ああ、私占い信じてないもの!数占いは将来呪い破りの職を目指すなら必須だし、あれは占いとはまた違うもの」

 

 

当然のようにソフィアは占いを信じていない。それは、ルイスも同じだった。彼らは自分の見たものしか信じず、尚且つ未来は自分の手で切り開くものだと思っている。心の中の不安を見つめる為に占いに頼る人が多いことは知っている、それを否定するわけでは無いが。結果が悪くて諦める選択はソフィアには無い。

 

 

「呪い破りって何?」とハリーがきょとんと聞いた。ハリーは魔法界にきてまだ2年しか経っていない、尚且つ、あまり進んでその知識を更新しようとは思っていないーー日々の授業やトラブルをこなすだけで精一杯なのだがーーソフィアは「宝を探してそれにかけられている呪いを解くのよ」と簡単に説明した。

ハリーはその説明だけではぼんやりとしかわからなかったが、昔テレビで見たトレジャーハンターみたいなものだろうかと考えた。

 

 

「ソフィアは呪い破りになりたいのかい?それなら僕の兄さんーービルが呪い破りだよ!」

「本当?今度機会があれば話を聞いてみたいわ!」

「うん、ビルは忙しくてあまり帰ってこないけど…夏休みに帰ってきたらすぐに言うよ!」

「まぁ、ありがとう!」

 

 

ソフィアは嬉しそうに笑いながらあと1ヶ月足らずでくる夏休みを心待ちにした。去年は楽しかった、今年もそんな夏休みが過ごせたらいい。

 

 

「そうよ!ソフィア、今年は必ず私の家に遊びにきてね?勿論ルイスも!」

「楽しみがまた増えたわ!」

「マグルの世界に行くの、楽しみだよ」

 

 

和気藹々と夏休みの話に花を咲かせるソフィア達をハリーは羨ましそうな目で見ていた。きっと、ダーズリー家には呼べない、いや、呼べばそれはそれは愉快な事になるだろうがその一日のために何が犠牲になるのか考えるまでもない。

 

 

「いいなぁ、僕もみんなと会いたいよ…」

 

 

力なくハリーは呟いた。ハリーが夏季休暇にどんな思いで過ごしているのか知っているロンはすぐに慰めるようにハリーの背を叩き「また隠れ穴に招待するよ、その方が君のおじさん達も喜ぶみたいだし」とにっこりと笑った。その言葉だけでハリーはぱっと大輪の花のように笑い何度も頷いた。

 

ルイスはチョコレートの銀紙を外し、口の中で溶かしながら首を傾げる。

 

 

「ハリーの親戚達は魔法が大嫌いなんだよね?」

「うん、魔法のま、って言っただけで食事抜きさ!」

「それは酷いなぁ…ねえ、その家ってどこにあるの?近いかな?マグルの人って姿表しとか箒を使わずにどうやって遠くに行くの?」

「え?自転車とか車とか電車…あと飛行機とか」

「??…僕もマグル学取ればよかったかな、全然使い方がわからないや!」

 

 

ルイスは言葉で聞いたことがあるものもあったが、使い方が分からず頭の上に疑問符を飛ばした。

 

 

「ハリーの家は何処なの?」

「サリー州のリトルウィンジングだよ。2人は…魔法界だよね?近かったら遊びに行けるんだけど…」

 

 

ルイスとソフィアは顔を見合わせ、一瞬どう答えようか悩んだ。

2人の住居ーーコークワースは中々に治安がわるい、さらに2人の家があるスピナーズエンドは謂わば貧困街であり、街全体はいつも灰色に薄汚れていた。だが、2人は微塵も気にしたことは無かった。セブルスは2人の為に新しく家を買おうかと言ったが、2人はそれを断った、特に不便は感じていなかった。ーーそれに、母が亡くなるまで、少しの間暮らしたというこの家から離れたくなかった。

 

 

「…コークワースよ、まぁ、あんまり治安がいいとは言えないから来ることはオススメしないわ」

「コークワース?…うーん、聞いたこと無いなぁ」

 

 

ハリー達はその場所がどんなに所なのか分からず首を傾げた。ルイスは話題を変えるべくソフィアが持つ羊皮紙を突いた。

 

 

「結局、どうするの?選択科目」

「うーん…」

 

 

まだ何の印も入れていない羊皮紙にふたたび目を落としたソフィアは少し悩んで羊皮紙にチェックを入れた。一度手を止め、しばし悩んだ挙句もう一度書き込む。

 

 

「出来たわ!」

 

 

ソフィアは意気揚々と羊皮紙を前に掲げ、ハリー達はそれを覗き込んだ。

 

 

「……全部とるの?」

「ハーマイオニーもソフィアも、正気かい!?」

 

 

結局、ソフィアは全てにチェックを入れていた。ソフィアは満足気に羊皮紙を見つめたあとくるくると丸めた。

 

 

「どうせなら占い学もとってみようかなって思ったの!信じては無いけれど、学べば色々な視点から物事を見れるもの」

「良いと思うわ!…でも、マクゴナガル先生に報告しに行かないといけないわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉に嬉しそうに笑い、真剣な顔を見せた。ハーマイオニーは来年度、どうやって被っている授業を受けるのか既にマクゴナガルから聞いている。タイムターナーという器具を借りる事になっているが、果たしてそれは幾つもあるものなのか、ハーマイオニーは分からなかった。

 

 

「ええ、じゃあ今から行ってくるわ!」

 

 

「行ってらっしゃい」というハリー達の呆れと尊敬の混じる声を聞きながらソフィアは部屋から飛び出すと職員室へ向かった。もし、職員室にいなければ後でマクゴナガルの自室に向かおう。

 

ふと、ソフィアは前から1人で歩いてくる生徒に気付き、羊皮紙を見ていた顔を上げた。

 

 

「…あ」

「ソフィア…」

 

 

久しぶりに対面したのはドラコだった。今年一年、ドラコとは全く話していない。ーーまぁその半分、ソフィアは石化していて話したくとも話せなかったのだがーー何だか懐かしさを感じ笑顔で駆け寄ろうとしたソフィアだったが、ドラコの何処かよそよそしく気まずい表情を見てはた、と寄りかけた足を止めた。

 

 

ーーそういえば、喧嘩?してたんだったわ。

 

 

もう遠い昔の事のように感じる。ハーマイオニーを侮辱した事は許せないが、ソフィアはルイスから自分が石化されたと知ったドラコが物凄く心配し取り乱していた事を聞いていた。

 

 

「ドラコ、久しぶりね」

「…ああ」

 

 

ドラコは足を止めたが、いつものような余裕のある笑みは見せていない、視線をうろうろと彷徨わせ、青白い顔をいつもより白くさせていた。ソフィアもまたドラコの近くまで駆け寄るとその足を止めた。2人の間に今までには無かった距離と、なんとも言えない沈黙が落ちる。

ソフィアは俯いているドラコを見て、ここから去らないのだ、なにか言いたい事があるのだろう、とドラコの言葉を待った。

 

 

「…ソフィア…石化が解けて、本当に良かった」

「ええ、ありがとう。…心配してくれていたんでしょう?」

 

 

ドラコはソフィアの声に刺々しさが含まれていない事を知ると少しだけ顔を上げ、小さく頷いた。

 

 

「どうして心配してくれたの?」

 

 

静かにソフィアは問いかけ、首を傾げた。少し、ドラコは沈黙しまた視線を逸らす。ーー友達だから、そう言いたいが、拒絶されてしまうだろう。僕は彼女の心を傷つけ、失望させてしまった。

 

 

「…それ、は…」

「それは?」

「……友達だから」

 

 

ぽつり、と消えそうなほど小さな言葉はしっかりとソフィアの耳に届き、ソフィアは目を見開いたが嬉しそうに笑いーーそして彼を許した。

 

 

「嬉しいわ!」

 

 

ソフィアは足を進め、2人の間にあった距離を埋めるとドラコの白い手を握った。「ソフィア…」ドラコは顔を上げ、薄く微笑んだ。

 

 

「けど、次ハーマイオニーを穢れた血っていったら、わたし貴方の持ち物を全部蛇に変えるわね?勿論、そのローブもシャツもズボンもーーパンツもよ」

「なっ…!」

 

 

ドラコは顔を赤く染めた後直ぐに青くさせてたじろぐ、くすくすと悪戯っぽく笑うソフィアを見て冗談でからかっているのだと判断するとーーからかいでは無く、ソフィアは勿論本気だーーぷいとそっぽを向いた。

 

 

 

 

ドラコと別れ職員室を訪れたソフィアは、マクゴナガルに来年度に全ての授業を受講したいと伝えた。マクゴナガルはとても驚いたが、それでも微笑み頷くと羊皮紙を受け取った。

 

 

「ええ、貴女ならこなせるでしょう」

「ありがとうございます、けれど…どうやって全科目受けるのですか?」

「心配には及びません。優秀な生徒には特別措置があります。とても便利な魔法道具を使用すれば、不可能ではありません。ーーよろしい、明日ミス・グレンジャーと共に放課後私の部屋に来なさい。その器具の詳しい説明を行います」

「はい、わかりました!」

 

 

ソフィアは嬉しそうに笑い来年度全ての科目を受講する事となった。

それを、数ヶ月後ハーマイオニーと共に激しく後悔する羽目になるのだが、彼女達はまだ何も知らなかった。

 

 

 



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99 新任教師代理!

ホグワーツから継承者の脅威が去った後。ホグワーツは以前のような明るさと賑やかさを取り戻した。夜通し続いた祝宴の二日後、まだ興奮が冷めやらぬ生徒たちは大広間で蘇生された生徒を囲み、がやがやと楽しげに朝食をとるために空の皿に料理が並ぶのを待っていた。

 

 

 

ダンブルドアは彼のいつも座っている椅子から静かに立ち上がると、小さなベルを打ち鳴らした。途端に生徒たちは静まり返り、ダンブルドアを見つめる。

 

 

「ーーさて、朝食が始まる前にひとつ皆にお知らせがある。…後1ヶ月じゃが、臨時で闇の魔術に対する防衛術の授業を受け持つ教師が漸く見つかった」

 

 

落胆する騒めきと、授業の再開を喜ぶ歓声がーー後者は少なかったがーー大広間に広がった。ハリーとロンは折角授業の一つが無くなり好きに過ごせると思ったのに、と残念そうに口を尖らせていた。ソフィアはせめて少しでもマシな授業をしてくれる先生だといい、とダンブルドアの言葉の続きを待つ。よく考えれば、碌な授業を2年も受けていないのだ。

 

 

 

「紹介しよう。ーー彼を知っている人もおるかもしれんな」

 

 

ダンブルドアは、ソフィアとルイスを見ると茶目っ気たっぷりに笑う。2人はスリザリンとグリフィンドールの机から視線を合わせると、首を傾げた。

 

 

「ーージャック・エドワーズ先生じゃ」

 

 

ダンブルドアが大広間の扉に向かい手を広げる。ソフィアとルイスは思わず立ち上がり、後ろを振り向いた。

 

生徒も皆、一様にぱっと後ろを振り向き新しい教師がどんな人間なのかと首を長くしてその扉の先を見た。

 

開かれた扉の先には眩しそうに目を細め、美しい長い銀髪を肩の上あたりで緩く結ぶ長身の男が立っていた。

大広間を見渡し、生徒達の視線に微かに微笑み答えるその顔は美しく、確かな大人の余裕と色気に何人もの女生徒が黄色い声を上げた。

 

 

「「ジャック!?」」

 

 

ジャックはルイスとソフィアの驚愕の声に悪戯っぽく笑いーーまた、黄色い声があがるーー堂々と生徒達の間を通り、上座まで向かうとダンブルドアの隣に立ちくるりと振り返った。ふわり、と銀髪が遅れて揺れた。

想像もしていなかった人の登場に、ルイスとソフィアは興奮したように頬を赤く染め、椅子に座り直すとキラキラと輝いた目でジャックを見つめた。

 

 

「残り1ヶ月じゃが、それまでに来年度に備えた授業を行ってくれるとの事じゃ。彼はホグワーツ在籍中、とても優秀な生徒の1人じゃった」

「ジャック・エドワーズだ。ーーみんな、短い間だけど、よろしく」

 

 

優しく微笑むジャックに、生徒たちは歓声を上げ大きな拍手を送った。どうやら、ロックハートよりはまともそうだと皆が思った。

ダンブルドアは生徒たちの拍手が静まるのを待ち、大きく頷くと手を打ち鳴らし机の上に沢山のいつもより豪華な料理を出現させた。

 

わっと歓声があがり、生徒達は早速沢山の料理に舌鼓を打ちながらジャックはどんな先生だろうかと教師達の席に座ったジャックを興味津々で見ていた。

 

 

「ソフィア!あの人って…」

 

 

ハリーがジャックを見て、こっそりソフィアは耳打ちをする。ソフィアはにっこりと笑い、頷いた。

 

 

「ええ、私たちの育て親よ!あの人は、とても素晴らしい人なの!…ああ、授業が楽しみだわ!」

 

 

ソフィアは嬉しそうにスコーンに苺ジャムを塗りながら待ち切れないと楽しげに答えた。

丁度この日の1時間目が闇の魔術に対する防衛術の授業だ、彼はどんな授業をしてくれるのだろうか。胸を期待でいっぱいにしているソフィアの横で、ネビルが「うぅ…」と呻き少し恐々とソフィアの肩を叩いた。

 

 

「でも…あの人、スネイプ先生と仲良さそうだよ…」

 

 

ジャックはセブルスの隣に座ると直ぐにぱっと笑顔を見せセブルスを軽く抱きしめた。セブルスは嫌そうにジャックを押し退けたが、それを目撃した大多数の生徒がどよめいた。

ジャックは気にする事なく明るく笑い、にこにこと笑顔で何かを話しかけているようだった。セブルスはいつもの気難しそうな顔をしているが、嫌悪感は浮かんでは居ないように見えた。

 

 

「知らなかったわ」

 

ソフィアは息を吐くように嘘をつき、ちぎったスコーンを口の中に放り込んだ。

 

 

 

ソフィアがハリー達と共に闇の魔術に対する防衛樹の教室へ向かい、勢いよくその扉を開けると、教壇で授業の準備をしていたジャックはぱっと振り返り表情を輝かせた。

ソフィアはすぐにジャックの元へ駆け寄り、久しぶりに会えた育て親のその胸にぎゅっと抱きついた。

 

 

「ソフィア!久しぶり、今はーー元気そうだな」

「ええ!もう何があったかは聞いたのよね?」

「勿論。君達はなかなかスリリングな一年を過ごしたようだね?」

 

 

ジャックはソフィアの後ろからついてきたハリー達を見ると意味ありげに微笑み、ハリーとロンとハーマイオニーはなんとも言えず誤魔化すように笑った。きっと無茶な事をして怒られると思ったが、ジャックはソフィアを離すとニコニコとした笑顔のまま彼らを讃えるように優しく順に頭をぽんぽんと叩いた。

 

 

「学生のうちは多少の無茶を経験しておくといいさ!怪我の治りが早いのはーー学生のうちだけだ、他の人にない経験はいつか必ず君たちの力になるだろう」

 

 

思っても見ない言葉に、ハリー達は撫でられた感触が残る頭に触れながら頬を染めてはにかんだ。

 

 

「そうだ!なぁ、森にアクロマンチュラが居るんだろう?アラゴグ、だったかな?ーーハグリッド、俺が学生の時にそんな素晴らしい友のことを秘密にしていただなんて…!ここにいるうちに一眼みたいよ」

「ええ、私もそう思うわ!」

「どれだけふわふわで大きいんだろうな?きっと寝心地は最高だろう!」

 

 

楽しげに大蜘蛛の話をするソフィアとジャックを見て、ハリーとロンは顔を引き攣らせた。間違いない、ソフィアの歪んだ価値観はこの人の教育の賜物なのだろう。

 

 

他のグリフィンドール生ががやがやと教室に入って来たのと、授業開始を告げるベルが響いたのは同時だった。

 

 

「ーーおっと、お喋りはまた後でなソフィア。ーー君達もいつでもおいで」

 

 

ソフィア達は頷き、ぱたぱたと走りながら席に着いた。

 

ジャックは席についた幼い生徒達を優しい眼差しで見渡した。

ジャックは子どもが好きだった。ーー好きでなければ、ただの慈善活動で孤児院なんて経営出来ないだろうーー彼らの純粋無垢な心が大人に成長していく様を近くで眺めるのも、楽しげなその高い声も、そして少しの物事で心を揺らす感受性の豊かさもーー子どもだけではない、ジャックは人間全てを愛していた。

 

 

「さてーー始まる前に少し自己紹介をしようか。ジャック・エドワーズだ、俺の事はジャック、と気軽に呼んでくれ。正規の教師じゃないからな。もしかしたら、俺の事を知っている生徒も少しはいるかも知れない、魔法界で孤児院を経営していてね。ーーソフィアは俺の子どもの1人だ」

 

 

ジャックはにっこりと微笑み、ソフィアを見た。急に名前を呼ばれたソフィアは頬を僅かに赤らめ手を小さく振った。

 

 

「勿論、子どもだといって君たちと区別する事は無いから安心して。臨時とはいえこの時間の間は教師だから、その辺の分別はついているよ。ーーちなみに、俺がセブルス・スネイプ先生と仲良くしているのを見て不安に思った生徒もいたようだね?」

 

 

ジャックは次にネビルをチラリと見た。ネビルは顔を硬らせ、前の席に座る生徒に隠れようと必死に身体を縮こまらせた。

 

 

「俺はスリザリン生だったからな、まぁ、セブルスとはそこそこ交流があってね。だがーー誰かさんのように大人気なく差別しないから安心して」

 

 

ジャックが声を顰めて悪戯っぽくウインクをこぼし、セブルスの事を暗喩すれば、生徒たちは顔を見合わせくすくすと笑った。

「さて、」とジャックは仕切り直し、杖を振ると教室の奥に並べていた籠と教壇の上にある羊皮紙、そして小さな袋を浮遊させ生徒たちの前に一つずつ配った。

黒いベールがかけられた籠はがたがたと揺れ生徒たちは身を出来るだけ引いて遠目でそれを不安そうに見た。キーキーという、小さな鳴き声が籠から響く。

 

 

「今年はーー今年も、碌な授業じゃ無かったんだってな。とりあえず…はじめはコイツの対処について学ぶ。ーー君達は対処法を教わらず、途中で放り投げられていたんだろ?」

 

 

杖を一振りすると、ベールがサッとはずれ、その中が顕になった。籠の中には歯を剥き出しにして此処から早く出たいと激しく訴えるピクシー小妖精がいた。

苦い記憶が生徒たちの脳裏に蘇り、シャンデリアに吊るされたネビルは顔を引き攣らせるとベールを手繰り寄せその後ろから恐々とピクシーを見た。

 

 

「大丈夫、ちゃんと対処すれば…可愛いものさ、ちょっと煩いけど。気が滅入っている時にーー彼らの悪戯はなかなかに愉快で便利だしね。…配ったプリントを見てくれるかな?ピクシーの生態が詳しく書いてあるから。そこに書いてあるようにーー」

 

 

ジャックは生徒たちを安心させるためにゆっくり教室内を歩き、対処法を伝えた。そしてぴたりとネビルの隣で足を止めると、「ネビル」と名前を呼ぶ。

 

 

「は、はい」

「そんなに固くならないで。さあ、立って机にある袋を手に持って?ーー開けてごらん?」

 

 

ネビルは恐々と震える手で袋を掴み、紐を引っ張り結び目をといた。中には小さなクッキーが数枚ちょこんと入っていて、ネビルはどんな恐ろしい物が入っているのかと思って目を細めていたが、現れた物を見るときょとんと目を瞬かせた。

 

 

「クッキー?」

「そうだ。ーー君のおやつじゃないよ?シェーマス?」

 

 

舌舐めずりをして袋の包みを開けていたシェーマスにジャックが言えば、周りから吹き出すような笑いが響く。シェーマスはぺろりと舌を出して誤魔化した。

 

 

「そうーープリントにあるように、ピクシーは甘いものに目がない。ほら、必死に手を伸ばしてるだろう?今から籠を開けるから、ネビルはそのクッキーを少し遠くに投げるーーピクシーが夢中になってクッキーを食べ出したら、後ろからーークロンガッド(丸まれ)と唱えて」

「で、でも僕ーー魔法はそんなに得意じゃ…」

 

 

クッキーを投げるまでは簡単そうだったが、その次の魔法にネビルは不安げに眉を下げた。事実、ネビルは一度で魔法を成功させたことは無い。また酷い目にあうのかと身体が恐怖に震えた。

 

 

「んー…」

 

 

ジャックは少し悩むように顎を撫でる。その悩む仕草はルイスがよくする仕草に似ているとハリーは思った。

 

 

「ネビル、丸いもの、と言ったら何を思い浮かべるかな?」

「え?ーーえーっと…思い出し玉…」

 

 

その答えに何人かがくすくすと笑い、ネビルは頬を赤く染めて俯いたが、ジャックは「素晴らしい!」とネビルを褒め優しく肩を叩いた。

 

 

「あれかー。綺麗な丸い球だな。…うん。じゃあその丸い球を強く想像してごらん。頭の中に丸いイメージを強く思い浮かべて、クロンガッド(丸まれ)と唱える」

「で、でも…」

「大丈夫、失敗してもピクシーは君を襲わないさ。俺は前任よりは優れた魔法使いだからな。ーーさあ、開けるよ」

 

 

ごくり、とネビルは固唾を飲み意を結したように小さく頷きクッキーを指先で摘んだ。ピクシーは今にも飛び掛かりそうな程細い両腕を必死に伸ばしクッキーをぎらぎらとした目で見つめた。

 

 

「3、2、1ーー!」

「ーーう、うわぁっ!」

 

 

ジャックが籠の扉を開けると、ネビルが悲鳴を上げながら高くクッキーを放り投げそれにピクシーは勢いよく飛びついた。うまく空中でキャッチすると嬉しそうにピクシーはそのクッキーに夢中になって齧り付く。

 

 

「さあ、ネビル丸いイメージだ。ーー今だ!」

「ク、ーークロンガッド(丸まれ)!」

 

 

悲鳴の混じる声でネビルはピクシーに杖を向けた。途端ピクシーはクッキーをしっかりと掴んだままきゅっと身体を丸め、ボールのようになると床に落ちて跳ね返りころころと転がった。ーーピクシーはそれでもクッキーを貪るのをやめない。

 

 

わぁっ!と歓声がと拍手が沸き起こり、ネビルは燃えるように顔を赤くすると、目をかがやかせた。ーー魔法を、一度で成功させた。

 

 

「せ、成功した…!」

「凄いネビル!よくやったね!グリフィンドールに5点!」

 

 

ジャックは床に転がるピクシー玉を掴むと、感激のあまりなんの声も出せないネビルの手にそれを持たせた。

 

 

「ほら、君が1人で成功させたんだ。ーー不安にならなくていい、君は優れた魔法使いになるよ」

「っ…う、…ぅう…」

 

 

ネビルの目に大きな涙が溢れ、頬を伝う。常に自信がない、きっと自分は魔法使いよりもスクイブに近いのだと思い込んでいたネビルはあまりに優しい言葉に泣きじゃくりながら、掌の上にある成功の証を強くにぎりしめた。

 

 

「クッキーひとつ余ったね、食べていいよ?そうすれば涙も止まるだろう」

 

 

ジャックは優しくネビルを座らせると、生徒たちを見渡した。すぐに自分達もやってみたいといううずうずと目を輝かせる彼らに、嬉しそうに目を細めジャックは笑う。ーーこの目の輝きは、子どもにしか見られない、特別でかけがえのないものだ。

 

 

「さて、ここで一つ教師として忠告しておく。さっきの魔法は人に向かって使うのはやめておいた方がいい。相手がどれだけ憎くてもね」

 

 

真面目に低く呟くジャックの声に、しん、と教室内が静まった。生徒たちを見回しながらジャックは「どうしてだと思う?」と問いかける。その問いかけに最も早く手を掲げたのはハーマイオニーだった。

 

 

「ハーマイオニー、言ってごらん?」

「はい。クロンガッド(丸ませ魔法)は対象物を丸めます。…つまり、人間に使うと…体全体の骨が折れます」

「正解!グリフィンドールに5点!…そうなんだ、まぁあの魔法は対象物が大きい程に成功率は下がるから、人間にかけるのは難しい。ーーけれど、成功した時…相手にかなりの苦痛を与える事が出来る。ピクシーは体が柔らかいから丸められても気にしてないけど。ーー闇の魔術ではない、一見するとただ便利な魔法も使い方次第では変わってしまう。それをしっかりと覚えておくように」

 

 

ジャックの説明に教室内に重々しい沈黙が落ちた。

彼らは人間がピクシーのように丸まった様子を想像し、身を震わせた。たしかに、間違いなく激痛だ。それも球体に近ければ近いほど身体は悲鳴を上げる事だろう。自分達が使っている魔法は闇の魔術では無いが、それでも使い方一つで危険になりうる、その事実を彼らは初めて知った。

 

不安そうな顔をする生徒たちに、ジャックは真剣な表情を緩めると「まああの魔法は靴下を丸めるには最適な魔法さ」と茶目っ気たっぷりに伝え、教室内の緊張と不安を緩めた。

 

 

「さあ、君たちもやり方はわかったね?ーーじゃあやってみようか。強く球のイメージを心に描いて、もし不安なら…籠を開ける前にピクシーにクッキーを渡せばいい、扉が開いてもピクシーは逃げ出さないだろうから。さあ、杖と、クッキーの用意をしてーー」

 

 

 

ハリー達はこれほど楽しく充実した授業を受けたことがなかった。

ジャックは完全なピクシー玉に変えることが出来たハーマイオニーとソフィアに5ずつ加点し、すこし羽が飛び出ていたハリーや他の生徒達にも3点を与えた。

 

 

ほぼ全員の生徒が加点されるなか、ロンだけは杖が折れうまく魔法が使えずつまらなさそうにピクシーの暴れる籠を突いた。

 

 

「ロン、どうしたんだ?」

「ジャック先生…その、僕の杖がこんな状態で…」

 

 

ロンは無理矢理テープで繋がれている杖を差し出した。初めて見た杖の惨劇に、ジャックは苦笑いをこぼす、これではどんな初歩的な魔法も使えないだろう。

 

 

「じゃあ、俺の杖を貸すよ」

「ーーえっ?でも…」

 

 

杖は一本一本で性格や使いやすさが異なる、ロンは杖も兄弟のお下がりだった。だからこそ、うまく魔法が使えないのだが、ロンはそれを知らなかった。ただ、杖を他人に気軽に貸すことは、考えられないのだと魔法族の者なら皆知っている。周りにいた生徒達も少し、ざわめいた。杖とはそれ程魔法使いにとって重要なものなのだ。

 

 

「大丈夫、俺の杖はーー人が大好きな浮気性なんだ。誰にでもその力を発揮してくれるさ」

 

 

ジャックは黒く艶やかな杖をロンの手に押し付け、やってみなさいと促した。久しぶりに掴んだまともな杖の感覚に、ロンは少し緊張しながら頷く。

さっと籠を開き、ピクシーに向かってクッキーを投げ入れ、すぐに呪文を唱えた。

 

 

クロンガッド(丸まれ)!」

 

 

ピクシーはきゅっと小さく鳴き声を上げながら完璧なピクシー玉へと変わった。ロンは久しぶりにまともに魔法が成功し、「うわぁ!」と歓声を上げる。

 

 

「綺麗な玉になったね、ロンに5点!…君は新しい杖を買ってもらったほうがいいかもしれないね」

「…うん…相談してみます」

 

 

ロンは手のひらでコロコロとピクシー玉を転がし、この綺麗な玉に本当に自分がしたのか、信じられず夢心地に呟いた。

 

 

終業のベルが鳴ると、ジャックは杖を振り籠やピクシー達を消すと教壇の前で振り返り、教室を見渡しながら、少しだけ首を傾げ心配そうに聞いた。

 

 

「初めての授業ーーどうだった?」

 

 

グリフィンドール生達は顔を見合わせ、すぐに口々に「最高でした!」と叫び、ソフィアの拍手につられて皆が割れるような拍手を送った。ジャックは照れたように笑い頬を掻くと、恭しく頭を下げた。

 

 

 

 

 

夕食の大広間では、ジャックの授業について誰もが口を揃えて称賛し、まだ授業を受けた事のない生徒はその評判に、早く授業を受けてみたいと期待した。

 

ジャックは誰に対しても優しく、ユーモアに溢れた人物であり、直ぐに生徒達に好意的に受け入れられ、夕食が終わるとすぐにわっと人集りが出来た、その中にスリザリン生も混じっていたのだから、彼の人柄が垣間見れるだろう。

 

 

「ジャック先生って、本当に素晴らしい人だわ!」

 

 

ハーマイオニーは羨望の眼差しで生徒達に囲まれたジャックを見る。ソフィアは育て親が褒められる事が自分の事のように嬉しく、自慢げに胸を逸らした。

 

 

「そうなの!私たちも沢山の事を教わったわ!」

「1ヶ月しかいないなんて、残念だわ…」

「1ヶ月と言わずずーっといてほしいよ!今日みたいな授業なら大歓迎さ!」

 

 

ロンは大きな肉を食べながら頷いた。

楽しいだけではない、自信のない生徒には安心させるために静かに、だが優しく寄り添う、そんなジャックを見たからこそ、強くここに残ってほしいと思った。ネビルはまだ今日の授業が忘れられないのか、もうピクシー玉は手のひらには無いが、ぼんやりと手を見つめては思い出したかのように嬉しそうにはにかんでいた。

 

 

「全く!誰かさんにジャック先生の爪を煎じて飲ませたいよ!」

 

 

ロンはチラリと教師席に座るセブルスを見て吐き捨てた。  

 

 

 



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100 2年目終了!

 

 

数日後、ジャックは懐かしさに顔を綻ばせながらホグワーツ内を探索していた。

ふと、廊下の端にしゃがみ込んだ2人の赤毛がこそこそ何かをしていることに気付き、そっと後ろから覗き込んだ。

 

 

「ーーー何してるんだ?」

「うわぁ!」

「ーージャック先生!」

 

 

声をかけられ飛び上がったフレッドとジョージは慌てて手に持っていた物をぱっと背に隠しウロウロと視線を彷徨わせた。

 

 

「あーいや、なんでも無いです」

「うん、な なーんにも無いです」

「ふーん?俺はてっきりーーこの爆弾を階段に仕掛けるのかと思ったけどな?」

「あっ!」

 

 

背の高いジャックは素早くジョージの後ろに隠された小さな爆弾を掴んだ。流石に没収されるか、とジョージとフレッドは俯き口を尖らせた。

 

 

「これ…既製品じゃないな?…作ったのか?」

「え?…あー…うん…ヒエビエ爆弾をちょこっと改良したんだ」

「へえ!どうなるんだ?」

 

 

ジャックがあまり怒っていない事に気付き、さらにその興味津々な目を見てジョージとフレッドは顔を見合わせニヤリと笑った。

 

 

「それを説明するには難しい!」

「そうとも、実際見てもらわないと!」

「ーー危険な物じゃないんだな?」

「「勿論!」」

「ならーー…」

 

 

ジャックはその言葉を聞いて同じようにニヤリと笑い、ジョージとフレッドの肩を抱くとひそりそと囁いた。

2人は驚いたが、楽しげに笑うと頷き、フレッドはポケットから沢山の改ヒエビエ爆弾を取り出した。

 

 

「あと少しで昼食の時間だ…ーー行こうか」

 

 

悪戯っぽく笑ったジャックは2人の背中を叩き、駆け出した。

 

 

 

 

大広間で生徒たちが昼食を取る中、勢いよく扉が開きフレッドとジョージが両手に爆弾を持って現れる。それを見た生徒たちは顔を引き攣らせ慌てて机の下に隠れる。

 

 

「またあなた達ですか!?」

 

 

今度は何をする気だとマクゴナガルが顔を赤くし立ち上がる。少し怯んだフレッドとジョージだったが、今回は後ろにとんでもないスポンサーがいるのだ。2人の後ろから現れたジャックは2人の背中をポンと優しく叩いた。

 

 

「今年ホグワーツでクリスマスを過ごせなかったみんなにクリスマスのお裾分けさ!」

「それっ!」

「ーーコウリュル(駆け回れ)

 

 

2人が高く投げた複数の爆弾はジャックの魔法により大広間の天井を駆け回る。そしてそれは大きな音を立てて爆発し、色とりどりの雪の結晶を降らせた。

 

 

「仕上げにーー」

 

 

口をぽかんと開けて輝く雪の結晶を見る生徒たちを見ながら、ジャックは楽しげにもう一度杖を振った。その杖先から銀色に輝く蛇、獅子、穴熊、鷲が飛び出ると仲睦まじくはしゃぐように生徒たちの上を通過した。いがみあってなどいないーーこの学舎が作られた時はきっとこのようにどの寮も仲がよかった筈だ。

 

生徒達は歓声を上げ、自分達の頭上を悠々と通過する寮のシンボルたちや雪の結晶に手を伸ばした。

 

 

「エドワーズ!あなた、大人になってもまだそんな事をしているのですか!?」

「子どもたちと付き合うには必要不可欠な事なのですよ!ミネルバ先生!」

 

 

少しも悪びれた様子なくジャックは言うとジョージとフレッドを讃えるように頭を撫でた。

 

 

「人を喜ばせる悪戯は素晴らしい!グリフィンドールに10点!」

「なりません!!グリフィンドールに10点減点です!」

 

 

ジャックの言葉をすぐにマクゴナガルは切り捨てると加点を帳消しにした。ジャックは肩をすくめたが、ジョージとフレッドは全く気にする事は無い。生徒たちからの歓声と、ジャックが加点しようとしてくれたそれだけで十分だと笑っていた。

 

 

幻想的な光景に興奮した生徒たちは悪戯にも加点しようとしたジャックに流石に驚いたが、嫌に思うことは微塵もなくーースリザリン生は流石に眉を寄せていたがーー軽い足取りで上座の机へ向かうジャックを見つめた。

マクゴナガルはまだ怒ってはいたが、椅子に座り直すとひと睨みしてすぐにサンドイッチを食べ、次の授業の準備へと向かい大股で大広間を後にした。

 

 

ジャックは隣に座るセブルスがあまりに嫌そうな苦い表情をしているのを見ても、全く萎縮する事なく楽しそうだった。

 

 

「セブ、後継者は勝手に現れるもんだな?」

「…、…」

 

 

懐かしむようにーーどこか、淋しさを孕んだ言葉で呟くジャックの言葉に、セブルスは答えなかった。彼が誰を…誰達を思い浮かべているかなど、考えなくとも察しがついた。思い出したく無い過去の記憶を封じ込める為にセブルスは苦々しい表情のままに紅茶をひと口飲んだ。

 

 

「そういや…ルシウス、理事を辞めさせられたらしいな」

「…ああ」

「抗議してくれって嘆願書が届いたよ。…全く、俺にはそんな力無いのになぁ」

「ふん、…ホグワーツの理事達と仲が深い事を今更隠したところで何になる」

「ええ?個人的に仲良しなだけさ!俺は一度たりとも理事会の権力を掌握していないさ。…今はな」

 

 

にやり、とジャックはセブルスにだけ聞こえる小声で囁くと含み笑いをした。近々その空いた席に誰か収まるのか、セブルスはわかった気がしたが面倒ごとに関わるのはごめんだとーー聞かなかった事にした。

 

 

「なぁ。この後授業はあるか?俺空いてるんだよな」

「授業だ。…それにお前のように暇じゃない。暇つぶしは他をあたれ」

 

 

セブルスはそう冷たく告げると直ぐに立ち上がり足早にその場を離れた。つまらなさそうにセブルスを見送ったジャックは、生徒達も昼からの授業へ向かうためにぱらぱらと立ち上がり鞄を持ちながら大広間から出ていくのを見ていたが、ふといい事を思いついたーーと悪戯っぽく笑うと目の前にあるサンドイッチをすぐに食べ意気揚々と大広間を後にした。

 

ジャックが向かったのは、ダンブルドアの元だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ジャック!何処へ行くの?教室はこっちじゃないよ」

 

 

ドラコと共に地下牢へ伸びる階段を降りていたルイスは、目の前に見知った銀髪を見つけて思わず声をかけた。ホグワーツに来てまだ数日だろうし、昔の学舎とはいえ迷ってしまったのだろうか。

 

 

「ルイス、ここでは先生と呼びなさい?」

「…はーい、ジャック先生」

「うーん、先生!…いい響きだな!」

 

 

声をかけられくるりと振り返ったジャックは愛しい子どもからの言葉に感無量、というように深くその言葉を噛み締め頷いた。

 

 

「迷ってないさ。魔法薬学の授業を見学しようと思ってね」

「えぇ?…スネイプ先生は許さないと思うけど…」

「新人研修さ、ダンブルドア先生からは許可をもらった」

 

 

そんな物がホグワーツにあったとは聞いたことが無いが、たしかにジャックが広げた羊皮紙には見学を許可する旨の言葉が書かれていた。それでも、間違いなく静かに怒るだろうセブルスを思い、ルイスとドラコは顔を見合わせた。

 

 

今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌なままでジャックは陰鬱な地下牢の扉を勢いよく開けた。バタンッ、と強い音を鳴らし開かれた扉に既に教室内に居たソフィア達は驚き目を見開く。ーーまさかもう先生がやってきたのかと思ったのだ。

 

 

「ジャック?どうしてここにきたの?」

「あっ!わかった!スネイプが病気になって代わりに授業を教えてくれるんだ!」

 

 

ソフィアはきょとんとしていたが、ロンは嬉しさで跳び上がりながらジャックの元へ駆け寄った。「いや、セブルスは元気だよ。俺はちょっと勉強の為に見学に来たんだ」とジャックは悪戯っぽく笑いロンの頭を撫でると、顔を上げて困ったように苦笑しソフィアを見た。

 

 

「ソフィア、ここではーー」

「ジャック先生、ね。ごめんなさいついうっかり…」

「うんうん、やっぱり何度聞いてもいい響きだ!」

 

 

ソフィアの頭をぐりぐりと撫でればソフィアは嬉しそうに声を上げて笑いながら、ジャックを見て「見学なんて、スネイプ先生は許すの?」とルイスに似たような顔で首を傾げる。つくつぐ、この双子は似ていると笑い、ジャックは羊皮紙を彼らに見えるように掲げた。

 

 

「これがあるから大丈夫さ!」

 

 

 

 

 

授業開始のベルが鳴った途端、魔法薬学の教室の扉が開きセブルスがローブをはためかせながら颯爽と現れた。

いつも通りの緊張感に包まれた教室内を闊歩し、1人も私語する事のない静寂の中、セブルスはいつものように、教壇に向かいくるりと振り返り一度生徒達を見渡しーーぴたりと一点で動きを止めた。

 

 

「…何故ここにいる。教室を間違えたのかね?エドワーズ」

 

 

苦々しく静かに吐き出された言葉に、生徒たちはちらちらと名前が呼ばれた本人ーージャックを盗み見た。彼は机の上に両肘を置き手で顔を支えながらにこにこと人当たりのいい笑みを浮かべた。ーーセブルスが、そう呼ぶのなんて何年振りだろうか。まぁ、公私混同しないつもりなのだろう、双子の手前だし。

 

 

「ダンブルドア先生から見学の許可は取ってる。新人研修さ」

 

 

ジャックは立ち上がると軽い足取りでセブルスの元へ向かい羊皮紙を差し出した。「ほらな」セブルスは苦い表情でそれを見下ろし、勢いよく奪うとぐしゃりと片手で握りつぶした。

 

 

「少しでも邪魔をしてみろ…叩き出してやる」

「失礼だなぁ、俺はいつでも大人しいだろ?」

「ほう?残念ながら我輩の記憶には毛頭も無いが。…さっさと席に戻れ」

 

 

ダンブルドアが許可したのなら追い出すことも出来ず、きっと無理に追い出そうとすれば激しく抵抗するだろう事を考え、セブルスは渋々ジャックの見学を許可し、いつものように授業を開始した。

 

 

ジャックはあまりセブルスを怒らせるのも得策では無い。それにーー彼は教師だ、今まで数年かけて積み上げてきたプライドやら威厳を損ねる扱いをすれば、暫くは顔も合わせてくれないだろう。ジャックももう、学生では無い、分別をわきまえたいい大人なのだ、その気持ちは重々理解していた為、静かにセブルスの授業を聞いていた。

 

 

ーーセブルスが教師になるなんて、思いもしなかった。…まぁ、死喰い人よりは健全だな。

 

 

低い静かな声で魔法薬の効能を説明するセブルスを見て、ジャックは目を細めた。過去、あれほど闇に固執していた彼だったが、流石に今は落ち着いている。ーー間違いなく彼女達の死をきっかけに闇と決別したのだろう。

彼女達が死に、全てに絶望し心が折れたセブルスは、正直後を追うのでは無いかと思ってしまったほど酷い状態だったが、それを救ったのは…間違いなく、ソフィアとルイスの2人だろう。まだ何も知らない、何もわからない赤子の彼らは、柔く小さな手でセブルスの指を強く握っていた。ーー本当に、彼らには幸せになってほしい。彼女達の分まで。

 

 

「ーー各自調合を開始し、速やかに提出しろ。間違っても大鍋を溶かすなど馬鹿な真似は行うな」

 

 

生徒たちは一斉に教科書を開きながら今日の課題である魔法薬作りを開始する。ジャックは隣に座っていたソフィアに苦笑しながら囁いた。

 

 

「まさか、大鍋を溶かすやつなんて居ないよな?」

「いるわよーーここにね」

 

 

ソフィアは馬鹿にしたようなジャックの声に、片眉を上げて自分を指差した。ジャックはソフィアの悲惨な魔法薬学の成績を思い出し、可哀想なものを見る哀れみの眼差しでソフィアを見ながらその肩をポンと叩いた。

 

生徒たちが真剣な顔で調合する中、ジャックは邪魔にならない程度の距離でそれを見て回っていた。

 

 

「ーーあ、ドラコ。その根はもう少し丁寧に切ったほうがいい、切り口が滑らかな方がうまくいく」

「あ、ああ」

 

「パンジー、鍋のかき混ぜ方は愛しい人を撫でるように優しくな?」

「愛しい人って…うーん、わかりました」

 

「ロン?手に持っている材料の個数は確認したかな?」

「あっ!本当だ!…ありがとうございます!」

 

「おっグレゴリー、豪快に種を潰したな?オーケーならその半分だけ入れろ。ーーただし、今回の薬だけだからな?他の時にしちゃダメだぞ?オーケー?」

「お、オーケー…」

 

「ルイス!上手に出来てるじゃないか!後一滴その汁を垂らしてご覧?面白い事がおこるから」

「うん、やってみるよ!」

 

 

ジャックは調合を覗き込みセブルスにバレないように密かにアドバイスを与えて回り、その結果、ある程度の生徒がまずまずな薬を作ることが出来た。ジャックはそれを満足気に見ていたが、面白くないのはセブルスだろう。眉を寄せ、どこか冷たい笑いを浮かべソフィアの鍋を見ていたジャックにすっと近寄った。

 

 

「魔法薬学の教師は我輩のはずだが?」

「ん?そりゃ…そうだけど」

「ならば、生徒達に余計な口出しはご遠慮頂けますかな」

「えー?ーーあーはいはい、すみませんね黙ってます」

 

 

ジャックは上手く作れたのだからいいじゃないかと言いかけたが、セブルスの額に青筋が走っていたのを見て直ぐに何も言わず肩をすくめた。

 

 

「…って事で、助言は出来ないんだ。悪いな」

「そんなぁ…」

「まぁーー助言する所は無さそうだ」

 

 

ソフィアの大鍋を見たジャックは呟く。それを聞いてソフィアは目を輝かせた、適当にいつも通り調合していたが、今回は上手くいったのだろうか。

 

 

「上手くいってるって事ね!」

「いや、手遅れって事さ」

 

 

ジャックは「こんな酷い状態は初めて見た」とソフィアの肩を叩いた。途端にソフィアは頬を膨らませむっつりと押し黙る。

そばで話を聞いていたセブルスは、ジャックへの怒りも忘れなんともいえない気持ちになった。ーー間違いなく、この教室内で最も調合が下手なのが自分の娘なのだ。

 

 

「毎回、何故こうなるのか…芸の一種か?グリフィンドール5点減点」

 

 

セブルスは無常にもソフィアに減点を言い渡したが、それは残念ながら毎回の事でありソフィアは微塵も気にしなかった。

 

その後もセブルスは生徒を見回り、いつものようにグリフィンドール生達のみ細かすぎる訂正を受け悉く減点されていく。慣れた光景だったが面白くは無く、グリフィンドール生の気分は下がり、スリザリン生の気分は上がった。

 

 

「…いつもこんな感じ?」

 

 

ぱちりと瞬きを一つし、ジャックはハリーに耳打ちをした。ハリーは今しがた3点減点され、憎々し気にセブルスを見ながら頷く。

 

 

「スリザリン贔屓なんです。ーーあと、僕の事が大嫌いみたい。…僕も大嫌いですけど」

 

 

ハリーの呟きを聞いたジャックは、無言で生徒を見て回るセブルスの後ろ姿を見つめた。

 

 

ーーまだ許せてないのか。

 

 

 

「ーーま、気にするな」

 

 

ジャックはハリーの肩を慰めるように叩く。

ハリーが疲れたようにため息をついたのと、授業終了のベルが鳴り響くのは同時だった。

生徒達は一刻も早くここから出たいのか、すぐに作った薬を試験管の中に詰めると中央の机に提出しぞろぞろと教室を出て行く。

 

 

「片付け、手伝うよ。見学のお礼さ」

「…使用した器具を洗い場へ移してくれ」

「わかった」

 

 

ジャックは杖を振り大鍋やフラスコを洗い場へと移動させた。勿論一つも割れる事なく、それは静かに微かな音を立てて洗い場の中に収まる。ついでに軽く洗っておこうか、とさらに一振りし泡立ったスポンジに大鍋を磨かせた。

 

 

「セブ、本当に教師してるんだなぁー何だか感慨深いよ」

「…ふん」

「ただ、ちょっとスリザリン贔屓過ぎるな。生徒が調合に失敗するのはセブが威圧感出し過ぎだからだな。もうちょっと優しくしてやればいいのに」

「くだらん」

 

 

ジャックは使用されなかった薬草を纏めるセブルスに近づき、隣に並ぶと視線を薬草に落としたまま、呟いた。

 

 

「ーーまだ許せてないんだな」

 

 

ぴたり、とセブルスの手が止まったが、すぐにその手は先程と同じように片付けを開始した。

 

 

「もう12年だぞ?」

「ーージャック」

 

 

セブルスはジャックを見た。ジャックもまた、顔を上げセブルスの目を見る。

 

 

まだ(・・)、12年しか経っていない」

 

 

その目に映る憎しみと、悲しみに、ジャックは言葉を詰まらせたが、小さくため息をつくとセブルスの肩を叩く。

 

 

「そうだな。…そうだよな。ーーごめん、俺が口出ししていい事じゃなかった」

「…分かればいい」

 

 

セブルスは静かに呟くと、これ以上この話題を続ける気は無いようで直ぐに次の準備へ取り掛かる。ジャックもまた、それ以上何も言わなかった。

彼女達と過ごした時間よりも、長い時間が経ってしまった。ーーそれでも、セブルスはまだ割り切れていない。全てに決着がつくまでは、向き合う事が出来ないのだろう。

 

 

ジャックはちらりとソフィアとルイスのことを考え、少し胸が痛んだ。ーーあの子たちは、何も知らないのだ。家族に何があったのか。

 

 

「じゃあ、俺も次は授業だしそろそろいくよ。…そうだ、良いワインが手に入ったんだ!今夜伺っても?」

「…いいだろう」

お気に入り(・・・・・)を連れていっても?」

「…構わない」

 

 

ジャックは「楽しみだ!」と嬉しそうに言うと今にもスキップしそうな足取りで教室から出ていった。

 

 

1人教室に残ったセブルスは、友人が同じ職場にいる事をようやく実感しーー何とも言えない気持ちになっていた。気軽に馴れ馴れしく話しかける者の面倒臭さと、そして、僅かな安らぎ。

セブルスは、1ヶ月で終わるこの関係を喜ぶべきかまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

1ヶ月はあっという間に過ぎ去った。

学年度末パーティが開催される大広間はグリフィンドールカラーである深紅と金色に彩られ、獅子が横断幕の中を悠然と駆け回っていた。去年よりさらに豪華な料理が並らんでいるのは、ジャックの送別会の意味も含まれている事を皆知っていた。

 

たった1ヶ月だったが、素晴らしい授業を行い、誰にでも優しくユーモアに溢れ、そしてなによりも…ハンサムだ。彼との別れを惜しみ誰もが残念がり悲しんでいた。

 

何度もこのまま残ってほしいと生徒たちに言われたが、ジャックの本業は孤児院の経営だ、これ以上長くここに居ることは出来ない。

 

 

 

賑やかな夕食後、ジャックは僅かな私物を片付けるために与えられていた部屋へと向かった。鞄に物を詰め込んでいると、扉がノックされ「どうぞ」と返事をする。ダンブルドアだろうか?と思ったが、現れた人を見てジャックは目を見開きーー嬉しそうに笑った。

 

 

「やぁ、お別れをいいに来てくれたんだ?」

「…1ヶ月だけだったが、同僚だったからな」

 

 

セブルスのぶっきらぼうな言葉に、ジャックはくつくつと喉の奥で笑う。ーーそんな下手な言い訳すぐにバレてしまうというのに、枕詞のように嫌味を言わなければ、ここでは上手く会話する事が出来ないのだろうか。

 

 

「少しだけど同僚として過ごせて楽しかった。少し寂しいよ」

 

 

ジャックは握手を求め手を差し出した。

セブルスはちらりとその手を見たが鼻で笑うと手の甲で払い除けた。

 

 

「また、昔のように戻るだけだ。…静かになって良い」

「ははっ!セブらしいな。まぁでも来年も色々ありそうだけどーーーっと、これはオフレコだった」

 

 

ジャックはわざとらしく口を手で押さえ口を閉ざす。セブルスは片眉をあげ「何を知ってる」と聞いたが、ジャックは悪戯っぽく笑った。

 

 

「ダンブルドア先生から、続けてくれって言われてさ、まぁそれは無理だから断ったんだけど…その時に適任が居ないかって聞かれて…まぁ俺が思い当たるのは1人だけだったから、とりあえず薦めたんだ。採用するのかは聞いてないが…ま、あの人は採用するだろう」

「…誰だ」

 

 

 

ジャックはにこり、と笑い「良い子の元監督生だよ」と答え、セブルスは暫く無言で考えていたが当時彼の交友関係はセブルスが把握しきれない程多く、その中には監督生も沢山いた為、答えを導き出す事は出来なかった。

 

 

「まぁすぐにわかるんじゃないか?ーーじゃあな、汽車の時間がもうすぐだ…2人と仲良くな」

「ああ…」

 

 

別れの言葉も、労いの言葉もないいつも通りのセブルスにジャックは薄く笑いながら鞄を手に持ち扉へと向かった。

 

 

「ーージャック」

「ん?ーーーおっと!」

 

 

声をかけられ振り向けば、顔目掛けて何かが飛び込み、反射的にジャックは手で受け取った。閉じた手のひらをゆっくりと開いたジャックは、目を見開きそして「ーーぷっ!はははっ!」ーー噴き出すと腹を抱えてひとしきり笑った。

 

 

「餞別だ」

「ははっ!どーも!」

 

 

渡されたものを指で掴み振ると、ジャックは笑顔のまま扉の向こうへ消えた。

残されたセブルスは、来年度この場を使う教師が少なくとも去年や今年よりはマシである事を願った。

 

 

 

「「ジャック!」」

「ソフィア、ルイス!」

「もう行っちゃうの?」

「どうせなら一緒に帰ればいいのに…」

 

 

玄関ホールでソフィアとルイスはお別れを言うためにジャックを待っていた。本音を言えば最高の教師だったジャックに行って欲しくない。だが、孤児院の経営を疎かにするわけにもいかないという事も、しっかりわかっていた。孤児院の子どもたちはジャックの帰還を今か今かと待っている事だろう。サプライズパーティの一つ用意しているかもしれない。ーーそれほど、ジャックは子どもたちに愛されている。

 

 

「はは、ありがとう。子どもたちが待ってるからね…楽しかったよ。また駅に迎えにいくからな」

「うん…1ヶ月間ありがとう」

「素晴らしい授業だったわ!」

 

 

ソフィアとルイスはジャックに抱きつき別れを惜しみ、ジャックは優しくその背中に手を回し、2人の頭をゆるく撫でた。

 

ふわり、と甘い香りが鼻腔を擽りルイスは顔をあげた。

 

 

 

「…イチゴ?」

「ああーー飴の匂いかな」

 

 

カロ、と口の中で転がせば歯とぶつかった飴が小気味いい音を立てた。

 

 

「俺の好物なんだ」

 

 

ジャックはそう言い残し、2人に手を振りホグワーツから去っていく。

口内を転がる飴は、甘酸っぱい苺の味がした。ーーたった一粒だなんて、一袋くれたら良かったのに。まぁ、セブらしいな。

 

 

門を抜け、ジャックは振り返る。

悠然と佇む古城を眺めた後、口の中でマグル界でしか売っていない飴(・・・・・・・・・・・・・・)を転がしながら、ゆっくりと歩みを再開させた。

 

 

 

 

 

ついに2年目が終了した。

ホグワーツ特急のコンパートメントにフレッド、ジョージ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、ルイス、ソフィアの8人で乗ったがあまりにも狭く途中からーーパーシーの秘密を知ってからーーフレッドとジョージはリーのいるコンパートメントへ移動した。

 

徐々に特急は速度を落とし、駅構内にゆっくり侵入する。ハリーは羊皮紙の切れ端と羽ペンをカバンから取り出すと電話番号を急いで書き込みロン達の方を向いていった。

 

 

「これ、電話番号って言うんだ」

 

 

受け取ったソフィアとロンは不思議そうにその番号がかかれた数字の羅列を見る。ハリーはソフィアとルイスは使い方がわからないかもしれないと少し不安に思ったが、賢い2人なら調べてくれるだろうと信じた。

 

 

「ロンのパパに去年の夏休みに使い方を説明したから、電話頂戴?2ヶ月もダドリーとしか話さないなんて、僕、耐えられない…」

「電話番号?不思議ね!調べて、必ずかけるわ!」

 

 

ソフィアは大切そうにその紙を握ると何度も頷いた。ジャックはマグル界の事も詳しい、きっと教えてくれるだろう。

 

 

特急が停車し、大きな荷物を持ちカートに詰め込んだソフィアとルイスは、ハリー達と何度も手を振り別れた。

 

 

「今年も色々あったわね。半分石化してたから何だか…損した気分よ」

「去年は僕が眠ってたしね…来年はちゃんと一年間過ごせたらいいね」

「ええ、本当にね!」

 

 

2人はくすくす笑いながら、出口で待っているだろうジャックの元へ向かった。

 

 



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アズカバンの囚人
101 2年目の夏休み!


夏季休暇が始まった。

 

ソフィアとルイスはやるべき事は早めに終わらせ、その後に何も気にせず目一杯遊びたい!という性格だった為、2人とも3日で出されていた課題を全て終了させた。

2人はともに優秀だったが、かといって真面目では無かった。省ける手間は省こう──そう言い課題を半分に分けて取り組み、残りの半分は互いのを見せ合うという、双子ならではの裏技を駆使し、早めに終わらせた。

勿論、これがホグワーツの教員であり、2人の父親であるセブルス・スネイプにバレていたら大目玉では済まされなかっただろうが、幸運にもまだ一度もバレてはいない。

 

セブルスもすぐにホグワーツから家へ戻り家族全員で夏季休暇を過ごしていたが、去年と違う所が1つあった。

 

 

朝食後各々が好きな場所で寛ぎ本を読む中、ルイスとソフィアは同じソファに座り本で顔を隠しながらちらり、と1人肘掛け椅子に座るセブルスを見た。

 

 

「…やっぱり父様機嫌悪いわ」

「帰ってきてからずっとだね…」

 

 

こしょこしょと内緒話をするように囁き合う、2人が話題に出している張本人は眉間に深い皺を刻んだまま何か難しそうな本を読んでいたが、少しも視線は動いていない。──つまり、見ているだけで読んではいないのだ、何かを深く考え込んでいるのだろう。

 

いきなり怒鳴ったり、イライラとしているわけでは無い、話し掛ければ普通に答えてはくれるのだが、教師として2人に対応している時の雰囲気によく似ていた。家の中であっても気を張っていて隙がない。尚且つ、とても静かだ。

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせて本を同時に閉じる。ぴょんと立ち上がるとそのままソフィアはセブルスの右側に、ルイスは左側に立って視線が全く動いていない彼の目前に顔を出し覗き込んだ。

 

 

「父様、何か悩みでもあるの?」

「ずーっと、難しい顔してるわよ」

 

 

心配そうな2人の顔を見て、セブルスは少し驚く、それほど態度と表情に出ていただろうか。いつも通り振る舞っているつもりだったが…この2人は変に勘がいい所がある。

セブルスは僅かに表情を緩め「何もない」と嘘をついた。ソフィアとルイスはそれが父の嘘だと気付いたが、それ以上追求はしない──家族間でも言えない事はあるだろう。

 

 

「──そう?なら良いんだ、ねぇ父様、これからジャックの所に遊びにいっていい?」

「…ああ、夜までには帰ってきなさい」

「はーい!」

 

 

2人は元気よく返事をするとセブルスの首元に抱きつき、軽くキスを落とす。すぐに離れるとぱたぱたと軽い足音を響かせ自室に戻り、鞄の中にお菓子を詰め、そして何の躊躇いもなくポケットに杖を差し込んだ。

 

 

「行ってきます!」

 

 

フルーパウダーを掴み、暖炉の中に投げる。「エドワーズ孤児院!」そう告げまずはソフィアが、そしてその後にルイスが緑の炎の中に消えた。

 

 

 

1人になった家は、急に静まり返る。

セブルスは本を閉じ、肘掛けに肘を乗せ手で頭を押さえ、重いため息を溢した。

彼が頭を悩ませているのは来年度の新しい闇の魔術に対する防衛術の教師の事だ。家に帰る前ダンブルドアが全職員に告げた人物、それはセブルスがよく知る者だったが全く歓迎出来る相手では無かった。ジャックの推薦だと言う事もあり、彼の本性が告げられても、対策が取られているのなら、と教師達は特に反対する事は無かった。──寧ろ、反対したのは自分ただ1人だ。何度もダンブルドアに危険すぎると伝えたが、全く取り入ってもらえなかった。

 

正直に言えば、薬さえ飲めば人狼は殆ど無害だと、わかっている。だがそれでも人狼と我が子が同じ空間にいる、それが耐えられるかどうかはもはや理論ではない、気持ちの問題だ。

 

 

もし、万が一アイツが薬を飲むのを忘れたら?その時、もし夜に寮を抜け出したソフィアとルイスに出会ってしまったら?あの2人は校則を破る事に罪悪感はない、充分にあり得る。そして、もし──噛まれてしまったら?

 

 

あくまで仮定の話だが、セブルスは背中がぞくりと冷えるのを感じた。そうなれば、きっと自分は人狼も、ダンブルドアも許せない。

 

 

「……チッ…」

 

 

セブルスは沸々としたどうしようもない苛立ちから、つい粗暴な舌打ちを溢した。

 

 

 

 

父が何で悩んでいるのか知らない2人は沢山の子供達に囲まれて幸せな時を過ごしていた。ルイスは沢山の子どもを魔法で宙に浮かせ、ソフィアは紙吹雪を沢山の小鳥や子ウサギに変え子どもたちを楽しませていた。

きゃっきゃと楽しげな声が孤児院に響く。エドワーズは優しげな目を向け、それを少し離れた所から見守っていたが、ふと壁にかけられた時計の時刻を確認すると立ち上がり手を数回叩いた。

 

 

「さあ、みんな、そろそろお昼寝の時間だ」

「えー!もっとあそぶの!」「やだやだー!」「あとちょっとー!」

「だめだめ!早く寝ないとおやつの時間が無くなるぞ?」

 

 

子どもたちはジャックの側に駆け寄ると彼の服を引っ張り頬を膨らませ不満を言ったが、おやつの時間がなくなるのは流石に嫌なのかむっつりとしたままジャックに促され寝室へと向かっていった。

 

 

「久しぶりに来たけれど、相変わらず賑やかね」

「うん、皆元気そうで良かった」

 

 

ルイスとソフィアは杖を振り、散らかった玩具を片付けながら笑う。懐かしい家と、第二の家族はいつも変わらず2人を暖かく迎え入れてくれる。勿論セブルスのいる家が一番心地良いが、その次にこの場所が2人は大好きだった。

 

 

2人が後片付けをしていると子どもたちを寝かしつけ終わったジャックが戻り、散らかっていた筈の部屋が綺麗になっていた事に驚いた。

──昔は遊んだら出しっぱなしだったのに、そんな気遣いが出来る年齢になったんだな。嬉しいような、切ないような。

 

 

「ありがとうソフィア、ルイス。…少し早いティータイムにしよう」

 

 

ジャックは杖を振るい机と椅子、そしてティーセットと茶菓子を出現させ、2人に座るよう促した。

ソフィアとルイスが席に着くとふわりと鼻をくすぐる紅茶の良い香りを感じ、ほぅ、とうっとりと息を吐いた。

 

 

「良い香りね!」

「ま、ちょっとこだわってるからな」

 

 

ジャックも席に着き、白い湯気の揺蕩うカップを掴んだ。「…で?何か俺に用なんだろ?」と、紅茶を一口飲んだジャックが聞けば、2人は顔を見合わせ頷き、ソフィアは鞄からハリーに渡された羊皮紙をジャックに手渡した。

 

 

「これ、ハリーの家の…わ…話電?番号?らしいの、どうやって使うか知ってる?」

「ああ、これは電話番号だな。知ってる知ってる」

 

 

ジャックは書かれている番号を見て軽く頷く。ソフィアとルイスはパッと嬉しそうに顔を輝かせ、机から身を乗り出すようにぐいっと身体を近づけた。

 

 

「どうやってするの?」

「んー電話があれば使えるけど、ここには無いからなぁ…マグル界に行けば公衆電話があるから、それに金を入れてこの番号を押せばハリーの家に繋がって話ができるんだ」

「こうしゅう、電話?お金って…勿論マグル界のよね?」

「繋がるって、どうやって繋げるの?紐とか?」

 

 

頭の上に疑問符を沢山飛ばしながら繰り出される質問にジャックは苦笑し、2人の質問を抑えるように両手を上げる。ソフィアとルイスは首を傾げたまま口を閉じた。

 

 

「わかった!…今から電話しに行くか?」

「やった!ありがとう!」

「嬉しいわ!あっ、それとね?サリー州のリトルウィンジングって、私たちの家から近いかしら?ハリーの所に遊びに行きたいの!」

「んー…姿現しで近くまで送っていってやるよ、流石に2人だけで電車に乗せるのは心配だ」

「流石パパ!頼りになるね!」

 

 

パパ、と呼ばれジャックの顔はすぐに嬉しそうに破顔した。つくづく子どもに甘い人だとルイスとソフィアは心の中で笑う。きっと、ジャックなら近くまで送って行ってくれるだろうと思っていたのだ。

 

 

「んじゃ、職員にちょっと伝えてくるから出かける準備だけしといてくれ」

「「はーい!」」

 

 

ジャックは立ち上がりここで働く職員──ジャックにとっては部下であり、ここで暮らす子どもたちにとっては母である女性職員の元へ向かった。

ソフィアとルイスはすぐに茶菓子を食べ紅茶を飲むと早く電話をしてみたいと目を輝かせてジャックが再び扉から現れるのを首を伸ばして待っていた。

 

 

 

 

 

ハリーは夏季休暇が始まって4日目にして既にホグワーツが恋しくなっていた。この家では魔法と名の付くものは全て嫌悪されている。一言だってホグワーツでの出来事を話せない、それに、日中に教科書を開いて課題をこなす事も難しかった。

この家に帰ってきてハリーがする事と言えば、なるべくダーズリー家の者の機嫌を損ねないように空気と化するしか無いのだ。それがこの家で過ごす内に覚えたハリーの悲しき処世術だった。

空気だとしても、家事は率先して行わねばならない。邪魔にならない便利な空気であることがなによりも大切なのだ。そうしていれば、とりあえず最低限の食事は補償される。

 

 

その時、ハリーは彼らの昼食を作っていた。フライパンの上にあるベーコンが焦げ過ぎず、かと言って生過ぎてもいけない。3人それぞれ好みが違うのだから、面倒くさい──そうハリーは内心で思いながら油で跳ねるベーコンを見ていた。

ジリリリ、と電話のベルが鳴る。その時たまたま近くにいたバーノンが受話器を取り耳に当てた。

 

 

「もしもし、バーノン・ダーズリーだが。───何?───あ、ああ。──そうですか。──はい、───少々お待ち下さい」

 

 

バーノンは受話器の送話口を手で押さえ、頬を怒りで赤く染め厳しい顔で台所にいるハリーに怒鳴った。

 

 

「おい!!ハリー!お前昨日公園でハンカチを落としただろう!?めんどくさい事をしよって!」

「え?ハンカチ?」

 

 

たしかに暇つぶしの為に公園に行ったが、ハンカチを落としていたとは気がつかずハリーは後ろを振り向いた。バーノンはふーっと怒りを抑える為に何度か深呼吸をすると荒い鼻息がなるべく相手に聞こえないように気をつけてーー変に思われる事など、あってはならないのだーー受話器に耳を当てた。

 

 

「ええ──いえ!──はい、同じ公園で、明日の10時ですね───ええ、すみません。いとこのハリーが──。──はい、失礼します」

 

 

バーノンはにこやかな声で相手と話し終え、受話器を置いた途端身体全体で怒りを表現させながらハリーに詰め寄った。

 

 

「明日10時、公園に行きハンカチを取ってこい。くれぐれも相手に変な素振りを見せるんじゃないぞ」

「わかってるよ。…誰が拾ってくれたの?」

「ソフィアとルイスという双子の子どもだ」

「えっ!?」

 

 

ハリーはバーノンから飛び出た名前に驚き思わず大声をあげてしまう、その途端、バーノンは不快そうに眉を顰めた。

 

 

「何だ?」

「──あ、何でもないよ。双子って珍しいなって思っただけ」

 

 

慌てて弁解し、ハリーは何も動揺してません、という顔でベーコンを炒めた。バーノンは少し気になったが、いつもの挙動不審なのだろうと考え、むっつりと不機嫌な顔のままいつも新聞を読む肘掛け椅子に向かった。

 

 

ハリーはベーコンを炒めながら、明日ソフィアとルイスと会える。その事を思うだけで今日は何をバーノンに言われ、ダドリーに蹴られようが笑って過ごせる気がした。

 

 

 

 



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102 はじめてのマグルの遊び!

 

次の日、ハリーは9時半になるとすぐに家から飛び出した。ソフィアとルイスに会える、そう思うと自然と顔が綻び心が温かくなる。──まさか電話でも、手紙でもない、直接会いにきてくれるなんて!

ハリーは気がつけば駆け足になり、公園まで急いだ。ソフィアとルイスが待つ公園が何処かは分からなかったが、とりあえず1番近い公園に行き時間になっても居なかったら別の公園に向かおう。ハリーは鼓動が高鳴る理由が走っているからだけではなく、2人に会えるからだと分かると何だかとても、幸せな気持ちになった。

 

 

 

「ソフィア!ルイス!」

「「ハリー!」」

 

 

公園に駆け込めば、直ぐにソフィアとルイスの姿を見付けることが出来、ハリーはそのまま駆け寄り2人の前で急停止するとドキドキとうるさい胸を手で押さえ何度も深呼吸をした。

ハリーは2人に会うまで、どんな格好で来るのか少し心配していた、魔法界とマグル界ではファッションがかなり異なっている。万が一ダーズリー家の耳に自分が変な格好をしている子ども達と遊んでいたという情報が入れば──きっともう二度と会わせてもらえないだろう。

だが、二人の格好はマグル界に居ても全く目立つことの無い服装だった。ルイスはシンプルな黒いカッターシャツに至って普通のズボンで、ソフィアは白いブラウスに黒く滑らかなプリーツスカートを履いていた。

 

 

「はあっ…ひ、久しぶり!」

「まだ4日位しか経ってないわよ?」

「本当?4年くらい経ってたかと思ったよ!」

 

 

ハリーの言葉にソフィアとルイスは「大袈裟だなぁ!」と腹を抱えて楽しげに笑った。実際、マグル界に戻ってきたハリーはたった4日しかまだ経って居なかったと信じられなかった。それ程、辛く楽しい事なんてひとつもない日々だった。

 

 

「あの電話は??」

「ああ、電話はジャックにしてもらったんだ。ジャックはマグル界の事に詳しいからね」

「ハリーの親戚は魔法が嫌いなんでしょう?ハリーの友達だって言ったら会わせてもらえないかなぁって思ったの。それでハンカチを拾ったから渡したいって伝えたのよ!ちなみにハリーのいとこと一緒にいるところを見たからわかったっていうシナリオよ」

「かなり無茶なシナリオだったけど、何とかなったね」

 

 

悪戯っぽく笑う2人を見たハリーは、胸を詰まらせながら「本当、最高だよ!」と歓声を上げて喜んだ。

 

 

「ここまではジャックに連れて来てもらったの」

「ハリー?何時ごろまで遊べる?」

「いつまででも!」

 

 

ハリーの言葉に2人はにっこりと笑いハリーの手を取り「じゃあ沢山遊ぼう!」と言い手を引いた。

公園には広い芝生と少しの遊具しかなかったが、ハリーは初めて友達と公園で遊び──それがこんなにも楽しい事なのだと、初めて知った。

 

 

「キャーー!ハハハ!!何これ!!」

「飛んでいきそうだ!!ハリー!もっと!もっと!!」

「よーし!飛んで行っても知らないからね!」

 

 

初めてブランコを見たと言う2人にハリーが遊び方を教えれば、2人は興味津々で一生懸命にブランコを漕ぎ、ハリーは2人の背中を押した。勢いよく、まるで空へ飛んでいってしまうのでは無いかと言うほどの高さになっても2人は怖がるどころか声を上げて喜び、耳元を風が鳴り、頬を冷たい風が切り裂くのを楽しんだ。

 

 

「ハリー?これは何?」

「自転車だよ、誰かの忘れ物かな…?」

「あ!前言ってたマグルが移動する時に使うやつだね?」

 

 

公園の隅に忘れられた自転車が有れば、ソフィアとルイスは興味深そうにサドルに触れたり、ベルを鳴らしその音に目をぱちぱちと瞬かせた。

 

 

「ねえ、どうやって動かすの?」

「やってみてよ!」

 

 

2人は初めて見たものへの興味で期待を込めてハリーを見たが、ハリーは少し残念そうに笑い首を振った。

 

 

「僕…乗れないんだ」

「そうなの?マグルでも乗れない人が居るのね…たしかに、難しそうだわ…」

「そういうわけじゃないんだ。…自転車を乗るには、練習しないといけないんだ。…後ろを支えてくれる大人が必要だからね」

 

 

ハリーはどこか寂しそうに自転車のペダルを回し、それに連動したタイヤがからからと音を立てて物悲しく回る。ソフィアとルイスは顔を見合わせ、優しく笑った。

 

 

「それなら、一緒に練習しましょう!」

「…あっ!でも、大人と一緒じゃないと危険なのかな?」

「あら…そうね、たしかに…何処かに乗る申請を出さないといかないのかも…」

「…あははっ!大丈夫!僕たちだけで乗れるよ!」

 

 

ソフィアとルイスはじっと自転車を見ながら真顔で相談する。そんな2人を見たハリーは腹を抱えて笑った──笑い過ぎて涙が溢れたのだと言い訳する為に──目に浮かんでいた涙を指で拭い、ハリーは自転車を起こし乗り方の説明をした。

 

 

「後ろを支えてくれるかな?サドル…あっ、僕が座ってる所ね?そこを後ろでちょっと持って、倒れないようにしてほしいんだ」

「うん、やってみるよ!」

「頑張って!ハリー!ルイス!」

 

 

ルイスは言われた通りすぐに後ろに周り、そっとサドルを掴んだ。ハリーは強くハンドルを握り足をペダルに乗せる、途端にぐらつき、ルイスとソフィアが悲鳴を上げた。

ルイスは顔を引き攣らせながらもサドルから手を離す事は無く、必死に支えた、ハリーがペダルを漕ぐ度に勝手に進む─ように、ルイスとソフィアには見えた──自転車に悲鳴混じりの歓声を上げる。

 

 

「ちょ、ちょっと!これ、本当に大丈夫なの!?」

「そっそのまま抑えてて!離しちゃダメだよ!?──うわぁっ!」

 

 

バランスを崩したハリーはガッシャン!と大きな音を立ててそのまま横に自転車ごと転倒し、手を離すタイミングが全くわからなかったルイスも自転車に引っ張られるようにして倒れ込む。

もうもうとした土埃が上がる中、ソフィアは「…大丈夫?」とそっと2人に声を掛ける。

ハリーとルイスは腕を擦り剥いて居たが、2人は顔を見合わせると同時に吹き出しケラケラと声を上げて笑った。

 

 

「あははっ!何これ!?こんなのにマグルは乗るなんて正気じゃないよ!支える人大変過ぎない?」

「ルイスいつまでも手を離さないからだよ!」

「えっ?離して良いの?ハリー飛んでっちゃわない?」

「飛んでいかないよ!あははっ!」

 

 

顔に土をつけ、服を汚しながらも、2人はそれすら可笑しくて仕方がないと言うように笑った。ソフィアは大した怪我が無かったことに安堵しながら、倒れて居た自転車を起こしサドルに座ると「ねぇ?これここに足を乗せて、どうするの?」とハリーに聞いた。

 

 

「踏み込んだら、タイヤが回るんだ、それで前に進むんだよ」

「ちょっと!ソフィア先に乗るなんてずるいよ!後ろを支えて居たのは僕なんだから、次は僕の番じゃ無いの?」

「だって2人があまりに楽しそうなんだもの!やってみるわ!」

「え、危な──」

 

 

危ない!そうハリーが言う前にソフィアは目に何故か闘志を宿し、思いっきりペダルを踏み込んだ。ただ、力が篭っていたのは足だけでは無く、手でブレーキレバーとハンドルを思い切り握り込んでいた為に──。

 

 

「きゃあーーっ!!」

 

ソフィアの前輪は回ることなく、かと言って停止するには踏み込みは十分過ぎた為にソフィアは思い切り前につんのめった。

 

 

「ソフィア!」

「だっ…大丈夫!?」

 

 

ソフィアは倒れた勢いでごろごろと転がり、身体中に雑草や土をつけてうつ伏せで停止した。ハリーはソフィアのスカートが捲れ上がり、その白い太ももが露わになっていて思わず顔を赤く染め視線を太ももからさっと逸らした。

 

慌ててルイスとハリーが駆け寄り側にしゃがみ込む。ルイスは真っ先にソフィアのスカートの乱れをさっと正した。

 

──ソフィアはうつ伏せになったまま、その肩を震わせていた。

痛みのあまり泣いているのかとハリーは動揺し、心配そうにソフィアの肩に手を乗せようとしたが、ソフィアは勢いよく上体を起こすと擦り傷と汚れだらけの顔を興奮でさらに赤くしながらキラキラと輝いた目でハリーとルイスを見た。

 

 

「──何今の!?凄いわ!自転車って生き物なのね!…何故か動かなかったの、きっと私をまだ認めてないのよ…誰が主人だってわからせてやるんだから!」

 

 

ソフィアは身体についた汚れなど微塵も気にせず──むしろ自転車が怪我をして居ないか心配していた──再び自転車に乗り「良い子、あなたは良い子だわ…」とぶつぶつと自転車に言い聞かせた。

 

 

「…ソフィア…その、自転車は生き物じゃなくて…ブレーキを握っていたから動かなかったんだよ…?」

「しっ!…面白いから暫く見とこう」

「えぇ…」

 

 

ハリーがおずおずとソフィアに真実を伝えようとしたがルイスは楽しげに笑いそれを止めた。あいにく自転車に夢中のソフィアはハリーの言葉が聞こえておらず、その後3回は同じように転倒し地面を転がっていた。

 

 

3人がようやく自転車にひとりで乗れるようになった頃には自転車は傷だらけになり、太陽が沈みかけていた。

ハリーは真っ赤に染まる地平線を眺め、心から残念だとため息を吐いた。ダーズリー家に居る時はあんなに時間の経過が遅かったのに、2人と遊んでいると…こんなに時間が経つのが早いなんて。

 

 

「残念だけど、僕…そろそろ帰らなきゃ…」

「そう…残念ね。また遊びにくるわ!」

「うん!絶対だよ!?僕、毎日公園で待ってるから…!」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは必死に何度も頷き、縋るように懇願した。夏休みに何か楽しみがないと、本当にやってられない。2ヶ月もの長い間ひとりぼっちで過ごすだなんて…そんなの、今日の楽しさを知ってしまった後で、耐えられる気がハリーには全くしなかった。

 

 

「流石に毎日は無理だけど…なるべく遊びにくるよ!そうだね…昼まで待って、来なかったらその日はもうここには来ないと思うから、家に帰った方がいいよ。何時間も待たせるのは悪いし…」

 

 

 

ルイスはちょっと困ったような笑顔で優しくハリーに告げた。流石に何時間も待ちぼうけさせてしまうのは申し訳と思ったが、ハリーは勢いよく首を振り、肩をすくめる。

 

 

「あの家に居るより、2人が来なくとも…外で過ごす方がずっといいよ」

 

 

ハリーの心底嫌そうに吐かれた言葉に、ルイスとソフィアは苦笑するしか無かった。

 

 

名残惜しそうに何度も振り返り、見えなくなるまで手を振っていたハリーに、二人も同じようにずっと手を振っていた。

 

とうとうハリーが通りの向こうに消えた後、ルイスは辺りを注意深く見渡しカバンの中から小さな手持ち鏡を取り出す。それは何の変哲もない、シンプルな丸い手持ち鏡だった。

カバンの口を大きく開き、その鏡を覗き込むと小声で鏡に話しかけた。

 

 

「ジャック、おーい、近くにいる?」

「──お、もう良いのか?」

 

 

鏡に映ったのはルイスの顔ではなく、ジャックの顔だった。

 

 

「うん、もう暗くなって来たしね」

「迎えに来れるかしら?」

「──ああ、ちょっと待ってろ」

 

 

そう言うとジャックは鏡の向こうから消える。そして暫く経ち──ソフィアとルイスはジャックが来るまでまた自転車で遊んでいた──公園の入り口の方からゆっくりとジャックが現れた。

 

 

「楽しかったか?」

「ええ、とっても!」

「また、ジャックが暇な時に…連れて来て欲しいんだ。ハリー、此処では友だちが居なくて寂しいみたい…家で過ごしたくないんだって」

「ああ、勿論いいぞ」

 

 

ジャックは2人がどのような遊びをしたのかは知らないが、それでもこの弾けるような笑顔と髪の乱れ、そして服についた土や雑草を見てとても楽しかったのだろうと苦笑しながら杖を振るう。ソフィアとルイスの身体を撫でるように柔らかな風が吹き、汚れはすっかりと綺麗になった。

 

 

「さ、帰ろうか。今ならマグルも側に居ないようだしな」

「うん!…あ、その前にジャックって自転車に乗れる?」

「マグルの移動手段よ!知ってた?」

 

 

ソフィアは相棒を自慢するように胸を逸らし、傷だらけになってしまった自転車を誇らしげにジャックに見せた。ジャックは不敵な笑みを浮かべソフィアの手から自転車を掴むと颯爽と長い脚を上げ跨った。

 

 

「──大人を舐めるなよ?」

 

 

そうニヒルに笑いジャックは勢いよくペダルを踏み──。

 

 

──ガッシャン!!

 

 

──勢いよく転けた。

 

 

 

 



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103 リーマス・ルーピン!

 

その日、ソフィアとルイスは珍しくセブルスと共に外出をしていた。

セブルスは外を出歩き気軽にウィンドウショッピングを楽しむ人間ではなく、そもそも買い出しなど殆ど行かなかった。食材や生活必需品は梟便に頼めば家まで届けてくれる、それで今まで困った事は一切無い。

それにソフィアとルイス共に買物をしているところなど、ホグワーツに関わりのある誰かに見られてしまえばどのような噂が立つなど、想像に難く無いだろう。

 

 

「父様、どこにいくの?」

 

 

ソフィアは少し前を行くセブルスの後ろをついて行きながら辺りを見回した。

姿現しをして連れて来られた場所は辺鄙な田舎だった。人は誰も居ない、寂れた場所だ。整備されていない道は凸凹としていて歩き難い。何とか道らしきものはあるが、雑草が生い茂り側には鬱蒼とした雑木林が自然のままに生えていた。

 

 

「なんだか、寂しいところだね」

 

 

ルイスもまた、ソフィアの隣で周囲を見渡し──時折石に足を取られ躓いた──率直な感想をぽつりと呟いた。

聞こえるのは野鳥の鳴き声と木々の騒めきくらいだろう。昼間だというのに、変に薄暗い。

 

 

「…ソフィア、ルイス」

 

 

セブルスは足を止め、2人の方を振り返り静かに見下ろした。

ソフィアとルイスは首を傾げ「何?」と答える。セブルスは何を言おうか悩んでいるように、2人は感じた。彼は眉間に皺を刻みながら真面目な顔で2人を見つめ、ややあって固く閉じていた口を開いた。

 

 

「今から人と会う。…だが、決して勝手に話すな。全て…私が対応する」

「…?わかった」

「大人しくしてればいいのね?」

「そうだ」

 

 

セブルスの真剣な表情に2人は小さく頷いた。今まで、セブルスが誰かを紹介した事など一切無い。─いや、そもそもジャックとルシウス以外にわざわざ外で会う人間が父に居た事にソフィアとルイスは内心で驚いた。父の交友関係はひどく狭い。今までルイスとソフィアが父の知り合いで知っているのはその2人だけだ。

 

 

セブルスは2人の素直な言葉に少し眉を寄せる、この2人は返事は良い。だが大抵の言いつけを破る事をこの2年で痛いほど理解させられた。果たして、人と関わるのが──自分とは違い──好きで、何事にもすぐに興味を持つ2人が、本当に大人しくできるのだろうか。

 

やはり、連れてくるべきでは無かっただろうか。と、セブルスは自分の判断が正しかったのか、自信が持てなかった。

 

 

しかし、ここまで連れてきてしまった。今更迷っていてももう遅い。そう思い直すと「くれぐれも大人しくしていろ」と強く2人に言いつけ、また整備されていない道を進んだ。

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、不思議そうにしながらも大人しくその後ろをついていく。

 

 

少しして、雑木林がふいに途切れ開けた空間が現れ、その先にたった一軒。ぽつんと古く小さな家があった。蔦に覆われ、窓は板で打ち付けされている。その家はなんとも古く──いや、ボロく、朽ちかけていた。

 

 

セブルスは嫌そうに眉を寄せながら扉を強く叩く。

少ししてバタバタと足音が近付き、扉が開け放たれた。

 

 

「やぁ、セブルス。──久しぶりだね」

 

 

家主の声は柔らかく、来訪者を静かに歓迎していたが、セブルスは苦々しくその家主であるリーマス・ルーピンを睨み、不本意だという表情を隠そうとはしない。

 

ソフィアとルイスはセブルスの背の影からひょっこりと顔を出し、興味深くリーマスを見上げた。

疲れたような顔をしている。それでも、その目はとても優しい。何故か古い傷が顔中にあり、服は何度も繕った跡がある。家の状況を見て思った通り、裕福では無いのだろう。

 

 

「…よく来たね。ここで立ち話もなんだ、中へどうぞ?」

 

 

リーマスは2人に気付くと、嬉しそうに目を細めた。

ソフィアとルイスは無言でセブルスを見上げ、父の判断を待つ。大人しくしろと言われ、勝手に話すなと約束させられたのはほんの数分前だ、流石にすぐに約束を違えるわけにはいかないだろう。

 

ソフィアとルイスの視線を受けたセブルスは無言で家の中に入って行った。それを見てソフィアとルイスは小さく頭を下げ「お邪魔します」と呟き微笑むとすぐにセブルスの後を追った。

不躾な態度だったが、リーマスは少しも気にする事なく彼らを家の中に通すとすぐに客人達をもてなす用意を始めた。

 

 

「わぁ…」

 

 

ソフィアは家の中を見て思わず、感嘆の声を漏らした。

外から見る限り家は朽ちかけていたが、家の中は清潔感があり、きちんと整えられていた。確かに家具は少々古かったが、自分達の家とさほど変わりはないだろう。

 

 

「お客様なんて、本当に久しぶりだから…ちょっと奮発して良い紅茶を買ったんだ」

 

 

リーマスはしみじみと、嬉しそうに呟き杖を振るう。ティーポットは1人でに紅茶を入れ──カップの種類はまちまちだったが──静かに机の上に並んだ。

セブルスはリーマスが促しても決して席につく事は無く、その場から動こうとしない。誰が貴様の煎れた紅茶など飲むか、そう態度でありありと示していた。

それを見てリーマスは酷く残念そうに肩を落とした。流石に、なんだか気の毒に思えたソフィアはセブルスのローブを引っ張った。

 

 

「父様、私喉が乾いたわ」

 

 

リーマスは表情をぱっと明るくさせたが、セブルスは苦々しく顔を歪めソフィアを窘めるように見下ろした。

喋るなと言っただろう、とその目が渋く語っていたが、「父様」と再度ローブを引かれ、セブルスは重々しい溜息を付き、リーマスを厳しい目で睨んだ。

 

 

「毒など盛ってないだろうな」

「まさか!飲んでみせようか?」

「貴様の言葉一つとして信じられん」

 

 

リーマスはそんな事するわけがないだろうと直ぐに否定したが、セブルスはばっさりと切り捨てる。

しかし、今度は反対側からルイスにローブを引かれ、何か言いたげな怪訝な目で見られてしまい。心の底から嫌だったが、渋々席に着いた。

すぐにソフィアとルイスはセブルスの隣にすわると美しい琥珀色の紅茶が入るカップをキラキラとした目で見つめ、ちらりと父を見上げた。飲むな、とは言わない。──という事は、飲んでも構わないのだろう。

 

 

「…美味しい!」

「本当だね!…それに、いつも飲んでるものより…甘い香りだね」

「口にあって良かったよ」

 

 

目を輝かせた2人に、リーマスは安心したかのように嬉しそうに笑った。

ソフィアは紅茶を飲みながら、何故父はこんなに優しそうな人を邪険にするのか全く分から無かった。少なくとも敵意は感じないし、父も杖は掴んでいない。つまり、相手に危険があるわけでは無いのだろう。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。私はリーマス・ルーピン。…君たちのお父さんとは、ホグワーツで同級生だったんだ。よろしくね」

 

 

思い出したかのようにリーマスが自分の名前を名乗り、ソフィアとルイスを見た。

すぐに2人は自分も名乗ろうと口を開きかけたが、それよりも先にセブルスが感情の籠らない早口で呟くように2人の台詞を奪ってしまう。

  

 

「ソフィアとルイスだ。この子たちと一切関わるな」

 

 

ばっさりと言い切ったセブルスに、リーマスは苦笑し紅茶を一口飲んだ。

──どうやら、少しも子どもたちと自分が交流する事を快く思っていないようだ。まぁ、その気持ちは悲しいが、充分に理解できる。

 

 

「それは難しいね。来年度から私はホグワーツの教師だ」

 

 

リーマスが肩をすくめながら言えば、ソフィアとルイスは目を大きく見開き「えっ!?」と叫んだ。

 

 

「闇の魔術に対する防衛術の先生なの?」

「この前、ジャックが次の教師は期待してていいって言ってたよ!あなたの事だったんだ!」

 

 

いきなり話し出した2人にリーマスは驚いたが、すぐに嬉しそうに微笑むと、再度2人に向かって「よろしくね」と伝えた。

 

 

「よろしくね!リーマス先生!」

「よろしくお願いします!…父様、ホグワーツの先生だから、今日私たちをここに連れて来たの?父様の子どもだって教えるために?」

「…あれ?でも、知らない先生もいるよね?」

「そうよね、父様どうし──」

 

 

不思議そうに顔を見合わせた2人はセブルスを見て、その険しく歪んだ表情に気付き──かなり遅かったが口を手で押さえた。そういえば勝手に話すなと言われていた。だが、あと数ヶ月でリーマスは自分達の教師となる、どうせ直ぐに話す事になるだろう、何をそんなに警戒しているのだろうか。

まさか、また碌でもない教師なのだろうか?──いや、ジャックはリーマスを知っている。期待して良いと言っていた。彼のその言葉に嘘はないだろう。ならば、何故──?

 

 

「…それは、コイツが人狼だからだ」

 

 

セブルスは冷たい薄笑いを浮かべ侮蔑の表情でリーマスを見据えながら吐き捨てた。

ソフィアとルイスはぴたりと固まり。ゆっくりとリーマスを見た。リーマスはそれが告げられても、困ったように笑うだけで否定はしない、紛れもない事実だからだ。

 

 

「来年度から大半遺憾だが、こいつは人狼の身でありながらホグワーツの教員となる。だから決して2人は──」

 

 

──近付くな。

そう、セブルスが言い終わるより前にルイスとソフィアは勢いよく立ち上がった。あまりに勢いよく立ち上がったせいで椅子は後ろに大きな音を立てて倒れる。

リーマスは驚愕に目と口を開く2人を見て、どんな言葉がかけられるのか──きっと何度も浴びせられた罵声だろうと、目を伏せた。分かっていてる、彼らの拒絶は正常だ。──だからと言って、胸が痛まないわけではない。

 

 

「人狼なのね!ねぇ、毛質はふわふわ?それともさらさらなの?」

「ソフィア!そんな失礼な事聞いちゃダメだよ!…あっでも僕も少し質問なんだけど、人狼は人間の時でも肉料理が好きって本当?」

「確か狼っていうわりには二足歩行だし、あまり狼っぽくないのよね?うーん、残念だわ狼ってもう殆どいないようだもの」

 

 

リーマスは顔を上げ信じられない物を見るような目で2人を見て、呆然と呟いた。

 

 

「き、君たち…私は人狼だ。──怖くないのかい?」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ。ごく当たり前のように頷いた。

 

 

「怖くないよ」

「全然怖くないわ」

「…どうして…」

 

 

信じられなかった。

それはリーマスだけではない、セブルスもまた驚愕し無言で2人を見つめた。

てっきり怖がり、関わるなと言った意図を汲んでくれるだろうとばかり思っていたが、何故この2人は通常の魔法族が忌み嫌う差別の対象である人狼を、当然の個性だとでも言うように受け入れられるのだろうか。

戸惑いと怪訝が滲む視線を受けたソフィアとルイスは、寧ろ何故セブルスとリーマスがそんな反応をするのか分からなかった。

 

 

「だって、ジャックが──人狼は満月の日しか危険じゃない」

「薬をちゃんと飲めば僕たちと変わらない、対等な友人にだってなれるさ──って言ってたから」

「…ジャック?…まさか、ジャック・エドワーズかい?」

「ええ、私たちの育て親よ」

 

 

それを聞いて、リーマスはぐっと言葉を詰まらせた。脳裏に悪戯っぽく、それでいて優しいジャックの笑顔が浮かぶ。

──そうか、彼が育てた子どもなら、人狼に対しての感情が他の人と異なっていても可笑しくない。

リーマスは複雑そうな喜びと戸惑いが混じった顔で笑ったが、セブルスは嫌そうに顔を歪めた。

 

人狼は魔法界において差別の対象なのは皆知っている。人狼に噛まれてしまえば治ることのない嫌悪される性質をうつされてしまうのだ。中には悲観し、噛まれた段階で死を選ぶ者も、少なくない。

それでも、過去と比較すれば人狼の対応はほんの僅かに緩和されていると言えるだろう。数十年前に開発された薬は、人狼を治すものではなかったが、それでも満月の夜であっても理性を保つ事ができる、そんな画期的な薬だった。

リーマスを含め人狼達はその薬が出来たと聞いて心を躍らせたが──その薬の高額さと、調合の難易度の高さにすぐにそんな気持ちは萎んだ。

人狼達は満足に就労する事が出来ない、勿論彼らには働きたい意志は強くあったが、差別的な思想が根強く残る中で、誰が好き好んで人狼と働きたいだろうか?万が一何かあってしまえば──謝罪では済まされない。

 

 

「…あ、父様…リーマスが人狼だから、学校が始まるより前に僕らに会わせようとしたんでしょう。僕らがそれを聞いて怖がって避けると思ってたんだ?」

 

 

何故ここに連れてきたのか閃いたルイスは呆れたような眼差しでセブルスを見る。セブルスは苦い顔をして何も答えなかったが──全くその通りだった。

 

 

「まぁ父様…そんな事を考えていたの?」

「…私は人狼が教鞭を取るなど…今でも反対だ。万が一薬を飲み忘れてみろ。…被害にあうのは子ども達だ」

「…分かってるさ。ちゃんと薬は飲むよ」

 

 

ソフィアとルイスから思ったような反応が得られなかった事に苛つき、セブルスは苦い表情で唸るようにリーマスに警告したが、勿論、リーマスはそんな事言われずとも分かっていた。

 

 

「脱狼薬…父様が調合するの?」

「…不本意だが。ダンブルドアはそれを望んでいるらしい」

「さすが父様だね!あんなに複雑な薬を調合出来る人は少ないんでしょう?薬師でも作れない人がいるって聞いたよ?」

 

 

ルイスは目を輝かせ、尊敬の眼差しでセブルスを見た。脱狼薬の調合は、ルイスの目標の一つでもあった。これが調合出来れば、どんな薬でも作れるとまで言われている脱狼薬。いつか、必ずそれを作ってみたい。

ルイスの輝く目で見つめられたセブルスは、ほんの僅かに表情を緩めた。ずっと見ていなければ分からない程度の微かな変化だったが、それに気付いたソフィアは心の中で「単純なんだから」と呟く。

 

 

「大丈夫よ父様、私たちは人狼を差別はしないけれど…ちゃんとどういう存在かは理解しているもの。薬を飲んでるとはいえ…来年度は満月の夜に出歩かないようにするわ。父様がそれで安心するならね」

 

 

それで良いんでしょう?とばかりにソフィアはセブルスの顔を覗き込み、首を傾げた。

セブルスが最も望んでいた反応や対応では無かったが、満月に出歩かない事を約束するのであれば──それがどれだけ守られるのかは分からないが──まだマシだろう、そう渋々セブルスは自分に言い聞かせ、「必ず、出歩くな」と念を押した。

 

 

「ソフィア、ルイス。…私が人狼だと言う事は…」

「勿論、秘密にするわ。…残念だけど偏見は根強いもの」

「僕たち、校則は破るけど大切な約束は守るから!」

 

 

2人の真剣な眼差しに、リーマスはほっと胸を撫で下ろした。この2人が特殊なだけで、世間一般ではセブルスのような反応が殆どだ。きっと人狼だとバレてしまえば軽蔑と偏見の目で見られ、退職を願うフクロウ便がすぐに届くだろう──今までのように。

しかし、リーマスは心の底から2人の優しい眼差しが嬉しかった。人狼だと知って、それでも受け入れてくれたのは…かつての友人達だけだ。…それも、もう殆ど居なくなってしまった。

 

 

「…ソフィア、ルイス。…帰るぞ。…ここにはもう用はない」

「はぁい」

「分かったよ」

 

 

セブルスが静かに立ち上がると、2人はぱっとセブルスの脇に並びリーマスを見上げにっこり微笑んだ。

 

 

「じゃあねリーマス先生!」

「また新学期に!」

「ああ、楽しみだよ」

 

 

ルイスとソフィアは笑ったまま頭を少しだけ下げる。一刻も早くここから立ち去りたかったセブルスがさっさと扉までいってしまったのを見て2人は慌ててその背中を追いかけた。

ルイスとソフィアは扉から外へ出る前に一度振り返り、溢れるような笑顔を見せ手を大きく振った。

リーマスも、微笑みながら手を軽く振り3人を見送った。

 

 

しん、と静まり返った家でリーマスは綺麗に空っぽになっている四つのカップを見て、思わず笑みが溢れた。口ではあれだけ拒絶しておきながら、変な所で律儀なのは変わっていない。

 

──それに、リーマスは、セブルスが毎月脱狼薬を調合すると、自らダンブルドアに志願したと知っていた。それは、間違いなく自分のためではない。ソフィアとルイスの為だろう。

 

 

誰が作ったのかわからない脱狼薬を飲むよりは、しっかりと自分の手で作り、手渡し、毎月──毎回飲んだ事をしっかりと確認したい。そうでなければ不安で仕方がないのだろう。そんな父としての強い思いを、リーマスは密かに知っていたが、セブルスがルイスとソフィアの前で隠していた為2人には言わなかった。

 

 

久しぶりの来客を表す紅茶のカップを、リーマスは大切なもののようにそっと撫でた。

 

 

 



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104 異変の前触れ!

 

ソフィアとルイスは夏休み、何度かハリーとマグル界で遊んで過ごした。

魔法が使えない遊びだとしても、友人と過ごしているだけで十分楽しく、ハリーは毎日公園で2人の姿が現れないかと楽しみにしていた。

2人は毎日来るわけでは無かったが、3日と開けずマグル界を訪れた。ハリーからマグルの世界の話を聞くのはとても楽しくハリーに色々な質問をした。ハリーも優秀な2人が知らない事を教えるのは何処か嬉しく…誇らしかった。マグル界での記憶は辛いものだったが、ソフィアとルイスに話せる事が少しでもあり、2人を喜ばせる事ができ、ほんの少しだけ、辛い記憶の傷が癒された。

 

 

「そういえば2人はロンとハーマイオニーに夏休み中会った?」

「ううん、2人とも今イギリスに居ないの。旅行に行ってるみたい」

 

 

ソフィアは残念そうに笑い首を振った。ハーマイオニーの家に遊びに行く予定だったが、夏休みが始まってすぐにハーマイオニーから長文で謝罪の手紙が届いたのだ。ハーマイオニーは長い間両親と会っていない、それに数ヶ月間石にされていたのだ。きっと、彼女の両親は心を痛め心配した事だろう。折角の家族でのひと時を過ごしているのだ、ソフィアは手紙を送り過ぎるのも家族の時間の邪魔になるかもしれない、と控えていた。

 

 

「ロンも?」

 

 

ハリーは少し驚いた。

ウィーズリー家はお世辞でも裕福とは言えない。家族全員で旅行に、それも長い間行く資金があったのかと、純粋に疑問に思ったがすぐにこんな失礼な事を考えてはダメだと首を振る。ハリーの考えがわかってしまったルイスはーー彼も同じ事を思ってしまったのだーーにっこりと笑いながら説明した。

 

 

「くじが当たって、そのお金で旅行に行ってるみたいなんだ。素晴らしいよね」

「うん!本当に!会った時に話を聞くのが楽しみだよ!」

 

 

ハリーは心の底からそう思った。

ウィーズリー家はとても親切だが、貧しい。彼らがくじに当たった幸運は自分の事のように喜べたし、なにより彼ら以上に当選が相応しい家もないだろうと、ハリーも微笑む。

 

 

「多分、次にみんなで会えるのは…来年度の教材を買いに行く時か、9月1日かね」

「僕らは来年度の教科書リストが届いたらすぐに買いに行くつもりだけど、もしみんなが同じ日にダイアゴン横丁に行くなら会いに行くよ」

「僕は…ヘドウィグを使うのが禁止されてるんだ…また、わかったら教えて!必ず行くから!」

 

 

一日でも早くみんなで会いたいハリーは強く頷いた。もう1ヶ月近く、ロンとハーマイオニーからは手紙の1通も来ていない。ロンは夏休みが始まって1週間目に2人のように電話をくれたのだがーー悲惨な結果になってしまった。それから全く、ハリー宛の電話は鳴らなかった。それはとても寂しかったが、何とか卑屈にならず耐えられたのはソフィアとルイスがこうして会いにきてくれたからだろう。

 

 

いつものように夕暮れまで遊んだ3人は、いつものように別れを惜しみお互いの姿が見えなくなるまで手を振り、家へ帰った。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お腹すいたわ!」

 

 

エドワーズ孤児院に一度戻り、ジャックと別れを告げフルーパウダーを使い家に戻った2人はいつものように楽しげに会話をしながらソファで本を読むセブルスの側に駆け寄り、両隣に座った。

セブルスは本を閉じながら2人に「楽しかったか?」と優しく聞き、ソフィアの頭についていた葉を手で払った。

 

 

「…頻繁にジャックの元に行くが…何をしているんだ?」

「んー?別に、普通に遊んでるだけだよ」

「そうよ、遊んでるだけだわ。来年の事も聞いているの、ジャックも学生の頃全科目受講したでしょう?」

 

 

嘘は言っていない。2人は視線だけで意味ありげに笑う。

ハリーの元に行っていることを、2人はセブルスに秘密にしていた。セブルスはハリーに対して何故か他のグリフィンドール生よりも当たりがきつい。きっと正直に何処に行っているかを告げれば…止めることはないだろうが、嫌な顔をすると思ったのだ。

 

ジャックに来年の事を聞いている事もまた事実だった。

ソフィアが全科目受講すると聞いたセブルスは、ジャックも同じように学生時代に全科目受講していたと思い出し、上手くこなす為のアドバイスをソフィアに伝えて欲しいと頼んでいた。

ジャックからソフィアへのアドバイスは至ってシンプルなものだ。「適度に手を抜く事。120点取れるテストでも100点で満足する事」ソフィアはその言葉の真意を、聞いた時はまだ理解出来なかった。ーー後々この言葉がどれほど重要な事か、深く理解することになるのだが。

 

 

セブルスは去年と違い、頻繁にジャックの元へ行くのを少し不思議には思ったが、学年末にジャックがホグワーツの臨時教師となり、久しぶりに会い、孤児院の子ども達が恋しくなっただけだろうと深く考えなかった。

それに、ジャックの事をセブルスは他人で最も信用している、といえるだろう。そのジャックがそばに居るのであれば、特に問題はない。

 

 

「今日の夕食の当番はソフィアだよ、早く作ってね。僕もお腹ぺこぺこだよ…」

「えー?…わかったわ」

 

 

面倒臭そうにソフィアはため息をつくと立ち上がる。料理が得意でないソフィアは、得意なルイスや父が作る料理の方が美味しいのだから2人が作ればいいのに、とぶつぶつと文句を毎回言っていたがーーセブルスとルイスは一切手出しはしなかった。料理当番は守らなければならない。それがスネイプ家の密かなルールだった。

 

 

ーーーコンコン

 

 

ふと3人は小さな音を聞きそちらを振り返った。ルイスはすぐに立ち上がると窓に駆け寄り、羽をばたつかせていた黒い梟を家の中に入れてやった。

 

梟はセブルスの元へすっと向かうとその嘴に咥えた手紙を手元に落とした。

本来配達される時間ではない手紙はーー良くない知らせの事が多い。セブルスはすぐに封を切り書かれていた内容に目を通した。

 

途端に深く眉間に皺が刻まれ、深刻な表情になっていくセブルスを見てソフィアとルイスは少し不安そうに顔を見合わせ、父の元に駆け寄った。

 

 

「…緊急の連絡だ。…ソフィア、ルイス…少し出かける。…暫く戻れないかもしれん」

 

 

セブルスは足早に暖炉へと向かうとフルーパウダーを投げ入れ、不安げに眉を下げる2人の方を振り向いた。

 

 

「…私が戻るまで、外出はするな」

 

 

只事ではないセブルスの真剣な言葉と表情に、ソフィアとルイスは直ぐに頷き、一度強くセブルスを抱きしめた。

 

 

「父様、行ってらっしゃい」

「気をつけてね」

「ああ…」

 

 

セブルスは2人の頭を軽く撫でると、直ぐに暖炉の中に飛び込む。緑の炎が小さくなり、いつものような赤い炎に変わってもまだ2人はじっと暖炉を見ていた。

 

 

「何があったんだろう…」

「よくない事なのは…確かね。ーーまぁ、でも良いこともあるわ」

「え?…何がいいことなの?」

 

 

ソフィアは不安げな表情を消し、悪戯っぽく笑った。

 

 

 

「今日の料理は手抜きでいいわ!」

 

 

 

ルイスは目を見開き、苦笑した。

 

 

 



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105 囚人はどこに!

夜に急な呼び出しでセブルスが家を出てから1週間。

まだセブルスは一度も帰って来ていない、外出を禁じられた2人は昨日届いた来年度の教科書リストを眺めていた。

 

 

「早く買いに行きたいわ…全科目取ってしまったもの…早めに予習しないと…」

「そうだね…父様いつ帰ってくるんだろう」

 

 

ソフィアはいつもセブルスが座っている肘掛け椅子に座り、足をだらしなく投げ出したまま深いため息をついた。そろそろ食材も切れてきている、いつもなら梟に頼んでいたが2人はまとまった資金を持っていない。急いで出ていったセブルスは資金を置いていくのをすっかり忘れていた。今までの長期休暇なら、ジャックが食材を持ってきてくれる事もあったが、時たま鏡に話しかけてもジャックが現れる事はなかった。彼も、忙しいのだろう。

 

 

「シリウス・ブラック…なんで今頃脱獄したんだろうね」

「さあ…」

 

 

2人は囚人の脱獄を日刊預言者新聞で知った。シリウス・ブラックの名前は魔法族の子どもなら一度は聞いた事があるだろう。マグル13人をたった一度の呪いで殺したのだ。彼は捕まった当初狂ったように笑い続けていたという。例のあの人ーーヴォルデモートにかなり近い立ち位置だったと噂されているそんな凶悪犯が、今まで1人も脱獄したことの無いアズカバンからどうやって脱獄したのかーー全てはまだ明らかになっていなかった。

父が帰ってこない理由は、きっとブラックの脱獄と関係があるのだろう。

 

 

 

「ハリーにも会えないし…ハリーきっと…寂しがってるわ…」

「うん…いきなりだったもんね…誕生日プレゼントは送ったけど…没収されてないといいな」

「…今年も、何かあるかもしれないわね…」

「…やめてよ…ソフィアの勘って…当たるんだから…」

 

 

何となくぽつりと呟かれたソフィアの言葉に、ルイスは顔を引き攣らせ嫌そうに言ったが、ルイスも実は同じ事を思っていた。凶悪犯が脱獄したのだ、きっとホグワーツもそれなりに対応をしなければならない。保護者から子ども達を預かる学舎として、それは必ず行わなければならないだろう。どのような対応が取られるのか、それはソフィアとルイスの知ることでは無かったがセブルスーー父がが長い間帰ってこない所をみると中々にややこしい事になっているのかもしれない。

 

 

2人がつまらなさそうに何度か読んだ本を暇つぶしのために見ていると、突如暖炉の炎が緑色に燃え上がった。来訪者を告げるその炎に、2人はぱっと顔を見合わせるとすぐに暖炉のそばに駆け寄った。

 

 

「「ーー父様!」」

 

 

暖炉から現れたのは、酷く疲れたように目の下に隈をつくりいつもより顔色の悪いセブルスだった。

セブルスは2人を見ると微かに表情を緩めたが何も語らず重い足取りで肘掛け椅子に向かい、そのまま座り込んだ。

 

 

「…父様、紅茶…飲む?」

「……あぁ…」

 

 

セブルスは顔を手で覆い、目頭を指で揉みながら答えた。ルイスは直ぐに紅茶を淹れるために台所へ向かい、ソフィアはセブルスの足元に膝をつき、そっと彼の脚の上に手を置いた。「…大丈夫?」気遣うように掛けられたその言葉に、セブルスは無言で頷く。ソフィアは心配そうに眉を下げたまま、じっとセブルスに寄り添った。

 

 

「父様、紅茶…」

 

 

ルイスが白い湯気を上げるカップをそっとセブルスに差し出せば、ようやくセブルスは顔から手を外しそれをゆっくりと受け取った。

 

 

「…ありがとう」

 

 

温かな紅茶を飲み、セブルスは小さく吐息を零す。ふと視線を下に向ければ子ども達の不安げに翳る表情に気付き、安心させるために少しだけ微笑んだが…その何処か憔悴した笑顔はさらに2人を不安にさせただけだった。

 

 

「父様、酷い顔色だわ…」

「…大丈夫?…休んだ方がいいよ…?」

 

 

ソフィアとルイスは、これ程までセブルスが憔悴しているのを初めて見た。何があったのか、聞きたい事は沢山あったが、質問するよりもまずセブルスに休息を取らせるのが先だろう。ーーそれ程、顔色が悪い。

 

 

セブルスもまた、疲れ切っていた。この1週間ホグワーツで来月から始まる新年度を安全に迎える為にどう対策をとるか、何度も会議を重ねた。

魔法省からディメンターを配備させたいという要請を聞いた時には流石に数名の教師達やダンブルドアは難色を示した。ブラックを捕まえる為、生徒達の安全のためには必要かもしれないがーーディメンターが生徒達に危害を加えない保証はない。

ディメンターには道理は通用しない、人の幸福な気持ちを吸い取り養分とする。何とかダンブルドアがホグワーツ城の周りを警備させるだけであり、城の中には一歩も踏み込ませない約束をさせたが。果たして何処までそれが奴らに理解できているのか分かったものではない。

 

 

シリウス・ブラックが、ハリー・ポッターを殺すためにホグワーツに来る。

 

それを知っているのはホグワーツの教師や、魔法省の限られた人間だけだろう。

その為にこれ程の警備がブラックを再び逮捕するまで続けられる事が決定した。

ブラックが脱獄したと聞き、セブルスは直ぐにダンブルドアにリーマス・ルーピンが教職に就く事は危険すぎる、あいつは信用出来ないと強硬に反対したが、ダンブルドアが頷く事はなかった。「わしはリーマスを信じている」そのダンブルドアの言葉に、どれだけ苛立っただろうか。ーーこの人は、人の性善説を信じすぎている。

それがどれだけの人を苦しめているのか、分かっていてもなお、その考えを変えないのだからーーつくづく悪質だと、セブルスは思っていた。

 

 

 

セブルスは、ホグワーツに配備されるディメンターやブラックにハリーが命を狙われている、リーマス・ルーピンが手引きをするかもしれない。ーーそれよりも深く心を悩ませ苦しんでいる事があった。

 

 

「…ルイス…ソフィア…」

 

 

愛しい子ども達の名前を、静かに呟いた。

2人は少し首を傾げたまま、黒い目と、緑色の目で自分をじっと見つめる。

 

 

ーー言わなければならない。

 

 

セブルスは僅かに口を開いたが、自分の唇が震えている事を自覚しーーその口を閉ざした。

 

 

「…私はもう、休む。…お前達ももう寝なさい」

 

 

 

セブルスはカップに残っていた紅茶を飲むと、優しく2人の頭を撫で、重い足取りで自室へと向かった。

 

 

「はい…おやすみなさい」

「おやすみなさい、父様…」

 

 

ソフィアとルイスの声を背中で受け止め、セブルスは自室の扉を開け暗い室内に身を滑りこませた。

重々しいため息を吐き、顔を抑える。

 

 

「…アリッサ…私は…」

 

 

苦しげに呟かれた言葉は、セブルス本人の耳にしか届かなかった。

 

 

言う決心がつかない。

…言わなければならない、他人から真実を聞けば、2人は酷く苦しむ事になるだろう、それなら自分がそれを告げ、支えてやらなければならない。

何故、ブラックは脱獄などしたんだ、大人しくアズカバンで一生を終えることが失わせた命への贖罪になるのではないか。ーーもし、ホグワーツにブラックが来るのなら、ーーもし、ソフィアとルイスに近付くのであれば…ディメンターになど渡してなるものか、必ず、この手で屠る。重い罪を犯した報いを、必ずーー。

 

 

セブルスの胸の中に黒い沸々とした怒りと憎しみが込み上がる。ーー12年前の出来事を、己が行った残虐を、失われた尊い命達を、忘れたと言わせてなるものか。

 

 

 

ソフィアとルイスには、言わないーー言えない。

しかし、必ずこの手で決着をつける。ーー2人が、何よりも大切な2人がこれからも笑って過ごせるのなら、何だってしよう。

 

 

 

セブルスは顔を覆っていた手をゆっくりと下ろした。その目には狂気にも似た憎しみとーー確かな決意が揺らめいていた。

 

 

 

 



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106 可愛いお願い!

 

 

次の日の朝、ソフィアとルイスは朝日と共に目を覚ましいつものようにおはようのキスを頬にした後そっと父の部屋を訪れた。

昨日とても疲れた様子で夜遅くに帰って来てから、閉ざされた扉は開く事はない。

 

 

「…もう少し、寝かしてあげましょう」

「そうだね。…朝食の準備をしようか」

 

 

いつもなら気にせず扉を破壊せんばかりの勢いで開け、まだベッドの上で寝ているセブルス目がけて飛び掛かり無理矢理起こしていただろうが、流石に今回ばかりはそうする気はなく、セブルスを起こさないようにそっと扉の前から離れリビングへと向かった。

 

 

ルイスが朝食を作っている間、ソフィアは散らかった部屋の片付けや掃除を行った。

机の上に山のように置かれた本を元の場所に戻し、杖を振るい床の埃や塵を一掃する。固く絞られた雑巾が床を磨き上げる中、空気を入れ替える為に開かれた窓から梟がひらりと部屋の中に飛び込んだ。

 

 

「ヘドウィグ!」

 

 

真っ白な梟を見てソフィアは驚いてすぐに駆け寄ると嘴から封筒を受け取った。差出人はハリーからで、ソフィアはすぐに缶の中からビスケットを一つ取るとヘドウィグに「届けてくれてありがとう」と微笑み、ヘドウィグに差し出した。

ヘドウィグは優しくソフィアの指を甘噛みすると、嬉しそうに掌に乗るビスケットを嘴で啄んだ。

 

 

「ルイス!ハリーから手紙が届いたわ!」

「え?!ちょっと今手が離せないんだーー読んで!」

 

 

朝食を作っていたルイスはソフィアの声に大声で返事をすると、フライパンの上にある目玉焼きを見ながらも耳だけはソフィアの方に向けた。

 

 

「えっと…ハリー、今漏れ鍋に居るみたい!…9月1日までは漏れ鍋で過ごすそうよ!会えないかって書いてあるわ」

「なんで漏れ鍋に居るんだろう…?よくハリーの親戚が許可したよね」

 

 

ルイスは首を傾げながらフライパンを大きく振るう。綺麗に焼けた目玉焼き二つがふわりとフライパンから離れ、それぞれトーストの上に着陸した。冷蔵棚を開けーー中から冷たい冷気がひやりと外へ流れ出る。この冷蔵棚は常に5℃程度に保たれている。たまに食材を凍らせてしまう事があるのが難点だーー冷えた牛乳瓶を取り出しすぐに閉めると杖を振るい、目玉焼きトーストが乗った皿とグラス2つを浮遊させソフィアが待つリビングまで運んだ。

 

 

「お待たせ、さぁ食べようか」

「ありがとう。…うーん。まぁ、ハリーの親戚はハリーの事嫌いみたいだし…早く追い出したかったのかしら?」

「ハリーにとっては嬉しい事だろうね」

 

 

トーストを齧りながらソフィアは首を傾げた。納得は出来るがーー確かに、ハリーの親戚は何故今まで夏休みの間にハリーをしっかりと家に置いたのだろう。今回のように夏季休暇中ずっと漏れ鍋に宿泊させれば、ハリーも、そしてハリーの親戚達も幸せに過ごせただろう。嫌がりながらも置いておくのは、保護者としての責任感ゆえだろうか。

 

 

「会いたいね」

「そうね…でも…父様は外出を許してくれるかしら?」

 

 

ルイスは冷えた牛乳を飲みながら「うーん」と唸った。ダイアゴン横丁は人でいつも賑わっている。流石にそんな場所にお尋ね者の囚人は現れないだろうーーノクターン横丁なら、話は別だが。

 

 

「どっちみち…新しい教材を買いに行かなきゃいけないしね…後で聞いてみようか」

「ええ、そうね」

 

 

ソフィアはトーストの耳をポイと口の中に放り込み、目玉焼きの黄身が垂れた指を舐めた。それを見てルイスが眉を寄せ「はしたない」と呟きナプキンを渡した。

 

幼かった2人は身長も伸び、丸みのあった頬は少し大人の顔立ちに近づき始めた。まだ同年代と比べれば小柄な方ではあったが、ソフィアは兎も角、ルイスはこの夏休みで急激に身長が伸びていた。去年までは同じくらいの身長だったが、今はルイスの方が5センチは高いだろう。

 

 

「ソフィア、僕たちはもう数ヶ月後には14歳になるんだから…少しは落ち着いた方がいいよ」

「あら、父様みたいな事をいうのね」

「だって…もう子どもじゃないからね」

 

 

ルイスは少し汚れた口元をナプキンで丁寧に押さえ、ソフィアを嗜める。そろそろ子どもっぽい言動は卒業しなければならない、そうルイスは思いーー数分違いだが、兄としてソフィアに言い聞かせたが、ソフィアは子どもっぽく頬を膨らませる。

 

 

ーーまぁ、ソフィアはそんな子どもっぽい仕草が似合ってるし可愛いんだけど。

 

 

少女と女性との曖昧な境界線の上にいるソフィアは、ふと真剣な表情をしていれば大人っぽく、いつものようにケラケラと笑っていれば子どもっぽく見えた。

どちらもソフィアの魅力をさらに惹き立てている事は確実だろう。

ソフィアに憧れ、好感を持つ者は…実は多い。まだソフィアはそんな男子たちの視線には気付いていないようだが、悪い虫がつく前にある程度の女性としての立ち振る舞いを教えないとならない。

 

 

 

ーーこういう時に母親がいないのは…ちょっと不便だなぁ。

 

 

 

ルイスは何と切り出せば良いのかわからず、冷たい牛乳を無言で飲んだ。来年度が始まったらソフィアの事をハーマイオニーに頼んでみようかな、彼女は賢いから僕が何を望んでいるかーー何を言いたいのか、きっとわかるだろう。

 

 

朝食を終え、2人はソファに座りながら本を読む。どれくらいそうしていただろうか。もう太陽の光は真上近くまで上がっている。

そろそろ、流石に起きてくるだろうか。そうルイスが時計を見ながら思っていると、扉が静かに開き頭を抑えながらセブルスがゆっくり現れた。

 

 

「おはよう父様」

「お寝坊さんね、父様?」

「…あぁ…流石に、寝過ぎたようだ。…ソフィア、紅茶を」

「はーい、待ってて」

 

 

セブルスは寝過ぎて鈍く痛む頭を振り、肘掛け椅子に座る。

顔色と、目の下の隈は少しマシになっているようで、ルイスはほっと胸を撫で下ろし、机の上にあるスコーンの乗った皿をちょっと持ち上げてセブルスを見た。

 

 

「父様、紅茶だけでいいの?何か食べる?…スコーンならあるよ」

「…いや、紅茶だけでいい」

「そう…ねえ父様、新年度の教材を買いに行きたいんだけど…まだ外出しない方がいい?」

 

 

ルイスは皿を置き、セブルスの側に寄ると肘掛けの上に座った。

セブルスはその行儀の悪さを特に注意することなく少し考え込んでいたが机の上に放り出されていたままだったホグワーツの教科書リストを手に取ると頷いた。

ソフィアが必要な教科書はかなり多い、それも全教科選択してしまったからだが、金銭的に問題はない。ーー早く予習をしたいのだろう。

 

 

「必要な物だけを買い、すぐに帰ってくるのならいい。行っていいのはダイアゴン横丁だけだ。…間違ってもノクターン横丁にはいくな」

「わかってるわよ、囚人が逃げ出して潜んでるかもしれないから、でしょう?」

 

 

温かい湯気が立ち上るカップをセブルスに渡しながらソフィアが答える。

流石に知っていたか、とセブルスは苦々しい表情で頷いた。日刊預言者新聞は、ブラックが脱獄してから連日ブラックについて記事にしている。何処かで目にするだろうとは思っていた。

 

 

「ああ、…来年度から、ホグワーツにも警備が入る…」

「やっぱり?…でも、囚人がホグワーツになんて来る?」

「…来てから対処しては間に合わん」

 

 

セブルスは2人にハリーが狙われている可能性が高い事を告げなかった。出来れば今年は特に、2人に大人しく過ごして欲しかった。ーーブラックが万が一、ホグワーツに来てしまったら2人が大人しく出来る未来を想像出来ないのが、何とも悲しい事だ。

 

 

「ジャックに付き添いを頼めたら良かったんだが…アイツも忙しいらしい」

「2人で大丈夫よ。…あ!ねえ父様?私お願いがあるの」

 

 

2人で大丈夫だと良い、ダイアゴン横丁の事を考えたソフィアは思い出したように少し甘えたような声を出し、肘掛け椅子の後ろに周り、背後からセブルスの首元に腕を絡ませた。

 

 

「…何だ?」

 

 

セブルスは柔らかい声でソフィアに問いかけ、自分の顔の横にあるソフィアの頭をゆるく撫でる。それを見て、ルイスはソフィアは父の扱いをよく心得ていると内心で苦笑する。

勿論、セブルスはソフィアだけではなく、ルイスにも優しい。だが多数の父親と同じくーー父親というものは、娘には息子よりも甘く対応してしまうものだ。

 

 

「私ね、ペットが飼いたいの!来年は沢山受講したでしょう?癒しが必要だわ!」

「ペットか…」

「え!いいなぁ、僕も飼いたい!」

 

 

ソフィアのお願いを聞いたルイスは自分も飼いたいと目を輝かせ、肘掛けに座っていた身を乗り出しセブルスの空いている右手を掴んだ。

 

 

「「ねえ、駄目?」」

 

 

2人の甘え声に、セブルスは目を細め口先を僅かに綻ばせる。

 

 

「ああ、良いだろう」

「やったあ!父様大好き!」

「父様ありがとう!大好き!」

 

 

ルイスはセブルスの首元に抱き着き、ソフィアはセブルスの頬にキスを落とした。そしてセブルスにバレないようにちらりと視線を交わし、ほくそ笑む。ーー父様、ちょろい。

 

 

「だが、ソフィア。ルイスの嫌がる生き物は飼ってはならん」

「え!…そんなぁ……駄目?」

「…駄目だ。ルイスが可哀想だろう」

「本当だよソフィア、絶対にやめてね」

 

 

蜘蛛が飼えないと分かるとソフィアはぷくりと頬を膨らませたが、すぐに気持ちを切り替えてどんな新しい家族を受け入れようかと心を踊らせた。

ルイスもまた、折角ならカッコいいペットが良いとまだ見ぬ家族に胸をときめかせた。

 

 

「父様はペットとか、飼った事ないの?」

 

 

ソフィアは椅子の後ろから、ルイスの座る肘掛けとは反対側に座り首を傾げる。

あまり生き物を飼っている姿を想像出来ないが、学生時代に梟くらいは飼っていてもおかしくない。

 

 

「無いな」

 

 

 

セブルスの答えに、ルイスは「へえ?何で?」と何となく聞いた。セブルスはじっとルイスを見て、わからないのかと言うようにゆっくりと、諭すように告げた。

 

 

「魔法薬は調合に時間がかかるものが多い。ペットの世話をする暇など無い。…ルイス、今年も私の個人授業を受けるつもりなら…その辺りをよく考えて選ぶ事だな」

「あー…成程ね。…え、じゃあ今年は結構難しい薬を作るの?」

「ああ、そのつもりだ」

「やった!楽しみだなぁ」

 

 

調合に何日もかけるのなら、きっとそれなりに難しい薬なのだろう。今から新たな楽しみが出来たと嬉しそうに頬を緩めるルイスを見て、ソフィアはまた魔法薬学の話をしてる…と、少し嫌そうな目で2人を見た。ソフィアが2人がする話で唯一楽しめないのは、魔法薬学に関する話だが、あいにく2人はよくその話に花を咲かせていた。

 

 

「魔法薬…私どうして上手く出来ないのかしら…たまに嫌になるわ」

「真剣に取り組めば出来るはずだ。調合中、意識が散布し過ぎている。…それに大雑把すぎる」

「ソフィアはもっと、調合の過程を楽しまなきゃ!」

「ほう…良い表現だ」

 

 

ルイスは褒められた事が嬉しく、照れながらも「良いでしょう」とばかりにソフィアに向かい、にやりと笑う。面白くないソフィアはぷいとそっぽを向きまたも頬を膨らませた。

 

 

「まぁ、来年は大鍋の数を減らさないように頑張るわ」

「そうしてくれ。…ソフィアが大鍋を溶かした為、新たに発注したいと、ダンブルドアに言いに行き…その度に気の毒そうに見られるのは…懲り懲りだ」

「まぁ!」

 

 

ソフィアは頬を赤く染めて少し怒って見せたが、セブルスとルイスは楽しそうに笑った。

 

 

 



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107 ダイアゴン横丁!

 

ソフィアとルイスはハリーと会うために、そして教材を買う為に漏れ鍋へと向かった。

店主にハリーが泊まっている客室は何処かと聞く前に、暖炉から出た瞬間、食事をとる客で混み合っている場所の一角から「ソフィア!ルイス!」と声が掛かった。

 

 

「ハリー!」

「久しぶりね!」

 

 

2人はトーストを手に持ちながら溢れんばかりの笑顔で手を振るハリーに駆け寄るとハリーの前に座る。店主はすぐに2人の側に寄ると「ご注文は?」と聞いた為、本当は何も注文するつもりは無かったのだがーー2人は紅茶を一杯頼んだ。

 

 

「ハリー、急に会えなくなってごめんなさい」

「ううん、でも…どうしたの?」

「囚人が脱獄したのは知ってる?まぁ、その関係で保護者から外出禁止って言われたんだ」

「そうなんだ…凶悪犯だもんね」

 

 

ルイスは運ばれてきたやけに薄い紅茶を顔を顰めながら一口飲み、中にミルクをたっぷり入れ、ハリーの言葉に頷いた。

 

 

「うん、すぐ捕まると良いんだけど」

「ねえハリー?ハリーはもう教材を揃えた?私たちは今日買う予定なの」

「まだだよ、一緒に買いに行こう!」

「ええ、これを飲み終わったら行きましょう!」

 

 

その言葉を待っていたというようにソフィアはにっこりと笑い紅茶を一口飲むと怪訝な顔をして薄い琥珀色を見つめた。

 

 

「ーー飲み終わる前に行きましょうか」

 

 

 

 

 

ソフィア達はリストを見ながら来年度の教材を買って回った。ハリーとルイスは兎も角、ソフィアは全科目受講しているため、その細腕に積み上げられた本の山はなかなか壮観なものだった。ハリーとルイスは持つのを手伝ってやりたい気持ちはあったが、残念ながら2人の両手にも同じようにーー彼女と比べて小さくはあったがーー教科書の山が出来ていた。

 

 

「後は…怪物的な怪物の本ね!…あの檻の中の本かしら…?」

 

 

ソフィアはレジのカウンターに本の山を置き、痺れる手を振りながら本屋のショーウィンドウに飾られている檻の中にある数百冊の本を見た。

その本達は取っ組み合い、ぶん投げ、噛みつき合い、檻の中には千切れたページが舞う。

 

 

「まぁ!ここの店主はこの本の扱い方を知らないのね!」

 

 

ソフィアは在庫整理をしていた店主の側に寄り「あの怪物的な怪物の本ですがーー…」と声をかけた、その瞬間店主はびくりと体を震わせ顔を引き攣らせたがぐっと眉を寄せ勇敢な顔つきになるとシャツの袖をたくし上げ大股で檻に近づいた

 

 

「君たち、どいて」

 

 

店主は檻の前にいたルイスとハリーを押し退けると檻の側にかけられた分厚い手袋をはめ、太いごつごつとした杖を手にしっかりと持ち、檻の入口へと進み出た。

 

 

「何冊、必要かね?」

 

 

まさか、人数分の3冊も一度に買う気じゃ無いだろうなと店主はさっと顔を青くさせた。

 

 

「あっ僕は持ってます」

「2冊、お願いします…」

「2…冊……よし、わかった」

 

 

最悪の結果ではなかったが、それでも2冊この中から取り出さねばならない。店主の手は、厚い手袋越しに何度も噛まれ青い歯型を残していた。流血こそしていないが、内出血はどうしようもなかった。ーーそれほどに強い力で噛むのだ。

 

 

 

「店主さん待って!私がとるわ!」

「君が…?」

 

 

ソフィアは自分の胸を指差して頷くが、店主は疲れたように笑って首を振った。きっと、自分があまりに辛そうにしているから、この少女は変わろうと申し出てくれたのだ。ただこの少女の腕は細く白い、そんな細腕でなにが出来るのか?ーーそもそも、客に怪我をさせてしまうかもしれない、そんな事はーーとてもありがたい申し出だったが断った。

 

 

「その腕が噛みちぎられてしまうよ、…さあ、下がりなさい」

「大丈夫よ!」

 

 

ソフィアは店主の忠告を聞かず、店主の脇をくぐり抜け、檻の入口の前に立った。「危ない!」と店主が慌てて止める前にソフィアはさっと扉を開け、1番近くにいた怪物的な本の表紙を優しく撫でる。すると本はぶるぶると大きく震え大人しくーーただの本のように停止した。

 

 

「はい、ルイス持ってて?」

「わかった」

 

 

ソフィアは大人しくなった本をルイスの手に渡し、もう一冊ーーもう一匹というべきなのだろうか?ーー本を大人しくさせた後、扉を閉めた。驚愕しぽかんと目を開く店主に、ソフィアは悪戯っぽい笑顔で笑う。

 

 

「ね?大丈夫だったでしょう?」

 

 

 

その後店主に怪物的な本の宥め方を教え、それに心から感謝した店主はーー何せあの本はお互いを食い荒らし、商品として売り物にならない程にぼろぼろに引き裂いてしまうーーソフィアの購入する予定だった教科書全てを無料で譲ってくれた。

流石にソフィアが買う本の量はかなりのものだった為断ったのだが、店主はにっこりとーー少々投げやりに笑い、「君が買う本の量以上の本がお互いを食い荒らしたんだ。ーー宥め方を知らなければ入荷した本は一匹を残して駄目になってた」と告げ、渋るソフィアの腕に無理やり本の山を乗せた。

 

 

「それなら…ありがとうございます!」

 

 

相手の好意を拒否し続けるのも悪いか、とソフィアは笑顔でお礼を言い受け取る。残りはハリーとルイスが数多くの本を購入するだけだ、ソフィアは腕に持つ本を抱え直しながらハリーは必要な本を探せただろうかとあたりを見渡した。

 

ハリーは占い学に必要な本を店主に探してもらっていたが、必要なものではない、小さな机に陳列されている本をじっと見ていた。

 

 

「ああ、その本は読まない方がいいですよ。死の前兆があらゆるところに見え始めて、それだけで死ぬ程怖いですから」

 

 

店主はハリーが見つめていた死の前兆に関する本を見ながら身体を震わせた。

そんなに恐ろしいのだろうか、とソフィアはハリーの隣から本を覗き込む。ーーそこには、小熊ほどの巨大な黒い犬の絵が描かれていた。

 

 

「ああ、ヘルハウンドね」

「ソフィア…この犬、知ってるの?」

 

 

ハリーはその目をぎらつかせた黒犬から目を離す事なく、恐々とソフィアに問いかける。ソフィアは足元に本を置き、赤くなった腕を摩りながら頷いた。

 

 

「ええ、死神犬(グリム)とも呼ばれているわ。墓場にいる亡霊犬ね。占い学では不吉の象徴らしいけれど…黒くて大きな犬なんて沢山居るわ。普通の犬を見た人のその後何人かがたまたま死んじゃうとするでしょ?人は…不可解で不合理な死に理由を求めたいものなの。それがグリムの謂れだと私は思うわ」

「…ソフィアは信じてないの?」

 

 

ハリーはようやく黒犬から無理やり視線を外し、不安げにソフィアを見つめる。何故そんな顔をするのか、ソフィアは安心させるように笑い、そして肩をすくめた。

 

 

「ええ、だってそれなら…私たちは毎年グリムを見てなければおかしいわ!」

 

 

この2年間で何度死にそうな目にあったか!と明るく言い飛ばすソフィアに、ハリーはつられるように笑い、胸を撫で下ろした。

 

 

「黒い犬を見たの?」

「うん…また後で話すよ。…先に買い物終わらせよう」

「ええ、そうね…」

 

 

ソフィアは足の間にある本の小山を見下ろし、ため息をついたがすぐに気を引き締め直し自分に喝を入れ、その本の山を抱え持った。

 

 

3人は書店からよろめきながら出ると、この大荷物を持ったまま他の教材を買うのは困難だと判断し、一度漏れ鍋のハリーが宿泊する部屋へと向かった。

 

 

「はぁー!重かったわ!こんな事なら検知不可能拡大呪文を習得すべきだったわ…」

 

 

凝り固まった肩を回しながらソフィアは呟く。何としてでも後数週間の間に覚えようと心に決め、ソフィアはハリーとルイスを振り返った。彼らもまた本の重さで痺れた腕を揉みながらその言葉に賛同するように苦笑していた。

 

 

「ペットショップは…また今度ね」

「そうだね、これ以上持つのは不可能だ」

 

 

ソフィアはため息をつき、ルイスも同じように肩をすくめる。本当なら今日1日でペットも飼いたかったが、また別の機会にしよう。

 

 

「…それで?ハリーはなんで漏れ鍋にいるの?」

「ああ…えっとね…」

 

 

ハリーは買った教材を机の上に置いた後、思い出すようにポツポツとあった事を話した。

ルイスとソフィアは座るところが無かったため、ハリーから許可を得た上でベッドに腰掛け、ハリーは椅子を2人の前に持ってきてそこに腰掛けた。

家に来たマージを膨らませた事から話し、ソフィアとルイスはそれを静かに聞いた。

 

 

「なるほど、ご両親の侮辱は許せないわ」

「そうだねハリー。気にする事ないよ、僕だって同じ事をする」

 

 

亡くなった人への侮辱など、許せるものでは無い、もし母を侮辱されたら間違いなくーールイスは自身が知る最大の呪いをかけ、ソフィアは相手を変身術で虫に変えて踏み潰すだろう。

 

 

「うん…それで、家を飛び出して…その時に、…黒くて大きな犬を見たんだ…」

「え?グリムを?」

 

 

書店での話を知らなかったルイスは少し驚きの声を上げる。途端にハリーはそわそわと不安げに身体を揺らした。

 

 

「うん…やっぱりグリムだったのかなぁ…」

「うーん。…どうだろうね、普通の野良犬じゃない?」

「…そうだよね…うん…」

 

 

ルイスもソフィアと同じで占いを真剣に信じてはいない為懐疑的に考えていたが、あまりにもハリーの顔色が悪く、慰めるようにその肩を叩いた。

 

 

「大丈夫、もしグリムが居るなら僕らは何度も目撃してるはずだよ」

 

 

ソフィアと同じ慰めに、ハリーは少し沈んでいた気持ちを浮上させ微笑んだ。そうだといい、そう何度も思いながら。

 

 

「さ、一休みも出来たし、ダイアゴン横丁へ戻りましょう!私アイスが食べたいわ!」

 

 

ソフィアはぱっと立ち上がると、ハリーとルイスの前に立ち、暗い話は止めて楽しい場所へ向かおうと手を差し出した。

ルイスとハリーは顔を見合わせ、ソフィアのようににっこりと笑うとその手をとり立ち上がった。

 

 

 



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108 新しい家族!

ソフィアとルイスは別日に改めて魔法動物ペットショップを訪れた。

 

 

「二頭イモリですって!ああ、この子眠そう…かわいいわ…」

「うーん、やっぱり梟もいいなぁ…」

「みて!火吹きトカゲよ!青い炎が綺麗ね!鱗も黒くて素敵だわ!」

「紫色の猫も可愛いなぁ…」

「まぁ!ガラスヘビだわ!食べたものが見えるわ…凄いわね!」

「鷲もかっこいいなぁ…」

「あっ!金色クワガタよっ!めちゃくちゃ高いのよね…」

「…ソフィア、本気で選んでる?」

 

 

ソフィアが口にする生き物のあまりのセンスにルイスが呆れたようにいえば、ソフィアはきょとんと目を瞬き「勿論本気よ」と頷いた。

 

 

「うーん、やっぱり蛇にしようかしら…」

「…僕…去年のトラウマが…」

 

 

バジリスクと戦った事はまだ記憶に新しい。ルイスは去年のバジリスクの恐ろしさを思い出し身体をぶるりと震わせた。ソフィアは少し残念そうに眉を寄せ──流石に、ルイスが嫌がっている動物を飼う気は無い──他のゲージを一つ一つ見てまわる。どの子が良いだろうか?家族の一員となる、特別な子はどこに居るのだろう?

 

 

 

「───あっ!」

 

 

ソフィアはぱっと一つのゲージの前で足を止め、食い入るようにその先にいる白くてふわふわなモノを見た。

 

 

「ルイス!ねぇ、ちょっと来て!」

「何?タランチュラだったらただじゃおかないから」

 

 

ルイスは目を極限まで細め、もし蜘蛛ならすぐに目を閉じようと用心深く近付いた。ソフィアが今まで選んだ生き物は爬虫類か昆虫だ。その中でも一際興奮し嬉しそうな声を出させる生き物が何なのか、ルイスはかなり不安げにだった。

 

 

「もう!大丈夫よ。…見て、この子はどう?」

「わぁ…!今までソフィアが選んだ中で1番いいと思うよ!」

「決まりね!」

 

 

ソフィアは頬を紅潮させ、ゲージに手を伸ばす。途端にペットショップの店員が慌てて駆け寄りゲージに差し込もうとしていたソフィアの手を掴んだ。

 

 

「危ない!──お嬢さん、コレを飼うつもりですか?」

「ええ、そうです」

 

 

店員は驚愕と嬉しさ──厄介なものが漸くいなくなるという安堵だろう──を滲ませたが、少しだけ声を顰め、真面目な顔でソフィアに囁いた。

 

 

「コイツは…気性が荒く…飼い慣らすのは難しいですよ。どこで生まれたのか…ここだけの話、わからないのです。…何かあっても、…返品は不可です」

「大丈夫です。家族ですもの!返品する気はありません」

「そうですか!わかりました、カウンターに持っていきます。餌はサービスでつけておきますよ」

「まぁ!ありがとうございます!」

 

 

店員はソフィアの決意を聞いてほっと表情を緩めると直ぐにゲージを掴んだ。客の気が変わらないうちにさっさと厄介者を売ってしまいたいのだろう。

 

 

「ルイスはどうする?」

「うーん…──この子にする」

 

 

ルイスは少し先のゲージを指差した。

それを覗きに見たソフィアは、にっこりと笑い頷く。

 

 

 

「素晴らしいと思うわ!」

 

 

 

 

新たな家族を迎え入れたソフィアとルイスはすぐに家に戻った。この後漏れ鍋へ行ってハリーと会っても良かったのだが、それよりも新しい家族との仲を深めたい、そう思っていた。

 

 

「ただいま!」

「父様、いる?」

 

 

ソフィアとルイスは腕に大きな籠を抱え暖炉から飛び出す。一刻も早く、自分が選んだ最高の家族をセブルスに紹介したかった。

しかし、家の中はがらんと静まり返っていて2人の呼びかけに返答は無い。

ルイスは机の上に父からの伝言がある事に気付き──珍しく出掛けている──残念そうにため息をついたがすぐに気持ちを切り替え、籠に被せられていた布を外した。

ソフィアもまた、机の上にそっとゲージを置き、布を外す。

 

 

「宜しくね。あなたの名前は…ティティよ!」

 

 

ゲージの中には真っ白な毛玉のようなものが居た。ぴょこん、と大きな三角の耳が現れると、それはゆっくりと顔を上げる。

真っ白な体毛だが、顔の部分は柔らかな小麦のような色が混じっていた。瞳は黒く潤み、大きな耳の中は薄桃の色をしている。その2本ある尾の先は僅かに黒かった。

 

 

ティティ、と名付けられたのはフェネックと妖狐の混血の生き物だった。ただのフェネックでは無く、確かな知性を持ち、人の心を読み、化ける事が出来る。ティティはまだ生まれたばかりで自身にどんな力があるのかはわかっていなかった。

ただ、ペットショップの店員が言うように気性は荒く、今までも何人もの魔女や魔法使いがティティを飼ったがその度に返品されていた。

 

 

「さあ、そんな狭い所にいないで…出ておいで?」

 

 

ソフィアはゲージを開けると手を差し伸べる。ティティはぴくぴくと大きな耳を動かしソフィアの手の匂いを嗅ぎ、そしてじっとその眼を見つめゆっくりとゲージから出るとその手に甘えるように頭を擦り付けた。途端にソフィアはぱっと笑顔を浮かべ、思わず抱き締めたい衝動に駆られたがぐっと我慢した。

 

──まだこの子は私に慣れていない、この子から来るまで、我慢我慢…!

 

 

「か、可愛いっ…!」

 

 

しかし、ソフィアは手に触れる柔らかな毛とその生き物の暖かさに思わず小さく悶え、にやつく頬を抑えられなかった。

 

 

 

ルイスは止まり木に静かに立っているワタリガラスを見つめる。

あのペットショップに売っていたワタリガラスの中でも二回りは大きい個体のため、店員は獰猛さを持つかもしれないと忠告したが、ルイスにはそう思えなかった。

騒ぎ鳴くワタリガラス達の中でも一羽だけ気品溢れるその静かな立ち姿に、ルイスは一眼見て気に入った。真っ黒の身体、騒ぐ事のない静かな立ち姿に、誰を思い浮かべたかなど…想像に難くない。

 

 

「君の名前は…そうだね…シェイドだよ。…宜しくね、シェイド」

 

 

籠を開けたが、シェイドと名付けられた鴉は外へは出ない。──警戒しているのだろう。ただ、ルイスが差し出した手を羽で少しだけ撫で、小さく丸い目でルイスを見上げた。

 

それだけで嬉しそうにルイスは微笑み、その絹のように滑らかな羽をそっと撫でる。嫌がられるかと思ったが、シェイドは目を閉じ「クルクル」と鳥が甘えた時に出す鳴き声を上げた。

 

 

「なんて…美しいんだろう…」

 

 

ルイスはその美しさに、感嘆のため息をつく。

ルイスはシェイドをただの大きなワタリガラスだと思っていたのだが、実際はワタリガラスでは無かった。八咫烏と呼ばれる稀有な種族なのだが、ペットショップの店員も、ルイスも、その足が2本しかないのは見ていた為、微塵も八咫烏だとは思わなかった。

八咫烏は3本足の鴉であり、他の鴉より長寿であり、巨大で、さらに知性と魔力を持つ。成長した八咫烏の羽ばたきは竜巻を起こし、太陽の霊鳥である彼の血は全ての呪いを解呪する。

 

しかし、シェイドは生まれてすぐ、まだ力を持たない時に獣に襲われ、一本の足を失っていた。足の数が減ったといえ、八咫烏は八咫烏なのだが。その象徴が無いとなると…他の鴉と見分けるのは難しい。

 

 

真っ白な狐と。

真っ黒な鴉。

 

双子でありながら、どこか正反対の心を持つ2人は偶然にも知性と魔力を備えた動物を、新しい家族に選んでいた。

 

 

 

「ティティ、ずっと仲良くしてね?」

「シェイド、これから宜しくね」

 

 

2人の声に、キツネはキュッと、カラスはクルルと鳴いた。

 

 

 

「なんだか、私たちの言葉がわかってるみたいね?」

「まさか!偶然でしょ?」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ「そうよね」と笑い合ったが、2人の家族となった狐と鴉は意味ありげに、チラリと視線を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…何だ、これは」

 

 

ジャックに呼び出されていたセブルスが夕暮れの頃家に戻ると、沢山の羊皮紙が部屋中を舞い、何か白い毛玉が光線のように走り回っていた。そう思えばバサバサと室内にも関わらず風が巻き起こり、数々の本を本棚から落としていた。

 

 

「だめっ!メッ、よ!──ティティ!こらっ!大人しくしなさいっ!」

「シェイド!ティティを捕まえて!」

 

 

ソフィアは大声で懇願するように叫びながらティティの名前を呼んだが、ティティは足を止まらせる事なく部屋中を駆け回る。シェイドは命令通り捕まえようとしたが──彼にこの家は狭すぎたようで、羽ばたきのたびに羊皮紙が舞い羽先を本が掠めていた。

 

セブルスはその惨状に長い溜息を落とし、杖を振るう。

 

 

「──早く捕まえろ」

 

 

停止呪文をかけられたティティは本を撒き散らしながら本棚を駆け上がっていた最中でピタリと動きを止める。セブルスが魔法を使って初めてソフィアとルイスは父が帰ってきた事に気付き、ぱっと表情を輝かせた。

 

 

「あっ!父様お帰りなさい!」

「お帰りなさい!ねぇ、見て!僕のシェイドだよ!カッコいいでしょ?」

「あら!私のティティも…お転婆だけど可愛いわ!」

 

 

ルイスが腕を少し上げれば、ランプに留まっていたシェイドがゆっくりと大きな羽を広げその腕に捕まり、まるで背筋を伸ばしその美しい身を誇るように胸を逸らせた。

 

ソフィアは固まっていたティティを抱きしめると安心させる為に頭を撫でながら、セブルスの側に駆け寄る。

 

 

「…部屋を、片付けなさい」

 

 

静かな怒りが滲むセブルスの声に、ルイスとソフィアは顔を見合わせちらりと後ろを振り返る。整頓されていた本棚はぐちゃぐちゃになり、羊皮紙が舞い、インク壺が中身をぶちまけながら転がっている。部屋のあちこちに黒くかわいい肉球がしっかりとついていた。

鴉の黒い羽と、狐の白銀の毛が舞う中、ルイスとソフィアは「あはは…はーい」と苦笑いしながら素直に頷き、それぞれのペットを籠の中に戻した。

 

 

 

 

残りの夏休みを、ソフィアとルイスは新しく出来た家族のティティとシェイドと過ごした。

 

セブルスはつい先日ホグワーツへ向かった。2人はそれをとても残念に思ったが、ブラックが脱獄し、ホグワーツにディメンターが配置される事になってしまった。

ホグワーツの教師達はその対応と、保護者への説明に奔走しているのだろう。魔法族のものであれば、ディメンターがどれだけ恐ろしいのかを知っている。そんな存在が学舎のすぐ側を蠢いているだなんて、想像するだけで幸福な気持ちが吸い取られてしまいそうだった。

 

一刻も早くブラックが捕まればいい、そうソフィアとルイスは思っていた。

 

 

ルイスのペットであるシェイドは数日訓練し、ワタリガラスとしてフクロウ便ならぬカラス便に登録され、手紙や小包を運ぶことが出来るようになった。

初めてルイスがシェイドを使い手紙を送ったのはドラコに、だった。ワタリガラスをフクロウ便の代わりに使う家庭は少ないが存在している。

しかしこれほど大きな個体を見たのはドラコは初めてであり、いきなり屋敷の窓に現れた大鴉を見た時はあまりの巨大さに顔を引き攣らせた。

 

怖々その鴉が持つ手紙を受け取り、その内容にさっと目を通し、ルイスの新しいペットだと知った時は驚いたが、記念すべき初めての手紙を受け取ったのが自分だと知って、ドラコはこそばゆいような、心がむず痒いような、不思議な気持ちになった。

 

すぐに返事を書き、怖々と大鴉に手紙を持たせれば、大鴉は大きな羽音を立て悠々と浮遊し空の彼方に消えていった。

 

 

「お帰りシェイド!…ドラコからの返事まで持ってきてくれたの?本当に賢いね」

 

 

マルフォイ家はかなりの距離があったはずだが、シェイドはルイスが想像していたよりも早く帰宅し、もっと褒めてほしいと言うように頭をルイスに向けた。

ルイスは手紙を受け取りながらシェイドの頭や身体を愛おしげに撫でる。

 

 

「ねぇシェイド?私の手紙も届けてくれるかしら?」

 

 

ソフィアが手紙を2通見せながら言えば、シェイドは「おまかせあれ」と言うようにソフィアの指を優しく甘噛みすると直ぐに手紙を咥えた。

 

 

「ハーマイオニーと、ロン…ウィーズリー家に持っていってね?ハーマイオニーのお家はマグル界にあるから…あまり人を驚かさないようにね?」

 

 

ソフィアの忠告を静かに聞いていたシェイドは少し頭を下げ「わかった」と頷くとすぐに羽を広げ、再び窓から飛び立った。

 

シェイドを見送ったソフィアとルイスは顔を見合わせる。さっきのタイミングは、どう考えても言葉が通じているように見えた。

 

 

「…まさかね?」

「うん、たまたま…タイミングが良かったんだよ」

 

 

2人はシェイドがただのワタリガラスだと思っている故に、まさか人間の言葉全てを理解しているはずがないか、と苦笑した。

 

 

「ティティ!私は今から勉強をするわ。あなたはゲージに戻りましょう?」

 

 

窓を閉めながらソフィアはソファの上にあるクッションに寝転び腹を見せていたフェネックのティティを見た。

ティティはその言葉を聞くと「嫌だ」と言うように首を振り、そのままクッションの上で毛玉のように丸まった。

 

 

「…ティティも人の言葉がわかってる気がするわ…」

「いやいや…まさか…」

 

 

毛玉になってしまったティティの隣に座ったソフィアはその柔らかな身体を撫でながらしみじみと呟く。ルイスはまたも、苦笑する。

彼らはうっすらと、この2匹は普通では無いのではないか、と思っていたが、だからといって手放すつもりは毛頭もなかった。他とは違うのなら、それはそれで素晴らしい事だと考えていた。

 

 

「ティティ、寝てもいいけど…粗相はしちゃダメよ?トイレはあっちね?」

 

 

ゲージの隅に置かれている猫砂を指差せば、ティティは片目を開け尻尾をゆらりと振った。賢いティティは一度でトイレの場所を覚え、失敗する事は無かった。飼いやすい子で良かった、とソフィアは微笑み優しくティティを撫でる。──フェネックのトイレトレーニングは、本来かなり難しいのだが、ソフィアはそれを知らなかった。もし知っていたらきっとティティがただのフェネックでは無いとわかっていただろう。

 

 

「はぁ…この毛並み…癒されるわ!…よしっ!勉強頑張るっ!」

 

 

ソフィアはうっとりとティティの毛並みを撫でていたが、机の上にある古代ルーン語学に使う『魔法の象形文字と表語文字』を開き、時折辞書を開きながら黙々と読み込んでいた。

ルイスもまたソファに座ると紅茶の入ったカップを片手に持ちながら古代ルーン語の辞書を開く。中々難解だが、謎解きパズルのような不思議な魅力がある。古代ルーン語を深く理解すれば、古の魔術の片鱗を読み解けると言われている。ルイスはいつか忘れられた魔法を使ってみたいと、その赤い辞書を指でなぞりながら思った。

 

 

2人は夏休みの最終日まで外出する事なく、来年度の授業の予習をする為に家の中で過ごした。

ハリーは手紙でそれを知り残念がったが、ハリーもまた夏休みの課題に追いこまれていた。毎日会っていれば心は満たされただろうが──課題の空白部分は満たされなかっただろう。

 

 

 

ハーマイオニーとロンから手紙の返事を受け取ったソフィアは、2人がダイアゴン横丁に夏休みの最終日に行くことを知った。

その日は久しぶりにみんなが集まる日だ。

次の日にはホグワーツ特急で会えるのだが、1日も早くハーマイオニーとロンと会いたかった2人は、その日にダイアゴン横丁へ向かう事に決めた。

 

もう2ヶ月近く会っていない。

ハーマイオニーとロンが聞かせてくれるだろう夏休みの素晴らしい旅行の土産話を想像し、ソフィアとルイスは楽しげに笑った。

 

 

 



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109 日焼けしたその顔!

8月31日。

ソフィアとルイスは朝食を食べ終えるとすぐに漏れ鍋へ向かった。

ソフィアは肩掛け鞄の中にフェネックのティティを入れて連れ歩いたが、ルイスのペットであるシェイドは流石に連れ歩くには大き過ぎた為ダイアゴン横丁の空に放った。

久しぶりに空を自由に舞うシェイドはその大きな翼を広げ悠々と飛び回っていた。

通行人は急に陰った事に訝しげに空を見上げ、その巨大な大鴉に驚き目を丸くしていた。

 

 

「ハリー!課題は終わったかしら?」

「ソフィア!うん、なんとかギリギリね」

 

 

ハリーは昨夜遅くまで課題をしていた為──特に、魔法薬学が鬼門だった──眠そうな、どこかとろんとした目をしていたが、ソフィアとルイスを見ると直ぐに眠気は飛んでいってしまったようで大きく目を開くと嬉しそうに笑った。

 

 

「ロンとハーマイオニーは?」

「ううん、まだ会ってないよ」

「じゃあ探しに行きましょう!」

「そうだね!…あ、ファイアボルトも最後に一眼見て良い?」

 

 

ハリーの言葉にソフィアとルイスは「ファイアボルト?」と同時に聞き返し首を傾げた。まさか2人が知らないとは思わず、ハリーは「新しい箒さ!」と直ぐに2人を高級クィディッチ用品店に案内した。そこはいつも通り人集りが出来ていて皆がファイアボルトを食い入るように見つめていた。ハリー達は人混みを通り抜け陳列棚の前まで並ぶと、その輝くような素晴らしい箒を見た。

 

 

「わぁ…!たしかに、素晴らしい箒ね…時速240キロですって!」

「凄いよね、こんな箒に乗ってプレイ出来たら…最っ高だよね…」

「僕は…うーん、持て余しちゃうかな?」

 

 

クィディッチが好きで飛行術の得意なソフィアとハリーは興奮したように囁き合い頬を赤く染めていたが、ルイスはあまり興味がないのか、素晴らしい箒を見ても特に感動した様子はなく呟く。

 

 

「値段…お問い合わせ下さいって…金貨何枚になるのかしらね…」

「きっと、何百枚だよ…」

「ほらほら2人とも、買えないものを見てても仕方ないよ、僕アイス食べたいな」

 

 

穴が開くほど見つめる2人の背中をルイスはぐいぐいと押し、無理矢理ファイアボルトの前から移動させる、ハリーとソフィアは名残惜しそうに首が千切れそうなほど後ろを向いていたが、ついに首が痛くなり諦めたように前を向いた。

 

 

「まぁ…たしかに買えないものをずっと見てても仕方ないわよね…」

「そうだよね…ああ、でもあの箒があれば…マルフォイのニンバス2001なんて…目じゃないのに…」

「ハリーのニンバス2000も素晴らしい箒よ?」

「うーん…そうだけどさぁ…」

「はいはい、アイス食べに行くよ!」

 

 

まだ諦めきれずにぶつぶつと呟くハリーにルイスは呆れたようにため息をつき、ハリーの手を握ると無理やりフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーへ連れて行った。

 

 

「ソフィア!ハリー!ルイス!」

 

 

名残惜しそうにちらちらと高級クィディッチ用品店を振り返っていたハリーだったが、遠くから大声で自分達の名前を呼ぶその声に気がつくとぱっと前を向いた。

 

 

目的地のアイスクリーム・パーラーのテラスにハーマイオニーとロンが座っていた、2人の机の前には美味しそうな食べかけのアイスクリームがあり、2人共同じようにこんがりと日焼けをしている顔中に笑顔を浮かべ、3人に向かって千切れんばかりに手を振っていた。

 

 

「やっと会えた!」

「ハーマイオニー!久しぶりね!」

「2人とも良い色になったね?」

 

 

ハリーは笑顔でロンの隣に座り、ソフィアはハーマイオニーに抱き着き再会を喜んだ。ルイスはハリーの隣に座りながら店員に声をかけ、メニューに目を落とした。

 

 

「ソフィアとハリーは何か頼む?僕は…スペシャルパフェにしよっと」

「うーん、私はイチゴサンデーにするわ!」

「僕は…そうだな、チョコとバニラのダブルソフトで!」

 

 

ルイスは店員に3人分まとめて注文すると、再会を喜び嬉しそうなハーマイオニーとロンを見て、思わずつられて微笑んだ。

 

 

「旅行楽しかった?」

「もう最高だったさ!エジプトってすごいよ、ビルが夢中になるのもわかるな…ちょっと日差しはきつかったけどね」

「フランスもよかったわ、料理は美味しいし街並みは綺麗だし…沢山の美術館を回ったの!それに、フランスの魔法史って面白いのよ!」

「私、イギリスから出た事ないのよね…大人になったらいろんな世界を見てみたいわ!」

 

目を輝かせ夏休みの思い出を話すロンとハーマイオニーを見たハリー達は運ばれてきたアイスクリームを食べながら何度も相槌を打ち、楽しげにその話を聞いていた。

ある程度話し終えたロンが、思い出したようにハリーを見るとニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

 

「ところでハリー、おばさんを膨らましちゃったって本当?」

「そうよ!本当に膨らましたの?」

 

 

ハーマイオニーは真面目な顔で聞いたが、ロンは一部始終を既にアーサーから聞いていた為、ハリーの含みを持たせた笑い顔を見ると堪えきれないというように吹き出し笑い転げた。

 

 

「そんなつもりじゃなかったんだけど。ただ、僕ちょっと──キレちゃって」

「ロン、笑う事じゃないわ!」

 

 

ゲラゲラと腹を抱えて笑うロンをハーマイオニーは窘めると、心配そうにハリーを見た。

 

 

「まぁ、ハリーがキレるのもわかるけど…ハリーには前科があるからね」

 

 

ルイスはスペシャルサンデーに刺さっていたウエハースを齧りながら苦笑し、ハーマイオニーはそれに同意するように真顔で何度も頷く。

 

 

「ほんとよ!むしろ、ハリーが退学にならなかったのが驚きだわ」

「僕もそう思ってる。退学処分どころじゃない…僕、逮捕されるかと思った」

 

 

ハリーは父が魔法省で働いているロンなら、何故退学にならなかったのか知っているかと思いロンを見た。

 

 

「ファッジがどうして僕を見逃したのか、君のパパ知らないかな?」

「多分、君だからだ、違う?」

 

 

まだ笑いが止まらなかったロンはくすくす笑いをこぼしていたが、ハーマイオニーに強く睨まれ口を抑えながら肩を窄めた。

 

 

「有名なハリー・ポッター。いつものことさ。おばさんを膨らませたのが僕だったら、魔法省が僕に何をするのか、知りたくないよ。もっとも、まず僕を土の中から掘り起こさないといけないだろうな。きっと僕、ママに殺されちゃってるよ!」

「私も疑問だったのよね…去年、ほら…色々あったじゃない?その功績で今までのが白紙になったとかかしら?」

 

 

ソフィアは苺を指で摘み口の中に放り込みながら首を傾げる。ハリー達は顔を見合わせ、たしかにその可能性は高いかもしれないと思った。去年ハリー達は秘密の部屋の継承者──若きヴォルデモートと戦い、見事に勝った。その功績を加味されたとしても、おかしくは無い。

 

 

「今晩パパに直接きいてみたら?僕たちも漏れ鍋に泊まるんだ!だから、明日は僕たちと一緒にキングズ・クロス駅に行ける!ハーマイオニーも一緒だ!」

「パパとママが今朝ここに送ってくれたの。ホグワーツ用の色んなものも、全部一緒にね。ソフィアとルイスは…家に帰らないといけないわよね?」

「うーん…そうだね、荷物とか持ってきてないから…」

「駅で会いましょう!」

 

 

ハリーはソフィアとルイスも一緒に泊まれたらどれだけ幸せだろうかと思ったが、それでもハーマイオニーとロンと共に夜を過ごし、一緒にキングズ・クロス駅まで行く事が出来るのは喜ばしい事でにっこりと笑った。

 

 

「じゃあ、もう新しい教科書とかは全部買ったの?」

「これ見てくれよ!──ピカピカ新品の杖!33センチ、柳の木、ユニコーンの尻尾の毛が一本入ってる」

「新しい杖を買ったのね!よかったわね、ロン」

「うん、これで失敗せずにマルフォイにナメクジ呪いがかけられるぜ?」

 

 

ロンとハリーは顔を見合わせニヤリと笑ったが、ソフィアとルイスは何とも言えず無言でアイスを食べた。

今年もきっと、ドラコとハリー達は一切仲良くできないだろう。それはもう無理だと2人とも理解していたが、せめてお互い無視し合えば良いのに、とも思っていた。

 

 

「新しい教科書も全部揃えたよ」

 

 

ロンは椅子の下の大きな袋を指差したが、ハリーはそれよりもハーマイオニーの隣の席にあるはち切れそうな3つの袋を見て目を瞬かせた。

 

 

「ハーマイオニー、そんなに沢山どうしたの?」

「ほら、私、貴方達よりも沢山新しい科目をとるでしょう?これ、その教科書よ。数占い、魔法生物飼育学、占い学、古代ルーン文字学、マグル学──」

「そういや、君、なんでマグル学なんて取るんだい?君はマグル出身じゃないか!ソフィアはともかく、マグルの事はとっくに知ってるだろ?」

「だって、マグルのことを魔法的視点から勉強するのってとてもおもしろいと思うわ」

 

 

ハーマイオニーの勤勉さが信じ難く、同じ人間だと思えないロンは呆れたようにため息を吐き、ハリーは「これから一年、食べたり眠ったりする予定はあるの?」と尋ね、それを聞いたロンは愉快そうにくすくすと笑ったがハーマイオニーは両方とも無視し、イチゴサンデーを食べるソフィアをくるりと見た。

 

 

「ソフィア、あなた予習はどこまで済ませたの?」

「ん?…えっとね…とりあえず一通り教科書には目を通したわ、けど…占い学はよくわからなかったわ」

「ああ!そうよね、わかるわ…それに、古代ルーン語の──」

「ちょっとお二人さん?こんな所でお勉強の話は控えて頂けないかな?」

 

 

今にも袋の中から古代ルーン文字学の教科書を引っ張り出そうとしていたハーマイオニーにロンが嫌そうに言えば、ハーマイオニーはムッとしたものの、ハリーとロンの嫌そうな顔、そしてルイスの困ったような笑顔を見て浮かしかけていた腰をもう一度椅子の上に下ろした。

 

 

「あ!そうそう、私まだ10ガリオン持ってるの。私の誕生日、9月なんだけど…自分で一足早くプレゼントを買いなさいって、パパとママがお小遣いをくれたの」

 

 

ハーマイオニーが財布を覗きながらそう良い、ソフィアはスプーンを咥えたまま今年はハーマイオニーにどんな誕生日プレゼントを贈ろうかと少し悩んだ。彼女の好きな本にする予定だったが、今年は教科書以外の本を読む時間なんて彼女にはないかも知れない。

 

 

「素敵なご本はいかが?」

「お気の毒さま。私、とってもフクロウが欲しいの。だってハリーにはヘドウィグがいるし、ロンにはエロールが──」

「僕のじゃない。エロールは家族全員のフクロウなんだ。僕にはスキャバーズだけさ」

 

 

ロンは首を振りながらきっぱりと言う。その言葉を聞いたソフィアはぱっと思い出したように目を輝かせ肩にかけていた鞄を膝の上に置いた。

 

 

「そうそう!私も新しい家族を迎えたの!──ジャジャーン!」

 

 

新しい家族。その言葉にハリーとロンは顔を引き攣らせる。──まさか、蜘蛛だったらどうしよう。

 

 

鞄をあければ、中から白く大きな耳がぴょこんと現れ、もふもふとした毛に覆われたフェネックが不思議そうに顔を出しハリー達を見た。

 

 

「フェネックのティティよ!」

「まぁ!可愛いわね!」

「フェネック?初めてみた」

「キツネみたいだね」

 

 

ハリー達は興味深そうにティティを見つめ、ティティはぴくぴくと耳を動かしながら目から上だけを鞄から出して少々警戒しているようだった。

 

 

「まだ赤ちゃんなの、ねー?ティティ?」

 

 

警戒するティティの頭をソフィアが撫でると、心地よさそうにティティはその目を細め再び鞄の底で丸くなった。

ハリーとロンはソフィアが愛らしい動物を飼った事にかなり意外に思った。彼女なら蜘蛛や蛇を飼いそうだが、良い意味で期待が裏切られた、と言えるだろう。

 

 

「僕も新しい子を買ったんだ!」

「どんなの?今は…居ないかい?」

 

 

ルイスも自慢するように胸を逸らし、ロンはどんなペットを飼ったのか気になりルイスの手元や足元を見たが、何か生き物が入りそうな鞄を持っている様子は無かった。

 

ルイスは立ちあがると空に向かって「シェイド!」と叫んだ。

 

するとすぐに羽音が聞こえ、ハリー達はその羽音からきっとフクロウを飼ったのだと予想した。だが聞こえてきた羽音は徐々に大きくなり、ハリー達がそらを見上げると太陽を覆い隠すほどの大鴉がハリー達の頭上に影を落としながら、上げられたルイスの腕にスッと止まった。

 

 

「ワタリガラスのシェイドだよ。みんなの所に手紙を運んだでしょう?」

「ああ!ママがめちゃくちゃ大きな化けカラスが来たって言ってたの、本当だったんだ!」

「私のママも言ってたわ!本当に大きいわね…ワタリガラスって…もっと小さくなかった?」

 

 

確かにカラスと同じ外見だが、大きさは鷹ほど有る。本当にワタリガラスなのだろうかとハーマイオニーはその巨大さに少々身体をのけぞらせながら聞いた。

 

 

「うん、店員さんはそう言ってたよ。特別大きい個体なんだってさ」

「カラスも賢いって言うものね…うーん、悩むわ…」

 

 

流石にこれほど大きな個体を飼うつもりはないが、フクロウにするべきかカラスにするべきか、ハーマイオニーは真剣に悩み出した。

 

 

「ハーマイオニー、新しい子を飼うなら魔法動物ペットショップがすぐそこにあるわ、実際には見たほうが決めやすいと思うわ!」

「僕、スキャバーズも診てもらいたいんだ。エジプトの水が合わなかったみたいで…」

 

 

ロンはポケットからペットのネズミを引っ張り出した。途端にシェイドの目がキラリと鋭く輝き、羽を大きくばたつかせた。

 

 

「シェイド!だめだよ、あれはロンのペットだ、餌じゃないんだ!」

「や、やめてよ!?」

「わっ!?まって、ティティ!?」

 

 

こんな大きなカラスに突かれたらスキャバーズなんて一撃で死んじゃう!とロンは慌ててスキャバーズを抱きしめたが、慌てたのはロンだけではなく、ソフィアもだった。

ソフィアは鞄から半分身体を出し暴れるフェネックのティティをなんとか抱きしめて抑えていたが、今にも飛び出してしまいそうだった。

 

 

「ロン!スキャバーズをポケットにもどして!」

 

 

ソフィアの悲鳴混じりの声に、ロンはさっと顔を青くしてしっかりと胸ポケットの中に入れた。スキャバーズはぐったりとしたまま大人しくポケットに収まり、小さく震える。

 

 

「ごめんね、ロン…」

「ごめんなさい、ロン…」

「ネズミは、この子達の餌なの」

「でも、ちゃんと食べないように言って聞かせるから…」

 

 

申し訳なさそうに言う2人の言葉に、ロンは唖然と口を開き、巨大なシェイドと白いティティを見つめた。

 

 



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110 クルックシャンクス!

ソフィア達は魔法動物ペットショップへ向かった。

ロンは店員に二叉イモリの世話を聞いている魔法使いの後ろに並び、ハーマイオニーは新しく迎え入れる家族を探しに行った。ソフィアもまた、ティティのおやつを何か買おうと陳列棚を探し、ハリーとルイスは特に何も買う予定が無かった為共に籠に入ったさまざまな動物を見ていた。

 

 

「ハリー、もしタランチュラが見えたらすぐに教えてね、目を閉じるから」

「うん、わかった!…わぁ、見てガラスヘビだって、ソフィアが欲しがりそうだね」

「よくわかったね…」

 

 

体全てがガラスで出来ている蛇は太陽の光を浴びて透明な舌をチロチロと出していた。腹の部分に何が黒くて赤いものが見えるが、ハリーとルイスはなるべくその腹に入ったものが何なのか…考えないようにした。

 

 

「でも、ソフィアには…なんていうか、その…あのフェネックは、らしくないペットだって思っちゃった」

 

 

ハリーがソフィアに聞こえないように声を顰めて伝える。ルイスは自分もそう思ったと苦笑しながら頷いた。

 

 

「僕も、てっきり蛇か虫か…を買うと思ったんだけど…本当、普通のフェネックで良かったよ…」

「うん、とっても可愛いしね!」

 

 

少なくとも蛇よりは何倍もマシだとハリーは笑った。ソフィアがそういった生き物を好んでいるのは知っていたが、これから毎日ホグワーツで会うことになるソフィアの側にグロテスクで悍ましい生き物が居るのは──少々嫌だった。

 

 

「──スキャバーズ!」

 

 

ロンの悲鳴が響き、ハリーとルイスは何事かとカウンターにいたロンを振り返る。床に落ちたスキャバーズは出口目掛けて遁走し、ロンも慌てて店を飛び出した。

ハリーとルイスは顔を見合わせ「大変だ」と呟くと──この広いダイアゴン横丁でネズミ一匹を探し出すのはかなり難しい事だろう──すぐにロンの後を追った。

 

 

 

「ねえルイス!これとこれどっちが良いかしら──あら?」

 

 

ソフィアは手に二つのおやつを持ち棚の間から現れたが、先程までいたルイスが居ないことに気付きキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

「ソフィア、私迷っちゃうわ…どの子も素敵に見えるもの!」

「わかるわ、私も迷ったもの…ねぇ、ルイスを知らない?」

 

 

同じように棚から出てきたハーマイオニーに聞いたが、ハーマイオニーも同じように辺りを見渡した後に首を振った。

 

 

「いいえ、見てないわ。…それより、ソフィア…あなた何を持ってるの?」

「え?ティティのおやつよ!」

 

 

ソフィアは笑ってハーマイオニーの目の前にその袋を突き出したが、ハーマイオニーは顔を引き攣らせ大きく身をそらした。

 

 

「うっ…あんなに可愛い顔をして、そんなのが…おやつなのね…」

「ええ、そうなの」

 

 

袋にみっちりつまったコオロギとゴキブリを見たハーマイオニーは身体をぶるりと震わせた。魔法薬学で虫を使用する事は何度もあるが、それでもいきなり大量に詰まった虫の大群を目前に見せられてしまえば、流石のハーマイオニーも少々背中に嫌な寒気を感じた。

 

 

「私なら…クッキーにするわ…」

「そういうのもあったわ!」

「ほら…虫はホグワーツでも捕まえられるでしょう?それなら…ほら、ペット用のクッキーの方が良いんじゃない?」

 

 

明日からのホグワーツ生活で、ソフィアとハーマイオニーは同室である。

さらに虫達と同居するのは流石にごめんだとハーマイオニーが自然にペット用クッキーへ誘導すれば、ソフィアはぱっと顔を輝かせて虫の入った袋を陳列棚に戻すと、丸く薄いクッキーの入った袋を手に取った。

 

 

「確かにそうね!そうするわ!」

 

 

ソフィアがカウンターに向かうのを見て、ハーマイオニーは後ろで微笑みながらほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「おや、お嬢さん達はさっきの男の子達の知り合いかい?…ほら、ネズミを見せにきた…」

「ええ、そうです」

 

 

ソフィアはカウンターにペット用クッキーの袋と代金を置く。店員は代金を受け取り、ソフィアの差し出された手にクッキーの袋とおつりを渡しながらカウンターに置かれたままになっている小さな赤い瓶をハーマイオニーに渡した。

 

 

「その男の子が、このネズミ栄養ドリンクを忘れてね。持って行ってくれないかい?」

「まぁ!…ロンったら何のためにきたのかしら…ええ、必ず渡しますね」

 

 

ハーマイオニーは少し眉を顰めたものの、店員にはにっこりと笑いその瓶をポケットに入れた。

 

 

「あの、私フクロウが欲しくて───その子は?」

 

 

ハーマイオニーは棚の上で丸まりながら太くふさふさとした尻尾を揺らす猫に目を止めた。ハーマイオニーの髪のような、明るい毛色を持つ巨大猫だった。

 

 

「この子ですか?クルックシャンクスという猫で…随分長い間飼い主が現れなくてね…」

 

 

店員は手を伸ばしむんずとクルックシャンクスを掴むとカウンターの上に置いた。

クルックシャンクスは大きな毛玉のようにふわふわとしていたが、気難しそうな表情をしやや不貞腐れたようにその顔は潰れていた。

 

 

「まぁ!可愛いわ!」

「ほんと、すっごく素敵ね!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは目を輝かせ、クルックシャンクスを褒めた。褒められたことがわかったのか、クルックシャンクスはふとい尻尾を揺らし「にゃあ」と甘えたような声を出すと立ち上がり床に軽やかに着地するとハーマイオニーの足元に擦り寄る。

 

 

「決めた!この子にするわ!」

「フクロウじゃなくていいの?」

「ええ、運命の出会いよ!」

 

 

ハーマイオニーは大きなクルックシャンクスを抱き上げると、その長い毛に顔を埋め幸せそうに微笑んだ。ソフィアもまたクルックシャンクスを一目見て気に入っていた為「良いと思うわ!」と大きく頷く。

 

 

「…あ!ティティとの相性はどうかしら?ホグワーツでは一緒の部屋で過ごす事になるでしょう?」

「それもそうね…」

 

 

ハーマイオニーは胸に抱いていたクルックシャンクスをそっとカウンターの上に乗せ、ソフィアはカバンの中から両手で収まるほど小さなフェネックのティティを取り出す。

そっと小さなティティをクルックシャンクスに近づけた。

 

真っ黒なティティのつぶらな瞳と、深い茶色をした眠そうなクルックシャンクスの瞳が交わる。

お互いじろじろと相手を見ていたが、クルックシャンクスはティティの鼻頭をぺろりと舐め、ティティはくしくしと顔を掻きながらも嫌では無かったようで「きゅー」と嬉しそうに鳴き、ソフィアの手から飛び出すとクルックシャンクスの上に乗った。

 

 

「相性はばっちりね!」

 

 

ハーマイオニーは、ティティに乗られても全く怒る様子のないクルックシャンクスと、上で伸び伸びと四肢を伸ばすティティを見て決まりだ!というように顔を綻ばせ、ソフィアも仲の良い2匹を見て嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スキャバーズ!どこ行った!?」

「ロン、僕あっちを探すよ」

 

 

顔を青くしたロンが叫びながら身体を屈め地面を必死に探していた。ハリーは左側を指差しすぐに同じように身体を屈めて地面を見る。

 

「僕はあっち側探すね。スキャバーズの特徴は?」

「ありがとうルイス…スキャバーズは前足の指が一本かけてるんだ」

「オーケー、探してくる!」

 

 

ルイスは人混みの中頭を下げながら左右を見渡した。──こんな人混みの中に紛れ込んでいたらきっと踏み潰されてしまう、もう少し端の方を探した方がいいかな?

 

先程来ていたアイスクリーム店まで戻ったルイスは机の下や店裏にあるゴミ箱を覗いたが、スキャバーズらしきネズミは中々発見できなかった。

 

 

「シェイド!」

 

 

ルイスは空に向かって呼びかける、アイスクリーム店の屋根に留まっていたシェイドはすぐにひらりと大きな羽を広げてルイスが差し出す腕に留まった。

 

 

「ロンのスキャバーズを探して欲しいんだ、でも…食べちゃダメだよ?いいね?」

「──クー」

 

 

シェイドはルイスの指を甘噛みするとすぐに空を飛び少し空を旋回していたが羽をたたみ地上近くまで降りてきた。まさか、もう見つけたのだろうか?ルイスは少し疑いながらもシェイドが居る高級クィディッチ用具店に向かった。

 

 

「ルイス!スキャバーズ見つかった?」

 

 

人混みを掻き分けながら進んでいると、息を切らしたハリーが辺りを見ながらルイスに駆け寄った。その言葉を聞きまだ見つかってない事を知ったルイスはシェイドが向かった方を指差す。

 

 

「ううん、シェイドも探してて…クィディッチ用具店に行ってみよう」

「…シェイド、食べちゃわない?」

 

 

心配そうなハリーの呟きにルイスは「大丈夫だよ…多分ね」と答え肩を竦めた。

 

 

ちょうどロンもクィディッチ用具店の近くを探していた為、3人は共にシェイドの「カアカア」という鳴き声に引き付けられるようにして用具店の裏に向かった。

 

ゴミ箱の上にシェイドが留まり、羽を大きく広げながら「ここだよ」という風に頭を下げる。

ロンはすぐに地面に頬をつけるようにゴミ箱の下を必死に探し──「見つけた!」と歓声を上げるとゴミ箱の下に手を突っ込み震えるスキャバーズを取り出した。

 

埃やらゴミがついたスキャバーズを撫でながらロンが立ち上がり、ポケットにしっかりとスキャバーズを戻す。

 

 

「ありがとう、君は賢いね!」

「クー」

 

 

ロンはシェイドに向かってにっこりと笑いかける。シェイドはこんな簡単な事余裕だよ、というように胸を逸らしルイスの元へ優雅に飛んだ。

 

 

「シェイド、ありがとう…良い子だね」

 

 

ルイスは腕に留まったシェイドの頭を撫で、鞄に手を突っ込み中から小さな肉を取り出しシェイドに与えた。美味そうに食べるシェイドの様子を見て、ルイスは微笑んでいたがロンとハリーはその肉が一体何の肉なのか──聞く事はなかった。

 

シェイドをまた空に戻してから3人は再び魔法動物ペットショップへと向かう。ロンはポケットの膨らみを撫でながら怪訝な顔をしてハリーとルイスを見た。

 

 

「あれは一体何だったんだ?」

「巨大な猫か、小さな虎かのどっちかだ」

「猫じゃない?虎だったら…ソフィアが喜んで飼うよ」

「そんなことになったら…スキャバーズの姿が見えなくなるのも時間の問題だ!」

 

 

ロンは肩をすくめたが、もう既にソフィアがフェネックを飼っていることを思い出し嫌そうに眉を顰め、何度もポケットを撫でた。

 

ちょうど3人がペットショップの前についた時にソフィアとハーマイオニーが店の中から出てきた。

ハーマイオニーは両腕にしっかりと愛おしそうにクルックシャンクスを抱きしめていて、それを見たロンは口をあんぐりと開け、信じられないような目でハーマイオニーを見た。

 

 

「君、あの怪物を買ったのか?」

「この子、素敵でしょう?ね?」

「ええ、とっても素敵よ!」

 

 

得意げなハーマイオニーと、隣で何度も頷くソフィアを見て、ハリーは見解の相違だ、もしかして女の子というものは奇妙な生き物に惹かれるのだろうか、と思った。

どうみてもクルックシャンクスは愛らしさはなく、ふわふわとして確かに抱き心地は良さそうだったが足はちょっとガニ股気味であり、気難しそうな顔は少々潰れていた。

 

 

「うーん、見解の相違だね」

 

 

ハリーの心の中を代弁したかのようにルイスはソフィアとハーマイオニーに気付かれないよう小声で呟く。ハリーはそれを聞いて少し笑ってしまった。

 

 

「ハーマイオニー、そいつ、僕の頭の皮を剥ぐところだったんだぞ!」

「そんなつもりはなかったのよ、ねえ、クルックシャンクス?」

「それに、スキャバーズの事はどうしてくれるんだい?こいつは安静にしなきゃいけないんだ、そんなのに周りをウロウロされたら安心できないだろ?」

 

 

ロンは嫌そうに胸ポケットの膨らみを撫でたが、ハーマイオニーは思い出したようにポケットに手を突っ込み赤い小瓶をその手に押し付けた。

 

 

「あなた、ネズミ栄養ドリンクを忘れていたわよ。それに取り越し苦労はおやめなさい。クルックシャンクスは私の女子寮で寝るんだし、スキャバーズはあなたの男子寮で寝るんでしょう?」

 

 

ハーマイオニーの藩論にロンは言葉を詰まらせたが、それでもまだ不服だと口を尖らせる。

 

 

「何が問題なのよ?ああ、可哀想なクルックシャンクス。あの魔女が言ってたわ、この子もうずいぶん長い事あの店に居てたって、誰も欲しがる人がいなかったんだって」

 

 

ハーマイオニーはゴロゴロと甘えた声を出すクルックシャンクスの喉を優しく擽りながらそのふわふわとした巨大に顔を埋めた。

 

 

「本当に、不思議よね…」

「ああ、不思議だよ」

 

 

ソフィアとロンはそう呟いたが、2人の声音は全く異なっていた。

 

 

「じゃ、欲しいものは買ったし、漏れ鍋に行こうか」

 

 

そろそろ話題を変えなければこの2人はどんどん険悪になる──と思ったハリーの素早い話題変更に、彼らは否定する事なく頷き、漏れ鍋へ向かって歩き始めた。

 

 

 



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111 漏れ鍋での楽しい夕食!

漏れ鍋ではアーサーが日刊預言者新聞を難しい顔で読みながら、バーに座っていた。

 

 

「ハリー!それに、ソフィアとルイスじゃないか!久しぶりだね、元気かい?」

「はい、元気です」

「お久しぶりです!元気ですよ」

「元気です、アーサーさんはおかわりないですか?」

 

 

アーサーは3人に向かってにっこりと笑いかける。5人は──ロンとハーマイオニーは買物の袋を抱えながら──アーサーの側に座った。

 

 

「まだ、ブラックは捕まって無いんですね?」

 

 

アーサーが机に置いた新聞から、もう何度も目にしていたシリウス・ブラックの顔を見たハリーはそのギラギラと輝く目を見ながらアーサーに聞く。

 

 

「うむ…魔法省全員が通常の任務を返上して、ブラック捜しに努力してきたんだが…まだ吉報がない」

 

 

深刻な表情でアーサーは答え、ため息をついた。魔法省の職員の数はかなり多いはずだ。そして優秀な者が多いと知っていたソフィアとルイスは、それでいて見つからないなど、一体どこに隠れているのかと首を傾げる。──協力者でもいなければ、隠れ続けられないのでは無いだろうか?

 

 

「僕たちが捕まえたら賞金が貰えるのかな?また少しお金が貰えたらいいだろうなぁ…」

 

 

ロンはぽつりと呟く、その目はどこかうっとりとしていて、きっと素晴らしいエジプト旅行を思い出して居るのだろうとすぐにソフィアはわかった。

 

 

「ロン、馬鹿な事を言うんじゃない。13歳の魔法使いにブラックが捕まえられるわけがない、ヤツを捕まえるのはアズカバンの看守なんだよ。──肝に銘じておきなさい」

 

 

アーサーは緊張した面持ちで厳しくロンを諌めた。ロンは詰まらなさそうに肩をすくめ「冗談さ」と呟いた。

去年ロンがハリーとルイスと何をしたか知っているアーサーは、釘を刺しておかねばまたこの息子達が何かをするのでは無いかと思っているのか、すこし不安げな顔でハリーを見て何かを言おうと口を開いたが、入り口からモリーが入ってきたのを見て口をつぐんだ。

 

 

「フレッド!ジョージ!」

「久しぶりね!」

「ソフィアとルイスじゃないか!」

「久しぶり!」

 

 

ソフィアとルイスは立ち上がるとフレッドとジョージに駆け寄り嬉しそうに微笑んだ。赤毛の双子達はロンと同じように去年よりそばかすの増えた顔でにっこりと笑う。

 

 

「ルイス、ちょっと見ない間に…背が伸びたんじゃないか?」

「わかる?実はそうなんだ!」

「ソフィアは…うーん、あんまり変わってないな?」

「わ…私も少し伸びたわ!」

 

 

胸を逸らしどこか誇らしげなルイスとは対照的に頬を膨らませぷいとそっぽを向くソフィアに、フレッドとジョージは顔を見合わせその頭をわしわしと撫でた。

 

 

「ま、今の大きさが撫でやすい!」

「違いない!」

「もーっ!」

 

 

ソフィアは声だけ聞けば怒っているようだったが、機嫌良くにこにこと笑っていた。

 

 

「ソフィア!会いたかったわ!」

「まぁジニー!私もよ!」

 

 

ジニーはフレッドの後ろから顔を出すとソフィアに抱きつき、ソフィアもしっかりとそれを受け止めると優しく抱き返した。ふと、ジニーは父のそばにハリーがいる事に気付き、ぽっと顔を赤らめると「こんにちは」と消え入りそうな声で呟きソフィアの影に隠れてしまった。

 

フレッドとジョージはパーシーがやけに畏まり、まるで初めて会ったかのようにハリーに挨拶をしている事に気付くとニヤリと悪戯っぽく笑い大股でハリーに近寄った。

 

 

「ロンから聞いたかしら?パーシー、首席に選ばれたの、それからいつもあんな調子よ」

「首席に?それはすごいわね」

 

 

ジニーは肩をすくめ、誇らしげに胸を張り、ホグワーツでもないのに輝く金バッチをさりげなく主張するパーシーを見ながらソフィアに囁いた。

首席とは生半可な努力ではなれるものではない、それこそ血が滲むような努力をした事だろう。監督生にも選ばれていたし、本当に才ある人なのだとソフィアはパーシーを見つめた。

 

 

「ソフィアもすごく優秀なんでしょう?首席になれるんじゃない?」

「あー、私、得意じゃない科目が幾つかあるの」

「魔法薬学の実技とかね」

 

 

ジニーの尊敬と期待の込められたキラキラおした眼差しを受けたソフィアは、言い淀むように歯切れが悪く首を振る。ルイスはこっそりと隣から付け足したが、ソフィアに「余計な事は言わないで」とばかり睨まれてしまい肩をすくめた。

 

 

 

その夜の夕食は賑やかなものだった。

ソフィアとルイスは漏れ鍋に宿泊する事は無いが、夕食は一緒に食べる事に決めた。

亭主が3つの机を繋げてくれたおかげで、ウィーズリー家の7人とハリー、ハーマイオニー、ソフィア、ルイスの全員が楽しくお喋りに花を咲かせながらフルコースの美味しい料理を食べた。

 

 

「アーサーさん、自転車ってご存知?」

「マグルの移動手段だろう?それがどうしたんだい?」

「私とルイスね、夏休みに乗れるようになったの!」

 

 

誇らしげにソフィアが言えば、アーサーは目を見開き興奮が抑えられないように身を乗り出し目を輝かせた。

 

 

「ほ、本当かい?実は私も挑戦した事があるんだけどね…あれを乗りこなすのは…箒よりも難しい…」

「僕たちも何回も転けましたよ」

 

 

ルイスは自転車の猛特訓を思い出しくすくすと楽しげに笑った。あの愛車はまだ公園にあるだろうか?誰の忘れ物なのか、誰かが捨てたのかわからないが、今度行った時にまだあったら家に持ち帰ろう。そうルイスは考えながらブランコという遊具で遊んだ事もアーサーに伝える。するとアーサーはちらりとモリーを見てこちらの会話を気にしていない事を確認すると声を顰め、ソフィアとルイスに囁いた。

 

 

「ブランコか…私もこっそりと乗ってみた事がある。ただの前後運動なのに…いや、あれは奇妙な魅力があると思わないかい?──つい夢中になってしまってね」

「わかります、とっても楽しいですよね」

 

 

ソフィアがあの風を切る遊びを思い出して同意するように頷けば、アーサーは自分の事のように嬉しそうに笑い、さらに声を顰めた。

 

 

「そうだとも!…ただね…私は知らなかったのだが、大人がブランコを使う事はマグルには奇妙に見えるらしい。警察──マグル界での秩序を守る者だが──に、何をやってるんだと聞かれてしまったよ。どうやら誰かが通報したらしい」

「えっ…それでどうしたんですか?」

 

 

ルイスはアーサーと同じく声を顰めながら聞いた。アーサーは再びちらりとモリーを見た後でポケットから杖を出し2人に見せると、頭を押さえ指をくるくると振った。──そのジェスチャーを見た2人は忘却魔法をかけたのだとわかり、楽しげにくすくすと笑う。

いや、笑い事では無いのだろうが、アーサーの表情がどこか悪戯っぽく──フレッドとジョージによく似ていて、つい笑ってしまったのだ。

 

 

「まぁ、何にせよ君たちがマグルに興味を持ってくれて嬉しいよ!」

「私、今年マグル学を受講するんです!今から楽しみです」

「本当かい?いやーマグル学を軽んじる者は多いが…あの学問はなかなか奥が深い」

 

 

腕を組みうんうんと頷くアーサーだったが、「マグル」という言葉が耳に入ったモリーが「アーサー?何の話をしているの?」と厳しく声がけた為慌てて「何でも無いさ」と取り繕うように笑い、こっそりとソフィアとルイスに向かって茶目っ気たっぷりにウインクをした。

 

 

フルコースを食べ終えた後、デザートの豪華なチョコレートケーキと共に紅茶が運ばれてきて、みんなは腹の残量を確認しながらそのケーキに手を伸ばす。

 

 

「父さん、明日どうやってキングズ・クロス駅に行くの?」

「魔法省が車を2台用意してくれる」

 

 

フレッドがケーキにかぶりつきながら聞き、アーサーは紅茶を飲みながら静かに答えた。

何故わざわざ魔法省が個人のために車を用意してくれるのか、その答えに疑問に思ったみんなが一斉にアーサーの方を見た。

 

 

 

「どうして?」

「パース、そりゃ、君のためだ。それに小さな旗がつくぜ。HBって書いてな──」

「──HBって首席…じゃなかった、石頭の略さ」

 

 

訝しげなパーシーに、真面目な顔をしてフレッドが答え、くつくつ笑いながらジョージがその後にセリフを続けた。

その言葉にパーシーとモリー以外が思わず吹き出したが、2人に睨まれてしまい何もしなかったふりをして慌ててケーキを食べ、紅茶を飲み白々しく取り繕う。

 

 

「お父さん、どうしてお役所から車が来るんですか?」

「そりゃ──私たちにはもう車が無くなってしまったし、それに、私が勤めているのでご好意で…」

 

 

何気ない言い返しだったが、ハリーはアーサーの耳が髪のように赤くなったのを見た。それはロンに何かプレッシャーがかかった時の反応と全く同じだった。

 

 

「大助かりだわ!みんな、どんなに大荷物かわかってるの?マグルの地下鉄になんか乗ったら、さぞかし見物でしょうよ…。みんな、荷造りはすんだかしら?」

「ロンは新しく買った物をまだトランクに入れてないんです。僕のベッドの上に置きっぱなしです」

 

 

パーシーがすぐに、さも苦痛だとモリーに伝えれば、モリーは机の端からロンに「ちゃんとしまいなさい」と告げる。

ロンは余計な事をみんなの前で言うなよ、とでも言いたいのか顰めっ面をしたまま無言でパーシーを睨んだ。

 

 

楽しかった夕食も、みんなが満腹になって終わる。ソフィアとルイスは名残惜しさを感じながらも暖炉の前に立った。

 

 

「また明日ね」

「ええ、また明日!」

 

 

ソフィアとルイスは手を振り、みんなに見送られながらフルーパウダーを使い自宅へと戻った。

 

 

 



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112 狙いの理由は!?

 

 

ルイスとソフィアは9と4分の3番線でハリー達の到着を今か今かと待っていた。

 

 

「まだ来てないみたいだね」

「先に空いてるコンパートメントを探しましょうか」

 

 

ソフィアの提案にルイスは頷き、一つ一つの車両を覗き込む。後尾車両に殆ど誰も乗っていない車両を見つけた2人は大きなトランクにこっそり浮遊魔法をかけて詰め込んだ。シェイドは狭い籠の中でも大人しく止まり木を掴み、騒ぐ事なく静かに揺られている。

 

 

「あっ、あれ!ハリーとアーサーさんじゃない?」

「本当だわ!挨拶をしに行きましょう」

「そうしよう!」

 

 

ホームに現れたハリー達を見つけたソフィアとルイスは顔を見合わせると、荷物を置いたままで一度列車の外に出た。

 

 

「アーサーさん!」

「ここ、空いてますよ!」

「ああ、助かるよ!」

 

 

アーサーは手を振る2人に気付き、みんなと共に駆け寄ると車両に沢山のトランクを詰め込んだ。

モリーは荷物を積み終えた子どもたち一人ひとりにキスをし、しっかりと抱きしめた。

ソフィアとルイスも、モリーに抱きしめられ、くすぐったさをおぼえながらも優しく頬にキスを返し、そのモリーの柔らかな体を抱きしめ返す。母を知らない2人にとって、モリーは理想の母であり、ウィーズリー家は理想の家族だった。

 

 

「ハリー、むちゃしないでね、いいこと?」

 

 

最後にハリーを抱きしめたモリーはその目に涙を浮かべ、優しく告げると巨大な手提げ鞄を掴み中から沢山のサンドイッチを取り出した。

 

 

「みんなにサンドイッチを作ってきたわ。…はい、ロン」

「コンビーフじゃないよね?」

 

 

ロンはまた大嫌いなコンビーフかと思い少し顔を顰めながらそれを受け取る。モリーは微笑み、優しく首を振った。

 

 

「ええ、違いますよ。フレッド?フレッドはどこ?…はい、あなたのですよ…」

 

 

子どもたち一人一人に手渡す様子を、ソフィアとルイスは微笑ましく見ていた。

ハリーがアーサーに連れられ柱の影に向かった事に2人は気付いたが、何か伝えたい事があるのだとわかりその後を追うなど無粋な真似はしなかった。

 

 

「さあ、汽車が出発しますよ、早くお乗りなさい」

 

 

モリーに促されウィーズリー家の子供たちがわらわらと入り口に乗り込む、その後に続いてハーマイオニーとソフィア、ルイスが乗り込んだ。モリーはハリーとアーサーの姿が見えない事に気付き辺りを見渡しながら「アーサー!」と叫んだ。

 

 

「アーサー、何してるの?もう出てしまいますよ!」

「モリー!今行くよ!」

 

 

柱から顔だけだしアーサーがそれに応える。

すぐに汽車が汽笛を鳴らす音がホームに響き渡り、駅員たちが次々と扉を閉めた。

 

 

「どうしたんだろう」

 

 

ルイスはまだ来ないのかと窓からハリーとアーサーがいる場所を見て不安そうに呟く。

汽車は煙をもうもうと吐くと、ゆっくり進み出した。途端にハリーが慌てたように扉に向かって走り、ロンがドアを開け一歩下がって飛び乗ったハリーが通れるようにした。

 

ギリギリ間に合ったハリーにルイス達はほっと息を吐き、窓から身を乗り出し、ホームにいるアーサーとモリーに向かって、その姿が見えなくなるまで振り続けた。

 

 

 

「君たちだけに話したい事があるんだ」

 

 

汽車がスピードを上げ始めた時、ハリーが真剣な表情でロンとハーマイオニー、ルイス、ソフィアに向かって囁いた。ロンはちらりとジニーを見下ろし「ジニー、どっか行ってて」と追い払うように手を振った。

 

「あら、ご挨拶ね!」

 

 

ジニーは機嫌を損ね、ツンとそっぽを向き怒りながら離れていった。

 

 

ハリー達は空いたコンパートメントを探した。

乗る前にぐずぐずとしていたせいで既にコンパートメントはどこも人で溢れていたが、最後尾にただ一つ空いているところがあった。

 

しかし、無人かと思われたそのコンパートメントには、人が1人窓側の席で身を縮めぐっすりと眠っている。その達は顔を見合わせ、不思議そうにその人を見つめた。ホグワーツ特急はいつも生徒で貸切になるため、ソフィア達は初めて特急内で販売員以外の大人が乗っているのを見た。

 

 

ここしか空いていない。

5人は顔を見合わせそっとコンパートメントの扉を開きその中に入った。

 

 

「この人誰だと思う?」

 

 

ロンが見窄らしい格好をした人を胡散臭そうに見る。ソフィアはじっとその人を見つめ、そして鞄を見て「あっ!」と小さく声を上げた。

 

 

「この人、リーマス・ルーピン先生よ」

「知り合い?」

「ジャックから後任の先生の事を聞いていたの」

 

 

成程、とロンは頷いた。

ソフィアとルイスは誰からリーマスの事を聞いたか、何故知っているのかはジャックから聞いた、ということにしようと決めていた。何処からボロが出てセブルスの──父の事がバレるかわからない。

 

ロンはくたびれた鞄やフードから僅かに見える顔の青白さを見て果たしてこの人に後任が務まるのかと顔を顰めた。

 

 

「ま、この人がちゃんと教えられるのならいいけどね」

「ジャックからは優秀だって聞いてるよ」

 

 

ルイスがそう告げたが、ロンはあまり信じられなかったのか、そもそもジャックの授業が素晴らし過ぎたのも原因なのだが──胡散臭そうな目でリーマスをじろじろと見た。

 

 

「強力な呪いをかけられたら一発で参っちまうように見えないか?ところで…何の話なんだい?」

 

 

ロンはようやくリーマスから視線を外すとハリーを見た。

ハリーもリーマスを見ていたが、じっと4人を見回すと声を顰めて昨夜聞いたアーサーとモリーの言い争いの事や、先程アーサーから受けた警告の事を話した。

 

ロンは愕然とし、ハーマイオニーは口を手で押さえ、ルイスとソフィアは気難しそうな表情で眉間を寄せていた。

 

 

「シリウス・ブラックが脱獄したのは、あなたを狙うためですって?あぁハリー…ほんとに、本当に気をつけなきゃ。自分からわざわざトラブルに飛び込んで行ったりしないでしょうね?」

「僕、自分から飛び込んでいったりするもんか。…いつもトラブルの方が飛び込んでくるんだ」

 

 

ハーマイオニーは恐々とハリーに懇願するように警告したが、ハリーは苛々と呟く。

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、確かに自分達よりもハリーの方がトラブルに恋焦がれているようだと苦笑いを溢す。

 

 

「ハリーを殺そうとしている狂人だぜ?自分からのこのこ会いに行く馬鹿がいるかい?」

「…私なら自分を殺そうと思っている人の事を調べてしまうかもしれないわ」

「ソフィア!」

 

 

ソフィアの静かな呟きに、ハーマイオニーは「なんて事をいうの?」と言うように非難混じりにソフィアの名前を呼ぶが、ソフィアは真面目な顔でハーマイオニーを見た。

 

 

「だって、何故殺されるのかその確かな理由がわからないまま死ぬのなんて嫌だもの」

 

 

ハーマイオニーは何か言いたげな目をしていたが何も言わず顔を蒼白にさせたまま押し黙ってしまった。ハリーは自分から進んでブラックの事を調べる気は無かったが、ソフィアにそう言われて少しだけ思い直した。確かに、何故そんなにもブラックは自分を狙うのだろうか?本当に僕を殺せばヴォルデモートが復活するとでも…馬鹿な事を考えているのだろうか?

 

 

ルイスはブラックの事を恐れ、顔を蒼白にして身を縮ませるロンとハーマイオニーを見ながら顎に手を当て深く思案していた。

成程、何故ディメンターがホグワーツの警備にあたるのかと思っていたが、ハリーが狙われてブラックがホグワーツに来るかもしれないのか。それなら、頷ける。

…そして、この事を父は知っていたがあえて自分達には警告しなかったのはなぜか、少し気になった。

ハリーに自分達が伝えるのを良しとしなかったのだろうか?いや、ハリーは遅かれ早かれその事実を知ることになっただろう。そして、ハリーが1人では抱えきれず自分達に伝えるだろう事も、父なら予想出来たはずだ。

 

 

 

「ブラックがどうやってアズカバンから逃げ出したのか、誰にも分からない。これまで脱獄した者は誰も居ない。しかも、ブラックは1番厳しい監視を受けてたんだ」

「だけど、また捕まるでしょう?だって、マグルまで総動員してブラックを追跡してるじゃない…」

 

 

ハーマイオニーはハリーに襲い掛かるかもしれない恐怖に怯え、早く捕まってほしいと声を震わせながら伝えたが、ロンはその言葉には答えず、辺りを見渡し「何の音だろう」と突然言った。

ロンの言葉にしん、と静まったコンパートメント内に、微かに小さく口笛を吹くような音が響いていたことに5人は気が付き辺りを見渡した。

 

 

「ハリー、君のトランクからだ」

 

 

ロンは音の出どころを突き止めると荷物棚に手を伸ばし、ハリーのローブの隙間からスニースコープを引っ張り出した。それはロンの手のひらで激しく回転し、眩いほどに輝いていた。

 

 

「それ、スニーコスコープ?」

「わぁ、初めて見たわ」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは興味津々で立ち上がり身を乗り出して立ち上がりロンの手の上で回転し続けるそれを覗き込んだ。

 

 

「うん、でも…安物だよ。エロールの脚にハリーの手紙をくくりつけようとした時もこうやって回ってたから」

「その時何かしなかったの?怪しい事とか。…変な人は居なかった?」

 

 

ルイスが首を傾げて聞けば、とんでもないとロンは首をふり否定した。

突如耳をつん裂くようなけたたましい音が響き、ソフィア達は顔を顰めながら耳を塞いだ。

 

 

「早くトランクに戻して!じゃないと、この人が目を覚ますよ!」

 

 

ハリーは耳を押さえながらリーマスの方を顎で指しながら言い、ロンはすぐに靴下の中に押し込み音を殺した後でトランクの中に突っ込んだ。

微かにまだ音が聞こえたが、汽車の音と合わさりあまり気にしない程度には軽減され、ソフィア達は恐る恐る耳から手を離しまた座席に座り込んだ。

 

 

「ふー…ホグズミードであれをチェックしてもらえるかも。ダービシュ・アンド・バングズの店で、魔法の機械とか色々売ってるってフレッドとジョージが教えてくれたんだ」

「ホグズミードの事よく知ってるの?イギリスで唯一の完全にマグルなしの村だって本で読んだけど…」

 

 

ホグズミードの言葉にハーマイオニーが反応し、意気込みながらロンを見た。ロンはそれにはあまり関心が無いようで肩をすくめ「ああ、そうだと思うよ」と答える。

 

 

「僕、だからそこに行きたいってわけじゃないよ。ハニーデュークスの店に行ってみたいだけさ!」

「それって何?」

「お菓子屋さんよ」

 

 

ハーマイオニーの疑問にソフィアが答え、ロンは大きく頷きながらうっとりとした目でハニーデュクスの魅力を語った。

 

 

「ソフィアとルイスは行ったことあるの?」

「むかーしね、孤児院に居た時、ジャックが子どもたちみんなを連れて行ってくれたの」

「叫びの屋敷を観光したりしたね、懐かしいなぁ…」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、当時の幸せな気持ちを思い出しくすくすと笑い合った。叫びの屋敷を怖がるソフィアとルイスに、歳上の兄弟達は抱き上げながら慰めてくれたものだ。そのあと飲んだ甘いバタービールはとても美味しかった──。

 

 

「ちょっと学校を離れて、ホグズミードを探検するのも素敵じゃない?」

 

 

楽しそうに笑う2人を見たハーマイオニーは早く自分も行ってみたいと思いながらハリーをに向き合い告げた。きっとハリーなら頷いてくれるだろうと思ったが、ハリーは暗い顔をしてため息をこぼす。

 

 

「だろうね。見てきたら僕に教えてくれなきゃ」

「どう言うこと?」

「まさか、許可証にサインもらえなかったとか?」

 

 

沈んだ声のハリーにロンが首を傾げる。ルイスは思い当たる事があり直ぐに残念そうにハリーを見れば、ハリーは小さく頷いた。

 

 

「そうなんだ。…僕、行けないんだ。ダーズリーおじさんが許可証にサインしてくれなかったし、ファッジ大臣もサインしてくれなかった」

「許可してもらえないって?そりゃないぜ!──マクゴガナルか誰かが許可してくれるよ、それじゃなきゃ…フレッドとジョージに聞けばいい、2人なら城を抜け出す秘密の道を全部知ってる──」

「ロン!ブラックが捕まってないのに、ハリーは学校からこっそり抜け出すべきじゃないわ!」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは厳しく伝えた。ロンは一瞬たじろぎ、ハリーをちらりと見る。ハリーは力なく微笑み、ハーマイオニーのその言葉に頷いた。──ハリーも、同じことを昨夜考えていたのだ。

 

 

「うん、僕が許可してくださいってお願いしても…マクゴガナル先生はそうおっしゃるだろうな…」

「だけど、僕たちがハリーと一緒に居ればブラックは──」

「馬鹿な事を言わないで!ブラックは雑踏のど真ん中であんなに大勢殺したのよ?私たちがハリーのそばにいれば、ブラックが尻込みすると、本当に思ってるの?──ねえ、ソフィア、ルイス!」

「「え?」」

 

 

いきなり名指して呼ばれたソフィアとルイスはハリー、ロン、ハーマイオニーの三種三様の表情を見ながら曖昧に笑った。

 

 

「まぁ…ハリー、あなたが狙われていると分かった今…抜け出すのは賢い判断では無いでしょうね」

「魔法使いの村とはいえ…危険はあるだろうね」

「そうよね?」

 

 

ハーマイオニーは2人から賛同を得られた事で、生真面目な顔をするとロンをじろりと見つめ、もう二度と馬鹿な考えは言わないで、と無言の圧力をかける。

ロンは面白くなさそうにそっぽを向いたが、ハーマイオニーがクルックシャンクスの入っている籠に手を伸ばしていることに気付くと慌てて叫んだ。

 

 

「そいつを出しちゃ駄目!」

 

 

しかし既に遅く、クルックシャンクスはひらりと籠から出ると大きく身体を伸ばし、欠伸をしながらロンの膝に飛び乗った。

ロンのポケットの膨らみが猫の気配を感じたのかぶるぶると震え、ロンは顔を赤くし怒りながらクルックシャンクスを払い除けた。

 

 

「どけよ!」

「ロン、やめて!」

 

 

ハーマイオニーがクルックシャンクスを抱き上げ、怒ったように叫ぶ。ロンが言い返そうと口を開いたとき、リーマスがもぞもぞと身動ぎをし、ロンとハーマイオニーはぴたりと動きを止めた。

 

しかしリーマスは寝返りを打っただけですぐにまた寝息が響き、5人は顔を見合わせほっとため息をつく。この病人のように顔色の悪い人を寝かし続けた方がいい──そうハリー達は思っていた。

 

 

──そうか、昨夜はたしか満月だった。

 

 

ルイスは顔色の悪いリーマスを見て、そう気が付いたが何も言わなかった。

 

 

 



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113 吸魂鬼!

5人は販売員の魔女から買った沢山のお菓子を食べながら窓の外の景色を見たり、新しく始まる科目について話した。──尤も、授業の話をしていたのはソフィアとルイスとハーマイオニーだけで、ロンとハリーは学校が始まる前に授業の事など考えたくないのだろう、嫌そうな顔をしながらクィディッチや、ファイアボルトの話をしていた。

 

 

楽しく会話をしていた5人だったが、突如通路から複数の足音がしてコンパートメントの扉が開かれた。

現れた人を見てソフィアとルイス以外は嫌そうに顔を顰めた。

 

 

「へえ、誰かと思えば。ルイスとソフィア…それにポッター、ポッティーのイカれ君と、ウィーズリー、ウィーゼルのコソコソ君じゃないか!」

 

 

ドラコは嘲笑を浮かべハリーとロンを下品な蔑称で呼びながら2人を見下した。

後ろに控えていたクラッブとゴイルは低く馬鹿にしたように笑う。

 

 

「ウィーズリー、君の父親がこの夏やっと小金を手にしたって聞いたよ。母親がショックで死ななかったかい?」

 

 

ロンが怒って立ち上がった拍子にクルックシャンクスの籠を床に叩き落としてしまい、けたたましい音が鳴り響く。

ルイスはため息を一つつき、ロンのそばをさっと通るとドラコの前に立った。

ドラコはルイスの呆れたような視線を受け、また何かうるさく言われるのかと少したじろいだ。

 

 

「ドラコって、もしかしてハリーとロンが好きなの?」

「気色の悪い事を言うな!そんなわけがないだろう」

「じゃあなんでハリー達のいるコンパートメントをわざわざ探したわけ?」

「それは…ルイスを探して…」

 

 

ごにょごにょとドラコは口籠るように答える。それを聞いてルイスは少し目を見開き大きくため息をつくと額を手で押さえた。

 

 

「それなら普通に入ってきなよ!…ほら、行くよ」

 

 

ルイスはドラコの肩を掴みくるりと無理矢理反転させるとそのまま強く通路へ押しやった。

扉を締める前に振り返り、ハリーとロンに「ごめんね」と申し訳なさそうに苦笑いしながら告げ、後ろ手に扉をぴしゃんと閉めた。

 

 

「本当、ルイスとマルフォイが仲良しだなんて…今でも信じられないわ!」

 

 

嵐が去った後のような静けさの中、ハーマイオニーが吐き捨てるように言うとロンとハリーもそれに賛同した。

 

 

汽車がさらに北へ進むと雨もその激しさを増した。窓の外は真っ暗になり、見えるのは窓を叩きつける大きな雨粒のみとなり、薄暗くなった車内を照らすために通路と荷物棚にぽっと灯りが点った。

 

 

「もう着く頃だ」

 

 

汽車が速度を落としたのを感じ、ロンが身を乗り出しリーマスの身体越しに窓の外を見る、真っ暗で何も見えないが、外にホグワーツ城の灯りが見えないかと目を凝らし伺っていた。

 

 

「いつもより早いわね」

「まだ着かないはずよ」

 

 

ハーマイオニーもいつもより早いことに気付き、腕につけている時計を見ながら呟く。

 

 

「じゃ、何で止まるんだ?」

 

 

汽車はますます速度を落とした、早く響いていたピストンの音が遅く小さくなり、窓を打つ雨風の音がより際立ってコンパートメント内に響く。

1番扉に近い位置にいたハリーとソフィアが立ち上がって通路の様子を伺ったが、同じ車両のどのコンパートメントからも不思議そうな顔が突き出していた。

突如速度を落としていた汽車はガクンと止まり、バランスを崩したソフィアがハリーに向かってよろめく、咄嗟にハリーはソフィアの肩を掴み、なんとか2人揃っての転倒を防いだ。

 

 

「あ、ありがとうハリー…」

「ううん、大丈夫?」

「ええ…──わっ!」

 

 

ソフィアがハリーの胸元に手を当てながら顔を上げ頷いた瞬間、何の前触れもなく車内の灯りが一斉に消えた。生徒の小さな悲鳴と不安そうな騒めきが聞こえる中、ソフィアはぎゅっとハリーの腕を掴む。

 

 

「一体何が起こったんだ?」

「痛っ!ロン!今私の足を踏んだわ!」

 

 

ハーマイオニーが叫び、ロンが謝る声が聞こえたが、ハリーとソフィアにもその姿は見えなかった。

 

 

「故障しちゃったのかな?」

「さあ…?」

「…なんか、あっちで動いてる。──誰か乗り込んでくるみたいだ」

 

 

ロンが窓ガラスの曇りを腕で拭き、外の様子をじっと見た。ようやく目が暗闇に慣れ始め、お互いの輪郭がぼんやりと見え始めた頃突如コンパートメントの扉が開き、誰かがソフィアとハリーにぶつかった。

 

 

「きゃっ!」

「だ、だれ!?」

「ごめんね、何がどうなったのかわかる?」

 

 

飛び込んできたのはどうやらネビルだった、ソフィアはぶつけた肩を押さえながら鞄に入っているティティの無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろすとポケットから杖を出した。

 

 

ルーモス(光よ)

 

 

ぽっとソフィアの杖先に小さな灯りが灯る。

ソフィア達は顔を見合わせ、少しホッとしたようにぎこちなく笑い合った。頼りない小さな灯りだったが、無いよりは幾分もマシだった。

 

 

「私、運転手に何があったのか聞いてくるわね」

 

 

ソフィアが杖先で扉の向こうの闇を照らしながら静かに告げる。

唯一の灯りが無くなることにハリー達は不安そうに眉を下げたが、何があったのか気になるのも事実であり、「お願い」と扉に手をかけるソフィアを見送った。

 

 

「わっ!ジニー!?」

 

 

しかし直ぐに不安げな顔をしたジニーと出会い、ソフィアは目を丸くして足を止めた。

 

 

「ソフィア!」

「どうしたの?」

「ロンを探してるの」

「ああ、居るわよ。通路は暗いから入って」

「ありがとう──わっ!」

「アイタッ!」

 

ジニーはほっとしてコンパートメントにはいったが、ソフィアが照らす灯りでは足元まで光が届かなかった為にネビルの足を踏んでしまい、ネビルが悲鳴を上げた。

 

 

「静かに!」

 

 

突然、しわがれた声が聞こえ、ジニー達は騒いでいた声をぴたりと止めた。

運転手に聞きに行こうと思っていたソフィアは、リーマスがこのコンパートメントに居たことをようやく思い出し、生徒よりは先生が聞きに行ったほうがいいかも知れないと、狭くなったコンパートメント内にまた戻った。

 

 

カチリという音と共に柔らかな灯りがコンパートメント内を照らした。リーマスは手のひらに大きな炎を抱えるように持ち、不安そうなソフィア達の顔と、疲れたようなリーマスの灰色の顔を照らす。しかし、リーマスの目だけは油断なく鋭く辺りを警戒していた。

 

 

「動かないで」

 

 

リーマスはそう言うとゆっくりと立ち上がりソフィアとハリーを座席近くに優しく押しやると、手のひらの灯りを扉に突き出す。

リーマスが扉を開ける前に、その扉は1人でに開いた。

 

その先には黒いマントで覆われた天井まで聳えるほどの大きな影が立っていた。

急激にコンパートメント内の気温が下がり、ソフィア達は身体を震わせる。

 

 

吸魂鬼(ディメンター)…」

 

 

ソフィアが小さく呟くのと、吸魂鬼がすう、と何かを吸い込む動作をしたのは同時だった。ソフィア達は顔色をさっと無くし、よろめいた。──幸福な気持ちが、吸われている。そうソフィアはわかったが、それを防ぐ事の出来る呪文をまだソフィアは習得していなかった。

 

 

ハリーが震え、身体を硬直させたまま目の前にいるソフィアに向かって倒れ込む。「ハリー!」ソフィアは叫びながら慌てて気を失ったハリーを支えようとしたが、身長差と体格差からその場に倒れ込んでしまった。

リーマスはそれを見ると表情を険しくさせたままソフィアとハリーを跨ぎ吸魂鬼に向かって杖を突きつけた。

 

 

 

「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者は誰もいない。──去れ」

 

 

リーマスの厳しい言葉にも吸魂鬼は動かずハリーを見下ろしていた。リーマスは素早く守護霊魔法を唱え、杖先から銀色の光線が吸魂鬼に向かって放たれた。

ついに吸魂鬼はそれを嫌がるように身を縮めると背を向けてすっとその場から去った。

 

 

 

暫し重い沈黙が落ちる。

 

 

 

ソフィアは思い出したように「ハリー!ハリー!」と未だ気絶しているハリーの肩を揺さぶった。吸魂鬼が居なくなるとコンパートメント内に再び灯りが戻り、表情を硬らせたソフィア達を明るく照らし、ゆっくりとホグワーツ特急が再びに鈍い音を立てながら発車し出した。

 

 

「ハリー!ハリー!しっかりして!」

 

 

ソフィアは自分の膝の上にハリーの顔を横たえさせるとその頬を軽く叩く。ロンやハーマイオニーも心配そうにその様子を見つめていた。

 

 

「う…うーん…?」

 

 

ハリーはぎゅっと眉間に皺を寄せながら目をうっすらと開けた。ソフィアはほっと胸を撫で下ろし、ハリーの額にぴったりと張り付く前髪を優しく指で払った。

暫くハリーはぼんやりとソフィアの顔を見つめていたが、ゆっくりと身体を起こしずれた眼鏡を指で押し上げる。──顔に冷や汗が流れている事に気付いた。

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは顔色の悪いハリーを支えながら席に座らせ、ロンが恐々と「大丈夫かい?」と聞いた。

 

 

「ああ…何が起こったの?あいつはどこにいったんだ?──誰が叫んだの?」

 

 

ハリーは扉の方をちらりと見ながら困惑したようにソフィア達に聞いた。

ロンはさっと表情を悪くし、心配そうに眉を下げた。

 

 

「誰もが叫んで無いよ」

「でも、僕──叫び声を聞いたんだ」

 

ハリーはロンの返答を聞き、困惑したようにコンパートメント内を見渡したが、ジニーとネビルは黙ったまま蒼白な顔でハリーを見つめるだけだった。

 

 

あの叫び声が幻聴なわけがない、あんなにはっきりと──哀願するような、悲痛な叫び声だった。

 

 

沈黙が落ちるコンパートメント内に、パキッという大きな音はいやに響き、ハリー達は跳び上がり音のした方を一斉に振り向いた。

リーマスがカバンから大きな板チョコを出して割った音だとわかると、ソフィアは固くなった表情を少し緩めた。

たしか、吸魂鬼に会った時はチョコを食べると落ち着くと書いてあった。チョコの持つ甘さと優しさ、そしてその成分が疲労回復を促すらしい。

 

 

「さあ、食べるといい。気分が良くなるから」

 

 

リーマスは特別大きく割れた一切れをハリーに渡し、安心させるように微笑んだ。

 

 

「あれは何だったのですか?」

「ディメンター、吸魂鬼だ。──アズカバンの吸魂鬼(ディメンター)の1人だ」

 

 

ハリーの疑問に答えながらリーマスはソフィア達にもチョコを配り、ソフィアは少しだけチョコの端を齧った。

 

 

「食べなさい、元気になる。…私は運転手と話してこなければ…失礼」

 

 

リーマスは全員にチョコを配り終えると空になった銀紙をくしゃくしゃと丸めポケットに突っ込みながらすぐに通路へと向かいその姿を消した。

 

 

「ハリー、本当に大丈夫?」

 

 

まだ蒼白な顔をしているハリーを見てハーマイオニーは心配そうに呟く。ハリーは額に流れる汗を拭いながら少し頷いた。

 

 

「僕…訳がわからない、何があったの?」

 

 

ハリーの疑問に、ハーマイオニーが吸魂鬼が現れ、ハリーが気絶してからのことをぼそぼそと話した。恐怖を思い出したネビルが「怖かったよぉ…」と涙ぐみ身体をぶるぶると震わせる。

 

 

「僕、妙な気持ちになった…もう一生楽しい気分になれないんじゃないかって…」

 

 

ロンが腕を摩り、身を屈めながら気味が悪そうに呟く。ジニーはハリーと同じように気分が悪そうで隅で膝を抱えながら啜り泣き、それを見たソフィアは側に寄るとそっと慰める肩を抱きしめた。

 

 

「大丈夫よ、もう吸魂鬼はいないわ」

「ソフィア…」

 

 

ジニーの目には大粒の涙が溢れ、顔色は蒼白のままだ。身体は凍えているのか恐怖からか、小さく震えている。

ソフィアは強くジニーを抱きしめるとその背を優しく撫でた。

 

 

「だけど…誰か、僕以外に気絶した?」

「ううん…ジニーはめちゃくちゃ震えてたけど…」

 

 

気まずそうにいうハリーに、ロンがぽつりと呟き、また心配そうにハリーを見た。

ハリーは気絶したのが自分だけだと知ると恥ずかしさで目を伏せる。何故みんながこれ程心配そうに自分を見つめるのかが分かり、どうしようもなく──嫌だった。

 

 

リーマスが沈黙が落ちるコンパートメントに戻ってくると、入ってくるなりみんなを見渡し、小さく笑った。

 

 

「おやおや、チョコレートに毒なんて入れてないよ」

 

 

リーマスは少しだけちらりとソフィアを見た。ソフィアはその目配せの意味がわかり──この前会いに行き、セブルスがリーマスに言った言葉を揶揄っているのだろう──同じように少し微笑む。

 

ハリー達は促されるまま、チョコなんて食べる気分じゃなかったが一口齧る。途端に手足の先まで一気に暖かさが広がったのを感じた。

 

 

「後10分で着く、ハリー、大丈夫かい?」

「はい」

 

 

ハリーは何故自分の名前を知っているのか聞かず、呟くように答えた。

 

 



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114 逆転時計!

 

汽車がようやく駅に到着し、ソフィア達は無言のままプラットホームに降り立った。

途中でハグリッドが久しぶりに会えたハリー達にホームの端から大声で呼びかけたが、4人は人混みの中をかき分けてハグリッドに駆け寄る力もなく、手を振りそれに答えた。

 

1人でに進む馬車に揺られ、ソフィア達は静かに乗り込むと疲れ切った身体を座席に深く沈み込ませた。

 

馬車が止まり、ロンとハーマイオニーが降りた。その後にソフィアが降りたがすぐに誰かに抱きすくめられ、ソフィアは息を詰まらせる。

 

 

「ソフィア!大丈夫だった?」

「ルイス…ええ、大丈夫よ」

 

 

ソフィアはルイスの胸の中でくぐもった声を上げ答え、自身を抱きしめるその震える背中に手を回し目を閉じた。冷たい体がルイスの温かな熱により絆されていく、そんな心地よい感覚にソフィアは微睡んでいたが、はたと気付き顔を上げた。

 

 

「ルイスが居るって事は──」

「ポッター?気絶したんだって?ロングボトムは本当の事を言っているのか?本当に気絶したのか?」

 

 

ルイスの後ろから現れたドラコは意地悪げに笑い、ハリーをいじるネタが舞い込んできたとばかりに嬉しそうに馬車から降りたハリーを見る。ドラコのいつも青白い頬は歪んだ喜びに溢れ、青い目が細められた。

 

 

「失せろ、マルフォイ」

「ウィーズリー、君も気絶したのか?あのこわーい吸魂鬼で、君も縮み上がったのかい?」

 

 

水を得た魚のようにイキイキと話すドラコに、ルイスは冷ややかな視線を向けながら大きな声でドラコに呼びかけた。

 

 

「あれー?僕の後ろで兎のように震えていたのは誰だったかなー?」

「ルイスっ!」

 

 

ルイスの言葉にドラコは頬をかっと赤らめ慌てたような表情をしたが、ルイスは素知らぬ顔でソフィアを離すとドラコの隣に立ち諌めるようにドラコをじっと見た。ドラコはロンがにやにやと笑っているのを見て苦々しく顔を歪め、ぎろりとルイスとロンを睨む。

 

 

「どうしたんだい?」

 

 

次の馬車でリーマスが降り立ち、騒ぎに気付いたのか穏やかな声でルイス達に話しかけた。ドラコはリーマスが教師だと知っている為、少しまずい、と表情をこわばらせたがリーマスのぼろぼろで継ぎはぎだらけのローブや、くたびれた鞄を見ると途端に横柄な目になりわざとらしい笑みを浮かべてリーマスに向き合った。

 

 

「いいえ、何にも。──えーと…先生」

 

 

ドラコの声に皮肉が混じっている事にリーマスは当然気付いたが、気にする事は無くハリーを見る。ドラコはふんと、鼻を鳴らしクラッブとゴイルを引き連れ城の石段を上がったが、途中でくるりと振り返り「ルイス!早く来い!」とルイスを呼んだ。

 

 

「…ごめんなさい、リーマス先生」

「ん?──何が?」

 

 

ルイスはドラコの非礼を詫びたが、リーマスは柔和な顔のまま笑みを浮かべ首を傾げる。彼にとってはドラコの皮肉など、可愛らしいものだったが、ルイスはそれでも申し訳なさそうに頭を下げてドラコの後を追った。

 

 

ソフィア達は生徒が群がる石段を他の生徒に混じって登り、巨大な玄関口を潜り見慣れた玄関ホールへと入った。

右の方に続く大広間に入ると、その天井はいつもと同じように沢山の蝋燭が灯りを照らし、生徒達の到着を待っていた。──しかし。

 

 

「ポッター!グレンジャー!ミス・プリンス!3人とも私のところにおいでなさい!」

 

 

後ろから厳格な声が聞こえ、名前を呼ばれたソフィア達が驚いて振り返る。

マクゴガナルが生徒たちの向こうから頭越しに呼びかけ、早く来いとばかりに手招いた。

 

 

「…まだ何もしてないのに…」

 

 

ソフィアが小さく呟き、ハリーも無言で頷いた。マクゴガナルがこうして呼ぶ時はあまり良い事が待ち受けてはいないだろうと、ハリーは考えていた。

 

 

「そんな心配そうな顔をしなくてよろしい。少し私の事務所で話があるだけです。──ウィーズリー、あなたはみんなと行きなさい」

 

 

マクゴガナルはハリーとソフィアとハーマイオニーを引き連れて賑やかな生徒の群から離れ、自分の事務所まで早足で向かった。

 

事務所の暖炉には、温かな火を燃えていて、寒さで凍えていた3人を優しくじんわりと包み込む。

マクゴガナルは3人に座るように合図し、3人は顔を見合わせながらおずおずと椅子に座った。

 

 

「ルーピン先生が前もってふくろう便をくださいました。ポッター、汽車の中で気分が悪くなったようですね」

 

 

マクゴガナルは事務所の向こう側に座りながら唐突に切り出し、その内容にハリーが答える前に扉をノックする音が響き、校医のマダム・ポンフリーが心配そうに眉を顰めながら入ってきた。それを見てハリーは顔を羞恥で赤らめ熱が篭るのを感じた。──ただ、気絶しただけでそんなに騒がなくともいいのに。

 

 

「僕、大丈夫です。何にもする必要はありません!」

「おや、またあなたなの?さしずめ…また何か危険な事をしたのでしょう?」

 

 

ポンフリーはハリーを見ると2年間の事を思い出し、ため息をつきながらハリーの側で屈み込みじっくり視診したが、ハリーはその視線からどうにか逃れる方法は無いかと小さく呻いた。

ポンフリーは汽車で気絶した生徒がいる、としか聞いていなかった為、何故気絶したのかを知らなかったが、マクゴガナルが暗い表情で彼女に呟いた。

 

 

「ポッピー、吸魂鬼なのよ」

「学校の周りに放つなんて…倒れるのはこの子だけじゃ無いでしょうよ、あいつは。…繊細な者に連中がどんな影響を及ぼすことか──」

「僕、繊細じゃありません!」

 

 

暗い表情で呟き、ハリーの額の熱を測るポンフリーにハリーは反発した。自分1人ならいい、でもここにはハーマイオニーと──ソフィアがいる。彼女に自分が繊細だから倒れてしまっただなんて、何故かそう思われたくは無かった。

 

 

「ええ、そうじゃありませんとも」

 

 

ポンフリーはハリーの言葉に頷いたが、全く上の空で話は聞いてないように見え、ハリーは脈を測られながらむっつりと表情を顰めた。

 

 

「この子にはどんな処置が必要ですか?絶対安静ですか?今夜は病棟に泊めた方がいいのでは?」

「僕、大丈夫です!」

 

 

ハリーは立ち上がりとんでもないと手と首をぶんぶんと振った。もし入院したとドラコ・マルフォイにバレたらどう揶揄われるのか…たまったもんじゃない。それに大広間のディナーを食べずに、1人だけ孤独な夜を過ごすなんて絶対に嫌だった。

 

 

「あの…リーマス先生がハリーにチョコレートを食べさせていました。だから…大丈夫だと思いますよ?…私たちも、食べました」

 

 

あまりに必死なハリーの様子を見たソフィアがおずおずと手を上げて告げれば、ポンフリーはキラリと目を輝かせ「そう、本当に?」とソフィアを見ながら満足気に聞いた。

 

 

「それじゃ、闇の魔術に対する防衛術の先生がやっと見つかったって事ね。…治療法を知っている先生が」

「…ポッター、本当に大丈夫なのですね?」

 

 

ポンフリーはそれなら入院させる程ではないかと身を引いたが、マクゴガナルはまだ心配そうに口を一文字に結んでいて、ゆっくりと真面目な顔で念を押すようにハリーに問いかける。ハリーはすぐに──なるべく元気そうに見えるように大きく頷き「はい!」と返事をした。

 

少し悩んでいるようだったが、ポンフリーが入院させないと決めたのならそれに従おうとマクゴガナルは少しだけ表情を緩め、優しくハリーに告げる。

 

 

「いいでしょう。ミス・グレンジャーとミス・プリンスにちょっと時間割の話をする間、外で待ってらっしゃい。それから一緒に宴会に戻りましょう」

 

 

宴会、という言葉にハリーはほっと安堵のため息を漏らすとすぐに研究室から飛び出した。ポンフリーもまた、生徒が無事ならよかったと胸を撫で下ろしながら研究室を後にする。

 

残されたハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせ、同時にマクゴガナルを見上げた。

 

 

「──さて、2人に詳しく逆転時計の説明と…必ず守らなければならない注意点を伝えます」

 

 

マクゴガナルは机の引き出しから細くて長い金色の鎖のついたキラキラと輝く砂時計を出すと2人に見えるように机の上に置いた。

 

 

「これが逆転時計(タイムターナー)…」

「綺麗…」

 

 

キラキラと輝く砂時計をハーマイオニーとソフィアはじっと見つめ、期待のこもった眼差しでマクゴガナルを見上げ、続きの言葉を待った。

 

 

「この砂時計を一回回転させると、1時間戻れます。最大5時間時を戻すことが可能です。──前にも伝えたように、使用中は同じ時に2人のあなた達が存在する事になります。必ず、誰にも話しかけてはなりません、見つかってもなりません、時を戻していることも、秘密です。なるべく目立たないように、教室の隅で大人しく授業を受けるのです」

 

 

マクゴガナルは一度言葉を切り、ハーマイオニーをじっと見つめる。ハーマイオニーの美徳である、どんな授業でも率先して手を挙げ意見を述べる事を良しとしないのだとハーマイオニーはわかり、真面目な顔をして頷いた。

 

 

「そして…2人は大丈夫だと、私は信じていますが、過去を変えようなど決して──決して、思わない事です。…過去何人もの偉大な魔法使いがそれを試みましたが…結果は凄惨な物にしかなりません。…さて、この逆転時計は一つしかありません。片方が首に掛け、もう1人が鎖の輪に入っていれば、2人同時に使用可能ですので安心してください。どちらが持ちますか?」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせた。

どちらが持つか──ハーマイオニーはどちらが持っても良いと思ったが、ソフィアが少し笑いながら「ハーマイオニーが持ちます」と伝えた。

 

 

「ハーマイオニーなら、校則を破る事はありません。──私と違って」

 

 

その答えにハーマイオニーとマクゴガナルは少し目を見開き顔を見合わせ、同時に少しだけ笑った。

 

 

ハーマイオニーは首に逆転時計を掛けると外から見えないようにしっかりと服の中に隠した。

 

 

「それと…ミス・プリンス。今年は変身術の個別授業はやめておきましょう」

「えっ…そんな…」

「…今年は個別授業を行うほど、あなたに余裕が無いと思います。今年度しっかりと授業をこなし…余裕があるのなら、来年度から再開しましょう」

 

 

残念そうに眉を下げるソフィアに、マクゴガナルは優しく告げ、そっと肩を叩いた。たしかに、マクゴガナルの言い分は最もだ。今年は個別授業を受ける余裕など、きっと無いだろう。

ソフィアは心から残念だったが、こくりと頷いた。

 

 

 

その後ソフィアとハーマイオニーとハリーはマクゴガナルに連れられ、先程の道を戻り大広間へと向かった。大広間の扉を開けそっと中に入ると、フリットウィックが組分け帽子を舞台から下ろしているのが見え、新入生の組分けを見逃した事を知ったハーマイオニーは残念そうに「見逃しちゃったわ」と小声でソフィアとハリーに伝え肩を落とした。

 

マクゴガナルは教職員が揃う上座の机へと向かい、ソフィア達は出来るだけ目立たないように大広間の後ろからこそこそとグリフィンドールの机へと向かったが、ちらちらと何人もの視線が3人を射抜き、中にはハリーを指差してコソコソと囁き合う者さえいた。ハリーは自分が吸魂鬼により気絶させられたという噂がもう生徒中に広がっているのではないかと気が重くなるのを感じた。

 

ロンが後から到着するだろうソフィア達のために席を取っていた為に、ハーマイオニーとハリーがさっとロンの両脇に座り、ソフィアはハーマイオニーの隣に座った。

 

 

「一体何だったの?」

 

 

1人だけ仲間はずれにされたロンはどこか面白くなさそうに眉を顰めながらハリーに小声で聞いた。ハリーはそっとロンに耳打ちをして説明をし始めたが、ダンブルドアが話をするために立ち上がり、みんなが静まり返った為話を一旦中断した。

 

 

「おめでとう!新学期おめでとう!みんなにいくつかお知らせがある。一つはとても深刻な問題じゃから、みんながご馳走でぼーっとなる前に片付けてしまった方がよかろうの…」

 

 

ダンブルドアは両手を広げ、声高らかに告げ、心から新学期の開始を喜び微笑んだが、一つ咳払いをすると少し声のトーンを下げた。

 

 

「ホグワーツ特急での捜査があったから皆も知ってのとおり…わが校は、ただいまアズカバンの吸魂鬼、ディメンター達を受け入れておる。魔法省の御用でここに来ておるのじゃ。吸魂鬼達は学校の入口という入口を堅めておる。あの者達がいる限り、はっきり言うておくが、誰も許可なしで学校を離れてはならんぞ。吸魂鬼は悪戯や変装に引っかかるような代物ではない──透明マントですら無駄じゃ」

 

 

ダンブルドアがさらりと付け足した言葉に、ハリーはチラリとロンと目を見交わした。

 

 

「言い訳やお願いをしようとも、吸魂鬼には生来出来ぬ相談じゃ。それじゃから、生徒一人ひとりに注意しておく。あの者達が皆に危害を加えるような口実を与えるでないぞ。──監督生よ、男子、女子のそれぞれの首席よ、頼みましたぞ。誰一人として吸魂鬼といざこざを起こすことのないよう気をつけるのじゃぞ」

 

 

深刻なダンブルドアの口調と、その半月眼鏡の奥に潜むきらりとした視線に誰もが口を開かず、身動きすら出来なかった。

生徒達は皆、特急内で吸魂鬼を見ている。そしてその体の芯なら凍えるような寒さと、楽しさが欠落したような気味悪さをありありと体験していたため、誰もダンブルドアの意見に不満の表情を見せる事はなかった。

 

 

 

「楽しい話に移ろうかの。今学期から、嬉しい事に新任の先生を二人お迎えする事になった。──まず、ルーピン先生。ありがたい事に空席になっている闇の魔術に対する防衛術の担当をお引き受けくださった」

 

 

ダンブルドアが明るい口調でリーマスを紹介すれば、リーマスは立ち上がり軽く頭を下げた。

その見窄らしい格好に誰もが今年の先生もハズレだ。と思いパラパラと気のない拍手を送ったが、リーマスと同じコンパートメントに居合わせた生徒とルイスだけが、大きな拍手を送った。

 

 

ソフィアとルイスは父であるセブルスが強くリーマスを睨んでいる事に気付いた、きっと人狼が教鞭を取る事をまだ良しと思っていないのだろう。──それにしても、かなり憎しみの籠った強い目をしていた。

 

 

「もう一人の新任の先生は。──ケトルバーン先生は魔法生物飼育学の先生じゃったが、残念ながら前年度末を持って退職なさる事になった。手足が一本でも残っているうちに余生を楽しまれたいとのことじゃ。そこで後任じゃが、嬉しい事に他ならぬルビウス・ハグリッドが現職の森番役に加えて教鞭をとってくださる事となった」

 

 

ソフィア達は驚いて顔を見合わせ、そして4人とも他の生徒と同じように拍手をした。とくにグリフィンドール生はハグリッドを好いている者が多く、割れんばかりの拍手が沸き起こる。ハリーが身を乗り出してハグリッドを見ると、ハグリッドは嬉しそうに綻ばせた顔を真っ赤にしながら自分の手を見つめていた。

 

 

「そうだったのか!噛み付く本を教科書指定するなんて、ハグリッド以外にいないよな?」

「ええ!本当に…何で気が付かなかったのかしら!」

 

 

ロンはテーブルを手で叩き、面白そうに叫び、ソフィアもにこにこと笑顔でそれに同意した。

ソフィア達は1番最後まで拍手をし続け──拍手し続けて手が痺れていた──ダンブルドアがまた話をし始めた時に、ハグリッドがテーブルクロスで目元をこっそりと拭ったのを、4人はしっかりと幸せな気持ちで見た。

 

 

「さて、これで大切な話はみな終わった。──さあ、宴じゃ!」

 

 

ダンブルドアの高らかな宣言により、目の前の金の皿や杯に突然豪華な料理の数々が並び、生徒達は歓声をあげ目の前のご馳走様に舌鼓を打った。

 

 

ソフィアも美味しい料理を食べながら、ちらりと教師達が居る上座を見た。ハグリッドがリーマスに何かを話しかけられ、深く頷きながら照れたように笑っている。リーマスはホグワーツの卒業生だ、きっとハグリッドの事を知っていて──親しかったのかもしれない。

ソフィアは酒を飲んでいないにも関わらず常に頬を赤く染めているハグリッドを見ると、自然と顔が綻び心が温かくなっていた。

この賑やかな宴の中で、気難しい顔をしてまるで不味い料理を食べているような人物はたった一人しかいない。ソフィアは「父様ったらせめて料理くらい美味しそうに食べればいいのに」と内心で呟いた。

 

 

ソフィア達はダンブルドアが解散の宣言をし、ぱらぱらと生徒達が立ち上がり始めるとすぐに教職員のテーブルに駆け寄り、溢れんばかりの笑顔と心からの祝いを込めて「おめでとう!」と叫んだ。

 

 

「みんな、4人の…ああ、ルイスもだな…5人のおかげだ」

 

 

ハグリッドはスリザリンテーブルに居るルイスを優しい目で見つめる。視線に気付いたルイスもまた、ソフィア達と同じく駆け寄りたかったがスリザリン生達は監督生に連れられすぐに大広間を出ようとしていた為にそれは残念ながら敵わなかった。ただにっこりとハグリッドに笑い、「おめでとう!」と口を大きく動かして伝え手を振った。

 

 

「信じらんねぇ…ダンブルドアは偉い方だ…。ケトルバーン先生がもうたくさんだって言いなすってから、まっすぐ俺の小屋に来なさった…この職は俺がやりたくてたまんなかった事なんだ…」

 

 

感極まったハグリッドは言葉を詰まらせながら呟き、くしゃりと顔を歪めると目を潤ませナプキンに顔を埋めた。ソフィア達はハグリッドの感激の気持ちが痛いほどわかっていたために何も言わず優しい目を向け、そっとハグリッドの背中や腕に手を置いた。

 

マクゴガナルが小さく体を震わせながら泣くハグリッドに気付くと、あっちに行きなさいと目で合図をした。

4人は教職員のテーブルから離れ、他のグリフィンドール生に混じりグリフィンドール塔へ向かった。

 

 

ソフィアは長い合言葉に残念そうにため息をつきがっくりと肩を落とすネビルを見ながら眠た気に目を擦る。

 

 

ハリーとロンとは談話室で別れ、ハーマイオニーと共に螺旋階段を上がり女子寮へと向かう。

去年と同じ部屋に入り、ベッド脇に沢山の荷物が置かれているのを見ながらソフィアはベッドにぽすんと座り込んだ。

 

 

「ふぁ…んー。眠いわ…」

「もう寝ましょう?…明日から、私たちは大変だもの」

 

 

ハーマイオニーは自分のベッドの脇にある大量の教科書に視線を落としながら楽しみ半分不安半分といったように呟く。

ソフィアは少し苦笑し、「そうね」と頷くとトランクからパジャマを引っ張り出した。

箪笥にしまうのは、もう明日にしようと考えながら服を着替えるとすぐにベッドに寝転んだ。

 

 



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115 えげつない時間割!

翌朝、ソフィア達が朝食をとりに大広間に行くと、扉のすぐ側でルイスがソフィア達の到着を待っていた。

 

 

「ルイス、おはよう!」

「おはよう、ソフィア!」

 

 

ソフィアはルイスに気付くと軽くハグをして頬にキスを落とす。ルイスは微笑みながらそれを受け入れ、同じようにキスを落とした。

「みんなも、おはよう」とルイスがソフィアを離しながらハリー達に言えば、ハリー達も口々に朝の挨拶をする。

 

 

「どうしたんだい?何か用?」

 

 

ルイスがこうして待ち伏せしているのは珍しく、ハリーが聞けばルイスは「んー…」と少し言い淀みながら、おずおずとハリー達を見回した。

 

 

「一緒に朝ごはん食べていい?」

「勿論だよ!」

「久しぶりね、去年は殆どマルフォイのところだったじゃない?」

 

 

ルイスの言葉に直ぐにハリー達は快く頷く。ハーマイオニーの言う通り、実際去年はドラコがルイスを独占し、殆ど共に朝食を取る事はなかった。

ルイスは安心したように微笑むが、それは眉の下がっている少し悲しそうな微笑みにハリーは見えた。

 

 

「ありがとう。…その、ごめんね。僕には止められなかったんだ」

 

 

 

ハリー達は顔を見合わせ、何を謝る事があるのかと首を傾げたが、ソフィアは大広間をちらりと覗き込み──そして大きなため息を溢した。

 

 

ルイスがなぜ謝ったのか、直ぐにハリーは理解した。

スリザリン生の集団の中心でドラコが何か愉快な話をして大きな笑いを取っていた。

ハリー達がすれ違う時、ドラコは大袈裟なまでに胸を押さえ叫びながら馬鹿らしい仕草で気絶するフリをした。

 

 

「…なるほど、よく分かった」

「ごめんね、止めたんだけど…」

「知らんぷりよ、相手にするだけ損よ」

 

 

ハリーは無感情に呟き、ハーマイオニーは後ろからハリーに囁く。直ぐに無視をして通り過ぎようとしたが、その集団からパンジーがニヤニヤと笑いながら「あーら、ポッター!」と甲高い声で呼びかけた。

 

 

「ポッター!吸魂鬼がくるわよ、ほらポッ──」

「パンジー!久しぶりね!」

 

 

パンジーが胸を押さえ片手を高く上げながら気絶するフリをしようとしたが、その言葉は途中でソフィアの抱き締めにより止められた。

 

 

「ソ、ソフィア!」

「おはよう、パンジー。…ねぇ、パンジー?私はあなたがそんな真似をしてるの…見たくないわ、あなたの愛らしさが台無しよ?」

 

 

折角のハリーを揶揄うチャンスを無理矢理奪われたパンジーは嫌そうな顔をしていたが、ソフィアからの忠告にカッと顔を赤らめ押し黙る。何も言えないでいるとソフィアはにっこりと笑い、パンジーに「またね!」と言うと直ぐにハリー達の居る所へ戻った。

 

 

「ソフィア、君、パーキンソンまで手懐けているのかい?」

「あら、何のことかしら」

 

 

ロンの言葉にソフィアはすまし顔で答えながらジョージの隣に座り「三年の時間割」と渡された羊皮紙を受け取りそれを眺めた。

1日に10科目もある曜日を見つけ、流石にソフィアは上手くやっていけるのかと少し心配になりながらそっと時間割を鞄の中に入れた。

 

 

「ハリー何かあったのか?」

 

 

ジョージが不貞腐れたような表情のハリーに気が付き少し心配そうに肩を叩けば、悔しさから不機嫌そうにソーセージをフォークで突くハリーの代わりに、ロンがスリザリン生の居る机を睨みながら「マルフォイのやつ」と呟き顎で指した。

ジョージが後ろを振り向けば、味を占めたドラコが再び気絶する真似をしている所だった。

 

 

「あの、ろくでなし野郎。昨日の夜はあんなに気取っちゃいられなかったようだぜ。列車の中で吸魂鬼がこっちに近づいて来た時、俺たちのコンパートメントに駆け込んで俺たちとルイスを盾にしたからな。なぁフレッド?」

「殆ど漏らしかかってたな」

「俺たちだって嬉しくはなかったさ」

「でも、僕とドラコを追い出さないでくれたよね。そんな2人の優しい所…好きだよ」

 

 

ルイスがハッシュドポテトを食べながらにっこりと笑えば、フレッドとジョージは顔を見合わせ肩をすくめた。

 

 

「ま、震える下級生を叩き出すほど俺たちはろくでなしじゃないさ」

「誰かさんと違ってな」

 

 

2人はドラコをチラリと軽蔑を込めた目で見ながら答える。どれだけ嫌いな相手でも、目に涙を溜め怯え震えている子どもを追い出すほど愚かではない。そんな優しい二人がルイスと──それを聞いて心が温かくなった──ソフィアは、大好きだった。

 

 

「あいつら、恐ろしいよな。あの吸魂鬼ってやつ」

「何だか身体の内側を凍らせるんだ。そうだろ?」

「でも、気を失ったりしなかったでしょ?」

 

 

なんとかハリーを元気付けようとしたフレッドとジョージだったが、ハリーの気分は晴れず低い声で2人に聞いた。

 

 

「忘れろよ、ハリー。親父がいつだったかアズカバンに行かなきゃならなかった。フレッド、覚えてるか?あんなひどいところは行ったことが無いって…親父が言ってたよ。帰ってきた時にはすっかり弱って震えてたな…。奴らは幸福ってものをその場から吸い取ってしまうんだ。あそこじゃ囚人はだいたい気が狂っちまう」

「ま、俺たちのクィディッチ第1戦の後で、マルフォイがどのくらい幸せでいられるか、拝見しようじゃないか。グリフィンドール対スリザリン、シーズン開幕の第1戦だ!」

「ハリー、頑張ってね!」

 

 

フレッドとジョージ、ルイスに励まされたハリーはクィディッチの事を思い出し、ようやく少し気分が良くなったようで穴だらけになったソーセージを食べた。

 

 

ハーマイオニーとロンが時間割について言い合いをしている中、ソフィアは黙って今日から始まる授業の事を考えた。1時間目は占い学と数占いが被っている、どちらを先に済ませてしまうか、あとでハーマイオニーと話し合わなければならない。

 

その時ハグリッドがケナガイタチの死骸を持ちながら大広間に現れた。さすがに食事中にあまり見たくない光景に何人もの生徒が顔を顰め、食べかけていた肉料理をそっと皿の上に戻した。

 

 

「元気か?おまえさん達が俺の一番最初の授業だ!昼食の直ぐ後だぞ!5時起きして、なんだかんだ準備してたんだ…うまくいきゃいいが…俺が先生…いやはや…」

「ハグリッドの授業、楽しみだわ!」

 

 

ソフィアはハグリッドの大きな腕を叩き「期待してるわね!」と声をかける。ハグリッドは嬉しそうににっこり笑うとケナガイタチを無意識なのか、ぐるぐる振り回しながら教職員テーブルへ向かう。

それを見送った後、不安そうにロンが「何の準備をしてたんだろ…」と呟いた。

 

 

朝食が終わりに近づくと、大群のフクロウ便が大広間に舞い込み、手紙や小包を生徒達に届けた。その中で一際目立つ大きな黒い鴉を見た生徒たちは皆ぽかんと口をあけ、天井付近を旋回するその鴉を見上げる。

 

ルイスとソフィアも周囲の騒めきに気がつき視線を上に上げた途端、大きな影は「そんなところにいたのか」というように静かにルイスの目の前に舞い降りる。

 

 

「シェイドよ!」

「手紙?…ありがとう、シェイド」

 

 

ルイスは大鴉──シェイドが咥えていた手紙を受け取りベーコンを代わりに咥えさせた。シェイドは嬉しそうにベーコンを啄みながら「クー」と任務を無事遂行させたからか、誇らしげに一度鳴くとすぐにまた大広間を優雅に舞い、他のフクロウ便達に混じって空へ飛び立った。

 

 

ルイスは封筒を裏返し、差出人が書かれていない事に気付く。少し不思議に思いながら、もしや、と中の手紙を取り出しさっとその中の文書に目を通すとチラリと教職員達が座るテーブルに視線を向けたが、差出人とは視線が合うことは無く──今年も徹底しているなぁ、と苦笑しながら、苺を頬張るソフィアを見た。

 

 

「ソフィア、今日空き時間ってある?」

「んー…昼食の時くらいしか無いわ」

 

 

ソフィアは今日の時間割を思い出して答え、「どうして?」と首を傾げた。

 

 

「デートのお誘いさ」

 

 

ルイスは笑いながら手紙をソフィアに手渡す。ソフィアはきょとんとしながら手紙を受け取り、中に書かれている言葉を読んだ。

 

 

──今日中に一度来るように。  S

 

 

それだけが書かれた、短い手紙だった。

ソフィアは何を意味しているのかすぐに悟ると手紙をルイスに返しながら少し悩むように唸る。

 

 

「んんー…放課後は…厳しいわ、やっぱり昼休みね」

「わかった、伝えておくよ」

 

 

ルイスは鞄の中に手紙を片付けるとカップに入っている紅茶を飲み干し立ち上がった。

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ授業に向かうよ。またね」

 

 

ルイスは小さく手を振りソフィア達の元を離れ、まだしつこく気絶した真似をするドラコの元へ向かった。

 

 

「僕たちも行った方がいい。ほら、占い学は北塔のてっぺんでやるんだ。着くのに10分はかかる」

 

 

ルイスを見送ったロンが時間割を調べながら呟き、ハリー達は慌てて朝食を済ませるとフレッドとジョージに別れを告げて大広間を横切った。スリザリンの長机を横切る時、またもドラコが気絶ふりをして──ルイスが後ろからドラコの頭を軽く叩いていたのを見ながらハリー達は北塔へ走った。

 

 

ハリーとロンが先頭を走る中、ソフィアはハーマイオニーにそっと近づき囁いた。

 

 

「どうする?」

「先に、占い学を済ませましょう」

 

 

その言葉にソフィアは頷き、沢山の教科書が入り重い鞄を持ち直して長い廊下を走った。

 

 

 

 



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116 占い学

ソフィア達は急な螺旋階段をなんとか登り切り、ぜいぜいと息を上げよろめきながら小さな踊り場に出た。今から授業を受ける生徒達もそこに集まり、教室へはどうやっていけばいいのかと首を傾げていた。

 

踊り場からの出口はどこにも無く、天井付近に丸い跳ね扉があり真鍮の表札がついているが、梯子らしき物は見当たらない。

 

 

「シビル・トレローニー…占い学教授」

「どうやっていくのかしら?…箒も無いみたいだし…」

 

 

ソフィアが荒くなった呼吸を落ち着かせた後にあたりを見渡しながら呟けば、その声に答えるように、跳ね扉がパッと開き、銀色の梯子がソフィアのすぐ足元に降りてきた。

踊り場にいたみんながしん、と鎮まりかえる。

 

 

「お先にどうぞ、レディーファーストさ」

「あら、ありがとう」

 

 

ロンがにやりと笑い梯子に向かって片手を向けた。ソフィアは片眉を上げたものの言い返す事はなく、すぐに梯子を登っていった。

 

 

ソフィアが行き着いた先はこれまで見た事のない教室だった。──いや、そもそも教室といえるのだろうか、どこかの屋根裏部屋のようにごちゃごちゃとした物が所狭しと並び、昔風の紅茶専門店のように紅茶の香りが強く部屋の中に蔓延っている。

小さな丸テーブルが20卓以上あり、それぞれのテーブルの周りにはふかふかな肘掛け椅子や丸椅子などが置かれていた。

 

真紅の仄暗い灯りが教室をかすかに照らし、全ての窓は締め切られ、黒いカーテンがかかっていた。暖炉は煌々と燃え、部屋の中を息苦しいまでの暑さにしてしまっている。

 

 

ソフィアはシャツのボタンをひとつ外し、ぱたぱたと首元を仰ぎながら他の生徒達の到着を待っていた。

誰もが皆奇妙な教室を見渡し、ひそひそと囁き合う。

 

 

「先生はどこだい?」

 

 

ロンが小声でハリーに聞いた途端「ようこそ」とか細い声が暗がりから響き、皆が肩を震わせ声のした方を見れば痩せ型の女性が静々と現れたところだった。

 

 

「この現世で、とうとう皆さまにお目にかかれて嬉しゅうございますわ。──おかけなさい、私の子どもたちよ…」

 

 

トレローニーは細い首に沢山の鎖やビーズ玉で出来たネックレスをかけ、生徒を誘う腕には腕輪が地肌を隠すほど沢山光っていた。その指にも同じように数多くの指輪が輝く。

ソフィアは重く無いのかしら、とそれを見て思いながらハリー、ロン、ハーマイオニーと同じ丸テーブルの周りに腰掛けた。

 

 

「占い学にようこそ、あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見た事がないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの心眼が曇ってしまいますの」

 

 

たしかに彼女の言うようにこの教室内にいる誰もが一度もトレローニーを大広間で見た事がなかった。年度始まりの組分けの儀式や、年度末の宴にすらも現れた事がない。昆虫を思わせる大きな眼鏡の奥にあるその目と、どの教授とも異なる異様な姿を…一度見ていたなら、忘れる者はいないだろう。

 

 

「皆様がお選びになったのは占い学…魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。眼力の備わっていない方には、あたくしがお教えできることは殆どありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの…。いかに優れた魔法使いや魔女たりとも、派手な音や匂いに優れ、雲隠れ術に長けていても、未来の神秘の帳を見透かす事は出来ません…」

 

 

この言葉にハリーとロンはにやりと意地悪く笑い、同時にハーマイオニーをチラリと見た。ハーマイオニーは書物が役に立たないと聞いてひどく驚き目を見張りながら持っていた教科書を強く掴んでいた。

 

 

「限られた者だけに与えられる天分ともいえましょう。あなた、そこの男の子」

「あなたのお婆さまはお元気?」

 

 

突如指名されたネビルはびくりと跳び上がり椅子から転げ落ちそうになりながらも「げ、元気だと思います…」と恐々答えた。

 

 

「あたくしがあなたの立場だったら、そんな自信ありげな言い方は出来ませんことよ…。1年間、占いの基本的な方法を勉強致しましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう。──ところで、あなた。赤毛の男子にお気をつけあそばせ」

 

 

急に見据えられたパーバティは目を丸くしてすぐ後ろに座っている赤毛の男子──ロンを見つめ、少し椅子を引き彼から離れた。

 

 

「夏の学期には、水晶玉に進みましょう。──ただし、炎の呪いを乗り切れたらでございますよ。つまり、不幸なことに、2月にこのクラスはタチの悪い流感で中断される事となり、あたくし自身も声が出なくなりますの。イースターの頃、クラスの誰かと永久にお別れする事になりますわ」

 

 

タチの悪い予言に、教室内を張り詰めた沈黙が流れた。ソフィアは少々胡散臭そうにトレローニーを見ながら、手元の教科書の表紙を見つめる。

 

予言者は、たしかに実在する。──しかしその優れた予言者は何十年に1人しか現れない。それ程生まれ持っての才能に強く依存する能力なのだ。ソフィアはそれを知っていたが、はたして彼女がその優れた1人なのかどうかは判断出来なかった。

トレローニーの指示により銀のティーポットを運んだラベンダーが不吉な予言をされているのを眉を顰めて聞きながらソフィアは考えた。──やはり占い学は向いていないかもしれない。

 

 

「それでは皆さま、二人ずつ組みになって下さいな。棚から紅茶のカップを取って、あたくしのところへいらっしゃい。紅茶を注いで差し上げましょう。それからお座りになって、最後に滓が残る所までお飲みなさい。──左手にカップを持ち、滓をカップの内側に沿って三度回しましょう。それからカップを受け皿の上に伏せてください。最後の一滴が切れるのを待って、ご自身のカップを相手に渡し、読んでもらいます。未来の霧を晴らす、の5.6頁を見て葉の模様を読みましょう──ああ、それからあなた。一つ目のカップを割ってしまったら、次はブルーの模様の入ったのにしてくださる?あたくし、ピンクなのが気に入ってますのよ」

 

 

立ち上がりかけていたネビルの腕を押さえ、トレローニーが何でもないように予言を落とす。ネビルは身体を縮こませ不思議な言葉に曖昧に頷き棚に向かったが、その途端カチャンと陶磁器が割れる音が静かな教室に響く。──本当に、予言が当たった。そうラベンダーやパーバティは興奮と不安からひそひそ囁きあい、トレローニーを尊敬の眼差しで見つめていた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは注がれた紅茶を溢さないようにしながら机へと運び、その熱い紅茶をなんとか飲むと言われたように滓を回し、皿に伏せ、カップを交換した。

 

 

「何が見える?」

「そうねぇ…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーのカップと教科書を見比べながら、どう見てもただの滓にしか見えないものに何とか理由をつけようと唸りつつ頑張っていた。

 

 

「んー…あー…四角…?本かしらね。──本は知識の象徴だから…ハーマイオニーの知識がいつか役立つのね。…まぁ、いつも役立ってるけれど。それと…あー…高い波のように見えるから…──何か大きな変化があるみたい。──つまり、ハーマイオニーの役立つ知識に大きな変化があるのね」

 

 

ソフィアはどうにか滓にそれっぽい理由を見つけることが出来たが、ハーマイオニーは気難しい顔のままカップと教科書を見比べ、徐々にその眉間に皺を刻み込んだ。

 

 

「ソフィアのカップは…うーん…熊かしら…熊は──母親との関係──を示しているわ。それと…山?三角?…帽子…?帽子なら──人生の変化、ね」

「…母様はもう亡くなってるから…不思議な結果ね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉に肩をすくめ苦笑いをこぼす。ハーマイオニーは占い学がこんな授業だとは思わなかった、とばかりに教科書を閉じ、カップの滓を不服そうに見下ろした。

 

 

「──あたくしが見てみましょうね」

 

 

トレローニーはすっとハリーとロンに近付き、ロンの手からハリーのカップを取ると半時計周りに回しながらじっと真剣な眼差しでその中を見つめる。また、何か予言が飛び出すのかと、みんながカップを読んでいた手を止め静まり返り、じっとトレローニーとハリーを見つめた。

 

 

「隼…まぁ、あなたは恐ろしい敵をお持ちね」

「でも、誰でもそんな事知ってるわ」

 

 

ハーマイオニーの囁きはクラス中に響き、勿論近くにいたトレローニーの耳にも入った。

トレローニーは強くハーマイオニーを睨んだが、彼女は臆する事なく、その昆虫のような目を見返す。

 

 

「だって、そうなんですもの。ハリーと例のあの人の事はみんな知ってるわ」

 

 

ソフィア達は驚いてハーマイオニーを見た。

ハーマイオニーは誰よりも教授達を尊敬している、そんな彼女がこんな口の聞き方をするのを、3人は聞いた事が無かった。

 

トレローニーはじっとハーマイオニーを見ていたが何も反論する事は無く再びハリーのカップに視線を落とすとぶつぶつと呟く。

 

 

「棍棒…攻撃…。おや、まあ、…これは幸せなカップではありませんね」

「僕、それは山高帽だと思ったけど」

「髑髏…行く手に危険が。まぁ、あなた…──おお!可哀想な子…いいえ、言わない方がいいわ──ええ、お聞きにならないでちょうだい──」

 

 

トレローニーは空いている肘掛け椅子によろめきながら座り胸に手を当て目を閉じた。その声はこれから待ち受けるハリーの苦難を思い嘆いているように聞こえ、ハリーは少し表情を暗くした。──聞くなと口では言いながら、どうも演技かかった動作であり、間違いなく彼女は聞かれる事を期待していた。

 

 

「先生、どういう事ですか?」

 

ディーンがすぐさま聞き、みんなが立ち上がりハリーのカップをよく見ようと覗き込んだ。

ソフィアは小さくため息をつくとぱしんと教科書を閉じる。

 

 

「ディーン、トレローニー先生は聞くなっておっしゃったのだから、聞かない方がいいわ」

「で、でも…」

「いいじゃない。──ハリーは今年も死ぬ程危険な目に遭うってカップに書かれているだけよ」

「ソフィア!君、心眼が…?」

 

 

当然のように答えたソフィアにディーンは目を丸くして信じられないとばかり口を抑えた。パーバティとラベンダーもまさか、ソフィアは予言者の才能があるのかと尊敬と恐怖が混じった目でソフィアを見つめる。

 

ソフィアはそんなつもりは無く──ただ、ブラックがハリーを狙っていると知っていた事と、トレローニーの反応から間違いなくいい予言では無いだろうと思っただけだった。

生徒たちのざわめきの中心が自分ではなくソフィアに移ってしまったことに気が付いたトレローニーは、パチリと目を開きゆっくりとソフィアに歩み寄った。──面白く、無かったのだろう。

 

 

「あなたはたしかな心眼をお持ちかしら?」

「え?…さあ、1回目の授業ですもの、分からないわ」

「この子のカップに──何が見えましたの?」 

 

 

トレローニーが薄く微笑み、挑発的な目でハリーのカップをソフィアの目前に突きつけた。

ソフィアはそのカップに目を落とし、暫くじっと見つめる。何に見えるかと言われても、その形は──かなり良いように見ればロンが言っていたように何か動物に見えなくもない。カバか、牛か、とりあえず四肢動物であることは確かだ。

 

ソフィアはチラリとトレローニーを見上げながら、この人はさっきから悲惨な事しか予言していない事に気付いた。たしかに、恐怖を煽りそれが一つでも当てはまったのなら、間違いなくこの占い学にのめり込んでしまう生徒が居るだろう。──幸福を占えばいいのに。

 

それならば、あれ程わざとらしく嘆いて見せ、不吉な予言しか行わないトレローニーが口にするのは一つしかない。

 

 

「──犬、ですかね?」

 

 

ソフィアは目を細め、薄く微笑みながら首を傾げる。トレローニーは眼鏡の奥の大きな目をさらに見開き、口元をはっと押さえた。

 

 

「まぁ!あなたは、確かな心眼をお持ちですわ…それを曇らせず、このまま1年終えることができる事をあたくしは期待しましょう──ええ、そう。グリムです」

 

 

トレローニーはショールをふわりと手繰り寄せ、ソフィアの背中をすっと撫でた。少しぞくりとした寒気を感じたソフィアは苦笑いをしてトレローニーから視線を外す。

 

 

「グリム?」

 

 

ハリーが怪訝な顔でトレローニーの言葉を反復する。グリムは、確かな夏休み中にソフィアとルイスが教えてくれた黒い犬のことだ。ソフィアとルイスは信じていない様子だった不吉の象徴だというそのグリムが何故カップに見えるのか──ハリーはショックな顔をするトレローニーを首を傾げて見た。

 

 

「グリム、あなた…!死神犬ですよ!墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です!可哀想な子。これは不吉な予兆…大凶の前兆──死の予告です!」

 

 

ハリーは顔を引き攣らせた、ソフィアとルイスはただの野良犬だと慰めてくれたが、まさか本当にグリムだったのだろうか。

皆が驚愕の表情でハリーを見る中、ハーマイオニーだけは立ち上がりトレローニーの椅子の後ろに回った。

 

 

「グリムには見えないと思うわ」

「こんな事言ってごめん遊ばせ、あなたには殆どオーラが感じられませんのよ。未来の響きの感受性というものが殆どございませんわ」

 

 

トレローニーは嫌悪感を募らせてハーマイオニーをじろりと品定めをし、ハーマイオニーはむっとした表情のまま何も言わずに強くその目を睨み返した。

 

 

「こうやってみるとグリムらしく見えるよ」

「でも、こっちからみるとむしろロバに見えるな」

「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたら良いだろう!」

 

 

苛つきながら言ったハリーの叫びは教室内に強く響いた。

 

 

「今日の授業はここまでにしましょう。──さあ、どうぞお片付けなさってね…」

 

 

トレローニーが消え入りそうな声で言うと、生徒たちは皆押し黙ってカップをトレローニーに返し、教材を片付けた。誰1人として、ハリーを見ようとはしない。──ソフィア以外は。

 

 

「さ、ハリー次は変身術よ!急がないと遅刻するわ」

「ソフィア…君も…グリムをカップに見たの…?本当に…?」

 

 

トレローニーだけでは信じられなかったかもしれない、いい加減な事を言っている可能性もある。ただソフィアもカップに犬を見たと言っていた、まさか、本当に死の予言なのだろうか。

 

ソフィアは周りを見てトレローニーがネビルに気を取られている事を確認すると悪戯っぽく笑いハリーに囁いた。

 

 

「ただの茶色の塊にしか見えなかったわ」

「な、なら…どうして…」

「ま、後で教えてあげるわ。──本当に急がないと間に合わないもの」

 

 

ソフィアは肩をすくめ他の生徒たちと同じように出口の梯子へ向かった。

 

 

ハリーとロンをさもすぐに梯子を降り、長い螺旋階段を駆け降りる。

ソフィアとハーマイオニーは少し離れた場所で止まると誰も周りにいない事を確認してさっと廊下の影に移動した。

 

 

「次は、数占いね」

「…占い学みたいじゃない事を祈るわ」

 

 

ハーマイオニーは首元のチェーンを手繰り寄せ、輪っかの中にソフィアの頭を潜らせながら吐き捨てるように呟く。

そしてくるりと逆転時計を回転させた。

 

 

 



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117 守護霊魔法!

変身術の授業で、マクゴガナルがアニメーガスについて説明をし、皆の目の前で華麗にトラ猫に変身したのを見て手を叩いたのはソフィアだけだった。

 

 

「まったく、今日はみんなどうしたんですか?」

 

 

マクゴガナルは人間の姿に戻るなりため息混じりに呟き、暗い顔をするクラス中を見渡した。

 

 

「別に構いませんが、私の変身にたった1人しか拍手しなかったのははじめてです」

 

 

ソフィアを除く皆が一斉に後方に座るハリーを振り向いたが、誰も喋らない。ハリーの隣に座っていたソフィアは皆がトレローニーの予言を真に受けているのだと知り、少し意外に思った。

 

 

「先生、私たち占い学の最初のクラスを受けてきたばかりなんです。お茶の葉を読んで──」

「ああ、そういうことですか」

 

 

ハーマイオニーが全て言い切る前に、マクゴガナルは顔を顰め納得するように頷いた。

 

 

「ミス、グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。今年は一体誰が死ぬ事になったのですか?」

「…僕です」

「わかりました。では、ポッター、教えておきましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、一年ごとに一人の生徒の死を予言してきました。未だに誰一人として死んでいません。死の前兆を予言するのは、新しいクラスを迎えるときのあの方のお気に入りの流儀です」

「…とんだご趣味だわ」

 

 

ソフィアが思わず呟けば、マクゴガナルはちらりとソフィアを見てそれに賛同するように口先だけで微笑む。

 

 

「私は同僚の悪口を決して言いません。──占い学とは、魔法の中でも1番不正確な分野の一つです。私があの分野に関しては忍耐強くないという事を、皆さんに隠すつもりはありません。真の予言者は滅多にいません。トレローニー先生は──」

 

 

そうではない。と言う言葉を何とかマクゴガナルは飲み込むと、一度言葉を切りごく当たり前の調子でハリーを見ながら続けた。

 

 

「ポッター、私の見るところあなたは健康そのものです。ですから今日の宿題を免除したりいたしませんからそのつもりで。ただし、もしあなたが死んだら、提出しなくても結構です」

 

 

マクゴガナルの珍しいジョークにソフィアとハーマイオニーが吹き出し、肩を震わせて必死に声を押し殺した。

ハリーはマクゴガナルの言葉に少し気分が軽くなった。たしかに、今冷静になって思えばあんな紅茶の滓に怯えるのはおかしい気がしたのだ。

ただ、そう思ったのは皆ではない、ロンはまだ不安そうにしていたし、ラベンダーとパーバティは「でも、ネビルのカップは?」と囁いていた。

 

 

 

 

 

変身術の授業が終わり、四人は昼食に向かう生徒に混じって大広間へ向かった。

 

 

「ごめんね、私ルイスと約束があるの!また魔法生物飼育学の授業でね!」

 

 

ソフィアは皿の上にあるサンドイッチを数個手に取るとすぐに大広間から飛び出した。

少し駆け足になりながらサンドイッチを口に押し込み、階段を降り地下牢へ向かう。

 

 

「ソフィア」

「ん?… フイフ(ルイス)!」

 

 

廊下の途中でソフィアと出会ったルイスは、もぐもぐとサンドイッチを食べながら歩く様子に額を押さえ怪訝な目を向け「お行儀が悪いよ」と嗜めたが、ソフィアは何食わぬ顔で全てのサンドイッチを口に押し込み、暫く無言だったがようやく飲み込んだ後に何でもない事のように伝えた。

 

 

「だって、私には時間が無いんだもの!」

 

 

全科目取るからだよ、とルイスはため息混じりに呟き、魔法薬学の研究室の扉を叩いた。

 

 

「先生、ルイスとお行儀の悪いソフィアです」

「まぁ!」

 

 

何で言うの!とソフィアは慌てたが、ルイスは素知らぬ顔で扉を開けた。

 

その先には今までと同様、セブルスが二人の到着を待っていたが、怪訝そうに眉を顰め、ソフィアを見下ろしていた。

ソフィアはその視線に肩をすくめながら研究室へと入り、後ろ手に扉を閉める。

 

 

「…何があった?」

「父様、ソフィアはサンドイッチを食べながらここまで来ました」

「だ、だって!そうじゃなきゃ食べる時間が無いじゃない!」

 

 

ソフィアは必死に弁解をしたが、ルイスとセブルスは冷ややかな目でソフィアを見つめる。ぷいと視線を逸らしたソフィアは、わざわざ時間を作ったのにそんな事に目をつけなくても、ともごもごと呟いた。

 

 

「…それで?父様…何か用事ですか?」

「ああ、…2人は守護霊魔法を知っているか?」

「…吸魂鬼に効果的な魔法でしょ?」

 

 

ソフィアはセブルスの言葉に気を取り直すようにして答えた。セブルスは少し頷き、ソフィアとルイスの顔をじっと見つめる。

 

 

「2人は…その魔法を習得しなければならない」

「…え、僕たちが?…どうして?」

「万が一の為だ。…吸魂鬼に人の道理は通用せん。学内に入り込むことは無いとは思うが…万が一の為に対処する術を持っていた方が良い」

「…でも、出来るかしら。…その、かなり高度な魔法だって書いてあったもの…」

 

 

セブルスの言い分は理解できたが、守護霊魔法は一人前の魔法使いでも手こずる程難しい。まだ3年生である自分達に果たして習得する事が叶うのだろうか、とソフィアは不安げにルイスを見た。

ルイスも同じことを思い、肩をすくめながらセブルスを見上げる。

 

セブルスはソフィアとルイスの不安げな顔を見て、僅かに表情を緩めるとその大きな優しい手で2人の頭を撫でた。

 

 

「心配するな。…お前たちは優れた魔法使いと魔女だ。…それに、私が教える」

 

 

ソフィアとルイスは優しく告げられた言葉にくすぐったさを感じ、照れたように笑う。

 

 

「父様が教えてくれるなんてね!」

「うーん、スパルタじゃなかったら良いんだけど」

「それは…2人次第だな」

 

 

ソフィアとルイスの悪戯っぽい笑みに、セブルスは薄く笑いながら答えた。

 

 

「空いている時間はあるか?」

「僕はあるけど…」

「うーん…そうね…」

 

 

ルイスとソフィアは鞄から今日受け取ったばかりの時間割をセブルスに渡した。セブルスはそれに目を通し、ソフィアのあまりにも過密な時間割に眉を寄せる。

 

 

「…明日、1時限に3つも科目があるが…」

「そうなのよ、せめてもう少しバラけていたら良かったのに…」

「…木曜日の5限目だな。この時なら私も授業がない」

 

 

返された時間割を受け取った2人はペンを取り出し空いている木曜日5限目にSとマークをつけた。これなら万が一誰かに見られても何のことかわからないだろう。

 

 

「明日は丁度木曜だ。守護霊魔法には最も幸福な記憶が必要となる。…それを考えておくように」

「はーい」

「ねぇ、守護霊魔法を私たちに教えるくらいだから…父様は守護霊を出せるのでしょう?どんな姿をしてるの?」

 

 

一人ひとり異なる守護霊、それは犬だったり猫だったり殆どが動物だが、稀に魔法生物を出現するさせる者もいるという。──父の守護霊とはどんな姿をしているのか、ソフィアは気になり、期待を込めてセブルスを見上げる。

セブルスは少し黙ったが、まぁ一度見せておくのも必要かと杖を振るった。

 

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 

セブルスの杖先から銀色の光の筋が現れ、それは1匹の動物の姿となり、目を輝かせるソフィアとルイスの目前に凛と立った。

 

 

「わぁ!」

「すごいわ!」

 

 

守護霊は2人の周りを駆け回っていたが、セブルスにそっと近付くとその身を寄せ、ふっと空に溶けるようにして消えた。

キラキラとした銀色の残滓を見ていた2人は、頬を紅潮させセブルスを尊敬の眼差しで見上げる。

 

 

「明日が待ち遠しいわ!」

「僕たちはどんな姿の守護霊が現れるのかなぁ…楽しみだね!」

 

 

興奮で身体をそわそわと動かすソフィアとルイスを見て、セブルスは小さく微笑む。既に2人は3年生のうちに習う魔法は全て習得している。同学年の子供たちの中でも最も優れた魔法使いと魔女であるとセブルスは過信ではなくそう思っていた。──きっと、2人なら直ぐに習得するだろう。

 

 

 

その時昼休み終了のベルが鳴り、ソフィアとルイスは顔を見合わせ「魔法生物飼育学!」と声を合わせて叫ぶと、セブルスに手を振りすぐに地下牢から出て行った。

 

 

 



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118 魔法生物飼育学!

ハリーは魔法生物飼育学を受ける為に、ハグリッドの小屋へ向かっていた。ハーマイオニーとロンが昼食時に険悪なムードになってしまい、何とも言えないピリピリとした沈黙が落ちる中、ハリーはここにソフィアが居てくれたらきっとこんな雰囲気にはならなかったに違いない、と心の中で呟いた。

 

それに、ハリーは占い学が終わった時にソフィアが言っていた言葉が気になって仕方がなかった。ロンはグリムを恐れハリーを心から心配しているのだとハリー自身もわかっていたのだが、気遣うような視線は嫌だった。ソフィアの意見も聞きたい、そうハリーは強く思った。

 

 

ハリー達は小屋の前に辿り着くと、既にハグリッドは生徒達の到着を今か今かと待っていた。早く初めての授業をしたくてたまらないのだろう。ハリーはこの時初めてスリザリンとの合同授業だと気付き、嫌な予感に顔を顰める。ハグリッドの授業は何としてでも成功させてあげたいが、スリザリン生──ドラコ・マルフォイは果たして大人しく授業を受けてくれるだろうか。

 

集まった生徒たちをぐるりと見渡し、ハグリッドがその大きな手を振って合図を送る。

 

 

「さあ、急げ!早く来いや!今日はみんなにいいもんがあるぞ!すごい授業だぞ、みんな来たか?」

「ハグリッド、ソフィアとルイスがまだ来てないんだ」

 

 

声を張り上げるハグリッドに近づき、ハリーが小声で言えばハグリッドは少し眉を寄せて芝生の向こうを見渡した。

 

すぐに靴音が響き、ソフィアとルイスが顔を真っ赤にさせて芝生の向こうから大慌てでこちらに向かって走るのが見えた。

 

 

「はあっ!──はぁっ!ま、間に合った!?」

「はぁ…つ、疲れた…ハグリッド、ごめん、遅れちゃったかな…?」

 

 

転がるように現れた2人は膝に手をつき呼吸を抑えながら、申し訳なさそうにハグリッドを見上げる。ハグリッドはにっこりと笑い首を振った。

 

 

「大丈夫だ!揃ったな?──よーし、ついてこい!」

 

 

ルイスはソフィアに手を振り、額に張り付いた髪をかき上げながらドラコの元へ向かい、ソフィアは胸を抑え呼吸を落ち着かせながらハリー達の隣に並んだ。

 

 

「大丈夫?」

「ええ…今日は、走りっぱなしだわ…」

 

 

 

ソフィア達はハグリッドの後ろをついて森の脇を5分ほど歩いた。ハリーは一瞬もしかして森で授業をするんじゃないかと心配したが、ハグリッドが連れてきた場所は放牧場のような所だった。しかし、何の魔法生物もそこにはいない。

 

 

「みんな、柵のまわりに集まれ!そーだ、ちゃんと見えるようにしろよ?1番先にやるこたぁ、教科書を開くこった──」

 

 

ハグリッドがみんなに号令をかけると、すぐにドラコが冷ややかな声を上げる。

 

 

「どうやって?」

「あぁ?」

「どうやって教科書を開けばいいんです?」

 

 

ドラコは紐でぐるぐる巻きに縛ってある本を取り出し、それにつられてみんなが本を取り出したが、ベルトで縛っている者や、テープで口を止めている者、ぴっちりとした袋に入れている者が居た。

 

 

「だ、だーれも教科書をまだ開けなんだか?」

 

 

ハグリッドは想像もしない事態に戸惑い、狼狽えたが、ソフィアが胸を逸らして大きく教科書を掲げ──その教科書が開かれている事に気付き「良かった!」と言うように目を輝かせた。

 

 

「私たち、ちゃんと開けられたわよ!この本の中身素晴らしかったわ!」

「僕も開けれたよ。ハリーもだよね?」

「…うん、でも一応ベルトで縛ったけど…」

 

 

ハリーはおずおずと鞄からベルトで止められた本を出した。

 

 

「お前さん達、撫ぜりゃーよかったんだ!」

 

 

ハグリッドはハーマイオニーの教科書を取り上げ、テープを剥がし、すぐに噛みつこうと口を開ける本の背表紙を指で撫でた。すると本はブルリと震え、嘘のようにハグリッドの手の上で大人しくなった。

 

 

「ああ、僕たちって何て愚かだったんだろう!撫でれば良かったんだ!どうして思いつかなかったんだろうねぇ!」

「ドラコ、知らなかったなんて思わなかったわ!…聞いてくれたら教えてあげたわよ?」

 

 

ソフィアはやや冷たくドラコに伝え、ドラコはふんと面白くなさそうにそっぽを向いた。

 

 

「お、俺はこいつらが愉快な奴だと思ったんだが…」

 

 

ハグリッドは小声で自信が無さそうにソフィアに伝えた、ソフィアは慰めるようににっこりと笑う。

 

 

「私はこの本大好きよ!ペットにしたいくらい!」

「正気かいソフィア?僕たちの手を噛み切ろうとする本を持たせるなんて、まったくユーモアたっぷりだ!喜ぶのは君くらいだよ」

「黙れ、マルフォイ」

 

 

ハリーはなるべく怒りを抑えながら静かにドラコに言った。

ハグリッドとソフィアを馬鹿にしたような言い方に、ふつふつとした怒りが心の奥から溢れ出てくる。ハグリッドはドラコの言葉に強く項垂れ一気に自信を無くしたようだった。

 

 

「えーと…そんじゃ」

 

 

ハグリッドは出鼻をくじかれ、何を言うのか忘れたようにうろうろと視線を彷徨わせた。

朝の5時から準備をしていたんだ、何としてでも初めての授業を成功させてあげたい、そうすれば自信に繋がるだろう──ソフィアはそっとハグリッドの大きな腕に手を添え、優しく撫でた。

 

 

「ハグリッド、大丈夫。ゆっくりでいいわ。次はどうするの?」

「あ、ああ…教科書は、ある」

「ええ、ハグリッドが教えてくれたおかげで、私たち本を開けたわ。…次はどうするの?ハグリッド先生?」

 

 

ソフィアの優しい「ハグリッド先生」という甘い響きに、ハグリッドは雷に打たれたようにぶるりと身体を震わせると顔を真っ赤に染めた。

そしてごほんと気を取り直すように咳払いをすると、ゆっくりと生徒達を見回す。その目には再び授業を進めるための教師としての覚悟が込められていた。

 

 

「──よし、魔法生物を連れてくる。ここで待っとれ。──ソフィア、ありがとうな…グリフィンドールに3点だ」

 

 

落ち着きを取り戻したハグリッドは、初めて教師としての加点をソフィアに与えた。ソフィアは嬉しそうに微笑んだが、隣にいたドラコは面白く無さそうにハグリッドを睨み上げた。

 

 

「助言するだけで加点だなんて!素晴らしい先生ですねぇ?」

「──ソフィアは教科書を開けただろう?大人しく待っとれ」

 

 

ハグリッドはドラコのせせら嗤いを気にする事なく軽くいなすと直ぐに森の中へ入って行った。

 

 

「全く、この学校はどうなってるんだろうねぇ。あのウドの大木が教えるなんて、父上に申し上げたら卒倒するだろうなぁ…」

「黙れ、マルフォイ」

「ポッター、気をつけろ。吸魂鬼がお前のすぐ後ろに──」

「わぁあーー!!見て!!」

「──何だ?」

 

 

ドラコは意地悪く顔を歪めながらまたハリーを弄ろうとしたが、その言葉はソフィアの高い歓声により防がれた。

 

ソフィアがキラキラと目を輝かせ、興奮で頬を赤らめながら放牧場の向こうを指差した。ハリーと…そしてドラコはソフィアの生き物に対する趣味の悪さをよく知っていた為、──2人はそれを知れば嫌がっただろうが──同時に心の中できっとまともな魔法生物ではないに違いない。と同じ事を思った。

 

 

 

ハグリッドによって連れてこられた魔法生物は、胴体から後ろは馬であり、前は巨大な鳥のように見えた。鋼色の凶悪な嘴と、鋭く大きなオレンジ色の瞳は鷲にとてもよく似ている。前脚の鉤爪は鋭利に尖り、15センチは有にあるだろう。

 

十数頭の魔法生物──ヒッポグリフはハグリッドにより厚い皮の首輪をつけられ鎖で繋がれながらソフィア達の立っている柵まで近づく。皆はそれを見て一斉に後ずさりをした。

 

 

「ヒッポグリフだ!美しかろう、え?」

「ええ、とっても!すごいわ!私、実物は初めてよ!」

 

 

ソフィアは目を輝かせ、怖々ヒッポグリフを見る生徒たちの中から一歩外に出ながらじっとヒッポグリフを熱心に見つめる。

ハリーも、このヒッポグリフという魔法生物は美しいと思った。初めに見た衝撃すら乗り越えれば、ヒッポグリフの輝くような毛並みが羽から毛へと滑らかに変わっていく様は見応えがあり、確かに美しく見えた。

 

 

「そんじゃ、もうちっと…こっちこいや」

 

 

ソフィアの言葉にハグリッドは嬉しそうに頷き、他の生徒たちももっと近づけと促したが、誰も近づこうとはしない。ハリー、ロン、ハーマイオニーだけは、ハグリッドの残念そうな顔を見たくなかったため、恐々と柵に近づいた。──最も、1番近付いていたのはソフィアだったが。

 

 

 

「まず、1番先にヒッポグリフについて知らねばなんねぇことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ…ヒッポグリフは絶対侮辱しちゃなんねぇ。そんな事をしてみろ、それがお前さんたちの最後の言葉になるぞ──必ず、ヒッポグリフの方が先に動くのを待つんだぞ、それが礼儀ってもんだろう」

「ドラコ、侮辱しちゃダメだよ?──聞いてる?」

 

 

ルイスはハグリッドの言葉を聞きすぐに隣でクラッブとゴイルとひそひそと話していたドラコに声をかけたが、ドラコはルイスの方を見ないまま「聞いてるさ」と伝えた。

 

 

「こいつの側まで歩いていく。そんでもって、お辞儀をする。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら触ってもええっちゅうこった。もしお辞儀を返さんかったらすぐ離れろ。──こいつの鉤爪は痛いからな」

 

 

皆は視線を下ろし、ヒッポグリフの鋭利で太い鉤爪を見た。あんなものに引き裂かれたら間違いなく重症を追う、誰もがそう思いさらに一歩後ろに下がった。

 

 

「よーし、誰が一番乗りだ?」

 

 

答えるかわりに生徒たちはますます後ろに下がった。ヒッポグリフは繋がれている事が気に食わないのか、猛々しい首をふりたて逞しい羽をばたつかせている。

 

ソフィアは後ろを振り返り、皆が誰も手を上げないのなら、と手を大きく上に伸ばした──が、丁度ハリーも同じように掲げていた。

ハリーはソフィアの挙げられている手を見て「しまった」という顔をし、ソフィアが手を上げるのなら黙っていれば良かったと苦々しく思った。

 

 

「僕、やるよ」

「私もやりたいわ!」

「よーし、2人とも来い!」

 

 

ハリーとソフィアは放牧場の柵を乗り越えた。

 

 

「よーし、そんじゃハリーはバックビークとやってみよう。ソフィアはクィーンビーグとだ。まずは…ハリー、こっちこい」

 

 

ハリーはどうせならソフィアがやった後が良かったと思ったが、ハグリッドに指名されてしまった。…ハグリッドは友人だ、肩を落とす姿を見たくない。──もう腹を括るしかないか、とハリーはぐっと真剣な目でハグリッドを見て頷く。ソフィアは柵の側まで下がり「頑張って!」と後ろからハリーを応援した。

 

 

「さあ、落ち着けハリー。目を逸らすなよ、なるべくな…ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな…そーだ、それでええ──ハリー、お辞儀だ…」

 

 

ハグリッドの静かな声に促され、ハリーは軽くお辞儀をすると、様子を見る為にちらりと目を上げた。この凶暴そうなヒッポグリフにずっと首を晒し続けるなんてまね、出来るわけがない。

しかし、ヒッポグリフはまだ気位高くハリーを見据え、お辞儀すること無く、動かない。

 

 

「あー…よーし、さがってハリー。ゆっくりだ」

 

 

ハグリッドは心配そうにゆっくりとハリーに指示をし、ハリーもすぐに下がろうとしたがその時突然ヒッポグリフが鱗に覆われた前脚を折り、どう見てもお辞儀だと思われる格好をした。

 

 

「やったぞハリー!よーし、触ってもええぞ!嘴を撫でてやれ!」

 

 

ハリーは怖々頷き、震える指先でヒッポグリフの嘴をちょん、と一度突き、そしてぴたりと掌全体でひやりとしたその嘴に触れる、何度か嘴を撫でるとヒッポグリフはそれを楽しむかのようにとろんと目を細める。

 

全員が歓声を上げ拍手をし、ハリーを尊敬の眼差しで見たが、ドラコだけはがっかりとしたようにつまらなさそうにそっぽを向いた。

 

 

「よし、ハリーはそのままでいろ。次はソフィアだな!」

「ええ!」

「コイツとやれ…さあ、前に」

 

 

ソフィアは言われた通り褐色のヒッポグリフに近づいた。つぶらな瞳と美しい毛並みにソフィアはなんて美しいのだろうかとうっとりとしながら、しっかりと頭を下げお辞儀をした。

首を曝け出すのは怖くない、ソフィアは長く頭を下げ──ヒッポグリフもそれに答えるように前足を折り、首を垂れた。

 

 

「──よし!上手いったな!さあ、ソフィア撫でてみろ」

「ええ、ありがとう…」

 

 

ソフィアはそっとヒッポグリフの嘴を撫でる、ヒッポグリフは嬉しそうに目を細め、もっと撫でてほしいと言うようにソフィアの手にその大きな頭を擦り付けた。

 

 

「よーし、そんじゃハリー、ソフィア。こいつらはお前さんたちを背中に乗せてくれると思うぞ。翼の付け根んとこから登れ、羽を引っこ抜かねぇように気をつけろ。嫌がるからな…」

 

 

ソフィアとハリーは顔を見合わせる。

ハリーは全くもって嬉しくない提案であり顔を引き攣らせていたが、ソフィアは相変わらずキラキラとその表情を輝かせている。

 

 

「乗りましょうハリー!」

「えぇ……う、うん…」

 

 

ソフィアとハリーはヒッポグリフの翼の付け根に足をかけ、背中に飛び乗った。

ソフィアは優しく褐色の羽を撫で「よろしくね」とヒッポグリフに伝え、ぎゅっとその体に抱きついた。

 

 

「そーれ行け!」

 

 

ハグリッドはぱしんとヒッポグリフの尻を叩いた。その衝撃で何の前触れもなくヒッポグリフ達は翼を広げながら走り強く地面を蹴ると空に飛び上がった。

 

 

ヒッポグリフとの空の散歩は中々に快適だった。箒に乗っている時には味わえない、生き物の背に乗っているのだという高揚感にソフィアは楽しげに歓声を上げた、首元に抱きついていると、ヒッポグリフの鼓動や息遣い、そしてその暖かさをしっかりと感じる事が出来る。

 

 

 

──凄い、私、今ヒッポグリフと空を飛んでるんだわ!!

 

 

 

ソフィアの楽しそうな声は地上まで響き、地上で空を見上げてソフィアを見ていた生徒達はそんなに楽しいのか、と少しヒッポグリフに興味が出てきた。ハリーとソフィアが成功したのだ、難しく考えなければ自分もあのように空を舞えるのだろうか──。

 

 

ヒッポグリフは放牧場を一周すると地上を目指した。ソフィアは地面に降り立った確かな振動と衝撃に一度目を強く閉じたがすぐに開くとヒッポグリフの背からひらりと地面へ飛び降り、沢山の感謝を込めてヒッポグリフを抱きしめた。

 

 

「ありがとう、あなたって本当に素敵よ!素晴らしい空の散歩だったわ!」

 

 

ソフィアに抱きつかれたヒッポグリフは優しく目を細めソフィアの頭を嘴で撫でた。

 

 

 

「よーし!よくできた、ソフィア!ハリー!──他にやってみたい者はおらんか?」

 

 

ソフィアとハリーの成功に勇気づけられた生徒たちは怖々放牧場に入ってきて、2人のようにヒッポグリフに向かい合った。

 

 

ソフィアはハリーと顔を見合わせるとこの授業は成功するに違いない、そう思いにっこりと笑いあった。

 

 

 



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119 ヒッポグリフ!

「さあドラコ、僕たちも行こうよ」

「…そうだな」

 

 

ルイスはドラコがやけに素直だとは思ったが、きっとハリーに出来た事は自分にも出来ると自負している自信の現れだろうと深く気にする事は無かった。

2人は柵を乗り越え、先程ハリーが乗っていたヒッポグリフ──バックビークに向かった。

 

 

「先に僕がお辞儀するね」

 

 

ルイスはドラコの前に立つと、じっとバックビークを見つめ、ソフィアがしたように頭を下げた。バックビークは大人しい個体なのか、すぐに同じように頭を下げ撫でる許可をルイスに与える。

ルイスは嬉しそうに微笑みながらも、怖々とその嘴を撫でた。──ルイスはソフィアほど、魔法生物が得意なわけではない、人並みの恐怖心はあったが、それでもなんとか触れる事は出来た。とてもじゃないが、背中に乗ろうとは思わないが。

 

 

続いてドラコが頭を下げる。短いお辞儀だったが、バックビークはルイスにしたように頭を下げた。

ドラコはそっとバックビークに近づく、はじめは緊張していたが、バックビークが大人しく何もしてこない事が分かると少しほっと胸を撫で下ろし、いつものように尊大な態度でその嘴を撫でた。

 

 

「簡単じゃないか。ポッターに出来るんだ、簡単に違いないと思ったよ。…おまえ、全然危険なんかじゃないよな?」

 

 

ドラコはわざとハリーに聞かせるために大声で話す。ルイスは嫌な予感にそっとバックビークの羽を撫でていた手を止め、ドラコの側に寄った。

 

 

「ドラコ──」

「そうだろう?醜いデカブツの野獣君?」

 

 

──ヒッポグリフは絶対侮辱しちゃなんねぇ。

 

 

ルイスの脳裏にハグリッドの言葉が蘇った。ヒッポグリフの目の色が凶暴にドラコを睨み、猛々しく前脚を振り上げた。

 

 

「ドラコっ!」

 

 

ルイスはぽかんと口を上げ凶刃を見上げるドラコを咄嗟に突き飛ばした。

 

ドラコが悲鳴を上げながら倒れ、その上にルイスが覆いかぶさる、次の瞬間ハグリッドが素早くバックビークに首輪をつけようと格闘した、ドラコは燃えるように痛む腕を抑え、ぬるぬると流れる鮮血を見てさっと顔色を蒼白にした。

 

 

「死んじゃう!僕、死んじゃう!」

「ドラコ、そのくらいで死なない、怪我は腕だけ?」

 

 

ルイスは身体を起こしドラコの怪我の具合を確かめた。流血しているが思ったよりも傷は深くない事に、ほっとため息をつく。

ドラコはこんなに血が出てるのに死なないわけがあるかと涙を浮かべながらルイスを見たが、彼の顔に冷や汗が浮かんでいることに気付き、「…まさか」と小さく呟いた。

 

 

「死にゃせん!誰か手伝ってくれ。この子をこっから連れなさにゃ──」

 

 

ハグリッドが顔を蒼白にしたままルイスの下からドラコを引き摺り出し軽々と抱えた、ドラコは痛みに呻きながら必死に叫ぶ。

 

 

「待て!ルイス──ルイスも怪我をしている!」

「何!?」

「ルイス!!」

 

 

ルイスは地面に膝をつけたまま肩を押さえていた。白い手の間から抑えきれなかった血が溢れその傷の深さを物語る。ソフィアは血相を変えてルイスに駆け寄ると小さく悲鳴を上げ口を抑えた。だがすぐにぐっと真剣な表情をすると杖を出しルイスに浮遊魔法をかける。

 

 

「ハグリッド、大丈夫よ。ルイスは大丈夫だから。──私が運ぶわ、早く医務室に」

「あ、ああ」

 

 

ソフィアの顔は血の気がなく、声も震えていた。自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」と呟きながら城に向かうハグリッドの後を追いかける。

 

 

「ルイス、大丈夫──よね?」

 

 

抑えきれなかった血が流れ落ち廊下を汚すのを見てソフィアは不安げにルイスに聞いた。ルイスは安心させるように微笑み、小さく頷く。

 

 

「去年バジリスクと戦ったときの怪我と比べれば、こんなの擦り傷だよ」

 

 

ルイスは軽く言うが、その顔色は悪い。ソフィアは辛そうに顔を歪め、少しでも早く医務室に着くために、早く治療をしてもらうために、必死に走った。

 

 

 

 

 

 

ドラコとルイスは医務室でポンフリーから治療を受けた。

ルイスは右肩から左脇腹にかけて大きく長い切り裂き傷を負い、ドラコは腕に深々と長い傷が出来ていた。

 

 

「きっとプリンスが咄嗟に庇ってくれなければマルフォイ、あなたの腕は千切れていた事でしょう」

 

 

ポンフリーはドラコの腕に薬を垂らし包帯を巻きながら真剣な顔で伝えた。顔を蒼白にし、心配そうにドラコを見るハグリッドをポンフリーは睨むように見る。

 

 

「ハグリッド、あなた、ちゃんとヒッポグリフの生態について話しましたか?」

「お、俺…俺は…」

 

 

ぶるぶると身体を震わせるハグリッドを見たルイスはベッドの上で上半身の服を脱ぎ、うつ伏せになったまま顔だけをポンフリーにむけてしっかりとした言葉で告げた。

 

 

「ハグリッドはちゃんと説明をしていましたよ」

「そう…でも、あんな凶暴な魔法生物を使うなんて…」

 

 

ポンフリーは魔法生物も、クィディッチも好きではない。怪我をする可能性があるスポーツをするなんて彼女にとっては信じられず、ましてはあんな凶暴な生き物を授業に使うハグリッドも信じられなかった。

 

 

「…ハグリッド、次の授業あるでしょ?もう大丈夫だから…」

「ルイス…すまねぇ…」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 

ハグリッドは時計をちらりと見ると項垂れたままドラコにも「すまねえ、マルフォイ」と頭を下げ──ドラコは何も言わなかった──肩をガックリと落としたまま医務室から出ていった。

 

 

「ルイス…大丈夫?」

 

 

ソフィアはルイスの背中の傷を見ながら小さな声で呟いた。ポンフリーに薬を塗られ、血は止まり傷口も治癒しかけている。だが薬はこの怪我で失われた血を戻すものではない。

会話出来るのだから、きっと大丈夫だ──そうは思っても、やはり心配は心配だった。

 

 

「うん、平気。もう痛みもないよ」

「良かった…」

「今日は2人とも念の為泊まった方がいいでしょう。増血薬を持ってきますね」

 

 

ポンフリーは優しくドラコとルイスに向かって告げ、医務室の奥に向かった。ソフィアは暫くルイスの背中を見ていたが、顔中に怒りを滲ませながら隣のベッドに座り込むドラコの元へ向かった。

 

 

「ドラコ、怪我は?」

「あ、ああ…まだ、痛みはあるが、大丈夫だ…」

 

 

 

ドラコの言葉を聞き、ソフィアは「そう」と呟くとそのまま右手を振り上げ思い切りドラコの頬を強く叩いた。

パンッ、と乾いた音が医務室に響く。ルイスは横目でそれを見てため息をこぼし、ドラコは怪我をしていない方の手で呆然とじんじんと熱を帯びた頬を抑えた。

 

 

「ソ──」

「バカっ!ハグリッドの話を聞いてなかったの!?ヒッポグリフは侮辱してはならないって言ってたでしょう!?」

 

 

ドラコはぐっと奥歯を噛み締め俯いた。

そんな事言っていただろうか?──いや、話をちゃんと聞いていなかったのは自分かもしれない。ソフィアは自分のせいでルイスが傷ついた事に酷く怒っているに違いない。…何の反論も、出来ない。

 

 

「ルイスが助けてくれなかったら、ドラコ、あなた本当に死んでいたかもしれないわよ!?わ、私、──っ!」

「……?」

 

 

 

ソフィアは顔を真っ赤にして怒っていたが、言葉をずっと止めると口を真一文字に結んで押し黙る。

突如途切れた言葉にドラコがちらりと視線をあげれば、ソフィアの緑色の目には今にも溢れそうな程の涙が浮かんでいた。

 

 

「ソフィア…?」

 

 

思っても見なかった表情に、ドラコがソフィアの名前を呟けば、ついにぼろぼろと大きな目から涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちた。

 

 

「わ、私、ドラコが死んじゃうかと…!ルイスも、け、怪我をして…!2人とも、し、死んじゃうかもって…!」

「だ、大丈夫だソフィア!──死なないから!」

 

 

ソフィアの涙に狼狽えたドラコは慌ててソフィアに告げる。ソフィアはそれを聞くと突然ドラコの首元に抱きつき、ぎゅっと強く抱きしめた。

ソフィアの手から震えが伝わり、肩口を温かい涙が濡らす。

ドラコは狼狽えたままおずおずとソフィアの背中に片腕を回し躊躇いながらそっと撫でた。

 

 

「すまない…」

「本当よ!もうっ…バカドラコ!」

 

 

ソフィアの泣き声を聞きながら、ドラコは自分が怪我をした事に悲しんで嘆いてくれているのだと知ると、胸がきゅっと切なく締め付けられるような思いがした。痛くはない、妙な甘さと──苦しさ。

 

 

 

 

「あのー。──僕には熱い抱擁はないのかな?」

 

 

 

ルイスは2人を見ながらぽつりと呟いた。

 

 

 



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120 カウンセラー!?

 

夕食の時、ハリー達はハグリッドの顔が見たくて真っ先に大広間に向かったが、教職員の席にハグリッドの姿はなかった。

ソフィアが医務室から帰ってきてからすぐに2人は無事だと聞いて──ドラコはともかく、ルイスが無事だと聞き──ハリー達はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

ソフィアもまた、怪我を負った2人よりもハグリッドの落ち込み具合を気にしていたが、ハグリッドは夕食が開始されても大広間にその姿を見せることは無かった。

 

 

「ハグリッドをクビにしたりしないわよね?」

「そんな事、しないといいけど」

 

 

ハーマイオニーとロンは心配そうな顔をしたまま呟き、食事に一切手をつけなかった。

ソフィアは二人にせめてサラダかスープでも飲んだほうがいい、と2人の前にスープを押しやりながら不安そうに空席を見つめる。

 

 

「ルイスがちゃんと証言してくれるとは思うわ。ドラコがヒッポグリフを侮辱したって…でも、理事会に報告は…いくでしょうね…」

 

 

ソフィアはひと匙だけミネストローネを飲んだがすぐにスプーンを置くとため息を零す。

 

 

「まぁね、休み明けの初日としちゃあ、なかなかに波乱に富んだ1日だったと言えなくもないよな」

「そうだね…あ、ソフィア、そういえば占い学の終わりに僕に言ったの、あれってどう言う意味だったの?」

 

 

ロンの言葉を聞き、ハリーは1日にあった事を思い返し、ソフィアに聞いた。

しかしソフィアはきょとんとしたまま首を傾げる。1日に色々ありすぎて、午前中にあった事をすっかりと忘れていたが、焦ったそうなハリーの目を見て漸く思い出すと何でもないことのように告げた。

 

 

「ああ…ハリーのカップに、犬が見えたって言った事かしら?」

「そう!でも、その後…僕には何も見えなかったって言ったよね」

「えっそうなの?」

 

 

ハーマイオニーは怪訝な顔をしてハリーとソフィアを見る。

占い学での出来事や、その後ロンと言い合った事からハーマイオニーは占い学が既に嫌いになりあまり話題にしたくはなかったが、つい聞こえてきた話に反応してしまった。

 

 

「トレローニー先生って、色々予言じみた事を言ってたけど、全部不吉なものだったでしょ?多分、あの先生は人が不幸になるかもしれないっていう恐怖心を煽っているのね、人って幸せな気持ちより、辛い気持ちの方が印象に残りやすいから──あの人が本当に優れた予言者なのかどうか、私は知らないけれど…あのハリーのカップを見た先生の様子から、きっと碌でもない事を言うと思ったのよ」

 

 

ソフィアはカボチャジュースを一口飲むと、まだ話の先が見えず疑問符を掲げるハリー達に悪戯っぽく笑い、さらに言葉を続けた。

 

 

「だから、あの本の中にある1番嫌な象徴を言ったの。──あの滓はぎりぎり生き物に見えなくもなかったからね」

「ソフィア、君も死神犬を信じてないの?僕のおじさんは、死神犬を見た24時間後に死んじゃったんだ!」

 

 

ロンはまさかソフィアもハーマイオニーと同じ考えなのか、と愕然とし、昼間のハーマイオニーとの言い合いを思い出したのか既に少し怒り始めていた。

しかし、ソフィアは涼しい顔でロンを見ると首を傾げる。

 

 

「あなたのおじさんは、墓場に行ったの?」

「え?──さあ、知らない、けど…?」

「トレローニー先生も言ってたでしょう。死神犬は基本的に墓場にいるの、墓守りとしての側面もあるから…もし、墓場に行ってなくて、ただの道や公園で黒い犬を見たなら、それはただの野良犬よ」

「ほら見なさい!」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは勝ち誇ったように胸を逸らしロンをじろりと睨んだ。秀才2人からの真っ向からの反論に、ロンは暫くくちをぱくぱくさせたが、良い言い返しが思い浮かばず、絞り出すように「でも…でも、本当に死んじゃったんだ…」と呟いた。

ソフィアは少しだけ眉を下げてロンの肩を優しく撫で「ロン」と宥めるようにゆっくりと囁いた。

 

 

「ロン。あなたのおじさんがお亡くなりになって、悲しかったのね?」

「──うん、急に、だったし…病気もしてなかったから…」

「それは、…うん、とっても悲しいわ。…あのね、ロン、人は最愛の人の…不合理な死や、理不尽な死に耐えられないの、何処かで理由を求めたがるのよ」

「…理由…?」

 

 

ソフィアは少し、考えながら口を開く。

 

 

「ええ、そう。死神犬を見たから、不幸にも亡くなってしまった。──そう思う事が、悪い事だと私は思わないわ。それで亡くなったおじさんのご家族の心が落ち着くのなら、良いと思うわ。」

「…ソフィア、君ってカウンセラーになれるんじゃない?」

「…そうかしら?」

 

 

ロンは力なく笑った。

ソフィアの言っている事は、ハーマイオニーとはまた違った意見だったが、そちらの方がまだロンは許容する事が出来た。──たしかに、おじさんは墓場には行っていなかった。いつものように仕事に出かける時に道で死神犬を見てしまい、その翌日に急死したのだ。

ロンはまだ死神犬の存在を信じているが、先程まで胸に燃えていた怒りはすっかりと引き落ち着いた。

 

 

「…結局、ソフィアはグリムはいないって思ってるの?」

 

 

ソフィアの言葉は信じているようにも、いないようにも捉えることが出来た。夏休み中に聞いた時はあまり信じてなさそうだったが、結局どっちなのだとハリーは眉を顰める。

 

 

「うーん。グリムと呼ばれている犬の亡霊は居るんじゃない?人間のゴーストがいるくらいだもの。──けど、グリムを見たから死ぬ、というわけではないと思うわ」

「…成程…?」

 

 

ハリーはわかったような、わからないような気がして眉を寄せたまま頷く。ソフィアは苦笑してカボチャジュースをまた一口飲み、軽く言った。

 

 

「大丈夫よハリー、あなたは死なないわ」

 

 

何の根拠もなさそうなソフィアの言葉だったが、ハリーは心がぽっと明るくなったような気がして微笑み、ほんの少しだけ緩くなったスープを飲んだ。

 

 

 

夕食後、ソフィア達はグリフィンドールの談話室で変身術の宿題に取りかかったが、4人ともしばしば中断しては塔の窓から外をちらりと見ていた。

4人とも言葉には出さないが、やはりハグリッドの事がずっと気になっていた。

 

 

「ハグリッドの小屋に灯りが見える」

 

 

窓の外を見ていたハリーはその微かな灯りに気付くと立ち上がり窓に顔を近づける。ロンは腕時計を見てまだ外出可能な時間だと知るとすぐに教科書を閉じた。

 

 

「急げば、ハグリッドに会いにいけるかもしれない。時間も早いし…」

「それはどうかしら」

 

 

ハーマイオニーは含みを込めた視線をハリーに向ける。途端にハリーはハーマイオニーが何を考えているのかわかり、かっと顔を赤くした。

 

 

「僕、校内を歩くのは許されてるんだ!シリウス・ブラックは、ここではまだ吸魂鬼を出し抜いてないだろ?」

「そうね、ハリー。…行きましょう」

 

 

ムキになりつい声を荒げたハリーを落ち着かせるようにソフィアはゆっくりと言うと教科書を閉じる。

 

 

「どうせ、気になって夜中に抜け出すよりは、今行った方がマシだわ。──宿題も、みんな手につかないみたいだしね」

 

 

ハリー達はソフィアの言葉に、まだ開始当初から殆ど進んでない宿題を見下ろした。

ハーマイオニーは少し複雑そうな目をしたが、彼女もハグリッドの事は心配で、何より宿題に手がつかないのも事実だったため、それ以上反論する事はなかった。

 

4人はすぐに宿題を片付けると肖像画の穴から外に出た。足早に廊下を進み、正面玄関にたどり着くと近くに誰もいない事を確認してそっと大きな扉を押し開ける。

 

まだ湿り気を帯びている芝生を踏みしめながら走り、空を真っ赤に染める黄昏時の中、ハグリッドの小屋についたハリーは強く扉をノックした。

 

「入ってくれ」

 

 

中から呻くようなハグリッドの声が聞こえ、ソフィア達は顔を見合わせたあと直ぐに小屋の中に入る。

ハグリッドはテーブルの前に座り、バケツほどの大きさがある錫製のジョッキを掴み、焦点の合わない目で入ってきた4人をぼんやりと見つめた。

 

ソフィア達はひと目見ただけでハグリッドが相当深酒をしたのだと分かった。顔は赤らみ目はうつろで、おまけに小屋の中に強いアルコールの臭いが漂っている。

「すごい臭いだわ…」と、ソフィアは袖で鼻を押さえながら直ぐに窓に近づくと大きく開き、小屋の中に新鮮な空気を呼び入れた。

 

 

「こいつぁ新記録だ。1日しかもたねぇ先生なんざ、これまで居なかっただろう」

「ハグリッド、まさか、クビになったんじゃ!」

 

 

ハーマイオニーは自虐的なハグリッドの言葉に息を呑んだ。「まだだ」とハグリッドは否定したものの、どうせすぐにクビになるに決まってる、と思い込んでいるようだった。

 

 

「だけんど、時間の問題だ。マルフォイとルイスの事で…」

「そんなに悪くないんだろ?ソフィアから聞いたけど」

 

 

4人はハグリッドの前の席に座りながらなんとか慰めようと思い、ロンが聞いた。

 

 

「マダム・ポンフリーができるだけの手当てをした…ルイスはもう大丈夫だと言ったが…きっと俺に気を使っとるんだ…あいつは優しいからなぁ……マルフォイはまだ疼くと言っとる…包帯ぐるぐる巻きで…呻いとる…」

「ええ?私が見た時は…そりゃ少しは痛むようだったけど…そんなに呻いてなかったわよ?」

「悪いふりをしてるだけだ!マダム・ポンフリーならなんでも治せる。去年なんか、僕の片腕の骨を再生させたんだよ。マルフォイは汚い手を使って、怪我を最大限に利用しようとしてるんだ」

 

 

ハリーはいつものドラコの手だと怒りながら言うが、ハグリッドは肩を落とし力なく萎れきり、目はじっとテーブルの木目を見つめていた。

 

「学校の理事達に知らせがいった。当然な…。俺が初めから飛ばし過ぎだって、理事達が言うとる。ヒッポグリフはもっと後にすべきだった…レタス食い虫かなんかから始めていりゃ…1番の授業にはあいつが最高だと思ったんだがな──みんな俺が悪い…」

 

 

心の底から後悔しているハグリッドのその悲しい言葉に、ソフィア達は強く胸を痛め、気がつけば口々に叫んでいた。

 

 

「ハグリッドの授業、最高だったわ!悪いのはあなたじゃないわ!」

「そうよ、悪いのはマルフォイの方よ!」

「僕たちが証人だ、侮辱したりするとヒッポグリフが攻撃するって、ハグリッドはそう言った。ちゃんと聞いてなかったマルフォイが悪いんだ。ダンブルドアに何が起こったのか話すよ。それに、ルイスも証言してくれるよ!」

「そうだよ。心配しないで、僕たちがついてる」

 

 

ソフィア、ハーマイオニー、ハリー、ロンからのそれぞれの優しい言葉に、ハグリッドはその小さく黒い瞳からぽろぽろと涙を溢した。ハグリッドは手の届くところにいたハリーとロンを強く──骨が砕けたと、2人は思った──抱きしめた。

 

 

「ハグリッド、もう充分呑んだと思うわ」

「そうよ、…お酒じゃなくて、お水をのみましょう?」

 

 

ハーマイオニーがテーブルからジョッキを取り上げ中身を捨てるために外に出た。

ソフィアは水はどこかとキョロキョロとあたりを見渡したが、近くに酒瓶以外の飲み物は見当たらなかった。

 

 

「ああ、ソフィアの言うとおりだ…」

 

 

ハグリッドはハリーとロンを離すと、ふらふらと立ち上がりハーマイオニーの後から外に出る。

軋んだ胸を摩るハリーとロンに、ソフィアは「大丈夫?」と小声で聞いたが、2人は無言で頷くのが精一杯だった。

 

水がばしゃんと跳ねる大きな音が外から聞こえ、ハリーとロンとソフィアは顔を見合わせ首を傾げた。てっきり水を取りに行ったのかと思ったが、そうでは無さそうだ。

 

 

「ハグリッド、何をしてるの?」

 

 

ハリーは空のジョッキを持って小屋に戻ってきたハーマイオニーに聞いた。ハーマイオニーはちらりと後ろを振り返りため息を吐きながら「水の入った樽に頭を突っ込んでたわ」と答え、ジョッキを机の上に戻す。

その後すぐに長い髪と髭をびしょ濡れにして、目をぬぐいながらハグリッドが戻ってきた。

 

 

「さっぱりした」

 

 

ハグリッドが犬のように頭をブルブル振るった為にあたりに大粒の雫が飛び散り、4人ともびしょ濡れになってしまった。

 

 

「なぁ、会いに来てくれてありがとうよ、本当に俺──」

 

 

ハグリッドは一気に酔いが覚めたのか、正気を取り戻した目でハリーを見据えると急に立ち止まり、まるではじめてハリーがいる事に気づいたかのようにじっと見つめた。

 

 

「お前たち、一体なにしちょる。えっ?」

 

 

ハグリッドがあまりに急に大声を出した為、4人とも30センチは飛び上がった。

今更何を、とソフィアが言い出すよりハグリッドは真面目な顔で足早にハリーに近付くとその腕を強く掴んだ。

 

 

「ハリー、暗くなってからうろうろしちゃいかん!お前さんたち!3人とも!ハリーを出しちゃいかん!──来るんだ!」

 

 

ハグリッドは怒りながら言うとハリーの腕をドアまで引っ張っていく。ソフィアとハーマイオニーとロンは顔を見合わせお互い困惑した表情を浮かべているのを見ながら、立ち上がるとハグリッドと、引っ張られるハリーの後を追った。

 

 

「俺が学校まで送っていく。もう二度と、暗くなってから歩いて俺に会いに来たりするんじゃねえ。──俺にはそんな価値はねぇ」

 

 

苦しげに吐き出されたその言葉に、ソフィアは思わず「そんな事言わないで!」と言ったが、ハグリッドはちらりとソフィアを見ただけで何も言わず無言でのしのしと歩き足早にハリー達を城の前まで送り届けると、4人の視線から逃れるようにさっさと小屋へ戻ってしまった。

 

 

城前に残された4人は、夜へ変わりつつある空を見上げ、無言で正面玄関の扉をくぐった。

 

 



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121 縮み薬!

3年生になり、はじめての魔法薬学の授業が始まった。

生徒が集まる中に、ドラコの姿がまだ見えない事は気になっていたが、もうルイスは復活している、きっとハリーの予想通り大袈裟なフリをしているのだろう、とソフィアはため息をつく。

 

 

「ルイス、もう大丈夫?」

「うん、すっかり良くなったよ」

「…ドラコは?」

「あー…まだ痛いらしいよ」

 

 

僕は治ったのに、不可解な事もあるものだね。と呆れ口調でルイスはソフィアに告げる。ルイスもまた、ドラコはわざと痛がっているふりをしているのだとわかっていた。だが、本人が痛いと言っているのだ、他人がどれだけ否定しても彼はそれを頑なに認めないだろう。

 

 

ドラコが現れたのは授業が半分は終わった時だった。包帯を巻いた右腕を釣り、ふんぞり返り悠々と教室内を歩く。

 

 

「ドラコ、どう?酷く痛むの?」

「ああ」

 

パンジーの言葉にドラコは痛みに勇敢に耐えているような顰め面で答える。ソフィアがそっとドラコに近づき「本当に、痛むの?」と聞けば、視線をソフィアと合わせないままに「ああ」と同じように答えた。

 

 

「ふーん、…ルイスは治ったのに、お気の毒様」

 

 

ソフィアは冷ややかな声で伝えると怒りを微かに滲ませたまますぐに元の席に戻った。

ソフィアは背を向けていた為気が付かなかったが、ハリーはドラコがクラッブとゴイルにウインクをしたのを見逃さず、憎々しげにドラコを睨んだ。

 

 

「座りたまえ、さあ」

 

 

セブルスは座るように促しただけで遅れて来たドラコを注意する事は無い。

もしこれが他の生徒なら──グリフィンドール生なら間違いなくどんな理由があろうとも厳罰を科していただろう。

 

 

今日は新しい薬──縮み薬を作っていたが、ドラコはハリーとロンのすぐ隣に自分の鍋を置き、嫌そうな2人の視線を気にする事なく同じ机で材料を準備し始めた。

それを数席後ろの机で見ていたソフィアとルイスは顔を見合わせ「ドラコって、本当にたまにどうしようもなく悪い子になるよね」と盛大なため息と共に呟いた。

 

 

「先生、僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、こんな腕なので──」

「ウィーズリー、マルフォイの根を切ってやりたまえ」

 

 

セブルスはドラコの方を見ずに言い、それを聞いたロンは髪の色と同じ色に顔を染め、憎々しげにドラコを睨んだ。

 

 

「…私も腕を怪我したら、ルイスに全て作ってもらえるかしら」

 

 

ソフィアはバラバラになった雛菊の根を見下ろしながら呟く。ルイスはソフィアが準備している無残な材料達を見て何も言わず肩をすくめた。

 

 

ソフィアの魔法薬学の調合はいつも散々だったが、ソフィアに負けず劣らず悲惨な者がただ1人いた。──ネビルだ。彼はセブルスを心から恐れるあまり、普段の10倍はミスをしてしまっていた。明るい黄緑色になるはずの縮み薬は見る影もなく──。

 

 

 

「オレンジ色か、ロングボトム」

 

 

セブルスが薬を柄杓で大鍋から掬い上げ、それを上からたらたらと垂らし入れて、わざとみんなに見えるようにした。

 

 

「オレンジ色。…君、教えていただきたいものだが。君の分厚い頭蓋骨をすり抜けて入っていくものはあるのかね?我輩ははっきりと言ったはずだ。ネズミの脾臓は1つでいいと。聞こえなかったのか?ヒルの汁はほんの少しでいいと。明確に申し上げたつもりだが?ロングボトム、いったい我輩はどうすれば君に理解していただけるのかな?」

 

 

セブルスの静かな、しかし確実に強く辱める言葉にネビルは真っ赤になり小刻みに震え、今にも涙を零しそうだった。

 

 

「先生、お願いです。私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます──」

「君にでしゃばるように頼んだ覚えはないがね、ミス・グレンジャー」

 

 

セブルスはハーマイオニーを見下ろしながら冷たく言い放ち、彼女もまたネビルと同じように真っ赤になった。

 

 

「ロングボトム、このクラスの最後に、この薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみる事にする。そうすれば、多分君もまともにやろうという気になるだろう」

 

 

ネビルにとって、それはトレバーの死刑宣告と同じだった。恐怖で息も出来ず顔を蒼白にするネビルを残し、セブルスはその場を去るとソフィアの方へ向かった。

 

 

「──さて、ミス・プリンス。これはどういう事かね?」

「……」

 

 

ソフィアは無言で鍋の中を見た。

ネビルの薬よりも酷い──ソフィアの縮み薬は何故か血のように赤黒くなっていた。

 

 

「…ヒルの汁を少しでいいところ入れすぎました。雛菊の根の切り方が乱雑でした。無花果の身も、入れすぎたと思います」

「…何故、それがわかっていて調合に反映する事ができないのか、つくづく疑問だ。──ミス・プリンス、君の薬も、ロングボトムと同様最後に君のフェネックに飲ませるとしよう」

「そんな!──そんな、先生、それだけは…!」

 

 

ソフィアは小さく悲鳴をあげ、必死に懇願するようにセブルスの目を見た。セブルスはその揺れる瞳を見て、少し目を見開いたが何も言わず、一度ルイスをじっと見つめた後その場を去った。

 

 

「…酷い…そんな」

 

 

ソフィアは震える手でローブのポケットに入っているフェネックのティティの膨らみをそっと撫でた。常に連れ歩いているわけでは無いが、魔法薬学が終わってからティティに昼食をあげようとたまたま連れてきてしまっていたことを、ソフィアは心の底から後悔した。

 

 

「ソフィア、一度火を止めて」

「──え?」

「いいから!何とかしてみるよ。…多分、先生もそのつもりだ」

 

 

ルイスはソフィアにだけ聞こえる程小声で囁いた。

ソフィアは戸惑いながらぐつぐつ煮える鍋を見てすぐに火を止め、縋るように不安な目を揺らしながらルイスを見た。

 

 

「まず、確認だけど。先生に言った言葉に間違いはないよね?」

「え、ええ…」

 

 

ルイスは横目でソフィアの鍋と材料の残りを見てこの悲惨な薬をどうにか出来ないかと必死に思考をフル回転させた。調合に失敗した薬を飲めば、毒でティティは死ぬ事になる。流石にセブルス──父はそこまで望んでいないだろう。とすれば、今残っている材料である程度まで戻せる、という事だ。

ソフィアの元から去る時に自分を見ていた。「お前ならわかるだろう」そう、その目は伝えていた。

 

 

──父様からの挑戦状かな。

 

 

ルイスは薄く笑い、ソフィアに小声で指示を出した。

 

 

 

 

 

間も無く授業が終わるという時、セブルスが大鍋のそばで縮こまっているネビルの方へ近づき、他の生徒に声をかけた。

 

 

「諸君、ここに集まりたまえ。ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。なんとか縮み薬が出来上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。もし作り方を間違えていれば──我輩は間違いなくこっちの方だと思うが──ヒキガエルは毒でやられるはずだ」

 

 

グリフィンドール生は恐々見守り、スリザリン生は嬉々としてそれを見物した。スリザリン生はヒキガエルの死を、期待しているのだろう。

 

セブルスはヒキガエルのトレバーを左手で摘み上げ、小さいスプーンをネビルの鍋に突っ込み、今は何とか緑色に変わっている薬を2、3滴トレバーの喉に流し込んだ。

 

何の変化も見られない、一緒あたりが張り詰め、全員が最悪の結果を──スリザリン生にとっては期待通りの結果を──考えた。だが、ポン、と小さい音と共におたまじゃくしのトレバーがセブルスの手の中で跳ねた。

 

グリフィンドール生は拍手喝采したが、セブルスは眉を顰めたまま無言でローブのポケットから小瓶を取り出し、2、3滴トレバーに落とした。するとトレバーは突然元のカエルの姿に戻った。

 

 

「グリフィンドール5点減点。手伝うなと言ったはずだ、ミス・グレンジャー」

 

 

拍手がぴたりと止んだ。ハーマイオニーは再び顔を真っ赤にして俯き、スリザリン生はくすくすと冷ややかに笑う。

セブルスはハーマイオニーを一瞥した後、鍋の前で顔を蒼白にさせて突っ立っているソフィアの元へ向かった。

 

ハリー達は心配そうにソフィアを見つめる。ソフィアが魔法薬学で作る薬はネビルと同レベルだ、毎回減点や罰則を受けている。はたして、大丈夫だろうか。

 

 

「ミス・プリンス。フェネックを出したまえ」

「…先生…でも…あの…」

 

 

ソフィアはうろうろと視線を彷徨わせ、誰かに救いを求めているように見えた。だがルイスが「大丈夫だよ」と小声で囁いたのを聞き、それでも躊躇っていたが震える手でポケットからティティを掴み出すと、その小さな体を強く抱きしめ、セブルスを見上げた。

 

 

「先生…」

「早く」

「………はい」

 

 

ソフィアは見ていて可哀想になるほど震えていた。ルイスは自分が指示を出し、出来上がった薬に自信を持っていた為、気遣うようにソフィアの背中を撫でながらちらりとセブルスを見上げる。セブルスもその視線の意味に気付き、躊躇う事なくソフィアの鍋に小さなスプーンを入れ深い緑色になった薬を掬い上げた。

 

周りの生徒達も固唾を飲んでそれを見守る。

フェネックは大人しくセブルスの手の中に収まり、不思議そうな顔をしていたが、ソフィアをチラリと見るとそのピンと立った耳をへにゃりと倒れさせ、まるでその恐怖が伝染したかのように震え、怯えだした。

 

 

セブルスはフェネックの口を指で開かせ、スプーンを近づける。

 

 

「いやぁっ!」

 

 

ソフィアは思わず悲鳴をあげ、咄嗟に身を屈めながらセブルスの腕を掴み、彼が持つそのスプーンの先を咥えた。

 

 

「──馬鹿者!」

 

 

ソフィアの思っても見なかった行動に、セブルスは大声で怒鳴りすぐに手を引いた、それを聞いた生徒達はまさか毒を飲んだのかと息を飲み、ハーマイオニーは悲鳴を上げる。──ソフィアの喉がごくりと嚥下した。

 

途端ソフィアは胸を押さえ、その場に崩れる。教室内が悲鳴と共にざわめく中、ポンッと軽い音と共にソフィアからもうもうと白い煙が上がり、誰もが驚いて顔を覆った。

 

 

セブルスが杖を振るいその煙を晴らした先には、縮み薬の効能が正しく発揮された為、縮んでしまったソフィアが何が起こったのかわからないと言った目でぐるりとあたりを見渡した。

 

 

「ソフィア…」

 

 

ルイスが小さくなったソフィアを見て呟く、服は何とか肩に引っ掛かってはいるが今にも落ちそうで、袖は大きく余っている。

 

セブルスは縮んではいるが無事だと分かると詰まっていた息を吐いた。ルイスの魔法薬学の腕を信用し、縮み薬となっていた事をわかっていた為、セブルスはフェネックに薬を飲ませようとした。

しかし、ソフィアはルイスを信じきれなかったのだろう。かといって──毒かもしれない薬をペットのためだとはいえ飲むなど正気の沙汰では無い。

 

 

セブルスはポケットから小瓶を取り出し、トレバーにしたようにソフィアの頭に数滴かける。ソフィアは冷たそうに目を閉じたが──何も起こらない。

 

 

「あー…先生…?」

 

 

ルイスがおずおずと手を上げた、その顔色は悪く、かなり困っているようで、セブルスは背筋に冷たいものが流れたのを感じる。

 

 

「…僕、ソフィアのペットが死ぬのは嫌で…その、せめて縮み薬になればいいと思って…助言したのですが…あー…ちょっと、強力に、なりすぎた…かもしれません」

「…え?ルイス、わたし、どうなるの…?」

 

 

ソフィアは服が肩からずれないよう必死に抑えながら呆然と呟いた。

教室内を何とも言えぬ沈黙が落ちる。

セブルスはソフィアを見て、そしてルイスを見て重々しく呟いた。

 

 

「ミス・プリンス…グリフィンドールから5点減点──ミスター・プリンス…スリザリンから3点減点。…授業を終了する」

 

 

初めての、スリザリンからの減点だった。

スリザリン生は少しざわめいたが、何も言わず教室からすぐに退散した。ハリー達は今すぐソフィアに駆け寄りたかったが、セブルスに「さっさと帰れ」とばかりに強く睨まれてしまい、後ろ髪を引かれる思いで教室から出て行った。

 

残ったのは、ソフィアとルイスだけだった。

 

 

「え…ちょっと、わたし…どうなるんですか?」

「…強力な解毒剤を作る。…後2時間はそのままだ」

「良かった!解毒剤があるんだね、僕てっきりもうこのままかと…」

 

 

ルイスはほっと安堵の息を吐き胸を撫で下ろす。ソフィアの見た目は2.3歳ほどだろう。このままなら流石にソフィアに謝っても謝りきれないと思っていた。

 

セブルスはポケットから杖を取り出すとソフィアに向かって一振りし、服のサイズを身体の大きさに合うように縮めた。

 

 

「わたし、つぎからのじゅぎょう…どうすればいいのよ…」

 

 

ソフィアはがっくりと項垂れた。

 

 

 



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122 ちいさなプリンセス!

魔法薬学の授業の後、ソフィアは小さな足を動かし必死に走る。

この後本当なら被っている講義をハーマイオニーと受けるはずだった。しかし、彼女はソフィアを待つことができず──そもそもこの姿で授業を受ける事は出来ないだろう──先に行って…いや、戻ってしまったようだ。

ルイスは幼いソフィアを心配して大広間まで着いてきたがったが、逆転時計を使いいくつも受講している事は他言無用と言われている。

ルイスにも逆転時計の事を伝えていない為「ひとりでだいじょうぶ」と告げ、何とか振り切った。

 

 

ソフィアは玄関ホールへの階段を駆け上がっていると、後ろから荒い呼吸と足音が聞こえ思わず振り向いた。後ろには、誰もいなかったはずだ。

 

 

「ソ、ソフィア…」

「まぁ!おかえりなさい!」

 

 

ソフィアは何故ハーマイオニーが自分の後ろに居るのか理解していた為、不思議に思わず優しく微笑んだが、ハーマイオニーは少し狼狽え申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「ソフィア、ごめんなさい私もう…戻ったの」

「きにしないで、…このすがたでは、じゅこうできないもの。─でも、さきにふたつ…すませておいてよかったわ」

 

 

足の短いソフィアはハーマイオニーの隣に並びながら自分の小さな手を見つめ苦笑した。

流石にこんな幼い姿で受講してしまっては悪目立ちしすぎてしまうだろう。誰かが同じ時間に別の科目を受けていることに気付いてしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。

 

階段を登り切ると、その先には不思議そうに後ろを振り返るロンとハリーがいた。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「ええ…いま、スネイプせんせいにくすりをちょうごうしてもらってるわ」

 

 

ロンとハリーは小さくなったソフィアの頭の先から爪先までをじろじろと見つめる。流石にそう無遠慮に見られてしまうのは些か居心地が悪く、ソフィアは「な、なによ…」と呟いた。

 

 

「可愛いなって思っただけだよ」

 

 

ハリーはさらりと言うとにっこりと笑った。

実際、ソフィアは中々に可愛かった。愛らしい、とも言えるかもしれない。幼女特有の頬の丸み、四肢の短さ、大きな目に、舌足らずでいつもより高い声。小さいホグワーツの制服に身を包んでいるのも、さながらハロウィンの仮装のように見えた。

 

少し面食らったソフィアはぱちぱちと目を瞬き、頬を少し赤くしながらありがとう、とはにかんだ。

 

 

「そうだ、ハーマイオニー…どうやったんだい?」

「何を?」

 

 

何のことかわからないハーマイオニーは首を傾げたが、ロンは怪訝そうな顔で階段の方を顎で指した。

 

 

「君、ついさっきまでは僕らのすぐ後ろにいたのに、次の瞬間、階段の1番下に行ってた」

「え?」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは混乱し、視線を泳がした。──ソフィアはきっと、ハーマイオニーは時を何度か戻りすぎて訳がわからなくなっているに違いない、そう思いすぐに助言した。

 

 

「わたしのようすを、みに来てくれたの」

「──ええ、そうなの!…あっ!…あーあ」

 

 

突如何かが裂ける音がしてハーマイオニーのカバンの縫い目が破れ、鞄を見たハーマイオニーはため息をこぼす。中には12冊以上もの教科書がぎゅうぎゅうに詰められており、かなり重そうだ。

実際、ハーマイオニーは鞄を肩にかけていたが、ベルトが食い込み肩が悲鳴を上げていた。

 

 

「どうしてこんなにいっぱい持ち歩いてるんだ?」

「私がどんなに沢山の科目をとっているか、知ってるわよね。─ちょっとこれ持ってくれない?」

「でもさ──今日はこの科目はどれも授業がないよ、闇の魔術に対する防衛術が午後にあるだけだよ」

「ええそうね」

 

 

ハーマイオニーは曖昧な返事をし、鞄の中の本を全て整理し終えると、勢いをつけて肩に鞄をかけ「お昼に美味しいものがあるといいわ、お腹ぺこぺこだもの」というなりソフィアの手を引いて大広間にスタスタと歩いて行ってしまった。

 

残されたロンとハリーは顔を見合わせいつもと様子がおかしいハーマイオニーに首を傾げた。

 

 

 

ソフィアがハーマイオニーに手を繋がれ大広間に入るとなんとなく入り口付近を見ていた生徒達はソフィアを二度見した。

 

「…え?誰?」「子ども…?」「見覚えが…」

 

 

ざわざわとしたざわめきはまだ何も気がついていなかった生徒達に広まり、沢山の目がソフィアの体を射抜く。

 

 

「うっ……」

 

 

いつも明るく、ある程度の視線は気にしないソフィアであっても、流石にこの幼い姿を──縮み薬を愚かにも飲んでしまった姿を──見られるのは恥ずかしく、ハーマイオニーの後ろに隠れるとそっとローブの後ろから顔を少しだけだした。

 

 

「かっ──」

 

 

──可愛い。

 

 

まるで小動物を思い付かせるそのイジらしく愛くるしい動作にハーマイオニーはときめく胸を思わず抑える。思わず叫びそうになったが、そんな注目を浴びることをすればソフィアは更に恥ずかしがってしまうかもしれない、とぐっと耐えた。──しかし。

 

 

「ハーマイオニー…わたし、なにかへんかしら…」

 

 

羞恥と不安から頬を染め目を潤ませるソフィアに上目遣いで見られ、尚且つそのふにふにとした白く小さな手はしっかりとローブを握っている。ハーマイオニーは先ほどの我慢は何だったのか、がばっとソフィアに抱きつくとそのぷにぷにとした頬に頬擦りし、叫んだ。

 

 

「ああ!なんて可愛いのっ!!」

「ハ、ハーマイオニー…?」

「こんな可愛い子見たことないわ!ああ、妹にしたいっ…!」

 

 

ハーマイオニーは酷く疲れていた。無意識のうちに癒しを求めていたのだ。

──それも、仕方のない事だろう、彼女は逆転時計を使い既に何科目も授業を受けている。逆転時計を使用している間はかなり神経をすり減らすのだ。それに、かなり空腹だった。

 

 

ソフィアはハーマイオニーに抱きしめられながら少し驚き目を見開いたものの、その温かさに嬉しそうに笑いその短い腕をハーマイオニーの背中に回す。ぎゅっと抱きしめ合う2人の後から大広間に現れたロンとハリーは顔を見合わせた。

 

 

「お二人さん、通行の邪魔ですよ」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーははっとして首を何度か振ると、気を取り直すかのようににっこりと微笑みソフィアの小さな手を握り「お昼ごはん、食べましょうね」と幼児に言い聞かせるように優しく告げグリフィンドールの机へと向かった。

ソフィアはなにも中身まで幼くなったわけだはない。──子供扱いに少々複雑な気持ちだった。

 

 

ソフィアが椅子によじ登り、床に届かない足をぷらぷらとさせているだけで、ハーマイオニーは胸を抑え「かわいい…」と耐えきれず呟いた。

 

 

「ソフィア!大丈夫なの?」

「まぁ…!なんて可愛いの…お姉ちゃん、って呼んでみて?」

 

 

パーバティとラベンダーがそわそわとした様子でソフィアの側に寄る。ソフィアは何だか大きく見える2人を見上げ、小首を傾げながら無垢な笑顔を向けた。

 

 

 

「ラベンダーおねえちゃん、パーバティおねえちゃん、わたし、フルーツサンドがたべたいわ!」

「──っ!す、すぐ持ってくるわ!」

「待ってて!」

 

 

2人は何度も強く頷き、獲物を狙うような目つきで「フルーツサンド!」と叫び、ソフィアが求めるそれを探しに行った。

ソフィアはそれを見送った後、悪戯っぽい笑みを浮かべ隣に座るハーマイオニーをくるりと見ると、甘えるような声を出し上目遣いで「わたし…イチゴがたべたいなぁ…ハーマイオニーおねえちゃん…」と言えば、ハーマイオニーも同じように顔を赤く染め「待ってて!」と直ぐに立ち上がりフルーツが盛られているボウルを取りに行った。

 

 

「…君…中身は元のままなんだよね?」

 

 

ロンが恐る恐るソフィアに聞けば、ソフィアは涼しい顔で頷いた。

 

 

「そうよ?…こうなったらやけよ。このすがたを…たのしむしかないわ!」

 

 

ハリーとロンは楽しげに笑うソフィアのその顔が天使の笑顔なのか、小悪魔の笑顔なのかわからなかった。──間違いなく、後者だが。

 

 

 

気がつけばソフィアの周りは貢物といえる果物やフルーツサンド、そしてプディング等で溢れかえっていた。

ハーマイオニーは「机に届かないでしょう?」と言い、膝にソフィアを乗せ──周りの者は羨ましそうにハーマイオニーを見た──その周りを囲うように沢山の女生徒達が群がる。まるで、沢山の女生徒を侍らせる幼女王のような奇妙な光景が広がっていた。

 

 

「ソフィア!ほら、バナナは?」

「ねぇ、プディング食べない?」

「これ、すっごく甘くて美味しいわよ?」

「ああ…頬にクリームがついているわ!拭いてあげるわね?」

「あらあら、そんなに沢山食べて…頬がリスみたいになってるわ!」

 

「ありがとう、おねえちゃん!」

 

 

目の前で繰り広げられるキャイキャイと楽しげなその空間に、ロンとハリーはスクランブルエッグを食べながら居心地の悪さを感じていた。

 

 

「…羨ましい…」

「…どっちが?」

 

 

ハリーの問いかけに、ロンは答えずベーコンをもそもそと齧った。

 

ハリーも、ロンの気持ちはわかる気がした。

幼くなったソフィアの頬はくすみひとつなく滑らかで柔らかそうで、ハーマイオニーのようにその頬に触れてみたかった。しかし、やはり男子と女子では気軽さが違う。──中身は同じ歳のソフィアなのだ。流石に、その頬に触れる事は出来ないだろう。

 

 

「ソフィア!ちっちゃくなったなぁ!」

「小さなプリンセスだな!」

「フレッド!ジョージ!」

 

 

噂を聞きつけたフレッドとジョージが女生徒をかき分けてソフィアの隣に立つと、むにむにとその白い頬を摘み引っ張った。

 

 

「ちょっと!ソフィアが可哀想でしょ!?」

 

 

ハーマイオニーからの非難の声なんて少しも気にせず、「おお、伸びる伸びる!」とフレッドは楽しげにその頬を堪能する。ジョージはソフィアの小さな手を握り「ちっさ!これで杖とか持てるのかい?」と揶揄いつつ聞いていた。

ソフィアはもみくちゃにされながらも満更では無いようで、楽しげに鈴のような声をあげて笑っていた。

 

 

 

「…羨ましい…」

「…どっちが?」

 

 

今度は、ロンがハリーにそう問う番だったが、ハリーもまた、無言でソーセージを齧った。

 

 

 

 



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123 ボガート!

 

ソフィアはハーマイオニーに手を引かれロンとハリーと共に闇の魔術に対する防衛術の教室に入ったが、まだリーマスの姿はそこには無かった。

がやがやと後からやってきたグリフィンドール生と共にソフィア達は鞄から教科書や羽ペンをだしリーマスの訪れを待つ。

 

ハリーはソフィアの大きく重そうな鞄を見て、つい「持てるの?」と聞いたが、ソフィアは少し肩をすくめ「ルイスに浮遊呪文をかけてもらってるの」と答えた。

実際は魔法をかけた相手も、そもそも浮遊呪文ですらないのだが、ハリーはソフィアの説明で納得したようでそれ以上突っ込んで聞こうとは思わなかった。

ただハーマイオニーだけが訝しげな表情をしていたが、ソフィアは声に出さず口の動きで「父様よ」と伝えた為、無言で納得した。

 

 

教室内で賑やかに話している中──話題の中心は勿論ソフィアの見た目について、だった──リーマスが疲れた顔で少し微笑みながら現れた。見窄らしい格好は相変わらずだったが、コンパートメントで見た時よりも肌艶は良いように見え、ハリーはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「おや、可愛いレディがいるね?」

 

 

リーマスはソフィアに気付くと興味深そうにその姿をじっと見つめ、ポケットから小さなチョコレートを出すとその手に握らせた。

 

 

「レディ、何があったかは聞いたよ。…今日は見学だよ?その姿で魔法を使うのは良くないからね」

「…ええ、リーマスせんせい」

 

 

ソフィアはチョコを受け取ったものの、少し残念そうにため息をついた。初めてのリーマスの授業を、ソフィアは密かに楽しみにしていたのだ。ジャックが良い先生だと言っていたのだから、きっと過去2年間の教師よりは幾分もマシなのだろう。

 

 

「やあ、みんな。教科書は鞄に戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ。──ソフィアは危ないから、手ぶらでね?」

「…はぁい」

 

 

ソフィアはつまらなさそうに頬を膨らませる。──それを見たハーマイオニーとパーバティ、ラベンダーはまたうっとりと吐息をこぼし愛おしげにソフィアを見つめた。

 

 

 

「よし、それじゃあ私についておいで」

 

 

みんなが立ち上がってリーマスに従う。ソフィアも椅子からぴょんと飛び降りついて行こうとしたが、当然のようにハーマイオニーに手を差し出され「はぐれないようにね」と言われてしまい、流石に苦笑いを浮かべた。──しかし、拒絶することなくしっかりとハーマイオニーと手を繋ぎ教室を出る生徒達に混じった。

 

 

どの生徒も授業中なのだろう、ソフィア達はリーマスを先頭にして誰もいない廊下を通り、角を曲がった。

その先に居たのは見回りの教師でも、フィルチでもなくポスターガイストのピーブスだった。ピーブスは空中で逆さまになりながら一つの扉の鍵穴にチューイングガムを必死に詰め込もうとしていたが、リーマスが近づいている事に気付くとにんまりと意地悪く笑い、高らかに歌い出す。

 

 

「ルーニ、ルーピ、ルーピン。バーカ、マヌケ、ルーピン。ルーニ、ルーピ、ルーピン──」

 

 

ピーブスは教師達に対しても等しく無礼であり、彼が唯一恐れ、言う事を聞くのはスリザリンのゴーストである血みどろ男爵だけだ。

リーマスはピーブスから生徒達の前で侮辱され、どのように反応するのだろうか、と皆がリーマスを見たが、彼はどこか懐かしむように目を細め微笑んでいた。

 

 

「ピーブス。私なら鍵穴からガムを剥がしておくけどね。フィルチさんが箒を取りに来れなくなるじゃないか」

 

 

リーマスが朗らかに言うが、ピーブスが大人しく従うはずも無く、くるくる空中で周りながら「ベーッ!」と舌を出した。

リーマスは小さくため息をつき杖を取り出すと肩越しに心配そうな顔をするソフィア達を振り返る。

 

 

「この簡単な呪文は役に立つよ。よく見ておきなさい。──ワディワジ 逆詰め!」

 

 

杖先をピーブスに向けた途端、鍵穴に詰まっていたガムは弾丸のように勢いよく飛び出し、勢いそのままピーブスの鼻の穴に命中した。ピーブスは逆さま状態からもんどり打って反転すると悪態をつきながら空に溶けるようにして消えた。

 

 

「先生、かっこいい」

「ディーン、ありがとう。──さあ、いこうか」

 

 

リーマスは何でもないように微笑み、杖をしまうとまた歩きだした。

皆でその後をついていきながら、全員がリーマスの事を尊敬の眼差しで見つめるようになっていた。今までの教師とは違う、ジャック・エドワーズ臨時教師のように、素晴らしい先生なのかもしれない。──そう、みんなが胸に期待を燻らせていた。

 

 

「さあ、お入り」

 

 

リーマスは皆を職員室の前まで案内すると扉を開き、一歩下がって皆を促した。職員室に入った事がない生徒が殆どで、皆は物珍しそうに職員室内を見回す。机が並び、その上には教科書や巻かれた羊皮紙が置かれている。ちぐはぐな古い椅子が沢山置いてあるがらんとした職員室に、たった一人セブルスが低い肘掛け椅子に座っていた。

 

 

「ルーピン、開けておいてくれ。─できれば見たくないのでね」

 

 

セブルスはソフィア達グリフィンドール生が入ってきた事に気付くと嫌そうに眉を顰め直ぐに立ち上がり、黒いマントを翻し皆の脇を通り過ぎた。

ソフィアは思わず、そのマントをぱっと小さな手で掴む。

 

 

「…何だ、ミス・プリンス」

 

 

セブルスは足を止めて冷ややかにソフィアを見下ろす。ソフィアは少し迷ったように視線を彷徨かせたが、おずおずと──ほぼ真上に顔を上げながら──背の高いセブルスを見上げる。

 

 

「あの…くすりは…」

「…後は煮込むだけだ」

「ありがとうございます」

 

 

薬を作っているはずのセブルスがここにいる事が気になり、つい引き止めてしまったが、どうやら解毒薬はほぼ出来上がっているらしく、ソフィアはほっとして手を離す。

セブルスは何も言わずドアへ向かったが、職員室を出る前にくるりと振り返り、その顔に嘲笑を浮かべ口を開いた。

 

 

「ルーピン、多分誰も君に忠告していないと思うが、このクラスにはネビル・ロングボトムがいる。この子には難しい課題を与えないようご忠告申し上げておこう。──ミス・グレンジャーが耳元でひそひそ指図を与えるなら別だがね」

 

 

セブルスに見つからないよう体を縮こませていたネビルはびくりと体を震わせ、その顔を真っ赤に染める。リーマスは真っ赤になり俯くネビルをちらりと見た後、眉根を上げセブルスに向かい合う。

 

 

「術の最初の段階で、ネビルに僕のアシストを努めてもらいたいと思っていてね。それに、ネビルはきっとうまくやってのけると思うよ」

 

 

リーマスのきっぱりとした言葉に、セブルスは「どうだか」と言うように薄く笑ったままバタンと扉を閉め出て行った。

ソフィアはその閉まった扉を見つめ、何故父はいつも一言余計な事を言わなければならないのだろうか、とため息をつく。──まるで、スリザリン生の友人を見ているようだった。

 

 

「さあ、それじゃ。こっちにおいで」

 

 

気を取り直すようにリーマスは言うと、皆を部屋の奥まで案内した。そこには教師達の着替え用の古い洋箪笥がぽつんと置かれているだけだったが、リーマスが近付くと急に箪笥はガタガタと1人でに揺れ出す。何人かの生徒が驚いて小さな悲鳴をあげ、後ろに下がった。

 

 

「心配しなくていい。中にまね妖怪──ボガートが入っているんだ」

「…それは、ちょっとしんぱいね」

 

 

ソフィアがボガートとは何かを知り、不安に思う殆どの生徒の気持ちを代弁すれば、皆は引き攣った顔で頷きガタガタと煩い箪笥を見つめる。

しかし、リーマスは朗らかに微笑んだまま生徒達を見渡しゆっくりとボガートの説明を始めた。

 

 

「まね妖怪は暗くて狭いところを好む。洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など──私は一度、大きな柱時計の中に引っかかってるやつに出会った事がある。ここにいるのは、昨日の午後に入り込んだやつで、三年生の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っていただきたいと、校長先生にお願いしたんだよ。──それでは、最初の質問だ。まね妖怪ボガートとは、なんでしょう?」

 

 

何名かの生徒がおずおずと手を上げるなか、ハーマイオニーが真っ先に高くいつものように手を挙げた。

 

 

「ハーマイオニー、言ってごらん?」

「はい。形態模写妖怪です。私たちが1番怖いと思うものはこれだと判断すると、それに姿を変える事ができます」

「私もそんなにうまく説明出来なかっただろう」

 

 

リーマスはハーマイオニーににっこり笑いかけながら褒め、ハーマイオニーは嬉しそうに頬を染めた。

 

 

「だから、中の暗がりに座り込んでいるまね妖怪は、まだ何の姿にもなっていない。箪笥の外にいる誰かが、何を怖がるのかまだ知らないからね。まね妖怪が1人のときにどんな姿をしているのか、誰も知らない。…しかし、私が外に出してやると、たちまちそれぞれが1番怖いと思っているものに姿を変えるはずです」

 

 

まね妖怪の特性を、皆が黙って聞いた。ネビルは1番怖いもの、と聞き直ぐに思い浮かぶものがあったのか顔を蒼白にさせ動揺し「という事は…」と呟いたが、リーマスは安心させるように微笑み、その先を説明した。

 

 

「つまり、初めから私たちの方がまね妖怪より大変有利な立場にあるんだ。…ハリー、何故だかわかるかな?」

 

 

急に指名されたハリーは目を見開き、ちらりと隣で高く手を上げ爪先立ちになっているハーマイオニーを見る。彼女の側で質問に答えるのは気が引けたが、それでもハリーは思い切って答えた。

 

 

 

「えーと──僕たち、人数が沢山いるので、まね妖怪がどんな姿になればいいのかわからない…?」

 

 

少し自信がなかったハリーがおずおずと答えると、リーマスはにっこりと笑い「その通り」と答えた。ハリーはほっと表情を緩ませ、隣にいたハーマイオニーは少しがっかりした様子で手を下ろした。

 

 

「まね妖怪と戦う時は誰かと一緒にいるのが一番いい、まね妖怪が混乱するからね。まね妖怪を退散させる呪文だが…ソフィア、知ってるかな?」

 

皆の1番前でリーマスを見上げていたソフィアは少し驚きながら頷いた。初めに見学だと言われ、全く授業に参加出来ないとばかり思っていたが、問答には参加できるようだ。

 

 

「リディクラス、です」

「よく知っていたね、──その通り、君たち、まね妖怪にきみたちが滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。初めは杖なしで練習しよう──リディクラス!馬鹿馬鹿しい!」

「リディクラス!」

 

 

クラス全員がリーマスに続いて唱えた、そのはっきりとした言葉にリーマスはにっこりと笑い生徒たちを見回す。

 

 

「そう、とっても上手だ。でもここまでは簡単なんだけどね。呪文だけでは十分ではないんだ。──そこで、ネビル、君の登場だ!」

 

 

洋箪笥の揺れよりも激しくネビルが揺れた。

過去に一度、闇の魔術に対する防衛術の授業──ジャックの授業で、ネビルは確かに呪文を成功させた事があったが、それから彼の中に自信が漲っているかというと、そうではない。僅かに芽生えた自信も、セブルスの魔法薬学の授業を受けるにつれ萎んでしまっていた。

 

ただ、リーマスの瞳はジャックと同じように優しく朗らかで、ネビルはぐっと表情を引き締めると震えながらも前に進み出た。

 

 

「よーし、ネビル。ひとつずつ行こうか、君が世界一怖いものはなんだい?」

「───ぃ」

「ん?ごめん、ネビル、聞こえなかった」

 

 

ネビルは口を動かしたものの声は出ず、リーマスが優しく聞き返せば不安げにキョロキョロと辺りを見渡しつつ「…スネイプ先生」と答えた。

 

その答えに殆ど全員が笑い、ネビル自身も申し訳無さそうにはしていたがニヤッと笑う。ソフィアは少し、苦笑した。まね妖怪の退治方法は笑いだ。この先セブルスに変身したボガートがどうなるのか──ソフィアはネビルと同じように申し訳なく思ったが、笑ってしまった。

 

 

「スネイプ先生か……」

 

 

リーマスは真面目な顔で顎を撫でながら考えた。自分としては、ボガートがセブルスに変わり、滑稽な姿を見せても構わない。生徒たちも大いに盛り上がるだろう──彼の評判は中々に悪そうだし──ただ、彼の娘は…ソフィアは父の滑稽な姿…本人ではないとはいえ、皆の笑い物にされた父を見て心を痛めないだろうか。

 

 

「…ソフィア、君もスネイプ先生が怖いかな?魔法薬学で…同じように注意されてるときいたよ」

「え?」

 

 

リーマスはそれとなくソフィアに話題をふり、膝を曲げてソフィアと視線を合わせる。ソフィアは首を傾げていたが、真面目な顔をして「大丈夫?」と告げられたその言葉の奥に隠された意味をようやく理解するとくすくすと笑った。

 

 

「すこし、こわいです。…でも、ボガートがおもしろいすがたをみせてくれるのなら…こわくなくなるかも、しれません」

 

 

悪戯っぽくソフィアが言えば、リーマスは少し驚いたように目を見開いたがすぐにソフィアと同じような笑みを浮かべ「それは良かった!」とウインクをし、再びネビルに向き合った。

 

 

「よし、ネビル。君はおばあさんと暮らしているね?」

「え、…はい。でも、僕──まね妖怪がばあちゃんに変身するのも嫌です」

「いやいや、そういう意味じゃないんだよ。教えてくれないか、おばあさんはいつも、どんな服を着ていらっしゃるのかな?」

 

 

ネビルはその唐突な質問にきょとんとしていたが、視線を上の方に向けながら祖母を思い出し「ええっと」と呟く。

 

 

「いっつも、おんなじ帽子。たかーくて、てっぺんに禿鷹の剥製がついているの。それに、ながーいドレス…たいてい…緑色…それと、時々狐の毛皮の襟巻きをしてる」

「ハンドバッグは?」

「おっきな赤いやつ」

「──よし、じゃあネビル。その服装を、はっきり思い浮かべることは出来るかな?心の目で、見えるかな?」

「…はい」

 

ネビルは目を閉じ、祖母の顔や服装を思い浮かべた。次は何をするのか、心配そうにリーマスを見上げたが、リーマスは微笑んだまま、楽しそうに頷いた。

 

 

「ネビル、まね妖怪が洋箪笥から出てくるね?そして、君を見るだろう?そうすると…スネイプ先生に変身するんだ。そうしたら君は杖をあげて──こうだよ──そして、叫ぶんだ。リディクラス!──そして、君のお婆さんの服装に精神を集中させる。全てうまくいけばボガート・スネイプ先生は禿鷹のついた帽子をかぶって、緑のドレスを着て、赤いハンドバッグをもった姿になってしまう」

 

 

その言葉に皆が声を上げて笑った、ハリーやロンは腹を抱え大爆笑する中、ソフィアも早く見たいとばかりに目を輝かせる。

 

皆がリーマスの言葉に従い、自分が怖いもの、そしてそれをどのように滑稽な姿に変えるかを目を閉じて考える中、ソフィアは自分がこの授業に参加できないのがとても残念だとため息をつく。

 

自分が心から恐れているものは何だろう。ソフィアは参加できないとわかってはいたが、目を閉じて考え込んだ。

ソフィアは蜘蛛や蛇、ゾンビ、モンスター、それに吸魂鬼だって怖くなかった。

心の底から、世界で一番怖いと思っている事──ソフィアは自分自身で分からず、首を傾げた。

 

 

「リーマスせんせい?もし、なにがこわいか…わからないじょうたいで、ボガートをみたら…どうなるんですか?」

 

 

皆が考え込む中、手を上げて質問をするソフィアに、リーマスは少し真剣な顔をし、目線を合わせるように膝を折るとじっと見つめた。

 

 

「それはね、1番…避けなければならないことだ。本人も気が付かない心の奥底の恐怖を見せられてしまうからね。──ソフィアは怖いものが思いつかないのかい?」

「ええ…」

 

 

自分が一番恐怖している事、それはなんなのか少し気になったが、あまりにもリーマスの真剣な目を見ると気軽に「ボガートと対峙したい」という言葉は言えず、ソフィアはちょっと曖昧に笑って後ろに下がった。

 

 

「今日君は杖を持っていない、下がって見学していてね?」

「はい、わかりました…」

「良い子だ。──よし、みんないいかい?」

 

 

リーマスは真剣な表情をくしゃりと崩し微笑むとソフィアの頭を撫で立ち上がる。

怖々と、それでいて早く戦いたいと言うように強く頷き腕まくりをする生徒たちを見回し、微笑みながらネビルの背をそっと押した。

 

 

「ネビル、私は後ろに下がっていよう。君に場所をあけてあげよう。いいね?次の生徒は前に出るように私が声をかけるから…。みんな下がって、さあ、ネビルが問題なくやっつけられるように──」

 

 

皆が後ろに下がり壁にぴったり張り付いた。ソフィアは「ネビル、がんばって」と小さく声を掛け、ネビルはそれに頷きながら一歩前に進む。

恐怖に顔は青ざめていたが、ローブの袖をたくしあげるとしっかりと杖を前に構え、ガタガタ動く洋箪笥を見据えた。

 

 

「ネビル、三つ数えてからだ。──いーち、にー、さん、──それ!」

 

 

リーマスが杖を箪笥に向かって振り下ろす。杖先体放たれた火花は取手のつまみにあたり、カギがかちゃりと開いた。

洋箪笥が音を立てて開き、眉間に皺を刻ませ眼をぎらつかせているセブルスが静かに這い出た。ネビルはその恐怖の光景に、本人ではないとわかっていても思わず後ずさる。

 

 

「リ、リ、リディクラス!」

 

 

上擦った声でネビルが呪文を唱えた。

パチン、と鞭を鳴らすような音が響きボガート・セブルスが躓くと黒い服が瞬く間に緑色のドレスへと変わり頭には禿鷹のついた高い帽子を被り、手には真っ赤なハンドバックを持っていた。

 

戸惑うボガート・セブルスを見て生徒たちはどっと笑い声を上げた。

ソフィアは目を驚愕で見開くと口を抑え、ぷるぷると小刻みに震えていたが耐えきれず噴き出すとけらけらと声を上げて笑った。

 

 

「あ、あははっ!!へ、へんなのっ!」

 

 

ソフィアは目に涙を浮かべ腹を捩って笑う。それを見たボガートは途方に暮れて立ち止まった。

 

 

「パーバティ!前へ!」

 

 

リーマスに大声で呼ばれたパーバティが笑みを消すと──口先はまだ引き攣るようにぴくぴくとしていたが──真剣な顔で前に進み出る。ボガートはパーバティに向き合うと、またパチンと音がして血まみれの包帯を撒いたミイラが現れた。

 

 

その後もリーマスに呼ばれた生徒が前に飛び出し、ボガートにリディクラスを唱え滑稽な姿に変えていく。

徐々にボガートは混乱しだし、足を失った蜘蛛がハリーの前にごろごろと転がり止まった。ハリーは皆と同じように杖を構えたが、リーマスはハリーの前に飛び出すと「こっちだ!」とボガートを呼んだ。

 

パチン、と音がして脚無し蜘蛛が消えると皆の頭の高さあたりにぽっかりと、丸く輝くものが浮かぶ。──満月だ。

 

 

「リディクラス!」

 

 

面倒くさそうにリーマスはすぐに唱えると、輝く満月は白い風船に変わり、そしてその口から空気を吐き出し部屋中を飛び回る。

しゅるるる、と音を立てて萎んだ風船はびしゃりとソフィアの前に落ちた。

 

 

「──あ」

 

 

目の前に落ちたボガートを、ソフィアは見下ろす。

 

リーマスが振り向いて杖を振るより先に、その萎びた風船は突如大きくなるとその姿を変えた。

 

 

「──棺桶?」

 

 

現れたのはただの棺桶だった。

ソフィアは杖を持っていない、どうする事もできずその大きな棺桶を見て、何故ただの棺桶を世界で一番恐れているのかソフィアにはわからなかった。

まさか中から何か出てくるのか、そうソフィアが身構えた時、僅かに棺桶の蓋が開く。

薄く開いた先に何があったのか、それを見る事が出来たのは一番近くにいて、さらに身体が縮み目線が低くなったソフィアだけだった。

 

 

「───っ!」

「リディクラス!」

 

 

ソフィアは顔の色をざあっと失わせると、思わず一歩下がる。だがすぐにリーマスがリディクラスを唱え、ボガートはゴキブリに変化し床を這い回る。

 

 

「──ネビル!前へ!やっつけるんだ!」

 

 

ネビルはハッとした顔をしたがすぐにソフィアの腕を引き、心配そうにするハーマイオニーの元へ押しやる。途端にボガートは再びパチンと音を鳴らしセブルスへと変わった。

 

 

「リディクラス!」

 

 

一瞬、レース飾りのついたドレスに身を包むセブルスが現れたが、ネビルが大声で「ははっ!」と笑うとまね妖怪は破裂し、何千という細い筋になって消え去った。

 

 

「ソフィア、大丈夫かい?」

 

 

リーマスはすぐにソフィアに駆け寄ると膝をつき心配そうにその顔を覗き込む。ソフィアはハーマイオニーのローブに顔を押し付けていたが、ゆっくりと離れると小さく頷いた。

 

 

「ええ、だいじょうぶ、です」

 

 

ソフィアの顔色は悪かったが、狼狽している様子はなく、リーマスはほっと胸を撫で下ろすと立ち上がり生徒たちを見回してにっこりと笑った。

 

 

「みんな、よくやった!ネビル、よくできた。そうだな…まね妖怪と対決したグリフィンドール生1人につき5点をやろう。ネビルは10点だ、2回やったからね。ソフィアとハリーとハーマイオニーにも5点づつだ」

 

 

思ってもみない大量の加点に、皆は顔を紅潮させその目をキラキラと輝かせ喜んだ。ハリーだけは何もしていない自分が何故加点させるのか分からず──情けのつもりなのか、と、少し不満げにリーマスを見上げる。

 

 

「でも、僕は何もしませんでした」

「ハリー、君たちは最初に質問に答えてくれたからね。よーし、皆いいクラスだった。宿題だ、ボガートに関する章を読んで、まとめを提出してくれ…月曜までだ。今日はこれでおしまい…──ソフィアだけ、少し残ってくれるかな?」

 

 

生徒たちが興奮して喋りながら職員室を出ていく中、──ハーマイオニーは何度も振り返り心配そうにソフィアを見つめていた──ソフィアは俯きながら、じっと足元を見ていた。

 

 

「…ソフィア…本当に、大丈夫かい?」

「…、…リーマスせんせい、わたしがなにをおそれていたか、わかりました」

 

 

ソフィアは蒼白な顔をあげると力なく微笑む。

棺に横たわっていたのは、紛れもない──ルイスだった。

 

 

「…あれはボガートだ、大丈夫。現実じゃない」

「…ええ、わかってます」

「いい子だ。…チョコレートをお食べ、気分が良くなるから」

 

 

リーマスは朗らかに言うと、ポケットから少し柔くなったチョコレートを取り出すとしっかりとソフィアの手に握らせた。

 

 

 

 

ソフィアが一番恐れていたのは、 最愛(家族)の死だった。

リーマスがリディクラスを唱えていなければ、きっとボガートは次にセブルスの遺体へと変化していた事だろう。扉が開かれる前でよかった、とソフィアは1人廊下を歩きながら考えた、もし、その扉が開かれ、棺に横たわるルイスを見てしまえば──それが偽物だとはわかっていても──泣き叫び縋り付いていた事だろう。

 

 

ソフィアは嫌な想像に身体を震わせため息を溢した。

 

 

 



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124 守護霊魔法!

置きっぱなしの鞄を取りに行くために闇の魔術に対する防衛術の教室に戻ったソフィアは、心配そうに眉を下げたハーマイオニーに扉を開けた途端抱きしめられた。

 

 

「ハーマイオニー…」

「ソフィア、大丈夫?顔色は…うん、よくなってるわね」

 

 

ハーマイオニーは目線を合わせるようにしゃがむとじっとソフィアの顔を見て少し安心し、表情を緩めた。

ソフィアは薄く微笑み、「だいじょうぶよ」と告げる。

 

 

「わたし、いまからくすりをもらいにいってくるわ」

「そう…ちょっと残念だわ…」

 

 

この愛らしい姿が見れなくなるなんて、とハーマイオニーは心の底から残念そうにため息を溢す。

確かに友達にちやほやと可愛がられるのは嫌ではなかったが、この短い手足では碌に動き回る事も出来ず、魔法も使えない。ソフィアは苦笑し「もう、こりごりよ…」と肩をすくめた。

 

 

 

セブルスの研究室を訪れたソフィアはその部屋にルイスがいる事に気付くと思わず駆け寄り飛びつくように抱きついた。

 

 

「ソフィア?」

「──はぁ…」

 

 

生きている者の体温と、優しい声に、ようやく強張っていた体の力を抜くとソフィアは詰まっていた息を長く吐いた。

 

 

「──なんでもないわ!もう、このすがたでいるの…たいへんだったの!」

 

 

すぐに手を離し、誤魔化すように明るく言うと調合机の奥にいるセブルスの元へぱたぱたと足音を立てて向かう。

 

 

「とうさま、くすりはできた?」

「…ああ、これを飲めば戻る」

 

 

セブルスは大鍋から真っ赤な液体を掬い、コップになみなみと注いだ。

漂ってくる臭いは、間違いなくその薬が不味いものだと告げていて、ソフィアは嫌そうに眉を顰めセブルスを見上げる。

 

 

「…おいしくなさそう…」

「かなり苦いだろうな」

「…がまんするしか、ないわよね…」

 

 

ソフィアは顔を顰めながら小さな手でそのコップを受け取った。

顔を近づければ鼻をツンと刺す刺激臭に、思わず顔を背け「うぅ、」と舌を出してしまう。

 

 

「父様、服を戻さないと」

 

 

このまま身体が大きくなれば、間違いなくソフィアの服はビリビリに破けてしまいあられも無い姿を晒すことになるだろう。──別に、今ここにいるのは父親と血を分けた双子の兄だ、本人達はもし素っ裸のソフィアを見ても狼狽えることは無かっただろうが、一応ルイスはセブルスに伝えた。

 

確かにそうだ、とセブルスはソフィアの服にかかっていた魔法を解除する。途端にソフィアの服は元の大きさに戻り、スカートが床にずり落ちた。

 

 

「…ま、べつにいいわ」

 

 

ソフィアは片手でなんとかコップを掴み、一応下着だけは脱げないようにローブの上から反対の手で抑えながらじっと真っ赤な液体を見る。そして一度大きく息を吐き、ぴたりと息を止めると一気にその薬を飲み干した。

 

 

「──うっ…!」

 

 

ソフィアは体の中を駆け巡る灼熱に苦しげに胸を押さえる。ポン、と軽い音が響き白い煙がソフィアを包み込む。少しして煙が晴れた先には元の姿に戻ったソフィアがその場に座り込んでいた。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「ええ…めちゃくちゃ不味かったけど、大丈夫よ」

 

 

ソフィアはよろよろと立ち上がりスカートを履き直し服の乱れを正した。一応、ルイスとセブルスは視線を逸らしていたがソフィアが着替え終わると直ぐにソフィアの身体に異変がないかと調べるために向き合った。

 

 

「災難だったわ…まあ、ちやほやされるのは、悪くなかったけど」

「…何故あんな馬鹿な真似をしたんだ?」

 

 

セブルスはソフィアの身体が不都合なく戻っている事を確認し、内心で安堵の息を吐きながら少々強い口調で聞いた。ソフィアは肩をすくめ「だって…」と口籠る。

 

 

「…ちゃんと縮み薬になっているか、私にはわからなかったんだもの…」

「…薬が出来ていたから良かったものの…毒なら、死んでいたぞ」

「…ごめんなさい」

 

 

静かなセブルスの怒りに、ソフィアはしゅんと項垂れる。しかしあの場でティティに飲ませると脅したのは紛れもない父では無いか、結果縮み薬だったら良かったものの、それこそ毒なら…ソフィアは間違い無く、泣いて取り乱していただろう。

 

 

「ソフィア…父様がティティに毒を飲ませるわけないでしょ?ちゃんと僕が助言して、縮み薬になるってわかっていたんだよ」

「…え?そうなの?」

「…当たり前だろう」

 

 

わかっていなかったのはソフィアだけであり、ルイスとセブルスは小さくため息をついた。

セブルスも流石に鬼ではない。ネビルの時もそうだが、きっとハーマイオニーが助言するだろうとは思っていた。だからこそハーマイオニーがネビルに助言している事に気付きながら知らぬふりをした。──とはいえ、あの状態から縮み薬を本当に仕上げるのは難しかった筈だ。勿論表立って褒める事はないが、感心は、していた。ハーマイオニーにとって不運だったのはグリフィンドール生だと言う事だろう。それがなければ──レイブンクロー生なら加点されていたかもしれない。

 

セブルスはルイスの知識と、優秀さを信用し、あの無残な薬も残りの材料で何とか縮み薬にするだろうと思っていた。ソフィアが薬をティティの代わりに飲まなければ、セブルスはルイスに加点するつもりだったのだが、残念ながらそれはなされなかった。

 

 

「ルイス…よくあの状態から縮み薬が作れたものだ」

「んー…ま、父様からの挑戦かな?って思って、頑張ったんだ」

「…流石私の子だ」

 

 

セブルスは柔らかい声でルイスを褒め、その目を細める。その目には確かにルイスを誇りに思う感情がちらりと滲んでいた。

ルイスはセブルスの言葉に嬉しそうに頬を染めてはにかんだが、隣にいたソフィアはつんとそっぽを向いていた。

 

 

「どうせ、私は父様の子なのに調合が下手よ…」

「まぁまぁ、ソフィアは母様に似たんだよ、ね?父様?」

「ああ…まぁ、アリッサは魔法薬学も得意だったがな」

 

 

セブルスはソフィアの優れた変身術の事を思いながら頷いたが、余計な一言をつい言ってしまい、ソフィアはついに不貞腐れた。

 

 

 

「ははっ!機嫌直しなよソフィア?これから僕たちは幸せな気持ちにならないといけないんだから」

 

 

腕を組みそっぽを向くソフィアにくすくすとルイスは笑いかけ優しくその肩を叩く。ソフィアは一瞬何のことかと思ったが、そういえばこの時間に守護霊魔法をセブルスから教わる約束をしていた事をようやく思い出した。父から教わる魔法。それもかなり難易度が高い特別な魔法だ。──その事を思い出しようやくソフィアは気持ちを切り替えセブルスに向き合った。

 

 

「ああ…そういえば、そうね…色々あってすっかり忘れてたわ」

「…今日一日で出来るとは思わん。…二人とも杖を出しなさい」

 

 

セブルスの指示に、ソフィアとルイスは頷き杖を出した。

 

 

 

 

 

「エクスペクト・パトローナム!」

「エクスペクト・パトローナム!──うーん、だめ!出来ないわ!」

 

 

その後何度も二人は呪文を唱えたが、杖から霞のような銀色の靄が出るだけで実体となって現れる事はない。

必死に一番幸福な記憶を考えていたのだが、どうも気持ちが足りないのか上手くいかなかった。

 

 

5時限目終了のベルが鳴り、ソフィアとルイスは顔を見合わせため息をついた。もう、今日はここまでだろう。

 

 

「杖先から靄が出せただけで、今日は充分だろう」

 

 

むしろ、充分すぎる。とセブルスは思っていたが、2人は納得ができず「あと一回だけ!」と叫ぶと真剣な顔をして目を閉じた。

 

 

ルイスは考える。生きてきた中で最も幸福な記憶は何か──それを思うだけで胸が温かくなり、思わず頬が綻ぶような、そんな確かな記憶は何か。

 

 

──ソフィア。父様…。

 

 

ルイスは、隣にいる愛しい妹と大切な父の事を思った。

 

 

 

 

ソフィアは考える。生きてきた中で最も幸福な記憶は何か──それを思うだけで温かく、いつでも柔らかなものに包まれているような気持ちになれる、そんな記憶は何か。

 

 

 

──そうだ、一年生の時…。

 

 

ソフィアはグリフィンドールの談話室でたくさんの友人に囲まれルイスと共に過ごした誕生日パーティを思い出した。

 

 

「「エクスペクト・パトローナム」」

 

 

胸に確かな幸せな記憶を呼び起こし、二人は同時に呟いた。

途端、杖先から銀色の光が溢れそれはぼんやりとした陰のように静かに広がる、一瞬、何かの形を作ろうとその光は集まったが──輝きはふっと、空に溶けて消えた。

 

 

「──父様!見た?」

「惜しかったよね!?」

 

 

二人は興奮し目を輝かせながらセブルスを見つめる。セブルスは確かな2人の能力に優しく微笑みその頭を撫でる。

 

 

「ああ、…よくやった。すぐに出来るようになるだろう」

 

 

褒められた2人は嬉しそうに顔を見合わせて微笑んだ。

流石に直ぐには使いこなせなかったが、それも時間の問題だろう。回数をこなし安定させることができればきっと、2人は立派は守護霊を出現させる。

 

 

「ねぇ、父様の1番幸せな記憶って何?」

 

 

ソフィアは頭を撫でられるくすぐったさに目を細めながら、セブルスをちらりと見上げた。父の心に確かにある幸福の記憶とは、一体どんなものなのだろうか。

 

 

「…さあ、何だろうな。──もう夕食の時間だ、戻りなさい」

 

 

セブルスは薄く笑ったまま誤魔化した。ソフィアは少し残念そうにしたが深く追求する事はせず、「おなか空いたわ!」と言いながら杖をポケットに戻し、重い鞄を掴んだ。ルイスもまた、同じように空腹感を覚え「大広間に行こうか」と腹を撫でながら笑う。

 

 

扉に向かう2人を見つめるセブルスの瞳を見れば、セブルスが何を思って守護霊魔法を成功させているか、きっとソフィアとルイスはわかっただろう。──セブルスにとっての幸福の形は、今ここに確かに存在しているのだから。

 

 

 



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125 黒い犬!

 

ソフィアはその日、大広間でサンドイッチを数個ナプキンで包み鞄の中に入れると1人でホグワーツの廊下を歩いていた。

ハリーとロンは魔法薬学の宿題に追われ、ハーマイオニーは数占い学について教師に質問をしに職員室へ行ってしまった。ソフィアもついていこうかと思ったが、ふと全科目受講するにあたってのジャックの助言を思い出し──あまり頑張りすぎないようにする事に決め、1人花束を持つ少女の部屋で本でも読もうと決めていた。

あの部屋の書棚にある本をまだあまり読めていない。セブルスとジャックが残した本を久しぶりにゆっくりと昼食を取りながら読もう、そう思っていた。

 

 

「──あら、ルイス?」

「ソフィア!珍しいね、1人?」

 

 

廊下の角を曲がると丁度ルイスとばったりと会い、ルイスは周りにハリー達が居ないことに気付くと珍しさから首を傾げる。ルイスは常にドラコと行動を共にしているわけではないが、ソフィアは常に誰かと一緒にいることが多かった。

 

 

「ハリーとロンは宿題、ハーマイオニーは授業の質問をしに職員室よ。私は花束を持つ少女の部屋にいこうかと思って…ルイスは?」

「僕?…ま、ソフィアにならいいか…ちょっと薬草を採取しに森に行こうかなって」

「…森に?」

 

 

ルイスの言葉にソフィアは怪訝な顔をし眉を顰める。森に入る事は勿論禁じられている、ルイスがそれを知らないわけは無いだろう。──まぁ、ルイスだけでなく、森に入ろうとする者は密かに多いのだが。

 

 

「勿論、奥深くまではいかないよ?この前の魔法生物飼育学の時に…森の入り口あたりに薬草が生えてることに気付いたんだ、それをちょっと取ってくるだけさ」

「ふーん?…私も行くわ」

「え?部屋にはいかなくていいの?」

「ええ、いいの。それにルイスと2人で過ごすのは久しぶりでしょう?」

 

 

ソフィアはにっこりと笑いルイスの隣に立った。ルイスは少しきょとんとしたが、嬉しそうに笑うと頷き、「じゃあ行こうか」と隣に立つソフィアの手を握った。

 

 

2人は青々とした芝生を横切り、ハグリッドの小屋に近い森の直ぐそばまで走る。ハグリッドがもし小屋から2人に気付けばすぐにそれを止めただろうが、ハグリッドの小屋はカーテンが引かれ、しんと静まり返っている。

ビッグバークの一件からハグリッドはかなり気を落としてしまったようで、いつ見ても小屋は暗かった。そのことを心配していた2人だったが、今は──2人にとっては、好都合だっただろう。

 

 

「ほら、見て。これが何かわかる?」

「100葉クローバーね、こんなにたくさん…」

 

 

ルイスは一本の木の元にしゃがみ込むと、鞄の中から透明な袋を出し青々とした小さな葉を沢山持つクローバーを指で摘みいくつか袋に入れた。

 

 

「これ、そんなに珍しくは無いけど、よく使うんだよね…──父様もここで採取してたりして」

「…あり得るわね」

 

 

2人は木の元にしゃがみ込みプチプチと薬草を採取するセブルスを想像し、くすくすと笑った。

2人の想像は遠からず当たっていたと言えるだろう。学生時代、セブルスはこっそりと森へ赴き薬草の採取をしていた。──大人になりある程度の財力を持った今は、そんな事はせず全て購入しているのだが。

 

 

「…あ、ルイス!あれを見て」

「…!苦り苔だ!…ちょっと入ってもいいよね、うん。真昼間だし──」

 

 

ソフィアが指差した森の奥には紫色の苔が生えている場所があり、ルイスは躊躇うことなく森へ足を進めた。ソフィアは少し周囲を見渡し誰も見ていない事を確認すると杖を手に持ちその後に続く。

 

 

「わー!これは…うん、状態もいいね」

「…意外と沢山あるのね」

 

 

ルイスは鞄からシャーレと小型ナイフを出すとその苔むした場所を削り取るようにして採取を続ける。その目は生き生きと光り輝き、とても楽しそうに細められていた。

 

 

「あ!あんなところにも──」

「ちょ、ちょっと!あんまり奥には…」

 

 

すぐに目を輝かせさらに奥に進もうとするルイスに、ソフィアは流石に焦り声をかけたがルイスは「大丈夫大丈夫!」と振り返る事なく声を上げさらに暗い森を進んだ。

 

 

「…もう!」

 

 

かと言って1人突き進むルイスを放っておく事も出来ず、ソフィアは少し怒りながら──それでも仕方がないかとため息をこぼしその後を追った。

 

 

しゃがみ込み、うきうきと採取するルイスの背中を見ていたソフィアは一度後ろを振り返る。まだ森の出口が見えるほど近い、それ程奥では無いここなら、まだ魔獣も現れないだろう。基本的に森の中に住む危険な生き物は奥深くに生息していると聞く、きっと問題は無いはずだ。

そう思ってはいたが、手にはしっかりと杖を持ち何かあればすぐに魔法を唱えられる準備はしていた。

ルイスは採集に夢中で杖をポケットに差したままにしている、何かあれば私が対処しないと──本当に、ルイスを1人で行かせないでよかったわ。

 

 

「ルイス、もうそろそろ戻りましょう?」

「──うん、後少しだけ…」

 

 

そう、ルイスが答えた時、近くの茂みからガサガサと音が響く。ソフィアはぱっとルイスを背に隠すように茂みとルイスの間に立ちはだかるとその動く茂みに杖先を向けた。

 

 

「──何?…だれか、いるの?」

 

 

ソフィアは硬い声で呼びかける。ルイスもゆっくりと立ち上がり採取した薬草達を鞄に突っ込むとポケットに差していた杖を手に取りその茂みに向けた。

 

 

 

──ガサッ

 

 

 

一際大きく茂みが揺れ、その先から黒い生き物が飛び出した。

 

 

 

「「──…犬?」」

 

 

茂みからのっそりと現れたのは大きな黒い犬だった。その犬は体のいたるところに泥や草をつけ汚れ、かなり見窄らしい犬だったが目だけは爛々と輝いていた。

 

一瞬、ソフィアとルイスはその犬を見て死神犬を思い浮かべたが、どうみても実体があり、恐ろしい雰囲気はない。──寧ろ、庇護欲を刺激するほどの哀れな見た目だった。

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ杖を下げると、黒犬と視線を合わせるためにその場にしゃがみ込む。

 

 

「誰かに捨てられたのかなぁ…」

「まぁ…可哀想に…」

「クーン…」

 

 

黒犬はへにゃりと耳を下げていたが、ぴくりと鼻を動かすとふんふんと鼻息荒くソフィアに近付き──ルイスは噛みつくかもしれない、とすぐにソフィアを庇うように手を広げた──彼女が肩から下げている鞄に鼻面を当てた。

 

 

「ワン!」

「…あ、もしかして──」

 

 

ソフィアは鞄の中からサンドイッチの包みを取り出す。途端に黒犬は跳び上がり「ワンワン!」と必死に吠えながらその場にキチンとお座りをし、尻尾を揺らめかせソフィアを見つめる。

 

 

「多分…犬が食べても大丈夫だとは思うわ。──お食べ?」

 

 

ソフィアはそっと地面の上に開いたナプキンを置き、その上にサンドイッチを乗せる。黒犬は目を輝かせると勢いよくそのサンドイッチに齧り付いた。

 

 

「余程お腹が減ってたのね」

「魔獣…じゃないね、ただの犬だ。…森の中では狩りが難しいのかも…ほら、こんなに痩せて…」

 

 

ルイスはサンドイッチを勢いよく食べる黒犬にそっと手を伸ばし──黒犬はぴくりと耳を動かしたが特に避ける事はなかった──身体を撫でる。手に伝わったのはゴツゴツとした骨の感触で、殆ど骨と皮だけの状態なのだと分かると少し心配そうに黒犬を見た。

 

 

「いつから居るのかしら…」

「うーん…少なくとも、かなり長い間じゃ無い?」

「──ワン!」

 

 

サンドイッチを食べ終わった黒犬はぺろりと舌舐めずりをするともう無いのか?と言うように首を傾げる。ソフィアは鞄の中を探り、ティティにあげようと思っていたクッキーを黒犬の前に置いた。

 

 

「食べて良いわよ?」

「ワン!」

 

 

犬は嬉しそうに吠えるとそのクッキーもすぐに食べる。くしくしと前足で顔を擦り、クッキーの食べかすを器用に落とすと静かな目でソフィアとルイスを見上げた。

まるでホグワーツ城まで連れて行ってほしそうなその眼差しに、2人は申し訳なさそうに眉を下げる。

 

 

「うーん…流石に飼えないわ…最近新しい子を迎えたばかりだもの…ごめんね?」

「きゅーん…」

 

 

黒犬は降っていた尻尾を力なく下げ、項垂れた。まるで言葉がわかっているようだ、犬は賢く幼児程度の知能があると聞く、きっとこの犬もかなり賢いのだろう。

 

 

「…泥だらけだね、──スコージファイ」

 

 

ルイスが黒犬に向かって杖を振えば、爽やかな一陣の風が黒犬の身体を撫で、その身体についた汚れや葉っぱを一掃した。黒犬はぶるぶると震え、自分の身体中を見渡し綺麗になって嬉しいのか下がっていた尻尾をまた上げた。

 

 

「毛が絡まってるわね…」

 

 

ソフィアは黒犬の身体を撫でながら呟き、足元にある石に向かって杖を振るう、石は小さな音を立ててブラシへと代わり、ソフィアはそれを掴むと犬の毛を優しく撫で絡まった毛を引っ張らないように解した。

 

 

黒犬は少々くすぐったそうに身を捩ったが、嫌ではないのか大人しくソフィアの好きにさせていた。

 

 

「──よし!…うん、少しマシになったかしら?」

 

 

ソフィアはふう、と息をついて黒犬を見る。

汚れがすっかり取れ、毛の絡まりも無くなった黒犬は先程の見窄らしさはかなり軽減されていた。

それでも長い間まともなものを食べていなかったのか、毛質は悪く酷く痩せてはいたが。

 

 

「君は、ここにずっといるの?」

「…ワン」

「そうなの…じゃあ、たまにご飯を持ってくるわ」

「ワンワン!」

 

 

ソフィアは黒犬の言葉がわからなかったが、どうやらずっといるらしいと何となく思い犬にご飯を持ってくる約束をした。

黒犬は嬉しそうに吠えるとのそりと立ち上がりソフィアとルイスの身体にその身をそっと寄せた。

 

 

「…人懐っこい子ね」

「うん…あ、後ろ足…怪我してる」

 

 

ルイスは黒犬の後ろ足に怪我があることに気がつく。赤い血が見えるその箇所は犬の毛が禿げていて、かなり痛々しく見えた。きっと、この怪我のせいで満足に狩りが出来なかったのだろう。

なんとか治してあげたい気持ちはあったが、2人は治癒魔法を知らなかった。──そもそも、治癒魔法はかなり高度なもので知っていたとしても使う事は出来なかっただろう。

 

 

「…あ!薬草がある!」

 

 

ルイスは「良い事を思いついた!」と言うように顔を輝かせ鞄の中から先程採取したばかりの薬草を数種類取り出しソフィアをチラリと見た。

 

 

「ソフィア、すり鉢とすりこぎ棒出せる?」

「ええ、出来るわ」

 

 

ルイスの言葉に何をするのかわかったソフィアは近くにあった魔法を唱え杖を振るう。途端に小石はすり鉢とすりこぎ棒へと変化した。

 

 

「流石!…ちょっと待っててね──アグアメンティ(水よ)

 

 

少量の水が現れたすり鉢の中にルイスは薬草を放り込むと棒ですり潰すように混ぜ始める。青々とした匂いが広がり、すぐに薬草はどろりとして粘り気のある緑色の物へと変わった。

 

 

「よし、痛み止めと、化膿止めだよ」

 

 

ルイスは指で薬を掬うとそっと傷口に優しく塗った。黒犬は染みるのか少し身体をそわそわと揺らせ「きゅーん」と情けない声を出し不安げにルイスを見上げる。ルイスはその真っ黒な目を見て安心させるように微笑み「大丈夫、すぐによくなるよ」と犬の頭を撫でた。

 

 

フェルーラ(巻け)

 

 

ソフィアが黒犬の後ろ足にちょんと杖を当てれば杖先から白い包帯が現れ薬が塗られた傷口を覆った。

黒い犬の足に真っ白な包帯が巻かれ、黒犬は立ち上がるとその場でくるくると周り「わん!」と吠える。

ソフィアとルイスは、まるでお礼を言っているかのような黒犬ににっこりと微笑み「どういたしまして」と答えた。

 

 



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126 猫の本能!

ソフィアはロン、ハーマイオニーと共に談話室に居た。ハリーは夕食後すぐにクィディッチの練習があり、この場には居ない。ソフィアは目の前にある掲示板を見つめながら、ハリーが戻ってきてこれを見たら落ち込むだろう、と少しため息をこぼす。

 

 

「ホグズミードにようやくいけるのか!やったぜ!」

「楽しみだわ!えっと…ハロウィンの日ね」

「…ハリーは悲しむでしょうね」

 

 

うきうきとしている二人に向かってぽつりと呟けば、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせる。すっかり忘れていた、そういえばハリーはホグズミード行きの許可を貰えていなかったのだ。

 

 

「まぁ、今回きりってわけじゃないし、次はきっといけるさ!」

 

 

ロンは明るく言うと「ところで天文学の宿題一緒にしていい?」とソフィアとハーマイオニーに聞く。その顔にはありありと答えを写させて下さいという願いが見えていたが二人は気付かないフリをして頷いた。

 

 

それぞれの部屋に天文学の宿題を取りに行き、談話室の暖炉近くに座る。ぱちぱちと暖炉が火を爆ぜながら、温かい熱を発していた。

 

もうすぐ冬が訪れる。

ソフィアは冷たくなった手先を暖炉に火に近づけながら数週間前に森で出会った犬のことを考えた。──雪が降れば、あの子は生き残れるかしら?時々ご飯を持って行ってるけれど、冬本番になればきっと動物は冬眠してしまうわ。…大丈夫かしら。

 

ソフィアとルイスが黒犬に出会い、そのあまりの痩せ細った体に不憫に思い餌を持ってくると約束してから、2人はシェイドの足にチキンや果物、そしてミルク瓶などが入ったカゴを持たせ2、3日に1度は送っていた。ちゃんと届けられるか不安だったが、毎回空になったカゴが戻ってきているためきっと受け取っているのだろう。「あまり、毎日餌付けすると自分で狩りをしなくなって、僕らが卒業してから飢え死するかもしれない」というルイスの言葉により、毎日送る事はやめた。

 

 

 

──そうだわ。ハグリッドに黒犬の事を伝えよう。きっとハグリッドは優しいから、飼ってくれるわ。ファングも居るし。

 

 

中々いい案だとソフィアは考えながら、全く進んでいない天文学の宿題にようやく取り掛かった。

 

 

「なぁソフィア。これって…なんだっけ?」

「ロン!自分で考えないとだめよ!」

「星なんて全部同じに見えるんだ、─ちょっとヒントだけ!」

「んー…?」

 

 

ロンが机に広げていた星座図をソフィアの方へと押しやる。ソフィアはそこに書かれた星座と教科書を見て少し考えた後、教科書のページをいくつか捲る。

 

 

「ロン、違うところを見てるわ。これは夏の大三角じゃなくて、冬の大三角よ」

「え?──あ、本当だ。ありがとう!」

 

 

ロンは何度も教科書と星座図を見比べ、羽ペンを走らせる。しかしふと手を止めるとじっと教科書を見つめ怪訝そうな目でソフィアを見た。

 

 

「見ろよ。…こんな所にブラックの名前が」

「あら、知らなかったの?」

 

 

ソフィアはロンが指差した箇所を見るとすぐに何を言いたいのかわかり、むしろ何故今まで気が付かなかったんだ、授業で何回も出てきたのに──本当に授業をまともに聞いていないのね、と少し呆れながらシリウス、と書かれた箇所を指で撫でた。

 

 

「ブラック家に生まれた人はみんな星から名前をつけられているのよ?これでまでも何人ものブラック家の名前が教科書で現れているわ」

「ロン…本当に授業を聞いてないのね」

「……ちぇっ」

 

 

ハーマイオニーとソフィアから呆れたように言われてしまい、ロンは面白くなさそうに口を尖らせると、星座図にシリウスとその星の名前を書き込んだ。

 

 

暫くは3人とも無言で星座図を仕上げていたが、周りの騒めきが気になりソフィアは羽ペンを置くとぐっと一度伸びをした。

ちらりと周りを見てみれば至る所でホグズミードの事が話されている。そこに行った事が無い者が殆どで、月末──ハロウィンの日を心待ちにしているのが見てとれた。

 

 

「あ、ハリー!こっちよ、お疲れ様!」

 

 

目を上げていたソフィアは丁度ハリーがクィディッチの練習から戻り談話室へと入ってきたことに気付き手を振った。

ハリーはいつもと異なる談話室の熱のこもった騒めきに不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡しながらソフィアの元へ駆け寄る。

 

 

「何かあったの?」

「第一回目のホグズミードに行く日が知らされたの」

 

 

ソフィアは古い掲示板に貼られている「お知らせ」を指差した。その瞬間ハリーの表情は一気に暗くなり、無言でソフィアの隣に座った。ハーマイオニーは星座図に書き込んでいた手を止めると、少し言葉を選ぶように、気を使いながら口を開いた。

 

 

「ハリー、この次にはきっと行けるわ。ブラックはすぐに捕まるに決まってる。一度目撃されているし…」

「ホグズミードで何かやらかすほどブラックは馬鹿じゃないよ。ハリー、マクゴガナルに聞けよ。今度行っていいかって。次なんて永遠に来ないぜ──」

「ロン!ハリーは学校内にいなきゃいけないのよ!」

 

 

ハーマイオニーは厳しい目でロンを睨み、咎めるように言ったがロンは「だって、三年生でハリー1人だけ残しておくなんてできないよ」と反論した。

三年生で1人だけ。その言葉はハリーの落ち込んでいた気持ちをさらに沈ませた。──そうだ、きっとホグズミードに行けないのは僕だけに決まっている。他のみんなは楽しく過ごして、僕1人だけここでひとりぼっちで過ごすんだ。

 

 

「ハリー、私ここに残りましょうか?」

「ソフィア…ううん、行ってきて。僕…マクゴガナルに聞いてみるよ」

 

 

ハリー1人だけ残しておくのは何だか申し訳なく、ソフィアはそう聞いたがハリーは少し困ったように笑うと首を振った。ソフィアは優しい、それはハリーもよく分かり、その言葉はとても嬉しかったが──一方で悲しくもあった。気を遣われている、きっとソフィアもホグズミードに行きたいだろうに。

 

ソフィアもホグズミードに行きたくない訳ではなかったが、第一回目が行けなくても別に問題はなかった、ハリーは周りの浮き足立つ様子、楽しげな様子に悲しく、惨めに感じているのだろう。それなら一回目くらい一緒にいてあげよう。──そう思っていたが、ハリーの悲しげな微笑みとやんわりとした拒絶に言葉を噤んだ。

 

ハーマイオニーは何か言いかけようと口を開いたが、その時大きな蜘蛛の死骸を咥えたクルックシャンクスが軽やかに彼女の膝に飛び乗り、狩りの成果を褒めて欲しそうにゆっくりとハーマイオニーを見上げた。

 

 

「わざわざ僕の目の前でそれを食うわけ?」

「お利口さんね、クルックシャンクス?独りで捕まえたの?」

 

 

ハーマイオニーは優しく柔らかい声でクルックシャンクスを褒め、ふわふわとしたその頭を優しく撫でた。

クルックシャンクスはハーマイオニーを見ていた目を逸らし、ちらりと女子寮へと続く階段を見る。

ハーマイオニーとソフィアとハリーはその視線の先を追い──ロンだけは嫌そうにクルックシャンクスを睨み続けていた──白い毛玉のようなものがぽんぽん跳ねるようにこちらへ向かってくるのを見た。

 

 

 

「ティティ!──まぁ、あなたも捕まえたのね?偉いわ!」

 

 

白い毛玉の正体。フェネックのティティはソフィアの膝の上に飛び乗ると、口に咥えた小さな子蜘蛛を「どうだ」とばかりにソフィアに見せる。まだピクピクと動いている足を見たロンは声にならない悲鳴をあげ仰反ると、ソファの背にびったりと身体をくっつけた。

 

 

「そいつらをそこから動かすなよ──スキャバーズが僕の鞄で寝てるんだから…」

「わかってるわ、ほらティティ?蜘蛛を食べちゃいなさい?」

 

 

ソフィアは優しくティティの身体を撫で、ティティは嬉しそうに目を細めばきばきとその蜘蛛を食べた。

 

ハリーは眠たい目を擦り、欠伸を1つこぼす。今すぐベッドに向かいたかったが、自分も星座図を完成しなければならない事を思い出すとロンが持ってきてくれていた自分の鞄を引き寄せ中から羊皮紙やインク、羽ペンを取り出し作業に取り掛かった。

 

 

「僕のを写していいよ」

 

 

疲れている様子のハリーに気づいたロンは最後の空白を埋めたあとハリーの前に完成したばかりの星座図を押しやる。ハーマイオニーは丸写しが許せずむっとした表情をしたが、何も言わずに自分の星座図を鞄に片付けた。

 

その時、クルックシャンクスがハーマイオニーの膝から飛び退くとロンの鞄の上に着地し、鋭い爪で猛烈に引っ掻き出した。

 

 

「おい!離せ!この野郎!」

 

 

ロンは悲鳴をあげ喚きながら鞄を引っ掴んだが、クルックシャンクスは爪を食い込ませテコでも離れない。ソフィアは慌てて立ち上がりティティをぎゅっと抱きしめ一歩後ろに下がった。

 

 

「ティティ!待って、落ち着きなさい!」

 

 

クルックシャンクスの興奮が移ったのか、ティティはソフィアの腕の中で四肢をばたつかせもがき出ようとしていた。ソフィアは必死に抱きすくめ、そのせいで手の甲や腕に赤く細い引っ掻き傷ができる。

 

 

「ロン、乱暴しないで!」

 

 

ハーマイオニーは悲鳴をあげ、しかし手を出すことも出来ず狼狽したまま「クルックシャンクス!ダメよ!」と叫んだ。談話室にいた生徒たちは騒ぎに気付き、どうしたんだと近付き見物する。

 

必死に鞄を振り回し、クルックシャンクスを引き離そうとしていたロンだったが、クルックシャンクスの攻撃でボロボロになった鞄の口が開きその中から遠心力でスキャバーズが飛び出し見事な曲線を描きながら空を舞った。

 

 

「あの猫を捕まえろ!」

 

 

クルックシャンクスは空を舞ったスキャバーズに気付くとすぐに鞄から離れ命からがら逃げるスキャバーズを追いかける、生徒の群れを走る2匹に、何人かが悲鳴をあげて慌てて飛び退いた。ジョージがロンの声を聞きクルックシャンクスを捕まえようと手を伸ばしたがするりとクルックシャンクスはその手から逃れ、執拗にスキャバーズを追いかけた。

 

 

「ああ……大変だわ」

「…うん、そうだね」

 

 

ソフィアが暴れるティティを抑えながら青い顔で呟き、ハリーは小さく頷いた。

 

 

「見ろよ!こんなに皮と骨になって!その猫をスキャバーズに近づけるな!」

 

 

ロンは箪笥の下で震えていたスキャバーズを引っ張り出すと尻尾を掴み、ハーマイオニーの眼前に突きつける。その哀れな鼠を見てハーマイオニーは流石に顔を蒼白にし、腕の中でもがくクルックシャンクスを抱きしめたまま小さく呟く。

 

 

「クルックシャンクスには、それが悪いことだってわからないのよ!ロン、猫は鼠を追いかけるものだわ!」

 

 

ハーマイオニーは反論したが、その声は震えていた。ロンは苛々とした様子を隠す事なくハーマイオニーとスキャバーズを睨む。

謝罪ではなく、ロンにとって言い訳としか取れないその言葉に顔を真っ赤にして「そのケダモノ、おかしいぜ!」と吐き捨てた。

 

 

余程クルックシャンクスが怖かったのか、飼い主であるロンの手にいてもバタバタと暴れるスキャバーズに、ロンは優しく「大丈夫だ、大丈夫…」と宥めすかし、ポケットの中に入れた。ポケットの中で収まり、それでも震える小さなスキャバーズを感じ、ロンはきっとハーマイオニーを睨んだ。

 

 

「スキャバーズは僕の鞄の中だってのを、そいつ聞いたんだ!」

「馬鹿な事言わないで、クルックシャンクスは臭いでわかるのよ。他にどうやって──」

「その猫、スキャバーズに恨みがあるんだ!いいか、スキャバーズの方が先輩なんだぜ?その上に病気なんだ!」

 

 

ロンは何か言いかけ口を開きかけていたハーマイオニーを無視すると、怒ったまま談話室を横切り男子寮へ続く階段を足音を強く鳴らせ上がっていった。

 

 

一瞬談話室は静まり返っていたが、すぐに先程のような騒めきが戻り生徒達はぱらぱらと元いた場所に帰っていった。

ハーマイオニーはじっと男子寮へ続く階段を見ていたが、がっくりと肩を落とすと腕の中で「にゃあ」と鳴くクルックシャンクスを強く抱きしめた。

 

ソフィアはそっとハーマイオニーの側により、その落ち込んだ肩を撫でる。

 

 

「ソフィア…クルックシャンクスは…変じゃないわ。…習性よ…本能だもの…」

「ええ、わかってるわ。ティティも、スキャバーズを捕まえたかったみたいだし…けど、ハーマイオニー?ペットがしでかした事は、飼い主がキチンと謝らなければならないわ。悪くない事でも…ロンは傷付いたのだから…」

「…ええ、…そうだったわ…私、混乱して…」

 

 

ハーマイオニーは長いため息をつくと、「私も、もう寝るわ…」と言ってとぼとぼと女子寮へ上がっていった。

 

 

ソフィアは暫くその落ち込んだ背中を見ていたが、ハリーの元へと戻ると肩をすくめた。

 

 

「…荷物、片付けましょうか」

「…うん、そうだね」

 

 

二人は散らかった羊皮紙や羽ペンを鞄の中に詰めるとそれぞれ自分のものと、相方のものを手に持つ。

同時に「はぁ…」とため息をこぼした2人は顔を見合わせ苦く笑い合った。

ロンとハーマイオニーは良く小言を言い合い、喧嘩をすることがあるが、今回は長引きそうだとソフィアとハリーは思った。

 

 

 

 



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127 ホグズミードと黒犬と!

ハロウィーンの朝、3年生以上の生徒はホグズミードに行ける時を今か今かとそわそわと待ちながら友達たちと楽しく会話を交わしていた。「どんなお菓子があるかな?」「叫びの館を見に行こう!」「ゾンコって素晴らしい物が沢山売ってるんだって!」──大広間で生徒たちの期待がこもったその言葉たちを聞くたびに、ハリーは気分が沈み悲しくなってきたが、なるべく普段通りに見えるように──何でもない、僕は気にしてないから──と必死に表情を取り繕った。

 

 

「ハニーデュークスからお菓子をたくさん持ってきてあげるわ」

「ゾンコでいい物も買ってくるわ」

「うん、たーくさん買ってくるよ」

 

 

ロンとハーマイオニーはクルックシャンクスとスキャバーズの一件でお互いに長く口を聞いてなかったが──いや、ハーマイオニーは何度か謝ろうとしたがロンが無視した──ハリーの落胆振りを見てクルックシャンクス論争をついに水に流した。

 

 

「僕の事は気にしないで、パーティで会おう。楽しんできて」

 

 

ハリーは気を遣われるのは、もうたくさんだった。その度にどうしても惨めな気持ちになり、さらに気分は沈み込むだけだ。ハリーのその気持ちが分かったソフィアは、もう学校に残ると言う事はなかった。

 

 

朝食後、ソフィア達はホグズミード行きの生徒たちの集合場所の玄関ホールまで向かう。ハリーは3人の見送りの為に玄関ホールまで着いて行ったが、その楽しそうな生徒たちの顔を見ると──来なかったら良かったかもしれない、と少しだけ後悔した。いや、でも笑顔で見送らないと3人は自分を気にして心から楽しめないかもしれない。──ハリーは、誰よりも友人達の幸福を望み邪魔をしようとは一切考えなかった、きっと優しいソフィアは「一緒に居て」と言えば直ぐに頷いてくれるだろう。そう分かっていたが、ハリーはけっしてそれを口にはしなかった。

 

 

フィルチからのチェックを終えたソフィアとロン、ハーマイオニーは何度か後ろを振り返り、ぽつんと玄関ホールで立つハリーを見た。ソフィア達は大きく手を振り、ハリーが独り大理石の階段を引き返すまでそうしていた。

 

 

「ハリーの分も楽しもうぜ」

「ええ…そうね」

「沢山お土産を買わないと!」

 

 

ソフィア達は顔を見合わせ頷き合う。快く送り出してくれた友のために、目一杯楽しんでお土産を買い慰めよう。そう、決めた。

生徒たちの群れに加わり、暫く道を進む、すると突如開けた場所に出て大きな門構えのアーチが生徒たちを迎えた──ホグズミード村──そう書かれている看板を見て歓声がそこかしこから上がる。

 

 

「まずはハニーデュークスに行こうぜ!」

「ええ、そうしましょう!」

 

 

先程まではハリーを思い複雑な表情をしていたソフィア達だったが、周りの雰囲気と、そして絵画のワンシーンのようなホグズミード村の美しい光景に目を輝かせ期待に胸を高鳴らせた。──友達思いの3人であっても、まだ13.4の子どもだ。この雰囲気に飲まれない方が可笑しいだろう。

 

 

ソフィア達は頬を赤く染めながらハニーデュークス店の扉を開ける。陳列棚には沢山の色とりどりな魔法キャンディが並び、商品説明を見る限りどれも美味しそうだ。

 

 

「わぁ!見て!12時間キャンディよ!これ本当に12時間無くならないの、それもすっごく美味しいし…!」

「ミントキャンディもあるわ!眠気覚ましに丁度いいかもしれないわ」

「ハーマイオニー、それかなり臭いがキツイぜ?歯磨き粉みたいなもんだ」

「あっ!見て、試食品を配ってるわ!行きましょう!」

 

 

店主は今日がホグワーツ生の第一回目のホグズミード行きの日だと知っていた為、この日に新商品を作り試供品を用意していた。この店の商品を売り込む目的なのは勿論だが、──あまりお小遣いが無く、商品を見るだけで買えない可哀想な子ども達の為に、ちょっとしたサプライズプレゼントのつもりだった。

 

 

「新商品のヌガーだよ。さぁ皆さんどうぞ──良かったら買って行ってね」

「ありがとう!」

「──わぁ!見て!ドライフルーツが入ってて綺麗!」

 

 

ソフィアは包みを開け手で摘みながら歓声を上げた。

それは水飴のような透明のソフトキャンディで、中にはキラキラと輝く鮮やかなドライフルーツが混ぜられていた。窓からの光に反射し虹色に輝く──まるで、宝石箱のような美しいヌガーにソフィアは食べるのも忘れて日の光に当てていた。

それを見た店主は嬉しそうににっこりと笑う。

 

 

「お嬢さん、見た目も良いけど──勿論味も最高に良いよ。食べてごらん?」

「えぇ!──わぁ!すっごく、甘くて…うん!とっても美味しいわ!」

 

 

ソフィアは口の中にヌガーを放り込みモグモグと口を動かしていたがぱっと顔を輝かせると口を手で押さえながら率直な感想を店主に告げる。

 

 

「──んっ!?な、何これ!すごい、口の中でサイダーみたいにパチパチしてるわ…!面白い食感!おじさん、一袋買うわ!」

 

 

口の中で踊り出したヌガーにソフィアは目を丸くしていたが直ぐに気に入り、人の良い笑顔を見せる店主から新商品を一袋受け取った。周りにいた生徒達も、ソフィアの食レポを聞き、幸せそうな笑顔を見てそんなに美味しいのかと生唾をごくりと飲む。──新商品が棚から全て無くなるのも、時間の問題だろう。

 

 

「ねぇソフィア、これとこれどっちが美味しいと思う?」

「え?うーんどっちも美味しそうね…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの呼びかけに気付き走り寄った。

 

 

 

ソフィア達がホグズミード村のほぼ全ての店を見て周り、両手にお土産を抱えて帰ってきたのは太陽が沈みかける黄昏時だった。

3人の帰還を談話室で待っていたハリーに鮮やかな彩りの菓子の数々を雨のように降り注ぎ、ロンが満面の笑みを浮かべる。

 

 

「ほーら、持てるだけ持ってきたんだ!」

「ありがとう。ホグズミードってどんなどこだった?どこに行ったの?」

 

 

ハリーは膝の上に転がった黒胡椒キャンディの小さな箱を摘み上げながらソフィア達に聞いた。ソフィア達は顔を見合わせ一気に話した。答えは──全部。どこに行っても楽しく愉快で、それでいて不思議だった。

顔を紅潮させ人生最高の楽しい時を口々に話す3人に、ハリーは笑顔を浮かべて聞いていたがやはり、寂しく感じるのも事実で、その笑顔は少々ぎこちなかった。

 

 

「バタービールを持ってきてあげたかったなぁ、心の芯から温まるんだ──」

「あなたは何をしていたの?宿題やった?」

「クィディッチの練習とかかしら?」

 

 

ハリーの表情を見て冷静になったソフィアとハーマイオニーが心配そうにハリーに聞けば、ハリーは首を振り自分がホグズミード行きには敵わないが、少し楽しいこと──そして、気になることを経験したのだと話した。

 

 

「宿題もクィディッチの練習もしてないよ。ルーピン先生が部屋で紅茶を淹れてくれて、次の授業で使うグリンデローを見せてくれたんだ」

「まぁ!楽しそうね!私もリーマス先生の紅茶飲みたかったわ」

 

 

ソフィアは以前、リーマスの家で飲んだ紅茶の味を思い出し残念そうに眉を下げたが、今回ハリーに出された紅茶は一般的な少々安っぽいティー・バックのものだった。勿論ハリーにとってお茶の葉はもううんざりであり、そのリーマスの気遣いがとても嬉しかったのだが、──ソフィアはそうとは気が付かない。

 

 

「うん、それで──スネイプが来て、ルーピン先生に薬だって言ってゴブレットを渡したんだ…どう見ても怪しいよね?」

 

 

ハリーは声を顰めて言うとソフィア達を見渡した。ロンは口を大きく開け、信じ難いものを見る目で「ルーピン先生が、それを飲んだ?…まじで?」と呟く。

ソフィアは目前に控えた満月に備える脱狼薬だと気が付いていたが何も言わず、真剣な目をするハリーとロンになんと言って良いのか分からず──あまりに信頼されていない父を気の毒に思いながら閉口した。

 

 

「そろそろ降りた方が良いわ。宴会があと5分で始まっちゃう」

 

 

ハーマイオニーはちらりと腕時計を見て立ち上がる。ソフィア達は慌てて散らばった菓子をカバンの中に片付け、急いで肖像画の穴を通り大広間へと向かう集団の中に混じったが、ハリーとロンはまだセブルスのことを小声で話していた。

 

 

「ハリー、ロン。もし仮に。スネイプ先生がリーマス先生に毒を盛るつもりなら、ハリーの目の前ではやらないと思うわ」

 

 

ソフィアは声を抑えながらハリーとロンに囁く。2人は顔を見合わせ「うん、多分ね」と答えたが、心の奥ではきっと毒を盛ったに違いない、そう考えているのが見え見えでソフィアは眉を顰め少々機嫌を損ねた。

 

 

しかし、ハロウィーンの意匠が施された大広間を見てすぐにソフィアは機嫌を戻す。

何百ものジャックオランタンが空に浮かび煌々と灯りを灯し、生きた蝙蝠が天井を飛び交う。燃えるようなオレンジ色の吹き流しが荒れ模様の空を模した天井の下で何本も鮮やかに踊っていた。

 

食事も例年通り素晴らしく、ソフィアとハーマイオニーとロンはハニーデュークスの菓子を沢山食べたにも関わらず、全ての料理をおかわりした。

ハリーはリーマスの様子が気になり何度も教職員テーブルを見たが、リーマスは毒に苦しんでいる様子も無く楽しげにフリットウィックと話している。それを見てほっと安心したハリーだったが、数席離れた席に座るセブルスが不自然なほどリーマスを見ているような気がして、眉を寄せた。

 

──あの場にいたのは僕とルーピン先生だけだ。もし遅効性の毒で数日後にルーピン先生が死んでしまっても…犯人がスネイプだと、僕に証明できるだろうか。絶対、スネイプは認めないはずだ。

 

 

睨むようにハリーはセブルスを見ていたが、ソフィアに「ねぇそこのパンプキンパイとって?」と言われ、ようやく目を離した。

 

 

ソフィアは受け取ったパンプキンパイを頬張りながら、ふとスリザリン生のテーブルを見てドラコしか居ないことに気がつく。

 

 

──ルイス、どこにいるのかしら。

 

 

他のスリザリン生と宴会に参加しているのかと思いテーブルの隅々まで見たが、その姿は無かった。

ソフィアが首を傾げた時、さっと大広間の扉が開き小走りになりながらルイスが現れた。すぐにドラコの隣に座り、何か謝るようにジェスチャーをしている。

 

どうやら、何か用事があって宴会に遅れてしまったようだ。

 

 

──薬の調合かしら、難しいものをするって言ってたものね…。

 

 

ソフィアはきっと原因はそのあたりだろう、と深く気にせずすぐに視線を逸らし、今度は冷たいアイスクリームに手を伸ばした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

少し時間は戻り、ルイスは廊下を1人走っていた。

ホグズミードから城へ帰宅し、三日ほど前から調合している薬の様子を見て少し煮詰めていたら…気がつけば宴会が始まる時刻はゆうに超えていた。

 

 

「ドラコ、怒るかなぁ」

 

 

遅れずに来い。そう何度も言われた事を思い出しルイスは苦笑する。ルイスとて遅れたい訳ではなかったが、調合を疎かにする事も出来ない。この3日間きっかり12時間ごとに火の調節をし、かき混ぜていた苦労が無駄になってしまうし、セブルス──父の期待に応えたかった。

 

 

 

「──あれ?」

 

 

ルイスは廊下の端で蠢く影を見つけ足を止めた。窓から差し込む光から逃れるように真っ黒な犬が壁に沿うようにして身を隠している。しかし、その目だけはわずかな光を反射し輝いていて、隠れているつもりなら少々疎かだろう。

 

 

「どうしてここにいるの?…ご馳走様の匂いに釣られちゃったかな?」

「…クゥーン…」

 

 

黒犬は警戒していたが、現れたのがルイスだと気がつくと尻尾を揺らめかせ、暗がりからのっそりと現れる。ルイスは以前見た時よりも肉付きの良くなった身体を優しく撫でる。

 

 

「ちゃんと、ご飯食べてるようだね?」

「ワン!」

 

 

ありがとう!と言うように黒犬は吠え、ルイスの腕に感謝を込めて頭を下げて擦り付けた。ルイスはくすくすと笑いながら辺りを見渡す。

 

 

「出口がわからなくなっちゃったかな?──おいで、こっちだよ。フィルチに見つかったら敷物か剥製にされちゃうかも」

 

 

小さく笑い、ルイスは立ち上がると着いておいでと言うように自分の腿を叩く。黒犬は何度か後ろを振り返りながらもゆっくりとルイスの後を追った。

ホグワーツに居る全員が大広間に集合しているのだろう、生徒や教師は1人もいない、それにゴーストとも出会す事なくルイスと黒犬は玄関ホールにたどり着いた。

 

 

「──じゃあね、これからもっと寒くなるから…できれば洞穴とかで冬を越した方がいい。ご飯はまた時々届けるけど…自分で狩りもしなよ?」

「ワン!」

 

 

黒犬の頭を撫で、ルイスは大きな扉を押し開ける。黒犬はするりと開けられた隙間から外へ飛び出すと一度振り返りしっぽを揺らした後、その闇に溶けるようにして森へ走った。

 

黒犬を見送った後、ルイスはすぐに大広間へと向かい、ドラコの隣に座る。すぐに不機嫌そうに「遅い」と言われてしまい、苦笑しながら「ごめんごめん」と軽く謝った。

 

 

「薬の様子を見るだけじゃ無かったのか」

「そのつもりだったんだけど。…難しい薬だからね、ちょっとかき混ぜたり火の調節をしてたんだ」

 

 

ルイスはほとんど無くなりかけていたパンプキンシチューの器を近づけ、スプーンで掬いながら答えた。

 

 

 

 

宴の締めくくりにはホグワーツに住むゴースト達の面白おかしい余興で、大広間中に歓声と拍手が湧き、ハリーはようやくホグズミードに行けず辛い気持ちが柔いでいったのを感じた。

 

 

 

ソフィア達は宴会後、他のグリフィンドール生の後ろをついていつもの通路を塔へ向かっていったが、太ったレディの肖像画に繋がる通路まで来ると、グリフィンドール生で溢れかえっている場に出くわした。

 

 

「なんで皆入らないんだろう?」

「うーん、レディもハロウィーンパーティに出かけているのかしら?」

 

 

ロンの怪訝そうな声にソフィアは背伸びをして必死に前を見ようとしながら答えた。肖像画の人は時たま別の肖像画へと出かけてしまう。それを一年生の時に知ったソフィアはそう思ったが──あれは深夜で誰も出ないだろうと思ったからだろう。こんな時間に職務を放棄するだろうか?

 

 

「通してくれ、さあ!何をもたもたしてるんだ?全員合言葉を忘れたわけじゃないだろう。──ちょっと通してくれ、僕は首席だ」

 

 

パーシーが人混みを掻き分け先頭に立つ。パーシーは肖像画を見ると直ぐに表情を険しくさせ「誰か、ダンブルドア先生を呼んで、急いで!」と叫んだ。

 

只事ではない事態に、後ろにいた生徒達はつま先立ちになり何があったのか前を見ようと必死に首を伸ばす。

 

 

「どうしたの?」

 

 

今しがた到着したばかりのジニーが不思議そうにソフィアに聞いた、ソフィアは後ろを振り返り、それが、寮に入れないの。そう、答えようとしたがジニーの隣に突如現れたダンブルドアを見て息を呑んだ。

 

ダンブルドアはいつもの柔和な笑顔を消し、真剣な表情で肖像画まで向かう。生徒達は互いを押し合いながらダンブルドアに道を開けた。

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアは何が問題だったのか──ダンブルドアが来るほどの問題は何なのかよく見ようと、その後ろを着き、前に近付いた。

 

 

「ああ、なんてこと──!」

「…酷いわ…」

 

 

ハーマイオニーが絶叫してソフィアの腕に捕まる。その信じ難い光景を見続けることが出来ず、ソフィアの肩に自分の顔を押し付けた。

ソフィアはハーマイオニーを抱きしめながら、じっと肖像画を見つめる。

 

太ったレディは肖像画から消え去り、絵は滅多切りにされてキャンバスの切れ端が床に散らばっていた。絵のかなりの部分が切り取られ、床に無残にも散らばっている。

 

ダンブルドアは無残な姿の肖像画を一目見るなり、暗い、深刻な目で振り返った。マクゴガナル、リーマス、セブルスがダンブルドアの方に駆けつけ、その肖像画を見て息を呑んだ。

 

 

「レディを探さねばならん。マクゴナガル先生。すぐにフィルチさんのところにいって、城中の絵を探すよう言ってくださらんか」

 

 

ダンブルドアの指示に、マクゴナガルは蒼白な顔のまま頷き、すぐに向かおうとしたが突如ふわりとその目の前にピーブズがいつもの意地悪げな顔で現れ、マクゴナガルは足を止めた。

 

 

「見つかったらお慰み!」

「ピーブズ、どう言うことかね?」

 

 

みんなの頭の上を楽しげに飛び回るピーブズにダンブルドアが静かに聞いた。どの先生達にも敬意を払わず不遜な態度を取るピーブズであっても、流石にダンブルドアは例外なのか意地悪げな笑いを引っ込め、ダンブルドアの前にふわりと飛んだ。

 

 

「校長閣下、恥ずかしかったのですよ。見られたくなかったのですよ。あの女はズタズタでしたよ。5階の風景画の中を走っていくのを見ました。ひどく、泣き叫びながらね──お可哀想に」

 

わざとらしく、低い作り声を出し嬉しそうにピーブズは言ったが、ダンブルドアの片眉が上がったのを見ると、白々しくレディの状態を気にかけているフリをした。

 

 

「レディは誰がやったか、話したかね?」

「ええ、確かに校長閣下」

 

 

胸を逸らし、今から告げる言葉を皆に聞かせ──その後の恐怖に歪む顔を見て楽しむためにピーブズは生徒達の方を振り返り、にやひと意地悪くほくそ笑んだ。

 

 

「そいつはレディが入れてやらないんで、酷く怒っていましてねぇ。──あいつは癇癪持ちだねぇ。あの、シリウス・ブラックは── ハハハハッ!」

 

 

ピーブズは高く笑いながら生徒たちの頭上を飛び回るとぽんと小さな音を立てて消えた。

 

 

生徒たちは言葉を失い恐怖と混乱から不安そうに身を寄せ合う。ソフィアは震えるハーマイオニーを抱きしめながら、そばに居るセブルスを見た。

セブルスはソフィアを見ていなかった。セブルスが睨むように見ていたのは──リーマスだ。

 

 

「…グリフィンドール生はマクゴガナル先生と共に全員大広間に戻りなさい」

 

ダンブルドアは静かに告げる。

すぐにマクゴナガルが「さあ、行きますよ」と声を上げ、先頭を切り大広間に向かう。マクゴガナルは手に杖を持ち、暗がりに目を凝らしながら──どこからブラックが飛び出してくるのか分からない、警戒しているのだろう──後ろからハリーがついてきているのを何度も確認し持って大広間へ向かった。

 

 

「…ソフィア…私…怖いわ」

「…大丈夫よ、ハーマイオニー…。…私も怖いけど、きっと、すぐ見つかるわ…」

 

 

ぎゅっとハーマイオニーはソフィアの腕に捕まりながら恐々頷く。

ソフィアは同じように顔色の悪いハリーを見上げ、手をそっと差し出したわ、

 

 

「ハリー…。…手を握っててもいい?」

「う、うん…」

 

 

ハリーは狼狽えたが小さく頷くとその白い手を握った。

 

 

シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に来る理由なんて、一つしかない。

ソフィア達は同じ事を考えていた。

 

 

──ハリーを殺すために、本当にホグワーツにやってきたんだ。

 

 

ロンはハリーを守るためにぴったりと隣にくっついて歩き、辺りを注意深く──恐怖に顔を引き攣らせてはいたが──見ていた。

ハーマイオニーもソフィアにしがみつきながらも、震える手で杖を握り何かあったらすぐに呪文を言おうと決意しているようだ。ソフィアもまた、何かあればすぐにハリーを庇うために手を繋いだ。──いつでも引き寄せられるように。

 

 

 

 



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128 代理教師はまさかの人で!

 

寮長によりグリフィンドール生だけでなく、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクローの寮生たちも大広間に集まった。

これからホグワーツ中をくまなく捜索するのだろう。先程までの楽しい雰囲気は一気に消え、誰もが困惑し、不安げに目を揺らしていた。大広間に集まった教師達も皆真剣な面持ちで油断なく生徒たちを見ている。誰か1人でもここに居ない生徒が居ないか調べているようだ。

 

 

「先生たち全員で、城の中をくまなく捜索せねばならん。──ということは、気の毒じゃが、皆今夜はここに泊まることになろうの。皆の安全のためじゃ。監督生は大広間の入り口の見張りに立ってもらおう。首席の二人に、ここの指揮を任せようぞ。何か不審な事があればすぐにわしに知らせるように。──ゴーストをわしの伝令に使うがよい」

 

 

ダンブルドアの言葉にパーシーは表情を引き締め生徒達を見渡した。

誰も、何も話さなかった。ダンブルドアは何があったのかしっかりと説明しなかったが、只事ではない事が起きたのは確かだと、グリフィンドール生以外は思い誰も疑問を口にしなかった。──いや、出来る雰囲気ではなかった。

 

 

「おお、そうじゃ。必要なものがあったのう…」

 

 

ダンブルドアは捜索に向かうために大広間から出て行こうとしたがくるりと扉の前で振り返ると杖を振った。

長いテーブルが大広間の端に飛んでいき、きちんと壁を背にして並んだ。もう一振りすると何百ものふかふかとした紫色の寝袋が現れ、床一面に敷き詰められた。

 

 

「ぐっすりおやすみ」

 

 

大広間を出て行きながら、ダンブルドアは生徒達に微笑みかけ声をかけた。

ぱたんと扉が閉まった途端たちまち大広間中が騒がしくなった。グリフィンドール生が何があったのかを他寮の生徒に説明して聞かせ、誰もが驚愕し肩を震わせた。

 

 

「みんな、寝袋に入りなさい!さあ、さあ、お喋りはやめたまえ!消灯まであと10分!」

「行こうぜ」

 

 

パーシーが生徒達に大声で注意するのを見たロンは嫌そうにパーシーを睨みながらソフィア達に声をかけ、ソフィア達はそれぞれ寝袋を掴んで大広間の隅に引き摺っていった。

 

 

「ねぇ、ブラックはまだ城の中だと思う?」

 

 

ハーマイオニーの心配そうな囁きに、ロンは頷いた。

 

 

「ダンブルドアは明らかにそう思っているみたいだな」

「ブラックが今夜を選んでやってきたのは…ラッキーだったと思うわ」

 

 

4人とも服を着たまま寝袋の中に潜り込み、頭を突き合わせ頬杖をつき、声を顰めながら話し続けた。

 

 

「きっと、今日がハロウィンだって知らなかったのよ…今夜は皆大広間にいたから…」

「きっと、逃亡中で時間の感覚がなかったんだろうな」

「ええ…もし知ってたら…きっとここを襲撃してたわ」

 

 

ロンとソフィアは真剣な表情で囁き合い、ハーマイオニーはそれを聞いて嫌な想像をしてしまったのか身を震わせた。

 

周りでも誰一人として静かに寝ているものは居ない。皆友人達と同じような事を話し、どうやってここにきたのかとひそひそ意見を交わしていた。

 

 

「いったいどうやって入り込んだんだろう」

「きっと、姿現し術を心得ていたんだと思うよ。ほら、どこからともなく現れるアレさ」

「変装してたんだ、きっと」

「飛んできたのかもしれないぞ」

 

 

聞こえてきた話に、ハーマイオニーは眉を寄せる。このホグワーツでは姿現しを行う事が出来ないと知っているのはまさか自分だけなのかと怪訝な顔のハーマイオニーに、ソフィアは小さく苦笑した。

 

 

「まったく。ホグワーツの歴史を読もうと思ったのは私だけなのかしら?」

「多分そうだろ…でも、何でそんな事を聞くんだ?」

「私も読んだわよ、ハーマイオニー。…あのね、ホグワーツでは姿現しは出来ないの。この城には沢山の守りの呪文がかけられていて…こっそり入り込めないようになっているのよ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアも知っていた事に少し表情を和らげると、「へー知らなかった」という表情のロンを窘めるように見ながら声を低くして囁いた。

 

 

「それに、吸魂鬼の裏をかくような変装があったら拝見したいものだわ。校庭の入口は一つ残らず吸魂鬼が見張ってる。空を飛んだって見つかるはずよ。その上、秘密の抜け道は全てフィルチが知っているから、そこも吸魂鬼が見逃していないはず…」

「──灯りを消すぞ!全員寝袋に入って、お喋りはやめろ!」

 

 

パーシーが怒鳴り、蝋燭の火が一斉に消えた。

大広間が暗くなり、暫くして天井に無数の星が瞬く。ほんの僅かな光の中、薄ぼんやりとお互いの姿を見ていたソフィア達は「おやすみ」と小さく囁き合い寝袋の上に寝転がる。

 

しかし、パーシーの願いは届かず、ひそひそとした生徒の囁きが至る所で交わされる。

皆、こんな状況で直ぐに眠れるわけはない。安全だと言われていたホグワーツに侵入者──それも、凶悪な殺人鬼──が居る。そんな状況ですぐに寝付ける神経の図太いものは誰一人として居なかった。

 

ソフィアも横になったまま目を開け、天井に写る星々を眺めていた。その中で一際輝く星を──おおいぬ座のシリウスを見つめた。

太陽を除いた恒星の中で、最も明るい恒星であるその星は、生徒達の不安な顔なんて気にする事なく、美しく夜空に輝いていた。

 

 

 

ようやく生徒達の何割かが寝始めた朝の3時ごろ、ダンブルドアが静かに大広間に戻ってきた。

ソフィアは一瞬微睡んでいたがすぐに覚醒し、生徒達の合間を縫ってパーシーに近づくダンブルドアを横目で見る。

パーシーはソフィア達のそばに居たため、起きていたロンとハーマイオニーとハリーは急いで寝たふりをした。

 

 

「先生、何か手がかりは?」

「いや。ここは大丈夫かの?」

「異常なしです、先生」

 

 

パーシーは寝入った生徒達を起こさないように小声でダンブルドアに聞いた。ダンブルドアは異常が無いと分かると少し目元を緩め長時間見回っているパーシーの肩を労うように叩いた。

 

 

「よろしい。何も今すぐ全員を移動させることはあるまい。グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた。明日になったら皆を寮に移動させるがよい」

「それで、太ったレディは?」

「3階のアーガイルシャーの地図の絵に隠れておる。合言葉を言わないブラックを通すのを拒んだらしいのぅ。それでブラックが襲った。レディは非常に気が動転しているが、落ち着いたらフィルチに絵の修復をさせようぞ」

 

 

良かった、レディは無事だったんだ。あんなに切り裂かれていて──もしかしてもう修復不可能かと思ったが、本当に良かった。そうソフィアは小さく安堵の息を吐いた。

 

大広間の扉が再び開き、別の足音がこちらへ一直線に向かってきた。ソフィアは寝返りをするふりをしながら身体を反転させ、その現れた人を盗み見た。

 

 

──父様。

 

 

「校長ですか?…4階はくまなく捜しました。ヤツはおりません。フィルチが地下牢を捜しましたが、そこにも何もなしです」

「天文台の塔はどうかね?トレローニー先生の部屋は?ふくろう小屋は?」

「全て捜しましたが…」

「セブルス、ご苦労じゃった。わしも、ブラックがいつまでもぐずぐず残っているとは思っておらなんだ」

 

 

流石にもう逃げた後だったのか、ブラックは見つからなかったようだ。

ソフィアは目を閉じたまま聞き耳を立てる。近くにいるハリー達の寝息が奇妙に静まったところを見ると、きっと同じように聞き耳を立てているのだろうとわかった。

 

 

「校長、ヤツがどうやって入ったか…。何か思い当たる事がおありですか?」

「セブルス、色々とあるが、どれもあり得ないことでな」

「校長。先日の我々の会話を覚えておいででしょうな。たしか──1学期が始まった時の?」

「いかにも」

 

 

セブルスはダンブルドアに対し、どこか苛立ち怒っているように見えた。その言葉から滲むのは全てを知っているのかと訝しんでいるのが手にとるようにわかる。

 

 

「どうも──内部の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは殆ど不可能かと。我輩はしかとご忠告申し上げました。校長が任命を──」

「この城の者がブラックを手引きしたとは、わしは考えておらん」

 

 

ダンブルドアの言い方にはこの件はこれで終わりだというはっきりとした拒絶があった。セブルスはぐっと口を結び沈黙する。目だけは冷たくダンブルドアを睨んでいたが、ダンブルドアは全く気にする事は無い。

 

 

「わしは吸魂鬼達に会いに行かねばならん。捜索が終わったら知らせると言ってあるのでな」

「先生、吸魂鬼は捜索を手伝おうとは言わなかったのですか?」

「おお、言ったとも」

 

 

パーシーの言葉に、ダンブルドアは冷ややかに答えパーシーを見た。びくり、とパーシーが肩を震わせる。

 

 

「わしが校長職にあるかぎり、吸魂鬼にこの城の敷居は跨がせん」

 

 

パーシーは息を呑み恥いった様子で俯いた。ダンブルドアは足早にそっと大広間を出て行き、パーシーは再び見回りに戻った。

暫くセブルスはその場にたたずみ、ダンブルドアが消えた扉の先を憤怒の表情で見ていたがやがてゆっくりと大広間から出て行った。

 

 

ソフィアは目を開け、そっと顔を動かす。

ハーマイオニーとロンも同じように目を開けていたが天井の星を見上げていて、ハリーとは目があった。

 

 

「いったい、何のことだろう」

 

 

ロンがソフィア達にだけ聞こえる小さな声で呟いた。

 

 

「…もう、私は寝るわ…ブラックが城に居ないってわかったら…眠くなってきたから…」

 

 

ソフィアはもぞもぞと寝袋をたくしあげてその中に顔を埋める。おやすみ、と小さなロンの言葉がくぐもって聞こえてきた。きっと、ロンもようやく安心して眠りにつく所なのだろう。

 

 

ソフィアは寝袋の中でセブルスの言葉を考えた。

 

 

──父様は、内通者がいるって思ってるのね。でも…それは…それなら…。

 

 

 

セブルスが誰を疑っているかなど、想像は難しく無い。ホグワーツに新しく迎えられた者は、たった一人しか居ないのだから。

 

 

数日間、学校中がシリウス・ブラックの話で持ちきりだった。どうやって城に入り込んだのか、皆が自論を語るうちに尾ひれが付きどんどん話が大きくなる。

 

ハリーにとってはその大きくなった噂ばなしや、新しくグリフィンドール寮の入り口にかけられたカドガン卿より、教授達が何か理由をつけてハリーに付き添い片時も目を離さないのが何よりも嫌だった。いつまたブラックがハリーを狙いに来るかわからない、きっとそう考えているのだとハリーはわかっていたが流石に気が滅入った。

 

 

しかし、なんとか耐えられていたのもクィディッチの開幕が近く練習に明け暮れる事が出来たからだろう。空を箒で飛んでいる間だけは、嫌な事を全て忘れる事ができた。

──最も、初戦の対戦相手がスリザリンではなくハッフルパフに変更されたのは心から悔しく、嫌だったが。

 

 

試合前日になると雨風はいっそう激しさを増し窓を叩きつけた。きっと明日も同じような天気だろう。こんな中で試合など、果たしてまともに──持っている力を全て出し切る事が出来るだろうか。

 

 

ソフィアとハーマイオニー、ロンは次の授業である闇の魔術に対する防衛術の教室に向かっていた。ハリーは廊下でグリフィンドールチームのキャプテンであるウッドに呼び止められ長い戦略を聞かされていて仕方がなく置いてきた。もはや、走らなければ3人も遅刻してしまうだろう。

 

 

なんとか授業開始ギリギリに教室に飛び込んだソフィア達は上がった呼吸を抑えながら席についた。ハリー以外の生徒達は皆揃っている。まだリーマスは現れていないがきっとすぐに来るだろう。

 

授業開始のベルが鳴った。

途端に扉が強く開け放たれ現れたのはリーマスでは無く、セブルスでグリフィンドール声達は驚愕し話していたお喋りを一気にやめた。

 

 

「ルーピン先生は体調不良で欠席だ。──我輩がこのクラスを教える事となった」

 

 

教室内の窓にかかるカーテンに向かって杖を振るい、全て閉めながら教壇まで着くとセブルスは振り返り、沈黙する生徒達を見渡す。明るかった教室内は翳り、陰鬱な雰囲気に様変わりしていた。

ネビルはリーマスの授業が好きだった為に前の方に座っていたため身を縮こまらせがくがくと震える。

 

ロンは「嘘だろ…」と呆然と呟き、嫌そうに顔を歪める。折角の楽しい授業が今日は最悪なものになるに違いない。そう思ったのはロンだけでなく、ほぼ全員のグリフィンドール生が俯きながらそう思っていた。

 

 

ソフィアだけは物珍しそうにセブルスを見つめる。父が闇の魔術に対する防衛術の教鞭を取りたがっていたのは知っていたが、どうしても魔法薬学の教授であるイメージが強い。地下牢ではなくここにいるセブルスを見て、なんとも言えず不思議な気持ちになった。

どんな授業をするのだろうか、どうせグリフィンドール生に大量の減点をする授業だろう。──嫌な授業にならなければいいが。

 

 

「さて…ルーピン先生はどのような授業をしていたか──」

 

 

セブルスはゆっくりと呟き、教壇の上にあるノートを手に取るとぺらぺらと捲った。しかし全く記録されていなかったのか、眉を寄せると軽蔑ともとれる嘲笑を浮かべ、リーマスのだらし無さを生徒達に伝えようとした途端、バタンと大きく扉が開きハリーが飛び込んできた。

 

 

「遅れてすみません。ルーピン先生、僕──」

 

 

ハリーは謝りながら教壇にいる筈のリーマスを見たが、そこに居るのはセブルスであり、驚愕から息を飲み言葉を止めた。

ソフィアはハリーの不運さに、流石に不憫に思った。きっとリーマスなら遅刻を注意するだけだっただろう。しかしセブルスが──ハリーを何故か嫌っている父が、注意程度で済ますわけがない。

 

 

「授業は10分前に始まったぞ、ポッター。グリフィンドールから10点減点とする。座れ」

「ルーピン先生は?」

「今日は気分が悪く、教えられないとの事だ。──座れと言った筈だが?」

「どうなさったのですか?」

 

 

ハリーは動かない。脳裏に浮かんだのはセブルスがリーマスに渡したゴブレットの一件だった。──もしかして、本当に毒だったのか。

 

セブルスは暗い目を細めハリーを睨むと「命に別状はない」と静かに伝えた。

 

 

「グリフィンドール、さらに5点減点。もう一度我輩に座れ、と言わせたら50点減点する」

 

 

ハリーはゆっくりと自分の席まで歩いていき、座った。隣にいたロンが自分を憐れみの目で見ている事に気付いたが、何か言う気力もない。

 

 

「ポッターが邪魔をする前に話していた事ではあるが、ルーピン先生はこれまでどのような内容を教えたのか、全く記録に残していないからして──」

「先生、これまでやったのはまね妖怪、赤帽鬼、河童、水魔です。これからやる予定だったのは──」

 

 

ハーマイオニーが手を挙げて一気に言い、次行う筈だった授業内容を伝えようとしたが、セブルスは強い目でハーマイオニーを睨み「黙れ」と厳しく吐き捨てる。ハーマイオニーは顔をかっと赤らめ悔しそうに唇を噛んだ。

 

 

「教えてくれと言ったわけではない。我輩はただ、ルーピン先生のだらしなさを指摘しただけである」

「ルーピン先生はこれまでの闇の魔術に対する防衛術の先生の中で、ジャック先生と同じように最も素晴らしい先生です」

 

 

ディーンはリーマスの授業がとても好きで、何より彼を尊敬していた。果敢にもセブルスに言い返せば、クラス中が口々にそうだとそれを支持する。セブルスは不快そうに眉を顰めると、薄く笑みを浮かべ嘲笑した。

 

 

「ふん、点の甘い事よ。ルーピンは諸君に対して著しく厳しさに欠ける。──赤帽鬼や水魔など、一年坊主でも出来る事だろう。我々が今日学ぶのは──人狼である」

 

 

セブルスは教科書の1番後ろのページまで捲ると静かに伝えた。ソフィアはその言葉にセブルスの隠れた悪意と、真意に気付き思わず立ち上がった。

 

 

「先生!この2年間私たちは碌でもない教師ばかりにあたり、まともな授業を受けていません。ジャックが──ジャック先生が教えてくれたのはほんの少しで、リーマス先生はそれを埋める為にまず優しいものから対処法を教えてくださりました。これからやるのはヒンキーパンクです」

「ミス・プリンス」

 

 

セブルスは静かにソフィアの側まで近寄ると冷たい目で見下ろす。ソフィアはそれを睨め付けるように見返したが、セブルスは少しも態度を緩めなかった。

 

 

「この授業は我輩が教えているのであり、君ではない筈だが。その我輩が、諸君に394ページを捲るように言っているのだ」

「…先生、人狼なんて滅多にいません。その対処法を学ぶより、出現率の高いヒンキーパンクの対処法を学ぶ方が有意義ではありませんか?」

「──それは、どうかな?…全員、今すぐ教科書を開け!」

 

 

セブルスはソフィアの言葉に含みを持たせ薄く微笑むと、ソフィアの言葉を聞く気など毛頭もない、というように黒いマントを翻し教壇に向かった。暫くソフィアはむっすりとセブルスを見ていたが、隣にいるハーマイオニーに袖を引かれ仕方なく席に座った。

 

 

──父様は、リーマス先生の正体を気付かせたいんだわ。

 

 

この事に気づいたのはソフィアがリーマスの正体を知っているからだろう。セブルスは自分の力でリーマスを退職させる事が出来ないのなら、生徒にその事を気づかせ、保護者まで連絡が行き沢山の苦情と退職を願う手紙が届く事を望んでいるのだ。

その隠された悪意に、人狼に対する迫害を許せないソフィアは、父であっても許せなかった。

 

 

 

 

全員が渋々教科書を開き、人狼についての記述を見た。

あちこちで苦々しい目配せが交わされ文句を呟くものも居たが、これ以上セブルスに反抗的な態度を見せれば間違いなく大幅に減点されるだろう。次第に文句の呟きも消えていく。

 

 

「人狼と真の狼とをどうやって見分けるか、分かる者はいるか?」

 

 

皆が身動きもせず静まり返るなかで、ハーマイオニーとソフィアだけは高く手を挙げた。しかし当然の事のようにセブルスはその手を無視し「誰かいるか?」と嘲笑を浮かべて教室を見渡す。

 

嘆かわしい、というようにわざとらしくため息をひとつ零したセブルスは薄ら笑いを浮かべる。

 

 

「すると、何かね。ルーピン先生は諸君に、基本的な両者の区別さえまだ教えていないと──」

「お話した筈です、私たち、まだ人狼まで行ってません」

「…スネイプ先生。私たちが人狼がまだ学んでいないから今から教えてくれるんじゃないんですか?…まぁ私はわかってますが、どうやら私の手は透明になってしまったようですし」

 

 

パーバティが珍しく、突然セブルスに意見をいい──その声は震えていたが──ソフィアがそれに続いて皮肉混じりに薄く笑いながらセブルスに伝えた。

 

 

「黙れ!」

 

 

セブルスの強い叱責に、パーバティはぐっと言葉を詰まらせ俯き、ソフィアはセブルスを睨みながら口を閉ざした。

 

 

「さて、さて…三年生にもなって、人狼と出会っても見分けもつかない生徒にお目にかかろうとは、我輩は考えても見なかった。諸君の学習がどんなに遅れているか、ダンブルドア校長にしっかりお伝えしておこう」

「先生、人狼にはいくつか細かいところで他の狼とは異なります。人狼の鼻面は──」

「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで2度目だ。ミス・グレンジャー」

 

 

ハーマイオニーが我慢できず手を挙げたまま早口で伝えたが、セブルスはハーマイオニーを見る事なく冷ややかに伝えた。

 

 

「鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールからさらに5点減点する」

 

 

ハーマイオニーは真っ赤になって手を下ろした。その肩は小さく震え、目には大きな涙が溜まっている。

クラス中の誰もが──ソフィアは別として──ハーマイオニーを知ったかぶりと呼んでいたが、泣きそうなハーマイオニーを見て、皆がセブルスを睨みつけた。皆がセブルスに対し嫌悪感をこれ以上ないほど募らせた中、ロンが大きな声で叫んだ。

 

 

「先生はクラスに質問したじゃないですか、ハーマイオニーとソフィアは答えを知っていたんだ!答えてほしくないなら、なんで質問したんですか!?」

 

 

言い過ぎだと、クラス中が思った。

セブルスは嫌に静かにロンを見つめゆっくりとその距離を詰める。

皆が息を顰める中、セブルスは自分を睨むロンに顔を近づけ「罰則だ、ウィーズリー」と淡々と言い放った。

 

 

「さらに、我輩の教え方を非難するのが再び耳に入った暁には、君は非常に後悔することになるだろう」

 

 

ロンは顔をさっと蒼白にさせ俯いた。ぎりぎりと歯を食いしばる音が静かな教室内に響く。

しかし、その痛いほど重い沈黙を打ち破ったのは強い音だった。

 

 

──バン!

 

 

その音に誰もが跳び上がり後ろを向いた。ハーマイオニーは隣からの音に落ちかけていた涙を引っ込め、呆然とソフィアを見上げた。

 

 

ソフィアは手に持っていた教科書を強く机に叩きつけ、セブルスを強く睨んだ。

 

 

「先生!ロンの言葉が真実だから聞きたくないんですか?先生の考えを非難せざるを得ません!この授業だけに限った事ではありません。魔法薬学でも、私とハーマイオニーは不当な扱いを受けています!」

 

 

ロンのそばに居たセブルスはすっとソフィアに近寄る。

その目を近くで見たハーマイオニーは──娘に対して見せる眼差しではない、とその目の強さに怯え心配そうにソフィアを見たが、ソフィアは少しも怯えを見せず顔を怒りで真っ赤にしていた。

ソフィアにとって、ハーマイオニーは最も大切な友人の一人だ。勿論ロンとハリーもだが、彼女に対する侮辱を無視する事が出来なかった。

 

 

「ミス・プリンス」

 

 

恐ろしく静かな声が教室に響く。

その声を聞いただけで生徒たちはセブルスの強い怒りを感じ、体を縮こまらせながら気遣うようにソフィアを見た。

 

 

「教師である我輩に向かってその態度はなんだ。グリフィンドールから10点減点。それと罰則だ──お前の兄は優秀だというのに、それに比べて…お前は出来損ないのようだな」

 

 

吐き捨てられた酷い言葉に、グリフィンドール生は怒り、ざわついた。

ソフィアはたしかに魔法薬学の調合は人よりかなり不得意だ、しかし座学に関して言えばソフィアの知識は優秀そのものだ。決して出来損ないなんかではない。ハリーは言い返そうと怒りと憎しみを込めてセブルスを見たが──。

思わず苦情を言いかけ開いた口は何も言葉を漏らさなかった。

「しまった」というような、確かな後悔と狼狽がちらりとセブルスの目に写っているのを、ハリーは見逃さなかった。

 

 

「…ソフィア…」

 

 

ハーマイオニーの小さな声が響いた。

ソフィアは顔を真っ赤に染めたまま目を見開き、その大きな目に涙を浮かべ声も出さず──泣いていた。

 

 

「──っ!」

 

 

ソフィアは勢いよく立ち上がり、流れる涙を乱暴に擦りながら教室から飛び出した。

 

 

重い沈黙が、教室に落ちる。

セブルスは暫く強く閉ざされた扉を見ていたがくるりと踵を返すと教壇に向い何事もなかったかのように、いつもと同じ表情で授業を始めたため、ハリーはきっとさっきのは自分の見間違いだと思い込んだ。

 

 

 

教室を飛び出したソフィアは誰もいない廊下を走りながら嗚咽をこぼし、溢れ出てくる涙を必死に拭っていた。

そしてグリフィンドール寮へ向かうと何か叫んでいたカドガン卿を無視し合言葉を告げすぐに中に入り談話室を横切る。授業のない生徒が何人か驚いた目でソフィアを見たが、声をかける間も無くソフィアは女子寮の階段を駆け上がった。

 

 

「っ…う、ううっ……」

 

 

ソフィアはベッドにうつ伏せに倒れ込み、シーツを強く握りながら泣きじゃくる。

ベッドで昼寝をしていたティティは跳び上がりソフィアに駆け寄ると心配そうに前足でソフィアの頭を掻いた。

 

 

「きゅーん…」

 

 

ティティは悲しそうに鳴くと、そっとその小さな体をソフィアに寄せる。ソフィアはティティに手を伸ばし抱きしめ、その柔らかな身体に顔を埋めた。

 

 

 



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129 それでも家族だもの!

ソフィアは次の日のクィディッチの試合を見にいかなかった。昨日セブルスから言われた言葉が耳の奥から離れず、大好きなクィディッチを観戦する気分になれなかった。

 

 

──きっと父様は言い過ぎただけだ、衝動的に口から溢れたんだろう。そういうところがあるのは知っている。──けれど、許せないし、何より…悲しかった。

 

 

ハーマイオニーとラベンダーとパーバティは何度もソフィアを心配し元気づけようとしたが、ソフィアは友人たちの優しさに嬉しそうにはしたが、やはりその顔はいつものような底抜けの明るさが戻ることは無かった。

 

何もする気が起きず、ベッドの上に寝転んでいたソフィアだったが、夕方遅くにようやく部屋に戻ってきたハーマイオニーにクィディッチで何があったのかを聞いた時には自身の悩みを一瞬忘れハリーを思い心を痛めた。

日曜日の朝早くからハーマイオニーとロンと見舞いに行き、夜になるまでつきっきりでベッドのそばに居たが、ハリーはニンバス2000の残骸を呆然と見つめ、ソフィアたちがどう励ましても地まで落ち込んだ気持ちが回復する事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ソフィア、本当に行かないの?」

「ええ、行かない。図書室に行くわ。大広間にも…行きたくないし、朝食はいいわ」

「また、サンドイッチ持ってくるよ」

「ありがとうロン」

 

月曜日の朝、談話室に居たソフィアは気遣うようなハーマイオニーの不安げな言葉にきっぱりと頷く。はじめにある魔法薬学の授業をサボると決めたソフィアは堂々たる態度でハーマイオニー達に宣言した。

あの怖いスネイプの授業をサボるなんて、とハリーとロンは少し尊敬の眼差しでソフィアを見たが、ハーマイオニーだけは何か言いたげに眉を顰めていた。

 

 

「ああ…でも…。──いえ、ソフィアがいいのなら…」

「いいの。何か聞かれたら──まぁ聞かれないと思うけど──病気って事にしてて、それもめちゃくちゃ重くて体も動かせないくらいのね」

 

 

ハリーとロンは、確かにとんでもない重病が理由でなければセブルスの授業をサボるなんて出来ないだろうと頷いたが、ハーマイオニーだけはセブルスに──父に心配させたいのだろう、とわかり小さく頷く。

 

 

3人を見送ったソフィアは独り廊下を歩き図書室へと向かった。

 

 

 

 

ハリー達は地下へ降りる階段を進み、冬が近く一層冷え切った魔法薬学の教室内に入った。

既に殆どのスリザリン生とグリフィンドール生が席に着き、スリザリン生はくすくすとハリーを見て冷やかし嗤いを浮かべ、グリフィンドール生は気の毒そうにハリーを見た。

 

ドラコはハリーが来た事が分かるとすぐに包帯の取れた手を見せびらかしながら嬉々として箒から落ちる真似をし、スリザリン生の爆笑をさらっていた。

ルイスだけは相変わらず冷ややかな目でドラコを見てその形のいい頭をぱしんと叩き何度も「やめなよみっともない」と言っていたが、ドラコにしてみればクィディッチの試合中に落下したハリーは少し早めに来たクリスマスプレゼントのようなもので、有頂天になりルイスの忠告も無視していた。

 

ルイスはハリー達が来た事に気づくといつものようにソフィアを探したが、いつもならそのグループの中にいるソフィアの姿が見えず、不思議そうにハリーに駆け寄った。

 

 

「ソフィアは?」

「あー…実はね」

 

 

ハリー達は金曜日の闇の魔術に対する防衛術の授業で体調不良のリーマスの代わりに臨時教師となったセブルスがソフィアに何を言ったのかを詳しく話した。

ルイスは驚き目を見開いていたが、徐々にその顔を険しくさせ「本当に?」と訝しげに呟く。

 

 

「本当に──先生が、そう言ったの?」

「そうさ!ルイスはお気に入りだからわからないかもしれないけどさ、酷いやつだよスネイプは!」

 

 

ロンは怒りを思い出し顔を赤くしながら怒ったように言う。しかしルイスはそれでも信じがたく、狼狽した目でハーマイオニーを見る。

 

 

「…本当よ。ソフィアは酷く傷付いて、落ち込んでいたわ…」

「そっか…後で会いに行くよ。──スネイプ先生を、少し懲らしめないとね」

「え?…どうやって?」

 

 

あのスネイプを懲らしめることなど出来るのだろうか、とハリーとロンは顔を見合わせ怪訝な目でルイスを見る。ハリーとロンからしてみれば、それこそ信じがたいことだったが、ルイスは悪戯っぽく笑い「まぁ見ててよ」と言うとすぐにスリザリン生のいる場所へ戻った。

 

 

ハリー達は顔を見合わせたが、授業開始のベルがなった為慌てて席に着くとすぐにセブルスが扉を開けて現れ、いつものようにまず出席を取り始めた。

 

 

「ミス・プリンス…」

 

 

ソフィアの名を呼び、返事がないことにまだ怒っているのかとセブルスは片眉を上げ教室内を見渡す。しかし、その教室の中にソフィアの姿は無かった。

 

 

「先生」

 

 

ルイスが手を挙げて立ち上がる。

その表情は心配そうに目を揺らし、一度深いため息をついた。

 

 

「ソフィア──妹は、今心労がたたって医務室で寝込んでいるんです。何があったのか…兄である僕にも教えたくないと言って教えてくれませんでしたが…マダム・ポンフリーによると、強いストレスが原因だと言うことです。土曜日から殆ど何も食べず…衰弱しきって…。…さっきお見舞いに行ったのですが、起き上がれないようで…──面会謝絶になってました…」

 

 

こんな悲劇はないと絞り出すようにルイスは言った。グリフィンドール生はざわつき「ほら、あれが原因だよ…」と囁き、セブルスを睨む。ハリーとロンはこんな事を言ってもどうせスネイプの野郎は少しも心を痛めないだろう、と思いチラリとセブルスを盗み見たが、セブルスはいつもより顔色を悪くさせ言葉が出ないように見えた。

 

 

「──だから、今日は欠席なんです」

 

 

ルイスはもう一つ大きなため息をつき、元気が無さそうに俯いたまま座った。セブルスは苦々しい表情を浮かべ暫く無言だったが、生徒たちが自分を見ている事に気付きハッとした顔で咳払いを1つすると、止まっていた出席取りを再開した。

 

ルイスはちらりとハリー達を見て、悪戯っぽくウインクをしてみせた。

 

 

 

セブルスは授業をし、いつものように生徒達の調合を見て回りながらソフィアの事を考えていた。

倒れたなど、聞いてない。──いや、確かに土曜日から大広間でその姿を見ていなかったが、まさか、──本当に?そんなに悪いのだろうか、面会謝絶になる程に。

後で直ぐに医務室に向かおう──いや、ストレスの原因は間違いなく自分だ、会いに行くと悪化してしまうだろうか。いや、だが──。

 

 

セブルスは考えるあまりロンがドラコの顔面にワニの心臓をぶつけたが気が付かなかった。

 

 

 

授業終業のベルがなり、ハリー達はすぐに教室から出た。その後をルイスは追いかけ、悪戯っぽく笑い囁く。

 

 

「割と効いたでしょ?」

「そうだね…でも、なんでだろう」

「──ほら、もしソフィアがダンブルドア先生に苦言したらさ、もう2度と闇の魔術に対する防衛術の教師を臨時としてでもやらせてもらえないと思って不安になったんじゃない?」

 

 

ルイスはそれらしい理由を説明し、ハリーとロンは「あり得るね」と納得した。

 

 

「でも…バレたらどうするの?」

「ま、ソフィアには口裏を合わせてって言うよ」

「ソフィアなら、図書室か…あの隠し部屋だと思うよ、大広間に行きたくないからって僕たちがご飯を届けてるんだ」

「そうなんだ?じゃあ今日の昼ご飯は僕が持って行くよ」

 

 

不安げなハリー達にルイスは軽く言うと大広間まで共に向かいサンドイッチを数個手に取ると直ぐに隠し部屋──花束を持つ少女の部屋へ向かった。

 

 

 

 

「ソフィア」

「…ルイス?」

 

 

 

暖炉側のソファに座り、数時間前に受けたばかりの授業達の宿題を広げていた。どうしても魔法薬学を受けたくない、父に会いたくないというソフィアに、ハーマイオニーとソフィアは先に被ってある授業を全てこなしていた。何度も逆転時計を使い、だんだん使い方に慣れてきた2人は混乱する事なく、ハリーとロンに怪しまれる事もなくなんとか重複した授業をこなすことが出来た。

 

 

 

「ハリー達に、何があったのか聞いたよ」

「そう…」

 

 

ルイスはソフィアの隣に座りサンドイッチを差し出した。それを受け取りながらソフィアは暗い顔でサンドイッチを一口食べる。

 

 

「父様の性格は知ってるでしょ?本心じゃないよ」

「…わからないわ。私って…ルイスよりも…その、問題を起こしがちだし…──本当に出来損ないだと思っているのよ…そうじゃなきゃ、咄嗟にあんな言葉出ないわ…」

 

 

ソフィアは自分で言いながらかなり落ち込んでしまい、深いため息をついた。

ルイスはソフィアの肩に手を回し自分へ引き寄せると優しく頭を撫でた。

 

 

「絶対、そんな事ないよ。父様は僕らを──ソフィアの事を本当に愛してるから」

「…でも…」

「大丈夫、今頃父様は深く後悔してるし、ソフィアの事だけを考えてるよ」

 

 

安心させるためにルイスは優しく微笑み、魔法薬学で何を言ったのかを伝えた。ソフィアはいつのまにか壮大な事になっていると思ったものの、何故か無性に可笑しく少し表情を緩めた。

 

 

「…医務室に行かないといけないわね」

「父様、今頃大広間にソフィアが居なくてかなり狼狽えてると思うよ?もう心配で、医務室に行っちゃうかも」

 

 

くすくすとルイスが笑えば、ソフィアも同じように笑った。

そして手に持っているサンドイッチをぼんやりと見つめ、ルイスの肩にもたれかかりながらソフィアはぽつりと呟く。

 

 

「…ルイス…私、次の授業には…ちゃんと出席するわ──もし、父様がまた私を出来損ないって呼んだら…父様の服を緑色の長いドレスに変えてやるわ!」

「うん、ソフィアらしくていいと思うよ」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせてくすくすと笑う。

少し元気を取り戻したソフィアは手に持っていたサンドイッチを一気に頬張ると机に広げていた宿題を片付けて立ち上がった。

 

 

「私、医務室に行ってくるわ、既成事実を作らないとね」

「そうだね、その方がいい」

 

 

ソフィアは微笑むルイスに感謝を込めて一度強く抱きしめるとにこっと明るく笑いすぐに部屋から出て行った。

ルイスもすぐに部屋から出ると、ドラコが居るだろう大広間に向かった、今ならまだ何か料理が残っているかもしれない。

 

 

 

「ミスター・プリンス」

「…スネイプ先生?」

 

 

しかし廊下の途中でセブルスに呼び止められ、ルイスは足を止めて首を傾げながらセブルスを見上げた。その表情はいつもより顔色が悪く、それでいてやや不安げに眉が寄せられている。周りに他の生徒がいることから何も言うことが出来ないのだろうが、どう見てもソフィアの事を聞きたがっていた。──ちゃんと効果はあったようだ、とルイスは内心でほくそ笑み。それでも表面上では心配そうに眉を下げてため息をついてみせた。──勿論、セブルスの事は大好きだ、しかし、それと同じくらいソフィアの事を愛している。そんな相手が泣くほどの暴言を吐いた父を少しくらい痛めつけなければ、ルイスの気が治らなかった。いいお灸を据えてやるくらいの気持ちでルイスはチラリとセブルスを見上げる。

 

 

「先生…今、医務室からの帰りなんです。これから大広間に行くところで…」

「そうか。──…調子はどうかね?」

「ご心配おかけします。…大丈夫だと、マダム・ポンフリーは言っていました」

 

 

ルイスの言葉にセブルスは顔を顰めた。マダム・ポンフリーが言っていた、という事は直接本人から聞いたわけではないのか。──本当に、会えていないのか。

 

 

「そうか…」

「…すみません、先生…昼食の時間が無くなりますので…失礼します」

 

 

ルイスは軽く頭を下げるとくるりと背を向け大広間に向かった。ぺろりと舌が出されていたが、セブルスは勿論それを見る事は無く、すぐに居ても立っても居られず医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポンフリー先生、私…アレの3日目で…体調が悪くて、寝ていても良いですか?」

「まぁ…勿論ですよ、ゆっくりしなさい。鎮痛剤を持ってきましょう」

 

 

ソフィアが眉を下げながら医務室を訪れればマダム・ポンフリーはすぐに優しく頷き、空いているベッドに寝るようにソフィアを連れて行った。ソフィアはベッドに横になり、毛布をしっかりと被りながら少し言いづらそうにおずおずと口を開く。

 

 

「あ…私、身体が重くてとても疲れて…食欲が無くなるタイプで、腹痛はありません。その、もし…兄や父が来ても…その…」

「ええ、勿論理由は言いませんよ。──なら、体を温めるために何か温かい飲み物を持ってきましょう。冷えは天敵ですからね」

「ありがとうございます…」

 

 

異性にあまり知られたくはないだろう。とポンフリーはその意図を読み取ると「ゆっくりおやすみなさい」とカーテンを閉めた。

騙している事にかなり申し訳なく思ったが、きっとこれでマダム・ポンフリーは万が一父が見舞いに来ても通さないだろう。そう考えソフィアはじっと息を顰めていた。

 

 

ポンフリーはホットココアを取りに行くために一度奥へ消えたが、すぐにまた足音が近づく。

だがポンフリーがソフィアのいるベッドのカーテンに手をかける前にガラリと医務室の扉が開き、ポンフリーは手を引き込めるとその訪れた人を見た。

 

 

「スネイプ先生…どうされました?」

「…ここに、──居ると聞いたのだが」

 

 

誰か、とは言わなかった。

この医務室にいるのがソフィアとポンフリーだけだとは限らない。他の生徒に自分がソフィアの見舞いに来ているなんて知られて仕舞えばどんな噂が立つかわかったものではない。

ポンフリーは少し声を顰め「ここにはソフィアとあなたしかいませんよ」と伝えた。

 

 

「そうか…それで、──体調は?」

「そうですね。…ここ二、三日はかなり辛かったでしょう。食欲も無かったようですし。今は疲れて──眠っていると思います」

「…それ程?」

 

 

セブルスはさっと表情を変えた。ポンフリーは少し生理痛でそんなに過保護になるものだろうか、と思ったが何も言わずに言葉を濁しながら曖昧に伝えた。ソフィアはこの事を秘密にしてほしいと言っていた。同じ同性相手ならともかく、異性にはこの体調不良を言いにくいだろう。

 

 

「ええ、まぁ…人によって…辛さは違いますし…」

「薬は?──私に、何かできる事は…?」

 

 

どこか必死なセブルスの言葉に、ポンフリーはかなり過保護なのだろう、と思い残念そうに首を振った。

 

 

「ありません。時が癒してくれるのを待つしか…」

「……会うことは?」

「ダメです。ソフィアには充分な休息が必要です」

「……、…」

 

 

ソフィアは二人の奇跡的に噛み合っているようで全く噛み合っていない会話に口を抑えて笑いを噛み殺した。ポンフリーの言い分だとかなり重病そうに聞こえるが、彼女は嘘は一つも言っていない。重病だと思っているセブルスが、盛大な勘違いをしているだけだ。

 

 

「さあ、もう出て行ってください。私はソフィアにせめて、体を冷やさないようにホットココアを飲ませなければなりません、出来る事はそれくらいですから」

「──ああ…」

 

 

セブルスは項垂れ、力なくポンフリーの言葉に頷くと静かに医務室から出て行った。

大袈裟な父親だこと。とその背中を見ながらポンフリーは呟き、ソフィアのいるベッドのカーテンを開けた。

 

 

「さあソフィア。飲んでしまいなさい」

「…はい、ありがとうございます」

「昼からの授業は出れますか?」

「あー…私、次は4限目からなので、それまで寝ても良いですか?」

「ええ、勿論です」

 

 

ソフィアは温かいココアをちびちびと飲みながら優しいポンフリーに向かって「ありがとうございます」と答えた。

 

 

「しかし、あなたの父親はなかなかに過保護ですね?」

「…そうですね」

 

 

ソフィアはかなり狼狽え心配そうな声音だった父を思い出し、少し微笑んだ。

 

 

 

 

ソフィアはその日の夕食からは大広間に姿を見せたが、けしてセブルスと目は合わせなかった。どうせ人前でグリフィンドール生である自分には話しかけないだろう。

そうたかを括り少し気分が悪そうにいつもより大人しくしながらもそもそと夕食を食べていた。

 

 

「ソフィア、もう大丈夫?」

「ええ、もういいの。次先生がひどい事を言ったらあの黒い服を緑のドレスに変えてやるって決めたの!」

「そのいきだソフィア、やっちまえ!」

 

 

ソフィアはニヤリと笑い、ロンは是非もう一度セブルスの情けなく馬鹿らしい姿が見たいとそれを応援した。

ハーマイオニーはそれでもソフィアのは空元気では無いかと心配していたが、皆の前では言えないこともあるだろう、後でこっそり二人きりで話そうと口を閉ざした。

 

 

大広間の夕食が終わり、ソフィア達はグリフィンドール塔に戻ろうと満腹になった腹をさすり、楽しげに会話をしながら大広間の扉に向かった。

 

しかし、隣からすっと現れた人に気がつくとソフィア達は一気に黙り込み、ロンとハリーは嫌そうに顔を歪めてその人──セブルスを見上げた。

ソフィアだけはこんな人が多い所で自分に話しかけるとは思わず、少し驚き目を見開いて無言で見上げていた。

 

周りの生徒たちがひそひそと一体何のようだろうかと囁き合うが、セブルスがその生徒達をひと睨みすれば慌てて生徒たちは視線を逸らした。

 

 

「ミス・プリンス。罰則の件について話がある。来たまえ」

「先生、ソフィアは病み上がりなんです」

「そうです、そんなときに罰則だなんてあんまりです!」

 

 

ハーマイオニーとハリーはソフィアを庇うようにセブルスとソフィアの前に立ち塞がり、ロンはソフィアの腕を引き自分の背中の後ろに隠し、セブルスを強く睨んだ。

 

 

「今日罰則を行うわけでは無い。──来たまえ」

「…はい、わかりました」

「ソフィア!そんな…」

「大丈夫よ、話をするだけみたいだし…罰則のね」

 

 

ソフィアは不安そうな3人に微笑みかけ、静かに前に出てセブルスを見上げた。

セブルスは何も言わず大広間の扉を開けると足早に地下牢へ向かう。

 

 

魔法薬学の教室を通りこえ、研究室の扉を開けたセブルスは「入れ」とソフィアを促した。ソフィアは黙ったまま部屋に入ると、いつもなら直ぐに紅茶の一つでも要求するのだが、流石に何も言わず手を後ろで組み静かにセブルスの言葉を待った。

 

 

「…体調は、大丈夫なのか」

「──おかげさまで、先生」

 

 

ソフィアの棘のあるやや嫌味が込められた言葉にセブルスは少し怯んだ。こうして二人きりになればすぐに親子として話していた。少なくともセブルスはそのつもりでソフィアに話しかけていたが、ソフィアは生徒と教師という立場を崩す事はない。

 

 

「罰則についてでは無いのですか?…申し訳ありませんが、私は忙しいのです。…手短にお願いします」

 

 

ソフィアとて、こんな態度をとりたいわけでは無い。ただ、まだ許せていないし、セブルスが本気で出来損ないだと思っているのでは無いか、その思いがどうしても振り払う事が出来なかった。

 

 

「…罰則は、──もういい」

「…そうですか。…では、失礼します」

 

 

冷ややかな目でソフィアはセブルスを見つめる。そしてくるりと身を翻すと扉のノブに手をかけた。

 

 

「──ソフィア、…すまない」

 

 

後ろから投げかけられた、そのあまりに小さな呟きにソフィアはノブにかけていた手を止めた。

 

 

「私は…。……あれは、失言だった。あんな事思っていない」

 

 

ソフィアは背中でセブルスの懺悔を静かに聞いていたがくるりと振り返り再びセブルスを見つめる。

セブルスの姿は、他の生徒にはけして見せない弱々しさすら感じた。その高い背も──どこか小さく見えた。

 

 

「嘘よ。私の事、本当は出来損ないだと思ってるんでしょう」

「そんな事は、無い」

「…本当に?」

「ソフィアは、私の自慢の娘だ。…誇りに思う事はあれ、…出来損ないなど、けっして…」

 

 

ソフィアとセブルスの視線が混じり合う。

ソフィアはその目に嘘が含まれていない事に気付いた。何故、そう思うのか──親子、だかだろうか、それとも──。

 

ソフィアは沈黙した後ふっと視線を外し大きなため息をつき、少し──仕方がないというように笑った。

 

 

「…父様の性格はよく分かってるわ。熱くなったら衝動的に言ったり行動したりしすぎよ」

 

 

セブルスは少し目を見開き、そして悲しいような、それでいてどこか嬉しいような複雑な笑みを見せるとソフィアに近づいた。

ソフィアが離れないのを確認した後、そっとその体に手を伸ばす。──一瞬、触れてもいいのか躊躇したがソフィアの目にうっすら涙の膜が張っている事に気が付き、そうさせているのは自分だと分かると顔中に後悔を滲ませソフィアの手を引き抱きしめた。

 

 

「──すまない、ソフィア…」

「…もう、2度と言わないで。私、すっごく…傷付いたの。…でも…許してあげるわ…」

 

 

ソフィアは溢れる涙を誤魔化すようにセブルスの服に顔を埋め、くぐもった言葉でそう言った。

 

 

「…同じ事を…アリッサにも、言われた事がある。…私は、同じ過ちを──大人になってまで…」

「…母様にも?」

「…アリッサと…私の友人を、酷く──言葉で傷付けてしまった事があった。アリッサはソフィアと同じ事を言い、許してくれたが…友は許す事無く──そのままだ」

 

 

セブルスは自身の最も辛く苦い記憶の一つを思い出し、静かに目を閉じる。あの時にもう二度と、あんな侮辱はしないと決めたが。──言葉は違うにしろ──大切な者をまた傷付け、また、取り返しのつかない事になるところだった。

 

 

「…父様にも罰則が必要ね」

 

 

ソフィアはそっと身体を離すと悪戯っぽく微笑む。セブルスはソフィアの微笑みを見て、ようやく許されたのだと分かるとほっと表情を緩めた。どんな罰でも受け入れよう、セブルスはソフィアの涙が滲む目の端を指先でそっと拭い「なんなりと」と優しく答えた。

 

 

「そうね…私とハーマイオニーが手を挙げたらちゃんと当てる事。それと、正しく答えを言えたら必ず加点する事!」

「…、…」

「一度でいいわ。…お返事は?ミスター・スネイプ?」

「──わかった」

 

 

ソフィアはもう一度セブルスに抱きつき、その胸に顔を埋め目を閉じた。セブルスはソフィアの背中を撫でながらふとソフィアが病み上がりである事を思い出し心配そうにソフィアを見下ろす。

 

 

「ソフィア、本当に体調は大丈夫なのか?」

「…ええ、大丈夫よ。…父様が心配して医務室にきてくれたの、気付いてたわ」

「…体調を崩すほど、…私の言葉はソフィアを追い詰めてしまったのだな…」

「──もういいの。でも次同じ事を言ったら、父様の服を緑色のドレスに変えるわ」

 

 

忘れかけていたまね妖怪の一件を思い出したセブルスは嫌そうに眉を寄せたが、それ程のことをしたのは自分だと分かっていたため何も言わなかった。──それに、もう二度とソフィアに対して失言はするまい。そう強く心に誓った。

 

 

 

「それと、今年の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントは期待してるわ」

 

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑いながらセブルスを見上げ、セブルスは表情を緩めたまま軽く頷いた。

 

 

次の日の魔法薬学の授業、たった一度だけセブルスは手を挙げるハーマイオニーを指名し答えさせ、ぶっきらぼうにグリフィンドールに加点したが──きっと減点と言い間違えたのだとソフィア以外の皆が思った。

 

 

 

 

 



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130 三本の箒で聞いた新事実!

 

2回目のホグズミードへ行く日がやってきた。

ソフィアはルイスとセブルスへのクリスマスプレゼントを選びたかった為、ハリーに申し訳無さを感じつつも、ロンとハーマイオニーのように厚手のマントを羽織り、首には長く暖かいマフラーを巻いてホグズミード村を訪れていた。

 

 

「ハニーデュークスに行って新商品を見ましょう?ハリーにお土産も買わないと」

「そうしよう。また新商品の試食があるといいなぁ」

 

 

ロンは浮き足立ち楽しげに顔を綻ばせ、ハーマイオニーもニコニコと頷きそれに賛同したため、3人はまず最初にハニーデュークスへ向かった。

 

ハニーデュークスの店内はクリスマス一色に染まり、店内にはキラキラと輝く美しい装飾品で彩られ、クリスマスシーズン限定と銘打たれた商品の数々が並んでいた。

 

 

「今だけですって!もみの木型の飴だわ…中にプレゼントが入っているんですって!」

「素敵ね!これにする?」

「もうちょっと見て回ろうぜ」

 

 

入り口近くで決めてしまうなんて勿体無いとばかりにロンが店内の奥を指差す。それもそうか、とハーマイオニーとソフィアはすぐにロンの後を追い店の奥へと進んだ。

色とりどりの飴やチョコレートが並ぶ商品棚を通り過ぎ、1番奥まった場所には『異常な味』という看板が下げられたコーナーがあった。

ロンは嬉々としてその商品を見ていたが、ハーマイオニーとソフィアは商品説明の欄を見て顔を顰める。

 

 

「血の味…こんなの売れるのかしら?」

「だめ、絶対にハリーはこんなの欲しがらないわ。これってバンパイア用だと思う」

「じゃ、これは?」

 

 

ロンがニヤリと意地悪く笑い、ゴキブリ・ゴソゴソ豆板の瓶をハーマイオニーとソフィアに掲げて見せた。小さな茶色い豆がぞわぞわと蠢く様子にハーマイオニーは体をのけぞらせ、ソフィアはロンと同じように笑う。

 

 

「悪戯にはいいわね」

「絶対嫌だよ」

 

 

後ろからこっそり近付いていたハリーがそう言って姿を表すとロンは驚き危うく瓶を落とす所で、ソフィアは驚きに目を見開き一気に煩く打つ心臓を抑えた。

 

 

「驚かさないでよハリー!心臓が止まるかと思ったわ!」

「ごめんごめん!」

「ハリー!ど、どうやってここに!?」

「うわー!君って姿現しが使えるようになったんだ!」

「まさか、違うよ」

 

 

感心するロンの言葉を否定したハリーは声を落としてどうやってここまで来たか──ポケットから地図を出しながら、忍びの地図の一部始終を3人に伝えた。

 

 

「フレッドとジョージも、何でこれまで僕にくれなかったんだ!弟じゃないか!」

 

 

その素晴らしい地図を知るとロンは憤慨し悔しそうに顔を赤くする。ハーマイオニーはぎゅっと眉を寄せ、そうあって欲しいというように口を開いた。

 

 

「でも、ハリーはこのまま地図を持ってたりしないわ、マグゴナガル先生にお渡しするわよね?ハリー」

「僕、渡さない!」

「気は確かかよ、こんなに素晴らしいものを渡せるか?」

「僕がこれを渡したら、どこで手に入れたか言わないといけない!フレッドとジョージが盗んだってことがフィルチに知られてしまうじゃないか!」

 

 

ハーマイオニーはぐっと押し黙ったが、それでもなんとか意見を変えさせようと必死にハリーにその地図の深刻さを伝えた。

 

 

「それじゃ、シリウス・ブラックはどうするの?この地図にある抜け道のどれかを使って、ブラックが城に入り込んでくるかもしれないのよ!先生方はその事を知らなきゃいけないわ!」

「ブラックが抜け道から入り込むわけがない」

 

 

何としてでもこの地図を手放したく無いハリーはハーマイオニーを納得させようと思いつく限り、彼女が好きな理論的に話して聞かせた。

ハーマイオニーはロンが示した店内のドアに貼り付けてある掲示物を見ながら、必死に他の理由を考えたが二人を納得させる言葉が見つからず、焦ったそうに黙ったままのソフィアを振り返った。

 

 

「ソフィア!あなたも何とか言ってよ!」

「──え?…あ、ごめんなさい。考え事してて…」

 

 

じっと忍びの地図を見つめ深く考え込んでいたソフィアは3人の話を半分しか聞いていなかった。

ようやく地図から目を離すとぼんやりと記憶にある3人の話を脳内で整理し、心配から憤るハーマイオニー、何としてでもこの場に居たい、地図も渡したく無いハリーとロンを見た。

 

 

「…今日一回だけなら、いいんじゃないかしら」

「ソフィア!あなたまで!?」

「流石ソフィア!ハーマイオニーと違って話がわかるぜ!」

 

 

ロンはパチンと指を鳴らして歓声を上げたが、ハーマイオニーが強く睨んだため、不貞腐れるようにそっぽを向いた。

「分からず屋」と声もなくロンの口が動いたのをハリーだけが目撃した。

 

 

「流石にこの天気だし…それに吸魂鬼が居るのなら来ないでしょう。ただ、一回だけと約束してくれる?もし、ハリーが何度もここにきて…あなたは目立つから、それが他の人にバレて、万が一ブラックがそれを知って──。…フレッドとジョージは…ハリー、あなたが傷付けば凄く自分を責めると思うわ」

「うー…ん。…うん、分かったよ」

「よし!多数決で決まりだ!な?それでいいだろハーマイオニー、それに…クリスマスだぜ。ハリーも楽しまなきゃ」

「ハーマイオニー、僕のこと…言いつける?」

 

 

ハリーは悪戯っぽく聞いた。

こう言えば、きっとハーマイオニーは言い付けられない。何故なら──彼女もソフィアと同じでとても友達想いで優しいから。

にやりと笑ったハリーに、ハーマイオニーは心配でたまらないという顔で唇を噛んでいたが、重いため息を吐き、とうとう諦めた。

 

 

「まぁ、そんな事しないわ。──でも、ねぇ、ハリー…」

「ハリー、フィフィ・フリスビー見たかい?」

 

 

ロンはこれ以上この話を続けるつもりは無く、無理矢理ハリーの手を引き樽の方に向かって行く、ハリーは地図を無くしてはたまらないとすぐに丁寧に折り畳みまたポケットに入れた。

 

ソフィアはぽん、とハーマイオニーの肩を優しく叩き「今日だけは、多めに見ましょう。それが何よりのクリスマスプレゼントよ」と慰めた。

 

 

ハーマイオニーはもう一度ため息をつき、不安げな顔をしながら店内を見て回るハリーとロンの元へ向かったが、ソフィアはその場でハリーのポケットの中にある地図を見続けた。

 

 

「…どうしよう…ルイスに、相談しないと…」

 

 

ハリーの言葉が本当ならば、地図に人を表す名前が書かれる筈だ。

 

 

──ソフィア・プリンスではなく、ソフィア・スネイプという名前が。

 

 

フレッドとジョージは今まで何も言ってこなかった。気が付いていて黙っているのか、それとも抜け道を見たりフィルチや先生たちの動きを見る事だけに気が取られ、そもそもソフィアとルイスを探した事が無いのか。──後者だといい、そう願いながらソフィアは真剣な顔で考え込んでいたが、ハーマイオニーから名前を呼ばれ、慌てて彼女の元へ駆け寄った。

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンが菓子の代金を払い、四人はハニーデュークス店を後にし吹雪の中歩き始めた。

 

初めてホグズミードに来たハリーに3人は口々に店の名前を言い指で示したが、吹雪の中ではどの店も白く霞がかりぼんやりとした店先の光が微かに見えているだけで、ハリーにはどの店がゾンコなのかさっぱりわからなかった。

 

 

「こうしよう。三本の箒まで行って、バタービールを飲まないか?」

 

 

ロンの提案に3人とも大賛成だった、これ以上吹雪の中にいればまともな防寒着を着ていないハリーが凍死するのは時間の問題だろう。ソフィアは自分が巻いていたマフラーをとると顔を真っ白にさせるハリーの首に巻いた。

 

 

「あ、ありがとう。でも、ソフィア…寒くないかい?」

「マントがあるから、大丈夫よ」

 

 

ソフィアは鼻と頬を真っ赤にさせながら笑い、ハリーはソフィアの熱が残るマフラーをぎゅっと掴み「本当にありがとう」と心から感謝した。

 

4人は身を寄せ合い歯をガチガチ震わせながら三本の箒に入っていった。

 

 

中は寒さを逃れるためにここを訪れた人で溢れていた。

凍えていた体がすぐにじんわりと温かくなる熱気で満たされる。酒が入った人々の楽しげな会話が至る所で繰り広げられ、かなりの騒音となっている場をハリーは目を輝かせて見渡した。

ソフィアは流石にここにはブラックは来ないだろう、と考えぴったりと体に巻き付けていたマントを少し緩めながらようやく一息をついた。

 

 

「マダム・ロスメルタだよ、僕が飲み物を買ってこよう」

 

 

ロンが寒さで赤くなっていた頬を更に赤く染め、美しく確かな曲線美を描く女店主に駆け寄った。ソフィアはちらりと自分の体を見下ろし、そしてハーマイオニーの胸元をじっと見た。

 

 

「どうしたの?」

「…何 にも(・・)無いわ」

 

 

──もう14歳になったと言うのに、女性らしい曲線がない事にソフィアは少し凹んだ。

ハーマイオニーは不思議そうに首を傾げていたが奥に空いているテーブルを見つけるとすぐに座りに行った。ハリーとソフィアもその後に続き、悴んでいた指を摩りながら席につき、ロンがバタービールを持ってくるのを今か今かと待っていた。体の表面は確かに温まったが、まだ芯はすっかり冷え切っていたのだ。

 

 

「おまたせ!」

 

 

数分後ロンが大ジョッキ4本を抱えてやってきた。「メリークリスマス!」ロンはそれぞれに配った後、嬉しそうにジョッキを挙げた。

 

 

ソフィアはバタービールをぐいっと飲む。

温かく甘い味は喉を通り体の隅々まで行き渡り、体の中心がぽかぽかと温まっていくのを感じた。ハリーを見ればこんなに美味しいものは飲んだことが無い、というように幸せそうに目を細めていた。

やっぱり、ここに来れて良かったのかもしれない。ハリーにとって友人とホグズミードで過ごすひと時が、何よりのクリスマスプレゼントになるに違いない。そう思っていた。

 

 

急に冷たい風が吹き、ソフィア達はおもわず肩を震わせ風の吹き込む入り口を見た。その途端飲んでいたバタービールを思い切りハリーが吹き出しむせ込む。現れたのはマクゴガナルとフリットウィック、ハグリッドにコーネリウス・ファッジ魔法大臣だった。

 

錚々たるメンバーにソフィアとハーマイオニー、ロンはとっさにハリーの頭を手で押さえぐいっと机の下に隠した。学校関係者──それも、教師は間違いなくハリーに気がつくだろう。ハリーはここに来る事を許可されていない、バレてしまったらただでは済まされないだろう。

 

何とか隠す事はできないかとハーマイオニーは素早く辺りを見渡し側にあるクリスマスツリーに目を止めるとそっとポケットから杖を出し「モビリアーブス!」と小声で唱える。

ソフィアもすぐに杖を出すと「ジェミニオ」と小さく唱え、ハーマイオニーによってテーブルの真前に置かれたクリスマスツリーを複製した。これなら余程のことがない限り、向こうからこちらは見えないだろう。

ソフィア達は顔を見合わせ、なるべく頭を下げて無言でバタービールを飲んだ。

 

 

 

マクゴガナル達の元にロスメルタが注文された酒を運び、ファッジが一緒に一杯飲もうと誘う。大臣からの誘いにロスメルタは嬉しげに頷くとすぐに自分の飲み物を取りに行き、そしてまたすぐに戻ってきた。

 

 

「それで、大臣。どうしてこんな片田舎にお出ましになりましたの?」

「…シリウス・ブラックの件でね。ハロウィンの日に学校で何があったのかは…薄々聞いているんだろう?」

 

 

ファッジは周りに会話が聞こえていない事を確認し、低い声で答える。「確かに、耳にしてますわ」とロスメルタが認めればマクゴガナルは少し怒ったような顔でハグリッドを見上げた。

 

 

「ハグリッド、あなたはパブ中に触れ回ったのですか?」

「大臣、ブラックがまだこの辺りに居るとお考えですの?」

「間違いない」

 

 

囁くようなロスメルタの言葉に、ファッジはキッパリと言い切った。

ロスメルタはこの店にも吸魂鬼が二度もブラックを探しにきた事を批判し、やや刺々しくファッジに文句をいう。確かに、ここに吸魂鬼が来ては商売もできたものじゃ無いだろうとソフィアは思う。

ハリーはもしかしてまた吸魂鬼が来たらどうしよう、と更に身を縮こまらせて閉ざされている扉をちらちらと何度も見た。

 

 

「──でもねえ、私にはまだ信じられないですわ。どんな人が闇に加担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと、私は思っていました。…あの人がホグワーツの学生だった時の事を覚えていますわ。もし、あのころに誰かがブラックがこんなふうになるなんて言ってたら、私きっと、──あなた、蜂蜜酒の飲み過ぎよ──って言ったと思いますわ」

「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ。ブラックの最悪の仕業はあまり知られていない」

 

 

ファッジがぶっきらぼうに伝え、酒を少し飲む。

ソフィア達は思わず会話に出てきたシリウス・ブラックの名前に顔を見合わせた。──嫌な予感がする。

 

 

「最悪の?あんなに沢山の人を殺した、それよりも悪いことがあるっておっしゃるんですか?」

「その通り」

「…ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言っていましたね、ロスメルタ。──あの人の1番の親友が誰だか、覚えていますか?」

 

 

マクゴガナルはギリーウォーターが入っているグラスをじっと見ながら呟くように聞いた。その途端ロスメルタはくすくすと笑いをこぼし、懐かしそうに目を細めた。

 

 

「いつでも一緒、影と形のようだったでしょ?ここにはしょっちゅう来てましたわ──ああ、あの二人にはよく笑わされました!シリウス・ブラックと、ジェームズ・ポッター!」

 

 

ハリーが手に持っていた大ジョッキを落とした。ロンが思わず机の下にいるハリーを蹴ったが、ハリーは声一つ出さずじっとマクゴガナル達の会話に聞き入った。

ソフィアはちらりとロンとハーマイオニーの顔を盗み見る。2人とも顔は蒼白で、バタービールを飲んだとは思えないほど微かに震えていた。

 

 

「その通りです。ブラックとポッターは悪戯の首謀者。もちろん、二人とも非常に賢い子でした。──しかし、あんなに手を焼かされた二人組は居なかったでしょう」

「そりゃわかんねぇですぞ。フレッドとジョージにかかっちゃ、互角の勝負かもしれねぇ」

 

 

ハグリッドは愉快そうにくつくつと笑い大ジョッキをぐびっと傾けて飲んだ。フリットウィックも懐かしむように「みんな、ブラックとポッターは兄弟じゃないかと思っただろうね!」と言う。

 

 

「ええ、ええ!懐かしいですわ。それに…ほら、今でもふらりと来てくれるのですがジャックとも不思議と仲がよかったですね。スリザリンとグリフィンドールでしたが」

「ジャックは彼らのいきすぎた悪戯のブレーキ係でもありましたな!…ま、効果の程はイマイチでしたが。一緒になって楽しんでいるようでしたし」

 

 

フリットウィックは懐かしさに脚を揺らめかせ遠いところを見ながらしみじみと呟く。──彼ら3人は友人であり、好敵手でもあった。

 

 

 

ソフィアは出てきたジャックの名前に少し、狼狽した。ジャックはセブルスの──父の友人だ。そのジャックがブラックと、ハリーの父と友人なら…彼らはみんな同級生という事になる。この前の夏休みに、ハリーの父とジャックが友人だとは聞いたが、まさかブラックまで同級生だとは思わなかった。そして自分の予想が正しいのならもう1人──。

 

 

「ポッターは誰よりもブラックを信用した。卒業してもそれは変わらなかった。ブラックはジェームズがリリーと結婚した時、新郎の付き添い役を務めた。2人はブラックをハリーの名付け親にし…後見人にした。──ハリーはもちろん、全く知らないがね、こんな事を知ったらハリーがどんなに辛い思いをするか…」

「ブラックの正体が、例のあの人の一味だからですの?」

 

 

ロスメルタが早く聞かせてほしいというように目を期待と、そして一抹の不安で輝かせながら促すようにそっと聞く。酒が入っているファッジはいつもより口が軽いようで、また一口酒を飲み喉を潤した後で更に声を顰めて答えた。

 

 

「ポッター夫妻は、自分達が例のあの人に付け狙われていると知っていた。ダンブルドアは例のあの人と戦っていたから、数多の役立つスパイを放っていた。その内の1人から情報を聞き出したダンブルドアは、ジェームズとリリーにすぐ危機を知らせ身を隠すように進めた。だが──もちろん、例のあの人から身を隠すのは容易では無い。ダンブルドアは忠誠の術が1番助かる方法があると2人に言ったのだ」

「どんな術ですの?」

 

 

魔女であっても聞いたことがない術の名前に、ロスメルタは夢中になって先を促した。フリットウィックがごほんと咳払いをし、忠誠の術──秘密の守人を立て、情報を自身に隠す物だと説明した。

それを聞いていたハーマイオニーとソフィアはさっと顔色を変える。優秀で聡い2人は、ブラックがハリーの両親に何をしたのかそれだけで理解してしまった。

 

 

「それじゃ、ブラックがポッター夫妻の秘密の守人に?」

「当然です。ジェームズ・ポッターは、ブラックだったら2人の居場所を教えるくらいなら死を選ぶだろう、それにブラックも身を隠すつもりだとダンブルドアにお伝えしたのです。…それでも、ダンブルドアはまだ心配していらっしゃった。ダンブルドアとあの子が…ポッター夫妻の秘密の守り人になろうと、申し出られた事を覚えていますよ」

「ダンブルドアはブラックを疑っていらした?」

「ダンブルドアには、誰かポッター夫妻に近い者が、2人の動きを例のあの人に通報しているという確信がおありでした。ダンブルドアはその少し前から、味方の誰かが裏切って例のあの人に相当の情報を流していると疑っていらっしゃいました」

 

 

マクゴガナルは重々しく伝えると一度言葉を切りため息をついた。

 

 

「それに──ブラックの裏切りで亡くなったのはポッター夫妻だけでなく…」

「まさか…あの日、巻き添えになった人がいたんですの?」

 

 

マクゴガナルはハッと口を抑えると首を振った。とても言葉にはできない、言うつもりはなかった、というような悲痛な表情で押し黙る。

ロスメルタはファッジを見たが、ファッジは固く口を閉ざしそれについては何も言わなかった。

 

 

「それで…それでも、ジェームズはブラックを使うと主張したんですの?」

「そうだ。そして、忠誠の術を掛けてから1週間も経たないうちに──裏切ったのだ」 

 

 

ファッジが重苦しい言葉で伝えた。

もはや、ソフィア達は瞬きすらも出来なかった。ハリーが今何を考えているのかわからない、ただ、ソフィア達はこの話をきっとハリーは聞いてはならなかったのだと強く思った。──ハリーは、やはり、今日ここに来るべきでは無かった。

 

ハグリッドは当時の記憶を思い出し、怒りに顔を歪めると汚い言葉で強くブラックを罵倒した。

あまりの大声に店内の客が半分ほど静まり返り、マクゴガナルが慌ててハグリッドを諫めたが、ハグリッドは後悔と憤怒で顔を歪めたまま憎々しげに呟いた。

 

 

「ヤツに最後にあったのは俺にちげぇねえ!その後で奴はあんなにみんなを殺した!ジェームズとリリー達が殺されちまった時、あの家からハリーを助け出したのは俺だ!崩れた家からすぐにハリーを連れ出した。──ああ、生きているのは、ハリーただ1人だったんだ!みんな死んじまってた!…可哀想な、ちっちゃなハリー。額に大きな傷をうけて、両親は死んじまって…それに、い──」

「ハグリッド!!声が大きすぎます!」

 

 

マクゴガナルは周りからの視線に叫ぶとハグリッドの手を強く叩いた。ハグリッドはぐっと一度口を閉ざし何度か深呼吸をすると声を低めてボソボソとブラックが現れた時の事を話したが、──話しているうちにまた感情は高ぶり再度マクゴガナルに強く叱った。

 

 

「でも…逃げ仰せなかったわよね?魔法省が次の日に追い詰めたわ!」

「ああ、魔法省だったら良かったのだが!奴を見つけたのは我々ではなく、ピーター・ペティグリューだった。──ポッター夫妻の友人の1人だが、悲しみで頭がおかしくなったのだろう。多分な。ブラックがポッターの秘密の守人だと知っていたペティグリューは、自らブラックを追った」

 

 

ロスメルタはペティグリューを思い出し、そういえば確かにいつもブラックとジェームズにくっついていた肥った男の子がいた事を思い出した。

いつも2人に追いつきたいというように必死だったが、決して仲間にはなれない才能のないペティグリューを思いマクゴガナルは過去に厳しく当たってしまった自分を責め、鼻を啜った。

 

 

 

その後マクゴガナル達はペティグリューの死骸がどれだけ木っ端微塵だったかを話した。そして、アズカバンで過ごしていたブラックがあまりにも平常に見えた事をファッジは恐ろしい物を見たと言うように声を顰めて語る。

ファッジはブラックが逃げ出したことで、万が一例のあの人──ヴォルデモートの元へ行くことがあれば、きっとヴォルデモートは復活するに違いない。それを何よりも危惧していた。

しん、とマクゴガナル達の間で沈黙が落ちる。マクゴガナルはあまり減らなかった飲み物のグラスを静かに机の上に置き顔色の悪いファッジを見た。

 

 

「さあ、コーネリウス。校長と食事なさるおつもりなら、城に戻った方がいいでしょう」

 

 

その言葉に1人、また1人と立ち上がり三本の箒から出て行った。

扉が開き舞い込んだ冷たい風が、ソフィア達の心情を表すかのように店内に吹き込む。

 

 

「…ハリー…」

 

 

ソフィア達は机の下を覗き込んだ。

ハリーは蒼白な顔で俯き、自分の手を見つめていたが、3人が見ている事に気づくと、表情を硬らせたまま顔をゆっくりと上げた。

その目に映る絶望と、困惑、そして激しい怒りにソフィアは何もかける言葉が見つからなかった。

 

 

 



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131 悩みの尽きないクリスマス休暇!

ソフィア達はハリーに何と言っていいのかわからなかった。せめて少しでもその深く傷ついた心に寄り添いたかったが夕食の最中には側にパーシーがいたため、とても、三本の箒で聞いた会話のことを話し出せなかった。

パーシーは暗い表情をするハリーを見て、きっとホグズミードに行けなかったから落ち込んでいるのだと思い買ってきた少しのキャンディーをハリーに渡し慰めたが、勿論そんな事でハリーの気持ちが明るくなる事はなかった。

 

グリフィンドールの談話室に戻ってもそこは人で溢れており、話せない。

ハリーは「おやすみ」も言わず無言で男子寮の階段を登っていった。

 

 

「ハリー…ああ、心配だわ…」

「…あんな落ち込んでるの、ニンバス2000が粉々になった時よりも酷いな」

「…今日は、ハリーは混乱してると思うわ。…整理する時間が必要よ。──そっとしておきましょう」

 

 

ロンとハーマイオニーは心配そうにハリーが消えた階段を見ていたが、ソフィアの言葉に頷くと静かに空いているソファに座った。

だが、周りの賑やかで楽しげな雰囲気になんとなくここに居る気になれず、ソフィアたちは同時に立ち上がると視線をチラリと交わし「おやすみ」と呟きそれぞれの部屋へ戻った。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは自室へ入るなり重いため息を零し、部屋の中央にある椅子に座り、勉強机に頬杖をついた。

 

 

「…信じ難い事実だわ…ハリーは、深く傷ついてるわよね…」

「ええ、そうだと思うわ。…とんでもないクリスマスプレゼントになったわね」

 

 

ハーマイオニーは小さく頷き、鞄を手に取ると中から宿題を取り出した。それを机の上に広げ──気は進まなかったが、やるしかない──ゆっくりと教科書に目を通した。

ソフィアは宿題をする気になれなかったが、毎日宿題をしていても全科目受講しているため一向に終わりは見えない。毎日毎日新しい宿題が出されてしまうのだ。──やるしかない。

ソフィアも同じように机にマグル学の教科書を開いた。

 

 

「…ねえ、宿題を写すのって…」

「絶対に、駄目」

「…言ってみただけよ」

 

 

ハーマイオニーのキッパリとした拒否にソフィアは小さく肩をすくめた。

 

 

 

深夜遅くまで宿題をしていたソフィアは眠そうに目を擦りながら目を覚ました。

もうラベンダーとパーバティは朝食をとりに大広間に行ってしまったようだ、彼女達は今日から始まるクリスマス休暇に家に帰ると言っていたから、きっと早めに朝食を取りに行ったのだろう。

 

ソフィアは欠伸を噛み殺し着替えながらぼんやりと昨日三本の箒で聞いた話を脳内で整理していた。

 

 

──まさか、ハリーのご両親とブラックが友人で、その人が裏切ったなんて…。

 

 

ハリーはそれを知ってどれだけ心を痛めただろうか。自分の両親が、最も信頼していた人に裏切られたのだ。そして、その人──ブラックは今ホグワーツの近くに居て、自分の命を狙っている。ハリーは何を考えるのだろうか。…いや、分かりきった事だ、考えなくとも容易に思いつく。ハリーは大人しい少年ではない、勿論普段は率先して賑やかなことをする子どもではないが、とても勇敢で何よりも真っ直ぐだ。──間違いなく、両親の死の原因となったブラックを自らの手で殺す。そう、考えてもおかしくない。

 

 

「…少なくとも…今はそう思うわ…」

 

 

まだ心の整理が出来ぬままで、もしブラックと対面する事があれば、彼は果敢にも──無謀にも、ブラックと戦うだろう。だが──恨みや憎しみはあれ、ハリーが誰よりも優しいとも、ソフィアはわかっている。自分の手で殺すのではなく、吸魂鬼に捕まえられ、司法に則り制裁を与えられるべき。そう、必ず気付く──ハリーなら、わかるはずだ。

だが、その結論に思い当たるには時間がかなりかかるだろう。

 

 

 

──だって、私だったら…許せないわ。

 

 

 

ソフィアは服を着替え終わりベッドのカーテンを開けると、そっとハーマイオニーのベッドに近づいた。まだ微かな寝息が聞こえている。

 

チラリと時計を見ればいつもの彼女の起床時間を大幅にすぎているのがわかる、今日からクリスマス休暇だ、それほど早く起こす必要は無いが朝食を食べに行くかどうかだけでも聞いた方がいいだろう。

 

 

「ハーマイオニー?朝よ。8時をすぎているわ。…朝ごはん、どうする?」

「──ぅ…私──4時……いら、ない…」

「オーケー、わかったわ。おやすみなさい」

 

 

ソフィアはあの後日付が変わる前に宿題をなんとか終わらせたが、ハーマイオニーは4時ごろまでかかってしまったらしい。まだ寝ていたいのだと理解したソフィアは独りで無人の談話室を横切り大広間へと向かった。

 

 

大広間はがらんとしていた、まだ何人かの生徒がいたが、慌てて朝食を掻き込んでいる様子から汽車の出発時間が近いのかもしれない。

 

 

「ソフィア!あなたはまた残るのよね?」

「ええ、そうよ。2人は帰るのよね?楽しいクリスマスを過ごしてね」

「ええ、あなたも!」

 

 

大広間の扉すぐの場所で既に食事を終えたパーバティとラベンダーに出会い、軽く挨拶を交わし手を振った。

秘密の部屋が開けられた去年よりも、今年ここに残る生徒は少ないだろう。シリウス・ブラックが周りをうろついているのだ、そんな危険な場所に残しておきたい親などいない。

 

 

 

「ルイス、おはよう」

「おはようソフィア」

 

 

1人で朝食を取っていたルイスの隣に座り、ソフィアが「ドラコは?」と聞けば「帰る準備をしにいったよ」とルイスが答えた。

 

今年は流石にドラコも家へ帰るようだった。ソフィアは知らなかったが、クリスマス休暇にホグワーツに残るスリザリン生はルイスただ1人だった。…いや、後で知る事になるのだが、そもそもホグワーツに残る生徒はソフィア達とあと1人だけだった。

 

 

ソフィアはドラコが居ないのなら、あの馬鹿らしい気絶するふりを少なくとも1週間は見なくて済むと少し清々としながらスコーンを手に取った。

 

 

「──あっ!」

 

 

そしてふと思い出して声を上げ、キョトンとした顔で首を傾げるルイスの目を真剣な目で見つめると声を顰めた。

 

 

「そうだったわ。…ルイス、あのね…後でちょっと相談したい事があるの」

「うん?…あの人のこと?もう仲直りしたんじゃないの?」

「違うの。──もっと重大な事よ」

 

 

ソフィアの低い真剣な声にただならぬ事があったのだとわかると、ルイスは小さく頷きあたりを見渡した。人が少ないとはいえ、ここでは誰が聞き耳を立てているかわからない。

2人はすぐに朝食を済まし──ソフィアは寝ているハーマイオニーの為にサンドイッチを数個フキンで包み鞄の中に入れた──花束を持つ少女の部屋へ向かった。

 

 

 

「…あ、花持ってないよ。…ソフィアは?」

「大丈夫よ」

 

 

肖像画の前に来てルイスが困ったように眉を下げたが、ソフィアは鞄から羽ペンを、ポケットから杖を取り出すと軽く振った。

途端に羽ペンは愛らしい百合の花へと変化し、その鮮やかな変身術にルイスは目を瞬かせ「流石」と感心しながら言った。

 

 

部屋に入ったソフィアとルイスは暖炉近くの肘掛け椅子に座る。ソフィアは昨日あった事を全て話す事は無かった。ハリーの両親とブラックの関係を、もしルイスに伝えるとしたらそれはハリーの役目だ。──他人が勝手に吹聴していい事では無い。

 

 

「ハリーは、ジョージとフレッドに忍びの地図、っていう物をもらったの。それはホグワーツの全てが書かれている地図みたいで…ただの地図じゃないのは、今ホグワーツにいる人の場所も示されるの。黒い点と名前が書かれているんですって。ハリーがいる場所に、地図上でもハリー・ポッターって書いてあったそうなの」

「え?…それって、つまり──」

 

 

ルイスはソフィアから告げられた内容に、さっと表情を険しくさせた。この問題がどれほど深刻なのか、ルイスにも伝わったのだろう。ソフィアは同じような顔で頷く。

 

 

「ええ、きっと──私たちの本当の名前が、そこには記載されているはずよ」

「それは…うーー…ん…」

 

 

ルイスは椅子の背に深くもたれかかると、腕を組み眉を顰め唸り続けた。本当のファミリーネームがありふれた物なら良かった、だが──このホグワーツでスネイプと聞いて思いつくのは1人だけだ。間違いなくハリーはそれに気が付けば、セブルス・スネイプとの関係を疑うだろう。

 

 

「──でも、フレッドとジョージは気が付いて無かったんでしょ?」

「多分、ね。…2人は悪戯をする時に使っていて…大多数の生徒の名前なんて気にしてなかったのかも」

「ハリーも、そうだといいけど…」

「このホグワーツには何百人も居るでしょ?たくさんの人たちがいる時は…名前が重なっているのかも…でも、クリスマス休暇中は──」

 

 

このホグワーツに居るのは少しの生徒と教師だけだ。

ルイスはその事に気がつくと、ついに手で顔を覆うと天を仰いだ。

 

 

「うーー…やばいね。…実は、スリザリンで残るのは僕1人なんだ」

「え?1人なの?」

「うん、…ハリーがクリスマス休暇中にその地図を使って…スリザリン寮を見ない事を祈るしかないね…」

 

 

手を顔から離したルイスは力なく笑う。

ソフィアは真剣な目で膝の上で組んだ自分の指を見つめた。もし、バレたら。最悪の形でバレるくらいなら、──いっそのこと、言ってしまった方が良いのだろうか。

 

 

「ソフィア、駄目だよ」

 

 

ソフィアの表情に良くない決意が現れていたのを読み取ったルイスが鋭くその考えを否定した。

途端にソフィアは不安げに眉を下げ「でも…」と口籠る。

 

 

「気持ちはわかる。けど、駄目だ。ダンブルドア先生と約束したでしょ?」

「……ええ、そう、…そうよね」

「もし、ハリーが僕らの本当の名前に気が付いたら…僕らはほら、孤児院で育って、父親を知らない事になってるでしょ?生き別れの父親が居たなんて知らなかった!──って言うとか」

 

 

ルイスは自分で言っておきながら突拍子もない提案だとわかっているようで苦笑していた。ソフィアはため息をつき力なく微笑み首を振る。

 

 

「…本当に…今年も悩みは尽きないわ」

「…だね。…この事、父様に言う?」

 

 

部屋に少しの沈黙が落ちた。

ソフィアは小さく首を振り、ルイスもきっとそうだろうとわかっていた為ため息をつくだけだった。

 

 

「今年も父様との約束は守られないね」

「うっ…い、異変は伝えるわ!けど、その…ほら、これは異変ではないわ」

 

 

ソフィアは必死に言い訳をした後気まずそうに視線を逸らした。忍びの地図の事をセブルスに言えば、どうにかしてその地図をハリーから没収してくれるだろう。

だが、そうなるとハリーだけではなく、フレッドとジョージも処罰される。何より、何故セブルスが忍びの地図の事を知っているのか、誰からの密告かと言う事になり──疑われてしまうかもしれない。いや、疑われるだけならまだ良い、自分のせいでハリーが疑心暗鬼になり彼らの友情にヒビが入ってしまうかもしれない。

 

 

「──あ、そうだ。父様から伝言で、クリスマス休暇中は守護霊魔法の練習は無いって事と、今年のクリスマスは…ブラックの件で、一緒に過ごせないってさ」

 

 

ソフィアとルイスは何度か守護霊魔法の練習をしているが、まだ完璧な守護霊を出すには至っていなかった。

2人とも惜しいところまでは来ている。銀の朧げな盾のような物が発現しているが──その先に進むのは一人前の大人の魔法使いであっても難しいのだ。

 

 

「クリスマスは…仕方ないわ。それこそ…家族で揃ってるところをハリーに見られたら、──おしまいよ」

「たしかに…でも、これからずっと…クリスマスに家族で過ごせないなんて、嫌だよ…」

「…そうよね……」

「「はぁ…」」

 

 

今年一緒に過ごせないのは、2人とも仕方がないと思っていた。きっとクリスマス休暇中に残るハリーの為に、警備の質を上げなければならないのだろう。

今の人の目が少なくなったホグワーツは、ブラックがハリーを狙う恰好のタイミングだ。勿論、ダンブルドアはそんな事はさせまいと最大限目を光らせているだろうが。

 

今年は我慢できる、悲しいが──仕方のない事だ。それよりもこの先ずっとハリーが地図を持つ限り不安から怯えないといけないのかと思うと気が重かった。

 

 

「その地図って誰が作ったんだろう」

「さあ?…そこまで聞いてないわ」

「製作者と会えたらなぁ…ちょっと細工してもらえるかもしれないのに」

「うーん…それとなく、ハリーに何か知ってるか聞いてみるわ。──あ、ねぇ、それよりルイスがクリスマス休暇だけでもグリフィンドール寮に来れないかダンブルドア先生に聞いてみたらどう?1人だって知ればダンブルドア先生は特別に許してくださるかもしれないわ!」

「え?…そうだね、聞いてみるよ」

 

 

独りで過ごす事も別にルイスは寂しくは無かったがソフィア達と過ごせるのなら、特別楽しいだろうと頬を緩め頷いた。

 

 

その後ソフィアはグリフィンドール寮の談話室に戻り、ルイスはダンブルドアに会いに行く為に校長室へ向かった。

 

 

 



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132 気持ちは分かるよ。

 

ソフィアとハーマイオニーがグリフィンドール寮の肘掛け椅子に座り黙々と宿題をこなし、ロンとルイスは魔法チェスを行っていた。

 

 

ソフィアと別れた後ルイスはダンブルドアの下を訪れ、特別にクリスマス休暇のみグリフィンドール寮へ入る事が許された。少し早いクリスマスプレゼントだと茶目っ気たっぷりの優しい微笑みでそれを言われ、ルイスはこの人のこの優しい所が本当に好きだな、としみじみと思いながらグリフィンドール寮を訪れた。

 

入った途端ロンとハーマイオニーは驚いたがダンブルドアからの許可がある事を言えば歓声を上げて喜んだ。

 

 

 

昼前になり、まだハリーが降りてこない事に少しソフィア達は心配しながらもそっとしておこうと決め、談話室で各々過ごす。

暫くするとゆっくりとした階段を降りる足音が響き、顔色の悪いハリーが談話室に現れた。

 

 

「…あれ?ルイス、どうしてここに?」

「ハリー、おはよう。クリスマス休暇中スリザリン生は僕1人なんだ、特別にダンブルドア先生から許可をもらってね」

 

 

ルイスはチェス盤を見ていた顔を上げハリーを見るとにっこりと微笑む。ハリーは弱く微笑み返しソフィアの隣に座ると無意識のうちにため息をついた。

 

 

「ハリー、君──酷い顔だ」

「みんなはどうしちゃったの?」

「いなくなっちゃった!今日が休暇1日目だよ、覚えてるかい?」

「ああ…そっか」

 

 

ハリーはぼんやりとした思考でそういえばクリスマス休暇が始まったのだと思い出した。昨日は衝撃的な事があり、すっかりそれを忘れていた。

ルイスはまじまじとハリーの表情と、心配そうにハリーを見るソフィア達を見て首を傾げた。

 

 

「何かあったの?」

 

 

その言葉にソフィアとロンとハーマイオニーは顔を見合わせ黙り込んだ。自分達が軽々しく口にできる事では無い。彼らはそう思いハリーを見た。ハリーはルイスを見る事なく、机の上にあるソフィアとハーマイオニーの宿題の山をぼんやりと見つめながらぽつぽつと、昨日何があったか──何を知ったかを話した。

ルイスは驚愕に目を見開いて話を聞いていたが、すぐに心配そうに眉を下げると立ち上がりハリーの隣に座った。

 

 

「ハリー…」

 

 

ルイスはソフィア達と同様、何と声をかけて良いか分からず、ただ隣に座りハリーの項垂れ酷く消耗し疲れ切ったその肩をそっと撫でた。ルイスからの無言の優しさをハリーは感じていたが、何も言わず──言えず、ただその手の暖かさを感じていた。

 

 

「ハリー、ねえ、聞いて。昨日私たちが聞いてしまった事で、あなたはとっても大変な思いをしてるでしょう。でも、大切なのは、あなたが軽はずみな事をしちゃいけないって事よ」

「どんな?」

「例えば、ブラックを追いかけるとか」

 

 

ロンがはっきりと言った。

ハリーはロンとハーマイオニーがこの言葉を言うように示し合わしているのだとはっきりと確信した。何故なら──この2人の意見がすぐに揃う事なんて今までになかったのだ。

 

 

「そんな事なんて、しないわよね、ハリー?」

「だって、ブラックの為に死ぬ価値なんて無いぜ」

 

 

ハリーはロンとハーマイオニーを暗い目で見つめた。2人はハリーの目を見て僅かに肩を震わせ口を閉じる。──今まで、ハリーのこんな目を2人は見た事が無かった。

 

 

「…吸魂鬼が僕に近づく為に、僕が何を見たり、何を聞いたりするか知ってるかい?」

 

 

ハリーは力なく呟き、ハーマイオニーとロンは不安そうに首を振る。ソフィアは咄嗟にハリーの力なく白い手をぎゅっと握った。

 

 

「母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いする声が聞こえるんだ。もし、君たちが自分の母親が殺される直前にあんなふうに叫ぶ声を聞いたなら、そんな簡単に忘れられるものか。自分の友達だと信じていた誰かに裏切られた、そいつがヴォルデモートを差し向けたと知ったら──」

「ハリー…」

 

 

ハリーの言葉は感情の籠らない平坦なものだった。奇妙なほど、静かで──だからこそ、恐ろしい。ソフィアは目を揺らし強く手を握る、いつもなら握り返してくれるハリーの手は力の籠らないままだった。

──そうか、ハリーにとっては12年前の出来事ではない、吸魂鬼によって、今、その両親の死と向き合っているのだ。間違いなく、冷静にはなれないだろう。

 

 

「あなたにはどうにもできないことよ!吸魂鬼がブラックを捕まえるし、アズカバンに連れ戻すわ!そして──それが、当然の報いよ!」

「ファッジが言ってただろう。ブラックは普通の魔法使いと違ってアズカバンでも平気だって。他の人には刑罰になっても、あいつには効かないんだ」

「じゃ、何が言いたいんだい?──まさか、ブラックを殺したいとか、そんな?」

「馬鹿な事言わないで!ハリーが誰かを殺したいだなんて、そんな事思うわけないじゃない、そうよね、ハリー?」

 

 

ハーマイオニーが慌てて叫び、不安げにハリーの顔を覗き見た。しかしハリーはハーマイオニーに視線を向ける事なく、ルイスを見た。

ルイスはハリーの暗く濁る目に驚愕し目を見開いたが──すぐに、優しく微笑んだ。

 

 

「…どうしたの、ハリー?」

「もし…もし、ルイスが…僕の立場だったら、どうする?ソフィアが殺されて、その原因がのうのうと生きている、吸魂鬼も効かない──ルイス、君なら…」

 

 

ハリーの目には暗い憎悪が確かにあった、だが、ルイスはその目が彼の中にある性善説との間で揺れている事に気付くと、一度ソフィアを見た。

ソフィアは表情を蒼白にさせて、小さく首を振る。──だめよ。そう、ソフィアの口が音もなく動いた。

 

 

「僕なら──そうだね。僕が殺したいって思うよ」

「ルイス!なんて事を言うの!?」

 

 

はっきりとした静かな言葉に、ソフィアは悲鳴にも似た叫びをあげ思わず立ち上がった。ハーマイオニーとロンも顔を蒼白にし言葉を無くし、ハリーだけがすがるような目でルイスを見つめた。

 

 

「大切な人を殺した犯人を、罰せられるのが自分だけなら…僕はこの手で殺したいって思うよ。きっと、それは誰でもそうだ。ハリーの考えは平常だよ、…少しも異常じゃない」

「いいえ、あなたは間違ってるわ、ルイス!」

 

 

ハーマイオニーは必死に叫ぶ。

ルイスは少しハーマイオニーを困ったような顔で見たが、ソフィアに視線を移すと真面目な顔で呟いた。

 

 

「僕は、──両親が殺されたハリーの気持ちが少し、わかるよ」

「そんな…ど、どうして?」

 

 

怖々とハーマイオニーが聞く。ソフィアとロンは困惑し、おろおろとルイスとハーマイオニーを見るだけで何も言う事が出来なかった。

 

 

「ソフィア。──僕は、母様は殺されたんだと思っているんだ」

 

 

ルイスの静かな呟きに、ソフィアは息を飲み口を手で押さえる。ハーマイオニーとロン、ハリーは一瞬何のことか分からず不安げに2人を見た。確かに2人の母親は亡くなっている。それを深く聞いた事はなかったが、まさか、殺されていたなんて思いもしなかった。

 

 

「な、なぜ…何故そんな事を…思うの…」

 

 

ハリーはソフィアの言葉の響きに、彼女も薄らとそれを思っていた事に気付いた。ソフィアは顔を蒼白にしているが、思っても見なかった事を言われ狼狽ているわけではない、ただ──それを言葉にして認めたくないだけだ。

 

 

「ソフィアも、薄々気付いてるでしょう?不自然なほど、僕らの母親のことは秘密にされている。誰も…誰も教えてくれない。僕らの──保護者もだ。事故や病気なら、教えてくれるはずだ」

「…そんな──でも…」

 

 

ソフィアは口を閉ざした。

ルイスは小さく微笑み、「まぁ、」と言葉を続けた。

 

 

「ハリー、僕は 気持ちはわかる(・・・・・・・)、多分僕らの母様は…殺されてるからね。ただ、わかるのと、行動するのは違う。大きく意味が異なる。──復讐が誉められたものではない事も、理解してるよ。…僕が今必死になって犯人を探そうとしないのは…今、この時が大切だから。…この居場所を無くしたくないからだよ。ただ、僕は何年もかけてこの結論に達したんだ。…ハリー、君には冷静になる時間が必要だと思う」

「ルイス…」

 

 

ソフィアは不安から目を揺らしていたが、ソファに座り直すと顔を手で覆い、深くため息をこぼす。

 

 

「…そうね、ええ。私も…少し、思ってたわ。母様は殺されたのだと。──けど、そうね…私も、気持ちはわかるわ。でもそれをしてしまったら…ここにはもう戻れない。──殺人をすると魂が穢れてしまうのよ」

 

 

沈黙が落ちる。

ハリーは暫く何か考えていたが思い出したかのようにロンを見た。

 

 

「マルフォイは知っていたんだ、魔法薬学のクラスで僕に何て言ったか覚えてるかい?──僕なら自分で追い詰める…復讐するんだ」

「僕たちの意見より、マルフォイの意見を聞こうっていうのかい?──いいかい、ブラックがペティグリューを殺した時、ペティグリューの母親の手に何が残った?パパに聞いたんだ、マーリン勲章、勲一等、それに箱に入った息子の指一本だ。それが残った体のカケラで1番大きい物だった。ブラックは狂ってる。ハリーあいつは危険人物なんだ──」

「マルフォイの父親が話したに違いない、ヴォルデモートの腹心の1人だったから」

「例のあの人って言えよ、頼むから!」

 

 

何度もハリーから告げられる名前にロンは青白い顔をさらに蒼白にさせ、身体をぶるりと震わし叫んだ。だがハリーはロンの言葉を無視して言葉を続けた。

 

 

「だから、マルフォイ一家はブラックがヴォルデモートの手先だって当然知ってたんだ──」

「ハリー!」

 

 

ソフィアが強くハリーの名前を呼び、ハリーの頬を両手で掴みぐっと自分の方に向けた。ハリーは驚き思わず口を閉じる。──ソフィアの手は震えていた。

 

 

「ハリー!…ああ、しっかりして!ドラコが何であなたにそれを教えたかわかるでしょう!?」

「ソフィアの言う通りだ!マルフォイはクィディッチの試合前に君がのこのこブラックの前に現れて殺されにいけばいいって思ってるんだ!」

 

 

ロンは怒りながら必死にハリーを説得した。

ハリーはソフィアの目を見て──その目に薄らと涙が浮かんでいる事に気付く。

 

 

 

「ハリー、お願いだからルイスが言ったように冷静になって、よく考えて。ブラックのやったことは、本当に──本当に、酷いことよ、許されないわ。ハリーの復讐したい気持ちもわかるわ!…けど…けど、ねぇハリー…私は…私たちは、あなたが傷つくのは…死ぬのは嫌よ、耐えられないわ…」

 

 

ソフィアの緑の目から、涙が溢れ頬を伝い、ハリーはぐっと唇を噛み締める。

──わかっている。ソフィア達が何故ここまで自分を引き止めるのかも。友人だから、なによりも大切だと思ってくれているから──。

 

 

「ハリー、あなたのご両親だって、あなたが怪我する事を望んでいないわよ。そうでしょう?ご両親はあなたがブラックを追跡することをけっしてお望みにはならなかったわ!」

 

 

ハーマイオニーはその声を涙で震わせながら、必死に訴えた。

ハリーは自分の手でそっと頬を掴むソフィアの手を離すと、じっとハーマイオニーを見つめる。──わかっている、両親は望まないかもしれない、きっと、そうだろう。だが──。

 

 

「父さん、母さんが何を望んだかなんて、僕は一生知ることはないんだ。ブラックのせいで、僕は一度も父さんや母さんと話した事が無いんだから」

 

 

 

ハーマイオニーは説得する為に両親の事を口にしたが、それは失言だっただろう。

ハリーはぶっきらぼうに言うとそのままむっつりと黙り込んでしまった。

 

またも重い沈黙が流れたが、ロンが立ち上がり手を叩くと無理矢理話題を変えようと慌てて切り出した。

 

 

「さあ!休みだ!もうすぐクリスマスだ!それじゃ──それじゃ、ハグリッドの小屋へ行こうよ、もう何年も会ってないよ!」

「ダメ!ハリーは城を離れちゃいけないのよ、ロン」

「よし、行こう。そしたら僕聞くんだ。ハグリッドが僕の両親の事を全部話してくれたとき、どうしてブラックの事を黙っていたのかって!」

 

 

ハリーが身を起こし立ち上がる。ロンはまさかブラックに結びつくなんて思わず、しどろもどろになり視線を泳がせ魔法チェスをしようと誘ったが、ハリーは意見を変えなかった。

 

 

「いや、ハグリッドの所へ行こう」

「…ハリー。ハグリッドが、とっても優しいって事と。優しいから…隠していたって事も、ちゃんとわかってるわよね?」

 

 

ソフィアはそっとハリーに聞いたが、ハリーは黙ったままその問いには答えなかった。

わかっている、自分の周りにいる人はみんな優しい。だが──だが、何故誰も教えてくれないんだ、もう守られるばかりの子どもではない。自分で善悪を考える事が出来る。守られるばかりで何も知らされないままぬくぬくと生きていくなど──ハリーにはとても耐えられなかった。

 

 

 



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133 バックビークの未来は!

1人でも行くと言うハリーの言葉についにソフィア達は折れ、5人はハグリッドの小屋へ向かった。

 

 

 

ロンが扉をノックしたが答えはなく、中から変な音がうっすらと外に漏れ出しているだけだった。

 

 

「出かけてるのかな?」

「でも、何か変な音が聞こえるわ」

 

 

ソフィアが扉のまでより耳をそっと近づける。ハリー達は顔を見合わせ同じように扉に近づき、中から低く、呻くような声が聞こえる事に気がついた。

 

 

「誰か呼んだ方がいいかな?」

 

 

ロンが不安げにソフィアの顔を見る、ソフィアは少し悩んだが口を開く前にハリーが強く扉を叩きハグリッドの名を叫んだ。

 

 

「ハグリッド!中にいるの!?」

 

 

重い足音がして、扉が軋みながら開いた。

ハグリッドは真っ赤な泣き腫らした目をして現れ、涙を滝のように流したままハリーの首元に抱きついた。

 

 

「聞いたか!」

 

 

おんおんと大声で泣くハグリッドに、抱きすくめられたハリーはぐっと息を詰まらせた。ぼきりといやな音がハリーから響き、ソフィア達は慌ててハリーがハグリッドの重みで潰される前にハグリッドを両脇からぐいっと支えて持ち上げ、なんとか小屋に押し込んだ。

 

ソフィア達にされるがままハグリッドは椅子に運ばれ、机に突っ伏して泣きじゃくる。

ソフィアは額に滲んだ汗を拭いながら困惑した表情でハリー達を見たが、皆同じように困惑している。

 

 

「ハグリッド、何事なの?」

「…ハグリッド、これは…何?」

 

 

ハーマイオニーが唖然として聞き、ソフィアが机の上にある広げられた手紙に気付くと、ハグリッドはさらに大きく泣いた。

手紙をソフィアに押して渡し、受け取ったソフィアはそれを困惑しながら読み上げた。

 

そこにはヒッポグリフが生徒を攻撃した件についての調査で、ハグリッドには何の罪も責任も無いと言う言葉が書かれていた。

 

 

「じゃ、オーケーだ。よかったじゃ無いかハグリッド!」

 

 

ロンが嬉し泣きだったのかとほっと表情を緩ませ明るくハグリッドの肩を叩いたが、ハグリッドは首を振り泣き続けた。

ソフィアは眉を顰めたまま、その後に長く続く文を読んだ。

 

ハグリッドは責任がないが、ヒッポグリフは事情聴取が行われると書かれている。

ソフィアは読み終えると泣き続けるハグリッドの肩を優しく気遣うように撫でた。

 

 

 

「うーん…だけど、ハグリッド。バックビークは悪いヒッポグリフじゃないって、そう言ってたじゃないか、絶対、無罪放免──」

「お前さんは、危険生物処理委員会っちゅうとこの怪物どもを知らんのだ!連中は面白れぇ生き物を目の敵にしてきた!」

 

 

ハグリッドは叫ぶと袖で目を拭いながら言葉を詰まらせる。

突然、小屋の隅から物音がしてソフィア達は弾かれたように振り返った。ヒッポグリフのバックビークが小屋の隅にいて、何かをバリバリと食いちぎっている。その床が血で染まっているのを見たハリー達は何を食べているのかと顔を引き攣らせすぐに視線を逸らした。

 

 

「こいつを雪ん中につないで放っておけねぇ、たった一人で、クリスマスだっちゅうのに!」

「ええ、ええそうよハグリッド!こんな酷いことはないわ!」

 

 

ソフィアはうんうんと頷き、血まみれのバックビークに近づくとそっとお辞儀し、触れるのが許された後優しくバックビークの頭を撫でた。

 

ハリーとロンとハーマイオニーとルイスは互いに顔を見合わせた。ソフィアは別として、ハグリッドが面白い生き物と呼ぶものは、他の大多数にとって恐ろしい生き物である事を、4人はよく知っていた。

だが、大蜘蛛やドラゴンを飼っていた事を考えると、まだヒッポグリフは──ハグリッドとソフィアの基準では──可愛らしい生き物だといえるだろう。礼儀を持っていれば、ヒッポグリフは危険では無い。

 

 

「ハグリッド、しっかりした強い弁護を打ち出さないといけないわ。バックビークが安全だって、あなたがきっと証明できるわ」

 

 

ハーマイオニーはハグリッドの腕に手を置いて優しく言う。ルイスも強く頷き、そっとハグリッドの顔を覗き込んだ。

 

 

「僕、弁護についていこうか?」

「それでも、同じこった!やつら、処理班の悪魔め、連中はルシウス・マルフォイの手の内だ!やつを怖がっとる!もし、裁判で負けたらバックビークは──」

 

 

ハグリッドは喉を掻き切るような動作をし、止まりかけていた涙をまた滝のように溢れさせると両腕に顔を埋めた。

 

 

「…ハグリッド、ダンブルドアは?」

 

 

ハリーがおずおずと聞いた、ダンブルドアならきっと、バックビークを処分させないだろう、そう思ったがハグリッドは力なく首を振り弱々しく答えた。

 

 

「手一杯でおいでなさる。吸魂鬼のやつらが城の中に入らんようにしとくとか、シリウス・ブラックがうろうろとか──」

 

 

ロンとハーマイオニーは急いでハリーを見たが、ルイスはずっとハグリッドの丸まった背中を撫で続けていた。

 

ロンとハーマイオニーはブラックが話題に上がった事で、ハリーがハグリッドを責め立てると思っていたが、流石にこんな──友人が、こんなに打ちひしがれて心を痛め泣いているのに、そんな事はとても、ハリーには出来ない。

 

 

「ねぇ、ハグリッド。諦めちゃダメだ。ハーマイオニーの言う通りだよ、ちゃんとした弁護が必要なだけだ。僕らを証人に呼んだらいいよ、ルイスも証言してくれるし」

 

 

ソフィアはバックビークを撫でていた手を止めてハグリッドに駆け寄ると、ひしっとその巨体を抱きしめた。

 

 

「そうよ!あんな素敵な子が処刑されるなんて間違ってるわ、私どうにか出来ないか調べてみる!」

「私、ヒッポグリフいじめ事件について読んだことがあるわ。たしか、ヒッポグリフは釈放されたっけ──探してあげる、ハグリッド。正確に何が起こったのか調べてみるわ」

 

 

ハグリッドはソフィア達の優しさがたまらなく嬉しくて、さらに声を上げて泣いた。

ハリーとハーマイオニーは困った顔で黙ったままのロンを見る。ロンは少し視線をうろうろとしたがすぐに口を開いた。

 

 

「あー…お茶でも淹れようか?…誰か気が動転してるとき、ママはいつもそうするんだ」

 

 

ロンは肩をすくめて呟いた。

 

 

「ええ、そうしましょう。ハグリッド、泣きすぎて脱水になるわ!」

 

 

ソフィアはいい考えだと手を叩くと杖を出し棚に収められている大きなポットを浮かすと水を入れ紅茶の準備を始めた。

ハグリッドはまだ泣いていた為、ハーマイオニーと共に紅茶の葉はどこだろうかと棚をさぐり──ついでに茶菓子も探した──ようやくそれらしき缶を見つけた。

ロンとハリーとルイスは2人が紅茶を淹れている間中ずっとハグリッドの体をさすり慰め続けた。

 

 

 

ソフィアは、大きなマグカップに温かい紅茶を注ぎハグリッドに差し出した。

ハグリッドはまだ泣いていたが、紅茶を飲むと少し落ち着いてきたらしくテーブルクロスほどの大きなハンカチで鼻をかむとようやく口を開いた。

 

 

「ありがとう…お前さん達の言う通りだ。ここで俺がボロボロになっちゃいられねぇ、しゃんとせにゃ…このごろ、俺はどうかしちょった…バックビークが心配だし…だーれも俺の授業を好かんし…」

「まぁ!私は大好きよ!」

「みんな、とっても好きよ!」

「うん、凄い授業だよ!」

 

 

ソフィアはにっこりと本心を言ったが、ハーマイオニーとロンは優しい嘘をついた。

 

 

「あー レタス食い虫(フロバーワーム)は元気?」

 

 

何かハグリッドが元気になる話題はないものかとロンが咄嗟にレタス食い虫のことを言ったが、ハグリッドは小さく「死んだ、レタスの食い過ぎだ」と暗い目で答えた。

 

 

「あーそれは…」

「ああ、そんな!」

 

 

ロンはこんな悲劇はないよ!と口では言いながら、口元はニヤリと笑い、苦笑するルイスに目配せをした。

 

 

「それに、吸魂鬼のやつらだ。連中はとことん俺を落ち込ませる。三本の箒に飲みに行くたんび、連中の側を通らなきゃなんねぇ…アズカバンに戻されちまったような気分になる──」

 

 

ハグリッドは黙り込んで紅茶を一口飲む。ソフィア達は息を潜めてハグリッドを見た。彼らはハグリッドが短い期間だが、アズカバンに入れられていた事は知っているが──どんな所なのか、聞いた事がなかった。

やや、間おいてハーマイオニーが遠慮がちに聞いた。

 

 

「ハグリッド、恐ろしいところなの?」

「想像もつかんだろう。あんなところは行った事がねぇ、気が狂うかと思ったぞ。ひどい思い出ばっかしが思い浮かぶんだ…ホグワーツを退校になった日、親父が死んだ日、ノーバートが行っちまった日…暫くすると、自分が誰だか、もうわからねぇ。そんで、生きててもしょうがねぇって気になる。寝ているうちに死んでしまいてぇって、俺はそう願ったもんだ…釈放された時は、もう一度生まれ変わったような気分だった。色んなものが一気に戻ってきな、こんないい気分はねえぞ。そりゃ、吸魂鬼やつら、俺を釈放するのを渋ったもんだ」

「でも、あなたは無実だったでしょう?」

 

 

ソフィアが優しく言えば、ハグリッドは涙を擦りながら吸魂鬼を思い出しふんと鼻を鳴らす。

 

 

「連中の知ったこっちゃねぇ。そんなこたぁ、どうでもええ。誰が有罪か無罪かだなんて…連中にはどっちでもええ」

「…酷いところね…」

 

 

ハグリッドは暫く自分のマグカップを見つめたまま黙り込んでいたが、ぽそりと呟いた。

──その声はこの巨体から出ているとは思えないほど、弱々しい呟きだった。

 

 

「バックビークをこのまんま逃そうと思った。遠くに飛んでいけばええと…だけんど、どうやってバックビークに言い聞かせりゃええ?どっかに隠れてろって…法律を破るのが、俺は怖い…」

 

 

ハグリッドはゆっくり顔を上げ、ソフィア達を見た。その小さな黒い目から、ぽろりと一粒の涙が溢れる。

 

 

「俺は、二度とアズカバンに戻りたくねぇ」

 

 

どうする事も出来ない。とハグリッドは項垂れる。ソフィアはぐっと胸を詰まらせて慰めるようにハグリッドの背中を撫で続けた。

 

 



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134 乙女の悩み!

それからソフィア達は図書館に行き、何かヒッポグリフを勝訴に導くいい判例はないかと探し続けたが、これと言った収穫はなかった。

ハグリッドの小屋での出来事は楽しいものではなかったが、ハリーの意識をブラックから逸らす事は出来たといえるだろう。

流石のハリーもあんな状態のハグリッドをさらに追い詰める事はできない。それに、ハリーはブラックの事を考えずにハグリッドの手助けをする為に色々考えなければならなかった。──忘れたわけでは無いが、それだけを考え続けるわけにもいかない。

 

 

クリスマスの朝、ソフィアは目を覚ましベッド脇にある沢山のプレゼントを見て嬉しそうに微笑んだ。色々あった最近は楽しい事が無かったが、久しぶりにソフィアは心が温まるのを感じた。

隣のベットで人が起きる気配とベッドの軋みが聞こえ、ソフィアはすぐに駆け寄るとにっこりと笑いベットのカーテンを開けた。

 

 

「ハーマイオニー、メリークリスマス!」

「ソフィア、メリークリスマス!」

 

 

いきなり開かれたカーテンに少し驚いたものの、ハーマイオニーはにっこりと笑い、嬉しそうにベッド脇のプレゼントの山を見た。

 

 

「はい、ハーマイオニー!」

「まぁ、ありがとう!…メリークリスマス!」

 

 

ソフィアは綺麗にラッピングされた小さな包みをハーマイオニーに手渡し、ハーマイオニーもすぐに小さな箱をソフィアに渡した。

 

ハーマイオニーがソフィアに用意したのは少し大人びた印象を与えるシンプルなネックレスだった。きらり、と緑色の一粒石が輝き、一眼見てソフィアにぴったりだと購入した。

 

ソフィアがハーマイオニーに用意したのは常に暖かい温度が保たれ、優しい癒しの香りが仄かに漂うアイマスクだった。最近、特に寝るのが遅く毎日疲れた目をしているハーマイオニーの為に、少しはこれで癒されてほしいと思った。

 

 

「ありがとう、まぁ、なんて綺麗な石…私の目に合わせてくれたのね?早速つけるわ!」

「まあ!アイマスク!ちょうど欲しかったの、ありがとう!」

 

 

2人は顔を見合わせ幸せそうに微笑む。

ハーマイオニーはネックレスの留め金に苦戦しているソフィアにくすくすと笑い後ろに回ると、そっとその留め金をつけ、髪の毛を指でなでた。

 

 

「どうかしら?」

「とっても似合ってるわ!」

「大切にするわね!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの首元で美しく可憐に輝く石を見て、自分の目に狂いは無かったと満足げに微笑む。

ソフィアは喜びからぎゅっとハーマイオニーに抱きついた。──しかし、ソフィアはふと身体を離すとまじまじとハーマイオニーの胸を見た。その視線と、その先にあるものが何だかわかるとハーマイオニーはすこし頬を染め身を引き、胸の前で腕を交差した。

 

 

「な、何?」

「ねぇ、ハーマイオニー。…どうしたら大きくなるの?」

「え?…うーん…さあ、わからないわ」

「私、全然大きくならないの」

 

 

ソフィアは自分の胸を見下ろし悲しげにため息をつく。ハーマイオニーはソフィアのほぼ平らな胸元を見て──たしかに、かなり小ぶりだわ。と心の中で呟いた。

 

 

「触ってもいい?」

「ええっ!?…えー…うぅーん…まぁ、いいけれど…」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーはぽっと頬を赤らめたが、同性だし、何よりソフィアの表情があまりに真剣なため、小さく頷いた。

ソフィアはそっと両手をハーマイオニーの胸に当てる。ハーマイオニーはなんだか気恥ずかしくてくすくすと笑った。

ほやん、として柔らかく、それでいてしっかりとした質量があり──ソフィアはガツンと頭に衝撃を感じ、よろりと離れる。

 

 

「ぜ…全然、違うわ…」

 

 

自分の胸に手を当てたソフィアは愕然と呟き、本来の胸の柔らかさに口をあんぐりと開けた。

ハーマイオニーはそんな表情を見せるソフィアがたまらなく可笑しくて「あはは!」と声を上げて笑ってしまったが、ソフィアはむっつりと頬を膨らませるとハーマイオニーの背後にサッと回り後ろから胸に手を伸ばした。

 

 

「──きゃっ!?」

「笑うハーマイオニーなんて、こうよ!」

「ちょっと!や、やめ──っ!あっ、ははっ!ひゃあ!」

 

 

ソフィアは片手でハーマイオニーの胸に──やや遠慮しながら──触れ、もう片方の手で脇腹をくすぐった。ハーマイオニーは擽りと揉みしだきに身を捩って悶え笑いながら息も絶え絶えに「やめてよ!」と叫ぶ。ソフィアは悪戯っぽく笑いやめることはなく、もつれるようにして2人でベッドの上に倒れ込んだ。

 

ハーマイオニーの髪がベッドに散らばり、ソフィアは押し倒したような形で自分の下で頬を真っ赤に染め目を潤ませながら、どこか恨めしそうに睨むハーマイオニーを見下ろした。──なんとなく、見てはいけないものを見た気がしてソフィアは息を呑む。

 

 

「もう!ソフィアったら!」

 

 

ハーマイオニーは乱れた呼吸を落ち着かせながらソフィアを軽く押し自分の上から引かせると身体を起こした。ソフィアは「ごめんなさい!」と言いながらも楽しそうに笑う。

 

 

「ねぇ、ハーマイオニーって…何カップ?」

「え?…ソフィアは?」

「…見てわかるでしょう?」

「あー…そうね」

 

 

どう見てもA──かなりよくいってBだろうその胸を見てハーマイオニーは苦笑する。

そしてちょっと考え、そっとソフィアの耳元に口を寄せ囁いた。この部屋には2人しかいない、そうわかっていたが何となく普通に言うのは恥ずかしかった。

ソフィアは囁かれたアルファベットに、目を見開いて驚愕し、指を一本一本数えるように折っていった。

 

 

「──なんてことなの…!」

「もう!──バストの話はもういいわ、ハリーとロンが起きたかどうか、見に行きましょう!クルックシャンクス!おいで!」

 

 

ハーマイオニーは自分の胸を驚愕の目で見つめるソフィアをベッドから立たせるとその背中を押して話を無理矢理中断させた。名を呼ばれたクルックシャンクスは「にゃあ」と一鳴きするとすぐにハーマイオニーの後ろを歩く。

 

 

ソフィアは背中を押され階段を降りながら、どうすれば自分の胸が大きくなるのか、むしろ、これから大人になり成長するのかどうか──少し不安に思った。

 

 

 

 

男子寮のハリーとロンがいる部屋に着いた2人はそっと耳をすませ既に起きている事を確かめるとノックもせず扉を開けた。

ハリーとロンはベッドに座り何やら楽しげに笑っている。ハーマイオニーは足元にいるクルックシャンクスを抱き上げて部屋に入ると「2人して、何笑ってるの?」と首を傾げた。

 

 

「そいつをここに連れてくるなよ!」

 

 

ロンはハーマイオニーの腕の中にいるクルックシャンクスに気付くと慌ててベッドの奥にいるスキャバーズを拾い上げ、パジャマのポケットにしまいこみ強くクルックシャンクスを睨んだ。

この猫を飼うときに男子寮には入れないと言ったはずじゃないか、とロンは怒り心頭だった。

 

 

「メリークリスマス、ロン!ハリー!──まぁ!!こ、これ、どうしたの!?」

 

 

ハーマイオニーに続いて部屋に入ってきたソフィアはにっこりとクリスマスの挨拶を2人に言ったが、ハリーが手に持つファイアボルトに気づくと声を裏返しながら叫びすぐに駆け寄った。

 

 

「うわぁー!す、すごい…ねぇ、ハリー?触ってもいい…?」

「うん、勿論だよ」

 

 

ハリーはにっこりと笑い頷くとソフィアにファイアボルトを手渡した。ソフィアはピカピカと輝く箒の柄をそっと撫で、その手に吸い付くような滑らかさに感嘆のため息を漏らした。

 

 

「ハリー、一体誰がこれを?」

「さっぱりわからない、カードも何も無いんだ」

 

 

ソフィア達は素晴らしい箒に興奮していたが、ハーマイオニーは表情を翳らせ、じっと不安げにソフィアが撫でる箒を見ていた。

 

 

「どうかしたのかい?」

「わからないわ。でも、何かおかしくない?つまり…この箒は相当いい箒なんでしょう?違う?」

「ハーマイオニー、これは現存する箒の最高峰だ」

 

 

ロンはこの素晴らしさは、見ただけでわかるだろうと誇るように言ったが、ハーマイオニーは更に顔を曇らせた。

 

ソフィアはきょとんとしてハーマイオニーを見て、そしてファイアボルトに目を落とし、ハリーを見た。

ハーマイオニーが何を不安がっているのか、何を気にしているのかようやくわかったソフィアはそっとベッドの上に箒を置き、一歩離れた。

 

 

「とっても高いはずよね」

「たぶん、スリザリンの箒を全部束にしても敵わないくらい高い」

「そうね、そんな高価なものを送って、しかも自分が送ったって言わないなんて…一体誰なの?」

「誰だっていいじゃ無いか、ねぇ、ハリー、僕試しに乗ってみてもいい?」

「絶対にダメ!まだ誰も乗っちゃいけないわ!」

 

 

ハーマイオニーの叫び声にロンは苛々としながら振り返る。ハリーも何をそんなに気にする事があるのかと怪訝な顔でハーマイオニーを見た。

 

 

「この箒でハリーが何をすればいいんだ?床でも掃くかい?」

 

 

ロンが意地悪げにからかえばハーマイオニーはすぐにかっと顔を赤らめ言い返そうと口を開いた。しかしハーマイオニーが何かを言う前にクルックシャンクスが置かれていたベッドの上から飛び出し、ロンの懐を直撃した。

 

 

「コイツをここから連れ出せ!!」

「きゃっ!」

 

 

ソフィアは慌ててハリーのベッドの上に退散し、クルックシャンクスにより攻撃されているロンをおろおろとした目で見た。隣にいるハリーは箒にぶつかっては堪らないとばかりにしっかり箒を抱き寄せて避難している。

 

ロンはクルックシャンクスを振り下ろし、蹴飛ばそうと思ったが狙いが外れハリーのトランクを蹴飛ばした。その衝撃でトランクはひっくり返り中身が飛び出て、ロンは痛みで叫び跳ね回る。

 

一瞬の惨劇に、ハーマイオニーは呆然としていたが我に帰るとクルックシャンクスをむんずと掴み、暴れる身体を抑えた。

 

突如、ヒュンヒュンという甲高い音が響き渡る。トランクの中にあったスニーコスコープが床の上でピカピカ光りながら回転していた。

 

 

「これを忘れてた!この靴下は出来れば履きたく無いな…」

「ハーマイオニー、その猫、ここから連れ出せよ」

 

 

ロンが涙目になり爪先をさすりながら低く唸るようにハーマイオニーに行った、ハーマイオニーは唇を強く結んだままクルックシャンクスを抱きかかえぷいとそっぽをむいて部屋を出ていった。

 

 

「あー…私…戻るわ、…後でね」

 

 

残されたソフィアは少し悩んだ後にそう言うとハーマイオニーの後を追いかけ自室へと戻った。

 

 

「ハーマイオニー!」

「ソフィア!見た!?ロン、酷いわ、クルックシャンクスを蹴ろうとして…!」

「うーん…でも、ハーマイオニー…クルックシャンクスをあの部屋に連れて行くべきじゃ無かったわ」

 

 

最もなソフィアの言葉にハーマイオニーは言葉を詰まらせるとがくりと肩を落とした。鼠を追いかけるのは猫の本能だ、仕方がないとは思うが──なぜ、スキャバーズを執拗に追いかけ回すのだろう。

ハーマイオニーはきっと、一度狙った獲物を変更したく無いのだろうと考えた。いや、いまはそんなことよりも重大な問題がある。

真面目な顔でハーマイオニーはソフィアを見つめ「あの、箒だけど」と切り出した。

ソフィアは何が言いたいのかわかり、ため息を一つつく。

 

 

「わかってるわ…ハーマイオニーは、あの箒はブラックがハリーを呪う為に送ったんだって、思ってるんでしょう?」

「ええ!そうよ!やっぱり、ソフィアもそう思う?」

 

 

ソフィアも同じことを思うなんて、きっと自分の考えに間違いは無いのだとハーマイオニーは少し表情を緩める。

だがソフィアは真剣な顔をすると、一度ハーマイオニーの手を引きベッドに座らせ、自らその隣に座った後、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

 

 

「うーん…。箒の件についていえば、わからないわ。だって、犯罪者が箒を買えるかしら?…ねぇ、ハーマイオニー。私、去年は色んな事を一人で考えていたから…大変な目にあったでしょう?」

「え?えぇ、そうだったわね」

 

 

いきなり何の話かとハーマイオニーはきょとんと目を瞬かせた。

去年、ソフィアは1人で秘密の部屋の真実に近づき過ぎた為に、石化されてしまった。その事を言っているのだと思い出してハーマイオニーは戸惑いながら頷く。それと、今と何が関係あるのだろう。

 

 

「だから…私は…ハーマイオニー、あなただけには…私の考えを伝えようと思うの」

「わ、私だけ?…ハリー達には…?」

「…父様が関わってるから…言えないの」

「ああ…成程…ええ、わかったわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの父であるセブルスが関わっているのなら自分以外に言えなくとも仕方のない事だろうと理解した。その上で真面目な顔をし、声を顰めてその先を促す。

 

 

「それで…話って?」

「この前、三本の箒でハリーのお父さんとブラックとジャックが友人だって聞いたわよね?」

「ええ…」

「…実は、父様とリーマス先生も同級生なの。父様とジャックは同級生だから…皆同級生って事なのよ。歳の違う友人じゃなくてね」

「え、──ええっ!?そんな…ルーピン先生も?…どうして、それを知ってるの?」

 

 

ハーマイオニーは驚いて大声を上げ──自分で思ったよりその声は部屋に大きく響き慌てて口を手で抑える。まさかこんな繋がりがあるとは思わず驚愕し眉を顰めた。

ソフィアはすこし沈黙していたが真面目な顔でハーマイオニーに伝える。

 

 

「実は…リーマス先生と夏休みに会ったの。父様の紹介で…ジャックから教えられたんじゃなくて、父様と会いに行ったの。わざわざ、父様が私たちを子どもだと教える為にね」

「えっ…どうして?先生達は…みんな知っているの?」

「いいえ、知らない先生が殆どよ。…ハーマイオニー、何故…父様はリーマス先生に自分が父親だとわざわざ伝えたのか…わかる?」

 

 

ソフィアのその言葉は疑問ではなく、遠回しな言葉でハーマイオニーに何かを伝えようとしていた。

ハーマイオニーは困惑しながらも唇を結び一度視線を落とす、深く考え、そして囁くようにソフィアに聞いた。

 

 

「…ルーピン先生が人狼だから…父親が目を光らせているから、近づくなって…ルーピン先生に警告する為…?」

 

 

ソフィアは真剣な顔をすこし緩めて頷いた。やはり、彼女は彼の秘密に気が付いていたのだ。聡明な彼女なら、きっとすぐに気付くだろうとソフィアは思っていた。ならば、なぜセブルス──父がリーマスと会わせたのかも、きっとわかるだろうと。自分からリーマスの秘密を言う事が出来ないソフィアは、こうして遠回しに聞くしかなかった。

 

 

「そうよ。…まぁ、リーマス先生が人狼だと私達に伝えて、私達が怖がるのを期待してた…って言うのが、本当なんだけど」

「人狼…ああ、ソフィア…大丈夫なの?私…人狼について調べたわ、すごく…怖くて…」

 

 

ハーマイオニーは今まで独りでリーマスの秘密を抱えていた。本人に確認したわけではないが、満月の日に居なくなる事、ボガートが満月に変身した事、そして人狼について学んだ事により──きっと間違い無いのだろうとは思っていた。

身体を震わせ怯えた目をするハーマイオニーに、ソフィアは優しく微笑み首を振る。

 

 

「大丈夫よ、父様が毎月脱狼薬を造ってるもの。…ハリーが見た毒は本当に薬なの」

「ああ…そうだったの…」

「まぁ、リーマス先生が人狼なのは、どうでもいいわ」

 

 

ハーマイオニーはちっともどうでも良くないと思い怪訝な顔をしたが、まだソフィアが言葉を続けていたため、途中で口を挟む事は無かった。

 

 

 

「…皆同級生でしょう?…それで…ハロウィーンの日の父様がダンブルドア先生に言った言葉、──覚えてるかしら?」

「…内通者の手引きなしでは、侵入は不可能──まさか!そんな、ルーピン先生が?」

「私も、そうは思いたくはないわ!だって…すごく優しい先生だもの。ダンブルドア先生も、内通者は居ないっておっしゃられていたのも確かだし。…でも、父様はリーマス先生が人狼だと言う事以外で…何かあるんじゃないかってずっと疑っているみたいなの」

 

 

ソフィアは俯いてため息をこぼす。

ソフィアも、リーマスが内通者だとは思っていない──思いたくはない。ただ、この奇妙な繋がりの中で客観的に見れば怪しいのは一人しかいない。

 

 

「私、本当にリーマス先生を疑っているわけではないの。ジャックが…信頼できる人だって言ってたし…。ただ…そう、誰かに、聞いて欲しかったの」

「ソフィア…ええ、わかってるわ。…この事は、2人だけの秘密にしましょう」

「…ありがとう、ハーマイオニー。…あ、ねえ、もう一つ言わなきゃならない事があるの」

「えっ…ま、まだあるの?」

 

 

あまり問題ばかりだと更に頭を悩ませる事になる、とハーマイオニーは顔を引き攣らせた。ソフィアは苦笑し、気苦労を増やす事に申し訳なさを感じながらも、忍びの地図で自分の本当の名前がハリーにバレてしまうかもしれないという事を伝えた。

 

 

「…やっぱり、ろくな事にならない地図だわ!」

「確かに、今思えば怒られてもマグゴナガル先生に言えば良かったわ。…もう二度とハリーが使わなければいいんだけど…約束を守るかしら…」

「それは、無理ね」

 

 

ばっさりと言い切るハーマイオニーに、ソフィアは「そうよねぇ」と力なく微笑んだ。

 

 



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135 アルコールは恐ろしい!

夜、クリスマスディナーを食べにソフィア達は大広間へ向かった。

途中でグリフィンドール寮へやってきたルイスは差出人不明のファイアボルトを見て──やはりハーマイオニーとソフィアと同じように怪しんたが、それがブラックからの物だとは判断できないと首を振った。

 

 

大広間にいつもならある四つの長机は壁に立てかけられ、その代わりに中央にテーブルが一つと食器が12人分用意されていた。生徒が少ないと思っていたが、まさかこんな人数しか居ないとは思わずソフィアはテーブルをまじまじと残った生徒を見た。

たった一人、一年生が緊張で身を縮こめながら石のように硬い表情で座っているだけだ。

 

 

「メリークリスマス!これしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かに見えてのう…さあ、お座り!お座り!」

 

 

ルイスとソフィアは互いに顔を見合わせた。セブルスの隣りが空席だ。──間違いなく、ハリー達は進んで座ろうとしないだろう。

ルイスがさっとセブルスの隣に座り、その隣にソフィアが座る。ほんの少しでも、家族として一緒にいるような空間が、なんだか2人は嬉しかった。

セブルスはちらりとルイスとソフィアを見たが何も言わなかった。──ただ、その口元がいつもより穏やかに見えたのは、きっとソフィアとルイスの勘違いではないだろう。

 

 

「クラッカーを!」

 

 

全員が席に着いたのを確認すると、ダンブルドアは嬉しそうにはしゃぎ大きな銀色のクラッカーの端をセブルスに差し出した。

セブルスはしぶしぶクラッカーを受け取り引っ張れば、大砲のような破裂音と共に中から禿鷹の剥製を乗せた大きな三角帽子が現れた。ソフィアとルイスは顔を見合わせ思わず吹き出したがセブルスにぎろりと睨まれ慌てて咳き込み、笑ってないフリをした。

 

 

「どんどん食べましょうぞ!」

 

 

ダンブルドアはセブルスから押し付けられた帽子を被るとにっこり笑いながら皆を促した。少ない人数であれ、クリスマスディナーは楽しいしおいしい。ソフィアはソーセージに齧り付き、その溢れた肉汁で舌を火傷してしまった。

 

各々が好きな料理を食べていると大広間の扉が静かに開き、トレローニーがすっと音もなく近づいて来た。

 

 

「シビル、これはお珍しい!」

 

 

ダンブルドアは立ち上がりにっこりとトレローニーの来訪を歓迎した。

 

 

「校長先生、あたくし水晶玉を見ておりまして、あたくしも驚きましたわ。皆様とご一緒の姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを拒む事ができまして?あたくし、取り急ぎ、塔を離れましたのでございますが、遅れてごめんあそばせ…」

「それはそれは、椅子をご用意いたさねばのう」

 

 

ダンブルドアは目をキラキラと輝かせセブルスとマクゴナガルの間に椅子を出現させた。

ハーマイオニーはトレローニーが来た事で一気に不機嫌になり──もともと、箒の事で不機嫌だったが──むっつりとした表情でロースト・ポテトを食べた。

 

 

「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!あたくしがテーブルにつけば13人になってしまいます!こんな不吉な数字はありませんわ!お忘れになってはいけません。13人が食事を共にするとき、最初に席を立つものが最初に死ぬのですわ!」

「シビル、その危険を冒しましょう。かまわずお座りなさい。七面鳥が冷え切ってしまいますよ」

 

 

トレローニーは真っ青になり恐々と悲鳴をあげたが、それを聞いてマグゴナガルは苛々としながら自分の隣を指差す。トレローニーは返事はしなかったが迷った末に空いてある席に座った。その表情は今にも不吉な事が起こる事を予見しているように見えた。

しかしついに恐々と目を開けて、もう一度周りを見渡して訪ねた。

 

 

「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」

「気の毒に、またご病気での。クリスマスにこんな事があるとは、まったく不幸なことじゃ」

 

 

ダンブルドアは軽く言うと皆に食事を取るように進めた。ハリー達はマクゴナガルとトレローニの静かなる交戦に目が離せず料理に伸ばしていた手が止まっていたが、ソフィアとルイスは全く気にする事なく目の前の料理を食べ、今がチャンスだとばかりにセブルスに話しかけていた。

 

 

 

「スネイプ先生、その前のオニオンスープ取ってください」

「……あぁ」

 

 

セブルスはルイスが示したスープの入った大きな器に向かって杖を振るい、ルイスの目の前まで移動させた。ルイスは嬉しそうに「ありがとうございます!」とにっこりとセブルスに笑いかけ良い匂いのするスープを器に盛った。

 

 

「あっ。スネイプ先生?もしよければ、その…ロースト・ビーフを取ってくださりませんか?」

「……」

 

 

セブルスは同じように杖を振り、ソフィアの側までロースト・ビーフを移動させれば、ソフィアは数枚の肉を皿によそうと嬉しそうに笑い「ありがとうございます」と愛想よく微笑んだ。

 

セブルスは静かにスモークサーモンを食べながら、横目で楽しげな2人を見て少しだけ目元を緩めた。

 

 

「ルイス、それとって?」

「ん?これ?」

「ええ」

 

 

ソフィアはルイスの目の前にある葡萄ジュースの瓶を指差し、ルイスはラベルをよく見ないまま自分のグラスにもそれを注ぎ、ソフィアのグラスにも同じように並々と注いだ。

 

 

「ありがとうルイス」

「どういたしまして」

 

 

2人は顔を見合わせ「メリークリスマス!」と言いながらその葡萄ジュース──に見えた赤ワインを飲んだ。

普通なら、誰かが──ダンブルドアが止めただろう。だが今彼はマクゴナガルとトレローニーとの静かな言い争いを宥め落ち着かせており、他の生徒や教師は皆それをじっと見守っていた。セブルスもまた、あまり2人を見ないようにしていた為、2人がぐびぐびと飲んでいるものが赤ワインだと、誰も気がつかなかった。

 

 

「なんか苦いね?これ」

「うーん、でも悪くないわ!ロースト・ビーフと合うわよ!」

「え?──本当だ、肉料理とあうね」

「ええ、ねえもう一杯頂戴?」

「勿論だよ!」

 

 

こうして2人はどんどん大きな瓶の中身を2人で消費していたが、止める者は居なかった。

 

 

「──セブルス、ルーピン先生にまた薬を造って差し上げたのじゃろう?」

「はい、校長」

 

 

セブルスが答え、それを見たハリーとロンは顔を合わせ本当にそれは薬なのか信じられないという嫌そうな表情をした。

ダンブルドアは大きく頷き、きっとそれならリーマスはすぐに良くなるだろうと皆に告げた。

 

 

「あはははは!スネイプせんせーが、く、薬だって!」

 

 

突如とても楽しそうなケラケラとした笑い声が響き、皆一体何事か──この場で本人を目の前にして笑える者など、一体誰かと声がした方を振り返った。

 

ルイスが顔を真っ赤にさせて腹を抱え何がそんなに可笑しいのかケラケラと笑い目に浮かんでいた涙を指で拭っていた。

 

 

「ル、ルイス!だめよ!みんな毒を盛ってるんじゃないかって、おもってるのは、スネイプ先生知ったら、そんな事…あははは!」

 

 

次に支離滅裂な言葉を言い、同じように顔を真っ赤にしたソフィアがルイスの背中をバンバンと叩きながら──ルイスは危うく目の前の料理に顔面から突っ込みそうになったがそれすらも愉快なのか笑い転げていた──爆笑した。

 

 

「ルイス!ああ、ほら、みんなが、見てるわ!」

「うーん、きっとスネイプ先生が、また禿鷹の帽子を被るのを期待してるんだよ!ああ、僕も、み、見たかっ─あははは!」

「あはははっ!」

 

 

壊れたように笑い転げる2人を見て、ハリーはまさかこの料理に何か魔法薬でも入っているのかと考えたが、ダンブルドアはちょっと眉を寄せながらソフィアとルイスの周りにある空の瓶を手に取ると「なんということじゃ!」と呟いた。

 

 

「まぁ!ダンブルドア先生?それ、すっごくあれなの!」

「うんうん、ぜひ、飲んでみて!僕らのおすすめ!」

 

 

2人はダンブルドアに駆け寄る為に同時に立ち上がった。その瞬間トレローニーが悲鳴を上げ2人を見る。

 

 

「あなたたち!どちらが先に席を離れましたの?どちらが?」

 

 

ルイスとソフィアは一瞬笑顔を消し──それでも顔は真っ赤だったが──きょとんとしたがにんまりと顔を見合わせ笑うとトレローニーの側に近づき、左右から覗き込むとにやにやと笑った。

 

 

 

「トレローニ先生!私質問があります!」

「な、なんでしょう…」

「はい!13人家族なら、どうなるんですか?毎日一緒に食事をしますよね?」

「…それは…」

「はい!僕も質問です!ねえトレローニー先生ってトンボ好き?」

「なっ…」

 

 

ルイスの言葉にロンとハリーが吹き出した。マクゴナガルは口元をひくひくとさせてけっして笑おうとはしなかったが、なんとか堪えているのが見てとれた。

 

 

「これこれソフィア、ルイス。シビルを困らせてはいかんよ」

「はぁいダンブルドア先生!」

「あっねえそれ、そのジュースもうないの?それ、すっごく美味しいんです!」

 

 

2人はダンブルドアの元に駆け寄ると、心から楽しげにくすくすと笑い「もっとちょーだい?」とダンブルドアが手に持つ空の瓶を指差した。

 

 

「楽しくなってきたわ!」

「僕も!」

「…どうやら2人は葡萄ジュースと間違えて赤ワインを飲んでしまったようじゃのう」

  

ダンブルドアが苦笑しながら言うと、ハリー達は驚愕しそれで、こうなってるのかと納得した。

 

真っ赤な顔、呂律の回らない舌、絶えずけらけらと笑い続けている様子──間違いなく2人は笑い上戸だ。

 

 

2人は手にダンブルドアから渡された空の瓶を握りしめながら元の席に戻った。酔っ払い達には中が空かどうかの区別は──どうやらつかないらしい。

 

 

セブルスはけらけらと笑う2人を見て、苦々しいため息をつき額を抑えながら杖を振るった。

 

 

───バシャッ!

 

 

ソフィアとルイスの頭上に大きな水玉が出来、それが2人目がけて落下した。

ソフィアの隣に座っていたハーマイオニーは水飛沫に身体を逸らしながらも、いきなり固まり動かなくなったソフィアとルイスを不安そうに見た。

ロンとハリーは水を躊躇いなく浴びせるセブルスに、相変わらず容赦が無い、とルイスとソフィアを気の毒に思った。

 

ぽたぽたとルイスとソフィアの髪から雫が垂れていたが、突如2人はゆっくりと顔を上げ髪をかき上げる。

 

 

「…うん。ごめんなさい」

「ごめんなさい。お酒って…怖いわね」

 

 

酔い覚ましの薬入りの冷水により一気に酔いが覚めた2人は真剣な顔をして静かに座り直した。

ダンブルドアは朗らかに笑いながら杖を振るい2人をさっぱりと乾かすと、今度は本当の葡萄ジュースの瓶を差し出した。

 

 

「ま、クリスマスじゃから大目にみよう。大人が気付かなかったのも責任がある」

 

 

ダンブルドアはルイスの隣にいたセブルスをチラリと見たが、セブルスはその目を無視した。

 

 

「さあ、これはちゃんとした葡萄ジュースじゃ、飲みなさい」

「あーいえ。水で…はい、水でいいです」

「私も、水で…」

「ふむ、水はこっちじゃ。酔いは覚めてもアルコールは残っておるからの、沢山飲みなさい」

 

 

水の透明な瓶を2本渡された2人は小さな声で「メリークリスマス…」と互いに呟き瓶をぶつけ合うと一気に水を飲み干した。

 

 

その後はトレローニーも、そしてソフィアとルイスも普通に過ごしていた。少しアルコールのせいで気持ち悪さがあり料理を食べる手が止まっていたが、それは仕方のない事だろう。

 

2時間後、デザートまで平らげたハリーとロンははち切れそうになった腹を摩りながら立ち上がり、ハーマイオニーとソフィア、ルイスにもう戻るかどうかと聞いた。

 

 

「君たちも帰る?」

「…私、ちょっと…吐き気止めを貰いに行くわ」

「ぼ、ぼくも…」

「私、マクゴナガル先生にちょっとお話があるの」

 

 

ハーマイオニーはハリーとロンを見ず、空の皿を見ながら呟いた。

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、ハーマイオニーが何をマクゴナガルに話すのかわかり、付き添おうとは思ったが──。

 

 

「「うっ…」」

 

 

真っ青な顔で口を抑えた2人は、急いでトイレへと向かわねばならなかった。

 

 



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136 何よりも優しい人!

 

ソフィアは少し痛む頭を抑えながらよろよろとグリフィンドール寮へ戻った。いつもならこの後ルイスもグリフィンドール寮へ行き、就寝時間までハリー達と過ごすのだが「今日は…もう寝るよ…」と同じように頭を抑えながらスリザリン寮へ行ってしまった。

吐き気止めはもらう事が出来たが、2人が故意ではないにしろ未成年でありながらアルコールを飲んだ事にポンフリーはカンカンになって怒り、かなり長い時間絞られていた。

 

 

「ソフィア!」

 

 

談話室に入るなり、ハリーとロンが怒りで顔を真っ赤にしながらソフィアの名を呼び、驚いて目を丸くしているソフィアの手を引くと無理矢理暖炉近くに座らせ左右からマシンガンのようにハーマイオニーの文句を言った。

 

 

「聞いてよ!さっきマクゴガナルが来て!僕の箒を持っていったんだ!」

「まぁ…」

「ブラックがハリーに箒だって?へっ!そんなわけあるか!」

「うーん…」

「ソフィア、呪いを調べるってどうやるか知ってる?ああ、どうなるんだろ…」

「さぁ…」

「分解だなんて!それこそ犯罪行為だ!」

「そうね…」

「くそっ!あの女!自分が飛行術苦手だからってハリーに恨みでもあるのか!?」

 

 

憎々しげに叫び膝を叩くロンを見てソフィアは片眉を上げる。

興奮したままの2人を落ち着かせる為にポケットに入れてあったヌガーを取り出し、包みを開くとまだ文句を言い続ける2人の口に押し込んだ。

 

 

「むぐっ…」

「うっ…」

「ハリー、ロン。…ちょっと落ち着いて?つまり、ハーマイオニーはブラックからの贈り物かも知れない。もし何か…万が一呪いがかかっているのなら、ハリーが大怪我をしてしまうかもしれない。それは悲しくて嫌だから、マクゴガナル先生に伝えたのよね?あくまで善意なのは、分かってるわよね?」

「……分かってるさ」

「うん…」

 

 

口の中で甘いヌガーを転がし、ソフィアのゆっくりとした穏やかな声により2人は少し、興奮を抑えた。

それでも胸の奥には怒りと悲しみが燻るままで、直ぐにはハーマイオニーを許せそうにない。勿論、善意でマクゴガナルに報告したのだとハリーはわかっているが、あの素晴らしい最高峰の箒の持ち主になれたのがたった数時間だなんて虚しすぎる。箒はいつ、どのような状況で戻ってくるのかわからないとなれば──腹が立つのも仕方がない。

 

 

「ただねぇ…私も、ブラックからの贈り物だとは…思いたく無いのよね」

「ブラックがこんな箒買えるか!」

 

ロンは吐き捨てるように文句を言った。ソフィアは「そうなのよ、ロン」と真面目な顔でロンを見て頷く。

 

 

「脱獄囚が箒なんて買えないわ。…少なくとも、協力者が必要になるでしょう?…それに、ハリーが箒を失ったこのタイミングでの贈り物…間違いなく、ハリーの身の回りの出来事を知ってるのよ」

「…スネイプが言ってた…内通者が、ホグワーツに居るって事?」

 

 

ハリーの唖然とした呟きに、ソフィアは肩をすくめ首を振った。わからない、そんな事を考えたくは無い。けれどもしブラックが送った箒だとわかれば、それは内通者の存在を濃厚にする。

 

 

「あまり、考えたくは無いけれどね。…まぁ、万が一って事もあるから、私も調べる事自体は賛成よ」

「ソフィア!君もか!?」

「ソフィア…」

「信じられない!全く君たちはどうにかしてるよ!」

 

 

ロンはソフィアも賛成だとは思わず、ふたたび顔を真っ赤にして怒り出したが、ハリーは腹を立てているような、困惑しているような、複雑な表情で眉を顰めソフィアを見上げた。

 

 

「私も、ハリーが傷つくのは嫌だもの。──自分が傷つくよりもね」

 

 

それだけを言うとソフィアは立ち上がり、未だに文句をぶつぶつ言っているロンと、黙ってソフィアを見つめるハリーを置いてすぐに女子寮への階段を上がった。

 

 

自室の扉を開ければハーマイオニーのベッドから啜り泣く声が響いていた、明かりも灯さず、薄暗い室内で声を震わせ泣いているハーマイオニーにソフィアは杖を降り室内に仄かな明かりを灯し、ベッドに近付くと閉められていたカーテンをそっと開けた。

 

 

「ハーマイオニー…」

「ソフィア…」

 

 

ハーマイオニーはベッドに肩を落として座り込み、絶えずぽろぽろと涙を流していた。

ソフィアはベッドの上で膝をつき、優しく頭を引き寄せ胸に抱きしめた。

ソフィアの胸に頬をつけたハーマイオニーは刹那泣き声を止めたが、すぐに大きく表情を歪め、ソフィアに縋り付くようにして泣きじゃくる。

 

 

「わ、私っ…!あ、あんな怪しい箒、きっ…危険だからっ!ハリーに、もしものことが、あったら…!」

「そうね、私もそう思うわ」

「なのに、あの2人っ…!全然、分かってくれなくて…!」

「そうね、ハーマイオニー。私はあなたが正しい事をしたと分かってるわ。私も…マクゴガナル先生に言いに行こうと思ったもの」

「ソフィア…!」

 

 

わぁんと声を上げて泣き続けるハーマイオニーを抱きしめたまま、ソフィアは優しくその背中を撫で続けた。

ハーマイオニーは正しい。あれは少々怪しすぎる箒だ。何も無いに越した事はない、それを調べる事はけっして無駄ではない。

 

 

──ハーマイオニーはいつも正しいわ。…ただ、ちょっと…いつも急ぎ過ぎなのよね。

 

 

ソフィアは自分に抱き着き、顔をくっつけたまましゃくりあげる声を聞き、そう思った。

 

ハリーもロンも馬鹿ではない。

少しカッとしやすいが、話せばわからない事もなかっただろう。いきなりマクゴガナルに報告に行くのではなく、その箒の不審な点をしっかりと伝え、話し合うべきだった。

そうすれば──勿論、拒絶しただろうが、切々と訴えれば箒を調べようと思ったかもしれない。

少なくともハリーは一年生の時に呪いが掛けられた箒に乗り、振り落とされそうになり、命の危険があったことを忘れてはいないだろう。嫌がりはするだろうが、きっと分かってくれた筈だ。

 

ハーマイオニーに落ち度があるとすれば、彼らに何も言わずマクゴガナルに報告してしまった事だ。ハーマイオニーは一刻も早く報告しなければ、談話室でハリーとロン、そしてソフィアが箒に乗ってしまうかもしれない──そう思っての事だったが、不運にもそれはハリーとロンを激怒させる事となった。

 

 

ソフィアは窓の外の景色を見て、あやすように優しくハーマイオニーの背中を叩いた。それは母親が幼子にする慈愛と暖かさの籠った──癒しの眠り魔法だった。

勿論、ソフィアはその事は知らない。ソフィアは母を覚えていない。──覚えていないだけで、魂の奥底にしっかりと母のことを記憶しているのだが、ソフィアはそれにも、気付けなかった。

 

 

癒しの眠り魔法は、それを受けた事のある者しか使えない。母から子に、そしてその子が大きくなりまた、自分の子に──。

確かな母の愛を感じた事のある子のみ受け継がれていく、そんな、ささやかで優しい魔法だった。

 

 

 

「──ハーマイオニー?」

 

 

ふと、ソフィアはハーマイオニーが静かになった事に気がつき、そっと声をかけた。

ハーマイオニーはソフィアの腿の上に頭を乗せ、頬に涙の跡を残したまま、すうすうと小さな寝息を立てていた。

 

 

ソフィアは泣き過ぎてじんわりと汗が滲み額に張り付いているハーマイオニーの前髪を優しく払う。

 

 

「おやすみなさい…」

 

 

不器用だが、とても優しい親友がせめて夢の中では心安らかであるよう願いながら──ソフィアはハーマイオニーのつむじにそっと口付けを落とした。

 

 

起こさないようにそっと杖をポケットから抜き取ると優しく数回振った。

ふわりと毛布がソフィアのベッドとハーマイオニーのベッドから飛んでくると羽のように優しくハーマイオニーを覆い、一枚の毛布はソフィア自身の肩にかかった。

ソフィアは浮かんできた枕を大きくすると、それに背中を預けた。

 

じんわりとした温かみを感じ、ソフィアも静かに目を閉じた。

 

 

 

真夜中にふと、ハーマイオニーは目を覚ました。

熱を持ち腫れぼったく、うまく開かない目を擦れば顔に感じるくすぐったさに気づく。

視線を上げれば俯いたソフィアの長い髪が自分の頬を掠めていた。

大きな枕に背を預け、ハーマイオニーを優しく抱きしめるように背中に手を回しているソフィアは、深く座ったままの姿勢で眠っていた。

 

 

ハーマイオニーはソフィアに慰められながら眠ってしまったのだとようやく気付いた。背中を優しく叩くその手があまりに心地良くて、全てを曝け出して縋りつきたくなる程の、包み込むようなじんわりと暖かいその空気に安心し眠ってしまった。

 

ハーマイオニーはソフィアを起こさないよう慎重に自分の背中にある腕を離し、そっと身を起こした。

 

小さな寝息を立てながら眠るソフィアを、ハーマイオニーはぐっと泣きそうな目で見る。

 

 

──ソフィア、あなたがいなかったら…私は…。

 

 

もし、ソフィアが居なければ。ソフィアと友人になっていなければ。きっと自分は潰れてしまっていた。ハリーとロンからの視線と怒りに耐えられなかっただろう。

自分が正しいとは分かっていても、周りがそれを認めない辛さと寂しさは自分が1番よく知っている。

 

 

今目に溢れているのは冷たい涙ではない、胸から込み上げるこの感情は、視界をぼやけさせるこの涙は──。

 

 

ハーマイオニーは服の袖で涙を拭うと座ったままのソフィアの背中にある枕をゆっくりとずらし、その体を横たえさせた。

 

 

「──んぅ…」

 

 

ソフィアが小さく身じろぎをしたが、それでも目を覚ます事はなく、ハーマイオニーはホッと息を吐くと毛布をしっかりと被せ、自分もその隣に寝転んだ。

 

 

「おやすみなさい、ソフィア…」

 

 

ハーマイオニーは小さく呟き、目を閉じた。

 

 

 



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137 2人と2人!

 

翌朝からクリスマス休暇が終わるまで、ハーマイオニーは談話室を避けていた──いや、ハリーとロンを避けていた。気まずさもあるが、自分は間違えた事をしていないという信念からけっして2人に謝る事も無く、整然とした態度を崩さなかった。

ハーマイオニーは図書室に篭り、課題に取り組む傍ら、ヒッポグリフの裁判についても必死に調べた。ソフィアもヒッポグリフの判例を探していたが、何にでも完璧以上を求めるハーマイオニーのキャパは既に限界を超えていた。

 

顔色は悪く、目の下には濃い隈ができいつも辛そうに眉を寄せている。

ソフィアはハーマイオニーを手伝いたかった──せめて、少しくらい課題を写しても良いのではないか、そう思ったが少しの甘えも許さないハーマイオニーは、ソフィアの手助けを拒んだ。

ソフィアもハーマイオニーと同じように全科目を受講している。大変なことに間違いはないが、それでもまだ彼女ほど精神的に追い詰められていないのは──ソフィアはとても要領が良く、尚且つ完璧を求めなかったからだ。

 

ハーマイオニーは課題が羊皮紙2巻き分だとしても、4巻きほど書いてしまう。100点満点のテストで120点を取る為に寝る間も惜しんで努力する。

ソフィアは課題が羊皮紙2巻き分なら、しっかりと2巻き分書き、100点満点のテストなら90点が取れるのならそれで良しとしている。──その差だろう。

 

 

クリスマス休暇が明け、生徒達がホグワーツに戻り以前のように賑やかになってもまだ、ハーマイオニーはハリーとロンと以前のように話す事はなかった。ロンはハーマイオニーを一目見るとツンとそっぽを向き、けっして目を合わそうとはしなかった。

ハリーはソフィアに言われた事を考え、クリスマス休暇があける頃には気持ちも落ち着いて来ていたが──だが、クィディッチのチームメイトであるウッドやフレッドとジョージがクィディッチを話題にするたびに箒の事を思い出し、もやもやと心の奥で燻る気持ちを無視する事も出来なかった。

結果、自然とハリーはロンと過ごし、ハーマイオニーはソフィアと過ごしていた。

 

ロンは、少々ソフィアにも怒っているようで、ソフィアは気にせずすれ違うたびに挨拶をしたが、ロンはぶっきらぼうに呟くように答えるだけだった。

 

 

 

日を追うごとにハーマイオニーは追い詰められ常に辛そうに顔を歪ませストレスから苛々とした気持ちを抑えきれなくなっているようだった。ソフィアが話しかければ答えはするものの、その言葉に──ハーマイオニー自身は無意識だろうが──やや、刺々しい響きがあった。

 

 

「ハーマイオニー、すこし休憩しない?」

「…そんな時間、あなたにはあっても、私にはないわ」

「…私、ハニーデュークスで買ったキャンディを持ってるの?食べない?」

「いらないわ」

 

 

夕食を取りに大広間に向かう途中、ソフィアは廊下を早歩きで歩くハーマイオニーを追いかけながら言ったが、返事はとても冷たいものだった。

ソフィアは肩をすくめ、ポケットから出しかけていたキャンディをもう一度戻す。ハーマイオニーは追い詰められているだけだ、本来の彼女はこんな言い方はしない。──そう分かってはいるが、チクリと胸に痛みを感じてしまう。

 

 

早く歩いていたハーマイオニーは突然ぴたりと足を止め、じっと前を睨むように見ていた。どうしたのかと隣に並び前を見て少し先にロンとハリーがいる事に気付く。

 

 

「ルーピンはまだ病気みたい。そう思わないか?一体どこが悪いのか、君わかる?」

 

 

ロンの言葉を聞いたハーマイオニーは苛々とした粗暴な舌打ちを零すと鞄の口が空いている事に気付き──かなり嫌そうに顔を顰め──その場にしゃがみ込んで沢山の本を詰め直した。

 

その大きな舌打ちを聞いたロンがくるりと振り返り、ハーマイオニーと同じく言葉に苛立ちを含みながら突き離すかのような声でハーマイオニーに聞いた。

 

 

「なんで僕たちに向かって舌打ちなんかするんだい?」

「何でもないわ」

「いや、何でもあるよ。僕がルーピンはどこが悪いんだろうって言ったら君は──」

 

 

ロンはつかつかとハーマイオニーに歩み寄りながら食ってかかったが、ハーマイオニーは鼻先で笑うと表情を歪め嗤った。

 

 

「あら、そんなこと、わかりきった事じゃない?」

「教えたくないなら、言うなよ」

「あら、そう」

 

 

ハーマイオニーは目を細め高慢に言うとそのまま肩をぶつけるようにして大広間に向かった。

 

 

「知らないくせに!あいつ、僕たちにまた口をきいてもらうきっかけが欲しいのさ!」

 

 

ロンは憤慨してハーマイオニーの後ろ姿を睨みつけていたが、ソフィアがまだこの場にいる事に気がつくと憤ったままじろりと睨む。ソフィアは目を見開き、固まった。

 

 

「なんだ、ソフィアまだいたの?早くどっか行けよ」

 

 

その言葉にソフィアは唇を噛むと俯いたままでハーマイオニーの後を追いかけて走り去った。

ロンはてっきり何か言い返すかと思ったが、何も言わずに去っていったソフィアの背中を少しバツが悪そうに見送る。──八つ当たりだ。そう、ロンは自分でもわかった。

 

 

「ロン、ソフィアは…」

「ソフィアも、ハーマイオニーに賛成してるだろ!?」

「…、…うん、そうだけど…」

 

 

流石にその怒りをソフィアに向けるのは間違えている。ハリーはそう言おうと思ったがあまりにロンが怒っている為何も言わずに口を閉ざした。

今回の2人の喧嘩は、流石に長引きそうだ。きっと、箒が無事に帰ってくるまでそれは続くだろう。

ハリーはソフィアとまで険悪な雰囲気になりたくはなかったが、クリスマスの日からまともに会話する事が出来ていなかった、ソフィアの側にはいつもハーマイオニーが居たし、何よりハリーの隣にはロンがいる。2人の側でにこやかに会話するなど、無理な事だ。

 

ハリーは走り去っていったソフィアの背中を見ながら心の中でため息をこぼした。

 

 

 

 

ソフィアは木曜日の夜、宿題に必要な本を借りに図書室へ行っていた。ハーマイオニーはきっと談話室の隅で沢山の机を占領し必死になり宿題をしているだろう。一応、一緒に行くかと声をかけたがその返答は勿論ノーだった。

 

いくつもの本を持ち、思ったより遅くなってしまったと思いながらソフィアは独り廊下を歩いていた。角を歩き、甲冑が並ぶ廊下に出た途端、その甲冑の足元に何か黒い影がある事に気付きソフィアは肩を揺らし飛び上がった。

 

 

「ソフィア?」

「…ああ!ハリー!…びっくりしたわ…」

 

 

ソフィアは聞き覚えのある声とぼんやりと見えたその人にドキドキと鳴る胸を抑えながら安堵の息を吐く。──一瞬、ブラックが潜んでいるかと思った。

 

暗がりの中、台座の上に力なく座り込むハリーの顔色は悪く、ソフィアは心配そうに眉を寄せるとハリーに駆け寄り、目の前でしゃがみ込んだ。

 

 

「どうしたの?ハリー。とっても顔色が悪いわ…医務室へ行く?」

「ううん…大丈夫」

「…そう?無理しないでね…」

「うん。…隣、座る?」

 

 

ハリーはそっと台座の横を指差し少し端によった。ソフィアはすぐに頷くと隣にちょこんと腰掛ける。椅子では無い台座は狭く、自然と2人の肩は触れていた。

 

 

「僕…今、ルーピン先生から守護霊魔法を教わってるんだ。吸魂鬼を追い払う為に…それの帰りなんだ」

「そうだったの…」

 

 

ハリーはぽつぽつと先程の訓練の様子を話しだした。

 

 

「ルーピン先生がボガートを連れてきて、それで吸魂鬼に変身したら魔法を唱えるんだけど…難しくて…」

「守護霊魔法は高度だもの…無理もないわ。…ねえ、本当に大丈夫?…その、お母さんの…叫び声が聞こえるんでしょう?」

 

 

ソフィアは心配そうにハリーの目を覗き込む。ハリーは疲れたように笑い、そして目を伏せた。

 

 

「うん…今日、初めて母さん以外の声を聞いたんだ。…父さんと…もう1人居た」

「…マクゴガナル先生が、巻き込まれた人が居るって…」

「多分、その人だ」

 

 

ハリーは目を閉じ、その時の記憶を思い出した。

 

 

 

 

男の引き攣ったような声が聞こえた。

 

「リリー!ハリーを連れて逃げろ!あいつだ!早く行くんだ!」

「リリー、私達が食い止めるわ、早く逃げて!」

「何を言ってるんだ!君も早く!」

「馬鹿言わないでジェームズ!…リリー!行って!」

 

誰かがよろめきながら出て行く音、ドアが勢いよく開く音、甲高い哄笑──。

 

 

 

 

「多分、女の人…だと思う。父さんと一緒にヴォルデモートに立ち向かってた…。父さんとその人は…母さんが逃げる時間を作るために…」

「…そう…勇敢な人達だったのね」

 

 

ソフィアはヴォルデモートの名前が出た事に顔を硬らせたが、ハリーの声の震えに気付くと優しく呟いた。

 

 

「僕…僕、初めて、父さんの声を聞いて…それが、死ぬ前の声なのに…嬉しかったんだ。こんな気持ちじゃ守護霊なんて、作り出せない……でも…」

「…ハリー、そう思うのも、仕方がないわ。…私も…母様の記憶が無いもの、写真で知ってるだけで…全く覚えてない…誰も教えてくれない…。きっと、それが…死ぬ前の声だとしても聴きたいと──願ってしまうわ」

 

 

ソフィアは前を向いたままぽつりと呟いた。

いつもの慰めるような優しく包み込む声ではなく、悲しみが多く含んだ声にハリーは息を呑む。

 

 

──そうだ、ソフィアもお母さんの事を何も知らないんだ。

 

 

ホグワーツに来る前までは、ソフィアは母の事をあまり考えなかった、ルイスと父が居る、それだけで充分だと思っていたが、ホグワーツで母親の残滓を見つけるたびに心が揺れていた。──本当は、ソフィアも母の事を知りたかった。ただ、話そうとしない父の気持ちを汲み取り、気にしないふりをしていただけで。

 

 

ハリーは何も気の利いた言葉をかける事が出来ず、無言のままソフィアの頭をおずおずと撫でた。ソフィアは少し驚いたようにハリーを見ると目を細めて微笑み、その肩にそっと頭を乗せた。

 

ハリーは自分の肩の温かな重みと、ソフィアの静かな息遣い、仄かに香るシャンプーの匂いに──何故か心臓がどくんと跳ねたのを感じた。

いつもの明るいソフィアではない、どこか物憂げな横顔を見て、ハリーは胸がドキドキ鳴る事に首を傾げながら何か話題はないかと必死に思考を動かした。

 

 

 

「ソフィアは…その、両親の事、何も知らないの?お父さんの事も?」

 

 

あまりソフィアは親のことを話さない。ハリーも踏み込んで聞くことはなかった──気持ちがよくわかるからだ──だが、今なら聞いてみてもきっと答えてくれるだろうと、小さな声で尋ねた。

 

 

ソフィアは暫く無言だった。

やはり聞いてはいけない、無遠慮な質問だったと慌てて「ごめんね」と言おうとした時、ソフィアは口を開いた。

 

 

「父様の事は──…知ってるわ。けれど…ごめんなさい。…私だけの判断では…言えないの」

「謝らないで!…僕こそごめん、言いにくい事もあるよね」

 

 

ハリーはソフィアの言葉を聞き、きっと父親の事で何かがあり、ルイスと2人で決めた約束事でもあるのだろうと解釈した。

暗く落ち込んだ目を見せるソフィアに、何か別の話題を振ろうとハリーは咄嗟にリーマスの事を話した。

 

 

「そういえば。ルーピン先生は僕の父さんの友達だったんだって」

「──え?」

「ブラックの事も、知ってる人だって…知っていると思っていた…って言ってた。僕の父さんの友達なら当たり前かもしれないけどね」

「……。…そう…なんだか、不思議ね。…さあ、そろそろ寮に戻らない?ここは寒いもの」

 

 

ソフィアは何とかそれだけを言うと話を無理矢理変えるようにそう言って笑い、ぱっと立ち上がった。

肩に乗っていた暖かさが無くなったハリーは少し残念に思いながらも、たしかに足先が冷えてきたのを感じ同じように立ち上がる。

 

ハリーは手に残っていたチョコを半分に割ると片方をソフィアに差し出した。

 

 

「食べる?少し気持ちが落ち着くんだ」

「ありがとう、いただくわ!」

 

 

ソフィアはにっこりと笑いそのチョコを受け取ると一口で頬張り、いつものようににっこりと明るく笑った。

 

 

 



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138 スキャバーズ!

 

新学期が始まり、気がつけば2月になった。ソフィアとハーマイオニーはよく花束を持つ少女の部屋に来ていた。

ここなら誰にも邪魔をされず、そして──ハーマイオニーにとって嫌な事が聞こえる事も無かった。

 

 

「…2人とも、夜寝れてる?隈がすごいよ。…特にハーマイオニーは…」

 

 

ルイスは山のように積み重なる教科書の奥で必死になって羊皮紙に何か書き込み続けるハーマイオニーを見て心配そうに呟くが、ハーマイオニーは少したりとも目を上げなかった。そんなお喋りに付き合う余裕も、今彼女には残されていない。

 

ルイスもまた、ソフィアとハーマイオニーと共にヒッポグリフの件で色々と有利な判例を探していたが、難航していると言って良いだろう。魔獣が許される事件はそもそも少ない。

 

 

ソフィアはルイスの心配そうな声に羊皮紙に向かっていた手を止め、顔をあげると目を擦った。たしかに、最近はよく眠れていないかもしれない。勉強の事、ヒッポグリフの事、そしてハリー達との事…頭を悩ませる事が多すぎる。

 

 

「はぁ…なかなか終わらないわ…ハーマイオニー、少し休憩に──」

「しないわ」

 

 

ソフィアの言葉を全て聞く前にハーマイオニーはキッパリと告げ、書き込んでいた手を止め新しい羊皮紙を広げ──また物凄い勢いで書き込み始める。

ソフィアとルイスは頑なに休息を取らないハーマイオニーに顔を見合わせ肩をすくめた。

 

こんな追い詰められていては、宿題はこなす事が出来ても、精神的にすり減って行く。

 

 

ソフィアは一度大きく息を吸い、そして意を結したような目で立ち上がりハーマイオニーの元へ向かった。

さっと上から細かく動く羽ペンを取るとすぐに背中に隠す。

 

 

「何するの!?」

 

 

 

ハーマイオニーは机を叩きながら立ち上がる、身長差から、ハーマイオニーが見下ろすようにソフィアを睨んだが、ソフィアは怯む事なくその目を見返した。

 

 

「ハーマイオニー、少しは休まないとダメよ。そんな気持ちで勉強しても、辛いだけだわ!」

「休む暇なんてどこにあるの!?返してよ!」

 

 

ハーマイオニーは首を振り、イライラとしながらソフィアに手を突き出す。だがソフィアは一歩後ろに下がりすぐに返そうとはしなかった。

 

 

「駄目!お願い、10分でいいから…じゃないとハーマイオニー…あなた、倒れちゃうわ!」

「10分!10分ですって!?そんな時間あると思う?私、明日までに後300ページ以上も読まなきゃいけない本もあるの!」

「でも──」

「返してソフィア!私が倒れてもあなたに関係ないでしょう!?私とあなたは違うの!私はあなたみたいに適当に終わらせる事なんて出来ないのよ!──もうほっといてよ!」

 

 

ハーマイオニーはヒステリックに叫びながらソフィアに飛びかかり後ろに隠されていた羽ペンを無理矢理奪い取るとすぐに強い目で睨む。

ソフィアが何か言う前に、ハーマイオニーは鞄に素早く教科書を詰めると直ぐに出口へ走り──飛び出していってしまった。

 

 

「ハーマイオニー…」

 

 

ソフィアは出口を見ながら悲しげに呟き、大きなため息を吐き肩を下げると静かにソファに座った。ルイスはすぐにその隣に移動すると、項垂れるソフィアの頭を自分の肩に乗せ、ぽんぽんと叩く。

 

 

「…かなり、まいってるようだね」

「ええ…ハーマイオニー…本当に、少しも休息を取らないし…追い詰められてるの…箒の件もあるでしょう?いつも泣きそうで、辛そうで…もう、私…見てられないわ…」

「…そうだね…。ハーマイオニーは真面目で、自分にも厳しいから。少しも手を抜く事が許せないんだよ」

「ええ…彼女の美点だわ。…今は、──欠点だけど」

 

 

ソフィアはため息をつき、ハーマイオニーに渡すはずだったチョコレートをぱくりと口に入れた。口内にじんわりと甘さが広がるが、ソフィアの落ち込んだ気持ちは晴れなかった。

 

 

「ソフィア、元気出して?…今日は幸せな気持ちを思い出さないといけない日だ」

「ああ…そうね、そうだったわ…」

 

 

木曜日の5限目はセブルスとの守護霊魔法の練習の時間だ。ソフィアはもぐもぐと口を動かしながら、今心から幸福だといえる気持ちに──果たしてなれるのか、微塵も自信はなかった。

 

 

昼休みが終わり、ソフィアとルイスは少女の部屋の前で別れた。この次は確か闇の魔術に対する防衛術のはず、ソフィアは久しぶりに一人でその教室へと向かった。

 

 

 

もう、きっとハーマイオニーは先に行っただろう。そう思ったが、教室に向かう途中の廊下で壁に背を預け教科書を読みながらハーマイオニーが独りぽつんと立っていた。

 

 

「…ハーマイオニー?」

「ソフィア…」

 

 

ハーマイオニーは顔を隠すように読んでいた教科書を下げると、顔中に後悔を滲ませた表示で、今にも泣きそうになりながら目を伏せた。

 

 

「ご…ごめんなさい、私…あなたに…ひどい事を…」

 

 

閉じられた教科書を胸の前で抱き締めるその腕と声は小さく震えていた。

ソフィアはふっと微笑み直ぐに「気にしてないわ」と言おうとしたが──思いとどまり、無言でハーマイオニーの側に近付いた。

ハーマイオニーはいつもならすぐに何かを言ってくれるソフィアが無言である事に、きっと凄く怒っているのだと思い項垂れたまま視界に映るソフィアの足を見た。自分の少し前でソフィアは止まり、それ以上進む事も──抱きしめてくれる事も、ない。

 

 

「許さないわ」

 

 

静かなソフィアの声に、ハーマイオニーはぎゅっと目閉じ肩を震わせた。

いつもソフィアには救われていた、その優しさに甘え過ぎていたかもしれない。

 

 

──ずっと気にしてくれていたのに、私はなんて事を…。

 

 

ハーマイオニーは深く後悔し、例え許されなくとも。もう一度謝ろうと勢いよく顔を上げソフィアを見た。

 

ソフィアは、いつものように優しく目を細め、どこか悪戯っぽく笑っていた。

 

 

「夕食後、ハーマイオニーの時間を私にくれるのなら──許すわ」

 

 

虚をつかれたような顔で目を見開いたハーマイオニーは、次の瞬間には顔をくしゃりと歪め、手に持っていた教科書を床に落とすと両手を広げるソフィアの胸に飛び込んだ。

 

 

「ソフィア!本当にごめんなさい…!」

「気にしてないわ、ハーマイオニー」

 

 

ソフィアは強く自身を抱き締めるハーマイオニーの背中を優しく撫でる。ハーマイオニーは胸に込み上げる熱い気持ちに、一気に視界がぼやけるのを感じた。

ソフィアの肩に強く目を押し付けたまま、ハーマイオニーは心の底から謝った。

 

 

「ごめんなさい…私…私、本当に…」

「もう謝らないで!…ハーマイオニーはちょっと頑張りすぎよ、…ほら、肩の力を抜いて、後でお菓子を食べましょう?そうすれば気分も良くなるわ!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの肩を持ち優しく体を離すと、ぽんぽんとその肩を叩いた。同じように授業を取り、同じようにビックバークを救うために毎日夜遅くまで調べているというのに、ソフィアは少しも追い詰められていない。──いや、本当は辛いのかもしれない。しかしそれを微塵も出さず他人を気遣うことのできるソフィアに、ハーマイオニーは羨望とも、憧れとも取れる眼差しを向けた。

 

どうすれば彼女のように、何に対しても優しくなれるのだろう。同じ歳なのに、いつも彼女は優しくて、暖かくて──。

 

 

「ほら、行きましょう。今日最後の授業が始まるわ」

「ええ…ソフィア。これ…あなたが持ってて?」

 

 

ハーマイオニーは落ちた教科書を拾うソフィアに、自分の首にかけていた逆転時計を外しそっと手のひらに乗せて渡した。

ソフィアはきょとんとしていたが、すぐに頷き受け取ると、しっかりと首にかけ服の中に隠す。

 

 

「ごめんねハーマイオニー。これを持ってる事も…負担だったわよね」

「…ええ、少しね…。ソフィアに任していいかしら…?」

「勿論よ、安心して!悪戯には使わないわ!」

 

 

ソフィアはにっこりと笑い、ハーマイオニーも疲れたような表情だったが薄く微笑んだ。

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の授業が終わった後、ソフィアは守護霊魔法を習得するためにセブルスの研究室へと向かった。走る動きに合わせて揺れる逆転時計を感じ、たしかにハーマイオニーには重荷だったかもしれない、とぼんやりと思う。

逆転時計はかなり貴重な物であり、危険な物だ。万が一にも、無くしてはいけない。そのプレッシャーを半年間ハーマイオニーはずっと感じ続けていた。それを誰よりも信頼できるソフィアに渡したハーマイオニーは、少し気が楽になっていた。

 

 

「先生、ソフィアです」

 

 

ソフィアは扉を数回叩く。

すぐに扉は開かれ、セブルスではなくルイスがソフィアを迎え入れた。

 

 

「ソフィア遅いよ」

「ちょっと図書室に寄り道してて…父様、ごめんなさい」

 

 

ソフィアは肩をすくめながら研究室に入り、その先にいるセブルスにも申し訳なさそうな表情で謝った。

 

 

「構わん。…杖を出しなさい」

「はーい」

「ええ、わかったわ」

 

 

ルイスとソフィアはすぐに杖を出し、真剣な表情で目を閉じ幸福な記憶をじっと考えた。

 

 

「「エクスペクト・パトローナム!」」

 

 

2人の杖先から銀色の光が溢れ、それは盾のように広がり何か形をつくろうとはしていたが直ぐに四散する。

何度も練習を重ねている2人だったが、これ以上先に進む事が出来ていなかった。前回と同じような成果に、ソフィアもルイスも残念そうに眉を下げため息をこぼす。

 

 

「うーん、何で出来ないんだろう」

「…思う気持ちが足りないのだろう」

 

 

ルイスの呟きにセブルスは軽く答える。優秀な2人ならすぐに出来るようになると思っていたが、セブルスの想像以上に苦戦していた。

 

 

「…幸せな記憶って…もう思いつかないわ…」

 

 

ソフィアは眉を顰め、じっと自分の杖を見る。ソフィアは色々な記憶を思い出していた、父とルイスの事や一年生の時の誕生日パーティの事、ルイスが深い眠りから覚めたこと…どれもソフィアの幸福な記憶には違いなかったが、守護霊を出す事は叶わない。──それは、ルイスも同様だった。

 

 

「本来、この魔法は子どもには困難だ。人生経験が少ない分…幸福の記憶も少ない」

「大変な記憶なら、かなり沢山あるんだけどね。…この2.3年で」

 

 

ルイスは肩をすくめぽそりと呟いた。

間違いなく、他の子どもよりは稀有な試練を乗り越えてきた2人は、顔を見合わせて苦笑した。──しかし、今必要なのは過酷な試練の記憶ではなく、最も幸福な記憶だ。

 

 

ソフィアとルイスは杖を構え直し、その後何度も練習したが、やはり守護霊を出す事には至らずこの日の練習も終了してしまった。

 

 

 

 

夕食後、ハーマイオニーとソフィアは談話室で沢山の教科書や羊皮紙を広げていたが、いつもとは違いすぐに勉強に取り掛かるのではなく、少しの菓子を広げゆっくりと食べていた。

 

 

「またホグズミードへ行きたいわね」

「ええ、お菓子がもうすぐ無くなってしまうし…やっぱり疲れた時に甘いものはいいわね?」

「ええ…本当に、そうだわ…」

 

 

ハーマイオニーは口の中で甘酸っぱい飴を転がしながらしみじみと呟いた。

この時間があればきっと本の数頁は読めただろう。だが必死になればなるほど、脳の奥がチリチリとして言いようもない焦燥感に駆られていた。

目の前の課題は何一つ埋まっていない、いつもなら焦ってすぐに取り掛かっていただろうこの光景を見ても、不思議と心は凪いでいた。

 

 

「ハーマイオニー、私はあなたが心から楽しんで勉強している姿を見るのが好きよ」

「…そうね…忘れてたわ、前まではあんなに楽しかったのに…今は──苦しくて」

 

 

ハーマイオニーは勉強が好きだった。

マグルの世界から夢のような魔法界に来ることが出来て、想像もつかないような物事を知るのが何よりの楽しみだった。数々の本を読む事も苦ではなく、寧ろ新たな知識を得る事に胸をときめかせていた。

だが、今年は──今は、少しも楽しくなかった。無理矢理知識を詰め込み、必死に目の前の事をこなすのに精一杯で、趣味の読書も何も出来ていない。…追い詰められていた。

 

 

「…さあ!今日の宿題を終わらせましょう!」

「そうね、やりましょうか」

 

 

ソフィアは、ぱんと手を叩くと数占いの教科書を開き、ハーマイオニーはマグル学の教科書を開いた。

何も宿題は終わっていない。菓子を食べただけで根本的な事は何も解決はしていない。

だが、それでも──たしかに心は穏やかで、いつもよりも冷静に宿題に取り組めた。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーが談話室の一角を占領し、多すぎる本の山を築き上げながら宿題をしていると、突如談話室内が騒めいた。

 

何事かと2人は顔を上げ、生徒たちが集まりつつある場所を見る。

 

 

「ポッターは居ませんか?」

「え?ハリー?…ええっと…居ません」

 

 

ロンは何かハリーが仕出かしたのか不安になりながらぐるりと辺りを見渡す。8時ごろに出て行ってからまだハリーは戻ってきていない。

マクゴガナルは不安そうな生徒たちを見ると手に持っていた箒を少し掲げる。それに気づいたロンは目を見開き、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

「この箒の点検は全て終えました。結果──何も不自然な所はありませんでした」

 

 

わぁっと大きな歓声が上がる、クィディッチチームの生徒たちは飛び上がって喜び頬を紅潮させハイタッチを至る所で交わした。ウッドは何度もガッツポーズを作り、笑顔のフレッドとジョージに肩を組まれている。

 

 

「見かけたら私のところに来るように伝えてください。この箒を返さねばなりません」

 

 

そう言うとマクゴガナルはすぐに談話室から出て行く、残されたグリフィンドール生は口々に少しだけ見る事が出来たファイアボルトの素晴らしさを語り合った。

 

 

「良かったわね、何もなくて」

「ええ、…そうね」

 

 

ハーマイオニーが心配していた呪いは何もかかっていなかったが、箒を調べることは無駄ではなかった。何も不審な点が無い、それがわかった事は何よりも喜ばしい事だ。

 

 

少ししてハリーが手にファイアボルトを持ち満面の笑みで寮へ入ってくるとすぐに皆歓声を上げハリーを取り囲んだ。世界で最も素晴らしい箒を見ようと首を伸ばし、その輝かしさに感嘆の息を吐く。

 

ソフィアは嬉しそうなハリーを微笑みながら見ていた。この箒を何よりも待ち望んでいたのはハリーだ、本当に良かった。──これで、ハーマイオニーとの確執も解消されるだろう。

 

 

沢山の寮生の手元に渡ったファイアボルトが戻った後、ハリーとロンはソフィアとハーマイオニーの元に向かった。

 

 

「返してもらったんだ」

「良かったわねハリー!」

 

 

にっこりとファイアボルトを持ち上げるハリーに、ソフィアは心からの笑顔を見せ立ち上がると、しげしげとその素晴らしい箒を眺めた。

ハーマイオニーはようやく目をあげると、すこしツンとした表情でハリーとロンを見る。──久しぶりに、ハーマイオニーが2人をしっかりと見た。

 

 

「言っただろう?ハーマイオニー。なーにも変な所はなかった!」

「あら、あったかもしれないじゃない!つまり、少なくとも安全だったって事が今はわかったわけでしょ!」

「本当に良かったわ、ね?ハーマイオニー。ずっと心配してたものね?」

 

 

ロンの言葉に噛み付くように返すハーマイオニーに、ソフィアが慌ててにっこりと笑いながら言えば、ハーマイオニーは「そうね」と小さく呟いた。

箒を返して貰えたハリーは、ハーマイオニーの言葉に少しも気分を害する事なくにこにことしたまま頷く。

 

 

「うん、そうだね。僕寝室に持って行くよ」

「僕が持っていく!スキャバーズにネズミ栄養ドリンクを飲ませないといけないし」

「そう?じゃあお願い。──ぶつけないでね?」

 

 

ハリーは手に持っていた箒をそっとロンに手渡す。ロンは何度も頷き、まるでガラス細工のように捧げ持つとウキウキとした軽い足取りで男子寮の元へ駆けて行った。

ハリーはそれを見送り、ソフィアの隣に座る。ソフィアのにっこりとした笑顔に同じように返し、心から安堵の息を吐いた。

 

 

「本当に良かった…」

「ええ、クィディッチの試合、応援してるわね!」

「任せて!絶対優勝杯を手に入れるよ!──君のために!」

 

 

ハリーはソフィアの明るい笑顔を見ているうちに、ついぽろりと言葉がこぼれた。何故こんなことを言ったのかよくわからない、優勝杯はグリフィンドールチーム全員の祈願だ──。きっと、今までソフィアには沢山迷惑をかけたから、ついそう言ってしまったんだ、ハリーはそう考えた。

 

ソフィアはハリーのその言葉に驚いたように目を見開いたが次の瞬間には明るい笑顔を見せ、頬を少し紅潮させ深く頷いた。

 

 

「頑張ってね!私のナイト様!」

 

 

ソフィアはいつものように半分からかいを含めて告げ、ハリーを抱きしめた。いつものようなハグだったが、ハリーは一気に顔を赤らめるとあわあわと手を振りしばらくしてそっとソフィアの背に手を回す。

心臓の音があまりにもうるさくて、ソフィアに伝わってはいないかと心配になった程だ。

それを見ていたハーマイオニーは片眉をあげ、少し納得したように頷く。

 

 

──ハリーは、きっとソフィアに恋してるわね。

 

 

4人の中で唯一他の誰よりも色恋に置いては聡いハーマイオニーはそう考えた。ソフィアはハーマイオニーと同じように賢かったが、色恋に置いてはハリーとロンと同じく、てんで鈍かった。

 

 

「ねえ、2人ともこんなにたくさん、どうやってできるの?」

 

 

ソフィアのハグから解放されたハリーは顔を赤らめたまま散らかった机の上を眺め2人に聞いた。ずっと気になっていたのだ、授業が重なっていても2人は──ハーマイオニーは皆勤しているという。

どうやって同じ授業を同時に受ける事が出来るのか、ハリーとここに居ないロンは不思議でならなかった。

 

 

「え、ああ──一生懸命やるだけよ」

「何とかなるものなのよ、ハリー」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせ、明言を避け曖昧に答える。ハリーは首を傾げながらハーマイオニーを見て、その目の下にリーマスと同じような隈が出来ていることに気づく。久しぶりにちゃんと見たハーマイオニーは、酷く疲れているように見えた。

 

 

「いくつかやめればいいんじゃない?」

「そんなことできない!」

「数占いって、大変そうだね」

「あら、すごく面白いわよ?」

「私の好きな科目なの。だって──」

 

 

嫌そうに複雑な数表を持ち上げるハリーに、ソフィアとハーマイオニーが数占いの素晴らしさを伝えようとした時、押し殺したような叫び声が男子寮から響いた。

 

賑やかだった談話室が一気に静まり返り、皆が固まって階段の先を見る。慌ただしい足音が聞こえ、次第に大きくなる──やがて、血相を変えたロンがベッドシーツを持ちながら談話室に飛び込み、ハーマイオニーを睨んだまま大股で近づくと手に持っていたシーツを突き出した。

 

 

「見ろ!──見ろよ!!」

「ロン、どうしたの?落ち着いて?一体何が──」

 

 

あまりの怒りにハーマイオニーは困惑し言葉を無くしていた。ソフィアは慌てた立ち上がると、ロンを落ち着かせようと側に寄りそのシーツを見てぴたりと動きを止めた。

 

 

「スキャバーズが!見ろ!スキャバーズが!」

 

 

怒りで要領の得ない言葉しか出す事が出来ないロンに、ハーマイオニーは全く訳が分からず、その勢いの強さと激しい怒りに困惑し身体を仰け反らせた。

 

 

「血だ!スキャバーズがいなくなった!それで、床に何があったかわかるか!?」

「い、いいえ…」

 

 

ベッドシーツには点々と赤いものがついていた。それはどう見ても、乾きかけた血だった。

ハーマイオニーはロンから告げられる言葉を恐れるように、声を震わせた。聡い彼女は、もう何を言われるのか──わかってしまった。

 

 

「これだ!よく見ろ!!」

 

 

ロンはハーマイオニーの翻訳文の上に数本の長いオレンジの猫の毛を投げ捨てた。

ロンは怒りと悲しみから顔を真っ赤に染めハーマイオニーを睨む、ハーマイオニーは唖然とそれを見つめていたが、ぎゅっと胸の前で指を組むと震える声のまま小さくつぶやいた。

 

 

「この毛は…クリスマスからずっとあったかもしれないわ…それに、ロン、ベッドの下はよく探したの?」

「なっ…!」

 

 

思っても見ない反論にロンは耳や首まで怒りから赤く染め、口をわなわなと震わせた。激しい怒りで何も言葉が出てこないその様子に、ソフィアはハーマイオニーとロンを見て──どちらにつけばいいのか、迷った。

 

 

「ロンはペットショップでクルックシャンクスがあなたの頭に飛び降りた時から酷い猫だって偏見を持っているわ!」

「き、君、正気か!?頭イカれてるんじゃないか!?」

 

 

ロンはベッドシーツを机に投げつける。点々としたその赤い血を見てハーマイオニーは少し怯んだが今更意見をかける事も出来ない。クルックシャンクスじゃない、そう強く主張し続けた。

 

 

「ソフィア!君はどう思うんだ!?」

「え?──あー…」

 

 

ロンは埒があかないとばかりにソフィアに意見を求めた。ソフィアは困ったように眉を下げながら、ハーマイオニーとロンの間で視線を揺らせる。ソフィアも、クルックシャンクスが怪しいとは思っている。クルックシャンクスはスキャバーズをしつこく狙っていたのはもはやどう弁解しても真実であり──それを真剣に受け止めず、クリスマスの日にハリーとロンの部屋に連れて行ったのはハーマイオニーだ。あれからクルックシャンクスはロンの部屋を覚え、スキャバーズを狙っていたのかもしれない。

 

 

「…そうね。うーん…その猫の毛は、いつからあるのか分からないわ。ハーマイオニーの言うようにクリスマスからあるのかも…でも、クルックシャンクスがスキャバーズを食べようとしてたのも…事実だわ…。…グレーかしらね」

「状況証拠では、クルックシャンクスがスキャバーズを食べたことに間違い無さそうだから。かなり黒寄りのグレーだね」

 

 

悩みつつ言葉を選びながら言うソフィアに、ハリーはつい横から口出しをした。途端にハーマイオニーの顔はみるみる赤く染まり強く机を叩くとハリーを睨んだ。

 

 

「いいわよ、ロンに味方しなさい。どうせそうすると思ってたわ!最初はファイアボルト、今度はスキャバーズ。みんな私が悪いってわけね!放っといて、ハリー!私とっても忙しいんだから!」

 

 

そう叫んだハーマイオニーは教科書の上にあるベッドシーツを剥ぎ取りロンに押し返すと、素早く教材をかき集め両手に抱えながら女子寮へ走り去った。

 

ロンはその背中に向かって彼が思いつく限りの悪態を突き、何度もその場で地団駄を踏んだ。

 

 

「…ロン、…部屋の中はもう探したのよね?」

「君までそんなことを言うのか!?」

 

 

ロンは怒り狂ったまま振り返り、噛み付くように叫び睨みながら背の低いソフィアを見下ろす。ソフィアは「落ち着いて!」と負けじと声を張り、怒りで強く握られ真っ白になり震えているロンの拳を両手で包み込んだ。

 

 

「違うわ!…もし、食べられたんじゃなくて、怪我をしただけで何処かに隠れているなら早く見つけてあげたいと思ったの!」

「──…探したよ、どこにも、居なかった」

 

 

ソフィアの言葉に一度深く息を吐いたロンは、重々しく呟く。心底打ちのめされ落ち込むロンに、ソフィアは優しくソファに座らせるとその隣に座り、慰めるように項垂れ丸まった背中を撫でた。

 

 

「元気出せ、ロン。スキャバーズなんてつまんないやつだって、いつも言ってたじゃないか。それに、ここんとこずっと弱ってきてた。一度にパッといっちまったほうが良かったかもしれないぜ?パクッ──きっと何にも感じなかったさ」

 

 

フレッドが落ち込むロンに駆け寄り元気付けるつもりで言ったが、それは全く慰めにならない言葉で、ソフィアは「フレッド!」と少し怒りながら彼の名を呼んだ。

 

 

「あいつは食って寝ることしか知らないって、ロン、お前そういってたじゃないか」

 

 

今度はジョージがそう言ったが、ソフィアに「ジョージ!」と強く言われ肩をすくめる。

ロンはフレッドとジョージの言葉に涙を溜めながら首を振った。

 

 

「一度、ゴイルに噛み付いた!覚えてるよね、ハリー?」

「うん、そうだったね」

「やつのもっとも華やかなりしころだな。ゴイルの指に残りし傷跡よ、スキャバーズの思い出と共に永遠なれ。──さあ、さあ、ロン。ホグズミードに行って新しいネズミを飼えよ。メソメソして何になる?」

 

 

フレッドは、彼なりに励ましているつもりだが、ペットを亡くしたばかりのロンにとってすぐに新しいペットのことなど考える事は出来ない。たしかにスキャバーズは魔力の片鱗も無く、退屈で、寝てばっかりで、役立たずだった。しかし、毎日共に寝て、ポケットの中にいるあの小さな温もりをロンは口では嫌がりつつも──大切にしていた。

 

 

「ロン、フレッドの言う事は気にしないで?今は新しい子の事なんて考えられないわよね?いきなりだったもの…それが普通だわ…。私だって、ティティが急にいなくなったら…何も考えられなくなっちゃうわ」

「ソフィア…」

 

 

ロンは涙でいっぱいになった目をソフィアに向けた。ソフィアは眉を下げ心の底からロンを心配し、優しく微笑む。悲しむ事は当然だろう。いきなり新しいペットなんて考えられない。…それは悲しみが癒えてから考えればいい、ソフィアはそう思った。

 

ソフィアの笑顔を見たロンは込み上げる涙を誤魔化すために、隣にいるソフィアの腕を引き強く抱きしめた。身体を震わせくぐもった泣き声をあげるロンに、いきなり抱きすくめられたソフィアは驚いていたが振り解く事はなく、何も言わずにその背を撫でた。

 

 

「ソフィアって、皆のママみたいだな」

 

 

それを見ていたフレッドがぽつりと呟く。

ソフィアは「大きな子供たちだわ!」と少し楽しそうにくすくすと笑ったが、ハリーは何故か胸がざわめきぎこちない笑みしか返せなかった。

 

 



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139 パーティの夜!

 

 

ハーマイオニーとロンの仲は最早修復不可能では無いかと、ソフィアはチラリと思った。箒の時よりも当然ながらロンはハーマイオニーに対して憎悪にも似た怒りを滲ませた。

ハーマイオニーもまたクルックシャンクスがスキャバーズを食べた証拠はないため決して謝らず非を認めず、クルックシャンクスのせいだと決めつけるロンに怒り狂っていた。

 

何度かソフィアは、可能性があるのなら謝ったほうがいいと伝えたが、ハーマイオニーは首を縦に振る事はなかった。一度は4人に戻りかけていたが、また2人と2人に分かれてソフィア達は行動するようになった。

 

 

大広間で分かれ、最も離れた場所で食事をとるソフィア達を見てルイスは首を傾げた。ファイアボルトが戻ってきたと言う噂は既に耳に入っている、それなのに何故まだ喧嘩を続けているのだろう。

 

 

「ソフィア、ハーマイオニー、おはよう」

「ルイス、おはよう」

「おはよう」

 

 

ソフィアはトーストを食べながらルイスを見上げる。ハーマイオニーは食事中であっても教科書を読む事をやめず小さく答えた。ルイスはハーマイオニーとそして遠くに居るロンを見ながらソフィアの隣に座りそっと声を顰めて話しかけた。

 

 

「どうしたの?」

「…実は──」

 

 

ソフィアは眉を下げ、困った様子で昨夜何があったかを小声で話した。──あまり大声で話すと、ハーマイオニーの機嫌を損ねてしまう恐れがある。

 

何があったかを聞いたルイスは、納得しつつ頷く。なるほど、たしかにスキャバーズはいつもクルックシャンクスから狙われていた。自分の知らないところで今まで何度もあったのだろう。クルックシャンクスが本当にスキャバーズを食べてしまったのか、それは分からないが──その可能性は高いだろう。ハーマイオニーはクルックシャンクスに「ダメよ」と言いながらも、あまり真剣に考えていなかったのも事実だ。

 

 

ルイスは友人達をゆっくりと見渡した。──少しだけ、残念に思った。彼らなら、箒やネズミよりも友情を大切にするだろうと思っていた。その優しさが彼らにあることをルイスは知っていたからこそ、今こうして離れた場所に座る彼らが悲しかった。

数日前の出来事だからかもしれない、きっと、落ち着けばすぐに元通りになる。

ルイスは心配そうに眉を下げるソフィアの肩を優しく叩いた。

 

 

「大丈夫、きっと仲直りできるよ」

「…でも…時間が経てば経つほど、難しくなるのよ…」

「…ま、それは…そうだけどね」

 

 

まだ話したい事はあったが、ハーマイオニーがじろりとソフィアとルイスを怪訝な目で睨んだ為、2人は無言で目の前のパンを食べた。

 

 

「…あ、ドラコがハリーのところに行くみたい。…はぁ、また何か嫌味を言うんだろうなぁ…行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

 

 

ルイスはドラコがいつもの薄ら笑いを浮かべハリーに近づくのを見て、ため息混じりに告げると立ち上がった。ドラコはハリーを揶揄わずにはいられない。何故そこまで執拗に絡みに行くのか正直なところ、ルイスにはわからなかった。嫌いなら無視すれば良い、実際ドラコを嫌っているハリーは自分からドラコに話しかける事はなく、それが嫌いな者に対する普通の行動だろう。

 

 

 

「その箒、乗りこなす自信があるのかいポッター?」

 

 

ドラコがファイアボルトをよく見ようと生徒たちを掻き分けトーストを食べているハリーを見下ろした。その声はいつもの冷たい気取った声だったが、まさか本当に、本当のファイアボルトなのかと少し瞳は狼狽していた。ドラコも高額なファイアボルトを初めて見た、どれだけルシウスに強請っても去年新しい箒を買ったばかりだと取り合ってくれなかった名品だ。

 

 

「ああ、そう思うよ」

「特殊機能が沢山ついているんだろう?パラシュートが付いてないのは残念だなぁ、吸魂鬼がそばまで来たときのためにね」

 

 

ドラコの後ろに控えていたクラッブとゴイルがクスクス笑ったが、ハリーは気にせずちらりとドラコを見た。

 

 

「君こそ、もう一本手をくっつけられないのが残念だな、マルフォイ。そうすりゃその手がスニッチを捕まえてくれるかもしれないのに」

 

ハリーの側にいたグリフィンドールチームが大声で笑い、ドラコはその目をずっと細め青白い頬が僅かに朱に染まる。何か言い返そうとドラコは口を開いたが、強く肩を掴まれ驚きながら振り返った。

 

 

「ドラコ、そこまでにして。戻るよ」

「──ふん」

 

 

ルイスに諫められたドラコはつんとそっぽを向き肩を怒らせながらゆっくりと立ち去った。

 

 

「ハリー、試合がんばってね!」

「うん、ありがとうルイス!」

 

 

ルイスはドラコの後を追っていたが後ろを振り返ると手を大きく振りながらハリーに声援を送った。スリザリン生であっても気にする事なく他の寮を──それも、犬猿の仲のグリフィンドールだ──応援するルイスに、ハリーはにっこりと笑って答えた。

 

 

スリザリン生達が居る机では、ドラコがスリザリン・チームに何やらこそこそと話している。きっと、本物のファイアボルトなのか尋ねられているのだろう。

ルイスは真剣にクィディッチを観ているわけではなく、あまり興味もなかった為、気にする事なく席に座ると朝食をとり始めた。

 

ドラコはちらりとルイスを横目で盗み見る。彼はゆっくりと食事をとっていて、こちらに注目している様子も、聞き耳を立てている様子も無かった。ニヤリと意地悪げな笑顔でほくそ笑み、ドラコはクラッブとゴイル、そしてスリザリン・チームのキャプテンであるマーカス・フリントにこっそりと耳打ちをした。

 

 

「ポッターがどれだけ素晴らしい箒を持っていても──落としてしまえばいいんだ。僕に考えがある」

 

 

そのドラコの計画を聞いた3人は同じような企み顔で笑い、頷き合った。

 

 

 

 

レイブンクロー対グリフィンドールの試合が始まった。フーチのホイッスルにより、選手達は一斉に空に飛び上がる。ソフィアはグリフィンドールの手旗を持ちそれを振りながら他のグリフィンドール生と共に最前列で声を張り上げ応援していた。隣にいるハーマイオニーも、流石にこの時ばかりは教科書を読む事をやめ、飛び交う生徒達を見ながら応援するが──ハリーを個人的に応援するつもりは無さそうだ。

 

 

「頑張ってー!」

 

 

近くを飛びスニッチを探していたハリーは微かにソフィアの声を聞いた、何としてでも勝ちたい。グリフィンドールの為に、優勝杯のために──そして、ソフィアの為に。

ハリーは箒の柄を握りなおし沢山の声援を聞きながら空高く舞い上がった。

 

 

何度かスニッチを見つけたものの、ハリーはレイブンクローのチョウ・チャンにより行手を阻まれる。チョウはハリーにぴったりとくっつき完全にマークする作戦に変え、素早い動きでハリーの後ろを追っていた。

 

 

「あの選手、なかなか良い飛び方するわね…」

「…確かにそうね」

 

 

ソフィアはファイアボルトの速度についていく事が出来るチョウのテクニックを褒め、ハーマイオニーも隣で頷いた。何としてでもハリーがチョウより先にスニッチを取らなければ、優勝杯は獲得出来ない。

ソフィアは胸の前で指を組みながらグリフィンドールチームの勝利を、そしてハリーの手にスニッチが握られていることを祈った。

 

 

スニッチを見つけたのか急上昇していくハリーは一度杖を取り出し何かを叫び──杖の先から銀色の物を噴き出した。それを見たソフィアは目を見開きその先にいる黒く背の高い者達を見つめる。まさか、吸魂鬼がまたここに来たのか?──いや、観客席の中に居るのならもっと周りが騒然としパニックになっているはずだ。それにしても、ハリーは何であの魔法を不完全にしろ、使えるのだろうか。

 

 

フーチのホイッスルが鳴り響く、試合終了の合図にソフィアは思考を止め慌ててハリーを見た。その手は大きく掲げられており、遠く離れたここからはよく見えなかったが──間違いなくスニッチを手にしたのだ。

 

 

「やった!やったわ!」

 

 

ソフィアは手を叩いて歓声を上げ、思わずハーマイオニーに抱きついた。周りのグリフィンドール生達も勝利に興奮したように叫び指笛を鳴らす。ハーマイオニーはほっと小さく安堵の息を吐いたがすぐに自分を抱きしめるソフィアの腕をやんわりと離すと、もうここに用はないとばかりにすぐに出口へ向かう。

 

 

「ま、待ってハーマイオニー!もう行くの?」

「ええ、試合は終わったわ。私、談話室に戻って勉強しないと」

「……あー…そうね」

 

 

ソフィアはまだ勝利の余韻を味わいたかったが、足早に向かうハーマイオニーの後を追った。ソフィアもハーマイオニーほどでは無いにしろ、まだ沢山の宿題が残っている、早く取り組まなければ今日は徹夜する事になってしまう。

 

 

競技場の喧騒を聞きながら、ハーマイオニーとソフィアは一足先にグリフィンドール寮の談話室に戻り、自室から沢山の教科書を運び出すと机の一角を占領しながら宿題に取り掛かった。

 

 

 

暫くすればグリフィンドール生やチームのメンバーが戻り、もう優勝杯を取ったのかのような盛り上がりを見せパーティを始めた。

フレッドとジョージが花火を打ち上げ勝利を祝っていたが、突如姿を消し数時間後にバタービールの瓶や大量のカエルチョコ、ハニーデュークスの菓子が大量につまった袋を抱えて持ってきた時は皆が不思議そうにしながらも嬉しそうにばら撒かれたそれを手に取った。

 

 

ソフィアは宿題を広げたままにそのパーティの中に加わっていた、口々に選手達を称え、皆に祝福されるハリーに駆け寄った。

 

 

「ハリー!おめでとう!凄かったわ!」

「ソフィア!見てくれてた?」

「勿論よ!」

 

 

ハリーは興奮したまま赤く顔を染めていた。ソフィアはにっこりと笑うと「本当におめでとう!」と優しくハリーの頬にキスを落とした。

ハリーはぱっとその頬を押さえ、耳まで赤く染めると嬉しそうにはにかむ。この幸せな記憶があれば──今なら守護霊魔法を完璧に出来そうだと、ハリーは思った。

 

 

「フレッドとジョージも!おめでとう!」

 

 

ソフィアはハリーから離れ──何故かハリーはとても残念に思った──お菓子をばら撒くフレッドとジョージに駆け寄ると手を広げて待ち構えていたジョージの胸の中に飛び込み、頬にキスを落とす。

ジョージは嬉しそうに目を細めるとソフィアの頭を優しく撫でた。

 

 

「俺の勇姿を見てくれたかい?」

「ま、今回のヒーローはハリーだけどな!」

「2人とも凄かったわよ!本当に、おめでとう!」

 

 

ジョージの腕の中から離れたソフィアは背伸びをしてフレッドの頬にもキスを落とす。フレッドはソフィアの背を優しくぽんと叩き、少し苦笑しながら机にあるバタービール瓶を差し出した。

 

 

「飲む?チョコもあるぜ?」

「ありがとう、いただくわ!」

 

 

ソフィアは空いているソファに座る、その隣はたまたまロンだったが特に気にする事は無かった。

 

 

「ロン、そのチョコ取って?」

「…これ?…はい」

 

 

ロンはソフィアに対し八つ当たりをしてしまったことを気にしていて気まずく思いながらも、その場から離れる事なく一緒にチョコを摘みフレッドとジョージが空瓶で曲芸を始めたのを見ていた。

 

そわそわとバタービールを飲み、ハリーをちらりと見たロンは1人黙々と宿題をするハーマイオニーの元にハリーが向かったのを見て嫌そうに顔を歪めた。きっと、この場に来いと誘っているのだろう。だが、まだ彼女から謝罪の一つも貰っていない、何食わぬ顔でこの素晴らしいパーティに参加するハーマイオニーを想像すると段々沸々とした怒りが湧き、ハーマイオニーに聞かせるようにワザと大声で言った。

 

 

「スキャバーズが食われちゃってなければなぁ。ハエ型ヌガーがもらえたのに、あいつ、これが好物だった──」

「ロン!」

 

 

ソフィアはすぐにロンを諫めハーマイオニーの居る方を振り向く、ハーマイオニーは顔を手で覆いわっと泣き出すと分厚い本を抱え立ち上がった。

 

 

「──もうっ!」

 

 

ソフィアはすぐに立ち上がり、女子寮へ走るハーマイオニーを追いかける。ロンには色々言いたい事があったが、それよりもまずハーマイオニーに寄り添う事が先決だと判断した。

 

 

「ハーマイオニー…」

「っ…ソフィア…!違うわ、クルックシャンクスは…でも、ああ、私…私…!」

 

 

ハーマイオニーはしゃくり上げながらソフィアの胸に飛び込み泣き、ソフィアはその震える背を何度も撫でながら慰める。彼女はストレスが限界になっている、最近は少し勉強が思う通りにいかないだけで癇癪をあげ泣いてしまう。──限界なのだ。

 

 

「ロンのあの言い方は酷かったわね…さ、もう寝ましょう?ゆっくり休めば気持ちも落ち着くわ」

「だ、ダメよ!まだ読んで無いの、後──400ページ以上もある!」

 

 

 

ハーマイオニーは絶望が滲む声で叫んだ。ソフィアは涙の光るハーマイオニーの冷たい頬を優しく両手で包み込み、狼狽し酷く揺れる目をじっと見た。

 

 

「でも、今の状態で勉強なんて意味がないわ。頭に入らないでしょう?…朝早く起きてしましょう。私もそうするから…」

 

 

ハーマイオニーは暫く悩むように黙っていたが、唇を強く噛みながら頷いた。ソフィアはほっとして目元を緩めるとハーマイオニーの手から分厚い教科書を取り、背中を撫でベッドへ誘った。

ハーマイオニーを寝かせ、口元まで毛布をかける、まだ不安げな目をするハーマイオニーに「おやすみなさい」と囁き、その目の上にクリスマスに送ったアイマスクをつけ暫く頭をゆるゆると撫でた。

 

 

ハーマイオニーはすぐに穏やかな寝息を立て始める。ずっと睡眠不足だったのだ、ベッドに入ってしまえばハーマイオニーは襲いくる眠気に耐える事は出来なかった。

 

 

ソフィアは静かにハーマイオニーから離れると、談話室から響く微かな喧騒を聞きながら自室にある勉強机に着くと仄かに手元をランプで照らし、教科書を開いた。

 

 

「…はぁ…」

 

 

ソフィアは古代ルーン語の翻訳をしながらため息を溢した。ハーマイオニーの前では気丈に振る舞っているソフィアだが、彼女も宿題を全て終えているわけではない。考える事が多すぎてじわじわとストレスも溜まっている。

だが、ここで自分が潰れ、彼女のように苛々としてしまえばハーマイオニーとの中が険悪になるのは間違いない、それだけは避けなければならない。 

 

 

 

「大丈夫…私はやれるわ…」

 

 

疲れた目をぐっと手で押さえ、ソフィアは自分に喝を入れると、パーバティとラベンダーが夜の1時過ぎに帰ってくるまでずっと勉強をしていた。

 

 

 

 

 

 

ソフィアはふと意識を覚醒させた。

ぼんやりと天井を見つめ、まだ辺りが暗い事から夜中だと知るともう一度寝直そうとズレていた毛布を被り直す。

 

だが、夜中にも関わらずガヤガヤとした騒めきが遠くから聞こえ、ソフィアは目を擦りながら体を起こした。

 

 

「…何の騒ぎなの?」

「──ふぁあ…まだパーティをしてるのかしら…」

「もう…私は眠いわぁ…」

 

 

ソフィアがベッドのカーテンを開けると、ハーマイオニー、パーバティ、ラベンダーも目を覚ましたようで眠そうに欠伸を噛み殺しながら同じようにカーテンを開けていた。

足元のランプがぼんやりと4人を照らす。暫く4人は顔を見合わせていたが、廊下から扉を開ける事と共に人の騒めきが大きくなったのを聞き、ソフィアはガウンを羽織りベッドの側に置いていたスリッパに足先を通し、ベッドからそっと降りた。

 

 

「ちょっと、見てくるわ」

「ええ?…私は、寝るわ…」

「私もよ…」

「私も…何かあったか朝に教えて?…どうせ、またパーティをしてるんだと思うけれど…」

 

 

 

パーバティとラベンダーとハーマイオニーはベッドから出るつもりはなく、すぐにカーテンを閉じるとまたぬくぬくと毛布を被り丸まった。

ソフィアは「おやすみなさい」とルームメイト達に告げるとそっと扉をあけ、談話室への階段を降りた。

 

数人の上級生が集まる談話室に目を擦りながら降りれば、顔を蒼白にさせたロンが騒ぎの中心だということに気づいた。ソフィアは生徒達を掻き分け、ロンとハリーに近づく。

 

 

「どうしたの?」

「ソフィア!シリウス・ブラックなんだ!あいつが来たんだ!」

「ちょっ──お、落ち着いて、ロン!」

 

 

ロンはソフィアの肩を掴みがくがくと揺さぶる。ソフィアはその強い揺さぶりに半分眠りかけていた思考をはっきりとさせると叫び自分の肩を強く掴むその手を取った。

 

 

「ロン、本当に?」

「シリウス・ブラックだ!」

「悪い夢でも見たんだよ」

 

 

既にロンからその名を聞いていたフレッドは動揺する事なくロンの肩を叩いたが、ロンはぶんぶんと首を振り何度も「本当だって!」と周りに向かって叫ぶ。誰もが困惑し訝しげな顔をする中、騒ぎを聞きつけたマグゴナガルが肖像画の扉を勢いよく開き飛び込んできた。

 

 

「おやめなさい!まったく、いい加減になさい!グリフィンドールが勝ったのは私も嬉しいです。でもこれは、はしゃぎすぎです。パーシー、あなたがもっとしっかりしなければ!」

 

 

マグゴナガルは自分が去った後にパーティの二次会でも行なっているのだろうと怖い顔で集まる生徒達を睨み、その中にいるパーシーに目をとめると強く言った。だがパーシーは憤慨して「僕はこんなこと許可していません!」と無実を必死に叫ぶ。

 

 

「僕はみんなに寮に戻るように言っていただけです。弟のロンが悪い夢にうなされて──」

「悪い夢なんかじゃない!先生、僕、目が覚めたらシリウス・ブラックがナイフを持って僕の上に立ってたんです!」

 

 

ロンはソフィアから離れるとすぐにマグゴナガルに近づき必死に訴えたが、マグゴナガルは驚く事なく静かにロンを見据えると、ゆっくりとその震える肩を撫でた。

 

 

「ウィーズリー、冗談はよしなさい。肖像画の穴をどうやって通過出来たというんです?」

「あの人に聞いてください!あの人に通したかどうか聞いてください!」

 

 

ロンはカドガン卿の絵の裏側を震える指で刺した。マグゴナガルは疑わしそうな目でロンを見ていたが、それで気が済むならとため息をつき肖像画の裏を押して外に出ていった。

談話室に居た全員がじっと息を殺し、耳をそばたてる。

 

 

 

「カドガン卿、今しがた、グリフィンドール寮に男を1人通しましたか?」

「通しましたぞ、ご婦人!」

 

 

その声に、ソフィアは息を呑んだ。──いや、ソフィアだけではない、皆が一斉に顔を硬らせた。

 

 

「と、通した?あ…合言葉は?」

 

 

マグゴナガルも思っても見ない答えに愕然とし、震える言葉で──信じたくないというようにカドガン卿に聞く。だがカドガン卿は胸を逸らしながら何でもないように答えた。

 

 

「持っておりましたぞ!ご婦人、1週間分全部持っておりました。小さな紙切れを読み上げておりました!」

 

 

その言葉を聞いて、マグゴナガルは厳しい顔つきのまま肖像画の穴から戻り、ソフィア達の前に立った。ロンは「だから言っただろう」というように皆を見渡したが、誰もロンと目を合わせない。──皆、シリウス・ブラックが近くに来ていたことに怯え身を縮こまらせていた。

 

 

「──誰ですか。今週の合言葉を書き出して、その辺に放っておいた底抜けの愚か者は」

 

 

マグゴナガルの顔色はソフィア達と負けず劣らず悪かった。蝋人形のように血の気を失せさせながら、じっと皆を見渡す。

暫く無言だったが、ネビルが小さな悲鳴を上げ、頭の先から爪先までぶるぶると震わせながら手を上げた。

 

 

 

「ロングボトム…!──今すぐ全てを捜索します。各部屋で寝ている生徒を起こして談話室に集合しなさい!」

 

 

マグゴナガルは手を上げたネビルに愕然としたが、すぐに表情を引き締め生徒たちに告げる。皆顔色は悪かったがすぐに頷き、まだ寝ている友人達を起こすために各部屋へ向かった。

ソフィアも自室へ飛び込むと再び夢の中に居た3人のカーテンを勢いよく開けた。

 

 

「ハーマイオニー!ラベンダー!パーバティ!起きて!」

「──ソフィア?」

「…なんなの?」

「まだ真っ暗よ…?」

 

 

三人は呻きながら体を起こし、怪訝な目でソフィアを見る。だが、ソフィアの只事ではない様子と外から聞こえる生徒達の大きな騒めきに気付くと不安げに眉を寄せ顔を見合わせた。

 

 

「シリウス・ブラックがこの寮に侵入したの、今すぐ捜索が行われるわ!さあ、早くみんな談話室へ!」

 

 

ソフィアの叫びを聞き、ハーマイオニー達は顔を固まらせると弾かれたようにベッドから這い出す。パーバティは泣きそうになっているラベンダーを支えながら急いで談話室を駆け降りた。

 

 

「本当に、ブラックが来たの?」

「ええ、そうみたい。──ロンが襲われそうになったの」

「ええっ!?そ、そんな!ロンは無事なの!?」

 

 

ハーマイオニーは悲鳴をあげ体を震わせた。ソフィアは大きく頷き「怪我はしてないわ。さあ、早く私たちも向かいましょう」と言うと、混乱するハーマイオニーの手を引き狼狽する生徒たちの溢れかえる廊下へ飛び出した。

 

 

 

 



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140 友情ってそんなものなの?

シリウス・ブラックがグリフィンドール寮へ侵入し、またも逃げ遂せた。その話は朝食時にダンブルドアより全生徒に告げられた。

その日を境にホグワーツの警戒はさらに厳しくなり、廊下の至る所にシリウス・ブラックの大きな指名手配書が貼られ生徒達に顔を教え込ませた。フィルチは学校内を駆けずり回り、ネズミ1匹入れないように穴という穴全てに板を打ち付け、教師は今まで以上に見回りを強化し、常にピリピリと緊張した雰囲気を漂わせていた。

 

 

 

ハーマイオニーはロンが襲われてからと言うもの更に顔色を悪くし、ソフィアとルイスの慰めも聞かずさめざめと涙を流した。

 

 

「も、もしロンが起きなかったら…!」

「大丈夫だよハーマイオニー。ロンは起きて、怪我はしなかったよ」

「そうよ、もうブラックは何処かに行ってしまったわ。レディも戻ってきたし…二度と入ってこないわ」

 

 

花束を持つ少女の部屋でハーマイオニーは両隣に座るソフィアとルイスの言葉に何度も頷くが、すぐにまた心配そうに眉を下げわっと泣きじゃくる。

 

 

「で、でも一度ある事は二度あるかも…!またロンが…それに、ハリーも襲われるかもしれないわ!」

「大丈夫よハーマイオニー。──ね?みんな警戒してるわ…」

 

 

しかし、その可能性をソフィアも否定しきれず困ったように眉を下げ、涙の止まらないハーマイオニーを心配そうに見つめた。

 

 

 

「こ、こんな喧嘩したままで…!も、もう二度と会えなくなったら…!」

「…ハーマイオニー、大丈夫だよ…ね?もう泣かないで…」

 

 

ルイスは鞄から白いハンカチを取り出すとハーマイオニーに手渡す。ハーマイオニーは真っ赤な目でルイスを見て「う、うん…そ、そうよね…でも…」と呟き必死に涙を止めようとしていたが一度ネガティブな思考に絡め取られたハーマイオニーはなかなか落ち着く事が無かった。

 

 

「…ソフィア、ハーマイオニーを頼んだよ」

「…?ええ、わかったわ。──ほらほらハーマイオニー?あなたの可愛い鼻が真っ赤よ?」

 

 

ルイスは静かに立ち上がるとハーマイオニーを必死に慰めるソフィアの声と、ハーマイオニーの啜り泣きを聞きながら肖像画を抜け出し廊下を足速に進んだ。

 

 

 

──この時間なら、大広間だろうか。

 

 

ルイスは大広間へと向かう途中、ハグリッドからの手紙を持ち廊下を歩くロンとハリーを見つけるとすぐに駆け寄りその背中を叩いた。

 

 

「やぁ、ロン、ハリー」

「あっ!ルイス!ルイスも土曜日の夜の事が聞きたいんだろ?」

 

 

ロンは振り向き意気揚々と笑う。今まで一度も注目されたことのないロンは、今やホグワーツ1の注目の的だろう。はじめはブラックに襲われ恐怖に身を震わせていたが、何度も話を聞かせてほしいとせがまれているうちに嬉しそうに詳細を話していた。

 

 

「ううん、知ってるから大丈夫。…それより、ちょっと話があるんだ」

 

 

ルイスはあたりを見渡し、空き教室をそっと開くとその先に誰もいない事を確認し、2人に入るように顎で指した。ハリーとロンは顔を見合わせたが、大人しくルイスに言われるまま空き教室の中に入る。

 

 

 

「話って、何?」

「ハーマイオニーの事だよ」

「…ハーマイオニーがなんなの?」

 

 

ルイスがハーマイオニーの名を口にした途端、ロンは良い気分が害されたというように一気に表情を歪めツンと口先を尖らせた。

その表情を見たルイスは真面目な顔でじっとロンを見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

 

「ハーマイオニー今すごく追い詰められてるんだ。──勉強の事だけじゃない、ファイアボルトの事も、バックビーク事も…」

 

 

ロンとハリーはルイスの言葉を聞き、その時初めてバックビークの事を思い出しちらりと視線を交わすとバツの悪そうに手をモジモジとさせた。──自分のことばかりで、すっかり忘れていた、ファイアボルトの出現で少しもその事を思い出さなかった。ヒッポグリフの訴訟の件でハグリッドと約束していたんだった。ハーマイオニーとソフィアは2人だけであれからも探し続けていたんだろう。

 

 

 

「──スキャバーズの事もあったし」

「スキャバーズをクルックシャンクスが食べたんだ!ハーマイオニーがあの猫をどっかにやるか、謝ればまた口を聞くのに!」

「…ロン、君がブラックに襲われたと聞いて…ハーマイオニーは、酷く動揺して泣いていたよ。凄く心配してた」

「──え?」

 

 

スキャバーズの事を思い出しすぐに憤慨したロンだったが、ルイスの言葉に目を見張るとそのまま押し黙ってしまう。──本当に、心配してくれた?…喧嘩してるのに?

 

 

「勿論、ソフィアも心配してたけど。…ハーマイオニーは凄く真っ直ぐで、自分にも他人にも厳しい。それはわかってるよね」

「……」

「僕は──」

 

 

ルイスは辛そうな目で、悲しそうに少し微笑みハリーとロンを見た。

 

 

「…僕は、君たちがずっと離れているのが悲しい。…ハリー、ロン?…ハーマイオニーとの友情は、箒や鼠で消えてしまうほど薄いものだったの?」

 

 

ルイスの言葉にハリーとロンは答えられなかった。

ルイスは目を伏せ「それだけ、伝えたかったんだ」そう言い2人を残して空き教室から出て行った。

 

 

残されたハリーはちらりとロンを見た。むっつりとした表情で押し黙っていたロンは、何かを深く考え込んでいるように見えた。

 

 

 

 

ハーマイオニーはソフィアとルイスの必死の励ましと、トロールがグリフィンドール寮を警備している事、そして先生達の警戒する雰囲気により少し気持ちを取り戻したようで、夕食後いつものように談話室でソフィアと宿題をしていた。本来なら誰にも邪魔されず花束を持つ少女の部屋で勉強をしたかったが、夜遅くに寮から出歩く事は、流石に今のホグワーツでは賢い考えとはいえない。

 

 

シリウス・ブラックの件でホグズミード行きはもう無いかと思われたが、掲示板には今週末にホグズミード行きのお知らせが新しく掲示され、グリフィンドール生は喜びに声を上げながらざわざわと楽しげに話していた。

 

ソフィアは少しだけ、ダンブルドアの決定を訝しんだ。凶悪犯が近くに潜んでいる事はもう隠しようの無い事実だ。去年は夜出歩く事を禁じられ全ての部活動が禁止される程だったにも関わらず、今年はある程度の注意と不審者を見つけたらすぐに知らせるようには言われたが生徒達の行動を抑える事をしていない。

狙いがハリーだけだからだろうか?──いや、だがブラックは罪のないひとを何人も殺している。普通なら夜の外出を禁じ、ホグズミードという教師の目の届かない場所に生徒が行くのを許さないのでは無いだろうか?

確かに今はまだ去年と違い犠牲者は出ていない。だが、それにしても──どうも納得がいかない。

 

 

「ソフィア、…ホグズミード、行く?」

「んー…ハーマイオニーが行くなら」

「…行くわ。…少し気分転換したいの」

 

 

ハーマイオニーは目の前の宿題の山を見ながら呟く。逆転時計をソフィアに預け、少しは気が楽になったものの宿題の量は減る事はない。ホグズミードに行かない事もチラリと考えたが──ハーマイオニーは以前ソフィアに言われた事を思い出していた。少しは休まなければ、勉強は捗らない。これは逃避ではなくこの後頑張る為の必要な休息だ。

 

 

「──そうね!行きましょう。お菓子も補充しないといけないわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが自分から休息を取るという結論に至った事が嬉しく、にっこりと頷いた。ハーマイオニーも少しだけ笑い、また教科書に目を落とす。

 

 

「ホグズミードに行くためにも、…頑張らないとね」

「そうね、ご褒美があると思えば…頑張れるわ!」

 

 

ぐっと両手で拳を握り、ソフィアは今週末、ハーマイオニーとバタービールを飲む事を励みにしながら占い学の宿題にとりかかった。占い学はソフィアにとって簡単にこなす事ができる授業の1つとなっていた。──最も不運な予言をすればいい、それでトレローニーは喜ぶのだから。

 

 

ソフィアとハーマイオニーがいつものように本の山を築き上げながら羊皮紙に吸血鬼についてのレポートをまとめていると、小さな囁き声が聞こえた。

 

 

 

「どうする?」

「そうだな。フィルチはハニーデュークス店への通路にはまだ何も手出ししていないし…」

 

 

ひそひそと話しているのはロンとハリーだった。2人は談話室に入り掲示物を読んだ後すぐに座る場所を探そうとあたりを見渡しながら誰にも聞こえないように囁き合っていたが、本の山に隠れたソフィアとハーマイオニーがすぐ側にいる事に全く気が付かなかった。

 

 

「ハリー!あなた、本気なの?──約束したでしょう?」

 

 

ソフィアは思わず声を上げ、本の山を手で押しやった。ハリーはびくりと肩を震わせ辺りをキョロキョロと見渡していたが、本の山の先にいるソフィアに気がつくと「しまった」というように顔を曇らせた。

 

 

「ハリー、今度ホグズミードに行ったら…私、マクゴナガル先生にあの地図のことお話しするわ!」

 

 

ハーマイオニーもソフィアに続き、非難めいた声でハリーに伝える。ハリーは2人からの厳しい尤もな言葉に何も反論出来なかったが、ロンは2人がすぐ側に居ることに気付きながらもそちらを見ようとせず顔を顰め唸るように言った。

 

 

「ハリー、誰か何か言ってるのが聞こえるかい?」

「ロン、あなたハリーを連れて行くなんてどういう神経なの?シリウス・ブラックがあなたにあんな事をした後で!私、本気よ!」

「そうかい。君はハリーを退学にさせようってわけだ!今学期、こんなに犠牲者を出してもまだ足りないのか?」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは口を開けて何か言いかけたが、その時小さな鳴き声をあげクルックシャンクスが彼女の膝に飛び乗ってきた。ハーマイオニーは一瞬顔を硬らせロンの顔色を窺い、さっとクルックシャンクスを抱きかかえると急いで女子寮の方まで走っていった。

ソフィアはハーマイオニーを見ること無く立ち上がり、じっとロンを見つめる。その目には少しの怒りが滲んでいた。

 

 

「ロン、あなたはハリーを死なせたいの?」

「な──」

「あなたは、そう言ってるのよ。私も今回ばかりはハーマイオニーに賛成だわ。…ハリー、お願いだから…行かないで」

 

 

最後は懇願するような響きがあった。

ハリーが何も言えないで居ると、ソフィアはぐっと言葉を詰まらせ大きなため息をつくと、ハリーとロンを睨んだ。

 

 

「私は…。…もう少し、あなた達が賢いと思っていたわ」

「ごめんね期待に添えなくて」

 

 

ロンが突き放すように言えば、ソフィアはそれ以上何も言わず──少し軽蔑したような眼差しでロンを一度睨むと口をグッと強く結んだまま荷物を片付け女子寮へ戻っていった。

 

 

「──それで、どうするんだい?行こうよ。この前は…君はほとんど何も見てないんだ。ゾンコの店にも入っていないんだぜ!」

 

 

ロンはまるで何事も無かったかのようにハリーを見てホグズミード行きを誘った。ハリーはしばらく迷った。──ソフィアとハーマイオニーの意見は尤もだ。自分はここから出るべきじゃない。…だが、魅力的なホグズミード行きを断るなんて、そんな事まだ幼いハリーには考えられなかった。

 

 

「オッケー。──だけど、今回は透明マントを着て行くよ」

 

 

それなら誰にもバレない。ソフィアが心配するようにブラックが居たとしても、自分の存在には気が付かない筈だ。何も起こさずこっそりと戻ってくればいい、そうしたら、ソフィアは気付かない。

ハリーは脳裏にソフィアの悲しそうな表情がちらちらと浮かんでくるのを、必死に振り払った。

 

 

 

 



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141 仲直り!

 

 

 

土曜日の朝。

ハーマイオニーやホグズミードに向かう生徒達に混ざり、ソフィアも玄関ホールに集まっていた。

後ろを振り返ればハリーがロンに向かって手を振っている「じゃあ、帰ってきたらまた!」ロンがにっこりと笑いハリーに向かって手を振り、ハリーが笑顔でそれに応え大理石の階段を駆け上がって行った所をしっかりと額にし、ソフィアは安堵の息を吐いた。

 

 

「良かったわ…帰って行くみたい」

「当然よ。今行こうとするなんてただの馬鹿の命知らずだわ」

「今日はネビルもホグズミードには行けないし…ハリーは独りじゃないわ」

 

 

ツンツンとしたハーマイオニーの棘のある言葉に頷き、ソフィアはとぼとぼと帰って行ったネビルの後ろ姿を見ながら言うとようやく玄関先から目を離した。

 

ネビルは合言葉を書いた紙を落とした一件で保護者である祖母からホグズミード行きを禁じられた。きっと2人は寮で遊んで過ごすだろう。そう思うとソフィアの気持ちも少し、マシになった。

 

 

「行きましょう」

「ええ、そうね」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは楽しそうにする集団に加わりホグズミードまでゆっくりと歩いた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーはハニーデュークスで勉強のお供として沢山のお菓子を買い、三本の箒でバタービールを飲んで休憩した後、少し早めにホグワーツへと戻った。時間ギリギリまで過ごすつもりは始めから2人には無く、買ったばかりの菓子を食べながら勉強しようと決めていた。

 

 

玄関扉についた時、ソフィアとハーマイオニーの頭上に黒い影が被さる。ふと上を見上げればシェイドが嘴に手紙を咥え、ソフィアの前に降り立つとそれを差し出した。

 

 

「ありがとうシェイド。……ハグリッドからだわ!」

「ハグリッド!?ソフィア、早く見せて!」

「ええ」

 

 

すぐに2人は昨日あったバックビークの裁判の結果を知らせる手紙だと分かると封を切り中に書かれていた文章を読んだ。

 

それは湿っぽい羊皮紙で、それを握った途端ソフィアは嫌な予感がした。どうか嬉し泣きの涙でありますように──ソフィアはそう願ったが、書かれていた内容は敗訴し、バックビークが処刑されることが決まった事を告げる悲惨なものだった。

 

 

「──ああ!そんな!」

 

 

ハーマイオニーは悲痛な声を上げ、一気に目に涙を溜めた。ソフィアもまた辛そうに眉を寄せ、口を手で押さえる。

ソフィアとハーマイオニーはバックビークが有利になるようたくさんの判例を書いたメモを渡し、ルイスも怪我をした証人として嘆願書を書いた。それでも、この判決だというのか。ハグリッドが言っていたようにルシウスが委員会を脅した結果なら──それだけの力を彼が持っていたなんて。

 

暫く愕然とその場に立っていたが、ソフィアは顔を蒼白にし微かに震えるハーマイオニーに寄り添いながら、重い足取りで寮でへ向かった。

ソフィアもまた顔色は悪かったが、ここで2人倒れるわけには行かない。まだ控訴がある筈だ。諦めてしまえばバックビークの尊い命は失われてしまう。

 

ソフィアとハーマイオニーは人の少ない談話室の暖炉の側に座った。ぱちぱちと暖かい焔が燃えているが、2人は身を寄せ合い僅かに震え、何度もその手紙を見つめて居た。

 

 

「…ハリー達にも知らせましょう」

「…ええ、そうね…」

 

 

ソフィアは手紙を両手で強く握りきながら立ち上がる。ハーマイオニーも頷き辺りを見渡したが談話室にハリーの姿はなかった。

 

 

「…どこに居るのかしら…」

「さあ…図書室か、またリーマス先生の所かもしれないわ」

 

 

ソフィアは不安げなハーマイオニーの声に一瞬、まさかとは思ったがその考えを振り払うように首を振った。──いや、行ってないはずだ。きっと約束を守ってくれている。

 

 

一度目のホグズミード行きの時、ハリーはリーマスと過ごしていた事を思い出したソフィアは──ハリーはホグズミードに行ってない──そう信じ、ハーマイオニーの手を握り談話室を抜け出した。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーはトロールが行き来している廊下の向こうからハリーとロンが揃ってこちらに向かってきている事に気付いた。ロンは嫌そうに眉を寄せ、ハリーは何故か顔色が悪い。

 

ハリーはソフィアとハーマイオニーの蒼白な表情と、悲しみが混じるその目を見てきっともうホグワーツから抜け出しホグズミードへ行ったことがばれ、きっとマグゴナガルに言いつけたのだと思った。

──ソフィアの気持ちを裏切ってしまった、あんなに止められたのに、誘惑に勝てずに…。

ハリーはソフィアの顔が見れず、項垂れた。

 

 

「さぞご満悦だろうな?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが彼らの前で足を止めた時、ロンがぶっきらぼうに言った。その言葉にソフィアはぎゅっと眉を寄せた。──何の事だろうか。

 

 

「告げ口しにいってきたところかい?」

 

 

ロンの嘲るような言葉に、ソフィアは目を見開き、ロンの隣りで項垂れるハリーを見つめた。

 

 

「まさか──」

「違うわ。あなた達も知っておくべきだと思って…」

 

 

ソフィアはハリーに声をかけようとしたが、それよりも早くハーマイオニーがため息混じりに囁く。唇をわなわなと震わせ目に涙をいっぱい溜めたハーマイオニーに、ロンとハリーは狼狽えた。

 

 

「──ハグリッドが敗訴したの。バックビークは処刑されるわ」

「…これを、ハグリッドが送ってきたの」

 

 

ハリーに沢山言いたいことがあったが、ソフィアはぐっとそれを飲み込むと手に持っていた皺くちゃになってしまった手紙をハリーに突き出す。ハリーとロンは困惑しながらも、そのところどころインクが滲み読みにくい手紙を読んだ。徐々に顔つきが険しくなる彼らの様子に、ソフィアは憂いにも似た目でそれを見る。

 

 

「こんな事って無いよ。──こんなこと、出来るはずないよ。バックビークは危険じゃないんだ」

 

 

手紙から顔を外したハリーが真剣な目でソフィアを見つめたが、ソフィアは辛そうに眉を寄せたまま首を振った。

 

 

「危険じゃないのはわかってるわ。…きっと、ドラコのお父さん…ルシウスさんが委員会を脅したのでしょうね…」

「あの父親がどんな人か知ってるでしょう。委員会は、老いぼれのヨボヨボの馬鹿ばっかり!みんな怖気づいたんだわ…そりゃ、控訴はあるわ。必ず。──でも、望みはないと思う…何も変わりはしない」

 

 

ハーマイオニーは涙を拭い、ソフィアも同じように悲痛な面持ちでうっすら目に涙を溜めていた。あの素晴らしく、美しく、気高い生き物が殺されるなんてそんな酷いことをソフィアは受け入れられなかった。自分の子どもを傷つけた魔獣が許せないにしろ、もっとやり方はあっただろう、それに元はと言えばドラコが話を聞いてなかったからだ。

 

 

「いや、変わるとも。ハーマイオニー、ソフィア。今度は君たち2人で全部やらなくてもいい。僕が手伝う」

 

 

ロンは力を込めて、真剣に言った。ハーマイオニーは一瞬息を飲み、顔を歪めるとロンの首元に抱きついた。

 

 

「ああ、ロン!」

 

 

自分の首元に抱きつき泣きじゃくるハーマイオニーに、ロンは慌てたように不器用にその頭を撫でる。強くロンに抱きついていたハーマイオニーは暫くして目元を擦りながら離れ、心からロンに──ようやく、謝る事が出来た。

 

 

「ロン、スキャバーズのこと、ほんとに、ほんとにごめんなさい…」

「ああ…うん、あいつは年寄りだったし。それに、あいつちょっと役立たずだったしな、パパとママが今度は僕にフクロウを飼ってくれるかもしれないじゃないか」

 

 

ロンはハーマイオニーが離れた事に、心からホッとしたような顔で言った。女の子を慰める経験も、ハグでは無いその抱きつきもロンにとっては慣れない事でどうすればいいのか全くわからなかったのだ。

 

 

「ハグリッドの所に行かないとね…」

「ええ…でも…夜に行くのは難しいわ、流石に先生達が見回りをしてるもの…」

 

 

ハリーは今すぐにでもハグリッドの元へ行きたかった。湿った羊皮紙を握りしめ、きっと泣き暮らしている彼を今すぐに慰めてあげたかった。だがブラックの二度目の侵入事件以来、生徒達が夜に出歩くとすぐに戻るように言われてしまう。完全に禁止されている訳では無いが──特に、狙われているハリーが夜で歩くことは困難だろう。

 

 

ソフィアはハーマイオニーの肩をおずおずと叩きながら何とか泣き止ませようと慰めているロンと、ようやく謝ることができたハーマイオニーを安堵の目で見つめていた。──良かった、これでまた元通り4人で行動できるだろう。きっと、ハーマイオニーもずっと謝りたかったんだ、ただ色々重なり意地になってしまっただけで。

 

 

「…ハリー、ちょっと来て」

 

 

ソフィアはハリーの袖を引き、少しロンとハーマイオニーから離れた場所まで連れて行くとくるりとハリーを見上げた。

ハリーは気まずそうな目をしていたが、何を言われるのかわかっているのか、目を逸らすことは無かった。

 

 

「…ごめん、ソフィア…僕…僕、ホグズミードに行ったんだ」

「…でしょうね。さっきのロンの言葉でわかったわ」

 

 

ソフィアは腕組みをして大きくため息をつく。ここにハリーが怪我一つせず居るということは、ブラックに襲われる事は無かったのだろう、だが──それにしても、愚かな行動だった事に変わりはない。

 

 

「もう行かないわよね」

「…うん、忍びの地図も…没収されたし…」

「…え?…ホグズミードで何があったの?」

「実は──」

 

 

ハリーはソフィアに透明マントをかぶってホグズミードに行ったが、その先でドラコをからかい、その拍子に透明マントがずれてそれを目撃されてしまった事。セブルスにより問い詰められ、何とかリーマスが助けてくれたがその際に厳しくも正しい忠告を受け忍びの地図を没収された事を話した。

 

ソフィアはハリーの手から地図が失われた事にこっそりと安堵した、良かった──これで、名前の事がばれないで済む。きっとリーマスはブラックの件が片付くまでは忍びの地図をハリーに返すことは無いだろう。

 

じっと考え込み黙ってしまったソフィアに、ハリーは悲しげに眉を下げおずおずとソフィアの顔を覗き込む。かなり怒っているに違いない、ソフィアを悲しませた、──裏切ってしまったんだ。

 

 

「ソフィア…本当に、ごめん…」

「…ハリー、私はあなたが傷付くのを見たくないの」

「…うん」

「…もう二度と、危険な真似はしないで」

 

 

ソフィアの真剣な言葉にハリーは何度も頷き、その表情を見てソフィアはふっと口元を緩め、笑って許した。

 

ほっとしたようなハリーの顔を見て、ソフィアはふとセブルスの事を考えた。

毎年の危険な真似をするなと約束させられている。…それは、一度も守られていないが、きっと父もこんな気持ちだったのだろう。ただひたすらに、心配なのだ。

 

 

 

「──さあ、談話室に戻って作戦を立てましょう」

 

 

ソフィアのその言葉に、三人は顔を見合わせて頷き合った。

 

 

 



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142 きつーい一撃!

 

ハグリッドと話が出来るのは、彼が受け持つ魔法生物飼育学の授業後僅かな時間のみだった。

ソフィア達は判決を受けショック状態なのか、放心しているハグリッドを見て強く心を痛めた。ルイスもソフィアとハーマイオニーと同様手紙を受け取っていた為、心配そうにハグリッドに駆け寄った。

 

 

「ハグリッド…ごめん、僕…」

 

 

眉を下げるルイスに、ハグリッドは首を振り肩をぽんと叩いた。ハグリッドにしてみれば軽く叩いたつもりでも、がくりとルイスは膝を折り危うく転倒する所だった。

 

 

「いや、…ルイスが委員会に送った嘆願書は役に立った。…ヤツら、本当はヒッポグリフ皆を…処刑するつもりだったみてぇだ。…みんな俺が悪いんだ、舌がもつれちまって、そんでもってメモをぼろぼろ落としちまって…ソフィア達が教えてくれた日付は忘れちまったし…。そんで、そのあとルシウス・マルフォイが立ち上がって、奴の言い分をしゃべって、──委員会はあいつにやれと言われた通りにやったんだ…」

「まだ控訴がある!」

「そうよ!諦めないでハグリッド、私たちみんなで準備してるの!」

 

 

ロンとソフィアは力を込めて言い、ハグリッドの腕を慰めるように叩いた。

ハグリッドはその小さな目に涙を溜めると大声で泣き。ロンとソフィアを強く抱きしめ──慌ててルイス達が顔を引き攣らせ呻くロンとソフィアを救出した。

 

 

痛む身体を抑えながらよろよろとソフィアとロンはハグリッドから少し離れる。大きなハンカチで鼻をかみしゃくりあげるハグリッドをハリーとハーマイオニーとルイスは心配そうに見たが、ロンはちらりと腕を抑えるソフィアを見た。その視線に気付いたソフィアは首を傾げ「どうかした?」とロンに尋ねる。

 

 

「うーん…。ソフィア、君熱あるんじゃない?」

 

 

ハグリッドに共に抱きしめられた際、ロンはソフィアの身体がとても熱い事に気が付いた、ソフィアはたしかに頭はぼんやりするが、喉の痛みも頭痛も無い。きっと気のせいだと軽く笑って首を振った。

 

 

ソフィア達は他の生徒と共に城に向かいながら、涙を拭うハグリッドを励まし続けた。

暫くハグリッドは無言だったが、城の階段まで辿り着いた時、悲しそうに呟いた。

 

 

「ロン、ソフィア。…そいつぁだめだ。あの委員会は、ルシウス・マルフォイの言いなりだ。俺はただ…ビーキーに残された時間を思いっきり幸せなもんにしてやるんだ。俺は…そうしてやらにゃ…」

 

 

ハグリッドはまた涙が込み上げてきてしまい、ソフィア達が慰めようと口を開いたのも見ずに、ハンカチに顔を埋めながら急いで小屋に戻っていった。

 

 

「見ろよあの泣き虫!あんなに情けないものを見た事があるかい?」

 

 

少し先を歩いていたドラコは城の扉のすぐそばで聞き耳を立てていたらしく、ハグリッドが居なくなったのを見るとすぐにハリー達の前に現れ、小馬鹿にしたようにせせら笑った。

 

 

「しかも、あいつが僕たちの先生だって!」

「ドラコ!」

「そんな言い方酷すぎる!」

 

 

ソフィアとルイスが怒りながら叫び、ロンとハリーも怒ってドラコに向かって手を上げたが、それよりも先にハーマイオニーが手を大きく振りかぶり思い切りドラコの横面を殴った。

 

ドラコは頬を抑えてよろめき、ソフィア達は呆然としてハーマイオニーを見た。彼女がこれ程までに怒るのも、手を上げるのも初めて見た──ソフィアはよく手が出るが、それをいつも止める筈の彼女がまさか真っ先に殴りかかるなんて、誰が想像しただらうか。

 

ハーマイオニーは顔を怒りで紅潮させ、荒い息を吐きながら強くドラコを睨み、その一言一言に呪いを込めるかのような激しさで叫んだ。

 

 

「ハグリッドの事を情けないだなんて、よくもそんな事を!この、穢らわしい!この──悪党──!」

「ハ、ハーマイオニー!」

 

 

またも手を上げたハーマイオニーを慌ててソフィアが抱きしめる。

 

 

「ソフィア離して!」

「お、落ち着いて!あなたの手が痛くなっちゃうわ!」

「なら──!」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーはポケットから杖を出しドラコに向けた。──違う、そういう意味ではない!ソフィアはその杖先も片手で握りながら「落ち着いて!」と再度叫んだが、わなわなと震えるハーマイオニーはソフィアの言葉を無視しドラコから杖先を離すことはない。

 

 

「──ドラコ、情けないのは君だ。…ごめんハーマイオニー、ちゃんと言い聞かせるから」

 

 

ルイスはため息をつき、ドラコの腕を強く掴むと無理矢理引き、地下牢へ続く階段の方へ向かった。ドラコは途中で腕を振り解き、つんとそっぽを向くと何も言わずに階段を駆け降りる。

 

 

ルイスとドラコが去った後、ようやくハーマイオニーは少し冷静さを取り戻す。だが心中はまだ強い怒りが渦巻き、心臓がドクドクと高く打つ、人を殴ったのは、初めてだった。

ハーマイオニーは何度か深呼吸をし、強い目でハリーを見るとぐっと拳を握り、上ずった声で叫んだ。

 

 

「ハリー!クィディッチの優勝戦で何がなんでもあいつをやっつけて!絶対に、お願いよ!スリザリンが勝ったりしたら私、我慢できないわ!」

「あ、ああ、うん…勿論だよ」

 

 

ハリーは身を乗り出し叫ぶハーマイオニーの勢いに押され、やや後退りしながら頷いた。

ロンはドラコを殴ったハーマイオニーを驚愕と感動の目で見ていたが、ハッとすると焦ってソフィア達を促した。

 

 

「もう呪文学の時間だ、早く行かないと」

 

 

4人は急いで大理石の階段を登る。ソフィアはまだ顔が赤いハーマイオニーに近づきハリーとロンに聞こえないよう小声で囁いた。

 

 

「ハーマイオニー、数占い学に行かないと」

「あっ…ええ、そうね、そうだったわ」

 

 

ソフィアは走りながら首元にある鎖を手繰り寄せハーマイオニーにかける、そして呪文学の教室のすぐそばで逆転時計を回した。

 

 

途端に周りの風景は全て逆戻りになり、ソフィアとハーマイオニーは数時間前の呪文学の教室の目前に居た。後数分で魔法生物飼育学と被っていた数占い学がはじまってしまう。

 

 

「──さあ、行きましょう」

「ええ、……?…ソフィア、教室はこっちよ?」

「え?」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの手をとって走りかけたが、方向が違う事にハーマイオニーは気付き足を止めた。ソフィアは少し目を瞬かせ辺りを見渡し、直ぐにハーマイオニーが指す反対方向へと向かう。

 

 

「ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてたわ」

「…ソフィア、あなた…」

 

 

苦笑するソフィアに、ハーマイオニーは怪訝な顔をすると再び足を止めた。次の授業まで時間がないことはわかっているが、ソフィアの頬は赤く、それでいて目はぼんやりと潤んでいる。──繋がれた手も熱い。ハーマイオニーはソフィアの額に手を当てると、眉を寄せ「熱があるわ」と呟いた。

 

 

「…休んだ方が良いわ、かなり、高熱だと思う…」

「え?…そんな、少しぼんやりしてるだけよ!──ほら、早く行かないと間に合わないわ」

「…ダメよ!医務室に行って!風邪はひきはじめが肝心なんだから!先生には伝えておくわ!」

 

 

ハーマイオニーは授業を受けようとするソフィアを必死に止め、真剣な眼差しで見つめた。ソフィアは「でも…」と悩んでいたが、ハーマイオニーの必死な目に少ししてため息をつき、首から逆転時計を外すとハーマイオニーの首にかけた。

 

 

「…わかったわ…」

「後でお見舞いにいくわ!ノートも任せて!」

「ええ…」

 

 

ハーマイオニーは一度強くソフィアを抱きしめ、服越しにも感じる熱さにやはりただの熱ではないとハッキリと感じ、もう一度「医務室に行ってね、絶対よ?」と強く約束を告げるとすぐに手を振り走り去った。

ソフィアはこっそり図書館でも行こうかと思っていたが、心配するハーマイオニーの為にも医務室で熱冷ましだけもらおうと独りゆっくりと医務室へ向かった。

 

 

 

「マダム・ポンフリー…」

「あら、どうしました?」

「その、熱があるかもしれないって…友人に言われて…」

「あらまぁ、さぁベッドに座りなさい」

 

 

ポンフリーはすぐにソフィアをベッドに座らせ、棚から白い体温計を取り出すと口に咥えさせた。みるみるうちに白い体温計は真っ赤に染まり、それに従ってポンフリーの表情も険しくなる。

 

 

「この色は…!40度を超えています!よくここまでこれましたね?さあさあ早く寝て!」

「ええ…そんなに?…ちょっとぼんやりするだけなんですが…」

 

 

それ程高熱だとは思わず、ソフィアは困惑しながら布団に潜り込むと毛布を被りもごもごと呟いた。

 

 



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143 宿題!宿題!宿題!!

ソフィアは熱を出してからイースター休暇が始まるまで医務室で過ごした。

ポンフリー特製の解熱剤を飲んでも下がるのは数時間で、昼に下がっていた熱も夜中にはぶり返していたのだ。

最近、色々ありすぎた。そもそもソフィアは精神的ストレスに強い方ではない、ぶれない強い心を持ってはいるが、誰に対しても優しいからこそ、繊細な心を持ちすぐに心を痛めてしまう。ここ数ヶ月の張り詰められたストレスがロンとハーマイオニーの友情が復活した事により緩み、一気に体調不良として現れてしまっていた。

 

 

ソフィアがなんとか医務室から退院し、職員室で各科目の宿題を受け取り、小山と化した書類の山を持ちグリフィンドール寮の談話室に戻った時には、すでに誰もがイースター休暇の宿題に唸り半分ノイローゼになっていた。

 

 

「ソフィア!やっと退院できたのね、よかったわ」

「ありがとうハーマイオニー。…でも、今からこの宿題をしなきゃ…ああ、…流石に、気が重いわ…」

「…ノートを見せてあげるわね。…ヌガー食べる?」

 

 

腕に抱いた山のような宿題を見て肩をガックリと降ろすソフィアを見てハーマイオニーは優しく慰め、ポケットからヌガーを出すと両手が塞がり受け取れないソフィアの口にヌガーをそっと近づけた。

 

 

「ほら、──あーん?」

「あー……ん!…うん、甘くて美味しい!」

 

 

ソフィアはもごもごと口を動かしながらにっこりと微笑み、ハーマイオニーが占領している机の一角に自分の宿題の山を置き、ソファに座ると一番上にある占い学を手に取った。

ソフィアの前に座ったハーマイオニーは嫌そうに眉を顰める。

 

 

「ソフィア、私占い学やめたの」

「え?…そうなの?」

「あんなのクソよ!」

「…まぁ!」

 

 

ハーマイオニーの汚い罵り言葉にソフィアは少し驚いて声を上げたが、彼女が占い学に強い拒否反応を示していた事を知っているため、それ以上、彼女に何かを聞く事はやめた。きっと自分が休んでいる内に何かあったのだろう。

 

 

「だから、占い学は教えられないの。…他の科目のノートはあるわ」

「ありがとう…頑張るわ!」

「病み上がりでしょう?ほどほどにね」

 

 

ハーマイオニーの優しい言葉に頷き──とりあえず、期限が差し迫っている物からこなしていくしかない。数多くの書類をさっと見たソフィアは、ローブの袖を捲り、魔法薬学のレポートに取りかかった。

 

 

イースター休暇は誰もがその数多くの課題と、そして優勝戦を控えたクィディッチの事で頭がいっぱいだった。

イースター休暇が明けた土曜日には、運命を決める優勝戦がある。ハリーはほぼ毎日くたくたになるまで練習やウッドとの作戦会議を行い、疲れ切り泥のようにベッドの上で眠った。宿題は僅かな時間を見つけ、なんとかロンに写させてもらいギリギリで終わらせる事が出来た。

一方ソフィアは初めの2日を風邪のため寝て過ごしていた為、休暇後半なってもまだ宿題を終わらせることが出来ず、ハーマイオニーと同じようにリーマス並みの濃い隈を目の下に作り、いつもの明るい笑いを消し必死になって羊皮紙の上で羽ペンを動かし続けた。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「………」

「…ハリー、ソフィアには聞こえちゃいないよ」

 

 

ハリーはまたソフィアが倒れるんじゃないかと心配したが、ソフィアは鬼気迫る勢いで羊皮紙に向かっている。とてもじゃ無いが休んだ方がいいと言える雰囲気では無かった。

 

 

「ハリー」

 

 

ソフィアが羊皮紙と教科書を視線で往復させたまま顔を上げずハリーの名前を呼んだ。いつもの朗らかさの無い硬い声に、黙っていろと言われるかと思いハリーは肩をすくめる。

 

 

「机の上にある、透明な瓶──それ、一つとって頂戴」

「え?うん。……これ?」

 

 

ハリーは机の上にある透明な瓶の中に入った苺飴のように真っ赤な物を一つ摘み出した。

ソフィアは顔を上げる事なく口を開く。

 

 

「入れてくれる?──手が離せないの」

「…う、うん」

 

 

ソフィアの薄く開いた口に、そっと真っ赤なものを押し込む。僅かにソフィアの柔らかな唇が指先に触れ、ハリーは指先が痺れたような奇妙な感覚になった。指の先から電流が走り、強く体の芯を捉えたような、そんな気がする。

 

 

「ありがとう、ハリー」

 

 

ソフィアはすぐにそれをガリガリと噛み砕き飲み込んだ。ハリーはドキドキしながらも、飴なら彼女は口の中でずっと転がしているはずだ。それは飴では無かったのかと首を傾げた。

 

 

「それ、何なの?」

「疲労回復薬とカフェイン剤よ。眠気が吹っ飛ぶわ。──ルイスに作ってもらったの」

 

 

これで後2時間はもつわ。とソフィアは呟き、瞬きする事なく目を爛々と輝かせ物凄い勢いで羊皮紙に沢山の文字を書き込んだ。──どうやらややこしい数式らしいが、ハリーはその数字と記号の羅列を見ても全く何を意味するのかわからなかった。

 

本当は、ルイスにではなく、セブルスに作ってもらった薬だったが──。ソフィアは宿題の事で頭が一杯だったが、僅かに冷静な部分で嘘をついた。

 

 

「ソフィア、私も一つ食べていいかしら?」

「ええ、いいわよ」

「ありがとう」

 

 

疲れた目をしているハーマイオニーはその真っ赤な薬を摘み上げ口の中に放り込む、途端に喉がカッと燃えるように熱くなりハーマイオニーは盛大に咽せ、とてもでは無いが飲み込めない薬を舌の上に置き、涙目になった。

 

 

「何これ!?く、口の中が大火事だわ!──よ、よ、よく飲み込めたわね!?」

 

 

顔を真っ赤にしてひーひー叫ぶハーマイオニーに、ソフィアはちらりと羊皮紙から目を上げ悪戯っぽく笑った。

 

 

「──効き目ばっちりでしょ?」

 

 

 

 

 

 

ソフィアは薬を使い無理矢理二徹し、何とか宿題を終わらせるとイースター休暇の最終日はぴくりとも動かずベッドの上で安眠を貪った。ハーマイオニーもまた、最終日までに何とか終わらせる事が出来、大広間に食事をとりに行くことはあったがそれ以外は自室のベッドの上で過ごした。

 

イースター休暇が明けるといよいよクィディッチ優勝戦が近づき、グリフィンドールのクィディッチメンバーだけでなく誰もが優勝杯に期待し異様な雰囲気に飲まれていた。グリフィンドールが寮杯を取ったのは8年前だ、今年こそ何としてでも寮杯を掲げるのがグリフィンドールであって欲しい──皆がそう思う中、グリフィンドールとスリザリンの寮同士の緊張は最早ピークに達していた。廊下のあちこちで小競り合いが散発し、ついにグリフィンドールの四年生とスリザリンの六年生が大騒動を起こし入院する騒ぎにまでなる。

元々仲が良いとはお世辞にも言えない寮なのは誰の目にも明らかだろう。

スリザリン生はハリーを見ると廊下ですれ違いざまに怪我をさせようと企んでいたが、それを危惧したウッドによりグリフィンドール生総出でハリーの守護に当たっていた。

 

勿論ソフィアとハーマイオニーとロンも、ハリーに何かあってはいけないと常にピッタリと身を寄せ合ってハリーを守るように行動していたが、ハリーは過保護すぎる周囲の対応にやや気が滅入っていた。

一日一日が過ぎるたびに、ハリーのその細くて小さな肩にはプレッシャーが重くのしかかっていたのだ。

 

 

試合前夜、グリフィンドールの談話室ではいつもとまた様子が異なっていた。

ハーマイオニーは「勉強できないわ!集中できないもの!」と言ってここ数ヶ月ぶりに本を投げ出し、何とかドラコに一泡吹かせる為にもグリフィンドールの勝利を強く願いピリピリとした雰囲気を醸し出していた。

ソフィアもまた勉強は行わず、やたら騒がしい──プレッシャーを跳ね飛ばす為だろう──フレッドとジョージの冗談に楽し気に笑っていたが、1人離れた場所でその顔を真っ青にさせ、深刻な表情をするハリーに気づくとすぐに駆け寄り隣に座った。

 

 

「ハリー、緊張してるの?」

「うん…明日は僕にかかってるんだ…」

 

 

ハリーは膝の上に肘を乗せ、祈るように指を組みその手を額に当てながら重々しく呟いた。ソフィアは丸まったハリーの背中をぽんぽんと軽く叩き、「大丈夫よ、ハリー!」と笑う。

 

 

「あなたは誰よりも優れたシーカーだもの!私、ずっとずっと応援してるわ!」

「うん…ありがとう、ソフィア」

「それに──私のために勝ってくれるんでしょう?」

 

 

ソフィアが茶目っ気たっぷりににやりと笑い、ハリーは少し心がぽっと熱を持つのを感じた。──ここ数ヶ月、ソフィアの笑顔を見ると何だが胸が騒めく。一体、僕はどうしたんだろうか。

明日のことを考えると胃がきゅっと締め付けられるような苦しさを感じていた。

今にも叫び出して走り回りたいような、体の奥に何か魔獣がいるような、奇妙な感情の中、ソフィアの言葉を聞くと不思議と気持ちが落ち着いた。

 

ハーマイオニーとロンがハリーとソフィアに気付き駆け寄ると心配そうにハリーを見つめた。2人の顔色はハリーに負けず劣らず、悪い。

 

 

「ハリー、絶対大丈夫よ」

「君にはファイアボルトがあるじゃないか!」

 

 

ロンの励ましに、つまり──つまり、もしこの最高の箒で負けてしまったら、未来永劫勝利は無いという事か、とハリーは深く考え込み重々しく「うん…」と呟いた。

 

 

「ファイアボルトだけじゃないわ、あなたには才能もあるわ、ハリー!」

 

 

ソフィア達がハリーを応援していると、時計を見たウッドが急に立ち上がり「選手!寝ろ!」と叫んだ。

ふざけ合っていたフレッドとジョージや、他の選手達は顔を見合わせすぐにそれぞれの部屋へと戻る。ハリーも重い腰を上げ──興奮からか、ちっとも眠気はなかったが、ソフィア達におやすみを言うとロンと共に自室へと繋がる階段へ向かった。

 

 

 



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144 クィディッチ優勝戦!

 

 

翌日、優勝戦のその日は絶好のクィディッチ日和だった。

やや日差しが強過ぎるが、しっかりと晴れていて風もあまり無い。前々回が雷雨だったことを考えると、まさに最高のコンディションだと言えるだろう。

 

 

ソフィア達は選手達は皆揃って大広間に現れることを知っていたため、ハーマイオニーとロンと先に大広間に向かい朝食を取っていた。きっと、ぎりぎりまでウッドが作戦会議をしているのだろう。

 

 

「ああ、神様…どうかグリフィンドールが勝てますように…スリザリンの優勝なんて、私見たくないわ…」

 

 

ハーマイオニーはぶつぶつと呟きながら手に持ったミルクの入ったコップをじっと見つめていた。

ソフィアはエッグタルトを食べながら「きっと大丈夫よ」とハーマイオニーの呟きに答える。ちらりとスリザリン生の居る机を見れば、誰もが緊張し静かに朝食を取っていた。ドラコはルイスからトーストをすすめられているが、いつもより顔色は悪く口は閉ざされたままだ。

 

ソフィアは、勿論ハリーの事を応援していた。同じグリフィンドール生だ、やはり優勝杯を持つ彼らの──彼の姿が見たい。

だが、ソフィアにとってドラコもまた友人の1人であり、勝負事に勝敗はつきものだと分かっていても、その顔が歪むところを見る事になるかもしれないと思うと──少々複雑だった。

 

 

ルイスは流石に今回ばかりはソフィア達の元に向かうことはせず、顔色の悪いドラコを励まし続けた。

ドラコも口では強がっているが──どう見ても空元気だろう。ファイアボルトにニンバス2001が勝てるのか、もし負けたらグリフィンドールから笑いものにされるに違いない。

ハリーと同じくシーカーであるドラコもまた重いプレッシャーを感じ、けっして口にはしないが──押しつぶされそうだった。

 

 

「ドラコ、大丈夫さ。ずっと練習してたでしょう?」

「…ああ…」

「ね?ほら、少しは食べた方がいいよ。力が出るから…」

「…ああ…」

「…ドラコ、今日の天気は?」

「…ああ…」

「……重症だ」

「…ああ…」

 

 

何を言っても同じ言葉しか言わないドラコに、ルイスは肩をすくめ手をあげた。このままでは、本来の力を出すことなんて出来ないだろう。

ルイスは一口に切ったバナナをフォークで刺し、無理矢理ドラコの唇に押しつけた。

唇に触れて初めてバナナが差し出されている事に気づいたドラコは驚き、怪訝な目でルイスを見る。

 

 

「何だ」

「食べて、ほら、あーん?」

「…自分で食べられる」

 

 

ドラコはルイスの手からフォークを取るとその先についたバナナを食べた。

甘く、優しい味が口の中に広がり喉を通る。途端に思い出したかのように空腹を感じ、ドラコはもう一切れバナナをフォークで刺すとぱくりと食べた。

無言でバナナを食べ続けるドラコに、ルイスは満足気に頷くとついでに空いた皿にソーセージとフレンチトーストを乗せてみたが、それは僅かに食べられただけで半分以上残されてしまった。

 

 

大広間の扉が開き、グリフィンドール・チームの選手達が大広間に現れると、生徒たちは割れるような拍手で出迎えた。

グリフィンドール生だけではない、ハッフルパフ生やレイブンクロー生もグリフィンドールの勝利を望み、口々に「頑張れよ!」「応援してるからな!」と声援を送り選手達を勇気づけた。

スリザリン生だけは嫌そうに眉を顰め、選手達が隣を通り過ぎる時に嫌味な野次を飛ばしたが、他の三つの寮生の声援にかき消されてしまった。

 

 

ハリー達選手は、ウッドに言われるがまま緊張してあまり空腹では無かったが無理矢理トーストやらサンドイッチを口に押し込みミルクで流す。

ウッドは選手達に食事を進めながら、自分は全く手につけずそわそわと体を揺らせ、すぐに立ち上がると「ピッチへ行こう。状態を確かめなきゃな」と呟いた。

 

ハリーは他の選手達に続き、急かされるままに慌てて立ち上がり、何とかソーセージを飲み込むと大広間の扉へ向かう。

ソフィアとロンとハーマイオニーはせめて一声掛けようと、すぐにその後を追った。

 

 

「ハリー!頑張れよ!目に物見せてやれ!」

「絶対勝って!マルフォイをぎったぎたにするのよ!」

「ハリー、応援してるわ!頑張って!」

 

 

ロンとハーマイオニーは少々熱のこもった応援でハリーを送り、ソフィアはハリーの首元に飛びつくように抱きつくと、ぎゅっと力を込めて抱きしめた。

 

 

「絶対大丈夫、あなたならその手に勝利を掴めるわ!」

「うん──うん、行ってくるよ!」

 

 

ハリーはソフィア達に強くいうと、緊張で顔を硬らせていたがそれでもにっこりと微笑み、手を大きく振った。

 

 

 

ハリーを見送ったソフィア達は、いい席を確保するために早めにクィディッチ競技場へ向かった。

 

 

「──あ!そうだわ!」

 

 

ソフィアは競技場の入り口で足を止めると、どうしたのかと振り返るハーマイオニーとロンには目もくれず足元をキョロキョロと見渡し何かを探した。

砂利の多い地面を見つけると、ポケットから杖を出し軽く一振りする。──すると、砂利は真紅の薔薇飾りへと変わり、ソフィアの杖の動きに合わせてふわりと浮いた。

 

 

「グリフィンドールの応援にちょうどいいでしょ?」

 

 

ソフィアは作った薔薇飾りをそれぞれハーマイオニーとロンに渡し、自身の胸元にもそれをつけた。

受け取ったハーマイオニーはいい考えだと目を輝かせていたが、更にいい事を思いついた!というように興奮から頬を染める。

 

 

「まぁ!素敵ね!──ねえソフィア、これもーっと沢山作れるかしら?この飾りをカゴに入れておいて、みんなが好きに取れるようにしたらどうかしら?」

「それ、最高だわ!」

 

 

ソフィアは手を叩いてハーマイオニーの案に賛同すると、もう一度杖を振った。途端に何百もの薔薇飾りが現れ、一面を真紅に彩る。

ハーマイオニーもにっこりと笑って杖を振るい大きな籠と──グリフィンドールの応援に!と書かれている──立て看板を出すと入り口のそばに置いた。

 

 

「ついでに小旗も出しておきましょう」

 

 

ソフィアが楽し気に言いながら杖を振れば薔薇飾りに混じってグリフィンドールカラーの小旗が何百本も現れた。

きっとグリフィンドール生はみんな薔薇飾りを胸につけてくれるだろう。ハッフルパフ生とレイブンクロー生も、つけてくれるかもしれない。

試合が始まり、観客の大多数がグリフィンドールカラーであるこの薔薇飾りをつけている事に気がついた選手達は、きっと勇気付けられる筈だ。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ「最高の出来栄えだわ」とお互い満足気に褒め称えた。

ロンだけが少し居心地悪そうにもじもじとしていた事に、ソフィアとハーマイオニーは気づいていたものの──何も言わなかった。

 

 

 

 

試合開始直前。

ソフィア達は観客席の一番前に陣取り、試合開始を今か今かと待っていた。

ソフィアはぐるりと観客席を見渡し、自分の作った薔薇飾りを殆どの生徒がつけている事を見て満足そうに微笑む。

少し前にマクゴガナルの胸元にもその薔薇が咲き誇っているのを見て、ソフィアはたまらなく嬉しくなった。マクゴガナルは厳しい人だが、誰よりもきっとグリフィンドールの勝利を願っているに違いない。

 

 

「ハリー、フレッド、ジョージ…みんな、がんばって…」

 

 

ソフィアは手にグリフィンドールカラーの小旗を持ちながら祈るように呟く。

隣ではハーマイオニーとロンもまた、じっとピッチを見つめぶつぶつとグリフィンドールの勝利を祈っていた。

 

 

生徒達のみならず、教師達が見守り、怒涛のような歓声が響く中、選手達が入場し向かい合う。

フーチが試合開始のホイッスルを鳴らす──いよいよクィディッチ優勝戦が始まった。

 

誰もが足を踏み鳴らし手を叩き声を張り上げる。

ソフィアとハーマイオニーとロンも、口々に喉が枯れる程の大声でグリフィンドールを応援した。

 

 

ハリーは早くスニッチを捕まえればいいというわけではなかった。

優勝杯を獲得するためには、50点以上の点差をつけなければならず、試合が勝利の方に動くまでは上空の高い場所を旋回し続けた。

 

 

スリザリンは何度も卑怯なプレイをし、反則行為を行い選手一人一人脱落させようと企んでいた。──そもそもスリザリンがフェアプレイをするわけも無く、彼らは観客席から響くブーイングを少しも気にする事なく姑息な戦術を使い必死に点数を取ろうとしていた。

 

 

「何あれ!酷いわ!こんな試合最低よ!」

 

 

フェアな試合を望んでいたソフィアはスリザリンチームの姑息な手に憤慨し苛々と手すりを叩き歯を食いしばる。ロンとハーマイオニーも2人が考えられる限り最悪の悪態をスリザリンチームに飛ばしていた。

 

 

ドラコは何度もハリーを妨害し、その度に解説役のリーは悪態を吐き度号を飛ばしたが、いつもならすぐにマイクを取り上げようとするマクゴガナルもリーを叱るどころではなく、ドラコに向かって拳を振り上げ顔を真っ赤にして怒り狂って叫んでいた。

 

誰もがグリフィンドールの勝利を渇望する中、試合が動いたのは突然だった。

 

スリザリン生にマークされていたアンジェリーナをハリーが救っていると、ドラコがそれには目もくれず急降下する。

観客席でそれを見ていた生徒達は彼の勝ち誇ったような顔と手を伸ばしているその様子から、思わず叫んでいた。──マルフォイが、見つけたんだ!

 

ハリーはすぐにドラコに続き急降下する、ファイアボルトを必死に操り、「行け!行け!行け!!」と叫ぶ。耳元で風が轟々となり、そして、ハリーはドラコに並び──その金色のスニッチを、ドラコより先に手に取った。

 

 

「やった!!」

 

 

ハリーは叫びながら、ドラコがまだ勢いを殺せず唖然とした表情で降下するのを横目にくるりと反転し、空中高く手を突き出した。

その、ハリーの手にしっかりと持ったスニッチを見て、競技場が爆発したかのように、大きく揺れた。

 

 

「やった!やったわ!!ハリーがやったのよ!」

「ああ!やったわ!!」

「やったぜ!!おい!?あの加速を見た!?すっげえ!!」

 

 

ソフィアもハーマイオニーとロンも他の生徒と同じく喜びを爆発させ、互いに抱き合い興奮したように叫んだ。

 

グリフィンドールの応援団が柵を乗り越えてピッチに乗り込んでいくのを見て、ソフィア達もすぐにその後に続く、地上へ降り立つ彼らを心から労い、讃えたかった。

 

 

ハリーや他の選手達は応援団により肩車され、スタンドの方へ運ばれていく。

 

ソフィア達は人混みを掻き分けていたが、こちらを振り返るハリーを見て、ただにっこりと笑いかけた。

今からハリー達は優勝杯をダンブルドアから受け取るのだ、邪魔をするわけにはいかない。

 

ダンブルドアはにっこりと笑い、グリフィンドールの優勝を祝い、そしてスリザリン、ハッフルパフ、レイブンクローの各選手達へも心からの賛辞を告げ、キャプテンであるウッドに優勝杯を渡した。

 

手を震わせながら受け取ったウッドは、喜びの涙でしゃくりあげながらそれをハリーに渡す。ハリーは、皆に見えるようそれを天高く掲げた。

 

 

ハリーは、今なら世界一の素晴らしい守護霊を創り出せる──そう思った。

 

 



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145 試験って本当大変!

 

 

クィディッチの優勝杯をグリフィンドールが手に入れた。

その幸福な余韻はなかなか消えず、スリザリン生以外を温かく包み込んでいた。

だが、いつまでも余韻に浸っている場合ではないと、冷静な生徒達はすぐに思考を切り替える。──そう、試験が迫っていた。

ソフィアとハーマイオニーは勿論朝早くから図書館に篭り、夜遅くまで談話室で勉強していた。

いつもは勉強せずふざけてばかりいるフレッドとジョージでさえO.W.L試験を控え、珍しく唸りながら勉強した。

 

 

試験を間近に控えたソフィア達は談話室で就寝時間ぎりぎりまで勉強していたが、真面目に取り組んでいたのはソフィアとハーマイオニーだけで、ロンとハリーは時々手を休めては2人の邪魔をしないようにこっそりと魔法チェスをして休憩していた。

ハーマイオニーが最早見慣れた景色と化している羊皮紙やら教科書の山から数占いの本を探していると、窓辺からすっとヘドウィグが嘴にメモを咥え舞い降りてきた。

 

ハリーはすぐにヘドウィグからメモを受け取り急いで開く。

 

 

「ハグリッドからだ──バックビークの控訴裁判、6日に決まったって」

「6日…試験の最終日ね」

 

 

ソフィアは古代ルーン語の翻訳本から顔を上げ、真剣な顔をしてハリーを見つめる。

ハリーは続きの文を読み、「みんなが裁判のためにここにやってくるらしい。魔法省からの誰かと──死刑執行人が」と重々しく呟く。

 

 

「控訴に死刑執行人を連れてくるなんて!それじゃまるで、判決が決まってるみたいじゃない!」

 

 

教科書を探していた手を止めたハーマイオニーは愕然として叫ぶ、ハリーは苦々しい表情のまま頷き、ロンは憤慨し机を苛々と叩いた。

 

 

「そんなことさせるか!僕、あいつのために長ーいこと資料を探してたんだ!それを全部無視するなんて、そんな事させるか!」

「ロン頑張っていたものね。…まとめてハグリッドに送りましょう」

 

 

ロン達は頷き合い、流石のハーマイオニーも勉強の手を止めてロンが部屋から持ってきた資料をまとめる作業に取り掛かった。

これで少しでもバックビークの罪が軽くなればいい、そう、願いながら。

 

 

 

試験が始まり、週明けの城は異様な静けさに覆われていた。誰もが教科書を持ち廊下を歩き、そこかしこで生徒同士が衝突していたが誰も気にする事なく最後の追い込みにかけていた。

 

 

ソフィアは月曜日の変身術のテストは難なくティーポットを陸亀に変身させ、特別課題としてティースプーンを海亀に変身するテストが与えられたが、勿論難なく終える事が出来た。マクゴガナルは何も言わなかったが、にっこりとした笑顔をソフィアに見せ、ソフィアはきっと変身術は満点以上を貰えるだろうと思ったが、数占い学は数表を元に来年のハロウィンを予想立てるというもので──ソフィアは必死に計算し予測を立てたがその結果、その日は新たな訪問者がくる可能性を示しており、この学校に途中で訪問者がくるだろうか、そう悩みながらもその結果を書いた。

 

慌ただしい昼食の後、古代ルーン語学、呪文学のテストを受け──何とか合格点は取れそうだとソフィアは安心した──すぐに翌日に控えるテストの科目の復習に取り掛かる。

 

 

魔法生物飼育学のテストはレタス食い虫(フロバーワーム)を1時間後に生きていたら合格だというかなり簡単なものだった。

魔法薬学は大きな失敗は無かったものの、ソフィアが作った混乱薬は少し色が薄く、満点を取る事は叶わないだろう。

真夜中の天文学ではソフィア達は試験続きの倦怠感の中、眠たい目を擦りながら空に浮かんでいる星を書き込んだ。

 

 

水曜日の魔法史では魔女狩りについて出題され、ソフィアはセーレム魔女裁判についての詳細と、自身の見解を書き示した。

薬草学では蒸し蒸しとした暑い温室で行われ、踊り狂う草花の花弁を散らすことなく採取できるかどうかが課題だった。「大人しくしなさい!ね?お願いよ!」ソフィアの願いも虚しく草花はアクロバティックなブレイクダンスを決め、真っ白な花弁が数枚散ってしまった。

落胆し隣のネビルを見れば、鼻歌を歌いワルツを踊らせ優しく草花を大人しくさせ、手で素早く掴み一枚も花弁を散らす事なく採取していた。

 

 

木曜日の闇の魔術に対する防衛術のテストは今まで受けた事のない奇妙でいて面白いテストだった。

水魔が入った深いプールを渡り、レッドキャップのいる穴だらけの場所を通過し、ヒンキーパンクをかわして沼地を通り過ぎた。全て授業で学んだ対処を冷静に行えば難しいものではなく、ソフィアは最後空き地にポツンと置かれた大きなトランクを見た。

 

 

「…ボガート…」

 

 

ソフィアはトランクの前で膝をつき、そっと鍵を開け中に入った。

中はどこかの空き教室と繋がっているらしく、がらんとしていてその部屋の中央には洋箪笥がひとつ、ぽつんと置かれていた。

 

それはソフィアが開けずとも静かに開き、そして口や目から夥しい量の血を流すルイスが現れた。足を一本踏み出すたびにべちゃり、と水音が響き、ソフィアは眉を顰める。

 

 

「リディクラス!」

 

 

すぐに唱えるとボガート・ルイスは包帯でぐるぐる巻きにされよろめき、そのまま開かれた洋箪笥に倒れ込み──扉は閉まった。

 

 

「…何に変化するかわかれば、冷静に対処出来るわね」

 

 

ソフィアは杖を握ったまま呟き、すぐに出口へと向かった。

それは普通の教室の扉だったが、出た先は先程居た空き地であり、すぐそばに笑顔のリーマスが立ち、ソフィアがトランクから出るのを手伝った。

 

 

「上手くやったね、ソフィア。──満点だよ」

 

 

手を引いたままリーマスはそっと身を屈め、ソフィアの耳元で低く囁く。ソフィアはにっこりと嬉しそうに笑った。

 

 

ソフィアの次にハリーが完璧にボガートを退治し、その後ロンも無事に終え、3人はハーマイオニーの到着を待った。

ハーマイオニーは最後の課題であるトランクに入り込むと1分ほどして叫びながら飛び出し、ソフィア達はハーマイオニーの目が恐怖で引き攣り目に涙を溜めている様子を見て一体ボガートはどんなおそろい姿に変わったのかと、ごくりと固唾を飲んだ。

 

 

「ハーマイオニー、どうしたんだ?」

 

 

錯乱するハーマイオニーに、すぐリーマスが駆け寄り肩を撫でれば、ハーマイオニーはトランクを指し絶句しながら叫ぶ。

 

 

「マ、マ、マクゴガナル先生が!先生が、私、全科目落第だって!」

 

 

わっと泣き出すハーマイオニーを見たソフィア達は顔を見合わせ苦笑した。

 

ハーマイオニーを何とか落ち着かせたソフィア達は城へと向かった。ロンは時々ハーマイオニーを揶揄ったが──全科目落第なんて、そんなのが怖いの?──彼らが口喧嘩にならずに済んだのは、正面玄関の階段の上にコーネリウス・ファッジを目撃したからだった。

 

ファッジはハリーを見つけると額に浮かんでいた汗を拭う手を止め驚きながらも何処か嬉しそうに笑いハリーに声をかける。

ソフィアとハーマイオニーとロンは魔法大臣と親しく話すような間柄では無いため、その場を通り過ぎる事もできず、なんとなく居心地悪そうに視線を交わし後ろの方でウロウロとしていた。

 

 

「ハリー、あまり嬉しく無いお役目で来たんだがね。危険生物処理委員会が私に凶暴なヒッポグリフの処刑に立ち会ってほしいと言うんだ。ブラックの事件を調べるのにホグワーツに来る必要があったからね、ついでに立ちあってくれという事だ」

「もう控訴裁判は終わったという事ですか?」

 

 

ロンが思わず進み出てハリーの横に立ち口を挟んだ。ファッジは興味深げにロンを見ながら首を振る。

 

 

「いや、いや。今日の午後の予定だがね」

「それだったら、処刑に立ち会う必要なんか全然なくなるかもしれないじゃないか!ヒッポグリフは自由になるかもしれない!」

 

 

強いロンの言葉に、ファッジは目を瞬かせながら何かを言おうと口を開いたが、ファッジが答える前にその背後の扉が開き、城の中から2人の魔法使いが現れた。

1人は老人で、もう1人は屈強な大柄の魔法使いだった。その2人を見たソフィア達はきっと彼らが危険生物処理委員会の委員なのだろうと思った。

 

 

「やーれやれ。わしゃ、もう歳だ。こんなことはもう…ファッジ、2時じゃったかな?」

 

 

老人はファッジに聞き、隣に立つ大柄な魔法使いはベルトに挟んでいた斧を指で撫でる。それを見たロンはカッと顔を怒りで染めながら口を開いて何か言いかけたが、ソフィアがロンの袖を引き険しい顔で首を振りながら玄関ホールの方を顎で指した。

 

 

「なんで止めたんだ?あいつら、斧まで用意してきてるんだぜ?どこが公正裁判だって言うんだ!」

 

 

大広間に入り、ロンはソフィアの腕を振り払うと怒ったように聞いたが、ソフィアは悔しそうな顔をしながら閉まりゆく扉がの向こうにいるファッジ達を見た。

 

 

「アーサーさんは魔法省にお勤めでしょう?お父さんの上司に向かって…そんな事言わない方がいいわ」

「そうよ、ソフィアの言う通りだわ。…それに、ハグリッドが今度は冷静になって、ちゃんと弁護さえすれば、バックビークを処刑出来るはずがないじゃない…」

 

 

ハーマイオニーはすたすたと歩きながら言ったが、その言葉を自分でも信じきれていないのだとソフィアには分かった。

きっと、ハグリッドはあの大柄な男が持つ斧を見て激しく動揺するだろう、何とか冷静になって欲しいが──難しいかもしれない。

 

 

ソフィア達は昼食を食べながら、周りの生徒達が「あと一つで終わる!」と試験終了を心待ちにはしゃぐ声を聞いていた。

他の生徒が晴れ渡った明るい顔をする中、ソフィアはハグリッドとバックビークが心配で、全くそんな気持ちにはなれず、暗い顔でサンドイッチを食べた。

 

ソフィアは逆転時計を使いマグル学の試験を先に済ました。内容はマグルが移動のために何故船ではなく飛行機を使うのか、飛行機の仕組みを踏まえてそれを述べよと言うものでソフィアは試験時間ギリギリまで羊皮紙に向い、細かい字で空白を埋めた。

 

 

最後の試験は占い学であり、占い学の教室の前ではたくさんの生徒が最後の追い込みに教科書を開いていた。

 

 

「一人ひとり試験をするんだって、君たち、水晶玉の中になんでもいいから見えたことがある?」

 

 

空いていた席に座ったソフィアとロン、ハリーにネビルが心配そうに聞く。3人は顔を見合わせ首を振った。

 

 

「ないさ」

 

 

ロンは気のない返事をし、開いた教科書を見る事なく壁にかけられた時計をちらちらと見ていた。どのくらい時間がかかるだろうか?バックビークの控訴裁判の時間までに終わるだろうか?──そう、ロンが気にしているのだとハリーとソフィアはわかった。

 

 

 

「ソフィア・プリンス」

「…行ってくるわ」

 

 

ソフィアは聞きなれた、霧の彼方から囁くような声を聞き立ち上がると、銀色の梯子を登り、教室内へ入った。

 

教室内のカーテンは完全に締め切られ、暖炉の火は夏だというのに燃え盛る。いつもの紅茶の強い香りが、この暑さでさらに不快感を増しソフィアを包み込んだ。ソフィアは服の袖で鼻を覆いたかったが、部屋の中央にトレローニーが居ることに気づくと流石にそれは出来ず、精一杯の引き攣った笑顔を見せ両手を緩く広げる彼女の前の席に座った。

 

 

「こんにちは。いい子ね…」

「こんにちは、先生」

 

 

トレローニーは儚げに微笑むと2人の間にある水晶玉を優しく指先で撫でた。

 

 

「さあ、この玉をじっと見てくださらないこと…ゆっくりでいいのよ…。それから、何が見えたか…あたくしに教えてください…」

 

 

ソフィアは丸く艶やかな水晶玉を見下ろした。それは透明ではなく、中に白い靄のようなものが揺らめいている。

 

 

──何も見えないわ。

 

 

しかし、そう言えばこの課題をクリアすることは出来ないだろう。最早占い学でもなんでも無く──トレローニー学とでも言うべきか──ソフィアは彼女を分析し、望む答えを伝えた。

 

 

「そうですね…寂れた…墓場…」

「まぁ!墓場…成程…他には何が見えまして?」

 

 

トレローニーは囁くようにいうと膝の上にある羊皮紙に何かを書き込みソフィアの次の言葉を促した。ソフィアはぼんやりとその白い靄が蠢き──息を呑んだ。

 

何も形を作らず揺蕩っていた靄が、何か明確な意志を持ち蠢いている、そんな気がしたのだ。

 

 

「…何か──小さな生き物が…見えます……虫…?…違うわ…ネズミ?…それと、蛇──髑髏……」

「…!──ソフィア、あなた、それは…」

 

 

ソフィアの呟きに、トレローニーは息を呑んだ。蛇と髑髏が何を示すのか、それはこの魔法界においてのタブーであり、闇の象徴──死の刻印だ。

 

 

「──以上です、それ以外は、見えません」

「…そう。…ここでお終いにしましょう。…ソフィア、あなたはもう少し目を鍛える必要がおありね…」

 

 

トレローニーの顔色は悪かったが、どこか残念そうにソフィアに伝える。トレローニーはきっとソフィアが見ようと思うばかりで自分の心の中にある恐怖の妄想を水晶玉に見たのだと考えた。──でなければ、あの象徴が見えるはずがない。

 

 

水晶玉を睨み見ていたソフィアだが、既にその水晶玉はいつものように白く靄を揺らめかせるだけでなんの形も作っていない。──見間違いだろう。

ソフィアは静かに立ち上がると、暑く茹だるような教室を出て銀の梯子を降りた。

 

 

「ソフィア、どうだった?」

 

 

まだ名前が呼ばれていないハリーとロンはどんな試験だったのかとソフィアに聞いた。

ソフィアは肩をすくめ「いつもと同じ、水晶玉を見るだけよ。談話室で待ってるわ」と答え、この塔から一刻も早く出たい──2人が答えるよりも早く螺旋階段を駆け降りた。

 

 

 



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146 処刑と猫と暴れ柳と!

 

 

ソフィアは談話室に戻り、1人で隅の方に座るハーマイオニーの元に駆け寄った。

 

 

「ソフィア…」

「ハーマイオニー!…どうしたの?」

「…これ…これ、見て…」

 

 

ハーマイオニーは試験が終わったにも関わらず、悲痛な面持ちでソフィアに一つの手紙を押しつける。ソフィアは隣に座りながらその手紙を読み──口を手で覆った。

 

 

「そんな!…日没に、処刑…!」

「あんまりだわ!」

 

 

わっとハーマイオニーは泣き出し、ソフィアはその震える肩に腕を回しハーマイオニーを引き寄せ抱きしめた。

あの素晴らしい生き物が処刑されてしまう。たしかに人を─ドラコとルイスを傷つけた。だがそれはヒッポグリフに侮辱行為をしたドラコに原因がある。処刑する程の罪ではない、情状酌量の余地はあるはずだ。──しかし、控訴で敗北したとすれば、この判決を覆すことは、もう出来ない。

 

 

それがわかっているからこそ、ハーマイオニーは取り乱し泣いている。ソフィアもまた自分の視界がぼんやりと霞むのを感じ、ぎゅっと目を強く閉じハーマイオニーに縋るように無言で抱きしめ続けた。

 

数十分後、試験が全て終わり晴れ晴れとした顔でロンが談話室に戻ってきたが、暗い様子のソフィアとハーマイオニーを見てハッとした様子で時計を見て、そして何があったのかわかってしまい、呆然としたままハーマイオニーの隣に座り込んだ。

 

 

「まさか…」

「…ハグリッドの手紙よ」

 

 

ソフィアが手紙を渡すと、ロンは一瞬、その手紙を見たくないと言うように目を閉じたが──深いため息と共に受け取り、暫く無言でそれを読み、そしてソファの背に深く身を投げ出し天井を見つめた。

 

 

「こんなのって、ないよ…」

 

 

ぽつりとこぼしたロンの言葉に、ハーマイオニーとソフィアは何も答える事が出来なかった。

 

 

誰も何も言えなかった、バックビークが処刑される。その事で頭がいっぱいになり試験が終わった事など、遠い昔の事のようにすっかりと忘れていた。

 

 

「トレローニー先生が、今僕に──」

 

 

ハリーが息を弾ませながら談話室に駆け込み、ソフィア達に近付いた時も、彼らはなんの反応も返せなかった。

ハリーはトレローニーのいつもと違う様子で言われた言葉をソフィア達に言おうと思っていたが、ソフィアたちの落ち込んだ悲痛な表情を見て、ハリーは息を飲んだ。

 

 

「バックビークが負けた」

 

 

ロンが弱々しく言った。「ハグリッドがこれをよこした」ロンは視線をハリーに向けないまま、手に持っていた手紙をハリーに渡す。

 

 

「──行かなきゃ。ハグリッドが1人で死刑執行人を待つなんて、そんな事させられないよ」

「でも、日没だ。絶対許可してもらえないだろうし…ハリー、とくに君は…」

 

 

ロンは死んだような目つきで窓の外を見つめながら呟く。ハリーはブラックに命を狙われている、夜に校舎を離れる事など、誰も許可しないだろう。

その言葉にハリーは頭を抱えて考え込む、透明マントは前回ホグズミードへ行く時に抜け道の所に置いてきてしまった。

 

 

「透明マントさえあればなぁ…」

「どこにあるの?」

 

 

ハーマイオニーは赤くなった目元を擦り、直ぐに聞いた。ハリーは隻眼の魔女像の下にある抜け道に置いてきた次第を説明し、最後にこう付け加えた。

 

 

「…スネイプがあの辺でまた僕を見かけたりしたら、僕、とっても困った事になるよ」

「スネイプが見かけるのが、あなただったらね」

 

 

ハーマイオニーは決意の篭った目を燃やしながら立ち上がる。ソフィアは困惑してハーマイオニーを見上げた。

 

 

「ハーマイオニー、まさか──」

「ハリー、魔女の背中のコブはどうやって開けばいいの?」

「それは──杖で叩いて、ディセンディウム降下って唱えるんだ、…でも…」

 

 

ハーマイオニーは最後まで聞かずに談話室を横切る、半分立ち上がっていたソフィアは心配そうにハーマイオニーを見送っていたが、またソファに座り直すとため息をついた。

 

 

「まさか、取りに行ったんじゃ?」

「…そうだと思うわ」

 

 

ロンが信じられないと目を見張って閉じられた肖像画の後ろを見つめる。

ソフィアは顔を手で覆い、長いため息をついた。

 

ハグリッドの事は心配だ。死刑執行の時は、そばに居てあげたい──だが、その場に、その夜にハリーを連れて行くことが果たして正解なのだろうか。

 

 

ハリーはじっとソフィアを見つめ、真剣な声で「ソフィア」と名を呼んだ。ソフィアは顔を覆っていた手をゆっくりと下ろすと、ハリーの目を見た。

 

 

「僕は行く。──ソフィアが何を言おうと、ハグリッドのそばに居たいんだ」

 

 

 

ハリーはソフィアが、自分が夜で歩く事を良しとしていないのだと理解していた。しかし譲れない所もある、ホグズミードに行くわけではない、かけがえのない友人の元に行くのだ。

ハリーとソフィアの同じ色をした目が交わった。ソフィアはハリーの暫く見つめていたが、ややあってゆっくり頷いた。

 

 

「ええ…止めないわ。──私も、行くわ」

 

 

 

15分後、ハーマイオニーが大事そうに畳んだ透明マントを持ち、驚愕するロンに少し得意げな顔を見せ現れた。

 

 

 

ソフィア達はみんなと一緒に夕食を食べに大広間に降りた。ハリーは透明マントをローブの前に隠し、膨らみを誤魔化すためずっと両腕を組んでいた。

 

 

「ソフィア!ハグリッドから、手紙が──僕、僕…!」

 

 

大広間に続く扉の前でルイスがソフィア達を見つけるなり、その手に強く握った手紙を持ち悲痛な顔で駆け寄った。

 

 

「ええ…知ってるわ。私たちにも手紙が来たの」

「ルイス、僕ら──ハグリッドを1人にできない、夜に会いに行く」

「…!…僕も、行く」

 

 

ハリーはローブの前を開き透明マントをチラリと見せた。それだけでルイスはこの警戒体制の中どうやってハグリッドの小屋まで行くのか理解し、すぐに頷いた。

 

 

「夕食後、誰もいなくなったら──この小部屋で待ち合わせしよう」

 

 

ハリーは玄関ホールの隅にある小部屋を顎で指した。ルイスはしっかりと頷き、スリザリン生の机で待つドラコの「ルイス!早く来い!」の呼びかけにびくりと肩を震わせ、彼に怪しまれないよう、すぐに駆け出した。

 

 

夕食後、それぞれの寮に戻らなかったソフィア達は──ルイスはセブルスの元に行くとドラコに言い訳をした──誰も居ない小部屋にこっそりと身を隠し、聞き耳を立て、みんなが居なくなるのを確かめた。

 

最後の二人組がホールを急いで横切り、バタンと扉が閉まった音を確認し、少ししてからそっとソフィアが外の様子を伺った。

 

 

「…大丈夫、生徒も教師も居ないわ。──透明マントを着ましょう。…5人入れるかしら」

 

 

ハリーが広げた透明マントは大きかったが、はたして入れるのか──少し不安になりながら、ソフィア達はぴったりと身を寄せ合いマントを羽織った。

 

 

「ギ、ギリギリね…」

「ロン!もっと身を低くして、くっついて!」

「う、うん…」

 

 

ハーマイオニーは一番長身のロンの頭を押さえ、自分の胸元まで下げるとぴったりと身体をくっつける。ロンは少し上擦った声で答えながら懸命に身を縮める。

ソフィアはルイスに後ろから抱きすくめられるようにしてぴったりと身を寄せあい、先頭はハリーが歩く事となった。

 

 

「よし──行こう」

 

 

ハリーの言葉に無言で頷き、5人はそろそろと玄関ホールを横切り、石段を降りて校庭に出た。

太陽はすでに森の向こう側に沈みかけ、木々の梢を金色に染めている。

 

誰にも見つかる事なくハグリッドの小屋にたどり着き、戸を叩いた。1分ほど返事はなく、やっと軋みながら扉が開き、青ざめた顔をしたハグリッドが震えながら現れ、もう死刑執行人達が来たのかとそこら中を見渡した。

 

 

「僕たちだよ。透明マントを着ているんだ、中に入れて。──そしたらマントを脱ぐから」

 

 

ハリーが小声でハグリッドに話しかけ、ハグリッドは「来ちゃなんねぇだろうが!」と囁き驚愕しながらも、一歩下がった。ハリー達が中に入るとハグリッドは急いで扉を閉め、まだ見えないハリー達がいるだろう場所を探しキョロキョロと視線を動かす。

 

透明なマントを脱ぎ、ソフィア達が現れた時も、ハグリッドは泣く事も、縋り付くことも無かった。体は小さく震え顔を蒼白にさせ、茫然自失のハグリッドを見るのは──泣いている彼を見るより、辛かった。

 

 

「茶、飲むか?」

 

 

ハグリッドの巨大ない腕がヤカンを掴む。その震えが移ったヤカンはカタカタと音を立てていた。

 

 

「ハグリッド、バックビークはどこなの?」

「俺──俺、あいつを外に出してやった。俺のカボチャ畑さ、つないでやった。木やなんかを見たほうがいいだろうし──新鮮な空気も…その後で…」

 

 

ハグリッドの手が激しく震え、持っていたミルク入れが手から滑り落ち粉々になって床に飛び散った。

ソフィアとハーマイオニーはすぐに立ち上がり杖を振るい飛び散った破片を集め床を拭いた。

 

 

「ハグリッド、私たちやるわ」

「戸棚にもう一つある」

 

 

ハグリッドは座り込み、額に浮かんだ汗を袖で拭う。

ハリーはチラリとロンとルイスを見たが、2人ともどうする事も出来ない、という目で沈黙したままハリーを見返した。

 

 

ハリーがハグリッドに誰も、どうする事もできないのかと聞いている声を背中に聞きながら、ソフィアもハーマイオニーはミルク入れを探し、戸棚を探った。

ハーマイオニーは小さく堪えていた啜り泣きをつい、漏らす。ハグリッドが泣いてないんだ、自分が泣くわけにはいかない。

 

 

ハーマイオニーはソフィアが退かしたカップの奥にミルク入れを見つけるとそれを手に取り振り返る、背筋を伸ばしぐっと涙を堪えた。

 

 

「ハグリッド、私たち、あなたと一緒にいるわ」

「私たち──その時…あなたの側にいたいの」

 

 

しかしハグリッドは首を振り、俯いた。

 

 

「お前さんたちは城に戻るんだ。言っただろうが──見せたくねぇ。それに、初めっから、ここに来てはなんねぇんだ…ファッジやダンブルドアが、お前さんたちが許可も貰わずにここにいるのを見つけたら厄介な事になるぞ…ハリー、お前さんは特に…」

 

 

声もなくハーマイオニーとソフィアの目から涙が溢れ、頬を伝った。しかし、ハグリッドには見せまいと彼女たちはすぐに後ろを向くと目を越すり、お茶の支度に動き回った。

ソフィアはヤカンを暖炉の火に焚べ、ハーマイオニーはミルクを瓶から容器に入れようとミルク入れを開け──叫んだ。

 

 

「ロン!し、信じられないわ!──スキャバーズよ!」

「何を言ってるんだい?」

 

 

ハーマイオニーは慌てて机の上にミルク入れをひっくり返す。困惑するロンの目の前に、ぼとりとスキャバーズが机の上に落ちた。

スキャバーズはキーキーと大騒ぎしながらミルク入れの中に戻ろうとしたが、ロンがすぐにジタバタするスキャバーズを鷲掴みにした。

 

 

「スキャバーズ!な、なんでこんな所にいるんだ?」

「スキャバーズ!?まぁ、無事だったのね…!」

 

 

ソフィアは熱く湯気の立つティーポットを持ちながら、ロンの手の中で暴れるスキャバーズを見て思いも見ない再会にほっと胸を撫で下ろした。やっぱり、クルックシャンクスは食べていなかったんだ。──なら、あの血は…?

 

 

「大丈夫だってば、スキャバーズ!猫はいないよ!ここにお前を傷つけるものは誰もいないんだから!」

 

 

前よりも痩せ衰え、あちこちの毛が抜けて禿げているスキャバーズは、飼い主であるロンの言葉を聞かず逃げようと暴れていた。ロンは手に小さな引っ掻き傷を作りながらもけっしてスキャバーズを離さなかった。

 

 

「連中がきよった…」

 

 

ハグリッドが立ち上がり、窓の外を見て低く呟いた。その顔色は土気色になり、また僅かに震え出す。

 

ソフィア達も振り向き窓に駆け寄った。

遠くの城の階段から、誰かが降りてくる影が見える。先頭をダンブルドアが歩き、その次にファッジ──そして、死刑執行人が後ろを歩く。

 

 

「お前さんたち、ここにいる事を連中に見つかってはならねぇ…行け…早う…裏口から出してやる…」

 

 

ハーマイオニーはマントを持ち、ハグリッドに続いてソフィア達は裏庭に出た。

ほんの数メートル先のカボチャ畑のそばの木に繋がれているバックビークは、何か起こっていると理解しているのか猛々しい頭を左右に振り、逃れようともがいた。

それを見たソフィアはぐっと胸を詰まらせ鼻の奥がツンと痛むのを感じる。──この後この美しい生き物が処刑されるだなんて。現実だと、思えなかった。

 

 

「行け、──もう、行け」

「そんな事、できないよ」

「ハグリッド、僕何があったのか話すよ!」

「バックビークを殺すなんて、ダメよ!」

「私たちが、いるわ!」

 

 

ソフィア達は動けず、必死になり口々に訴えかける。ハグリッドは一瞬目を揺らせたが、すぐに表情を引き締め「行け!」と、再度きっぱりと告げた。

 

 

「お前さん達が面倒な事になったら、ますます困る。そんでなくても最悪なんだ!」

 

 

悲痛な懇願に、ハーマイオニーは目に涙を流しながらソフィア達にマントを被せた。その時小屋の前で人の話す声が微かに聞こえ、ソフィア達は開きかけていた口を閉ざす。

 

 

「急ぐんだ──聞くんじゃねぇぞ」

 

 

ハグリッドは5人が消えたあたりを見ながら、掠れた声で囁いた。

何を、とは聞かなくてもソフィア達にはわかっていた。

魂が抜けたように押し黙ったソフィア達はハグリッドの小屋を離れ反対側まで進む。バタン、と表の扉が閉まる音が聞こえ、思わずルイスは立ち止まった。

 

 

「僕、やっぱり──」

「だめよ!お願い、戻って!私、耐えられないわ…とても…!」

 

 

せめて事件が起こった時、何があったのかファッジやダンブルドアに直接言わないと気が済まないとルイスは足を止めたが、ハーマイオニーの恐怖が滲む震え声に、何度か迷うように小屋とハーマイオニーの目を見ていたが──項垂れるとゆっくりと歩きだした。

 

 

太陽は沈む速度を早め、空は薄らと紫を帯びた透明な灰色に変わっていた──日没だ。

城に向かう芝生を登り始めた時、ロンがぴたりと立ち止まった。

 

 

「ロン、お願いよ」

「スキャバーズが…!こいつ、どうしても大人しくしてないんだ!」

 

 

ロンは這い出ようとするスキャバーズをポケットの中に押し込もうと前屈みになっていたが、スキャバーズは狂ったように鳴き喚き、ジタバタと身を捩っていた。

 

 

「スキャバーズ、僕だよ。ロンだってば!」

「ねえ、ロンお願いだからいそいで!ああ、もう──」

 

 

ハーマイオニーは背後でした扉の開く音に振り返ると、口をワナワナと震わせる。

ソフィアは震えるハーマイオニーの手を強く握り身を寄せながら呟いた。

 

 

「…始まるんだわ…」

「くそっ!スキャバーズ、じっとしてろったら…!」

 

 

5人は少しずつ前進したが、またすぐにロンが止まってしまう。

背後からは男の低い声が響き、何かを伝えていた。もうすぐ、バックビークは処刑されてしまう、ハグリッドはそれを聞く事を望んでいない。

ハリーはせめて側に寄り添う事が出来ない友人の、たった一つの願いくらい──叶えてやりたかった。

 

 

誰とも区別がつかない低い男の声が混じり合っていた。ふと、静かになり、そして──斧を振るう音と、それが地面に突き刺さった重い音がソフィア達の耳に飛び込んだ。

がくりとハーマイオニーがよろめき、ソフィアの胸にしがみつくと声を震わせ小声で叫んだ。

 

 

「やってしまった!──こ、こんなことって…!あの人たち…処刑してしまったんだわ!」

 

 

その叫びにソフィア達は皆、ショックで頭の中が真っ白になった。

暫くお互いの息遣いと、スキャバーズの鳴き声だけが響いていたが、荒々しく吠えるような声が背後から響いた。

 

 

「──ハグリッドだ」

 

 

ハリーは呟き、我を忘れ引き返そうとしたが、ソフィアとロンがハリーの両腕を抑え、顔を蒼白にさせながら首を振った。

 

 

「戻れないよ」

「…僕たちが会いに行った事が知られたら、ハグリッドの立場はもっと…悪くなってしまう…」

 

 

ルイスは辛そうに表情を歪ませゆるゆると首を振った。

ハーマイオニーはソフィアの胸に必死に縋りつきながら呼吸を浅く乱し、大きく目を見開き全てを拒絶するかのように首を振る。

 

 

「どうして、あの人たち、こんな事が…出来るの?本当に──どうして…!」

「…本当に、酷い事だわ…」

 

 

ソフィアの体もハーマイオニーを抱きしめながら震えていた。「行こう」ロンの呟きに、ハリーは暫く答えられなかったが──ゆっくりとまた、城へ向かい始めた。

 

 

 

息を潜めたソフィア達が広い校庭に出た頃には、辺りには闇が立ち込め5人を覆った。

 

 

「スキャバーズ、じっとしてろ!いったいどうしたんだ?このバカネズミめ!じっとしてろったら──あいたっ!こいつ、噛みやがった!」

 

 

ロンがまた足を止め胸ポケットの中にいるスキャバーズを押し込もうと奮闘する。

その声がこちらへ戻ってくるだろうファッジ達に聞こえやしないかと──透明マントは、声までは消してくれない──ソフィアは心配そうに後ろを振り返った。

 

 

「ロン、静かにしないと!ファッジがきっと、戻ってくるわ!」

「こいつめ!なんでじっとしてないんだ?」

 

 

ソフィアは緊迫した声で囁き、ロンの手から逃れようともがくスキャバーズを見た。何をそんなに怖がっているのだろう、ここには何も居ないはずだ。

 

 

しかしその時、暗闇の影から地を這うように身を伏せこちらに向かい忍び寄るものを、ハリーは見た。闇の中光る2つの眼──クルックシャンクスだ。

クルックシャンクスはスキャバーズの声を追ってここまで来たのかもしれない、ハリーが息を呑んだ事に気付いたソフィアとハーマイオニーも、ようやく近くにクルックシャンクスがいる事に気付き顔を引き攣らせた。

 

 

「クルックシャンクス!」

「だめ、クルックシャンクス、あっちに行きなさい、行きなさいったら…!」

 

 

ハーマイオニーが低い声で呻き叫んだが、クルックシャンクスは髭をぴくぴくと動か目を爛々と光らせじりじりと近づく。

 

 

「スキャバーズ──ダメだ!」

 

 

ロンは必死にスキャバーズを抑えていたが、身を捩り摩り何度も引っ掻き──ついにスキャバーズはロンの手から逃れると地面に落ち、一目散に逃げ出した。透明マントをくぐり抜けいきなり現れたスキャバーズを、クルックシャンクスはすぐに追いかける。

 

 

ソフィア達が止める間も無く、ロンは透明マントを脱ぎ、猛スピードでスキャバーズの後を追った。

 

 

「ロン!」ハーマイオニーが呻き、4人は顔を見合わせる。大急ぎで暗闇の中に消えたロンを追いかけているうちに透明マントは既に4人の体から離れ、ハリーが旗のように後ろに靡かせていたが誰も何も言わなかった。

 

ルイスは杖を出しすぐにあたりを照らそうとしたがルーモス、のルを言う前にソフィアが慌てて杖を抑え止めた。

 

 

「ダメよ!光で──バレてしまうわ!」

「っ…そうだった…!」

 

 

ルイスは苦々しい顔で呻くと、杖は握ったままだったが辺りを照らすことはやめた。

前方にロンの駆ける足音と、クルックシャンクスを怒鳴りつける声が聞こえ、ソフィア達はなんとか暗闇の中で目を凝らし、音のする方に疾走する。

 

 

「スキャバーズから離れろ!離れるんだ!スキャバーズ、こっちへおいで!──捕まえた!とっとと消えろ、嫌な猫め!」

 

 

ドサッという地面に倒れ込む音と、ロンの安堵が滲む声──そしてクルックシャンクスの威嚇の声が響く。

ソフィア達は地面に這いつくばるロンを危うく踏んづけてしまいそうだったが、なんとか目前で急ブレーキをかけた。ハーマイオニーとソフィアは胸を抑えぜいぜいと呼吸を整えながら、息も絶え絶えに囁く。

 

 

「ロン、早く──マントに!」

「ダンブルドア──大臣──みんな、戻ってくるわ!」

 

 

しかし、皆がマントを被るために息を整える間も無く、何か巨大な生き物が走る足音が突如響いた。

暗闇の中から大きな黒犬が跳躍し現れる。ルイスとソフィアはその黒犬を見て、一瞬狼狽えた。──あの黒犬は間違いない、森で会った、あの犬だ。

 

 

ルイスは杖を持っていたが動けず、その犬が大きくジャンプしハリーに飛びかかるのを呆然と見ていた。

 

 

「ハリー!」

 

 

ソフィアは叫び、地面に倒れ込むハリーに駆け寄る。黒犬は急旋回して唸ると、またソフィア達にその牙を剥いた。ソフィアは目を強く閉じ、ロンがハリーとソフィアを突き飛ばした。

 

犬の両顎はロンの腕に強く噛みつき、ハリーは犬に掴みかかったが──犬は体を大きく振るいハリーを振り払うとロンを引き摺っていった。

 

すぐにハリーは立ち上がりロンを助けようと手を伸ばしたが突然何かがハリーの横面を殴り、ハリー達はもつれるようにして再び倒れ込んだ。──新手か、ルイスは強かに打ち付け痛む脇腹を抑えながら叫んだ。

 

 

「ルーモス!」

 

 

杖灯りにより照らされたのは、太い木の幹だった。

 

 

「──まずいわ…」

 

 

ソフィアが上を見上げ呆然と呟いたのと、暴れ柳が強風に煽られたかのように枝を軋ませまた振り下ろさんとするのは同時だった。

 

 

プロテゴ(守れ)!」

「きゃっ!」

 

 

ルイスが盾の守りを出現させ、枝の猛撃はその見えない盾に阻まれる。

ハリーは犬はどこに消えたのかと必死にあたりを見渡す、──居た。暴れ柳の根元に大きく開いた隙間に、ロンの頭から引き摺り込もうとしていた、ロンは激しく抵抗しているが、頭が、胴が順に見えなくなっていく。

 

 

 

「──ロン!」

「ダメだ、ハリー!」

 

 

ハリーはルイスの静止を聞かず盾の後ろから飛び出し、駆け寄ろうとした。だが太い枝が空を切りハリー目掛けて振り下ろされ、慌ててハリーは後ずさった。ここが境界線なのだ、これ以上進むとあの枝に殴られてしまう。

 

ロンは何とか足を根元に引っ掛けて抵抗していたが、バシッ!──とまるで乾いた太枝が折れたような恐ろしい音と叫び声が響き、次の瞬間、ロンの足も見えなくなった。

 

 

「た、助けを呼ばなくちゃ!」

 

 

ハーマイオニーは狼狽え叫んだが、すぐにハリーが枝の攻撃を何とか避けながら叫ぶ。

 

 

「ダメだ!そんな時間はない!」

「ハリー!ハーマイオニー!避けて!」

 

 

ソフィアの声に慌ててハリーとハーマイオニーは頭を下げる、その刹那太い枝が2人の頭上を掠めた。

ソフィアはハリーの腰辺りに手を回し、無理矢理後退させると蒼白な顔で振り回される枝を見ながら必死に懇願する。

 

 

「今なら近くにダンブルドア先生がいるわ!誰か助けを呼ばないと──あそこには入れないわ!」

「あの犬が通れるなら僕達にも出来る筈だ!」

「──っ!!」

 

 

ハリーの強い声に、ソフィアは唇を噛みぐっと口籠った。わかっている、救援を呼ぶ時間などない、自分たちで何とかするしかないのだ。

ソフィアは覚悟が決まったような目でキッと暴れ柳を睨み杖を振るい、足元に落ちている石を複数の狼達に変身させた。

 

 

「援護するわ!ハリー!──走って!」

 

 

その声に弾かれるようにして狼達とハリーは走る。すぐに暴れ柳が枝を振るいハリーの胴体を打とうとしたが、狼が両者の間に割って入り、ハリーを守った。

強く枝で殴られた狼は「ギャイン!」と一鳴きすると煙のように霧散し元の石に戻ってしまう。

何度も攻撃を受けるたびに狼が身を挺してハリーを守り石へと戻る中、ハリーは木の幹まで後一歩のところまで差し迫る。

 

 

「ぐっ──!」

「ハリー!」

 

 

だが暴れ柳もただではハリーを通すつもりはない。最も幹に近づいた途端、枝をぐっと一纏めにすると大きく振り下ろした。

狼はすかさずハリーの上に覆いかぶさり直撃は免れたものの、ハリーはその場に押し倒され背中を強く打ち付けた。──息が詰まるような衝撃の中、ハーマイオニーは「誰か、助けて、助けて…」と狂ったように呟きながら目に涙をためていた。

 

 

ルイスは衝撃で動けないハリーの元に何とか向かおうと飛び込むが、すぐに他の枝がルイスの行く手を阻む。

 

 

「どけ!──どけよ!!」

 

 

彼にしては粗暴な口調で叫ぶが、暴れ柳は聞く耳を持たず、ゆっくりと高く枝を掲げる──止めの一撃をハリーに喰らわせるために。

 

 

「「 プロテゴ(守れ)!」」

 

 

ソフィアとルイスの魔法がほぼ同時にハリーの体を覆った。二重にかけられた守りの盾は暴れ柳の渾身の一撃を何とか耐え切り、ハリーは何とか暴れ柳の幹から下がる──あと少しだったのに。

 

 

その時、クルックシャンクスがさっと前に出た。ハリーを狙っていた暴れ柳は突然現れた猫に反応できず何度もクルックシャンクスに殴りかかったが、クルックシャンクスはまるで蛇のように紙一重でかわしすり抜けると、両前足を木の節の一つにちょん、と乗せた。

 

 

突如、暴れ柳はハリー達を狙うために振り上げた枝をそのままにぴたりと停止した。まるで石像になってしまったかのように、葉一枚も動かない。

 

 

「クルックシャンクス!?あの子、どうしてわかったのかしら…」

 

 

ハーマイオニーは訳がわからず小声で呟いた。よろよろと立ち上がったハリーは何度か湿った咳を溢し、木の根元にいるクルックシャンクスを険しい顔で睨む。

 

 

「あの犬の友達なんだ。僕、あの2匹が連れ立っているのを見た事がある──君も杖を出しておいて。ソフィア、ルイス、ハーマイオニー…行こう」

 

 

ソフィア達は硬い表情のまま、クルックシャンクスの待つ──ロンと黒犬が消えた暴れ柳の根元に向かった。

 

 



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147 その名前は。

 

ソフィア達は杖を前に突き出しながら、杖先に灯る灯りを頼りに薄暗い道を進んでいた。

暴れ柳の下にこんな抜け道があったなんて──一体、何のために。

 

 

曲がりくねった細い通路は突如終わり、小さな穴から漏れるぼんやりとした光がソフィア達の目に入った。

 

先頭を走っていたハリーは足を止め後ろを振り返る。荒い呼吸をしていたソフィア、ルイス、ハーマイオニーは息を整えながらこくり、と頷く。4人は杖を前に向けながらじりじりと前進し、そっと穴の先を覗いた。

 

 

「…部屋…?」

 

 

ルイスが穴の先に見えた光景を呟く。

そこは埃っぽく、荒れ果てた部屋だった。壁紙は剥がれかかり、床は黒い染みだらけで床板が捲れている。家具という家具はまるで誰かが打ち壊したかのように破損し、窓には全部板が打ち付けられていた。

 

 

まずハリーがそっと穴の向こう側に顔を入れ注意深くあたりを見渡した──犬も、ロンも居ない。先に進んでいたクルックシャンクスも居ない。ハリーは穴をくぐり抜け、埃が白く床に積もる中に、なにかを引き摺った跡が続いている事に気付いた。

 

ハリーに続きソフィア達が穴をくぐり抜け辺りを見渡す。突然ハーマイオニーが「あっ!」と小さく悲鳴をあげ、隣にいたルイスの腕に強く掴まった。

 

 

「ここ…叫びの屋敷の中だわ…!」

「ここが…?」

 

 

不安げに辺りを見ながらハーマイオニーが囁く。その声は不気味に反響し、ソフィア達は身を強ばらせた。右側には扉が開けられたままになっており、薄暗いホールに続いている。

 

その時、頭上で何かが軋む音がして4人が天井を同時に見上げた。──何かが動く音だ、間違いなく黒犬か、ロンだろう。

 

ハリーは無言で杖先を一つ開いている扉に向ける。──行こう──その無言の合図にソフィア達は頷き、出来るだけ足音を立てないようにしながら隣のホールに忍び込み、上の階へと伸びる朽ち果て崩れかけた階段を上がった。

何かを引き摺った跡はこの先に続いている。──ソフィアは手汗がじわりと滲む杖を、再度握り直した。

 

 

ノックス(消えよ)

 

 

4人は同時に唱える。何かあればすぐに攻撃魔法か防御魔法を唱えなければならない、いざという時にそなえ杖先から光が消える。

一気に辺りが薄暗くなるが、たった一つの扉から光が線のように漏れ出している。扉は微かに開き、その先から物音と何かが呻く低い声と、大きなゴロゴロという猫特有の声が聞こえていた。

 

──この先だ。ハリーはちらりと3人を見る。3人とも再びしっかりと頷いた。

杖を目前に構えたまま、ハリーは強く扉を蹴り開け雪崩れ込むようにその部屋に入り杖先を向けた。

 

 

黒犬は、居なかった。

埃っぽいカーテンのかかった天蓋付きベッドの上にクルックシャンクスが寝そべり、ハーマイオニーの姿を見るとゴロゴロと鳴き声を大きくした。その脇の床には、妙な角度に足を投げ出して、ロンが力なく座っていた。

 

 

「ロン!!」

 

 

4人が同時に叫び、すぐにロンの側に駆け寄った。

 

 

「ロン、大丈夫?」

「足が…ああ、やっぱり折れてるわ…」

「応急処置するね」

 

 

ソフィアは関節が2つになってしまったようなロンの足を見て心配そうにロンの顔を覗き込み、険しい表情をしたルイスが杖を振るい床に転がっていた板を添え木にし「 フェルーラ(巻け)」と唱え包帯で足を固定した。

ロンは冷や汗を流し呻いたが、固定された事で少し精神的にマシになったのか──少なくとも、関節は一つに見えた──僅かに眉間の皺を消した。

 

 

「犬はどこ?」

「…ハリー…犬じゃ──ない。ハリー、罠だ…」

「…え?」

 

 

ロンは痛みに呻きながらも必死にハリーの肩を掴み訴える。何を言っているのかわからず、ハリー達は困惑した表情でロンを見た。

 

 

「あいつが犬なんだ、…あいつは、アニメーガスなんだ…」

 

 

ロンはハリーの肩越しに何かを睨んでいた。

ソフィアとルイスはすぐに振り返り杖を振るったが、それよりも先に第三者の鋭い嗄れた声が響く。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 

扉の後ろから現れたその人は長い黒髪が肘まで垂れ、顔色が悪く暗い落ち窪んだ眼窩の奥で目だけが獰猛に輝き生を感じさせた。──そして、左足の腿あたりに白い包帯が巻かれている。

指名手配写真に写っていたシリウス・ブラックはまるで髑髏のような顔だったが、目の前にいるシリウス・ブラックは浮浪者のようななりはしていてもまだ人としての体制を保っていた。

 

 

ソフィア達の杖が手から飛び出し、高々と飛んでブラックの手に収まった。ブラックはハリーを見据え、一歩近付いた。

 

 

「君なら友を助けに来ると思った」

 

 

長い間声の出し方を忘れていたような掠れた響きだった。噛み締めるようなその言葉にちらりと現れた喜びの色に、ソフィアは強く奥歯を噛み締めゆっくりと後退する。ルイスはソフィアを背中に庇うように立ち、じっとブラックの挙動を見つめた。──何があっても、ソフィアだけは、妹だけは守らなければ。

 

 

「君の父親も俺のためにそうしたに違いない。君は勇敢だ。先生の助けを求めなかった…ありがたい。その方がずっと事は楽だからな…」

 

 

ハリーは自分の父を嘲るようなその言葉に胸の奥が煮えたぎるのを感じた、どろどろとしたものが奥から溢れ脳の後ろが痺れる。

杖が無いにも関わらず憎しみのあまり飛び出そうとしたハリーだったが、すぐにソフィアとハーマイオニーが掴み引き戻された。

 

 

「ハリー、駄目!」

「ハリーを殺したいのなら、僕達も殺す事になるぞ!」

 

 

ロンは果敢にもブラックに向かって言い放ち、立ちあがろうと身を捩ったが足に激痛が走りずるずるとまた床に座り込む。

ブラックはちらりとロンを見下ろすと、静かな口調で「座っていろ。足の怪我がよけいに酷くなるぞ」と伝えたが、ロンは顔色を青くしたまま必死に這いずりハリーの服を掴んだ──離さない、何があっても一緒だ。という明確な意思を持って。

 

 

「聞こえたのか?僕たち5人を殺さなきゃならないんだぞ!」

 

 

ロンはハリーの肩にすがり、無事な方の足に力を込めなんとか立ち上がると強い目で睨む。ソフィアはハリーの腕を強く掴みながらブラックを睨む。──彼女はロンの言葉が脅しにはならないとわかっていた、彼は大量殺人鬼だ、子ども5人くらいなんなく殺してみせるだろう。杖さえあれば、杖が、欲しい。

だが、ブラックは薄く笑うと首を微かに振りゆっくりと答えた。

 

 

「今夜はただ、──1人を殺す」

「何故なんだ?」

「ハリー!──っだめ!」

 

 

ソフィアは自身の腕を振り解こうともがくハリーに小さな叫びを上げる。ハリーは一切ソフィアを見なかった、自分の肩に掴まるロンが呻めきよろめいたことも気にしてられなかった。その目に映るのは、両親を裏切り死に追いやったシリウス・ブラック──ただ1人だ。

 

 

「この前はそんな事気にしなかっただろう!ペティグリューを殺るために、沢山のマグルを無残に殺したはずだ!──どうしたんだ?アズカバンで骨抜きになったのか?」

「ハリー、駄目!おねが──」

「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!!」

 

 

ハリーは大声で叫び、渾身の力でソフィア達を振り解くとルイスを押し退け、前方めがけて飛び掛かった。

杖を持たない、たった13の子供だという事も忘れブラックに飛びつくと杖を虚をつかれたのか振り下ろさなかったブラックの手首を掴み、杖先を逸らさせ、大きく振りかぶり強く握った拳でブラックの横面を殴りつけた。

 

 

「きゃあああっ!」

 

 

ハーマイオニーが悲鳴をあげ、ロンは大声でブラックを罵り喚いていた。

咄嗟にルイスはハリーに続き飛び掛かる──何故ブラックが遅れを取ったのかわからない、だが考える暇はない。今あいつを無力化しないと、殺されてしまう。

 

ルイスは自分が小柄だと言うことも忘れ、暴れるブラックの足にしがみつき、腹を何度も蹴られながらけっして離さなかった。

 

ブラックの持っていた杖先から火花が四方八方へ噴射し、ハリーとルイスの顔を貫きそうなったが、火花は外れ頬を掠める。しかし、あまりに強烈な光を目前で見たルイスは視界が真っ白になり目を手で覆う。

 

 

「ぐっ──!」

 

 

ブラックの膝がルイスの腹にめり込み、ルイスは苦しげに呻き何度も強く咳き込んだ。ルイスの束縛が無くなったブラックは一瞬足下でうずくまるルイスを見たが、すぐにハリーに視線を戻すと自由な方の手でハリーの喉を強く抑える。

 

 

「いいや──もう待てない」

 

 

ブラックはハリーの緑色の目を見つめ静かに囁く。ソフィアは弾かれたようにブラックに近付き──「ソフィア!」とハーマイオニーが悲鳴を上げた──思い切りブラックの脇腹を蹴り上げる。無防備な中の襲撃にブラックは呻き、ハリーの喉を掴んでいた手を緩める。緊張と恐怖で痛みを一瞬忘れる事ができたロンもソフィアに続きブラックの腕に体当たりし、ハーマイオニーはその隙にルイスに駆け寄り部屋の端まで引き摺った。

 

 

カラカラと杖が落ちる音が響き、もつれ合う中ハリーはブラックを振り解き落ちている杖を拾おうと床に飛びついた──しかし、クルックシャンクスが雄叫びと共に杖に伸びるハリーの腕に飛びかかり、その爪を食い込ませる。

ハリーが痛みに顔を顰めながら払い除けると、宙でくるりと体勢を整えたクルックシャンクスはハリーの杖に飛び付いた。

 

 

「取るな!」

 

 

大声で叫び、やはりブラックの仲間だったのかとクルックシャンクスを憎々しげに睨んだハリーはクルックシャンクスに向かって足を振り上げる。クルックシャンクスはシャーッと鋭く鳴きながら脇に跳びのいた。ハリーは素早く杖を掴み振り向くと杖先をブラックに突きつける。

 

 

「どいてくれ!」

 

 

ハリーはロンとソフィアに向かって叫んだ。

ソフィアは呼吸を荒めながらブラックの指を無理矢理こじ開け──思ったよりもあっさりと、その手は開いた──自分達の杖を掴むと急いでルイスとハーマイオニーの元に駆け寄った。

ロンは息も絶え絶えに天蓋ベッドまで這っていき、倒れ込むと蒼白な顔で折れた足を抑えた。

 

ブラックはソフィア達の攻撃により、壁の下の方で四肢を投げ出し、胸を激しく波打たせながら自分の心臓に杖を突き付けながら近づくハリーをじっと見た。

 

 

「ハリー、俺を殺すのか?」

 

 

ブラックは小さな声で呟いた。

ハリーは無言で近づき、ブラックに馬乗りになるような形で止まるとつえをブラックの胸に向けたままその痩せた顔を見た。目にはあざができ、口先から血が垂れている。

 

 

「お前は、僕の両親を殺した」

 

 

ハリーの声は震えていたが、杖腕だけは微動だにしなかった。

ブラックは落ち窪んだ目でハリーをじっと見上げ、掠れた声で呟く。

 

 

「──否定はしない。君の両親…ジェームズ、リリー、そして…アリッサ──」

「「──えっ?」」

 

 

ブラックの静かな声に、ソフィアとルイスが大きく反応した。ブラックは他にも言葉を紡ぎかけていたが口を閉ざすと視線だけを動かし、部屋の隅にいるルイスとソフィアを見た。

ハリーはブラックから目を逸らす事が出来なかったが、その名前に聞き覚えがある気がした。確か──そうだ。

 

 

「どうして、母様の名前が出てくるの?」

 

 

ソフィアはルイスの胸元に縋りつき、蒼白な顔で呆然と呟く。ルイスは杖先をブラックに向け、硬った顔でじっとブラックを睨んでいた。

 

 

 

──そうだ、一年生の時ケンタウルスが言っていた。アリッサは、ソフィアとルイスの母親の名前だ。

 

 



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148 ネズミの正体!

 

ハリーはブラックの目に驚愕と狼狽が写ったのを見た。落ち窪んだ眼窩の奥にある目が見開かれ、口が僅かに開いている。じっとブラックはルイスとソフィアを見つめ、そして一瞬ハリーの瞳を探るように見たが──疲れたような長いため息をこぼした。

 

 

「──そうか…君たちが…アリッサの子か…ああ、…彼女に、良く似ている…」

「そんな事聞きたく無い!何で母様の名前が出てくるんだ!?」

「……っ!ま、まさか──巻き込まれた人って、母様…なの…?母様を…殺した…?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの震える声に息を飲み、口を手で覆い、目に涙を溢れさせた。──三本の箒でマクゴナガルが言っていた、巻き込まれ殺された人が、ソフィアとルイスの母親だったなんて、あの時は思いもしなかった。

しかし──それなら、2人にとっても、ブラックは母親の敵という事になる。

 

 

「そうだ。しかし、君たちが全てを知ったら──」

「全て?」

 

 

ハリーはブラックの言葉にぴくりと反応し、ぐっと服の上からブラックの胸を突き刺す。目は憎悪で染まり、怒りで鼓動が早くなりドクドクと脈打つ音が聞こえる。怒りで身体がこんなにも震えるなんて、誰かを殺したいと強く思うなんて──ハリーは知りたくもなかった。

 

ソフィアとルイスもブラックに駆け寄ると、不審な動きをすれば直ぐに射止めるという強い覚悟で杖先をブラックの喉と頭に向けた。

 

 

「お前は僕の─僕の両親と2人の母親をヴォルデモートに売った。それだけ知れば沢山だ!」

「聞いてくれ。…聞かないと、君たちは後悔する…君たちは、わかってないんだ」

 

 

ブラックは緊迫した声で呟き、ハリーの目とソフィアの目を交互に見た。

ソフィアとルイスは目の前に母親を死なせた元凶がいる──それを知り瞬間的に激しい怒りに突き動かされていたが、荒くなった呼吸を整えているうちに少し冷静さを取り戻した。

 

 

「…何を聞かないと後悔するの。私は…私たちは、母様の事を何も知らない──」

 

 

ブラックが何か言おうと口を開けたが、次の言葉を言う前にクルックシャンクスがハリーの側をさっと通り抜けた。

クルックシャンクスは跳び上がりハリーの杖を鋭い爪で弾くと顕になったブラックの胸の上に陣取り、ハリーを威嚇した。

 

杖先を逸らされたハリーはすぐにクルックシャンクスに杖を向ける。──しかし、その目は困惑で揺れていた。

ソフィアとルイスもまた信じられないようにクルックシャンクスを見下ろし、ブラックは目を瞬かせながら「どけ」と胸の上に居る猫を払おうとしたが、クルックシャンクスはローブに爪を食い込ませ身体を押し退けられても動かなかった。

 

 

ハーマイオニーはクルックシャンクスの数々の信じ難い裏切りにより涙をこぼししゃくり上げ、「クルックシャンクス、そんな…」と悲痛に染まった声で呟く。

 

 

──今しかない。

 

 

今、ブラックを殺さなければ、今こそ父さんと母さんの敵を取る時が来た。そうハリーは何度も心の奥で呟き杖を握り直した。

クルックシャンクスは大きな目をハリーに向け微動だにしない。

 

ソフィアとルイスは杖先はブラックに向けたままだったが、ハリーをちらちらと何度も見ていた。

やるしかない。そうハリーは思ったが口は開く事は無く、部屋の中に静寂が落ちる。聞こえるのはロンの苦しげな喘ぐような息遣いと、ハーマイオニーのしゃくり上げる声だけた。

 

 

突如それに新しい音が聞こえてきた──床にこだまする、くぐもった足音だ。

 

 

「ここよ!私たち、上に居るわ!シリウス・ブラックよ!──早く!」

 

 

ハーマイオニーが急に叫び、ブラックは驚いて身動きし、クルックシャンクスはまた振り落とされそうになった。

 

 

「「 インカーセラス(縛れ)!」」

 

 

ソフィアとルイスはブラックの逃亡を阻止するため同時に同じ呪文を叫んだ。2人の杖先から縄が飛び出るとぐるぐるとブラックの手足を拘束する。ブラックはもがいたが、手足を抑えられ胴にはハリーが乗っている──逃げられなかった。

 

赤い火花が飛び散り、ドアが勢いよく開いた。

ソフィアが振り向くと、蒼白な顔で杖を構えリーマスが飛び込んでくるところだった。

 

 

リーマスの目が、床に横たわるロンを捉え、ドアのすぐそばですくみ上がっているハーマイオニーに移り、杖でブラックを捕らえてつっ立っているハリーとルイスとソフィアを見て、それからハリーの足下で血を流し手足を拘束され伸びているブラックその人へと移った。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 

リーマスが叫び、ハリー達の持っていた杖全てがまたしても手を離れて飛び、ハーマイオニーが持っていた二本の杖も同じように飛んだ。リーマスは器用に全てを空で捕まえ、ブラックを見据えたまま部屋の中に入ってきた。

 

 

ソフィアはリーマスの手に収まっている自分の杖をじっと見た。

──何故、私たちの武装解除をするんだろう。持っていないと危ないのは、分かりきった事なのに。…まさか、本当に…?

脳裏を嫌な予感がよぎり、ソフィアは一度固唾を飲むと周りを忙しなく見ながら側に近寄ってくるリーマスに呼びかけた。

 

 

「リーマス先生──」

「シリウス、アイツはどこだ?」

 

 

リーマスの声は何か感情を押し殺して震えているような緊張した超えだった。

ハリーはリーマスが何を言っているのか理解が出来ず困惑してブラックを見下ろしたが、ソフィアとルイスは目を見張り、一歩後ろに下がった。──ブラックを、親げに名前で呼んでいる。

 

 

ブラックは表情を消したまま暫く無言だったが、ロンの方を顎で指した。ハリーは指された先にいるロンを訝しげに見たが、ロンは当惑し訳がわからない、といった表情で震えていた。

 

 

「…しかし…それなら…何故今まで正体を現さなかったんだ?──もしかしたら…君はあいつと入れ替わったのか?…()に何も言わずに…?」

 

 

リーマスはブラックを通して何かを見ているような目で深く考え込んでいたが、ハッとした顔で目を見開き呆然と呟く。

ブラックは、リーマスを見つめたまま、ゆっくりと頷いた。

 

 

「ルーピン先生、一体何が──」

 

 

何の話をしているのか、曖昧な言葉が多すぎて理解出来ず、ハリーは思わずリーマスの言葉に割り込んだがその問いは途中で途切れた。

 

リーマスは杖を振るいブラックを拘束していた縄を消失させると、杖を下ろした。リーマスはブラックの元まで歩み寄り、そして手を使って助け起こした。──クルックシャンクスが床に転がり落ちた──そして、兄弟のように強くブラックを抱きしめ、ブラックもまたリーマスの背に腕を回し強く抱きしめていた。

 

信じ難い、悪い夢のような光景に、ハリーは身体の中に電流が走ったかと思うほどの衝撃を受けた。

 

 

「リーマス先生…どうして!」

 

 

ソフィアが悲痛な声で叫んだ。

リーマスはブラックを離すと、ソフィアを見た。

 

 

「リーマス先生は、…その人の共犯者だったの…?」

 

 

ぽつり、とルイスが否定して欲しいと言うような、哀願が籠る声で呟き、顔を苦しげに歪めた。

リーマスが何か言おうと口を開いたが、言葉を発する前にハーマイオニーの叫びにより塞がれてしまう。

 

 

「なんて事なの!先生は…先生は──!」

 

 

ハーマイオニーは叫び、口をわなわなと震わせながら目を爛々と光らせリーマスを指差す。

ソフィアとルイスはまだ冷静さを残していたが、酷く取り乱すハーマイオニーをまずは落ち着かせようとリーマスがハーマイオニーの名を硬い声で、ゆっくりと呼んだ。

 

 

 

「ハーマイオニー…」

「先生は、その人とグルなんだわ!」

「ハーマイオニー、落ち着きなさい──」

「私、誰にも言わなかったのに!先生のために、私、隠していたのに!」

「ハーマイオニー、話を聞いてくれ、頼むから!」

 

 

リーマスはハーマイオニーの叫びを聞き、彼女が何を言おうとしているのかを理解した。

それは、言われてもいい、事実だからだ。だが、ハリーに──ハリーとソフィアとルイスに、説明しなければならない事が多くある。

 

 

「──説明するから」

「僕は…先生を信じてた…それなのに、先生はずっとブラックの友達だったんだ!」

 

 

一陣目の衝撃を飲み込んだ後、ハリーを襲ったのは見を震わせるほどの怒りだった。

──いつも先生は優しかった、他の教師とは違う、それなのに、裏切っていたのか。ブラックと共に僕を殺すために。

 

 

「それは違う、この12年間、私はシリウスの友ではなかった。…だが、今はそうだ…説明させてくれ」

「駄目よ!」

 

 

必死に説明しようとするリーマスだったが、ハーマイオニーは恐怖と絶望に慄き引き攣った声で叫ぶ。胸の前で拳を作り、握られている手は真っ白になり震えていた。

 

 

「ハリー、騙されないで!この人はブラックが城に入る手引きをしたのよ!──やっぱり、そうだったのね、ソフィアの想像通りじゃない!この人もあなたの死を願ってるんだわ!──この人、人狼なのよ!」

 

 

痛いような沈黙が流れた。人狼、という言葉にハリーは過去セブルスが授業で教えたその殺し方と見分け方──そして、脅威を思い出した。

ロンとハリーは信じ難い目でリーマスを見つめる。リーマスは告げられた秘密に顔を蒼白にしていたが、取り乱す事は無く驚くほど落ち着いていた。

 

 

「…いつもの君らしくないね、ハーマイオニー。残念ながら3問中1問しか合ってないし、ソフィアの考えも間違いだ。…私はシリウスが城に入る手引きはしていないし、勿論ハリーの死を願ってなんかいない…──しかし、私が人狼でいる事は否定しない」

 

 

その言葉を聞いたロンが雄々しく立とうとしたが、痛みに小さく悲鳴を上げまた座り込んだ。リーマスは心配そうにロンの方に行きかけたが、ロンは強い拒絶と嫌悪の目でリーマスを睨み「近寄るな人狼め!」と吐き捨てた。

 

 

リーマスはぴたりと足を止める。辛そうに顔を歪めたるリーマスを見て、ソフィアとルイスは僅かに胸がちくりと居たんだ。これが──ロンのあの目が魔法界における人狼への偏見と差別の眼差しだ。

リーマスはぐっと堪え立ち直ると、ハーマイオニーに向かって話しかけた。

 

 

「いつから気付いたのかね?」

「ずーっと前…スネイプ先生のレポートを書いた時から…」

「スネイプ先生がお喜びだろう。スネイプ先生は、私の症状が何を意味するのか、誰か気付いて欲しいと思ってあの宿題を出したんだ…月の満ち欠け図を見て、私の病気が満月と一致する事に気付いたんだね?それとも、ボガートが私の前で満月に変身する事を見て気付いたのかね?」

「両方よ──」

 

 

ハーマイオニーが小さな声で答え、リーマスは力なく微笑んだ。

 

 

「君は──」

「先生、貴方が人狼だと言うのはどうでもいいわ。それより──」

 

 

ソフィアにとって、リーマスが人狼だと言う事は気になる事でも、さして重要な事ではない。そんな事より早く何があり、何故今はブラックの友なのか、説明をして欲しかった。──だが、ソフィアの言葉にロンが困惑し「正気かよ、人狼だぜ?」と声を震わせた。その侮蔑が混じる声に、ソフィアはちらりとロンを見る。

 

 

「だからなんなの?」

「な、なんなのって──」

「ロン、僕らは初めからリーマス先生が人狼だと知っていた。──ジャックから聞いていたんだ。ジャックは人狼に対し差別はしない。その人に育てられた僕らも同じだ」

「そうよ、人狼もほとんど普通の人だわ。それに私たちは誰も…今まで満月の日に襲われていないもの」

「…君たち…」

 

 

リーマスを見ながらはっきりと告げられたルイスとソフィアの言葉に1番心を揺らしたのはおそらくリーマスだろう。この状況になっても、人狼だからといって差別しない2人の心はとても優しく誠実だ、だが──今その言葉を言えば、2人が責められるのではないかと、リーマスは眉を寄せる。

 

 

「し、信じられない!君たちは正気じゃない!じ、人狼だぜ?」

「──ロン、あのね。先生は人狼になりたくてなったわけじゃないの、どうしようもないその性質を責めてどうするの?それに、ホグワーツの先生達も…ダンブルドア先生も認めたからリーマス先生はここにいるんでしょう。…それが正解だったのかどうか、私は知りたいの」

「ダンブルドアは間違いだったんだ!先生は、ずっとブラックの手引きをしていたんだ!」

 

 

ソフィアとルイスがリーマスが人狼だと言う事に興味がないように、ハリーにも関心がなかった。ハリーにとっても人狼だと言う事はどうでも良い、そんな事より早くリーマスも、ブラックもこの手で捕まえ考えられる苦痛を与えてやりたかった。大声で責め、喚きたかった。

 

ハリーは叫び、ブラックを指差した。ブラックは天蓋付きベッドに歩いて行き、震える片手で顔を覆いながらベッドに身を埋めた。

ロンが近づいたブラックに顔を引き攣らせ、足を引き摺りながらじりじりと離れた。

 

 

「私はシリウスの手引きはしてはいない。説明するよ。──ほら」

 

 

リーマスは持っていた杖をそれぞれの持ち主のもとに放り投げて返し、自分の杖をベルトに差し込むと何も持たない両手をあげた。

 

 

「君たちには武器がある。私は丸腰だ。聞いてくれるかい?」

「…ブラックの手引きをしていないなら、どうしてここに居るって…わかったの?」

 

 

いきなり杖を返され、罠だろうかと疑い何も言えないハリーの代わりにソフィアが静かに聞いた。

リーマスはソフィアに向き合い──ルイスがそっとソフィアを自分の背の後ろに隠し片腕を広げた──まだこの中で冷静なソフィアに優しく称賛するように微笑み答えた。

 

 

「地図だよ。忍びの地図だ。──事務所で地図を調べていたんだ」

「…使い方を知ってるの?」

 

 

ハリーはソフィアの静かな声に、僅かに残っていた理性を総動員させ今すぐブラックとリーマスに魔法をかけたい気持ちをぐっと堪え、疑わしげにリーマスを見た。確かに地図はリーマスが持っていた。地図だと知っているとあの日自分に伝えていた、だが何故使い方まで知っているのだろうか。

 

 

「勿論、使い方は知っているよ。私もこれを書いた1人だ。私はムーニーだよ。──学生時代、友人は私のことをそういう名で呼んだ」

「先生が、書いた…?」

「そんな事より。私は今日の夕方、地図をしっかり見張っていたんだ。というのも君たちが城をこっそり抜け出してヒッポグリフの処刑の前にハグリッドを訪ねるのではないかと思ったからだ。そうだね?──君はお父さんの透明マントを着ていたかもしれないね、ハリー」

「どうしてマントの事を?」

「ジェームズがマントに隠れるのを何度見た事か…」

 

 

リーマスはハリーを見つめ、懐かしそうにその目細めた。その姿を通して誰を思っているかなど、聞かなくてもその瞳を見れば簡単にわかる事だろう。──ハリーはジェームズに良く似ている。

 

過去の輝かしく暖かい記憶を思い出しかけていたリーマスだったが、それを振り払うかのように手を振り、言葉を続ける。

 

 

「要するに、透明マントを着ていても忍びの地図に現れるという事だよ。私は君たちが校庭を横切り、ハグリッドの小屋に入るのを見ていた。20分後、君たちは小屋から離れ城に戻り始めた。──しかし、今度は君たちのほかに…もう1人一緒だった」

「え?──いや、僕たちだけだったよ!」

「…ブラックが後をつけていたんじゃないの…?」

 

 

ハリーは驚き、当時のことを思い出したがどう考えても自分達以外に誰もいなかった。

黒犬の姿でブラックが後ろから追いかけていたのでは無いかと、ソフィアは怪訝に聞いたがリーマスは「いいや」と首を振ると部屋の中をうろうろと歩き回る。

 

 

「私は目を疑ったよ。地図がおかしくなったのかと思った…あいつがどうして君たちと一緒なんだ?」

 

 

リーマスは今までハリー達の質問に答えていたが、深く思案しぶつぶつと呟く。それは何とか答えを探し出そうとしているかのようだった。

 

 

「誰も一緒じゃなかった!」

「すると、もう1つの点が見えた。急速に君たちに近づいている。シリウス・ブラックと書いてあった…ブラックが君たちにぶつかるのが見えた、君たちの中から2人を暴れ柳に引き摺り込むのを見た──」

「1人だろ!」

 

 

あの時引き摺り込まれ、足の骨まで折ったのは自分だけだ。他に誰か居たわけがない。あまりに突拍子もなく聞こえるリーマスの言葉に、ロンが顔を歪めながら怒ったように叫ぶ。

しかし、リーマスは部屋の中を歩き回っていた足をぴたりと止めるとロンをじっと眺め回すように見た。

 

 

「ロン、違うね──2人だった。ネズミを見せてくれないか?」

「なんだよ。スキャバーズに何の関係があるんだい?」

「大有りだ。…頼む、見せてくれないか?」

 

 

リーマスは感情をなるべく抑えようとしていたが、それでも必死さは隠しきれなかった。見せるだけなら、とロンはローブに手を突っ込みポケットからスキャバーズをつかみ出す。

スキャバーズは必死に逃れようと暴れ鳴き叫んでいたが、ロンはもう逃してはたまるかと言うように毛が抜け切った尻尾をしっかりと掴んでいる。

 

ソフィアは怪訝な顔でスキャバーズを見つめた。

そのネズミが一体何なのだろうか。ロンは兄からのお下がりだと言っていた、魔力のかけらもなく、常に寝ているぼろぼろのネズミ──ただ、普通のネズミにしては長寿だと聞いた事がある。

 

 

「なんだよ、僕のネズミが一体何の関係があるっていうんだ?」

 

 

ロンは、リーマスとブラックが目を光らせスキャバーズを食い入るように見ている事に気づき、ずりずりとその視線から逃れようと足を動かしたが、その足は床を掻いただけで体は少しも動かなかった。

 

 

「それはネズミじゃない」

 

 

ブラックが突然声を出した。その目は憎しみと怒りに満ち、今にもスキャバーズ目掛けて飛びかかりそうだった。

 

ルイスはその尋常じゃないブラックと、リーマスの真剣な目に、はっと息を呑む。

ブラックはアニメーガスだった。ロンのネズミは本来の寿命の4倍も生きている──まさか。

 

 

「まさか…そのネズミも…?」

「…ああ、そうだ。こいつは魔法使いだ──アニメーガスだ」

 

 

ルイスの困惑に満ちた呟きを拾ったのはブラックだった。ブラックはルイスの発想の柔軟さと、聡明さに内心で感心しながらも、褒めるような眼差しは向けず、絶えず厳しい目でスキャバーズを見る。

 

 

「──名前は、ピーター・ペティグリュー」

 

 

ブラックの呟きは静かな部屋に響き。

その名を聞いた途端スキャバーズ──いや、ペティグリューは一層鳴き喚き、狂ったようにもがいた。

 

 



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149 リーマスの後悔!

ハリー達がブラックの突拍子も無い言葉を飲み込むためには時間が必要だった。

しかし、ルイスはすぐにそれを事実かもしれない、と受け入れブラックに真っ直ぐ向き合った。

 

 

「…シリウス・ブラック。ペティグリューは死んだんじゃ無かったの?目撃者が居たって聞いた」

「…殺そうと思った。だが、小賢しいピーターに出し抜かれた…今夜はそうはさせない!」

「!── インカーセラス(縛れ)!」

 

 

ブラックはすぐにロンの方へ飛びかかろうとしたが、ルイスが杖を振るいブラックの脚を縄で縛りその場に拘束する。

バランスを崩したブラックは前につんのめりそのままロンの足元に倒れ込み、折れた足にブラックの重さが直撃したロンは痛みに叫び声を上げた。

 

 

「シリウス、だめだ!そういうやり方をしてはだめだ!みんなにわかってもらわなければ!…説明しなければ駄目なんだ!」

 

 

リーマスは慌ててブラックに飛び付き、腕だけでもがき近寄ろうとするブラックを後ろからはがい締めにし、ロンの上から引き離した。

 

 

「後で説明すればいい!」

「ブラック!──僕にはお前が自分に都合が悪い存在を殺そうとしているようにしか思えない!そのネズミが本当にペティグリューなら、その理由を教えてくれ!!」

 

 

ルイスは杖先をブラックに向けたまま負けじと叫ぶ。

ルイスは滅多に声を荒げる事はない、その声を聞きソフィアはぎゅっとルイスのローブを掴み、顔を蒼白にさせたまますっと自身の杖をブラックに向けた。

 

 

「私達は、誰が母様を死なせた原因になったのか、知りたいの。ブラック、貴方は 否定はしない(・・・・・・)と言ったわ。その意味をちゃんと説明して」

 

 

ソフィアの硬い言葉に、ブラックはスキャバーズを捉えようともがいていた腕をようやくだらりと下すと、じっとソフィアの目を見つめ項垂れたように床を見た。

 

腕の中で大人しくなったブラックを見下ろし、リーマスは呼吸を抑えながら噛み締めるように呟く。

 

 

「皆全てを知る権利があるんだ。…私もまだわかってない部分がある。ロンはあいつをペットにしていたんだ。──シリウス、君はハリー達に真実を話す義務がある」

 

 

友人の静かで重い言葉に、ブラックは項垂れたまま「…わかった」と吐き捨て顔を上げた。目だけはスキャバーズからいっさい離さずしっかりと見据える。ロンも、その手はスキャバーズに噛まれ引っ掻かれ傷だらけになっていたが、スキャバーズをしっかり握りしめていた。

 

 

「まずはルイスの疑問に答えよう。ピーターは死んだ。──誰もがそう思っただけだ、その瞬間を見てはいない。…他の数多の犠牲者の肉片と混じり、どれが誰のかわからなかった。ただ、指だけはピーター本人のもので…皆死んだのだと思った。──私自身もそう思っていた、今夜地図を見るまではね。忍びの地図はけっして嘘はつかないから…ピーターは生きている。ロンのペットのスキャバーズとなってね」

「ピーターなんかじゃない!こいつはスキャバーズだ!」

 

 

ロンは叫び、手の中で暴れるスキャバーズを必死にリーマスとブラックの視線から隠そうとした。

ありえない、そんなわけがない。ブラックはきっと長い間アズカバンに投獄されていて狂って妄想に取り憑かれているんだ──そう、ハリーとロンは思った。

 

 

「でも、ルーピン先生、スキャバーズがアニメーガスの筈がありません。先生はそれをご存知なはずです…」

「どうしてかね?」

 

 

震えながらおずおずとハーマイオニーがリーマスに聞けば、リーマスはハーマイオニーに向き合いまるで授業中かと思わせるほど静かに優しくハーマイオニーに聞き返した。

 

 

「だって…だって、もしペティグリューがアニメーガスなら、みんなその事を知っているはずです。マクゴナガル先生の授業でアニメーガスの勉強をしました…その宿題で、わたし…アニメーガスの事を全て調べたんです。魔法省が動物に変身出来る魔法使いや魔女を記録していて、何に変身できるか、その特徴を書いた登録簿があります。私──その登録簿で、マクゴナガル先生がのっているのを見つけました。今世紀にはたった7人しか──」

「ハーマイオニー!」

 

 

ハーマイオニーは何故ペティグリューがアニメーガスでは無いのか、それを論理的に指摘しようとしたが途中で言葉を遮ったのはブラックでもリーマスでもない、ソフィアだった。

まさかソフィアに遮られるとは思わず、ハーマイオニーは驚いてソフィアを見る。

 

 

「ハーマイオニー、その登録簿にはシリウス・ブラックはのっていたの?」

「…それは…」

 

 

ソフィアの鋭い指摘にハーマイオニーは口篭り、視線を揺らせた。確か、そこにブラックの名前は無かった。もしあれば──もし、アニメーガスに変身できると皆が知っていれば、黒犬は警戒されていた筈だ。

 

 

「それが答えよ。未登録のアニメーガスだったのね」

「正解だよ、ソフィア。…魔法省は未登録のアニメーガスが3匹、ホグワーツを徘徊していたことを知らなかったんだ」

 

 

ソフィアの言葉にリーマスは少し微笑む。

3匹──その言葉にソフィアは少し眉を寄せる。1匹…いや、1人足りない。

 

 

「その話をするなら、早く済ませてくれ。…俺はもう12年も待った!もう、長くは待てない」

「わかった…だが、シリウス、君にも助けてもらわないと…私は始まりのことしか知らない──」

 

 

リーマスの言葉がふいに途切れた。

背後で大きく軋む音が聞こえ、ベッド脇の扉が独りでに静かに開かれたが、その先にあるのは暗くぼんやりとした廊下が見えるだけで誰も現れなかった。

 

ソフィア達が一斉に扉を見つめ、リーマスが足早に扉へと近づき階段の踊り場を見渡したが、やはり人影はなかった。

 

 

「誰も居ない…」

「ここは呪われているんだ!」

「そうではない」

 

 

ロンが悲鳴混じりに叫んだが、すぐにリーマスがそれを否定した。

そもそも何故この場所が叫びの屋敷と呼ばれているか。リーマスは目にかかる白髪混じりの前髪をかき上げ、一瞬過去に耽ったように遠い目をしたがすぐに何があったのかを話しだした。

 

小さい頃に人狼に噛まれ、その性質を移されてしまった事。脱狼薬が最近開発され、セブルスが調合する事で月に一度満月の日に変身しても事務所で丸まっているだけの無害な狼で居られる事。

そして、ダンブルドアの温情により、少年時代ホグワーツに通うことが許されたが、他の生徒に危害を加える事のないように、この屋敷を居場所として提供され──そして、隠し通路の上に暴れ柳が植えられた事…リーマスは全てを淡々と静かな声で話し、それを聞いているうちに、ハリー達はその話にのめり込んでいる事に気が付いた。

その話の何が、今に関わるのかはわからないが、人狼という性質を持ってしまった少年の生き苦しさや苦悩が垣間見れ、思わず固唾を飲んだ。

 

 

「──しかし、変身する事を除けば、人生であれ程幸せだった時期はない。生まれて初めて友人が出来た…素晴らしい友が。シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー…それから、言うまでもなく、ハリー…君のお父さん、ジェームズ・ポッターだ」

 

 

リーマスは言葉を区切り、ハリーを見つめる。

ハリーはいきなり自分の父親の名前が飛び出したことに驚き肩を揺らしたが、何も言わずどこか居心地悪そうにその優しい目から視線を逸らした。

 

 

「その3人が、私が月に一度姿を消す事に気が付かないわけがない。私は色々言い訳を考えた…。私の正体を知ったら、とたんに私を見捨てるのでは無いかと、それが怖かったんだ。しかし、彼らは…ハーマイオニー、君と同じように本当の事を悟ってしまった。…いや、彼らだけじゃないな。ジャックも…ジェームズ達にバレた時には既に気付いていたらしい」

 

 

今度はソフィアとルイスが驚く番だった。そこまでリーマスとジャックが深い友人関係だと、2人は知らなかった。

たしかにジャックは人狼に対して他者のような嫌悪感は持っていない。今までソフィアとルイスはジャックが何に対しても包容力が大きく許容範囲が広く、とても優しいからだと思っていたが──ようやく、2人はリーマスの友人だから、人狼に対しての見方が他者とは異なるのだと理解した。

 

 

「それでもジェームズ達は私を見捨てなかった。それどころか私のために…アニメーガスになってくれたんだ」

「僕の父さんが?」

「ああ、そうだとも。どうすればなれるのか、3人はほぼ三年の時間を費やしてやっとやり方がわかった。君のお父さんもシリウスも学校一の賢い生徒だったからね、それが幸いしたんだ。なにしろアニメーガスは間違うと、とんでも無いことになる…魔法省がこれを厳しく見張っているのもそのせいなんだ。ピーターはジェームズとシリウスに散々手伝ってもらって、五年生になってようやく3人はやり遂げた。それぞれが意のままに特定の動物に変身出来るようになったんだ」

「…アニメーガスは、ただの変身術と違って…完璧な動物になれるわ、…満月の夜でも、そばにいる事が出来るのね」

 

 

何故3人がアニメーガスになる選択をとったのか、ソフィアが深く頷きながら言えばリーマスは少し嬉しそうに微笑み「その通りだよ」と答えた。

 

 

「友達の影響で私は以前ほど危険では無くなった。体はまだ狼のようだったが、3人と一緒にいる間…私の心は以前ほど狼ではなくなった…ほどなく、私たちは夜になると叫びの屋敷を抜け出し、校庭や村を歩き回るようになった。シリウスとジェームズは大型の動物に変身していたので、人狼を抑制する事が出来た。ホグワーツで、私たちほど校庭やホグズミードの隅々まで詳しく知っていた学生はいないだろうね…こうして、私たちが忍びの地図を作り上げ、それぞれのニックネームで地図にサインした。シリウスはパッドフット、ピーターはワームテール、ジェームズはプロングスに」

 

 

3人が危険を顧みず、満月の夜にそばに居てくれる──それがどれほど、嬉しく心が震えたか、言葉にするのは難しい程の喜びだった。過去を思い出し噛み締めるように言うリーマスだったが、ハーマイオニーはやや批判的な目でリーマスを見る。それがどれだけ危険な事なのか、彼女はよく理解していた。

ハリーは父親がどんな動物になっていたのかが気になり、ついリーマスに小さな声で聞いた。

 

 

 

「父さんは、どんな動物に──」

「でも、まだとっても危険だわ!暗い中人狼と走り回るなんて!もし人狼がみんなを上手く巻いて人間に噛み付いたらどうするの?」

 

 

ハリーの言葉をハーマイオニーが遮りつい口を挟む。リーマスは少し眉を寄せ顔を硬らせた、当時を思い出しあの時は若さゆえ無謀な事をしてしまった事をすぐに認めた。

 

何より、ダンブルドアの信頼を裏切っていたのだ、学生時代も、そして今も。

彼は自分のために3人の無登録のアニメーガスが居るとはまさか思ってもみないだろう。

 

リーマスは、シリウスが脱獄したと聞いた時にアニメーガスに変身したのかもしれないという事を、ついに誰にも言えなかったとソフィア達に伝えた。 

 

 

「だから、私はシリウスが学校に入り込むのに、ヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使ったに違いないと思いたかったし、アニメーガスであることは何の関わりもないと自分に言い聞かせた──だからある意味ではセブルス・スネイプの言う事が正しかったわけだ」

「──スネイプだって?…スネイプが何の関係がある?」

 

 

リーマスの言葉にブラックはスキャバーズから始めて目を離した怪訝な目でリーマスに聞いた。ブラックとセブルスの仲が悪いという単純な言葉では済まされないという事を知っているリーマスは、重々しく「セブルスもここで教えているんだ」と呟く。

ブラックは嫌そうな顔をしたが何も言わず不機嫌そうに鼻を鳴らし、リーマスは何故ブラックがセブルスに対しそんな反応をするのかわからないハリーとロンとハーマイオニーを──そして、ソフィアとルイスを一瞬見た後、言葉を選びながら慎重に伝えた。

 

 

「スネイプ先生は私たちと同期なんだ。私が闇の魔術に対する防衛術の教職に就くことに、セブルスは強固に反対した。ダンブルドアに、私は信用できないと、この一年言いつづけた。セブルスはセブルスなりの理由があった…。それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、セブルスが危うく死にかけたんだ──勿論それだけではないが、その悪戯には私も関わっていた」

 

 

ソフィアとルイスは、分かっていた。

命が脅かされた悪戯のせいだけではない。セブルスは──父は、自分の妻が死んだ原因がブラックだと思っている。それを、許す事が出来ないのだ、勿論ブラックと親交の深かったリーマスの事も同様に信じられなかったのだろう、人狼だと言うだけでなく。

 

 

「当然の見せしめだった。こそこそ嗅ぎ回って…我々のやろうとしている事を詮索して…我々を退学に追い込みたかったんだ」

 

 

 

当然だと言う言葉に、ルイスとソフィアはぐっと奥歯を噛んだ。自分の父が死んだかもしれない、そんな悪戯が当然の見せしめなわけがない。何をしたのかは知らないがリーマスが関わっているのなら間違いなく、人狼関係だろう。きっと父はリーマスの特性に気付きかけていたのかもしれない。

 

 

「ブラック、人狼と校庭を駆け回ることは退学になってもおかしく無いんじゃない?僕がスネイプ先生なら、きっと同じようにしたよ」

 

 

ルイスの冷ややかな声に、ブラックは眉を寄せたまま何も言わなかった。真夜中抜け出して駆け回る事はとても楽しく──そしてスリリングな事だった。リーマスがいったように、あわやと言う事は何度もあったが、若気の至りという物だ。そう、ブラックは思っている。

ただリーマスは苦々しい顔で頷く。──リーマスはソフィアとルイスの父がセブルスだと知っている。これから話す悪戯の事はきっと…2人にとって心苦しいものだろう。

 

 

「私たちは…お互いに好きになれなくてね。セブルスは特にジェームズを嫌っていた。…妬み、もあると思う。クィディッチのジェームズの才能をね…。とにかく、ある晩、セブルスは私がポンフリー先生と一緒に校庭を歩いているのを見つけた。ポンフリー先生は私の変身の為に、暴れ柳の方に引率しているところだった。──シリウスは、その…──」

 

 

リーマスはソフィアとルイスを見そうになったが、その視線の意味を他者に気付かれてはならないと済んでのところで堪え、ぐっと拳を握ると苦しみに耐えるように、止まっていた言葉を続けた。

 

 

「…シリウスが、からかってやろうと思って…木の幹のコブを長い棒で突けば、後をついて穴に入る事が出来ると教えてやった。…それで、セブルスは勿論──試したんだ。しかし、ジェームズがシリウスのやった事をきくなり自分の危険も顧みず、セブルスの後を追いかけて引き戻したんだ」

「そんな!無茶苦茶だ!」

「悪戯とか…見せしめで済まされる事ではないわ!ブラック!あなたは馬鹿なの!?」

「…何だと?」

 

 

ソフィアとルイスが非難し、ブラックに向けて強く叫ぶ。ブラックは2人の言葉に同じように言葉を尖らせソフィアとルイスを見た。

2人の顔は怒りから紅潮し──下ろしかけていた杖をもう一度握りなおし、強くブラックに向けていた。

 

 

「わからないの!?あなたは──スネイプ先生だけでなく、リーマス先生の事も軽んじているんだわ!もし、ハリーのお父さんが間に合わなかったら?スネイプ先生は噛まれていたわ!人間に牙を向いた人狼が、どうなるか…知らないわけじゃないでしょう!?」

「──それは…」

「…学校一の秀才って、本当に?ちょっと才能に酔って傲慢だったんじゃないの?」

「……」

 

 

容赦のない2人の言葉に、ブラックは何か言いかけたが──ぐうの音も出ない程の正論に、開いた口は言葉を発する事は無かった。

ソフィアとルイスはブラックの愚行を許す事が出来ないだろう、勿論セブルスに行った見せしめという度が過ぎた悪ふざけの事も勿論だが──かけがえのない友人の事も危険に晒す彼が、信じられなかった。

 

 

「そうだね。許される事じゃない。勿論その夜に何があったのか知った私は…戦慄したよ。まさか人間を噛みそうになったなんて思わなかったからね…。──セブルスはその時、ちらりと人狼になりかけている私を見てしまったんだ。ダンブルドアがけっして人に言ってはならないと口止めした…その時から、セブルスは私が何者かを知って、それで…唆したシリウスの事も、──そして、私の事も憎み嫌うようになった」

「…スネイプ先生は、リーマス先生もその一件に関わってると思ったんだ」

 

 

ルイスはため息混じりに吐き捨てる。

流石に、擁護できない。間違いなく父は被害者なのだから。

 

 

「──そのとおり」

 

 

リーマスの背後の壁の辺りから冷たい、嘲るような声が響いた。

何よりも聞き覚えのある声の─セブルスあまりに冷たい響きに、ソフィアとルイスは肩を揺らしその声のした方を見た。いや、2人だけではない、ハリー達も体を硬直させ声の聞こえた方を驚愕の目で見つめる。

 

 

セブルスが透明マントを脱ぎ捨て、杖をぴたりとリーマスに向け現れた。

 

 

 



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150 真実。

予期せぬセブルスの登場に、ハーマイオニーは悲鳴をあげハリーは飛び上がる、ソフィアとルイスは体を縮こまらせ、悪事がバレた子どものように──子ども、なのだが──そっとセブルスの様子を伺った。

 

 

怒っている。──そして、その目から暗い喜びが溢れ出ている。

 

 

「暴れ柳の根元でこれを見つけましてね。…ポッター、なかなか役に立った。──感謝する」

 

 

セブルスは杖を真っ直ぐリーマスに突き付けたまま絹のような透明マントを脇に投げ捨てた。少し息切れはしていたが、この手で憎きブラックを捕まえる事が出来る確信に打ち震え、喜びが隠せないようだった。

 

 

この場でセブルスの心情を真に理解できたのは、2人の子どもであるソフィアとルイス、そして彼の妻が誰かを知っているリーマスだけだろう。

 

 

「先生…」

「ミスター・プリンス。杖を下ろすな。…そのまま突きつけていろ。…ミス・プリンス、君もだ」

 

 

ルイスは思わずブラックにむけていた杖を下ろしかけたがすぐにセブルスがそれを鋭く止め、ソフィアとルイスに指示を出す。

2人は戸惑いながらも頷き、再びブラックの胸元に杖先を向ける。

 

ソフィアとルイスは、リーマスとブラックの様子から真犯人はブラックでは無く、2人の言うペティグリューなのかもしれないと思っていたが、まだそれを心から信じているわけではなかった。この正念場を逃れる為の虚偽かもしれない、その可能性を否定出来なかった。

2人はブラック達の過去の事──何故、アニメーガスになったのか、それしか聞かされていない。確実な証拠は無く、それにブラックは一度、ハリーの両親とアリッサを殺したという事実を否定しなかった。──何故なのか、真犯人が誰なのかわからない中で、2人はこの中で最も信頼出来るセブルスの言葉に従った。

 

 

セブルスはソフィアとルイスが反論する事なく自分に従う様子を見て満足げに目を細める。

透明マントを被り、リーマスが語った過去の話を聞いていたセブルスは、2人がブラックの所業に対し怒り軽蔑の目を向けていたのを見ていた。そしてブラックを責める2人の言葉が過去、唯一の親友と愛しい人が口にした事と全く同じだった事に僅かながら安堵していた。

何故2人がここに居るのかわからない、今までのように何かに巻き込まれたのかもしれない。自ら進んで飛び込んだ可能性もあるだろう、後でしっかり叱責をする必要がある。──だが、今は。ソフィアとルイスだけは殺人鬼と人狼から守らねばならない。そう、セブルスは思っていた。

 

 

「…そう、そのままでいい。そうしておけば、ダンブルドアに2人はブラックを捕まえようとしていたと報告しよう。──さて、我輩が何故ここを知ったのか、諸君は不思議に思っている事だろう。──お前の部屋に行ったんだ、ルーピン。今夜、薬を飲むのを忘れていたようだからな…我輩がゴブレットに入れて持ってきた。…持っていったのは、誠に幸福だった…我輩にとって、だが。──机に地図があり、一眼見ただけで我輩に必要な事が全てわかった」

「セブルス──」

 

 

リーマスが切羽詰まったような硬い声でセブルスの名を呼んだが、セブルスは構う事なく言葉を続けた。

 

 

「我輩は校長に繰り返し進言した。お前が旧友のブラックを手引きして城に入れるとな…ルーピン、これがいい証拠だ。いけ図々しくもこの古巣を隠れ家に使うとは──流石に夢にも思いませんでしたな」

「セブルス、君は誤解している。君は、全部聞いていないんだ。説明させてくれ!──シリウスは、ハリーを殺しにきたのではない!」

「今夜、二人のアズカバン行きが出る…ダンブルドアがどう思うか、見ものですな。…ダンブルドアはお前が無害だと信じていた。わかるだろうね、ルーピン──飼い慣らされた人狼よ」

「…愚かな」

 

 

セブルスの嘲笑に、リーマスは苦々しく顔を歪め吐き捨てる。

過去何があったかは、わかっている。だがそれを折角──白日の元に晒す唯一のチャンスを、こんな所で潰されるわけにはいかない。沸々とした苛つきに、リーマスは静かに──だが、力の篭った目でセブルスを睨み返した。

 

 

「君は、無実の者をまたアズカバンに送り返すというのかい?」

 

 

その言葉の直後鋭い破裂音がし、セブルスの杖先から黒く細い紐が噴き出て、リーマスの手足や口に巻きついた。リーマスはバランスを崩し、床に倒れて身動きが出来なくなり、それを見たブラックが怒りの唸り声を上げセブルスを襲おうとしたが、咄嗟にルイスが杖を振るう。

ブラックの足に巻きついている紐から、まるで透明の手綱が伸びているのかのようにブラックは引き戻された。

 

 

「──やれるものならやるがいい。我輩にきっかけさえくれるのなら、確実に仕留めてやる」

 

 

セブルスはリーマスから、ブラックの眉間へと杖先を移動させる。ブラックは流石に動く事が出来ず憎々しげにセブルスを睨んだ。

ハリーは金縛りにあったようにその場に立ち竦んでいた。──誰を信じていいのかわからなかった。

きっとこの場に来たのがセブルスではなく、マクゴナガルならハリーはすぐにマクゴガナルの元に駆け寄り助けを求めただろう。だが、現れたのはハリーが嫌う人物だ。ブラックよりは自分にとってまだ、安全かもしれない、だが──ハリーはリーマスの話を聞いているうちにどうすればいいのかわからなくなっていた。

 

ちらりとソフィアを見れば、ソフィアはセブルスの言葉に従いブラックに杖を向けてはいるが、その目は困惑し、悩んでいるようにも見えた。

ロンもハリーと同様に混乱していたが、それよりも暴れるスキャバーズを抑え込むことに奮闘し、セブルスを見る事はない。

しん、とした沈黙が落ちるなか、ハーマイオニーが恐々とセブルスを見ながら一歩踏み出した。

 

 

「スネイプ先生、あの…この2人の言い分を聞いてあげても、害はないのでは…ありませんか?」

「ミス・グレンジャー。君は退学処分を待つ身だ。君も、ポッターも、ウィーズリーも、許容されている境界線を超えた──殺人鬼と内通者と一緒とは。君も一生に一度ぐらい、黙っていたまえ」

 

 

セブルスはハーマイオニーの言葉を冷たく一蹴する。ハーマイオニーは告げられた退学という言葉に顔をさっと蒼白にさせると小さく震え黙り込んだ。

ソフィアはちらりとハーマイオニーに視線を移し、そして杖はブラックに向けたままセブルスを見る。

 

 

「…スネイプ先生。私も、この2人の──いえ、ブラックの話を聞きたいです。アズカバンに入れられてはなかなか会うことも出来ないでしょう。私は、──母様が何故亡くなったのか、誰が原因で死ななければならなかったのか、知りたいんです」

 

 

ソフィアは口を挟まれないよう一息でそれを告げた。

その途端セブルスは顔をこわばらせ目を見開いた。

ソフィアの言葉が何を意味するのか──セブルスは理解し、目の奥の憎悪を燃やしブラックを睨む。

 

 

──ソフィアとルイスは、アリッサの死因を知ってしまった。…私が、伝えるより前に。…死に追いやった張本人から。

 

 

セブルスの胸の奥底から抑え込んでいたどろりとした憎悪が溢れ、抑え込む事が出来なかった、奥歯を噛み締め、微かに震える杖先から感情に呼応するようにぱちぱちと火花が迸る。

 

 

「聞かずとも、わかる事だ。こいつは数々の命を奪った、それが…事実だ。──復讐は蜜より甘い。お前を捕まえるのが吾輩であったらと、どんなに願った事か…」

「お生憎だな。…しかしだ、その子がネズミを城まで連れて行くなら、それなら俺は大人しくついていこう」

 

 

ブラックはロンを顎で指す。

ブラックにとって、自分が捕まろうがどうでもよかった、ただ、裏切り者を殺す事ができれば、せめてダンブルドアにネズミのことを伝える事が出来れば、それだけで良かった。

 

しかし、セブルスは目を細め小さく笑うとイヤにゆっくりと、幼子に言い聞かせるように朗らかに言った。

 

 

「城までかね?──そんなに遠くに行く必要はないだろう。ここを出たらすぐに、我輩が吸魂鬼を呼べばそれですむ。連中はブラック…お前を見て喜んでキスをする、そんなところだろう…」

 

 

吸魂鬼のキス。

それは人にとって死と等しい事を意味するが、それを知らないソフィアとルイスはセブルスの口から出たキスと言う言葉に一瞬だが何とも言えぬ奇妙な気持ちになり答えを求めるようにブラックを見た。ブラックはその言葉を聞くとセブルスへの憎しみの感情も消え失せ、その顔に絶望の色を宿した。

どうやら、悲惨な事になるらしい、それがわかった2人は流石にこの場で「吸魂鬼のキスってなんなの?」と聞く事は無かった。

 

 

「聞け──最後まで、俺の話を、聞け。ネズミだ…ネズミを見るんだ」

 

 

ブラックは絶え絶えに掠れ声で告げたが、セブルスは勿論ブラックの言葉など聞くつもりはなく目に狂気を覗かせたまま「全員来い」と吐き捨て指を鳴らす。リーマスを捉えていた縄目の端がセブルスの手元に飛び、リーマスは必死に足を踏み締めそれに抗ったが、どれだけもがいてもその縄が緩む事は無い。

 

 

「我輩が人狼を引きずっていこう。吸魂鬼がこいつにもキスをしてくれるかもしれん。…ミスター・プリンス、そのままブラックを連れて来い」

「…先生、でも…僕らは…まだ何も──」

 

 

ルイスもまた、ソフィアと同じでこの2人の話を聞きたかった。

だがそれを伝えるより先にハリーが飛び出し、ドアの前に立ち塞がる。伸ばした腕は震えていたが、目だけは果敢にじっとセブルスを睨んでいた。

 

 

 

「どけ、ポッター。お前はもう十分規則を破っているんだぞ。我輩がここにきてお前の命を救っていなければ──」

「ルーピン先生が僕を殺す機会は、この1年に何百回もあったはずだ。僕は先生と2人きりで、何度も吸魂鬼防衛術の訓練を受けた!もし、先生がブラックの手先なら、その時に僕を殺さなかったのは何故なんだ?」

「我輩に人狼がどんな考えをするのか押し計れとでも言うのか」

 

セブルスは、これ以上待つ事が出来なかった。ブラックが脱獄したと聞いてから、こうして自身の手で捕まえる事を切望していた。なによりも大切な人達の死の原因となった憎き相手を──必ずこの手でと、何度も願った。

 

 

「どけ、ポッター」

「学生時代に揶揄われたからというだけで、話も聞かないなんて──」

「黙れ!我輩に向かってそんな口の聞き方は許さん!我輩は今お前の首を助けてやったのだ、平伏して感謝するがいい!こいつに殺されれば、自業自得だったろう、お前の父親と同じような死に方をした事だろう!──ブラックの事で、親も子も自分が判断を間違ったとは認めない傲慢さよ!──さあ、どくんだ、さもないと、どかせてやる。どくんだ、ポッター!」

 

 

セブルスが大声で叫び、ハリーは意を結したように杖を構えた。

だが、ハリーが杖を振り下ろす瞬間──固唾を飲み父と友の攻防を見守っていたルイスがセブルスに向かって飛び出した。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

「っ──!」

 

 

ハリーは振り下ろした杖を、放った言葉を止める事が出来なかった。

だが、叫び、そしてルイスが飛び出した事に驚愕したのはハリーだけではなかった。

ドアの蝶番が軋むほどの衝撃が走り、セブルスと巻き込まれたルイスは足元から吹っ飛んだ、セブルスは自身に向かって守るように体を滑り込ませたルイスを、咄嗟に守るように胸の中に引き込み──そのせいで、防御を取る事なく壁に激突し、ズルズルと床に滑り落ちた。

 

 

「いやぁ!!」

 

 

ソフィアが叫びセブルスとルイスの元に駆け寄る。

ハリーと──そして、同じタイミングで同じ魔法をセブルスに向けたロンとハーマイオニーは呆然としてルイスを見る。

 

 

「ルイス!!(とう)──」

「ソフィア、僕は、大丈夫…だから…」

 

 

ルイスはすぐに起き上がるとソフィアの言葉を遮り、目に涙を浮かべ狼狽えるソフィアを優しく見つめた。

 

 

「で、でも──」

「大丈夫、 先生(・・)は……気絶してるだけだよ」

 

 

ルイスは自分の背に回っていたセブルスの腕を取り脈を測る、ぐったりとして頭を強く打ったようだが、呼吸も心音も正常だ、きっと自分を守るために強く打ち付けたのだろう。

ソフィアはそれを聞いても心配そうにセブルスを見つめていたが、ルイスがわざと自分の言葉を遮り、父の事を先生と呼んだ事に気づきぐっと唇を噛み締めると俯いた。

 

──子どもなのに、今は大切な父様の名を呼ぶことも、心から心配する事もできない。 

 

 

ハリーとハーマイオニーの魔法はセブルスに当たり、ロンの魔法はルイスを貫いていた。

セブルスの杖は高々と舞いベッドの脇に落ち、ルイスの杖は近くの床を転がった。

 

ルイスはすぐにそれを拾うと痺れを振り払うように腕を振るいながら血の滲むセブルスの頭にむかって杖を振るい包帯を巻いた。

 

 

「こんな事…君がしてはいけなかった」

 

 

ブラックは気絶したセブルスを一瞥し、ハリーを見ながら呟く。その視線を受けたハリーは咄嗟に視線を逸らしその目を避けた。はたして、本当にセブルスを無力化する事が正しかったのか──ハリーにはわからなかった。

 

 

「わ、私…先生を…先生を攻撃して…ああ、ご、ごめんなさい…!」

 

 

ハーマイオニーは気絶しているセブルスを怯えた目で見て狼狽し、泣きそうな声を出した。武器を取るだけのつもりだった、まさか同じことを考えている人がいるとは思わなかった。スネイプ先生は──ソフィアと、ルイスの父親だ。

それを知っているハーマイオニーは、とんでもないことをしてしまった事実に涙を浮かべ、ルイスとソフィアを見る事が出来ずその場にしゃがみ込み顔を手で覆った。

 

 

「…、…ハーマイオニー…」

 

 

ソフィアは、ハーマイオニーが父に危害を加えようとした訳では無いとわかっていた。たまたま3人が同時に──その魔法が当たったのはハリーもハーマイオニーの2人だけだったが──武装解除を放っただけだ。不運、と言えるだろう。ただ、目の前で頭から血を流し気絶している父を見て、ソフィアは「仕方のないことよ」とは、口裂けても言えなかった。

 

 

リーマスが縄目を解こうともがき、ブラックが素早く這いずりながらリーマスの元に向かうと縄を解いた。リーマスは跡の残る腕を摩りながら「ありがとう」と呟き、一瞬ルイスと、そして気絶しているセブルスを見た後でブラックの足を捉えている縄を解いた。

ルイスはそれを視界の端で見ていたが、止める事はなくじっとセブルスの側で体を寄せ守るようにしながら無言を貫いた。

 

 

「ハリー…すまない」

「僕、まだあなたを信じるとは言っていません」

「それでは、君に証拠を見せる時が来たようだ」

 

 

リーマスとブラックが立ち上がり、ハリーと──そして、後ろでスキャバーズを掴むロンを見た。

 

 

「ピーターを渡してくれ──さあ」

「まだ、そんなことを言うのか?スキャバーズなんかのために…わざわざアズカバンを脱獄したって言うのかい?つまり…」

 

 

ロンは助けを求めるようにハーマイオニーとハリーを見た。

勿論その後ルイスとソフィアの事も見たが、2人はセブルスの側で身を寄せ何かに耐えるようにじっと体を固まらせていた。

 

 

「ペティグリューがネズミに変身出来たとしても、ネズミなんて何百匹もいるじゃないか。どうしてわかったんだ?」

「そうだ、シリウス…何故わかったんだい?」

 

 

ハリーは当然の疑問を思いつき、リーマスも眉を寄せシリウスに問いかける。

リーマスはそこが疑問でならなかった。何故彼がわかったと言うのか、アズカバンにいながらロンのペットのスキャバーズがピーターだと言う事に、何故思い至る事となったのか、それがわからなかった。

 

ブラックはローブの中に手を突っ込み中から何度も読んだのだろう、くしゃくしゃになった一枚の紙の切れ端を取り出し皆の前に掲げた。

ソフィアとルイスもセブルスを心配そうに見ていた目を、ようやく上げその切れ端を見る。

 

それは、日刊預言者新聞の切れ端の1ページであり──ウィーズリー家がくじに当たり、エジプトへ行った記事が家族写真を添えて載せられていた。

リーマスはそれを見て雷に打たれたような衝撃を感じる。満面の笑みを浮かべるロンの肩に乗る1匹のネズミ、そのネズミに、見覚えがあった。──見間違うわけがない、何度心の奥底から感謝して、その姿を見ていた事だろう。

 

 

「何故…どうして、これを…?」

「ファッジだ。去年、アズカバンに視察に来た時、ファッジがくれた新聞だ。一面にピーターがいた…俺にはすぐにわかった。こいつが変身するのを何回見たと思う?それに、写真の説明にはこの子がホグワーツに戻ると書いてあった。ハリーの居る…ホグワーツへと…」

「何という事だ…」

「こいつの前脚だ」

 

 

リーマスは呆然として写真と、ロンの手の中でもがいているスキャバーズを何度も見比べる。その目から疑問は消え、残るのは確認と、そして怒りだった。

 

 

「…それがどうしたっていうんだい?」

「指が一本無い」

「まさに…単純明快だ。──小賢しい、まさか、あいつが自分で切ったというのか…!」

「変身する直前にな、あいつを追い詰めた時、あいつは道行く人全員に聞こえるように叫んだ。俺がジェームズを裏切ったんだと。それから、あいつは俺が呪いをかけるよりも先に──隠し持っていた杖で道路を吹き飛ばし自分の周りの5.6メートル以内にいたマグルを皆殺しにした。そして素早く、ネズミの沢山いる下水道に逃げ込んだ…」

「…ロン、聞いた事は無いかい?ピーターの残骸で1番大きなものが指だったって」

 

 

リーマスが静かにロンに問いかける。

ロンはそれをアーサーから聞いていて知っていた。知ってはいたがまだ信じられず、必死に他のネズミと喧嘩したからだと叫ぶ。

長い間─12年間、兄弟のおさがりのペットだった、その中で自分が知らない間に怪我の一つや二つしていてもおかしくは無い、しかし──そう言おうとした途端、12年間というあまりに長い歳月の違和感にロンも気がつき、言葉を無くした。

 

 

「12年。…何故長生きなのか、今は疑問に思っているはずだ」

 

 

リーマスはロンの表情を見てゆっくりと言い聞かせるように伝えた。ロンはそれでも──それでも、信じたくは無く、必死に自分達がしっかり世話をしていたからだと弱々しく言う。

 

ソフィアは無言でロンの手に収まるスキャバーズを見た。たしかに、普通のネズミが12年も生きる事は出来ない。人間で言えば本来の寿命の4倍──400歳は生きているという事になる、魔獣ではないただのネズミが、そんなに長寿なわけがない。

 

 

「スキャバーズが──そのネズミが、ピーターかも知れない理由はわかったわ。でも、ブラック、あなたが秘密の守人だったんでしょう?私たちは…そう、聞いたわ」

 

 

ソフィアは立ち上がり自分より身長の高いブラックを見据えはっきりと口にした。それが事実である限り、ブラックが裏切った事に変わりはない、そうソフィアと──ハリーは思っていた。

 

「ブラック、お前は僕にルーピン先生が来る前にそう言った!こいつは、僕の…僕の両親とソフィアとルイスの母親を殺したと言ったんだ!」

 

 

ハリーは瞬時に怒りを思い出し、ブラックを指差して叫んだが、ブラックは今度はゆっくりと、否定するように首を振りその目を僅かに潤ませ強い後悔を滲ませた。

 

 

「ハリー…俺が殺したも同然だ。最後の最後になって…ジェームズとリリーに、ピーターを守人にするように勧めたのは俺だ…ピーターに代えるよう勧めた…アリッサは、自分こそが守人になると強く言ったが…彼女には子どもがいた…守るものがいれば、弱みになると俺はそれも拒み…ピーターを勧めてしまったんだ。俺が悪いんだ…」

「…母様が、守人に…?」

「ああ…そうだ。──あの日、俺はピーターが無事かどうか確かめに行った。だがあいつの隠れ家には誰も居なかった。争った形跡もなく…嫌な予感がしてジェームズ達の隠れ家へ行った。そして、家が壊され…彼らが死んでいるのを見た時、俺は悟った。ピーターが何をしたかを、──俺が、何をしてしまったかを」

 

 

最後は涙声になり、酷く聴き取りにくいもので、ブラックは顔を背け唇を噛み締め必死に込み上げてくるものを耐えていた。

 

 

 

「何故…母様が守人に──?」

 

 

ソフィアが口にした言葉は当然の疑問だった、それに答えようとブラックが口を開く前にリーマスが「話はもう十分だ」と容赦なく遮り、ロンに向かって歩き怯える彼に向かって手を突き出した。

 

 

「本当は何があったのか、証明する道はただ一つだ。ロン、そのネズミをよこしなさい」

「ス、スキャバーズに、何をするつもりなんだ?」

「無理にでも正体を表させる。ただのネズミなら傷付く事は無い」

 

 

ロンは怯え、躊躇っていたが、傷付く事が無いのなら──と、とうとうスキャバーズを差し出ししっかりとリーマスが受け取った。

スキャバーズは一層激しく鳴きわめき、のた打ち回り小さな黒々とした目が飛び出しそうだった。

 

 

「シリウス、準備はいいかい?」

 

 

シリウスはその言葉を聞く前に、ベッドの脇に落ちていたセブルスの杖を拾い上げリーマスに近付いていた。涙で潤んでいた目はその憂いを消し、燃え上がるかのような憎しみで染まっている。

 

 

「一緒にするか?」

「ああ──そうしよう」

 

 

低く唸るようなブラックの問いかけにリーマスは頷く。

ブラックは杖先をしっかりとスキャバーズに向け、リーマスも片手でスキャバーズを握りしめもう一方の手で杖を持ちスキャバーズを指す。

 

 

「3つ数えたらだ。──いち──に──さん!」

 

 

青白い光が二本の杖から迸った。

ソフィア達は固唾を飲みそれを見つめる、少したりとも見逃さないように、誰も瞬き一つしなかった。

 

光に貫かれたスキャバーズは一瞬動きを止め、リーマスの手から離れると空に停止した。

小さな姿が激しく捩れ──ロンがそれを見て悲鳴をあげた──スキャバーズはぼとりと、床に落ちた。もう一度、今度はスキャバーズの体から目も眩むような閃光が走り、そして──。

 

 

ネズミの体が、ぐっと身を震わせびくりと一回り大きくなったかと思うと小さな体はみるみる内に手足が生え、頭が膨れ、そして人間の姿へと変貌し──1人の男がその場に尻をつけ蒼白な顔でそこに現れた。

 

それは、紛れもなく──薄汚れたピーター・ペティグリューだった。

 

 

 



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151 許す、のではない!

 

 

現れたペティグリューに、ルイスは息を呑んだ。

本当に──本当にペティグリューが生きていた。という事は、自分の母が死ぬ原因になったのはブラックではない、彼らが言っていたように彼は無実の罪を着せられアズカバンに捕らえられていたのだ。

この小汚い、どこかネズミを連想させる男が母の敵なのだ。

 

 

「やぁ、ピーター。しばらく振りだったね」

「シ、シリウス…リーマス…友よ…な、懐かしの友よ…」

 

 

ペティグリューは必死に引き攣った顔に笑みを浮かべ、懇願するように喘ぎリーマスとシリウスを忙しなく見ながらも、何度か扉の方に目を向けていた。

 

 

「ジェームズ達が死んだ夜。何が起こったのか、今話していたんだよピーター。君はあのベッドのところで煩く喚いていたから、聞き逃していたかもしれないね」

「リーマス…君は、ブラックの言う事を信じたりしないだろうね、あいつは僕を殺そうとしたんだ…」

「そう聞いていた。──ピーター。いくつかすっきりさせたい事があるんだが」

 

 

リーマスの声は冷ややかで少しの情も篭っては居なかった。それを聞いた途端ペティグリューはどっと顔中に汗を噴出させる。だめだ、ブラックは自分を殺すだろう、何とかしてリーマスを信用させないと、せっかく今まで生き延びた、なのに、こんなところで──。

 

 

「こいつは、また僕を殺しにやってきた!こいつはジェームズ達を殺したんだ!今度は僕を殺そうとしている!リーマス…!助けてくれ…!」

 

 

ペティグリューはリーマスの言葉を遮り金切り声で叫び哀願した。人差し指の無いペティグリューは中指でブラックを指し示し、指されたブラックは憎々しげに顔を歪め底知れぬ暗い顔でペティグリューを睨む。

その目に射抜かれたペティグリューは怯えたような小さな悲鳴をあげ縮こまった。

 

 

「お前が…母様を殺したのか…」

 

 

ルイスは立ち上がると、ローブの袖を掴んでいたソフィアの手を振り払い立ち上がった。

ペティグリューは思わず後退り、再度唯一の逃げ道である扉の方を見たが、その近くにはハリーが居た。それに、杖を構えているのは子どものルイスだけではない、リーマスとブラックもまた、その杖先を油断なくペティグリューに向けている。

 

 

「き、君は…アリッサの子どもなのだろう…ああ、彼女に、…よ、よく似ている…」

「ピーター!!」

 

 

自分が殺した者の子どもに、張り付いた笑顔をむけて話しかけるなど、ブラックは許せず強くペティグリューの名前を叫ぶ。

その声はあまりに憎しみと怒りが込められており、自身に向けられた声では無いと分かっていてもハリー達は肩を震わせた。

 

 

「うん。よく言われる。母様に似てるって」

「や、優しい…優しい人だった…と、とても…」

 

 

ルイスはこの場にそぐわない朗らかな笑みを浮かべていた。リーマスとブラックはその顔を見て困惑したが、ルイスと長い間友であるハリー達と妹のソフィアはその笑顔の裏に隠された激しい怒りに気付いた。──ルイスはこんな凶悪な目で笑わない。

 

 

「そうらしいね。でも、僕は母様の記憶が無いんだ。死んじゃってるからね。僕は…僕とソフィアには母様の記憶が無いんだ、声も、匂いも、何も覚えていない。──ねえ何で?何で母様は殺されたの?お前の言う優しい母様は、何で死ななければならなかったの?何で、その日その場所にいたの?」

 

 

ルイスにとって、母というものはどこかお伽噺のような、自分とは無縁の存在だった。勿論産んでくれた事に感謝をしてはいる。だがそれ程、思い入れが強いわけではない。ルイスが薄情なのではない、全く記憶にないのだ、仕方がないと言えるだろう。

ただ、ルイスはセブルス──父の事を心から愛し、そして父は亡き妻を今でも愛して、亡くなった事に心を痛めているのだと知っている。だからこそ、ペティグリューが許せなかった。

大切な者を悲しませ苦しめるその存在が──今、目の前に、生きている。

 

 

胸の奥からどろりと黒い感情が溢れ出し、止められない。ペティグリューはルイスの目を見てがくがくと震え、蚊の鳴くような小さな声で否定し首を振った。

 

 

「そ、れは──そ、そんなこと、僕は、知らない…」

「残念」

 

 

ルイスはちっとも残念ではなさそうに言うと杖を振るった。ペティグリューが情けない悲鳴をあげ急激な浮遊感にもがき、四肢をばたつかせたが体は勢いよく床から浮き上がる。

天井ギリギリまで浮かんだペティグリューは何が起こるのか──何をされるのか分からず浮かんだまま蒼白な顔で地上にいるルイス達を見る。「リ、リーマス助け──」

 

 

「──ぐあっ!」

 

 

全てを言う前にルイスが腕を振り下ろし、その動きに合わせるようにペティグリューは床に叩きつけられた。ばちんと肉が打たれた音にハーマイオニーは悲鳴をあげ耳を塞ぎ、ソフィア達は息を飲み表情を強ばらせた。

 

防御を取る事もできず腹を打ち付けたペティグリューは息をする事を一瞬忘れた、すぐにまた浮遊感が体を襲う「い、嫌だ──」ばちん、肉を打つ音と叫び声が続き、リーマスは呆然と目の前で繰り広げられる暴行を見ていたがはっと我に帰ると慌ててルイスの腕を掴んだ。

 

埃っぽい床の上にペティグリューは転がり、痛む体に呻き情けない泣き声をあげる。

ルイスは一切温度の感じさせない目で苦悶の表情を浮かべるペティグリューを見たまま、目を離す事はなかった。

 

 

「…止めないでください。こいつに、僕は全てを聞かないと──」

「落ち着きなさいルイス。…ピーターは本当に、何故アリッサが居たのか知らないんだ」

「………」

「ゆ、赦して…ほ、本当に、な、何のことか…」

 

 

ルイスはため息を零すとリーマスの手を振り払い腕を下ろし、くるりと振り返りリーマスの後ろにいるブラックを見た。

 

 

「ブラック、あなたは知ってるの?」

 

 

首を傾げるその目には、見覚えのある狂気を孕んでいた。

子どもが見せるには闇深い目に、ブラックは表情を険しくしながら少し考え頷く。

 

 

「ああ…アリッサは、守るために外部から遮断されたジェームズ達の為に食料を運んでいた」

「…それは…何で。あなたじゃなくて?危険すぎる」

「ああ、危険な役目だ。命を狙われかねない。…だが、彼女はリリーの為にそうしたいと言って聞かなかった…ついにリリーとジェームズは折れた」

「…そう、本当に──本当に、死ぬ必要はなかったんだね、母様は…巻き込まれただけなんだ」

 

 

ルイスはぽつりと呟き視線を落とした。

命を狙われていたのではない、たまたま、偶然──不運にも巻き込まれてしまったんだ。

ソフィアは迷子になった子どものように独り佇むルイスの元に駆け寄り、その項垂れた体を何も言わずに抱きしめた。

 

 

「…ブラック…。…シリウス?」

「…、…なんだ?」

 

 

ブラック──シリウスは、そのソフィアの言葉に驚き一瞬自分が呼ばれたのだとわからなかった。たしかにその名前は自分の名前だ、だが、何年もそんな丁寧に話しかけられた事がなく、目に見えて狼狽した。

 

 

「母様は…ペティグリューが守人だと知っていたの?」

「…いや、それは知らなかった。アリッサと俺は元々隠れ家が何処か知っていたから、守りが行われた後も…入る事が出来た。…俺がジェームズの守人だと信じていたよ。きっと、最期まで──だから、アリッサは微塵も不安に思う事なく、その日も隠れ家を訪れたんだろう。守りがあるから…何の問題も…ないと…」

「…母様は、ハリーのお父さんとあなたの友情を信じていたのね」

 

 

シリウスは、小さく頷いた。それと同時に言いようもない後悔が再び胸を締め付ける。

 

アリッサは、俺が守人になると言った時、それなら安心だと、信じられると笑っていた。

だが──その役目を、密かに変えたのは紛れもない俺だ、良い案だと、その時は思っていた。ピーターが裏切り者だとは、微塵も疑わなかった。とんでもない過ちだ。

 

 

「ジェームズとリリーは、俺が勧めたから…ピーターを秘密の守人にしたんだ。俺は──その時は、完璧な計画だと思った。誰もが俺が秘密の守人だと思っただろう…俺も、周りにそう言った。目眩しの為に──ヴォルデモートはきっと俺を追う。ピーターのような弱虫の脳なしが守人だとは誰も思わないだろう、と──」

 

 

シリウスは床に這いつくばるペティグリューに近づいた。ペティグリューは胸を抑えながら必死に離れようともがくが、後ろには油断なく杖を構えたリーマスがペティグリューを睨み見下ろしていた。どこにも、逃れられる隙などなかった。

 

 

「…ピーター?ヴォルデモートにジェームズ達を売った時は、さぞかし、お前の惨めな生涯の最高の瞬間だったろうな」

 

 

ペティグリューは憎悪の混じるシリウスの嘲笑に、息も絶え絶えに「違う」「狂ってる」と呟いたが、誰の目から見てもペティグリューに分が悪いのは明らかだった。

 

 

「そういえば…シリウス、貴方はどうやってアズカバンから脱獄できたの?」

 

 

ソフィアはペティグリューを睨め付けるシリウスを見ながらぽつりと呟いた。途端にペティグリューがぱっと表情を変えソフィアを見たが、ソフィアはその視線を受けて嫌そうに眉を顰め、ルイスを抱きしめる腕に力を込めると一歩後ろに下がった。

 

シリウスは少し顔を顰めたが、聞かれて不快な質問では無かったのだろう、自分でもその答えを探しているかのように遠い目をしながらゆっくりと、言葉を選ぶように答えた。

 

 

「どうやったのか…自分でもわからない」

 

 

シリウスは自分が無実であると理解し、正気を失うことが無かったからだとソフィア達に伝えた。

吸魂鬼は幸福な気持ちのみを吸い取る、無実だという強固な思いは吸い取られる事はなく、シリウスの胸に燻り続けた。

かといって吸魂鬼が全くの無問題かというと、けっしてそうではなく、辛く耐え難い日々だった。耐えきれなくなった時にはアニメーガスで犬に変わり、吸魂鬼からの猛撃を退けることが出来た。

新聞記事でペティグリューが生きている事を知った時には心の中に新たなる炎を燃やし、弱りきっていたシリウスを微かに力づける事となる。

隙を見てアニメーガスに変わり、痩せ細った身体で鉄格子を抜け出しそのままアズカバンから脱獄したのだ。

 

 

「俺は犬の姿で泳いだ。…北へと旅し、ホグワーツの校庭に忍び込んだ。それからずっと森で潜んでいた…」

「それにしては…シリウスは…その、やつれてないわ。…何故なの?」

 

 

ハーマイオニーは今のシリウスが鉄格子をすり抜けられる事はないと考えていた。犬の姿であっても、中々に巨大で毛艶も良かった。禁じられた森で充分な食料が得られるとは思えず、それなら──やはり、誰かが…リーマスが内通者として食料を届け匿っていたのでは無いかと思っていた。

 

 

「それは…」

 

 

シリウスはハーマイオニーの言葉に少し狼狽え、言ったいいものか悩むようにソフィアとルイスを見た。

ルイスはソフィアに抱きしめられその視線を受ける事が無かったが、その悩むような目を見たソフィアはごくりと固唾を飲み小さく呟く。

 

 

「私達が、食料を届けていたの…その、普通の野良犬だと思って…あまりに痩せててかわいそうだったから…」

「本当に…2人が天使のように見えたよ」

 

 

シリウスは少し微笑む。

虫や獣を食べていたとは言え、うまく捕まえられるものでも無い。耐え難い空腹で、どうしようもなかった時にソフィアとルイスが現れた時には──本当に、天使達が迎えにきたのかと、柄にもなくシリウスはそう思った。

 

 

「力を得た俺は…一度だけ、クィディッチの試合を見に行ったが、それ以外は…ハリー、君はジェームズに負けないくらい、飛ぶのが上手い…」

 

 

シリウスはハリーを見た。ハリーも、視線を逸らす事なく、その目をじっと見つめた。

 

 

「信じてくれ。…信じてくれ、ハリー。俺はけっして…ジェームズ達を裏切った事はない。裏切るくらいなら…死ぬ方がマシだ」

 

 

シリウスの声は掠れ、目には消えかけた涙が再び浮かんでいた。

ハリーはその目を見て、ようやく──シリウスを信じることが出来た。

胸が詰まり、言葉に出せず、ハリーは小さく──だが、しっかりと頷いた。

 

 

「だめだ!」

 

 

ペティグリューはハリーが頷いたのを見て、まるで死刑を宣告されたかのような絶望に満ちた声で叫び、祈るように手を握り合わせその場に這いつくばった。

 

 

「シリウス──僕だ、ピーターだ…君の、友達の…!…まさか君は──」

「俺のローブは充分汚れてしまった。これ以上お前の手で汚されたくない!」

 

 

シリウスは自分に躙り寄るペティグリューを蹴り飛ばそうと足を振り上げたが、ペティグリューは悲鳴を上げ後退りその足がペティグリューを打つ事はなかった。

 

 

「リーマス!君は信じないだろうね…計画を変更したのなら、シリウスは君に話したはずだろう?」

 

 

ペティグリューはリーマスの方に向き直り、憐れみを乞うように身を捩りながら金切り声を上げ懇願したが、ペティグリューを見下ろすリーマスの目には冷たいままで慈悲のかけらすらも残っていない。

 

 

「ピーター、私がスパイだと思ったなら、シリウスは話さなかっただろう。──シリウス、多分、それで話してくれなかったのだろう?」

「すまない、リーマス」

「気にするな、我が友パッドフット。…そのかわり、私が君をスパイだと思い違いをした事を許してくれるか?」

「勿論だとも」

 

 

シリウスは微かに微笑み、自身の杖腕の袖を捲り上げる。

 

 

「一緒にこいつを殺るか?」

「──ああ、そうしよう」

 

 

シリウスの言葉に、リーマスは厳粛に答え同じように袖を捲る。

紛れもない死刑宣告に、ペティグリューは悲痛な顔で首を振り、「やめて、やめてくれ…!」と懇願するが、2人はその言葉に少しも心を揺らす事はない。──覚悟はとうに決まっていた。

ペティグリューは這いながらロンの元に向かうと、その場に跪き、必死に引き攣った媚びるような笑みを浮かべた。

 

 

「ロン…僕は、いい友達…いいペットだっただろう?ロン、僕を殺させないで…お願いだ…ロン、君は僕の味方だろう…?」

「自分のベッドにお前を寝かせていたなんて!」

「優しい子だ…情け深い、ご主人様…」

「人間の時より、ネズミの方がさまになるなんていうのは、ピーター、あまり自慢にならない」

 

 

シリウスの声にペティグリューは膝を折ったまま向きを変え、止めなく震えながらハリーをゆっくりと見た。

 

 

「ハリー…ハリー……君はお父さんにそっくりだ、生き写しだ…」

「ハリーに話しかけるとは、どういう神経だ!?ハリーに顔向けが出来るか?この子の前で、ジェームズの事を話すなんて、どの面下げて出来るんだ!?」

 

 

シリウスが大声を出しペティグリューを牽制したが、ペティグリューにとっては僅かな希望があるのは、ハリーしかいない。ハリーに向かって両手を広げ、膝を使いずりずりと進みながら囁いた。

 

 

「ハリー、ジェームズなら僕が殺される事を望まなかっただろう!ジェームズなら、わかってくれたよ、ハリー…ジェームズなら、私に情けをかけてくれただろう…」

 

 

シリウスとリーマスが表情を変え、ペティグリューに近づき、肩を掴んで床の上に仰向けに叩きつけた。ペティグリューは恐怖に痙攣しながら顔色を無くし2人を見上げる。

 

 

「おまえは、ジェームズとリリーをヴォルデモートに売った。そして…その上にあの子達の家族までも犠牲になった…!それを、否定するのか?」

 

 

シリウスが怒りで震えながら重々しく呟けば、ペティグリューはついに顔を覆いわっと泣き出した。喘ぎ喘ぎそれでも必死に同情を誘うかのようによろよろと床の上に座り込むと指の隙間からシリウス達を見ながら途切れ途切れに訴える。

 

 

「シリウス、僕に何が出来たっていうんだ…!闇の帝王は…あの方には君も想像出来ないような武器がある。僕は…怖かった!シリウス、僕は君たちみたいに勇敢じゃなかった…!僕は、やろうと思ってやったわけじゃない、あの人が、無理矢理──」

「嘘をつくな!お前はジェームズ達が死ぬ一年も前から、ヴォルデモートに密通していた!お前がスパイだった!」

「あの方は──あの方は、あらゆるところを征服していた!あの方を拒んで何が得られたろう?」

「何が得られたかって?──それは、罪もない人々の命だピーター!」

 

 

シリウスの顔には憎悪が浮かび、ペティグリューを指した杖先から火花が迸る。

今にも殺しそうなシリウスを見て、ペティグリューは後退り、それでも、必死に訴えた。

 

 

「君にはわかってないんだ!シリウス、僕が殺されかねなかったんだ!」

「それなら、死ねば良かったんだ。友を裏切るくらいなら、死ぬべきだ!俺たちもお前のためにそうした!」

 

 

肩で息をしながらシリウスが悲痛に叫ぶ。──それは、紛れもない事実だ。シリウスにとってかけがえの無い親友は、もちろんジェームズだ。だが、ペティグリュー──ピーターも、リーマスも、友に変わりはない。喜んで命を投げ出し死んだだろう。

ペティグリューは、シリウスの叫びに、言葉を詰まらせた。

リーマスはそっとシリウスの上がる肩を優しく掴み隣に並ぶと、ペティグリューを見下ろし杖を静かにむけた。

 

 

「お前は気付くべきだった。ヴォルデモートがお前を殺さなければ、我々が殺すと。──ピーター、お別れだ」

 

 

 

ハーマイオニーは両手で顔を覆い、これから起こる事を見たくないと壁の方を向き、ソフィアはぐっと強くルイスを抱きしめ──顔を蒼白にさせていたがそれでも、視線を逸らす事はなかった。

 

今、まさに1人の男の命が消えようとしている。ペティグリューは──過去の友人達のその目に、体の力を弛緩させ、項垂れた。

 

 

「──やめて!」

 

 

しかし、リーマスとシリウスが杖を振り下ろすより前にハリーが叫びながら駆け出すとペティグリューの前に両手を広げ立ち塞がった。

 

 

「殺してはだめだ。…殺しちゃ、いけない」

 

 

ハリーの言動に、シリウスとリーマスは愕然とし雷に打たれたような強い衝撃を受けた。

 

 

「ハリー、このクズのせいで…君は両親を亡くしたんだぞ」

「わかってる。…こいつを城まで連れて行こう、僕たちの手で、吸魂鬼に引き渡すんだ…こいつはアズカバンに行けばいい、殺す事だけはやめて…」

 

 

ハリーの言葉にペティグリューは俯いていた顔を上げ、顔中に歓喜を溢れされると両腕でハリーの足に縋りつき抱きしめた。

 

 

「ハリー!ありがとう、君は──こんな、僕に…ありがとう!」

「放せ。お前のためにやったんじゃない。僕の父さんは…親友が、殺人者になるのを望まないと思っただけだ」

 

 

ハリーは穢らわしいとばかりにペティグリューの腕を撥ねつけ、吐き捨てるように言い、ソフィアとルイスに向き合った。

 

 

「ソフィア、ルイス。…それでも、良い?」

「……」

 

 

ソフィアに抱きしめられその肩に顔を預けていたルイスはゆっくりとソフィアから離れるとハリーを見た。

 

 

「…僕は殺したい。本音はね。…けど…こいつを今ここで殺したら…真実は僕たちしか知り得なくなってしまう…それでは…うん、ダメ、だと思う。…全てを明らかにしないと…シリウスの汚名は晴らせない」

「…そうね、私も…それで、いいと思うわ。アズカバンに…連れて行きましょう」

 

 

ハリーはソフィアとルイスの言葉に少し安心したように微笑んだ。勿論、殺したい気持ちが完全にないわけではない。ただ、──やはり、父の親友達が人殺しになっては行けないと、ハリーは強く思っていた。

 

 

「ペティグリューは、縛っておきましょう」

 

 

ソフィアは「 インカーセラス(縛れ)」と唱え杖先から細い縄を出すとペティグリューを縛り上げ、これ以上戯言を言わないように猿轡を噛ませた。

縛られたペティグリューは床の上に倒れもがき、苦しげに呻いたが、それで心を痛める者は──ここには1人もいない。

 

 

「足の一本でも砕いた方がいいかもよ」

「ルイス!」

 

 

ルイスはペティグリューの足に杖を向けたが、ソフィアが慌てて諫め、ルイスの腕を抑えた。ルイスは肩をすくめ「だって逃げ出すかも…」と不満げに呟く。

 

 

「もし、ピーターが逃げ出そうと変身したら。殺す。…いいね?」

 

 

リーマスは静かにソフィアとルイスとハリーに伝えた。

3人は恐怖で顔を引き攣らせるペティグリューを見下ろし、しっかりと、頷いた。

その頷きを見たリーマスは早くペティグリューの姿を白日の元に曝け出したいのだろう、テキパキと動き、ルイスにより固定されていたロンの足に再度魔法をかけしっかりと固定し直した。リーマスに手を貸されながら立ち上がったロンは恐る恐る足に体重をかけたが、痛さに顔を顰める事はない。

 

 

「良くなりました、ありがとう…」

「スネイプ先生はどうしますか?」

 

 

ハーマイオニーは項垂れぴくりとも動かず気絶したままのセブルスを見て小声で言った。リーマスはセブルスの元に駆け寄り脈を取り包帯の巻かれた頭を見ながら「大丈夫、適切な処置がもう施されているからね」と安心させるように──ソフィアとルイスに向かって言った。

 

 

「君たちは…少しやり過ぎたね。セブルスはまだ気絶したままだ…うん、このままのほうがいいだろう」

「…僕が運びます」

「そうかい?…なら、お願いしようかな」

 

 

ルイスはセブルスの元によると一度、心配そうにじっとその閉じられた目を覗き込み、優しくその力のない手を掴みながら浮遊呪文をかけた。

ふわり、と浮かんだセブルスをルイスは大事に包み込むように横抱きにする。

どうしようもない体格差があり、セブルスの足や腕は投げ出されていたが、頭はしっかりとルイスの胸にもたれかかっていた。こうして運ぶほうが幾分もマシだろう。

 

 

ペティグリューはシリウスにより手錠をかけられ、逃げられないようリーマスとロンと繋がれる。もう抵抗する事は無駄だと諦めたのか、暴れる事はなく項垂れるだけだった。

 

 



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152 守護霊よ来たれ!

 

城に戻るために長いトンネルをソフィア達は進んでいた。

先頭をクルックシャンクスが軽い足取りで進み外に飛び出すとすぐさま木の幹にあるコブを前足で押した。

リーマス、ロン、ペティグリューが這い上がっていったが、暴れ柳は3人を襲う事はなく獰猛な枝の音は聞こえず静かなものだった。シリウスとハリーとハーマイオニーが続いて外に出だ後、ソフィアは先に外に出るとセブルスの脇に両腕を通し、軽いその体をひょいと引っ張り上げた。

 

 

「ありがとう、ソフィア」

「いいのよ。…軽いけど、うーん…ルイス、先生の足をぶつけていたわ」

「これでも頑張ったほうだよ!」

 

 

狭いトンネルだ。少しもセブルスの身体をぶつける事なく進むのは不可能であり、ルイスはかなり苦労し気をつけていたが、どうしても長い足や腕が岩肌にぶつかるのは避けられなかった。

 

ヒソヒソと囁きながらルイスはソフィアに抱えられていたセブルスをふたたび受け取り、真っ暗になった空を見上げた。

 

ソフィアもまた、同じように空を見上げる。ようやく、全てが終わったんだ。ペティグリューの罪は大衆に晒され、シリウスは無罪となるだろう。全てが明かされた時──セブルスに、父に、全てを聞こう。そう、ソフィアとルイスは思っていた。

 

ソフィアはハリー達の後に続きながら、気絶したままのセブルスを何度も心配そうに見た。リーマスは大丈夫だと言っていたが、早く医務室に連れて行かないと。

 

 

──本当に、来なければこんな怪我をする事も無かったのに…父様は何故ここに来たんだったかしら…?

 

 

ふと、ソフィアは思った。

1時間程度の間に、本当に色々な事があった。何故だったか──ソフィアはそれを思い出した時、思わず叫んだ。

 

 

「ああっ!」

「な、何──」

 

 

その大きな叫びに皆が振り返る。1番近くにいたルイスは跳び上がり、思わず腕からセブルスを落としそうになり、慌てて抱え直した。

 

 

「リーマス先生!薬を飲んでないわ!!」

 

 

ソフィアの叫びと、分厚い雲が途切れ満月の月明かりがソフィア達を──リーマスを照らすのは同時だった。

 

リーマスは目を見開く、その顔には恐怖が彩られ必死に抗おうとしていたが、その身体は硬直していた。──そして、手足が痙攣するかのように震え、身体をぐっと折り曲げ、食いしばった歯から苦しげな唸り声が漏れる。

 

 

「逃げろ。──逃げろ、早く!」

 

 

シリウスが低い声でハリー達に言ったが、ハリーは逃げなかった、逃げる事が出来なかった。

ロンがペティグリューと人狼に変わりゆくリーマスに繋がれたままだ。このままだと、1番初めに噛まれるのはロンに違いない。

咄嗟にハリーは飛び出した、が、シリウスはハリーの胸に両腕を回し引き戻し、強く後ろに押しやる。

 

 

「俺にまかせて──逃げろ!」

 

 

シリウスは直ぐにその身を黒犬に変化させるとロンを襲おうと牙を打ち鳴らす リーマス(人狼)の首に食らいついて後ろに引き戻しロンとペティグリューから遠ざけた。

 

ソフィアは杖を振るい沢山の石を鴉へ変化させ、そのまま黒犬を噛もうとする人狼の元へ鋭く杖を指し「 オパグノ(襲え)!」と叫ぶ。

鴉の軍団はソフィアの命令に従い、人狼に向かって一直線に飛び進むと頭や目に向かってその嘴で攻撃をした。

鬱陶しそうにもがく人狼の手に当たった鴉は一声鳴き石に戻る。ソフィアは何度も鴉を出現させたが、このままでは埒があかないと、わかっていた。人狼には、魔法が効きにくい、効果的な攻撃魔法を喰らわせるには、重傷を負わせる程でないと効果は薄いだろう。だが──あの人狼は、リーマスだ。そんな事、ソフィアには出来なかった。

 

 

「ソフィア!ペティグリューが!」

 

 

ハーマイオニーが悲鳴を上げる。ハッとしてソフィアがペティグリューを見た時には既に遅く、ペティグリューは落ちていたリーマスの杖に飛びつきロンとクルックシャンクスを襲った。

 

ペティグリューを止めなければ、でも、今、鴉達を止めてしまったらリーマス先生が──。

 

狼狽え、何もできないソフィアを見たルイスは思わず、手を離しセブルスを落としてしまった。が、ルイスはそれを気にする余裕もなくすぐにペティグリューに杖を向けたが、それよりも早くハリーが「エクスペリアームス!」と呪文を放ちペティグリューの杖を奪う。

 

 

「くそっ!」

 

 

だが──遅かった。

ペティグリューはネズミに変身しすぐに草むらの中を走り去った。何度かルイスがペティグリューが消えた方向に向かって麻痺魔法を炸裂させたが、逃げ惑う小さなネズミに当たる事は無い。

ハリー達は悔しげに顔を歪め、焦ったように、咄嗟にシリウスを見た。人狼を抑え込もうともがく黒犬は体中から血を流し、ぱっと食うに血を散らす。

 

 

ディフィンド(裂けよ)!」

 

 

ルイスは人狼目掛けて呪文を放つ。だが──彼もまた、人狼はリーマスだと理解している、戸惑い力の込められていない魔法は人狼の皮膚をわずかに裂いただけで、その動きを止めることは出来なかったが、人狼は弾かれるように森に向かって疾駆した。

 

 

「シリウス!あいつが逃げた!ペティグリューが変身した!」

 

 

ハリーの声に、鼻面と背中に赤黒く生々しい傷を負った黒犬はぐっと何とか足を踏み出し、そのまま勢いよく微かに揺れ動く草むらを追って走り去る。

 

 

暫く、ハリー達の荒れた呼吸だけが響いていた。

 

 

「ロン!」

 

 

ソフィアが叫び、慌ててロンに駆け寄ったのを見てハリーとハーマイオニー、ルイスも後に続く。

ソフィアはぐったりとその場に倒れているロンの頭を抱き抱え、顔を覗き込んだ。

 

 

「…生きてる…けど、何か…魔法をかけられているわ」

 

 

ロンは口を開き、虚な目で心配そうに覗き込むソフィア達を見ていたが、何も反応は返さなかった。紛れもなく生きているのは確かだ、だが安心できる状態ではなさそうだとソフィアは表情を硬らせた。

 

 

「とりあえず…城に戻ろう、ロンとスネイプ先生を連れて行って…ダンブルドア先生を呼んだほうがいい」

 

 

ルイスの言葉にハリー達は顔を見合わせて頷き、すぐにロンを抱えて立ちあがろうとした。

だが、その時暗闇からキャンキャンと犬の悲鳴が響いた。その声は苦痛に満ちていて、ハリーは真っ暗な校庭を見つめ「シリウス…」と呟くと、次の瞬間には駆け出していた。

 

 

「ハリー!」

「ソフィア!ダメだ!」

 

 

ソフィアも弾かれるように駆け出すと、闇の中に飲まれていくハリーの後を懸命に追いかけた。ハーマイオニーは少し戸惑い、ロンとそして2人が消えた暗闇を忙しなく何度も見ていたが──ここに残る決意をした。

 

 

「わ、…私たちで、ロンを安全な場所に連れて行かないと…!」

「…うん。…そうしよう」

 

 

ルイスは、苦い表情で頷く。本当ならルイスも駆け出してソフィアの後を追いかけたかった。引き止め安全な場所まで連れ戻したかった、だが──ロンと、そして、セブルスを安全な場所に避難させなければならない。

もし、今2人を置いて行って、人狼がここに戻ってきてしまったら──最悪な事になる。 

 

 

ハーマイオニーにロンを託したルイスはすぐに置き去りにしていたセブルスの元に駆け寄る。──もう一度浮遊呪文を掛け直して、早く安全な場所へ連れて行かないと。

杖をセブルスに向け、魔法を唱えようと口を開いた時、セブルスの瞼がピクリと震えたのを見て、ルイスは慌てて口を閉じ、セブルスの肩をゆすった。

 

 

「先生!スネイプ先生!──父様!」

「っ──…ル、イス…?」

「父様っ!」

 

 

セブルスは目を開き、途端に頭部に鈍い痛みを感じ顔を顰めた。ルイスはぐっと胸の奥から湧き起こる安堵から思わずセブルスの首元に縋るように抱きついたが、小さな呻き声を聞いて慌てて体を離した。

 

 

「ご、ごめんなさい!父様、痛い…?」

「…大丈夫だ。……!…ブラックはどこだ!?」

 

 

セブルスは自分を心配そうに見つめるルイスに安心させるように言ったが、ふと思い出したように大声で叫び立ち上がる。

叫びの屋敷に居たはずだが、いつの間にか外に出ている事にセブルスはようやく気がつき、辺りを鋭く見渡した。

だが、この場にいるのはルイスと顔を蒼白にさせたハーマイオニー、そして虚な顔をするロンの3人だけだった。

 

 

「父様、リーマス先生が人狼になった。ハリーとソフィアは──ブラックを追いかけて森へ──あっち、湖の方に向かった」

「っ…!」

 

 

あの、殺人鬼を追いかけるなど、自殺行為だ。──ソフィア!

 

 

セブルスの思考を占めるのは、大切な娘の事だけだった。ルイスの返答を聞かず、すぐに杖を持ち夜の闇の中に駆けていき──また、静かな沈黙がルイスとハーマイオニーを包み込む。

 

 

ルイスは暫くセブルスが消えた先を見つめ、悔しそうに唇を噛んだ──何も、出来ないなんて、大切なソフィアの元に向かう事ができないなんて…──しかし、ここで自分も居なくなって仕舞えばハーマイオニーは混乱してしまう。すでに、顔色は悪く今にも泣き出しそうだ。…置いて行くことは出来ない。

 

 

「──ハーマイオニー、行こう」

「…え、ええ…」

 

 

ハーマイオニーは頷き、ロンの片腕を自分の肩に回し立ち上がる。すぐにふらついてしまったが、ルイスが反対側からロンを支え何とか転倒する事は無かった。

 

 

「…魔法で運ぶ?」

「…ううん。どんな魔法がかけられてるかわからないから…このまま行こう」

 

 

ロンを左右から持ち上げ運ぶ。ぼんやりとしたままのロンは歩む事なく、足を地面でずりずりと引き摺りながら何も無いところを見続けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィアとハリーは懸命に走りながら甲高い犬の悲鳴が聞こえる方へ向かった。

徐々に空気が冷え、ソフィアはぶるりと身体を震わせる。──湖に近いとはいえ、この冷気はおかしい、まさか。

2人が湖の畔に辿り着いたとき、急に犬の叫びは止んだ。最悪の結果を2人は想像したが、ほとりでうずくまる人の身体に戻ったシリウスを見て、ほんの僅かに固くなっていた表情を緩める。

 

 

「シリウス──」

「ハリー!」

 

 

ハリーはすぐに蹲り震えるシリウスに駆け寄ったが、ソフィアは対岸を見て、足を止め目を見開きハリーの名を叫んだ。ハリーは振り返り、そしてようやく──何が近付いているのかを見た。

吸魂鬼だ──少なくとも百体以上の吸魂鬼が黒々とした塊になり湖の周りから滑るようにこちらに近付いてくる。長い間 人間(獲物)から離れていた吸魂鬼にとって、ハリー達は逃すことの出来ない存在だった。

 

 

「ソフィア、何か幸せなことを考えるんだ!」

 

 

いつもの冷たい氷のような感覚が体の芯を貫き、目の前が霧のように霞んできながらも、ハリーは叫び杖を構えた。

ソフィアは幾百の吸魂鬼に顔をこわばらせながら必死に、必死に家族の事を思う。ハリーもまた内側から響き始めた微かな悲鳴を振り払うように強く頭を振り、シリウスと──名付け親であり、後見人の彼と過ごす、その事を強く思った。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!──エクスペクト・パトローナム!!」

 

 

シリウスが痙攣したように体を大きく震わせひっくり返ると地面に横たわり動かなくなった。微かに胸が上下しているのは見える、だが、顔色は死人のように悪い。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!──ソフィア、助けて!エクスペクト・パトローナム!」

「っ…エクスペクト・パトローナム!」

 

 

ソフィアは強く叫んだ。

杖先から銀色の光が溢れ、最も近付いていた吸魂鬼を貫き、その吸魂鬼は嫌がるように後ろに下がったが、すぐに新たな吸魂鬼が踊り出す。ハリーの杖先からも銀色のものが一筋現れ目の前を霞のように漂う。ソフィアとハリーの守護霊魔法は、あまりにも儚く頼りなかった。

 

 

「エクスペクト──」

「ソフィア!」

 

 

ソフィアは小さな声で喘ぐように魔法を唱えようとしたが、目の前が急激に暗くなりぐるりと視界が回った。冷たい草に膝をつき、それでも杖腕を前に出してはいたが──最早、限界だった。

 

膝をつくソフィアにハリーは駆け寄り、その肩を強く抱いた。凍えている、氷のように、冷たい。

このままだと、シリウスも、ソフィアも危ない、2人を──大切な人を失ってたまるものか。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 

形にならない弱々しい守護霊の光が壁のようにハリーの前に現れる。吸魂鬼はぴたりと立ち止まり、鬱陶しそうにその光を振り払おうと手のような細い萎びたものを動かす。

吸魂鬼達はハリーを見下ろし、1番近くにいた吸魂鬼がハリーをじっくり眺め回し、腐乱した両手を上げフードを脱いだ。

隠されたフードの下には、悍ましい何かがあった。本来目があるところには、虚な眼窩があり、のっぺりとした仮面のような顔は灰色の瘡蓋で覆われている。口のようなものあった──が、ぽっかりと大きく穴の空いた空洞があるだけで、それを口と呼べばいいのか分からない。ただそれはザアザアと砂嵐のような音を立て何かを吸い取っていた。

 

ハリーはあまりの恐怖に身体が麻痺したように動けなくなっていた。ソフィアを抱きしめたまま、動くことも声を出す事も出来ない。守護霊は揺らぎ、空に溶けて果てた。

吸魂鬼から伸びるべっとりとした二本の腕が、ハリーの首にがっちりと巻き付いた。

 

 

「…ハ…リィ…」

 

 

ソフィアは真っ白な吐息を吐き、ほとんど見えない目を何度も瞬かせ、重い腕を上げた。

 

 

「──エクスペクト・パトローナム…」

 

 

ソフィアの杖先から、銀色の眩い光が溢れ──そして、その場にふわりと足をつけた。

輝く守護霊は飛び跳ねるように、生まれ出た事を喜ぶように、この場にそぐわない無邪気さを示すように駆け回りハリーを捉える吸魂鬼にぶつかり──その小さな守護霊のどこにそんな力があったのか──湖の反対側まで勢いよく吹っ飛ばし、そして消えてしまった。

 

それを微かに見たソフィアは、ふっと意識が落ちてゆくのを感じた、これ以上、目を開ける事ができない、何も、考えられなくなっていく。

 

 

 

意識が黒く塗りつぶされたソフィアは、誰かの声を聞いた。

 

 

──ない──許さ─い─アリッサ──ュカ─

 

 

それは、悲痛な慟哭だった。

 

ソフィアはその声の、嘆きと哀しみの深さに、何故か胸が苦しくなり、一筋の涙を流し、意識を手放した。

 

 

 

ハリーは白く塗り潰されていた視界がまた戻るのを感じ、腕の中でぐったりと気を失ってるソフィアを見て小さく悲鳴を上げ、必死に吸魂鬼から離れようと後ろに下がる。手探りでシリウスの腕に触れ、気を失っているシリウスとソフィアを必死に守ろうとその上に覆いかぶさる。

 

 

すると、その時、ハリーを包んでいる白く重い霧を貫く、銀色の光が見えるようなきがした。その光はだんだん強く、明るくなり全てを照らす。

ハリーはうつ伏せになったまま、動く事ができなかった、指一本たりとも、動かせない。

だが薄らと目を開け──ハリーは、目も眩むほどの光を見た。

 

ハリーの脳内で響いていた母の悲鳴はやみ、吸魂鬼が出す冷気が徐々に引いて行く。何かが、吸魂鬼を追い払っている──何かが、ハリーとシリウスとソフィアの周りをぐるぐる回りながら吸魂鬼を蹴散らしている。

 

あらんかぎりの力を振り絞り、ハリーは顔を僅かに持ち上げ、それが何なのか見極めようとした。…それは、ユニコーンのように光り輝き、湖を軽やかに疾駆していた。

 

ハリーは、走る足並みが止まるのを見た、それを迎えた人が──それに、手を伸ばし撫でている──何故か、見覚えがあるような気がした。

 

どこか不思議な気持ちがした、まさか──。そう思いながら、ハリーは最後の力が抜けて行くのを感じ、またソフィアとシリウスに覆いかぶさるようにして意識を手放した。

 

 

 



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153 2人は戻る!

 

 

ソフィアは目を覚ました。

遠くの方でセブルスとファッジの声が外から漏れ出て聞こえてくる。

ぼんやりとしたまま何度か目を瞬かせているうちに、ここが医務室のベッドの上だと気付いた。

ソフィアはとても疲れていた、吸魂鬼に幸福な感情を吸われたソフィアの身体は重く、言いようのない倦怠感に体を起こすことが出来ない。僅かに顔を動かせば、同じように目を覚ましているハリーと目があった。

 

 

マダム・ポンフリーのキビキビとした足音が響き、ソフィアと隣のベッドで寝ているハリーの元に近づく。

 

 

「おや、目が覚めたんですか!」

 

 

ポンフリーは小山ほどの大きなチョコレートの塊をハリーのベッドの脇の小机に置き、ハンマーで2人が食べやすいようにガンガンと砕く。

 

 

「ロンは、どうですか?」

「ルイス…ハーマイオニーは?」

 

 

ハリーとソフィアの言葉に、ポンフリーは少し言い淀みながら深刻な表情で言った。

 

 

「ウィーズリーは、死ぬことはありません。…ミスター・プリンスとグレンジャーは簡単な治療を終え、部屋に戻りましたよ」

「…良かった…」

 

 

ポンフリーの言葉にソフィアはほっと安堵の息を吐き、薄く微笑んだ。しかし、ポンフリーは眉を顰めたまま、ソフィアの口に細かく砕いたチョコレートを押し込みながらはっきりと2人に告げる。

 

 

「あなた達2人は…ここに入院です。私が大丈夫だというまで──ポッター?何をしているんですか?」

 

 

ソフィアはもぐもぐと口を動かし、チョコレートを食べながらハリーの方を向いた。顔を蒼白にさせているハリーはかなり疲れていたが、それでもこんな所で寝ている場合ではないと体を起こし眼鏡をかけ、小机に置かれていた杖を取った。

ソフィアも体の芯から温かくなってきたおかげでようやく体を動かせるようになり、上半身を起こし隣に置かれていた杖を取る。

 

 

「校長先生にお目にかかるんです」

「ポッター…。大丈夫ですよ、ブラックは捕まえました。上の階に閉じ込められています。吸魂鬼が間も無くキスを施します──」

「えーっ!?」

 

 

宥めるために言ったポンフリーの言葉にハリーは跳び上がりベッドから飛び降りた。ソフィアもベッドから足を下ろすと、焦ったような目でポンフリーを見る。

シリウスは無罪だった、犯人はネズミに変身し続けていたペティグリューだ。今シリウスが処刑されてしまえば、真実は闇の中に葬られる。

 

 

「ハリー、ハリー、何事かね?寝てないといけないよ。ハリーにチョコレートをやったのかね?」

 

 

ハリーの叫びを聞いたファッジが慌てながら病室に入り、その後にセブルスが続く。

セブルスは顔色はまだ悪いが、はっきりと覚醒しているソフィアを見て、その険しかった表情を僅かに緩めた。

 

 

湖の畔で気絶しているソフィアを見た時、セブルスは柄にもなく焦りハリーを無理矢理押し退けるとソフィアを抱き上げた。死人のように蒼白な顔で力なくぐったりとしていたソフィアの胸に耳を当て、その鼓動が確かに動いることに──セブルスは強くソフィアの冷えた体を抱きしめ、ようやく、安心する事が出来たのだ。

 

ソフィアもまた、廊下から僅かに聞こえていた声を聞いてセブルスが無事だということに気がついていたが、こうして目を見てようやく、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「大臣、聞いてください!シリウス・ブラックは無実です!ピーター・ペティグリューは自分が死んだと見せかけていたんです!さっき、ペティグリューを見ました!大臣、シリウスは──」

 

 

ハリーは必死になりファッジに訴えかけたが、きっとまだセブルスが言うように錯乱魔法が解けていないのだろう、とファッジは考え安心させるように微笑むと首を振った。

 

 

「ハリー、君は混乱している。あんな恐ろしい試練を受けたのだし…横になりなさい。さあ、全て我々は分かっている」

「混乱してません!捕まえる人を間違えています!」

「…ファッジ大臣、聞いてください…私たちは混乱していません。…私も、ペティグリューを…私の母を死に追いやった人を、見ました…彼はネズミのアニメーガスだったんです」

「…君は…そうか、あの被害者の子どもなのか…。──君も混乱している」

 

 

ファッジは酷くかわいそうなものを見る目でソフィアを見つめると、優しくその肩を叩いた。違う!そうじゃない──そうソフィアが叫ぶ前にセブルスが一歩ソフィア達の元に近づき、ソフィアを見つめながら静かに伝えた。

 

 

「お分かりでしょう閣下。──錯乱の呪文です。2人とも──いや、ミスター・プリンスとグレンジャーも同じ事を言ってましたな──ブラックは見事に術をかけたものです」

「僕たち、錯乱なんかしてません!」

 

 

ハリーが大声を出してセブルスを睨み上げる。だがセブルスは薄く嘲笑したまま、ファッジに意味ありげな視線を向け肩をすくめた。──ごらんの通りです。と、無言でセブルスはファッジに告げ、彼もまた気の毒そうにため息をつく。

 

 

「大臣!先生!2人とも出て行ってください。ポッターとミス・プリンスは私の患者です。患者を興奮させてはなりません!」

 

 

ハリーとソフィアの体調を心配するポンフリーはファッジとセブルスに向かって怒ったように詰め寄り、早く出て行けとばかりに手を振る。しかしハリーにとっては、ポンフリーの言葉も受け入れられなかった、今ここでファッジを納得させられなければ、シリウスが──僕の名付け親が死んでしまう。

 

 

「僕、興奮してません。何があったのか、2人に伝えようとしているんです。僕の言うことを聞いてさえくれたら──」

 

 

ハリーは激しい口調でなんとか説得しようとしたが、ポンフリーは大きなチョコレートの塊をその開いた口に無理矢理押し込み、ハリーが咽せている間にさっとベッドに押し戻した。

 

 

「さあ、大臣、お願いです。この子達は手当てが必要です。どうか出て行ってください──」

 

 

再び扉が開き、真剣な表情をしたダンブルドアが現れると、ポンフリーは目を見開き苛立ちをあらわにしてダンブルドアを睨んだ。──どうやら誰も患者を安静にさせるつもりはないらしい。

 

 

「ダンブルドア先生、シリウス・ブラックは──」

「何と言うことでしょう!病室を一体なんだと思っているんですか?校長先生、失礼ですが、どうか──」

 

 

チョコレートの塊をなんとか食べ終わったハリーは再び立ち上がり大声を出したが、ポンフリーは負けじと叫ぶと非難的な目でダンブルドアを見る。

だが、ダンブルドアは少し手を上げポンフリーの言葉を制し、キラキラとした目で見つめ、落ち着かせるように穏やかにゆっくりと言った。

 

 

「すまないね、ポピー。だが、わしはミスター・ポッターと、ミス・プリンスに話があるんじゃ。たった今、シリウス・ブラックと話をしてきたばかりじゃよ」

「さぞかし、ポッターに吹き込んだ事と同じお伽噺をお聞かせしたことでしょうな?ネズミがなんだとか、ペティグリューが生きているとか──」

「さよう、ブラックの話はまさにそれじゃ」

 

 

吐き捨てるように苦々しく呟いたセブルスを見たダンブルドアは、セブルスの様子をじっと半月眼鏡の奥の瞳で観察する。いつもの全てを見透かすような目に、セブルスは表情を歪めたが視線を外すことなく、唸るように言った。

 

 

「我輩の証言は、何の重みもないと言うことですかな?ピーター・ペティグリューは叫びの屋敷にはいませんでしたぞ。校庭でも、影も形もありませんでした」

「それは、先生が気絶していたからです。先生は肝心なところを何も聞いてません」

 

 

ソフィアもまた必死に訴えた。セブルスは間違えている、間違った人を犯人だと決めつけ恨み、呪っている。──だが、母を死に追いやったのは、シリウスではなく、ペティグリューなのだ。

 

 

「ミス・プリンス。黙りなさい」

「でも──」

「まぁ、まぁ、スネイプ。このお嬢さんは、気が動転しているのだから、それを考慮してあげないと…」

「わしは、ハリーとソフィアと3人だけで話がしたいのじゃが。コーネリウス、セブルス、ポピー。席を外してくれないか」

 

 

突然ダンブルドアが、静かに──だが有無を言わせぬ口調で言った。その言葉にセブルスは驚き目を見張ったが、何も言わず──苦い表情で沈黙する。

ポンフリーは慌てて必死に2人には治療が必要だと訴えたが、ダンブルドアは頑として首を縦に振ることは無い。ポンフリーはぐっと唇を結び顔を怒りから赤くしながら、荒々しく踵を返し病棟の端にある自身の事務所に向かって大股で歩き、強く扉を閉めた。

 

ファッジは居心地の悪さを感じ視線を彷徨かせていたが、ベストにぶら下げていた大きな金の懐中時計を見ると吸魂鬼を迎えに行かなければならないと言いそそくさと病室を後にする。

続いて出てくるだろうセブルスのためにファッジは扉を開けて待っていたが、セブルスは動くことなくダンブルドアを睨むように見た。

 

 

「ブラックの話など、一言も信じておられないでしょうな?」

「わしは、ハリーとソフィアと3人で話したいのじゃ」

「シリウス・ブラックは16の時に、既に人殺しの能力を露わにした──校長、お忘れになられてはいますまいな。ブラックがかつて我輩を殺そうとした事を…」

「セブルス、わしの記憶力はまだ衰えておらんよ」

 

 

ダンブルドアの静かな言葉に、セブルスは眉間に刻まれた皺を深くさせると、一度ソフィアを見たが何も言わず、踵を返し、ファッジが開けて待っていた扉から出て行った。

 

扉が閉まるや否や、ハリーとソフィアは必死にシリウスが無実である事や、ペティグリューの事をダンブルドアに話した。この場で何とかしてくれるのは、ダンブルドアしか居ない──そう思い、口々に何があったのかを早口で言い交わすが、ダンブルドアはまた手を上げ「ハリー、ソフィア」と強く2人の名を呼び洪水のような言葉を制した。

 

 

「今度は君たちが聞く番じゃ。頼むから、わしの言う事を途中で遮らんでくれ。なにしろ時間が無いのじゃ。ブラックの言っている事を証明するものは何一つない、君たちの証言だけじゃ──13歳の魔法使いが何を言おうと、誰も納得はせん。あの通りにはシリウスがペティグリューを殺したと証言するものが大勢居たのじゃ。わし自身、魔法省にシリウスがジェームズの秘密の守人だったと証言した」

「ルーピン先生が話してくださいます──」

 

 

ハリーはどうしても我慢が出来ず途中で口を挟んだが、ダンブルドアは首を振るだけだった。

 

 

「ルーピン先生は、今は森の奥にいて誰にも…何も話す事が出来ん。再び人間に戻る頃には全てが終わった後じゃ。さらに言うておくが、人狼は魔法界では信用されておらんからの。人狼が支持したところでほとんど役にたたんじゃろう──それに、ルーピン先生とシリウスは旧知の仲でもある」

「でも──」

「よくお聞き、ハリー。もう遅すぎる。わかるかの?セブルスの語る真相の方が、君たちの話より説得力があると言う事を知らねばならん」

「…どうすればいいんですか?でも…スネイプ先生の言葉より、ダンブルドア先生は私たちの言葉を…信じてくださってますよね?」

 

 

ソフィアはハリーよりは落ち着き、じっとダンブルドアを見る。わざわざ三人で話したいと言っていた。この会話を聞かれたく無いのだ、何かそれには理由があるはず──ソフィアの目をダンブルドアはじっと見つめ、少しだけ微笑んだ。

 

 

「その通りじゃ。しかし、わしは他の人間に真実を悟らせる力はないし、魔法大臣の判決を覆すことは出来ん。──必要なのは、時間じゃ」

 

 

ハリーはダンブルドアの深刻な声と言葉に足元がぐらつくような感覚に陥った、この人なら何とかしてくれると思った。だが、ダンブルドアが不可能なら、もうシリウスを救う手立てはない。

 

 

「時間……──あっ!」

 

 

ソフィアは俯きダンブルドアの言葉を鸚鵡返しに呟くと何かに気付いたように声を上げ、ぱっと顔を上げた。その表情を見たダンブルドアは小さく頷き、ごく低い声ではっきりとソフィアに告げた。

 

 

「さあ、よく聞くのじゃ。シリウスは、8階のフリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。西棟の右から13番目の窓じゃ。首尾よく運べば、君たちは、今夜は一つとは言わず──もっと、罪なきものの命を救う事ができるはずじゃ。ただし、2人とも──忘れるでないぞ。見られてはならん。ソフィア、規則は知っておろうな。…どんな危険を冒すのか、君はわかっておるじゃろう──くれぐれも、誰にも、見られてはならんぞ」

「…はい、わかりました」

 

 

ソフィアはしっかりと頷いた。ハリーは困惑しダンブルドアとソフィアを交互に見たが、2人は何も言わずじっと視線を交わす。

 

 

「君たちを閉じ込めておこう。今は──真夜中5分前じゃ。ソフィア、3回ひっくり返せばいいじゃろう。幸運を祈る」

 

 

ダンブルドアは扉に向かい、腕時計を見ながらソフィアに言うと静かに扉を開け、病室から出て行った。

 

 

「幸運を祈る?3回ひっくり返す?いったい、何のことだい?」

「ハリー、今から私たちは時を戻すの。私たちに足りないのは──時間だわ」

 

 

ソフィアは困惑するハリーに真面目な顔でそう言いながら服の襟の辺りを探り首にかけていた逆転時計の鎖を引っ張り出す。ハリーの側に寄りぴったりと体をつけ、その鎖をハリーの頭に潜らせると、一度ソフィアはぐっと目を閉じた──誰にも、見られてはならない──そう呟き、ソフィアは自身を見下ろすハリーの瞳を見つめた。

 

 

「ソフィア、何を言ってるの?」

「後で説明するわ」

 

 

ソフィアは逆転時計を三度ひっくり返した。

途端にハリーとソフィアの周りの風景が溶け、足元がふわりと浮き、気がつけば2人は誰もいない玄関ホールに立っていた。──戻ったのだ。

 

 

「ソフィア…これは?」

「こっちよ!」

 

 

ソフィアはすぐに鎖をハリーの首から外すと手をひき、玄関ホールを急ぎ足で横切ると箒置き場の前まで連れてきた。

扉を開けバケツやモップが並ぶ狭い空間にハリーを押し込むと、無理矢理ソフィアも中に入り後ろ手に扉を閉めた。

ぴったりと密着し、お互いの呼吸すら聞こえそうな至近距離の中、ソフィアは険しい顔をしてじっと耳をすませていた。

何が何だかわからないハリーは突拍子もないソフィアの行動と玄関ホールからチラリと見えた真っ赤な夕暮れの日を見て戸惑いを隠せなかった。

 

 

「時間を逆戻りさせたの…3時間前にね…シッ!誰か来るわ──多分、私たちね。…玄関ホールを横切ってる…ハグリッドの小屋に向かうところね」

「…つまり、この中にも僕たちがいて、外にも僕たちがいるってこと?」

 

 

ハリーは自分の足をつねったが、痛みは本物だった。混乱しながら囁くと、ソフィアは耳を戸につけたまま頷いた。

 

 

「そうよ…うん──行ったわね。絶対私たちよ…あの足音は多くて…それに、ゆっくりだったもの。透明マントをかぶっていたからきっと──正面玄関を降りたわ」

 

 

ソフィアはようやく戸から耳を離すとハリーを見上げ、混乱しきっているハリーの表情を見て少しだけ笑った。

 

 

「信じられない?」

「うん…でも、夢じゃないみたいだ。──それ、どこで手に入れたの?」

「これ、 逆転時計(タイムターナー)っていうの。私とハーマイオニーは…沢山の科目を受講したでしょ?色んな手続きをして…まぁ、使ってたの。時を戻して、同じ時間に存在して、授業を受けていたの。…ダンブルドア先生は…この時間を指定したわ。でも…何故かしら…シリウスを救うためなら…1時間前でもよかったのに…」

 

 

ソフィアはじっとハリーの目を見て囁く。扉の薄い隙間から、ハリーの緑の目がほんの僅かに輝いて見えた。

ソフィアの言葉を聞いたハリーは、同じようにソフィアの緑の目をみつめる。その先にある答えを探すかのように、ハリーは深く考えた。

 

 

「ダンブルドアが変えたいと思っている何かが、この時間帯に起こったに違いない。何が起こったかな?僕たち…3時間前に…ハグリッドの元へ行っていた…」

「そうね、今私たちはこの前を通ったわ…」

 

 

ハグリッドの元へ向かった。それは、バックビークが処刑されると聞いていてもたってもいられなかったからだ──。

 

2人は精神を集中させ、必死に考え──そして、ダンブルドアが言った言葉を思い出した「一つと言わず、もっと罪なきものの命を救う事ができる」その言葉に隠された意味を、まるで天啓のように2人は理解した。

 

 

「「──あっ!」」

「僕たち、バックビークを救うんだ!」

「そうよ、ダンブルドアは窓がどこにあるか教えてくれたわ!…つまり、窓から助けろってことね!」

「きっとそうだ!バックビークに乗って、シリウスは空から逃げる──罪のない命が助かるんだ!」

 

 

声を押し殺しながらも、2人は興奮し囁き合う。間違いない、きっと、ダンブルドアはそれを望んでいるのだろう。

ソフィアとハリーは確かな覚悟が決まり、無言で頷きあった。

きっと危険な事だろう、それをよく理解しているのはソフィアだけだ──何度もマクゴナガルに逆転時計を使う危険性を教えられた。

だが、これしかない。──この方法しかない。

 

 

ソフィアは自分の唇に指を当て、ハリーに静かにするよう伝えると再び戸に耳をあてた。暫く目を閉じ外の音を聞いていたが、ゆっくりと離れると戸をそっと押し開けた。

 

 

「行きましょう、ハリー。私たちで──バックビークと、シリウスを救うのよ」

 

 

ソフィアの言葉に、ハリーは頷き、差し出された手をしっかりと握った。

その手が僅かに震えていることに、ハリーは驚きソフィアを見る。ソフィアは──極度に緊張し、不安と恐怖から僅かに体を震わせていた。

 

 

「大丈夫、僕たちなら出来る」

 

 

ハリーは強くソフィアの手を握る。

ソフィアは、まだ緊張していたが少しだけ微笑むと「行きましょう」とはっきりと告げた。その手の震えはもう、収まっていた。

 

 

 



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154 過去を辿る!

 

 

ソフィアとハリーはしっかりと手を繋いだまま森へと走った。誰にも見られてはならない──その事を忘れていないソフィアは途中でハリーの手を引きハグリッドの小屋の戸口から見えないように野菜畑や温室を経由し、遠回りだったが隠れ場所になる森へ、なんとか辿り着くと木々の陰に入り、荒くなった呼吸を整えた。

 

 

「ふう…。…次は…ハグリッドの所へ行かないと…」

「うん、…大丈夫?」

 

 

ハリーはまだソフィアの顔色が悪い事が気になり、汗の滲む顔を覗き込んだ。ソフィアは力なく微笑むと、胸を押さえ何度も深呼吸をする。

 

 

「大丈夫よ。──行きましょう」

 

 

2人は森の橋を縫うように、こっそりと木々の間を進んだ。やがてハグリッドの小屋の戸を叩く音が聞こえ、2人は急いで大きな樫の木の影に隠れ、ハリーはしゃがみ込み幹の影から外の様子を伺うソフィアの頭の上から顔を覗かせた。

ハグリッドが蒼白な顔で扉を開き、何もいない戸口を忙しなく見る。微かに 自分(ハリー)の声が聞こえ、木の幹から見ていたハリーは息を呑んだ。

 

 

「僕の声だ…本当に、あそこに僕達が…」

 

 

ハグリッドがまた小屋に戻り扉を閉めた時、ハリーはソフィアと目線を合わせるようにしゃがみ込み、小屋の扉をちらちらと見ながら囁いた。

 

 

「どうする?」

「…バックビークに近づきましょう」

 

 

2人はこっそりと木々の間を進み、かぼちゃ畑の柵に繋がれ落ち着かない様子のバックビークが見えるところまで近づいた。

 

 

「やる?」

「…まだ、駄目よ。今バックビークを連れ出したら…委員会の人はきっと、ハグリッドが逃したと思うわ…外に繋がれてるのをちゃんと目撃させないと」

「でも…それなら、60秒くらいしかないよ?」

「それしかないの」

 

 

ソフィアの硬い緊張した声に、ようやくハリーはとんでもない事をやろうとしている、ソフィアが何故こうも緊張しているのかがわかりぐっと表情を引き締めた。

 

暫くすると陶器が割れる音が微かに響いた。

ソフィアは一瞬肩を震わせるとぐっと唇を強く噛み、何かに耐えるように木の幹をぐっと強く掴んだ。

 

 

「ソフィア、僕たちが中に飛び込んで──ペティグリューを今捕まえたらどうだろう」

 

 

ハッと息を呑んだハリーは名案を思いついたと言うようにソフィアに早口で囁く。ソフィアはハリーを見て少し困ったように眉を下げ、頭を振った。

 

 

「私も同じ事を考えたわ。でも…駄目なの、ハリー。誰にも見られてはいけないの。それが自分自身であってもよ。もし今…もう1人の自分を見たらどう思う?」

「…僕、多分…気が狂ったかなって思う」

「その通りよ。…今、私たちはペティグリューを…ただのスキャバーズだと思ってるもの。もし、もう1人の私たちが実はそのネズミは死んでいたはずのペティグリューだ!──なんて、言うの。スネイプ先生のように、信じられないわ」

「そっか…うん、そうだね」

「…ほら、見て──来たわ」

 

 

城の方を指差したソフィアの指先を辿って、ハリーは遠くの正面玄関からこちらに向かってくるダンブルドア、ファッジ、そして死刑執行人と委員会の人々を見た。間も無く彼らに気づいた ソフィア達(自分達)が裏口から現れる筈だ。

 

まさにソフィアとハリーがそう思った時、裏口の戸が開き自分達がハグリッドとともに現れる。ハグリッドを必死に説得しようとするソフィア達にハーマイオニーが透明マントを被せ、再び自分達は消えるとハグリッドの小屋の扉を死刑執行人達が叩いた。

 

ソフィアとハリーは木の影にじっと隠れながら5組の足音が遠ざかる音を聞いていたが、ふと別の話し声が聞こえ、小屋の扉が少し開いている事に気づく。

 

外の様子を伺う死刑執行人の顔が引っ込んだのを見て、ハリーがソフィアに囁く。

 

 

「僕がやる──ここで待ってて」

「気をつけて、ハリー…」

 

 

ハリーは頷き、木陰から飛び出すと身を屈めてバックビークに近づいた。ファッジが死刑執行の正式な通知を読み上げる声を聞きながらバックビークのすぐ側に寄ると、以前にしたように瞬きをしないよう気をつけながらハリーはバックビークのオレンジ色の瞳を見つめお辞儀をした。

バックビークは鱗で覆われた前脚を曲げると軽く頭を下げ、またすぐに立ち上がる。

 

 

「バックビーク、くるんだ。…おいで、助けてあげるよ…」

 

 

ハリーはバックビークに向かって囁き、繋がれていた縄を解いた。だが、バックビークは嫌がるように前脚で踏ん張り、動こうとしない。

なかなか移動しないハリーとバックビークに、ソフィアは焦ったように辺りを見渡し、かぼちゃ畑の端の柵にイタチの死骸が括り付けられているのを見つけるとすぐさま駆け出し数匹の死骸を掴んだ。

 

 

「バックビーク、おいで!」

 

 

ソフィアは囁きながらイタチを掲げた。

バックビークは首を上げてそれを見ると羽を広げゆっくりとソフィアの元に歩く。ソフィアはようやく動き出したバックビークに優しく笑いかけ、一度お辞儀をした。バックビークがそれに返事をしたのを見て、ソフィアはすぐにバックビークの口元にイタチを放り投げる。

バックビークはうまく空中でそれをキャッチするとバキバキと音を立て──あまりの音に、気付かれるかとソフィアとハリーはひやひやしたが、扉が開くことは無かった──食べながら森の奥へ入った。

ソフィアもハリーと一緒にバックビークが繋がれている手綱を持ち奥へ導き、時々イタチを食べさせ大人しくさせながらかぼちゃ畑が見えないところまで進み、ようやく足を止めた。

 

 

「ここなら安全だわ。…静かに…」

 

 

ハグリッドの小屋の裏戸がバタンと開く音がした。ソフィアとハリーはじっと音を立てずに佇み、バックビークも同じようにじっと耳をそばだてた。

しん、とした静寂。──そして、嗄れた声が聞こえた。

 

 

「どこじゃ?」

「ここに繋がれていたんだ!俺は見たんだ!ここだった!」

「これは異なこと」

 

 

死刑執行人は怒り荒々しく叫んだが、ダンブルドアはどこか面白がっているような声だった。

死刑執行人が怒り狂い、癇癪を起こして斧を振り上げ下ろす。──あの時聞いた音は、この音だったんだ。

 

 

「ピーキー!いない!いない!!よかった、きっと自分で自由になったんだ!ピーキー!賢いピーキー!」

 

 

ハグリッドが吠えるように啜り泣きをしながら叫ぶ。バックビークはハグリッドの声を聞いた途端そちらへ行こうとしたが、ハリーとソフィアは強く手綱を持ち直し足を踏ん張りなんとかバックビークを抑えた。

 

 

ダンブルドアが死刑執行人を宥め、またハグリッドの小屋に戻っていく足音が聞こえた。

じっと耳をそばだてていたソフィアはその足音が消え、扉が閉まり、再び静寂が訪れた後、ようやく重い息を吐いた。

 

 

「これからどうするの?」

「そうね…皆が城に戻るまで待たなきゃだめね。シリウスが捕まって…8階に閉じ込められて──それから、飛んでいかないと…」

「じゃあ…暴れ柳が見えるところまで移動しよう。じゃないと、何が起こってるかわからなくなるし」

「そうね…慎重に、行きましょう」

 

 

ハリーとソフィアはバックビークの手綱を握りなおし、暗い闇が深まっていく中そっと森のすそに沿って進み、暴れ柳がちらりと見える木立の影に隠れた。

 

 

「ロンが来た!」

 

 

ハリーが小声で叫び、もっとよく見ようと身を乗り出してしまう。ソフィアは慌ててハリーのローブを引き木立の影に引き戻すと「ちゃんと隠れて!」と小声で窘めた。

 

ロンがスキャバーズを捕まえようと芝生を横切り駆ける。その後に続いてソフィア達が現れ──「今度はシリウスだ!」次に、暴れ柳の根元から、大きな黒い犬が躍り出てハリーを転がし、ロンを咥えた。

 

 

「…ここから見てると、余計酷くみえるよね?」

「うーん。否定出来ないわ」

 

 

ハリーは少し顔を顰めてロンの腕にがっちりと食い込んだ犬の牙を見た。ソフィアもその言葉に苦笑しながら頷き、ロンが犬に引き摺られ木の根元に引き込まれるのを見ていた。

 

 

「うわっ!危ない!──ソフィアの魔法が無かったら、ノックアウトされてたね」

 

 

暴れ柳はギシギシと軋み、ハリーと狼を殺さんばかりに枝を振り下ろす。

ソフィアとルイスが同時にプロテゴを唱え、なんとかハリーが柳の渾身の一撃を受ける事なく柳の下から逃げるのを見ていたハリーは「わぁ…」と感嘆の声を漏らした。

 

 

「こうみると…ルイスも、ソフィアも凄いね…」

「ふふっ…ありがとう」

 

 

もし、あの時守られていなかったらノックアウトどころではない──きっと今ここにいる事も、そもそもシリウスが無実だと知ることもなく気絶し朝を迎えていただろう。

 

クルックシャンクスが枝の攻撃をうまく避けながら木のコブに触れ、その後にソフィア達が入っていく。

皆が入った後すぐに暴れ柳はまた動き出した。その数秒後、ソフィアとハリーはすぐ近くで足音を聞いた。ダンブルドア達が城へ戻っていくその姿を見たソフィアは顔を顰め「危なかったわね」と囁く。

 

 

「もし、あと少し遅かったら…見つかってたわね」

「でも、ダンブルドアが一緒に来てくれたかもしれないよ?」

「ダンブルドア先生だけなら良いけど…大臣は、きっとシリウスを見たらすぐに処刑するわ」

「確かに…」

 

 

ダンブルドア達が城の階段を登って見えなくなるまで、二人は見つめていた。

その後暫くは何も起こらなかったが、リーマスが石段を下り暴れ柳に向かって走ってきた。もう、すっかり辺りは暗闇に飲まれていたが──ちょうど、満月は分厚い雲に隠されていた。

木の根元の穴の奥へ消えたリーマスを見ていたハリーは、焦ったそうにつぶやく。

 

 

「ルーピンがマントを拾ってくれてたらなぁ。そしたら、スネイプがマントを拾うことは無かったのに…そうすれば…」

「…スネイプ先生が来なくとも、結局私たちは外に出て…リーマス先生は人狼になるの。…多分、それだけで運命は変えられないわ」

「ああ…うーん…」

 

 

ハリーは憎々しげに空を見上げる。

今日が満月でなければ──ルーピンが薬を飲み忘れてさえいなければ。

暫くハリーとソフィアが無言で暴れ柳を見ていると、足音が聞こえほろ酔い状態になったハグリッドが千鳥足でソフィアとハリーの前を横切った。──もし、透明マントを取りに行っていたら、ハグリッドに見られていたかもしれない。

またバックビークがハグリッドの元へ向かおうと暴れ出してしまい、ソフィアとハリーは手綱を掴み懸命に押さえ込んだ。ハグリッドの姿が見えなくなると、バックビークは暴れもがくのをやめ、悲しそうに項垂れた。

それを見たソフィアは、少しだけ胸を痛めた。仕方のない事だ──もし、ここでバックビークがまだ遠くに逃げ出していない事がバレたら、きっとハグリッドはそれを隠しきれない、隠し事がとても苦手な人だ…きっとすぐにバレてしまい、バックビークは処刑されるだろう。

 

 

それからほんの2分もしないうちに城の扉が開き、セブルスが暴れ柳に向かって走り出した。木のそばで立ち止まったセブルスは辺りを見渡し、ふいにしゃがみ込むと落ちていた透明マントを拾い上げた。「汚らわしい手で触るな」というハリーの吐き捨てられた呟きに、ソフィアはただ沈黙した。

 

セブルスがリーマスと同じように木の枝でコブを突きマントを被って姿を消した──きっと、穴の奥へ行ったのだろう。

 

 

「これで全員ね。私たち…みんなあそこにいるわ。後は…出てくるまで待ちましょう」

 

 

ソフィアはバックビークの手綱の端を1番近い木にしっかりと括り付け、乾いた土の上に腰を下ろし膝を抱え座り込んだ。

ハリーもソフィアの隣に座り、じっとその時を待つ。

 

 

「…ハリー…私、途中で気を失ったからわからないの。…何故吸魂鬼は、シリウスを捕まえなかったのかしら?…スネイプ先生と大臣がそう話していたわよね?」

「うん…」

 

 

ハリーは自分が見た事を話した。

ソフィアが守護霊を出し、自身を掴んでいた1匹の吸魂鬼を退けた後に大きな銀色の何かが、湖の対岸から疾走し現れ吸魂鬼を退却させた──説明し終わった後、ソフィアは眉を寄せ深く考え込んだ。

 

 

「…誰が守護霊を出したのかしら…守護霊を出せる人なんて…いる?」

「そういえば…ソフィアは守護霊を出してたよ」

「え?──ほ、本当に!?私、一度も成功した事ないのよ!?…まさか…気がつかなかったわ!」

「多分、ソフィアが守護霊を出してなかったら僕は吸魂鬼にキスをされてたよ。本当に、ありがとう」

 

 

言うのが遅くなっちゃったけど、とハリーは微笑む。ソフィアは嬉しそうにはにかんでいたが、ふと「吸魂鬼のキスってなんなの?」と、ようやく長い間疑問に思っていた事を聞く事ができた。

ハリーは吸魂鬼のキスがどのようなものかを説明し──それを聞いたソフィアは眉を寄せ黙り込んでしまう。

シリウスが執行されるのは、吸魂鬼のキスだ。もしハリーの言うように生ける屍のような魂のない状態になってしまったら──それは、死よりも恐ろしい状態なのではないだろうか。

 

 

「吸魂鬼のキスをさせるわけにはいかないわね…うーん…それにしても、本当に誰なのかしら…ルイス…じゃ無いわよね?ハリー、誰だったか見たの?」

「うーん…うん、僕、見たよ。…でも…思い込んでいただけだ、混乱しただけで…その後すぐに気を失ったし…」

「誰だと思ったの?」

 

 

教師の誰かだろうか。

──もしかして、実は父様本人で、結果シリウスを助ける事になってしまってどうしてもそれが嫌で…嘘をついている、とか…?

ソフィアはそう思ったが、ハリーは少し悩むように口を閉ざした後──吐息混じりに小さく呟いた。

 

 

「僕──父さんだと思った」

 

 

どんな奇妙な事を言っているのか、ハリーは自分自身よく分かっていた。

ちらりとソフィアを見れば、ソフィアは目を見開き驚き、口を僅かに開けていた。

 

 

「ハリーのお父さんを見たの?」

「う──うん、そう、思った。わかってるよ、もう死んでるって」

「ゴーストだったの?」

「わからない…実体があるように、見えたけど…」

 

 

ソフィアは少し悩み、そしてハリーに微笑みかけた。まさか、そんな表情で見られるとは思わず──てっきり哀れみか、戸惑いの目で見られると思っていたのだ──ハリーは息をのむ。

 

 

「…ハリーのお父さんが助けてくれたのなら、素晴らしいわね」

「…僕の言葉を…その、信じてくれるの?」

「ええ、信じるわ」

 

 

ソフィアの微笑みに、ハリーはきゅっと胸が締め付けられれような気がした。

自分でも馬鹿げた言葉とは思う、もう父はずっと昔にヴォルデモートに殺されたのだ──ただ、死んだと思われていたペティグリューは生きていた。ならば…それなら、自分の父親が生きていても、不思議では無い──そう、ハリーは思いたかった。

 

 

 

 



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155 救出!

 

ハリーとソフィアとバックビーク──バックビークは飽きてきたのか地面をつまらなさそうに足でほじくり返していた──が木の後ろに隠れ、じっと暴れ柳を見つめて1時間ほどが経過した。

木々は夜風にそよぎ、分厚い雲が流れ時々地面に月明かりが照らされる。

 

 

「──来たわ」

 

 

ソフィアはハリーに囁き、立ち上がった。

ハリーも立ち上がるとソフィアと同じようにそっと顔を木の幹から覗かせ、暴れ柳の根元を見る。リーマス、ロン、ペティグリューが先に外へ這い出し、そしてその後にシリウスとハリー、ハーマイオニーが。少し遅れてソフィアと、ルイスに抱えられたセブルスが現れた。

 

 

「…ルイスって、スネイプの事大事にしてるよね」

 

 

ハリーは壊れ物を扱うようにそっとセブルスを抱え直したルイスを見て嫌そうに呟く。ソフィアは少し困ったように眉を下げ「スリザリン生だもの」と呟いた。それを聞いたハリーは、確かにスリザリン生だけはあの人を尊敬してるようだし、と思う。

納得したハリーの横顔を見たソフィアは、内心で胸を撫で下ろした。ハリーが単純で良かった。──口には出さないが、そう思った。

 

ハリーはルイスとセブルスから、視線を空へ向ける。

風により雲が動き、薄ぼんやりとした月が今にも現れそうだった。

 

 

「ソフィア、今…ペティグリューを捕まえるのは…」

「…ダメよ、ハリー。私たちは天候を操る魔法は使えないもの。…暗闇の中ルーモスをするわけにもいかないし…」

「…くそっ!また、ペティグリューを逃すしか…逃すしかないんだ…!」

 

 

ハリーは低い声で唸るように吐き捨て、木の幹を強く叩いた。ソフィアはその震える拳に自分の手を重ね、悲しそうに──だが、はっきりとハリーに告げる。

 

 

「私も逃したくないわ。だって、ペティグリューは…私たちの家族の(かたき)だもの。…でも、でも──どうにも出来ない、私たちはシリウスを救う為に、時間を戻したの。それ以外何もしてはいけない」

「…わかった」

 

 

ハリーは力を込めていた拳をふっと開くと、その手でソフィアの手を握った。

今震えているのは、ソフィアの手ではなく、ハリーの手だった。じっとソフィアを見つめているうちに、ハリーはようやく胸の奥に燻る感情を抑え込むことが出来た。

落ち着き、冷静さを取り戻したハリーを見たソフィアは真剣な表情を少しだけ緩め微笑んだが、すぐに鋭い目で外の様子を見た。

 

ハリーは、ソフィアには何か特別な魔力があるのではないかと思う。きっとここにいるのがソフィアでなくハーマイオニーなら、もっと混乱したままその時を迎えていただろう。

ソフィアの緑色の目と、その柔らかな声を聞き、その手に触れていると、心がとても落ち着いた。

そして、こんな時に──唐突に理解した。

 

 

──僕は、ソフィアが好きなんだ。

 

 

今のような真剣な眼差しも、鋭い表情も、いつもの太陽のような明るい笑顔も。──ソフィアは特別な可愛い女の子ではない、だが間違いなく、魅力的な人だった。

 

 

それを理解した途端心臓がどくりと大きく打ち、繋いだ手が急になんだか恥ずかしくなり、ハリーはソフィアにバレないよう何気なく外の様子を伺いながら手を離した。

今が夜でよかった、きっと日中なら、顔に熱が集まっていることに、気付かれたかもしれない。

 

 

「ハリー、リーマス先生が逃げたわ」

「うん…どうする?」

 

 

今はソフィアの事を考えている場合じゃない、そうハリーも理解しすぐに真剣な声でソフィアに聞いた。──後で、全てうまくいったら考えよう。

 

「シリウスを…追いかけない?」

 

 

ソフィアはじっとハリーを見た。

ハリーは、やはりダメだろうかと眉を下げる。

わかっている、ここでじっとしているのが1番良いのだろう。

すぐにセブルスが目を覚まし吸魂鬼が何故かいなくなった湖を訪れ、気絶したハリー達を運ぶ。わかっていても、ハリーは湖に行き──父親と会いたかった。

 

 

「…そうね、湖に行きましょう。吸魂鬼が居るから、そっとね」

「いいの?」

「ええ、私もハリーのお父さん、見たいもの」

 

 

ソフィアは木に括り付けていたバックビークの手綱を外しながら、少し悪戯っぽく笑った。ハリーはぱっと表情を明るくさせると、外されたバックビークの手綱を一緒に持ち、細心の注意を払いながら湖に向かった。

 

 

ソフィアとハリーは、シリウスと過去の自分達を取り囲むように迫る吸魂鬼の後をそっと追いかけた。吸魂鬼はシリウス達に夢中になり、こちらに全く意識を向けていない。

 

湖の側にある木の茂みに飛び込んだ2人は、遠く対岸の方で守護霊魔法が淡く点灯しているのを見ていた。きっと、今必死に自分達が抗っているのだろう。

ハリーはちょうどこの場所に守護霊と、そして父の影を見た。早く──早く現れて、父さん。

しかし人影はなく、ハリーの胸に焦燥感がじわじわと広がる。

 

 

一度眩い光が走り、吸魂鬼が一体空高く舞い上がった。──ソフィアが出したものだ。

 

 

「…フェネック…」

 

 

ソフィアは小さく呟く。

あれはきっと自分が出した守護霊だ、飼っているフェネックに、とてもよく似ている。自覚はなかったが、ハリーの言うように本当に成功していたんだ。

 

ソフィアの守護霊が現れたという事は、いよいよその時が迫っている筈だ。ハリーは必死になり目を凝らし辺りを見たが、相変わらずここには()()()()()()()()()()

 

 

「父さん、どこなの?早く──」

 

 

ハリーはハッとした。

 

 

──わかった。父さんを見たんじゃない。自分自身を見たんだ。

 

 

ハリーは茂みの陰から飛び出し、杖を取り出した。ソフィアは少し焦ったように辺りを見たが──ようやく、ソフィアもわかった。ハリーは、父さんに生写しだと、誰もが口を揃えて言っていた。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 

ハリーが叫ぶと、杖の先からぼんやりとした霞ではなく、目も眩むほど眩しい銀色の動物が飛び出した。

暗い湖の水面を音もなく疾走し、吸魂鬼に向かって突進していく。吸魂鬼は強い守護霊の光に後退り、散り散りになると暗闇の中にすっと退散していき──消えた。

 

吸魂鬼を追い払った守護霊は向きを変え、軽やかな足取りでハリーの方に駆け寄る。

ソフィアは固唾を飲み、茂みの陰からそれを見ていた。

 

 

美しい、銀色の牡鹿だった。

それは岸辺で立ち止まると、銀色の大きな瞳で静かにハリーを見つめ、ゆっくりと頭を下げた。

 

 

「…プロングス…」

 

 

ハリーは呟き、震える指でその牡鹿の立派な角に触れようと手を伸ばしたが、触れる前に牡鹿はふっと空に溶けて消えてしまった。

 

 

「ハリー…あなたが見たのは…」

「…うん、僕は…僕を見たんだ」

 

 

少し悲しそうに微笑むハリーに、ソフィアは何も言わずにそっと側に寄り添った。

 

 

「…ハリー、隠れましょう。もうすぐスネイプ先生が来るはずよ」

「そうだね、…うん」

 

 

ソフィアはハリーを茂みまで引き戻し、茂みの陰にしゃがみ込んだ。

少し後にスネイプが気を失っているソフィア達に駆け寄り、ハリーを押し退けソフィアの体に覆いかぶさるように心音を確かめ、強くその体を抱き締めていた。

 

 

「…何してるんだろ」

「私の事、死んでると思ったんじゃない?」

 

 

ハリーはセブルスがソフィアを抱きしめる様子を見て心から嫌そうに顔を歪めた。

まさかセブルスが──父がそんな事をしていたなんて、必死にそれらしい言い訳を伝えたが…ハリーは幸運にも眉を顰めるだけで、それ以上追及しなかった。

 

 

セブルスはソフィアを離すと担架を三つ作りそれぞれの上に載せ、杖を前に突き出しながら城に向かって担架を運び始めた。

 

 

「そろそろ時間ね」

 

 

ソフィアはセブルスから目を離し、ハリーの腕を掴み手首に巻かれている腕時計を見る。ハリーはソフィアの緊張した声を聞き、ごくりと固唾を飲んだ。いよいよ、シリウスを救う為に動く時が来たのだ。

 

 

「ダンブルドア先生が病棟の扉に鍵をかけるまで後45分くらいね…シリウスを救い出して、誰にもばれないように病棟に帰らないと…もう少し待って…うーん、いつシリウスは上に行くかしら」

 

 

ソフィアとハリーは時間が過ぎていくのを、その時が来るのをひたすら待った。

 

 

「シリウスはもう行ったかな?」

 

 

ハリーは自分の腕時計を見ながらソフィアに囁く、その時刻は真夜中20分前を指していた。バックビークはまた退屈そうに座り込み欠伸を一つ漏らしたが、ピリピリとした緊張感の中、ソフィアとハリーはバックビークのご機嫌を取る余裕などあるわけがない。

 

 

「そうね……あっ!お城から…誰か出てくるわ!」

「アクネア…死刑執行人だ!きっと、吸魂鬼を迎えにいくんだ!──今だ、ソフィア、行こう!」

 

 

2人は頷き合い、座り込んでいるバックビークに駆け寄った。ハリーは先に自身が背に跨るとソフィアに手を伸ばし、上に乗るのを手伝った。ソフィアはハリーの後ろに乗ると、その腰に手を回す。

 

 

「いいかい?しっかりと捕まってね」

「ええ。──バックビーク、空のお散歩へ行きましょう!」

 

 

ソフィアがバックビークを促し、ハリーが手綱を引いた。バックビークはようやく空を飛べるのかとすぐに立ち上がるとその大きな羽を伸ばし、闇を切り裂くように空高く舞い上がった。

 

音もなく2人は城の上階へと近づく、ハリーは窓の数をしっかりと数え、手綱を手繰り空中でバックビークをなんとか止めようと格闘する。

 

 

「ハリー!あそこよ!」

 

 

ソフィアは叫び、杖を取り出すと窓に向かって鋭く振り下ろす。

 

 

アロホモラ(開け)!」

 

 

パッと窓が開き、シリウスが驚いて顔を上げた。窓の外で浮いているソフィアとハリーを見て呆気に取られたように口を開きながら弾かれるように椅子から立ち上がり、窓に駆け寄った。

 

 

「どうやって…!?」

「乗って!時間が無いんです!ここから出ないと…吸魂鬼がやってきます。アクネアが呼びにいきました」

 

ハリーは必死に伝えたが、シリウスは困惑した表情のままぐっと窓枠を掴み辺りを見渡す。

痩せ細っていたのなら、窓枠から抜け出せたかもしれない。だが今のシリウスは少し細いとはいえソフィアとルイスの()()()により、それなりに健康体だ、小さな窓から抜け出すのは無謀だろう。

 

 

「下がって!──フェラベルト(変化せよ)!」

 

 

シリウスが窓から慌てて飛び退くと、その窓だったところは大きな扉に変わりバタンと音を立てて開く。すぐにシリウスは近づいているバックビークの背中に片足をかけ、ソフィアの後ろに跨った。

 

 

フェニート(終われ)!──いいわ、ハリー!」

「よし!バックビーク、上昇!塔の上まで行こう!」

 

 

ソフィアはすぐに魔法を消し、窓に戻す。ハリーは手綱を一振りし、足でバックビークの胴を軽く蹴った。

バックビークは再びその羽を力強く、大きく広げ、西棟の頂上まで3人は高く舞い上がった。

 

バックビークは軽い爪音を立てて胸壁に囲まれた塔頂に降り立ち、ハリー達はその背中から滑り降りた。

 

 

「ハリー、ソフィア…ありがとう。あの男の子…ロンはどうした?」

「大丈夫、まだ気を失ったままですけど、ポンフリーが治してくれるって言いました」

「そうか──良かった」

 

 

シリウスはほっと表情を緩めると、ハリーとソフィアの手を引き、塔の陰に身を隠しながらじっと、ハリーとソフィアの顔を見た。

 

 

「何と言ったらいいのか…ありがとう。…ハリー、もう何度も言われていると思うが、君はジェームズ…お父さんにそっくりだ」

 

 

シリウスは土で汚れた手をローブで拭い、そっと両手でハリーの頬を掴んだ。優しい手つきに、ハリーは目を細め嬉しそうに──微笑む。何度も聞いた言葉だが、父親の親友である彼から聞くその言葉は、また違う特別な響きを持っていた。

 

 

「…シリウス、そろそろ行ったほうがいいわ」

「…ソフィア、本当に。家族の事は──すまない」

 

 

ソフィアは緩く首を振り、「いいの」と答える。確かに、母はジェームズとシリウスの友情を信じた為に、死んだのだろう、だが──この人に全ての責任があるのでは無い。

 

 

「ほら、早く──行って!」

 

 

シリウスはバックビークに跨り、ハリーとソフィアをじっと見つめた。

 

 

「ハリー、ソフィア。…君達の目はとてもよく似ている」

 

 

ハリーとソフィアは少し顔を見合わせた。

そういえば、よく似ていると思った時もあったものだ。結局赤の他人なのだから、不思議な事だが。

 

 

「そうなんだ、不思議だよね」

 

 

ハリーはソフィアの緑色の目を見て答えた。

バックビークは羽を広げ、ふわりと空を飛ぶ。シリウスは少し驚いたようにソフィアとハリーを見て、首を傾げた。

 

 

「不思議か?リリーとアリッサ…君達の母は姉妹だ。双子のな。似てるのは当たり前だろう?──また会おう、ハリー、ソフィア」

 

 

音もなくバックビークが空高く舞い上がる。残されたのは、塔頂で唖然としたソフィアとハリーただ2人だけだった。

 

 

「…母様と…ハリーの、お母さんが…双子の姉妹…?」

 

 

ソフィアは同じように驚愕で目を見開いたハリーの目を、唖然と見つめた。

 

 

 



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156 問題は山積み!

 

「で、でも…ソフィアのお母さんは、純血だって…」

 

 

ハリーはシリウスから伝えられた言葉に目に見えてうろたえ、混乱した顔でソフィアを見た。ソフィアは硬い表情のまま、小さく頷く。

 

 

「私もそう聞いて──」

 

 

ソフィアは過去、母について少しだけセブルスと話した会話を必死に思い出していた。だが、途中で言葉を止め口を抑える。

 

──違う、誰も純血だとは言っていない。私とルイスがそう思っただけで。父様は聞いた時に否定はしなかった、かといって…肯定もしていない。

 

 

「…違うわ、私…スリザリン生だからって…そう、思って…まさか、本当に……」

 

 

2人のよく似た瞳が混じり合う。

ハリーは、昔、目が似ていると思った時に本当にソフィアが──ソフィアとルイスが自分の親戚ならどれだけ幸せだろうかと思っていた。まさか、本当に、それもただの遠い親戚ではない。母親が姉妹なら──いとこという、かなり近い血縁関係だ。

 

 

「…この件は、ルイスとも話し合いましょう。とりあえず、今は戻らないと…」

「そう、だね。後10分しかないみたいだ」

 

 

ハリーは自分の腕時計を見て頷き、なんとか思考を切り替え、2人は急な螺旋階段を駆け降りた。

ソフィアは先に前を走るハリーを見て、シリウスが別れ際に放ったとんでもない情報のことを、必死に考えた。

 

いとこだったなんて、そんなの、父様もジャックも、誰も教えてくれなかった。母様の話題を避け続けていたのは、この事実がバレたくなかったから?でも──何故…。

 

 

 

「ソフィア、ダンブルドアが鍵をかける前に──もし病棟に戻らなかったら、どうなるんだい?」

「考えたくないわね!ハリー、後何分?」

「あと…1分だ!…ソフィア!」

 

 

ハリーは遅れていたソフィアに手を差し出す、ソフィアがその手を強く掴むと、ハリーは引っ張りながら懸命に走った。

喉が燃えるように痛む、ぜいぜいと喘ぐように呼吸しながら何とかソフィアとハリーは病棟に続く廊下の端に辿り着く。

 

 

「はあっ、はあっ…ダンブルドア、先生の…声が聞こえるわ…」

「行こう!」

 

 

2人は廊下を這うように身を下げて進む。

目の前の扉が開き、ダンブルドアの背中が現れた。

 

 

「君たちを閉じ込めておこう。今は──真夜中5分前じゃ。ソフィア、3回ひっくり返せばいいじゃろう。幸運を祈る」

 

 

ダンブルドアが後ろ向きに扉から出ると、扉を閉め、杖を取り出し魔法で鍵をかけるために少し杖先を上げた。

ダンブルドアに魔法で鍵をかけられてしまえば、きっとアロホモラでは開かない──ソフィアとハリーはダンブルドアの前に飛び出した。

 

 

「さて?」

 

 

ダンブルドアは顔を上げ、長い銀色の口髭の下ににっこりと笑みを広げてソフィアとハリーに静かに聞いた。

 

 

「やりました!シリウスはいきました、バックビークに乗って…!」

 

 

ハリーが呼吸を整えながら小さく叫ぶように伝えれば、ダンブルドアはキラキラとした瞳で2人を見下ろし、優しく微笑みその上がる肩をぽん、と撫でた。

 

 

「ようやった。さてと──よかろう。2人とも出て行ったようじゃ。中にお入り、わしが鍵をかけよう」

 

 

ソフィアとハリーは促されるまま病室の中に入る。後ろでかちゃりと鍵がかかる音を聞いた途端2人は弾かれるようにしてそれぞれのベッドに潜り込んだ。

ソフィアは逆転時計を再び服の下に隠し、じっと息を顰める。

 

がちゃりと遠くから事務所の扉の開く音が聞こえ、ポンフリーが手に大きなチョコレートを持ち、大股でかつかつと足音を響かせながらハリーとソフィアのベッド脇に歩み寄った。──間一髪だ。

 

 

「校長先生がお帰りになったような音がしましたけど?これで、わたくしの患者さんの面倒を見させていただけるんでしょうね?」

 

 

不機嫌そうなその声に、ソフィアはそろりと体を起こすと黙ってそのチョコレートを受け取った。

ちらり、とソフィアがハリーを見れば、同じようにチョコレートを押し付けられたハリーもソフィアを見ていた。

どうやら、食べない限りポンフリーの機嫌を戻す事は不可能らしい。そうわかったソフィアは端のほんの少しだけ齧ったが、殆どチョコレートは喉を通らなかった。

 

本当に、これでシリウスが無事に逃げられたのかも心配だったが、それ以上にハリーの母親と自分の母親が姉妹であるという事を考え、表情には出さないがかなり混乱していた。

 

 

2人が4個目のチョコレートをポンフリーから受け取ったちょうどその時、遠くで怒り狂う唸り声が低く聞こえた。

 

 

「何かしら?」

 

 

ポンフリーが驚き、声のした方──扉の向こう側を見つめる。ソフィアはその途方もない怒りが誰のものなのか、すぐにわかった。聞き間違えようがない、あの声は──あれ程の憤怒の声を聞いた事はないが──間違いなく、父…セブルスのものだ。

 

 

「まったく。全員起こすつもりなんですかね!いったい何のつもりでしょう」

 

 

ポンフリーがだんだん近づいてくる声に憤慨し、呆れたような声を出す中、扉の向こうから複数人の足音と共に会話が漏れ響いた。

 

 

「きっと、姿くらましを使ったのだろう、セブルス。誰か一緒に部屋にいるべきだった…こんなことが漏れたら──」

「奴は断じて姿くらましをしたのではない!この城の中では姿現しも、姿くらましも出来ないのだ!これは、断じて──何か、ポッターが絡んでいる!」

「セブルス、落ち着け、ハリーは閉じ込められている」

 

 

病室のドアが、破壊されそうな勢いでけたたましく開き、ファッジ、セブルス、ダンブルドアがつかつかと中に入ってきた。

ファッジは混乱し動揺しているが、ダンブルドアだけは涼しく、どこか楽しんでいるような表情を浮かべ、セブルスは言うまでもなく──憤怒の表情だ。

 

 

「白状しろポッター!一体何をした!?」

「スネイプ先生!場所をわきまえていただかないと!」

 

 

ハリーに向かい叫ぶセブルスの前にポンフリーは立ちはだかり、強い口調で責める。このは、あくまで病室──彼女のテリトリーだ。

 

 

「スネイプ、まぁ、無茶を言うな。ドアには鍵がかかっていた。今見た通り──」

 

 

ファッジは何とかセブルスを宥めようとしたが、セブルスは射殺さんばかりの鋭い目でハリーを睨み、指差した。

 

 

「こいつが奴の逃亡に手を貸した、わかっているぞ!」

 

 

ハリーはあまりの怒りに、凍りついたように黙り込んだ。セブルスの勘は当たっている、シリウスを逃したのは自分達であり、紛れもない事実だ。何とか不審に思われないよう、困惑した表情を出そうと眉を寄せ不安げにちらちらと助けを求めるようにダンブルドアとファッジを見る。──これで、大丈夫だろうか?

 

セブルスは肩で呼吸をしながら、ぐっと唇を噛み締めソフィアを見下ろした。

ソフィアは肩を震わせ、その強く──どこか、縋るような目を見つめた。

 

 

「…ミス・プリンス。ポッターはここにずっと居たのか」

 

 

低く響く声だった。必死に怒りと失望を押し殺しているセブルスの様子に、ソフィアは強く心を痛め──一瞬迷ったが──小さく、頷き「はい、居ました」と呟いた。

その言葉を聞いたセブルスはぎりっと奥歯を噛み締め、拳を怒りで震わせながら沈黙した。

その僅かな静寂をダンブルドアは逃さず一歩踏み出すと、穏やかにセブルスに声をかける。

 

 

「もう充分じゃろうセブルス。わしが10分前にこの部屋を出た時から、このドアにはずっと鍵がかかっていたのじゃ。マダム・ポンフリー?ハリーはベッドを離れたかね?」

「もちろん、離れてませんわ!校長先生が出らしてから、わたくし、ずっとこの子たちと一緒におりました!」

「ほれセブルス。聞いての通りじゃ。ソフィアもそう言っておったろう?ハリーが同時に二箇所に存在できると言うのなら話は別じゃが。これ以上彼を煩わすのは、何の意味も無いと思うがね」

 

 

セブルスはダンブルドアの静かな言葉に、ゆっくりと視線をダンブルドアに向ける。その半月眼鏡の奥でキラキラと輝いているダンブルドアの目を見たセブルスは、暫しその場に無言で立っていたが、ローブを翻し病室から静かに出て行った。

 

 

「あの男、どうも不安定じゃないかね」 

 

 

ファッジはセブルスの後ろ姿を見ながら、あまりの怒りを見せた彼に衝撃を受けたように呟く。

 

 

「いや、不安定なのではない。──ただ、ひどく失望して、打ちのめされておるだけじゃ」

 

 

ファッジはその後、これから魔法省に戻りシリウスをまたも逃してしまったという報告をしなければならず、吸魂鬼をすぐに引き上げるとダンブルドアと約束して足早に病室を去った。

ダンブルドアはファッジの後に病室を後にし、最後扉のところでハリーとソフィアを振り返ると、意味ありげにウインクをひとつ溢した。

ハリーはパッと表情を明るくしたが、ソフィアは心から喜ぶことが出来なかった。

 

セブルスに、全てを伝えたかった。あれ程怒り狂い、失望の表情を浮かべた父の憂いを何とか晴らしたかった。しかし、今──ペティグリューが逃げた今、どれだけシリウスは無実だと訴えても、まじめに聞き入ってくれるだろうか。

それに、何より、本当に母とハリーの母が姉妹──それも双子なのかを聞きたかった。

 

 

ソフィアはベッドの上で、深くため息を吐き、とりあえず、退院した後でルイスに相談しよう、そう思いながら後ろ向きに倒れ、僅かなベッドの反発を感じながら目を閉じた。

 

 

 



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157 いとこなの!?

 

ハリー、ソフィア、ロンは翌日の昼には退院することが出来た。

既に退院していたハーマイオニーとルイスと落ち合うために、ハリー達は花束を持つ少女の部屋を訪れた。

今日は試験が終わった後のホグズミード行きの日だったが、流石にそんな気分にはなれなかったし、何があったのかハーマイオニーとルイスと眠っていたロンに伝えなければならなかった。

 

 

「逆転時計…そんなの、あるんだ…凄いね」

 

 

逆転時計を使い過去に戻ったハリーとソフィアが罪なき命達を救い出した話を聞いたルイスは、噛み締めるようにつぶやく。

 

 

「それで──それで、シリウスが飛んでいく前に…私とハリーに言ったの…」

 

 

ソフィアは言葉を区切り、一度深呼吸をした。そしてきょとんとした顔をして首を傾げ言葉の続きを待つルイス達をゆっくりと見回し、口を開いた。

 

 

「…ハリーのお母さんと、私の母様が…姉妹だって」

「……え?」

「嘘だろ?」

「そんなわけないわ!」

 

 

ルイス、ロン、ハーマイオニーはそれぞれ信じられないと言うような怪訝な顔で眉を寄せる。しかしハリーとソフィアは真剣な顔で、冗談でもなんでもないのだと3人を見つめた。

 

 

「でも…でも、母様は純血でしょ?ハリーのお母さんは…マグル生まれだよね。…ハリーのいとこは、マグルでしょ?」

「…ルイス、よく考えて。…母様が純血だと、誰も言ってないの。…私たちがそう思っていただけ。…スリザリンだから、きっと純血なのだと…」

「そんな──…そうか、姉妹だから母様は秘密の守人になりたかったし…危険な役目を担ったんだ。シリウスは、昨日…『アリッサは、リリーの為にそうしたいと言って聞かなかった』って言ってた。…僕は、ずっと母様とハリーのお母さん…リリーさんが友人なんだと思ってた…けど、違うんだ…姉妹、だったから…」

 

 

ルイスは昨夜の事を考えながらゆっくりと口にする。姉妹だから守りたかった、その気持ちを、ルイスは誰よりも理解ができる。

 

 

「…ただの姉妹じゃないの。…私たちと同じ双子だったんですって」

「双子?…まさか…」

 

 

ルイスは驚きソフィアとハリーを困惑した目で見る。双子の親が、双子の子どもを産む。それは無いわけではないが、珍しい事だと言えるだろう。──確かに、ハリーとソフィアの目だけは、とても良く似ている。ただの偶然だと思ったが、こんな想像もしなかった事実が隠されていたなんて。──流石に、ルイスは困惑し何も言う事が出来なかった。

 

 

「でも──でも、私、ずっと疑問だったの。何故…ソフィアとルイスのお母さんが亡くなった事がずっと隠されていたの?あなた達の──保護者は、何故、教えなかったの?」

 

 

ハーマイオニーは困惑し、眉を顰めてソフィアとルイスを見る。ハーマイオニーが指す保護者とは、父親の事だと、2人は理解し顔を見合わせ、ルイスは首を振った。

 

 

「…わからない。僕は…ただ、母様が殺されたから…それを伝えるには、僕らはまだ子どもだと…受け入れられないんじゃないかって思われてるんだろう…って考えてたんだけど」

「私は…──私も、わからないわ」

 

 

ソフィアはぐっと息を飲み、暫くした後に小さな力の無い声で吐き出した。

ロンはハリーと親戚だと知った2人があまり嬉しくなさそうな事に首を傾げ、怪訝な顔でソフィアとルイスに聞いた。彼にとって、特にそれは深い意味のある言葉ではなかった。

 

 

「嬉しく無いの?僕がハリーと親戚なら、めちゃくちゃ嬉しいけどなぁ」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ、同時にハリーを見た。

ハリーは、ソフィアとルイスが自分の親戚だと知り──驚いたが、とても嬉しかった。その事実を知った時はかなり狼狽したが、一夜明けてみればなんて素晴らしい事なのかと浮き足立っていた。

だが、どうも2人は自分のように両手を上げて喜んでいないとわかると、急に嬉しい気持ちは萎み、気まずそうに肩をすくめた。

 

 

「勿論、嬉しいわ!…私たちに親戚なんて居ないと思っていたもの」

「うん、嬉しいよ!けど…ちょっとびっくりして…」

「…本当?…本当に、嬉しい?」

 

 

ハリーの不安げな声に、ソフィアとルイスはにっこりと明るい、よく似た笑顔を見せ「勿論!」と同時に言った。その笑顔を見たハリーは、ようやくホッと胸を撫で下ろし2人と同じように嬉しそうに笑う。

だが、それを見ていたハーマイオニーだけは、どこか浮かない顔をしていた。

 

 

「…本当に、双子なのかしら…双子だとしても…一卵性なのかしら…ねえ、ハリー?あなた、お母さんの写真とか持ってない?」

「あっ!あるよ、ちょっと待ってて、部屋にあるから持ってくるよ」

 

 

ハリーはハーマイオニーの言葉に、両親の写真がたくさん収められているアルバムを思い出しパッと立ち上がると取りに戻る為に駆け出した。

肖像画の扉からハリーが消えたのを見送ったハーマイオニーは、真剣な顔でソフィアを見た。その、あまりに真剣な眼差しにソフィアはきょとんと目を瞬かせ首を傾げる。

 

 

「どうしたの?ハーマイオニー」

「…ソフィア、ハリーのいとこで…嬉しい?」

「え?勿論よ!びっくりしたけど、嬉しいわ!」

「…そう。──うん、わかったわ。それならいいの」

 

 

ハーマイオニーは膝の上で指を組むと、そのままじっと黙り込んでしまった。

ソフィアとルイスは、どこか様子のおかしいハーマイオニーに首を傾げていたが、何故そこまで深く考え込んでいるのか、それを聞く前にハリーが片手にアルバムを持ち、息を切らせながら部屋に駆け込んで来たため、それに気を取られ何も言わなかった。

 

 

「持ってきたよ!」

 

 

ハリーはソフィアの隣に座り、前にある机の上にアルバムを乗せる。ソフィア達はアルバムをよく見ようと、身を乗り出してじっとその表紙を見つめた。

ハリーは特に躊躇うことも勿体ぶる事もなくパラパラとページをめくり、そして自分の両親の結婚式の写真が貼られているページで手を止めた。

 

 

「この人が僕の母さんだよ」

 

 

ソフィアとルイスは、ハリーが指差す女性を見て息を飲み言葉を無くした。

 

 

「「…母様……」」

 

 

自宅にある、唯一の母の写真と、その白いドレスを着た写真に映る女性は、同一人物に見えた。それほど、瓜二つで、違いを見つける事の方が難しそうだ。きっと2人で並んでいればその差異に気付くかもしれない。だが、少なくともソフィアとルイスには、その女性が母親と見間違うほど似ていた。

 

 

「…一卵性の双子だったのね、母様と…リリーさんは」

「…もう、疑いようがないね。本当に…そっくりだ」

「そんなに似てるの?僕、…アリッサさんを、見てみたいな」

「来年、写真を持ってくるわ。きっと驚くわよ!」

「うん!楽しみだなぁ」

 

 

ハリーは顔を綻ばせ心から嬉しそうにはにかむ。

天涯孤独の身だと思っていた、少なくとも、魔法界で自分と血の繋がりがある人は居ないのだと思っていた。

だが、ソフィアとルイスという、素晴らしい友人であり──密かに思いを寄せている人と親戚だなんて、こんな嬉しいことはない、そうハリーは思う。

一瞬、いとこでも結婚出来るし、とハリーは考え──そこまで考えてしまった自分に、みるみるうちに顔を赤くした。

 

ソフィアの顔を見れば、さらに顔に熱が集まっていくのを感じたハリーは居ても立っても居られず、勢いよく立ち上がる。──それを見たロンは「どうした?」と驚いたが、ハリーは誤魔化すようにアルバムを掴み上げた。

 

 

「ねえ、校庭に行こうよ!外の空気を吸いたいんだ」

 

 

胸を焦がす、何とも言えず甘酸っぱい感情に、体がソワソワと落ち着かない。溢れ出した思いを鎮める方法を、まだ恋愛面で幼いハリーは分からず──ただ、何故か走り出したい気持ちに駆られていた。

 

 

「そうだな!行こうぜ」

「…そうね、ハグリッドの様子も気になるし行きましょう」

 

 

ロンとハーマイオニーはハリーの言葉に頷き立ち上がったが、ソフィアは立ち上がる事なくちらりとルイスを見た。

 

 

「…僕たちちょっと話したい事があるんだ、母様の事で…ごめん、2人きりで話したくて…」

「後で行くわ、ハリー」

「そう?うん、わかった!」

 

 

ハリーは残念に思ったが、2人で話したい事もあるのだろう、と深く考えずロンとハーマイオニーと共に肖像画を通り、人気の無い廊下へ戻った。

 

ロンは窓から差す暑い日差しに目を細めながらネクタイを緩め先頭を歩く。ハリーはぱらぱらとアルバムを捲りながら、ハーマイオニーと少し後ろをついて歩いていた。

 

 

「ハリー」

 

 

ハーマイオニーが、小さな声でハリーに呼びかけた。ちらちらと前を歩くロンを気にするように何度も見ていたが、ぐっとハリーの腕を掴むとロンにバレないように素早く近くの空き教室にハリーを引っ張った。

 

 

「どうしたの、ハーマイオニー?」

 

 

ハリーは驚き、深刻な顔をするハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは何度か口を開いては閉じていたが、ついに意を決したように強い目でハリーを見ると、ハリーの腕を掴む手にぎゅっと力を込める。

 

 

「ハリー、あなた。ソフィアの事…好きでしょ」

「えっ……う、うん。何で?何でわかったの?」

 

 

唐突に言われた言葉に、ハリーは顔を赤くししどろもどろに答えたが、否定することはなかった。自分でその気持ちに気付いたのは昨日だが──確かに、ずっと前からソフィアの事を特別に思っていた。…きっと、知らないうちに好きになっていたんだろう。

 

 

「そうよね…」

「そ、そんなにわかりやすかった?どうしよう、ソフィアにバレてるかなぁ」

「…ソフィアは鈍いから、多分、バレてないけど…ハリー。あなたとソフィアはいとこよ」

「うん。そうだね。…でも…」

「まだ、そこまで考えてないのかもしれないわね。──ハリー…ええ、いとこでも、結婚出来るわ。でも、ハリーのお母さん…リリーさんとアリッサさんは、双子なの、凄く似ているなら…一卵性の双子ね」

「…?…それがどうしたの?一卵性って、フレッドとジョージみたいに、似ているって事だよね?」

 

 

ハリーはハーマイオニーの言いたい事が分からず、首を傾げた。…ただ、なんとなく、ハーマイオニーの表情からあまり良くない事を聞かされるのではないか、と、予想はしていた。

 

 

「ええ、そうよ。一卵性の双子はね──遺伝子情報が殆ど同じなの。つまり…つまり、ハリーとソフィアは、いとこでもあるけれど…遺伝子学的には、異父兄弟…に近いと、私は思うわ」

「……え?…つまり…?」

 

 

ハーマイオニーは困ったように眉を下げ、心の底から気の毒そうに、ハリーに伝えた。

 

 

「結婚出来るわ。きっと書類上はいとこだもの。──ただ、血が濃すぎるわ。それを知ったとき…多分、世間は…その、あまり…受け入れないんじゃないかって…私は思ったの」

 

 

アリッサとリリーが同一の遺伝子を持つ双子ならば。

ハリーとソフィアは、いとこというよりも。異父兄弟に近いのではないか。ならば、もし2人が恋に落ち結婚し、子どもをもうけたとして…それは、許されるのだろうか。──そう、ハーマイオニーは考えた。

 

 

「…そんな」

「ハリー、勿論私は気にしないわ、2人とも大好きな友達だもの──でも…私の言葉を、覚えていて欲しいの。…それだけよ」

 

 

ロンの所に行きましょう。きっと探してるわ。そう、ハーマイオニーは言うとその場から逃げるようにハリーの腕から手を離し扉を開け、足早に廊下を走った。

残されたハリーは暫くその場で立ちすくんでいたが、遠くからロンが自分を探す声が聞こえ、ゆっくりと重い足を動かした。

 

 

 





最近の研究では、一卵性双生児でも遺伝子情報が異なる者もいるとわかってきていますが。
この話の中で、一卵性双生児は遺伝子情報が同一だという世界観でお願いします…。


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158 隠されていた人

 

 

部屋に残ったソフィアとルイスはハリー達を見送った後、浮かべていた笑みを消し、真剣な顔でお互いを見た。

 

 

「…どうする?」

「…どうしましょう」

 

 

どうする?──とは、2人の父のセブルスの事である。ソフィアとルイスは自分達の母親を死なせる原因になったのが、ペティグリューの裏切りだと知っている。だが、セブルスはそれを知らぬまま無実の人を恨み続けているのだ。それは──きっと、いい事ではない。

 

 

「…私、なんで父様がハリーを憎んでいるのか…ようやくわかったわ」

「うん。…ハリーのお父さん…ジェームズの守人にシリウスがなって…それを信じていたから──母様はジェームズとシリウスの友情を信じていたからあの場所に行って、死んでしまった。…きっと、父様は…許せなかったんだろうね。守人だと思っているシリウスの事は勿論だけど…ジェームズの事も」

「…本当は、シリウスは守人じゃ無いとしても…結局、母様は2人を信じて…殺されてしまった。…シリウスは無罪だと言っても…もしかしたら、許さないかもしれないわね」

「うーん…」

 

 

ルイスは難しい顔をして腕を組み、悩むように唸り声を上げた。

──父様の怒りと恨みは尤もかもしれない。結局、シリウスが裏切ったのでは無いとしても…母様は2人を信じていた、それ故に危険な任務を受け、死んだ。…もしペティグリューが守人だと知っていたら、その任務を受けなかったかも知れない。

 

 

「…でも、何で母様があの場で亡くなった事が秘密にされたんだろう」

 

 

ルイスは顎に手を添えたまま呟く。

別に、その事実は隠されなくても良かったのでは無いだろうか。──ヴォルデモートの犠牲者の一人として大衆に知られていてもおかしくは無い。

何故それを知るものは居ないのか、そして、何故セブルスはそれを隠したかったのか。

 

ソフィアはじっとルイスの顔を見つめた。

ソフィアには、ひとつだけ──あり得ない事かもしれないが、ホグワーツで過ごし、家族の事を知る中で微かな違和感を感じる場面が何度かあった、特に今年は、引っかかる部分が多かった。…だが、証拠は何もない。それをルイスに伝えるべきなのか、悩んだ。

 

 

「…?…どうしたの?」

「…ルイス、突拍子もない事なの、何も…証拠は無いの。私の思い過ごし…考えすぎかもしれないわ…」

 

 

ソフィアの声は震えていた。泣きそうなほどに顔を歪ませ、顔色はひどく悪い。ルイスは驚き目を見開くと、すぐに立ち上がりソフィアの隣に移動した。

そっと、その震える肩を抱き、優しく落ち着かせるように「どうしたの?言ってみて?」と促す。

 

ソフィアは一度大きく息を吸い込み、そして長く吐き出した。

 

 

「…三本の箒で、ジェームズがシリウスの守人だったとマクゴナガル先生達が話していた時なんだけど…」

「うん」

「ハグリッドが…『みんな死んじまってた、可哀想なハリー。両親も死んじまって、それに、い─』…って、何かを言いかけたの」

「…?…それが?」

「ハグリッドはジェームズとリリーの遺体を見たのね。それと、私たちの母様…アリッサでしょう?…それに、の後に続く言葉は『い』だったの。…別の存在を示してるわ」

「……他にも誰かいたって事?」

 

 

ソフィアはまた暫く沈黙した後。消え入りそうな声で囁いた。

 

 

「…叫びの屋敷で、母様があの場に居たと初めて聞いた時、私達は驚いてすぐに聞き返したわ。でも、シリウスはまだ誰かの名前を伝えようとしていた気がするの」

「……たしかに、…そうかも」

 

 

あの時、シリウスはまだ何かを言おうとしていた。だがそれを遮り反応したのは自分達だ。

その時の事を思い出すようにルイスはじっと深く考え込む。

 

 

「それに…シリウスは、ペティグリューを追い詰めた時に、こう言ったよね?…『おまえは、ジェームズとリリーをヴォルデモートに売った。そして…その上にあの子達の家族までも犠牲になった』…私は、母様の事を指してるのだと思ったけれど…」

 

 

ルイスはその言葉を聞き、驚愕に目を見開き首を微かに振った。「そんな、」と小さく口が動いたが言葉は紡がれない。

ソフィアはルイスの目を静かに見つめる。二人とも、お互いの瞳の中に、何か確かな答えを探すかのように見つめあっていた。

 

 

「…家族、って…よく考えれば、おかしい言葉だわ」

「そんな──そんな、あり得ない」

「…ルイス、みぞの鏡…覚えてる?」

「え?…う、うん。本人の隠された強い望みを見せるものでしょ?それがどうしたの?」

「…私──私、あの鏡に、父様と母様と、ルイスと…私と──」

 

 

ソフィアの大きな目から一雫の涙が溢れた。

 

 

「ひとり…見覚えの無い、男の子を見たの。私達より、少し年上に見えたわ…家族の中に──当然のように、混じって…見覚えはないの。でも…黒髪で、黒目で…と、…父様に、よく似てるって、後で…気付いて…っ…!」

「──ソフィア!」

 

 

ぽろぽろと涙を流しながら震えるソフィアの体をルイスは強く抱きしめた。──だが、ルイスの体も、僅かに震えていた。

 

ルイスも、ソフィアの言いたいことが何なのかわかってしまった。

 

ハグリッドが続けるはずだった言葉。

シリウスの家族、という言葉。

そして、ソフィアが見た知らない男の子。

よく考えれば、家にある母様の写真は、たった一人の赤子を抱きしめている。

そして、家族写真はひとつもない。

もし、撮っていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「僕たちには──もうひとり、家族が居たんだ。…その人は、多分、僕らの…兄様だ。ハグリッドは、その時三本の箒で…いとこ、と言おうとしたのかもしれない。…兄様は、母様と一緒にその日に犠牲になってしまった。──ああ!そうか、そうか…!」

 

 

聡いルイスは全ての辻褄が合い、強くソフィアを抱きしめ目を閉じ、苦しげに呟いた。

 

 

「ハリーは、ハリーのお母さんは、自分を守って死んだって、一年生の時に…そう、僕らに教えてくれた。お母さんに守られて…生き残った男の子になった。でも、僕らの兄様は──生き残れなかった。死んでしまった、それが、きっと…。──父様はハリーが何故生き残れたのか知っていたのかもしれない。だから…どうしても受け入れられなくて…!」

 

 

生き残れなかった男の子。

それは──裏を返せば、母の愛により守られなかった男の子という事になるのでは無いだろうか。

きっと、当初、セブルスはそれを知らなかっただろう。ただ友人を信じて死んだ アリッサ()と、生き残れなかった息子。その2人の遺体を連れて帰り、埋葬し、年月が経つうちに──生き残れなかった男の子の意味を知ってしまったのかもしれない。

 

死体に唾を吐くような心無い言葉を、誰かが吐き出さないとも限らない。その事実に耐えられず、きっと、セブルスは自分達に全てを隠そうとしたのだ。

 

友人を信じたあまりに死んだ可哀想で──愚かな女。

そして、母の愛に守られず生き残れなかった男の子。

 

 

その事実は、きっとセブルス(父様)には耐え難い事だった。

 

 

ルイスはセブルスの隠されていた気持ちを確信し、強く目を閉じる。優しく、不器用な父だ。きっと何よりも、自分達にそれを知られたくなかったのだろう。

 

 

「…でも、…それでも、私は。母様や、兄様の事を知りたいわ」

「……僕も」

 

 

ルイスはそっとソフィアを抱きしめていた腕の力を抜き、2人は額を合わせ涙を流しながら呟いた。

これは、きっとそう遠くない真実だろう。…だが、今はまだ想像の範囲を出ない。ならば、ソフィアとルイスが取る行動は一つしかない。

 

 

「行きましょう」

 

 

──父様のところへ。

 

 

ソフィアとルイスは最後に一筋の涙を流すと目元を擦り、確かな芯のこもる目でお互いを見つめ合い──同時に頷いた。

 

 

2人は真実を求めて、家族を求め立ち上がり、強く手を繋ぎその場から駆け出した。

廊下を走り、地下への階段を駆け下り、何度も通った部屋の扉を、2人は強く開け放つ。

 

 

「「父様!」」

「…ソフィア、ルイス…他の者が居たらどうするつもりだ」

 

 

セブルスは研究室の奥にある机に向かい怪訝な顔でソフィアとルイスを見た。

2人の必死な表情を見たセブルスは、大方、今朝ルーピンが人狼であるとスリザリン生達に言った事に対する苦言だろう。

そう、思っていた。

 

ソフィアとルイスは真剣な面持ちで机の前に近づくと、ぐっと唇を噛み締め、思いを全て吐き出すように、口を開いた。

 

 

「父様、私達…知りたいの」

「僕たちの、家族のこと。…僕たちには、兄様がいた。…そうでしょう?」

 

 

2人から伝えられた思いもよらない言葉に、セブルスは息を飲み、唖然とした表情で2人を見つめる。ソフィアとルイスの瞳は、確かな確信を宿し、強くセブルスを──セブルスの触れてほしくなかった部分を貫いた。

 

 

「…何故、その事を…」

「…本当なんだ」

「まさか…ブラックか?ブラックが伝えたのか!」

「違うわ。誰も言わなかったわ!…私が気付いたの。…きっかけは、沢山あったけれど…」

「お願い、父様。僕たちに全てを教えて…僕たちは、もう何も分からないまま…知らないままで居るのは嫌なんだ!」

「……」

 

 

ソフィアとルイスの悲痛な懇願に、セブルスは苦しそうに顔を歪め、──そして、大きく息を吐いた。

セブルスは立ち上がると、不安げに瞳を揺らせるソフィアとルイスの元に近づき、目線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。

 

 

「…全て、話そう。…私が──本来なら、初めに2人に、伝えるべき事だった…すまない、ソフィア、ルイス──」

「「父様っ!」」

 

 

セブルスのあまりに弱々しい震える声に、ソフィアとルイスは飛びつくように父の身体を抱きしめた。セブルスも2人の身体を強く抱きしめ、何度も「すまない」と呟く。

 

 

「……リュカ・スネイプ。…ソフィアとルイスの兄の名だ」

 

 

 

セブルスはその日──愛する家族に何があったのかを話した。

 

 

 



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159 家族の過去

 

 

「アリッサ…いくら守りがあるとはいえ。危険だ」

 

 

セブルスは出掛ける準備をする為に部屋中を足速に歩き回るアリッサに向けて真剣な声で言うが、言われた本人はちっとも気にする事なく準備の手を止めずカバンの中に沢山の食材やベビー用品、生活必需品を詰め込む。

 

 

「大丈夫よ!だって、リリー達の守人になったのはシリウスよ?…まぁ、セブは彼に良い感情は無いでしょうけど」

「当然だ」

「でもね、私はあの2人の友情を知ってるわ」

 

 

アリッサは鞄の口を閉じるとくるりと振り返り、悪戯っぽく笑った。

 

 

「学生時代、セブはジェームズとシリウスのせいで散々だったものね!…まぁでも、あの2人の友情が嘘なら、この世に友情なんて存在しないわ。それ程2人の中は深いのよ。兄弟みたいなものね」

「だが…」

「私が守人になりたかったけど、セブは死喰い人だったもの、ダンブルドアに無理だって言われちゃったわ」

「……それは…」

「わかってるわ。そんな捨てられた子犬みたいな目をしないで?…私は、ハリーの事を愛してるわ。リリーの子どもだもの!甥っ子というよりも、私の子どものようなものじゃない?──私も、守りたいのよ」

「だが…」

「ま、セブはジェームズにそっくりのハリーの事がお嫌いでしょうけどね?でもハリーの目はリリーと、ソフィアによく似て──おっと」

 

 

アリッサは足元に感じた衝撃に言葉を止めると、優しく微笑みしゃがむとぴったりとくっつくまだ幼い少年を抱き上げた。

 

 

「リュカ!」

「ママ?」

「なぁに?リュカ」

「ハリーのとこに行くの?」

 

 

ようやく会話らしい会話が続くようになったリュカは、懸命に口を動かし呂律の回りにくい小さな舌を必死に動かし、たどたどしく話しながら首を傾げた。

 

 

「ええ、そうよハリー、覚えてる?」

「うん!」

「まぁ!リュカは賢い子ねー」

「かしこい?」

「すごい、って事よ」

「すごい!リュカすごいね!」

 

 

きゃっきゃと笑うリュカをアリッサは慈愛に満ちた目で見つめると優しく自分の頬をつけてぐりぐりと擦り合わせる。リュカはくすぐったそうに頬を緩め笑った。

 

 

「大丈夫よ、セブ。私はあの2人の友情を信じてるわ」

「……早く、帰ってきてくれ」

「勿論よ、これを渡したらすぐに帰るわ」

「リュカも!リュカもいく!」

「えー?…うーん、リュカ、パパとお留守番してて?」

「いやー!いや!ぜーったい!いく!」

 

 

先程までの笑顔をくしゃくしゃにすると、リュカは大きな黒い目に涙を溜め首を振り駄々をこねる。

アリッサはリュカにバレないように小さなため息を溢し、背中をぽんぽんと宥めるように優しく叩く。

弟と妹が出来て、はじめは興味深そうに赤子達を見ていたリュカは、両親の愛情を目一杯受け取れるのが、どうやら自分だけではなくなったのだと最近気が付いてしまい──俗に言う、赤ちゃん返りのようになっていた。

特に、母と離れる事が耐えられず常にぴったりとくっついて周り、何もわからず寝てばかりのソフィアとルイスに幼いながら嫉妬していたのだ。

 

 

「んー…パパとまってて?…ね?」

「パパいや!ママがいい!」

 

 

キッパリと嫌だと言われたセブルスは、仕方のない事だとはいえ、流石に少々悲しそうに眉を寄せた。

 

 

「…仕方ないわね。…でも、すぐに帰るわよ?いい子にできる?ハリーとは、遊べないわよ?」

「うん!する!リュカ、いい子、するよ!」

「…アリッサ…」

 

 

流石に、それはだめだとセブルスは言おうと思ったが、突如火がついたような泣き声が聞こえその言葉は飲み込まれた。

 

 

「だって…セブ。癇癪を起こすリュカと、泣き叫ぶソフィアとルイスの面倒、1人で見れるの?」

「……」

 

 

セブルスは無言でベビーベッドへ近づき、泣き出してしまったソフィアとルイスを抱き上げた。大粒の涙を流していた2人だったが、セブルスに抱き上げられると途端にぴたりと泣き止み、指を吸いながらセブルスの顔を見上げた。

 

 

「うー…」「ぁー…」

 

 

一歳になったばかりのソフィアとルイスはあうあうと言葉にならない言葉を発しながら涎まみれの小さな手でセブルスのやや長い髪を掴んだ。

 

 

「ソフィアとルイスは、セブの事が大好きみたいね」

「……。…すぐ、戻るように」

「ええ、わかったわ。…さあ、行きましょうリュカ」

「はぁい!」

 

 

アリッサは、双子を抱いているセブルスに近づき、軽く背伸びをする。セブルスは優しく目を細め、近づいた顔に自身の顔を寄せ、唇を合わせた。

 

 

「──行ってくるわ、セブ。…ほらリュカ?パパにバイバイは?」

「パパ、ばいばい!」

「…ああ、気をつけて」

 

 

セブルスは双子を抱いたままだったため、リュカの額に軽く口付けを落とす。リュカは嬉しそうにくすくすと笑い、お返しをするようにセブルスの頬にちゅっ、とキスをした。

 

 

「ソフィア、ルイス、ばいばい!」

 

 

アリッサに抱かれているリュカは上機嫌のままに手を伸ばし、幼い弟妹の頭を撫でる。ソフィアとルイスはきょとんとしていたが、にっこりと嬉しそうに笑った。

 

 

大きな鞄を持ち、姿現しをし消えた2人を見送ったセブルスは腕の中で機嫌良く大人しいソフィアとルイスを見下ろし、朗らかに目を細めた。

 

 

「…さて、何をして遊ぼうか」

「あー!」

「うぁー!」

「本を読もうか…そうだ、幼児向けの図鑑が──」

 

 

セブルスは一度双子をおろすと杖を振り本棚から幼児向けの薬草の図鑑を引き寄せる。幼児向け、とはいえまだ赤子の域を出ない2人には早すぎる本だったが、セブルスは全く気にする事なく2人を抱き上げソファに座り、2人を膝に乗せたまま図鑑を開く。

 

きっとすぐにアリッサとリュカは帰ってくる。そう──思いながら。

  

 

 

 

しかし、アリッサとリュカは幾ら待っても戻って来る事はなかった。

何度も時計を見て、その針が進むたびにセブルスは落ち着きなく双子を抱いたまま部屋中をうろうろと歩き回った。

 

 

──遅い、遅すぎる。もう30分も経った。荷物を届けるだけで、そんなにかかるだろうか。リリーと話し込んでいるのか?…いや、アリッサは約束は守る人だ。

 

 

セブルスが時計を不安げに見つめていると、背後でぼっと暖炉の火が燃え上がった。

まさか、暖炉を使い戻ってきたのかと、セブルスは振り返り「遅い」そう言おうとしたが、飛び込んできたのはアリッサではなく、泣きそうに顔を歪めるジャックだった。

 

 

「セブ…セブルス…!」

「ジャック…?なんだ、どうした?」

 

 

ジャックのそんな表情を見たのは初めてであり、セブルスは僅かに動揺し、双子をベビーベッドの中に降ろすとすぐに友ジャックの元へ駆け寄る。

ジャックは足をもつれさせよろめきながら悲痛な表情でセブルスの腕に縋りついたが、ハッとした顔で周囲を見渡し呟いた。

 

 

「アリッサ…アリッサは?…リュカはどこだ?」

「2人は…リリーのところだ。なんだ、2人に用か?」

「違う!!セブルス、シリウスがっ…シリウスが、裏切った!ヴォルデモートが、ジェームズの家に向かったんだ!──さっき、その隠れ家の情報が入った、 死喰い人達(俺たち)もその場所へ来るようにと…!俺は騎士達にそれを伝えて──!?」

「──っ!?」

 

 

まさか、そう思った途端左腕が一瞬強く焼けるように痛み、セブルスは突然の事に呻き左腕を抑える。ただの招集ではない、激しい痛みだった。

セブルスはさっと顔色を変え、呆然とジャックの目を見る。ジャックも苦しげに眉を寄せ強く奥歯を噛み締める。

 

 

「セブルス、行け!!早く!!」

 

 

ジャックは秘密とされていた筈のジェームズ達の隠れ家の名をセブルスに伝え、セブルスの肩を強く押した。

 

 

「行け!ソフィアとルイスは俺が見る。──早く!」

「頼む!」

 

 

セブルスはすぐにその場から姿を消した。

残されたジャックは、憎々しげに自分の左腕を見下ろす。いつもの痛みでは無い。──いつもより燃えるように、断末魔のように痛んだ闇の印に、どうしようもない嫌悪と苛立ちが募る。

 

セブルスとジャックの不穏な空気を読み取ったのか──言葉を話せない赤子は、特に人の感情に敏感だった──ソフィアとルイスは大声で泣き出してしまい、ジャックはすぐにベビーベッドに駆け寄り2人を抱き上げた。

 

 

「よしよし、ソフィア…ルイス。大丈夫、きっと、大丈夫…お前達のママと兄さんは、すぐに戻って来るから……」

 

 

ジャックは身体を揺らしながら懸命に泣き叫ぶソフィアとルイスをあやしていた。

自分が言った言葉が、どれほどの悲痛な願望が込められているのか──ジャックは気が付いていた。

 

 

 

 

 

セブルスは目の前に広がる光景に、息を飲んだ。喉がひゅっと小さく鳴り、呼吸が出来ない、息が吸えない。──苦しい。

 

 

守られているはずの家は。本来なら見ることが出来ないはずの家はそこにあった。

 

 

守りが破れず、ブラックから誤った情報を入手したため家を見つけられないヴォルデモートが苛立ち死喰い人に召集をかけたのだ。きっとそうに違いない。どうか、そうであってくれ。──セブルスの僅かな希望は目前の光景に打ち砕かれた。

 

 

天井が崩れ、荒れ果てた家。

何も聞こえない、恐ろしいまでに、静かな家。

 

 

セブルスはよろめきながら、「嘘だ」そう、何度も呟き、その崩れかかっている家に近づいた。

 

 

「アリッサ……リュカ……?」

 

 

答えはなかった。

玄関だろう扉が外側から破壊されたのか大きく歪み、地に落ちている。

凹んだ扉を踏みつけながら、真っ先に目に飛び込んだのはジェームズの遺体だった。

 

そして、その先で、廊下だっただろうその床の上で瓦礫の中に混じり、ピクリとも動かぬ最愛の人を見た。

頭を殴られたかのような、強い衝撃を感じた。──息が、出来ない、苦しい。

体が引き裂かれるような痛みを感じながら、セブルスは喘ぎ喘ぎ倒れているアリッサの元に縋るように膝をつく。

 

 

「アリッサ…!!」

 

 

セブルスはその身体を抱き上げ、何度もアリッサの名を呼んだ。

だがアリッサの目は薄く開いたまま光を返さない。いつもならすぐに目を合わせてくれた視線も動かず、虚ろに濁った目で、遠くを見ていた。だらりと垂れた手には、強く杖が握り締められている。

 

 

「アリッサ…アリッサ…!──ああっ!」

 

 

セブルスの闇を引き裂くような慟哭が響く。

妻の亡骸を抱きしめ、セブルスは堪えられず涙を流す。暫く呻き嘆きながらアリッサを抱きしめていたセブルスは、ゆっくりと顔をあげ──蒼白な顔で辺りを見回した。

 

 

「…リュカ……」

 

 

泣き声はしなかった。

たどたどしい言葉で、自分を「パパ」と呼ぶ愛らしい声も聞こえない。

 

セブルスはアリッサを抱き上げながら、廊下の奥を進んだ。何度も抱き上げた事のある体だが、魂のない体は──こんなにも重いのか。

 

 

一つの扉が薄く開いていた。

セブルスは体全体で押し開けるようにしてその先に進み。部屋に散らばる玩具と奥にあるベビーベッドを見て、ここが子供部屋なのだと気付く。

 

 

「…リュ…カ…」

 

 

その部屋の中央で、リリーが倒れていた。

そして、その側にうつ伏せに倒れているのは──紛れもなく、息子のリュカだった。

 

 

セブルスはリュカの側に寄り、がくりと膝をついた。勢いよくついた膝の痛みも何も──最早感じない。

 

アリッサを自分の胸にもたれ掛け、震える手でリュカの肩をゆすり、震える唇を、動かし──優しく、寝ている子を起こすように囁きかけた。

 

 

「──リュカ…?」

 

 

その動きに合わせて、リュカの身体はぐらぐらと動くだけだった。

セブルスはそっと…まだほのかに暖かく柔らかいリュカを抱き上げる。かくりと力なく首は天を仰ぎ、その口は薄く開かれ、閉じられた目元には涙の跡が残っていた。

 

愛しい、何よりも大切な我が子の遺体を見たセブルスは、この時──己が死んでしまったのだと、思った。

胸が張り裂けるほどの痛み、込み上げる嘔吐感。ぐるぐると天井が周り、視界が歪む。

 

 

セブルスは強く2人を抱きしめ、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「セブ!──っ!!」

 

 

突如部屋の中に現れたセブルスに、ジャックはすぐに駆け寄る。

そしてその腕にしっかりと抱きしめられているアリッサとリュカを見て、言葉を無くした。──間に合わなかった。

 

 

「アリッサ…リュカ…死──死んでしまった」

「…セブ──」

「何故…何故、私を、おいて…」

「セブルス!しっかりしろ!!」

 

 

壊れた硝子玉を思わせる虚な目をして呟くセブルスの肩を強く掴み、ジャックは激しく揺さぶった。

 

 

「ジャック…ア、アリッサと…リュカが…。…私は、私は…もう──」

「っ…。セブルス!」

 

 

ジャックは強くセブルスの頭を抱きしめる。

心が壊れたかのように何度もアリッサとリュカの名を呟くセブルスに、なんと声をかけていいのか、わからなかった。

 

 

突如、小さな泣き声が響く。

それは徐々に大きくなり、セブルスとジャックの元に届いた。

セブルスはその声にぴくりと反応し、ジャックの肩から顔をゆっくりと上げる。ジャックもまた、セブルスを離し泣き声のする方を見た。

 

 

「…ソフィア…ルイス…」

 

 

セブルスはぽつりと、呟いた。

 

 

ジャックはさっと立ち上がりベビーベッドの中で泣き喚くソフィアとルイスを抱き上げると、セブルスの元へ戻りそっと2人をセブルスに近づける。

 

 

「セブルス…。アリッサと、リュカは死んだ。…それは…耐えられない、辛い、ことだ。…だが、セブルス…お前にはまだ…ソフィアとルイスがいるだろう」

 

 

ソフィアとルイスは目に涙をためセブルスに向かって必死にその小さな手を伸ばした。

ジャックはそっとソフィアとルイスを床におろす。途端に2人はおぼつかない足取りでセブルスに抱きつくと、すんすんと鼻を啜りながらセブルスを見上げた。 

 

 

「……あ……ああっ──!」

 

 

セブルスはソフィアとルイスを引き寄せ、抱きしめると声にならない声で咽び泣いた。

ソフィアとルイスは一瞬泣き声を止めたが、セブルスの感情を読み取ったのか、また火がついたように泣き出す。

 

幼い2人は、母親と兄が死んだ事を理解できない。だが、それでも家族に──愛する人達に何かあったのだと、感じ取っていた。

 

 

ジャックもまた目に涙を浮かべ、苦しげに顔を歪めたまま泣き叫ぶ彼らを見つめる。

 

 

何があったのか、情報が必要だ。セブルスがこうして無事帰ってきたという事は、その家にヴォルデモートはもう居なかったのだ、ハリーを殺してすぐに消えたのか?──いや、それならすぐに死喰い人を招集し、歓喜の報告をするだろう。

 

 

「セブルス、…辛いだろうが、俺は…俺は情報を集めて来る。すぐに戻るから──しっかりしろ」

「っ…ああ…。…頼む…」

 

 

ジャックはこの場にセブルスと双子を残していいのか一瞬迷ったが、それでもセブルスの目を見て気持ちを切り替える。壊れていた目は、微かに光が戻っている。──間違いなく、ソフィアとルイスの力だろう。

 

ジャックは頷き、すぐにその場から姿を消した。

 

残されたセブルスは、泣いているソフィアとルイスを見下ろし、命の尽きているアリッサとリュカを見て、ぐっと強く唇を噛み締める。ぶつり、と歯が唇を傷つけ、口の中に血の味が広がった。

 

 

「許さない…許さない。…アリッサ…リュカ…お前達の仇は必ず、私が…!」

 

 

セブルスは復讐の炎を目の奥に燃やし、低く呟いた。

 

 

 

 

 

セブルスが全てを話し終えた時。

ルイスとソフィアは声も出さず静かに涙を流していた。

 

 

「今まで、話せなかった…すまない」

「父様…」

 

 

ソフィアとルイスはセブルスの胸元にそっと身を寄せた。

やはり、予想した通り自分達には兄がいた。

記憶には無い。だが──家族の死を、この時はっきりと知った2人は苦しそうに顔を歪め、必死に顔をセブルスの服に押し付ける。

 

 

「…リュカ兄様の事…知りたい」

「…ああ、…家に…家族が揃っている写真がある。…戻った時に、見せよう」

 

 

ルイスはセブルスの言葉を聞いて、やはり、写真はあったのだと気付いたが、何も言わなかった。

 

 

ソフィアは目元を擦りながらセブルスを見上げ、ふと首を傾げた。

 

 

「……リュカ兄様って、私たちのいくつ年上だったの?」

「…2歳離れていた」

「……母様って、何歳でリュカ兄様を産んだの?」

 

 

ソフィアの言葉に、ルイスもそういえばそうだと、少し黙り込む。2つ年上なら、もし生きていれば…15.6歳だということになる。だが、父と母は同級生のはずであり──セブルスの今の年齢は、34歳だったはずだ。

 

 

「……18だな」

「それって、在学中に…?」

「いや、卒業していた」

 

 

まぁ、子を授かったのは、卒業前で結婚すらしてなかったのだが。という言葉をセブルスは飲み込んだ。

 

 

 




当初から予定していた書きたかったシーンをようやく書くことができました!長かった…!

ジェームズの隠れ家の到着順は
ヴォルデモート→ハグリッド→シリウス→セブルスです。

ジャックが騎士団にヴォルデモートがジェームズの家へ向かった事を伝えた為、ハグリッドが真っ先に駆けつけた、という流れになります。

ジャックは当初から騎士団に所属する死喰い人へのスパイとして活動していたので、シリウスが守人だと知っていました。それは嘘だったのですが…またいずれ、詳しく書こうと思います。







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160 三年目終了!

 

 

ソフィアとルイスは母と兄の事を聞いた後、シリウスが犯人ではなく、本当の守人はペティグリューだったのだとセブルスに伝えたが、セブルスはその妄言は二度と聞きたくないとばかりに機嫌を損ねてしまった。

 

 

「万が一。あり得ないと思うが、…ペティグリューが守人だったとしてもだ。…アリッサとリュカは奴らを信じて…死んだ。その事実は変わらない」

 

 

強い口調で言われてしまい、ぐうの音も出ず。ソフィアとルイスはそれ以上何も言わなかった。

シリウスは空の彼方に──どこかに行ってしまった、きっともう二度と会うことは無いだろう。そう2人は考える。──勿論、それは後々とんでもなく甘い見通しだったと痛感するのだが。

 

 

ソフィアとルイスは研究室を出て、ハリー達が居るだろう校庭へ向かう。思ったよりも話し込んでしまった、もう寮へ戻ってるだろうか。

 

 

「あ、リーマス先生!」

 

 

ソフィアは玄関ホールへ向かうリーマスを見つけると駆け寄り、少し心配そうに身体をじっと見た。その顔には疲労感が見えていたが、ソフィアとルイスに気がつくと少し表情を綻ばせる。──だが、それも少しで、すぐに苦々しい顔で、力なく笑った。

 

 

「ソフィア、ルイス…昨日は──」

「リーマス先生、怪我は?」

「大丈夫だった?僕、心配してて…」

「…私は大丈夫。…ごめん。薬を飲み忘れないと…入学前に約束したにもかかわらず…君達を危険な目に──それに、私があの場で人狼にさえならなければ…ペティグリューを逃すことは…」

 

 

その後悔してもしきれないと言う言葉に、ソフィアとルイスは何も言えなかった。

──その通りだと思っていたからだ。だが本人が1番苦しく思い、それを悔いている。…なら、あまり──辛く、責める事は出来ない。

 

 

「本当よね!今度からはしっかり飲んでね?リーマス()()?」

 

 

だが、小言を言わないわけではない。「先生」の部分を強調し、軽口のように──少しだけなら許されるだろう。ソフィアはそう思い怒ったようにわざと頬を膨らませたが、リーマスは悲しそうな目で「…本当に、ごめん」と苦しげに吐き出した。

ソフィアは慌ててそんな責めるつもりは、と言おうとしたが、ルイスにより脇腹を軽く小突かれてしまう。

 

 

「ソフィア、何その嫌味…」

 

 

じとりとした怪訝な目で見られたソフィアは「な、なによ」と狼狽し、ルイスの細められた目を見る。

 

 

「…ソフィア、もしかして知らないの?」

「え?…何が?」

「リーマス先生は、もう先生じゃないよ。と──スネイプ先生が、人狼だってバラしちゃったんだ。だからお辞めになるって…もう出るの?」

「ええっ!そうなの!?そんな、何で!?」

 

 

ソフィアは大声で驚きの声を上げると、リーマスのローブを掴み「いなくなるなんて嫌よ!最高の先生なのに!」と必死に訴える。

 

その様子を見て、ただの皮肉ではなく本当に知らなかったのだとわかったリーマスは少しだけ表情を緩めたが、ゆっくりと首を振った。

 

 

「私が決めた事なんだ。…一度薬を飲み忘れたら、辞めると」

「そんな…」

「…そうだ。ルイス。ちゃんと忍びの地図は要望通り、ちょっと細工したよ」

 

 

悲しげなソフィアの視線から逃れるようにリーマスはルイスを見ると、口先だけで微笑んだ。

 

 

「本当?ありがとう!…ねぇリーマス、夏休みに遊びに行ってもいい?」

「君たちの保護者が許可したらね」

「うーん。それは無理かなぁ…」

 

 

苦笑するルイスの頭に、リーマスはそっと手を伸ばし──少し躊躇したが、優しく撫で、続いてソフィアの肩を優しく叩いた。

 

 

「ソフィア、ルイス。私は君たちの先生になれて嬉しかったよ。ありがとう」

「…ありがとう、()()()()

「また会いましょう!ね?()()()()!」

「…そうだね、またいつか」

 

 

ソフィアとルイスはもうリーマスの事を先生だとは呼ばなかった。

リーマスは少し目を見開いたが、どこか嬉しそうに笑うと無言で頷き、2人から離れて1人、ホグワーツを去った。

 

 

 

ソフィアとルイスは扉が閉まり、リーマスが見えなくなるまで見送っていた。

 

 

「さっきの、地図の細工って何なの?」

 

 

ソフィアはふと思い出し、廊下を進みながら首を傾げる。

ルイスは辺りをちらりと見て誰もいないことを確認した後、小声で囁いた。

 

 

「僕らの名前の事だよ。プリンスって表示されるように細工してもらったんだ」

「ああ…そういえば、色々あってその問題をすっかり忘れてたわ!」

 

 

そういえば、そんな事で頭を悩ませていた事もあったと、ソフィアは少し遠い目をして考える。

今年は──いや、今年も色々な事があった。去年まではハリーを取り巻くトラブルに巻き込まれ…自分から首を突っ込んで行ったが、今年は家族の深い問題に立ち向かった。

 

あまり、解決はしていない。むしろ、様々な事実を知り、悩み事の種は増えたと言えるだろう。

 

 

母様はヴォルデモートにより殺された。

自分達にはもう1人家族が居た。

そして、ハリーと自分達はいとこである。

 

 

「…私たち、平穏な学生生活を送れる事ってあるのかしら」

「…去年も思ったけど。…なんだか無理そうだよね」

 

 

2人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

残りの数週間は平穏だったと言えるだろう。

ソフィアとルイスはハリー達と共に一緒のコンパートメントの中で、遠くなっていくホグワーツ城を見ていた。

 

 

「私、今朝、朝食の前にマクゴガナル先生にお目にかかったの。マグル学をやめることにしたわ」

「本当に、やめちゃったのね…でも、いいと思うわ」

 

 

あらかじめその相談をハーマイオニーから聞いていたソフィアは、少し残念そうにしたがきっとハーマイオニーにはそれが良いのだろう──かなり追い詰められていたし──と同意する様に頷く。

ロンとハリーは驚いて顔を見合わせ目を瞬かせた。勉強が大好きなハーマイオニーが、マグル学をやめるなんて。それに、マグル学の成績はかなり良かった筈だ。

 

 

「でも、君、100点満点の試験に320点でパスしたじゃないか!」

「そうよ、でも、また来年今年みたいになるのは耐えられない。あの逆転時計…あれ、私には無理だったの。おかしくなりそうで…だからやめたの。マグル学と占い学を落とせば、来年また普通の時間割になるもの」

「…ソフィアは、来年も同じ時間割なの?」

 

 

どこかさっぱりとした表情のハーマイオニーを見たハリーは心配そうにソフィアを見る。ソフィアはハーマイオニーほど追い詰められて居なかったが、それでもつらそうにしている事もあった。

 

ソフィアは「うーん」と悩みながら「…占い学だけやめようかしら」と呟いた。

その言葉を聞いたハーマイオニーは手を叩き喜び、その方が良いわよ!と強く勧める。

占い学はこの一年であまり重要なものを学べなかった気がする。試験の時に水晶の中に見た光景がソフィアの脳裏に蘇ったが、きっとあれは偶然だろう。スキャバーズの事を考えていたからネズミが見えただけだ、髑髏と蛇に見えたのは、きっと気のせいだ。──そう自分に言い聞かせた。

 

 

「そっか。…来年…2ヶ月も先かぁ…」

「ハリー、また私たち遊びに行くわ!」

「うん、あの公園に自転車はまだあるかなぁ?」

 

 

寂しそうに窓の外を見るハリーを慰めれば、ハリーは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 

「あ、…ソフィアとルイスの家に泊まれないかな?住みたいわけじゃない…けど。ほら、いとこだし」

 

 

なんとかしてダーズリー家にいる時間を減らしたいハリーは期待を込めてソフィアとルイスを見たが、2人は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「んー…保護者に聞いてみるわ」

「でも、期待はしないで。成人するまではダメだって…昔、言われたから」

「そっか…うん、でも…聞いてみて?」

 

 

ハリーは心から残念に思った。僅か望みをかけて何度も懇願したが、ソフィアとルイスは困った様にぎこちなく微笑む。──間違いなく、ハリーの願いは聞き届かれないだろう。

 

 

「ハリー、休暇中僕の家に来て泊まってよ!今年の夏はクィディッチのワールド・カップだぜ!どうだい?ハリー?泊まりにおいでよ!一緒に見に行こう!パパ、役所勤めだからたいてい切符が手に入るんだ!」

「うん…ダーズリー家は喜んで僕を追い出すよ。とくにマージおばさんの事があった後だし…」

 

 

ハリーはロンの言葉に元気づけられ、ソフィアとルイスは顔を見合わせて「良かった」と2人にだけ聞こえる声で呟いた。

 

 

「んー…私…ダーズリー家に行ってみたいのよね」

「ええっ!…や、やめといた方がいい。嫌な気持ちになるだけだよ」

 

 

ソフィアの小さな呟きに、ハリーはそんなとんでもない事を願うなんて有り得ないとばかりにぶんぶんと首を振る。魔法が大嫌いで、何の刺激も変哲もない普通な事をなによりも美徳とする彼らは、間違いなくソフィアを傷つけるだろう。

 

 

「でも…ハリーのおばさんは…えーと、ペチュニアさんだっけ?…私の母様の、お姉さんでもあるんでしょう?」

「…あ、そういえば、そうだね」

「母様の昔の話を聞いてみたいわ」

「難しいと思うよ。ペチュニアおばさんは、僕の母さんの事も嫌ってたし…魔法が大嫌いだし…」

「そう…残念ね。子どもの頃の母様の写真とか、見てみたかったんだけど…」

 

 

ソフィアはため息をつき、残念だと肩をすくめる。

ハリーは少し考え、自分でも何故そう言ったのかわからなかったが「じゃあ、僕がソフィアとルイスのお母さんの事を聞いてみるよ」とぽろりと口にした。

そんな事聞けば間違いなく数日は食事抜きになり部屋に軟禁されるだろう。言った後で後悔したが、ソフィアがぱっと嬉しそうに笑顔を輝かせたのを見て、引けなくなってしまった。

 

 

「本当!?ありがとう!嬉しいわ!」

「う、うん。でも、期待しないでね?」

「ええ、わかってるわ!」

「…ハリー、無理しないで。きっと魔法に関わる事は禁句なんでしょ?」

「うーん…頑張るよ」

 

 

ルイスはすぐにハリーの引き攣った顔を見て、優しく伝える。ソフィアもすぐに嬉しそうな顔を消し、申し訳なさそうにハリーを見た。

そうだ、ハリーは両親のことも知らされていなかった。それ程隠され、魔法に関する事全て秘匿されていた。きっとペチュニアさんは、妹達が魔女だと言う事がとてつもなく、嫌だったのだろう。

 

 

「ハリー、…私…ごめんなさい。忘れてね」

「…ううん、大丈夫。…僕も、母さんの子どもの頃の写真…ちょっと見てみたいし、探してみるよ」

「…本当?…ありがとう、ハリー」

 

 

ようやくソフィアがいつものような笑顔を取り戻したのを見て、ハリーは嬉しそうに頬を緩めた。ソフィアが悲しむのは見たくないし、なんだって…喜ぶのならなんだってしてあげたい。

ただ、ハーマイオニーの言葉を忘れたわけではなかった。「いとこであり、異父兄弟」その言葉はハリーの心に突き刺さっていたが、今は──深く考えない事にした。ソフィアの気持ちはわからないし、将来のことなんて…それこそ、不透明だ。問題が出てきた時に、考えればいい。

 

 

 

その後ソフィア達はいつもの車内販売員から沢山の菓子を買い込んだ。もちろんチョコレートは誰一人として選ばなかった──もう一年はチョコレートを見たくない。ソフィア達は同じ事を考えていた。

 

 

コンパートメントの座席の上に沢山の菓子の包みが広がり、5人はいろいろな事を話していた。話題はもっぱらハリー、ロン、ソフィアによるクィディッチのワールド・カップの件だったが。

 

 

「あ。ハリー。窓の外に何か飛んでるよ」

 

 

ふとルイスが窓際にいるハリーの隣を指差した。全員がその指差す方を見て、窓の外に何か灰色のものがぴょこぴょこ飛んでいるのを目撃した。

それは小さなフクロウだった。小さな体には大きすぎる手紙を嘴に咥え、懸命に羽をばたつかせ必死に汽車に食らいついている。ふらふらと危なげな様子は見ているこっちがひやりとしてしまう程だ。

 

ハリーは急いで窓を開け、腕を伸ばしてフクロウを捕まえた。

疲れたのかくったりとしていたフクロウは、ハリーに手紙を渡すと途端に元気になり嬉しそうにコンパートメント内を飛び回る。

任務を果たして嬉しく、誇らしいのだろう。天井ぎりぎりをくるくると旋回するフクロウを見て、ソフィアは楽しげに笑った。

 

 

「手紙?……シリウスからだ!」

「えーっ!?」

「読んで、ハリー!」

 

 

ハリーの驚きと興奮に満ちた声に、ソフィア達も目を丸くしてたちまち興奮し早く手紙の内容が知りたいと目を輝かせる。

 

ハリーは食い入る様に手紙を見つめ、声に出して読んだ。

 

 

その手紙には、シリウスの無事を知らせる事と、そしてやはり──あのファイアボルトを贈ったのは自分だと書かれていた。

 

 

「ほら!ね!?言った通りでしょ?」

「ああ、だけど、呪いなんかなかったじゃないか──いてっ!」

 

 

ハーマイオニーの勝ち誇ったような言葉に少しロンは意地悪く呟く。だがその呟きも、フクロウの甘噛みというには強すぎる噛みつきにより途中で止まった。

 

 

 

「来年の君のホグワーツでの生活がより楽しくなるよう、あるものを同封した──なんだろう…」

 

 

ハリーは封筒の中をよく探した。もう一枚羊皮紙が入っている事に気付きすぐにそれを広げさっと目を通す。

途端に、バタービールを一気に飲み干したような、ソフィアに手を繋がれ微笑まれたかのような、そんな温かく満たされた気持ちになった。

 

 

「ダンブルドアなら、これで充分だ!」

「ホグズミード行きの許可証!良かったわね、ハリー!」

「うん、本当に嬉しい!…ちょっと待って、追伸がある…──よかったら、君の友人のロンがこのフクロウを飼ってくれ。ネズミがいなくなったのは、俺のせいだし──だって!」

「こいつを飼うって?」

 

 

ロンは目を丸くして小さなフクロウをしげしげと見た。

少し何かに迷う様に眉をひそめたロンは、フクロウを手に掴みクルックシャンクスの前にずいと突き出す。

 

 

「どう思う?間違いなくフクロウなの?」

 

 

クルックシャンクスはふんふんとフクロウの匂いを嗅いでいたが、満足げに目を細めゴロゴロと喉を鳴らした。どうやらこれは本当にフクロウらしい。──それがわかったロンはにっこりと嬉しそうに笑い、ふわふわとしたフクロウを指の腹で撫でた。

 

 

「僕にはそれで十分な答えさ。こいつは僕が飼う」

 

 

 

ハリーは駅に着くまで何度もシリウスからの手紙を読み返した。

ソフィア達もハリーの気持ちを考え、何も言わずにそれを見守る。

 

汽車はついに速度を落とし、キングズ・クロス駅に到着した。

ソフィア達はカートに乗せた荷物を押し運びながら9と4分の3番線の柵から外の世界へ飛び出す。

 

 

ソフィアとルイスはいつものようにハリー達と別れ、遠くからこちらにゆっくりとした歩みで近づいてくるジャックの元に駆け寄った。

 

 

「おかえり、ソフィア、ルイス」

「ただいま!」

「いつも迎えにきてくれてありがとう、ジャック!」

「気にすんな。…聞いたよ。…知ったってな」

 

 

ジャックはソフィアとルイスを寂しさが含む真剣な目で見つめる。

ソフィアとルイスは顔を見合わせ──だが、優しく、朗らかに微笑んだ。

 

 

「うん、母様と兄様の事を──大切な家族の事を知ったの!」

「ジャックも兄様の事知ってるんだよね?色々教えてね!今度は隠し事は無しだからね!」

「…ソフィア…ルイス…」

 

 

2人が知ったのは辛い過去だ。

だが、それでも家族の事を知れて嬉しいのだと微笑む2人を見て、ジャックは一度目を伏せ込み上げるものを誤魔化した。

 

 

──アリッサ、2人はしっかり育ってるぜ?…アリッサによく似て、優しい子ども達だ。

 

 

「ああ!勿論だ!…さあ、家主が帰ってくる前にあんな写真やこんな写真を見せてやろう!」

「ええ!?楽しみだわ!」

「ジャック、母様ってかなり若く兄様を産んだよね?…父様って意外と…手が早かったんだね」

「あー…」

 

 

ルイスは率直に、父には言えなかった感想をジャックに伝える。それを聞いたジャックは苦笑いをこぼし、ソフィアは直接的な言葉に「ルイス!」と頬を赤らめた。

 

 

「──いや、手を出したのはアリッサだ。アリッサは欲しいものを手に入れるための手段を選ばない強かな奴だったからなぁ──あいつには内緒にしろよ?静かにキレるぞ」

「か、母様…」

「母様って…どんな人だったの?わたし優しくて、とても優秀だったって聞いたから…」

 

 

ルイスとソフィアは、アリッサがセブルスを手に入れるために何をしたのか──勿論考え理解したが頬を赤らめただけで何も言わなかった。いや、言えない。流石に両親の学生時代の性事情をあまり、口には出したくない。

 

 

「アリッサはなぁ…たしかに優しくて、賢い人だったな。だが、まぁ…スリザリンらしく手段を選ばない狡猾さと思い切りの良さもあった。さっぱりとした性格で、なんでもはっきり嫌なものは嫌だと言っていたな。──ま、その分…マグル生まれだ、疎まれることも多かったがちっとも気にしてなかった…見ていて気持ちの良い女だったよ」

「へぇ…なんだか、イメージとちょっと違うなぁ」

「俺に聞くより、アイツに聞いてやれ…今なら話してくれるさ」

「ええ、そうするわ!」

 

 

人気のない路地まで進んだソフィアとルイスはジャックの腕に掴まり、一年振りの家へ戻った。

 

 

 




ようやくアズカバン編終了しました!160話…長かったですらいつもだらだらまとめられず…読みにくい文章になってしまい、すみません。

次からは炎のゴブレットです!
これはまだ短くできるかも知れない、と思っています。ゴブレットはハリーの物語ですしね。
しかし、色々と書きたいところはあるので、丁寧に書いていきたいと思います。
いつも感想、評価、閲覧ありがとうございます!励みになります。
終わりにアンケートがあります。よければご投票下さい。三校揃うまでを書き始めるまで投票可能にし、その時1番多い人がパートナーになります。
そして、恋愛フラグが立ちます。フラグなだけで、恋人になるのかはまだ未定です。よろしくお願いします!
ルイスの場合は、家族愛で踊ります。

追加 フレッドではなくジョージのミスです…ごめんなさいジョージ…!


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炎のゴブレット
161 4年目の夏休み!


 

ソフィアは朝日の日差しを閉じた瞳に感じ、ぐっと一度眉間を寄せた後ベッドの上で体を縮こませた。

小さな唸り声を出しながらソフィアは目を擦り、体を起こす。

 

 

「…ルイス…?」

 

 

しかし、少し離れたところにあるベッドには誰もいない。しっかりと毛布が畳まれて置かれているのをみれば、このベッドの主が几帳面でしっかりとした人だとわかるだろう。

 

ソフィアはあくびを噛み殺し、トーストのかすかな匂いを感じながら枕元に置いていた杖を探り手に持つと軽く振り、箪笥の中から部屋着を取り出す。シンプルな黒いシャツに、ゆったりとした裾の広い灰色のズボンと白い靴下がふわふわと近づきソフィアの前で止まった。

とろんとしたまだ半分眠ったままのソフィアは服を着替えると寝巻きを無造作にベッドに投げ捨て、ベッド脇にある靴を履いた。

 

 

ルイスが抜け出した後のベッドは綺麗だが。ソフィアが抜け出した後のベッドは──その主がそのまま這い出たようにぐちゃりと布団は捲れ上がり、全く整えられていなかった。

 

 

「おはよう、ルイス…父様…」

 

 

とっくに朝食を終えたルイスとセブルスは食後の紅茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごしていたが、現れたソフィアを見た途端似たような表情で片眉を上げた。

 

「おはよう、お寝坊さん?」

「おはよう。…ソフィア、シャツのボタンが掛け違えている」

 

 

ソフィアの髪は寝癖が付き放題で美しい髪はぼさぼさと広がり、目は眠そうに閉じかけ、さらにシャツのボタンはどうすればそうなるのか──最低でも二つのボタンがあらぬ穴へ通っていた。

ソフィアはセブルスの声にちらりと自分の身体をを見下ろし、億劫そうな手つきでボタンを外す。

 

 

「え?……あぁ…」

 

 

ふありと大きな欠伸をしながらソフィアはボタンを全て外し、一つ一つゆっくりと止めながら朝食の置かれた席についた。

 

 

「…ソフィア、もう僕らは14歳になるんだから、ちょっとは()()()()()

 

 

シャツの下は下着ではなく、黒い肌着だったが、それでも年頃の少女が見せる格好では無いだろう。

勿論ルイスもセブルスも、その姿を見てあらぬ想像など微塵もしないが、そろそろソフィアは女性としての振る舞いを学ぶべきだと2人は思っていた。

 

 

「えぇ?…、…また今度ね…」

 

 

ソフィアはやや冷えたトーストにかぶりつき、もそもそと食べながら答える。

読んでいた日刊預言者新聞をたたみ、机の上に置いたセブルスは窘めるように「ソフィア」と声をかける。

 

 

「──アリッサは、その年頃にはすでに女性としての振る舞いを心得ていた」

「……はぁい…」

 

 

ソフィアはやや不機嫌になりながら小さな赤いトマトを指で摘み口の中に放り込む。

それを見たルイスとセブルスはちらりと視線を合わせ、はあ、と大きなため息をついた。

 

 

「昨日遅くまで起きてたの?ベッドに入ったのは僕と同じだったのに」

「んー…クィディッチワールド・カップの事を考えてたら…寝れなくて、つい…」

「…まだ1週間も先だよ?今からそれじゃあ…当日寝過ごしちゃうよ」

 

 

ソフィアが今なによりも心待ちにしているのは大好きなクィディッチのワールド・カップの事だった。イギリスで開催されるのは、実に30年ぶりであり、ソフィアだけでなくほぼ全てのイギリス在住のクィディッチファンが彼女のように心待ちにし…興奮して眠れない夜を過ごしていた。特に応援しているブルガリアのチームの試合を幸運にも見れる事が出来る──どのような素晴らしい箒使いを見せてくれるのだろうか──それを考えるだけで心臓が高鳴り目が冴え、全く眠れなかった。

 

 

ソフィアは暖かい紅茶を一気に飲むと杖を振り食器を台所まで運ぶ。食器がシンクに到着すれば、待ってましたとばかりにたっぷりとした泡を含ませたスポンジがひとりでに食器を洗った。

 

 

「だって、昨日切符が手に入ったって聞いたから…興奮しちゃって」

 

 

食事を取り、何とか目を覚ましたソフィアは窓際の小さな丸テーブルの上にある写真立ての前に座ると祈るように指を組んだ。

 

 

「おはよう、母様、リュカ兄様!実は、──昨日も言ったけど、クィディッチワールド・カップに行ける事になったの!すごく楽しみだわ!」

 

 

写真の中の母親は優しく微笑み、小さな兄はソフィアの言葉を聞いてぱっと母のローブを掴み、少しだけ笑った。

母親(アリッサ)は隣を見上げ、その視線の先にいる 父親(セブルス)は片眉を上げ、腕の中にいる小さな双子を見下ろした。

セブルスに抱かれている幼いソフィアとルイスは、無邪気にセブルスの髪を引っ張りあそびながら楽しげに笑っている。

 

 

アリッサとリュカの事を知った後、この家の中には数々の写真が飾られた。

セブルスが今まで隠していた家族全員が揃う写真。その幸福なひとときは決して長いものではなかったが──確かに、あったのだ。

 

 

「で?結局、ソフィアはドラコと行くの?ロン達と行くの?」

「うーん。まさか…2人から誘われるなんてね…」

 

 

ソフィアは母と兄に朝の挨拶を終えた後ぱっと立ち上がり、ソファに座るルイスの隣に勢いよく──ぼすん、と座った勢いでルイスの身体が少し跳ねた。──座り、困ったように肩をすくめた。

 

 

「僕は、ドラコと行くよ。もうロンに断りの手紙は送ったんだ」

「そうなの?…うーん…」

 

 

ルイスと一緒に観戦したい。

だが、ドラコは勿論友達だ、大切な人だとは思うが──やはり、何の因果か毎年()()()()()()を経験したハリーやロン、ハーマイオニーと共に居たい気持ちが強かった。

 

 

「僕はドラコと行く、ソフィアはロン達と行く。…それでいいんじゃない?運が良かったら会場で会えるよ」

「…かなり運が良くないとダメね、だって物凄く広いんだもの!」

 

 

ソフィアはそう言って嘆くが、それを聞いたルイスは内心で「もう、ロン達と行くって決めてるんじゃないか」と呟き苦笑した。

ルイスもロン達と──ソフィアと共に観戦したい気持ちはある、だがきっとドラコの誘いを断りロン達と行くと言えばたった一人の親友は拗ねてしまい臍を曲げ、9月1日から暫くしつこく嫌味を言うだろう。

 

 

「…でも…うーん…そうね、ドラコには…断るわ。丁度明日家に呼ばれてるし…その時に」

「うん。手紙より、そっちの方がいいよ」

 

 

久しぶりにマルフォイ邸への遊びの誘いがあったソフィアとルイスは、明日昼過ぎから行く事になっていた。

 

きっとドラコはクィディッチワールド・カップの話をしたいのだろう。あのチームのあの選手の動きは少し硬いとか、チェイサーを変更するのは愚策だった、僕ならビーターを変える──ルイスは得意げになって朗々と話すドラコを簡単に想像出来た。

魔法族としては珍しくクィディッチにあまり興味がないルイスは、そんなドラコのマシンガンを聞き流す術をこの3年で十分に取得している。それに、その少々煩いドラコの一方的な会話が、ルイスは嫌いではなかった。

 

ソフィアとドラコは、クィディッチに対しての熱が凄いから、白熱しすぎて喧嘩にならなきゃいいけど。とルイスはソフィアをチラリと見て思った。

 

 

「父様、ロン達とクィディッチワールド・カップに行ってもいいかしら?早朝から行くみたいだし…多分、前日から泊まる事になるんだけど…」

「あ、ドラコも前日からおいでって言ってた。僕も…泊まってもいい?父様?」

 

 

ソフィアはソファに座るセブルスの元へ駆け寄り、後ろからセブルスの首元に腕を絡ませた。そういえばドラコも同じような事を言っていたと思い出したルイスもセブルスに近づくと足元に座り、セブルスの膝に手を乗せ頭をつけじっと見上げる。

 

 

「……。…仕方あるまい」

「やった!」

「ありがとう、父様!」

 

 

甘え上手な2人に、セブルスは薄く微笑み願いを聞き届けた。

滅多に外泊することの無いソフィアとルイスは嬉しそうに顔を紅潮させ笑う。

 

セブルスが父親だとバレてはいけない。それを何とか──ハーマイオニーは別として──守っている2人は、ホグワーツでは親子としてなかなか会話が出来ないのだ。このように甘える事など、数少ない時間か…休暇中しかない。

その限られた時間に、ソフィアとルイスは目一杯セブルスに甘え、空白の時間を埋めるように側に寄り添い、セブルスもまたわかりにくいものではあったが、2人をしっかりと甘やかしていた。

 

 

「あ、そうだ。父様?今年準備するもので…ドレスローブってあったけど…何でそんなの必要なの?」

「それは……。…私からは言えないが、すぐにわかる事だろう」

 

 

セブルスは今年ホグワーツで開催される三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)の事をすぐに頭の中に浮かべたが、一応、秘匿とされている。我が子であっても立場上言う事が出来ない為、紅茶を一口飲み誤魔化した。

 

──それに、言ってしまえばサプライズにならないだろう。

 

 

「ふーん?…正装させるくらいだから…今年も、何かあったりして」

「せめて、楽しい事ならいいわね」

「流石に…楽しい事なんじゃ無い?」

 

 

毎年トラブルに巻き込まれるソフィアとルイスは、せめて一年は普通に面白おかしく過ごしてみたい──そう思っていた。

 

 

 




終わりにアンケートがあります。よければご投票下さい。三校揃うまで投票可能にし、その時1番多い人がパートナーになります。
そして、恋愛フラグが立ちます。フラグなだけで、恋人になるのかはまだ未定です。よろしくお願いします!
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162 マルフォイ邸!

マルフォイ邸の近くの道までセブルスの姿現しでやってきたソフィアとルイスは、久しぶりに見た大きな屋敷の立派な門扉の前で顔を上げた。

 

 

「相変わらず、大きいわね」

「うん…本当に…僕たちの家の何軒分だろう」

「…10軒以上なのは、間違い無いわ」

「……」

 

 

双子のヒソヒソ話を聞いていたセブルスは無言で門扉にあるノッカーを掴み打ち鳴らした。コンコン、とそれは小さな音だったがもちろんただのノッカーではなく、魔法界のノッカーである。控えめな来客者を告げる音は静かに屋敷全体に広がった。

 

 

少し待つと門扉が静かに開き、中からドラコがひょこりと顔を出した。ソフィアとルイスを見てぱっと表情を明るくさせたが、その隣にセブルスが居ることに気づくとすぐにいつものような涼しげな表情を取り繕う。

 

 

「こんにちは、ドラコ。今日はお招きありがとう!とっても嬉しいわ!」

「ドラコ、これ…大したものじゃないけど、今日の為に作ったんだ」

 

 

ソフィアは履いていたスカートを少し摘み足を曲げ、ルイスは手に持っていた紙袋をおずおずとドラコに渡した。

 

 

「ありがとう。…へえ、ルイスが作ったのか?」

 

 

ドラコは差し出された白い紙袋を受け取り、中を指で少し開き見る。中には透明なビニール袋でラッピングされたチョコブラウニーが入っている。一見すると普通の菓子店で売っているような出来栄えに、そういえばルイスは菓子作りが好きだったと昔言っていた事を思い出した。

 

 

「うん、安心して、ソフィアは手伝ってないよ」

「それは良かった」

「……もう!」

 

 

魔法薬作りで大雑把なソフィアは、きっと菓子作りでも同じなのだろう。

くすくすと笑うドラコとルイスに、ソフィアは頬を膨らませたが、2人は視線を交わすと意味ありげににやりと笑った。

 

 

「ドラコ。…ルシウスは居るか?」

「はい、ご案内します」

「あれ、父様…ルシウスさんに用事だったの?」

 

 

過去何度かマルフォイ邸に来て遊んだ事があるが、セブルスはあまり家の中に入ることは無かった。いつもは「また帰りに迎えに来る」といい、すぐに帰るのだが。

ルイスが不思議そうにセブルスを見上げれば、セブルスはルイスを見下ろし「後日、世話になるだろう」と静かに伝えた。

 

成程、旧知の仲だとはいえ一泊お邪魔しクィディッチワールド・カップに連れて行ってもらう子どもの為に、流石に保護者として色々話すことがあるのだろう。

 

 

マルフォイ邸に入ったセブルスはすぐにルシウスの居場所をドラコに聞き、ルイスとソフィアに「この家の物には触らぬように」と忠告し足早に1人廊下を進んで行ってしまった。

 

 

「そんな…物を壊す年齢じゃないわ!」

「この家には()()あるからじゃ無い?ねぇドラコ?」

「…そうだな」

「…ああ、そういう事ね」

 

 

一見するとただの家具も、侵入者を騙し呪う何かが無いとは言えない。

勿論、家主であるルシウスは初めて2人がここを訪れた時に触ってはいけない物の説明をしたが、それでも幼く好奇心旺盛のソフィアが飾られていた美しいティアラに触ってしまい手が暫く真っ赤に火傷したように腫れたこともあった。

そういえばそんな事もあった、とソフィアは懐かしむように目を細め、飾られている美しい彫刻や絵画を見ながら廊下を進む。

 

案内された先はドラコの自室であり、シンプルでいて、洗練され高級そうな家具が並んでいた。部屋の奥にある勉強机の近くの壁には少年らしくクィディッチのポスターやタペストリーが飾られ、そこだけが鮮やかな色彩を放ち、ドラコもただの少年である事を示していた。

 

ドラコの自室とはいえ、その広さは2人の家程の広さだろう。子供部屋、というよりも部屋の作りはリビングや談話室のようで中央には6人掛けテーブルやその数に合わせた椅子、部屋の奥には暖炉が煌々と燃え、柔らかそうな肘掛け椅子が二脚あり、毛並みの良いカーペットまで敷いてある。

 

ドラコに促されるままその広い机の席に座れば見知らぬハウスエルフが現れティーセットを用意しすぐに消えた。

 

 

「ドラコ、まず初めに言っておくわね」

「何だ?」

「…クィディッチワールド・カップのお誘いありがとう、とても嬉しいわ!…でも、ごめんなさい。私…先約があって…」

 

 

ソフィアは申し訳なさそうに眉を下げ謝った。ドラコは一瞬何か言おうと口を開きかけたがぐっと閉ざすと、ぶすっとした表情でカップを持ち紅茶を飲む。

ルイスからすぐ返事はきたが、ソフィアからは来なかった。2人からの手紙ではなかった事から、何となくそうなのだろうとドラコは予想していた。

だが、こうして面と向かって言われると残念な気持ちが隠しきれず、誤魔化す為に紅茶を飲んだがミルクも砂糖も入っていないそれはドラコの気持ちを表すように少し苦く感じた。

 

 

「馬鹿な事をしたな。誰に誘われたのか知らないが。…父上がとった席の方が良いに決まっている。貴賓席だ。」

「あー……そうかもしれないわね」

 

 

ソフィアは苦笑し紅茶にミルクをたっぷりと入れて飲んだ。

ウィーズリー家は裕福とはいえない。どのようにチケットを入手したのか、手紙には書かれていなかったが…きっと立ち見だろう。そうソフィアは考えていた。だが立ち見だとしても、仲の良い友人達と観戦する事ができるだけでソフィアは十分だった。

 

 

「…誰と行くんだ?」

「ロンに誘われたの、アーサーさんがチケットを手に入れたからって」

「……フン、良かったなソフィア。蟻のような選手が観れるだろう」

 

 

刺々しく嫌味を言うドラコに、ソフィアは何も言わず紅茶を飲んだ。

 

 

「まぁまぁ、ドラコ。僕はドラコと行くから。出場選手達の事を教えてよ」

「そうだな、…やはり1番の選手は──」

 

 

ルイスの言葉にドラコは選手達のプロフィールからチームの戦術など事細かに説明し、珍しくルイスが興味深そうに何度も相槌を打っていたお陰で降下しかけていた気分もいつものように戻ったようだった。

 

ルイスお手製のチョコブラウニーを食べながら、ドラコの話は止まる事なく紅茶がすっかり冷めてしまっても続いた。

ルイスはにこにこと人当たりの良い笑みを浮かべたままその話を聞き──実は右から左に聞き流し全く理解はしていなかったのだが──ドラコが一息ついた瞬間を見計らって「そういえば」と話題を変えた。

 

 

「ドラコは今年、何でドレスローブが必要か知ってる?」

「ん?…ああ、…先生は教えてくれなかったのか?三大魔法学校対抗試合がホグワーツで開催される。それに必要なんだろう」

「三大魔法学校対抗試合?…何それ」

「私も初めて聞いたわ」

「ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校で行われる試合だ。各校の代表選手を決めるらしい。かなり危険な試合らしいが…僕は立候補するつもりだ」

 

 

ドラコは目を輝かせ胸を逸らせる。ソフィアとルイスはその試合がどのような物なのか全く分からず、魔法使いの決闘のようなものだろうか、と首を傾げた。

 

 

「たまに父様がホグワーツに行ってたのはその準備だったんだね」

「夏休み中なのに、忙しそうだったものね。何かあるんだとは思ってたけど…試合ねぇ。私も立候補してみようかしら。…それって1人だけしかその試合に参加できないの?」

「ああ、そうらしい」

「どうやって決めるんだろうね。…僕は立候補しないけど」

 

 

その後3人はその試合がどのようなものなのか想像に花を咲かせたが、ソフィアの「決闘の練習でもしない?」の発言によりドラコは無理矢理試合の話を中断し、夏休みの宿題の話へ話題をすり替えた。

 

 

 

 

壁にかけられた時計が17時を指し、5回低い音が響いた時、ソフィア達はもうそれ程時間が経過したのかと時計を見つめる。

 

 

こんこん、と小さく扉を叩く音が響き、ドラコが返事をする前に静かに開く。

優しく微笑みながら現れたのは、ドラコの母であるナルシッサだった。

 

 

「ソフィア、ルイス。もう帰る時間ですよ」

「ナルシッサさん!お久しぶりです!…あっ、ごめんなさい、私…ご挨拶もしてなかったわ…!」

「ふふ、良いのよソフィア。楽しいお喋りに夢中だったのでしょう?」

 

 

ナルシッサは部屋の中に入ると、困った顔をするソフィアに優しく微笑みかける。先程部屋の前の廊下を通った時に、3人の楽しげな会話が漏れて外まで聞こえていた。

母として、一人息子が楽しげに友達と話している場面にわざわざ割ってはいるほど無粋な真似をしようとも思わず、微笑ましくその部屋を通り過ぎたのだった。

 

 

「ナルシッサさん。クィディッチワールド・カップのご招待ありがとうございます。前日から泊めてくださるって…」

「ええ、朝早くに行くことになるもの。…ふふっドラコったら、ルイスが泊まってくれるって知って、凄く喜んで──」

「母上!」

「──あらあら」

 

 

ドラコは顔を赤らめながら、がたんと勢いよく立ち上がりナルシッサの言葉を遮った。それすらも楽しそうにナルシッサは口元を抑えくすくすと笑い、ルイスとソフィアを見る。

 

 

「ルイス、ソフィア──あなた達がドラコの友達で居てくれて、嬉しいわ」

 

 

ルイスとソフィアは一瞬驚いた様に目を開いたが、ナルシッサの美しく、慈愛に満ちた眼差しに頬を少し赤らめ嬉そうにはにかみ頷いた。

 

 

「ドラコは、僕の親友です。これからも変わらずに」

「ええ、大切な友達よ」

「ああ…ソフィアは──」

「母上!ほら、もう先生が来たんじゃないですか?」

 

 

「友達じゃなくて、家族になってくれても良いのよ」というナルシッサの言葉は屋敷内に響いたノッカーの音と、再度顔を真っ赤に染めて叫んだドラコの声によって掻き消された。

 

 

「そうね。セブルスが迎えに来たみたいだわ」

 

 

必死な様子のドラコを見て、ナルシッサは陰ながら密かな恋心を応援しつつ、ソフィアの表情をチラリと見た。

しかし、ソフィアはきょとんと不思議そうな顔をしているだけで──ああ、まだ片想いなのね。と分かったが流石にそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 





ルイスの場合は、家族愛で踊ります。

追加 フレッドではなくジョージのミスです…ごめんなさいジョージ…!


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163 何度目かの隠れ穴!

ソフィアは大きな鞄に2日分のお泊まりセットを詰め、ついでにお菓子や色々な悪戯グッズを忍ばせた後、パタンと鞄を閉じた。

 

 

「よし、これで忘れ物は無いわね」

「きゅーん」

「だーめ、ティティ。あなたは連れて行けないわ」

 

 

ティティ、と呼ぶソフィアの声は咎めつつも柔らかな甘さを含んでいた。

ソフィアは鞄の上に乗りカリカリと爪で引っ掻くティティを抱き上げ顎の下を指で撫でる。真っ白なフェネックの──本当は、ただのフェネックでは無いのだが──ティティは気持ち良さそうに目を細め「きゅーん」と甘えたようにソフィアの手に頭を擦り付ける。

飼った時は掌に収まるほど小さかったティティも、もう小型犬程度の大きさにはなっただろう。長くふさふさとした毛並の尾は、いつのまにか根本から分かれて四本になっていたが、ソフィアは全く気にしなかった。

むしろ、ふわふわな四本の尻尾それぞれがソフィアの体をくすぐるように撫でる、その愛情表現がたまらなく好きだった。

 

 

「すぐ戻ってくるからね?」

 

 

ティティはぺたりと耳を垂れさせ、ソフィアの腕の中から抜け出すと軽やかな足取りでソフィアの腕を通り肩まで駆け上がる。そして、襟巻きのようにソフィアの首元に巻きつくと、白い煙を上げ──それが晴れる頃には、ソフィアの首には先程までなかった真っ白なつけ襟がついていた。

 

 

「こーら。変化しても、ダメよ?」

 

 

ソフィアがティティに変化の能力があると気付いたのは夏休みが始まってすぐのことだった。

 

 

 

 

いつものようにリビングで家族の団欒の時間を過ごしながら、思い思いの場所で読書をしていると、ティティがとてとてと小さな足音を響かせソフィアの脚の上に丸まった。

 

 

「ティティも大きくなったわねぇ…ふかふかのクッションみたいだわ。うーん…こんな毛並のクッション、欲しいわ…」

 

 

ソフィアは読んでいた本を閉じで足の上の温かな重みを撫でる。

するとティティは首を上げ少し首を傾げるようにすると「きゅ、」と小さく鳴き、ぼふん、と微かな音を立てて──真っ白なクッションに変化した。

 

それを見たソフィアはぴしりと固まったが、ルイスは怪訝な顔でソフィアとクッションになったティティを見てため息をこぼす。

 

 

「ソフィア、流石にティティをクッションに変化させるなんて…」

 

 

変身術の得意なソフィアが、きっと変身させたのだろう。しかし、どれだけ変身術が得意で自信があるとはいえ、自分のペットに変身魔法をかけるなんて──万が一戻らなくなったらどうするつもりなんだ。

ルイスも、少し離れたところで見ていたセブルスもそう思ったが、ソフィアは驚愕で目を見開き、ぽかんと口を開けたままゆっくりと首を左右に振った。

 

 

「私──私、何もしてないわ!か、勝手にティティが…変身したの!」

「……えぇ?」

 

 

ルイスは手を伸ばし真っ白なクッションを撫でる。それは温度もなく、ふわふわとしたとても気持ちの良いどこからどう見てもクッションだった。これ程見事な変身術を、ただのフェネックが使えるわけがない。

 

困惑するソフィアを見たセブルスは、本当にソフィアの魔法では無いと知ると立ち上がり、ソフィアの膝の上から クッション(ティティ)を掴み入念に調べた。

 

 

「……ティティは、妖狐なのかもしれんな」

「妖狐?」

「変化の得意な種族だ。英国原産の魔法生物では無い」

 

 

セブルスはソフィアにクッションを渡す。

もし、ティティがこのままの姿だったらどうしよう、と泣きそうに顔を歪めるソフィアの隣に座ると安心させるように優しく伝えた。

 

 

「妖狐ならば、魔力と知性を持つ。…ソフィアのクッションが欲しい、その言葉を聞いて叶えたのだろう。…戻るように言えばいい」

「…ティティ、元に戻って!」

 

 

ソフィアが懇願するように叫んだ途端、クッションはぶるりと震え白煙を上げ元のティティに戻った。

 

 

「ティティ!」

「きゅ?」

 

 

ソフィアはほっと胸を撫で下ろしぎゅっとティティを抱きしめたが、当の本人はきょとんとした目でソフィアを見つめ、嬉しそうに尻尾をぱたぱたと揺らした。

 

 

「すごいね、本当に妖狐なんだ…」

「驚いたけれど、…凄いわティティ!さすが私のペットね!」

 

 

変身術が得意なソフィアと、変化術が得意なティティ。偶然ペットショップで出会い家族になったのも、──必然なのかもしれない。そうソフィアはティティを抱きしめながら思った。

 

 

「父様、他にも変化出来るのかしら?」

「そうだな…おそらく、…訓練すれば可能だろう」

「まぁ!…ティティ?カップに変化してみて?」

 

ティティを持ち上げ、ソフィアが試しにそう言ってみれば、ティティは再び──ぽん、と軽い音と白煙を吐いて真っ白のティーカップに変化した。

ソフィアは目を輝かせ興奮したように「凄い!凄いわ!」と何度もティティを褒めた。

 

 

その後何度かさまざまな物に変化したティティだったが、どうやらどんな物に変化しても体色と同じく真っ白な物にしかならなかった。

 

 

 

 

 

「もう…ダメよ、ティティ。戻りなさい」

「きゅー…」

 

 

ぽん、と音を立ててつけ襟から元の姿に戻ったティティは悲しそうに耳と尻尾をだらりと垂らした。

その姿を見ると少し心が痛むが、ソフィアは考えを変えることは無い。ロンの家である隠れ穴は兎も角、クィディッチワールド・カップの広い場所で離れ離れになってしまえば──きっと再び会うことは叶わないだろう。

 

 

「ソフィアー?まだ準備してるの?もうそろそろ行かないと遅れるよ」

「はーい!もう行くわ!──ほら、父様とお留守番しててね?」

「…きゅーん…」

 

 

居間からルイスの呼び声が聞こえ、ソフィアはティティを床にそっと放ち、カバンを手に持って立ち上がった。

ティティはようやく諦めたように項垂れたままソフィアの足下に擦り寄り居間へ向かうソフィアの後ろを追いかけた。

 

居間へ行けばルイスは既に支度を終えて待っている所だった。

ルイスはロンの家へ行くわけでは無いが、ちょうど同じ時刻にセブルスに姿現しでマルフォイ邸まで行くことになっている。

その前に、ソフィアをセブルスと2人で見送る事にしたのだ。

 

 

「父様、ティティをよろしくね?」

「ああ──楽しんできなさい」

 

 

ソフィアはセブルスに抱きつき、セブルスも身体を屈め優しく抱き返す。

いつものようにソフィアはセブルスの頬にキスを落とし、セブルスは目を優しげに細めた。

 

 

「ルイス、試合会場で会えたらいいわね!」

 

 

セブルスから離れるとソフィアはルイスに抱きつき、同じように頬にキスをする。ルイスもまた頬にキスを返し、ぎゅっと優しくソフィアを抱きしめた。

 

 

「そうだね。…ま、それが良いことなのか、僕にはわからないけど」

「…ふふっ確かに、そうかもね」

 

 

ルイスはマルフォイ家と行く。

ソフィアはウィーズリー家と行く。

もし、万が一出逢ってしまえば2年前のようにバチバチと火花を散らせ、また喧嘩が勃発するかもしれない。今回はそれを止める ジャック(大人)は居ない。

 

ソフィアはフルーパウダーを一掴みすると暖炉の中に投げ入れる。暖炉の炎が緑色に揺らめき燃え上がった。

カバンを掴み、ソフィアは顔一面にぱっと明るい笑顔を広げ大きな声で言った。

 

 

「じゃあ行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

「くれぐれも、迷惑をかけないように」

「はーい!──隠れ穴!」

 

 

ソフィアは行き先を告げながら緑の炎の中に飛び込んだ。

手を振るルイスの姿を最後に、ぱっと視界から見慣れた居間が消え身体が急旋回し、ぐんぐんスピードが上がる。

ソフィアは目を閉じ身体を縮こまらせ、スピードが落ちてきたときに咄嗟にカバンを自分の前に突き出した。

 

 

止まる直前カバンを前に出したおかげか、ソフィアは今度は尻餅をつくことなくウィーズリー家のキッチンの暖炉にたどり着くと先にカバンを外に放り投げ、這い出た。

 

 

「ソフィア!いらっしゃい、久しぶりね!」

「お久しぶりですモリーさん、お招きくださりありがとうございます!」

 

 

エプロンで手を拭きながらモリーはにっこりと笑いソフィアを助け起こし、抱きしめ歓迎を身体全体で表した。

 

 

「自分の家だと思って寛いで頂戴ね?少し前にハーマイオニーも着いたところよ。今はジニーと一緒にいるわ。──ジニー!ハーマイオニー!ソフィアが来たわよ!」

 

 

モリーが居間にいるハーマイオニーとジニーに呼びかければすぐにばたばたと走る足音が聞こえ、扉から2人が顔を輝かせながら飛び込んできた。

 

 

「「ソフィア!」」

「ハーマイオニー!ジニー!久しぶりね、会いたかったわ!」

 

 

ソフィアは2人まとめてぎゅっと抱きしめ嬉しそうに顔を綻ばせる。

ハーマイオニーとは去年も殆ど共に過ごしたが、学年が違うジニーとは談話室か大広間でしか会う事がなく──それに、去年は授業や宿題に追われていて、正直ゆっくり話す余裕があまりなかった。

 

 

「今日一日と、試合の日だけ泊まれる事になったの。クィディッチワールド・カップが終わった次の日にはすぐに帰らないといけないんだけどね」

「残念だわ…ソフィアもロンのお家からホグワーツに行けばいいのに…」

「私の()()()、過保護なのよ」

 

 

ソフィアの言葉に、このまま1週間少し隠れ穴で過ごすハーマイオニーは残念そうに言ったが、ソフィアはくすくすと楽しげに笑って答えた。

ソフィアの言う保護者が誰を指しているのか知っているハーマイオニーは、あのセブルス・スネイプが過保護なところなど想像も出来ない、と内心で苦く思う。

 

 

ソフィアはハーマイオニーとジニーと楽しげに会話しながらキッチンの奥にある洗い込まれた白木のテーブルに、ふと見知らぬ2人がいる事に気付いた。こちらを見て微笑ましそうな目を向ける2人はジニーとよく似た赤毛をしている。──間違い無い、ウィーズリー家の長男と次男だろう。

ソフィアはすぐに2人のそばに寄ると人懐っこく明るい笑みを浮かべた。

 

 

「はじめまして、ソフィア・プリンスです!あなたは?…ビル?チャーリー?」

「チャーリーだよ。よろしくソフィア」

 

 

チャーリーはニコリと笑い大きな手を差し出した。ロンやパーシーと比べてやや背が低いが、彼らの中で最も体格がしっかりとしている。シャツから伸びる腕は太くがっしりとしていて、所々傷跡や火傷の跡が残っていた。

 

 

「チャーリー!ドラゴンの仕事をしているのよね?私、ドラゴンとか、魔法生物が大好きなの!」

「本当かい?ドラゴンは──素晴らしい、うん」

「ええ、ほら…2年前にちょっと…。あの時に初めて本物を見たの、凄く美しくて、かっこよくて…また見てみたいわ!」

 

 

ハグリッドがこっそりと飼っていたドラゴンの幼体の事を思い出しうっとりと目を細めるソフィアを見て、チャーリーはドラゴンの良さがわかる人に会えた嬉しさから微笑んだまま「また、きっと会えるさ…割と遠く無いうちに」と呟いた。

ソフィアがその言葉の意味を聞く前にビルが立ち上がりソフィアに手を伸ばした。

 

 

「俺はビル。よく来たね」

「はじめまして、ソフィアよ!…あっ!ビルって、グリンゴッツで呪い破りをしているのよね?私、呪い破りに興味があって…ずっと話を聞きたいと思っていたの!」

 

 

ソフィアはビルの手を握り、ぱっと明るく笑う。

怪我が付き物の呪い破りに興味がある女子は少ないため──いや、ドラゴンに興味がある女子も少ないだろう──ビルは「へぇ!」と驚きながらも自分の仕事に興味がもたれる事は嬉しく、人の良さそうな笑みを浮かべる。

 

 

「もし、本当に呪い破りになりたい日が来たら…何でも聞いて。力になるよ」

「ありがとう!将来何になるか…うーん、悩むわ…。呪い破りも素敵だし、ドラゴンの研究者も魅力的よね…魔法生物全体の研究にも興味があるの。変身術も好きだから…ちょっと教師にもなりたいし…」

「夢が沢山あるのは良い事だ。…いずれにしろ、勉強が必要だね、応援してるよ」

「ええ、ありがとう!」

 

 

ソフィアはまだ漠然とした未来しか描いていない。だが、どの夢もかなりの勉強と成績が必要な職業ばかりだ。

 

 

「ソフィアはすごく賢いのよ!」

 

 

ジニーはソフィアの後ろから顔を出すと、まるで自分の事のように誇らしげにビルとチャーリーに言う。ソフィアは少し驚きながらも照れたように笑い「大袈裟よ!それに、ハーマイオニーには負けるわ!」と悪戯っぽくハーマイオニーをチラリと見た。

 

 

「ソフィアが苦手なのは魔法薬学と薬草学の実技試験くらいね?」

「うーん…今年は、ちょっと頑張ろうかしら」

「ええ、せめて鍋を溶かさないくらいにね?」

 

 

くすくすとハーマイオニーが笑いながら言えば、ソフィアは肩をすくめて「それ、先生にも言われたわ」と呟いた。

 

 

立ち話も何だし、座るかい?とチャーリーに聞かれたソフィア達はそのまま白木のテーブルにつき、モリーが運んできた紅茶を飲みながらビルとチャーリーの仕事の話を熱心に聞いた。

ジニーはあまり呪い破りにも、ドラゴンの研究にも興味がなく少々退屈そうにしていたが、ハーマイオニーとソフィアの目がキラキラと輝き興奮から頬を紅潮させているのを見ると、自室に行きましょうとは言い出せなかった。

 

 

暫くすると話し声と共にばたばたとキッチンに向かう足音が聞こえ、ソフィア達は入り口の方を振り返る。

現れたのは家主であるアーサーと、双子のフレッドとジョージ、それにロンだった。

 

 

「あれ、ソフィア!来てたのかい?」

「フレッド、久しぶりね!」

「久しぶり──なんだ、言ってくれたらよかったのに!」

「ジョージも、久しぶり!」

 

 

ソフィアは椅子から立ち上がるとフレッドとジョージの元に駆け寄りぱっと抱き着いた。フレッドはソフィアの頭を悪戯っぽく笑いながらぐりぐりと撫で、ジョージは優しくその背中をぽんぽんと叩いた。

 

 

「ルイス、まじで来なかったんだな」

「そうなの。先約があって…」

「聞いたぜ?マルフォイと行くんだろ?物好きだよなぁ」

「ルイスはドラコと仲良しだから…」

 

 

苦虫を噛み潰したような嫌そうな顔でやれやれと首を振るフレッドとジョージを見てソフィアは苦笑する。

敵対する寮のスリザリン生であり、さらにクィディッチでも姑息で卑怯な手ばかり使うドラコの印象は、やはりどこで聞いても悪い。本人の行いのせいだとは分かっていても、なんとなくソフィアは複雑だった。

 

 

「ソフィア、よく来たね!ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます、アーサーさん」

「今からハリーを迎えに行くところなんだ。──ああ、少し遅れてしまったな、まぁ、うむ。大丈夫だろう」

 

 

アーサーは忙しなくソフィアに挨拶をすると腕時計をチラリと見てすぐにキッチンの奥にある暖炉へ向かった。

その後をロンと──何か企んでいるように、悪戯っぽく笑うフレッドとジョージが続く。

 

ソフィアは一瞬。

私も行きたい、そう言いかけたが口を閉ざした。

 

ハリーの今住んでいるところには、母親の姉が居る。少し会って話したい気持ちがあったが、ロンはともかく、フレッドとジョージの前で「私の母様は、あなたの妹のアリッサです」と言うわけにはいかない。

 

ソフィアとルイスはハリーといとこである。その事を知った日、ハリー達に誰にも言わないで欲しいと伝えていた。

ハリー達は困惑し、疑問に思っていたようだが、ソフィアとルイスがあまりにも真剣に、必死に懇願したため頷くしかなかったのだった。

 

 

赤毛の家族達が消えゆく暖炉を見て、ソフィアはきっといつか会える。──そう、信じていた。

 

 

 

 





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164 お仕事大好き!

 

 

ソフィアは荷物を置くためにジニーの部屋へ案内された。

ジニーの自室は広くはなかったが女の子らしくぬいぐるみがあり、化粧台には使いかけの化粧品やイヤリングが綺麗に並べられていた。家具は古く、ところどころ色紙まだらになっていたが、それを隠すように可愛らしい布が飾られている。

 

 

「その…狭くて、ごめんね?」

「そうかしら?素敵な部屋よ!」

「ありがとう!」

「…でもシングルベッドに3人寝るのはきつそうね」

「たしかに…」

 

 

ジニーは申し訳なさそうに眉を下げる。ホグワーツ に行くようになって母と同じ部屋から1人部屋に変わったが、それでも兄妹の中で1番狭い部屋だった。

ソフィアは全く気にせず笑ったが、ジニーは狭いベッドを見て肩を落とす。ハーマイオニーもどうやれば3人で寝れるだろうかと眉を顰めた。

2人なら兎も角、3人が寝るのは流石に無謀だろう。男子なら床に転がり寝ることも出来るが、流石に女子であるソフィア達はそんなつもりはなく、困ったように顔を見合わせる。

 

 

「あ!ベッドを大きくさせればいいんだわ!」

 

 

ソフィアはポケットから杖を取り出すと「エンゴージオ!」と肥大が魔法をベッドにかけた。ベッドはぶるりと震え、ダブルベッド程の大きさに広がったが、そのせいで部屋の半分以上がベッドで埋められてしまった。

床に置かれていたおもちゃや本がガタガタと音を立てて崩れ、何かがぐしゃりとひしゃげた音が響く。

 

 

「ごめんなさい。…寝る前に、大きくさせたほうが良いわね」

 

 

ソフィアは肩をすくめベッドを戻し、端に追いやられてしまったおもちゃや本、壊れた箱を元通り戻した。

 

荷物を置いたソフィアは、階下から騒がしい声が聞こえてジニーとハーマイオニーと共に再びキッチンへ向かう。

きっとハリーを迎えに行ったアーサー達が帰って来たのだろう。

 

キッチンからはアーサーの怒ったような声と、少し後にモリーの訝し気な声が聞こえる。一体何があったのかと3人は顔を見合わせ、キッチンの入り口で仁王立ちしているモリーの後ろから顔を覗かせた。

 

 

「あっ!ハリー!」

「ソフィア!久しぶりだね!」

 

 

ソフィアが微笑みハリーに小さく手を振れば、ハリーは嬉しそうに同じようににっこりと笑い返す。

その笑顔を見たジニーはぽっと頬を染めソフィアの後ろに隠れ、ハーマイオニーは「私もいるんだけど」とソフィアしか見えていないハリーにツンと唇を尖らせた。

 

 

「アーサー、一体何なの?言ってちょうだい」

「モリー、大したことじゃない。フレッドとジョージが…ちょっと…だが、もう言って聞かせた」

「今度はなにをしでかしたの?まさか、また ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ(W・W・W)じゃ無いでしょうね?」

 

 

モリーが険しい表情でアーサーに詰め寄り、アーサーは視線を彷徨わせ「あー…違う」ともごもごと呟く。そのあからさまに怪しい言い方にモリーは何かとんでもない事があったに違いないと飄々としているフレッドとジョージを厳しい目で睨んだ。

 

 

「ロン、ハリーを寝室に案内したらどう?」

「ハリーはもう知ってるよ。僕の部屋だし、前もそこで──」

 

 

ハーマイオニーの言葉の意味が分からずロンは首を傾げていたが、ソフィアは顎で入り口を指すハーマイオニーの仕草にピンとくるとロンに助け舟を出した。

 

 

「ロン、みんなで行きましょう?」

「…あっ!オッケー」

 

 

ようやく、ハーマイオニーの言葉がこの場から逃げ出す口実なのだとわかったロンはハリーの腕を掴みモリーの隣をさっと通る。

 

 

「うん、俺たちも行くよ」

「あなた達は、ここにいなさい!」

 

 

ジョージも直ぐにロンの後に続こうとしたがそれを許すモリーでは無く。低い声で凄みジョージとフレッドの行く手を阻む。

 

ソフィアはちらりとジョージを見て声に出さず「頑張って!」と伝え──ジョージとフレッドは額を押さ大袈裟な身振りで嘆いて見せた。

 

 

ソフィア達は狭い廊下を渡り、軋む階段を駆け上がりロンの部屋へと向かう。

 

 

「W・W・Wって何なの?」

「私も気になったわ」

 

 

階段を上がりながら不思議そうにハリーがロンに聞き、ソフィアもその言葉を初めて聞いた為不思議そうにロンを見る。

ロンとジニーは顔を見合わせくすくすと楽しそうに笑ったが、ハーマイオニーは顰めっ面をし全く面白くない、とロンとジニーを冷ややかな目で見た。

 

 

「ママがね、フレッドとジョージの部屋を掃除してたら、注文書が束になって出てきたんだ。2人が発明した物の価格表で、ながーいリストさ。悪戯おもちゃの。…騙し杖とか、ひっかけ菓子だとか、いっぱいだ!」

「えっ!?それ、凄いわね!」

「うん、僕もあの2人があんなに色々発明してるなんて知らなかった…」

 

 

フレッドとジョージはいつも楽しい悪戯をして人を喜ばせている。──まぁ被害を被るスリザリン生徒の一部は全く喜んでいないだろうが──そんな2人が密かに発明をしていたかなんて、それも聞く限りかなり愉快そうな発明品ばかりだった。ソフィアが尊敬と興奮の入り混じった目を輝かせれば、ロンはどこか誇らしげに頷いた。

 

 

「昔からずっと、2人の部屋から爆発音が聞こえていたけど、何か作ってるなんて考えもしなかったわ。あの2人はうるさい音が好きなだけだと思っていたの」

「ただ、作った物がほとんど──っていうか、全部だな──ちょっと危険なんだ。それに、あの2人…ホグワーツでそれを売って稼ごうと計画してたんだ。ママがカンカンになってさ。もう何も作っちゃいけませんって2人に言い渡して、注文書をぜんぶ焼き捨てちゃった」

「…それはちょっと酷いわね。学生のうちに発明をして稼ごうとするなんて、凄いのに…」

 

 

普通、そこまで考える子どもは居ないだろう。

フレッドとジョージは悪戯が好きなだけではなく、それを将来の職業にしようと思っているのだとソフィアは気付いたが、ロンとジニーが言うにはモリーはけっしてそれを良しとはせず、2人に魔法省へ進む道を望んでいたらしい。

それを聞いたソフィアは、あの2人が魔法省で働く未来が微塵も想像出来ず──フレッドとジョージの言うように、悪戯専門店を開くのが間違いなくあっていると思った。

だが、家族の問題においそれと口出しをして良い物でも無い、親にしてみれば不安定な職よりも身の堅い職の方が嬉しいものなのかもしれない。

 

そういえば、将来の話を父様とした事が無いわ。とソフィアはふと気がついた。まだ4年生にもなっていないが、そろそろ学生時代の折り返しでもある。5年生になれば将来に関わるO・W・L(フクロウ)試験が待っている。──その前に一度、進路の話をしても良いのかもしれない。

 

 

ソフィアがそう考えているとき、二つ目の踊り場の扉が開き、角縁メガネをかけたパーシーが迷惑そうに顔を顰めながら顔を出しキョロキョロとあたりを見渡していた。

 

 

「やぁパーシー」

「お邪魔してます、パーシー」

「ああ、ハリー、ソフィア。久しぶりだね」

 

 

ハリーとソフィアの挨拶にパーシーはするりと扉から体を出すと胸を逸らしメガネを指でくいっと上げた。

 

 

「誰がうるさく騒いでるのかと思ってね。僕、ほら…ここで仕事中なんだ。役所の仕事で報告書を仕上げなくちゃならない。──階段でドスンドスンされたんじゃ、集中しにくくって敵わない」

「ドスンドスンなんかしてないぞ。僕たち普通に歩いているだけだ!──すみませんね。魔法省極秘のお仕事のお邪魔を致しまして」

 

 

パーシーの言い方に苛ついたロンが嫌味をねちっこく言えば、途端にパーシーの眉が吊り上がる。ハリーは2人の間に険悪な空気が流れたのを感じ、パーシーの気を紛らわせようと「何の仕事なの?」と聞いた。──パーシーは、仕事の事を聞かれるのが大好きなのだと、ロンが呆れたように手紙で何度も教えてくれていたからだ。

 

ハリーの言葉に、きっとハリーは自分の仕事に興味があるのだと嬉しく思ったパーシーは、ハリーの思惑通り一気に機嫌を戻し気取ったように伝える。

 

 

「国際魔法協力部の報告書でね。大鍋の厚さを標準化しようとしてるんだ。輸入品には僅かに薄いのがあってね。漏れ率が年間約3パーセント増えてるんだ」

「まぁ!じゃあ、きっと私が魔法薬学の授業で2回に1度は大鍋をダメにしてしまうのも、きっとその粗悪品のせいね!」

「それは関係ないわね」

「…あら、…そう?」

 

 

ソフィアは「なるほど!」と手を叩いたが、隣にいるハーマイオニーに即座に否定されてしまい肩をすくめた。

 

 

「世界がひっくり返るよ、その報告書で。日刊預言者新聞の一面記事だ。きっと。──鍋が漏るってね」

「ロン、お前は馬鹿にするかもしれないが、何らかの交際法を科さないと今に市場はペラペラ底の粗悪品であふれ深刻な問題が──」

「はいはい、わかったよ!」

 

 

パーシーの熱っぽい早口にロンは両手を上げ嫌そうに話を中断させると、もうここに居たくないとばかりにハリーの背中を押して先に進むように促した。

少し傷付き──怒りと、どこか悲しげな目で悔しそうにロンを睨むパーシーに、ソフィアは近づき見上げるとそっと覗き込んだ。

 

 

「私は、その報告書も必要だと思うわ」

「…本当に?」

「ええ、鍋底が厚くなれば、薬品が漏れ出さないし、…魔法薬学で失敗しなくて済むかもしれないでしょう?お仕事がんばってね、パーシー!──あ、扉に防音魔法かけておくわ!これで集中出来るわよ?」

 

 

ソフィアは杖を振るい扉に外部の音を遮断する防音魔法をかける。少し驚いた目でそれを見たパーシーは、その手があったかと今更ながらに思い出した。

 

 

「ありがとうソフィア。…でも、未成年は学校以外で魔法は──」

「…じゃあね!また後で!」

 

 

防音魔法は有難い。

だが、未成年は魔法を学校以外で使う事を禁じられている。優等生で規律に厳しいパーシーがそれを許すわけもなく小言を言い出した途端、ソフィアは逃げるように手を振り先に行ってしまったロン達を追いかけた。

 

 



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165 少女達の会話!

 

モリーとパーシーの小言から逃れるためにロンの部屋へ行き、暫くソフィア達は階下から低く響く論争を聞いていた。

きっと、アーサーはモリーの追求を逃れる事が出来ずに、フレッドとジョージが何をしたのか──何をわざとダドリーの前に落としたのか伝えてしまったのだろう。

 

 

「ハリー、夏休みはどうだった?私、また遊びに行きたかったんだけど、ちょっと忙しくて…」

 

 

ソフィアは沢山の授業を選択していた為、ハリー達よりも膨大な量の宿題をこなさねばならなかった。それに、亡き母と兄の思い出話をセブルスやジャックから聞いて、家の中に隠されていた家族の軌跡を辿ったり、セブルスが渡した家族が揃っているアルバムを眺めたり、初めて墓参りに訪れたり…この夏休みは改めて家族として、ゆっくりと過ごそうとソフィアとルイスは決めていたのだ。──最も、クィディッチワールド・カップは別問題だが。

 

 

「ケーキとかお菓子とか、ちゃんと届いたかしら?」

「うん、本当にありがとう!皆からのケーキでほんとに命拾いしたよ…」

 

 

手紙で無理矢理食事制限メニューしか食べさせてもらえず、グレープフルーツ4分の1程度しか出てこないと嘆いていたハリーに、ハーマイオニー、ロン、ソフィアとルイスはそれぞれハリーの誕生日には美味しそうなケーキや日持ちするお菓子を大量に送っていた。

そのおかげで何とかハリーはダドリーと違い空腹に苦しみ苛つくことは無く、いつものように顔色も体調も万全だった。

 

 

「それに、便りはあるかい?ほら──…」

 

 

ロンは言葉を区切り、意味ありげにハリー達を見回す。

ハリーはロンがシリウスの事を聞きたがっているのだとわかったが、ジニーがいる手前何もいえず困った顔で黙り込む。

その微妙な沈黙が落ちた空気に、すぐにジニーはまた自分だけ除け者なのかとつまらなさそうに顔を歪めロンに何があったのかと聞きたげな視線を向けていた。

 

 

「…あ!もう下は落ち着いたみたいよ?降りていってモリーさんの夕食の準備を手伝いましょう?」

「うん、オッケー」

 

 

今度はすぐにソフィアの言葉の奥に隠された真意をロンは読み取ることが出来て頷くと、ジニーからの怪訝な視線から逃れるようにすぐに立ち上がった。

 

 

ロンの部屋を駆け降りてキッチンに行けば、そこにはもうモリー1人しか居なかったが、キッチン内を動き回る背中から怒りの雰囲気が漏れ出している。──かなり機嫌が悪そうだ。

 

 

「モリーさん、私たち何かお手伝いしましょうか?」

「ああ、ありがとうソフィア。今日は人数が多いから、庭で食べることにしましたよ。お嬢ちゃん達、お皿を外に持っていってくれる?ビルとチャーリーがテーブルを準備してるわ。そこのお二人さん、ナイフとフォークを持ってお願い」

「わかりました!…ジニー?どのお皿がいいかしら?」

「えーと、そうね…このお皿でいいと思うわ」

 

 

ソフィアはジニーとハーマイオニーと食器棚に駆け寄り所狭しと詰められた皿やボウルを手に取った。

12人分となれば中々の重さであり、ソフィアはいつものように杖を振るい数数の食器を浮遊させる。それを見たジニーは目を輝かせたが、ハーマイオニーは眉を顰めトントンとソフィアの肩を叩く。

 

 

「ソフィア、未成年は学校以外で魔法を使ってはいけないのよ」

「あー。つい、癖で…」

 

 

パーシーと全く同じ忠告を受けたソフィアは肩をすくめ浮いていた皿を掴んだ。

かちゃんと陶器が重なる音が響き、うず高く積まれた皿を落とさないようにしっかりと抱えながら外へ運ぶ。

 

ジニーを先頭に、ソフィアとハーマイオニーは皿を抱えて勝手口から外に出た。

 

 

「あれ?ビルとチャーリーは…居ないわね」

 

 

ソフィアはあたりを見渡し、皿を置くはずの机が無いことに気付くとそっと手を離す。

 

 

「…まぁソフィア!あなた、魔法かけたままだったのね!?」

「だって重いもの」

 

 

ふわふわと浮いた皿を見たハーマイオニーは責めるように叫んだが、重い皿の山を持つハーマイオニーとジニーの腕はそろそろ限界が近づき小さく震え、顔は真っ赤に染まっている。

 

 

「大丈夫よ、大人がいる所では魔法を使ってもバレないもの!」

 

 

ソフィアが地面に向かって杖を振りローテーブルを出せば、ジニーとハーマイオニーは待ってましたとばかりに皿の山をその上に置き、痛む腕を揉みながら一息ついた。

ソフィアが浮かせていた皿もかちゃかちゃと小さな音を立てて積み重なる。

 

 

「ありがとうソフィア、あと少しで落とす所だったわ」

「もう!…今回限りよ?」

「さあ、それはどうかしらね」

 

 

日常的に魔法を使う事に慣れているソフィアは、ハーマイオニーにどれだけ厳しく言われても頷くことは無かった。もはや息をするように魔法を使ってしまっている。大人がいる場面では自制が効かないのも、仕方のない事だろう。

 

ハーマイオニーはまだ何かを言おうとしたが、突如響いた何かが大きくぶつかる音に言いたい小言を飲み込み、3人は顔を見合わせた。

 

 

「向こうからだわ」

「いってみましょう」

 

 

前庭の方からはぶつかる大きな音と共にフレッドとジョージの歓声が響いていた。

顔を覗かせれば、机を出すように言われいたビルとチャーリーが杖をかまえ、使い古した大きな机を二つ操り互いに戦わせていた。

机は闘牛のようにけたたましい音を響かせぶつかる。ソフィアは目を輝かせ少し離れた場所で観戦するジョージの隣に座った。

 

 

「凄いわね!」

「ああ!ソフィアはどっちの机が勝つと思う?──そこだ!いけっ!!へし折れ!」

「うーん…どっちも中々強いわね」

 

 

ジニーは目の前で繰り広げられる机同士の戦いに声を上げて笑い、ハーマイオニーは面白いやら心配やら複雑な表情でそわそわと二頭の戦いを見ていた。

 

 

ビルの机が猛烈な勢いでチャーリーの机に激突し、その衝撃で一本机の足が飛んだ。手に汗握る戦いにわあっと歓声が上がり、ビルは観客達の拍手に応えるようにニヤリと笑い胸に手を当て綺麗に一例をした。

 

 

「凄いわ!こんな遊び方もあるのね!私も今度ルイスとしてみようかしら…」

「いいね!間違いなく、10点の減点はされるだろうけど」

「あら、いまさら10点の減点に怯む私じゃないわ!」

 

 

ウキウキと心を弾ませるソフィアに、ロンは楽しげにこたえた。

ビルとチャーリーはソフィアの言葉にくすくすと楽しげに笑いながら、今まで乱闘していた机を二つ並べて芝生の上に下ろす。ビルは杖を一振りして折れていた机の脚を元に戻し、どこからともなくテーブルクロスを取り出した。

 

 

「あ、お皿持ってこなきゃ…」

 

 

ソフィアは「アクシオ」と唱えて杖を振るう。すると勝手口の方から何十枚もの皿がぷかぷかと浮かび滑るように現れ、ソフィアの杖の動きに合わせて机の上に綺麗に並んだ。

また魔法を使ったソフィアに、ハーマイオニーは少しムッとしたがもはやなにを言っても無駄なのだとわかり、何も言わなかった。──あの机の乱闘に参加しなかっただけマシと言えるだろう。

 

 

 

七時になると、2卓のテーブルにはモリーが腕を振るって用意したご馳走の数々が並び、机が重みで軋んだ。

紺碧に澄んだ空の下、気持ちのいい夜風が吹く中で食べるご馳走はなんとも素晴らしかった。

ソフィアはニコニコ微笑みながら何度も「美味しい!」と言い、何度も空になった皿に追加をよそった。

勿論、特別な料理は特にない一般的な家庭料理ばかりだったが、それでもこんなに和気藹々とした食事を囲むのは、かなり久しぶりだ。

 

パーシーが唯一の話し相手である──話をちゃんと聞いてくれるアーサーに向かって鍋底の報告書の話をしているのを聞きながら、ソフィアはチキンハム・パイをもぐもぐと食べる。

 

 

「──僕たちの国際魔法協力部はもう手一杯で、他の部の捜索どころじゃないんですよ!ご存知のように、ワールドカップのすぐ後に、もう一つ大きな行事を組織するのでね」

 

 

パーシーは勿体ぶって咳をすると、机の反対側の方──ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアを意味ありげに見た。ロンが嫌そうに眉を顰め、またかとばかりにフォークをがじかじと強く噛む。

 

 

「お父さんは知っていますね、僕が言っていること──あの、極秘の事」

 

 

極秘という割には、中々大きな声でパーシーは言う。

ロンは極秘の行事とは何だろう不思議そうにするハリーとハーマイオニーに「何の行事かって質問させたいんだよ」と嫌そうな声で教えた。

 

 

「あ、もしかして 三大魔(トライウィ)…──」

 

 

ドラコから聞いたアレのことだろうか。とソフィアはピンときて思わず途中まで言いかけたがすぐにぱちんと手で口を塞いだ。

その言葉を聞いたハリー達は何の事なのか首を傾げ、何がホグワーツ で開催されるか知っているビル、チャーリー、パーシー、アーサーは驚愕の目でソフィアを見た。

 

 

「ソフィア?何を言いかけたんだ?トライ…なんだって?」

「あー…ううん。なんでもないわ」

「…ソフィア何か知ってるんだろう、教えてくれよ」

「うーん……」

「俺たちの仲じゃないか!」

 

 

フレッドとジョージの間に座っていたソフィアは、左右からの声に自業自得なのだが、困ったように眉を下げ肩をすくめると、助けを求めるようにチラチラとアーサーを見た。

 

 

「ソフィア、どこで聞いたのかね?」

「──ジャックから、ほら、…ジャックって、魔法省の人と仲良し…でしょう?」

「…なるほど。彼なら黙っていそうな物だが…。フレッド、ジョージ、ソフィアの言ったことは忘れなさい」

 

 

さすがにここでドラコとルシウスの名前を出せばややこしい事になるだろう。ソフィアは内心で育て親に謝りながら濡れ衣を被せてしまった。

このワールドカップが終わった後、謝りに行かないと──後、口裏を合わせるように頼まないといけない。

 

 

フレッドとジョージは「忘れられるもんか!」と怒り、再び左右からソフィアに問い詰めたが、ソフィアはガタンと立ち上がるとさっとモリーとジニーの間に木の丸椅子を出現させ無理矢理体を押し込み座った。

今のソフィアにとって、間違いなくこの2人の間が安全地帯だろう。

 

モリーはソフィアを見下ろし、彼女がここに避難してきた意味がわかるとくすくすと笑いながらフレッドとジョージを見る。

 

 

「ほらほら貴方達、女の子を困らせるものじゃありませんよ」

「そうよ!ソフィアに嫌われるわよ?」

「……ちぇっ!」

 

 

ジニーがモリーの言葉に応戦し、揶揄いつつニヤニヤと笑いながら言えば、フレッドとジョージは顔を見合わせつまらなさそうに口を尖らせた。

 

 

 

料理が大皿から全て無くなった後、辺りが闇に染められていく中、アーサーは蝋燭を作り出し庭中に幻想的な明かりを灯す。

 

デザートのストロベリーアイスクリームを食べ終わる頃、心地よい満腹感と多幸感に包まれたソフィアとハリーとロンとハーマイオニーは、揃って少しアーサー達から離れた場所で庭小人を追いかけ回すクルックシャンクスを眺めていた。

 

 

ロンが自分達以外は別の話題に気を取られている事を確かめてから、低い声でソフィアに聞いた。

 

 

「それで…さっき言いかけてたのはなんだい?」

「言えないわ。だってサプライズじゃなくなるもの!」

「えー。僕も知りたいな」

「少なくとも楽しい事よ!…まぁ、私もよくわからないんだけど…ごめん!それだけしか言えないわ!」

「楽しい行事ねぇ…──あ、そういえば…シリウスから便りはあったの?」

 

 

ハーマイオニーがこっそりとハリーに聞けば、ハリーは他の人達が聞いていないのを確認し「うん」と頷いた。

 

 

「2回あった、元気みたいだよ。僕、おととい手紙を書いた。ここにいる間に返事が来るかもしれない」

 

 

ハリーはソフィア達にシリウスの無事を伝える。ほっとした表情を見せる彼女達を見ていると、なぜ自分がシリウスに手紙を出したのか唐突に思い出した。

悪夢にうなされ、額の傷跡が酷く痛んだのだった──しかし、今穏やかで幸せそうな顔をしているソフィア達の表情を曇らせたくない。ハリーはまた後で…いつか言おうと口を閉ざした。

 

 

夜遅くまで庭で喋って居たが、明日の朝も早い事をモリーが思い出し先に女子達にシャワーを浴びるように伝える。お客様から、という事で先にシャワーを浴びたソフィアは寝巻きに着替え、2倍ほどに広くなったジニーのベッドに腰掛けて杖先から温風を出し髪を乾かしていた。

 

 

「ソフィアの髪、綺麗よね」

 

 

首にタオルをかけ、頭を拭きながらハーマイオニーが隣に座りぽつりと呟く。

ソフィアは杖先をハーマイオニーに向け──ハーマイオニーはソフィアが魔法を使うことをうるさく言う事を諦めていた──ハーマイオニーの髪を乾かしながらにっこりと笑う。

 

 

「嬉しいわ!」

「私の髪って、癖っ毛だし…ちっとも纏まらないのよね」

 

 

水分を含んでいたハーマイオニーの髪はまっすぐだったが、乾かされた途端ふわふわといつものようなボリュームを取り戻しハーマイオニーの顔の動きに合わせて揺れる。

ハーマイオニーは自分の髪先をちょんと掴んでため息をこぼした。

 

 

「私、ハーマイオニーのふわふわの髪も好きよ?たんぽぽの綿毛みたいで気持ちいいもの!」

「…そう?」

「ええ!」

「なぁに?なんの話?」

 

 

ジニーがぽたぽたと雫を垂らしたまま部屋に戻り、楽しげにくすくすと笑うハーマイオニーとソフィアの前に椅子を引き寄せ座る。

 

 

「髪の話よ。ジニーの髪も…真っ直ぐで羨ましいわ!」

「ああ…私はハーマイオニーの髪も好きよ」

 

 

ソフィアもハーマイオニー程ではないが毛先に近づくにつれ軽くカーブを描いているが、ジニーの髪は真っ直ぐでいて、さらさらとした指通りの良さそうな髪だった。

 

ハーマイオニーの髪が乾いた後、ソフィアは同じようにジニーの髪も乾かし、杖をベッドの上に置いて手をパチンと叩いた。

 

 

「さ、もう寝ましょう?明日はとっても早いわ!」

「え?もう寝るの?」

 

 

しかし、ジニーはどこか悪戯っぽく笑うと椅子の上で足を組み、身を乗り出し声を顰めた。

 

 

「ソフィアは今日しか泊まれないでしょ?…恋バナしましょうよ!こ・い・ば・な!ソフィアは誰が好きなの?ハーマイオニーは?」

 

 

ジニーはワクワクと顔と目を輝かせたが、ソフィアは一瞬きょとんとした後、頬を僅かに紅潮させ悩むように腕を組んだ。

 

 

「うぅーん…それって、勿論…親愛…とかじゃ無いわよね?」

「当たり前の事言わないでよ!」

 

 

おずおずとソフィアは聞いたが、ジニーは呆れたようにバッサリと切り捨てる。親愛なら、沢山いる。ハリーやロン、ハーマイオニー、ジニーだって好きだ。もちろんフレッドとジョージ、それにドラコとルイスの事も。だが異性として誰を好きなのかと聞かれると──ソフィアは言葉を詰まらせる。

 

ハーマイオニーとジニーはソフィアがなんと答えるのか気になりじっとソフィアの顔を見つめる。ソフィアは目を引く美人では無いが、ころころと変わる表情や、その確かな魔法の才能、ちょっぴり悪戯好きなユーモアなど…隠れて想いを寄せるものは多い。

ソフィアは2人からの熱い視線に珍しく狼狽え視線を彷徨わせながら「あー…いないわ」と呟いた。

 

 

「…本当に?嘘じゃ無いわよね?」

「勿論よ!」

「まさか、初恋もまだとか言わないわよね?」

「…失礼ね!初恋くらい、私にだって…あるわ!」

 

 

訝しげなジニーのじとりとした視線に、ソフィアはかっと頬を染めながら叫ぶ。

ハーマイオニーは女の子らしいソフィアの反応に、てっきり初恋もまだだろうと思っていたが──流石に、初恋はあったのね。

 

 

「へぇ?誰なの?」

「それは…」

「教えて!」

「……ジャック」

「ジャック?…ジャック先生ね!確かに、かっこいいものね」

「そうなのよ。優しいし、かっこいいし…うん、私の初恋ね。…ま、すぐに諦めたけど」

 

 

ソフィアはここまで言ったのなら別に隠さなくてもいいだろうと諦めたように白状した。

ジニーとハーマイオニーは顔を見合わせ、ジャックの太陽のような明るい笑顔を思い出した。確かに、ジャックは飛び切りかっこよく、スタイルも良い。人柄も申し分なく──淡い恋を抱く気持ちもわからなくも無かった。

 

 

「私の事ばっかりじゃなくて!…ジニーとハーマイオニーは?好きな人、いるの?」

「いるわよ」

「…ええ…まぁ…少し気になるくらいだけど…」

 

 

ジニーはあっさりと答え、ハーマイオニーは頬を染めて口の奥でもごもごと答えた。

2人の思いもよらない言葉にソフィアは口をぽかんと開けた後、目を輝かせた。

 

 

「誰なの!?私の知ってる人かしら?」

「私は…ハリーが好きなの」

「まぁ!ハリーね…うんうん、確かに優しいしかっこいいもの!…ハーマイオニーは?」

 

 

髪と同じ色に頬を染めたジニーは愛らしく微笑む。恋をしている少女の微笑みに、ソフィアは何故か自分が照れるのを感じながらそれを誤魔化すようにハーマイオニーを見た。

 

ハーマイオニーは「えぇー…と」と何度か口を開いたり閉じたりを繰り返して居たが、やがて小さな声で呟く。

 

 

「絶対、絶対に…誰にも言わない?」

「勿論よ!」

「ええ、この3人だけの秘密よ!」

「好きとか、その、そういうのじゃないかも知れないけど…気になってる人は。…うん、いるの」

 

 

ジニーとソフィアの期待の眼差しに、ハーマイオニーはもごもごと口の奥で呟いていたが、観念したかのように一度深くため息をついた後、口を開いた。

 

 

「………ロンよ」

「…え?…聞き間違いかしら。今、ロンって言った?」

 

 

ジニーはハーマイオニーの口から出た人の名前が信じられず思わず聞き返す。ハーマイオニーはつんとそっぽを向き──頬は真っ赤に染まっていたが──小さく頷いた。

 

 

「ロン…ロンね。……うん、ちょっと口が悪いけど、本当はとても優しいし、明るくて面白い人よね!」

 

 

ソフィアはまさかいつも一緒にいるメンバーの中にハーマイオニーの想い人がいるとは思わず、明日ロンと会った時にどんな顔をすれば良いのか少し悩んだ。

 

 

「ソフィアも、いつか…好きな人が出来たら絶対教えてね?」

「ええ、2人には…必ず教えるわ!」

 

 

暫くソフィア達は黄色い声を上げながらホグワーツで人気の男子の話をしていたが──女子に人気なのはハッフルパフのセドリックと、そしてルイスも人気らしい。それを聞いてソフィアは驚いたが誇らしくもあった──外にまで3人の楽しげな会話が微かに漏れて居た為、モリーに「早く寝なさい!」と怒られてしまい、3人は慌ててベッドの中に入った。

 

 

中央にソフィア、その左右にハーマイオニーとジニーが寝転び、ひとつの薄い布団を被りくすくすと笑う。

 

 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

「おやすみ、…良い夢を」

 

 

ソフィアは身体を起こしジニーとハーマイオニーの額に優しくおやすみのキスを落とす。

薄ぼんやりとした月明かりが室内を照らす、どこか幻想的な雰囲気の中微笑むソフィアは──とても、綺麗だった。

 

 

──恋をすると綺麗になるって言うけど。…ソフィアがこれ以上綺麗になると、大変かもしれないわね。と、ハーマイオニーとジニーは同じ事を考えながら自分の額を撫でた。

 

 

 

 



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166 さあ行こう!

 

 

翌朝モリーに叩き起こされたソフィアとハーマイオニーとジニーは眠そうに目を擦り何度も大きな欠伸をこぼす。緩慢な動作で服を着替えるが、袖に腕を通すことすら、億劫だった。

 

 

「おはよう…ハーマイオニー…ジニー」

「ああ…ふぁ…お、はよう…」

「おはよう…眠いわね…」

 

 

いつもは元気いっぱいなソフィアも、流石に4時間ほどしか寝ていない為、溌剌とした雰囲気は損なわれ閉じそうなほど目を細め、かくりと何度も船を漕ぎながら鞄から服を引っ張り出した。

 

ソフィアは真っ白のシャツに黒いワイドパンツを履き、上から丈の長く薄い桃色のカーディガンを羽織る。

ハーマイオニーからクリスマスプレゼントで貰ったバレッタを使う為に左右から髪を結い上げハーフアップにすると、落ちないようにしっかりと止める。頭を左右に振りずれてこない事を確認した後、ソフィアは杖を振り大きな姿見を出した。

 

 

「…眠そうだわ」

 

 

姿見に映るソフィアは眠そうにとろんとした目をしていたが、身なりだけはきちんと整えられ出掛ける支度はバッチリと決まっていた。

ハーマイオニーとジニーも服を着替え終わり、ソフィアが出した姿見の前で服装のチェックを済ます。

 

 

「下に──ふぁあ…──降りましょう。また、ママの雷が落ちるわ…」

 

 

ジニーは欠伸を噛み殺し、目に浮かんだ涙を指で拭いながらハーマイオニーとソフィアに声を掛ける。

ソフィアは姿見を消した後、2人の後に続いてキッチンへ降りていった。

 

既にハリー達は起きて白木の机に眠そうに頭を下げながら座っていた。顔色がどことなく悪いのは、間違いなく寝不足だからだろう。きっと私も同じ顔色ね──ソフィアはそうぼんやりと鈍い思考で考えながらハリーの隣に座る。

 

 

「おはよう」

「おはよう、ソフィア」

 

 

口々にいつもより覇気のない朝の挨拶を交わす。

ソフィアは目の前にある空のボウルにオートミールを入れ、カップに熱い紅茶を注ぎ眠気覚ましの為にミルクも砂糖もいれずにちびちびと飲んだ。

 

 

「どうしてこんなに早起きしなきゃいけないの?」

 

 

ジニーは目を擦りながらアーサーの隣に座り、どこか恨めしげにアーサーを見上げる。

 

 

「結構歩かなくちゃいけないんだ」

「歩く?…え?僕たちワールドカップ会場まで歩いていくんですか?」

 

 

アーサーの言葉に、きっと箒を使ったり、魔法バスを使ったり──とにかく、何か想像もつかない方法で移動するのだと思っていたハリーはその原始的な移動手段に驚いてアーサーを見る。歩けるほど、この家の近くに会場があるのだろうか?

 

 

「いや、いや。会場は何キロも向こうだ。少し歩くだけだよ。マグルの注意をひかないようにしながら、大勢の魔法使いが集まるのは非常に難しい。私たちは普段でさえ、どうやって移動するのかについては細心の注意を払わねばならない。ましてや、クィディッチワールド・カップのような一大イベントなら尚更だ」

 

 

驚くハリーにアーサーは微笑みながら説明をする。ソフィアはオートミールを食べながら、きっとルイスとドラコは馬車か何かで優雅に行くのね──とは思ったが、アーサー達の好意でクィディッチ・ワールドカップに招待されているんだ、何も文句は言うまいと言葉を飲み込んだ。

 

ふと、ソフィアは隣にいるハリーと、自分の前にいるロンを見て、昨夜遅くまでハーマイオニーとジニーとした()()()を思い出し──少し居心地の悪そうに足を動かした。

 

 

──ハーマイオニーはロンの事が好きで、ジニーはハリーが好きなのなら。私は協力すべきなのかしら?ああ、でも変にくっつけようとしたら…不審に思われちゃうわね、…あんまり、恋愛の事は…分からないし。

 

 

ソフィアは友人達の恋を応援したかったが、力になる事は──どうやら、自分の経験値の無さでは出来なさそうだ、と無言で残っていたオートミールを一気に食べた。

 

 

その後、静かな食事は突如モリーの叫びによって壊される。

こっそりとポケットに悪戯グッズを忍ばせていたフレッドとジョージにモリーは顔を真っ赤にして怒り狂った。

隠していた物全てを没収され捨てられたフレッドとジョージは見るからに不機嫌になり、顰めっ面のまま会場に向かう支度を乱暴にはじめた。

 

ハリー達はフレッドとジョージの問題に首を突っ込むのは得策では無いだろうと考え、食事が終わるといそいそと部屋に戻り鞄に色々な物を詰め始めた。

 

 

和やかな雰囲気とは言えない中、ソフィア達は隠れ穴を出発し、まだ暗い庭を進んだ。空には白く薄い月がまだ残り、地平線の彼方はぼんやりと白み始めている。

 

 

ソフィア達は会場に向かう手段──移動キーの説明を聞きながら隣村まで向かう。

村を通過する頃には夜空が少し明るい群青色に変わり、朝が近い事がわかる。

いつもならこの澄んだ空気を楽しむソフィアだったが、凍えるような寒さに震え、自分の腕をさすりながら懸命に足を動かす。

もはやソフィア達は会話する余裕もなくストーツヘッド・ヒルを登っていた。

薄暗い中で山道を登るのは簡単な事ではなく、ソフィアは何度か野ウサギの巣穴に足を取られ、夜露を多く含んだ茂みに躓いた。ルーモスが使えたなら、箒で飛べたならきっと簡単に頂上に辿り着くことが出来ただろう。

 

ソフィアは魔法が使えないマグルの不便さを、ありありと体験したが──もう2度と体験したくない、そう思った。

 

 

少し歩くだけ、にしては長い時間──それも山道を歩いたソフィア達は息切れしながら、やっとのことで頂上まで辿り着き、平坦な地面を踏み締めた。

 

 

「ふー!やれやれ、丁度いい時間だ。あと10分ある」

「ハーマイオニー、大丈夫?」

「わ、…脇腹が…」

 

 

最後に脇腹を抑え顔を顰めながらハーマイオニーが辿り着き、はあはあと荒い呼吸をなんとか整えようと何度も深呼吸をする。

 

 

「私も…喉が、痛いわ…」

 

 

ソフィアは荒い呼吸のしすぎて痛んだ喉を抑え、ごくりと唾を飲み込む。少しは痛みが和らいだが、この冷え切った空気を吸い込むたびに喉がチクリと痛んだ。

 

 

「後は移動キーがあればいい、そんなに大きいものじゃない。──さあ、探して…」

 

 

ソフィア達は目を凝らしバラバラになって探した。

しかし目に飛び込むのは土と雑草ばかりで、移動キーらしきものは見当たらない。

探し始めてほんの2、3分も経たない内に、大きな声がしんとした空気を破った。

 

 

「ここだ、アーサー!セド、こっちだ!見つけたぞ!」

「エイモス!」

 

 

丘の頂の向こう側に、星空を背にした影が二つ立ち、一つはこちらに向かって何かを持ち手を振っていた。

 

アーサーは褐色のたっぷりとした顎髭を持つ恰幅の良い魔法使い──エイモス・ディゴリーの元へニコニコと微笑みながら駆け寄り、しっかりと握手をした。

ソフィア達はアーサーの後に続き、エイモスと、その隣に立つセドリックを見上げる。

 

ソフィアは勿論、クィディッチ選手であるセドリックのことを知っていた。ハッフルパフ寮チームのキャプテンであり、シーカーだ。確かに優しく朗らかな顔で、女子からの人気が高いのも頷ける爽やかなカッコ良さだと、昨夜の話を思い出しながらソフィアは思う。

 

 

「みんな、エイモス・ディゴリーさんだ。魔法生物規制管理部にお勤めだ。…息子のセドリックは知ってるね?」

「やあ」

 

 

セドリックは少し手をあげ、ソフィア達ににっこりと微笑み挨拶をする。

ソフィア達は同じように軽く挨拶をしたが、フレッドとジョージは去年クィディッチでハッフルパフ寮に負けたことをまだ根に持ち、顰めっ面のまま頷いただけだった。

いつもの2人ならニヤリと笑い軽口を叩く余裕を見せていただろう「次は負けない」くらいは言いそうだが、残念ながら2人の虫の居所はとても悪かった。

 

 

「アーサー、随分歩いたかい?」

「いや、まあまあだ。村のすぐ向こう側に住んでいるからね。そっちは?」

「朝の2時起きだよ、なぁセド?こいつが早く姿現しのテストを受ければいいのにと思うよ。いや…愚痴は言うまい…クィディッチ・ワールドカップだ。たとえガリオン金貨一袋やるからと言われたって、それで見逃せるものじゃない──」

 

 

まぁ、チケットは金貨一袋ほど高かったのだが、とエイモスは肩をすくめ、アーサーの後ろにいる子供たちを見た。

 

 

「全員君の子かね、アーサー?」

「まさか!赤毛の子だけだよ。この子はハーマイオニーと、ソフィア。ロンの友達だ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは軽く頭を下げ、エイモスもにっこりと笑う。

 

 

「こっちが、ハリー。この子もロンの友達だ」

「ハリー?ハリー・ポッターかい?」

「あ──ええ」

 

 

エイモスは驚いたように目を見開きハリーの顔──稲妻型の怪我を見るために、じろじろと見る。その舐めるような視線も、ハリーは既に慣れっこになっていたが、なんとなく落ち着かない気持ちになり肩をすくめた。

 

 

「セドが、勿論君のことを話してくれたよ。去年、君と対戦した事もね。私はセドにいったね…セド、そりゃ、孫子にまで語り伝える事だ!そうだとも…お前はハリー・ポッターに勝ったんだ!」

 

 

興奮し、これほど誇らしい事はないとセドリックの背中を叩きながらハリーに意味ありげな目配せをするエイモスを見て、ハリーは何と答えていいか分からず黙り込んだ。

フレッドとジョージも顰めっ面のままエイモスとセドリックを睨み、セドリックは困ったような顔で「父さん、ハリーは箒から落ちたんだよ…そう言ったでしょう、事故だって…」と居心地の悪そうに呟いた。

 

しかしエイモスはハリーは落ちたが、セドリックは落ちなかった、それが重要なのだと何度も自分の息子を持ち上げた。

 

 

「ハリーは、飛行術であの人を倒したわけじゃないのにね」

「まぁ、呪文学なら私たちの方が──孫子まで語り伝えられるわね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーに囁き──流石に出会って間もなく、尚且つこの後一緒に試合会場に行くだろう大人に感情のままに、苦言を言うほどソフィアは子どもではなかった。いや、きっと数年前なら何も気にせず言っていただろう。ソフィアも場の雰囲気を読むようになり、成長した──と、言えるのかもしれない。

 

 

「そろそろ時間だ」

 

 

アーサーは服の下から懐中時計を引っ張り、無理矢理話題を変えた。

 

 

「エイモス、他に誰かくるか知ってるかな?」

「いいや、この地域には他に誰も居ないと思うが、アーサーはどう思うかね?」

「私も思いつかない。…さあ、あと1分だ。…準備しないと──移動キーに触っていればいい、指の一本でもいいから」

 

 

アーサーは移動キーの事を知らないだろうハリーとハーマイオニーに説明し、前に来るようにソフィア達の背を押した。

たった一足の古びたブーツを全員が触れなければならないが、鞄やリュックが嵩張りなかなか難しくソフィアは必死に手を伸ばし、踵の下をぐっと摘むように掴んだ。

 

 

「お、オーケーよ…」

「よーし…あと3秒…2秒…1──」

 

 

アーサーが1と言う前に、ソフィアはぎゅっと目を閉じ腹に力を込めた。すぐ後に臍裏から前に引っ張られるような感覚がし、両足が地面を離れる。

ソフィアは移動キーはたまに使った事はあったが、この浮遊感があまり得意では無かった。

肩にハーマイオニーとハリーがぶつかり、ぎゅっと左右から押し付けられ──突如、両足が地面にぶつかり、ソフィアはパチリと目を開け手を前に出し、転倒しないようにバランスをとった。なんとか倒れずに済んだ、と思ったが──。

 

 

「──きゃっ!」

「あぁっ!──ご、ごめんなさい、ソフィア!」

 

 

移動キーで移動した事など無いハーマイオニーはうまく着地する事が出来ず、ソフィアの上に重なるようにして倒れ込み、巻き込まれたソフィアも結局、そのまま地面に倒れてしまった。

 

 

「5時7分。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」

 

 

どこからともなく、アナウンスの声が響いた。

 

  

 



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167 少しは大人になったの!

 

ソフィア達は霧深い辺鄙な荒地に移動していた。疲れたような顔をする魔法使い達に──彼らはマグルの服装を来ていたが、間違いなく可笑しな格好になっていた。それに気付いたのはハリーとハーマイオニーだけだろう──ウィーズリー家一行が過ごすキャンプ場の場所を聞き、霧が立ち込める荒野をまた暫く歩き始めた。

 

20分程歩くと小さな石造りの小屋がぼんやりと現れ、その脇に門があった。さらにその向こう側には何百というテントが白く霞がかったゴーストのように並んでいた。

 

テントの群れは広々としたなだらかな傾斜に立ち、地平線上の先にある鬱蒼とした森まで続いている。

 

ソフィアは見える限り全てのテントにいるのが魔法族なのだと分かると、何だか不思議な気持ちになった。

キャンプ場はここだけではない。きっとキャンプ場を利用せず直接クィディッチ会場を訪れる者も居るだろう。

イギリスだけではなく、世界各国から魔法使いが訪れる──他の国では魔法の在り方がまた異なると本で読んだ事があるが、どんなものなのだろうか。少しくらい、見る事が出来るだろうか?

 

アーサーがキャンプ場の管理人であるマグルの男に明るく挨拶をし、テントの金額を払っているのを見てソフィアははっと気付いた。

慌ててアーサーに駆け寄り、そっと服の裾を引っ張る。ハリーにマグルの紙幣の使い方をこっそりと聞いていたアーサーはすこし驚いたようにソフィアを見た。

 

 

「どうしたんだね?」

「あの、…あの、私…お金を…きっと、保護者から…ジャックから受け取ってないですよね?」

 

 

困り顔でおずおずと言うソフィアに、アーサーはにっこりと笑い首を振った。

マグルの男に聞かれないようにソフィアの耳元まで顔を近づけると、アーサーはそっと囁く。

 

 

「大丈夫だよ、1人増えたところで変わらない」

「でも……」

「ソフィア、子どもはそんな事考えなくていいんだ」

「…、…はい、ありがとうございますアーサーさん…」

 

 

アーサーは笑っていたが、キッパリとした有無を言わせない声でソフィアをたしなめる。ソフィアは眉を下げたまま、少し笑い何度もお礼を言った。

チケットはコネで入手する事が出来たと聞いていたが、この場所を無料で借りるわけではない。ウィーズリー家があまり裕福では無いと知っているからこそ、ソフィアは少しでも払いたかったが──アーサーの優しさを読み取り、ソフィアはそれ以上強く言わなかった。

今回ソフィアはアーサーやモリーに世話になっているが、勿論セブルスはソフィアが出掛ける前にウィーズリー家に挨拶などしていない。

その一方でルシウスにはしっかりとルイスを頼む旨のお願いをしに行った事を、ソフィアは知っていた。

 

 

「それに、ジャックからよろしく言われていてね。──彼には、この後のビッグイベントでかなり力を借りたから、そのお礼でもあるんだよ」

「え?…そうなんですか?」

「ああ、だから…本当に気にしなくていい」

 

 

アーサーはソフィアの頭をぽんぽんと撫でると、ハリーに言われた枚数の紙幣をマグルの男に手渡した。

 

 

ジャックが、ホグワーツで開催される三大魔法学校対抗試合の関係者だとは思わず、ソフィアは少し驚く。…確かに、ジャックの友好関係はかなり広いとセブルスから聞いていた。大掛かりなイベントらしいし、何か手伝っていたのだろう。…尚更、早めに口裏を合わせて貰うように頼まないと後々ボロが出そうだ、とソフィアは無言で考えた。

 

 

マグルの男は何百もの予約があり、その利用者は全てどこか奇天烈な人ばかりだと怪しんでいた為、何処からともなく現れた魔法使いに忘却術をかけられてしまった。

 

無事──とは言えないまでも、何とかマグルの男からキャンプ場の地図と釣り銭、テントを設置する場所を教えられたアーサーはソフィア達を連れてキャンプ場の奥へと進む。

 

はじめは普通のテントばかりだったが、奥へ進むに従ってテントは派手なものになり、どう見てもマグルに隠すつもりのない意匠を凝らしている。

キャンプ場の真ん中あたりには縞模様のシルクで出来たまるで小さな城のような豪華絢爛なテントがあり、生きた孔雀が数羽入り口に繋がれその美しい羽を広げていた。

 

ソフィアは、なんとなくその孔雀に見覚えがあったが──アーサーのいる今、何も言わない方がいいだろうと見て見ぬふりをした。

 

 

「毎度のことだ。大勢集まると、どうしても見栄を張りたくなるらしい。──ああ、ここだ。ご覧、私たちの場所だ」

 

 

たどり着いた場所はキャンプ場の1番奥で、森のすぐそばだった。

その広い空き地に立て札が打ち込まれ、ウィーズリーと名前がかかれている。

 

 

「最高のスポットだ!競技場はちょうどこの森の反対側だから、こんなに近いところはない!」

 

 

アーサーは嬉しそうに言いながら肩にかけていたテントを下ろす。

ソフィアは鬱蒼とした森を見つめ、この先に競技場があるなんて、後数時間で素晴らしい時間を過ごす事が出来るなんて──と、足の疲れも忘れて興奮したように目を輝かせた。

 

 

魔法を使わずマグル式でテントを建てると言い切ったアーサーに、マグル界の事をよく知っているハーマイオニーと、キャンプなんてした事は無いが取り敢えず期待の眼差しで見られてしまいやるしか無くなったハリーが何とか四苦八苦しながらテントを建て始めた。

 

 

「ハリー、これはどうやって使うの?吸血鬼は居ないのに、杭なんて…。…あっ!わかった!贄をテントの前に打ち込んで厄除けにするのね!?」

 

 

ソフィアは短い鉄製の杭を不思議そうに見ていたが、ハッとすると「何か動物を捕まえてくるわ!」と森へ駆け出そうとする。

ハリーは慌ててソフィアの手を掴みぶんぶんと首を振った。

 

 

「違うよ!えっとね…これで、こう……これ、木槌って言うんだけど、これで叩いてテントを地面と固定するんだよ」

「えっ?こ、これで固定?…そんなの──取れちゃうんじゃ…」

「何?木槌?木槌と言ったかねハリー!?わ、私にやらせてくれないか?」

「え、…はい、勿論です」

 

 

目を輝かせ興奮しながらアーサーはハリーの手から木槌を受け取ると宝石を見るようにうっとりとなんの変哲もない至って普通の木槌を眺める。

ソフィアはアーサーに杭を渡し、本当にこれでテントが止まるのかと心配でしか無かった。

 

 

何とか知恵を振り絞り力を合わせて小さなテントを二張り立ち上げたソフィア達は、少し下がってそのテントを眺める。

周りのテントとは違い、どこからどう見ても普通のテントである。誰も魔法使いが入っているテントだとは思わないだろう──とハリーは満足げに頷いたが、ふと今立ち上げたばかりのテントは2人用だという事に気付いた。

 

この後ここにやってくるビル、チャーリー、パーシーを足せば全員で11人になってしまう。きっと男女で別れるために二張りのテントを用意したのだとは思うが──女子達はまだしも、自分達は入る事が出来るのだろうか。…いや、どう考えても、不可能だ。

 

 

しかしこの問題に気付き困惑していたのは同じことを考えていたハーマイオニーだけであり、まず初めにアーサーが四つん這いになりテントへ入るとその後にロンとフレッドとジョージが続き、何の躊躇いもなくジニーが入った。

 

 

「僕たち、入れるかな?」

「そうよね、どう見ても…2人用だもの」

「ハリー、ハーマイオニー?大丈夫よ。このテントは…マグル製じゃないもの!──先に行くわね!」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑い、身を屈めてテントの中に入る。ハリーとハーマイオニーが顔を見合わせていると中からアーサーの声が聞こえた。

 

 

「ちょっと窮屈かもしれないよ。でも──みんな入れるだろう。入って、中を見てごらん」

 

 

ハリーは身を屈めてテントの入り口をくぐり──その先に広がる光景にあんぐりと口を開き、ソフィアの言った言葉の意味をようやく理解した。

中は狭いテントではなく、古風なアパートの一室だった。寝室とバスルーム、キッチンの3部屋があり、家具や物置は埃が被りあまり清潔そうでは無く、何故か猫独特のキツイ臭いがしたが確かに皆が集まっても充分に過ごす事が出来るだろう。

 

 

「同僚に借りたのだがね。まぁ長いこといるわけじゃないし……ふむ、水がいるな…」

「たしか、地図に水の印があったよ。キャンプ場の端だった」

 

 

埃の被ったヤカンを掴んでいたアーサーにロンはあたりを見渡しながら答える。ロンやソフィア、魔法界出身の者はテントの中が全く別の場所だと言う事に何の疑問も抱いていない。──いや、彼らにとってはこれが当たり前なのだ。

ソフィアも孤児院で過ごしていた時にキャンプをした事があった為、なんの疑問も抱かず、驚いているハリーとハーマイオニーを見てくすくすと笑っていた。

 

 

「よし、じゃあロン、お前はハリーとハーマイオニーとソフィアの4人で水を汲みに行ってくれないか?他の者は薪を集めに行こう」

「でも、竈があるのに…簡単にやっちゃえば?」

「ロン、マグル安全対策だ!本物のマグルがキャンプする時は、外で火を熾して料理をするんだ。そうやってしているのを見た事がある!」

 

 

アーサーは興奮し顔を輝かせながらソフィア達にそれぞれヤカンや大きな鍋を渡しながら言った。

ソフィア達はちらりと顔を見合わせ肩をすくめるとテントから出てキャンプ場を通り抜けて行った。

 

 

「…水を出す魔法もあるんだけどね」

「だよな?…まったく!パパはマグルの事に関してはちょっとおかしくなっちゃうんだ!」

 

 

朝日が登り、ようやく立ち込めていた霧も薄くなっていく中、ソフィア達は様々なテントを珍しそうに眺め、時々ホグワーツの知り合いと挨拶を交わしながらキャンプ場の隅にある水道の列へ並んだ。

 

 

「ルイスは…いないわね。ここまで広いんだもの…別のキャンプ場かもしれないし…」

 

 

ハーマイオニーは水道の列に並びながら背伸びをしてあたりを見渡し残念そうに呟いた。

 

 

「…実はね、多分…ルイスがいるかもしれないテントを見かけたの」

「えっ?そうなの?…声、かけなくてよかったの?」

「かけたかったけど…ほら、ルイスはドラコと…ドラコのご両親と一緒でしょう?…アーサーさんもハリー達も嫌がるかな、って思って…」

「…まぁ!…ソフィア、あなた…大人になったわね!」

「わ、私だってもうすぐ14歳だもの!少しくらい、遠慮するわ!」

 

 

ハーマイオニーは感心するように目を瞬かせたが、ソフィアは何だか子供扱いされているようなその言葉に少し頬を膨らませツンとそっぽを向いた。

くすくすと楽しげにハーマイオニーは笑い、ソフィアはちらりとハーマイオニーを見てすぐにわざとらしく拗ねたような表情を消し──同じように笑った。

 

 

 



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168 ジャックのお手伝い!

 

 

水を汲み終えたソフィア達は重くなったヤカンや鍋を持ち──流石のソフィアも、マグルがいるかもしれない外で魔法を使う事はなかった。──テントに戻る。

マッチで火をつける事に楽しみつつ悪戦苦闘しているアーサーを見てハーマイオニーが優しくマッチの使い方を説明し、ようやく集められた薪に火をつけた。

 

それでも魔法を使わず料理するのは簡単ではない。少なくとも1時間はかかるだろうが、ソフィア達がいるテントは競技場への大通りへ面しているらしく、魔法省の役人達が忙しなく行き交い、アーサーに気付くと丁寧に挨拶をした。

その度にソフィア達はアーサーの解説を聞いていたため、料理が出来上がるまでの時間暇を持て余す事はなかった。

ソフィアは次々と声をかけられにこにこと愛想よく対応するアーサーを見て、けっして本人には言わないが──少し、アーサーを見直した。いや、彼に対する評価が変わったと言えるだろう。

 

ルシウスはアーサーの仕事は意味がなく窓際に追いやられているといつも言って嘲笑っていたが、役人達の反応を見る限りかなり敏腕であり、信頼されているようだ。

それがわかったソフィアは、他者からの一方的な人の評価を鵜呑みにしてはいけないとも思い──無意識のうちにアーサーを少し見くびっていた自分を恥じた。

 

 

小さかった火は煌々と燃え上がり、そろそろ用意していたソーセージを焼いてもいいかもしれない。

そう思いバタバタと卵を割ったり調味料をカバンから引っ張り出した時、森の中からゆっくりとビル、チャーリー、パーシーが現れた。

 

 

「父さん、ただいま姿現しで来ました」

「ああ、ちょうど良かった!昼飯だ!」

 

 

ソフィア達は焚き火の周りを囲みながら賑やかに食事をする。──椅子を出す事をアーサーが最後まで否定したため、地面に座り込んでいた──ただ焼いただけの卵とソーセージだったが、ソフィアは何故か今まで食べた中で最も美味しく感じた。

 

大皿が半分ほど空になった時、アーサーはぱっと立ち上がり遠くからこちらへ大股で近付いてくる人に手を振った。

 

 

「これはこれは、時の人ルード!」

「よう!我が友アーサー!」

 

 

ルード・バグマンは笑顔でアーサーの手を取り強く握手をすると「ふーっ…」と息を弾ませ額に滲んだ汗を拭いながら焚き火に近づいた。彼のおかげでクィディッチ・ワールドカップのチケットを手に入れる事が出来たのだった。

ソフィア達も皿を地面に置き立ち上がるとバグマンの前に並び、アーサーから紹介されるままに頭を下げた。

 

 

「みんな、こちらはルード・バグマンさんだ。誰だか知ってるね?この人のお陰でいい席が手に入ったんだ」

 

 

バグマンは他の魔法使いと同じく、ハリーの名を聞くと少し表情を変え、前髪で隠された傷痕をじっと見ていたが、すぐににっこりと笑い何でもないというように手を振った。

 

 

「いやいや──そんな事より、試合に賭ける気は無いかね、アーサー?」

 

 

にやりと笑いながらバグマンはローブのポケットに入った金貨を鳴らしながら熱心にアーサーを誘う。モリーからあまり賭け事などしてはならないと言われており──そもそも、賭け事をする金銭的余裕もないアーサーは、金貨1ガリオンだけ、アイルランドチームの勝利に賭けた。

少ない金額にバグマンはがっかりしたようだったが気を取り直して「他に賭ける者はいないか?」とソフィア達を見回す。

 

流石にソフィア達は賭け事をする気はなく曖昧に笑ったが、フレッドとジョージはポケットから麻袋をさっと出し中に入っている金額全てと、彼らが作った騙し杖を賭けた。

 

未成年の2人が賭け事をする事にアーサーは嫌そうに顔をしかめたが、バグマンは楽しげに笑い、2人の金額と勝利チームを羊皮紙に書き留める。アーサーが強く止める事が出来なかったのは──間違いなく、チケットを入手した恩人だからだろう。

 

 

バグマンは羊皮紙に書いたメモをフレッドに渡し、そのまま皆と一緒に草むらに座り込んだ。

 

 

「バーサ・ジョーキンズの事は、何か消息はあったかね?」

「いや、なにもない。だがそのうち現れるさ。あのしょうのないバーサの事だ…漏れ鍋みたいな記憶力!方向音痴!──迷子になったのさ、絶対間違いない。10月ごろになったらひょっこり役所に戻ってきて、まだ7月だと思っているだろうよ」

「そろそろ捜索人を出した方がいいんじゃないか?」

「バーティ・クラウチはそればっかり言ってるなぁ」

 

 

アーサーは遠慮がちにバグマンに聞いたが、バグマンは丸い目を見開きあまり気乗りしない声で答える。

 

 

「しかし、今は1人たりとも無駄に出来ん。──おっ!噂をすればだ!」

 

 

姿現し独特の音が2つ響く。

焚き火のそばに現れたのは、今話題に上がっていたバーティ・クラウチと、ソフィアとルイスの育て親であるジャック・エドワーズだった。

 

クラウチは背広にネクタイを締めた初老の魔法使いだ。短い銀髪の分け目は整えられ、背筋は伸びている、マグルの服装に関する規律を守り、身なりがきちんとしているクラウチはパーシーが崇拝するのも頷けるほどに、間違いなく法律や規律を重んじる性格なのだろう事が外見だけで判断できた。

ジャックもいつものラフな格好ではなく、黒いスーツを着こなしていて、ハリーとハーマイオニーはまるで仕事の出来るマグル界のビジネスマンのようだと思った。

 

 

「やぁ、ちょっと座れよバーティ。ジャックもこの前ぶりだな」

「いや、ルード。遠慮する」

 

 

バクマンはそばの草むらをぽんぽんと叩き朗らかに言ったが、クラウチは眉間に皺を刻んだまま苛立ちの滲む声で答える。

ジャックはソフィアを見つけるとぱっと笑顔を見せて駆け寄った。

 

 

「ソフィア!久しぶりだな、ルイスはドラコ達と行ったんだって?」

「ええ、そうなの。ジャックは…お仕事なの?孤児院のお仕事は…?」

 

 

ジャックの本業は孤児院の運営である。いつも子ども達とのびのび遊んでいる彼がこういう場に観客として訪れているのではなく、どうやら仕事として訪れているのは──何となく奇妙な気持ちになった。

 

 

「ああ、孤児院(あっち)は部下に任せてる。ちょっと色々手伝って欲しいって言われてなぁ…参ったよ、ほんと」

 

 

疲れたように笑ったジャックはちらりとクラウチを見る。すぐに立ち去るのなら、自分もここから離れなければならないと思ったが、パーシーに話しかけられたクラウチが茶を一杯飲む事にしたと分かると、ネクタイに指をかけて緩め、ソフィアの隣に座った。

 

 

「…ジャック。あのね、私ジャックに謝らないといけない事があるの…」

 

 

ソフィアは声を顰め、ハリー達がクラウチとアーサーの会話を聞いていて、こちらに意識が向いていないのを確認すると申し訳なさそうに呟いた。ジャックは驚いたように目を開いたがすぐににっこりと笑うと「どうした?」と優しくその先を促した。

 

 

「私とルイス。ドラコに…ホグワーツで開催される()()の事を聞いたの。うっかり昨日…アーサーさん達の前で言っちゃって。…その、…あんまりドラコの事を言わない方がいいかなぁって思って…ごめんなさい。ジャックに聞いたって嘘ついちゃったの」

「ああ…あの事か。嘘は良くないが、…うん、まぁ彼らの前でドラコの名前を出すと面倒な事になっただろうなぁ…。わかった、適当に話を合わせておくよ」

「ごめんなさい…」

 

 

ソフィアはしゅんと項垂れたが、ジャックは気にするなというようにソフィアの頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

「──ところで、バーティ、忙しくしてるかね」

「かなり。五大陸にわたって移動キーを組織するのは並大抵の事ではありませんぞ、ルード。ジャックの助けがあったからかなり、助かったが…」

 

 

急にクラウチ達の会話の中で自分の名前が出てきたジャックはぱっと立ち上がり手を後ろで組むと「いいえ」と何でもない事だと遠慮がちに笑う。

 

 

「そんな大それた事してませんよ。バーティさん」

「いやいや…謙遜するなジャック。君ほど有能な人材は魔法省にも中々居ない。…どうだね?これを気に入省しては?」

「お誘いありがとうございます。…そうですね、本業が落ち着いたら、考えてみます」

「いい返答を待ってるよ、ジャック」

 

 

クラウチは今までの苛立ちの表情を消し、ジャックにかすかに微笑みかける。

パーシーはクラウチからの信頼を得ているジャックを驚愕しながら無言で見た。ホグワーツで僅かな時間臨時教師として働いたジャックの事を、パーシーは勿論知っている。

授業は中々に面白くそれでいてわかりわすかったが、フレッドとジョージの悪戯に参加する事もありパーシーが尊敬するような人間では無かった。

 

 

「ジャックは何のお手伝いをしたの?」

「…君は?」

 

 

ついどんな仕事をしたのか気になったソフィアがジャックに聞けば、クラウチは初めてソフィアに気付いたと言うように首を傾げる。

ジャックの隣に居るこの少女はどうやらジャックと交友があるらしい、そんな気さくな雰囲気をクラウチはジャックとソフィアの様子を見て感じた。

 

 

「ああ、この子は私の子どもですよ。孤児院に居て──」

「ソフィア・プリンスです」

 

 

ソフィアは立ち上がり頭を下げた。

ジャックの本業の事も良く知っているクラウチはジャックが向けるその目線の優しさの意味に気付き納得した。ジャックは孤児院にいる子供たち全員の兄であり、父でもあるのだ。

 

 

「そうか。──ジャックは移動キーの制作と配置を殆ど1人で行ってくれてね。彼は数々の言語を話せるし、何より長距離の姿現しが得意だ。…いやはや、彼1人で何十人分もの働きだったよ、国を渡るややこしい手続きも1人分ですんだ…。君の育て親は素晴らしい人だ」

「ええ…誇りに思います」

 

 

ソフィアはジャックを尊敬の眼差しで見ながらクラウチの言葉に嬉しそうに笑う。クラウチとソフィアから褒められたジャックは少し居心地悪そうに肩をすくめたが、それでも照れたように笑っていた。

 

ジャックが主に手伝ったのは移動キーのポイントを設定し、それを各国に配置する事だった。姿現し術はその距離が長距離になる程困難なものになる。──むしろ、大人でも姿現しではなく箒で移動する者もいる。それほど難しい術なのだが──しかし、ジャックは地球の裏側ですらも正確に姿現しをする事が出来る才能を持っていた。

また、色々な国から孤児を受け入れていたジャックは多数の国の言語を魔法で翻訳せずとも話す事が出来た。──ただし、人間の言語に限るが。

 

 

「──さあ、バーティさん。そろそろブルガリア側に会わないと」

「そうだな。…ルード、早く行こう。──お茶をご馳走さま、ウェーザビー君」

 

 

ジャックは照れを誤魔化すように腕時計を見てクラウチに言う。クラウチもここでのんびりする暇がない事を思い出したのか、手に持っていた口をつけていないカップをパーシーに押し付けるようにして返し、クラウチはまだ座ったままのバグマンを厳しい目で見下ろした。

 

バグマンはお茶の残りをぐいっと飲み干すと膝を叩いて立ち上がる。

 

 

「じゃ、あとで!みんな、私と貴賓席で一緒になるよ。私が解説するんだ!」

「ソフィア、…それに、ハリー達も、楽しめよ?」

 

 

クラウチはソフィア達に僅かに頭を下げ、バグマンは手を振り、ジャックは笑ってその場から姿くらましで消えた。

 

 

ソフィアはジャックが消えた芝生を見つめていたが、ふとバグマンの「貴賓席」という言葉の意味に気がつく。──貴賓席、という事は、まさか…ドラコ達と近かったりして。

 

 

 

夕暮れになり、空が暗くなり始める。

夜の帳が下りて魔法使い達を闇が覆うと最後の慎みも消え、そこかしこで興奮が抑えきれない魔法使い達が空にあからさまな魔法の印をあげ始める。

行商人が姿現しで集まりだし、ソフィア達はこの為に貯めたお小遣いを手に持ち様々な物珍しい品を見て回った。

 

 

「わぁ、これ見てよ!」

 

 

ハリーはカートに高く積まれた真鍮の双眼鏡のような物を指差す。

 

 

「万眼鏡だよ。スローモーションでアクション再生が出来る。必要なら、プレイを一コマずつ静止させる事もできる。大安売り──ひとつ10ガリオンだ」

 

 

大安売り、といってもけっして安くないそれをロンは物欲しそうな目で見つめ財布の中身を確認し、残念そうに大きなため息を付き自分の頭の上に乗った──先程買ったばかりの踊るクローバーの帽子を指差した。

 

 

「こんなの買わなきゃよかった」

「四個下さい」

 

 

ハリーは行商人にキッパリと言い、ロンはかっと頬を赤らめた。

 

 

「いいよ、気をつかうなよ」

「クリスマス・プレゼントは無しだよ。──それも10年くらいはね」

 

 

ハリーは万眼鏡をソフィア達に押し付けながら悪戯っぽく笑う。

 

 

「いいとも!」

「うわぁ!ハリー、ありがとう!」

「ありがとうハリー!」

 

 

ロンはそれなら良いかと受け取りながらにっこりと笑い、ソフィアとハーマイオニーも嬉しそうに笑う。

 

 

「じゃあ、私は4人分のプログラムを買うわ」

「えーっと…じゃあ、私はあのお菓子を買うわ!」

 

 

ハーマイオニーは今日のプログラムを4人分買い──それは出場選手たちのプロフィールも詳しく載っていた──ソフィアは、スニッチを模した飴菓子を四つ買った。

 

棒付きのその黄金色の飴は、薄く輝く羽をぱたぱたと動かしていてハリー達はぺろぺろとその飴を舐め、羽を齧りながらテントへ戻った。

 

丁度テントに着いた時、森の奥からゴーンと深く響く音が聞こえ、同時に木々の間にある赤と緑のランタンに一斉に明々と明かりが灯り、競技場への道を照らしてきた。

 

 

「いよいよだ!さあ、行こう!」

 

 

アーサーは皆に負けず劣らず興奮し、叫ぶ。

キャンプ場に喜びの声がそこかしこで上がり、ソフィアは胸を興奮で一杯にしながら、森の奥へ続く灯りを見つめた。

 

 



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169 スタジアムにて!

 

ソフィア達は競技場の最上階貴賓席についた。

そこは小さなボックス席で、金色に輝くゴールポストの丁度中間に位置していた。全てを見下ろせ、尚且つ近い距離で選手達を見る事が出来るとてもいい場所に、ソフィアは目を輝かせ興奮から頬を赤くしながらボックス席の前の壁に手を乗せ身を乗り出した。

 

 

「凄くいい場所だわ!」

「本当、そうよね!ねぇ、プログラム見る?」

「ええ、ありがとう!」

 

 

ハーマイオニーは3冊のプログラムをソフィア、ハリー、ロンに手渡しながら自分でも熱心にプログラムを読む。

読む前にプログラムの表紙や背表紙の中で自由奔放に飛び回るスニッチをソフィアは手で捕まえるのに必死になっていた。

 

 

「ドビー?」

 

 

他のボックス席に誰か知り合いは居ないかと席を見渡していたハリーは、つい見覚えのある細い手足と蝙蝠のような耳を見て半信半疑で呼びかける。

ぴくりと肩を震わせた小さな生き物は恐る恐る顔を上げ指を開いた。大きな茶色の瞳と、トマト程の大きさの鼻が現れ、怪訝な顔でハリーを見つめる。

 

 

「旦那様はあたしのこと、ドビーとお呼びになりましたか?」

 

 

甲高い声でその生き物はハリーに尋ねた。それはハリーが想像したドビーでは無かったが、ハウスエルフには間違いなく、ソフィアとロンとハーマイオニーはくるりと振り向きよく見ようとした。ハウスエルフは数が少なく、裕福で由緒正しい家か特別な場所にしかいない。賃金が掛かるわけでは無いが、有名な場所に仕えることをハウスエルフ達は誇りとしているのだ。

ハウスエルフという中々会う機会のない生き物にアーサーも興味を持ち振り返った。

ソフィアは何度かマルフォイ邸に行った事があるが、その時もドビーを見た事は無かった。ハウスエルフが居れば家事をしなくて済むと思った事はあるが、きっと自分達の家には来ないだろう。

 

 

「ごめんね、僕の知っている人じゃないかと思って」

「でも、旦那様、あたしもドビーをご存知です!あたしはウィンキーでございます。旦那様──貴方様は、紛れも無くハリー・ポッター様!」

「うん、そうだよ」

「ドビーが、貴方様の事をいつもお噂しております!」

 

 

ハリーの頷きに、ウィンキーは尊敬で打ち震えながら、ほんの少し両手を下にずらす。ハリーを見ながらも、ちらちらとその先にあるグラウンドを見てウィンキーは体を細かく震えさせながら息を呑んだ。

 

ハリーはドビーが元気に過ごしているのか知りたかった。ハリーにとってドビーは友人で何度か──意図しない形で──助けられた。だが、2年生の終わりから全く姿を見ていない。マルフォイ家から解き放たれ自由になった筈だが、今はどうしているのだろうか。

 

 

「ドビーはどうしてる?自由になって元気にしてる?」

「ああ、旦那様──」

 

 

ウィンキーは首を振り、どれだけドビーが狂ってしまったのかを切々と嘆いた。

自由になったドビーはハウスエルフでありながら給料(お手当)を頂こうという身分不相応の高望みをし、勤め口がいつまで経っても見つからなかった。

ハリーは働く結果として、給料を何故貰ってはいけないのかウィンキーに尋ねたが、その問いかけ自体が恐ろしいと言うようにウィンキーは顔を半分手で覆い隠した。

 

ソフィアはウィンキーを見て、そのドビーというハウスエルフがかなりの変わり者なのだと理解した。ハウスエルフを見た事はなくとも、どんな存在か知っているソフィアは、その給料を貰おうとする事がドビーにとって──そして、ハウスエルフにとっていい事なのかわからなかった。

 

主人に非常に忠実であり献身的、言いつけを守る事を生き様としているハウスエルフは、嫌な事であっても遂行しなければならない。ウィンキーは高所恐怖症であったが、主人にこのボックス席を取るように言い付けられ、苦しみながらもそれを守っていた。

 

 

「ウィンキーは、ハリー・ポッター様、ご主人様のテントに戻りたいのでございます。でも、ウィンキーは言い付けられた事をするのでございます。ウィンキーは良いハウスエルフですから」

 

 

ウィンキーはボックス席の前端をもう一度恐々見て、ぶるりと身体を大きく震わせるとそれから完全に目を手で覆ってしまった。

 

 

「そうか、あれがハウスエルフなのか?…変な奴だね?」

「ドビーはもっと変だったよ」

「そうらしいわね」

 

 

ロンはもうウィンキーに興味を無くしたのか万眼鏡を取り出し、向かいの観客席にいる群衆を見下ろし、競技が始まる前にその万眼鏡の性能を試した。

ソフィアもようやくプログラムを開くと、選手達のプロフィールをじっくりと読んでいく。

 

 

「試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります」

「ああ、それはいつも見応えがある。ナショナルチームが自分の国から何か生き物を連れてきてね、ちょっとしたショーをやるんだよ」

 

 

プログラムを読み上げたハーマイオニーに、アーサーがにっこりと笑いながら説明をした。

 

 

それから30分の間に空席が多かった貴賓席も徐々に埋まってきた。アーサーは続けざまに握手をし、パーシーも何度も椅子から立ち上がりピンと背筋を伸ばした。

魔法大臣コーネリウス・ファッジが近くを通った時にパーシーはあまりに深々とお辞儀をしたせいで眼鏡が落ちて割れてしまった。ファッジの目の前でとんでもないミスをしたとばかりにパーシーは恐縮しきり椅子に身を縮こめて座るとそっと眼鏡を元通りにした後はずっと椅子に座っていた。

 

ファッジはハリーに気がつくと、昔からの友人のような、まるで父親のような仕草でハリーと握手をし、「元気か?」と朗らかに声をかけた。

 

 

「ご存知、ハリー・ポッターですよ」

 

 

ファッジは隣にいるブルガリアの魔法大臣に大声で話しかけたが、全く言葉がわからないようで、その魔法使いは何も言わず肩をすくめた。

 

 

「──なかなか通じないものだ。こうなるとバーティ・クラウチかジャック・エドワーズが必要だ。ああ、クラウチのハウスエルフが席を取っているな…いや、なかなかやるものだ。ブルガリアの連中が寄ってたかって、良い席を全部せしめようとしているし──ああ、ルシウスの到着だ!」

 

 

ソフィア達は急いで振り返った。

後列のアーサーの真後ろが4席分空いていて、そこに向かって席伝いに歩いてくるのは、他ならぬドビーの昔の主人であるルシウスと、ドラコ、そしてドラコの母のナルシッサと、ルイスだった。

 

 

「ルイス!」

「ソフィア!奇跡だ!──ああ、久しぶり!」

「久しぶりって、1日じゃない?」

 

 

顔を顰めてマルフォイ一家を見るアーサーの後ろにソフィアは移動し手を振る、ルイスはぱっと顔を輝かせると身を屈め、ソフィアが背伸びをしながら広げる両腕にしっかりと収まり、背中に手を回して強く抱きしめた。

 

 

 

「夏休み中に離れるのって無かったでしょ?」

「まあ、そうね…」

 

 

ホグワーツではもっと長い間会えないこともあったが、長期休み中に離れたのは初めてであり、なんとなくいつもより長く離れていたような気がしたのだ。

ルイスはソフィアの頬にキスを落とし、ソフィアもルイスの頬にキスを返す。ルイスは満足気に目を細めてにっこりと上機嫌に笑いながらようやく身体を離した。

相変わらずの感動的で、やや大袈裟な挨拶に、ハリー達はルイスに声をかけようとしたがその前に言葉を発したのはルシウスだった。

 

 

「ああ、ファッジ。──お元気ですかな?妻のナルシッサとは初めてでしたな?息子のドラコもまだでしたか?」

 

ルシウスは微かに微笑みファッジのところまで来ると手を差し出して挨拶をした。

名前を呼ばれた時にナルシッサとドラコは軽く頭を下げ、気品のある笑みを浮かべる。きっと、ドラコは昔からこうするように教育されているのだと、ソフィアとルイスは思った。

 

 

「これはこれは、お初にお目にかかります」

 

 

ファッジは笑顔でナルシッサにお辞儀をした。

 

 

「ご紹介しましょう。こちらはオブランクス──オバロンクスだったかな…とにかく、ブルガリア魔法大臣閣下です。どうせ私の言っている事は一言もわかっとらんのですから、まあ、気にせずに。ええと、他には──アーサー・ウィーズリー氏はご存知でしょうな?」

 

 

双方の不仲を知らないファッジはアーサーを紹介し、一瞬緊張が走る。

アーサーとルシウスはお互いに睨み合い、ソフィア達は過去書店で彼らが大喧嘩をした時のことを思い出した。

今は止めるジャックが居ないが、流石にルシウスもファッジのいる前で掴みかかる事はないだろう。

 

 

「これは驚いたアーサー。貴賓席の切符を手に入れるのに、何をお売りになりましたかな?お宅を売っても、それほどの金にはならんでしょう」

 

 

ルシウスは冷たい眼差しでアーサーを見下ろし、低い声で呟く。ナルシッサは口元を手で隠し嫌そうにアーサーを見たが、ドラコはくすくすと嘲笑しそれを眺めた。

幸運なのか、その言葉はブルガリアの魔法大臣になんとか通訳をしようとしていたファッジの耳には届かなかった。

 

 

「アーサー、ルシウスは先ごろ、聖マンゴ魔法疾患障害病院に、それは多額の寄付をしてくれてね。今日は私の客としての招待なんだ」

「それは──それは、結構な」

「席を後2つ欲しいと言われた時は驚いたが、その少年は?」

「ああ、この子は──」

 

 

ルシウスの目がアーサーからルイスに移り、ルイスはファッジに向かって頭を下げて微笑む。

 

 

「初めまして、ファッジ魔法大臣閣下。ドラコの友人の、ルイス・プリンスです。ご招待頂き、ありがとうございます」

「ルイス…?はて、その名前と…顔、何処かで見覚えが……」

 

 

ソフィアは去年、3本の箒で初めてシリウスが守り人だと言う事実──最もそれは嘘だったが──を知った時、ファッジが居た事を思い出した。ルイスもそれを聞いていた為、少し表情を硬らせる。この場で何か──父に関係する事を言われるわけにはいかない。ここにはハリー達がいる。

 

 

「ああ!思い出した。君、ジャックの所の子どもだろう。彼とは個人的に仲が良くてね」

「あ──はい。そうです、妹の、ソフィアも…そうです」

「今晩は、ソフィア・プリンスです」

 

 

ソフィアはほっと胸を撫で下ろし、気を取り直すように微笑みファッジに軽く頭を下げる。ファッジはソフィアとルイスを見てにっこりと笑った。

 

 

「ドラコ、ルイス。──席に行こう」

 

 

ルシウスはハーマイオニーに冷たい目を一瞬向けたが何も言わずにドラコとルイスを促した。ドラコはハリー達に向かって小馬鹿にしたような視線を投げたが、ソフィアには優しく微笑みかける。

 

 

「ソフィア、また」

「ええ、ドラコ楽しんでね!」

「ソフィア、また明日家でね!」

「またね!」

 

 

ルシウス達は自分の席まで進み、ドラコとルイスはルシウスとナルシッサに挟まれるようにして座った。にこにこと楽しげにパンフレットを広げ会話するドラコとルイスを見てハリーは嫌そうに顔を顰める。

 

 

「ムカつく奴だ」

 

 

ロンが声を押し殺して言い、ハリーとハーマイオニーは深く頷いた。

 

その瞬間バグマンが貴賓席に勢いよく飛び込み「みなさん、よろしいかな?」と声をかける。

 

 

「大臣、ご準備は?」

「君さえよければ、ルード。いつでもいい」

 

 

ファッジの返答に、バグマンは自分の喉に杖を向け声を拡大させると満席のスタジアムから湧き立つ群衆に向かって呼びかけた。

 

 

「レディース・アンド・ジェントルメン!第422回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦にようこそ!」

 

 

群衆が叫び、拍手が響き、足が踏み鳴らされる。何千という国旗が打ち振られ、両国の国家が興奮をさらに盛り上げた。

ついにクィディッチ・ワールドカップがはじまる。

 

 

「前置きはこのくらいにして、早速ご紹介しましょう。──ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」

 

 

真紅一色のスタンドの上手から、わっと歓声が上がった。

 

 

「一体何を連れてきたのかな?──あっ!ヴィーラだ!」

 

 

席から身を乗り出していたアーサーが現れたヴィーラに気づくと急いで眼鏡を外し、ローブで曇りを拭う。

 

 

「なんですか、ヴィーラ…?」

 

 

ハリーの疑問の答えは、するすると現れた百人ものヴィーラが答えてくれた。

 

美しい音楽に乗ってヴィーラ達は舞い踊る。月の光のように肌は輝き、風もないのに髪を美しく靡かせるヴィーラの踊りはとても美しく、男性を魅了させた。

音楽が早くなるに連れヴィーラの踊りも激しくなり、ハリーは胸の鼓動がうるさくなり頭が霞みがかったようにぼんやりとした、纏まらない思考の中で何か目立つ事をして、ヴィーラの気を引きたい──そう思ったとき、ソフィアの声が飛び込んだ。

 

 

「ハリー、危ないわよ?」

「──えっ?」

 

 

ハリーの服を掴みながらソフィアはくすくすと笑っている。もやが晴れたようなハッとした顔でソフィアを見たハリーは片足をボックス席の壁にかけ身を乗り出そうとしていた。

 

 

「僕…?」

 

 

ハリーが困惑していると、音楽が止みヴィーラの踊りが終わる。スタジアム中から怒号が飛ぶ中、ハリーは呆然とソフィアの目を見ていた。

 

 

「ヴィーラはね、人を魅了して惑わせるの。特に男の人は魅せられやすいのよ。子どもだと、余計にね」

 

 

ソフィアは笑ったままヴィーラの特性を説明し、ロンを顎で指す。ロンは自分の帽子の三つ葉のクローバーをむしり取っており、アーサーが苦笑してロンの方に身を乗り出して帽子を取った。

 

 

「きっとこの帽子が必要になるよ。アイルランド側のショーが終わったらね」

 

 

アーサーはそう言うが、ロンはまだ信じられないのかむっつりとした怪訝な表情で「はあ?」と嫌そうな声を出す。

 

 

「まったく、もう!」

 

 

ハーマイオニーはすっかりヴィーラに魅了されてしまったロンを見て大きく舌打ちをし苛々と腕を組む。何故そんなに苛々としているのか、それがわかったのはソフィアだけだっただろう。──誰だって、想い人が他の女性に心を奪われているのを見るのは嫌だ。

 

ソフィアはちらりとルイスとドラコのいる席を見た。2人ともぼんやりとした顔でピッチの片側に整列しているヴィーラを熱のこもった目で見ている。ルシウスとナルシッサはすっかり魅入っている2人を見て顔を見合わせ「仕方のない2人だ」と言うように苦笑していた。

 

 

「さて、次は──どうぞ、杖を高く掲げてください!アイルランド・ナショナルチームのマスコットに向かって!」

 

 

次の瞬間、大きな緑と金色の彗星のようなものがピッチに音を立てて飛び込んできた。

それは二つに分かれそれぞれ両端にあるゴールポストに向かって飛び、美しく煌めく虹の橋をかける。

分かれていた二つは合流し、今度は大きなクローバーのシャムロックを作り空高く駆け上がる。

美しい光景に観客は声を上げて喜び歓声を響かせた。

 

大きな光の球になったそれは、金色の雨のようなものを降らせ始めた──金貨だ。

 

 

「すごい!」

「レプラコーンだ!」

 

 

群衆の割れるような大喝采の中、アーサーが叫ぶ。

金貨や黄金を出す事が出来るレプラコーン達は沢山の金貨をばら撒けば、観衆達は椅子の下に落ちた金貨を拾おうと探し回り奪い合った。

 

 

「ほーら!万眼鏡のぶんだよ!これで君、僕にクリスマス・プレゼントを買わないといけないぞ!やーい!」

 

 

ロンは足元に散らばった金貨を一掴みハリーに押し付けるとにこにこと楽し気に笑う。

ソフィアは、レプラコーンの作る金貨は時間が経てば消えてしまう事を知っていたが──あまりのロンの嬉しそうな表情を見ると言い出せず、まぁ後で教えよう、と何も言わなかった。

 

 

余興も終わり、バグマンが入場した選手たちの解説をし──ついに試合が始まった。

 

 



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170 喧嘩してる場合じゃない!

 

クィディッチ・ワールドカップの決勝戦は、ブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムがスニッチを捕まえ試合が終了したが、結果はアイルランドの勝利だった。

アイルランドのチェイサーは飛び抜けて上手く、これ以上点差を縮められないと判断したクラムが勇敢にもスニッチを手にしたのだ。

負けはしたものの、後世に語り継がれるだろう見事な試合であり、クラム含めブルガリアの選手達は堂々と退場した。

 

貴賓席から外へ伸びる紫色の絨毯が敷かれた階段を降りたソフィア達はスタジアムからキャンプ場に向かう群衆に混じり、ウィーズリー家のテントへと戻る。

人々は口々に興奮しながら話し合い、今しがた終わったばかりの試合について語り合った。

 

男性陣が寝泊まりするテントに皆が集まり、一息をつく。アーサーは寝る前にみんなでココアを一杯飲む事を許し、温かいココアの満たされたマグカップを持ちながらソフィア達は目を輝かせ試合の話しに花を咲かせた。

 

夜遅い時間だったがすっかり興奮しきっているソフィア達は勿論すぐに眠る気なんてなれず、クラムの勇敢さを口々に讃えたり、アイルランドチームのチェイサーの動きの素晴らしさを褒めた。学生ではないプロチーム選手はどの選手も素晴らしく、万眼鏡のスロー再生を皆で覗き見ながら──この動きはきっとこういう作戦なんだ、この時にこうしたから得点に繋がった──沢山語り合った。

 

 

ソフィアは隣に座っていたジニーの頭ががこくりこくりと船を漕ぎはじめたのを視界の端で捉えると、今まさに彼女の手から滑り落ちそうになっていたマグカップを慌てて掴み、テーブルの端に置いた。

 

 

「ジニー?」

「ん……」

 

 

優しく声をかければ、ジニーはソファの肩にもたれかかり、すうすうと小さな寝息を立てる。

ソフィアはアクシオでソファにかけられていたブランケットを引き寄せるとジニーの肩にかけた。

 

 

アーサーはジニーが眠り混んでしまった事に気付き腕時計を見る。その短針が指す時刻に気付くと、「もうこんな時間か…明日も早い、全員もう寝なさい」と全員に声をかけた。

まだまだ議論は尽きなかったが、すっかりマグカップは空になり──たしかに、眠気がゆっくりと近づいて来ているのをソフィア達は感じた。

今日の朝、起床の時刻もかなり早かったのだ。明日も同じように早いのならもう寝なければ明日に響いてしまう。もし、また移動キーを使いあの小山に戻るとしたら──あの山道を歩かなければならないのだから。

 

 

アーサーはソフィアの肩にもたれて眠るジニーを優しく揺り起こし、半分目を閉じたままのジニーに「おやすみ」と挨拶をし頬にキスを落とす。ジニーはむにゃむにゃと言葉にならない挨拶をして、アーサーの頬に同じようにキスを返した。

 

 

「ソフィア、ハーマイオニー。すまないがジニーの事を頼んだよ」

「はい、わかりました」

「任せてください」

 

 

なんとか立ち上がったジニーだったが、今にもそのまま倒れて眠ってしまいそうなほど頭が下がっている。

ソフィアはくすくすと笑いながらジニーの手を引きテントの入り口までハーマイオニーと共に向かった。

 

 

「おやすみなさい」

「おやすみ。…みんな早く寝るのよ?」

「おやすみ、ソフィア、ハーマイオニー」

「君もね、ハーマイオニー」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは皆に挨拶をした後──ジニーはまたむにゃむにゃと何かを言っていた──隣のテントに移動した。

 

 

「さて、ジニー?服を着替えないとダメよ」

「うーん…」

「これかしら、はい、ジニー」

 

ジニーは2段ベットの1段目に腰掛けたまま動かない。

ハーマイオニーはジニーが持って来ていたリュックの中から淡い水色のネグリジェを取り出すとだらりと下がっているジニーの手に無理矢理押し付けた。

ソフィアとハーマイオニーが献身的に手伝い、なんとかジニーは着替え終わるとそのままぱたりと倒れてすぐに夢の世界に旅立つ。

 

ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせてくすくすと笑った後、それぞれのカバンの中からネグリジェを取り出して着替えた。

 

 

「おやすみなさい、ハーマイオニー」

「おやすみ、ソフィア」

 

 

ジニーが寝てしまった2段ベットの真向かいにあるもう一つの2段ベットの上段でソフィアが、下段にハーマイオニーが寝る事になり、ソフィアは上から顔を覗かせてハーマイオニーに挨拶をした。

 

 

 

しかし、ソフィアとハーマイオニーがうとうとと心地よい夢の世界に身を委ね始めたちょうどその時、テントの入り口がばさりと開き叫び声が響いた。

 

 

「起きなさい!ジニー!ソフィア!ハーマイオニー!」

「ど、どうしたんですか?」

「…何かあったの…?」

「…んんー……」

 

 

硬い声音に、完全には眠っていなかったソフィアとハーマイオニーは只事ではないと直ぐに起き上がる。ソフィアはベッドの転落防止柵にかけていたコートを掴み羽織りながらすぐに2段ベットから降り靴を履いた。

ハーマイオニーも同じようにジャケットを羽織り慌てて靴を履くと困惑した顔でアーサーを見る。

 

アーサーは寝返りを打ちまだ眠りこけているジニーに駆け寄ると体を強く揺すり無理矢理叩き起こした。

 

 

「ジニー!起きなさい!」

「パ…パパぁ?もう…もう朝…?」

「緊急事態だ!上着だけ持って外に出なさい!──早く!」

 

 

ジニーもアーサーの初めて聞く真剣で焦ったような声に只事ではないとようやく目を擦りながら覚醒して身体を起こし上着を羽織った。

 

ソフィアは寝る前に外から聞こえていた陽気な歌声が消え、代わりに人々の叫び声と慌てて逃げ惑う足音が響いている事に気付く。

 

 

テントから出たソフィアは──様変わりした外の光景に、息を呑んだ。

まだ残っている火の灯りに照らされ、人々が森へ駆け込んでいく。キャンプ場の向こう側で、何か奇妙な黒いものが空に浮かび蠢いていた。その真下には魔法使い達が一塊になり、杖を一斉に真上に掲げながらゆっくりと行進している。

長いローブを着て、フードを被る彼らの素顔はつるりとした銀色の仮面に隠されている。

そのはるか上空に浮かんでいた黒い影は──キャンプ場の管理人のマグルだった。おそらく、彼の家族なのだろう、もがき、反転した女性のネグリジェが大きく捲れ下着が露わになり、浮かぶ子ども達は首をぐらつかせ目は恐怖に慄いている。それを見て群衆は嘲笑し囃し立てる。

 

 

「なに、あれ…」

 

 

ソフィアはそれを呆然と見ていた。

あり得ない、冗談ではすまされないその光景に、動けないでいるソフィアの腕をハーマイオニーが強く掴み無理矢理森の方へと引きずった。

 

 

「早く!行くわよ!」

「──ええ」

 

 

アーサーは既にジニーの手を掴み、先に外へ出ていたハリー達が待つ森の入り口へ駆け出していた。

ソフィアはポケットに入れていた杖を取り出し、辱めを受けるマグル達からようやく目を離すと重々しく呟き森へ向かう。

 

 

「──ソフィア!」

「ジャック!」

 

 

すぐ近くで姿現しの音が鳴り、ソフィアはジャックに抱きすくめられる。

ジャックはソフィアを抱きしめたままソフィアとハーマイオニーの無事を確認すると注意深くあたりを見回した。

 

 

「アーサーは?」

「向こうよ、すぐそこ」

「行こう」

 

 

ジャックは抱きしめていたソフィアを離し、2人の背を押しながら逃げ惑う人々の群れに混じって見えたアーサーに駆け寄る。そこには既に男性陣全員が揃っていた。

 

 

「アーサー!」

「ジャック!──私たちは魔法省を助太刀する」

「ああ、俺も行こう。ソフィア達は森へ入れ。いいか、絶対離れ離れにはなるな。──フレッド、ジョージ頼んだぞ」

「うん」

「任せて!」

「片がついたら迎えに行く!いいか、けっしてバラバラになるんじゃないぞ!」

 

 

フレッドとジョージは真剣な顔で頷く。フレッドはジニーの手を強く、しっかりと掴んだ。それを見てジャックはふっと優しく笑うと、ソフィアと目を合わせるように少し身を屈めた。

 

 

「ソフィア、側に居れなくて…悪い。ルイスは森にいるだろう。もし見かけたら合流し、一緒にいろ」

「わかったわ。…気をつけて」

 

 

ジャックは頷くと先に行ってしまったアーサー、パーシー、ビル、チャーリーの後に続き近付いてくる一団に向かって駆け出した。

魔法省の役人が四方八方から飛び出し、騒ぎの現場に向かっている。

 

 

「──さあ、行こう」

 

 

ジョージの声に、ソフィア達は硬い表情で頷きすぐに森の中へ駆け込んだ。

 

森の中のランタンは消え、暗闇そのものだった。木々の間を黒い影が蠢いている事しかわからず、近くにいるはずのハリー達の顔も見えない。

泣き喚く子どもの声、怒号、そしてロンの悲鳴が聞こえた。

 

 

「ロン!?」

「どうしたの?」

 

 

ハーマイオニーの心配そうな声がソフィアのすぐ側から聞こえる、ロンの悲鳴もそれほど離れてはいなかった。近くにいるらしいが、こう暗くてはわからない。

ソフィアは誰か分からない影に体を押されながら杖を掲げると、鋭く叫んだ。

 

 

ルーモス!(光よ)

 

 

ぱっと杖先が明るく光り、ソフィアはロンの声が聞こえた方を照らす。

ロンは地面に這いつくばっていたが、どうやら木の根に躓いただけのようで、ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。──あの一団に、何かされたのかと思ったのだ。

 

 

「木の根に躓いた」

「大丈夫?」

 

 

ロンが腹立たしげに舌打ちをし、土で汚れた服を手で払いながら立ち上がる。ハーマイオニーはすぐ側に駆け寄ると心配そうに眉を下げていたが怪我をしていないと分かるとすぐに表情を緩めた。ハリーもソフィアが照らす光に導かれなんとか人の間を縫ってロンの元に近づく事ができた。

 

 

「──まあ、そのデカ足じゃ無理もない」

「ソフィア!無事?怪我はしてない?ああ…寒くない?大丈夫?」

 

 

ソフィア達の背後でドラコの気取った声がしたが、すぐ後に心配そうなルイスの声がそれを打ち消した。

 

ソフィア達が振り返れば、すぐそばでドラコが木に寄り掛かり腕を組みながら立っていた。

ルイスは驚いているソフィアを一度強く抱きしめると頭のてっぺんから足先までじっと見つめ、怪我がない事を確認してほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「大丈夫よ、ルイスは?」

「僕は大丈夫だよ。あ、ドラコも──うん、絶好調だね」

 

 

ロンはドラコに向かって汚い言葉で悪態を吐き、ドラコはせせら嗤い侮蔑の目を向ける。いつものドラコの様子にソフィアは無事な事に安心していいのか、少し悩んだ。

 

 

「言葉に気をつけるんだな、ウィーズリー。君たち、急いで逃げた方がいいんじゃないのかい?その()が見つかったら困るんじゃないのかい?」

 

 

ドラコはハーマイオニーの方を顎で指した。ちょうどその時、爆弾の破裂するような轟音が響き辺りが緑色の閃光で一瞬明るくなる。

 

 

「それ、どういう──」

「そうね!ドラコ、じゃあ私たちは行くわ!」

 

 

ハーマイオニーは怪訝な顔をしてドラコに食ってかかろうとしたが、ソフィアはドラコとハーマイオニーの間にさっと立つと無理矢理その言葉を遮り、ハーマイオニーをくるりと反転させ背中を押した。

 

 

「ちょ、ちょっと!ソフィア!」

「あっ!ルイス!私ジャックから、ルイスと会ったら一緒に居てって言われてるの、ルイスも行きましょう!」

「え?あー…」

 

 

 

ルイスはちらりとドラコを見た。

ドラコは一切動こうとせず、木に寄りかかったままルイスを見つめる。

 

 

 

勿論、ソフィアと一緒にいたい。だが──そう、実はドラコとルイスはルシウスとナルシッサと離れ離れになってしまい…つまり、迷子なのだ。

 

 

マグルの一家が怪しい魔法使いの一団に襲撃された時、ルイス達はルシウスに起こされテントから避難し少し遠目からそれを見ていた。間違いなくルシウスの目は楽しげに笑っていたが──それでもその集団の中にはいなかったのは確かだ。

だが集団がこちらに近付いて来た時、ルシウスはそのフードの下にある仮面を見て──すぐに表情を硬らせ「森へ向かおう」と、まだそのマグル虐めを見たかったドラコの背中を押し森へと促したのだ。

 

そして、人混みに紛れ──気がつけばルシウスとナルシッサと離れ離れになっていた。

 

 

「どうする?」

「うーん。…ここで様子を見よう、ここならすぐに隠れられるし…あいつらの様子もよく見えるから」

 

 

不安げにするドラコを木の幹の影に隠し、ルイスは注意深く辺りを見回していた。

ソフィアの姿が見えない、ここまで暗ければ仕方の無い事だろう、人も多い、無事──だとは思うが、実際にこの目で確かめなければどうしようもなく、心が焦り、ざわざわとした不安を感じた。

 

 

そんな中、近くの暗闇からソフィアの「ルーモス!」の声が聞こえ、辺りがぽっと光り──先程までの不安そうな表情はどこへ行ったのか、ドラコはいつものように余裕で強気な笑みを浮かべたのだった。

 

 

「ドラコ、今は馬鹿してないでさ。ソフィア達と行こうよ」

「…馬鹿は君だ。行くわけがないだろう。連中はマグルを狙っている、その女と一緒にいるとすぐに空に掲げられる事になるだろうよ」

「ハーマイオニーは魔女だ」

 

 

ドラコの薄寒い言葉にハリーは居ても立っても居られず、ソフィアの腕を掴みぐいっと押し退けドラコの前に立つと強い目で睨みつけた。

 

 

「勝手にそう思っていればいい、ポッター。連中がその──女を見つけられないと思うのなら、そこにじっとしてればいい」

「ドラコ!もう!僕たちは今こんな事を言ってる場合じゃないんだ!」

 

 

ドラコは、ハーマイオニーの事を穢れた血だと侮辱するつもりだったが──ソフィアが居るこの場でそれを言うほど愚かではない。一時の優越感と、数ヶ月続くソフィアの冷たい視線を天秤にかけた時、ドラコはソフィアの方を選んだ。

 

 

森の反対側で、これまでよりずっと大きな爆発音が轟き、暗闇の中から悲鳴が上がる。

ドラコはそれを聞いてせせら嗤い、気怠げな視線を闇の中に向ける。

 

 

「臆病な連中だねぇ?君のパパが、みんなに隠れてるようにって言ったんだろう?一体何を考えているのやら…マグル達を助け出すつもりかな?」

「そっちこそ、お前の親はどうしたんだ。あそこで、仮面をつけているんじゃないのか?」

 

 

ハリーは熱くなり、低く呟いたが、ドラコはゆっくりとハリーを見ると鼻で笑った。

 

 

「はいはい、()()の時間はそこまでだ!── オスコーシ(口よ消えよ)!」

「むぐっ──」

 

 

ドラコは何かを言いかけたが、あまりに近くで響いた爆発音にこれ以上ここで争っている場合では無いとルイスは判断し、無理矢理ドラコの口を消すと、驚き目を瞬かせる──当たり前だ、ドラコの顔から口が消えたのだから──ハリー達に向かって申し訳なさそうに眉を下げ、苦笑した。

 

 

「ごめんねハリー、ハーマイオニー、ロン。僕たちは迷子になってるんだ。ルシウスさんとナルシッサさんと離れちゃったんだよ。あの中にルシウスさんは居ないよ、さっきまで側にいたんだけどなぁ」

「迷子?…へー?マルフォイ、君って迷子になったのかい?」

 

 

ロンはにやにやと笑いドラコをからかった。ドラコは青白い顔をカッと赤く染めると口元を手で何度も掻いた。しかし、ドラコは無言魔法は使えない──つまり、解呪してもらわなければ、話すことが出来ないのだ。

 

 

「うん、そうなんだよ。…ソフィア達は、…他の人たちは?アーサーさん達は?」

「アーサーさん達はマグルを助けに行ったの。…フレッドとジョージとジニーとはぐれちゃったみたい。…うーん、私たちも迷子ね」

 

 

ソフィアは辺りを見渡し肩をすくめる。

その言葉で、ハリー達は初めてフレッド達とはぐれた事に気が付いた。

ドラコをからかっている場合じゃない。ジャックとアーサーはくれぐれも離れるなと強く言っていた。なのに──ドラコを馬鹿に出来ない、自分達も迷子になってしまったのだ。

 

 

「早く探そう!」

「そうね、行きましょう!」

 

 

ハリー達はドラコがハリー達も迷子なのだと知ると、どこか小馬鹿にしたような目を向けている事に気がついた。きっと口があれば嫌味が連発していただろう。

 

しかし、今はドラコに関わっている場合ではない。早くフレッド達と合流しなければならない。

 

 

「ルイス!ドラコ!行くわよ!」

「えっ…ソフィア、本気なの?…ルイスは良いけど……」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは嫌そうな顔をした。

ハーマイオニーだけではない、ハリーとロンとドラコも勿論「絶対に嫌だ」とその表情がありありと語っている。

 

 

「今は緊急事態よ!狙っているのはマグルでも──マグル生まれも、狙われる可能性は…あるわ。狙われなかったとしても、混乱した今、爆発や魔法に巻き込まれない自信がある?大人の攻撃魔法を防ぐ魔法を、あなた達は使えるの?」

 

 

ソフィアは少し苛ついたように一気に言うとハリー達を見た。

 

たしかに、狙われなかったとしても巻き込まれないとは限らない。その時自分を守る事ができるかと言われると──ハリー達は何も言えなかった。心の底から嫌だったが、目覚めの悪い事になっても、──それはそれで嫌だった。

 

 

「ほらほら、ドラコ、行くよ」

 

 

ルイスはドラコの腕を掴み、足を踏ん張り絶対に動きたくないと首を振るドラコをずりずりと力任せに引っ張る。

ソフィアはそれを見てハーマイオニー達に森の奥へと向かうよう促した。

 

「さあ、森の奥へ行きましょう!あの一団から離れないと危険だわ!」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーはちらりと視線を交わしたが、何も言わずに頷き、まだ抵抗しているドラコを一切見ないようにしながら森の奥へ駆け出した。

 

 

 

 

 



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171 闇の印!

 

 

ルイスは全く動こうとしないドラコの腕を必死に引っ張った。だがドラコとて、ハリー達と一緒に逃げたいとは微塵も思わずそんな屈辱を受けるくらいなら、あの騒動に巻き込まれた方がマシだと思っていた為、こちらも必死に争う。ドラコもルイスもその年齢の男としてはやや線が細く華奢だったが、身長はドラコの方が高い。──つまり、どれだけルイスが引っ張ってもなかなか思うように動かすことは難しかった。

 

 

「ソフィア!手伝って!」

 

 

顔を真っ赤にしたルイスの声に、ソフィアはハリー達の背を追い森の奥へ向かいかけていた足を止めルイスに加勢する為に、ドラコの後ろに周り背中を目一杯押した。

 

 

「ほら!ドラコ、早く行くわよ!」

「───!」

 

 

ぶんぶんと首を振り足を踏ん張るドラコだが、ルイスに両腕を捕まれ引かれ、ソフィアに背中を押されてしまえば争うのは難しくその場を離れるしか無かった。

 

 

フィニート(呪文よ終われ)!──早く!」

「っ…誰があんな奴らと逃げるか!」

 

 

ルイスはドラコにかけていた呪文を解呪する。途端にドラコは叫び、ルイスの手が緩んだ途端その手を振り解き強く睨んだ。

 

 

「そんなこと言ってる場合なの!?──ってああ!もう!ハリー達見失っちゃったわ!」

 

 

ソフィアは怒りながらドラコの後ろから叫んだ。先に森の奥へ進んでしまったハリー達の背は既に逃げ惑う人に紛れ見えなくなってしまっていた。

ドラコは森の奥を見て、ハリーの姿が見えないとわかると自分の抵抗も無駄では無かったと満足げに鼻で笑い乱れた服を素早く正した。

 

 

「どうする?」

「…とりあえず、この場を離れましょう。…ドラコも、良いわよね?」

「…ああ、そうしよう」

 

 

ハリー達と離れた今、ドラコは特に拒絶する事なくあっさりと頷く。

ソフィアとルイスはドラコの切り替えの速さに顔を見合わせ大きくため息をついた。

 

 

「だが、奴らはマグルを痛ぶるだけだ、僕たちに何かをするとは…思えないが」

「そりゃね。でもやっぱり危険だよ。この暗闇の中…どの子どもが純血で、どの子どもがマグル生まれなのか判断できると思う?」

「乱闘になってしまったら、それこそ危険よ」

 

 

ソフィアは爆発音が続く後ろを振り返り、硬い声で呟いた。

木々の隙間から絶えず魔法の閃光が光り、行き交っている。きっとあの仮面の一団と、ジャック達魔法省関係者が今戦っているのだろう。もうマグル達は救出されただろうか?

 

 

 

ソフィアとルイスとドラコは気がつけば群衆の喧騒から少し離れた場所に出ていた。

遠くからまだ混乱した声は聞こえるが、爆発音は収まりつつある。

 

近くの巨木に身を隠した3人は杖を胸の前でしっかりと掲げたまま、注意深く辺りを伺った。

 

 

「…ここに隠れてよう」

「そうね、ジャックか…ルシウスさん達が見つけてくれたら良いんだけど…」

 

 

ルイスは外に露出している木の太い根の上に腰を下ろし、ふうとため息を吐く。ソフィアもその隣に座り、ぐっと足を伸ばした。

ドラコは少し悩んだ後でルイスの隣に座り、ソフィアと同じように足を伸ばした。

 

 

「さっきの集団…あれって…死喰い人よね?」

 

 

ソフィアは疑問符をつけ、2人に聞いたが──その目にはたしかな確信が宿っていた。

ドラコとルイスは平然と頷き、周りに誰も居ないかと辺りを見渡す。

 

 

「あの仮面…図書室にある昔の日刊預言者新聞で見たよ。…模様は違うけど、多分、そうだ」

「死喰い人の残党だろう」

「まだ居たのね…」

 

 

死喰い人は、ヴォルデモート卿を支持する集団を呼称する名だ。様々な犯罪や悪行を繰り返し、殆どが捕らえられアズカバンへ行ったか、ルシウスのように服従の呪文下にいたと主張した者もいる。

陰でまだ死喰い人が居る──とは、噂で聞いた事はあったが、まさかこんな所で現れるとは思わなかった。

勿論興奮からついハメを外してしまった──とも、考えられない事もない。隠れていただけでこれだけの仲間が居るのだと誇示したくなったのかもしれない。だが、ここには魔法省の魔法使いや、警備の者が沢山いる。そんな中でその仮面をつけてマグルを虐げるなど──罪が重くなるだけだ。

 

 

「まぁ、…すぐ捕まるんじゃない?」

 

 

ルイスが希望混じりにそう呟いた時、遠くの木々の梢の間から緑色の強い光が上がった。

ソフィア達は言葉を止め、それを見上げる。

 

エメラルド色の輝きが集まり、現れたのは巨大な髑髏だった、その髑髏はふわりと奇妙に歪み口を開くと長い舌のように蛇を吐き出す。

蛇はぬるぬると動き、森の上から人々を見下ろした。

 

 

「──っ!?」

「ま、まさか!?」

 

 

 

ソフィア達は思わず立ち上がり、空に浮かんだ髑髏を見上げる。すぐに周囲から爆発的な悲鳴と共にがさがさと走り去る人々の足音が聞こえた。

 

緑の靄がかかったようなその髑髏は不気味で、なによりも恐ろしく、ソフィアはぐっとルイスに抱きつき怖々それを見上げた。

 

 

「や──闇の印…」

 

 

ルイスはソフィアの肩を抱き、顔をこわばらせてそれを見上げる。

あれは、ヴォルデモートの証──不幸と不吉の象徴だ。魔法族の者なら、あの印が何を意味するのか知っている。

ドラコは空に上がる髑髏と蛇から離れるように、じりじりと後退した。

 

 

「ルイス、ソフィア…この場から離れよう」

「うん…」

「ええ、そうね…」

 

 

ドラコの真剣な声に頷いた2人は、杖先をルーモスで光らせながら、闇の印から逃げ惑う人々の群れに加わった。

 

 

「一度…キャンプ場の様子を見に戻らないか?」

「…んー…そうね、かなり時間も経ったし、もう落ち着いてるかもしれないわ」

「くれぐれも気をつけようね」

 

 

ドラコの提案にソフィアとルイスは人の波に流されるように森の外へ向かう。逃げ惑う人々の顔は恐怖と混乱に染まり、中には泣き叫ぶ者もいた。──それほど、あの印は当時を生きていた大人にとって恐怖そのものだった。

ソフィア達はヴォルデモート卿の全盛期を知らない。覚えていないほど幼かったのだ。当時は毎週のように死者や行方不明者が現れていた、それも1人や2人ではない──何十人もの魔法使いと魔女が、一夜にして亡くなった。中には一家全滅させられ、家系図から消えた一族もいた。それ程、ヴォルデモート卿の力は巨大であり、抗えぬ恐怖は、今でも忘れられぬ悪夢を植え付けていた。

 

 

ルイスは先頭を走り、森とキャンプ場の際までくると足を止めソフィアとドラコに止まるように無言で手を広げ指示をした。2人は近くの木の幹に身を寄せ、無言で頷く。

 

そっとルイスはキャンプ場の方を見たが──沢山の人はいるが、どうやら死喰い人の姿は無い。

所々で燃え尽きたテントが黒い煙を上げて燻っていたが、暴動のような喧騒はもうすっかりと消えていた。自分のテントの無事を確認しにいく人々がウロウロと不安げにキャンプ場を歩き回っている。

 

 

「良かった、キャンプ場での騒ぎは収まってるみたいだ」

「…アーサーさん達、無事かしら…。テント、燃やされてたら…どうしましょう」

「…孔雀はどうなっただろうか」

 

 

ドラコはぽつりと呟く。

ルシウスは孔雀が好きであり──マルフォイ家でも数羽の美しい孔雀を飼っている。周りにその美しさを見せびらかせる為に連れて来ていたが、あの時は孔雀の事など思い出さなかった。もし孔雀が焼け死んでしまったら… 父上(ルシウス)はかなり悲しむだろう。

 

 

「あ、やっぱりあの孔雀ってドラコの家の孔雀だったのね?」

「…見てくる。父上と母上も、戻っているかもしれない」

「ちょっと!1人で行っちゃダメだ。行くなら──みんなでだ、いい?ソフィア」

「…ええ、勿論よ」

 

 

そわそわと不安げに目を揺らし落ち着かない雰囲気のドラコを見ていると、すぐ近くにウィーズリー家のテントがあるから先に行きたいとはどうしても言えなかった。

 

ソフィアは数十メートル離れた先のテント群を見て、どうか皆が無事でありますように、と願った。

 

 

ソフィア達が森を抜けようとした途端、目の前の空が歪みパッと黒い陰が現れる。

ルイスは驚き足を止め、その背中にドラコとソフィアがぶつかった。

 

 

「きゃっ!」

「な、なんで止ま──」

 

 

ドラコとソフィアはそれぞれ額を押さえながらルイスの背を睨み、直ぐに後ろから覗き見た。

 

 

「ジャック!」

「ソフィア、ルイス、ドラコ…無事か?」

「うん、無事だよ、ジャックは?」

 

 

ルイスの目の前に現れたのはジャックだった、ジャックはソフィア達に怪我がない事を知るとほっと表情を緩める。

 

 

「ジャック、ハリー達とはぐれちゃったの!どうしましょう…心配だわ…闇の印も、上がっていたし…」

 

 

ソフィアは不安げに瞳を揺らし、ジャックに訴えたが、ジャックは少し曖昧に笑うと「あー…」と言い淀み頭を指でかいた。

 

 

「ハリー達は見つかった。アーサーがテントに連れて行ってる。…まぁ、無事かというと──」

「まさか!怪我をしてるの?」

「いや、違う。ピンピンしてるよ。──色々あってな。…後で説明する。…ドラコ、家のテントの前でルシウスとナルシッサが探していたよ。かなり心配してる、すぐに戻ろう」

「…はい」

 

 

言い淀むジャックの不穏な反応に、ソフィアとルイスは顔を見合わせ心配そうに眉を下げたが、後で説明があるのなら、と無言で頷き合いジャックに付き添われマルフォイ家のテントに向かった。

 

 

城のような豪勢なテントの前では一羽の孔雀を抱き、そわそわとテントの前で行き来をするルシウスと、蒼白な顔をして胸の前で指を組んでいるナルシッサが居た。

 

 

「ドラコ!」

「母上…」

 

 

ナルシッサはドラコに気付くとすぐに駆け寄り強く抱きしめ、ルシウスも側まで走り寄りしっかりとドラコの肩を掴んだ。

ドラコは、これほど母が外で感情を出し、取り乱すのを見たことが無く驚いたが──それでも、心配をしてくれたのだと分かるとこそばゆいような喜びがじわじわと胸に広がり、その背中に手を回した。

ナルシッサはしばらく抱きしめていたが、ドラコを離すと身体の隅々まで見て、怪我が無いか確認し、ようやく安心したように硬まらせていた表情を緩める。

 

 

「無事で、良かったわ…。ジャック、本当にありがとう」

「いや、ドラコとずっと居たのはルイスとソフィアだ」

「ありがとう、ルイス…ソフィア…」

 

 

涙の膜を張るナルシッサの瞳と、震える声に、ソフィアとルイスは少し微笑み首を振った。礼を言われるような事は何もしていない。ただ、側にいただけだ。

 

 

「いえ。そんな…ナルシッサさんと、ルシウスさんも…あと、孔雀も、無事で良かったですね」

 

 

ルイスがルシウスの腕に抱かれている孔雀と、足元で悠々と歩く孔雀を見て笑う。

何とも滑稽な光景だったが、場に満ちていた緊張感が少し緩み、ナルシッサも薄く微笑んだ。

 

 

「ソフィアとルイスは、家に帰るぞ」

「え?…でも、私…荷物をアーサーさんの所に置きっぱなしだわ」

「あとで俺が届ける。……早く帰らないと、セブがここに来ちまうからな」

「えっ?…もう、知ってるの?」

 

 

セブルス(父様)がここに来ようとしている。という事は、ここで何があったのかを知ったという事だ。だが、マグル達が襲撃され、闇の印が空に上がってからまだ1時間も経っていない。流石の日刊預言者新聞も、そのスクープを世界に配達していないだろう。

 

ジャックは少し困ったように笑うと「俺が教えた」と短く告げ、それ以上説明する気は無いようで、一度ソフィア達から目を離しルシウスを見た。

 

 

「ルシウス、()()()()()よな?」

「…当たり前だ」

「──だよな。わかった、信じる」

 

 

ジャックの意味深な言葉に、ルシウスは苦い表情で頷く。何を意味しているのか──それが分かったのは、2人以外ではナルシッサだけだろう。ルシウスの妻であるナルシッサは、彼が死喰い人だったと勿論知っている。──ドラコも知っていたが、まだその言葉の意味を察することが出来るほど聡くは無い。

 

 

「ジャック、お前はどうなんだ」

「俺も、違う。──俺の子ども達にかけて」

「…そうか」

「……ルイスの荷物は?」

「…待っていろ」

 

 

ルシウスは孔雀を抱えたまま城のようなテントに入る、少ししてトランクを持ち戻ると、ジャックに手渡した。

ジャックとルシウスの会話を聞いて、ソフィアとルイスは何かがまた、起こっているのだと理解した。──闇の印、の事だろうか。だが、それが何の関係があるのだろう。ルシウスは──例のあの人に服従の呪文をかけられ、無理矢理従わされていた筈だ。まさか…それは、秘めやかに噂されるように…虚偽なのだろうか。

 

 

「ありがとう。…じゃあ、また」

「…ドラコ、また…ホグワーツで」

「ホグワーツで会いましょう、ドラコ」

「ああ…」

 

 

ソフィア達は短い別れを告げ、ジャックの腕を掴んだ。

 

ソフィアは少し、ここに残りたい気持ちがあった。ハリー達に別れも言えていない、急に居なくなってきっと──後でジャックが説明しに行くだろうが──心配しているだろう。

 

 

しかし、ソフィアの思いを置き去りにし、3人はセブルスの待つ家へと姿現しをし戻った。

本来、他人の家の中に姿現しで訪れるのはかなり無礼な事にあたるが、今は緊急事態だ、セブルスも何も言わないだろう。──と、ジャックは足が床を踏み締め、空気の匂いが変わったのを感じながら思う。

 

 

「ソフィア!ルイス!──無事か?」

「父様…」

「ええ、無事よ。何にも怪我はしてないわ」

 

 

ジャックの予想通り、セブルスは少しも気分を害する事なく──むしろ、そんな事今は考えている余裕も無いのだろう。ソフィアとルイスを2人まとめて抱きしめ、怪我ひとつない子どもたちを見て、ようやく肩の力を抜いた。

 

 

「セブ、俺はまた戻る。アーサー達にソフィアとルイスの無事を伝えなきゃならないし…あっちのことを探ってみるよ」

「ああ…一体、何が…」

「わからない。……また、後で」

 

 

ジャックはすぐに姿くらましをし、その場から消える。

ずっと表情が険しい大人たちを見ていたソフィアとルイスは──何があったのか、漠然とした不安に駆られていた。

 

 

 



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172 おつかれさま!

 

ソフィアとルイスは何があったのか、どうなったのか困惑しながらも有無を言わせないセブルスによりべッドに向かうよう告げられ、しぶしぶ寝転んだ。

2人はクィディッチ・ワールドカップの興奮と、その後の緊張と、家に帰って来れた安心感から──ジャックが再び戻ってくるまで起きていようとおもったが、すぐに身体は疲れを思い出し寝てしまった。時間にして既に夜の3時を回っていたため、仕方がないだろう。

 

 

セブルスは2人が寝静まった後、静かにその寝室を訪れた。

それぞれのベッドの中ですやすやと眠る子ども達の柔らかな髪を優しく撫でれば、いい夢を見ているのか、ソフィアもルイスもふにゃりと微笑む。

 

暫くセブルスはそうして2人の様子を見ていたが、居間の方から物音がし顔を上げる。

 

 

「…セブ、…ここにいたのか」

「ジャック…」

 

 

邪魔してるぜ。と言いながらジャックは寝室の扉を開け、ベッドの側に立つセブルスの隣に並んだ。

早朝からクィディッチ・ワールドカップの警備や移動キーのトラブル処理にあたり、無事に試合が始まった事に安堵していたら、試合後に死喰い人の騒動があり──ただマグルの家族が宙に吊り上げられただけなら、処理を済ませすぐに帰る事が出来ただろう。

だがそのあと打ち上げられた闇の印に関わる騒動を鎮め、一刻も早くこの場から離れ帰宅したいと苦情を言う帰宅者の為に──苦情を言うものは全て姿現しが苦手な者ばかりだった──小さな子どもの居る家庭を優先し、即席の移動キーを作り各家庭に送り届けた。

その後、すぐに帰りたかったが混乱する場を1人離れるわけにもいかず──本業でないにも関わらず魔法省へ赴き様々な事務処理を済ませ、気がつけばもう夜明け前になっていた。

 

疲労感の滲む顔をしていたジャックだったが、幸せそうなソフィアとルイスの顔を見ると、少し表情を緩め笑う。子ども達が幸せである事、それのためなら自身の苦労など、微塵も苦にらない。

 

 

「…向こうで話そう」

「…ん、そうだな」

 

 

セブルスに促され、ジャックは優しげに見ていた瞳を真剣なものに変えると居間へ向かった。

 

 

「紅茶でいいか」

「…いや、珈琲で。濃いやつで頼む。今日は徹夜だな…今日だけで済めば良いけど…」

 

 

ジャックは肘掛け椅子に座りながらセブルスの言葉に答え、大きなため息をこぼし顔を手で覆う。セブルスはかなり疲れた様子のジャックに無言で珈琲を入れると、その前の机に置いた。

「ありがと」と小さく呟いた後、ジャックはかなり濃く、苦い珈琲を飲んでぶるりと身体を震わせ顔を顰めた。

眠気覚ましの為に珈琲を少しずつ飲んでいるジャックの対面にある椅子に座ったセブルスは、じっと彼を見つめ話し出すのを待っていた。

 

 

「…結局、誰が闇の印を上げたのかはわからなかった」

「…死喰い人の残党だろう」

「そうだとすれば…マグル達を襲撃した者達とは別だ。アイツらそれを見て逃げ出したからな…。…しかもさぁ…打ち上げられた真下に居たのはハリー、ロン、ハーマイオニーの3人だった」

「……何?」

 

 

セブルスは怪訝な顔をしてジャックを見る。ジャックは苦笑し、背もたれに深く体を預け再びため息をこぼした。

 

 

「後は、バーティのハウスエルフも居た。…闇の印を上げたのはハリーの杖だった。…まぁ、誰かがハリーの杖を拾って印を上げ、それをハウスエルフが拾って──って事だろう。ハウスエルフは闇の印を上げれない、方法を知っていたとしてもアイツらは杖なんて使わないからな」

「……」

 

 

眉間に深い皺を刻んだセブルスは苦々しい顔で黙り込む。毎年騒動の中心に何故かいるハリーとその周辺。それは偶然なのか、それとも必然なのか──こう、何年も連続しているとなるとそういう星の下に生まれたのだと、思うしかないだろう。

 

 

「一応、俺が知ってて…すぐに会える死喰い人達はその場に居なかったことを確認してる」

「……そうか」

 

 

セブルスは目を伏せ、普通の珈琲を飲む。

ジャックが血相を変え急に家の中に現れた時は驚いたが、あの行動にはそのような意味があったのか。

 

 

 

 

その時セブルスはホグワーツでの新年度を迎える事務処理を行なっていた、ソフィアとルイスが居ない時間の方がその仕事が捗る為、気がつけばかなり遅い時間になりそろそろ明日──いや、時刻的には今日だろう──戻る2人を迎える為に寝ようかと思っていた時、突如ジャックが姿現しで現れたのだ。

 

他人の家に姿現しをするなど、余程の緊急事態でなければあり得ない。セブルスはジャックがクィディッチ・ワールドカップに関わっている事を知っていた為、すぐに側に駆け寄り何があったのか──ソフィアとルイスは無事かと問い詰めた。

 

 

「セブ!…よし、いるな。じゃあ!」

「待て!何かあったのか?ソフィアとルイスは?」

「会場近くのキャンプ場に闇の印があげられた。──2人は無事だ!お前はここで待て!」

 

 

ジャックはそれだけを伝えると、驚愕するセブルスを残しすぐに姿をくらます。

この時ジャックはまだソフィアとルイスの無事を確認していなかったが、それをセブルスに伝える事はとても出来なかった。

 

 

残されたセブルスは暫し固まっていたが、その言葉の意味をようやく飲み込むと大きな舌打ちをこぼし、不安と焦燥感から部屋の中をうろうろと歩き回っていた。

駆けつけたいが、クィディッチ・ワールドカップにあまり興味が無くその場所を知らないセブルスは姿現しで向かう事が出来ない。

ソフィアとルイスが無事なら、ジャックの言うように大人しく待つのが得策だろう。

そうわかっていても、闇の印の意味を知るセブルスは──静かに待つなど出来ずただ気持ちだけを焦らせた。

 

1時間もしない内にジャックはソフィアとルイスを連れて戻って来たが、セブルスにとってはあまりにも長く感じた1時間だった。

 

 

 

 

「…印、濃くなってるよな」

「ああ…」

 

 

ジャックは左腕の袖を捲り、赤黒い闇の印を露出させた。

数ヶ月前までは薄かったそれが、少し前から日に日に濃く変化していた。セブルスも勿論それに気が付いている。だが、その理由を、2人はわからない──いや、予想はしているが、果たしてそれが正しいのか判断できないと言うべきだろう。

 

 

「…まさか──そんなこと、無いよな?」

 

 

ジャックの言葉に、セブルスは何も返答することが出来ず厳しい顔でカップの中の珈琲を飲む。

まさか、ヴォルデモート卿が蘇る兆しなのか。キャンプ場の森で上げられた闇の印は、それを示唆するものなのか。

 

 

「…どっちにしろ。ソフィアとルイスはあと1週間程度でホグワーツだ。ヴォルデモートはダンブルドアがいる場所には──まぁ、こないだろう」

 

 

セブルスはジャックがヴォルデモートと呼んだ時、僅かに肩を震わせた。だがジャックは肩をすくめて「悪ぃ」と呟くだけで心の底から悪いとはちっとも思ってなさそうだ。

 

 

「…ジャック。私は明日にはホグワーツに向かわねばならない。…その間、ソフィアとルイスを頼めないか?」

「んー……」

 

 

ジャックは困ったように眉を寄せ、暫く天井を見つめ唸りながら考えていたが、ゆっくりと視線をセブルスに戻すと首を振った。

 

 

「…孤児院で預かることはできる。けど──俺は、殆ど居ない。また朝には魔法省に行かなきゃならねぇし…。…セブは俺に見てて欲しいんだろ?」

「そうか……」

 

 

信頼の出来るジャックにソフィアとルイスのことを頼みたかったが、無理だと分かるとセブルスは顰め面のまま考え込む。

セブルスが死喰い人だと言う事を知る者はあまり、多くはない。だがどこでそれが漏れるかわからない。──ごく一部だが、この家の場所を知る者もいる。勿論マルフォイ家の者は裏切る事はないとは思うが、何か薬を盛られこの場所を告げてしまうかもしれない。

 

闇の印を上げたものが、アズカバンへ行く事無く ヴォルデモート(我が君)を裏切り、寝返り…のうのうと日常に戻り暮らしている死喰い人達への報復を考えているのなら──。

 

 

まだ闇の印が上がった理由も、犯人もわからない中で、ソフィアとルイスだけを家に残していくのはとても不安だった。

 

 

「んな顔すんなって。…あ、じゃあこれ貸してやるよ」

 

 

苦渋に満ちた顔で黙り込んでしまったセブルスに、ジャックは苦笑いをするとベルトポーチの中を探り、二つの手鏡を取り出した。

 

 

「これ、両面鏡っていうんだけど。対になってる方の様子を見る事が出来るんだ。居間に置いておけば様子を好きに見れるし、声をかければ対の向こう側に居る人と顔を見て話す事も出来る。中々便利だぜ?」

 

 

ジャックはひとつをセブルスに手渡し、その中を覗いてみろ、と視線で訴えた後椅子から立ち上がり、どこか悪戯っぽい顔をして居間から出て行ってしまった。

セブルスは両面鏡を見た事がなく、本当にこれで相手の様子がわかるのか、とあまり信じられずしげしげと見ていたが、試しに「ジャック」と小声で低く呼んでみた。

 

 

その鏡には自分の顔は映らず、その代わりに「しーっ」と唇に人差し指を押しつけ楽しげに目を細めるジャックと、ベッドの中ですやすやと眠っているルイスが映った。

 

 

「──な?見えるだろ?」

「…本当に、通じているのか?」

「ああ、どれだけ離れても大丈夫だから安心しろ」

 

 

ソフィアとルイスの寝室に居るとわかると、セブルスは2人を起こさないように、より声を潜め、ジャックもくすくすと笑いながら小声で答える。

効果がわかったのなら、ここに居る必要はもうないだろう、とジャックは最後にルイスとソフィアの頭を優しく撫でた後、セブルスが待つ居間へ戻った。

 

 

ジャックが居間へ戻っても、セブルスは気難しい顔で手鏡を裏返したり、縁の装飾を手で撫でていた。きっと、初めて見る魔法道具の構造が気になっているのだろう。

この手鏡は──実は、中々希少で高額なものであり、本来はおいそれと人に貸せるものでは無いのだが、セブルスがジャックを信頼しているように…ジャックもセブルスの事を1番信頼していた。

 

 

「これで少しは安心できるだろ?」

「ああ…。……ありがとう」

「どういたしまして!…ただ、セブは困った事になるかもしれないな?」

「…何がだ」

 

 

ジャックは手に持っていた手鏡を机の上に置き、くすくすと笑う。

 

 

「ソフィアとルイスが絶えず話しかけてきて、仕事にならないんじゃ無いか?」

 

 

セブルスはその言葉を聞いて、緩みかけていた眉間の皺を再び深く険しくさせた。

あり得る。2人はきっとこの鏡を通してどんなにつまらないことでも気にせず話しかけるだろう。

そして、自分はきっとこの手鏡を伏せて置く事は出来ない。それをすると彼方の様子を見る事が出来なくなる。──ソフィアとルイスの声が聞こえなくなるとしても、何をしているのか、異変は無いのか心配し、どっちにしろ…仕事にならないだろう。

 

ジャックは苦虫を噛み潰したような顔でどうするか悩んでいるセブルスを面白そうに見ていたが、カップに残ったかなり濃い珈琲を一気に飲むと、真剣な顔でセブルスを見つめた。

 

 

「ルイスとソフィアには…セブと俺が死喰い人(そう)だったって事は…言わないんだよな?」

「ああ、…言わない」

「…良いんだな?去年みたいに、先に知ってしまうかもしれないぜ?」

「…、…そんな事…あり得ない」

 

 

セブルスは苦く答えたが、ジャックはじっとセブルスを静かに見つめる。

ジャックとセブルスはホグワーツの一年生の時からの付き合いだ。きっと、アリッサ亡き今、彼の心を理解できるのはジャックだけだろう。

セブルスはかなり優しい人間だが、酷く不器用で、そしてかなり傷付きやすい。

敵も作りやすく、誤解されやすい。何せ、その優しさを見せる事は自分の弱さに繋がると思っている節があるセブルスは、唯一ソフィアとルイスにのみ、直接的な包み込むような愛と優しさを向ける。

 

もうソフィアとルイスは子供では無い。かといって、大人でも無いが、自分で考えられる人間に成長しつつあると言えるだろう。

何故死喰い人になったのか、何故、投獄されずに生きているのか──それくらい、2人に伝えても良いのではないかとジャックは思っていたが、セブルスはそれで2人が悩み悲しむ事と──自分の心が傷付く事を恐れていた。

勿論、心が傷ついたとはいえ、それだけで挫けてしまうセブルスではない。学生時代の酷く辛い虐めや死喰い人としての日々、自分の大きな過ち、愛しい家族の死──傷付く事は数多あった。だが、傷付き倒れそうになる身体をなんとか奮い起こし、今まで生きてきたのだ。

表面ではなんとも無いように取り繕う術を、セブルスはそれこそ幼少期から知っていた。

 

たが、付き合いの長く、そして深いジャックにはセブルスが何を思い──何故言えないのか、何となく察していた。

 

 

「…セブが良いなら、いいけど。──じゃあ俺はもう戻る。またな、セブルス」

「ああ…」

 

 

ジャックはため息をつき立ち上がると、軽く手を振りその場から姿をくらませた。

残ったセブルスは、空になったカップと二つの手鏡を見つめ、ぐっと手のひらを強く握った。

 

 

 

 

 

 



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173 お引っ越し!

クィディッチ・ワールドカップでの騒動の翌日──いや、数時間後と言うべきだろう──ソフィアとルイスは疲れから昼近くまで安眠を貪り、ぼんやりとした目を擦りながら体を起こす。

 

 

「おはよう、ルイス」

「…おはよう、ソフィア」

 

 

もう2人は14歳が近い。だがこの家は2人に個室を与えるほど部屋数が多くはない為、いつまで経っても異性であるが──同室だった。特に問題はない、とソフィアは思っていたが、ルイスはれっきとした男であり、思春期に差し掛かっている彼はそろそろ個室が欲しいと思っていた。

勿論、ソフィアの着替えを見てもなんとも思わず──見ないように、はしているが──異性として意識などしていないが、どうしても意識の外にある生理的現象は、避けられない。

 

 

「…?どうしたの?着替えないの?」

「……うーん、僕、まだ眠いんだ…」

 

 

ルイスは自身の体に起こっている一部分の変化を悟られまいと、再び頭まですっぽりと布団の中に潜り込みじっと心を静かにさせた。初めてこのような状況になった時は戸惑ったが、心を無にしたり、勉強のことを考えれば自然と落ち着くと知っている。

 

 

「ふぅん?私は先に行くわね」

「うん」

 

 

ルイスが何に格闘しているか知らないソフィアは不思議そうにしたものの、昨日は色々ありきっと疲れているのだろうと、無理に揺り起こす事は無かった。

昨日の一件が無ければ、ソフィアはルイスを揺り起こし無理矢理その布団を剥ぎ取っていた事だろう。

 

 

ソフィアは着替え終わり、何食わぬ顔で部屋から出て行く。ルイスは扉が閉まった後暫くたってから体が平常に戻った事を確認しゆっくりと身体を起こしため息をついた。

 

 

「…父様にまた。相談しようかなぁ…」

 

 

夏休みが始まってすぐに、ルイスは一度セブルスにどうしようもない生理現象の事を相談していた。何となく気恥ずかしかったが相談できるのは父親であるセブルスだけだった。

顔を赤らめ気まずそうに告げられた言葉に、同性であるセブルスは、勿論その気持ちがよくわかった。

むしろ、今までその事に思い当たらなかった自分を責めたほどだ。きっと、ルイスはそのことを父親であっても告げたくは無かっただろう。

 

寝巻きから普段着に着替えながらルイスはぼんやりとセブルスとの会話を思い出していた。

 

どうにか対処する。と約束してくれたが──あれから何も言ってはこない。

いっそのこと、父の部屋で寝ようか。

だが、きっとそれを知ったらソフィアは何故ルイスだけが父の部屋で寝るのかと納得のいくまで質問するだろう。──流石に、ソフィアに男性の生理現象の事を説明するのは、兄妹であっても──兄妹だからこそ──嫌だった。

 

ルイスはのろのろと着替え、微かに聞こえるセブルスとソフィアの話し声が漏れる居間へと向かった。

 

 

 

「おはよう、父様」

「ああ、おはよう」

「──あっ!父様、今日ホグワーツに行く日よね?もっと早く起きればよかったわ!」

 

 

遅い朝食を食べていたソフィアがはっとして残念そうに叫ぶ。ルイスも壁にかけられていたカレンダーを見て、そういえばそうだ、もっと早く起きて少しの家族の時間を楽しめばよかったと後悔した。

ホグワーツの教員であるセブルスは、夏休み中ずっと家に帰宅しているわけではない。寮長でもあるセブルスは他の教師と比べ担う仕事量が多かった。

 

 

「…明日まで、休みを延長した」

「え?そうなんだ。…珍しいね」

「やったわ!後1日長く居れるのね?」

 

 

セブルスはかなり寝坊している2人を起こすつもりは無かった。

今日の深夜にはホグワーツに戻る予定だったが、セブルスは朝早くからホグワーツに向かい、ダンブルドアに一日の休みの延長を申請し、少しの余裕が出来ていた。いや──余裕かどうかは、わからないが。

 

読んでいた日刊預言者新聞を畳み、机の上に置いたセブルスは朝食を取るソフィアとルイスを見て2人の名を呼んだ。

 

 

「ソフィア、ルイス。…朝食後直ぐに出掛ける。早めに済ますように」

「え?どこに行くの?」

「何かあったっけ…?昨日の、騒動のことで…?」

「いや。──引っ越しだ」

「えっ!?」

「引っ越し!?」

 

 

さらりと告げられたセブルスの言葉に、ソフィアとルイスは目を見開きぽかんと口を開けた。

昨日の騒動の一件を聞きたかったが、引っ越しの衝撃によりすっかりとその事は思考の端に追いやられる。

 

 

「引っ越しって。なんで、また…?」

「…2人はもう幼児では無い。そろそろ個人部屋を持たねばならん。…この家ではそれを叶える事は出来ないからな」

「えー…別に──」

「引っ越し賛成!!」

 

 

ソフィアは口を尖らせたが、ルイスは勢いよく立ち上がると右手を大きく掲げ賛成の意を示した。

1人部屋が欲しいという願いが、こんな形で叶えられるとは思わなかったが、ルイスはちゃんとセブルスが考えてくれていた事が嬉しくにっこりと笑う。

それを見たソフィアはつまらなさそうにし、じとりとした目でルイスとセブルスを見る。

 

 

「引っ越しなんて…急ね」

 

 

ソフィアは呟き、少し冷めたなった紅茶を飲む。

実際、かなり急だろう。引っ越しを考えているなんて、微塵も知らなかった。

 

 

「良い物件が見つかったんだ。…きっと、気にいるだろう」

「んー…私、この家好きよ?」

 

 

ソフィアは狭く、古い内装の室内を見回しながら言った。

人もなかなか呼べないような狭さではあるが、ソフィアはこの家が好きだった。沢山の本に囲まれ、何をしていても家族の姿が視界の端に映る。身近に家族の気配を感じる事が出来──さらに、亡き母と兄が過ごしていたこの家から引っ越すなんて、考えた事もなかった。

 

 

「…この家を手放すわけではない」

「あ、そうなんだ?」

 

 

セブルスは部屋の中を見回しながら頷く。

この家はセブルスが幼少期から暮らしていた家だ。当時、この家で過ごす中での楽しい記憶は微かにしかなかったが、両親が死に、アリッサと暮らし始めて──辛い記憶は幸福な記憶で塗り替えられた。

そんな思い出の残る家を、セブルスも手放すつもりは毛頭もない。

 

 

ただ、ルイスは思春期だ。

 

 

流石に兄妹とは言え、同じ部屋で過ごすのは──あまり、よくないだろう。

ルイスは意識では制御することのできない生理現象に悩まされていたし、流石に男と女に成長しつつある2人を、たとえどれだけ仲が良かろうとも共同部屋にし続けるつもりは、セブルスには無かった。

 

実は、セブルスは夏休みになりルイスに相談されてから新居を探しており──既に納得のいく家を購入していた。しかしその契約を交わしたのはソフィアとルイスがクィディッチ・ワールドカップに向かう1日前であり、その後の予定を考えたがどうも引っ越しの準備をするのは難しく──来年に引っ越せば良いだろう。と思っていたのだ。どうせ、少し経てばホグワーツで過ごすことになるのだから、急ぐ事はないだろう、と。

 

 

しかし、引っ越しの時期を無理矢理今日に設定したのは、ルイスが理由ではない。

 

闇の印が上がった今、この家が死喰い人に漏洩している可能性を否定できない。そんな家にこの2人を置いておくのは、嫌だった。

 

無理にでも、とりあえず2人が避難できる場所を──として、セブルスは休みを一日延長し、今日明日で引っ越しを完了させるつもりだ。

 

 

「この家に、戻ってこれるの?」

「ああ、勿論だ」

「なら…まぁいいわ!うーん、1人部屋ねぇ…変な感じだわ…」

「夜に眠れなくても、頑張って寝るんだよ?」

 

 

ルイスがにやりと笑って言えば、ソフィアは肩をすくめて「うーん…初めは慣れなくて夜中に起きちゃうかも」と呟いた。

 

 

 

その後直ぐに食事を済ませたソフィアとルイスは、自室に戻りあまり多くはない私物を検知不可能拡大呪文をかけたカバンの中に次々と服や本、玩具などを放り込んだ。ある程度の家具は揃っているとセブルスから伝えられていたため、部屋にある家具はそのままにし、既に出発の準備が整っているセブルスの元へ近づく。

 

 

「新居はどこにあるの?」

「ホグズミード村の外れだ」

「えっ!?ホグズミード村!?やったぁ!休み中はいつでもゾンコやハニーデュークスに行けるね!」

 

 

イギリスで唯一魔法使いしかいない村──ホグズミード村は魔法使いにとって特別な場所である。中心部から外れた場所だとしても、ホグズミード村の住人になれる事は魔法使い達にとって、ある一種のステータスとなっていた。

 

 

「準備は整っているか?」

「うん!」

「万全よ!」

 

 

ソフィアとルイスは左右からセブルスの腕に掴まり、見上げてにっこりと笑う。

頬を赤く染め期待に胸を膨らませる2人を見たセブルスは静かに姿くらましをし、慣れ親しんだ家から移動した。

 

 

 

周りの景色が変わり、瞬き一つする間に目の前に大きな家が建つ景色へと変わった。

大きな、とは言っても今まで暮らしていたスピナーズ・エンドにある家と比べれば大抵どんな家でも大きく見えるものだ。

しかし2人はその家を一眼見た途端歓声をあげ、セブルスの元から離れると楽しそうにはしゃぎながら家の周りを探索した。

 

その家は少々古かったが、立派な深い茶色の煉瓦造りの家であり、外観はかなり美しかった。外観は二階建ての一般的な英国住宅だろう。

ホグズミード村から少し離れたその家の後ろには鬱蒼とした森が広がり、まるで隠れ家のようだった。

 

 

 

「庭まであるのね!」

「雑草が多いね、木も伸び放題だし、後で剪定しなくちゃね!」

「わー!見てみて!ノッカーの形が変わっているわ!…うーん、獅子かしら?」

「ねえ父様!入って良い?」

 

 

 

 

家の周りを見回っていた2人は目を爛々と輝かせ待ちきれないというようにそわそわとその場で足踏みをする。セブルスが頷いた途端2人は玄関扉を開け、新居の中へと入った。

 

 

 

「わぁー……」

「す、すごい…」

 

 

感嘆の声を漏らし、2人は玄関からリビングへの扉を開ける。

広々とした吹き抜けのリビングは白い壁と、茶色い木枠にそれに合うような英国家具が並ぶ。使い込まれているその家具は元の持ち主が丁寧に磨いていたのだろう、鈍く光り、ソフィア達を迎え入れた。

 

部屋の中央にはローテーブルがあり、その脇には肘掛け椅子が二脚、大きなソファが一つ。奥には暖炉がある。

 

 

「……父様、かなり…良いお家ね?」

「めちゃくちゃ高そうだね」

「大丈夫なの?お金とか…」

 

 

アンティーク家具が並ぶこの家は、新築では無いとはいえ、間違いなくかなりの値段がしただろう。

だがセブルスは「子どもがそんな心配をしなくていい」と眉を寄せながら答え、2人に二階にあるそれぞれの1人部屋の場所を伝えた。

 

ソフィアとルイスは滑らかな木製の手すりを撫でながら階段を駆け上がり、楽しそうに1人部屋を見に行く。

1人リビングに残ったセブルスは持っていたカバンを机の上に置き開く。2人が自室を確認している間にある程度生活できるように片付けてしまおう、と、杖を振り食器類や本を棚の中に入れていった。

 

たしかに、この家は安くはない。

安くはないが、セブルスには十分な資金があり問題なく買う事が出来た。2人の安全を少しでも確かなものにするためなら、安いものだとセブルスは表情を緩める。

 

 

ソフィアとルイスは2階の踊り場から伸びる廊下を歩いていた。壁には昔の移住者がそのままにしたのだろう草花のレリーフのついた大きな鏡や風景画がかけられていた。

廊下は歩いてもギシギシと音が鳴る事はなく、2人は廊下の1番奥にある、向かい合って並ぶ扉の前で止まる。

 

 

「ここが…1人部屋かな?」

「開けてみましょう」

 

 

それぞれの扉を開けて、中の様子ともう片方の部屋の様子を見比べる。

中はベッドと本棚、勉強机に椅子、そして箪笥があり、部屋の広さや家具までも全く同じだった。

 

 

「きっとここね!」

「じゃあ、僕は片付けるよ、後でね!」

「ええ、後で!」

 

 

ルイスと離れることに少し寂しさを感じていたソフィアだったが、ルイスの嬉しそうな表情を見ると何も言えず、ソフィアはにっこりと笑って扉を閉めた。

 

 

「──さて!片付けちゃいましょう!」

 

 

ソフィアはカバンの中身に向かって杖を振り、ふわりと浮遊させると次々と新しい居場所へと納めた。

ややシンプルな作りの部屋だ。今後、どのように作り替えていこうか?どうせなら、ジニーの部屋みたいに可愛くするのも良いかもしれない。

部屋を見渡しながらソフィアは寂しさを紛らわせるように楽しい想像に没頭した。

 

 

 

ルイスもソフィアと同じようにカバンの中身を片付けると、ベッドの上に寝転び嬉しそうに微笑む。

念願の1人部屋だ。勿論、同じ部屋にソフィアが居ないとわかると──少し、寂しい。

だが、もう良い年齢なんだし、寝室くらいは離すべきだろう。

 

 

 

「ソフィア?片付け終わった?」

「ええ、終わったわ!父様のところに行きましょう!」

「うん!」

 

 

ソフィアはルイスの手を握る。ルイスも、振り払う事なく、手を繋いだまま階段を降りた。兄妹にしては、距離が近い2人だが──それが一般的ではない事だと2人は気が付かない。

 

そのまま仲良くリビングに着いた2人は、いつの間にか元いた家のように本棚に本が収まり、窓際にある棚の上に家族の写真立てが並んでいた。

 

 

「片付けは終わったか?」

「うん、ばっちり!」

「あとは家の周りの掃除ね!」

「そうか…ソフィア、ルイス。そこに座りなさい」

 

 

セブルスは2人に肘掛け椅子に座るよう促し、2人は言われた通り素直に従いセブルスを見上げる。ふわふわとしたクッションはなかなか座り心地も良く、読書が捗りそうだ。

 

 

「この家のことは、ジャックにしか伝えてはならん」

「え?…どうして?ドラコは?」

「折角広いお家だし…ハーマイオニーを呼びたかったわ!」

「…私が良いと言うまで、駄目だ」

 

 

きっぱりと言い切られてしまい、ソフィアとルイスは顔を見合わせる。なぜ、引っ越した事をジャック以外に言ってはならないのだろうか?

 

 

「2人は…ホグワーツでは親が居ない事になっているだろう」

「…?…そうね?」

「その2人が新居を持つなど。怪しまれるとは思わないか?」

「あー…でも、ドラコとハーマイオニーは、父様の事を知ってるのに…」

「どこで漏れるかわからない。…ホグワーツを卒業するまでは、誰にも告げてはならん」

 

 

確かに、 セブルス()の言う言葉は一理ある。

ハーマイオニーはともかく──ドラコは秘密を伝えられた優越感からハリー達にそれを暗喩するような事を仄めかしてしまいそうだ。

何かとハリーに対して対抗意識を持つドラコの事だ、ニヤニヤしながら「ポッター、君はルイスの──ああ秘密だったか」といつものように気取った口調で言うドラコを簡単に想像できてしまい、ルイスは苦笑いをこぼす。

 

 

「まぁ…それなら仕方ないわね…」

「うん、残念だけど。卒業してからの楽しみにしようかな!」

「そうね!…ねえ、今日からここで寝るの?」

「…いや、今日は一度帰ろう。まだ運びきれなかった家財を何往復かして運ばねばならん…」

「そうだね…頑張りましょう!」

「おー!」

 

 

張り切って拳を上げるソフィアとルイスに、セブルスは優しい眼差しで微笑みかけ立ち上がる。

ソフィアとルイスもつられるように立ち上がり、セブルスの腕に掴まった。

 

 

 



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174 両面鏡!

 

翌日。

スピナーズ・エンドの生家で過ごす最後の日であり、父であるセブルスと共に過ごせる休暇の最終日でもあった。

 

生活に必要な家財は全て新居に移動されたが、数泊ならこの家で過ごすことが出来る程度の衣服や調理器具、食器はそのままに置いてある。居間に壁のように聳え立つ本棚にもまだいくつもの本が整然と並べられており、全てを移動するには新居での本棚の数が足りなかった。

流石に新たに購入する時間の余裕は無く、次の長期休みに大きな本棚を買い──書斎でも作ろうか、というセブルスの提案にソフィアとルイスは両手を上げて喜んだ。

基本的に知識を得る事が好きな2人は、セブルスが学生時代から集めた本を好きなだけ読み、その年齢の子どもと比べても学力は高い。それぞれに得手不得手(えてふえて)はあるが、苦手な科目でも平均点は軽く超えている。

 

 

夜遅い時間、ホグワーツに向かうセブルスは暖炉の前に立ち、ソフィアとルイスは少しの別れを寂しく思いながらもいつもの事だと、引き止める事はなかった。

 

 

 

「ジャックから、両面鏡を預かっている。常に置いておくように」

「あ!これってお話できるやつでしょう?」

「本当だ、…でも、何で?」

 

 

セブルスには内緒でハリーの元へ行った時にジャックから借りて使った事があるその魔法器具の使い方を知っている2人は渡された鏡を不思議そうに見た。

セブルスが先にホグワーツへ行き、2人が数日から1週間程度保護者の居ない家で過ごすのは毎年のことだ。何故今年はわざわざこの鏡を使い、自分達の様子を見る必要があるのだろうか。

 

 

「…もしかして、死喰い人関係?」

「…そうだ。…何かと物騒だからな」

「ふーん?私たちに関係あるとは思えないけれど…まぁ、それで父様が安心できるならいいわ!」

「ねぇ父様?父様もこの鏡の片割れをずっと持ってるの?」

「そうだ」

 

 

ルイスとソフィアはその言葉に顔を見合わせニヤリと悪戯っぽく笑う。

2人の考えている事が手に取るようにわかったセブルスは──どうせつまらない事で話しかけるつもりなのだろう──眉間に皺を刻み、渋い顔をして2人を見下ろす。

 

 

「何かあった場合…緊急事態にのみ、話し掛けるように」

「えー」

「つまんない!」

「…私は仕事に行っているのだが?」

「じゃあ、…夜になら?」

「……まぁ、良いだろう」

 

 

勤務時間外の夜ならば、仕事の邪魔になる事も無く、少し子ども達の寂しさを紛らわす事も出来るだろう。

少し表情を緩めたセブルスが頷けば、ソフィアとルイスはパッと表情を明るくさせると嬉しそうにはにかんだ。

2人はもう何もわからない子どもでは無い、流石に煩く話し掛け仕事の邪魔をするつもりはなかったが──いや、少しはそのつもりだっただろう──夜に離れた場所だとしても顔を見て話す事が出来るのは、とても嬉しかった。

 

 

「新居への行き方はわかるな?」

「うん、大丈夫だよ」

「行ってらっしゃい、父様!」

 

 

ソフィアはセブルスに抱きつき、身を屈めたセブルスの頬にキスをする。気がつけば背伸びをしなくても父が身をかがめれば届く程に身長が伸びていたことにソフィアはふと気が付いた。

ルイスもセブルスの元に駆け寄ると、反対側の頬に少々控えめに口の中でリップ音を鳴らし離れる。思春期を迎えたルイスは、勿論変わらずにセブルスを愛していたが──何となく、子どものように頬にキスをするのは気恥ずかしく感じていた。

 

セブルスはルイスの心の成長を感じ、嬉しいような、少し寂しいような、そんな複雑な感情を噛み締めながらソフィアの頬にキスを返し、ルイスには同じように音だけを返し、2人の肩を優しく撫でた。

 

 

「行ってくる」

 

 

セブルスは笑って手を振る2人に微笑みかけ、フルーパウダーを一掴みすると緑色の炎を上げる暖炉の中へ身を投じた。

 

ルイスとソフィアは暖炉の火の色が赤色になるまでじっと見た後、互いに一掴みのフルーパウダーを手に持った。

 

 

「えーと、何だったかしら?」

「ニワナズナ、だよ」

「そうそう──先に行くわね?」

「うん、どうぞ」

 

 

ソフィアはフルーパウダーを投げ入れ、緑色になった炎の中にひょいと飛び込む。

 

 

「ニワナズナ!」

 

 

途端にソフィアは渦を描くように下へ引き込まれる。何度か経験した事はある煙突飛行だったが、いつまで経っても慣れる事はない、とソフィアは肘を引っ込めしっかりと自分の体を抱きしめ、煤が入らないように硬く目を閉じながら思った。

足にガツンと床がぶつかる衝撃があり、ソフィアは何とか尻を打ち付ける事なく到着すると、スカートに着いた煤を払いながら新居のリビングに出た。

 

 

ついポケットに入れていた杖に手が伸びたが、ここに父はいない事を思い出すと彷徨わせていた手で再度強く汚れを払う。

成人がいない場所で未成年であるソフィアが魔法を使えば、魔法省は直ぐにそれを感知し警告が届く。

 

 

「…杖は、ホグワーツに行くまで部屋に置いた方が良いわね…」

 

 

好きに魔法が使えないのは不便でしか無かったが、仕方がない。

床に散らばった煤を見て「スコージファイが使えればすぐに綺麗になるのに…」と呟きながら暖炉の側に置いてある柄の長い箒と塵取りを手に取った。

 

直ぐにルイスが到着し、ふわりと煤が舞う。

ルイスもソフィアと同じようについ、ポケットに手が伸びたが──ソフィアが杖ではなく塵取りと箒を持っているのを見て苦笑すると暖炉の柵を跨ぎ、「手伝うよ」とその手から箒を取る。

 

 

ある程度煤を払った後、ソフィアは滑らかな白い石造りの台所へ向かうと蛇口を捻り水を出す。きょろきょろと見渡したが──雑巾が無い。

 

 

「ルイス!雑巾、近くにないかしら?」

「あー…うーんと。…普通のタオルしかないや」

「あら…じゃあそれを掃除用にしちゃいましょう」

 

 

ルイスは鞄の中からタオルを取り出しソフィアに手渡した。

掃除をする時にはいつも魔法を使い清めたり、スポンジに食器を洗うよう指示を出したりしていた為、この家には普段使いできるような掃除用具が無かった。スピナーズ・エンドにある家にはあるのだが──取りに戻るのも、面倒臭い。

 

 

ソフィアはタオルを硬く絞ると、暖炉前の床をさっと拭く。煤で汚れていた床の木目が綺麗な深い茶色に変わったのを見て、ソフィアは満足げに笑った。

 

ソフィアとルイスは今まで煙突飛行を使い家に戻ってきた時にこのように掃除をした事はない。あの家は煤汚れがそれほど気にならなかったし、あまりにひどい場合は流石に簡単に箒で払うくらいはしたが──ここまで丁寧に磨く事は無かった。

 

 

自然と2人が掃除をしたのは、2人が成長したから──というわけでは無い。誰だってそうだとは思うが、ここは新居なのだ、なるべく綺麗な状態を保ちたいものだろう。

 

 

「──こんなものかしら!」

「ありがとう、タオルは僕が洗うね」

「お願いするわ!」

 

 

ソフィアはルイスにタオルを渡すと、リビング中央にあるふかふかとしたソファに座る。

ふと、机の上に置かれていたルイスの鞄を目に留めるとにやり、と企むように笑い中から両面鏡を取り出した。

 

 

「父様ー?」

 

 

ソフィアはそっと鏡に話し掛ける。

しかし何も返答は無く、ソフィアはつまらなさそうに口を尖らせた。

まだ父様は自室に戻ってなくて、鏡も鞄の中に入れたままなのかもしれないわね。──ソフィアはそう思い、鏡を手に持ったままぐるりとリビングを見渡した。

 

 

スピナーズ・エンドの家から持ってきた本が部屋の奥にある本棚に並べられ、窓際にある棚の上には家族の写真が並ぶ。元いた家の雰囲気もありつつ、やはり部屋のほとんどが見慣れぬアンティーク家具であり──何だか、他人の家に居るような、ちょっとした居心地の悪さと、ワクワクとした胸の高鳴りを感じた。

それでも、いつかこの家が自分の家だと思える時がきっと来るのだろう。まだ2日目なのだから──いや、ここで寝るのは今日が初めてだ──仕方のない話だ。

 

 

「シャワー浴びてくるわー!」

「ん、わかった。寝る前に紅茶いるよね?」

「ええ、お願い!」

 

 

「えーっと、ヤカンと紅茶どこに仕舞ったっけ…」と戸棚をゴソゴソと探すルイスの声を聞きながらソフィアはリビングを出てソフィアはパタパタと脱衣所へ向かった。

 

服を脱いで籠の中に入れようとして──はた、と手に鏡を持ってきていることに気づいた。

流石に開きっぱなしは駄目だろう、とソフィアは洗面台に手鏡を置くと服を脱ぎ、洗面台下の棚からタオルを取り出す。

 

元の家ではバスタブは無く、狭いシャワールームしか無かったが、この家にはつるりとした猫足バスタブがあり、壁にはシャワーが取り付けられている。湯を貯める事もできそうだが、ソフィアはあまり湯に浸かる経験も無かったため滑らないように気をつけながらバスタブに入り、頭から熱いシャワーを浴びた。

 

 

「…これ、何かしら…?」

 

 

ソフィアはふと、バスタブ近くに蛇口が3つもあることに気がつく。熱湯と、水が出るだろう事は蛇口のハンドルについた赤と青の色を見て判断できるが──その真ん中にある虹色のハンドルは、何を意味しているのだろうか?

 

 

ソフィアは好奇心に駆られ、まぁ風呂場にあるくらいだから変なものではないだろうと判断しぐいっとハンドルを回した。

 

 

 

 

 

ルイスはソフィアがシャワーを浴びているうちにティータイムの準備をすましてしまおう、とヤカンに水を入れ火にかけていた。

あまり風呂に時間をかけないソフィアはきっと直ぐに出てくるだろう、と考えティーポットに茶葉を入れ沸いた湯を注ぐ。

 

 

「キャアーーーッ!!」

「!?…ソフィア!」

 

 

遠くからくぐもったソフィアの悲鳴が聞こえ、ルイスは荒々しくヤカンを置くと直ぐに駆け出した。

 

 

「ソフィア!?どうし──」

「ル、ルイス!!見て!凄いわ!!」

「…な、なにこれ…」

 

 

一面の泡だらけだった。

その泡は白くは無く、なぜか虹色でありモコモコと絶えず出てくる。バスタブから溢れ出た泡が脱衣所まで侵入し、ルイスは驚いて足を引いた。

 

 

「──なにがあった!」

 

 

小さくくぐもったセブルスの声が響き、呆然とその泡を見ていたルイスははっとして辺りを見渡す。

洗面台の上に鏡があることに気づき、泡を避けながらなんとかそれを掴み、覗き込む。

 

 

「ルイス!どうした、何かあったのか?」

「あー…」

 

 

鏡の中のセブルスはソフィアの悲鳴に焦ったような表情でルイスを問いただす。ルイスは困ったように言い淀むと──見た方が早いだろう、とその鏡をソフィアの方に向けた。

 

ちょうど、泡まみれになっているソフィアは首から上だけが泡から出ていて体のほとんどは隠されている。

 

 

「父様!見て!凄いわ!虹色の泡が出てくるの!!」

 

 

きゃっきゃと楽しそうに泡まみれになるソフィアを鏡越しで見たセブルスは、ひくりと口を引き攣らせ──。

 

 

「──馬鹿者!!」

 

 

盛大な(怒号)を響かせた。

 

 

 



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175 便利屋さん!?

 

9月1日。

ソフィアとルイスは朝早くに目覚め、今日から始まる新年度を楽しみにしていた。きっとハリーたちは急に居なくなった自分達の事を心配しているだろう。ルイスが飼っているワタリガラス──ではなく、実際は魔力を持つ八咫烏なのだが──に騒動があった翌日遅くに手紙を届けて貰ったし、何よりジャックがちゃんと説明したとセブルスから聞いては居たが、ろくにお別れも、隠れ穴で過ごしたことのお礼も言えなかった事をソフィアはずっと気にしていた。

 

 

 

朝食のオートミールを食べながら、ソフィアはふと思い出したように首を傾げた。

 

 

「ところで…私たち、どうやってホグワーツに行けば良いのかしら?」

「そうだね…チケットはあるけど…。普通に徒歩で行った方が近いよね」

 

 

ルイスは机の上に置いてあったホグワーツからの手紙を掴み、中から毎年届けられるホグワーツ特急のチケットをまじまじと見た。

 

2人が今いるこの家は、ホグズミード村にある。

ホグズミード村の外れに位置するとはいえ、ホグワーツ特急が停車するホグズミード駅まで歩いて行ける距離である。

 

 

「うーん、でも…汽車に乗ってハリー達とお喋りをするの、すっごく楽しいのよね…」

「ああ…そうだね、…キングズ・クロス駅は…かなり、遠いし…」

「そうねぇ。毎年、ジャックが駅まで送っていってくれたものね」

「それに、ホグズミード駅でみんなを待ってたら変に思われるよね?引っ越したってバレちゃうかも」

「これは──緊急事態ね?」

「そうだね、緊急事態だ」

 

 

ルイスとソフィアはにやりと笑うと、机の上に置いてあった鏡を覗き込み「父様!緊急事態!!」と叫んだ。

暫くすると、セブルスが眉間に皺を刻んだままの仏頂面で現れる。特に心配している様子がないのは、2人の声が緊急事態にしては弾み、楽しそうだったからだろう。

 

 

「…何だ」

「おはよう、父様!」

「おはよう父様、何だか疲れてる?」

「…おはよう。……何度も作業を中断させられ、深夜まで事務作業が終わらず──疲れないと、思うか?」

 

 

セブルスの低い声に、ソフィアとルイスは肩をすくめたがちっとも申し訳なさそうではなかった。

 

 

「あら、私たち父様を呼んでないわよ」

「そうだよ。ちょっと家の中を探検してたら…父様が気になって見にきたんでしょ?」

「……」

 

 

セブルスは頭を押さえため息を重々しく吐く。

暇を持て余したソフィアとルイスは鏡を持ったまま家中を散策し、楽しげな叫び声を上げていた。この家には隠し部屋や、秘密の通路があり──古い魔法族の家では普通の事なのだ──元の家では無かった仕掛けに何度も喜びの悲鳴をあげたのだ。

だが、鏡越しにその小さな悲鳴が響くたびにセブルスは鏡を覗き込む羽目になってしまった。

たしかに、ソフィアとルイスは言いつけを守り日中話しかける事はなかったが、鏡からは絶えず何か物を崩すような音と叫び声、ドタドタと五月蝿い騒ぎを響かせ──結局、セブルスの手を止めさせ、邪魔する結果になっていた。

 

 

「…それで、緊急事態とは、何事だ」

「私達、どうやってホグワーツに行けばいいの?ホグズミード駅で汽車の到着を待つの?」

「一応、手紙にはチケットも入ってるけど…」

「ああ…。…そうだな、2人はどうしたいんだ?ホグズミード駅に直接行くのなら、汽車が到着する時刻を伝えるが…」

「うーん、私たち…キングズ・クロス駅からみんなと一緒に行きたいわ」

「それに、ホグズミード駅で待ってると引っ越しした事がバレちゃうかもしれないし…」

「……それもそうだな」

 

 

ルイスの言葉にセブルスは自分が思い足らなかった問題に気が付いた。

ホグズミードに新居を構えたのは、魔法使いの村で安全だと言う事と──ホグワーツに近く、何かあればすぐに駆け付けることが出来るからだ。勿論姿現しをすれば直ぐに向かうことが出来るが、あれは距離が伸びるほど到着時間が数秒程だが、変わる。──その数秒を縮める為に、この家に決めたのだ。

 

 

「私は──出れん。…ジャックに頼む事にしよう」

「はーい、わかったわ」

「じゃあ父様、また後でね!」

「──ああ」

 

 

鏡の向こうのセブルスはすぐに姿を消した。

きっとジャックに自分達の事を頼みに行ったのだろう。

 

 

「…なんか、ジャックって便利屋さんみたいだね」

「しっ!…駄目よ、それは言っちゃあ…」

 

 

ぽつりと呟いたルイスに、ソフィアは人差し指を唇に当てて首を振る。

実際、セブルスが頼み事をする事が殆どであり、ジャックが何かをセブルスに頼んでいる場面を見た事がない二人は何とも言えず苦笑いを浮かべた。

 

 

「でも…多分、父様はジャックを1番信頼してるのよ、私たちのことを頼むほどだし…」

「そうだね。…父様が唯一…何かを頼める人なのかも」

 

 

それはあながち間違いでは無さそうだ、と2人は顔を見合わせ、今度は楽しげにくすくすと笑った。

 

 

 

 

 

ホグワーツ特急が発車する時刻の1時間前、リビングの暖炉が突如緑色の炎を上げ、中からジャックが現れた。

 

 

「久しぶり」

「久しぶり、ジャック!」

「この前は送ってくれてありがとう、あれから大変だったんでしょう?」

「あー…まぁな」

 

 

ジャックは苦笑しながら暖炉から抜け出すと杖を振るい煤を消した。

ぐるりと家の中を見渡すと、「へえ、なかなか良い家だな」と率直な感想を楽しげに漏らす。

 

 

「まだちょっと慣れないけどね」

「一人部屋になったの。夜に起きて…誰も居ないことにまだ慣れないわ」

「一人部屋か…まぁ、そんな歳になったって事だな。すぐに慣れるさ」

 

 

慣れる、とは言ってもホグワーツでも一人部屋では無く、夜に目が覚めてもルームメイトの微かな寝息が聞こえ、常に誰かがいる気配を感じるのだ。

それに慣れきっていたソフィアは夜に目覚めた時に、真っ暗な自室で寂しさを感じながら何度か寝返りを打っていた。

 

 

「さて…準備は出来てるな?」

「うん。…ジャック、いつもありがとう」

「…どーした?」

 

 

ジャックはリビングに置いてある二つの大きなトランクとティティとジェイドが入る籠に向かって歩いていたら足を止め、ルイスに向かって振り返る。

ルイスは「んー…」と困り顔で曖昧に笑っていたが「いつも、送っていって貰ってるし」と呟いた。

 

 

「いつも、父様が送れないから…ジャックに頼んでるでしょう?ジャックも…忙しいわよね?」

「ああ、そんなこと…気にするな。ソフィアとルイスは俺の子どもでもあるんだ、セブの代わりに子ども達を届ける事くらい…喜んでするさ!」

 

 

幼い頃は分からなかったが、ジャックはかなり多忙だ。孤児院の経営だけではなく、何かと魔法省に出入りし仕事を手伝っていると知った今、その貴重な時間を自分達の為に使わせているのが申し訳なかったが──ジャックは優しく笑うと二人の頭をぽんぽんと叩いた。

 

 

「さあ、忘れものはないか?」

「うん、大丈夫だよ」

「杖も持ったし…オーケーよ!」

「──よし、行こうか」

 

 

ジャックは二つのトランクを両手に掴み、ルイスとソフィアはそれぞれのペットが入った籠を持つ。空いている手でジャックの腕を掴み、準備が整った事をちらりと彼を見上げて笑いかけて伝えた。

 

 

空気を裂くような音と共に、ジャックの姿くらましによりソフィアとルイスは例年通りキングズ・クロス駅に向かった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィアとルイスとジャックはキングズ・クロス駅近くの路地に到着し、周りにマグルが居ないことを確認するとそっと大通りへ出た。

 

 

「うわっ!凄い雨だね」

「ちょっと待ってろ」

 

 

軒下にいる3人は雨を直接被る事は無いが、構内に行く為には滝のように振る雨の中を通り抜けなければならない。

ジャックはベルトポーチに片手を突っ込み暫くゴソゴソと中を探っていたが、ようやく目当てのものを見つけると小さなポーチの中から大きな傘を2本取り出した。

 

 

「これ、さして行け」

「ありがとう!」

「ジャックはどうするの?」

「ん?…後で魔法で乾かすから気にするな」

 

 

マグルの世界では雨の日に傘を差すのが当然だが、魔法界では基本的に子ども以外は傘を差さない。大人は雨よけの魔法や、濡れてもすぐに乾かす術を持っている為、荷物になるだけの傘など持ち歩く事は無かった。

マグル界に行く事がたまにあるジャックはマグル達に奇妙に思われないように常備しているが──まぁ、その使用頻度は高くないだろう。

 

 

「トランクは防水魔法かけて、俺が運ぶから…2人はペットが濡れないようにだけ気をつけるんだぞ?」

「わかったわ」

「よーし…行こう!」

 

 

ソフィアとルイスは真っ黒の大きな傘を開き、胸に大きな籠を抱きしめたまま駅の構内に向かって走る。バシャバシャと足元で雨水が飛び跳ね、足首がじわりと冷たくなるのを感じた。

ジャックも直ぐにトランクに防水魔法と軽量化魔法をかけるとその2人の後を追う。

 

 

短い距離だったが、ペットの入る籠を守るように傘を斜め前に差していた2人の服は濡れてしまい、大きな水溜まりを踏んだのか泥水が裾を汚していた。

 

 

「…ま、駅に着いたら乾かしてやるよ」

 

 

ジャック自身も雨に濡れながら苦笑し、3人はマグルとおそらくホグワーツ生とその家族だろう集団に混じり、改札を通り9と4分の3番線へと向かった。

4年目となればホグワーツ特急が停車するこのホームへの行き方も慣れたもので、3人は人が途切れたその瞬間に何気なく柵に寄りかかりするりと横向きで入り込んだ。

 

 

紅色の蒸気機関車──ホグワーツ特急はすでに入線し、白い煙を吐き出しながら子ども達を受け入れていた。

 

ジャックは杖を出しソフィアとルイスと傘を杖先から出る温風で乾かし、ついでに足元の泥を綺麗に清める。

自身の体を乾かした後、トランクをそれぞれ、2人に渡しにっこりと笑った。

 

 

「楽しんでこいよ!今年は()()があるしな?」

「ええ!楽しみだわ!」

「実は…俺、ちょっと関わってるんだ。多分──また直ぐに会える」

「そうなんだ?…ジャック、本業が何かわからないね?」

「んー…最近が異常なだけさ、来年からは普通に戻る」

 

 

ジャックは2人を抱きしめ、その背中を軽く叩きながらひそひそと囁く。

2人は今年ホグワーツで開催される行事の事を知っていたが、まさかジャックが関係者の1人だとは思わず驚いたが、一年後に会えるのではなく、また会えるという言葉がとても嬉しかった。

 

 

「ソフィア、ルイス。…行ってらっしゃい」

「「行ってきます!」」

 

 

ソフィアとルイスは大きく手を振り、ジャックに別れを告げると汽車の中にトランクを詰め込み空いているコンパートメントを探しに行った。

ジャックは2人が汽車に乗り込むまで見送った後、姿くらましをし、直ぐにどこか──間違いなく仕事場へ──消えてしまった。

 

 

「ハリー達はまだ来てないようね?」

「多分ね、いつも時間ギリギリだったから…今回もそうじゃない?ドラコも多分…まだかな?」

 

 

2人はかなり時間に余裕を持ち、汽車の中程にある空いているコンパートメントに入り込むと窓の外を眺めたが、特に仲の良い彼らの姿はまだなかった。

 

 

「アーサーさんか、モリーさん来るかしら?お礼も言えないまま別れちゃったもの…」

 

 

ソフィアは呟きながら身を乗り出し、窓の外へ顔を出してきょろきょろと人混みの中に赤毛の集団はないかと暫く探し続けたが、それらしい姿はやはり見えない。

諦めたソフィアは椅子に座り──それでも時々窓の外を見ながら──鞄の中に入れていたお菓子を食べた。

 

ルイスは籠の中で置物のように大人しくしているジェイドに鳥用のオヤツを上げながら、その美しい羽を指で撫でる。

 

 

数分後、ノックも無くコンパートメントの扉がガラリと開き、窓の外を見ていたソフィアとルイスはぱっと扉の方を振り返った。

 

 

「こんな所に居たのか」

「ドラコ!久しぶり…でもないかしら?」

「あれ、もしかしてドラコの方が早く着いてたの?」

 

 

現れたドラコは呆れたような目でソフィアとルイスを見たが、いつものようなやや横暴な顔でふふんと笑う。

 

 

「そうだ。窓の外から見て2人が来た事に気付いていた。いつ来るのかと待っていたが…いつまで経っても来なかったからな、隣にいたんだぞ?…迎えに来てやったんだ」

「はは、ありがとうドラコ」

 

 

ルイスは苦笑しながら立ち上がり、ジェイドの籠とトランクを荷台から降ろす。

 

 

「ソフィアはどうする?」

「んー…私、アーサーさんかモリーさんにお礼を言いたいから…ここでもうちょっと探すわ」

「そう?じゃあまた後でね」

 

 

ドラコは何か言いたげな目でソフィアを見たが、ソフィアはその視線に気付くことなくまた窓へ視線を向けてしまっていた。

口をへの字にして黙り込んだドラコの肩をルイスはぽんぽんと叩き、顎で「行こう」と扉の方を指した。

ドラコはソフィアもルイスと共に自分のコンパートメントに来て欲しかったし、ルイスも本当ならソフィアとドラコと共にホグワーツへ向かいたかったが──2人の仲のいい友達は、犬猿の仲だ。どんな間違いがあり、どのような魔法があっても皆で仲良くホグワーツに向かう事は無いだろう。

 

ドラコとルイスはそれがわかっていた為、無理にソフィアを連れ出そうとはせず、隣のコンパートメントに移動した。

 

 

 

 



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176 ついに4年目の始まり!

1人残ったソフィアは窓の外から聞こえる知らない家族の別れの挨拶を聞いていたが、発車時刻が10分前に迫った頃、「来たわ!」と小さく叫び弾かれたような立ち上がるとすぐに扉を抜けて外に飛び出した。

 

 

唯一の入り口である柵の向こうから現れたウィーズリー家の面々と、ハリー、ハーマイオニーを見つけたソフィアは人を掻き分け溢れんばかりの笑顔で走る。

 

ハリーとロンとハーマイオニーの3人は一度モリー達と離れ、先に席を確保する為に空いているコンパートメントを探し、キョロキョロと汽車の窓を覗き込んでいた。

ソフィアは背後からハーマイオニーに走り寄ると、勢いのまま抱きついた。

 

 

「きゃっ!?」

「ハーマイオニー!」

「ソフィア!?」

「ああ、無事だったのね?手紙では聞いてたけど…本当、よかったわ!」

「ソフィアも元気そうで良かったわ、あの時離れ離れになって……本当に心配したんだから!」

 

 

ハーマイオニーは飛びついてきたソフィアに肩を震わせ驚いたが、それでも嬉しそうに笑うと強くソフィアを抱きしめた。

 

その側で感動の再会を見たロンとハリーは、ソフィアに声をかけるタイミングを逃し何も言わなかったが──心の底からソフィアが変わらず元気そうで安心した。

 

あの騒動の日、離れ離れになった事が分かった時のハーマイオニーの取り乱しっぷりは中々のものだった。

ドラコに対して彼女からは──ロンならあり得るだろうが──想像も出来ないほどの悪態をつき、何度も泣きそうに顔を歪め辺りを見回していた。

その後闇の印が打ち上げられその時たまたま近くに居たハーマイオニー達は在らぬ疑いをかけられ──なんとかアーサーにより窮地を逃れ、テントまで戻り一息ついた頃に険しい表情をしたジャックが現れ、アーサーと何やら真剣に囁き合った後で一度アーサーに連れられテントに入り、ソフィアの荷物を持つとまたすぐに消えてしまったのだ。

 

まさかソフィアとルイスに何かあったのかと──ハリー達は勿論、ドラコの事をすっかり忘れていた──顔を強張らせ不安げにアーサーを見たが、アーサーはそんな3人に柔らかく微笑みかけ、ソフィアとルイスは無事自宅に帰ったのだと教えてくれた。

 

ほっと胸を撫で下ろしたものの、やはりいつもの笑顔を見て無事を確信したい気持ちが強かったのだ。

 

 

「ハリーとロンも!無事で良かったわ!」

「うん、本当にね」

「あれから何があったか…また後で話すよ」

「ええ、教えて?私たちにも何があったのか…教えるわ」

 

 

ソフィアはハリー達と別れた後何があったのか、セブルスから聞き、日刊預言者新聞で見た為知っていたが、本人の口から聞く事でまた違う発見があるだろうと思い真剣な顔で頷く。

 

 

「あ、私のコンパートメント空いてるわ。──こっちよ!」

 

 

ソフィアは自分のコンパートメントへ案内し、ハリー達は荷物を積み込んだ後もう一度ホームへ飛び降りるとモリー達の元へ向かった。

 

 

「モリーさん!」

 

 

 

ソフィアはジニーに別れの挨拶をしているモリーに駆け寄る。ソフィアの声に気付いたモリーはソフィアの姿を見ると目を大きく開き、その目に薄い涙の膜を張りながらソフィアが抱きつくよりも先に強く抱きしめた。

 

 

「ソフィア!ああ、本当に無事で良かったわ!ジャックと先に帰ったと聞いた時は驚いたけど…本当に、良かったわ…!」

「心配かけて、ごめんなさい…」

「いいえ、あなたのせいじゃないわ」

「それと…泊めてくださってありがとうございます」

「ええ、またぜひ泊まりにきてね?」

「はい!」

 

 

ソフィアは嬉しそうにはにかみ、何度も頷く。モリーは最後にもう一度ソフィアを優しく抱きしめた後ようやく腕の中から離し、自分の子ども達に向き合った。

 

 

「ソフィア、無事で良かった」

「ジョージ!あなたも無事で本当に良かったわ!」

 

 

ジョージはモリーがフレッドを抱きしめている間にそっとソフィアに寄ると優しい目で見つめ頭を撫でる。

ソフィアはきょとんとした顔でジョージを見上げたが、ぱっと嬉しそうに笑うと気持ちよさそうに目を細めた。

 

 

「ルイスは?」

「ああ、ドラコのところにもう行っちゃったの」

「そうか…ま、無事ならいいや。後で会えるしな。…ごめんな、離れ離れになるなって父さんとジャックからも言われてたのに…」

「あの時はかなり混乱してたもの…私も、ごめんなさい離れちゃって…」

「いや、俺の方が──」

「いいえ、私が──」

 

 

暫く謝罪合戦になっていたが、2人は顔を見合わせると同時に吹き出してけらけらと明るく笑った。

その時、汽笛が鳴り、モリーの「さあさあ早く乗りなさい!」の声に促されソフィア達は汽車のデッキへと向かった。

 

みんなで汽車に乗り込み、扉を閉めた後、ハーマイオニーは窓から身を乗り出しモリーに今まで泊めてもらったお礼を伝え、ハリーも慌てて同じように心からの感謝を伝える。

 

 

「こちらこそ楽しかったわ、クリスマスにもお招きしたいけど…でも、きっとみんなホグワーツに残りたいと思うでしょう。なにしろ…色々あるから」

「ママ!3人とも知ってて、僕達が知らない事ってなんなの?」

 

 

この数日間何度も焦ったい思いをしたロンは苛々しながら叫ぶ。だがモリーは詳しくは何も言わずにただにっこりと微笑んだ。

 

 

「今晩わかるわ、多分。とっても面白くなるわ、それに──規則が変わって、本当に良かったわ」

「何の規則?」

 

 

ハリー達が一斉に聞いたが、モリーは楽しげに笑いやはり、明言を避けた。

 

 

「ダンブルドア先生がお話ししてくださるわ。さあ…お行儀良くするのよ?ね?わかった?…フレッド、ジョージ?あなたもよ?」

 

 

汽車が大きな音を立て、がたん、と大きく揺れる。

 

 

「ホグワーツで何があるのか教えてよ!」

「何の規則が変わるのー?」

 

 

フレッドとジニーは窓から身を乗り出し、遠ざかっていくモリーに向かって叫んだが、モリーは微笑み手を振るだけだった。

モリーとビルとチャーリーは汽車がカーブを曲がる前に姿くらましで消えてしまい、フレッドとジョージとジニーは結局何も教えてもらえず残念そうにぶつぶつと呟きながら友人達が居るだろうコンパートメントを探しに行った。

 

ソフィアもハリー達と共にコンパートメントに戻り、汽車の外を流れる景色を見ようとしたが──外は窓を打つ豪雨で濁り何も見えなかった。

ロンはトランクを開け、中から栗色のドレスローブを取り出すとホーホーと五月蝿く鳴くピッグウィジョンの籠にバサリとかけ、その音を殺した。

 

 

「ソフィアは知ってるんだよね?ホグワーツで何があるか。…なぁ教えて──」

「しっ!」

 

 

ロンがハリーの隣に座りながら不満そうにソフィアに聞きかけた時、ハーマイオニーが突然唇に指を当て、隣のコンパートメントを指差した。

黙り込んだロンとハリーと首を傾げる──確か隣はルイスとドラコがいた筈だ──ソフィアが耳を澄ますと、聞き覚えのある声が開け放していた扉を流れて聞こえてきた。

 

 

「──父上は本当は、僕をホグワーツではなく、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ。父上はあそこの校長をご存知だからね。ダームストラングでは闇の魔術に対してホグワーツよりよっぽど気の利いたやり方をしてるんだ。実際に習得できるらしい」

「え?そうなんだ。僕とソフィアはイルヴァーモーニーと悩んでたんだ。別々の学校だったかもしれなかったんだ…」

「そうなのか?何で…ああ、父親の件か?」

「うん、でも結局──」

 

 

 

ソフィアは聞こえてきた会話にさっと顔色を変えると慌てて立ち上がりコンパートメントの扉を勢いよく閉めた。

 

 

「父親の件って?」

 

 

ハリーが首を傾げながらソフィアに聞く。ソフィアは扉に手をつけたまま暫く固まっていたが──諦めたように椅子に戻ると視線を落とした。ハーマイオニーはまさか聞こえてきた内容がソフィアとルイスの父親に関わるとは思わずうろうろと視線を彷徨わせる。

 

ハリーはいつもと違うソフィアの様子に首を傾げたままだったが、少しして去年父親の事を聞いた時に「自分だけの判断では言えない」と悲しげに言った事を思い出した。

 

 

「ごめん!その、僕──忘れて!」

「え?なんだよ?ソフィアの父親って…そういや、ソフィアから父親の事を聞いたことないなぁ」

「ロン!言い難いこともあるのよ!…もう、察しなさい!」

 

 

ハリーは慌てて謝ったが、ロンは何故それ程まで言えないのか分からず訝しげにソフィアを見て、ハーマイオニーは怒ったようにロンに向かって強く叱責してしまう。良い気はしないハーマイオニーの声音に、ロンはソフィアとハーマイオニーを見比べ「何だよ…」と低い声で呟いた。

 

 

「ソフィア、君のお母さんの…ハリーと従兄弟だって事も言っちゃダメなんだろ?何で?」

「…それは…」

「ロン!」

「ハーマイオニーとハリーは気にならないのか?…僕たち、友だちじゃないか!…なんか、隠されてるの……僕は嫌で…。──でも、言いたくないのなら…その、ごめん」

 

 

ロンは、闇雲にソフィアとルイスの秘密を暴きたいわけではない。言えないなら仕方がないかも知れないが、それでも、1番の友だちだと思っているソフィアがそこまで隠し事をするのが無性に──まだ子どもゆえの幼さかも知れないが──嫌だった。

 

ソフィアは項垂れるロンの赤毛をじっと見ていたが、小さくため息をつくと杖を取り出してコンパートメント全体に防音魔法をかけた。

 

 

「…そうね、友だち…だものね」

「ソフィア…?」

 

 

ソフィアのぽつりとした呟きに、ハーマイオニーはまさかソフィアとルイスの父親がセブルス・スネイプである事を伝えるのかと思い、不安げに目を揺らす。自分の時は許されたが、はたしてダンブルドアは許してくれるだろうか?

この2人は──特に、ロンは──カッとなり口からつい余計な事を言いがちだ。私のように秘密を守れるだろうか。不安な表情をするハーマイオニーにソフィアは少し安心させるために力なく微笑んだ。

 

 

「これを見てほしいの」

 

 

ソフィアは肩に下げていた鞄を探り、本を取り出す。その中に栞のように挟んでいた一枚の写真を取り出す。

 

 

「写真?…これが、どうし──」

 

 

ソフィアはロンに写真を手渡し、それを戸惑いながら受け取ったロンは写っている人たちを見て──そのままぴたりと動きを止めた。

ハーマイオニーとハリーは顔を見合わせロンの隣から写真を覗き込んだ。

 

 

ハリーはその写真の中央に居る優しい目をした美しい女性を見て、自分の母親だと、思った。双子だとは聞いていたが、確かによく似ている──いや、髪の長さが違うような気がするが、その程度の差しか無い。

 

その女性は両腕に2人の赤子を抱きしめていた。おそらく、ソフィアとルイスだろう赤子は母親の髪を引っ張り楽しそうに笑っている。

 

その、女性の足の後ろに隠れるようにして1人の幼い男の子が居た、ソフィアでもルイスでもない、見知らぬ少年だ。

 

 

「…これ…え?君たちには、お兄さんが居るの?」

「ええ……正確には、()()ね。…もう、亡くなってるの。私たちが兄様の存在を知ったのは…ほんの数ヶ月前よ。…ハリーと従兄弟だと知った時に、私達は──ジャックに、本当なのか聞いたの、何故それを隠さなければならなかったのかも…その時に、私たちには兄様が居て……母様と同じ日に亡くなったと知ったの」

「──まさか、それって…そんな…!」

 

 

ハーマイオニーは口元を押さえ、震える声で呟く。ハリーとロンも、ようやくこの少年に何があったのかを理解すると表情をこわばらせた。

ソフィアは愕然としている3人を見て、ロンの手から写真をそっと抜き取ると、悲しげな目でアリッサ(母親) リュカ()を撫でる。

 

 

「あの日──。母様は、兄様を連れて…ポッター家に行ったの。それで…そのまま、あの人に…2人とも殺されてしまった」

「そんな…。そう、だったなんて……」

 

 

ハリーは、胸が強く痛んだ。アリッサから母親だけでなく、兄も奪ってしまったのかと、──勿論、ハリーのせいではない、ただ、ソフィアの母は自分の父親とシリウスを信じていた。だからその場に向かったのだと知っているために…とても、どうしようもない事だが──苦しかった。

 

 

「その…。今から言うことは、ただの事実であって……ハリー、あなたは何にも関係がないの…」

「…僕…?」

 

 

ソフィアは少し心配そうにちらりとハリーを見た後、言おうか言わまいか──暫く悩むように唇を噛んでいたが、視線をハリーから外すと小さな声で呟いた。

 

 

「母様と兄様が亡くなった時…父様は、酷く取り乱して──それで…そのあと、父様は私たちから兄様の存在を隠したの」

「え?…どうして…?」

「……──あっ!そんな…!」

 

 

ロンは何故、亡くなった兄の存在を隠すのか──兄弟が多いロンだからこそ信じられず、そんなひどい事をする意味があるのかと眉を顰めたが、賢いハーマイオニーは何故そうしたのかを悟ると肩を震わせ、ついに目に涙を浮かべた。

ハリーとロンはハーマイオニーの絶望にもにた表情に困惑して目を見合わせる。ハーマイオニーは気がついたようだが、2人には何故なのかまだわからなかった。

 

 

「…その、……ハリー、あなたが生き残れたのは…あなたのお母さんの愛の守りだって…ダンブルドア先生はおっしゃったのよね?」

「え?…うん、確か…一年生の時に…」

 

 

ハリーには母の愛の魔法がある。唯一死の魔法に抵抗できる──身を挺した強力な守りの魔法だ。

一年生の時に、その守りが効いていたハリーの肌に、ヴォルデモート卿に取り憑かれていたクィレルは触れることが出来ず焼け爛れて──身を滅ぼした。

 

 

「多分、父様はその事をどこかで知ってしまったのね。……つまり、…その──。…ああ、ハリー、本当に、何も気にしないで欲しいんだけど…。…ハリー、あなたはお母さんの守りの魔法で生き残れた。

けれど…私たちの兄様は生き残れなかったでしょう?それで、もし、その…ハリーが生き残れた理由が世界中が知ったら?…生き残れなかった少年、子どもを守れなかった母…そんなふうに亡くなった2人が中傷を言われるのを恐れたの。……その、父様は、ジェームズとシリウスを信じた母様を…信じていたから…多分親戚だとも、言いたくなかったのだと思うわ」

「それは……」

 

 

ハリーは無意識に自分の額の傷痕に触れた。

これは母の愛の証であり、ヴォルデモートに争った印だ。だが──あの場にもう1人の母子がいて、一方の少年は亡くなった。…確かに、その理由はまだ世界で知るものは少ないが──それが周知された時、ゴシップ好きな人達は有る事無い事を言いそうだと、ハリー達は思う。

何故ハリーと従兄弟同士だとも言えなかったのか、たしかに自分の妻が死んだ原因でもある人の親戚だとは、言いたくなかったのだと、ハリー達はすぐにその心中を察した。

 

 

「それで……その、…ごめんなさい。ずっと黙ってたけど、父様は亡くなってるわけじゃないの。──生きてるわ」

「えっ、そうなの?…でも、孤児院に…?」

「ジャックの孤児院は、孤児だけが行くわけではないの、親が事情があって育てられない時も、子どもを一時的に保護するのよ。…それで…父様は──その、さらに複雑で、気軽に会えないし…」

 

 

ソフィアは大きくため息をつくと、眉を下げて困ったように微笑んだ。

 

 

「父様の事は、…少なくとも、成人するまで言えないの。…今まで言えなくて、ごめんなさい…」

「ああ、ソフィア!!」

 

 

ハーマイオニーは隣に座るソフィアをぎゅっと強く抱きしめるとぽろぽろと涙を流して体を震わせた。

驚き目を瞬かせたソフィアだったが、ハーマイオニーの背に手を回し、緩く撫でる。

 

 

「ソフィア、ごめん。…僕──僕、気軽に聞いちゃダメだった…」

「ソフィア…ごめん、僕…ソフィアとルイスと従兄弟だって浮かれてた…でも、そんなことがあったなんて…」

 

 

ロンはソフィアが秘めていた重過ぎる内容に、気軽に聞いてはならない、触れてはならなかったのだと痛感し、自分の安易な発言を深く反省した。

ハリーも──自分のせいではないとわかっていたが、何故ソフィアがあれほど言い淀んでいたのかをぼんやりと理解していた。僕は、その生き残った男の子だ。被害者家族からすれば、きっと──良い気はしない、複雑なのだろう。

 

 

「まぁ…そういうわけで、従兄弟だって言えないし、母様と兄様に何があったのかも…周りの大人は私たちには隠していたのね。ずっとジャックも黙っていたし…。誰にも、言わないでね?」

 

 

おずおずと言うソフィアに、ハリー達はすぐに「勿論!」と口を揃え真剣な顔で頷いた。

ハーマイオニーは鼻を啜り目元を擦りながらようやくソフィアを胸の中から解放したが、しっかりとソフィアの腕に絡ませたままで隣に座り直した。

 

 

「あー…そうね、ダームストラングとイルヴァーモーニーってどんなところか知ってるかしら?」

 

 

どんよりとした重く暗い雰囲気に、ソフィアは明るい声で話題を変えた。

ハリー達はソフィアの気遣いに少し顔を見合わせ──そして、その変えられた話題に乗っかった。ソフィアが話題を変えたいのならば、もう家族の事には触れない方がいいだろう。

 

 

 

「知ってるわ。…ふん、あいつ、自分がダームストラングの方が合ってるって思ってるのね?本当に行ってくれたら良かったわ!」

「ダームストラングとイルヴァーモーニーって、やっぱり魔法学校なの?」

 

 

ハリーはどちらの学校の名前も聞いたことがなく、知っているらしいソフィアに向かって聞いた。

 

 

「そうよ。イルヴァーモーニーはアメリカにあって、ホグワーツみたいな学校らしいわ」

「ダームストラングの評判は、凄く悪いの。あそこは闇の魔術に相当力を入れてるって本に書いてあったわ」

 

 

嫌そうにダームストラングの説明をするハーマイオニーに、ロンも「僕もそれ、聞いたことがある気がする…」と難しい顔で曖昧に頷いた。

 

 

「ダームストラングはどこにあるんだい?どこの国に?」

「さあ?誰も知らないんじゃない?」

「…どうして?」

 

 

ハーマイオニーがちょっと眉を吊り上げながらロンの疑問にきっぱりと答える。

ハリーは何故、「私は知らない」ではなく、「誰も知らない」なのかが気になり首を傾げた。

 

 

「えーっとね、魔法学校には昔から対抗意識がある学校もあるの。ホグワーツとかイルヴァーモーニーはどこの国にあるのかは知ってる人が多いけれど…ダームストラングとかボーバトンとかは…誰にも秘密を盗まれないように、何処にあるか学校を隠してるの。だから関係者以外知らないのよ」

「そんな馬鹿な!ダームストラングだってホグワーツと同じくらいの規模だろ?バカでかい城をどうやって隠すんだい?」

 

 

ロンがソフィアの説明に、あり得ないと笑い出したが、ハーマイオニーは呆れたような眼差しでロンを見ると大袈裟にため息を吐いた。

 

 

「何言ってるの?ホグワーツも隠されるじゃない!そんな事、みんな知ってるわよ!」

「『ホグワーツの歴史』を読んだ人ならね、ハーマイオニー」

 

 

撫然とするハーマイオニーを見て、ソフィアは小さな声で付け足した。

 

 

「それじゃ、君たちだけだ!それじゃ、教えてよ。どうやってホグワーツみたいなとこを隠すんだい?」

「魔法がかかってるの。マグルが見ると、朽ちかけた廃墟に見えるだけ。入口の看板に『危険!危ない!入るべからず!』って書いてあるわ」

「じゃ、ダームストラングもよそ者には廃墟みたいに見えるのかい?」

「多分ね」

 

 

驚いたようなロンの言葉に、ハーマイオニーは肩をすくめた。実際のところがどうなのかは、勿論ハーマイオニーも知らない事だ。ホグワーツのように魔法界に周知されている魔法学校はその書物が数多くあるが、ダームストラングについての本は一冊も存在していない。

 

 

「多分、マグル避け呪文と、外国の魔法使いに見つからないように位置発見不可能魔法をかけてるんだと思うわ」

「あ、やっぱりソフィアもそう思う?」

「ええ、それか──」

「うーん…ソフィアが言うんなら、そうなんだろうね」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが他に透明化の魔法かも知れないと話し合う中、ハリーはその魔法の一つも知らなかったが、優秀なソフィアとハーマイオニーがいうのならそうなんだろうと無理矢理納得した。

 

 

「私、ダームストラングはとっても寒いところだと思うの。ずーっと遠い北の方にあるに違いないわ、だって制服に毛皮のケープがついてるもの」

「カッコいいわよね!」

「あーずいぶん色んな可能性があっただろうなぁ…マルフォイを氷河に突き落としたり──」

 

 

ロンが夢見るようにドラコに対して酷いことを言うのを、ソフィアは苦笑して聞いていた。

 

 

 



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177 スリザリン唯一の良心!

 

 

列車が北に進むにつれ、雨はさらに激しさを増しコンパートメント内が薄暗くなった所で、ようやく車内灯がつき、車内を煌々と照らす。

昼食のカートが通路を巡回し、生徒達に様々なものを販売する中ソフィアは昼食セットを買い、ハリーはみんなで分けるために大きな大鍋ケーキを購入した。

 

 

「そうだ、ロンとハーマイオニーにはもう伝えたんだけど…実は…」

 

 

ハリーは大鍋ケーキを食べながらふと思い出したように、ソフィアに頭の傷痕が痛んだ事と、やけに生々しく感じた悪夢の事を伝えた。

 

ソフィアは昼食に買ったサンドイッチを食べていた手を止め、真剣な顔でその話を聞いていたが、ハリーが全て話し終えた途端に難しい顔をして黙り込んだ。

 

 

「夢…にしては、嫌な事件が続くわね。…死喰い人が現れてなくて、闇の印も上がっていなければ…なんとも思わないけど…」

「たかが夢だ!」

 

 

真剣なソフィアの声に、ロンは馬鹿馬鹿しいと言うように言い切るが、視線は空を彷徨い泳いでいた。

 

 

「それに、トレローニ先生の言ったことも気になって…」

「え?何かあったかしら…?」

「あれ?言ってなかったっけ…?えっとね、──闇の帝王は再び立ち上がるであろう、召使いの手を借りて──とかだったと思う。その予言の日の夜に、ワームテールが逃げたんだ。その時のトレローニ先生はいつもと違ってた、何かが憑依してるみたいで、声も男の人っぽくて…」

「…そうだったの…うーん…もし次に傷痕が傷んだら、すぐに教えて?」

「うん、わかった」

 

 

ソフィアの声は真剣そのものであり、ロンのように気のせいだと言うわけでも、ハーマイオニーのように心配のしすぎだと言う事もなかった。ハリーが想像したように真剣に受け止め、心配している表情のソフィアを見ると──何故か、胸の奥がざわついた。喜び、だろうか。

 

ハリーは胸を抑え首を傾げていたが、シェーマスとディーン、それにネビルが扉を開けて入ってきた事によりその傷痕の話はそこで終了した。

 

 

ソフィアはハリー達とクィディッチの話で盛り上がり──30分で飽きたハーマイオニーは教科書を出し四年生の勉強の予習をしていた──クィディッチ・ワールドカップに行けなかったと嘆きしょげているネビルを元気づけようと、ロンが荷物棚に置いているトランクの中からクラムの人形を引っ張り出した。

 

 

「うわー!」

「僕たち、クラムをすぐそばで見たんだぜ?貴賓席だったんだ──」

 

 

羨ましそうにクラム人形を目を輝かせて見るネビルに、ロンは自慢げにどれだけクラムが勇敢で素晴らしかったかを伝えようとしたが。

 

 

「君の人生、最初で最後のな、ウィーズリー」

 

 

ロンの明るい声は突如現れたドラコの冷ややかな声により遮られた。

ディーン達がコンパートメントの扉をきちんと閉めなかったせいで彼らの会話は筒抜けであり、それを聞きつけからかってやろうとしたドラコが現れたのだ。勿論隣にいるルイスは額を押さえめんどくさそうな目でドラコを見つめ、ハリー達に「ごめんね」とジェスチャーで謝った。

その後ろにはドラコの腰巾着のクラッブとゴイルが手にお菓子を持ちもぐもぐと食べながら突っ立っていた。

 

 

「マルフォイ、お前を招いた覚えはない。…ルイスは入っていいよ」

「ありがとうハリー。ごめんね、ドラコのこれは──趣味なんだ」

 

 

肩をすくめてルイスが呆れたように言えば、くすくすとディーン達はドラコを見て笑う。ドラコはその青白い頬をカッと赤らめルイスを強く睨んだが、ルイスはじとりと睨み返し「事実でしょ」と言い返した。

 

 

「チッ……。…ウィーズリー、何だい?そいつは?」

 

 

苛々としながら何か馬鹿にできるきっかけは無いかと目敏くコンパートメント内を見たドラコは、ピッグウィジョンの籠にかけられている黴が生えたようなフリルとレースが付いているドレスローブを指差した。

ロンはローブを隠そうとしたが、それよりもドラコの方が早く袖を掴んで引っ張った。

 

 

「これを見ろよ!ウィーズリー、こんなものを本当に着るつもりなのか?言っとくけど…1890年代に流行した品物だ…」

「クソっ!!」

 

 

嘲りにやにやと笑いながら言うドラコに、ロンは髪色と同じ程怒りで顔を赤く染めるとローブを手から引ったくった。

ドラコの高笑いに釣られてクラッブとゴイルも巨大を揺らせてゲラゲラと笑う。

 

 

「うーん。…その首元のフリルと、袖のレースさえ無ければまだマシかも。後で魔法で取ろうか?」

「えっ、うん!お願いしていい?」

 

 

ルイスは茶色いそのドレスローブを見て笑う事なく言った。茶色のそのローブはロンの髪色にとても合っているような気がするし、何よりロンは身長が高い。レースとフリルさえなければそれなりに見える──だろう。

 

ロンは必死になってルイスに頼み込み、ルイスは快くにっこりと笑い頷いた。

 

 

「フン…。…それで?エントリーするのか、ウィーズリー?頑張って少しは家名を上げてみるか?賞金もかかってるしねぇ…勝てば少しはマシなローブが買えるだろうよ」

「何を言ってるんだい?」

「エントリーするのかい?」

 

 

訝しげな顔で噛み付くロンの言葉に、ドラコは再度同じ言葉を繰り返した。

全く意味がわからない、という表情をするロン達を見たドラコは意地悪げにほくそ笑み、馬鹿にしたように言った。

 

 

「君はするだろうねぇ、ポッター。見せびらかすチャンスは逃さない君の事だし?」

「ドラコ!その事は言っちゃダメなのよ?私も黙ってたのに!」

「そうだよ、楽しみをドラコから伝えられるなんて、ハリー達がかわいそうだ!」

 

 

ソフィアとルイスはドラコが三大魔法学校対抗試合の事を言っているのだとすぐに察する事が出来、鋭く注意した。ややルイスの言葉はドラコの事を酷い扱いで注意したが──ハリー達がそれを知らない事に有頂天となっていて気がつかない。

 

 

「君たちは知らないんだ?父親も兄貴も魔法省に居るのに?父上なんてすぐ教えてくれた…コーネリウス・ファッジから聞いたんだ。まあ、父上はいつも魔法省の高官と付き合ってるし…多分、君の父親は、下っ端だから知らないのかもしれないな……そうだ、きっと、君の父親の前では重要事項を話さな──いっ!!…っ、な、何をする!?」

 

 

つらつらと優越感に浸りながら話していたドラコの形の良い後頭部をルイスはばしりと後ろから叩き、頭を押さえ振り返ったドラコを批難的に見つめる。

 

 

「ごめん、小蝿がブンブンうるさくて。…それ以上ロンの家の事を侮辱するなら僕は君を心から軽蔑する」

「…っ…チッ…行くぞ!」

 

 

冷ややかなルイスの目と言葉に、ドラコはぐっと言葉に詰まると肩を怒らせて踵を返し、突っ立っているクラッブとゴイルに怒号を飛ばす。

いきなり八つ当たりされたクラッブとゴイルは「お、おう…?」と小さく首を傾げながらドラコの後を追いかけた。

 

 

 

「…ルイス、付き合う人間は選んだほうがいい、ルイスまで嫌なやつだと思われるぜ?」

 

 

ロンはドラコが去っていった扉の先を睨んでいたが、静かに──怒りを滲ませて重々しく吐き捨てる。

ハリー達も同調するように頷いたが、ルイスは困ったように眉を下げて肩をすくめ、コンパートメントを出ながら呟いた。

 

 

「…ごめんね、ロン。あれでも…僕にとっては親友なんだ、…一応ね」

 

 

親友、その言葉にロンは大きく目を見開く、何故あんなに素晴らしい人が、あんな嫌な奴を親友だと言うのか──苛々とした気持ちが押さえられず、ロンはコンパートメントの扉を勢いよく力任せに閉めた。

ガチャン!と大きな音が鳴り響き、扉にはまっていたガラスが割れる。

 

 

「落ち着いて、ロン。── 直せ(レパロ)!」

 

 

ロンは怒ったまま椅子にどかりと座り、苛々と足を動かす。ソフィアはすぐに杖を出すと割れたガラスを元通りに戻した。

 

 

「フン…やつは何でも知ってて、僕たちは何も知らないってそう思わせてくれるじゃないか……パパなんか、いつでも昇進できるのに、しないだけなんだ。今の仕事が気に入ってるだけなんだ…」

「その通りだわ」

 

 

悔しそうなロンの言葉に、ソフィアは優しく頷き、怒れる肩を落ち着かせようとポンポンと叩く。

 

 

「クィディッチ・ワールドカップで、色んな人がアーサーさんに挨拶してたのを見たわ。アーサーさんは沢山の人に好かれて、尊敬されてたもの!本当に、素晴らしい能力を持ってるんだと思うの。それなのにそれをひけらかさずに、自分の仕事に誇りを持っているアーサーさん──ロンのお父さんは素晴らしい人だわ!」

「…ウン、…ありがとう」

 

 

ロンは「でも、褒めすぎだよ…」と照れたように謙遜しつつも──実は同じことを思っていたため、怒りを収めると嬉しそうに微笑み、残っている大鍋ケーキを1つ摘み上げ「半分こする?」とソフィアに聞いた。

 

 

「それにしても、今でも…ルイスがスリザリンなんて信じられないなぁ」

 

 

ドラコとロンの言い合いを静観していたディーンがしみじみと呟く。ディーンはそれ程ルイスと親しいわけではなかったが、ルイスに関する噂を聞く限り、どうもスリザリン生らしくないと思っていた。

 

 

「ルイスは『スリザリン唯一の良心』だからな」

 

 

シェーマスもディーンの言葉に頷き、ついスリザリン生以外で密やかに言われているルイスを表す言葉をぽろりと溢した。

 

 

「何それ?初めて聞いたわ」

 

 

悪い意味では無さそうだが、唯一の良心とは──中々の言葉である。ソフィアは怪訝そうに眉を寄せたが、ディーンとシェーマスは顔を見合わせると、ニヤリと笑い説明を始めた。

 

 

「ほら、ルイスってスリザリン生らしくないだろ?それに、他寮の生徒にも公平に優しいしさ。さっきみたいにマルフォイの暴言を止めたりもする──だから、陰で『唯一の良心』って呼ばれてるんだ」

「うーん…まぁ、スリザリン生は排他的だから…優しい人も居るんだけど…」

「ええ?ルイス以外に?」

 

 

ディーンは信じ難いのか、驚いたような声を出す。

ソフィアは確かに人の好みが分かれるだろうが──彼らは、家族だと受け入れた者のみ、優しいのだと、それを知っているため複雑だった。

 

 

「…ま、少なくとも私の両親は…スリザリン生だったもの」

「……まじで?」

「まじ、よ」

 

 

ソフィアの言葉に、初めてそれを知ったディーンとシェーマスは「しんじらんねぇ!」と大きな声で叫んだ。

 

 

 

その後は再びクィディッチの話で盛り上がっていたが、ホグワーツ特急が速度を落とし始めた頃、ディーンとシェーマスとネビルは制服に着替えるためそれぞれのコンパートメントに戻り、先にソフィアとハーマイオニーが着替えるためにハリーとロンも一度コンパートメントを出た。

 

 

ハーマイオニーは扉の窓に向かって杖を振るい、昼食サンドイッチが入っていた包紙を扉にある窓にピッタリと貼り付け、外から中の様子が見えないようにした。

 

 

「さ、着替えましょう」

「そうね、えーっと…あったわ」

 

 

ソフィアはいつものように服を着替えていたが、ふと、ハーマイオニーが首を傾げてソフィアの胸を見つめる。

シャツのボタンを閉じていたソフィアは、「なぁに?」と答えハーマイオニーの目線を追い、自分の胸元を見た。

 

 

「ソフィア、それ…そのブラ、サイズあってるの?」

「え?…サイズ?…さあ…多分…」

「…、…いつ買ったものなの?」

「えーと……何年前だったかしら…」

「まぁ!」

 

 

ハーマイオニーは驚き、ソフィアの胸元をまじまじと見た後「ちょっと見せて」と言い後ろに回るとシャツを捲り上げる。ソフィアは少しくすぐったそうに笑ったが、ハーマイオニーの好きにさせていた。

 

 

「……絶対サイズ合ってないわ!」

「え?…こんなものだと思ってたわ…」

「キツくないの?」

「うーん…?ずっとつけてるから、わからないわ」

「…まさか、寝る時も?…その、寝る時専用のナイトブラじゃなくて…?」

「……マグルの世界ではそれが当然なのか…魔法界でもそれが当然なのか、わからないけど──寝る時って外すものなの?専用のブラがあるの?」

「……。…後で、ラベンダー達にも聞いてみましょう。新しいブラも、買った方がいいわ。後で測ってあげるから…。ちゃんとしたサイズをつけないと、胸の形は崩れるし…成長しないわよ」

「…それは、困るわ」

 

 

ソフィアがここまで無知なのはきっと、母親が居ないせいだとハーマイオニーは思い、ソフィアを責めることなく──言いたい事は色々あったが──ぐっと言葉を飲み込むと、ソフィアの肩に手を置き真面目な顔で告げた。

ソフィアは真剣なハーマイオニーの表情にやや困惑しながらも頷いた。

 

 

ソフィアが下着のことにあまり頓着が無いのは、母親が居ない事も理由の一つだが──それとは別に、ソフィアは自分を着飾ることに女子としてはあまり頓着が無かった。この年代の女子なら化粧品を一通り揃えているものだが、ソフィアは専用の洗顔など勿論使わず固形石鹸で顔を洗い、そのままだった。流石に日に焼けるとヒリヒリする事が嫌だった為、魔法日焼け止めを塗り、寝癖のついた髪を梳かしてはいるが──それだけだ。

勿論、可愛い服や髪飾りを見ると「可愛い、欲しい」と思うが、かと言って積極的に集める事は無い。贈り物でもらえば、心から喜ぶのだが。

 

 

 

恋愛や化粧、女性になるための階段があり、同級生達が駆け上がっているとすれば──ソフィアはまだまだスタートラインに立っているだけなのだ。

 

 

ソフィアはハーマイオニーの様子に首を傾げたまま着替えを再開させ、ハーマイオニーも後で通販カタログやファッション誌を持ってきてないかラベンダー達に聞こうと考えながら制服に着替えた。

 

 

 

 



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178 三大魔法学校対抗試合!

 

 

馬車に乗り込んだ生徒達がホグワーツ城に着く頃には雷雨は一層激しさを増し、山の中に聳えるホグワーツの灯りが灰色の世界の中にぼんやりと霞んで見える程になっていた。

 

ソフィアは馬車を飛び降りるとハリー達と共になるべく濡れないように全速力で城の中へ向かったが、大理石で出来た玄関ホールにようやくたどり着き、顔を上げた頃には頭の先から爪先まで雨でしとどに濡れていた。

 

 

「ひでぇ。この調子で降ると、湖が溢れるぜ?」

 

 

ロンは頭をぶるぶると振るい、髪についていた水滴を飛ばす。隣にいたソフィアに水滴がかかり、「わっ!」と小さく悲鳴を上げ飛び退いた。

 

 

「あ、ごめんごめん」

「もう…──うわっ!?」

「うわぁ!?」

 

 

まぁここまで濡れていたら今さら少し飛沫がかかったところで変わりはないかもしれない──そうソフィアが思った時、ソフィアとロンの頭に大きな赤い水風船が落ちてきた。バシャン!と音を立てて割れ、水を被った2人は一体何が起こったのか──顔を見合わせ呆けたようにぽかんと口を開く。

 

3発目の水風船は、ハーマイオニーの側を掠めてハリーの足元で破裂し。次々と襲いくる色とりどりの水風船に、生徒たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「…ただの水で…まだマシだと思うべきね」

 

 

生徒達が必死に逃げる様子が可笑しくてたまらないと言うようにニヤニヤと意地悪く笑うピーブズを睨み、ソフィアは目にべっとりと張り付いた前髪をかきあげた。

ハーマイオニーは気の毒そうにソフィアを見たが、確かに泥水や爆弾では無い分、まだマシなのかもしれない。

 

 

「ピーブズ!ここに降りてきなさい!今すぐに!」

 

 

生徒達を引率する役目を担っているマクゴナガルが大広間の叫びを聞き慌てて飛び出し、直ぐに大声で怒鳴る。

空に浮かぶピーブズを睨んでいたマクゴナガルは足下の大きな水溜まりに気が付かず、怒り足のままずるっと足を滑らせ、咄嗟にたまたま近くにいたハーマイオニーにしがみついた。

 

 

「おっと、──失礼。ミス・グレンジャー」

「だ、大丈夫です、先生…」

 

 

首元にしがみつかれたハーマイオニーは思い切り首が絞まり──すぐに解放されたものの、喉をさすりながらゲホゲホと何度も咳をこぼす。

 

マクゴナガルがピーブズを怒鳴り、すぐにこの場から退散させようとしている声を聞きながら、ソフィアは少しその場から後退する。ピーブズは両手に沢山の水風船を持ち、背後にぷかぷかと浮遊させている。…マクゴナガルの側にいれば、巻き込まれてしまうかもしれない。

 

 

「ソフィア、かなり濡れてるね?」

「ルイス…」

 

 

遅れて到着したルイスは、雷雨の中を走り抜けたにしても濡れ鼠状態であるソフィアを見て不思議そうに言ったが…空に浮かび、マクゴナガルの静止も効かず生徒達に水風船をぶつけるピーブズと、ソフィアの頭についている水風船の破片を見て何があったのかがわかり、水風船の破片を指で摘みとりながらくすくすと笑った。

 

 

水よ乾け(ドライグ)…風邪ひかないようにね」

 

 

杖を出したルイスはソフィアの頭から爪先までさっと撫でる。杖が通った箇所からからりと水が乾き、ソフィアの服はアイロンを当てたようにぱらりと乾き、髪もさらりと靡いた。

 

 

「ありがとう」

「ううん、どういたしまして。──あ、大広間、行こうか」

「そうね、ピーブズも…もういなくなったみたいだし」

 

 

大広間は例年のように学年初めの祝いの為の見事な装飾が施されていた。

ソフィアはグリフィンドール生が座る机に向かい、キョロキョロとあたりを見渡していたハーマイオニーの隣に座った。

 

 

「ソフィア!どこにいたの?」

「ルイスとお喋りしてたのよ」

「そうなの…あら、乾いてるわね」

「ああ…乾かしてもらったの、ルイスにね」

 

 

ソフィアは髪を摘み、にっこりと笑う。

1人だけ頭の先から濡れたままのロンは恨めしそうな顔でソフィアを睨んだ。

 

雨に打たれたというよりも、湖を泳いできたのかと聞きたくなるほどぐっしょりと濡れた一年生の組分けが終わった。

ハリーとロンは空腹に耐えきれず、ナイフとフォークを掴み、ゆっくりと立ち上がったダンブルドアを見る。早くその口から晩餐会開始の号令を聞きたい、という気持ちが溢れ、うずうずと足を動かしていた。

 

ダンブルドアは両手を広げ、生徒達を見回し、微笑みかける。

 

 

「皆に言う言葉は二つだけじゃ。──思いっきり、掻っ込め」

 

 

目の前の金の皿やゴブレットが豪華な料理で埋め尽くされた。そこかしこから歓声が上がる中、ソフィアも自分の皿に美味しそうなマッシュポテトやローストビーフを盛り、スープボウルの中に温かなカボチャスープを注いだ。

大広間は暖かい気温が保たれていたが、一度雨と水で濡れていたソフィアの体は冷え切り、暖かいスープが何よりも美味しく身体に沁み渡る。

 

 

ハーマイオニーもまた同じように暖かいスープを飲んでいたが、ソフィアとは反対側の隣にパーバティとラベンダーが居た事に気付くと、「そうだ」と2人に話しかけた。

 

 

「ねぇパーバティ、ラベンダー。服のカタログとか…ファッション系の…雑誌とか持ってきてない?」

「え?そりゃあ、あるわよ?」

「ええ、毎月買ってるもの」

「良かったわ!後で見せてくれない?」

「勿論よ!」

 

 

女子同士がファッション誌を交換し読み合ったりする事はいたって普通の事である。

勉強が大好きであり、ファッション誌(そんなもの)読んでいる暇があるのなら教科書の1ページでも読みたいと考えているハーマイオニーと、あまりそういう事に興味がないソフィアは、談話室で開くのは教科書ばかりであったが、去年からちらほらと同級生達はファッション誌を読んでいた。

パーバティとラベンダーはソフィアとハーマイオニーにどんな系統の服が好きか話しかけたい気持ちはあったが、ソフィアとハーマイオニーは去年、全科目受講するという選択をしてしまった為に──追い詰められてしまい、鬼気迫る表情で必死に教科書に齧り付いていたのだ。

 

 

「私、化粧品が載ってる雑誌も持ってるわよ?見せましょうか?」

 

 

女の子はとくにそう言った話しが大好きであり──例に漏れず、ラベンダーは目を輝かせハーマイオニーに聞いた。

ハーマイオニーはチラリとミートパイに大口を開けてかぶりつくソフィアを見て「ええ、お願いするわ」と頷いた。

ソフィアはミートパイを食べる事に集中しているしていた為、ハーマイオニーたちの会話は全く気にしていなかった。

 

パーバティとラベンダーは、ハーマイオニーがソフィアに視線を向けたのを見てなんとなく、なぜ急に彼女がファッション誌に興味を持ったのかを察した。

後で寮の自室でたくさんの雑誌を見せよう、と2人はくすくすと顔を見合わせて笑った。

 

パーバティ達との会話が途切れた時、ハーマイオニーの耳にグリフィンドール寮のゴーストである、ほとんど首無しニックの言葉が飛び込んできて、なんの話だろうかと視線を向けた。どうやら、ハリーとロンと何か話しているらしい。

 

 

「──なにもかもひっくり返しての大暴れ、鍋は投げるし、釜は投げるし、厨房はスープの海、ハウスエルフが物を言えないほど怖がって…」

「ハウスエルフ達が、このホグワーツにも居るっていうの?」

「左様。イギリス中どの屋敷よりも大勢いるでしょう。少なくとも百人以上」

 

 

ガシャンと倒れたゴブレットが、カボチャジュースを零し白い机に黄色の筋を作ったが、ハーマイオニーは気にもとめず、愕然とした表情でニックを見る。

 

 

「私、一人も見た事が無いわ!」

「そう、日中は滅多に厨房を離れる事は無いのですよ。夜になると出てきて掃除をしたり…火の始末をしたり…つまり、姿を見られないようにしているのです…いいハウスエルフの証拠でしょう?存在を気付かれないのは」

 

 

ハーマイオニーは食事の手も止め、ニックをじっと見る。

ソフィアはハーマイオニーが何を気にしているのか分からず、大きなソーセージを食べながら不思議そうに首を傾げた。

 

 

「でも…お給料はもらっているわよね?お休みも、もらってるわね?それに──病欠とか、年金とか色々も?」

「ははははっ!!」

 

 

ハーマイオニーの言葉にニックは腹を捩りながら大きな声で笑う。あまりに高笑いしたせいで首がぐらりと落ち、薄皮一枚で繋がっている断面が見えてしまい──ソフィアは眉を寄せ食べかけていたウィンナーを皿の上に置いた。

 

 

「病欠に、年金?ハウスエルフはそんなもの望んでませんよ!」

 

 

ニックは首を戻し、目に浮かんだ涙を指で擦りながらこんな愉快で馬鹿げたな発想を他のゴーストに伝えてあげよう──気が滅入っていたゴーストも、きっと腹を抱えて笑うだろうから──と、すうっとなが机の上を滑り何処かへ行ってしまった。

 

ハーマイオニーは難しい表情で黙り込み、口を強く結んだままフォークとナイフを皿の上に置き、自分から遠ざけるように押しやった。

 

 

「ねえ、ハーマイオニー。あなたが食べなくとも、ハウスエルフ達は病欠を取れるわけじゃ無いわ」

「奴隷労働よ、このご馳走を作ったのが、それなんだわ。奴隷労働!」

 

 

ソフィアがさりげなく美味しそうなグラタンパイをハーマイオニーに近づけたが、彼女は厳しい表情を変えず、一切食事に手をつけようとしない。

 

 

「ソフィア、おかしいとは思わない?ハウスエルフ達は、劣悪な環境で、無理矢理に働かせられて…奴隷よ!」

「うーん…。…私にはわからないわ。彼らはやりたくて、やってるんだもの…美味しい料理を作って、もてなして、私たちが笑顔で食べて幸せな気持ちになる…それが嬉しくて、誇らしいのよ?」

「それでも!対価が無いのはおかしいわ!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアからも賛同が得られなかった事に機嫌をすっかり損ね、その後出てきたデザートにも一切手をつける事は無く──ロンやソフィアが何度かケーキやプディングを進めたが、冷ややかな目で見るだけであり…ついに2人は肩をすくめ、ハーマイオニーにデザートを進めるのを諦めた。

 

魔法界で生まれ育ったロンとソフィアには、ハーマイオニーの言う奴隷労働だとは全く思えず──それを少しだけ、わかる気がするハリーも、この豪華な食事を食べずボイコットするという気持ちには一切ならなかった。

 

 

 

山のようなデザートもほぼ全て平らげられた後、生徒達は満腹になった腹を撫でながら紅茶を飲み久しぶりに会った友人との会話に花を咲かせていた。

一段落ついたのを見たダンブルドアが立ち上がり、彼らはぴたりとお喋りを止めてダンブルドアを見つめた。

 

 

「さて!みんなよく食べ、よく飲んだ事じゃろう。いくつか知らせがある、耳を傾けてもらおうかの」

 

 

ダンブルドアはにっこりと微笑みかけ、新年度の前に告げるいつもの注意点を述べた。

それはホグワーツ管理人のフィルチからの言付けである城内持ち込み禁止品の事や、禁じられた森の立ち入り禁止について、そして三年生まではホグズミード村への立ち入りの禁止といういつものような注意事項であり、聞き飽きた生徒達は満腹感に満たされ少し眠そうに目を擦りながらダンブルドアの言葉に耳を傾けていた。

 

 

「寮対抗クィディッチ試合は、今年は取りやめじゃ。これを知らせるのはわしの辛い役目でのう」

 

 

至極残念そうに伝えられた言葉に、静かに聞いていた生徒も、半分眠りかけていた生徒も一気に驚愕の叫びを上げ、大広間がざわざわとした騒めきに満たされる。

クィディッチの選手であるハリーは絶句し、フレッドとジョージも信じられず、唖然としてダンブルドアを見つめた。

 

 

「これは、十月に始まり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。先生方も殆どの時間とエネルギーをこの行事のために費やす事になる──しかしじゃ、わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを持って宣言しよう。今年、ホグワーツで──」

 

 

ダンブルドアが両手を広げ、満面の笑顔でそれを宣言しようとしたその時、耳を劈く雷鳴と共に大広間の扉が開け放たれた。

 

戸口に立つ1人の男は、長いステッキを持ち、黒い旅行マントを纏っている。何百という目がその男を見たが、その視線など気にかける事もなく教職員が座る机に向かって歩き始める。

 

コツ、コツという音が歩みに合わせて響く。

生徒達は静まり返りその雷鳴に照らされた男の顔を見て息を飲む──その顔は、ほぼ全てが傷痕で覆われていた。鼻は削がれ、口は歪に歪んでいる。

いや、それだけでは無い。その男の形相が恐ろしいのはその顔にある目だった。

 

片方の目は黒くて小さいが、もう片方の目は鮮やかなブルーであり、白眼の海をぎょろぎょろと忙しなく動き回る。

その目玉が意思を持つように瞬きもなく動き回り、ついには目の裏側へ周り男の青い目は全く見えなくなってしまった。

 

男はダンブルドアの側により、一言二言会話を交わす。しかしあまりにも低く小さい呟きであり、その言葉をソフィア達は聞き取れなかった。

ダンブルドアは静かに頷くと、その男を自分の右側の空いた席に促す。

男は席に着くと、目の前にあるソーセージを警戒するように匂いを嗅ぎ、かぶりつく。チラリと見えた歯は数本欠けていた。

 

 

「闇の魔術に対する防衛術の先生を紹介しよう。──ムーディ先生じゃ」

 

 

静まり返った中、明るいダンブルドアの声が響いたが、拍手をしたのはハグリッドとダンブルドアだけだった。

他の教師も、生徒も、誰一人として拍手する事なくその異様な風貌の男を見る。

 

 

「ムーディ?マッド・アイ・ムーディ?ロンのパパが朝助けに行った…?」

「そうだろうな」

「あの人…一体どうしたのかしら?あの顔、なにがあったの?」

「アラスター・ムーディよ…闇払いの仕事は、とても危険なの…きっと、その時の怪我ね…」

 

 

ハーマイオニーの疑問に、ソフィアは小声で答えた。

ソフィアも、魔法族の子だ。闇払いの仕事が危険極まりないものである事も、ムーディにより捕らえられた死喰い人の数も知っている。偉業を成す事がどれ程大変な事なのか──夥しい傷跡がそれを物語っている。

 

 

「先程言いかけていたのじゃが。これから数ヶ月に渡り、我が校は、まことに心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。この催しは100年以上行われていない。この開催を発表するのは、わしとしても大いに嬉しい。今年──ホグワーツで、三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)を行う」

「ご冗談でしょう!」

 

 

フレッドとジョージが大声を上げ、ムーディの登場により張り詰めていた空気が一気に弛緩した。ダンブルドアも絶妙の掛け声を楽しむように笑い、長い顎髭を撫でながらフレッドとジョージを見る。

 

 

「ミスター・ウィーズリー。わしは決して冗談など言っておらんよ。さて、この試合が如何なるものか知らない諸君もおろう。そこで、とっくに知っている者たちにはお許しを願って簡単に説明するでの。その間、知っている諸君は自由勝手に好きな他のこ事を考えてよろしい」

 

 

ソフィアはその茶目っ気たっぷりの言葉に、間違いなくドラコとルイスだけでなく、他にも親から聞かされ知っていた生徒が居るのだと思った。こんな素晴らしい行事なのだ、親はきっとこっそりと告げたのだろう──ルシウスのように。

 

 

ダンブルドアが三大魔法学校対抗試合について説明する。

700年前に三校の魔法学校による親善試合として始まったものであり。ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校の魔法学校が5年ごとに持ち回りで開催され、かなりの注目を集めていた行事だったが──夥しい数の死者が出た事により、その行事は長く中止されていた。

 

死者が出ていた。

その不穏な言葉にハーマイオニーが目を見開き「夥しい死者?」と呟いたが、ハーマイオニーのように懸念を持つ生徒は少なく、誰もがダンブルドアの言葉の続きを興奮した面持ちで待った。

ソフィアも、きっと今回は死者など出ないように対策を整っている筈だと教師達のいる机に座っている父、セブルスの様子を見て思う、きっと、万が一死者が出るような催しなら セブルス()は子どもである自分達に何かを伝えていただろう。しかし、セブルスは何も言わ無かった。きっと、危険な事は無い。

 

 

「ボーバトンとダームストラングの校長が、代表選手最終候補生を連れて10月に来校し、ハロウィーンの日に学校代表選手三人の選考が行われる。優勝杯、学校の栄誉、そして選手個人に与えられる賞金一千ガリオンを賭けて戦うのに、誰が最も相応しいかを、公明正大なる審査員が決めるのじゃ」

 

 

優勝杯、栄誉、そして賞金一千ガリオン。

その言葉の誘惑に自分が代表選手となった未来を想像し、恍惚とした表情を浮かべる者や、隣の友人と熱っぽく語り合う者が居た。

ルイスもまたドラコと代表選手になるにはどうすればいいのだろうか、と熱っぽく語り合っていた。

 

 

「全ての諸君が、優勝杯をホグワーツ校にもたらそうという熱意に満ちておると承知しておる。しかし、三校の校長、ならびに魔法省としては、今年の選手に年齢制限を設けることで合意した。17歳以上の者だけが、代表選手として名乗りを挙げることを許される。このことは、我々がいかに予防処置をとろうとも、やはり試合の種目が危険で厳しいものであることから、必要な措置であると、判断するしたためじゃ。6年生、7年生よりも年少の者が課題をこなせるとは考えにくい。年少の者が、ホグワーツ代表選手になろうとして、公明正大なる選手の審査員を出し抜いたりせぬよう。わし自ら目を光らせておる」

 

 

年齢制限がある、その言葉に怒り出した生徒達はダンブルドアの鋭い視線に騒ぎの声を小さくしたが──それでもまだ納得のいっていない生徒は反抗的な目で見てダンブルドアを睨んだ。

 

 

スリザリン寮生の机で、むっつりと不機嫌そうに黙ってしまったドラコの隣で、ルイスが「残念だね」と呟いたが、ドラコはそれに返事をするかわりに小さく唸った。

 

 

「ボーバトンとダームストラングの代表団は十月に到着し、今年度は殆ど我が校に留まる。外国からの客人が滞在する間、皆、礼儀と厚情を尽くすことと信じる。さらに、ホグワーツ代表選手が選ばれし暁には、その者を皆心から応援するであろうと、わしはそう信じておる。──さあ、夜も更けた。明日からの授業に備えて、ゆっくり休み、はっきりした頭で臨む事が大切じゃと、皆そう思っておるじゃろうのう。──就寝!ほれほれ!」

 

 

就寝の掛け声に、生徒達は立ち上がり玄関ホールへ続く扉へと向かった。

 

 

「そりゃあないぜ!俺たち4月には17歳だぜ?なんで参加出来ないんだ?」

「俺はエントリーするぞ。止められるもんなら止めてみろ!」

 

 

フレッドとジョージは動かず、教職員の席に座るダンブルドアを睨み、顰めっ面で言い張った。ソフィアは二人の様子を見て少し肩をすくめ「私もエントリーしたかったわ」と呟いた。

 

 

「そうだよな?代表選手になると、普通なら許されない事が色々できるんだぜ!?」

「課題の内容、どんなものなのかしらね?17歳以上…って事は、魔法生物との戦闘とかかしら?」

「さあな。まぁ、過酷な試練なのは間違い無いかもしれないけどさ。…何せ賞金一千ガリオンだ!」

 

 

ソフィアは課題がどのようなものなのかを考え、フレッドとジョージはどうすればダンブルドアの目を出し抜けるのか討論し始めた。

生徒がまばらになった大広間でその声はよく通り、ハーマイオニーはソフィアの背中をぐいぐいと押しながら「さあ、行かないとここに残ってるのは私たちだけになっちゃうわ」と寮までの歩みを促した。

 

 



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179 女性としての階段!

 

 

次の日の朝、夜遅くまで響いていた雷鳴はすっかりと通り過ぎていた。

 

 

ソフィアは眠たい目を擦りながら目覚め、いつものようにルームメイト達に向かって「おはよう」と挨拶をしようとして──珍しく、ハーマイオニー、パーバティ、ラベンダーの三人が机の前に沢山の本を広げ熱心に読んでいた。

 

 

「おはよう。…なに見てるの?」

「ああ、ソフィア!おはよう、ねえ、ソフィアは何色が好き?」

 

 

ぱっと顔を上げたハーマイオニーは、突然ソフィアに質問をする。

朝一番にそんな質問を向けられるとは思わず、ソフィアは首を傾げたが少し考えてすぐに答えを言った。

 

 

「え?…えーと…水色、かしら…緑色も好きよ?あとは、黒とか」

「なるほどね…これは?」

「ちょっと大人っぽすぎない?」

 

 

ソフィアの答えに、パーバティは本を指差す。ハーマイオニーは怪訝な顔をしたが、覗き込んでいたラベンダーは楽しげに目を輝かせ何度も頷いた。

 

 

「いいと思うわ!ちょっと大人っぽい方が、…ほら、ドキッとするでしょう?燃え上がるわー!」

「ねえ、何の話なの?」

 

 

自分の妄想に頬を赤らめきゃっきゃと楽しそうなラベンダーの声に、ソフィアは三人が見つめる本──いや、雑誌を覗き込んだ。

 

そこには美しいモデルが紙の中で様々なランジュエリーを着て、怪しく、愛らしく、ポーズをとっている。

 

 

「ソフィア、服を脱いで裸になって!」

 

 

いきなりの言葉にソフィアはぽかんとしたが、あまりに三人の目が輝いていたためなにも言えず、こくりと頷いた。

 

 

「──い、いいけど…全部?」

「上だけで良いわ、さあ、早く早く!」

 

 

困惑したままソフィアはパジャマを脱ぎ、ブラを外す。同じ時間にシャワールームを訪れた事は何度もあり、特に恥ずかしがる事は無いが…まじまじと見られ、そして上半身を顕にしているのは自分だけだという状況に、流石に少し頬を染め、恥ずかしそうに胸を手で隠した。

 

 

「何?…なんなの?」

「ほら、ブラのサイズ合ってないかもって言ってたでしょ?この雑誌で正しいサイズが測れるそうなの!」

「そうよ、この測定ページを開いて──」

 

 

パーバティはぺらぺらと雑誌を捲り、とある箇所で手を止めた。

そこには「正しいバストを計測し、適した下着をつけましょう!100歳になっても垂れないバストを手に入れる為には日々の努力が必要です!何よりまずは測定から!」という文が濃いピンク色で書かれていた。

 

 

ラベンダーがソフィアの後ろに周り、気をつけをさせるように手を下ろさせ。パーバティがそのページの──何やら目のようなものが書いてある箇所を開きながらぐるぐるとソフィアの周りを回った。

 

 

ピーッ!という小さな音が響き、「終わったわ!」とパーバティが本を持ち直し机の上に広げた。

 

ソフィアはとりあえず毛布を被りながら机の側により、書かれている数字を見て─首を傾げた。

 

 

「つまり…?これはどのくらいの大きさなの?」

「…ソフィア!あなた、細すぎよ!」

 

 

数字を見た途端、標準より…やや女性らしくふくよかであるラベンダーは小さく叫んだ。

 

 

「あのね、ソフィア。下着のサイズはアンダーとトップの差でわかるの。…ソフィアは、アンダーが小さいのね…細いし、身長も…ちょっと低めだもの。けれど……うーん、差はそれなりにあるもの、今つけているAでは無いのは確かね!」

「ほ、本当!?」

 

 

幼児に教えるようにゆっくりというハーマイオニーの言葉に、ソフィアは目を輝かせた。

ずっと胸が小さく体が薄い事が気になっていたが…どうやら、サイズの合っていない下着をつけていた事に理由があるようだ。

まぁ、それでも豊満なバストを持つとは、とても言えないが。

 

 

「そうね…この差だと…ソフィアは、60のCね!今つけていたのは…75のAなの!?…ソフィア、下着はちゃんとしたものを買わないとダメよ?」

 

 

パーバティはベッドの上に置いていたソフィアのブラを手に取りタグを読み驚きの声を上げると、叱るようにソフィアを見る。

たしかに、なんだかブラ紐がよく落ちるし、ずれる事もあるとは思っていたが…それは、単純に自分の胸の無さが原因なのだと思っていた。

 

 

 

「よし、これにしましょう!ハーマイオニーも、ラベンダーもこれでいい?」

「勿論!」

「わー!大人っぽくて素敵!」

 

 

パーバティは二人の賛成の声に満足げに笑い、杖先でトントンと一つの写真を叩いた。

するとしゅるしゅると写真の中から透明のビニル袋で包装されている上下セットになった下着が現れ、ポンっと小さな音を立てて雑誌の上に置いた。

 

 

「私たちからのプレゼントよ、ソフィア!」

「ほら、つけてみて!」

「きゃー!ねぇ知ってる?下着をプレゼントで送る意味って──」

「もう、ラベンダー?それは女の子同士じゃ意味ないでしょ?」

 

 

頬に手を当てにやにやと笑うラベンダーをパーバティが呆れたような顔で見ながらソフィアに今出てきたばかりの下着セットを渡す。

 

ソフィアは目をぱちくりとさせたまま下着と、三人を見たが、すぐに満面の笑みを見せた。

 

 

「嬉しいわ!ありがとう!!」

「どういたしまして!また、勉強教えてね?」

「あっ、付け心地も知りたいわ。気になってたブランドなのよね…」

「さあ、早く着替えてみて?」

「ええ!」

 

 

ソフィアはぎゅっと袋を抱きしめ──流石にここで全裸になるのは恥ずかしく、はにかみながら自分のベッドの上に登りカーテンを閉めた。

 

着替え終わったソフィアは自分の胸元を見て「凄いわ!!」と叫ぶ。

その勢いのまま頬を興奮で赤らめてカーテンを勢いよく開いた。

 

 

「ねえ!見て!!谷間があるわ!!」

 

 

ソフィアの小ぶり──ではあったが──の胸にはきちんと女性らしい谷間が出来ていた。

サイズの合っていないブラをつけていた頃には無かったもので、一生見る事が出来ないのかと思っていたソフィアは感激に震え目を輝かせる。

ハーマイオニー達はソフィアの喜びように、にっこりと笑い微笑ましい目でソフィアを見つめ「良かったわね」と優しく答えた。

 

勿論、ハーマイオニー、ラベンダー、パーバティの胸はソフィアより大きく──しっかりとした谷間があったのだが、ソフィアに言うつもりは無かった。

 

ソフィアはいつもの制服に着替えるが、昨日よりは主張している自身の胸を見てさらに心を躍らせ、ドレッサーの前に立つと色々な角度で自分の体を見る。

 

 

「あ!ねぇ、折角だから──」

 

 

ラベンダーの楽しげな声に、ハーマイオニーとパーバティは企むようにニヤリと笑い、3人からの視線を受けたソフィアはドレッサーの前で少し、顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

グリフィンドールの談話室ではフレッドとジョージが友人のリーと共にどうやれば三校対抗試合に参加出来るかと頭を突き合わせて相談していた。

ロンとハリーは時計をちらりと見て、まだ女子寮から現れないハーマイオニーとソフィアの事を考え首を捻った。

 

 

「寝坊してるのかな?」

「いつもは2人の方が早いのに…珍しいね」

 

 

早くしないと朝食の時間が減っちまう。とロンは苦い顔で呟く。いつもはハーマイオニーとソフィアの方が起きるのが早く、談話室でロンとハリーの到着を待ち、共に大広間に向かうのだが──今日はまだ2人は談話室に現れていない。

 

同じグリフィンドール生達は次々と扉をくぐり大広間に向かっている。

まだソファに座り移動する様子のないハリーとロンを見たネビルが不思議そうに2人の元に駆け寄った。

 

 

「どうしたの?」

「ネビル…まだハーマイオニーとソフィアが来てないんだ」

「…まさか、2人とも今日の朝食をボイコットする気か?そうなら、僕は今すぐ食べに行くぜ?」

 

 

ロンは昨日のハーマイオニーの様子を思い出し、嫌そうに顔を顰める。

ソフィアはあまりハーマイオニーの行動をよく思ってなさそうだったが、優しいソフィアの事だ、一回くらいはハーマイオニーに付き合い食事を抜くかもしれない…そうハリーが思った時、きゃあきゃあと楽しげな女子達──ハーマイオニーとパーバティ、ラベンダーの声と共に女子寮から降りてくる足音が聞こえた。

 

自然とハリー達は女子寮を見て──ロンはやっと来たか!と呆れたように呟いた──3人に押されるようにして現れたソフィアを見た。

 

 

「あー…おはよう…」

 

 

ソフィアは恥ずかしそうにはにかみ、背をぐいぐいと押しにやにやと笑う3人に「もう!押さなくてもちゃんと歩くわよ!」と小声で呟く。

 

賑やかな声に顔を突き合わせていたジョージ達も何事かと顔を上げ、ソフィアを見た。

 

 

「ソフィア!どうしたの?今日、すっごくかわいいね!」

 

 

そう、一言目を言ったのはハリーでもジョージでも無く、ネビルだった。

 

ネビルは「わぁ!」と感嘆のため息を漏らし、キラキラとした目でソフィアを見つめる。

ソフィアは少し恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうに笑った。

 

 

ラベンダーの思いつきにより、朝から彼女達のおもちゃとなっていたソフィアは普段はしていない化粧を薄らとし、白い頬をほんのりと赤く染めていた。

「新しい化粧品だから!」と、ラベンダーに目には茶色いシャドウを塗られ、「あっ、そうだわ!テスターでもらったの、私には合わないけどソフィアにはピッタリよ!」とパーバティから桃色のリップグロスを塗られ、「私も、一応少しは持ってるのよ?」とハーマイオニーから頬にチークを塗られ……そうして出来上がったソフィアは、いつもより女の子らしく、愛らしく飾られていた。

 

 

「何だい?()()()()してて遅くなったの?僕のママみたいだ!」

「ロン!馬鹿な事を言うなよ!母さんとはぜーんぜん違うだろ?」

 

 

空腹のロンは、化粧如きで遅くなったのかと──全く女心を分からず、つまらなさそうに言うが、すぐにフレッドがロンの肩を小突きそれを止めた。

 

 

「ああ、ソフィア、──すっごく可愛いぜ?お姫様みたいだ!」

「ありがとうジョージ、でも…言い過ぎよ」

 

 

ジョージはソフィアの元に駆け寄りまじまじと顔を見てにっこりと笑う。

率直な褒め言葉に、ソフィアはチークの赤みではなく頬を染め、困ったように笑った。

 

 

「ソフィアは可愛いのよ!ねぇ?」

「そうよ!ソフィア、毎日お化粧したらいいのに…」

「うーん…やりかた、教えてくれる?お小遣いで、ちょっと買ってみるわ」

「ええ、勿論よ!色々教えてあげるわ!」

 

 

パーバティとラベンダーは、自分達の手でさらに可愛さが増したソフィアの出来栄えに大満足といったように頷き、「じゃあ、またね!」と言ってくすくすと笑いながら談話室を後にした。

 

 

「ほら、私たちも大広間に行きましょう?」

 

 

ハーマイオニーは腕時計を見て思ったより時間が経っていることに気付くと、ネビルとハリーとロンとソフィアに声をかけた。

ロンは「腹ペコだよ…」と腹を抑えながら立ち上がり、ネビルも「今日の朝ごはんなんだろうねぇ」と言いながら扉へ向かう。

ジョージ達ももうそんな時間か、とぞろぞろとその後に続いた。

 

 

ソフィアもその後に続こうと思ったが、ハリーがソファに座ったままぽかんと口を開け動いていない事に気が付き、駆け寄るとその顔を覗き込んだ。

 

 

 

「ハリー?…どうしたの?」

「──あっ…ソフィア、その…」

「…?…どうしたの?」

 

 

ハリーははっと目を瞬かせると顔を赤く染め、「うーん、あの…」と何度か言い淀んだが、ソフィアの目をしっかりと見つめた。

 

 

「凄く…その……」

 

 

可愛くて、びっくりした。

 

とハリーは口の奥でもごもごと呟く。

ソフィアはきょとんとしていたが、嬉しそうに目を細めて微笑む。ふわり、と化粧独特の甘い香りがしたが──何故か、ハリーはとてもいい匂いに感じた。

 

 

「ありがとう、ハリー!…さあ、行きましょう?」

「う、うん…」

 

 

ソフィアはハリーに手を差し出し、ハリーは一瞬、自分の手に汗がついてないかと何故か気になり服でごしごしと拭いた後、ソフィアの手を取り立ち上がった。

 

 

 

ハリーは手を引かれながら、胸がドキドキと煩く、早く鼓動を鳴らすのを感じていた。

本当に、談話室に現れたソフィアを見て、ハリーは驚いたのだ。

いつも楽しげに笑いどこか無邪気な子どもっぽい表情を浮かべるソフィアが、恥じらいを見せているその様子は──本当に、女の子らしかった。

いや、今までもごく稀にソフィアがそんな雰囲気を纏う事はあった、それでもこう──ハリーはそれを言葉に出来るほど、まだ自分の心も分からず、男女の色恋の関係も理解出来ていなかったのだが、ハリーが思ったが、表せなかった言葉は単純に──女性として、とても魅力的かつ、色っぽい。だろう。

 

 

ハリーは何故か、談話室から抜ける時に肖像画の枠を掴むふりをしてソフィアの手をそっと離してしまったが、ソフィアは何も気にせずそのままハリーと共に廊下へと降り、先に出て待っていたハーマイオニーの隣に駆け寄った。

 

 

「遅かったね、何してたんだい?」

「ああ、うん…──何も」

 

 

ロンの言葉に、ハリーはソフィアの楽しげに笑う横顔を見ながら呟き──そして、昨日の夜寝る前に考えた事をぼんやりと思い出した。

 

昨日、もしホグワーツの代表選手になり、そして優勝する──拍手喝采を向ける群衆の中、ソフィアは自分に駆け寄り賞賛で顔を輝かせながら抱きつき、頬にキスをする…。

 

 

そんな事を考えて、ハリーは幸せな妄想の中眠りについていたのだった。

何とかして現実にしたい、数多くの課題を乗り越えて優勝すれば…ソフィアは、自分の事を友人ではなく…もっと、特別な目で見てくれるかもしれない。

 

胸が少しザワザワとうるさいのを、ハリーは自覚し──何度か深呼吸して、心を落ち着かせた。

 

 

 

ハリー達がマクゴナガルから受け取った時間割を眺めながら朝食を取っていると、突然後ろから「ソフィア?」と驚きが入り混じった声が飛び込んできた。

 

 

「ルイス、おはよう」

「おはようソフィア!どこの お姫様(プリンセス)かと思ったよ!すっごく可愛いね?…うん、とってもよく似合ってる」

 

 

現れたのはルイスとドラコであり、2人ともソフィアをまで驚いたように目を開く。

ハリーとロンはドラコがいる事に嫌そうに顔を顰めたが、ハーマイオニーはドラコの青白い顔が少し赤く染まったのを見て──別の意味で、顔を顰めた。

 

 

ルイスはソフィアの顔をまじまじと見てにっこりと笑い、素直に褒め、ソフィアの頬に優しくキスを落とす。

ソフィアは照れながらも嬉しそうに笑い、同じように頬にキスを返した。

 

 

「ハーマイオニーとラベンダーとパーバティがしてくれたの!…私、ちょっとお化粧の勉強するわ…凄くたくさん種類があって…凄いのよ…」

「うん、良いと思うよ!ねえ、ドラコ?」

「あ、ああ…うん。ソフィア、綺麗だ」

「ありがとうドラコ!」

「──そうだ。母上がソフィアに自分が使っているオードトワレを贈りたいと言っていた。その時は…僕は、ソフィアはつけないだろうと思ったが…。…もし、必要なら…その、…母上に言っておくが?」

「え?…いいの?ナルシッサさんの香り、すっごく好きな匂いなの!甘いけど、爽やかで……あれ、 オードトワレ(香水)だったのね…えっと…あまり、高価なものじゃないのなら…よろしくお願いします」

「すぐに、手紙を出そう」

 

 

ドラコは優しげに微笑む。

ソフィアが自分の母がつける香水の匂いが好きだとは知らなかったが──あの甘くもあるが、どことなく気品を感じる強すぎない匂いをソフィアが纏えば……とても、素晴らしく似合うだろう、とドラコは思った。

 

 

 

「ソフィア、本当に可愛くなったから。…ハーマイオニー達に、色々女性としての振る舞いを教えてもらったら?」

「もう!ルイスったら!……でも、そうね…そうするわ」

 

 

ルイスはくすくすと悪戯っぽく笑い、ソフィアは少し頬を膨らませたが──何となく、化粧をし、下着を変えたソフィアは女性として一歩踏み出したのだと、自分でも思った。

 

化粧を崩さないように目元を擦らず、大きな口を開けスコーンにかぶりつくこともない。

これが、女性らしさなのかソフィアにはいまいちわからなかったが──まぁ、これくらいなら続けられそうだとソフィアは頷いた。

 

 

ドラコは珍しくハリー達に嫌味の一つも言う事なく、ルイスと共に大広間を後にし、ソフィアは再び小さくちぎったスコーンを食べる。

 

ハーマイオニーが何か言いたげな目で見ていた事に気が付き、首を傾げたが──ハーマイオニーは何でもないの、と曖昧に笑った。

 

 

ハーマイオニーは、なんとなく、察してしまった。

あの、ドラコ・マルフォイも、ハリーと同様ソフィアのことが好きなのだ。

 

一方は、血の繋がりが濃い従兄弟であり。

一方は、大嫌いな人間である。

 

どちらがソフィアの心を射止めるのか──それとも、全く違う第三者なのかはわからないが、どちらにしろ…応援するのならば、ハリーね。とハーマイオニーはサンドイッチを食べながら心の奥で呟く。

 

しかし、ハーマイオニーはハリーを想うジニーの事を考え──ジニーは他の友人と楽しく朝食をとりながらもちらちらとハリーを盗み見て頬を染めていた──ちくり、と胸を痛めた。

 

 

 



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180 尻尾爆発スクリュート!

 

 

ソフィアは時間割を受け取り、マグル学と古代ルーン語が被っていることに気付く。

結局、ハーマイオニーは逆転時計を使い、授業をこなすことに耐えられずマグル学と占い学を辞めた。その事により授業時間が重なる事はなく、逆転時計を使わずに今年一年こなせるようになったが…ソフィアが辞めたのは占い学のみである。マグル学を学ぶ事はおもしろく、辞めるのは勿体ない──そう思っていたソフィアはマグル学を辞め、時間割を()()に戻す事を選ばなかった。

 

 

「ミス・プリンス。話があります、今から授業までの時間に…少し来てくれませんか?」

「マクゴナガル先生…はい、わかりました」

 

 

声をかけられ振り向けば、後ろにグリフィンドールの寮監であるマクゴナガルが静かに立っていた。ソフィアはぐいっと紅茶を飲み干しハリー達に「先に薬草学の所へ行っててね」と告げ、背筋を伸ばし踵を返すマクゴナガルの後についていく。きっと、時間割の話だろう事はわかっていた。年度末に逆転時計は一度返却した為、ソフィアの首には何もかけられていない。

 

 

変身術の研究室まで着き、マクゴナガルはソフィアを先に通すと自分も入った後にしっかりと扉を閉めた。

 

 

「ミス・プリンス。…今年も逆転時計を使用する許可がおりました。勿論、留意点などは言わずとも理解しているものと思います」

「わかりました、ありがとうございます」

「くれぐれも、過去を変える事のないように…逆転時計の事は、他言無用です」

「はい、わかりました」

 

 

マクゴナガルが差し出した逆転時計をそっと両手で受け取ったソフィアは、首にそれをかけしっかりと服の下に隠した。

去年はこれを使い沢山の科目をこなした。それだけではなく、ヒッポグリフとシリウスの救出という、とんでもない事までしてしまった。

正直、そのことを知っているダンブルドアは逆転時計の使用許可を出さないのではないかと思っていたが…それは杞憂に終わったようだ。

今年度はハーマイオニーは居ない、ひとりで全てを管理しなければならないが、重複しているのはたった一つの科目であり、それに要領もよくある程度手を抜く大切さを知っているソフィアには、問題がないだろう。

 

 

「変身術の個別授業ですが…もし、余裕があり、あなたが受けるつもりなのであれば──」

「是非!受けたいです、去年は受けられなかったですし…!」

 

 

ソフィアは目を輝かせ食い気味に何度も頷く。マクゴナガルは目元を緩めると、満足げに一度頷いた。

 

 

「ええ、では。木曜日の夜8時から9時まで…少々遅い時間ですが。今年は特別な行事がありますから──私もこの時間しか空きがありません」

「勿論、大丈夫です。…すみません、忙しい中…遅い時間なのに…」

「いいえ。気に悩む事はありません。…木曜日の放課後、楽しみにしていますよ」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

ソフィアはにっこりと微笑み、頭を深く下げた。

その後直ぐに授業の為駆け足で薬草学が開始される温室へ向かった。

かなり時間ギリギリになってしまったが、何とかグリフィンドール生とハッフルパフ生が集まる──去年と同じく、薬草学はハッフルパフと合同だった──第三温室にたどり着いたソフィアは胸を撫で下ろし、ハーマイオニーの隣に並ぶ。

 

 

()()話だったの?」

「ええ、そうよ。…今年も、頑張らないとね…」

「無理はしないでね、ソフィア…あれ、凄く…頭がおかしくなりそうだったもの…」

 

 

ハーマイオニーは心配そうな顔で囁く。

逆転時計がどれほど危険と大いなる可能性を孕むものがよく知っている彼女は、ソフィアが独りで過去に戻り授業をこなさないといけない事を、かなり心配していた。

だがソフィアは安心させるために微笑み「大丈夫よ」と囁いた。

 

 

 

第一回目の薬草学の授業は、大きな黒いナメクジのような見た目のブボチューバーの膿を集める、というものだった。これはニキビによく効く薬の素材となるのだがあまり楽しい授業とはいえなかっただろう。

何せブボチューバーは石油のような独特の悪臭を放ち、指で突くとどろりと黄緑色の膿を吐き出すだけの──至極、簡単で退屈な授業だった。

 

その後の魔法生物飼育学は、ソフィアが好きな授業であり、おそらくたった1人だけ目を輝かせて授業の開始を待っていた。

ハリー達は、ハグリッドが好きだ。だからといって魔法生物飼学が好きかと言われれば、曖昧な返事しか返せないだろう。

去年から選択科目となったこの授業は、初めのヒッポグリフの授業を除けばかなり退屈で面白みがちっとも無かった。

それに、ハグリッドは人と異なる感性を持ち──おおよそ、一般的には危険だと言われる魔法生物を愛していた。

 

 

ソフィア達グリフィンドール生はハグリッドの小屋へ向かった。

今回、彼はどんな魔法生物を連れて来るのか…せめて、危険なものでなければいいが、とソフィアを除いた生徒達が不安げにこそこそと話し合いながら小屋の前にたどり着いけば、既にハグリッドは満面の笑みで生徒達の到着を待っていた。

 

 

「おはよう!スリザリンを待った方がええ、あいつらもコイツを見たいだろう?」

 

 

ハグリッドは足元にある木箱を自慢げに指差しながらおおらかに言う。

その木箱からは奇妙なガラガラという音と、時折何かが爆発するような小さな音が聞こえていて、ハリーとロンとハーマイオニーは顔を引き攣らせた。間違いなく、()()()な生き物ではない。

 

 

「尻尾爆発スクリュートだ!!」

「きゃあああっ!!?」

 

 

ハグリッドがさっと木箱の蓋を開け、近くにいたラベンダーが悲鳴を上げて飛び退いた。

 

殻を剥かれた奇形海老のような姿のそれは青白くぬめぬめとした光沢があり、胴体にはにょきにょきと脚が沢山生えている。一箱に100匹ほどが折り重なり、蠢きあってるさまは、甲殻類よりも、虫を思わせた。腐った魚のような鼻を刺す悪臭に、ハリーとロンとハーマイオニーは服の袖で鼻を覆い顰めっ面をして一歩後ろに下がる。

 

 

「いま孵ったばっかしだ!だから、お前さん達が自分で育てられるっちゅうわけだ!そいつをプロジェクトにしようと思っちょる!」

「まぁ!まだベイビーなのね?ぴょんぴょん跳ねて、可愛いわ!尻尾爆発スクリュート…初めて見たわ!」

 

 

化粧をし、下着を新調し、女性らしさの階段を登ったとはいえ…ソフィアはソフィアである。

たった1人だけ嬉しそうに木箱の中を覗き込み、パンパンと爆発しながら10センチは宙を浮くスクリュート達を愛おしげに見つめていた。

 

 

「それで、我々が何故そんなのを育てなきゃならないのでしょうねえ?──なんの役に立つんだろう?」

 

 

いつの間にか到着していたスリザリン生の軍団の1番前に立っていたドラコはいつものような気取った冷ややかな声で笑った。

流石のハリーも──今回ばかりはドラコに同意見だった。いや、ソフィア以外の全員が同じ気持ちだろう。

ハグリッドは口篭り、視線を彷徨かせながら必死に考え──ぶっきらぼうに答えた。

 

 

「マルフォイ、それは次の授業だ。今日はみんな餌をやるだけだ。俺はコイツを飼ったことがねぇんで、何を食べるのかわからん。アリの卵、蛙の肝、それと毒のねぇヤマカガシをちぃっと用意してある。──全部ちぃっとずつ試してみろや」

 

 

ソフィアはすぐにぐにゃりと柔らかい蛙の肝を掴み、木箱の中に差し入れ「ご飯ですよー?」とスクリュートを誘ったが、スクリュートは口らしきものはなく、うぞうぞと興味なさそうに蠢くだけだった。

 

 

「いたっ!こ、こいつ襲った!尻尾が爆発した!」

「尻尾爆発スクリュートだもの…ディーン、大丈夫?」

 

 

ソフィアは隣の木箱に餌をやっていた一団の中から上がった悲鳴に心配そうに駆け寄る。ハグリッドも──ヒッポグリフの一件を思い出したのか、顔をさっと青くして心配そうに真っ赤になったディーンの手を見た。

 

 

「ああそうだ、こいつらが飛ぶときにそんな事が起こる。手を近づけすぎないように気をつけなきゃならん」

「きゃーーっ!ハグリッド!あの尖ったものなに!?」

 

 

ディーンの隣にいたラベンダーがまた叫び、思わず近くにいたソフィアの背に隠れ恐々と身を震わせる。

ラベンダーは木箱の中にいる1匹のスクリュートを指差し、信じられない、という嫌そうな顔をしていた。

 

 

「ああ。針を持ったものもいる。たぶん、雄だな。雌は腹に吸盤みてぇなもんがある…血を吸う為じゃねぇかと思う」

 

 

ハグリッドは長い針を掲げるスクリュートを、まるで我が子を見るような温かい眼差しで見ていたが、その言葉を聞いた後木箱に手を突っ込み餌を入れようとする者は現れなかった。

 

 

「血を吸うのなら…その針と、吸盤が口なのかしら?吸血魔法生物なのかもしれないわね!」

「おお、成程成程…たしかに、そうかもしれん。ケナガイタチの死体を準備してみるか…」

 

 

ハグリッドはソフィアの言葉にうんうんと頷くが、それがわかった所で──この魔法生物は、本当に何の役に立つのだろうか。

 

 

「おやおや。なぜ僕たちがこいつを生かしていようとするのか、これでよくわかったよ。火傷させて、刺して、噛み付く。これが一度に出来るペットだもの、誰だって欲しがるだろう?」

 

 

ドラコの冷ややかな声に、スリザリン生がくすくすと同調するように笑う。グリフィンドール生は、笑いはしないものの──それを止める事も無かった。

 

 

「たしかに、その通りだね。プレゼントの中にこっそり忍ばせておけば…奇襲できそうだ」

「まぁルイス?こんな可愛い子に、そんな酷いことをさせるなんてダメだわ!」

「…うーん。可愛いかなぁ…僕、正直…ちょっと、見た目が…蜘蛛みたいで…無理だよ…」

 

 

ドラコの背に隠れるように立っていたルイスは、目を極限まで細め、なるべく木箱の中を見ないようにしながら呟いた。

このスクリュートという魔法生物は、奇襲以外に何の役に立つのだろうか。少なくとも、プレゼントされて喜ぶのはハグリッドとソフィアだけだろう。

 

 

「そうよ、可愛くないからって役に立たないとは限らないわ。ドラゴンの血なんか、素晴らしい魔力があるけれど…誰もペットにしたいと思わないでしょう?──ソフィア以外はね」

 

 

ハリーとロンはハーマイオニーの言葉に顔を見合わせてニヤリと笑う。

ドラゴンをペットにしたいと思っているのはソフィアだけではなく──苦笑いを浮かべるハグリッドもだと、ハリー達は知っていた。

 

 

残念ながらスクリュートはハグリッドが用意した餌を食べる事はなく、授業終了のチャイムが校庭に響く。

こんな魔法生物のそばには居たくないとばかりに生徒達が駆け出す中、ソフィア達も昼食をとりに大広間へ向かっていた。

 

 

「まぁ、少なくともスクリュートは小さいからね」

「そりゃ、いまはそうよ」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは険しい顔をして声を昂らせる。今は、孵ったばかりであり小さいが、ハグリッドが餌を見つければすぐに巨大になり、その爆発の威力は凄まじいものになるだろう。

 

 

「私、ちょっと疑問なんだけど…」

「何の役に立つかって事かい?アイツらが船酔いとか何とかに効くってなりゃ、問題ないだろ?」

 

 

ロンがソフィアに向かって悪戯っぽく笑いかけたが、ソフィアは真剣な顔で首を捻らせながらそのからかいの言葉には反応しなかった。

 

 

「ハグリッドは、何を食べるのかわからないって言ってたじゃない?私も尻尾爆発スクリュートなんて、初めて見たし…図鑑で見た事が無いの。ハーマイオニーは知ってる?」

「そういえば…そうね、私も初めてみたし…魔法生物が大好きなハグリッドが、あんな危険そうな生き物の生態を知らないなんて…ちょっと変だわ」

 

 

ソフィアは尻尾爆発スクリュートという魔法生物を知らなかった。

勿論、魔法界にいる全ての魔法生物を知っているわけではないが、魔法生物が大好きなソフィアの知識はかなり膨大だといえるだろう。そのソフィアだけでなく、教師であるハグリッドもその生態を知らないなんて──なんとなく、嫌な予感をソフィアは感じていた。

 

 

4人は大広間にあるグリフィンドール生が集まる長机につき、大皿に盛られているラムチョップやポテトを自分の皿に盛った。

ハーマイオニーは席に着くや否や猛スピードでポテトを口の中に詰め込み、リスのように頬を膨らませもぐもぐと咀嚼する。

 

 

「ハーマイオニー、どうしたの?」

「あ、それってもしかしてハウスエルフ擁護の新しいやり方?断食をやめて、吐くまで食べることにしたんだ?」

 

 

あまりの勢いにソフィア達は驚き目を丸くしたが、ハーマイオニーは今度は芽キャベツを口一杯に頬張ったまま「違うわよ」と呟き、頬を膨らませながらも威厳を保とうとツンと顎を上げてハーマイオニーはロンを見た。

 

 

「図書館に行きたいだけよ」

「えーっ?ハーマイオニー、今日は1日目だぜ?まだ宿題なんて出てないだろ?」

 

 

ハーマイオニーは肩をすくめ、まるで何日も何も食べてないかのように食事を掻き込むとすぐにハッと立ち上がった。

 

 

「私、行くわ!ソフィアはどうする?占い学をやめて、空き時間が一つあって…そのあと数占いよね?」

「うーん…そうね、私もマグル学の予習をしに図書館に行くわ」

「じゃあ、先に行ってるわね!ハリー、ロン、夕食の時に!」

 

 

ハーマイオニーは鞄を掴むとハリーとロンの返事を待たずに慌ただしく大広間を出て行ってしまった。

 

 

「ソフィアもハーマイオニーも…勉強しすぎで疲れないの?」

「私はハーマイオニーほど真面目じゃないもの」

 

 

ハーマイオニーが消えた扉を見つめていたロンがくるりとソフィアの方を振り返り、怪訝な顔で聞いたが、ソフィアは肩をすくめて温かいコーンスープをゆっくりと飲んだ。

 

 

 



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181 ケナガイタチ!

 

 

数占いの授業が終わった後、ソフィアは夕食を取るためにハーマイオニーと共に大広間に向かっていた。

大広間に続く玄関ホールは腹を空かせた生徒たちで溢れかえり、既に行列ができていた。

 

 

「ハリー!ロン!」

 

 

ソフィアは行列から少し離れた場所で自分達の到着を待っていたロンとハリーを見つけると駆け寄る。

 

 

「あら、どうしたの?」

「占い学で、宿題がいっぱい出たんだよ…」

「まじで、週末いっぱいかかるぜ?」

 

 

ハリーとロンの不機嫌そうな顔に気付いたソフィアは首を傾げ何があったのかを聞いた。ロンは嫌そうに宿題の量を嘆いたが、ハーマイオニーはそれを聞いてニヤリと笑う。

 

 

「私たちには、ベクトル先生はなーんにも宿題を出さなかったわ!」

「じゃ、ベクトル先生ばんざーいだな」

 

 

ハーマイオニーのからかうような言葉に、ロンは嫌そうな顔をして吐き捨てる。

いつもは宿題が出ていた数占いだったが、珍しく宿題は無かった。数多くの科目を受講しているソフィアとハーマイオニーにしてみれば、それ程有難いことはないだろう。

 

 

「ウィーズリー!おーい、ウィーズリー!」

 

 

突然、ロンの名を叫ぶ声が聞こえた。その声音は意地悪く、しかしどこか楽しそうでもあり、聞き覚えのある──聞きたくはないその声に、ロンとハーマイオニーとハリーは嫌そうに顔を顰めたままその声のする方を振り向いた。

 

 

生徒達を掻き分けてながら現れたのはドラコであり、その後ろからルイスが同じように現れる。

ドラコの手には何か紙のようなものが握られていて、その目はおもちゃを見つけた子どものように輝いている。

 

 

「ドラコ、やめなってば!」

 

 

ルイスは厳しい表情でドラコを静止するが、ドラコはそんな言葉で止まるわけもない。

何故なら、ドラコのこれは趣味であるからだ。

 

 

「何だ?」

 

 

ロンは目の前に現れたドラコに顔を顰めたままぶっきらぼうに聞く。

 

 

「君の父親が日刊預言者新聞に載ってるぞ、ウィーズリ!聞けよ!」

 

 

ドラコは意地悪く笑いながら、手に持っていた日刊預言者新聞をひらひらと振り、玄関ホールにいる生徒たち皆に聞こえるように大声でその内容を読み上げる。ルイスは頭を押さえ、「まったく、もう…」と大きなため息を呟いた。

 

 

「魔法省、またまた失態──」

 

 

日刊預言者新聞の記者であるリータ・スキーターにより魔法省のトラブルがスクープされていた。

クィディッチ・ワールドカップの警備の不手際や、職員の失踪事件について書かれ、その中でロンの父であるアーサーの名前が──アーノルド、と間違えられていたが──書かれていた。

マッド・アイ・ムーディとのトラブルについても触れられ、一見するとアーサーが大きな失敗を行ったように捉える事が出来る内容であり、ロンの顔はみるみるうちに怒りから赤く染まる。

 

 

「写真まで載ってるぞ、ウィーズリー!君の両親が家の前で写ってる──もっとも、これが家と呼べるかどうか!君の母親は少し減量した方がいいんじゃないか?」

「ドラコ!」

 

 

ソフィアはドラコの言葉にかっと顔を赤くし、非難めいた声で強く名を呼んだ。ロンは怒りに震え、言葉も出ずわなわなと口を震わせる。一瞬、ドラコはソフィアを見たが──こんな彼にとって愉快な状況をすぐに止める事など、ドラコには出来なかった。

 

 

燃えよ!(インセンディオ!)

「うわっ!?」

 

 

ルイスは杖を振り、ドラコが手に持っていた日刊預言者新聞を燃やし真っ赤な炎がドラコの目の前で高く上がる。ドラコは慌てて日刊預言者新聞を捨てたが、その白い手は火傷を負ってしまった。

ドラコは、まさかルイスが攻撃魔法を自分に繰り出すとは思わず、強くルイスを睨んだが──あまりに、ルイスの目が冷ややかであり、ごくり、と固唾を飲んだ。

また、調子に乗ってしまった。…いや、わかってはいる。ルイスも、ソフィアも彼らを侮辱されるのが嫌なのだと。…だが、それでもアイツらを見ると、何とかして辱めてやりたいという気持ちが抑えられない。

 

 

「ドラコ。──いい加減にしろ」

 

 

低く呟いたルイスは、まだその杖先をドラコに向けていた。

ソフィアはルイスの怒りがよくわかったが、流石にドラコにインセンディオを向けるつもりは無く──少々やりすぎなのでは、とチラチラとドラコとルイスを見比べてながら一歩後ろに下がりロンのローブを掴んだ。…こうしておかなければ、きっとロンはドラコに飛びかかるだろう。

 

 

「マルフォイ早く医務室へいけば?…ロン、行こう」

 

 

痛そうに皮膚が赤く引き攣っているドラコの手を見たハリーはいい気味だ、もっと痛めばいい──と思いながら今にもドラコに飛びかかりそうなロンの肩を抑え、ソフィアとハーマイオニーと共に無理矢理大広間へ引っ張った。

ドラコはルイスから視線を外すとヒリヒリと痛む手を抑えながら憎々しげに離れていくハリーを睨み、その遠ざかる背中に向かって噛み付くように叫んだ。

 

 

「そうだ、ポッター。君は夏休みにこの連中のところに泊まったそうだね?それじゃ、教えてくれ。ウィーズリーの母親は、本当にこんなに太ってるのか?それとも単に、写真映りかねぇ?」

「マルフォイ、君の母親はどうなんだ?」

 

 

ハリーはロンのローブを抑えながら振り返り、冷ややかな目でドラコを睨む。

まさか母親のことを言い返されるとは思わず、ドラコは大きく目を見開いた。

 

 

「あの顔つきはなんだい?鼻の下に糞でもぶら下げているみたいだ。いつもあんな顔してるのかい?それとも、単に君がぶら下がっていたからなのか?」

「…僕の母上を、侮辱するなポッター」

「それなら、その減らず口を閉じとけ」

 

 

人の母親を侮辱するのだ、自分の母親を侮辱されても仕方のない事だろう。

ハリーはドラコの頬が怒りで赤く染まりその顔が歪んだのを見て愉悦感に浸りながらくるりと背を向ける。

 

ソフィアとルイスは、ハリーの酷い言葉に驚き、少し悲しそうに眉を寄せた。

ソフィアとルイスにとって、モリーもナルシッサも素晴らしい女性だった。

母を知らない二人は、モリーの包み込むような優しさが大好きだったし、ナルシッサの美しく気品溢れる振る舞いを尊敬していた。

 

 

突如、大きな爆発音が響く。

それを見ていたのはルイスだけであり、止める間も無く──母親を侮辱されたことが耐えられず、ドラコは衝動的に杖をハリーに振るい魔法を放った。

白い光線がハリーの頬をかすめ、壁に激突する。

攻撃された、そう理解した瞬間ハリーはローブのポケットに手を突っ込み杖を取り振り返ろうとしたが、それよりも早く再びつんざくような爆発音が響く。

 

 

「若造、そんな事をするな!!」

「「ドラコ!!」」

 

 

ムーディの吠えるような声と、ソフィアとルイスの悲痛な叫びが重なった。

ハリー達が振り返るより早くソフィアはロンのローブから手を離し、素早く走り出す。

ルイスもまた、顔を蒼白にしてソフィアの元に駆け寄るとすぐにしゃがみ込んだ。

 

 

大理石の階段を、ムーディはコツ、コツ、と足音を響かせ降りてくる。険しい表情を崩す事なく、その杖は──ソフィアとルイスに向けられていた。

杖先を二人に向けたまま、ムーディは階段を降り切ると普通の目で、ハリーを見据えた。

 

 

「やられたかね?」

「いいえ、外れました」

 

 

ムーディーの唸るような低い声に、ハリーは頬を押さえながら首を振る。しかし、ハリーはそれよりも何故ムーディが二人に杖を向けているのか分からず、困惑していた。

周りの生徒達は顔に恐怖の色を滲ませ恐々とムーディとハリー達を見つめる。誰一人として動けないのは、ムーディが出す異常な空気感のせいだろうか。

 

 

「触るな!」

 

 

突然、ムーディはハリーを見たまま鋭く叫ぶ。

ハリーは手を開き、「触るなって、何に?」と戸惑いながら聞き返したが、ムーディは振り返ることなく親指で背後にいたソフィアとルイスを指した。

 

 

「お前ではない──あいつらだ!」

 

 

ソフィアとルイスは肩を震わせた。

ソフィアは腕の中で白いケナガイタチを抱きしめムーディを睨む。ルイスはそんなソフィアを自分の後ろに押しやると片手を広げ守るように、ムーディから隠した。

 

 

「触るなと、言ったはずだが?」

 

 

ムーディはハリーからようやく視線を外し、ソフィアとルイスに向かい合うと凍りつくような静かな声で二人に問う。

だが、ルイスもソフィアも黙ったまま、唇を強く噛んでいた。

ハリーは、その場所が先程までドラコがいた場所だったとようやく気がついた。──しかし、ドラコの姿はない。ムーディを見て逃げ出したのだろうか?

 

 

「…ムーディ先生。早く、戻して下さい」

 

 

ルイスが硬い声で、呟いた。

その言葉の意味がわかったのは、ドラコがケナガイタチに変身した瞬間を目撃したソフィアと、騒動を見守っていた周りの生徒達だけだろう。ハリー達は背を向けていたために、ドラコに何があったのかを知らなかった。

 

しかし、ムーディは頷くことは無く無言で杖を振り上げる。

 

 

「あっ!──ダメ!!」

 

 

 

ソフィアの悲鳴が響き、必死に止めようと手を伸ばしたが──ソフィアの腕の中からケナガイタチは透明な鎖に引っ張られるように飛び出し、キーキーと怯えたような鳴き声を上げた。

 

 

「敵が後ろを見せた時に襲うやつは気に食わん!」

 

 

ムーディがそう叫びながら杖を振り下ろし、その動きに合わせるようにケナガイタチが勢いよく落下した。

バシッ、と肉が床に打ち付けられる音と、ケナガイタチの悲鳴が響く。

 

 

「鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為だ!」

 

 

一瞬、目の前で起こる惨劇に動けなかった二人だったが、ケナガイタチの──ドラコの苦しげな鳴き声に、ソフィアとルイスは顔を引き攣らせ、咄嗟にルイスがケナガイタチが下がった瞬間飛びかかり強く胸の中に抱きしめ、ソフィアは持っていた鞄を放り投げ、ムーディに向かって杖を振るい叫んだ。

 

 

狼に変身せよ!(タスフォルフト!)

 

 

投げられた鞄は瞬き一つする間に灰色の大きな狼に変わりムーディに向かって飛びかかる。一瞬、ムーディは初めてソフィアを普通の目と、魔眼で見たが無言で杖を横に払うように薙ぎ、その狼をいとも簡単に鞄に戻した後「邪魔をするな」と吐き捨て杖を振るう。

 

 

「──!!」

 

 

ソフィアは声もなく、その場に膝をつき杖を落とした。見えない何かで縛り上げられるかのように、ソフィアの腕は身体にぴったりとくっつき、ローブは歪に凹み縄のような痕を残す。何かを言おうとするが、ソフィアの口は糊付けされたかのように閉じたまま動かなかった。

 

 

流石に、最前線で戦ってきた闇払いに攻撃が効くわけがない、とソフィアは悔しさから強く奥歯を噛み締めたが、それでも目だけはムーディを睨み続けていた。

 

 

「ソイツを離せ!巻き添えになりたいのか!」

「嫌だ!」

 

 

ルイスは片手にケナガイタチを抱きしめ、もう一方の手で素早く杖を持ちムーディに向けた。

ムーディはぐるぐると動く青い目でルイスを見た後、普通の方の黒い目を少し細め、鋭い眼差しで睨む。

 

まさか、()()()()()()()()()()()()杖を向ける子どもがいるとは思わなかった。

 

ムーディは見た目の恐ろしさも勿論のことだが、彼本人のエピソードも有名だ。闇払いとして数多くの死喰い人を捉えた彼は、間違いなく最強の闇払いである。引退したと言ってもその力を知らないわけでは無いだろう。

この少年は自暴自棄になり杖を構えているのではなく明確な意志を持ち、杖を掲げている。恐怖に彩られているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

この少年だけではなく、見事な変身術で狼を使役させていた少女もまた同じような目をしていた。

 

──面白い。

 

ムーディは不敵に、微笑む。

しかしその歪んだ口先を見て、ルイスは警戒を緩めるどころかさらに強めた。

 

素早くムーディは杖を振るい、先ほどのようにルイスの腕の中からケナガイタチ(ドラコ)を奪おうとしたが、それよりも早くルイスは杖を振り上げる。

 

 

守れ!(プロテゴ!)

 

 

バチッと見えない何かがルイスが出した銀色の盾に阻まれた音が響く。

ルイスは油断なくムーディを見たまま、魔法をかけられ動けないソフィアの元へじりじりと寄ると自分の背に隠す。

 

 

緊張と、教師に対して攻撃を──ルイスは正しくは防御魔法だが──した2人に、周りの生徒達は何も言えず、他の教師を呼びに行くことも出来ず、ただ恐々と固唾を飲んで見守っていた。

ハリー達ですら、双方が出す空気に動けなかったが──ただ、床に膝をつくソフィアの状態が気になった。

 

 

ルイスが幾ら呪文学が得意であるとはいえ、戦闘経験はそれ程多いわけではない。ムーディはもう一度杖を鋭く振るい、ルイスのプロテゴを破壊すると──ルイスの目の前で何かが弾けるような爆破がした──即座にルイスの杖を武装解除で奪ったのち瞬きも許さぬ速度でルイスごとケナガイタチを宙に浮かせる。

 

 

「うわっ!?」

 

 

ルイスはぐん、と高く浮かび、そして次に来るだろう衝撃に身体をこわばらせ、しっかりと胸の中にケナガイタチを抱きしめた。

そのまま落下し、バシン、と一度背中を打ち付けルイスはくぐもった声を上げる。

 

 

「ムーディ先生!」

 

 

誰も、何も話せない中、通りかかったマクゴナガルが異様な空気に厳しい声で叫ぶ。

 

 

「やあ、マクゴガナル先生」

 

 

ムーディはルイスとケナガイタチを再び浮かせたまま落ち着いた声でマクゴナガルに挨拶をした。

マクゴガナルは両手一杯に教科書を持ちながら肩で生徒達を押し退け中央に躍り出たが、その異様な状況にバサバサと持っていた教科書を落とした。

ぽっかりと空いた空間で、宙に浮かんでいるとルイスと、それに抱きしめられている何か白い生き物と、そして地面に膝をつき必死な目で何かを訴えているソフィアを見た。

 

マクゴナガルはすぐにソフィアに杖を向け「 呪文よ終われ!(フィニート!)」と叫ぶ。

急に身体を強く締め上げていた束縛が解かれたソフィアはバランスを崩し思い切り前向きに倒れたがすぐに杖を拾い立ち上がるとルイスに向かって杖を振るった。

 

 

呪文よ終われ!(フィニート!)  浮遊せよ!(ウィンガーディアム レヴィオーサ!)

 

 

ムーディの魔法が解かれたルイスはすぐに落下を始めたが、地面に落ちる前にふわりと体が浮き、すとん、と静かに石畳の上に落ちた。

 

 

「ルイス!!」

「いったい。何をなさっていたのですか?ムーディ先生」

「教育だ」

 

 

当然のようにいうムーディに、マグゴナガルはきっと強い目でムーディを睨む。

ルイスとソフィアが何をしたのかはわからない。だが、それでもこのホグワーツで体罰は行ってはいけないと規則で決められているのだ。

 

 

「教育?生徒を吊り上げ、魔法で拘束する事が、教育ですって?このホグワーツでは体罰は禁じられ──」

「マクゴナガル先生、ドラコを…戻して下さい…!」

 

 

ルイスはすぐに身体を起こし、ぐったりとしているケナガイタチをマクゴナガルに見せた。

マクゴナガルは、一瞬何を言われているのかわかなかったがあまりに必死なそのルイスの声と、今にも泣きだしそうなソフィアの瞳に顔をこわばらせる。

 

 

「ムーディ、これは、…マルフォイなのですか」

「さよう!」

「そんな…!」

 

 

マクゴナガルは、愕然としながらもすぐに杖を振るう。バシッという大きな音が響き、ケナガイタチはドラコへと戻った。

ドラコの顔は真っ赤に紅潮し、いつもは整えられているプラチナブロンドの髪がばらばらと顔にかかり、顔を引き攣らせたままルイスの腕の中に抱きしめられていた。

 

 

「ドラコ!ルイス!ああ…大丈夫!?」

 

 

ソフィアはすぐに二人のそばに駆け寄り膝をつくと心配そうに2人の身体に大きな怪我はないかと忙しなく視線を動かした。

 

 

「僕は、大丈夫」

「ルイス…!何故、僕を庇った…!」

 

 

ドラコはルイスの胸元をぎゅっと掴み、ムーディへの怒りと恐怖、そして辱めを受けた屈辱感に震えながら悲痛に叫ぶ。

ルイスは困ったように笑うと、ドラコの背中をぽんぽんと軽く叩いた。

 

 

「だって、親友でしょ?」

「…っ……」

 

 

ドラコはぐっと言葉に詰まると、ルイスの胸に頭をつけて肩を震わせた。

 

 

マクゴナガルはドラコのとルイスの様子を見て大きな怪我は無さそうだと胸を撫で下ろした後、強い非難の眼差しでムーディを睨んだ。

 

 

「ムーディ。本校では懲罰に変身術を使う事は絶対、ありません!ダンブルドア校長が、そうあなたにお話ししたはずですが?」

「そんな話をされたかもしれん、ふむ。…しかし、わしの考えでは一番厳しいショックで──」

「ムーディ!本校では居残りの罰を与えるだけです!さもなければ規則破りの生徒が属する寮の寮監に話します!」

「ならば、そうするとしよう」

 

 

マクゴナガルに強い口調で言われ、ついにムーディはめんどくさそうに吐き捨てた後、ドラコを嫌悪の眼差しで睨んだ。

ソフィアはムーディに対するする強い怒りから──拳をぎゅっと握ると立ち上がり、マクゴナガルを追い越しムーディの前に立ちはだかる。

 

 

「お言葉ですが、ムーディ先生。貴方はドラコが敵が後ろを見せた時に襲うやつは気に食わんと言っていましたよね?」

「…そうだが?」

「ですが!──私は!生徒を牙の持たない弱き生き物に変身させ、一方的に痛ぶるそれこそが!臆病で!下劣な行動だと思います!なぜ、面と向かってやりあわないのですか?騎士道を重んじるのなら、正々堂々の決闘が好きなら、そのように罰を与えるべきです!」

 

 

ソフィアの叫びは玄関ホール中に広まった。

ムーディは両方の目でじっとソフィアを見ていたが、「…ふむ」と顎を掻く。青い眼球がじろじろとソフィアを舐め回すように見たがソフィアは臆する事なく果敢にその場に立っていた。

 

 

「お前、名前は?」

「…ソフィア・プリンスです。あなたの攻撃魔法に巻き込まれ傷ついたあの少年…ルイスは──私の双子の兄です」

「ああ…マルフォイを庇うからだ、離せばそんなことにならなかったものの…」

「他者を巻き込む罰は、既に教師が行っていい懲罰を超えています。…私は、…その、ムーディ先生に杖を向け魔法を…繰り出しましたので…締め上げられるのも、当然でしょう。…ですがルイスには、謝ってくれますよね?彼は何も悪いことをしていません。止めようとしただけです!」

「…ふむ」

 

 

ムーディは暫く沈黙したが、ふっと歪な口で笑みの形をつくると、くつくつも喉の奥で笑う。

いきなり笑われた事に、ソフィアは目を見張り訝しげにムーディを見たが、今までの硬く凶暴な空気を少し和らげたムーディは普通の方の目でルイスを見た。──青い目は、まだソフィアを見続けていたが。

 

 

「──すまなかったなルイス、だったか。少々頭に血が上っていたようだ」

「え?…あ、…いえ、僕…勝手に、したので…」

 

 

ルイスはまさか素直に謝罪が聞けるとは思わず、しどろもどろに答える。

 

 

「マルフォイ、お前の寮監はスネイプだったな?」

「…そうです」

 

 

ドラコはようやくルイスから離れ、よろめきながら立ち上がると悔しそうに呟いた。

ルイスもまた打ち付けた背中を抑えながら立ち上がり、ドラコにそっと寄り添いムーディを見る。

 

 

「やつも古い知り合いだ。懐かしのスネイプ殿と口を聞くチャンスをずっと待っていた…さあ、来い」

「…僕も、スリザリン生です。…僕の怪我の説明も、してくれますよね?」

「ああ、話さないとならんな」

 

 

ムーディはドラコの腕を掴み、地下牢へと引っ張っていく。ルイスはソフィアに「後でね」と小声で声をかけ、腕を抑えたまま2人の後を追いかけた。

 

 

マクゴナガルは暫くの間心配そうに3人の後ろ姿を見送っていたが、やがてソフィアの方を向き、手を差し出した。

ソフィアは、険しくしていた表情を弛緩させ、きょとん、と首を傾げる。

 

 

「何でしょう…?」

「腕を、見せなさい…ミス・プリンス」

「え?…はい」

 

 

ソフィアはマクゴナガルの手に、自分の手を重ねた。マクゴナガルは杖を振るいソフィアのローブの袖を肩口まで捲り上げ、その白い腕を露出させると──「ああ、やはり…」と辛そうにため息をついた。

 

ソフィアの腕には赤黒い痕が付き、白い肌を痛々しげに染めていた。

 

 

「…まったく。ムーディはあなたにどれほど強力な魔法をかけたのか…本当に、信じられません!…直ぐに、医務室に向かいましょう」

「…はい」

 

 

この分だと、身体中に締められた痕があるに違いないとソフィアは思った。

あの時は必死でそれほど痛みを感じなかったが──安心した今になって、身体中がぎしぎしと痛んだ。

 

 

「…ハリー、ハーマイオニー、ロン。…また後でね」

「ほら──はやく行きましょう」

 

 

ソフィアはハリー達にそう声をかけたが、ハリー達は何も言えずただ小さく頷いた。

マクゴナガルはソフィアを先導し、きびきびと医務室に向かう。

 

 

マクゴナガルとソフィアがいなくなったあと──つまり、騒ぎの中心人物達が消えたあと、ようやく玄関ホールに居た生徒達はざわざわと騒めき口々に今起こったことを話しながら興奮した面持ちで大広間に向かう。

 

「ケナガイタチだったね!」「あの男の子、友だちを庇ったってことか?よくやるよなぁ」「ほら、あの子はスリザリン唯一の良心の──」「それに、あの女の子、見た?あの狼!凄いわよね」「ムーディ先生によく言えたよね?僕なら何も言えないよ!」

 

 

生徒たちの言葉を聞きながら、ハリー達は顔を見合わせ、静かに大広間の扉を通り料理が並ぶ席に着いた。

 

 

「ソフィア…ああ、あんなに、赤くなって…私、後ですぐにお見舞いに行くわ!」

「うん、僕も行くよ」

「ルイス…マルフォイなんて庇わなくてもよかったのになぁ…」

 

 

ハーマイオニーは蒼白な顔で叫び、慌てて料理を食べ始める。はやく食べてソフィアの怪我の様子を見に行きたかったのだ。

ハリーもすぐにフォークを掴み、大きな肉に突き刺しかぶりつく。

ロンはどこかつまらなさそうに呟いてマッシュポテトをぱくりと食べた。

 

親を侮辱した、大嫌いな人間が苦しむのは正直なところ──胸がすっきりとする。最高の光景だった。

だが、それを庇って傷ついたのは友人の1人であるルイスだ。

それを考えると──なんとなく、モヤモヤとしたものが残ってしまった。

 

 

 

ソフィアは身体中に残った赤黒い痕を消すために『痕消し薬』を塗られていた。

内出血しているその痕は、ソフィアの元々の白い肌も相まってかなり痛々しいものだったが、ポンフリーの適切な処置によりすぐにその色はうっすらとピンク色程度に戻っていった。

 

ミントのような爽やかな匂いがする薬を飲んで塗られたソフィアは、少々肌へのベタつきを気にしながらも脱いでいた服を着る。

 

 

「この小瓶を渡しておきます。夜のシャワー後、塗るように。背中はルームメイトに塗ってもらいなさい、いいですね?」

「はい、ありがとうございます」

 

 

ソフィアはしっかりと小瓶を受け取り、頭を下げる。

早く行かなければ夕食の時間が無くなってしまう、とベッドから降りたとき、ガラガラと医務室の扉が開いた。

 

 

「マダム・ポンフリー。背中を打っちゃって…何か塗り薬ありませんか?」

「まぁ、ありますよ。貴方は付き添いですか?」

「僕も…体を、床にぶつけてしまって」

「わかりました。2人ともベッドに座って待っていてください」

 

 

背中を押さえたまま現れたのはルイスであり、その後ろには何やら落ち込んだ様子のドラコがいた。

ポンフリーはすぐに打撲に効く薬を飲んで持って来るために医務室の奥にある部屋へきびきびと向かった。

 

 

「ルイス、ドラコ…大丈夫?」

「あれ、ソフィア…どうしたの?怪我…ムーディ先生の魔法で?」

 

 

ルイスはベッドの側にソフィアが居ることに気がつくと心配そうに駆け寄り、怪我はどこだろうかと身体中を見渡す。

 

ソフィアはすこし服の袖を捲り、ピンク色の痕を見せたが「大丈夫、明日には治るわ」と明るく答えた。

 

ドラコは罰が悪そうな顔をしてソフィアの元に近付き、彼にしては珍しく「すまない」と素直に謝った。

 

ドラコはケナガイタチに変えられている間、人間としての思考がかなり不明瞭になっていた。

獣そのものになってしまったかのように、ただ自分に害を与えるムーディが恐ろしく、逃げ出したい衝動と、強い恐怖が思考を占めていた。そんな中自分を守るルイスの存在にも気がついていたが、それがルイスだとも分からず──庇われ、守られたとわかったのは人間に戻り、ルイスの上で思考を取り戻してからだ。

そのため、ドラコはソフィアがムーディにより強く束縛されていた記憶が無い。

寮監であるセブルスに何があったのかをムーディが説明している中で、初めてソフィアがムーディに対し魔法を放ち、彼に束縛されたのだと知ったのだ。

 

 

「大丈夫よ、ドラコ。痕も明日には消えるわ!それに、身体の痛みもポンフリーからもらった薬ですっかり治ったもの」

「…そうか。……でも…」

「まぁ、これに懲りたら…あなたの趣味をすこしは控える事ね」

 

 

ソフィアはくすくすとからかうようにドラコの顔を覗き込む。

ドラコは僅かに微笑んだが──彼らしく、頷く事はなかった。

 

 

 

 



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182 ムーディの授業!

 

 

ソフィアはハリーとロンと共に闇の魔術に対する防衛術の教室の前で授業開始を待っていた。

グリフィンドールの四年生は、図書館へ行ってしまったハーマイオニーを除き全員が集まり、始業開始のベルを今か今かと待っていた。

ドラコがケナガイタチに変えられた話と、授業内容が今までの教師とは違い、『闇の魔術』と戦う事──それを身をもって教えてくれる。そんな噂がホグワーツ中に広まっていた。期待で胸を膨らませる同級生達の中、ソフィアだけがすこし複雑な表情をしていた。

 

 

「私…よく考えたら、ムーディ先生にかなり失礼なことをしたわよね…?先生に、魔法を向けるなんて…なんで減点も罰則も無いのかしら…」

「うーん。ムーディはほら、そんな小さい事気にしないんじゃない?めちゃくちゃ強い人だし」

「…そうかしら…まぁ…謝る気は無いけど」

 

 

ソフィアはハリーの慰めの言葉に肩をすくめて小さく呟く。

失礼な事はしたし、先生に対して魔法を使うなんて、本来は罰則ものだ。だがあれからムーディと廊下ですれ違ったとしてもムーディはソフィアに声をかけなかった。

 

 

始業時間ギリギリになってハーマイオニーが息を切らせて現れ、ハリー達4人は最前列の教壇前に陣取った。

教科書を机の上に置き、ムーディの訪れを待つ。すこししてコツ、コツという独特の音が遠くから近づいて来るのが聞こえ、ムーディが静かに教室の中に姿を表す。歩くたびにローブが翻り、鉤爪付きの木製の義足がちらりと見える。

 

 

「そんなもの、しまってしまえ。──教科書だ、そんな物は必要ない」

 

 

ムーディは教壇の裏に立ち、生徒達を見回しながら唸るように言った。

ソフィアは教科書を鞄の中に戻しながらちらりと隣に座るロンが嬉しそうにしているのを見た。

ロンだけでは無い、教科書を使わない授業にこの教室内にいる殆どの生徒が喜んでいた。

 

出席簿を取り出したムーディは顔にかかった灰色の髪を鬱陶しげに振り払い、生徒の名前を淡々と読み上げる。

普通の目は生徒の名前をなぞっていたが、青い目はぎょろぎょろと自由に動き回り生徒一人一人を見据えていた。

 

 

「ソフィア・プリンス…」

「はい」

 

 

他の生徒同様、ソフィアも普通に返事をした。

だが、ムーディは次の生徒の名前を言う事なく顔を上げ、両眼でソフィアを見据えた。ソフィアはハリー達と同様、最前列に座っている。そのあまりの近距離からの強い視線に──少々顔を硬らせた。

 

 

「先日の、狼に変える変身術は見事だった。だが、わしならカバンの中身をぶち撒け複数の狼を使役させ、襲わせる。その方が敵に隙が生まれやすい」

「え…あ、確かに…」

 

 

まさか褒められた上に反省点まで伝えられるとは思わず、ソフィアは目を瞬かせながらおずおずと頷いた。

確かに、あの時は必死で狼一頭に変身させていたが、複数の狼を出していれば敵──この場合はムーディだが──が狼達に気が向いている間に何か別のことが出来たかもしれない。

 

ムーディは、小さく笑った。

その笑顔は朗らかな物では無かったが、彼の持つ不気味な雰囲気を僅かに、親しみやすいものに変えただろう。

 

 

それからムーディはソフィアに何も言う事はなく、続きの生徒の名前を読み上げる。

最後の生徒の名を呼んだ後、ムーディは出席簿を教壇の上にぽいと投げ捨てた。

 

 

「よし、それでは──このクラスについては、ルーピンから手紙をもらっている。お前達は闇の生物と対決するための基本を満遍なく学んだようだ。…しかし、お前達は遅れている…呪いの扱い方についてだ」

 

 

ざわざわと生徒たちは小声で囁き合う。

呪いは、確かに今まで一度も学んだ事はない。…とは言っても、この闇の魔術に対する防衛術でまともな授業をしたのはリーマスと臨時講師だったジャックだけであり、彼らは主に遭遇しやすい魔法生物の対応について教え、闇の魔法についてはまだ早すぎると判断し教える事は無かった。

 

 

「そこで、わしの役目は魔法使い同士が互いにどこまで呪いあえるものなのか、お前たちを最前線まで引き上げる事にある。わしの持ち時間は1年間だ。その間にお前達が──」

「え?ずっといるんじゃないの?」

 

 

ロンが思わず口走り、ムーディの魔法の目がぐるりと回りロンを見据えた。

まずい、とロンは身を縮まらせながら口を抑えたが──最前列に座っているロンが隠れることができるものが、目の前には何も無かった。

 

しかし、ムーディは話を途中で遮られた事を特に咎める事も無く、ソフィアに見せたように、ふっと朗らかに──傷痕が引き攣れ歪なものだったが──笑った。

ロンはほっと胸を撫で下ろし、強張っていた肩から力を抜く。

 

 

「お前はアーサー・ウィーズリーの息子だな?え?…お前の父親のお陰で、数日前窮地を脱した…ああ、1年間だけだ。ダンブルドアの為に特別にな…その後は静かな隠遁生活に戻る」

 

 

ムーディは嗄れた声で低く笑う。

その笑いは、どこか自嘲めいたものが含まれていた。数々の悪を捉えた闇払いが、静かな隠遁生活など送れるわけがないと──そう、思っているのだろうと、ソフィアは感じた。

 

 

「では、すぐ取り掛かる。違法とされる闇の呪文がどんなものなのか、6年生まで見せてはならんことになっているが…ダンブルドア校長は、お前達の根性を高く評価している。校長はお前達が呪文を目にすることに耐えられるとお考えだし、わしに言わせれば、戦うべき相手は早く知れば知るほど良い──違法な呪いをかけようとする魔法使いが、これからこういう呪文をかけますなどと教えてくれまい…お前達の方が備えなければならん。緊張し、警戒しておかねばならんのだ──さて、魔法法により、最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」

 

 

ムーディの静かな問いに、ロンを含めた何人かが中途半端に手を上げた。

ソフィアとハーマイオニーだけは、いつものように高く手を上げていたが、ムーディはロンを指名する。

 

 

「えーと。パパが一つ話してくれたんですけど…たしか、服従の呪文とか…?」

「ああ、その通りだ。お前の父親ならたしかにそいつを知っている筈だ。一時期魔法省を手こずらせた事がある…服従の呪文はな」

 

 

ムーディは教壇の引き出しを開け、中から透明な瓶を取り出した。中には手のひらほどの大きな黒い蜘蛛が3匹がさごそと這い回っており、それを見たロンはぎくりと体を硬らせる──ロンは、蜘蛛が大の苦手だ。

 

その瓶の中から1匹の蜘蛛を取り出したムーディは、みなに見えるように手のひらに乗せ、杖を蜘蛛に向けて一言、呟いた。

 

 

服従せよ!(インペリオ!)

 

 

蜘蛛は細い絹糸のようなものを垂らしながらムーディの手から飛び降り、ブランコをするように身体を大きく揺らす。

糸を切りくるくると回りながら教壇の上に着地すると、ムーディの杖の動きに合わせてタップダンスをするようなコミカルな動きを見せた。

みんながその光景に笑った、──ムーディを除いた、みんなが。

ソフィアですらも、その魔法の恐ろしさは知っていたが思わず、くすりと笑みを漏らしてしまった。

 

 

「おもしろいと思うのか?わしがお前達に同じ事をしたら、喜ぶか?」

 

 

低いムーディの声に、生徒達の笑い声は一瞬で消えた。

 

 

「完全な支配だ。わしはこいつを思いのままに出来る。窓から飛び降りさせる事も、水に溺れさす事も…誰かの喉に飛び込ませる事も…」

 

 

蜘蛛は鞠のように机の上をころころと転がっている。完全なる支配、それがようやく何を意味するのかわかったソフィアはぐっと表情を引き締めた。

 

 

「何年も前になるが、多くの魔法使い達がこの服従の呪文に支配された。誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか…それを見分けるのが魔法省にとって一仕事だった。

服従の呪文と、戦う事はできる。これからそのやり方を教えていこう。しかし、これには個人の真の力が必要で…誰でも出来るものではない。できれば呪文をかけられないようにする方が良い──油断大敵!」

 

 

突如大声を上げたムーディに、みんなが飛び上がる。

しかしムーディは気にする事なく机の上で転がっていた蜘蛛を空瓶の中に戻し、再び生徒たちを見渡した。

 

 

「ほかの禁じられた呪文を知っているものはいるか?」

 

 

何人かの生徒がまた手を挙げる中──ネビルも手を挙げた。

ネビル本人も何故自分が手を上げたのかわからないと言ったような困惑した表情をしていたが、それでも手を下ろす事はない。

 

 

「何かね?」

「一つだけ…磔の呪文」

 

 

ネビルは小さく、しかしはっきりと聞こえる声で言った。ムーディは両眼でネビルをじっと見つめ、「お前はロングボトムという名だな?」と聞き、ネビルはおずおずと頷いたがムーディはそれ以上追及せず、クラス全員の方に向き直り、瓶の中から2匹目の蜘蛛を取り出した。

 

蜘蛛はこれから起こる自分の未来を理解しているかのように、机の上でじっと身をすくめていた。

 

 

「磔の呪文。それがどんなものかわかるように、少し大きくさせる必要がある── 肥大せよ!(エンゴージオ!)

 

 

蜘蛛が膨れ上がり、タランチュラよりも巨大なものになる。ロンは小さな悲鳴を上げ椅子をなるべく後ろに下げ蜘蛛から遠ざかった。今ほど、最前列に座っている自分を殴りたくなった事はない、そんな後悔に満ちた表情だ。

 

 

苦しめ!(クルーシオ!)

 

 

ムーディの呪文が蜘蛛に当たる。

たちまち蜘蛛はひっくり返ると長い8本の脚を胴体に向かって折り曲げ、激しく痙攣し始める。蜘蛛に声があれば、間違いなく恐ろしい悲鳴をあげている事だろう。

ガクガクと震える蜘蛛からムーディは杖を離さず、蜘蛛はますます激しく身を捩り苦しみもがく。

 

 

「やめて!」

 

 

ハーマイオニーの声が響く。

呼吸を止めて蜘蛛を見ていたソフィアはハッとして隣にいるハーマイオニーを見た。しかし、ハーマイオニーは蜘蛛を可哀想に思い静止をかけたわけではなく──彼女は、ネビルを見ていた。

 

 

「ネビル…?」

 

 

ネビルは机の上に置いた手を強く、関節が浮き出るほど握っていた。その目は恐怖に染まり大きく見開かれている。

ムーディが杖を蜘蛛から離すと、蜘蛛ははらりと脚を緩めたがまだひくひくと小さく痙攣していた。逃げ出す体力も残っていないのか、蜘蛛はその場から動けない。

 

ネビルもまた、その呪文が終わっても動く事なく──蜘蛛を見続けた。

 

 

縮め!(レデュシオ!)

 

 

ムーディが唱えると、蜘蛛は縮み元の大きさになった。ぐったりとした蜘蛛をムーディはそっと掴み、瓶の中に戻す。蜘蛛は小さく痙攣するだけで、瓶の中に入っても大きく動く事は無かった。

 

 

「苦痛。──磔の呪文が使えれば、拷問に親指締めもナイフも必要ない。…これも、かつて盛んに行われた。…よろしい、ほかに何か知っている者はいるか?」

 

 

ハリーはそっと辺りを見回した。

皆の顔から、3匹目の蜘蛛はどうなるのか、そう不安げに考えているのが読み取れた。

そんな中、手を上げたのはハーマイオニーと、ソフィアだった。

 

 

ムーディは並んで3度目の挙手をするハーマイオニーとソフィアを見た。どちらを当てるのか──そう、皆が固唾を飲んで見守っているなか、ムーディの両眼は静かに、ソフィアを選んだ。

 

 

「なんだね?」

「はい。…死の呪文…アバダ ケダブラです」

 

 

死の呪文。その言葉に何人もが息を飲み、不安げにソフィアとムーディを見つめる。

 

 

「ああ…そうだ。最後にして最悪の呪文。アバダ ケダブラ、死の呪文だ」

 

 

ムーディはガラス瓶に手を突っ込んだ。最後の1匹はムーディの指から逃れようと必死に瓶の底を逃げ回る。自分を待つ命運を知っているかのような動きに、ソフィアは眉を顰め辛そうに表情を歪めた。

いや、ソフィアだけではない。クラス中の誰もが──同じことを思った。

 

逃げ惑っていた蜘蛛はついに捕らえられ、机の上に置かれた。

それでも蜘蛛は必死に走り逃げるが、床に飛び降りるよりも先にムーディが杖を振り上げる。

 

ハリーは、突然──不吉な予感に胸が震えた。

 

 

「アバダ ケダブラ!」

 

 

ムーディの声が轟き、目も眩むような緑色の閃光が蜘蛛を貫いた。

途端に蜘蛛は仰向けにひっくり返り──傷もなく、息絶えた。

 

あっさりと、それでいて確かに死んでいる蜘蛛を見た生徒たちの中から微かな悲鳴が上がる。

 

ハリーとソフィアは、蒼白な顔でそのあっという間に死んでしまった蜘蛛の死骸を見つめていた。

しかし、その蜘蛛の死骸はムーディが手を払い床の上にゴミのように打ち捨ててしまい──ソフィアは、ようやく蜘蛛から視線を外しムーディを見た。

 

 

「よくない。気持ちの良いものではない。しかも、反対呪文は存在しない…防ぎようがない。これを受けて生き残ったものはただ1人。その者は、わしの目の前に座っている」

 

 

ムーディは静かな声でハリーを両眼で見つめながら言った。

ハリーはクラス中からの視線を感じ、カッと頬を紅潮させたが…何も言わなかった。

 

 

ソフィアとハリーは同じ事を考えていた。

そうか、あの蜘蛛のように、傷もなく、なんの印もなく──命が奪われたんだ。

母様と、兄様は、あの蜘蛛のように、きっと…一瞬で。

苦しみが無ければいい、そう、ソフィアは思った。

 

 

ムーディは許されざる呪文の危険性や、死の呪いに対抗する反対呪文がない事を告げたのち、常に絶えず警戒することの重要性を伝え、それをソフィア達に書き取らせた。

 

 

それからの授業は、許されざる呪文についてノートを取ることに終始していた。終業を告げるベルが鳴っても誰一人として話さなかったが、ひとたび教室から廊下に出た途端、口々に興奮したように──恐ろしそうに──先程の授業について語り合った。

 

 

みんなが素晴らしいショーを見たかのように楽しげに興奮して話す中、ハリーとソフィアとハーマイオニーは、それほど楽しいものだとは思えなかった。

 

 

「早く」

「ええ、行きましょう」

 

 

ハーマイオニーは緊張した声でソフィア達を急かす。ハーマイオニーの視線の先にいるネビルに気がついたソフィアは、すぐに頷いたがロンは察する事が出来ず嫌そうに顔を顰めた。

 

 

「まさか、また図書館か?」

「違う」

「ネビルよ。──ほら」

 

 

ネビルは1人、廊下の端に立っていた。まだ目は恐怖に身開かれたままで、何もない石壁を見つめている。その只事ではない様子にソフィアとハーマイオニーはすぐに駆け寄り、優しく声をかけた。

 

 

「ネビル?」

「大丈夫…?」

「やぁ」

 

 

ネビルはくるりと振り返り、いつもより上擦った声でぎこちなく笑った。

 

 

「面白い授業だったよね?夕食の出し物はなにかな。僕──僕、お腹ぺこぺこだ。とっても面白い夕食…じゃないや、授業だった…夕食のくいものは、なんだろう?」

 

 

不自然に甲高い声で話すネビルは、どう見てもいつもと様子がおかしい、目はうろうろと宙を彷徨い激しく瞬きを繰り返し、口先が無理矢理笑おうとしているのか、痙攣するようにひくついている。

 

 

「ネビル、落ち着いて」

 

 

ソフィアはネビルの固く握られた拳を手に取った。

ネビルは初めてまともにソフィアに視線を合わせると、ハッハッと小さい呼吸を繰り返す。

 

 

「ぼ──僕、僕は落ち着いてるよ」

 

 

ネビルがなんとかその言葉を捻り出した時、背後からコツ、コツと静かな足音が響いた。

振り返ればムーディが脚を引きずりながら現れたところで、ソフィア達は黙り込み不安げにムーディを見た。

しかし、ムーディの声は先ほどとは打って変わり──ずっと低く、優しい声だった。

 

 

「大丈夫だぞ坊主。わしの部屋にくるか?おいで、茶でも飲もう…」

 

 

ネビルは息を飲み顔を硬らせた。

どう考えてもムーディと二人きりのお茶会だなんて、楽しいものにはなりそうにないと、ネビルは思い──勿論、ソフィア達も沈黙したまま同じことを考えた。

 

 

「お前は大丈夫だな?ポッター」

「はい」

 

 

ムーディの青い目に見据えられ、さらに名指しで呼ばれたハリーは挑戦的に言い返した。

ムーディは少し目を細めるとその青い目を震わせながらゆっくりと呟いた。

 

 

「知らねばならん。酷いかもしれん。…しかし、お前達は知らねばならん。知らぬふりをしてどうにかなるものでもない…さあ、おいでロングボトム…お前が興味を持ちそうな本が何冊かある…」

 

 

ネビルは救いを求めるような目でソフィア達を見たが、誰も何も言えなかった。

ムーディの節くれだった手が肩に乗り、ついにネビルは諦めたように項垂れムーディと共に廊下の奥へ向かった。

 

 

「ありゃ、一体どうしたんだ?」

 

 

二人が角を曲がり見えなくなった後でロンが唖然としながら聞いたが、誰もその言葉に答えられない。

ただ、なんとなくソフィアは──ネビルも、私とハリーと同じなのかもしれない。と思った。

 

 

「わからないわ」

「でも、大した授業だったよな?」

 

 

考えに耽るハーマイオニーを気にすることなくロンは同意を求めるようにハリーとソフィアを見る。その表情は、他の生徒達と同じで奇妙な興奮に満ちていた。

 

 

「フレッドとジョージの言う事は当たってた。ね?あのムーディってほんとうに、凄いよな。『アバダ ケダブラ』をやった時なんか、あの蜘蛛、ころっと死んだ。あっという間におさらばだ──」

 

 

しかし、ロンはソフィアとハリーの顔を見て急に黙り込んだ。

自分が何を楽しげに話し──二人の家族が、何の呪文により死んだのか、ようやく思い出したのだが…全てが遅く、その後ロンは一言も喋らず大広間に向かった。 

 

 



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183 久しぶりの個別授業!

 

夕食後、ハーマイオニーはまた一人で図書館へ行き、ハリーとロンは占い学の宿題を済ませるために談話室へ戻り、ソフィアはマクゴナガルとの個人授業のため、彼女の研究室へ向かった。

 

 

去年は受講出来なかった個別授業を今年は受けることが出来る喜びに、ソフィアは闇の魔術に対する防衛術の授業で見た恐ろしい光景を意識の外に追いやる事が出来た。

どうしても、自分の母と兄が亡くなった時の事を考えてしまっていた。

あの蜘蛛のようにあっさりと、あっという間に命は尽きたのだろう。…兄様は、まだ幼くて…何が起こったのかも、わからなかったかもしれない。

 

 

ソフィアは扉の前で自分の頬を軽く叩き気持ちを切り替え、トントンと扉をノックした。

 

 

「ソフィア・プリンスです」

「どうぞ」

「失礼します」

 

 

ソフィアが入れば、マクゴナガルは教卓の前にいつものような威厳のある佇まいでソフィアを待っていたが、眼差しだけは優しかった。

 

 

「ミス・プリンス。今年も1年間…この個別授業があなたにとって実りのある物になると、私は信じています」

「ありがとうございます、頑張ります!」

 

 

ソフィアはマクゴナガルの前まで駆け寄ると、促されるままに最前列の座席に座り、既に用意されていた特級変身術書を開いた。

 

 

「さて──ミス・プリンス。あなたは既に沢山の変身術を知り、自在に操れるようになりました。無機物を生き物に、生き物を無機物に…今年は、生き物を別の生き物に変える術を学びましょう」

 

 

マクゴナガルは静かな声で伝えた。

ソフィアはいきなりレベルが上がった事に目を見開き、一呼吸置いて真剣な顔で「はい」と告げる。

 

生き物を、別の生き物に変える。

それは変身術の中でもとりわけ難しいものであり、大人でも習得出来ない者もいる。何故なら──単純に、元に戻せない可能性がとても高く、変身後の性質を残したまま一生解けなくなる事例も存在している。

 

 

「ミス・プリンスは…たまたま、ムーディ先生の変身術をご覧になりましたね。…まぁ、勿論、人を動物に変えるのは誉められたものではありません。場合によっては罪になります。何故だかわかりますか?」

「えーっと…。人としての尊厳を奪いますし…動物に変わっている間は、その動物としての意志と知能しか持てません。もし逃げ出して見つからなくなれば…その人は、一生自分が人であった事も忘れ、動物としての生涯を過ごす事になるから…ですか?」

「ええ、その通りです。…実際、動物に変わり悪事を働こうとした魔法使いが──その者は犬に変わったのですが──逃げ出し、なんとか見つかった時には他の野良犬と家族を持っていた事例があります」

「それは……それは…」

 

 

言葉を無くし、何と言っていいのかわからない複雑な表情を浮かべるソフィアに、マクゴナガルは厳しい目をふと緩めた。

 

 

「その者は、結局人生…いえ、犬生を全うする方が良いだろうとなり、穏やかに暮らしたそうです。最も…私はそれが最善とは、勿論思いませんが」

 

 

犬生。確かに犬としての知能と思考しかなく、人であった事も忘れているのなら…その犬の家族と暮らした方が、幸せなのだろうか?

 

 

「最終目標は、人を別の動物に変える事です」

「えっ…で、でも。誰を?」

「勿論、私ですよミス・プリンス」

「マクゴナガル先生を!?そ、そんな…も、もし間違えたら…?魔法が一部解けなかったら…?」

 

 

当然のように言うマクゴナガルに、ソフィアは驚愕し狼狽え、恐々と聞いた。

しかしマクゴナガルは特に気にする様子もなく、「ミス・プリンス」と柔らかい声でソフィアの名を呼ぶ。

 

 

「勿論、今すぐにその魔法を使うのは…私も遠慮します。今後、貴方が他の生き物で試し、自信がついた後の話です」

「…、…頑張ります…」

「よろしい。貴方の母…アリッサは、過去、私を大きなライオンに変え、見事戻して見せましたよ」

「母様が?」

「ええ、…きっと、あなたも出来るようになります」

 

 

尤も、アリッサがマクゴナガルをライオンに変える術を試したのは六年生の後半だったが、マクゴナガルはそれをソフィアには伝えなかった。

ソフィアは、アリッサ以上の才能がある。きっとそれよりも早く人を動物に変える術を習得するだろう。

 

 

「それでは、教科書20ページを開いてください」

 

 

マクゴナガルの声に、ソフィアは真剣な顔で頷き教科書を開き──今までとは比べ物にならないほど複雑な呪文や論理、生き物を別の生き物に変える仕組みが書かれた内容を読んだ。

 

 

第一回目の個別授業は、杖を使い変身術をする事はなかった。それほど慎重に、真剣に取り組まなければならないステージに上がったのだとソフィアは理解し、頭の中で覚えたばかりの論理が流れていくのを感じながら壁掛け時計が9回、低くボーンと鳴るのを聞いた。

 

 

「今日はここまで。来週までに今日の内容をしっかりと理解し、城の中から鼠を1匹、連れて来なさい」

「はい、わかりました」

 

 

ソフィアは今しがた学んだ鼠を金魚に変える変身術を思い出しながら頷く。

貸し出された特級変身術書や羽ペンを鞄の中に片付け、帰る支度をするソフィアをじっと、マクゴナガルは見つめていた。

 

 

「ミス・プリンス。…貴方は、アニメーガスに興味はありませんか?」

 

 

突然の言葉にソフィアは羊皮紙を丸めていた手を止めて首を傾げる。

 

 

「え?…も、勿論ありますけど」

「会得するには…生半可な努力では不可能であり、簡単なことではありません。…しかし、興味があるのなら…挑戦してみてはどうですか?私が推薦します」

「ほ、本当ですか!?是非、よろしくお願いします!」

 

 

優しげなマクゴナガルの瞳を見て、ソフィアはぱっと表情を輝かせる。

気にはなっていたが、アニメーガスは高度な技術…と言うより、アニメーガスになるための魔法薬を作る為にはかなりの忍耐が必要だ。特別な呪文を使う事なく、意のままに動物に姿を変える事が出来る。それに、普通の変身術とは違い、動物になっても人間としての知能と思考を失う事がない。

 

 

「母様は…アニメーガスにはならなかったのですか?」

「ああ…7年生になり挑戦していたのですが、──いろいろな事情があり断念したのです」

 

 

言い淀むマクゴナガルの顔に一瞬後悔の色が滲む。

首を傾げていたソフィアは──もしや、と気付いた。

母様は、 リュカ(兄様)を在学中に授かっていた。自分の体を動物に変える、その事により腹の中の胎児がどうなるのかは、どの文献にも書いてなかったが、間違いなくあまり、良くないのだろう。

 

言い淀むのは、私が兄様の事を知っている事を知らないからだ。優しさから、この人はずっと今まで黙っていた。

 

それなら、と、ソフィアはそれ以上追及せずに「そうなんですね」とだけ呟き少し笑った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ソフィアは個別授業を終えた後、グリフィンドール寮の談話室へと戻った。肖像画に合言葉を言い、高い場所にある穴を登る。

広い談話室に居るのは、ハリー、ハーマイオニー、ロンの3人だけだった。

暖炉近くのソファに座り、何やらハーマイオニーが胸を逸らしながら掲げるようにロンとハリーに小さくきらりと光る物を見せている。

 

 

「私たちの短期的目標はハウスエルフの──」

「何の話?」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの隣に座り、威厳たっぷりに朗々と語り出そうとしていたハーマイオニーの言葉を遮り首を傾げる。

ハーマイオニーはぱっと表情を明るくすると、ソフィアの胸あたりに持っていた『S.P.E.W』と書かれたバッジをさっとつけた。

キョトン、としていたソフィアだが、上からその文字を見て──怪訝そうに眉を顰める。

 

 

「反吐?」

「違うわ! ハウスエルフ(しもべ妖精)福祉振興協会の略よ!エス、ピー、イー、ダブリュー!」

「へぇ……初めて聞いたわ」

「そう、私が作ったもの。ハリーとロンは入ってくれるから、ソフィアも入ればメンバーは4人になるわ!」

 

 

ソフィアはにっこりと満面の笑みで言うハーマイオニーを見て、とても入らないと言える雰囲気ではなく──ちらりとハリーとロンを見たが、2人とも言葉も無く「いつのまにかメンバー入りが確定してる」という事に唖然としていた。

 

沈黙する3人を気にする事なく、ハーマイオニーは声高らかにS.P.E.Wの短期的目標を語った。

 

 

「それで…そんなに色々、どうやってやるの?」

 

 

ようやく、衝撃を乗り越えたハリーがおずおずと聞けば、ハーマイオニーはうっとりと悦に浸った表情で笑った。

 

 

「まず、メンバー集めから始めるの。入会費2シックルと考えたの。それでバッジを買う。その売上を資金に、ビラ撒きキャンペーンを展開するのよ。ロン、あなたが財務担当。ハリー貴方は書紀よ。だから私が今喋ってる事を一字一句記録しておくといいわ。第一回会合の記録として。そして、ソフィアは宣伝よ。私と一緒に活動を知らせるの。ソフィアは他寮に友達が多いからピッタリだわ!」

 

 

にっこりと笑うハーマイオニーを見て、ソフィア達は何も言えなくなった。

ハリーはハーマイオニーに呆れ、どうしたものか──どうすればその会合を平和的に辞められるのかと考えていたが、4人の間に落ちた微妙な沈黙を破ったのはトントン、と窓を叩く小さな音だった。

 

ソフィア達は自然とその音がした窓を見てその先に真っ白の梟を見つけた。

 

 

「ヘドウィグ!」

 

 

ハリーは歓声を上げ、椅子から飛び降り窓の元に駆け寄り勢いよく開けた。

すっと談話室に飛び込んできたヘドウィグは部屋を横切り、ハリーが先程まで書いていた占い学の宿題の上に舞い降りた。

 

 

「待ってたよ!」

「手紙を持ってる!」

 

 

ハリーはずっと、シリウスからの返事が来るのを待っていた。ハリーは急いで先ほどの椅子に座り、ヘドウィグの足に結び付けられた汚い羊皮紙をさっと取った。

 

ヘドウィグは任務を達成し、きっとハリーは喜び自分を褒めるだろうと──それを期待してハリーの膝の上に乗ると優しく「ホーホー」と鳴いた。

 

 

「何て書いてあるの?」

 

 

ハーマイオニーもハウスエルフの事はすっかり忘れ、息を弾ませてハリーに聞いた。

ハリーははやる気持ちを抑え、急いで書いたようなその手紙を読み上げた。

 

 

「ハリー。既に北に向かって飛び立つつもりだ。数々の奇妙な噂が、ここにいる俺の耳にも飛び込んでいるが、君の傷痕の事はその一連の出来事に連なる最新のニュースだ、また痛む事が有ればすぐにダンブルドアに言いなさい──マッド・アイ・ムーディを隠遁生活から引っ張り出したということは、ダンブルドアは何かの気配を読み取っているに違いない。またすぐ連絡する。ロンとソフィアとハーマイオニーによろしく。ハリー、くれぐれも用心するよう…シリウス…」

 

 

ハリーは全てを読んだ後、目を上げてソフィア達を見た。

北。北とは、まさか──このホグワーツを指しているのだろうか。

 

 

「北って…まさか、ここに帰ってくるって事かしら」

 

 

ソフィアは小声でつぶやいた。まさか、とは思うがハーマイオニーもそれを思い当たったのだろう、心配そうに眉を寄せている。

 

 

「ダンブルドアは、何の気配を読んだんだ?──ハリー、どうしたんだい?」

 

 

ロンは当惑しながら呟き、ハリーを見て驚き声を上げた。

ハリーは自分の額をばんばんと手で叩いでいるところで、ソフィアは「駄目よ!」と叫び慌ててその手を止めようとしたが、ハリーはソフィアに腕を掴まれても顔を苦しげに歪めながら額を叩く手を止めなかった。

膝が揺れ、ヘドウィグが驚きの声を上げて振り落とされる。

 

 

「シリウスに言うべきじゃなかった!手紙のせいで、シリウスは帰らなくちゃいけないって思ったんだ!」

 

 

悲痛な、激しい口調でハリーは叫ぶ。

その声に滲む強い後悔に、ソフィアはぐっと唇を噛んだ。

ハリーは、今度は机の上を強く叩き、ヘドウィグは怒ったようにばさばさと羽を広げロンの肩に避難した。

 

 

「戻ってくるんだ!僕が危ないと思って!僕は何でもないのに!」

 

 

たった1人の、家族になれる人、自分の名付け親であり、後見人が危険を顧みずここにきてしまう。指名手配はまだ解かれていない、もし、移動中人に見つかって捕まれば──僕のせいだ。

ハリーは激しい後悔と自分の考えの至らなさに胸の奥がざわつき、叫び出し全てめちゃくちゃにしたい気持ちにかられながら、ギリギリと奥歯を噛み締める。

 

任務を終えたのに褒められずおやつも貰えないヘドウィグはねだるようにハリーに向かって嘴を鳴らしたが、それすらもハリーはイラつき──ヘドウィグが手紙を配達できなければよかった、ととんでもない八つ当たりの気持ちがハリーの胸を締めていた──強い目でヘドウィグを睨む。

 

 

「お前にあげるものなんて、何もないよ!食べ物が欲しかったらフクロウ小屋に行けよ」

 

 

冷たい声で言うハリーに、ヘドウィグは傷つき非難の目でハリーを見て、開け放した窓の方へと飛び去る。ハリーの頭上を通り過ぎるさい、ヘドウィグは白い羽でぴしゃりとハリーの頭を叩いた。

 

 

「ハリー…」

 

 

ソフィアが落ち着かせようと宥めるようにいい、ハリーの怒りから震える手に自分の手を重ねたが、ハリーはぱっとそれを振り払い男子寮へと向かった。

 

 

「僕、寝る。また明日」

 

 

後ろからソフィア達の視線を感じながら、ハリーは言葉少なくそれだけを言うと返事を聞かずに階段をかけ上がった。

 

 

残されたソフィア達は顔を見合わせ、小さくため息をこぼした。

 

 

 




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184 優しい笑顔

 

 

 

4年生といえば、学生生活の折り返し地点であり──来年には 普通魔法レベル試験(O.W.L)が控えている。授業内容は回を増すごとに難しく、苛酷になっていた。

 

どの授業でもそうなのだが、特に闇の魔術に対する防衛術の授業は苛酷そのものだろう。

 

 

初めての授業から2週間程度たったある授業の時、ムーディは唐突に「生徒一人ひとりに服従の呪文をかけ、抵抗力を調べる」と言い出した。

 

流石に教室内が不穏にざわついたが、ムーディは気にすることなく杖を一振りし机や椅子を片付け、教室の中央に広いスペースを作った。

生徒達が不安から自然と教室の端に固まる中、どうしようかと迷いながらハーマイオニーが小さく手を上げた。

 

 

 

「でも…でも、それは違法だとおっしゃいました…同類であるヒトにこれを使用する事は──」

「ダンブルドアが、これがどういうものかを、体験的にお前達に教えてほしいと言うのだ」

 

 

ムーディの魔法の目がぐるりと回ってハーマイオニーを見据え、瞬きもせずハーマイオニーを凝視した。ハーマイオニーは居心地の悪さを感じ、隣にいたソフィアに少し、近づいた。

 

 

「もっと厳しいやり方──いつか誰かがお前にこの呪文をかけ、お前を完全に支配する…その時に学ぶというのであれば、わしは一向にかまわん。授業を免除する、出て行くが良い」

 

 

ムーディは静かに言うと、節くれだった指で出口を指した。ハーマイオニーは顔を赤くし、「出て行きたいと言うことではありません…」と口の奥でモゴモゴと呟いた。

 

 

ついに、服従の呪文をかける実践が始まった。

呼ばれたものは震えながら部屋の中央に行き──そして、誰も抗えず呪いのせいで次々とおかしな事をした。

 

 

「プリンス」

「…はい」

 

 

ソフィアは、ハーマイオニーが呪いにより猫の真似をし、ようやく解呪された後我に返りキョロキョロとあたりを見渡しているのを横目で見ながらムーディの前に立つ。

 

ムーディは杖をソフィアに向け、唱えた。

 

 

服従せよ!(インペリオ!)

 

 

ソフィアはその呪文がかけられる瞬間、目を閉じた。

 

心地よい空間に投げ出されたような感覚がした。

胸の奥から多幸感が溢れ、とろんと脳がとろけるような──何も考えられないような、そんな気持ちになる。

 

すると、ムーディの低い声が虚な思考の奥底から響くように、聞こえてきた。

 

 

手を広げて回れ…。

 

 

ソフィアは、手を横に広げ──ようとした。

だが、ソフィアの脳に、ムーディの声ではない、別の声がぼんやりとした思考の中に響く。

 

 

──何故、そんな事をしなくちゃならないの。

 

 

その声は、紛れもない自分の声だった。

 

 

手を広げて回れ…。

 

 

──嫌よ。回りたくないもの!

 

 

はっきりとしたその声が、ムーディの低い声と、虚な思考を飛ばし奇妙な多幸感が霧が晴れるように拡散する。

 

 

「──嫌です。ムーディ先生」

 

 

ソフィアは目を開き、挑戦的な目でムーディに向かって笑いかけた。

 

 

杖を向けていたムーディは、大きく目を見開き初めて、手を叩いた。

 

 

「完璧だな!プリンス!──見たか?プリンスは見事服従の呪文を打ち破った!まさか一度で成功するとは…!もう1人のプリンスといい、なかなかどうしてこの双子は面白い!」

 

 

上機嫌になったムーディはソフィアのそばによると労うようにぽんぽんと背中を叩いた。

ソフィアは「ルイスにも、効かなかったんですか?」と思わずムーディに聞いた。

 

ムーディは「ああ、アイツは良い闇祓いになれる。お前達を支配するのは手こずるだろう」としみじみと頷き、両眼でソフィアを優しく見た。

 

 

「よしよし。次はポッター、準備はいいな?」

「はい…」

 

 

ソフィアは沢山の目に見られて少し居心地の悪いような、誇らしいような、なんとも言えない気持ちになりながらハーマイオニーの隣に戻り、ハリーが服従の呪文をかけられる様子を見ていた。

 

 

「ソフィア…どうして、効かなかったの?」

「…んー…嫌だって言う自分の声が聞こえたの。それが本音だから…それをしっかりと、聞いたの」

「…ムーディ先生の声しか聞こえなかったわ…」

「まあ、呪いに対する相性もあると思うわ」

 

 

ソフィアはちらりと解呪された後もスキップが止まらないロンを見て肩をすくめた。

ロンの足は一歩動くたびにスキップし、止まる様子が今のところは無い。きっとロンは呪いにかなり、弱いのだろう。

 

 

がっしゃん!!と大きな音が響き、こそこそと話していたハーマイオニーとソフィアは驚いて前を見た。

 

ハリーが机にぶつかり、その場に倒れ、痛そうに顔を顰めている。

何が起こったのかわからない、という顔をするハリーだったが、ムーディはまたも唸り声に似た歓声を上げ、ハリーの手を引き無理矢理立たせ背中を叩いた。

 

 

「よし!それだ!それでいい!あと少しで打ち負かすところだった!もう一度やるぞ!ポッター!後の者はよく見ておけ──ポッターの目をよく見ろ、その目に鍵がある!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは、再び、顔を見合わせた。

目。ソフィアとハリーはよく似た目をしているが、それと呪文に抗える事と…何か関係があるのだろうか?

 

 

あれからハリーは3度服従の呪文をかけられ、4度目にしてようやくハリーはソフィアのように完全に呪文を破る事が出来る様になった。

 

生徒達が興奮し教室を後にするなか、4回も服従の呪文をかけられたハリーは疲れ切りふらふらになりながら教室を何とか出た。

 

 

「ムーディの言い方ときたら…まるで、僕たち全員が今にも襲われるんじゃないかと思っちゃうよね…」

「うん、その通りだ…被害妄想だよな」

 

 

ロンは一歩ごとにスキップをしながら頷く。昼頃には解けると言われているが、呪いにめっぽう弱かったロンは忌々しげに自分の足を見ながら呟く。

 

 

「まぁ、でも抵抗があるか無いか…分かったのは良かったわ」

「ソフィア一度で破ってたよね、ルイスもなんでしょ?」

「私たちの共通点といえば……」

 

 

ちらりとソフィアは辺りを見渡し、周りに誰もいない事を確認して悪戯っぽく笑い、声を顰めて言った。

 

 

「血が繋がってるって事ね」

「あーそういえばそうだったね」

 

 

ロンは思い出した、というようにしみじみと呟く。そういえばムーディはハリーの目に秘密があると言っていた、それとよく似た目を持つソフィアとルイスも、だから防げたのだろうか?

 

 

「私、本で読んだ事があるわ。魔法への抵抗は…魂に起因するって…つまり、3人は似てるから…って事ね」

 

 

ハーマイオニーは空を見つめながら思い出すように呟いた。

ハリーとソフィアは顔を見合わせ、同じような目で少し、微笑んだ。

 

 

 

 

 

玄関ホールに着くと、生徒たちが群れをなしておりそれ以上先に進めなくなった。

どうやら掲示板の前に張り紙があり、それに人が群がっているようだが──ソフィア達は何度も爪先立ちになったが見えるのは人の頭だけであり、その先にある掲示物などとても読めなかった。

4人の中で最も長身のロンが背伸びをして前の生徒の頭越しに掲示物をソフィア達に読んで聞かせる。

 

 

「えーと…三大魔法学校対抗試合について。ボーバトンとダームストラングの代表団が10月30日、金曜日、午後6時に到着する。授業は30分早く終了し──」

「いいぞ!金曜日最後の授業は魔法薬学だ!スネイプは僕たち全員に毒を飲ませたりする時間が無い!」

「まぁ!ハリー、スネイプ先生のあれは、多分…冗談よ」

 

 

歓声を上げるハリーの言葉に、ソフィアは少し機嫌を損ねて反論したが──正直、それを思っているのはソフィアだけだろう。

 

魔法薬学の授業で解毒剤が研究課題に出され、誰か1人に毒を飲ませ解毒剤が効くかどうか試すと、セブルスは生徒達に仄めかしたのだ。

それを聞いた生徒達はいつもより真剣に授業に取り組んだが──流石にソフィアは冗談だろうと思っていた。

 

 

「でも、ペットに飲ませる事くらいはするかもね。前例があるし」

「あー……そうね」

 

 

ロンの言葉をソフィアは否定できなかった。自分のペットのティティが縮み薬を飲まされる事になったのを、ソフィアは勿論忘れていない。…まぁ、それはソフィアが自ら飲み、結局ティティは無事だったのだが。

 

 

「たった1週間後だ!セドリックのやつ、知ってるかな?僕、知らせてやろう…」

 

 

パップルパフのアーニーが目を輝かせ群れから出ると足速に寮へと向かう。

ロンはそれを怪訝な顔で見ながら「セドリック?」と呟いた。

 

 

「セドリック・ディゴリーでしょ?この前、クィディッチ・ワールドカップで会ったじゃない」

「きっと、対抗試合に名乗りを上げるんだ」

「あのウスノロが、ホグワーツの代表選手?」

 

 

興奮したように話す生徒達の群れをかき分けながらロンが嫌そうに言う。ロンはクィディッチの選手であるセドリックに対して良い印象を持っていない。まだ、去年のクィディッチでハッフルパフがグリフィンドールを破った事を忘れていないのだ。

 

 

「あの人は、ウスノロじゃないわ。クィディッチでグリフィンドールを破ったものだから、あなたはあの人が嫌いなだけよ。あの人、とっても優秀な学生だそうよ。その上、監督生です!」

 

 

ハーマイオニーは優秀であるのならきっと代表選手になるだろう、と胸を張って言うが、ロンはじろりと睨むと「はん!」と鼻で笑った。

 

 

「君、あいつがハンサムだから好きなだけだろ」

「お言葉ですが、私、誰かがハンサムだというだけで好きになったりいたしませんわ」

 

 

ハーマイオニーは憤然とし、つんとそっぽを向いた。ソフィアはハーマイオニーが誰を想っているのか知っていた為──慌てて話題を変えようと「えーと」と会話の切り口を探した。

 

 

「まあ、でも、セドリックってかっこいいわよね!なんでも、女子人気がかなり高いらしいってジニーが言ってたもの」

 

 

ソフィアが男の子の外見を褒めるのを聞いたのは初めてであり、ハリーは表情をこわばらせ、ハーマイオニーは「あちゃー」と言う顔をし、ロンは怪訝な目で「ジニーが?」と呟いた。

 

 

「ソフィア、…その…セドリックみたいな顔が好きなの?」

 

 

ハリーはどうか違うと言ってくれ、と心の奥で叫びながらソフィアに聞いた。

ソフィアはセドリックの顔を思い出しながら「うーん」と唸り、首をかしげる。

 

 

「私の好みでは無いわ」

「へー?ソフィアってどんな人が好きなの?」

 

 

ロンとしては、何気なく聞いただけである。

別にソフィアに好きな人がいるのかどうか気にしているのではなく、流れでなんとなく聞いただけだ。全く他意は無かったが、ハリーはどきりと自分の鼓動が緊張からうるさくなるのを感じた。

もし、もし──自分じゃない人の名前が挙げられたらどうしよう。

 

 

 

「え?うーん…あんまり、考えた事が無いわ……そうねぇ…でも、そうね…笑顔が優しい人、かしら」

「へえ?」

「ロンは?」

「え?僕?…うーん。僕も笑顔が優しい人がいいかな」

 

 

ロンは特に照れた様子も、誰か1人を思い浮かべることもなくあっさりと答えた。

ロンとソフィアの恋愛偏差値は、残念ながら同じレベルなのである。──鈍さにおいても、同等だ。

 

ハリーは特に名前が出なかったことに安心したような、自分の名前が出なかった事が残念なような──複雑な気持ちになりつつ、これからソフィアに優しい笑顔をアピールしていこう、と決めた。

 

 

 



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185 三校が揃う!

 

ついにボーバトン校とダームストラング校がホグワーツを訪れる10月31日を迎えた。

 

その日を迎えるためにホグワーツはいつもより清掃に力が入り、フィルチは少しでも生徒の靴裏が泥で汚れていれば顔を真っ赤にして怒鳴り散らし怒ったほどだ。

教授達も朝からどこかピリピリと緊張し、生徒たちはそわそわと浮き足立つ。この日の授業はホグワーツ史上最も身の入らなかった授業になってしまったが、仕方のない事だろう。

 

金曜日最後の魔法薬学の授業がいつもより30分も短く終了し、ソフィア達はすぐに鞄と教科書を置きにグリフィンドール寮に戻り、マントを着て他の生徒達と共に玄関ホールへと向かった。

 

各寮の寮監が生徒達を整列させる中、服装に乱れがある者はすぐに厳しく注意されていく。

 

ソフィア達は四年生だ。一年生を先頭に整列した中の中程に並び、マクゴナガルの指示に従い並んだまま正面の階段を降り、城の前に再びきちんと整列した。

 

寮監では無い教師は既に城の前に集まり、にこやかに話しながら到着の時を待つ。

ソフィアはその中に、見慣れた銀髪の男──ジャックがいる事に気付いた。

 

 

「ジャック!?」

 

 

ソフィアだけでは無い。

2年前にジャックの授業を受けた事のある生徒達はすぐに気がつき、口々に「ジャック先生!」」「何でここに?」「わぁ!また会えて嬉しいです!」と嬉しげに叫ぶ。

ジャックは生徒達を見ると悪戯っぽく微笑み、手を振った。だがすぐに人差し指を口に当て「しーっ」と鎮まるようにジェスチャーし、生徒たちは慌てて口を閉ざす。

大人しくなった生徒たちに、ジャックは茶目っ気たっぷりなウインクをすると、今度は隣にいるダンブルドアと何か話していた。

 

 

「何故ここにいるのかしら?」

 

 

ハーマイオニーは驚愕と嬉しさを滲ませながら首を傾げる。ソフィアは「わからないけど、嬉しいわね!」と囁いた。

 

 

天候にも恵まれ、心地の良い寒さがソフィア達の体を包む。夕闇が迫り、空は茜色から群青へと変わっていく中、ちらちらと白い星が淡く瞬く。

 

 

「もうすぐ6時だ」

「どうやって来るのかしらね?…汽車かしら?」

 

 

ロンは自分の腕時計を見て、そわそわと背伸びをしたが──すぐにマクゴナガルから厳しい目で睨まれてしまい踵を地面につける。

ソフィアは自分の心が高鳴り落ち着く様子がないのを感じていた。クィディッチ・ワールドカップでちらりと他の国の魔法使いや子どもは見たが、交流は出来ていない。他国の生徒と交流する機会なんてきっと滅多にないだろう。他の国では、どんな魔法を使うのだろうか?カリキュラムや授業は、どんなものなのだろうか?

 

 

「多分、違うと思うわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉を否定したが、彼女にも答えはわからなかったが、きっと外国から直接くるのだろうとは予想してた。

 

 

「じゃ、どうやってくる?箒かな?」

「箒は違うんじゃ無い?だってずっと遠いし…」

「移動キーか?それか、姿現し術か。きっと外国では17歳未満でも姿現しを学べるんだよ…」

 

 

ハリー、ソフィア、ロンはこそこそと囁き合い、生徒達が沢山の箒に跨り空を駆ける姿や、クィディッチ・ワールドカップのように移動キーを使い目の前にパッと現れる姿を想像し、楽しげに笑い合う。

ただ、ハーマイオニーはロンの「姿現し術」という言葉にムッとしたような顔をし、「ホグワーツの校内では、姿現し術はできません」と、ぴしゃりと言い切った。

 

 

誰もが興奮して小声で囁き合いながら他国からの訪問団を心待ちにしていた。

6時を過ぎ、さらに闇が深まり──そして一層寒くなった時、ダンブルドアが教授達が並ぶ最前列で声を上げた。

 

 

「ほう!わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいてくるぞ!」

 

 

喜びに満ちた声に、生徒達は一段と興奮し目を輝かせ何処にいるのだろうかと校庭や空を見渡し、「どこ?どこ?」と熱い声を上げる。

 

 

「あそこだ!!」

 

 

1人の生徒が興奮しながら森の上空を指差して叫んだ。

皆がその指の先を辿り、空を見上げ──そして、巨大で黒い物がぐんぐんとこちらに近づいて来るのを見た。

 

 

「ドラゴンだ!」

「馬鹿言うなよ!あれは──空飛ぶ家だ!」

 

 

空飛ぶ家、それが最も近い予想だっただろう。

巨大な黒い影が森の梢を掠め、ホグワーツ城の灯りにより照らされたとき、ソフィア達はその全貌を見た。

 

巨大な、パステル・ブルーの豪華な馬車だった。大きな館ほどもあるその馬車は象ほどこ大きさの12頭の金銀に輝く毛を持つ美しい天馬に引かれて、こちらに飛んでくる。

 

馬車がぐんぐん高度を下げ、こちらに向かってくる。その迫り来る巨大な天馬と馬車に、生徒のうち前方三列は一気に後ろに下がった。地響きを伴う轟音と共に馬車は着地し、大人よりも大きな車輪が数回地面の上を跳ねる。

ソフィアは馬車の中の人の状態が少々気になりつつ、興奮したように目を輝かせ叫んだ。

 

 

「何で大きい天馬(アブラクサン)なの…!」

 

 

あれほど大きな種類の天馬はアブラクサンしかいない。ソフィアは駆け寄りたい気持ちをグッと堪え、胸の前で手を合わせその場でぴょんぴょんと跳ねた。

 

馬車の戸が開き、中から淡い水色のローブを着た少年が飛び降りる。前屈みになり馬車の底から金色の踏み台を引っ張り出すと、そっと戸口の下に置き、恭しく頭を下げ飛び退いた。

 

すると、馬車の中から黒く艶やかなヒールが片方現れ、すぐに女性が身を屈め姿を表した。

その女性は小麦色の肌に大きな潤んだ瞳、鼻筋は美しく通り、黒い髪は低い位置で一つにまとめられていた。黒繻子を纏い、何個もの見事なオパールが首元とさらりと長い指を飾る。

 

美しい女性だった。ただ、ソフィア達がその女性を見て驚きに息を呑んだのは美しさからではない、その女性が今まで見た中で最も大きかったのだ。

ハグリッドと身長は少しも変わらないだろう、だが、ハグリッドよりも大きく見えるのはソフィア達が彼に見慣れたからか、それともその女性がさらりとした細身だからだろうか。

 

ダンブルドアが笑顔で大きな歓迎の拍手を送る。それにつられて生徒達も一斉に拍手した。

温かい歓迎に、女性──マダム・マクシームは表情を和らげ、優雅に微笑んだ。ダンブルドアの元へ静かに近づいたマクシームはきらめく片手を彼に差し出す。

ダンブルドアはにっこりと笑ったまま身を屈めることなくその手の甲に口付けた。

 

 

「これはこれはマダム・マクシーム。ようこそホグワーツへ」

「ダンブリー・ドール。おかわりーありませーんか?」

「おかげさまで、上々じゃ」

 

 

やや訛りのあるイギリス英語だった。

いや、きっと英語を話す国では無いところから来ているのだろう。

しかし、それでも翻訳魔法を使う事なく自らの力で英語を話す事は英国圏の魔法族に対しての礼儀と深い親愛を示す。

マクシームの美しいアルトの声も相まって、その言葉はちっとも聞き苦しいものではなかった。

 

 

「わたーしの、生徒でーす!」

 

 

マクシームは大きく長い腕を後ろに広げる。マクシームにばかり気を取られていたソフィアは数十人もの男女生徒が馬車から現れ、マクシームの背後に立っていたことに気が付かなかった。

皆、身を寄せあい体を震わせていた。彼らが着ているローブは薄い水色の絹のようなさらりとしたローブだが、防寒性は無いように見える。不安げな表情でマクシームと、その先にあるホグワーツ城を見上げていた。

 

 

「通訳まほーうを使う人は?」

「ここに。──ジャック」

「はい」

 

 

ダンブルドアの言葉に、隣に立っていたジャックは胸に手を当て頭を下げた後マクシームににこりと微笑んだ。

 

 

「わたーしの生徒たちを、よろしくおねーがいします」

「かしこまりました」

 

 

ジャックはマクシームの後ろにいる生徒たちの元へ行くと、聞きなれない言葉──おそらく、フランス語だろう──で生徒たちに話しかけ、おずおずと生徒たちが頷いたのを見て杖を掲げる。銀色の光が一人一人の口元に伸び吸い込まれ、そしてふわりと消えた。

 

 

「終わりました。ここに滞在している間は、解けないように数日おきにかけ直す事となります」

「ありーがとうございまーす!」

 

 

マクシームが手を差し出し、ジャックは微笑んだままその手を取り手の甲に口付ける。

 

それを見ていたハーマイオニーは「わぁ!」と小さな歓声を上げた。

 

 

「通訳魔法士なのね!あの魔法、言語をちゃんと理解してないといけなくて、すっごく難しいの!市販の魔法器具は硬い言葉にしか訳されないから…」

「そうなのね…ジャックって、本当なんでも出来るのね…」

 

 

ハーマイオニーが感心したようにソフィアに囁く。ソフィアはクィディッチ・ワールドカップでの手伝いといい、この三大魔法学校対抗試合での仕事といい、もしかして、ジャックが孤児院経営者としてではなく、別の仕事につくことを望んでいる人は多いのでは無いかと、少し不安になった。

勿論、それはジャックの能力が認められているということであり、誇らしい気持ちもあったが、何故か──漠然とした寂しさも感じたのだ。

 

 

「カルカロフはまだきーませんか?」

「もうすぐ来るじゃろう。外でお待ちになってお出迎えなさるかな?それとも城中に入られて、ちと、暖をとられますかな?」

 

 

マクシームの言葉に答えながらダンブルドアは彼女の後ろにいて寒さから凍える生徒たちをちらりと見た。

 

 

「温まりたーいです。でも、ウーマは…」

「こちらの魔法生物飼育学の先生が喜んでお世話をするじゃろう。別の仕事で少々面倒があってのう。片付き次第すぐに」

「わたーしのウーマの世話は、あー…ちから、いります。ウーマたちは、とても強いです」

 

 

マクシームは眉をひめ、果たしてその魔法生物飼育学の教師がしっかりと大切な天馬を世話できるのかと少し不安そうな目をしたが、ダンブルドアはにっこりと微笑む。

 

 

「ハグリッドなら大丈夫。やり遂げましょう。わしが請け合いますぞ」

「それはどーも」

 

 

ダンブルドアがこれほど信頼している相手なら、任せても良いかもしれない。とマクシームは頭を下げ後ろにいる生徒たちに「おいで」と威厳たっぷりに告げた。

 

ホグワーツの生徒たちがさっと道を開け、その真ん中をマクシームと、ボーバトンの生徒たちが体を震わせながら通り城内に向かう。

 

 

「ダームストラングの馬は、どれくらい大きいと思う?」

 

 

シェーマスがわくわくしながらハリー達に話しかけ、ハリーとロンは顔を見合わせ目の前にいる大きな天馬を見上げる。

 

 

「うーん、こっちの馬より大きいなら、ハグリッドでも扱えないだろうな。それも、ハグリッドがスクリュートに襲われてなかったらの話だけど。何があったんだろうね」

「もしかして、スクリュートが逃げたのかも!」

 

 

そうだといい、あんなよくわからないスクリュートを育てる事がなくなるのだから。とロンはくすくすと笑いながら言ったが、ハーマイオニーは「そんなこと言わないで」と身を震わせた。

 

 

「あんな連中が、校庭にうじゃうじゃしてたら…」

「可愛い子だけど。…医務室は大繁盛ね」

 

 

ソフィアの言葉に、ハーマイオニーはその様子を簡単に想像してしまい、「最悪」と一際大きく身震いして苦く呟いた。

 

 

また空から現れるのだろうか、と暫くソフィア達ホグワーツ生は、少し凍えながら真っ暗になってしまった空を見上げ、ダームストラングの到着を待っていた。

 

 

「何か聞こえないか?」

 

 

突然、ロンが隣にいたハリーに囁いた。

ハリーは耳を澄ませ──そして、闇の中から何かがこちらに向かってくる不気味な音が聞こえていることに気づく。

他の生徒達もその音に気付くと、その不気味な音が大きくなるにつれ不安げに身を寄せあい空を見上げた。

 

 

「湖だ!湖を見ろよ!」

 

 

リーが叫ぶ。

空を見ていた生徒達はあの不気味な音──巨大な掃除機が何かをぼこぼこと吸い込むような音が、ようやく上からではなく、下方から響いているのだと気づく。

 

生徒達は芝生の小高い上、校庭を見下ろす位置に整列していたため、少し離れた場所にある広い湖を一望する事が出来た。

 

湖の黒く滑らかな水面が突如、乱れる。ぼこぼこと何かが溢れるように奇妙に揺れ、それが広がるにつれ不気味な音が大きく、激しくなっていく。

 

大きな泡は徐々に渦を巻き、中心に向かって下がる。そして──帆柱が現れた。

 

 

「あれは帆柱だ!」

 

 

ハリーが湖の中心に現れたものを指差し、ソフィアとロン、ハーマイオニーに向かって叫んだ。

 

 

堂々と、湖から船は水面に浮上した。その勢いで湖が大きく波打ち、岸が泥を被る。

その船はボーバトンの馬車と並ぶほど大きく、荘厳であり、どこか難破船を思わせる黒々とした帆が靡いていた。

丸い船窓からぼんやりと白い光が見え、まるで幽霊船の目のようだと、ハリーは思った。

 

風の無い中、船は水面を波立たせながら岸へと滑る。浅瀬に錨が降り、船が固定されると中からパタパタと階段が降り、それを踏みしめながらゆっくりとダームストラング一団が芝生の上に降り立つ。

 

 

ソフィアは、彼らにもジャックは翻訳魔法をかけるのだろうか、と期待を込めてジャックを見た。

ダンブルドアの少し後ろに立っていたジャックは、先程まで見せていた柔和な笑顔を消し、静かに──無表情で先頭に現れた男を見ていた。

 

もこもことした分厚い毛皮のマントを着ている生徒たちの先頭を歩く男は、1人だけその髪と同じ滑らかな銀色の毛皮のマントを着ていた。その男──カルカロフは生徒全員を率いて来ながら坂道を上がり、ダンブルドアの前に立つ。

 

 

「ダンブルドア!やあやあ。しばらく。元気かね」

「元気一杯じゃよ。カルカロフ」

 

 

カルカロフの声は耳に心地よい深みを持ち、とても愛想が良かった。ダンブルドアと同じ痩せた体で背が高く、先の縮れた顎髭は貧相な顎を隠しきれていない。

カルカロフはダンブルドアの手を両手で掴み、強く握手をすると「懐かしのホグワーツ城」と噛み締めるように呟いた。

 

そして、カルカロフはダンブルドアの少し後方に立っていたジャックに気がつくと一瞬、顔を硬らせたが瞬き一つする間ににっこりと微笑んだ。

 

 

「やあ、ジャック。この前君が来た時はゆっくり話も出来なかったな。君は…ゲストか?」

「いや、俺は関係者だ。この試合が終わるまで、ここに滞在する」

「そうか!…いやはや、それは良い」

 

 

カルカロフはジャックに手を差し出し、ジャックもそれを握った。

2人は微笑んではいたが──その目は笑っていない。どちらも愛想のいい作り笑いを貼り付けているだけなのだとソフィアは気づくが、何故そんな笑顔を見せるのか分からず、何となく──もやもやとしたものが胸をざわつかせた。

 

 

「俺は、客人達に通訳魔法をかける事になっているんだ。…かまわないか?」

 

 

ジャックは杖を掲げたが、カルカロフは少し黙り込み、首を振った。

 

 

「いや、大丈夫だ。最終候補生達には英語を教えたからな。君の手を煩わせる事はない」

「…そうか、ならいい。必要になったらいつでも言ってくれ」

「ああ、わかった。…ここに来れたのは嬉しい。実に嬉しい。…ジャック、君とも会えたからな。…さて、ビクトール。こっちへ、暖かいところへ来るがいい…ダンブルドア、かまわないかね?ビクトールは風邪気味でね…」

 

 

カルカロフは手を離し、生徒の1人を招いた。

その青年が通り過ぎた時、彼が何者かなのか知るホグワーツ生──特に、クィディッチの熱狂的なファン──は、はっと息を呑んだ。

 

 

「ハリー、クラムだ!」

「ビクトール・クラムよ!」

 

 

ハリーはロンに強く腕を殴られずとも、ソフィアの興奮した声を聞かずともわかっていた。その横顔は紛れもない、クィディッチ・ワールドカップで見た、ビクトール・クラムその者だった。

 

 

 

 

 

 





アンケートありがとうございます!
想像以上にルイスが多く、まさかの一位で私が一番驚いています!
てっきりハリーかドラコだと思っていました…。

この結果をもとに、お話を進めていきたいと思います。
本当にありがとうございました!


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186 仲良くなりましょう!

 

 

クラムが現れた途端ホグワーツ生は色めきたち、通り過ぎたクラムをよく見ようと誰もが首を長くして羨望の眼差しでその後ろ姿を見た。

ポケットの中を探り、羊皮紙や羽ペンを持っている者はいないかと必死になり、中には口紅でサインしてもらえないだろうか、と興奮しながら囁く女生徒も居た。

 

ハーマイオニーはたかだかクィディッチの選手に何をこんなに熱を上げているのか、確かにあのプレーはとても素晴らしかったが…と、嫌そうな顔で恍惚の表情を浮かべソワソワとした様子の女生徒達を見て、ソフィアに「口紅だって」と嫌そうに言ったが、ソフィアもまた目を輝かせ頬を赤く染めてクラムを見ていた。

 

その表情を見たハーマイオニーは目を見開いた後、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になりため息をつく。

──そうだ、ソフィアもクィディッチが大好きだったわね。

 

 

「ああ!羽ペンも羊皮紙も全部寮の鞄の中よ!誰か持ってない?」

「僕もない」

「くそっ!持って来ればよかった!」

「…まったく、もう!」

 

 

ぜひクラムからサインを貰いたい。

今でなくても、なんとかこのホグワーツにいる間にサインを手に入れる機会がないだろうか、とソフィア達は生徒に紛れるクラムを熱い眼差しで見ながら思った。

 

 

ソフィア達はグリフィンドール生の座る机に行き腰掛けた。

ロンはわざわざ入り口がよく見える場所に座り、半身をそちらに向けたままじっと見る。足はそわそわと落ち着きなく動き、ダームストラングが──クラムがこの近くに座らないだろうか、と期待した。

 

 

ダームストラングの生徒達はどこに座っていいのかわからず、大広間中をどこか不安げに見つめていた。引率してきたカルカロフは大広間に入る途中に生徒達と別れ、どこかに行ってしまった。きっと、教員同士の顔合わせや、これからの簡単な説明があるのだろう。

 

 

ボーバトンの生徒達は、自分たちが着るローブの水色に近い色のローブを着る生徒達のいる机──レイブンクローの机を選んで座っていた。だが、表情は固く不安げで、話しかけられるたびに少し驚いたように身を引き、ぽつぽつと話し出す。

彼らはジャックがかけた翻訳魔法により、英語を理解することができた──しかし、寒いのが苦手である彼らの体は暖かい大広間に着いたところでその冷えを癒すことはなく…早く暖かい飲み物かスープを飲みたい。そう心から思っていた彼らはぎこちない態度になってしまっていた。

一見すると、寒さに耐えているその表情はむっつりと不機嫌そうな表情に見えてしまい、レイブンクロー生達は何か気に触ることをしたのかと、少し戸惑っていた。

 

 

ダームストラングの生徒たちは、その視線が自分たちに向けられているのではなく、ただ1人──先頭に居るクラムだけを見ていることに嫌でも気づいてしまい、少し不満だった。勿論クラムはダームストラングの誇りであり、良き友人である。しかし、この対抗試合の代表候補生に選ばれた彼らは誰もが優秀であり…やはり、その注目が1人に向けられているのは少々気持ちのいいものではない。

 

ふと、ダームストラングの1人の女子生徒が──候補生の内9名が男子生徒だったが、たった1人、女生徒も居たのだ──自分を見る視線に気付いた。

その視線を送る男子は、視線が噛み合ったことに驚き目を微かに見開いたが──すぐににこりと人の良い微笑みを浮かべた。

 

 

Viktor. Vi sätter oss på den platsen?(ビクトール、あの席にいかないか?)

「──Vad? Åh, var som helst.(ん?ああ、どこでもいい)

 

 

天井の上ぎりぎりを浮遊する幾百の蝋燭を見上げていたクラムは女生徒の言葉にすぐに頷くと、女生徒が指し示した机──スリザリン生の座る場所へと向かった。

 

 

それを見た途端他の寮からは悔しそうな呻き声が響く。勿論、ハリーとソフィアとロンも同じように呻いていた。

 

 

 

クラムはたまたま空いていたドラコの斜め前に座る。そして、クラムにスリザリンの机へ行こうと声をかけた女生徒はその隣──ルイスの前に座った。

ドラコも、勿論クィディッチが好きであり、クラムの事もよく知っている。憧れの選手が今最も近くに座っていることに、他の生徒達への優越感──特に、ハリーに対するものだろう──を噛み締めながらいつもは青白い頬を紅潮させ、身を乗り出してクラムに話しかけた。

 

 

「クラム!ようこそホグワーツへ。僕はドラコ・マルフォイ。この前のクィディッチ・ワールドカップで、君の活躍を見たよ。──本当に、凄かった」

「あー…ありがとう」

 

 

クラムはそこそこ英語を理解する事が出来る。ただ、ゆっくりと丁寧に話しかけられた場合のみであり、ドラコの興奮したようなやや早口の言葉では彼の名前がドラコであるという事、そしてワールドカップの話をしているのだということしかわからず、曖昧に答えた。他の人と同じだ、多分、あの負けはしたものの、スニッチを捕らえたことを褒めているのだろう。

 

ルイスは目の前に座った大きな真っ黒の瞳を持つ女生徒を見た。何故だか凄く見られている。…いや、確かにあの男子ばかりいる中に1人いる女生徒は目立ち、ついついぼんやりと見てしまっていたが…それほど、不躾な視線を向けたつもりはない。

 

 

「えーっと…God kväll, jag är Luis Prince.(こんばんは、僕はルイス・プリンス。) Vad heter du?(貴女の名前は?)

 

 

母国の言葉で話しかけられた女生徒は一度ぱちりと瞬きをし、女性らしくふっくらとした唇を開いた。

 

 

Jag Veronika Ahlström heter .( 私はヴェロニカ・アールストレーム。) Talar du svenska?(お前は話せるのか?)

Bara lite grann.(ちょっとね)

 

 

ルイスはヴェロニカの言葉に頷いたが自信がなさそうに肩をすくめた。ルイスも、ソフィアも、挨拶程度なら幾つかの言語を話す事が出来る。それも孤児院で暮らしていた時代に沢山の国籍を持つ子どもが居たからなのだが、それももう9年以上前の話だ。当時はある程度話せていたが、今は朧げな記憶を手繰り寄せなんとか、片言に話すことしかできない。

それでもヴェロニカはこんなところで母国語を聞くことが出来るとは思わず嬉しそうに微笑み、ルイスに手を差し出した。

 

 

「英語で構わない。私は父が英国人だったからな。問題なく話す事が出来る」

「本当?…良かった!実は、あれくらいしか話せないんだ。…あとは、簡単な挨拶とか」

 

 

ルイスはヴェロニカの手を取り、ほっと胸を撫で下ろす。ルイスもソフィアと同様、外国の魔法使いや魔女と交流するこの機会をとても楽しみにしていた。折角の滅多とないチャンスだ。どうせなら交流を楽しみたいと思い、悪くないファーストコンタクトで思わず笑みがこぼれる。

  

 

「スウェーデン語って事は…やっぱり、ダームストラングはスウェーデンにあるの?」

「…それは、どうだろうな?」

 

 

ヴェロニカはルイスの言葉に、ニヒルに笑う。

 

ヴェロニカ・アールストレームという魔女は6年生の魔女だった。

背はルイスより10センチは高く、鼻はすっと高く肌は雪のように白い。凛々しく、それでいて黒い目は大きく、その髪もまた闇を思わす濡れたような漆黒で胸下辺りまで艶やかに伸びている。

ルイスはなんとなく──彼女の話し方や、やや顎を上げて見下ろすような眼差しに、 セブルス(父親)に似たものを感じた。

 

そもそも、ルイスが大広間の扉の前に居るヴェロニカを見ていたのも、ダームストラングの少ない女子生徒への珍しさと、その立ち姿と容姿にどことなく父のようだと、感じていたからだ。

 

ヴェロニカは天を見上げ星の瞬く天井を興味深そうに眺めながら分厚い毛皮を脱ぎ、手元を見る事なく膝の上に丁寧に畳んだ。

 

 

「ルイス、あれはどうなっているんだ」

「ああ…魔法だよ。実際の外の天気と連動するようになってるんだ。今日が満点の夜空でよかったね、客人を迎えるにはぴったりだから」

「…美しい魔法だ」

「ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ。…ま、天候が荒れた時はちょっと暗くなるのが難点だけどね」

 

 

ルイスはくすくすと小さく笑い、ヴェロニカもつられるように口の先で微笑んだ。

 

 

教職員が座る上座の席にフィルチが5つ、新たな椅子を運んできた。ダンブルドアが座る意匠の熟された肘掛け椅子の両脇に2席づつ、そして端にもう1つを追加した。

 

ルイスはボーバトンとダームストラングの校長、そしてジャックが座る席なのはわかったが、あと2つは誰の席だろうと首を傾げる。この対抗試合に関わりの深いゲストが、他にも呼ばれているのだろうか。

 

 

 

生徒全員が大広間に集まり、それぞれの席に着席した後、教職員達が一列になり入場する。

ホグワーツ教師の後ろにジャックが、そしてその後ろにダンブルドア、カルカロフ、マクシームが生徒達の間を通って進む中、ボーバトンの生徒は当然のように起立し、マクシームがダンブルドアの隣に座るまで、ホグワーツ生からのくすくすと言う小さな笑いが聞こえようとも平然として立っていた。

 

ジャックはセブルスの隣に座り「なんだか、懐かしいな?」と悪戯っぽく声をかけたが、セブルスは何も返事を返さなかった。

 

 

 

「こんばんは、紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そして──素晴らしい客人の皆さん」

 

 

ダンブルドアは席に座る事なく、静まり返った大広間を見渡し、ボーバトンとダームストラングの生徒に向け両手を広げにっこりと微笑む。

 

 

「ホグワーツへのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校への滞在が、快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる。三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される。さあ、それでは、大いに飲み、食し、かつ寛いでくだされ!」

 

 

ダンブルドアの宣言により、目の前の金色の大皿に数々の豪華な料理が並ぶ。いつも以上に美しく飾り付けられた料理の中には見たこともない外国料理もあった。おそらく、客人であるダームストラングとボーバトンの生徒達をもてなす料理なのだろう。

 

 

静まっていた大広間が賑やかな声で溢れ、そこかしこで楽しげな会話が飛び交い、美味しい料理に舌鼓をうつ。

ドラコは一方的にクラムに話しかけていたが、クラムは「もう少しゆっくり言ってくれ」の一言を彼に伝える事が出来ず、半分も理解できないまま無言で頷き数々の料理を静かに食べていた。

その様子を見ていたルイスは、隣に座るドラコの脇を小突き、べらべらと続いていたマルフォイ家についてのうんちくを無理矢理止める。

 

 

「なんだ、ルイス」

「…ドラコ。もう少しゆっくり、わかりやすい言葉で話さないと…クラムはそんな早口だと聞き取れないと思うよ。…多分、ダームストラングで英語は共用語じゃないんだ」

「何?……そうか。…確かに、そうだな」

 

 

いつものように話しかけていたが、よく考えれば彼らは外国人である。

ボーバトンの生徒はジャックにより通訳魔法をかけられていたが、ダームストラングの生徒は彼らの校長が断っていた。英語を理解し話せる者が多いとは言っていたが、流石に共用語のように、とはいかないのかもしれない。

 

ドラコは少し沈黙した後、いつも早口で高慢に話す彼にしてはゆっくりと、優しくクラムに話しかけた。

 

 

「クラム。…僕は、クィディッチの、シーカーをしているんだ」

「シーカー?…君が?…そうですか…クィディッチは、楽しいです、うん」

 

 

ショットブラールを食べていたクラムは、今まで一方的だった会話が変わり、さらに聞き取りやすいもので、なおかつ自分が好きなクィディッチの話題であることに初めてまともにドラコの顔を見た。

クラムは、日常会話なら困る事なく英語を話す事が出来たが…ドラコの早口には少々困っていたのだ。

 

 

「ヴォく……僕は、英語があまり、得意ない… Nej…(違うな…)…ありません。ゆっくり、話してくれると、良いです」

 

 

とても丁寧で、ゆっくりとした言葉だった。

ドラコはイメージとは違うクラムの言葉に少し面食らったものの、共用語ではない言葉を話すのはきっと難しいのだろう、僕だって英語以外は話せないし──と思い直し、とくに何も言わずに「わかった」と頷いた。

 

 

 




ダームストラングがスウェーデンにある設定です。
スウェーデン語は翻訳サイト利用していますので、間違いがあってもスルーしていただけると嬉しいです…。


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187 炎のゴブレット!

 

 

 

 

デザートやご馳走が全て生徒たちの腹の中に消え、金の大皿が再びピカピカになると、ダンブルドアが改まって立ち上がった。

ついに、対抗試合についての説明と開催が告げられるのだろう事は簡単にわかり、大広間に心地よい緊張感が広がる。

 

 

「時は来た。三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言、三言説明しておこうかの。今年はどんな手順で進めるのかを明らかにするためじゃが。そのまえにまだこちらのお二人を知らない者のためにご紹介しよう。国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏」

 

 

ダンブルドアは隣にいるクラウチに向かって片腕を広げる。

にこりとも、手を振りかえすことも無いクラウチに対しての拍手は儀礼的なやや素っ気ない者だったが、クラウチはとくに表情を変えることなく、瞬きすらせずに気難しい顔をしたままだ。

 

 

「そして、魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」

 

 

クラウチの時よりも遥かに大きな拍手が起こる。クィディッチのビーターとして有名だった事と、人好きのする少年のような笑顔のせいかもしれない。

 

 

「クラウチ氏とバグマン氏はこの数ヶ月というもの、三校対抗試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた。そしてお二人はカルカロフ校長、マダム・マクシーム、それにこのわしと共に代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださる。そして、こちらが──」

 

 

ダンブルドアは言葉を止めジャックを見た。ジャックは立ち上がり、懐かしい生徒たちを見渡し優しく微笑んだ。

 

 

「ジャック・エドワーズ氏じゃ。二年生以上の者は彼を知っているじゃろう。本業は孤児院経営じゃが、ジャックは外国からの客人たちが円滑なコミュニケーションを取る為に通訳魔法をかけてくださる。この他にも対抗試合を行うにあたり、様々な手助けをしてくださった。この素晴らしい交流が終わるまでは常にホグワーツに滞在してくださる」

 

 

ジャックを知る者中心に大きな拍手が起こり、歓声が上がる。ジャックは想像以上の歓迎振りに驚いたが、それでも嬉しそうに微笑むと軽く頭を下げ席に座り直した。

 

 

 

「それでは、フィルチさん。箱をここに」

 

 

大広間の隅にひっそりと立っていたフィルチはダンブルドアに呼ばれ、大きな宝石が散りばめられた木箱を掲げ恭しく前へ進みよる。

生徒たちは何が入っているのだろうかと口々に興奮しながら囁く、あまり大きな木箱では無いようだ。

 

 

「代表選手たちが今年取り組むべき課題の内容は、既にクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる。さらに、お二方はそれぞれの課題に必要な手配もしてくださった。課題は三つあり、今年度を通して間をおいて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される──魔力の卓越性、果敢な勇気、論理、推理力…そして言うまでもなく、危険に対処する能力などじゃ」

 

 

フィルチがダンブルドアの前にそっと木箱を置いた。

その木箱を飾る宝石が蝋燭の灯りに照らされ、キラキラと幻想的に輝く。

 

 

「皆も知っての通り、試合で競うのは三人の代表選手じゃ。参加三校から各1人ずつ。選手は課題の一つひとつをどのように巧みにこなすかで採点され、3つの課題の合計点が最も高い選手が優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者──炎のゴブレットじゃ」

 

 

ダンブルドアは杖を取り出し、木箱の蓋を3度叩いた。

蓋は軋みながら開き、ダンブルドアはその中に手を入れ…中から荒削りの大きなゴブレットを取り出す。木箱の装飾とは異なり、それは一見すると見栄えのない変哲もないゴブレットだったが、ただ、その縁からは溢れんばかりに美しい青白い炎が踊っていた。ダンブルドアは木箱の蓋を閉めると、その上にそっとゴブレットを置き、大広間の全員によく見えるようにした。

 

 

「代表選手に名乗りを挙げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。立候補の志のある者は、これから24時間の内に、その名を提出するよう。明日、ハロウィンの夜にゴブレットは各校を代表するにもっとも相応しいと判断した3人の名を返してよこすであろう。このゴブレットは、今夜玄関ホールに置かれる。我と思わん者は、自由に近づくがいい。──年齢に満たない生徒が誘惑に駆られんように、ゴブレットの周辺にわしが年齢線を引くことにする。17歳に満たない者は、何人もその線を越える事はできぬ」

 

 

ダンブルドアは静かに言い、一度生徒たちを見渡した。

何人か──特に、フレッドとジョージを青い瞳が見ていたが、2人はにやりと顔を見合わせ意味ありげに笑った。

 

 

「最後に、この試合で戦おうとする者にはっきり言うておこう。軽々しく名乗りを上げぬ事じゃ。炎のゴブレットが一度代表選手と選んだ者は、最後まで試合を戦い抜く義務がある。ゴブレットに名前を入れると言うことは、魔法契約によって拘束される事じゃ。代表選手になったからには、途中で気が変わる事は許されぬ。じゃから、心底、確信を持った上で、ゴブレットに名前をいれるのじゃぞ──さて、もう寝る時間じゃ!皆、おやすみ」

 

 

ダンブルドアはにっこりと微笑み手を叩く。

生徒たちは口々に選考方法──炎のゴブレットについて話しながら大広間から各寮へと戻った。

 

ソフィアもハリー達と共に大広間を横切り、興奮が冷めない生徒達でごった返す扉へ向かって歩きながらあの青白い炎を上げるゴブレットを思い出していた。

 

 

「年齢線か!」

 

 

そばにいたフレッドは目をキラキラとさせながら悪戯っぽく笑う。

もし、立候補の方法が各校長に宣言する事ならば、よく知られているフレッドは年齢をごまかす事は出来ないと思っていた。だが、相手は自分の事を知らないただのゴブレットだ。それならば、幾らでも抜け道はありそうだとジョージもフレッドと同じようにニヤリと笑う。

 

 

「それなら、老け薬で誤魔化せるな?いったん名前をゴブレットにいれちまえば、こっちのもんさ!17歳かどうかなんて、ゴブレットにはわかりゃしないさ!」

「老け薬ねぇ…2人はそれを使って立候補するつもりなの?」

「勿論!」

 

 

ジョージは悪戯っぽく笑い、目を輝かせる。ソフィアはダンブルドアのしいた年齢線が、果たして老け薬で誤魔化す事が出来るのかと首を捻ったが──まぁ、この2人には止めても無理だろうと思い何も言わなかった。

 

 

「でも、17歳未満じゃ、危険じゃない?まだ勉強が足りないもの…」

 

 

ハーマイオニーが不安そうに言ったが、フレッドとジョージは闘志を燃やしていた心に水をさされてしまい、嫌そうに眉を顰める。

 

 

「君はそうでも、俺は違うぞ!」

「あと少しで17歳だものね。ゴブレットに選ばれて…代表選手になったら、応援するわ!」

 

 

ぶっきらぼうに言ったジョージに、ソフィアは悪戯っぽく笑い励ますように笑う。すぐにジョージは機嫌を取り戻し、嬉しそうにソフィアの肩を叩き何度も頷いた。

 

 

「さっすが!俺たちの運命はよくわかってる!」

「ハリー、君はやるな?立候補するんだろ?」

 

 

フレッドに聞かれたハリーは、即答する事ができなかった。勿論、もし──年齢線を越える方法がわかったのなら、ゴブレットに名前を入れてみたい気持ちはある。だが、それをすれば…ダンブルドアは怒るだろうか?17歳どころか、自分はまだ14歳だ。

ハリーは自分を見ているソフィアの視線に気がつき、何かを言おうと口を開いたが──その前に、ロンがハリーの肩をとんとんと叩いた。

 

 

「ねえ、どこへ行ったのかな?ダンブルドアは、ダームストラング生がどこに泊まるか、言ってなかったよな?」

 

 

ロンはこの会話を一切聞かず、キョロキョロと辺りを見渡し、人混みの中からクラムを探し出そうとしていた。

 

しかし、その答えはすぐにわかった。ちょうどソフィア達はスリザリンの机の側を通り過ぎたところであり、近くからカルカロフが生徒を掻き立てる声が聞こえてきた。

 

 

「それでは、船に戻れ。ビクトール、気分はどうだ?十分食べたか?厨房から卵酒でも貰ってこさせようか?」

 

 

クラムは毛皮を着ながら首を横に振り、カルカロフの近くにいた男子生徒が物欲しそうな声で「校長先生、僕、ワインが欲しい」と言ったが、カルカロフはクラムを見ていた優しい眼差しをすぐに消し冷たい目でその男子生徒を睨む。

 

 

「お前に言ったわけではない、ポリアコフ。お前は、また食べ物をベタベタこぼしてローブを汚したな?しょうのない奴だ」

 

 

クラムには父親のような優しい眼差しと気遣いを見せていたが、どうやらそれはクラムが特別だかららしいと、ソフィアはすぐにわかる。

ポリアコフと呼ばれた生徒はつまらなさそうに口を尖らせ、ローブの汚れに向けて杖を振りすぐに清めた。

 

 

カルカロフはドアのほうに向きを変え、生徒を先導した。扉のところでちょうどソフィア達とかち合い、4人が道を譲った。

 

 

「ありがとう」と、何気なくカルカロフは言うとちらりと先頭にいたハリーを見た。

途端にカルカロフは凍りつき、ハリーに向き合うとまじまじと探るように見つめる。カルカロフの後ろについていたダームストラング生達も、ぴたりと足を止め息を呑んでハリーを見る。

 

ハリーは、久しぶりにその視線を受け少し気まずそうにちらちらとカルカロフを見る。彼の視線が自分の顔から、額にある傷痕に移動するのは初対面であり、自分の事を知っている魔法使いなら、誰だってそうだった。

 

 

ポリアコフが隣にいた候補生唯一の女生徒であるヴェロニカの腕を突き、こそこそと囁きながらハリーの額を指差した。ヴェロニカはその指先を視線で辿り、興味深そうにまじまじとハリーを見つめる。

 

 

ハリーは居心地の悪さを感じ、せめて名乗った方が良いのだろうか?と考えていたが、ハリーが名乗る前に後ろから声が低い轟いた。

 

 

「そうだ、ハリー・ポッターだ」

 

 

カルカロフがくるりと後ろを振り向き、ステッキに体を預け魔法の目をギラギラと見据えるムーディを見た。途端に、カルカロフの顔から血の気が失せ、怒りと恐れの入り混じった激しい表情に変わる。

 

 

「お前は…!」

「わしだ。ポッターに何も言う事が無いのなら、カルカロフ、退くがよかろう。出口を塞いでおるぞ」

 

 

カルカロフは亡霊でも見たような目でムーディを見ていたが、唇をつぐんだまま何も言わず、ダームストラングの生徒達を連れてその場を去った。

ムーディはその姿が見えなくなるまで両眼でじっと見据えていた。傷だらけのその顔には、激しい嫌悪感が浮かんでいた。

 

 

「…私たちも、帰りましょう?」

「あ…うん」

 

 

ソフィアはハリーの腕を引き、ハリーは今見たカルカロフとムーディの表情が忘れられず胸にざわりとした物を感じながらグリフィンドール塔へと向かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

翌日は土曜日であり、普段ならソフィア達はたっぷりと睡眠を取った後、遅めの朝食を取っていたがいつもよりもうんと早起きをし、玄関ホールへと向かった。

早起きだったのはソフィア達だけではなく、既に20名ほどが炎のゴブレットの前でうろうろとその青い炎を煌々と燃やすゴブレットを見ていた。

 

ゴブレットはホールの中央に置かれ、いつもなら組分け帽子を載せる丸椅子の上に置かれていた。

ゴブレットを中心に細い金色の線が半径3メートル程の円を描いている。

 

 

「これが年齢線ね…」

 

 

ソフィアは線のギリギリまで近づくとその場にしゃがみ込み、物珍しそうに金色に輝く線を眺めた。

年齢線は、時たま見かける事がある。本屋などには年齢制限がかされている書物もあり──ソフィアは勿論入った事は無かったが、その奥には17歳を越えるまで入ることの出来ない、様々な本が陳列されていた。勿論、中には危険な魔法書もあるが…一般的な本屋にあり、年齢制限がある本といえば、まぁ、一つしかないだろう。

 

 

「もう誰か名前をいれた?」

「ダームストラングが全員。だけど、ホグワーツからは…私は見てないわ」

 

 

ロンがうずうずしながらトーストを齧っていた名も知らぬ女生徒に聞けば、女生徒はすぐに答えた。

ダームストラングと、ボーバトンの生徒はきっと全員名前を入れるのだろう。その為に、最終候補生として残りここに来たのだ。

 

 

「昨日の夜のうちに、みんなが寝てしまってから入れた人もいると思うよ。僕だったら、そうしたと思う…。みんなに見られたくないもの。ゴブレットが名前を入れた途端吐き出したりしたらいやだろ?」

「うーん、確かにそうね」

 

 

ハリーの言葉にソフィアはくすくすと笑いながら立ち上がる。ソフィアは老け薬を飲んでいないし、立候補するつもりはもう無かった。年齢制限がなければ勿論立候補したのだが、ダンブルドアがしいた年齢線を越えられる事はないだろうとソフィアは思っていた。

それならば、ホグワーツ代表選手になったものを応援し、数々の課題にわくわくと胸を高鳴らせる方がよっぽど良い。と、ソフィアは思っていた。

 

 

 

「やったぜ!」

 

 

突然後ろから興奮したような声と共にフレッド、ジョージ、リーが急いで階段を降りながらゴブレットの元へと駆けてくる。その目は興奮から輝き、頬は赤く高揚している。

 

 

「いま、飲んできた」

 

 

フレッドが勝ち誇るように言い、ソフィア達の耳にこっそりと耳打ちをしたが、「何を?」と、昨日の話を全く聞いていなかったロンがきょとんとして首を傾げる。

 

 

「老け薬だよ。鈍いぞ」

「1人一滴だ。俺たちはほんの数ヶ月分、歳を取ればいいんだからな」

「3人のうち誰かが優勝したら、一千ガリオンは山分けにするんだ」

 

 

ジョージは有頂天になり、両手を擦り合わせ、リーはにやにやと笑いフレッドとジョージに目配せをする。一千ガリオンを3人で山分けしたとしても、かなりの金額になり──3人はまだ名前を入れてもいない、選ばれてもいないにも関わらず勝利を確信しているかのような含み笑いを見せる。

 

 

「でも、そんなにうまく行くとは思えないけど。ダンブルドアはきっとそんなこと、考えてるはずよ」

 

 

ハーマイオニーの尤もな警告をフレッド達は少しも気に留める事なく聞き流し、頭を突き合わせ、最終確認をするように楽しげに笑いながら声を顰めた。

 

 

「いいか?」

「ああ、勿論だ!」

「よし、それじゃあ行くぞ…俺が一番乗りだ!」

 

 

フレッドは武者震いを一つしたが、大声でそう宣言すると年齢線ギリギリに近づき、ポケットから名前と所属校を書いた羊皮紙を取り出した。

 

玄関ホールにいる生徒たち全員が、期待と不安が入り混じった目でフレッドを見る中、フレッドは爪先立ちになり、前後に体を揺すり──そして、大きく息を吸って線の中に足を踏み入れた。

 

 

何も、起こらなかった。

うまくいったのだと思ったジョージが「やった!」と歓声を上げながらフレッドの後に続いて線の中に飛び込んだ。

 

ハーマイオニーは信じられないと目を見開き、ソフィアも、まさか本当に年齢線を越えられるとは思ってもみず、目を瞬かせる。

 

 

が、ジョージがフレッドに抱きつき喜びを示そうと手を広げた瞬間、ジュッ!!と大きな音が響き、フレッドとジョージは見えない手で振り払われるかのように線の外へに放り出された。

 

 

「あっ!──あー…」

 

 

ソフィアは悲鳴を上げ心配そうに2人が吹っ飛んだ先を見たが、すぐに苦笑を浮かべた。

 

 

2人は2メートル程も吹っ飛び、冷たい石の床に叩きつけられる。呻き声を上げ、痛む頭や腰を抑えながら体を起こした2人は──ポン!と大きな音と共に白煙に包まれ、それが晴れた頃には2人とも全く同じ白くて長い顎髭が生え、真っ赤な髪も白髪混じりに変わる。

その姿に見守っていた生徒たちは爆笑し、フレッドとジョージでさえ立ち上がってお互いの立派な髭と老いた姿にげらげらと腹を抱えて笑った。

 

 

「忠告したはずじゃ」

 

 

面白がっているような、深みのある声が大広間の入り口から響く。

現れたダンブルドアは目をキラキラと輝かせ、フレッドとジョージの姿を鑑賞しながら自分の髭を撫でる。

 

 

「2人とも、マダム・ポンフリーのところに行くがよい。既に何人かが彼女の世話になっておる…もっとも、君たちの髭ほど見事な者はおらんかったのう」

 

 

身を捩り涙を浮かべながら爆笑するリーに付き添われ、フレッドとジョージは医務室に向かい、ソフィア達も2人のインパクトのある姿を忘れられずくすくすと笑いながら朝食へと向かった。

 

 

 



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188 誰が選ばれる?

 

ハロウィーンの飾り付けがなされた大広間は、昨日の豪華絢爛さとはがらりと違った雰囲気になっていた。

空を沢山の蝙蝠が飛び、何百というジャック・オ・ランタンが大広間の隅で不気味に笑っていた。

 

 

ホグワーツでは誰が立候補するだろうか、という話題がそこかしこで話し合われ、誰もが自分の寮の生徒が立候補し、できるなら選手に選ばれることを望んでいた。

17歳以上で、勇気のある者──といえばそれ程多いわけではない。

スリザリンからはどうやら体格は良いが少々鈍間なワリントンが出るらしい、ハッフルパフではセドリック・ディゴリーが候補になるだろう、そんなディーンとシェーマスの会話を聞きながらソフィアは沢山の料理の中からパンプキンパイを掴み美味しそうに食べていた。

 

 

「ソフィアは誰が出ると思う?」

「ん?…さあ、誰でしょうね。私はあんまり上級生の友達がいないもの…フレッドとジョージは別だけど…。…そうね、アンジェリーナは?」

 

 

ソフィアはもぐもぐと口を動かしながら、グリフィンドールのクィディッチチームの一員であるアンジェリーナを思い浮かべた。

彼女は勇敢で、溌剌とした気持ちのいい笑顔を見せる人だ。ソフィアは時々彼女と談話室でクィディッチの話をする事があったが、年下の自分に対しても気さくでとても楽しい人だと思っていた。クィディッチは危険なスポーツでもあり、それの選手なのだからきっと勇敢に違いなく、さらにとりわけ成績も優秀だと聞いている。

 

 

ハーマイオニーはぱっと表情を明るくさせ、「確かに!アンジェリーナが立候補してくれないかしら?」と目を輝かせた。

 

 

その時、玄関ホールの方で歓声が上がった。

ソフィア達が椅子に座ったまま振り向くと、ちょうど話題に上がっていたアンジェリーナが少しはにかんだように笑いながら大広間に入ってくるところだった。

 

アンジェリーナは自分を見ているソフィア達に気がつくとぱっと駆け寄り、ハリーの隣に腰をかけるなり溌溂とした笑顔と真っ白な形のいい歯を見せた。

 

 

「わたし、やったわ!今名前をいれてきた!」

「わー!本当?アンジェリーナならいいなって、ちょうど話していたところなの!」

「まあ!ありがとうソフィア!」

「私、グリフィンドールから誰かが立候補してくれて嬉しいわ!あなたが選ばれるといいな、アンジェリーナ!」

「ありがとうハーマイオニー!」

 

 

アンジェリーナは嬉しそうに頬を染め、ソフィアとハーマイオニーに笑いかけた。

 

 

「ああ、かわい子ちゃんのディゴリーより、君の方がよっぽど良い」

 

 

シェーマスの揶揄いまじりの言葉に、側を通っていたハッフルパフ生が怖い顔でシェーマスを見たが、彼は全く知らぬふりをしてトーストを齧った。

 

 

 

 

 

「じゃ、今日は何して遊ぼうか?」

 

 

朝食が終わり、大広間を出る時ロンがソフィア達に聞いた。

今日は土曜だ。まだ宿題は残っていたが、明日は休みだし急いで終わらせる事もないだろう。ロンの言葉にハリーは「まだハグリッドのところへ行ってないね」と答える。

既に授業で何度もハグリッドとは顔を合わせているが、ハグリッドの小屋にはまだ遊びに行っていない。

 

 

「オッケー。スクリュートに僕たちの指を二、三本寄付しないでいいなら行こうか」

 

 

ロンはハグリッドの指に巻かれていた包帯を思い出し、にやりと笑う。ハリーはその冗談に楽しげに笑ったが、ハーマイオニーはとんでもない!と顔を顰めた。──何せ、あり得ると思ってしまったのだ。

 

しかしソフィアは「んー」と言い淀むと、小屋に向かおうとしていたハリー達に向かって申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 

「私、ジャックのところに行きたいの。久しぶりに会ったし…ちょっと話してから後でハグリッドの小屋に行くわ!」

「そう?…うん、わかった、じゃあまた後でね」

 

 

ハリー達と別れたソフィアは、すぐにまた大広間に戻った。

ソフィア達が朝食を終える少し前にジャックが何人かの生徒と共に大広間に入り、笑顔で別れを告げた後──生徒達はきっと、ジャックのことが好きなのだろう、残念そうにため息をついていた──教職員テーブルの椅子に座ったのを見ていた。

 

 

ソフィアはすぐにジャックの元に駆け寄る。ジャックはオートミールを食べていたが、すぐにこちらへ一直線に向かって走ってくるソフィアに気がつくと立ち上がり手を広げた。

 

 

「ジャック!」

「ソフィア!久しぶりだな!…あれ?なんか可愛くなった?」

「そうでしょう?私、今ハーマイオニー達に教えてもらってちょっとお化粧の勉強をしているの!」

 

 

ソフィアを笑顔で抱きとめたジャックは、まじまじとソフィアを見つめた。すぐに気が付いてくれたジャックに、ソフィアは彼から離れると披露するようにくるりとその場で周り、悪戯っぽく笑う。

その化粧はそれほど濃い化粧では無く、ソフィアの元々の愛らしさを際立て、今日はたまたまラベンダーに髪の簡単なアレンジの仕方も教わっていたためハーフアップにしていた。勿論、ハーマイオニーからもらったバレッタで上品に留められている。

 

 

「そうか、うん。似合ってる!…あーでも、 育て親(パパ)としては…ソフィアに変な虫がつかないか心配だ」

「え?虫なんていないわよ?」

 

 

少し見ない間にいつの間にか女性らしくなったソフィアに、ジャックは喜びつつも複雑そうに苦笑したのだが──ソフィアはきょとんと目を瞬かせ首を傾げる。

虫なんて近くにいないし、髪や肩についていることもない。

ジャックは勿論そんな意味で言ったのでは無く、ソフィアにこの言葉の意味が伝わらなかったことになんとも言えず沈黙した。

 

 

「ソフィア。何か困った事があったらすぐに俺に言えよ?ルイスでもいいし。ハーマイオニーでもいい。…俺の親友でもいいしな。──とくに、男子関係で」

「…?…ええ、わかったわ」

 

 

男子関係で困った事とは?とソフィアはよくわからなかったが、ジャックがあまりにも真面目な顔をしているためとりあえず頷いた。

 

 

「プリンスとエドワーズは、知り合いかね」

「あ、おはようございますムーディー先生」

 

 

低い嗄れた声が静かに響く。

ちょうど朝食をとりに来たムーディはコツ、コツと義足を鳴らしながら2人の側に近付き、そして無遠慮に──どこか楽しげに2人を見た。青い目はぎょろぎょろと2人の間を激しく行き交い止まる事はない。

 

ムーディは、ソフィアの挨拶に、少し虚が突かれたように黒い目を見開いたがすぐに「ああ、おはよう」と挨拶をする。

その言葉を久方ぶりに言ったのか、どこかぎこちない言葉だった。

 

 

「ジャックは私の育て親なんです。暫く孤児院にいたので…」

「ほう…?ならば、魔法も勿論、エドワーズから学んだのかね?」

「ええ、そうです。…ねえ、ジャック?」

「──ん?ああ、そうだな」

 

 

ジャックは少し遅れて反応すると、にっこりと微笑みソフィアの頭を撫でる。

 

 

「アラスター、ソフィアは俺の大切な子どもだ。…ソフィアは、授業をまじめに受けているのか?」

「──ああ、優秀な魔女になるだろう」

「へえ!お前がそういうなんてなぁ…すごいじゃないか、ソフィア!」

 

 

ソフィアは少し驚いた。

ジャックがムーディに対する対応が、かなり気さくなものだったからだ。基本的にジャックは歳上のものにはそれ相応の敬いを見せ許されない限りは言葉も丁寧で、どこか一線を引いている。今までジャックがそのように話すのは父であるセブルスか、先輩であったルシウスのみだ。アーサーに対しても、彼からの許しを得て初めて言葉を崩していた。

ジャックとムーディの年齢の差は親子ほどに大きく、偉大な闇払いであるムーディを親げにファーストネームで呼び、柔らかな表情を浮かべるジャックに──ソフィアはつい、首を傾げて聞いた。

 

 

「ジャックは、ムーディ先生と友達なの?」

「ん?…だってさ、アラスター?」

 

 

ジャックは意味深に悪戯っぽく笑いムーディを見たが、ムーディは肩をすくめ何も言わなかった。

 

 

「ま、色々あって──」

「邪魔だ」

 

 

第三者の冷たい声が割り込んできた。

ソフィアたちが振り向けば、苦々しい表情をし、いつもより眉間の皺を深くさせたセブルスが、腕を組みソフィアを見下ろしていた。

 

 

「あーごめんごめん」

 

 

ジャックは自分達のせいでセブルスが奥にある自分の席に向かえないのだと分かると直ぐに軽く謝りセブルスに道を開けた。

だがセブルスはその後ろを通る事なくじっとソフィアとジャック、そしてちらりとムーディを見て冷たい微笑を浮かべる。

 

ソフィアは、どうやら父の機嫌は何故かあまり良くないようで、自分がここにいることを望んでいないのだと分かるとすぐにジャックに向き合い「じゃあ、またねジャック」とだけ短く言うとセブルスに小言を言われる前にさっさとその場を後にした。

 

どうせ、生徒が教職員の席に来るのはダメだとか適当な理由を告げて追い返すつもりだったのだろう。ジャックは今は教師でもないし、そこまで目敏くチクチクと言わなくてもいいのに…とソフィアは小さくため息をつき、大広間の扉を通りながらちらりと後ろを振り返る。

 

セブルスとムーディの間にジャックが立ち、何やら話しているようだったが流石にこの距離では何を言っているのかわからなかった。

 

 

 

 

ソフィアはすぐにハグリッドの小屋へ向かおうと玄関ホールを抜け校庭へ出る。

湖にはダームストラングの船が昨日と変わらない場所に泊まっていた。明るい場所で見る船は、昨夜ほどの不気味さや恐ろしさは無く、少々古くはあるが、ただの豪華な黒い客船に見えた。

 

その湖から離れた場所には昨年にかなり──痛い目にあった暴れ柳があり、それを物珍しげに見物するダームストラング生の中に、ルイスとドラコが居ることに気がつく。ソフィアはぱっと笑顔を浮かべるとハグリッドの小屋に行く前に2人に挨拶をしようと彼らに駆け寄った。

 

 

「ルイス、ドラコ、おはよう!」

「おはよう」

「おはよう、ソフィア。…今日は一段と可愛いね?」

「ありがとう!」

 

 

ルイスとドラコは声をかけられ振り向きながら朝の挨拶をする。隣にいたダームストラング生であるヴェロニカと、クラムもくるりと振り返り自分の頭一つ分以上小さなソフィアを見下ろした。

 

 

ルイスはソフィアを優しく抱きしめるとその頬にキスを落とし、ソフィアもまたいつものように頬にキスをする。

 

ソフィアはルイスから離れながらそばに居るダームストラング生がクラムであると気がつくとびしりと体を硬直させ、白い頬を赤く染め興奮したように目を輝かせた。

 

おはようクラム!と、すぐに挨拶をしようとしたがそういえば彼はジャックから翻訳魔法をかけてもらっていないのだと思い出し、古い記憶を呼び起こし…ダームストラングがあると言われているスウェーデン語とアイルランド語を話した。

 

 

God morgon(おはよう!)!…えーと、それとも… maidin mhaith(おはよう!)!かしら…」

 

 

伝わっているだろうか、と不安げなソフィアを見て、クラムとヴェロニカは顔を見合わせ口先だけで微笑む。体が大きく身長も高い2人は威圧的な雰囲気を纏っていたが、そのかすかな微笑みだけで十分すぎるほど雰囲気は柔らかくなった。

 

 

God morgon(おはよう)。…英語で、大丈夫です。…ゆっくりなら、聞き取る、ます」

God morgon(おはよう)。心遣い感謝する。だが、英語で構わない。──ビクトール…聞き取るます。ではなく、聞き取れます。だ」

「ありがとう!私はソフィア・プリンスよ。…よかった!実は挨拶しか出来ないの」

 

 

安堵しながらソフィアは明るく笑う。

孤児院で暮らしていた時代は沢山の外国の子どもたちが居た。ルイスは言葉で彼らと交流しようとし、ソフィアは身振り手振りで子どもたちを引っ張り遊びに誘っていた。言葉が伝わらなくてもなんとかなるもので、──勿論、ソフィアの雰囲気が彼らの心と緊張をとかしていたのだろう──ソフィアの周りにはいつも楽しげな笑顔が溢れていた。

 

 

「僕は…ビクトール・クラムです」

「私はヴェロニカ・アールストレーム。…ソフィアは、ルイスの妹か?」

「ええ、そう!双子なの」

 

 

ソフィアはルイスの隣に立ち、腕を組みにっこりと笑う。

もうすぐ14歳になるソフィアとルイスは、昔ほどよく似ている双子では無かった。成長期をむかえた2人はそれぞれ性差が現れ、身長もルイスの方が5センチは高くなっているだろう。ドラコの方がルイスよりも高いとはいえ、今ではそれ程差は大きくない。

一年時に同じようにくるくると変わっていた表情も、ルイスはかなり落ち着き、いつも優しげな微笑みを浮かべ朗らかな雰囲気を纏うようになってきている。

 

一方ソフィアは少しずつ女性らしくなり、体つきも曲線を描きつつあった。…勿論、まだまだ初めの一歩を踏み出したところだが。

 

双子、というよりは兄妹のような見た目になった2人だったが、それでも、笑顔やふと真剣な目をした時の横顔はとてもよく似ていた。

 

 

「クラム!私、あなたのファンなの!」

「ありがとう」

「この前の試合、本当に凄かったわ!これからも応援してるわね」

 

 

本当ならサインの一つでも欲しかったのだが、今日は休日だ。羽ペンや羊皮紙は鞄の中にあり部屋に置いてきてしまっていた。

ソフィアは自分よりも身長が高く、凛とした立ち姿が美しいヴェロニカを見ると小さな感嘆にも似た吐息を吐き、目を輝かせた。

 

 

「ヴェロニカ、あなたってとっても素敵!…私もあなたみたいに背が高くなって、かっこよくなりたいわ…」

「そうかな?ありがとう」

 

 

すらりとした身長だが出るとこはしっかり出ているなんとも女性らしい曲線に、ソフィアは何を食べればあんな風に胸が大きくなるのだろう、あと数年経ったとしても、どう考えても自分はこんな女性にはなれない──そう思った。

 

 

「僕たちはクラム達にホグワーツの案内をしているんだ。ソフィア、君も来るか?」

 

 

ドラコはクラムを独占できる事がなによりも嬉しいのだろう。いつもより頬は血色が良く、誇らしげに胸を逸らす。

行きたい気持ちはあるが、ハリー達に後でハグリッドの小屋へ向かうと約束しているソフィアは残念そうに「ごめんね、先約があるの」と答えた。

 

 

「クラム、ヴェロニカ。あなた達がホグワーツを気に入ってくれたら嬉しいわ!また、私とも話してくれる?」

「はい」

「ああ、勿論だ」

 

 

ソフィアは2人の優しい表情に嬉しそうに笑う。外国の魔法使いと交流し、可能なら仲良くなりたいという願いが早くも叶えられそうな予感にソフィアは胸を躍らせた。

 

 

「じゃあ、またね!」

 

 

大きく腕を振り、ソフィアはルイス達と別れハグリッドの小屋へ向かった。

小屋の扉をノックするとすぐに重い足音が響き、扉が開かれる。目線を合わせるために上を見上げれば、にっこりと笑ったハグリッドと視線があった。

 

 

「おはよう、ハグリッド!」

「ああ、おはようソフィア」

「…あら、なんだかおめかししてるわね?」

 

 

いつもの学校ではなく、毛がモコモコとした茶色い背広に、派手な黄色と橙色の格子縞のネクタイが浮きだって目立っている。

ハグリッドはハリー達が決して触れなかった自分の服装の変化に──それも、悪くない反応に──照れたように鼻の下を指で擦りながら「まぁ、ほら、お客さん方がおるからな」と曖昧に言葉を濁した。

 

 

 

 

 



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189 4人目の代表選手!

 

 

昼食はハグリッドに進められ、お手製のビーフシチューを食べた。

しかし、大きな器の中には肉に混じって鉤爪がぷかりと浮いていて──ハリー達は、スープの部分だけを僅かに食べただけで、残念ながら完食は出来なかった。

ソフィアは何の肉が入っているのか聞きたかったが、ハーマイオニーにより必死に止められてしまった。「世の中には知らない方がいい事もあるのよ」と真剣な表情で小声で囁かれ、ハリーとロンも顔を青くしながら何度もこくこくと頷いていた。

 

 

昼過ぎから小雨が降り、しとしととした微かな雨音を聞きながらソフィア達はクィディッチ・ワールドカップの話や、三校対抗試合について話した。

どんな課題が出されるのか、どれほど危険なのか、誰が選ばれるのか──話題は尽きず、どんどん熱を孕み口々に言い合う。どうやらハグリッドは教員として何かを知っているらしいが、何度ソフィア達が言わせようとやんわりと誘導し、時には直接頼み込んでもハグリッドは珍しく口を滑らせる事は無かった。

 

 

5時半になると雨を降らせる曇天のせいなのだろう、外は薄暗くなり始め、そろそろ帰る支度をしなければならない、とソフィア達は立ち上がる。

ろくな昼食を食べていないソフィア達はかなり空腹だったし──なにより、この後大広間で三校対抗試合の代表者が発表される、素晴らしいハロウィーンの晩餐会も魅力的だが、今年はそれよりも代表選手の発表の方に心を奪われていた。きっと、それはソフィア達だけではない。

 

 

「俺も一緒に行こう。ちょっと待っちょれ」

 

 

ハグリッドが繕い物を片付けながら言い、ベッド脇の箪笥のところまで向かうと何かをごそごそと探し始めた。

ソフィア達は特に気に留める事も無くローブを羽織っていたが、突如とんでもない悪臭と刺激臭が鼻を強く刺激し、鼻を袖で押さえながら怪訝な顔をしてハグリッドを見た。

 

 

「ハグリッド、それ、何?」

 

 

ロンがあまりの刺激臭に咳き込みながら聞く。ハリーとハーマイオニーとソフィアも、目まで滲みるその臭いに顔を顰め何度も瞬きを繰り返した。

 

 

「はあ?気に入らんか?」

 

 

ハグリッドが巨大な瓶を片手に振り返る。

気に入らんか、と言う事は、彼はこの匂いを気に入りわざとその匂いを振り撒いているということだ。ソフィアは玉ねぎとアルコールと何やらとびきり甘い匂いを混ぜたような悪臭にくぐもった声で「ワックスか何か?」と聞いた。

 

 

「あー…オー・デ・コロンだ。ちとやり過ぎたかな、…落としてくる。待っちょれ…」

 

 

頬を赤くしたハグリッドが気まずそうにモゴモゴと髭の奥で呟き、どすどすと足音を響かせ小屋から出て行った。窓から外の様子を覗き見れば、桶に入った水で乱暴に体を洗っているのが見える。

 

 

「コロンだって?ソフィアのとは全然違うね」

「んー…まぁ、人の好みは色々だもの…」

 

 

ソフィアはまだ小屋の中に漂う悪臭を少しでもマシにするために窓を開け外から新鮮な空気を呼び込んだ。雨が少し小屋の中にはいってしまうが、今はこの臭いをどうにかするのが先決だろう。

 

 

「ソフィアのは凄く良い匂いよね…マルフォイの母親と同じって言うのが…ちょっと()()だけど」

「まぁ…そんな事、言っちゃダメよハーマイオニー?匂いを褒めてくれるのは嬉しいけど…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの首元に顔を近づけくんくんと匂いを嗅ぐ。ふわりとさわやかな甘い匂いが鼻腔をかすめ、小屋の中でここだけが唯一澄んだ空気だとハーマイオニーは思った。この匂いがマルフォイの母、ナルシッサと同じだと──あの人を見下すような冷たい目をする女性と同じだと思うと、良い気はしなかったが。

 

 

「ハグリッドがオー・デ・コロンなんてね…」

「今日は、凄くおめかししているわよね?」

「髪もちょっと…あー…いつもの方がマシだよね」

 

 

ハーマイオニーはごしごしと顔を洗っているハグリッドの様子を見ながら訝しげに呟く。ハグリッドと出会ってから一度だってオー・デ・コロンをつけている姿なんて見た事がない。いくら客人が来ているからといって、気合が変な方向に入りすぎではないだろうか?

 

ハリーは声を低くしながら無理矢理べっとりと堅められ結われている髪を見て呟く。それにはソフィアとハーマイオニーも同意であり、無言のままに3人は顔を見合わせ頷いた。

 

 

「見て!」

 

 

ずっと窓の外を見ていたロンが小声で叫ぶ。ソフィア達はすぐに窓の外を見て──先程には比べ物にならないならないほど頬や耳を赤く染めたハグリッドを見た。

 

ハグリッドは馬車から降りてきたマクシームとボーバトン生達の集団に近づくと、マクシームと顔を赤くしたまま何かを話し、そしてそのまま玄関まで向かってしまった。

 

 

「ハグリッドったら、あの人と一緒に行くわ!私たちを待たせてるんじゃなかったの?」

 

 

ハーマイオニーは憤慨したように言う。ボーバトン生のつんとすまたような顔、そして少しも友好的では無かった彼らに、ハーマイオニーは良い印象を持っていない。大広間での彼らはどう見てもダームストラング生とは違い、偏屈な気がしたのだ。勿論それはハーマイオニーの偏見も混ざっているが、大広間での彼らを見ればそう思ってしまうのも仕方のない事だろう。

 

 

「ハグリッド、あの人に気があるんだ!」

「えっ!?そうなの?」

「ああ、見ろよ。あの顔!…もし2人に子どもができたら、世界記録だぜ?2人の赤ん坊なら、きっと重さ1トンはあるな」

 

 

ロンの確信めいた言葉にソフィアは驚きながら遠ざかっていくハグリッドとマクシームの背中を見つめた。

ハグリッドのあのおめかしは、マクシームに見せるためだったのか。それならば…確かに、恋をしているのかもしれない。同じように大柄な2人は、たしかに──お似合いかもしれない。

 

 

「僕たちも行こうか」

 

 

ハリーはソフィア達を促し、小屋を出て扉を閉めた。雨がしとしとと降る外は真っ暗になりとても寒く、ソフィア達は駆け足になりながら必死にローブを身体に巻きつけ芝生の斜面を登り始めた。

 

 

4人が入った時には、蝋燭の灯りで照らされた大広間はほぼ満員だった。

炎のゴブレットは玄関ホールから空席であるダンブルドアの席の正面に移されている。

フレッドとジョージも髭をすっかりと無くしたいつもの姿で席についていた。炎のゴブレットに名前を入れる事はかなわなかったが、どうにか気持ちを切り替えこの素晴らしい祭りごとを楽しむ気持ちになったらしく楽しげにリーと話している。

 

 

ソフィア達はフレッドとジョージのすぐ隣に座り、ソフィア達を見たフレッドはニヤリと笑いながら「アンジェリーナだと良いよな」と声をかけた。

 

 

「私もそう思うわ!」

「きっと、もうすぐ答えが出るはずよ!」

 

 

何とかグリフィンドール生が代表選手になってほしい、ソフィア達だけで無く、グリフィンドール生全員がそう思っているだろう。机の中程に座っているアンジェリーナは緊張した表情だったが友人達に代わる代わる声をかけられ「きっと選ばれるよ」と励まされているうちにいつもの溌剌とした明るい笑顔を取り戻していた。

 

 

ダンブルドアが大広間に現れ、まずはハロウィーン・パーティが開催された。大皿には豪華な料理が並ぶが、いつもなら心奪われるこの光景もどこか色褪せて見える。大広間にいる全員がハロウィーン・パーティよりも炎のゴブレットに注目し、早く代表選手が誰なのかを知りたかった。

 

ついに金の皿がきれいさっぱりと元の状態になり、ダンブルドアが立ち上がった。

いよいよだ。それを察した生徒達は一瞬にして鎮まりかえり、ダンブルドアを期待と緊張、そして興奮の熱が篭った目で見つめる。

 

生徒だけでは無く、教師やマクシーム、カルカロフもどこか緊張した面持ちでダンブルドアの言葉を待つ。クラウチだけが、疲れたようなうんざりとした顔をしてにこりともせずむっつりと気難しい表情を崩さなかった。

 

 

「ゴブレットはほぼ決定したようじゃ。わしの見込みでは後1分程じゃの。さて、代表選手に選ばれたらその者たちは、大広間の1番前に来るがよい。そして教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るよう。そこで、最初の指示が与えられるだろう」

 

 

ダンブルドアは教職員テーブルの後ろにある扉を指差した後、杖を取り大きく一振りした。

 

とたんにジャック・オ・ランタンを残して後の蝋燭が全て消え、部屋はほとんど真っ暗になった。

炎のゴブレットは大広間の中で一際大きく煌々と輝き、キラキラとした青白い炎が目に痛い程だった。

 

1分。今までの中で最も長いその時間に、誰もが緊張と興奮の入り混じる顔でゴブレットや、自身の腕時計を見ていた。

 

 

「──来るぞ」

 

 

ハリーの2つ離れた席にいたリーが腕時計を見ながら呟いた。

 

 

1分。

それが経過した途端ゴブレットの炎が突如赤くなった。火花を散らせながら先ほどより大きな炎が燃え上がり、高く伸びる。

炎の先から焼け焦げた小さな羊皮紙が一枚、ハラリと降りてきた。

 

ダンブルドアは器用にその羊皮紙を捕らえ、再び青白くなった炎の灯にかざしながら書かれた名前を読んだ。──全員が、固唾を飲む。

 

 

「ダームストラングの代表選手は。──ビクトール・クラム!」

 

 

力強く、はっきりとしたその言葉に大広間中が歓声を上げ拍手を大きく鳴らした。

「そうこなくっちゃ!」とロンは喜び一際大きく痛いほど手を叩く。

クラムはスリザリンのテーブルから立ち上がり、前屈みになりながらダンブルドアの前まで歩き、一度軽く頭を下げた後、教職員テーブルの前を通り奥にある部屋の中に消えた。

 

 

「ブラボー!ビクトール!わかっていたぞ、君が選ばれると!」

 

 

カルカロフの興奮した声は、拍手喝采の中でもよく響いた。それを聞いたクラム以外のダームストラング生達は重いため息を吐き、沈黙した。カルカロフがクラム贔屓だというのは今に始まった事ではない。彼らは最終候補生に残ったものの──どこか、そうなるだろう予感はしていた。

 

 

「残念だったね、ヴェロニカ」

「ああ…。まあ、ビクトールを応援するとしよう」

 

 

ルイスの言葉に、ヴェロニカは小さく頷いた。

ヴェロニカも代表選手に選ばれたい気持ちは勿論あったが、ゴブレットの決定なのだ、仕方のない事だとすぐに気持ちを切り替え友人の勝利を願った。

 

 

 

拍手とお喋りが収まり、再び大広間に沈黙が落ちる。今や生徒達は再び赤く燃え上がったゴブレットに注目していた。次はボーバトンだろうか?それとも、ホグワーツから選ばれるのだろうか?

 

2枚目の羊皮紙が飛び出し、ダンブルドアは同じように力強く言う。

 

 

「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール!」

 

 

また大きな歓声と拍手が響く。

優雅に立ち上がったフラーは白く美しい顔を僅かに赤く染め、胸に手を当てて恭しく頭を下げた。はらりと流れたシルバーブロンドの髪を後ろに払い、フラーは堂々と滑るようにダンブルドアの前へと向かう。

 

 

「まぁ、見てよ。みんながっかりしてるわ」

 

 

ハーマイオニーは残されたボーバトンの生徒の方を顎で指した。選ばれなかった女の子が2人、机に伏せてわっと声を上げて泣いている。彼女達もまた、どうしても選ばれたかったのだろう。

 

 

デラクールも部屋の中に入ると、今度はすぐに沈黙が訪れる。残すのは、ホグワーツの代表選手だけだ。興奮と緊張で張り詰められた空気がホグワーツ生の肌を突き刺した。

皆、我が寮の寮生が選ばれてほしい──それをただ願っていた。

 

三度炎が赤く燃え上がる。

吐き出された羊皮紙を捕らえたダンブルドアは、生徒達を見回してゆっくりと、朗々と告げた。

 

 

「ホグワーツの代表選手は──セドリック・ディゴリー!」

 

 

「ダメ!!」とロンは叫んだが、その声は隣にいたハリーにしか聞こえなかっただろう。ハッフルパフ生が総立ちになり喉が枯れるほどの大歓声を送り、叫び、足を踏み鳴らす。

セドリックはにっこりと笑いながらそれに答え、教職員の後ろの扉へと向かった。

 

 

アンジェリーナが選ばれなかった事に、やはりグリフィンドール生としてソフィアは残念に思ったが、セドリックは悪い人ではない。むしろかなり優等生であり模範生だと聞いている。ホグワーツ生として、彼を応援しようとすぐに気持ちを切り替えた。

 

 

大歓声と拍手がようやく終わった頃、ダンブルドアは手を広げ「結構、結構!」と嬉しそうに生徒達に呼びかけた。

 

 

「さて、これで3人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生も、ダームストラング生も含め、皆揃って、あらんかぎりの力を振り絞り、代表選手を応援してくれる事と信じておる。選手に声援を送る事で、皆が本当の意味で貢献でき──」

 

 

ダンブルドアは言葉を不自然に止めた。

それを怪訝な目で見つめるものは居ない。

誰もが、()()()()()()()()()()炎をゴブレットを見つめていた。

 

火花が迸り、空中高く炎が上がり、そして、羊皮紙を吐き出した。

ダンブルドアがすぐにその羊皮紙を掴み、今までの笑みを消して真剣な目で食い入るようにそこに書かれた名前を見つめた。

ダンブルドアだけではない、大広間にいる全員が、それを見つめる。

 

 

長い間、ダンブルドアは沈黙していた。

そして、咳払いを一つ零し、低い声で名前を読み上げる──。

 

 

「ハリー・ポッター」

 

 

その名前が言われた途端。

ハリーは全ての目が自分に向けられたのを感じながら、ただ立ち上がる事も、動く事も出来ずぽかんと口を開けて座っていた。

 

驚愕し顔を蒼白にさせているハリーの横顔を見たソフィアもまた、他の皆と同じように驚きハリーを見つめる。

 

 

誰も、拍手はせず、驚愕の後に訪れたのは激しい怒号であり、その騒音は大広間を震わせた。

凍りついたように座ったままのハリーをよく見ようと立ち上がる生徒までいる。

 

上座のテーブルではマクゴナガルが立ち上がり切羽詰まった表情でダンブルドアの側によると何かをダンブルドアに囁いていた。ダンブルドアは微かに眉を寄せ、彼女の方に体を傾け耳を寄せている。

 

ハリーはソフィア、ロン、ハーマイオニーの方を振り返った。

グリフィンドール生全員があんぐりと口を開け、ハリーを見つめている。

 

 

「僕、名前を入れてない。…名前を入れてない事、知ってるだろう」

 

 

ハリーは自分の喉が酷く乾いていることに気づいた。口から出た言葉は掠れ、震えている。

ソフィア達は愕然としたまま、ハリーを見つめ何も言う事が出来なかった。

 

 

「ハリー・ポッター!」

 

 

ダンブルドアがまたハリーの名前を呼び、マクゴナガルも「ハリー!ここへ来なさい!」と叫びながらハリーを呼ぶ。

 

 

「ハリー、行かないと…」

 

 

ソフィアがハリーに囁いた。

ハリーは立ち上がりざまにローブの裾を踏んづけてよろめきながら、グリフィンドールとハッフルパフのテーブルの間を進む。

ハッフルパフ生達は冷たく、憎しみにも似た眼差しででハリーを見つめ、近くを通った途端口々に暴言を吐いた。

 

 

ダンブルドアの前に立ったハリーは、自分を見つめるその目が少しも微笑んでいない事に気がつく。

 

 

「さあ…あの扉から、ハリー」

 

 

静かな声で促されるまま、ハリーは教職員テーブルの前を通り3人の代表選手達が入った扉に手をかける。──ノブを掴む手が、震えていることにハリーだけが気がついた。

 

 

パタン、と小さな音をたて扉が閉まり、ハリーの姿が見えなくなった途端再びそこかしこから怒りの声が上がる。

特に、ハッフルパフ生とスリザリン生からの声が大きいだろう。グリフィンドールと犬猿の仲であるスリザリンはハリーがズルをして代表選手になったに違いないと怒りを爆発させ抗議にも似た叫びをあげる。

ハッフルパフ生は普段はグリフィンドールと友好的な関係を築いていたが、セドリックが代表選手に選ばれた後、水を差すようなハリーの仕打ちが許せなかった。

 

ダンブルドアは少しも静かになることのない生徒達を見て、静かな目で杖を振るう。パンパンと杖先から花火と爆竹のような音が上がり、漸く──ありありと不満げな顔をしていたが──生徒たちは静まり返った。

 

 

「代表選手の発表はこれで終了じゃ。──夜も更けた、皆すぐ就寝するように」

 

 

ダンブルドアはそれだけを言うとすぐに教職員たちと共に後ろにある部屋に向かう。

静寂が落ちていた大広間に、また怒りの声がそこかしこから上がる。

何の説明もないダンブルドアに、17歳以下にも関わらずホグワーツ2人目の代表選手として選ばれたハリーに、誰もが激しく怒っていた。

 

しばらく騒ついていた生徒たちだったが、ここにいても埒があかないとわかり、ぱらぱらと各寮へ戻った。

 

 

グリフィンドール生達は、まだ暫く座ったままでポカンとしていた。流石に、この雰囲気の中でハリーが選ばれた事を喜ぶ事が出来るものなど居ない。

まず、アンジェリーナが立ち上がり友人達に連れ添われ大広間から出て行った。それにつられて何人かがようやく思い出したように立ち上がり、こそこそと話し合いながらグリフィンドール塔へ向かう。

 

 

ハーマイオニーとソフィアは殆どのグリフィンドール生が戻った後ちらりと視線を交わし、無言のまま頷くと立ち上がった。

しかし、ロンはまだハリーが消えた扉の先をぽかんと口を開いたまま見つめている。

 

 

「ロン、行きましょう」

 

 

ハーマイオニーが促して、ようやくロンは視線を扉から外すと「ああ──うん」と心無い返事をして立ち上がった。

 

ロンは不自然なまでに無言のまま、足早にグリフィンドール塔へ向かう。

グリフィンドール寮の前では既に殆どのグリフィンドール生が集まり、談話室に入ることなく太ったレディと、その隣にいる魔女の話す言葉を興味津々で聞いていた。

どうやら、この魔女は選手たちが集められた部屋にいたらしい。何があったのか、あの中でどんな会話がなされたのかを詳細に披露する魔女の言葉を聞いたグリフィンドール生達は談話室に入った後グリフィンドール生達は自分達の寮から──なぜなのかはわからないが──代表選手が出た事実に歓喜し、大盛り上がりしていた。

グリフィンドール生は、基本的な性質として祭りごとや馬鹿騒ぎを好む、楽しければいいと楽観的に考える者が多く、彼らにとってハリーが自分で名前を入れたかどうかは重要ではない。

彼らにとっては、グリフィンドール生が選ばれた。──それが何よりも重要だった。

 

 

 

「ロン!ハリーはどうやって年齢線を超えたんだ?俺たちに方法を教えてくれればよかったのに!」

「まじですげえ!流石ハリーだ!俺らとは違う!」

 

 

きっと、仲のいいロン達ならその秘密を知っているに違いないと談話室に足を踏み入れた途端、すぐにフレッドとジョージがロンに駆け寄り肩を組んだ。

だがロンは身を捩り振り払うと、俯いたまま「僕、知らない」と小声で呟き興奮に湧くグリフィンドール生をチラリと見た後すぐに男子寮へ走って行ってしまった。

 

フレッドとジョージは「なんだ?」と言いながらも特に気にすることは無く、リー達がハリーの健闘を祈り興奮する中にすぐに戻って行った。

 

 

「…部屋に、いかない?」

「ええ、そうしましょう」

 

 

ハーマイオニーの誘いに、ソフィアはすぐに頷いて興奮する生徒達の間を縫い、女子寮への階段を上がった。

 

部屋にはまだラベンダーとバーパティは居なかった。きっと、他の生徒と談話室で話し込んでいるのだろう。

 

 

ソフィアは自分のベッドの上に座り、ハーマイオニーもすぐにその隣に座った。

暫く、2人の間に沈黙が落ちる。

 

 

「ハリーは、入れてないわ。…だって、選ばれた時…ハリー凄く動揺して、真っ青だったもの」

 

 

ソフィアは指を組みながらハーマイオニーを見つめ真剣に伝えた。ハーマイオニーも、同じ気持ちであり頷く。

 

 

「私も、そうだと思う。…けど…みんな、信じてなさそうね」

「そうね…。……もし、課題中の事故に見せかけてハリーを殺す目的があるのだとしたら…本当に、大変なことよ。…誰が…何故…?」

 

 

ソフィアは目を伏せ、じっと何もない床板を見た。

考えられるのは、やはり、 ヴォルデモート卿(例のあの人)しかいないだろう。ハリーの死を願っている残虐な者なんて、それ以外に思いつかない。…だが、どうやってヴォルデモートが炎のゴブレットに細工出来たのだろうか?まさか、一年目や二年目ように、誰かにまた取り憑き操っているのだろうか?──怪しい者など、一人として見当たらない。この日までは至って平和だったのに。

 

 

「…わからないわ。…でも、…本当に心配だわ…。…ハリーもだけど──ロンの事も」

「…ちょっと、様子がおかしかったものね。ロンは…ハリーが入れたのだと思っているみたいだし…」

 

 

ハーマイオニーは唇を噛み、動揺を必死に隠そうとしているようだったが、そわそわと体が動いている。ロンはハリーが選ばれて喜ぶ事も無く、ただ奇妙なまで無言で──苛立ち、不機嫌そうだった。

 

 

「…きっと──ハリーの口から直接聞けば、ロンはわかってくれるわ。ハリーが入れたんじゃないって…。…そうよね、ソフィア…」

「ええ、きっと…大丈夫よ。今は混乱してるだけだと思うわ」

 

 

不安げに目揺らすハーマイオニーの肩を引き寄せれば、ハーマイオニーはソフィアの肩に頭を預け「うん…そうよね」とぽつりと呟いた。

 

 

 



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190 蹴っ飛ばしてやりなさい!

 

 

代表選手が選ばれた翌日の朝。

ソフィアとハーマイオニーは日曜にしては早くに目覚めてしまった。

きっと、ハリーが4人目として選ばれた漠然とした不安感により気持ちがざわついているからだろう。

着替え終わり談話室に降り、いつものようにハリーとロンの到着を待つ。約束はしていないが、この4年間ずっとこうしていた為今朝も待っていれば2人が共に現れると信じて疑っていなかった。

 

だが、男子寮の階段から降りてきたのはロン1人だった。

ちらり、とロンはソフィアとハーマイオニーを見ると、怒っているような、悲しんでいるような、そんな複雑な表情で彼女達に近付き隣に座る事なく「おはよう。朝食に行こうぜ」とぶっきらぼうに声をかけた。

 

 

「ハリーを待たないの?」

 

 

ソフィアは驚き、ロンに聞く。

しかし、ロンはその複雑な表情の中に怒りを多く滲ませるとソフィアの言葉を無視してずんずんと談話室の出口に向かってしまい、ソフィアとハーマイオニーは慌ててその後を追った。

 

 

「ロン!待って!昨日ハリーと話したんじゃないの?」

 

 

談話室を出たところで追いついたソフィアはロンの腕を取り、一人で大広間に行こうとする彼の歩みを無理矢理止めた。

ロンは振り払う事なくくるりと振り返り、その顔に不自然な笑みを浮かべた。

 

 

「ああ、話したさ。自分では入れてないって言い張ってた。親友の僕にも、話してくれなかった」

「それは…ハリーが自分で入れてないからでしょう?」

 

 

ハーマイオニーが宥めるように優しく言ったが、ロンは「はっ!」と鼻で笑うとついにソフィアの手を振り払い肩で風を切るように怒りながら廊下を進む。

 

 

「ロン!待ってよ!」

「ハリーが自分でいれていない?──ああ、そうかもしれないな!だけど、誰が入れたにしても、毎年()()()()のはあいつだ!」

「ロン…あなた…」

 

 

苦しげに吐き捨てられた言葉を聞いたハーマイオニーは唖然とロンの顔を見た。ロンは顔を怒りで赤くしたままハーマイオニーを見据える。あまりの感情の激しさに、ハーマイオニーは何も言えず口を閉ざした。

 

 

「一千ガリオン!期末試験の免除!栄光!──良いよな、ハリーは!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはロンの怒りが、自分に黙って抜け駆けをし、炎のゴブレットの中に名前を入れた事ではないのだと察した。

ロンはハリーの1番の親友だ。それは最も近くにいる彼女達がよく知っている。だが親友であっても──いや、親友で、常に一緒にいるからこそ、毎年ハリーだけが注目され、ハリーだけが偉大な事をやってのける。

今まではロンは何も言わず、胸の奥に潜む()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という気持ちに蓋をして耐えていたが、ついに耐えられなくなったのだろう。

 

ソフィアは、1年生の時にみぞの鏡でロンが何を見たのか思い出した。彼は誰よりも偉大なことをやり、注目される自分を心から渇望していた。

 

 

ハリーが名前を入れた事に怒っているのなら、まだ誤解を解くことは簡単だった。だが、これは誤解ではない。ロンの心の問題なのだ。

それに、このハリーに対し異常なまでに怒っている様子を見ると…昨夜、ロンとハリーの間で何かあったのかもしれない。

 

 

「…僕らは親友なのに」

 

 

ロンはぴたりと足を止めて俯き呟いた。

親友なのに、何故こうも違うのか。その背中があまりにも寂しそうで、辛そうで──ソフィアとハーマイオニーは何も声をかけることが出来なかった。

 

 

すぐに勢いよく走り出してしまったロンの背中を、ソフィアとハーマイオニーは見送り、同時にため息を吐いた。

 

 

「…深刻ね」

 

 

ハーマイオニーは額を押さえ廊下の端までくると石壁に背を預け、もう一度長くため息を吐いた。

 

「ロンは、ハリーに…嫉妬してるのね」

「ええ、きっとそうだわ…いつも目立つのはハリーだったから…それをハリーが望んでなくても、ロンには関係ないんでしょうね」

「…嫉妬、はわからないけど…ハリーってなんでこうも毎年巻き込まれるのかしらね」

 

 

ソフィアは窓際に近づき、窓枠に手を乗せてうっすらと映る自分の心配そうな顔を見た。

ハーマイオニーは「全く、その通りだわ!」と嘆いた。

 

 

 

その後ソフィアとハーマイオニーは2人で大広間に向かった。

朝早かったが既に何人もの生徒で溢れ、口々に昨日のことを話していた。選手達の集められた部屋にいた肖像画の魔女が、きっと全ての生徒に何があったのかを知らせたのだろう。すでに皆がハリーは異例として出場する事を知り、特別とも言える待遇にぶつぶつ文句を言っていた。

 

 

「…ハリーは、ここに来ない方がいいわね」

「そうね…私、サンドイッチを持って行くわ。…ハーマイオニーは…ロンのそばにいてあげて?…私たち2人ともハリーのそばに居たら…きっと、ロンはさらに臍を曲げちゃうわ」

 

 

ソフィアはグリフィンドールの机に並べられている料理からサンドイッチを数個手に取ると綺麗なナプキンでさっと包む。

ハーマイオニーは自分もいた方が良いのではないか、と思ったが──確かに、ロンを独りにさせる事も出来ない。

 

 

「…わかったわ。…ソフィア、ハリーの事お願いね」

「ええ、…ロンの事を、頼んだわよ」

 

 

2人は真剣な顔で同時に頷き、別々の方向へ向かった。ハーマイオニーは机の端でひとりで朝食を取るロンの元に、ソフィアはそろそろ起きているだろうハリーの元に。

 

 

 

ソフィアは来た道を戻る途中、大広間から出た途端ばったりとルイスとドラコに遭遇した。

 

 

「おはようルイス、ドラコ」

「おはようソフィア」

「ああ…おはよう」

 

 

ルイスはいつものように笑顔でソフィアに挨拶をし頬にキスを落としたが、ドラコはいつもより表情が硬く苛立ちを隠しきれていなかった。

 

ソフィアはルイスの頬にキスを返しながら、まぁ…ドラコも、面白くないって思ってるわよね、と内心で呟く。

 

 

「ソフィア。…ポッターはどうやって炎のゴブレットを出し抜いたんだ?君は知ってるんだろう?」

「ドラコ、ハリーは自分で入れてないわ」

 

 

ソフィアがきっぱりと言うと、ドラコは少し顎を上げ嘲笑にもとれる冷たい笑いを浮かべた。

 

 

「へえ?君にも教えなかったのか」

「教えられないわ。だって入れてないもの」

「それを信じるのか?」

 

 

ドラコの細められた瞳がソフィアを見据える。ソフィアはすぐに頷いた。

 

 

「ええ、だって…。あのね。ドラコはどう思ってるのかわからないけど、ハリーは毎年平穏を望んでるのよ」

「…ふぅん?それにしては、毎年騒ぎの中心に自ら進んでいるようだが?」

「それは…」

 

 

ハリーは平穏を望んでいる。

だが、否応なしに巻き込まれてしまい、それを対処する内にかなり目立ってしまう。仕方のない事だが、周りにとっては──目立ちたがり屋に見えるのかもしれない。

口籠ったソフィアに、ドラコはフンと鼻で笑うと腕を組み「それ見たことか」と言う目を向けた。

 

 

「ドラコ、僕もハリーは自分で入れてないと思ってるし、誰よりもハリーが静かに暮らしたいんだって知ってる。…けどね、ハリーは…多分、そういう運命なんだよ。それが決まったのは…ハリーのご両親が亡くなった時だ、奇跡の子になった時、そういう運命が…ハリーを捕らえたんだと思うよ。──沢山の犠牲と引き換えにね」

「…はっ!運命?奇跡?そんな高尚なものなわけがあるか!目立ちたがり屋なだけだろう」

 

 

ドラコはぷいっとそっぽを向き、そのまま大広間に入る。その途端聞こえてきたハリーへの言葉の数々ににやりと笑い、ソフィアとルイスを振り返った。

 

 

「僕と君たち、どっちの意見が正しいかは──ここにくればすぐにわかるな?」

 

 

勝ち誇った顔でドラコは意地悪く笑うと、ハリーの悪口を言っているスリザリンの集団の中に混じった。

 

 

「…まぁ……()()()()()()()はそう思うわ」

「ハリーに何があったのかを知ってるのは…僕たちだけだからね」

 

 

ルイスとソフィアは呟く。もし、ハリーに今まで何があったのかを皆が知れば、きっとハリーが置かれている状況が自ら望んだものではないとわかっただろう。

 

一年生の時は、ヴォルデモートに寄生されたクィレルと戦い、賢者の石を守った。

二年生の時は、学生時代のヴォルデモート──トム・リドルと戦い秘密の部屋を閉ざした。

三年生の時は、裏切り者がペティグリューだと知り、無実の罪で捕えられていたシリウスを死の運命から救った。

 

全ては、ハリーが奇跡の子になったからだ。一歳のその出来事から──終わりなく、続いている。

 

 

「…ルイス。今ね…ハリーとロンが喧嘩してるの。…ハリーが選ばれて、ロンは──その、嫉妬してるの…ほら、みぞの鏡で…ロンは何よりも目立って全ての中心にいる自分を望んだでしょう?」

「あー…。…僕思うんだけど、ドラコとロンって似てるよね」

 

 

目立ちたく、ハリーの栄光の数々に嫉妬している。

その点においては2人は今、ハリーに同じ感情をぶつけていると言えるだろう。

 

ソフィアは少し黙った後、片眉を上げてルイスを見た。

 

 

「…それ、絶対ロンにもドラコにも言わないでよ。余計に(こじ)れるわ」

「勿論、言わないよ。…じゃあね」

 

 

ルイスは肩をすくめて、楽しげにスリザリン生とハリーの悪口に花を咲かせるドラコの元へ向かった。

 

 

ソフィアは「はあ…」と何度目かのため息をついて、グリフィンドール塔へ向かった。

もうそろそろ起きているだろう、寝ていたら談話室で待っていようか──そう思いながら太ったレディを見上げた時、パッと肖像画が開き中からハリーが現れた。

 

 

「おはようハリー。サンドイッチ持ってきたの。…ちょっと散歩しながら食べない?」

「いいね」

 

 

ハリーはソフィアの隣に立つと安心したように笑ったが、その目はソフィアでは無く周りに向いていた。いつもなら居るハーマイオニーとロンが居ない。それにすぐハリーは気がついたが何も言わず、2人は大広間の前を足速に通過し玄関ホールを越え、寒々とした風が吹く中芝生を横切り湖に向かった。

 

ソフィアはサンドイッチをハリーに渡し、自分も一つ食べながらあてもなく歩き続ける。ハリーはサンドイッチを頬張りながら、昨夜グリフィンドールのテーブルを離れてから何が起こったのかありのままに話し、ソフィアは一度も口を挟まず真剣な顔でその話を聞いた。

 

 

「ソフィア、僕が入れたんじゃないって…信じてくれる?」

「勿論よ。だって…名前を呼ばれた時…物凄く驚いていたし…ゴブレットを騙す事が出来る程の錯乱の呪文なんてあなたは使えないわ。それに、ダンブルドアの年齢線もあるもの。…ダンブルドアよ?その辺の本屋にある年齢線じゃないわ。それを越えられるなんて…そんな偉大で強力な魔法を知っているのなら…あなたはこの3年間怪我せずに全てをこなしてた、そうでしょう?」

 

 

ハリーはソフィアが自分の事を信じてくれたのだと分かると、とても嬉しかった。胸の奥の獣が満足気に喉を鳴らしているかのような奇妙な感覚に、ハリーは無意識のうちに自分の胸を撫でる。

 

 

「問題は…ムーディ先生の言うように、誰が名前を入れたのかよ。ゴブレットを騙して、ダンブルドアを欺く。そんな事生徒には──」

「ソフィア、ロンを見かけた?ハーマイオニーは?」

 

 

ソフィアの話を途中で遮り、ハリーは今まで気になっていた事を我慢できず聞いた。

ソフィアがここまで信じてくれているのなら、きっとハーマイオニーとロンもそうに違いないと思ったのだ。昨日、ロンとはあんな──喧嘩のようになってしまったが、賢い彼女達に諭され、今はハーマイオニーと図書館にでもいるのだろうか?

 

 

「…ええ、朝食に来てたわ」

「僕が、自分の名前を入れたってまだ思ってる?」

「うーん…ううん。多分、思ってないと思うわ」 

 

 

ソフィアは困ったような顔で口篭り、ハリーの目を見つめた。なんとなく、不穏なソフィアの言葉にハリーは怪訝な顔をする。

 

 

「じゃあ…なんで、2人は…いないんだ?僕が入れたんじゃないってわかれば…昨日の夜の誤解は解けたはずだろ?」

「えーっと…。……そういうことじゃないの。ゴブレットに名前をいれたとか、いれてないとかじゃなくて…」

「そういうことじゃない、って、それ…どういう意味?」

 

 

ソフィアにしては歯切れが悪く、言葉を選ぶような言葉にハリーは眉を寄せた。

本当に、ロンの心がわかっていない様子のハリーに、ソフィアは肩を落として湖のそばにしゃがみ込んだ。風により微かに揺れる水面を見つめるソフィアの真剣でいて悲しそうな横顔を見ながら、ハリーも隣に座り込む。

 

 

「…多分、ロンは…ハリー、あなたに嫉妬してるの」

「嫉妬?何に嫉妬するんだ?課題に失敗して全校生徒の前で笑いものになるかもしれないのに?」

 

 

ハリーは信じられず、怪訝な顔でソフィアの横顔を見つめる。ソフィアは少し沈黙したが、意を決したかのように口を開く。本当は、この事はハリー自身で気が付き、ロンと話あった方が良いのだと思っていた。だが、この様子ではハリーは一生、ロンの気持ちに気付く事は無いだろう。

 

 

「…ほら、一年生の時の…みぞの鏡で…ロンは何を望んでいたのか、知ってるでしょう?」

「ああ…うん、…でも、それが?」

「ロンはね、注目されたいの。誰よりもね。──ロンは、ハリーの1番の親友よ、それは勿論だけど…毎年注目されるあなたに…今回は耐えられなかったんだと思うわ。だから…臍を曲げてるのよ」

「そりゃ傑作だ!ロンに僕からの伝言だって伝えてくれ!いつでも好きな時に代わってやるって、僕がいつでもどうぞって言ってたって!…どこに行っても、みんなが僕の額をじろじろ見るんだ…」

 

 

ハリーは苦々しく顔を歪め吐き捨てるように言った。

ハリーは、いつだって平穏を望んでいたし、自分の立ち位置が…注目され、期待されることなんて望んで居なかった。平穏に、両親が揃う普通の家庭で過ごしたかった。それが得られるのなら、何だって差し出しただろう。

 

ソフィアはハリーを見て、悲し気に微笑み、怒りで震えるハリーの手をそっと握った。

 

 

「わかってるわ。あなたはいつだって巻き込まれるだけで、自分から進んで何もしてないもの。──まぁ、大人しい模範生じゃ無い事は確かだけどね。…私はロンに何も伝えないわ、それは自分で言わなきゃダメよハリー」

「僕、ロンの後を追っかけ回して、あいつが大人になる手助けをするなんてごめんだ!僕が首でもへし折られれば、楽しんでたわけじゃ無いって事をロンも信じるだろう!」

 

 

あまりにハリーの声が大きく、近くの木に止まっていた梟が驚いて飛び立った。

 

 

「そりゃね。でもそんな事あってはならないわ?そうでしょう?…ハリー、私たちが今すべき事は──」

 

 

ソフィアはこの事をシリウスになんとか伝えなければならないと思っていた。ホグワーツで起こった事全てを知りたがっていたし、何よりシリウスはこうなるだろう不吉な予感を感じていたようなのだ。きっと知らせた方がいいだろう。

だがハリーは苦く笑うと、ソフィアの言葉を遮り吐き捨てるように言った。

 

 

「ああ、ロンを今すぐ蹴っ飛ばしてわからせてやるんだ!」

 

 

ハリーは立ち上がり残っていたパンの耳を湖に向かって放り投げる。

今日は持っていた鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出しかけていたソフィアは手を止めて少し考え──そしてニヤリと笑った。

 

 

「そうね!そうしましょう!それがいいわ!」

 

 

ソフィアの思ってもみなかった賛同に、ハリーは一瞬言葉に詰まった。ロンに対する怒りから勢いで出た言葉だったなんて言えないほど、ソフィアは大きく頷いている。

もし、今ここにいるのがソフィアではなくハーマイオニーなら、きっと「馬鹿な事言わないでシリウスに知らせるのよ!」とそれを第一に考えただろう。だが、ソフィアはハーマイオニーではない。

彼女は手紙を出すのが少し遅れるよりも、ハリーとロンの蟠りを解く方が良いと考えた。

 

 

すぐにソフィアはカバンの中から羊皮紙と羽ペンとインク壺を取り出すと何かを書き留め、立ち上がる。

キョロキョロと辺りを見渡し、森に向かって「ティティ!」と叫んだ。

 

 

暫く待つと、森の中から白いティティがひょっこり現れたソフィアのもとにすぐに歩み寄り首を傾げた。

 

 

「ティティは森でお散歩するのが大好きなの」

 

 

いきなり現れた白く美しいフェネックを驚いて見たハリーにソフィアは笑いながら言うと、ティティに向かって羊皮紙を差し出した。

 

 

「ティティ、この手紙をハーマイオニーに届けて欲しいの。ね?わかる?ハーマイオニーよ」

 

 

ゆっくりと告げたソフィアの言葉に、ティティはこくりと頷くとぶるりと一度身を震わせて──ソフィアに似た姿に変身した。

 

 

「えっ!?…これは…?ソフィア?…え?ティティは?」

「ティティはね、変身出来るの!最近わかったんだけどね…妖狐っていう変身の得意な魔法生物みたいなのよ。ねーティティ?」

 

 

ティティの顎の下をくすぐるように撫でれば、ティティの目は嬉しそうにとろんと細まりくるくると喉を鳴らした。

 

ティティの姿は、真っ白なソフィアそのものになっていた。真っ黒だった髪は白く、肌はいつもより正気がなく白い、目は黒く、着ている制服まで真っ白だ。

雪の化身のような ティティ(白いソフィア)に羊皮紙を渡せば、ティティはこくりと頷きすぐに城に向かって走っていった。

 

ぽかんと口を開き信じられない目でそれを見ていたハリーに、ソフィアは立ち上がりにっこりと笑いかける。

 

 

「さ、行きましょう」

「行くって、どこに?」

「ロンを蹴っ飛ばしに行くんでしょう?ジャックが言ってたわ、言葉よりも拳で語り合った方がわかることもあるって」

 

 

ハリーは困惑し「言葉のあやだよ!」と言いたかったが、ソフィアはそんな表情には気付かずハリーの腕を引いて来た道を戻り出した。

 

 

 

 

真っ白なソフィア(ティティ)は我が物顔で大広間に入るとそのまま周りの驚きの視線など全く気にする事なく辺りを見渡し鼻をひくつかせる。

ご主人様の望み通り、この手に持つ紙をハーマイオニーに渡さなければならない。

すぐにティティはグリフィンドール生の居るテーブルにたどり着くと、とんとん、とハーマイオニーの肩を叩いた。

 

 

「何?──えっソフィア?ど、どうしたの?」

 

 

真っ白なソフィアを見てハーマイオニーは驚愕し頭のてっぺんから足先までを見た。何が魔法薬でも被ったのか、それとも変身術で失敗したのか、言葉も出せないハーマイオニーに、ティティは両手で掴んでいた羊皮紙をずいっと差し出す。

 

 

「えっ?…何?…手紙…?」

 

 

困惑しながら受け取ったハーマイオニーはそれを開き、中に書いてある文を読んだ。

 

 

『ハーマイオニーへ。

ロンと一緒に至急花束を持つ少女の部屋に来て!

 

追伸 この子はティティです。変身が得意なの!驚いた?  ソフィアより』

 

 

 

「あなた、ティティなの!?」

「ティティ?嘘だろ?どうみても白いソフィアだ!」

 

 

ハーマイオニーは驚愕し叫んだ。隣でつまらなさそうな表情でオートミールを食べていたロンも驚いてティティを見る。

ティティはこくりと頷くとぶるりと大きく震え、いつものような真っ白な姿に戻り、机の上にあるハムを美味しそうに食べた。

 

 

「…ただのフェネックじゃないのね、きっと…」

「すっげぇ…誰にでも変身出来るのかな?」

 

 

ロンはハリーに対してもやもやとしていた気持ちを忘れ、ティティの艶やかな白い毛並みを撫でる。別のもの──例えばハットやペンに変身出来る魔法生物はいても、全く別の生き物に変身出来る魔法生物はそう多くは無い。

 

 

「ロン、ちょっと来て」

「え?何だよ、図書館か?」

「いいから」

 

 

ハーマイオニーの言葉にロンは少し嫌そうな顔をしたが、抵抗することなく立ち上がり頭を掻きながら面倒くさそうに先導するハーマイオニーの後に続いた。

ティティも、大きな肉を咥えたままぽてぽてとその後を追い──ソフィアとハリーが待つ、花束を持つ少女の秘密の部屋へ向かった。

 

 

 

ーーー

 

 

花束を持つ少女の部屋でソフィアとハリーはソファに座り待っていた。

だが、ハリーは──本音を言えばすぐにここから飛び出したかった。ハリーは友達と喧嘩なんてした事がない、口からつい飛び出た言葉を現実にできるのかどうか、今になってもわからなかったし、何よりロンにどんな顔であえばいいのかわからなかった。

自分は間違った事はしてない、ロンが勝手に嫉妬しているだけだ。何故わざわざその誤解を解かねばならないのだ。それも、自分から!お膳立てをされて!

 

 

「ソフィア、僕、ハグリッドの小屋に──」

「ダメよ。蹴っ飛ばしてからにしなさい」

「…君って、意外と好戦的だよね」

「ええ、知らなかった?」

 

 

ソフィアはハリーの顔を覗き込み不敵に微笑む。ハリーはそう言えばそうだった。と過去にソフィアがロンを殴り、ドラコに殴りかかりそうになっていた事を思い出し引き攣った笑みを浮かべ──ソフィアだけは怒らせないようにしよう、いや、勿論好きな人を怒らせる事なんてしたくないが、と真剣に思った。

 

 

がちゃりと肖像画が開く音と共に、ハーマイオニーが入ってきた、すぐにロンが入り──部屋の中にハリーがいる事に気がつくとありありと嫌そうな顔で戻ろうとしたが、ハーマイオニーに強く腕を引かれ無理矢理引き摺り込まれてしまった。

ハーマイオニーはハリーもいる事にぎくりと顔を硬らせた。ハリーを今のロンの前に連れてくるとは考えず、ソフィアだけだと思い込んでいたのだ。

 

 

 

「何だよ、こんなとこに呼び出して…まだ僕に馬鹿って言い足りないのか?それとも、賛辞の言葉が足りなかったか?──おめでとうハリー!頑張ってくれよ!」

 

 

ロンはすぐに噛み付くように叫ぶと嘲笑を浮かべる。ハリーはカッとなりソファから立ち上がり、ロンに一歩踏み出した。

 

 

「──ああそうだ!君は馬鹿だ!」

「何だと!?」

「僕の1番側にいて、気がつかなかったのか?僕が一度だって…自分で目立とうとした事があった!?」

 

 

ハリーもまた、ロンと同じように叫んでいた。ハーマイオニーは2人の剣幕に顔を引き攣らせ、さっとソフィアの隣に──安全地帯に移動し、胸の前で指を組みおろおろと2人の間で視線を動かす。

 

 

「いつも目立つ事ばっかりしてるじゃないか!僕は…僕は、ずっと君の──」

「僕が羨ましいか!?本当に!?」

 

 

ロンはそれでも結局ハリーは自分からトラブルに突き進む事もあるじゃないか、1番側に居たからこそそれを知っていると言おうとしたが、ハリーはロンの襟元を両手でぐっと掴むと、頭ひとつ分は高いロンを下から強く睨みあげる。

あまりの強い視線に、ロンはその先の言葉を飲み込んだ。──ハリーの目に映る感情が、怒りだけではない事に、ロンは気づいた。

 

 

「それなら、喜んで代わってやるよ!父さんも母さんも殺された!ヴォルデモートに!僕だけが生き残って奇跡の子だって言われて…そんな言葉より、僕は…僕は父さんと母さんが居る方がずっと良かった!──ああ、代わってやるよ!僕みたいに目立ちたいのなら、君の家族は全員死ぬ事になるんだぞ?フレッドとジョージもジニーもパーシーも、ビルもチャーリーも!それに君のお父さんやお母さんだってそうだ!みんなヴォルデモートに殺される!」

「…っ…!」

 

 

ハリーの声は怒りと悲痛に満ちていた。ハリーは自分でもロンの襟元を掴む手が震えているのを感じていた、きっと、ロンにもこの震えは伝わっているだろう。

興奮した思考は纏まらず、口から堰を切ったように爆発した感情に任せてべらべらと動いた。

ヴォルデモートの名前が出た途端、ロンがさっと表情を変える。だがそんな事ハリーには気にする余裕は無かった。

 

 

「僕には誕生日を祝ってくれる家族はいない!クリスマスにセーターをくれる母さんはいない!箒の乗り方を教えてくれる父さんはいない!兄弟だって、いないんだ!ヴォルデモートに殺された!君は僕が注目されて羨ましいんだろうけど、僕は君が──羨ましかった!」

「ぼ…僕が…?」

「そうだ!君には素晴らしい家族がいるじゃないか!…僕だって…僕だって普通に生きたかった!一年生の時から、ずっと僕はヴォルデモートに平穏を壊され続けている…!今だってそうだ…きっと、僕を殺すために誰かが僕の名前をゴブレットに入れたんだヴォルデモートの関係者か死喰い人か知らないけど──」

「殺すため…?ハリー、君を…?」

 

 

ロンは信じられない気持ちで呆然と呟く。

昨日は何のために名前を入れたのかわからないと言っていたじゃないか、まさか──危険な課題に見せかけて…?

 

 

「きっとそうなんだ。課題中に僕が死ねば、ヴォルデモートは満足なのさ!…ロン──本当に、僕が羨ましいのか?」

 

 

ハリーの声の勢いは徐々に落ち着き、最後は呟くような声になっていた。

ハリーは、じっとロンを見上げる。ロンは暫く口を開閉させた後──拳を握っていた手の力をふっと抜いた。

 

 

 

「…僕は…家では兄貴達に比べられる。僕には何にも優れたところがないから…特別に、なりたかった…。…だから、ずっと──みんなから尊敬されて、注目されてる君が羨ましかった…」

「ロン──」

「だけど!!」

 

 

ハリーはここまで言ってもわからないのか、ソフィアの言う通り蹴るか殴るしか解ってくれないのかと胸の奥にぐっとぶん殴りたい衝動にかられ、ロンの襟元を掴む手に力を込めた。

だが、ロンはハリーの言葉を強く遮ると、ハリーの額の傷を見た後──ハリーのエメラルドの瞳をじっと見つめた。

 

 

「だけど…。…僕は、わかってなかった。…ううん、都合の良いところしか、見てなかった。…ハリー、僕は…ずっと側に居たから、君が自分から目立とうとした事なんて無いって、わかってた。周りが勝手に君に注目してるだけで…」

 

 

ロンは4年間も、ハリーの側に居た。

ハリーはどこにいっても注目される、奇跡の子ハリー・ポッター。英雄ハリー・ポッターとして、注目される。魔法界に住む者でその名前を知らない人はいない。

それが、羨ましかった。それだけが、羨ましかった。

 

毎年の命の危険にさらされながらもぎりぎりで回避し、さらに伝説をつくるハリー。それは世界に知られている伝説では無いが、それでも──全て知っていたからこそ、はじめはただ尊敬していた、流石英雄だと思っていた。だが年を重ねるにつれ、それは嫉妬へと変わってしまった。

 

やっぱりハリーは僕のような一般人では無いのだとその度に思い、そう思ってしまう自分を恥じ、必死に考えないようにしていた。

 

それが、何を犠牲にして得た名声なのか──気付かないふりをして。

 

 

「……ごめん、ハリー」

 

 

ロンはぽつり、と呟いた。

ハリーは息を飲み目を見開き──ロンの襟元から手を離した。

 

 

「…うん。……僕も…その…ごめん。ロンなら僕の気持ちがわかってるって…思い込んでて…」

 

 

ロンとハリーは、何故かとてつもなく気まずく感じた。

喧嘩をした事がないハリーは、果たしてこれで本当におさまったのかどうなのか分からず、俯く。

ロンもまた、言葉に表すのが難しい感情に何も言えずにいた。

 

 

「あら、殴り合いの喧嘩はしないの?ハリー、ロンを蹴っ飛ばさないの?」

 

 

気まずい雰囲気を砕くようなソフィアの明るく、からかうような声が響く。

ロンは「蹴っ飛ばす」という物騒な言葉にぎょっとして半歩後ろに下がった。

 

 

「──うん、蹴っ飛ばさないでよかったみたいだ。…なあロン?」

「…そうだな、うん」

 

 

ロンは困ったように笑い、ハリーもその表情を見て──ようやく、笑う事ができた。

 

ハリーとロンの言い争いを見守っていたハーマイオニーは、なんとか2人のわだかまりが解けたようだと、ほっと胸を撫で下ろし、嬉しそうに笑った。

きっと、長引くだろうと思っていた。だが、まさかたった1日で2人の仲が戻るとは思わなかった。2人が和解したのはきっとハリーとロンが本音を吐いた事と、決裂していた時間が短かったからだろう。そして、何より──ソフィアが、この場を作ってくれたからだ。

 

 

「…ハリー、ほんとに…自分で入れてないんだよな?」

「うん、入れてない。…君との友情に誓って、嘘は言わないよ」

 

 

ハリーは、悪戯っぽく笑った。

ロンは目を見開き、泣きそうに顔を歪めたがなんとか笑みの表情を作ると「うん、1番信じられる言葉だ」と噛み締めるように呟いた。

 

 

「じゃあ…その、例のあの人がまた何か企ててるって…それも本当かい?なんで、昨日の夜に…わからないって嘘をついたんだ?」

「…。…だって…僕を殺すために、だなんて、安っぽいドラマみたいで…その、なんだか…嫌で」

 

 

ハリーはぼそぼそと呟いた。ロンは呆れたような顔をしたが、何も言わずに頷いた。

 

 

「何があったのか話すよ──」

 

 

ハリーは部屋の中にある暖炉前のソファに移動し座る。

ロンに隣に来いよ、と言うように座っている隣を叩けば、ロンはすぐにいつものように隣に座った。ハーマイオニーとソフィアは机を挟んだその前に座り、ハリーの言葉を待つ。

 

ハリーは校庭でソフィアに話した事と同じ内容をハーマイオニーとロンに話した。

2人は驚き、はっと口を抑え、心配そうにしていたが口を挟む事無くハリーが話し終わるまでは黙って聞いていた。

 

 

 

「…あの人の手先が、まさか…今年もどこかに潜んでるってのかい?」

「それは、充分あり得るわ…ほら、今は部外者が多いもの」

「そうよ!ハリー、この事シリウスに伝えた?手紙はもう出した?」

 

 

ハーマイオニーが思い出したと言うように叫ぶ。ハリーはそんな事をすれば、傷口が痛んだと言うだけでこっちまで来てしまったシリウスは学校に乗り込みかねないと渋ったが、日刊預言者新聞の記事でハリーが選ばれた事は世界に広まるだろう。新聞からそれを知るのなら、ハリーの口から伝えたほうがいいと説得されてしまい、渋々ながら頷いた。

 

 

 



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191 散々だ!

 

 

ハリーが4人目の代表選手に選ばれ、初めての月曜日──つまり、グリフィンドール寮の談話室や花束を持つ少女の部屋に篭る事が出来ず、今日から通常通り授業を受けなければならない。

 

ハリーは2日もたてば、生徒たちは自分が選ばれたことへの衝撃にも慣れるだろうと思っていたが、学校中の生徒はハリーは自分で名前を入れたのだと思っていたし、グリフィンドール生のように快くは思っていなかった。

朝食をとりに大広間へ来た瞬間、突き刺すような無遠慮な視線の数々にハリーはたじろぎ、思わず扉の前で足を止めてしまったほどだ。

 

スリザリン生とレイブンクロー生はハリーにだけ恨みにも似た視線を投げかけていたが、ハッフルパフ生はグリフィンドール生全員が敵だとでもいうように──おそらく、グリフィンドール生がハリーを応援しているのが不快なのだろう──はっきりとよそよそしく、冷たい態度だった。

 

 

ハッフルパフと合同の薬草学の授業では、いつもならほのぼのと和気藹々と話しながら授業を受けているのだが、不気味なほど視線を合わさず不必要な会話は全くしなかった。

どこか、スプラウト先生すらもよそよそしく──ハリーは感じた。

 

 

その次の魔法生物飼育学はスリザリンと合同であり、ハグリッドと会えることは嬉しかったのだが、きっとマルフォイからの嘲笑と小言がいつもよりも多いに違いない。

ハリーはそれを覚悟してソフィア達と授業が行われるハグリッドの小屋の前まで向かい──勿論、その予想は当たっていた。

 

 

「おい、ほら、見ろよ。代表選手だ」

 

 

ハリーを見つけたドラコはすぐに後ろにいたクラッブとゴイルに話しかける。隣にいるルイスに視線を向けないのは、間違いなくルイスはドラコの話に同調しないからだろう。

 

 

「サイン帳の準備はいいか?今のうちに貰っておけよ。もうあんまり長くはないんだから…対抗戦の選手は半数は死んでいる。君はどのくらい耐えるつもりだい?ポッター?僕は最初の課題が始まって10分だと賭けるね」

 

 

クラッブとゴイルがゲラゲラと笑う中、ソフィアが胸を張りながらドラコの前に進むと、にっこりと笑い高らかに宣言した。

 

 

「じゃあ私は全課題をクリアする方に賭けるわ!」

「僕も、ハリーは全部クリアする方に賭けるよ」

「…ソフィア、ルイス。君たちに聞いてない」 

「え?じゃあ誰と賭けるつもりだったの?ドラコ、君僕以外で賭け事してくれる友達なんている?」

「…うるさいっ!」

 

 

ルイスのきっぱりとした言葉にドラコは図星のため、顔を赤くしながら噛み付くように怒鳴った。

だが、ルイスは涼しい顔をして「どっちが?」と笑うだけで、ソフィアはいつもの2人の掛け合いを楽しそうに見ながら「ハニーデュークスのお菓子3ガリオン分掛けましょう!」とちゃっかりと賭ける内容を決めた。

 

簡単にソフィアとルイスにからかわれて(遊ばれて)しまうドラコに、ハリーは思わずくすりと笑い、それを見たドラコがすぐにハリーに食ってかかりそうになったが、ドラコは何も言う事が出来なかった。

 

ソフィアとルイスが止めたのではなく、ハグリッドが山のように積み上げられた木箱を抱えながら小屋の後ろから現れ、そちらに気を取られたからだ。

 

 

「よーしよし。今日はこいつらを散歩させるぞ」

 

 

ハグリッドはどさりと木箱を置き──ボン!と爆発の音が中から聞こえた──生徒達を見回しながら説明を始めた。

 

 

この大きな木箱一つひとつに、尻尾爆破スクリュートが入っており──この巨大になったスクリュートがお互い殺し合うのはストレスが原因であり、ストレス発散の為には散歩させる方が良いというとんでもない事を言い出し、クラス中が真っ青になった顔を引き攣らせた。

 

 

「こいつに散歩?それに、いったい何処に引き綱を結べばいいんだ?毒針にかい?それとも爆発尻尾とか吸盤にかい?」

 

 

ドラコはうんざりした顔で箱の中に収まっている1メートルは超えるだろうスクリュートを見下ろしながら言った。

 

 

「真ん中あたりだ。あードラゴンの皮の手袋をした方がええな。なに、まぁ──用心のためだ。2人1組になってやってくれ。手袋はこっちの木箱に入っちょる」

 

 

ハグリッドはドラコの疑問に答えながら分厚い皮の手袋を押し付ける。受け取るしかなかったドラコは嫌そうに手袋をルイスに渡した。

 

 

「ルイス、やってくれ」

「えー?…もう、仕方ないなぁ…」

 

 

こんな時ばっかり都合良いんだから、とルイスは思ったが何も言わず、彼の手には大きすぎる手袋を嵌めて、とりあえず1番おとなしそうなスクリュートを探し、一つの木箱を指差した。

 

 

「ドラコ、これ運んで。ちょっと離れた方がいい。…他の個体の爆発に巻き込まれたくないしね」

「わかった」

 

 

ドラコとルイス以外の生徒達も、ため息をつきながら手袋を嵌め、木箱を運びばらばらと移動をする。

ソフィア達もいつものようにハリーとロン、ハーマイオニーとソフィアに分かれて作業を行おうと思ったが、ハグリッドが一際大きなスクリュートが入った木箱を古屋の裏から持ってくると──このスクリュートだけ何故か2メートル近くあった──ハリーの元に近付いた。

 

 

「ハリー、それと──そうだな──ソフィア、こっち来て大きいやつを手伝ってくれ」

「あー…うん」

「わかったわ」

 

 

ハリーは是非とも遠慮したかったが、大好きなハグリッドの頼みを断ることも出来ず小さく頷く。ソフィアは特に嫌がることも無く、大きな革手袋を嵌めてハグリッドが置いた木箱の中を覗き込んだ。

 

 

「うわぁ!大きくなったわねぇ」

「ああ、こいつが1番デカくて凶暴でな、他のスクリュートと離しちょるんだ。俺が抑えるから2人で縄を通してくれ」

「強そうね…よし、やりましょうハリー!」

「き、気をつけようね、ソフィア…」

 

 

灰色に輝く分厚い鎧のような殻に覆われているスクリュートに、ハリーは半分のしかかるようにしてその身体を押さえ、ソフィアがさっと胴体らしき真ん中に縄を通した。

 

なんとか爆発は起こらず、毒針に刺されることもなく、ソフィアは「ふうっ!」と息を吐いて綱をしっかりと掴んだ。すぐに進もうとするスクリュートに、小柄なソフィアが引っ張られ前につんのめり、ハリーは慌てて綱を掴んだ。

 

 

すでに広い芝生では沢山の生徒が綱を持ち、怯え顔を引き攣らせながらスクリュートを散歩させていた。──いや、生徒が散歩させられているのかもしれない。

 

 

ソフィアとハリーが散歩させているスクリュートはあまりに大きく、力も強い。2人が顔を真っ赤にし力の限り足を踏ん張っていてもずりずりと引っ張られてしまい、ハグリッドは苦笑して綱を持った。

 

 

「ありがとうハグリッド…」

「ええ、ええ。ちっとコイツはデカ過ぎたな…」

「本当にね」

 

 

ソフィアとハリーは力強く掴んでいたため指が綱を握る形で固まってしまい、ぎこちなく動く手を振りながらハグリッドを見上げた。

 

 

「──ハリー、試合に出るんだな?対抗試合に、代表選手で」

「選手の1人だよ」

「ハリー、誰がお前さんの名前を入れたのか…わかんねぇのか?」

「ハグリッドは、僕が入れたんじゃないって、信じてるんだね?」

 

 

ハリーは心の底から感謝の気持ちが込み上げてきた。ハリーの事を信用してくれているのは、ソフィア達しかいない。教師ですら怪訝な目を向けているのだ──友達のハグリッドが、こうして信じてくれているのはなによりも嬉しかった。

 

 

「勿論だ。お前さんが自分じゃねぇって言うんだ。俺はお前さんを信じる──きっとダンブルドアもそうさ」

「…一体誰なのか、僕が知りたいよ」

「私、多分大人だと思うわ、また…教師の誰かかも…しれないわ」

 

 

ソフィアが周りを見渡し、声を顰めながら呟けば、ハグリッドは低い声で唸った。

いつもは教師達を庇うハグリッドだが、流石の彼もゴブレットを騙し、ダンブルドアを欺く事が出来るのは生徒では無理だと、分かっていた。

 

 

3人は無言のまま芝生を見渡した。

生徒たちがあちこちに散らばり、苦労しながらスクリュートを散歩させている。

ルイスとドラコは幸運にもなかなか大人しい個体を選ぶ事ができ、割と余裕を持って芝生を歩いていたが、ロンとハーマイオニーが選んだ個体は頻繁に尻尾を爆発させ、その度に2人は引っ張られ30センチは飛び上がっていた。

 

ぎゃあぎゃあと引き攣った悲鳴が響く中、どう考えても楽しくはなさそうな悲鳴であるにもかかわらず、ハグリッドはにっこりと朗らかに微笑み頷いた。

 

 

「見ろや。みんな楽しそうだ、な?」

「うん、スクリュートはね」

「そうね、スクリュートは…楽しそうだわ」

 

 

もしハグリッドが生徒たちの事も言ってるのなら、彼の感性はどうかしてる。

腹這いになって引き摺られる生徒や、何とか立ちあがろうともがく生徒は1人や2人ではない。あちこちで悲鳴と爆発音が上がる中、ソフィアとハリーのそばにある一際大きなスクリュートも轟音をたてて先端を爆発させた。

 

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

「おお、今日1番の爆発だな!」

 

 

スクリュートは2メートルは飛んだが、ハグリッドびくともせず楽しげに笑い、元気の良いスクリュートを褒めるように分厚い殻をぽんぽんと撫でる。

 

ソフィアとハリーは眉を顰めキーンと鳴る耳を何度も手で叩きながら、乾いた笑いを浮かべた。

 

 

「なぁ、ハリー。一体どういう事なのかなぁ。…代表選手か…お前さんは、毎年いろんな目に遭うなぁ、え?」

 

 

ハグリッドは急にため息をつき、心配そうな目でハリーを見つめた。

 

 

「そういう運命なのよね、きっと」

「……嫌だなぁ…」

 

 

毎年色んな目に遭うのが運命だとするならば、それが原因でロンは自分に嫉妬したし、周りから冷たい目で見られるのだ。

ハリーは低く呟き、重いため息を吐いた。

 

 

 

 

それからの数日間は、ハリーにとって人生で2回目の疎外感を味わっていた。

2年生の時、ハリーが蛇語を話す事がバレてしまい秘密の部屋を開いたのだという噂が流れ、周りから冷たい視線を浴びさせられたのと同じような心境だった。

ただ、前回と同じくハリーは無実だと信じているソフィア、ロン、ハーマイオニーのおかげでなんとか孤独ではなく済んだ。

もし、ロンと話し合う事なく、あのままだったら──ハリーは自分の隣にいるロンを見て、そんな想像をしてしまい背筋がぞくりと冷えるのを感じた。

 

きっと、1番の親友が隣にいてくれなかったら、耐えきれなかっただろう。

 

ロンがいる事はハリーにとって、やはり特別な事だった。それでも──周りの視線や囁きが気にならないといえば、嘘になり、どの授業でもハリーの集中力はやや欠けていた。

 

 

呪文学の教室に向かう時、廊下ですれ違ったレイブンクロー生達の悪口と射抜くような視線に、ハリーは何度目かのため息を吐いた。

 

 

この授業は、グリフィンドール生しかいない。

そのためまだマシだったが──かと言って視線がゼロなわけではない。クラスメイト達は善意からハリーを励まし、肩を叩いていく。勿論嫌ではないが、嬉しくはなかった。

何故なら、彼らもまた──ハリーが何らかの方法で自分から名前を入れたのだと思っているのだ。

 

 

始業のベルがなり、教壇の後ろにある椅子に5冊ほど本を乗せた上に立つフリットウィックは今日から教える『 呼び寄せ呪文(アクシオ)』についての論理的説明や魔法を上手く発動させるために必要な説明をし、生徒たちを見渡した。

 

 

「この部屋にあるもの、何か一つでもアクシオで呼び寄せてごらんなさい。──さあ、はじめ!」

 

 

至る所で口々に「アクシオ!」と唱える声が響く。この呪文は集中力さえあれば難しい事では無く、殆どの生徒が10回試すまでには教科書やらチョークを呼び寄せていた。

 

 

「アクシオ!」

 

 

勿論、ソフィアは1発で教室にあった大きな地球儀を引き寄せ、パシリと手でキャッチした。

 

 

「アクシオ!…アクシオ!」

 

 

しかし、ハリーは目の前の教科書に狙いを定めていたが、教科書はぴくりとも動かない。

ムッとして杖をぶんぶんと振るハリーの肩を隣にいたソフィアがトントンと叩く。

 

 

「ハリー。アクシオは意識を集中させないとダメよ」

「……そうだね」

 

 

ソフィアはそういうが、こんな状況で集中出来るほどハリーは図太い神経を持っていなかった。

 

 

結局、ぴくりとも動かせなかったのはハリーとネビルだけであり、出来が悪かった2人は特別に宿題を出されてしまう事になり──ハリーはさらに気が滅入った。

 

 

「そんな気にするなよハリー、調子が悪いことなんて誰でもあるさ」

「…そうだね」

 

 

ロンは肩を落とし暗い表情をするハリーを慰めるように背中を叩く。

ハリーは少しだけ微笑み、頷いた。

 

 

 

 



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192 呪い呪われ!

 

 

昼食後の後、2限続きの魔法薬学に向かうためにソフィア達は地下牢への階段を降りていた。

 

少し早く着き過ぎるかも知れない、とソフィアが思った時階段を上がってくるルイスとばったり会った。

 

 

「あ、…あー」

 

 

ルイスは何とも歯切れの悪い気まずそうな表情を浮かべ、ハリーを見る。その視線を見たハリーはまさかルイスも他の生徒と同じで自分の事を信じてくれていないのかと思い、すぐに「僕、ゴブレットに名前入れてない!」と叫んだ。

 

階段にハリーの叫びがこだまし、ルイスは驚いたように目を開いたがすぐにいつものような優しい目で笑うと頷く。

 

 

「勿論、それはわかってるよ。ハリーが自分で入れたんじゃないって」

「え?…じゃあ…なんで、そんな…」

 

 

何故そんな複雑な表情をしているのか、とハリーは呟いたが、ルイスは少し言い淀んだ後大きなため息をついた。

 

 

「…ハリー、この先にスリザリン生が君を待ち構えている。…僕は出来る限り止めたんだけどね。ごめん、無理だった。…見たくなくて、逃げ出してきちゃった」

「…そんなに?まぁ、ドラコがハリーに噛み付くのは趣味だけれど…」

 

 

スリザリン生がハリーを目の敵にしているのはいつもの事だ。先週の魔法薬学の授業だって、中々に酷かった。ソフィアとハーマイオニーとロンが、暴言を吐かれ苛立ちが抑えきれず爆発しそうなハリーを必死に宥めていたのだ。

 

そして、ルイスはスリザリン生の暴言を聞き、嫌な顔をしながらも──なんだかんだ言ってドラコの隣にいた。勿論何度かルイスは調子に乗り過ぎたドラコの頭を叩き、背を鞄で殴っていたが。

 

そんなルイスが逃げ出すほど酷いなんて、一体この下はどうなっているのだろうか。

 

 

「…僕は、時間ギリギリに…あー、ここにくるスネイプ先生と一緒に教室に入ろうかなって思って。ハリー達はどうする?」

 

 

ハリー達は顔を見合わせた。

この下でスリザリン生が何かを企み待ち構えている。流石のスリザリン生もセブルスの前ではハリーを表立って陥れる事はしない──かもしれない。

だが、ハリーにとってはセブルスもイヤな奴で嫌いな人間である事には変わらず、それに──スリザリン生に怖気付いていると思われるのも嫌で、首を振った。

 

 

「下に行くよ。…忠告ありがとう、ルイス」

「んー…。うん、ハリー…本当に、ごめんね」

 

 

ルイスはドラコ達の行動を止められず、心から謝った。

だが、この数日間のストレスからハリーはルイスと視線を合わせず、吐き捨てた。

 

 

「君はスリザリン生だからね」

 

 

その言葉は、ハリーが思っていたよりも冷たく響き、ルイスは傷付いたような目をしたが──何も言わず隣を通り過ぎ階段を登っていった。

 

 

「…ハリー…ルイスは──」

「わかってる!」

 

 

ソフィアは流石に、ハリーの言葉を咎めようとしたが、ハリーは大声で叫ぶとそのまま階段を駆け降りた。

 

わかっている。ルイスは僕たちも立ち位置が違う。

友達だとしても、ルイスにとって1番の友達はあのマルフォイで、どうしても強く止められなかったんだろう。それに、スリザリン生の中1人だけ違う事をし、場を乱す事もきっと難しいんだろう。

 

それでも、ハリーは自分にとって完全に味方ではないルイスのことを思うと、どうしようもなく悲しかったのだ。──友達なのに。

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンは顔を見合わせため息をつくと、すぐに先に行ってしまったハリーを追いかけた。

 

 

ルイスの言うように教室の前にはスリザリン生がハリーの到着を待ち、ニヤニヤと意地悪く笑いながら胸につけた大きなバッジが良く見えるように胸を逸らせた。

 

薄暗い廊下に、赤い蛍光色の文字が燃えるように輝いている。

 

派手に点滅する『セドリック・ディゴリーを応援しよう!ホグワーツの真のチャンピオンを!』の文字を見て、ハリーはぐっと唇を噛み締める。

 

 

「気に入ったかい?ポッター?それに、これだけじゃないんだ──ほら!」

 

 

集団の中から前に躍り出たドラコがニヤリとほくそ笑み、バッジを胸に押しつける。

すると赤い文字は消え、緑色に光る別の文字が浮かび上がってきた。

 

 

『汚いぞ、ポッター』

 

 

スリザリン生全員がバッジを押し、緑色の文字が光る。

ハリーの顔が怒りからカッと赤くなったのを見て、彼らはげらげらと大声で笑った。

 

 

階段を降り切ったソフィア達は、すぐにそのバッジに気付き、ルイスが言っていたのはこれだったのか、と察するとハリーの隣に並びじろじろとその文字を見た。

 

 

「とっても面白いじゃない」

 

 

ゲラゲラと笑うパンジーに向かって、ハーマイオニーが皮肉たっぷりに言う。

ソフィアもパンジーの胸に光るバッジをじっくりと見た後、真面目な顔で首を傾げた。

 

 

「うーん。パンジー、あなた髪が黒くて綺麗だから、赤とか緑の蛍光色のバッジをつけるよりも、淡い色のバッジの方が似合うんじゃない?そんな派手なの、私は変だと思うわ。文字も馬鹿馬鹿しいし…」

「…これはこれでいいのよ!」

「ええ?…うーん、私にはわからないわ…おしゃれって難しいのね?」

「あら、すっごく馬鹿馬鹿しくて、おしゃれだわ」

 

 

ハーマイオニーの言葉にパンジーは顔を赤くし強く睨む。だがハーマイオニーは勝ち誇ったように「フン!」と鼻で笑った。

教室に入ることが出来ず壁にもたれて見守っていた他のグリフィンドール生も、ハーマイオニーの反撃にくすくすと笑う。

 

やられっぱなしでは面白くないドラコは、内ポケットからバッジをひとつ取り出し、意地悪く笑ったままハーマイオニーに差し出した。

ドラコはハリーを苦しめる事しか考えていない、それに、今はいつもなら止めてくれる筈のルイスも側に居なかった。

そして──ドラコは、2年生の末にソフィアと交わした約束を忘れていた。熱いものでも、喉元を通り過ぎればその痛みと熱を忘れてしまうものだ。

 

 

「ひとつあげようかグレンジャー?沢山あるんだ。──だけど、僕の手に今触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。穢れた血でべっとりにされたくないんだよ」

 

 

ハリーの内で何日も溜まっていたストレスが一気に溢れ出し、無意識のうちに杖を掴んだ。

周りにいた生徒達は慌てて飛び退き廊下で遠巻きにする。スリザリン生一人として、ドラコを庇おうとするものは居なかった。

 

 

「撤回しなさい、ドラコ」

 

 

いや、ハリーだけではない。

ハーマイオニーに対する侮辱に最も反応するのは、彼女の親友であるソフィアだ。

 

 

「ハリー!ソフィア!」

 

 

ハーマイオニーが引き止めようとしたが、ハリーとソフィアは杖を降ろさず強い目でドラコを睨んだままだった。

 

 

「…2対1は卑怯だぞ、ソフィア」

 

 

ドラコは低い声で呟く。

ハリーと対峙するのはいい、だがソフィアに杖を向けられてしまえば勝ち目はないと、ドラコはわかっていた。

暫くドラコを睨んでいたソフィアだったが、杖を降ろすと自分を落ち着かせる為に長い息を吐いた。

 

 

「……、…確かにそうね」

 

 

ソフィアが杖をおろした途端、ドラコはハリーを見据えせせら笑う。

ドラコはこれでソフィアはもう自分に何もしないだろうと思ったが──勿論ソフィアは微塵もドラコを許していない、後でドラコに杖を振る気満々であり、杖は握ったままだった。

 

 

「やれよ、ポッター。今度は庇ってくれるムーディもいないぞ、やれるもんならやってみろ」

 

 

ハリーとドラコの目に火花が散り、それから全く同時に叫んだ。

 

 

鼻呪い!(ファーナンキュラス!)

歯呪い!(デンソージオ!)

 

 

2人の杖から飛び出した呪いが光線となり突き進む、空中でぶつかった呪いは折れ曲がって跳ね返り──ハリーの呪いはゴイルの顔を直撃し、ドラコの呪いはハーマイオニーにぶつかった。

 

 

「ハーマイオニー!」

 

 

ロンとソフィアが叫び、ハーマイオニーに駆け寄る。

ハーマイオニーは座り込み口元を押さえ、おろおろとした声を上げていた。

 

 

「ハーマイオニー…」

 

 

ソフィアは泣きそうに歪むハーマイオニーを落ち着かせるように優しく彼女の名前を呼び、そっと腕を掴んで手を口から離させた。

ハーマイオニーの前歯がにょきにょきと伸び、下唇を通過し、顎下にまでかかりはじめていた。

 

 

「──っ!!」

「ああ…すぐ医務室に行かないと…」

 

 

ハーマイオニーは自分の伸びる歯をぺたぺた触り、悲鳴を上げ、ソフィアは慰めるようにハーマイオニーの肩を撫でた。

 

 

「この騒ぎは何事だ?」

 

 

低い、冷え冷えとした声がした。

セブルスがルイスと共に到着し、怪訝な目で辺りを見渡す。スリザリン生が口々に説明する中、セブルスはドラコを指名し、「説明したまえ」と低く呟いた。

 

 

「先生、ポッターが僕を襲ったんです──」

「僕たち同時にお互いを攻撃したんです!」

 

 

ハリーはドラコにだけ説明させてたまるものか、と必死にセブルスに向かって叫んだが、セブルスは微塵もハリーを見る事はなかった。

 

 

「ポッターがゴイルをやったんです、見てください──」

 

 

ドラコはゴイルを引っ張りセブルスの前に立たせた。

ハリーの鼻呪いにより、ゴイルの鼻は毒キノコのぶつぶつのような醜い吹き出物が出来上がっていた。

 

 

「医務室へ、ゴイル」

「マルフォイがハーマイオニーをやったんです!見てください!」

 

 

歯が見えるようにとロンはハーマイオニーをセブルスの方に向かせた。

ハーマイオニーはこんな姿を誰にも見られたくなく、必死に手で隠そうとしたが、既にハーマイオニーの前歯は喉元程まで伸びていて、隠しきれず、それを見たスリザリン生達が声が漏れないよう口を抑えながら指差し身を捩って笑っていた。

 

羞恥心からハーマイオニーの顔がどんどん赤くなるが、セブルスは冷たい目でハーマイオニーを見て言った。

 

 

「いつもと変わりない」

 

 

ハーマイオニーは目から大粒の涙を漏らした。

ハリーとロンはセブルスが放った言葉が信じられず、唖然と口を開く。

 

 

「──はぁ?」

 

 

ハーマイオニーの啜り泣きの中しか聞こえない空間に、大きな軽蔑の声が混じる。

ハーマイオニーの肩を支えていたソフィアは、強い目でセブルスを睨み上げる。ぐっと、肩を掴む手に力が篭り、ハーマイオニーはそのあまりの強さにびくりと体を震わせ泣きながらソフィアを見た。

 

 

「本気で──本気で言ってる?」

 

 

ソフィアは怒りに震え、気がつけば、生徒という立場を忘れていた。

娘として信じられなかった。いくらグリフィンドール生の事が──ハリーを取り巻くハーマイオニー達のことが嫌いだとしても、これは酷過ぎる。あり得ない。

 

強いソフィアの怒りに、セブルスは眉を寄せる。──勿論、セブルスとてハーマイオニーの歯がいつも通りだとは思っていない。

 

 

「本気で言ってるの?ねえ、ハーマイオニーを見てよ!ちゃんと見て、それでも変わりないって言うの!?」

「…ミス・プリンス。教師にそのような粗暴な言葉遣いは認められん」

 

 

セブルスは牽制の意味を込めて静かにソフィアに言ったが、ソフィアは気付かずセブルスに詰め寄り叫んだ。

 

 

「何があったのか教えてあげるわ!ドラコがハーマイオニーの事を穢れた血って言ったのよ!それでハリーとドラコがお互いに呪いを掛け合って跳ね返ってゴイルとハーマイオニーにあたったの!ハーマイオニーのはどう見ても歯呪いでしょう!?ねえ、本気でいつもと変わらないって言うの!?」

 

 

セブルスに対して──誰よりも恐れられているスネイプ先生に対しての叫びに、見守っていた生徒達は間違いなくソフィアは減点と罰則を受ける事だろうと思った。

 

ルイスは何があったのか、ようやくこの説明で悟り──ちらりとセブルスを見上げる。

 

 

セブルスは苦虫を噛み潰したような表情で、無言のままソフィアを見下ろすだけだった。

 

 

場に重く張り詰めた沈黙が流れ──ソフィアは大きくため息をつくと、くるりとドラコを見て、誰もがソフィアの剣幕に動けない中ドラコに歩み寄ると杖先を向け、叫んだ。

 

 

変身せよ!(タスフォーマニー!)

「っ!?」

 

 

ドラコはソフィアの変身術の腕前を思い出し、まさかまた白いケナガイタチに変身させられるのではないかと顔を引き攣らせた。

しかし、前回のような体が歪み縮む感覚はない。

ただ、自分の体の前で破裂音と共に白煙がもうもうと上がり、つるりとした冷たいものが肌の上を何度も掠めた。

 

 

「う、うわっ!?」

「言ったでしょう?次にハーマイオニーを穢れた血って呼んだら──服もパンツも蛇に変えてやるって!」

 

 

ドラコはぼたぼたと自分の皮膚を滑る蛇の山を見て顔を青くしたが、ひやりとした風が肌を撫でたのを感じ、身体を見下ろし──素っ裸なのを見て顔を真っ赤にするとその場にしゃがみ込んだ。

 

女生徒が悲鳴を上げ目を手で覆い隠す──中にはちらちらと指の隙間から見ている生徒も居たが──グリフィンドール生はセブルスの手前、声を出して爆笑することは出来ないが、それでも目に涙を浮かべ口を押さえて必死に笑い声を殺していた。

 

 

「──終われ!(フェニート!)…ミス・プリンス、グリフィンドール30点の減点と、放課後に罰則だ」

 

 

セブルスはドラコの周りで蠢く蛇に向かって解呪魔法を唱える。すぐに蛇は元の服となり、さらにセブルスが杖を振るえばその服は1人でにドラコの頭や腕を通った。

 

ようやく裸ではなくなったドラコだったが、白いケナガイタチにされるよりよっぽどの屈辱にぎりぎりと歯を食いしばりソフィアを睨む。

だがソフィアは、それ以上に冷たい目をしてドラコを見下ろしていた。

 

ソフィアはくるりと踵を返しセブルスに向き合うと、何度か深呼吸をし、彼にとって尤も聞きたくない言葉を放った。──それほど、ソフィアは激怒していた。

 

 

「大っ嫌い!!」

 

 

ソフィアは大声で叫ぶと、座り込んでぽかんとソフィアを見ていたハーマイオニーの手を取り、身体中で怒りを表現するようにずかずかとセブルスの隣を通り過ぎ、かなり煩い足音を響かせて階段を駆け上がった。

 

 

しん、と教室前が静まり返った中、セブルスが憎々しげに「教室に入りたまえ」と呟き、見守っていた生徒達は慌てて教室に飛び込んだ。

 

 

ルイスはいつもより眉間の皺が深く、目に狼狽の色が見えるセブルスをちらりと見上げ、大きくため息をついた。

 

 

「自業自得だね──2人とも」

 

 

その小さな呟きはセブルスとドラコにしか聞こえず、2人は苦い表情で奥歯を噛み締めた。

 

 

 



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193 色々な疑惑!

 

 

 

ソフィアはハーマイオニーを医務室まで連れて行った後、ハーマイオニーに付き添いたかったが、ポンフリーに「あなたは怪我も何もありませんね?授業に戻りなさい」と尤もなことを言われ追い出されてしまった。

 

 

しかし、今ソフィアは魔法薬学の授業に戻るつもりは微塵もない。いやむしろ放課後の罰則に行くつもりも無かった。

セブルスは毎回グリフィンドール生を冷遇しているが、それにしても今回は酷すぎる。

 

 

ソフィアは口をへの字に曲げ、怒ったまま廊下を当てもなくずんずん進んでいた。

 

 

どこで魔法薬学が終わるまで時間を潰そうか、図書館や校庭だと他の教師が通った時に咎められてしまうだろう。

談話室に行ってもいいけど、空き時間の生徒たちに会って説明をしなければならないのも、面倒くさい。

 

ソフィアは少し考えていたが──花束を持つ少女の部屋に行こう、と決めると足早に廊下を歩いた。

 

 

 

 

「あっ!ジャック?」

「あれ、ソフィア…授業は?」

 

 

花束を持つ少女の部屋の中ではジャックが大きなソファに寝転び本を読んでいた。

ソフィアの驚きの声に──こんな所にいるとは思わなかったのだ──ジャックは身体を起こすと不思議そうに首を傾げる。

空き時間があれば紅茶にでも誘おうと思っていたため、ジャックはソフィアとルイスの時間割を把握していたのだが、確かこの時間は普通に授業中だったような気がする。

ジャックの不思議そうな顔に、ソフィアはツンとした不機嫌そうな顔のまま隣に勢いよく座り、鼻息荒く何があったのかを話した。

 

 

「ジャック!父様ったら酷いの!ドラコがね、ハーマイオニーの事を穢れた血って呼んで、それにハリーが怒って喧嘩になってお互い魔法を放ったの!ハリーの歯呪いがハーマイオニーにあたっちゃって…ドラコの鼻呪いはゴイルにあたったんだけど…父様ったら、ゴイルは医務室に行って良いっていったのに、ハーマイオニーにはね、歯がいつも通りだっていって!──本当に信じられない!喉まで伸びてたのよ!?気がつかないわけないのに!」

「あー…それで、ボイコットか?」

「ええそうよ!」

 

 

ジャックは苦笑しながら机の上にあったクッキーを摘み、ソフィアの口元に近づける。ソフィアは眉を高く吊り上げていたが、ぱくりと食べると無言で甘いクッキーを食べた。

 

 

「ま、ちょっと落ち着けよ」

「……。…本当、父様酷すぎるわ!…クッキーもっと食べていい?」

「おお、食べろ食べろ」

 

 

ソフィアは大きな平皿の上にあるクッキーをむんずと掴むとやけ食いするかのようにバクバクと食べ始めた。時々「本当に酷い!」とか「信じられない!」と小言を言うことも忘れず、平皿の上がすっかり綺麗になった頃、大きく「ふーっ…」とため息をつき、ソフィアはようやく、自分の怒りが落ち着いてきたのを感じた。

 

 

「…ジャック、私ね。…私たち、父様がなんでハリーとか…グリフィンドールが嫌いなのかわかったの。…その、信じられないかもしれないけど…去年、シリウスが脱獄した時に…色々聞いて」

「…ブラックから?」

 

 

ジャックは目を鋭くさせ、怪訝な顔付きでソフィアを見る。

去年、シリウス・ブラックが脱獄し、ホグワーツに侵入した後一度捕らえられたものの逃亡した事は知っている。どうやってダンブルドアの目を盗み逃亡したのかは分からなかったが、まさか──ソフィア達が関わっているのだろうか、とジャックは厳しい目つきでソフィアを見下ろした。

ジャックの疑いの目に、ソフィアは肩をすくめ、もう一度「信じられないかもしれないけど」と告げ、去年知った事を全て話した。

 

 

ジャックは無言で聞いていたが、ソフィアが話し終わった後顎に手を当ててじっと机の上を睨み沈黙する。

ソフィアはやはり、セブルスと同じでジャックも信じてはくれないかと、少し悲しくはなったが──それも仕方のない事だろう、実はペティグリューがポッター家の守人で、彼らを裏切り、シリウスに濡れ衣を着せ、アニメーガスになり12年も逃げていただなんて、ペティグリューを目にしていなければ自分だって、信じられない。

 

 

「……この事、セブルスも知ってるのか?」

「ええ、父様にも伝えたわ…でも、信じてくれなかったわ。それに、母様と兄様が亡くなったのは、シリウスとジェームズを信じたからで…たとえ本当でも、許せないって」

「…全て知ったのか…」

 

 

ジャックの掠れた驚愕の声に、ソフィアは頷いた。

ちらりとジャックを見上げれば、ジャックはその目を揺らし、苦しそうな目でソフィアを見下ろし「…ごめん、今まで言えなくて」と呟く。

 

 

「…いいのよ、父様の気持ちはよくわかるし…その、ハリーの事もあるでしょう?だから、言えなかったのよね?ハリーは、奇跡の子だから…」

「…、…もしかして、ハリーとの関係も…?」

「ああ、いとこって事よね?それも知ってるわ」

「………そうか」

 

 

ジャックは背もたれに身体を預けると、顔を手で覆い大きなため息をついた。

いつのまにか、ソフィアと──そして、おそらくルイスは、全てを知ってしまっている。

家族に何があったのかを。その悲しい事実はたった13.4の子どもが受け入れるには重過ぎると思い、今まで黙っていたが──2人はきっと、自分達が思っているよりも、子供ではない。聡く、賢く──強く、成長している。

 

 

「…ソフィア、錯乱の呪文とか、そういう──」

「違うわ。私は、ペティグリューを確かに見たもの。…逃げられちゃったけど」

「……俺も、セブルスと同じで…信じられない。あいつらがアニメーガスだったなんて…そんなの、リーマスの為だとしても……それに…ジェームズは、俺に──俺に、シリウスが守人になったって…」

 

 

ジャックは首を振った。

あの日、予言が下され、ジェームズとリリーの間に生まれてくる子どもが命を狙われることになるかもしれないとわかった時、ジェームズは自分に「シリウスを守人にした。…彼なら信用できるからね」と笑っていた。

だが、裏をかいてペティグリューを守人にしていた?──そんな、ペティグリューが死喰い人で、彼らの内通者だったなんて…死喰い人本部でも、あいつの姿は無かった、見た事がない。…いや、シリウスの姿も見た事が無く、勿論裏切ったなんて信じられなかったが──だが、12年間、潔白を証明する証拠をいくら探しても見つからず、諦めていた。

 

 

ジャックは、シリウスとジェームズの友人だった。だが、2人のようにずっとそばにいたわけでもない、親友とまでは、言えなかった。だから、自分が知らないだけで何か2人の間に決定的な確執ができてしまったのだと──信じられなくとも、そう自分に言い聞かせていた。

 

 

「信じられないのも、当然よね…。でも、私は…家族の仇が誰かを知ってるの。シリウスじゃないわ、ペティグリューなのよ」

「…ペティグリューが守人だと…シリウスとジェームズは、リーマスにも伝えなかったのか?あいつら、いつも4人で…」

「え?…えーっと、確か……シリウスはリーマスの事をスパイだと思ってたみたい。シリウスが守人だっていう情報を流して、敵の目を引こうとした…とか言ってたと思うわ」

「……はぁ?──いや、それでか…」

 

 

ジャックは怪訝な声を上げたがすぐに納得したように頷く。

だからか、だからジェームズは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

当時、不死鳥の騎士団に内通者がいるのでは無いかという話は密かに囁かれていた。隠れ家を何度変更しても死喰い人に知られ襲われた。死喰い人の集会所を見つけ捕縛しに行っても逃げられた後だという事もあった。作戦が漏れ、騎士団員が命を落とした事もあった。

 

ジェームズが、不死鳥の騎士団全員に自分の守人が誰なのかを伝えたのは、内通者を炙り出すためのものだったのか。

 

しかし、ジェームズの企みは──その作戦の中枢が裏切り者本人だと言う事で、瓦解してしまったのか。

 

 

「…ソフィア、今年も何かが起こるかも──いや、ハリーが4人目の選手に選ばれたし…既に何かが起こっている。もし、周りでおかしな事があれば、すぐに俺かセブルスを頼れ」

「……ふん!父様なんて知らないわ!」

 

 

ジャックは暫し思案した後真面目な顔でソフィアに言ったが、ソフィアはセブルスの名前を出した途端怒りを思い出しぷいとそっぽを向いた。

しかし、ジャックは真面目な声で「ソフィア」と低く彼女の名を呼ぶ。

ソフィアの気持ちはわかるが、だとしても──駄々を捏ねている場合では無い。

 

ソフィアはむっつりとしたまま、小さく頷き、ジャックは少し表情を緩めるとその頭を優しく撫でた。

 

 

ジャックはソフィアの拗ねたような表情を見ながら、悩んでいた。

ソフィアに、今自分が抱えている違和感を伝えるべきなのかどうか悩み──結局、何も言わない事にした。

 

 

ジャックが思い悩んでいることは、ムーディの事だった。

ムーディは、自分のことを()()()()()()()()()()()。だが、数日前、久しぶりに会った彼は自分のことをエドワーズと呼んだ。きっと、数年ぶりに会いうっかりしていたのかと思ったが、あれからそれとなく紅茶に誘っても用事があるからと素気ない返事しか返って来なかった。それに、あの後からは名前で呼ぶようになっている。

 

 

何か──可笑しい。

そう思うが、決定的な違和感は一度だけの名前の呼び方だけであり、それ以外は数年前と変わらない。彼がこの数年間、何度も死喰い人の残党に襲われ疑心暗鬼になっているというのは聞いている。だが──そうだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ジャックは、アラスター・ムーディと友人ではない。

年齢が親子ほど離れている彼らの仲を的確に現すのならば、師弟関係。という言葉がしっくりとくるだろう。

不死鳥の騎士団として働いていた時期、ジャックはムーディにいくつかの魔法を教わり、さらに共に死喰い人を捕らえることもあった。

ジャックは騎士団からのスパイとして死喰い人の中枢に潜り込んでいたが、死喰い人達は騎士団に対するスパイだと思っていただろう。つまりジャックは二重スパイだったのだが──それを知っているのは、ダンブルドアだけだった。

 

 

「…ジャック?」

 

 

ソフィアは今まで見た事が無いほど強い眼差しを見せるその表情に息を飲む。

 

 

「…今年も、平和とは…いかなそうだな」

 

 

ジャックはため息をつき、ソフィアは少し黙ったあと「そうね」と同意した。

 

 

 



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194 親子喧嘩!

 

ソフィアは夕食の時間、大広間に行く事なくグリフィンドールの談話室に戻っていた。

もし大広間でセブルスと会えば、この後に受けなければならない罰則について声をかけられるだろうと思っていたのだ。

ジャックの言うように、何かあったのなら本当に頼れるのはセブルス(父親)だけだが──今は、顔も見たく無かった。

 

 

「ソフィア!君、罰則は?」

 

 

暖炉近くにあるソファの前で座っていると、夕食を食べ終わったハリーとロンが驚いたような目をしたままソフィアの元に駆け寄り隣に座った。

 

ソフィアは机の上に数占い学の宿題を広げ教科書に目を落としたまま当然のように応える。

 

 

「行かないわ」

「えっ…それは…。…罰則が伸びるだけじゃあ…」

「いいのよ!別に!だってスネイプ先生酷いもの!今は、顔も見たく無いし、従いたくないわ!」

 

 

ばしん、と教科書を閉じたソフィアは怒り顔のままロンを睨む。

ロンは「まぁ、ソフィアがいいなら…」ともごもごと答えたが、自分ならどれだけ嫌でも──罰則の期間が伸びる方が耐えられないだろう。

 

 

「あー…ハーマイオニーはまだ医務室かな?」

「ええ。多分ね…」

 

 

ハリーはこれ以上ソフィアの怒りに触れる話題を出してはならないと感じ、それとなく話題を変えた。

ソフィアはため息をついたまま静かに答える。ハーマイオニーの歯はかなり伸びていた、治療するのに時間がかかるのかもしれない。

ハーマイオニーの事を心配しながらも宿題の手を止めないソフィアを見たロンとハリーは、自分達も沢山の宿題がある事を思い出しいそいそと空いている机の上に鞄の中から占い学の教科書を出した。

 

 

ソフィア達が宿題を始めて1時間ほどたった頃、コンコンと窓の外から小さな音が響く。宿題に飽き飽きしていたロンが──既に羊皮紙の端に落書きを始めていた──すぐに立ち上がり窓に駆け寄りぱっと開く。

 

 

「フクロウだ。誰のだろう?」

「あっ!僕が使ったフクロウだ!──返事が来たんだ!」

 

 

ロンは見慣れないフクロウに首を傾げたが、ハリーはすぐにシリウスへ手紙を送った時に使ったフクロウだとわかり慌てて駆け寄る。

小さな灰色のメンフクロウはハリーの腕に止まると足についている汚れた紙をハリーに差し出した。

 

 

「ありがとう!」

 

 

ハリーは礼を言うとそのメンフクロウの頭を撫で、すぐに窓へ向かって放った。

メンフクロウは一度「ほう」と鳴いたがそのまま夜空へと飛び上がる。仕事を終えたフクロウは、フクロウ小屋へと戻るのだろう。

 

 

ハリーはあたりを見渡し、近くに他のグリフィンドール生がいない事を確認すると──それでも用心深く声を顰めて「シリウスからだ」とロンとソフィアに伝えた。

ロンとソフィアは息を飲み、真剣な目でハリーの持つ手紙を見つめる。

 

ハリーはソファに座り直し、ロンとソフィアも周りから隠すように身を寄せ合い開かれた手紙を読んだ。

 

そこにはハリーの安否を心配する言葉と共に、11月22日の午前1時にグリフィンドール寮の暖炉の側で待っていて欲しいと書かれていた。

 

 

「暖炉?…なんでだろ…」

「…()()()は煙突飛行を使って顔を見て話したいのね」

「えっ!?こ、ここにくるつもり?」

「ここには…流石に来ないだろ、バレたらやばいし…顔だけ出すんじゃ無いかな?ほら、セドリックのパパが顔だけ僕の家の暖炉から出したのを見ただろ?」

「あ…そういえば…」

 

 

魔法族であるロンとソフィアは煙突飛行を行う際、身体全てを入れなければ顔だけが別の場所に行くと知っている。

ハリーはクィディッチ・ワールドカップが終わった後、ロンの家である隠れ穴で過ごしていた時にエイモスが首から上だけを暖炉から現わし、アーサーを仕事に引っ張っていった事が──そういえばあったと思い出した。

 

 

「でも…ここの暖炉って、登録されてるのね…知らなかったわ。移動できなくても、顔だけ見せれるようになってるのかしら?もし、飛行ネットワークに組み込まれてるなら…ちょっと、不用心じゃない?」

「どうだろうね…確かに、そうかも…?」

 

 

怪訝な顔をするソフィアだったが、ハリーはその意味がよくわからないのか首を傾げた。

もし、外から幾らでも自由に寮の暖炉へ行き来出来るのなら、外部からの侵入を簡単に許してしまう。確かにセブルスは飛行ネットワークを使い出勤しているが、確か──わざわざホッグズ・ベッドに一度向かってからホグワーツへ戻っていた。

 

外部からの侵入を防ぐために姿現しが出来ないようになっているホグワーツが、飛行ネットワークに組み込まれているのは──何だか奇妙な矛盾を感じる。

 

ソフィアは眉を顰めたまま考え込んでいたがハリーとロンはそもそもあまり疑問に思っていないのか気にせず、どうやってその日に談話室を無人にするか考え込んでいた。

ちょうどその時ぱっと談話室の肖像画が開き、いつも通りの歯になった機嫌の良さそうなハーマイオニーが現れた。

 

 

「ハーマイオニー!歯、戻ったのね、良かったわ!」

「ええ、ちょっと時間がかかったけど、問題ないわ」

 

 

ソフィアはぱっと笑顔を見せるとハーマイオニーに駆け寄り、元に戻った前歯を見て安心したように胸を撫で下ろした。

ハーマイオニーは歯を見せて、にっこりと微笑む。

ソフィアはすぐに彼女の──通常よりも大きな前歯がいつもより縮んでいる事に気が付いたが、ハーマイオニーの悪戯っぽい笑顔を見て自ら望んで少し縮めたのだと分かると同じように笑った。

 

 

 

ハーマイオニーがソフィアに手を引かれてハリーとロンの元へ座った後、ソフィアはシリウスからの手紙が来たのだと知らせ、4人はどうやってその日時に談話室を無人にするのかを話し合った。

 

 

「まあ、最悪…眠り魔法を使いましょう。眠気を誘って、自室に行くようにするのよ」

 

 

クソ爆弾でも投げれば誰も居なくなるよ!というロンの提案をソフィアはそれとなく却下し、手を叩く。

ハリーとロンとハーマイオニーはソフィアが言う眠り魔法を使えなかったが、それが1番いいと頷いた。

 

きっと、クソ爆弾を使えば談話室は憩いの場ではなくなり、大きな減点と罰則が待っているだろう。管理人のフィルチは喜んで罰則だといって生皮を剥ごうとするかもしれない。

 

それに、ハリーはこれ以上目立つ事をしたくは無かったのだ。ただでさえ目立っているのに──課題前にそんな事をしてしまえば、また調子に乗り目立とうとしていると揶揄われてしまうだろう。スリザリン生達に自分から餌を与えるようなものだ。

 

 

 

「…ソフィア、そういえばスネイプ先生の罰則はもう終わったの?」

 

 

ハーマイオニーはふと思い出したようにソフィアに聞いた。

心優しいソフィアが自分に対するドラコとセブルスの行動と侮辱に耐えられずドラコに魔法をかけ、父であるセブルスに対して「大っ嫌い!」と言い放ち──罰則内容はどんなものだったのか、大丈夫だったのかとハーマイオニーは治療中もソフィアの事を気にしていた。

 

 

「行ってないわ」

「えっ!…そ、そんな…罰則の期間が長引くわよ?それに──それに、スネイプ先生、凄く怒るんじゃあ…」

「いいのよ、別に」

 

 

キッパリと言うソフィアに、ハーマイオニーは押し黙る。

この中でハーマイオニーだけが、ソフィアとセブルスの関係を知っている。

確かにセブルスの言葉は酷いもので、ハーマイオニーも思い出すだけで胸の奥から失望と怒りが込み上げてくるが──だとしても、罰則に行かず、後で困るのはソフィアだろう。

それに、ソフィアは本当はセブルスの事を心から愛している。

 

長く セブルス(父親)に対して怒り続けるほどに、ソフィアの心は疲弊するだろう。 

 

ハーマイオニーにだって、親と喧嘩することはあった。

両親と喧嘩した時に、ハーマイオニーは怒りつつも、悲しくて、胸が痛んでいた。きっとソフィアも同じ気持ちだろう。そう思ったからこそ、ハーマイオニーは真面目な顔でソフィアの手を握り、真剣に伝えた。

 

 

「行った方がいいわ、ソフィア」

「でも…」

「ソフィア。行きなさい」

「……」

 

 

窘めるようなハーマイオニーの言葉に、ソフィアは項垂れると「…ハーマイオニーがそこまで言うなら…」と呟き立ち上がった。

育て親や友人達がいくら言っても動かなかったソフィアだが、呪いをかけられた張本人であり、1番の親友に言われてしまえば──行くしかない。

 

 

肩を落とすソフィアに、ハリーとロンは本人が行きたくないのなら──後でかなり厳罰を与えられるとしても──今は行かなくてもいいのではないかと思い気遣うようにソフィアを見たが、ソフィアは曖昧に笑うととぼとぼと談話室から出て行った。

 

 

「…無理に行かせなくても良かったんじゃない?」

「…行った方が良いのよ。…もっと罰則が厳しくなったかもしれないし、それに──」

 

 

ハーマイオニーは肖像画を降りていったソフィアの背中を見ながら呟く。

 

 

「それに?」

「──何でもないわ。…ほら、ハリー?返事を書かないと!」

 

 

ハーマイオニーは首を振り、鞄の中から新しい羊皮紙を取り出すとハリーに早く返事を書くように促した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ソフィアはセブルスの研究室の前に立っていた。

魔法薬学の教室には居なかったことから、きっとこの時間はここか──自室だろう。

 

重いため息を吐き、ソフィアは暫くその場から動かなかった。

 

 

──だって、父様酷いんだもの…。

 

 

セブルスがハーマイオニーに放った言葉は許されるものではない。

それを思い出すたびに胸が怒りでざわつき、そして──チクチクと痛んだ。

怒りと、悲しみと、失望だろう。いくらグリフィンドール生が嫌いだとしても、あの言い方は酷すぎる。仮にも、ハーマイオニーは娘の親友であり、自分達の秘密を守ってくれている恩人では無いのだろうか。

 

 

何故、こうもグリフィンドール生の事を冷遇するのか。

 

 

聡いソフィアは、勿論その理由に思い当たる事があったが、だとするならば──…。

 

 

──父様は心が狭いし、子どもっぽいわ。

 

 

と、ソフィアは胸の奥で悪態を吐き、ようやく重い手を上げてトントンと扉を叩いた。

 

 

「…誰だ」

「ソフィア・プリンスです。罰則に来ました」

「…入りたまえ」

 

 

扉の奥から低い声が聞こえ、ソフィアはもう一度ため息をつき、静かに扉を開けた。

 

研究室に入り、奥にある椅子にセブルスが座っているのをチラリと見たソフィアは何も言わず後ろ手で扉を閉める。何か事務作業をしているのか、机の上には羊皮紙が広げられていた。

 

すぐに苦い表情をしたセブルスが杖を振るい、防音魔法と鍵をかけたのを見て、ソフィアはこれがただの罰則ではないのだと思った。

わざわざ、他者が入らないようにしている。

つまり──親子として話したいのだろう。

 

 

「罰則は、何でしょうか。…スネイプ先生」

 

 

だが、ソフィアはツンとした表情を崩さず、いつもならすぐに笑顔で駆け寄るか、娘として父に苦言の一つでも訴えるが──あくまで、一生徒としてセブルスに接した。

 

セブルスはソフィアの冷ややかな声と視線に、内心で動揺した。

大嫌いだと面と向かって言われた時の衝撃を──情けない事に、セブルスはまだ引き摺っていた。

それも仕方ない事だろう、セブルスにとってソフィアは最も大切に思う1人だ。心から慈しみ愛している。そんな愛娘に面と向かって大嫌いだと言われた時の衝撃といったら無かった。

その後ルイスに自業自得だと言われた時も、ぐうの音も出ず沈黙してしまったのだ。

 

 

「…罰則は──」

 

 

セブルスはソフィアが授業をサボるとは思っていなかった為、居残りさせ使用した大鍋を清掃させようと思っていた。

流石に、ドラコに向かって魔法を放った現場を目撃して罰則を与えないわけにはいかない。

だが、ソフィアは激怒したまま授業に現れなかった。ソフィアからの衝撃発言──大嫌いという言葉だが──を受けたセブルスは思い悩むあまりうっかり大鍋の清掃も魔法で済ませてしまった。──ソフィアは今こうやって遅い時間に罰則を受けに訪れたが、どう見ても反省している目をしてはいない。

 

 

「──罰則は無い」

「…そうですか。なら私はもう帰っても?」

「…、…ソフィア、私を軽蔑したか…?」

 

 

セブルスは静かにソフィアに聞いた。

ソフィアは無言でセブルスを見ていたが、その瞳がいつもの父らしくなく、雨の日に捨てられた子犬のような目をしていて、ちくりと胸が痛んだ。

 

 

「…そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見るのはずるいわ…父様」

 

 

ソフィアは大きくため息をつくと、椅子に座るセブルスの元に近づき、そのまま足の上に座り、その広い胸にぽすんと額をつけた。

昔同じような事をアリッサにも言われた事を思い出したセブルスは、なんとも言えない気持ちになりながらソフィアの背に手を回す。

 

 

「…でも、私はまだ許せないわ。何であんな酷い事を言えるの?」

「それは……」

「あのね、父様。──ハリーはジェームズでは無いわ。父様が、母様と兄様の事で、ハリーのお父さんを恨んでいるのはわかっているわ。でも…だからといって、八つ当たりをするのは間違ってるわ」

「……」

「それに、ハーマイオニーは何も悪い事をしてないし…私たちの秘密を、ずっと守ってくれているのよ?普通は感謝すべきで、冷遇なんてしないわ」

「……」

「父様。私、間違った事を言ってるかしら」

「……」

 

 

一向に何も返事を返さないセブルスに、ソフィアは真剣な目で見つめる。

これでは、どちらが大人であり、どちらが諭されるべき子どもなのかわかったものではなく、セブルスは再度自分の情け無さを実感し沈黙した。

 

──間違いは微塵もない。

 

セブルスもいい大人だ、自分の振る舞いが人として誉められたものではないと理解している。だが、どうしてもハリーの姿を見ると憎いジェームズを思い出し、どろりとした黒い感情が抑えられず何としてでも虐げてやりたいと、思ってしまうのだ。心が狭く大人げないとはわかっているが──セブルス・スネイプという人物は、わりと短絡的であり、カッとなった衝動に突き動かされてしまう。

 

 

「……いや、間違っていない。…すまない、ソフィア」

 

 

セブルスは低い声で苦々しく呟いた。

自分に対して謝るのではなく、ハーマイオニーに謝って欲しかったが──ソフィアはセブルスの性格は十分に理解している。何があっても謝ろうとはしないだろう。そしてまた、父はグリフィンドール生にさらに嫌われるのだ。

まるで自ら進んで悪役になっているかのようなセブルスの振る舞いに、ソフィアはため息をこぼしセブルスの首元に手を回してぎゅっと抱きついた。ふわり、とセブルスの独特の薬草の匂いが──ソフィアにとって最も好きな落ち着く香りがふわりと漂う。

 

 

「すごく、嫌だったの」

「…すまない」

 

 

見る限りでは父様は反省しているみたい。きっと、これからは──少しはマシになる…わよね?

 

 

項垂れるセブルスを見たソフィアはそう信じ、寄せていた顔を離すと表情を緩め悪戯っぽい顔でセブルスを見た。

 

 

「…父様。次、グリフィンドール生を冷遇したら…私、父様の恥ずかしい写真を学校中にばら撒くわ、わかった?」

「…待て。何でそんな写真を──持っているわけがないだろう」

「あら、私の育て親(パパ)が協力してくれないとでも思う?それとも、ドラコのように服を蛇に変えられる方がいいかしら?」

「……」

 

 

セブルスは苦い表情で黙り込んだが、ソフィアはくすくすと笑い手を伸ばしてセブルスの頬を両手で包み、そのままぐーっと強く押した。

 

 

「父様?…お返事は?」

「……わかった」

 

 

頬を押されながらセブルスは口の奥でもごもごと呟く。

もし第三者が今の状況を見れば、セブルスの頬を無遠慮に押し、まるでふざけたキスをするような顔にさせているソフィアに対し、それだけで退校処分ものだと顔を青ざめただろうが──2人は本来は、仲の良い親子である。

 

ソフィアは満足そうに笑うとセブルスの頬から手を離し、もう一度強く抱きしめた。

 

 

「…父様、大嫌いなんて…嘘よ、ごめんなさい」

「……ああ、わかっている」

「大好きだから、悲しかったの…」

「ああ…すまない」

 

 

セブルスは優しくソフィアの背中を撫で、頬に謝罪を込めてキスを落とした。

明日からは、ソフィアに嫌われないように、せめてグレンジャーに対する言動は少し気をつける事にしよう。

 

そう、セブルスはソフィアの温もりを感じながら思ったが、果たしてそれが短絡的であり衝動的な彼に可能な事なのかどうかは──今はわからないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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195 嘘ばかりの日刊預言者新聞!

 

 

シリウスからの手紙が届いた日から、2週間ほどが経過した。

その間にもハリーの状況はちっともよくならず──むしろ悪化していた。

三校対抗試合の第一の課題が近づき、それを考える度に胸に重い石が乗っているような気持ちになる。セドリックを応援しよう、のバッジはスリザリン生だけでなく、ハッフルパフ生やレイブンクロー生もつけるようになり少し廊下を歩くだけでチカチカと点滅し赤から緑に変わったバッジの中で「汚いぞポッター」の文字が踊った。

 

それだけではない。──いや、それだけならばまだマシだった。

 

日刊預言者新聞の記者であるリータ・スキーターが書いた記事は、三校対抗試合についての記事というよりも、ハリーの人生や言葉をさんざん脚色して書かれた記事だった。

どこを読んでもハリーの事ばかりで、ボーバトンとダームストラングの代表選手の名前は最後の一行に詰め込まれ、セドリックは名前すら書かれていないという悲惨なもので、それを読んだ生徒達はまたハリーが目立とうとしたのか、と冷ややかな目でハリーを射抜いた。

 

 

日刊預言者新聞を購読していたシェーマスに借りてその内容を読んだ時、ハリーはその新聞をめちゃくちゃに破り捨てたい衝動に駆られたが──なんとか、堪えていた。

この新聞はシェーマスのだ、破り捨てるわけにはいかない、そう何度も胸の中で唱え、苛立ちを抑えながらさらに記事を読む。

 

記事の後半には、ハリーに関することだけではなく、スキーターの記事にはソフィアの事まで書かれていた。

 

 

 

──ハリーはついにホグワーツで愛を見つけた。

親友のコリン・クリービーによると、ハリーはソフィア・プリンスなる人物と離れていることは滅多にないという。この人物は、有名なエドワーズ孤児院出身のとびきりかわいい生徒で、ハリーと同じく、学校の優等生の一人である。ソフィアの兄、ルイス・プリンスによると「親友であるハリーが僕の弟になるのなら、なによりも光栄であり、喜ぶべき事です」との事で──

 

 

 

ハリーはその箇所を読んだ途端叫び出したくなった。

後ろから覗き込んでいたハーマイオニーは「あーあ」と可哀想なものを見る目でハリーを見て、ロンは驚愕し目をぱちぱちと瞬かせる。

 

 

たしかに、僕はソフィアとよくいるだろう。だけどロンとハーマイオニーもソフィアと同じくらい一緒にいる。なんでコリンはよりによってソフィアの名前を出したんだ!

…たしかに、ソフィアは、可愛い。とびきり可愛いと、僕は思う。

それに──それに、勿論、ソフィアの事は好きだ。

 

 

この記事にはどうやら僕の片想いらしいという結論で締めくくられていたが、もしこれをソフィアが見たらどう思うだろうか。

驚愕する?それとも、嫌がるだろうか、そして、僕はこの記事について、ソフィアに「こんなの嘘っぱちだ」と嘘を、言うべきなのだろうか。

ソフィアに気持ちも伝えていないし、そもそもソフィアが僕の事をどう思っているのかも、わからない。そんな中で──こんな形でソフィアに知られるなんて、耐えられない!

 

 

ハリーは強く新聞を握りながら──シェーマスが「ぐちゃくちゃにするなよ!」とぼやいた──隣から覗き込んでいたソフィアの顔を恐る恐る見た。

怪訝な顔をしているのだろうか。もし、嫌がっていたら、課題の重圧よりも──耐えられないかもしれない。

 

 

「……ハリー、これって…本当なの?」

 

 

しかし、ソフィアの表情はハリーが考えているようなものではなかった。

 

ソフィアの白い頬は赤く、少し困惑しているようにも見える。

 

ハリーは息を飲み、ソフィアの緑の目を見つめた。

 

ドキドキと鼓動が急に大きくなり、周りの騒めきが遠くに聞こえる。まるで世界にソフィアと僕しか居ないみたいだ。

…もしかして、ソフィアは嫌がっていない?頬も、赤いし…──い、今言うべきタイミングだろうか。

 

 

「ソ──」

「おはようソフィア!…あ、ハリー!試合の記事が出たの?僕も読んでいい?なんかインタビューされたんだよね」

「えっ!あ、ああ、うん!」

 

 

急に声をかけられたハリーはびくりと肩を震わせ、上ずった声で新聞を突き出した。

声をかけた張本人であるルイスは強く胸に押しつけられた新聞にきょとんとしたが「ありがとう!」と礼を言うとすぐに新聞を広げる。

 

 

「うーん…この記事、本当なの?…センチメンタルな事ばかり書いてあるけど」

「嘘ばかりだよ!僕、何にも言ってないのに──父さんと母さんを思って夜に泣くとか、そんな事言ってない!」

「そうなんだ?…ハリーの事ばかり書いてて…え?僕こんな事言ってないのに…」

「ルイスも?…そうなんだよ…殆ど嘘ばっかりで…」

 

 

ルイスが聞かれたのは、単に「ハリーについてどう思うか?」というシンプルなものだった。その為「友人として応援してます」と答えただけで、ソフィアに関することは何も言っていなかった。兄妹だとバレるのは名前で仕方がないにしろ、この言葉はどこから飛び出したものなのか、と怪訝な顔でルイスは眉を寄せる。

 

ハリーはルイスの感想に答えながら、再びちらりとソフィアを見たが、ソフィアはすでにハリーから視線を逸らしいつものような顔でトーストを食べていた。

少し──残念に思いながら、ハリーは今じゃなかったんだ、と自分に言い聞かせた。

 

 

その後、すっかりタイミングを失ったハリーはもやもやとした気持ちに気が付かないフリをしながらロン、ハーマイオニー、ソフィアと共に授業へ向かった。

ロンはハリーの隣に並び「あの記事って全部嘘なの?」と聞き、ハリーは一部は本当だけど、と内心で呟きながらぎこちなく頷く、しかなかった。

 

 

ハーマイオニーは前を歩くロンとハリーにバレないよう、隣に並ぶソフィアの手をさっと握るとそのまま近くの空き教室に引っ張った。

いきなり空き教室に連れ込まれたソフィアは驚きに目をぱちぱちとさせた首を傾げる。

 

 

「どうしたの?」

「ソフィア…あの記事、どう思った?その…ほら、ハリーがあなたのことを──」

「ああ…でっちあげじゃないの?だって、嘘ばっかり書く人だって、ハリーは言ってたし…ルイスも、あんな事言ってないって言ってたわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが何を言いたいのかが分かると少し困ったような顔で笑った。

ルイスに聞かれた時に、ハリーは嘘ばかりだと言っていた。だから、あの記事もきっと嘘なのだろう。そもそもコリンの事が親友だと紹介されている時点で──かなり信憑性は薄い。

 

 

「それに、とびきり可愛いとか、優秀とか…私についても、嘘ばかりで…うーん、困るわ」

「ソフィアは可愛いし、優秀よ!」

 

 

ハーマイオニーはつい大声で反論し、ソフィアの手を両手で強く握る。あまりの剣幕にソフィアは面食らったような顔をしていたが、すぐに照れたようにはにかんだ。

 

 

「ありがとう、ハーマイオニー」

「ううん…ソフィアがあの記事を気にしてないなら、いいわ…」

「あー…でも、その…ジニーは…どう思うのかな、って…思っちゃったわ」

 

 

ソフィアは小さくため息をつく。一瞬ハーマイオニーは何のことだろうかと思ったが、そういえばジニーはハリーの事が好きだったのだと思い出し──たしかに、あの記事をもし鵜呑みにしてしまったらかなり傷つくだろう。

 

 

「それに──それに、もし、ハリーが私のこと…好きなら、困るもの」

 

 

ソフィアはぽつりと呟いた。

──あ、これはハリーは脈無しだわ。とハーマイオニーは思ったが、この年代の女子は誰もが恋愛話に興味がある年頃であり、ついついソフィアに「なぜ?」と好奇心が抑えられず問いかけてしまった。

ソフィアは暫く視線を彷徨かせていたが、頬を赤く染めて呟いた。

 

 

「だって…私…そりゃあ、ハリーのことは好きだけど」

「…そうなの?」

「ええ…でも…愛、かといわれると…分からないわ。だってハーマイオニーもロンも好きだし…」

「ああ…そういうことね」

 

 

ソフィアはハリーに対して、親愛は感じてはいる。友愛とも言えるだろう。かけがえのない大切な人だとは思うが、ただ1人に向ける愛情では無いのだと、流石に恋愛に鈍感なソフィアでもそれは理解していた。

そんな中で、もしあの記事が本当なら、ハリーとどう顔を合わせていいのか分からず気まずくなってしまう。だから、嘘でよかった──そう、ソフィアは思っていた。

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉に納得しつつ──だが、あの記事を見た時のソフィアの表情は、困惑してはいるが、嫌がっているようにも見えず、むしろ照れていた。

つまり、少しは恋愛対象としてハリーを見ているのでは無いか、と思っていた。

今は無意識かもしれないが、もしそれにソフィアが気が付いてしまったら──…。

 

 

「ほら!もう行きましょう?」

「…ええ、そうね…」

 

 

ソフィアが誰を好きになったとしても、応援する。勿論、友達として。

だがそれがハリーだった場合──その意味を、私は伝えなければならない。賢いソフィアは、わかっていてハリーを選ぶかもしれないけれど──…。

 

 

この話はもう終わり、とばかりにソフィアはハーマイオニーの手を引き廊下へ戻る。

ハーマイオニーは少し赤いままのソフィアの横顔を見ながら、それ以上は何も言わずに頷いた。

 

 

 

一方、その日刊預言者新聞の記事を見たセブルスはそれを衝動的に燃やしてしまい、周りの教師とそれを目撃した生徒たちは驚き、それ程グリフィンドール生であるハリー・ポッターが目立つのが嫌なのかと思った。

 

勿論セブルスが激怒し苛ついている理由はハリーが憎きグリフィンドール生だと言うだけではなく、娘であるソフィアの事が書かれていた事が殆どの理由を締めていた。

 

 

──ポッターが、ソフィアを愛している?そんな事、許されるわけがない!いや、ソフィアはポッターに対しそんな感情を持つわけがない。間違いなく、ポッターの失恋に終わるだろう。いい気味だ。…いや、だが、万が一──…。

 

 

 

セブルスが悶々と考えているその表情は今まで見たことも無いほど眉間に深く皺を刻み、どう見ても不機嫌そうであり──ジャックは、ぽん、とその肩を慰めるように叩いたのだった。

 

 

 

 



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196 先生の物真似!

 

 

 

第一の課題が行われる前の週の土曜日、三年生以上の生徒は全員ホグズミード行きを許可された。

ソフィア達はずっとこの城に居るよりは、少し気晴らしに外に出た方がいいとハリーに進め、ハリーは初めは勿論そのつもりだったが──日刊預言者新聞が発行された後、その気持ちは萎んでいた。

村人達もきっとあの日刊預言者新聞を読んでいるだろう、もし沢山の魔法使いに囲まれた話しかけられてしまえば──そんな所をホグワーツ生に見られたら、また何を言われるかわかったものじゃない。

 

 

「ハリー、ホグズミード行くよな?ハニーデュークスに行って新商品が無いか見てみようぜ!」

「そうよ、ゾンコにも行きたいし、三本の箒のバタービールが飲みたいわ!」

「新しい羽ペンも欲しいの、ねぇハリー、どうかしら?」

 

 

ロン、ソフィア、ハーマイオニーの必死の誘いに、ハリーは悩んだものの、結局頷いた。

 

 

「…うん、僕もいくよ…でも、透明マントを被っていく」

 

 

こうしてハリーは寮で透明マントを被り、ソフィア達とホグズミードに出かける事となった。

 

ホグズミードでは沢山のホグワーツ生が居て、楽しそうに友人達と話しながらハニーデュークスの新商品陳列棚を覗き込んでいたり、ゾンコの悪戯専門店の店主が掲げるゲロゲロガムを遠巻きに眺めていた。

 

前を歩くソフィアとロンとハーマイオニーの後ろをこっそりとつけながら、ハリーは素晴らしい解放感を噛み締めていた。

ホグワーツ生の殆どが「セドリック・ディゴリーを応援しよう」のバッジをつけていたが、ハリーに意地の悪い野次を吐くことも、あの記事について揶揄うことも無かった。

 

 

ハニーデュークスについたソフィア達は商品を見物するフリをしながら何気なくハリーが他の人たちとぶつからないように背に庇いながら奥へ進む。

 

 

「あっ!ソフィア見て、このチョコレートすごく美味しそう!」

「うわー!本当だわ、お昼ご飯の前に…ちょっと味見しない?」

 

 

ハーマイオニーが指差したチョコレートは真っ白なクリームがたっぷりと挟まれたものだった。中々に重そうで甘そうなチョコレート菓子だが、食べ盛りであり若い2人には関係のない話だろう。

すぐにハーマイオニーとソフィアはそのチョコレートを手に取るとレジに向かう。

 

 

「…そこに居るよな?…おい!これ見てみろよ、星屑ヌガーだって!食べたら目の中に星が出来る…へぇ!1袋買ってわけないか?」

 

 

ロンは新商品のポップが付いている青いヌガーが数個入った袋を手に取り、ハリーがいるだろう空間に向けて話しかけた。

しかし、いくら待っても返事はなく──ロンはキョロキョロと辺りを見渡す。もっとも、見渡したところで見えるものでもないが。

 

 

「…おい?…いないのか?いるんだろ?」

 

 

1人、小声でボソボソと話すロンに気づいた見知らぬ下級生の集団が怪訝な顔でロンを見て数歩遠ざる。ロンはその集団に向けて曖昧に笑った後、むすりとした表情で商品棚を見つめた。

 

 

「──あ、ごめん、さっきのチョコ僕も食べたくて、ソフィアに頼んでたんだ…何か言った?」

 

 

人にぶつからないように器用に避けながらハリーはロンの元に戻ると、その不機嫌そうな顔を見てもしかして自分がいない間に話しかけていたのかと、すぐにマントの中からロンのローブを掴み、引っ張った。

ロンはちらりと見えない何かに引っ張られているローブを見て、眉を寄せたままぶつぶつと呟く。

 

 

「…今度はみんな、僕をチラチラ見ることになるな。僕が独り言を言ってると思って…」

「ごめんごめん。…見られるのって、嫌だろ?」

「…ああ、こんな注目はごめんだね」

 

 

ハリーはマントの下でニヤリと笑う。

ロンも──ハリーの顔が見えていないにも関わらず──同じようにニヤリと笑った。

 

また独り言を言っているように見えるロンに、遠巻きにしていた集団がまた怪訝な目でロンを見て指差しながらコソコソと話していた。

流石に気まずくなったロンは星屑ヌガーを一袋掴んだまますぐにその場を離れてレジに向かった。

 

 

「これ、一緒に買わないか?」

「勿論、いいよ。──はい、これ」

 

 

レジに並びながらロンは星屑ヌガーの包みを少し上げる。すぐにハリーは頷き、ロンの空いている片手にガリオン金貨を一枚乗せた。

 

星屑ヌガーを購入したロンは、外にいるソフィアとハーマイオニーを見つけると無言でハリーに「出るぞ」と指で合図をし、人混みを掻き分け表へ出た。

 

ソフィアとハーマイオニーは幸せそうにクリームたっぷりのチョコレートを頬張り、両手で頬を押さえながらその味を堪能していた。

 

 

「うーん!美味しいわね!」

「そうね!けど…喉が乾くわ」

「三本の箒でもいく?」

 

 

ロンは星屑ヌガーの包みを開けて一つ口の中に放り込んだ。甘い味と、パチパチとソーダのように口の中でヌガーが弾ける。

目がむずむずと痒くなってきたような感覚にロンは何度も瞬きをしながらハーマイオニーとソフィアを見た。

 

その瞬間──。

 

 

「あはは!ロ、ロン、目が──!」

「ぷっ…あはははっ!!す、凄いことになってるわよ!?」

「な、なんだよ?──え?そんなにやばい?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは危うく口の中に入れていたチョコレートを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえながら身を捩って爆笑した。

目に涙を浮かべながら笑うソフィアとハーマイオニーに、ロンはそんなにすごいの?とハリーが居るだろう方向を振り向く。

 

 

「──ぶっ!!──げほっ!ごほっ!」

 

 

ロンの目はキラキラとマグル界にある昔風の少女漫画顔負けな程にキラめいていた。瞬きのたびに星屑がパチパチと弾けるだけではなく、ロンの目の中には星が輝き、宝石のようになっている。

 

あまりの滑稽さに、ハリーは思い切り吹き出してしまい、声を抑えようとするあまりに盛大に咽せてしまった。

 

こうやって、ソフィア達が笑っているのは久しぶりかもしれない。ふとロンはそう思うと悪戯っぽく笑い、ソフィアとハーマイオニーとハリーの前でこほん、と一つ咳をこぼした。

ずいっと背筋を伸ばし、やや見下ろすように顎をくいっと上げ──一体どうしたんだと、笑い震えながらソフィア達が見守る中、ロンはぎゅっと眉をひそめ眉間に皺を作り、口をへの字にして自分が出せる精一杯の低い声を出した。

 

 

「我輩の授業は魔法薬の真髄を学ぶ!」

「──ぶっ!!」

「──くっ!!」

「っ─ちょっ…!」

 

 

ロンが誰の真似をしているのかわかり──それも、絶妙に似ている──ソフィア達は真っ赤な顔をしてぷるぷると震えた。

 

 

「ポッター!グリフィンドールに200点の減点だぁっ!!」

「ははははっ!や、やめて、やめてロンっ!!」

「だ、だめっ!お、お腹痛っ…あははは!」

「目、目がっ…目がきらめいてるスネイプって…!しかも、似てるんだけど!?」

「なぁにを笑っているミス・プリンスっ!今日も罰則だっ!」

 

 

ロンは眉を寄せ口をへの字にしたままハーマイオニーとソフィアを睨み見る。だが、その目は乙女のようにキラキラと輝き続けている。

あまりのギャップ。それに無駄に完成度の高い声真似に、ソフィア達は明日、間違いなく腹筋が筋肉痛になるだろうと思った。

 

ソフィアは笑い過ぎて過呼吸のようになり、無言でばしばしとロンの肩を叩き、ハーマイオニーは笑いすぎてまともに立てずロンの腕にしがみつき、ハリーはその場にしゃがみ込み必死に笑い声を押し殺す努力をした。

 

道の真ん中で震えながら爆笑しているソフィアたちを見た者たちは、迷惑そうな目で睨みひそひそと遠巻きにしていたが、久方ぶりに愉快な気持ちになったソフィア達は、そんなこと微塵も気にしなかった。

 

 

ロンがヌガーを食べ終わり、目が通常通り戻った頃、ようやくソフィア達は何とか笑いの渦から脱却する事が出来、笑いすぎて喉が渇いたソフィア達はちょっと休憩しよう、と三本の箒へ向かった。

 

 

「ああ…ロン、スネイプ先生の声真似、すっごくうまいわ!特技に出来るわ…!」

「ダメよソフィア!お、思い出させないで!」

 

 

三本の箒の空いている4人がけの席に着いたソフィアは頬を赤くしてくすくすと笑う。ハーマイオニーは思い出しただけでまた笑いが込み上げてきてしまい、必死に頬を何度も叩き必死に堪えようとしたため、笑っているような真面目なような、なんとも複雑な顔をしていた。

ロンは隣の何もない空間から押し殺した笑い声が聞こえてくる事に、満足そうににっこりと笑った。

 

温かくてとびきり幸せな甘さのバタービールを飲みながら、ハリーはロンの隣に座り、ソフィア達の話に耳を傾けていた。

時々、小声で頷きくすくすと笑う。

 

ふと、ハリーはもし自分が代表選手に選ばれていなかったらどうなっていただろうか、と考えた。

きっと、ここでソフィア達と第一の課題はなんだろうかと楽しげに話し合っているだろう。

ソフィア達は、課題について何も言わなかった。きっと、気を遣ってくれているのだろうと、ハリーにはわかっていた。

何の心配もなく、100年ぶりの三校対抗試合に胸を高鳴らせ、セドリックをホグワーツ生として心から応援していただろう。

 

 

 

「見て!ハグリッドよ!」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィア達は扉を見た。しかし、ハグリッドは扉から入ってきたのではなく、元から店内に居たようだ。

あの大きな体のハグリッドがいたなんて、何故気が付かなかったのだろうかとソフィアは思ったが、その隣にムーディがいる事に気がついた。

どうやらハグリッドは身体を屈めてムーディと話していたらしく、そのおかげで人混みに紛れていたのだ。

 

 

ハグリッドはいつものように巨大なジョッキを置いていたが、ムーディは自分の携帯用酒瓶から飲んでいて、何も注文していなかった。

 

 

ジョッキが空になったハグリッドは、女店主のマダム・ロスメルタに一言二言話した後立ち上がり、扉に向かった。

ソフィア達はハグリッドが気がつかないかと手を振ったが、残念ながらこちらには全く目を向けなかった。

 

しかし、ムーディは立ち止まると、店内の隅のテーブルに着くソフィア達の方を魔法の目で見てハグリッドの背中をちょんちょんと叩き、何事か囁いた。

 

 

「あ、ムーディ先生は気付いたみたい」

 

 

ソフィアが呟いたのと同時にハグリッドとムーディは引き返し、ソフィア達のテーブルにやってきた。

 

 

「元気か?ハーマイオニー、ソフィア、ロン?」

「こんにちは」

「ええ、とっても元気よ!」

「めちゃくちゃ面白い事があったからね」

 

 

ハグリッドの大声に、ハーマイオニーとソフィアは笑顔で答えたが、ロンは悪戯っぽくニヤリと笑い、それにつられて忘れかけていたセブルスの物真似を思い出したソフィア達はまた小刻みにぷるぷると震えた。

 

 

ムーディが片足を引き摺りながらロンのそばに来た時、ハリーは慌てて立ち上がり壁にぴたりと張り付いた。

きっと、ムーディは空席に見えて座るつもりだろう、足が悪いし。なら退かないと居るとバレてしまう。

 

 

ハリーはそう思ったが、ムーディはロンの側に立ったまま、低い声で笑った。

 

 

「いいマントだな、ポッター」

「先生の目…あ、あの…見える?」

「ああ、わしの目は透明マントを見透かす。そして、時にはこれがなかなか役に立つぞ」

 

 

まさか気がつかれているとは思わず、ハリーは驚いた。いや、ハリーだけでなくソフィア達も目を見開きムーディを見る。

ハグリッドも、きっとムーディがここにハリーが居ると教えたのだろう、彼の目にハリーは映らないが、にっこりと笑いハリーが居る場所を見ていた。

 

 

「ハリー、今晩、真夜中に俺の小屋に来いや。そのマントを着てな」

 

 

ハグリッドはメニューを読んでいるふりをしながら身を屈め、ハリーにしか聞こえないほど小さな声で囁いた。

 

身体を起こしたハグリッドはわざとらしく「ソフィア、ハーマイオニー、ロン、お前さん達に会えてよかった」と大声で言い、ウインクを一つ向けると、すぐにムーディと共に去っていってしまう。

 

 

「…ハグリッド、どうして真夜中に僕に会いたいんだろう?」

 

 

ハリーはロンの隣に座り直し、困惑した表情で呟く。まさかそんな事を言われていると思っていなかったソフィア達は驚き目を見張った。

 

 

「会いたいって?ハグリッドが?」

「一体何を考えているのかしら…行かない方がいいわよ、ハリー」

「うーん…何の用事なのかしら…シリウスとの約束もあるものね…」

 

 

ソフィアは注意深く辺りを見渡し、小声で呟く。

今日の夜はシリウスとの約束がある。

ハグリッドの元を訪れるならきっと時間ギリギリになってしまうだろう。

ハーマイオニーは行かない方がいい、と何度も言ったが、ハリーはハグリッドの用事が気になった。

 

 

「…僕、急いで行って、帰ってくるよ。…だって、ハグリッドが真夜中にこいだなんて…初めてだし」

「…確かに、そうね」

 

 

ハグリッドは夜中に校則を破って来いとは言わない。きっとその時間に見せたい何かがあるに違いない。

ハリーの言葉に、ソフィアは真面目な顔で頷いた。

 

 



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197 シリウス久しぶり!

 

 

 

ハリーが夜の11時半にハグリッドの小屋へ向かった後、ソフィアとハーマイオニーとロンは手筈通り自室に戻った。

まだ談話室には数人残っていたが、誰かが談話室にいると分かるとそれが真夜中でももう少し残ってもいいか、と思ってしまうものだ。

ソフィア達が談話室に残りハリーを待つ事で、誰か他の生徒が同じように夜更かしをしてしまうかもしれない──ソフィア達もいるから、いいや、と。

それを防ぐためにソフィア達は自室に戻り寝たフリをした。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは夜の1時前に身体を起こし、真っ暗な中静かに部屋を抜け出す。

足音を立てないように螺旋階段を降りて談話室を見渡したが──そこには誰も居なかった。

 

 

「…眠り魔法はかけなくてすむわね」

「ええ、良かったわ…」

 

 

すぐに、小さな階段を降りる足音が聞こえ、ソフィアとハーマイオニーは螺旋階段の影に身を隠した。男子寮の階段から降りてきたのはロンであり、ソフィアとハーマイオニーと同じような不安そうな顔でそっとあたりを見渡していた。

 

 

「ロン!」

「あ、ハーマイオニー、ソフィア…ねえ、もうすぐ時間だけど、ハリーはまだかい?」

 

 

ロンは腕時計の針が後5分で1時を指すのを見てそわそわと焦ったそうに出入り口である肖像画を見た。

 

 

「そうなの…後五分なのに…」

「もう!だから、行かない方がいいって言ったのに!」

 

 

他の生徒が降りてこないようにヒソヒソと小声で話しながら、ハーマイオニーは憤りながらも不安そうに肖像画を見る。

 

 

「…もし来なかったら、仕方ないわ。私たちが代わりに──」

 

 

代わりに用件を聞くしかない。シリウスはハリーに会いたかっただろうが、仕方がない。そうソフィアが言いかけた時、ぱっと肖像画が開き何も見えなかったが、荒い呼吸だけが響いた。

入り口が閉じた途端、何もない空間が歪み汗を拭きながらハリーが現れ、暖炉前の肘掛け椅子に倒れ込んだ。

 

 

「ハリー!良かった、間に合ったわね!」

「もう!心配したわ!」

「あっぶなー!ギリギリだぜ?」

「あ…いたんだ、みんな…」

 

 

ハリーは呼吸を整えながら、ほっと笑った。

ソフィア達も胸を撫で下ろしたが、すぐに真剣な顔でハリーを見つめる。

 

 

「じゃあ、私たちは階段で誰か来ないか見張るわ」

「ありがとう…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは女子寮の階段へ、ロンは男子寮の階段へ向かう。階段の前で一度ハリーを振り返った3人は、健闘を祈る。と人差し指と中指を交差してハリーにジェスチャーを送りそのまま静かに階段を登った。

 

 

ハリーは先程ハグリッドの小屋で見たドラゴンの事をソフィア達に伝えたかったが──今はシリウスと話すのが先だ。

そう思い暖炉を見た途端、中にある炎がシリウスの生首の形に変わった。

飛び上がり叫びそうになったのをこらえ、ハリーは久しぶりに見た自分の名付け親であり、後見人の顔を見て、嬉しそうに笑い、肘掛け椅子から飛び降り暖炉の前にかがみ込んだ。

 

 

「シリウス、元気なの?」

「俺の事は心配しなくていい、君はどうだ?ハリー?」

「うーん…色々あったけど、そこそこ元気だよ」

 

 

ハリーは昼間のロンの物真似を思い出しくすりと笑ったが、すぐに真剣な顔をして自分の意思でゴブレットに名前を入れたのではないという事、しかしソフィア達以外誰も信じてくれない事、日刊預言者新聞で嘘ばかり書かれからかわれている事、第一の課題がドラゴンに関わる何かだという事を伝え、一気に捲し立てたハリーは絶望的になって話し終えた。

自分で言っていて、ドラゴンを出し抜くなんて正気じゃない。とても不可能だとひしひしと実感が湧いてきたのだ。

 

だが、シリウスはハリーが黙り込むまで口を挟む事なく静かに聞いた後、口を開いた。

 

 

「ドラゴンは、ハリー、何とかなる。しかしそれは後にしよう。あまり長くはいられない──この火を使うのに、とある魔法使いの家に忍びこんだんだが、家の者がいつ帰ってくるかわからないからな。…ハリー、君に警告しなきゃならない事がある」

「なんなの…?」

 

 

ドラゴンよりも重要な事なんて、これ以上悪い事があると思うと、ハリーはがくりと数段気分が落ち込んだ。

 

 

「カルカロフだ、ハリー、あいつは死喰い人だった。それが何かわかるだろ?」

「うん……えっ!?あの人が!?」

 

 

ハリーは一瞬惚けたようにきょとんとしたが、言葉の意味を理解すると小さく叫ぶ。

深刻さが伝わったのか、シリウスは真剣な顔でカルカロフが死喰い人でありながら釈放された理由──同じ仲間である死喰い人を売った事──を伝えた。

 

自分の理解の範疇を越える事を次々と言われたハリーはぽかんとしながら必死にシリウスの言葉を覚えた。

まさか、行方不明になっている魔法省職員がヴォルデモートに捕まって三校対抗試合のことを話してしまっただなんて、少々突拍子が無い。だが、シリウスは自分の仮説に自信があるようだし、何より──あまりにも真剣な目をしている。

今はわからなくてもいい、後でソフィア達にこの事を伝えないといけない。

 

ハリーは言葉を挟まず全て聞いた後、力なく笑った。

 

 

「僕のいまの状況を考えると、本当に上手い計画みたい。自分はのんびり見物しながら、ドラゴンに仕事をやらせておけばいいんだもの」

「そうだ、そのドラゴンだが──ハリー、失神呪文は使うな、ドラゴンは強いし強力な魔力を持っているからな。たった1人でノックアウトなんて不可能だ」

「ああ、うん。さっき見たよ」

 

 

ハリーは先程、暴れるドラゴンを大人しくさせるために何人もの魔法使いが同時に失神魔法を放っていたのを思い出し頷いた。

 

 

「だが、1人で出来る方法がある。簡単な呪文があればいい。ドラゴンは目が弱いからな、結膜炎の呪いは知ってるか?」

「結膜炎の呪い?…うーん、聞いたことないけど、それでどうにかなるの?」

「ああ、使えるように練習しろ。いいな?結膜炎の呪いだ」

 

 

結膜炎の呪い。聞いた事はなかったがきっとソフィアかハーマイオニーは知っているだろう。ハリーは何度も「結膜炎の呪い、結膜炎の呪い」と呟いた。

 

 

「わかった、ありがとうシリウス…」

 

 

シリウスは優しく微笑み、じっとハリーの顔を見つめる。ハリーもただ、シリウスをじっと見ていた。

またこうやって会えるとは思っていなかった。かなり心配したし、今でも不安な事は沢山ある。だけど──やはり、目を見て話す事が出来て、本当に良かった。

 

 

「ハリー。ロン達は元気か?」

「うん、元気だよ。今日、ロンがスネイプの物真似したんだけどめちゃくちゃ面白くて!」

「スネイプの物真似ぇ?へえ!見てみたいな」

 

 

ハリーの楽しげな笑顔を見て、シリウスもまた同じように笑う。

どこか悪戯っぽいその顔は、今のシリウスの顔をさらに若くして見せ、ハリーが持つ写真に写っていた好青年の面影をちらりと見せた。

 

ハリーは今、かなり疲れていたし、頭を悩ませている事が多かった。──それでも、シリウスに学校生活は嫌なことばかりではなく、楽しい思い出があるのだということも伝えたかった。

心配ばかりさせていれば、この育て親はここに飛び込んでくるかもしれない。ハリーは微笑んだまま、一年生からあった事を手短に話した。

 

 

「──へえ、なかなかにスリリングだな?」

「うん!大変だったけど、ロンとソフィアとハーマイオニーと…ルイスのおかげでなんとかやってるよ」

「また、詳しく聞かせてくれ。──ところで、彼女の1人や2人できたか?」

「えっ?…そ、そんなの、できてないよ」

 

 

ハリーはぽっと頬を赤らめしどろもどろに答え視線を彷徨わせる。

その様子を見たシリウスはニヤリと笑い「好きな子がいるんだ?」とからかうように言った。

 

 

「う…ん。まぁね。…あ、そうだ。──シリウスは…その、ソフィアのお父さんのこと知ってる?」

 

 

ハリーは誤魔化すために無理矢理話題を変えた。──いや、ソフィアの事が頭に浮かんでいたため咄嗟にソフィアの話題を口にしてしまったのだ。

シリウスはハリーが誤魔化した事に気がついたが何も言わずにニヤニヤと笑っていたが──ふと、真面目な顔で首を振った。

 

 

「いや、知らないな。アリッサは誰と結婚したか俺に言わなかった。リリーも言葉を濁していたし…てっきり未婚のまま子どもを産んだと思っていたが…ソフィアから聞いてないのか?」

「そうなんだ…ソフィアは、お父さんについて言えないって言ってた」

「ふーん…?…アリッサが学生時代仲良かったのは──」

 

 

シリウスは脳裏にセブルスの顔が浮かんだが、それを口にする前にさっと表情を険しくさせると注意深く辺りを見る。

ハリーは身を乗り出してその先の言葉を待っていたが、シリウスの表情を見て誰かが帰ってきたのだと察すると顔をこわばらせた。

 

 

「──ハリー、俺はもう行く。健闘を祈る」

「シリウス!──っ、気をつけて、捕まらないように…」

「ああ…じゃあな、ハリー」

「バイバイ、シリウス」

 

 

ポン、と小さな音と共に一筋の煙を出して、シリウスは消えてしまった。

暖炉にはいつも炎が小さく燃えている。

ハリーはそれでも暫くその炎を名残惜しそうに見つめ「…シリウス?」と囁いた。

しかし、シリウスの顔は現れず、ただ無情に炎がゆらめくだけであり、ハリーはため息をついて立ち上がると自室へ戻るために螺旋階段を登った。

 

階段を登り切ったところには、ロンが座り込み壁に頭を預けて寝入ってしまっていて、そういえばロン達に見張りを頼んだのだと思い出したハリーはすぐに階段を降り、そっと女子寮へ続く階段を見上げた。

 

 

「ソフィア?ハーマイオニー?」

 

 

この先に入る事は出来ないと知っているハリーは小声で呼びかけた。

すると、がたりと物音と共に「ハーマイオニー、起きて!」とソフィアの小さな声が上から降ってくる。暫くすると眠そうに目を擦りながらハーマイオニーとソフィアが降りてきた。

 

 

「ハリー、シリウスと話せた?」

「うん、話せたよ、ありがとう!」

「それは…良かったわ……話は、明日聞きましょう…」

 

 

ハーマイオニーはとろんとした眠そうな目で欠伸を噛み殺す。無言で階段の頂上に座っているうちに、つい、うとうととしてしまったのだ。

 

 

「そうだね、ロンも…階段で寝ちゃってたし、ハグリッドの小屋で見たことも…話したいから、また明日話すよ」

 

 

ソフィアは今すぐに聞きたい気持ちはあったが──彼女の眠気も限界だった。

眠気でうまく思考が働かない時に聞くよりも、朝に真剣に聞いた方がいいだろうと考えて頷く。

 

 

「そうね、…おやすみなさい、ハリー」

「おやすみ、ハリー…」

「おやすみ、ソフィア、ハーマイオニー」

 

 

ソフィアはかくりと頭を下げるハーマイオニーの腕を掴み、そのまま階段を登って行った。

ハリーはその後ろ姿を見送った後、ロンを起こし自室に帰るために男子寮へ向かった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

次の日の朝、ソフィア達は揃って寝坊をし談話室に降りて行ったのは9時が過ぎた頃だった。この日が日曜日でなければ、きっとソフィア達は授業中うっかり眠ってしまっていただろう。

 

 

ソフィア達は4人で大広間に向かい言葉少なく、もそもそと朝食を取り、さてどこで話そうか──と考え、ソフィアの提案で花束を持つ少女の部屋を訪れた。ここなら他の人達に邪魔される事はない。

 

 

そうソフィアは考えたのだが、肖像画をくぐり抜けた先には、予想外の人物がいた。

 

 

「ルイス!ヴェロニカ!」

「あ、ソフィア…それに、ハリー達まで…」

「久しいな、ソフィア」

 

 

ソファに座っていたのはルイスとダームストラング生であるヴェロニカだった。

ルイスは兎も角、ヴェロニカが居るとは思わず驚いて──この部屋は、ソフィアとルイス、それにハリー達の秘密だった──沈黙していると、ルイスが申し訳なさそうに眉を下げて立ち上がりソフィアの元に駆け寄った。

 

 

「ごめん、ソフィア。…その…──言うべきだったね」

「…いえ、いいの。だってこの部屋は私たちのものじゃないわ」

「…ありがとう」

 

 

ソフィアが怒っていないのを見て、ルイスはほっと表情を緩め微笑んだ。

ルイスはヴェロニカと度々図書室で会い、色々話しているうちに彼女がかなり勤勉であり、様々な魔法を知りたがっている事を知った。つい、花束を持つ少女の部屋にある珍しい魔法について書かれた本を思い出し、ぽろりと伝えてしまい──ぜひ読んでみたい。そういう彼女の輝く瞳に、何故か拒絶する事が出来なかったのだ。

この部屋にある本は持ち出しを禁止されているため、仕方がなくルイスはヴェロニカを部屋に案内した。勿論、この場所の意味は知っている。くれぐれも誰にも言わないで欲しいと伝えていたが、きっと彼女は守ってくれるだろう、それがルイスには、わかっていた。

 

 

「ここは、ルイスとソフィア達の隠し部屋だったんだな。…すまない、私が無理に──ここにある本を読みたいと言ってしまって」

 

 

ヴェロニカは読んでた本を閉じるとすぐに立ち上がり、ソフィアに頭を下げた。ソフィアは顔の前でブンブンと手を振ると、にっこりと笑いヴェロニカの手を取った。

 

 

「いいのよ!だって、ここは誰でも来ていい部屋だもの!…あ、でも、秘密にはして欲しいんだけどね…」

「ああ、誰にも言わない。…この部屋に用事があるのだろう?秘め事を話すには、ちょうど良い部屋だ。…私は、帰るとしよう」

 

 

ヴェロニカはソフィアの後ろで気まずそうに身を寄せ合うハリーとロンとハーマイオニーを見てふっと笑うと、杖を振り手に持っていた本を本棚に片付けて颯爽と出入り口へ向かった。

 

 

「…じゃあ、僕も行くね。…またね、ソフィア。…あ、ハリー、課題頑張ってね」

「あ、うん…」

 

 

ルイスはハリーを少しだけ見てすぐに視線を逸らしてしまう。

ハリーは何故ルイスがそんなぎこちない目を向けるのか──はっと思い出し、慌てて外に出ようとするルイスの腕を掴んだ。あの忌々しいバッジを見た日、自分の言葉でルイスを傷付けてしまったのだ。

 

 

「ルイス!…ごめん、この前、僕……その、君に…」

「ハリー…」

 

 

ルイスは驚いた目でハリーを見つめたが、ふわりと優しく笑うとゆっくり首を振った。

 

 

「…ううん、何も気にしてないよ!…本当に応援してるから!」

「ありがとう、ルイス…」

 

 

ルイスはハリーの肩をぽんぽんと叩き、直ぐにヴェロニカの後を追って肖像画の裏から外へ飛び出した。

 

 

「…ルイス、いつの間にか…ダームストラングの生徒と仲良くなってたのね」

 

 

ハーマイオニーは意外だと言うようにルイスとヴェロニカが消えた出入り口を見ていた。

ソフィアもまた、この部屋を教える程仲良くなっていたとは思わなかったが、ルイスに友人が増えるのは良い事だと思い「そうなの!」と笑う。

 

 

「三校対抗試合の本当の意味を理解してるのは、ルイスだけね」

 

 

元々は三校の交流の為だったこの試合だが、果たして他校と仲良くなっている生徒はどれほどいるのだろうか。

ハーマイオニーの言葉に、ハリー達は苦笑した。

 

 

その後ソフィア達は中央にあるソファに座り、ハリーが話すハグリッドの小屋で見たドラゴンの事と、シリウスとの会話を聞いた。

 

 

「死喰い人って…まじかよ」

「とにかく、あなたが火曜日の夜も生きているようにしましょう」

「結膜炎の呪い…うーん、後2日で…大丈夫かしら…」

 

 

ロンはカルカロフが死喰い人だったと聞き、蒼白な顔をしたが、ソフィアとハーマイオニーはこの企みの元凶がカルカロフだとしても、とりあえずハリーがドラゴンに勝つ事が重要だと真剣な顔で唸った。

 

 

「えっ…そんなに難しいの?シリウスは、簡単だって…」

 

 

結膜炎の呪いがどんなものか知っているらしいソフィアとハーマイオニーの険しい表情に、ハリーはかなり狼狽した。シリウスが簡単だと言っていたからすぐに習得できる魔法なのだと思い安心しきっていたのだ。

ハーマイオニーは残念そうな顔でハリーを見つめ、ゆっくりと言った。

 

 

「そりゃ、シリウスにとっては簡単かもしれないわね。あの人って、かなり優秀だったらしいし。ドラゴンの小さな目にあてるのは…かなり難易度が高いわ」

「ハリー。授業で結膜炎の呪いって、習わなかったでしょう?……つまり、そういう事よ」

「…えっ……そんな…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの深刻な表情を見て、ハリーは身体が鉛を飲み込んだように重くなったのを感じた。

 

結膜炎の呪いは、本来なら5年生の時に学ぶものだ。

目を一時的に痛めるその魔法は、戦闘でもなかなか効果的である。狙いを定める事が重要な戦闘で、その魔法が当たればかなり優位にたてるだろう。

 

 

「でも、ドラゴンの弱点が目なのは本当なの。…まぁ、どの生き物もそうだけど、ドラゴンはそこだけが分厚い鱗に覆われてないから……他の魔法を探しましょう。何か…あるかもしれないわ」

「そうね、図書室に行きましょう!」

「4人で探せば見つかるさ!な、ハリー?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンは暗く沈んだハリーを慰めるために無理に明るく言いながら立ち上がる。

ハリーは図書室で有効な魔法が見つかることを切望しながら立ち上がった。

 

 

 



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198 アクシオの練習!

 

 

 

ソフィア達は懸命に他の方法を探したが、ハリーが使えそうなものでドラゴンに効果的な魔法はついに、見つからなかった。

 

図書室から借りた沢山の本を抱え、ハリー達はまた花束を持つ少女の部屋へ戻っていた。

ハリーはもっと図書室で本を探したかったが、途中でクラムが現れてしまい、きっとファンの生徒達がすぐに現れうるさくなり集中出来ないから、とハーマイオニーが嫌がったのだ。

 

 

「うーん。あ!涙の呪い!…ああ、でも、難しそうね…」

「自分自身に呪いをかけるっていうのは?強くするの。難しいかしら…」

「ハリー、この前ゴイルにやった鼻呪いはどうだ?」

「ロン、ドラゴンの皮膚は魔法が効きにくいのよ、忘れたの?」

「ああーそうだった。うーん、もうクソ爆弾持っていったら?持ち込みは不可だっけ?」

「……ごめん、ちょっと黙っててくれない?僕、集中したいんだ」

 

 

口々に話すソフィア達に、ハリーはなかなか有効な魔法が見つけられない焦燥感からつい、苛立ってしまっていた。

ソフィア達は顔を見合わせぴたりと口を閉じ、黙々と本のページをめくった。

 

 

暫くは無言だったが、無言ならそれはそれでハリーの頭は真っ白になってしまい、本をいくら読んでも文字が全く頭に入ってこなかった。

ハリーは呻めきながら広げた本の上に額を押し付け頭を掻きむしる。

どうすれば良いのだろうか、ドラゴンをやっつける課題だったら、一撃で僕はぺしゃんこにされてしまうに違いない。それとも吐かれた炎で真っ黒焦げになるかどちらかだ。

 

 

「…ソフィア、君なら…どうする?」

 

 

ハリーは唸りながらソフィアに聞いた。

ソフィアはハリーが知る中で最も魔法を沢山知っているし、ドラゴンが好きだ、その生態についても詳しく知ってるかもしれない。

もしソフィアなら、どうしただろうか、何かヒントになる事はないかと、一縷の望みをかけたのだ。

 

 

「え?…うーん…ドラゴンの種類はなんだった?」

「えっ…えーと…ハンガリーなんとか…と、スウェーデン…ス…なんとかと、ウェールズ普通…なんとか…と、中国の火の…って言ってたような…」

 

 

ハリーは懸命にチャーリーがハグリッドに言っていた言葉を思い出した。どれも中途半端な情報だったが、ソフィアは少し考え込みながらも口を開く。

 

 

「ハンガリー・ホーンテールと、スウェーデン・ショートスナウト種と、ウェールズ・グリーン普通種と、中国火の玉種ね。──課題が、仮に…ドラゴンを行動不能にするものなら…。

ハンガリー・ホーンテールはこの4種の中で最も凶暴で吐く炎がとても危険なの、炎を吐くドラゴンは多いけど、かなり遠くまで炎を吐くのが特徴ね、15メートルくらいかしら。警戒心がとても強いわ。それと、尻尾にも棘があるわ。私なら…そうね…結膜炎の呪いを使わずに、なら──ホーンテールは寒さに弱いの、氷魔法を試すわ。

スウェーデン・ショートスナウト種は…うーん、この子すばしっこいのよね…でも長距離を飛ぶのが苦手なの。私なら降りた時に地面をねばねばしたガムに変えて動きを封じるわ。この子も火を吐くけど、距離はそこまで長くないの、せいぜい4メートルね。

ウェールズ・グリーン普通種はね!この子すっごく鳴き声が綺麗だし、ドラゴンの中ではかなり大人しいの。人間を襲った記録もないわ。無駄な戦闘を嫌って人間を避ける賢い子なのね。…だから眠らせ魔法を試すわ、神経が昂ってなければ、効くかもしれないし。

中国火の玉種はね、この子も大人しいの。でもすっごく素早くて、頭が良いのよね…。炎は真っ直ぐ進まなくて、球みたいなのを吐くから、それを避けつつ…そうね、ゆっくり地面をねばねばに変えるわ。

…参考になるかしら?」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーはぽかんと口を開けた。

ソフィアは3人からの視線に、間違ったことを言っただろうかと肩をすくめる。

 

ハリー達は、ソフィアがこれ程ドラゴンについて詳しいとは思わなかった。たしかに、ソフィアはドラゴンの事が好きだ。だがその生態や、ハリーが言ったあやふやな名前の情報から的確に判断するとは思わなかったのだ。

 

 

「参考に…うん、なるよ、ありがとう」

「そうね、魔法を地面にかけるっていう手もあったわ!」

 

 

正直なところ、参考になりそうなものはドラゴンの危険度ぐらいだろう。どの魔法もハリーが使えるものでは無く、難易度の高いものばかりだった。

だが、ハーマイオニーは周りにあるものに魔法をかけるという発想に目を輝かせ物凄い勢いで本を開いた。それなら何か良い魔法が見つかるかもしれない。

 

 

「ソフィアが戦いたくないドラゴンはなんだい?」

「どのドラゴンとも、戦いたくないわ」

 

 

ロンの言葉にソフィアはキッパリと断言した。

 

 

「だって、チャーリーは営巣中の母親ドラゴンって言ったんでしょう?…その時期のドラゴンは、とても神経が尖ってて凶暴なの。大事な卵を守ってる最中だもの…そんな子達を無理矢理連れてきて、課題にするなんて…可哀想だわ」

「…可哀想なのは、そんなドラゴンと戦う僕たちだよ」

 

 

ハリーの嫌そうな呟きに、ソフィアは「まぁ、そうだけど」と口籠った。

 

 

その後ソフィア達はなんとか良い魔法はないかと探したが、残念ながら見つかる事は無かった。

ダメ元でハリーはソフィアに結膜炎の呪いを教えてほしいと頼み込み、ソフィアはその魔法が書かれている本をハリーに見せたが──どう考えても1日2日で使いこなせなさそうだとわかったハリーは──何せ、ドラゴンに当てなければならない。その拒絶なドラゴンの小さな目に正確に当てる技術なんてハリーには無かった──諦めた。

 

 

 

 

 

その日の夜、ハリーはろくに眠れず、ロンのいびきを聞きながら何度も寝返りをうっていた。

ようやく微睡みかけた時には朝日が昇ってしまい、まだこの心地よい布団に包まれていたい、明日なんて来なければ良い──ハリーはそう思ったが、ロンに引っ張られ談話室へと降りていき、待っていたソフィアとハーマイオニーと共に大広間に向かった。

 

 

ドラゴンと戦うなんて、そんな事出来るわけがない、今すぐホグワーツから逃げ出したい、ハリーはそう考えていたが、大広間に広がる景色を見ているとその気持ちはすっと消えていった。

 

ホグワーツから逃げて、あのダドリーと一緒に過ごすくらいなら、ドラゴンに立ち向かった方が何倍もマシだ。

このホグワーツには、ハリーにとって何よりも幸せな思い出がつまり、かけがえのない友人達がいる。そして、密かに想いを寄せているソフィアも──…それを考えるだけで、ハリーの気持ちは少し落ち着いた。

 

 

「1限目は薬草学ね、行きましょう」

 

 

ソフィア達は授業開始のベルが鳴るギリギリまでハリーが皿の上のベーコンを食べ終わるのを待ち、立ち上がった。

 

ハリーはカボチャジュースを飲みながら立ち上がり、ふとセドリックもまた同じタイミングで立ち上がったのを見た。

 

 

ハグリッドにドラゴンを教えてもらった時、マクシームとカルカロフもドラゴンを見ていた。きっと、彼らはそれぞれの代表選手に課題のことを知らせるだろう。それなら、今選手の中でそれを知らないのはセドリックだけだ。──それは、フェアじゃない。

 

 

「後で温室で会おう。先に行ってて、すぐ追いつくから」

「でも、もうすぐ授業だぜ?」

「遅れちゃうわよ?」

 

 

ロンとソフィアの困惑した声に、ハリーは「大丈夫だから!」とだけ言うと扉から出ていったセドリックを追いかけた。

 

 

一体どうしたのかとハリーを見送ったソフィア達は顔を見合わせ首を傾げながら薬草学が行われる第三温室へ向かった。

 

 

 

ハリーは結局。授業開始のベルが鳴っても現れなかった。

ハリーが駆け足で現れたのは授業が始まり10分が過ぎたところであり、走った勢いそのままにスプラウトに遅刻を謝罪したハリーはすぐにソフィアの隣に並び小声で話しかけた。

 

 

「ソフィア、助けて欲しいんだ」

 

 

必死な言葉に、ソフィアはうっかりブルブル震える木の1番太い枝を──本来なら剪定する場所ではない枝を──切り落としてしまった。

しかしそれを少しも気にすることなく、ソフィアは心配そうに大きく目を開く。

 

 

「勿論よ、ハリー。どうしたの?」

「ソフィア、僕は呼び寄せ呪文を明日の午後までにちゃんと覚える必要があるんだ」

 

 

 

 

授業終了後、ハリーは何故 呼び寄せ呪文(アクシオ)が必要なのかをソフィア達に説明しアクシオの練習を始めるために足早に花束を持つ少女の部屋へ向かった。

 

アクシオを使い、ファイアボルトを手に入れドラゴンを翻弄する。たしかにそれはハリーが今使える可能性のある魔法の中で最も効果的戦略だろう。ハリーが誰よりも得意な事を生かす、これ以上にない方法だ。

 

 

「でも、ムーディ先生が教えてくれるのは意外ね」

「やっぱり、ほら、ムーディはハリーを守るために来たんじゃないか?シリウスもそう言ってたんだろ?」

「うん、僕もそう思う」

 

 

廊下を足早に進みながら不思議そうに言ったハーマイオニーの言葉に、ロンとハリーは息を弾ませながら答え、ソフィアも頷いた。

 

 

「きっとそうね。先生達は課題の内容を知ってるんだわ。ファイアボルトで、ドラゴンの目を回して行動不能にする事だって、きっとハリーには出来るわ!あなたは1番のシーカーだもの!」

 

 

ハリーはソフィアの言葉に、にっこりと笑った。

 

 

 

 

ロンが途中で大広間から取ってきたサンドイッチをつまみながら、花束を持つ少女の部屋で昼休みギリギリまでアクシオの練習に費やした。

 

 

「ハリー、じゃあまずは…いつも使ってる羽ペンからにしましょう。強く心の中でイメージするの、あなたの羽ペンがこの手の中にあることを…」

「うん、わかった…アクシオ!羽ペンよ来い!」

 

 

ハリーは全力で羽ペンを部屋の端から呼び寄せようとした。だがやはり上手くいかず、羽ペンは途中で失速し、ハリーの手に収まる事なく床の上を転がってしまった。

 

 

「ハリー、集中するの、集中よ」

 

 

ハーマイオニーは見守りながら何度も集中するようハリーに伝えた。

ハリーは懸命に集中しようとした、だが課題までに残された時間は短く、この魔法を使えるようにならなければ命はない。頭の中で獰猛なドラゴンの牙や轟轟とした炎がちらついてしまい、どうしても集中する事が出来ず、昼休み中に成功する事は無かった。

 

 

ハリーは授業をサボってアクシオの練習をしたかったが、ハーマイオニーは授業をサボる事を良しとせず「こんな時なんだから大目に見ても良いじゃない」というソフィアを無理矢理引き連れ数占いの教室へ向かってしまった。

ロンもあまりアクシオが得意ではなく、教える事が出来なかったために、ハリーはこんな事をしている場合じゃないのに、とぶつぶつ文句を言いながら占い学を終え、すぐに夕食を掻き込むように食べた後、再びソフィア達と花束を持つ少女の部屋で過ごした。

 

 

「さあ、練習開始よ!まずは、お手本を見せるわ。集中して、羽ペンが手の中にあるのを考えるの。羽ペンよハリー──ドラゴンじゃなくてね。…アクシオ!羽ペン!」

 

 

ソフィアは大きく杖を振るった。

その途端部屋の端にあった羽ペンは勢いよく飛び、磁石で引き寄せられるようにぴたりとソフィアの手に収まった。

 

 

「本当に、すごいね!」

「集中すれば、どんなものだって引き寄せられるようになるわ。…例えば…」

 

 

ハリーからの賞賛に、ソフィアは胸を逸らし誇らしげに笑顔を見せながら辺りを見渡す。そして、ぴたりとハーマイオニーで視線を止めるとにやりと悪戯っぽく笑った。

 

 

「アクシオ!ハーマイオニー!」

「きゃあっ!?」

 

 

びゅん!と勢いよくハーマイオニーはソフィアに引き寄せられ、ソフィアの胸の中に収まった。驚き、「もう!びっくりしたでしょ!」と怒るハーマイオニーに、ソフィアはくすくすと楽しげに笑った。

 

 

「人まで呼び寄せられるの?」

「まぁね。でも、目に見える範囲にした方が良いわ。じゃないとどこで何とぶつかるかわからないもの」

「…ファイアボルトじゃなくて、ソフィアとルイスを呼び寄せたらどうかな?」

 

 

ハリーは冗談で聞いたが、ソフィアは真面目な顔で「それは、ギリギリ違反になりそうね」と答えた。

 

 

 

アクシオの猛練習は夜の12時を過ぎても終わる事は無かった。

ハーマイオニーとソフィアは交代でハリーにアクシオを教え、ロンは声援を送り続けた。

 

ロンの声ががらがらになり声が掠れた午前2時ごろ、ようやくアクシオのコツを掴んできたハリーは部屋の端から大きくて重い辞書を手元に呼び寄せる事に成功した。

 

 

「よくなったわ、ハリー!」

「ええ、ちゃんと出来てるわ!」

「やったな、…げほっ…ハリー!」

 

 

ソフィア達は疲れきっていたが、それでも嬉しそうににっこりと笑う。

 

 

「うん、これから僕が呪文をうまく使えなかった時に、どうすれば良いかわかったよ」

 

 

ハリーは辞書をソフィアに手渡し、部屋の端まで下がった。今の感覚を忘れないうちに、もう一度成功させたかった。

 

 

「ドラゴンがくるって脅せばいいんだよ」

「追い詰められたら、いつもよりも力が出せるっていうものね」

「うん。…それじゃ、やるよ。──アクシオ!辞書よ来い!」

 

 

重い辞書がソフィアの手を離れて浮き上がり、ハリーの手に真っ直ぐ飛び込んで来た。

ロンは声援が出なくなった代わりにパチパチと大きく拍手をし、ハーマイオニーも嬉しそうに飛び上がる。

 

 

「ハリー、あなた、出来たわよ!」

「ええ、これなら明日も大丈夫ね!」

 

 

ソフィア達はハリーに駆け寄り、心からハリーを褒めた。ハリーもやっとアクシオを使えるようになり嬉しかったが、明日のことを──もう、今日だが──考えると気が重かった。

 

 

「明日うまくいくといいけど。ファイアボルトはここにあるものよりずっと遠くにあるんだ、城の中に。僕は外で競技場にいる…」

「距離は関係ないわ。本当に集中すれば、ファイアボルトは飛んでくるもの」

 

 

ソフィアはハリーを励ますように真剣な目で見つめ、ハーマイオニーも大きく頷く。

それなら良いけど、とハリーが小さく呟いた弱音は、タイミング良くロンの大きな欠伸で掻き消された。

 

 

「もう、寝ようぜ?少しは寝ないと…」

「そうね。…もうここで寝ちゃいましょう。透明マントを持ってきてないし、今出て、見回りの先生達にバレたら面倒よ」

 

 

ソフィアは杖を振り部屋の中央にあったソファや机を部屋の端に移動させると、鞄の中から羊皮紙を4枚出しふかふかとした寝袋に変えた。

 

ハリーは奇妙な興奮で目が冴えていたが、ロンとハーマイオニーとソフィアはハリーが無事にアクシオを習得出来た安堵で急激に眠くなり、すぐに寝袋の中に入ると気絶するようにことりと寝入ってしまった。

 

 

パチパチと暖炉の炎が爆ぜる音と、微かな寝息だけが聞こえる部屋の中、ハリーは隣で眠っているソフィアの横顔を見つめる。

 

見ていると、ハリーは、きゅん、と胸が締め付けられるような感覚がした。

そういえば、ゆっくりとソフィアの顔を見るのは久しぶりかもしれない。代表選手に選ばれてしまってからと言うものの、それどころでは無かった。

 

もし、3つの課題を無事に終えることが出来たら──もし、僕が優勝して、輝かしい栄光を獲得する事が出来たら…ソフィアは、少しは僕の事を見てくれるだろうか?かっこいいと、思ってくれるだろうか?

 

 

もし、優勝する事が出来たら、ソフィアに気持ちを伝えよう。

好きだって、言うんだ。

 

 

ハリーはそう心に決め、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 



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199 一つ目の課題!

 

 

 

ついに三校対抗試合の日がやってきた。

その日、授業は午前中で終了し、ハリーは昼食中にマクゴナガルに呼ばれて先に競技場へと向かった。

ソフィア達は口々に「頑張って!」と何度も応援したが、ハリーの表情は強張り、どこか動きもぎこちなかった。

 

 

ハリーや他の代表選手達も大広間から退出し、少し経った後、ダンブルドアが生徒達に競技場へと向かうように告げる。

 

すぐにソフィア達は立ち上がり他の生徒達と混ざって競技場へ向かったのだが、ソフィアはどの生徒達もグリフィンドール生以外は胸に「セドリック・ディゴリーを応援しよう」のバッジをつけているのを見て気が滅入ってしまった。

 

 

「ああ、ハリー大丈夫かしら…」

「きっと、大丈夫さ!そうだろ?」

「ええ…大丈夫に決まってるわ!」

 

 

ソフィア達は自分に言い聞かせるようにそう言ったが、自分自身でもわかるほど声は不安の色に染まっていた。

 

 

競技場の側には大きなテントが立ち、中が見えないようにしっかりと入口は閉じてあった。きっとここが選手の控え室なのだろう。ソフィアはそのテントの中に入ってハリーを応援したい気持ちに駆られたが、何度も応援すれば、きっとその分ハリーは緊張し不安に思ってしまうだろう。

ソフィアはグッと堪え、ハーマイオニーとロンの後に続いて競技場の門をくぐった。

 

観覧席には既に沢山の生徒達がガヤガヤと興奮しながら楽しげに話している。

笑い合い、課題は何だろうかと予想しあう声を聞きながら、ソフィア達はぐっと唇を噛み、心からハリーの無事を祈った。

 

 

 

「これより、三大魔法学校対抗試合、第一の課題を開始する。選手達に与えられた課題は──勇気と、知恵、そして魔法のセンスを見極めるに相応しい──ドラゴンとの対峙じゃ。選手達はドラゴンが守る金の卵を手に入れなければならぬ」

 

 

ダンブルドアの声が魔法で拡大され、競技場中に響いた。生徒達は口々に「ドラゴン?」「あの、凶暴な?」と興奮し囁き合う。

ドラゴンを見た事がない者でも、その凶暴性は十分理解している。選手達はどのようにドラゴンと対峙し、金の卵を手に入れるのか──課題の開始を今か今かと心待ちにし生徒達は足を踏み鳴らす。

 

 

競技場の中央に金の卵が数個配置された途端、すぐに課題開始のホイッスルが鳴り響き、誰もが首を伸ばし固唾を飲む中、青みがかった灰色のスウェーデン・ショートスナウト種が地響きを立てながら現れ、すぐにその金の卵に近づきぐるぐると唸り声を上げた。

 

 

「さぁ!1人目の選手を紹介しましょう!ホグワーツ所属、セドリック・ディゴリー!」

 

 

解説者であるバグマンの大声と共に、セドリックがテントから飛び出した。

大声援が上がる中、セドリックは大きなドラゴンを見上げ表情を引き締めるとすぐに杖を振るい側にある大きな岩を犬に変身させた。

 

茶色い毛並みのラブラドールはドラゴンの周りを走り回り注意を引き、卵を取られると思ったドラゴンがその犬を捕らえるために大きく羽を広げゆっくりと歩き出す。

 

セドリックは岩山の後ろに隠れつつ金の卵へと近付き、犬を反対側の遠くへ誘導した。

 

しかし、ドラゴンは犬から視線を逸らすと隠れているセドリックを見つけ、口から炎を吐いた。

 

呻き声と叫び声が上がる中、セドリックはなんとかギリギリで炎を避け、新たに岩を犬に変えドラゴンの意識を逸らし、その隙に別の岩山へと身を隠した。

 

 

そうして少しずつ金の卵に近づいたセドリックは火傷を負ったものの無事に一つの金の卵を手に取るとすぐに大きく天に掲げた。

 

大きな歓声と拍手で沸く中、ドラゴン使いが颯爽と現れ怒れるドラゴンを沈めるために失神魔法をかける。

 

 

「セドリック、うまいわね…!」

「ええ、火傷は大丈夫かしら?」

「犬に変えるなんてね!たしかに、すごいよ」

 

 

ソフィア達も拍手をしながらセドリックの健闘を讃えた。少々時間はかかり、派手な魔法では無かったが慎重でありなによりも確実な方法で──ハッフルパフ生のセドリックらしい、といえるだろう。

 

 

次に現れたのはフラー・デラクールであり、フラーはドラゴンに魅惑の呪文と眠り魔法をかけその脅威の無効化を試みた。

彼女の作戦はうまくいったのだが、すっかり眠ってしまったドラゴンが大きないびきをした途端、鼻から炎が噴き出し、そろそろと近づいていたフラーのスカートに火をつけた。慌てて水魔法を使い火を消したフラーはすぐに金の卵を掴み、空高く掲げた。

 

 

3番目はビクトール・クラムだった。

彼はドラゴンと対峙するとすぐに結膜炎の呪いを放った。ドラゴンは苦しみのたうち回ってしまい、ドラゴンの足元にあった卵の半数は無残に割れ、潰れてしまった。クラムは苦しみもがくドラゴンを避けながらなんとか無事だった金の卵の元に辿り着き、ひとつを空高く掲げる。

 

 

 

「ああ…ハリー、最後なのね…しかも…ホーンテール…!」

 

 

ソフィアは心からハリーの無事を祈った。

 

 

 

ついにハリーの名前が呼ばれ、テントの中から硬い表情をしたハリーが現れる。

競技場の端には既にホーンテールが金の卵をしっかりと抱えて伏せていた。

ドラゴンは両翼を半分開き、鋭い黄色い目でハリーを睨む。

黒く固い鱗に覆われたドラゴンはその棘だらけの尻尾を強く地面に打ち付け、固い地面に幅1メートルもの溝を作り上げた。これ以上近付くなと威嚇するドラゴンを見た観衆達はどう見てもこのドラゴンが1番凶暴だと気がつき、興奮し大騒ぎしながらドンドンと足を踏み鳴らす。

 

 

「アクシオ!ファイアボルト!」

 

 

ハリーは杖を振り上げて叫んだ。

全神経を集中させた渾身の叫びだった。群衆達は何も起こらない様子を見て怪訝そうな顔をしたが──少しして、空気を切り裂くような鋭い音を聞いた。

 

 

「──やったわ!」

 

 

ソフィアは思わず叫んだ。ソフィアだけではない、ロンもハーマイオニーも同じ言葉を叫んだだろう。

ハリーの脇には飛んで来たファイアボルトがぴたりと止まり、主人が自分の背に乗るのを待っていた。

 

 

ハリーはすぐに箒に跨り、強く地面を蹴り──空高く舞い上がった。

 

 

きっと、誰もこの展開は予想していなかっただろう。生徒だけではなく、教師達も──ムーディを除き──ハリーがアクシオでファイアボルトを呼び寄せるとは思わなかった筈だ。

誰もが巧みなハリーの飛行術に大声援を送り、手を叩いた。ソフィア達も喉が枯れる程ハリーを応援し、時には悲鳴を上げ、指が白くなるほど手を握り見守った。

 

 

ハリーの肩をドラゴンの尾の棘がかすめ、パッと赤い血が舞った時には観衆はどよめき悲鳴を上げ、ソフィア達もまた、叫んでいた。

 

 

だが、ハリーは驚くほど冷静だった。

彼には今周りの観衆達の声は何も聞こえない。ただ、ドラゴンと自分だけがその世界に居た。

卵を守るためにそばを離れず飛び上がろうとしなかったドラゴンが、ついに足を上げた瞬間をハリーは見逃さず急降下し、無防備になった卵目掛けて一直線に突き進むとそのままファイアボルトから両手を離し、金の卵を掴んだ。

すぐにハリーは猛烈なスパートをかけその場から離れスタンドの遥か彼方に高く舞い上がる。

 

 

観衆は声のかぎりに叫び、惜しみない拍手喝采をハリーに送った。

 

 

「やった!!ハリー!!やったわ!!」

「ああ!なんて、なんてことなの!」

「凄い!ハリー!凄いや!!」

 

 

ソフィア達は喜びのあまりその場を飛び跳ね、強く抱きあった。互いに何度も「やった!!」と叫び、自分の事のように喜び、満面の笑みを浮かべる。いや、ハーマイオニーは感激のあまりその目に涙を溜めていた。

 

 

「ハリーのところへ行こうぜ!」

 

 

ロンはハーマイオニーとソフィアの背を叩き、興奮したまま叫ぶ。勿論、ソフィアとハーマイオニーは何度も頷き、3人は転がるようにしてまだ興奮が冷めやまない生徒たちの間を抜いながら競技場脇のテントへ走った。

 

 

テントの周りには、既に何人かの生徒が集まっていた、きっと代表選手の友人たちだろう、ソフィアはそう思いながらテントの中に勢いよく飛び込んだ。

 

 

「ハリー!」

 

 

ちょうど外の様子を見ようとしていたハリーと会い、ソフィアは感激と興奮のままハリーに抱きついた。ハリーもまた興奮が冷めず、いつもならしなかっただろうが──強く、ソフィアを抱きしめた。

 

 

「ソフィア!ねえ、見てくれた!?僕、やった!!」

 

 

ハリーはその腕の中にぎゅっとソフィアを抱きしめたまま上擦った声で聞いた。──温かい、それに、何だかとっても良い匂いがする。

 

 

「勿論よハリー!あなた、凄かった!本当に、1番凄くて、かっこよかったわ!」

 

 

ソフィアも強くハリーを抱きしめたままくすくすと笑い、ハリーの頬に軽くキスを送った。

ハリーは嬉しさと興奮から、ぎゅっと強くソフィアを抱きしめたまま「うん、うん!」と何度も頷き、無事に課題を終える事が出来た喜びを噛み締めていたが、ふとロンとハーマイオニーがいる事に──ようやく──気がつき、一気に恥ずかしくなりパッとソフィアを離した。

 

 

「ロン!ハーマイオニー!来てたの?」

「うん、ずっといたけど」

「ハリーはソフィアしか見えてなかったわね。──まぁいいわ!ハリー、あなた素晴らしかったわ!本当に!」

「そう!ハリー、まじで1番凄かったぜ!」

「ありがとう!」

 

 

ハリーは照れながらも、ハーマイオニーとロンの惜しみない賞賛ににっこりと笑う。こんなに晴れ晴れとした清々しい気持ちは久しぶりだった。

 

 

「ほら、もうすぐハリーの点数が出るんじゃない?見に行きましょう!」

 

 

ソフィアはハリーの背中を押し、待ちきれないというように楽しげに頬を紅潮させる。

ハリー達はすぐに頷きテントをくぐり、外に出た。

 

ソフィア達が点数が見えるところまで移動する間、ロンは興奮しながらハリーにセドリック達がどうやってドラゴンに立ち向かい卵を手に入れたのかを早口で語った。

 

 

高い囲いのある競技場の1番高い席には金色のドレープがかかり、審査員である5人が座っていた。

今ソフィア達がいる場所の丁度真向かいであり、かなり遠く米粒のようにしか見えなかったが、ソフィア達は目を凝らし審査員が掲げる点数を見守った。

 

 

「10点満点で採点するんだ」

 

 

マクシームが杖を上げると、長い銀色のリボンのようなものが杖先から噴き出し大きな8の字を書いた。

 

 

「なかなか悪くないわね!」

「もうちょっとあるかなって思ってたけど…ハリーの肩の事で減点したのかな…」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねたが、ロンは9点は行くだろうと思っていたため小さく呻く。

 

 

「そうよ!ハリー、肩はもう治してもらえたの?」

「うん、治療してもらったよ。大した事なかったんだ」

「良かったわ…!」

 

 

心配そうに肩を見ていたソフィアに、ハリーはにっこりと肩を叩きぐるぐると腕を回した。ソフィアがほっと胸を撫で下ろしたとき、クラウチが9の数字を高く上げた。

 

 

「いけるぞ!」

 

 

ハリーの背中をロンが興奮したままバシンと強く叩き、ハリーはよろめきながら審査員達に視線を戻した。

 

ダンブルドアも9の数字を上げれば、観衆が一層大きく歓声を上げる。ソフィアとハーマイオニーは手を取り合いきゃあきゃあと黄色い声で叫んだ。

 

バグマンが上げた数字は──なんと、10点だ。

 

 

「10点?だって…僕、怪我したし…何の冗談だろう?」

「文句言うなよハリー!」

「そうよ!だって素晴らしかったもの!」

 

 

信じられず呆然と呟くハリーに、ロンとソフィアはそんな事気にしてられないと興奮して叫ぶ。

 

そして最後はカルカロフが杖を上げた。──しかし、数字はなかなか上がらず、ようやく上がった数字は4というものだった。

 

 

「なにあれ?!」

「酷いわ!」

「卑怯者!えこ贔屓のクソッタレめ!クラムには10点やったくせに!」

 

 

ソフィア達が怒り不満を叫ぶ。いや、ソフィア達だけではなく観衆も同じで大きなブーイングと野次が飛び交った。

 

しかし、ハリーはたとえカルカロフが0点を上げていたとしても気にしなかっただろう。

ソフィア達がカンカンになって憤慨してくれている、それだけで十分嬉しかった。

 

それに、ハリーに歓声を送るのはグリフィンドール生だけではなかった。全校生徒の大部分がハリーの勇敢さと素晴らしさを讃え、ハリーの味方になったのだ。

 

 

ハリーはもう、スリザリンの事はどうでも良かった。今なら、スリザリンに何を言われようが我慢できる。空気よりも軽やかで清々しい心地に、ハリーは1度目を閉じ幸福感を噛み締めた。

 

 

 



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200 何でも屋さん!?

 

 

 

ソフィア達はその日の晩、ピッグウィジョンを探しに梟小屋を訪れた。ハリーはシリウスにドラゴンと対決したが無事だった事、ついでに結膜炎の呪いは2日程度で習得するには難しく、アクシオを使い箒を使ってドラゴンを出し抜いた事もしっかりと書いた。

 

梟小屋でピッグウィジョンを捕まえる最中に、ソフィア達は一旦考えないようにしていたカルカロフの件について話した。

 

 

「あの、カルカロフが死喰い人なんてね…」

「辻褄が合うじゃないか?マルフォイが汽車の中で行ったこと、覚えてるか?あいつの父親がカルカロフと知り合いだったって。あいつらがどこで知り合ったのか、これでわかったぞ。ワールドカップじゃ2人一緒に仮面を被って暗躍してたんだ」

 

 

ロンが自信を持って「間違い無い」と自論を告げたとき、ハリーはドラコの事を考えロンと同じような表情で頷いたが、ソフィアとハーマイオニーは難しい表情で眉を寄せ考え込んだ。

 

 

「…いえ、ルシウスさん──ドラコのお父さんはあの日に暗躍なんてしてないわ。だってルイスとドラコと私はみんなとはぐれて迷子になって…その後、ジャックがドラコのお父さんとお母さんが必死に探しているっていって、連れて行かれたところに2人ともいたもの」

「…でも、知り合いだっていうのは間違いないだろ?仲良さそうな言い方だったし」

「…まぁドラコってちょっとオーバーな言い方をしがちだから…」

 

 

ロンはソフィアがいくら反論しても、今までのドラコの態度や言動から間違いなく繋がりがあると信じて疑わず、「カルカロフに決まってるさ。カルカロフがゴブレットにハリーの名前を入れたんだよ、今頃馬鹿を見たと思ってるさ」と言いながら手紙を運ばせてもらえそうな気配を察知し、大興奮し暴れるピッグウィジョンをむんずと掴んだ。

 

ハリーはロンがピッグウィジョンを抑えている間にかなり分厚くなってしまった手紙をその小さな足に括り付けた。

括り付けながら、こんな重い手紙を小さなピッグウィジョンが果たして無事に運べるのかと少々不安だったが、ピッグウィジョンはよろめきながらも窓から飛び上がり──すぐに4.5メートル墜落したが──なんとか、空へ舞い上がった。

 

 

「…ジャックも、カルカロフと知り合いなのよね」

 

 

彼方へ飛び去っていったピッグウィジョンを見ながら、ソフィアはぽつりと呟いた。

 

 

「え?ジャックも?」

 

 

思いもよらない人物に、ハリーは驚いて窓の外へ向けていた視線をソフィアに向ける。

しかし、ソフィアはハリーの顔を見る事なく真剣な表情で空の何もないところを見ていた。

 

 

「ダームストラング校が来た時──この前君が来た時はゆっくり話せなかった。──ってカルカロフがジャックに言ってたじゃない?」

「え?…そうだっけ?」

 

 

ハリーとロンはその時の事を思い出そうとしたが、ダームストラングとボーバトンの登場の仕方に衝撃を受け、大きな馬車や船に夢中になり、正直彼らの会話まで意識していなかった。

しかし、ハーマイオニーは真剣な表情で頷く。

 

 

「言ってたわね。それに、カルカロフは…ジャックに会えて嬉しいって言っていたわ。──まぁ、社交辞令かもしれないけれど…2人とも本気で言ってるようには思えなかったもの」

「…そうなのよ。ジャック…ちょっと怖い目をしていた気がして、警戒してるというか…。……あ、それと、ジャックはムーディ先生と仲良いみたいなの、言ったかしら?」

「初耳だよ!あの2人が?」

 

 

ソフィアはジャックの事を考えているうちに、ムーディとジャックがどうもかなり仲がいいらしいと言う事を思い出し、ハリー達に伝えた。

それは初耳であり、ハリー達は驚きジャックとムーディが仲良く会話している様を想像したが──なんとも奇妙な光景で、しっくりこない。片方は優しくユーモアもある男で、片方は元優秀な闇祓いだが今は疑心暗鬼に陥っている男。年齢や立ち位置もかなり差がある2人が、果たしてどこで親交を深める事が出来たのだろうか。

 

 

「ジャックってね、かなり交友関係が広いの。けど──その、多分本当に仲のいい友達は少ない…と思うの。だけど、ムーディ先生には凄く心を開いているように見えたわ、アラスターだなんて、名前で呼んでて…」

「名前で?それは…かなり仲が良くないと無理ね」

「……わかったぞ!」

 

 

ハーマイオニーとハリーはあのムーディを名前で呼ぶ程の仲だと言う事に驚いていたが、ロンは暫く考えた後指をパチンと鳴らして叫んだ。

 

 

「きっと、ジャックは闇祓いだったんだよ!ムーディの後輩で、それで仲が良かったんだ!だからカルカロフの事も知ってて警戒してるとか!」

 

 

ロンはこの自論も間違いではないと目を輝かせる。ソフィア達は少し黙り込み、ジャックが闇祓いとして働き死喰い人を捕らえる様を想像してみた。

 

 

「──あり得るわね」

「うん、一番違和感がない」

「確かに、ジャックってかなり有能らしいもの、魔法省にも頼りにされていたし…ジャックが闇祓い…」

 

 

ハーマイオニー、ハリー、ソフィアは順に頷いた。確かに、ジャックが闇祓いとして働いていた過去があるのならムーディと仲が良いのも、カルカロフを警戒するのも理解が出来る。それに、あの優しく優秀なジャックらしい職業だとも、思ったのだ。

 

 

「ジャックって、本当に何でも屋さんみたいね。孤児院経営に、魔法省のお手伝いに、闇祓い…」

「そうね。…三校対抗試合が終わるまではここにいるみたいだし、聞いてみようかしら…」

 

 

ここで予想を立てずとも、本人に聞けば教えてくれるだろうとソフィアは呟いた。

 

 

「そうだね。…さあ寮に戻ってハリーのパーティに行かなきゃ!フレッドとジョージが今頃は厨房から食べ物を沢山貰ってきてるよ」

 

 

ロンは楽しげに声を弾ませ、早く行こうとハリーの背を叩き促す。ハリーもにっこりと笑い頷き、グリフィンドール寮へ向かった。

ソフィアとハーマイオニーも、まだ少し考えたいことはあったが──ハリーが無事に課題を終えた事を、心から祝いたいと気持ちを切り替えすぐに2人の後を追った。

ゴブレットに名前を入れたのが誰であれ、課題の事故に見せかけてハリーを殺すつもりならば、次の課題があるまでは何も手を出してこない筈だ。そう、信じて。

 

 

 

グリフィンドールの談話室に戻ったハリーは沢山の歓声と拍手、そして笑顔に迎えられた。

机の上には所狭しと大きなケーキや大瓶入りのカボチャジュースやバタービールが並んでいる。ハリーはフレッドとジョージに「やっと帰ってきたぜ!ほら来いよ!」と中央に手を引かれ、最も大きなケーキが置かれている机の前に座った。近くにソフィアとロン、ハーマイオニーも座り、ケーキを食べバタービールを飲みながら他の寮生達とハリーの飛行術と勇気の素晴らしさについて語った。

 

リーがヒヤヒヤ花火を爆発させ、部屋中に火花と星が散る中、ハリーは自分がファイアボルトに乗りホーンテールの頭上を飛び回っている絵が描かれた旗を見上げながらケーキを食べた。

 

 

こんなに、幸せな気持ちは久しぶりだ。少し前までは絶望して、どうすればホグワーツから逃げ出せるか考えていたのに──立ち向かって、本当によかった。

 

 

 

「うわ!これすげぇ重いな!」

 

 

ハリーがしみじみと幸福を噛み締めていると、リーがテーブルに置いていた第一の課題の戦利品であり、第二の課題のヒントである金の卵を持って叫んだ。

 

 

「開けてみろよハリー!中に何があるか見ようぜ!」

「ハリーは自分一人でヒントを見つける事になってるのよ」

 

 

ハーマイオニーがすかさずリーに忠告したが、「ドラゴンを出し抜く方法も、自分一人で見つける決まりだったけどね」とハリーがハーマイオニーにだけ聞こえるように呟くと、ハーマイオニーはばつが悪そうに笑った。

 

ドラゴンと戦う事もハグリッドに伝えられ、アクシオを使う事はムーディから教えられ、その方法はソフィアとハーマイオニーから学んだ。ひとつとして自分一人だけで行ったものではなく、皆の協力があってこそだと、ハリーは思っていた。

 

 

「そうだそうだ!ハリー、あけろよ!」

 

 

リーの言葉に何人かが同調した。

卵の中に何が入っているのか誰もが気になり、騒ぎを止めてハリーを囲むように周りに集まり期待で目を輝かせる。

 

 

リーから卵を渡されたハリーは、卵の周りについている薄い溝に爪を立ててこじ開けたが、中は何もない、空っぽだった。

 

 

──しかし。

 

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 

しかし、ハリーが開けた途端、世にも恐ろしい大きな金切り声が部屋中に響き渡った。すぐ近くにいたソフィア達は悲鳴を上げ耳を塞ぐ。

 

 

「黙らせろ!」

 

 

フレッドの叫びに、慌ててハリーが卵をぱちんと閉じれば、ようやく卵から出ていた音は消え、耳を押さえていた寮生達は頭を振りながらそろそろと手を離す。

 

 

「い、今のはなんだ?」

「…マンドレイクの声かしら…それなら、何か難しい薬を作るとか…?」

「バンシー妖精の声みたいだったな、もしかしたら次やっつけなきゃいけないのはそれかもしれないぞ!」

 

 

ソフィアとシェーマスが閉じられた卵をまじまじと見ながら次の課題の予想を立てる。ハリーはどちらにしても対応に困りそうな課題だと小さく唸った。

 

 

「誰かが拷問を受けてた!君は、磔の呪文と戦わなきゃいけないんだ!」

 

 

ネビルは手に持っていたソーセージロールをバラバラと床に落とし、顔を真っ青にして慄きながら叫ぶ。

すぐにジョージが震えるネビルの肩を叩き、クリームサンド・ビスケットを持たせた。

 

 

「馬鹿言うなよネビル、あれは違法だ。代表選手に磔の呪文をかけたりするか!…俺が思うに、ありゃパーシーの歌声にちょっと似てたな。もしかしたら…あいつがシャワーを浴びてる時に襲わないといけないのかもしれないぜ」

 

 

茶目っ気たっぷりにジョージが言えば、周りでくすくすと小さな笑いがあがり、ネビルはまだ蒼白な顔をしていたが、同じように少しだけ笑った。

 

 

 

「ソフィア、ジャムタルト食べるかい?」

「ええ、ありがとう」

「待ってソフィア。…フレッド?まさか、何も入ってないわよね?」

 

 

フレッドが勧めたジャムタルトをすぐに手に取ったソフィアだったが、ハーマイオニーは疑わしい顔をして今まさに口に運ぼうとしていたソフィアの手を止めた。

 

 

「大丈夫だよ、何もしてないさ。──けど、クリームサンド・ビスケットの方にはご用心…」

 

 

フレッドがニヤリと笑って言えば、ちょうどジョージからビスケットを勧められ食べていたネビルが盛大に咽せて吐き出した。

 

 

「ほんの冗談さ、ネビル!」

「これ、全部厨房から持ってきたの?」

 

 

くすくすと楽しげに笑うフレッドに、ハーマイオニーはジャムタルトをまじまじと見ながら聞く。ソフィアは何も盛られていないのなら、と甘酸っぱいジャムタルトをぱくりと食べた。

 

 

「うん。旦那様!なんでも差し上げます。何でもどうぞ!…連中は本当に役に立つ。俺がちょっとお腹が空いてるって言ったら、雄牛の丸焼きだって持ってくるぜ?」

「どうやってそこに入るの?」

「簡単さ。果物が盛ってある器の絵の裏に、隠し戸がある。梨をくすぐればいいのさ、すると笑うから──何で聞くんだ?」

「別に」

 

 

フレッドはほとんど全てを言った後に口を閉じ、怪訝な目でハーマイオニーを見た。彼女がハウスエルスの待遇に不満を持ち活動している事は、グリフィンドール生なら皆知っている。何度もバッジを突きつけられ、まさに()()()()()ような話を聞かされていたのだ。

 

 

「ハウスエルスを率いてストライキをやらそうっていうのかい?ビラ撒きとかはやめて、連中を焚き付けて反乱か?」

 

 

何人かが面白そうに笑ったが、ハーマイオニーはムッとしたまま何も言わなかった。その活動が軌道に乗っていないと言う事は、ハーマイオニーが一番理解していた。

 

 

「連中はそっとしておけ。服や給料を貰うべきだなんてあいつらに言うんじゃないぞ!料理に集中できなくなっちまうからな!」

 

 

ちょうどその時、ネビルが大きなカナリアに変身してしまい、みんなの注意が逸れた。

大きなカナリアはきょとんとして自分の体や周りを見て──それがなんとも滑稽で、皆が腹を抱えて笑う。

 

 

「ごめんネビル!忘れてた、俺たちやっぱりビスケットに呪いをかけてたんだ!」

 

 

ソフィアは一瞬でカナリアになったネビルに驚き「わぁ!」と歓声を上げた。

1分もたたないうちにカナリアの羽が抜け始め、全部抜けるといつもと全く変わらない姿のネビルが再び現れ、ネビルもみんなと一緒に笑った。

 

 

「カナリア・クリーム!ジョージと俺で発明したんだ!一個7シックル!お買い得だよ!」

 

 

フレッドが興奮している生徒たちに向けて声を張り上げる。

ソフィアもまた目を輝かせ、売り込みをしているフレッドの服の袖をぐいぐいと引っ張った。

 

 

「凄いわ!ねぇ、あれって変身術?魔法薬の応用?」

 

 

人間を別の生き物に変えるのは難しい。

それが変身術であれ、魔法薬であれ、かなり難易度は高いはずだ。

カナリア・クリームの効果もジョークグッズとして素晴らしい1分程度の持続であり、羽が全て抜けて戻る、という方法も楽しめる。

ソフィアは変身術がなによりも好きであり──今後、マクゴナガルを動物に変えねばならない身として、このカナリア・クリームの構造がかなり気になった。

 

しかし、フレッドとジョージは顔を見合わせてニヤリと笑い両手を差し出した。

 

 

「企業秘密さ!」

「調べたいなら買ってごらん!」

「…商売上手だこと!ええ、ひとつ…いえ、ふたつ買っていいかしら?」

 

 

ソフィアは楽しげに笑い、内ポケットから金が入った袋を取り出すとクリームふたつ分の代金を払った。

 

 

「「まいどあり!」」

 

 

フレッドとジョージはにっこりと笑って代金を受け取ると、いつから用意していたのか──暖炉のそばに置いてあった箱からみっつの袋を取り出しソフィアの手に置いた。

 

 

「え?みっつ…?」

「一つはサービスさ」

「初めてのお客様だからな」

 

 

ジョージとフレッドは周りに聞こえないようき声を顰め、ソフィアにウインクをする。ソフィアはぱっと表情を明るくさせ「ありがとう!」と満面の笑みで言った。

 

 





気がつけば200話…こんなに長編にするつもりは無かったのですが…
こんなに続けられたのは初めてです。
いつも読んでいただけて、本当にありがとうございます!


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201 ルイスの恋!?

 

 

 

三校対抗試合の一つ目の課題が終わり数日後。あと少しで12月という日の放課後、ソフィアとルイスは久しぶりに二人でセブルスの元を訪れていた。

2人がセブルスの研究室に入った時には既に部屋の中央に机とソファ、そしてティーセットが用意されていて、ジャックが既にソファに座り紅茶を飲んでいた。

 

 

「ジャック!わぁ、ジャックもいるんだ、嬉しいな!」

「家族水入らずに邪魔しちゃってごめんな?」

「ううん!だってジャックはもう一人のパパだもの!」

「そうそう!」

 

 

ソフィアとルイスは嬉しげに笑って、少し申し訳なさそうにするジャックを歓迎し、すぐにルイスはジャックの隣に、ソフィアはセブルスの隣に座った。

 

 

「父様、今年ってクリスマスはどうなの?」

「…今年もここを離れるわけにはいかないな」

「まぁ、そうよね」

 

 

ソフィアは今年も父親とクリスマスに過ごすのは難しそうだと少し残念に思った。ボーバトンとダームストラングの生徒が滞在しているのだ、きっと例年以上に熱の入ったクリスマスパーティが開催されるのだろう、その準備なら何やらで先生たちもきっと忙しいのだと、なんとなく予想はしていた。

 

 

「今年はいつもより楽しいと思うぜ?ダンスパーティがあるみたいだしな!まぁ、俺は孤児院に帰るけど」

「えっ帰っちゃうの?」

「…ダンスパーティ?」

「…ジャック…機密事項を気軽に口にしないでいただけるかな」

 

 

ソフィアはクリスマスに戻ると言うジャックの言葉に反応したが、ルイスはダンスパーティという言葉に反応した。

それは、あと数日──12月までは生徒達には秘密にしなければならない事であり、セブルスは苦い顔でジャックを睨む。

ついうっかり、気落ちしているソフィアを慰めようと漏らしてしまったジャックは口を押さえたがもう言った言葉はオブリビエイトでもしないと取り消せない。苦笑して「ごめんごめん」と謝った。

 

 

「クリスマスは、流石に子どもたちに会いたいしな。…まぁ休暇中も時々翻訳魔法をかけにくるけど…殆ど孤児院(あっち)に戻る」

「そっか…そうね、その方がいいわ!」

「そもそも、こんなに長くあけて大丈夫?」

「まぁ、有能な仲間が居るし、それに──」

 

 

ジャックはそこで言葉を切り、少し悲しげに目を揺らせたが瞬きひとつする間にいつもの表情に戻っていた為、ソフィアとルイスは自分の見間違いかと首を捻った。

 

 

「ま、あっちは大丈夫だ。…もう言っちゃったからいいと思うけど──クリスマスにはここでダンスパーティがあるんだよ。他の奴らには内緒だぜ?…四年生以上はダンスパーティに参加できるんだ。ソフィアとルイスもドレスローブを買っただろ?」

 

 

ジャックはちらりとセブルスを見たが、セブルスがその先の言葉を止めずにいた為に──勿論苦い顔をしていたが──ダンスパーティの事を二人に伝えた。

そういえば、今年は用意するものにドレスローブがあった、何のために必要なのかと思っていたが、ダンスパーティが開催されるからなのか。

 

 

「ダンスパーティって…え、踊るの?みんな?」

「私、踊れないわよ」

 

 

ソフィアとルイスは顔を見合わせ怪訝な顔をした。三校が集う盛大なクリスマスパーティが開催され、正装しなければならないのは、理解が出来る。だがダンスを踊るなんて──踊れない者が殆どではないだろうか、舞踏会などに出席した事のある一部の純血魔族以外は。

 

 

「…寮監の授業の時間に、生徒たちがダンスの練習をする事となった」

「え?……え?それって、つまり…」

「と、父様が…スリザリン生に…お、おしえるの?」

 

 

ルイスとソフィアはダンスを軽快に踊るセブルスを想像し、肩を震わせる。ジャックも楽しげにくすくすと笑っていたが、セブルスは苦虫を噛み潰した表情をしたまま絞り出すように「…そうだ」と答えた。

これも、寮監の仕事なのだから仕方ない──勿論頷きたくは無かったが、セブルスは渋々頷いた。

ソフィアとルイスは堪えきれずけらけらと楽しげに笑う。

 

 

「あははっ!いいなぁルイス!父様にダンスを教えていただけるなんて!」

「で、でも僕笑いすぎてちっとも上手く踊れないかも!」

「ああ!カメラ!カメラ渡しておくから、絶対に写真に撮ってね!?」

「うん!わかった!」

「……カメラを出してみろ。一生手元に帰ってこないと思え…」

 

 

地の底から這うような低いセブルスの声に、ソフィアとルイスは「冗談だよ!」と同時に叫んで慌てて首を振ったが、その顔は笑ったままだった。

 

 

「父様も、母様とダンスとか、したことあるの?」

 

 

ソフィアは笑いすぎて浮かんだ涙を指で擦りながらなんとなく聞いた。

セブルスは少し黙ったあと、小さく頷く。正式なダンスパーティに行ったわけではないが、二人の母(アリッサ)の戯れでダンスに付き合わされた事があり──セブルスは割と、踊れたりするのだ。勿論、簡単なワルツだけだったが。

 

 

「あ!そうそう、俺その写真を持ってきてて、ソフィアとルイスに見せようと思ってたんだ!」

「何、そんなもの──」

 

 

ジャックはダンスパーティがホグワーツで開催されると聞き、古いアルバムからセブルスとアリッサが幸せそうに寄り添い踊る写真を持ってきていた。この写真はセブルスに渡すためであり、持ってきた当初は2人に見せるつもりは無かったが──母親と兄の事を知った今の2人なら、見せてもいいと思ったのだ。

 

セブルスはすぐにそんな写真いつのまに撮っていたんだ、見せるなんて断固拒否したい、そう言いかけたが。

 

 

「母様の!?」

「見たい!!」

 

 

ソフィアとルイスが目を輝かせ頬を染めながら叫んだのを見て、口を閉ざした。

家に家族の写真はあるが、あまり多くはない。ソフィアとルイスは少しでも多く、今は亡き母の姿を見たかった。

 

 

「うん、──ほら、これ」

 

 

ジャックはベルトポーチをごそごそと探り、中から一枚の写真を取り出し机の上に置いた。

身を乗り出して見たソフィアとルイスは、写真に写る若い父と母の姿を食い入るように見つめた。

 

 

「うわぁ…」

「母様も父様も…すごく、幸せそうね」

 

 

手を取り、身を寄せ見つめ合うアリッサとセブルスはゆったりと揺れ、くるりと周っていた。一眼見ただけで、ああ、本当に愛し合っているんだな、と愛に疎い2人でもわかる幸せそうな横顔に、ソフィアとルイスは目を細め嬉しそうに笑う。

 

 

「これは…卒業してすぐだな」

 

 

セブルスは写真を手に取ると、懐かしさに目を細めながら写真の中にいるアリッサの頬を撫でた。

ソフィアとルイスは、その眼差しが愛おしいものを見つめる本当に優しいもので嬉しくなり──その中に、僅かな切なさが含まれている事に気がつくと、胸がつきんと痛くなった。

 

 

「セブルス、それはお前が持っていた方がいい」

「ああ…ありがとう」

 

 

セブルスはじっとアリッサと少し目立ってきているアリッサの腹を優しい瞳で見ながら頷いた。

 

なんとなくしんみりとしてしまった空気を変えるために、ルイスは「そうだ!」と小さく声を上げソフィアを見た。

 

 

「ダンスパーティって、相手が必要でしょ?なら、ソフィア、僕と踊ろうよ!それで、その写真を撮って…この父様と母様の写真の隣に並べるんだ!どう?」

「まぁ!それはいい考えね!」

 

 

ルイスの思いつきにしてはなかなかいい案に、ソフィアは手を叩いて賛成した。

しかし、セブルスとジャックは少々なんとも言えない目で視線を交わす。

 

 

「そりゃ──それはいい考えだけどさ。あんまりダンスパーティで兄妹で踊るのは無いと思うぞ?普通は気になる相手とか、恋人とか…」

 

 

苦笑するジャックに、ソフィアとルイスはきょとんとした目でジャックを見ていたが──2人揃って、少し頬を赤らめた。

 

その表情を見たジャックは「おや?」とでも言うようにニヤリと楽しげに笑ったが、セブルスは目を見開きぴしりと固まった。

 

どう見ても、2人の表情は恋人や気になる人が居るのでは無いかと想像させるに容易い表情である。

 

 

「なんだ?2人とも、恋人が出来た?好きなやつとかいるの?」

「そ、そんなの!」

「そんなの!──そんなの…」

 

 

いない、とは断言せず顔を赤もごもごと言い淀んだ2人にジャックは子どもたちの甘酸っぱい青春を喜んだが、セブルスだけは、喜べなかった。

 

 

「誰だ」

「えっ」

「まさか…まさかとは思うが。──…ポッターか?」

 

 

セブルスはソフィアを硬い表情で見つめ、なんとかその言葉を絞り出した。

日刊預言者新聞で見た最悪の記事の記憶はまだある。それに、何でも課題が終えたあとソフィアとポッターが抱き合っていたとかなんとかいう噂も耳に入っている。ソフィアはスキンシップが激しい方であり、それを聞いて心から嫌な気持ちにはなったがあまり、気にして無かったのだが。まさか──。

 

 

「もう!父様までハーマイオニーみたいな事言わないでよ!周りがそう言うから、気まずいだけで、ハリーは私の事なんて好きじゃないわよ!ねえ、ルイス?」

「ええっ?」

 

 

頬を赤く染めたソフィアはルイスに賛同を求めたが──ルイスは、きっとハリーはソフィアの事が好きなのだと思っていた。そして、間違いなくドラコもそうである。

どう言っていいのか分からず曖昧に「えー…と」と言っていると、ソフィアは目を見開き「え…?」と呆然と呟いた。

 

 

「そんな…え?」

 

 

──ハリーは、私の事が好きなの?でも、そんな態度ちっとも無かった。たしかにハリーは優しいけれど、それは誰にだってそうだもの。私だけに向けているわけでは無いわ。

 

 

そう、ソフィアは思ったが。ハリーが自分の事を本当に好きなのかもしれない。そう思った瞬間心がきゅっと切なく痛み、ソフィアは胸を抑え顔をさらに赤く染めた。

 

 

そんな異性に対する愛という感情を掴みかけているソフィアを見たセブルスはがたんと勢いよく立ち上がると「駄目だ!」と蒼白な顔で叫んだ。

あまりの大声に、ソフィアとルイスとジャックは驚いてセブルスを見上げる。

 

 

「そんな──認めん!許さんぞ!」

「と、父様?」

 

 

セブルスはとんでもなく険しい顔でわなわなと震えている。あまりの怒りにソフィアとルイスはぽかんとしてセブルスを見上げたが、この中でセブルスの心中を察することが出来るのはジャックだけである。

 

 

世界の誰よりも、故人であっても許せず憎い気持ちが収まらない男に似たハリーと、何よりも愛しく大切に思っているソフィアが恋人同士になる──それが想像だとしても、セブルスにとっては耐え難い苦しみである事は察するに容易い。

 

 

「まぁ落ち着けよセブ。ハリーの気持ちなんてまだわかんねぇしさ」

「だがっ…!…ソフィア、どうなんだ、ポッターが……」

 

 

好きなのか、という言葉はどうしてもセブルスには言えなかった。

しかし、ソフィアはその先に続くだろう言葉を受け止めるとまた頬を赤くしながらも首を傾げた。

 

 

「わ…わからないわ。だって、私…そんな目で、ハリーを見た事……無いもの」

「そうなの?」

 

 

ルイスは意外そうに呟く。先ほどの、ハリーが自分の事が好きなのかもしれないと知ったソフィアの表情は、満更でも無いような気がしたのだが。

 

 

「ええ…それに…。ジニーは、ハリーのことが好きなの、私、応援するわって言ったもの」

「……。…でも、それって──」

「ルイス」

 

 

それって、ジニーの件がなければ、ソフィアはハリーの気持ちを受け入れると──無意識で思っているのではないだろうか、とルイスはつい言いそうになったが、すぐにジャックがその先の言葉をやんわりと止めて首を振った。

 

 

「やめとけ、お前たちの父親が憤死するし、ハリーが死ぬ」

「…あー…」

 

 

 

セブルスは魂が抜けてしまったかのように瞬きもせずソフィアを見下ろしていた。

これ以上何かハリーとソフィアのことで言えば、セブルス(父親)は第二の課題が始まる前にハリーを呪い殺しそうだった。

 

 

「そうそう。ルイスは気になる子いるのか?」

 

 

これ以上この話題は続けない方が良いと──まぁどうせいつかは対面する問題ではありそうだが──判断したジャックがそれとなく話題をルイスに向けた。

 

ルイスは少し「うーん」と言っていたが、おずおずと頷いた。

ハリーの事を考えていたソフィアは、ルイスの恋愛話にぱっと表情を変え興奮し、興味津々といったように身を乗り出した。

 

 

「誰?私が知ってる子かしら?」

「あー…でも、その…ちょっと気になるだけで、うん。…その、好きかどうか…まだ、よくわからなくて」

 

 

困ったように言うルイスの頬も、先ほどのソフィアのように赤い。しかし、目だけはその1人の女性の事を思っているのか──今までソフィアたちに見せている優しい目とはまた、少し違った色を孕んでいた。

 

セブルスはしどろもどろに話すルイスを見て、長い深呼吸をするとソファに座り直し、なんとか思考からハリーの事を追い出した。

ソフィアの事は勿論だが、セブルスにとってはルイスも大切な息子である事に変わりはない、どんな女性の事を思っているのか気になり──もし、何処ぞの馬の骨かも分からぬ女ならその目を醒させねばならぬと思っていた。

 

 

「…誰だ?」

「えー…あー…。…ダームストラングの…」

「…あっ!!ヴェロニカね!?」

「うん…」

「……ああ、確か、女生徒が1人いたな…」

 

 

他校だとは思わなかったが、セブルスはぼんやりとあの男子生徒にまぎれて1人だけ女子生徒がいた事を思い出した。

いつの間にそれ程仲良くなっていたんだ、確かに時々ダームストラング生と居るルイスの姿を見てはいたのだが。

 

 

「うん、ヴェロニカだよ」

 

 

ルイスは照れたように頬をかきながら呟いた。同級生にはいない、静かで落ち着いた雰囲気のあるヴェロニカの隣は、とても居心地が良かった。代表選手に選ばれるほどだ、博識なヴェロニカと話をするのは楽しく、もっと話していたいと思った程だ。

 

ルイスはソフィアと違い、自分がそこそこ女生徒に見られているな、という事は認識していた。実際──実は、何人かの女生徒から告白を受けていた。

しかし、ルイスは女生徒の黄色い声や無駄に甘い匂いがあまり得意では無かったし、あの媚び、何かに期待するような目も──正直、嫌だった。

 

ルイスにとって心を許しているのはドラコだけであり、何よりも、誰よりも愛しているのはソフィアとセブルスでそれ以上は居ない。

それでいいのだと思っていた。自分は狭い世界で大切な人たちと過ごしていければ、それで構わないと。

だが、ヴェロニカと会い、時たま話す中で、自分がヴェロニカに対しては愛しい彼らと同じような気持ちを向けている事に、ふと気がついたのだ。

 

それに気がついたのは特別な出来事があったわけではない、ただ、ヴェロニカと校庭で魔法薬学について語っている時に、その横顔を見て──ふと、来年彼女はここにいないのだと当然の事に気が付き、どうしようもなく寂しくなったのだ。

 

 

 

──ヴェロニカが、ホグワーツ生なら良かったのに。居なくなるなんて、寂しいし、悲しい。ホグワーツ生なら、ずっとこうして一緒に居られるのに。…帰って欲しくないなぁ。

 

 

 

ルイスは、一部を除き他人に執着をしない。狭い世界で完結している彼の中にいるのは家族と親友だけだ。ハリーとロンとハーマイオニーは勿論友人だったが──だが、ドラコと彼らを天秤にかけたとき、ルイスは迷わずドラコの手を取るだろう。

 

そんなルイスが初めて、胸が締め付けられるほどの切なさを感じた。

間違いなく、それはルイスにとっての恋であったが──ルイスにとって初恋であるこの胸を締めるもやもやとした甘酸っぱい切なさを、どう受け止めていいのか、わからなかったのだ。

何故なら──ヴェロニカは、去っていってしまう。

 

 

ヴェロニカの事を考えていたルイスは、自分を見つめる3人の視線に気が付き、ハッとすると苦笑した。

 

 

「あっ、でも、本当に好きかどうかは…分からないけど!」

「…よし!ルイス、俺からの助言だ。その女の子の隣に自分以外の男がいて、キスをしていたとする。──その男を呪い殺したくなったらそれは愛だ」

「ええ…なんか物騒だね…」

 

 

真面目な顔をしてとんでもない事を言うジャックにルイスは少し引きつつも──一応考えてみた。

 

 

ヴェロニカの隣にいる──例えば、クラムが彼女にキスをしたとして。もしそれを見たら──…。

ゆらり、と今まで感じたことのなかった感情が溢れた、憎い…というよりは、嫉妬、怒り、戸惑い、だろうか。

 

 

ルイスは「これが、恋かぁ」だなんてどこか他人事のように考えながら曖昧に笑い、想像した結果のことはこの場では言わなかった。

 

 

 

「…ルイス、私と踊るより、ヴェロニカを誘った方がいいんじゃない?」

「え?…あー…」

 

 

 

全く、その事に思い付かなかった。たしかに、短い期間しかいれない彼女との思い出になるかもしれない。だが──ルイスにとって、今はまだ、ソフィアが最も大切な人である。

 

 

「うーん、でもソフィアと踊りたいし…」

「…そう?でも…ほら、一度誘ってみたら?ダンスパーティって、相手が途中で変わるのはありなの?」

 

 

ソフィアはルイスの恋?かはわからないが、とりあえず応援したかったし、相手がダームストラング生ならば一緒にいることができる時間は限られている。少しでも楽しい思い出を作って欲しかった。

パートナーが変わるのはありなのか、とソフィアはジャックとセブルスに向かって聞けば、2人は少し考えた後、頷いた。

 

 

「かまわないだろう。だが、パートナーにはしっかりと説明しなければ…無礼だろうな」

「そうだなぁ、多分途中から誰とでも踊れるみたいな馬鹿騒ぎになりそうだし」

「そっか…うーん…。…まぁ、うん…」

「誘ってみなさいよルイス!こんな機会、もうないわよ!?」

「うーん…チャンスがあったらね」

 

 

ルイスは肩をすくめた。

誘いはしたい、だが、いきなり誘われて迷惑じゃないだろうか。それに、自分はヴェロニカよりも身長が低い、ダンスパーティのパートナーになるには、少々不恰好な気がしていた。

 

 

「それにしても、ルイスの好みのタイプはあんな子だったんだなぁ。可愛い系が好きかなって思ってたけど、綺麗系なんだな?」

 

 

ジャックはにやにやと笑いながらルイスの腕を肘でツンツンと突いた。

ルイスはソフィアを愛している。てっきり、好みのタイプはソフィアのように溌剌とした可愛い子かと思っていたが、ヴェロニカは確か大人びて落ち着いた雰囲気を纏う凛々しい女性だった。

 

 

「タイプ…かはわからないけど。父様に似てるよね。立ち姿とか、雰囲気とか。はじめはそれが気になって…」

「……ルイス、それは…あまり女性には言わぬ方がいい。──父としての忠告だ」

「え?そうかな?」

 

 

ルイスにとっては褒め言葉のつもりだったが。世界中を調べても父親と似ているから気になったなど──母親ならまだしも、それを言われて喜ぶ女性が居るだろうか。居たとしてもごく僅かだろう。

 

何とも言えない沈黙が流れ、ルイスはそれ程悪いのかと肩をすくめた。

 

 

 

その後、ささやかなお茶会が終わったソフィアとルイスは地下牢からそれぞれの寮へ向かうために階段を上がる。

ジャックはまだセブルスと話があるから、とその場に残っていた。

 

 

「ソフィア。あの場では言わなかったけど…もし、ハリーがダンスパーティのパートナーに誘ってきたら、多分、そう言うことだよ」

「ええ?そんな…そんな事…」

「やっぱり、気になってる人と踊りたい…って僕も思うし、ハリーも同じなら…多分ね。あ、もしハリーに誘われたら、僕の事は気にしないで踊っていいよ?」

「えっ…私もルイスと踊りたいわ…写真も撮りたいもの…」

「うん、だから…まぁ、僕と踊る事も、言わなきゃならないけどね」

 

 

ルイスは軽く言うが、ソフィアは頬を染め真剣に悩んだ。

もし、ハリーに誘われたら?どうするだろうか。多分、この話を何も聞かなかったのなら、普通に友達として、承諾しダンスパーティを心待ちにしていただろう。

だが──ハリーがもし、本当に自分の事が好きで、好意を持ってパートナーにしたいと望むのなら…どう返事を返せばいいのだろうか。

 

黙り込んで悩んでしまったソフィアの横顔を見ていたルイスは、どこの誰とも分からない男にソフィアがとられるのならば──まだ、ハリーの方がよっぽどマシだと思っていた。

尤も、自分の父親は全力で拒絶するだろうが。

 

もし、ハリーとソフィアがダンスパーティで踊ったのなら、それを見た父様は気絶してしまうかもしれない。

 

 

なんて、かなりあり得そうな想像をして、ルイスは小さく笑った。

 

 

 






ルイスの優先順位は
ソフィア、セブルス〉ジャック〉超えられない壁〉〉ドラコ〉ヴェロニカ、ハリー達友人〉〉その他
って感じです。

ソフィアの優先順位は
ルイス、セブルス、ジャック〉ハーマイオニー〉その他

という感じであまり明確な差はありません。

ルイスは大切な者を守るなら優先順位を決め犠牲にさえしますが、ソフィアは何としてでも全てを救おうとする。

その差がルイスがスリザリンであり、ソフィアがグリフィンドールである差です。




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202 ソフィアの恋!?

 

 

 

12月に入り、寒い冬がついに本格的に訪れた。

魔法生物飼育学では、ハグリッドが尻尾爆発スクリュートが冬眠するかどうかを調べる為に大きな木箱に枕とふわふわの毛布を敷き詰めスクリュートを寝かしつけるように生徒たちに指示したが──結果、スクリュートは冬眠しない事がわかった。

 

無理矢理箱の中に押し込められたスクリュートは怒り狂い爆発し、箱を粉々にするとカボチャ畑中に逃げ惑う生徒たちを追いかけた。

スクリュートは、既に全ての個体が2メートル以上になっている。爆発は以前と比べて格段に威力が上がり、食らってしまえば軽い火傷では済まされないだろう。それに、棘もかなり長く鋭くなっている。

 

殆どの生徒がスクリュートに追いかけられ慌ててハグリッドの小屋に逃げ込み、バリケードを作って立て籠った。

 

しかし、ハリーをはじめソフィア、ロン、ハーマイオニー、ルイス、そして何人かの生徒は残って逃げ暴れる10匹のスクリュートを捕獲しようとなんとか努力した。

 

ソフィアはすぐに杖を取り出したが、それをみてハグリッドは悲鳴をあげ「スクリュートに何をする!」と怒った為──仕方なく、皆魔法を使う事なく取り押さえる事となった。

擦り傷と火傷だらけになりながらなんとか全てのスクリュートを捕らえる事に成功し、ソフィア達が息を切らせながらぐったりとしていると、どこからともなく──日刊預言者新聞の記者、リータ・スキーターが現れ小屋の柵に寄りかかっていた。どうやら、騒ぎを見物していたらしい。

 

 

リータはハグリッドにこの生き物はどこで手に入れたのか──ぜひ取材をしたいと頼み、ハグリッドは渋々頷いていまう。ハリーは日刊預言者新聞が真実を捻じ曲げて嘘ばかり書くという事を知っていたため、何とかしてやめさせたかったが、それをリータの前で告げることは出来ず、ハグリッドとリータが取材の日程を決めるのを黙ってみてるほかなかった。

 

授業終了のベルがなり、ハリーはここにいてはまたインタビューされてしまう、とすぐにソフィア達と共に学校へ駆け戻る。

 

 

「あの人、ハグリッドが言うこと全部捻じ曲げるよ」

「スクリュートを不法輸入とかしてなければいいんだけど」

 

 

ハリーが声を顰めてソフィア達に囁けば、ハーマイオニーも深刻な表情で頷いた。

ハリーとロンは顔を見合わせる──間違いなく、ハグリッドがやりそうなことだった。

 

 

「それよりも、問題なのは…生物を生み出していないかどうかね」

「え?…スクリュートは、ハグリッドが作ったってこと?」

 

 

ソフィアの呟きに、ハリーとロンは首を傾げた。生物を生み出す、だなんてそんな事はたしてハグリッドに可能な事なのだろうか。

 

 

「それなら──不法輸入よりも、やばいわね」

「そうね、届出を出してるのならいいけれど、うーん…」

 

 

生物を生み出すことはかなり困難だが、不可能ではない。

あれからソフィアとハーマイオニーは度々図書館で尻尾爆発スクリュートについて調べてみたが、それらしい魔法生物は見つけられなかった。突然変異体ならば、一体だけのはずだ。だが、あれは──孵ったばかりだと、ハグリッドが言っていた。

 

きちんと届出を出し、然るべき組織にスクリュートの生態を審査してもらえれば、新たな魔法生物として登録されるだろう。だが、無許可のまま飼育していたとすれば、かなり事態は深刻だ。害をなさない生物ならまだ罪は軽い、だがスクリュートはどう見ても、無害では無い。闇の魔法生物に分類されるほどでは無いだろうが、飼育に許可と申請が必要な危険魔法生物だと、言えるだろう。

 

 

「まぁ、ハグリッドは今まで山ほど問題を起こしたけど、ダンブルドアは絶対クビにはしなかったよ。最悪の場合、ハグリッドはスクリュートを始末しなきゃならないだけだろ。…あ、僕、最悪って言った?最善の間違いだな」

 

 

ニヤリとロンが笑えば、ハリーとハーマイオニーもつられて少し笑った。だが、ソフィアだけは勿論悲しそうな複雑な表情をしていたが。

 

 

 

その後昼食を取ったソフィア達はそれぞれ占い学と数占い学に向かうために別れた。

数占い学の教室に向かうまでの道で、ソフィアはぐるりと周りを見渡し近くに人がいない事を確認し、意をけっしたようにハーマイオニーの袖をぐい、と引っ張った。

 

 

「どうしたの?」

「あのね、ハリーの事なんだけど…。…ハリーって、私の事…その、好きだと思う?」

 

 

頬を染め、困ったように眉を下げながら言うソフィアに、ハーマイオニーは目を見開き息を飲み、「こっちに来て」と、近くの空き教室へと引っ張って行った。

 

 

「…どうして、それを聞こうと思ったの?」

 

 

ハーマイオニーは、もしかしてソフィアはやっぱりハリーのことが好きなのか、と思った。

特に他の男子と比べてハリーの事を意識しているようには見えなかったが、日刊預言者新聞での記事を読んだ時のソフィアの反応は──本人は気がついていなくとも、少しは意識しているのだとその表情が雄弁に物語っていた。

ソフィアは恋愛に対してかなり疎い。何か悩みがあるなら勿論、相談に乗るつもりであるハーマイオニーは優しく聞いた。

 

 

「あー…その、ルイスとジャックと、父様と…そんな話になって。ルイスはハリーが私の事好きなんじゃないのかって思ってるみたいで…」

「ちょ、ちょっと待って!その話をしたときに、スネイプ先生も居たの?」

「ええ…そうだけど…?」

「ああ──ソフィア…あなたって……残酷だわ…」

 

 

ハーマイオニーはぱちんと額を押さえ、大きなため息をついた。ソフィアはハーマイオニーの反応に戸惑い、「どうして?」と首を傾げる。

 

 

「…あのね。…ソフィアは、スネイプ先生が好きだから気がつかないかもしれないけれど…。スネイプ先生にとって、ハリーは最も憎い相手の子どもよ。それも、瓜二つの。そんな相手が自分の娘と…だなんて、嫌でしょ?」

「え?……あっ」

 

 

ソフィアもようやくハーマイオニーが何を言いたいのか察し──そして、数日前セブルスがハリーに対してあれ程まで拒否感を示したのがわかった。

聡いソフィアにしては、その結論に至るにかなり時間がかかってしまっただろう。勿論、セブルスがハリーの事を恨んでいるとは知っていたが、自分の恋愛話に関わるほどまで根が深いとは思っていなかったのだ。

ソフィアにとって、ジェームズとセブルスの問題はあくまで2人の問題であり、それに巻き込まれ八つ当たりをされるハリーは不憫だとは言え、その矛先が自分にも向かうとは思わなかった。

 

 

「…そうね。だから…父様、怒ったのね…」

「…そりゃあ…面白くはないでしょうね。……え?…ソフィア、ハリーが好きだって、スネイプ先生に言ったの?」

 

 

スネイプ先生が怒る、ということは、ハリーの事が好きだと、まさか父親に向かって宣言したのだろうか。とハーマイオニーは狼狽した。もしそれが本当なら、無自覚にとんでもなく傷付けているだろうし、ハリーは次の魔法薬学で死ぬかもしれない。そう、ハーマイオニーはかなり真剣に思った。

 

だがソフィアは慌てて首を振り「違うわ!」と小声で叫んだ。

 

 

「言ってないわ!ただ、その…ハリーが、私の事好きなのかなって話題になっただけで…。…それで、私、ちょっと…色々考えてて…ハーマイオニーに相談したくて…」

 

 

ソフィアは胸の前で指を組むともじもじと落ち着きなく指を擦り、視線を彷徨かせた。

なんともいじらしく、可愛いソフィアの行動にハーマイオニーは胸をきゅん、とときめかせながら、その落ち着かないソフィアの手を両手で包み込むように握った。

 

 

「勿論よ!それで?何を相談したいの?」

「あのね…多分、もうすぐ知ると思うんだけど…他の人には内緒ね?」

「ええ、なあに?」

「…クリスマスに、ダンスパーティが開催されるそうなの。それでね、ジャックは気になってる人とか恋人をパートナーにするっていって、ルイスにも気になる人がいるみたいで…。あ、それはいいんだけど。…それで、ルイスがハリーが私を誘ったら、きっと()()()()()()()。って言って…それで、その、私の考えすぎだとは、わかってるわ!でも、その…もし、誘われたらどうしたらいいの?」

 

 

「それで、それで」と何度も言葉に詰まりながら何とかソフィアは言いたい事を一気にハーマイオニーに話した。

ソフィアにとって、一番信頼できて、頼りになるのはハーマイオニーである。

あの日以来、ソフィアはふとした時にハリーの横顔を見つめ、目で追っている自分に気がついた。きっとあんな事をルイスが言うから、意識してしまっているだけだと自分に言い聞かせ、何とか平静を装いいつも通りに振る舞っていたが──そろそろ、限界だった。もう12月に入ってしまったのだ、きっと、もうすぐダンスパーティの事がマグゴナガルから言われるだろう。

 

ハーマイオニーはソフィアのしどろもどろな言葉を何とか理解すると、真剣な顔をしてソフィアの揺れる緑色の瞳を見つめた。

 

 

「私は、…そうね…誘われると思うわ、きっとね。…ソフィアは、ハリーと踊りたいの?」

「で、でも……ジニーが、悲しむわ。だって…ジニーはハリーが好きなんでしょう?」

「……。…ああ──成程ね」

 

 

ソフィアの不安げな瞳を見て、ハーマイオニーは理解した。

 

ソフィアは、誰にでも優しい。常に人の為に行動できる、素晴らしい勇気と優しさを持っている。それは──家族は特別だとしても──誰にでも分け隔てなく平等に向けられ、そこに優劣の差はない。差がないからこそ、ソフィアはハリーの気持ちを受け入れることも、ジニーの悲しみを作ることも出来ない。ソフィアにとっては、2人とも幸せになってほしい相手であり、明確な差がないのだ。

 

 

 

──残酷だわ。

 

 

 

その考え、博愛主義の思想は、責められるものではないが、行き過ぎた博愛は結局のところ、周りを傷付ける。

この世界にたった1人へ向ける愛情のベクトルがある限り、どうしてもそこに悲しみは生まれるのだ。

まだソフィアはそれを本当の意味で理解できるほど、精神的に成長していないのだろう。そういえば、ソフィアは誰にでも優しいが──何かに強く執着することは無い。

 

平等に愛し、平等に慈しむ。

そこに差が生まれない限り、ソフィアは心の底から誰かを愛することは出来ないのかも、しれない。

ソフィア本人の性格もあるだろう、しかし、──幼少期の環境が、そうさせているのだろうか。

 

 

「…ハーマイオニー…?」

 

 

黙り込んでしまったハーマイオニーを、ソフィアはおずおずと覗き込む。

ハーマイオニーは言葉を選ぶようにゆっくりと呟いた。

 

 

「そうね…。ジニーの事は考えないで」

「でも…」

「あのね、ソフィア。自分の気持ちの問題なの。そこに他人が入る余地なんてないのよ。スネイプ先生が何を言おうが、ジニーが悲しもうが、──世間が何を言おうが。それは仕方のない事なの。誰か1人を愛するのは、そう言う事なのよ。みんながみんなハッピーエンドってわけにはいかないわ。失恋なんて当たり前のように起きているわ…嫉妬もね。──ソフィア、自分の気持ちを言わずに、考えずに…人のせいにするのは、それはとっても失礼な事よ。()()()()()()ね」

「……失礼な、事…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉を小声で呟いた。

胸の深い所に刺さるような、言葉だった。

誰も悲しんでほしくない、幸せでいてほしい。だからこそ、どうすればいいのかわからなかった。

 

ここ数日モヤモヤしていたものと、ずっと見えなかった何かが掴めたような気がして──ソフィアはハーマイオニーの瞳の奥に何かを探すようにじっと見つめた。

 

 

「ええ、あなたはどうなの?ソフィア。あなたは、ハリーが好きなの?1人の男の人として、愛しているの?」

「……愛…」

 

 

ソフィアは真剣に考えた。

ハリー・ポッターという少年のことを、深く考えた。

 

 

ハリーの事は好きだ。

優しいし、勇気もある、少々父親に対する暴言で失望する時があるのも事実だが、1人の人間として尊敬している事が多い。

何より、一緒にいて楽しいし、幸せになってほしいと思う。今までたくさんの悲劇を乗り越えてきた彼が、誰よりも幸せになってほしい、そう、心から思う。

 

 

「…ハーマイオニー。もし、ロンが他の女の子とキスしてたらどうする?」

「え?…うーん。…悲しいし、多分襲う(呪う)わね」

 

 

いきなり自分の話題になったことにハーマイオニーは少し頬を染めたが、真剣な顔で物騒な事を呟いた。

 

 

「ジャックがね。気になっている人が他の誰かとキスをしている想像をして、呪いたくなったらそれは愛だって言ったの」

「へえ…それで?」

「…ハリーが、ジニーとキスしてたら…。…私、多分、そうね、悲しいわ」

「それなら──」

「でもね」

 

 

それなら、愛していると言っているようなものではないかとハーマイオニーは口を開いたが、ソフィアは困ったように眉を下げた。

 

 

「でも、()()()()()()()()の」

「…えぇ?」

「だから、私…ハリーの事は好きだわ。けど、愛してるのかって言われると…うーん…わからないの、本当に…本当に、わからないの…。でも、多分…もし、ハリーに誘われたら、私は…()()()()()()わ」

「……それは、…あまり、よくないわね」

「…そうよね、うん。さっきのハーマイオニーの言葉を聞いて、だめなんだなって…わかったわ」

 

 

ソフィアは大きなため息をつき、肩を落とした。

 

ソフィアは、ジニーの悲しい顔が見たくない、だが、ハリーの悲しい顔も同様に見たくないのだ。

ただの友達として誘ってくれるかもしれないが──しかし、ジャックのいうようにダンスのパートナーに選ばれるというのは、一種特別な意味を持つ。その後にお互い意識し、恋人になる事は十分にあり得るし、パートナーに選ぶ事イコール告白のようなものだと、捉えている子どもも多いはずだ。

 

 

「ソフィア。…場に流されるのだけは、絶対にダメよ」

「…そうよね…」

「……こんな事、聞くのおかしいかもしれないけれど。……男女が何するかわからないわけ──」

「流石にわかってるわ!」

 

 

ソフィアは真っ赤な顔で叫んだ。

流石にわかってるわよね、とハーマイオニーは少し安堵した。それならソフィアが──まぁ、本気で嫌なら男女間の出来事があっても、拒絶は…流石にするだろう。

 

 

 

「じゃあ、ソフィアは結局ハリーが好きかわからないのね」

「ええ、そうなの…でも、その…うーん…──嫌な気持ちにはならないわ」

 

 

ソフィアは視線を逸らして呟いた。

ハーマイオニーは耳まで赤いソフィアを見て、これは、以前よりソフィアが自分の感情を掴みかけているのではないか、とふと思った。前までは「そんな事ないわ!」ときっぱりと言っていたソフィアがこうも言い淀んでいる。

つまり、まだ胸を締め付ける苦く甘い感情に名前をつける事は出来ていないが──その存在は、たしかにあると言う事だ。無ければここまで悩んでいないだろう。

 

 

ならば、時間の問題かもしれない。

きっと、ハリーに対する感情が、親愛なのか愛情なのか、遠くない未来にわかる時がくるだろう。

 

 

だが、きっと──これは、ソフィアが1人で気が付いた方がいいのだ。

ソフィアは優しく、真剣に捉えすぎてしまう。ここで今、私が「それは恋よ」といえば、ソフィアはこれが恋なのだと本気で受け止めてしまうだろう。

恋なのかどうかも、本人がわからないまま名前をつけるのは賢いやり方ではない。

 

 

「…まぁ、ほら。多分ハリーはソフィアを誘うでしょうけど。友達として誘うかもしれないじゃない?」

 

 

勿論ハーマイオニーはハリーの気持ちを知っている。ハリーがソフィアを誘うと言う事は、そう言う事である理解もしているが──賢いハーマイオニーはそれを黙っていた。

 

 

「…そうね。だって、ハリーって私の事が好きって感じしないもの。みんなに優しいし、対応も…ハーマイオニーと私と変わらないでしょう?」

「……、…そう、かもね」

 

 

ハーマイオニーは心中で嘆いた。

ああ、ハリー。あなたの気持ちちっとも伝わって無いわよ。鈍感なソフィアを射止める為にはもっと積極的にいかないとダメよ──と。

 

 

しかし、ハリーはかなり奥手であった。仕方がない、初恋なのだ。

何をすればいいのか、どうアピールすればいいのかも分かっていない。胸に秘めたハリーの恋心に気がついているのは、聡いハーマイオニーとルイスだけであり、親友で最も近くにいる鈍感なロンもまた一切気がついていないのだ。ソフィアが気がつかないのも、仕方のない事だろう。

 

 

 

 



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203 隣にいるということ!

 

 

 

ソフィアは少し1人で考えてみたい事が多すぎて、ハーマイオニーに「ちょっと1人で考えてみるわ」と伝え、夕食も取らずぼんやりと校庭にある椅子に座っていた。

 

 

ハリーは好きだ。勿論、ハリーが自分を好きかもしれない、なんて自分の思い上がりで勘違いの可能性も高い。

だが、もし本当にハリーが自分の事が好きだった時に。

今後ハリーと…そして、ジニーとどう付き合えばいいのかわからない。父の問題もある。

もし、本当にハリーが私のことを好きだったら?それで、悲しむ人がいるとしたら?

 

 

ソフィアは重いため息を吐いた。

 

 

もう12月であり、ちらちらと雪が降っている。ソフィアの考えすぎて熱い頭の熱を冷やすにはちょうどいいかもしれない。

ぼんやりと中央にある噴水を眺めていたソフィアは、突然ふわりと温かな何かが肩にかけられた事に気がつき、驚いて顔を上げた。

 

 

「ヴェロニカ!」

「ソフィア、体を冷やす」

「ありがとう…」

 

 

自身が着ていた分厚い毛皮を脱いだヴェロニカは、ソフィアの華奢な肩にかけると何も言わずに隣に座った。

ソフィアは温かな毛皮をかけられとても嬉しかったが、ヴェロニカが凍えてしまわないかと思いすぐに少し距離を詰め、ヴェロニカの肩に羽織っていた毛皮を半分掛けた。

ちょうど、2人でひとつの毛皮で包まっているようになり、ヴェロニカは少し驚いてソフィアを見下ろしたが、何も言わずにそのままにさせていた。

 

 

「何か、悩み事かな?」

「あー…ええ。そうなの」

「…私でよければ、聞くが?」

 

 

ヴェロニカの声は低く、ゆっくりとしている。

ルイスが言っていた「父様みたいで」というその言葉の意味が、なんとなくソフィアにはわかった。醸し出す雰囲気、というのだろうか──静かに包み込むような優しさが、父とよく似ている。

 

人によっては近寄り難い雰囲気に捉えられてしまうヴェロニカだったが、ソフィアはその優しい夜のような雰囲気が好きだった。

それに、1人で考えることにも煮詰まっていた。大人びた雰囲気のあるヴェロニカなら、きっと何か良いアドバイスをしてくれるかもしれない。

 

そう思い、ソフィアはぽつぽつと話し出した。

 

 

「…恋愛関係、と言うのかしらね。…その、私の事が好きなのかもしれない人がいて。でも、私はその人の事を好きな女の子と友達で…私はどっちにも幸せになってほしくて…」

「……ソフィア、君はどうしたいんだ?」

 

 

ヴェロニカはソフィアに視線を合わせず、ただ前を向いたまま優しく問いかける。

 

ああ、やっぱりこれは私の問題なんだ。自分の気持ちを、考えるしかない。

 

 

「わからないの。私は2人とも大切で、好きだから…」

「そうか……。──なら、ソフィア。隣に立ちたいのはどちらだ?」

「…え?」

 

 

ソフィアはヴェロニカの言葉に顔を上げ、彼女の洗練された美しい横顔を見る。

ちらり、とヴェロニカはソフィアを見下ろし、優しく目を細めて再度問いかけた。

 

 

「どちらだ?」

「隣に立つ……」

「ああ、そうだ。幸せにするのは自分ではなくとも、誰だって、何だって相手を幸せにする事が出来る。ただ、隣に立てるのは…代わりはいない。己だけだ。──私は、その気持ちが愛なのだと思うよ」

 

 

隣に立ち、そばに居たい。全てを押しのけ自分がその場に在りたい。それが人を愛する事なのだと、ヴェロニカは思っていた。

一種の独占欲と執着からくる愛、それもまた確かに──やや過激ではあったが、多くの人が想像する通りの愛の形だろう。

誰だって、愛しい存在を独占したいと、一度は思うものだ。

 

 

ジャックともハーマイオニーとも違うヴェロニカの言葉に──ソフィアは、ついに、すとん、と納得した。

 

 

成程、隣に立ちたい。

それは──それが、愛ならば、まだ自分にもわかる。

 

 

「…ありがとうヴェロニカ!私、少しわかった気がしたわ!」

「そうか、力になれてよかった」

 

 

ヴェロニカは優しく微笑み、目を細める。

ソフィアは、ヴェロニカの微笑みを見てルイスが気になってしまうのもわかるほど、魅力的な女性だと思った。

年上の余裕かもしれないが、少なくともソフィアの周りには居ないタイプの女性だ。

大人びている雰囲気は、たしかに──ルイスが好むだろう。

 

 

「そうだ、ソフィア。ひとつ私の悩みも聞いてくれるかな」

「ええ、勿論よ!」

「ありがとう。──君の兄上をダンスパーティーで誘うのは、無礼かな?」

「…え?」

 

 

ソフィアは目を瞬かせ、きょとんとヴェロニカを見上げた。

ヴェロニカは白い頬をほんの僅かに──雪の寒さではなく、赤く染めながら肩をすくめた。

 

 

「ああ、まだ聞いてなかったならすまないね。…クリスマスの日にダンスパーティーが開催されるようなんだ。私は、ルイスと踊りたいが…女性から男性を誘うのは些かマナー違反だろう?無礼だと気分を害させるだろうか。…しかし、ルイスは、私を誘ってくれるとは、少々、思えなくてね…それならば、声をかけ…一か八か、私から誘ってみようと思ったのだけれど。どうもね…悩んでいるんだ」

 

 

ヴェロニカはつらつらと説明をした。

もし、ここにいるのがソフィアではなく、彼女の事をよく知っているクラムや、ダームストラング校にいる友人であったならば、このヴェロニカの様子を見てかなり動揺し焦っているな、とわかっただろう。

彼女は、どちらかといえば寡黙な方であり、一度にたくさんのことを話さなければ、こんな言い訳じみた事も言わない。

 

 

つまり、今、ヴェロニカはかなり──本来の彼女らしく無いのだ。

 

 

しかし、ソフィアはヴェロニカの事をよく理解していない。ただヴェロニカの言葉をそのまま受け止めて、ぱっと笑顔を見せると膝の上に置かれ強く握られていたヴェロニカの手を取った。

 

 

「ええ!誘っても良いと思うわ。無礼だなんて、そんな事ルイスは思わないわよ!」

「…そうかな?」

「うんうん、大丈夫よ!それに、ルイスもヴェロニカを誘うかもしれないし!……あ、もしかして、ヴェロニカって…ルイスの事が、好きなの?」

 

 

ダンスパーティーに誘う意味を、ぼんやりと理解しているソフィアは、ハッとしてヴェロニカの真っ黒な瞳を見上げた。

ヴェロニカは一瞬、言葉に詰まったが──しかし、美しく、少しも偽る事なく堂々と頷いた。

 

 

「ああ、そうだね。…うん、ルイスの事が好きだ、隣に立ちたいと思っている」

「…まぁ!」

 

 

ソフィアはぱっと手を離し自分の真っ赤になった頬を両手で包み込み、その場でうずうずと足を動かした。きっと今立っていたら興奮のあまり跳ね回っていただろう。

 

 

──と言う事は、両想いって事ね!?ああ、ルイスが知ったら、きっと喜ぶわ!それに、ヴェロニカも…!でも、きっと私が言っちゃだめなんだわ…!

 

 

ぐっと言いたい気持ちを何とか堪えたソフィアは興奮を何とか鎮め、目をキラキラと輝かせヴェロニカを見つめる。

 

 

「ヴェロニカ、私…応援してるわ!」

「ありがとう、ソフィア」

 

 

ヴェロニカは、照れたように笑った。その目は、少し前に見た──父が母を思う眼差しとよく似ていた。

 

 

──なんて綺麗な笑顔と、優しい目なんだろう。ああ、恋をするって、きっとこんな笑顔ができるようになるのね。とっても、素敵な事なんだわ。

 

 

ソフィアはなんだか自分まで照れてしまった。やはり──恋というものは特別な事である、色香がふわりと甘く香るような…そんな表情を作る事が出来るのは、確かな恋をしている証だろう。

 

 

ヴェロニカは──強かな女性であった。

何もソフィアのことを心配し1人でぽつんと座り込むソフィアに近付いたわけではない。きっと、ソフィアでない誰かなら、こうしてわざわざ話しかけなかっただろう。

好きな相手の妹であるから、何とかして好印象を持たれたい、その考えは良くあることだ。嫌われるよりは、好かれた方がよっぽど良いのだから。

 

そして、ヴェロニカは──もしもホグワーツ生ならば、スリザリン寮だっただろう。勇敢だが、狡猾で計算高く、何より願いを叶える為なら手段を選ばない。

奇しくも、ルイスと──そして2人の母であるアリッサと同じような性格をしていた。

 

 

ルイスとヴェロニカが両想いだという感動に興奮しきっているソフィアは、勿論、ヴェロニカのそんな企みには一切気が付かなかった。

 

 

興奮し一気に体が熱くなり、そして落ち着いた頃にソフィアはぶるりと大きく震えた。

毛皮を着ているが、2人で羽織っているため隙間風はどうしても入ってきてしまう。

 

 

「…学舎に戻ろう、ここは冷えてしまうからね」

「ええ、そうしましょう」

 

 

ヴェロニカの言葉に、ソフィアは身体を震わせながら頷いた。

 

 

 

 

城の中に入りヴェロニカと別れた後、ソフィアはグリフィンドール寮へ向かう廊下の途中でハリー、ロン、ハーマイオニーと会った。

 

 

「ソフィア!何処にいたの?」

「校庭でヴェロニカと話していたの。──あ、ダームストラング生よ。…ロン、そのケーキどうしたの?」

 

 

ロンは大きなクリームケーキを頬張り、もぐもぐと口を動かしていた。夕食のデザートを持ち帰ってきたのかと思ったが、時間はとっくに終わっている。

ソフィアは夕食を食べなかった為──つい、ぐう、と控えめな腹の虫が物欲しそうな声で鳴いた。

 

 

「パイあるよ?食べる?」

 

 

ちょっと恥ずかしそうにするソフィアに、ハリーはポケットに入れていたパイをすぐにソフィアに差し出し、ソフィアは嬉しそうに笑い「ありがとう!」と受け取った。

 

 

ハーマイオニーはグリフィンドール寮へ向かいながら、ハウスエルフが働いている厨房に行き、ドビーとウィンキーと出会った事をソフィアに説明した。

 

 

「…ドビーは他のハウスエルフと違うのね。お休みとか、給料とか…」

「でも、当然の対価だわ!」

 

 

ソフィアの何とも複雑な声を聞き、ハーマイオニーはすぐに声を上げる。パイを食べながらソフィアはハウスエルフの持つ性質を思い──ハーマイオニーとドビーの行動が果たして本当に、彼らのためになるのかわからなかった。

 

ケンタウルスが人間とは関わりにならないように、ゴブリンが中立を崩さないように、ディメンターが幸福な気持ちを吸うように、ハウスエルフは主人に尽くす事が、彼らの誇りであり性質なのだ。

 

 

「うーん…」

 

 

ソフィアの表情を見て心から自分に賛同していないと分かったハーマイオニーは、少しムッとしたがそれ以上何も言わなかった。

 

 

 



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204 お付き合い!

 

 

ルイスは自室のベッドの上でダンスパーティの事を考え、どうしようかと頭を捻っていた。

ふと、ドラコは誰を誘うのか気になり体を起こし、宿題を黙々とこなしているドラコに向かって声をかけた。

 

 

「ドラコは、ダンスパーティに誰か誘うの?…ソフィア?パンジー?」

「……いや…ソフィアを誘っても、きっと…断られるだろう」

 

 

ドラコは動かしていた羽ペンを止める事なく呟き、ため息を溢す。

パンジーに反応しないところを見ると、本当はソフィアを誘いたいのだという気持ちがすぐにルイスにはわかった。

しかし、断られる──まぁ、それもそうだろうなとルイスは思いながらベッドに腰掛けドラコを見た。

 

 

「何でドラコって、ソフィアが嫌がる事をするの?好きなんでしょ、ソフィアの事」

「……」

 

 

ドラコは無言だったが、今までの彼のソフィアへの接し方を見ると一目瞭然だ。ただの異性の友達にしてはソフィアへの接し方は特別であり、少々優しすぎるだろう。実際、パンジーに対してはソフィアほど心を許しているようには見えない。

 

羽ペンを机の上に転がしたドラコは、椅子の背に背中を預けてだらりと足を伸ばすと、少し自嘲するように笑う。

 

 

「…多分、受け入れてほしいんだ」

 

 

マグル生まれを穢れた血だと思う純血思想を持つドラコは、それを含めて自分であり──ソフィアに、それを受け入れて欲しかった。嫌われないように自分を隠して生きる事は、不器用なドラコにはどうしてもできなかったし、純血である事になによりも誇りを持っているのだ。偽る事のない自分を受け入れ、認めてほしい──そう思うのは、叶わぬ願いだとしても仕方のない事だろう。

それに、簡単に思想というものは変えられるものでは無い。

 

 

「…ソフィアは僕じゃ無いからね、難しいんじゃない?ハーマイオニーと仲良いし」

「……ああ、そうだな。…ルイスは、誰を誘うんだ?最近よく共に居る…ヴェロニカか?」

「んー…でも、僕の方が背が低いし、何か…釣り合わないんじゃないかなって…」

 

 

ドラコはこれ以上ソフィアの話題を続けるつもりはなかった。どうしてもソフィアを大切にしたい気持ちはあるのに、傷つけてしまう。これ以上関係を先に進めることを、ドラコは半ば諦めていた。

 

ルイスはドラコの気持ちを読み取り、話題を変えた事に何も言わずに手に持っていた枕を抱きしめ、ぽすんと顎を乗せるともごもごと口籠る。

 

 

ドラコはルイスの親友だ、勿論、彼はルイスの気持ちに気づいている。

ルイスはドラコ以上に人との間に壁を作り、それを悟らせないようにする事が上手かった。優しく笑うルイスが、人と一定の距離を保っているという事に気がつける者は中々いないだろう。

 

ドラコはルイス以外の前では、マルフォイ家の次期当主として振る舞う、本音を吐き出すのはルイスと2人きりである時だけだ。

無理にそうしているのではなく──最早幼少期からの癖だと言えるだろう。

ルイスもまた、悩みを相談し、本音を言うのはドラコに対してだけだった。それ以外の人とは薄い壁を作り、人の良い笑顔を作ったまま本音を漏らす事はない。

 

 

「…ヴェロニカの事が好きなんだろう」

「…そうだね」

 

 

ルイスは少し頬を赤らめていたが、素直に頷いた。ドラコは初めて見るルイスの表情に、本当に好きなんだな、と呟く。

まだ出会ってそこまで時間が経っているわけではないルイスとヴェロニカだったが、昔からの友人のように2人の周りには柔らかな雰囲気が流れ、ヴェロニカと話している時のルイスの表情は、ソフィアやドラコと接する時とはまた違った笑顔を見せ、とても幸せそうだった。

 

 

「それなら、誘えば良いだろう。身長なんて…気にしなくて良いと僕は思う」

「えー…うーん…。…父様は身長が高いのに、なんで僕の身長は伸びないんだろう…」

「…それは…まあ…これからじゃないか?」

「そうだと良いけど…」

 

 

ドラコは長身のセブルスを思い出す。確かにルイスは男にしては小柄な方であり、身長も低い。いつかは伸びるだろうと下手な慰めをしたドラコだったが、ルイスは大きなため息をつくとのろのろと立ち上がった。

 

 

「僕、これから魔法薬学の個人授業なんだ…行ってくる」

「ああ。…ダンスパーティの間だけでも身長が伸びる薬を飲んだらどうだ?」

 

 

鞄に上級魔法薬学書を入れているルイスにドラコはふと思いつきで言ったが、ルイスは何とも言えない複雑な顔をして「それは…うーん…」と、ドラコの問いには明確に返事をしなかった。

 

 

 

ルイスは談話室を横切り、魔法薬学の研究室へ向かっていたが、セブルスに次の個人授業で使用する図鑑を図書館で借りてくるようにと言われていたのを思い出し、一度図書館へ向かった。

 

 

「…ヴェロニカ」

「ああ、ルイス」

 

 

ルイスが図書館に入ろうとした時、ちょうどヴェロニカが出てきて2人は足を止めた。

 

目線を合わせようとするとどうしても上を向いてしまう。10センチの差は大きく、せめて同じくらいならば誘いやすいのに、とルイスは今ほど自分の身長の低さを恨んだ事は無かった。

 

 

「ルイス、今少し時間はあるか?」

「え?…うん、少しなら…」

 

 

ヴェロニカは図書館の入り口にいては他の人の通行の邪魔になるだろうと廊下の端へと移動し、ルイスはその後を追いかけた。

 

 

「どうしたの?」

「…ルイス、クリスマスにダンスパーティがあるのは…知っているかな」

「──え」

 

 

ルイスは息を呑んだ。

ヴェロニカの頬が少し赤い事に気が付き──そして、聡いルイスは、その後ヴェロニカが何を言おうとしているのかもわかってしまった。この時期に、ダンスパーティの事をわざわざ口にするのだ。間違いなく、そういう事だろう。

 

 

「私と──」

「ヴェロニカ」

 

 

私と行かないか。そう告げようとしていたヴェロニカの言葉をルイスは無理矢理遮ると、一度深呼吸を置いて優しく微笑んだ。

 

 

「僕と、ダンスパーティに行ってくれないかな?」

 

 

ヴェロニカから誘われるのではなく、ルイスは自分から誘いたかった。

その気持ちが伝わったのだろう、ヴェロニカは少し目を見張ったが、すぐに嬉しそうに頷く。

 

 

「──ああ、勿論。誘ってくれて、ありがとう」

 

 

ヴェロニカの頬は赤く、照れているのか恥ずかしげに微笑んでいた。

その綺麗な微笑みを見たルイスは自分の頬に熱が集まるのを感じる。

胸の中には温かく──しかし、きゅっと締め付けられるような不思議と落ち着かない気持ちが溢れてくる。

 

 

 

「──僕、君が好きだ」

 

 

 

つい──言うつもりはあまり無かったのだが、ぽろりと感情が言葉になってこぼれた。

流石のヴェロニカもそれを言われるとは思わず固まり、言葉を無くす。

 

ルイスは「早まったかな」とは思ったが、一度言った言葉を取り消すつもりはなく、無言でヴェロニカを見つめる。

 

 

「──嬉しいよ。…先に言われてしまったね」

「…僕も、男だからね。ヴェロニカより身長は低いけど、ちょっとは格好つけさせて?」

 

 

ヴェロニカの反応を見て、ルイスはほっと胸を撫で下ろし、じわじわと幸福感が広がってくるのを感じた。

いや、幸福感だけではなく、おそらく──愛しさ、だろうか。

 

 

「…これからよろしく、と言うべきかな。私は…誰かと付き合ったりした事が無いから…どうも、わからないね」

 

 

ヴェロニカは照れながら肩をすくめる。

こんなに綺麗な人が誰とも付き合った事がなかったとは、ルイスは少々信じられなかったが、それを今口にするほど無粋な男では無い。

 

 

「僕も無いからわからないや。…これからよろしくね、ヴェロニカ」

「…ああ、よろしく、ルイス」

 

 

ルイスが手を差し出せば、ヴェロニカは優しく手を握る。

思いが通じ合った今、こうして手を握るのはなんとなく気恥ずかしくて、2人は顔を見合わせて笑い合った。

 

 

「…あ、ダンスパーティなんだけど、僕ソフィアとも踊りたくて…それでもいい?」

「ああ、構わない」

「本当?ごめんね、ありがとう」

 

 

ルイスはヴェロニカが少しも嫌がる素振りを見せなかった事に安堵して、ぱっと手を離した。

名残惜しい、本当はこの後も時間の許す限り話したかったが──個人授業開始の時刻が迫ってきている。

 

 

「僕、この後魔法薬学の個人授業があって…2時間後に終わるんだ、夜…もし少し会えるなら、校庭で話さない?」

「勿論。…待っている」

 

 

ヴェロニカがしっかり頷いたのを見たルイスは嬉しそうに笑い、何度も振り返り手を振りながらセブルスの研究室へ向かった。

 

 

心臓がドキドキとうるさく、今ごろ実感が湧いてきたのか顔が熱い、熱に浮かされた足取りは軽やかに階段を駆け降りる。

 

 

ルイスはすぐに研究室の扉を開けると、中にセブルスしかいないのを確認してしっかりと扉を閉めて駆け寄った。

 

 

「父様!」

「…なんだ、ルイス。…ここでは先生と──」

 

 

目を輝かせ興奮したようなルイスを見て、セブルスは今は2人きりだとはいえ、個人授業なのだからしっかりと先生と呼ぶように、と伝えようと思ったが、ルイスはその前に幸せそうにはにかみ口を開いた。

 

 

「僕、ヴェロニカと付き合う事になった!」

「──何?」

「さっき、告白してきた!オッケーだって!」

「…それは……。…よかったな」

 

 

顔を赤らめ嬉しそうに言うルイスに、セブルスは目を細め優しく言う。確か数週間前はまだ自分の明確な気持ちに気が付いていないようだったが…子どもの成長とは早いものだ。

 

 

「うん!…それで、ヴェロニカにも…父様の事は言わない方がいいんだよね?」

「…そうだな。別の学校だとはいえ、秘密にしておいた方がいいだろう」

「そうだよね…うん、わかった。──あ、ごめん、授業だよね」

「…ようやく思い出したか。…本は借りてきたか?」

「……あ、忘れてた」

 

 

浮かれすぎていたルイスは、すっかり図書館へ行った理由を忘れてしまっていたが──セブルスはため息をついたが、珍しく咎める事は無かった。

 

 

 



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205 ダンスパーティの誘い!

 

 

木曜日の変身術の授業がそろそろ終わりになる時刻。

ソフィアは一番に課題をやり終え、変身術が得意では無いネビルに杖の振り方を指示し、ハリーとロンはだまし杖を使い教室の後ろの方でちゃんばらをして遊んでいたが、何もハリーとロンだけではなく、殆どの生徒が課題や板書を終え好き勝手に遊び始めていた。

 

 

「ポッター!ウィーズリー!こちらに注目しなさい!」

 

 

マクゴナガルからの強い言葉にハリーとロンは飛び上がってすぐに騙し杖を後ろに隠す。だがもう課題は終え、後少しもすれば授業は終わる。なぜ自分達だけが怒られなければならないんだ…他にも遊んでる生徒はいるのに、とやや不満げな表情を浮かべた。

 

 

「ポッターもウィーズリーも、年相応の振る舞いをしていただきたいものです。…皆さんにお知らせがあります」

 

 

マクゴナガルは呆れたようなため息をついた後、ぐるりと生徒達を見渡した。

何の知らせだろうか、と遊んでいた生徒たちは手を止め席に座り直しマクゴナガルの言葉を待つ。

 

 

「クリスマス・ダンスパーティが近づきました。三大魔法学校対抗試合の伝統でもあり、外国からのお客さまと交流を深める機会でもあります。さて、ダンスパーティは四年生以上が参加を許可されます、下級生を招待する事は可能ですが」

 

 

ダンスパーティという言葉に、年頃の女生徒は少し頬を染めくすくすと笑う。ラベンダーは一際高い声で笑ったが、マクゴナガルは注意する事なく2人を無視した。

 

 

「パーティ用のドレスローブを着て来なさい。ダンスパーティは大広間で、クリスマスの夜8時から始まり、夜中の12時に終わります。ところでクリスマスパーティは私達全員にとって、勿論──髪を解き放ち、羽目を外すチャンスです。しかし、だからといって決して、ホグワーツの生徒に期待される行動基準を緩めるわけではありません。グリフィンドール生が、どんな形にせよ、学校に屈辱を与えるような事があれば、私は大変遺憾に思います」

 

 

練習は来週の変身術の授業後、希望する生徒のみ行うとマクゴナガルは続け、ちょうど終業のベルが鳴った。

みんなが鞄に教材を詰め込み、慌ただしく次の教室に移動しているが、生徒たちは口々にダンスパーティの事を話し、少しいつもの雰囲気とは異なっていた。

 

 

「ポッター、少し話があります」

 

 

ソフィア達と出て行こうとしていたハリーは先程ちゃんばらをしていた件だろうか、と少し暗い気持ちになりながら「先に行ってて」と伝えた。

 

 

「ポッター、代表選手とそのパートナーは…」

「何のパートナーですか?」

「ポッター。クリスマス・ダンスパーティの代表選手たちのお相手の事です。あなた達のダンスのお相手です」

「ダンスのパートナー?」

 

 

ハリーはマクゴナガルの言葉にかっと頬が赤くなるのを感じた。

 

──ダンスのパートナー?僕が?でも、そんな踊りなんてやった事ないし。絶対笑われる。

 

 

「僕、ダンスをするつもりはありません」

「伝統です、あなたはホグワーツの代表選手なのですから、代表選手としてしなければならない事をするのです。ポッター、必ずパートナーを連れて来なさい」

「でも…僕には…」

「わかりましたね、ポッター。──さあ、行きなさい」

 

 

マクゴナガルはハリーの続きの言葉を聞く事なくキッパリというと、扉を指差す。ハリーは有無を言わせぬ響きにぐっと言葉に詰まらせ、仕方がなく教室を後にした。

 

 

ソフィア達はすでに次の授業がある教室に行ってしまったらしく、 人気(ひとけ)はなかった。

 

 

マクゴナガルから代表選手はパートナーを必ず選び、ダンスパーティの最初に踊らなければならない。それを聞いたハリーはかなり狼狽したが廊下を独りで歩いていると──すぐに、1人、脳裏に浮かんできた。

 

 

──ソフィア…を、誘おうかな。

 

 

真っ先に浮かぶのは、やはり密かに恋焦がれているソフィアの事だ。ソフィアは楽しい事が好きだし、きっと頷いてくれるに違いない。そう思うと気持ちは少し楽だったが、もし断られたら…と思うと、何だか心がざわついた。

それに、いつ誘えば良いのだろうか、いつも一緒にいるし、なんとなくみんなの前で誘うのは恥ずかしい。なんとか、ソフィアが1人になるタイミングで誘いたい。

 

 

ハリーは胸がドキドキするような、そわそわするような、落ち着かない気持ちで独り廊下を歩いた。

 

 

 

 

しかし、ハリーの願いも虚しくソフィアが一人きりになる事は無かった。

1週間前だったら、ドラゴンに立ち向かう事を考えればソフィアをダンスパーティに誘う方が簡単だと思っただろう。しかし、今どちらが難しいかと言われると──間違いなく、ソフィアを誘う方が難しい。

 

グリフィンドール生の四年生以上はダンスパーティのために、全員クリスマスに家に帰る事なく残る選択をしたらしく、残る希望者リストにこれほどの名前が書かれたのは初めてだった。

 

 

ソフィアはハーマイオニーやラベンダー、パーバディとクリスマスパーティでどんな髪型をするか、どんな化粧をするかを談話室の一角で沢山の雑誌を広げて話し込んでいた。楽しげなソフィアの表情を少し離れた場所で盗み見ていたハリーは、バレないようにため息を溢す。

 

──まだ、1日目だ。きっと明日なら…いつか、きっとダンスパーティまでに機会があるはず。

 

 

 

「どうしてみんな固まってるんだろうな?」

 

 

ロンは談話室に居る女子達を見ながら嫌そうにハリーに囁く。ちょうど何人かの女子がハリーを見ながらくすくすと笑い、談話室を横切り寮を出て行った。

 

 

「1人になった時に声をかけるなんて…難しいよね」

「誰か狙っている子がいるのか?」

 

 

ハリーは少し悩んだ。ロンには伝えてもいいかもしれない。だが、ソフィア達が近くにいるここではとても伝えることが出来ず黙っていると、ロンはぽんぽんとハリーの肩を叩き、にやりと笑った。

 

 

「いいか。君は苦労しない。代表選手じゃないか!みんな君と行きたがるよ」

「…そうかなぁ」

 

 

ロンはなるべく嫌味に聞こえないように明るく言い、ハリーは本当にそうだろうか──いや、そうだとしても、ソフィアがオッケーを出さなければ意味がない。

 

他の人と行くつもりはあまり無かったハリーだったが、ロンの予想通りのことが起こった。

 

次の日の朝、大広間でソフィア達と朝食を取っていると一度も話したことのないハッフルパフ生が頬を赤らめながらハリーの肩を叩いた。

 

 

「あの…私とダンスパーティ、いかない?」

「えっ!?い、行かない!」

 

 

突然話しかけられたハリーは、何も考える間も無く断り、その女の子は悩みを見せずバッサリ断られた事にかなり傷ついた様子で立ち去った。

 

 

「ほら、僕の言った通りだろ?」

 

 

ロンがニヤニヤと笑いながら囃し立て、ハリーは気まずい思いでソフィアをチラリと見た。

 

 

「女の子から誘うのもありなのね?」

「えっ、ああ、そうみたいだね」

 

 

ソフィアはサンドイッチを食べながら一瞬、ちらりとスリザリンのテーブルを見た。

単純にもうルイスはヴェロニカに誘われたのかどうか気になっただけなのだが──ハリーはその視線を追い、さっと表情を変える。

 

 

「ソフィア、まさか…マルフォイに誘われたの?マルフォイを誘いたいとか…?」

 

 

ハリーはぽつりと呟く。

マルフォイはソフィアと仲が良い。ハーマイオニーの件でやや険悪になる事はあるが、友達だという事にきっと──心から嫌だが──変わりはないのだろう。ならば、もしかして既に誘われたのか、それとも誘うつもりなのだろうか。

 

ハリーはソフィアがルイスの隣にいるドラコを見たのだと思い、半分絶望しながら聞いたのだが、ソフィアは「え?」と驚きの声を上げ首を振った。

 

 

「私、ドラコに誘われてないわ。それにハーマイオニーを穢れた血って呼んだの許してないもの。誘われても行くつもりはないわ!」

「あ、そうなんだ…」

 

 

ハリーは心からほっとして胸を撫で下ろした。

ハーマイオニーへの侮辱を思い出したソフィアは勢いよくサンドイッチに齧り付いた。

 

 

 

その後もハリーはなかなかソフィアに話しかけるタイミングを掴めないまま無常にも数日が過ぎた。

 

いつもソフィアは人に囲まれ、あまり1人になっている事はない。選択する科目も多いソフィアは毎日忙しそうにハーマイオニーと図書館へ行ったり、2人で次の授業へ向かっていた。

ハリーはせめてルイスと2人きりになっていれば、話しかけるチャンスはあるのに──と思ったが、中々ハリーの思惑通りには進まなかった。

 

 

学期最後の週は日を追って騒がしくなり、四年生以上の生徒達は皆廊下や談話室でクリスマスパーティの噂を口々に話し合った。

魔法界で有名な妖女シスターズが出演すると言う噂は何よりも生徒達の心を掴み、皆その日を指折り数えて心待ちにしていた。

 

 

 

「あの、ソフィア、ちょっといいかな」

「…え?」

「ちょっと、2人で話したいんだけど」

 

 

学期最後の変身術へ向かう途中、グリフィンドールの五年生の青年がソフィアに声をかけた。

ソフィアは少しハリー達を見たが何も言わずに頷き、その男子生徒の後をついて廊下の端へと移動する。

 

それを見送ったハリーはどうしようもない焦燥感に駆られた。

 

 

──そうだ、ソフィアが誰からも誘われないだなんて、どうして思ってたんだろう!他の人と踊るソフィアを、指を咥えて見るだなんて…!

 

 

「ソフィアって結構人気あるのよ?あれで3人目ね、私が知ってる限りだと」

「えっ…そう、なんだ」

 

 

ハーマイオニーは男子生徒と離れた場所で話すソフィアを見ながら呟く。

しかし、3人目。もう誰かと行く約束をしたのだろうか、それとも、ダンスパーティに行くつもりはなくて全て断っているのだろうか──。

 

 

少ししてソフィアは頬を赤らめて何とも気まずそうな表情でハリー達の元に駆け戻った。

 

 

「ソフィア、ダンスパーティに誘われたのかい?」

 

 

ロンがニヤリと笑いソフィアに軽く聞いた。

ハリーは今以上にロンに感謝した事はないだろう。

とても気になっていた事だったが、どうしてもそれを聞く勇気が出なかったのだ。

ソフィアは頬を赤らめたまま困ったように笑い、頷いた。

 

 

「ええ、そうなの」

「へー?あの人と行くんだ?」

「うーん…断ったわ」

「え?誰か先約がいるんだ?」

 

 

ロンは驚いたようにソフィアを見たが、ソフィアは暫し悩んで曖昧に笑う。

 

 

「先約、というか…ルイスと一緒に踊ろうねって約束してるの。でもルイスはヴェロニカとも踊るみたいだから…あ。あの2人お付き合いしたみたいなの!」

「ええ!?」

「そうなの!?」

「いつの間に!?」

 

 

ハリーはソフィアがルイスと踊ると言う衝撃よりも、ルイスとヴェロニカが付き合ったと言う衝撃的なニュースにすっかり気を取られてしまいハーマイオニーとロンと同じく叫んだ。

 

 

「この前の魔法薬学の授業終わりに、こっそり教えてくれたの!めちゃくちゃ照れてたわ!」

 

 

ソフィアは先週の授業の終わりに、ルイスが少し照れながらヴェロニカにダンスパーティに誘われた事と、その流れで互いの気持ちを知り、恋人同士になったのだと聞いた。勿論ソフィアは心から喜び、ルイスにおめでとうを何度も告げたのだ。

 

 

「うわー…ルイスって、大人だなぁ…」

 

 

ロンは少し頬を赤らめて、ヴェロニカってどんな子だったっけ、と首を傾げた。

 

 

「…あ、でも、これって言って良かったのかしら?…多分、怒らないとは思うけど…からかったりはしないでね?」

 

 

ソフィアははっとして口を押さえ、悪戯っぽく笑う。

ハリー達も確かにあまり騒ぐのは良く無いだろうと、頬を赤らめながら頷いた。

 

 

 

 



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206 誰と行く?

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーは2人で数占い学の本を借りるために図書館を訪れた。クリスマス休暇前にわざわざ図書館に来て勉強をする生徒など、それほど多くはない。

今、四年生以上の生徒たちは皆クリスマスのダンスパーティのことで頭がいっぱいでありそれどころではないのだろう。

いつも以上に図書館は閑散としていて人気が少ない。

 

 

「あっ、これね!」

 

 

ハーマイオニーがようやく目当ての分厚い本を見つけ出しぺらぺらと中を確認するように捲る。ソフィアは隣から覗き込み、複雑な数式を見て少し「難しそうね…」と呻くが、ハーマイオニーは難解であればあるほど嬉しいのか、「面白そうね!」と不敵に笑った。

 

 

「あの…」

 

 

突如、やや遠慮がちに声をかけられたソフィアとハーマイオニーは声が聞こえた方を振り向き、驚いたように目を開く。

 

 

「クラム…?」

 

 

ハーマイオニーはいきなり話しかけてきたクラムを見て怪訝な顔をし、つい周りにいつもの取り巻きがいるのではないだろうかと辺りを見渡した。

しかし、彼の周りにいるファン達は今日は1人も居ない。クラムの友人であるヴェロニカも居ない。クラムは、たった1人で──いつも周りに人がいるのが普通であり、ソフィアは何だか少し不思議な感じがした──ハーマイオニーに声をかけた。

 

 

「私に何か用かしら」

「あ…あー。…えっと」

 

 

ツンとしたハーマイオニーの言葉に、クラムは少し言い淀んだが、すぐにしっかりとハーマイオニーの目を見て、ゆっくりと言葉を間違えないように伝えた。

 

 

「ゔぉ…僕と…ダンスパーティに、行きますか?」

「………え?」

 

 

ハーマイオニーはぽかんとして口を開きクラムを見上げる。ハーマイオニーは驚きのあまり、手に持っていた本を落としてしまったが──なんとかソフィアが床に衝突する前に慌てて掴み上げた。

ソフィアは視線を交わすクラムとハーマイオニーが2人とも真っ赤な顔をしているのを見て、あっと小さな声を上げると一歩後ろに下がった。

 

 

「私、この本借りてくるわ!」

「えっ、ソ、ソフィア!」

「入り口で待ってるわ、ハーマイオニー!」

 

 

ハーマイオニーは1人で残され、クラムと話をするのが何だが気恥ずかしかった。まさか、クラムが自分をダンスパーティに誘うなんて、考えもしなかったのだ。

ソフィアにそばにいて欲しかったが、ソフィアはすでに駆け出していて書棚の角を曲がり見えなくなってしまった。

 

ハーマイオニーは、ソフィアに向かって伸ばしていた手を下ろし気まずそうに、少し微笑みながらクラムをチラリと見る。

 

 

「それで…なんで、私を誘ってくれるの?よくここでは会ってたけど、話した事もないのに…」

「…僕、ずっとあなたと、話したいでした。…だから、毎日ここ来てました」

 

 

クラムの言葉は途切れ途切れであり、文脈も怪しい。だが必死に気持ちを伝えようとする真剣な表情と低い声に──ハーマイオニーはさらに顔を赤くした。

 

 

「僕と、一緒に…行ってくれませんか…?」

 

 

ハーマイオニーは一瞬、ロンの事を考えた。だがロンは──すぐそばに私がいるのに、全く私のことを女の子だと、認識していないのか誘おうともしない。もうダンスパーティの事が発表されてからかなり時間が経つと言うのに…それに、可愛い子じゃないと嫌だ、だなんて。

 

ロンは、クラムの事を尊敬している。

そんなクラムが私と踊ると知れば──ロンは、どう思うだろうか。

 

 

ハーマイオニーの心の中に、じわりと黒い何かが浮かび上がる。

きっと、それは好きな人を嫉妬させたい、そんな感情だったが──ハーマイオニーはその気持ちに気がつかないフリをして、一度深呼吸をした後、頷いた。

 

 

「……ええ…わかったわ。喜んで」

SANN!?(本当に!?)…ありがとう!嬉しいです!」

 

 

クラムはぱっと頬を染め、向日葵のように明るく笑ったが、ハーマイオニーは少しだけ胸が痛み──取り繕うように、笑った。

 

 

クラムと別れたハーマイオニーは、図書館を出てすぐのところで目を輝かせ、早く結果を聞きたいとばかりうずうずとしながら待っているソフィアを見て、また頬を赤く染めた。

 

 

「な、何よ…」

「オーケーしたの?クラムと、ダンスパーティに行くの?」

「…ええ、オーケーしたわ。でも…誰にも言わないで」

「え?…えぇ、わかったわ!」

 

 

有名人であるクラムと一緒に行くなんて知られれば、きっと周りからの嫉妬の視線はとんでもない事になるだろう。

ソフィアはこくこくと頷いたが、ふと──ロンのことを思い出した。

 

 

「でも…良かったの?…ハーマイオニーは…その…ロンが…」

「いいの。誘われるとは思ってないわ。マクゴナガル先生も言っていたでしょう?外国の人との交流の場だって!…それに…。──あの人ったら!私のこと女の子だって知らないのよきっと!」

 

 

ハーマイオニーの声は怒りが多かったがどこか悲しみも含んでいた。

ソフィアはハーマイオニーが誰を想っているのかを知っている。だからこそロンとハーマイオニーが一緒に踊れば素敵だと思ったが──たしかに、ロンは他の女の子ばかり気にして、ハーマイオニーを少しも意識していなかった。

 

 

「…楽しいダンスパーティにしましょうね!」

「ええ…そうね。…ソフィアはまだ誘われてないの?」

 

 

誰に、とはハーマイオニーは言わなかったが、この場においてそれを表すのは1人しかいない。

ソフィアは苦笑しながら頷き「私の思い上がりで、みんなの勘違いだったのよ!」と明るく告げた。

 

ハーマイオニーはそれが思い上がりでも勘違いでもない事を知っていた為、何故ハリーが早くソフィアを誘わないのか──やきもきする気持ちを飲み込み曖昧に笑った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

魔法薬学の授業は急に決まった解毒剤の調合具合を見るテストだったが、勿論ソフィアの出来は最悪であり、点数は間違いなく最低点だっただろう。

 

 

「ミス・プリンス。3点の減点と補習だ、この後残りたまえ」

「…はい、先生」

 

 

魔法薬学が苦手なソフィアは度々補習を受ける羽目になった。学期末だというのに、ついていない。とソフィアはため息をこぼし、終業ベルが鳴りすぐに教室から出て行く同級生達を見送った。

セブルスの魔法薬学の授業は生徒からの人気は無い。間違いなく理由はスリザリン寮を贔屓し、グリフィンドール寮を冷遇するからだろう。そんなセブルスがいる所には1秒たりとも居たくないのだ。

 

 

少しバツの悪そうな表情で俯くソフィアをちらりと見たハリーは、今がチャンスかもしれない、と思った。

補習の内容はわからないが、そこまで長いものではないだろう。教室の外で待っていれば2人きりになれる。それなら、誘えるかも──。

そう思ったハリーは、階段を登り大広間に続くホールのところでロンとハーマイオニーに「夕食の時に会おう」と告げた。

ハーマイオニーはハリーが何をするのかわかったため、真面目な顔で頷き「幸運を」とジェスチャーをして、不思議そうな顔をするロンの腕を引っ張り大広間に向かった。

 

ハリーは地下室から階段を上がりきった場所で、ソワソワとソフィアが上がってくるのを待っていた。

いつだろう、30分、はかかるのだろうか。どんな補習なんだろう──。気がつけば緊張からドキドキと心臓が高鳴り、ハリーは何度もごくりと生唾を飲んだ。

 

 

 

 

 

一方ソフィアは、誰もいなくなった魔法薬学の教室でセブルスが杖を振り扉の鍵を魔法で閉めたのを見て──これがただの補習では無いのだと気がついた。

 

部屋の奥にある教卓の後ろに立つセブルスは、ソフィアを見る事なく、授業で使った材料の余りを片付けていた。

 

 

「…先生?」

「……ソフィア、もう…誘われたのか?」

 

 

セブルスは低く、蚊の鳴くような小さな声でソフィアに聞いた。

名前を呼ばれているという事は、父親として会話をしたいのだ。ソフィアはすぐに駆け寄ると、机の上を見つめるセブルスの顔を下から覗き込み、ニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

 

「あら、父様…気になるの?」

「…、…誘われたのか」

「誰に?」

「………ポッターだ」

「父様はハリー大嫌いだものね」

 

 

セブルスの顔はその名前を言うのも嫌だと言うほど苦痛で歪み、眉間の皺は今まで見た事が無いほど深い。顔色もいつもより悪く見える。

それほど、自分がハリーと踊る事が耐えられないのか。とソフィアはセブルスの心の奥底に残る怨恨の根が深いのだと気付いたが、ただ小さくため息をつくだけだ。

何を言ってもセブルスはハリーを嫌い恨む事を辞めないだろう。その気持ちも、理解できなくはない。ただ──妻と息子が死んだ事で、罪のない息子にまで憎しみを抱くのはどうかと思うが。

 

セブルスがこの世で最も恨んでいるジェームズとシリウスであり。

片方は死に、片方はどこにいるのかわからない。きっとジェームズとそっくりのハリーが普通に生きている事が──耐えられないのだろう。

 

 

「ハリーには、誘われてないわ。…他の男の子4人くらいには、誘われたけど」

「何?…そうなのか」

 

 

セブルスは2つの意味でつぶやく。

本当に誘われていないのか、という安堵と、4人に誘われたのかという驚愕。

 

見るからに安堵感が強いセブルスの緩んだ表情を見て、ソフィアはなんだか面白くなくてぷくりと頬を膨らませ、机の上にある魔法薬の材料であるドライフラワーを手に取りくるくると回した。

 

 

「誰に、誘われたんだ」

「…教えてもいいけど、クリスマス休暇明けに…彼らを厳しい目でみたりしないかしら」

「…そんな事は、しない」

 

 

ソフィアは疑い深い目でじとりとセブルスを見据えながら手の中にあるドライフラワーをくるくると回し続けた。──乾燥しきった花弁がはらり、と机の上に落ちる。

 

 

「ジョージと、ネビルと、アルファルドと、ニークよ」

「……あいつらか」

 

 

セブルスはソフィアが告げた名前の生徒を絶対忘れてはならぬと心に刻んだ。

愛娘につくかもしれない悪い虫は早めに処理しなければならない。

四年生になってからソフィアは少し化粧をし、振る舞いも少々──まだ御転婆なところはあるとは言え──女性らしく、大人っぽくなってきている。

 

ソフィアもルイスも──セブルスの子どもとは思えないほどに──人から嫌われる事なく、沢山の笑顔に囲まれている。

きっと影でソフィアを想っている男子は居るだろうとセブルスは考えてはいたが、どの4人もセブルスにとって許容出来る男では無かった。

 

いや、そもそもセブルスが認める男など、このホグワーツには存在しないのかもしれない。

 

 

「でも、みんな私がルイスと踊るって言ったら諦めたわ」

「…そうか。…ルイスの事は、聞いたのだろう?」

「ヴェロニカの事よね?ええ!勿論聞いてるわ!」

 

 

ソフィアは片割れの恋が実った事が純粋に嬉しく──勿論、少々寂しくもあったが──にっこりと笑うと優しいヴェロニカと、誰よりも大切なルイスが今後幸せに過ごせればいい、そう心から思った。

 

 

「父様。私──今は恋とか、愛とかまだよくわからないの。だから…そんな、心配しないでいいわよ?」

 

 

ソフィアはドライフラワーに向かって杖を振り、綺麗な白いアリッサムに変えるとセブルスに差し出した。

 

 

「でも、私はいつか…父様みたいにずっと愛する事が出来る──大切な人を見つけるわ」

「……ああ…そうだな。…楽しみだ」

 

 

セブルスはそっとその花を受け取ると、僅かに微笑む。

ソフィアがにっこりと笑い「補習はもう終わりですか?スネイプ先生?」と悪戯っぽく言えば、セブルスは頷き、優しくソフィアの頭を撫でた。

 

 

ぱたぱたと教室から出て行くソフィアを見送ったセブルスは、受け取った白いアリッサムに視線を落とす。

 

 

「…子どもたちの成長を、私は…喜ぶべきなのかな。…アリッサ…」

 

 

ソフィアとルイスの世界は、もはや小さく狭いものではない。

そこにあるただ少しのものだけを愛し慈しむ2人ではない。

沢山の事を経験し、心身共に成長した2人は──いわば、親の加護から片足をもう踏み出しているのだろう。

いつの間にか、恋をして、大切な人を作る。そして、新しい家族を作り上げていくのだろう。

 

 

セブルスは2人の──特に、ルイスの──成長が嬉しくもあったが、ソフィアと同様少し寂しさも感じていた。

 

 

 

 

 

ソフィアは地下室の寒い階段を上がり、夕食を食べに大広間へと行こうとしたが、階段を上がり切ったところで近くの廊下にハリーが立ち、壁に背中を預け待っている事に気が付いた。

 

 

「ハリー!どうしたの?」

「ソフィアを待ってたんだ」

 

 

ハリーは辺りを見渡し近くに誰もいない事を密かに確認する。

この先にあるのは魔法薬学関係の教室だけであり、わざわざその前の廊下を訪れる者はいない。

 

 

──やっと2人きりになれた。願ってもないチャンスだ。

 

 

頬が熱く、熱を持つのを感じる、それに、なんだか、喉が酷く乾く。

ハリーは一度深呼吸し、収まりかけていた胸の高鳴りが再度激しさを増すのを感じながら、一息に言い切った。

 

 

「ソフィア、僕とダンスパーティに行かない?」

 

 

ソフィアは目を見開き驚くと、少し沈黙した後困ったように笑った。

 

 

「私、ルイスと行く約束をしてるの。…この前言わなかったかしら?」

「でも、ルイスはヴェロニカとも踊るんでしょ?じゃあ…その間だけでも、ダメかな?」

 

 

ハリーは何としてでもソフィアと踊りたかった。ソフィア以外は考えられなかったし、他の誰かを誘うつもりもなかった。

 

 

「…いいけど、私…ダンス踊った事ないから…下手かも知れないわよ」

「本当!?ありがとう!大丈夫、僕も踊った事ないから!」

 

 

ハリーは体が空に浮かんでいるのではないかと思うほど、ふわふわとした温かい気持ちで包まれた。ソフィアと踊れる!これ以上ない幸福感に、ハリーは自然と頬が緩みにっこりと笑う。

 

ソフィアは今でも、ハリーが何故自分を誘ったのかはっきりとは分からなかったが──それが親愛だとしても、男女の愛情だとしても、何も言わないのなら、私も何も聞かないでおこうと考え、ただ同じように笑った。

 

 

ハリーに誘われて、嬉しいのは、確かだった。

だがソフィアにとってハリーはまだ少し気になる友達でしかなく、それ以上の感情はない。

ハリーが自分を誘うまでにかなり日数が経っていた。もしかしたら、誘いたい人は他にいて──その人のパートナーは既に決まっていて、だから私に声をかけたのかもしれない。

 

 

ヴェロニカに言われた『隣に立ちたい』という相手がハリーなのか──ソフィアにはまだはっきりとはわからなかった。

 

 

「僕、代表選手だから…初めに踊らないといけないんだ。ソフィア、踊ってくれる…?」

「えっ…責任重大ね…練習、頑張りましょう!」

「うん!」

 

 

ハリーは初めに踊るという何とも気まずい行動を、もしかしたらソフィアは嫌がり踊ってくれないかもしれないと思ったが、それは杞憂に終わった。

ソフィアは真剣な顔で「多分、ワルツだとは思うけど…」と呟き、その横顔を見ながらハリーは四年生以上の全生徒の前でソフィアと踊れる。──その事を考えると初めに踊る事も、何だか悪くない気がしてきたから不思議だった。

 

 

 

 



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207 たくさんの考え!

 

 

ソフィアとハリーは一度大広間へと向かったが、まだ夕食の時間には些か早いようで机の上に料理は並んでいなかった。

ロンとハーマイオニーもいないことから、一度グリフィンドールの談話室へ戻ろうか、という事になり、2人はグリフィンドール寮へ向かう。

太ったレディに合言葉を告げ談話室に入れば、ロンが隅で膝を抱え蒼白な顔をして座り込んでいるのが見え、ハリーとソフィアは驚いてロンに駆け寄る。

近くにハーマイオニーの姿は見えず、ジニーが低い声で慰めるように話しかけ、その丸まった背中を撫でていた。

 

 

「ロン、どうした?」

 

 

ハリーに声をかけられたロンは恐怖が滲む顔でハリーとソフィアを見上げ、呆然と呟く。

 

 

「僕、どうしてあんなことやっちゃったんだろう。どうしてあんな事をする気になったのか、わからないんだ!」

「何をしたの?」

 

 

ソフィアは優しく聞いたが、ロンは視線を彷徨かせて口籠る、それを見たジニーが代わりに「ロンは、あのフラー・デラクールにダンスパーティに行こうって誘ったのよ」と、その滑稽さで笑ってしまいそうになるのを必死に抑えていたが、口先は僅かに緩んでいた。

 

あの、美しいフラー・デラクールをダンスパーティに誘った。

その言葉はなかなか衝撃的であり、ついハリーは「何だって?」と驚き聞き返す。

 

 

「どうしてあんな事をしたのかわからないよ!一体、僕、何を考えていたんだろう…沢山人がいて──みんな周りにいて、僕、どうかしてたんだ!…僕、玄関ホールでフラーとすれ違ったんだ、フラーはディゴリーと話してた…そしたら、急に僕、取り憑かれたようになって──あの子に申し込んでたんだ!」

 

 

ロンは呻めき、両手に顔を埋めた。

自分の行動が自分自身で信じられないのか、絶句したまま低い声でロンは喋り続ける。

 

 

「フラーは僕のこと、ナマコか何かを見るような目で見てた──答えもしなかったんだ。そしたら、僕、なんだか正気に戻って…」

「あの子にはヴィーラの血が入ってるんだ。君の言った事が当たってた、おばあさんがヴィーラだったんだ。杖調べをしたときにフラーが自分で言ってた」

「そうだったの…」

 

 

ハリーは代表選手が必ず受けなければならない杖調べをしたとき、フラーがおばあさんのヴィーラの毛を芯にした杖を使っていると言っていた事を思い出して懸命に慰めた。

ソフィアは初めてフラーがヴィーラの血を引いていると知ったが、確かにあの美しさは人間離れしている程だと納得する。

 

 

「きっと、フラーがディゴリーに魅力を振り撒いているときに、君が通りかかったんだ。それで…その魅力に当たっちゃったんだよ」

「…まぁ…ロン、それなら仕方がないわ。きっとロン以外にも申し込んだ人はいるわよ、気にしない方がいいわ」

「うう…でも、たくさんの人に…。…ああ…最悪だ…」

 

 

ロンは頭を掻きむしり、さらに小さく縮こまってしまう。ハリーとソフィアとジニーは顔を見合わせ、これはかなり重症だ──フラーのことから話題を変えなければ、と同じ事を思った。

 

 

「まぁ、ほら、他の人を誘いましょう?」

「うん…でも、他にまだ誘われてない子っているかな…相手が居ないのは僕たちだけだったりして──まぁ、ネビルは別として。あ!ネビルが誰に申し込んだと思う?ハーマイオニーだ!」

「ええっ!?」

 

 

ハリーは「僕はもうパートナーが決まったよ」と言おうとしたが、それよりもネビルがハーマイオニーを誘ったという衝撃のニュースに気を取られてしまい、大声で叫んだ。

ソフィアはそんな驚かなくても、ハーマイオニーは誰よりも素敵だし、誘われるのは当然だわ──と思ったが、ロンの蒼白だった顔色が少し戻り、楽しげな笑顔が浮かんでいたのを見て口を閉ざした。

 

 

「そうなんだよ!魔法薬学の後、ハーマイオニーは図書館に行っちゃって。…その後ネビルが話してくれたんだ!あの人はいつもとっても優しくて、僕の宿題とか手伝ってくれて…って言うんだよ──でも、ハーマイオニーはもう誰かと行く事になってるからってネビルを断ったんだって!へん!まさか!?ネビルと行きたくなかっただけなんだ!…だって、誰があいつと行くんだ?」

「笑うのはやめてよロン!」

「…ロン、ネビルを悪く言うのもやめなさい。ハーマイオニーは素敵な女の子だもの、その魅力に気がつく人は多いわ」

 

 

くすくすと笑うロンに、ジニーが当惑したように叫び、ソフィアも静かな声でぴしゃりと言い切った。

ハーマイオニーが魅力的な女の子?──と、ロンは怪訝な顔をしていると背後でパタンと肖像画が開く音が響く。

 

 

「あら、こんな所にいたの?みんなどうして大広間に来なかったのよ」

 

 

噂をすればなんとやら。丁度その時、ハーマイオニーが肖像画の穴を這い登り、不思議そうな顔をしてロンの隣にすとんと座った。

 

 

「どうしてって…ロンがダンスパーティに女の子を誘って断られたばかりだからよ!」

「…説明ありがとうジニー」

 

 

ロンは、授業でいつも失敗ばかりのネビルを少し下に見ている。そんなネビルの面白おかしい話をしていて少し調子が戻ってきていたが、ジニーにフラーの事を暗に告げられ、ムッとしたように口を尖らせた。

ハーマイオニーは呆れながら首を振り、つん、と顎を上げる。

 

 

「可愛い子はみんな予約済みってわけ?ロン?──ま、きっとどこかには、お二人を受け入れてくれる誰かさんがいるでしょうよ」

 

 

ハーマイオニーの言葉は刺々しいものだったが、ロンはまじまじとハーマイオニーを見つめながらソフィアの言葉を思い出し、囁くように呟いた。

 

 

「ハーマイオニー、ネビルの言うとおりだ。君は──れっきとした女の子だ…」

「まぁ、よくお気付きになりましたこと」

 

 

ハーマイオニーは辛辣に言うが、ロンはどこか興奮したように目を輝かせ、ぐっとハーマイオニーに向かって身を乗り出す。

 

 

「そうだ!君が僕たち2人のどちらかといけばいい!」

「お生憎様」

「ねえ、そんな事言わないでくれよ。僕たち、相手が必要なんだ…他には皆いるのに、僕たちだけいなかったら…本当に間抜けじゃないか…」

「私、一緒には行けないわ。だって、もう他の人と一緒に行く事になってるんだもの」

 

 

ロンの必死な願いも虚しく、ハーマイオニーは頬を赤らめながら言ったが、ロンは信じられなかったのか──認めたくないのか、勢いよく立ち上がり「そんなわけない!」と叫ぶ。

 

 

「それは、ネビルを追い払うために言ったんだろ!?」

「あら、そうかしら?あなたは、3年もかかってやっとお気付きになられたようですけどね、ロン、だからといって、他の誰も私が女の子だって気付かなかったわけじゃないわ!」

 

 

ロンは暫くじっとハーマイオニーを見下ろしていたが──にやりと笑い、降参だと言うように手を挙げて揶揄うように、軽い口調で喋り出した。

 

 

「オーケー、オーケー。僕たち、君が女の子だって認める。これで良いかい?さあ、僕たちと行くかい?」

「だから言ったでしょ!他の人と行くんです!」

 

 

今度は怒りから顔を赤くしたハーマイオニーが叫ぶように言い、その勢いのまま立ち上がり再び肖像画の元へ走り、寮を出て行ってしまった。

 

 

「あいつ、嘘ついてる」

 

 

ロンがハーマイオニーの後ろ姿を見ながらキッパリと言ったが、今までロンとハーマイオニーの様子を見守っていたソフィアが重いため息を吐き、ロンをじろりと睨んだ。

 

 

「嘘じゃないわ。誘われたときに私もそばに居たから」

「…じゃ、誰と?」

「言わないわ。ハーマイオニーと内緒にするって約束だし…」

 

 

ロンは口を強く結んだままどすんと座ると、少し苛つきながら足をゆする。

その表情が現しているものは困惑と、焦燥感だろうか。

ロンはハーマイオニーは女の子だと、今まで意識していなかった。紛れもない友人であり、ハリーと同じような──いや、少しは違うが──大切な友達だった。

そのハーマイオニーの、確かな女の子としての姿を初めて知ったロンは、何故こうも自分がイラつくのかわからなかった。

 

 

「こんな事やってられないぜ!ジニー、お前がハリーと行けばいい。僕は──」

「私、だめなの。…私…ネビルと行くの。ネビル、ハーマイオニーに断られた後…私を誘ったの。私…だって、誘われないとダンスパーティに行けないと思って…」

 

 

ジニーは顔を赤くし、心の底から残念そうに呟く。ちらりとハリーを見たが、ハリーはその視線の意味に気が付かずにロンを見た。

 

 

「僕もジニーとは行けないよ。だってソフィアと行くから」

「え?ソフィアと?でも、ソフィアってルイスと──」

「…ソフィア、本当?ハリーと行くの?」

 

 

ロンはハリーの言葉を聞いて、確かソフィアはルイスと踊ると言っていなかったかと首を傾げたが、ジニーは急に真顔になりソフィアを見つめ、硬い言葉でソフィアに問う。

 

ソフィアは硬い石か何かを飲み込んだかのように言葉に詰まった──ジニーの気持ちを知っているからだ──が、直ぐに頷いた。

 

 

「そうなの。…さっき、誘ってくれて」

「…そう。…私、夕食に行くわ」

 

 

ジニーはぐっと拳を握って何か言いたげな──一瞬、傷ついたような目でソフィアを見たが、すぐに視線を逸らし立ち上がると、項垂れたまま肖像画の穴の方に歩いて行った。

 

ソフィアは、腰を浮かし手を伸ばしたが──なんと声をかければいいのか分からず、その手はジニーの腕を掴むことは無かった。

 

 

「ハリーはソフィアと…。…どうしよう、残るは僕だけだ」

 

 

ロンは自分1人だけまだパートナーがいない事に呆然と呟く。

ハリーとソフィアは顔を見合わせ、どうしたものかと頭をひねる。

丁度ジニーと入れ替わりでパーバディとラベンダーが肖像画の穴をくぐり談話室に現れたのを見たハリーは、ロンの腕を肘で小突いた。

 

 

「何だよ…」

「ほら、パーバディかラベンダーを誘ってみたら?」

「…あー……よし。これで無理なら僕は諦める」

 

 

ロンはちらりとパーバディとラベンダーを見ると、ぐっと表情を引き締め立ち上がった。

パーバディにぎこちなく声をかけ、彼女たちのくすくす笑いが大きくなっていくのを見ながら、ハリーとソフィアは影から「頑張って」と無言で応援する。

 

少しの間ロンとパーバディとラベンダーは喋っていたが──一際大きくラベンダーとパーバディがくすくすと笑い、ロンから離れ、途中で振り返り手を振りながら女子寮の階段を駆け上がる。

 

ロンは達成感のある表情を浮かべながらハリーとソフィアの元に戻り、大きく息を吐いた。

 

 

「…パーバディと行く事になった」

「良かったね!」

「おめでとう、ロン。ちゃんとエスコートするのよ?」

 

 

ロンは「そうだね」と答えたが、ダンスパーティの相手がようやく決まったというのに、心ここに在らず、というようなぼんやりとした返事だった。

 

 

「私、ハーマイオニーを探してくる」

 

 

ソフィアは立ち上がりハリーとロンにそれだけを言うと、すぐに肖像画へと向かった。

 

 

 

大広間のグリフィンドール生が多く座る長机の後方にハーマイオニーとジニーが2人並んで座っていた。

ソフィアはすぐに空いている2人の前の席に座り、目の前にある大きな鍋からビーフシチューを掬い皿の中に入れた。

 

 

「ハーマイオニー。…後少し早ければ良かったわね」

「……何のことだかわからないわ」

 

 

ハーマイオニーはマッシュポテトを食べながらフンと鼻を鳴らす。

後数日、ロンがハーマイオニーは女の子だと気付き誘う事が出来ていれば、ハーマイオニーはきっとロンとダンスパーティに行っただろう。

 

不機嫌な表情を隠すことのないハーマイオニーに、ソフィアは肩をすくめてビーフシチューをスプーンで掬い食べた。

ふと、ジニーからの視線に気がつき──ソフィアはハッとしてスプーンを置くと、真剣な顔をしてジニーと向き合った。

 

 

「ジニー…あの…」

 

 

しかし、何と言えばいいのだろうか。

ハリーと踊る事になってごめんなさい?ジニーの気持ちを知っていて、こんな事になってごめんなさい、と謝るべきなのだろうか?

だが、その言葉は──ジニーの尊厳を傷付けるだけではないかと、ソフィアは思い沈黙する。

 

ジニーは困った顔をするソフィアを見ていたが、長いため息を吐くと視線を外し皿の上にあるベーコンをフォークで突いた。

 

 

「…ソフィアは…ハリーと行くのね」

「…ええ…ルイスとも踊るけど、それでもいいって…誘われたから…」

「……そう。…ねぇ、ソフィア。……好きなの?」

 

 

ジニーは周りに聞こえないよう、小声で問いかけた。誰を、とは言わないがその隠された人物をすぐに読み取ったソフィアは──困った顔をして少し笑った。

 

 

「好きよ。──けれど、友達としてね」

「…はぁー…。私も、ソフィアのこと、大好きだもん…あの人のことも、勿論好きだけど……ああ、ソフィア、私のことは気にせずダンスパーティを楽しんでね!」

 

 

ジニーは大きなため息をついた後、すぐに──少しわざとらしく──明るく言った。

痩せ我慢させているに違いない、とソフィアは苦しげに眉を寄せ「ジニー…」と呟くが、ジニーはそんな顔をさせたいわけではない。

 

ジニーにとって、ハリーは異性として好きだ。一目惚れ、だった。

だが、ソフィアの事は姉のように愛している。優しい人であり、大切な人に変わりはない。そんな大切なソフィアの、困った悲しげな顔は見たく無かった。

 

 

──でも、ハリーがソフィアを誘ったって事は…ルイスと踊ると聞いても、諦めずに誘ったって事は……。

 

 

しかし、ジニーはどうしても──胸がチクチクと痛んだ。

それも仕方がないだろう。ジニーはハリーと出会ってから今まで、秘めた恋心を抱いていた。それが叶わないのかもしれない、と思う痛みは強く…それに、ハリー(想い人)の相手はもう1人のかけがえのない大切なソフィアである。

 

まだ3年生のジニーには、すぐには受け入れられない程、複雑な気持ちが胸を渦巻いていた。悲しい、心が痛い、ただ、大切な人たちには幸せになって欲しい──その気持ちは、ソフィアがジニーに対して抱いている感情とよく似ていた。

 

 

「私、本当にソフィアの事が好きなの!お姉ちゃんならいいなって、ずっと思ってるもの。…私は、大切な人が幸せなら…嬉しいわ」

「…私も、ジニーが幸せなら嬉しいの。……ああ、私──私、やっぱり一緒に踊るなんて、言わない方が…」

「ソフィア、それは言わないで。…虚しくなるだけだわ」

 

 

ジニーは表情を硬らせ、低い声で呟く。

その僅かに滲んだ怒りに、ソフィアは口を閉ざし、困惑しながらも頷いた。

 

 

──ハリーが好き、その気持ちに嘘はない。ソフィアが好き、それも本当だわ。…けれど、だからこそ、情けをかけられたくなんてない。

 

 

ジニーは表情を緩め、フッと笑うと立ち上がり「ダンスパーティ、楽しみね!とびっきりおめかしするんだから!」と明るく言うと、言葉を探して何も言えないソフィアに手を振り、すぐに大広間から出て行ってしまった。

 

 

「…ああ…ジニー…」

「ソフィア、仕方がないわよ」

 

 

がっくりと項垂れ、他に何かかける言葉があったのではないか、やはり間違った選択をしたのではないか──と後悔をしているソフィアの頭を、ハーマイオニーは手を伸ばしぽんぽんと撫でた。

 

 

「ソフィアが断っていても、あの人があなたを誘ったのだとジニーが知ったら…結局、ジニーは同じ気持ちになったわ」

「…そんな…。…そうかしら…」

「ええ、だから、ジニーの言うように…ダンスパーティを楽しめばいいのよ。一緒に踊ったからといって、付き合うわけでもないでしょう?」

「…そうね…」

「そうよ!当日はおしゃれして、お化粧もいつもよりして…ああ!髪も綺麗に結いましょうね?ジニーも誘えばきっと喜ぶわ!ソフィアの髪を結ってみたいって言ってたもの!」

 

 

そうだ、確かにダンスパーティに誘われたからといって、付き合うわけではない。

ジニーはネビルと参加すると言っていたし、一緒に化粧をし、髪を結って身を飾るのも、楽しいだろう。

 

ハーマイオニーの励ましに、ソフィアは少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 



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208 いつもと違うクリスマス休暇!

 

 

 

クリスマス休暇が始まった。

低学年の生徒も、今年のクリスマスパーティはかなり規模が大きく豪華らしいと聞き、家に戻らず残る選択をした者が多かった。

そのため、ホグワーツのどの寮も通常通り寮生で溢れかえっていた。いつもよりも騒がしいのは、クリスマスの期待に胸を膨らませる若き男女がおしとやかにその日を待つことなど出来ないのだから──仕方がないだろう。

 

その中でも祭ごとや馬鹿騒ぎが大好きな生徒が多いグリフィンドール寮は、いつも以上の賑わいを見せていた。

フレッドとジョージが発明したカナリア・クリームはたくさんの生徒に買われ大盛況であり、休暇中が始まって2.3日は突然でカナリアに変身する者が増えた。

 

 

休暇中はホグワーツのハウスエルフもかなり力を込め料理を作っているのか、毎回の食事も特別なものになり温かくこってりとしたシチューやピリッと刺激的なプディングが並んだ。少々胃に溜まる料理ばかりだったが、猛烈な雪が降るこの寒さの中ではどれも有難かった。ただ、フラー・デラクールは自身の美しい体を保つために普段から食事に気を使っている為、不機嫌だったが。

 

 

「ホグワーツの食べ物は、重すぎます!私、パーティローブが着られなくなります!」

 

 

ある晩、いつものように豪華な夕食を食べ終わり大広間を出るとき、フラーとその友人達が不満げな表情でぶつぶつ言うのがソフィア達の耳に届いた。

 

 

「あーらそれは悲劇的ですこと!」

 

 

フラーの事をよく思っていないハーマイオニーは、その言葉を聞いて嫌そうに顔を歪め吐き捨てる。

 

ハーマイオニーは、ただフラーが高飛車だからそう思っているのではなく、ロンがフラーの事を可愛い可愛いと言い魅了されているからだ──当然、嫉妬し面白くないのも仕方がないだろう。

その事でフラーに対しキツイ目で見てしまうのはきっと、彼女の普段は隠している子どもっぽさの現れだろう。

 

 

「あの子、まったく何様だと思っているのかしら」

「ほら、美しさを保つためには食事にも気をつけないといけないって…この前ラベンダーから借りた本で書いてあったわ、きっと努力してるのよ」

「ハーマイオニー、君、誰とパーティに行くんだい?」

 

 

ハーマイオニーとソフィアがフラーの事で話してる中、ロンが脈絡無くハーマイオニーに問いかける。ロンはハーマイオニーが予期せぬ時に聞けばうっかりとそのパートナーの名前を言うのではないかと思い、こうして何度も出し抜けにこの質問を繰り返していた。

 

 

「教えないわ。どうせあなた、私をからかうだけだもの」

「冗談だろウィーズリー」

 

 

ハーマイオニーは繰り返される質問にぷいっとそっぽを向いたその背後から、ドラコの驚愕とせせら嗤いが聞こえた。

ソフィア達がパッと振りかえれば、後ろにはいつもの嘲笑を浮かべたドラコと、そんなドラコを冷ややかな目で見るルイスが居た。

 

 

「誰が、こんな奴をダンスパーティに誘った?出っ歯の──」

 

 

ドラコはソフィアの冷たい眼差しを見て一度言葉を止めた。

脳裏にルイスと先日交わした会話と、ソフィアの魔法により衣服──下着までも──が全て蛇に変えられてしまった事を思い出したのだ。

 

 

「こんばんはムーディ先生!」

 

 

ドラコの一瞬の沈黙を見逃さず、ハーマイオニーは笑顔でドラコの背後に向かって大声をかけ手を振る。

白いケナガイタチに変えられた事はドラコにとって耐え難い苦しみと痛みであり真っ青になって飛び退くと、キョロキョロと辺りを見渡しムーディを探した。

 

 

「小さなイタチがビクビクしてるわね、マルフォイ?」

 

 

だが、ムーディはまだ大広間で食事を取っていてここには居ない。

ドラコがからかわれた、と理解するより早くハーマイオニーが痛烈に言い放ち、顔を屈辱で真っ赤に染めたドラコを見てハリーとロンと共に笑いながら大理石の階段を駆け上がった。

 

ソフィアは笑う事はなかったが、その場に留まることもせず、ハリー達の後を追いかける。

その場に立ちすくみ拳を震わせるドラコを、一度ちらりと振り返って見たが──何も言わなかった。

 

 

ソフィアの胸に、なんとも言えないちくりとした小さな痛みが現れる。

ドラコは友人だ。それもホグワーツに来る前からの付き合いである。

だが、ここに来て長い時を共に生活をするようになり、彼の強い差別思想に──失望していた。

穢れた血だと、その耐え難い言葉を聞くたびに胸が張り裂けそうになる程痛み、苦しい。

何故なら──ソフィアとルイスの母親も、彼の言う穢れた血であるからだ。

 

 

──ドラコは、私たちの母様の事を知らないから言えるとしても…ルイスはその事に気付いているはずなのに、何故…ドラコの言葉を本気で止めないのかしら。

 

 

ソフィアは悲しげに目を揺らしながら、とぼとぼとハリー達の後ろを歩く。

 

 

 

大広間前の玄関ホールでソフィアが去っていくのを見つめていたドラコは苛々と舌打ちをこぼす。

 

 

「…ソフィアを誘うために声をかけたんじゃなかったの?」

「…、……」

 

 

不器用であり、さらに考え無しのまま暴言を吐いてしまうドラコに、ルイスは呆れながら言うが、ドラコは何も答えない。

大広間から出てきたパンジーを見たドラコは、特に感情の籠らない声でパンジーに話しかけた。

 

 

「パンジー、僕とダンスパーティに行け」

「え?──ええ!勿論よ!嬉しいわ!誘われるのを、待ってたの!」

 

 

パンジーはぱっと頬を赤らめ嬉しそうに飛び跳ねる。すぐにドラコの腕に甘えるように抱きついたが、ドラコは鬱陶しそうに見ながらも振り払う事は無かった。

 

 

「……はぁ…馬鹿だねぇ」

「…うるさい」

 

 

ルイスは小さく呟き、ドラコは苦い表情で答えた。

 

 

 

ーーー

 

 

大理石の階段を上がり、グリフィンドール塔に向かう廊下を進みながらロンは横目でハーマイオニーを見る。ふと、その横顔に何か違和感を覚えた。

 

 

「あれ、ハーマイオニー、君の歯…」

「歯がどうかした?」

 

 

ドラコに出っ歯だと言われていたハーマイオニーだったが、何かがおかしいとロンはジロジロとハーマイオニーの口元を見て首を傾げる。

 

 

「うーん、何だか違うぞ…たった今気づいたけど…」

「あれ?本当だ」

「今気がついたの?私はその日に気がついたのに…」

 

 

ロンとハリーは首を傾げながらハーマイオニーの歯を見た。ソフィアは2人が気付いていたが、黙っていたのではなく…本当に今まで気が付かなかったのかと──少々、呆れた。

 

 

「勿論違うわ。マルフォイの奴がくれた牙を、私がそのままぶら下げてると思う?」

「ううん、そうじゃなくて、あいつが呪いをかける前の歯となんだか違う…つまり、真っ直ぐになって、普通の大きさだ…」

 

 

 

ハーマイオニーは足を止め、くるりとハリーとロンを振り返り悪戯っぽくにっこりと笑う。その前歯は過去のように出っ歯でも、前に少し出ても居ない。

美しく口の中に収められ──どう見ても白く綺麗な普通の歯だ。

 

 

「マダム・ポンフリーのところに歯を縮めてもらいに行った時に、ポンフリー先生が鏡を持って、元の大きさまで戻ったらストップと言いなさい、とおっしゃったの。だから私…少し、余分にやらせてあげたのよ」

 

 

ハーマイオニーは歯を見せるようにニッとさらに大きく笑った。

 

 

「パパやママはあんまり喜ばないでしょうね。もう随分前から、私が自分で短くするって2人を説得していたんだけど、2人とも私に歯列矯正のブレースを続けさせたがっていたの。…ほら、2人とも歯医者じゃない?」

 

 

ハーマイオニーは肩をすくめながら笑った。

 

両親はマグルであるがハーマイオニーは魔女である。最も効果的であり簡単に歯を縮める事が出来るのであれば、そうしたかった。

今まで歯を縮めなかったのは、歯医者である親が魔法を使い歯を縮める事を嫌がっていたからだ、だが…たまたま魔法で歯を短くする機会が訪れたのだ。そのチャンスを逃す彼女ではない。ハーマイオニーは、歯医者の娘であるが──魔女だ。

 

 

「あっ、あそこにいるの…ピッグウィジョンじゃないかしら?」

 

 

ソフィアは氷柱の下がった階段の手すりの頂上に、ピッグウィジョンが歌うように囀っているのを指差した。

脚に丸められた羊皮紙がくくりつけられているピッグウィジョンは、ホーホーと行き交う生達一人ひとりに話しかけ、そばを通り過ぎた生徒はそんなピッグウィジョンを指差し、口々に「可愛い!」と笑った。

 

 

すぐにピッグウィジョンを捕まえたロンは、受取人のところまでまっすぐ戻ってこないピッグウィジョンに腹を立て文句を言いながら脚の手紙を解き、ハリーに渡した。

 

 

「ハリー、はい。──受け取って」

 

 

この人の多いところでは見るわけにはいかないと、ハリーは手紙をポケットにしまい込む。それからハリー達は手紙を読むために急いでグリフィンドール塔に戻った。

 

 

 

談話室にいる生徒は迫り来るクリスマスパーティに浮かれ、いつ談話室の中に入ってもお祭り騒ぎで賑やかだった。

この賑やかさなら、他の人が何しているかなど気にしないだろう。

 

ソフィア達はみんなから離れて窓のそばに座り、ハリーが注意深く辺りを見渡しながらそっと開く。ソフィアとハーマイオニーとロンは顔を突き合わせながら覗き見た。

 

 

シリウスからの手紙には、うまくドラゴンを出し抜く事ができて安心した事、それと結膜炎の呪いはいいアイディアではなく申し訳なかった事、最後には油断せずよう過ごすように、と切々と書かれていた。

 

 

「ムーディにそっくりだ、油断大敵!だなんて…僕が目を瞑ったまま歩いてるとでも思ってるのかな?」

 

 

ハリーは返事が来た事が嬉しかったが──無事に、隠れ暮らす事ができているのだろう──一方でかなり心配している言葉が並び、拗ねたようにぶつぶつと呟いた。

 

 

「まぁ油断は禁物だわ。第二の課題が何なのか…また考えないといけないわね」

「そうよ!あの卵がどう言う意味なのか調べないと!」

「ハーマイオニー、ソフィア、まだずーっと先じゃないか!──チェスをしようか、ハリー?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの言葉をぴしゃりとロンが拒絶し、ハリーをチェスに誘う。

確かに、まだ二ヶ月程度はあるが…それでも、早めに始めるに越した事はない。代表選手達はみんなこの卵を持っているのだ。中の耳をつんざくような不快な音の意味を理解しただけではヒントにならない可能性だってある。

前回の第一の課題のように時間に追われ、ギリギリまでかかるなんて──ハーマイオニーは懲り懲りだった。

 

 

「うん、オッケー。…ほら、こんな騒音の中じゃ集中できないだろう?」

「…それもそうね」

「まぁ、確かに…」

 

 

ハリーは顎で爆竹のような音を鳴らし花火を上げる生徒を顎で指した。

それを見たソフィアとハーマイオニーは、確かに…クリスマスが終わるまではこの騒ぎが収まる事は無さそうだと肩をすくめた。

 

 

 



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209 女性の準備!

 

 

 

クリスマスパーティの日がやってきた。

ソフィアは5時を過ぎた頃、自室に戻りパーティの準備に取り掛かる。

パーティ開始は8時であり、準備に3時間もかかるのかとロンやハリーは驚いたが──ソフィアも、これ程早く支度をしなければならないのかと首を傾げて居たが──ハーマイオニーは何も答えず笑うだけだった。

 

 

自室には既にパーバディとラベンダーが居て、自分のベッドに鮮やかなドレスを広げ、机の上に沢山の化粧品や装飾品を並べていた。

 

 

「さて、とりあえず一度お化粧を落としましょう」

「え?このままじゃダメなの?」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィアは驚き首を傾げる。ソフィアは四年生になってからうっすらと化粧をするようになっていたため、今日もこのまま服を着替え髪型を整えてパーティに参加しようと思っていたのだ。

だがハーマイオニーは真剣な顔で「駄目よ」と断言し、パーバディやラベンダーもくすくすと笑い「特別な日には、特別なメイクをするものよ?」と告げる。

 

ソフィアはパーバディとラベンダーもいつもしている化粧を一度落とし、素顔を見せている事に気が付き、確かに今から化粧を──それも特別らしい──始めるのなら時間が必要だろう。と、納得していると、ハーマイオニーがソフィアに向かってさっと杖を振った。

 

 

「スコージファイ──さ、これでさっぱりしたわね」

「あ、ありがとうハーマイオニー」

 

 

ソフィアは自分の棚からヘアバンドを取り出し頭につける。前髪を上げてさて、基礎化粧をしなければと棚を探り小瓶を出しているとラベンダーがにっこりと笑いソフィアの肩を叩いた。

 

 

「ソフィア!これ、私のママから貰ったパックなの、お肌がツッヤツヤになるわよ!5分くらいつけたら充分だわ。ハーマイオニーもどうぞ!」

 

 

ラベンダーは真っ赤な花が描かれたパッケージの中からフェイスパックを2枚取り出すとソフィアとハーマイオニーに手渡した。

ねっとりとした薄い桃色のジェルが付いているパックは甘い香りがして少しそのジェルが指に触れただけで、すぐに指先が潤った。

 

 

「ありがとうラベンダー」

 

 

ソフィアはドレッサーの前に立ち、慎重にフェイスパックを開き顔につけた。

初めてフェイスパックをするソフィアは、ほのかに冷たいそのパックをつけながらこれで良いのかと振り向いた。

 

 

「ぷっ…ははは!みんな仮面をつけているみたいだわ!」

 

 

ラベンダーから貰ったパックをつけた4人は皆同じように真っ白な顔になっていた。ソフィアのけらけらとした笑い声にハーマイオニー達は顔を見合わせ、同時に吹き出し楽しげに笑った。

 

 

5分が経った頃ソフィアはパックを外し、自分の頬にペタペタと触れる。ソフィアの肌は今まで感じたことがないほど潤いツヤツヤであり、とても柔らかくなっていた。

 

 

「あ、これも使ってみる?お気に入りの目薬のサンプルなんだけどね。一滴で6時間は目がずっとウルウルになるわ」

「ウルウル…?」

 

 

パーバディが小さなスポイトタイプの使い切り目薬をソフィア達に手渡す。

ラベンダーは歓声をあげ「これ、良いわよね、新商品がでたの!?わぁ、ありがとう!」とすぐに封を切り慣れた手つきで目薬をさした。

 

 

「…私、目薬って初めてだわ…」

「あら、さしてあげましょうか?」

 

 

パックを外しながらツヤツヤとした顔でハーマイオニーがにっこりと笑い、ソフィアは少し悩んだがおずおずと頷く。

ハーマイオニーはベッドに座り、膝をポンポンと叩き、ソフィアはベッドに上がるとすぐに寝転び、ハーマイオニーの膝の上に頭を乗せた。

視界に飛び込んでくるスポイトの先に、ソフィアは僅かな恐怖を感じ、体をこわばらせぎゅっと目を閉じてしまった。

 

 

「まぁ…目は閉じちゃだめよ?」

「うっ…怖いわ…」

「あらあら。大丈夫、私に任せて…ほら、力を抜いて?」

「ハ、ハーマイオニー…っ、む、無理!」

「大丈夫よ、ソフィア…」

「あっ…こ、怖い…!ぁ、つ、冷たい!」

「大丈夫、ほら、もう…入ったわ」

「うっ…うー…ハーマイオニー…」

「ほら、もう一回、いくわよ?」

「ッ…お願いっ…や、優しくして…!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの会話を聞いていたラベンダーとパーバディは神妙な顔をしてちらりと視線を交わす。

 

 

「…何だか…いやらしいわね」

「ダメよ、そんなこと言っちゃあ…」

 

 

ただ目薬をさしているだけなのだが、ソフィアの震えた声とハーマイオニーの余裕を滲ませる楽しげな声が繰り広げる会話は、それだけを聞くと──秘め事をしているような危険な色気があった。

 

 

「ソフィア、目薬させたわよ!」

「ありがとう…ハーマイオニー…」

「まぁ!すっごく目がウルウルになってるわよソフィア!」

 

 

ソフィアは目を瞬かせながら体を起こすとすぐに鏡を見に行った。たしかに目は泣いた後のようにウルウルしているが──目を潤ませる事に何の意味があるのか分からず、ソフィアは困惑していた。

 

 

「でも…目が潤んで…何の意味があるの?」

「ソフィア!あのね、男の子は女の子のウルウルとした目で見つめられたら──コロリなのよ」

 

 

パーバディは悪戯っぽく笑いながらソフィアの疑問に答え、ラベンダーとハーマイオニーはくすくすと笑った。

コロリとは、一体どういう意味なのか──ソフィアはわからなかったが、自分よりも化粧やおしゃれに詳しいパーバディが言うのなら間違い無いのだろう、と深く考えなかった。

 

その後ハーマイオニーはすぐにスリークイージーの直毛薬を髪に塗り、柔らかな癖っ毛を直毛にすべく奮闘する。ソフィアもその薬を塗るのを長時間手伝った。

 

 

 

クリスマスパーティ開始の30分前、ソフィア達は目一杯着飾り、それぞれの姿をまじまじと見て少し照れたように笑い合った。

 

 

「あ!記念に写真一枚撮ってもいいかしら?」

「勿論よ!撮りましょう!」

 

 

ソフィアは引き出しの中からカメラを取り出すと杖を振りふわりと浮かせる。

そのまま四人は一列に並び、仲良く身を寄せ合い最高の笑顔を見せた。

 

カシャン、とシャッターが降りる音と共に写真が吐き出され、ソフィアは空でそれを掴みハーマイオニー達に見せた。

 

美しい装いになり、愛らしく笑う4人が手を振っているその写真を見た彼女達は満足そうに微笑む。

 

 

「…あっ!そうだわ!」

 

 

ソフィアはもう一度杖を振り、羊皮紙をコルクボードに変えると部屋の1番目立つ場所にかけ、写真を貼った。

まだコルクボードには一枚の写真しかなかったが、これから沢山四人で撮った写真を飾りたい──写真の中にいるソフィアは友人達に囲まれ、幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

談話室に降りればいつもより黒いローブでは無く、色とりどりの服装で溢れていた。

誰もがそわそわと落ち着きがなく、パートナーの到着を今か今かと待っている。

 

 

ソフィアは談話室を見渡し、まだハリーとロンが居ないのだと分かると階段のそばで二人の到着をパーバディと待った。

ラベンダーは自分のパートナーの元に行き、ハーマイオニーもすぐに談話室を出て行ってしまった。

 

 

「ハーマイオニーのパートナーは、別の寮なの?」

「まぁ…そうね、すぐにわかるわ」

 

 

パーバディはハーマイオニーが誰と踊るのか知らない。どれだけ聞いても「秘密よ」と少し頬を赤らめながら言われるだけだった。

 

程なくしてハリーとロンが男子寮から降りてきてソフィアと目が合った。

ハリーはソフィアの隣に学年1の美女だと囁かれている美しく妖艶なパーバディが居たが──ソフィアしか見ていなかった。

 

ゴールドカラーの美しいロングドレスで、腰よりやや高い位置には大きな花が咲き誇り、その花から下に垂れる太いレースリボンはふわりと揺れている。ドレスは花とリボンでその境目の素材が異なり、胸元には白銀の花の刺繍が上品にあしらわれていた。花から伸びるリボンはソフィアの体の華奢なくびれを艶やかに主張させ、後ろ側に可愛らしく結ばれている。薄いレースのショールは、ソフィアの細い腕を包み込むように隠していた。

 

長い黒髪を頭の後ろで捻り結い上げ、所々白い花が添えられていた。

いつもより時間をかけて丁寧にした化粧はパーティドレスによく似合い、目は悩ましげに潤んでいる。

ウルウルとした目で見つめられたハリーは、急にぶわっと顔が熱くなり、鼓動が速くなった。

 

 

「ソフィア──すごく、可愛い」

「ありがとう」

 

 

ハリーは心からソフィアを褒め、ソフィアはちょっと照れたように笑う。

パーバディは照れたように笑い合うソフィアとハリーを見て、自分の前にいるロンに向き合い胸を逸らした。

賛辞の一つくらい──礼儀として──貰えると思ったが、ロンはパーバディの美しい見た目を特に褒めることもなく、キョロキョロと辺りを見渡すだけだった。

いくら待ってもちっとも褒めないロンに、パーバディはむっとしてわざとらしく咳をこぼす。

ようやく視線をパーバディに向けたロンは「あ、イイ感じだね」と軽く伝えた。

 

 

「……はぁ…。ロン。行きましょうか」

「うん。…ハーマイオニーはどこだろう?」

「…知らないわ」

 

 

パーバディは早くもロンをパートナーにした事を少し後悔し始めていた。服装は少し流行遅れだがその髪色とよく似合っていて、格段変では無い。

袖口と襟についていたフリルは着替える前にルイスにより魔法で取ってもらい、綺麗に整えられている。

だが、そうだとしても──全く自分に興味がなく、さらに他の女の子の事ばかり気にするロンに、面白いわけがない。

 

 

「じゃあ、大広間に行こうか、ソフィア」

「ええ、そうね」

「…あれ?それ…持っていくの?」

「…やっぱり変かしら…うーん、ルイスと写真撮りたいけど、ドレスには…合わないわね…」

 

 

ソフィアは手に黒いカメラを持っていた。

美しい装いに、そのカメラだけが浮いていてなんとも奇妙だったが、ハリーは笑って「大丈夫だよ」と伝える。ソフィアがルイスと写真を撮りたがっているのは知っていたし、何より──後で自分とも写真を撮ってくれないだろうか、踊っているところなら最高だ!一生の思い出になるに違いない。──そう、思っていた。

 

ハリーが嫌がっていないとわかるとソフィアは安心したように表情を緩め、玄関ホールへ向かった。

 

 

玄関ホールにはパーティの開始を待つ生徒で溢れ、皆がどこか興奮したように頬を赤らめ楽しげに話している。

別の寮生とパートナーを組む生徒はお互いを探すようにキョロキョロとしながら人混みの間を縫っていた。

 

 

「ハーマイオニーはいったいどこだろう?」

 

 

沢山の人を見て、ロンがまた言ったが、隣にいるパーバディは真顔のまま何も答えなかった。

 

 

その時、スリザリンの寮生達が地下牢の寮の談話室から階段を上がって現れた。

 

先頭はドラコとルイスであり、ドラコは黒いビロードの詰襟ローブを着ていた。ルイスは至ってシンプルな黒く長いドレスローブを着て、胸元に銀のブローチを止めている。

 

 

ルイスは直ぐにソフィアに気がつくと目を輝かせスリザリンの軍団から飛び出し、ソフィアに駆け寄った。

 

 

「ソフィア!ああ!なんて可愛いんだろう!」

「ありがとうルイス、あなたもかっこいいわ!」

 

 

ルイスはドレスを崩さないように軽くソフィアを抱きしめ、満面の笑みを浮かべる。

とても愛らしく美しいソフィアを頭の先から足先まで眺め、「はぁ、かわいい」と再度感嘆の吐息を漏らした。

 

何度もルイスがソフィアを褒めていると正面玄関の樫の扉が開き、ダームストラングの生徒がカルカロフと共に現れた。一行の先頭はクラムであり、その隣にはハーマイオニーが並んでいる。

 

ダームストラング一行が現れ、全ての生徒が玄関ホールに集合した後、ゆっくりと大広間の扉が開く。

 

 

「代表選手はこちらへ!」

 

 

大広間から現れたマクゴナガルの声が玄関ホールに響き、クラムとハーマイオニー、セドリックとチョウ、フラーとレイブンクロー生のロジャーが前に進み出た。

 

 

「ルイス、このカメラ持っててくれない?」

「ん?うん、いいよ」

 

 

ソフィアは手に持っていたカメラをルイスに手渡し、ハリーを見た。

ハリーは優しく微笑み、そっとソフィアに手を差し出す。ソフィアは少し照れながらその手に自分の手を重ねた。

 

 

「ソフィア、ハリーと踊るの?」

 

 

ルイスはこのタイミングで代表選手であるハリーがソフィアの手を取る、その事の意味がわかり思わず声を上げた。

その声は代表選手達に注目し、静まり返っていた玄関ホール内によく響き──ドラコは憎々しげにハリーを睨んだ。

 

 

「ええ、そうなの。…また後で一緒に踊りましょうね?」

「…うん!あ、ハリーとダンスしてるところちゃんと写真撮るから任せてね!また後でね、ソフィア」

 

 

ソフィアはにっこりと笑い、ハリーに手を引かれマクゴナガルの元へと向かう。

 

 

「揃ったようですね。代表選手とパートナーは、生徒全員が着席してから列を作り、大広間に入場してください」

 

 

マクゴナガルはソフィア達にそう言うと、玄関ホールに集まる生徒達に向かって大広間に入るよう伝える。

フラーとロジャーは扉の1番近いところに陣取り代表選手達の中で1番目に入場すると態度で示す。その後ろにセドリックとチョウが並び、クラムとハーマイオニーがその後ろに並んだ。ハリーとソフィアは1番後ろに並び、沢山の生徒がちらちらと自分達を見ながら入場していくのを感じ、何だか気恥ずかしくなり目を合わせるとくすくすと笑った。

 

 

ソフィアはフラー程の妖艶さも、チョウ程のスタイルの良さも、ハーマイオニー程の美しさも無い。

ただ、誰よりも可愛らしいのは間違いないだろう。1番小柄なソフィアが精一杯のお化粧をしてどこか大人びた雰囲気を纏い、いつものように楽しげに目を輝かせている姿は大輪の花のように、可愛かった。

 

 

「ハーマイオニー、クラム、後で写真撮ってあげるわね!」

「ありがとうソフィア!私も後でハリーとソフィアの写真、撮るわね!」

「ソフィア、ありがとう。嬉しいです!」

 

 

ソフィアが前にいたハーマイオニーとクラムに話しかけ──初めてその時、ハリーは目の前にいた美しい少女がハーマイオニーだと気付きあんぐりと口を開けた。

いつものふわふわの癖っ毛は真っ直ぐ艶やかになり、優雅に結い上げられている。ふんわりとした薄い青色のドレスを着て、美しく微笑んでいる。

 

驚いたのはハリーだけでは無い。

ドラコはパンジーと入場する際、目を見開きハーマイオニーを見たがいつもの侮辱の言葉が一言も見つからないようだった。

しかし、ロンはハーマイオニーに気が付きながら──顔を見ずに驚愕しハーマイオニーを見つめるパーバディと通り過ぎた。

 

生徒達が大広間に入った後、マクゴナガルが代表選手とそのパートナーに自分の後についてくるように伝え、くるりと身を翻すと胸を逸らしてさっと大広間に入った。

 

 

「…ソフィア、あー…僕の腕につかまる?ほら、他の人たちはそうしてるから」

 

 

ハリーは腕を曲げ、他の代表選手達がするようにソフィアをエスコートしようとした。ソフィアは笑顔で頷くとハリーに身を寄せ腕を絡ませた。

ふわり、と甘い匂いが漂いソフィアの細い腕から暖かさが伝わる。ハリーは胸の奥からじわじわと緊張感と、愛しさが込み上げた。

 

 

大広間に入ると、皆が拍手で代表選手達を迎える。代表選手達は大広間の一番奥に置かれた審査員が座っている丸テーブルに向かってゆっくりと歩いた。

 

いつもの四台の長机は無く、その代わりに10人ほどが座れる小さな丸机が百余り置かれていた。

 

数百を超える視線と囁きが向けられ、ハリーとソフィアは緊張からかぎこちない笑みを浮かべグリフィンドール生の友人達に笑いかけた。

フラーとクラムは大勢から注目されることに慣れているのか、堂々とした態度でパートナーと共に進む。

 

ソフィアは拍手を送る中にルイスとヴェロニカを見つけた。思わずハリーの腕をくい、と引き「見て」と囁きかける。

ハリーとソフィアがルイスを見て同時に手を振った時、ルイスは手に持っていたカメラでパシャリと一枚写真を撮った。

 

 

「後で写真…僕に一枚くれる?」

「一枚と言わず、沢山あげるわね?」

 

 

くすくすと楽しそうにソフィアは笑い、ハリーはほっと胸を撫で下ろしながら審査員が座るテーブルに近付いた。その近くでロンとパーバディの姿を見つけたが──どうみてもパーバディは楽しくなさそうな膨れっ面をしていた。ロンは目を細めてハーマイオニーがクラムと目の前を通り過ぎるのを見ていて、パーバディはそれが面白くないのだろう。

 

 

代表選手がそれぞれのパートナーと共に審査員のテーブルまで来ると空いている場所に女性パートナーをエスコートし──フラーはロジャーにエスコートされていた──椅子を引く。ハリーはどこに座ろうか悩んだが、審査員テーブルにパーシーが座り、ハリーに目配せをしながら自分の隣の椅子を少し引いたのを見てその意味を悟った。

 

ハリーはややぎこちなくソフィアを先にパーシーから一つ開いた席までエスコートし、他の男子生徒と同じように椅子を引く。ソフィアはにこりと笑って静かに椅子に座った。

 

 

「どうしてパーシーがここに?」

 

 

ハリーはパーシーの隣に座りながら小声で話しかけた。

他の審査員達は全員揃っていたがクラウチの姿は見当たらない。パーシーは「昇進したんだ」と鼻高々に答え誇らしげに胸を逸らした。

 

 

「クラウチ氏個人の補佐官にね。僕は、クラウチ氏の代理でここにいるんですよ」

「あの人、どうして来ないの?」

 

 

パーシーは少し心配そうに眼鏡の奥の目を伏せながら、小声でクラウチの体調が良く無いことを伝えた。

 

ソフィアはコソコソと話すパーシーとハリーの言葉を聞きながら、ちらりと教師陣が座るテーブルを見た。クリスマスパーティだ、きっと父であるセブルスもいつもとは違う服装だろう、どんなドレスローブを着ているのか気になったのだが──セブルスはいつものように真っ黒なドレスローブに身を包み、確かにいつものローブではなかったが、見た目に大きな差はない。ただ、襟元にシルバーのラインピンがついていたが、それだけだ。

少し残念に思ったソフィアだが、セブルスの苦虫を噛み潰したような表情を見て「…あ」と内心で呟いた。

 

 

──そういえば、父様にハリーと踊る事を言ってなかったわ。聞かれた時はまだ誘われてなかったし…。

 

 

ソフィアはセブルスに向かって微笑みかけたが、セブルスは視線を外し目の前に置かれた自分のメニューを不機嫌そうな目で見た。

 

 



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210 ダンスパーティ!

 

 

一人ひとりがメニューを見てディナーを選び豪華な料理を十分に楽しんだ後、ダンブルドアが立ち上がり生徒たちにも立つように促した。

 

杖を一振りするとテーブルはすっと壁際に退き、広いスペースが出来た。再びダンブルドアが杖を振り、今度は右手の壁に沿ってステージが立ち上がる。数々の楽器がその上に設置され、魔法界で有名な『妖女シスターズ』が盛大な拍手に迎えられステージに上がった。

 

ハリーは妖女シスターズに見入っていたが、突然、テーブルに置かれていたランタンが全て消えて代表選手達がパートナーと共に立ち上がったのを見て、この後待ち受ける事を思い出し、頭の後ろがチリチリするような緊張感に襲われながら自分も立ち上がり、ソフィアを見た。

 

 

「ソフィア、行こうか」

「ええ、ハリー」

 

 

ハリーはソフィアに手を差し出し、ソフィアも握る。

他の代表選手達がパートナーと手を取り合いダンスフロアに進み出る中、ハリーとソフィアは最後にその後に続いた。ダンスフロアには等間隔に代表選手とパートナーが並ぶ。

 

 

ハリーはソフィアと向き合い、暫くお互いをじっと見つめた。

自分と同じ色の瞳が見つめている。ソフィアは僕のいとこだ。だけど、やっぱり──好きだなぁ。

 

 

ソフィアは少し膝を折りお辞儀をする。ハリーは慌てて頭を下げた後、ソフィアとの距離を詰めて手を差し出し、おずおずと腰に手を回した。

ソフィアは少し恥ずかしそうに目を伏せたが、すぐにハリーを潤みキラキラと輝く目で見上げた。

 

妖女シスターズがスローな物悲しい曲を奏でる中、ソフィアとハリーはお互いに足を踏まないように気をつけながらその場でくるりと回った。

 

 

ソフィアとハリーのダンスは上手くはなかったが──悪くはない、数日練習しただけにしては、そこそこ上手い方だとハリーとソフィアは思っていた。

 

間も無く、観客のほうも大勢ダンスフロアに上がり、それぞれのパートナーと踊り出した。代表選手達は注目の的では無くなり、たくさんの生徒達が楽しげに揺れる。

 

途中でムーディがハリーの不揃いな靴下を見て怪訝な声をあげたが、ハリーは「ハウスエルフのドビーが編んでくれたんです」と、全く気にせずにこりと笑った。

 

 

バグパイプが最後の音を震わせ、物悲しいスローなワルツ曲は終わった。妖女シスターズに惜しみない拍手と喝采を送る中、ソフィアはハリーの手を離す。

 

 

「私、ルイスのところに行くわね!」

「え?あ、そうだったね…うん、わかった。僕はロンのところに行こうかな…」

 

 

ハリーは妖女シスターズが新しくずっと速いテンポの楽しげな曲を演奏しているのを聴いて、ソフィアと楽しくもっと踊りたかったが──約束は約束だ。残念そうにソフィアの腰から手を離し、手を振り離れていくソフィアを見送った。

 

 

「ルイス!ヴェロニカ!」

「ソフィア!すっごく上手く踊れてたよ!」

「ああ、愛らしいダンスだった」

「ありがとう!」

 

 

ルイスとヴェロニカはスローな曲が終わった後、一度ダンスフロアを離れて飲み物を飲んでいた。近くのテーブルにはソフィアのカメラが置かれていて、その側に何枚ものハリーとソフィアの写真が並んでいる。

ソフィアは沢山の写真を嬉しそうに眺めていたが、その中にルイスとヴェロニカの写真がないことに気が付きパッとカメラを手にした。

 

 

「あっ!2人はもう踊らないの?私、写真撮るわよ?」

「そうだね…ヴェロニカ、もう一曲お願いしても?」

「ああ、勿論」

 

 

グラスを机に置いたルイスはヴェロニカに向かって手を差し伸べ、ヴェロニカも微笑んでその手を取った。

体のラインがはっきりと出る深い紫色の艶やかなマーメイドドレスを着ているヴェロニカは、女性が見ても惚れ惚れするほどのプロポーションであり、ソフィアは少し顔を赤らめながら2人を見送る。

 

楽しげに手を取り合い踊るルイスとヴェロニカを見ているとつい嬉しくなり、ソフィアは何枚も写真を撮った。

ルイスはあまりダンスが得意ではなく──ヴェロニカにリードされている形だったが、足を踏んづけてしまう失敗はどうやら犯していないようだ。

 

速いテンポの曲が終わると今度は少し優しげな曲に代わり、ルイスとヴェロニカは息を弾ませながらソフィアの元に戻ってきた。

 

 

「素敵だったわ!」

 

 

ソフィアは大きく手を叩き、興奮したように頬を紅潮させる。ルイスとヴェロニカは照れたように笑いながらも、手は離すことなく幸せそうに身を寄せ合っていた。

 

 

「ルイス、ソフィアと踊るんだろう?今度は私が写真を撮ろう」

「ありがとう!お願いするわね!」

「ありがとう。──ソフィア、行こうか!」

 

 

ソフィアはヴェロニカにカメラを渡し、ルイスと手を取り合いダンスフロアへと上がった。

ルイスとソフィアは息がぴったりと合っている楽しげなダンスを見せ、彼らの友人達が手を叩いて囃し立てる。

 

 

「ソフィア!」

「きゃっ!──あははっ!」

 

 

ルイスはソフィアの腰をぐっと両手で掴むと、高く上げてくるりとその場で回る。ソフィアはルイスの肩に手を置き楽しげに笑った。

 

仲の良い2人のダンスを、セブルスは少し離れた場所でワイン片手に見つめる。

 

 

ソフィアもルイスも、本当に幸せそうだ──認めたくは無いが──いい友人に恵まれ、心も体も健やかに成長しているのだろう。

このまま、何事もなく、幸せな日々を過ごして欲しい。

 

 

いつもと比べ眉間の皺が薄く、優しげなセブルスのその表情を生徒たちが見れば驚いただろう。だが、ダンスに夢中な生徒達は誰もセブルスの表情を見ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

ソフィアは踊り終わるとすぐにヴェロニカとルイスに別れを告げ、カメラと沢山の写真を手にしたままハリーを探した。

しかし、ハリーは見つからず、先程まで座っていたロンとパーバディも居ない。

キョロキョロと辺りを見回していたソフィアは残念そうにため息をつくと空いている席に座りたくさんの写真を幸せそうに眺めていた。

 

 

「ソフィア!」

「ハーマイオニー、ダンスはもういいの?」

「いまビクトールは飲み物を取りに行ってくれたの」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの隣に座り、熱くなった頬を冷まそうとパタパタと手で顔を仰ぐ。

ハーマイオニーの視線の先を追えば、人混みの中に消えて飲み物を取りに行くクラムの後頭部がちらりと見えた。

 

 

「ハリー見なかった?ルイスと踊って戻ってきたら居なくて、ロンもさっきまでパーバディとここに居たのに…」

「知らないわ!」

 

 

ハーマイオニーは先程ロンに言われた言葉を思い出してしまい、一気に機嫌を損ねるとぷいとそっぽを向いた。

ソフィアは「これは、何かあったな」と思ったが折角の楽しいひと時に、あまりハーマイオニーを怒らせるわけにもいかないと後で何があったかロンに聞こうと思った。

 

ソフィアは机の上に写真とカメラを置くと、不機嫌な顔をするハーマイオニーの前に立ち悪戯っぽく笑い、演技かかった動作でその前に膝をついた。

 

 

「ああ!なんて素敵な人なの?」

「ソ、ソフィア?どうし──」

「あなた、名前は?ぜひ私と一曲踊っていただけないかしら?」

 

 

ソフィアは後ろで流れる楽しげな曲を聴きながら手を差し出した。

ハーマイオニーは驚き目を瞬かせていたが、頬を赤く染めると嬉しそうに笑い頷いた。

 

 

「ハーマイオニーよ!ぜひ、喜んで!」

「嬉しいわ!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの機転により機嫌良く立ち上がると、ダンスフロアへと上がった。同性で踊っている者は誰一人として居なかったが、ソフィアとハーマイオニーは気にしなかった。

ダンブルドアは仲良く踊る2人を微笑ましく温かい目で見つめ、杖を振り2人の周りに可憐な花を咲かせた。

 

 

「ハーマイオニー!あなたってとっても素敵だわ!」

「ソフィア、あなたも最高よ!」

 

 

一曲踊り終わったソフィアとハーマイオニーはくすくすと笑いながら元の机に戻った。

その場には飲み物グラスを三つ持っていたクラムが穏やかな笑顔で2人を待ち、「いいダンスでした!」と一つずつグラスを渡した。

ソフィアはまさか自分にも飲み物があるとは思わず「ありがとう!」とお礼を言い、甘いバタービールを飲んだ。

 

 

「アーマイ、オニー。また、僕と踊ってくれますか?」

「勿論よ!一曲分だけ、休憩してもいいかしら?」

「はい、わかりました」

 

 

クラムは嬉しそうに笑い、ハーマイオニーの隣に座ると優しい目でハーマイオニーを見る。ソフィアはバタービールを飲みながら大広間を見渡し、ハリーとロンを探していた。

しかし、沢山の人で溢れ絶えず動き回っている大広間ではなかなか見つけることは難しい。

 

ソフィアは身体の熱を逃すためにぱたぱたと顔を手で仰いでいたがどうにも熱く、夜風で浴びようかと、ぱっと立ち上がった。

 

 

「私、ちょっと外に行ってくるわ。ダンスパーティを楽しんでね!」

 

 

ソフィアは一気にバタービールを飲み干すと机に空のグラスを置き、写真とカメラを持って2人に別れを告げ玄関ホールへと向かった。

 

正面の扉は開け放たれ、いつもとは違い美しい薔薇のアーチが出来ていた。

大理石の階段を降りながら妖精達の幻想的な灯りを眺め、ソフィアは「ふう」と小さな息を吐く。

薔薇のアーチがあるからか、それとも特別な魔法がかかっているのかそこまで寒さは無い。

ソフィアは誰も座っていないベンチに腰掛け、美しい薔薇と光りをぼんやりと眺めていた。

 

 

「…一人で何をしているのかね」

「スネイプ先生。…ただ、風に当たってるだけですよ?」

 

 

アーチの向こう側から現れたセブルスにソフィアは薄く微笑みかける。

セブルスはじっとソフィアを見下ろし無言で杖を振る。いきなりの事に驚き辺りを見渡したが──とくに変わった様子はなく、首を傾げた。

 

 

「先生?」

「…綺麗だ、ソフィア」

 

 

セブルスはふっと優しく笑うと、ソフィアの結い上げられた髪に手を伸ばしそっと白い花に触れた。

セブルスが周りにかけたのは防音魔法であり、ソフィアはそれを察すると嬉しそうにはにかみ立ち上がり、セブルスの黒いローブを遠慮がちに掴んだ。

 

 

「ありがとう、父様」

「…アリッサが見れば、喜んだだろう」

 

 

セブルスの低い囁き声に、ソフィアは目を細め嬉しそうにくすくすと笑うと、下から潤んだ目でセブルスを見上げた。

 

その動作も、よくアリッサがしていたとセブルスは娘の姿に愛しい妻の姿をつい、重ねてしまった。

 

 

「…母様と、私。どっちが綺麗かしら?」

「それは…アリッサだな」

「まぁ!」

 

 

即答するセブルスに、ソフィアは呆れたような声を上げたが、特に不機嫌になる事はなく──寧ろ胸の中がほのかにあたたかくなるような嬉しさが込み上げた。

 

セブルスは暫くソフィアを愛しさが含まれた優しい目で見ていたが、ふと顔をあげると静かにソフィアから離れる。

ソフィアは少し悲しそうな目をしたが──こんな所を誰かに見られるわけにはいかない、すぐにローブを離し、後ろで手を組んだ。

 

 

「…ミス・プリンス。こんな暗い所にいるんじゃない。戻りたまえ」

 

 

セブルスは杖を振りながら低く呟くと、同時にアーチの向こう側から一組のカップルが現れた。

仲良さそうに寄り添っていた男女は、セブルスを見てぎくりと肩を震わせそそくさとソフィアとセブルスのそばを通り過ぎる。

 

 

「…はい、スネイプ先生」

 

 

ソフィアはベンチに置いていたカメラと写真を持つとすぐにその場を離れ、大広間へと戻った。

 

ダンスフロアにはまだたくさんの生徒が踊り、妖女シスターズは激しい曲を演奏していた。

ソフィアは音楽に合わせて踊り狂う人の群れに飛び込む事は出来ず、飲み物でも取ろうかと大広間の壁に沿って進む。

 

 

「あっ!ハリー、ロン!やっと見つけたわ!」

「ソフィア!ごめんね、僕…外に出てて、ちょっと、色々あって…」

 

 

ダンスフロアから最も離れた後方の片隅にハリーとロンを見つけると、ソフィアは飲み物の事をすっかりと忘れて駆け寄った。

ハリーはすぐに立ち上がると申し訳なさそうに眉を下げる。

 

 

「ううん、いいのよ。…どうする?また、踊る?」

「あー…」

 

 

ハリーはちらりとロンを見た。

ロンは一度も踊らず、むすりとした表情を崩さない。それに、先程校庭でハグリッドが半巨人だという事を聞き、それについてロンと話し合っていたのだ。

踊りたい気持ちは勿論あるが「ダンス」の単語に反応しまた不機嫌になって遠くにいるハーマイオニーとクラムを睨むロンを一人ぼっちにする事も出来ない。

 

 

「踊りたいけど…その、ちょっと問題があって」

「どうしたの?」

 

 

ハリーは辺りを見渡し、誰もこちらに意識を向いていないのを確認した後、ソフィアに椅子に座るよう促しながら声を顰めて囁いた。

 

 

「さっき、校庭で…ハグリッドが半巨人だって聞いて…」

「えっ!?…まぁ、それは…大変ね」

 

 

ソフィアは真剣な顔をすると、同じように声を顰めてハリーとロンの目を見た。

魔法界で暮らしているソフィアは、巨人がどのような存在なのかを知っている。

トロールより知能はあるが、残虐で粗暴であり、さらに殺しを好む。

 

 

「やっぱり、問題なんだね…ロンも同じような反応だった」

「うーん…。…ハグリッドは悪くないけれど、その…それが知られたら、リーマスよりも立場が悪くなる…って言えば…わかるかしら。人狼も半巨人も…偏見の目が強いのよ」

「…そんなに?」

 

 

人狼であるリーマスより立場が悪いとは、なかなかだとハリーは心配そうな顔をした。隣に座るロンもソフィアの例え話に真剣な顔で頷く。

 

 

「毎日満月みたいなもんだからな、巨人って」

「…でも、どうしてそれを知ったの?ハグリッドが二人に教える…わけないわよね。今まで隠してきたわけだし…」

 

 

ハリーとロンは声を顰めながら、校庭に出た後セブルスとカルカロフに出会い、その後でハグリッドとマクシームが二人で噴水前で話していた会話をたまたま盗み聞きする事になってしまったのだと伝えた。

 

 

「…マクシーム…まぁ、その可能性もあるかも知れないわね…私、てっきりハグリッドもマクシームも…赤ちゃんの時に成長薬を飲み過ぎたのかと思ったわ」

 

 

ハグリッドが半巨人だというのは、きっと聞いてはいけない事だったんだとハリー達は理解していた。

何となく気持ちが沈み、踊る気持ちが萎えてしまったソフィアはその後ハリーとロンと共に楽しそうに踊る生徒達を見つめていた。

 

 

妖女シスターズの演奏が終わり、ダンスパーティが終わったのは真夜中だった。ダンブルドアは解散の言葉を生徒達に向け、残念そうにしながらぱらぱらと各自寮へ戻る。

 

ソフィアはハリーとロンと一緒に大広間を出ると玄関ホールの大理石を上がった。丁度入り口近くでクラムがハーマイオニーに「おやすみ」と挨拶している場面に遭遇し、ロンがぴたりと足を止め、目を細めて二人を睨む。

 

その視線に気付いたハーマイオニーはロンを冷ややかな眼差しで見据えた後、一言も声をかけず階段を駆け上がる。

ソフィアは、ハリーとロンに「先に行くわ」と告げ、返事も待たずハーマイオニーを追いかけた。

 

 

「ハーマイオニー!一緒に戻りましょう?」

「…、…ええ、そうね」

 

 

ハーマイオニーは早歩きだった速度を少し緩めると大きくため息を吐いた。

今まで楽しい気持ちだったのに、ロンを見た瞬間一気に気持ちが下を向いてしまったのだ。

 

 

「今日とっても楽しかったわね?──可愛い子とも踊れたもの!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕に自分の腕を絡めると、からかうようにハーマイオニーを見上げる。

ハーマイオニーは一瞬虚をつかれたような顔をしたがくすくすと笑うと「ええ、私も可愛い子と踊れて本当に楽しかったわ!」と自分の腕に絡まるソフィアの手をそっと撫でた。

 

 

談話室に行くとまだ何人か自室に戻る事なく、ソファに座り互いのパートナーとパーティの余韻に浸っていた。

 

ソフィアとハーマイオニーも目が冴えて寝る気持ちにはならず空いているソファに座るとダンスパーティの感想を口々に話し合い楽しい一時を過ごしていた。

だが、それは数分も持たなかっただろう。

 

 

「ハーマイオニー、楽しかったか?ビッキーはおやすみの後に卵の事を聞いただろ?」

 

 

ロンは談話室にいるハーマイオニーを見た瞬間、先程のハーマイオニーとクラムの仲睦まじい様子を思い出し、何故かカッとなってしまいつい、大声で叫んだ。

 

 

「何よ!だから、あの人の事をそう呼ばないでって言ってるでしょう!?それに卵のことなんて、一切話してないわ!」

 

 

ハーマイオニーは顔を赤くし憤慨しながら立ち上がり負けじと叫ぶ。

ソフィアはこの二人の間に何があったのかを知らない。その為2人が言い合いになる事はいつものことだとは思っていたが、一言目からここまで険悪なのは初めてであり驚き、ハーマイオニーとロンとの間で視線を彷徨わせた。

 

 

「じゃあ、明日だな。おはようのあいさつの前か後だ!」

「馬鹿事ばかり言わないでよ!」

「そもそも!あいつは敵だ!敵に誘われて行くような馬鹿な奴だと思わなかったぜ!」

「…っ…何よ!!」

「事実だろ?僕なら敵に誘われたら断るね!よくもまぁ頷いたもんだよ!そんなにダンスパーティに行きたかったのか?」

「──ええ、ええ。わかったわ。お気に召さないんでしたらね、解決法はわかってるでしょう?」

 

 

ハーマイオニーは怒りで震え真っ赤になり叫んだ。その叫びは怒りと、そして悲しみが込められていたが、同じように怒っているロンは気が付かない。

 

 

「なんだよ?言えよ!」

「今度ダンスパーティがあったら、ほかの誰かが私に申し込む前に誘いなさいよ!最後の手段じゃなくて!」

 

 

ハーマイオニーは悲痛に叫ぶとぐっと目に──目薬の効果ではない──涙をわずかに浮かべると踵を返し女子寮の階段を荒々しく上がっていった。

ソフィアはぽかんとして口をぱくぱくと声もなく開けるロンを、チラリと見たが何も声をかける事無くハーマイオニーの後を追った。

 

部屋に入れば、ハーマイオニーが苛々とした顔でベッドに勢いよく座り髪に向かって杖を振っていた。はらりとゴムが取れ、ハーマイオニーの長い髪が流れ落ちる。

 

 

「ハーマイオニー…」

「──っ!ああもう!本当!最悪だわ!」

 

 

ハーマイオニーは怒りに任せベッドをぼすんと叩く。

ソフィアは隣に座り、ハーマイオニーの怒りと悲しみで震える背中を優しく撫でた。

 

 



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211 友達不在!

 

 

 

クリスマスの翌日は、皆が朝寝坊した事だろう。

ソフィアもダンスパーティの興奮と疲れからいつもより3時間はたっぷり寝てしまった。しかし、まだクリスマス休暇は数日残っている。少しくらい寝過ごしても問題はないだろう。

 

 

ハーマイオニーとロンは今日の大喧嘩には触れない事にしたようだ。お互い何故あれほど論争することになったのか触れず、表面上は仲良く過ごしていた。嫌に丁寧に話しかけることはあったが──無視するよりはいいだろう。

 

ハリーはハーマイオニーにもハグリッドが半巨人であることを伝えたがハーマイオニーはロンとソフィアほどショックを受けていないようだった。

 

その差は間違いなく、魔法界で暮らしていたか否かだろう。

幼少期から巨人により殺された人や動物のニュースを聞いているロンとソフィアはどうしても巨人と聞いて色んな感情が駆け巡ってしまう。

 

本当は人を傷つけたくないにも関わらず、その性質を持ってしまった人狼とは異なり、巨人は自ら人や動物を殺す。その差は大きく──流石のソフィアも巨人を庇うつもりはなかった。

しかし、半巨人はまた別だと理解はしている。

半巨人を理性のない恐ろしい怪物だと言う人もいる、それは巨人の血を使い悪い事をする半巨人が少なからず居るからだろう。

 

 

ソフィアは半巨人を差別はしないが、リーマスの時のようにもしこれが広まったら…きっと、ハグリッドは耐えられないだろうと思った。

 

 

ハリーはハグリッドの件よりも、自分には別の問題が差し迫っている事に否応なく気付かされた。クリスマスを境に、次の課題の日である2月24日がぐっと近付いてしまった気がしたのだ。

 

セドリックから貰ったヒントを考えてもよくわからず──ハリーはソフィア達にその事を聞く事にした。

 

 

「そういえば、クリスマスパーティの後、卵の事でセドリックからヒントを貰ったんだけど…卵を連れて風呂に入れって…ゆっくり湯船に浸かって考えれば良い案が浮かぶって言ってた。どう言う意味だと思う?」

「え?うーん…。…それはもう試したの?」

 

 

ソフィアは首をかしげる。卵を連れて風呂に入る──それが何を意味するのか、ソフィアだけでなくハーマイオニーとロンもわからなかった。

 

 

「ううん、まだだよ」

「風呂なんてあるか?僕らが使えるのはシャワールームだけだろ?」

 

 

監督生ではない数多の生徒は、白い猫足バスタブが数百は並ぶシャワー室を使っている。天井にシャワーのみがついている場所であり、一応湯を溜めれなくもないが…あまりそうしている生徒はいない。

 

 

「監督生専用の風呂場があるんだって」

「あーそういえば。パーシーが言ってたな…」

 

 

ハリーの答えにロンは監督生専用風呂場の素晴らしさを自慢げに話すパーシーの顔を思い出し少し嫌そうに顔を顰めた。

 

 

「なら、ハリー。あなたはそれを試すべきよ」

「そうね。とりあえずお風呂にはいるしかないわ」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィアも賛同した。ハリーが透明マントと忍びの地図を持っていることを知っている彼女たちは、ハリーなら夜1人で抜け出して風呂場に向かう事なんて容易いだろうと考えている。

ハリーは頷きつつ──何となく、胸の中にもやりとしたものが溢れてくるのを感じた。

 

 

「でもさぁ、ハリー。君はディゴリーに第一の課題はドラゴンとの戦闘だって教えただろ?セドリックのやつ、卵の謎が解けたんならもっと教えてくれてもいいのにな」

 

 

ロンが怪訝な顔で呟いた言葉を聞いた途端、ハリーは自分が何故こうもセドリックに対してもやもやしているのかがわかった。

 

 

──そうだ、僕は課題の内容を教えたのに、セドリックは教えてくれなかった。それに、腹を立てているんだ。

 

 

ソフィアとハーマイオニーも、ロンの言葉を聞いて同じように少し当惑したような表情で黙りこんでいた。

 

 

「まぁ、とりあえず…お風呂に入ってゆっくり考えればいいわ。──セドリックの事もね」

 

 

ソフィアの言葉に、ハリーはしぶしぶ頷いた。

 

 

ーーー

 

 

 

 

ハリーは休暇中に監督生の風呂場にこっそりと行くつもりだったが、どうやら夜に校内の見張りを命じられている監督生の達は夜中にいつでも風呂に入る事が出来るようだ。おそらく、監督生になった生徒が校則違反などするわけがないという性善説からきた特別処置なのだろう。

何度か忍びの地図を使い、監督生の風呂場を見てみたが、その度に黒い小さな点が監督生専用風呂場の中にいた。

なかなかチャンスがやってこないまま休暇は終わってしまい、新学期の1日目を迎える事となった。

 

 

薬草学が終わり、魔法生物飼育学を受けるためにハグリッドの小屋へ向かったソフィア達だったが──その小屋の前にいたのはハグリッドでは無く、見たこともない老魔女だった。

 

 

「さあ、お急ぎ。鐘はもう5分前になってるよ」

 

 

雪に足を取られ中々進めない生徒たちに、魔女は大声で呼びかけた。先頭を歩いていたロンとハリーは驚き困惑しながら、不機嫌そうな老魔女を見つめる。

 

 

「あなたは誰ですか?ハグリッドはどこ?」

「私はグラブリー・プランク。魔法生物飼育学の代用教師だよ」

 

 

グラブリーは名前を名乗り代用であっても教師ができる事が嬉しいのか誇らしげに胸を張った。ハリーは「ハグリッドはどこなの?」とロンと同じ事を聞いたが、グラブリーは「あの人は気分が悪くてね」と軽く答えそれ以上は説明しなかった。

 

 

「寒かったし、風邪でもひいたのかしら…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは心配そうな顔をしたが、ハグリッドが風邪をひく──あまり、想像が出来ず、顔を見合わせていた。

 

 

「こっちへおいで」

 

 

グラブリーは集まった生徒に向かって声を張り上げ、手でついてくるようにジェスチャーをした。ソフィア達はボーバトンの巨大な天馬が震えている囲い地に沿って歩きながら、カーテンが全てしまっているハグリッドの小屋を振り返った。

病気なら、誰にもうつさない為にたった1人で小屋に篭っているのだろうか?それとも、医務室にいるのだろうか?ハグリッドが寝られるようなベッドがあるようは思えないが──。

 

 

ハリーはグラブリーに何度もハグリッドはどこが悪いのかと聞いたが、グラブリーはハリーの言葉を無視し禁じられた森の端に立つ一本の木のところへ生徒達を連れて行った。

 

 

その木には、大きな美しい一角獣(ユニコーン)が繋がれていた。

ユニコーンの輝くような白さは、周りの白い雪ですらどこか灰色がかっているように見せた。美しいユニコーンに、女生徒達は歓声をあげて喜ぶ。

 

 

「男の子は下がって!ユニコーンは女性の方がいいんだよ。女の子は前へ…気をつけて近づくように。さあ…」

 

 

グラブリーは近づこうとしていたハリーの胸あたりに腕をさっと伸ばし行く手を遮りながら女生徒へ向かって告げる。

 

グラブリーと女子生徒達はゆっくりとユニコーンに近づき、ハリー達男子生徒は囲い地の柵のそばに立ってそれを眺めていた。

 

 

 

「ユニコーンは特に純潔の処女を好むんだ。ユニコーンの機嫌を損ねず撫でるにはね…。心配しないで、この会話は男子達には聞こえないだろう──さて、撫でてみたい女の子はいるかな?」

 

 

 

純潔、という言葉に女子生徒達は頬を赤らめくすくすと笑いながら互いにどう(・・)なんだというように視線を交わした。

ソフィアは誰も一歩踏み出さないのを見て、皆経験済みなのかと少し頬を染め驚いたが──勿論、全員が経験済みというわけではない。だがなんとなく一番初めに一歩踏み出すのは恥ずかしかったのだ。

 

 

「私、撫でてみたいわ!」

「よしよし。…さあ、手を出してごらん?お気に召したら、ユニコーンは擦り寄ってくるからね」

 

 

グラブリーはソフィアが手を挙げたことに少し安心したように目元を緩めた。

ユニコーンの性質上仕方がないとはいえ、他の生徒に自身に性経験があるかどうかを知られるのは──年頃の女の子は嫌がる。グラブリーもこのクラスにいる女子全員が経験済みだとは思っていないが、1人目が名乗りを上げなければ皆無言を貫いたかもしれない。

 

 

ドキドキとしながらソフィアはユニコーンの前に立ち、そっと手を差し出した。ユニコーンはじっとソフィアを見ていたが、その手に自分の顔を擦り付けぱたりと尻尾を揺らした。

 

 

「わぁ…!なんて、滑らかで…美しいの…!」

「うんうん、ちゃんと触れたね。グリフィンドールに5点加点しよう」

 

 

ソフィアは目を輝かせ、ユニコーンの立髪や体を撫でた。

ユニコーンは優しい目でソフィアを見つめ、くるくると小さく鳴き声を上げる。

その様子を見ていたハーマイオニーはすぐに自分も触れてみたいと──勿論、ハーマイオニーも処女である──ユニコーンに近付き、手を差し出した。ユニコーンは同じようにハーマイオニーの手のひらに顔を擦り付け触れる事を許した。

 

 

その後もソフィアとハーマイオニーに触発され、何人もの女子生徒達がユニコーンに近づき、その美しい体を撫でた。

数人、一定の距離を保ったまま、少し頬を赤らめ近付く事のない生徒が居たが──つまり、そう言うことだ。

 

 

「残りの女の子も来なさい。ユニコーンはいま機嫌がいいから…きっと、触れるよ」

 

 

羨ましそうな目で見ていた数人の女子生徒にグラブリーは優しく告げる。処女ではない彼女達は顔を見合わせ、恐る恐るユニコーンに近付き、ユニコーンが特に後ろ足で蹴ったり唸ったりしない事を確認して、そっとその滑らかな体を撫でた。

 

 

女子生徒全員がユニコーンの周りに集まったのを見て、グラブリーは満足げに微笑むと柵にいる男子生徒達にも聞こえるように声を張り上げ、ユニコーンの魔法特性を話し出した。

 

 

 

「──さて、つまり。ユニコーンは男性よりも女性であり、純粋な者の方が感触がいいんだよ。ユニコーンは穢れなき身を好むからね。ユニコーンは全身に魔力がみなぎっているのは知っているかな?

ユニコーンの鬣はよく杖の芯に使われるし、角も魔法薬の材料になる。その血は、瀕死であっても命を続ける。…けれど、なによりも穢れなき純粋なユニコーンを傷付けると──呪われてしまう。鬣や角でもね。落ちていたものを使うしかないんだ。

さて、ユニコーンの血は絹のような銀色で、その血を得る為に傷つけ、その血を口をつけた途端呪われてしまうが…たった一つ、呪われずに血を得る方法があって──そこの生徒!ちゃんと聞いてるの?」

 

 

グラブリーは途中で説明を止め、小声で言い争っていたハリーとドラコを叱った。

 

ソフィアはチラリとドラコの意地悪げな目と、ハリーの悔しそうな顔を見てまた何かドラコが余計な事をしたのだと思い、呆れたような目でドラコを見た。

 

 

グラブリーの授業は、かなり好意的に受け入れられた。誰だって尻尾爆発スクリュートやレタス食い虫の世話よりも、美しいユニコーンと触れ合える授業の方が好きだろう。

代理じゃなくてずっといてほしい、そう思った生徒は少なくはない。

 

 

ハーマイオニーとソフィアはユニコーンの美しさとその魔法特性を話し合いながら軽い足取りで大理石の階段を駆け上がり大広間へと向かう。久しぶりの充実した授業に、2人は一瞬ハグリッドの事をうっかり忘れていた。

 

 

「とっても良い授業だったわね!」

「そうね!私、ユニコーンについてグラブリー先生が教えてくださったことの半分も──」

「これ、見て!」

 

 

嬉しそうにするソフィアとハーマイオニーに、ハリーはドラコから渡されていた日刊預言者新聞を突き出した。

2人は驚きながら新聞を掴み書かれている記事を読む。2人は読み進める内に口をぽかんと開け、信じられないと動揺した目でハリーを見た。

 

 

「あのスキーターって嫌な女、なんでわかったのかしら?ハグリッドがあの女に話したと思う?」

「思わない」

 

 

ハリーは怒りのままに先立ってグリフィンドールの机に向かい、ドサッと腰を下ろした。

 

 

「僕たちにだって、一度も話さなかったろ?──僕の悪口を聞きたかったのに、ハグリッドが言わなかったから腹を立てて、ハグリッドに仕返しするつもりで書いたんだろうな」

 

 

机の上にあるポテトを摘み、苛々としながらハリーは低く答える。

ソフィアとハーマイオニーとロンも椅子に座り、神妙な面持ちでそれぞれの昼食を手に取りながら暫く、何故スキーターがハグリッドが半巨人だと何故知っているのかを考えた。

 

 

「ダンスパーティで、ハグリッドがマダム・マクシームに話しているのを聞いたのかしら?」

「それだったら、僕たちがあの庭でスキーターを見てるはずだよ!」

 

 

ソフィアの静かな声に、ロンはすぐに首を振る。たしかに、その場にはロンとハリーしか居なかったと聞いている。どこかにうまく隠れていたのだろうか?それとも、何か特別な方法がスキーターにはあるのかもしれない。

 

 

「とにかく、スキーターはもう学校には入れない事になっているはずだ。ハグリッドが言ってた。ダンブルドアが禁止したって…」

「スキーターは透明マントを持っているのかもしれない。あの女のやりそうな事だ。草むらに隠れて盗み聞きするなんて!」

 

 

ハリーにとってハグリッドは教師である、というよりも大切な友人だ。その友人の秘密を白日の元に曝け出し、さらに事実を湾曲している事に──少なくとも、全生徒がハグリッドを恐れ怖がってはいないし、嫌ってもない──怒り、チキン・キャセロールを鍋から掬い自分の皿に入れる際に手が震え沢山こぼしてしまった。

 

 

「半巨人の事もだけど。尻尾爆発スクリュート…やっぱりハグリッドが作り出した魔法生物なのね…届出をだしてたらいいけど、これも面倒な事だわ…」

 

 

ソフィアは温かなミネストローネを飲みながらため息をこぼす。しかし、魔法界で暮らして居なかったハリーは魔法生物を生み出す事がどれほどの罪なのかわからず、ムッツリとしたままチキンを食べた。

 

 

「ハグリッドに会いにいこう!今夜、占い学の後だ。戻ってきてほしいってハグリッドに言うんだ。…ソフィアとハーマイオニーも、そう思うだろう?」

 

 

ハリーの強い目に、ソフィアとハーマイオニーはたじろいだがすぐに頷く。

 

 

「ええ、勿論よ。今までのハグリッドの授業も、素晴らしかったし、私は大好きだもの!」

「私──そりゃ、初めてキチンとした魔法生物飼育学らしい授業を受けて、新鮮に感じたのはたしかだわ。──でも、ハグリッドに戻ってきてほしい。勿論、そう思うわ!」

 

 

ハリーの激しい怒りの視線にたじろぎ、ハーマイオニーは慌てて最後の言葉を付け加えた。

 

 

その日の夕食後、ソフィア達はハグリッドの小屋へ向かい何度も閉じられた扉や窓を叩いたが、中からはファングの鳴き声が聞こえるだけで、ハグリッドの声も啜り泣きも何も聞こえなかった。

 

 

ハグリッドはそれから、食事の時も教職員のテーブルに姿を見せず、校庭で庭番の仕事をしているわけでも、医務室にいるわけでもない。

姿を見せないハグリッドに、ソフィア達は顔を見合わせ肩を落とした。

 

 

 



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212 半巨人とヒト!

 

 

 

一月半ばにホグズミード行きが許可された。

ハリーが行くつもりだという事に、ハーマイオニーは驚き、それよりもせっかく生徒がいなくなるのだから監督生専用風呂場へ行くチャンスでは無いかと何度も言ったがハリーは頷かなかった。

 

まだ、課題まで5週間もある。それまでにヒントは必ず解けるだろう。それよりもハリーはハグリッドの事が気がかりだった。

 

 

「ハグリッドに会いたいんだ。ホグズミード村に居るかも…三本の箒に来てるかもしれないだろ?」

「え?ああ…たしかに、そうね…」

「…やけ酒してなかったら良いけど…」

 

 

ソフィアの言葉に、ハリー達は顔を見合わせた。たしかに、ハグリッドは嫌な事や悲しい事があるとよく酒を飲む。三本の箒で沢山の空のジョッキに囲まれ小山のようになり、カウンターに伏しているハグリッドの姿を、ハリー達は簡単に想像することができた。

 

 

 

土曜日、ソフィア達はホグズミードへ行き、ハグリッドの姿を探した。

半巨人であるハグリッドを見逃すなんて、あり得ない。どの店を回っても大人の頭三つ分は大きなハグリッドのもじゃもじゃとした頭は見つけられなかった。

 

最後の望みをかけて三本の箒に行ったが、テーブルを一渡りざっと見回しただけでハグリッドの姿がない事が分かると、ハリーはがっくりと肩を落とした。

 

意気消沈するハリーを連れてソフィア達はカウンターまで行き、マダム・ロスメルタにバタービールを注文した。

 

ハグリッドはどこにもいなかった。これなら、監督生の風呂場に行った方がよかったかもしれない。──と、ハリーが暗い気持ちになって居たとき、ハーマイオニーが呆れたような口調でソフィア達に囁いた。

 

 

「あの人、一体いつ、お役所で仕事をしているの?見て!」

 

 

ハーマイオニーはカウンターの奥の鏡を指差していた。ハリー達が覗くと、ルード・バグマンが沢山の小鬼に囲まれ薄暗い隅の方に座っているのが写っていた。

 

 

バグマンは小鬼に向かって早口で何かを捲し立てていたが、小鬼は腕組をしたまま厳しい目でバグマンを見据えている。どうみても、友好的ではない雰囲気だ。

 

たしかに、今週は三校対抗試合はなく、審査の必要もない。

週末にバグマンがホグワーツ近くの三本の箒にいる事は、どこか違和感がある。

 

 

ふとバグマンがカウンターの方に目を向けた。ハリーがいる事に気づいたバグマンはすぐに立ち上がり、先ほどの緊張した表情を一瞬で消し、少年のような笑顔でハリーの方へやってきた。

 

 

「ハリー!元気か?君にばったり会えると良いな、と思っていたよ!全て順調かね?」

「はい。ありがとうございます」

「ちょっと2人だけで話したいんだが、どうかね、ハリー?──君たち、少しだけ席を外してくれるかな?」

「あ…オッケー」

 

 

バグマンは笑っていたが、有無を言わせぬ何かがあった。

ロンはぎこちなく頷くとソフィアとハーマイオニーを連れて3人で空いているテーブルを探しに行った。

 

 

「一体、何の用なんだろうね?」

「さあ…わからないわ」

「うーん…」

 

 

ロンは店内の中程の空いているテーブルにつきながら、カウンターの隅に行ってしまったハリーとバグマンを見て囁く。

しかし、ソフィアとハーマイオニーも何の用事なのか分かるわけもなく、首を傾げた。

 

 

ロスメルタが持ってきたバタービールをちびちびと飲みながらソフィア達は課題の事やハグリッドの事を小声で話し合った。

そうしているうちに、ようやくバグマンに解放されたハリーが困惑したような複雑な表情を浮かべながらロンの隣に座った。

 

 

「何の用だったんだい?」

「金の卵の事で、助けたいって言った」

 

 

ハリーは泡が半分ほどに減ってしまったバタービールを飲みながら答えた。

その言葉を聞いたロンはぽかんと口を開き、ハーマイオニーとソフィアも驚きに目を見開いた。

 

 

「そんな事しちゃいけないのに!審査員の1人じゃない?バグマンがハリーにヒントを与えるなんて…ダンブルドアが知ったら許さないわ!」

「そうね…審査員が贔屓するなんて、違反もいいところだわ。バグマンが全員に卵のことを教えてるとかなら…セドリックにも教えてホグワーツ生を優勝させたいのなら…まぁ、わかるけど…」

「それが、違うんだ。僕も同じ質問をした」

 

 

ハリーはバグマンと何を話したかの詳細をソフィア達に伝えた。セドリックではなく、ハリーにのみ卵の秘密を伝えようとするなんて贔屓もいいところだろう。

──まぁ、第一の課題でハグリッドはハリーだけを贔屓しドラゴンの事を伝えたのだが、ハグリッドは審査員ではない。勿論、教師として、課題に関わる大人として褒められた行動ではないのは確かだ。

 

 

次に話題はバグマンの八百長疑惑から、小鬼の事へと移る。和気藹々という雰囲気ではなかった彼らがクラウチを何故探すのかとハーマイオニーは首を捻ったが、ハリーはクラウチに通訳を頼むためだと思い特に気にしなかった。

 

 

「──うわっ」

 

 

ロンが突然、入り口を見つめて声を上げた。

ソフィア達はロンの視線の先を見て──皆、嫌そうに顔を顰めた。

 

リータ・スキーターがカメラマンを従えて店内に入ってきたところだった。きっと何かネタを探しているのだろう、他の客を掻き分けながらソフィア達の近くのテーブルに座ったが、何か満足げにカメラマンと話しているスキーターはハリー達の強い視線に気がつかない。

 

 

「──あたしたちとはあんまり話したくないようだったねぇボゾ?さーて、どうしてかあんたわかる?あんなに小鬼を引き連れて何をしていたのかしらねぇ。観光案内、だなんて、馬鹿言ってたわ。アイツは嘘が下手ねぇ…。何か臭わない?ちょっとさぐってみようか。──魔法ゲーム・スポーツ部、失脚した元部長。ルード・バグマンの不名誉──なかなかキレのいい見出しじゃないか、ボゾ…あとは見出しに合う話を見つけるだけだね」

 

「また誰かを破滅させるつもりか!?」

 

 

ハリーはそれ以上スキーターの声を聞く事に耐えられず、勢いよく立ち上がり叫んだ。

何人かがハリーを驚いた目で振り返り、スキーターも怪訝な顔をして声のした方を見たが、声の主がハリーだと分かると眼鏡の奥の目を見開きニッコリと笑った。

 

 

「ハリー!素敵だわ!こっちにきて一緒に──」

「お前なんか、一切関わりたくない!3メートルの箒を挟んだって嫌だ。いったい何のために、ハグリッドにあんなことをしたんだ?」

 

 

ハリーの強い怒りに、スキーターは細い眉を吊り上げ、聞き分けのない子どもに言い聞かせるようにハリーを窘めた。

 

 

「読者には真実を知る権利があるのよハリー。あたしはただ自分の役目を──」

「ハグリッドが半巨人だって、それがどうだっていうんだ?ハグリッドは何も悪くないのに!」

 

 

ハリーの叫びが、静まり返った店内に響いた。誰もが驚愕と怪訝な顔でハリーを見つめる。ソフィアとロンはハリーの言葉に「まずい」と思ったが、友達の事を貶されたハリーの怒りは止まらない。

ここは、ホグズミード村にある三本の箒だ。店内を埋めるのは魔法族であり、彼らは巨人がどのような存在であり──大人なら、巨人がヴォルデモートに仕えていた事を知っている。

スキーターはハリーの言葉に動揺したが──流石に、友人だと言え半巨人を擁護するとは思わなかったのだ──取り繕うような笑顔を見せるとすぐに革鞄から自動速記羽ペンを取り出した。

 

 

「ハリー、君の知ってるハグリッドについてインタビューさせてくれない?──筋肉隆々に隠された顔──ってのはどう?君の意外な友情と、その裏の事情についてだけれど。君はハグリッドが親代わりだと思う?」

 

 

ハリーがスキーターに「消えろ!」と言う前にハーマイオニーが立ち上がり、バタービールのジョッキを手にしたまま顔を怒りで染めて叫んだ。

 

 

「あなたって、最低の女よ!記事のためなら誰がどうなろうと何も気にしないのね。誰がどうなろうと、ルード・バグマンだって──」

「……お座りよ。馬鹿な小娘のくせして。わかりもしないのに、わかったような口をきくんじゃない。──ルード・バグマンについては、あんたの髪の毛が縮み上がるような事を掴んでるんだ…もっとも、もう縮み上がってるようだけど」

 

 

ハーマイオニーのふわふわな癖っ毛を舐め回すように見てスキーターが意地悪く笑う。その目が隣に居たソフィアを捉え、ハリーに向けたような取り繕った笑みを浮かべた。

 

 

「あら!あなたはソフィア・プリンスね?ハリーとの愛はどうなっているのかしら」

「え?わ、私は…」

 

 

いきなり声をかけられたソフィアはびくりと肩を震わせ困惑し、視線を彷徨わせる。

 

 

「答える事ないわよ!行きましょうソフィア!ハリー!ロンも!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの腕を掴みそのまま肩を怒りで上げたままずんずんと出口に進む。ハリーとロンもその後に続き、大勢の視線を感じながら扉を押した。

ちらり、とハリーは出て行く途中で振り返り、スキーターの自動速記羽ペンが羊皮紙の上で飛ぶように動き回っているのを見て顔を顰めた。

 

 

「ハーマイオニー、あいつ、次はきっと君を狙うぜ」

 

 

急ぎ足で帰る途中、ロンが心配そうな低い声でハーマイオニーに言う。しかしハーマイオニーはちっとも気にしてないのか、苛々としながら鼻で笑った。

 

 

「やるならやってみろだわ!目にもの見せてやる!馬鹿な小娘?私が?──絶対にやっつけてやる!最初はハリー、次にハグリッド…」

「あんまり、あの人を刺激するのは良くないわハーマイオニー、怒る気持ちは勿論わかるけど…」

「私の両親は日刊預言者新聞を読まないから、私はあんな女に脅されて隠れたりしないわ!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの手を引いたままどんどん進んでいくため、ソフィア達はついていくのがやっとだった。

これ程怒っているハーマイオニーは、かなり珍しいだろう。

 

 

「それに、ハグリッドはもう逃げ隠れしちゃダメ!あんな、ヒトの出来損ないみたいな女の事でオタオタするなんて絶対ダメ!さあ、行くわよ!」

「わっ!ハ、ハーマイオニー!」

 

 

ついにハーマイオニーは走り出し、ソフィアは転ばないように必死について行った。

ハーマイオニー達は帰り道を走り続け、校門を過ぎると校庭を突き抜けハグリッドの小屋へと向かう。

 

 

小屋のカーテンは、今日も閉まったままであり、足音に気付いたファングがけたたましく鳴いた。

ようやく手を離してもらえたソフィアは膝に手をつき、ハアハアと荒い呼吸を必死で整える。ハーマイオニーは走っていた勢いのまま扉に体当たりをするようにガンガンと強く叩いた。

 

 

「ハグリッド!ハグリッドいい加減にして!そこにいるのはわかっているわ!あなたのお母さんが巨人だろうと何だろうと、誰も気にしてないわ!ハグリッド、リータみたいな腐った女にやられてちゃダメ!ハグリッド、ここから出るのよ。こんな事してちゃ──」

 

 

突然、固く閉められていた扉が開いた。

ハーマイオニーは「ああ、やっと!」と言いかけて口をつぐむ。扉を開けて立っていたのはハグリッドではなく、柔和な目をしたダンブルドアだった。

 

 

「こんにちは」

 

 

ダンブルドアはソフィア達に優しく微笑みかけながら、柔らかく言う。今までの言葉全て聞かれているに違いない、悪い事は言っていないが…いや、スキーターをかなり侮辱した、尤もな言葉だと思っているし後悔も無いけれど、流石に注意くらいはされるだろうか──とハーマイオニーは居心地悪そうに視線彷徨かせる。

 

 

「私たち…あの、ハグリッドに会いたくて…」

「おお、わしもそうじゃろうと思いましたぞ。さあ、お入り」

「あの…は、はい…」

 

 

ダンブルドアは扉の脇に移動するとソフィア達に行く手を譲る。

ハーマイオニーは軽く頭を下げて小屋の中に入り、ソフィアとハリーとロンもその後に続いた。

 

ハグリッドは大きなマグカップが二つ置かれた机の前に座っていた。顔色は悪く、泣き腫らした目は腫れ小さな黒い目をほとんど覆い隠していた。髪は何度も苦しみ泣き喚き掻きむしったのだろう、今まで見た中で最も絡まりボサボサだった。

 

悲惨なハグリッドの姿に、どれだけ彼が苦しみ嘆いたのかを理解したソフィア達は息を呑み、一瞬沈黙した。

だが、その沈黙を打ち破ったのは、彼をこの中で最も心配し、愛しているハリーだった。

 

 

「やあ、ハグリッド」

 

 

ハリーはいつもと変わらない、気さくな声でハグリッドに話しかける。

俯き、自身の大きなこぶしを見ていたハグリッドは目をチラリとあげ「…よう」と泣き潰し嗄れた声で答える。

 

 

「もっと紅茶が必要じゃの」

 

 

ソフィア達が入った後に扉を閉めたダンブルドアは杖をくるくると回し何もない空間からティーセットと美味しそうなケーキの乗った皿を出現させた。

 

ソフィアたちが空いている席に着いたあと、ダンブルドアはゆっくりと優しくハグリッドに話しかける。

 

 

「ハグリッド、ひょっとしてミス・グレンジャーが叫んでいた事が聞こえたかね?ハーマイオニーもソフィアもロンもハリーも、ドアを破りそうなあの勢いから察するに、今でもきみと親しくしたいと思っているようじゃ」

「もちろん、僕たち今でもハグリッドと友達でいたいと思ってるよ!あんなブスのスキーターババアの言うことなんか──すみません、先生」

 

 

ハリーはハグリッドを見つめながら感情のままに叫んだが、途中で言葉が汚すぎたと慌てて口を抑え──微塵も悪いとは思ってないが──ダンブルドアをちらりと見る。

だがダンブルドアは朗らかに笑ったまま首を傾げ、たっぷりとした髭を指でくるくると弄んでいた。

 

 

「急に耳が聞こえなくなってのう、ハリー、きみが何を言うたかさっぱりわからん」

 

 

それはどう見てもダンブルドアの茶目っ気たっぷりな言い訳だったが、ハリーは安心したようにほっと息を吐きもう一度、真剣な目でハグリッドを見た。

 

 

「僕が言いたかったのは──その、あんな女が…ハグリッドのことをなんて書こうと、僕たちが気にするわけないだろう?」

 

 

小さな黒い目から、大粒の涙がぽろりと溢れ、髭をゆっくりと伝わって落ちた。ハグリッドの体は小さく震え、唇は硬く結ばれている。大きく広い胸から溢れそうなのは、彼らに対する感謝と──半巨人である事を今まで隠していた自責だろうか。

 

 

「わしが言ったことの生きた証じゃな、ハグリッド。生徒たちの親から届いた数え切れないほどの手紙を見せたじゃろう?自分達が学校にいた頃のきみのことをよく覚えていて──もし、わしがきみをクビにしたら、一言言わせてもらうと、はっきりと書いておった」

「…全部が全部じゃねぇです。みんなが、俺が残ることを望んではいねえです」

「それはの、ハグリッド。世界中の人に好かれようと思うのなら、残念ながらこの小屋にずっと閉じこもっているほかあるまい」

 

 

半月メガネの奥にある青い瞳はじっとハグリッドを射抜いていた。この世界で、誰からも嫌われることの無い人など存在しない──半巨人であれ、ただのヒトであれ、それは皆平等だ。

 

 

「わしが校長になってから、学校運営のことで少なくとも週に一度はフクロウ便が苦情を運んでくる。かと言って、わしはどうすればよいのじゃ?校長室に立てこもって、誰とも話さんことにするかの?」

「そんでも──先生は半巨人じゃねぇ!」

 

 

ハグリッドは苦しげな声で叫ぶ。

ハグリッド自身が、巨人というものがどんな性質を持ち忌み嫌われているか、半巨人が何故受け入れられないのか一番よくわかっている。

勿論、ハリー達のように自分を受け入れてくれるものはいるだろう。だが、それでも──ハグリッドは今まで恐れ、ひた隠しにしていた自分の血のことが世間に晒され、どうしようもなく怖かった。

 

 

「ハグリッド。それじゃ僕の親戚はどうなんだ!ダーズリー一家なんだよ!?」

 

 

ハリーは怒って叫んだが、一瞬ソフィアとルイスの事を思い出したが──ハグリッドが自分と2人が親戚だと知っているのか分からず、黙り込んだ。

 

 

「よいところに気付いた。わしの兄弟のアバーフォースは、ヤギに不適切な呪文をかけた咎で起訴されての。あらゆる新聞に大きく出た。しかしアバーフォースが逃げ隠れしたかの?──いや、しなかった!頭をしゃんと上げ、いつも通りの仕事をした!もっとも、文字が読めるのかどうか定かではない。したがって、勇気があった事にはならんかもしれんがのう…」

 

 

ソフィアはぱっと立ち上がり、背中を丸めその大きな体を出来る限り小さく見せようとするハグリッドの背中を撫で、緑色の目で優しくハグリッドを見つめた。

 

 

「ハグリッド、私たちはあなたが大好きなのよ、知らなかったの?」

「戻ってきて、教えてよハグリッド」

 

 

ソフィアの後にハーマイオニーが静かに言った。

ハーマイオニーは、心からハグリッドが戻り、その少々危険で刺激的な授業を受ける事を望んでいた。確かに、代理教師の授業は素晴らしいものだった。──だが、だからといってハグリッドの授業が劣っていたわけでも、ハグリッドの授業を嫌っていたわけでもない。

 

 

「お願いだから、戻ってきて。ハグリッドがいないと私たちとっても寂しいわ」

 

 

ハグリッドがぐっと喉を鳴らし、大粒の涙が黒い小さな目にみるみる内に溜まった。

 

 

「ハグリッド、あなたが半巨人でも、何でもいいの。あなたは私たちの大切な友達の──ただのハグリッドよ」

 

 

その言葉についにハグリッドの涙は溢れ、頬や髭を伝いぽたぽたと落ちる。ハーマイオニーもハグリッドのそばに駆け寄り、その太い腕を慰めるようにぽんぽんと叩いた。

 

 

 

「辞表は受け取れぬぞハグリッド。月曜日に授業に戻るのじゃ。明日の朝八時半に、大広間でわしと一緒に朝食じゃ。言い訳は許さぬぞ。──それでは皆、元気での」

 

 

ダンブルドアはさっと立ち上がり、一度ファングの耳の後ろを優しく撫でてから小屋を出て行った。

扉が閉まると、ハグリッドは大きな両手に顔を埋めてすすり泣き始めたが──暫くして、両手を下ろすと目を真っ赤にしてハリーを見た。

 

 

「偉大なお方だ…ダンブルドアは…偉大なお方だ……」

 

 

噛み締めるように呟くハグリッドに、ハリー達はにっこりと微笑み頷く。すぐにハグリッドは自分の両隣に寄り添うソフィアとハーマイオニーを泣いて腫れた目で見つめる。

 

 

「ありがとう、ソフィア…ハーマイオニー…俺は…俺は…」

「いいのよハグリッド。友達が泣いていたら寄り添うのは当たり前だわ!」

「ハグリッド、私月曜日が本当に楽しみよ!」

「ああ…月曜日、とびきりの授業をせんといかんな…。…ハリー、お前さんも、ありがとう。──みんなが正しい、俺は馬鹿だった…俺の親父は、俺がこんな事をしているのを見たら、恥ずかしいと思うに違いねぇ」

 

 

目からまた涙が溢れたが、ハグリッドは先程よりもさっぱりと涙を拭い、噛み締めるように呟く。

 

 

「親父の写真を見せたことがなかったな?──どれ」

 

 

ハグリッドは立ち上がり、古びた洋箪笥に向かった。ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ、もうハグリッドが元気と冷静さを取り戻したのだとわかると微笑みあい元の席に座った。

 

戻ってきたハグリッドの手には、色褪せた小さな──その手が大きすぎてそう思うだけかもしれない──写真があり、そっとハグリッドはソフィア達に見えるように机の上に置いた。

 

 

その写真には、ハグリッドと似た小さな黒い目の小柄な魔法使いが優しい目でにこにこと笑い、ハグリッドの肩に乗っていた。そばのリンゴの木から判断してハグリッドの身長は2メートルは超えているだろう。だが、顔は髭も皺もなく、つるりと丸く少年らしいあどけなさがあった。

 

 

「ホグワーツに入学してすぐに撮ったやつだ。親父は大喜びでなぁ…俺が魔法使いじゃねぇかもしれんと思っておったからな…」

 

 

嗄れた声でハグリッドは懐かしむように呟き、写真に写る父を優しく指先でそっと撫でた。

ハグリッドの父親の話を聞くのは初めてであり、ソフィア達は静かにその言葉に耳を傾ける。

 

父親は、二年生の時に死んだことや、退学してからダンブルドアだけが自分を見捨てず、森番としてやり直しのチャンスをくれたこと。家系にこだわり威張り腐る者もいるが、家柄なんて関係なく、誰もが平等に未来があるという事。──最後にハグリッドはマクシームの事を話したが…ソフィア達はその事には触れる事は無い。

ハリーは、マクシームとハグリッドの会話を盗み聞きしていた事を伝えるくらいならスクリュート50匹を一度に散歩させた方がマシだと強く思った。

 

 

「ハリー、あのなぁ」

 

 

ハグリッドは写真から目を上げ、キラキラと輝く瞳でハリーを見つめる。

 

 

「おまえさんに初めて会った時、昔の俺に似てると思った。父ちゃんも母ちゃんも死んで、お前はホグワーツなんかでやっていけねぇって思っちょった。覚えとるか?そんな資格があるのか、お前さんは自信がなかったなぁ……ところが、ハリー!どうだ、学校の代表選手だ!ハリー。俺がいま心から願っちょるのが何だかわかるか?お前さんに勝ってほしい。──本当に、勝ってほしい。みんなに見せてやれ、純血じゃなくても出来るんだってな。自分の生まれを恥じることはねぇんだ。ダンブルドアが正しいんだっちゅうことを…みんなに見せてやれる。魔法ができる者なら、誰でも入学するのが正しいってな。……ハリー、あの卵はどうなっちょる?」

「──大丈夫、本当に、大丈夫だよハグリッド」

 

 

ハリーの言葉にハグリッドはパッと明るい笑顔を見せた。

ハリーは少しぎこちなく笑い──その笑顔の意味にソフィア達は気付いたが、何も言わなかった。

まだ卵のことは何も解決していない。だがそれを今のハグリッドに告げることはとても出来なかった。それが嘘だとしても、ハリーの胸がどれだけ締め付けられ苦しくても──優しい嘘というものは存在する。

 

 

ソフィア達は夕方になったあと、月曜日に再び会う事を約束して城に戻った。

ハリーは、必ず、何としてでも監督生専用風呂へ行き、卵の謎を解き明かしてみせると強く自分に誓った。

 

 

 





原作のスキーターの口調と、少し変えています。
ざんしょ口調はどうしても…どうしても違和感が強くて…


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213 スネイプの研究室に侵入者!

 

 

 

ハリーは木曜日の夜、透明マントと忍びの地図を使い監督生専用風呂が無人なのを確認し、なんとか卵の謎を解き明かすことが出来た。それは男子風呂を時たま覗くというマートル──彼女は三階のトイレに住むゴーストだ。ハリーが二年生の時に度々交流する事があったが…去年は一度も彼女の事を思い出さなかった──の悪癖からくる助言にかなり助けられたと言えるだろう。

 

 

「ソフィアはたまに会いに来てくれるのに…ハリー、あなたったら、全然来てくれないんだもの…いつかまた、私のトイレに来てくれる?」

「ああ……出来たらね」

 

 

ソフィアはたまに会いに行っていたのか。彼女と話しても──憂鬱になるだけなのに。と、ハリーは思ったが流石にそれは言わず、今度マートルのトイレに行く時は校内全てのトイレが詰まった時だろうな。と考えた。

 

 

その後ハリーは透明マントを被り忍びの地図を開く。もう生徒は寝静まっている時間だが、見回りの教師やフィルチは動き回っている事だろう。万が一深夜に寮を抜け出していることがバレたなら──1週間は罰則だろう。また、禁じられた森に行かされるかもしれない。

 

 

地図を見ていたハリーは、セブルスの研究室に動く黒点がある事に気付いた。しかし、その名はセブルス・スネイプではなくバーテミウス・クラウチと書かれていた。

何故、クラウチ氏が──病気でダンスパーティにくることが出来ないクラウチ氏が、スネイプの研究室にいるのだろうか、それも、こんな深夜に……。

ハリーはこのまま寮に戻るべきか悩んだが──好奇心に勝てず、行き先を変えセブルスの研究室に向かった。

 

 

しかし、ハリーは地図の上にある黒点が奇妙な動きをする事に気を取られ──騙し階段にズブリと片足を突っ込んでしまった。

いきなり足が取られたハリーの体はぐらりとよろめき、その場に倒れる。腕に持っていた卵が腕の中から飛び出てしまい、ガンガンと大きな音を反響させながら階段を転げ落ちていく、咄嗟に手を飛ばした途端マントが体からずり落ちてしまい、慌てて押さえたが──今度は手から忍びの地図がひらりと落ちた。

 

卵は階段下のタペストリーを突き抜け廊下に落ち、ぱかりと開いた。すぐに廊下中につん裂くような叫び声が響く。ハリーは杖を取り出し、懸命に腕を伸ばしなんとか忍びの地図を白紙に戻そうとしたが、階段に膝上まで沈んでいるせいで届かない。

 

ハリーはあまりの失態に鼓動が嫌に早く打ち、脳の奥がくらくらと眩暈がするように感じた。気分まで悪くなり吐きそうだ。間違いなく、この音を聞きつけフィルチがやってくる。

 

 

ハリーの想像通りフィルチはあまりの騒音に耳を塞ぎながらすぐにやってきて、騒音の元である卵を閉じ、辺りを注意深く見渡した。

はじめはこの卵が何かわからなかったが──代表選手の卵だとわかると、その顔を歪な喜びで溢れさせた。ピーブスが代表選手から盗んだに違いない、この事をダンブルドアに伝えればあの性根が腐り、問題しか起こさないピーブスをようやくホグワーツから追い出す事が出来る!──フィルチは階段を上がりつつ、タペストリーをひっくり返しながらハリーが居るところへ近づいた。

 

ハリーは、蒼白な顔でフィルチにぶつかるか、忍びの地図がばれてそこにハリー・ポッターと表示されている名前を見られるか──どちらにしろ最悪の結果を覚悟し、ぎゅっと目を閉じた。

 

 

「フィルチか?何をしている?」

「めちゃくちゃうるさい音でしたねぇ、何だったんですか?」

 

 

突如、フィルチでは無い声が響く。

ハリーはそっと目を開け、最悪の相手であるセブルスと、唯一の救いになりそうなジャックが階段下に立っているのを見た。

セブルスはかなり怒っている表情を浮かべ長い灰色の寝巻きを着て、ジャックは眠そうにあくびを噛み殺しながら闇に溶けるような黒い寝巻きを着ていた。

 

 

「スネイプ教授、エドワーズ。ピーブスです、あいつがこの卵を、階段の上から転がして落としたのです」

 

 

セブルスとジャックはすぐに階段を上がりフィルチのそばで止まった。

ハリーは歯を食いしばり、心臓の大きな鼓動がセブルス達に聞こえやしないかと胸を強く抑えた。

 

 

「ピーブスだと?しかし、ピーブスは我輩の研究室には入れまい…」

「卵は教授の研究室にあったのでございますか?」

 

 

まさか、なんらかの理由で代表選手から卵を取り上げて管理していたのかとフィルチは怪訝な顔をした。

 

 

「勿論違う。バンバンという音と、泣き叫ぶ声が聞こえたのだ──」

「はい、教授、それはピーブスが──」

「…我輩は、調べに来たのだ」

 

 

セブルスは自分の言葉を遮られた事にぴくりと片眉を上げフィルチを冷たい目で見下ろしたが、ピーブスを追い出せるかもしれない興奮でフィルチは気が付かない。

 

 

「ピーブスめが投げたのです、教授」

「そして、研究室の前を通った時、松明の火が灯り、戸棚の扉が半開きになっているのを見つけたのだ!」

「しかし、ピーブスめには出来ないはずで…」

「そんなことはわかっておる!我輩の研究室は呪文で封印してある。魔法使い以外は破れん!」

 

バシッとセブルスは強く言い切る。

困惑するフィルチに、ジャックは苦笑しながら口を開いた。

 

 

「それで、俺が何故か疑われて叩き起こされて──まぁ無実だったんですけどね──松明の火は灯ったままだったので、この騒ぎで急いで逃げ出したんでしょう。それで、一緒に見に来たわけです」

「フィルチ、一緒に来て侵入者を捜索するのだ」

「私は──しかし…」

 

 

フィルチは未練がましい目で階段の上を見つめた。この先にピーブスが息を殺して笑いながら隠れているに違いない、ピーブスを追い詰めるチャンスを失うのは無念だとその目が訴えている。

 

ハリーは心の中で「早く行け!」と叫び、これ以上無いほど強く願った。

 

 

「お言葉ですが教授、校長は今度こそ私の言い分を聞いてくださるはずです。ピーブスが生徒のものを盗んでいるのです。こんどこそ、あいつをこの城から永久に追い出すまたとないチャンスなのです」

「フィルチ、あんな下劣なポルターガイストなどどうでもよい。問題は我輩の研究室だ──」

「そうですよフィルチさん。研究室から材料が盗まれたとなると、──ものによってはセブルスは始末書を書かなきゃならないし、減給ですし」

「……余計な事を言わないでいただけるかね」

「いやー。…ってか普通にあの子達なんじゃあ…」

「へ?まさか──ウィーズリーの双子か?」

 

 

フィルチはジャックの言葉に、よく悪戯をし生徒達の中でも1番の問題児であるフレッドとジョージを思い浮かべたが、セブルスは無言でジャックを睨むだけだった。ジャックはセブルスの睨みに肩をすくませ「違うかな?」と呟いた。

 

ハリーはセブルスが始末書を書かされ減給され、悔しく歯噛みしている姿を想像し──何故クラウチが研究室に忍び込んだのかわからないが、その行動を褒めたくなってしまった。

 

 

コツ、コツ、と小さな音が響く。

セブルスとジャックは言葉をぴたりと止め、階段の下を見下ろした。

足を引き摺り、いつものステッキに体重を預けながらムーディが現れ、3人を見てふっと笑う。

 

 

「パジャマパーティかね?」

「このメンツでやるにはちょっと花もトキメキと色気もないなぁ」

 

 

ジャックはムーディの言葉にジョークで返し、ハリーは思わず吹き出しそうになったのをなんとか堪えた。

しかし、笑えたのはハリーだけであり、セブルス達は「何馬鹿な事を言っているんだ」という厳しい目でジャックを見据える。

 

 

「……私たちは、物音を聞きつけたのです。ムーディ教授。ポルターガイストのピーブスめが、いつものように物を放り投げていて──それに、スネイプ教授は誰かがスネイプ教授の研究室に侵入したのを発見され──」

「黙れ!」

 

 

セブルスは歯を食いしばったまま低く叫ぶ。フィルチはびくりと肩を震わせ、何故それほど怒っているのか理解できず困惑した。

 

ムーディはセブルス達に近付き──そして、階段の中程に居る3人と、その上にいるハリーを見た。

 

ハリーもまた、ムーディの魔法の目だけは透明マントを見通すことが出来ると知っていて、心臓がぎゅっと痛くなる。ムーディはこの奇妙な光景に気付くだろう。──僕が居る事を、言ってしまうだろうか。

 

ムーディはぱかりと口を開きハリーを見つめたが──すぐに口を閉じると、両眼でセブルスを見た。

 

 

「スネイプ、いま聞いたことは確かか?誰かが君の研究室に侵入したと?」

「大したことではない」

 

 

セブルスとジャックの頭に浮かんでいるのは──ソフィアとルイスである。なんの理由があるのかはわからないが、あの2人は毎年何かに巻き込まれ、親や大人の忠告を聞かず、相談もせずにとんでもない事をする。

二年生の時、ソフィア達はポリジュース薬を作るためにセブルスの研究室から幾つかの材料を盗んだのだが、セブルスはそれを知らない。

知らないが、今までの数々の校則を無視しとんでもないことに巻き込まれていくという事実から十分あり得る、と思っていた。

 

侵入したのが我が子ならば許される事ではないが、後で問い詰め今度は何に首を突っ込んでいるんだと聞かねばならない。

それに、セブルスは──自身の過去を知っているムーディを警戒していた。

 

そのため、ムーディにはあまり、研究室で侵入があった事などを知られたくはなかった。

 

 

 

「いいや、大したことだ。君の研究室に侵入する動機があるのは誰だ?」

「…おそらく、生徒の誰かだ。以前にも同じ事が──あったからな」

 

 

セブルスはふと、もしや以前の盗みもソフィアかルイスの仕業かと思ったが、今この場でそれを言うことは無かった。

 

 

──ソフィアは調合が不得意だ、禁じられた魔法薬を作れるわけがない。作るのは、ルイスだろうか?いや、ルイスは個人授業で、すでにいくつかの禁じられた魔法薬を作っている。わざわざ盗む危険を犯し、私の監視下外でそんな愚行をする事はない。ならば、やはりソフィアと……ポッター達か。グレンジャーは優秀だ、作れないことも、ないだろう。

 

 

セブルスは暫し沈黙しながら、低い声で唸るように呟いた。

 

 

「──生徒が何人か、禁じられた魔法薬を作ろうとしたに違いない」

「魔法薬の材料を探していたというんだな?え?──他になにか研究室に隠してはいないな?」

 

 

ムーディの含みを見せる言葉にセブルスはこめかみにびきりと青筋を立てる。ひくりと口先を震わせたセブルスに、ジャックが何気なくセブルスとムーディの間に立ち、お互いを牽制するように「まあまあ」と朗らかに言った。

 

 

「アラスター。闇払いの特権…とか使って、セブルスの研究室は事前にかなり、徹底的に調べてただろ?俺の部屋も調べてたし──何も出てこなかったはずだよな?」

「ああ、その特権でね。ダンブルドアがわしに警戒せよと──」

「そのダンブルドアは、たまたま我輩を信用なさっているのですがね」

「それは、ダンブルドアだからだ。君を信用する──人を信用する方だからな。やり直しのチャンスを与える人だ。しかしわしは……洗っても落ちないシミがあるものだ、というのが持論だ。決して消えないシミというものがある──」

「アラスター!!」

 

 

ジャックが強く叫んだ。

ハリーはその強く批難が込められた叫びにびくりと肩を震わせる。いつも優しく、悪戯っぽい笑顔を浮かべるジャックの表情は固く、強い眼差しでムーディを睨んでいた。

 

 

「アラスター、それは俺にも言えるのか。…あなたが──俺に?」

 

 

ジャックはスパイだったとしても、敵を欺くために死喰い人として活動していた時期がある。ヴォルデモートがハリーにより消え──世間がヴォルデモートが死んだのだと思い沢山の死喰い人が捕らえられた時、ジャックもまた死喰い人として名を上げられた。しかしすぐにダンブルドアがスパイである事を幾つかの証拠と共に提言し、投獄される事は無く、全てが終わった後で騎士団の騎士団員はジャックの任務を知ったのだ。

勿論、ムーディもその事は知っている筈だ。だが、消せないシミがある、後ろ暗い事があると間接的に言われたジャックの心は激しく動揺していた。

 

 

──法廷で、あなたはダンブルドアと共に庇ってくれたじゃないか、アラスター。

 

 

 

「……ジャック、君の立場はまた違うだろう」

 

 

セブルスはほぼ無意識に左腕を抑え、ジャックはぐっと唇を噛んだが──すぐに大きくため息を吐き頭をがしがしと掻き、苛々とした口調で吐き捨てた。

 

 

「…アラスター、お前……()()()()()()

 

 

ジャックはどこか、失望を滲ませる目でムーディを見る。

ムーディは暫く沈黙し──ふっと笑った。

 

 

「敵や、死んでいった者の顔と名前は忘れんのだがね」

「…。……ま、あんたらしいけどさ。…ほら、セブルス、フィルチさん。こんな階段に居ても意味ないから、さっさと侵入者を探しに行かないと……いや、もう手遅れかな?」

 

 

かなり時間が経ったし、とジャックは呟き階段を一段降りてセブルスを見上げた。

セブルスは左腕を押さえてしまった自分に苛立ちながら苦々しい目でムーディを睨む。ムーディは嘲笑うかのように歪に口先を歪めた。

 

 

「そのうち、どこか暗い廊下で君と出会うのを楽しみにしている」

「アラスター、セブルスと会うくらいなら今度俺とお茶しよーぜ?」

「…ああ、時間があえばな。……おい、ジャック、何か落とし物だぞ」

 

 

ムーディはハリーより六段下の階段に落ちたままの忍びの地図を指差した。

ジャックは「え?」と首を傾げその指先の先を視線で追う。セブルスとフィルチも、何かあっただろうか、とその先を見た。

 

ハリーはさっと顔色を変え、慎重さをかなぐり捨てマントの下で大きく手を振り「それ、僕のです!」と声に出さずムーディに訴えた。

 

 

「アクシオ!羊皮紙よ来い!」

 

 

ジャックは地図に手を伸ばしたが、その手が地図を掴むよりも先にムーディの呪文が地図にあたり階段下にいるムーディの元へと舞い降りる。

 

 

「わしの勘違いだ。わしの物だった──前に落としたものらしい」

 

 

ムーディは静かに言ったが、セブルスはその地図を見てしまった。

代表選手が持つ金の卵、そして、見覚えのある羊皮紙──いや、地図。

 

 

「──ポッターだ」

「何かね?」

 

 

ムーディは地図をポケットにしまい込みながら静かに聞く。

セブルスはくるりと振り返り、舐め回すように階段を睨み見た。睨んだ先はたまたまハリーがいる場所であり──ハリーはドキドキと心臓が嫌に煩くなる音を聞き、何とか階段から抜け出そうと音もなくもがく。

 

 

「その卵はポッターの物だ、羊皮紙もポッターのだ。以前に見た事がある──我輩にはわかる。透明マントを使ってるに違いない、ポッターがいるぞ!」

 

 

セブルスは両手を前に突き出し、息を殺し隠れているハリーを何としてでも見つけてやると強い執念を持ち階段を一段一段上がる。

ジャックもまた、きっとあの卵も羊皮紙もハリーの物なのだと思った。──たしかに、ハリーなら透明マントを使い寮を抜け出す事が出来るだろう。何度か、ジェームズがそうやって使っていたのを見た事がある。卵の謎を解くために夜徘徊していたのかもしれない。──だが、もう逃げているのではないだろうか、とセブルスの肩を叩いた。

 

 

「セブ、ハリーだとしても。もう逃げてるんじゃねえ?」

「いや、必ずいる。卵と羊皮紙を落として逃げ帰るわけがない!」

「んー…まぁ、大事なもんだしなぁ…」

 

 

ジャックはふと、たしかこの階段には騙し階段があり、足がハマったら1人ではなかなか抜け出せないはず──と思い、その階段の場所を見た。

その階段には、奇妙な事に──何かが突き刺さっているかのような空洞がぽかりと空いていた。

 

 

──成程、動けなくなったのか。…って事は今までの会話も聞いてたなこれ。アラスターの魔法の目は、透明マントは…見通すのか?聞いた事がないからわからないな…。もし見えるのなら──庇ってる?

 

 

ジャックはピンときてすぐに今ここで交わした会話を思い出した──大丈夫、な筈だ。アラスターも、セブルスも、俺も、死喰い人の事は何も口に出していない。…いや、ちょっと怪しかったけど、ハリーは…言葉の真意に気が付かない筈だ。

 

 

「そこには何も無いぞスネイプ!しかし、校長には謹んで伝えておこう。君の考えがいかに素早くハリー・ポッターに飛躍したのかを!」

「──どういう意味だ?」

 

 

ムーディの言葉に、セブルスは振り返り冷たい目でムーディを見下ろす。

セブルスが伸ばした両手はハリーの鼻先まで10センチと無いところまで迫っていた。

 

 

「ダンブルドアは、誰がハリーに恨みを持っているのか興味がある、という意味だ。──そして、わしも興味があるぞ、スネイプ…大いにな」

 

 

ジャックはセブルスの苦虫を噛み潰したような表情を見た。

セブルスがハリーを恨んでいる──ハリーを通して、ジェームズを恨んでいるのは間違いない。だが、その理由をムーディは知らない。……それを、伝える事は愚かな事だろう。

 

 

「我輩はただ──ポッターがまた夜遅くに徘徊しているなら……それは、ポッターの嘆かわしい習慣だ。やめさせなければならんと思っただけだ。……あの子の、あの子自身の──安全のためにだ」

 

 

それは、ごくごく僅かに、セブルスの本心でもある。ハリーに対してセブルスが持つのは恨みだけではない、ハリーの生い立ちや、立ち位置、そして自らとの関係を考えれば──かなり、複雑なのだ。

ハリー・ポッターは、セブルスにとって義理の甥である。何よりも愛したアリッサの妹の忘れ形見だ。

だが、ハリーは、そのアリッサの死の原因となった男、ジェームズ──シリウスにも原因があるが──の子どもでもある。

ハリーに対する感情は──言葉では表す事が難しい。

 

 

「なるほど。ポッターのためを思ったと、そういうわけだな?」

 

 

一瞬、間が空いた。

フィルチの足元にいたミセス・ノリスが鼻をひくつかせながらニャアと大きく鳴く。

動かないセブルスに、ジャックは駆け寄りぽんと肩を叩いた。

 

 

「ハリーは大切な生徒だ。な?セブルス。──ほら、もう戻ろうぜ?研究室で何が盗まれたか…何も盗まれてないのか、確認したか?」

「…いや…まだだ。──研究室に戻ろう」

 

 

セブルスはぱしっとジャックの手を鬱陶しそうに叩き落とし、素早く階段を降りた。

ジャックは小さくため息をつき、その後を追う。一度ちらりとハリーがいるかもしれない方向を見たが、ムーディがいるのならなんとかして切り抜けるだろう、と思いハリーを助ける事は無かった。

 

 

ハリーは一番厄介なセブルスがいなくなった事に、大きく安堵の息を吐いた。

 

 

 



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214 いつまで経っても怪しい人!

 

 

次の日の呪文学の授業は、追い払い呪文の訓練だった。

教室中のそこかしこに生徒が散らばり、クッションを正確な場所へと追い払う。

騒がしい教室ではハリー達のひそひそとした会話などだれも気にしない。ハリーは昨夜何があったのか──卵の謎も含めて──全てソフィアとハーマイオニーとロンに話した。

 

 

「まぁ、ムーディ先生はいつも敵がすぐそばにいるかも…って疑心暗鬼になってらっしゃるのよね?教師達の研究室を捜索くらい、しそうだわ」

「確かに、そうだな…」

 

 

ムーディがセブルスとジャックの部屋中を捜索したらしい、という言葉にソフィアは少し考えたがあまり気にする事はないと思ったのか、軽い口調で答えた。

ロンは晩年のムーディがどのような状況か知っていた為、小さく呟く。

 

 

「ムーディは、カルカロフだけじゃなくて…スネイプと…ジャックも監視するためにここにいるのかな?」

「ダンブルドアはそれを頼んだかどうかわからない。──だけど、ムーディは絶対そのつもりだな」

「ええ?…ジャックは、ムーディ先生とかなり仲良いのよ?確かに…ジャックはスネイプ先生もカルカロフ校長とも知り合いみたいだけど…だからって監視するかしら」

 

 

ジャックとセブルスは、ソフィアにとって大切な家族である。その家族が元闇払いに疑われているなんて──怪訝な顔をするソフィアに、ハリーとロンは顔を見合わせ考え込んだ。

 

 

スネイプだけを見張るのならわかる。スネイプもカルカロフも怪しい。けど……ジャックは、どうして?

しかし、考えても答えは全く出なかった。

 

 

「…ムーディが言ったけど、ダンブルドアがスネイプをここに置いてるのは、やり直すチャンスを与えるためだとか…なんとか…」

「なんだって?」

「やり直すチャンス?」

 

 

ロンは目を丸くし、ソフィアはその言葉の意味が理解できず困惑した。

やり直すチャンス──セブルス(父様)がホグワーツの教員になったのは、自分達が1.2歳の頃…母様と兄様が亡くなってからだと聞いている。

だが、何をやり直す?なんのチャンスなんだろう?──文脈を読めば、父様は何か過ちを犯し、それを挽回するためホグワーツで働いている…という事だろうか。

 

 

「ハリー……もしかしたら、ムーディはスネイプが君の名前を炎のゴブレットに入れたと思ってるのかも!ジャックはスネイプと仲良いから、調べられたとか?」

「でもねえロン。前にもスネイプがハリーを殺そうとしてるって思った事があったけど、あの時スネイプはハリーの命を救おうとしてたのよ、覚えてる?」

 

 

ハーマイオニーは首を振り、呆れながら言った。ソフィアはようやく、ハーマイオニーが自分の父親を擁護してくれたと少し嬉しくなりながら──今までは散々だったのだ──同調するように頷いた。

 

 

「スネイプ先生はハリーの事が嫌いみたいだけど…殺そうとまでしてないわ」

「…そうかなぁ?いつも視線だけで殺されそうだし」

「まぁ、キツイのは確かね」

 

 

ハリーは眉間に皺を寄せ嫌そうに吐き捨てる。ソフィアも、セブルスのハリーへの対応の酷さは知っていた為、間違っても「そんな事ないわ」とは言えなかった。

 

 

「ムーディが何を言おうが、私は気にしないわ。ダンブルドアは馬鹿じゃないもの。ハグリッドやルーピン先生を信用なさったのも正しかった。あの人たちを雇おうとしない人は山のようにいるけれど──だから、ダンブルドアはスネイプについても間違ってない筈だわ」

「少なくとも、10年以上ここで教師をしてるわけだものね…私も、ムーディ先生の言葉なんて気にしないわ。スネイプ先生は確かにかなり贔屓だし、罰則ばかりだし、ハリーにキツイし…嫌になる時もあるけど。私──嫌いではないもの」

「ええっ!?…正気?僕は大っ嫌いだね!」

「僕もだ!」

 

 

ソフィアの言葉にロンとハリーは驚愕し──その瞬間杖を振り上げすぎて追い払い呪文がかけられたクッションは天井からぶら下がるシャンデリアにガシャンと当たった。

 

 

「…スネイプ先生やジャックの事より…私は、クラウチさんが何故スネイプ先生の研究室に来たのかが気になるわ」

 

 

ソフィアはロンとハリーの嫌そうな視線を無視して杖を振った。クッションはぴゅんと綺麗な放物線を描いて飛び、きっちりと箱の中に収まった。

 

 

「そうね。ダンスパーティにも来れなくて、仕事はずっと病欠……なのに、夜にホグワーツに来るなんて…おかしくない?」

「今後、クラウチさんがずっとお休みだったら……怪しいわね。…まさか、クラウチさんがハリーの名前を…?」

 

 

 

ソフィアはぽつりと呟いた。

いや、それは考え難い──だが、今までの行動から怪しいのもまた、事実だ。

 

 

「暫く、様子を見ましょう。──ハリー、あなたは課題の事も考えないといけないもの」

「そうだね…でも、ソフィア──僕はスネイプがやり直すチャンスを貰う前に何をしたのか、知りたいんだ」

 

 

ハリーのその言葉は自分でも驚くほど厳しいものだった。ソフィアは、きっとセブルスの弱みを握りたいのだろうと思い、小さくため息をつく。

 

 

「ジャックに聞いてみたらどうかしら?スネイプ先生は卒業してから教師になるまで、何をしていましたか?…って。後ろ暗い事がなければ教えてくれるんじゃないかしら?」

 

 

ソフィアは二つ目のクッションを箱の中に入れながらハリーの目を見ずに答えた。

そして──確かに、卒業してから教師になるまで、セブルス(父親)には空白の期間がある。その間何をしていたのか、ソフィアは少し気になり──今度本人に直接聞いてみようと思った。

ちょうど、ハリーの手元に忍びの地図はない。夜に罰則という名の密会をしても、変には思われない筈だ。

 

 

「…あ、確かに、そうだね!」

 

 

ハリーはあれほど2人は──何故か──仲が良いのだ、きっと何があったか知っているに違いない。今度ジャックに聞いてみようと思いながら杖を振り、見事クッションを箱の中へと着地させた。

 

 

 

 

その後、ハリーはなかなかジャックとの時間をとる事が出来なかった。

廊下ですれ違う事や、食事時に大広間に居るのを見かける事はあれ、高確率でジャックのそばにはセブルスか、生徒が居た。

いや、セブルスがジャックに付き纏っているのではない、ジャックがセブルスに付き纏っていると言えるだろう。

セブルスは嫌そうに自分の後ろをついて歩くジャックを見るが、止める事はない。ニコニコと人当たりのいい笑顔を浮かべ楽しげに話しかけるジャックを見たハリーは、何故スネイプなんかと友人でいられるのか不思議でならなかった。

 

 

流石にそばにいるセブルス本人を前にして「スネイプって卒業してから何してたの?」などと、聞けるはずはない。

 

 

ハリーはとりあえずホグワーツで起こった事はなんでも伝えて欲しいというシリウスに、ムーディとセブルスとジャックの会話を覚えている全てを書き、クラウチがセブルスの研究室に居たことも忘れずにしっかりと書いた。

 

 

今、ハリーにとって早急に知らなければならないのはセブルスが何をしたかではなく、水の中で1時間どう生き延びればいいのか、という問題だ。

 

 

「アクアラングがあったらなぁ…」

「何それ?」

 

 

フクロウ小屋から談話室へ向かう廊下でハリーがぽつりと呟き、魔法界で暮らすソフィアとロンは首を傾げた。

すぐにハーマイオニーがアクアラングの説明をしたが、2人は不思議そうに目を瞬かせる。

 

 

「またアクシオを使ったら?その、アクアラング?っていうやつをマグルの村から呼び寄せるんだ!」

 

 

ロンはまたアクシオを使えば良いと言ったが、ハリーは難しそうな顔をした。

アクアラングは、ダイビングをする時に使うものであり、これをつけていれば酸素ボンベから酸素が送られ溺れる事はない。だが──かなり、大きいアクアラングは鳥や未確認飛行物体に見間違えられる事はないだろう。

 

 

「無理よ!アクアラングなんて…ハリー?使ったことあるの?」

「あー…無いね」

「もし、呼び寄せたとしても使いこなすまでに1時間経つわ!それにきっと国際魔法秘密綱領に触れて、失格になるわ。マグルの村から飛んでくるアクアラングを誰も見ないなんて…不可能だもの!」

「わかってるよ!…アクアラングみたいに、水の中で空気が吸える魔法があったらなぁ…」

 

 

ハリーも、アクアラングを呼び寄せる事は現実的ではないとわかっている。

だが、水の中で息をできなければ──自分は1時間ぷかぷか浮いて過ごすことになる。

 

ハリーが悔しそうに言い、ロンとハーマイオニーは「うーん…」と唸った。

ソフィアはきょとん、とした顔で3人を見つめるとすぐにニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

 

「私、知ってるわよ!水の中でも呼吸が出来る魔法!」

「ええっ!?」

「本当なの!?」

「うわー!よかった!」

 

 

ソフィアはふふんと胸を逸らせ「泡頭魔法って言うの。それで水の中でも呼吸が出来るわ!悪臭を防ぐのによく使われているわね」と泡頭魔法の説明をする。

ハリーはほっと表情を緩め、これで第二の課題はなんとかなりそうだと胸を撫で下ろした。

 

 

「ただね、ハリー。…あなた、泳げるの?この魔法は、呼吸はできるようになるけれど、泳げるようになるわけじゃないの」

「ぼ…僕……その、泳げるようになる魔法とか──」

「それは…足をプロペラか、水中人のヒレに変えたりするしかないわね…」

 

 

ハリーは、泳ぎについて全く自信がなかった。

ホグワーツに来るまでにダドリーはスイミングスクールに通っていたが、勿論ハリーが通わせてもらえるわけがない。そんな金の無駄な事をあの家族は行わない。

運動神経の良いハリーは、軽くバタ足をしたり、少し潜る事は可能だろう。

だが──二つ目の課題は、何かを水中で探さなければならないらしい。それも、おそらく湖底に住んでいるも水中人に会わなければならない。水中人の住処を見つけ出し、何かを水中人から受け取る課題だとするのなら…たとえ呼吸ができたとしても、それ程深く潜れると思わなかった。

 

 

ハーマイオニーは歩みを止めてくるりと振り返る。

いきなり止まったハーマイオニーに、ソフィア達は驚き、慌てて急停止した。

 

 

「じゃあ、私とロンで他の方法を図書館に探しに行く、ハリーとソフィアはあの部屋で泡頭呪文の練習をする!どうかしら?」

「ええ、いいわよ!」

「図書館か…よし、頑張ろうぜ!」

「ありがとう、ハーマイオニー、ロン。…ソフィアも、よろしくね!」

 

 

ちょうど左右でそれぞれの目的地に分かれる廊下であり、ハーマイオニーとロンは図書館へ、ハリーとソフィアはあの部屋──花束を持つ少女の部屋へ向かった。

 

 

花束を持つ少女の肖像画がある廊下にたどり着いたとき、突き当たりに飾られた花束を持つ少女の肖像画がぱたりと開いた。

 

ソフィアとハリーは少し離れたところでそれを見て──中からルイスが先にぴょんとおり、ヴェロニカに手を差し伸べちゃんとエスコートしながら廊下へと降ろしているのを見た。

 

 

「ルイス、ヴェロニカ!」

「──あ、ソフィア、ハリー」

 

 

ルイスはまさかソフィアと会うとは思わず驚いた顔をしたが、少し頬を赤らめてにっこりと取り繕うように笑う。

 

 

「この部屋使いたいんだけれど…いいかしら?」

「ああ、大丈夫だ」

「僕たちは図書館に行くから。…でも、珍しいね。2人って」

 

 

ルイスはその後ろにハーマイオニーとロンの姿がない事に気が付き首を傾げる。

まさか喧嘩──は、してないはずだ。

 

ハリーは「2人は図書館なんだ」と答え、そうだ──ルイスにも一応、上手に泳ぐ魔法について聞いておこうと思った。

 

 

 

「ルイス、上手に泳げるようになる魔法…とかない?」

「え?泳ぎ…?」

 

 

いきなりの話題にルイスはきょとんとしたが、すぐにあっさりと頷いた。

 

 

「あるよ」

「ええっ!?ほ、本当に!?」

「…ハリーが使える魔法よ?」

 

 

潜水艦に変身する事や足を水中人のように変える事はハリーには不可能だろう。

ハリーは「どんな魔法!?」と期待で目を輝かせルイスに詰め寄ったが、ルイスは「うーん」と少し言葉を濁した。

 

 

「魔法じゃないけど。…うまく泳げる──というか、(エラ)(ヒレ)が出来て、水中人みたいに水の中を自在に泳げるようになる薬草があるんだよ。──ハリーが必死になるって事は、第二の課題絡みかな?」

「う、うん!…そ、その…教えてくれないかな…?」

「鰓昆布っていうものだよ。…だけど、これかなり貴重で、高価なんだよね…授業では絶対使わないし…」

 

 

鰓昆布。

ハリーとソフィアは初めてその言葉を聞いたがルイスの説明が正しいのなら、間違いなくハリーに必要なものだ。

 

 

「…通販とかで買えるかなぁ?」

 

 

実はかなりの資産家であるハリーは、名前さえわかってるのなら、なんとかなるかもしれないと期待で胸を高鳴らせた。

ルイスは腕を組み顎を撫でながら「どうだろ…」と呟く。

 

 

「わからないや。僕も買ったことないから…」

「そっか…」

「ルイス、よく鰓昆布?なんて知ってるわね?どれだけ難しい本に載ってたの?」

 

 

ソフィアは魔法薬学は苦手だが、筆記試験は完璧である。勿論それなりに予習をしているため、四年生が知らないレベルの魔法薬学の知識は、あった。

しかし鰓昆布など、聞いたことがない。

ソフィアが驚き半分、尊敬半分の眼差しでルイスを見ていると、ルイスは誇らしげにちょっと胸を逸らせた。

 

 

「ほら、僕はスネイプ先生の個人授業を受けてるでしょ?──かなり進んでてね。その時使った地中海の魔法水生植物の本に書いてあって…。──あ、鰓昆布、そういや先生の研究室にあったなぁ…」

「本当に!?──よし、ハリー。最悪盗むしかないわ」

「……、…第二の課題より難しそうだね…」

 

 

 

スネイプの研究室に鰓昆布がある。

それはかなり有益な情報だが、ただでさえ先日研究室にはクラウチが入り──スネイプはそれを知らないが──警戒しているだろう。

 

──万が一バレたら、全ての盗みがポッターの仕業だったのかと思うに違いない。……確かに、二年生の時は僕たちが盗んだけど。

 

 

それに、忍びの地図がなければ研究室が無人かどうかはわからない。鰓昆布は呼吸の問題だけでなく、泳ぎの問題もクリアしていて喉から手が出るほど欲しかったが──しかし、今のハリーにセブルスの研究室に入り盗む勇気は無い。

 

 

「鰓昆布って、どんな見た目なの?」

「えーっとね……灰緑色で、ネズミの尻尾をくるくる丸めたみたいな…(ぬめ)りがあって──本気で、盗むつもり?」

「時と場合によるわね」

 

 

真剣な顔をするソフィアに、ルイスは呆れたような目をして「スネイプ先生、かなり怒ると思うよ」と呟き肩をすくめた。

 

 

「まだ時間はあるし、僕も他の方法を探してみるね。──ヴェロニカ、行こうか」

 

 

ルイスは隣に立つヴェロニカに優しく微笑みかける。ヴェロニカは頷き、ハリーとソフィアに手を振り、2人はいつもよりも近い距離でゆっくりと図書館へと向かった。

 

 

その後ろ姿を見送ったソフィアとハリーは顔を見合わせる。あの2人は恋人になったらしい、確かに──なんとなく、他の人とは違う雰囲気を2人は纏っていた。

 

 

 

「よし!ハリー、とりあえず泡頭呪文を頑張りましょう!」

「そうだね、せめて潜れるように…」

 

 

ソフィアはハリーの背中を優しく叩き、ハリーはせめて──見苦しい姿を見せないように頑張ろう、と心に決めた。

 

 



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215 有効な魔法!

 

 

夕食の時間になっても、ハリーはまだ泡頭呪文を使う事が出来なかった。それに、ハーマイオニーとロンの方も読みきれなかった沢山の本を抱え戻って来たが良い成果は無かった。

落ち込むハリーに、ソフィア達はまだ1日目だから明日からも頑張ろうと励ます。ハリーは友達がそばに居てくれ、力になってくれる事の有り難みを強く噛み締めながら頷いた。

 

 

夕食のハッシュドビーフを食べていると、ソフィアの目の前にルイスが飼っているシェイドがふわりと降り、嘴から器用に一通の手紙を落とした。

 

 

「ありがとうシェイド」

 

 

漆黒の羽を撫でて机の上に落ちる前に手紙を捕らえたソフィアは差し出し人を見て、僅かに目を大きく開く。

 

シェイドはソフィアが手紙を受け取ると、すぐに大きな羽を広げ──あまりの大きさに近くにいたネビルが小さな悲鳴をあげた──今度はルイスの前まで飛ぶと、もう一通の手紙を渡した。

 

ソフィアとルイスはちらりとお互い目を合わせ、周りから見えないように手紙の内容をこっそりと読み、すぐにカバンの中に入れた。

 

 

──珍しいわね。父様からの手紙なんて…何の用かしら…?……最近、変な事はしてないわよね…?

 

 

何か呼び出された怒られる事をしただろうかとソフィアは自分の行動を振り返ったが、今年はまだ何もしていない。

今年、トラブルはハリーにお熱なようであり、ソフィアはまだ例年よりは平穏に過ごしていた。

 

呼び出される理由がわからなかったが、セブルスとおそらく、親子として会えるのは純粋に嬉しく、ソフィアは口元に笑みを浮かべ上機嫌にマッシュポテトを食べた。

 

 

 

夕食後。

ソフィアはハリー達に「少し、ルイスに話があって」とそれらしい言い訳を伝え、大広間の入り口で待っているルイスの元へと向かった。

 

 

「ソフィア、今年も何かしたの?もしかして、もう盗んだの?」

「えっ?ま、まだ何もしてないわよ!」

 

 

ルイスはてっきり鰓昆布をすぐに盗み、それがばれて父親に怒られるのかと思ったが、ソフィアはぶんぶんと首を振った。

 

なら、何故呼び出されるのだろうか?

ソフィアとルイスは不思議に思いながら、通い慣れた地下階段を降りる。

 

 

「ソフィア・プリンスです」

「ルイス・プリンスです」

 

 

それぞれ扉の前で名前を名乗り、向こうからの返答を待つ。

いつもならすぐに扉が開かれるか、入室許可が出るが──帰ってきたのは沈黙だった。

 

 

「あれ?早すぎたかなぁ」

「でも…時刻はあってるわよ?」

 

 

今まで、父が時間に遅れた事は一度も無い。他のことに気を取られ約束自体を忘れる事はあるが──呼び出したのはつい1時間ほど前だ、忘れるとは考え難い。

 

ルイスは「スネイプ先生?」と声をかけ取っ手を掴む。だが、ガチャリと音がして扉は開かず、鍵がかけられている事がわかった。

 

 

「鍵かかってるの、初めてだ…」

「……いつもは、開けてくれていたわよね?……まさか、何か──」

 

 

大広間を出て行った姿は確認している。

何か、あったのか──まさか、中で倒れて──?

 

 

 

「アロホモラ!」

 

 

ソフィアはすぐに杖を取り出し勢いよく扉に向ける。だが、扉から解錠の音は聞こえない。

 

 

「アロホモラ・マキシマ!」

 

 

今度はルイスがアロホモラよりも強い魔法を唱えた。ようやく、かちゃり、と小さく解錠の音が響き、ルイスとソフィアは身体全体でぶつかるようにして扉を開ける。

 

 

「「父様っ!!──あれ?」」

 

 

血相を変えて飛び込んだソフィアとルイスは、目の前に腕組みをして立ち、自分達を見下ろすセブルスを見て、ぽかんと口を開けた。

 

 

セブルスは重いため息をひとつ吐き出すと、無言で杖を振り扉に再度魔法で鍵と防音呪文をかける。

 

 

「なんだ!父様いたの?なら返事してよ!」

「そうよ!私たち、何かあったのかって心配したわ!」

 

 

ぷりぷりと怒る2人に、セブルスは眉を寄せ気難しそうな顔をしたまま、2人の肩に手を置いた。

 

 

「…ソフィア、ルイス。単刀直入に聞こう。──先日、私の研究室に無断で入り、いくつかの薬草を盗んだか?」

 

 

ルイスは怪訝な顔をしたが、ソフィアはセブルスの研究室に侵入者があったことをハリーから聞いている。そして、おそらくその犯人はクラウチだ。だが、それを伝えるべきか悩み──とりあえず、「盗んでないわ」と伝えた。

 

 

「僕も、そんなことしないよ。父様の個人授業を受けてるし…わざわざ隠れて魔法薬作るなんて馬鹿な真似しないよ」

「そうよ、なんで私たちだと思ったの?」

 

 

セブルスは真剣な2人の眼差しを見て、嘘では無いとわかるとほっと安堵する。疑われて怒ってはいるが、悲しそうにしないあたり──去年までの色々な校則違反を思い出し、疑われても仕方がないと思っているのだろう。

 

 

「私の研究室には、強固な鍵がかかっている。通常のアロホモラでは解けぬ──ルイスがしたような、強力な解呪魔法でしか解けない。…毎年校則違反をする生徒たちで、私の研究室に盗みに入る度胸があり、それを使えるのはルイスかソフィアだと思ったのだ。また、ポッター絡みかと……疑ってすまない」

「まぁ…仕方ないわね、毎年トラブルだらけだったもの」

「そうだね。でも今年は…()()何もしてないよ」

「私も何もしてないわ!」

 

 

ルイスがさりげなく自分だけを強調したため、ソフィアも慌てて首を振る。

本当に、今年はまだ危険な目には遭っていない。

 

 

「…なら、いい。何かあったらすぐに言いなさい」

「はーい」

「わかったわ」

「…紅茶でも、飲んでいくかね?」

 

 

セブルスは杖を振り部屋の中央に机と椅子、そしてティーセットを出した。聞いてみたものの、どうせ2人は飲むだろうと思っていたし──ソフィアとルイスもまた、そのつもりだった。

 

 

「ええ、勿論よ!」

「なんだか、久しぶりだね!」

 

 

ソフィアとルイスはすぐに椅子に座り、目の前のティーポットから漂う美味しそうな匂いを胸いっぱい吸い込み、嬉しそうに笑った。

セブルスは硬くしていた表情を緩め、机を挟み2人の前に座るともう一度杖を振った。

ティーポットがふわりと浮かび、3つのカップに温かい紅茶を注ぐ。

 

 

「そういや、何が盗まれたの?」

「…毒ツル蛇の皮だ」

「へぇ…毒ツル蛇の皮を使う魔法薬はどれも難しいし…何の目的だろうね」

 

 

ルイスはクッキーをつまみつつ、紅茶を一口飲んだ。有名どころといえば、ポリジュース薬だが、毒ツル蛇の皮は強力な毒薬を作る時にも使用し、それだけでは狙いが何かはわからない。

 

 

「あ。そういえば父様って、魔法薬学の教師になる前って何の仕事をしていたの?」

 

 

ソフィアはそういえば、気になっていたんだと思い出し何気なく聞いた。ルイスも言われてみれば、卒業してから数年空白がある。何か他の職についていたのだろうかと考え、セブルスを見た。

 

 

「──何故だ」

 

 

セブルスの表情は色を無くし、声は掠れていた。

ルイスは何故そんな反応をするのか困惑したが、ソフィアの脳には「やり直すチャンスを与えるため」というハリーが告げた言葉が浮かび、怪訝な顔をした。

 

 

「気になっただけよ。だって、父様が教師になったのは……母様と兄様が亡くなってからでしょう?それまで何をして生計を立ててたのかなって」

 

 

ソフィアは肩をすくめ紅茶を一口飲む。

暫くセブルスは悩むように口を閉ざしていたが──ようやく開くと、ぽつりと小さく呟いた。

 

 

「……魔法薬を作り、売っていた」

「そうなんだ。──もしかして、ちょっと違法な魔法薬とか?」

 

 

セブルスの様子がおかしい事に気付いたルイスが「まさかね?」と悪戯っぽく聞けば、セブルスは気まずそうに視線を逸らし無言で紅茶を飲む。

 

その反応に、ソフィアとルイスは「間違いなくちょっとどころではないやばい薬を売っていたに違いない」と同じ事を思った。

 

 

──成程、確かに製造するだけで捕まる魔法薬もあるものね…。父様の罪はそれで…償うためにホグワーツにいるんだわ、きっと。

 

 

ソフィアは納得し、気になっていたモヤモヤがひとつ晴れ、スッキリとした気持ちで紅茶を飲んだ。

 

 



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216 4人の共通点!

 

 

ハリーはソフィアに特訓を受け、なんとか泡頭呪文を使いこなす事ができるようになったが、ソフィアとハーマイオニーの懸念は泳げない事以外に、もう一つあった。

 

2月24日は間違いなく寒い。あまり長時間氷のような水に浸かっているのは危険であり、泡頭呪文を使ったとしても長時間潜る事はできないかもしれない。

 

そこでソフィアとハリーは引き続き、使えそうな魔法を探し、ロンとハーマイオニーは極寒の湖の中でも耐えられる魔法を探した。

 

ソフィア達はこれ程まで図書館に籠ったのは初めてでは無いか、というほどの時間を図書館で過ごした。

手当たり次第に本を探し、1ページずつ読むがホグワーツの図書館の本は無数にある、どこに自分にとって必要な魔法があるのか、ハリーには見当もつかなかった。

 

一日一日が、弓矢のように突き進み気がつけば第二の課題の2日前になっていた。

もはや、ハリーは本気でセブルスの研究室に忍び込むしか無いのかもしれない、と何度も愚かな考えを浮かべては無理矢理消した。

 

──だめだ、危険すぎる。既に疑われているし、スネイプのことだ、研究室に何か仕掛けをしていてもおかしくない。

 

 

ハリーは日に日に焦り、不安から口数が減り顔色が悪くなってきた。第一の課題の時のように食欲がなくなり、スープを少しだけ啜っていると目の前にシリウスへの手紙を配達していた茶フクロウがようやく、戻ってきた。

 

 

ハリーはすぐにスプーンをがちゃんと置くと、沈んでいた気持ちが僅かに上を向き、すぐにフクロウの脚に付いている羊皮紙をもぎ取り開いた。

 

 

『フクロウ便で、次のホグズミード行きを知らせよ』

 

 

シリウスからの返事は今まで見た中で最も短い、その一文だけだった。

ハリーは他に何か書かれていないかと羊皮紙の裏を見たが、白紙であり第二の課題に向かう自分に対しての激励の言葉もない。

そういえば、水中でどう過ごすのか、泳げるようになる魔法は無いのかと手紙に書く事をを忘れていたと思い出し、ハリーは自身の失態に腹を立てながらガックリと肩を落とした。

 

 

「ハリー、ホグズミード行きは来週の週末よ。私、羽ペン持ってるから…すぐに返事を書いた方がいいわ」

 

 

ハリーの隣から手紙を読んだソフィアが急いで鞄の中から羽ペンとインク瓶を取り出しインクをつけてハリーに渡した。

返事が返ってくるまでかなり時間がかかった。なるべく早く返事を書かなければ、間に合わないかもしれない。

 

ハリーはシリウスの手紙の裏に日付を書き、また茶フクロウの足に括り付けた。

茶フクロウは机の上にあったパンを啄むとすぐに飛び立った。

 

 

「次のホグズミード行きのこと、シリウスはどうして知りたいのかな?」

「…さあ…」

 

 

フクロウを見送ったロンが呟いたが、ハリーは沈んだ声で小さく答えただけだった。フクロウを見た時に胸に広がった幸福感は萎んでしまい、スープも少ししか喉を通らずハリーはゆっくりと立ち上がった。

 

 

「行こうか……魔法生物飼育学に…」

 

 

 

ハリーの力無い声に、ソフィア達は心配そうな顔をしながら頷き、寄り添うようにしてハグリッドの小屋へ向かった。

 

 

ハグリッドは復帰してからというものの、ユニコーンの授業を続けていた。

ドラコは復帰したハグリッドを憎々しげに睨み、隠す事なく罵倒したがハグリッドは少しも気にする事なく毅然とした態度で狼狽えることもなく、授業を進めた。

勿論初めはハグリッドを見てコソコソ話す生徒がいなかったわけではない。だが、スクリュートを使わずユニコーンを使う授業はかなり充実し、生徒達の殆どはすっかりハグリッドが半巨人だという事を忘れ美しいユニコーンに魅入った。

 

 

ハリーはハグリッドに何かいいアドバイスを貰おうかと思ったが──ハグリッドの顔に浮かんでいる確認に満ちた幸せそうな笑顔を不安に染める事はできなかった。

あと2日なのに、どうすれば良いのかまだわからないだなんて言えばきっとハグリッドは悲しみひどく心配するだろう。

せっかく、笑顔なんだ、このまま過ごしてほしいし、何としてでも──彼にとって、誇れる友人で居たい。

 

 

 

いよいよ第二の課題の前夜。

ソフィア達は夕食もそこそこに夕陽が落ちてからもずっと図書館にこもっていた。互いの姿が見えないほど机にうずたかく本を積み、一心不乱に魔法を探す。

 

 

「不可能なんじゃないかな。泡頭呪文はとりあえず、使えるんだろ?」

 

 

ロンがハリーの机の向こう側から疲れ切った投げやりな声で呟く。

 

 

「他に何かあるはずよ。不可能な課題は出されないんだから!」

「出されたね。ハリー、明日はとりあえず泡頭呪文を使って潜れ。体が冷えてやばかったら叫べ!何だか知らないけど盗んだものを返せってな。やつらが投げ返してくるか様子を見るしかない。──それしかないぜ、相棒」

「何か方法はあるの!何かあるはずなの!」

 

 

ハーマイオニーは疲れからヒステリックに叫び、机をドンドンと叩いた。

 

 

「わかったわ。もうスネイプ先生の研究室から鰓昆布を盗みましょう。それしかないわ」

「ダメよ!盗んだものを使うなんて、バレたらダンブルドアがどう思うの?きっと失格になるわ!」

 

 

ソフィアは長時間文字の羅列を追っていたせいで目が痛み、手で抑えながら力なく言った。すぐにハーマイオニーが苛々しながら否定し、ソフィアも「わかってるわよ…」と苦く答える。三校対抗試合は単に課題をこなせばいいというものではない。──道徳心もまた、試されるのだ。

 

 

見つからない苛立ちと焦燥感に襲われているのはハリーだけではない。

ソフィア達も同じなのだとハリーはわかり、本の山の向こうでちらちらと見える3人の頭をぼんやりと見ながら疲れたように笑った。

 

 

「僕、どうするべきだったのか、わかったよ。シリウスみたいにアニメーガスになる方法を学べばよかったんだ」

「うん。好きな時に金魚になれただろう」

「それか、蛙だね」

 

 

ハリーは椅子の背にもたれ、欠伸を噛み殺した。

ハリーの言葉が本気ではなく冗談だとわかるとソフィアは本の上にばたりと倒れ「アニメーガスねぇ」と呟く。

 

 

「アニメーガスになれたとしても、ハリー、あなたのアニメーガスは牡鹿だから泳げないわ」

「…え?アニメーガスって、好きな生き物に変身できるんじゃないの?」

 

 

キッパリというソフィアの言葉に、ハリーは何故牡鹿なのかと首を傾げた。

ソフィアは頬に本をつけたまま、目だけを動かし本の山の隙間からハリーをチラリと見上げる。

 

 

「私、今アニメーガスの勉強を…マクゴナガル先生の個人授業でしてるんだけどね…。アニメーガスって、基本的に守護霊魔法で出てきた生き物になるの。自分で好きに選べるものではないのよ」

「へえ…そうなんだ、知らなかったな」

「そうよ、ハリー。アニメーガスになるには登録も必要だし…何年もかかるみたいだし…」

 

 

ハーマイオニーも疲れてぼんやりとしながら首を振る。この中でハーマイオニーだけがハリーの言葉を冗談だと受け取っていなかった。

 

 

「ハーマイオニー、僕、冗談で言ったんだよ。明日になるまでに蛙になるチャンスなんて無いってことぐらいわかってる…」

 

 

ハリーは苦笑し、縦に長い窓の外を見た。もう、真っ暗だ。あと半日少しで課題が始まる朝が来る。

 

 

「ああ、これは役には立たないわ。鼻毛を伸ばして小さな輪を作るですって。どこのどなたがそんな事をしたがるっていうの?」

 

 

ハーマイオニーは読んでいた本をパタンと閉じながら言った。たしかに、そんな事を出来ても話の種になる程度だとソフィアたちは思ったが反応する元気もない。

 

 

「俺、やってもいいぜ?」

 

 

フレッドの声がした。

ソフィア達が声のした方を見ると、本棚の陰からフレッドとジョージが現れた。

あまり、図書館にいるイメージのない2人に、彼らの弟であるロンが怪訝な顔をする。

 

 

「こんなところで、2人で何してるんだ?」

「ソフィアとハーマイオニーを探してたのさ」

「マクゴナガルが呼んでるぞ」

「どうして?」

 

 

ハーマイオニーは驚き、ソフィアも本の上から体を起こすと首を傾げた。

 

ソフィアだけなら、アニメーガスについての話──魔法省の許可がようやく降りたのかと思ったが、ハーマイオニーも呼ばれているのなら違う理由だろう。

まさか、代表選手のハリーを手伝いすぎた?──いや、それならロンも呼ばれる筈だ。

 

 

「知らん。……少し深刻な顔してたけど」

「俺たちが2人をマクゴナガルの部屋まで連れて行くことになってる」

「…ま、何であれ怒られる事なら2人には頼まないでしょう。マクゴナガル先生が直接来る筈だわ……行きましょう、ハーマイオニー」

「ええ、そうね。──ここにある本、なるべくたくさん持ち帰ってね?談話室で会いましょう」

「分かった」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは立ち上がり、本の山の中にいるハリーとロンを何度か振り返りながらフレッドとジョージと共にマクゴナガルの研究室へと向かう。

 

 

「ソフィア、ハリーは明日大丈夫そうか?」

「うーん……どうかしらね…」

 

 

ジョージの心配そうな声に、ソフィアは唸るように答える。一応泡頭呪文は使えるから、溺れる事はないだろう。それに、1時間無駄に過ごすこともない。

ただ、課題の内容によっては──厳しいかもしれない。

 

 

「──俺たちはここまでだ。じゃあなソフィア、ハーマイオニー」

「ええ、送ってくれてありがとう」

「またね」

 

 

フレッドとジョージとはマクゴナガルの研究室の前で別れ、ソフィアとハーマイオニーは扉の前に立ち一度ちらりと顔を見合わせる。

 

 

「…開けましょうか」

 

 

ソフィアの声に、ハーマイオニーは緊張した顔で頷く。

 

 

「マクゴナガル先生、ソフィア・プリンスとハーマイオニー・グレンジャーです」

 

 

ソフィアはトントンと扉をノックし、その先にいるだろうマクゴナガルに声をかけた。すぐに「お入りなさい」という声が出て聞こえたが、その声はハーマイオニーのように緊張が孕んでいる。

 

 

「失礼します」

「…失礼します」

 

 

マクゴナガルは部屋の中央にある彼女の机の前に立ち、緊張した面持ちで胸の前で指を組んでいた。「どうぞ、おかけなさい」と、二脚ある椅子へ座るように促され、ハーマイオニーとソフィアは静かに着席する。

 

 

「ミス・グレンジャー、ミス・プリンス。……あなた達は第二の課題の協力者に選ばれました」

「協力者…?」

「ええ、第二の課題は校庭にある湖に囚われた、()()()()()()を1時間以内に取り返す、というものです。つまり、俗な言い方をしますとあなた達は人質です」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせる。2人とも困惑していたが、ハリーから課題の内容を少し聞き予想していたため取り乱す事はない。取り戻すものは、何かの物ではなく人間そのものだった──その事に対し少し驚いたが、冷静に受け止めた。

 

 

「ミス・グレンジャーはミスター・クラムの人質です。ミス・プリンスは、ミスター・ポッターの人質になります。課題前に眠らされ、水中人がいる湖底まで運ばれますが、苦しさや恐怖は何もありません。代表選手が課題を失敗しても、傷ひとつ無く、地上に戻る事ができますのでご安心なさい」

「えっ…ビクトー──クラムの、人質?私が?」

 

 

ハーマイオニーは何故自分がクラムの人質に選ばれたのかわからず、目を見開く。マクゴナガルは少し微笑み「選手達は、必死になって真剣に課題に取り組まなければなりません。最も大切な者が選ばれるのです」と説明した。

 

その言葉にハーマイオニーは頬を染め、視線を彷徨かせる。

 

 

──まさか、私が?たしかに、ビクトールからは、ダンスパーティに誘われたし……好意が、あるのはわかってたけど…。

 

 

ソフィアもマクゴナガルの言葉に少しだけ頬を染めた。どのような基準で選出されたのかはわからないが、周りから見てもハリーにとって大切な者だと思われている事が──少なくとも、教師達はそう思ったのだろう──なんとなく、気恥ずかしかった。

 

 

「課題の秘匿性を保つために、この後2人は他の協力者達と別室で過ごしていただきます。寮に戻る事は出来ません。──いいですね?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが頷いたのを見てマクゴナガルはもう一度安心させるように微笑みかけ「では、ついてきてください」と2人に告げた。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーが案内されたのは、大広間の奥にある小部屋だった。確かここは代表選手が決まった時に説明のため一時集められた部屋だ、とソフィアは思いながらハーマイオニーと共に扉を開ける。

 

奥には暖炉が煌々とした灯りを燃やし、沢山の柔らかそうな肘掛け椅子やソファがある。談話室のような作りの部屋だが、壁一面にたくさんの額縁がかけられていたが、中には誰もいなかった。

おそらく、試験の秘匿性を保つために肖像画に描かれている魔法使い達は一時別の場所に集められているのだろう。

 

 

既に暖炉前の肘掛け椅子にはチョウ・チャンと、フラー・デラクールの妹であるガブリエール・デラクールが少し不安げな顔で座っていた。

 

 

「残りの2人はあなた達だったのね!私はソフィア・プリンスよ。こうして話すのははじめてね?」

「そうね、チョウ・チャンよ」

「……ガブリエール・デラクール…」

「私は、ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしく」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは空いているソファに座り、それぞれ簡単に自己紹介をした。課題の内容を聞き、身の危険は無いといっても──幼いガブリエールは不安なのだろう、身を縮こまらせ落ち着きなく体を揺らしていた。

 

 

「ガブリエールは、フラーの妹よね?すっごく可愛いわ!」

「あ……う、ん…ありがとう」

 

 

ソフィアはフラーの妖艶さとは違う、デラクールの愛らしさに頬を染め、不安そうにしているガブリエールの隣に座り直すと机の上にあり──どうやら誰も手をつけていない様子のクッキーを摘んだ。

 

 

「ここにあるもの好きに食べていいのかしら?」

「ええ、そう聞いているわ。寝室は奥に簡易ベットがあって、今日はそこで寝るようにってフリットウィック先生に言われたの」

 

 

チョウは「あっちよ」と部屋の奥にあるベットを指差す。ソフィアはもしこの中に男子生徒がいればなかなかに気まずい思いをする事になっただろう、と思いながらクッキーを食べた。

 

 

「まぁ!すっごく美味しいわ!みんなで食べましょう?」

 

 

ハーマイオニー達は、緊張もせず、不安にも思っていないいつも通りのソフィアを見て肩にこもっていた力を抜き、おずおずとクッキーを食べた。

 

 

「──まぁ!本当に美味しいわね」

「ええ、本当!」

「……おいしい…!」

 

 

顔色の悪かったガブリエールも──彼女だけがこの中で知り合いが居ない、それに、ボーバトンの生徒だ──口の中に広がる甘い味にほっと表情を緩ませた。

 

机の中央にあった大きなティーポットはいつまで経っても適温が保たれ、ソフィア達は課題前夜だということも忘れ「どこの化粧品を使っているか」「おすすめの洋服ブランドはどこか」など、楽しく話して過ごした。

 

すっかり4人が打ち解けた数時間後、トントン、と控えめなノックの音が響き、ソフィア達はおしゃべりを止めた。

 

 

「こんばんは。──いい夜を過ごしているようじゃな」

 

 

にっこりと笑顔を浮かべ現れたのはダンブルドアであり、その後にマダム・マクシームが身を屈めながら扉をくぐった。

 

 

「さて、もう遅い。そろそろ寝なければならんじゃろう」

「ガブリエール、明日はしーんぱいしなくていいでーすからね」

「はい…マクシーム校長…」

 

 

マダム・マクシームは我が子に見せるように優しくガブリエールに微笑みかけ、ガブリエールもまた嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

 

もうそんな遅い時間なのか、とソフィア達は壁掛け時計を見て──11時を回っている事に気付き驚いた。楽しいお喋りというものは、何故こうも時間が経つのが早いのだろうか。

 

 

「もう一度言っておくが、明日君たちは眠りにつき、湖底へと沈められる。じゃが、苦しみは一切ない。幸せな夢を見ているうちに全ては終わるじゃろう。何があろうとも無事に戻って来れると約束しようぞ」

 

 

ダンブルドアはもう一度簡単に明日の課題中、ソフィア達がどうなるのかを告げた。ダンブルドアが生徒達を犠牲にするわけがない、その言葉は紛れもない真実であり、ダンブルドアの事をよく知っているソフィアとハーマイオニーとチョウは頷いたが、ガブリエールはやはり、少し不安げにマクシームの元に駆け寄ると、彼女の大きな小指をぎゅっと握った。

 

 

「ガブリエール… Ne vous inquiétez pas. (心配ありませんよ) Demain, ta sœur viendra(明日はお姉さんが直ぐに) à ton secours immédiatement.(助けに来てくれますからね)

 

 

マクシームから発せられたのは優しく低いフランス語だった。あまりに流暢なその言葉を理解できたのは、ガブリエールとダンブルドアだけだっただろう。

ガブリエールはほっと表情を緩め、頷く。

 

 

Oui, d’accord(はい…わかりました)

Bonne nuit(おやすみなさい)

Bonne nuit…(おやすみなさい…)

 

 

大きな手のひらがガブリエールの美しい髪を撫でる。

ガブリエールは少しお辞儀をするように頭を下げ、そっとマクシームから離れた。

 

 

「さあ、君たちも、もうおやすみ」

 

 

ダンブルドアが朗らかに告げ、杖を振る。机の上にあったお菓子やティーセットは消え、もう一振りすると部屋の中の灯りが落とされた。

マクシームも優雅に杖を振り、ソフィア達の服が愛らしいネグリジェに変わる。

 

 

「プレゼントでーす」

「わぁ!ありがとうございます!」

「可愛い!ありがとうございます、マダム・マクシーム」

「すごく、柔らかいわ…!ありがとうございます!」

「マクシーム校長、ありがとうございます!」

 

 

 

ソフィアは薄水色、ハーマイオニーは薄桃色、チョウは薄緑、ガブリエールは薄紫の同じ形のふわふわとしたネグリジェに包まれ、嬉しそうに裾を掴みながらマクシームにお礼を言う。

明日のことがなければこれからパジャマパーティでもしたいくらいだが、明日のことを考えると早めに寝た方がいいのだろう。

ソフィア達は口々にダンブルドアとマクシームに「おやすみなさい」といい、奥にあるベットに向かった。

 

ダンブルドアとマクシームも、ソフィア達に優しくおやすみの挨拶をすると静かに部屋から出て行き、鍵を閉める。

 

薄暗い中、ソフィア達は無言でチラリとお互いを見つめ──何となく非日常が面白くて、くすくすと笑い合った。

 

 

 



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217 必ず取り戻す!

 

 

 

ハリーとロンは真夜中になっても図書館から借りてきた本を山のように積み上げ読んでいた。

ソフィアとハーマイオニーはこんな時間になってもまだ戻ってきていない、2人で何度か「どうしたんだろう」と首を傾げ心配そうに時計を見たが、針は止まることなく進んでいた。

賢い頭脳を持つ2人がいないことにハリーは今まで以上の焦燥感を感じ、膝の上にソフィアのペットであるティティが乗っているのも忘れて、居ても立っても居られず立ち上がった。微睡んでいたティティはハリーの膝から転げ落ち、怒ったようにシャーっと威嚇の声を上げる。

 

本を読みながら半分寝ていたロンと、その膝の上にいるクルックシャンクスは驚いて目を瞬かせた。

 

 

「ど、ど──どうした?」

「僕、図書館に行く」

「え?こんな時間に──僕も行くよ」

 

 

ハリーは寝室へと戻りかけていた足を止めて、目を擦るロンを見た。

 

 

「いや、君は寝室に戻って寝たほうがいい」

「そんなこというなよ、1人で探すより2人で探した方がいいに決まってる」

 

 

ロンはぐっと腕を上に伸ばし頬を手でぱちぱちと叩き眠気を振り払った。

にっこりと笑うロンに、ハリーは本当に──喧嘩せず、ロンがそばに居てくれてよかった、そう思い心から「ありがとう」と言うとすぐに透明マントを取りに行った。

 

 

ロンとハリーは二人で透明マントの中に隠れ、足音を立てないよう気をつけながら図書館へ行き、杖先をルーモスで光らせながら沢山の本を抱え、必死にページをめくった。次こそ──次の本こそ、何かあるに違いない──こんなに必死に探しているんだから──。

 

 

 

 

ハリーとロンはお互いにもたれかかるようにして寝てしまっていた。

 

 

「ハリー・ポッター!」

 

 

ぽん、と姿を表したドビーは胸の前で指を組み暫くハリーはの前でウロウロとしていたが、意を決してハリーの脇腹をツンツンと突いた。

 

 

「ハリー・ポッター!起きなければなりません──起きるのです!」

「う──んん──い、いたいよ…やめて……」

 

 

ドビーの指は細く尖っていて、ハリーは脇腹への痛みで眉を寄せ身をよじった。

だがようやく起き始めたハリーを見て、ドビーは先程よりも強く脇腹に人差し指をめり込ませた。

 

 

「ハリー・ポッターは起きなければなりません!」

「突っつくのはやめて──」

「ドビーはハリー・ポッターを突っつかないといけません!ハリー・ポッターは目を覚さなければなりません!」

 

 

ハリーはようやく、目を覚ました。

湖にいて、人魚が自分を揶揄い脇腹をファイアボルトで突いていたと思ったが──まだここは図書館だった。

 

いつの間にか寝てしまったらしい。ロンと寄り添うようにしていたからか、透明マントは頭からずり落ちてしまっていたようだ。

ハリーはずれた眼鏡を掛け直し、眩しい日差しに目を細める。

 

 

「う──な、なんだ…?」

 

 

ロンもようやく目を覚まし、自分がどこで寝たのかまだ理解してないのか大きな欠伸をしながら不思議そうに周囲を見渡した。

 

 

「ハリー・ポッターは急がないといけません!あと10分で第二の課題が始まります!そしてハリー・ポッターは──」

「じゅっ──10分!?」

「何だって!?」

 

 

ハリーとロンはドビーの声に跳び上がり、自分の腕時計を急いで見た。9時20分すぎ──あと、10分で課題の開始時刻だ。

寝てしまった、徹夜しなければならなかったのに!使える魔法も、わからなかった。泡頭魔法だけで、課題をこなせるだろうか。

 

 

「急ぐのですハリー・ポッター!ほかの代表選手と一緒に、湖のそばに行かなければならないのです!」

「もう遅いんだドビー、僕、第二の課題はやらない。どうやっても泳げないんだ──」

「ハリー・ポッターはその課題をやります!ドビーは、ハリー・ポッターがわからなかったと知っています!それで、ドビーは代わりに見つけました!」

「えっ?だけど、君は第二の課題が何かを知らない──」

「ドビーは知っております!ハリー・ポッターは、湖に入って、探さなければなりません。あなたさまのプリンセスを──」

「僕の、何だって?」

 

 

プリンセス(お姫様)だって?一体、何のことだろうか。ハリーは困惑した表情を浮かべたが、ロンは何度も時計を見て焦ったそうに「後8分──急がないと!──後7分!」と叫んでいた。

 

 

「──水中人から、あなたさまのプリンセスを取り戻すのです!」

「プリンセスって、何のこと?」

「あなたさまのプリンセスでございます。一緒に、ダンスを踊られた──」

 

 

ドビーはその場で軽くタップを踏んだ。ダンスに見えなくもないその動きに──ハリーは息を呑む。

 

 

「何だって?水中人がとっていったのは──まさか、ソフィア!?」

「ハリー・ポッターが一番失いたくないものでございます!そして、1時間を過ぎると──」

「『もはや望みはあり得ない。遅すぎたなら、そのものは、二度とは戻らない』……ドビー、僕、僕どうしたら…!?」

 

 

ハリーは打ちのめされ、何度も聞いたあの歌を呟き恐怖に顔を引き攣らせた。

何としてでも、ソフィアを失いたくない。だが、1時間でソフィアを取り戻す術がハリーには、無い。

 

 

「あなたさまはこれを食べるのです!」

 

 

ドビーは金切り声で言うとショートパンツのポケットに手を突っ込み、ネズミの尻尾を団子にしたような、灰緑色のぬるぬるとした不気味なものを取り出した。

 

 

「まさか!そ、それ、鰓昆布!?」

「そうでございます!知っていましたか!ああ、よかった!湖に入るすぐに食べるのです!」

 

 

両手に押し付けられた鰓昆布を見て、ハリーは困惑した。

 

──これは、きっとルイスが言っていた鰓昆布だ。だけど、どうしてドビーが?スネイプは魔法使いじゃないと研究室には入れないって言ってた……何処かに生えていたのかな…?

 

 

「ドビーは耳利きでございます。ドビーはハウスエルフでございます。火をくべ、床にモップをかけ──城の隅々まで行くのでございます。ドビーはマクゴナガル先生とムーディー先生が職員室で次の課題を話しているのを耳にしたのでございます!ドビーは、ハリー・ポッターにプリンセスを失わせるわけにはいかないのでございます!」

「ハリー!いけ!僕はここを片付けてすぐに行くから!」

「ありがとう、ドビー、ロン!」

 

 

ハリーはポケットに鰓昆布を突っ込むと、すぐに肩にかかっていた透明マントをロンに押し付けるようにして渡した。飛ぶように図書館を出て走るハリーの背中に向かって、ロンとドビーが叫ぶ。

 

 

「ハリー!頑張れよ!すぐ見に行くから!」

「ドビーは戻らなければなりません、ハリー・ポッター、どうぞがんばって!」

「後でね!ロン、ドビー!」

 

 

ハリーは振り返らず叫び返した。

全速力で廊下を駆け抜け、階段を3段飛ばしで降り、課題観戦へ向かうために玄関ホールにいる生徒のそばを矢のように走り抜けた。

 

 

なんとかギリギリ時間に間に合ったハリーは、肩で息をしながら他の代表選手の隣に並んだ。

 

ハリーは全速力で走ったために、脇腹と喉がキリキリと痛んだが、その痛みが治るのを待つ時間はなかった。

 

 

ハリーの到着を喜んでいたバグマンは、すぐに審査員席へ行くと喉に杖を向け声を拡張し、観客たちへ声を張り上げる。

 

 

「さて、全選手の準備ができました。第二の課題はわたしのホイッスルを合図に始まります。選手たちは、きっちり1時間のうちに奪われたものを取り返します。──では、3つ数えます!──いち──に──さん!」

 

 

ホイッスルが冷たく静かな空気に鋭く鳴り響いた。

 

ついに、第二の課題が始まった。

 

 

 



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218 まさかの結果!

 

 

ハリーはソフィアとガブリエールを抱え、遠くにある光を目指した。

 

 

最も早く人質達の元に辿り着いていたが、他の選手達が来て、人質達を助けたところを確認しなければ、ハリーはその場をとても──離れられなかった。

途中でセドリックがチョウを、クラムがハーマイオニーを連れて海面へ向かったが、フラー・デラクールは現れなかった。

ハリーにとってガブリエールは交流もない、見知らぬ少女であったが、見捨てることは出来ず、二人を両腕に抱え必死に足を動かした。

 

周りには水中が取り囲むようにしている、まさか、1時間経過した途端ソフィアとこの少女を引き摺り込むつもりなんだろうか。そんなこと、させてたまるか!絶対、無事に、無事に2人とも助けるんだ!

 

 

ハリーは鰓昆布の効力が消え、普通の足で懸命に水を蹴った。口の中には冷たい水が流れ込み、酸素を得られない脳はくらくらとくらみ、肺は悲鳴を上げる。

息ができない、酸素が欲しい。やめることはできない。やめてたまるか──!

 

 

 

その時、頭が水面を突き破るのを感じた。

冷たく澄んだ空気を胸いっぱい吸い込み、ハリーは喉の奥に溜まっていた水を吐き出し、むせ、喘ぎながら水中に浮かぶソフィアとガブリエールを引き上げた。

 

水中人がハリー達の周りを囲み、ぼうぼうと伸びる緑の髪を水面に広げながら顔を出す。どの水中人も、ハリーに温かく笑いかけていたが、必死なハリーは気が付かなかった。

 

 

「ソフィア!ソフィア、起きて!」

 

 

ただでさえ白いソフィアの顔は今は蒼白で、ハリーは少し強めに髪が張り付いたソフィアの頬を叩く。

 

 

「う──んん……けほっ!──ハリー。…ああ、おはよう」

 

 

呻き声と共に目を覚ましたソフィアは、口から水を吐き出した後、にっこりと笑った。

ハリーはほっと胸を撫で下ろし──つい、立ち泳ぎしていた足を止めてしまって少し沈む。もう、疲れ切っていた。

 

 

「う──きゃっ!?ソ、ソフィア…!」

「あら、ガブリエール?大丈夫よ。ハリーも、ゆっくりでいいから……岸にいきましょう」

 

 

ガブリエールは強い日差しにきょとんとしていたが、すぐに身を刺すような湖の冷たさに体を震わせソフィアに抱きつく。

ソフィアはポケットを探り杖を取り出すと、進行方向とは逆に風を起こし、ゆっくりと風の力を借りて水面を移動した。

 

 

「ハリー、ガブリエールまで助けたの?」

「う、うん…フラーが現れなくて、この子を残しておけなくて──だって、1時間たったら…永久に戻らない……そうだろ?」

「うーん、それは嘘なの。あの歌は制限時間に戻れるように歌っていただけで……ダンブルドア先生が私たちを溺れさせるわけないでしょ?」

 

 

岸へと向かいながらソフィアが悪戯っぽく笑う。

たしかに──冷静になってみればそうかもしれない。だが、水中人は鋭利な槍を持っていて、本当に人質を殺してしまいそうだった。

 

ハリーは馬鹿な事をしたのかと憂鬱な気持ちになったが、ソフィアはガブリエールを掴んでいた腕を離し、ぎゅっとハリーの首元に抱きついた。

 

 

「──でも、とてもあなたらしくて、そういうところが好きよ」

 

 

ソフィアは優しくハリーの頬にキスを落とし、にっこりと照れたように笑って体を離した。

ハリーは今、とても冷たい水の中にいるというのに──何故か体が燃えるように熱くなったような気がした。

 

 

「え、ソフィア、それって──」

「さあ、ハリー、ガブリエール!後少しよ!」

 

 

ソフィアはハリーが全てを言う前に再度杖を振り、風を使いながら岸辺へ向かう。

なんとか足が着くようになったころ、ソフィアとハリーは幼いガブリエールを支えながら立ち上がった。

20人余りの水中人は護衛兵のようにハリー達に付き添い、恐ろしい悲鳴のような歌を歌っている。

 

 

ポンフリーが忙しなく湖に入っていた代表選手と人質達の世話をするのが見えた。みんな分厚い毛布に包まり、暖をとっている。

ダンブルドアとバグマンが岸辺から近づいてくるハリーとソフィアににっこりと笑いかけていた。

 

 

「ソフィア!!」

 

 

蒼白な顔をしたルイスが観客席のスタンドを乗り越え湖に飛び込み、水飛沫を上げソフィアに駆け寄るとその濡れた体を強く抱きしめる。

 

 

「ルイス、どうしたの?」

「どうしたのって…!時間を過ぎても戻ってこないから、フラーが、もう、死んだって泣いてて…!」

「大丈夫よ、ダンブルドア先生が私たちに危害を加えるわけないじゃない!」

 

 

ソフィアは笑ったが、観客たちは嘆き半狂乱になっていたフラーを見ていた。

何度も妹の名を叫に、湖の中に戻ろうともがくフラーに、誰もが最悪の結果を予測したのだ。三校対抗試合は、過去に死者が出ている──そのせいもあるだろう。

 

 

「ガブリエール!ガブリエール!!あの子は生きているの!?怪我してないの!?」

 

 

フラーが叫んだが、浅瀬まで到着したハリーは疲労困憊で座り込んでしまい応える余裕は無く、フラーに向かって小さく頷いたがフラーには伝わらない。

少しして涙を流しながら叫んでいたフラーはマクシームの静止を振り切り、ガブリエールに駆け寄り強く抱きしめた。

 

 

「水魔なの……私、襲われて……ああ、ガブリエール!もう、ダメかと……」

「ほら、こっちへ」

 

 

ポンフリーが湖の近くに作られた控え席からハリー達に呼びかける。ソフィアとルイスは座り込んでしまっていたハリーを左右から支えて立ち上がらせ、ゆっくりと岸へと登った。

 

ポンフリーはソフィアとハリーをハーマイオニーや他の選手がいるところに引っ張り、肩を強く押し座らせると分厚い毛布で包んだ。

すぐに熱い煎じ薬を一杯喉に流し込まれ、ソフィアもハリーもカッと喉から胃にかけて熱くなり、すぐに身体全体がポカポカと温まった。耳からは湯気が吹き出してしまい、それを見た2人は思わず笑ってしまった。

 

 

「よくやったわねハリー!出来たのね、やり方を見つけたのね!」

「えーっと……」

 

 

同じように毛布に包まれていたハーマイオニーが嬉しそうに目を輝かせて叫ぶ。

ハリーは口ごもり、ドビーのことを伝えようとしたが──カルカロフが自分を見つめている事がわかると「うん、そうさ」と彼に聞こえるようにわざと声を張り上げた。

 

他の審査員が選手の元の駆け寄っているのに、カルカロフだけは審査員席を離れずハリー達が無事戻ったことに喜びも安堵もしていなかった。

 

 

「髪にゲンゴロウがついているよ、ハームオン、ニニー」

 

 

クラムはハーマイオニーの意識がハリーに向いていることが面白くなく、関心を取り戻そうと声をかけたがハーマイオニーは鬱陶しそうに髪についたゲンゴロウを掴むと湖に向かって放り投げた。

 

 

「でも、あなた…制限時間をかなりオーバーしたのよ、私たちを見つけるのにそんなに長くかかったの?」

「ううん、すぐに見つけたけど……」

「ルイスもオーバーしたって言ってたわね……そんなに過ぎちゃったの?」

「多分、15分は過ぎたわね」

「そうなの……」

 

 

ハリーは残念そうなソフィアの声を聞き、馬鹿な事をしたという気持ちが募った。クラムもセドリックも他の人質に構わなかった、きっと、ダンブルドアが人質を死なせないように安全対策を講じているとわかっていたのだろう。

 

気持ちが沈み、ハリーが後悔し始めているなか、ダンブルドアが水際にかがみ込み水中人の長らしい一際荒々しく、恐ろしい水中人と話し込み始めた。

水中人は水から出ると悲鳴のような声を発するが、ダンブルドアの口からも同じような声が出ている。水中人と言葉が話せるからこそ──この課題が実現したのだろう。

 

 

「どうやら、点数をつける前に協議せねばならんようじゃ」

 

 

ダンブルドアは立ち上がると審査員に向かって言い、4人は誰にも話が聞かれないよう防音魔法を周りにかけ秘密協議を行う。

 

その時、ポンフリーに連れられフラーとガブリエールがハリーとソフィアのそばに現れた。フラーの顔や腕は切り傷だらけでローブは破れていたが、フラーは全く気にせずポンフリーが綺麗に治そうとしても断った。

 

 

「さきに、ガブリエールを診てください」

 

フラーはそう言うと毛布にぴっちりと包まれ、元気爆発薬を飲んだガブリエールを見てようやく、険しかった表情を緩め、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「あなた、妹を助けてくれました。あの子は…あなたの人質では無かったのに……」

「うん…」

 

 

フラーはハリーを見て言葉を詰まらせる。

ハリーは、他の人質達を置いてくればよかったと、心からそう思っていたが、ふと目の前が翳り──美しいフラーの顔面が近づいてきた。

 

フラーは身を屈め、感謝を込めてハリーの頬に二回ずつキスをした。ハリーは驚き困惑し、少し頬を染めたがそれほど嬉しくはなく──むしろ、ソフィアに見られた事に激しく動揺していた。

 

 

「それに、あなたもです。ありがとう」

 

 

フラーはソフィアの前で身を屈め、頬に一度キスをした。ソフィアは嬉しそうに微笑み「大した事はしてないわ」とくすくすと笑う。

 

 

「──レディースアンドジェントルメン!!」

 

 

その時、バグマンの魔法で拡張された声がすぐそばで轟き、ソフィア達は飛び上がった。あまりの大きさにソフィアとハーマイオニーは耳を押さえ「うるさい!」と悲鳴を上げたが、その声も続くバグマンの声にかき消され、スタンドにいる観衆は結果を聞き逃すまいと静まり返る。

 

 

「──審査結果が出ました。水中人の長、マーカスが湖底で何があったかを仔細に話してくれました。そこで、50点満点で各代表は次のような得点となりました……ミス・デラクール。素晴らしい泡頭呪文を使いましたが水魔に襲われ、ゴールに辿り着けず、人質を救出できませんでした。得点は25点!」

 

 

スタンドから拍手が起こったが、フラーは眉を下げ「私は0点の人です」と頭を振りながら喉を詰まらせた。

 

 

「ミスター・ディゴリーはやはり見事な泡頭呪文を使い、最初に人質を連れてきましたが、制限時間の1分をオーバー。そこで47点を与えます」

 

 

ハッフルパフから大きな声援が湧いた。

1分オーバーで47点なら、きっと自分は最低点だろう。そうハリーは思いがっくりと俯き肩を落とした。

 

 

「ミスター・クラムは変身術が中途半端でしたが、効果的な事には変わりありません。人質を取り戻したのは2番目でした。得点は40点」

 

 

沢山の拍手が送られる中、カルカロフが満足げな顔でとびにり大きく拍手をした。

 

 

「ミスター・ポッター。彼の鰓昆布はとくに効果が大きい。戻ってきたのは最後でしたし、1時間の制限時間を大きくオーバーしていました。しかし、水中人の長によれば、ミスター・ポッターは最初に人質の元に到着したとのことです。遅れたのは、自分の人質だけでなく、全員の人質を安全に戻らせようと決意したせいだとの事です」

 

 

ハーマイオニーは半ば呆れ、半ば同情するような目でハリーを見た。

ソフィアはぽんぽんと優しくハリーの背を叩いたが、ハリーは俯いたまま顔を上げる事が出来ない。

 

 

「殆どの審査員が──これこそ道徳的な力を示すものであり、50点満点に値するとの意見でした。しかしながら……ミスター・ポッターの得点は45点です」

 

 

ハリーは思いもよらぬ結果にばっと顔をあげ、信じられない目でバグマンを見つめた。

バグマンはハリーにパチンとウインクをし、ダンブルドアとマクシームと共に割れんばかりの拍手を送る。カルカロフだけが、嫌そうに顔を歪ませおざなりな拍手を送った。

 

ソフィアとハーマイオニーはきょとんとしてハリーを見つめたが、すぐに笑い出し、観衆と共に力一杯拍手し「やったわね!」と歓声を上げた。

 

 

「やったわ!ほら、やっぱりあなたのそういうところは、みんな大好きなのよ!」

 

 

フラーも笑顔でハリーに拍手を送り褒め称えていたが、クラムは嬉しくないのか、何とかハーマイオニーに話しかけようとしていたが──ハーマイオニーはハリーに声援を送るのに夢中でクラムの話など耳に入らなかった。

 

 

「第三の課題。最終課題は6月24日の夕暮れ時に行われます。代表選手はきっかり1ヶ月前に、課題の内容を知らされることになります。──諸君、代表選手の応援をありがとう!」

 

 

──終わった。

 

 

ポンフリーが他の代表選手や人質達の濡れた服を着替えさせるためにみんなを引率し城へと歩き出す中、最も後方でハリーはそう、思った。

 

 

──終わったんだ、6月24日までは何も心配しなくていいんだ……それに、セドリックと同点一位通過……もし、優勝出来たら……。

 

 

ハリーは自分の前を歩く、ソフィアの濡れた後ろ姿を見ながら、ぎゅっとローブの下で拳を握った。

 

 

──ソフィアに、思いを告げるんだ。本当に、今なら……不可能じゃない気がする。

 

 

輝かしい未来を掴めそうな予感に、ハリーは胸の奥が一杯になりながら──次、ホグズミードに行ったらドビーに一日一足として、一年分の靴下を買ってやろう、そう思っていた。

 

 

 

 



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219 アニメーガス!

 

 

第二の課題が終わり、翌日の夜。

ソフィアはついにアニメーガスの取得の許可が降りたのだとマクゴナガルから知らされた。

 

魔法者から許可を得る為に何枚もの書類を書き、特に違反をしていない──勿論、実はしているのだが──優等生であり、成績優秀。

そしてマクゴナガルとダンブルドアの推薦があり、魔法省は特に問題はなく、今後アニメーガスを悪用する事もないだろうと決断をくだし、習得の許可を出した。

 

アニメーガスを無事会得できたなら、また魔法省にどんな動物になったのかを報告しにいかなければならないため、それはそれで沢山の複雑な書類を書かなければならないのだが──無事にアニメーガスに変身できるようになってから考えればいいだろう。

 

 

 

「ミス・プリンス。今日は満月です──今日から、次の満月までこのマンドレイクの葉をずっと口に含まねばなりません」

「はい……」

 

 

マクゴナガルはソフィアに緑色の葉っぱを差し出す。中々に大きく、固く──存在感のある葉を受け取ったソフィアはまじまじとマンドレイクの葉を見つめた。

 

アニメーガスについて、ソフィアは予めしっかりと予習し、マクゴナガルにアニメーガスになる魔法薬の作り方を聞いていた。アニメーガスの魔法薬をつくるには、正直──特別な頭脳は必要ない。

 

必要なのは根気と、忍耐力、そして運だろう。

 

 

「食事の時、就寝の時にお気をつけなさい」

「はい……口封じ魔法を使っても大丈夫でしょうか?」

「ええ、かまいませんよ。私も就寝の時はその魔法に頼りっぱなしでしたからね」

 

 

マクゴナガルはにっこりと笑った。

日中に、口の中に葉を入れ続けるのは難しいが、気をつけていれば大丈夫だ。問題はやはり意識を失っている寝ている時と、食事中だろう。

吐き出すことはないにしろ、間違って飲み込む事は有り得そうだ。

 

 

 

「ミス・プリンス。一つ忠告です。──一度目でうまくいくとは思わない事です。私も4.5回ほどやり直しましたので」

「…はい…。今年度中にできるように、頑張ります!」

「そうですね。──さて、もし……あなたが四年生でアニメーガスを会得すれば…イギリス魔法界で最年少記録保持者になる事でしょう」

 

 

マクゴナガルは期待を込めた目でソフィアを見る。その目は優しく細められ、口先もいつもより柔らかい。

ソフィアは、シリウス達がいつアニメーガスになったのかが気になった。──いや、そもそも、アニメーガスは忍耐力があればなんとかなる魔法薬だ。材料もそれほど希少ないものではなく、学生でもぎりぎり手が出る値段である。

 

 

──シリウス達だけじゃなくて、未登録のアニメーガスって、意外と多かったりして。

 

 

ソフィアはそう思ったが、世間的にはアニメーガスはキチンと届出をしなければアズカバンに入れられてしまうほど罪が重い。

マクゴナガルは未登録のアニメーガスがいるなんてきっと、想像もしていないだろうし。

 

 

「頑張ります!」

「ええ、ほどほどに、頑張りましょう。マンドレイクを口に含む期間が終了するまでは、個別授業は無しにしましょう。喋るのも、難しいですからね」

「はい、わかりました」

「1ヶ月後の満月の夜、9時にここに来なさい。曇天で無く──月明かりがある事を、祈ります」

「はい……」

 

 

1ヶ月後に曇天であれば、また一からマンドレイクの葉を含む生活をやり直さなければならない。最も難しいのは、間違いなくここだろう。

ソフィアも深く頷き、ついに青々とした艶やかな葉をぱくりと口の中に含んだ。

噛まないように、上顎に舌で葉を押し付けなんとか居場所を固定したが──なんとも言えぬ、えぐみがある味に、ソフィアは口を抑え眉を顰めた。

 

 

「──ふふ、不味いですよね。ええ、わかります……ですが、すぐになれますよ」

「……はぃ…」

 

 

口を抑え、モゴモゴとソフィアは答えた。

 

 

その後寮に戻ったソフィアは、目を輝かせるハーマイオニーに向かって親指を立て「ついに始まったわ」とジェスチャーをする。自分の事のように飛び跳ねて喜ぶハーマイオニーはすぐにソフィアの手を引いて自分の隣に座らせた。

 

 

「ついに、始まるのね!わぁ…!自分のことのようにドキドキするわ!」

「頑張る──わ」

 

 

なるべく口を動かさないように唇を手で押さえてソフィアは話す。

ハーマイオニー達は勿論ソフィアがアニメーガスになるために、1ヶ月は口の中にマンドレイクの葉を含んでいなければならず、まともに会話が出来ないと聞いていた。

ハリーはいつものようにソフィアと話せない事が残念だったが、ソフィアがシリウスのようにアニメーガスになる──それはとても素晴らしい事のような気がしてにっこりと笑った。

 

 

「いいなぁ、僕もアニメーガス…なってみたいな」

「アニメーガスはね、すっごく大変なのよ!それに、ハリー、あなたはアニメーガスの事を考える余裕なんてきっとないわ!」

「ハーマイオニー、最終課題はまだまだ先だぜ?第二の課題が昨日終わったばっかりだ!」

 

 

既にもう最終課題のことを考えているハーマイオニーに、ロンは呆れたような声を上げた。早めに取り掛かるのは間違いではない。だが、どんな課題なのかが発表されるまで後2ヶ月はある。

 

 

「少しは──休んでも、いいかもね」

 

 

ソフィアは口を動かさないよう小声で言い笑った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

3月に入れば太陽は春の日差しになってきたが、まだ北風は冷たく外に出れば猛風が露出している頬を突き刺した。

突風によりフクロウが進路を逸らされてしまい、フクロウ便は遅れがちになる中、なんとかシリウスからの手紙を配達した茶フクロウはハリーに手紙を渡すともう二度と配達したくないのか、すぐに飛び去ってしまう。

 

 

 

『ホグズミードから出る道に、柵が立っている。土曜日の午後2時に、そこにいること。食べ物を持てるだけ持ってきてくれ」

 

 

シリウスからの手紙は前回と同じくらい短く、要件が簡潔に書かれていた。

ホグズミード行きは明日だ、なんとか間に合った事への安堵半分、まさかシリウスは本当にホグズミードに来るつもりなのかという不安半分の中、ハリーが複雑な表情で書かれていた文字をそっと指で撫でた。

 

 

「まさか、ホグズミードに帰ってきたんじゃないだろうな?」

「帰ってきたんじゃない?」

 

 

ロンの怪訝な声に、ハーマイオニーは声を顰めあっさりと言った。ソフィアも無言でこくこくと頷き、ちらりと不安げな顔をする。

 

 

「そんな馬鹿な!捕まったらどうするつもりなんだろ……」

「まぁ、これまで大丈夫だったし、あそこにはもう吸魂鬼がうじゃうじゃいるわけではないし…」

 

 

不安と緊張から──万が一、捕まったらきっと吸魂鬼のキスを受ける羽目になるだろう──ハリーは硬い声で呟くが、ロンは心配そうなハリーを励ますように明るく言った。

 

 

ソフィアは今回、ホグズミードには行かないつもりだった。口の中にマンドレイクの葉があるままではきっと楽しめないだろうし、魅力的なチョコやヌガーが並ぶハニーデュークスに行けば、きっと食べたくなってしまう。口の中にマンドレイクの葉を入れて食事を摂る事はかなり難しく、時間がかかってしまう。それに、口の中にあるマンドレイクの葉はかなり独特のえぐみがあり、何を食べても全くもって美味しく無いのだ。

 

 

「ソフィアは明日は行かないのよね?お土産を買ってくるわ!」

「あ──りが、とう!」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィアは嬉しそうに笑った。

朝食を終え──ソフィアはスープしか飲まなかった。よく噛む料理よりも、スープの方が食べやすいのだから仕方がない──一限目の授業へ向かう。

 

ハリーは午前の授業の間、ずっとシリウスの事を考えていた。本当に無事なのだろうか?アニメーガスになれるとはいえ、誰かに気付かれる恐れはないのだろうか?──でも、会えるのは嬉しい。長く会ってないし、第二の課題の事も知らせたい。きっと、一位通過だと知ると、シリウスは喜ぶだろう。

 

 

心配事は山ほどあったが、やはりシリウスと会えるのは嬉しく、ハリーの心は弾んでいた。

午後の最後の授業である、二限続きの魔法薬学への地下牢教室へ向かうときも、この4年間の中で最も幸せな気持ちで階段を降りることが出来ていただろう。

 

 

しかし、そんな気持ちも、教室の扉の前にドラコ達スリザリン生が群がっているのを見て萎んでしまう。

スリザリン生が集団で固まり、くすくすと意地悪げに笑っているなんて──前回もそうだったが、大抵碌な事はない。

 

嫌な予感がする、と怪訝な顔で最後の階段を降りたハリーに気づいたパンジーが、興奮したように目を爛々と輝かせ笑う。

 

 

「来た来た!」

 

 

パンジーの言葉に、固まっていたスリザリン生はぱっと割れ、彼女は手に持っていた『週刊魔女』の雑誌をひらひらと振り「あなたの関心のありそうなことが載ってるわよグレンジャー!」と、ハーマイオニーに投げ渡した。

 

咄嗟のことにハーマイオニーは驚いたような顔で受け取ってしまい、手元にある雑誌と、スリザリン生のニヤニヤとした顔を見比べる。

すぐに返そうとしたハーマイオニーだったが、地下牢教室の扉が開き、いつものように機嫌の悪そうな顔をしたセブルスが皆に入るよう顎で示した。

 

 

ソフィア達はいつものように教室の一番後ろに座り、セブルスが今日作る魔法薬の材料を黒板に書いている隙に、ハーマイオニーは机の下で急いで雑誌を捲った。

 

 

中程あたりで捲っていた手を止めたハーマイオニーに、ソフィア達も身を屈ませながらちらちらと覗き見る。

 

開かれたページにはハリーのカラー写真があり、下に短い記事が載せられていた。タイトルは『ハリー・ポッターの複雑な人間関係』

 

 

 

 

──ハリー・ポッターはホグワーツでソフィア・プリンスというガールフレンドを得て、安らぎを見出していた。2人はホグワーツで開催されたダンスパーティで素晴らしく息が合い、愛に満ちたダンスを見せた。

ハリー・ポッターの人生は両親の悲劇的な死により痛みに満ちた人生だった。やがてまた、一つの心の痛手を味わう事になろうとは思っても見なかっただろう。

ハリー・ポッターと、ソフィア・プリンスの仲を裂こうとする女生徒が現れたのだ。その魔女の名はハーマイオニー・グレンジャー。マグル出身の魔女であり、美しいとは言い難いが魔法族お好みの野心家であるその少女は見事ビクトール・クラムの心を射抜いていた。──しかし、それだけでは刺激が物足りないのか、ミス・グレンジャーはミス・プリンスがいないところでハリー・ポッターに熱烈アプローチをかけているところが目撃されている。

ハリー・ポッターは華麗にアプローチをかわしているが、ミス・グレンジャーは諦めない。三年生以上が訪れる事が出来るホグズミード行きに、ミス・グレンジャーはミス・ソフィアが不在のうちに彼を手中に入れるつもりかもしれない──

 

──クラムが、強かなミス・グレンジャーに首ったけなのは公の事実だが、夏休みにブルガリアに来てくれとすでに招待している。クラムは「こんな気持ちを他の女の子に感じたことは無い」とはっきりと言った──

 

 

──さらにこのミス・グレンジャーは、恋敵であるミス・ソフィアをも懐柔すべく、友人という立場を生かしなんとダンスパーティでは互いに女生徒ながら踊っていたという。ミス・プリンスはうっとりとしていたようで、それを見たミス・パンジーは「私こそがソフィアの友人なのに!あの子ったらみさかいなしだわ!きっと、ソフィアに愛の妙薬を使ったのね」と辛そうに痛む胸の内を吐露した。──

 

 

──ハリー・ポッター、ミスター・クラム、ミス・ソプリンスの3人は、野心家で有り強かな見境のないミス・グレンジャーに翻弄されていると言えるだろう。ハリーの応援団としては、ミス・プリンスとの愛を深めていく事をオススメとする──

 

 

「だから言ったじゃないか!」

 

 

じっと記事を見下ろしているハーマイオニーに、ロンは歯軋りをしながら低く唸った。

 

 

「リータ・スキーターに構うなって、そう言ったろう!あいつ、君のことを何ていうか─ scarlet woman(緋色の女)扱いだ!」

 

 

記事の内容に愕然としていたハーマイオニーの表情はロンの言葉に崩れ、思わずプッと吹き出した。

 

 

「緋色の女?」

「ママがそう呼ぶんだ。その手の女の人を」

 

 

ハーマイオニーは堪えきれずロンを見ながら身体を震わせ、くすくすと笑う。ロンは顔を髪色のように真っ赤にしてボソボソと呟いた。

しかしハーマイオニーは微塵も気にせず余裕の顔で雑誌を空いた席に放り出し小声で吐き捨てる。

 

 

「せいぜいこの程度なら、リータも衰えたものね。馬鹿馬鹿しいの一言だわ」

 

 

ハーマイオニーはスリザリン生の方を見た。スリザリン生は皆──ルイスはまた面倒な事が起きていると呆れた顔をしていたが──記事の嫌がらせ効果はあっただろうかと、教室の向こうからハーマイオニーの様子を伺っていた。

 

ハーマイオニーは彼らに余裕の──皮肉っぽい微笑を浮かべ、手を優雅に振る。

 

 

記事を眉を顰めて読んでいたソフィアは、少しの意趣返しのつもりでハーマイオニーの肩に甘えるように頭を乗せ、ぴたりと身を寄せスリザリン生の方を見て怪しく微笑む。

ハーマイオニーもまた、ソフィアの考えが分かるとソフィアの髪をそっと一房とり口づけを落としそのまま恋人にするようにソフィアの肩を抱いた。

 

どこか男らしい仕草のハーマイオニーと、悩ましげな表情を浮かべハーマイオニーを見るソフィア──少しイケナイ雰囲気漂う2人に、スリザリン生は顔を引き攣らせた。

 

 

「ソフィア、あなたって最高よ!──私の恋人になる?」

「素敵だわ!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの耳元で甘く囁き、ソフィアはくすくすと笑いながら口を押さえて呟いた。

 

 

ハリーは2人が親友であり、ジョークだと知っている。だが、それでも──自分より先に言われた!と少し悔しい気持ちになってしまったのは事実だ。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは2人の仲を充分に見せつけてから身体を離し、頭冴え薬に必要な素材を広げ始める。

ロンとハリーはヒソヒソと話すスリザリン生の事が気になったが、机の上に何も用意していないとなるとスネイプに何を言われるか火を見るより明らかで有り──間違いなく減点だ──同じように準備を始めた。

 

 

「だけど、ちょっと変だわね」

 

 

十分後、タマオシコガネの入った乳鉢の上で乳棒を持っていた手を休め、ハーマイオニーは小声で呟く。

 

 

「リータ・スキーターはどうして知ってたのかしら……?」

「何を?──君、まさか愛の妙薬を調合してないだろうな」

 

 

ハーマイオニーの訝しげな呟きに、ロンが怪訝な顔で聞き返した。

 

 

「馬鹿言わないで、違うわよ。ただ……夏休みに来てくれって、ビクトールが私に言ったこと、どうして知っているのかしら?」

「本当、だったの?」

 

 

ハーマイオニーの顔は緋色になり、ロンの目を意識的に避け、驚いた声を上げるソフィアの方を見た。

 

 

「えーっ!」

 

 

ロンは小声で叫び、乳棒を手から滑り落とした。ガチャン、と小さな音が鳴るが、ロンの口はあんぐりと口を開けていて全く気にしていない。

 

 

「湖から引き上げてくれたすぐあとにそう言ったの。サメ頭をとった後に……マダム・ポンフリーが私たちに毛布をくれて、それから、ビクトールが審査員に聞こえないように私をちょっと脇に引っ張っていって……そこで言ったの。夏休みにとくに計画がないなら、よかったら来ないかって」

「それで、なんて答えたんだ?」

 

 

ロンは乳棒を拾い上げ両手でごりごりと擦っていたが、乳棒は乳鉢から15センチも離れた机の上にあり──ロンは全く気がつかない。

 

 

「その時、たしかに──こんな気持ちを他の人に感じた事はないって言ったわ。だけど、スキーターはどうやってあの人の言うことを聞いたのかしら?あそこにはいなかったし……それとも、いたのかしら?本当に透明マントを持っているのかもしれない。第二の課題を見るのに、こっそり校庭に忍び込んだのかもしれない…」

 

 

ハーマイオニーの顔はみるみるうちに赤くなり、その熱が近くにいるソフィア達に届くようだった。ロンは焦ったそうに「それで、なんて答えたんだい?」と答えを催促しながら机を乳棒で強く叩いた。あまりに力が強く、机が凹んだのをソフィアとハリーは見た。

 

 

「それは──私、ソフィアとハリーが無事か見るほうが忙しくて、とても──」

「君の個人の話は、たしかに目眩くものではあるが、ミス・グレンジャー」

 

 

口籠るハーマイオニーの後ろから被せるように冷ややかな低い声が降る。いつの間にかハーマイオニー達の後ろにいたセブルスが、いつものように腕組みをしてハーマイオニーを見下ろした。

 

 

「我輩の授業では、そういう話はご遠慮願いたいですな。グリフィンドール10点減点」

 

 

クラス中が振り返ってハーマイオニー達の方を見ていた。ドラコはすかさず胸につけている『汚いぞポッター』のバッジを点滅させ見せつける。もうそのバッジをつけているのはスリザリンの一部の生徒のみとなっていて、寧ろつけている方が冷ややかな目で見られるのだが──ドラコは全く気にしなかった。

 

 

「ふむ……その上、机の下で雑誌を読んでいたな?」

 

 

セブルスは置いてあったバッジをサッと取り上げペラペラと捲る。中に書かれている内容を、セブルスは知らなかったが──スリザリン生が朝食の時にこそこそと回し見て笑っていたのは知っている。きっとまたポッター関連の記事だろう、と予想していた。

 

 

「グリフィンドール、もう10点減点……ふむ、しかし──なるほど、ポッターの記事を読むことに忙しいようだ…」

 

 

セブルスはスキーターが書いた記事に目を止め、薄く笑う。ハリーとロンは憎々しげにセブルスを睨んだがハーマイオニーはムッとしながら──ソフィアの父(スネイプ先生)が、この記事を読んだらどうなるのか気になり、雑誌を無理に取り返すつもりはなかった。

 

地下牢にスリザリン生の笑い声が響く中、セブルスはハリーの怒りの表情を横目で見ながら声を出して記事を読み始めた。

 

 

「ハリー・ポッターの複雑な人間関係──…ああ、ポッター、今度は誰との関係をかかれているのかね?……。……」

 

 

セブルスは、その先の文を直ぐには読めなかった。

雑誌を掴む手に力がこもり、表紙に深い皺が刻まれる。スリザリン生からのくすくす笑いが止まり、続きは読まないのだろうかと小声で期待を込めて囁かれる声を聞いたセブルスは──苦々しい顔で無理矢理、引き攣った歪んだ笑いを浮かべ、ゆっくりと文を読み進めた。

 

 

「──…ハリー・ポッターは、ホグワーツでソフィア・プリンスという…ガールフレンドを得て、安らぎを見出していた──……」

 

 

ハリーは顔から火が出そうだった、ソフィアをガールフレンドにしたいのは、間違いない。だが、それをセブルスに揶揄われるのだけは、耐えきれなかった。

 

セブルスは一文読むごとに間を取り、スリザリン生が散々笑えるようにした。

スリザリン生はハリーを揶揄い笑っていたが──ルイスは唯一セブルス(父親)の心情を察していて、それ程嫌な顔をするのなら読まなければいいのに、本当にこの人は自分の首を苦しめているなぁ、と内心で苦笑いしていた。

 

 

 

「── ハリーの応援団としては、ミス・プリンスとの愛を深めていく事をオススメとする──……ふん、馬鹿馬鹿しい」

 

 

スリザリン生の大爆笑が響く中、セブルスは雑誌を丸めながら吐き捨て、ハリーを今まで以上に憎しみを込めて睨む。

ハリーは、セブルスの目に憎しみがこもっているのはいつもだが──どこかいつもと違う強い眼差しに、ごくりと固唾を飲んだ。

 

 

「ポッターとミス・プリンスがそのような仲だったとはな。──ふん、減点トップランカー同士、お似合いではないかね?」

 

 

刺々しいセブルスの言葉に、スリザリン生はまたしても笑った。

ルイスは1人、これは間違いなく今日の授業は荒れる、そう思い──せめてこれ以上父親の機嫌を損ねないよう、魔法薬作りに集中した。

 

 

「──さて、4人を別々に座らせた方がよさそうだ。もつれた恋愛関係より、魔法薬の方に集中できるようにな。ウィーズリー、ここに残れ。ミス・グレンジャー、ミス・パーキンソンの横に。ミス・プリンスはミスター・プリンスの隣に。ポッター──我輩の教卓の前の机へ移動だ。──さあ」

 

 

怒りに震えながらハリーは材料と鞄を大鍋に放り込み、空席になっている地下牢教室の一番前の机に大鍋を抱き上げ運んだ。ソフィア達も同じように嫌々ながら移動する。

 

セブルスはハリーの後をゆっくりと歩き、教卓の前に座るとハリーが大鍋の中身を出すのをじっと見ていた。

わざとセブルスと目を合わせないようにしながら、ハリーはタマオシコガネをセブルスの顔だと思い込み、荒々しい手つきで潰す。

 

くすくすと笑っていたスリザリン生も、ようやく落ち着きを取り戻し調合を進める中、セブルスはハリーにだけ聞こえるような低く小さな声で語りかける。

 

 

「マスコミに注目されて、お前のでかい頭がさらに膨れたようだなポッター……魔法界全体がお前に感服してるという妄想に取り憑かれているのだろう…」

 

 

ハリーはセブルスの挑発に乗らず、ただ乳鉢の中をじっと見つめ、口を結び、タマオシコガネをすり潰し続けた。

 

 

「しかし、我輩はお前の写真が何度新聞に載ろうと、何も思わん。我輩にとって、ポッター…お前は単に規則を見下している性悪の小童だ。女生徒と恋愛など……馬鹿な妄想に取り憑かれているのはさぞ、居心地良かろう?」

 

 

ハリーはタマオシコガネの粉末を大鍋に入れ、根生姜を刻み始めた。怒りで手が震えていたが、目を伏せ、セブルスの言葉が聞こえないフリをした。

 

 

「きちんと警告しておくぞ、ポッター。有名人であろうがなんだろうが、今度我輩の研究室に忍び込んだところを捕まえたら──」

「僕、先生の研究室に近づいたことなどありません」

 

 

聞こえないフリも忘れ、ハリーは視線を上げ怒ったように言うとセブルスを睨む。だがセブルスは低く嘲笑うと「嘘は通用しない」と底知れぬ暗い目でハリーを見据える。

氷のように冷たい眼差しの奥に、危険な何かが蠢いているのを、ハリーは見た。

 

 

「毒ツルヘビの皮。鰓昆布。どちらも我輩個人の保管庫のものだ。誰が盗んだかはわかっている」

 

 

ハリーはじっとセブルスを見た。瞬きもせず、後ろめたいことは何もないと表し──視線を逸らしたら負けだ、逸らしてたまるか、と、何故か強く思った。

 

事実、どちらもハリーが盗んだものではない。

鰓昆布はドビーが盗んだのだろう、魔法使いしか研究室には入れないと思っていたが、ハウスエルフは対象外だったんだ。それに、毒ツルヘビの皮は、二年生の時にハーマイオニーがポリジュース薬を煎じるために盗んだものだ。

 

 

ハリーは、セブルスが言う毒ツルヘビの皮が、2年前の事を蒸し返しているのだと思った。──実際は、先日侵入者の騒動があった時に、盗まれていたのだ。

 

 

「何のことか、僕にはわかりません」

「お前は、我輩の研究室に侵入があった夜、ベッドを抜け出していた。わかっているぞポッター。今度はマッド・アイ・ムーディがお前のファンクラブに入ったらしいが、我輩はお前の行動を許さん!もう一度我輩の研究室に夜中に入り込む事があれば──ポッター、相応のツケを払う羽目になるぞ」

「わかりました。どうしてもそこに行きたいという気持ちになることがあれば、覚えておきます」

 

 

ハリーは冷静にそう言うと、根生姜を刻む作業に戻った。これ以上、セブルスとは話したくなったし、顔も見たくなかった。

 

セブルスの黒い目が凶悪に光り、ローブに手を突っ込んだ。ハリーはまさか杖を取り出し呪いをかけるのではないかと一瞬ドキリとしたが、セブルスが取り出したのは透き通った液体が入った小さなクリスタルの瓶だった。

ハリーは目の前に見せつけるように出された瓶を、無言で見つめる。

 

 

「…何だかわかるかね、ポッター」

「いいえ」

真実薬(ベリタセラム)だ。強力で、三滴あれば…お前は心の奥底にある秘密を、このクラス中に聞こえるように喋るようになる。──さて、この薬の使用は、魔法省の方針で厳しく制限されている。しかし、お前が行いに気をつけていなければ──我輩の手が滑ることになるぞ」

 

 

セブルスは口先に不敵な笑みを浮かべ、クリスタルの瓶をゆっくりと振った。

 

 

「──お前の夕食のかぼちゃジュースの真上で。そうすればポッター……そうすれば、お前が我輩の研究室に入ったかどうかわかるだろう……。恋人が居るなどという、哀れな妄想も──虚偽だと露見してしまうかもしれんがな…」

 

 

ハリーは耐えきれなかった。一泡吹かせてやりたい、その気持ちが止まらず、ぐっと強い目でセブルスを見ると、挑発的に笑いセブルスにだけ聞こえるように低く囁く。

 

 

「僕は、研究室に入ってません。それに、ソフィアの事は──真実です。でも、先生は僕が誰と恋人関係だろうが……関係ないですよね。まさか、恋人がいると減点対象なんですか?」

「──貴様、」

 

 

ハリーはさらりと少し嘘をついたが。その嘘は誰よりもハリー自身が事実にしたい事であり──きっと、かなり真実味があった声音で言うことが出来ただろう。

セブルスはぐっと唇を噛み、唸るような低い声で呟く。もはや目は狂気に満ちていて、瓶を持つ手に力がこもっていた。

ハリーは減点されてもいい、どうせ、何らかの理由をつけて減点されるんだ。それなら言い返したという最高な気持ちで、減点されたい。──そう思い、セブルスを睨んだまま次の言葉を待ったが、セブルスが口を開くよりも前に教室の扉をノックする音が響いた。

 

 

「──入れ」

 

 

セブルスはローブに瓶をさっと戻すと、いつも通りの声で言った。──目だけは、怒りに震えながらハリーを見ていたが。

 

ハリーは教師に言い返した自分に対する怒りだと思っていたが──勿論、セブルスの怒りはそんなことではない。

 

 

 

 

扉が開き、現れたのはカルカロフだった。クラス中が振り返り、何の用事だろうかと首を傾げちらちらとカルカロフとセブルスとを盗み見る。

 

 

カルカロフは大股でセブルスに近づくと、会話を生徒に聞かれないように唇を出来る限り動かさず低い声でセブルスに囁いた。

 

 

「話がある」

「……授業が終わってから話そう、カルカロフ」

「今、話したい。セブルス、君が逃げられない時に。君は私を避けている」

「授業の後だ」

 

 

カルカロフは食い下がろうとしたが、セブルスの確かな拒絶を含む言い方にぐっと唇を噛み、不安げに目を揺らせ、心持たないというように髭を撫でていた。

 

 

カルカロフは授業が終わるまで教室から出る事なく、ずっとセブルスの教卓の後ろでうろうろとしていた。授業が終わった時、セブルスが逃げ出すのを何としてでも阻止したいのだろう。

 

 

ハリーは2人が何を話すのかどうしても知りたくて──もし、スネイプの弱味を握れる話ならば、ぜひ知りたい──授業終了2分前にわざとアルマジロの胆汁の瓶をひっくり返し大鍋の陰にかがみ込みながら床を拭いた。

これで、居残っていても口実は出来たし──カルカロフとスネイプから、僕の姿は見えないだろう。

 

 

終業のベルと同時に生徒達がガヤガヤと扉へと向かう。ソフィアとロンとハーマイオニーも、バラバラに座っていた3人はひとまず教室から出て互いを待とうと思ったのか、すぐに扉へ向かった。

ハリーは、布巾を持ち、床をこっそりと拭いていた。

 

 

「何がそんなに緊急なんだ?」

「これだ!」

 

 

ほとんど聞こえないほど、小さな囁き声でセブルスはカルカロフに問いかけ、カルカロフは左腕のローブを捲し上げ、腕の内側の何かを見せながら切羽詰まった声で言う。

 

 

「どうだ?見たか?こんなにはっきりとしたのは初めてだ。あれ以来──」

「しまえ!」

 

 

セブルスは唸り、注意深く教室全体を見渡した。見る限り、人影はないように見える。

苛々とした気持ちを隠さず、セブルスは舌打ちを零しカルカロフを非難めいた目で睨んだが、焦燥感と不安感から、カルカロフは狼狽え動揺し、セブルスの苛立ちには気付けない。

 

 

「君も気付いている筈だ──」

「後で話そう、カルカロフ。──ポッター!何をしているんだ!?」

 

 

ハリーが床に落ちた瓶を拾ったその僅かな物音にセブルスは大鍋の陰に隠れるようにして床を拭いていたハリーにようやく気がつき、大声で叫んだ。

 

 

「アルマジロの胆汁を拭き取ってます、先生」

 

 

ハリーは何事もなかったかのように立ち上がり、汚れた布巾を見せた。カルカロフも初めてハリーがこんなに近くにいたことに気がつき顔を蒼白にし、驚愕した目でハリーを見たがすぐに踵を返し大股で地下牢を出て行った。

ハリーも、セブルスと2人きりになるのは願い下げであり、教科書と材料を鞄の中に詰め込むと猛スピードでその場を離れた。

 

 

 

ソフィア達は地下階段を上がった先の広いスペースでハリーを待っていた。

すぐにハリーは真剣な顔でソフィア達に駆け寄ると、周りに人がいない事を確認し、声を顰めてカルカロフとセブルスの会話を話した。

 

 

「…なんだろう」

「……カルカロフの様子、おかしかったわよね」

「左腕に、何があったのか見えなかったんだ」

「……、…何を──隠して、いるのかしら」

 

 

カルカロフの左腕。

そこに何があるのか、隠された左腕の意味を、ソフィアもロンもハーマイオニーもわからなかった。

 

 



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220 とんでもない勘違い!

 

翌日、ソフィアはホグズミードには行かず、1人、図書館を訪れていた。

ソフィアはどの四年生よりも沢山の授業を──逆転時計を使い履修している。去年ほど追い詰められてはいないが、ハリーの手助けをする為に自分の課題に見て見ぬふりをしていたのも事実だ。ジリジリと焦りのようなものを首筋に感じるほどにはなっている。

 

今年、ソフィアは去年よりも宿題の手を抜いている。あまり良い成績は取れないかもしれない、と思うと少し胸の奥に重い石が落ちたような感覚になるが──仕方がない。自分がハリーと宿題を天秤にかけ、ハリーを選んだのだ。

 

 

三年生以上の者は殆どホグズミードに行っている為、図書館はいつも以上に閑散としている。

ソフィアはしん、と静まり返った図書館で沢山の本を机の上に広げていた。ソフィアの周りには誰もいない。ただ、ソフィアが本を捲る音と、羽ペンが羊皮紙の上で滑る音が微かに響くだけだった。

 

 

──うーん。来年、フクロウ試験が終わったら…科目を絞ろうかしら……。

 

 

勉強する事は嫌いではない。寧ろ好きな方だ。

たくさんの知識を得て、成績をきちんと収めていれば今後就職する時の選択肢が広がる。ソフィアには将来的なりたい職業について、幾つか憧れはしているものの一つに絞れてはいなかった。しかし、どの職業も優秀な者でないと門前払いをされると知っているため、影で努力を重ねていた。

 

だが、それでも最近手一杯なのは事実だ。

ハリーの課題を手伝わなければ自分の時間を確保する事は出来るのだが、ソフィアにその選択肢は無い。

大切な友達が困っているのなら、自分の時間を犠牲にしてでも助けたいと思うのが普通だろう。

 

 

ソフィアが遅れを取り戻すように──とは言っても、地頭が良いため格段遅れているわけではないのだが──勉強していると、静かな空間に足音が響く。

 

ホグズミード行きの日だとしても図書館に来る者は居るだろう。ソフィアは特に気にする事なく本を読み続けていた。

 

 

「──ミス・プリンス…」

「……え?」

 

 

ソフィアは低い声で呼びかけられ、ようやく顔を上げた。

 

 

「スネイプ先生…?どうしました?」

 

 

ソフィアの目の前にセブルスが立っていた。

魔法薬学の授業で見せるような高圧的であり、どこか見下しているような冷たい目線ではなく、親子として会話する時の雰囲気がちらちらと滲み出ている。

それに、何だか──様子がおかしい。

 

 

辺りを伺い、近くに誰もいない事を何度も確認し、それでもセブルスはソフィアにしか聞こえない程小さく囁く。

 

 

「…、…我輩の研究室に来たまえ」

「え?……何故ですか?」

「…補習だ」

 

 

ソフィアは怪訝な顔でセブルスを見つめる。

補習だなんて、前回の授業で作った頭冴え薬では、大きな失敗は無かった。

数回に一度は大鍋を溶かしてしまうが、前回ソフィアはルイスの隣で作業する事が出来たのだ。的確な助言と、少し手伝ってもらって完成した薬は寧ろ今までの中ではまずまずの出来だと言えるだろう。

 

つまり、この場での補習は口実であり、何か親子として話したい事がある、という事だ。

 

 

「…補習──は、今度では、ダメですか?…私、今他の科目に手一杯で……」

 

 

ソフィアは申し訳なさそうに目の前にあるレポートを指差し肩をすくめた。

親子として、珍しく1人である自分をお茶にでも誘ってくれているのかもしれない。それは凄く、嬉しい。──だが、そんな時間を取れないほど、今は切羽詰まっていた。

 

 

セブルスは僅かに動揺した。

聡いソフィアのことだ、補習は口実であり親子として話したいという事を理解しただろう。

その上で──断られるとは、想像もしていなかった。

 

セブルスとソフィアの間になんとも言えない沈黙が流れる。

 

 

──それでも、来いって言わないって事は、そんなに大切な用事じゃないのね…。父様には悪いけれど、私本当に忙しいし…。

 

 

もし、何か緊急の用事があるのなら父の性格上、有無を言わせず引っ張っていく筈だ。そうしないという事はやはりただのお茶の誘いなのだろう。ならば、断っても良い筈だ。忙しいし、沢山宿題が残ってるし──…。

 

 

「……、…わかりました!行きますよ…」

 

 

しかし、セブルスの情に訴えかけるような、どこか寂しげな視線を受けたソフィアは直ぐに諦めたように立ち上がり読んでいた本を閉じ、鞄の中に筆記具を片付けた。

杖を振り、宿題に必要な本以外を元の書棚に戻した後、数冊の本を胸に抱えたソフィアはセブルスをじろりと睨み見る。

 

 

「行きましょう、先生。先に──この本を借りても良いですか?」

「…ああ……」

 

 

あんな悲しそうな目で見るなんて狡い。拒絶出来るわけ無いじゃない。そうソフィアは思い、小さくため息をつきながら司書のいるカウンターに本を持っていった。

 

 

 

 

 

セブルスはソフィアを自分の研究室に招き入れると直ぐに鍵を閉め、防音魔法をかける。

もう一度杖を振り、部屋の中央にいつものようにティーセットを出現させた。

 

 

 

「……座りなさい」

「…父様、なんの用事なの?私、ほんっとうに忙しいの、勉強しないと……」

 

 

ソフィアは少し困惑しながら勧められるままに椅子に座り、紅茶が注がれたカップを持った。

口の中にマンドレイクの葉があり、いつもなら美味しく飲める紅茶も──どことなく苦い。

すぐに口を離したソフィアは角砂糖を普段より3つ多く入れてティースプーンでかき混ぜた。

 

対面側に座ったセブルスは、言い淀むように口を何度か開閉した後、意を決したようにぐっと机の下で拳を握る。

 

 

「──恋人なのか」

「……は?」

「とぼけるな。──噂は、私の耳にも入っている」

「あの雑誌のこと?…まぁ!父様、そんなくだらない事で私を呼んだの?信じられないわ!」

 

 

あんな雑誌に書かれていた記事、信じる方がどうかしている。そんな事を確認する為に呼んだのか。忙しいって言ってるのに、勉強の邪魔をして!──ソフィアは怒ったように叫び、セブルスを睨む。

 

 

「くだらない事ではない!」

 

 

しかし、セブルスはソフィアの声よりも大きく叫ぶと、強く机を叩いた。

あまりの剣幕にソフィアは目を見開く。──何故そこまで怒られなければならないんだ。くだらない事を、くだらないと言って何が悪い!

 

 

ソフィアは手にしていたカップを受け皿の上にガチャンと置くと勢いよく立ち上がり、セブルスを睨みつけた。

 

 

「父様!私──」

 

 

私、誰とも付き合ってなんかないわ!あの記事は全部嘘よ!──と、ソフィアははっきりと言おうとした。

 

だが、ソフィアにとって大した事ではない、かなりどうでもいい事を確認する為に勉強を邪魔されてしまい、苛立ちから勢いづいた口から飛び出したのは言葉ではなく、マンドレイクの葉だった。

 

ぽちゃん、とソフィアのカップの中にマンドレイクの葉が落ちる。ソフィアはバッと口を押さえたが──全て遅い、後の祭りだ。

 

 

茶色の紅茶の海に泳ぐマンドレイクの葉を見たソフィアは、怒りと、自分の情けなさと、期待してくれているマクゴナガルへの申し訳なさから瞬時に顔を赤く染めると癇癪を起こした子どものように強く机を両手で叩く。

 

 

「──ああ、もう!最悪!折角慣れてきてたのに……また満月の日にやり直しだわ!」

 

 

ソフィアは苛立ちを隠す事なく「もう!」と何度も唸り、バンバンと机を叩く。その度にティーセットがガチャガチャと音を立てて震えた。

 

 

ソフィアがアニメーガスを取得する為に、マンドレイクの葉をずっと口に含んでいた事をセブルスは勿論知っていた。セブルスもまた、保護者として何枚も申請書にサインしていたのだ。

流石に、もっと冷静に話すべきだったと少し反省したセブルスだが、ソフィアの怒りは収まる事はない。

 

怒りから肩を震わせたソフィアは、真っ赤な顔で叫んだ。

 

 

「私が誰と付き合おうが、誰を恋人にしようが父様には関係ないでしょ!!」

「ソフィア──」

 

 

セブルスがその言葉に愕然としているうちに、ソフィアは鞄を荒々しく掴むとすぐに扉へと駆け出した。

 

 

「ソフィア、待て!」

鍵よ開け!(アロホモラ・デュオ!)

 

 

ポケットから杖を抜くとすぐに鍵を開け、ソフィアは外へ飛び出す。後ろから「ソフィア!」とセブルスの必死な声が聞こえたが、ソフィアは無視して階段を駆け上がった。

 

そのままの勢いでソフィアはグリフィンドール寮まで戻り、驚いた顔をする太ったレディに荒々しく合言葉を告げ、何人か残っていた寮生の脇を通り抜け、自室へと飛び込む。

 

 

「──もう!」

 

 

ベッドに勢いよく倒れたソフィアは、苛立ちと自分への失望や、悲しみからボスボスと枕を叩いた。

 

 

「……はぁ……マクゴナガル先生に…言わないと…」

 

 

期待されている分、早く成功しアニメーガスの姿を見せたかったのに──。ソフィアは大きくため息をつき、枕に顔を埋めた。

 

 

 

 

残されたセブルスは、薄く開いた扉を見つめ暫くその場で固まっていたが、ようやく正気を取り戻すと、よろよろと研究室から出る。

 

すれ違った生徒達は今にも死にそうな程顔色の悪いセブルスを見てぎょっと目を見開き──その顔色の悪さを、きっとかなり不機嫌なのだと思い、慌てて視線を外した。もし見ている事がバレたら不機嫌なセブルスに八つ当たりの罰則と減点をされてしまうかもしれない。そう考えたがセブルスは誰とすれ違ったかなど、少しも意識していなかった。

 

セブルスは幾つかの廊下を過ぎ、とある扉の前に立つと震える手で扉をノックした。

 

 

「──はーい、誰だ?」

「……ジャック…私だ…」

 

 

自分の声が情けないほど震えていることに、セブルスは気が付いた。すぐに扉が開き、真剣な顔をしたジャックが現れる。

 

ジャックは様子がおかしいセブルスを見て、何かあったのかと表情を険しくするとすぐに部屋の中にセブルスを招き入れた。

 

セブルスが、ジャックの部屋を訪れることなんて今まではなかった。それ程緊急を要する事態なのだろう。まさか、死喰い人の残党に何か動きがあったのだろうか。

 

 

「どうした?」

「私は──どうすれば、いいのだ…」

「何があった?」

 

 

ここまで動揺し狼狽しているセブルスを見るのは、十数年ぶりだ。それ程の事態になっていただなんて、気が付かなかった。確かに魔法省は今行方不明の魔女の事や、クラウチの不在でやや深刻な雰囲気になりつつある。だが、それでも──死喰い人が動いている気配はクィディッチワールドカップ以来、無い。

 

 

「ソフィアが──」

「ソフィア?…まさか、あの子に何かあったのか!?」

 

 

ソフィアもルイスも、事件に巻き込まれやすく──時期は異なっていたが、長い間2人とも眠らされていた事もある。

まさか、また何かに巻き込まれ、セブルスがこれ程動揺する事になったのかと、ジャックは顔色を変えた。

「ソフィアが…」と呟いたまま何も言わないセブルスの肩を掴かみ、軽く揺さぶれば、セブルスは絶望に染まった目でジャックを見た。

あまりの絶望の強い眼差しにジャックは息を飲み、──最悪の結果を覚悟した。

 

 

「ソフィアが、どうしたんだ?」

「ソフィアが──ソフィアが、ポッターと、恋人だと…」

「………、……は?」

「ソフィアが……ポッターと……2人とも、それを、認めて──」

「……セブ」

「私は、どう、すれば……」

 

 

声を震わせ項垂れるセブルスをぽかんとした顔で見つめたジャックは、真剣な顔でセブルスの肩を叩いた。

 

 

「……セブ。お前──俺の心配を返せ」

 

 

ジャックの呟きは、しんとした部屋に虚しく響いた。

 



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221 ウィンキー!

 

 

ハリー達はホグズミードから戻ってすぐにシリウスとの会話をソフィアに伝えた。

クラウチの過去の事を聞いたソフィアは、ハリー達と何故クラウチがこの場に姿を全く見せないのかまた話し合ったが──やはり、これと言った冴えた意見は出てこない。

 

 

「シリウスの言う通り、本当に病気だとしても…隠れて夜中にスネイプ先生の研究室に忍び込むだなんて……何を考えているのかしらね…」

「さぁ…最終課題には、流石に出てくると思うけど」

 

 

ソフィアは大広間で声を顰めながら大きなステーキ肉をぱくりと食べる。数日ぶりにスープ以外の物を食べているソフィアに、ロンとハリーは首を傾げる。ソフィアがマンドレイクの葉を口の中に入れている間はスープくらいしか食べられないと嘆いていたのはついこの間の話だ。

2人の不思議そうな視線に気付いたソフィアは少しバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。

 

 

「実は、うっかりマンドレイクの葉を吐き出しちゃって……次の満月からやり直しなの」

「そうなんだ…大変だね」

「めんどくさそうだなぁ」

 

 

ハーマイオニーはホグズミードから帰宅して、一度荷物を置きに自室へと戻った際に何があったのかを聞いていたため、特に驚く事も無くその話題には触れずにマッシュポテトを静かに食べる。

 

 

──スネイプ先生に対するソフィアの言い方だと、…変に誤解してそうね。

 

 

恋人同士では無いのだが、ソフィアがセブルスに言った言葉はまるで恋人との関係を口煩く言う父親に対する苦言であった。

 

 

「マクゴナガル先生は気にするなっておっしゃったけど……1ヶ月無駄にしたわ…」

 

 

ソフィアは大きなため息をつき、ソテーした野菜をもぐもぐと食べる。マンドレイクの葉を口に含む期間は満月から満月までの間と決められている。一度失敗してしまえばそのチャンスが来るまで辛抱強く待つしかないのだ。

 

 

 

次の日の日曜日、ソフィア達はフクロウ小屋に行き、シリウスに言われた通りパーシーへと手紙を送った。仕事には出れなくても、クラウチを敬愛し、右腕としてクラウチの代わりに仕事をしているパーシーならばお見舞いには行っているかも知れない。

 

 

久しぶりに手紙の配達を任され嬉しそうに空へ飛んでいったヘドウィグを見送った後、ソフィア達はドビーに新しい靴下をプレゼントする為に厨房へ向かう。

 

初めてハウスエルフが暮らす厨房へ入ったソフィアは、物珍しそうに辺りを見渡した。

ハウスエルフ達は訪問者を熱烈に歓迎し、お辞儀をしたりすぐにお茶を出そうと目を輝かせて走り回る。

 

ハリーが来たと分かり、すぐにやってきたドビーはプレゼントの靴下を受け取り、喜びで大粒の涙を流した。

 

 

「ハリー・ポッターは、ドビーに優しすぎます!」

「ドビーの鰓昆布のお陰で、僕は助かったんだ。本当にありがとう!」

「はじめましてドビー、私はソフィア・プリンスよ。あなたってすっごく度胸があるのね!スネイプ先生の研究室から盗むなんて!」

「ああ!それは──それは言わないでくださいまし!」

 

 

ドビーは恍惚としていた表情をさっと青く変えるととんでもない事をしてしまった自覚はあるのか、恐怖からぶるぶると大きく震えた。

 

 

「責めてるわけじゃないわ!困ってるハリーを助けるためだったんでしょう?誰にも言わないから、安心してね」

 

 

ドビーは複雑な表情でウロウロと視線を彷徨わせ、首を縦に振ろうか横に振ろうか迷っていた。

盗みはとんでもない事だ、だが、誰より大好きで、自分をマルフォイ家から助けてくれた大恩人であるハリーの窮地を、どうしても救いたかった。

ドビーはハリーに鰓昆布を渡した後何度も壁に頭を打ち付け、火挟で手を挟み、自分に罰を与えたが──盗みをした罪悪感は、まだ残っていた。

 

 

「この前のエクレア、もう無いかなぁ?」

 

 

落ち込むドビーの事など視界に入っていなかったロンは周りにいるハウスエルフを期待のこもる目で見つめる。ハーマイオニーは「さっき朝食を食べたばかりじゃない!」と呆れた顔で言ったが、その頃には既に銀の大皿に沢山のエクレアを積み上げてハウスエルフ達がロンの元に笑顔で運んできていた。

 

 

「スナッフルズに何か送らなきゃ」

 

 

ハリーは思い出したように言った。

前回ホグズミードでシリウスと会った時、彼は自分のことを話す時はスナッフルズと呼べ、とハリー達に伝えていた。逃亡者であり、世間的にはまだ罪が晴れていないシリウスは名前を呼び話し合っている場面を他の誰かに聞かれてしまい、ハリー達が危険な目に遭うことを恐れたのだ。──パッドフッドの名は学生時代に使用していたため、誰かにその意味を知られてしまう恐れがあった。

 

 

「そうだよ。ピッグにも仕事をさせよう。──ねぇ、食べ物を少し分けてくれるかなぁ?」

 

 

ロンはエクレアを食べながら、初めからそのつもりだったというように──ハーマイオニーは訝しげな顔をしたが──言う。

 

 

「カロリーが高くて、お腹に溜まる物が良いわ」

 

 

ハウスエルフはみんな喜んでお辞儀をして急いでまた食事を取りに行った。

人の世話をし、願いを叶え、快適に過ごして貰える事が何よりの喜びであるハウスエルフ達の嬉しそうな後ろ姿に、ソフィアはにこにこと笑う。

 

ハーマイオニーはハウスエルフの中に彼女が気にかけているウィンキーの姿が見えない事に気付くと、きょろきょろと辺りを見ながらドビーに聞いた。

 

 

「ドビー、ウィンキーはどこ?」

「ウィンキーは、暖炉のそばです。お嬢様」

 

 

ドビーは長い耳を下げ、そっと声を顰めて答えながらちらりと近くにある暖炉を手で指し示す。近くにいたにも関わらずウィンキーの存在に気が付かなかったのは、身体や服がかなり汚れていて──ウィンキーの後ろにある黒く煤けた煉瓦と同化し見分けがつかなかったのだ。

 

 

「まぁ…」

「クィディッチ・ワールドカップで見た時よりも……かなり、汚れてるわね」

 

 

ハーマイオニーは心配そうな声を上げウィンキーに駆け寄る。ソフィアはこっそりハリーに耳打ちをし、ハリーは「この前ここで会った時よりも汚れてる」と同じように小声で答えた。

 

ウィンキーはハーマイオニーに声をかけられても、椅子に座り込んだまま虚な目で暖炉の火を見つめ、身体を前後に揺らしている。バタービールの瓶を握り、時折「ヒック」としゃくり上げる様子から──かなり酔っているのだろう。

 

 

「ウィンキーはこの頃1日6本も飲みます」

「でも、あれはそんなに強くないよ」

 

 

ドビーの囁きにハリーは少し眉を顰める。バタービールのアルコールは未成年が飲む事を許される程度であり、風味づけレベルのアルコール分しか入っていない筈だ。しかし、ドビーは悲しそうに首を振った。

 

 

「ハウスエルフには強すぎるのでございます」

 

 

ウィンキーは何度もしゃくり上げ、エクレアを運んできたハウスエルフ達が非難がましい目でウィンキーを睨みながら持ち場に戻った。ハウスエルフとして、前の職場に戻りたい気持ちはわかる。前の主人が好きだという感情は理解できる。だが、だからといって毎日酒に溺れ職務を放棄するのは、同じハウスエルフとして許し難い行為だ。

 

 

「ウィンキーは嘆き暮らしているのでございます。ハリー・ポッター。ウィンキーは家にいる帰りたいのです。ウィンキーは今でもクラウチ様をご主人だと思っているのでございます。ダンブルドア校長が今のご主人様だと…ドビーがどんなに言っても聞かないのでございます」

 

 

──そうか、ウィンキーはクラウチのハウスエルフだった。

 

 

「やぁ、ウィンキー」

 

 

ハリーは突然それを思い出し、ウィンキーの側に寄ると身を屈めて話しかけた。

 

 

「クラウチさんがどうしているか知らないかな?三校対抗試合の審査をしに来なくなっちゃったんだけど」

「ご──ご主人様が──来なくなった?」

 

 

虚だったウィンキーの目に光が戻り、大きな眼がハリーをしっかりと捉えた。

 

 

「ご主人様が──来ない?──来なくなった?」

「うん、第一の課題の時からずっと姿を見てない。日刊預言者新聞には病気だって書いてあったよ」

「ご主人様──ご病気…?」

 

 

ウィンキーは時折しゃっくりを零しながら、信じられないと目を見開き下唇を震わせる。一気に悲しみと動揺漂う目になってしまったウィンキーに、ハーマイオニーが「だけど、本当かどうか私にはわからないのよ」慌てて言った。

 

 

「ご主人様には──必要なのです!この、ウィンキーが!──ご主人様は──1人では、お出来になりません!」

「他の人は、自分の事は自分で出来るのよ、ウィンキー」

 

 

涙声になり悲痛に叫ぶウィンキーに、ハーマイオニーは厳しい声で言った。

 

ウィンキーを含めハウスエルフは盲目なまでに主人に支えてしまう。どれだけ嫌な命令でも、主人の為に奴隷のように従ってしまう。そんなハウスエルフを助けたいと──ハーマイオニーは善意から思っているが、ウィンキーや他のハウスエルフは勿論、それを望んでいない。

 

 

「ウィンキーは──ただ──クラウチ様の家事だけをやっているのではありません!クラウチ様は──ウィンキーを信じて、預けています──一番大事な──1番の秘密を!」

「何を?」

 

 

怒り叫ぶウィンキーに、ハリーが何かの手がかりになるかもしれないと素早く聞いたが、ウィンキーは激しく頭を振り、服にバタービールを沢山零しながら「ウィンキーは守ります!──ご主人様の秘密を!」と反抗的に叫ぶ。

 

 

「あなたは──お節介なのでございます!」

「ウィンキーはハリー・ポッターにそんな口をきいてはいけないのです!ハリー・ポッターは勇敢で気高いのです、お節介では無いのです!」

 

 

ハリーを睨むウィンキーに、ドビーは同じように大きな声で叫び怒る。バチバチと火花を散らすようなドビーとウィンキーに、ソフィアはそっと駆け寄るとウィンキーの丸まった背中を優しく撫でた。

 

 

「ウィンキー、貴方は今でもクラウチさんが大好きなのね?」

「そんな──畏れ多い!ウィンキーは──ウィンキーは──」

 

 

ウィンキーは耳を垂れ下げるとふるふると首を振り、耐えられず涙を流した。

ソフィアはにっこりと笑ったままさりげなくウィンキーが掴むバタービールの瓶を取ると石畳の床に置き、ポロポロと涙を流しているウィンキーの大きな涙を指で掬う。

 

 

「貴方にとっては、クラウチさんは良いご主人様だったのね?」

「も──勿論でございます!ウィンキーは──ウィンキーの母も、その母もずっと、ずっとクラウチ様のハウスエルフでございます!ああ、ウィンキーは──戻りたい──ウィンキーは、クラウチ様が困る事を何も──何も──」

「ええ、そうね。きっと貴方の無実は晴らされるわ。──ウィンキー、あなた、もう休んだ方がいいわ」

 

 

ソフィアがウィンキーの広い額を指で撫でれば、ウィンキーの瞼が下り、そのまま体が斜めに傾く。ソフィアは倒れそうになるウィンキーを支え、辺りを見渡した。

 

 

「お嬢様!それをここに置いてください!」

 

 

6人のハウスエルフが申し訳なさそうにソフィアに駆け寄り、大きなテーブルクロスを石畳の上に広げる。石畳の上よりはまだマシだろうとソフィアはそっとウィンキーをテーブルクロスの上に寝かせた。

 

するとハウスエルフ達はさっとウィンキーをテーブルクロスで覆い隠し、その姿を見えないようにした。

 

 

「お見苦しいところをお見せして、あたくしたちは申し訳なく思っています!」

「お嬢様方、お坊ちゃん方。ウィンキーを見てあたくしたちが皆そうだと思わないようにお願いします!」

 

 

これがハウスエルフの全てだとは思って欲しくない。主人が変わったことを受け入れられないとは言え、泣き暮らすのは許されない、今のご主人様に対する冒涜である──ハウスエルフ達は頭を振り、恥ずかしそうな顔で叫んだ。

 

 

「ウィンキーは不幸なのよ!隠したりせずに、どうして元気づけてあげないの?」

「お言葉を返しますが、お嬢様」

 

 

ハーマイオニーの言葉にハウスエルフは深くお辞儀をしながら言う。

 

 

「ハウスエルフにはやるべき仕事があり、お仕えするご主人がいるときに不幸になる権利がありません」

 

 

仕える事ができる、それはハウスエルフにとって誇りであり、幸福な事だ。不幸であってはならない。

 

 

「なんて馬鹿げているの!みんな、よく聞いて!みんなは魔法使いと全く同じように、不幸になる権利があるの!賃金や休暇、ちゃんとした服をもらう権利があるの。何もかも言われた通りにする必要は無いわ!ドビーをご覧なさい!」

 

 

ハーマイオニーは怒りドビーを前に押しやる。

しかし、ドビーは息を呑み「お嬢様、どうぞドビーの事は別にしてくださいませ」と恐々と呟く。

 

その瞬間、厨房中のハウスエルフから笑顔が消え、ハーマイオニーの事を狂った危険人物を見る目で見据える。

 

 

「食べ物を余分に持ってきました!」

「さようなら!」「さようなら!」

 

 

ハリーに大きなハムや果物を押し付けたハウスエルフはソフィア達に群がりそのまま小さな手で外へと押した。

これ以上、この人たちにここにいて欲しく無い。その現れにハーマイオニーは傷付いたような目をしたが、何も言えずそのまま出口まで進む。

 

 

「靴下を、ありがとうございました、ハリー・ポッター!」

 

 

ドビーが情けない叫びを最後に、ソフィア達の後ろで扉がバタンと閉まった。

 



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222 心無い手紙!

 

 

ハウスエルフの厨房から追い出された後、ロンとハーマイオニーはいつものように激しく口論していたが、月曜日の朝には険悪なムードも鎮火したようだった。

魔法界で暮らしていたロンは、ハウスエルフに対するハーマイオニーの狂気じみた行動が全く理解できない。

ソフィアもどちらかといえばロンの意見に賛成だったが──ハーマイオニーと険悪になるのは避けたく、この話題に関しては無言を貫いた。

 

厨房でのハーマイオニーの振る舞いがハウスエルフを怒らせグリフィンドールの食事だけ粗末な物になったら──というロンの暗い予想もどうやら外れ、いつもと変わらない美味しい料理の数々が並んでいた。

 

ハーマイオニーは沢山の郵便を配達するフクロウ達が頭上に舞い始めると、料理を食べる手を止め熱心にフクロウ達を見上げる。

 

 

「パーシーの返事はまだだよ。昨日ヘドウィグを送ったばっかりだから」

 

 

ロンが太いソーセージを食べながらハーマイオニーに言ったが、ハーマイオニーは「そうじゃないの」とフクロウ達を見上げたまま答える。

 

 

「日刊預言者新聞を新しく購読予約したの。何もかもスリザリン生から聞かされるのは、もううんざりよ」

「良い考えだ!」

 

 

ハリーは何故今までその考えに至らなかったのかと思いながら空を見上げる。たしかに、初めから何を言われるか知っていればスリザリン生から屈辱的な物言いをされる前に防ぐ事だってできるだろう。

 

 

「あれっ、ハーマイオニー、君ついてるかも!もう来たよ」

「でも、新聞を持ってないわ。でも、誰から──」

 

 

一羽の灰色森フクロウがふわりとハーマイオニーの前に降りた。かなり早い配達にロンは喜んだが、そのフクロウの足にあるのは新聞ではなくただの手紙だ。

 

 

彼女の両親はマグルであり、フクロウを使って何か手紙を届ける事はない。マグル界にフクロウのいる郵便局などあるわけもなく、その方法がわからないからだ。

ハーマイオニーが学校のフクロウを使い、両親に手紙を出し、そのフクロウに返事を託す事はあるが──ハーマイオニーは最近、両親に手紙を出していない。

 

誰からの手紙だろうか。そうハーマイオニーが不思議そうに首を傾げる中、次々とフクロウ達がハーマイオニーの机の前に舞い降り、われ先にと足を突き出す。

 

 

「凄い数ね…」

「何部申し込んだの?」

 

 

ソフィアとハリーがフクロウの群れにコップや皿をひっくり返されないように抑えながら呆然とハーマイオニーを見た。

 

 

「わからないわ…なんで──」

 

 

ハーマイオニーも訳が分からず、困惑したまま目の前にいるフクロウから手紙を外し、開けて読み始めた。

 

 

「──まあ!なんて事を……!」

 

 

ハーマイオニーは顔を赤く染め、小さな叫びを上げ手紙を掴む手を震わせた。

ソフィアとロンとハリーは顔を見合わせ「どうしたの?」と聞いたが、ハーマイオニーは言葉も出ないようで唇を噛むとソフィアに手紙を押し付けた。

 

ソフィアは困惑したまま手紙を受け取り、中を見て──すぐに眉を寄せ嫌そうな顔でハリーとロンに手渡す。

 

 

「──、…ひどいわ」

 

 

手紙は手書きの文ではなく、新聞の文字を切り抜き貼り合わせたものだった。

 

 

 

──おまえは わるい女だ ハリー・ポッターと ソフィア・プリンス の邪魔をするな  マグルよ 戻れ もといた 所へ──

 

 

「みんな同じようなものだわ!」

 

 

次々と手紙を開けながらハーマイオニーがやり切れなさそうに叫ぶ、ソフィアは誰より大切なハーマイオニーを侮辱する心無い言葉の数々に、すぐに杖を取り出し差出人達に呪いの手紙を送ろうとしたが──しかし、それはハーマイオニーがしたと思われるかもしれない。火に油を注ぐだけになる。そう思い直すと珍しく舌打ちを零し、開封された手紙の山に向かって杖を振るった。

 

 

燃えろ!(インセンディオ!)

 

 

いきなり机の上に火柱が上がり、周りの生徒達は驚いて立ち上がり何事かとソフィアを見た。火柱はすぐに鎮火したが、机には燃えた手紙の残骸がぷすぷすと黒煙をあげている。

しかし、ソフィアはそんな事気にする余裕も無く燃える中傷の手紙を睨み、まだ残りを開封しようとするハーマイオニーに向かって叫ぶ。

 

「ハーマイオニー!もう開けないで全部燃やしてしまいましょう!」

「でも──いたっ!」

 

 

でも、何が書かれているのか気になるのが当然だろう。ハーマイオニーは全ての手紙を開封し──最後の封筒の中に隠されていた悪意を、受け取ってしまった。

 

 

「ハーマイオニー!」

 

 

強烈な石油臭がする黄緑色の液体──腫れ草の膿の原液だ──がハーマイオニーの手にかかる、両手に大きな黄色いぶつぶつとした腫物が膨れ上がり、ソフィアはさっと顔色を変えた。

 

 

水よ!(アグアメンティ!)

「ああっ…!」

 

 

ソフィアはすぐにハーマイオニーの手に水を出現させ膿を洗い流す。しかし手の腫れは収まらず、ハーマイオニーは痛みに顔を顰め目に涙を浮かべた。

 

 

「最低!卑怯よ!やるなら正々堂々ホグワーツに来なさいよ!──ハーマイオニー、医務室に行きましょう」

「っ…え、ええ……」

 

 

痛みと悔しさで涙を流すハーマイオニーの肩をソフィアは抱きながら立たせると、そのまま足早に医務室へ向かった。

 

 

「ひどいわ、こんなの……こんなの!」

 

 

ソフィアはまた怒りで肩を震わせる。真っ赤に腫れたハーマイオニーの手は大きな手袋をつけているかのように歪であり、腫物がぷちりと膿を吐き出していた。

 

 

「ソフィア……私──私は間違った事をしてない、わよね…?」

 

 

ハーマイオニーの目は揺れていた。

スキーターの記事は嘘ばかりであり、あの時スキーターに噛み付いたのも間違った事をしたとは思っていない。だが、大衆はその嘘ばかりの記事を信じ──悪意をぶつける。

 

初めて匿名の悪意を受けたハーマイオニーは、心を痛め、かなり──参っていた。

 

 

「勿論よ!ハーマイオニー、こんな卑怯な手紙であなたが傷つくなんて…!送ってきた人、みんな呪いたいわ!ナメクジ吐きの呪いを郵送出来ないかしら!?ずーっと、ナメクジを吐き続ければいいんだわ!卑怯な相手には卑怯で返してやるわ!私の呪いは強いわよ!?なかなか解呪できっこないわ!」

 

 

かなりの怒りを見せるソフィアに、ハーマイオニーは一瞬ぽかんとした後、小さく笑った。

こんな時だが、ソフィアがここまで怒りを見せてくれた事がなんだか嬉しかったのだ。

 

 

「…駄目よ、今度はソフィアが標的になっちゃうもの……」

 

 

ハーマイオニーはもう泣いていなかったが、手が腫れてしまい涙を拭く事も出来ない。ソフィアはすぐにポケットから綺麗なハンカチを出すと、優しくハーマイオニーの目元を拭った。

 

 

「…ありがとう、ソフィア」

「いいのよ。……ハーマイオニー、いつでも呪いたくなったら教えて!私、私──父様に最高の呪いを教えてもらうわ」

 

 

声を顰め真剣な顔をするソフィアに、ハーマイオニーは困ったように笑う。

 

 

「それは、かなりヤバそうね」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーを医務室まで送り届けたソフィアは遅れて薬草学の授業に参加した。

ハリーとロンがハーマイオニーを医務室に連れて行くために遅れるとスプラウトに告げていた為、注意を受けることなく踊り草の世話をするハリーとロンのそばに座る。

 

 

「どうだった?」

「マダム・ポンフリーはすぐに薬を塗ってくれたから…きっと良くなるわ」

「スキーターに関わるのはやっぱり駄目だったんだ!」

 

 

ロンの言葉に、ソフィアはムッとしたまま何も答えず、枯れた草を剪定鋏で切り落とした。

 

 

 

薬草学の授業が終わり、ソフィアとハリーとロンは温室を出て次の授業である魔法生物飼育学へ向かう。

きっとハーマイオニーは薬草学を一限受けられなかった事で、かなり落ち込むだろう。そう思うと、あんな酷い手紙を送った名も知らぬ相手に対し、一度収まりかけていた苛立ちと怒りがふつふつと沸き起こった。

 

 

途中でスリザリン生の集団が魔法生物飼育学のために城の階段を降りてくるのが見え、ハリーとロンは嫌そうに顔を顰めた。朝食の時の光景はかなり目立っていただろう。きっと何かいつものように煩く言ってくるに違いない。

 

 

「ポッター、あの女を追い出したの?あの子、朝食の時どうしてあんなに慌てていたの?」

 

 

パンジーの意地悪げな大声が響く。後ろで彼女の友人達がくすくすと笑い「ついに四人組も終わりね」なんて囁いていたが、ハリーは無視をした。

 

 

「行こう」

「ああ」

 

 

ハリーとロンは嫌そうな顔をしたが振り返る事なく大股でハグリッドの小屋へ向かった。しかしソフィアはくるりとスリザリン生の集団の方を振り返る。

パンジーは一瞬虚を疲つかれ、にやにやとした笑顔を止めたがすぐにソフィアが何か教えてくれるのかと笑みを深める。

 

 

「ねえソフィア。あの子に──」

「パンジー。私はハーマイオニーのことが大好きなの、誰よりもね。もしこれ以上ハーマイオニーを侮辱するなら、あなたの服を全て蛇に変えるわよ!ドラコみたいにね!」

 

 

ソフィアは強い目でパンジーを睨み、その後ろにいる他の女子生徒に向かって「あなた達も同じよ!」と叫ぶと杖先を向けた。

 

 

「なっ──」

「私は、本気よパンジー」

 

 

ソフィアはパンジーを見据えたまま静かに言うと、ぐっと口籠もり何も言えない彼女達を残して踵を返し、ハリーとロンの後を追った。

 

 

 

 

魔法生物飼育学ではユニコーンの授業が終わり、新しくニフラーという魔法生物の生態について学んだ。

ハグリッドはユニコーンを教えた時の生徒の反応が彼の想像以上に良く──ようやく、牙や爪が無く、爆発しない魔法生物について教える方がいいのかもしれない、と思ったのだ。

 

鼻が長く黒い体毛に覆われふわふわとしたニフラーはかなり可愛い。木箱の中に入ったニフラーは、黒いつぶらな瞳をきょとん、としながら不思議そうに生徒達を見ていた。

 

ハグリッドはニフラーの生態を説明し──キラキラ光るものを収集する性質を持つ──その生態をよく知るために、生徒一人ひとりにニフラーを選ぶよう告げた。

 

 

ソフィアはふわふわとした1匹のニフラーを木箱の中から抱き上げる。ニフラーは「なに?」というように首を傾げ、目をぱちくりとしせていた。

 

 

「か…可愛い…!」

 

 

思わずニフラーを抱き締めたソフィアだが、そう思ったのはソフィアだけではなかったようで何人かの生徒が嬉しそうに頬を緩めニフラーに頬擦りしていた。

ハーマイオニーの一件でかなり不機嫌だったソフィアは、ようやくいつものように楽しげに笑えるようになった。

 

 

ニフラーを使っての授業は、ほとんどの生徒にとって今までの魔法生物飼育学の中で最も楽しい授業だった。危険な事は何もない、ただ可愛いニフラーが土の中を泳ぐように掘り、土の中から金貨を見つけて戻ってくるのを待つだけだった。

ニフラーによって土の中を潜るスピードが異なり、一番多くの金貨を集めることが出来たのはロンのニフラーだった。沢山金貨を集めたニフラーは嬉しそうに小山になった金貨の周りをぐるぐると周り、ロンの足に身体を擦る。

 

 

「こいつら、ペットとして飼えるのかな、ハグリッド?」

「おふくろさんは喜ばねぇぞ、ロン」

 

 

みるみるうちに集まった金貨に、ロンが興奮しながら言えばハグリッドはニヤリと笑った。

 

 

「ニフラーは家の中を掘り返すからな。──さて、そろそろ全部掘り出したな」

 

 

ハグリッドはあたりを歩き回り、生徒達の前に集まった金貨をざっと確認し、ニフラー達が土の中を潜るだけで一向に戻ってこないのを見て、もう目当ての金貨が無くなったのだろう、と判断した。

 

 

「金貨は100枚しか埋めとらん。──おう、来たかハーマイオニー!」

 

 

その時、ハーマイオニーが両手に包帯を巻き、芝生を横切ってソフィア達の方に向かってきた。

肩を落とし沈んだ顔をするハーマイオニーに、ソフィアは「ハーマイオニー!」と心配そうにその名を呼び、腕の中にニフラーを抱いたまま駆け寄った。

 

 

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。──その子は?」

「ニフラーよ!可愛いわよね!」

「確かに、可愛いわ…ああ、授業出たかった…」

 

 

ハーマイオニーはふわふんとしたニフラーに触れたくてたまらなかったが、両手には包帯が巻かれている。それに、まだ何かを掴めば痛んでしまうだろう。

残念そうなハーマイオニーに、ソフィアは悪戯っぽく笑い、ニフラーをハーマイオニーの肩に乗せた。

 

 

「きゅ?」

「わっ!──ふふっ!く、くすぐったいわ!」

 

 

ニフラーはきょとん、としながらハーマイオニーの耳あたりに顔を近づけふんふんとにおいを嗅いだ。ふわふわの毛がハーマイオニーの頬や耳に触れ、ハーマイオニーはくすぐったそうに身を捩り、くすくすと笑う。

 

 

 

「さーて!どれだけ取れたか調べるか!さあ金貨を数えろや──盗んでも無駄だぞゴイル。レプラコーンの金貨だ、数時間で消えるわ」

 

 

ハグリッドに言われたゴイルは、盗んだ事を恥じる様子もなくぶすっとしながらポケットの中をひっくり返し、数枚の金貨を地面に散らばらせた。

 

一番多くの金貨を集めたのは、やはりロンのニフラーだった。ハグリッドは賞品としてロンにハニーデュークスの大きな板チョコを与えたが、ロンはどこか複雑な表情でそのチョコを見つめた。

 

 

授業終了のベルが鳴り、他の生徒たちは昼食を取るために城に向かったが、ソフィア達はその場に残り、地面のにおいをふんふんと嗅いで金貨が埋まっていないかとまだ探し続けているニフラー達を木箱に入れるのを手伝った。

 

 

「手をどうした?ハーマイオニー?」

「それが…」

 

 

心配そうに包帯で巻かれたハーマイオニーの手を見下ろすハグリッドに、ハーマイオニーは今朝何があったかを話した。

 

 

「ああー…気にするな。俺も、スキーターが俺のおふくろの事を書いた後にな、そんな手紙だのなんだの、来たもんだ。──お前は怪物だ、やめてしまえ──とか──お前の母親は罪もない人たちを殺した。恥を知って湖に飛び込め──とかな」

「そんな!」

 

 

ハグリッドは軽く言ったが、かなり酷い内容にハーマイオニーは衝撃を受けて叫ぶ。

ソフィアも辛く、心配そうな顔でハグリッドを見たが、ハグリッドは優しい目でソフィア達を見下ろした。

 

ソフィアはきっと──中傷の手紙を受け取っているだろうとは、思っていた。半巨人である事は、魔法族にとって中傷の的になってしまう。

だが、やはり本人からそれを聞くと、どうしようもなく辛く、自分の事ではないのに悲しかった。

 

 

「送ってくる奴らは頭がおかしいんだ。…ハーマイオニー、また来るようならもう開けるな。すぐ暖炉に放り込め。──ああ、ソフィアに燃やしてもらうのも良いかもしれんな」

 

 

ハグリッドはニフラーが入った木箱を小屋の側に運びながら、悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

「せっかく良い授業だったのに、残念だったねハーマイオニー」

「ええ…後で薬草学もどんな授業だったのか…スプラウト先生に聞きに行かなきゃ…」

 

 

城に戻る道々、ハリーがハーマイオニーに言い、ハーマイオニーはとても残念そうにため息をつく。

 

 

「ニフラーっていいよね、ロン?──どうしたんだい?」

 

 

ハリーはロンがニフラーに対しかなり好意的だった事を思い出し、ロンに話しかけた。だが、ロンは不機嫌そうに顔を顰めてハグリッドが渡した景品のチョコレートを見つめている。

 

 

「嫌いな味だったの?」

「ううん──金貨の事、どうして話してくれなかったんだい?」

 

 

ぶっきらぼうにロンは答え、ハリーをチラリと横目で見る。

ニフラーの事ではなく、急に金貨の事を言われたハリーはその意図が分からず首を傾げた。

 

 

「何の金貨?」

「クィディッチ・ワールドカップで僕が君にやった金貨さ、万眼鏡の代わりに君にやった、レプラコーンの金貨。貴賓席で──あれが消えちゃったって、どうして言ってくれなかったんだ?」

 

 

ロンは、ハリーが自分が貧乏だから内緒にしてくれていたのかと思い、かなり自尊心が傷付けられていたのだ。

傷ついた目を見せるロンに、ハリーはそれを聞いても暫く何のことかわからなかったが、漸く「ああ…」と納得すると当時のことを思い出すように考えながら口にした。

 

 

「さあ、どうしてだか……無くなったことに気が付かなかった。杖の事ばかり心配してたから……そうだろ?」

 

 

ロンはハリーの答えに、本当に気が付かなかっただけで、自分の家の懐状況を考え残酷な気遣いを見せたわけではないと分かると、とりあえず納得はした。

 

 

4人は玄関ホールへの階段を上がり、昼食をとりに大広間に入る。ハリーはロンが何も言わなくなったのを見てこれで話は終わりだと思っていたが──ロンは料理を自分の皿に取り分けながら「いいなあ」と少し、嫌味っぽく呟く。

 

 

「ポケット一杯のガリオン金貨が無くなったことに気付かないくらい、お金をたくさん持ってるなんて」

「あの晩は他の事で頭がいっぱいだったんだって!そう言っただろ?僕たち全員そうだった、そうだろう?」

 

 

ハリーはローストビーフを食べながらロンの言葉に気分を害しながら言う。

確かにハリーはかなりの資産家である。だが、それはそれを受け取るのが自分しか居ないからだ。両親も、他の親族もみんな死んでしまった。沢山の金は、親が残した遺産で有り、確かに何も無いよりはあったほうがいいだろうが──本音を言えば莫大な遺産よりも、家族に生きていて欲しかった。

 

 

「レプラコーンの金貨が消えちゃうなんて、知らなかった。君に支払い済みだと思ってた……ハリーはクリスマスにチャドリー・キャノンズの帽子を僕にくれちゃ駄目だったんだ」

「そんなこと、もういいじゃないか」

「……貧乏って、嫌だな。──惨めだよ」

 

 

ロンはフォークの先で突き刺したローストポテトを睨みつけながら呟く。

単価の安いこのローストポテトは、ホグワーツに来るまではよく食べていた料理だ。

ソフィアとハリーとハーマイオニーは顔を見合わせたが、なんと声をかけていいのか分からなかった。まだ働く事が出来ないロンに、何を言っても慰めにもならないだろう。

 

 

「フレッドやジョージが少しでもお金を稼ごうとしている気持ち、わかるよ。僕も稼げたらいいのに。僕、ニフラーが欲しい」

「じゃあ次のクリスマスにプレゼントするものは決まったわね!可愛いニフラーを探さないと!」

 

 

ソフィアが明るく言うが、ロンはまだ暗い顔でローストポテトを睨みつけ、口をへの字にしたままだった。

 

 

「ロン。いいじゃない。大体指が膿だらけじゃないだけ、マシだわ!あの女、憎ったらしい!何がなんでもこの仕返しはさせてもらうわ!」

 

 

ハーマイオニーは慰め半分、スキーターへの怒り半分に言いながら強張って腫れ上がった手をロンの目前に突き出した。

ロンは驚いて身を引き──少し笑うと睨みつけていたローストポテトをようやく食べた。

 

 

「ハリー、来年の僕へのクリスマスプレゼントはいらないからな。じゃないと、僕は自分を許せないんだ」

「……オーケー、わかったよ」

 

 

それでロンの機嫌が戻り、気が済むのならとハリーは頷く。

ソフィアとハーマイオニーはロンの機嫌が戻ったことにホッと安堵の笑みを浮かべる。

ハーマイオニーはようやくフォークとナイフを持ったが、手が腫れあがっていてなかなか上手く使う事が出来ない。

 

ハリーの隣に座っていたソフィアはハッとして食べる手伝いをしようと思ったが──自分よりもハーマイオニーの隣に座るロンが手伝った方が食べさせやすいかしら、と浮かしかけた腰を戻した。

 

 

「ロン、ハーマイオニーに食べさせてあげたら?ハーマイオニーかなり手が使い難いみたいだし……」

「「えっ?」」

「……?」

 

 

声を揃え驚愕し、頬を染めるハーマイオニーとロンに、ソフィアはそれ程おかしな事を言っただろうかと首を傾げた。

 

食べさせる。つまり、それは「あーん」をする事ではないのか、とロンは思い何故か無性に気恥ずかしくそんな事は出来ないと首を振る。ハーマイオニーも同じように顔を赤く染めて勢いよく首を振った。

 

 

「大丈夫よ!私、1人で食べられるわ!」

「そう…?」

「ええ、ロン、大丈夫だからね」

「あーうん」

 

 

ハーマイオニーは必死にフォークとナイフを使い肉を切ると口一杯に頬張り、ロンにぎこちなく笑いかけた。

 

 

 



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223 虫付き?

 

 

 

ハーマイオニーへの中傷の手紙はそれから1週間は途切れる事なく続いた。それだけではなくソフィアにも、ハリーとの仲を応援し、ハーマイオニー・グレンジャーなんかに取られるなという内容の手紙が届いたが、ソフィアは初めの1通だけ読み、そのあと届いた見知らぬ相手からの手紙は全て中を読まずに捨てた。

 

ハーマイオニーもあれから1通も開封しなかったが、中には吠えメールで送ってくる者も居て、週刊魔女を読んでなかった生徒にもハーマイオニーとクラムとハリーとソフィアの四角関係の噂を知る事となる。

ハリーとソフィアは噂好きの生徒に付き合っているのかと聞かれるたびに、お互い恋人同士ではない、と否定していたが──ハリーは否定するたびに胸がちくりと痛んだ。

 

これを噂にはしたくない。だが、ソフィアがそばにいる時に噂を肯定するわけにもいかず、渋々否定するしかないのだ。

 

ハーマイオニーもまた、ハリーの事なんてどうとも思ってないし、ソフィアは大切な親友だと何度も弁解せねばならなかった。

 

 

 

「そのうち収まるよ。僕たちが無視していればね。……前にあの女が僕のことを書いた記事だって、みんな飽きてしまったし──」

 

 

またも噂好きの女生徒達にハリーとソフィアとの関係を揶揄いながら聞かれ、機嫌を損ねたハーマイオニーにハリーは慰めるように言った。

 

 

「学校に出入り禁止になっているのに、どうして個人的な会話を立ち聞きできるのか、私それが知りたいわ!」

「…よく考えてみれば、私がホグズミードに行かないことも……少しの人しか知らなかったはずなのに…」

 

 

ソフィアがホグズミードに行かないと話したのはハリー達と、たまたま校庭で会ったルイスとヴェロニカにしか言っていない。どう考えても彼らからその事が漏れるとは思えず、やはりスキーターは人に気付かれず盗み聞きする術を持っているのだとしか思えなかった。

 

 

 

次の闇の魔術に対する防衛術の授業の後、ハーマイオニーは教室に残りムーディに第二の課題の時にスキーターが居たかどうかを聞いた。ムーディは確かに居なかった、と断言し、ハーマイオニーは先に教室から出ていたソフィア達と合流するなり難しい顔をしながら考え込む。

 

 

「リータは透明マントを使ってないわ!ムーディは第二の課題の時に、審査員席の近くでも…湖の近くでも見なかったって言ってたわ!」

「ハーマイオニー、そんな事やめろって言っても無駄か?」

「無駄?私はなんでビクトールとの会話を聞いたのか知りたいの!それに、ハグリッドのお母さんの事を知ったのかもよ!」

 

 

怪訝な顔をするロンに、ハーマイオニーは怒ったように噛み付いた。何としてでもスキーターをギャフンと言わせなければ、ハーマイオニーの気は治まりそうに無い。

ロンはハーマイオニーがまたスキーターに食ってかかり、また酷い目に遭うかもしれないと考えての忠告だったのだが──怒るハーマイオニーにその思いは届かない。

 

 

「もしかして、君に虫をつけたんじゃないかな?」

「虫をつけた?」

「…?スキーターは虫と話せる力を持つって事?」

 

 

ソフィアとロンはハリーの言葉に首を傾げる。虫、とはマグル界で盗聴マイクや録音装置の事を指すのだが、魔法界で暮らしていたソフィアとロンは勿論その事を知らず、ハリーの説明を興味深そうに聞いた。

 

 

「でも、ホグワーツではマグルの機械は使えないのよ?──つまり、その、えーと…盗聴マイク?みたいな魔法道具か魔法を使ってるのかしら…」

「それは有り得るわね。盗聴の魔法……そうに違いないわ!それが何なのかわかったら──それが非合法なものなら、こっちのものなのに!…ソフィア、何か知ってる?」

 

 

ハーマイオニーは焦ったそうにソフィアに聞いたが、ソフィアは腕組みをし首を傾げていたが──どれだけ考えてもそんな魔法を聞いた事はなく、首を振った。

 

 

「うーん、知らないわ」

「他にも心配する事はあるだろ?この上スキーターへの復讐劇まで始めるつもりか?」

「何も手伝ってくれなくていいわ!1人でやります!」

 

 

ロンの呆れたような言葉に、ハーマイオニーは怒りながらキッパリと言うとツンとそっぽを向き大股で廊下を歩く。

 

 

「私も行くわ、ハーマイオニー!」

 

 

ソフィアは慌ててハリーとロンに「また後で!」と告げハーマイオニーの後を追い、小走りになりながら隣に並んだ。

 

 

「ソフィア、私一人でできるわ!」

「ううん、私もちょっと調べたい事があるし──図書館に行くんでしょう?……それに、噂の事もあるし、1人にならない方がいいわ」

 

 

ソフィアはチラリとすれ違った生徒たちを見て顎で指す。

噂を否定しているとはいえ、まだ完全に信じている生徒ばかりではない。コソコソとハーマイオニーとソフィアを見て話す見知らぬ生徒の視線に気付いたハーマイオニーは、悔しそうに唇をぎゅっと噛んだ。

 

 

「──あの女!絶対許さないんだから!」

「本当ね。…ハーマイオニーが私に愛の妙薬を盛らなくても、こんなに相思相愛なのにね?」

 

 

怒るハーマイオニーの手を繋ぎ、ソフィアは悪戯っぽく笑う。

ハーマイオニーはソフィアの言葉に少々呆気に取られたが、それでも「そうね!」と嬉しそうにはにかんだ。

 

 

 

図書館に着いたハーマイオニーはすぐに沢山の本を抱え、盗聴魔法について必死に調べ始める。ソフィアは同じように沢山の本を抱えていたが、数々の呪文が書かれた本だけではなくルーン語やマグル学についての本も同じように沢山積み上げていた。

 

正直なところ、ソフィアはスキーターの謎を解明するよりも──自分の宿題や授業の予習の方が危機迫っていた。ハーマイオニーもソフィアが盗聴魔法だけではなく、他の事を調べていると直ぐに気が付いたが、それに対し怒るような心の狭い彼女ではない。

むしろ、忙しい中に自分のそばに居てくれるだけで、充分嬉しかった。

 

 

 



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224 ホットチョコレート!

 

 

ソフィアはイースター休暇前にようやくアニメーガスの習得を再開する事が出来た。

今度こそ、口から絶対に吐き出さないという強い意志により、ソフィアはいつもより口数が少なく、話すときは必ず口を押さえてもごもごと話した。

 

イースター休暇が始まってからは、ハーマイオニーと共に図書館に篭り、それぞれ勉強や盗聴魔法について調べて過ごしていた。

 

 

食事の際も慎重に慎重を重ねているソフィアは、スープ以外のものを口にする事は無く──みるみる痩せていき、ハーマイオニー達は心配して「せめてオートミールを食べて!」と言ったが、ソフィアは首を縦には振らなかった。

 

 

「ソフィア!顔色が酷いよ、どうしたの?」

「……アニメーガスを──再開したの」

 

 

日に日にやつれていくソフィアに、ルイスは何度も心配そうに肩を撫でた。

ルイスもソフィアがアニメーガスになる為に頑張っているとは知っている。口に葉を入れたまま食事を摂るのはかなり難しいだろう。間違って飲み込む事を防ぐために食事を摂らない──その気持ちはわかる。

 

 

「せめてもう少し食べないと……ソフィア、かなり痩せたよ」

「…後、10日──なの」

 

 

ルイスはソフィアの腰あたりを両手で掴む。ゆったりとしたローブを着ていて分かりにくいが、その手のひらに伝わるソフィアの身体の細さは──尋常ではない。ぺったりと薄く、痩せたせいで腰骨が角張っていた。

 

 

「…わかった、今度チョコを持ってくるから、せめてそれを食べて?チョコなら、口の中で溶かせるでしょ?ね?お願いだよ…こんなに細くて…倒れないか心配だ…」

「……」

 

 

眉を下げて懇願するルイスに、ソフィアはチョコならば大丈夫かと渋々頷く。

むしろ、何故今まで気が付かなかったのだろうか──やはり、空腹で頭が回らなかったのね、最近ぼんやりする事が多いし。と、人知れずため息をついた。

 

 

ソフィアの不調は一目見るだけでわかり、セブルスもアニメーガスの習得の為仕方がないとはいえ、かなり気にしていた。

直接それを言えないのは、前回の件があるからだろう。補習と称してソフィアを研究室に呼びたいが──また同じ事が起きてしまうかもしれない。

 

しかし、ついにイースター休暇の最終日、セブルスは蒼白を通り越して土気色になり、ふらふらと廊下を歩くソフィアを見てこれ以上見てられず、どうにかしたいという気持ちから、ジャックにソフィアを連れて来てくれないかと頼んだのだった。

 

 

「ソフィア、大丈夫か?」

 

 

夕食後、ハーマイオニーと共に図書館へ行こうとしていたソフィアを呼び止めたジャックは、かなり疲れやつれている様子のソフィアを見て眉を寄せ、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

ソフィアは心配させまいと微かに微笑んだが、さらに痛々しく見えるだけであり、ジャックはソフィアの肩をぽんぽんと優しく叩く。

 

 

「ハーマイオニー。ちょっとソフィア借りていいかな?」

「え?ええ、勿論です」

「ソフィア、ちょっとおいで。栄養がある飲み物をあげるから」

 

 

ソフィアはこくりと小さく頷き、ジャックに手を引かれるまま大人しく後ろをついて行った。

本当なら、図書館へ行って勉強をするべきだ。イースター休暇最終日だというのにまだ宿題が残っている。だが、最近は全く集中出来なかった。気がつけば口を押さえたまま──もはや、癖になっていた──ぼんやりと本を見下ろし、羽ペンを掴む手は止まってしまい羊皮紙に黒い染みを作っていたのだ。

 

 

ソフィアは地下教室への階段を降り始めて、ようやくジャックがどこに向かおうとしているのかわかったが──その手を振り払う気力も無かった。

口を押さえるのは習慣になっているし、前回のように感情のままに話さねば口から吐き出す事もないだろう。

 

 

「セブ、連れてきたぜ」

 

 

ジャックは扉をノックする事なく開き、すぐにソフィアに中に入るよう背中を優しく押した。

 

研究室の中は、いつもなら数々の薬草により独特のにおいがしているが、今日はどこか甘ったるい匂いに満たされていた。

 

ソフィアはくんくんと鼻を動かし不思議そうに首を傾げる。直ぐに匂いの元が研究室の中央にある机の上に置かれたカップからだと分かると、思わずごくりと唾を飲んだ。──苦いだけだったが。

 

ジャックが扉を閉めると、すぐにセブルスはいつもの鍵と防音魔法をかけ、中央にあるソファに座りながら、ソフィアを気遣うような目で見た。

 

 

「ソフィア、座りなさい」

「……」

 

 

セブルスの言葉に、ソフィアは頷き白い湯気を出すカップをじっと見下ろした。匂いからして、おそらくホットチョコレートだろう。

 

 

「ソフィアが日に日にやつれてるから、心配なんだってさ」

 

 

ジャックはセブルスの隣に座り、杖を振るう。

ティーセットが現れ、1人でに注がれた琥珀色の紅茶を飲みながら、気難しそうな表情の中に心配の色を滲ませるセブルスを見て苦笑した。

 

 

「…これなら、飲めるのだろう?」

 

 

心配そうなセブルスの声に、それ程顔色が悪かっただろうか、と痩せこけた頬を撫でながらソフィアは頷き、温かい大きなカップを手に持つと少しずつ、甘いホットチョコレートを飲んだ。

 

 

「──美味しい」

 

 

ソフィアはほっと表情を緩めた。

空腹感が完全に満たされるわけでは無いが、甘いホットチョコレートはマンドレイクの葉の苦さを軽減し飲みやすい。ソフィアは夢中になって──葉を飲み込まないよう気をつけながら──ホットチョコレートを飲み干した。

 

 

「まだある。…飲むか?」

 

 

セブルスは杖を振るい、調合机に乗せていた大鍋を引き寄せる。

それはいつもセブルスが調合に使う大鍋であり、様々な薬や劇薬を作り出すそれでこのホットチョコレートを作ったのかと思うと──綺麗に洗っているとはいえ、何となく複雑な気持ちにはなったが、ソフィアは何も言わずにコクコクと頷いた。

 

 

2杯目を美味しそうに飲むソフィアを見て、セブルスは表情を緩めると手を伸ばしソフィアのかさついた頬を撫でた。

 

 

「満月まで後1週間だ。──頑張りなさい」

「…、…はい、父様…」

 

 

ソフィアはセブルスの言葉に少し目を見開いたが、すぐに嬉しそうに目を細める。

てっきり無茶をしている事を叱られるかと思ったが、自分の努力を認め否定する事のないその言葉が嬉しかった。

 

その後ソフィアは2杯目もぺろりと飲み干し、3杯目を注ごうとするセブルスに「もう、いいわ」と手を振る。

人より食べる量が多かったソフィアだが、3週間ほど少量のスープしか飲んでいなかったせいでかなり、少食になってしまった。

 

温かいホットチョコレートを飲んだソフィアは、体の芯からぽかぽかと温まるような心地よさにソファに身を沈め、「ふう、」とため息をついた。

 

 

「あ、そうだ。ソフィアってハリーと付き合ってんの?」

 

 

脈絡なくジャックがソフィアに問いかけ──セブルスはびしりと動きを止めた──ソフィアはジャックまであの噂を本気にしているのかと眉を寄せながら首を振った。

 

 

「何?──本当か?」

「……そうよ?」

「だが、この前私には──付き合っていると……」

「私──そんな事言ってないわ」

 

 

ソフィアは口を押さえ、なるべく唇を動かさないようにしながら怪訝な顔をした。

何を言っただろうか、あの時はマンドレイクを吐き出した衝撃と苛立ちで勢いづいて何かを言ってしまったが──ハリーと付き合っているなど、言っていない筈だ。

 

 

「ほらな?セブ、お前の勘違いだっただろ?ハリーには揶揄われたんだよ」

「……」

 

 

セブルスは唖然としていたが、ジャックの言葉の意味と、ソフィアの嘘は言っていない視線を受け──額にびしりと青筋を走らせた。

 

 

「…本当に、ポッターとは何も、ないんだな?」

「無いわ」

「…グレンジャーとは?」

「ハーマイオニー?──ハーマイオニーが、愛の妙薬を盛らなくても──相思相愛よ」

 

 

何を勘違いし、心配しているのかとソフィアはくすくすと楽しげに笑うが、その言葉も──かなり誤解を招くと言えるだろう。事実、セブルスは「まさかグレンジャーと…?」と愕然と呟く。

ジャックは呆れたような目でソフィアを見て「そういう言い方、セブは誤解するぜ?」と忠告した。

 

 

「……?でも、事実よ?」

「友達として、相思相愛って事だろ?」

「それ以外に、何があるの?」

 

 

きょとんとするソフィアに、セブルスは大きく安堵のため息を吐いたが「紛らわしい…」と苦々しく呟き額を押さえた。

ジャックは2人の様子に苦笑しながら紅茶を飲む。──この様子だと、セブはこれからも色々勘違いするハメになりそうだ。

 

 



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225 切ないイースターエッグ!

 

 

ヘドウィグはイースター休暇が終わった後、ようやく戻ってきた。

しかし、ヘドウィグが持つのは手紙ではなく大きな紙袋であり、朝食中に受け取ったハリーはその重さに少し驚く。

 

 

「なんだろう?」

「多分、ママじゃないかな。…色々持たせるのが好きだから」

 

 

まさか、またいつものお手製サンドイッチだろうかとロンが恥ずかしそうに頬を染め嫌そうに言ったが、中から出てきたのは大きなイースターエッグだった。

 

 

「チョコのイースターエッグだ!君たちの分もあるよ!」

 

 

パーシーからの返事が無かったことが気になったが、ハリーは初めてイースターエッグを受け取り嬉しそうにドラゴンの卵ほど大きなチョコを両手に抱える。

 

モリーの手作りチョコエッグは、それぞれの名前が彫られていた。

ハリー、ロン、ソフィア、ルイスの4人はどれも大きなチョコエッグだったが──ハーマイオニーの名が彫られたものは、鶏の卵より小さい。

明らかな差に、ハーマイオニーは片手で十分に収まる卵を傷付いたような目で見下ろし息を呑み──がっくりと、肩を落とした。

 

クィディッチ・ワールドカップの時は優しかったモリーが、何故こうも悲しい事をするのか──聡明なハーマイオニーは、すぐにわかった。

 

 

「あなたのお母さん、週刊魔女を読んでるのね……ロン?」

「ああ、料理のページを見るのにね」

 

 

早速チョコエッグを齧り、中につまっていたヌガーを頬張りながらロンが頷く。

 

 

「…ハーマイオニー、私、今…ヌガーをこんなに食べられないから──わけましょう?」

「……いいの、ソフィア。それは、あなたのだもの…」

 

 

ハーマイオニーは悲しそうに笑い、小さなチョコエッグをぱくりと一口で食べた。

 

 

「あっ!僕の卵の中に、パーシーからの手紙が入ってる!」

 

 

チョコエッグを齧っていたハリーは、中に少しベタついた手紙が丸められて入っていたことに気付き、手紙にくっついていたヌガーを剥がして食べながらソフィア達に見えるように開けた。

 

 

 

『日刊預言者新聞にもしょっちゅう言っているのだが、クラウチ氏は当然取るべき休暇をとっている。クラウチ氏は定期的にフクロウ便で仕事の指示を送られる。実際にお姿は見ていないが、私は上司の筆跡を見分けることくらいはできる。そもそも私はいま、仕事に手一杯で馬鹿な噂を揉み消している暇もないのだ。よほど大切なこと以外で、私の手を煩わせないでくれ。ハッピー・イースター。パーシー』

 

 

「…かなり、イラついてるわね」

 

 

ソフィアは手でチョコを割り、口の中で溶かして食べながら走り書きのような文章を読み率直な感想を告げた。

 

 

「うーん、パーシーもクラウチの姿は見てないのか…」

「でも、指示を出してるのは本当のようね」

「けっ!どうせろくな仕事なんてしてないさ!」

 

 

ハーマイオニーとハリーはこれだけではクラウチが今何をしているのか明確には分からず、気難しい顔をしたが、ロンは嫌味ったらしいパーシーの手紙に嫌そうに鼻を鳴らし、次々と甘いヌガーを口の中に入れた。

 

 

「とりあえず、スナッフルズに伝えましょう」

 

 

ハーマイオニーの言葉にハリーは頷き、一限目が始まる前に手紙を書くと、すぐにフクロウ小屋へと向かった。

 

 

 

 

その日の夜、ソフィアはいつものようにスープだけをサッと飲むとすぐに立ち上がった。

 

 

「もういいの?まだ、一杯しか飲んでないわよ?」

 

 

ソフィアの顔色は一時と比べ良くなったとはいえ──あれからほぼ毎晩、ソフィアはセブルスの研究室を訪れホットチョコをたっぷり飲んでいた──流石に少量すぎないかとハーマイオニーは心配そうにソフィアを見上げる。

しかし、ソフィアは無言のまま嬉しそうににっこりと笑うと、大広間の縦に長い窓を指差した。

 

既に夜であり、夜空には満天の星と満月が輝いている。

 

 

「──あっ!今日なのね!?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの嬉しそうな表情と、窓からの景色を見てすぐに理解すると「行ってらっしゃい!」と笑顔でソフィアの背中を優しく叩いた。

ソフィアは何度も頷き、ハーマイオニーに向かって手を振り大広間から出て行く。

 

 

「何が今日なんだい?」

 

 

ローストポークを食べていたハリーは、ソフィアが消えた先の扉を見つめ不思議そうに首を傾げた。

ハーマイオニーは「信じられない」というような唖然とした顔をしたが、すぐに窓の外を指差す。

 

 

「ほら、見て。今日は満月よ?」

「…あのなぁハーマイオニー、みんな君みたいに察しがいいと思ったら大間違いだぜ?」

「もう!アニメーガスよ!今日は満月だから、ようやくソフィアの口の中に葉がある生活が終わるのよ!」

 

 

察しの悪いロンとハリーに、ハーマイオニーは少し怒りながら言う。今までソフィアがずっと努力してきたことを知っているのに、何故こんな大切な事を忘れてしまうのかと信じられなかった。

 

 

 

 

ソフィアは大広間を出てすぐにマクゴナガルの研究室へ向かっていた。

ソフィアが出る前に、マクゴナガルがソフィアを見て「待ってますよ」と言うように、意味深な微笑みを見せながら大広間を出た事をちゃんと確認していた。

 

この日を指折り数え心待ちにしていたソフィアは、はやる気持ちを抑え、何度か深呼吸してから研究室の扉を叩いた。

 

 

「ソフィア・プリンスです」

「どうぞ、お入りなさい」

 

 

柔らかい声が扉の向こうから聞こえ、ソフィアはすぐに扉を開け、机の前で微笑みながら立つマクゴナガルの元に溢れんばかりの笑顔で駆け寄った。

 

 

「先生…!」

「よく頑張りましたね、ミス・プリンス。今宵はいい満月です。瓶はこちらにあります…ようやく、不自由な生活から脱却出来ますね」

 

 

マクゴナガルは机の上に置いてあった小さな瓶をソフィアに手渡す。

笑顔で受け取ったソフィアは、カバンの中から本を取り出し、アニメーガスについて書かれた項目を何度も読み、一度大きく頷くとマクゴナガルを見た。

 

 

「やり方はわかっているようですね。材料は全て揃えてあります。──さあ、どうぞ」

 

 

ソフィアは真剣な顔でコルク栓を抜くと、慎重に口の中からふやけたマンドレイクの葉を取り出し、そっと瓶の中に入れる。そのまま瓶の淵に口を近づけ、レモンの事を考え──溢れ出てくる唾液を流し入れた。

 

 

「…これくらいで大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないでしょう」

 

 

充分に葉を唾液で浸したソフィアはすぐに窓へと向かい、空に浮かぶ満月に向けて、瓶を掲げた。

 

満月の光を浴びたマンドレイクの葉は、瓶の中でくるくると回る──本に書かれていた通りの現象に、ソフィアはほっと胸を撫で下ろし、机まで戻ると七日間日光に当たらなかった露小匙一と、ドクロメンガタスズメの繭を瓶の中に入れ、しっかりとコルク栓で蓋をした。

 

 

「雷雨の日までは、私が預かりましょう」

「お願いします!」

 

 

マクゴナガルは杖を振り、小さな箱を出現させ蓋を開いた。ソフィアはそっと瓶をその中に入れ、ようやく──ようやく、ややこしい作業はほとんど終わったと胸を撫で下ろした。

 

 

「明日の朝から何をするのかは──わかってますね?」

「はい。日の出と、日の入りにアニメーガスの呪文を唱える──ですね」

 

 

雷雨の日まで、毎日2回忘れずに唱えなければならない。何をしていても、必ず日の出と日の入りの時間でなければならず──ソフィアはカバンから天文学の本を出すと『日の出日の入り時刻表』をマクゴナガルに見せた。

 

しっかりと準備をしているソフィアに、マクゴナガルは満足げに微笑み「あと少しです。頑張るのですよ」と肩を優しく叩いた。

 

 

「アニメーガスの呪文を初めて唱える時は、心臓に違和感があると思います。身体が熱くなるような、強い鼓動を感じる事でしょう。何も、恐れることはありません。正常な反応です。季節的にも…おそらく、雷雨の日はそう遠くないでしょう」

「はい、頑張ります!」

 

 

ソフィアは笑顔で答えた。

イギリスは夏になると激しい雷雨が吹き荒れる天気になる事が多く、いつもなら薬草学や魔法生物飼育学の授業を受けるには外に出なければならず──かなり濡れてしまうことからやや憂鬱な季節だったが、今回ばかりは早く雷雨になってほしかった。

 

 

この分だと本当に、四年生の内にアニメーガスの術を会得出来るかもしれない。

ソフィアは期待と喜びと、何より1ヶ月間の緊張がようやく終わり心から晴れ晴れとし──。

 

 

ぐう、と控えめに腹の虫が鳴いた。

 

 

「あっ……その、まともに食べてなかったので…」

「そうですね、まだ夕食中です…さあ、戻って久しぶりの肉料理でも食べてきなさい」

 

 

緊張が無くなり、急に空腹感を思い出したソフィアは恥ずかしそうに腹を押さえて肩をすくめた。

 

 

「はい!今日は沢山食べます!」

 

 

ソフィアは「失礼します!」と元気に頭を下げると、すぐに扉へ向かった。

マクゴナガルはくすくすと小さく笑い、優しい目でソフィアを見送った後、手に持っている箱を誰の目にも触れない箪笥の奥へと隠した。

 

 

「アリッサ…あなたの娘は、どんな動物になるのでしょうね……」

 

 

ぱたん、と箪笥の戸を閉めたマクゴナガルは、柔らかい声音でぽつりと呟いた。

 

 



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226 クラウチはどこ?

 

 

「つまりこういうことになるわね。クラウチさんがビクトールを襲ったか、それともビクトールがよそ見している時に別の誰かが襲ったか」

「クラウチに決まってる!だから、ハリーとダンブルドアが現場に行った時に居なかったんだ!」

「違うと思うな…クラウチはとっても弱ってたから…」

「訳の分からない事を言うってことは、錯乱の呪文?……いや、違うわ…時々正気に戻ってた…」

 

 

ソフィア達は誰もいない談話室で額を突き合わせヒソヒソと話す。

 

 

数時間前、ハリーを含めた選手たちが最終課題の内容を聞きに行った。

ソフィアとロンとハーマイオニーは最終課題がどんなものであり、今後の対策を練るためにハリーが帰ってくるのを待っていた。かなり遅く帰ってきたハリーは顔色も悪く深刻そのものの表情であり、やはり最終課題だけあって今までの中で一番難しいのか──そう思ったが、切羽詰まった表情で聞かされたのは最終課題の事ではなく、クラウチの事だった。

 

クラムと森のそばで話していたハリーは心身衰弱し、狂った会話をするクラウチと出会い、クラムをクラウチの側に残しダンブルドアを呼びに行った──クラウチがダンブルドアに会わないと、と何度も呟いたからだ。

その後ダンブルドアとハリーがクラウチとクラムの元へ行った時にはクラウチの姿はなく、失神させられたクラムのみが残されていたと言う。

 

 

「この事も、シリウスに伝えましょう。もうすぐ夜明けだし…」

 

 

ソフィアは談話室の窓からうっすらと紫色になりつつある空を見上げた。

 

 

 

夜明けになり、ソフィアたちはこっそり寮を抜け出しフクロウ小屋へと向かった。

朝靄の立ち込める校庭は、初夏だとしてもまだかなり寒いが──眠気を覚ますにはちょうどいいだろう。

 

 

「ハリー、もう一回話してちょうだい。クラウチさんは何を喋ったの?」

「もう話しただろ。訳の分からない事だったって…」

 

 

何度も同じ事を言わされたハリーは眠さもあり少し苛立ったが、ハーマイオニーの強い眼差しにしぶしぶ昨夜のことを思い出しながら口を開いた。

 

 

「ダンブルドアに何かを警告したいって。バーサ・ジョーキンズの名前ははっきり言ってた。もう死んでると思ってるらしいよ。何かが、自分のせいだって、何度も繰り返してた……自分の息子の事も言ってたな」

「そりゃ、あの人のせいだわ」

「あの人、正気じゃなかった。話の半分くらいは奥さんと息子がまだ生きているつもりで話してたし、パーシーに仕事の事ばかり話しかけて命令していた」

「それと…あの人の事については、なにを言ってたんだっけ?」

 

 

ロンが恐る恐る、聞きたいような聞きたくないような声音でハリーに聞く。ハリーはこの事についても何度も言ってたため、半分くらい嫌になりながら「より強くなってる、だって」と答える。

 

暫く黙って聞いていたソフィアはハリーの言葉に──ヴォルデモートが強くなっている、という言葉を聞き黙り込んでしまったロンとハーマイオニーの代わりに、わざと明るく口を開いた。

 

 

「ハリー、あなたに虫をつけなきゃならないわね。毎年あなただけ重要な話を聞くみたいだし?」

「確かに、その方が何度も同じ事を言わずにすむね」

 

 

冗談だと捉え、ハリーは薄く笑う。

 

 

フクロウ小屋に着いたソフィア達はフクロウが少なくがらんとしている止まり木を見上げる。

時折、夜の狩から戻ったフクロウが一羽、ネズミを咥えてすうっと朝焼けの空から寝床に帰ってきていた。

 

 

「スネイプに邪魔されなけりゃ…間に合ったかもしれないのに。──校長は忙しいのだ、ポッター。寝ぼけた事を!──だってさ。邪魔せずに放っておいてくれればよかったんだ」

「もしかしたら、君を現場に行かせたくなかったんだ!たぶん──待てよ──スネイプが禁じられた森に行くとしたら、どのくらい早く行けたと思う?」

「…スネイプ先生は無関係だと思うわ。どう考えてもハリーとダンブルドア先生を追い抜くなんて無理だもの…万が一、可能な魔法を知ってたとして、ダンブルドア先生が現場に向かっているって知ってて…それをやると思う?」

「ああ…そうか…」

 

 

ソフィアはいつまで経っても疑いが晴れず、毎年犯人だと思われてしまうセブルス(父親)の事を思うと──今まではハリーとロンが偏見を持っているからだと思っていたが、そんな目で見られるセブルスの言動にも問題があるのではないかと、少しだけ考えてしまった。

それにしても、夜更けに父様はなぜダンブルドア校長の元に行っていたのかしら。──ふと、思ったが、夜間の見回りか何かだろう、とソフィアは深く考えはしなかった。

 

 

「ムーディ先生に会わなきゃ。クラウチさんを見つけたかどうか聞かなきゃ」

「ムーディ先生…忍びの地図持ってたの?」

「うーん。手にはなにも持ってなかった…かな」

「それに、クラウチが校庭から外に出てたら意味ないぜ?あれは学校の中の事しか見せてくれないし──」

 

 

忍びの地図を見ていれば、ぎりぎり校庭の範囲である禁じられた森の端での行動は確認出来ていたかもしれない。

クラウチがクラムを失神させ、逃げたのか──それとも、第三者が居たのかがはっきりわかるだろう。

 

 

「──しっ!誰かくるわ!」

 

 

突然ハーマイオニーがロンの言葉を制し、唇の前に人差し指をつけ、フクロウ小屋の扉を鋭く見た。

 

複数の足音と、口論する声が近付いている事にソフィア達は気付き、こんな夜明けに誰だろうかと黙り込み、緊張した目で扉を見る。

 

 

「──脅迫だよ、それは!それじゃ面倒な事になるかもしれないぜ──」

「──これまでは行儀良くやってきたんだ!もう汚い手に出る時だ。奴と同じにな。奴は自分がやった事を魔法省に知られたくないから──」

「それを書いたら、脅迫文になるって言ってるんだ!」

「そうさ。だけどそのおかげでオイシイ見返りがあるなら、悪くない。そうだろ?」

 

 

フクロウ小屋の扉が勢いよく開き、フレッドとジョージが敷居を跨いで現れた。

互いに静止し、面食らった顔をしていたがすぐにロンとフレッドが叫ぶ。

 

「こんな所で何してるんだ?」

「フクロウ便を出しに」

 

 

それに答えたのは、ハリーとジョージだった。

 

 

「えっ?こんな時間に?」

 

 

そのあと声を揃えたのは、ソフィアとハーマイオニーとフレッドだった。

 

 

一瞬、何とも言えぬ奇妙な感覚に──それぞれが別の立場であるにもかかわらず同じ言葉を話していたのだ──沈黙が落ちたが、すぐにフレッドはにやりと笑う。

こんな時間にわざわざフクロウ便を出しにくる。それはつまり──双方、誰にも知られたくない手紙を出しに来ている、そういう事だ。

 

 

「いいさ、君たちがなにも聞かなけりゃ、俺たちも君たちが何をしているか聞かない事にしよう」

 

 

フレッドはポケットから封筒を出し、宛名をさりげなく隠しながらフクロウを探す。

 

 

「さあ、皆さん。お引き止めはしませんよ」

 

 

フレッドは出口を指差し、演技かかった動作で恭しくお辞儀をした。

しかし、先ほどの口論を聞いてしまったソフィア達はこのまま何もなかった事には出来なかった。

 

 

「誰を脅迫するんだい?」

 

 

自分の兄達のことなのだ。ロンは硬い声でフレッドに聞いた。

フレッドの顔から笑みが消え、じっと真顔でロンを見つめる。

ジョージはちらりとフレッドを横目で見て、それから安心させるようにロンに向かって笑いかけ肩を叩いた。

 

 

「馬鹿言うな。単なる冗談さ」

「そうは聞こえなかったけどな」

「……前にも言ったけどな、ロン。鼻の形を変えたくなかったから引っ込んでろ」

「誰かを脅迫しようとしているなら、僕にだって関係があるんだ!ジョージの言うとおりだよ、そんな事したらすごく大変な事になるかもしれないぞ!」

 

 

ロンはフレッドの鋭い言葉にも臆する事なく強気で言った。

ロンにとってフレッドとジョージは兄弟の中で一番自分に近い兄だった。年齢の事もあるが、性格的に最も合うのはフレッドとジョージだ。

そんな2人が誰かを脅迫しようとしている。大好きな兄達を犯罪者になんてできない。

 

 

ロンは真剣に言ったが、フレッドは面倒臭そうにロンを見据え、ジョージは「冗談だって、言ったじゃないか」と軽く言いながらフレッドの手から封筒を取り、一番近くにいたメンフクロウの脚に手紙をくくりつけ始めた。

 

 

「お前、少しパーシーに似てきたんじゃないか?ロン。このままいけばお前も監督生になれる」

「そんなのになるもんか!」

「そうか。それじゃ他人に何かしろって煩く言うな」

 

 

いつも規則を守りガミガミとうるさかったパーシーに似ていると揶揄われ、ロンは顔を赤くして言い返したが、ジョージに言い合いで敵うわけもなく、あっさりと言いくるめられてしまった。

 

 

「…本当に、悪い事はしてないのよね?」

 

 

ソフィアは静かにジョージを見つめる。

ジョージは少し、黙ったが──いつものようににっこりと笑うとソフィアの頭をぽんぽんと叩き「当たり前だろ?」と軽く言うとフレッドに続いてフクロウ小屋から出て行ってしまった。

 

 

2人の足音が遠ざかっていった後、ソフィア達は顔を見合わせる。

 

 

「フレッドとジョージ、どうしたのかしらね…」

「もしかして、何か知ってるんじゃない?クラウチの事とか…」

 

 

人に優しく思いやりのある──悪戯はするが──2人が、他人を脅迫するなんて考えられず、ソフィアは不安げ目で閉じられた扉を見つめた。

ハーマイオニーはまさか2人が何か知ってしまい──その秘密を黙っている見返りとして、何かを要求するのだろうかと考えた。

 

 

「いや……。あれ程深刻なら…二人とも誰かに話してるはずだよ。普通ダンブルドアとかに話すだろう?」

 

 

ハリーは流石にそんな真似をしないだろうと首を振り、同意を求めるように二人の弟であるロンを見る。だが、ロンは不安げな表情を浮かべ、落ち着きなくそわそわと指を動かす。

 

 

「どうしたの?」

「…あの二人が誰かに話すか…僕、わからない。あの二人…最近金儲けに取り憑かれてるんだ、談話室の端でそんな話をよくしてるし…悪戯専門店を、本気で始めたいらしいんだ。ホグワーツ卒業まで後一年しかないし、将来の事を考える時だって。──パパは二人を援助できないし…だから、二人は店を始めるのにお金がいるって、いつもそう言ってるんだ」

「…あの、カナリアクリームも、資金集めのためだったのね…」

 

 

そういえば、二人は談話室の端でこそこそと顔を突き合わせ何かを相談したり、下級生に何かを売りつけている場面をよく見る。

色々な魔法道具を発明しているとロンから聞いて知っていたが──お小遣いでも稼ぐ為なのかと思っていたが、本当に店を始めるための資金集めだったのか。

 

将来の事を具体的に考えているのは素晴らしい事であり、悪戯専門店はフレッドとジョージにぴったりだろう。むしろ、それ以外の道はないように見える。あの二人が肩にハマったローブを羽織り、魔法省で勤務している未来よりはよっぽど想像しやすい。

 

しかし、資金集めに躍起になるあまり──人を脅迫しているのなら、流石にそれは人として最悪な行いだ。

 

 

「でも…フレッドもジョージも、お金のために誰かを脅迫だなんて…しないでしょう?」

「しないかなぁ。…わかんない。だって、2人は規則破りを気にするような性格じゃないだろ?」

 

 

ソフィアの疑問にロンは腕を組み首を傾げたが──すぐに首を振った。

最近の2人は鬼気迫る勢いで金に執着しているように見える。大金を得るためなら、人を脅迫する事くらいしそうだとロンは思った。──何せ、貧乏の辛さはよく知っている。欲しいものが買えない辛さ、兄のお下がりばかりである辛さ。フレッドとジョージは底抜けの明るさでグリフィンドール寮のムードメーカーであるため、家の事を表立って言われた事は無い。だが、煩く馬鹿騒ぎが好きな2人を嫌うスリザリン生などはヒソヒソと家の貧乏さを笑っていた。

 

 

「でも…法律よ?校則とは違うわ!脅迫したら、罪になるのよ?──ロン、パーシーに言った方がいいんじゃないかしら…」

「正気か?あいつ、クラウチとおんなじように弟を突き出すぜ」

 

 

ハーマイオニーが神妙な面持ちで言ったが、ロンは首を振り嫌そうに吐き捨て、彼らが放ったフクロウが消えた空をじっと見た。

薄暗かったそらは時代に薄紫色に変わりつつある。ロンは気を取り直すように「戻ろうぜ、朝食だ」とソフィア達に言った。

 

 

「ムーディ先生に会いに行くのには…まだ早すぎるかしら?」

 

 

螺旋階段を降り朝焼けの空を眺めながらハーマイオニーが呟く。早く、ムーディが忍びの地図を使っていたかどうかが聞きたかった。

だが、流石にこの時間にムーディの部屋を訪れては寝込みを襲ったと勘違いされ、扉ごと吹っ飛ばされかねないというハリーの言葉に──ハーマイオニーは「それもそうね」と納得した。

 

 



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227 闇祓いの素質!

 

ソフィア達は魔法史の授業が終わると教室を飛び出し、闇の魔術に対する防衛術の教室に急いだ。

 

教室の前につくと、ちょうどムーディも教室から出るところであり──彼も寝ずに校内を見回ったのだろう、どこか眠そうな疲れた表情をしていた。

 

 

「ムーディ先生?」

 

 

教室から出てくる生徒を掻き分け、ハリーがムーディに声をかければ、ムーディは魔法の目で通り過ぎていく2.3人の生徒を見ながらハリーを見た。

 

 

「ああ、ポッター」

 

 

一年生は青い目に怯え、体を縮こまらせながらソフィア達の横を小走りで通りすぎ、廊下の角を曲がった。

ムーディは青い目がぐるりと一回転し、教室の中が無人である事を確認した後「こっちへ来い」と、ソフィア達を空になった教室に招き入れた。

4人が教室の中に入った後ムーディは後ろ手に扉を閉め、ようやく、両眼でソフィア達を見据えた。

 

 

「クラウチさんを見つけたのですか?」

 

 

ハリーは待ちきれず、前置きなくムーディに聞いた。だが、ムーディは顔を顰め「いや」と首を振ると自分の机まで行き座り、小さく呻きながら義足をぐっと伸ばす。携帯用酒瓶をローブの内ポケットから取り出し、息を吐きぐいっと煽りぶるり、と大きく震えた。

 

 

「あの地図を使いましたか?」

「勿論だ。お前の真似をしてな。呼び寄せ呪文でわしの部屋から禁じられた森まで、地図を呼び出した。クラウチは地図の何処にもいなかった」

「それじゃ、やっぱり姿くらまし術?」

「ロン!学校の敷地内では姿くらましは出来ないの!消えるには、何か別の方法があるんですよね、先生?」

 

 

ロンの言葉をハーマイオニーはきっぱりと否定しムーディを見る。ムーディの魔法の青い目がハーマイオニーを見据え、笑うように震えた。

 

 

「お前も闇払いになる事を考えてもよい1人だな。考えることが筋道立っておる、グレンジャー」

 

 

ハーマイオニーが嬉しそうに頬を赤らめた。

 

 

「うーん、クラウチは透明ではなかったし。あの地図は透明でも現れます。それじゃ──きっと、学校の外から出てしまったんでしょう」

「…ムーディ先生。一つ、聞きたいのですが」

 

 

ハリーの言葉を聞きながらソフィアは顎に手を当て、じっとムーディを真剣な目で見つめる。ムーディは「ああ、何だ?」と答え、両目でソフィアを見た。

 

 

「過去、例のあの人が世に不安と不信をばら撒いていた時…服従の呪文により、誰が操られているのかわからない状況だったんですよね?」

「ああ…嫌な時代だった」

「服従の呪文は…日常生活を送らせながら…敵を殺すように仕向ける事も、可能ですか?」

 

 

ムーディは少し目を見開き、ソフィアを無言で見ていたが──唸るように「そうだ」と答える。それを聞いたソフィアは当時のことを想像し嫌そうに眉を寄せたまま、言葉を選ぶようにぽつぽつと話す。

 

 

「それなら…クラウチさんはきっと服従の呪文をかけられていたのかもしれませんね。ハリーが見た様子を考えると…その可能性が高いと思います。それで──パーシーに指示を出していた──けれど、服従の呪文が一時的に解かれる…クラウチさんは抵抗していたのですね。理性を取り戻した時に、ダンブルドア先生に助けを求めてここまできて…ハリーとクラムと会った。──その後、考えられるのは2つです」

 

 

ソフィアは一度言葉を切り、驚愕し不安そうな顔のハリーとロンとハーマイオニーを見回す。

3人は服従の呪文を使っているとは考えもしなかった。だが、ヴォルデモートが台頭していた時代、かなりの魔法使いが服従の呪文をかけられ、自分の意思とは異なる行動をさせられていたと──シリウスから聞いた話を思い出し、はっと息を呑んだ。

 

 

「一つ目は、クラムが言っていたように…服従の呪文により、クラウチさんは衰弱してたから…再度操られてしまってクラムに失神術をかけて、その場から姿を消した──禁じられた森の全てを地図は記載してないから……あの広い森だもの。隠れる事は出来るでしょう?」

「…まだ、森の何処かにいるの…?」

 

 

ハーマイオニーが囁くような不安げな声でソフィアに聞く。だがソフィアは「うーん…」と唸り、肩をすくめた。

 

 

「わからないわ。もう安全な場所に帰ってしまったのかもしれないわね。ホグワーツに来れるくらいだもの、帰る事だって不可能ではないわ。…二つ目は、別の第三者の存在ね。あの場に誰かが現れて…クラムに失神呪文をかけ、クラウチさんは──まぁ、間違いなく殺されている、と思います」

「そんな!」

 

 

ロンが愕然とし、信じ難いと首を振る。

ソフィアは何も言わずムーディを見つめ、ムーディは顎を撫でながら「うぅむ」と小さく唸った。

 

 

「何故、そう思うのだ?」

「それは…ハリーの話だと、クラウチさんはダンブルドアに会うために、何処かから──おそらく、自分に服従の呪文をかけた者の場所から逃げ出したという事ですよね?ダンブルドアに何かを、言うために…。それも、かなり重要な何かを…。敵はそれを何としてでも止めなければならなかった──服従の呪文は耐性ができて、効果が切れかけています。失神させても一時的な効果しかありません。その秘密を隠すため、口を封じるのが1番理にかなっています。…この場合、警戒しなければならないのは……敵がホグワーツ内部にいる、という点ですね」

「プリンス…なかなか、冴え渡っているな。闇払いにならんか?」

 

 

ソフィアの話を聞いたムーディはくつくつと喉の奥で笑いながら何度も頷いた。

 

 

「わしも、同じことを考え──既にダンブルドアに伝えた」

「そうですか…クラウチさんは、何処にもいないのですよね?」

「ああ、何度も地図を見たが…間違いなく、ここにはいない。…しかし、もはや学生の踏み込んでいい領分ではない。深入りするな…危険すぎる。クラウチの事は──生死も含め、魔法省が調査に乗り出すだろう。ダンブルドアが知らせたのでな。──ポッター、お前は第3の課題に集中する事だ」

 

 

ムーディは大きなあくびを一つ漏らした後、ハリーを両眼で見据える。昨夜クラムと別れてから第3の課題について一度も考えなかったハリーは不意をつかれたように「え、ええ」としどろもどろに答えた。

 

ソフィアはまだ言いたいことがあったが──口を閉ざした。

たしかに、クラウチがまだ生きているのか、死んでいるのかもわからない。敵がホグワーツ内部に入り込んでいる可能性が高い中で、学生である自分達が──いくら毎年困難な運命を乗り切っていたとしても──あまり深入りするのは良くないだろう。場を混乱させるだろうし、敵の狙いがハリーならば、無闇に嗅ぎ回るのは得策とは言えない。

今までとは違い、敵の明確な悪意が現れていない今年、ソフィアは何と戦えば良いのか、何に立ち向かえばいいのかまだわからなかった。

 

ゴブレットにハリーの名前を入れた者が黒幕だろう。ソフィアはクラウチが姿を見せないようになり、セブルスの研究室に現れた一件から──クラウチが黒幕なのではないかと考えていた。しかし、その考えもシリウスからクラウチの過去を──闇の魔法使いを心から軽蔑し、嫌い。自分の息子でさえも無情にアズカバン送りにしたという事実──知れば、クラウチが黒幕だという説に揺らぎが生まれた。

尤も、シリウスやその他の大衆が知らぬだけで、クラウチ本人の心は謎であり──影で闇の帝王の復活を願う、闇の魔法使いだという可能性もあると、ソフィアは思っていた。

 

大人の魔法使いは、自分を偽る事が上手い。ソフィアは──ソフィア達は、何度もそれを経験している。

 

だからこそ、昨夜クラウチが現れ、どうも正気ではないというハリーの言葉、その時の会話──そして消えてしまったという事実に、クラウチは黒幕ではなく、被害者なのかもしれない、と思った。

 

ならば、何故クラウチなのか。

ソフィアはそれが気になったが──クラウチの事をよく知らぬソフィアはその答えを持たない。パーシーは忙しくクラウチの事を心より敬愛している。そんな事を聞けば吠えメールの一つでも送りかねない。

 

 

「お手の物だろう。ダンブルドアの話では、お前はこの手の物は何度もやった退けたらしいな。一年生の時、賢者の石を守る障害の数々を破ったとか……。そうだろうが?」

「僕たちが手伝ったんだ。僕とハーマイオニーとソフィアが手伝った」

 

 

自分も闇払いに向いていると言われたいロンは、急いでムーディに言った。しかし、ムーディはロンを見てニヤリと笑うだけで、ロンが望んだ言葉は投げなかった。

 

 

「ふむ。今度も練習を手伝うがいい。今度はポッターが勝って当然だ。当面は……ポッター、警戒を怠るな。プリンスの言う通り、何処に敵が潜んでいるかわからん。油断大敵だ」

 

 

ムーディはまた携帯用酒瓶を煽り、魔法の目を窓の方に向け、ダームストラング船の帆を見る。

それを見たソフィア達は、ムーディが誰を警戒しているのかわかり、真剣な顔で同じように窓の外を見つめた。

 

 

「お前たち3人はポッターから離れるでないぞ。いいか?わしも目を光らせているが…それにしてもだ。警戒の目は多すぎて困ると言う事はない」

 

 

ムーディからの警告を受けたソフィア達は教室から出て、昼食を取るために大広間へ向かう。

 

 

「ソフィア…このホグワーツに敵がいるかもって…本当に?」

 

 

ハリーは声を顰め、ソフィアに聞いた。ロンとハーマイオニーも言葉には出さないが同じ事を考え、不安げに辺りを見回す。

 

 

「かもしれない。っていうだけよ。…誰がハリーの名前をゴブレットに入れたのかわからないでしょう?…私、クラウチさんかなって思ってたの…ほら、姿も見えないし、スネイプ先生の研究室に侵入するし…。けど、シリ──スナッフルズの話をハリーから聞いて…クラウチさんは操られているだけで、別の人がいるのかなって思ったの。…ムーディ先生も同じように思ってたみたいだけど」

「たしかに…クラウチさんは怪しいけれど、スナッフルズの話では…闇の魔術を心から憎んでるみたいだったもの…無事なら、良いんだけど…」

 

 

ハーマイオニーは窓から見える鬱蒼とした禁じられた森を眺めた。この広大な森の何処かに潜んでいるのか、もう何処か別の場所に隠れているのか──それとも、葬られてしまったのか。

 

 

「さっき、ムーディ先生に言うタイミングが無かったんだけど……何故、クラウチさんなのか…何故、操っておきながらクラウチさんの姿を私たちに見せないのか…それが気になるのよね…」

 

 

ソフィアは窓辺に近づき、そっと窓ガラスに手を添え、うっすらと映る自分の不安げな顔を見ながら呟く。

ハリーとロンは顔を見合わせ首を傾げたが、ハーマイオニーは目を見開き、「たしかに…そうね」と低い声で答えた。

 

 

「どう言う意味?」

 

 

納得しているハーマイオニーに、ロンは怪訝な顔をして首を傾げる。

聡明な2人は数少ない情報から多くの事を読み解くが、ロンとハリーはそれ程察しは良くない。ハーマイオニーはチラリとソフィアを見て、声を顰め他の誰かに聞かれないよう囁いた。

 

 

「もし、ハリーを殺したくて、クラウチさんを操ってゴブレットに名前を入れさせたのなら…その後も、普通はハリーを見張らないかしら?何故姿を隠す必要があるの?あまりに長期間休みすぎて怪しまれているでしょう?──計画的犯行にしては、お粗末だわ」

「それは…その、何か秘密を漏らされるのを恐れているんじゃないの…?」

 

 

ハリーは懸命に考えながら呟く。ハーマイオニーとソフィアは「うーん」と唸り首を捻り──今までの事を思い出す。ハーマイオニーはうろうろと何度もその場を行き来し、ソフィアは腕を組み思考の海に耽る。

 

 

「それなら──そもそも、何故黒幕はクラウチさんを操ろうとしたの?そんな秘密を抱えている人を操り人形にするには…リスクが大き過ぎるわ。つまり……多分、クラウチさんを操らなければならなかった理由が存在するのよ」

「それか…黒幕は、クラウチさんがそんな重要な秘密を抱えてるとは知らなくて…途中から作戦を変更した、とか…?」

「ああ、それもあり得るわね…だから、クラウチさんを公の場に出す事ができなくて…病気だと偽って、隠していたのかしら…」

 

 

ハーマイオニーとソフィアはお互のその瞳の中に何か答えがあるのではないかと言うように、じっと見つめ合いながらゆっくりと囁く。

 

ハリーとロンはあまりに突拍子がなさ過ぎるのではないか、と思ったが──ソフィアとハーマイオニーの推理や、勘は、割と当たるのだ。無視する事はできない。

 

 

「じゃあ…誰が犯人だって思うんだい?」

 

 

ロンは焦ったそうにハーマイオニーとソフィアに聞いた。だが、2人は途端にぴたりと口を噤む。

教室を出る前に、ムーディの魔法の目が見せた視線の意味も、勿論2人は理解している。それに──ダームストラングが、闇の魔術に傾倒していると言う事も。

 

 

「わからないわ。ただ、今年ホグワーツに来た誰かなのは間違い無いわ。──過去の経験から考えてもね」

「そうね…クラウチさんが操られてゴブレットに名前を入れたと仮定しても──高度な服従の呪文が使えるのなんて、大人の魔法使いだわ。…大人で、今年ここに来た人…その中で、例のあの人に関わりのあるかもしれない人物……」

 

 

ハーマイオニーの言葉をソフィアが引き継ぐ。ハリーとロンは、その条件に当てはまる人物は、やはり──ダームストラングの校長であるカルカロフしかいないだろう、と思った。

 

 

「やっぱりカルカロフだな!あいつには近付かない方がいいぜ、ハリー」

 

 

ロンがハリーの肩を叩き、真剣な声音で言う。ハリーも大きく頷き「うん、元々嫌われてるみたいだし、ちょうどいいよ」と答えた。

 

ソフィアは、ふと──ハリーの言葉に何か違和感を感じ、首を傾げる。

カルカロフが全ての黒幕──そうかもしれない、色々仮定してでの条件だが、あり得るのはカルカロフしかいない。しかし、漠然とした違和感がある。

 

だが、ソフィアはそのもやもやとした気持ち悪さの正体を、まだ理解できなかった。

 

 



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228 謎が謎を呼ぶ!

 

 

シリウスに手紙を送った翌朝の朝食時に、その返事が届いた。

手紙の内容はもう二度と軽はずみな行動をしないと約束してほしいということや、ホグワーツに誰か危険な者が居るかもしれない、そいつは森の中でハリーのすぐそばにいた筈だという事がかなり強く書かれていた。

くれぐれも変な事をせず、大人しく過ごしてくれと書かれた手紙を読んだハリーは不服そうにムッと眉を寄せる。

 

 

「変なところに行くなって!僕に説教する資格ある?学生時代に自分がした事を棚に上げて!」

「あなたの事を心配しているんじゃない!ムーディもハグリッドもそうよ!ちゃんと言う事を聞きなさい!」

 

 

ハリーの批難的な言葉にハーマイオニーが厳しく言い返す。しかし、ハリーはここまで巻き込まれ、いろいろな事を知りながら黙って過ごすなんて──それが正しいのかどうかわからなかった。

 

 

「この一年、誰も僕を襲おうとしてないよ。誰も何にもしてない!」

「あなたの名前をゴブレットに入れた以外はね。それにはちゃんと理由があってそうしたに違いないのよハリー。スナッフルズが正しいわ。きっとやつは時を待っているんだわ。たぶん、今度の課題であなたに手を下すつもりよ」

「いいかい──」

 

 

いくら反論してもシリウスと同じような説教を繰り返すハーマイオニーに、ハリーは苛々としながら口を挟んだ。

 

 

「スナッフルズの意見が正しいとするよ。誰かがクラムに失神の呪文をかけてクラウチを攫ったとする。なら、そいつは僕の近くの木陰にいたはずだ。そうだろう?だけど、僕が居なくなるまで何もしなかった。そうじゃないか?だったら僕が狙いってわけじゃ無いだろう?」

「禁じられた森であなたを殺したら、事故に見せかけられないじゃない!だけど、もしあなたが課題の最中で死んだら──」

「クラムの事は平気で襲ったじゃないか、僕のことも一緒に消しちゃえば良かっただろう?クラムと僕が決闘か何かしたように見せかけることもできたのに」

 

 

ハリーの強い反論に、ハーマイオニーは困った様に眉を下げ、弱々しく首を振った。

 

 

「ハリー、私にもわからないのよ」

「──あっ!」

 

 

唐突にソフィアが声を上げ、勢いよくハリーを見た。

 

 

「なんだいソフィア、君もまだ何か──」

「そうよ!私、何か引っかかってる事があるってずっと思ってた、でもそれが何かわからなくて──」

 

 

ソフィアはハリーの言葉を遮ると興奮したように早口で話す。じっと見つめられたハリーは口を閉ざし、困惑した目でその緑の瞳を見つめた。

 

 

「ハリーの名前をゴブレットに入れた理由。私たちは今までハリーを課題中の事故に見せかけて殺すためだと考えていたわ。けど、今までの課題でハリーだけがおかしなことになってない。ドラゴンが急に暴れ出す事もないし、水中の中で足を引っ張られる事も無かった。通常通りの課題だった──それも、当たり前よ。だってダンブルドア先生が見ているもの!課題の事故に見せかけて殺すなんて、可能なわけがないわ!」

「え?──まぁ、それは…そうだね。たしかに、何もおかしな事は無かった…」

 

 

ハリーは自分の課題を思い出す。たしかに──ドラゴンは4種の中で1番凶暴な種族だったが、それでも妙な動きはしなかった。第二の課題もまた、特に危険な事は何も起こっていない、他の選手と全く同じ条件だった。

 

 

「つまり──ハリーを課題中の事故に見せかけて殺す。その意志は黒幕には無いのよ。不可能だとわかっているから…ダンブルドア先生が見ている中で、それは不可能だから…」

「でも…それなら、なんでハリーの名前を入れたんだ?」

 

 

ロンの言葉にソフィアはハリーから視線を外し、じっと机の上にあるカボチャジュースが並々と注がれた普通のゴブレットを見つめる。

 

 

「何故なのかは、わからないわ…でも、黒幕はそうしなければならなかった──ハリーが課題に参加しなければならない理由があった…。それに…2日前、禁じられた森で本当に近くに黒幕が潜んでいたのなら…ハリーが狙いじゃ無かったんじゃなくて──ハリーを今は、殺せなかった…?」

「つまり、僕は──生かされてるって事?何かのために?」

 

 

それはないだろう、とハリーは苦笑しながら言う。しかし、ソフィアは微塵も笑わず、ただ真剣な目でもう一度ハリーを見つめた。

 

 

「仮定の話よ、ハリー。もし、課題中の事故としてハリーを殺したいんじゃなくて、何か別の理由があって、あなたの名前を入れたなら…課題中は何も起こらないと思うわ。何かがあるのなら、課題が終了した後……でも、何故…そんな回りくどい事を…?ハリーが課題に参加しなければならない理由は何?」

 

 

ソフィアはハリーを見ながら話していたが、その言葉は自分に向けて言っているようでもあった。まだ、全てを理解するには何かが足りない──決定的な何かが。

だが、ハリーが五体満足であり、課題を順調にこなしている事実を考えると、この予想はそこまで外れていないのかもしれない。とも思った。

 

 

「…だめだ、僕、頭がこんがらがってきた!」

 

 

眉を顰めロンは「お手上げ」とばかりに嘆く。何度もソフィアの考えを頭の中で反芻していたが、昨日からの数々の可能性の話を聞いて、どれが正しいのか全くわからなくなっていた。

 

 

「…とりあえず、変な事が沢山起こってるし、まだわからない事も多いから…。ムーディ先生の言葉も、スナッフルズの言葉も正しいわ。油断大敵!──警戒しながら、第三の課題のトレーニングを始めた方がよさそうね」

「そうよハリー!スナッフルズにもすぐに返事を書くのよ?二度と一人で抜け出したりしないって!」

「……わかったよ!」

 

 

ハリーはソフィアとハーマイオニーの言葉に、渋々頷き、シリウスへの返事を書いた。

 

 

 

その日からハリーはシリウスからの忠告を守り、ホグワーツの城の中から出る事は無かった。勿論授業の為に校庭へ向かう事はあるが、その際はソフィア達が片時も離れず、守るようにぴったりとくっついていた。

 

ソフィアの仮説もシリウスへの手紙にしたため、シリウスはその可能性もあるだろう、むしろ──濃厚かもしれない。ならば、第三の課題が終わっても油断は禁物であると何度も言葉を変えてハリーに忠告した。

可能性としてあり得るのは、第三の課題が終わった後、ハリーが優勝出来るかどうかに関わらず──三つの課題を無事に終えた事を賞賛する為、代表選手達はホグワーツから離れ、特別な場所に移動し表彰されるのかもしれない。という事だ。

そうなるとダンブルドアの目を盗む事も可能だというのがシリウスの考えだった。出来る限りダンブルドアの目の届く範囲にいるようにとシリウスは強くハリーに警告していた。

 

 

ハリーはソフィアの仮説により、悩みが増えた事も事実だが──とりあえず無事に課題を終えるために、4人で図書館へ行き、有効な呪文を練習する事に費やした。

 

 

「武装解除呪文は使えるし、失神呪文と──そうね、盾の呪文(プロテゴ)も覚える方がいいわ」

 

 

ハリー達は月曜日の昼休み、失神呪文を練習するため誰もいない呪文学の教室に忍び込んでいた。

失神呪文を練習する為には、どうしても誰かがその技をかけられなければならないため、ロンとハーマイオニーとソフィアが交代でハリーからの失神呪文を受け──ある程度犠牲にならなければならなかった。

 

 

「──交代してくれ、もう、気持ち悪くなってきた…」

 

 

顔を青くしてロンが立ち上がり、「うっ」と口を押さえた。

ソフィアの変身魔法により、教室の床の一部はトランポリンに変えられ失神呪文を受けても体を打ち付ける事はなく、怪我はしないが──何度も体が大きくバウンドしてしまうため、5回も失神呪文を受けたロンは脳と胃がぐらぐらとする気持ち悪さで参っていた。

 

 

「失神呪文はかなり上手くなってきたんじゃない?次は盾の魔法にする?」

 

 

ソフィアはハリーの失神呪文を見て形はとりあえず出来ていると判断すると、分厚い図書館から借りてきた教科書を捲り、プロテゴが書かれたページをハリーに見せた。

 

 

「プロテゴは、使えるとすごく便利よ。大体の攻撃を防ぐから。課題の障害物がどんなものかわからないし、…ちょっと難しいから、練習も大変だけれど…」

「…これって…6年生の教科書よね?──ソフィア、あなたって──ルイスもだけど──何故使えるの?」

 

 

ハーマイオニーは驚愕と尊敬が入り混じった眼差しでソフィアを見る。ソフィアは悪戯っぽく笑うと「私の保護者は、スパルタだからね」と含みを持たせて答えた。ロンとハリーはジャックが教えたのだろうと思い、ハーマイオニーはセブルスが教えたのだと分かると──ソフィアとルイスが優秀なのは、幼少期からの英才教育ゆえなのかと、納得半分呆れ半分だった。

 

実際、ソフィアとルイスは自分の杖を持つ前からセブルスとジャックにより沢山の魔法を教わっていた。家族間で杖を代々引き継ぐ事も珍しくは無く、余程主人を選ぶ杖でない限り、杖は反発する事なく魔法を発現させる。

勿論自身のたった一つの杖を使用する方が魔法はスムーズに使えるのは確かだ。だが、親子というものはその魔力の性質が似ているため、ソフィアとルイスはセブルスが夏季休暇に戻っている時はセブルスの杖を使い、孤児院時代はジャックの──彼曰く浮気症な──杖を使い、魔法の練習に明け暮れていた。

 

 

「まぁ…早めにいろんな魔法を使える方がいいっていう考えだったから…色々な魔法をホグワーツ入学前から使えたわね。プロテゴもその中の一つよ。──他にも吹き飛び魔法(ヴェンタス)砕き魔法(フィネストラ)は良いかもね」

「うーん…簡単なのはどれ?」

「そうね……吹き飛び魔法ね。これは追い払い魔法よりも強力だし、応用が効くから── 吹き飛べ!(ヴェンタス!)

「うわぁ!!」

 

 

ソフィアはロンに向けて吹き飛び魔法を放つ。ロンは勢いよく吹っ飛び、トランポリン化した床の上に落ちると高く数回跳ねた。

 

 

「じゃあ…その吹き飛び魔法をまずは練習しようかな」

「わかったわ。この魔法は…この教科書には載ってないみたいだから、また図書館で探してくるわね」

 

 

ソフィアがパタンと本を閉じたのと、昼休み終了を告げるベルが鳴ったのは同時であり、ソフィアはすぐに床を元に戻すとハリー達とそっと教室を抜け出した。

 

 

「じゃあ、夕食の時にね!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは数占いを受ける為に、ハリーとロンは占い学の為に教室の前で別れると、それぞれパタパタと走っていった。

 

 



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229 死喰い人の過去

 

 

ハリーは占い学の授業中、うっかりと寝てしまい──その時にまた、ヴォルデモートの夢を見た。傷が激しく痛み、絶叫と共に目を覚ましたハリーは、どんな不吉な夢を見たのかと興味津々のトレローニーを無視し、教室から飛び出すと一直線に校長室へと向かった。

 

傷がまた痛む事があれば、ダンブルドアに報告に行かねばならない。シリウスから言われていた約束を守り、なんとか校長室にたどり着いたが──その先にはダンブルドアだけではなく、コーネリウス・ファッジとムーディが居た。

 

マクシームについて疑いを持っているファッジと、全く疑っていないダンブルドアとの会話を意図せず盗み聞きしてしまい、校長室の前にいる事がムーディによってバラされ──居心地の悪さを感じながらそろそろと校長室に入った。

 

 

ダンブルドアとファッジとムーディの3人はクラウチが最後に居た校庭へ現場調査に向かい、1人残されたハリーは久しぶりに訪れた校長室を見回し──僅かに開いた戸棚のなかに、憂いの篩がある事に気付いた。

ハリーは浅い石造の水盆が何なのかわからなかったが、魅惑的な銀色の光を輝かせ液体とも気体とも取れぬ不思議なものが満たされていて──好奇心に勝てなかった。

 

しかし、ハリーももう四年生だ。魔法道具に警戒心なく触れる事は愚かだと理解している。手で触れてみたかったがなんとか我慢し、ローブから杖を出すと、その銀色に揺蕩うものをつんつんと突いてみた。

すると水面が急激に渦巻き始め、そこに不可思議な景色を映し出した。

戸棚の中でも、ハリー自身の顔でも無い。どこか暗く窓のない地下牢のような景色を映し出し、大勢の魔法使いや魔女が階段状のベンチのような場所に座っている。

どこの景色だろうか、これは一体何なのか──ハリーはもっとよく見ようと身を乗り出し、顔を近づけた。あまりに近付きすぎたハリーの鼻先が水面に僅かに触れた途端、ハリーの体は勢いよくその中に引き込まれてしまった。

 

 

──落ちる!

 

 

ハリーは目を強く閉じ、次に来るだろう衝撃に耐えたが、気がつくと何の衝撃も無くベンチに座っていた。

 

狼狽しながら辺りを見回すが、ハリーが天井から──おそらく、だが──落ちてきたというのに誰も気にする事はない。誰も、ハリーの存在に気がついていないようだった。

 

不安げに周りを見ていたハリーは、自身の隣に座る魔法使いがダンブルドアだという事に気が付き思わず大声を上げ「校長先生!」と叫んだが、ダンブルドアもまた、ハリーの言葉には反応せず前を見たままだった。

 

ダンブルドアが自分を無視するわけがない。ハリーはようやく、はっと気付いた。過去、同じ様な事をトム・リドルの記憶を見た時に経験した。自分の予想が正しいのならば、ここは現在では無く過去なのだ──。

 

ハリーはどうやってここから元の校長室に帰ればいいのかわからず、それにこの先何があるのかも気になり、ダンブルドアの隣で何かが起こるのを待っていた。

 

 

突然扉が開き、吸魂鬼2体に引き連れられ、衰弱したカルカロフが部屋に入って来た。ハリーの驚愕をよそに、カルカロフは中央にある金の鎖のついた椅子に座らされ──鎖がカルカロフを逃すまいと巻きついた──淡々と場が進む。

 

カルカロフは同じ死喰い人だった者の名を魔法省に売り、その名が魔法省にとって有効な情報であるなら釈放の余地があるらしい。

ハリーはこの場に最後見た時よりも健康そうで溌剌としたクラウチと、そして両眼とも普通の目であるムーディがいる事にも気付く。

成程──だから、ムーディはカルカロフの事をあれ程警戒していたのか。

 

 

カルカロフはクラウチに息も絶え絶えにアントニン・ドロホフ、エバン・ロジエールの名を告げたが──両者とも魔法省の把握している魔法使いであり、既に片方は死亡し片方は捕らえられている。魔法省にとって有効な情報を出さなければまたアズカバンに入れられてしまう、カルカロフは身を乗り出し、必死に自身が知る死喰い人の名を次々と吐いた。

 

 

「トラバース──マッキノン一家の殺害に手を貸しました。マルシベール──服従の呪文を得意とし、数えきれないほどの者に恐ろしい事をさせました!ルックウッドはスパイです。魔法省の内部から、名前を言ってはいけないあの人に有効な情報を流しました!」

 

 

カルカロフは今度こそ、魔法省にとって有効な情報を渡す事ができたに違いないと自分でも思ったのだろう。群衆の騒めきを聞き、ようやく少し安堵するかのように表情を緩めた。

 

 

「ルックウッド?神秘部のオーガスタス・ルックウッドか?」

「その者です。ルックウッドは魔法省の内にも外にもうまい場所に魔法使いを配し、そのネットワークを使って情報を集めたものと思います──」

「しかし、トラバースやマルシベールはもう我々が握っている。よかろう、カルカロフ、これで全部ならお前はアズカバンに逆戻りしてもらう。我々が決定を──」

「まだ終わってない!待ってください!まだあります!」

 

 

カルカロフは必死の形相で叫ぶ。目をぎょろぎょろと動かし、額に脂汗を滲ませた蒼白な顔で何度か口を開き、閉じ──そして叫んだ。

 

 

「セブルス・スネイプ!」

「この評議会はスネイプを無罪とした。アルバス・ダンブルドアが保証人になっている」

「違う!誓ってもいい、セブルス・スネイプは死喰い人だ!」

 

 

椅子に縛り付けられている鎖を引っ張るようもがきながらカルカロフは叫ぶが、クラウチは冷ややかな目で見下ろすだけだ。

 

 

「この件に関しては、わしがすでに証明しておる。セブルス・スネイプはたしかに死喰い人ではあったが、ヴォルデモートの失脚より前にわれらの側に戻り、自ら大きな危険を冒して我々の密偵になってくれたのじゃ。わしが死喰い人ではないと同じように、いまやスネイプも死喰い人ではないぞ」

 

 

ダンブルドアが立ち上がり、カルカロフに──いや、沢山の魔法使いと魔女達に静かに告げる。ムーディは異論を唱える事なく黙っていたが。甚だ疑わしいという顔をしていた。

 

カルカロフは今自分が吐き出した情報すらも、自分と魔法省にとって有益なものではなかったと分かると、顔を蒼白にし「まだ──まだいます!」と悲痛な声で絞り出すように叫んだ。

 

 

「ほう、誰だ?」

「ジャック…ジャック・エドワーズ!何人もの死喰い人を、あの人に反する者の元へ送った!」

 

 

その名を聞いてハリーは信じられず狼狽したが──クラウチは微塵も動揺する事なく静かにカルカロフを見下ろした。

 

 

「ジャック・エドワーズは当初からダンブルドアの密偵であり、極秘任務として死喰い人の内に潜り込んでいた。この評議会はエドワーズが死喰い人に扮していた時期に行った全てを無罪としている」

「──そんな!嘘だ!」

 

 

カルカロフの絶望に満ちた叫びを最後に、部屋中の音が遠ざかっていく。

ハリーの周りがぼんやりとしていき、景色が変わる──。

 

 

その後ハリーはルード・バグマンの和やかな裁判と、クラウチの息子の悲痛極まりない裁判を見た。

 

ハリーの耳にクラウチの息子の魂を引き裂くような慟哭が残る中、ハリーはダンブルドアに声をかけられ、長い過去の旅から戻った。

 

 

 

 

ハリーは校長室から出てすぐにシリウスに憂いの篩で見たこと、ダンブルドアから聞いた事を全て手紙に書いて送った。

その後、談話室の隅──誰にも会話を聞かれないように注意しながら、ハリーはロンとソフィアとハーマイオニーに見聞きした全てを話した。

 

 

ロンとソフィアとハーマイオニーは、3人とも呆然と口を開き、ハリーの話を聞いていたが、みるみる内にソフィアの顔から色が無くなり、ついにわなわなと唇が震え出した。

 

 

「嘘──嘘よ。そんなの、あり得ないわ…」

 

 

ハリーは驚愕し震えるソフィアを見て、ジャックが死喰い人だったという事が信じられないのだろうと思い、励ますようにそっと震える手を握った。

 

 

「でも、ジャックは初めから密偵だったって言ってたよ。確かに悪い事はしたみたいだけど──」

「ソフィアは…何も、知らなかったの?」

 

 

ハーマイオニーは硬い声でソフィアに聞いた。ソフィアは呆然としたままハーマイオニーを見て、蒼白な顔でゆっくりと頷く。

 

 

「何も、何も…知らないわ…そ、そんな…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが思っているのはジャックの事ではない。

死喰い人であったという、父親(セブルス)の事だ。ハリーの話が真実ならば、セブルスとジャックの立場はかなり異なる。初めから密偵だった者と、途中から密偵だった者──つまり、セブルスは自らの意思で死喰い人になったのだ。任務を遂行するため致し方なく犯罪行為に手を染めたのではない、自らの意思で──沢山の不幸を招く一因になっていた。

 

言葉が出ないソフィアを見て、ハリーはやはりソフィアには言うべきではなかったのかもしれないと少し、後悔した。

誰だって育て親の罪を──無罪になったとはいえ──知りたくないだろう。

 

 

「ダンブルドアは、スネイプを死喰い人だったって知って信用しているのか?本当に?」

「うん、そうだって。何か二人の間にあったんだと思う──ジャックが取り持ったのかな?友達、らしいし」

「わ──私…」

 

 

ソフィアはよろめきながら立ち上がった。机の角に脚をぶつけたが、ソフィアは脳の奥がチリチリと痺れるような感覚だけを感じていて、何も痛みはなかった。

 

 

「私、聞いて──聞いてくるわ」

「ソフィア!あなた、顔色がすごく悪いわ!」

 

 

ふらつきながら談話室を出ようとするソフィアを見て、ハーマイオニーは慌てて追いかけて、その腕を取って引き留めた。

 

 

「は、離して…私──私、聞きに行かないと…」

 

 

ソフィアはぐっと腕を引くが、あまりに弱々しい動きであり、ハーマイオニーの腕を振り払う事は出来ず、その声は感情を失ったかのように平坦であり、目は見開き談話室ので口を見たまま動かない。

酷く混乱し、狼狽しているソフィアを見てハーマイオニーはぐっと唇を噛み、ソフィアと目を合わせるためにさっと目の前に立ちはだかると、ソフィアの白くなった頬を両手で包み込んだ。

 

 

「わかったわ、なら──ルイスと一緒に聞きに行かなきゃ駄目よ。…スリザリン寮まで…ついて行くから…」

 

 

ハーマイオニーは優しくゆっくりと語りかける。揺れるソフィアの瞳がハーマイオニーの目を見て──強張っていたソフィアの表情はぐにゃりと歪み、一気に泣き出しそうな顔に変わった。

 

 

「ハーマイオニー…!わ、私…!」

「大丈夫よソフィア。──私がついてるわ」

 

 

ソフィアは優しいハーマイオニーの言葉に、胸を詰まらせながらこくこくと頷き、ハーマイオニーに支えられるようにして談話室を出た。

 

 

スリザリン寮に向かう廊下を歩いていると、ちょうど大広間へ夕食を取りに行こうとしていたルイスとドラコと会った。

 

 

ハーマイオニーに支えられていたソフィアはルイスを見ると、パッと駆け出し「ルイス…」と震える声で名を呼んだ。

いつもの様子とかけ離れているソフィアに、ルイスは驚愕しながら今にも倒れそうなソフィアを抱きとめた。

 

 

「どうしたの?何かあったの?」

「──っ…父様…が…」

 

 

ソフィアは掠れた声で囁く。

セブルス(父様)に何かあったのかとルイスは顔色を変えたが、数時間前廊下ですれ違った時にはいつも通りだった筈だ。

ドラコもソフィアのこんな様子を見るのは初めてであり、心配していたが──何と声をかけて良いのかわからなかった。

 

 

「ルイス、ソフィアと二人で──あの人のところに行くの。わかった?」

「え?…あ──うん」

 

 

ハーマイオニーの真剣な眼差し、真っ青な顔で狼狽し今にも泣き出しそうなソフィア。ルイスはどこに行くべきなのかすぐにわかり、ドラコに「ごめん、あとで」とつげて地下牢教室の方向へ足をすすめた。

 

ハーマイオニーとドラコは夕食を心待ちにして楽しげな生徒達に紛れ、見えなくなったソフィアとルイスを暫く見つめていた。

 

 

 

 

小さく震えるソフィアを支え、ルイスはセブルスの研究室の扉の前に来た。研究室に向かう廊下を歩きながらルイスは何度か小声で「どうしたの?」と聞いたが、ソフィアは硬く口を噤んだまま何も言わなかった。今、口を開けば、感情が決壊し、おそらく全てを吐き出してしまう。──周りに人が居ても関係なく。

ソフィアは最後の理性を振り絞り、なんとか家族が揃い、誰も聞かれない所に行くまでは話してはならない、と唇を強く噛み締め耐えていた。

 

 

「スネイプ先生。ルイス・プリンスとソフィア・プリンスです」

 

 

時間的に研究室に居るかどうかは微妙だったが、すぐに「…入りたまえ」といつもの声が聞こえた。

 

 

──父様は何も変わりなさそうだ。…ソフィア…どうしたんだろう。

 

 

ルイスは「失礼します」とセブルスに向けて告げ、ソフィアを支えながら扉を開ける。ソフィアはルイスの胸元の服をぎゅっと手で握りしめ、縋るようにしてなんとか倒れずにすんでいた。足に上手く力が入らず──今、手を離してしまえば、もう立ち上がる事は出来ないかもしれない。

 

 

「…何か──どうした?」

 

 

セブルスは何か用事でもあるのか、と怪訝な顔で始めに入ってきたルイスを見た。その時はまだ教師と生徒として接するつもりだったが──ルイスに抱きかかえられるようにして研究室に入っていたソフィアの顔色を青く、その肩は小さく震え、目から今にも涙が溢れそうなほど潤んでいる。

ソフィアに何かあったのか。セブルスはすぐ扉を魔法で閉め、防音魔法をかけた後でさっと二人の元に駆け寄った。

 

ルイスは困惑したままセブルスとソフィアを何度も見て「わからないんだ、ここにソフィアと行ってって…ハーマイオニーに言われて…」困ったように呟いた。

 

思いもよらぬ名前に、セブルスは眉を顰め、ルイスの胸元に顔を押し付け震えるソフィアと視線を合わせるために少しかがみ込んだ。

 

 

「…どうした?何か、あったのか?」

 

 

セブルスは優しくソフィアの頭を撫でる。

親子で接する時のみ聞くことができる、いつもと変わらず優しさと愛に満ちた低く甘い声。

暫く目を伏せていたソフィアは、キラキラと輝く涙をぽろりと一粒流しながらセブルスを見上げた。

 

 

「父様は──死喰い人だったの?」

 

 

静かな研究室に、ソフィアの震えた声はよく響いた。それは小さな囁き声だったが側に居るルイスにも、セブルスにもしっかりと届いた。

 

 

「…何言ってるの?そんなわけないよ!どこでそんな話を聞いたの?」

 

 

ルイスは苦笑し、そんな馬鹿らしい噂を聞き、ソフィアは心をここまで乱してしまったのか。そんなの少し考えれば嘘だってわかるのに。もし死喰い人だったならこんなところで教師なんて出来ずアズカバンにいれられているはず。それに──それに、母様は、例のあの人に殺されている。

そんな事あるわけがない、そう思いながらルイスはセブルスを見た。

 

 

「──え?……父様?」

 

 

セブルスの表情は狼狽し、怒りや悲しみ、沢山の感情が混ぜられ複雑な表情をしていたが──どう見てもその表情は、セブルスが死喰い人であった事を肯定するようなものだった。

ソフィアとセブルスは見つめあったまま、何も話さない。

ルイスは嫌な予感に、首の後ろが焦燥感でチリチリと焼けるような気がした。──なんで、父様は早く否定しないんだろう。それじゃあ…まるで……。

 

 

「……父様…私、全てが知りたいの…」

 

 

ソフィアの言葉に、セブルスはぐっと眉間の皺を深くする。脳内ではどうにかして違うと──死喰い人ではないと告げるための嘘を組み立ていたが、ソフィアの確信が宿る瞳と、なによりその涙を見て──偽るのは無駄だと判断し、体を起こし杖を振り部屋の中央に向かい合うようにソファを2台出した。

 

 

「…座りなさい。──全て、話そう」

「…え?…えっ、ちょっと待って…父様…ほ、本当に?」

 

 

この場面でソファに座るように促し、全てを話す──という事は、一つしかない。

狼狽し上擦った声でセブルスに聞くルイスに、セブルスは苦い表情のまま頷いた。

 

 

「──過去、私が死喰い人だった事は…事実だ」

 

 

ソフィアはそれを聞いてぐっと表情を険しくしたが覚悟が決まったかのように、決意のこもった目をセブルスに向けてソファに座った。

しかし、ルイスは──衝撃が強すぎて呆然としたまま、「嘘だ…」と呟き、力なくソフィアの隣に座りこむと俯き、顔を手で覆った。

セブルスは2人に向かい合うように座り、静かに問う。

 

 

「何故──どこで、それを知った」

「…ハリーが、校長室で…たまたま、過去のダンブルドア先生の記憶を見て…それが、カルカロフの裁判の時の記憶だったの。減刑を願うカルカロフに、クラウチさんは仲間だった死喰い人の名前を吐き、魔法省にとって有益ならば…釈放するって……そこで、父様と…ジャックの名前を聞いたの。ダンブルドア先生は、父様は確かに死喰い人だったけれど、例のあの人が失脚する前にダンブルドア先生の方へ戻って、密偵として働いていたって…。ジャックは…初めから密偵だったようだけど…」

「……、…そうか。…それに、嘘はない。私は──当初、死喰い人だった」

「なぜ──何で!?何で死喰い人になったの!?」

 

 

静かなセブルスの声に、ソフィアは悲しみに染まった悲痛な声で叫び勢いよく立ち上がりセブルスを見下ろした。

ルイスは顔を上げぬまま「嘘だって、言ってよ父様…」と苦しげに呻き顔を覆う。

 

 

「…当時、闇の帝王の勢いは収まる事なく、世を闇で覆っていた。…帝王が世を統治すればマグル生まれを徹底的に排除し、殺害していくようになる──そうなるのも時間の問題だった…だから、私は……」

 

 

セブルスはソフィアの緑色の目を見つめる。

ソフィアは受けた視線の中に、後悔と苦しみが込められていることに気付き、思わず目を逸らした。

 

 

「──私は、死喰い人になり、確固たる地位を確立するしかないと考えた。……アリッサを守るために…」

 

 

セブルスの呟きは、いつもの彼からは想像もできないほど弱々しく、懺悔に近い響きを持っていた。

ソフィアは口を手で押さえ「そんな…」と呟き、力なくソファに座り込み、縋るようにルイスにしがみつく。ルイスは顔を上げ、ソフィアを強く抱き寄せる──そうしていないと、ルイスも倒れてしまいそうだった。

 

 

「…母様は、マグル生まれだから…父様が死喰い人として、あの人の信頼を得れば…殺されないと…?本当に…?そんな、母様はそれを知ってたの…?」

「ああ、知っていた。……強く反対され、何度も馬鹿な真似はよせと言われたがな」

 

 

ルイスの言葉に、セブルスは自嘲を滲ませ答える。

死喰い人になると決めた時、セブルスはアリッサに心までも闇に染まり、ヴォルデモートの思想に同意しているわけではない。全てはアリッサと生まれてくる子どもを守るためだと何度も説明したが、アリッサは嘆き悲しみ、怒り、辛くセブルスにあたった。だが──アリッサに何を言われても意見を変えず、たとえ軽蔑され嫌われても、大切な者達を守るためならばセブルスは構わなかった。

 

結局、折れたのはアリッサだった。

このままセブルスを一人にしてしまえば、間違いなく死んでしまう。それなら世界中から恨まれる事になろうとも、セブルスの側に居る事を決めたのはアリッサだった。

 

 

「アリッサと私が……夫婦だと広く知られていないのは…私が死喰い人だったからだ」

「…ああ…そうだったんだね。…不思議だったんだよ…」

 

 

ルイスは吐息にも似た言葉で呟く。何故そこまで自分達の関係が親子だと──皆が知らないのか不思議だったのだ。今まで、父は交友関係が広いわけではなく、友人も少ないからだと思っていた。だが母の存在をホグワーツで知る度に、母は多くの人に親しまれていた、それなのに何故、誰も母の結婚相手が誰なのかを知らないのか──何故母と父が夫婦であり、自分達が2人の子どもだと知られていないのか不思議だったのだ。

 

 

「何故…父様は死喰い人をやめたの?何があったの?」

 

 

ソフィアが不安げな目でセブルスを見ながら聞いた。セブルスはその言葉に少し沈黙する。

セブルスが犯した最大の過ちを、2人に告げるべきか最後まで悩み──そして、低い声で答える。

 

 

「…予言がなされた。闇の帝王を打ち破る力を持つ者が、7月に──帝王に三度抗った者達から生まれると」

「それは──それは、もしかして…?」

「ああ、帝王はリリーと…ジェームズ・ポッターの間に生まれる子どもだと結論を出した。それで──私は、ジェームズは兎も角、リリーを見捨てる事は出来なかった。彼女はアリッサの妹であり……私の友人だった。あの頃、ジャックとアリッサだけが、私にとって信じられる者であり……私はジャックにどうすればリリーを助けられるのかを、相談した。その時初めて……ジャックがダンブルドアの密偵だと知った」

 

 

セブルスは苦しみに耐えながらぽつぽつと話す。この時、セブルスはその予言をヴォルデモートに伝えたのが自分である事を2人にいうことがどうしても出来なかった。

 

アリッサ達を殺したのはヴォルデモートだ。アリッサはジェームズとシリウスの友情を信じ──2人を信じたからこそ、殺された。

 

 

だが、セブルスは理解していた。

全ての始まりは、自分自身であると。

 

 

「私は、帝王を裏切り、ダンブルドアに近付き──そして、それからは…密偵として死喰い人の情報をダンブルドアに流していた」

 

 

思いもよらぬセブルスの過去に、ソフィアとルイスは言葉を無くした。

当時のことを知らぬ2人は、セブルスがアリッサを守るために死喰い人になったという結論が──全く理解できない。

死喰い人は忌み嫌われる者であり、憎しみの対象だ。沢山の命を弄び、世界を混乱に陥れた。父がその1人だったなどと…理由があるにしろ、受け入れられる事ではない。

 

 

 

重い沈黙が3人の間に落ちる。

ソフィアとルイスは不安げに身を寄せ合い、今まで見ていたセブルスが、誰よりも大切な父親が──何故か別人のように感じた。

 

 

「父様…本当に、嘘はない?……本当に、母様の為だったの…?」

「……信じられるとは思っていない。私を軽蔑しただろう。──死喰い人として…悪行に手を染めていた事は事実だ。アリッサ達を守る、私はそれが叶えば、他人の命など……軽視していた」

「……、…何人も、殺したの?」

「…私が作った薬により──大勢が苦しみ、何人もの命が奪われた」

 

 

セブルスは直接手を下す事は無かった。しかし、毒や真実薬、腐敗し四肢が落ちる薬。痛覚を何倍にも増幅させる薬──そんな薬が、何の目的で使われていたのか、勿論セブルスは全て知っていた。知っていて、ヴォルデモートに言われるがままに、薬を作り続けていた。

 

 

「…父様……父様は、もう…そんな過ちを犯さないわよね?…ハリーの名前を…ゴブレットに入れてないわよね…?」

 

 

ソフィアは今までセブルスの事を微塵も疑っていなかった。愛する家族を信じ、ハリーやロンに何を言われようが庇い続けていた。

だが、父が過去──愛する者を守るために沢山の犠牲を出した。それを知ってしまった後、無条件でセブルスを信じ抜く事が、今の混乱するソフィアには出来なかった。

 

 

──ダンブルドア先生はヴォルデモートの力が戻りつつあると思っている。それを父も知っているのなら…また、私たちを守る為に、死喰い人として、暗躍していてもおかしくない。

 

 

「そんな事をして何の意味がある。私は──アリッサとリュカの墓前に、ハリー・ポッターを守ると……誓った」

 

 

それは、セブルスの本心だ。

ハリーの事は──どうしようもない憎さがあるのも事実。だが、ハリーはリリーの息子…ソフィアとルイスの唯一の魔法族においての親族である。リリーの命を救えなかった、アリッサとリュカを死なせてしまった後、セブルスはソフィアとルイス、そして──ハリーを守ると決めた。

 

 

「…僕、正直、…混乱してるし、死喰い人になる選択は大きな過ちだったと思う。沢山の命を犠牲に守られても……そんなの…僕は嬉しくない…失望した」

「…ああ、そうだろう」

 

 

ルイスの冷ややかな言葉に、アリッサも何度もそう言っていた事を思い出し、セブルスは悲しげに笑う。認められ、受け入れられなくてもいい。それでも──守れさえすれば、彼らが、生きてくれていれば。

 

 

「父様の選択は間違いだわ。…それでも──私は、今の父様の事を──愛しているわ…」

 

 

ソフィアは目から涙を流し、震える口で囁く。

過去、取り返しのつかない過ちを犯した。数々の命を犠牲にした。今もまた同じことを繰り返しているのかもしれない──それでも、セブルスに対する愛は揺るぎない。

 

セブルスは目を見開き、すぐにぐっと辛そうに顔を歪める。アリッサと同じ言葉を、同じ瞳を持つ愛しい我が子から言われ、胸の奥が締め付けられ、大きな後悔と共に尽きぬ愛情が込み上げ、思わず口を手で覆った。

 

 

「…そうだね。僕も……うん、…父様のした事は許されない。…許せない。けど……父様を、今も愛してるよ」

 

 

ルイスは頷きながら呟き、セブルスを真摯な目で見つめる。

 

 

ソフィアも、ルイスも。セブルスに対する愛は変わらない。不信感や疑問や、やりきれない怒りはある──だが、それでも、2人は変わらずに セブルス()を愛していた。

 

 

「…っ…!」

 

 

セブルスの視界に映るソフィアとルイスが滲み、ぼやける。

肩を震わせるセブルスに、ソフィアとルイスは同時に立ち上がるとひしっと抱きついた。

 

 

「父様…!」

「僕らは、家族だもの。…愛してるよ、父様」

「ソフィア…ルイス…!」

 

 

セブルスは強くソフィアとルイスを抱きしめ、2人に包まれながら涙を流した。

 

 

 

3人はそれぞれ心の内に渦巻く激しくやりきれない感情に涙を流し、身を寄せ合っていた。暫くして冷静さを取り戻したソフィアとルイスはセブルスの隣に座り、セブルスの手に自分の手を重ね、肩に頭を預けていた。

 

 

「…父様が死喰い人だったと知ってるのは、ハリーとロンとハーマイオニーよ。…ハリーはダンブルドア先生を信じてるから…多分、父様を疑ってるけど…言いふらす事は無いと思うわ」

「…そうか」

「父様、もし……例のあの人が復活したら…父様はどうするの?また…死喰い人になるの?」

 

 

ソフィアはセブルスを見上げ、不安げに聞いた。ルイスもまた無言でセブルスを見つめる。

もし、ヴォルデモートが復活したら──それは、考えたく無い事だ。だが、ダンブルドアもまたそれを危惧していると、セブルスは知っている。

 

 

「私は、ダンブルドアの命に従う。…ダンブルドアがそれを望むのなら、密偵として敵の内部に潜り込む事もあるだろう」

「……そうなんだ…」

「…そうするしかないなら…私たちには、教えて…。何も知らないまま守られるのは、嫌よ」

「…、…ああ、わかった」

 

 

セブルスは頷いたが、ダンブルドアがそれを良しとしなければ──きっと、全てを明かす事なく動かねばならないとわかっていた。優しく残酷な嘘を、セブルスは2人のためにつかねばならなかった。

 

 

 

 

ソフィアとルイスは夜遅い時間にそれぞれの寮へと戻った。

ソフィアは寝ずに自室で待っていたハーマイオニーにだけ、話した。

ハーマイオニーに抱きしめられ、優しく背中を撫でられているうちに、ソフィアは再び涙を流しなんどもしゃくりあげながら──全てを、話した。

 

 

「…スネイプ先生は、確かに間違った選択をしたかもしれないわ。…けど、当時は…本当に、誰も信じられなかった時代だってスナッフルズが言っていたでしょう?…きっと、1人で全てを守るために、必死だったのよ」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィアは何度も頷きながら、その優しい胸に抱かれ──気が付いたら眠ってしまっていた。

 

 



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230 フェネックの姿!

 

 

 

 

6月17日。

ソフィアはいつもの習慣としてアニメーガスの魔法を唱えるために夜明け前に目覚まし魔法で目覚めた。

まだ閉じようとする目を擦り──ふと、いつもより部屋が暗いことに気がつく。

目覚まし魔法の時間を間違えてしまっただろうか?と思い、ベッド脇にある時計を見たが、薄暗い中、針が指す時間は夜明けの10分前だった。

寝起きでまだ覚醒しきっていないソフィアはぼんやりとその時計を見ながら首を傾げていたが、ハッと目を見開くとすぐにベッドから飛び降り窓辺へ駆け寄った。

 

 

「──やったわ!」

 

 

思わず歓喜の声を叫び──慌てて口を押さえ、ルームメイト達が起きてしまっただろうかと身をこわばらせた。しかし、部屋の中に響く音は外からの雨音と、そして、遠くから聞こえる低い雷鳴の音だけだ。

 

ついに、なによりも待ちわびた雷雨の日がやってきた。1ヶ月間口にマンドレイクの葉を含み、それが終われば毎日日の出と日の入りに呪文を唱えていた。この日、雷雨の日に完成するアニメーガスの魔法薬を作るために。

 

 

ソフィアは日の出と共にアニメーガスの呪文を唱える。強い鼓動を感じる事にも──当初は胸を押さえ暫く呻いていたが、最早慣れた。

今、ソフィアの胸を強く打っているのはアニメーガスの呪文のせいだけではなく、魔法薬が完成しているかの不安感と、成功していればアニメーガスになれるという、大きな期待からだろう。

 

すぐに服を着替えたソフィアは暫くベッドの上でそわそわと体を動かしていたが──ついに耐えきれず自室を飛び出した。

 

 

雨音と、雷鳴の轟く音だけが響く薄暗い廊下を早足で歩く内に──気が付けばソフィアは駆け出していた。顔を輝かせ、息を弾ませながらマクゴナガルの研究室にたどり着くと、呼吸が落ち着くまで何度か深呼吸をし、扉に向かって手を上げた。

 

 

「…あ、…ここには居ないかしら…」

 

 

つい、いつもの癖で研究室に来たが、まだ早朝だ。きっと研究室ではなく、自室にいるのだろう。──いや、まだ寝ているかもしれない。

 

ソフィアは研究室の隣にあるマクゴナガルの自室の扉をチラリと見た。

そわそわとした勢いのままここまで来てしまったが、冷静になった今、どう考えてもこんな時間に訪問するのは緊急事態でもない限り、非常識だろう。

 

ふう、とため息をつきソフィアはそっと扉から離れた。まだ5時を少し回った時刻であり、寝ていても可笑しくはない。

 

 

──どうしよう、このまま扉の前で待っていようかしら。

 

 

そうソフィアが思った途端、ガチャリとマクゴナガルの自室の扉が開いた。

 

 

「──おや、ミス・プリンス。おはようございます」

「お、おはようございます、マクゴナガル先生!」

 

 

現れたのはまだ寝巻き姿のマクゴナガルであり、ソフィアは驚いたがぱっと明るい笑顔を見せながらマクゴナガルに駆け寄った。

 

 

「ちょうど、声をかけに行こうと思っていたのです。──待ちに待った雷雨の日ですね」

「はい!」

 

 

マクゴナガルは優しく微笑む。

この日を心待ちにしていたのはソフィアだけではない。マクゴナガルも自分の教え子が高度なアニメーガスを習得する日を楽しみにしていた。

ソフィアがこのために沢山の知識を得て、論理的にアニメーガスを理解し、日々のコツコツとした積み重ねをこなしてきた事を知っている。マクゴナガルもまた、学生時代同じように忍耐強く、大変な日々を耐えたのだ。

 

 

「教室に行きましょう。どのような動物になるのかは分かりませんから。広い方が安全です」

 

 

マクゴナガルは持っていた小さな箱をそっとソフィアに渡す。ソフィアはしっかりとその箱を受け取り、真剣な顔で頷いた。

 

変身術の教室に入ったマクゴナガルは杖を振るい机と椅子を教室の壁際まで移動させ、広い空間を作る。

 

2人とも真剣な表情を浮かべしばし、見つめあう、少ししてマクゴナガルは「それでは、はじめましょう」と静かに告げた。

 

 

ソフィアは頷き、そっと箱の蓋を開ける。

小さな瓶の中の薬は、透明度の高い赤い液体で満たされており、繭などは全て溶けて消えていた。──成功だ。

 

 

「……!これが、アニメーガスの魔法薬…」

「ミス・プリンス。飲む前に警告しておきます。──かなりの衝撃と、混乱があるかと思います。しかし、自分は──ソフィア・スネイプという人間である、この姿はアニメーガスである。…その事を、強く考えなさい」

「はい、わかりました」

 

 

ソフィアは箱をそっと足元に置き、取り出した小瓶を目を閉じてぐっと胸の前で祈るように持った。

暫く目を閉じていたソフィアは、緊張と期待が孕む瞳を開き、瓶の蓋を開けると息を止めてその薬を全て、飲み干した。

 

 

「──ッ!!」

 

 

喉が灼ける──いや、身体が、骨が、血液が灼けている。心臓が大きく脈打ち、張り裂けてしまいそうな衝撃。

 

 

「うっ!──ぁ、あっ!!」

「ミス・プリンス、耐えるのです!」

 

 

ソフィアは苦しそうに呻めき、小さく喘ぎながらその場に膝をつき──手に持っていた小瓶が音を立てて砕けた──自分の体を強く抱きしめていたが、鼓動に合わせて痙攣するように身体が大きく跳ね、耐えきれず床に倒れ込む。

その時、一際大きく体がぶるり、と震えた。

 

 

 

──熱い、苦しい、心臓が、破れそう!わ、私…私は何?…なん、だっけ…?

 

 

朦朧とする意識の中、ソフィアは必死にマクゴナガルから言われた言葉を何度も脳内で繰り返した。

 

 

 

──私は、ソフィア、ソフィア・スネイプよ!

 

 

 

ソフィアは閉じていた目を開き、意識を奮い立たせた。

すると、動悸や苦しみがすっと消え、少し冷静さを取り戻すことが出来──ソフィアは自分の手を見た。

 

 

──これ、は…。

 

 

「ミス・プリンス…!成功です、おめでとうございます!」

 

 

頭上からマクゴナガルの喜びに震える声が聞こえ、ソフィアは顔を上げた。

いつもよりかなり大きく見えるマクゴナガルの身体と、そして視界の端に映るのは人間ではないふさふさとした体毛に覆われた前足。

 

 

ソフィアは自分の手を不思議そうに見つめていたが、どこか失敗しているところはないかと自分の体を見回した。

 

 

「心配せずとも、完璧なアニメーガスになれていますよ。──ごらんなさい」

 

 

うろうろと視線を彷徨わせるソフィアに、安心させるように優しくマクゴナガルは声をかけ、杖を一振りすると大きな姿見を出現させた。

 

 

──フェネック…。

 

 

 

大きく薄い三角の耳に、長く太い尻尾。

 

鏡に映るのは、ソフィアの髪色と同じような黒いフェネックだった。真っ黒な中、瞳だけは、宝石のような輝く緑色をしている。

 

アニメーガスは守護霊魔法で出現する動物と同じだと知っていたソフィアは、フェネックになった事に特に驚愕する事なく、おぼつかない足取りでぐるぐると床を歩き、キラキラと輝く目でマクゴナガルを見上げた。

 

 

「きゅーん!」

 

 

やりました!とソフィアは喜びの声を上げたが、その口から出たのは高いフェネックの鳴き声であり、ソフィアは少し目を瞬かせる。そうだ、人間の言葉が話せるわけがない。

何故か恥ずかしくて耳をぺたりと伏せたソフィアに、マクゴナガルは小さく笑いながらアニメーガスへと姿を変える。

 

 

「良かったですね、ミス・プリンス」

「はい!──アニメーガス同士だと、言葉がわかるのですね」

「ええ、この姿だと他の動物の言葉も理解し、会話する事ができるでしょう。──特にネコ科、イヌ科の動物との意思疎通は無理なく出来るはずです」

「うわぁ!素敵です!」

 

 

ソフィアはぴょんぴょんと嬉しそうにその場で飛び跳ね、自分より小さな猫の姿になったマクゴナガルを見下ろしにっこりと笑った。フェネックの姿であり、表情はあまり動かなかったが──綺麗な目が細められたのを見て、マクゴナガルはソフィアが笑っているのだと思った。

 

 

「さて、ミス・プリンス。次は元の姿に戻らねばなりません。アニメーガスの呪文を心の内で唱えながら、人の姿の自分を強く想像なさい」

「はい、わかりました」

 

 

ソフィアはそっと目を閉じてアニメーガスの呪文を唱え、脳裏に元の人間の姿である自分を強く思い描く。すると、どくり、と一度大きく心臓が震え──再び目を開いた時には、いつもの視線の高さで、姿形も人へと戻っていた。

 

変化が残っている箇所はないかと、ソフィアは姿見の前でまじまじと自分を見つめ、尻をそっと押さえた。フェネックの時のような体毛もなく尾が生えている様子も無い。

 

マクゴナガルもすぐに元の姿に戻り、優しい目でソフィアを見つめアニメーガスの成功を讃えた。

 

 

「──大丈夫なようですね。本当に、よく頑張りました。…何度か変身を繰り返していれば、よりスムーズに変身ができるようになります。変身時の衝撃も軽減されていく事でしょう。1週間程度──そうですね、三校対抗試合の前日まで、夜7時に私の研究室に来なさい。変身の訓練をしましょう」

「はい!よろしくお願いします!」

「後は、魔法省に登録する書類を数多く準備しなければなりません。アニメーガスだという証明写真を撮り、また──保護者にも、幾つかのサインをもらわねばなりません。書類は私が直接渡し、説明しておきます」

「ありがとうございます!」

 

 

マクゴナガルは杖を振り、部屋の端に寄せていた机や椅子を元の場所に戻した後、教卓の引き出しから数枚の書類を呼び寄せソフィアに手渡した。

 

 

ソフィアはしっかりとそれを受け取り、何度も「ありがとうございます!」とお礼を言い、軽い足取りでグリフィンドール寮へ戻る。

まだ外は分厚い雷雲に覆われ薄暗かったが、ソフィアはその大粒の雨を降らせる夏の嵐の朝を、まるで晴れ渡った空を眺めるように嬉しそうに見つめていた。

 

 



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231 さがしもの!

 

 

 

 

 

 

第三の課題が行われるまで、ハリーはロンとソフィアとハーマイオニーと沢山の魔法を特訓した。代表選手であるハリーは期末試験が免除されているが、ソフィアとロンとハーマイオニーはそうではない。第三の課題が始まる日に試験は終わる予定だが、3人とも勉強する事なく──いや、ソフィアとハーマイオニーは深夜に自室で勉強していたが──ハリーの練習に付き合った。

ハリーは流石に3人とも自分に気を使わず試験勉強をした方がいいと言ったのだが、3人は笑って「気にしないで」と言った。

期末試験よりも、大切なものがある。そう、3人は思っていた。

 

 

ハリーは妨害の呪い、粉砕呪文、四方位呪文

を習得することが出来たが──盾の呪文(プロテゴ)はうまく出来なかった。

最終課題の日が近づくにつれ、ハリーの神経が昂り少し不安があるのは事実だが、今までの課題よりも十分に備える事ができたし、何よりハリーは毎年さまざまな試練を乗り越えてきている。これまでの課題より、上手くいくんじゃないだろうかという自信があり、前回のような辛い焦りは無かった。

 

 

 

最終課題の日の朝、大広間のグリフィンドールの机は大賑わいで誰もがハリーを応援し、すれ違いざまに肩を叩いた。

シリウスからの応援の手紙も届き──ただ羊皮紙に肉球の足型が押してあるだけだったが──ハリーは心の底から嬉しさが込み上げ、それを大切そうにポケットにしまった。

 

朝食を食べているとハーマイオニーの元にコノハズクが舞い降り、いつものように日刊預言者新聞の朝刊を届けた。

ベーコンエッグを食べながら朝刊の一面に目を通していたハーマイオニーは、ごくり、とかぼちゃジュースを飲み──たまたま目に入った記事に驚き、口に含んでいたかぼちゃジュースを吐き出しかけた。

 

 

「──っ!──げほっ!」

「だ、大丈夫?」

 

 

吹き出すまいと必死に飲み込んだせいで気管に入り、盛大に咽せるハーマイオニーの背中をトントンとソフィアが優しく叩く。

ロンが怪訝な顔で「どうしたの?」と聞いたが、ハーマイオニーはてと顔を振り「何でもないわ」と慌てて新聞を机の下に隠そうとした。

 

しかし、その前にロンが素早く新聞を奪い、見出しを見て驚いたように目を丸くし、次の瞬間には苦虫を噛み潰したかのように嫌そうな顔をした。

ソフィアも何が書いてあるのか気になり、上から覗き込み──眉をきゅっと寄せてため息をついた。

 

 

「何てこった!よりによって今日かよ、あのババア!」

「本当、いつも嫌なタイミングね」

「何だい?また、リータ・スキーター?」

 

 

ハリーがロンに聞き、ロンは見え見えの嘘をつき新聞を机の下に隠した。

そもそも、日刊預言者新聞を購読するようになったのは事前にスキーターの侮辱が込められた記事を読み、他者から──スリザリン生から──揶揄われないようにするためだ。

いつもなら、きっとロン達は見せていたが、今日は最終課題の日だ。そんな日に、ハリーの気持ちを落としたくはない──そう思い、ハリーの目に届かないよう隠したのだ。

 

ハリーはロンの態度に、どう見ても嘘だと確信し、眉をぐっと寄せて手を差し出し、もう一度「見せてよ」と言った。

 

 

ソフィアはスリザリン生が座る席をチラリと見て、ドラコがニヤニヤと意地悪げに笑いながら食い入るように日刊預言者新聞を広げていることに気付き、ため息をついた。

 

 

「ま、いいんじゃない?どうせすぐ誰かさんがご丁寧に教えてくれる事だわ」

 

 

ソフィアは机の上に肘を乗せ、顎を支えながら嫌味っぽく言うとチラリとドラコの方を見た。

ハリー達がその視線を追っていると、ちょうどこちらを見てニヤリと笑ったドラコとハリーの目がパチリと合った。

 

 

「おーい、ポッター!頭は大丈夫か?気分は悪くないか?まさか暴れ出して僕達を襲ったりしないだろうね?」

 

 

ドラコも日刊預言者新聞を手にしていた。スリザリンのテーブルは端から端までくすくすと笑いながら、座ったままで身を捩りハリーの反応を確認しようとしている。

 

ふと、ソフィアはその中にルイスの姿がないことに気がついたが、特に気にする事なくフルーツを食べた。

ここ数週間、ルイスは大広間に現れないことがよくあった。

ドラコはつまらなさそうにはしているが、取り巻きであるクラッブやゴイル、パンジーと共に過ごしていたため特に寂しそうにはしていない──ように見えた。

 

ルイスは、恋人のヴェロニカとの別れが近付いている。

別の学校である2人は、後数ヶ月で──所謂、遠距離恋愛になってしまう。その前に少しでも共に過ごしたいという気持ちになるのは自然な事だろう。

 

休み時間や休日、ソフィアはよく校庭で一つのベンチに座り楽しげに話しているルイスとヴェロニカの姿を見かけていた。幸せそうな2人を見るのは、嬉しくもあり──何となく、寂しくなったのは、仕方がない事だろう。

 

 

ハリーはロンの手から日刊預言者新聞を取るとすぐに開き──大見出しの下に、自分の写真が載せられているのを見た。

『ハリー・ポッターの危険な奇行』という見出しと共に、占い学の時に額の傷が痛み倒れた事、それは()()()()()()()()と書かれている。

さらに蛇語を使うことや、狼人間とや半巨人と親交があり、褒められたことではなく邪悪なことを考え、本日行われる三校対抗試合の最終課題の時に、闇の魔術を使用するのではないかと言う言葉で締めくくられていた。

 

 

今まではハリーを応援するような記事を書いていたが、ここに来て突如方向転換をしたらしい。しかしハリーは少しも気にすることなく新聞をぱたりと畳んだ。

 

 

「僕にちょっと愛想が尽きたみたいだね」

 

 

ハリーは気軽に言ったが、スリザリンテーブルの方ではドラコがルイスが居ないのをいいことに、クラッブやゴイル達とハリーに向かって馬鹿にするようにゲラゲラと笑い、侮蔑的な目を見せていた。

 

 

「あの女、占い学で傷痕が傷んだこと、どうして知ってたのかなぁ?どうやったって、あそこには居たはずないし…絶対あいつには聞こえたはずがないよ」

 

 

ロンが不思議そうにぼんやりと言いながらソーセージを食べる。ハリーは当時の教室の様子を思い出し、「窓が開いていた。息苦しかったから開けたんだ」とゆで卵を食べながら答えた。

 

しかし、たしかに痛みで叫んだとは言え、ハリーが居たのは北塔の頂上だ。流石に校庭までその叫びが届くことはないだろう。とソフィアは思い、あの場所にどうやって姿を見せず入る事ができたのかをじっと考え込んだ。

 

 

「あなた、北塔のてっぺんにいたのよ?あなたの声がずーっと下の校庭まで届くはずないわ!」

 

 

ハーマイオニーもソフィアと同じ事を思い、新聞を鞄の中に入れながら強い目でハリーを見る。

 

 

「まあね。魔法で盗聴する方法は、君が見つけるはずだったよハーマイオニー!あいつがどうやったか、僕もわからないんだ、君が教えてくれよ!」

 

 

考えたところで、わからないものは仕方がない。ハリーは苛々とした口調で太いソーセージにフォークを突き刺した。

 

 

「ずっと調べてるわ!でも私…でもね…」

 

 

ハーマイオニーはじっとソフィアを見つめながら、ゆっくりと手をあげ指で髪を撫で、そのまま一房掴むとトランシーバーに話しかけるように、口元に近づけた。

真剣だが、どこかぼんやりとした目で見つめられたソフィアは不思議そうに首を傾げ、ハーマイオニーの動作を真似するように自分の口元に手を当てた。

それは、いつだっただろうか。校庭でドラコとその取り巻きが行っていた行動によく似ていた。

 

 

「──もしかしたら…。そうよ、それだったら誰にも気付かれないし、ムーディだって見えない……それに、窓の桟にだって乗れる……でも、あの女は絶対許されてない、許可されてないはずだわ…!」

「……まさか?でも──そうね、十分あり得るわ、前例があるもの!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは確信めいた光を目に宿し、同時に立ち上がった。

 

 

「あの女を追い詰めたわよ!」

「図書館に、確かめに行きましょう!」

「ちょ、ちょっと!」

「おい!」

 

 

ぽかんとしたロンとハリーが2人を止め何かわかったのかと聞く前に、ソフィアとハーマイオニーは鞄を掴むと大広間を飛び出した。

 

 

「ソフィア、あれってかなり難しいの?」

「根気と材料、後は運さえあれば誰だって可能よ!」

 

 

2人は猛スピードで廊下を走り、図書館へと飛び込むとすぐにアニメーガスの登録者について書かれている本を探した。

 

 

「…やっぱり、名前は無いわ!」

「アニメーガス…小さな小鳥だとすれば、たしかに…気付かれずに窓に乗れるわ」

「小鳥……いいえ、違うわ。──そう、虫よ!」

 

 

ハーマイオニーは声を抑えて叫ぶ。

ソフィアは「虫?」と怪訝な顔をしたが、じっとハーマイオニーの目を見つめ「…あり得るわね」と頷いた。

アニメーガスは動物になる事が殆どだが、虫や魔法生物になる前例もごく稀にあった。

ソフィアはすぐに20世紀の登録者のページから戻り、18、19世紀の登録者のリストを調べ、名前の横に「蝿」と書かれている箇所を興奮しながら指差した。

 

 

「虫にもなれるのよ!ほら、前例があるわ!」

「本当に、スキーターは私たちに虫をつけていたのね」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィアは一瞬何のことかわからなかったが、マグル界の盗聴器の事を思い出し、ハーマイオニーと同じようにニヤリと笑った。

 

 

「問題は、どんな虫かって事ね」

「そうね…スキーターは、必ず今日も現れるわ。絶対、ハリーの近くに!怪しい虫がいたら、全て捕まえましょう!」

 

 

ハーマイオニーは強く本を握っていたが、闘志が燃える目を輝かせると本をパタンと閉じ、すぐに本棚に片付けた。

 

 

「さあ、試験に行きましょう!」

「え?──ああ、そうだったわ」

 

 

そういえば、あと数分で試験開始時刻だと思い出し、ソフィアは頷くと先に走り出してしまったハーマイオニーの後を追いかけた。

 

 

 

 

午前中の期末試験が終わった後、ソフィアとハーマイオニーは「もうすでにホグワーツに入り込んでいるかもしれない」と思い、玄関ホールや校庭を怪しい虫がいないかと探していた。

 

 

「でも…どうやって見極めるの?」

「…そうね…去年、ペティグリューのアニメーガスを無理矢理リーマス達は解いていたわ。…多分、フィニートで──やってみましょう!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの手を引き、人気のないハグリッドの小屋の裏手に回ると、注意深く辺りを見渡し、さっとフェネックへと変身した。

ハーマイオニーは初めて見たソフィアのアニメーガスの姿を見て驚いて目を瞬かせていたが、すぐにしゃがみ込むと興奮が滲む目で「成功してたのね!」と囁き、フェネックのふわふわとした毛並みを撫でた。

 

 

「きゅーん」

「本当に、凄いわ!どこからどうみてもフェネックそのままよ!…わぁ!ふわふわしてて、気持ちいい…」

「くぅん…」

 

 

ハーマイオニーは夢中になってフェネック(ソフィア)の身体を撫でた。ソフィアはくすぐったそうに大きな耳をピクピクと動かし、優しいハーマイオニーの手のひらに擦り寄ったが──内心で、こんな事をしている場合ではないんだけど…と思い、うっとりと目を細めながらも、困ったように尻尾を垂れさせた。

 

 

「あっ!そうだわ、フィニートね。──呪文よ終われ!(フィニート!)

 

 

ハーマイオニーはハッとしてポケットから杖を出すと、ソフィアに向かって解呪魔法を唱える。

ソフィアはアニメーガスから人へと戻る時のようにトクンと心臓が小さく跳ね──そして、人の姿へと戻った。

 

 

「やっぱり、フィニートで強制的に解呪できるんだわ!」

「そうね…。…それより!ソフィア、いつ成功していたの?」

 

 

言ってくれたら、お祝いしたのに!とハーマイオニーは頬を膨らませソフィアの両手を握る。ソフィアは嬉しそうにパッと笑顔を見せたが、悪戯っぽく声を顰めくすくすと笑いながら言った。

 

 

「あのね…本当は、マクゴナガル先生の前以外でまだやっちゃダメなの」

「え?そ、そうなの?」

「ええ、アニメーガスにはなれるけど、アニメーガスの使用許可がまだ降りて無いのよ。もう書類は送ったから…夏休み中には、許可が降りるはずよ!それから言おうと思っていたの。私が変身した事…内緒にしてね?」

「勿論よ!許可が降りるのが楽しみね、本当におめでとう!」

「ありがとう、ハーマイオニー!」

 

 

自分の事のように喜んでいるハーマイオニーを見ると、ソフィアは嬉しそうに笑いハーマイオニーに抱きついた。ソフィアからのハグに慣れてきているハーマイオニーは、照れる事なくぎゅっと強く抱き返す。

 

 

「──さあ!フィニートが効くってわかったし、探しましょう!」

「ええ、そうね!」

 

 

 

それから昼休憩の時間が半分過ぎるまで探したが、やはりどんな虫なのか分からないまま探すのは困難であり、それらしい虫を探しフィニートを唱えても虫はただ怯えたように2人の掌から飛び立つだけだった。

 

 

「うーん、なかなか見つからないわね…」

「仕方ないわ、課題の時は必ず居ると思うの。身体的特徴が現れやすいから──私は髪色と瞳が同じだから──似ている虫を、その時に、探しましょう。捕まえた時のために…瓶も用意しないとね」

「…そうね、…ああ!お腹ぺこぺこだわ!」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは頷き、2人は昼食を取るために大広間へと向かった。

すでに大広間には沢山の生徒がいつもより少し豪華な──おそらく、今日が最終課題の日であり、試験の最終日だからだろう──料理を食べていた。

 

 

ハリーの近くには、ウィーズリー家の面々が揃っていた。在学中であるロンとフレッドとジョージとジニーが近くに座っていることに特に違和感は無いが、ジニーの隣にロン達の母であるモリーと、長男のビルがいることにソフィアは目を瞬かせ驚く。

 

 

「モリーさん?ビル?どうして?」

「ああ、ソフィア!久しぶりね!」

「久しぶり!代表選手は家族が観戦に招待されるから。その代わりに僕たちが呼ばれたんだよ」

 

 

よく見れば大広間の机に、私服を着た見慣れぬ大人がちらほらと座っていた。おそらく他の代表選手達の家族なのだろう。

たしかに最終課題ともなれば、招待されていてもおかしくはない。しかし、家族──確かに、マグル界で過ごし、魔法を何よりも嫌うダーズリー家が来るわけがない。その代役としてモリーとビルが呼ばれたことは、なんとなく不思議だった。──ハリーにとって、隠れ穴で過ごした日々が、第二の家のように素晴らしいものだったのだろう。

 

 

──まぁ、後見人のシリウスは呼べないし、私たちはいとこだけど、周りは知らないものね。

 

 

ソフィアはあまり気にすることなく空いていたハリーの隣に座ったが、ハーマイオニーは気まずそうにソフィアの隣に座ると、何か言いたげな表情でモリーを見つめた。

モリーはその視線に気づくと、今まで浮かべていた笑顔をどこか、ぎこちなく引き攣らせた。

 

 

「こんにちは、ハーマイオニー」

「…こんにちは」

 

 

モリーの声は、ソフィアに対しての声と比べてかなり硬く、表情もどこか冷ややかだった。ハーマイオニーは笑顔で挨拶をしたが、その目は揺れ表情は強張っている。

 

ハリーは食べていたポテトを急いで飲み込むと、モリーとハーマイオニーを見比べて言った。

 

 

「ウィーズリーおばさん。リータ・スキーターが週刊魔女に書いたあの馬鹿な記事を本気にしたりしてませんよね?だって、ハーマイオニーは僕らの中を裂こうなんてしてませんもの」

「そうですよ、モリーさん。ハーマイオニーは私の1番の親友です!そもそも、ハリーと私は恋人同士ではありませんし…」

「あら!そうなの?──もちろん、本気にしてませんよ!」

 

 

ハリーとソフィアの言葉に、モリーはパッと表情を明るくさせるとほっと胸を撫で下ろし、ハーマイオニーに「ごめんなさいね。ちょっと、不安で…」と謝りながらハーマイオニーの皿に沢山のミートパイを置いた。

 

 

モリーは、自分の娘が──ジニーがハリーに対し憧れに近い愛を持っている事を知っている。時々、恋愛相談のような手紙が届いていたのだ。ジニーが今、ハリーとの関係や悩みについて相談出来る相手といえば母であるモリーしかいなかった。

ダンスパーティの一件も、もちろんジニーはモリーに伝えた。ハリーはソフィアの事が好きなのかもしれない、本人から誘ったようだ。ソフィアはまだ恋愛感情を抱いていないが、それも時間の問題かもしれない──ハリーの事は好き。ただ、私はソフィアの事も、好きなの。──そう、ジニーはモリーへ伝えていた。

 

モリーも、ソフィアに対しては好印象を持っている。両親とも亡くなっているらしいが、礼儀正しく、優しく愛嬌がある。とてもいい子だ──ジニーの事は、親として応援したいが、どうやらジニーは悩みや胸の痛みを抱えていても、ハリーとソフィアの中を邪魔する気はなく、応援される事を望んでいないらしい。

 

静かに見守ろう。初恋は、甘酸っぱいものだから。──と、モリーは考え、ジニーの淡い恋心をそっと優しく見守っていた。

 

そんな中、スキーターの記事により、ハリーとソフィアが恋人である事や、その中を裂こうとしているハーマイオニーの事を知ってしまい。かなり──憤っていたのだ。

 

 

しかし、それが間違いならばあの記事を見て、かなり大人げない事をしてしまった。イースターエッグは小さなものを送ってしまったし、きっと、聡いハーマイオニーは小さな悪意に気づいただろう。

 

モリーは自分の行いを恥じ、安堵の表情を浮かべるハーマイオニーに、心からもう一度「ごめんなさいね」と謝った。

 

しかし、ハーマイオニーは疑惑が解消されたのなら、それ以上責める事はなく、ただにっこりと笑って「来年のイースター楽しみにしてますね!」と悪戯っぽく言った。

 

悪いのはモリーではない、あんな記事を書いたスキーターだ。必ず、今日決着をつけてみせる──と、密かに胸の中に炎を燃やしていた。

 

 

 



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232 最終課題開始!

 

 

ついに最終課題が始まる。

ソフィアはハーマイオニーとロン、そしてビルとモリーと共に観客席に座っていた。

 

 

「ついに、始まるのね!」

「ハリー…頑張れよ…!」

「ああ、怪我をしなかったらいいんだけど…」

 

 

ソフィア、ロン、ハーマイオニーは口々に言いながら開始の時をソワソワと待っていた。

 

クィディッチ競技場だった場所には6メートル程の高さの生垣が生え、広大な土地をぐるりと囲っている。迷路だとハリーから聞いていたが、これでは中の様子が少しもわからないとソフィアは不安になりながら胸の前で指を組み、祈るようにじっと青々とした生垣を見つめた。

 

 

「紳士、淑女の皆さん。第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります!──ルールは簡単、もう皆様もご存じの通り、迷路です。迷路の中心に優勝杯が置かれています。最初にその優勝杯に触れた者が満点です!勿論、ただの迷路ではありません、数々の障害物が選手達の行手を阻むことでしょう。もし、何か危険に巻き込まれ助けを求めたい時、選手は赤い花火をあげ課題を中断する事が出来ます──ただし、勿論その段階で脱落となります」

 

 

スタンドに進行役であるバグマンの声が響き渡る。何百という観客は足を踏み鳴らし、歓声を上げ、力強く手を叩いた。

 

 

「現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。同点1位、得点85点。セドリック・ディゴリー君とハリー・ポッター君!両名ともホグワーツ校!──3位、80点。ビクトール・クラム君、ダームストラング校!──そして、4位、フラー・デラクール嬢、ボーバトン校!」

 

 

ソフィア達も他の観客と同様、全ての代表選手達を激励するように大きく手を叩く。

スタートラインに立つハリーは観客席を見回し、ソフィア達に気づくと手を振った。ソフィア達は口々に「頑張って!」と言いながらハリーに手を振る。

 

 

──いよいよ、最終課題だ。これで、これでもし本当に優勝する事ができれば、僕はソフィアに思いを告げる。

 

 

ハリーはじっとソフィアを見上げた。

ソフィアもまた、ハリーを見つめ、にっこりと笑ってもう一度「頑張ってね!」と伝える。

声は遠すぎて届かなかったが、口の動きからその言葉を読む事は出来、ハリーは心の奥から温かな気持ちが沸き起こり──もし、優勝した時にソフィアがキスをしてくれたら、きっとそれは何よりも嬉しいだろう──と、素晴らしい想像に胸を高鳴らせ、気合いを入れるためにぐっと強く拳を握った。

 

 

「では──ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック!…いち──に──さん!」

 

 

バグマンがピッとホイッスルを鳴らし、ハリーとセドリックは急いで迷路に入った。

 

 

バグマンは腕時計を見つつ、時刻が近づくと「続いて、クラム!」と叫びホイッスルを鳴らす。

同じようにクラムが迷路に飛び込み、その後のホイッスルでフラーが入った。

 

 

暫く、ソフィア達観客はじっと迷路を見ていたが──しだいに騒めきが大きくなる。

 

 

「…これ、中の様子全くわからないわね」

「……確かに、そうね」

「第二の課題もこんな感じだったよ。1時間くらい僕たちは湖面を見続けたんだ!」

 

 

ロンはつまらなさそうにいうと、何か見えないだろうかと背伸びを必死に高い生垣を見たが、時々何かの爆発音や破壊音が聞こえるだけで、中の様子はちっとも見る事が出来なかった。

 

 

ソフィアは、ハッとした。

今、この課題なら密かにハリーを殺す事だってできるかもしれない。──いや、観客席にはダンブルドアがいる。それに中の様子を審査員が見ずに、課題の得点をつける事は出来ないだろう。今までのように、勇気や判断力、魔法センスが試されるのなら、何らかの方法で審査員は見ていてもおかしくは無い。

 

それに、迷路の周りには沢山の先生が巡回している。──流石に、この場でハリーを殺すことは、無い。……そう、信じたい。

 

 

ソフィアはチラリとハーマイオニーを見た。

ハーマイオニーも同じことを考えているのか、それともただ心配しているだけなのかわからないが、不安げな顔で生垣を見つめていた。

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

突如赤い花火が真っ直ぐ迷路の上に上がり、数名の教師が迷路の中に飛び込んだ。

 

観客席からは騒めきと、誰が脱落したんだろうかという興奮の声が上がる。

ソフィアとハーマイオニーとロンは3人とも祈るように指を組み、どうかハリーではありませんように、と願った。

 

 

「──あっ!フラーだわ!」

 

 

ソフィアは小さく叫んだ。

マクゴナガルとスプラウトに支えられ、引き摺られるように生垣から姿を現したのはフラーであり、彼女はだらりと頭を垂れピクリとも動いていなかった。

観客席から息を呑むような悲鳴が上がり、不安げなざわざわとした騒めきが大きくなる。

 

 

「まさか、死んでないよな?」

「…た…多分…」

「死んでないに決まってるわ!」

 

 

ロンの不安げな声に、ハーマイオニーとソフィアはすぐに答えたが──微塵も動かないフラーを見ていると、その確証は持てなかった。

マクゴナガルは迷路から離れるとフラーを芝生の上に寝かせ、杖を振った。するとフラーの体はぴくりと動き、ゆっくりと目を開く。

どうやら、気絶していただけで死んではいなかったようだ。

 

それがわかるとソフィア達はほっと胸を撫で下ろす。途中で脱落してしまったが、フラーの健闘を讃え、他の観客同様大きな拍手をフラーに送った。

 

 

その後、10分程度は何も起こらなかっただろう。再び赤い花火が上がり、先生達が迷路の中に飛び込んだ。

 

暫くすると、ジャックに抱き上げられてクラムが現れる。2人目の脱落者はクラムであり、彼もまたぐったりとしていたがジャックに魔法をかけられ意識を取り戻していた。

 

ダームストラング生からはクラムの脱落に落胆する声があがったが──とくに、カルカロフは「くそっ!」と悔しそうに叫び舌打ちをした──フラーの時と同様、健闘を讃え拍手が起こる。

 

クラムはぼんやりとした表情で観客席を不思議そうに見ていたが、ジャックに付き添われ脱落した代表選手の一時控えテントへと向かった。

 

 

「…あとは、ハリーとセドリックね…」

「うう…緊張するわ…!」

「中の様子が見れたらなぁ!」

 

 

ハリーとセドリックは同点一位だ。つまり、どちらかが優勝杯を手にした段階で勝者は確定する。

ソフィア達は期待と不安と興奮が入り混じった表情で、優勝杯があるだろう迷路の中央をじっと見ていた。

 

 

 

ーーー

 

 

ジャックはクラムを控えテントへ連れて行き、ポンフリーに引き継いだ後再び巨大な生垣の側に戻っていた。少し離れたところには杖を構え生垣を苦い表現で睨むセブルスが居て、思わずジャックは小さく笑いながらセブルスの元に駆け寄る。

 

 

「セブ!ついにハリーとセドリックが残ったな?」

「…ポッターが優勝杯を取ることはない」

「どうだろうなぁ。最終課題の内容は──かなり、ハリーに有利だ。あの子はここ数年こんな課題とは比べ物にならない程の課題を乗り越えてきたからな」

 

 

くすくすと楽しげに笑うジャックは杖を指先でくるくると器用に回しながら高い生垣を見上げた。

セブルスは「幸運なだけだ」と吐き捨てたが、彼自身ももしや、とは思っているのだろう、その言葉は低く、ハリーが優勝するなど、信じたくないという強い響きが込められていた。

 

 

次はいつ赤い花火が上がるのか──それとも、何も上がらずにハリーかセドリックが優勝杯を掲げ、溢れんばかりの笑顔で戻ってくるのか、ジャックはその時を楽しみにしながら中で勇敢に課題に立ち向かっているだろう彼らを想像し、楽しげに目を細めていた。

 

 

暫くは、何も起こらなかった。

それが起こったのは何の前触れもなく突然であり、セブルスとジャックはびしりと表情を強ばらせ自分の左腕を押さえた。

 

 

「なっ──」

「ま、さか……!」

 

 

セブルスとジャックは同時に小さく叫び、自分の左の袖を捲り上げ、闇の印が痛みと熱を持ち、黒く焼け焦げているのを信じられない思いで見下ろす。

 

 

「そんな、蘇った…?」

「──馬鹿な!そんな事、あり得るわけが…!」

 

 

ジャックの呆然と震える声で呟き、セブルスはすぐに鋭く叫び否定したが、彼の声もまた震えていた。

 

 

「セブ、どうみても、これは──奴が復活し、俺たちを呼んでいるんだ」

「そんな──何故…」

「今問題なのは、何故じゃない。──どうやって、だ」

 

 

ヴォルデモートが死喰い人を招集する時、この印は焼け焦げその場への道が繋がる。この印を持つものが、姿くらましをし──ヴォルデモートの元へと強く願えば、姿現し先は自動的にヴォルデモートの元に向かう。

だが、ここはホグワーツの範囲内であり、姿くらましと姿現しをする事は出来ない。

 

 

──何があった、どうして、今このタイミングでヴォルデモートが復活したんだ。その場へ行き、情報を収集しなければならない、だが、俺にはその手段が無い。

 

 

ジャックは苦痛に満ちた表情で荒々しく左袖の服を下ろし、緊張した面持ちでセブルスにむかいあった。

 

 

「セブはここにいろ!俺はダンブルドアの元に行く!」

 

 

ジャックはセブルスの返事も待たず、すぐにダンブルドアの居る審査員席へと走った。しかし、ここからダンブルドアの元に行くまでにはかなり距離がある。ジャックは「くそっ!」と悪態を吐きながら使いたくはない──ヴォルデモートに教わった魔法を使った。

 

 

「──ダンブルドア!」

「ジャック、どうしたんじゃ」

 

 

黒煙のようになったジャックは観客席の上を飛び、すぐにダンブルドアの元へ姿を現した。

そばにいたファッジやマクシームは息を飲み、見た事もない魔法に動揺したが──そばに居るはずのカルカロフは姿を消していた。

 

ジャックは空席を睨み、更に一つ舌打ちをこぼしたが何も言わず深刻な顔をするダンブルドアの側に寄ると、周りに聞かれぬよう、ダンブルドアの耳元に顔を近づけ声を顰めた。

 

 

「──帝王が、復活しました」

「何?──(まこと)か」

「はい、印が濃くなり、招集命令が降りました。しかし、俺──私と、セブルスはいけません、ここは、ホグワーツ範囲内です。──カルカロフは逃げたようです」

 

 

ダンブルドアは服に隠されたジャックの左腕を強く睨み見た後、真剣な目でジャックの瞳を見つめる。

ジャックもまた、ダンブルドアの青い瞳を見つめ──無言で頷いた。

 

 

「引き続き、警戒を頼む」

「はい──中止しますか」

「ならん。──いや、出来ん、と言った方がいいじゃろう。魔法契約により、課題は終了するまで、続けねばならんのじゃ」

「そう、ですか。──わかりました」

 

 

ジャックは強く歯を食いしばりながら唸るように呟くとすぐに身を翻し、再び黒煙になりその場を離れた。

 

ダンブルドアはその黒煙の向かう先をじっと見つめ──その目を、悲しみと苦痛で揺らせた。

 

 

 



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233 永遠の別れ

 

 

観客達は何も起こらない時間が長すぎて、飽きたようにどちらが勝つだろうか、今何をしているだろうか?と楽しげに想像し話し合う。

ソフィア達も少し緊張は解れ、ハリーの無事を祈りながら迷路を見つめていた。

 

 

それは、何の前触れも無く起こった。

 

 

 

「──あっ!ハリー・ポッターだ!」

 

 

 

叫んだのは誰だっただろうか。

ハリーが突如迷路の入り口にパッと現れた。

手には優勝杯の取手を持ち、そして反対の手にはセドリックを抱き抱えている。

芝生の上に倒れ、動かないが──観客達は優勝杯を持っているハリーが、三校対抗試合の勝者なのだろうと思い爆発的な歓声を上げ手を叩いた。

 

 

「ハリー!やった!ハリーが優勝だ!」

「凄いわ!四年生なのに!信じられない!」

「本当凄いわ!ああ、なんてこと!」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは嬉しい悲鳴を上げ、喜びのあまり強く抱き合い、ばしばしとそれぞれの背中や腕を叩いてその場に飛び跳ねた。

 

 

しかし、手を大きく叩いていた観客も、迷路の周りを巡回していた教師達も、時間が経つにつれ違和感に気付く。

 

 

ハリー・ポッターが起き上がらない。

そして、セドリック・ディゴリーは、薄らと目を開けているが蒼白な顔をして──まるで、死んでいるかのようだ。

 

 

すでに、ダンブルドアはハリーの元に駆け寄り、ハリーを起こすべく何度も声をかけていた。

 

その険しい表情を見た観客達は漠然とした不安を覚え、首を長くして一体どうしたんだろうかとハリーとセドリックを見る。

ソフィアとロンとハーマイオニーは喜びを消すと、不安そうに顔を見合わせすぐに観客席を飛び出しハリーの元へと急いだ。

 

 

ハリーの元に駆け寄ったのはソフィア達だけでは無い、グリフィンドール生や、チョウ・チャンやセドリックの友人達が大勢駆け寄り、そしてその先頭に居た生徒は、セドリックの顔を覗き込んでいたコーネリウス・ファッジの叫びを聞いた──聞いてしまった。

 

 

「死んでる!セドリックが──死んでるぞ!」

 

 

その叫びは騒めきの中にも良く通り、皆は息を飲み、口々に「セドリックが死んだ?」「死んでるだって?!」と叫ぶ。

漣のようにその事実は後方へと伝播し、そして──全ての者に広まった。

 

 

「セ、セドリックが…?死んでるだって?」

「そんな!う、嘘…!」

「どうして!?」

 

 

ロンとハーマイオニーとソフィアも、混乱した生徒たちに押されながらその言葉を聞いた。沢山の生徒がセドリックとハリーの様子をよく見ようと押しかけ、なかなかハリーの元へ近寄ることが出来ない。

 

 

「ハリー!ハリーは無事なの!?」

「くそっ!どけよ!僕たちを行かせてくれ!」

「ハリー…!」

 

 

3人はハリーの無事を願い、叫んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

セブルスとジャック含め、教授達もすぐに騒ぎの中心に向かった。

生徒たちの嘆きや悲痛な叫び、そして啜り泣きが響く中、2人は駆け付けた教師たちと共に、地面に倒れ虚な目をしたセドリックを見下ろした。

 

 

「セドリック…!そんな…!」

 

 

セドリックの寮監であるスプラウトは蒼白な顔でセドリックの側にがくんと膝をつき、ぐっと唇を噛み締め震える手で杖を振るう。

虚な目を開け、ぼんやりと虚空を見ていたセドリックの瞼と、そして半分開いていた口はゆっくりと閉じた。

まるで、ただ眠っているだけのような死顔に、誰もが沈黙しセドリックの死に心を強く痛め、歯を食いしばる。

 

 

「セド──セドリック!!わ、私の息子だ!な、何故!?」

「あああっ!セドリック!!いやああっ!!」

 

 

静寂を切り裂くような悲鳴が轟く。

セドリックの両親がダンブルドアによりこの場に現れ、土気色の顔をしよろよろと息子の死体に縋り付いた。

信じたくない、信じられない。何故、どうして、なによりも優しく勇敢な息子が、死んでしまったのだ。

 

 

「──ハリーはどこじゃ」

 

 

ダンブルドアは鋭い目で辺りを一瞥すると低い声で群衆に問いかける。殆ど全員がセドリックの死に心をとられ、ハリーがいなくなったことに気がつかなった。

そういえばどこに行ったのだろうか──。

 

 

「あの…ムーディ先生が、医務室に、引っ張っていったのを見ました」

 

 

恐る恐る、ハッフルパフ生の青年が涙を流ししゃくりたげながら呟いた。

彼はセドリックの友人だった、なによりも、セドリックが優勝するのを心から願い、それを心待ちにしていた。

真っ先にセドリックの元へたどり着いたその青年は、混乱しながらも──ムーディがハリーを連れて行くのを目撃していた。

 

 

ダンブルドアはその言葉に表情を険しくすると、直ぐに「ポモーナ、セドリックの両親に付き添うんじゃ。──セブルス、ジャック、ミネルバ、来なさい」と硬い声で呟き、その場を離れる。

 

名を呼ばれた3人は困惑しながらも──頷き、すぐにその背を追った。

 

 

ホグワーツ城の玄関ホールを通ったダンブルドア達は、医務室に向かうことはなかった。

向かう先は、ムーディに与えられた自室だった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィア達は必死に人を押し退け隙間に体を押し込んだが、思うように進めず、何とか人混みを押し退け先頭に進んだ時には、ハリーが迷路の入り口に現れてからかなりの時間が経っていた。

それに、ハリーやセドリックだけではなく、ダンブルドアの姿も無い。

 

 

「ハリーは!?」

「…医務室!医務室に行ったのかも!」

「行ってみましょう!」

 

 

もし、大怪我をしているのなら医務室にちがいない、ソフィア達は蒼白な顔で頷き合い、医務室へと走った。

 

 

 

 

ソフィア達は医務室に到着すると勢いよく扉を開けた。だが、ハリーの姿はなく、驚いた目をしたポンフリーが大きな瓶を持ちソフィア達を見た。

 

 

「あなた達!?い、一体、何ですか?」

「ハリーはここにいますか!?」

 

 

ソフィアはポンフリーの元に駆け寄ったが、ロンとハーマイオニーはすぐにベッドに向かい「ハリー!?」と一つ一つのカーテンを開けながらハリーがいないかと探し回った。

 

 

「こ、ここには、まだ──」

「まだ?どこにいるのですか?」

「それは…」

 

 

しどろもどろになったポンフリーに、ソフィアは詰め寄るが、ポンプリーは何もいう事が出来ず、困ったように眉を寄せた。

 

 

「ム、ムーディ!?」

「あっ!こ、こら!勝手に開けてはいけません!」

 

 

一つのカーテンを開けたハーマイオニーが驚愕し、動揺したように叫ぶ。ポンフリーはハッとして慌ててその開かれていたカーテンを閉めたが、ソフィアはベッド上に力なく寝ている人をたしかに、見た。

記憶のムーディとは大きく異なっていた風貌に、ソフィアとハーマイオニーとロンは呆然として、今見たものの意味を考えた。

窪んだ眼窩を閉じ眠っていたムーディの髪は所々切り取られ、顔色がかなり悪かった。それに、義足や義眼も無く、別人のようにやつれ、痩せ細っていた。

 

 

「ムーディのやつ、どうしたんだろ。別人みたいだったよな?」

 

 

ロンが不気味そうに、声を顰めソフィアとハーマイオニーに囁いた。

 

 

 

ソフィアの脳内に、今年一年の事が駆け巡る。

 

 

ムーディの家から警報が入りアーサーが駆け付けた。

ムーディは自分の携帯酒瓶からしか、飲み物を飲まない。

その魔法の目は、透明マントを見通す。

ハリーに第一の課題についての助言をした。

セブルスの研究室から無くなった素材は、毒ツルヘビの皮。

 

 

「──わかった!ポリジュース薬よ!今まで私たちが見ていたムーディは偽物だったんだわ!」

「えっ?」

「そんな!そんな事、本当に!?」

「あり得るわ、だって今ここに寝ているムーディ先生と、私たちが今まで見ていたムーディは全く別よ!数時間でここまで憔悴する事なんてないわ!」

「なら──どうして、誰が…?」

「それは…わからないわ」

 

 

ソフィアは必死に考えたが、混乱した中でその正解を導き出すにはまだ時間が足りなかった。だが、間違いなく敵だ、ヴォルデモートの為に何かをしていたに違いない。

つまり、ムーディだと思っていた人物がハリーの名前をゴブレットに入れたのだ。先ほど行われた最終課題では、セドリックが死んだ──もし、課題中の事故ではなく、殺されたのだとすれば、その犯人はまさか…?

 

 

 

ガチャリと扉が開き、ソフィア達はハリーが入ってきたのかと扉を急いで振り返った。

しかし、現れたのは蒼白な顔をしたビルとモリーであり、2人はソフィア達と同様セドリックの死を知り、ハリーの無事を確認するために生徒達を掻き分け医務室へとやってきたのだった。

 

口々に「ハリーは無事ですか?」と叫ぶビルとモリーに、ポンフリーは困りきった顔で「私からは言えません!」と叫ぶ。ポンフリーも何があったのかはわからない、ただ険しい表情をしたジャックが昨日までの面影もないムーディを抱え医務室まで運んで来たのだ。

ムーディは衰弱していたが命の危機があるわけではない、十分な休息と栄養剤で事足りるだろう。

ポンフリーは後でダンブルドアから説明があるとだけジャックに伝えられ、今何が起きているのか彼女にもわからなかった。

ただ、とんでもないことが起こっているのだということは漠然と理解していた。

 

ソフィア達がポンフリーに詰め寄り、口々に「ハリーはどこなの?」「ハリーの身に何が起こったの?」と問い詰めていると、ガチャリと医務室の扉が開き、ダンブルドアと黒い犬になったシリウスと、疲れ切り暗い表情をしたハリーが現れた。

 

 

皆が振り返り、一瞬、誰もが動けずハリーを見つめ息を呑んだ。

 

 

「ハリー!」

 

 

ソフィアは叫びハリーに駆け寄るとぎゅっと強く抱きしめた。

ハリーはふらりとよろめき、虚な目で涙を溜めているハーマイオニー達をソフィアの肩の向こうから見ていた。

 

 

「ソフィア…」

 

 

ぽつり、と吐息のような小さな声でハリーは呟き、重い腕を上げてソフィアの背中にそっと回し、ローブをきゅっと掴んだ。

 

温かい、柔らかい、いい匂いがする。

あの時──トム・リドルの墓場でヴォルデモートが復活した時に感じた冷たさも、恐怖も、血や泥の匂いでも無い。

 

生きている、優しい人の匂いにハリーは鼻の奥がツンと熱くなり、そのままソフィアの肩に自分の顔を押し付けた。かちゃん、とメガネが上に押し上がりずれる音が微かに響く。

 

 

「ハリー!──ああ!一体──」

「モリー」

 

 

モリーが声を詰まらせソフィアに抱きしめられるハリーに駆け寄ろうとしたが、ダンブルドアがその間に立ちはだかった。

 

 

「ちょっと聞いておくれ。ハリーは今夜、恐ろしい試練をくぐり抜けてきた。それをわしのためにもう一度再現してくれたばかりじゃ。今、ハリーに必要なのは、安らかに、静かに眠ることじゃ。もしハリーがみんなにここにいてほしければそうしてよろしい。しかし、ハリーが答えられる状態になるまでは、質問してはならぬぞ。今夜は、絶対に質問してはならぬ」

 

 

モリーはダンブルドアの言葉に、顔を蒼白にしながら何度も頷き、ロン、ハーマイオニー、ビルを振り返り「シーッ!」と唇に指を当て言った。

 

 

「校長先生。いったい、この犬は…?」

 

 

ポンフリーは清潔な医務室に、薄汚れた黒犬が居ることが耐えられないのか怪訝な目でシリウスを見下ろす。

シリウスは呻く事もなく、大人しく尻尾をゆらりと一度揺らめかせた。

 

 

「この犬はしばらくハリーのそばにいる。わしが保証する、この犬はたいそう躾が良い。ハリー──わしは、君がベッドに入るまでここにおるぞ」

「…ハリー、こっちよ」

 

 

ソフィアはそっとハリーの肩を押し、体を離すと心配そうに目を覗き込みながら優しく手を繋ぎ、ベッドまで連れて行った。

ハリーは無言のまま重い足を動かし、ダンブルドアがみんなに質問を禁じてくれた事に、言葉に言い表せない感謝をしながらソフィアに手を引かれるまま白いベッドに近づいた。

 

 

ハリーは1番奥のベッドに、ムーディが死んだように眠っていることに気付く。痩せ衰えた顔、微かに胸が上下していることから、死んではいないのだろう。

 

 

「…あの人は、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

 

 

ハリーとソフィアの後ろをついてきていたポンフリーがベッド脇のテーブルから白い清潔なパジャマを渡す。

ソフィアはそっと手を離し、ベッドの周りのカーテンを閉めた。

 

 

閉じたカーテンを掴み、額を薄いカーテンに押し当てながらソフィアは詰まっていた息を吐いた。

 

ハリーは、生きている、ちゃんと歩いていた。かなり疲れていたようだが、大怪我を負っているわけでもない。──良かった。

 

 

ごそごそとハリーがベッドに横になった衣擦れの音と小さなスプリングの音が響く。

ソフィア、ハーマイオニー、ロン、モリー、ビル、そして犬になっているシリウスがカーテンを回り込みベッドのそばにある丸い小さな椅子に座った。

 

ハリーの頭側にソフィアとロンとハーマイオニーが両側から心配そうに──恐る恐る、ハリーの顔を望み込む。

 

 

「僕、大丈夫。──疲れているだけ」

 

 

ハリーは小さな声で、心配そうに見つめるソフィア達に言った。

大きな怪我は無い、ただ、疲れているのだ。心も、体も。

 

 

「ハリー、これを全部飲まないといけません。この薬で、夢を見ずに眠ることができます」

 

 

一度事務所に戻っていたポンフリーが手にゴブレットを持ち現れる。そのゴブレットの中には紫色の薬が並々と入っていた。

 

ハリーは気怠げに体を起こすと、そのゴブレットを受け取り二口、三口飲んでみた。

途端に周りのものがぼやけ、ハリーは力なくポンフリーにゴブレットを突き返すと柔らかいベッドの上にもう一度体を沈めた。

 

全てがぼやける中で、ソフィアの緑色の目だけがキラキラと不思議な輝きを見せている。

 

ハリーは半分眠りにつきながら、薄く口を開いた。

 

 

「ソフィア……手を、…握って…」

 

 

今にも眠りに落ちそうな、ゆっくりとしたハリーの言葉に、ソフィアはすぐにハリーの右手を両手で優しく包み込んだ。

 

 

「おやすみなさい、ハリー」

 

 

そのままソフィアは身を屈め、ハリーの額におやすみのキスを落とす。

ハリーは一度ソフィアの手をきゅっと握ったが、すぐにその手から力は抜け──眠りに落ちた。

 

 

 

 

ハリーが寝た後、モリーはそっとハリーの顔からメガネを外し、ベッド脇のテーブルに置いた。

 

 

ダンブルドアはファッジに全ての説明をする為に一度医務室から出て行き、残されたソフィア達はみんな沈黙したままハリーを見つめていたが、ふと顔をあげ視線を合わせると──どことなく安堵の色が皆の顔に映っていることに、曖昧な笑みを浮かべた。

 

 

「…この子が無事で、良かったわ」

 

 

ハリーを起こさぬようモリーは小声で囁き、ソフィア達は無言で頷く。しかし、ビルは混乱と苦痛に満ちた表情に変わり、ソフィアたちを見て呟いた。

 

 

「…セドリック・ディゴリーが亡くなったって、本当かい?」

「多分。…そう言ってる声が聞こえたから」

「私達が、駆けつけた時には…もう、誰もいなくて」

 

 

ビルはセドリックとさして交友があったわけでは無いが、在学中、まだ幼かったセドリックを知っている。

それほど目立つ生徒ではなかったが、友人たちと楽しそうに校庭で遊んでいる姿を見た事があった。

優しい笑顔を見せていたあの少年が、今はもういないのだと思うと──どうしようもなく、悲しかった。

 

 

「…そうか…」

 

 

この中で誰もセドリックの死を確認してはいなかった。ただ、口々にセドリックの死を嘆き悲しむ叫びが聞こえて来たこと、そしてこの場に──医務室にセドリックは居ないこと、ハリーが大きな試練を乗り越えたのだというダンブルドアの言葉から、何かがありセドリックは死亡したのだと誰もがわかっていた。

 

暫くの間はみんな、話す事なく無言だった。

何がハリーに、そしてセドリックにあったのか知りたかったがハリーは疲弊しきり眠っている。その眠りを今夜は、妨げるわけにはいかない。

 

 

静かな時間が流れていたが、突如遠くから喧騒の声が聞こえソフィア達は怪訝な顔をしてベッドカーテンの向こう側にあるだろう扉を見つめる。

 

 

「あの人たち、静かにしてもらわないと、この子を起こしてしまうわ」

「いったい何を喚いているんだろう?また何か起こるなんて…ありえないよね?」

 

 

不安げなビルの声に、モリーは居ても立っても居られず立ち上がると胸の前で指を組み、そわそわと忙しなく動かした。

 

ソフィアは繋がれているハリーの手がぴくひと動いたことに気付き、1人視線をハリーに向けた。

ハリーは薄らと目を開け、ぼんやりと瞬かせている。

まだ眠ってから1時間も経っていない、ソフィアは驚いたがポンフリーから受け取った薬を全て飲まなかったからだと気付き、心配そうにハリーを見る。顔の疲れは全く取れていない、もっと沢山休まないとならないはずだ。

 

ソフィアがハリーの名前を呼ぶ前に、ハリーは疲れた顔でソフィアに少し微笑みかけ、自分の唇に人差し指を当て「何も言わないで」とジェスチャーで伝えた。

ソフィアは開きかけていた口を閉じ、少し困惑しながらこくりと小さく頷く。扉の向こうで交わされる会話を聞きたいのだろうと察したが、それでも今は何も聞かずに──休んで欲しかった。

 

 

扉の向こう側からは、ファッジとミネルバの怒鳴り合いがはっきり聞こえるほど大きなものになり、足音からこちらへ向かって走ってきているのだとわかる。

 

 

「残念だが、ミネルバ、もう仕方がない」

「絶対に、あれを城の中に入れてはならなかったのです!ダンブルドアが知ったら──」

 

 

医務室の扉が轟音を立て勢いよく開いた。

ビルがさっとカーテンを開ければ、医務室に入ってきた怒り心頭のマクゴナガルと苛ついているファッジの姿が見えた。その後少し遅れて硬い表情をしたジャックとセブルスが現れる。

ハーマイオニー達は突然入ってきたミネルバ達を困惑し見つめていて、ハリーが目を覚ましている事に気付いたのはソフィアだけだった。

 

ハリーは静かに体を起こすと机の上にあるメガネを片手で持ち上げ顔にかけた。

 

 

「ダンブルドアはどこかね?」

「ここにはいらっしゃいませんわ」

 

 

ファッジはこの中で年長者であるモリーに詰め寄り低く硬い声で詰め寄り、モリーは胸の前で組んでいた指にぐっと力を込め、怒りを滲ませながら答えた。

 

 

「大臣、ここは病室です。もう少しお静かに──」

「何事じゃ」

 

 

その時、再び扉が開き険しい表情をしたダンブルドアが現れた。ダンブルドアは鋭い目でファッジとマクゴナガルを見据え、静かに2人に近づく。

 

 

「病人達に迷惑じゃろう?ミネルバ、あなたらしくもない。──バーティ・クラウチを監視するようにお願いしたはずじゃが」

「もう見張る必要がなくなりました、ダンブルドア!大臣がその必要がないようになさったのです!」

 

 

マクゴナガルの叫びが静まり返った病室に響く。ソフィアはここまでマクゴナガルが声を荒げ取り乱したところを初めて見た。

いつも冷静である彼女からは想像もできないほどに怒りと失望を目の奥に揺らせ、怒りのあまり顔が赤く染まり、両手の拳を握りわなわなと体を震わせている。

 

言葉を続けることができないマクゴナガルの代わりにセブルスが苦渋に満ちた顔で低く呟いた。

 

 

「今夜の時間を引き起こした死喰い人を捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが。すると、大臣はご自身の身が危険だと思われたらしく、城に入るのに吸魂鬼を一体呼んで自分に付き添わせると主張なさったのです。大臣は、バーティ・クラウチのいる部屋に、吸魂鬼を連れて入った──」

「ダンブルドア!私はあなたが反対なさるだろうと、大臣に申し上げました!──申し上げましたとも。吸魂鬼が一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと、それなのに──」

「失礼だが!魔法大臣として、護衛を連れて行くかどうかは私が決めることだ!」

 

 

マクゴナガルとファッジの激しい言い合いに、ソフィア達は何もいうことが出来ず黙り込んでいた。大人の強い怒りに、ハーマイオニーとロンは不安げに体を縮こまらせ、気がつけば身を寄せ合っていた。

 

ソフィアは2人の会話、そして──去年、シリウスに吸魂鬼が何をするつもりだったのかを思い出し、思わず強くハリーの手を握った。

間違いない、きっと、今回の犯人だったバーティ・クラウチは──何故、彼が犯人なのか全くわからないが──吸魂鬼の接吻を受けたのだ。

 

 

「尋問する相手が危険性のある者ならば──」

「あの──あの物が部屋に入った瞬間、クラウチに覆いかぶさって、そして──そして…!」

 

 

マクゴナガルはわなわなと震える指でファッジを指差し叫ぶ。その先の言葉を探すように何度か口を開閉させていたが、どうしても、その言葉を彼女は言えなかった。ダンブルドアからちゃんと見ておくようにと言われた約束を守れなかった──何より、全ての証人であるクラウチを失ってしまったのだ。

 

 

「止める間も無く、吸魂鬼がクラウチに吸魂鬼の接吻を施しました。──申し訳ありません、ダンブルドア、間に合わず……」

 

 

マクゴナガルの言葉の続きをジャックが悲痛な声で絞り出すように伝え、ぐっと唇を噛み締め項垂れた。

ジャックはムーディを医務室まで運んだ後すぐに再びクラウチのいるところへ戻った。だが、自分よりも先に吸魂鬼を連れたファッジがマクゴナガルの静止を振り切り部屋に入り、そして嫌な予感に守護霊魔法を唱えながら部屋に入った時には既にもう、全てが終わり、マクゴナガルは悲痛な叫びを上げていた。

 

 

「どのみち、クラウチがどうなろうと何の損失にもなりはせん!どうせ、奴は何人も殺しているんだ!」

「しかし、コーネリウス、もはや証言ができまい。──なぜ何人も殺したのか、クラウチは何ら証言できまい」

 

 

ダンブルドアは静かな目で怒鳴り散らすファッジを見つめる。

 

 

「何故殺したか?ああ、そんな事は秘密でも何でもないだろう?あいつは支離滅裂だ!ミネルバとセブルスとジャックの話では、やつは全て例のあの人の命令でやったと思い込んでいたらしい!」

「たしかに、ヴォルデモート卿が命令していたのじゃ。コーネリウス。何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する計画の布石にすぎなかったのじゃ。計画は成功した。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」

 

 

ダンブルドアの静かな声に、ファッジは頭を殴られたかのような衝撃に、呆然とダンブルドアの目を見つめ、一歩、後ろに下がった。

 

 

「例のあの人が……復活した?馬鹿馬鹿しい。──おいおい、ダンブルドア……」

 

 

信じ難い、いや、信じたくない。

ダンブルドアは根気強く、真実薬を飲まされたクラウチとハリーの話に矛盾はなく、去年の夏からの奇妙な出来事が複雑に絡み合っていた事や、優勝杯を掴みハリーがセドリックと共にヴォルデモートの元に飛ばされた事を伝えたが、ファッジはハリーを見て口元にバカにするような笑みを浮かべ首を振った。

 

 

「ダンブルドア、あなたは──あー…──本件に関して、ハリーの言葉を信じるというわけですな?」

 

 

その言葉の隠された蔑みの響きに、誰もが気付く。一瞬沈黙が落ちたが、シリウスが低い声で唸り毛を逆立て、ファッジに向かって牙を剥いた。

 

 

「勿論じゃ、わしはハリーを信じる」

「あなたは、ヴォルデモート卿が帰ってきたことを信じるおつもりらしい。異常な殺人者と、こんな少年の──しかも……いや……」

 

 

奇妙な冷笑を浮かべたまま、ファッジはちらりとハリーを見た。

その視線を受け──ハリーは突然、何故こんな目を向けられ懐疑的なのかがわかった。

 

 

「ファッジ大臣、あなたはリータ・スキータの記事を読んでらっしゃるのですね」

 

 

ハリーの静かな声に、ハーマイオニー、ロン、ビル、モリーは跳び上がり勢いよくハリーを見た。

目の前で繰り広げられる衝撃的な会話に気を取られ、ハリーが起き上がっていたことに全く気が付かなかったのだ。

 

ファッジはハリーの言葉を受け、少し頬を赤めたがすぐに挑戦的で、意固地な表情を浮かべ「ふん、」と鼻息荒く一蹴した。

 

 



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234 それぞれの。

 

 

ファッジはダンブルドアが何を言おうと、決してヴォルデモートが肉体を手に入れ復活したと頑なに認めることはなかった。

 

ダンブルドアはすぐにファッジが魔法大臣としてヴォルデモートの復活を認める声明を出し、迅速に措置を取らねば──また暗黒の時代が訪れることを懇々と説明したが、ファッジはどうしても、この世界の安念な秩序が──自分の魔法大臣としての世界が崩壊することを恐れ、受け入れることが出来ない。

 

 

ダンブルドアがファッジに求めたのはアズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つ事だ。吸魂鬼はすぐに裏切り、ヴォルデモートの支配に下るだろう。

そして、巨人に使者を送りヴォルデモートの魔の手が彼らに向かう前に有効の手を取り合うことだ。

 

ヴォルデモートは過去、闇の生物たちを支配化に置いていた、おそらく勢力を拡大するために同じことをするだろう。

ならば、まだヴォルデモートが復活してまもない今、迅速に行動しなければ間に合わない。全てが手遅れになり、13年前と同じ事が起きる。

 

何を言っても変わらず認めないファッジに、ダンブルドアは淡々と、彼を見据えた。

 

 

「目を瞑ろうとする意志がそれほど過大なら、コーネリウス。──袂を分つ時が来た。あなたはあなたの考え通りにするがよい。そして、わしは──わしの考え通りに行動する」

 

 

ダンブルドアの言葉に威嚇や脅しの響きは微塵も無かったが、それを聞いたファッジは目を見開き毛を逆立て、怒りに震える目で鋭くダンブルドアを睨んだ。

 

 

「いいか、言っておくがダンブルドア。私はいつだってあなたの好きなように、自由にやらせてきた。あなたを非常に尊敬してきた。あなたの決定に同意しないことがあっても、何も言わなかった。魔法省に相談なしに人狼を雇ったり、ハグリッドをここにおいたり、生徒に何を教えるかを決めたり──そうしたことを黙ってやらせる者はそう多くないぞ。しかし、あなたがその私に逆らうというのなら──」

「わしが逆らう相手は1人しかいない。ヴォルデモート卿だ。──あなたもやつに逆らうのなら、コーネリウス、我々は同じ陣営じゃ」

 

 

ファッジは一瞬、その目にこめていた怒りを沈め、戸惑いを見せた。

ファッジはどう答えていいか分からず、しばらくの間、不安げに体を揺すり帽子を忙しなく両手でくるくると回す。

周りの人間が皆自分を見ている事に気付き、ファッジはようやく弁解がましい口調で言った。

 

 

「戻ってくるはずがない、ダンブルドア、そんなことはありえない……」

 

 

その言葉に今まで黙っていたセブルスが、一瞬ソフィアをチラリと見た。ソフィアは不安げにセブルスを見つめ──2人の視線が絡み合ったのは、刹那的な時間であり、ファッジの動きを睨み見ていたハリー達は気が付かなかった。

 

セブルスは左袖を捲り上げながらダンブルドアの前に出ると、ずいっと腕を突き出し、ファッジに見せる。その白い腕に描かれたものを見たファッジは、怯み、顔を引き攣らせた。

 

 

「見るがいい。──さあ、闇の印だ。1時間ほど前には、黒く焼け焦げて、もっとはっきりしていた。しかし、今でも見えるはずだ。死喰い人は皆この印を闇の帝王により焼き付けられている。互いに見分ける手段であり、我々を招集する手段でもあった。あの人が誰か1人の死喰い人の印に触れた時には、全員が姿くらましをし、すぐにあの人の下に姿現しをする事になっていた」

「──大臣、印は今年になってから、ずっと鮮明になっていました。私の印も──そうです」

 

 

ジャックは静かにセブルスの隣に立つと、袖を捲る。ファッジは勿論ジャックがその印を持つことを知っていたが、嫌悪感を滲ませ、その印を見たくないというように目を逸らした。

 

 

「カルカロフもそうでした。──私たちは印が焼けるのを感じました。カルカロフはあの人の復活を知り、逃げました。闇の帝王の復讐を恐れたのでしょう。カルカロフは──自身が助かるために、大勢の死喰い人を裏切りました。仲間として感激されるわけがありませんから。……大臣、これでも、あなたはまだ夢を見続けたいのですか?」

 

 

ファッジは切々としたジャックの声を振り払うために強く首を振り、後ずさり、ダンブルドアの目をじっと見た。

 

 

「あなたも、先生方も、ジャックも、いったい何をふざけているのやら…ダンブルドア、私にはさっぱり。──しかし、もう聞くだけ聞いた。私も、もう何も言うことはない。この学校の運営について話があるので、ダンブルドア、明日連絡する。私は役所に戻らねばならん」

 

 

ファッジは言いながら医務室の扉に向かい、取手を掴んだがぴたりと立ち止まると向きを変え、無表情なままでハリーに近づき──ソフィアはぐっと強くハリーの手を握った──ベッドの側で立ち止まった。

 

 

「きみの賞金だ。一千ガリオンだ。授賞式が行われる筈だったが、この状況では……」

 

 

ファッジはベッドの側にある机に大きな皮袋をどさりと置くと、帽子をぐいと手で押し誰にもその表情を読まれないようにしながら足早に医務室から出て行った。

 

 

バタン、と扉が閉まった途端、ダンブルドアはハリーのベッドの周りにいる人々に向かい合う。

 

 

「やるべきことがある。モリー……あなたとアーサーは頼りにできると考えてよいかな?」

「勿論ですわ」

 

 

モリーは顔だけではなく、唇まで蒼白にしていたが、決然とした面持ちで頷いた。

ダンブルドアはアーサーに全てを伝え、仲間を再び集めなければならないと説明した。しかしそれは──魔法省で働いているアーサーだからこそ、迅速に、かつ目立たぬよう事を運ばなければならない。

 

ビルがすぐにアーサーに伝えに行くと立ち上がり、ハリーの肩をポンと叩き、モリーの頬にキスをしてマントを羽織り足早に医務室を後にした。

 

 

「ミネルバ。わしの部屋で出来るだけ早くハグリッドに会いたい。それから──もし、来ていただけるようなら──マダム・マクシームも」

 

 

マクゴナガルは無言で頷き、すぐに部屋を出て行った。

 

 

「ポピー、頼みがある。ムーディ先生の部屋に行って、そこにウィンキーというハウスエルスが酷く落ち込んでいるはずじゃから、探してきてくれるか?できるだけの手を尽くして、それから厨房に連れて帰ってくれ。ドビーが面倒を見てくれるはずじゃ」

「は、はい」

 

 

ポンフリーはまさか自分にも指示があるとは思わず、驚いたような顔をしたが、すぐに頷き出て行った。

 

 

ダンブルドアは扉が閉まっている事を確認して、ポンフリーの足音が消え去るまで待ってから、再び口を開いた。

 

 

「さて、そこでじゃ。ここに居る中で3名の者が、真の姿で認め合う時が来た──シリウス、普通の姿に戻ってくれぬか」

 

 

大きな黒い犬がダンブルドアを見上げ、一瞬で元のシリウスの姿に戻った。長い髪はボサボサとしていて、かなり薄汚れ草臥れた服を着ている。頬はそこまで痩せこけてはいないが、具合が悪そうな顔色をしている──手配書で見たその顔に、モリーが悲鳴を上げベッドから飛び退いた。

 

 

「シリウス・ブラック!」

「シリウス!?」

 

 

モリーがシリウスを指差し金切り声を上げたのと、ジャックが驚愕しながらシリウスに駆け寄り感極まる表情で頭の上からつま先まで見るのは同時だった。

 

 

「…おまえ…イケメンだったのに、やつれて…」

 

 

ジャックの声音に自分に対する警戒や嫌悪感がない事が分かると、シリウスは呆然とし「何故、俺を…?」と呟いた。ジャックは何も知らないはずだ。しかし、その目は喜びと少しの悲しさが揺れるだけで、激しい怒りは込められていない。

 

 

「ソフィアから聞いた」

 

 

ジャックは軽く言い、シリウスの肩をぽんぽんと優しく叩く。

ソフィアから本当の守り人はピーターであると聞いていた、勿論その証拠はなく、すぐに鵜呑みにすることはなかったがこうしてダンブルドアがシリウスをこの場に連れてきているということは、本当に彼が裏切り者ではなかったのだと──ようやく、心から信じられた。

シリウスはぽかんと口を開いていたが──すぐにぐっと眉を寄せ、「そうか」と詰まったような声で呟いた。

 

 

「──何故、やつがここに」

 

 

セブルスもまた、ソフィアからシリウスが無罪だとは聞いている。だが、だとしても拭い去れない疑惑や、どうしょうもない憎しみと怒りが胸の奥を燻って消えることはない。

セブルスは嫌悪感をありありと見せながらシリウスを睨んだが、シリウスもまたセブルスに負けず劣らずの嫌悪感を露わにしセブルスを見据えた。

 

 

「わしが招待したのじゃ。セブルス、きみもわしの招待じゃ。わしは2人とも──勿論、ジャックも──信頼しておる。そろそろ2人とも、互いに信頼しあうべき時じゃ」

 

 

ハリーはダンブルドアが殆ど奇跡を願っているに違いないと思った。シリウスとセブルスはこれ以上の憎しみはないという目で睨み合っている。

 

ソフィアとジャックもまた、そんな奇跡は起きないだろうと火花を散らせる2人を見て思う。何故なら──全てを伝えれば、シリウスがセブルスを許容することはあるかもしれない。しかし、何があってもセブルスはシリウスを許すことは無いのだ。

 

 

「妥協するとしよう。あからさまな敵意を暫く棚上げにするという事でもよい。君たちは同じ陣営なのじゃから。──時間がない、真実を知る我々が、結束して事に当たらねば、望みはないのじゃ」

 

 

ダンブルドアは睨み合ったまま動かない2人に苛立ちを隠さず、厳しい声で伝えた。

ジャックはセブルスとシリウスを交互に見ながらため息をこぼす。

 

 

「セブ、シリウス。……子どもたちが見てるぜ?」

 

 

ジャックの言葉に、ぴくりと2人は眉を跳ねさせ──そして、互いの不幸を願ってるかのように睨みながら歩み寄り、握手した。

勿論、あっという間に離したが。

ソフィアはまさかセブルスとシリウスが本当に──かなり嫌々だとしても握手するとは思わず、少し面食らっていたが何言わなかった。

そして、ふと──今、自分達の関係を言うべきじゃないかと、思った。同じ陣営で、これから大人たちは行動するのだろう。

それならばシリウスとセブルスとの間の遺恨は少しでも減らすべきだ。

ヴォルデモートが復活した今、隠し事をする事なく結束しなければならない。

 

 

「当座はそれで十分じゃ」

 

 

ダンブルドアは再びシリウスとセブルスとの間に立った。

その一拍の隙を見逃さず、ソフィアはハリーの手を離し座っていた丸椅子から立ち上がった。

 

 

「あの──ダンブルドア先生」

 

 

医務室にいるすべての目がソフィアを捉えた。どうしたのだろうか、と不思議そうな目と、そして怪訝な目にソフィアは少し狼狽えたが、ぐっと真剣な顔をしてダンブルドアを見つめる。

 

 

「どうしたのじゃ、ソフィア」

「……私は?」

 

 

ソフィアは何と言っていいか分からず、ただ、ダンブルドアには伝わるだろう事を祈り短く呟いた。

 

 

──私は、全てを言わなくてもいいのか。

 

 

ダンブルドアはすぐにその言葉の意味に気付き──暫く沈黙し、長い髭を撫でた。

 

 

「当面は、まだ」

「……で、でも…」

「ソフィア、すまないのう。今は時間が無いのじゃ」

 

 

バッサリと言い切られ、ソフィアは困惑し目を揺らせたが、小さく頷きストン、と静かに椅子に座り直した。

 

 

「さて、それぞれにやってもらいたいことがある。予想しなかったわけではないが、ファッジがあのような態度を取るのであれば、全てが変わってくる。──シリウス、君にはすぐに出発してもらいたい。昔の仲間に警戒体制をとるように伝えてくれ。リーマス・ルーピン、アラベラ・フィッグ、マンダンガス・フレッチャー…。暫くはリーマスのところに潜伏していてくれ。わしからそこに連絡する」

「はい」

「でも──」

 

 

ハリーは思わず、声を発していた。

シリウスとようやく会えた、ここにまだいて欲しかった。こんなに早く別れを言いたく無かった。

シリウスは表情を緩めるとハリーのそばに寄り、その緑の目を見つめ、ぎゅっと手を握った。

 

 

「また、すぐ会えるさハリー。約束する。──俺は、自分にできる事をしなきゃならない。わかるな?」

「…うん、…うん、もちろん、わかります」

「いい子だ」

 

 

シリウスは強くハリーの手を握り、肩を優しく叩きながらダンブルドアの方に頷くと、再び黒い犬に変身し、扉に駆け寄り器用に前足で取手を回し、外へ飛び出した。

 

 

「セブルス、ジャック。君たちに何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。もし、準備が出来ているのなら──もし、やってくれるのなら……」

「大丈夫です」

「行ってきます」

 

 

セブルスとジャックは同時に答えた。

2人の顔色はいつもより悪かったが、恐れているわけではないのがその確かな光を宿す瞳が示している。

 

 

「それでは、幸運を祈る」

 

 

ダンブルドアがそう言うと、セブルスとジャックは何も言わずに扉へ向かい、シリウスの後からさっと立ち去った。

 

ソフィアは理解した、 セブルス()とジャックは死喰い人になりヴォルデモートの元へ向かうのだと。ダンブルドア側からの密偵として。過去に、そうであったように。

 

 

「下に行かねばならん。ディゴリー夫妻に会わなければのう。──ハリー、残ってる薬を全部飲むのじゃ。みんな、また後での」

 

 

ダンブルドアもまた、静かに医務室から出て行った。

残されたのはハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニー、モリーの5人になり、ダンブルドアがいなくなった後、ハリーはまたベッドに倒れ込んだ。

 

 

長い間、誰も言葉を発しなかった。何があったのか、聞きたい、だが今夜はハリーに聞かないと約束をしている。

 

モリーは机の上から薬の入ったゴブレットを取るとそっとハリーに声をかけた。

 

 

「残りのお薬を飲まないといけませんよ、ハリー。ゆっくりお休みなさい。しばらくは何か他の事を考えるのよ……そうね、賞金で何を買うか考えなさい?」

「賞金なんかいらない。あげます、誰でも欲しい人にあげる。──僕が貰っちゃいけなかったんだ、セドリックのものだったんだ」

 

 

ハリーは抑揚のない声で言っていたが、セドリックの名を呼んだ瞬間、迷路を出てからずっと、必死に押さえつけてきたものがどっと溢れそうだった。鼻の奥がツンとし、メガネをつけているのに、目の前がぼやける。

 

 

「ハリー、あなたのせいじゃないわ」

 

 

そばに座っていたソフィアが、ハリーの頭を撫で、囁いた。双方の緑色の目が交わり、ハリーはソフィアの瞳の中に映る自分の姿をひたすらに、見つめ続けた。

 

 

「一緒に、優勝杯を取ろうって──僕が、言ったんだ」

 

 

ぐっとハリーは息を詰まらせた。これ以上何も言えない、口を開けば、必ず全ての思いが涙や嗚咽としてして溢れてきてしまう。

 

ソフィアはハリーとセドリックの間に何があったのかを知らない。

ただ、優勝杯が移動キーだったことは、ダンブルドアがファッジに伝えていた。それを2人は掴み、そして──セドリックだけが殺されたのだ。ハリーは自分から逃げ出したのか、生かされたのか、ソフィアにはわからない。ただ、ハリーのせいではない、そう思っているのはソフィアだけではないだろう。

 

 

ソフィアは何も言わずにハリーの元へ屈み込み、そして両腕で優しく抱きしめた。

ふわり、とソフィアの黒く長い髪がハリーの頬をくすぐり、甘い匂いがかすかに漂う。

 

ソフィアと触れているところから、とくとくと小さな心臓の鼓動が伝わる。ハリーはソフィアの胸に抱かれながら、今日あったことが脳内を駆け巡り──もう我慢出来なかった。

 

 

こんな姿を見せたくない、そう思ったが、自分の腕は気がつかないうちに、ソフィアの背中にしっかりと周り、強く抱きしめていた。

くっついてしまったかのように、腕が離れない。むしろ、僅かな隙間も埋めたくて、さらに強く、ソフィアを抱きしめていた。

 

 

 

「…っ……ぅ、うっ…!」

 

 

ハリーは哀しい叫びを漏らすまいと、必死に奥歯を噛み締め、ソフィアの肩口に顔を埋め、嗚咽を漏らした。

 

突如、パーンッ!!と大きな音がして、ソフィアとハリーはパッと離れた。

ハーマイオニーが窓辺に立ち、小さなガラス瓶を握りしめていた。

 

注目されたハーマイオニーは「ごめんなさい」と小さく呟き肩をすくめる。

 

 

「お薬ですよ、ハリー」

 

 

モリーは手の甲で涙を拭いながら、ハリーにゴブレットを渡した。

ハリーはソフィアの手を強く握り、涙で潤み、赤くなった目でソフィアを見上げる。

 

 

「ソフィア、そばに…隣に、いて?」

 

 

ソフィアは目を見開いたが、すぐに優しく微笑むと「ええ」とだけ呟き、頷く。ハリーは安心したようにかすかに微笑み、そのまま一気に薬を飲み干した。

 

 

たちまち効き目が現れ、ハリーは抵抗しがたい眠りに、身を委ねた。

 

 



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235 話せるひと!

 

 

最終課題の翌日の夜に、ハリーはグリフィンドール寮に戻った。

その日の朝食時にダンブルドアがハリーをそっとしておくよう、迷路で何があったのかと質問したり、話をせがんだりせぬよう諭していた。

 

そのため、ハリーは好奇と──一部の生徒はリータ・スキーターの記事を信じているのだろう──怖々とした目で見られ、すれ違うだけでひそひそと嫌な内緒話をされたが、ハリーはあまり気にならなかった。

 

ロンとハーマイオニーとソフィアは片時もハリーの側を離れなかった。4人で他愛もないことを話したり、ロンとハーマイオニーが魔法チェスをしているのを黙って見ているのがとても心が安らぎ、好きな時間だった。

 

ハリーは翌日の夜には、ロンとハーマイオニーとソフィアには、何があったのか、何を見たのかを話していたが──それ以来、3人がハリーにもう一度話をせがむ事も、その件で自論を言う事も無かった。

 

4人とも、言葉に出さずとも、ホグワーツの外で起こっているなんらかの便りや知らせを待つほかないのだと感じていた。

ヴォルデモートはホグワーツには居ない、ヴォルデモートに対抗するため、数々の大人が外で密やかに動いている。

4人は、今この場で闇雲に動き回るのは良くないのだと、はっきりとわかっていた。

 

一度だけ、4人がこの話題に微かに触れたのは、モリーが家に帰る前にダンブルドアと会った時のことを、ロンがハリーに話したときだった。

 

 

「ママは、ダンブルドアに聞いたんだ。君が夏休みに、まっすぐ僕の家に来ていいかって。でも、ダンブルドアは──君が少なくとも最初だけはダーズリーのところに帰って欲しいんだって」

「どうして?」

「ママは、ダンブルドアにはダンブルドアなりの考え方があるって言うんだ。──信じるしかないんじゃない?」

 

 

ロンはやれやれと言うように首を振り、肩をすくめた。

 

 

ハリーがロンとハーマイオニーとソフィア以外に話が出来るのは、ハグリッドとルイスだけだった。

しかし、ルイスには──ハリーは何も言わなかった。毎年何かあれば陰ながら助けてくれるルイスは、ハリーが退院したと分かるとすぐに駆けつけ、何も言わずにただハリーを抱きしめた。

 

ハリーはルイスにも何があったのかを伝えようかとしたが──ルイスの後ろにいるヴェロニカを見て、言うのをやめた。

ルイスは今、暇な時間があればヴェロニカとの思い出を作っている。後数日しか一緒に居ることが出来ない恋人との時間を、自分のために使わせるのがなんとなく──申し訳なかったのだ。

 

 

闇の魔術に対する防衛術の教師はもう居ない為、その授業の時間は自由時間となっていた。ソフィア達は木曜日の午後、その時間を利用してハグリッドに会いに行った。

 

 

ハグリッドの小屋に近づけば、ソフィア達の訪れを大歓迎したファングが吠えながら尻尾を千切れんばかりに振り、開け放されていた扉から飛び出しハリーに飛びかかると顔中を舐めた。

 

 

「誰だ?──ハリー!よう来たな。おい、よう来た!」

 

 

ハグリッドは扉から顔を覗かせると、すぐにハリーに駆け寄り片腕で抱きしめ、髪をくしゃくしゃと撫でた。

ソフィア達が中に入ると、暖炉前の木のテーブルにはバケツほどの大きなカップと、それに合う受け皿が2組置かれていた。

 

 

「オリンペと茶を飲んどったんだ。今帰ったばかりだ」

「誰と?」

「マダム・マクシームに決まっておろうが!」

 

 

ロンの興味津々な言葉に、ハグリッドはカップや受け皿を片付けながら言い、新しくソフィア達の大きさにちょうどいいカップを四つ棚から出した。

ソフィア達に座るよう促し、茶を入れ、生焼けのビスケットを一渡り進めた後、ハグリッドはじっとハリーの目を見た。

 

 

「大丈夫か?」

「うん」

「いや、大丈夫なはずがねぇ。──そりゃ当然だ、だがじきに大丈夫になる」

 

 

ハリーも、ソフィア達も何も言わず机の上に置かれた生焼けのビスケットを見つめた。

 

 

「やつが戻ってくると、わかっとった」

 

 

ハグリッドの静かな言葉に、ハリー達は驚き顔を上げ彼の小さな黒い目を見た。

 

 

「何年も前からわかっとったんだ、ハリー。あいつはどこかにいた。時をずっと待っとった。いずれこうなるはずだった。──そんで、今、こうなったんだ。俺たちゃ、それを受け止めるしかねぇ…戦うんだ。あいつが大きな力を持つ前に食い止められるかもしれん。とにかく、それがダンブルドアの計画だ。偉大なお人だ、ダンブルドアは…俺たちにダンブルドアがいるかぎり、俺はあんまり心配してねぇ」

 

 

ソフィア達が唖然として、信じ難いという目をしていることに気付き、ハグリッドはボサボサの眉をぴくぴくと動かした。

 

 

「くよくよしても始まらん。来るもんは来る。来た時に受けて立ちゃええ。ダンブルドアがお前さんがしたことを話してくれたぞ、ハリー。お前さんは、お前の父さんと同じくらい大したことをやってのけた。これ以上の褒め言葉は、俺にはねえ」

 

 

ハグリッドは胸を膨らませ、誇らしげにハリーを見る。

ハリーはにっこり微笑み返した──ここ何日かで、はじめての笑顔だった。

 

 

「ダンブルドアはハグリッドに何を頼んだの?ダンブルドアは、マクゴナガル先生に、ハグリッドとマダム・マクシームに会いたいって伝えてたけど…」

 

 

ハリーが聞けば、ハグリッドは少しも考える事なくこの夏に少し仕事を頼まれた事を伝えた。おそらく、マクシームも同行してくれると教えたが、仕事の内容は決してハリーにも話さなかった。

 

 

「さて、俺と一緒に最後の1匹になった爆発スクリュートを見に行きたい者はおるか?──いや、冗談だ、冗談!」

 

 

場を明るくしようと思ったハグリッドの思いつきは、むしろハリーとロンとハーマイオニーの表情を翳らせた。ソフィアだけが目を輝かせ「見に行くわ!」と言いかけたが、ハグリッドがすぐに撤回したためその言葉は口から出ることはなかった。

 

 

夜になり、いつものように人がまばらになった大広間で少し遅い夕食を食べていると、ふわり、とソフィアの目の前にルイスのペットであるシェイドが現れた。

 

 

「…?こんな時間に……」

 

 

ソフィアはシェイドの足に括り付けられていた羊皮紙を解き、その中に書かれている短文を読むと、すぐにローブの内ポケットの中にいれた。

 

差出人の名前も何もない手紙には、ただ『今日の夜8時に』とだけ書かれていた。見覚えのある、文字に、ソフィアはそれだけでどこに行くべきか、誰の手紙なのかを察した。

 

 



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236 四年目終了!

 

 

ハリーがプリベット通りに帰る前夜──つまり、今年度ホグワーツで過ごす最終日を迎えた。

ハリーは自室でトランクの中に荷物──服や山ほど出た宿題だ──を詰めながら、気が重かった。例年なら学年末の晩餐会は、寮対抗の優勝が発表される素晴らしい祝いの宴だった。

 

しかし、ハリーは最終課題後、大勢の生徒がいるだろう時間を避けて大広間に向かっていた。仕方がないとはいえ、好奇の眼差しや言われのない噂話が耳に入ると、やはり少し気が滅入ってしまうのも事実だ。

 

ハリーは机の引き出しの中を整理していたが、ふと、奥の方にファッジから受け取った対抗試合の勝者に送られる一千ガリオン金貨の入った袋を見つけ、ずっしりと重いそれを手に取った。

 

 

──僕は、優勝したわけじゃない。これは僕が持つべき物じゃない。

 

 

ハリーは瞼の奥に焼き付いて離れないセドリックの悲惨な死に顔を振り払うかのようにトランクの中にその金貨の袋を突っ込み、上から服を被せ見えないようにした。

 

 

──ソフィアに告白だなんて、とても出来ないや。

 

 

ハリーは深い溜め息をこぼすとトランクを閉じ、既に支度を終え扉の前で待っていたロンの元に駆け寄った。

 

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアが大広間に入ると、すぐにいつもの飾り付けが無いことに気がついた。

最後の晩餐会では、優勝した寮の色で飾り付けがなされている。しかし、今夜は教職員テーブルの後ろの壁に黒い幕がかかっていた。

 

ソフィア達は、すぐにそれがセドリックの喪に服している印だと気付いた。

 

すでに到着していた生徒達も、いつものような楽しげな表情ではなく、悲しみに染まり表情が暗い。賑やかな大広間は、鬱々とした重い空気が満たされていた。

 

 

ダンブルドアは生徒皆がそれぞれの席に座ったのを見ると椅子から立ち上がる。その表情はいつものような優しさと楽しさが含まれたものではなく、風のない湖面のように静かなものだった。

 

 

「今年も、終わりがやってきた」

 

 

ダンブルドアは皆を見回していたが、その視線をハッフルパフのテーブルで止めた。ハッフルパフ生は、どの生徒よりも沈み、悲しげな青い顔が並んでいた。──無理もない、セドリックはハッフルパフの光だったのだ。

 

 

「今夜は皆に色々話したいことがある。しかし、まずはじめに、1人の立派な生徒を喪った事を悼もう。本来ならここに座って──皆と一緒にこの宴を楽しんでいる筈じゃった。さあ、みんな起立して、杯をあげよう、セドリック・ディゴリーのために」

 

 

全員がその言葉に従った。

椅子が床を擦る音のみが響き、誰も一言も話すことなく盃を持つ。

 

 

「セドリック・ディゴリー」

 

 

ダンブルドアの声に合わせ、皆が低い声で彼の名前を呼ぶ。

微かな啜り泣きの声が、暗い大広間に広がった。

 

ソフィアはセドリックの事とはさして交流があったわけではなく、よく知らない。ただ、クィディッチでは誰よりもフェアなプレイを望み、優しい人だったという事だけは、知っている。

 

 

「セドリックはハッフルパフ寮の特性の多くを備えた、模範的な生徒じゃった。忠実な良き友であり、勤勉であり、フェアプレイを尊んだ。セドリックをよく知る者にも、そうでない者にも、セドリックの死は皆それぞれに影響を与えた。それ故、わしはその死がどのようにもたらされたものかを、皆が正確に知る権利があると思う──セドリック・ディゴリーはヴォルデモート卿に殺された」

 

 

大広間に恐怖に駆られた騒めきが走る。誰もが不安げな顔で友人と「嘘だろう?」と囁き合い、恐ろしそうにダンブルドアを見つめた。ソフィア達は、一言も言葉を交わす事なく、ダンブルドアの話の続きを待った。

 

 

「魔法省は、わしがこのことを皆に話す事を望んでおらぬ。皆のご両親の中には、わしが話したという事で驚愕なさる方もおられるじゃろう──その理由は、ヴォルデモート卿の復活を信じられぬから、または皆のようにまだ年端もゆかぬ者に話すべきではないと考えるからじゃ。しかし、わしは大抵の場合、真実は嘘に勝ると信じておる。さらに、セドリックが事故や、自らの失敗で死んだと取り繕う事は、セドリックの名誉を汚すものだと信じる」

 

 

驚き、恐れながら、今や大広間の顔という顔がダンブルドアを見ていた。

しかし、ドラコは近くにいるクラッブとゴイルに何かひそひそと話しかけており、ハリーはそれを目にし、言いようのない怒りが込み上げてきた。──今は、マルフォイなんかに構ってられない。ハリーは無理矢理視線をダンブルドアへと戻した。

 

 

「セドリックの死に関連して、もう1人の名前を挙げねばなるまい。──もちろん、ハリー・ポッターの事じゃ」

 

 

大広間に先ほどとは異なる漣のような騒めきが広がった。何人かがハリーの方を見て、そして慌てて視線をダンブルドアへと戻した。

 

 

「ハリー・ポッターは、辛くもヴォルデモート卿の手を逃れた。自分の命を賭して、ハリー・ポッターはセドリックの亡骸をホグワーツに連れ帰ったのじゃ。ヴォルデモート卿と対峙した魔法使いの中で、あらゆる意味でこれほどの勇気を示した者はそう多くはない。そういう勇気を、ハリー・ポッターは見せてくれた。それが故に、わしはハリー・ポッターを讃えたい」

 

 

ダンブルドアは厳かにハリーに向き合い、真っ直ぐに見つめ杯を上げる。

大広間の殆どの者が先程と同じようにハリー・ポッターの名前を唱和し、杯を上げた。

 

ハリーは起立した生徒達の間からドラコ、クラッブ、ゴイルをはじめとした数多くのスリザリン生が頑なに席についたまま、杯に触れずにいるのを見た。

ただ、ルイスはじっとハリーを見つめ杯を上げていた──スリザリン生の中で、その行動は異質でありかなり目立っていただろう。ドラコが嫌そうな顔でルイスのローブを掴み、着席させようとしたがルイスはそんなドラコを無視していた。

 

 

ハリーには、それだけで十分だった。

ハリーは少し顔を伏せ、皆が着席し出したのと同じタイミングで席についた。

 

 

ダンブルドアは皆が席に着くと、再び静かに話を続ける。

 

三大魔法学校対抗試合の目的は魔法界の相互理解を深め、絆を強固にしていくものだった。ヴォルデモートと対抗するためには、強い友情と信頼の絆が必要不可欠であり、これから待ち受けるだろう困難を乗り越えて行くために、──正しき事と、易し事への選択を迫られた時には、セドリック・ディゴリーという、一つの尊い命が失われた事を忘れてはならぬと、強く伝えた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

翌日、ソフィア達は混み合った玄関ホールで他の四年生達と共に馬車を待っていた。

 

フラーとクラムが代わる代わるハリーの元を訪れ、最後の挨拶にやってきたのだ。クラムは最後、ハーマイオニーと話したかったのだろう。2人きりで話したい、その言葉にハーマイオニーは少し頬を赤く染めながら、頷きクラムに続いて人混みの中に姿を消した。

 

最後の別れをしているのはハリー達だけではない。この一年弱の間に、他校の生徒と交友を深めた者は多く、誰もが別れを惜しみ、再び会う事の約束を取り付けていた。

 

 

「ヴェロニカ」

 

 

ルイスは恋人であるヴェロニカの手を取り、悲しそうに微笑む。ヴェロニカもまた、ルイスと離れるのは寂しく──胸が締め付けられるようだった。

 

 

「ルイス、私はあと1年で卒業する。──イギリスで、仕事を探そうと思う。待っていてくれるかな?」

 

 

ヴェロニカは真剣な目でルイスを見つめ、その手を取った。

ルイスは目を見開き驚き、嬉しそうに笑ったが──彼女にそれを言わせる自分が、何故かとても情けなく思ってしまった。

 

 

「勿論!…夏休み、手紙を書くし──会いに行くよ」

 

 

ルイスは強くヴェロニカの手を握り返し、そのままぐっと強く下へ引く。片手でヴェロニカの頬に手を伸ばし、身長差を埋めるように背伸びをして、そっと掠める程度のキスを送った。

 

 

「僕が、迎えに行くからね」

 

 

ルイスは甘く囁き、ぱさりと流れたヴェロニカの髪を一房掴むと、その髪にも口づけを落とす。ヴェロニカはルイスからのはじめてのキスに白い頬を赤らめ、幸せそうに微笑んだ。

 

 

ルイスはヴェロニカがダームストラングの生徒達と船へ登るのを、その黒髪が見えなくなるまで見つめていた。

 

熱を持った頬を手で押さえ、ふう、と小さく溜め息を零す。

 

 

「…せめて、同じ身長になりたいな」

 

 

ルイスは遠くから自分の名を呼ぶドラコの声が聞こえ、名残惜しそうに船を見ながら到着した馬車の方へゆっくりと向かった。

 

 

 

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアは4人で1つのコンパートメントに座った。

ピッグウィジョンは煩く鳴き続けていた為に、1年前のように、またロンのドレスローブで覆い隠されていた。

空いている席にクルックシャンクスとティティがふわふわとしたクッションのように丸まり、身を寄せ合って仲良く微睡む中、ソフィア達はここ1週間は無かったほど自由に、沢山の話をした。

 

別れの宴でのダンブルドアの話が、ハリーの胸の奥に詰まっていたものを拭い去り、ハリーは前ほど、あのときの出来事を話すのが苦痛ではなかった。

 

4人は、ダンブルドアがヴォルデモートを阻止するのに今もどんな措置をとっているのだろうかとランチのカートが回ってくるまで顔を寄せ合いコソコソと話し合った。

 

 

ハーマイオニーがカートから戻り、お釣りを鞄にしまうとき、鞄に挟んであった日刊預言者新聞がぱさりと床に落ちた。

ハリーは読みたく無いような、読みたいような複雑な気持ちで日刊預言者新聞を見下ろし、その視線に気づいたハーマイオニーが落ち着いた声で言った。

 

 

「何にも書いてないわ。自分で見てごらんなさい。セドリックの事も書いてないの、多分、ファッジが黙らせているのよ」

「ファッジはリータを黙らせられないよ。こんな話だもの、無理だ」

「あら、リータは第三の課題以来、何にも書いてないわ。──実はね、リータ・スキーターはしばらくの間、何も書かないわ。私に自分の秘密をバラされたくないならね」

 

 

ハーマイオニーは得意げな顔をしたが、少しその声は震えていた。

ソフィアは「あっ!」と叫び、今まで忘れていたが第三の課題の時にスキーターを捕まえようとしていた事をようやく思い出した。

 

 

「捕まえたのね!?」

「どう言う事だい?」

「学校の敷地に入っちゃダメなのに、どうしてあの女が個人的な会話を盗み聞き出来たのか、私たち突き止めたの!」

 

 

ハーマイオニーはここ数日、これが言いたくてうずうずしていたが、他に起こった出来事の重大さから判断してずっと黙っていた。今なら、それを言っても大丈夫だろうと目を輝かせ、悪戯っぽく笑う。

 

 

「君たち、どうやって突き止めたの?」

「そうね、実は──ハリーとソフィアがヒントをくれたの」

 

 

ハーマイオニーは結論を直ぐに言うことは無く、その結論に至った過程から全てじっくりと説明するつもりだった。

 

 

「僕とソフィアが?」

「ええ、盗聴器、つまり──虫よ」

「だけど、それは出来ないって言ったじゃないか」

 

 

ハリーは困惑し、ハーマイオニーがマグルの機械は正常に動かないのだとはっきりと自分に教えた事を思い出した。

 

 

「ああ、機械の虫じゃないのよ。──つまり、リータは無登録の、アニメーガスなの。あの女は変身してコガネムシになるの」

 

 

ハーマイオニーの声は勝利の喜びに震えていた。鞄を探り、中から密封した小さな広口のガラス瓶を取り出し、よく見えるようにハリー達の前に掲げた。

 

 

「嘘だろ?まさか──あの女が、まさか……君、冗談だろ?」

 

 

ロンは信じられず、小声で呆然と言いながら瓶の中に枯れ葉や枝と一緒に入っているコガネムシをまじまじと見つめる。

 

 

「私、アニメーガスになれるようになったんだけど。あれって根気と運が有れば出来るのよ。アニメーガスは動物だけじゃなくて、虫になれるのは、図書館で調べて知ったのよ。──ほら、スキーターの前に…私たちは前例を知ってるでしょ?」

「病室の窓枠のところで捕まえたの、よく見て。触覚の模様があの女がかけていた眼鏡にそっくりだわ!」

 

 

ハリーとロンはじっとコガネムシを見つめ──確かに、似ていると感じた。

唐突にハリーはハグリッドの母親の事を聞いた時、近くにこのコガネムシが石像にとまっていた事を思い出し、ソフィア達に伝えた。

 

ハーマイオニーはにっこりとした笑顔で、第二の課題の時クラムが自分の髪にゲンゴロウがついていると言ったが──あれはきっと、コガネムシの間違いだったのだと説明した。

 

 

「僕たちが木の下にいるマルフォイを見かけた時……」

「マルフォイは手の中にいるリータに話しかけていたのよ。マルフォイは勿論知ってたんだわ。だから、リータはスリザリンの連中からあんなに色々おあつらえ向きのインタビューが取れたのよ」

「まぁ!そんな、酷いわ!……まさか、ルイスも…知ってたのかしら…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉に、表情を翳らせた。ルイスはスキータがアニメーガスだと知っていて、それを黙認し自分達のあらぬ噂を書かれるのを、良しとしていたのだろうか。

 

 

「さあ…そこは、ルイスに聞かないとわからないわ。──知っていて、黙っていたのなら、少し…その、悲しいわね」

 

 

ハーマイオニーは声を落とし呟くと、気を取り直すように瓶を軽く振った。

 

 

「私、ロンドンに着いたら出してあげるってリータに言ったの。ガラス瓶に割れない呪文をかけたの。ね、だからリータは変身出来ないの。それから私、これから1年間はペンを持たないようにって、言ったの。他人の事で嘘八百を書く癖が治るかどうか見るのよ」

 

 

落ち着き払って微笑みながら、ハーマイオニーは鞄の中に瓶を戻した。

 

 

「なかなかやるじゃないかグレンジャー」

 

 

コンパートメントの扉が静かに開き、冷たい声が響く。ドラコがいつものような嘲笑いを浮かべコンパートメントの扉にもたれ掛かり、その隣にはルイスが目を瞬かせながら立っていた。

 

 

「それじゃあ──」

「ハリー!──僕、僕はスキーターがアニメーガスだったなんて、知らなかった!僕にインタビューに来た時は、普通の姿で、校庭にいて……」

 

 

ルイスはドラコを押し退けコンパートメントに入るとすぐにハリーの足元に座り込み、困惑し不安げな顔でハリーを見上げる。

 

 

「…本当に?」

「……うん、嘘じゃ無い。ソフィアに誓うよ」

 

 

ハリーはほっと胸を撫で下ろし、笑った。

ルイスの真剣な眼差しを見て嘘はなかったのだろうと思ったが、そのルイスの言葉は、なによりも信じられた。

 

 

「信じるよ、だって、君は友達を貶める事なんてしないから」

「…!うん、ありがとうハリー」

「まあ、ルイスはヴェロニカとずっと一緒で最後の方はドラコと居なかったものね」

「あー…まぁね」

 

 

ルイスはソフィアの言葉に少し頬を赤らめ肩をすくめる。

1人蚊帳の外になったドラコはぐっと眉を寄せるとコンパートメントに少し入り込み、薄笑いを浮かべ中を見回した。

 

 

「お前達は哀れな新聞記者を捕らえたってわけだ。それで、ポッターはまたしてもダンブルドアのお気に入りか。結構な事だ。──考えないようにすればいいってことかい?何も起こらなかった、そういうフリをするわけかい?」

「出ていけ」

 

 

ハリーは低い声ではっきりと伝えた。

その短い言葉には怒りが込められており、ルイスはぱっと立ち上がると毎度のことながら何故ドラコはここまでハリーに食ってかかるのかと内心で溜め息をつき、ドラコの肩を掴んだ。

 

 

「ドラコ、もう──」

「君は負け組を選んだんだ、ポッター!言ったはずだぞ、友達は慎重に選んだ方がいいと、僕が言ったはずだ!覚えてるか?ホグワーツに来る最初の日に、列車の中で出会った時の事を?間違ったのとは付き合わない事だって、そう言ったはずだ!」

 

 

ドラコはルイスの言葉を遮り、青白い顔を歪め叫んでいた。

ルイスとソフィアは目を見開き、ドラコを見つめる。その言葉は、ハーマイオニーとロンを侮辱しているようでもあるが──紛れもなく、ドラコの苦い願いが込められているように思えた。

 

つまり、ドラコは──本当は、ハリーと友達になりたかったのだ。打算的に、ヴォルデモートを退けた奇跡の子だから友人に相応しいという思いがあったのだろう。いや──だが、彼は代々スリザリン生を排出するマルフォイ家の人間だ。その上で、ハリーと友達になりたかった、それは、つまり──。

 

ルイスは何も言えず、口を閉ざした。

ルイスだけが、今のドラコの心の中にある複雑な思いを読み取ることが出来た。ソフィアには、それは出来なかっただろう。何故ならソフィアはドラコと離れている時間が長すぎた、友人──だった。

 

 

興奮したドラコは、自分が何を言ったのかを理解し、自分自身に腹を立てるかのように顔を歪め舌打ちを溢したが、頭を振るとすぐにまた、冷笑を浮かべた。

 

 

「もう手遅れだポッター!闇の帝王が戻ってきたからには、そいつは最初にやられる!穢れた血やマグル好きが最初だ!いや──2番目か、ディゴリーが最初──」

「──プロテゴ・デュオ」

 

 

誰かがコンパートメントで花火を一箱爆発させたような音がした。四方八方から発射された呪文の目の眩むような光、連続して耳をつん裂く爆発音。

 

それが収まり、上がった煙が晴れた時。

現れたのはドラコを守るようにハリー達の間に立つ、暗く苦しげな表情を浮かべたルイスと、驚き顔を引き攣らせているドラコだった。

 

 

「なんでそんな奴を守るんだ?」

「…フレッド…」

「そんな価値があるか?」

「…ジョージ……」

 

 

真剣な表情をして現れたフレッドとジョージは2人とも杖を持っていた。いや、2人だけではなくハリーとロンとハーマイオニーも杖を持ち、各々別の魔法をドラコに向けたのだった。しかし、ドラコは蒼白な顔をしていたが、ルイスに守られ傷ひとつ負っていない。

 

ルイスは杖を一振りし、跳ね返った魔法により傷ついたコンパートメントを修復し、ドラコに向き合った。

 

 

「ドラコ。……セドリックの事を侮辱するのはダメだ、それは、人としてやってはいけない」

「……」

「衝動的に馬鹿な事を──ただ傷つけてやろうと思って言う癖、直した方がいい」

「…、…」

 

 

ドラコはルイスに何を言われても俯き唇を噛み、頷くことは無かった。

ルイスは大きなため息をつくと、冷ややかな目で自分達を見るハリー、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージを見て──目を揺らせた。

 

 

わかっている、ドラコの言葉は許されるものではない、それに、僕がドラコを庇う程に、僕は彼らの信頼を失っていく。

だけど、ドラコの心を彼らはきっと理解できない。それが出来るのは──僕だけなんだ。

 

僕には、沢山の友達がいる、話を聞いてくれ、時には叱ってくれる優しい人がいる。

だけど、ドラコには、僕しかいない。

 

 

「ルイス、僕は──君を…これからも、友人だと、思いたい」

 

 

ハリーの静かな言葉に、ルイスは拳を強く握った。

 

今後、()()()数々の苦悩が待ち受けているだろう。それを予感し、どちらの手を取るべきかなんて──悩むまでもない。

 

 

「ありがとう、ハリー。僕も君たちの事は、ずっと大好きだし、友達だよ」

 

 

ハリー達は硬らせていた表情を緩める。ドラコはパッと顔を上げ、絶望感が滲む顔でルイスを見つめた。

 

 

「──でも、僕にとっての親友は、ドラコなんだ。何があっても、それは変わらない」

 

 

ルイスは呆然とするハリー達に悲しそうに笑いかけると、ドラコの手を引きコンパートメントから出ていった。

 

 

暫く、コンパートメントに重い沈黙が落ちた。

フレッドとジョージが頭を掻きながらどかりと空いたスペースに座り、ハリーは辛そうな顔で椅子に座り込む。

 

 

「──なんだよ、アイツ!根っからスリザリンになっちまったのか!?」

 

 

ロンは悔しそうに悪態を突き、苛々とした態度で足を揺する。ソフィアはじっと自分の足の上で握られた手を見下ろしていたが、その言葉を否定する事はなかった。

 

 

──ルイスは、父様から何があったのかを聞いた。そして、父様がこれから何をするのかも…だから、ルイスは、ドラコの側にいる事を選んだのね。ドラコを守る為に。

 

 

 

ソフィアとルイスは、学期が終了する前の木曜日の夜。セブルスに呼び出されていた。

セブルスは最終課題でハリーとセドリックの身に何があったのかを話し、そして夏季休暇には──死喰い人への密偵として働かなければならず、殆ど家で過ごす事が出来ないのだと伝えていた。

 

 

 

「ルイスは、多分、易しい道じゃなくて、彼なりの正しい道を選んだのよ」

「はあ?マルフォイが正しい道だって?正気か?」

「……違うわ、自分の心への、正しさよ──きっとね」

 

 

ソフィアの言葉にまだロンは納得できないようでぶつぶつ文句を言っていた。ロンだけではなく、ハリーやフレッドとジョージもまた、悲しく、失望したような顔で黙り込んでいた。

 

彼らにとってルイスは友達だ。

だが、ルイスから告げられた言葉は──決別の言葉のように聞こえたのだ。

 

 

「…ま、ルイスは優しいからな」

「そうだな。──爆発スナップして遊ばないか?」

 

 

フレッドとジョージは場の落ちた空気を変えるように明るく言うとカバンの中から爆発スナップを取り出した。

 

 

 

ーーー

 

 

ホグワーツ特急に揺られながら、フレッドとジョージが誰を脅迫したのかをソフィア達は聞いた。

バグマンを脅迫した理由は──騙されて、彼らの全財産を奪われたからだ。

どうしてもまとまった金が必要だったバグマンは小鬼と賭け事をし、ハリーが優勝する事に莫大な金をかけた、だからバグマンは何度もハリーに有利な助言をしようとしていたのだ。

バグマンは課題が終了後、ハリーが勝ったと小鬼に言ったが、小鬼はセドリックとの引き分けだったと譲らず、そして──バグマンは逃げ隠れてしまった。

 

ジョージとフレッドの深いため息にハリーはだからあの2人があんなにお金に執着していたのかと思った。全財産を失ったが、彼らは悪戯専門店を持ちたいという夢があった、そらを叶える為に必死だったのだろう。

 

 

ホグワーツ特急が9と4分の3番線に入線し、ゆっくりと動きを止めた。生徒が降りる時のいつもの混雑と喧騒が廊下に溢れる。

 

ロンとハーマイオニーとソフィアは大きなトランクを抱え人混みの中を突き進む。

 

ハリーはじっと3人が少し離れるのを待ち、爆発スナップのカードを片付け、コンパートメントを出ようとしていたフレッドとジョージを呼び止めた。

 

 

「フレッド、ジョージ──ちょっと待って」

 

 

ハリーはトランクの中から対抗試合の賞金を取り出し、ジョージの手に袋を押し付けた。

 

 

「受け取って」

「えっ?ハリー、正気か?」

「狂ったか?」

 

 

フレッドとジョージは驚き、流石に受け取れないと押し返したが──ハリーはきっぱりと首を振り、もし受け取ってくれないのであればドブに捨てると脅した。

 

 

「僕、金なんてほしくないし、必要ないんだ。──でも、少し僕を笑わせてほしい。僕たちはきっと、これから笑いが必要になると思うんだ。多分、今よりもずっとね」

 

 

ハリーの真剣な声に、フレッドとジョージは目を見開く。この金は、喉が出るほど欲しい、だが、正当な対価もなくこんな莫大な金を受け取っていいわけがないと、2人は思っていた。

 

 

「ハリー」

「さあ、受け取って。さもないと呪いをかけるぞ。今ならすごい呪いを知ってるんだから!──ただ、一つお願いがあるんだけど、ロンに新しいドレスローブを買ってあげて、君たちからだと言って」

 

 

ハリーは2人が口を開く前にコンパートメントの外に出てソフィア達の元へと向かった。

 

 

ハリーが柵を超えたとき、既にモリーのそばにソフィア達が集まっていた。──ルイスがその中にいないことに、ハリーはちくりと胸が痛んだ。

 

モリーはハリーを見ると、しっかりと抱きしめ耳元で囁いた。

 

 

「夏休みの後半は、あなたが家に来る事をダンブルドアが許してくださると思うわ。連絡を頂戴ね、ハリー」

「じゃあな、ハリー」

 

 

ロンがハリーの背中を叩き、モリーは目に薄ら涙を溜めながら体を離した。

入れ替わりでソフィアがハリーに抱きつき「またね、ハリー!」と優しく頬にキスを落とす。

 

 

「うん、ソフィア、またね」

 

 

ハリーは、はじめて自分からソフィアの頬にキスをした。ソフィアは驚いたが、すぐに嬉しそうに笑う。

 

ソフィアはロンとハーマイオニーにも別れのハグとキスを送り、大きなカートを押し1人人混みの中に紛れた。

 

 

駅の出口には、ルイスが側の柱に背を預けソフィアの到着を待っていた。どこか、寂しげなその横顔を見たソフィアは思わず駆け出すと、勢いよく抱きついた。

 

 

「ルイス!」

「…ソフィア。…さ、帰ろうか」

 

 

今日は、迎えがないから時間がかかるし。とルイスは心配そうなソフィアの顔に微笑みかけた。

 

 

「まぁ、今きた道を戻らないといけないものね。──ルイス…あなた、大丈夫?」

「うん、まぁ…大丈夫だよ」

 

 

ルイスは困ったように笑い、ソフィアの手を取った。

 

 

 

 

 

炎のゴブレット  完

 

 






長かった…!
ようやく終了しました。これからソフィアとルイスは別の道を歩むことになります。
いつも閲覧してくださり、ありがとうございます!
また、誤字報告やコメントも本当にありがたいです…!
励みになります。
今後どんどん闇の中に落ちていく可能性が有りますが、どうなるのか…。ソフィアの恋の行方は…。
不死鳥の騎士団編も、頑張って書いていきますのでよろしくお願い致します。


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不死鳥の騎士団
237 それぞれの道


 

 

ソフィアとルイスは一年ぶりに引っ越したばかりの新居に戻ってきた。

 

今回ジャックは忙しく、彼の迎えが無かったソフィアとルイスは一度漏れ鍋へと向かう事となった。

店主のトムからフルーパウダーを借りて煙突飛行ネットワークを使い、自分達の新居へ戻った頃にはすっかりと夜空に星が瞬く時間になっていた。

 

 

勿論、 セブルス(父親)の姿はない。

学期が終了する前に、事前にほとんど家には帰って来られないという事と、死喰い人と不死鳥の騎士団の二重スパイをしなければならないと──2人は聞いていた。

勿論極秘であり、セブルス立ち会いの元でダンブルドアと魔法契約を交わさねばならなかったが、2人ともその事について何も思う事は無かった。それほど、重要な秘密なのだ、万が一があっては困るという事だろう。

 

 

ソフィアとルイスはリビングの暖炉に向かって──魔法を使わず──火打ち石をカチカチと鳴らし、温かな火をつけた後、とりあえず一息つこうと紅茶をいれ、ふわふわとしたソファに身を寄せ合って座った。

 

2人は暫く無言だった。

 

ソフィアとルイスは幼き頃、よく似た双子だった。──今はもう、双子と分かる者は少ない。身長差や男女差が現れ、顔の造りは似ていても、ただの兄妹だと思うだろう。

 

考えも、思いも、昔は全てが同じだった。

 

たった3人だけ小さな家族の、狭い世界で生きていたソフィアとルイスは、その世界があればそれでいいと本気で思っていた。ただ、家族がいればいい、ずっと慎ましく、幸せに過ごせるのだと信じて疑っていなかった。

 

しかし、今2人の向いている方向は異なっている。──本質は変わらないとはいえ、現れる行動が異なるのなら……きっと、真意など、お互い以外にはわからないだろう。

 

 

「ルイス、無茶はしないで」

「ソフィア、君もね」

 

 

どちらからともなく手を取り合い、身を寄せる中、2人を赤く照らしていた炎が一度大きく震え、真緑色に燃え盛る。

 

 

──来た。

 

 

ソフィアとルイスは、もし家へと来るのなら、ホグワーツに誰もいなくなったその日だろうと思っていた。

きっと、これから彼は沢山の準備や困難な問題に追われる筈だ。ならばその前に簡単な問題から消化していきたいと考えるのが普通だろう。

 

 

「ソフィア、ルイス。──夜遅くに、すまんのう」

「ダンブルドア先生…」

「父様…」

 

 

現れたのは2人の予想通りダンブルドアだった。父親であるセブルスがその後続いて戻ってくるとは思わなかったが、保護者という立場から──今から話される内容によっては──どうしても同行しなければならないのかもしれない、と、ルイスはふと考えた。

 

 

ダンブルドアはいつものような温和な目をしていない。真剣で、どこか疲れたような、何かを憂いているような眼差しだった。

セブルスもまた、いつもより顔色や機嫌は悪く、口は真一文字に結ばれている。

きっと、強く噤んでいなければ何かを言ってしまうのだろう。

 

 

ソフィアとルイスは手を繋いだまま暖炉の元へ駆け寄り、じっとダンブルドアを見上げた。

 

 

「さて、──座りなさい」

 

 

ダンブルドアは杖を一振りし、ルイスが用意したティーセットの隣にたっぷりのクッキーやマフィンを出現させ、もう一振りであと二つのカップと、椅子を二脚出した。

 

ソフィアとルイスは横目でちらりと見つめ合い、おずおずと先程のソファに座る。

ダンブルドアはこの短い時間を楽しもうとしているのか、それとも、少しでも2人の緊張を解こうとしているのかはわからないが、先ほどの憂いた目はすっかり瞼の奥に消え、いつも通り朗らかな視線で2人を見つめていた。

 

セブルスはぐっと奥歯を噛み締め──机に沿って回ると、ソフィアの隣に座った。

あくまで、自分は2人の保護者であり、2人についているのだと、その立ち振る舞いが雄弁に語っているようで、ルイスとソフィアは少しだけ緊張を緩めた。

 

 

 

「ソフィア、そして、ルイス。──ヴォルデモート卿が復活したという話は、勿論、真だと理解しておろうな?」

「「はい」」

「うむ。──さて、わしは過去に設立した不死鳥の騎士団を再度結成しなければならん。セブルスもまた──これも、知っているとは思うが──不死鳥の騎士団員である。これから彼らは然るべき時、然るべき場所にて同じ思想を掲げ、ヴォルデモートと戦うのじゃ、──未来のために」

 

 

ソフィアとルイスは何も言わずに、ただ、ダンブルドアの言葉を聞いていた。

 

 

「不死鳥の騎士団には、学校を卒業した成人のみが参加できる。──危険な事も多いからのう。その家族には、わしが間違いなく安全だといえる隠れ家で、夏季休暇を過ごしてもらおうと思っておる」

「…私たちに、そこに行けと言う事ですか?」

 

 

しかし、ただ別の場所へ移動し、夏季休暇の間を過ごす──その説明を、わざわざダンブルドアがする必要があるだろうか?

セブルス()は騎士団員だ。セブルス本人の口からそれを告げ、移動すれば事足りる。

わざわざ、多忙なダンブルドアがここに来ているのだ、きっとそれだけではないのだろう。

 

ダンブルドアはじっとソフィアの緑色の目と、ルイスの黒い目を交互に見て──そして「いや、」と小さく否定した。

 

 

「ルイス。君は──おそらく、行きたいと思ってないのではないかのう?」

「……、はい」

 

 

青い瞳はルイスの心の奥を読むようにとても澄んでいた。

ルイスはぐっと、ソフィアの手を強く握り──確かな意志を込めて、ダンブルドアを見た。

 

 

「僕は、行きません。──行かない方がいいでしょう。僕の、なによりも守りたい友は…ドラコ・マルフォイですから」

「…そうか、──いいんじゃな?」

 

 

主語のない問いかけに、ルイスはじっとダンブルドアの目を見つめ、「はい」と固く呟いた。

一瞬、ダンブルドアの目が悲しげに揺れたのをルイスは見たが──瞬き一つする間に、それはいつもの輝きに戻っていた。

暖炉の炎の揺れが見せた幻覚だろうか、とルイスが首を傾げる頃にはダンブルドアは既にソフィアの目を見ていた。

 

 

「君は、どうするかね、ソフィア?」

「私は──私は、行きます」

 

 

ソフィアはルイスの手を握り返しながら、たしかに頷いた。

 

 

今まで、ルイスとソフィアは本当の意味で道を違えた事はなかった。

だが、この日、この時。

間違いなく2人の異なる選択により──進むべき未来は変わった。2人は、お互いが居なくても、かけがえのない友と歩めるように、自立しつつあるのだろう。

 

片方は闇へ、片方はそれに抗うために。

 

そして、双方、どちらも──かけがえのない、友のために。

 

 

 

「ルイス、ソフィア。君たちの選んだ道はおそらく──正しい道じゃ。じゃが、易い道では無く……辛い事もあるかもしれん」

「大丈夫です、ダンブルドア先生。…覚悟の上です」

「ええ、それに。毎年易い一年じゃないですもの!」

 

 

ソフィアが少し笑いながら言えば、ダンブルドアはふっと口先だけで微笑み、紅茶を一口飲むとローブの内ポケットを探り、小さな空き瓶を取り出した。それはところどころ引っ掻き傷があり、くすんでいて──見窄らしいゴミのような瓶だった。

 

 

「ソフィア、君にこれを。──ポートキーじゃ」

「ポートキー…?一体、どこの…?」

 

 

ソフィアはルイスから手を離すと、そっと両手で瓶を受け取った。それは両手に収まるほどの小さく薄汚れた瓶──いや、ポートキーだった。

 

 

「君の事を必要としている場所に行く。少々特殊なポートキーでのう。毎日朝10時にとある場所へ行き、夜6時にこの家に戻ってくるように設定されておる。9月1日まで有効じゃ。ソフィアさえよければ、出来る限り多くの日に、その場所に向かってほしい」

「私の事を必要としている場所…?」

 

 

ソフィアは首を傾げたが、ダンブルドアは微笑むだけでそれ以上何も言わなかった。

 

 

「さて、ルイス。君にはこれを」

「これは…?」

 

 

ルイスが受け取ったのは、小さな銀色の指輪だった。ただのシンプルな指輪であり、中央に何か透明な石はついているが──これといった使い道がわからない。

 

 

「導き石の指輪じゃ。会いたい人の事を心から思い、指輪に触れれば──その者までの道を示してくれる」

「…ありがとうございます」

 

 

ルイスはそっとその指輪を左手の人差し指にはめる。まるでサイズを合わして造られたかのようにぴったりであり、指輪をつけ慣れていない事から少し違和感はあったが──きっと、すぐになれるだろう。

 

 

ダンブルドアはにっこりと笑うと、「よき、夏季休暇を」と告げ暖炉の傍にあるフルーパウダーを一掴みした。

 

もう行ってしまうのか、とルイスとソフィアは残念そうにセブルスを見たが──セブルスはソファから立ち上がる事なく、ただ紅茶を飲んでいた。

セブルスは一切口を挟まなかった。きっと、ここに来る前に予め説明を受けていたのだろう。

一瞬呆けた2人だったが、すぐにセブルスが今日はここで過ごすのだと分かるとパッと目を輝かせる。

 

 

「──あっ!ダンブルドア先生、私はいつ隠れ家に行くんですか?」

 

 

ソフィアは立ち上がり緑の炎の中に足を踏み入れたダンブルドアに向かって慌てて声をかける。ポートキーを使い、どこか自分を必要としている場所へ行く事はわかったが、肝心の隠れ家にいつ行けばいいのかわからなかった。

ダンブルドアはくるりと振り返り「然るべき時に」と言うと、引っ張られるようにして消えてしまった。

 

 

すぐに炎はいつものように赤く燃え、パチパチと火の粉を吐き出す。

暫く暖炉の炎を見ていたソフィアはくるりと振り返り、ソファに近づくとセブルスをルイスとで挟むように、その隣に座った。

 

 

「…父様は、いつまでここで過ごせるの?」

「明日の夜には、いかねばならん」

「そっかぁ…残念だなぁ」

 

 

ルイスとソフィアは残念そうに眉を下げたが、正直なところ──来年度が始まるまで一切会えないと思っていたのだ、少しでも、家族として過ごすことができる。それだけで幸せだと自分に言い聞かせた。

 

 

「ソフィア、ルイス。金庫の鍵はあの小棚の引き出しにいれてある。ホグワーツからの手紙が届いたら、買いに行きなさい。──今年はジャックの手伝いも頼めないだろう。ホグズミードにいくなら、明るいうちだけだ」

「わかったわ」

「大丈夫だよ、僕たちはもう五年生になるからね」

「ジャックも、父様と──同じなの?」

 

 

ソフィアの問いかけにセブルスは暫く無言だったが、微かに頷く。

成程、やはりジャックとセブルス(父親)は2人とも二重スパイをするのか。それなら──まだ、安心かもしれない。…いや、きっと酷く辛い事を沢山しなければならないのだろう、だが、それでも味方が1人いる事は、何よりもの力になるはずだ。

 

 

「そう…私は、何があっても父様を信じてるわ」

「僕もだよ。父様」

 

 

ルイスとソフィアはそっとセブルスに抱きつくように身を寄せ、その淡い薬品の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。

 

 

「…ああ…わかっている。私も、2人を何よりも信じている…」

 

 

セブルスは2人の柔らかくさらさらとした髪を撫で、愛おしげに呟いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

夜、2時を回ってもまだ眠りたくない、父様のそばにいたい。とルイスとソフィアは起きていたが、流石に眠気が限界になってしまい「明日、7時には絶対に起こして!」とセブルスに何度も言いながら、自分達の個室へと向かった。

 

 

セブルスは暫く言うことが出来ないお休みの挨拶をするために、それぞれの部屋まで付き添った。先にソフィアをベッドに寝かせ、額に優しくお休みのキスを落とし、半分閉じかけている瞼を撫でる。

 

 

「おやすみ、良い夢を…ソフィア」

「おやすみなさい…父様」

 

 

ソフィアはすぐに目を閉じ、穏やかな寝息を立てた。セブルスは暫くその寝顔を見つめていたが、頬を掠めるように指先で撫で、ゆっくりとソフィアの部屋から出て行く。

 

次にルイスの部屋に入れば、ルイスはベッドに腰掛け、セブルスの訪れを静かに待っていた。

 

 

「ルイス…少し、話さないか」

「…うん、そうだね」

 

 

セブルスはルイスの隣に座る。2人分の重みでぎしり、とベッドが悲鳴を上げ、静かな部屋に響いた。

 

 

「…死喰い人に、なるつもりなのか」

 

 

暫く無言だったが、セブルスが低く掠れた声で呟いた。

ルイスは少し悩んだ後で「わからない」と答え、セブルスの肩に頭を預けた。

 

 

「…僕は、ドラコの支えになるって決めた。…多分、ドラコは独りだと、潰れてしまうから」

「…、…だが…」

「もし、ドラコが死喰い人になっても…僕の事を、例のあの人は…父様の子供だって知らないでしょう?僕に利用価値があるとは思わないはずだ。──いくらドラコと仲がいいとはいえ…多分、ただの学生を死喰い人にはしないと思う。……死喰い人になりたくはない、けど…」

 

 

ルイスは言葉を濁し、消え入りそうな声で呟く。

死喰い人なんてなりたくない、自分の母を殺したヴォルデモートに仕えるだなんて、想像するだけで強い嫌悪感と吐き気がする。

 

だが、ドラコにとっても、ルイスにとっても互いの存在が切り離せない──大切な人である事は間違い無い。

セブルスがアリッサの未来を守るために死喰い人に身を落としたように、ルイスもまた、ドラコのために足を踏み入れる可能性は十分にあるだろう。しかし、それは勿論──最終手段だ。

 

 

「…ドラコを死喰い人には、させたくない。守りたいな」

 

 

ルイスの本心に、セブルスはそのしっかりとしてきた大人に向かいつつある肩に手を回し、ぐっと抱きしめた。

 

 

「…、…ルイス。何かあれば、すぐに言いなさい」

 

 

セブルスは本心を言えば、ドラコなど見捨ててソフィアと共に騎士団に守られる存在でいて欲しかった。

本来ならば、どちらにも関わらないのが一番だろう。だが、父親である自分が両方の陣営に加わるなかで2人を野放しにする事は危険すぎる。

それに、既に2人がハリーにとっての友人であると──ペティグリューを通して伝えられてしまった今、良からぬ企みに傷つけられる事を防ぎ、守る為にはダンブルドアの加護の中に居るのが良い。

 

しかし、セブルスはルイスとドラコの仲を重々承知していた。

今2人を無理に離せば、間違いなく──ドラコは悲惨な運命をたどるだろう。心優しく、親友を見捨てる事を強要されたルイスもまた、どうなるかわからない。

心を許すことの出来る存在が居ないままで生きていけるほど、きっとこれから先の時代は優しくないのだ。

 

何があっても裏切る事がないと心の底から思う事ができる、信頼できる存在がいないと、ヴォルデモートの脅威に潰れ、疑心暗鬼になる事だろう。

 

セブルスにとって、唯一の親友であるジャックがいたからこそ、耐えられた事も多い。

それがわかっているセブルスは、無理に2人を離すことは出来なかった。

 

 

「何があっても、私は──ルイスを守る」

「…はい、父様」

 

 

ルイスは目を閉じ、父の温もりを感じながら──何も起きず、ヴォルデモートが無事騎士団により倒される未来になるよう、祈った。

 

 



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238 必要とする場所!

 

 

ソフィアとルイスは次の日、セブルスとの一日をゆっくりとして過ごした。次会えるのはいつかわからない。もうホグワーツでしか会えない可能性も高いだろう。

 

 

セブルスは別れ際に何度も2人にくれぐれも気をつけるように、万が一何か危険な事があれば、躊躇う事なく魔法を使うように告げ、名残惜しむように、2人を強く抱きしめ、安息の地から去っていった。

 

 

次の日、ソフィアは鞄の中に杖と、少しのガリオン金貨、入るだけの食料、そしてティティを連れてダンブルドアから受け取ったポートキーを手にしていた。

 

壁にかけられた時計は9時58分を指している。あと少しで──どこに行くのかはわからないが、自分を必要とする場所に向かう事になる。

 

 

「ソフィア、もし…危険な場所なら、すぐに逃げるんだよ」

 

 

ルイスは心配そうに眉を下げる。ソフィアがどこに飛ばされるのかはわからない。ダンブルドアが渡したポートキーなのだ、万が一にも危険なものではないだろう、そうルイスと──ソフィアも思っていたが、見知らぬ場所に向かう緊張はあった。

 

 

「ええ、大丈夫よ。何かあったらすぐにナイトバスを呼んで漏れ鍋に運んでもらうわ。それにティティもいるし」

「きゅ!」

 

 

ティティはソフィアの肩に乗り、「お任せあれ!」と言うように胸を逸らし目を輝かせた。

ソフィアは魔法を緊急事態でない限り使う事は出来ないが、ティティは妖狐の血を引き何にでも姿を変えることが出来る。何かあればれっきとしたボディーガードになるだろう。

 

 

「──もう、時間だわ。行ってきます!」

「行ってらっしゃい、本当に、気をつけてね」

 

 

ルイスは一度ソフィアを抱きしめ、頬にキスをするとそっと離れた。

ソフィアはにっこりと笑い──そして、鳩尾からぐい、と引っ張られるようにその場から姿を消した。

 

1人残ったルイスは、暫くソフィアが消えた場所を見ていたが、小さくため息をつくとリビングのソファに座り、祈るように指を組んだ。

 

 

「母様…兄様…。どうか、ソフィアと、父様を守って…」

 

 

切々とした呟きは、広い家の中に響いた。

 

 

 

 

 

ソフィアは2度目のポートキーの感覚に、ぞわぞわとした奇妙な吐き気を感じながらもなんとか地面に足がついた瞬間踏ん張った。少し前屈みにはなってしまったが、そのまま一回転するように転んでしまう事はなかった。

 

 

目に飛び込んできたのは、──なにか、暗いザラザラとしてそうな物で、ソフィアはそれが何なのか分からず、警戒したまま体を起こした。

 

 

「──痛っ!?」

 

 

ゴツン、と頭をぶつけてしまい、ソフィアは悲鳴を上げ目の前に散った白い星々にくらりとしながらも、頭を押さえつつ辺りを見回す。

 

 

「…木の…虚の中…?」

 

 

薄暗く、狭いそこはどうやら木の虚の中らしかった。

足元には雑草に混じり枯れ葉が数枚落ちていて、所々菓子のゴミ袋が散乱しているのが見える。

細く白い光に誘われるまま、ソフィアはそっとその隙間から身を乗り出した。

 

 

「ここは……?」

 

 

広い芝生に、少しの遊具。

見覚えのあるそれらにソフィアは目を瞬かせ、暫し呆然としていた。

 

 

「ソフィア!?」

 

 

直ぐに聞き覚えのある声が響き、ソフィアがそちらを見れば、ブランコに座っていたハリーが驚愕の中に喜びを溢れさせてソフィアに駆け寄ってきたところだった。

 

 

「ハリー?」

「今年も遊びに来てくれたんだね!うわぁ!嬉しいなぁ!あ、ティティも久しぶり!」

 

 

ハリーは嬉しそうにソフィアににっこりと笑う。ソフィアは目を瞬かせていたが、とりあえず危険は無さそうであり、肩に入っていた力を抜き「まだ数日しかたってないわよ」と笑った。

 

 

「ルイスは?」

「んー…私だけなの」

 

 

ハリーは背伸びをしてソフィアの後ろを覗き見た。最後、ホグワーツ特急で気まずく別れたものの、ハリーにとってルイスは大切な友人の1人である。たとえ、彼が自分にとって憎いマルフォイと仲が良くてもそれは変わらない。

──勿論、良い気はしないが。

 

ハリーはすぐに虚の中からルイスが現れると思ったが、いくら待ってもその姿が見えない事に首を傾げる。ソフィアは困ったような顔をしながら、ハリーの手を取るとそのまま虚の中に引き入れた。

 

 

「ソフィア…?」

「私が何でここに来たのか…。その、私も良くわからないの」

 

 

ソフィアは座り込み、ティティを膝の上に置くとその白い毛並みを撫でつつ言葉を探すようにゆっくりと伝える。てっきり遊びに来てくれただけだと思っていたハリーは、「どういうこと?」と怪訝な顔をした。

 

 

「私を必要とする場所に行かなければならないって、ダンブルドア先生に言われて、このポートキーを貰ったの」

「ダンブルドアから?」

「ええ、夏休み中、出来る限り多く…ここにくるようにって──多分、ハリーと会えって事だと思うわ」

「僕に?……でも、どうして?」

 

 

ソフィアと頻繁に会えるのは何よりも嬉しいが、何故ダンブルドアがそれを望むのか、ハリーは分からず首を傾げる。

しかし、ソフィアも明確な答えを持っているわけではなく、同じように首を傾げた。

 

 

「さあ、わからないわ。──このポートキー、夜の6時まで発動しないの。…うーん、とりあえずそれまで遊びましょうか!」

 

 

考えてもわからないものは仕方がない。ソフィアは気を切り替えるように笑い、頭をぶつけぬよう注意して立ち上がる。

ハリーは喜びを溢れさせ、ぱっと輝く笑顔を見せて「うん!」と大きく頷いた。

 

 

その日、ソフィアとハリーは広い公園でポートキーの時間が来るまで遊んだ。

時々ソフィアが持ってきていたお菓子を食べ、温かな陽だまりの中微睡む。猛暑のせいで枯れかけてきている芝生の上に寝転び、目を閉じているソフィアの横顔をハリーはチラリと見て、ここ数日のストレスや不安が軽減されていくのを感じた。

 

 

ヴォルデモートが復活した。

 

しかし、購読するようになった日刊預言者新聞ではその事に一切触れていない。ファッジのあの反応から仕方がないとはいえ、何故信じず周知しないのかと酷くもどかしかった。

それに、すぐに行動に起こすのだろうと思っていたシリウス達からの手紙も無い。

 

まだ夏季休暇が始まり2日目だったが、ハリーは早くも魔法界が恋しくなっていたのだ。

 

 

──確かに、僕はソフィアを必要としていたのかもしれない。魔法界との繋がりを求めていたし……ソフィアは、好きな人だし…。

 

 

ハリーは頬が胸がトクンと変に大きく跳ねたのを感じた。

 

 

白いカッターシャツを着たソフィアの腹の上にはティティがすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

芝生の上には真っ黒で、美しく艶やかな髪が広がり、閉じられている瞼の下にはキラキラと光るようなエメラルドグリーンの瞳がある。

いつも白い頬は、この暑さのせいなのか少し桃色に染まり、まつ毛は微かに震えている。

 

 

久しぶりにソフィアの寝顔を見たハリーは、ソフィアはこんなにも可愛かっただろうか、と不思議な気持ちになった。

 

いや、ソフィアは可愛い。けれど、学年一の美女ではない。──だけど、何だか…今までとは少し、違うような。

 

 

ハリーがじっと見つめていると、ソフィアの瞼が一際大きく震え、ふ、と開いた。

微かな木漏れ日の光を反射し、ソフィアの緑色の目がハリーを見つめる。

 

 

「ハリー?」

「──え?」

「どうしたの?」

「え、あー。ううん、なんでもない。なんだか、暑いよね。記録的猛暑なんだってさ」

 

 

ハリーは慌てて目を逸らすと、パタパタと手で熱くなった頬を扇いだ。

 

 

 

ーーー

 

 

ソフィアがハリーの元へ行くようになり、4週間ほどが過ぎた。

流石に毎日向かう事は難しかったが──何せ、一度ハリーの元へ行ったら夜の6時まで戻ってくることが出来ないのだ──それでも2日に一度は必ずハリーが待つ公園へ行っていた。

 

 

ソフィアとハリーは夏の茹だるような灼熱から逃れるため、日中は公園にある古木の虚の中で過ごしていた。

ここなら魔法界の話をしても誰かに聞かれる心配はなく、暑さも凌げる。2人の隠れ場所としてはちょうど良かった。

 

 

この夏1番の猛暑であり、外に出ている者は殆どいない。ソフィアはティティが暑さにバテてはいけないと途中から連れてくる事はなく、ただハリーと何の変哲もない日々を過ごしていた。

そのうちに、ソフィアはハリーが日を重ねる毎に苛つき、そわそわと落ち着かなくなっている事に勿論、気が付いていた。

 

 

「ソフィア。ソフィアは何か聞いてない?ほら──ダンブルドアとかシリウスとかハーマイオニーとかロンから何もない?」

 

 

このハリーの問いは、2人が会うようになり、2週間が過ぎた頃から毎日、続いていた。

ソフィアは「またこの話ね」と思い、少し呆れたようなため息をつき、首を振る。

 

 

「何もないわ。私も手紙は送ったけれど…ハーマイオニーとロンは多分、騎士団の隠れ家にいるのね、忙しいって書いてたわ」

「何で、僕たちは行けないんだろう」

「ダンブルドア先生に何か考えがあると思うの。私にも、然るべき時に。…としか教えてくれなかったし…夏休み初日に少し会って以来、何の連絡も無いわ」

「何で、教えてくれないんだろう。だって、僕が──僕が、ヴォルデモートに唯一、立ち向かったのに!」

 

 

ハリーはここ数日我慢していた鬱憤が溢れてしまい、大きな声で叫んだ。

ソフィアは息を飲み、ヴォルデモートと言う言葉に凍りついたような目でハリーを見たが──少し悩むように唇に手を当て、木の虚の内側をぼんやりと見つめた。

 

 

「それは……。そうね、ハリーは当事者だもの、秘密にする理由も…ここに縛り付ける理由も…よくわからないわ。何故、ハーマイオニーとロンは隠れ家に行けるのに、私とハリーはここでその時を待たなければならないのかしら…。……いえ、違うわ。きっと──それには、とても深い理由があるのよ、そうに違いないわ。隠れ家よりも、ここが…ダンブルドア先生は安全だと考えている…?」

「ここが安全?まぁ、魔法界の情報がなーんにも入ってこないからね、確かに安全だよ、なーんにも、知れないから!」

 

 

ソフィアの言葉に臍を曲げたハリーはむしゃくしゃとした気持ちのまま足元の落ち葉を手で粉々にした。

ソフィアに当たるのは間違っている、ソフィアも何も知らないんだ。──だが、どうしても今の現状に納得がいかず、その答えを唯一魔法界について話せるソフィアに求めてしまう。

 

 

「……、…ハリー。ダンブルドア先生は不死鳥の騎士団を再結成していて、隠れ家を作っているの」

「ああ、なんか、…そう言ってたね」

「おそらく、守り人を立てて隠れ家自体を守っているんだわ。けれど…だからといって安全かどうかはわからないと、ハリーと私はよく知っているでしょう?」

 

 

ハリーは思いもよらぬ言葉に驚いてソフィアを見る。

ソフィアは真剣な眼差しのまま、悲しそうに目を揺らしたが──その言葉にはどこか確信が込められていた。

 

 

「ハリー、例のあの人はあなたを狙ってる。ダンブルドアは再結成した不死鳥の騎士団員が全員本当に同じ志を持つのか、裏切り者がいないのか、この場所が第三者に漏れる事はないのか……多分、色々対策をとってるんだと思うわ。だから私たちは、ここで待たなければならない」

「…そうだとしても。何で?…僕は、まだわかるよ。その予想ならね。…何でソフィアまで?」

「…それは……」

 

 

ソフィアは言葉を切り、薄暗い中でも分かるほど頬をぽっと赤く染め、困ったように視線を彷徨わせた。

真剣な空気は一気に拡散し、ハリーもつられるように──何だか無性に気恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 

 

「それは、ほら。…ダンブルドア先生の言葉を借りるなら──あー──ハリーにとって、私が必要だからとか?…その、精神的に?」

 

 

ソフィアは照れたように悪戯っぽく笑い、視線を逸らしたハリーの顔を覗き込む。

ハリーはその表情を見て、今まで感じていた苛つきや怒りが遠い何処か彼方へ飛んでいったのを感じた。

その代わりに胸を占めたのは、甘酸っぱい感情だろう。

間違いなく、ソフィアがいる事により精神的に落ち着いている。

何も知らされないことへの怒りは日々大きくなるが、ソフィアがまた来てくれるんだと思うと──同じように何も知らない、大好きな人だ──まだ心は落ち着いた。

 

 

「うん。ソフィアがいなかったら…僕、箒に跨って漏れ鍋に行ってたかも」

「あら、私が少しでも役に立てたなら光栄だわ」

 

 

ソフィアは鞄の中から棒付きキャンディを取り出し、1つハリーに手渡す。包みを開ければ七色のキャンディが顔を出し、ソフィアはぱくりと咥えた。

 

 

「これ、味が変わるの、すっごく美味しいわよ」

「ありがとう。──ん?苺味かな?」

「ええ、途中でバタービール味にもなるわ」

 

 

暫くは甘い飴を口の中で転がしていたハリーだったが、今度は落ち着いた声でソフィアに訪ねた。

 

 

「でも……でも、どうして、何も起こらないんだろう。もうヴォルデモートが復活してかなり経つのに」

 

 

ヴォルデモート、という言葉にソフィアは再びぎくりと肩を震わせたが、誤魔化すようにキャンディの棒をくるくると指先で弄びながら膝を抱えた。

 

 

「マグルの大量殺人が起こると思った?」

「…うん」

「多分だけどね。……例のあの人は復活したけれど、あの墓場で──あの日に集まった支持者はそれほど多くなかったんでしょう?本当に有能で、あの人に忠実な部下はアズカバンに投獄されているわ。今はあの人も、勢力を蓄えているのよ。たしかに、あの人は驚異的な力を持つ……けれど、全てを1人で行う事は不可能よ。地盤を固めるために…あの人も密かに動いているのね」

「…そうか…。どっちも、お互いにバレないようにしてるんだね」

「ええ、手の内を明かすのは愚かだわ。対策がとられてしまうもの。今二つの勢力は互いに負けないように…水面下で戦ってるのよ。仲間を増やしたり──スパイを送ったりね」

 

 

ソフィアは低く暗い声で呟くと、心配そうな眼差しでじっと青色に変わった飴を見つめた。

 

夏季休暇が始まって1か月が経つが、あれからセブルスは一度も家に帰って来なかった。勿論、ジャックも姿を見せない。

一度ルイスと共にエドワーズ孤児院に向かおうとしたが──煙突飛行ネットで行くことができなかった。つまり、外部から切断されているのだ。

心配になりジャックに手紙を送ったが、その返事もまだ来ていない。

 

 

「…魔法界でも、不穏なニュースとかはないの?」

「うーん。特に聞かないわ。でも、不穏なニュースがない、というのもニュースなのよ」

「…、…なんだか、ソフィアの言い方、ハーマイオニーみたいだ」

 

 

すぐに答えを言わないところなど、ハーマイオニーにそっくりだとハリーは嫌そうに顔を歪めたが、ソフィアは光栄だというように笑った。

 

 

虚に差す光が弱くなっている事に気づいたソフィアはふと腕時計を見た。

 

 

「あ!もうすぐ時間だわ」

 

 

慌てて鞄の中からポートキーである小瓶を取り出し、ほっと息をつく。

ハリーはもうそんな時間かと残念に思いながら口の中に残っていた飴を噛み砕いた。

もし、さまざまな色に変化する飴をバーノンやペチュニアの前で見せびらかすように舐めることができれば、きっと彼らはこの飴のように顔色を変化させかなり愉快だろう。

 

だが、その後一切家から出してもらえなくなるかもしれない。今、ハリーにとって魔法界との繋がりはソフィアの存在だけである。ソフィアに会えなくなるのは何よりも耐えられなかった。

 

 

「またね、ハリー」

「うん、またねソフィア」

 

 

ソフィアはにっこりと笑い、軽く手を振り──そして、ぎゅっとその小瓶に引き込まれるようにして消えた。

 

 

ハリーは飴の棒をぽいっとその場に捨て、大きなため息をこぼし──後、最悪4週間もここで耐えなければならないのだと考えると、せっかくソフィアと会って落ち着いていた気持ちが、またぐらぐらと煮えたぎるような気がした。

兎に角何かを知りたい一心で、ハリーはダーズリー家へ戻り──そして、マグルのニュースを聞くために外の花壇の影に隠れた。

 

 

 

 

 

「ただいま。…ルイスー?」

 

 

ソフィアは家のリビングに現れ、ルイスの名を呼びながら辺りを見渡した。何度もポートキーでの移動を行なっているソフィアは、独特の浮遊感による吐き気やバランスを崩し倒れそうになることはもう無かった。

 

 

 

「──ああ、お帰りソフィア」

 

 

ルイスはキッチンからひょこりと顔を出し、手に持っていたフライ返しを少し上げながら「もうちょっとでご飯できるから!」と伝え、再び顔を引っ込めた。

 

魔法を使わずに過ごすのは面倒だったが、ルイスはマグル式で家事をすることは慣れていた。いつも夏休みの間、父親がいなければこうしてマグル式で行っていたのだ。それに、料理に関してはなんとなく──魔法で作るよりも、マグル式で作る方が魔法薬の調合のようで、好きだった。

 

ソフィアも手洗い場で手を洗った後、すぐに夕食の支度を手伝った。机の上に食器を浮遊させる事なく、両手でキチンと運び、2人分並べる。──料理があまり得意ではないソフィアは、基本的に料理以外のことをしていた。去年までは当番を決め、交代で料理を作っていたが、ルイスが「もう少し料理のレパートリーを増やしたいから」と2人きりの生活が始まった頃にソフィアに告げ、それからはルイスがほぼ毎食の料理当番になっていたのだ。

 

 

「あ、ソフィア!今日お皿とカトラリーは3つね!」

 

 

そう言いながら、ルイスは大きなボウルに入ったサラダと、丸々と大きなローストチキンが乗った鉄板プレートを浮遊させながらリビングへ運んだ。

 

 

「え?──あっ!まさか!」

 

 

嬉しそうに弾んだルイスの言葉と、魔法を使っている様子に、ソフィアはぱっと顔を輝かせると運んでいた水差しを机の上に置き、すぐに二階への階段を駆け上がり、とある扉を開いた。

 

 

「──父様!」

 

 

その部屋は研究室のように壁に沿って本棚や薬草棚があり、様々なものが並んでいた。持ち主の性格を表すかのように、それらはキチンと整理整頓されている。

中央には大きく広い机があり、1か月の間不在だったが──今は、セブルスが座り、沢山の書類を見ながら周りにふわりと本や羊皮紙を浮かせていた。

 

 

「帰ったのか、ソフィア」

「えっ!そ、それは私のセリフよ!父様、いつ帰ってきたの?もう!わかってたらハリーのところに行かなかったのに…!」

 

 

ソフィアは心から残念そうに叫び、セブルスのそばに寄るとその頬にキスを落とした。

特にやつれている様子もないし、怪我もしていなさそうだ。少し目の下に隈があるが──許容の範囲内だろう。

 

 

「今日の昼ごろに帰ってきた」

 

 

セブルスは自分の顔を覗き込むソフィアの髪を優しく撫でる。

ソフィアは嬉しそうに目を細め、期待を込めて聞いた。

 

 

「いつまで、ここに居るの?」

「招集があれば、行かねばならん。おそらく…まぁ、3日程だろう。新年度の準備もせねばならんからな」

「そうなの…3日だけでも、嬉しいわ!」

 

 

もう新学期が始まるまで会えないのだろうと思っていたが、こうしてわずかな時間でも会える事は何よりも嬉しい事だった。

セブルスもまた、沢山の事務作業が残っていたが──流石に手を止め、久しぶりの再会を噛み締めながらしっかりとソフィアと向かい合い、母親譲りの美しい目を見つめた。

 

 

「──ソフィア!父様!夕食の時間だよー!」

「はぁい!今行くわ!」

 

 

階下からルイスの呼ぶ声が聞こえ、ソフィアはセブルスの腕に自分の手を絡ませて引っ張った。

セブルスも特に抵抗する事なく椅子から立ち上がり、嬉しそうに笑うソフィアに引かれて部屋を出る。

扉を開けた途端、ふわりと良い匂いが漂い、ソフィアとセブルスを優しく包んだ。

 

 

久しぶりの家族揃っての食事は、嬉しさが抑えられないのか、ソフィアはニコニコと笑い上機嫌で話した。ルイスもまた、ヴェロニカとの文通の内容を、ほんの少しだけセブルスとソフィアに伝え、楽しそうに話す。

 

 

「ソフィア、おそらく──1週間以内に、ジャックが迎えにくるだろう」

「え?ああ!ようやくなのね?」

 

 

ソフィアはマッシュポテトを食べながら、大きく頷く。一瞬何のことかと思ったが、そういえば隠れ家にいつ行けるのかと気になっていたのだ──セブルスの帰宅という何よりも喜ばしいニュースにより、すっかり忘れてしまっていた。

 

 

「そっかぁ、じゃあ僕は暫く一人暮らしだね」

 

 

ルイスは少し残念そうだが、今でも2日に一回はほぼ、一人で過ごしている。

この家にはまだ読みきれていない本が沢山あり、五年生になればOWL試験が待っている。読書や試験勉強をしていれば、自然と時間が経つのは早く、寂しく思う事はなかった。それに──ソフィアがハリーの元へ行った後、こっそりとヴェロニカと暖炉越しに話をするのも、楽しかった。

 

 

「スピナーズエンドの家から持ってきた新しい本を書斎に入れてある。暇つぶしには、なるだろう」

「わぁ!ありがとう、父様」

「1週間以内ねぇ…。それって、ハリーもなの?…ハリーに言っていい?ハリー、誰からも何も聞かされてないって…すっごく不貞腐れてるわ」

 

セブルスはハリーの名前にぴくりと眉を跳ねさせたが、何も言わず──掬っていたスープを静かに飲み、かちゃんと皿の中にスプーンを置いた。

 

 

「いや。何も教えるな。──何故だか、わかるだろう?」

「…んー…ハリーが、死喰い人に狙われていて、万が一今でも監視されているのなら。…変化に気付かれてしまうから、かしら?」

「…まぁ、それも間違いではない。──ソフィア、ルイス。今年は…今年も、一層困難な事に巻き込まれるかもしれん。何か異変があったらすぐに言いなさい」

「はい、父様」

「わかった」

 

 

ヴォルデモートが復活した今、9月1日からダンブルドアの加護があるホグワーツ城で過ごすことが出来るとはいえ、何も無いとはもう──考えられない。この4年間、毎年何らかしらの事が起こっているのだ。これで今年は何もないと考える方が不自然だろう。

 

セブルスは2人が異変があったらすぐに自分を頼る事が無いと──わかっている。

毎年返事だけはいい双子だが、友の秘密を守る為に、どんな危険な事があったとしてもこの2人は自分に何も言わずに突き進むのだろう。

 

 

ソフィアとルイスは「今年も大変だろうね」と言い合い──無性に可笑しくてくすくすと笑い合う。

 

 

セブルスは楽しげに笑うソフィアとルイスを、一瞬真剣な目で見つめたが、すぐに柔らかく緩めると、明るく賑やかな雰囲気を楽しむかのように口先で微笑んだ。

 



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239 必要な魔法!

 

 

セブルスが帰宅した次の日、ソフィアはシェイドに手紙を持たせ──ちょっと宿題を終わらせるから3日位行けないの──とハリーに伝えた。ハリーからの返事はすぐに届き、残念がってはいたが、それ程鬱々とはしてなさそうだった。

 

流石に、貴重な家族揃って過ごせる時間なのだ、ソフィアはハリーと過ごそうとは思わなかった。

 

 

一つの大きなソファに身寄せ合うようにして座り、3人はそれぞれ本を読んでいた。ルイスは上級魔法薬書、ソフィアは変身呪文一覧書、セブルスは少々危険な闇の魔術書──時々、ソフィアは口の奥でぶつぶつと呟きながら、何かを確かめるように杖を振った。

 

 

「──あ、そういえば、ソフィアはアニメーガスになれるようになったんだよね?」

「ええ、そうよ!──あっ!色々ありすぎてお披露目してなかったわね!」

 

 

ソフィアはぱっと立ち上がり、セブルスとルイスの前に立つ。

2人の視線を受けたソフィアは、恭しく頭を下げ膝を折り、そのまま茶目っ気たっぷりのウィンクをすると──真っ黒なフェネックへと変わった。

 

 

「わっ!す、すごい!」

「…ほう、フェネックか」

「きゅぅん!」

 

 

ソフィアはセブルスの膝の上に飛び乗ると、嬉しそうに尻尾を揺らした。真っ黒なセブルスの服装に、ソフィアの体色はまぎれるように溶けていたが、目だけが鮮やかな緑色だった。

 

 

「きゅ?」

 

 

ティティは同族の声に、不思議そうに耳をピクピクと動かし首を傾げる。

そういえば、話せるのだろうか──と、ソフィアはティティに話しかけた。

 

 

「ティティ?私よ、あなたのママの、ソフィアよ?」

「ママ!?えっ、ママ?…ええ!?」

 

 

ティティの声は鈴を転がしたかのように高く、愛らしい子どものような声だった。

ああ、本当に何を言っているのかわかるのね──と、ソフィアは嬉しくなり、ソファの端に座っていたティティの元へ駆け寄り、驚愕しているその黒い眼を見つめた。

 

 

「ええ、そうよ!驚いた?私も同じ姿になれるのよ!」

「うわぁ!すごいすごい!ティティのママ、すごーい!」

 

 

ティティは嬉しそうにくるくるとソフィアの周りを回った。

体格的には、黒いフェネック(ソフィア)の方が白いフェネック(ティティ)よりもひと回りは大きいだろう。親子──とまではいかないが、どこかきょうだいのような2匹の仲良さげな雰囲気に、セブルスとルイスは小さく笑う。

 

 

ソフィアは再び人間の姿に戻ると、きょとんとするティティの体に顔を埋め、すう、と息を吸い込みながら抱きしめた。

 

 

「──はぁ!ティティとお話できるなんて、最高!」

「きゅー!」

 

 

ぎゅっと強く抱きしめれば、ティティは少しざらざとした舌でソフィアの頬を舐めた。

 

 

「そうか、アニメーガスは、近い種族とは話せるのだったな」

「ええ、すごく便利だわ…私のこと、ママだって!ふふ、可愛いわー!」

「うわぁ…いいなぁ、動物と話せるなんて…羨ましい」

 

 

ルイスはアニメーガスについてさして興味は無かったが、動物と話せる事は確かに魅力的だと思った。自分が何のアニメーガスになるのかはわからないが、他の人が聞き取れない言葉を知る事ができるのは素晴らしい。

 

 

「まぁ、いつか挑戦して──」

 

 

いつか挑戦してみればいいわ。とソフィアがルイスに言おうとした途端、その言葉を飲み込むかのように薄く青く光る狐が窓をすり抜けて現れた。

 

 

「守護霊…?」

 

 

その狐は家の中を飛び跳ねるように3人に近づき、表情を険しくさせたセブルスの腕にぶつかる──かと思われたが、その瞬間、空に溶けて消えてしまった。

 

何故守護霊が?とソフィアとルイスは顔を見合わせたが、セブルスは無言で立ち上がりさっとリビングを横切る。そのまま階段を駆け上がり自室へと入ると──しっかりと、鍵の閉まるガチャリ、という重い音が響いた。

 

 

「…何だったんだろうね」

「…狐の守護霊…よね?…招集かしらね?」

 

 

 

美しくエネルギーに満ちていた守護霊は、きっと死喰い人の招集ではないだろう。──ソフィアとルイスは知る由もないが、幸福な気持ちがなく、闇に身を落とし切った死喰い人は、守護霊魔法が使えないのだ──ならば、不死鳥の騎士団の招集だろうか。

 

 

ソフィアは気になったが、騎士団に入ってもいない未成年である自分が何があったのかと聞いても、きっとセブルスは教えてくれないだろう。ならば、下手に聞いて困らせる事はしたくない。

 

必死に気になる気持ちを抑え、ソフィアは膝の上にティティを置き優しく顎の下を撫でながら、本を開いた。

ルイスは暫く階段の上を見ていたが──ルイスもまた、何も言わず再び本に視線を下ろす。

 

 

2人とも、本をとりあえず見てはいるが──気になりすぎて、全く瞳は動いてなかっただろう。

 

 

数分後、セブルスが険しい表情のまま自室から出てきて、階段を降り、大股でソファに向かうと不機嫌さを隠しもせずイライラとした様子で舌打ちを零し座った。

ソフィアとルイスはちらりと顔を見合わせる。何かあったことに間違いは無さそうだが、招集がかかったわけではないのだろう。もし招集ならば、すぐ出て行くために暖炉を使ったり、姿くらましをするはずだ。

 

 

「…父様、紅茶飲む?」

「……ああ、そうだな」

「オッケー。アッサムにするね」

 

 

ルイスは返事を聞くとパタンと本を閉じ、ポケットから杖を出しキッチンに向かってくるくると振りつつ呪文を唱えた。棚の中に入っていたポットはふわりと浮かび、ヤカンに入った水は一瞬で熱湯に変わる。

 

しばらくしてふわふわといい匂いがするティーセットが机の上に到着し、勝手にカップに紅茶を注いだ。

 

 

セブルスはぐいっと一気に飲むと、苦い表情で重々しいため息をつく。

ソフィアとルイスの視線に気付いたセブルスは──小さく口を開いた。

 

 

「…どうせすぐに知る事になるだろうから伝えるが…。ポッターの元に吸魂鬼が現れた」

「えっ!?」

「そんな、大丈夫なの!?」

「ああ…守護霊魔法で追い払ったようだが、…マグルの前で未成年が魔法を使う事は許されない。魔法省の尋問にかけられ、退学処分かどうかを決めるようだ」

「でも、自分の命を守るためには許されているはずだわ!」

 

 

ソフィアは立ち上がり──ティティが慌てて飛び退いた──怒ったように叫び、ルイスも困惑しながら頷く。もしハリーが守護霊魔法を使えなければ──悲惨な結果になっていたかもしれない。

 

セブルスは苦虫を噛み潰した表情のまま、唸るように「ああ…」と答え、考え込むように自分の唇に指先で触れた。

 

 

「…ダンブルドアが動いている、どうとでもするだろう」

「ダンブルドア先生が?…まぁそれなら…大丈夫かしらね」

 

 

ほっと息を吐き、すとん、とソファに座ったソフィアは、セブルスと同じようにじっと深く考え込む。ルイスもまたそんな2人を見つめながら「あまり、よくないね」と呟いた。

 

 

「野生の吸魂鬼や…シリウスを探してる吸魂鬼がたまたま近くに居たんだったらいいけどその確率は低いよね。…吸魂鬼は殆どアズカバンにいるんでしょ?……命令に反く吸魂鬼が出てきたって事だね」

「…ああ、そうだな」

「例のあの人は…昔、吸魂鬼も支配下に置いていたのよね…。うぅん…嫌な感じだわ。やっぱり、あの人は昔のような軍団を作ろうとしているの?」

 

 

ソフィアの問いかけに、セブルスは口を硬く結んだまま何も答えなかった。

まだアズカバンにいる吸魂鬼全てが反乱してはいないだろうが。それも時間の問題のような気がして、ソフィアは嫌な考えにぶるりと体を震わせた。

もし、吸魂鬼がアズカバンから姿を消せば、間違いなく日刊預言者新聞の見出しになるだろう。

 

 

「…さっきの狐の守護霊は誰の?」

 

 

ルイスは、ふと思い出したかのように聞いた。セブルスは伏せていた視線を上げ、紅茶のおかわりを注ぎながら「ジャックだ」と軽く答えた。

 

 

「ジャック?…へぇ、狐なんだ」

「そういえば、ルイスの守護霊は何なの?守護霊魔法使えるようになった?」

「うーん…」

 

 

ルイスはまだ一度も成功していなかった。

3年生のときにセブルスから教わり練習していたが、結局ホグワーツを警備していた吸魂鬼がアズカバンに戻ったのを気に、その練習も終わっていた。

ルイスはポケットから杖をだすと、1度目を閉じ幸福な気持ちを考える。

何よりも大切な家族のこと、そして──ヴェロニカとの思い出。

 

 

「……守護霊よ来たれ(エクスペクト・パトローナム)

 

 

杖を振れば、杖先から銀色の物が噴出され、そして──それは確かに形をつくった。

 

 

「──鴉?」

 

 

ソフィアは現れた銀色の鳥を見て、大きな籠の中に入っているシェイドを見た。色こそ異なるが、その大きな鳥は規格外の大きさの鴉に似ていた。

 

 

「まさか!成功するなんて!は、初めてだよ!」

 

 

ルイスは勢いよく立ち上がると、目の前に悠然と立つ鴉を唖然と見る。

ソフィアとセブルスも、まさか初めての成功だとは思わず大きな鴉を見つめた。

 

その銀色の鴉はゆっくりと羽を広げるとふわりと浮き上がり、生まれ出たことを喜ぶように鴉は天井ギリギリを旋回する。

 

 

「…足が…三本ある…?」

「え?──あ、本当ね」

 

 

その足は、通常の鴉とは異なり足が確かに三本あった。

ふわり、と大きく羽ばたきながらその鴉は銀色の靄となって消えた。

 

暫く、無言だったがルイスはそのキラキラとした銀色の残滓に手を伸ばし、ぐっと掌を握る。成功するなんて思わなかった。──それほど、自分にとってヴェロニカとの出逢いが大きなものだったのだろうか。

嬉しいような、気恥ずかしいような気がしてルイスは小さく微笑みをこぼす。

 

 

「……鴉ではなく、八咫烏なのだろう。守護霊が魔法生物になる事は、極めて稀だ」

「八咫烏?…聞いたことないや」

 

 

セブルスの言葉に、ルイスは初めて聞いた種類の魔法生物に首を傾げつつ、鳥籠の中で静かにうとうととしているシェイドを見た。

あの守護霊はシェイドとそっくりだった。だが、シェイドの足は2本しかない。きっと、シェイドはただ特別大きなワタリガラスなのだろう。

と、特に違和感を覚える事は無かった。

 

 

「八咫烏は、普通のワタリガラスと何が違うの?」

 

 

ソフィアもルイスと同じく、先ほどの守護霊がシェイドとそっくりだと気付き、まじまじと鳥籠の中でうたた寝をしているシェイドを見ながらセブルスに聞いた。

しかし、セブルスは沈黙した後、「あまり、詳しくは知らん」と素っ気なく答える。

 

 

「八咫烏は、三本脚の巨大な鴉の姿をしている。…魔力と知性を持ち、突風を起こす事ができるとは文献に書いてあったが…。確か、極東の魔法生物だ、詳細が書かれてある本はこの家にはないな」

「そっか、じゃあ…ホグワーツの図書館か、ハグリッドに聞いてみようかな」

 

 

この家には膨大な量の書籍があるが、やや魔法薬学や薬草学、呪文学、変身術に偏りがあると言えるだろう。魔法生物に対しての書籍は、一般的なものはあるが詳細に──他国の魔法生物まで網羅するほどのマニアックな本はなかった。

 

 

「ソフィアは?守護霊魔法、使えるようになったの?」

「ええ!私は使えるわ。見てて……守護霊よ来たれ(エクスペクト・パトローナム)!」

 

 

ソフィアが得意げに胸を張りながら意気揚々と杖を振れば、杖先から銀色のフェネックが躍り出る。

キラキラと輝く銀色のフェネックは、ティティに近づき鼻先でちょん、とその白い体を突きふわりと空に溶けた。

ティティは不思議そうに鼻をひくつかせ、銀色のフェネックはどこにいったのかと首を傾げる。

 

 

「ね?フェネックなの!」

「へぇ!凄いね!ソフィアらしいや」

 

 

セブルスはいつの間にか2人とも守護霊魔法を習得できるようになった事に驚いていたが、大人でも難しい魔法を、自分の子ども達が使える事は素直に喜ばしく、優しい目で2人を見つめる。

 

 

「おめでとう、ソフィア、ルイス。守護霊魔法は吸魂鬼を退けるだけではなく、他にも様々な有効、かつ素晴らしい力を持つ。──私は2人を誇りに思う」

 

 

優しいセブルスの言葉に、ソフィアとルイスは嬉しそうに顔を綻ばせる。これからも、父が誇れるような──そして、今後のために、より強大な魔法を学ばねばならない、と真剣に考えた。

 

 

「父様、これからのために…何か習得した方がいい魔法はある?」

 

 

セブルスとソフィアは、ルイスの言葉の隠された意味をすぐに察した。

明言しなくとも、今後ヴォルデモートと対抗する──もしくは、何かが起きた時の為に備えるのだと、言われずともわかった。

 

セブルスはルイスとソフィアの真剣な眼差しを受け、ポケットから杖を出すと、2人の目を見たまま杖先を指で撫でた。

 

 

「…そうだな…。……治癒魔法を1つ教えよう」

 

 

親の贔屓目があっても、2人が優秀な魔法使いと魔女である事は確実だ。

大人でも難しい守護霊魔法を使い、呪文学では2人とも優秀な成績を収めている。高学年からしか学ばない無言魔法も、簡単なものならば使えるのだ。

これから先、何が起こるかわからない。治療薬がすぐに手に入る状況でなければ、自分の身を守る為にはやはり、治癒魔法しかないだろう。

 

 

「治癒魔法?」

「エピスキーなら呪文学で学んで…もう使えるよ?」

 

 

2人は簡単な傷を治癒するエピスキーの事かと思ったが、セブルスは首を振る。

たしかに、エピスキーもまた治癒魔法だが、あれは擦り傷や軽い打撲を治癒する事ができる程度であり、有効性は低いと言えるだろう。骨折を治す事も可能だが、複雑骨折などは対象外である。

 

 

「いや…私が教えるのは、高度治癒魔法だ。この治癒魔法は…大人でも習得する事が難しく、そもそも……知る者も少ない」

 

 

セブルスは杖を振り、自室から一冊の本を呼び寄せる。その本はソフィアとルイスが今まで見た中で最も汚れ、表紙は色褪せ古かった。

 

 

「どうして?治癒魔法なんて…知っていれば便利でしょう?」

「使う事が出来れば、の話だ。この魔法は古代高度治癒魔法と呼ばれ、ホグワーツでは学ばん。 癒者(ヒーラー)を目指す者は、研修期間に学ぶらしいが……。一般的な魔法使いや──闇払いは、魔法薬に頼る」

 

 

難易度の高い魔法を使うよりも、魔法薬を十分に備える方が理にかなっていると考える魔法使いは多い。それ故に闇払いになる為には魔法薬学において、一定の成績を納めなければならないのだ。有能な闇払いほど、油断なく備え、自らの手で必要な魔法薬を調合する。

 

 

「そっか…。でも、僕たちは好きな時に魔法薬を作る事が出来ないから…その魔法が必要なんだね?」

「どんな魔法なの?」

 

 

セブルスは机の上に本を置き、その治癒魔法が書かれたページを開いた。

人体図や、何やら複雑な詠唱、そして論理が細かに記されており、ソフィアとルイスは今まで見た呪文の中で群を抜いて難しそうだと分かると、目を瞬かせながらその呪文を口にした。

 

 

「「 傷よ、癒えよ(ヴァルネラ・サネントゥール)…?」」

 

 

勿論、なんの理論も理解せずその魔法は発動しない。

眉を寄せてじっと書かれた文を読む2人を見て、セブルスは実演した方がわかりやすいかと──左腕の袖を捲った。

 

 

裂けよ(ディフィンド)

「あっ!」

「と、父様!」

 

 

セブルスの腕にパッと赤い線が走り、すぐに玉のような血が溢れじわじわと青白い腕を染めていく。つん、とした血の鉄臭い匂いが漂い、ソフィアとルイスは顔色をさっとかえると狼狽し不安げにおろおろとセブルスを見つめた。

 

 

「この魔法は呪文の紡ぎ方が特徴的だ、よく聞きなさい。── 傷よ、癒えよ(ヴァルネラ・サネントゥール)

 

 

その呪文は、まるで低く歌うかのような詠唱だった。セブルスが杖先を傷口に向け、何度か呪文を唱えれば──時を戻すかのように垂れていた血が傷口に戻り、赤く深い線は徐々に薄くなっていく。セブルスが3度唱えた時には、その腕は傷などなかったかのようにいつもの青白さを保っていた。

 

ソフィアとルイスは驚愕し、すぐにセブルスの腕に触れ、たしかに少しの痕も残っていない事を確認すると──その腕に、闇の印は残っていたが──目を輝かせて興奮したようにセブルスを見つめた。

 

 

「凄い!ハナハッカ・エキスよりも治癒速度が早いわ!」

「どんな怪我でも治せるの!?」

「かなりの重傷も治癒する事が出来る。…この魔法がなによりも優れている点は、……さて、わかるかね?」

 

 

セブルスは服を整えながら、教師としての顔をチラリと見せ2人に問いかける。

ソフィアとルイスは少し沈黙したが、先ほどの光景を思い出し、2人同時に手を上げた。

 

 

「はい!スネイプ先生!」

「わかったわ!スネイプ先生!」

「…よろしい。ミス・プリンス?」

「体内から流れ出ていた血液も、元に戻していました!ただの治癒魔法ではなく、巻き戻すかのような魔法、怪我を無かったことにするかのような……。つまり、出血死を防ぐ事が出来るんですね?」

「そうだ。グリフィンドールに2点加点しよう」

「…まぁ!それは、学校で言ってほしいわ!」

 

 

いつもなら正解を答えても鼻で笑うか無視をするのに、家だと簡単に加点してくれるのか、とソフィアは頬を膨らませた。

セブルスとルイスは拗ねたようなソフィアの表情に、小さく笑い──ソフィアもまた、頬を膨らませていた息を吐いて吹き出すように笑った。

 

 

「失われた血液だけではなく…。もし、肉の一部が剥がれたとしても、腕が飛んでしまっても。その部位がそばにある限り戻り、治癒する。ハナハッカ・エキスと同等…いや、使用者の力量に於いてはそれを凌駕する治癒能力を持つ。ただし、解毒効果はない」

「うわぁ…それでも、すごいね」

「この魔法は、間違いなく守護霊魔法よりも難易度が高い。私がいる数日で習得するのは困難だろう。よく理論を理解し、ホグワーツへ行っても、日々訓練するように。──ハナハッカ・エキスを準備することを、くれぐれも忘れないようにしたまえ」

「はい、父様先生!」

「わかったわ、父様先生!」

 

 

きっと、この魔法は自分達の武器の一つになるだろう。

そうソフィアとルイスは予感していた。

 

セブルスもまた、何が起きてもおかしくないこれから先、何があっても2人の事を護ると自分自身に誓ってはいるが、どうしても目の届かない時間はあるだろう。少しでも2人の生存確率を上げる為に、何としても、この魔法を習得して欲しかった。

 

 

易々と死なせるわけがない。

命に代えても、2人を護る。

 

 

セブルスは真剣な眼差しで本を読みぶつぶつと呟く2人の横顔を見て、再度心の奥で呟いた。

 

 



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240 ついに動き出す!

 

 

ソフィアとルイスはセブルスが滞在している三日間、懸命に高度治癒魔法を練習したが、やはり習得には至らなかった。

 

3日目の夜──セブルスがこの家を離れる日、2人は別れを惜しむようにセブルスを強く抱きしめ、「気をつけて」と何度も伝えた。

 

後1ヶ月後、ホグワーツで会える。

そう、2人は何度も自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返したが、一方で死喰い人として暗躍しなければならないセブルスが無事に戻ってくる保証など無いのだと、心の奥底で薄ら感じ取り、その思いは振り払おうとしても黒いシミのように残り続けるのだった。

 

 

 

2人はセブルスが去った後も高度治癒魔法を習得するために、魔法を使う事は出来ないが複雑な論理を理解すべく、家にあった人体図や血液と魔力の流れについて時間の許す限り学び続けた。

これから先、何かあった時に──勿論、何も無い事が一番だが──後悔はしたくない。

 

 

ある日、ソフィアとルイスは紅茶を飲みつつ机の上に沢山の本を積み上げ、黙々と分厚く古い本を読んでいた。

静かな部屋に時計が時を進める微かな音と、時折暖炉の中の火が弾ける高い音のみが聞こえる静寂の中、それが訪れたのは突然だった。

 

 

ごう、と大きな音が暖炉から鳴り、ソフィアとルイスは咄嗟に傍に置いていた杖を掴み暖炉に向ける。

赤い炎が緑色へと変わり大きな炎が吐き出される中、奥で黒い人影が見えた。

 

 

「──ジャック…」

 

 

現れたのは2人がセブルスを除き、最も信頼している大人であり、2人の育て親でもあるジャック・エドワーズだった。

いつも溌剌とした人当たりのいい笑顔を浮かべているその顔には疲労が深く刻まれ、きっちりと整えられている髪もどこかおざなりに緩く結ばれている。

 

ソフィアは現れたのがジャックであり、ホッとして杖を下ろしたが、ルイスだけはまだ警戒の色を滲ませたまますぐに立ち上がると、ソフィアの前に立ち、ジャックへ杖を向け続けた。

 

 

「動くな」

 

 

低く冷たいルイスの声に、暖炉から出たジャックは少し驚いたような顔をしてぴたりと動きを止める。ソフィアもまた、ルイスの背で困惑と驚きで不安そうにしながらルイスを見上げた。

 

 

「ルイス、どうし──」

「僕たちの11歳の誕生日プレゼントは何だった?」

 

 

ルイスの突拍子もない言葉に、ソフィアは首を傾げ、ジャックは薄く微笑む。

 

 

「セブルスの学生時代のアルバム」

「…うん、本物だね」

 

 

 

即答された答えに、ルイスはようやく警戒を解き杖を下ろす。ジャックはポケットから杖を出すと体や床についた灰を一掃し、ルイスに近付くと「偉いな」と肩を優しく2度叩いた。ルイスは褒められた事に自分の行動が間違いではなかったのだと、誇らしげに笑った。

 

 

ルイスは今までの経験から、目の前にいる人物が信頼出来る人物でも信じず、一度はこうして互いしか知らない事を問いかけた。

今まで何度もポリジュース薬により姿を変えた敵に翻弄されてきたのだ、その中の渦中にいるのだから、警戒するのも当然だろう。

 

しかし、ソフィアはそこまで考える事は無く、ルイスの行いの意味を遅れて理解し、がくりと肩を下げた。

 

 

「ああ…そうよね。警戒するべきだったわ…」

「そうだよ、ソフィアすぐ信じるんだから…」

「だって、この家はジャックしか知らないって父様が言ってたし…」

「それは、去年の話でしょ?何が起こるかわからない、ホグワーツに行くまでは──いや、行っても警戒はするべきだよ」

 

 

厳しさを感じさせるルイスの言葉に、ソフィアは項垂れたまま頷いた。

 

ソフィアが知る由も無いが、実はルイスはセブルスが帰宅した時、同じように杖を向け質問をしていた。例え、その姿が最も愛しい人であってもルイスはそうしていただろう。

 

 

「まぁ、ルイスの警戒は正しい。これからどうなるかわからないからな…。さて、ソフィア。出かける準備をしておいで、どこに行くかは──わかるだろう?」

「…!…ええ、わかったわ」

 

 

ソフィアは硬い表情で頷き、ぱたぱたと足音を響かせながら2階の自室へ向かう。

それを見送ったジャックはソファに座り、ふう、と軽くため息をついた。

 

 

「大丈夫?…疲れてるね」

「んー…まぁな」

 

 

ルイスは杖を振り新たなカップを食器棚から呼び寄せ、紅茶を注ぐとジャックに手渡した。暖かい紅茶を飲んだジャックは、その表情を緩め、はらりと垂れた前髪をかきあげ、そのまま「はあー…」と大きく息を吐き足をだらしなく投げ出す。

 

ジャックもまた、セブルスと同様不死鳥の騎士団にして死喰い人への密偵でもある。勿論、それを知るものはダンブルドアだけだが。

ホグワーツの教員であるセブルスは9月1日が来ればホグワーツへ向かい、ハリーの監視という任を担うが、ジャックは去年のようにホグワーツに滞在する事は出来ない。

交友関係がかなり広く、色々な場所へ融通が効き顔を出す事が出来るジャックの任務は、かなり重いものが多かった。

善良な者を騙し情報を引き出す事への精神的苦痛、誰が信じられる者か分からず常に警戒状態であり、心休まる時は少しも無い。

 

唯一、信じられるのは親友であるセブルスだけだろう。──だが、そんなセブルスがルイスとソフィアを守る為ならば、自分を切り捨てるだろう事も、ジャックは理解していた。

 

ソファの背に深く身を委ね、両手で顔を覆い天を仰いでいたジャックは表情を読ませぬように、微かに口を開く。

 

 

「ルイス、お前はそれでいいのか?」

 

 

ルイスは唐突で、静かな問いかけに、紅茶を飲んでいた手を止め、ゆっくりとカップを受け皿に置くと──頷いた。

 

 

「うん、これは僕が決めた事だから」

「…、…そうか」

「ジャックは、僕の気持ちが分かるでしょ?」

「そう、だな」

 

 

ジャックは手を下すと、ルイスの黒い目を見つめ少し悲しげに笑った。

 

ジャックもセブルスと同じ事をルイスに望んでいたが、おそらく望み通りにはならない事をセブルスよりも早く理解していた。

何故なら、ルイスが選んだ道は──ジャック自身が選んだ道と同じだからだ。

──…いや、動機は僅かに異なるだろう。だが、大切な者を護りたいという気持ちに差異はない。

 

 

「無理は、するなよ。…俺は、ルイスとソフィアが無事なら──2人が幸福なら、それでいいんだ、それ以上に望む事は無い」

 

 

心配そうなジャックの言葉に、ルイスは困ったように──少し嬉しそうに──微笑んだが、ふと不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ジャックはどうして──」

「ジャック!おまたせ、準備出来たわよ!」

 

 

ルイスはその先の言葉を飲み込み、トランクをがたがたと階段にぶつけ跳ねさせながら勢いよく降りるソフィアを見た。

 

余程急いだのだろう、ソフィアの額には汗が滲み前髪がぺたりと張り付いている。肩で息をするソフィアに、ジャックは苦笑して立ち上がると優しい手つきでソフィアの乱れた髪を払った。

 

 

ルイスは、その優しい目を見て──気が付いた。

 

 

 

──ジャックは、愛していたんだ。…いや、多分、今でも。

 

 

 

しかし、それは自分の想像の域を出ない。ジャックが何も言わず、また、セブルスも何も言わないのならば、自分は野暮な事を聞がない方がいいのだろうと判断し口を閉じた。

おそらく、鈍いソフィアは言われなければ気が付かないだろう。

 

歳を重ねるにつれ、ソフィアは亡き母、アリッサとよく似た顔立ちになっている。そんなソフィアを見つめるジャックの目が、ただの育て親なら持たない感情をちらりと滲ませていることに、きっとソフィアは気がつけない。きっと、ジャックは母様を愛していたんだ。──そう、ルイスは思った。

 

 

「よし、じゃあ早速移動する。──ルイス、9月1日に迎えに来るからな」

「うん、ありがとう」

「ルイス!──本当に、気をつけて」

 

 

ソフィアは強くルイスを抱きしめた。

その腕が僅かに震え、ルイスに伝わったが、ルイスは何も言わず同じように強く抱きしめ、ソフィアの肩口に顔を埋め「うん、ソフィアも」と優しく告げた。

 

 

暫くしっかりと抱き合っていた2人は、名残惜しそうに体を離しお互いの目をじっと見つめる。緑の目と、黒い目。その中に互いの姿が写っているのを目に焼き付けた後、ルイスはふっといつものように笑った。

 

 

「ソフィア、向こうで迷惑かけないようにね?あまり、首を突っ込んじゃ駄目だよ?」

「…まぁ!そんな事、しないわ」

「どうだか、ソフィアはトラブルに恋されてるからね」

「それは私のせいでは無いわよ!」

「…ハリー達に、よろしくね」

「…ええ」

「信じられなくてもいいから、僕はずっと君たちの友人だって、伝えてくれる?」

「勿論よ」

 

 

不死鳥の騎士団本部に向かわない。

それを知った後、ハリー達はおそらくホグワーツが始まった時に嫌悪の目で見て自分を避けるだろう。それに、僕も──ハリー達とこれ以上、関わる事が出来ない。

 

 

ルイスはそれを考えると、どうしようもなく胸が痛んでしまい辛そうに目を揺らせたが、この道を選んだのは紛れもない自分自身だとわかっている。

──だが、ルイスは大人びていようとも、まだ15.6の子どもなのだ。悲しくなってしまうのも仕方のない話だろう。

 

ルイスはソフィアに安心させるように微笑み、少し身を屈めソフィアの不安げな目元にキスをすると一歩、後ろに下がった。

 

 

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 

ソフィアは思わず手を伸ばしかけたが、その手を強く握り、懸命に微笑むとジャックのとなりに並ぶ。ジャックは何も言わず、ソフィアの手を掴み、その場から姿くらましをした。

 

 

バシッ、と聞き覚えのある音を最後に、ソフィアとジャックは姿を消し、1人残されたルイスはその場に暫く立ち尽くしていたが、ふ、と息を吐き深くソファに座った。

 

 

 

僕は、これからドラコのそばにいる。

ホグワーツでは、ドラコだけが誰からも守られていない。ドラコにとってあの場所で信頼できるのは、きっと僕だけだ。

ルシウスさんは──死喰い人だ。今後どうなるにしろ…ドラコの道は平穏なものじゃなくなる。そばに居ないと、ドラコは潰れてしまう。道を誤って取り返しのつかない事になってしまう。本当は優しいのに、その場の雰囲気で流されやすいし、酷く不器用だから。

 

 

「…本当、損な性格だよなぁ…」

 

 

ルイスはたった1人の親友を思い出し、苦笑した。

 

 



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241 待ち侘びていた?

 

 

ソフィアは周りの景色が落ち着いた頃、ふっと体にこもっていた力を抜き閉じていた目を開いた。

辺りは夜だということもあり薄暗いが、月明かりに照らされ、よく手入れされた芝生や花壇と一般的な一軒家が薄ぼんやりと見える。

近くにあるのはどうやら玄関ドアではなく、裏口らしい事はわかったがそれ以外何も情報が無い。

ここが不死鳥の騎士団本部だろうか、とソフィアは隣にいるジャックの服をくい、と引っ張った。

 

 

「…ここが本部?」

「いや、ダーズリー家の裏庭だ」

 

 

ジャックは自分の腕時計を確認しながら小声で答え、杖を掲げると口の奥でぶつぶつと魔法を唱えながら杖を振るう。

ふわり、と杖先から現れた銀色の狐が扉へと向かい躊躇する事なく中に入った。

魔法の事を知っているとはいえ、マグルの家の中に守護霊を侵入させていいのか、法令に反するのではないかとソフィアは困惑しジャックを見上げたが、ジャックは何も言わず真剣な表情で裏口の扉を見るだけだった。

 

狐が消えて数秒もしないうちにカチリ、と小さな音が響き扉が開かれた。

 

ソフィアはマグルが怒鳴り込んでくるのかと身構えたが、現れたのはジャックと同じような真剣な目をしたムーディであり、ソフィアは目を瞬き「ムーディ先生?」と小さく呟いたが、その呟きはさらに扉から続々と現れた魔法使い達により飲み込まれた。

 

 

「ジャック、用意できたか」

「……物じゃないんだから」

「ああ…。すまん」

 

 

ムーディはソフィアをちらりと見て謝ったが、とくに謝罪の色がない形式的な響きを持っていた。

現れた魔法使い達の中に、リーマスがいる事に気付いたソフィアは久しぶりに会えた事にぱっと嬉しそうに表情を明るくしたが、最後に見た記憶よりもさらに見窄らしい格好になり、満月の次の日よりも酷く疲れているかのような表情に──喜ぶ気持ちは萎み、心配そうにその顔を見た。

リーマスもソフィアに気付き、疲れ切っていたがふわりと昔と同じように優しく微笑んだ。

 

 

「やあ久しぶりソフィア」

「久しぶり、リーマス…その──」

「あなたがソフィアね?うわー!可愛い子!」

「あ、あなたは…?」

 

 

この場にそぐわぬ明るい声が響き、この中で一番若く、溌剌とした魔女──ニンファドーラ・トンクスが断りなくソフィアの手を取りぶんぶんと大きく握手をした。

 

 

「私は──」

「トンクス。自己紹介は後にしろ。時間が差し迫っている」

「──あー、そうね」

 

 

ソフィアはトンクスだけではなく、他の見慣れぬ魔法使い達が誰なのかと気になったが、ムーディの言葉に今聞くべきでは無いと判断し、口を閉じた。

大人達に囲まれるようにしてハリーがその中からひょっこりと顔を出し、ソフィアに向かって遠慮がちに手を振る。

その目は嬉しさも滲んでいたが困惑が強く、ソフィアは自分と同じように何が起こっているのかわからないのだと察した。

 

 

「お前さんたちに目くらまし術をかける」

「え?何しなきゃって?」

「目くらまし術だ、ほれ──」

 

 

ムーディが持っていた杖でハリーとソフィアの頭をこつん、と軽く叩く。杖で触れたところから何か冷たいものがトロトロと流れているような不思議な感覚に、ソフィアとハリーはまじまじと自分の手を見つめた。手は青々とした芝生と同化し、透明になっているわけではないがこれなら確かにパッと見て自分達がここにいるとは思わないだろう。

 

 

「どうやって行くの?また、姿現し?それともポートキー?」

「箒に乗って行くんだ」

「えっ…それなら箒持ってきたのに!私、持ってきてないわよ?」

 

 

ジャックの言葉にソフィアは慌てる。しかしジャックはふと小さく笑い、芝生と同じ質感になったソフィアの頭を撫でた。

 

 

「ソフィアはハリーに乗せてもらうんだ」

「え?」

「ええっ?」

 

 

思いもよらない言葉に驚いたのはソフィアだけでなく、ハリーもだった。

勿論ソフィア1人くらいは乗せて飛ぶ事は可能だろう、だがなんとなく気恥ずかしくて、ソフィアがいるだろう場所──よく見ると、そこにソフィアがいるとわかった──を見て頬を染めた。

 

 

「わしらは隊列を組んで飛ぶ。トンクスはお前の真ん前だ、しっかり後に続け。ルーピンはお前の下をカバーする。わしは背後にいる。他の者はわしらの周りを旋回する。何事があっても隊列を崩すな。わかったか?誰か1人が殺されても──」

「そんな事があるの?」

「──他の者は飛び続ける。止まるな。列を崩すな。もし、やつらがわしらを全滅させてもお前が生き残ったら、ハリー、後発隊が控えている。東に飛び続けるのだ、そうすれば後発隊がくる」

 

 

ハリーが心配そうに聞いたが、ムーディは無視して言葉を続け、脅すように低い声で続けた。

 

 

「大丈夫だハリー、俺たちはかなり強いから」

 

 

不穏な空気を払拭するようにジャックは言うと、ベルトポーチを探り箒を取り出し、ぶら下がっている固定装置にソフィアのトランクと、ティティが入った籠を括り付ける。トンクスも同じように自分の箒にハリーのトランクとヘドウィグの籠を固定した。

 

 

「わしは、この子達に計画を話しただけだ。わしらの仕事はこの子達を無事本部へ送り届ける事であり、もしわしらが使命途上で殉職しても──」

「誰も死なないって」

「箒に乗れ。最初の合図が上がった!」

 

 

ムーディとジャックの言葉を遮るかのように、空を見ていたリーマスが硬い声を上げ空を指差す。皆がその指の先の空の高い場所に、星々に混じって赤い火花が噴水のように上がっているのを見た。──魔法の火花だ。

 

 

「ソフィア、僕の後ろに!」

「ええ、よろしくハリー!」

 

 

ハリーは一気に真剣な顔をして箒にまたがるジャック達と同じく、素早く箒に跨りソフィアに自分の後ろを示す。

ソフィアは頷くとすぐに同じように跨り、ハリーの腰に腕を回しぎゅっと力を込めた。

 

 

「第二の合図だ、出発!」

 

 

リーマスが鋭い声で号令を出す。空には緑色の火花が高く上がっていた。

ハリーは地面を強く蹴り、僅かに先に空へ舞い上がったトンクスの後に続いた。冷たい風が頬をかすめ、髪が躍る。プリベット通りの子綺麗な四角い庭はみるみるうちに小さくなり、街灯や大通りを通過する車のヘッドライトが夜空に浮かぶ星に負けずに輝く。

ソフィアは、足元に広がる偽物の星空を目を細めて見下ろした。

 

 

「ハリー、大丈夫?」

「うん、思ったより大丈夫だ。二人乗りなんて初めてだけど」

 

 

事実、ハリーは隊列を崩す事なく上手く飛んでいた。自分が重荷になっていないとわかると、ソフィアはホッとして重心を移動させないように気をつけながら辺りを見回す。

少し離れた場所を飛んでいるジャック達も、前を向きながら時々速度を落とし現れていない敵への警戒を続けている。

空の上である無防備な状態で狙われることの危険を重々承知しているソフィアは、ハリーの背中に額をつけ、どうか無事本部に行けますように、と心の底から祈った。

 

 

もう1時間は空を飛んでいるだろう。

ムーディの指示に従い、時々進路を変更しながら飛び続けている為、ハリーには今どの辺りを飛んでいるのかわからなかった。

飛び始めに感じていた胸を焦がすような高揚感や興奮も、すっかりと凍えるような風に吹き消されてしまった。

氷のような風が頬を切り、指先は感覚が朧げになってきている。ハリーは箒の柄をぎゅっと強く握り直しながら、ふと自分の腰に回っているソフィアの手が小さく震えている事に気づいた。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「ええ…流石に、猛暑とはいえ…夜は寒いわね」

「かなり高いところを飛んでるから」

「でも、…ハリーの方が寒いんじゃない?」

 

 

ソフィアはぎゅっと腕に力を込め、さらに密着した。風を正面から浴びているハリーの方がよっぽど寒いだろう。凍えるような風の冷たさに、少しでもハリーが温まってくれたら良いと思っての事であり、その他に他意はない。

だが、ハリーは背中に一層感じたふにゃりとした柔らかな感触に、気が動転し、箒がゆらりと左右に揺れた。

 

 

「どうした!?」

「い、いえ!大丈夫です、寒くて、手が悴んで…!」

「ならいい、気をつけろ!」

 

 

隊列を乱したハリーに、すぐにムーディが後ろから叫んだが、ハリーは慌てて取り繕い箒の柄をしっかりと持ち、背中に触れている柔らかさの正体を深く考えないように必死に頭をぶんぶんと振った。

 

 

「ハリー?」

「あ…だ、大丈夫!ソフィアが抱きしめてくれてるから、背中はあったかいから、うん!」

「そう?ならよかったわ」

 

 

ハリーは動揺し声が震えていたが、ソフィアはきっと寒さのせいだろうと思い、そのまま何も言わずにハリーを温めるためにぴたりと密着した。

ふと、一年生の時はそれほど体格が変わらなかったのに、ハリーの背中の広さと逞しさに、ソフィアは気付いた。

 

どきどきと高鳴る鼓動が、ハリーの背中からソフィアに伝わり、ソフィアの耳にも届いたが、ソフィアの鼓動もまた同じように早かった。

しかし、ハリーと違いソフィアはこうして長時間抱きしめていることへの照れや興奮からではなく、何が起こるかわからない緊張のせいだった。

 

 

それからさらに1時間は空を飛んでいただろう。ソフィアに後ろから抱きしめられているとはいえ、前からの風は防ぐ事ができず一刻も早く地面に降り立ちたい、そうハリーが10回は思った時、リーマスが叫んだ。

 

 

「下降開始の合図だ!トンクスに続け、ハリー!」

 

 

ハリーはトンクスに続いて急降下する。耳元で風が唸り、足下にあった分厚い雲を突き抜けその先に小さな無数の光が群を成しているのが見えた──街明かりだ。

 

 

「さあ、到着!」

 

 

トンクスが叫び、人気のない小さな広場の芝生の上に殆ど無音で降り立った、すぐにハリーはその後ろに着地し、箒から降りようと脚を上げたが、腰に回ったままのソフィアの腕が一向に離れない。

 

 

「ソフィア?降りるよ?」

「あ、ま、まって…腕が、凍って…!」

 

 

長くハリーの腰回りに手を密着させていたソフィアは、雨粒や風のせいでハリーの服と腕がくっついてしまい、上手く動かす事が出来なかった。

ハリーは悴んで上手く動かない手で必死にソフィアの腕や手を摩ったが、ハリーの手もまた感覚がなく、触れているはずなのに何も感じなかった。

 

 

「う、──んんっ!…は、離れたわ…」

 

 

ソフィアはなんとか指先を動かし少しずつ手を温めると、そのままの勢いをつけて腕を外す。よろめきながら箒から降り、まだ動きがぎこちない両腕を擦っていれば、すぐにそばに降り立ったジャックがソフィアを抱きとめた。

 

 

「体が凍えきってる…ごめんな、ここではまだ炎を出せないから」

「ええ…わかってるわ」

 

 

どうやらここはマグルの街らしい。

それは少し離れた家の中にいる人達が四角い箱をじっと見ている様子から、なんとなく察していた。

ムーディが火消しライターで街灯の火を消しているが、あまり派手な魔法を使えばマグルに見つかるかもしれない。──いや、マグルならばまだマシだろう。なによりも避けなければならないのは、死喰い人に見つかる事だ。

 

 

「これで、窓からマグルが見ても大丈夫だな。──よし、行くぞ、急げ」

 

 

ムーディは火消しライターを胸ポケットに突っ込むと、そのままハリーの腕を掴み走る。ジャックもまた、寒さに凍え上手く動けないソフィアの手を引いた。

 

ムーディが杖を持ったまま先頭を歩き、ハリーとソフィアは中央の最も安全な場所をすすむ。四方をジャック達護衛がしっかりと固め、手には油断なく杖を掲げ慎重に辺りを見据えていた。

 

 

いくつかの歩道と家を通り過ぎた後、痛いほどの無言だったムーディは唐突にぴたりと足を止める。ハリーとソフィアはその背に衝突しそうになったが、なんとか脚を踏ん張りこらえ、一体どうしたのだろうかとムーディを見た。

 

 

「ほれ、急いで読め、ちゃんと覚えるんだ」

 

 

ムーディは目くらましがかかったままのハリーの手に一枚の羊皮紙を押し付け、ソフィアにも覗き見るようにと顎で示す。

暗い中でも見えるように、ムーディは自分の杖先をルーモスで照らすと、羊皮紙に近づけた。

 

ソフィアはハリーの隣に並び、半分に折り畳まれていた羊皮紙が開かれ、その中から現れた文字を読んだ。

 

 

『不死鳥の騎士団本部は、

ロンドン グリモールド・プレイス 12番地に存在する』

 

 

細く縦に長いその文字に、ハリーはなんとなく見覚えがあった。

 

 

「これは?──」

「ここではダメだ!中に入るまで待て!」

 

 

思わず口に出したハリーに、ムーディは低く唸りながら鋭く言葉を遮ると、羊皮紙をひったくり杖先でそれに火をつけた。すぐに羊皮紙は赤い炎に飲まれ、残ったのは黒い煤だけであり、それは風に吹かれひらひらとどこかへ飛んでいく。

 

 

「でも、どこが──?」

 

 

ハリーは不安げに呟く。

それもそのはずだ、目の前にある看板には11番地と、13番地しか書かれていない。つまり、12番地はどこにも存在していないのだ。

困惑するハリーを見て、ソフィアはこれこそが家を隠す守り人の魔法なのだと察した。きっと、12番地は目の前に存在するのだ、ただ見えないだけで。──近くに住むマグル達は、12番地が無い奇妙さに気付く事も出来ないのだろう。

 

 

「2人とも、いま覚えたばかりの事を考えるんだ」

 

 

リーマスが静かに言う。

ソフィアとハリーは先程羊皮紙に書かれていた言葉を深く、考えた。

 

たちまち、11番地と13番地の間にどこからともなく古びた扉や薄汚れた壁と煤けた窓も現れる。

まるで両側の家を押し退けてもう一つの家が膨れ上がってきたようだったが、11番地と13番地に住む人間達は何も感じずソファに座り夜のニュースを見ていた。

 

 

ハリーとソフィアが唖然としていると、すぐにムーディとジャックが2人の背を押し扉を潜るように促した。

大人達の緊張が伝わり、ハリーとソフィアはごくりと固唾を飲みながら目の前に現れた石段を上がった。

 

 

 

──ここが、騎士団本部。

 

 

ソフィアは汚れた扉に付けられた銀色の蛇のノッカーを見つめる。

ここには、セブルス(父様)もいるのだろうか?一眼でも見たい。話せなくてもいい。死喰い人側に居るよりは、よっぽど良いわ。

そう、ソフィアは思い大きく息を吐いた。

 

 

 

ハリーとソフィアは促されるままに開かれた扉を抜け、玄関ホールへと脚を踏み入れた。

その中は湿った埃のような臭いと、饐えたカビのような臭いがした。

打ち捨てられた廃屋のようなどこか不気味な雰囲気が漂い、誰も何も話さない。

 

不安そうに身を寄せ合ったソフィアとハリーの頭をムーディが杖先で軽く叩き、今度は暖かくトロトロとしたものが表面を伝い流れ落ちるような感覚がした。

きっと目くらましを解除したのだろう、とソフィアは自分の手を見たが灯りのないこの玄関ホールでは全てが暗い灰色にしか見えず、目くらましが解けたのかどうかはよくわからなかった。

 

 

「みんな、わしが灯りをつけるまでじっとしていろ」

 

 

ムーディが嗄れ声で囁き、ジャック達は神妙な顔で頷く。暗闇の中それぞれの表情を読むことはできないが、まだ緊張は続いているようだ。

ダンブルドアが設立した不死鳥の騎士団本部としては、どこか彼らしくない陰鬱な雰囲気が漂っていた。ここは安全地帯であるはずなのに、何故こんなにも声を顰め気配を消さなければならないのか、ソフィアは疑問が次々と沸き起こったがこの場の雰囲気でそれを口には出来なかった。

 

 

火を灯す音が聞こえ、壁沿いにかけられていた旧式のガスランプが点った。

柔らかな橙色の色がつき、互いの表情が見えるようになったとはいえ──暗く沈んだ雰囲気は、ちっともマシにならなかった。長い陰気なホールには剥がれかけた壁紙と擦り切れ汚れたカーペットが敷かれている。天井には、おそらく磨けばかなり美しいだろう大きなシャンデリアがあったが、蜘蛛の巣に覆われ霞の向こう側にあるように見える。

立派な彫刻が施された机に置かれた燭台や肖像画の枠、全てに蛇のモチーフがなされていた。

 

ハリーとソフィアが身を寄せ合いながら薄汚れ陰湿なホールを眺めていると誰かが急足で駆け込んでくる音が聞こえた。

一番奥の扉がパッと開き、ソフィアの記憶にあるよりも痩せて青白い顔をしているモリーが目に涙をためながら現れた。

 

 

「まあ!ハリー、ソフィア、また会えて嬉しいわ!」

 

 

モリーは感激しながらも、声は極限まで顰め囁きながらハリーとソフィアの2人を纏めて抱きしめた。

あまりの強さに2人は同時に小さく呻めき──肋骨がぎしりと嫌な音を立てた──ぎこちなく笑った。

すぐに2人を離したモリーはハリーを調べるかのようにまじまじと頭の先から爪先までを眺め、肩をトントンと優しく叩きながら言った。

 

 

「良かった。あんまり変わってないわね、まぁちょっと顔色は悪いけど…。夕飯はもう少し後よ。──あの方が今しがたお着きになって、会議が始まっていますよ」

 

 

モリーがハリーとソフィアの後ろに控えていたムーディ達に声をかければ、ざわりと興奮とも関心とも取れぬ雰囲気が一瞬彼らの間で走った。

次々とハリーとソフィアの隣を通り過ぎ、ムーディ達はモリーが先ほど出てきた扉へと向かう。ハリーはつい、リーマスについていこうとしたが、モリーがすぐに手を掴み引き留めた。

 

 

「だめですよハリー。騎士団のメンバーだけの会議ですからね。ロンもハーマイオニーも上の階にいるわ。会議が終わるまで一緒に待ちなさいな。そのあとお夕食よ。それと──ホールでは声を低くしてね」

「どうして?」

「何にも起こしたくないからですよ」

「どう言う意味?」

「説明は後でね、今は急いでいるの。私も会議に参加する事になってるから…あなた達の寝るところだけ教えておきましょう」

 

 

ハリーは困惑し、ここに来てもなんの説明も十分にされないのか、と箒を使い空を飛んでいる時には忘れていた怒りや憤りがふつふつと胸の奥から湧いてくるのを感じた。

だが、ハリーが口を開く前にモリーはくるりと踵を返し、古びて虫食いだらけのカーテンの前を足音一つ立てないように慎重に歩いた。

 

 



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242 怒りと悲しみと!

 

 

「ハリー!ソフィア!──ロン、2人が来たわ!到着した音が聞こえなかったわ!ああ、元気なの?大丈夫なの?私たちの事怒ってた?怒ってたわよね。私たちの手紙が役に立たないことを知ってたわ──だけど、あなたに何も教えてあげられなかったの、ダンブルドアに教えない事を誓わされて。ああ、話したい事がたくさんあるわ、あなたもでしょう?吸魂鬼ですって!それを聞いた時…!それに、魔法省の尋問のこともよ!酷いじゃない?私、沢山調べたの、魔法省はあなたを退学に出来ないの、出来ないのよ。だって──」

「ハーマイオニー、ハリーに息くらいつかせてやれよ」

 

 

ハリーが扉を開けた途端、中にいたハーマイオニーが歓喜の叫びを上げ、そのままの勢いで押し倒さんばかりにハリーを抱きしめていた。あまりに突然だった為、ハリーが何も出来ずふわふわとしたハーマイオニーの髪に顔を埋め息を詰まらせていると、ロンがニヤリと笑いハリーに助け舟を出した。

 

 

「ああ!ソフィア!久しぶり!あなたは大丈夫だった?ごめんね、私、あなたにも何も書けなくて…!」

 

 

ハーマイオニーはロンの声にハリーを解放したが、次はソフィアを強く抱きしめ、ソフィアの冷たく凍えていた頬を温めるかのようにぴったりと自分の頬をくっつけた。

 

 

「ううん、いいのよ。ダンブルドア先生との約束は破れないもの」

「ソフィア…!」

 

 

ぎゅっ、とソフィアとハーマイオニーが熱い抱擁をする中、その頭上をすいっと白いフクロウ──ヘドウィグが飛び越え、ハリーの肩にとまった。

 

 

「ヘドウィグ!」

「このフクロウ、ずっとイライラしてた。この前手紙を運んだとき、僕たちの事を突っついて半殺しの目に合わせたんだぜ?ほら見ろよ」

 

 

ロンは肩をすくめながら右手の人差し指をハリーに見せた。もうほとんど治りかかっていたが、たしかに深い切り傷があり、しばらく酷く痛んだだろう事がわかる。

だが、そんな傷の一つや二つ──僕の苦しみに比べたら大したものでは無い。

そう、ハリーは思い、ロンとハーマイオニーに出会えた温かな喜びの気持ちが急激に冷えていくのを感じた。

 

 

「へえ、そう。悪かったね、でも僕知りたかったんだ。答えが知りたかった。わかるだろ?」

「そりゃ…僕たちもそうしたかったさ。ハーマイオニーなんか心配で気が狂いそうだった。けど、ソフィアと一緒だったからきっと大丈夫だって…それに、ダンブルドアが僕たちに──」

「僕に何も言わないって誓わせた。ああ、ハーマイオニーがさっきそう言った」

 

 

ロンの言葉を遮り吐き捨てられたハリーのその声音はとても冷たく──間違いなく、苛立っていた。

 

ハーマイオニーは困ったような顔をしてソフィアから離れ、おろおろと胸の前で指を組む。ハリーはヘドウィグの白い羽を機械的に撫でながら、ハーマイオニーの指にも深い傷があるのを見たが、少しも可哀想だとは思わなかった。

 

ソフィアはハリーとロンとハーマイオニーを見比べ、小さくため息をつくとハリーの服の袖をくい、と引っ張る。

 

 

「ハリー。去年、あなた三校対抗試合に出場したくなかったけど、出なきゃならなかったわよね?」

「え?──それが、何?」

 

 

突拍子もないソフィアの言葉に、ハリーは怪訝そうに眉を寄せた。まだソフィアへの声音がほんの僅かに柔らかいのは、ソフィアもまたハリーと似た立場だ──と、ハリーは思っている──からだろう。

 

 

「それは、魔法契約は破棄できないからでしょう?あのね、ダンブルドア先生がロンとハーマイオニーに誓わせた──つまり、魔法契約を結んだのよ、きっとね。どうしても2人はハリーに何も言えなかったの。…そうよね、ハーマイオニー?」

「え、ええ、そうなの。ここにくる前に、何か署名させられて、もしここでのことを一言でも漏らしたら──…」

 

 

ハーマイオニーはぶるりと体を震わすと、それ以上何も言わずに腕を手で擦った。

 

 

「──大変な事になるって」

「ね?ハリー、あなたが何も知らされていなくて凄く嫌だったのは1ヶ月の間に散々聞いたわ!だけど、その事でハーマイオニーとロンに辛く当たるのは間違えてるわ。

何もできない2人も、きっとあなたと同じくらい、ずっと嫌で歯痒かったはずよ。だって親友が苦しんでいるのに、答えを求めているのに何も言えないなんて!辛いのはみんな一緒よ。──それに、答えが知りたかったのなら、ダンブルドア先生とか他の大人に聞くしか無いわね」

 

 

ハリーはソフィアの言葉にぐっと唇を噛み、一瞬目を吊り上げ睨むようにソフィアを見たが──しかし、大きく息を吸い込み、そのままヘドウィグの体に顔を埋め、「ふうーー…」と大きく、長く吐き出した。

 

 

「…そう、だね。ごめん、僕、──本当に、この1ヶ月苦しかったんだ」

 

 

ハリーはヘドウィグの羽毛に埋もれたままくぐもった弱々しい声で告げ、項垂れる。

ロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、あからさまにほっと安堵の表情を見せた。ロンはハリーのそばに駆け寄ると肩に手を回し、そのまま古びたベッドにひっぱり無理矢理座らせる。

 

 

「悪かったよ、ハリー。本当に言えなかったんだ、でも──」

「僕は──僕は、何か起きるかもしれないって、マグルの新聞を得るためにゴミ箱を漁ったり、何時間も花壇の下に隠れてニュースを聞いたり、毎日窓を開けてフクロウ便が手紙と届けるのを待ったり…それなのに何もなかった!何も!吸魂鬼が来た時ですら、ただ耐えなさいその場を離れちゃならない。それの繰り返しで、理由すらも、教えてもらえなくて!」

 

 

ハリーは自分の声が徐々に大きくなっている事に気づいた。一言喋るためにこの1ヶ月間燻っていた憤りと悲しみ、疑問が心の奥底から溢れ出し止まらない。2人は何も知らないかもしれない。だが、2人は本部にすぐにくる事が出来た、何故自分は行く事ができないんだろう。自分は除け者じゃないか。そう、毎日毎日思い、不貞腐れていたのだ。

 

 

「多分、僕の考えじゃ…ダンブルドアは君がマグルと一緒の方が安全だと考えたんだ」

「…へえ?吸魂鬼が来たのに?他にも吸魂鬼に襲われた人がいた?」

「そりゃ居ないさ。だけど…だからこそ、不死鳥の騎士団の誰かが夏休み中君たちの後をつけてたんだ」

 

 

ソフィア以外の皆が──僕を監視していたと知っていたんだ。

その事実に一度収まりかけていた怒りと失望がふつふつと沸き起こる。

 

 

「あら、やっぱりずっと監視はいたの?…うーん、それも当然といえば当然かしら…でもねぇ…それなら……」

「ダンブルドアはどうしてそんなに必死に…僕に何も知らせないようにしたんだろう」

「うーん…それは…正直、私は気にならないわ」

「え?…どうして?」

「だって、最長でも2ヶ月我慢すれば、夏休みは終わるもの。無限じゃないでしょう?手紙に書けなかったのは、ダンブルドア先生との契約だから、──契約してなくても、フクロウ便を使ってのやり取りなんて危険だわ、フクロウは弱いもの。誰に捕まるかわからないし。…私はそれよりも、何故、ハリーがあの場に居続けなければならなかったのか、それが気になるの。明確な理由があるはずよ。無ければおかしい──ダンブルドア先生は無駄なことはしないわ」

「わ、私──ダンブルドア先生と、2回ほど一瞬会えたの、ハリーとソフィアを早く連れてきてほしいって何度もいったの、心配だったから…!でも、ダンブルドア先生は『然るべき時に』としか仰らなくて…それに、それに──すごく、忙しそうで」

「然るべき時…私も、同じ事を言われてハリーのそばにいたのよ。…それも、何故私だったのか、理由を考えればそれらしい理由はなんとなく察しがつくわ。……だけど、それなら、やっぱりあの場所に留めておく理由が……」

 

 

ソフィアは自分の世界に入ったかのようにぶつぶつと呟き、じっとハリーの目を見つめた。

ソフィアにとって、ハリーが何も知らされなかったのは仕方のない事だと思っている。魔法族ではなく、マグルの家で暮らすハリーに魔法を使わずに情報を送るのは難しいだろうと思っていた。

だが、常に監視があったのなら、──それを知った今なら、その者を中継に僅かな情報を送る事だって出来ただろうとも思う。

それをしなかったのは自らトラブルに突き進んでしまう好奇心と勇気を持つハリーだから…色々なところにアンテナが立ちやすいハリーに、危険な目に遭って欲しくなかったから、だろうか。

 

 

しかし、どの理由でも。

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不死鳥の騎士団本部は間違いなく、ダンブルドアにより守りがかけられている。あの文字を見た人間のみがこの本部に入る事ができるのだろう。

ならば──ダンブルドア自身が守り人となっているのなら、ここが世界で一番安全じゃないだろうか?

自身の守りがかけられているこの本部よりも、あのなんの変哲も力もないダーズリー家が安全だと、ダンブルドアが思っているのが不思議で、どこか奇妙だった。

 

 

「私はハリーにとって必要なものだったから、おそらく1ヶ月間なるべく多くハリーと過ごさないといけなかった。…必要なもの、…私は、マグル界で隔離されているハリーの精神的安定のためだと思っていたけれど、ハリーの精神を安定させるなら、この本部に連れてきた方がいい、そうでしょう?」

「う…うん、そうだね」

 

 

ハリーは真剣なソフィアの目に射抜かれ、一瞬怒りを忘れて頷いた。

たしかに、ソフィアと過ごした1ヶ月は精神的に楽だった。辛くもやもやとした気持ちも、ソフィアが居たからなんとか爆発していない。まだロンとハーマイオニー──いや、騎士団に関わりのある全ての人へ対する怒りはあるが、叫び出し走り回りたいほどではない。ただ、怒りよりも除け者にされていた寂しさと、悲しさ。そして誰よりも自分がヴォルデモートに関する事柄の中心にいるのに、知る事が許されていない疑問が溢れている。

 

 

「つまり、ハリーはたとえ吸魂鬼に襲われても、ダーズリー家にいなければならなかった。この守りの強い家よりも、ダーズリー家で過ごす事、それにダンブルドアは重きを置いたの。……それにしても、何故必要だったのが私なのか…ロンとハーマイオニーでは無く、私でなければならない、と仮定するなら…」

 

 

ソフィアはハリーを見つめていたが、自分に質問するように囁く。

気がつけばロンとハーマイオニーもソフィアの言葉をじっと聞き入り、その先の結論を聞き漏らさんとばかりに息をひそめ、一言も話さなかった。

 

ソフィアとハリーの緑色の目が交わる。

2人の姿形は全く違うが、その目だけは、兄妹のようによく似ていた。

 

 

「──血縁、だから?」

 

 

ソフィアの呟きは静かな部屋によく響いた。

ソフィア自身も、自分の言葉に驚き目を見開くが、ハリー達もまた同じように驚愕し顔を見合わせる。

 

 

「血縁だから、ダーズリー家に居なきゃならない?…血縁だから、ソフィアが僕のそばに…?でも、なんで?」

「あっ!私、何かの本で読んだわ!血の魔法について…ああ、なんだったかしら──でも、魔法において血はたしかに、大切なものなのよ」

 

 

ハーマイオニーは興奮したように目を輝かせ、必死に思い出そうと頭を掻いたが、ロンとハリーは全くピンと来るものが無く、ただ首を傾げた。

暫く無言で考え込んでいたソフィアだったが、大きくため息をつくと緩く首を振る。

 

 

「何故かは、わからないわ。もし血縁だから、何かがあって…ダーズリー家に居なければならなかったのなら、何故今はハリーはここにいるの?という問題が出てくるし…。うーん、いい線いってるとは思うけれど、この少ない情報では全てを明らかにすることは無理ね。ダンブルドア先生に聞かないとわからないわ」

 

 

ソフィアはそう言うと空いているベッドにぽすん、と座り足を投げ出した。

 

 

「こういうのは、ルイスの方が考えるの得意なんだけれど…」

「あ、そういえばルイスはまだ来てないの?」

 

 

ハリーは今の今まで気が付かなかったが、そういえばルイスはソフィアと共に現れなかったと不思議そうに首を傾げた。

ルイスの名前に、ハーマイオニーは悲しげに眉を下げ、ロンはあからさまに嫌そうな顔をした。その表情を見たソフィアは、先にここに来ている2人は既にルイスがこの場にいない理由を知っているのだと思い──辛そうに微笑んだ。

 

 

「ルイスは、来ないわ」

「え?どうして?」

「…コンパートメントで、ルイスは言ってたでしょう?自分にとって正しいことをするって。…ルイスは、ドラコのそばにいる事を選んだの」

「えっ!?そんな…じゃ、じゃあ、ルイスは──」

 

 

まさか、死喰い人側に属するのか、とハリーは信じられず、愕然とした表情でソフィアを見た。

ソフィアはその先の言葉をハリーが言わなかった事に僅かに安堵したが──しかし、何が言いたいのかはわかり、俯くと足の上に置いた自分の手をじっと見つめる。

 

 

「ルイスは、死喰い人にはならないわ。だって──だって、母様と兄様を殺したのは例のあの人だもの。そんな人に忠誠なんて、誓わない。…けど、ドラコを護りたい気持ちがあるのは…間違いないわ」

「はっ!ほんと、マルフォイなんか放っておけばいいんだ!ルイスは馬鹿な選択をしたな!」

 

 

ロンが苛立ちを隠さず大声で吐き捨てベッドをぼすんと手で叩いた。

ハーマイオニーは何も言わなかったが、その視線がロンと同じ事を思っているのだとありありと物語っている。この時期、ハリーの友人であるにも関わらずドラコの側にいる事は──それは、ハリーに、いや、自分達に対する裏切りと宣戦布告ではないのかと、ハーマイオニーとロンは思っていた。

 

 

「…ルイスは、自分の心に従ったの。…『信じられなくてもいいから、僕はずっと君たちの友人だ』…ルイスからの、伝言よ」

 

 

ソフィアの言葉を最後に、痛いほどの沈黙が落ちた。今までルイスはハリー達にとってかけがえのない友であり、数々の困難をともに乗り越えた。ルイスが居なければ不可能な事も多かっただろう。

 

2年生の時はトム・リドルと戦い、3年生の時は共にペティグリューを追い詰めた、去年は鰓昆布について詳しく教えてくれた。

しかし──一方で、何があってもドラコの隣に居続けたのも、事実だ。

 

 

「──まぁ、それよりも。ここは不死鳥の騎士団の本部よね?私、不死鳥の騎士団についてあまり詳しくないんだけど…教えてもらえるかしら?」

 

 

重くなってしまった雰囲気を振り払うかのようにソフィアは無理に明るい声を出し、ハーマイオニーとロンに聞いた。

ロンはまだムッとしていたが「秘密同盟さ」と呟く。

ハーマイオニーも辛く眉を顰めていた表情を変えるとすぐに不死鳥の騎士団についての説明を始める。

 

 

「ダンブルドアが率いて、設立者なの。前回例のあの人と戦った人達よ」

「…誰が入っているんだい?」

 

 

ハリーの言葉に、ハーマイオニーとロンは顔を見合わせ指を折り数えていたが詳しい人数まで把握しているわけではなく「沢山よ、20人くらいと会ったわ」と答えた。

 

 

「それで?ヴォルデモートは何を企んでいて、どこにいるんだ?奴を阻止するために、何をしてるんだ?」

 

 

ヴォルデモートという言葉にソフィア達は身をすくませた。

 

 

「わからないわ。私たちは騎士団の会議に入れないの。未成年だからって、詳しくはわからない。…けど、大まかな事はわかるわ」

「フレッドとジョージが『伸び耳』を発明したんだ、あれはなかなかに使えるぜ?」

「伸び耳?」

「そうさ。ただ、最近は使えなくなった、ママが見つけてカンカンになってね。ママが耳をゴミ箱に捨てちゃうもんだから…フレッドとジョージは耳を全部隠さなきゃならなくなった。だけど、ママにバレるまではかなり利用したぜ。騎士団が面が割れてる死喰い人の様子を探ってるんだ」

「それに、騎士団に入るように勧誘しているメンバーもいるわ」

「あと、何かの護衛に立ってるのも何人かいるな。しょっちゅう護衛任務の話をしてる」

 

 

ハーマイオニーとロンが交互に伸び耳を使い会議を盗み聞きした事を話す中、ハリーは護衛任務の言葉にぴくりと反応し、「もしかして、僕の護衛の事じゃないかな」と皮肉ったが、ロンは素直に納得し頷くだけだった。

 

 

「会議に入れないなら、ロンとハーマイオニーは何をしていたの?」

「この家を除染してたの。何年も空き家だったから…ホール通ったでしょ?ぜーんぶ、あんな感じだったの。いろんなものが巣食ってて…厨房はなんとか綺麗にしたし、寝室も大体済んだわ。それから客室に取り組むのが明日よ」

 

 

ソフィアの疑問にハーマイオニーが部屋の中を見回しながら答えた。家具はどれも古くかび臭かったが、人が暮らせないほどでは無い。きっと何年もそのままならば、蜘蛛の巣やら何やらで酷い事になっていたのだろうとソフィアは思った。

 

 

「ああっ!もう!いい加減それやめて!」

 

 

バシッ、バシッと二度と大きな音がして、ハーマイオニーは驚き飛び上がった。ソフィアとハリーとロンはそんなハーマイオニーの大声に驚き、目の前に突然現れた得意げな顔をするフレッドとジョージを目を瞬きながらぽかんと見つめる。

 

 

「やあハリー、ソフィア。君たちの声が聞こえた気がしたんだ」

 

 

ジョージはにっこりとハリーとソフィアに笑いかけた。廊下に声が響くほど大声で話していただろうかとソフィアは口を押さえながら「こんばんわ」とフレッドとジョージに挨拶をする。

 

 

「2人とも、姿現しができるようになったのね?いいなぁ、私も早く使えるようになりたいわ!」

「勿論、優等生だった」

 

 

フレッドはパチンとウインクをし、手に持っていた長い薄橙色の紐をくるくると振り回した。

 

 

「階段を降り立って30秒もかからないのに」

「弟よ、時はガリオンなり、さ。──とにかく、もう少し静かにしてくれ。君たちの話し声が伸び耳の受信を妨げているんだ」

 

 

ハリーが怪訝な顔をしたため、フレッドが紐を少し掲げる。その紐の先は扉へと伸び、踊り場へ向かっていた。

 

 

「気をつけた方がいいぜ、ママがまたこれを見つけたら…」

「その危険を冒す価値ありだ。今重要会議をしてる」

 

 

ロンは伸び耳を見て声を顰め、ちらちらと扉の先を気にしながら囁いた。だが、フレッドの言う重要会議がどんなものなのか知りたい気持ちがあるのか、無理に止めようとはしない。

 

ソフィア達が扉を見つめていると、ふいにその扉が開き──モリーがやってきたのかと、ソフィア達はぎくりと肩を震わせた──長く綺麗な赤毛を靡かせながらジニーが現れた。

 

 

「ああ、ハリー、ソフィア、いらっしゃい。話し声が聞こえた気がしたの」

 

 

ジニーが明るい声で挨拶をし、床に垂れている伸び耳の紐をひょいっと手で掴み肩をすくめた。

 

 

「伸び耳は効果なしよ。ママがわざわざ厨房の扉に邪魔避け呪文をかけているの」

「どうしてわかるんだ?」

「トンクスがどうやって試すか教えてくれたの。扉に何か投げつけて、それが扉に接触出来なかったら扉は邪魔避けされてるの。私、階段の上からクソ爆弾を投げてみたけどみんな跳ね返されちゃった」

 

 

ジニーの言葉にフレッドとジョージはがっくりと肩を落とし、大袈裟なまでに嘆いてみせた。

 

 

「残念だ!あのスネイプのやつが何をするつもりなのか知りたかったのになあ」

「スネイプ!ここにいるの?」

「まぁ、スネイプ先生もいるの?」

 

 

ソフィアはてっきり死喰い人側の仕事についているのかと思ったが、まさかこの場に居るとは思わず心なしか嬉しそうに顔を綻ばせる。ハリーは全く正反対の表情で、嫌そうにフレッドとジョージを見た。

 

 

「ああ、マル秘の報告をしてるんだ」

 

 

ジョージが慎重に扉を閉め、ベッドに腰を下ろしながら言った。ジニーとフレッドも座り、ハリー達は顔を見合わせ声を顰めながら話し合った。

 

 

この中でセブルスの事を信頼しているのは、どうやらソフィアとハーマイオニーだけらしいという事がフレッド達の言葉や雰囲気からわかり、ソフィアはなんとも言えない気持ちになり沈黙してしまう。

まぁ、それも仕方の無いことだろう。ここにいる者は皆──いや、そもそも不死鳥の騎士団の大多数が──グリフィンドール生なのだ。

スリザリンばかり贔屓し、グリフィンドールを陥れるセブルスの事を良く思っている者など、存在しない。

 

 

ハリーとソフィアはセブルスだけではなく、ビルやチャーリーも不死鳥の騎士団員だと知った。外国に住む魔法使いを仲間にしたいダンブルドアの考えにより、チャーリーが勤務が無い日に色々と動いているようだ。

その流れでパーシーの話題になり──2人は、パーシーの名前が禁句なのだと初めて知った。

 

元より、パーシーはウィーズリー家では少々浮いていた。規律を何よりも重んじる彼はきっと今までにも思うところがあったのかもしれない。ダンブルドアの味方についたアーサーやモリーを侮辱し、魔法省に忠誠を違うのだと宣言した上で家を飛び出したのだった。

 

 

ソフィアはウィーズリー家に亀裂が入ってしまった事を悲しく思う。パーシーの事を説明するフレッドやジョージは怒ったように眉を吊り上げていたが、その目には悲しみが確かに滲んでいた。

 

 



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243 ブラック家!

 

 

ハリーは日刊預言者新聞を購読していたが、隅々までは見ていなかった為に自分の名前がそんなにも悪い意味で揶揄られているとは思わず、悔しいやら困惑やらでぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。

話がハリーへの魔法省の尋問に流れかけた時、階段を上がる足音と軋むミシミシという音が聞こえ、フレッドとジョージは慌てて伸び耳を回収し、自室へ姿を眩ました。

 

間一髪、2人が消えたのと同時にモリーが扉を開き、フレッドとジョージが今までいたとは微塵も思っていないモリーがソフィア達ににっこりと笑い、話しかける。

 

 

「会議は終わりましたよ。降りてきていいわ。ハリー、ソフィア、みんながあなた達にとっても会いたがってるわ!夕食にしましょう。──ところで、厨房の外の扉にクソ爆弾を山ほど置いたのは誰?」

「クルックシャンクスよ。あれで遊ぶのが大好きなの」

 

 

ジニーがけろりと言い、モリーは少し眉を寄せたが「そう」ととくに気にする事なく納得した。猫というものは丸いものを追いかけるのが好きだとモリーは思っているのだろう、とソフィアは考えちらりとハーマイオニーと意味ありげな目配せをした。

 

 

「やっぱりね、クルックシャンクスかクリーチャーだと思ってたわ。あんな変なことばかりするし…。さあ、ホールで声を低くするのを忘れないでね。ジニー?手が汚れてるわよ、夕食前に手を洗ってきなさい」

 

 

ジニーはソフィア達に向かってぺろりと舌を出し、そのままモリーに続いて部屋を出た。

パタン、と扉が閉まった後、ハリーはロンとハーマイオニーに向き合い「あのさ」と口を開いた。

 

 

「クリーチャーって誰?」

「ここに棲んでるハウスエルフさ、イかれてる。あんなの見たことない」

「イかれてなんかないわ、ロン!」

 

 

ロンの説明にハーマイオニーはすぐに噛みつき、つんと口を尖らせた。だが、ロンはどこかかわいそうなものを見る目でハーマイオニーを見つめ、大袈裟な程に肩をすくめ「あいつの最大の野望は首を切られて、母親と同じように飾られる事なんだぜ?」と焦ったそうに言った。

 

 

「それでもまともかい?」

 

 

ソフィアはホールを通っていた時に、ハウスエルフの干からびた首が飾られていたのを思い出した。てっきり悪趣味な飾りかと思ったが、ロンの言葉を聞く限り──どうやら本物の首の剥製らしい。

 

 

「それは──それは、ちょっと変だからってクリーチャーのせいじゃないわ」

「ハーマイオニーは反吐をまだ諦めてないんだ」

「反吐って言わないで!SPEW、しもべ妖精福祉振興協会です!それに、私だけじゃないのよ、ダンブルドアもクリーチャーには優しくしなさいっておっしゃったわ!」

「はいはい。行こう、腹ペコだ」

 

 

ロンはこれ以上ハウスエルフについてハーマイオニーと議論する事は無駄だと思い、面倒臭そうに話を中断すると立ち上がりハリーの肩を叩いた。

 

ロンが先頭に立ち、ソフィア達は扉から踊り場に出た、しかし階段を降りる前にロンが長い腕を横に伸ばしソフィア達の動きを無理に押し止めた。

 

 

「ストップ!まだみんなホールにいるよ、何か聞けるかもしれない!」

 

 

ロンの囁き声に、ハリーとロンとハーマイオニーは慎重に階段の手すりから下を覗き込む。

ソフィアは聞くなと言われた事に聞き耳立ててもいいのか少し悩んだが──好奇心と、今何が起こっているのか知りたい気持ち、そして少しでもセブルス(父親)を見たい気持ちから、そっとハーマイオニーの隣から覗き込んだ。

 

 

階下の薄暗いホールでは先程ハリーとソフィアをここまで護衛してきた集団や、初めて見る魔法使いや魔女、そしてその中心にセブルスとジャックの姿があった。

どれだけ呼吸を止め、耳すませても小声で話している彼らの会話を聞くことは出来ないが、ソフィアはセブルスの体に大きな怪我もなく、数日前に見た時と変わりはない事にほっと胸を撫で下ろした。

 

伸び耳がソフィア達の目の前をそろりそろりと降りて行ったが、その耳が騎士団達の元に届くよりも前に騎士団達は全員玄関の扉に向かい姿が見えなくなった。

 

 

「スネイプは絶対ここで食事をしないんだ。ありがたい事にね」

「さあ、行きましょう。ホールでは声を低くするのを忘れないでね、ハリー、ソフィア」

「ええ、でもどうして?」

「…大変なことになるのよ」

「ああ、めちゃくちゃヤバいことになるんだ」

 

 

ソフィアの言葉に、ハーマイオニーとロンは神妙な顔で声を低めて答えたが、あまり答えになっていない言葉にハリーはまた自分だけ教えられない事があるのかと嫌そうに眉を顰める。

先に行ってしまったロンとハーマイオニーの背を睨むハリーを見たソフィアは、この好奇心となんでも気になってしまうからこそダンブルドアはハリーに全てを教えたくなかったのではないか…と思ったが、何も言わずに拳を作る手を握った。

 

 

「行きましょうハリー、私お腹ぺこぺこ!」

「…そうだね、行こうか」

 

 

ハリーは何か言いたげな目をしていたが、ソフィアの微笑みにつられるように、ここに来て初めて少しだけ微笑んだ。

 

 

ハウスエルフの首がずらりと並ぶ壁の前を通り過ぎる時、リーマスとモリーとトンクスが玄関の扉口に魔法の錠前や閂をいくつもつけ、最後に杖でトントンと叩いていた。

 

ソフィア達が降りてきた事に気づいたモリーは杖をポケットの中に入れながら、一層小声で囁く。

 

 

「厨房で食べますよ、さあ、忍足でホールを横切ってあの扉から入るの」

 

 

モリーはホールの奥にある扉を指差し、ここに何があるのかを知っているロンとハーマイオニーはそろそろとなるべく足音を立てぬよう歩き、ハリーとソフィアもとりあえずそれの真似をした。

 

そろそろと歩く中、黒い廊下を縫うように白い閃光が走った。

 

 

「ティティ!」

「きゅっ!」

 

 

白い閃光に見えたのは、薄く開いた扉から駆け出してきたソフィアのペットのティティだった。ソフィアはさっとしゃがみ込み両手を広げ、ティティは嬉しそうにその中に飛び込む。

 

それを見たトンクスがパッと表情を輝かせ、思わずソフィアとティティに向かって駆け出してしまった。

 

 

「わぁ!可愛い──あっ!!」

 

 

トンクスは、少々落ち着かず注意散漫な女性であり、真っ白で愛らしいティティに見惚れていた彼女はうっかりとトロールの足ほどの大きな傘立てにつまずき、大きな物音を立てて倒れ込んでしまった。

 

 

「トンクス!」

「ごめん!」

 

 

トンクスが転ぶのはもう見慣れた光景であり、モリーは呆れたように小声で叫び、トンクスも慌てて小声で謝る。

 

 

「この馬鹿馬鹿しい傘立てのせいよ、躓いたのはこれで2度目──」

 

 

その先のトンクスの言葉は誰の耳にも届かなかった。

壁にかけられていたビロードのカーテンが勢いよく開き、その奥から耳を劈き血も凍る恐ろしい叫びが轟く。開かれたカーテンの奥には黒い帽子を被った老女が拷問を受けているかのような叫び、涎を垂らし、目を見開いていた。等身大の巨大なそれは、ハリーとソフィアが見た中で最も生々しく醜悪であり、悪意の塊のようだ。

老女の叫びにより、他の肖像画も目を覚まし何事かと叫びを上げる。ハリー達はたまらず耳を塞ぎ、目をぎゅっと閉じた。

 

これが、ロン達が言っていた事か!とハリーはようやく分かったが、出来ればこれだけは知りたくなかった。

 

 

リーマスとモリーが急いでカーテンを引っ掴み閉めようとしたが、なかなか思うように閉まらず、抵抗するように老女はますます鋭く叫び腕を振り回し長い爪で2人の顔を引き裂こうとした。

 

 

「穢らわしい!クズども!塵芥の輩!雑種、異形、出来損ないども!ここから立ち去れ!我が祖先の館をよくも穢してくれたな!」

「ああっ!ごめんなさい!もう!うるさいわね!」

 

 

トンクスは自分のミスで老女を起こしてしまった事を何度も謝りながら巨大でどっしりとした傘立てを引きずり立て直す。

モリーはカーテンを閉めるのを諦め、ホールを走り回り他の肖像画に失神術をかけていた。すると、ハリーの目の前の扉が勢いよく開き、中から黒髪の長髪の男が飛び出した。

 

 

「黙れ!この糞婆!黙るんだ!」

 

 

男──シリウスはモリーが諦めたカーテンを掴み老女を睨み上げ吠え立てる。老女のぎょろりと血走った眼がシリウスを見据えた途端、さっと血の気が失せ──尤も、元々かなり顔色は悪かったが──戦慄き、さらに大声で叫んだ。

 

 

「こいつうぅぅっ!!」

 

 

その喚きによりシャンデリアがガチャガチャと揺れ、天井から白い埃がぱらぱらと舞い落ちる。ソフィアはこのままでは本部が半壊するのではないかと、本気で思った。

 

 

「血を裏切る者よ!忌まわしや、我が骨肉の恥!」

「聞こえないのか!黙れ!!」

 

 

シリウスも負けじと吠え、リーマスと懸命にカーテンを戻そうとしたが、分厚く巨大なカーテンはなかなか閉じず、老女の叫びによりばたついた。

 

 

「ティティ!」

 

 

ソフィアは目を薄く開き、苦しげに顔を歪めたまま腕の中で抱いていたティティを見下ろす。

ティティはぱっとソフィアの目を見て考えを読むと、すぐに腕の中から飛び出しくるりと空中で一回転すると、足を床につける頃には巨大な人物──ハグリッドへと変身していた。

 

 

一瞬老女も、リーマスもシリウスも呆気に取られ動きを止めたが、ティティ(白いハグリッド)はシリウスの上から巨大な手でカーテンをむんずと掴むと勢いよく閉じる。

シリウスはさっとリーマスが持つカーテンを掴み、2人がかりで反対側から閉じた。

 

白いハグリッドと、シリウスとリーマスの力によりようやくカーテンがぴったりと閉じると老女は嘘のように静まり返り、ホールに響くのは少し荒い呼吸音だけだった。

 

シリウスは息を弾ませながら長い黒髪を目の上から掻き上げ、ハリーを見てニヤリと笑った。

 

 

「やぁハリー。どうやら俺の母に会ったようだな」

「え?──だ、誰の?」

「我が親愛なる母上だ。かれこれ1ヶ月以上も外そうとしているんだが、この女はカンバスの裏に永久粘着呪文をかけたらしい」

 

 

シリウスは「母上」の部分を嘲るように強調しつつ、白いハグリッドを見上げ感心するようにその巨体をぽんぽんと叩いた。

 

 

「驚いたな、こいつは妖狐か?」

「ええ、そうなの。──ティティ、よくやったわね!」

 

 

ソフィアは声を顰め、白いハグリッドに向かって手を差し伸べる。白いハグリッドは無垢な満面の笑みを浮かべると、ソフィアの元にどしどしと駆け寄り、胸の中に飛び込んだ時には既にいつものティティへと戻り、満足げに喉を鳴らしていた。

 

 

「ソフィアもよくきたな。──さあ、下に行こう。急いで、コイツらが目を覚さないうちにな」

 

 

シリウスは声を顰めながら親指で気怠げに肖像画達を指差し、ハリーの背を叩きつつ廊下を共に歩いた。

ハリーはシリウスの言葉の意味がまだ理解出来ず、目を見開いたままシリウスを見上げる。

 

 

「どうして、お母さんの肖像画がここにあるの?」

「誰も君に話してないのか?ここは俺の両親の家だった。…俺が最後の生き残りだからな、今は俺の家だ。ダンブルドアに本部として提供した。──俺にはそれくらいしか役に立つ事がないからな」

 

 

シリウスはハリーが期待していたような温かな歓迎をしてくれなかったが、それよりもハリーはシリウスの言葉が苦渋と自嘲に満ちている事が気になった。

 

 

ソフィアはハリーとシリウスの後ろを歩きながら辺りを見渡す。

確かにそれなりに広い屋敷であり、埃が被ってはいるが…置かれている調度品や壁にかけられている灯りの装飾はどれも磨けば美しく高価なものばかりに見える。

蛇のシンボル──成程、たしかブラック家は何よりも純血を重んじている由緒正しい純血魔族だ。おそらく、貴族の面もあるのだろう。

 

 

階段を一番下まで降りた先にある地下の厨房は、上のホールと同じように暗く、荒い石壁のがらんとした広い部屋だった。

明かりといえば、厨房の奥にある暖炉くらいだろう。

 

ソフィアは部屋の中央にある木の大きなテーブルの上に羊皮紙の巻紙やゴブレット、ワインの空き瓶、ぼろ布のようなものが散らかっている荒れた様子を見て、せめてもう少し綺麗にすれば、それなりにいいお屋敷なのに、と心の奥で呟いた。

 

この荒れ方は、スピナーズ・エンドにあるスネイプ家よりも酷い、とは思ったが、おそらくそれを知る者は、この中には誰もいないだろう。

 

 

テーブルの端でアーサーとビルが額を寄せ合いひそひそと話しているのを見て、モリーが大きく咳払いをすると、弾かれたようにアーサーが顔を上げ、初めてハリーの訪れに気付き勢いよく立ち上がった。

 

 

「ハリー!会えて嬉しいよ!ソフィアも、本当に無事でよかった、よくきたね!」

 

 

アーサーは笑顔でハリーの手を取り大きく振るとソフィアにもにっこりと笑いかけた。

 

机の上に散らかっている羊皮紙をチラリと見たハリーだったが、モリーは片眉をあげるとさっと隠すようにビルに押し付け、ビルはすぐにくるくると丸めてしまった。

 

 

 



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244 騎士団の動向!

 

 

騎士団メンバーとその家族たちの静かな食事が始まった。

ハリーの護衛任務についていたマンダンガスが目先の商売に目が眩み任を離れた時に吸魂鬼がハリーを襲ったのだと、その時初めてソフィアは知ったがマンダンガスのあまりの落ち込み具合いと、ハリーがそれに関してはあまり怒ってはいない雰囲気だったため、何も言わなかった。

フレッドとジョージが魔法を使い一気に食器や料理を運んだために、モリーの怒りに触れつい、彼女が「チャーリーは見境なしに呪文をかけたりしなかった!パーシーは──」と言いかけた途端、場の空気が緊張を孕み凍りついたのだ。

 

ソフィアは事前にパーシーの立場や、両親たちと何があり家を出たのか説明されていたが──やはり、モリーの不自然に止められた言葉と、一気に無表情になったアーサーを見て胃の辺りがずしりと重くなるように感じた。

 

間違いなく、和気藹々とした楽しい食事の開始ではなかったが、温かなシチューやパンを食べているうちにポツポツと話し出すものが現れ、自然とパーシーについてはなかったことのように流されていた。

 

 

トンクスが彼女の特殊能力である七変化を使い、場の雰囲気を明るくさせ、くすくすとジニーとハーマイオニーとソフィアが笑う。次々と色々な面白おかしい鼻のリクエストをすれば、トンクスはにこにこと嬉しそうに七変化を披露した。

 

デザートのルバーブ・クランブルにたっぷりとカスタードクリームをかけ、それぞれがお腹がはち切れそうになるほど食べた後、食後のゆったりとした雰囲気が流れ始める。

そこそこで交わされていた会話もひと段落し、アーサーは満ち足りくつろいだ表情で椅子に寄りかかり、トンクスは眠そうに欠伸をこぼす。

ソフィアはこの場にセブルスとジャックが居ないことが残念でならなかったが、きっと彼らは彼らの仕事があるのだろう。実際、2人だけではなく護衛のためにハリーとソフィアを送り届けた魔法使いたちの姿はここには無い。

 

膝の上に白いクッションのようなティティが丸まりながら座り、ソフィアは美しいその毛を優しく撫でながら皆の緊張がとけた表情を見ていた。

 

 

「もうおやすみの時間ね」

 

 

モリーが欠伸をしながら言い立ち上がる。

壁にかけられている古びた時計の針は既に11時を指している。

 

 

「いや、モリー、まだだ。──いいか、君には驚いたよ。ここに着いた時真っ先にヴォルデモートの事を聞くだろうと思っていた」

 

 

シリウスは机の上にあった空の皿を押し退け、ハリーの目を見据えながら低い声で呟く。

その言葉に、部屋の雰囲気がさっと変わった。一瞬前は誰もが眠たげに寛いでいたが、今や警戒し、張り詰めている。

ティティは部屋に立ち込めた雰囲気を敏感に察知し、微睡かけていた意識を覚醒させると心配そうにソフィアの硬い表情を見上げた。

 

 

「聞いたよ!ロンとハーマイオニーに聞いた。でも、2人が言ったんだ、僕たちは騎士団に入れてもらえないから、だから──」

「2人の言う通りよ。あなたたちはまだ若すぎるの」

 

 

モリーはハリーの言葉を遮り、窘めるような強い口調で言い切ると背筋を伸ばしてシリウスを見る。その目には僅かに、嫌悪感が浮かんでいる事に、ソフィアは気付いた。

 

 

「騎士団に入ってなければ質問してはいけないと、いつからそう決まったんだ?ハリーはあのマグルの家に1ヶ月も閉じ込められていた。何が起こったのかを知る権利がある」

「ちょっと待った!」

「なんでハリーだけが質問に答えてもらえるんだ!?」

 

 

ジョージとフレッドが大声で叫び、目を爛々と輝かせ──この場に眠気が残っていた者など、いないだろう──勢いよく立ち上がる。

ガチャン、とバタービールの空き瓶が音を立て転がったが、誰もそれを元に戻そうとはしなかった。

 

 

「俺たちだって、この1ヶ月、みんなから聞き出そうとしてきた。なのに、誰も何一つ教えてくれやしなかった!」

「あなたたちはまだ若すぎます、騎士団には入っちゃいません!──ハリーはまだ成人にもなってないんだぜ?」

 

 

フレッドが何度もモリーから言われたのだろう、彼女の声音を真似て高い声で叫び、憤慨しながらハリーを指差す。

ぐっとモリーの眉間に深い皺が刻まれ顔が赤く染まったが、フレッドとジョージは一瞥すらしなかった。

 

 

「騎士団が何をしているのか、君たちが教えてもらえなかったのは俺の責任じゃない。それは、君たちのご両親が決めた事だ」

 

 

シリウスは静かな目で怒れるフレッドを見つめ、答える。

 

 

「ところが、ハリーの方は──」

「ハリーにとって何がいいのかは、あなたが決める事じゃないわ!ダンブルドアが言った事を、まさかお忘れじゃないでしょうね?」

「どのお言葉でしょうね?」

「ハリーが知る必要がある事以外を、話してはならないとおっしゃった言葉です!」

 

 

モリーの鋭い言葉に、シリウスは揶揄うように丁寧に返したが、その目には沸々とした怒りが滲んでいた。

今まで彼は何もできなかった、その鬱憤がどうしようもなく溜まっているのだろう。

ロン、ハーマイオニー、ソフィア、フレッド、ジョージの5人の頭がモリーとシリウスから放たれる強い言葉を、まるでテニスのラリーを見るように往復し、ジニーは散らばったコルク栓の中に座り込みながらぽかんと口を開きモリーを見つめる。

ハリーはシリウスを心の奥底から応援しながら、机の上に置いた手の拳を握り、ぐっと表情を引き締め、シリウスを支持する、と見えるようにモリーを見つめた。

 

 

「俺は、ハリーが知る必要がある事以外に、この子に話すつもりはない。しかし、ハリーがヴォルデモートの復活を目撃した者である以上、ハリーは大方の人間よりも──」

「この子は騎士団のメンバーではありません!」

 

 

モリーは『ヴォルデモート』の言葉に身震いしたが、その震えを誤魔化すように机を手で叩き、叫ぶ。

モリーは、ハリーが一年生の時から絶えず危機にさらされている事をロンや周りから聞かされしっている。ハリー達により、娘のジニーの命を助けて貰った事もある。かけがえのない恩人であり、そして、息子のロンと同様庇護すべき子どもだと思っている。

──いや、ハリーの境遇を考えた時に、その他の子どもよりも優しく、包み込むように守りたいのだ、辛い事など出来れば教えたくないのも仕方のない事だろう。

同じ歳の子どもがいるモリーだからこその、切なる思いなのだ。

 

 

「この子はまだ15歳です!それに──」

「それに、ハリーは騎士団の大多数のメンバーに匹敵するほどの──いや、何人かを凌ぐほどの事をやってのけた」

「誰も、この子がやり遂げた事を否定しません!でも、この子はまだ──」

「ハリーは子どもじゃない!」

「大人でもありませんわ!シリウス!この子はジェームズじゃないのよ!」

「お言葉だが、モリー。俺はこの子が誰かはっきりわかっている」

「私にはそう思えないわ!時々、あなたがハリーの事を話す時、まるで親友が戻ってきたかのような口ぶりだわ!」

 

 

その言葉にリーマスは僅かに表情を翳らせる。その事に気づいているのはモリーだけではない、ジェームズとシリウスの仲を知っているリーマスもまた、同じことを思っていた。

 

 

「それのどこが悪いの?」

 

 

ハリーは、今までも父親であるジェームズと生写しだとずっと言われ続けていた。誰よりも勇敢で賢いジェームズ似ている事が、彼にとっての密やかな誇りだったのだ。ハリーの言葉にモリーは一瞬信じ難い非難的な目をハリーに向けたが、すぐに頭を振ると子どもに言い聞かせるように、優しくゆっくりと伝えた。

 

 

「どこが悪いかと言うとね、ハリー。あなたはお父さんと違うからですよ。どんなにお父さんそっくりでも!」

 

 

モリーは納得のいかないハリーの視線から逃げるようにシリウスを睨み、再度ハリーは学生であり責任を持つべき大人がそれを忘れてはならぬと強く言う。

 

 

 

「俺が無責任な後見人だと言うのか?」

「あなたは向こう見ずな行動を取る事もあるという意味ですよ、シリウス。だからこそダンブルドアがあなたが家にいるように何度もおっしゃるんです!それに──」

「ダンブルドアが俺に指図することは、よければこの際別にしておいてくれないか?」

「アーサー!──アーサー、何とか言って下さいな!」

 

 

シリウスとの話は平行線を辿り、埒が開かないとモリーは焦ったそうに夫であるアーサーに助けを求める。今やシリウスとモリーはこれ以上口論すれば机の上をバタービールの空瓶の一つくらいは飛びそうなほど、熱がこもっていた。

 

 

アーサーはモリーと視線を合わせず、つけていたメガネを外すとゆっくりとクロスで拭いた。

 

 

──結局、アーサーはモリーが望むような言葉を言うことはなく、リーマスもハリーが歪曲された話を他人から聞くよりも、今我々が正しい話を伝えた方が良いのではと彼の意見を支持した。

このテーブルについている大人達は、ハリーに少しの情報を与えるべきだと思っている。モリーは顔を赤くし険しい表情のままテーブルを見回したが、誰もモリーの意見に賛同するものはいない。

 

 

いや、賛同する以前に、大人達の激しい口論に口を全く挟む事が出来なかったと言えるだろう。──尤も、騎士団が何をしているのか聞きたいのは事実だが。

 

 

モリーはハリーにのみ聞かせるとしたが、フレッドとジョージは成人している事を理由に、ロンとハーマイオニーとソフィアはどうせハリーから聞かされる事を理由にこの場に残ることとなった。

 

モリーは悲しいやら悔しいやら、心配やらで複雑な表情をし、なんとか怒りを爆発させないように冷静に努めながらジニーにのみ、この場から離れるように告げた。

流石にたった1人出される事をジニーは激しく拒絶したが、モリーに引き摺られるようにして部屋を後にする。

 

ジニーの叫びにつられるように、シリウスの母の肖像画が叫んだが、すぐにリーマスが静寂を取り戻しに行き、静かになった後リーマスが戻ってきた後、シリウスがようやく口を開いた。

 

 

「オーケー、ハリー。……何が知りたい?」

 

 

シリウスの黒い瞳をハリーは真剣な目で見る。

この人だけが、僕の鬱々とした気持ちだけを汲んでくれるのだと思うと、ハリーはたまらなかった。

 

 

「ヴォルデモートはどこにいるの?アイツは何をしているの?マグルのニュースを見ていたけど、それらしい不審な死は何もないんだ。ソフィアの言ってたように…今は勢力を蓄えているの?」

 

 

シリウスとリーマスがソフィアをちらりと見た。その目には『誰を何から聞かされたのだ』と探るような色があったが、ソフィアは肩をすくめ無言を貫いた。

 

 

「…不審な死は我々が知る限り…まだない。我々は相当、色々な事を知っているんだ」

「どうして、人殺しをやめたの?」

「それは、自分に注意を向けたくないんだろう。アイツにとって、それは危険なことだからな…。アイツの復活は思い通りにならなかった、わかるだろう?しくじったんだ」

「──と、いうより、君がしくじらせた」

 

 

リーマスがシリウスの言葉に付け足し、満足そうに微笑んだ。

 

ハリーは不思議そうに首を傾げたが、聡いソフィアとハーマイオニーはその言葉だけでその意味を理解した。

 

2人の予想通り、シリウスとリーマスはハリーが生きていて、ヴォルデモートの復活をダンブルドアに告げたことがどれだけの意味を持つのかと懇々と説明をする。

 

ヴォルデモートが唯一恐れた人物である、ダンブルドア。彼に復活を知られることは予定外だったに違いない。本来なら闇に紛れ、配下を集め、奇襲の形で平穏を潰し混沌を生み出したかったのだろう。

 

 

シリウス達はダンブルドアが不死鳥の騎士団を集め、ヴォルデモートに対抗するべく企みを根絶させようとしている事を告げた。

勿論、魔法省の協力は不可欠だが、ファッジがヴォルデモートの復活を認めず、ダンブルドアは狂ったのだと、自分の名声を上げるために幻影を相手にしているのだと宣言してしまった。

魔法省──いや、ファッジは自分の権力を保つために、見たくない物を隠し、ダンブルドアの信用を失墜させようと躍起になっている。それは、簡単なことだ。去年の日刊預言者新聞の力を借り、上部だけのダンブルドアとハリーしか知らない大衆に向かってあの2人は戯言を言って魔法界を混乱させたいだけなのだと、連日告げればいい。

 

大衆もまた、ヴォルデモートが復活しただなんて信じない。いや、信じたくはない。人々が目を瞑り耳を塞ぐのは、これ程まで簡単なことなのだ。

 

 

「ハリー、ヴォルデモートは魔法使いの家を個別訪問して、玄関をノックするわけじゃない。騙し、呪いをかけ、恐喝する。隠密工作は手馴れたものだ。いずれにせよ、奴の関心は配下を集めることだけではない。ほかにも求めているものがある。奴が極秘で進める事ができる計画だ──いまは、その計画に集中している」

「配下集め以外に何を?」

 

 

ハリーの疑問に、シリウスとリーマスはほんの一瞬目配せをした。

 

 

「極秘でしか、手に入らないものだ。武器のようなもの、かな。前の時には持ってなかったものだ」

「それ、どんな種類の武器なの?死の呪文よりも、悪いもの?」

「──もう沢山!」

 

 

暗がりの中から、モリーが叫んだ。

ジニーを寝室に押し込んだモリーが厨房に戻り、腕組みをして顔を憤怒で歪めながら大股でテーブルへと近づき、座っているシリウスを睨め下す。

 

 

「今すぐベッドに行きなさい!全員です!」

「俺たちに命令はできない!」

「出来るか出来ないか、見てごらんなさい」

 

 

フレッドはすぐに抗議の声を上げたが、モリーは怒りから小刻みに震えている。真っ赤を通り越し目が燃え、額には青筋が立っている。血管が数カ所切れていても不思議ではない怒りっぷりに、流石のフレッドも口を閉ざした。

 

 

「あなたは、ハリーに十分な情報を与えたわ。これ以上何か言うなら、いっそハリーを騎士団に引き入れたらいいでしょう」

「そうして!僕、入る。入りたい、戦いたい!」

 

 

ハリーはモリーの言葉に飛びつき、身を乗り出してモリーとシリウスを見た。

モリーは言い過ぎた、と口をつぐんだが、シリウスはニヤリと賛成を示すかのように笑う。

だが、否定したのはモリーでは無く、リーマスだった。

 

 

「駄目だ。騎士団は学校を卒業した成人の魔法使いのみで組織されている。危険が伴う。君たちには考えも及ばないような危険が……シリウス、モリーの言う通りだ、私たちはもう十分話した」

 

 

リーマスに止められてしまい、シリウスはハリーを見ながら中途半端に肩をすくめ、言い争うことも拒否する事も無かった。

モリーは鼻の穴を膨らませ、一度大きく深呼吸するとじろりと席に座るハリー達を見る。

 

もう、ベッドに行きなさい。そう言いかけた時──。

 

 

「聞いてもいいかしら」

 

 

収まりかけていた場を壊すように手を挙げたのは、今まで沈黙を守っていたソフィアだった。

途端にモリーは「ソフィア!」と非難的に叫び、リーマスもこれ以上何も言えないと厳しい目でソフィアを見る。シリウスだけは意外そうにソフィアを見つめた。

 

 

「なんだ?」

「騎士団の事じゃない。私の事を聞きたいのだけど」

 

 

ソフィアは立ち上がり、怒りに震えるモリーを見ないように、ただハリーをチラリと見てから、大人達をぐるりと見回した。

 

 

「私と──ハリーの関係は騎士団の共通認識なの?」

 

 

その言葉に、フレッドとジョージとロンは首を傾げ、ハリーは何を言っているのだろうときょとんとし、その他の大人は目を見開いた。

 

その反応を見たソフィアは、それだけで全てを理解し、ふう、と小さく息を吐く。

 

 

「…──じゃあ、私の家族の事は?」

 

 

2度目の漠然とした質問だったが、今度は皆不思議そうに顔を見合わせた。ただ1人リーマスだけが少し表情を変えたが瞬きひとつする間にいつもの表情に戻り、その事に気づいたのはじっと見ていたソフィアだけだっただろう。

 

 

「ルイスの事か?…あいつ、来ないってジャックから聞いたが…?」

「ううん、それなら、いいの」

 

 

シリウスの言葉にソフィアは首を振る。

シリウスと、父であるセブルスは犬猿の仲だ。もし自分がその娘だと知っているのなら──薄々思ってはいたが、こんな反応にはならないだろう。

 

つまり、この中でソフィアの家族のこと──セブルスの娘だと言うことは、リーマスしか知らないのだ。

 

 

「ソフィアとハリーの関係って?」

 

 

ジョージが不思議そうに首を傾げる。ソフィアは隠しているべきなのか、どうなのか悩みモリーやリーマスといった大人たちを見たが、誰もが口を閉ざすだけで首を振る事はなかった。

 

その答え──ハリーとソフィアの母親が姉妹であり、2人はいとこなのだという事は、部外者が口を出すことではない。本人が言うのならば、それでよし、秘密にしたいのならば、誰にも言うつもりはなかった。

勿論それはダンブルドアと、そして育て親であるジャックに言われていた事だ。ハリーとの関係を伝える事ができるのは、本人であるソフィアと、ルイスの2人だけだと。

 

 

ソフィアは少し悩み、そのまま小さく首を振る。

 

 

「…なんでもないの、ただ、私が何故ハリーと共にいるべきだったのか気になっただけよ。でも、──もういいわ。ごめんなさい、もう寝る時間よね?」

「え?ええ、そうね!もう寝ましょう!ほら、はやく!」

 

 

ソフィアの言葉にモリーはハッとしてハリー達に部屋に戻るように告げた。

ソフィアを心配そうに見るハーマイオニーが真っ先に立ち上がり、ソフィアの手をぎゅっと握る。それにつられるようにして1人、また1人と立ち上がり、ついに最後まで椅子に座っていたハリーも立ち上がった。

 

 

階段を上がるモリーの後ろ姿を見ながら、ソフィアは去年ダンブルドアがセブルスとの関係を誰にも──強固な絆で結びあい、信頼しあわねばならぬ騎士団員達にも言わなかった意味を考えた。

 

その意味を、ソフィアは昔のように、教職員の娘であるから、だけだとは到底思えなかった。

おそらく、この繋がりを隠す事は何よりも大切な事なのだ。

ダンブルドアも、そして、間違いなくセブルス本人もそれを望んでいないのだろう。大人が沈黙を守るのならば、ソフィアは同じように沈黙する事を決めた。

 

 

 



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245 勘違いは正さないと!

 

 

次の日からソフィア達は騎士団本部であるブラック家の大掃除をしていた。

屋敷中に住み着いているドクシーを駆除する薬品を噴射し、汚れた床や壁を拭き、箒で掃いた。これだけ大人がいるのだから、とソフィアは魔法を使い掃除をしていたが、すぐにモリーに知られ「未成年は魔法の使用は認められていません!」と強めに叱られてしまい、仕方なくそれからはマグル式で掃除をしていた。

 

途中、マンダンガスが本部にこっそりと盗品を運び、モリーの怒りを買い雷が落ちたり、ハウスエルフのクリーチャーがぶつぶつとハリー達を侮辱しながら通り過ぎたり、ブラック家の家系図を見たりしたが──それを除けばソフィア達は殆ど掃除をしていたと言えるだろう。

 

そうこうしているうちに、ハリーが魔法省で尋問にかけられる日がやってきたが、ソフィアとハーマイオニーとロンがそれに気がついたのは朝食の席になってからだった。

 

 

「あれ?──ふぁ…あ──ハリーは?」

 

 

ロンは部屋のベッドも空だった事から、早めに目が覚めて朝食を食べているのだろうと思ったが、厨房にハリーの姿はない。

トーストを齧り欠伸をこぼしながらロンがモリーに聞けば、モリーは人数分の目玉焼きを作りながら「もう出たわ」とあっさりと答える。

その答えに、暫しソフィア達は固まったが──ようやく、今日が尋問の日だと思い出した。

昨夜は遅くまで掃除や片付けをしていて、疲れ切りぐっすりと眠ってしまったのだ。時刻はもう8時を指している。

 

 

「ああ!すっかり忘れてたわ…どうしよう、励ましたかったのに…」

「ハリー、大丈夫かしら?まさか、退学だなんてないわよね?」

 

 

ソフィアはうっかりしていた自分自身を責めるかのように唸りながらトーストを噛みちぎり、ハーマイオニーは心配そうに指先でトーストのカリカリとした耳を削った。

 

 

「大丈夫だよ。未成年でも命の危機があれば魔法を使う事は許されているんだ」

 

 

落ち着かないソフィアとハーマイオニーに、リーマスが紅茶のカップに角砂糖を4つほど入れながらのんびりと告げる。

ゆったりとしたその語り口調に込められた確信を持った響きに、ソフィアとハーマイオニーは少し表情を緩め「そうよね、大丈夫よね」と顔を見合わせ頷き合った。

 

しかし、その日午前中に行われた階段の掃除は、誰も身が入らなかったと言えるだろう。

ロン、ソフィア、ハーマイオニーだけでなく、モリーも手すりを磨いてはいたがどこか上の空で同じ所を汚れた雑巾で何度も拭いていた。

そんな掃除をしていては、いつもならモリーが目敏く見つけすぐに雷を落としたが、今日は彼女自身もそうであった為「だめ!早めに休憩にしましょう」とため息混じりに言い、濁った水が張られているバケツに雑巾を突っ込んだ。

 

 

 

ハリーがアーサーと共に帰ってきたのは、尋問が開始される9時過ぎだった。

尋問の開始は9時だと言っていた、それほど早く尋問が終わるわけがない、まさか日程が変更になったのかと思ったが、何のことはない、尋問の時間が大幅に変更になったのだ。

偶然かなり早めに目覚めたハリーを落ち着かせる為に、尋問の時間よりも3時間は早く出発していてなんとか、遅刻の悪印象を与えずに済んだのだ。

ソフィアは急に変更となった時間に少し悪意を感じだが、それでも満面の笑みのハリーとアーサーを見てホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「無罪だった!」

「思った通りだ!君はいつだってちゃんと乗り切るんだから!」

「ああ、良かったわ!まぁ当然だけど!」

「そうね、無罪で当然よ!」

 

 

数日続いていた暗い表情がすっかり晴れ渡る笑顔になったハリーを囲み、ロンとソフィアとハーマイオニーは喜びの声を上げる。

 

 

「あなたには何の罪も無かったんだから、なーんにも!」

「僕が許されるって思っていたわりには、みんなずいぶんホッとしてるようだけど?」

 

 

ハリーはニヤリと笑ってソフィア達の表情を見てそう言い、3人はにっこりと嬉しそうに笑い「まぁね!」とハリーの背を労うように叩いた。

無罪を信じてはいたが、やはり不安は不安であり、モリーはエプロンで目元を拭い、ジニーとフレッドとジョージは戦いの踊りのような仕草をしながら「ホーメン、ホーメン、ホッホッホー!」と陽気に歌い厨房をぐるぐると回る。

 

 

「やめなさい!──ところでシリウス、ルシウス・マルフォイが魔法省にいたんだ」

 

 

アーサーは馬鹿馬鹿しくも陽気に踊る3人を注意したが、その表情はにっこりと笑っている。しかし、ルシウスの事になると少し声を顰め席に着き紅茶を飲んでいたシリウスに真剣な目で囁いた。

 

 

「なに?ルシウス・マルフォイだと?」

「そうなんだ、地下9階でファッジと話しているのを私たちが目撃した。それから2人は大臣室に行った。ダンブルドアに知らせておかないと」

「その通りだ、知らせておく。心配するな」

 

 

シリウスは真剣な顔で頷き、アーサーはモリーから濃い紅茶を一杯貰い、そのまま仕事へと向かってしまった。

 

ソフィア達は大きなテーブルの席に着き、紅茶と少しの茶菓子を摘みながらハリーがどのような尋問を受けたのかを聞いた。

 

 

「勿論。ダンブルドアが君の味方に現れたら、奴らは君を有罪にできないよ」

「うん、ダンブルドアのおかげで僕が有利になったんだ」

 

 

話を聞きながら、ソフィアはハリーがそのダンブルドアに対して喜びと感謝だけでは無く別の感情を抱いていることに気づく。どこか、ダンブルドアと名を口にした時に、いつものように純粋なキラキラとした尊敬や敬愛だけが込められてはいなかったのだ。

 

そうか、ハリーはダンブルドア先生本人からの説明を求めているんだわ。私たちは一度はあっている。けれど、ハリーの元には来ていない。

ここに来る事はあるらしいけれど、夜中にしか来ないらしいし……たしかに、誰よりも忙しいとはいえ、今までのダンブルドア先生ならハリーと会って激励の一つ弁解の一つしそうなものなのに。

 

 

ソフィアがそう思っていると、ハリーが小さく呻き額をぱちんと手で押さえる。

 

 

「どうしたの?」

「傷が…でも、なんでもない。今じゃ…しょっちゅうだから」

 

 

ソフィアが心配そうにハリーの顔を覗き込めば、ハリーは首を振り、全く無問題だと言うようににっこりと笑い、紅茶を飲んだ。

 

 

 

ハリーが無罪になってから数日。

ハリーは自身がホグワーツに戻る事を心底喜んではいない人物がいることに気づいた。──シリウスだ。

 

シリウスは初めこそ他の人と同じようにハリーの無実を喜んでいたが、日が経つにつれ以前より塞ぎ込み、不機嫌になり、ハリーともあまり話さなくなった。シリウスの母親の部屋にバックビークと共に長時間閉じこもるようになってしまったのだ。

 

それに気付いた数日後、ハリーは四階のカビだらけの戸棚を擦りながら思いの一端をソフィア達に打ち明けた。

 

 

「やっぱり、シリウスは僕が有罪になって退学になる事を望んでいたんだ」

「自分を責める事はないわ!あなたはホグワーツに帰るべきだし、シリウスはそれを知っているわ。個人的に言わせてもらうとシリウスは少しわがままよ!」

 

 

すぐにハーマイオニーが憤慨しながら小声で叫び、ゴシゴシと戸棚を擦る。

 

 

「それはちょっとキツイぜハーマイオニー。君だって、この屋敷に独りぼっちで釘付けなってたくないだろう?」

「独りぼっちじゃないわ!ここは不死鳥の騎士団の本部よ?シリウスは高望みして、ハリーがここにきて一緒に住めばいいと思ってるのよ!」

「そうじゃないと思うよ。僕がそうしてもいいかって聞いた時、シリウスははっきり答えなかったんだ」

 

 

ハリーは雑巾を絞りながら呟く。

シリウスなら自分をダーズリー一家から遠ざける事をよしとすると思っていた。三年生の時、無実が証明されたら一緒に暮らさないかと持ち掛けたのはシリウス本人だったからだ。たしかにあの時とは色々変わってしまったが、ハリーはきっとここで暮らせると──少なくとも来年の夏休みは戻ってきても良いのだと思い込んでいた。

だが、シリウスは曖昧に笑い肩をすくめただけで、両手を上げて喜ぶ事は無かった。

 

 

「自分であんまり期待しちゃ駄目だって思ったのよ。それに、きっと少し罪悪感を覚えたのね。だって心のどこかであなたが退学になれば良いって願っていたと思うの。そうすれば2人は追放された者同士になれるから」

 

 

ハーマイオニーは単純明快だと言うように言ったが、ハリーとロンは同時に「やめろよ!」と叫ぶ。ハーマイオニーは自分の考えに自信があり、反論こそしなかったが肩をすくめただけだった。

 

 

「聞けばいいじゃない。シリウスに」

 

 

ハーマイオニーとロンとハリーの会話を聞いていたソフィアが指先についたカビをこっそりと魔法で清めながら当たり前のように呟く。

その言葉にロンとハリーとハーマイオニーは顔を見合わせ、「それは…」と口籠った。

 

今は予想の範囲を出ないが、もし本当に退学になる事を望んでいたと言われたら──ハリーはホグワーツに帰るまでのあと数日、どんな顔をしてシリウスと会えばいいのかわからない。何より、そんな事を思うシリウスに失望してしまいそうだ。

 

 

ソフィアは汚れた雑巾をバケツの中に放り込むと立ち上がり、シリウスが今日も篭っている彼の母の部屋に続く階段を見上げた。

 

 

「私、聞いてくるわ」

「えっ!?ちょ、ちょっと!」

 

 

ハリー達は慌てて立ち上がると先に階段を昇って行ったソフィアを追いかける。

 

 

「本気で?やめた方が──」

「今まで疑問に思ってた事があって、その答え合わせもしたかったの。今ならわかるかもしれないわ」

「答え合わせって?」

 

 

後ろからのハリーの言葉に、ソフィアは階段を上がりきり、くるりと振り返ると不敵に笑った。

 

 

「すぐにわかるわ」

 

 

そのままソフィアはトントンとシリウスがいる部屋の扉をノックした。

すぐに返事は来なかったが、バックビークのぐるぐるという鳴き声が聞こえ、ソフィアがもう一度扉をノックすれば「…どうぞ」とくぐもった返事があった。

 

 

「入るわよ、シリウス」

「ああ…何だ?ハリー達まで…」

「あ、ジャックもいたのね?騎士団の話をしてたの?」

「いや、ただの世間話さ」

 

 

シリウスはカビと埃臭い部屋の中で大きなベッドの上に伏せているバックビークの側でその体を優しく撫でていた。

一つある椅子に座り、シリウスのそばに居たのはジャックだ。彼はあまり長時間騎士団に滞在する事はないが、たまに時間が合えば昼食や夕食を食べて行くこともある。

 

ソフィアは特に何も思わず部屋の中に入ったが、ハリー達はどこか気まずさを感じながら部屋に入り、薄暗い室内を見回す。こんなところに閉じこもるだなんで、それだけで精神が参ってしまいそうだ。

 

 

「聞きたい事があるの。シリウス、騎士団の事じゃなくて私の事なんだけど」

 

 

ソフィアはバックビークにお辞儀をし、バックビークもそれに答えた後、バックビークの頭を撫でながら辺りを見渡す。

座る椅子がない事を知るとすぐに杖を振り、近くに落ちていた置物を丸椅子に変えた。ハリー達が座る分も出現させたため、3人は顔を見合わせとりあえず、その椅子に座った。

未成年が魔法を使っていることに、シリウス──勿論、ジャックもだが──は特に注意する気は無いのか何も言わずに「何だ?」と首を傾げる。

 

 

「シリウスは、私とハリーがいとこだって知ってるでしょう?母様──アリッサと、シリウスは仲良かったの?」

「え?──いや、アリッサはスリザリンだったからな、仲が良いかと言われると…どうだろうな」

 

 

シリウスはまさかアリッサの事を聞かれるとは思っていなかったのか、面食らったような表情をしたが、当時を懐かしむように遠い目をした。

 

 

「悪くは無かった。普通に話す事もあったな…。アリッサは…スリザリンでも異質だったからな。良くも悪くも目立っていた」

「それは、マグル生まれだから?」

「ああ、そうだ。スリザリン寮の馬鹿げた思想は知ってるだろう?──入学当初は、かなり大変だっただろう。だが、まぁ、アリッサは中々に優秀で強かな女性だったからな…実力で黙らせていた、なぁ?ジャック?」

「ああ、今でも思い出せるよ。…いやー…本当、すごかったな」

 

 

ホグワーツでのアリッサの過去を思い出し、シリウスとジャックは喉の奥でクツクツと低く笑う。何があったのかは分からないが、少々過激な悪戯が好きなシリウスが当時を思い出し笑うほどだ、()()ことがあったのだと想像に難く無い。

久しぶりに見たシリウスの笑顔に、ハリーはホッとした。最近はずっとムッツリしていて、不機嫌だった。何も答えてくれないかと思っていたが──思ったより今日は機嫌が良いのかもしれない。ジャックがいるからだろうか?

 

ソフィアは(アリッサ)がホグワーツで何をしたのか少し気になったが、深く突っ込んで聞く事はなかった。この中で自分の父親の事を知っているのはジャックとハーマイオニーだけだ。もし、何かの話でそれを読み取られては困る。

 

 

「それに、ジャックがいたからな…スリザリンだったが、入学する前から俺とは知り合いで──」

「え?そうなの?」

 

 

シリウスの言葉にソフィアは驚き目を瞬かせる。シリウスもまた、ソフィアがその事を知らなかったのだと分かると意外そうな顔でジャックを見た。

 

 

「言ってなかったのか?」

「言うタイミングが無かったからな。…ほら、シリウスは少し前までお尋ね者だったし?」

「ああ、確かにそうだな」

 

 

ニヤリと笑ってジャックが言えば、シリウスも同じように笑う。

数年前まで、シリウスは凶悪犯だった。いや、今も魔法族の大多数にとってシリウス・ブラックは12人もの命を奪った犯罪者であり、アズカバンの脱獄囚だ。だが、それは冤罪であり、ジャックもダンブルドアから去年の末にそれを聞かされ、会う事が出来て、ようやくシリウスの冤罪を信じる事が出来た。──何より、ジャックは既に死喰い人の集会でピーター・ペティグリューと会い、その生存を確認している。

 

 

尤も、セブルスと同じくシリウスを心から許している、というわけではない。間接的にアリッサ達を死なせる原因になったのはシリウスと、ジェームズの企みによるのだから。

 

表面的には以前と同じような付き合いをしているジャックに、シリウスはそれに気付いているのか、気付いていて何も…それが贖罪だとわかっていて、言わないのか──兎に角、2人は以前のように気軽に話す間柄になっていた。

 

 

「ジャックは俺の又従兄弟だからな。家系図にも載っていたが、気がつかなかったか?」

「えっ…ぜ、全然気がつかなかったわ!」

「俺の家は…エドワーズ家は純血なんだ。ブラック家と同じく由緒正しい純血主義を掲げる純血魔法族様ってやつだな。…まぁ、俺もシリウスも、それを馬鹿馬鹿しいと思っているけどな?」

 

 

再びジャックとシリウスが喉の奥で笑うなか、ソフィアはジャックを見て、たしかに純血という括りにこだわっていなさそうだと思った。

しかし、それならジャックが交友関係が広いのも理解出来る。それは彼個人の力では無く、今日まで続くエドワーズ家の功績の一部なのだろう。

 

 

「ジャックは早くからアリッサと仲が良かった。だから──まぁ、スリザリンでも悪いやつばかりじゃ無いって事は知ってたさ。リリーの姉だったしな」

「へぇ…やっぱり母様はホグワーツで有名だったのね?ハリーのお母さんのリリーさんと姉妹だって事は、知られていたのでしょう?まぁ、双子でそっくりだったから隠しようも無かったとは思うけれど」

「そうだな、2人は鏡のようにそっくりだった」

「それなら、やっぱり騎士団員は私とハリーがいとこだって知ってるのね」

「ああ──あ」

 

 

シリウスは頷いた後、まずい、という表情をしたが今更否定しても疑われるだけだろう。頭を指先でぽりぽりと掻きながら、「まあ、そうだな」と再度頷く。

 

 

「やっぱりね。…私は1ヶ月間、ハリーの元に向かうようにダンブルドアに言われたの。何でかわからなかったんだけど、シリウス達は知っているのね?──それに、シリウス、あなたハリーがこの家で過ごすことに複雑な反応だったらしいわね?おかしいわ、あなたならすぐに過ごしたいと思うはずよ。来年からここで過ごすように言うはずだわ、つまり、それが出来ない…自分の心情よりも大切な理由があるのね」

「何を──」

「私がハリーの元に行く理由は、血縁だから。ダーズリー家と私の繋がりはそれだもの。ダーズリ家は私にとっても、いとこだから──やっぱり騎士団だけが知っている何か理由があるのね、例えば、血による強固な守りとか?」

「……ジャックから何か聞いたのか?」

 

 

シリウスは真剣な顔をし、一瞬ジャックを見た後低い声でソフィアに聞いたが、ソフィアはくすりと小さく笑うとバックビークの嘴を撫でた。

 

 

「シリウス。あなたのそれが、答えだわ」

 

 

シリウスがそれを聞く。

つまり、それは全ての解であると言っているのと同じだ。

不敵に笑うソフィアに、シリウスは「やられたよ」と肩をすくめ、ジャックもまた「やられたなぁ」と苦笑した。

 

 

「…俺からも、一つ聞いていいか?」

「え?ええ」

 

 

シリウスは一瞬、居心地が悪そうにしているハリー、ロン、ハーマイオニーを見た後、口をゆっくりと開く。

 

 

「ソフィア、お前の父親って──ジャックか?」

「え?それは…ジャックは私の育て親(パパ)だけど…?」

 

 

ソフィアはきょとんとして不思議そうに首を傾げ、シリウスは「やっぱりそうか」と大きく頷き、ジャックはまたもすれ違いが起きている、と頭を押さえた。

 

ソフィアの言葉は、たまに言葉が足りず誤解を招く事がある。セブルスに対してもそうだったが、他人のことはとても聡い子だが──自分に対してその能力は発揮されないようだ。

どう考えても、この解答ではシリウスはありもしない誤解を抱き続けてしまう。

 

 

「そうか!まぁ、そうだと思ったよ。なぜ黙ってるのかわからないが…まぁ、色々とあるからな。…アリッサと学生時代仲が良かったのなんて、ジャックか──アイツしかいないが、アレはあり得ないからな」

「…何のこと?」

 

 

ソフィアは何だか噛み合っていない気がする、と首を傾げたが、シリウスは1人納得しうんうんと頷きつつ「いや、いいんだ」と手を振り話を中断させた。

シリウスがいいならいいけど、とソフィアは小さく呟ききょとんとしたままジャックを見る。

ジャックは苦笑するだけでシリウスとソフィアの間に起きている勘違いを正す事はない。

 

 

シリウスがソフィアとルイスの父親を俺だと思っているのなら、今後のためにそう思わせた方が良いだろう。この中で彼女たちの父がセブルスだと気付く可能性があるのは、当時自分達の関係をよく知るシリウスだけだ。

アーサーやモリーは年齢が離れていて、俺たちの仲までは詳しくは知らないはず。リーマスは元から関係性を知っていたようだが、他人の家の問題を勝手に漏らす事はないだろう。

 

 

「ソフィアとルイスは俺の大切な子どもさ」

「ふふっ!嬉しいわ!」

 

 

ジャックは優しい目でソフィアを見つめ、頭を撫でた。ソフィアは何だかこそばゆいような気持ちになったが、育て親からそう言われて嬉しくないわけもなく、くすぐったそうに身を捩った。

 

 

「あ、そうそう。──それと、シリウスって意外と寂しがり屋さんなの?」

 

 

ソフィアがおどけて言えば、シリウスは脈略のない話題にぱかりと口を開け、彼にしては珍しく少々間抜けな表情をし首を傾げる。

 

 

「寂しがり屋?…何を──」

「ああ、でも、寂しがり屋さんなら、ハリーと過ごせる数日間、こんな薄暗くて埃臭いところに引きこもらないわよね」

 

 

直接的なシリウスへの苦言に、シリウスはぐっと口篭り気まずそうに俯き──ハリーからの強い視線を感じていたのだ──バックビークの体を撫でる。

 

 

「それとも、本気でハリーが退学すれば良かったって思ってるのかしら?どうみても不機嫌だもの」

「何?いや、そんな事思うわけがないだろう!」

「…え、そうなの?」

 

 

シリウスはソフィアの皮肉が滲む言葉をすぐ否定したが、それに反応したのはハリーだった。

思わず、ぽろりと口から溢れてしまい慌てて口を手で押さえたが、一度吐き出した言葉を無かったことにするのは難しい。

シリウスは怪訝な目でハリーを見て、「当たり前だ!」と少々気を害したように唸るように叫んだ。

 

 

「俺が君の退学を望むと思うか?ハリーはホグワーツに戻らなきゃならない。そりゃ、側に居られないから…不安はあるのは事実だが…俺にはどうする事も出来ないからな」

 

 

自分の無力さを嘆く自嘲混じりの言葉に、ハリーは大きく目を見開き息を飲み込んだ。

本当に望んでいないのか?そんな事僕に言えないから、嘘をついているだけじゃなくて?──だって、明らかに不機嫌だったのに。

 

 

「あ。──成程なぁ、ハリー。シリウスはソフィアが言うように寂しかっただけさ。学生時代の時から、コイツはこう見えて()()()()()()()()()()()が嫌いでね。待てないし寂しいし駆けつけたい…躾のなってないわんちゃんなんだよ」

 

 

ジャックはハリーが何に悩んでいるのか、そしてシリウスとハリーの2人の間にも勘違いがあることに気付くと、笑いながらシリウスの肩をぽんぽんと叩いた。

 

 

「はあ?俺ほど躾の良い犬は居ないぜ?」

「地図を使って抜け出すわんちゃんの何処が躾がいいのか、全く聞いてみたいな」

「そりゃあ──仲間の元に向かうのは、帰巣本能だろ?」

 

 

犬と言われても特に嫌がる事もなく、シリウスはジャックの揶揄いに、同じように揶揄いで返す。にやり、と悪戯っぽく笑えば、ジャックは降参だと言うように手を挙げた。

 

 

「まぁ、パッドフットの躾については置いといて。──つまり、ハリーは、シリウスの態度から…自分が退学になるのを本当は望んでいて、無罪になったから今怒ってて…不機嫌なんだと思ってたんだろ?」

「は?…そ、そうなのか?ハリー?」

「う…うん」

 

 

そんな事思いもしなかったシリウスは、うっすらと口を開いたまま暫し呆然とハリーの悲しそうな顔を見て──ようやく、自分の態度がハリーを悲しませ、苦しめていたのだとわかると顔を手で覆いがくりと項垂れた。

 

 

「違う!…ただ、やはり…その、俺は──ソフィアとジャックが言う通り、寂しくてな。折角ハリーと会えて、話したい事が山ほどあるのに…そんな時間は無いし、君のために騎士団として、何かしてあげられる事も無い。──自分自身に腹が立ってね、9月1日がくればハリー達が居なくなってしまうと思うと、この屋敷で楽しい事も力になれる事も何一つ無くなってしまう。──自分の無力さに、落ち込んでな」

 

 

シリウスは、ハリーとハーマイオニーが思っているほど幼稚な性格をしていない。

ハリーが退学にならなかった事に、素直に安堵していた。

ヴォルデモートが復活した今、ハリーはダンブルドアの側にいる事が一番良いのだと、シリウスは勿論理解している。

 

ただ、理解と本音はまた別の話である。

 

久しぶりにハリーと会い、短い時間に色々と話すのはなによりも楽しかった。

ハリーはジェームズとリリーの忘れ形見であり、大切な自分の名付け子なのだ。──この世界で、唯一の家族だと、シリウスは思っている。

そんななによりも大切なハリーとの別れは、やはり寂しいものだった。

9月1日が近づくにつれ、シリウスは落ち込んでしまう。ぼんやりとしているとモリーがまた煩く言うだろうし、落ち込んでいるなんて情けない姿を誰にも見せたくなくて、バックビークの元に引きこもり「また暫く会えないのか…」と辛い気持ちを吐いていたのだ。

 

そんな自分の態度がまさか思ってもいない誤解させていたとは思わず、シリウスは顔を覆っていた手を下すと、真剣な眼差しでハリーの緑の目を見つめた。

 

 

「誤解するような態度をとって、悪かった…。ハリー、俺は君が退学になればよかったなんて、考えた事は無い」

「シリウス…うん、信じるよ」

 

 

ハリーはシリウスの心からの苦しそうな言葉に、本当に自分が退学し、ここに留まることを望んでいたわけではないのだとわかり、安堵したように眉を下げた。

ハリーも、シリウスと話したい事はたくさんある。勿論、騎士団に関わる事は聞けないとわかっているが、それ以外に──そう、シリウスと、そしてジェームズ(父親)との思い出について聞きたかった。

 

 

「学生時代と変わらないな?ジェームズとリリーが付き合って、2人で過ごす時間が多くなった時も、寂しくて自室に引きこもっていたってリーマスが──」

「お前っ!──それは言うな!」

「ぷっ…ははっ!」

 

 

シリウスは慌ててジャックの言葉を遮ったが、思いもよらないシリウス(名付け親)のいじらしい過去に、ハリーは吹き出すようにして笑った。

ハリーの楽しそうな笑顔に、そんな顔を初めて見たシリウスは目を瞬かせ、驚いた顔をしてハリーを見つめる。

 

 

「ハリー…君は──顔はジェームズそっくりだけど、笑った顔はどこか、リリーに似ている」

「えっ、そう?そうなら、嬉しいな…」

 

 

似ているのは目だけだと言われているが、この笑顔も母の面影があるのなら嬉しい。──ハリーは何だか胸につかえていたものがぽろりと取れたような気になり、座っていた丸椅子を持ち上げ数歩シリウスに近づくと、キラキラとした目で見つめた。

 

 

「シリウス、僕に父さんと母さんの事を教えて?」

「あ、ああ!勿論だ!──そうだな、何から話そうか。まずジェームズとリリーは、元々はかなり仲が悪くてな」

「え?そうなの?」

「ああ、けど3年生の時にジェームズがリリーに惚れる出来事があって、それからはジェームズの長い片思いの日々だったな」

 

 

懐かしむように笑いながら話すシリウスと、目を輝かせ頬を赤く染めながら聞くハリーを見たソフィアは、これで2人が9月1日に暫くの間離れ離れになったとしても、蟠りが残る事はないだろうと思った。

これから何が起こるかわからないのだ、少しも気になる事は解消していかないと、立ち止まって振り返る暇も無いのだから。

 

 

ジャックは何も言わずに立ち上がると、久しぶりに楽しげに話すシリウスとハリーのそばを離れ、ソフィア達に「出よう」と手で合図をした。

ソフィアとロンとハーマイオニーは無言で頷き静かに部屋を後にし、ぱたん、と扉を閉める。

 

 

「…まさか、寂しかっただけ、だなんて」

「まぁ、シリウスは勘違いされやすいんだよ。カッとなりやすいし、何よりも親友の事が大切だ。だけど裏表のない良い性格をしてると、俺は思う」

 

 

 

階段を降りながらハーマイオニーがぽつり、と呟き、ジャックは苦笑しながらシリウスを思い答えた。

ハーマイオニーはちらりと今までいた部屋を振り返った後、声を顰め、どこか落ち着きなく指先でふわふわとした毛をいじりながら呟く。

 

 

「…私、シリウスは…ハリーがハリーなのか、ジェームズなのか、時々分からなくなってるような気がしたの。ハリーの面影にジェームズを必死に探しているというか…」

「あー…まぁ、うん。…アイツはずっとアズカバンに居ただろう?アズカバンで心は成長しない。あそこでは何の刺激もない、ただ屍のように無気力なまま…日々が過ぎるだけだからな。シリウスは見た目こそもういい歳だが、中身は…多分、21歳程度で止まってるんだよ。

だから、まだ…俺たちほど、ジェームズ達を失った記憶が過去の話ではないんだ。シリウスにとって、ジェームズ達は2年前に死んで、ハリーはまだ赤子だと──…今の成長したハリーが、どうしてもジェームズに見えてしまうのはあるだろうな。──アズカバンでの暮らしが長すぎて、頭では理解していても、心の奥ではまだ…割り切れていないのかもな。

…ま、ああやってハリーと話してたら、いやでもハリーとジェームズは別人だって理解するさ、どっちかっていうと、ハリーの中身はリリーに似てるからなぁ」

「そうだと良いわね」

 

 

ソフィアも閉じられた扉をチラリと見たがハーマイオニーほど不安そうな顔をする事はない。

シリウスはハリーがジェームズの外見に生写しだが、中身は全くの別人であり、ハリー・ポッターなのだと、いずれ本当の意味で理解するだろう。

そうした時、2人は本当の意味で家族になれるのかもしれない。

 

 

「あら、もう掃除は終わったかしら?」

 

 

階下から階段を降りるソフィア達を見上げ声をかけたのはモリーだった。

そういえば、掃除がまだ途中だった。そう思い出したソフィア達はバケツに突っ込んでいた雑巾を手に取り「あと少し!」と、叫んだ。

 

 



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246 監督生!

 

 

ハリーと2人きりでたくさん話をしたシリウスは、それからはとくに理由なく厨房にいたり、ハリー達と共に屋敷の掃除をした。

セブルス(アイツ)や他の騎士団メンバーが命をかけて任務に就いているのに、自分ができるのは大掃除だけだなんて情けない。そう、シリウスは思い鬱々としていたが、ハリーに「僕、掃除得意なんだよ、よくやってたからね、やり方教えてあげる!」と満面の笑みで言われてしまえば、こくりと頷き掃除に付き合うしかない。

 

9月1日が近づくにつれ、シリウスはやはりふとした時に、どうしようもない寂しさや、夜に胸を掻きむしりたく成程の無力感に襲われ、気が滅入ってしまう事はあった。

それでも、ハリーとなるべく共に過ごした思い出を作ろう、今までの10年以上の空白を埋めようと、にっこりと笑い学生時代の話を沢山話した。

ハリーもまた、一年生の時から今までの試練の数々を話して聞かせた。心配せずとも、自分にはロン、ソフィア、ハーマイオニー、そして、ルイスというかけがえのない友が居て、何があっても助けてくれるし、お互いに支え合っているから。だから、心配しないで──それを、ハリーはこの数年間のソフィア達との絆を語る事で現した。

 

 

午前中の掃除がひと段落し、子ども達は汚れた手や雑巾を洗うために洗面所へ向かう。

爪の間に入った黒い汚れを取るために眉を寄せいじいじと爪を擦り合わせながらロンと階段を降りていくハリーを見送ったシリウスは、「なあ、友よ」と、共に掃除をしていたリーマスに声をかける。

魔法で雑巾を動かしていたリーマスは、汚れた雑巾をバケツの中に入れ「何だい」と朗らかな声で聞いた。

 

 

「ハリー、あいつ…ジェームズに似てるけど…全然、似てねぇな」

「そうだね、中身は──リリーに似ている」

「俺、どこかで…。ジェームズの息子なんだから、ジェームズと同じような性格だと思っていた。…だが、似てるのはクィディッチが好きで飛行術が上手い、それくらいだな。──俺はまだハリーの事を何も知らないんだな」

 

 

シリウスは壁に背を預け、そのまま大きくため息を溢す。

しかし、そのため息は失望しているわけではなく、ようやく目の前の霧が晴れ、ハリー本人をよく見て理解できる事への安堵や喜びの気持ちが多く含まれている。

 

 

「これから、よく知っていけば良い。君たちには沢山の時間がある。その何の変哲もないささやかな幸せの時間。誰にでも与えられて当然の時間が等しく子ども達にあることが、私──僕たちの願いだからね」

「リーマス…ああ、そうだな」

 

 

シリウスはリーマスの言葉を噛み締め、深く頷いた。

 

これから何が起きるのか、誰にも予想をする事は出来ない。騎士団は死喰い人の動きをよく見ているが、全てを知れるわけではない。

 

子ども達が何の変哲もない、当然のささやかな幸せを得るために。そのために大人達は戦うのだ。たとえ、この命が失われようとも、輝く未来が待っている子ども達の道になれるのならば構わない。──そう、騎士団員全員が思っているのだ。

 

 

「違うってわかってるんだが…ふとしたときに、ジェームズって呼びそうになる」

 

 

シリウスの小さな呟きに、暫くリーマスは沈黙していたが困ったように顎に手を当てた。

 

 

「それは…。……うっかり呼ばないようにね」

「いやー…後ろ姿とか、そっくりすぎてなぁ…これ、制服着てたらヤバいかもしれない」

「……まぁ、気持ちはわかるよ。メガネの形もよく似てるし。…正直、僕も何回か呼び間違えそうになったよ」

「だろ?どうしても口がジェームズって言い慣れてるからなぁ…正面から見たらハリーなんだが…」

 

 

リーマスは眉を下げ困り顔をしているシリウスをちらりと見下ろし、くすくすと喉の奥で笑うとシリウスの腕をトン、と肘で突き、悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

 

「ならば、友よ、パッドフッドよ。ハリーの事をプロングスJr.と呼べばいい」

「──成程?誤ってプロングスだと思い、そう呼んでしまってもその後に苦し紛れのJr.を付ければなんとかなると言うわけか」

「ああそうとも。──問題は根本的解決になっていない事だね」

「それに、あだ名にしては長すぎる!」

 

 

くっくっと喉の奥でシリウスが笑い、リーマスも口元を押さえて低く笑った。

 

リーマスもまた、シリウスがハリーと離れる事を寂しがり落ち込んでいるとは知っていた。だが学生時代にも同じような事が多々あり、まぁ放っておいたら落ち着くだろうと思っていたのだ。

もう、子どもではなく大人なのだから自分の感情に折り合いをつけ、いつかひょっこり姿を表すだろうと。

 

しかし、ハリーが勘違いしているとはリーマスもまた、思わなかったのだ。

深夜、リーマスが厨房で寝ずの番をしているとシリウスが長い籠城から戻り、赤ワインをぐいっと瓶から直接飲みながらばつが悪そうに「ハリーを悲しませた」と吐き捨てたのだった。

その後は懺悔やら後悔やら、過去にあったハリーの勇敢な行動を称賛したり、まぁ色々朝が明けるまで一方的に聞かされていた。

 

 

「まあ、万が一ハリーの事をジェームズと呼んでしまったら、すぐに謝る事だね。そんな事無いのが一番だけど」

「そうだな、肝に銘じる」

 

 

シリウスはリーマスの優しい忠告に、しっかりと頷いた頃、洗面所から戻ってきたハリー達が口々に空腹を訴える。

 

 

「お腹すいたなぁ」

「今日の昼食は何かしら?昨日パスタだったから…うーん…」

「あ、そういえばハリー?ロン?あなた達宿題は終わったの?」

「食事前に食欲がなくなる事言うなよハーマイオニー!」

「宿題が終わらない!お困りのあなた、W.W.Wオススメの商品がありますよ!」

「そんなあなたにピッタリなのが──『眼が覚める目薬』!ダダーン!」

「ただし、瞼が閉じられなくなって涙が止まらないかもな!」

「うーん、絶対買わない」

 

 

ハリー達が楽しげに話す平穏な会話を聞き、シリウスとリーマスは、この会話がこれから先何年も、誰もかける事なく続く事を願った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

夏休みの最終日、この日は明日からホグワーツに向かうため、今まで暮らしていた部屋を掃除することになった。

朝食を食べた後、ソフィアとハーマイオニーはすぐに部屋へ戻り机の上に山のように置いていた教科書をトランクに詰めていく。

 

 

「…明日からホグワーツなのに、まだホグワーツからの手紙が届かないなんて…」

「多分、ここは本部だから…色々検問があるのかもしれないわ。…でも!予習が全く出来ないのは痛手よ…!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアはこの本部には手紙が届かない事や、一気に数日分まとまって届く事があると知っていたため、手紙が遅延するのは仕方がないとわかっていたが──いくらなんでも遅すぎる。

 

ハーマイオニーは新しい教科書を買わなければならないのなら、早く予習を始めないと1回目の授業に間に合わないかもしれない、そればかり考え日に日に落ち着き無くなっていた。

流石に、今日届かなければ新しい教科書を買いに行く時間がなくなってしまう。

きっとすぐに届くわよ、そうソフィアがハーマイオニーを慰めようとした時、トントンと扉がノックされた。

 

 

「ハーマイオニー、ソフィア、ホグワーツからのお待ちかねの手紙がやっと届いたわよ」

「まぁ!ありがとうジニー!」

「ようやく買えるわね!」

 

 

ジニーはハーマイオニーとソフィアにホグワーツからの手紙を渡すと、「ああ、こんなに沢山買わなきゃならないなんて…まぁどうせ、中古だけれど」と教科書リストを見ながらため息をつきトボトボとモリーの元へ向かった。

 

ハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせたが、下手に慰めるのはジニーのためにはならないだろう──家の金銭的事情なんて、未成年である自分達が触れない方がいいに決まっている──と考え、手元の手紙の封を開け中から教科書リストや手紙を取り出した。

 

 

「新しい教科書は、呪文学の本と、闇の魔術に対する防衛術の本…それと…あ、マグル学も必要だわ。…3冊なら、少ない方ね」

「良かったわ!これなら予習もなんとか間に合い──ああっ!」

「ど、どうしたの?」

 

 

ハーマイオニーは急に大声で叫ぶと、目を見開きホグワーツからの手紙を穴が開きそうなほどじっと見つめる。

口はぽかんと丸い形で開いていたが、みるみる内に広角が上がり、目を輝かせ頬を赤らめてハーマイオニーは勢いよくソフィアを見た。

 

 

「ソフィア!ああ!やったわ!!わ、私、監督生ですって!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの首元に飛びつき、ぴょんぴょんとその場で跳ねながら「嬉しいっ!」と叫ぶ。

ソフィアは目を瞬かせたが、すぐに満面の笑みになるとハーマイオニーを強く抱きしめた。

 

 

「おめでとう!まぁ、ハーマイオニーだと思っていたわ!だって誰よりも優しくて、正しくて、勇敢で、素敵な人だもの!」

「ありがとう、凄く嬉しいわ…!ずっと、監督生に憧れてて…!でも、私…ソフィアかなって思ってたわ」

「えっ?私?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの肩に手を置き、ゆっくりと体を離すと近距離でじっとソフィアの目を見つめる。

ソフィアは監督生になりたいとは一度も思った事が無かった。寧ろ監督生になれば、下級生の模範生となるべく振る舞わなければならない、そんな事──どう考えても不可能だ。何より、ソフィアは割とあっさりと校則を破るのだから。

 

 

「私は無理よ!だって、模範生にはなれないし、皆をまとめることなんて出来ないもの。ハーマイオニーはリーダーになる素質があるわ!本当に、おめでとう!良かったわね」

「ソフィア…ありがとう!」

「ああ、でも──ちょっと校則を破っても、減点はしないでね?」

 

 

ソフィアが悪戯っぽく言えば、ハーマイオニーはくすくすと笑い「私は公平に判断するわ」と胸を逸らし、早くも監督生としての片鱗を見せた。

 

 

「もう1人の監督生は誰かしらね?」

「そりゃ…ハリーじゃない?ねぇ、聞きに行きましょう?」

「えっ?ハリー?──うーん、まぁ行ってみましょうか」

 

 

ハーマイオニーは手紙を握りしめたまま、反対の腕をソフィアの腕に絡ませて引っ張る。

ソフィアは、ハリーが監督生になるだろうか?確かに偉大な事はしているが、違反ばかりだもの。と、思ったがとりあえず行ってみよう、とハーマイオニーに引かれるまま廊下を挟んで斜め前にあるハリーとロンの部屋へ向かった。

 

 

「ねえ!貰った?」

 

 

ハーマイオニーがノックをせず扉を勢いよく開け、中に入る。

部屋の中にはフレッドとジョージ、そして部屋で寝泊まりしているロンとハリーが同じようにホグワーツからの手紙を持っている。──ハリーの手にあるのは、監督生のバッジだ。

 

 

「わぁ!そうだと思った!私もよ、ハリー!私も!」

 

 

ハーマイオニーは興奮しながら自分の封筒をひらひらさせてアピールする。

ハリーは一瞬表情を歪めると、ロンにバッジを押し付け「違うんだ、ロンだよ。僕じゃない」と急いで言った。

 

 

「えっ?」

「ロンが監督生、僕じゃない」

 

 

ハーマイオニーはハリーの言葉を、彼女にしては珍しくなかなか理解する事が出来ず困惑した。

ハリーだと思っていた、何故ならグリフィンドールの五年生になるもので、ハリー以上にいろいろな事を経験している人なんていないと思ったからだ。

ソフィアはまさかロンだとは──失礼かもしれないが──思わなかったが、かけがえのない友達から2人も監督生に選ばれるなんて嬉しく、すぐに「おめでとう、ロン!」とにっこりと笑う。

 

 

「私…えっと……。わーっ!ロン、おめでとう、本当に!」

「予想外だった」

「ち、違うわ!私、本当に…ロンは色々な事を──」

 

 

ジョージがハーマイオニーの動揺も理解できるとばかりに頷くが、ハーマイオニーはみるみる内に顔を赤くしてもごもごと喉の奥で呟いた。

 

微妙に居心地の悪い空気になってしまった中、突然扉が開きモリーが洗濯が終わったローブを山のように抱え後ろ向きに入ってきた。

モリーはローブの山をベッドの上に置くと、ソフィア達が持っている封筒に目を走らせ、午後からダイアゴン横丁に行き、代わりに買ってくると告げた。

 

 

その後、どうせすぐバレるなら早い方がいい、とジョージとフレッドの2人がロンと、ハーマイオニーが監督生に選ばれたとモリーに伝え、モリーは感激し、喜び、これ以上見た事がないというほど全身でロンを褒め称えキスを送り、監督生になったロンへのご褒美を買うために早めにダイアゴン横丁へ向かう事にしたらしく、部屋を興奮し喜びの涙を流しながら出て行った。

ジョージとフレッドは監督生になったハーマイオニーとロンを揶揄いつつ姿くらましをして部屋から退散し、ロンは「クリーンスイープがいいって伝えてくる!」と箒のリクエストをするために部屋を飛び出した。

ハーマイオニーもまた、少しハリーの様子は気にしていたが両親に監督生になった事を知らせるためにヘドウィグを借り、部屋から出ていく。

 

ハリーは何故か、ソフィアの顔を見る事ができずにベッドの上に作られたローブの山を抱え、トランクに何度も詰め直していた。

 

 

「ロンとハーマイオニーが監督生だなんてね!これから規則を破るときは…私たち2人でしなきゃならないかもね」

「え?──あ、そっか、ソフィアも監督生じゃないんだ…」

 

 

ハリーは自分の事ばかり考えていたが、ようやくソフィアも自分と同じで監督生では無いのだと思い出した。

同じ友達のグループに2人も監督生がいるなんてかなり珍しいだろう。4人グループで良かった、もしこれが3人グループなら──周りからの視線が痛かったに違いない。

 

 

「そうよ?だって監督生は男女1人ずつだもの」

「…僕、監督生の事すっかり忘れてた…」

「そりゃ、私もハーマイオニーに言われるまでは忘れていたわ。興味も無いし…なれないと思ってたし…」

「そ、うなの?ソフィアが監督生になっても、おかしく無いとは思うけど」

「無理よ!だって私は色々規則を破っているもの、率先してね?」

「……僕が、監督生になれなかったのは…僕も規則を色々破ってるからかなぁ…」

「まぁ、率先して規則を破るのは私とハリーで、ロンとハーマイオニーはそれに巻き込まれる事が多いものね」

「…僕…僕、なんで監督生になれなかったのかって思っちゃった」

 

 

ぽつり、と思わず心の醜い部分がこぼれ落ちてしまったが、ソフィアは首を傾げ「まぁ、そうね。監督生になっても模範生にはなれないからかしら?私も、ハリーも」とあっさりと答えた。

 

 

「でも…ロンとハーマイオニーも同じじゃない?」

「そう?うーん…ロンは監督生になる事をずっと望んでいたでしょ?ほら、みぞの鏡で…だから、実際になれたら規則をあまり破らないと思うわ。ハーマイオニーは…あの性格だもの、模範生であろうとするはずよ。でも、私とハリーは…何かあったら躊躇わずに校則を破るんじゃないかしら?例えば、夜に透明マントで抜け出したり、ちょっと悪戯をしたりね?」

「あー…まあ、そうかも」

 

 

ソフィアの言葉に、ハリーはもやもやとしたものがほんの僅かに晴れたのを感じた。

ソフィアはにっこりと笑い「これから2人で仲良く規則を破りましょうね、ハリー?」と茶目っ気たっぷりにウインクをしながら手を振り、荷物を片付けるために泊まっている部屋へ戻った。

 

 

1人残されたハリーは、ベッドの上に仰向けに倒れると。うう、と唸り声を上げ顔を手で覆った。

 

ソフィアはああ言っていたけど、もし、監督生の事を覚えていたら、間違いなく自分にそのバッジが送られてくるだろうと期待していた。

だって、ロンよりも沢山の試練を乗り越えた。ロンよりも、優れているのはクィディッチだけで成績は同じだが──ロンよりも、間違いなく色々やってのけた、こんなのは不当だ!

 

だが、ダンブルドアは幾多の危険を乗り越えたからといって、監督生には選ばないのかもしれない。だって、こんな目に遭っているのは僕だけで他の寮の生徒には何も起きていないんだから。──きっと、監督生になる素質が、僕が想像も出来ない素質がロンにはあったんだ。

 

 

そう自分に言い聞かせているうちに、階段を昇ってくるロンの足音が聞こえ、ハリーは慌てて顔面に笑顔を貼り付けた。

 

 



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247 微かな気付き!

 

 

夕方になればモリーがソフィア達全員の新しい教科書とロンのリクエストである新品の箒を抱えて戻り、ソフィア達は地下にある厨房に集合した。

 

テーブルにはいつもより豪華な料理が並び、壁にはモリーが掲げた真紅の横断幕がはためく。『おめでとう、ロン、ハーマイオニー。新しい監督生!』──魔法がかけられているその金文字はキラキラと輝き、今までの中で1番上機嫌なモリーの心情を表しているようだった。

 

 

「テーブルに着いて食べるのじゃなくて、立食パーティーはどうかと思って。お父様もビルもきますよ、ロン。2人にフクロウを送ったらそれはそれは大喜びだったわ!」

 

 

鼻歌の一つでも歌い踊り出しそうなほど上機嫌のモリーに、フレッドは影で嫌そうに顔を顰めた。

 

シリウス、リーマス、トンクス、キングスリー・シャックルボルトは既に集まり、ムーディとジャックもソフィア達がバタービールを手に取って間もなく現れた。

 

 

「まあ、アラスター、ジャック、いらしてよかったわ!アラスター、ずっと前からお願いしたい事があったの──客間の文机を見て中に何がいるか教えてくださらない?とんでもないものが入っているといけないと思って、開けなかったの」

 

 

ムーディは旅行用マントを肩から振り落とすように脱ぎながら「ああ、引き受けた」と唸るように伝えた途端、鮮やかな魔法の青い目をぐるりと上を見上げる。

厨房の天井を透過し、その上を凝視した。

 

 

「客間──隅の机か?うん、成程…ああ、ボガートだな……」

「モリーさん、俺が行って退治してきましょうか?」

 

 

ジャックもマントを脱ぎ、杖を振るい壁のそばに押し退けられている椅子にかけると、ムーディの青い目の先を見るように天井を見上げた。

 

 

「いえいえ、私が後でやるわ。お飲み物でもどうぞ、実はちょっとしたお祝いなの」

「お祝い…?」

「兄弟で4番目の監督生よ!」

 

 

不思議そうにするジャックに、モリーは隣にいたロンの髪をくしゃくしゃっと撫でながらにっこりと笑う。

ようやく横断幕の存在に気付いたジャックはそこに書かれている文字を読み、薄く微笑むと「おめでとう、ロン」と肩を叩いた。

 

 

「監督生、ん?──うむ、めでたい。権威ある者は常にトラブルを引き寄せる。しかし、ダンブルドアはおまえが大概の呪いに耐える事が出来るのだと考えたのだろう。さもなくばおまえを任命したりはせんからな…」

「いやいや、そこまで考えてないだろ」

 

 

ロンがムーディの考えを聞き顔を引き攣らせる中、ジャックがあり得ないと苦笑して手を振る。何か答えた方がいいのか、とロンが視線を彷徨わせている間にアーサーとビルとマンダンガスが到着し、ロンは何も答えずに──そしてその言葉について考えずにすみ──ほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「さて、そろそろ乾杯しようか。新しいグリフィンドール監督生、ロンとハーマイオニーに」

 

 

みんなが飲み物を手にしたところでアーサーが2人に向かってにっこりと笑いゴブレットを掲げる。他の者も2人のためにゴブレットを上げ、惜しみない拍手を送った。

 

 

「私は監督生になった事がなかったな」

 

 

みんなが食べ物をとりにテーブルの方へ動き出した時、ハリーの背後でトンクスが明るい声を出した。今日のトンクスは赤毛の美しい長髪であり、ジニーと並ぶと姉妹のように見える。

 

 

「寮監がね、私には何か必要な資質が欠けているって言ってたわ」

「どんな?」

「うーん、お行儀よくする能力とか?」

 

 

ジニーの疑問にトンクスは笑いながら答え、ジニーとソフィアも楽しげにくすくすと笑う。ハーマイオニーは笑っていいべきか悩み、誤魔化すようにバタービールを飲んだが勢いよく飲みすぎて盛大に咽せてしまった。

 

 

「シリウスはどうだったの?」

 

 

ソフィアがハーマイオニーの背を優しく叩きながらシリウスに聞けば、シリウスは吠えるように高く笑い、手を振る。

 

 

「誰も俺を監督生にするはずがない。ジェームズと一緒に罰則ばかり受けていたからな。リーマスは良い子だったから、バッジをもらった」

「ダンブルドアは、私が親友を大人しくさせられるかもしれないと、希望的に考えたのだろうな。言うまでもなく、失敗したがね」

 

 

リーマスはバタービールを飲み肩をすくめる。

それを聞いたハリーは、急に気分が晴れ晴れとし、ロンを心から祝える気持ちが溢れてきた。──父さんも監督生じゃなかったんだ。

 

 

「ジャックは監督生だったよな?」

「ん?ああ、そうだな。ジェームズとシリウスの悪戯の減点を幾つしたか…もう忘れてしまったよ」

「いやー俺は今でも覚えているぞ。『シリウス!ジェームズ!いい加減大人になれ!グリフィンドール2点減点!』──ってな」

「ああ、あったあった!」

「ははっ!懐かしいなぁ!」

 

 

シリウスの楽しげな言葉に、リーマスとジャックは声を上げて笑う。

寮が違えど仲の良さそうな3人を見て、ソフィアはなんだか心が温かくなり、つられるようにして笑った。

 

 

それからロンは聞いてくれるなら誰彼お構いなしに新品の箒を自慢し、ソフィアとハーマイオニーは五年生になったらどんな事を学べるのか楽しげに話し、モリーとビルはいつもの髪型論争をしていた。

 

テーブルの上にあった数々の料理が殆どなくなり、デザートもすっかりみんなの胃袋の中に収まった頃、モリーが欠伸を噛み殺す。ロンが監督生になった事で興奮しすぎたのだろう、彼女の就寝時間より早い時間だったが、睡魔がすぐそばまでやってきていた。

 

 

「さて、寝る前にボガートを処理してきましょう……アーサー、みんなをあまり夜更かしさせないでね、いいこと?おやすみなさい」

 

 

モリーは空になっている皿に向かって杖を振りシンクまで運ぶ。黄色く大きなスポンジが待ってましたとばかりに泡を吐き出しながら皿を洗う中、モリーはもう一度大きな欠伸をするとゆっくりと階段を上がって行った。

 

 

「ねえ、ソフィア」

「ん?なあに?」

 

 

ソフィアはまだ眠気は来ていなかったが、充分に食べて飲み、満たされた心地良さのなか歓談するシリウス達を、壁に押し退けられている椅子に座り眺めていた。

ジニーは隣に座ると、髪をさらりと後ろに流し泡がすっかり消えたバタービールをちびちびと飲みながら小声で話す。

 

 

「私、ハリーは諦めたわ」

「──っ!?……えっ、ど、どうして…?」

 

 

ソフィアは飲んでいたバタービールを吹き出してしまい、口の端に垂れたバタービールを吹きながら驚き困惑しながらジニーを見る。

ジニーはソフィアをちらりと横目で見て、小さく笑うと「うーん…」と唸りながら壁に頭を預け天井を見た。

 

 

「だって、ハリーの心に居るのは私じゃないもの。尊敬してるし、大好きなのは今でも変わらないわ。けどね、私は──ハリーの心に居る人も、大好きなの」

「ジニー……」

「ソフィアの心に居るのは、誰なの?」

 

 

ジニーは頭を壁につけたまま、視線だけをずらしてソフィアを見る。

ソフィアは一瞬迷ったように視線を揺らしたが──ごくりと唾を飲むと、囁くような声で、答えた。

 

 

「……ハリー…」

 

 

その答えを聞いたジニーは僅かに悲しそうにしたが、すぐににっこりと笑う。

 

 

「──だと思うわ」

「え?まだはっきりしてないの?」

「だ、だって…」

 

 

続けられた言葉に、ジニーは怪訝な顔をする。ソフィアは頬を赤らめもじもじとバタービールの瓶を意味もなく撫でながら「よく、わからなくて」と消え入りそうな声で呟いた。

 

 

「まぁ、わかったら真っ先に教えてね、応援しなくても成功するとは思うけど」

「う…。……ええ、教えるわ」

「それに、私今──マイケル・コナーと付き合ってるの」

「え、ええっ!?そうなの?」

「ええ、だから本当に──私のことは気にしないでね」

 

 

ジニーは悪戯っぽい声で言うと、ソフィアの肩をぽんぽんと叩き、いつものように鼻の形を面白おかしく変えて場を盛り上げるトンクスの元へと駆け出した。

 

1人残されたソフィアは、赤い頬を誤魔化すようにバタービールを飲み──。

 

 

「…あ、もう空だったわ」

 

 

一滴も落ちてこない事に気付くと、小さくため息をこぼし目を閉じた。

 

 

確かに、ハリーの事は好きだ。

ハリーが落ち込んでいるのを見ると悲しくなるし、ハリーにとって自分が心の支えになれるのなら嬉しいと思う。

それに──ヴェロニカに言われたように、確かにハリーのそばに居たい、隣に立ちたい、同じ時を共有したいと思う。

 

だが、これが愛なのか、これが恋なのかと言われると、何とも言えなかった。

しかし、ハリーが他の人に向かって愛を囁きキスをしている場面を想像すると、どうしようもなく胸が痛むようになっている。前までは、少し悲しいくらいだった。

 

変わったのは──ハリーにとって自分が必要なのだと、夏休みが始まってすぐにそれを理解した時に、なんとも言えない喜びと満足感に心が満たされたのを、知ってしまったからだろう。

 

ふ、と目を開いたソフィアは部屋の中を見渡した。

 

 

──今でも、無意識に……気がつけば、ハリーの姿を探してしまう。

 

 

「……?」

 

 

ソフィアはハリーが居ないことに気付く。さっきまで部屋の端でムーディと話していたのに、いつの間にかムーディはシリウスと何かを見ている。

もう、部屋に戻ったのだろうか。ハリーは監督生になりたかったようだし、やっぱりまだ心のどこかでもやもやしているのかもしれない。パーティが始まった時は、楽しそうにしていたけれど。

 

 

「あら、ソフィア。もう眠いの?」

「ハーマイオニー…ううん、眠くはないけど、そうね、色々考えてたの」

「ああそうよね、明日から五年生だもの…!何を学べるのか、すごく楽しみだわ!闇の魔術に対する防衛術の先生も、どんな人なのか気になるし」

 

 

ハーマイオニーは先ほどまでジニーが座っていた椅子に座ると「ああ、やっぱり寝る前に教科書を読まないと!」とぶつぶつと呟く。

ソフィアは勉強のことを考えていたわけではないが、何となくハリーの事を考えていたとは言えず──曖昧に笑った。

 

 

突如、小さな悲鳴が響いた。

 

 

びくりとソフィアとハーマイオニーが肩を震わせ何事かと辺りを不安そうに見回す頃には、既にリーマス、シリウス、ジャック、ムーディが厨房を横切り階段を駆け上がった。

 

 

「みんな中央に集まれ!」

 

 

先程の楽しい雰囲気が一気に緊張を孕んだものにかわり、アーサーは強い口調で叫ぶとソフィア達を呼ぶと、ポケットから出し油断なく前へ掲げた。

 

ソフィアとハーマイオニーは立ち上がり、厨房の中央で不安げに身を寄せ合うロンとジニーの元に向かうと無言のまま階段の先を見つめる。

ここに残った大人たちもまた、ソフィア達を囲むように緊張した面持ちで前を見据えた。

 

 

「…まさか、侵入者…?」

「そんな!だって、ここはダンブルドアの守りが効いてるはずよ、そんなわけないわ…」

「きっと、ほら、ピクシーかなんかが居たんだ、きっとそうだ、そうに決まってる」

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンはひそひそと囁き合い、階段の上に行ったジャック達が戻ってくるのをじっと待っていた。

 

 

 

10分ほどすると、ジャック達が階段からゆっくりと降りてきた。誰も怪我をしていない様子から、緊急事態ではなかったのだとソフィア達はホッとしたが、アーサーはすぐにリーマスに駆け寄り何があったのかを聞いた。

 

 

「ああ、ボガートがいてね、巨大な虫に変わってモリーが驚いただけだ」

「なんだ……そうか、良かった」

「うん、ボガートは退治したし、モリーはもう寝室に戻ったよ。──さあ、そろそろお開きだ、みんなもう寝なさい」

 

 

リーマスの朗らかだが有無を言わさない声音に、ソフィア達は顔を見合わせ、こくりと頷いた。

 

 



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248 ついに5年目のホグワーツ!

 

 

翌朝、モリーに叩き起こされたソフィアとハーマイオニーは時計を見てさっと表情を変え慌てて服を着替えすぐに厨房へ降りた。

うっかり、この家にいる者殆どが寝過ごしてしまったらしく、時計の針は特急の出発1時間前を指していた。

屋敷の中は玩具箱をひっくり返したかのようにてんわやんわの大騒ぎになっており、叫び声とガタガタとぶつかる大きな衝突音が響く。

フレッドとジョージがトランクを運ぶ手間を省こうと、トランクに魔法をかけ下まで飛ばせた結果ジニーに激突し、ジニーは踊り場を二つ転がり落ちてホールまで転落してしまった。

 

 

「ああ、大丈夫かしら…」

「きっと大丈夫よ、ほら、応急処置をしてるわ」

 

 

シリウスの母親とモリーが声の限り叫ぶ中、ソフィアとハーマイオニーは厨房で机の上に置いてあったパンを口の中に詰めながら心配そうに首を伸ばしジニーの様子を見る。

ジニーは痛そうに頭を押さえているが、モリーがすぐに杖を振り氷を詰めた袋でコブを冷やしていた。

 

 

「ほら!早く出発しますよ!急いで支度して!」

「駄目だモリー。スタージス・ポドモアが来なければ護衛が1人足りん、出発する事は出来ない……」

「まぁ!そんな、待っていたら汽車が出発してしまいますっ!」

「だがな、モリー。念には念を重ねなければ、用心することに越した事は──」

 

 

モリーとムーディの声を聞きながらソフィアとハーマイオニーはミルクを飲み干しすぐに部屋へと向かった。

 

 

「きゃっ!」

 

 

扉を開けた途端、目の前に白いものが飛びかかってきてソフィアは驚き小さな悲鳴をあげた。

 

 

「あっ!ヘドウィグ!ああよかった、間に合わないかと思ったわ!」

「へ、ヘドウィグね…驚いたわ…」

「ホー」

 

 

ヘドウィグはソフィアの驚きなど微塵も気にすることなくハーマイオニーの肩に止まり、ハーマイオニーの両親からの手紙のついた足を突き出す。ハーマイオニーは急いでそれを外し、一瞬読もうか悩んだがそんな時間はなさそうだと判断しポケットの中に突っ込んだ。

 

 

「もうハリーとロンは支度が終わってるかしら?」

「流石に、終わってるでしょう?じゃないと遅刻よ!」

 

 

汽車に遅れちゃう!とハーマイオニーは悲鳴を上げながらトランクとクルックシャンクスを抱きかかえ、すぐに部屋を飛び出す。

ソフィアは「ティティ、おいで!」とベッドの上で丸まっていたティティを呼ぶ。ティティはソフィアの広げた手に収まる前にくるりと回転し、白いレースの上品なチョーカーへと変身する。それはふわりとソフィアの首に収まった。

 

 

「お利口さんね」

 

 

ソフィアは白いチョーカーを指先で撫でると自分のトランクを掴み、ハーマイオニーの後を追いかけた。

ハーマイオニーは既にハリーとロンの部屋の扉に手をかけていて、慌てた表情のまま勢いよく開いた。

 

 

「パパとママがヘドウィグを返してきたの!支度できた?」

「だいたいね。ジニーは大丈夫?」

「ええ、モリーさんが応急手当てしてたわ。だけど今度はムーディが護衛が1人足りないから出発出来ないって言って、ちょっと言い争ってたわ」

 

 

ソフィアはハリーのトランクからはみ出ているローブを押し込みながら答える。

 

 

「護衛?僕たちキングズ・クロスに護衛つきで行かなきゃいけないの?」

「あなたが、キングズ・クロスに護衛つきで行くの」

 

 

ハーマイオニーはクルックシャンクスの喉元を撫でながらきっぱりと訂正し、まだ荷造りが終わっていないロンを眉を寄せて睨む。

 

 

「どうして?ヴォルデモートはなりを潜めているはずだ。それとも、ゴミ箱の陰からでも飛びかかってきて、僕を殺すとでも言うのかい?」

「知らないわ。マッド・アイがそう言ってるだけ。とにかく、すぐに出かけないと、絶対汽車に遅れるわ……」

 

 

ハーマイオニーはロンから目を離すと自分の腕時計を見つめながら上の空で答える。ハリーの苛立ちに気付いたのはソフィアだけだったが、ソフィアもハリーが求めるような答えは持ち合わせていないため、仕方がないわ、と言うように肩をすくめた。

 

 

「みんな、すぐに下りてきなさい。すぐに!」

 

 

モリーの怒号が響き、ハーマイオニーは火傷したかのように飛び上がり、部屋から飛び出した。ロンとソフィアもすぐにその後を追い、ハリーは苛立ちながらヘドウィグを鳥籠に押し込み──ヘドウィグは非難めいた声で鳴いた──トランクを引き摺って階段を降りた。

 

 

ホールではシリウスの母の肖像画が怒り狂い吠えていたが、この騒音の中どうせすぐに目覚めさせてしまうと誰もカーテンを閉めようとはしていなかった。

 

 

「穢れた血!屑ども!芥の輩!!」

「ハリー、ソフィア、私とトンクスと一緒に来るのよ」

 

 

吠える肖像画の騒音に負けじとモリーが声を張り上げ、ソフィアとハリーを手招きする。

 

 

「え?私も?」

「ええ、あなたは一緒に居なければならないの。──トランクと籠は置いていきなさい。アラスターが荷物を後で持ってきてくれるわ……。ああ、シリウス!ダンブルドアがダメだっておっしゃったでしょう!」

 

 

大きな黒い犬がハリーの脇に現れた。離れてたまるかとばかりにハリーの脇にぴたりと寄り添い、決して離れない。ついにモリーは言い争っている時間はないと諦め「ご自分の責任でそうなさい!」と叫ぶと、黒犬は大きく尻尾を振りふん、と鼻息を荒くした。

 

ソフィアはトランクとティティの籠をホールの隅に置くと、そこかしこに置かれたトランクの山に足を取られているハリーの手を取り引っ張った。

 

 

「ハリー!大丈夫?」

「う、うん」

「さあ、行くわよハリー、ソフィア!」

 

 

モリーが玄関の扉を開け素早く辺りを見回す。ハリーとソフィアは手を繋いだまま玄関の扉をくぐり抜け、さっと足元を黒犬が素早く通り過ぎる。バタン、と後ろで扉が閉まった途端、あれほどうるさかった喧騒の音はぴたりと止まった。

 

 

「トンクスは?」

「すぐそこで待ってます」

 

 

モリーはハリーの問いに、硬い表情で低く答える。ハリーのそばで弾みながら嬉しそうに歩いている黒犬を見ないようにしているが、その口先は神経質そうにひくついている。

曲がり角で老婆に変身したトンクスと落ち合い、時刻を気にしながらキングズ・クロス駅へ急ぐ。

久しぶりに外に出ることが出来たシリウスはモリーの不安や緊張、苛立ちに気づくことなく嬉しそうに跳ね回り鳩に噛み付く真似をし、猫を追いかけた。

思わずハリーとソフィアは笑ったが、モリーは唇をぎゅっと結び、歩幅をさらに大きくしてずんずんと先に進む。

 

20分程歩いた頃、ようやくキングズ・クロス駅に到着し、ソフィア達は何気ない風を装い9と4分の3番線へと続く柵へと寄りかかり、するりと赤い汽車が濛々とした煙を吐くプラットホームへと進んだ。

 

 

「他の人も間に合えば良いけど…」

 

 

プラットホームには出発を待つ家族や生徒で溢れかえり、至る所でしばしの別れを惜しんでいた。

モリーが後ろを振り返り、プラットホームに架かる鉄のアーチを見上げ心配そうに呟く。時間後15分もないだろう、果たして後発隊は間に合うだろうか。

 

 

「ソフィア!」

 

 

沢山の人が話すガヤガヤとした喧騒の中、その声はすっとソフィアの耳に届いた。

ソフィアは勢いよく声のした方を振り向き、顔中に明るい笑顔を広げるとハリーの手を離し──ハリーはとても、残念に思った──自分の名を呼ぶ人の元へ駆け寄る。

 

 

「ルイス!」

「ああ、久しぶり!遅かったね、僕ずっとここで待ってたんだ!」

 

 

ソフィアはルイスが広げる腕の中に飛び込むと、その胸元に顔を埋めた。セブルスの匂いと似た、薬草の苦くも、どこか甘い匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

 

ルイスもまたソフィアを強く抱きしめ、さらりとした髪を撫でて──自分の家の物ではないシャンプーの慣れない匂いに、ソフィアにバレないように悲しげに笑う。

 

 

「ごめんなさい、ちょっと色々あって…ルイスは1ヶ月間、大丈夫だった?」

「うん、なんともないよ。平和だったし…あ、ヴェロニカと会ったんだ。ソフィアに会いたがってたよ」

「まぁ!残念ね…私も会いたかったのに…次のチャンスに期待するわ」

 

 

1ヶ月見なかっただけだが、どこかルイスは大人っぽくなったし身長も伸びた気がする。とソフィアはルイスを抱きしめながら思う。以前は肩口に頭が乗っていたが、今自分の頭はもう少し下にぶつかっている。

 

 

「ルイス、身長伸びたんじゃない?」

「うん、成長期なのかな?夜に骨が痛くて…嬉しいけど、ちょっと困るよ」

 

 

ルイスは身体を離すと、今までより少し下がったところにあるソフィアの目を見つめにっこりと笑う。ソフィアも去年と比べれば身長は伸びているが、ルイスほどではない。男女の性差とも、言えるだろう。

 

 

「私ももう少し身長が欲しいんだけど…」

「ソフィアは今ぐらいの身長が1番可愛いと思うよ?」

 

 

ルイスはソフィアの髪を一房取ると、そっと口付けを落とし微笑む。

よくルイスがする動作だが、なんとなくソフィアは恥ずかしくてくすくすと照れたように笑った。

 

 

「ハリー達も、間に合ってよかったね」

 

 

ルイスはソフィアの少し離れた後ろにハリーとモリー、そして遅れてやってきたムーディとリーマス達を見た。

 

ぱちり、とロンとルイスの目が合い、ルイスはにっこりと笑って手を振ったが──ロンは何も返さずふっと視線を逸らす。

振っていた手をぴたりと止めたルイスは、一瞬悲しそうに目を伏せたが、瞬きひとつでいつものように笑い、その手を誤魔化すように頭に持ってくきて髪を撫でた。

 

 

「僕、もう行くよ。コンパートメントでドラコが待ってるから…まぁ、ドラコは監督生になったからずっと一緒ってわけにはいかないんだけど」

「……あら、ドラコも監督生になったの?グリフィンドールからは、ロンとハーマイオニーなの」

「へえ、そうなんだ!…うーん、今年も大変そうだね、色々と。──じゃあ、また後でね」

「ええ、また」

 

 

ソフィアはルイスがハリー達に挨拶をしない事がとても悲しかったが──だが、ルイスが選んだ道を否定する事はなく、名残惜しそうに手を強く繋ぎ、ゆっくりと離した。

ルイスの背が汽車の扉をくぐり、見えなくなってからようやく視線を外し、ソフィアはハリー達の元へと向かう。

 

ちょうどトンクスがジニーとハーマイオニーに別れの挨拶を告げているところで、トンクスは2人を抱きしめた後にソフィアも優しく抱きしめる。

 

 

「みんなに会えて嬉しかったよ。きっと、またすぐ会えるね」

「ええ、トンクス、またね!」

 

 

警笛がプラットホームに鳴り響き、まだホームにいた生徒達が急いで汽車に乗り込んだ。

 

 

「早く、早く!」

 

 

モリーはソフィア達一人一人を順番に抱きしめ、「気をつけてね」「風邪をひかないように」と涙声で告げる。

2度も抱きしめられたハリーは、足下にいた大きな黒い犬を見下ろす。──シリウスとも、暫く会えないんだ。

 

黒い目と緑の目が交差した瞬間、黒犬は後脚で立ち上がりハリーの両肩に前足をかけた。

 

言葉はいらない、ただ肩に感じる重みと暖かさ、少しの獣独特の匂いに、ハリーは胸の奥からぐっと寂しさが込み上げる。

 

 

「シ──」

「まったくもう!シリウス、犬のように振る舞って!」

 

 

ハリーがシリウス、と呼ぼうとした時、モリーがハリーを汽車のドアの方へ押しやり怒ったように囁いた。

 

 

「さよなら!」

 

 

汽車が動き出した瞬間、ハリーは開けた窓から黒犬に向かって呼びかけ手を伸ばす。

その伸ばされた手に、黒犬の湿った鼻先がちょん、と触れた。

 

 

ソフィア達も窓に寄り、口々にさよならを言いながら大きく手を振る。

リーマスやムーディ達の姿があっという間に小さくなったが、黒犬は尻尾を振り窓のそばを汽車と一緒に走った。

健気であり、愛らしい黒犬の様子に飛び去っていくホームの人影が黒犬を笑う。

 

ハリーは、何故か泣きそうになった。

今生の別れではないのに、また、きっと会えるのに。──なぜか、ひどく寂しかったのだ。ああ、きっとシリウスはこの別れをずっと昔から考えていて、落ち込んでいたのだろう。

 

 

汽車がカーブを曲がると、ついに黒犬の姿は見えなくなった。

ハリーには犬の大きな鳴き声が聞こえた気がしたが、汽車の吐き出す轟音に紛れ、それが自分の幻聴かどうか、わからなかった。

 

 

「…シリウスは一緒に来るべきじゃ無かったわ」

「おい、気軽に行こうぜ。もう何ヶ月も陽の光を見てないんだぞ、かわいそうに」

 

 

ハーマイオニーは心配そうな声で言うが、ロンは特に気にしていないのか軽く答える。

シリウスが黒い犬のアニメーガスだと、死喰い人達は知っている。流石のソフィアも、プラットホームであんなに目立つようなことをするとは思わず、少し心配していた。

 

何故なら──あの場には、沢山の魔法使いがいた。ドラコの父親であるルシウスや、クラッブとゴイルの親が居てもおかしくはない。彼らは、死喰い人なのだから。

 

 

「さーてと、一日中無駄話をしてるわけにはいかない。リーと仕事の話があるんだ。また後でな」

 

 

フレッドとジョージは通路を右へと消えた。

汽車が速度を上げるにつれて、足元が不安定にぐらぐらと揺れ、ソフィア達は思わず壁に手をついた。

 

 

「それじゃ、コンパートメントを探そうか?」

 

 

ハリーの言葉に、ロンとハーマイオニーは目配せをする。何も言わず自分の左手の爪をいじりながらじっと見つめるロンに、ハーマイオニーは内心でため息を吐き、少し申し訳なさそうに眉を下げる。

 

 

「私たちは監督生の車輌に行く事になってるの。ずっとそこに居なくてもいいとは思うけど、車内の通路のパトロールをしなきゃならないって手紙に書いていたわ」

「あ、そうなんだ」

「そうなの?じゃあ、3人でコンパートメントを探しに行きましょうか」

 

 

ホグワーツ特急の旅では、ずっとロンと一緒だった。ハリーはどうしようもなく寂しかったが、どうする事も出来ないのだと自分に言い聞かせ無理ににっこりとロンとハーマイオニーに笑う。

 

ロンとハーマイオニーはトランクや籠を引き摺りながら前方の車両に向かい、通路の扉がぱたん、と閉まった。

一瞬、沈黙が落ちガタンゴトンという車輪の音しか聞こえなかったが、くるり、とジニーが振り向き「そうそう」と手を叩いた。

 

 

「私は同級生を探すから、ハリーとソフィアは2人でコンパートメントを探して?」

「え?…ええ、わかったわ、また後でねジニー」

 

 

ジニーは自分のトランクを掴むとハリーとソフィアに向かって手を振り右側の通路へと向かう。

残されたハリーとソフィアは二つ残ったトランクを見て、顔を見合わせ、なんとなく少し笑った。

 

 

「行こうか」

「そうね、行きましょう」

 

 

ハリーはトランクを片手に持ち、もう片方の手でヘドウィグの籠を持って通路をゆっくりと歩いた。

 

 

たしかに、ロンがいないのは寂しい。けれど、ソフィアがいる。──うん、そんなに悪くないかも。

 

 

窓に映る自分の横顔が少し緩んでいた事に気付き、ハリーはきゅっと奥歯を噛むと誤魔化すようにコンパートメントのガラス越しに中の様子を覗き込んだ。

 

 



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249 ルーナという少女!

 

 

ソフィアとハリーは空いているコンパートメントを探したが、どこも満員であり2人が──それに後で合流するだろうロンとハーマイオニーを足して4人が──入る事のできるコンパートメントは無かった。

ハリーは通路を歩きながら、自分を見つめる視線がいつもより多いことに気付く。その目は、いつもの生き残った男の子を見る好奇心の視線ではなく、どこか疑心が含まれていることに、ハリーは嫌でも気付かされた。あの目は、二年生の時に自分がスリザリンの後継者では無いかと思われた時に感じた視線と、去年選手に選ばれてしまった時の視線に似ている。

 

 

空いているコンパートメントが見つけられないまま、ソフィアとハリーは最後尾までたどり着き、ネビルと出会った。

まだ手にトランクとしょっちゅう逃げ出すヒキガエルのトレバーを持っていることから、彼もコンパートメントを見つけられていないのだろう。

 

 

「やあ、ハリー、ソフィア。……どこもいっぱいだ、僕、席が全然見つからなくて…」

「あら…私たちもなの──って、ここは?1人しかいないわよ?」

 

 

ソフィアは残念そうにしたが、ネビルの後ろのコンパートメントを覗き込み首を傾げる。

 

 

「えっ…あー…邪魔したくなくて…」

「…?誰かと待ち合わせしているのかしら?──こんにちは、ここいいかしら?」

 

 

ソフィアはコンパートメントを開け、中に1人で座っている少女に声をかける。

雑誌を読んでいた少女は驚いたように目を見開いていたが「ええ、どうぞ」とすぐに答えた。

 

 

「ありがとう」とお礼を言ったソフィアは中に入りトランクと籠を荷物棚に上げる。ネビルは少し悩んだが、他のコンパートメントは全て埋まっているため仕方がないと諦め居心地悪そうに中に入り、ハリーもその後に続いた。

 

ハリーはその中にいる少女を見て、何故ネビルがここに入るのを渋ったのかを理解した。

くすんだブロンドの長髪、目は驚いているかのように少々飛び出しているが、おそらくこれが彼女の普通なのだろう。

左耳に杖を挿して保管し、バタービールのコルクをいくつも繋いだネックレスをしている。それに、先ほどから熱心に読んでいる雑誌は逆さを向いている。──かなり、変人だ。

 

 

ネビルとハリーはトランク三個とヘドウィグの入った籠を荷物棚に上げて腰をかけた。瞬きの少ない目で見つめられたハリーは、彼女の正面に座るんじゃなかったと後悔した。

 

 

「私はソフィア・プリンスよ、五年生で、グリフィンドールなの。あなたは?」

「ルーナ・ラブグッド。後数時間で四年生」

「ルーナ、よろしくね」

「僕は──」

「知ってる。ハリー・ポッターだ」

「──うん、そうだよ」

「あんたが誰だか、知らない」

「えっ、あ…ぼ、僕はネビル・ロングボトム…」

「ふぅん」

 

 

ルーナはぎょろりとした目のままハリーとネビル、そしてソフィアを見ていたが興味がなくなったのか逆さまの雑誌を顔が隠れる高さまで上げ、そのまま真剣に雑誌を読み耽った。

 

ソフィア達は顔を見合わせたが何も言わず、ぽつぽつと夏休みに何をしたのかを話し合った。尤も、ソフィアとハリーは騎士団のことを言うわけにもいかず、ネビルの話の聞き手になっていただけだが。

 

 

「誕生日に何をもらったと思う?」

「また、思い出し玉?」

「違うよ。でも、それも必要かな。前もらったのはとっくに無くしちゃったから……。これ、見て」

 

 

ネビルはトレバーを握りしめていない方の手で学校の鞄の中を探り、小さな灰色のサボテンが植えられている鉢植えを取り出した。

針ではなく丸い出来物が表面を覆っているソレを自慢するように掲げるネビルに、ハリーは怪訝な顔をしたが、ソフィアはぱっと目を輝かせた。

 

 

「何それ?」

「ミンビュラス・ミンブルトニア」

「わぁ!これ、すっごく貴重でしょう?良かったわね!」

「うん!これ、きっとホグワーツの温室にもないよ、スプラウト先生に見せたくて持ってきたんだ。アルジー大叔父さんがアッシリアから僕のために持ってきてくれたんだ。繁殖させられるかどうか、僕やってみる」

「うわぁ…頑張ってねネビル!あなたならきっとできるわ!」

 

 

ネビルはソフィアの言葉に嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。ネビルは同級生の中でソフィアとハーマイオニーを凌ぐほど、薬草学が得意だった。知識量においては三者ともそれ程差はないが、ネビルは魔法植物に対する扱いが2人よりも上手く、実技の点でスプラウトも一目を置いていた。

 

 

「これ…何の役に立つの?」

 

 

ハリーはどうやらこの気味悪く脈打つ内臓のような見た目の植物が希少なものだとは分かったが、果たして何の役に立つのかはさっぱりだった。

 

 

「いっぱい!これ、びっくりするような防衛機能を持ってるんだ。──ちょっとトレバーを持ってて」

 

 

ネビルはトレバーをハリーの膝の上に落とし──ハリーはトレバーが逃げ出さないよう、ぬるりとしたその巨体を両手でしっかりと掴んだ──鞄から羽ペンを出す。

ルーナもネビルが何をするのか気になったのか、逆さまの雑誌の上から目を出し眺めていた。

 

 

「待ってネビル。──ガラスに変われ(タスフォグラス)──はい、これを持ってて、一応ね」

 

 

 

ソフィアは自分のカバンの中から取り出した3枚の羊皮紙を薄いガラスで出来た大きな盾に変身させると、ハリーとルーナに手渡し、自分もその後ろに隠れた。

 

ルーナは雑誌を膝の上に置くと興味深そうにガラスをコツコツと指で突きながらその後ろに隠れる。

ハリーは片手で持つにはなかなか大きすぎる盾に、苦闘しながらもなんとかトレバーを片腕で抱くように持ち変え、盾の裏からネビルを見た。

持ち手をつけて持ちやすくした方がよかったかしら、とソフィアが思った頃に、ネビルがミンビュラス・ミンブルトニアを目線の高さに掲げ、羽ペンの先でちょん、と突いた。

 

植物の出来物からドロリとした暗緑色の臭い液体が勢いよく噴出し天井や窓に飛び散る。勿論ソフィア達にもその液体はかかったが、盾により直撃は免れた。

ただ、ネビルは全く無防備な状況だった為、顔や体にべっとりと臭液が付着し、呻きながら目にかかった部分を払い除けた。

 

 

「ご、ごめんなさい。ネビルにも盾を渡せば良かったわ…」

「う──ううん、僕もこんなに飛び散ると思わなかった。臭液に毒がないから良かったよ…」

 

 

ソフィアはミンビュラス・ミンブルトニアの特性を知っていたため、念のため盾を出したがまさかここまで飛び散るとは思わず床や窓、そして暗緑色になってしまったネビルを見て肩をすくめた。

 

 

清めよ(スコージファイ)

 

 

ポケットから杖を出し、ソフィアが杖を振るうとコンパートメント内をべとべとにしていた臭液は綺麗さっぱりと消え、ネビルは安堵したように大きく息を吐き出した。

 

 

「ありがとう、ソフィア」

「いいのよ。──あ、臭液は魔法薬の材料になるんだった…集めて瓶詰めにすれば良かったわね」

 

 

まぁ、私は調合なんて出来るわけないけど。と苦笑しながらソフィアはガラスの盾を元の羊皮紙に戻し、ルーナとハリーから受け取るとくるくると丸め鞄の中に入れた。

 

 

 

ロンとハーマイオニーはソフィア達が車内販売員の魔女からかぼちゃパイや蛙チョコを購入し、それを食べ終わっても戻ってくることはなかった。2人が現れたのはそれから1時間以上経過し、ハリーとネビルが蛙チョコのカードを交換し始めた時だ。

 

 

「腹減って死にそうだ…」

 

 

ロンは疲れ切った表情で呟くと、ピッグウィジョンの籠をヘドウィグの隣に押し込み、ハリーが差し出した蛙チョコを受け取り包み紙を剥がしながらハリーの隣にドサリと座りこむと目を閉じて椅子の背に寄りかかる。

ハーマイオニーは荷物棚にトランクを押し込み、ソフィアの隣に座ると頭を押さえ大きなため息を吐いた。

 

 

「あのね、五年生は各寮に2人ずつ監督生がいるの、男女1人ずつ」

「それで、スリザリンの監督生は誰だと思う?」

 

 

いきなり話し出した不機嫌そうなハーマイオニーの言葉をロンが目を閉じたまま引き継ぐ。ハリーはすぐにその不機嫌さの意味を理解し、嫌そうな顔で「マルフォイ」と吐き捨てた。

 

 

「大当たり。それに、あのいかれた牝牛のパンジー・パーキンソンよ」

「牝牛って…」

「だって、脳震盪を起こしたトロールよりバカなのに、どうして監督生になれたのかしら…」

「まぁ、スリザリンは女子が少ないから…とか?」

 

 

ハーマイオニーの辛辣な言葉に、ソフィアは肩をすくめる。確かにパンジーは他のスリザリン生と同じく純血を誇りにし、マグル生まれをバカにするが、少し交流があったソフィアには、彼女にも年頃の少女らしい一面があるのだと知っている。

スリザリンとグリフィンドールが仲良くなれないのは最早仕方のない事だ、スリザリン生にかなりの原因があるのも事実。何故、ここまで仲良くなれないのか、生まれにこだわるのか──ソフィアにはわからなかった。

 

 

「ハッフルパフは誰?」

「アーニー・マクラミンとハンナ・アボット」

「それから、レイブンクローはアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル」

 

 

ハリーの疑問にロンとハーマイオニーが答える。ソフィアはぼんやりとそれぞれの顔を思い出しながら、たしかに各寮の中で優秀な生徒が選ばれているのだと感じる。確か、どの生徒も成績優秀者だ。

 

 

「あ、ハーマイオニー。魔女カップケーキ食べる?」

「わぁ!いいの?ありがとう、私もお腹ぺこぺこで…」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうに笑い、ソフィアの手からピンク色のカップケーキを受け取ると大きな口で頬張った。

 

 

「僕たち、一定時間ごとに通路を見回ることになってるんだ。それから、態度が悪い奴には罰則を与える事ができる。クラッブとゴイルに難癖をつけて罰則を与えるのが待ちきれないよ…」

「まぁ、ロン。立場を乱用するのはよく無いわよ?」

 

 

ソフィアが片眉を上げロンを諭したが、ロンは「ああ、そうだとも。マルフォイは絶対乱用しないだろうからな」と皮肉っぽく言いカエルチョコの足を口の中に押し込む。

ソフィアはムッとして黙ったが、ソフィアもきっとドラコは何かと理由をつけてハリーに罰則や原点を言い渡すだろう、と思っていた。

 

 

「ソフィアの言う通りよ!あいつらと同じところに身を落とすわけ?」

「違う。こっちの仲間がやられるより絶対先に、あいつの仲間をやってやるだけさ」

「まったく、もう!」

「ゴイルに書き取り100回の罰則をやらせよう。あいつ、書くの苦手だから死ぬぜ?──僕が…罰則を…受けたのは……ヒヒの尻に…似てるから…」

 

 

ロンが声を低くし顔を顰め苦しい表情を作り、ゴイルの真似をした。セブルスの真似の時もそうだったが、ロンのモノマネは微妙に似ている為ハリーとハーマイオニーとネビルは大笑いし、ソフィアも思わずくすくすと笑った。

 

しかし、この中で1番笑ったのはルーナだろう。

ルーナは引き攣ったように大きく高笑いし、身を屈め腹を抱えて大爆笑した。

 

 

「そ、それって、お、おかしぃ!!」

 

 

大きな目に涙を溜め息も絶え絶えに笑うルーナは、手に持っていた雑誌を落とし、ついに座席の上に横になり足をばたつかせた。

 

ロンはそこまでウケるとは思わず呆然としていたが、ルーナはそのロンの表情すら愉快だとゲラゲラと止まる事なく笑う。

 

 

「ふっ──あははっ!」

「ははっ!」

「きみ、僕を馬鹿にしてるのか?」

「ヒヒの尻っ…あはははっ!」

 

 

ルーナの笑いにつられ、ソフィア達はまた笑った。

みんなが腹を抱え笑っている中、ハリーは目に浮かんだ涙を指で拭きながら足下に落ちた雑誌を拾い上げた。

ルーナが逆さに読んでいる時にはわからなかったが、ファッジの風刺画が書かれている事に気付くとハッとして見出しを読む。

 

 

「これ、読んでもいい?」

 

 

ルーナはむっつりとしたロンを見たまま、笑いながら頷く。ハリーはその見出しにあった『シリウス・ブラックは有罪か?無罪か?』と書かれていた記事が気になり、急いで目を通す。

 

しかし、そこに書かれていたものは荒唐無稽な物ばかりであり──シリウスが歌う恋人だと書かれていたり、ファッジが小鬼をパイに入れて焼いたり──流石にこれを信じる気にはならず、ぱたんと雑誌を閉じた。

 

 

「何か面白いのあったか?」

「あるはずないわ。『ザ・クィブラー』ってクズよ、みんな知ってるわ」

「そうなの?私読んだことないわ」

 

 

ハリーの返事を聞く前にハーマイオニーがバッサリと言い切る。

ソフィアはハリーとルーナが読んでいるその雑誌を読んだことは無かったが、ハーマイオニーの声がリータの書いた記事を酷評する時と同じく嫌そうな声だったことに、それ程ひどい雑誌なのかと首を傾げた。

 

 

「あら。あたしのパパが編集してるんだけど」

 

 

ルーナの声が急に夢心地ではなく冷ややかなものになり、ハーマイオニーを見据える。

ハーマイオニーもまさかルーナが編集長の娘だとは思わず、しどろもどろに「あっ、でも、その──ちょっと面白いのも……」と言い訳をしたが、ルーナはそんな言葉で騙されることは無く、身を乗り出しハリーの手から雑誌をひったくり、また逆さにして読んだ。

 

少し気まずい沈黙が流れたが、それを打ち消すようにコンパートメントの扉が開く。

 

今度は誰だろうか──ソフィア達が振り向いた先にいたのは、ドラコとルイスだった。

ドラコの胸には監督生のバッジが輝き、ニヤニヤと意地悪く笑いながらハリーを見つめている。

 

 

「なんだい?」

 

 

ドラコが何か言う前に、ハリーが先に突っかかる。ドラコは余裕のある笑みを浮かべ腕を組みながらハリーを見下した。

 

 

「礼儀正しくだ、ポッター。さもないと罰則だぞ。おわかりだろうが、君と違って僕は監督生だ。つまり、君と違って罰則を与える権限がある」

「ああ。だけど君は僕と違って卑劣な奴だ。だから出て行け、邪魔するな」

 

 

低いハリーの声に、ロン、ハーマイオニー、ネビルが笑った。ソフィアは笑う事も出来ず、ただハリーとドラコの言い合いを見て悲しそうに眉を下げるだけだ。

 

 

「…ドラコ、もういいでしょ?…コンパートメントに戻ろう」

 

 

ルイスはため息をつきながらドラコの肩を叩く。

ソフィアはこの時、初めてルイスと目が合っていない事に気付いた。ルイスは少し俯き、いつものような笑顔を見せていない。ただ、無表情なままドラコの影のように立っているだけだ。

 

 

「そうだな…ああ、最後に教えてくれポッター。ウィーズリーの下につくというのは、どんな気分だ?」

「黙りなさい、マルフォイ」

「どうやら逆鱗に触れたようだねぇ、まぁ、気をつける事だなポッター、何しろ僕は、君の足が規則の一線を踏み越えないように、犬のように付け回すからね」

「出て行きなさい!」

「ドラコ。行こう」

「ふん、そうだな」

 

 

ルイスはいつもならドラコの言動を咎め、ハリー達に謝るが、今回はそうする事なく、ただ誰とも目を合わせないようにその場から離れる。ドラコは最後、ハリーに嘲笑の一瞥を送りながらルイスの後を追った。

 

 

ハリーは胸の奥にちくり、としたかすかな痛みを感じた。

ルイスはいつまで友達だ、それは変わらない。だが──あの態度を見ると、どうしようもなく辛く、悲しかった。

 

 

ハーマイオニーは立ち上がりコンパートメントの扉を勢いよく閉じ、ハリーを見た。

その視線が何を意味するのか──ハリーはすぐに悟る。ロンはドラコの言葉を気にしていない様子だったが、ソフィアもまたハーマイオニーとハリーのように真剣さと不安を滲ませる目をしていた。

 

ドラコが何故わざわざ『犬のように』と言ったのか、それは偶然だったのか。それとも何かを知っていて真綿で首を絞めるように精神的に追い詰めていきたいのか──判断が難しかった。

 

 

ハリーはすぐにでもドラコや犬──シリウスの事をソフィア達と話したがったが、このコンパートメントにはネビルとルーナが居る。無関係の人達の前でそれを言うことはできず、心配そうなハーマイオニーとソフィアと目配せをし合い、窓の外を見つめた。

 

 

 



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250 セストラル!

 

 

ホグワーツ特急がホグズミード駅に到着する少し前、車内が降りる支度をする生徒で騒がしくなってきたのを監督するために一度通路へ出た。

ハーマイオニーはクルックシャンクスをソフィアに、ロンはピッグウィジョンをハリーに頼んだが、ハリーは自身のフクロウであるヘドウィグの籠を持たねばならない、生徒達の騒がしい雰囲気に当てられたのか、ピッグウィジョンは落ち着きなく騒ぎ出し、片手で籠を持つのに苦労していると、ルーナがハリーの代わりにピッグウィジョンの籠を掴んだ。

 

 

「あたしが持つよ」

「あ…うん。ありがとう」

 

 

ハリーはルーナにピッグウィジョンを任せていいのか悩んだが、このままだと進めないのも事実であり「よろしくね」と再度念を押し、4人は生徒達を掻き分けホームに降りた。

辺りは薄暗く、冷たい風がふわりとソフィア達の頬を撫でる。広大な湖に沿って生えている松の青々とした匂いを吸い込みながら、ハリーはハグリッドを探した。

 

毎年、ハグリッドが一年生を引率していた、きっと今年もそうに違いない。と、ハリーは思ったが、ハグリッドの巨体は見えず、あの特徴的な声も聞こえない。

代わりに一年生を呼んでいるのは、キビキビとした女性の声だった。

 

 

「一年生はこっちに並んで!全員、こっちへおいで!」

 

 

手にカンテラを持ち一年生を呼ぶのは、去年ハグリッドの魔法生物飼育学を暫く代行した魔女だった。

 

 

「ハグリッドはどこ?」

 

 

ハリーは思わず声に出し足を止め呆然と魔女を見た。

ハリーの後ろにいたソフィアは自分達が人の流れを止めて混雑の原因になっていると分かると、トントンとハリーの背を叩く。

 

 

「ハリー、ここで止まってると後ろが詰まっちゃうわ。駅の外に向かいましょう」

「あ…そ、うだね」

 

 

ハリーは後ろ髪が引かれる思いでホームを見ながら駅の出口へと向かう。

駅の外では月夜に照らされ雨上がりの地面が鏡のように光っていた。

人波に揉まれているといつのまにかネビルとルーナと離れてしまったが、ハリーとソフィアははぐれることなく──ソフィアがハリーのローブを掴んでいたからだ──二年生以上が城へ向かう馬車へ駆け寄る。

 

 

「ハグリッド、どうしていなかったんだろう」

「んー…ほら、去年…大切な任務をダンブルドア先生から任されていたでしょう?その関係じゃないかしら」

「そうか!…でも、そんなに、長くかかるのかなぁ…」

「わからないわ、けど……多分、そうよ」

 

 

ソフィアは腕に抱いているクルックシャンクスを撫で、小声で囁く。あまり、ハグリッドがしている事を他の人に聞かれるのは良くないだろう。

クルックシャンクスはソフィアの首に巻かれているレースのチョーカーに鼻を近づけふんふんと匂いを嗅ぎ、尻尾を揺らめかせ「にぁあ」と甘えるように鳴いた。

 

黒い百台を超える馬車のそばまでたどり着いた時、ハリーはいつもの()()()()()()ではない事に気付き、ぎょっとして一歩後ずさった。

 

馬車の(ながえ)の間に、見た事もない奇妙な生き物が居た。

馬のような姿形をしているが、皮膚は爬虫類のようにテラテラとしていて肉がなく、骨と皮だけの痩せ衰えた体だ。

骨の一本一本がくっきりと浮かび上がり、骸骨のようなその顔は馬というよりも、ドラゴンに似ている。瞳のない目は真っ白に濁っている。背中の隆起した部分から蝙蝠のような巨大な羽が生えていた。

まるで、地獄への使者のような不吉な姿に、ハリーはごくりと唾を飲み「あれって──」とソフィアを振り返った。

 

 

「──ピッグはどこ?」

「えっ、あ、あのルーナって子が持ってるよ」

 

 

突如後ろからロンの声が聞こえ、ハリーは視界の端に映る奇妙な馬のことをなんとか意識の端に追いやり、ロンの問いに答えた。

確かにこの馬のことも気になる。だが、何故ハグリッドがここに居ないのか、ハリーはロンとハーマイオニーとも話し合いたかった。

 

 

「ねえ、ハグリッドはどこにいると思う?」

「さあ…無事だといいけど」

 

 

ロンもハグリッドが居ないことに気付き──ハグリッドの巨大は探さなくとも目立つのだ──心配そうにしながら辺りを見渡す。

 

ちょうど少し離れた場所でドラコがルイス、クラッブ、ゴイル、パンジーを連れて大人しそうな二年生を押し退け馬車一台を独占しようとしていた。

 

よろめいた二年生はその場に尻をつけ、怖々とドラコ達を見上げたが、ドラコ達は少しも気にすることなく当然というように馬車に乗り込んだ。

ルイスは尻餅をついた二年生の手を取り立たせると、泥で汚れたローブに向けて杖を振るい汚れを清め、申し訳なさそうに眉を下げ「ごめんね」と小声で囁くとドラコが待つ馬車に入ってしまう。

 

 

「…ルイスは、ルイスだね」

「……ふん、どうだか」

 

 

それを見ていたハリーの呟きにロンは低い声で吐き捨てたが、その声には軽蔑や疑惑というよりも、悲しみが多く混じっていただろう。

 

 

「ああ、いた!」

「ハーマイオニー、大丈夫?」

「ええ。──マルフォイのやつ、あっちで一年生にほんとにムカつく事をしてたのよ、絶対に報告してやる!ほんの3分でもバッジを持たせたら前よりもっと酷いいじめをするんだわ!なんでルイスが監督生じゃないのか疑問ね!」

「まぁ…ドラコはスリザリンの顔、みたいなところがあるから…」

 

 

ソフィアは怒れるハーマイオニーに苦笑しながら腕に抱いていたクルックシャンクスを手渡す。ホグワーツでの生活が始まって1日目でこれならば、きっと毎日のようにドラコとハリー達はぶつかることとなるのが目に見えていて──ソフィアは今から少々気が重かった。

 

 

「クルックシャンクスをありがとう、ソフィア。──さあ、馬車に乗りましょう、満席にならないように」

「ピッグがまだだ!」

「きっとすぐ来るわよ」

 

 

ロンは人混みの中からルーナを探していたがまだ見つかることは無い。

ハーマイオニーはどうせ向かう先は同じなのだからいつか会えると気にすることなく空いている馬車へと向かった。

 

 

「ねえ、こいつら一体なんだと思う?去年までは居なかったのに…」

「こいつらって?」

 

 

ハリーは気味悪い馬を顎で指しながらソフィアとロンに聞いた。2人は顔を見合わせ、ハリーが指した方を見たが──ただ、首を傾げた。

 

 

「なんのこと?」

「この馬だよ──」

 

 

きょとんとしたソフィアの言葉に、ハリーが焦ったそうに言った時、人混みを掻き分けながらルーナが両腕に鳥籠を抱えて現れた。

ロンはほっと表情を緩め、ルーナから鳥籠を受け取り、ロンに会えた喜びから興奮したように囀り羽をばたつかせるピッグウィジョンの羽をそっと撫でた。

 

 

「可愛いチビフクロウだねぇ?」

「あー…うん、ありがとう。──えーと、じゃあ乗ろうか。ハリー、なんか言ってたっけ?」

「うん。この馬みたいなもの」

 

 

ソフィアとロンとルーナの4人でハーマイオニーが乗り込んでいる馬車の方に歩きながら再度ハリーが言った。

だが、ロンはソフィアと同じく不思議そうな目をしながら馬車を見て首を傾げ「どの馬みたいなもの?」と言うだけだった。

 

 

「馬車をひいている馬みたいなもの!」

 

 

近いのはほんの1メートル先にいるというのに、何故この黒い骨張った馬が見えないのか、からかっているのかとハリーは苛立ちながらつい大声で叫んだが、ロンは何度も馬車を見て、心底わからないと言うように──不安そうに、肩をすくめ首を振った。

 

 

「これの事だよ!ねえ、ソフィア?ここにいる馬みたいなもの、ロンに教えてやってよ!」

「何が見えてるの?」

「な、何がって……まさか、君たち、見えないの?馬車をひいているのが…?」

 

 

ハリーはようやく、自分にしかこの馬が見えていないんじゃ無いかという事に気付いた。当たり前だ、ロンならこんな奇妙な動物を見るだけで嫌そうな顔をして文句を言うだろうし、ソフィアなら──飛び上がって喜ぶだろう。

 

呆然とするハリーに、ソフィアは暫く黙っていたが、「もしかして」と小さく呟く。

 

 

「黒くて、骨と皮だけみたいで…顔はドラゴンに似ていて……羽は蝙蝠かしら?」

「そうだよ!見えてるんじゃないか!」

 

 

ハリーは今見ているものと、ソフィアがいう特徴が全く同じことに安堵したが、ソフィアの表情が複雑な色をしているのが気になった。

 

 

「馬車をひいているのは、セストラルね。彼らを見るには一定の条件が必要なの」

「条件…?」

「あたしにも見えるもん。ここにきた最初っからね」

「ルーナ…そうなの…。……セストラルは見た目は確かにユニークだけど、とっても賢いわ。今までも彼らが馬車を牽引していたなら特に問題は無いわ──さあ、乗りましょう」

 

 

魔法動物が好きで、生徒中では誰よりも詳しいソフィアは、セストラルを見ることができる条件を知っていた。

何故、ハリーが今年からセストラルを見る事ができるようになったのか、そして、何故ルーナが一年生の時から見えていたのか──ソフィアはわかってはいたが、説明は何もせず困惑したままのハリーとロンから視線を外し、ハーマイオニーの待つ馬車の内部へ乗り込んだ。

 

 

 



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251 組分け帽子の警告!

 

 

ホグワーツ城に到着したソフィア達は新学期の宴が行われる大広間へと向かった。

 

大広間にはそれぞれの寮の長机が並び、既に生徒の半数以上が着席し、久しぶりに会えた友人達と談笑していた。

 

ソフィア達はグリフィンドールのテーブルにつき、広間の1番奥にある教職員テーブルを眺める。

だが、そこにはやはり──ハグリッドの姿は無かった。

 

 

「あそこには居ない…」

「辞めたはずないし…」

「もしかして、怪我してるとか…そういう?」

「任務、だと思うわ。多分…それなりに危険なものなのよ…」

 

 

ソフィアの言葉にロンは納得したが、ハーマイオニーは唇を噛みながらそれを裏付ける何か証拠はないかと教職員テーブルをじっと見ていたが、見知らぬ魔女がいる事に気付き、テーブルの中央あたりを指差した。

 

 

「あの人、誰?」

「闇の魔術に対する防衛術の先生じゃないかしら?」

「──アンブリッジだ。僕の尋問にいた、ファッジの下で働いている!」

 

 

一年と教師が続かない呪われた科目である闇の魔術に対する防衛術は、毎年お決まりのように教師が変わる。

ハリーはその新しく教職員のテーブルに座っているのが自分を嫌味っぽく尋問したアンブリッジだとすぐに気付いた。

あの特徴的な青白いガマガエルのような顔と、けばけばしいピンクの服は忘れられない。

 

 

「ファッジの下で働いているの?…それは…」

「まさか!違うわ、まさか……」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはハリーの言葉に顔を顰め、真剣な目でお互いを見る。

その目には全てを言わなくてもその先に隠された言葉をありありと語っていた。

 

魔法省が、ついにホグワーツに手を伸ばしたのだ。間違いなくあのアンブリッジという魔女は魔法省からのスパイであり、魔法省にとって不利益な事をしないか監視するのだろう。

ハーマイオニーは自分自身で否定はしていたが、それは願望がありありと含まれた否定で──ソフィアは、ただ真剣な顔で頷くだけだった。

 

 

ハリーとロンはまた2人は何が通じ合っているな、と思ったが敢えて聞くことは無く、むしろ今しがた現れた去年度のハグリッドの代行教師だったグラブリー-プランクの方に気を取られていた。

グラブリー-プランクはテーブルの端まで進むと、いつもハグリッドが座っていた席に着いてしまった。

 

すぐに扉が開かれ、怯えて不安そうな表情をした一年生が入場する。マクゴナガルの後ろに長い列を作っている一年生は誰もが顔色が悪く、居心地悪そうだった。

 

 

ついに組み分けの儀式が始まる。

大広間の喧騒は次第に収まった頃、一年生達は教職員テーブルの前に立ち、生徒たちの方を向いた。

マクゴナガルが毎年使う小さな丸い椅子と、組み分け帽子を大切そうに起き、一度後ろに下がった。

 

 

学校中が、組み分け帽子は今年どんな歌を歌うのだろうか、と息を殺してその時を待った。

帽子のつばの裂け目がぱかりと割れ、組み分け帽子は大きな声で歌い出す。

 

 

その歌は──ソフィア達が今まで聞いたことの無い警告が含まれていた。

 

例年通りならば四寮の特性と組み分け帽子の役割を語るだけだが、今年はホグワーツで何があったのか──創立者4人の不和により、スリザリンがこの場を離れたこと、そして外からの敵が恐ろしく、内のつながりを強固にしなければならないと歌い上げた。

そうしなければ、ホグワーツが内部から崩れるだろう、そうはっきりと明言した警告に、帽子が歌い終わった後いつものように拍手が起こったが、呟きと囁きで萎みがちだった。

 

教師達は特に動揺を見せていないが、生徒達は隣同士でヒソヒソと意見を交換している。

 

 

ソフィアはちらりと教職員テーブルに座るセブルスを見たが、いつもと同じように静かに控えめな拍手をするだけで、他の教師と同じく何とも思っていないようだった。

 

 

「これまでに警告を発したことなんて、あった?」

 

 

ハーマイオニーが不安げな声で隣に座るソフィアに囁く。

ソフィアは首を振ったが──それと同時に、ふわりとグリフィンドールのゴーストである殆ど首無しニックが現れ、「左様。あります」と物知り顔で答えた。

 

 

「あの帽子は、必要ならば自分の名誉に掛けて、学校に警告を発する責任があると考えているのです──」

 

 

ニックはその先にもまだ何か言おうとしたが、マクゴナガルがお喋りを辞めない生徒達を鋭く睨んだため、優雅に唇に人差し指を当ててふわりと飛んでいってしまった。

 

 

組み分けが最後の1人まで終わり、マクゴナガルが帽子と丸椅子を取り上げ歩き去ると、ダンブルドアが立ち上がった。

 

 

「新入生よ、おめでとう!古顔の諸君よ、お帰り!」

 

 

ダンブルドアはいつものような微笑を湛え両腕を大きく広げ朗々と言った。

ソフィアはいつもと変わらないその姿を見て、ほっと胸の中が暖かくなるのを感じた。きっとそれはソフィアだけではないだろう。日刊預言者新聞を信じ、ダンブルドアに対し不信感を持つ生徒も、先ほどの不吉な組み分けの歌を聞いた後では──いつも通りの優しい微笑みを浮かべるダンブルドアに、言いようのない安心感を覚えていた。

 

 

「挨拶するには時がある。今はその時にあらずじゃ。──掻っ込め!」

 

 

茶目っ気たっぷりなダンブルドアの言葉に、嬉しそうな笑い声と拍手が湧く。ダンブルドアはすぐに椅子に座り長い髭が食事の邪魔にならないよう後ろに流した。

いつの間にか、空だった皿に沢山の豪華な料理が現れ、5卓のテーブルが重さで唸っていた。

 

 

「いいぞ!」

「お腹ぺこぺこだわ…」

 

 

汽車の旅ではお菓子を沢山食べる時間がなかったロンとハーマイオニーは待ちきれないとばかりに1番近くにあった肉料理の皿を引き寄せた。

 

 

「組み合けの前に何か言いかけてたわね?帽子が警告を発する事で…?」

 

 

ハーマイオニーは行儀良くフォークとナイフを使い骨つき肉を切りながらニックを見上げる。

ロンが骨つき肉を手に持ち勢いよく齧り付いてる様子を羨ましそうに見ていたニックは、にっこりと笑い大きく頷いた。

 

 

「左様、これまでに数回、あの帽子が警告を発するのを聞いております。いつも学校が大きな危機に直面していることを察知した時でした。そして勿論のこと、いつも同じ忠告をします。団結せよ、内側を強くせよ──と」

「どうして学校の危機がわかるのかしら」

 

 

ソフィアはビーフパイを食べながら首を傾げる。確かに広い魔法界でも2つとない優秀な帽子だろう。だが、何故危機を察知出来るのかわからない。

 

 

「私にはわかりませんな。勿論、帽子はダンブルドアの校長室に住んでいますから、敢えて申し上げれば…そこで感触を得るのでしょうな」

「ああ…成程、確かに…ダンブルドア先生の独り言とか、聞いているのかもしれないわね」

「帽子が全寮に仲良くなれだなんて…とても無理だね」

 

 

ハリーはローストポテトを食べながらスリザリンのテーブルをチラリと見る。ドラコが王様のように踏ん反り返り、自分の皿に料理を入れる事もなく下級生に命令し、僕のように給仕させていた。

 

 

「さあ、さあ、そんな態度ではいけませんね。平和な協力、それこそが鍵です。我らゴーストは各寮に分かれておりましても、友情の絆は保っております。グリフィンドールとスリザリンの競争はあっても、私は血みどろ男爵と事を構えようとは夢にも思いませんぞ」

「単に恐いからだろ」

 

 

ロンがぼそりと揶揄えば、ニックは大きな気分を害したようにロンを睨む。

 

 

「恐い?痩せても枯れてもニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿。命ありし時も絶命後も、臆病の汚名を着たことはありません。この体に流れる気高き血は──」

「どの血?まさか血があるの?」

「言葉の綾です!私が言の葉をどのように使おうとも、その楽しみはまだ許されていると愚考する次第です。たとえ飲食の楽しみこそ奪われようと!──しかし、私の死を愚弄する生徒がいることには、この(やつがれ)、慣れております!」

 

 

ニックは憤慨し、体をワナワナと震わせ低い声で告げる。体が震えすぎてその首が今にもだらんと落ちそうだとハリーは思い、なるべくその断面を見ないようにと料理に視線を落とした。

 

 

「ニック!ロンはあなたのことを笑い物にしたんじゃ無いわ!」

「ちが、ぼっ、きみ──きぶ、がぃ──する──」

 

 

ハーマイオニーの言葉と強い一瞥に、ロンは直ぐに「違う、僕は君の気分を害するつもりはなかったんだ」と弁解しようとしたが、不運にも口の中はリスの頬袋のようにはちきれそうな程の料理が詰め込まれており、それはちゃんとした言葉にも、謝罪にもならなかった。

 

ニックは充分な謝罪には到底思えず、ふん、と鼻を鳴らすと空中に浮き上がり、テーブルの端へ飛んでいってしまった。

 

 

「お見事ね、ロン」

「何が?簡単な質問をしちゃいけないのか?」

「もう、いいわよ」

「…ま、少し考えれば…血が通っていないのはわかるでしょう。血が今でも通っているのなら…この料理達に降り注ぐわ」

 

 

ソフィアの苦笑混じりの言葉に、ロンはぴくりと片眉を上げ遠くにいるニックの後ろ姿を見て──むっつりと黙り込み口にパイを詰め込んだ。

ハーマイオニーとロンはその後も互いにツンとして無視をし合っていたが、それはいつものことでありソフィアとハリーはあまり気にせず、空腹を満たすことを優先した。

 

 

「ま、あの帽子とニックの言う事もわかるわ」

「仲良くしろって?スリザリンだけは、無理だね」

「うーん…そうね、今更無理だと私も思うわ。──けどね、内側の結束を強固にしなきゃ、スパイが潜り込みやすくなるわ。それに、弱点にもなる…もしスリザリンとその他の寮の仲が悪くなければ──理想論かもしれないけれど──色々な悩みは存在しないもの」

「…スリザリンと仲良くなんて、逆立ちしたって無理だね」

「……だから、理想論ね」

 

 

嫌そうに吐き捨てられたハリーの言葉に、ソフィアは肩をすくめた。

 

 

たくさんの料理の皿が空になり、腹が満たされた生徒達は満足げな顔で近くの友達と話す。大広間がまたガヤガヤとした喧騒に包まれ始めた頃、ダンブルドアが再び立ち上がった。

 

みんなの顔がダンブルドアを見て、すぐに話し声は止まる。

ダンブルドアはにっこりと笑い両手を広げると、いつものように1年間の注意事項を述べた。

それは禁じられた森に入る事は出来ないという事と、休み時間に廊下で魔法を使ってはいけないという事など、とくに例年と変わりはない。

新しい教師の科目と名前を言い、クィディッチの寮代表選手の選抜の日を伝えようとした時、ダンブルドアは言葉を切りアンブリッジを見た。

 

背の低いアンブリッジが座っていても立っていてもそれ程見た目に差はなく、生徒たちはまさかアンブリッジがダンブルドアの言葉を遮るように咳をして立ち上がっているとは思わず、驚きながらそのピンク色の服に包まれるアンブリッジを見た。

 

どうやら立ち上がって、スピーチをしたいらしい。

ダンブルドアはほんの一瞬驚いたようだったが、すぐに優雅に腰をかけ、アンブリッジに耳を傾けるような顔をした。

 

今まで──少なくともソフィア達が知っている4年間──誰もダンブルドアの話を途中で遮ることはなかった。上座に座る教師達は誰もが怪訝な顔をし、ダンブルドアほど巧みに驚きを隠す事が出来ていない。むしろ、その顔に嫌悪を滲ませている教師すらいる。

 

 

「校長先生、歓迎のお言葉恐れ入ります。──さて、ホグワーツに戻ってこられて本当に嬉しいですわ!そして、みなさんの幸せそうな可愛い顔がわたくしを見上げているのは素敵ですわ!」

 

 

アンブリッジは甲高い声でそう言うとにっこりと微笑み、生徒達を見下ろす。

ハリーはぐるりと見回したが──1人として幸せそうな顔は無く、誰もがぽかんと口を開き子ども扱いされた事に愕然としていた。

 

 

「みなさんとお知り合いになれることを楽しみにしております。きっとよいお友達になれますわよ!」

 

 

この言葉には皆顔を見合わせ、くすくすと笑う。冷笑を隠さずひそひそと馬鹿にする生徒もいたが、アンブリッジは全く気にすることもなく、咳払いをこぼす。

先程までの甲高いため息混じりの甘ったるい声ではなく、はっきりとした口調でセリフを暗記したような感情の籠らない声になっていた。

 

 

「魔法省は、若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。みなさんが持って生まれた稀なる才能は、慎重に教え導き養って磨かねばものになりません。魔法界独自の古来からの技を、後代に伝えていかなければ、永久に失われてしまいます。我ら祖先が集大成した魔法の知識の宝庫は、教育という気高い天職を持つものにより、守り、補い、磨かれていかねばなりません」

 

 

アンブリッジは一息つき、同じ教師テーブルに座る教師達へ会釈したが、誰も会釈を返さない。マクゴナガルの細い眉がきゅっと吊り上がり、隣に座っていたスプラウトと意味ありげに目配せをしたのをソフィア達は見た。

 

 

「ホグワーツの歴代校長は、この歴史ある学校を治める重職を務めるにあたり、何らかの新規なものを導入してきました。そうあるべきです。進歩がなければ停滞と衰退あるのみ。しかしながら進歩のための進歩は奨励されるべきではありません。なぜなら、試練を受け、証明された伝統は手を加える必要がないからです。そうなると、バランスが大切です、古きものと新しきもの、恒久的なものと変化、伝統と革新──」

 

 

ダンブルドアが話をする時は大広間がしん、と鎮まっているが、今静かにしている生徒は少なかった。

誰もが額を合わせ友人と話し合ったり、鞄から雑誌や教科書を取り出し好きな事をしていた。ハリーとロンも腹が満たされた今、遠くから睡魔がやってきて頭は舟を漕ぎ始めていた。

 

ソフィアとハーマイオニーは他の教師達と同じように、じっとアンブリッジを見つめ話を聞く。特に面白い話では無いが──彼女は魔法省から来ている、この言葉には意味があるはずだ。

 

 

「──いざ、前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

 

アンブリッジが話を締めくくり、すぐに着席し、ダンブルドアが拍手をした。

殆どの生徒はいつアンブリッジの大演説が終わったのか分からず──気に留めていなかったため──不意をつかれたように慌てて数回拍手をする。この大演説をしっかりと聞いていたのは、教師を除けば片手の指にも満たな数だろう。

 

 

「ありがとうございました、アンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった。──さて、先程言いかけておったが、クィディッチ選抜の日は…」

 

 

気を取り直すようにダンブルドアが話しの続きを話し、生徒達はちゃんとダンブルドアを見て口を閉じる。

ハーマイオニーとソフィアはちらりと視線を合わせ、他の者には聞こえないよう声を低くして囁いた。

 

 

「どう思う?」

「…間違いないわ、…まさに啓発的で…今年は、より大変そうね」

「そうよね…」

 

 

真剣な顔で頷き合うソフィアとハーマイオニーに、ロンとハリーは首を傾げる。

 

 

「面白かったなんて言うんじゃないだろうな?ありゃ、これまでで最後につまんない演説だった。パーシーと暮らしてた僕が言うんだから間違いない」

「面白い、じゃなくて…啓発的なのよ、ロン。アンブリッジの言葉で沢山のことがわかったわ」

 

 

ソフィアは声を低くしたまま、アンブリッジをじっと見据える。教師達もきっと彼女の演説の意味に気付いただろう。

 

 

「本当?中身のない無駄話ばっかりに聞こえたけど」

「言葉の端々に…魔法省が教育に干渉する、という事が隠されていたわ。…闇の魔術に対する防衛術だけならまだ良いけれど…あの言い方だと、ホグワーツそのものに干渉してもおかしくないわ」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは頷き、ハリーとロンは信じられないのか怪訝な顔で顔を見合わせた。

 

 

ちょうどその時、ダンブルドアが解散と就寝を宣言し、椅子を引く音でがたがたと大広間中が煩くなった。

ハーマイオニーは慌ててロンを引き連れ、一年生を案内するために駆け出す。

 

 

「また後でね」

「ええ、また!」

 

 

ソフィアとハリーは不安げに身を寄せ合っている一年生の元へと向かうロンとハーマイオニーを見送る。こうしてみると、本当に一年生は細くて小さい。

いくら身長が低いソフィアでも、流石に一年生よりは大きく、少しだけ自分の成長と、一年生の時を思い出し懐かしそうに目を細めた。

あの時はスリザリンに組分けされず──ルイスと離れてしまい、絶望感に打ちひしがれていたっけ。

 

 

「ソフィア久しぶりね、夏休みはどうだった?前言ってた雑誌、持ってきたわよ!」

「化粧品のサンプルも、沢山持ってきたわ!」

「久しぶりねラベンダー、パーバディ!まぁ、ありがとう!」

 

 

生徒の間を縫い、ラベンダーとパーバディがソフィアの前に現れ、鞄の口を開け魅惑的な魔女がウインクをする雑誌と、キラキラと光る化粧品のサンプルをちらりと見せる。

夏休み前に、新しい化粧品や服を買いたいと相談されていた2人は、ソフィアのためにこうして用意していたのだ。

 

ハリーはなんとなくこの場に居づらくなり、「また後でね」とソフィアに告げると生徒達の意味ありげな視線を振り払うように一直線に大広間の扉へと向かった。

 

 

 

ソフィアはラベンダーとパーバティとグリフィンドール寮へ戻り、自室に置かれていたトランクの中身をきちんと棚に片付けた後一つのベッドに座り雑誌を囲み楽しく談笑していた。

 

少しすると監督生の仕事を終えたハーマイオニーが現れ、トランクの中身を片付けた後そのお喋りの輪の中に入った。

 

 

「見て!これね、ボディクリームなんだけど、凄く肌触りが良くなるの」

 

 

パーバティが小さな小瓶を3つ取り出すと、ソフィア達に手渡す。昔から化粧品のサンプルを沢山入手する事が出来るパーバティは、ソフィア達に惜しみなくわけていた。

 

 

「ベタつきも殆どないし、すっごく良いわよ」

「わぁ…!本当、良い匂いね」

「うん、嫌な匂いじゃないわ!甘いけど…少しスッとしてるし…」

 

 

小瓶を開け、手の甲に少し出したソフィアは伸びを確認しながら笑う。ハーマイオニーとラベンダーも体に塗り込みながらくんくんも自分の体から出る甘い匂いにうっとりと顔を綻ばせた。

 

 

「ソフィアが普段使ってるコロンの匂いと喧嘩もしないでしょ?…すっごく、良い匂いよね、どこのコロンなの?」

 

 

パーバティがソフィアの首元に顔を近づけ、匂いを嗅げば、ソフィアは少しくすぐったそうにしながら化粧棚へ向かって杖を振るい、中から丸い瓶を引き寄せるとパーバティに手渡した。

細い筆記体で書かれた文字を見たパーバティは「うわー!これ、高級ブランドよ!」と興奮したように言い、羨ましそうに香水を見つめた。

 

 

「頂いたものなの。もう無くなりそうだから…新しいものを買おうと思ってるんだけど…びっくりするほど高かったわ」

 

 

肩をすくめるソフィアに、パーバティは「学生には少し手が届かないわよね」と言いながら大きく頷き、落として壊す事ないよう慎重にソフィアの手に瓶を返した。

ハーマイオニーはその香水が、ドラコの母からの贈り物であると知っているため少し嫌そうにぎゅっと眉を寄せたが──良い匂いであり、ソフィアの雰囲気ととてもよく似合っているのも事実のため、何も言わなかった。

 

 

「ねえ、ソフィア、ハーマイオニー。あなた達ってハリーと仲良いわよね?その……例のあの人が復活したなんて、嘘よね?」

 

 

ラベンダーが少しも気にしていない、と言うように雑誌をぺらぺらと捲りながら呟く。

その手はページを巡っているが、目は動く事はなく、雑誌を読んでいるフリなのだと、ソフィアとハーマイオニーは察した。

 

 

「ラベンダーはどう思うの?」

「あー……パパとママが、復活なんて馬鹿馬鹿しいそんなわけないって言ってるわ。ダンブルドアも、色々あったでしょう?魔法省は認めてないし。──それに、ほら、ハリーって目立ちたがり屋なのは本当でしょう?」

 

 

ラベンダーは視線を下に向けたまま早口で言う。隣にいるパーバティは何も言わないが、ラベンダーと同じことを思っているのか彼女の言う事が当然だと、表情が物語っている。

ハーマイオニーはカッとして眉を吊り上げラベンダーの手から読まれていない雑誌を勢いよく奪った。

 

 

「何するのよ!」

「ラベンダー、ハリーのことについて──」

「ハーマイオニー、ラベンダー落ち着いて」

 

 

一瞬で険悪な雰囲気になってしまったハーマイオニーとラベンダーに、ソフィアはやんわりと──だが力強い声で2人を咎めるように名を呼ぶと、真剣な目で2人を見る。

 

 

「…復活を信じられないのは当然だわ。だってハリーとダンブルドア先生の証言しかないもの。でも……ラベンダー、あなたは4年間ハリーを見てきて、ハリーが目立ちたいからってダンブルドア先生と共謀して例のあの人が復活した、だなんて愚かな嘘を言う人だと思う?」

「それは……」

「ハリーのご両親や沢山の人が例のあの人や、死喰い人に殺されたわ。…ハリーは確かに──自分が望んで無いとはいえ──目立つ事をよくするけれど、人を傷つける嘘を言ったことは無いわ、そうでしょう?」

「…でも……それは…」

「わかってるわ。信じられないのも仕方がないって、証拠もないし世論は2人を否定しているもの。──でも、私はハリーとダンブルドア先生を信じているの」

 

 

ラベンダーはそれでも不安と疑念から複雑そうな表情をしていたが、ソフィアの真剣な言葉と、ハリーの今までの言動を冷静に考え──確かに、あんな嘘はつかないだろう、と思った。

だが、それでも例のあの人が復活しただなんて信じられないのもまた、事実だ。

 

 

「…でも…私は、信じられないの」

「そうね…それも、仕方ないわ。けど、ラベンダー、こんな事でハリーを馬鹿にしたり、噂を鵜呑みにしすぎるのも、駄目よ?ハーマイオニーも、いきなり雑誌を取るのは駄目」

「うーん……うん、ちょっと考えるわ…」

「…ごめんなさい、ラベンダー、私…カッとして…」

 

 

ハーマイオニーとラベンダーは顔を見合わせ、少し気まずそうにお互いに頭を下げた。

ソフィアは喧嘩に発展しなかったことに安堵しながらにっこりと笑った。

 

 

「ソフィアは、どうしてそこまでハリーを信じられるの?私も…正直、ラベンダーに同意だわ。ハリーがそんな嘘を言わないとはわかっているの。だから…例のあの人が復活する幻覚を見たのかなって、私は思ってたわ」

 

 

静観していたパーバティはため息を吐くように言いながら洋服棚からパジャマを取り出し、シャツのボタンを外し始めた。

 

 

「どうしてって…」

 

 

ソフィアは壁にかけられている時計を見て、かなり遅い時間を指している事に気付くとパーバティと同じように服を着替え始める。

ハーマイオニーとラベンダーもそろそろ寝る支度をしなければ、と服を着替えしはじめ、暫くは衣擦れの音しか聞こえなかったが、ぽつり、とふいにソフィアが呟いた。

 

 

「──好きだから」

 

 

その声はあまりにも小さく、ハーマイオニー達は聞き間違えたのかと思ったが、ソフィアの頬が少し赤いのを見て「ええっ!?」と叫ぶと服の着替えもそこそこにソフィアの元に駆け寄った。

 

 

「そうなの!?」

「まぁ、知らなかったわ!」

「ついに自覚したのね!?」

「あ──あー…うーん…」

「それなら、納得よ!だって好きな人の言う事は信じれるもの!」

「ソフィアもついに!…告白は?いつするの?」

「告白するときは、うんとおめかししないとダメね!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

目を輝かせた3人にマシンガンのように言われたソフィアは顔を真っ赤にしながら首をブンブンとふると、赤みをごまかすように両手で頬を包みながら「待って…」と恥ずかしそうに呟いた。

 

 

「その、好きだけど…あー……まだ、うーん…ハリーと恋人になってる様子をイメージ出来ないの。だから、ちょっと…この気持ちが友愛なのか、どうなのか…よく考えるわ。だから、誰にも言わないで、秘密にして…ね?」

 

 

いつもはっきりと意見を言うソフィアは、この手の話題になると急にしどろもどろになり恥ずかしそうにボソボソと話す。

ハーマイオニーとラベンダーとパーバティは顔を見合わせ、先程までのややぴりっとした雰囲気を一切感じさせず、ニンマリと笑うと大きく頷いた。

 

 

 



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252 将来の夢!

 

 

次の日の朝、ソフィアとハーマイオニーが身支度をしている間にラベンダーとパーバティは先に談話室へ降りて行ってしまった。

4人の間に気まずさはなく、2人が先に行くのはいつものことでありとくにソフィアとハーマイオニーは気にしない。

 

 

「…ハリーへの視線で予想はしていたけれど、ちょっとまずいわね」

「そうね…まさか、グリフィンドールの人たちもだなんて…みんな今までハリーの何を見ていたのかしら」

 

 

ソフィアはベッドの端で丸まっているティティの身体を撫でながら真剣な目でハーマイオニーを見る。

ハーマイオニーは憂鬱そうに答え、鞄の中に筆記用具を詰めた。

 

 

「危惧していたことが現実になりそうね」

「ええ…組分け帽子も言っていたわ。…内の力を強くしなければならない、団結しなければ…」

「難しそうね…だって、例のあの人が復活しただなんて…みんな信じたくはないし、魔法省が認めないもの……見たくないものに目を伏せるのは、仕方がないわ」

「ああ…今年も…色々ありそうね」

 

 

何にもなく平和に終わる一年なんて、きっとあり得ないのだろう。

ソフィアとハーマイオニーはホグワーツに来てまだ1日目で──1日が始まったばかりの朝だったが、疲れたような大きなため息をついた。

 

 

 

談話室でハリーとロンと出会い、そのまま朝食へ向かおうとしたが、ハーマイオニーは談話室の掲示板に掲示されている貼り紙に気付き、足を止めた。

 

 

「まぁ!なんて事なの?これはもうやりすぎよ!」

 

 

掲示板にはフレッドとジョージが求人──と言う名の悪戯グッズの実験体を求める張り紙が貼れていた。ハーマイオニーは怒りながらそれを剥がし、くるくると丸め大きくため息をつく。

その張り紙の下には今学期初めてのホグズミード行きの日が掲示されていた。

 

 

「あの2人に言わなければならないわ!」

「どうして?」

「私たちが監督生だから!こういうことをやめさせるのが私たちの役目です!」

 

 

ハーマイオニーの言葉にロンは口を黙み、不機嫌そうな顔で答える。ロンは昔からフレッドとジョージが何をやりたいかを知っている、そのためにいろんな発明をしてきた事も──危険がないのであれば、好きにさせてやりたかったし、止めるのは気が進まない。

 

 

ソフィア達は肖像画をくぐり、グリフィンドール塔の階段を降りる。壁にかけられた肖像画達はぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせていた。

 

 

「ハリー、どうしたの?」

「…何が?」

「何か、怒ってるみたいだったから。違うかったらごめんなさい」

「……」

「シェーマスが、例のあの人の事でハリーが嘘をついていると思ってるんだ」

 

 

ハリーが黙っているのを見て、ロンがフレッドとジョージの事から話題を変えられるチャンスだとすぐにソフィアに答えた。

ハリーはむっつりとしたままチラリとソフィアを見る。きっとソフィアは怒ってくれるだろう、とハリーは期待したが、ソフィアは目を瞬かせ「そうなの」とあっさりと答えただけだった。

 

 

「ラベンダーもそう思ってたわね」

 

 

ハーマイオニーが憂鬱そうに言い、ハリーは昨夜から続くモヤモヤとしたものが急に溢れてしまった気がした。

 

 

「僕が嘘つきで間抜けだって、ラベンダーと楽しくおしゃべりしてたってわけ?」

 

 

言葉を発してから刺々しい言い方になってしまったとハリーは思ったが、苛立ちは収まる事はない。ハーマイオニーはここ数年でハリーの癇癪を収めるにはどうすればいいのか熟知しているため、落ち着かせるために「違うわ」と低くきっぱりした声で伝えた。

 

 

「信じられない人がいるのも仕方がないわ。だってまだ誰も例のあの人の影を見てないもの。でも、ハリーはこの4年間目立ちたいからって人を傷付ける嘘を言ったことなんてないし、そんな馬鹿な事をするわけがないわ。私はハリーを信じてる。って言ったわ」

「ソフィア…」

「ハリー、私たちにカリカリするのはやめてくれないかしら。だって、気付いてないのなら言いますけどね。──ロンもソフィアも私も、あなたの味方なのよ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーのきっぱりとした言葉の後、一瞬間が空いた。

 

 

「ごめん」

「いいのよ」

「気にしてないわ」

 

 

バツの悪そうなハリーの謝罪に、ハーマイオニーとソフィアは気にすることなくすぐに許した。

 

 

「シェーマスとは、仲直りできたの?ラベンダーは、とりあえず納得はしたわよ」

「話す暇なんてないよ。僕がそばに居れば自分も気が狂うんじゃないかって思ってるんだ」

 

 

ハリーの沈んだ言葉に、ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせため息をこぼした。

 

 

「やっぱり、こうなったわね」

「そうね…ハリー、ロン。昨年度末の宴会でダンブルドアが言ったこと覚えてないの?例のあの人の事で、ダンブルドアはこうおっしゃったわ。──不和と敵対感情を蔓延させる能力に長けておる。それと戦うには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかない」

「君、どうしてそんなこと覚えていられるの?」

 

 

ロンは賞賛の眼差しでハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは喜ぶことはなく、むしろ何故ロンは覚えていないのかと怪訝な顔をした。

 

 

「ロン、私は聴いてるのよ」

「僕だって聞いてるよ。それでも僕はちゃんと覚えてなくて──」

「つまり。こういう事がダンブルドア先生がおっしゃったそのものね。例のあの人が戻ってきてまだ2ヶ月なのに、もう仲間内で争いを始めてるでしょう?組分け帽子の警告も同じよ、団結して、内側を強くしなければならないの。それなのに…こんな事になってる」

「ハリーも昨日言っただろう?スリザリンと仲良くなれって言うなら…無理だね」

 

 

ロンは嫌そうな顔できっぱりとソフィアの言葉を切り捨てるが、ソフィアはため息をつき「まぁ、そうね」と頷くだけだった。

この事についてロンやハリー──グリフィンドール生が悪いわけではない。

このホグワーツに来て常々感じることだが、スリザリンとグリフィンドールが啀み合うのは最早大人の責任だろう。

ホグワーツ入学前からそれぞれの寮は愚かであり嫌うべきものだと植え付けられているのだ、その植え付けられた思想を払拭するには、ソフィアとルイスのようにそれぞれの寮に大切な人がいなければ不可能だ。──だが、スリザリンとグリフィンドールに友達がいるものは滅多にいない。

 

大人だけが悪いのではない。教師も問題だろう。教師も人間であり感情がある──それは当然だが目に見えて贔屓し馬鹿にする者がいる限り、子どもはそれを見て、それが正しい事だと思い込む。

 

セブルスは言うまでもなくそれが顕著であり、スリザリンとグリフィンドールが嫌悪し合う原因のひとつだ。

 

 

4人は大理石の階段の下にたどり着く。ちょうど四年生のレイブンクロー生の一群が居たが、ハリーを見た瞬間群れを固め恐々とした顔でハリーをちらちらと見る。

 

 

「まさに、ああいう連中とも仲良くするように務めるべきだね」

 

 

ハリーの皮肉に、ロンはニヤリと笑ったがソフィアとハーマイオニーはちっとも笑えず肩をすくめる。団結しなければならない、絆を強めねばならない、と言葉にするのは簡単だがこれほどあからさまな悪意を向けられニコニコと笑って手を差し伸ばす事もまた、不可能だろう。

 

 

4人はレイブンクロー生の後に大広間に入り、グリフィンドールの長机へと向かったが、自然と視線は教職員のテーブルの方へ向いていた。

やはり、1日経ってもハグリッドが居ない事に変わりはない。ハリーは周りからの視線よりもその事が何より悲しかった。

 

 

「ダンブルドアはグラブリー-プランクがどのぐらいの期間にいるのかさえ言わなかった」

「多分……」

「なんだい?」

 

 

ハリーの呟きに、ハーマイオニーは顎に手を当て考えながら言う。椅子に座ったハリーとロンが身を乗り出すように聞けば、ハーマイオニーは暫く沈黙した後、口を開いた。

 

 

「うーん……多分、ハグリッドがここに居ないという事に、あまり注意を向けたくなかったんじゃないかな」

「注意を向けないってどう言う事?気づかない方が無理だろ?」

「いつ戻ってくるか、それを教えたくなかったのよ。──ここは一枚岩ではないでしょう?」

「どういう意味?」

 

 

ハーマイオニーの言葉を補うようにソフィアはパンを食べながら言ったが、ハリーとロンは首を傾げるだけだった。

ソフィアがその意味をしっかりと伝える前に、グリフィンドール生のアンジェリーナが早足でハリーに近づいてきたため、ソフィアは何も言わずにパンを口の中に押し込んだ。

 

 

アンジェリーナは自分がクィディッチのキャプテンになり、前キャプテンでキーパーであったオリバーの穴を埋めるため、金曜日の夕方に選手選抜を行う事を伝えた。

要件を言うとアンジェリーナはにっこりと笑いすぐに他の選手の元へと向かう。それを見送った後、ハーマイオニーはトーストを齧りながら「ウッドがいなくなったこと、忘れてたわ」と呟いた。

 

 

「チームにとっては大きな違いよね?」

「多分ね、いいキーパーだったから…」

「だけど、新しい血を入れるのも悪くないじゃん?」

 

 

ロンは明るく言い、太いソーセージに齧り付く。その時、空気を切り裂くような音と、無数の羽音が響き大広間に何百というフクロウが舞い込んできた。

 

ハリーは自身に手紙を送る相手なんてシリウスしかいないとわかっている。まだ分かれて24時間しか経ってないのだ、きっと手紙が届くことはないだろうと頭上を舞うフクロウに視線を向ける事は無い。

ハーマイオニーが日刊預言者新聞をフクロウから受け取り、シェーマスの事を思い出したハリーは胸の奥に再び苛立ちが現れたのを感じたが気づかないフリをしてキッシュを食べた。

 

 

「ソフィアは選抜受けないの?」

「んー…」

 

 

ソフィアはカボチャジュースを飲みながら唸る。クィディッチは好きだ、昔から選手になりたいと思っていた。今までメイン選手の卒業が無かったため、選抜を受ける機会が無かったが、今年は選手になれる可能性がある。

 

 

「今年はOWL試験があるでしょ?私たくさん受講しているから…難しいわね」

「そういえばそうだったね…ソフィアがチームに入ってくれたら嬉しかったのになぁ」

 

 

もし好きなソフィアが同じチームであれば、どれだけ嬉しいだろうか。なによりも得意であるクィディッチでの勇姿を見せるチャンスだし、何より長時間一緒にいる事ができる。

そうハリーは思い、とても残念だったがソフィアは占い学以外の全てを受講していると知っているため、無理に誘うことは無かった。

 

 

「ありがとう、今年も応援してるわね!」

 

 

ソフィアは今年こそ科目が被ってなければ良いと思いながら、マクゴナガルがグリフィンドール生を周り、一人ひとりに配っていた時間割を受け取った。

 

 

「ミス・プリンス。今年は使わずに済みそうですね」

「本当ですか?良かった…」

 

 

ほっとして時間割に目通したが、被っている科目は無いとはいえ空き時間が殆どない時間割に、ソフィアは「やっぱり選抜は受けられないわね」と内心でため息をついた。

 

 

「見ろよ、今日のを!魔法史、魔法薬学が2時限続き、占い学2時限続きの闇の魔術に対する防衛術……ビンズ、スネイプ、トレローニー、それにあのアンブリッジ!これ全部1日でだぜ?」

 

 

時間割を見たロンは呻き、嫌そうに顔を歪める。まだアンブリッジの授業は受けていないが、昨日の大演説を聞く限りあまり期待はできなさそうだ。

 

 

「まぁ、魔法史が昼食後にないのは良い事だわ。眠くならずに済むでしょう?」

「月曜日の一限目だぜ?眠くなるに決まってる!」

 

 

ソフィアの言葉にロンは当然のように言い、ソフィアとハリーは笑ったがハーマイオニーはムッとすると「あなたが眠くならない時間を是非教えてほしいわ」と刺々しく言った。

 

 

「あーあ、フレッドとジョージが急いで『ずる休みスナックボックス』を完成してくれないかなぁ…」

「我が耳は聞き間違いしか?ホグワーツの監督生が、よもやずる休みしたいなどと思わないだろうな?」

 

 

フレッドとジョージが現れ、ロンの隣に無理矢理割り込んで座りつつからかう。ロンは「だってさあ」と、不満を漏らしながら時間割をフレッドの鼻先に突きつけた。

 

 

「これ見ろよ。こんな最悪な月曜日は初めてだ」

「もっともだ弟よ。よかったら『鼻血ヌルヌル・ヌガー』を安くしとくぜ」

「どうして安いんだ?」

「何故ならば、身体が萎びるまで鼻血が止まらない。まだ解毒剤が無いんだ」

「ありがとよ。だけど、やっぱり授業に出る事にするよ」

 

 

ロンは時間割をポケットに入れながら憂鬱そうに言った。

授業を受ける事と、体が萎びるまで鼻血が出続ける事を考えればどちらがマシかなど、言うまでも無い。

 

 

「ところで『ずる休みスナックボックス』の事だけど」

 

 

ハーマイオニーが丁度いいとばかりにフレッドとジョージを厳しい目で射抜きながら実験台を求める広告をグリフィンドールの掲示板に掲載することは出来ないとはっきり明言した。

 

ソフィアはフレッドとジョージが驚きつつもそれ程気分を害していないのを見て、どうせすぐ剥がされる事はわかっていたのだろうと察した。それに──2人は、掲示されなかったとしても、影でこっそりと実験台を求めるだろう。

 

 

フレッド達が5年生は『普通魔法使いレベル試験』通称OWLの年であり、生徒の半数がノイローゼになるという話を聞きながらコーンスープを飲む。

たしかに、ハーマイオニーは完璧以上を求め頑張りすぎるところがある。何事も一生懸命なのは彼女の美徳だが、それがマイナスの方向に行く事があるとソフィアは三年生の時のハーマイオニーの様子を思い出し、苦笑した。

 

フレッドとジョージは最終学年だ。ホグワーツで過ごす最後の一年を生徒たちにどんな悪戯グッズの需要かあるのか、市場調査に使うと言い、ソフィア達の元を去った。

 

ソフィアとハーマイオニーとロンは店舗を構える資金も無いはずなのに、何故なのだろうか、と去年全財産を失ったと嘆いていた2人の様子を思い出し首を傾げた。

 

 

「悪戯専門店を開く資金を手に入れたのかしら?去年…バグマンさんに騙されてお金がないはずよね?」

 

 

ソフィアはフルーツポンチを食べながら首を傾げ、ハーマイオニーも「そうよね?」と不思議そうに大広間の扉から出て行く2人の背中を見つめる。

 

 

「あのさ、僕もその事を考えていたんだけ。夏休みに僕に新しいドレス・ローブを買ってくれたんだけど、いったいどこでガリオンを手に入れたのかわからないんだ」

 

 

ロンは眉を寄せ不安そうにぽつりと呟く。

まさか、バグマンを脅して金を取り戻す事に成功したのだろうか?だが、そうならフレッドとジョージはにやにやと笑いながら「我らは勝利した!」と勝ち誇った顔でガリオン金貨を見せそうなものだ。──いや、もし夏休み中、バグマンから届いていたのなら手紙を確認する役目であるモリーが気付き、黙っていないだろう。

 

 

「今年は本当にきついって本当かな?試験のせいで?」

 

 

実は去年、三校対抗試合の賞金をフレッドとジョージに渡したハリーはこれ以上この話を続けるべきではない、と、何気なく話題を逸らした。

 

 

「そうね…OWL試験の結果は、将来の仕事を決める事に影響するもの。成績が足りないと6年生で授業を受講する事が出来ないし…とっても大事よ」

「そうそう、今年度の後半には進路指導もあるってビルが言ってた。相談して、来年どういう種類のNEWT試験を受けるか選ぶんだ」

「うーん…なりたい職業にどの科目が優じゃないと駄目か調べないとね…」

「うわー!ソフィア、後で図書館行きましょう!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアとロンの話を聞き、居ても立っても居られないというようにうずうずと腕を動かし、目を輝かせた。

 

 

朝食を終えたソフィア達は魔法史の授業に向かうため廊下を歩く、ふと、ハリーは時間割を眺め、先ほどの会話を思い出した。

 

 

「ホグワーツをでたら何をしたいか、決めてる?」

「僕はまだ。ただ…うーん…」

「なんだい?」

「…うーん…闇祓いなんか、かっこいい」

 

 

ロンは殆ど思いつきのように言ったが、その声には確かな憧れが含まれていた。

ハリーも闇祓いに興味があり、目を輝かせ「かっこいいよね!」と頷く。

 

 

「だけど、あの人たちって、ほら、エリートじゃないか。うんと優秀じゃなきゃ」

「そうだよね…ソフィアは?」

「そうね…まだ決めたわけじゃないんだけど」

 

 

話題を振られたソフィアは唇を指で撫で、空を見て考えながら呟く。

 

 

「やっぱり、魔法生物が好きだから…それに関わりのある仕事をしたいなって思ってるの。世界には沢山の魔法生物がいるの。ティティは妖狐の血が入っていて、英国原産の魔法生物じゃないの。まだ生態が詳しく明かされていない魔法生物もいるし…魔法生物について知っている人も少ないから…何年か、世界を旅するのもいいかなって思ってるの」

「えっ、旅!?」

「ええ、成人した後に世界を回る魔法使いや魔女は多いの。…でも、やっぱりお金も必要だから…先に働かないといけないかしら…それなら…呪い破り…うーん迷うわ」

 

 

ソフィアは何よりも魔法生物の事が好きだ。世界にはまだ発見されていない魔法生物も生息しているといわれている。本に書かれた情報としての生物ではなく、実際に会って触れて、その生き物について知りたい。その為にはやはり世界中を旅する必要があるだろう。

 

 

「でも、魔法生物学者って…たしか薬草学の成績も必要じゃなかった?」

「そうなのよね…今年は頑張らないと…」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィアはぐっと拳を作り気合を込めた。

ソフィアも薬草学が苦手なわけではない。知識はあるが、薬草の世話は苦手だった。OWLでは筆記だけではなく、実技試験もあると聞く、将来の夢の為に今年はより勉学に励まなければならないだろう。

 

 

「ハーマイオニーは?」

「わからない。何か本当に価値のある事をしたいと思うの…つまりSPEWをもっと推進できたら…」

 

 

SPEW──しもべ妖精福祉振興協会について、今年もまだ活動するつもりなのかと、ハリーとロンはそれに触れる事なくハーマイオニーの顔を見ないように鞄の中を探しているフリをした。

 

 

「新しい事がしたいのね。…なら…魔法省の魔法生物規制管理部か魔法法執行部とか…?」

「魔法省…やっぱりそれが近道よね…でも、今…望む事ができるのかしら…」

「…それもそうね」

 

 

ハーマイオニーはヴォルデモートの復活を認めない今の魔法省に不信感を抱いている。

いや、魔法省だけの問題ではない。未来がどうなるのか不透明だが、ヴォルデモートが復活した今──輝かしい未来を想像する事は困難だった。

 

 



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253 魔法薬学のコツ!

 

 

いつものように眠気を誘う魔法史の授業が終わり、ソフィア達は魔法薬学の授業を受ける為に地下牢を進む。

今年も例年と同じくスリザリンとの合同授業であり、ソフィアは教室の扉が開かれるのをハリー達と生徒の後ろの方で待ちながら扉の前にいるスリザリンの集団を見た。

 

ドラコとルイスは特に変わりなく、いつものように小声で何かを話しているようだった。こちらに噛みついてこない分、ドラコはある程度監督生として振る舞う事の大切さを理解しているのだろう。──いや、ルイスが忠告しているのかもしれない。ハーマイオニーとロンもまた監督生だ、たとえ罰則を言い渡したとしても、それはまた自分の身に返ってくるのは火を見るより明らかだ。

 

ソフィアはルイスと話をしたかったが、ルイスがドラコのそばに居続けるという選択をした意味がわからないほど、今は子どもでもない。

何があっても、ルイスはソフィアにとってなによりも大切な家族だ、信頼しているし、幸せになって欲しいと強く願っている。

ルイスと道が違えてしまった今、世界の明暗がどうなろうとも──2人揃って笑える未来が来ることは、無いのかもしれない。ふと、そう思いソフィアは首を振った。

 

 

──ルイスは、死喰い人になんてならないわ。絶対に。ドラコを止めたいって思ってるはずよ。

 

 

ソフィアは何度も自分に言い聞かせる。

魔法薬学の扉が軋むような不吉な音を響かせ開く中、何故か漠然とした不安感が胸の中に燻った。

 

 

いつものようにソフィア達は後方の席に着く。少ししてセブルスが教室に入ってくると生徒達は一斉に口を閉じ、しん、と静まり返った。

 

 

「静まれ」

 

 

セブルスは長く黒いローブを翻しながら教壇の前に立ち生徒達を見回したが、セブルスの授業でこそこそ話す者は殆どいない。ドラコだけが注意されない事を良いことに雑談をする事があるが、流石に1度目の授業である今回は静かにセブルスを見ていた。

 

 

「本日の授業を始める前に忘れぬようにはっきりと言っておこう。来る6月、諸君は重要な試験に臨む。そこで魔法薬の成分、使用法につき諸君がどれほど学んだかが試される。このクラスの何人かはたしかに愚鈍であるが、我輩はせいぜいOWL合格すれすれの可を期待する。さもなくば我輩の……不興を蒙る」

 

 

セブルスがネビルを睨め付け、ネビルは縮こまりごくりと唾を飲んだ。この授業で魔法薬学の調合において、苦手なのはネビルとソフィアだろう。ソフィアの方がまだ僅かにマシだと言えるが、成績にしてみればそれほど差はない。

 

 

「言うまでもなく、来年から何人かは我輩の授業を去ることになるだろう。我輩は、最も優秀なる者にしかNEWTレベルの魔法薬学の受講を許さぬ。つまり、何人かは必ずや別れを告げるというわけだ」

 

 

セブルスの目が今度はハリーを見据え、冷笑を浮かべた。ハリーは後一年さえ耐えたら魔法薬学をやめられると思うとぞくりとするような喜びを感じながらセブルスを強く睨み返す。

ソフィアはセブルスを睨むハリーを横目で見ながら、闇祓いになるには来年度も魔法薬学の授業を受けなければならない。それをわかっているのだろうか──もし、知らないのならば早めに教える必要がありそうだ、と、考えた。

 

 

「しかしながら、幸福な別れの時までにまだ一年ある。であるから、NEWTテストに挑戦するか否かは別として、我輩が教える学生には高いOWL合格率を期待する。その為に全員努力を傾注せよ」

 

 

今年一年間の心構えを告げたセブルスは今日の課題である『安らぎの水薬』について調合の注意点を述べ、ついに薬の製作が始まった。

 

生徒たちは一斉に調合机や材料を取る為に薬棚へ向かう。ソフィアは調合机の1番後ろに率先して自分の大鍋を置くハリー達と教室の前方の黒板を見る。安らぎの水薬の調合は緻密で難しく、細心の注意が必要だ。ならば──得意ではない自分は、黒板がよく見える前方で調合した方がいいだろう。ただでさえ苦手なのだ、将来のことを考え、闇祓いにならないにしても、やはり魔法薬学の成績は優秀な方が良いだろう。──魔法生物に薬を調合する事もあるだろうし。

 

 

「私、今年は前で受けるわ」

「えっ、ど、どうして?」

 

 

鞄と自分の大鍋を抱えるソフィアにハリーは驚く。

ソフィアは魔法薬学が苦手であり、自分と同じようにネチネチとスネイプから辛辣な事を言われていた。進んで前に行くなんて、どうしたのだろうか。

 

 

「ハリー、もしあなたが闇祓いになりたいのなら…魔法薬学を来年も受けなければならないの。つまり、OWLで優が必要ってことね」

「えっ、そうなの?」

「ええ、だって薬が作れないと怪我をした時に困るでしょう?」

 

 

ハリーはソフィアの言葉に愕然としながら暫し悩む。魔法薬学はどうも苦手だ、たしか去年の成績は可だったが、優を取ることなんてこの一年で出来るだろうか。それに、あのスネイプの近くに行くなんて──どうせまた余計な事を言われて集中出来ないに違いない。

 

 

「私も、調合が苦手だけど…少しは作れるようにならないと…魔法生物の治療薬も作れないなんて、研究者にはなれないわ。──じゃあ、また後でね」

 

 

ソフィアはにっこりと笑うと、一度セブルスを見る。

セブルスは生徒が薬棚にある材料を選択する様子をじっと観察していた。

 

黒板に書いてある材料はただの名称のみだが、よく教科書を読んでいるのならば、材料を選択するところから隠された課題があるのだと気付くだろう。

例えば、バイアン草は青々しい草よりも、やや枯れた草の方がエキスが出やすいのだ。

 

安らぎの水薬はOWL試験に出る事もあるとセブルスは言っていた。それが実技試験なのか、筆記試験なのかはわからないが出来る限り良い調合をしたい。

 

ソフィアは教室の前方を占めるスリザリン生の中に堂々と入ると、ドラコとルイスの居る調合机の空いたスペースに大鍋を置いた。

 

 

「ここ、いいかしら」

 

 

いきなり現れたソフィアにドラコとルイスは驚いたような顔をしたが──いや、2人だけではなく、教室中の生徒がソフィアの行動を振り返って見ていた──場所に決まりはなく、ドラコとルイスは無言で小さく頷いた。

 

ソフィアは薬棚に向かうと残った材料をとくに選ぶ事なく目についたものをさっと手に取った。

 

 

「…ソフィア、月長石は出来るだけ白いものが良いよ、バイアン草は少し枯れかけているものを選んで」

「え?…ありがとう、ルイス」

 

 

ルイスは材料を選びつつ、小声でソフィアへアドバイスを送る。すぐに別の材料を選択したソフィアがにっこりと笑えば、ルイスも久しぶりに、少し微笑んだ。

 

 

「でも、どうしたの?急にやる気になって」

「将来の事を考えたの。…来年も魔法薬学を受講する為には、今までの調合では無理でしょう?」

「…ソフィアも成長したね。僕に作ってもらえばいいって言ってたのが懐かしいよ」

「その思いが無いわけではないわ」

 

 

小声で話し、悪戯っぽくソフィアが笑えば、ルイスは肩をすくめて「頑張って、落ち着いたら大丈夫だよ」と伝え自分の大鍋へと戻る。

 

ソフィアは何度か黒板に記載されている材料と、自分が手にしている材料を確認し調合机に戻ると乳鉢の中に月長石を入れ、乳棒で細かくすり潰していった。

 

 

──想像よりも粉末になりやすいわね。あまり硬くないわ…。白い個体だから…?

 

 

落ち着きがなく、つい「まぁいいか」と思い適当に材料を入れてしまっているところが駄目だと何度もセブルスから言われていたソフィアは慎重に鍋をかき混ぜながら、時々隣にいるルイスに「緑色って、これでいいの?」と小声で確認しながら一つ一つの作業をこなしていった。

 

ルイスは途中で話しかけられても手を止める事なく、慣れた手つきで材料を加える。慢心と油断は禁物だが、ルイスは既にセブルスの個人授業で安らぎの水薬を調合したことがあり、少々話しかけられても完璧に作る事が出来た。

 

やはり生徒たちの中で最も調合が上手いのはルイスだろう。

誰よりも早くルイスの大鍋からは銀色の湯気が立ち上がり、薬の完成を示している。

生徒の調合の様子を見ていたセブルスは、文句のつけようが無いその様子に、ルイスならば間違いなくOWL試験で優を取る事が出来るだろうと思い内心で満足げに頷く。

 

 

「……うーん…これってオレンジ色よね?」

「まだ朱色に近いから、もう少し混ぜて」

「ええ?これくらい──ああ、駄目ね。もう少し混ぜるわ」

 

 

セブルスは勿論ソフィアがルイスに助言されていることに気づいていたが、今まで魔法薬学が苦手で大雑把だったソフィアが自分から前方の調合机に着き、真剣に取り組んでいる様子を見るとやはり、嬉しいものがあり──気付いていたが何も言わなかった。

 

 

ちらりと時計を見たセブルスは、「薬から軽い銀色の湯気が立ち上っているはずだ」と低い声で生徒たちに告げる。

終了まで後10分程だろう。そろそろ全ての工程を終えなければ時間内に薬を製作する事は難しい。

 

 

しかし、セブルスが言うように軽い銀色の湯気が立ち上っている大鍋は、たった二つしかなかった。

ルイスとハーマイオニーの薬だけが完璧に成功し、他の大鍋からは火花や緑の湯気、ピンク色の湯気など色とりどりの湯気が立ち上り教室の空気を染めていた。

 

 

ソフィアは集中するあまり、教室内の後方でセブルスがハリーの大鍋を見ていつものように嘲笑している事に気づかない。

慎重に調合していたソフィアはまだ全ての工程を終えていなかった。

 

 

山嵐の針の粉末を鍋に入れれば真っ白になるはずだが、いくら粉を入れても少々黄色みがかってしまい、準備していた粉がなくなってしまったソフィアは仕方がなく諦めて鍋をかき混ぜながら火の調節をした。

あとは煮えた薬の温度を下げ、バイアン草のエキスを7滴入れれば完成する、筈だ。

 

 

「課題をなんとか読む事ができた者は、自分の作った薬のサンプルを細口瓶に入れ、名前をはっきり書いたラベルを貼り、教壇の机に提出したまえ。宿題は羊皮紙30センチに月長石の特性と、魔法薬調合に関するその用途を述べよ。木曜に提出」

 

 

ソフィアは鍋をかき混ぜながらセブルスの低い声と、ばらばらと調合した薬を提出する生徒たちの足音を聞き、つい、焦ってバイアン草のエキスが入った小瓶を手に取った。このままでは間に合わない、その気持ちからだったがその選択は残念ながら誤りだった、と言えるだろう。

 

充分に温度が下がりきっていない大鍋の中に、焦ったソフィアはバイアン草のエキスを勢い余って8滴入れてしまった。

突如鍋は灰青色の煙を濛々と吐き出し、ソフィアは息を呑んで固まったのち、がっくりと肩を落とした。

 

 

どう見ても成功ではない薬だったが、これ以上どうする事も出来ず、ソフィアは細口瓶に薬を詰めると小さくため息をつく。

 

 

「惜しかったね。最後焦らなければよかったのに…」

「…丁寧にしようとすると、時間が足りないわ…うまくいきそうだったのに…」

「でも、今までの調合の中では1番うまくいったんじゃない?きっと、慣れたらもっと上達するよ」

 

 

隣でずっと見ていたルイスは残念そうなソフィアの肩を叩き励ました。

ソフィアは自分の薬を見下ろし、確かに今まで作った薬の中ではまずまずの出来かもしれない。今日は鍋を溶かす事も、爆発させる事も、固形になってしまう事もなかった、と思えば少しだけ気分はマシになり、教壇の机へ提出した。

 

 

終業のベルが鳴り、生徒たちが我先にと教室を出る中、ソフィアは使用した大鍋や教科書を片付け始める。

初動が遅かったソフィアは、気がつけば教室内に1人残されていた。元々、終業のベルがなれば生徒たちは少しでもセブルスから早く離れる為にとすぐに出て行ってしまうのだ。

 

 

ソフィアは辺りを見回し、耳をすませて階段を駆け上がる最後の足音を聞き──暫く誰もこの教室には近づかないだろうと判断すると、教壇の机の前で生徒たちが提出した瓶をまとめていたセブルスに近づく。

 

 

「…何かねミス・プリンス。すぐに帰りたまえ」

「はい。…あの、スネイプ先生。…調合に成功するのと、時間内に収めるのならば…どちらを優先するべきですか?」

 

 

ソフィアの言葉にセブルスはちらりと視線だけでソフィアを見下ろすと、数多くある細口瓶の中からソフィアが提出した瓶を取り出し、目の前で軽く振った。

 

 

「今提出した薬の問題点は、わかるかね?」

「え?──はい、山嵐の針の粉の準備不足でした。それと、時間に間に合わないと…その、焦ってしまって、温度が下がり切るのを待つ前にバイアン草のエキスを加えました」

「…それだけか?」

「……多分…」

 

 

セブルスの低い声に、ソフィアは肩をすくめ曖昧に答える。

最後時間に追われ焦っていたソフィアは、バイアン草のエキスを8滴入れた事に気づいていなかった。

 

 

「魔法薬は何よりも精密なもので、細心の注意を払わねばならない。最後、バイアン草のエキスは7滴でいいが…この色を見る限り、8滴いれたのだろう。時間に追われるがあまり失敗作を提出するくらいならば、居残り完璧な薬を提出する方が幾分もましだ。

しかし、OWL試験において調合時間は明確に定められている。限られた時間の中で手際よく、正確に調合する事もまた、重要である」

「…そう、ですよね……」

 

 

ソフィアはせめてもう少し手際良く調合出来るようにならなければ、とため息を吐く。

セブルスに向かって頭を軽く下げた後、ソフィアは鞄を肩にかけ扉へ向かった。

 

 

「──今までの中では、まだましな調合だった。…今後、今回のような集中力と落ち着きを持ち、今日の反省を生かし…励みたまえ」

 

 

背中に投げられた言葉に、ソフィアは驚いて扉に手をかけたまま振り返る。

セブルスはもうソフィアの方を見ずに、素知らぬ顔で教室内を片付けていたが、ソフィアは嬉しそうに笑うと「頑張ります!」と弾む声で答え、ぱたぱたと軽い足取りで階段を駆け上がった。

 

 

 

 

遅れて大広間に向かったソフィアは、ハリー達の元へ向かい、座りながらシェパード・パイを自分の皿に取り分けた。

 

 

「遅かったな、なにかスネイプの野郎に言われたのかい?」

「ん?──違うわ、私…調合ギリギリだったから、片付けが遅くなっちゃっただけよ。今回の調合、今までの中で1番うまくいったの!まぁ、勿論完璧には出来なかったけど…この調子で落ち着いて集中して調合したらいいって…ルイスが言ってくれたの。今年の私は一味違うわよ!」

 

 

ソフィアはにっこり笑いながら胸を逸らす。最後の言葉はセブルスからの言葉だったが、それをこの場で言う事はできなかった。

 

あの授業でたった1人魔法薬の提出が出来なかったハリーは先ほどの授業と、不公平なセブルスの言動を思い出し一気に機嫌を損ねてしまい、苛々しながらジャケットポテトを食べた。

ハリーが調合した安らぎの水薬は、確かに銀色の湯気は上がっていなかったが火花を散らしていたわけでも、ネビルのようにセメントのように固まってしまったわけでもない。しかしセブルスの手で薬を消滅させられてしまい、たった1人提出ができず点数が貰えなかったのだ。

 

今年も相変わらず陰険なセブルスの行動に、ロンはセブルスの事を「毒キノコは腐っても毒キノコ」と揶揄し、ハーマイオニーは騎士団員なのだから少しはマシになると思ったと眉を下げていた。

幸運にも遅れて大広間に来たソフィアはその話を聞く事は無く、そもそも集中して調合していた為に何があったのか知らなかったが──もし、今まで通りハリーの近くで調合をしていたら、きっといつも通りひどい調合になっていただろう。

 

ソフィアが大雑把だということも調合が失敗する原因だが、セブルスがハリーやハーマイオニーを侮辱し嘲笑うたびに心が乱され手が震え、感情が昂り──結果、調合がうまくいかないのだ。

 

ルイスの的確な助言と、セブルスとハリーへの侮辱に気付かず感情が昂る事なく集中する事が出来たからこそ、ソフィアの調合はそこそこ上手くいったのだった。

 

 

「調合していて、ルイスから助言をもらって…私のダメだったところがわかったわ。魔法薬って──例えば、緑色になるまで、とかピンク色になるまで、とか色の指定が多いでしょう?でも、緑やピンクにも色々あるわ。その辺りの見極めが苦手なのよね…」

 

 

ソフィアは真剣な顔をしながらかぼちゃジュースが入った瓶をじっと見る。ソフィアにとってこれは黄色だが、魔法薬学においてかぼちゃジュースの色は山吹色であり黄色では無い。

その直感と経験がものをいう色の識別が、ソフィアはかなり苦手だった。

 

 

「図書館に『魔法薬調合色名一覧』っていう本があって、それがすっごくわかりやすいわよ」

「そんなのあるの?ありがとう、休み時間に探してみるわ!」

「…ソフィアもハーマイオニーも、1日目から凄いな」

 

 

初日でそこまでやる気が出るなんて、自分では考えられないとロンは肩をすくめ、嫌そうに眉間に皺をつくりながらかぼちゃジュースを飲んだ。

 

 

「ロン、闇祓いになりたいのなら、来年も魔法薬学を受ける必要があるわよ?」

「え、マジで…?」

「そうらしいよ…」

「…最悪だ……」

 

 

ソフィアの言葉にロンとハリーは絶望しきった声でぶつぶつと呟きながらため息をついた。

闇祓いには憧れがある、だが魔法薬学を続けなければならないのはかなり、嫌だ。──いや、そもそも来年度も受講できる未来がちっとも想像出来ない。

 

 

ソフィアはコップいっぱいのミルクを飲むと、ポケットに入れていたハンカチで口を拭きながら立ち上がった。

 

 

「じゃあ、私は図書館に行くわ。次に会うのは闇の魔術に対する防衛術ね」

「あ、私も行くわ」

 

 

ハーマイオニーは口の中にポテトを押し込みながら鞄を掴み、ソフィアと共に大広間の扉へ向かう。ハリーとロンはもそもそとポテトを食べながら顔を見合わせ、同時に大きくため息をついた。

 

 

 



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254 アンブリッジという教師!

 

闇の魔術に対する防衛術の教室に入ると既にアンブリッジは教壇に座り、生徒たちをにっこりとした笑みを浮かべ見つめていた。

魔法省からやってきたアンブリッジは、どのような授業をするのかまだ未知数だ。あの大演説からおそらく今までの教師とはまた異なる授業だろうと、ソフィアは予想していた。

 

 

「みなさん、こんにちは!」

 

 

生徒全員が座ると、アンブリッジはにこやかに挨拶をした。あまり授業開始に挨拶をする教師はいないため、虚を突かれ、何人かがぼそぼそと小声で挨拶を返す。

 

 

「チッチッ。それではいけませんねぇ。みなさん、どうぞこんなふうに。『こんにちは、アンブリッジ先生』──もう一度いきますよ、はい、こんにちは、みなさん!」

「こんにちは、アンブリッジ先生」

 

 

みんな一斉に挨拶し、あまり広くない教室中に響く。感情も敬意も込められていなかった挨拶だったが、アンブリッジは満足気な笑みを浮かべ、優しく頷いた。

 

 

「そうそう。難しくないでしょう?杖をしまって、羽根ペンを出してくださいね」

 

 

大勢の生徒が暗い目を見交わした。今まで杖を使わなかった授業が面白かった試しはない。今年も1.2年生の時のようにつまらない授業を受けなければならないのかと思うと憂鬱な気持ちになってしまった。

 

 

アンブリッジが異様に短い杖を出し、黒板を強く叩くと白い文字がふわりと浮かび上がる。

 

 

『闇の魔術に対する防衛術

 基本に返れ』

 

 

「さて、みなさん。この学科のこれまでの授業はかなり乱れてバラバラでしたね。そうでしょう?先生がしょっちゅう変わって、しかも、その先生方の多くが魔法省指導要領に従っていなかったようです。その不幸な結果として、みなさんは魔法省がOWL学年に期待するレベルを遥かに下回っています。

ですが、ご安心なさい。こうした問題はこれから是正されます。今年は、慎重に構築された理論中心の魔法省指導要領どおりの防衛術を学んでまいります。これを書き写してください」

 

 

アンブリッジはつまらなさそうな顔をしている生徒たちの表情を見てもちっとも動揺する事なく再び黒板を叩く。

書かれていた文字が消え、『授業の目的』という文章が現れた。

 

 

1.防衛術の基礎となる原理を理解する事

2.防衛術が合法的に行使される状況認識をする事

3.防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめる事

 

 

数分間、教室は羊皮紙に羽根ペンを走らせる音で一杯になった。

ソフィアは授業の目的を書きながら、今年は一度も実践する事が出来ないのだと悟り、ちらりと隣に座るハーマイオニーを見た。ハーマイオニーは眉間に皺を寄せ、何度か自分が書き写した文章を読み、黒板を見て──そして小さく首を振る。ハーマイオニーもまた、この授業がどのようなものなのか理解したのだ。

 

 

その後の授業は防衛術の理論について書かれた教科書をただ読むだけだった。ソフィアは教科書を開き、目を通していたが書かれている文章はどれも堅苦しくわかりにくい綺麗事でしかない。

すぐに読む気が無くなり、なんとなく教室中を見回していると、生徒たちは誰もがつまらなさそうな顔をしているか、羽根ペンを回して遊ぶか──ハーマイオニーを見つめていた。

 

ハーマイオニーは教科書を開く事なく、背筋を伸ばしじっとアンブリッジを見ていた。その視線には並ならぬ強い意志が込められていて、退屈な授業に飽きた生徒たちはそれに気付くとハーマイオニーの様子をちらちらと盗み見る。

今まで、ハーマイオニーが教科書を開く事なく拒絶の姿勢を見せた事はない。あれほど嫌っている占い学であっても、始めの数回はきちんと教科書を開いていたのだ。

 

 

「この章について何か聞きたかったの?」

 

 

今までハーマイオニーを無視していたアンブリッジも、生徒の半数以上が教科書を読む事なくハーマイオニーを見ている状況を無視し続ける事もできず、ついにハーマイオニーと視線を合わせた。

 

 

「この章についてではありません。違います」

「おやまあ、今は読む時間よ。他の質問ならクラスが終わってからにしましょうね」

「授業の目的に質問があります」

「…あなたのお名前は?」

「ハーマイオニー・グレンジャーです」

「さあ、ミス・グレンジャー。ちゃんと全部読めば、授業の目的ははっきりしていると思いますわよ」

 

 

アンブリッジは優しい猫撫で声で──幼児に言い聞かせるように言うが、その笑みはやや固くなっていた。

 

 

「でも、わかりません。防衛呪文を使うことに関しては、何も書かれていません」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、それに気付いていなかった生徒たちが一斉に黒板の方を向き、三つの目的をしかめ面で読んだ。

 

 

「防衛呪文を使う?」

 

 

アンブリッジは失笑し、ハーマイオニーの言葉を繰り返す。

どう考えても嘲りが含まれている言葉に、生徒たちはぐっと眉を寄せた。

 

 

「まあ、まあ、ミス・グレンジャー。このクラスで、あなたが防衛呪文を使う必要があるような状況が起ころうとは考えられませんけど?まさか、授業中に襲われるなんて思っていないでしょう?」

「魔法を使わないの!?」

 

 

つい、ロンが驚愕から声を張り上げた。

アンブリッジはハーマイオニーから視線を外し、ロンを見るとにっこりとした笑みを浮かべて優しい声音で答える。

 

 

「わたくしのクラスで発言したい生徒は、手を挙げること。ミスター…?」

「ウィーズリー」

 

 

ロンが手を高く挙げ、きっとこれで当てられるだろうと思ったが、アンブリッジはにっこりと笑ったままくるりとロンから背を向けた。

 

意地悪な先生だ、と誰もが思っただろう。

 

ソフィアは眉をきゅっと寄せたまま手を挙げる。ソフィアだけでなくハーマイオニーやハリーも手を挙げていたが、アンブリッジはチラリとハリーを見た後、ソフィアを指名した。

 

 

「そこのあなた、ミス…?」

「ソフィア・プリンスです、先生」

「では、ミス・プリンス、どうぞ」

「ありがとうございます、アンブリッジ先生。授業では、勿論私たちを襲うものはいないでしょう。しかし一度外に出た時に身を守るために──勿論、指導要領に沿い、理論を学ぶことも大切なことですが──防衛呪文を習得する事も必要ではないでしょうか?」

「ミス・プリンス。教室で防衛呪文を唱える必要はありません。あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法です」

「それは、どのような方法ですか?」

「理論を正しく、学ぶ事です」

「理論…だけですか?」

「ええ、その通り──」

「そんなの、何の役に立つ?もし僕たちが襲われるとしたら、そんな方法──」

「挙手、ミスター・ポッター!」

 

 

ハリーはソフィアとアンブリッジの問答を聞いているうちに怒りが溢れ、勢いに任せ大声を上げたが、すぐにアンブリッジが言葉を遮った。怒りながら拳を突き上げたハリーだったが、勿論アンブリッジは当てる事なく無視をした。しかし、今度はハリー達だけではなく何人もの生徒が手を挙げた。

 

 

「あなたのお名前は?」

「ディーン・トーマス」

「それで?ミスター・トーマス」

「でも…ハリーの言う通りでしょう?もし僕たちが襲われるとしたら、危険のない方法なんかじゃない」

 

 

当てられたディーンはおずおずと発言したが、アンブリッジは人を馬鹿にするような笑顔を浮かべたまま、子どもにするように指を振った。

 

 

「もう一度言いましょう。このクラスで襲われると思いますか?」

「でも…ソフィアの言う通り、外に出たら…?」

「先ほど説明しましたように、理論さえ正しく理解すれば、このクラスで防衛魔法を練習しなくとも有事の際に正しく魔法は発現される事でしょう。それに、この学校のやり方を批判したくはありませんが──あなた方は、これまでたいへん無責任な魔法使いたちに曝されてきました。非常に無責任な…言うまでもなく、非常に危険な半獣もいました」

 

 

アンブリッジはくすくすと意地悪げに笑う。リーマスは人狼である。その事は既に周知されているが、彼の授業は素晴らしいものだった。授業だけではなく、彼自身を好んでいた生徒は多く、特にディーンは過去、リーマスがピーブズを簡単に退けるのを目撃してから尊敬している。

カッと顔を怒りで赤らめたディーンは挙げていた手を振り下ろし、強く机を叩いた。

 

 

「ルーピン先生のことを言っているなら、今までで最高の先生だった!」

「挙手、ミスター・トーマス!──いま言いかけていたように、みなさんは年齢に相応しくない複雑で不適切な呪文を教えられてきました。恐怖に駆られ、1日おきに闇の襲撃を受けるのではないかと信じ込むようになったのです!」

 

 

アンブリッジは怒りを滲ませるディーンだけでなく、ぐるりとクラス中を見回し有無を言わさない強い言葉で伝えた。

誰もが不満や疑心を持ちアンブリッジを見つめ、果敢に手を挙げ質問をぶつけるが──アンブリッジは何を言われても今までの授業がおかしく、新しい指導要領に沿い理論のみを学ぶべし、という姿勢を崩す事はない。

 

 

「さて、試験に合格するためには理論的な知識で十分足りるというのが魔法省の見解です。結局学校というものは、試験に合格するためにあるのですから。──それで、あなたのお名前は?」

「パーバティ・パチルです。それじゃ、闇の魔術に対する防衛術はOWLで実技はないんですか?実際に反対呪文とかをやってみせなくていいんですか?」

「何度も言っておりますが、理論を十分に勉強すれば、試験という慎重に整えられた条件のもとで、呪文がかけられないという事はありません」

「それまで一度も練習しなくても?はじめて呪文を使うのが、試験場だとおっしゃるんですか?」

 

 

まだOWL試験に筆記試験しか出ないのであれば理解は何とかできる。だが、試験に実技試験があるのならば授業で学ぶべきである。──それは、誰もが当然のように考え、流石にクラス中がざわついた。

 

 

ソフィアはざわざわと不穏なざわめきを聞きながら机の上に乗せていた手を強く握る。

 

魔法省は何があってもホグワーツで防衛魔法を使わせたくないのだろう。ヴォルデモートは復活していない、そんな事はハリーとダンブルドアの妄言だと示すために、闇に対する有効的な授業を行わないのだ。そのような備えを行わなくても問題がないと言いたいのだろう。

 

 

ヴォルデモートが復活したというハリーと、それをキッパリと否定するアンブリッジの激しい言い争いを聞きながら、ソフィアは大きくため息をついた。

セドリックの死について触れた時は、流石にクラス中が息を飲み、しん、と静まり返ったがアンブリッジは「不幸な事故だった」と言い切る。

何を言われてもヴォルデモートが復活しセドリックを殺したのだと譲らないハリーに、アンブリッジは初めて笑みを消し無表情になった。

 

しかし、次の瞬間には甘ったるい少女のような、妙に首元がざわざわとする声を出して微笑み、ハリーに何かを書き込んだ羊皮紙を渡し、マクゴナガルの元へ向かうように指示をした。

 

怒りが収まらないハリーは奪い取るようにして羊皮紙を掴むと、クラス中の視線を受けながら強く扉を開け、「壊れてしまえばいい」と思いながらむしゃくしゃする気持ちをそのままに、強く閉めた。

 

 

バンッ、と強い音で扉が閉まり、教室の後方に居た生徒はびくりと首を縮こまらせた。

しん、と気まずい沈黙が流れる中、アンブリッジは何も無かったかのようににっこりと微笑み、教科書を読むだけの退屈な授業を再開した。

 

誰もが不満そうな顔で教科書を見下ろし、時間が経過する中で頬杖をつきかくりと船を漕ぐ生徒もいたが、アンブリッジはとくに注意することはない。

彼女はただ、指導要領に沿って授業が出来ればそれでいいのだろう。

 

つまりこの授業はアンブリッジの自己満足を満たす、ただそれだけの授業であり、生徒達のことなど微塵も考えていないのだ。

 

 

ソフィアは真新しい教科書に書かれている文字の羅列を指で撫でながら、深いため息をこぼした。

 

 

 



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255 信じる難しさ!

 

 

その夜の大広間での夕食は、ハリーにとって楽しいものではなかった。

ホグワーツでは噂話が回るのが風のように早い。特に、色々な意味で注目されているハリー・ポッターの事となれば、噂話の回りかたも通常の5倍は早かっただろう。

 

 

ハリーはソフィアとロンに挟まれ、その前方にハーマイオニーが座っていたが──おそらく、噂話をしている人たちはハリーに囁き声が聞こえてもいいと思っているのだろう。

「セドリック・ディゴリーが殺されるのを見たって言ってる…」「例のあの人と決闘したって言ってる」「誰がそんな話に騙されると思ってるんだ?」などなど、聞こえてくる沢山の言葉にハリーの怒りはふつふつと溜まっていく。

 

 

「僕にはわからない。2ヶ月前にダンブルドアが話した時は、どうしてみんな信じたんだろう…」

 

 

ハリーは怒りで手が震え、ナイフとフォークを持ち続ける事が出来ず机の上に置いた。

絞り出すようなその言葉は、怒りと悲しみで微かに震えていて、ロンとソフィアとハーマイオニーは心配そうな顔をして眉を下げた。

 

 

「ハリー。多分、みんなが本当に信じたかどうかはわからないわ」

 

 

ソフィアがぼそりと呟き、フォークとナイフを机に置き勢いよく立ち上がる。

周りが一瞬静かになったが、すぐにざわざわひそひそと、好奇心と僅かな悪意が含むいやらしい囁きで満たされた。

 

 

「出ましょう。こんなところに居ても、嫌な気持ちになるだけだわ」

「ええ、そうね!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉にすぐに同意してがちゃん、と乱暴にフォークとナイフを置いた。ロンはまだ半分残っているアップルパイを未練たっぷりに見つめていたが、1人残る事はせずソフィア達の後を着いていく。4人が大広間から出て行くのを、みんなが好奇心を滲ませる目で見送った。

 

 

「ダンブルドアを信じたかどうかあやしいってどういう事?」

 

 

ハリーは二階の踊り場まで来た時にソフィアに聞いたが、ソフィアは難しそうな顔をすると「うーん」と言葉に詰まった。

 

 

「何て言えばいいのかしら…」

「ハリー、あの出来事の後がどんなのだったか、あなたにはわかっていないのよ。芝生の真ん中に、あなたがセドリックの亡骸をしっかり掴んで帰ってきたわ…迷路の中で何が起こったのか、私たちにはわからない。ダンブルドアが例のあの人が帰ってきてセドリックを殺し、あなたと戦ったという言葉を信じるしかない」

「それが真実だ!」

 

 

ソフィアの代わりにハーマイオニーが説明するが、ハリーはまさかハーマイオニー達も信じてくれないのかと怒り大声を出す。

すぐにハーマイオニーは首を振り、少々苛立ちながら「わかってるわよ」とうんざりしたように答えた。

ソフィアは怒りに満ちるハリーの顔を覗き込み、少し心配そうに眉を下げながら「わかってるわ」と落ち着かせるために優しく伝えた。

 

 

「ハリー、勿論私たちはわかってるわ。だってほら…夏休みの間あそこに居て、大人達が動いているのを知っているでしょう?でも、他の人は勿論知らないわ。──それに、真実を本当に理解する前に、夏休みが来てしまったでしょう?信じたくない大人達の言葉を聞いていたみんなは…信じられなくなってしまったの」

「それに、夏休み中ダンブルドアが老いぼれとか、あなたが狂ってるとか新聞で読まされたわ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの言葉を聞いたハリーは苦々しい表情をしながら黙り込んだ。

日刊預言者新聞にそんな力があるとは思っていなかった、だが、他の生徒達の反応を見る限り──ヴォルデモートが復活したと思っている人は限りなく少数派なのだろう。

 

 

ソフィア達は談話室に入ったが、まだ大部分の生徒が大広間で夕食を食べているためにそこにはまだ誰もいなかった。

寄り添うように丸くなって寝ていたクルックシャンクスとティティが主人達の帰宅に目覚め、とことこと歩いてハーマイオニーとソフィアの足に擦り寄る。

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアが暖炉前のソファに座れば、クルックシャンクスはハーマイオニーの、ティティはソフィアの膝の上に飛び乗り、また丸まった。

 

4人は椅子の背に体を預け、暫くぼんやりとしていたが不意にハーマイオニーががばりと身を起こし激しい口調で叫んだ。

 

 

「ダンブルドアはどうしてこんなことを許したの!?」

 

 

突然の大声にソフィアとロンとハリーは跳び上がり、ハーマイオニーの膝に乗っていたクルックシャンクスも膝から飛び退くと気分を害したような顔でじろりとハーマイオニーを睨み上げた。

ハーマイオニーは怒ってソファの肘掛けを強く叩き、空いていた穴から詰め物がはみ出してしまった。

 

 

「あんな酷い女にどうして教えさせるの?しかもOWLの年に!」

「でも、闇の魔術に対する防衛術じゃ、素晴らしい先生なんて殆ど居なかっただろ?──ほら、なんていうか、ハグリッドが言ったじゃないか。誰もこの仕事に就きたがらない。呪われてるって」

「そうよ。でも、私たちが魔法を使う事を拒否する人を雇うなんて!ダンブルドアは一体何を考えているの?」

「しかも、あいつは生徒を密偵にしようとしてる。覚えてるか?誰かが例のあの人が戻ってきたって言うのを聞いたら話しに来てくださいって、そう言ってた」

 

 

ロンが暗い顔をして呟く。

流石のロンも、もし今後アンブリッジの言葉に騙され乗せられた生徒が見張るようなことになれば、さらに内部での不和が生じると理解していた。

 

 

「そうね…もし、誰かが素直にアンブリッジに言えば、間違いなく…罰則だわ。…ああ、多分アンブリッジはそうしたいのよ。見せしめのつもりなのと…内部からホグワーツを見張りたいのね」

 

 

ソフィアはティティを撫でながら真剣な目でハリー達を見つめた。

ハリーとダンブルドアに不信感が強い今、アンブリッジに対しても嫌な感情を持つ生徒は多いだろう、だが、それでも先ほどの授業のようにアンブリッジの嫌な本性が露呈した場合に限る。そうでなければ素直な生徒は何かあったときに報告しに行くだろう。──それに、今は魔法省の方がハリーやダンブルドアよりも生徒達からの支持を得ているのは事実だ。

 

 

「手っ取り早くダンブルドア先生とハリーを認めさせる方法も、無いわけでは…ないんだけどね」

「えっ?何!?」

 

 

ソフィアの言葉にハリーが身を取り出す。ホグワーツに来てまだ少ししか経っていないが、既に暗雲が立ち込めている状況をなんとかしたいハリーは目を輝かせたが、ソフィアは難しそうな顔で口を閉じかなり悩んだ後──ハリー、ロン、ハーマイオニーの期待の篭る目を見て、おずおずと口を開いた。

 

 

「全ての授業で、先生方に聞くの。ダンブルドアを信じていますか?って」

「なるほど!そりゃいいや!」

 

 

ロンはぱちんと膝を叩き、ハリーも興奮し何度も頷くが、ハーマイオニーはソフィアと同じように難しそうな顔で黙り込んでしまった。

 

 

「でも、多分…この方法は駄目なの。少なくともダンブルドア先生は望んでいないと思うわ」

「えっ?どうして?騎士団員のマクゴナガルは…絶対認めるだろ?」

「そうだけど…もし全ての先生達がダンブルドア先生を信じている、例のあの人が復活した。って認めるとするでしょう?きっとアンブリッジはすぐに魔法省に──ファッジに報告するわ。監視の目がさらに強まってしまって……何か結束して企んでいるんじゃないかって思われたら最悪よ。騎士団が上手く動けなくなる可能性があるわ。騎士団が動いている事は秘密にしなければ駄目だから…」

「そうね。だってダンブルドアがそのつもりなら、昨日全校生徒が揃っている時にもう一度例のあの人の復活を言ったはずよ。先生達も同じ思いだって…。でもそれをわざわざ言わなかったって事は、やっぱり……そうしない理由があるのね。企みを知られたくないんだわ、アンブリッジが居るから…」

 

 

ハリーとロンはそこまで考え無くても良いのではないか、と思ったが──ソフィアとハーマイオニーの考えが外れる事は少ない。どの生徒よりも賢い2人は周りをよく見て先々のことを考えるのが得意だ。

その2人が言うのなら、やはり得策ではないのだろう。

 

 

「まだ1日目だし…少し、様子を見ましょう。──課題、しましょうか」

 

 

話している内に夕食を終えた生徒が談話室に戻り始め、ソフィアは話を打ち切ると鞄を机の上に置く。ロンとハリーは課題をする気持ちになれなかったが、仕方がなくのろのろと課題の準備を始めた。

 

 



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256 友達として!

 

 

次の日の午前中、呪文学と変身術の授業があった。

フリットウィックとマクゴナガルはセブルスと同じように授業が始まる前にOWL試験の重要さを伝え、同じように沢山の課題を出した。

 

変身術の授業の後、ソフィアは今年も個人授業を受けられるかマクゴナガルに聞きに行ったが、今年はOWLの年であり、沢山の課題が出されそんな暇と余裕はないだろう、とマクゴナガルに諭されてしまい、残念ながら今年の個人授業は無しになってしまった。

 

ソフィアは既に7年生が受けるNEWT試験レベルの変身術は使えるため、個人授業が負担だと思った事は無かったが──だが、課題の山が着実に増えてきているのもまた、目を背けることのできない事実であり、残念に思いながらも頷く他なかった。

 

 

ハリーとロンは昼休みの1時間を魔法薬学のレポートを終わらせるために図書館で過ごしたが、ソフィアとハーマイオニーは自室で過ごした。

 

何故別々で過ごす事になったのかと言うと──昨夜、ハーマイオニーがハウスエルフを解放するために、服を受け取れば解放される彼らの性質を利用し、作ったお手製の帽子をゴミに紛れさせていたのだが、それを見たロンが「あれは服の内に入らないよ。とても帽子には見えなくて…毛糸の膀胱に近かったな」ととんでもない侮辱をしたため、怒って午前中一切口を聞かなかったのだ。

昼食を終えてもハーマイオニーの怒りは収まらず、こうして個々の親友と過ごし、彼らは別行動する羽目になったのだ。

 

ハリーとソフィアは、ロンとハーマイオニーが1日に何度も言い合いをすることに辟易していたが、2人の性格上どうしても衝突してしまうのは仕方のない事だと半分諦め、お互いの親友のケアに勤しむのだった。

 

 

ハーマイオニーとソフィアは変身術で見事に消失呪文を成功させた為課題は無かったが、昼休み中に呪文学の課題を終わらせ、2人で魔法生物飼育学の授業を受けるために校庭へ向かった。

 

 

「ハグリッドはきっとまだ来てないわよね」

「そうね…いつ戻ってくるのか…今年は戻ってこない可能性もあるわ」

 

 

授業を行う場所はハグリッドの小屋近くだが、生徒達が集まっている前にいるのはハグリッドではなくグラブリー–プランクだ。彼女は優秀な生物学教師であり、ハーマイオニーとソフィアは彼女の授業が好きだったが──勿論、ハグリッドの授業が嫌いだというわけでは無い。ただ、授業のレベルを考えたとき、比べてしまうのは仕方のない事だろう。

 

 

「早くハグリッドに戻ってきてほしいわ」

「…あの先生、とってもいい先生よ。勿論、ハグリッドの授業も…あー……素敵だけど。…ハリーに言わないでね、またカリカリするわ」

「はは…」

 

 

ハーマイオニーのうんざりしたような呟きに、ソフィアは苦笑し頷いた。

ハリーにとってハグリッドは初めて魔法界について教えてくれたかけがえのない友達だ。贔屓目に見てしまうのは仕方のない事だが、それ故に彼以外の魔法生物飼育学教師を目の敵にしている節があった。

 

 

ソフィアとハーマイオニーがハグリッドの小屋の前に到着すると、既に他のグリフィンドール生は集合し、少し離れた場所にハリーとロンがいた。ハリーの表情が苛立ちを含んでいる事にすぐにソフィアとハーマイオニーは気付き、ロンと目配せをして無言で教師を見る。

 

授業開始の前にはスリザリン生が現れ、全員が揃ったのを見てグラブリー–プランクが授業の開始を告げた。

 

 

「みんな集まったかね?──早速始めようかね。ここにあるのが何だか、名前がわかるものはいるかい?」

 

 

グラブリー–プランクの前には小枝がたくさん山積みされた架台が用意されており、それを指差しながら生徒達を見回す。どうみてもただの小枝だったが、それが何がわかったハーマイオニーとソフィアはパッと手を上げた。

 

 

小枝にとてもよく似た魔法生物──ボウトラックルだ。

ボウトラックルが飛び上がると前方にいたパーバティとラベンダーは「うわぁ!」と歓声を上げ、一歩後ろに下がったが目だけは興味津々というように輝きピクシー妖精のように小さく細いボウトラックルを見つめた。

 

 

「女生徒たち!声を低くしとくれ!──さてと、誰かこの生き物を知ってるかい?ミス・プリンス?」

「はい。ボウトラックルです。木の守番で通常は杖に使う木に棲んでいます」

「正解。グリフィンドールに5点。ミス・プリンスが答えたようにだいたいは杖品質の木に棲んでいる。何を食べるか知っている者は?──ミス・グレンジャー?」

「ワラジムシ。でも、手に入るなら妖精の卵です」

「よく出来た。グリフィンドールにもう5点」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは2人で大きな加点を出来た事にチラリと顔を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。

グラブリー–プランクは用意したワラジムシが大量に入っている箱を指差し、その好物を使いながらボウトラックルを観察し授業終了までにスケッチを1人一枚作成する事を今日の課題とし、生徒たちは小さな黒い目を向けるボウトラックルが入っている架台に集まった。

 

 

「どの子にする?」

 

 

ハーマイオニーはボウトラックルの長い指を警戒しながら──何せ、ボウトラックルは人間の目を穿り出してしまうのだ──沢山のボウトラックルを指差す。茶色い個体、緑色の個体など様々な色の個体がいる中、ソフィアはパッと目についた鮮やかな緑色のボウトラックルに手を差し出す。

その掌にはワラジムシが数粒乗せられており、ボウトラックルは黒い目を輝かせるとひょこひょこと細い脚を動かしソフィアの掌の上にちょこん、と乗った。

 

 

「この子にしましょう。頭の葉っぱが3枚あって可愛いわ!」

「えースケッチ大変そうじゃない?葉が1枚の方が…」

 

 

ロンはぶつぶつと文句を言ったが、ソフィアは聞こえないフリをして細長い指を使い米粒のようなワラジムシを器用に掴んで食べるボウトラックルの頭の葉を優しく撫でる。

ボウトラックルはワラジムシを食べる事に夢中になり、葉が撫でられていようがとくに気にしていないようだった。

 

 

ソフィアは人の少ない芝生に移動し、そっと芝生の上にボウトラックルを放す。ボウトラックルは両手でワラジムシを掴み必死になって食べていて、逃げ出したり威嚇する事は無かった。

 

ハーマイオニーとロンもソフィアのそばに集まり、羊皮紙と羽ペンを取り出しボウトラックルのスケッチを始める。

 

 

「さっき、マルフォイがハグリッドは怪我をしたんだって…巨大すぎるものにちょっかいを出したって言ってた。何か知ってるのかな?…ほら、あいつの父親はアレだろ?」

 

 

少し遅れてやってきたハリーがソフィアとロンの間に座りながら小声でソフィア達に囁く。ボウトラックルをスケッチしていた手を止め、ソフィアは辺りを見回し近くに誰もいない事を確認するとボウトラックルの頭の葉ををよく見るふりをしながら声を顰める。

 

 

「何か知っていたとしても。ハリーを心配させたいだけよ。もしそれが──ルシウスさんが本当に死喰い人と仮定したとして──死喰い人の機密事項なら漏らすなんて馬鹿な事はしないわ、流石のドラコもね…」

「そうよ、ソフィアの言う通りだわ!それにハグリッドに何かあればダンブルドアがわかるはずよ。ハリー、腹が立っても無視しなきゃ」

「でも…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの言葉にハリーは焦ったそうに呟く。それでも心配なのは心配だし、何よりハグリッドを馬鹿にするドラコが憎くてたまらなかったのだ。

 

 

「──そうなんだよ。数日前に父上が大臣と話をしてねぇ。どうやら魔法省はこの学校の水準以下の教え方を打破する決意を固めているようなんだ。だから育ちすぎのウスノロが帰ってきてもすぐに荷物をまとめる事となるだろうな」

 

 

ドラコの人を馬鹿にするような声が1番近くのグループから聞こえ、ボウトラックルの手をよく見ようと触っていたハリーは思わず力を込めすぎてしまい、怒ったボウトラックルがハリーの腕を鋭い爪で思い切り引っ掻いた。

 

 

「あいたっ!」

「あー…ハリー、大丈夫?」

 

 

ソフィアは杖を出し羊皮紙をハンカチに変身させるとハリーの手に押し当て、芝生の上を逃げ惑うボウトラックルに向かってワラジムシを放り投げた。

逃げようとしていたボウトラックルはくるりと方向転換をすると、その場にしゃがみ込みぱくぱくとワラジムシを食べ始める。

 

白いハンカチはじわりと赤い血が滲み、それを横目で見ていたドラコはいい気味だとばかりにせせら笑う。

 

 

「…ハグリッドは悪い教師じゃないよ、ドラコ」

「ふん、グラブリー–プランクの方が何倍もマシなのは事実だろ?ルイス、君もあのウスノロの授業が良いっていうのか?」

「どっちも良いって事さ。ヒッポグリフも、僕は嫌いじゃないし」

 

 

ルイスはボウトラックルのスケッチをしながら自分達を憎々しげに睨むハリーとロンの視線を受け、人知れずため息をこぼした。

 

 

 

 

 

終業を告げるベルが鳴り、ソフィアは羊皮紙を丸め鞄の中にいれるとボウトラックルを元の架台へと連れて行き、ハリー達と薬草学のクラスへと向かった。

 

ハリーの耳の奥にはドラコの嘲り笑いが汚れのようにこびりついて残り──ここ数日はずっとなのだが──苛立ちが収まらず、苛々とした雰囲気を隠す事なく吐き捨てた。

 

 

「マルフォイのやつ。もう一度ハグリッドをウスノロって呼んでみろ…」

「ハリー、マルフォイといざこざを起こしてはダメよ。あいつが今は監督生だって事を忘れないで。あなたをもっと苦しい目に遭わせる事も出来るんだから…」

「へーえ、苦しい目に遭うって、一体どんな感じだろうね?」

 

 

ハリーは皮肉たっぷりに言い肩をすくめる。ロンは笑ったがハーマイオニーとソフィアは笑う事なく眉を寄せた。ソフィア達は暗雲が立ち込める空の下、重い足取りで野菜畑を横切る。

 

 

「僕、ハグリッドに早く帰ってきてほしい。それだけさ。それから、グラブリー–プランクばあさんのほうがいい先生だなんて、言うな!」

「そんなこと言うつもりはなかったわ」

 

 

ハーマイオニーはハリーの脅しにも似た言葉を聞き、静かに言うがソフィアはムッとして足を止めくるりと振り返る。

 

 

「ハリー。グラブリー–プランク先生はいい先生だわ」

 

 

ソフィアの強い言葉にハリーは足を止めると驚いたように目を見開いていたが、ぐっと拳を握り──怪我をした手がつきりと痛んだ──ソフィアを睨む。

 

 

「ハグリッドより良いって言うのか?」

「どっちもいい先生よ。ハリー、あなたがハグリッドの事が好きなのはわかるけれど、だからといってグラブリー–プランク先生を下に見るのは……ドラコと同じよ」

「あんな奴と同じじゃない!僕はウスノロなんて言わないぞ!」

「先生として認めてないのは事実でしょう?」

 

 

ハリーも今受けた授業が魔法生物飼育学の模範的な授業だったとよくわかっていた。だからこそ、自分1人だけでもハグリッドの方が優れていると思わなければならないと思ったし、何より──友達であるソフィアとハーマイオニーとロンも同じ思いでなければ許せなかった。ハグリッドに対しての裏切りのように感じてしまったのだ。

 

 

強く奥歯を噛み締めるハリーに、ソフィアはそれ以上何も言わずに踵を返すと足速に温室へと向かう。ハーマイオニーはハリーを一瞬見たが、ソフィアの後を追いかけた。

 

 

「なんだよ、ソフィアなら…わかってくれると…」

「あー…ほら、ソフィアってあの授業好きだからさ。誰が教師でも気にしないんだよ。魔法生物さえいればいいのさ」

 

 

ロンの不器用な励ましに、ハリーは無言でソフィアの背中を見つめる。ソフィアと言い合いをしたかったわけではなく、重い石を飲み込んだかのようにずっしりと気が滅入り、大きく肩を落とした。

 

 

ハーマイオニーはソフィアの隣に並ぶとちらりと表情を盗み見る。固く結ばれた唇に「珍しい」と思いつつソフィアの発言には概ね同意だったため、咎める事は無かった。

 

 

1番手前の温室の扉が開き、授業を終えた四年生がぱらぱらと溢れ出てくる中に、ジニーが居た。あまり他の学年の生徒と会う機会は無いのだが、ソフィアはジニーを見て少しだけ表情を緩める。

過去、ジニーは友達が出来ず、1人で過ごしていたせいでとんでもないことに巻き込まれたが、今では友達が出来て平穏に過ごしているようだった。

 

 

「こんにちは」

「こんにちは、ジニー」

 

 

ジニーはソフィアとハーマイオニーに気付くと朗らかに挨拶をし、少し離れた場所にいるハリーとロンともすれ違いざまに微笑んで挨拶をした。

その後生徒達の1番後ろからルーナがゆっくりと現れると先ほどの授業でついたのか、鼻先に泥をくっつけたままどこか興奮したように目を見開き今までのゆっくりとした歩みをいきなり早めると大股で一直線にハリーに向かう。

ソフィア達のクラスメイトや五年生のハッフルパフ生が何だろうと振り返る中、ルーナはハリーの前でぴたりと立ち止まると大きく息を吸い込み一息で言った。

 

 

「あたしは、名前を言ってはいけないあの人が戻ってきたって信じてるよ。それに、あんたが戦ってあの人から逃げてきたって信じてる」

「え──そう」

 

 

ハリーはいきなりの宣言にどう反応していいか分からず曖昧に答える。

ルーナの耳には大きなオレンジ色のカブがイヤリングのように揺れ、それを見たパーバティとラベンダーがくすくすと笑う。その笑いが聞こえたルーナはくるりと2人を見ると少し顎を上げ悠然と言い放った。

 

 

「笑ってもいいよ。だけど、ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角のスノーカックがいるなんて昔は誰も信じて無かったんだから!」

 

 

ルーナは自分の発言が笑われたのだと受け止めたが、彼女達が笑ったのはその珍妙なイヤリングである。

少しも気にした様子のないルーナの態度と言葉に、ハーマイオニーがつい「でも、いないでしょう?」と我慢ならないとばかりに口を出した。

 

 

「ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角スノーカックなんていなかったのよ。ねえ、ソフィア?見た事ないわよね?」

「まぁ……まだ発見はされてないわね。けど、魔法生物は毎年新種が発見されているから今どの教科書に乗っていなくても、何年後かはわからないわ」

 

 

ソフィアは将来、まだ発見されていない魔法生物を見つけ出す旅がしたいと思っているため、ルーナの言葉を否定しなかった。ルーナは初めて否定されなかった事に大きく目を見開きソフィアの目を信じられない思いでじっと見つめる。

だが、この場にいるものは皆ハーマイオニーに同意であり、堪えきれず何人かが噴き出すように笑い出す。

ルーナは嘲笑に包まれる中、ハーマイオニーをぎろりと睨むと、カブをぶらぶら揺らせながら仰々しく立ち去った。

 

 

「僕を信じてるただ1人の人を怒らせないでくれる?」

 

 

授業に向かいながらハリーがちくりとハーマイオニーに言うが、ハーマイオニーは呆れたような目でハリーを見る。

 

 

「何言ってるの、ハリー。あの子よりましな人がいるでしょう?父親がザ・クィブラーを出してるくらいだもの、きっと全然証拠がないものしか信じてないんだわ!それに、ソフィアも本当は信じてないんでしょう?」

「うーん…魔法界は広いし、閉鎖的な森も多いわ。何がいても私はおかしくないと思うけれど」

「もう!現実を見なさい!」

 

 

ソフィアの言葉をハーマイオニーはばっさりと切り捨てる。ハーマイオニーは何よりも証拠がないと存在を認める事ができない。人生の全ては本に書いてあると思っているからなのだが──実際、魔法界も一枚岩ではなく他の魔法族が入る事が難しい秘境は沢山存在している。その中にしわしわ角スノーカックでは無いにしろ、まだ誰も知らない新種がひっそりと生息していてもおかしくは無いのだ。

 

 

「言っておきたいんだけど」

 

 

ハッフルパフ生の中を掻き分け、アーニー・マクラミンがハリーの前に近づくとよく通る大きな声を上げた。

まさかこの人数の前で「例のあの人なんて復活してない」と宣言されるのかとハリーは身構えたが、アーニーは少し胸を逸らし気取ったように言った。

 

 

「きみを支持しているのは変なのばかりじゃない。僕もきみを100パーセント信じる。僕の家族はいつもダンブルドアを強く支持してきたし、僕もそうだ」

「え──ありがとう、アーニー」

 

 

ハリーは不意をつかれたが嬉しかった。アーニーはこんな場面で大げさに気取るところがあったが、それでも臆する事なく宣言してくれるのはやはり嬉しい。何よりアーニーの言葉で何人かの顔から笑いは完全に消え、シェーマスの表情は混乱しているようにも、抵抗しているようにも見えた。

 

 

 



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257 キーパーの選抜試験!

 

 

ソフィアとハーマイオニーは毎晩談話室の暖炉前の机を陣取り、その日に出た宿題をしっかりと終わらせていた。やる気のないロンはなんとかして2人の宿題を盗み見ようとしたが、監督生に選ばれたのだから模範的な行動をしなければならない、とハーマイオニーは強く言い答案を写すことも、手助けする事も良しとしなかった。

ハリーは金曜日まで続くアンブリッジの罰則に手が取られ談話室に戻ってくるのはいつも夜遅くの時間だ。ソフィア達は書き取り罰だとハリーに教えられていた為とくに気にする事なく自分の課題に勤しんでいた。

 

大体、ソフィアとハーマイオニーがすぐに課題を終え片付けをして自室に引き込んでも、ロンはまだ終える事ができず1人談話室に残っていたが仕方のない事だろう。

遅くまで残っても宿題が終えられている事はなかったが──その事に関してソフィアとハーマイオニーの関心は薄い。どうせ、いつものようにさぼっていたのだろうと思ったのだ。

 

しかし、ただ宿題をサボっているだけではないとわかったのは金曜日の夕方5時前だった。ハリーが最後の罰則へ向かった後、ロンはそそくさと隠れるようにして談話室を出ようとして──ハーマイオニーに捕まったのだ。

 

 

「ロン!どこへ行くの?まだ宿題終わってないでしょ?」

「え、あー……」

 

 

こっそりと出ようとしていたロンはしどろもどろになりながら視線を宙に彷徨わせる。後ろ手に箒を隠してはいるが、どれだけロンが高身長であっても頭の先から彼の箒が見えていた。

 

 

「キーパーの選抜を受けに行くのね?」

 

 

後ろに隠しきれていない箒を覗き込んだソフィアが聞けば、ロンは顔を髪色のように赤く染めて小さく頷く。

ハーマイオニーは驚きに目を見張っていたが、腕を掴んでいた手を離すとじろじろとロンと箒を見比べ、ようやく最近遅くまで談話室に残っているのに宿題が全く終わっていない理由に気付いた。隠れてキーパーの練習をしていたのだろう。

 

 

「なら早く行きなさい!5時からでしょ?」

「君たちが止めなきゃもう行ってたよ……」

「頑張ってね、ロン」

「しっかりね!」

「うー…。うん、頑張る、まぁ、無理かもしれないけど」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの励ましに、ロンは緊張した面持ちのままぶつぶつと喉の奥で答え、大切そうに箒を抱え直しそそくさと談話室を出て行った。

 

 

「ロン、練習のために…最近遅くまで残っていたのね」

「クィディッチの練習ばかりで宿題が終わってないなんて…監督生になった自覚はおありなのかしら」

 

 

ハーマイオニーはいつものように小言を言うが、その表情は心配そうに眉が寄せられている。ロンの飛行術は贔屓目に見ても──正直、上手いとは言い難い。魔法族の平均レベル、と言えるだろう。

ソフィアはロンが消えた肖像画をじっと見つめ、やはり自分もチャレンジすれば良かっただろうかと僅かに後悔した。

 

 

「さ、ロンとハリーが帰ってくるまでに宿題を終わらせましょう。あの2人が泣きつくのが見えてるわ」

「…そうね」

「……ソフィア、あなたも選抜を受けたかったんじゃないの?」

「うーん…今年じゃなければ受けていたわ。クィディッチ好きだもの…でも、今年は…OWLがあるし…」

 

 

残念そうに肩をすくめるソフィアに、ハーマイオニーは「学生の本分をよく理解しているわね」と満足げににっこりと笑い、ソフィアの肩を叩いた。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーがいつものように談話室で宿題を終わらせた頃、グリフィンドール・クィディッチチームの選手達がわらわらと談話室に駆け込んで来た。ロンは真っ先に肖像画をくぐり、ハーマイオニーとソフィアに気付いた途端パッと顔を輝かせ駆け寄ると顔中に笑顔を貼り付け興奮しながら叫ぶ。

 

 

「やった!僕、受かった!キーパーだ!」

「わぁ!おめでとう!」

「すごい!良かったわね!」

 

 

自分でも合格が信じられないのか、ロンはうずうずと体を揺らしながら2人に言うと、今度は少し離れた場所で友達と雑談していたジニーの元に駆け寄り嬉しそうに合格を告げる。

 

 

「まさか合格するなんて、意外と本番に強いのかしら…」

「そうね、ロンって頑張り屋さんだもの。意外とね」

 

 

喜び、クラスメイト達に「合格した!」と言って回るロンを見ながらハーマイオニーが感心したように呟く。

ロンは優秀な友人達に囲まれ、やや卑屈になりがちだが、彼は全くの無力だというわけではない。窮地に立たされた時に何よりも勇敢な心を持ち友人のために勇気を奮い起こす事ができると、ソフィアとハーマイオニーは知っている。

だが、それがクィディッチに生かされるかどうかは──今後の試合で明かされるだろう。

 

 

遅れて談話室に帰ってきたフレッドとジョージが腕に大量のバタービールの瓶を持って現れ、談話室は新しいキーパー決定の宴が始まる。

誰もが片手にバタービール入りのゴブレットを掲げ楽しげに話す中、ソフィアとハーマイオニーもロンの肩を叩き合格を讃えつつゆっくりとバタービールを飲んでいた。

 

選手たちと共にがやがやと騒ぐロンの声をBGMに、ハーマイオニーは暖炉脇のソファに座るとうとうとと船を漕ぎ出す。

 

 

「ハーマイオニー、眠いの?」

「ん……ええ、昨日も、遅くまで……帽子を……」

「まぁ、それは…お疲れ様」

 

 

ソフィアが隣に座るとハーマイオニーは危なっかしく両手でゴブレットを持ちながらソフィアの肩に頭を預け、大きな欠伸を漏らした。そのまま目を閉じてしまったハーマイオニーにソフィアは目を細め優しく微笑むと、彼女の手にある今にも溢れそうなゴブレットをそっと手に取り机に置いた。

 

温くなったバタービールを飲みながらクィディッチチームの中心で嬉しそうに顔を綻ばせるロンを見ていたソフィアは肩に感じる僅かな重みと、暖炉の温かな炎に自然と思考がぼんやりと虚ろになり、目は細められていく。

ソフィアもハーマイオニーと同様、夢の世界に旅立ちかけていたが隣に感じた微かな揺れにふっと目を覚ました。

 

 

「ああ、ハリー、お帰りなさい。ロン合格したのよ、良かったわね」

「うん、さっきアンジェリーナから聞いた」

 

 

ソフィアが目を覚ましたのは、ハリーがソフィアの隣に鞄を置いたからだった。僅かな揺れだったがソフィアを目覚めさせるには十分だっただろう。

ハリーはちらりと眠っているハーマイオニーを見た後、ソフィアの隣に座ると彼女を起こさないように声を顰めながら先程自分に起こったことを話した。

 

 

「僕、今アンブリッジの部屋にいたんだ。それであいつが僕の腕を触って……その時、傷が強く痛んで…なんだか変な感じがしたんだ。あんなに痛むのは久しぶりで…そう、クィレルを見た時みたいだった」

「例のあの人が…クィレルにしたみたいに、アンブリッジに取り憑いてるんじゃないかって思うの?」

「うん…可能性はあるだろう?」

 

 

話の内容を考えソフィアとハリーは声を顰め誰にも聞こえないように囁く。

ソフィアは暫く考え込み口を閉ざしていたが、「うーん…」と悩むように唸った。

 

 

「でも、あの時…例のあの人は体を持っていなかったからクィレルに取り憑いたんでしょう?今、復活して実体はあるから…取り憑く必要はないんじゃないかしら?」

「あー…まぁ、そうかも…」

「去年、誰も触ってないのに傷痕が痛むことはあったわよね?確か…ダンブルドア先生は例のあの人がその時に感じている事に関係している、って言ってなかったかしら?──だから、たまたまアンブリッジが触った時に痛んだのかも…」

「あいつは邪悪なやつだ。根性曲がりだ」

「そうね、私もそう思うわ。…ハリー、痛んだ事をダンブルドア先生に話してみたら?」

 

 

ソフィアが知ることでは無いが、ハリーがダンブルドアのところに行けと忠告されたのはこの二日間で2度目だった。昨日アンブリッジの罰則が終わり、グリフィンドール寮に戻ってくる際、たまたまこっそりとキーパーの練習をしたいたロンと出会い──手につけられた傷について、話してしまったのだ。罰則の内容が書き取り罰でないと知ったロンはすぐにマクゴナガルかダンブルドアに言いに行くように言ったが、ハリーは首を縦に振る事はなかった。

 

 

「このことでダンブルドアの邪魔はしない。大したことないよ、この夏はしょっちゅう痛かったし──ただ、今夜はちょっと酷かった、それだけさ」

「邪魔とかじゃなくて…言った方がいいわ」

「ダンブルドアは、僕のその部分だけしか気にしてないんだろ?僕の傷痕にしか」

 

 

ハリーはつい、今まで考えていた不満の一端が口から零れ落ちてしまった。ソフィアはその言葉を聞いて驚いたように目を見開き、怪訝な顔をする。

 

 

「そんなことないわ。ハリーのために夏休み中、ダンブルドア先生は色々と行動なさっていたでしょう?騎士団を作って守ったり…私をあなたのところに送ったりね」

 

 

ソフィアは言い聞かせるようにゆっくりと言ったが、ハリーは煩わらしそうに首を振り、ソフィアの真剣な眼差しから逃れるように目を伏せた。

 

 

「僕、シリウスに手紙を書いてこの事を教えるよ。シリウスがどう考えるか知りたいんだ」

「うーん…書く内容に気をつけてね?ふくろうが途中で捕まるかもしれないし…。まぁ、シリウスというよりも…騎士団員に伝えるのは悪く無いと思うわ。…本当は、マクゴナガル先生とか…安全に伝える方がいいと思うけど。その傷の強い痛みが何か原因があるとしたら…騎士団員に報告はするべきだもの」

「でも、マクゴナガルに伝えたって…どうせいつものことだって言われるだけだ」

「それを判断するのは私たちじゃないわ。情報は共有すべきだし、あなたが騎士団の力になりたいのならば…伝えるべきだって思ったの」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは暫く誤魔化すように視線を逸らしたままフレッドとジョージがバタービールの空瓶でジャグリングをしている様子を見ていたが、ついに沈黙に耐えきれず小さく頷いた。

 

 

「……、…シリウスへの手紙が難しかったら、そうするよ」

「ええ、手紙…本当に気をつけてね。内容、一緒に考える?」

「うーん…うん。…でも、ハーマイオニーには内緒にしてて、絶対ダメだって言うから」

 

 

ハリーは苦笑しながら眠りについているハーマイオニーを見る。ソフィアはその視線を追い、視界に映るふわふわとしたハーマイオニーの髪をそっと撫でると悪戯っぽく笑い「そうね」と、頷いた。

 

 

「バタービール飲む?まだ沢山あるみたいだけど」

「あ、さっきジョージからもらったのがあるよ」

 

 

ハリーはずっと手に持っていたバタービールの瓶を持ち上げソフィアに見せた。

それならいいわ、とソフィアは言いかけたが、ハリーの袖が赤く濡れている事に気付き険しい目でじっと右手を見つめる。ハリーはすぐにその視線の意味に気付き慌てて反対の手で持ち替え右手を背に隠したが──ソフィアはそれでも、隠された手をじっと見つめ続けた。

 

 

「ハリー、手を出して」

「なんでもない」

「ハリー」

「──多分、フレッドとジョージの鼻血ぬるぬるヌガーを食べた子の血がついたんだ」

「……ハリー」

「……本当に、なんでも無いんだ」

 

 

ハリーは必死に言い訳をしたがソフィアの強く低い言葉に抗うことが出来ず、何故か情けなさを感じながらそろそろと隠していた手を出した。

 

 

ソフィアは両手でそっとハリーの手を握ると手の甲が隠れている袖を捲る。

『僕は嘘をついてはいけない』の文字が傷痕として残り、もう血は止まっているが傷口は赤く、先程まで血を流していた事がすぐ見てとれた。

 

 

「…罰則、書き取りじゃなかったのね」

「……うん」

「酷い…こんな…!……ダンブルドア先生かマクゴナガル先生に言うつもりは──」

「無い」

 

 

ソフィアはきっぱりとしたハリーの拒絶に、大きく息を吸い込み眉を吊り上げたがすぐに長く細い息を吐き出すと、床に置いていた自分の鞄を探り中から小さな小瓶を取り出した。

そのまま数滴ハリーの傷口に垂らせば、傷口はしゅうしゅうと小さな音をたて、薄い緑色の煙を上げながら閉じていく。あれほどズキズキと感じていた痛みが急激に引いていき、ハリーは驚いて治癒していく傷口とソフィアが垂らした薬を見比べた。

 

 

「ハナハッカ・エキスよ。薄めているものだけど…これで少しはマシになるでしょう?」

「うん、ありがとう!」

 

 

まだハリーの手の傷は赤く痛々しいものだったが、傷口は盛り上がり薄い皮膚が覆っている。完全に癒えたわけではないが、応急処置にはなるだろう。

ソフィアは仕上げにポケットから杖を出すとハリーの手に向かって「フェルーラ」と唱え白い包帯で手を巻いた。

 

 

「…言ってくれれば、すぐに傷を治したのに…」

「あー…言うつもりは無かったんだ、だって、ほら──なんとなく」

 

 

アンブリッジに傷を負わされた事なんて、誰にも言いたくは無かった。誰かに言えばアンブリッジに負けたような、そんな気持ちになるとハリーはわかっていたのだ。奇しくもロンとソフィアにはバレてしまったが、ハリーはできるなら──ソフィアには、知られたく無かった。

好きな女の子に自分の情けない姿を見せたく無いのは、この年頃の男の子にとって当然だろう。

 

 

「あー…その、手紙…明日の朝ここで書くから」

「わかったわ」

「僕、もう寝るよ。疲れたし…ロンにそう言っといてくれる?」

 

 

ハリーは誤魔化すようにソフィアの手からそれとなく自分の手を外すと鞄を持って立ち上がった。

 

 

「私ももう寝るわ、ハーマイオニーも寝ちゃったし…ハリーが部屋に戻るなら、私たちももう戻ってもいいでしょう?だから、ロンには自分で言ってね。…ハーマイオニー、部屋に戻るわよ」

「ん──ぅうん、うん?ああ、ハリー…戻ったのね…ああ、私、寝ちゃってた…」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの肩を優しく揺すり、眠っていたハーマイオニーは眠たそうに目を擦りながらあくびを噛み殺す。

ハリーはハーマイオニーが完全に目覚める前に「おやすみ、ソフィア」とだけ呟くとそそくさとロンの元へ向かった。

 

 



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258 久しぶりに2人きり!

 

 

翌日の朝、ソフィアはいつもより早い時間に目覚めてしまい、体を起こしながらぐっと伸びをした。

 

今日は土曜日であり授業は無い。夏季休暇明けの久しぶりの授業に疲れた生徒たちは1週間ぶりの休息をたっぷりと楽しむためにいつもよりゆっくりと寝るだろう。

 

ソフィアはカーテンの隙間から漏れている陽光を見ながら二度寝をしようか少し悩んだが、昨夜ハリーと手紙の内容を考える、と言っていた事を思い出して服を着替え出した。

 

まだハリーは寝ているだろうか、男子寮に入ることは出来るが、ロンはともかく他のルームメイトに侵入がバレると少々厄介だ。多分、それを知ったハーマイオニーは監督生として罰則するだろう。

 

ハーマイオニーが眉を吊り上げ「罰則よ、ソフィア!」という場面を想像し、ソフィアはくすりと楽しげに笑う。

着替え終わったソフィアは薄いカーディガンを羽織り、ルームメイト達を起こさないようそっと寝室を出て、談話室へと向かった。

 

 

女子寮の階段を降りて談話室内を見回したが、ハリーの姿は無い。

起きてくるだろうか?手紙を書く場面は、きっと誰にも見られたく無いはずだ。それなら朝か夜かしか書く時間は無いが、ハリーの性格的にきっと夜まで我慢できず朝早くに手紙を書くだろうとは思ったが……と、ソフィアは考えながら暖炉脇にあるふかふかとした肘掛け椅子に座り、ぱちぱちと微かに燃える火を火かき棒で掻き回し、火を大きくするためにそばに置いてあった薪を2本、中に投げ入れた。

 

 

「…ソフィア?」

「あ、ハリー、おはよう」

「おはよう」

 

 

ソフィアが小さな火を大きくしていると、丁度ハリーが羊皮紙と羽ペンを持って談話室に降りて来た。

 

誰もいない談話室に、ソフィアの柔らかい声が聞こえ、ハリーは数日絶えず感じていた苛立ちがすっと消えていくのを感じる。

 

窓から差し込む朝日の光を浴びたソフィアは、何だかキラキラと輝いていて──とても美しく見えた。

 

 

ハリーは2人きりだと自覚すると、胸がどきどきと高鳴ったが、とりあえず今は早くシリウスに手紙を書かないといけない、と、高鳴る鼓動を何とか抑え、すぐにソフィアの隣にある肘掛け椅子に座るとローテーブルの上に羊皮紙を広げた。

インク瓶の蓋を開け、羽ペンの先を浸す。

まず、ハリーは『シリウスへ』と書いたが、すぐにソフィアが「ハリー」と小さな声で止めた。

 

 

「その名前は書かない方がいいわ」

「え?…あ、そうか…えーっと、スナッフルズだったね、ついうっかり…」

 

 

ハリーはシリウス、と書いた部分をぐちゃぐちゃと羽ペンで上から消し、万が一誰かに見られても読めないようにしてから丸める。

すぐに新しい羊皮紙を出したが、羽ペンは羊皮紙に触れる事なく空に止まったままだ。

 

 

「……、…ロンとハーマイオニーが、僕に手紙を送るのがどれだけ難しいか…わかったよ」

 

 

今更だけどね、とハリーは小声で苦笑する。

伝えたい事はあるが、万が一第三者が見てもわからないようにしなければならない。

シリウスだけに伝わるように、文章を考えないといけないのがこれほど難しいとは思わず、ハリーは「うぅん」と眉を顰めて唸った。

 

 

「アンブリッジの事は絶対書きたいんだ…どれだけ酷い奴か伝えたい」

「でも、酷い先生、なんて書くのは……そうねぇ……例えば……」

 

 

ソフィアも同じように唸りながら何かいい表現はないかと首を捻る。

 

 

「…あ、そうだ!『あなたのお母さんみたいな人です』…っていうのはどう?」

「いいわね!きっと、それはシリウスとか騎士団にしか伝わらないわ。『アンブリッジ先生は、あなたのお母さんのような素敵な人です』…とかはどう?」

 

 

なかなかいいハリーの案に、ソフィアが悪戯っぽく言えば、ハリーはニヤリと笑い「最高だ」と答えた。

一度コツを掴めれば、次々といい案が浮かんでくる。──そうか、あの騎士団本部で過ごした事に絡めて書けばいいのか。

 

ハリーはさらに数分悩んだが、羽ペンの先をもう一度インク壺の中に浸すと、今度は迷う事なく書き始めた。

 

 

『スナッフルズさんへ。

お元気ですか。ここに戻ってからの最初の1週間は酷かった、週末になって本当に良かったです。

闇の魔術に対する防衛術に、新任のアンブリッジ先生が来ました。あなたのお母さんと同じくらい素敵な人です。

去年の夏にあなたに書いた手紙と同じ件で手紙を書いています。昨夜、アンブリッジ先生の罰則を受けていたときに、また起こりました。

この前、友達のペットが白くて大きなものになったのは驚きましたね。僕たちの大きな友達がいなくて、みんな寂しがっています。早く帰ってきてほしいです。

なるべく早く返事をください。お元気で。

 

ハリーより』

 

 

「──どうかな?」

 

 

ハリーは書き終えた羊皮紙をソフィアに手渡し、ソフィアは何度もその内容をぶつぶつと小声で呟く。何度読んでも、きっとこれでは何のことかわからないだろう。

ソフィアはにっこりと笑い「完璧ね」と言うと羊皮紙をくるくると丸めた。

 

 

「僕、手紙を出してくる。ソフィアはどうする?」

「そうね…」

 

 

耳をすませば上の寝室から生徒たちが起き出す音が聞こえてくる。間も無くここは生徒たちで溢れるだろう。

悩むソフィアに、ハリーはまだ2人きりでいたい、と思い──その感情のままにソフィアの手を取った。

 

 

「一緒に行こう、……駄目かな?」

「──ええ、良いわよ」

 

 

ソフィアは僅かに目を見開いたが、すぐにいつものようににっこりと微笑んだ。

ハリーの胸を何とも言えぬ満足感と幸福感が打ち付ける、そのまま、ハリーはソフィアの手を引いて談話室の出入り口である肖像画の裏まで向かった。

残念ながら、肖像画を潜る時に2人の手は離れてしまい、もう一度改めて繋ぐほどの勇気は──流石に、ハリーにはなかった。

 

 

ソフィアとハリーは2人で人気(ひとけ)のない廊下を歩く。途中でほとんど首無しニックからピーブズがこの先に何か仕掛けているようだと忠告を受け、遠回りをしてふくろう小屋へと向かう。なかなかソフィアと2人きりになれないハリーは、安全な道を進むというよりも、少しでも長く2人で過ごせることが嬉しかった。

 

 

「今日はクィディッチの練習なんだ、久しぶりで凄く楽しみだよ!」

「良かったわね、これからロンもいるもの、きっと大変な練習も楽しめるわ!…あーあ、今年がOWLじゃなかったら…私もキーパーの選抜を受けたのに」

「…ソフィアが選手なら良かったのになぁ」

 

 

ハリーは何度かソフィアと同じクィディッチチームとなり、空を駆け巡る様子を想像していた。それは残念ながら現実にはならなかったが、自分のカッコいいところを見せられるまたとないチャンスだったのに、と残念に思っていたのだ。

 

 

「まぁハリー、ロンの前でそれは言っちゃダメよ?」

「勿論、ロンとクィディッチができるのも嬉しいさ!」

「ふふ、わかってるわ。…私も、ハリーと空を飛びたかったわ。──あ、」

 

 

ソフィアはニコニコと楽しそうに笑っていたが、ふと小さな声を上げて足を止める。

ソフィアの足元には管理人であるフィルチの飼い猫のミセス・ノリスが細い尻尾をするり、とソフィアの踝に絡ませていた。

 

 

「まぁ、ミセス・ノリス。どうしたの?」

「にゃあ」

 

 

ミセス・ノリスはランプのように黄色い目をハリーとソフィアに向けると、ハリーにとっては不気味な声で鳴き、そのまますたすたと憂いのウィルフレッドの像の裏へと姿をくらました。

 

 

「僕、何も悪い事をしてないぞ!」

 

 

ハリーはミセス・ノリスの視線と雰囲気に、きっとフィルチに言い付けるつもりだと思い、ミセス・ノリスが消えた方向へ向かって声を投げかける。

しかし、ミセス・ノリスは既に消えてしまった後であり、鳴き声の一つも聞こえなかった。

 

 

「……この時間にふくろう小屋に行くのは、禁止されてなかったよね?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 

ソフィアも少し不安そうにはしたが、何も悪い事はしていない。2人は顔を見合わせ、少し足を早めてふくろう小屋へと急いだ。

 

 

ソフィアとハリーはふくろう小屋に辿り着き、朝日が差し込む明るいふくろう小屋の中に居る何百羽ものふくろうの中からヘドウィグを探した。

少ししてハリーは純白のヘドウィグを見つけ出すと、優しい声でヘドウィグを呼び、足に手紙を括り付ける。

 

表にはスナッフルズと書いてあるが、シリウスに届けるように、とハリーが声を顰めて伝えれば、ヘドウィグは「わかった」と言うようにホウと鳴き、目をパチリと瞬かせる。

 

 

「気をつけて行くんだよ」

 

 

ハリーはガラスのない窓のそばにより、腕に乗せたヘドウィグを外へ向ける。ヘドウィグはハリーの腕を足で一押しすると、銀色の朝日が眩しい空へと飛び立った。

しっかりと届けてくれるだろうか、もし第三者に捕まったら──と、ハリーは不安からヘドウィグの白い体が光に溶けて見えなくなるまで、じっと見つめていた。

 

 

「…ハグリッドは、まだ帰ってきてないわね」

 

 

ソフィアはハリーの隣に並び、ヘドウィグを同じように見送っていたが、ふと、窓から見えるハグリッドの小屋を見て呟く。

カーテンは締め切られていて、煙突には煙も見えない。

 

 

「そうだね…シリウスが教えてくれたら良いんだけど」

 

 

あの手紙で、シリウスがハリーの望むような答えを教えてくれるかどうかは微妙なところだった。ハリーが手紙を書くことに悩んだように、シリウスもまた、書ける内容は決まっている、言いたい事を伝えるのは、難しいだろう。

 

 

「行こうか」

「ええ、お腹すいたわ!」

 

 

暫くハリーは禁じられた森を見ていたが、太陽がかなり高くなっていた事に気づき小屋の出入り口へ向かう。

今日の朝は何を食べようか、と2人は話し合いながら元来た道を戻っていると、廊下を走るぱたぱたと足音が響き、チョウ・チャンが現れた。

 

 

「おはよう、ハリー、ソフィア!早いわね」

「おはようチョウ」

「おはよう、ふくろう小屋に行っていたの、手紙を出すためにね。私はハリーの付き添いよ」

「私もふくろう小屋に行くの!ママの誕生日が今日だって思い出して、これを届けようと思ったの」

 

 

チョウは小包と手紙を持ち上げ、にっこりと笑っていたが、ふと悪戯っぽく目を細めソフィアとハリーを見つめた。

 

 

「付き添い?わざわざ?」

「え?ええ、そうよ」

「あ、それは…」

 

 

ソフィアは何かおかしいだろうかと首を傾げるが、ハリーはぱっと頬を赤らめ視線を逸らす。

それを見ただけでチョウはピンとくるものがあり──そういえば去年のダンスパーティでも2人は踊っていたし、試験でもソフィアは人質に選ばれたと、思い出し──ニヤニヤとした笑みを深めた。

 

 

「…成程……ふふ、何でもないわ!」

 

 

チョウは口元を押さえてニヤニヤと笑うと、すれ違いざまにハリーの肩をぽんと叩き「頑張ってね」と囁くと意味ありげなウィンクを一つ綺麗に溢し、ふくろう小屋へと走っていった。

ソフィアは不思議そうにしていたが、ハリーはなんとなくその笑顔の意味がわかり、視線を彷徨わせ「行こうか、もうお腹ぺこぺこ!」と上擦った声で言い、早足で大広間へと向かった。

 

 

 



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259 心の強さ!

 

 

「おはよう」

「おはよう、ハーマイオニー、ロン」

 

 

ソフィアとハリーは大広間に到着し、ハーマイオニーとロンの前に座った。

やけに明るいハリーの挨拶に、ロンとハーマイオニーは「おはよう」と挨拶を返しながら少々驚く。

 

 

「何でそんなに嬉しそうなんだ?」

「ほら、後でクィディッチができるから…」

 

 

ハリーはクィディッチよりも、ソフィアと少しの時間でも2人きりで過ごせた事が嬉しかったのだが、それをロンにいうのは──ソフィアの前では流石に恥ずかしかった。

ハリーはベーコンエッグの大皿を引き寄せ、自分の皿に沢山盛り付ける。今日はクィディッチの練習がある、しっかり食べないと力が出ないだろう。

 

 

「あなたたちどこに行っていたの?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアに問いかけ、ソフィアはちらりとハリーを見た。ハリーは何も言わずに少し照れたように悪戯っぽく笑うだけであり、きっとまだハーマイオニーとロンには伝えるなという事だろう、と判断すると「朝早くに目覚めて、たまたまハリーと談話室で会ったから、ハグリッドが帰ってきてるか見に行っていたの」と、咄嗟に嘘をついた。

 

ハーマイオニーはソフィアの答えに納得したように頷きながらオートミールを食べ始め、ソフィアも卵サンドを何食わぬ顔でぱくりと食べる。

ハリーは隣でさらりと嘘をついたソフィアに、ほんの僅かに意外だと思った。──ソフィアはどちらかと言うと嘘が苦手だと思っていたが、意外と嘘をつく事も出来るんだ。

 

 

「ねえ、僕と一緒に早めにクィディッチの練習に行ってくれないか?ちょっと…ほら、僕にトレーニング前の練習をさせてほしいんだ。そしたら、ほら、ちょっと勘がつかめるし」

「ああ、いいよ」

 

 

ロンは少々ボソボソと言いにくそうにしながらハリーに聞き、ハリーはすぐに頷いた。

 

 

「あらそんなことダメよ。2人とも本当に宿題が遅れてるじゃない──」

 

 

ハーマイオニーは真剣な顔をして厳しい声で言ったが、「だから、ギリギリまで宿題をしないといけないわ」と続くはずの言葉は途中で途切れた。

朝の郵便が到着し、大広間中に何百というふくろうが現れたのだ。日刊預言者新聞を購読しているハーマイオニーの前にコノハズクが新聞を咥えて現れ、ハーマイオニーはコノハズクから新聞を受け取ると片脚についている革の巾着に1クヌートを押し込んだ。

チャリ、と硬貨が擦れる小さな音を鳴らしながらコノハズクはすぐに飛び立っていく。ハーマイオニーはすぐに新聞の一面記事に目を走らせた。

 

 

「何か面白い記事ある?」

 

 

ロンはこのチャンスを逃すまい、となんとかハーマイオニーの意識を自分たちの宿題の進行状況から逸らすために身を乗り出して新聞を覗き込んだ。

ソフィアとハリーはそんなロンの思考がすぐにわかり、顔を見合わせてくすりと隠れて笑う。

 

 

「何もないわ。妖女シスターズのベース奏者が結婚するゴシップ記事だけよ」

 

 

ハーマイオニーは新聞を広げてその影に埋もれてしまい、見えなくなった。ロンはいつもの彼なら全く興味を示さないだろうに、何かが気になって仕方がない、という顔で隣から新聞を覗き込み続ける。

 

 

「ちょっと待って。──ああ、そんな……シリウス!」

 

 

じっと新聞を見ていたハーマイオニーは突如小さな悲鳴を上げ、ハリーは名付け親の名前とハーマイオニーの様子に一気に顔をこわばらせ「何があったの?」と身を乗り出し新聞を引っ張った。

あまりに乱暴に引っ張ったため新聞は丁度中央でびりびりと裂け、ハーマイオニーとハリーの手に半分ずつ残った。

 

 

「『魔法省は信頼できる筋からの情報を入手した。シリウス・ブラック、悪名高い大量殺人鬼は──現在ロンドンに潜伏している!』」

 

ハーマイオニーは心配そうに声を顰め、自分の手に残っていた記事を読んだ。

その内容にソフィアとロンは一気に顔を歪め、ハーマイオニーと同じく心配そうにハリーを見る。

 

 

「ルシウス・マルフォイ…絶対そうだ。プラットホームでシリウスを見破ったんだ…」

 

 

ハリーが唸るように低い声で呟く。新聞を持つ手に力が篭り、微かに震えている。かなりの怒りにソフィア達は慰めの言葉も、それを否定する事も何も言うことが出来なかった。

 

 

「…『魔法省は、魔法界に警戒を呼びかけている。ブラックは非常に危険で……13人も殺し……アズカバンを脱獄』──いつものくだらないやつだわ」

 

 

ハーマイオニーは続きを読んだ後、新聞を片割れを下に置き、怯えたような目でソフィア達を見る。もしハリーの言う通り、あの犬をルシウス・マルフォイが目撃してシリウスのアニメーガスの姿だと結びつけているとしたら──。考えるだけで、背中に嫌な汗が流れる。

 

 

「つまり、シリウスはもう二度とあの家を離れちゃいけない。そういうことよ。ダンブルドアはちゃんとシリウスに警告してたわ」

「そうよね…流石に危険だわ。…出たいのなら、誰か他の人に変装すればいいのに…ポリジュース薬を使うとか…」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは声を顰めて囁き合う。

ハリーは先程までソフィアと過ごした幸せな気持ちがすっかりと萎えてしまい塞ぎ込み、破り取った新聞の片割れを見下ろした。

ページの大部分は広告であり、マダム・マルキンの洋装店がセールをやっているらしい。そのまま、次の記事を読んでいたハリーはハッと目を見開き大声を上げた。

 

 

「えっ!これ見てよ!」

 

 

ハリーは向かい側に座っているロンとハーマイオニーが見えるように新聞を机の上に広げて置いた。目に飛び込んできたのは洋装店のセールの広告であり、ロンは眉間に皺を寄せ「僕、ローブは間に合ってるよ」と呟く。

 

 

「違うよ、見て、この小さい記事……」

 

 

ソフィア達は顔を寄せ合い新聞に覆い被さるようにしてハリーが指差す先の、小さな6行程度の記事を読んだ。それは、隠されるように1番下に記載されており、隈無く読まなければきっと気づかないだろう。

 

 

それは、魔法省の侵入事件についての記事であり、スタージス・ポドモアが午前1時に最高機密の部屋に押し入ろうとしているところを警備員に捕まり有罪になり、アズカバンで六ヶ月収監される事となった、という記事だ。

 

「スタージス・ポドモアって……確か、騎士団の人よね?」

 

 

ソフィアは記憶を辿るように静かに呟き、ハーマイオニーもすぐに思い出し頷いた。

 

 

「アズカバンに6ヶ月!部屋に入ろうとしただけで!」

「馬鹿なこと言わないで。単に部屋に入ろうとしただけじゃないわ。魔法省で、真夜中の1時に一体何をしていたのかしら?」

 

 

ただ部屋に入ろうとしただけで半年もアズカバンに入らなければならないなんて、とショックを受けるハリーに、ハーマイオニーはきっぱりと──だが、声はなるべく顰めて──囁いた。

 

 

「騎士団の事で何かしていたんだと思うか?」

「ちょっと待って……スタージスは僕たちを見送りに来るはずだった。覚えているかい?」

 

 

ハリーの言葉に、ソフィア達は硬い表情で頷いた。

 

 

「確か…キングズ・クロスに行く護衛隊だったわよね?時間になっても来ないってムーディが凄く苛々してたわ。モリーさんと言い合ってたもの」

「そうなんだ、だからスタージスが騎士団の仕事をしていたはずがない、そうだろ?」

 

 

ソフィアの言葉をハリーが引き継ぎ、ハーマイオニーも神妙な顔で「多分、騎士団はスタージスが捕まると思ってなかったんだわ」と頷いた。

 

 

「ハメられたのかも!いや──わかったぞ!」

 

 

暫く黙っていたロンが大声をあげ指をパチンと叩いた。途端にハーマイオニーが強くロンを睨み、肘で腕を押し「シーッ!」と静かに話すように告げる。すぐにロンは声量をがくんと下げ、小声で話したがその声はかなり興奮して早口になっていた。

 

 

「魔法省はスタージスがダンブルドア一味じゃないかと疑った。それで──わかんないけど──連中がスタージスを魔法省に誘い込んだ。スタージスは部屋に押し入ろうとしたわけじゃないんだ、魔法省がスタージスを捕まえるのに、何かでっちあげたんだ!」

 

 

ソフィア達は暫く黙ってロンの推理を考えた。ハリーはそんな事あり得るだろうか、と思ったがハーマイオニーとソフィアはかなり感心したような顔で大きく頷く。

 

 

「納得できるわ。その通りかもしれない」

「…問題は、本来なら無事に帰る事が可能だったはずの任務だったのか、それとも任務外でスタージスが個人的な理由で魔法省に向かったのか……と言うことね」

 

 

ソフィアの言葉に、ハーマイオニーは難しい顔をして考え込んでいたが、ハリーとロンはその差になんの意味があるのかと顔を見合わせて首を傾げる。

ハーマイオニーは考え込みながら手にしていた新聞の片割れを折りたたんでいたが、ハリーがナイフとフォークを置いたとき、ふと我に帰ったかのように手を叩いた。

 

 

「さあ、それじゃスプラウト先生の『自然に施肥する灌木』のレポートから始めましょうか。上手くいけば昼食前にマクゴナガル先生の『無生物出現呪文』に取り掛かれるかもしれないわ」

 

 

今ここで自分たちが考え込んでいてもきっと答えは分からずモヤモヤするだけだ。それなら本来の本分に取り組むべきだろう、とハーマイオニーは思ったのだが、ロンとハリーは顔を見合わせて肩をすくめた。

 

 

「宿題は今夜やるよ。それよりクィディッチの練習をしないと…なぁ、ハリー?」

「そうだね…ほら、長いことファイアボルトに乗ってないし…」

「まぁ!そんな……私はノートを見せないわよ!?」

 

 

ハリーとロンはデザートを食べることなく立ち上がると口々に言い訳を言い立ち上がる。

その言葉を聞いた瞬間ハーマイオニーは目を吊り上げ更に「2人ともOWLに落ちるわよ」と低い声で畳み掛けるように警告したが、ハリーとロンは聞こえないフリをして足速に大広間の扉へ向かった。

 

 

「──もう!私は2人の事を思って言ってるのに!」

 

 

ハーマイオニーは怒りながらかぼちゃジュースの入ったゴブレットを掴み、一気に飲み干した。空になったゴブレットを机の上に叩きつけ、ガチャン、と食器が悲鳴を上げる中、ソフィアはハーマイオニーの気持ちも、ハリーとロンの気持ちもわかったため何も言わず苦笑するだけに留めた。

 

 

「ソフィアは、宿題をするわよね」

 

 

疑問文ではない有無を言わさぬハーマイオニーの言葉に、本当は練習の様子を見に行こうと思っていたソフィアだったが──。

 

 

「ええ、勿論よ」

 

 

と、少し引き攣った笑顔で頷いた。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーは一度図書館へと向い、レポートの参考になりそうな本を数冊借りてグリフィンドールの談話室へと戻った。

 

昼食前に一度宿題の手を止め大広間に向かう。美味しい昼食も食べ、宿題の終わりも見えかけていた事からハーマイオニーの機嫌は落ち着いていたが、ハリーとロンが現れた事に気付くと収まりかけていた怒りが蘇り、機嫌がまた急降下し、ツンと口を尖らせソフィアを置いて1人で談話室に戻ってしまった。

 

ハリーとロンは少し気まずく思ったが、クィディッチの練習は楽しくとても充実していたためこの時間は決して無駄ではない、宿題を終わらせる事よりも優先順位の高い事だったのだ、と自分を言い聞かせながらソフィアの近くに座った。

 

 

「練習はどうだったの?」

「ロン、凄く上手なんだよ!僕のシュートの4分の3はブロックしたし、練習すればするほど調子が良くなってたよ、なぁロン?」

「うん、僕も──うん、自分でも、最後の動きはなかなか良かったと思う」

 

 

朝の不安な表情はさっぱりと消え、確かな自信を覗かせるロンにソフィアは「凄いわ!練習して良かったわね!」と素直に賞賛した。

 

 

「この後クィディッチチーム全員で練習でしょう?疲れてない?」

「大丈夫さ、今からたくさん食べるから!」

 

 

ロンは空腹の腹を撫でながら大きなチキンパイを手で掴み、大きな口を開けて頬張る。

ハリーも途端に空腹を思い出し、近くにある太いソーセージが山盛り入った大皿を引き寄せた。

 

 

「なら良かった、2人とも頑張ってね!」

「昼からの練習、見にこない?」

 

 

立ち上がったソフィアにハリーが期待を込めて聞いたが、ソフィアは肩をすくめて残念そうに苦笑した。

 

 

「ごめんなさい。ハーマイオニーが拗ねちゃうわ。…それに、宿題を終えないと……あなた達を手伝えないでしょう?」

 

 

ソフィアは声を顰めて悪戯っぽく笑うと、ハリーとロンに手を振り大広間の扉へと向かう。

もぐもぐとチキンパイを食べながらソフィアを見送ったロンは、ごくん、と飲み込むと大きくため息をついた。

 

 

「ソフィアって、ほんといい奴だよな」

「…うん……本当だよね」

 

 

ハリーはソフィアが消えた扉をぼんやりと見つめ、こくこくと何度も頷いた。

 

 

 

 

人の少ない談話室でハーマイオニーとソフィア2人が本を読みながら順調に宿題を終わらせていると、クィディッチの練習が終わったのかハリーとロンが肖像画の穴を通って談話室に戻ってきた。

好きなクィディッチの練習をしたとは思えない程の落ち込んだ表情と、何より想像以上に早く帰ってきた事から何かあったのだろう、とソフィアは察した。

 

 

「練習はどうだった?」

 

 

ハーマイオニーはハリーとロンを見て、かなり冷たい声で聞く。

 

 

「練習は──」

「めちゃめちゃさ」

 

 

ハリーが先に言いかけたが、ロンは自分から虚な声で言うとハーマイオニーの隣にドサッと腰掛ける。

あまりの落ち込んだ様子に、ハーマイオニーの冷淡さは少し和らぎ、慰めるために気遣うように柔らかい目でロンを見る。

 

 

「そりゃ、初めての練習じゃない。時間がかかるわよ、そのうち──」

「めちゃめちゃにしたのが僕だなんて言ったか?」

 

 

ハーマイオニーは慰めるつもりだったが、ロンはカッとしてハーマイオニーの言葉に噛み付く。

 

練習は散々だった。朝の個人練習では上手く動けたが、昼からの本番練習では全く上手く飛ぶ事が出来ずミスを連発し、見学に来ていたスリザリン生が野次を飛ばし腹を抱えて笑い馬鹿にするたびにさらに焦ってしまい、頭の奥がじりじりと熱くなるような恥ずかしさと悔しさと不甲斐なさに押しつぶされそうになった。

上手くやらなければ、そう思うたびにまた動きがぎこちなくなり、必死になり、笑われ、野次を飛ばされ──悪循環に陥り、ロンは自分でも全く上手くできなかったことはわかっていた。

 

つまり、これは八つ当たりだった。

 

 

「そんな事言わないわ、ただ、私──」

「ただ、君は、僕が絶対ヘボだって思ったんだろう?」

「違うわ!そんな事思わないわ!ただ、あなたがめちゃくちゃだってって言うから、それで──」

 

 

ハーマイオニーは必死に弁解するが、頭の中が悔しさや不甲斐なさでぐちゃぐちゃになってしまったロンは聞き入れる事ができず、煩わしそうに首を振った。

 

 

「僕、宿題を──」

「ロン!」

 

 

バシン、と強い音がロンの言葉を遮った。

「宿題をやる」そう言うつもりで腰を浮かせかけていたロンはいきなりソフィアが分厚い教科書を机に叩きつけた驚きで目を丸くして言葉を飲む。

ロンだけでなく、狼狽えていたハーマイオニーも、どうしたものかと見守っていたハリーもまた驚いたようにソフィアを見た。

 

 

「……ロン、ちょっと落ち着いて」

 

 

ソフィアはポケットを探り、勉強に疲れた時に食べるために常備しているヌガーを取り出し、包みを開くと無理矢理ロンの口の中に押し込んだ。

 

 

「むぐっ──」

 

 

口の中に広がる甘い味とソフィアの静かな視線に、ロンはすとん、と力が抜けたようにもう一度座り込む。

いや、たしかに今まで肩や拳に無意識のうちに力がこもっていた。その力がふっと抜けたロンはもぐもぐと黙ってヌガーを噛み、虚な目でソフィアを見る。

 

 

「朝の練習では上手くいったんでしょう?」

「……きっと、まぐれだったんだ」

「そうかしら?まぐれでどうにかなるものではないわ。クィディッチの練習で何が大切かわかる?──さあ、ハリー?」

「えっ?えーと…練習して、ミスがあれば正す事……」

「そうね。練習して、反省して、正して、何度も練習して──を繰り返すのよ。…朝の練習では何度もしていくうちに調子が上がったんでしょう?でも、あなたの様子を見る限り上手くいかなかった。私は練習を見ていないしキャプテンでもないわ。でも、何があったのかを客観的に聞いて、アドバイスくらいはできるわよ。だってクィディッチ大好きだもの!」

 

 

ロンは無言でヌガーを噛んでいたが、少し冷静さを取り戻し、情けない顔をして視線を下に下げたままぽつぽつと話し始めた。

 

 

「…僕、上がっちゃった。…スリザリンの奴らが見学に来てて……野次が凄くて…ミスするたびに…わ、笑われて……」

 

 

ハーマイオニーとソフィアはその小さな呟きを聞いて、何があったのかをすぐ理解した。今までも何度かハリーの練習を見にいっていたが、そのたびにスリザリン生は大声で野次を飛ばし選手達の心を乱して練習を邪魔するのだ。

 

 

「成程ね。…他には?」

「……パスする練習の時に、クァッフルを捕まえようとしたけど上手くできなくて…急降下して、体勢を立て直す時に…もたついた」

「それで?」

「…キーパーなのに、上手く守れなくて……アンジェリーナに僕だけ何度も注意されて……スリザリン生には笑われるし…」

「それで?」

「……それで、…ケイティが酷い鼻血を出して医務室に行ったから……練習は終わったんだ」

 

 

ロンの声は徐々に小さくなり、最後の方は掠れるような声だったがソフィアとハーマイオニーは真剣な顔をして聞いていた。ハリーは失敗をもう一度思い出させるなんて、少し酷いのではないかと困惑しながらソフィアを見たが、ソフィアはロンを見つめ続けハリーの視線には気づかない。

 

 

「アンジェリーナはキャプテンだもの、初めてチームに参加したロンをしっかり見るわ。それに、あなたに強い選手になってほしいと考えてる筈よ、だから動きが悪ければ注意をするわ。……アンジェリーナの注意は間違いだった?受け入れられない事?」

「……ううん、正しい…」

「なら、いいじゃない。ロン、あなたが次までに気をつけなければいけないことはしっかりと分かったんでしょう?」

「……」

「それにね、アンジェリーナはあなたに期待しているから、上手くなって欲しいから、注意をするのよ。何にも言われなくなったら──見捨てられたらそれこそ終わりだわ」

 

 

ソフィアの静かな言葉に、ロンは目元と鼻の奥がツンと痛むのを感じた。

俯いていた顔をあげ、ロンはソフィアを見る。ソフィアは真剣な顔をふっと緩めると手を伸ばし優しくロンの肩を叩く。

ロンはそのままハーマイオニーとハリーを見た。彼らもまた、ソフィアのように優しい顔をして頷いていた。

 

 

「せっかく選手になったのよ。あなたはあなた自身の力で合格したの。他の誰でもないわ。今日の動きで反省するところはしっかりして、沢山練習して、本番に活かせばいいわ。そのための練習でしょう?」

「…ソフィア……、っ…」

 

 

ロンは言葉に詰まり、また俯いてしまう。

ハーマイオニーはそっと慰めるようにロンの背中を撫でた。その背中に触れる瞬間、一瞬振り払われないだろうか──と思ったが、ロンはハーマイオニーの優しい慰めを、今度はしっかりと受け入れた。

 

 

「ご──ごめん、僕、ハーマイオニー……八つ当たりだった、むしゃくしゃ、して」

 

 

言葉を途切れさせながら言うロンに、ハーマイオニーは首を振り「分かってるわ」と彼女にしてはとても優しい声で囁いた。

 

 

「ロン、あなたは野次に慣れてないもの。心が乱されてミスをするのは当然よ」

「…そうだよ、ロン。スリザリンの奴らの言葉なんて気にするな。むしろ、毎回聞いてたらバリエーションの無さに笑えてくるからさ」

「ハーマイオニー……ハリー……」

「空を飛んでいない人の野次なんて無視しなさい。スリザリンの奴らはきっとあなたに素晴らしい選手になって欲しくないから潰そうとしているのよ!逆に考えれば…スリザリン生はあなたが脅威だと思ってるのかもしれないわ」

「……僕が?脅威?」

「そうよ、ロン!だってあなたは新しい選手だもの。能力は未知数でしょう?スリザリンの奴らの鼻を明かすチャンスだわ!ソフィアの言う通り、練習と反省あるのみよ!……まぁ、宿題も少しはしないといけないと、私は思うけどね」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ロンは小さく笑った。

ロンはバシン!と強く自分の頬を両手で叩くと今まで虚だった目に確かなやる気を見せ、ソフィアとハーマイオニーとハリーを見回し、大きく頷いた。

 

 

「うん──うん!僕、今日の反省点をまとめる。それで、アンジェリーナにも、他に気になった事が無かった聞きにいく。練習見てもらえるかも…頼んでみるし、個人練習もいっぱいする。スリザリンの奴らの野次も…うん、気にしない。無視する。──だから……ハリー、また練習に付き合ってくれるかい?」

「勿論だよ!」

 

 

ハリーは大きく頷きにっこりと笑う。

ロンも先ほどの落ち込みと苛立ちが嘘のようににっこりと笑い返し、さっぱりとした清々しい表情で「羊皮紙を取ってくる!」と言い男子寮へ向かった。

 

 

「…ソフィア、きみって本当凄いね…ありがとう、本当に……」

 

 

ハリーは初めはどうなる事かと思い、ソフィアの言葉に困惑していたが、こうもいい方向にいくとは思わず、心の底から感謝した。

 

 

「いいのよ。ロンは実力はあるんでしょう?……メンタルの問題なのよ、練習を重ねて自信がつく前にスリザリン生はロンを潰したかったんだと思うの。でもそんなの酷いじゃない?そのためには冷静になって、無視できる心を持つしかない。でも、それはロンには難しいわ。ロンが周りをすごく気にするのは知ってるでしょう?

その時の心の状態がキーパーとしての動きに強く影響するのなら、こっちは応援と励ましでロンの気分を盛り上げないとダメなの。野次を馬鹿馬鹿しいと思えるまではね」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは感心したように頷き、尊敬の眼差しで見つめた。

 

 

「ソフィア、あなたって……やっぱりカウンセラーに向いてるんじゃない?」

「ふふっ、そうかしら?──ほら、ややこしい性格の人が多いから」

 

 

ソフィアが含みを持たせて言えば、ハーマイオニーはセブルス・スネイプの事を思い出し──たしかにあの人の娘ならば、人の心を読み解き受け止め包み込むような性格になり、人が何よりも望んでいる言葉をかけられるようになってもおかしくはない、と思った。

 

 

その後、戻ってきたロンはハリーにも今日の練習を見てどう思ったかを聞き、ハリーのアドバイスに真剣に耳を傾けて反省点を見つめ直した。

ケイティの見舞いを終えてアンジェリーナが談話室に入って来ればすぐに駆け寄り、今日の動きは自分でも悪かったと分かっている事、スリザリン生の野次と嘲笑で心が乱された事を正直に告げ、次までには立て直すと真剣に訴えた。

 

それを聞いたアンジェリーナは正直なところ、ロンをこれからもキーパーとして使っていいのかと不安に思っていたが──とりあえず、ロンのやる気は認め、受け止めた。

 

 

「厳しいことも言うと思うわ。私はキャプテンだから。──でも、ついてきなさい、ロン」

 

 

アンジェリーナの言葉に、ロンは強く頷く。

 

 

今日ばかりはロンとハリーは全く宿題に手をつけなかったが、ハーマイオニーは何も言わなかった。

 

 



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260 危険を冒しても!

 

 

 

日曜、ハリーとロンは今までのツケを払わなければならない時が来た。

全く宿題に触れていなかった2人は朝早くから談話室の暖炉前の1番心地よいソファを陣取り沢山の本を机に山のように積み重ね、幾つもの宿題を唸りながら片付けていく。

 

 

「この本を読んでみて、肥料について詳しく書いてあるわ」

 

 

時々ソフィアが宿題の進み具合をチェックし、躓いている箇所に気付くと的確なヒントを与えた。ハリーとロンは本音を言えば完成した宿題を見せて欲しかったが、流石の優しいソフィアであってもそれは良しとしなかった。

 

ソフィアとハーマイオニーは談話室でジニー達と楽しくお喋りに花を咲かせながら日曜日を満喫する。談話室の一角で呪詛のようにうんうん唸っている声が大きくなればハーマイオニーかソフィアが宿題を覗き込み、ヒントを与え、宿題の間違いを訂正する。

ハリーとロンはこんな量の宿題が終わるわけがない、と窓の外が暗くなるにつれ思い、じわじわとした焦燥感が脳の後ろを痺れさせた。

長時間机に齧り付いている2人の集中力は最早限界に近く、書き間違いが頻発し、さらに頭痛までしてきた。

 

 

「ねぇ……ソフィアに、やり終えた宿題、ちょっと見せてくれないかってもう一度頼んでみない?」

 

 

ロンは少し充血した目を擦り、書き損じたレポートを暖炉の火の中に投げ入れながら声を顰めてハリーに言う。

ハリーはちらり、と離れたソファに座りハーマイオニーとジニーと楽しげに話しているソフィアを見た。ハーマイオニーの前では宙に浮いた2本の編み棒が形のはっきりとしないハウスエルフの靴下を編み上げていた。──楽しげに話すハーマイオニーはまだ寝るつもりは無いらしい。

 

 

「ハーマイオニーがいる限り、無理だね」

「あぁあ……ねぇ、僕の手首折れてない?」

 

 

ロンは羽ペンを放り出すと右手首を揉みながらぷらぷらと軽く揺らす。ハリーも手首の突き刺すような痛みに大きくため息をつきながら羽ペンを机に置いた。

 

 

「大丈夫、折れてないよ」

「……今なら手首の骨を抜いてもいいかもな」

「ああ、骨生え薬を飲めば目だって冴えるしね」

 

 

ニヤリと笑ったロンに、ハリーも同じように笑い返す。

ソフィアから勉強のお供として置かれていたヌガーを口の中に放り込み、ぐっと伸びをした2人は時計を見て、今日は徹夜かもしれない。と憂鬱な気持ちになった。

 

それからも2人は脳をフル回転させなんとか知識を捻り出し羊皮紙に向き合う。夜が深まるにつれ、談話室から少しずつ人が減り、時計が夜の11時半を指した時には、ついにハリーとロン、ハーマイオニーとソフィアだけになった。

 

 

「もうすぐ終わる?」

「君が手伝ってくれても無理だ」

 

 

ハーマイオニーが欠伸を噛み殺しながらロンの隣に座り、まだ終わっていない天文学のレポートを見た。

 

 

「木星の1番大きな月はガニメデよ。カリストじゃないわ。それに、火山があるのはイオよ」

「え?どこ?」

「もう……ここよ、ここ」

 

 

ハーマイオニーは身を乗り出すと、指の先で間違っている箇所をトントンと叩く。ロンは眉を寄せながら新しい羊皮紙を取り出し、荒れた文字だったが、きちんと言われたところを訂正したレポートを書き始めた。

 

 

「ハリー、土星の惑星の綴りが間違ってるわ。それじゃあタイタンじゃなくてタイターよ」

「あー……本当だ、誤魔化せないかな……」

 

 

ソフィアはハリーの隣に座り、ハーマイオニーと同じようにレポートに目を通し間違っている箇所を伝える。

もうレポートは最後の方まで書いてしまった。また新しく書き連ねるのは気が進まず、ハリーはなんとか綴りを誤魔化せないかと羊皮紙に顔を近づけ慎重にわずかなスペースに文字を書き込んだ。

 

 

「あ、ロン──」

「まだ間違ってる箇所があるのか!?もういいよ、このまま出すしかない、いつまで経っても終わらない!」

「違うわ、ほら見て!」

 

 

ロンは途中まで書き進めていたが、また何処かで間違ってしまったのかと唸りながら頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。

しかしハーマイオニーはロンのレポートを見ずに、1番近くの窓を指差した。

 

ハリーとロンとソフィアは同時に示される先を見る。そこにはきちんとしたコノハズクが窓枠に止まり、部屋の中にいるロンをじっと見つめていた。

 

 

「ヘルメスじゃない?」

 

 

ハーマイオニーが驚いたように言い、ロンは「ひぇー!本当だ!」と小声で叫ぶと羽ペンを放り出し立ち上がった。

 

 

「ヘルメス?」

 

 

見慣れないコノハズクにソフィアは首を傾げるが、すぐにロンが信じられない、というようにコノハズクをじろじろと見ながら「パーシーのコノハズクなんだ」と答えた。

 

 

「でも、パーシーがなんで僕に手紙なんか…?」

 

 

ロンは不思議そうに呟き、窓際に行き窓を開ける。ヘルメスがすう、と談話室の中に飛び込み、ロンのレポートの上に着地すると片脚を上げた。

片脚には手紙がくくりつけられていて、ロンが手紙を外すとすぐにヘルメスは飛び上がり、殆ど音を立てずに夜の中へ消えてしまった。

 

 

「間違いなくパーシーの筆跡だ」

 

 

ロンは椅子に戻り、深く腰掛けて巻紙の宛名書き見つめながら言った。今までパーシーから手紙が送られてくる事なんてほとんど無い。それに、パーシーは彼が尊敬する人を信じて魔法省側につき、両親とダンブルドアを侮辱し家を飛び出しているのだ。そんなパーシーが、何故自分に手紙を寄越したのか──ロンは検討もつかず、首を傾げた。

 

 

「どういうことだと思う?」

「開けてみて!」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは待ち切れないというように言い、ハリーとソフィアも頷いた。

ロンは巻紙を開いて読み出したが、先に進むほどに表情は強張り険しくなる。

ソフィアとハリーとハーマイオニーは顔を見合わせ、どうやらあまり良くないことが書いてあるようだ、と思ったが、流石に無遠慮に覗き込む事はしなかった。

 

手紙を読み終わったロンは口をぎゅっと結び辟易とした顔でソフィア達に手紙を突き出す。3人は机の上に置いてあったレポートや教科書をぐいっと端に寄せ、空いたスペースに手紙を広げ、顔を寄せ合わせて一緒に読んだ。

 

 

パーシーからの手紙の内容は──ロンのその表情が全てを物語っていた。

監督生就任を喜び、褒める文章だけはやや上から目線の肯定的なものだったが、その後に続く文字は到底受け入れられるものではない。

今後の輝かしい未来のために、ハリーとの繋がりを断ち切ることを何度も文章を変えて書かれていた。

親友を侮辱する言葉の羅列に、ロンは胸の奥がぐらぐらと煮えるような怒りを覚え、ぐっと奥歯を噛み締めていないと何かが爆発してしまいそうだった。

 

全てを読み終えたハリーは、ふっと薄く笑いロンを見る。

 

 

「さあ、もし君が──えーっと──なんだっけ?……ああ、そうそう──僕との繋がりを断ち切るつもりでも、僕は暴力は振わないと誓うよ」

 

 

笑ってしまうほど馬鹿馬鹿しい内容に、ハリーは「ハ、」と小さく嘲笑する。

ロンは唇を結んでいたが、みるみるうちに顔が燃えるような怒りで赤くなり、机の上に置いてある手紙を乱暴な手つきで掴む。

 

 

「あいつは──」ロンは手紙を半分に破いた。

「世界中で──」そのまま、四つに破いた。

「一番の──」八つに破いた。

「大馬鹿野郎だ!!」

 

 

怒りで声を震わせながら手紙を破いたロンは、そのまま勢いよく暖炉の中にばらばらになった手紙を投げ入れる。

肩で息をする程の激しい怒りと──そして、僅かな狼狽と悲しみに、ソフィア達は何も言えずロンを心配そうに見つめた。

 

どしん、と椅子に座ったロンは両手で顔を覆い、身体中のモヤモヤとした気持ち全てを吐き出すような大きく長いため息を一つ吐き出すと、ぱたん、と力なく手を脚の上に下ろした。

 

 

「……さあ、夜明け前にこいつをやっつけなきゃ」

 

 

ロンは天文学のレポートを再び手元に引き寄せながら軽い口調でハリー達に言った。

何でもない風を取り繕おうとするロンに、ソフィア達は何も言わずにただ頷く。

 

止まりかけていた宿題の手を再開させたハリーとロンを横目に、ハーマイオニーとソフィアは終わっているレポートのチェックをする。

 

 

真夜中を過ぎ、暖炉の炎が爆ぜる音と、ソフィアとハーマイオニーがレポートを確認しつつ参考書を捲る微かな音が響く中、ハリーとロンは黙り込んだまま椅子に深く腰掛けていた。

ハリーは長時間宿題と向き合った疲労感とは別の、体内の奥で何かが暴れているかのような嘔吐感を感じていた。その原因は、今暖炉の火の中でチリチリと燃えている手紙にある事は間違いないだろう。

 

今、ホグワーツでは過半数以上の生徒が自分のことを嘘吐きで気狂いの目立ちたがり屋だと思っている。日刊預言者新聞では毎日のように中傷され、廊下ですれ違う時にはあからさまにヒソヒソと小声で囁かれ避けられる。

自分の立場は知っていたが、それでもパーシーの手書きの中傷を見ると、どうしても胸が痛み気が沈んだ。

パーシーは自分の事を知らない赤の他人では無い、少なくとも4年間の付き合いがあり、夏休みには家に遊びに行っていたし、クィディッチ・ワールドカップでは同じテントに泊まった。去年の三校対抗試合では二番目の課題でパーシーから満点さえもらった。

──それなのに、パーシーは僕のことを情緒不安定で暴力を振るうかもしれないと思っている。

 

急に、ハリーはシリウスの事を哀れに思う感情が込み上がってきた。今の自分の気持ちを本当に理解できるのは、似た境遇であるシリウスしかいない。シリウスは、誰からも信じられず中傷されていた、魔法界の殆ど全ての人がシリウスを信じずヴォルデモートの強力な支持者だと思い込んでいた。そんな誤解に、彼は14年もたった一人で耐えていたのだ。

 

シリウスの事を思いながら暖炉を見ていたハリーは、目を瞬く。

一瞬、その炎がシリウスの顔を形取ったように見えたのだ。──馬鹿な、あり得ない。シリウスの事を考えていたからだ。

 

そう思ったが、胸が奇妙にドキドキと脈打ち、ハリーは身を起こしてじっと炎を見つめた。

 

 

「オーケー、清書して。それから、私が書いた結論に書き換えて」

 

 

長い時間ロンのレポートを見ていたハーマイオニーが自分が書いた羊皮紙をロンに手渡す。疲労感から半分寝かけていたロンは薄く開いた口から垂れかけていた涎をぐいっと拭くと微かに微笑みそのレポートを受け取った。

 

 

「ハーマイオニー、君って本当に、今まで僕が出会った中で最高の人だ。もし、僕が再び君に酷い事を言ったら──」

「──そしたらあなたが正常に戻ったと思うわ」

 

 

ハーマイオニーは机の上にあるヌガーを手に取り口の中に放り込みながら軽く笑った。

 

 

「ハリー、レポートの訂正は無いわ。これなら大丈夫だと思うの。もう少し深く掘り下げて書いてもいいけどそんな時間はなさそうだし……──ハリー?」

 

 

ハリーのレポートの確認が終わったソフィアは怪訝な声でハリーの名を呼んだ。ハリーは椅子から床に滑り降り、両膝をついて暖炉の前にあるマットに四つん這いになり食い入りながら炎を見つめ出したのだ。

ソフィアとロンとハーマイオニーはいきなりのハリーの奇行に怪訝な顔をし、どうしたのかと顔を見合わせる。

 

 

「あー……ハリー?なんでそんなところにいるんだい?」

「たった今、シリウスの顔が火の中に見えたんだ」

 

 

ハリーはロンの疑問に冷静な声で答えた。

去年もこの暖炉の火に現れたシリウスの頭と話をしている。しかし、今度は本当にシリウスの顔だったのか、幻覚だったのかは自信がない。瞬きほどの一瞬しか、見ることができなかったからだ。

 

 

「シリウスの顔?──でも、今は……あっ!」

 

 

ソフィアが火を見つめて息を呑んだ。

ハーマイオニーとロンも、火の中に見間違えではなく見えたその顔に、唖然として口を開く。

ちらちらと踊る炎の真ん中にシリウスの首かは上が現れ、黒い黒髪に縁取られた顔はにっこりと笑みの形をつくっていた。

 

 

「みんなが居なくなるより前に、君たちが寝室に行ってしまうんじゃないかって思い始めたところだった。1時間ごとに様子を見ていたんだ」

「1時間ごとにあらわれていたの?」

 

 

ハリーが半分笑いながら聞けば、シリウスはニヤリと悪戯っぽく笑い「ほんの数秒だけ、安全かどうか確認するためにな」と言う。

 

 

「誰にも見られなかった?」

 

 

ソフィアはハリーの後ろからシリウスを覗き見て心配そうに言う。今ここにいるのは自分達だけだが、いつ寝室から他の生徒が降りてくるとは限らない。ハーマイオニーもそれを心配しているのだろう、ちらちらと寝室へと続く階段を見ながら不安げに眉を寄せた。

 

 

「まぁ、女の子が1人……ちらりと見たかもしれない。──だが心配しなくていい。その子がもう一度見た時には俺はもう消えていたからな、変な形をした炎だと思ったに違いないさ」

 

 

ハーマイオニーがあっと手をで口を覆い、不安げで批難的な目でシリウスを見下ろしたため、慌ててシリウスが付け加える。

 

 

「でも、シリウス、こんな危険を冒して──」

「君、モリーみたいだな。ハリーの手紙に暗号を使わずに答えるにはこれしかなかった。暗号は破られる可能性がある」

 

 

心配ゆえに口うるさく言ってしまうハーマイオニーに、シリウスは苦々しく呟く。

ハリーの手紙、という言葉を聞いた途端ハーマイオニーとロンは勢いよくハリーを見た。

そういえば、あの後ロンのクィディッチや宿題にばかり意識がいってしまい、シリウスへ手紙を送った事を2人に伝えるのをすっかりと忘れていた事をハリーは思い出した。

 

 

「シリウスに手紙を書いたこと、言わなかったわね」

「忘れてたんだ。──そんな目で僕を見ないでくれよハーマイオニー。あの手紙からは誰も秘密の情報なんて読み取れやしない。そうだよねシリウス?」

「ああ、あの手紙はとても上手かった。とにかく、邪魔が入らないうちに急いだ方がいい──君の傷痕だが……」

「それが何か──?」

 

 

ロンがシリウスの言葉をつい遮ってしまったが、ハーマイオニーがロンの腕の服を掴み首を振った。今は黙って全てを聞くべき、だろう。

 

 

「痛むのはいい気持ちじゃない事はよくわかる。しかし、それほど深刻になる必要はないと思う。去年はずっと痛みが続いていたんだろう?」

「うん。それにダンブルドアは、ヴォルデモートが強い感情を持った時に必ず痛むと言っていた。だから、わかんないけど、たぶん、あの罰則を受けていたあの夜、あいつが本当に怒っていたとかじゃないかな」

 

 

ヴォルデモート、という言葉にソフィアとロンとハーマイオニーはぎくりと肩を震わせ顔を硬らせたが、いつものようにハリーは無視をした。

 

 

「そうだな。あいつが戻ってきたからにはもっと頻繁に痛むようになるかもしれない」

「それじゃ、罰則を受けていたとき。アンブリッジが僕に触れたことは関係がないと思う?」

「ないと思うな。アンブリッジの事は噂でしか知らないが、死喰い人ではない事は確かだ──」

 

 

シリウスはハリーの悩みをキッパリと否定する。

 

 

「でも、死喰い人並みにひどいやつだ」

「そうだな。──だけどなハリー、世の中は善人と死喰い人の二つに分かれるわけじゃない」

 

 

アンブリッジの事を思って怒りを滲ませ苦々しい表情をするハリー達を見てシリウスは苦笑する。

世の中は善人と死喰い人だけではなく、死喰い人では無いからといって、善人ではない。

それはハリーにもよくわかる事だったが、だとしてもアンブリッジは間違いなく悪い魔女だろう。

 

 

「あの女は確かに嫌なやつだ。リーマスがあの女の事を何と言ってるか聞かせたいな」

「リーマスと何かあったの?」

 

 

苦笑するシリウスの言葉にすかさずハリーが反応する。アンブリッジが最初の授業でリーマスの事を危険な半獣だと言っていた事をハリーは勿論覚えていた。

 

 

「いや、しかし2年前に反人狼法を起草したのはあの女だ。それでリーマスは就職が殆ど不可能になった」

 

 

苦々しく告げるシリウスに、ハリーは一層アンブリッジのことが嫌いになった。

ハリーだけではなく、ソフィア達も気難しい顔をして黙り込んでしまう。

 

 

シリウスはアンブリッジが半獣を怖がり、去年は水中人を一網打尽にしようとしていた事をくつくつと笑いながら言う。それは──アンブリッジにしてはだが──残念ながら良い成果が得られなかったのだ。

水中人の事を碌でなしのクリーチャーのようだと嗤うシリウスに、すぐハーマイオニーが苦言を告げたが、シリウスとハリーはさらりと無視をしてアンブリッジの授業について話を進める。

 

 

「それで?アンブリッジの授業はどんな具合だ?半獣を皆殺しにする訓練でもしているのか?」

「ううん、あいつは一切僕たちに魔法を使わせないんだ」

「ああ、それで辻褄が合う。魔法省内部の情報によれば、ファッジは君たちに闘う訓練をさせたくないらしい」

「闘う訓練?ファッジは僕たちがここで何をしていると思ってるんだ?魔法使い軍団が何かを組織していると思っているのか?」

 

 

ハリーは信じられず、揶揄うように言ったがシリウスは深く頷き、真剣な目でハリーを見つめる。

 

 

「まさにその通り。そうだと思ってるんだ。──むしろダンブルドアがそうしていると思っている、と言うべきだろう。ダンブルドアが私設軍団を組織して、魔法省と抗争するつもりだとな」

 

 

一瞬、みんなが黙り込んだ。

ダンブルドアが魔法省と抗争するために、私設軍団を組織するなんて有り得ない。

そうだと思うならば、ファッジはダンブルドアの事を一切理解できていないだろう。ダンブルドアは、子どもにそのような愚行を頼む人間では無いのだ。

 

 

「こんな馬鹿げた話、聞いたことがない。ルーナ・ラブグッドのホラ話を全部ひっくるめてもだぜ?」

「それじゃあ…ファッジは、私たちが魔法省に呪いをかける事を恐れているのね…ダンブルドア先生は、そんな危険な事を子どもには任せないのに……」

 

 

私でもわかる事なのに、とソフィアが憤慨しハリー達も頷いた。

もしダンブルドアが私設軍団をホグワーツで組織するつもりならば、ハリー達は既に不死鳥の騎士団に属することが出来ているだろう。

 

 

「そうだ。ファッジは、ダンブルドアは権力を握るためにはあらゆる手段を取るだろうと思い込んでいる。ダンブルドアに対して日に日に被害妄想になっている。でっちあげの罪でダンブルドアが逮捕されるのも時間の問題だ」

 

 

ハリーはふと、パーシーの手紙のことを思い出した。

 

 

「明日の日刊預言者新聞にダンブルドアの事が出るかどうか知ってる?ロンの兄さんのパーシーが何かあるだろうって──」

「知らないな。この週末は騎士団のメンバーを一人も見ていない。みんな忙しい。この家にいるのはクリーチャーと俺だけだからな……」

 

 

シリウスの声にはっきりと何もできない自分に対する憤りと悲しみと、やるせない辛さが滲み出ていた。

ハリーはすぐに他の話題に変えなければと思い「それじゃ、ハグリッドの事も何も聞いてない?」

 

 

シリウスは頷き、本当ならハグリッドはもう戻っている予定だったと呟く。

何かあったのかと不安な顔をするハリー達に、ハグリッドにはマダム・マクシームが一緒であり、何も心配する事はない。それに、ダンブルドアは心配せず大丈夫だと言っているのだからと慰めた。

ハリー達がこれ以上ハグリッドの事を詮索して回ると、騎士団ではない別の存在にハグリッドの不在を──ハリー達が何も知らないのだと強く印象づけてしまう。何も行動を起こさないように強く伝えた。

 

それでも険しく不安げな表情をするハリー達を見たシリウスは、暗い話題はこれで終了とばかりに意識して明るい声を出した。

 

 

「ところで次のホグズミード行きはどの週末かな?駅では犬の姿でうまくいっただろ?だから多分今度も──」

「ダメ!」

 

ハリーとハーマイオニーが同時に大声を上げ、シリウスは言いかけていた言葉を飲み驚いたように目を見開いた。

 

 

「シリウス、日刊預言者新聞を見なかったの?」

「ああ、あれか。連中はしょっちゅう俺がどこにいるか当てずっぽうで言っているだけだ、本当は全くわかっちゃ──」

「うん。だけど、今度こそ手掛かりを掴んだと思う。マルフォイが汽車の中で言っていた事を考えたんだけど、あいつは犬がシリウスだって見破ったみたいなんだ。シリウス、あいつの父親もホームにいたんだ、ルシウス・マルフォイだよ!だから、来ないで。どんなことがあっても、マルフォイがまたシリウスを見つけたら──」

 

 

ハリーにとってシリウスは唯一自分と共に暮らせる可能性がある家族だ。名付け親であり、後見人。そして父親であるジェームズのたった一人の親友。そんな彼をもし失うことがあればきっと耐えられない。

早口になり必死に話すハリーだったが、シリウスは目に見えてがっかりとし、ハリーの言葉を遮るように首を振った。

 

 

「わかったわかった!言いたい事はよくわかった。ただ、ちょっと考えただけさ、君が会いたいんじゃないかと思ってね」

「会いたいよ、でも、シリウスがアズカバンに放り込まれるのは嫌だ」

 

 

真剣に伝えるハリーに、シリウスはつまらなさそうに唇を尖らせ眉間に一本縦皺を刻んだが、暫く黙ってから大きくため息をついた。

 

 

「そう、だな。……わかった、残念だが我慢するさ」

「シリウス、会いたいのは本当なんだ。…他に良い方法があれば良いんだけど……こんな危険な方法じゃなくて」

「他の方法か……少し考えてみる」

「うん…今日、顔を見て話せてよかった、ありがとうシリウス」

 

 

ハリーは熱さを我慢し出来る限り炎に近づく。むっつりとしていたシリウスは表情を和らげると、優しい眼差しでハリーを見た。

 

 

「君が喜んでくれて嬉しいよ。──さあ、もうそろそろ時間だ。クリーチャーが戻ってくるかもしれないならな。…この次に火の中に現れる事ができる時間を手紙で知らせるよ。そのくらいの危険ならいいだろう?」

 

 

シリウスはパチンと一つ悪戯っぽくウインクをすると、ハリーとハーマイオニーが二度目の「ダメ!」を言う前に姿を消した。

 

ポン、と軽い音がした後、シリウスの首があった場所にはいつものような赤い炎が揺らめいていた。

 

 

暫くソフィア達は無言だったが、ゆっくりと顔を見合わせると大きくため息をこぼす。

 

 

「間違いなく、また来るわね」

「ああ!危険だって事をなんでわかってくれないのかしら?!」

「まったく、とんでもない名付け親だなハリー?」

 

 

ソフィア、ハーマイオニー、ロンのやや棘がある言葉に、ハリーは「まぁ、うん」とぎこちなく返事をした。

 

 



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261 それぞれの評価は?

 

 

 

 

昨夜のパーシーの手紙にあった記事を見つけるには、きっと日刊預言者新聞をくまなく読まなければならないだろうとソフィア達は思っていたが、新聞を受け取り机に広げるまでも無くハーマイオニーは「あっ!」と小さく叫び、そのままバシンと新聞を机の上に置いた。

 

そこにはアンブリッジの写真がでかでかと載っていた。にっこりと笑い、大見出しの下からソフィア達に向かってゆっくりわざとらしく瞬きをする様子にハリーは朝から嫌なものを見た、というように苦々しい表情をする。

 

 

『魔法省、教育改革に乗り出す──ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命』と書かれている派手な見出しを読んだハリーは怪訝な顔をして「いったいどう言う事だ?」と呟く。

ハーマイオニーは小さく咳をすると、その記事の内容を小声で読み始めた。

 

 

「『魔法省は、昨夜突然新しい省令を制定し、ホグワーツ魔法学校に対し、魔法省がこれまでにない強い統制力を持つようにした──』」

 

 

 

新聞には何故アンブリッジがホグワーツの教職につくことなったかが初めに書かれていた、誰も知らなかったが8月30日に新しい教育令が密かに発令され、その関係でアンブリッジが教師になったのだ。

そして、高等尋問官とは、他の教師を査定することが可能だという。教育水準の低下を不安視する父兄から強い指示を受けたと書かれているが、そこに挙げられている名前はルシウス・マルフォイであり──仕組まれたものだとすぐ理解ができる。

最後の方にとってつけたように高等尋問官という制度を批判する者もいると書かれているが、それはわずか数行のそっけない文章だった。

 

 

ハーマイオニーを記事を読み終わり、納得した表情でソフィア達を見回す。

 

 

「これで、なんでアンブリッジなんかが来たのかわかったわ。ファッジが教育令を出して、あの人を学校に押し付けたのよ!そして今度はアンブリッジに他の先生を監視する権限を与えたんだわ!信じられない!こんなこと、許せない!」

 

 

鼻息荒く、目をギラギラとさせて叫ぶハーマイオニーにソフィア達も同意する。

ハリーは自然と右手の甲に視線を向けていた。テーブルの上で拳を握っている右手に、アンブリッジがハリーの手に無理矢理刻ませた文字がうっすらと残っている。

怒りを滲ませるハリーとハーマイオニーだったが、ロンだけはにんまりとわくわくとした笑顔を浮かべていた。

 

 

「何?」

「ああ、マクゴナガルが査察されるのが待ち遠しいよ。アンブリッジのやつ、痛い目にあうぞ」

 

 

嬉しそうに言うロンに、ソフィア達は顔を見合わせ教職員テーブルに座るマクゴナガルを盗み見る。まだ教師達はこの事を知らないのだろうか、しかし、査察が入るのならそれを知るのも時間の問題だろう。

ソフィアの脳裏にいつもの調子で淡々と答えるマクゴナガルの姿が浮かんだ。たしかに、彼女なら平然と査察をクリアするだろう、嫌味の一つくらい、こぼすかもしれない。

 

 

「さ、行きましょう」

「そうね、早く行かなくちゃ…もしビンズ先生のクラスを査察するなら遅刻するのはまずいわね」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが立ち上がり、鞄を手に持つ。ロンとハリーも頷きすぐに立ち上がり、4人は1時間目の授業である魔法史の教室へ向かった。

 

しかし、居るだろうと思われたアンブリッジは魔法史の授業に姿を見せなかった。

良く考えれば当然の事だ。アンブリッジは一人しかいないが、この時間は7人の教師が授業を行っている。ビンズの査察ではなく他の教師の査察へと向かっているのだろう。

その後の魔法薬学の授業でもアンブリッジの姿はなく、セブルスがいつも通り淡々と──時々グリフィンドール生に対する嫌味も忘れずに──授業を進める。

 

まず始めに、先日提出した月長石についてのレポートが生徒たちに返却され、ソフィアのレポートは右上に『()』と書かれていた。

 

 

「諸君のレポートが、OWLであればどのような点をもらうかに基づいて採点してある。試験の結果がどうなるか、これで諸君も現実的にわかるはずだ」

 

 

黒く長いマントを翻し、薄ら笑いを浮かべながら低い声で言うセブルスの声が静かな地下室に響く。

ソフィアは正直『()』を期待したが、残念ながらそこまで甘くはないようだ。

 

セブルスはレポートを全員に返却すると教壇の前に戻り、生徒たちと向き合った。

 

 

「全般的に、今回のレポートの水準は惨憺たるものだ。これがOWLであれば、大多数が落第だろう。今週の宿題である『毒液の各種解毒剤』については、何倍もの努力を期待する。さもなくば『D(落第)』を取るような劣等生には罰則を科さねばならない」

 

 

それを聞いたドラコがフフンと鼻で嘲笑し、これ見よがしに「へー!Dなんか取ったやつがいるのか?」と言い、セブルスは意味ありげに笑った。

 

 

「今回の『月長石の用途について』のレポートにおいて、最高点であるOを取った生徒は一人だ。──ルイス・プリンス。スリザリンに10点」

 

 

教室中の目がルイスを見つめた。

当の本人はまさか名指しで成績を言われると思わず、少し気まずそうにしながらもたった一人だけ、という言葉に照れたように笑う。

 

ハリーは隣にいるハーマイオニーが横目で自分の点数を見ようとしていることに気づき、急いで月長石のレポートを鞄の中に入れた。これだけは、誰にも見せたくなかった。

 

 

その後行われた強化薬の調合で、ハリーは「これ以上スネイプに自分に落第点をつける口実を与えてなるものか」と、黒板の説明書きを3度は読み、集中して作業に取り掛かった。ハリーの強化薬はハーマイオニーのような澄んだトルコ石色とまではいかなかったが、少なくとも青色でありネビルのようなピンク色ではなかった。

 

ソフィアは今回も1番前の作業机に向かい、ハーマイオニーが前回教えてくれた魔法薬色見本に書かれていた色を思い出しながら集中して調合する。ハーマイオニーやルイスほど完璧な薬ではなかったが、完成した薬はトルコ石とほぼ同じ色でありソフィアは満足気に頷き授業の最後に薬を詰めたフラスコを提出した。

 

 

 

授業終了のベルが鳴り、ソフィアはハリー達と合流して昼食をとるために階段を上がる。

玄関ホールを横切った時、今まで我慢していたハーマイオニーはついに口を開いた。

 

 

「まあ、先週ほど酷くはなかったわよね?それに、宿題もそれほど悪い点じゃなかったし、ね?」

 

 

ハーマイオニーはソフィア達の点数が知りたくて、この後点数をそれぞれ公開する事を期待したが、ロンとハリーは黙っていた。

 

 

「つまり、まあまあの点よ。最高点は期待してなかったわ。OWL基準で採点したのなら本当に難しいの、ルイスは凄いわよね……後でレポートを見せてもらおうかしら…。まあ、今の時点で合格点なら、かなり見込みがあると思わない?もちろん、これから試験までの間にいろいろなことがあるでしょうし、成績を良くする時間は沢山あるわ。でも、今の時点での成績は一種の基準でしょ?そこから積み上げていけるし……」

 

 

ロンとハリーは示し合わせた訳ではないが、ハーマイオニーの言葉を無視して足を進め、4人は一緒にグリフィンドールの机に座った。

 

 

「そりゃ、もしOを取ってたら私、ぞくぞくしたでしょうけど……」

「ハーマイオニー、僕たちの点数が知りたいんだったらそう言えよ」

 

 

ロンは声を尖らせ、面倒臭そうにスープの器を引き寄せた。ハーマイオニーは僅かに顔を赤くし、視線を彷徨かせながら慌てて取り繕う。

 

 

「そんな──そんなつもりじゃ──でも、教えたいなら──」

「僕はPさ、満足かい?」

 

 

スープを自分の器に取り分けたロンはため息混じりに言い、ハーマイオニーをじろりと見る。

ハーマイオニーは言われた合格範囲内ではない成績に、なんとも言えない顔をした。

 

 

「そりゃ、何も恥じる事はないぜ」

 

 

フレッドがジョージとリー・ジョーダンと連れだって現れ、ハリーの隣に座った。

 

 

「Pなら立派なもんだ」

「でも、Pってたしか……」

「『良くない(プア)』、うん」

 

 

リーがハッシュドポテトをぱくりと食べながら答える。

 

 

「でも、Dよりは良いよな?『どん底(ドレッドフル)』よりは」

 

 

ハリーはDを取っていた。顔が急激に熱くなるのを感じて、ロールパンが詰まって咽せたふりをした。顔を上げた時、もう採点の話が終わっている事を期待したが──残念ながらまだハーマイオニーはOWL採点の話の真っ最中だった。

 

 

「最高点はOで『大いによろしい(アウトスタンディング)』ね、次はAで──」

「え?」

 

 

身を乗り出しジョージ達に聞くハーマイオニーの言葉に、ベーコンを食べていたソフィアは思わず声を上げた。

みんなの視線が集まる中、ソフィアはもぐもぐとよく咀嚼し、首を傾げる。

 

 

「次は『E』でしょ?ハーマイオニー、Eじゃなかったの?」

「あー……Aだわ」

「そうさ。『E』は『期待以上(イクシード・エクスペクテーション)』。俺なんか、フレッドと俺は全科目でEをもらうべきだったとずっとそう思ってる。だって俺たちゃ試験を受けた事自体が期待以上だからな」

 

 

みんな笑ったが、ハーマイオニーは真剣な顔でソフィアの方を向いた。

 

 

「なら、Eの次がAで『まあまあ(アクセプタブル)』。それが最低合格点の『可』なのね?」

「そうよ」

「その下に『良くない』のPが来て──そして、『最低』のDが来る」

 

 

フレッドがAの下の説明をしながらロールパンをスープに浸して口の中に入れる。ロンは万歳の格好をして茶化したが、ハリーは苦笑しか出来なかった。

 

 

「いや、『T』を忘れるな」

 

 

ジョージが茶化すように言い、ハーマイオニーは「T?」と首を傾げソフィアを見る。しかし、ソフィアも最低点はDだと思い、それ以上下があるとは知らず、わからないと首を振った。

 

 

「Dより下があるの?いったい何なの?Tって?」

「トロール」

 

 

ジョージが悪戯っぽく笑いすぐに答える。

ハリーとロンは笑ったが、それが冗談かどうかはわからなかった。

ハリーは笑っていたが、OWL試験で全科目Tを取ったのをソフィアに隠そうとしている自分の姿を想像し、これからはもっと勉強しようとちょっとだけ、思った。

誰だって、好きな人に最低点を取ったと知られたくはないだろう。

 

 

その後フレッドが授業査察の話に切り替え、ハリーはようやく話題が変わったことに内心でほっと安堵の息をつきながらその話を聞いた。

査察は思ったよりも大したことはなく、アンブリッジが教室の隅の方でクリップボードにメモを取り、生徒にいくつか質問をする、ただそれだけだという。

 

 

「さあ、いい子にして今日はアンブリッジに腹を立てるんじゃないぞ」

「君がクィディッチの練習に出られないとなったら、アンジェリーナがブチ切れるからな」

 

 

フレッドとジョージはそう言うと、リーと共に昼食を素早く食べ終え、ソフィア達より先に大広間を出た。最近忙しくしているのは、きっと商品開発か商品の売り込みをしているのだろう。

 

 

「ソフィア、あなたは──その──」

「Eよ」

 

 

さらりと答えたソフィアにハーマイオニーは飲んでいたかぼちゃジュースを半分吐き出した。

 

 

「──ええっ!?ほ、本当?ねぇ、レポート見せて!」

「え、ええ、いいわよ」

 

 

あまりの勢いに少し驚きながらソフィアは鞄の中からレポートを取り出し、ハーマイオニーに手渡した。ハーマイオニーは受け取った瞬間鼻がつきそうな程顔を寄せ、真剣に読み込んでいく。そして「こんな使用方法、見たことないわ!」と小さく悲鳴を上げる。

 

 

「どこ?」

「ここよ、『月長石は満月の光に6時間浴びさせた後、黒星草の朝露を垂らす──』」

「ああ…そこは家にあった本に書いていたの、たしかに、教科書には載ってないわね……」

 

 

ソフィアはスープを飲みながら何でもない事のように言うが、ハーマイオニーは尊敬の眼差しの中に確かな闘争心をメラメラと燃やしソフィアを見た。

魔法薬学に対するソフィアとハーマイオニーの知識は同レベルだ。レポートの得点の差は、単純にソフィアの家には魔法薬学に関する専門書籍が山のようにあり、ソフィアは暇潰しのためによく読んでいたからだろう。

 

 

「私、次は絶対Eを取るわ!」

「きっとハーマイオニーなら取れるわよ。それに…レポートは得意でも、私は調合が苦手だもの……実際のOWL試験では合計点がどうなるかわからないわ」

「まあ!ソフィア最近頑張ってるじゃない!私も負けてられないわ!」

 

 

ハーマイオニーはやる気に満ち、ごくごくと勢いよくかぼちゃジュースを飲む。

ハリーとロンは無言だったが、2人ともこれ以上知識を得てどうするのだろうか、と同じことを思っていた。

 

 

 



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262 反抗的?

 

ハリーとロンは占い学を、ハーマイオニーとソフィアは数占いの授業を終えて闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かう。

グリフィンドール生が教室に入った時、アンブリッジは上機嫌に鼻歌を歌いながら独り笑いをしていた。

 

防衛術の論理の教科書を取り出しながらハリーとロンはハーマイオニーとソフィアに占い学での査察の様子と何があったのかを細かく話して聞かせた。しかし、ハーマイオニーが怪訝な顔をして何か質問をする前にアンブリッジが「静粛に」と言い、みんなしん、と静まった。

 

 

「杖をしまってね」

 

 

アンブリッジはにっこりと笑いみんなに指示をする。もしかしたら、と期待して杖を出していた数名の生徒は肩を落とし鞄の中に杖を戻した。

 

 

「前回の授業で第一章は終わりましたから、今日は19ページを開いて『第二章、防衛一般理論と派生理論』を始めましょう。お喋りはいりませんよ」

 

 

独りよがりに笑ったままアンブリッジは自分の席についた。生徒全員がはっきり聞こえるほどのため息をついたが、アンブリッジは全く気にしない。

ハリーは今学期中ずっと読み続けるだけの章があるのだろうか、とぼんやり考えながら目次を調べようとした。──その時、ハーマイオニーがまたしても手を上げていることに気付く。

ハリーだけでなく教室中の全ての生徒がハーマイオニーに気付く、もちろんアンブリッジも気付いていたが前回の反省を踏まえ今回は対策を練っているらしい。

アンブリッジは立ち上がると焦らすようにゆっくりとハーマイオニーの真正面まで歩き、他の生徒に聞こえないように体を屈めて囁いた。

おそらく、声が聞こえたのはハーマイオニーを挟むようにして座っていたハリーとソフィアだけだろう。

 

 

「ミス・グレンジャー。今度はなんですか?」

「第二章はもう読んでしまいました」

「それなら、第三章に進みなさい」

「そこも読みました。この本は全部読んでしまいました」

 

 

アンブリッジは囁き声だったが、ハーマイオニーは声を顰める事はなく静かな教室に彼女の声は良く響いた。

ソフィアは「ハリーに大人しくしてという割にはハーマイオニーも全く大人しくできないわよね」と思いながら2人の様子をちらちらと横目で見る。

 

 

「さあ、それでは、スリンクハードが第十五章で逆呪いについて何と書いてあったか言えるでしょうね」

 

 

目を瞬かせていたアンブリッジは、どうせ斜め読みだろうとハーマイオニーを舐めてかかりふふんと意地悪く笑う。

しかし、ハーマイオニーは誰よりも勉強が好きで、優秀であるのはグリフィンドール生ならば皆知っている。

 

 

「著者は、逆呪いという名前は正確ではないと述べています。著者は、逆呪いというのは、自分自身がかけた呪いを受け入れやすくするためにそう呼んでいるだけだと書いてあります」

 

 

即座に答えたハーマイオニーに、アンブリッジは片眉を上げた。完璧な答えに、意に反して感心してしまったのか、アンブリッジは黙り込む。

 

 

「でも、私はそうは思いません」

 

 

ハーマイオニーはさらに言葉を続ける。アンブリッジの眉がさらに吊り上がり、目つきがはっきりと冷ややかなものになった。

 

 

「そう思わないの?」

「思いません。スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いのなのではありませんか?でも、私は防衛のために使えば、呪いはとても役に立つ可能性があると思います」

「おや、あなたはそう思うわけ?」

 

 

アンブリッジは冷笑を浮かべ体を起こした。生徒達に聞こえないように声を顰めるのも忘れ、その声ははっきりとクラス中に響き渡る。

 

 

「さて、残念ながらこの授業で大切なのは、ミス・グレンジャー。あなたの意見ではなくスリンクハード先生の意見です」

「でも──」

「もう結構」

 

 

ハーマイオニーは即座に反論したが、アンブリッジは踵を返し教室の前まで戻り生徒の方を向いて立った。

授業の前に見せていた上機嫌は吹き飛び、

いつものようなわざとらしい笑みも消えている。

 

 

「ミス・グレンジャー。グリフィンドール寮から5点減点しましょう」

 

 

ただ意見を言っただけで減点となり、クラス中が騒然となった。

アンブリッジに対して良く思っていないハリーが真っ先に「理由は?」と怒って聞いたが、ハーマイオニーは小声で「関わっちゃダメ!」と囁く。

 

自分が減点されるのはいい、他の授業でいくらでも挽回できるし少しも痛くはない。しかし、ハリーはこれ以上アンブリッジの気に触ることを言えば、また1週間の罰則となりクィディッチの練習に参加できなくなってしまう。

 

 

「埒もないことでわたくしの授業を中断し、乱したからです」

 

 

アンブリッジはハリーを見据え、澱みなく言った。

 

 

「わたくしは魔法省お墨付きを得た指導要領でみなさんに教えるためにここに来ています。生徒たちに、ほとんど分かりもしない事に関して自分の意見を述べさせることは、要領に入っていません。

これまで先生方は、みなさんにもっと好き勝手をさせたかもしれませんが誰一人として──クィレル先生は例外かもしれません。少なくとも年齢に相応しい教材だけを教えようと自己規制していたようですからね──魔法者の査察をパスした先生はいなかったでしょう」

 

 

クィレルを褒めるその言葉に、騒めきが一瞬消え緊張に満ちた。

クィレルに何があったのか、誰もが知っている。勿論それを全て信じている者は──今は多くない事は確かだが、クィレルにヴォルデモートが取り憑き賢者の石を狙っていたということ、そしてハリー達が勇敢にもクィレルを退け賢者の石を守ったということは、一応緘口令が敷かれていたが、勿論守られていない。

 

 

「ああ、クィレルは素晴らしい先生でしたとも」

 

 

沸騰した怒りの中、ハリーが失笑しながら大声で言う。ハーマイオニーとロンは目に見えて「まずい」と顔を引き攣らせ間違いなくハリーは明日からまた1週間の罰則だと思った。

 

 

「ただ──」

「──クィレルは素晴らしい闇の魔法使いで私たちを殺そうとしましたね。トロールを城に招いて、賢者の石を盗もうとしました。あの人と、共に」

 

 

ハリーが全てを言い切る前に、ソフィアが良く通る声ではっきりと言った。

まさかソフィアが目に見えて反抗的な意見を言うとは思わず、誰もが驚き口をぽかんと開ける。

ハリーを見ていたアンブリッジは、すっと視線をソフィアに向けた。その突き刺さるような目を、ソフィアは避けることなく冷めた目で見つめ返す。

 

騒めきが消え、完璧な沈黙が訪れた。

 

 

「ミス・プリンス。1週間の罰則です」

 

 

冷たいアンブリッジの声に、ソフィアはふっと笑う。

 

 

「わかりました。ハナハッカ・エキスの用意をした方がいいですか?それとも、育て親に送るフクロウ便の用意を?」

 

 

何故ハナハッカ・エキスを用意するのか、その薬が何に使われるか知っている生徒達は首を傾げアンブリッジを見つめる。

 

アンブリッジとて、ハリーに科した罰則が出るところに出れば流石に父兄から苦情が届き糾弾されるとは分かっている。いくら新聞で嘲笑されるハリー・ポッターであっても、彼を擁護する声は勿論ある。魔法省が日刊預言者新聞と結託し、規制し、表に現れていないだけだ。何よりハリーはまだ守られるべき子供であり、傷付けられて良いわけがない。

 

アンブリッジは目を細めじっとソフィアを見ていたが、にっこりと笑うと「いいえ、書き取り罰ですから、羽ペンと羊皮紙を持ち、5時に来なさいね」とねっとりとした甘ったるい声で言う。

 

 

「──さあ、第二章を読みなさい。ほら、みなさん、早く!」

 

 

アンブリッジはぱちんと手を叩き、ソフィアをちらちらと見つめていたクラスメイト達は一人、また一人と教科書に視線を落とした。

最後までソフィアを心配そうに見ていたのはハリー達だろう。ソフィアは視線に気がつくと、悪戯っぽく笑いアンブリッジが背中をむけている間にちろりと舌を出した。

 

 

 

授業が終わるとアンブリッジは用意していた罰則の申請書を嫌らしく笑いながらソフィアに手渡した。「マクゴナガル先生に渡すのですよ」と言うアンブリッジに、ソフィアは「分かりました、先生」と大人しく受け取る。教室にいる生徒たちが皆ソフィアを見ていたが、ソフィアはちっとも気にせず申請書を鞄の中に入れた。

 

 

ハリー達はソフィアを待ち、一緒に教室を出た。暫く無言だったが、ハリーが耐えきれずソフィアの腕を掴み歩みを止めさせると、驚いたような顔をして振り返ったソフィアを見て苦しそうに顔を歪めた。

 

 

「どうして……」

「だって、ハリーは…きっとクィレルの頭には例のあの人がいたとかなんとか言うつもりだったでしょう?」

 

 

涼しい顔で言うソフィアに、ハリーは全くもってその通りでありぐうの音も出ない。

しかし、ソフィアは教師に対してあまり反抗的な態度に出ることはない。──セブルスがハーマイオニーを貶したときは真っ先に反抗したが、それだけだろう──自分が癇癪を起こさず黙っていれば、ソフィアはあんな事は言わなかったんじゃないか、罰則を受ける事は無かったんじゃないかと思うと、ハリーは胸がシクシクと痛んだ。

 

 

「そうだけど──でも……」

「ハリー、あなたが怒っていただけじゃないわ。私もハーマイオニーに対する不当な減点で、かなり、怒ってたの」

 

 

ソフィアはにっこりと笑う。

しかし、その口は笑みの形を作っていたが、目は微塵も笑っていない。静かな怒りに、それを近くで見たハリーとロンはひくりと口先を震わせた。ハーマイオニーだけは、喜んでいいのか怒るべきなのか複雑そうな表情をしていたが。

 

 

「それに書き取り罰だから、大丈夫よ。毎日罰則があっても宿題も──まぁなんとかなるわ。心配してくれてありがとう」

 

 

ソフィアは自分の腕を掴んでいるハリーの手をそっと握ると、にこりと今度は綺麗に笑った。

 

 

「──でも、あまりアンブリッジに食ってかかるのはやめて。我慢する事も時には必要よ。ロンとクィディッチを頑張るんでしょう?」

「あ……うん、ごめん……」

 

 

分かってくれたらいいの、とソフィアはあっさりとハリーを許した。いや、そもそもソフィアはハリーの沸点の低さに気付いてはいるが、怒ってはいないのだ。ハリーの思った事を何でも口に出してしまう我慢の出来なさは、年々酷さをましていると言えるだろう。しかし、ソフィアは陰でこそこそいうくらいならば罰則や減点覚悟で堂々と発言する方が好ましいと思っているのだ。

もう子どもではなく大人に近づいている、時には我慢も必要だろう。しかし、ソフィアはハリーのその欠点ともいえる性格が嫌いではなかった。

 

 

「ハリー、あなたソフィアに本当に感謝しなきゃ駄目よ。あのままあなたが言っていたら、罰則の前にアンジェリーナに呪われるところだったわ!」

「あ、本当だ!うわぁ、本当にありがとうソフィア!」

「ふふ、どういたしまして!」

「……君って本当、ハーマイオニーの事好きだよな」

 

 

ロンが改めて言えば、ソフィアはハーマイオニーを見てにっこりと笑うと、磁石で引き寄せられたかのようにぴったりとハーマイオニーに寄り添い腕を絡ませ、満面の笑みで「親友だもの!」と言った。

 

 

 



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263 アンブリッジの罰則と査察!

 

ソフィアは夕食後、教職員テーブルにいるマクゴナガルの元へ向かった。まだ沢山の生徒が残り、教師達もほとんど残っていた──勿論、アンブリッジもまだ席についていた──が、気にせずマクゴナガルの前に立つ。

 

 

「マクゴナガル先生、少しよろしいでしょうか?」

「どうしましたか?」

 

 

マクゴナガルは口を布巾で拭くとデザートのプディングを食べていたスプーンを置いてソフィアを見る。ソフィアは手に持っていた申請書をマクゴナガルに手渡した。

 

一体なんだろう、と片眉を上げていたマクゴナガルは封杖でトンと叩き封を切り、くるくると巻かれていた紙を開く。そこに書かれていた文字を読み、マクゴナガルは目を大きく見開いた。

 

 

「罰則!あなたがですか?ミス・プリンス」

 

 

驚愕のあまり声を顰める事を忘れていたマクゴナガルの声は良く響き、アンブリッジはにこりと笑みを深め、セブルスはぴくりとフォークを掴んでいた手を止めた。

 

教師達はソフィアの優秀さを知っている。勿論過去に友人が侮辱された怒りのあまりとんでもない魔法を放った事もあるが、ここ数年は大人しい優等生だと思っている。──いや、毎年校則を幾つか破っているが、それは表に出ない事ばかりであり、彼女と近しくない教師はそれを知らないだけだといえるかもしれないが。

 

教師だけではなく生徒達も何事かと首を伸ばして盗み見る中、スリザリン生がひそひそと意地悪げな視線を交わしソフィアを笑う。ただルイスとドラコだけが少々心配そうな表情をしていたが。

 

 

「はい」

「……何が──いえ、聞かないでおきましょう。……真摯に向き合う事です」

「ええ、勿論です」

 

 

マクゴナガルは沢山の視線に気付くとこほんとわざとらしく咳をし、くるくると紙を丸めた。

 

 

 

 

ソフィアの罰則は次の日の5時から行われた。ハリーは書き取り罰だというアンブリッジの言葉を信じきれず本当に心配し何度もソフィアを不安げに見たが、ソフィアは全く気にせず5時10分前に4階にあるアンブリッジの部屋へ向かった。

 

腕時計を見つつ、5時ちょうどに扉を叩けば中から「お入りなさい」と甘ったるい声が響く。

 

 

「失礼いたします。ソフィア・プリンスです。罰則に来ました」

 

 

ソフィアは部屋の中に入り、一瞬目を見開く。その部屋は壁や机、全てがふわりとしたレースのカバーで覆われ、やや悪趣味で少女趣味な物に覆われていた。特に目を引くのは、壁一面にかけられた無数の飾り皿のコレクションだろう。どれも愛らしい猫の絵が描かれ、丸々とした目でソフィアを迎え入れたのだ。

 

 

「こんばんは、ミス・プリンス」

「こんばんは、アンブリッジ先生」

 

 

ソフィアとアンブリッジはにこやかに挨拶を交わす。しかし、2人の間には言葉に出来ぬぴりりとしたものが流れていたのは言うまでもないだろう。

 

 

「さあ、お座りなさい」

 

 

アンブリッジはレースの掛かった小さなテーブルを指差した。その側には座り心地の悪そうな硬い木の椅子が用意されており、ソフィアは何も言わず座る。

 

 

「さあ、『私は真相の分からぬ妄言を吐き他人を惑わさない』と書きなさい」

 

 

ソフィアは妄言ではない、と心の奥で呟いたがそれを言葉に出す事はなく、小さく頷くと鞄の中から羽ペンと羊皮紙とインク壺を出し、カリカリと書き始めた。

反抗する事のないソフィアに、アンブリッジは少し意外そうな目をしたがすぐに満足気に微笑むと自分の花柄のテーブルクロスが敷かれている机の奥に行き、柔らかいクッションがついた椅子に座る。身を乗り出し、机の上に両肘を乗せ身を絡ませた指で顎を支える。パチパチと瞬きをし、にっこりと笑ったままアンブリッジはソフィアが文字を書いているのを眺めた。

 

何時間そうしていたのかわかりないが、窓の外は暗くなり夜空に星が輝いている。時々痛んだ手首を押さえ、ふう、と小さくため息をついてはいるが、ソフィアは泣き言一つもらさず淡々と書き取り罰を行った。

 

 

「──見せなさい」

「……はい、わかりました」

 

 

ソフィアは羽ペンを置き、積み上がった羊皮紙の束を全て保つとアンブリッジが待つ机まで移動した。流石に何時間も書き取りをしていたために腕はかなり痛み指先がびりびりと痺れたが、その痛みを読み取らせないほど、ソフィアは平然とした表情を崩さなかった。

 

 

「……ええ、いいわ。また明日5時にいらっしゃい。きっとこの文がより心に刻まれるでしょう」

「わかりました」

 

 

ソフィアは鞄の中に羽ペンやインク壺を片付けたようとしたが、指先が倦怠感と痛みで細かく痙攣し、インク壺がつるりと手から滑り落ち──あっと思う前にガシャン、と大きな音を立てて割れてしまった。

 

 

「何です?」

「……すみません、落として割ってしまいました」

 

 

ソフィアは鞄の中から杖を出すと割れたインク壺に向けて振るう。すぐに真っ二つになっていたインク壺は直ったが、流れ出たインクを戻す事は出来ない。

激しいピンク色のカーペットにその黒々とした汚れは良く目立ち、インクのツンとしたかすかな匂いが広がる。

このまま放置したい気持ちもあったが、流石に人の私物を汚して見て見ぬふりは出来ず、ソフィアはもう一度杖を振るいインクの汚れを綺麗さっぱり清めた。

 

 

「また明日、よろしくお願い──アンブリッジ先生?」

 

 

ソフィアはすぐに鞄の中に物を詰め帰ろうとしたが、アンブリッジは驚愕の目で自分を見つめ呆気に取られている。何だろうか、とソフィアは首を傾げたが、そういえばこの人は生徒が魔法を使うのを嫌がっている。レパロもスコージファイも呪文学で教わるレベルの魔法であり、アンブリッジにとっても忌避する魔法では無いはずだが、目の前で魔法を使われたくなかったのだろうか。

 

 

「あの──」

「あなた、無言呪文を何故使えるの?」

「え?……あぁ…」

 

 

硬い声のアンブリッジに、ソフィアはようやく何故アンブリッジがこんな奇妙な顔をしているのかを理解した。

 

無言呪文はまだこの学年では学ばない。いや、無言呪文はそもそも難しく、かなりの修練が必要である。そして無言呪文の習得はホグワーツでは大抵6年生のときに学ぶが──勿論、アンブリッジは今の6年生に無言呪文の方法を教えていない。

何故ならどのような魔法を発現させているかわからない無言呪文は魔法省に対しては驚異的である、そのため新しい教科書には初めから載っていないのだ。載っていなければ、学ばない。余計な事を知る必要はない。それがアンブリッジの、そして魔法省の決定だ。

 

 

ソフィアは鞄の紐を肩にかけ直しながら、にっこりと笑う。

 

 

「ジャック・エドワーズ。ご存じですか?魔法省にも出入りしてよく力添えする事がある、とジャックから聞いていますが…ファッジ大臣とも、親しいとか?」

「──ええ、それは、勿論。ですがあなたがジャックと何の関係が──」

 

 

ジャック・エドワーズ。

魔法省に勤務する魔法使いではないが、類稀な能力により様々な助言や助力をしてくれる。とくに去年のクィディッチ・ワールドカップでは大の魔法使いが思わず唸るほど正確なポートキーを作成した。ファッジとの交友もあり、ファッジは本当ならば自分の直属の部下にジャックを招きたいのではないかと噂されるほどに、ジャックが魔法省を訪れればすぐに顔を見せ側に置いていた。

本職は孤児院の経営だが、何でもできる優秀な魔法使いであるのはファッジに近しい者なら知っているのだ。そして、優秀であり人脈が広く人から好かれる性格である優しいジャックに気に入られたいと企み媚びへつらう魔法使いや魔女が多いのもまた、仕方の無い事だろう。

 

 

「ジャックは私の育て親(パパ)なんです──失礼します」

 

 

笑顔でそう言ったソフィアはアンブリッジが何かを言う前にすぐに扉へ向かい、振り返る事なくグリフィンドール寮へと向かった。

 

 

グリフィンドール寮の談話室に入れば、暖炉前のいつものスペースを陣取っていたハリーとハーマイオニーとロンがすぐに立ち上がりソフィアの元に駆け寄る。

 

 

「ソフィア!大丈夫だった?普通の書き取りだった?」

 

 

ハリーは心配そうに眉を下げ、ちらちらとソフィアの右手を見る。

 

 

「ええ、長時間書き取りさせられて手首は痛いけどね」

 

 

ソフィアは手を上げ、甲の部分をハリーに見せながら手をひらひらと振った。

目に見えて安堵の色を顔中に浮かべたハリーは小声で「良かった…」と呟く。

ハーマイオニーはソフィアの右手を取ると用意していた鎮痛薬入りのガーゼをソフィアの手首にぴたりと貼った。

 

 

「かなり長かったわね……どんな書き取りだったの?」

「『私は真相の分からぬ妄言を吐き他人を惑わさない』だったわ」

 

 

さらりと言ったソフィアに、ハーマイオニー達は顔を歪め「酷い!」と憤慨した。

ソフィアが言った言葉に一つとして妄言は含まれていない。だが、アンブリッジは誰が何を言っても決して認めようとしないだろう。

悔しさを滲ませるハーマイオニー達に、ソフィアは「思ってもない事をずっと書くのって、凄く馬鹿馬鹿しいわ」とおどけたように言い肩をすくめる。

 

 

「私、今日は疲れちゃったからもう部屋に戻るわね。おやすみなさい」

「あ、それなら私も戻るわ!おやすみなさい、ハリー、ロン」

 

 

ふわ、と欠伸をこぼしたソフィアがそう言えば、ハーマイオニーは直ぐに暖炉前の机に置いていた教科書を鞄の中に詰め込み、宙に浮いていた編み物をむんずと掴むと寝室へと向かうソフィアを追いかけた。

 

 

 

次の日、ソフィア達は呪文学を終え変身術へ向かった。教室に入った途端、この教室で異彩を放つピンク色の花柄ローブを着たアンブリッジがいることに気付く。アンブリッジは教室の隅の席に座り、クリップボードを持っていた。初めてのアンブリッジの査察を見るのが厳格なマクゴナガルの授業である事に、いつもの席に着くや否や、ロンが「いいぞ。アンブリッジがやっつけられるのを見てやろう」と小声でソフィア達に囁く。

 

授業開始のベルがなる数分前、既に教室の中には生徒達が着席する中、マクゴナガルはアンブリッジが教室にいることなどまったく意に介さない様子でいつも通り背筋を伸ばし粛々と教室に入ってきた。

 

 

「静かに」

 

 

マクゴナガルの一言でアンブリッジを見てこそこそと囁いていた生徒はたちまち黙り込み、しん、としたいつもの緊張感と静けさが教室を満たす。

 

 

「ミスター・フィネガン。こちらに来て宿題をみなさんに返してください。──ミス・ブラウン、ネズミの箱を取りに来てください。……馬鹿な真似はよしなさい。噛み付いたりしません、一人一匹ずつ配って下さい」

 

 

名を呼ばれたシェーマスとラベンダーがマクゴナガルの前に向かい言われた通り生徒達に宿題とネズミを配る中、アンブリッジは今学期最初の夜にダンブルドアの話を中断させたわざとらしい咳を数回こぼしたが、マクゴナガルはそれを無視した。

 

ソフィアはシェーマスから受け取った宿題を開く。左上に大きくO()と書かれており、ソフィアは最高点が取れた喜びに頬が緩んでしまった。

 

 

「さて、それではよく聞いてください。カタツムリを消失させるのは、ほとんどのみなさんが出来るようになりましたし、まだ殻の一部が残ったままの生徒も呪文の要領は飲み込めたようです。今日の授業では──」

「ェヘン、ェヘン」

 

 

アンブリッジのわざとらしい咳が静かな響き、今まで無視していたマクゴナガルは初めてアンブリッジを見た。その視線が友好的なものでないのは、仕方のない事だろう。

 

 

「──何か?」

「先生、わたくしのメモが届いているかどうかと思いまして。先生の査察の日時を──」

「当然受け取っております。さもなければ、私の授業に何の用があるのかとお尋ねしていたはずです」

 

 

マクゴナガルは冷ややかな声できっぱりと言うとアンブリッジに背を向けた。

生徒の多くが清々しい程の言動に歓喜の目を見交わす。このクラスにおいて、アンブリッジのことが好きな者など誰一人として存在しないのだ。

 

 

「先程言いかけていたように、今日はそれよりずっと難しい、ネズミを消失させる練習をします。呪文は──」

「ェヘン、ェヘン」

「──いったい。そのように中断ばかりなさって、私の通常の教授法がどんなものか、お分かりになるのですか?いいですか。私は通常、自分が話している時に私語は許しません」

 

 

マクゴナガルはアンブリッジに向かって明確な冷たい怒りを放った。アンブリッジは尤もな言い分と生徒達の歓喜の視線に横面を張られたような──衝撃的だという表情をした。しかし、これアンブリッジもマクゴナガルに口では敵わないと悟ったのか何も言わずに背筋を伸ばし、クリップボードの上で何かを猛烈に書き込みはじめた。

 

そんな事は歯牙にも掛けない様子で、マクゴナガルは再び生徒達に向かって話しかける。その表情がいつもより堂々としどこか勝ち誇ったように見えたのはソフィアの勘違いでは無いだろう。

 

 

変身術の授業は、それからアンブリッジは静かなものだった。

消失呪文を繰り返す生徒たちを観察し、時々羊皮紙にメモをとる。他の授業では生徒たちに質問したと聞いていたが、アンブリッジは誰にも声をかけなかった。それはマクゴナガルが許さないと悟ったのだろう。

しかし、もしマクゴナガルが生徒への質問を許したとしてマクゴナガルの授業は確かに厳しくふざけることを許さないが、わかりやすい授業であり生徒からの信頼も厚く、きっとアンブリッジが生徒たちに望んでいたような返答を得る事は出来なかっただろう。

 

 

「ミス・プリンス。こちらに」

「え?──はい、マクゴナガル先生」

 

 

ネズミを一度で消失させたソフィアはハリーに呪文の唱え方を説明していたが、授業の終盤になり教壇に立つマクゴナガルに手招きされた。

殆んどの生徒がネズミを消失させる事に苦戦する中──消失されなかった尻尾や前足がびちびちと机の上で跳ねていた──ソフィアは教壇に向かう。

 

 

「ミス・プリンス。あなたにネズミは簡単過ぎるでしょう。──サラマンダーを消失してみなさい」

 

 

マクゴナガルは杖を軽く振るう。

突如教卓の上に太い枯れ木に乗ったサラマンダーが現れ、ぼう、と口から炎を吐いた。近くにいた生徒は驚き、ネズミに放った消失呪文が全く別方向に飛び、教室にあった椅子を一つ消したが、皆の視線は巨大なサラマンダーに釘付けであり、誰も気付かなかっただろう。

 

 

「はい、分かりました」

「──少々よろしいですか?」

「一体何です?」

 

 

ソフィアは杖をサラマンダーに向けたが、いつのまにか近くに来ていたアンブリッジがわざとらしい咳をするのも忘れソフィアとマクゴナガルの横に立った。

 

 

「カリキュラムで魔法生物の消失は組み込まれていないはずでは無かったかしら?」

「ええ、ですがミス・プリンスには変身術の類稀な才能があります。足並みを揃えた授業だけでは彼女の才能を伸ばす事は出来ません」

「しかし──」

「ミス・プリンス。どうぞ」

 

 

ソフィアはネズミであっても一度で消失させ、勿論現し呪文も使用する事が出来た。

一度短い息を吐し集中したソフィアはアンブリッジが何かぐちぐちと文句を言っている声も聞こえなくなり──そして、凛とした声で唱える。

 

 

エバネスコ(消失せよ)!」

 

 

枯れ木の上にいたサラマンダーは吐いていた小さな炎ごとパッと消えた。

見事な消失呪文に生徒たちは大きな歓声を上げ拍手を送る。マクゴナガルもいつもより優しく誇らしげな目でソフィアを見つめて頷き、「次は、現し呪文です」と伝えた。

 

 

アパレシウム(現れよ)!」

 

 

消えていたサラマンダーは再び現れ、きょとんとした不思議な顔でソフィアを見つめ首を傾げる。

更に拍手が大きくなる中、アンブリッジだけは引き攣ったような目でソフィアを見ていた。

 

 

「大変見事でした。もう少し大型の魔法生物に挑戦してもいいかもしれませんね。──グリフィンドールに10点加点します」

「ありがとうございます!」

 

 

マクゴナガルはサラマンダーに向かって杖を振り、周りに四角い籠を出現させる。籠に入れられたサラマンダーはふわふわと浮かび、教室の後方にある棚にきちんと収まった。

 

 



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264 その目的は?

 

 

変身術を終えたソフィア達は次の魔法生物飼育学へ向かう。

ソフィア達は口々に先ほどのアンブリッジとマクゴナガルの攻防を興奮と尊敬の色を滲ませ語り合い──どちらに尊敬したかは言わなくてもいいだろう──森へ向かって芝生を降りていた。

 

もうアンブリッジに会う事はないだろう、そう思っていたが、ハグリッドの小屋の側にクリップボードを持つアンブリッジと、グラブリー-プランクが居た。

 

 

「いつもはあなたはこのクラスの受け持ちではない、そうですね?」

「その通り。わたしはハグリッド先生の代理でね」

 

 

グラブリー–プランクは両手を後ろ手に背中で組み、踵を上げたり下げたりしながらアンブリッジの質問に答える。近くの架台には先週に引き続きボウトラックルがワラジムシを長い指でがさがさと引っ掻き回していた。

 

 

ハリーはロン、ハーマイオニー、ソフィアと不安げに目配せをし合う。シリウスからの情報でアンブリッジは半人をかなり嫌っていると聞いている。ならばきっとハグリッドもホグワーツから追い出す──最低でも教職には就かせたくないはずだ。

ハリーの不安はアンブリッジだけではない。ハグリッドの授業がグラブリー–プランクの授業よりも生徒たちに好かれていないのは理解している。変身術でアンブリッジは生徒たちに質問していなかったが、ここでハグリッドにとって悪い質問をされないかと気になっていたのだ。

このクラスがグリフィンドール生だけならば、まだマシだった。グリフィンドール生はみんな愉快な──時々危険な──ハグリッドの事が好きだからだ。

だが、このクラスにはスリザリン生がいる。特にドラコ・マルフォイは毎年ハグリッドを馬鹿にし、追い出そうと躍起になっているのだ。間違いなく、アンブリッジに何かでっちあげた最悪な話をするだろう、とハリーは思い暗鬱な気持ちになっていた。

 

 

──ルイスが止めてくれたらいいけど。

 

 

ハリーはドラコがこそこそとクラッブとゴイルとニヤニヤと笑いながら囁き合っているのを見た。ドラコの隣にいるルイスはその話に参加はしていないが、止めるために口を挟んでいる様子もない。

 

 

「ところで──校長先生はおかしな事に、この件に関しての情報をなかなかくださらないのですよ。あなたは教えてくださるかしら?ハグリッド先生が長々と休暇をとっているのは、何が原因なのでしょう?」

 

 

ハリー達は顔を硬らせる。

何故休暇をとっているのか、それはハリー達も知らなかったが、それを知られるのも、気にされるのもまずいのだとシリウスが言っていたのだ。

 

 

「そりゃ、できませんね。この件はあなたがご存知のこと以上は知らんのです。ダンブルドアからふくろうが来て、数週間教える仕事はどうかって言われて受けた。それだけです。さて──それじゃ、はじめようかね?」

「どうぞ、そうしてください」

 

 

アンブリッジはグラブリー–プランクが本当に知らないのだと判断してあっさりと頷くとクリップボードに走り書きをしながら言う。

 

授業はいつものように開始される。アンブリッジは先程と異なり、生徒達の間を回り魔法生物について質問をした。

ハリーは聞き耳をたて誰が何と答えたかを注意深く聞いていたが、だいたいの生徒が上手く答え、少なくともハグリッドに恥をかかせるようなことにはならず、ほっと胸を撫で下ろした。

 

生徒たちに質問を終えたアンブリッジは生徒にアドバイスをしていたグラブリー–プランクのそばに戻るといつものわざとらしい咳をし、注意を引いた。

 

 

「何かな?」

「全体的に見て、あなたは臨時の教員として──つまり、客観的な部外者と言えると思いますが──あなたはホグワーツをどう思いますか?学校の管理職から十分な支援を得ている時に思いますか?」

「ああ、ああ。ダンブルドアは素晴らしい」

 

 

グラブリー–プランクは心からそういい、深く頷く。

 

 

「そうさね。ここのやり方には満足だ。本当に大満足だね」

「それで──あなたはこのクラスで今年は何を教える予定ですか?勿論、ハグリッド先生が戻らなければ、としてですが」

「ああ、OWLに出てきそうな生物をざっとね。あんまり残ってないがね──この子たちはもうニフラーとユニコーンを勉強したし。わたしはポーロックとニーズルをやろうと思っているがね。それに、ほら、クラップとナールもちゃんとわかるように」

「まぁ、いずれにせよ、あなたは物がわかっているようね」

 

 

アンブリッジはクリップボードにはっきりと合格だとわかるような大きな丸をつけた。誰と比べて物がわかっているのか、その隠された侮辱にスリザリン生はここにいないにも関わらず侮辱されたハグリッドを思いくすくすと嫌に笑う。

 

グラブリー–プランクへの質問を終えたアンブリッジは再び生徒達の間を回る。次に声をかけられたのはゴイルであり、ハリーは芝生に放ったボウトラックルを捕まえるフリをして二人の元へ近づいた。

 

 

「さて、このクラスで誰かが怪我をしたことがあったと聞きましたが?」

「それは僕です。ヒッポグリフに切り裂かれました」

 

 

ゴイルが答える前に待ってましたとばかりにドラコがその質問に飛びついた。アンブリッジは驚愕し眉を顰め「ヒッポグリフ?」と囁きながら慌ただしくクリップボードの上に羽ペンを走らせた。

 

 

「ドラコと、僕です」

「まぁ!2人も怪我をしたの?」

 

 

ドラコの隣にいたルイスが少し罰が悪そうに眉を下げながらそろそろと手を上げる。ハリーはすぐにドラコが何故怪我をしたのか伝えようと一歩踏み出したが、その腕をソフィアとハーマイオニーが掴んだ。

 

 

「な──」

「大丈夫よ」

 

 

ソフィアは囁きながらハリーの行動を止め、ハーマイオニーも「大人しくしてて!」と忠告した。

ハリーは果たして今年のルイスが自分達の味方をしてくれるのかわからなかったが──今まで、何度も助け合い友好を深めていたのだということを思い出し、ぐっと堪え必死な目でルイスを見た。

 

 

「何があったの?教えてくれるかしら?」

「はい。ハグリッド先生はヒッポグリフに対する注意点をしっかりと伝えていたのですが、ドラコがこの2人──クラッブ、ゴイルと私語をしていたため聞き逃してしまい。ヒッポグリフに暴言──えーと、デカブツのウスノロくん、だったかな?どうだったっけ?──を言い。ヒッポグリフの逆鱗に触れました。気高いヒッポグリフは怒り、ドラコを襲おうとしていたので、僕が庇いました。僕は背中を、ドラコは少し腕を怪我しました。大した事はありません、ドラコの怪我は。──すみません、授業をしっかり聞くべきでした。……そう思いませんか?グラブリー–プランク先生?アンブリッジ先生?」

 

 

ドラコとルイスが何を言うのかと気にしていたのはハリーだけではなく、クラスのほとんどが意識を向けていた。ルイスのハキハキした声はよく通り、そばに居たグラブリー–プランクはラベンダーを指導していた手を止めくるりと振り返る。

 

 

「んん?──そうだねぇ、ヒッポグリフにその暴言は自殺志願と取られてもおかしくないね……忠告を聞き逃していたとしても、魔法生物にそんな事言っちゃいかんよ。──ミスター・マルフォイ。わたしの授業でも、勿論許さないからね?」

 

 

低いグラブリー–プランクの忠告に、ドラコは先ほどの勢いを消し顔を引き攣らせた。

 

 

「まぁ、グラブリー–プランク先生がそう言うのなら、そうなのでしょうね」

 

 

アンブリッジはつまらなさそうに少しだけクリップボードにメモをとるとすぐに踵を返す。

ドラコはぎろりとルイスを睨んだが、ルイスは「事実だ。ソフィアを泣かせたのを、もう忘れたの?」と涼しい顔で答える。

 

 

「…、……いや…」

「僕は嘘は言わないよ、ドラコ。君に対して誰よりも誠実でありたいからね」

「…あぁ…」

 

 

ドラコはこくり、と頷く。なんだか叱られた子どものようで、一回りも二回りも小さく見えるドラコにハリーはざまあみろとも思ったが──少々、意外だった。きっと、ドラコはルイスが事実を言おうと「そんな事はない!」と反論すると思っていたのだ。

 

 

「さて、グラブリー–プランク先生、ありがとうございました。ここはこれで十分です。査察の結果は十日以内に受け取る事になります」

「はい、はい」

 

 

アンブリッジの言葉にグラブリー–プランクは軽く頷く。アンブリッジは授業の終了を待たずに芝生を横切り城へと戻って行った。

 

 

「…ほらね?大丈夫だったでしょ?」

 

 

アンブリッジが見えなくなるまで待ってからソフィアがニコリと笑う。

 

 

「うん……良かったよ…」

「ルイスは、ハグリッドの事好きだもの。ドラコのことを大切に思っていても、ハグリッドが不利になる嘘を良しとはしないわ」

 

 

ハリーはソフィアの言葉を聞き、ルイスを見た。

ルイスはボウトラックルに突かれ逃げるドラコの後ろで、ハリーの視線に気がつくと微かに微笑みパチンと綺麗に茶目っ気たっぷりなウインクをした。

 

 

 

 

その夜、ソフィアは前回と同じ時刻にアンブリッジの罰則を終えグリフィンドール寮の談話室へと帰った。

 

いつもの場所を陣取っていたハリー達はソフィアが帰ってきた事にも気付かず、何やら顔を突き合わせて声を顰め話しているようだ。

ソフィアは不思議そうにしながらハーマイオニーの隣に座り、少し痛む右手首を押さえる。

 

 

「あっ!ソフィア、おかえりなさい。薬用意してるわ」

「ありがとうハーマイオニー」

 

 

ハーマイオニーはぱっと体を起こすとすぐにソフィアの服の袖を捲り、机の上に用意していた薬に浸したガーゼを露出した手首に貼った。

 

 

「なんの話をしていたの?なんだか、深刻そうだったけど……」

 

 

ソフィアの疑問に、ハリーとロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、辺りを見回す。遅くなりつつある談話室にはまだ数人の生徒がいたが、誰もこちらを気にしている様子は無い。

ハーマイオニーはそれでも何度も周りを気にして誰にも聞かれないようにしながら、ひそひそと囁いた。

 

 

「あのね、さっきまで話してたんだけど……アンブリッジは最低の教師で、あいつからは何も学べないでしょう?」

「ええ、そうね」

「だから……自分達で闇の魔術に対する防衛術を自習する必要があると考えたの。自分を鍛えるのよ、外の世界で待ち受けているものに対してね──本で覚えるだけでは、意味がないわ、実践が必要だと思うの」

「実践……?」

「ええ、だから、ハリーとソフィアに闇の魔術に対する防衛術の先生になって欲しいと思ってるの」

「私と、ハリーが?」

 

 

ハーマイオニーは声量を押さえてはいたが、これ以上の名案はないとばかりに目を輝かせる。ソフィアならばきっとわかってくれるはずだ、とその目に期待が込められているのも仕方のない事だろう。何せ、ソフィアは同学年よりも多くの魔法を知り、実際に色々な場面で危機から逃れていた。

ロンは既に聞いていたからか、ハーマイオニーの突拍子もない言葉に呆れる素振りを見せる事なく真剣な目でソフィアを見た。──ハリーは、少し眉を寄せ黙り込んでいたが。

 

ハリーは魔法を知るだけではヴォルデモートに対する対策など練れないと理解している。戦闘においての生死の境界はどれだけ呪文を知っているか、ではなく、刹那ほどの時間にどの呪文を使うのか瞬時に判断し、なんとかやりこなす勇気や度胸が必要だと思っているのだ。

それは魔法を知っただけでは得ることが出来ない。──と、何度も窮地を脱したハリーだけが、真に理解していた。

 

ソフィアはハーマイオニーの瞳を見たまま少し沈黙する。

確かに、魔法を知っていて使えるのと、使えないのとでは全く異なる。しかし──。

 

 

「目的は、アンブリッジが実践をしてくれないから、本来なら実技を繰り返し習得するはずの魔法をする──じゃなくて。外の世界の脅威に対して備える為に、自習をする、という事かしら?」

「ええ、そうよ」

 

 

その2つに大した差はないと思っているハーマイオニーは、悩む事なく頷いた。

ソフィアは再び沈黙し、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

 

 

「……ハーマイオニー。本当の戦闘に備える、という意味なら、多分、私もハリーも……本当の意味で教える事は出来ないわよ」

「そんな──そんな事ないわ!」

「たとえば、OWL試験のために自習する、のは良いと思うの。今のアンブリッジの授業が続くなら、きっと必要な自習よ。

けどね……外の世界での戦闘を視野に入れての魔法の練習なら──本当にそんな事(・・・・)が起こった時に生き残れるのかどうかは……その人の勇気とか…瞬時の判断力とか……それに左右されると思うの。新しい魔法を知るより、今知っていて瞬時に頭の中に浮かぶ魔法の威力を高めたり、無言呪文を発動させる方が有意義だと思うわ」

 

 

ソフィアの言葉に、ハーマイオニーはくっと唇を噛んだ。ソフィアの言い分はハリーが数時間前にハーマイオニーからこの案を聞いた時に、思わず怒鳴り熱くなってしまった言葉と近かった。

ハリーはソフィアも自分と似た考えだということに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。──自分と同じ考えで、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 

 

「まぁ、でも……そうねぇ……ハリーはどう思ってるの?」

 

 

暫く顎に手を当てて真剣に考えていたソフィアは、ふっとハリーを見た。

ハリーは小さく頷き、「僕も、ソフィアと同じ意見だ」とすぐに告げる。ハリーは視界の端でハーマイオニーが何か言いたそうにしている事に気づいたが無視をした。

 

 

「僕が今まで生き残ってきたのは、魔法をたくさん知っていたからじゃない。いろんな幸運とか、咄嗟の勘とか──勇気とか、そういうのでなんとか切り抜けることが出来たんだ。僕が闇の魔術に対する防衛術を誰よりも知ってたから生き残ったなんて、そんなの──あり得ない。本当に、死にそうにならないと……あの、頭がびりびりして心臓が爆発しそうな感じにならないと、多分……意味がないんだ」

「だからこそよ!だからこそ、ヴォ──ヴォルデモートと直面した事があるハリーから教えてもらうことが、私たちは必要なの!」

 

 

ハーマイオニーは小さな声で叫ぶ。

ヴォルデモート、という単語にロンとソフィアがぎくりと肩を震わせ、ハーマイオニーも自分で言いながら蒼白な顔をしていた。その名前を呼ぶことにどれほど意識を込めたのか、ソフィアとロンは痛いほど理解している。

 

生まれた時から魔法界に生きるソフィアとロンにとって、『ヴォルデモート』の名はどうしても言うことが出来ず、耳にするだけで身体の奥を冷たい何かが通り過ぎたような気がするのだ。物心つく前から、周りにヴォルデモートの恐ろしさを植え付けられているせいかもしれない。──だが、これはソフィアとロンだけでなく、騎士団員や一部の人間を除き魔法族全員がそうだ。

 

 

4人の間を沈黙が落ちた。

気まずい沈黙というよりは、ロンとハーマイオニーはハリーとソフィアの様子を窺っている。

 

ハリーとソフィアは怒っているわけではなく、そしてハーマイオニーの言いたいことも何となく理解をしていた。ただ、2人はヴォルデモートと──ソフィアは記憶体のトム・リドルと──直面したという共通点があり、2人はヴォルデモートと戦う意味を少なからず理解している。

もし、ここにルイスが居れば、彼もソフィアとハリーと同じような事を言っただろう。

 

 

「……少し、考えてもいいかしら」

「ええ!ええ、もちろんよ。ハリーも、その──考えてくれる?」

 

 

ハーマイオニーはまたハリーが怒りだしてしまうかと思い、やや硬くなりながらハリーを見た。ハリーはとりあえず考えるだけなら、と小さく頷く。

 

 

「じゃあ、私は寝室に行くわ」

 

 

この場にこれ以上いるのが耐えられず、ハーマイオニーはさっと立ち上がり女子寮へ足早に向かう。ロンはハーマイオニーを羨ましいやら恨めしいやら複雑な目で見ていたが「ふわぁあ──僕も、寝ようかな」とアンブリッジに似たわざとらしい欠伸をこぼし、男子寮へ向かった。

 

残されたソフィアとハリーは2人が向かった先の階段を見ていたが、同時にため息をつき、顔を見合わせて苦笑した。

 

 

「ソフィアは…反対、なんだよね?」

 

 

ハリーは今ここにソフィアが残っているのは、きっと自分と相談したいからだと思い、声量を落として問いかける。もし、ソフィアが何も聞くつもりがないのなら、いつものようにハーマイオニーを追ってすぐに女子寮へ向かったはずだ。

 

 

「反対……というよりも。目的をどうするかで変わるわね。もし、外の世界で死喰い人と遭って──生き残るための戦闘方法を教えるという目的なら、私たちには難しいわ。けれど、()()()()()()()()()を目的とするなら……まぁ……悪くはないわ」

「生存率…?そうか、守護霊魔法とか?」

「そうね、それもかなり有効よ。他には……魔法の命中率を上げるとか、無言呪文を習得するとかかしら」

「そういえばさっきも言ってたね、無言呪文って何?」

 

 

ハリーは先ほどの会話を思い出し、自分が知らない単語に先ほどは聞けなかった事をこっそりと聞いた。

無言呪文が何なのかはわからないが、ハーマイオニーと──そして、ロンでさえ疑問に思わなかったのだ。なんとなくそれをあの場で聞くことが恥ずかしかった。

 

 

「ああ…えっとね」

 

 

ソフィアは鞄の中から羊皮紙を2枚取り出すとそれぞれ半分に裂いた。

机の上に綺麗に並べて杖を出し、「レパロ」と唱える。すると半分になっていた羊皮紙は引き合うようにくっつき、1枚の羊皮紙に戻る。

 

 

「これが、普通の魔法。それでこれが──」

 

 

ソフィアは何も言わず、ただ杖を羊皮紙に向けた。すると羊皮紙は当然のように破れてた箇所が修復され、元通りになる。

 

 

「これが、無言呪文よ。大人の魔法使いなら──差はあるけれど──たいてい出来るわ。先生たちも何も言わないで杖だけ振って色々なものを出したり、動かしたりしているでしょ?」

「ああ!たしかに、あれが無言呪文なんだ!」

 

 

いつもの授業風景を思い出したハリーは納得が出来、大きく頷く。それならロンが何故無言呪文を知っているのかも頷ける。彼の両親は魔法使いだ、きっと日常的に呪文を唱えない様子を見ていたのだろう。ハーマイオニーは、間違いなく膨大な知識でそれを知っているのだ。

 

 

「さて、──ミスター・ポッター?」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑い、ぴんと背筋を伸ばした。ハリーは一瞬虚をつかれたが、ニヤリと笑うと「はい、プリンス先生。何ですか?」とソフィアの戯れに付き合う。

 

 

「この無言呪文は、何故生存率を上げるのだと思いますか?」

「えっと……。……どんな魔法を使ってるかわからないし、いきなり魔法を使うことができて…相手が驚くから!」

「正解!グリフィンドールに5点!」

「あははっ!ありがとうございます!」

 

 

先ほどの真剣な雰囲気をガラリと変えて楽しげに声を上げて笑うハリーとソフィアに、遠くにいた寮生はどうしたのだろうかと一瞬振り返り2人を見たが、すぐに興味を無くしペチャクチャとお喋りを再開した。

 

 

「そうなの。相手を驚かせる事ができるわ。不意打ちを狙うために、隠れて使うと威力はさらに上がるわね。無言呪文は、確か6年生の時に学ぶから……ハリーも練習して損はないわ。無言呪文ができるようになれば、今まで以上に早く魔法を連発する事が出来るし。

まぁ、戦闘が始まって──どんな魔法が来るか、読むのは難しい事だけどね。相手も大人なら、無言呪文を使うでしょうし」

「…そっか…そうだね。大人なら無言呪文を使う。きっとそうだ。……僕に教えてくれる?」

 

 

ハリーは真剣な目でソフィアに頼み、ソフィアは「ふふっ」と小さく笑うとそのまま頷いた。

 

少しでも生存率を上げるため。

 

その言葉がハリーの心の奥にじんわりと広がる。確かに、勝つ事は難しいだろう。自分だって今まで完璧な勝利なんて得ていない、逃げて何とか生き延びたこともある。

生存率を上げるために、力を得たいとハーマイオニーが考え、それを目的とするのならば──。

 

 

「…僕、ハーマイオニーが言った事をよく考えてみる」

「ええ、そうね。早急に返事をしなくてもいいと思うの。よく考えて──それから、2人で結論を出しましょう」

 

 

ハリーとソフィアは頷き合う。

ハリーの気持ちはほぼ教える方に傾いていた。ソフィアと話し、魔法を習得する目的がただ色々な魔法を使えるようになるではなく、死喰い人に勝つ強い魔法を知るではなく──自分達の生存率を上げる事ならば、いい案だと思えるようになったのだ。

 

 

「私はそろそろ寝室に戻るわ、おやすみなさい、ハリー」

「うん、おやす──」

 

 

 

ソフィアは鞄を持ち立ち上がると、少し身を乗り出し机に手を置いて、ハリーの頬に触れるか触れないか程度の掠めるようなキスをした。

 

 

「──これも、無言呪文みたいなものかしらね?」

 

 

ぱっと離れたソフィアは悪戯っ子のように笑うと──頬は少し赤かったが──ぱたぱたと早足で女子寮に向かう。

 

残されたハリーは遅れて心臓が爆発したのを感じ、真っ赤な顔で服の上から胸を押さえた。

 

 

「…確かに、効果的だ……」

 

 

今までもソフィアからの挨拶のキスは何度かあった。しかし、いつの間にかそれは殆ど無くなっていたのだ。かなり久しぶりのキスに、ハリーはその意味を求めていいのか、それともただ無言呪文の効果をよく自分に理解させるためだったのか、全くわからなかった。

 

 

──とりあえず、寝よう。

 

 

ふらふらとした足取りで男子寮への階段を上がり、自室の扉を開け、ロンの視線に気付かぬままハリーはベッドに倒れ込んだ。

 

ハリーの頭に残っていた闇の魔術に対する防衛術の自習の事や目的の事など綺麗さっぱり吹っ飛んでしまったが──今夜ばかりは仕方がないだろう。

 



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265 2人の考え!

 

ソフィアがアンブリッジからの1週間の罰則を終えた最終日、ソフィアはグリフィンドール寮に戻らず魔法薬学の研究室へと向かっていた。

 

夕食の時にセブルスから「罰則後に待つ」といういつも通りの短文の手紙を受け取ったからだった。

呼び出される事に心当たりは全く無かったが、久しぶりに親子として会話できるかもしれないと思うと自然と頬は緩み、足取りは軽くなる。

 

 

「先生、ソフィア・プリンスです」

「入りたまえ」

 

 

ソフィアは扉を開け、後ろ手にきっちりと扉を閉じる。部屋の中央に椅子とローテーブルがあり、その上にはティーセットが用意されていた。

セブルスは杖を振るい扉に防音の魔法とくっつき魔法をかけ、ソフィアに椅子に座るよう促した。

 

 

「どうしたの?父様」

 

 

ソフィアは椅子に座ると2つのカップに紅茶を注ぎ、いつも通りの美味しそうな匂いを楽しみながら首を傾げた。どうやら何かに対する罰則や苦言ではなく、ただのお茶会のようだ。

 

セブルスは対面側に座ると熱い紅茶を飲み、暫く沈黙したが、ややあって口を開いた。

 

 

「……何故罰則を受ける事になった?」

「ああ、その事ね」

 

 

何故呼び出されたのか合点がいったソフィアは、大した事が無いというようにアンブリッジと自分との間でどのような会話があったのかを話した。

全て聞いたセブルスは小さくため息をつき納得する。ソフィアは教師がどのような教師であれ、反抗的な態度を見せる事は無い。ソフィアが怒り反論するのは、親友であるハーマイオニーが愚弄された時だけだ。セブルスは自分が受け持つ魔法薬学の授業で何度もソフィアがハーマイオニーの為に反抗的な態度を見せた事を思い出した。

 

 

「罰則の内容は普通の書き取りだったわ」

「そうか……」

「アンブリッジ──先生の授業では、まともな事は学べないわ。私たちに魔法を全く使わせずにOWL試験に臨めって言うのよ?論理を深く理解しただけで魔法が発現するのなら、魔法学校なんて必要ないわ!」

 

 

ソフィアはセブルスの手前、一応アンブリッジの事を先生と呼んだが、わざとらしくつけられたその言葉にセブルスは気付き、少し眉を寄せる。勿論セブルスもアンブリッジの事は良い教師だと思っていないが。

ソフィアが敬意を払わない、という事が引っかかるのではなく、ただ単にアンブリッジにソフィアが目をつけられるのは厄介だと思ったのだ。

 

 

「だが、既に5年生の魔法は使えるだろう。いや…この学校で学ぶ全ての魔法を使えるのではないか?」

「まぁ、そうだけど……みんながそうだというわけじゃないでしょう?ねぇ、父様。どうにかならないかしら?」

「…難しいな。他の科目に口出しは出来ん。アンブリッジは魔法省の人間でもある」

「そうよね……はぁ、闇の魔術に対する防衛術の先生は中々まともな教師に恵まれないわね…」

「……ソフィア。今年も異変があればすぐに私に言いなさい。…わかっているな?」

「わかってるわ!」

 

 

ソフィアはセブルスの懐疑的な視線から逃れるために紅茶を一口飲んだ。

毎年忠告されているが、なんだかんだ言えない事が多く、心配させたり怒らせてしまう事が多いとソフィア自身理解していた。

しかし、流石に今年は例年とは異なる。ヴォルデモート卿が復活した今、もし少しでも異変があればすぐに騎士団員であるマクゴナガルかダンブルドア、そしてセブルスに言うつもりだった。──言える範囲内で。

 

 

「あ!そういえば、父様に相談があるんだけど……」

「何だ?」

「大した事じゃないの、そろそろ将来の職業の事を考えないといけないでしょ?その相談をしたくて……今日は遅いし、今じゃなくていいからまた時間をとってほしいの」

 

 

ソフィアは時計を見て夜の9時がすぎている時間に話す内容では無いとすぐに手を振った。将来の事だ、じっくりと父の話が聞きたかったし、その為の勉強法も知りたかった。

セブルスはソフィアの真剣な目に、もうそんな事を考える歳になったのかと思うと、何だか感慨深い思いがした。子どもだとばかり思っていたが、もう将来の事を真剣に考える時なのか。

 

 

「ああ……近々、時間をつくろう」

「ありがとう!私、今年は魔法薬学で……実技でもOを取ってみるわ!」

 

 

魔法薬学を苦手としているソフィアからすればそれは高すぎる目標に思えた。しかし今年になってソフィアは調合が上手くなり、出来上がった薬も100点とはとても言えないが、60点くらいにはなっている。今まで10点レベルだった事を思えば大きな進歩だろう。このまま集中を切らさず、最後まで集中して調合を行えばいつか100点の薬を作れるようになるだろうとセブルスは思っている。

 

セブルスは目元を緩めると、「期待していよう」と優しく言った。

 

 

一時の楽しいお茶会を終えたソフィアは暗い廊下を歩き、グリフィンドール寮へと戻る。ふと、もしハリーと共に闇の魔術に対する防衛術の自習をするとなれば、父にその事を報告するべきなのか悩んだ。

 

しかし、悩んだのは僅かな時間であり、ソフィアはすぐに頭の中からその疑問を消す。

これは特に異変ではないだろう。それに、自習は校則で禁止されている訳ではない。もしアンブリッジが知ればそれはそれで面倒な事になるだろう、しかし、ソフィアは勿論ハーマイオニー達もアンブリッジにわざわざ伝えるなんて事は考えていない。

 

異変でもないし、父様が知らなくても問題ないわ。──と、ソフィアは考えた。

 

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術をハリーとソフィアが教えるという提案をした後、ハーマイオニーは丸々二週間、全くそのことに触れなかった。

 

そして、9月も終わろうとしている荒れ模様の夜、ソフィア達が図書館で魔法薬の材料を調べているとき、再びその話題が持ち出された。

 

 

「どうかしら。闇の魔術に対する防衛術の事、あなた達、あれから考えた?」

 

 

突然ハーマイオニーが切り出し、ハリーは難解な魔法薬学の参考書に目を落としていたがハーマイオニーの声音の真剣さにゆっくりと顔を上げる。

ロンはまたハリーが爆発しないかと顰めっ面をしてハーマイオニーとハリーをちらちらと見る。その目は「もうその事には触れるな」と言っているようであった。

 

 

「……考えたよ」

「それで?」

 

 

ハーマイオニーはハリーが不機嫌にならないと分かると身を乗り出し意気込みながら次の言葉を促す。ハリーは自分だけが考えを言って良いものか特に悩みソフィアを見たが、ソフィアは少し微笑むだけで何も言わなかった。

 

 

「あれから、ソフィアと少し相談したんだ。それで──外の世界の脅威と戦うためじゃなくて、脅威に遭ったときの生存率を上げるためなら……いいんじゃないかって」

「生存率?」

「うん。僕は今まで一人で完璧に勝てた事なんてない。いつだっていろんな奇跡とか、幸運とか──そんなもので生き延びる事が出来たんだ。戦って、相手を倒すんじゃなくて…どうやれば生き残れるのか、その生存率を上げるための方法なら……多分、教えられる」

「ソフィアも、同じ意見なの?」

「ええ、そうよ。それなら私も少しは教えられるもの」

 

 

ソフィアは読んでいた参考書をぱたんと閉じて微笑む。ハーマイオニーは2人からの前向きな言葉に嬉しそうに笑うと「良かったわ!」と目を輝かせた。

 

 

「生存率を上げる──うん、とっても良いわ!2人とも、闇の魔術に対する防衛術はとても優れてるもの!ソフィアは教え方も凄く上手いし、2人とも服従の呪文を退けられるし、ハリーは守護霊も創り出せる。きっととても身につく自習になるわ!」

「でも、君とロンだけだ、いいね?」

 

 

ハリーの言葉に、ハーマイオニーはまた少し心配そうな顔をした。

 

 

「うーん…ハリー、お願いだからまたキレたりしないでね?…私、習いたい人には誰にでも教えるべきだと、本当にそう思うの。だって、問題は死喰い人や…ヴォ、ヴォルデモートに対して──ああ、ロン、ソフィア、そんな顔をしないで!──私たちが自衛するって事だもの。こういうチャンスを他の人にも与えないのは、公平じゃないわ」

 

 

ハリーとソフィアは顔を見合わせ、少し悩んだ。

ハーマイオニーとロンにだったら幾らだって練習に付き合い、教える事が出来る。だが他の人も参加するとなると、後々ややこしい事になるのではないかという漠然とした不安がソフィアにはあった。

ハリーの不安は、そこまで考えているわけではなく──単純に、今の自分に魔法を教わりたいという人がいるとは思えなかったのだ。

 

 

「うーん……ハーマイオニーの言うこともわかるわ。でも……人が多くなると、後々問題が出そうな気がするわ…」

「そもそも、君たち2人以外に魔法を習いたいなんて思うやつはいないと思う。ソフィアはともかく、僕は頭がおかしいんだ、そうだろ?」

「さあ、あなたの言う事を聞きたいって思う人がどれだけたくさんいるか──あなた、きっとびっくりするわよ。それに、ソフィアの魔法の優秀さは2年生の時の決闘クラブで沢山の人が見ていたわ」

 

 

ハーマイオニーは真剣な声で自信たっぷりに言うが、ハリーとソフィアはそうとは思えず肩をすくめる。

 

 

「それじゃ、10月の最初の週末はホグズミード行きでしょ?関心のある人は、あの村で集まるって事にして、そこで討論したらどう?」

「どうして学校の外でやらなきゃいけないんだ?」

 

 

黙って聞いていたロンが不思議そうに聞けば、ハーマイオニーはやりかけの『噛み噛み白菜』の図の模写に取り組みながら「アンブリッジが私たちの計画を嗅ぎつけたら、あまり嬉しくないだろうと思うからよ」と声を潜めて言った。

 

 

 



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266 ホッグズ・ヘッド

 

 

ホグズミード行きの日は、明るく風の強い朝から始まった。

ハリーはシリウスがまた犬の姿になり現れたらどうしようかと心配になり、ソフィア達に相談もしたが、流石のシリウスもあれだけハリーにダメだと言われたら来ないだろう、とソフィア達は慰めた。シリウスもきっと、本心ではわかっているはずなのだ。ただ、2年以上も逃亡生活の上に今はあの場所で1人軟禁されている。嫌になり愚痴の一つも言いたいところだが、それに付き合ってくれる者もいないのだろう。

 

シリウスがいなかったら、シリウスの無実を知らなかったらこうしてホグズミードに行ける事もなかったのだと思うとハリーの胸はちくりと痛んだが、今どれだけ心を痛めようが仕方のないことなのだ、きっとシリウスは一言会いたいと言えば喜んであの場所から飛び出すだろう。だからこそ、ハリーはシリウスに会いたいとは口が裂けても言えなかった。

 

 

「ところで、どこに行くんだい?3本の箒?」

 

 

ソフィア、ハリー、ロン、ハーマイオニーはホグズミード村のすぐそばまでやってきた。

事前にロンとハーマイオニーがまともな闇の魔術に対する防衛術を学びたいと思っているだろう何人かに声をかけて回り、興味を持った者が何人かいる事は聞いていた。

 

 

「違う。あそこはいつもいっぱいで騒がしいし、みんなにホッグズ・へッドに集まるように言ったの。ほら、もう一つのパブ。知ってるでしょ?表通りには面していないし、あそこはちょっと……胡散臭いわ。だから生徒は普通あそこには行かないから、盗み聞きされることも無いと思うの」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィア達は頷き、大通りを過ぎて横道に入った。

その道の突き当たりに小さな旅籠が建ち、ドアの上に張り出した錆びついた腕木にボロボロの木の看板がかかっていた。その看板には切られたイノシシの首が周囲の白布を真っ赤に染めた悍ましい絵が描かれ、風に煽られてギィギィと不吉な音を奏でた。

流石に4人とも入るのを躊躇い、暫く顔を見合わせていたが、ついにハーマイオニーが「さあ、行きましょうか」と少しおどおどしながら言った。

頷いたハリーは、ハーマイオニーに目配せをして真っ先に扉を押し開けた。

 

ホッグズ・ヘッドは、三本の箒と全く異なっていた。

三本の箒は明るく暖かく、何よりも清潔で笑顔と楽しげな声で満たされていたが、ホッグズ・ヘッドは小さく見窄らしく、ひどく汚い店内でありヤギのようなキツイ獣臭がした。出窓は煤けて陽の光が殆ど差し込まず、木のテーブルはざらつき床は何世紀もそのままなのではないかという埃が踏み固まれ、石畳のようになっていた。

 

一年生の時に、ハグリッドが「ホッグズ・ヘッドにはおかしなやつがうようよしとる」と言い、どう見ても怪しい人間から酒を奢られドラゴンの卵を受け取ったと聞いた時、そんな馬鹿な話あるのか、何故怪しまないんだ。とソフィア達は思っていたが、店内にぽつぽつといる人たちを見る限り、確かにこれは怪しむ怪しまないの問題ではない。

店内にいる人──か、どうかは不明だが──はみんな顔を隠していた。包帯でぐるぐる巻きにしていたり、フードを深く被り顎の下しか見えなかったり。ここでは顔を隠すのが当たり前なのだろう。暖炉脇にいる分厚く黒いベールに身を包んだ魔女なんて、尖った鼻先が僅かに見える程度だ。

 

 

ソフィアはそっとハーマイオニーの腕を掴みながら、少しだけ、不安に思った。

 

 

「本当に、ここでいいの?」

「もしかしたら、あのベールの下はアンブリッジかもしれないって、そんな気がしないか?」

 

 

ソフィアとハリーはひそひそと呟き、不安げで居心地悪そうな顔をした。だがハーマイオニーは魔女のベールの姿を探るように見ながら「アンブリッジはもっと背が低いわ」と落ち着いて言う。

 

 

「それに、アンブリッジがもしここに来ても、私たちを止めることは出来ないわよ。校則を何回も確認したし、フリットウィック先生にも聞いたけど、生徒がホッグズ・ヘッドに来ることは校則違反じゃないの。ただし、自分のコップを持参しなさいって忠告されたけどね。それに、勉強の会とか宿題の会とか、考えられる限り全て調べたけど、間違いなく許可されているわ。私たちがやっていることを派手に見せびらかすのは、あまりいいと思わないけど」

「…ただでさえ、ファッジ大臣は戦う訓練をさせたくないみたいだものね…バレたら……また面倒な法令を出すわ、きっと」

 

 

ソフィアが囁けば、ハーマイオニーは少しだけ心配そうな顔をした。しかしここまできてしまったのだ、何より発案者の自分が怖気付くわけにはいかない。とハーマイオニーは表情を引き締める。

 

こそこそと話していると店主が裏の部屋から出てきて4人にじわりと近付いた。長い白髪に顎髭を伸ばした不機嫌そうな顔をした老人が現れ、「注文は?」とぶっきらぼうに聞いた。

 

 

「バタービール。4本お願い」

 

 

ハーマイオニーがきっぱりと言えば、老人はカウンターの下に手を入れ、埃を被った汚らしい瓶を4本引っ張り出しカウンターの上に強く置いた。

 

 

「8シックルだ」

「僕が払う」

 

 

ハリーが銀貨を渡しながら急いで言い、店主は一瞬ハリーの額の傷痕を見たが、何の反応も見せずハリーの銀貨を古臭い木製のレジの上に置いた。木箱の引き出しが自動的に開き銀貨を受け入れたのを見ながらハリー達はバーカウンターから一番離れたテーブルに移動し、腰掛けて辺りを見回した。

 

 

「あのさあ。ここなら何でも好きなものを注文できるぞ。あの爺さん、何でもお構いなしに売ってくれるぜ。ファイア・ウィスキーって、僕、一度試してみたかったんだ」

 

 

ロンがカウンターの方を見ながらうずうずと言うが、すぐにハーマイオニーはしかめ面をして「あなたは監督生です」と低い声で制する。ハーマイオニーの静かな軽蔑と怒りの眼差しに、ロンの顔から笑いが消え「そうかぁ…」と呟き、ガッカリと肩を落とした。

 

 

「それで、誰が僕たちに会いに来るって言ってたっけ?」

「ほんの数人よ」

 

 

ハーマイオニーは時計を確かめ、心配そうにドアの方を見ながら前と同じ事を繰り返す。何度かハリーとソフィアが誰が来るのかと聞いたが、ハーマイオニーは「数人よ」と曖昧にしか答えなかった。

 

 

「あっ、ほら、今来たかもしれないわ」

 

 

パブの扉が開き、一瞬、埃っぽい店内に陽の光が帯状に差し込んだが、次の瞬間には入ってきた人々の影によりそれは遮られて消える。

先頭にネビル、続いてディーンとラベンダー、その後ろにパーバティとパドマ、そしてチョウと、チョウの友人であるマリエッタ・エッジコム、ルーナ、ケイティ、アリシア、アンジェリーナ、コリンとデニスの兄弟、アーニー、フレッドとジョージ、リー・ジョーダン──その他にもまだぞろぞろと店内に入り、狭い店内は一気に人で溢れた。

 

 

「数人?」

「これが、数人なの?」

 

 

ハリーとソフィアは掠れた声で呟き、呆然と入ってきた見知った顔を眺めた。

 

 

「ええ、そうね、この考えはとても受けたみたい」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうだったが、ソフィアは少々嫌な予感がした。

たしかに、アンブリッジの授業に不満を持ち、闇の魔術に対する防衛術を学びたいと考える人たちなのだろう。だがここまで多く──その人の性格や内面を知らぬ人まで居るとなると、いつか間違いなくアンブリッジに知られることになるだろうと思った。

いや、まだ今日はハリーと自分の考えを言うだけであり、全員が参加するわけではない。そうソフィアは思い直し、言いたい事を飲み込んだ。

 

 

「ロン、もう少し椅子を持ってきてくれない?」

 

 

ハーマイオニーの指示に、ロンはすぐ誰もいないテーブルから椅子を持つと人混みをかき分けてきたが、おそらくこの店内にある全ての椅子を持ってきても全員が座ることは出来ないだろう。

 

店主は一度も洗ったことがないような汚いボロ衣でコップを拭きながら、目を見開き固まっていた。間違いなく、店内が満員になったのを見たのは初めてなのだろうとハリーは思った。

 

 

「やあ。──じゃあ、バタービールを25本頼むよ」

 

 

フレッドがカウンターに近づき店主に話しかけ、素早く人数を数えバタービールを注文した。

苛つきながらカウンターに置かれたバタービール瓶を配りながらフレッドとジョージは手分けして1人2シックル回収していく。

ソフィアはそれを眺めながら「25人…」と呟いた。

 

 

「君はいったい、みんなに何て言ったんだ?みんな何を期待しているんだ?」

 

 

ハリーはまさかこの集団が自分かソフィアの演説を期待しているのではないかと思い、低い声で聞いた。

 

 

「言ったでしょ。みんな、あなたとソフィアの考えを聞きにきたのよ。──勿論、はじめは私が話すから、あなたは何もしなくていいわ」

 

 

ハリーが怒りを滲ませたまま見つめるのをやめなかったため、ハーマイオニーは慌てて最後の言葉を早口で付け足した。

椅子が足りなかった生徒は立ったままでハリーたちの周りに集まり、ガヤガヤとしたお喋りが自然と鎮まり、その代わりに視線はハリーと、そしてその隣にいるソフィアに注がれた。

 

 

「えー」

 

 

流石のハーマイオニーも緊張し、いつもより声を上ずらせながら話のきっかけを作る。ハリーとソフィアに向いていた目はハーマイオニーを注目したが、時々、また2人に視線が戻っていた。

 

 

「さて……えーと…じゃあ、みなさん。何故ここに集まったか、わかっているでしょう。えーと──じゃあ、ここにいるハリーとソフィアの考えでは……あー……つまり、私の考えでは、とてもいい考えだと思うんだけど……闇の魔術に対する防衛術を学びたい人が──つまり、アンブリッジが教えるようなクズじゃなくて、本物を勉強したい人、という意味だけれど」

 

 

話しているうちに落ち着いてきたのか、アンブリッジに対する怒りを思い出したのか、ハーマイオニーの声は徐々に自信に満ち、力強くなる。

 

 

「何故なら、あの授業は誰が見ても闇の魔術に対する防衛術とは言えません。──それで、いい考えだと思うのですが、私は……この件は自分たちで自主的にやってはどうかと考えました。そして、つまりそれは適切な自己防衛を学ぶという事であり、単なる理論ではなく、本物の呪文を──」

「だけど、君は闇の魔術に対する防衛術のOWLもパスしたいんだろ?」

 

 

マイケル・コーナーが聞き、ハーマイオニーはすぐに頷いた。

 

 

「もちろんよ。だけど、それ以上に、私はきちんも身を護る訓練を受けたいの。自分の命を守るために──何かあった時の、生存率を上げるために。なぜなら……なぜなら……──ヴォルデモート卿が戻ってきたからです」

 

 

ハーマイオニーは大きく息を吸い込んで最後の言葉を言った。その途端、そこかしこで小さな悲鳴が上がり、数人が肩を震わせたが、全員が今度はソフィアでもハーマイオニーでもなく、ハリーを爛々とした目で見つめた。

 

 

「じゃ……とにかく、そういう計画です」

 

 

ハーマイオニーは言いたい事を全て言うと椅子に座り、すっかり乾いた喉をバタービールで潤した。

 

 

「あの人が戻ってきたっていう証拠がどこにあるんだ?」

 

 

ザカリアス・スミスというハッフルパフ生がハリーを睨みながら食ってかかるように言う。

ソフィアは知らなかったが、彼はクィディッチの選手であり、そして──セドリックとも、仲が良かった。

 

 

「まず、ダンブルドアがそう信じていますし──」

「ダンブルドアがその人を信じてるって意味だろ」

 

 

ハーマイオニーがすかさず理由を説明しかけたが、ザカリアスは彼女の言葉を途中で遮り、ハリーの方を顎で指した。

 

 

「君、いったい誰?」

「ザカリアス・スミス。──それに僕たちはその人が何故例のあの人が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」

 

 

怪訝な顔をしたロンの言葉にザカリアスはぶっきらぼうに答え、ハリーからの返答を待つ。こんな展開になるとは思ってなかったハーマイオニーは狼狽え、どうしたらいいのかと助けを求めるようにちらちらとソフィアを見た。

 

 

「…この会合は、ハリーに去年あった事を聞くために開いたわけではないわ。私は、そもそも例のあの人が戻ってきたから、という理由であなたたちに魔法を教えるつもりはないの。ただ、外にいる死喰い人や人攫い、他の魔法生物達から襲われた時のための対処法と、生存率を上げるための訓練を行う。そのつもりで、ハリーと私はここに来ているの」

 

 

今まで黙っていたソフィアの言葉に、一瞬静寂が落ちた。ソフィアの事をよく知らない人たちは「そもそも何故こんな少女がハリー・ポッターと同格なんだ?」という懐疑的な目を隠さずソフィアを見る。

 

 

「いいよ、ソフィア」

 

 

ハリーは自分の中で沸々と煮えたぎるような怒りを何とか鎮める。おそらく、彼らの殆どは真剣に魔法を知りたいのではなく、自分から去年何があったのかを直接聞ける事を期待してやってきたのだろう。

 

 

「僕が何故例のあの人が戻ってきたって言うかって?僕はやつを見たんだ。だけど、先学期ダンブルドアが何が起きたのかを全校生に話した。だから、君がその時ダンブルドアの事を信じなかったのなら、僕の話も信じないだろう。僕は誰かを信用させるために、午後いっぱいを無駄にするつもりはない」

 

 

ハリーが話している間、全員が息を殺しているようだった。集まった生徒たちだけではなく、この店に居る名も知らぬ魔法使いや魔女、そして店主でさえこちらに聞き耳を立てているような気がして、ハリーは一瞬、店主をチラリと見た。

 

 

「ダンブルドアが先学期話したのは、セドリック・ディゴリーが例のあの人に殺された事と、君がホグワーツまでディゴリーの亡骸を運んだ事だけだ。詳しいことは話さなかった。僕たちみんなそれを聞きたいと思うな──」

「ヴォルデモートがどんなふうに人を殺すのかはっきり聞きたくてここに来たのなら、生憎だったな。僕は、セドリック・ディゴリーの事を話したくない。わかったか?だから、もしみんながそのためにここに来たのなら、すぐ出て行った方がいい」

 

 

なおも食い下がるザカリアスにハリーはキッパリと言い、扉を指差した。

しかし、出て行くものは誰もいなかった。ザカリアスでさえ、ハリーをじっと見つめたまま口を真一文字に結び沈黙していた。

 

ソフィアは小さくため息をつき、机に手を置いて静かに立ち上がる。

だが、沈黙が落ちる店内にソフィアが椅子を動かした音はやけに大きく響き、みんながソフィアを見つめた。

 

 

「──さて、本気で私とハリーから防衛術を学びたいと思っているなら──多分、ここにいる何人かはどうして私が?と疑問に思っていると思うの」

「ソフィアは僕より優れた魔女だ」

 

 

すぐにハリーがそう言うが、殆どの生徒は「本当なのか?」とやや疑いながらソフィアを見ていた。

ソフィアの今までの試練は、殆ど誰も知ることのない試練なのだ。全てを知っているのはハリーとロンとハーマイオニーだけであり、一部の生徒がソフィアの魔法の強さの片鱗を2年生の時の決闘クラブで見た──たった、それだけである。

 

 

「まず──何から言えばいいのかしら…自分の力を誇示するようで、ちょっと、気が進まないんだけど……私も、自分の魔法がハリーより優れているとは思わないの。ただ、少し他の人より魔法を知っていて、少し危険な試練を経験して、そして──少し、人に攻撃魔法を掛けることに躊躇がないだけよ」

 

 

ソフィアは最後の言葉は少し悪戯っぽく伝えた。何人かは冗談だろうと思ったが、ソフィアとルイスの決闘クラブでの様子を知ってる何人かは神妙な面持ちで頷く。

 

 

「私が教えるのは、攻撃魔法と守護魔法の精度を上げること、自分の生存率を上げる方法。そして、無言呪文と守護霊魔法の習得方法。最終的には本格的な対人訓練もしたいわ」

「えっ!ソフィア、あなた守護霊を創り出せるの?」

 

 

ハーマイオニーが思わず叫び、ソフィアの言葉を聞いていたザカリアス達もざわめいた。

 

 

「あれ、言ってなかったかしら?」

「知らなかったわ!」

「まぁ…会合に参加するのなら、見せる機会があると思うわ。──話が脱線したけど、私ができる事はそのくらいね」

 

 

ソフィアはニコッと笑い、再び椅子に座る。隣に居る友人とコソコソと話す者もいたが、ソフィアも守護霊を創り出せるということが決め手になったのか、誰もソフィアがハリーと共に教えることに異論はなさそうだった。──少なくとも、誰もソフィアを疑うことなく尊敬の眼差しで見つめている。

 

 

「あの、ハリー・ポッター。あなたも守護霊を創り出せるって本当?」

 

 

長い三つ編みを一本背中に垂らした女子生徒がおずおずとハリーに聞いた。会合の頻度や日程を決めようと声を上げかけていたハーマイオニーは言葉を飲み込み、その女生徒を見つめる。

 

 

「うん」

「有体の守護霊を?」

 

 

何を言われるのかと身構えていたハリーは、その言葉で記憶が蘇り、彼女の面影にピンとくるものがあった。

 

 

「あ、きみ……マダム・ボーンズを知ってるのかい?」

「私のおばよ。私、スーザン・ボーンズ。おばがあなたの尋問の事を話してくれたわ。それで──本当なの?牡鹿の守護霊を創るって?」

「ああ、そうだよ」

 

 

ハリーが答えた途端、リーが「すげえぞハリー!それに、ソフィアも!全然知らなかった!」と心底感心したように言った。

そのリーの明るい賞賛の声に、今まで微妙な緊張を孕んでいた空気はふっと緩和したのをソフィアは肌で感じた。

 

その後は口々に今まで聞けなかったハリーの功績を確認し──バジリスクをグリフィンドールの剣で倒した事や、賢者の石を守った事、そして去年の三校対抗試合での事だ──皆が賞賛と感心の目をハリーに向けた。

ハリーは勿論全てが自分1人の力ではなく、沢山の人に助けられた事を言ったが一度盛り上がった雰囲気は収まらず一転して誰もがハリーを褒め称えた。

 

 

「さあ、じゃあ、先に進めましょう。要するに、ハリーとソフィアから習いたいということで、みんな賛成したのね?」

 

 

場が荒れてきた雰囲気に、ハーマイオニーが慌てて手を叩き自分に目を向けさせた。

同意を示す声が次々と上がり、誰もが頷くなかザカリアスは腕組みしたまま沈黙していたが拒否はしなかった。

ようやくひとつ決定したことにハーマイオニーはほっとした顔で皆を見回す。

 

 

「いいわ。それじゃ次は何回集まるかね、少なくとも週に一回は集まらなきゃ意味がないと思います」

「待って、私たちのクィディッチの練習とかち合わないようにしなきゃ」

「もちろん、私たちの練習とも」

「僕たちのもだ」

 

 

アンジェリーナとチョウとザカリアスが口々に言う。ハーマイオニーはクィディッチの方が大切であり、この集まりの目的に本気ではないのかと少々苛ついたがここで反論すれば全てが水の泡だと、自分に言い聞かせ言いたい事を半分は飲み込んだ。

ソフィアもまた、この中で本気なのは一体何人なのだろうか、と内心でため息をつく。

 

 

「どこか、みんなに都合が良い夜が必ず見つかると思うわ。だけど、いい?これはとても大切なこと事なのよ。ヴォ──ヴォルデモートの死喰い人から身を護る事を学んですからね」

 

 

ハーマイオニーがキッパリと言えば、クィディッチの選手達は不服そうにはしたが、文句は言わなかった。きっとハーマイオニーが先にどのチームも練習が被らない日時にすると言わなければ沢山の文句が吐き出された事だろう。

 

 

「そのとおり!」

 

 

アーニー・マクミランが突如大声を上げた。彼のことを目立ちたがり屋だと思っているハリーは、むしろここまでよく黙っていられたものだと思った。

 

 

「個人的には、これはとても大切なことだと思う。今年僕たちがやることの中では一番大切かもしれない。たとえOWL試験が控えていてもだ!──個人的には、なぜ魔法省があんな役にも立たない先生を我々に押し付けたのか理解に苦しむ。魔法省が、例のあの人が戻ってきたと認めたくないために否定しているのは明らかだ!しかし、我々が防衛呪文を使う事を積極的に禁じようとする先生をよこすとは──」

「魔法省が、私たちに闇の魔術に対する防衛術の訓練を受けさせたくない理由はね」

 

 

アーニーの演説に応えるために、ソフィアは静かに口を開いた。

 

 

「それは、アンブリッジやファッジ大臣が、変な考えを持っているからよ。ダンブルドア先生が私設軍隊のようなものに生徒を使おうとしているとか──アンブリッジと魔法省は、ダンブルドア先生が私たちを動員して魔法省に楯突くと思ってるの。だからこの会合は絶対、誰にも言ってはいけないわ。友達や親にもね、このメンバーだけ。会合について外で話すのも気をつけないとダメよ。勿論、この会合にはダンブルドア先生は一切関わりはないわ。けれど、これが見つかったとき、間違いなくアンブリッジは喜ばないし、私たちを監視すると思うの」

 

 

誰もが思ってもみない言葉に愕然とした。ダンブルドアの人となりを知っていれば、彼がそんなことを企むなどあり得ないと分かりそうなものだ。

 

 

「さて、じゃあ次は──集まる場所はどうするの?ハーマイオニー。こんなに大勢が魔法を使ってもバレない場所を探さないといけないんじゃない?」

「そうね…場所はどこか探すとします。最初の場所と、日時が決まったらみんなに伝言を回すわ」

 

 

ハーマイオニーは場所の問題を脳の端に引っ掛けながら、鞄の中を探り羊皮紙と羽ペンを取り出した。それから少し躊躇ったが──すぐに決意に満ちた顔をして、机の上に紙を置いた。

 

 

「私、考えたんだけど。ここに全員名前を書いて欲しいの。誰がきたかわかるように。それと──ソフィアが言っていたように、絶対にバレてはいけない。だから、私たちのしていることを言いふらさないって約束するべきだわ。名前を書けば、私たちの考えていることを、アンブリッジにも、誰にも知らせないと約束した事になります」

 

 

ソフィアがすぐに名前を書き、その後に嬉々としてフレッドとジョージが続いた。しかし何人かは名前を書くことに躊躇っているようでちらちらと周りの様子を伺っていた。

ジョージは隣にいたザカリアスに羽ペンを渡したが、ザカリアスは受け取らずに視線を彷徨わせる。

 

 

「えーと……まあ、アーニーがきっと、いつ集まるかを僕に教えてくれるから」

 

 

そう言いながらアーニーを縋るように見たが、アーニーもまた乗り気ではないようで羽ペンと羊皮紙を見て顔を引き攣らせた。

すぐにハーマイオニーが苛立ちから──先程の言葉はなんだったのかと──眉を吊り上げアーニーを睨む。

 

 

「僕は──あの、僕たち、監督生だ。だから、もしこのリストがばれたら……つまり、ほら、アンブリッジに見つかったら──」

「このグループは、今年僕たちがやることの中で一番大切だって、君、さっき言っただろう」

「僕──うん、ああ、僕は信じてる、ただ──」

 

 

ハリーは煮え切らないアーニーに先ほどの言葉を思い出させるように念を押したが、アーニーはしどろもどろになりながら何とか書かずに済む方法は無いかと探しているように見えた。

 

 

「アーニー、私がこのリストをその辺に置きっぱなしにするとでも思ってるの?」

「いや、違う。もちろん違うさ。僕──うん、もちろん名前を書くよ」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、アーニーは少し安心したのか表情を緩め、結局書くと決心したようだった。

その後は誰も意義を唱えなかったが、チョウの友人であるマリエッタが名前を書く時に恨みがましい目でチョウを睨み、チョウは肩をすくめ曖昧に微笑んだ。

最後にザカリアスが署名し終え、ハーマイオニーは全員が署名した事をしっかりと確認すると羊皮紙を慎重に鞄の中に入れた。

グループ全体に奇妙な感覚が流れる。それは、まるで一種の盟約を結んだかのようであり──ソフィアはハーマイオニーの表情と全員の名を連ねなければならない意味をようやく理解した。

 

 

──多分、あの羊皮紙にはハーマイオニーが魔法をかけてるわね。

 

 

全員が名前を書いたことで、ようやく緊張が解かれ、フレッドは「さあ、こうしちゃいられない」と明るく言うとジョージとリーを連れて再びゾンコへ戻った。

他の全員もそれぞれの友人とどこか興奮したように話しながら店を出ていく。

最後に残されたソフィア達は、顔を見合わせ、少しだけ疲れたように──何とかなって良かったと苦労を讃えあうように笑った。

 

 

 



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267 手を繋いで。

 

 

「まあ、なかなか上手くいったわね」

 

 

ホッグズ・ヘッドから出て眩しい陽の光の中を歩きながらハーマイオニーが満足そうに言った。

 

 

「そうね…連名リストがあるし、当面は問題なさそうね。……30人近くが入れる場所を探さないといけないわね…実戦形式にするなら、ある程度の広さも必要だし……」

「早めに見つけ出さないとね」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが練習の場所について声を潜めながら話している間、ロンはまだ残っていて持ち帰ったバタービールを飲みつつ、遠くに小さく見えるザカリアスの後ろ姿に気付き、嫌そうに眉を寄せた。

 

 

「あのザカリアスの野郎。癪なやつだ」

「私も、あの人あんまり好きじゃない。だけど、あの人、私がハッフルパフのテーブルでアーニーとハンナに話しているのをたまたまそばで聞いていて、とっても来たそうにしたの。だから、しょうがないでしょ?だけど、正直──人数が多いに越したことはないわ。例えば、マイケル・コーナーとかその友達なんかは、マイケルがジニーと付き合ってなかったら来なかったでしょうね」

 

 

さらりとハーマイオニーは言ったが、ロンにとってはクソ爆弾を投げつけられたほどの衝撃があったようで飲み干しかけていたバタービールの最後の一口を咽せながら吐き出し、ローブの胸がバタービールで汚れてしまった。

 

 

「あいつが、何だって?ジニーが付き合ってるだって?──妹が、デートしてるって?──なんだって?マイケル・コーナーと?」

 

 

ロンは耳まで真っ赤に染めて怒り、口の端に泡を飛ばしながら喚いた。

 

 

「あら、だからマイケルも友達と一緒に来たのよ。きっと──あの人達が防衛術を学びたがっているのももちろんだけど、ジニーがマイケルに事情を話さなかったら──」

「いつからなんだ?ジニーは、いつから?」

「クリスマス・ダンスパーティで出会って、先学期の終わり頃に付き合い始めたらしいわ」

「ソ、ソフィア。君も知ってたのか?本当に付き合ってるのか?」

「え──ええ、まぁ、ジニーから教えてもらったわ」

 

 

あまりの勢いに若干苦笑しながらソフィアが頷けば、ロンは金縛りの呪文で固まってしまったのかと思うほど、瞬きもせず口は開きっぱなしで停止した。

気にせず足を進めるハーマイオニーに、ソフィアは足すらも止めて棒立ちになってしまったロンをチラチラと見ながらハーマイオニーの側に駆け寄り「言って良かったの?」と囁く。

ハリーがロンの肩を慰めるように叩いたことにより、ようやくロンは金縛りが解けのろのろと歩き出し、先々進むハーマイオニーに後ろから低い声でマイケル・コーナーについてしつこく問いただした。

 

 

「マイケル・コーナーって、どっちのやつだった?」

「髪の黒い方よ」

「気に食わないやつだった」

「あら、驚いたわ」

「……ロン、ジニーを祝福してあげたらいいのに…私はルイスがヴェロニカとお付き合いして、とっても嬉しかったわよ?……まぁ、寂しくなる気持ちは少し、わかるわ」

 

 

ソフィアはほんの少しだけロンの気持ちも理解できた。

大切な人に、他の大切な存在が出来る。それはとても嬉しく喜ばしい事だが、やはり長く一緒に過ごしていた家族として少しの寂しさと──相手への僅かな嫉妬心があるのもまた、事実なのだ。

ソフィアの言葉が図星であったロンは顔を真っ赤にしたまま口をぱくぱくと開閉させ、絞り出すように「ジニーはハリーが好きだと思っていた」と呟いた。

ロンは、ハリーにならば大切な妹のジニーを任せられると思っていたのだ。それはマイケル・コーナーという少年をよく知らないからこそ、そう思ってしまうのだろう。

 

ハーマイオニーは振り返ると憐れむような目でロンを見て、ため息をついた。

 

 

「ジニーはハリーが好きだったわ。だけど、もう随分前に諦めたの」

「そうか、だからジニーは僕に話しかけるようになったんだね?ジニーは、これまで僕と話さなかったんだ」

「そうよ」

 

 

ハリーは納得しつつ、それでもジニーとロンには悪いが、自分がジニーと付き合う事はないだろう、とぼんやりと考えた。

ジニーの事は好きだ。しかし、彼女に向ける感情は、親友の妹だから──自分の妹のように感じているだけだ。人として好きで幸せになって欲しいが、恋愛感情は無い。

 

 

納得のいかないロンは早足でハーマイオニーの隣に並ぶとぐちぐちとマイケル・コーナーについて──よく知りもしないで──愚痴を言い、みるみるうちにハーマイオニーの機嫌は下がって行く。

 

 

ソフィアはロンがしつこくマイケル・コーナーを呪っている間、なんとなく歩みを少し緩め、ハリーの隣に並んだ。

いつも4人で行動しているソフィア達は、自然と2人と2人に分かれるようにして歩く事が癖になっているだけで──勿論、横一列に並ぶこともあるが──特定の意図は無い。しかし、ハリーは今この恋愛についての話題が出たのは紛れもないチャンスなのでは無いかと思い、ごくりと唾を飲み込んだ。自然な流れで、ソフィアに恋人の有無くらいなら聞けそうだ。──いや、居ないはずだ、だっていつも僕達と一緒にいるし。

 

 

「ソフィアには──」

「なぁに?」

 

 

ソフィアは小首を傾げ、ハリーを見上げた。

ばちり、と近い距離でソフィアとハリーの視線が混じる。

ソフィアの目に映る自分の姿を見たハリーは、脳の後ろにびりびりとした電気が流れたのを感じた。

 

 

 

──あ、ソフィアの目に僕が映っている。緑色の、綺麗な目だ。

一年生の時は、身長もそんなに変わらなかったのに、いつの間にか僕が、かなり追い越していたんだ。

身体も小さいし、細いし、かわいいのに、あんなに凄い魔法が使えるなんて、本当に信じられない。凄いよなぁ。

あ、ソフィアってまつ毛がすごく長いんだ。

 

 

──あれ?僕、何を言おうとしたんだっけ。

 

 

 

「ハリー?」と、ソフィアが自分の名前を呼び、口がその動きをしたが、何故かとても、ゆっくりに見えた。

 

 

 

「──僕、ソフィアが好きだ」

 

 

つい溢れた言葉に、ハリーは自分で何を言ったのか分からずきょとん、とし。言われたソフィアは目を見開いたまま固まり、少し離れた場所にいたハーマイオニーとロンは勢いよく振り返り呆然と口を開いた。

 

 

「ハ、ハリー!──君、今、ソフィアに……?」

 

 

手に持っていたバタービール瓶を両手で握りしめて目を輝かせ、ワナワナと震えるロンの顔は真っ赤であり、ハリーはそんなロンを見て「え?」と不思議そうにした。

 

 

「え……?──っ!?」

 

 

しかし、再びソフィアを見下ろし、彼女の顔や耳がロンに負けず劣らず真っ赤に染まっているのを見て、自分が何を言ったのかようやく自覚し──心臓が壊れたのかと思うほど早鐘を打ち、喉がヒュッと掠れた音を出した。

 

 

──何を言った?僕は今、何を言ってしまったんだ?こんな──こんな場所で言うつもりなんて無かった!こんな時に言うつもりなんてなかったのに、ソフィアを見ていたら気持ちが止められなかったんだ!

 

 

「ソ──」

「──ッ!!」

 

 

ハリーはとりあえず何かを言おうとソフィアの名を呼び手を伸ばしかけたが、ソフィアはびくりと肩を震わせるとそのまま無言で勢いよく走り出し、ロンとハーマイオニーの横を通過してみるみる内に小さくなってしまった。

 

ぽかん、と口を開いたままハリーは行き場のない手をぱたりと落とす。

振り返ったロンとハーマイオニーの残念そうな視線を受けたハリーは、叫び出して転がりたい気持ちを抑え、その場にしゃがみ込み──。

 

 

「はああぁ……」

 

 

体の中の空気を全て吐き出したのではないかというほど大きなため息を吐いた。

 

ロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、項垂れるハリーの元に駆け寄ると左右からぽん、と元気付けるように肩を叩いた。

 

 

「最悪だ……」

「うーん。多分、タイミングね。ソフィアもまさか今言われるとは思わなくて、パニックになったのよ」

「ハリー、きみってソフィアが好きだったんだ?言ってくれればよかったのに!」

「あら、ロンあなた本当に気づかなかったの?鈍いわね、私はすぐ気づいたわよ」

 

 

ハーマイオニーが呆れたというような口調で言えば、ロンは目を白黒させて「マジで?」と呟く。

しかし、ハリーは左右からの言葉をほとんど聞き流していた。いや、聞こえていなかった。

 

ソフィアは走り去ってしまった。つまり、僕の事なんか好きじゃないんだ。少し前におやすみのキスをしてくれたのは、やっぱり特別でもなんでもなかったんだ、僕の勘違いだったんだ。明日からどうすればいいんだ。──と、ハリーが鬱々と落ち込んでいると、ハーマイオニーがトントンとハリーの肩を叩く。

 

 

「……何だい?明日からソフィアとどう顔を合わせればいいのか考えているんだ。何かいい案でも教えてくれる?」

 

 

ハリーは情けなさと惨めさに目の奥が熱くなるのを感じ、低い声で呟きハーマイオニーを睨み上げた。

しかし、ハーマイオニーはにっこりと笑うと、くい、と後ろを顎で指した。

 

 

「──ほら、戻ってきたわよ」

「えっ」

 

 

走り去っていたソフィアは再び先ほどと同じスピードで戻ってきていた。

周りにいる生徒やホグズミードの住民達が、一体彼女はどうしたのだと振り返って見るなか、だんだん近づいてくるソフィアにハリーは本気でここから逃げ出そうかと思った。

 

 

「ハリー、しっかりして。──ソフィアが戻ってきた意味を、考えなさい」

 

 

ハーマイオニーは丸まったハリーの背をバシンと強めに叩くと、ニヤニヤと笑いながらハリーと走り寄るソフィアを交互に見ていたロンの腕を掴み、くるりと方向転換するとその場に残りたそうなロンを引っ張っていった。

 

 

「──ハリー!」

 

 

ソフィアは息を切らせ、顔を真っ赤に染めたまま現れる。

何を言われるのか、わざわざ振るために戻ってきたのかと思ったハリーはその場にしゃがみ込んだまま、眉を下げぎこちない笑みをソフィアに向けた。

 

胸を抑え、呼吸を整えていたソフィアはハリーの目の前にしゃがみ込むと、ハリーの手をぎゅっと掴む。

その燃えるような手の暖かさに、ハリーはまた鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

ソフィアはハリーと視線を合わせ、手を取り、顔を真っ赤に染めたまま──ハリーが見た中で一番美しく、とびきり明るい笑顔で笑った。

 

 

「私も、あなたが好き!」

「え──ほ、本当?」

 

 

上擦った声でハリーが思わず聞けば、ソフィアはハリーの手を離し自分の膝を抱えこむ。腕の上に頬を乗せたソフィアは、真っ赤になったハリーを覗き込むように首を傾げ、緑色の目で見つめ、いつものような悪戯っぽい、挑戦的な笑顔を見せた。

 

 

「あら、嘘にしてほしい?」

「そんなことない!ぼ、僕、すごく嬉しい!」

 

 

ハリーは思わず立ち上がって叫び、ソフィアはくすくすと楽しげに笑いゆっくりと立ち上がると、真剣な目でハリーを見つめ手を差し出した。

 

 

「……私、まだあなたに言えない秘密がたくさんあるわ。父様の事とか──それでもいいの?」

「うん!それは、卒業までは言えないんだよね?いつか、は…教えてほしいけど──でも、ソフィアのお父さんは関係ないよ!僕はソフィアが、す、好きだから!」

 

 

ハリーは、ソフィアが差し出した手を決して離さないと自分自身に誓いながら強く握る。ソフィアは一瞬、悲しそうに目を揺らせたが、瞬き一つする間に幸せそうな微笑みに変わった。

 

 

「じゃあ…よろしくね、ハリー」

「うん、よろしく!」

「…さっきは、逃げちゃってごめんなさい。いきなりで、その──びっくりしちゃって」

 

 

頬を赤らめながら言うソフィアに、ハリーは全力で首を振り「大丈夫。むしろいきなりで、ごめんね」と謝った。

何度かソフィアと手を繋いだ事はある。だが、こんなふうにゆっくりと手を繋いで歩く事はもちろん初めてであり、何故か体がふわふわと軽く、地面を踏み締めている感覚が無い。

 

ハリーは胸を高鳴らせ、夢心地のままソフィアの手の温もりと、そばで揺れる黒髪を見つめる。──ふと、ハリーは周りの風景が変わったと感じた。全てのものがキラキラと輝いて見えるのはどうしてだろう?

 

何度も来たことのあるホグズミードの村がこんなに美しいとは、ハリーは今まで一度も気づかなかった。

 

 

 

ハリーとソフィアが手を繋いで現れたのを見て少し先で待っていたロンはジニーとマイケル・コーナーの事など飛んでいってしまったかのように囃し立て、ハーマイオニーはにっこりと微笑んだ。

 

 

「良かったわね、おめでとう2人とも」

「ありがとう、ハーマイオニー」

「本当におめでとう!三本の箒で飲もうぜ!」

「もう、ロンったら気が効かないわね。2人きりになりたいに決まってるじゃない」

「あ、そうか」

 

 

ハーマイオニーの言葉にロンはまたニヤニヤと笑い、2人はハリーとソフィアを祝福した後すぐにハニーデュークスへ向かった。

まだ太陽は頭上高くを燦々と照らしていて、ホグワーツに帰るまでにたくさんの時間がある。

 

ソフィアとハリーは顔を見合わせ、照れたように笑い合った。

 

 

「どこに行こうか?──どこに行きたい?」

「うーん……じゃあ、なんだか喉が渇いたし、三本の箒は?」

「うん、いいね!」

 

 

2人は三本の箒へと向かい、日が暮れるまでゆったりとしたこそばゆい幸せな時間を過ごした。

今までずっと一緒にいた2人だったが、かと言って話題が尽きるわけでもない。

気がつけば門限ギリギリになってしまい、ハリーとソフィアは閑散とした大通りを、まるで世界で2人きりだというように楽しげに笑いながら走った。

 

 

ホグズミードからホグワーツへと戻った2人は、流石になんとなく気恥ずかしくてお互い城に足を踏み入れる前に手を離したが、それでも幸せそうに笑い合っていて、あまりに帰ってくるのが遅くて心配し、大広間の前で待っていたロンとハーマイオニーは呆れつつももう一度「おめでとう」と祝福した。

 

 

ロンはハリーをからかい、ハリーは口では「やめろよ」と言いながらもちっとも嫌そうではなく、かなり浮き足立ち上機嫌だった。

 

そんなハリーを後ろで見ていたソフィアに、ハーマイオニーはこっそりと耳打ちをする。

 

 

「…ようやく、わかったのね?」

「……ええ、ハリーから言われた時に──驚いて逃げ出しちゃったけど──その、凄く嬉しくて、心が温かくなって、それで……やっぱりこれは愛なんだなぁ、ってわかったの」

 

 

頬を赤らめて言うソフィアに、ハーマイオニーはちくりと胸が痛んだ。

ロンがマイケル・コーナーの事を嫉妬するのも、馬鹿にできないわね、と心の中で苦笑したハーマイオニーはソフィアの腕に自分の腕を絡めた。

 

 

「……たまには私とも、2人きりで遊んでくれる?」

 

 

ぽつり、とどこか寂しげに呟かれた言葉にソフィアは驚いたがすぐに嬉しそうに笑い、大きく頷いた。

 

 

「勿論よ!ハーマイオニーは親友だもの!」

「ふふっ!嬉しいわ!」

「…私の相談にも乗ってくれる?」

「ええ。……お父さんのことよね?」

 

 

声を潜めてハーマイオニーが言えば、ソフィアは苦笑しながら頷き、気が重そうにため息をついた。

 

 

「…言ったらどうなると思う?」

「うーん。ハリーに毒を盛ると思うわ」

「……否定できないのが、悲しいわね…。内緒にするべきかしら?」

「ダメよ。きっといつか耳にするわ。…割と見ていた人も多かったし、ハリーは目立つし……なら、ソフィアから言ったほうがいいと思うわ」

 

 

真剣なハーマイオニーの言葉に、ソフィアは「そうよね…」と疲れたように笑った。

 

 

「…もし、ハリーに父様のことを教えたらどうなると思う?」

 

 

ソフィアが小声で心配そうに囁く。

ソフィアは、何よりもこの事を気にしていた。ハリーの事は好きだ、愛していると、もう気がついてしまった。しかし、そのハリーは自分の父親の事が大嫌いであり憎んでいる。もし親子だとバレた時に嫌われてしまわないかと、裏切りだと言われないかと──ソフィアは気が気ではなかった。

その事でハリーが受け入れられないのは仕方がないかもしれない、しかし、恋人であるハリーに秘密にしている罪悪感が、ソフィアの心に重くのしかかっているのだ。

 

ハーマイオニーは真面目な顔で考え込み、暫く無言だった。

 

 

「……もし、今言うのなら──むしろ、受け入れそうではあるけどね」

「え?…そうかしら?」

「ええ、今、ハリーは色んな意味で正気じゃないもの」

 

 

ハーマイオニーは小突きあい、戯れるように変にテンションが高いハリーを見て肩をすくめる。

ソフィアもまた、確かにそうかもしれない。とは思ったが、流石にすぐに言い出せるほどの勇気は、今のソフィアにはなかった。

 

 

──ハリーは、父様は関係ない。私が好きだって言ってくれたわ。それを、信じたい。

 

 

肩にロンの腕が回っていたハリーは、ちらりとソフィアを振り返る。

目があった途端、ハリーはにこりと嬉しそうに笑い、ソフィアも思わず微笑んだ。

 

 

父様の事で考えないといけない事はたくさんある。

だけど、今だけは、幸せな時間を目一杯過ごしたい。卒業まででもいい、全てを話すまで、ハリーを騙している罪悪感はある。それでも、私は──ハリーの隣に立ちたい、出来る限り長く、そばに居たい。

 

 

ソフィアはそう思い、少し憂いたような表情をしてハーマイオニーの肩に頭を乗せた。

 

 



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268 悩みはあるけれど!

 

 

ソフィアとハリーが晴れて恋人となった次の日。

ハリーは一日中ソフィアと2人きりで過ごしたかったが、沢山の宿題をなんとか1日で終わらせなければあの最悪の授業ばかりの月曜日にまた地獄を見る事になってしまう。

 

結局、いつも通りハリー、ロン、ソフィア、ハーマイオニーの4人で談話室にある暖炉前のいつもの椅子に座り、必死に宿題をする羽目になってしまった。

しかし、明るい太陽の光が温かく降り注ぐ中、こんなところで背中を丸めて宿題をするなんて気が進まない。──と、昼間に大広間へ向かい、山のように並ぶサンドイッチやスコーン、ベーグル等を両手いっぱい抱え、湖のほとりの大きなブナの木の木陰で寛ぐ事にした。

 

ソフィアが杖を振りレジャーシートを出し、その間にハーマイオニーが手際よく大きな皿を出し、ロンとハリーが持っていた昼食を皿の上に綺麗に並べた。

ハリーとロンが持っているのは昼食だけではなく、宿題も勿論持ってきていたため──そもそも真の目的は気分転換に外で宿題をする事だ──いつもよりのんびりとサンドイッチを食べ、秋の名残の日差しを受けつつ、また、諦めたように宿題にとりかかった。

 

 

「あ!私、図書館に本を返すのを忘れていたわ!」

 

 

ソフィアはハリーの宿題を見ていたが、腕時計をちらりと見てハッと顔を上げ、すぐに立ち上がった。

無意識のうちにソフィアについて行こうと腰を浮かせかけたハリーの肩をハーマイオニーが勢いよく掴むと下におろし、「ダメ。宿題を終わらせなさい」と低い声で呟く。

残念だったが、ハーマイオニーを怒らせてしまえばまた最低な宿題を提出しなければならなくなる。──恋人になったからといって、ソフィアは宿題を写させてはくれないだろうし、ソフィアは魔法史は、苦手なのだ──と、ハリーは名残惜しそうに手を振るだけで我慢した。

 

パタパタと走っていくソフィアは、図書館には向かわず二階の奥にある花束を持つ少女の肖像画の元へ向かった。

肖像画の前で杖を振り、幾つもの可愛い花を出現させて少女に向ければ、少女は嬉しそうに微笑んですぐに道を開いた。

 

 

周りに人影がないのを確認し、ソフィアは肖像画の奥にある隠された部屋へと進む。

久しぶりに来たこの部屋はいつも通り温かく、ソフィアを迎え入れた。

 

いや、部屋だけではない。部屋の中央にある椅子に座るルイスもまた、優しく微笑みソフィアを迎えた。ルイスがその微笑みをソフィアに向けたのは久しぶりだろう。夏休み中も半分は会えなかったため、『久しぶり』と思う事が何故かとても悲しく、ソフィアはルイスに駆け寄ると両腕を広げるその胸元へ飛び込んだ。

 

 

「ソフィア、久しぶりだね」

「ええ…こんなに長い間話せないなんて…」

 

 

温かい抱擁と、優しい香りに身を寄せ、ソフィアは目を閉じる。ルイスもまたソフィアの背中に手を回し、しっかりと抱きとめ目を閉じた。

ドラコを支えるため、ソフィアやハリー達には極力関わらない事を決めたのは紛れもない自分自身だ。その為、不死鳥の騎士団に守られる事のない場所に身を置く今、ソフィアに気軽に話しかけることも難しくなっていた。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

ルイスはソフィアの黒髪を撫でながらそっと身を離し、頭ひとつ分は差が空いてしまったソフィアの目を見つめる。

途端にソフィアはぽっと頬を染め、幸せそうに──だが、どこか悲しそうに──微笑むと、ルイスの手を引きソファに座り、昨日何があったかを話した。

 

 

「そっか…。ようやく、自分の気持ちがわかったんだね?おめでとう!」

「ええ…その、でも──」

 

 

ハリーとソフィアが恋人になった。その事は素直に嬉しく、ルイスは心から祝福したが、ソフィアは浮かない顔で言い淀む。

 

 

「父様の事だね?」

「……どう思う?言った方が……いいわよね…?」

 

 

ソフィアは揺れる瞳でルイスを見上げる。ルイスは今までのセブルス(父親)のハリーへの言動を考えた上で──真剣な顔でソフィアを見つめる。

 

 

「絶対。言った方がいい。でも、多分……嫌がるだろうし、祝福は期待しないほうがいい」

「そう…よね」

 

 

ソフィアは重いため息をつき、肩を下げる。

そんなソフィアを見ながら、ルイスはきっと セブルス(父様)は相手が誰でも苦言を初めは言うだろうと思った。しかし、その中でも最も許容出来ない相手がハリーなのは間違いなく、その事を聞いた瞬間怒鳴りつけるか、翌日ハリーが原因不明の昏睡状態になるのではないかと考えた。

 

 

「いつ言うの?」

「……父様に、将来の職業について相談したいって言ってあるの。多分、近々時間を作ってくれる筈だから……その時に言うわ」

「そっか……うん、頑張ってね」

 

 

ルイスはぽんぽんとソフィアの背中を優しく励ますように叩く。ソフィアは「ありがとう」と微かに笑ったが、すぐにまた大きなため息をついて肩を落とした。

 

 

──父様がハリーを嫌うのは、その見た目がハリーのお父さんのジェームズ・ポッターに似ているから。それに、母様の死の間接的な理由の人の息子だから。…でも、ハリーはジェームズ・ポッターでは無いわ。

 

 

「──もし、落ち込んでいたら慰めてね?」

「うん、勿論だよ」

 

 

不安げなソフィアのつむじに、ちゅ、と口付けを落としたルイスは優しく微笑んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

次の日の月曜日。

ソフィアとハーマイオニーは1日分の教科書を詰め込んだ鞄を肩にかけ、寝室を出た。

 

 

「──あら?階段が無いわ」

「ああ…多分、男子がこっちに入ろうとしたのね」

 

 

いつもなら大広間へ続く螺旋階段がある筈だが、階段は石でできた滑り台のようになっていた。ハーマイオニーの言葉に、なるほど、これなら女子寮には忍び込めないわ、とソフィアは考えながら先に滑り降りたハーマイオニーに続き、石の滑り台を滑り降りた。

 

 

「おはよう、ハリー」

「おはようソフィア。大丈夫?」

「ええ、目が覚めるわ」

 

 

ハリーは下まで到着したソフィアに手を差し出し、ソフィアはにっこり笑いながらその手を取った。

そのままソフィアがハリーの頬に口付ければ、ハリーは顔を真っ赤に染めて照れたように笑う。

恋人になった日から、ソフィアはおやすみとおはようの挨拶をする時にハリーの頬にキスをするようになったが、ハリーは未だに慣れず、視線を彷徨かせながらドキドキと高鳴る胸を押さえる事に精一杯でありお返しのキスなんて出来なかった。──そもそも、ハリーはソフィアと違い、挨拶にキスをする習慣は無い。挙動がぎこちなくなる事も仕方がないだろう。

 

 

「あ、ソフィア。掲示板を見てほしいんだ!」

 

 

ハリーは頬を赤くしたままソフィアの手を引き先に掲示物を見ていたロンとハーマイオニーの元へ駆け寄った。

ソフィアはハーマイオニーの後ろから新しく貼られた告示文を読む。そこには3人以上の生徒が集まる事全てを解散すると書かれており、生徒が所属しているクラブやチーム等を再結成する場合には、高等尋問官であるアンブリッジの許可が必要であり、許可なくして結成し属している事が判明した場合、退学処分になると書かれていた。

 

あまりのタイミングの悪さにソフィアは表情を固くしてその文をじっと見つめる。ハーマイオニーの顔も同じように強張っていた。

 

 

「誰かがあいつにべらべら喋ったに違いない!」

「それは無いわ」

 

 

このタイミングは間違いなく誰かがアンブリッジに告げ口したに違いないとロンは怒ったが、ハーマイオニーは静かに低い声で否定した。

 

 

「君は甘い。君自身が名誉を重んじて信用できる人間だからといって──」

「ロン。ハーマイオニーがただみんなに署名させただけだと思う?」

 

 

ソフィアはハリーの手を離し──ハリーはとても残念に思った──ハーマイオニーの腕に手を絡め、不敵な笑みを浮かべる。ハーマイオニーはソフィアに皆に署名させた羊皮紙に呪いをかけたことを伝えていなかったが、やはりソフィアは悟っていたかと、どこか嬉しそうに笑うと、「ええ、そうよ」と大きく頷いた。

 

 

「誰かがアンブリッジに告げ口したら、確実にわかるの。私が羊皮紙に呪いをかけたから。誰かさんはとっても後悔する事になるわよ」

「そいつらはどうなるんだ?」

「そうね、こう言えばいいかしら。──エロイーズ・ミジョンのにきびでさえ、かわいいそばかすに見えてしまう。……さあ、朝食に行って、他のみんながどう思うか聞きましょう。…全部の寮にこの掲示が貼られたのかしら?」

 

 

 

 

大広間に入った途端、アンブリッジの掲示がグリフィンドールにだけ貼られたのではないとはっきりわかった。どのネクタイを締めた生徒も皆忙しなく行き来し、掲示の事を話し合っていた。

ホグワーツでは様々なクラブ活動があり、全て一度解体されるなんて前代未聞だろう。誰もが緊張した面持ちで話し合い、不満そうであり──不安げだった。

 

ソフィア達が長机に着くや否や、ネビル、ディーン、フレッド、ジョージ、ジニーが待ってましたとばかりにやってきて近くに座った。

 

 

「読んだ?」

「あいつが知ってると思うか?」

「どうする?」

 

 

皆がハリーとソフィアを見ていた。

2人は辺りを見回し、近くに誰も先生がいない事を確かめ声を潜めた。

 

 

「とにかくやるさ、勿論だ」

「変更はないわ。……ねぇ、みんながここに来ると多分、何かを企んでいると思われるの。──どの生徒も混乱してるけど──何でもない顔をしましょう」

「あっ、だめ。アーニーとアンナがこっちに来ちゃうわ!」

 

 

ハッフルパフ生がこちらに来るのはまずいとハーマイオニーが慌てて身振りで「あとで!話は後で!」と伝えるが、距離もありうまく伝わらず、ジニーが焦ったそうに「私、マイケルに言ってくる」と立ち上がると恋人のいるレイブンクロー生の机へと向かった。アーニーとアンナは何とかこちらに来る事を踏みとどまってくれたが、このままではレイブンクロー生達もここに集合しかねない。

恋人であればグリフィンドール生がレイブンクロー生の机にいても不思議はないだろう。ソフィアはベーコンマフィンを食べながらジニーがマイケルと話す様子を見つめる。

 

ジニーにも、ハリーと恋人になった事を言わなければならない。ソフィアは甘じょっぽいマフィンをかぼちゃジュースで流し込みながらぼんやりと思った。

 

異様な雰囲気に包まれた大広間での朝食が終わり、魔法史の教室に向かうさい、丁度ジニーとほぼ同時に大広間二重扉を通り過ぎたソフィアは、思わずジニーの手を取った。

 

 

「ジニー、少し話したい事があるの。…今、いいかしら?」

 

 

いきなり手を掴まれたジニーは驚いたような顔をしていたが、ふっと小さく笑うと「どうしたの?」と小首を傾げる。

流石に人の行き来が激しい扉付近で話す内容ではないだろう、とソフィアはハリー達に「先に行ってて」と告げ──ハーマイオニーはすぐにソフィアが何を話すつもりなのか理解し、ロンとハリーを連れて先に教室へ向かった──人の少ない廊下の隅へと移動する。

 

 

「その、実は──私、ハリーとお付き合いする事になったの」

 

 

ソフィアは真剣な顔でジニーに伝えた。

謝ることも、伺う事もしない。ただ、ジニーには自分の知らぬところで耳に入るのではなく、直接伝えるべきだろうと思ったのだ。

その告白を聞いたジニーは1度目をぱちくりと瞬かせると、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

 

「おめでとうソフィア!私の大切な2人が恋人になって嬉しいわ!」

 

 

ジニーはソフィアに飛びつくようにして抱きつき、ぎゅっと背に手を回した。ソフィアは目を見開き──すぐに嬉しそうに笑うと、ジニーを抱きしめ返し頬を擦り寄せた。

 

 

「ありがとう、ジニー」

「もし、何かあったら教えてね?恋人との関係については、私の方が少しお姉さんみたいだから」

 

 

ジニーは悪戯っぽく言うと、ソフィアの背を優しく叩いてから体を離す。

たしかに、恋人や恋愛についてはジニーの方が経験があるのは間違いない、とソフィアはくすくすと笑う。

ちょうどその時大広間から四年生のグリフィンドール生の集団が現れ、ジニーはぱっと目を向けると「じゃあ、またね!」と手を振りその集団に駆け寄った。

 

 

ジニーは、自分でもすんなりとその事を受け止める事ができた。

悲しさも、苦しさも無い。ただ「よかった。幸せになってほしい」と、そう思うだけだ。きっと落ち着いた気持ちで受け入れる事ができたのも、夏休みの間にソフィアの気持ちの片鱗を聞いて──すぐにハリーとソフィアは付き合う事になると思ったからだ。

それに、どう見てもハリーの視線はソフィアを見ていて、他の誰かが入る隙なんて少しもなかったのだ。

 

 

同級生に囲まれながら、ジニーはいつも通りの凪いだ気持ちで、廊下を歩いた。

 

 

 



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269 なんのために?

 

 

魔法史の教室に到着し、ソフィアはいつものようにハリー達の元に駆け寄る。

ハリーが「ここ空いてるよ」と自分の隣に置いていた鞄を床の上に置きながら言い、ソフィアはいつもと違うハリーになんだかこそばゆさを感じつつ、素直にハリーの隣に座った。いつも、ハリーはわざわざ自分の隣にソフィアを座らせようとはしなかったのだ。

 

ソフィアが席に着いて数分後、いつものようにふわりと浮かびながらビンズが現れ、ただ教科書を読むだけの退屈な授業が始まる。ハリーとロンは昨日の夜遅くまで宿題をしていたため、すぐに眠そうに目を擦り欠伸を噛み殺したり、眠気覚ましのために勉強するのではなく、羊皮紙に落書きをしていた。

 

 

暫く授業を聴いていたソフィアは、ふと視界の端に白いものを捉えそちらを見た。

もう朝の配達の時間はすでに終わっているが、その窓の向こうにヘドウィグが止まり、こちらをじっと見つめていた。気がついたのはソフィアだけではなく、窓に近い生徒がチラチラと真っ白なヘドウィグを気にしていた。

 

ソフィアは黒板の近くで浮いているビンズをチラリと見て、すぐに羊皮紙の端に小さな字を書き込み、そっとハリーの方に向けた。

ロンと一枚の羊皮紙に落書きをしていたハリーは、初めて授業中にソフィアからの手紙に驚いたが、一体何だろう?とそこに書かれていた文字を読む。

 

 

『ハリー、右側の窓にヘドウィグが止まってるわ。あなたに用じゃない?』

 

 

そこに書かれていた文は、残念ながらハリーが期待したような甘いものでは無かったが、ハリーはパッと顔を上げソフィアが知らせてくれた窓を見る。

ヘドウィグの姿を確認したハリーはその脚に手紙が括り付けられているのを確認し、そのままビンズを見たが全くこちらには──沢山の生徒がビンズでは無く窓の外にいるヘドウィグを見ていたが──気づいていない。こんな時間にヘドウィグが配達するなんて初めてであり、ハリーは身を屈めながら立ち上がり、そっとヘドウィグの元へ向かった。

窓を開ければいつものように手紙を外してもらう為に脚を突き出しすぐに梟小屋へと戻るかと思ったが、ヘドウィグは窓の隙間がある程度広くなると悲しげにホーと鳴いて、チョン、と中に入ってきた。

ハリーはビンズを気にしながら窓を閉め、ヘドウィグを肩に乗せて急いで席へ戻った。席に着くとヘドウィグを肩から膝に移し、脚から手紙を外そうと手を伸ばし──そのとき初めて、ヘドウィグの異変に気付いた。ヘドウィグの羽は奇妙に逆立ち、変な方向に折れている羽もある、いや、それだけではなく片方の翼がおかしな角度に折れていた。

 

 

「怪我してる!」

 

 

ハリーは小声で叫びヘドウィグの上に覆い被さるようにして頭を下げた。心配そうにじっとヘドウィグを見てどうすればいいのか、羽に触れてもいいのか、と悩み焦る。

ソフィアとロンとハーマイオニーは一体どうしたのかと寄りかかるようにして近寄った。

 

 

「ほら、翼がなんか変だ」

「……グラプリー-プランク先生なら、きっと診てくれるわ」

 

 

ソフィアは真剣な声で囁き、ハリーは不安げに眉を下げたまま頷いた。

 

 

「ビンズ先生、気分が悪いんです」

 

 

ハリーは焦り、大声で挙手をした。クラス中がハリーを見る中、ビンズは初めて目の前にこれ程の生徒達が座っていた事に驚いたような顔をした。

 

 

「気分が悪い?」

「とっても悪いんです。僕、医務室に行かなければならないと思います」

 

 

ハリーはキッパリと言い、ヘドウィグを背中に隠して立ち上がった。ビンズは不意打ちを食らったような顔をしていたが、ゆっくりと頷く。

 

 

「そう……そうね、医務室──では、行きなさい、パーキンズ……」

 

 

ビンズはハリー・ポッターの名前ですら間違っていたが、ハリーは少しも気にせずすぐに教室を出た。

暫く生徒達はチラチラとハリーが出ていった扉を見ていたが、すぐにいつものように退屈な雰囲気で満たされた。

 

終業のベルが鳴ると、ソフィアとロンとハーマイオニーはすぐに教室を飛び出し顔を見合わせる。

 

 

「一体どうしたんだろう?獣に襲われたのか?」

「…獣、なら……いいけど、多分…」

「そうよね、私もそう思うわ」

 

 

ソフィアの暗い言葉にハーマイオニーも神妙な顔で頷く。ロンは2人のその言葉の意味がよくわからず首を傾げたが、とりあえずハリーにヘドウィグの様子を聴きに行こう、と3人は一度職員室近くの中庭へと向かった。

 

 

「さっきのどういう意味だい?」

「もしかしたら、誰かがハリーへの手紙を奪う為にヘドウィグを襲ったかもしれないって事よ」

 

 

ハーマイオニーが小声で囁き、ロンは驚き目を見開くがすぐに納得したのか頷く。今までヘドウィグが獣に襲われる事故を起こしたことなど、この5年間一度も無かったのだ。

 

中庭についた3人はハリーを探しながら冷たい風が当たらない隅の方へ移動した。すぐにハリーが現れ緊張した表情で駆け寄る。

 

 

「ヘドウィグは大丈夫?」

「うん、グラプリー-プランクが治療してくれるって、それでその時マクゴナガルに会って……ロンドンからの手紙だって聞かれて、それで──注意しなさいって言われたんだ」

 

 

ハリーの説明に、ソフィアとハーマイオニーとロンは意味ありげに視線を交わした。

 

 

「なに?」

 

 

その視線の意味わからず、ハリーは怪訝な顔をする。

 

 

「あのね、今話してたんだけど…もしかしたら誰かがヘドウィグの手紙を奪おうとしたんじゃないかしら?ヘドウィグはこれまで一度も飛行中に怪我をしたことなんかなかったでしょう?」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ようやくハリーは顔色を変え不安げにソフィアを見た。ソフィアも硬い表情で頷き「多分、そうだと思うわ」と告げる。

 

 

「それにしても、誰からの手紙だったんだ?」

「スナッフルズから」

 

 

ロンの疑問にハリーは小声で答え、ソフィア達に短い手紙を見せた。『今日 同じ場所 同じ時間』とだけ書かれているその内容を理解出来るのはハリー達だけであり、4人は不安げに視線を交わす。

 

 

「誰もこれを読んでなければいいんだけど…」

「封もしてあったし…それに、誰かが読んでも僕たちがこの前どこで話したかを知らなければこの意味はわからないだろう?」

 

 

ソフィアの不安げな声に、ハリーはどうか賛同してほしい、その気持ちで必死にそれらしい理由を言ったが、ソフィアとハーマイオニーは不安そうな表情のままだった。

 

 

「それはどうかしら。魔法で巻紙の封をし直すのは、そんなに難しい事じゃないはずよ……それに、誰かが煙突飛行ネットワークを見張っていたら……でも、来るなって警告のしようが無いわ。だって、それを途中で奪われるかもしれない!」

 

 

始業5分前のベルが鳴り、ハーマイオニーが落ち着きなく鞄を肩にかけ直しながら呟く。

真剣な顔をしていたソフィアは、ふと、他の誰かに知られる事なくシリウスにその事を告げるかもしれない唯一の手段を思い出した。

 

 

「ねぇ、マクゴナガル先生に言いに行くのはどう?騎士団でしょう?多分、騎士団員同士の秘密で安全な伝令方法があると思うの」

 

 

ソフィアは夏休みの時、ジャックがセブルスの元に守護霊を飛ばしていた事を思い出していた。吸魂鬼を退ける以外に、守護霊にそんな力があるとその時に初めて知ったが、あの方法ならば誰にもバレる事なくシリウスに伝えることができるのかもしれない。ソフィア自身がその方法を知っていればすぐにシリウスに守護霊を飛ばすのだが、残念ながらソフィアはどうすれば守護霊が相手の場所に正確に飛んでいくのか知らなかった。

 

魔法薬の地下牢教室に向かいながらハリー達に言えば、ハーマイオニーはすぐに「そうしましょう!」と意気込んだが、ハリーは難色を示した。

 

 

「でも、シリウスは…騎士団の誰かに止められたからといって、止めるかな…?」

「あー……たしかに、シリウスの性格だったらむしろ、躍起になるかもしれないわね…」

 

 

隠れなければならないのだが、犬の姿になってキングズ・クロス駅に着いてきたり、ホグズミードに現れようとしたシリウスだ。その可能性は十分にあり、いい案だと思ったのだがまたハーマイオニーはぐっと眉を寄せた。

 

4人とも考え込みながら地下路への階段を降りる。暫く無言だったが、階段を降り切った時ドラコの声で我に帰った。

ドラコは教室の扉の前で得意げな顔で公文書のようなものをひらひらさせ、みんなが一言も聞き漏らさないように必要以上に大声で話していた。

 

 

「ああ、アンブリッジがスリザリンのクィディッチ・チームにプレイを続けて良いって許可をすぐ出してくれたよ。今朝一番で先生に申請しに行ったんだ。ああ、ほとんど右から左さ。つまり、先生は僕の父上を良く知っているし、父上は魔法省に出入り自由なんだ……グリフィンドールがプレイを続ける許可が貰えるかどうか、見ものだねぇ」

 

 

ソフィアはまさかクィディッチ・チームもアンブリッジの許可が必要だとは思わなかったが、どうやらドラコの表情と、ハリーとロンの憎々しげな鋭い視線を見る限りその通りらしい。

ハーマイオニーは小声で必死にロンとハリーに抑えるように囁き、2人は拳を震わせながらじっと黙り込んだ。

 

 

「つまり、魔法省への影響力で決まるなら、あいつらはあまり望みがないだろうねぇ。父上がおっしゃるには、魔法省はアーサー・ウィーズリーをクビにする口実を長年探しているし──」

「あら、魔法省への影響力で決まるのなら、グリフィンドールチームにも可能性は十分あるわ」

 

 

ドラコの意地悪げな声を遮り、ソフィアは一歩ドラコに近づくと顎をつんと上げた。

まさかソフィアが話に入ってくるとは思わずドラコは一瞬身構えたが、すぐにグリフィンドールチームに属する生徒達には魔法省へ力を持つ保護者など居ないはずだと思い、虚勢だろうとせせら笑う。

 

 

「ふん、何を馬鹿な事を」

「私の育て親が誰だか忘れたの?私はクィディッチチームメンバーでもないけど、アンブリッジは私の育て親が誰だか分かると──1週間の罰則の時間を短くしたの。影響力があると思わない?」

 

 

ジャック・エドワーズ。

彼を思い出したドラコは苦い顔をして沈黙する。自分の父であるルシウス・マルフォイは魔法省に多額の寄付金をしてそれなりのパイプを繋げている。だが、ジャック・エドワーズもそこそこ寄付金をしていると聞くし、なにより彼は直接魔法省に力を貸し、ファッジのお気に入りでもある。

ハリーとロンがドラコに「ざまあみろ」とでも言うように笑ったのを見て、ドラコは先ほどより意地悪げな表情をすると「どうだか」と吐き捨てた。

 

 

「ジャックの力があろうとも、父上は魔法省はポッターを聖マンゴ病棟に送り混むのはもう時間の問題だとおっしゃっていた。そんな奴がいるチームを許可するかねぇ?──どうやら、魔法で頭がいかれちゃった人の特別病棟があるらしい」

 

 

ドラコは頭を指差しくるくると回すと、白目を剥いて馬鹿にしたように笑う。クラッブとゴイルがいつもの豚のように笑い、パンジーははしゃいで手を叩ききゃーきゃーと笑う。ドラコの隣にいたルイスは眉を寄せ「やめなよ」と止めたが、それだけで止まるドラコでは無い。

 

ハリーと、特別病棟にいる者へのあまりの侮辱にソフィアはかっとしてポケットに手を突っ込みかけたが、杖を出すより先に何かが身体を押し退けバランスを崩す。

 

 

「ネビル!止めろ!」

 

 

ぶつかってきたのはネビルであり、ネビルは顔を真っ赤にして拳を振り回していた。すぐにハリーがロンと共にローブの背中を掴み引き止めたが、ネビルはもがいて必死にドラコに殴りかかろうとする。ドラコは一瞬かなりぎくりと顔を硬らせたが、すぐにクラッブとゴイルが前に進みいつでもかかってこいとばかりに腕を回した。

 

 

ネビルはハリーとロンに引き摺られ、なんとかグリフィンドール生達がいる集団まで戻り、ソフィアもいつもと違うネビルの様子に心配になりそちらへ戻る。ネビルは怒りと興奮で「おかしく、ない、マンゴ──あいつ、やっつける」と言葉にならない言葉を切れ切れに呟いていた。

 

その時、地下牢の扉が開きセブルスが現れた。暗く静かな目でグリフィンドール生を見渡し、ハリーとロンとネビルが揉み合っているところで止まる。一見すると3人が争っている風にも見える光景に、セブルスは嘲るような声で言った。

 

 

「ポッター、ウィーズリー、ロングボトム。喧嘩か?グリフィンドール10点減点。ポッター、ロングボトムを放せ、さもないと罰則だ。全員、中へ」

 

 

ハリーはネビルを放した。ネビルは息を弾ませたまま見たこともない目でハリーを睨む。その目には「何故止めたんだ」と訴えかけていた。

 

 

「止めないわけにはいかなかったんだ。クラッブとゴイルが君を八つ裂きにしただろう」

 

 

ハリーは鞄を拾い上げながら言うが、ネビルは何も言わず落ちていた鞄をパッと掴むと肩を怒らせて教室に入って行く。後ろで見送ったロンは目をぱちくりとさせたまま、鞄を拾い上げる。

 

 

「驚いた。いったい、どうしちゃったんだ?」

「そうね…心配だわ」

 

 

ハリーはロンとソフィアの言葉に、何も答えなかった。魔法で頭をやられて聖マンゴ病院にいる患者の話が、なぜネビルをそんなに苦しめるのかハリーにはよくわかっていた。

昔、ダンブルドアと共に憂いの篩で過去を見た時、死喰い人であるベラトリックスの磔の呪文を受けたネビルの両親が正気を失ってしまったと知っていた。だがその事をハリーは誰にも言わなかったし、ネビルも、ハリーがそれを知っている事を知らないのだ。

 

 

ソフィア達は教室に入り、一番後ろに座った。羊皮紙、羽ペン、薬草ときのこ千種という教科書を机に置く中、周りの生徒達が今しがたのネビルの行動をひそひそと放している声を聞いた。誰が見ても、彼らしくない行動だったのだ。

しかしその声も、セブルスが強く扉を閉めればすぐに止まる。

 

 

「気づいたであろうが、今日は客人が見えている」

 

 

セブルスが教室の薄暗い片隅を身振りで示す。そこにはアンブリッジが膝にクリップボードを載せて、そこに座っていた。ハリーはソフィア達を横目で見て、眉をちょっと上げて見せる。セブルスとアンブリッジはハリーの中で最も嫌いな教師であり、どちらが勝ってほしいのか、判断が難しかった。

 

勿論ソフィアはセブルスがアンブリッジに負けるはずが無いと思っているため、素知らぬ顔をして教科書に視線を落とした。

 

 

「本日は強化薬を続ける。前回の授業で諸君が作った混合液はそのままになっているが、正しく調合されていればこの週末に熟しているはずである。──説明は、黒板にある。取りかかれ」

 

 

セブルスは杖を黒板に向けて振る。いつものように作り方が黒板に浮かび上がるのを見て、生徒達は一番前の机に置かれている自分の混合液を取りに行った。

 

ソフィアは前回と同じように黒板近くの机で授業を受けようかと思ったが、その机には既にドラコとルイスが薬と大鍋を運んでいる。先ほどのドラコの言葉が許せなかったソフィアは、今回はハリーとロンとハーマイオニーがいる調合机へと向かった。

 

 

「あら、今日は前に行かなくていいの?」

「ええ…今あそこに行ったら、多分私はドラコの鍋をひっくり返してグリフィンドールに20点は減点されて罰則まで受けることになるもの」

 

 

罰則も減点も気にしないけど、ドラコのせいなのは嫌でしょう?とソフィアが肩を竦めれば、ハーマイオニーは賛同するように頷いた。

 

最初の30分、アンブリッジは片隅でメモを取っていた。ハリーはセブルスに何と質問するのかに気を取られるあまり、魔法薬のほうがかなり疎かになっていた。ただでさえ苦手な魔法薬で集中しないのは致命的であり、何度もハーマイオニーがハリーの手を取って誤った材料を入れるのを阻止した。

 

 

「ハリー、サラマンダーの血液よ!ざくろ液じゃないでしょう?」

「なるほど」

 

 

ハリーは上の空で答え、瓶を下に置いて隅の方を観察し続けた。ハーマイオニーは全く集中していないハリーの様子に眉をひそめ「このままならまたスネイプ先生に0点だと言われるわ」と思ったが、そうなったとしても自業自得だろう。授業を本気で受けない事をハーマイオニーはよく思わず、口をへの字にしたまま自分の調合を進めた。

ソフィアもまたセブルス()に調合試験でもOを取ると宣言した手前、ハリーに意識を向ける事はなかった。

 

メモを取り終えたアンブリッジが立ち上がりセブルスの元へ向かう中、ハリーは2人がどんな話をするのかに気を取られ大鍋の中に適当にサラマンダーの血液を垂らす。一滴で効果が変わる魔法薬の調合での致命的なミスに、それを横目で見ていたハーマイオニーは大きなため息を吐いた。

 

ソフィアは集中して魔法薬を作り、時々ハーマイオニーに調合中の薬の色味を見てもらいながら黙々と作業を続ける。結果、ソフィアの強化薬は完璧とは言えないが見本に近い青色に仕上がった。ただ、本来さらさらとした水薬のはずが──何故かとろみがある。

 

 

「……うーん…何故さらさらじゃないのかしら…」

「火の調節が上手くいかなかったようね」

 

 

完成した薬を試験管に詰めて首を傾げるソフィアに、ハーマイオニーが大鍋の火を見つつ伝える。そういえば弱火にしなければならない時に、うっかり火を中火のまま次の工程に進んでしまっていたような気がする。

初歩的なミスにソフィアはがっくりと肩を落としたが、すぐ隣からゴムが焼けたような強烈な悪臭が漂い、思わず鼻をつまみながら眉を寄せ隣──ハリーを見た。

 

 

「…ハリー。薬が大変なことになってるわよ」

 

 

小声でソフィアはハリーに伝えたが、ハリーはセブルスとアンブリッジに気を取られ空になったサラマンダーの血液が入った瓶を逆さまにし続けていた。

 

 

「──さて、またしても0点だ、ポッター」

 

 

セブルスがすぐに気づき、ハリーの大鍋の中を杖の一振りで消し、最悪の出来を鼻で笑う。

 

 

「レポートを書いてくるのだ。この薬の正しい調合と、いかにしてまた何故失敗したのか、次の授業に提出したまえ。わかったか?」

「……はい」

 

 

ハリーは空になった自分の大鍋を見下ろしながら低い声で答えた。

次にセブルスは全体に向けての宿題を出し、完成した薬を教室の前の机へと提出するよう伝える。ハリー以外の全員ができたばかりの薬を提出する中、ハリーはしかめ面のまま荷物を片付け、不貞腐れたように沈黙していた。

 

 



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270 それぞれの保護者!

 

 

「クィディッチの練習は無し」

 

 

その日の夜、ソフィア達が夕食後グリフィンドールの談話室に戻った途端、虚な目をしたアンジェリーナがロンとハリーに言った。

 

 

「僕、癇癪を起こさなかったのに!僕、あいつに何も言わなかったよ、アンジェリーナ、嘘じゃない──」

 

 

ハリーは驚愕し、必死に今日の闇の魔術に対する防衛術では大人しくしていた事を伝える。アンジェリーナは虚ろな目のまま、がっくりと項垂れて微かに頷いた。

 

 

「ええ、わかってるわ。先生は少し考える時間が必要だって言っただけ」

「考えるって何を?スリザリンには許可したくせに、どうして僕たちは駄目なんだ?」

 

 

ロンも憤りアンジェリーナに詰め寄るが、アンジェリーナは考えるのも辛いのか額を押さえ、ふらふらと他の選手達の元へと向かう。

おそらくアンブリッジはハリーに対しグリフィンドールのクィディッチ・チームを潰すという無言の圧力をかけて楽しんでいるのだろう、それがわかったソフィアはため息をつき、怒るハリーの肩を慰めるように叩いた。

 

 

「ジャックに手紙を送ってみるわ」

「ありがとう!」

 

 

ソフィア達はいつものソファに座り、鞄からそれぞれの宿題を──ソフィアは手紙を書くために羊皮紙と羽ペンだけを──出す中、なんとか慰めようとしたハーマイオニーが「まあ、ほら。明るい面もあるわよ、少なくともこれでスネイプ先生のレポートを書く時間ができたじゃない!」とハリーにとって火に油を注ぎ、戻りかけていたハリーの機嫌は急降下した。

 

刺々しい雰囲気を出しながらも、ハリーは渋々魔法薬学のレポートを引っ張り出し、面倒臭そうに宿題に取り掛かった。

 

 

「──よし、じゃあちょっと手紙を出してくるわね」

 

 

ソフィアは書き終えた羊皮紙をくるくると丸めると立ち上がり、すぐに談話室を出て行った。窓の外はすっかり夜であったが、時々生徒たちが廊下を歩いたり、窓際に寄り添う恋人達が居た。自由時間ギリギリまで寮に帰らないのは別の寮に恋人がいる者達で、ネクタイカラーが異なるのがその証だ。

 

冷たい風が吹く中、ソフィアは肩を震わせながら足早に校庭を横切り梟小屋へ向かう。

梟小屋は夜の狩りへ向かう梟達が絶えず夜の森へと向かっていた。

シェイドはここにいるだろうか、もしかしたら狩りに出掛けているかもしれない、それなら学校のフクロウを借りよう──そう思いながら扉を開ける。

 

 

「あっ」

 

 

誰もいないと思っていた梟小屋の中に、黒い影を見つけた瞬間ソフィアは思わず小さな叫び声を上げ息を呑んだ。

 

 

「スネイプ先生…」

「……ミス・プリンス…手紙か?」

「はい、育て親──ジャックに」

 

 

父がこんなところに居るとは思わず驚いたが、冷静になってみれば教師だって手紙を出す事はあるだろう。それに実際、何度もセブルスから手紙を受け取っているのだ。

 

セブルスはルイスのペットである八咫烏のシェイドに手紙を持たせようとしていた手を止め、何か言いたげにソフィアの手にある手紙を見下ろした。

 

 

「……今、ジャックは忙しいですかね?」

 

 

そういえば、ジャックは不死鳥の騎士団員として色々な任務についているはずだ。内容まではわからないが、もし手紙を送る事により何かまずいことになってしまうのなら、手紙を出すのをやめようと思ったが、セブルスは何も言わずにシェイドをソフィアの近くの止まり木に止まらせた。

 

しかしそれでも内容が気になるのか険しい顔をしたままこの場を去ることも、自分が出すだろう手紙を他のフクロウの元に行こうともしない。特に見られても困る内容ではなく、ソフィアは封を切るとセブルスに手渡した。

 

セブルスは無言でその手紙の内容を読むと、少し嫌そうに顔を歪めはしたが何も言わずにくるくると丸め、杖先で封をし直し、シェイドの脚に手紙を括り付けた。

 

 

「シェイド、ジャックに渡してね?返事はなるべく早くお願いするわね」

「クー」

 

 

お任せあれ、と言うようにシェイドは低く鳴き、大きな羽を広げ──フクロウ達がホウホウと驚いたような声で鳴き飛び退いた──夜の森へと飛び立って行く。黒いシェイドはすぐに闇に溶け、見えなくなってしまった。

暫くセブルスと共にシェイドが消えた空を眺めていたソフィアは、ふとセブルスは手紙を出さないのか気になった。

 

しかし、ここは人の来ない研究室ではなく、いつ他の生徒が手紙を出しに来るかわからない。上手く聞く事も出来ず、ただフクロウの鳴き声だけが小屋の中に響いていた。

数分間、セブルスと2人でぼんやりと窓の向こうに広がる黒々とした森や、空に輝く星を見ていたソフィアは吹き込む風の寒さにぶるりと震えた。

 

 

「──くしゅんっ」

 

 

小さくくしゃみをすると、頭上から息が漏れるような微かな笑い声が落ちてくる。ちらり、とセブルスを見上げても、その目はソフィアを見る事は無かったが、口先だけは微かに笑っていた。

 

 

「──先生、私はもう戻りますね」

 

 

ソフィアは腕を摩りつつ、囁く。セブルスは何も言わなかったがソフィアへ目を向けると黙って手に持っていた手紙を差し出した。

 

 

「……あ」

 

 

その時、ようやく自分に出すための手紙だったのだと気づいたソフィアはすぐに手紙を受け取り、まだ誰も人が近づいてくる足音が聞こえない事を確認し封を切った。

 

 

『今週の土曜日 14時  S』

 

 

相変わらずの簡潔さにくすりと笑いをこぼし、ソフィアはセブルスを見上げ一度頷いた。

 

 

「──ミス・プリンス。用が済んだのなら、早く寮へ戻りたまえ」

「はい、スネイプ先生」

 

 

誰も見てはいないが、徹底して教師と生徒との距離感を保ったままのセブルスにソフィアはくすくすと笑いながら踵を返し梟小屋を後にした。

少しして扉が開く音がして、ちらりと振り返ればゆっくりとした足取りでセブルスが梟小屋から出たのが見える。

梟小屋から城までの距離は長くはないが辺りは暗く、森が近い中、セブルスはソフィアが無事城を戻るまで一定の距離を保ったまま見守るつもりだった。

ソフィアは勿論その事に気づき、嬉しいようなもう幼い子どもじゃないのに、というくすぐったさを感じながら辺りを見渡し、人がいないのを確認するとくるりと振り返る。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

その声は小さなものだったが、風に乗ってセブルスの元に届いただろう。勿論返事はなかったが、ソフィアはセブルスがおやすみの挨拶を受け取ってくれた──それだけで十分だった。

 

 

明るい廊下を歩き、自由時間を楽しむ生徒がぽつぽつと現れたころ、ソフィアはそっと後ろを振り返ったが、やはりセブルスの姿はいつの間にか無くなっていた。

 

 

──次の土曜日に、言わなければならないのよね…。

 

 

ソフィアはそれまでにセブルスとハリーに何か大きな衝突がない事を祈ったが、衝突が無くとも2人の仲はこれ以上もう酷くなりようがないほど険悪であり、無駄な祈りなのは間違いないだろう。

 

 

運命の日が決まってしまった事に、やや緊張した面持ちでグリフィンドールの談話室に戻ったソフィアは宿題をしているハリーの隣に座り、思わずため息をこぼした。

 

 

「どうしたの?」

「え?──ううん、何でもないわ。早く返事が届けばいいなぁって思っただけよ」

 

 

すぐにソフィアの異変に気づいたハリーに笑いかけてはぐらかすと、ソフィアは鞄の中から宿題を取り出し、ハリー達のように教科書を開いた。

 

 

フレッドとジョージが『ずる休みスナックボックス』の一つを完成させ、効果のほどを寮の仲間に披露し注文を取り付け沢山のガリオン通貨をリーと共に数え終わるまでかなりの時間がかかっただろう。

ようやく談話室の中にハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアの4人になった頃には既に真夜中を過ぎていた。

その間にソフィアとハーマイオニーは宿題を終わらせ──さらにハーマイオニーはハウスエルフ解放のための縫い物もしていた──ていたが、ロンとハリーは全く終えることができず諦めて鞄の中に書きかけのレポートや参考書を片付ける。

ロンは肘掛け椅子に深く腰掛けうとうとと眠そうにしていたが、この後シリウスが現れる筈だとぼんやりと思いながらなんとか目を開き暖炉の火を見つめていた。

 

 

「シリウス!」

 

 

ロンが一番初めに気がつき小声で叫ぶ。すぐにハリーとソフィアとハーマイオニーが暖炉を見て、その中に浮かぶシリウスの顔を見た。

 

 

「やあ」

 

 

シリウスの顔が笑いかけ、ハリー達は4人とも暖炉マットに膝をつき声を揃えて「こんばんは」と、挨拶をした。

ソファで仲良く丸まって眠っていたクルックシャンクスとティティも目を覚まし、喉を鳴らしながら暖炉に近付くとパチッと爆ぜる火の粉を前足でクシクシとかいた。これ以上近づけばヒゲが燃えかねない、とソフィアとハーマイオニーはそれぞれの可愛いペットを抱き上げる。

 

 

「どうだ?」

「まあまあ。魔法省がまた強引に法律を作って、僕たちのクィディッチ・チームが許可されなくなったんだ。ソフィアがジャックに手紙を送ってくれたけど…後は──」

「秘密の闇の魔術の防衛グループか?」

 

 

楽しげなシリウスの言葉に、ハリーはその先の言葉を失いぽかんとシリウスの顔を見つめる。ソフィアとハーマイオニーとロンも、シリウスがそれを知っているとは思わず沈黙した。

 

 

「どうしてその事を知ってるの?」

「会合の場所はもっと慎重に選ばないとな。よりによってホッグズ・ヘッドとはな」

 

 

ハリーの詰問にシリウスはにやりと笑い答える。グループ内の誰かから漏れたのではなく、あの店内に居た誰かからの情報だと分かるとハーマイオニーは目を見張った。

 

 

「だって、三本の箒よりはましだったわ!あそこは人がいっぱいだもの!」

「──ということは、その方が盗み聞きするのも難しいんだ。ハーマイオニー、君もまだまだ勉強しなきゃならないな」

 

 

ハーマイオニーの弁解も虚しくシリウスがさらりと言う。その発想は無かったハーマイオニーは悔しそうに唇を噛み、黙り込んでしまう。

なるほど、人が多ければ多いほど周りの声が賑やかになりこちらの声が届かなくなるのか、とソフィアは納得したが──一般的な五年生の子どもにはなかなかわからない事であり、ハーマイオニーが悪いわけでは決してない。

 

 

「誰が盗み聞きしたの?」

「マンダンガスさ。ベールを被った魔女があいつだったんだ」

「あれがマンダンガス?ホッグズ・ヘッドで一体何をしていたの?」

 

 

全くマンダンガスだとは思わず、ハリーは驚愕する。自分達が知らないだけで、姿を変える魔法があるのだろうか。それとも、ポリジュース薬を使ったのだろうか。

 

 

「何をしていたって?そりゃ、君を見張ってたんだ、当然な」

「僕、まだつけられてるの?」

 

 

ホグワーツに居ても、まだ監視の目が解かれていない事にハリーはどうしようもなく苛立ちを感じたが、シリウスは気にする事なく頷いた。

 

 

「ああ、そうだ。ま、そうしておいてよかったって事だ。週末に暇ができたとたん、君がやったことが違法な防衛グループの組織だったんだから」

 

 

言葉だけ聞けばハリーの行いを責めているかのようだが、シリウスの声音にはどう聞いても誇らしさが滲み出ていた。いや、声だけではない、その目も「よくやった!」とばかりに細められている。

 

 

「ダングはどうして僕たちから隠れていたんだい?会えたらよかったのに」

 

 

ロンの不満そうな声に、シリウスはマンダンガスが20年前にホッグズ・ヘッドには出入り禁止になってしまったのだと答える。

 

 

「それに、あの店主は記憶力が良い。スタージスが捕まったとき、ムーディの2枚目の透明マントも無くなったからな…ダングは近ごろ魔女に変装することが多くなってね。──それはともかく、まず、ロン。君の母さんからの伝言を必ず伝えると約束したんだ」

「へぇ、そう?」

「伝言は、『どんなことがあっても違法な闇の魔術防衛のグループには加わらないこと。きっと退校処分になります。あなたの将来がめちゃめちゃになります。もっと後になれば自己防衛を学ぶ機会は十分にあるのだから、今はそんなことを心配するのには若過ぎます』──ということだ、それから…」

 

 

シリウスは今度はハリーとハーマイオニーの方に目を向けた。

 

 

「ハリーとハーマイオニーへの忠告だ。グループをこれ以上進めないように。もっとも、この2人に関しては指図する権限がない事は認めている。ただ、お願いだから、自分は2人のためによかれと思って言っているのだということを忘れないように。──次に、ジャックからソフィアに」

「え?ジャックから?」

 

 

モリーからの伝言を伝える時はつまらなさそうな表情をしていたシリウスだったが、今度はソフィアを見てニヤリと笑った。

 

 

「スリザリンにバレないようにやれ。──ということだ。おそらく、君の兄……ルイスの事を言っているんだろうな」

「……なるほどね」

 

 

ソフィアはその伝言を聞き、間違いなくルイスにバレないように、ではなく、父親にバレないように。という言葉なのだと理解した。たしかにこれがバレてしまえば間違いなく厄介な事になりかねない。

むしろ父も騎士団員なのだから既に知っているのかと思ったが、もし父が知っているのなら、同じホグワーツに勤めているマクゴナガルも知っていなければ可笑しい。闇の魔術防衛グループの件は、きっと今本部にいる少ない人間しか知らない事なのだろう。

 

 

「伝え忘れはないはずだ。モリーは本当なら手紙で全部書きたかったが──もしフクロウが途中で捕まったら、みんながとても困る事になるから書けないし、今日は当番だから直接自分で言いにくることが出来なかったんだ」

「なんの当番?」

「気にするな、騎士団の何かだ。──そこで俺が伝令になったというわけだ。俺がちゃんと伝えたってモリーに言ってくれ。どうも俺は信用されてないみたいだからな」

 

 

また、暫くみんな沈黙した。

防衛グループをやる。今までその強い意志を持っていたがモリーにこうも言われると本当にそれが正しいのか──ハーマイオニーとロンは少し不安になってしまった。一方でジャックはどうやら自分達の行動を止めるつもりは無いらしい。どちらの言葉を深く考えるべきか、悩んでいたのだ。

 

 

「……それじゃ、僕が防衛グループに入らないって、シリウスはそう言わせたいの?」

 

 

ロンは暖炉マットの穴を指先で弄りながらボソボソと呟いた。

 

 

「俺が?とんでもない!俺は、素晴らしい考えだと思ってる」

 

 

シリウスは驚き、すぐに首を振りにっこりと笑う。

暗い顔で黙り込んでいたハリーはパッと表情を明るくさせるとさらに炎に顔を近づけ「本当?」と縋るように聞いた。

 

 

「勿論そう思う。もし俺が学生の時にアンブリッジのような教師がいたらジェームズと同じ事をしていたさ」

「でも──先学期、シリウスは僕にもっと慎重にしろ、危険は冒すなってばっかり…」

「先学期は、ハリー、誰がホグワーツ内部の者が君を殺そうとしてただろ?今学期は外の者が俺たちを皆殺しにしたがっている。だからしっかり自分の身を護る方法を学ぶのはとても良い考えだと思う」

 

 

シリウスは真剣な目でハリーに言う。他でも無いシリウスの後押しに、ハリーは表情を緩め嬉しそうに笑った。

 

 

「そして、もし私たちが退学になったら?」

 

 

ハーマイオニーは訝しげな表情で聞くが、そもそも発案者はハーマイオニーであり、退学になるとわかっていても続けるべきだと賛同していたはずだ。

すぐにハリーは「ハーマイオニー、全ては君の考えだったじゃないか」とむっとしながら言うが、ハーマイオニーは肩をすくめて「シリウスの考えが聞きたかっただけよ」と口篭る。

 

 

「そうだな。学校にいて何も知らずに安穏としているより、退学になっても身を護ることができる方がいい」

 

 

あっさりと言うシリウスの言葉に、ロンとハリーは「そうだそうだ!」と興奮し大きく頷くが、ハーマイオニーは納得出来ないのか、眉をぐっと寄せて黙り込んでしまった。

 

 

「それで、グループはどんなふうに組織するんだ?どこに集まる?」

「それが問題なの。全員で29人も居て…いい場所が見つかってなくて……シリウス、どこか知らないかしら?」

 

 

ソフィアが聞けば、シリウスはまさかそれ程多いとは思わず目を見張り、「うーん…」と考え込む。マンダンガスから防衛グループを組織したことは聞いていたが、29人もいる事は聞いていなかったのだ。

 

 

「29人か……そうだな、5階の大きな鏡の裏に、昔はかなり広い秘密の抜け道があったな、そこなら呪いの練習をするのに十分広さがあるだろう」

「フレッドとジョージがそこは塞がってるって言ってた、陥没か何かで…」

 

 

ハリーが首を振れば、シリウスは顔を顰める。たしかに抜け道や秘密の小部屋は多くあるが、29人が魔法を練習するにはどこも手狭だろう。

 

 

「そうか……それじゃ、よく考えてまた知らせ──」

 

 

シリウスは突然言葉を切り、顔に緊張を走らせ勢いよく横を向いた。その先には硬い暖炉のレンガ壁しかないが、その先をじっと見ている。

 

 

「シリウス?どうしたの?」

 

 

ハリーが心配そうに聞いた。

その言葉が、シリウスに届いたのかはわからない。ハリーが全てを言い終わる前にシリウスは炎から消えていたのだ。

唖然としてソフィア達は炎を見つめていたが、ハリーは何があったのか不安げにソフィアとロンとハーマイオニーを振り返った。

 

 

「どうしていなく──?」

 

 

ハーマイオニーとロンとソフィアは目を見開き息を呑み、炎を見つめたまま急に立ち上がった。

炎の中に手が現れていた。何かをつかもうと必死に灰の中をまさぐっている。ずんぐりとした太い指に、大きな指輪をいくつも嵌めている、その手の持ち主は紛れもない──アンブリッジだ。

 

それを見た途端ソフィア達は一目散にその場から逃げた。ソフィアとハーマイオニーは女子寮を駆け上がり、ハリーはロンの後を追ったが男子寮の扉のところで振り返った。

 

アンブリッジの手はまだ炎の中で何かをつかもうとする動きを見せていた。まるでそこに何があったのかを知っているように、少しの証拠でも残ってはいないかというように。

 

 



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271 伝えたくなったのは何故?

 

 

 

「アンブリッジはあなたの手紙を読んだのよハリー。それ以外考えられないわ」

「アンブリッジがヘドウィグを襲ったと言うんだね?」

 

 

呪文学の授業中、ハーマイオニーが真剣な顔でハリーに頷いた。

 

 

「きっと、ヘドウィグの手紙を読んで、昨日の何時かはわからないけどハリーが誰かと密会することがわかったのね。外と交流するには手紙か煙突飛行ネットワークしか──私たちにはないもの…。正確な時間がわからなくても他の生徒が全員寝静まった真夜中から明け方だとは分かるでしょうし……」

 

 

そう言ったソフィアは大きなウシガエルに向かって「黙れ(シレンシオ)」と唱える。

呪文学の授業はいつも魔法の練習があり、生徒は皆それぞれ好きな場所で練習しざわついている。秘密の会話をしたとしても聴かれる心配は無いだろう。それに、今日の魔法は五月蝿く鳴くウシガエルに黙らせ呪文を唱えることだ。一度で成功する生徒は稀であり、至る所でウシガエルのゲロゲロと生徒たちのシレンシオの大合唱が響いている。

 

 

「昨日は本当に危機一髪だったわね」

「あれだけ追い詰めた事を、アンブリッジ自身が知っているかしら…」

 

 

ハーマイオニーは不安げにソフィアを見る。ソフィアは難しい顔をしたまま「わからないわ」と答えた。煙突飛行ネットワークで顔だけを出して会話をしている時に第三者が介入した時、どうなるかはソフィアも知らなかった。そんな場面見た事が無いし、何よりソフィアの家──スネイプ家に煙突飛行ネットワークで出入りする人間は極限られているのだ。

 

 

「もし、アンブリッジがスナッフルズを捕まえていたら──」

「──たぶん今朝、アズカバンに送り返されていただろうな」

 

 

ハーマイオニーの言おうとしていた事をハリーが引き取って低い声で言う。もうシリウスと話すことは出来ない、あれ程の危険を負わせるわけにいかないと思うと──ハリーはかなり憂鬱だった。

 

 

「とにかく、シリウスはもう2度とやってはいけない。それだけよ。ただ、どうやってシリウスにそれを伝えたらいいのかわからない。フクロウは送れないし」

「うーん…ハリーが伝えなくてもいいんじゃないの?ロンから、モリーさん宛てにとりあえず手紙を送ったら?『お母さんの言うことを聞きます。みんなに暫く会えないのが寂しいです』──とか、それらしい文にすれば万が一見られてもただの家族に宛てた手紙だと思うでしょう?学校のフクロウを借りればアンブリッジもどのフクロウを捕まえればいいのかわからないんじゃないかしら……手紙は、ロンが出すんじゃなくて、ジョージかフレッドに頼むとか」

 

 

ソフィアは五月蝿いハリーのウシガエルに向け杖を振りながら言う。その発想は無かったのか、ハリーとロンとハーマイオニーは目を見開き顔を見合わせ「いいね!」と興奮したように頷いた。

 

 

「そうね!ついでに、私もお母さんとお父さん宛に手紙を出すわ、そうすればさらに撹乱させる事が出来るわ!」

「ええ、それにもうすぐクリスマス休暇でしょう?その連絡をするためにフクロウ便を使う生徒は多いから、土曜日の昼間なら…きっと沢山のフクロウが飛び立って、どの手紙が誰へ向かうかなんてわからないわよ」

  

 

ハリーのフクロウは白く美しいヘドウィグだったため、目立ってすぐにアンブリッジに見つかったのだろう。何処にでもいるただの学校のフクロウならばまだ見つかりにくいはずだ。万が一──不可能だとは思うが──全てのフクロウをアンブリッジが捕まえたとしてもハリーの手紙ではなくロンの手紙でただの家族へ送る内容ならば見られたとしても問題は無い。

 

 

「ママに手紙を送るよ!ちゃんと忠告は聞いたって言わないと、スナッフルズが疑われるみたいだしな──シレンシオ!」

 

 

ロンは杖をクルクルと回しそのままウシガエルに杖先を向けたが、勢いが良過ぎたのかロンの杖先はウシガエルの目を突き刺してしまい、ウシガエルが静かになるどころか、一層五月蝿く鳴きわめいた。

 

 

「シレンシオ」

 

 

ハーマイオニーが鳴き喚くウシガエルに魔法を唱えれば、ウシガエルは口をぱくぱくと開いていたがその口から何も音は出なかった。

 

結局うまくシレンシオが出来なかったハリーとロンは追加練習をするという宿題を出されたが、2人はいつもの事とさして気にしなかった。

 

 

外はあいにくの土砂降りのため外で次の授業までの時間を潰すことも出来ず、ソフィア達は三階の空き教室に入り空いている席に座る。教室の中は行き場のない生徒達で混み合い、中々にうるさかった。

ソフィア達は早速手紙を書く事にし、鞄の中から羊皮紙と羽ペンを取り出す。ハーマイオニーは両親に、ロンは母親に、ソフィアはジャックに、ハリーは悩んだ挙句──ハニーデュークスへの注文書を書く事にした。ハリーは書く必要は無かったが、アンブリッジを撹乱させるため、そして重要な手紙だけでなく時には普通の手紙を出すのだとアンブリッジに伝えるために出す事にした。

勿論4人ともアンブリッジに見られる可能性を考え、第三者が読んでも何の情報も無い、当たり障りのない内容にしたのは言うまでもない。

 

 

手紙を書き終わった頃、アンジェリーナが生徒達を掻き分けハリーとロンの元に現れた。

 

 

「許可をもらったよ!クィディッチ・チームを再編出来る!」

「やった!」

 

 

嬉しそうなアンジェリーナに負けないほど嬉しそうにロンとハリーが同時に叫んだ。アンジェリーナはにっこりと笑い、アンブリッジから受け取った許可証をひらひらと目の前で振った。

 

 

「マクゴナガルの元に行ったんだ。マクゴナガルはダンブルドアに控訴しにいってくれたんだ。──何のことかわからないけど、これがあるから大丈夫とかなんとか言って…手紙を持ってたな──とにかく、アンブリッジが折れた!ざまあみろ!だから、今夜7時に競技場に来てほしい。ロスした時間を取り戻さなくっちゃ。最初の試合まで3週間しか時間がないからね」

 

 

アンジェリーナは一気に言い切ると許可証を大切そうに鞄の中に入れ、他のチームメンバーに報告しに行くために生徒の間をまたすり抜けていった。

 

 

「良かったわね、これで練習ができるわよ!」

「うん!……マクゴナガルが持ってたのって、もしかしてジャックの嘆願書かな?」

「さあ、わからないけれど…良かったわ!──まぁ、あいにくの天気だけど」

 

 

ソフィアが苦笑して窓を見れば、ロンとハリーは雨粒が叩きつけられている窓を見て少し笑顔を翳らせた。

 

 

「止めばいいけど。──ハーマイオニー、どうかしたのか?」

 

 

ハーマイオニーも窓を見つめていたが、外の様子を見ている雰囲気では無く何か思い詰めて考えているようだった。目の焦点は合わず、顔はしかめられている。その事に気づいたロンが訝しげに聞けば、ハーマイオニーは「ちょっと考えてるの……」と窓を流れる雨粒を見ながら呟く。

 

 

「シリ──スナッフルズの事?」

 

 

ハリーが小声で聞けば、ハーマイオニーは暫く黙った後ゆるゆると首を振った。

 

 

「ううん……ちょっと違う。──むしろ……もしかして……。私たちのやってることは正しいんだし……考えると……そうよね?」

 

 

ハーマイオニーの言葉は疑問文だったが、それはハリー達に答えを求めているのではなく、自分の考えを整理するための言葉だった。

ロンとハリーは顔を見合わせ、いつもの掴みどころのない言葉かと首をすくめた。

 

 

「なるほど、明確な説明だったよ。君の考えをこれほどきちんと説明してくれなかったら、僕たち気になって仕方がなかったよ」

 

 

ロンと嫌味混じりな言葉を聞き、初めてロンがそこにいる事に気付いたと言うような目をしたハーマイオニーは、今度はしっかりとした目でハリー、ロン、ソフィアを見た。

 

 

「私がちょっと考えていたのは。私たちのやっている闇の魔術に対する防衛術のグループをは始めるということが、果たして正しいかどうかって事なの」

「ええーっ!?」

「ハーマイオニー、君が言い出したんだろ?」

 

 

ロンとハリーは憤慨したが、ハーマイオニーは両手を組みもじもじとさせてソフィアをじっと見た。

 

 

「ソフィアはどう思う?」

「え?……うーん……スナッフルズとジャックは賛成だったわよ?」

「そう。そうなの。だからかえって…その、スナッフルズが賛成してるって事は…この考えが結局間違っていたのかもしれないって思って…」

「……うーん…スナッフルズもジャックもどちらかというと好戦的だし、規則や法律を破る方だと思うわ。私も今まで…子どもに教えるにしては少し危険な魔法をジャックに沢山教わってきたから……でも、もしグループを解散したとしても、私はハーマイオニーとロンとハリーには魔法は教えたいわ。何がいつ起こるかわからないもの。毎年何かあって、ハリーは命の危機に何度も直面しているわ。今年が何もないとは限らないでしょう?」

「そう……。そうよね…」

 

 

ハーマイオニーは思ったような賛同が得られなかった事に少し不満そうにしたが、ソフィアの言葉をそれ以上否定する事なく、再び考え込んで窓の外をじっと見た。

 

 

「ハーマイオニー、君はスナッフルズが賛成したから嫌なのか?」

 

 

ハリーはハーマイオニーの考えにまた胸の奥から苛立ちが湧き起こってくるのを感じていたが、隣にはソフィアがいる。ソフィアに癇癪を起こしているところを見られたくなかったし──それにソフィアはハーマイオニーのように考えているわけではない、と何度も自分に言い聞かせ怒りの感情をコントロールしながら聞いた。

 

 

「うーん…嫌、というわけでは無いわ。ジャックも賛成しているし、でも、その……スナッフルズの考えや行動が今まで慎重じゃなかったのはたしかでしょ?だから、私は、慎重に考える必要があると思ったの」

 

 

ハーマイオニーはハリーが想像以上に怒ってない事に安堵しながら首を振り、自分でもどう判断すべきかわからない、というような情けない顔を見せた。

そのままハーマイオニーは唇を噛み、またじっと窓の外を見続けてしまったため、ハリーとロンとソフィアは顔をチラリと見合わせ肩をすくめた。

 

 

 

 

残念ながら天候はその後も回復する事はなく、むしろ雨は激しさを増していた。

ハリーとロンがクィディッチの練習に向かった後、ソフィアとハーマイオニーは談話室で今日出た宿題に取り掛かる。

途中でハーマイオニーは珍しく、「今日は、もう寝るわ。考えをまとめないと…」と言い、疲れた顔をして寝室へと向かってしまった。ソフィアは自分も寝室へ行こうかと思ったがせめて宿題を終わらせてからにしよう、と薬草学のレポートに1人黙々と取り掛かった。

 

8時半ごろ、ジョージとフレッドが戻り「まったく練習にならなかった」という文句を聞かされたソフィアは、窓を打ち付ける大きな雨粒にこれは練習にならなくても仕方がないだろうと苦笑する。

30分後には他のクィディッチ・チームと同じように髪の毛がしっとりと濡れているロンとハリーが戻り、ソフィアだけが残っている事に意外そうな目をしたが、すぐにハリーがソフィアの隣に、ロンは2人の前にどさりと座った。

 

 

「練習はあまり出来なかったみたいね」

「そうなんだよ!ほとんどシャワーを浴びに行ったようなもんさ」

 

 

ロンは2人の兄と似たような文句を言い、ソフィアが机に広げている宿題を見て嫌そうな顔をした。

やりたくは無いが、ロンは明日提出の宿題をまだ終わらせていない。せめてそれだけでも終わらせないと、明日の目覚めは最悪なものになるだろう。

大きなため息をついたロンは鞄を談話室に置いていくんじゃなかった、と内心で先程面倒臭がり置いて行ってしまった自分を呪いながら羊皮紙と羽ペンを取り出した。

 

 

「ハリー、強化薬のレポートは終わった?」

「全然」

「そう、えーと……ここから──ここまでを纏めると良いわ」

 

 

ソフィアは積み上げていた参考書の一冊を引っ張り出し、強化薬について詳しく書かれているページを開いてハリーの近くに寄せた。

 

 

「ありがとう」

 

 

ハリーもロンと同じで宿題のやる気は無かったが、ソフィアの好意を無駄に出来ず、のろのろとした動きでカバンから羊皮紙と羽ペンを取り出した。

机に向かうハリーの前髪から雫が一粒離れ、ぽたりと羊皮紙の上に落ちる。すぐにそれはじわりと広がり羊皮紙の上にシミを作った。

 

ソフィアはくすくすと小さく笑いながらハリーの頭に向けて乾かし魔法を唱える。ふわり、と温かな風が通過したかと思った頃にはハリーの髪はさらさらに乾いていた。

そのままソフィアはロンの髪も乾かし、「風邪をひかないようにね」と言いつつ暖炉のそばにある積み上げられていた薪を一本取ると炎の中に投げ入れた。

 

 

ハリーは頭が乾いて寒さがなくなっただけではなく、ソフィアの笑顔を見て心までぽかぽかと暖かくなってきたのを感じた。

ふいに、ハーマイオニーには絶対に──うるさく言われるだろうからと──言いたくなかった傷痕の痛みの事を、ソフィアには何故か伝えたくなったが、ロンが側に居るときにそれを伝えるのは何となく、嫌だった。

 

1時間もすればロンは宿題に飽き、寝室に向かってしまった。10時前になった談話室にはソフィアとハリー、そしてハーマイオニーのクルックシャンクスとティティしか居なかった。

それでも暫くハリーは全く頭に入らない魔法薬学の参考書を読んでいたが、同じ文を3度読んだ時に、何でもないような何気なさを装って「そういえば」とソフィアに話しかけた。

 

 

「さっきクィディッチの練習が終わった後で傷痕が傷んだんだ」

「まぁ…今はもう大丈夫なの?」

 

 

ソフィアは宿題をしていた手を止め羽ペンを置くと心配そうな目でハリーの顔を見つめた。

ハリーは胸の奥に住む名前の付け難い獣が満足げに喉を鳴らすのを聞いた。──ソフィアは今、僕だけを心配しているんだ。

 

 

「うん、たぶんまたあいつの感情が伝わったんだと思う。……怒ってた。あいつは何かをさせたがっていたのに、それがうまくいかなくて……」

「怒ってた…?……ハリー、前に…アンブリッジの罰則の時はどうだったの?」

「罰則の時は、喜んでいたと思う。だから僕は何だか惨めな気持ちになったんだ…あいつが喜んでたから。──後、ホグワーツに帰る前の晩も痛んだんだけど、その時はやっぱり怒ってた──と、今ははっきりとわかる。多分、前にダンブルドアが言っていたけど…僕はあいつの気分がわかるんだ」

 

 

それが前よりはっきりとね。と、言うハリーにソフィアはぎゅっと眉を寄せ真剣な顔をした。

例のあの人──ヴォルデモート卿の感情が読めるなんて今まではなかった、ただ憎しみや怒りに反応して訳もわからず痛んだだけだ。だが今ではハリーのいうようにさらに鮮明になり、ヴォルデモートの感情が伝わってきている。

それは、やはりヴォルデモートが復活したから、だろうか。

 

 

「ハリー、ダンブルドア先生に──」

「言わない。だってダンブルドアはもう知ってるんだもの。また言ったって意味がないさ」

 

 

何気なく前髪を指で弄るハリーに、ソフィアは暫く黙っていたが身を乗り出し、そっとその手を取った。近距離でソフィアから見つめられたハリーは何だか体の奥がむずむずするような、脳の奥が痺れるような奇妙な感覚に、思考がぼやける。

ソフィアは優しくハリーの手を額からずらすと、そのまま人差し指で傷痕を撫でた。

 

 

「……痛い?」

「ううん、痛くない。けど、なんだか──熱いな」

「熱いの?」

 

 

ソフィアは心配そうに眉を下げたが、すぐにハリーは首を振り「多分、ソフィアが触ったから」と照れたように言った。ソフィアは一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに悪戯っぽく笑う。

 

 

「風邪はひかないで済みそうね?」

「あ──うん、そうかも」

 

 

笑いながら手を放したソフィアに、ハリーはとても残念な気持ちになったがもっと触れてほしいなんて伝えるのは気恥ずかしくて出来なかった。

 

 

「ハリー、ダンブルドア先生はたしかにハリーの傷が痛むのは、例のあの人の強い感情に関係してると知っているわ。でも、それがいつ起こったのか、どういう感情だったのかは知らないわよね?」

「え?…うん。それはロンとソフィアしか知らない」

 

 

ハリーはソフィアの真剣な声に、今まで感じていたくすぐったいような空気が一気に霧散したのを感じた。

 

 

「それなら、やっぱりダンブルドア先生にいつ傷が強く痛んだか、どんな感情が伝わったかを伝えるべきだと思うわ。例のあの人の感情を読み取れるなんて、騎士団にとってみればとてもすごい情報だと思わない?」

「すごい情報?そうかな……?」

「ええ、そうよ。少なくとも数時間前に何かがあって、あの人はすごく怒ったんでしょう?何かをさせたがっていたのに、うまくいかない。──この事はきっと、騎士団の誰も知らない情報なの」

 

 

ハリーはソフィアの真剣な声につられるように、先程まではどうって事ないと思っていた傷の痛みや伝わった感情について真剣に考えてみた。

たしかに、ダンブルドアは感情が伝わるだろう事は知っている。──だが、それがいつ起こったのか、あいつがどんな気持ちだったかは知らない。

 

 

「……でも──」

 

 

それでも、ダンブルドアに言いに行く決心はつかなかった。伝えたところで──最近のダンブルドアはいつもそうなのだが──目を合わせず、素っ気ない態度を取られることがどうしようもなく嫌だったのだ。

去年まではしっかりと目を見て関わり、時には心の底から勇気が湧いてくるほどの助言もしてくれたのに今年はまだ一度もまともに目を見ていない、会話をしていない。そのチャンスはいくらでもあったはずなのに、意図的にダンブルドアが自分を避けているような気がしてならなかった。

 

 

──ソフィアに、相談してみようか。でも、こんな事を考えるなんて、情けないと思われるのは嫌だ。

 

 

でも、と言ったきり黙ってしまったハリーを見つめていたソフィアは、何も言わずにただハリーの言葉を待った。

5年間、近い場所で過ごしていたソフィアには、ハリーが口籠るときには何かを言いたい時なのだとわかっていた。──いや、ソフィアだけではなく、ロンもハーマイオニーもそれを理解していたが、2人はソフィアほど、ハリーに上手く口を開かせる事が出来なかったのだ。

 

 

「……ほら、ダンブルドアは忙しいし」

「そうね、騎士団を守って、導かなければならないもの。でも、だからといってあなたの言葉に耳を傾けない事はないわ」

「……そうかな。今年は何だか、僕に関わりたくないように思うんだ」

「私にはダンブルドア先生は、ハリーの事を本当に大切に思っているように見えるわ。夏休み中はハリーを守るために、私をハリーの元に連れて行ってくれたし、その後も本部で守ってくれたでしょう?魔法省での尋問の時だって来てくれたから、あなたは退学にならずに済んだわ。──ただ、そうね、もしあなたがダンブルドア先生に、どこかよそよそしさを感じているのなら……」

 

 

ソフィアは一度言葉を切り、深く考えこむように顎に手を当て、そっと自分の唇を無意識のうちに撫でた。

 

今までとは違い、今年から急にハリーがダンブルドア先生への不信感に似たものを感じているのは何故だろうか?あの人が復活した時にいた本人なのに、騎士団に入ることができないから?目を向けてくれないから?──確かに、ダンブルドア先生ならホグワーツに戻ってきてからすぐにハリーを校長室に呼んで悩みの内を聞きそうなものだわ。

去年と違うところは、やっぱり──。

 

 

「多分、例のあの人と魔法省に関係があると思うわ」

「え?」

 

 

突拍子もない言葉に、ハリーは訝しげな顔をして首を傾げる。

むしろ、それならば自分の置かれた立場を不憫に思い声をかけてくれるんじゃないか、気にかけてくれるんじゃないか。──そう思ったハリーの眉間にはくっきりと皺が寄り、辛さと悲しさと困惑が混ざった顔で押し黙る。

 

 

「今、ダンブルドア先生がハリーを表立って擁護すれば、きっと日刊預言者新聞は大々的に2人を世間の笑いの種にするでしょう?魔法省は──大臣は、ダンブルドア先生が私設団体を作っていると思ってるほどだもの。ハリーとダンブルドア先生がアンブリッジの目の前で何度も会っていたら、きっとまた、馬鹿な事を考えるわ。だから、表立ってあなたを護れないし、話しかけにいけないんじゃないかしら?」

「……」

 

 

ソフィアの考えは、ハリーが思っていた事とは真逆だった。

護るために無視をする、護るために深く関わらない、そんなことがあり得るのだろうか。

 

 

「……そんな事をする人いる?」

 

 

信じられないハリーに、ソフィアはニヤリと笑うと「意外と、多いのよ」と言った。

 

護るために嫌っているふりをする。

護るために、表立って関わらない。

 

ソフィアの脳裏に浮かんでいるのは父であるセブルスその人であり、だからこそソフィアはその考えに達したのだ。

大人は、何か大切なものを護るためならば自分の感情を巧みなまでに押し殺し、悟らせないことができるのだと、ソフィアはよく知っていた。

 

 

「もし、ダンブルドア先生に言いに行くのが──難しいなら。マクゴナガル先生でもいいわ。きっと伝えてくれるでしょう」

「うーん……」

 

 

ハリーはそれでも気が進まなかった。マクゴナガルもこんな事を聞いてもあっさりと「そうですか」と言うだけで終わりそうな気がしていたが、ソフィアの熱意と先程の説明を聞き──マクゴナガルになら、伝えてもいいか、と思う気持ちになった。

 

何より、もし自分が伝えた情報が騎士団にとって重要なものになるのなら、これ以上に喜ばしい事はないと思ったのだ。騎士団員ではなくても、彼らの力になることができる、それはハリーにとってとても嬉しい事だ。

 

 

「今日は遅いから、明日言いに行こうか」

「そうね!──あ、でも職員室にアンブリッジがいる可能性もあるわ。だから……ちょっと細工をしていきましょう」

「細工?」

 

 

首を傾げるハリーに、ソフィアは悪戯っぽく笑って変身術の教科書を本の山の中から抜き出した。

 

 

「羊皮紙に、傷が痛んだ時の日時とその時の感情。あとは──そうね、それを感じてあなたはどう思ったのか、なるべく詳しく書いてほしいの。それで、その紙を挟んで、マクゴナガル先生に変身術の質問をする、という体で話しかけてその紙を見せるの。きっとマクゴナガル先生なら、私たちの意図を汲み取ってくれるわ」

「……確かに、これならアンブリッジがいてもただの質問をしているように思う!」

 

 

早速ハリーは新しい羊皮紙を広げ、ソフィアに言われた通りなるべく詳しくその時の気持ちを書いた。

途中で何度か「こんな事をして本当に意味があるのか」と脳の後ろの方で自分自身の暗い声が聞こえたが、そんな時には羊皮紙を覗き込むソフィアの真剣な横顔を見て気を紛らわせた。

 

これが何の意味をも持たなくてもいい、ただ、ソフィアが僕のことを考えて、こうして2人きりで過ごせている。──そのチャンスを無駄には出来ないじゃないか。

 

 

書き終わったハリーはソフィアに羊皮紙を渡す。ソフィアは一度書かれた文章を真剣に読み大きく頷くと、大切そうに半分に折り畳み変身術の教科書に挟み、鞄の中に入れた。

 

 

「明日、昼休みの時に伝えに行きましょう。──ああ、もうこんな時間…強化薬のレポート、あまり進まなかったわね」

「まぁ、明日やればいいかな」

 

 

ハリーはすっかりとレポートの存在を忘れていたが、まだ次の魔法薬学までは2日余裕がある。もう真夜中を過ぎている時間で、今からこの難解なレポートを仕上げる事は出来ないだろう。

 

しかし、ソフィアは器用に片眉を上げると「明日までに仕上げないと。明日は明日で別の宿題が出るわよ?」と忠告した。

OWL試験の学年だからか、教師達は毎回宿題を出し──それも難しいものばかりだ──ただでさえハリーはさらに余分に宿題が出されている。クィディッチの練習もこれから本格的に開始する事は目に見えているし、たしかに、ソフィアの言う事は正しい。

 

だが、一度やる気を失ったハリーはソフィアの忠告にも「うーん」と曖昧な返事をしてなんとかレポートをしないで済む理由を絞り出そうとした。

しかし、ハリーがレポートを今やりたくない理由はただ単に面倒くさいし、眠いし、──といった学生らしい自分勝手なものである。

 

 

「強化薬のレポートが終わるまでは私も付き合うから、頑張りましょう?」

「………じゃあ、少しだけ」

 

 

今すぐふかふかの布団に飛び込み眠るという感情よりも、ソフィアと2人きりの時間を長く過ごせる方が魅力的であり、ハリーは一度閉じた教科書をあっさりと開いた。

 

 

 

時々、ソフィアがレポートの間違いを指摘したり、もっと詳しく書いてある参考書を教えるために話しかける以外は、ハリーが羽ペンを走らせる音と暖炉の火が爆ぜる音しか聞こえなくなった。

 

ふわ、とソフィアは何度目かのあくびを溢し眠たそうに目を擦る。膝の上には温かいティティが微睡んでいて──ソフィアは目を閉じた。

 

ハリーもまた、眠気を誘う呪文のような言葉の羅列についうとうととしてしまい、思考がぼんやりと霞がかり、目の前の文章と、さまざまな思考が混じり合った。

 

 

もし、日刊預言者新聞に、僕はヴォルデモートの気分がわかるといえば脳が火照ったと思うだろう──そもそもどうして僕はヴォルデモートの気分がわかるんだろう、この薄気味悪い絆は何だ?ダンブルドアでも、僕にはっきりと説明できないこの絆は?──ああ、とても眠い──。

 

 

意識が落ちた時、ハリーは窓のない廊下を歩いていた。疑問に思う事はない。足音が静寂に反響している。通路の突き当たりの扉がだんだん近くなり、心臓が興奮で高鳴る──あそこを開ける事さえできれば、その向こう側に入れれば──あと、数センチで指が触れる──……。

 

 

「ハリー・ポッターさま!」

 

 

ハリーは驚いて意識を覚醒させた。

壁にかけられている談話室の蝋燭は全て消えていて、暖炉の火が頼りなく仄かに燻っている。かなり薄暗い中、ハリーは体の半身に感じる重みにふと視線を落とし、ごくり、と無意識の内に生唾を飲んだ。

 

寝てしまったソフィアが、ハリーの肩に頭を預けている。

俯いていて顔は見えないが、微かな寝息が聞こえる。──完全に、寝てしまっている。

 

さっきの呼び声は、ソフィアのものではないのか、とハリーはあたりを見回し、ソフィアを起こさないように「誰?」と小声で呼びかけた。

 

 

「ドビーめが、あなたさまのふくろうを持っています!」

「ドビー?…ごめん、ちょっと静かにして、ソフィアが起きちゃう──」

 

 

テーブルの脇にドビーが立っていた。大きなとんがった耳が山のような帽子の下から突き出ているところを見ると、今までハーマイオニーが編んでいた帽子は全てドビーが被っているのだろう。

その山のような帽子のてっぺんに、ヘドウィグがちょこん、と止まっていた。

 

 

「ああ!申し訳ありません…」

「ううん!大丈夫、本当にありがとう!」

「グラブリー-プランク先生が、ふくろうはもう大丈夫だとおっしゃったでございます」

 

 

ドビーは口に手を当て、小声でひそひそと話す。

ヘドウィグはハリーの肩に止まろうと羽を広げたが、ハリーの肩に頭を乗せているソフィアがいる事に気付くとかなり気を害してしまったようで「ホー」と怒ったように鳴き、ふわりとハリーの膝の上に降り立った。

 

 

ハリーはヘドウィグを撫でながら、ドビーが他のハウスエルフが掃除をしないグリフィンドール塔を1人で掃除している事を知り──ドビー以外のハウスエルフは隠された服を見て侮辱されたと思い、怒ったのだ──ハーマイオニーの行動は全くもって無駄だった。と思いつつ、何か力になりたいというドビーに闇の魔術に対する防衛術を練習する場所を探していると伝えた。

きっとドビーは知らないだろうと思ったが、ハリーの予想はいい意味で外れ、ドビーから『必要の部屋』の存在を聞く。

 

すぐに必要の部屋が本当にあるのかどうか確認しに行きたかったが、こんな夜中にもし出歩いているのがバレたとしたら全てが無駄になりかねない。

ハリーはぐっとこらえ、ドビーに必要の部屋の正確な場所と出現させる方法を聞いた。

 

 

全てを伝えたドビーは部屋中に散らばるハーマイオニーお手製の帽子や靴下を拾い上げ大切そうに身につけ、指をパチンと鳴らしながら落ちたクッションやゴミ屑、暖炉の灰を清掃していく。

そのあともう一度深々とハリーにお辞儀と「おやすみなさいませ、ハリー・ポッターさま」と挨拶をすると、またパチンと姿を消した。

 

暫くハリーは綺麗になった談話室を見ながらソフィアの暖かさを堪能していたが、数十分後、ソフィアの肩に──ちょっと遠慮がちだったが──手を回し、優しく揺する。

 

 

「ソフィア」

「…んぅ──ふぁ……あ、私、寝ちゃってたわ…ごめんなさい、ハリー…」

 

 

ソフィアは呂律の回らない舌でそう言うと、気怠げに体を起こし、ふわ、と欠伸をこぼす。目は半分以上閉じていて、今にもまた夢の国へと足を踏み入れそうだった。

 

 

「ううん、僕も寝ちゃってた。さっきドビーが来て、ヘドウィグがもう治ったって連れてきてくれたんだ!──その他にも色々あったけど、それは明日言うよ。もうそろそろ寝ようか」

「…レポートは……うーん…半分は終わってるわね、明日、頑張りましょう…」

 

 

ソフィアは鞄の中に教科書や宿題を片付けると、ふらふらと立ち上がる。

ハリーも立ち上がり──ヘドウィグが批難的な目で見ながら机の上へと移動した──少しの段差で躓いてしまいそうなほどふらふらなソフィアを女子寮へ続く階段の前まで連れて行く。

 

 

「おやすみなさい、ハリー」

 

 

ソフィアはハリーの肩に手を乗せ、背伸びをすると頬に軽くおやすみのキスをする。

すぐに踵を落としたソフィアだったが、ふ、と目の前が陰り、視線を上げた。

 

 

「──いい夢を見てね、ソフィア」

 

 

ソフィアは掠める程度のほんの僅かな頬への感触に、眠たそうにしていた目を見開くと、照れたように笑って「ええ、ハリーも」と、はにかんだ。

 

 

ソフィアに手を振り、その姿が見えなくなるまで見送ったハリーは、初めて──挨拶とはいえ──ソフィアの頬にキスができた高揚感で眠気や疲れが吹っ飛び、勝手に上がる口角を手で揉みつつ、男子寮の階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 

 



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272 必要の部屋!

 

 

次の日も雨は止む事はなくその勢いを増し、ただの雨模様ではなく荒れ狂う嵐となっていた。午後の魔法生物飼育学は校庭ではなく一階にある空き教室で行われる事となった。

この雨の中はどのクィディッチ・チームも練習は出来ず、アンジェリーナもまた選手達を探し回り夜に予定していたクィディッチの練習は中止だと伝えて回る。

 

 

「今日の練習はとっても残念だけど、中止」

「良かった。場所を見つけたんだ。最初の防衛術の会合は夜の8時、8階のバカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側。ケイティとアリシアに伝えてくれる?」

 

 

昼食の時にハリーが練習中止を伝えに来たアンジェリーナにそう言えば、アンジェリーナは少し顔をこわばらせたが伝えると約束した。

 

ハリーはこのあとソフィアと共にマクゴナガルの元へ行く用事があり、早く昼食を済ませてしまおうと食べかけのソーセージを頬張る。

かぼちゃジュースを飲もうと顔を上げると、ハーマイオニーが見つめていることに気づいた。

 

 

「何?」

「うーん、ちょっとね……。ドビーの計画っていつも安全とは限らないでしょう?覚えてない?あなたドビーのせいで腕の骨が全部無くなったのよ」

 

 

ハーマイオニーはもう会合中止の考えをハリーとソフィアに言う事はなかった。決まらなかった場所の予定地が決まったと言うこともあり、計画を進めることにしたのだろう。

確かにドビーは3年前、ハリーを守るために手紙を届けなくしたり、ホグワーツ特急に乗れなくしたり、ブラッジャーを狂わせたが──しかし、ハリーにはハーマイオニーを説得させる切り札があった。

 

 

「この部屋はドビーの突拍子もない考えじゃないんだ。ダンブルドアもこの部屋のことは知ってる。クリスマス・パーティのとき、話してくれたんだ」

 

 

ハリーはダンブルドアがトイレに行きたい時に現れた不思議な部屋の話を聞いていた。聞かされた当初は冗談か何かかと思ったが、あれは紛れもない事実であり──必要の部屋の事だったのだろう。

 

 

「ダンブルドアが、そのことをあなたに話したのね?」

「ちょっとついでにだったけど」

「ああ、そうなの、なら大丈夫」

 

 

ハーマイオニーは悩みが晴れたのか、それ以上は何も反対しなかった。

 

 

昼食を食べ終わったハリー達は会合のメンバー全員にそれを伝えるために手分けして城中を探すことになり、ソフィアとハリーはあらかじめ待ち合わせをしていた職員室前で落ち合った。

 

 

「よし。…じゃあ、行こうか」

「ええ、そうね」

 

 

ソフィアは肩にかけていた鞄のベルトをぎゅっと掴む。この時間ならマクゴナガルは職員室か、自分の研究室にいるはずだ。ソフィアは先にマクゴナガルの研究室を覗いてみたが中には誰もいなかった。ここにいなければ、ハリーが持っている忍びの地図で探さなければならないだろう。

 

 

そっと扉を開ければ、職員室の中央あたりにある机にマクゴナガルがいるのが見えた。机の上には沢山の本や羊皮紙が置かれ、脇には湯気が上がったカップがある。きっと生徒達の宿題を採点しているのだろう。

 

しかし、職員室にはマクゴナガルだけではなく数名の教師、そして居てほしくなかったアンブリッジも部屋の端にある席に座っていた。自室ではなくここにいるのは、教師達を見張るためなのかとソフィアとハリーは思った。

 

 

「マクゴナガル先生、少し質問がありまして…今、お時間よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ。…ミスター・ポッター、あなたもですか?」

「はい、そうです」

 

 

2人はなるべく何気ない顔をしてマクゴナガルだけを見て、アンブリッジを見ないように努めながらマクゴナガルの元へ駆け寄った。幸運にもマクゴナガルとアンブリッジの席はかなり離れている。教科書に仕込んだ手紙はアンブリッジからは見えないだろう。

 

ハリーは視界の端でアンブリッジがじっとこちらを見ている事に気付き、緊張から煩く打つ鼓動を落ち着かせるため深呼吸をしつつ、何とか平静を保っていた。

 

 

「──ここなんですけど」

 

 

ソフィアは用意していた教科書を開く。

マクゴナガルはそれを覗き込み、微かに目を見開いた。

 

 

『ハリーの傷跡の痛みの件で、ダンブルドア先生に報告して頂きたい事があります』

 

 

短く書かれた文を静かに読んだマクゴナガルは、顔を動かす事なく目だけを上げ、じっとソフィアとハリーを見つめる。

 

 

「この解釈は、私が前回提出したレポートと同じと考えていいのでしょうか?」

「……ええ、そうです」

 

 

しっかりとマクゴナガルが頷いたのを見て、ソフィアはいくつかページを捲った。

 

 

「ここから──ここまでの解釈ですよね?すみません、気になったら居ても立っても居られなくて」

 

 

次に開いたページにはハリーが傷跡の痛みや感じた事について詳細に書いた手紙が挟まっていた。

マクゴナガルは暫くじっと手紙を読んでいたが、身を乗り出すと本の文章を指で示すふりをして、その手紙をそっと手に取りローブの袖の中に隠した。

 

 

「──ええ。あなたの考えは合っていますよ」

「良かった!ハリーと昨晩考えていて、ちょっとわからなくて……ハーマイオニーは寝てしまっていたので、とりあえずマクゴナガル先生に聞こうと思って。ね、ハリー?」

 

 

ソフィアがハリーに目配せをすれば、ハリーはすかさず「そうなんです、昨日ソフィアと考えていて、早く聞きたくて」と何度も頷いた。

 

ソフィアの言うように何があったかを伝える事はできた。しかし、本当にこれで良かったのだろうか、些細な事と思われないか、とハリーは少し気にしていたが、マクゴナガルはふっと表情を緩めると、ハリーにとっては珍しいと思ってしまうほど優しく誇らしいというような優しい表情をハリーに向けた。

 

 

「…たくさん考えたのでしょう。ミス・プリンス、ミスター・ポッター。あなた達が自己完結せず、私に聞きに来る判断をしたのは──変身術教師として──とても喜ばしく思います。いつでも、何か疑問に思った事があれば今回のように、聞きに来なさい」

 

 

 

ハリーはその言葉を聞いて、自分が行った行動は間違いでは無かったのだと思い、ほっと胸を撫で下ろした。

冷たくされるかと思ったが、自分が思っていたよりも──暖かく受け入れられた。

 

 

「ありがとうございます、マクゴナガル先生」

 

 

ハリーは心からそう言い、ソフィアと共に頭を下げる。

視界の端に写り続けていたアンブリッジはこちらを見てはいるが、ただの質問だと思ったのか動く事はない。

ソフィアとハリーが言った言葉は、第三者がどう聞いてもただの質問にしか思えなかっただろう。

 

アンブリッジを出し抜く事が出来た最高な気持ちで職員室を出たソフィアとハリーは、扉を閉め2人で顔を見合わせて声もなく笑い合った。

 

 

 

 

「ハリー、最初の呪文は何がいいと思う?」

 

 

ソフィアは大広間に向かう階段を上がりながら小声でハリーに問いかけた。

後数時間後に第一回目の会合が行われるのであれば、その時に訓練する内容を決めなければならないだろう。

メンバーに集合場所と時間を伝える事で必死だったハリーは深く内容まで考えていなかったが、すぐに「そうだな…」と呟いた。

 

 

「武装解除呪文かな」

 

 

深く考えては居なかったとはいえ、実際もし教えるならば何の魔法を強化するのがいいのだろうか、と寝る前のベッドの中で何度か思案していたハリーは、すぐに一つの呪文を告げる。

それはかなり基本的な呪文だが、ハリーはこの呪文に何度も助けられているのだ。

 

 

「エクスペリアームスね。ええ、いいと思うわ」

「本当?ソフィアも同じだった?」

「…本音を言えば、プロテゴかなって思ってたの。でも、プロテゴは少し難易度が高いからまだ学んでいない人がほとんどだと思うし…。自分を守る前に、相手の攻撃力を激減させる。──うん、悪くないわ。出来ればみんな無言魔法でエクスペリアームスができるくらいにはなってほしいわね…」

「無言魔法か…うん、僕も頑張らないと」

 

 

数時間後に何の魔法を練習するのかを決めた2人は、その後ロンとハーマイオニーのように休み時間ギリギリまで会合のメンバーを探し歩いた。

昼休みの間だけでは難しく、夕食が終わる頃に今日の夜集まるということがメンバー全員に伝えることが出来ただろう。

 

 

7時半になり、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアはグリフィンドールの談話室を出た。ハリーは忍びの地図を持ち目的地近くの階段でソフィア達に素早く「止まって」と伝える。

地図を広げたハリーは注意深くアンブリッジ、フィルチ、ミセス・ノリス、そしてスネイプが近くにいないかを確認する。

五年生以上は9時まで自由行動が認められているが、性根の悪い彼らに会うことは避けなければならない。こんな場所に29人が向かっているのがバレてしまえば、厄介な事になるだろう。

 

 

「大丈夫。──行こう」

 

 

ソフィア達はドビーがハリーに伝えた場所へと急いだ。大きな壁掛けタペストリーにバーナバスが愚かにもトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてあるその向かい側の壁──そこは、何の絵もない、ただの石壁だった。

 

 

「オーケー。ドビーは、気持ちを必要な事に集中させながら壁のここの部分を3回行ったり来たりしろって言ってた」

 

 

ハリーの緊張した声に、3人とも真剣な面持ちで頷く。すぐに4人は石壁の前を通り過ぎ、窓のところできっちり折り返して逆方向に歩き、反対側にある等身大の花瓶のところでまた折り返した。

ロンは集中するのに眉間に皺を寄せ、ハーマイオニーは低い声で何かぶつぶつ言い、ソフィアは腹の前で祈るように指を組み、ハリーは真っ直ぐ前を見つめて両手の拳を握りしめた。

 

 

──戦いを学ぶ場所。どこか練習する場所。どこか、連中に見つからないところを──。

 

 

「あっ!」

 

 

3回目に石壁を通り過ぎて振り返ったとき、ソフィアが驚愕の声を上げた。

何もなかった石壁に、磨き上げられた美しい扉が現れていた。ロンとソフィアは少し警戒するような目で扉を見つめていたが、ハーマイオニーは興奮を抑えきれずじろじろと興味深そうに扉を見る。

ハリーはすぐに真鍮の取手に手を伸ばし、扉を引いて開け、先に入った。

 

 

 



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273 ダンブルドア軍団!

 

 

その部屋は広々としていて、地下牢教室のように揺らめく松明の灯りで照らされていて明るい。

壁際には木の本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションが床に置かれている。一番奥の棚にはかくれん防止器、秘密発見器、敵鏡などいろいろな道具が並べられていた。

 

 

「うわぁ!凄いわハリー!」

「これ、失神術を練習する時にちょうどいいな」

「見て!この本!──通常の呪いと逆呪い概論…自己防衛呪文学……うわーっ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは数百冊はあるだろう闇の魔術を防衛する教科書や、呪文集の数々に目を輝かせる。今までどこか不安げにしていたハーマイオニーは、ついに自分達は正しいことをしていると確信したのだろうとハリーはその表情を見て思った。

 

 

「ハリー、素晴らしいわ。ここには欲しいものが全てある!」

「この本、読み直したかったのよね…図書館ではいつも上級生が借りてたから……」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは本棚から本を抜くと近くのクッションに座り込み夢中になって読み始め、ロンとハリーはさまざまな魔法道具を興味深そうに見ていた。

数分後には扉を叩く音が聞こえ、ハリーとロンが振り返るとジニー、ネビル、ラベンダー、パーバティ、ディーンが緊張した顔を覗かせていた。

目が合うとジニー達はほっとして部屋の中に入り、その部屋の素晴らしさに「わぁー!」と歓声を上げる。

 

 

「ここは一体何だい?」

「ここは──」

 

 

目を輝かせるディーンに、この部屋の仕組みを説明しようとしたハリーだったが話の途中で他のメンバーが現れ、最初から話し始めることとなった。

8時までには全員集合し、全てのクッションが埋まり、ハリーはしっかりと人数と顔を確認して扉の鍵穴にぶら下がっていた鍵を閉めた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーはそれぞれ読んでいた本を閉じ、ハリーに目配せをする。

てっきりホッグズ・ヘッドでのようにハーマイオニーが仕切ると思っていたハリーは、少し緊張してごくりと唾を飲み喉を濡らし、28人の顔を見渡した。

 

 

「えーと。ここが、練習用に僕たちが見つけた場所です。それで、えー……みんなはここでいいと思ったみたいだし」

 

 

ハリーの言葉にチョウが「素敵だわ!」と言うと、他の何人もそうだと呟き頷いた。

 

 

「変だなぁ。俺たち、一度ここでフィルチから隠れたことがある。ジョージ、覚えているか?だけどその時は単なる箒置き場だったんだぞ?」

「ああ、確かにそうだった」

 

 

フレッドとジョージは部屋を眺めまわしながら首を傾げる。きっと、その時はフィルチから隠れるためだけに現れた部屋だから箒置き場だったのだろう。──もしくは、どちらかが新しい箒を渇望していたか、だ。

 

 

「おい、ハリー。これは何だ?」

「闇の検知器だよ。基本的には闇の魔法使いとかが近づくと、それを示してくれるんだけど…あまり頼っちゃいけない。道具が騙されることがある」

 

 

ハリーはディーンが指差した『かくれん防止器』と『敵鏡』に歩み寄りながら言う。ひび割れた敵鏡の中には自分の姿は映らず、中に影のようなものが蠢いている。どの姿にもはっきりと見えないこれをあまり見ない方がいいだろうとハリーは去年のことを思い出した。

 

 

「えーと……」

 

 

ハリーは敵鏡に背を向け、クッションに座ったままのソフィアを見た。ソフィアはすぐに立ち上がり、そのままハリーの隣に並ぶ。

 

 

「僕たち、最初に何をやらなければならないのは何なのか、ずっと考えていたんだけど、それで──あ、ハーマイオニー、何だい?」

「ハリーとソフィア、どちらをリーダーにするか決めるべきだと思います」

 

 

ハーマイオニーは授業で当てられた時のようにハキハキと言う。リーダー、の言葉を聞いてハリーとソフィアは顔を見合わせた。

 

 

「ハリーで良いんじゃないかしら?」

「えっ」

 

 

あっさりとリーダーをハリーに選出したソフィアに、ハリーは目を丸くした。ハリーは確かに自分はヴォルデモートと戦う機会が多かったが、それでも闇の魔術に対する防衛呪文や他の呪文はソフィアの方が詳しく適任だと思っていたのだ。

しかし、ハリーの思想とは裏腹にソフィアの一声に他のメンバーは「他に誰がいるんだ?」と賛同し、ハーマイオニーを訝しげな目で見る。

 

 

「ちゃんと投票すべきだと思うの。2人がリーダーでもいいけど。これで正式なものになるし、ハリーに権限が与えられるでしょう?じゃあ──ハリーがリーダーで、ソフィアは副リーダーになるべきだと思う人」

 

 

ハーマイオニーの呼びかけに、みんなが──ザカリアスでさえ──手を挙げた。ハリーは顔に熱が集まるのを感じながら「わかった、ありがとう」と呟く。

 

 

「それじゃあ、まずは、えっと──」

「魔法の訓練の前に、この会合の正式名称を決めるのはどうかしら?そうすればチームの団結精神も上がるし、一体感が高まるわ。出来るだけ、何の会合かわからない名前が良いわね。──ね、リーダー?」

 

 

何を話すべきか悩んでいたハリーに、ソフィアが助け舟を出した。ハリーは会合の名前を決めたかったわけではないが、他のメンバーは目を輝かせどの名前にしようかと近くにいる友達と話し合う。

 

 

「反アンブリッジ連盟ってつけられない?」

「アンジェリーナ…それだと、どこかで誰かに聞かれた時にちょっと面倒な事になるわ」

 

 

アンジェリーナは悪戯っぽく半分以上本気でそう言ったが、ソフィアは苦笑して首を振った。

 

 

「じゃなきゃ、魔法省はみんな間抜け。MMMはどうだ?」

「うーん、MMMは確かに言いやすいわね…」

防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)は?頭文字をとってDA。それなら私たちが何を話しているか誰にもわからないでしょう?」

 

 

考えていたチョウが挙手をしながら言った。フレッドのMMMも悪くはないが、確かにDAならば闇の魔術に対する防衛術の授業の頭文字と同じであり、誰かに聞かれたとしても授業の話をしていると思われるだろう。

 

 

「うん、DAっていうのはいいわね。ダンブルドア・アーミーの頭文字もDAだし。だって、魔法省が一番恐れているのはダンブルドア軍団(アーミー)でしょ?」

 

 

ジニーもDAに賛成し、それを皮切りにほぼ全員の「いいぞ!」と呟く声や笑い声が響いた。

 

 

「じゃあ、リーダー?可決をとってくれますか?」

 

 

ソフィアはハリーを覗き込み、笑いながら言う。ハリーはリーダーという特別な響きにドキドキとしながら大きく頷き、メンバー達をぐるりと見回した。

 

 

「DAに賛成の人?」

 

 

ハリーが声を上げ、挙手した人の人数を数えようとしたが──数える必要のないほど、賛成多数なのは歴然だった。

 

 

「決まったわね!」

「動議は可決したわね!──じゃあ、副リーダーはこの羊皮紙の上に軍団名を書いてくれるかしら?」

「あら、責任重大ね!わかったわ!」

 

 

ハーマイオニーが立ち上がりソフィアに皆が署名した羊皮紙を差し出す。

ソフィアはかしこまった風に頭を下げ両手で羊皮紙を受け取ると、そのまま近くの机に移動し鞄の中から羽ペンを取り出した。

 

 

「…ダンブルドア軍団でいいのよね?」

 

 

魔法連盟の方か、ダンブルドア軍団か。どちらを書くか悩んだソフィアはメンバーを振り返る。

すぐに口々に「ダンブルドア軍団!」という声が響き、ソフィアは羊皮紙の一番上に「ダンブルドア軍団」と書き加え、杖を振りピンを出してそのまま壁に止めた。

 

 

「それじゃ、練習しようか?僕らが考えたのは、まず最初にやるべきなのは『エクスペリアームス』──そう、武装解除術だ。かなり基本的な呪文だっていうことは知ってる。だけど、本当に役に立つ──」

「おいおい頼むよ。例のあの人に対して、武装解除が僕たちを守ってくれるのか?」

 

 

ハリーの言葉を遮ったのはザカリアスであり、彼は腕組みをして呆れたように目を天井に向けた。その声には馬鹿にしたような響きがあったが、ハリーは冷静にザカリアスを見据える。

 

 

「僕はやつに対してこれを使った。6月に、この呪文が僕の命を救った。だけど、これじゃ君には程度が低すぎるって思うなら、出て行ってもいい」

 

 

ハリーは扉を指差した。

ザカリアスはポカンとしていたがすぐに口を閉ざし黙り込む。メンバーの中にはザカリアスのように今更武装解除術を学ぶなんて、とチラリと思った人もいたが、ハリーの一声で黙り込んだ。

誰も出ていかなかった事を確認し、ハリーは緊張から喉が渇いてきているのを自覚しごくりと唾を飲み込む。

 

 

「オーケー。じゃあ──全員2人ずつ1組になって練習しよう」

「確実に呪文を当てられる自信がある人は良いけど、そうじゃないなら周りと距離をとった方が良いわ」

 

 

ハリーの指令にソフィアが付け足し、皆はそれぞれ友達とペアになり離れた場所に移動した。

人数的にペアを作れなかったのはネビルであり、不安そうに体を縮こまらせキョロキョロと辺りを見回す。彼は魔法全般が苦手であり、簡単な武装解除でもどこへ飛ぶかわかったものじゃない。──誰も、ネビルとは組みたく無かったのだ。

 

 

「ネビルは僕と練習しよう。ソフィアは全体を見てくれる?」

「ええ、わかったわ」

「よーし──3つ数えて、それからだ。──いーち、にー、さん!」

 

 

部屋中に「エクスペリアームス!」の叫びが響く。四方八方に飛んでいったのは杖だけではなく、本も宙を飛んでいた。相手に的確に呪文を当てられたのは半数程度であり、本棚や床、壁、など狙いの外れた者も多かったようだ。

 

ソフィアは全体を見回し、ハリーの基本から始めるべきだという考えは正しかったと知る。相手に当たったとしても呪文が弱すぎて杖を奪うことは出来ず、相手を少し後ろに下げる程度の者もいる。これが実戦ならば、武装解除に失敗した時点で半数は死ぬだろう。

 

 

「交代してやってみて!それで、一度で成功した人は──私から見て──部屋の右側、失敗した人は左側に移動してね!」

 

 

ソフィアの声に皆頷き、再びハリーが「3.2.1」の号令を出す。先程と同じように成功率は半分程だろう。

成功した者は右側に移動し、失敗した者はがっかりと肩を落としながら左側へと移動した。

 

先にソフィアは右側──成功した者達の集まる方へと向かった。

武装解除を成功させたのは、ジニー、チョウ、マリエッタ、アンジェリーナ、ディーン、パドマ、ケイティ、アーニー、ジャスティン、ハンナ、そしてハーマイオニーの11人だった。

 

 

「後2回ずつ武装解除をして、それが成功したなら、別の人と。相手が誰であっても武装解除が的確に出来るかどうかを知りたいの。──最終的にはプロテゴで防ぐ事ができるようになるのが目標よ。今、プロテゴを使える人はいるかしら?」

 

 

ソフィアの問いかけに手を上げたのはハーマイオニーとアンジェリーナだけだった。

プロテゴは6年生の中盤に呪文学で学ぶ魔法であり、殆どの生徒がまだ使えなかった。チョウとマリエッタ、ケイティは6年生だったが、まだ授業でプロテゴを学んでいなかった。ハーマイオニーが使えるのは、彼女が勤勉すぎる所以だろう。

 

 

「わかったわ、今回は…まだ早すぎるわね、次回からプロテゴの練習してみましょうか」

「はい!」

 

 

皆同時に頷き、今度は誰とペアを組もうかと視線を見合わせる。ソフィアは一旦その場を離れ、失敗した人たちが集まる場所へ向かった。

 

 

「ハリー!ここに来てくれないかしら?」

「うん、わかった!」

 

 

ハリーはネビルと共に失敗した人の集まる左側に移動する。簡単な武装解除術を成功させる事が出来なかったメンバーは、皆少し気まずそうしながらぞろぞろとソフィアとハリーを囲むように集まった。

 

 

「ラベンダー、パーバティ、マイケル、コリン、デニス、アンソニー、ルーナ、ロンは呪文が弱かったわ。好きにペアを作ってもらったから自然と仲が良い人と組んで──呪文をかけるのを躊躇ったのでしょう。だから、今からその中でペアを組んで、もう一度やり直して。もし躊躇したわけでもなくて上手くいかなかったなら……思いの込め方が足りて無いわ。今度はしっかり相手の武器を奪うという強い気持ちを持つのよ。魔法はどれだけ思いを込めるかで威力が強くなるから。──大丈夫、一対一の武装解除術では余程の事がないと怪我をしないわ」

 

 

名を呼ばれたロン達は、ソフィアの言葉に納得し頷いた。

確かに、先程ペアを組んだものは仲が良い相手であり、僅かだが躊躇してしまったのだ。すぐにロン達はそれぞれペアを組み直し、他の者と練習を始めた。

 

ソフィアはその後に残っていたメンバーを見て、少し悩むように顎に手を当てていたが、数歩離れハリーの前に立った。

 

 

「フレッド、ジョージ、ザカリアス、ネビル、テリー、スーザン、アリシアは魔法の発現はしっかりしていたけど、当たってなかったわね。杖先がぶれていたように見えるわ。魔法は基本的に杖先から直線的に飛んで行くから──ハリー、杖を構えてくれるかしら?……うん、見ていてね?──エクスペリアームス!」

 

 

ソフィアは杖を構えたハリーに向かって武装解除を唱える。ソフィアの魔法は一直線にハリーの手に当たり、ハリーの杖は宙を舞い、床の上に落ちた。

 

 

「──振り方は、今のようにしてね。みんなの振り方に少しだけ癖があったように見えたわ。──えっとね、杖腕が右なら、どうしても最後、前に──こう突き出した時に手首に力がこもって──」

 

 

ソフィアは身振り手振りで説明していたが、ハリーが落ちた杖を拾ったのを見て一度説明を止め、ハリーの元に駆け寄り後ろに回った。

武装解除術の杖の振り方を教えるように、ハリーの後ろから腕を取り、前に突き出させる。──急に近づいたソフィアに、ハリーは練習のためだとわかっていたがドキドキと胸を高鳴らせた。

 

 

「エクスペリアームスでは左斜め上から手を下ろして円を描くでしょう?こうした時に──少し左に逸れてしまいがちなの。真っ直ぐ向けてるつもりでも、手首に力が入ると右手は内側に巻き込まれるから。杖腕が反対の人は、反対に右に逸れるわ。それを意識して、手首を柔軟に──だけど、鋭く、相手の杖に狙いを定めてやってみてほしいの。杖先の向きは武装解除術だけじゃなくて、全ての魔法を学ぶにあたってとても重要な事だわ」

 

 

ソフィアの説明を聞いたメンバーはまじまじと自分の杖を見て、一度その場で軽く振ってみた。

──確かに、全く意識はしていなかったが正面を突き刺したように見えて、僅かに内側に外れている。

的確な指摘に、誰もが感心したようにソフィアを見た。

 

 

「ワォ!初めて気付いたな!」

「これさえ気をつければ俺たちの悪戯の成功率も上がるぜ!」

 

 

フレッドとジョージは意気揚々と言ったが、ソフィアは「フリットウィック先生が1年生の時の初めの授業で言ったはずよ」と苦笑した。

 

 

「振り方の癖を無くすようにね、それぞれペアになって。ハリー?ここの人たちを後はお願いしても良いかしら?」

「うん、わかった」

 

 

ハリーは失敗した方を監督する事になり、ソフィアは成功したメンバーの元へと戻った。

成功したメンバーは先に色んな人と練習を開始していたが、優秀な者が多くミスをする事なく武装解除術を成功させていた。

 

 

「うん!とっても凄いわ!──じゃあ次のレベルね。敵と戦う時は、一対一だとは限らないわ。だから、次は複数を相手する場合の武装解除術を会得する必要があるわ。3人で1組を作って、2人に向けて1人が武装解除術をしてね。出来る限り素早く──武装解除術は瞬発力が物を言うわ。だから、出来れば、1秒以内に、ほぼ同時に杖を奪う事が目標よ。そうね──一度、やってみせるわね、ちょっとコツがいるんだけど……ジニー、ハーマイオニー。前に来てくれるかしら?」

 

 

ソフィアから指名されたジニーとハーマイオニーは11人の中から数歩前に出た。

ソフィアは2人から距離を取り、杖をハーマイオニーにへと向ける。

ハーマイオニーとジニーも、ソフィアに杖先を向けた。

 

 

「さて。──よく見ててね、一瞬だから──エクスペリアームス!」

 

 

ソフィアは左上から杖を素早く振るい、そのまま流れるように回す。杖先から赤い光線が走り、左側にいるハーマイオニーに向かった次の瞬間には、右側にいるジニーに当たっていた。ほぼ同時に杖を失ったハーマイオニーとジニーは痺れる手と、遠くに落ちた杖を何度も見て「どうやったの!?」と驚き叫んだ。

 

 

「うわー!何で?呪文は一回しか言ってなかったのに!」

「魔法がまっすぐじゃなくて、斜めに向かったように見えた!どうして?」

 

 

観戦していたチョウとアンジェリーナは興奮したように叫び、手を叩いた。ソフィアは胸を張ると「今から説明するわね?」と少し得意げになりながらの遠くに落ちたハーマイオニーとジニーの杖を呼び寄せ、それぞれに手渡した。

 

 

「エクスペリアームスの振り方の、最後。──こう、回して指すように突き出す時に──私はまず、左側にいるハーマイオニーへ向けたの。そのままなら武装解除術はまっすぐハーマイオニーへ向かって、1人だけの杖を奪うわ。けど、魔法が杖先から出ているそのごく僅かな時間に……こうやって、杖先から魔法が出た瞬間、ジニーがいる右側に向けるの。エクスペリアームスは線上に魔法が働くから……魔法がハーマイオニーからジニーへ向かって斜めに飛ぶ──魔法の始まりでハーマイオニーの杖を、終わりでジニーの杖を奪ったの。これを応用すれば線上にいる敵なら……魔法が放たれている間ならば、数に制限なく武装解除させる事が出来るわ」

 

 

ソフィアは簡単そうに言うが、かなり難易度が高いものなのは間違いない。

何故なら学校でこのような魔法の使い方を学ぶことは無いからだ。そもそも教師達は戦闘する事を考えて生徒達に魔法を教えているわけではない。

本来ならば闇払いになった後、師匠の元で学ぶ方法だが、ソフィアは家にある少々危険な本を読みこの方法を知っていた。

それを応用し、ソフィアは一度の魔法で複数の石を狼などに変えていたのだ。

 

 

「これは、習うより慣れよ。とも言えるわね。──さあ、やってみましょう!みんなとっても優秀だからきっと出来るようになるわ!コツは敵と敵を線で結ぶようなイメージね!」

 

 

ソフィアはぱん、と手を叩き、にっこりと笑う。

チョウ達は早くやってみたいと興奮と期待で目を輝かせ、すぐに近くにいる者と3人1組をつくった。11人だったため、ハーマイオニーとジニーはそのままソフィアと組を作り、それぞれ交互に武装解除術を唱えていく。

 

しかし、この方法はやはり難しく、1人目を上手く武装解除させる事が出来ても2人目への狙いがずれてしまい、壁や本棚に呪文が直撃する事が殆どだった。

難しさに唸るメンバーに、ソフィアは「外れたとしても、一度の魔法で複数の狙いを定められている証拠よ!凄いわ!」と飛び出た本を元に戻しながら褒め称える。

ソフィアは魔法を教える事だけではなく、人を褒めることも特別にうまかった。やる気を上げる事に適した言葉掛けが得意であり失敗したとはいえ、誰も落ち込む事なく生き生きと武装解除術を練習していく。

 

 

「エクスペリアームス!──ああ!惜しいっ!」

 

 

ハーマイオニーは悔しそうに叫び「もう一回!」と杖先をジニーとソフィアに向ける。

ハーマイオニーは4回中1回は2人から杖を奪うことに成功していたが──今まで、ハーマイオニーにとって完璧に成功しなかった魔法は無いのだ。4回の内1回だけではとてもではないが成功率が良いとは言えないと、久しぶりにメラメラと闘志を燃やしながらハーマイオニーは興奮に目を輝かせた。

 

ジニーは落ちた杖を拾い「次は私の番よ──あ、でも、そろそろ時間じゃないかしら」と壁にかけられている時計を見る。

 

その針は8時55分を指していて、そろそろ解散しなければ見回りの教師が廊下を歩き出す時間になってしまうだろう。

 

 

「あっ!本当ね。──ハリー!そろそろ時間よ!」

 

 

ソフィアは喉に杖を当てハリーに呼びかけた。

増幅魔法で大きくなったソフィアの声は部屋の反対側にいたハリーまで届き、ハリーはもうそんなに時間が経ったのかと驚いて時計を見る。

 

ハリーが見ていたメンバーもかなり成功率が上がっていた。数年間の癖はなかなか消せるものではないが、意識しているのとしていないのとではやはり成功率に差が出るだろう。

 

ソフィアの大声は沢山のエクスペリアームスの声の中でもよく響き、皆が驚いた顔で時計を見つめたおかげで一瞬、部屋の中が静まり返った。

その隙を逃さず、ハリーはぐるりとメンバーを見ながら声を張り上げる。

 

 

「──みんな、とっても良かった!そろそろ帰らないとね。来週、同じ時間に同じ場所でいいかな?」

「もっと早く!」

 

 

ディーンは複数への武装解除術を早く成功させたくてたまらず、うずうずしながら言った。そうしよう、と頷くメンバーも多かったが、アンジェリーナがすかさず「クィディッチ・シーズンが近い。こっちも練習が必要だよ!」と声を上げる。

 

 

「それじゃ、今度の水曜日だ。練習を増やすなら、その時決めればいい。──さあ、早く出よう」

 

 

ハリーは忍びの地図を使い、近くの廊下に誰かいないかと注意深く慎重に調べ、皆を3人から4人の組にして外に出し、全員が無事に寮に着いたか確認するのを緊張しながら見守った。

 

最後に残ったのはハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニーの4人であり、4人は他に誰もいなくなった部屋で顔を見合わせ、満足げに笑い合い興奮しながら今日の感想を言い合った。

 

 

「すごく良かったわよ!ハリー!ソフィア!ああ、次の練習が待ちきれないわ!」

「僕、かなり命中率が上がったんだ!ハーマイオニー、見た?僕がマイケルの武装解除したの!」

「見る余裕なんて無かったわ!2人同時に武装解除するのって、本当に難しくて…!ソフィアは教え方はうまいし…あんな方法、教科書にも図書館の本にも無かったわ!」

「対人魔法の極意、っていう本よ──閲覧禁止の棚にしか無いかもしれないわ」

「えっ!?2人同時に武装解除?ねぇ僕にも教えて!」

「うわー!僕も見たい!」

 

 

ハリーとロンが目を輝かせソフィアを見つめ、ソフィアは悪戯っぽくにやりと笑った。

 

 

「そうね──ハリー、透明マント持ってきてるわよね?──延長戦よ!」

 

 

ソフィアは高らかに宣言し、その場から素早く数歩後退すると杖を前に構える。先程まで武装解除術を練習していたハリーとロンとハーマイオニーの意識は研ぎ澄まされており、すぐにソフィアの動きに反応し、3人ともソフィアに杖を向けた。

 

 

「──エクスペリアームス!」

 

 

ソフィアの楽しげな声と、3人の歓声が響き、またしばらく必要の部屋には「エクスペリアームス」の言葉が響いたのだった。

 

 

 



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274 今はそれで充分よ!

 

 

ソフィアにとって運命の日がやってきた。

 

ハーマイオニーと談話室で宿題をしていたソフィアは何度も宿題の手を止め壁にかけられている時計をちらちらと見る。

先ほど見た時間から5分と経たず何度も時刻を確認するソフィアに、ハーマイオニーはため息をつきながらソフィアを見た。

 

 

「大丈夫?」

「……あそこに向かうのに、こんなに気が重いのは初めてよ……」

 

 

ソフィアは全く進んでいない宿題をする事を諦めて羽ペンを投げ出し、肘掛け椅子に深く背を預け天井を見上げる。

ハーマイオニーには事前に今日の14時からセブルスの元へ向かうことは伝えてある。勿論、その目的はただのお茶会ではないとも。

ハーマイオニーはソフィアの憂いと不安な気持ちを理解すると励ますためにポケットに入れていたキャンディを取り出し、包みを開くと「ソフィア」と言いながら差し出す。

 

 

「スッキリするわよ」

「ありがとう……」

 

 

口を開けば、ハーマイオニーがポイとソフィアの口にキャンディを放り込む。すっとした爽快感のあるハッカ味に肩に重くのし掛かる気持ちが少しだけ軽くなった気がした。

 

ハリーとロンはクィディッチの練習に向かっていて夕方までは戻らないため、どこかへ行ってしまったソフィアを探してハリーが忍びの地図を見る心配もない。きっと理由なくセブルスとソフィアが一緒の空間にいる事が知られればきっとハリーは訝しみソフィアに「何故スネイプなんかと一緒にいたの?」と聞くだろう。

ソフィアは今、補習を受けるほど授業で失敗をしていない。かと言って、ルイスのように個人授業を受けられる成績でもなく、第三者から見れば気軽に話しかけられる間柄では無いのだ。

 

──つまり、怪しまれずにセブルスと会う事は中々に困難になってしまっている。

 

 

今回のチャンスを逃せば、いつセブルスと長時間2人きりになれるかわからないのだ。ハリーの事だけではなく将来の仕事の相談をしたい気持ちもあり、ソフィアは重いため息を吐きながら時計の針が13時45分を指したのを見た。

 

 

「……行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 

 

ソフィアはふらりと立ち上がると、いつもより重く感じる脚を動かしつつ談話室の肖像画をくぐり抜けた。

 

 

──父様と親子として話せるのは嬉しい。将来の仕事についての相談もしなければならないし……ああ、せめてもう少し父様とハリーの仲が良ければ……。

 

 

ソフィアはセブルスが待つ地下研究室へ向かいながら2人が普通に談笑する場面を想像してみたが、そんな場面どう考えてもあり得ないとすぐに首を振る。

お互い憎み合わず話をしているなんて──間違いなく2人ともポリジュース薬で誰かが変身しているか、妙な薬を盛られたとしか考えられないのが悲しいところだ。

 

 

「ソフィア・プリンスです」

「入りたまえ」

 

 

セブルスの研究室の扉を叩けばすぐに返事があり、ソフィアは静かに扉を開く。

研究室の中にいつもの紅茶セットが用意されていないところを見ると、この奥に続く彼の自室にあるのだろう。──本当に、ハリーがこの時間クィディッチの練習に行っていてよかった。と、ソフィアは思いながらセブルスに連れられるままに久しぶりに彼の自室へ足を踏み入れた。

 

 

セブルスはソフィアが入った事を確認するとしっかりと扉に鍵と防音魔法をかける。

部屋の中央には黒い革張りのソファがあり、ソフィアは机の上に用意されている紅茶を見下ろしつつ、静かにソファに座った。

 

 

「……どうした?」

「え?」

 

 

じっと紅茶を見ていたソフィアは自分の対面側に座ったセブルスに視線を移す。

 

 

「…体調が悪いのか?」

 

 

 

セブルスはソフィアの顔を見た途端、いつもと違う雰囲気を感じ取っていた。酷く疲れているような、何かに思い悩んでいるような暗い表情はソフィアには似合わず、何かあったのかと心配したのだ。

心配そうに眉を寄せるセブルスに、ソフィアは無理に微笑むと「何でもないわ」と嘘を吐きながらポットに手を伸ばした。

 

 

「ちょっと宿題が多いから、それで」

「今年はOWL試験を控えているからな。……栄養薬と疲労回復薬を持って帰りなさい」

「ありがとう、父様」

 

 

成程、顔色が悪いように見えたのは宿題の多さに流石のソフィアも参っているのか。確かに毎年、五年生は精神的に追い詰められる者が後をたたない。

セブルスは納得すると杖を振り、机の引き出しから小瓶を2つ引き寄せるとソフィアに手渡した。

 

 

──本当に、私とルイスには優しいのよね、父様って。

 

 

ソフィアは小瓶を受け取ると鞄の中に大切そうに入れ、気を引き締めるために熱い紅茶を一口飲んだ。

 

 

「父様。私──魔法生物の研究者、変身術の教師、呪い破り…で、悩んでいるの」

「…そうか」

 

 

どの職業もかなりの成績が必要であり、さらに並ならぬ努力と探究心がいる。セブルスは机の上に用意していたソフィアの成績が書かれている羊皮紙を引き寄せ、じっくりと見ながらしばらく黙り込んだ。

 

将来の職の話をするにあたり、セブルスは教師達からソフィアの成績が細かく書かれた羊皮紙を受け取っていた。勿論、ソフィアとセブルスの関係を知る教師は多くない為、彼女の寮監であるマクゴナガルに頼んだのだが。

 

 

「イースター休暇が終わった後、例年通りなら寮監から進路指導を受ける。その時に言われるとは思うが──この成績を維持するのならば、どの職業でも選択することが出来るだろう」

「本当?──良かった!」

 

 

授業中とは違い、かなり優しいセブルスの声音にソフィアは──今は、ハリーの事は忘れほっとして胸を撫で下ろした。自分自身でもどの職業を選択出来るレベルの成績は収めているだろうと思っていたが、こうしてセブルスから明言されるとやはり胸が軽くなる。

 

 

「しかし、もう五年生だ。そろそろ職を一つに絞る必要があるな」

「そうよね……。1番好きなのは変身術だけど、興味があるのは魔法生物なの。……それで、魔法生物の研究者になるなら──沢山の魔法生物と会う必要があると思うの。本に書かれているだけでは、きっと理解できないこともあるわ……。だから、まずは数年は世界中を旅する必要があるのかなって、思って……」

 

 

ソフィアは言葉を切り、紅茶を一口飲みセブルスの答えを待った。

成人した魔法使いや魔女が見聞を広めるために世界を旅する事はよくある事だ。だが、それを今の世界の状況を考えて保護者が許可するかどうかはまた、別の問題だろう。

 

事実、セブルスはソフィアの考え通り眉間に皺を刻み、気難しい表情をして沈黙した。

 

 

「……一種を専門するわけではなく、魔法生物全てのエキスパートになりたいのか」

「ええ、魔法生物はその生態がまだよくわかってない子も多いわ。だから、危険が無くても魔法生物は全て危険で野蛮だと誤解されるし……私は世界中を見て回りたいの。イギリスだけじゃなくて、中国やロシアやエジプトや日本…世界には沢山の固有の魔法生物がいるでしょう?世界が今、安全でない事はわかっているわ。でも、だからといって私の世界を狭める事はしたくないの」

「……」

 

 

教師として、ソフィアの言葉に頷くのは簡単だ。学校を卒業した後に起こった事は成人したその本人の問題であり、教師はその後に関与する事はない。

しかし、父として、世界の状況を知っているセブルスとしてはあまり──その道は選んで欲しくなかった。

だが、ソフィアの眼差しは真剣そのものであり、自分の力を過信しているわけではない、危険を理解した上で世界を回りたいという我が子の気持ちも、セブルスはわかっている。だからこそ、なかなか言葉を出す事ができなかった。

 

 

「……ならば、呪い破りを数年経験する事だな」

「呪い破り?」

 

 

確かに、呪い破りも素敵だけど。とソフィアは呟き首を傾げる。

 

 

「呪い破りは世界中を巡る。…長期の任務になる事も多く様々な魔法生物と出会う事も出来るだろう。旅の資金を貯める事も可能だ」

「ああ!確かにそうね!」

 

 

ソフィアはぱっと顔を輝かせ、呪い破りとして世界中を巡り、宝物や遺物の呪いを解きながらその地域に生息する──もしくは、宝を守っている魔法生物の事を考えた。

確かに、資金も得ることが出来て、世界を見る事が出来る。勿論呪い破りとしての仕事を疎かにしない範囲での話だが──現実的なのはその方法だろう。

 

 

「ありがとう父様!」

「今すぐに答えを出さなくても良い。進路指導までには、よく考えておくように」

「ええ!」

 

 

笑顔のソフィアを見て、セブルスも微かに微笑んだ。

数年間呪い破りとして働く内に、世界がどう変わるのかわからない。ヴォルデモートの脅威が広がるのか、それとも、不死鳥の騎士団が──ダンブルドアがヴォルデモートを討つのか、まだ未来は不確定だ。

 

 

──何よりも大切な子どもたちが幸せな世界を見る事ができるように、世界を守ろう。

 

 

セブルスは輝かしい未来を想像し頬を興奮で赤らめるソフィアを見て、強く心にその思いを刻んだ。

 

 

 

「──あ、そうそう。父様に報告しておくわね」

 

 

何でもない事のような軽い口調で言いながら

、ソフィアは茶菓子のクッキーを一つつまみもぐもぐと食べた。

他に何かあるのか、とセブルスは紅茶を飲みながらソフィアの言葉の続きを待つ。

 

 

「私──好きな人と恋人になれたの」

「……、……そうか」

 

 

あっさりと告げられた内容に、セブルスは内心では動揺していたが何とか平静を保ってカップを受け皿の上に置いた。──そうしなければカップを割ることになっていただろう。

脚の上で手を組んだセブルスは、何故かクッキーに夢中になり視線を合わせようとしないソフィアを見下ろす。

 

ルイスは去年恋人が出来ていた。勿論、ソフィアももう15歳であり年齢的には恋人がいてもおかしくは無い。何せ自分はアリッサと13歳の時には恋人関係だった。人として、愛しい者と結ばれるのは喜ぶべき事なのだろう。

 

しかし、……しかしだ。自分の娘となるとやはり胸の奥からジリジリとした名の付け難い感情が溢れてしまう。

喜び、嫉妬、憂い、悲しみ──さまざまな感情に蓋をして、とりあえずセブルスは祝福すべきだろう、と考えルイスに去年告げたように「おめでとう」と言うつもりであった。

 

口を開きかけて、ふと、その相手は一体どこの誰なんだ、と自問し──視線を合わせず何故か毛先をくるくると指で遊ぶことに一生懸命になっているソフィアを見て、嫌な予感に口先を引き攣らせた。

 

 

この様子はおかしい。

ソフィアの性格なら笑顔で幸せそうに言うはずだ。

目を合わせず、よそよそしさと気まずさを感じるなど──まさか。

 

 

「──相手の、名はなんだ」

 

 

セブルスの硬い声に、ソフィアは暫く視線を自分の指で弄んでいた髪に向けていたが──ついに、ちらりとセブルスを見上げた。

 

セブルスを見つめるソフィアの目は思い詰めたような真剣そのものであり、セブルスは無意識の内に息を呑んだ。──亡き妻(アリッサ)と、同じ目だ。

 

 

「…父様は、私が幸せなら、幸せ?」

「…それ、は…」

「私が、その人の隣にいる事でしか、愛を知れないのなら……?」

「…ソフィア……待て──」

「誰よりも、ずっと隣にいたい人なの」

「──言うな!」

 

 

セブルスは反射的に拒絶し叫ぶと勢いよく立ち上がった。

ガタン、と机が揺れ、カップが高い不協和音を奏でる。心臓が、嫌な音を立て冷や汗が流れた。

 

ソフィアは瞳を揺らす事なくセブルスを見上げ──彼にとって何よりも受け入れ難い言葉を吐く。

 

 

「私、ハリーの事を愛しているの」

 

 

聞きたくなかった言葉に、セブルスは嫌悪とも狼狽とも取れぬ複雑な表情を一瞬見せたが、すぐにぎゅっと眉を寄せ唇を強く結んだ。

無意識のうちに強く握りしめていた拳は震え、ぐらぐらと心の奥が煮えたぎっている気さえする。

自分の爪で手のひらを傷つけた痛みで何とか僅かながらに冷静さを取り戻したセブルスは、一度長く深いため息をつくと、冷めた目でソフィアを見下ろす。

 

 

「何故。わかっている筈だ、あいつの父親は──」

「ええ、母様と兄様の死の原因になった。けれど、その罪はハリーが背負うものではないわ。もし、親の罪を子どもが背負わなければならないのなら……父様は、私とルイスに、罪を、背負えというの?」

「──っ…。私は、許せんのだ!」

「わかってるわ、父様」

 

 

セブルスとて、ハリーに責任がない事はわかっている。だが、ジェームズに似たその顔を見るとどうしても心の奥から憎しみが湧き出て収まる事はない。

ソフィアは立ち上がるとすぐにセブルスの元へ駆け寄り、その固く握られ血の滲む拳を自分の手で包み込んだ。

 

 

「父様、私は──父様の思いを知っても……父様に何を言われようとも、ハリーを愛する気持ちを抑える事は出来ないわ。……祝福されないのは、とても悲しいけれど、でも……お願い父様……」

 

 

許して。とソフィアは囁き、セブルスの胸元に頭を寄せた。

 

セブルスは今すぐにでもハリーを昏睡させるべきかと薬棚にある強力な眠り薬の居場所を確認し、どうにかして食事に混ぜなければ──と、一瞬脳裏でぐるぐると考えていたが、ソフィアの肩が小さく震えているのを見て、ふっと力を込めていた己の拳を開いた。

 

 

わかっている。──いや、去年、覚悟をしていた筈だ。あの時、クリスマス・ダンスパーティーの時に幸せそうに踊るソフィアとポッターを見て、()()()()()()()という予感はあった。

人を愛する気持ちを止められない事も、その人のためならば、何だって出来る事を、私はよく知っている。

 

ここで拒絶したとして、許せないと言ったとして。ソフィアは悲しむだけで別れる事はないだろう。もう、聞き分けのいい子どもでもないだろうし、何より私に言われたからといって諦める程度ならば──こうして、報告に来ない筈だ。

 

 

「…ソフィア」

「……はい、父様」

 

 

ソフィアは身を引き、セブルスを見上げた。その目には悲しみと覚悟が写っている。何よりも美しい、瞳だった。

 

 

「…私は──認められない」

「父様……」

「──だが、…ソフィア、お前は…私の愛しい子であり──」

 

 

セブルスはソフィアの白い頬を指先でそっと撫でた。年齢を重ねるにつれ、記憶に鮮明に残るアリッサの姿と似てきている。きっと、髪が赤毛ならばの彼女の生写しとなっているだろう。

 

 

「──その幸せを願わないわけでは、ない。祝福は──今は、まだ、私には出来ん。だが……ソフィアが選んだ幸せを、私が踏み躙る事はしない」

 

 

それは絞り出すような声であり、優しさというよりは苦々しさが込められていたが、それでもソフィアは目を大きく見開くと嬉しそうに破顔し、セブルスに抱きついた。

 

 

「ありがとう父様!充分よ!」

「……」

「よかった…私、父様はハリーに毒を盛ると思ったわ。流石の父様も、いくらハリーの事が嫌いでもそんな事しないわよね?私の考え過ぎだったわ!」

 

 

考え過ぎでも何でもなく、セブルスも実際その事を考えていたが、ソフィアがあまりにも嬉しそうに自分の胸に頬を擦り寄せるため──何も言わずにそっと抱きしめた。

 

 

「……ソフィア……節度は、守ってくれるか」

 

 

ぽつりと呟かれた言葉に、ソフィアは何のことかよくわからず首を傾げたが、苦渋に満ちたセブルスの目を見て何を言いたいのかが分かるとみるみるうちに顔を赤く染め「父様に言われたくないわ!」と叫んだ。

 

 

 

 



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275 上達するスピード!

 

 

 

DA(ダンブルドア軍団)を設立して2週間。そのおかげで、ハリーは嫌なアンブリッジの授業にも耐える事ができた。いや、寧ろアンブリッジの目を見ても穏やかに微笑みを返すことだって可能だった。

ただ、魔法薬学の授業は何故か2週間前から熾烈さを増し、今まで以上にセブルスはネチネチとハリーを攻撃していたが、それでもハリーはダンブルドア軍団と、ソフィアの事を思えば耐えることが出来た。

 

むしろ、自分にだけ些細なことで減点をし、追加課題が出されたなら──腑が煮え繰り返るほど腹が立つが──その後、真夜中までソフィアと肩を寄せて宿題をする事が出来るのだ。

 

ハリーはソフィアが優しいから──何より恋人だし──ハリーにだけ出された宿題を手伝ってくれると思っていたが、本当は少し意味が異なる。

 

ソフィアがハリーを愛し、恋人同士となったとセブルスに伝えに行った日、セブルスは2人の関係を認める事は出来なかったが、ソフィアの幸せを踏み躙ることはしないと言った。

しかし、だからといって今まで通り振る舞う事は出来ず、どうしても授業でハリーの顔を見るたびに「よくもソフィアと」と憎い気持ちが抑えられずハリーが調合した薬の粗を探してネチネチと攻撃してしまっているのだ。

 

それを知っているソフィアは、ハリーがこうも酷い扱いなのは自分の責任でもあるから、とハリーに伝えてはいないが甲斐甲斐しく宿題を手伝っていた。──セブルスはまさか、自分の行いが敵に塩を送っているとは夢にも思わないだろう。

 

 

DA集会の3回目が終わった時には、全員が武装解除術をミスすることなく出来るようになり、何人かは複数への武装解除も会得した。

2回目、3回目には実戦に使える粉々呪文や妨害の呪文、そして盾の呪文を練習した。

集会は三寮のクィディッチ練習と被らないようにする為に決まった曜日の夜に設定するのは困難だったが、決まっていない方が誰かがメンバーを見張っていたとしても行動パターンを読むのは難しく好都合だとハリーとソフィアは判断していた。

 

しかし、やはり全員に練習日を伝えるのはなかなかに難しく時間がかかる。3回目の練習を終えたソフィアとハーマイオニーは同室のパーバティとパドマを起こさないように手元だけを明るくし、色々な本を読み探していた。

 

 

「うーん。私が変身術でフクロウを作って文を飛ばす──ダメね、怪しまれるわ」

「そうね……離れている人に合図を送る……誰にもバレないように…」

 

 

ハーマイオニーのベッドの上で色々な本を捲るソフィアとハーマイオニーの2人は、ふと、手を止め顔を見合わせた。

 

 

「……離れた人に、合図──」

「──例のあの人が、死喰い人を集合させる時……」

「左腕の印…!そうよ、この前本で読んだあの呪文が使えるかも!」

 

 

ハーマイオニーは山のように積み重なる本の一冊を抜き取り、物凄いスピードでページを捲る。目が左右に素早く動いていたが、ついにぴたり、と手と目が止まった。

 

 

「あった!──これよ、変幻自在術!」

「対象を変化させるものね。たしかにこれなら上手くいくかもしれないわ!問題は、何にするかね……常に持っていてもおかしくなくて、バレないもの…羊皮紙──は、間違えて使ってしまうかしら…?」

「そうね、ポケットに入れて持ち運べるものがいいわよね……」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉にベッドの隅に置いていた自分のローブを手繰り寄せ、何か入っているだろうかとポケットを探る。

中にはいつも食べているヌガーや、メモした羊皮紙の切れ端。それと前回ホグズミードへ行った時に使い、お釣りとして返された通貨が無造作に入っていた。

 

 

「通貨!──これは?」

「ああ!いいアイデアね、丁度周りに鋳造番号が書いてあるわ。これを変幻自在術で日時にすればいいわね!」

 

 

小声だったが興奮したように囁くハーマイオニーに、ソフィアはにやりと笑い指先で1シックル銀貨を弾く。

 

 

「通貨の製造と通貨への魔法は勿論違法だけれど?」

「魔法省に歯向かっているもの、今更少しの事よ」

 

 

校則どころか、通貨の製造は法律に触れる。だがハーマイオニーはソフィアと同じように笑うと、早速変幻自在術の論理をぶつぶつと読み出した。

 

 

「せっかくなら、金貨の方がいいわね、シックルだと間違えて使ってしまうかもしれないし。──29枚の偽金貨を作るのは大したことはないけれど、変幻自在術は大変そうだわ……」

「あら、ソフィアと私なら──きっとすぐに使えるわよ」

「ふふ、それもそうね」

 

 

ホグワーツで最も優秀である2人は悪戯っぽく笑い合うと、明け方まで変幻自在術の訓練をした。

 

変幻自在術は7年生のNEWT試験にもよく出題される魔法であり、流石の2人でも一昼夜で習得する事は出来なかったが、何とか4回目の会合の日までには習得し、メンバー全員分の偽ガリオン金貨に変幻自在術をかけることに成功した。

 

 

4回目の会合は木曜日の午後に行われ、全員が必要の部屋に揃い、今日の訓練は前回の復習から始めよう。──そう、ハリーが皆を見渡して言おうとした時、ソフィアとハーマイオニーは得意げな顔をして勢いよく手を上げた。

 

 

「ソフィア、ハーマイオニー、どうしたんだい?」

「始まる前に少しだけ良い?」

「うん、勿論」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは一歩前に出ると後ろに隠していたバスケットを机の上に乗せ、かけていた布をさっと外した。

一体何が入っているのか、と覗き込んでいたメンバー達は沢山のガリオン金貨を見て「うわぁ!」と驚嘆の声を上げる。

 

 

「この会合は開催される日時が決まっているわけではないでしょう?それを伝えるためにみんなが大広間で頻繁に他の寮の机に行けばいずれ怪しまれるわ」

 

 

ソフィアは話しながらバスケットの中の金貨を摘み上げ、皆に見えるように掲げた。まだ何のことがわからないメンバー達は首を傾げながら金貨をまじまじと見つめる。

 

 

「金貨の縁に、数字があるでしょう?本物のガリオン金貨には、それを鋳造した小鬼を示す続き番号が打ってあるだけです。だけど、この偽金貨の数字は、次の集会の日付と時間に応じて変化します。日時が変更になると、金貨が熱くなるからポケットに入れておけば感じ取れます。一人一枚ずつ持っていて、ハリーが次の日付を決めたら、ハリーの金貨の日付を変更します。私とソフィアで全てに変幻自在術をかけたから、一斉にハリーの金貨を真似て変化します」

 

 

ハーマイオニーが話し終えても、しんとして何の反応も無かった。

皆の反応の無さにソフィアとハーマイオニーは流石に偽通貨の製造はやり過ぎたか、と少し狼狽える。

 

 

「アンブリッジにポケットの中身を見せなさいと言われても、これなら怪しまれないって、ハーマイオニーと考えて、良い案だと思ったんだけど……」

「まあ……みんなが使いたくないなら──」

「君たち、変幻自在術が使えるの?」

 

 

静まり返った部屋にテリーの呆然とした声が響く。

てっきり金貨の製造を咎められると思っていたハーマイオニーとソフィアはちらりと視線を合わせ、同時に頷いた。

 

 

「だって、それ……それ、NEWT試験レベルだぜ。それって」

 

 

信じられない、と息を飲むテリーに、他の何人かも唖然としたまま頷いた。

 

 

「ああ……ええ、まあ……うん、そうでしょうね」

「そうだったの?どうりでややこしい理論だったわけだわ」

 

 

ハーマイオニーはなるべく自慢げに聞こえないように控えめに頷いたが、ソフィアは難解な理論だったが、まさかNEWT試験レベルだったとは、と納得したように頷いていた。

 

 

「君たち、どうしてレイブンクローにこなかったの?その頭脳で?」

「ええ、組分け帽子が私の寮を決めるとき、レイブンクローに入れようかと真剣に考えたの。でも、最後はグリフィンドールに決めたわ」

「私は特に迷われなかったわね。──じゃあ、その、この方法でいいかしら?」

 

 

ざわざわと賛成の声が上がり、みんなが前に出てバスケットから一枚ずつ金貨を取りポケットに入れた。

 

ハリーは感心したようなメンバーの声を聞きつつ、ほっと安堵するハーマイオニーとソフィアを横目で見る。

 

 

「あのね、僕これで何を思い出したと思う?」

「死喰い人の印──でしょう?あの人が誰か一人の印に触ると、全員の印が焼けるように熱くなる」

「でも、私とソフィアは日付を金貨に刻んだわ、メンバーの皮膚じゃなくてね」

「ああ……君たちのやり方の方がいいよ。一つ危険なのはうっかり使っちゃうかもしれないってことだな」

 

 

ハリーはニヤリと笑い、ガリオン金貨をポケットに滑り込ませた。

 

 

「残念でした。間違えたくても本物を持ってないもの」

 

 

自分の偽金貨を弄りながら少し悲しそうにロンが言えば、ハリーとソフィアとハーマイオニーは苦笑し肩をすくめた。

ロンのこの自虐には、あまり触れない方がいいというのがこの3人の中で暗黙の了解となっているのだ。

 

 

「よし、みんな金貨は持ったね?間違えて使わないように!──じゃあ前回の復習から始めよう。時間は10分」

 

 

ハリーの一声に、メンバー全員が頷きばらばらと移動する。

ソフィアは比較的優秀なメンバーに盾の呪文(プロテゴ)や戦闘でよく使われる魔法を教え、ハリーは失敗の多いメンバーに根気よく復習するのに付き合った。

 

ソフィアが個人のレベルを上げ、ハリーが全体のレベルを上げていく。魔法の発現にはどうしても個人差があり、この方法はかなり理にかなっているだろう。

事実、メンバー全員がこの会合に参加する前と比べて通常の授業で行う変身術や呪文学の授業で、かなり良い結果を残せるようになり成長を自覚していた。

 

ソフィアはハーマイオニーとアンジェリーナに加え、フレッド、ジョージ──彼らはメキメキと上達しついにプロテゴを習得するまでになった──チョウ、マリエッタがかなりの精度でプロテゴを発動出来るようになった事を誇らしく思いながら見る。

他の何人かもプロテゴの発動は出来るが、強い魔法をぶつけられるとすぐにその盾が砕けてしまうのだ。武装解除術を防げたとしても、粉砕魔法や失神魔法を防げなければ意味はない。

 

 

「ハーマイオニーはアンジェリーナとジョージと組んで、3人ともすごくプロテゴの精度が上がっているから、もう一つレベルを上げましょう。2人からの失神呪文をプロテゴで防げるように、交代でやってみてね。──あ、後ろにクッションの準備は忘れないでね、一応」

「オーケー。んじゃレディーファーストだ。どっちからする?」

「レディーファーストなら、ジョージ、あなたが私たちから呪文を受けるべきね」

 

 

アンジェリーナが揶揄うようにいえば、ジョージは参ったとばかりに肩をすくめて部屋の端にあるクッションを取りに行き自分の後ろに置いた。

 

 

「チョウ、ジニー、ハンナの3人。パドマ、アーニー、フレッドの3人も、ハーマイオニー達のようにやってみて。ただ──そうね、失神呪文より、先に2人の武装解除術を防げるようになりましょう」

 

 

ソフィアは他のメンバーの元へも周り、個々のレベルに合った指導を続ける。時々ハリー達の元へ向かい、早くプロテゴを学びたくて羨ましそうに見るメンバーを励まし、前回と比べての魔法の上達具合を確認した。

 

魔法というものは、どれだけ研ぎ澄まされ練られたが肝心なのだ。同じ魔法を何度も真剣に繰り返すことにより、その威力と精度は上がっていく。

この分なら年明けには、全員がプロテゴを訓練する事が出来るかもしれない。

 

 

部屋の至る所で沢山の魔法が飛び交う中、ソフィアは8時50分になったのを確認しネビルに粉砕呪文を教えていたハリーの肩を叩き、自分の腕時計の文字盤を指差した。

 

 

「ハリー、もうそろそろ時間よ」

「ああ──もうこんな時間か。そっちはどうだった?」

「フレッドとジョージの上達スピードがすごく速いわ。少しムラがある気もするけれど、本当に筋はいいの。というよりも、人に魔法を使うことに凄く──変な言い方かもしれないけれど──慣れてるのね。多分兄弟喧嘩で魔法を使う事が多かったから……。うん、そろそろ模擬戦をしてみてもいいかもしれないわね」

「そうだね、こっちもみんなミスは減ってきてる。ネビルも凄いんだよ!きっと少しずつ自信がついてきて、落ち着いて魔法が使えるようになったんだと思う」

 

 

ハリーとソフィアは今日のメンバーの上達を軽く共有し、後でじっくりと次の会合内容について2人で話し合おうと決め、いつものようにソフィアが増幅魔法で皆を一箇所に呼び集めた。

 

 

「今日はここまで!みんな、本当に凄く良くなってる。次の会合は金貨で知らせるから、気をつけて寮に戻ってね」

 

 

皆は物足りなさそうな顔をしていたが、残念ながら終了時間が決まっているのはいつものことだ。ガヤガヤと楽しげに今日の成果を友人に話しながらそれぞれの寮へ戻った。

 

 

「よし、どうする?今日ももう少し練習する?」

 

 

ハリーがロンとハーマイオニーに聞けば、2人とも直ぐに頷く。透明マントがあるため、彼らは毎回9時半頃まで追加で練習をしていた。

 

 

「僕も早くプロテゴの練習がしたいなぁ」

 

 

ロンが並んでいたクッションを魔法で引き寄せ、自分の後ろに置きながら言う。ハリーは会合の後の練習で既にプロテゴを習得していて、この中でまだプロテゴが使えないのはロンだけだった。

 

 

「うーん、じゃあロンはプロテゴの練習をしてみる?ハーマイオニーはもう私と同じレベルで使えるし、教え方も上手だもの」

「やった!うん、やってみる!」

「ならクッションは2つは用意しなさい。私はスパルタよ?」

 

 

ハーマイオニーが不敵に微笑めば、ロンはすぐにあと3つのクッションを呼び寄せ自分の後ろにせっせと並べると「望むところだ!」と挑戦的な目でハーマイオニーを見た。

 

ハーマイオニーとロンがプロテゴの練習をしている間、ハリーとソフィアは少し離れた場所に座り全体の進み具合を確認する。

ソフィアは会合が始まってから一冊のノートを用意し、メンバー全員の進捗を細かく書き残していた。メンバーの中でやや遅れているのはネビルとコリンとデニスの3人だが、どれだけ失敗しても挫けず、辛い練習にも根を上げる事なく必死に食らいついている。1人だけ遅れる事がないようにそれとなく助言しコントロールする事は難しかったが、彼らの魔法が成功し、顔を輝かせるたびに、ソフィアとハリーは自分の事のように嬉しかった。

 

 

「そろそろ、一度みんなプロテゴを練習していってもいいかなってかなって思うの。プロテゴを習得できれば模擬戦の幅も広がるし…」

「そうだね、もうすぐクィディッチの試合があるから……会合の日をうまく嵌め込めればいいんだけどなぁ」

「うーん…なかなか難しいかもしれないわね」

 

 

試合が近づけば、やはりどのチームも毎日のように練習する事になる。

第一戦目はグリフィンドール対スリザリンであり、まだハッフルパフとレイブンクローの選手たちは余裕があるが、グリフィンドールチームのキャプテンであるアンジェリーナは打倒スリザリンのために毎日練習すると言う可能性が高い。

 

 

「せめてクリスマス休暇までに一度はしたいわね。休暇中は会合を開けないから3週間は空くもの。そのあと模擬戦と──そろそろ、彼らが待ち望んでいる魔法を教えてもいいかもしれないわね」

 

 

ソフィアは杖を振り、杖先から銀色のフェネックを出現させると愛おしげに見つめそっと撫でた。

ハリーも頷き、守護霊を出現させる。現れた牡鹿は悠々とソフィアの守護霊へ近付くと、挨拶をするように頭を下げた。

2人の守護霊はふわりとハリーとソフィアの周りを飛び跳ねると、ふっと銀色の光の粒になり空気に溶ける。

 

 

「──うん、今度みんなに伝えよう」

 

 

守護霊魔法は大人でも習得が難しいものだが、彼らのモチベーションを保つためにはとても良い魔法だろう。

 

 

「プロテゴ!──うわっ!」

「もう!ロン、発動が遅いわ!──蘇生せよ(リナベイト)!」

「う──うぅん、頭がくらくらする…」

 

 

ソフィアとハリーは5度目の失神をしたロンの叫びを聞き、顔を見合わせて楽しげに笑い合った。

 

 

 



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276 災難は続く!

 

 

ソフィアとハリーの予想通り、シーズン最初のクィディッチ試合が近づいてくるとアンジェリーナはやる気に満ち溢れ毎日クィディッチの練習をすると宣言し、DAの会合は暫く延期になってしまった。

 

アンジェリーナだけではなくマクゴナガルもクィディッチに対しては並ならぬ熱意を燃やし、打倒スリザリンを掲げ試合の1週間前から宿題を出さず、選手達に空いている時間は練習に使うようにと言うほどで、グリフィンドールの選手達は毎晩ヘトヘトになるまで練習に明け暮れた。

 

いや、グリフィンドールの選手だけではなくスリザリンの選手達もセブルスが無理矢理ねじ込み獲得した練習時間を使いほぼ毎日練習している。グリフィンドールの選手と違うのは、彼らは廊下でグリフィンドールの選手に呪いをかけ練習を妨害しようとするという姑息な点だろう。

しかし、幾ら目撃者が多くともセブルスは全く聞く耳を持たず追い返してしまい──グリフィンドールの選手は「打倒スリザリン、打倒スネイプ」を心の奥底で唱えつつ猛特訓した。

 

 

ロンのキーパーとしての技量はまだウッドには及ばないがかなり上達し、絶好調の時は見事にゴールを守っている。

好守備にフレッドとジョージも感心し、初めてロンを家族と認めようかと考えている、など揶揄いながら称賛したのだった。

 

彼の一番の弱点は、一度ミスをすると焦ってしまいミスをしてしまうという悪循環に陥る点だろう。

まだ一度も試合を経験したことのないロンは、スリザリン生達の本気の侮辱や嫌がらせを受けた事がない、試合の時に周りの言葉に耳を貸さず冷静になり集中さえ出来ていれば練習の力を出せる、そのはずだが、スリザリン生はロンの精神状態をまともにするつもりは毛頭もないだろう。

 

ロンは猛特訓し、とても上手くはなっているがやはりスリザリン生からの侮辱や嫌がらせには免疫が無く、試合が近づくにつれ言葉少なくなり、顔色が青くなっていった。

いくらハリー達が励まそうとも、日々熾烈になるからかいや失敗した時の真似を見せられてしまい、ロンはかなり参っているようだった。

 

ついに試合の日の朝、ソフィアはハーマイオニーと共に談話室を降りてハリーとロンを探したが見当たらない。

もう先に行ったのかと辺りを見回しているとジニーが2人のそばに駆け寄った。

 

 

「おはようハーマイオニー、ソフィア」

「おはようジニー」

「おはよう。ねぇロンとハリー見なかった?」

「私が降りてきた時、肖像画から出ていくのを見たわ。…ロンの顔色がちょっと、ヤバかったかも」

 

 

ジニーは肩をすくめ、ハーマイオニーとソフィアは心配そうに眉を下げた。

連日のからかいや侮辱と初試合のプレッシャーがきっとロンの肩に重くのしかかっている事だろう。──何せ、ウッドは名キーパーだったのだ、スリザリン生に「ウッドと比べたらアリみたいなもんさ」と比べられ笑われるのも仕方のないことかもしれない。

 

 

ハーマイオニー、ソフィア、ジニーはすぐに大広間に向かった。

大広間はいつもより活気に溢れ、至る所で今日の試合を楽しみにしている生徒たちの声が聞こえた。

スリザリン生はにやにやと笑いながら背中を丸め縮こまってコーンフレークを食べるロンを指差し、自分の胸につけている銀色の王冠のバッジを周りに見せびらかした。

その動作はいつものからかいよりも、なぜか嫌な予感がしてソフィア達はスリザリンの集団とすれ違いざまに、胸につけているバッジを凝視した。

 

 

「──悪趣味」

「最低だわ」

「これ、ロンが見たら…もっとやばいわね」

 

 

ソフィア、ハーマイオニー、ジニーはそのバッジに書かれた『ウィーズリーこそ我が王者』という文字を読み、苦々しく吐き捨てる。

それをグリフィンドール生がつけているのならとてもいい声援だが、つけているのはスリザリン生だ。どう考えても皮肉であり、いい意味であるわけがないだろう。

 

 

ソフィア達はハリーとロンの向かい側に座り、真っ青を通り越して真っ白なロンの顔を見た。

 

 

「調子はどう?」

 

 

ジニーはオートミールのボウルを引き寄せながら何気なく言ったが、ロンはじっと空になったコーンフレーク皿に僅かに残る牛乳を見つめ、これに飛び込んで溺れ死んでしまいたいと言うような思い詰めた表情をしていた。

 

 

「ちょっと神経質になってるだけさ」

「あら、それはいい兆候だわ。試験だってちょっとは神経質にならないとうまくいかないものよ」

 

 

唇がくっついてしまったのか、一向に返事をしないロンの代わりにハリーが伝えれば、ハーマイオニーは屈託なくいった。

ちょっと、だけにしては気絶しそうなほどの顔色に、ソフィアは眉を寄せる。

 

ロンは、技術はともかく、やはり精神面がまだ鍛えられていない。それもそうだ、他の選手達は何年もスリザリン生からの侮辱を受け軽く流せるようになったが、ロンは今年がはじめてだし、キーパーのミスは相手の得点に繋がり、試合に大きく影響を及ぼす──キーパーは、責任重大なのだ。

 

 

「ロン、ひとつとってもいいことを教えましょうか」

「な──何だい?ゴールを勝手に守れるようになる魔法とか?」

「ううん、違うわ。──その魔法はクィディッチの試合で禁じられてるでしょう?──あのね……」

 

 

ソフィアは必死な目をするロンに、明るく笑うと立ち上がり身を乗り出した。

何でもいいから違反でなければなんでも縋りたいロンは、期待を込めてソフィアを見つめる。

 

 

「ロン、あなたは最高のキーパーよ」

「……お世辞はよしてくれよ」

 

 

いい魔法か何かかと思ったロンだったが、ただの励ましの言葉でありがっくりと項垂れた。その俯いてしまった赤毛の頭をソフィアは優しくぽんぽんと撫でる。

 

 

「本当に、そう思ってるわ。辛い練習を頑張ってたし、あなたは本当に上手くなったわ!」

「いや……」

「──そうよ、ロン。あなた本当に上手くなったわ!少しのミスが何よ、実力でカバーしなさい!」

「そんな……」

 

 

ハーマイオニーもソフィアと同じように立ち上がり、ロンのがっくりと落ちた肩をぽんぽんと叩く。

 

 

「そうよ、試合は1人でやっているわけじゃないのよ?みんなで守りあってるんだもの」

「でも……」

 

 

2人からの激励に、ロンは少しずつ顔色を取り戻していったが、それでもやはり本調子にはまだまだ遠かった。緊張し神経質になるのはどの選手だってそうだろうが、ロンほど顔色が悪い者は居ない。

 

 

「おはよう」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの後ろで、夢見るような眠たげな声が聞こえた。ルーナがレイブンクローの机からふらりと移動してきたのだが、その頭にはどこで手に入れたのか、実物大の巨大な獅子の頭の形をした帽子が乗っていた。

 

 

「あたし、グリフィンドールを応援してる。これ、よく見てて……」

 

 

ルーナが帽子に手を伸ばし、杖で軽く叩くと、獅子頭がカッと目を見開き大口を開け本物顔負けに吠えた。腹に響くような低音の鳴き声に、近くにいた生徒たちは驚いて飛び上がってしまった。

 

 

「いいでしょう?スリザリンを表す蛇を、ほら、こいつに噛み砕かせたかったんだぁ。でも、時間がなかったの。まあいいか……がんばれ、ロナルド!」

 

 

ルーナはにっこりと笑うともう一度獅子頭を吠えさせ、そのままふらりと行ってしまった。

いきなりの事でハリー達が耳を抑えながらぽかんとしているとアンジェリーナが急いでロンとハリーの元へやってきた。

 

 

「準備ができたら、みんな競技場に直行だよ。コンディションを確認して、すぐ着替えるんだ」

「すぐ行くよ。──ロンはもう少し食べないと」

 

 

ハリーはアンジェリーナにすぐに行くと約束したが、ロンは10分経ってもこれ以上何も食べられないようだった。

固く口を閉ざし、ソフィア、ハーマイオニー、ハリーの根気強い励ましに表情を緩めては、スリザリンからの野次に肩を震わせこわばってしまう。──その繰り返しに、ハリーはロンを更衣室に連れて行くのがいいと判断し、立ち上がった。

 

 

「ハリー、ちょっといい?」

「え。う──うん」

 

 

ソフィアはハリーと共に立ち上がり、テーブルを周るとそのままハリーの腕を引き脇に連れて行った。

今から試合に向かう自分へ、ようやく激励を送ってくれるのだろうかと──ロンに少しだけ嫉妬していたのだ──ハリーは期待したが、ソフィアはチラチラとロンとスリザリン生の軍団を見て心配そうな顔をしている。期待はどうやら外れそうだ。とハリーはかなり残念に思った。

 

 

「あのね、スリザリンのバッジに書いてあることを出来るだけロンに見せないでほしいの」

 

 

ソフィアは困り顔でそう囁いたが、ハリーが何が書いてあったのかと聞く前にハーマイオニーに支えられながらロンがよろよろと2人の元にやってきてしまった。

 

 

「頑張ってね、ロン」

 

 

ハーマイオニーは爪先立ちになってロンの頬にキスをした。

彼女は滅多に他人の頬にキスをしない。──ソフィアはハーマイオニーの言葉のない告白に内心でドキドキとして今すぐにでもキスの意味を聞きたかったが、ぐっと堪えてハリーに向き合う。

 

 

「ハリー、頑張ってね!」

 

 

ソフィアはハリーの首元に腕を回し、ぎゅっと優しく抱きしめるとそのまま頬にキスをした。

 

 

「ありがとう、ソフィア」

 

 

ハリーも緩くソフィアの背中に手を回し、強く抱き返すと、同じように頬にキスをした。

ばちりと近い距離で目があった2人は、照れたように笑う。ハグや頬にキスなんて、友人の間に何度もしていたが──やはり、恋人同士となった今、その意味はかなり異なってくる。

 

 

ロンはハーマイオニーにキスされた頬を手で触り、不思議そうな顔をしながらハリーに連れていかれるままに大広間を出た。

 

ソフィアは横目でハーマイオニーを盗み見る。ハーマイオニーはソフィアの視線に気付くと頬をぽっと染めて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

 

「…親愛のキス?」

「まぁ、広い意味でね」

「……ロンはずるいわ!私、ずっとハーマイオニーに親愛の証を欲しいって思っているのに!」

 

 

ソフィアはわざとらしく嘆きながらハーマイオニーの腕にもたれかかり、ちゅ、と頬にキスをした。

 

ハーマイオニーは暫くそっぽを向いていたが、くるり、とソフィアの方を見ると勢いよくソフィアの頬を両手で掴み、驚いているソフィアに向かって身を屈めた。

 

 

「──これで、いいかしら」

 

 

ハーマイオニーはニヒルに笑いながらそっとソフィアから離れる。

キスされた額に触れたソフィアは「最高!」と嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

スリザリン対グリフィンドールの試合が始まった。

歓声や足を踏み鳴らす音に混じり、いつもはない微かな歌声が響く。

解説者であるリーは、どちらかのチームの応援歌かと、その歌に耳を傾けてしまった。

 

 

「──観客が沸いています。お聞きください、この歌は何でしょう?」

 

 

リーが歌を聞くのに解説を中断したとき、スタンドの緑と銀のスリザリン陣営から大きくはっきりと歌声が立ち上がった。

 

 

『──ウィーズリーは守れない

万に一つも守れない

だから歌うぞ、スリザリン

ウィーズリーこそ我が王者 

 

ウィーズリーの生まれは豚小屋だ

いつでもクァッフル見逃しだ

おかげで我らは大勝利

ウィーズリーこそ我が王者──』

 

「──そしてアリシアからアンジェリーナにパスが返った!」

 

 

リーはすぐに叫ぶ。

その歌を掻き消そうとして声を張り上げているのは明らかであるが、スタンドにいた者全てにその歌は聞こえた。──勿論、ロンにも。

 

グリフィンドールを応援していた生徒達はスリザリンの酷い歌に顔を歪ませ、負けてたまるか、と大声を上げて声援を送る。

ハーマイオニーとソフィアも柵を叩き足を踏み鳴らし、喉が枯れるまで大声を上げて必死にグリフィンドールを──ロンを応援した。

 

 

 

しかし、結果は何とかギリギリ耐えた、と言えるだろう。

ロンは自分を侮辱する歌を聞き、頭の中が真っ白になり体がうまく動かなかった。頭が痺れ脳が溶けたのかと思うほどの焦り、吐き気を覚えながら何とか数回はクァッフルを弾いたが、4回も得点を許してしまったのだ。それも──簡単に止められるような、そんなシュートだった。

 

最後はハリーがドラコよりも早くスニッチを掴み、グリフィンドールが勝利した。──そのすぐ後、新しく選手になったクラッブがハリーめがけてブラッジャーを強打し、ハリーの腰にまともに当たり箒から投げ出されたがスニッチを掴むために降下していたのが幸いし、大した怪我ではなくて済んだ。

選手達が次々とハリーを囲みピッチに降り立つ中、スリザリン生以外はクラッブの最低なプレイに野次や怒鳴り声を上げ、落下してもスニッチを離さなかったハリーを激励した。

 

 

「ああ……とりあえず、良かったわ…」

「…ギッリギリね」

 

 

ロンはやはりプレッシャーに負けてしまい、練習ほどの成果を出せなかったが、それでも勝利は勝利である。ブラッジャーと接触したハリーの怪我は気になるが、アンジェリーナがすぐそばに駆け寄り助け起こしていたところを見るとそれほど酷くはないのだろう。

 

ハーマイオニーとソフィアは大声の出し過ぎで嗄れ声になり、痛みから何度か咳をこぼしながら疲れたように観客席に座り込んだ。

試合のたびに毎回これならば、ロンが試合に慣れ始めるより先にこちらの心臓と喉がもたないかもしれない。

 

ソフィアとハーマイオニーが青い空を見上げながら同じことを思っていた瞬間、爆発的な喧騒とどよめき、そして叫び声が響いた。

 

何事かと慌ててピッチを覗き込んだ2人は、ドラコに向かって殴りかかっているハリーとジョージを見て「やめなさい」と叫んだつもりだったが掠れ切っていた声はきっと誰の耳にも届かなかっただろう。

 

 

ルール違反をしたクラッブを叱りつけていたフーチはすぐにその喧騒の中に飛び込み、ハリーを妨害呪文でドラコから無理やり引き離すと、ジョージとハリーに鋭く退場命令を出した。

 

怒りの表情のままピッチを横切り城へ向かうハリーとジョージをクィディッチチームの皆が心配そうに見つめ、何を言ったのか聞いていたメンバーは芝生の上で体を曲げて痛みに泣いているドラコを冷めた目で見下ろし、足元に唾を吐いた。

 

 

ルイスはスリザリンの観客席でそれを見ていたが、はあ、とため息をこぼすとピッチに入り、そのままドラコの元へ駆け寄る。

 

何を言っていたのかは聞こえ無かった。だが、試合に負けたドラコが、ハリーとジョージに何を言うかなど、考えなくても分かり切ったことだ。

いつもの馬鹿馬鹿しい侮辱だろう。きっと、ハリーは自分のことなら我慢ができる、今日の歌といい──多分、ロンの事──ウィーズリー家の事を馬鹿にしたんだろうな。

 

 

ドラコは殴られて痛む腹を押さえていた。

スリザリンチームの仲間達は薄情なもので、ドラコがスニッチを取れなかったから負けたとでも思っているのか、誰一人としてドラコに手を貸さない。

 

ルイスは自分に向けられる大勢の突き刺すような視線を受けていたが、堂々とスリザリンカラーのスカーフを靡かせる。その胸に王冠のバッジはついていなかったが、気が付いた者は少ないだろう。

 

 

「フーチ先生。医務室へ連れて行ってもいいですか?」

「え?ああ、そうですね」

 

 

ルイスは一応フーチに断りを入れ、自分のローブを脱ぐとドラコに被せ、泣き顔がこれ以上誰にも見えないようにしながらぐっと腕を掴み無理やり立たせた。

 

 

「行くよ、ドラコ」

「……っ…く、…ぅ」

 

 

呻き声と鼻を啜る音が聞こえ、ドラコの細かく震える肩に気付き、ルイスは内心で「本当に、馬鹿だなぁ」とは思ったが、小言はドラコの怪我が完治してから言おうと決め、とりあえず何も言わなかった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「禁止」

 

 

アンジェリーナが虚な声を上げた。

その夜遅く、クィディッチの選手達が揃う──ロン以外で──談話室で、ハリーとジョージとフレッドはアンジェリーナにアンブリッジが自分達をクィディッチ終身禁止にしたことを告げた。

 

 

「禁止。……シーカーもビーターもいない……一体どうしろって?」

 

 

試合に勝った雰囲気ではなく、まるでお通夜のような陰鬱な空気が落ちていた。

誰もがアンブリッジとドラコへの怒り、絶望、困惑、そして落胆を滲ませている。

ビーターとシーカーが居ないなか、次の試合をどうすればいいのか、誰も何も言えず重々しい沈黙が落ちる。

 

 

「絶対不公平よ。クラッブはどうなの?ホイッスルが鳴ってからブラッジャーを打ったのはどうなの?アンブリッジはあいつを禁止にした?」

「ううん、書き取りの罰則だけ。モンタギューが夕食の時にその事で笑っていたのを聞いたわ」

「それに、フレッドを禁止にするなんて!何にもしていないのに!」

 

 

アリシアが拳を膝で叩きながら怒りをぶつけたが、フレッドは悔しげに顔を歪め「俺がやっていないのは、俺のせいじゃない」と吐き捨てた。

 

 

「君たち3人に押さえつけられていなけりゃ、あのクズ野郎、うちのめしてぐにゃぐにゃにしてやったのに!」

 

 

フレッドはギリギリと歯を食いしばる。

暫く誰も何も言う事が出来ず、選手以外の生徒も下手に慰めることも出来ず、ただ、沈黙していた。

 

 

「私、寝るわ。全部悪い夢だったってことになるかもしれない……明日目が覚めたら、まだ試合をしてなかったことに……」

 

 

アンジェリーナは頭を押さえ、ふらりと立ち上がるとアリシアとケイティに支えられながら女子寮へと向かった。すぐにジョージとフレッドも周囲を誰彼関係なしに睨みつけながら寝室へと去る。ぱらぱらと生徒たちが寝室へ向かう中、談話室に残ったのはハリーとソフィアとハーマイオニーだけだった。

 

 

「ロンを見かけた?」

 

 

ハーマイオニーが低い声でハリーに聞いた。

ハリーは無言で首を振り、自分の手をしっかりと握ってくれているソフィアの白い手を、ぼんやりと見つめていた。

 

 

「私達を避けているんだと思うわ。どこにいると思──」

 

 

ちょうどその時、背後で肖像画が開く音がして、ロンが穴を這上がってきた。

頭に白い雪をつけ、顔は蒼白で強張っている。ハリーとハーマイオニーとソフィアを見ると、ロンは固まってしまいその場で動かなくなった。

 

 

「どこにいたの?」

 

 

ハーマイオニーが勢いよく立ち上がり、心配そうに言った。

 

 

「歩いてた」

「凍えてるじゃない!──こっちに来て!」

 

 

ユニフォームを着たままだったロンは至る所に雪をつけながらハーマイオニーに手を引かれ暖炉の前へとやってきた。

いつもならハリーのそばに座るが、ロンは出来る限り離れた椅子に身を沈め、ハリーと視線を合わせなかった。──あんなに練習に付き合ってくれたのに、散々だった、合わせる顔もない。

 

 

「ごめん」

「何が?」

「僕がクィディッチができるなんて考えたから、明日の朝一番でチームを辞めるよ」

 

 

自分などいない方がいい。

ロンはそう思ったのだが、今──クィディッチを終身禁止にされたハリーにとって、その言葉は自分勝手で責任逃れだとしか受け止められず、ぐらりと腹の奥から怒りが沸き起こった。

 

 

「君がやめたら。チームには選手が3人しかいなくなる。──僕は終身クィディッチ禁止になった。フレッドとジョージもだ」

「ひぇっ」

 

 

息を飲む事に失敗したような叫び声がロンの口から飛び出した。

ハリーはソフィアの手を強く握ったまま黙り込み、もう二度と何故終身禁止になったのか説明したくはなかった。──耐えられなかったのだ。

 

かわりにぽつぽつとハーマイオニーとソフィアが説明し、2人が話し終えるとロンはますます顔を歪め目に涙の膜を貼り苦悶の表情を浮かべた。

 

 

「みんな僕のせいだ──」

「僕がマルフォイを打ちのめしたのは、君がやらせたわけじゃない」

「僕が試合であんなに酷くなければ──」

「それとは、何の関係もないよ」

「──あの歌で上がっちゃって」

「あの歌じゃ、誰だって仕方がないさ」

 

 

ハーマイオニーは何も言わず2人の言い争いから離れ、窓際に歩いて行って窓ガラスを撫でていく雪を見つめる。

ソフィアはハリーに手を握られていて離れることが出来ず、言い合う2人の間で視線を振り、困ったように眉を下げた。

 

 

「おい、いい加減にやめてくれ!もう十分悪いこと尽くめなんだ。君が何でもかんでも自分のせいにしなくたって!」

 

 

ハリーはついに怒りを爆発させる。

いつもと比べてかなり長い間耐えていたというべきかもしれない。ロンはハリーの怒りに、口を開き咄嗟に「ごめん」と言いそうになったが、開かれた口から言葉は溢れなかった。

 

ただ、ロンは肩を落とししょんぼりと辛そうな顔をして濡れた自分のローブの裾を見つめていた。

 

ソフィアもなんと言って慰めればいいのかわからなかった。

ハリーはクィディッチが好きで、唯一誰にも負けない事だろう。それに、アンブリッジに没収された箒はシリウスからのプレゼントで、大切なものだ。あの女の部屋にあると思うだけで胃が煮えたぎる思いだろう。

 

ロンだけならば、慰める方法は幾らでもある。次回に活かせばいい、もうスリザリンの手はわかった。次の試合でどんな侮辱やからかいにも耐えるために心を鍛えましょう。──そういうのは簡単だ。だが、次がないハリーの前で、次がなくなってしまったその日に言うのは酷すぎるというものだろう。

 

ソフィアはハリーの肩に自分の頭を預けた。ハリーはぴくりと肩を震わせたが、何も言わずにただ繋ぐ手の力をさらに込めただけだった。

 

 

「生涯で最悪の気分だ」

「…仲間が増えたよ」

 

 

ロンの呟きに、ハリーが苦々しく言った。

 

 

「──ねえ」

 

 

窓の外を見ていたハーマイオニーが、声を震わせソフィア達に呼びかける。今は何も聞きたくない、と怪訝な顔をするハリーとロンに、ハーマイオニーは声を抑えて囁いた。

 

 

「一つだけ、2人を元気付ける事があるかもしれないわ」

「へー。そうかい?」

「ええ、そうよ。──ハグリッドが帰ってきたわ」

 

 

ハーマイオニーは顔中で笑い、窓の外にちらちらと光るハグリッドの小屋の明かりを指差した。

 

 



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277 嬉しい知らせ?

 

 

ハリーはすぐに寝室へ駆け上がり透明マントと忍びの地図を取って談話室に戻ってきた。外の寒さに凍えないようソフィアとハーマイオニーがスカーフと手袋をつけて現れる5分前にはロンとハリーの支度は終わっていた為、「遅い」と言うようにロンが舌打ちを一つこぼした。「だって、外は寒いわよ!」とハーマイオニーが叫び、ソフィアも今回ばかりはハーマイオニーに同意した。

 

4人は透明マントに包まった。──ロンは一番身長が伸びて、屈まないと足が見えてしまうほどになっていた──時々立ち止まっては忍びの地図でフィルチやアンブリッジがいないか確認し、慎重に幾つもの階段を降り玄関ホールを忍び足で横切る。

 

静まり返った雪の校庭に、大きな足跡が残っている。その足跡はハグリッドの小屋へ続き、久しぶりに煙突から煙がくるくると立ち上っているのが見えた。

 

ハリーは先ほどの最低な気持ちを──ハーマイオニーの言うように──忘れ、心を躍らせながら足を進める。

早足になったハリーに追いつくために、ソフィアとロンとハーマイオニーは押し合いぶつかり合いながら何とか躓く事なくハリーの後に続く事が出来た。

 

小屋の戸口に立ったハリーは拳を上げ、木の扉を3回叩く。すると、今まで何も聞こえなかった部屋の中から狂ったように鳴く犬の声が聞こえた──ファングだ。

 

 

「ハグリッド、僕たちだよ!」

「よう、来たか!」

 

 

ハリーは鍵穴に顔を近づけハグリッドを呼べば、すぐに返事があった。

ハグリッドの声の調子は喜んでいるようであり、かなり元気そうに聞こえ、4人はマントの下で顔を見合わせ嬉しさからにっこりと笑った。

 

 

「帰ってからまだ3秒と経ってねぇのに……ファング、どけ、どけ、──どけっちゅうに、このバカタレ──」

 

 

閂が外され、扉が軋みながら開き、ハグリッドの頭が隙間から現れた。

その顔を見た途端、ハリーとロンは息を飲み、ソフィアは小さな悲鳴を上げ、ハーマイオニーは大声で叫んだ。

 

 

「おい、おい、静かにせんかい!例のマントの下か?よっしゃ、入れ、入れ!」

 

 

扉を開き、ハリーたちがいるだろう方を見下ろしながらハグリッドは慌てて言った。ハーマイオニーは自分の口を手で押さえていたが、暗いマントの下でも顔中の血の気がひいているのがわかる。

狭い戸口を4人でぎゅうぎゅうになりながら通り抜けハグリッドの小屋に入ると、4人は透明マントを脱ぎ捨てハグリッドに姿を見せた。

 

 

「ごめんなさい!私──私、ただ──まあハグリッド!」

 

 

ハーマイオニーが苦しそうに言い、驚愕した顔のままハグリッドの顔を恐々と見つめる。ハグリッドは必死に手を振り、「何でもねぇ、何でもねぇったら」と誤魔化しながら窓のカーテンを全部閉めた。

しかし、その誤魔化しが通用するハーマイオニー達ではない。

声は元気だが、見た目はかなりボロボロ──重傷だ。

 

 

ハグリッドの髪は赤黒い血でべっとりと固まり、顔は紫色やドス黒い打撲痕だらけで腫れ上がった左目が細い筋のように見える。

手も顔も切り傷だらけでまだ血が出ているところもある。

ゆっくりと歩く様子から、体のどこかの骨が折れているのは間違いないだろう。

 

 

ハグリッドは足を引き摺りながら暖炉に向かい、銅のヤカンに火をかけていた。

──どう見ても、何でもないなんてことはあり得ない。

 

 

「いったい何があったの?」

「言っただろうが、何でもねぇ。──茶、飲むか?」

 

 

ハリーは真剣な声で聞いたが、ハグリッドはキッパリと言い張る。

嘘やごまかし、とっさの言い訳が苦手なハグリッドは自分の口が軽いことも自覚している。きっと何を聞かれてもなんでもないと答えようと、予め決めていたのだろう。

 

 

「何でもないはずないよ、ひどい状態だぜ!」

「ハグリッド、せめて骨折は治さないと、変に癖がつくわよ」

「言っただろうが、大丈夫だ」

 

 

ロンとソフィアの言葉にも、ハグリッドは首を振り4人の方を見て笑いかけたが、笑おうとすると傷が引き攣り痛むのか、すぐに顔をしかめた。

 

 

「いやはや、おまえさんたちにまた会えて嬉しいぞ──夏休みは楽しかったか?え?」

「ハグリッド、襲われたんだろう?」

「何度も言わせるな、何でもねぇったら!」

「僕たちのうち4人の誰かが、ひき肉状態の顔で現れたら、それでも何でもないって言うのかい?」

 

 

ロンが怪訝な顔で突っ込んだが、ハグリッドは聞こえないと誤魔化すために紅茶の準備に一生懸命だというふりをした。

 

 

「マダム・ポンフリーのところに行くべきだわ、ハグリッド」

「ひどい怪我よ?まだ血が出てる所もあるもの…」

 

 

ハーマイオニーとソフィアの心配そうな眼差しにも、ハグリッドは自分で処置してると言い、頑なな態度を崩そうとはしない。

ハグリッドは小屋の真ん中にある大きな木のテーブルまで歩いて行き、置いてあった布巾をぐいと引いた。その下から現れたのは車のタイヤより少し大きい血の滴る緑がかった生肉だった。

薬や包帯が現れると思っていたハリー達は顔を引き攣らせ、ロンが「まさか食べるわけじゃないよね?毒があるように見える」とよく見ようと体を乗り出しつつ聞いた。

 

 

「それでええんだ。ドラゴンの肉だからな。それに食うために手に入れたんじゃねぇ」

 

 

ハグリッドは生肉を摘み上げ、顔の左半分にびちゃりとくっつけた。

緑がかった血が顎髭に滴り落ち、血生臭い臭いがツンと漂う。

 

 

「うーっ。──楽になったわい。こいつぁズキズキに効く」

「…そりゃあ、ドラゴンの血は麻痺作用があるもの……でも、薄めず使うなんて……」

 

 

ソフィアが床にポタポタと垂れる血をじっくり見ながら呆れたように呟いた。

人間には麻痺作用がキツすぎるが、半分巨人の血が入っているハグリッドには丁度いい塩梅なのだろうか。

 

 

「それじゃ、何があったのか、話してくれる?」

「できねぇ、極秘だ。漏らしたらクビになっちまう」

 

 

ハリーの言葉にハグリッドは渋い顔をして首を振る。

 

 

「ハグリッド、巨人に襲われたの?」

 

 

ハーマイオニーが静かに聞けば、ハグリッドは無事な方の右目を見開いた。摘んでいた生肉が指からずれ落ち、ぐちゃりとハグリッドの胸に滑り落ちる。

 

 

「巨人?誰が巨人なんぞと言った?おまえさん、誰と話をしたんだ?誰が言った?俺が何をしたと──誰がその俺の──何だ?」

 

 

胸に落ちた生肉を顔に貼り直しながらハグリッドは目に見えて狼狽し、血とは別の汗をだらだらと流す。

あまりの狼狽ぶりにハーマイオニーは慌てて「そう思っただけよ」と謝るように言った。

 

 

「ほう、そう思っただけだと?」

「私たち、ダンブルドア先生からマダム・マクシームとハグリッドが何処かへ行ったって知ってるから……ほら、それなら、答えは一つでしょう?」

 

 

ソフィアがそう言えば、ハリーとロンが頷く。ハグリッドは厳しい目でソフィアとハーマイオニーを見据えていたが、フンと鼻を鳴らし生肉をテーブルの上に放り投げ、お湯が沸きピーッと高く鳴っているヤカンのほうに足音を立てて歩いて行った。

 

 

「おまえさんらみてぇな小童は初めてだ。必要以上に知りすぎとる」

 

 

ハグリッドはバケツほど大きなマグカップ3個に煮立った湯を注ぎながらブツブツと文句を言った。

 

 

「褒めてるわけじゃあねぇぞ。知りたがり屋、とも言うな。お節介ども」

 

 

仏頂面であり、言葉だけ聞けばかなり怒っているようだが、ハグリッドの髭はひくひくと動き笑おうとしているようでソフィア達は追い出される心配は無さそうだとほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「それじゃ、巨人を探してたんだね?」

 

 

ハリーはテーブルに着きながらニヤリと笑う。ソフィアとハーマイオニーとロンも悪戯っぽく笑いながら同じように席についた。

4人の前に紅茶を置き、腰を下ろしてまた生肉を取り上げると顔にびたりと貼った。

 

 

「しょうがねぇ。──そうだ」

 

 

ハグリッドは渋々、自分とマダム・マクシームが何をしていたかを話した。

1ヶ月かけて巨人の集落を見つけ、巨人の(ガーグ)に貢物を渡す。ダンブルドアからの使いである事をしっかりと伝え数日かけて巨人達の期待値を上げ、巨人達と繋がりを作る予定だった。

しかし、巨人という存在は、その性質によりお互いを殺し合う事が多い。どれだけ数が減り、絶滅寸前だとしても少しのきっかけで殺し合いが起こってしまうのだ。

ハグリッドとマダム・マクシームがガーグと会い、いい感触を得た2日後──巨人達が殺し合いを始め、そのガーグは死に新しいガーグが生まれた。

ハグリッドとマダム・マクシームは新ガーグにも会いに行き貢物を渡したが、前ガーグと比べて友好的ではなく、ハグリッドが逆さ吊りにされてしまい、あわや殺されそうなところをマダム・マクシームが魔法で救い逃げたのだ。

魔法は好きだが、魔法を使われることを嫌う巨人族は怒り狂い2人を殺そうとした。

2人は洞穴に身を隠していると、死喰い人が現れガーグと交渉し始めた。凶悪な死喰い人と新ガーグは相性が皮肉にも良かったのだろう。

死喰い人は逆さ吊りにされる事なく受け入れられてしまったのだ。

このまま何も成果を得れず帰ることもできず──新ガーグについていけない巨人を探し、説き伏せていたのだ。

勿論、彼らはついてくることはなかった、ただ何かがあり山の中から外の世界へ出た時ダンブルドアが巨人に有効的だと覚えていれば、ダンブルドアに助けを求めれば──そう、ハグリッドとマダム・マクシームは願った。

 

 

「じゃ──じゃあ、巨人は1人も来ないの?」

「来ねえ」

 

 

ロンのがっかりした声に、ハグリッドは深いため息をつきながら答え、温くなった生肉をひっくり返した。

 

 

「だが、俺たちはやるべきことをやった。ダンブルドアの言葉も伝えたし、それに耳を傾けた巨人も何人かはいた。そんで、何人かはそれを憶えとるだろう。多分としか言えねえが、ガーグのところに居たくねえ連中が、山から降りたら、そんでその連中がダンブルドアが友好的っちゅうことを思い出すかもしれん……その連中が来るかもしれん」

 

 

ハグリッドのその言葉は、期待というよりも願いが込められていた。

 

雪がすっかり窓を覆い、誰も何も言えず大量の熱い紅茶を飲む音だけが響く。

 

 

「ハグリッド?」

 

 

暫くして、ハーマイオニーが静かに聞いた。

 

 

「んー?」

「あなたの……何か手がかりは…そこにいる間に……耳にしたのかしら……あなたの、お母さんのこと…?」

 

 

ハグリッドは開いている方の目でじっとハーマイオニーを見た。──興味やからかいではなく、自分のことを思って聞いているのかと判断するために。

ハーマイオニーはハグリッドの初めて見る複雑で静かな目の色に、聞くべきではなかったと気が挫けたように縮こまった。

 

 

「ごめんなさい。私……忘れてちょうだい──」

「死んだ。──何年も前に死んだ。連中が教えてくれた」

 

 

ぼそりとハグリッドが答え、ハーマイオニーは悲痛そうな顔をすると「ほんとうに、ごめんなさい」と消え入りそうな声で答えた。

 

 

「気にすんな。あんまりよく憶えてもいねえ。いい母親じゃあなかった」

 

 

ハグリッドは言葉少なく言ったが、その後の沈黙は先ほどよりも耐え難いものだった。

ハーマイオニーは何か話し出して欲しそうにチラチラとソフィア達の方を見たが、この場で何を話し出すべきなのか3人とも悩んだ。

 

 

「だけど、ハグリッド、どうしてそんなふうになったのか、まだ説明してくれてないよ」

「それに、どうしてこんなに帰りが遅くなったのかも。シリウスが、マダム・マクシームはとっくに帰ってきたって言ってた──」

「誰に襲われたんだい?」

 

 

ロンとハリーが交互に聞き、血の滴る傷をじっと見る。

ソフィアは、確かに今これほど新しい傷があるのはおかしいと気付いた。ハグリッドの話ぶりでは巨人達の住んでいる場所はかなり遠い山であり、そこで多少の怪我はしたようだが今血を流すことは無いはずだ。

ハグリッドの怪我は、まさにほんの数十分前に誰かに襲われたかのようなものだった。

 

 

「襲われたりしてねえ!俺──」

 

 

ハグリッドは語尾を強めたが、その後の言葉は突如猛々しく扉を叩く音によりかき消された。

ハーマイオニーが肩を震わせ息を呑み、手にしたコップが指の間を滑り床に落ちて砕けた。

寝入っていたファングも目を覚ましキャンキャンと扉に向かって吠え、小屋にいる5人全員が戸口の脇の窓を見つめた。

カーテンに透けてずんぐりとした背の低い人影が月明かりを浴び映っている。

 

 

「アンブリッジだ!」

 

 

ハリーは小声で叫ぶとすぐにソフィアを引き寄せ透明マントを被せ、ハーマイオニーとロンを急いで手招きした。

慌ててロンとハーマイオニーがマントの中に飛び込み、4人は身を寄せ合い部屋の隅に移動する。ファングは狂ったように吠えたて警戒し、ハグリッドは訳がわからず困惑してどうすればいいのかわかっていない。

 

 

「ハグリッド!私たちのカップを隠して!」

 

 

ソフィアの声に我に帰ったハグリッドはハリーとロンとソフィアのカップを掴み、ファングの寝床のクッションの下に押し込んだ。

 

戸に飛びかかるファングを押し退け、ハグリッドは警戒しながら戸を開く。

その先には、やはり、アンブリッジが立っていた。

 

 

「それで、あなたがハグリッドなの?」

 

 

アンブリッジはいつもの甘ったるい少女ような声ではなく、固く嫌悪感を滲ませながらやけにゆっくりとハグリッドに聞く。

ハグリッドが答える前に断りを入れることなくアンブリッジは無遠慮に小屋の中に入ると、目をぎょろつかせて小屋中を見回した。

 

 

「あー…失礼だとは思うが。いったいおまえさんは誰ですかい?」

「わたくしはドローレス・アンブリッジです」

「ドローレス・アンブリッジ?たしか、魔法省の人だと思ったが──ファッジのところで仕事をしてなさらんか?」

 

 

アンブリッジの目はハグリッドを見ず、ソフィア達がいる部屋の隅を二度も直視していた。姿は見えなくとも、音を出せば聞こえてしまう。ソフィア達は必死に息を殺し、じっと身動き一つしなかった。

 

 

「大臣の上級次官でした。そうですよ。──今は、闇の魔術に対する防衛術の教師ですが」

 

 

今度は小屋の中を歩き回り、壁に立てかけられた雑嚢から脱ぎ捨てられた旅行用マントまで、アンブリッジは何もかも観察していた。その目はそこに何かヒントがあるのではないかと思っているようだった。

 

 

「そいつぁ豪気なもんだ。いまじゃあの職に就く奴はあんまりいねぇ」

「──それに、ホグワーツ高等尋問官です」

「そりゃなんですかい?」

「わたくしも、まさにそう聞こうとしていたところですよ」

 

 

アンブリッジはハグリッドの問いには答えず、床に散らばったカップのカケラを指差した。ハグリッドは曖昧に唸りながら──よりによって──ソフィア達が隠れている場所へちらりと視線を向けた。

 

ハグリッドはしどろもどろにファングが割ってしまったから新しいカップを使ったのだと机の上に一つ置かれていたカップを指差す。

アンブリッジは到底納得せず、「誰かの声が聞こえた」と、静かにハグリッドを追い詰めるが、ハグリッドは「俺がファングと話していた」とそれらしい言い訳をした。

 

 

「城の玄関からあなたの小屋の入り口まで、雪の上に足跡が4人分ありました」

 

 

アンブリッジの言葉にハーマイオニーがあっと息を呑んだが、その口をすぐにロンが手で塞ぐ。幸運にもファングがアンブリッジのローブの裾を鼻息荒く嗅ぎ回っていたおかげで、アンブリッジにハーマイオニーの声は届かなかったようだ。

 

 

「さて、俺は今帰ったばっかしで」

「あなたの小屋から城までの足跡は全くありませんよ」

「はて、俺は……俺にはどうしてそうなんかわからんが…」

 

 

ハグリッドは神経質に顎髭を引っ張り、助けを求めるかのようにまたチラリとソフィア達のいる部屋の隅を見た。

お願いだからこっちを見ないで、とソフィア達は強く願ったが、残念ながらハグリッドにその気持ちは届かなかったのだろう。

 

アンブリッジは怪しみながら体の向きを変えまた小屋の中を注意深く見て回った。ベッドの下や戸棚の中、大鍋の中など人が隠れられそうな場所を全て確認したアンブリッジは、再びハグリッドに向き合い、再び尋問を始めた。

ハグリッドはあまり頭が回らず言い訳が苦手だ。隠し事ができない、とも言えるだろう。

 

「その怪我はどうしたのか」「どこに行っていたのか」「たとえば、山とか?」というアンブリッジの直接的な質問に、ハグリッドは脳が燃えるほど回転させ、なんとか──しどろもどろだったが──ごまかした。

 

 

「勿論、大臣には、あなたが遅れて戻ってきたことをご報告します」

「ああ」

 

 

アンブリッジは腕にかけたハンドバッグを少し上にずり上げながら言い、ここに誰も隠れていないと判断したのか小屋の中を探すことを諦め戸口へ向かった。

 

 

「それに、高等尋問官として、残念ながら、わたくしは同僚の先生方を査察するという義務があることを認識していただきましょう。ですから、まもなくあなたにお目にかかる事になると申し上げておきます」

「査察?俺たちを、査察?」

 

 

ハグリッドは呆然とアンブリッジの後ろ姿を見ながら呟く。

アンブリッジは冷めた目でハグリッドを見上げ「ええ、そうですよ」と静かに言った。

 

 

「魔法省はね、ハグリッド。教師として不適切な者を取り除く覚悟です。では、おやすみ」

 

 

アンブリッジは戸をバタンと閉めて立ち去った。

ハリーは透明マントを脱ぎかけたが、ソフィアはハリーの手を取り真剣な目で首を振る。

 

 

「まだ近くに居るいるかもしれないわ」

 

 

ハグリッドも同じ考えだったようで、小屋を横切りカーテンを僅かに開け注意深く雪の降る校庭を見た。

 

 

「城に帰っていきおる。──なんと、査察だと?あいつが?」

「そうなんだ。もうトレローニーが停職候補になった」

 

 

信じ難いという表情をするハグリッドに、ハリーがマントを脱ぎながら答えた。

 

 

「あの…ハグリッド、授業でどんなものを教えるつもり?」

「おう、心配するな。授業の計画はどっさりあるぞ」

 

 

心配するハーマイオニーに、ハグリッドは自信満々に答えるが、それで安心できる人はホグワーツ中を探しても──ダンブルドアだけだろう。

ソフィアは勿論ハグリッドの授業が大好きだったが、だからといってハグリッドの少々危険と隣り合わせな授業がアンブリッジのお気に召すなんて楽観的な考えは出来ない。

 

ハーマイオニーは必死にアンブリッジはハグリッドを追い出す口実を探しているから、OWLに出てくるようなつまらない魔法生物を教えてほしいと懇願したが、ハグリッドは全く気にせず、ふわ、と大きな欠伸をすると小屋の隅のベッドに視線を向け眠そうな顔をした。

 

 

「さあ、今日は長い一日だった。それにもう遅い。──ええか、俺のことは心配すんな。俺が帰ってきたからには、おまえさんたちの授業用に計画しとった、本当に素晴らしいやつを持ってきてやる。まかしとけ……さあ、もう城に帰った方がええ。足跡を残さねぇように、消すのを忘れるなよ」

 

 

ハグリッドは本気で自分の授業と彼が言う面白い魔法生物に自信があるのだ。ハリーはハグリッドのことが大好きでこれからも彼の授業を受けたかったが、もし、去年の尻尾爆発スクリュートのような魔法生物が現れたならば、ハグリッドは一発で停学にさせられてしまうな、と嫌な想像──しかし、十分ありえる想像──をしてしまった。

 

 

追い出されたソフィア達は城へと向かいながら暫くは沈黙していた。

 

 

「ハグリッドに通じたかどうか怪しいな」

「……せめて、去年のような違法魔法生物でなければ…まだマシなんだけど……」

 

 

ロンの言葉にソフィアが心配そうに小屋を振り返りながら呟く。

ハーマイオニーは消却呪文で足跡を消しながら「だったら私、明日も来るわ」と、決然と言った。

 

 

「いざとなれば私がハグリッドの授業計画を作ってあげる。トレローニーがアンブリッジに放り出されたって構わないけれど、ハグリッドは追放させないんだから!」

「私も、力になれることはなんだってするわ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはそう言ったが、ハリーとロンは果たしてハグリッドが2人の言うことをちゃんと聞くのかどうかかなり不安だった。

 

 

 



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278 ハグリッドへの査察!

 

火曜日、ハグリッドが戻ってきて初めての魔法生物飼育学の授業がある日だ。

あれからソフィアとハーマイオニーは何度もハグリッドの小屋へ行き、アンブリッジの査察の時だけでいいからOWLに出てくるような魔法生物を教えて欲しいと懇願したが、ハグリッドは右耳から左耳に聞き流し、ただ「心配ねぇ」と言って豪快に笑うだけだった。

ソフィア達はかなり不安な気持ちのままハグリッドの授業に向かう。せめて、この授業がスリザリンとの合同授業でなければまだマシだった。だがこのクラスにはドラコ・マルフォイがいる。ハグリッドを毛嫌いするドラコを含むスリザリン生が、アンブリッジに何を言うのか気が気ではない。

 

雪と格闘しながらなんとかハグリッドの小屋へ向かったソフィア達だったが、そこにアンブリッジの姿はなかった。

あのアンブリッジのことだ、一刻も早くハグリッドを追い出すために1番初めの授業を査察しに来るかと思っていたが、杞憂だったのか。──いや、自分達の目の届かないところでハグリッドがアンブリッジの査察を受ける方がよっぽど恐ろしい。

 

ハグリッドの顔は生々しい傷が未だ残り、顔をまだら色に染めている。死んだ牛の半身らしいものを肩に担ぐハグリッドは──ハグリッド贔屓のハリーから見ても、かなり不吉だった。

 

 

「今日はあそこで授業だ!少しは寒さしのぎになるぞ。どっちみち、あいつら暗いところが好きなんだ」

 

 

ハグリッドは嬉々として生徒達に呼びかけ森の奥を指差すが、嬉しそうに目を輝かせうずうずと腕を動かしたのはソフィアだけであり、それ以外の生徒は顔を引き攣らせた。

 

 

「暗いところが好きだって?あいつ、何が暗いところが好きだって言った?──聞こえたか?」

「ううん、まだ何も言ってないよ」

 

 

ドラコが不安げにルイスに囁き、何気なくルイスの背の後ろに隠れた。

ハリーは横目でそれを見て、ドラコが一度だけ禁じられた森の中に入った時に見せたあの時の情けない叫びを思い出し──独りにやりと笑った。

 

あのクィディッチ戦以来、ハリーはドラコが不快に思うなら、何が起こったって構わなかったのだ。

 

 

「ええか?──よし、さーて、森の探索は五年生まで楽しみに取っておいた。連中を自然な生息地で見せてやろうと思ってな。さあ、今日勉強する奴は珍しいぞ。こいつらを飼い馴らすのに成功したのは、イギリスでは多分俺だけだ」

「えっ!?す、凄い……!」

 

 

ソフィアが思わず声を上げ──何の魔法生物かはわからないが──ハグリッドを尊敬の眼差しで見上げれば、ハグリッドの青黒くなっていない部分の頬がちょっと赤くなった。

 

 

「それで、本当に飼い馴らしているって、自信があるのかい?なにしろ、野蛮な動物をクラスに持ち込んだのはこれが初めてじゃないだろう?」

 

 

ドラコはますます恐怖を露わにした声で聞き、不安げに森の奥を見る。

スリザリン生がざわざわとドラコに同意しただけではなく、グリフィンドール生の何人かも、不本意だがその通りだ、という顔をした。

 

 

「勿論、飼い馴らされちょる」

 

 

ハグリッドは顔をしかめ、担いだ牛の半身を少し揺らした。しかしドラコはハグリッドの顔中についた無数の怪我を指差し「それじゃ、その顔はどうしたんだい?」と問い詰める。

それは、かなりの生徒の代弁だっただろう。ハグリッドがこれ程まで怪我をした場面も見たことはなかった。

尻尾爆発スクリュートだって、ヒッポグリフだって、ハグリッドは少しも怪我をすることなく世話をしていた。しかし、今のハグリッドの顔や手足は生傷だらけであり、ハグリッドがそんな怪我をしてしまうほどの魔法生物なのかと──皆が同じ嫌な想像をしていたのだ。

 

 

「お前さんには関係ねぇ!──さあ、馬鹿な質問が終わったら俺についてこい!」

 

 

ハグリッドはみんなに背を向け、どんどん森へ入って行ってしまった。生徒達は視線を交わし、無言のまま「どうする?」と探りあっていたが、すぐにソフィアが一歩踏み出し、それにつられてハリーとロンとハーマイオニーが肩を落としつつ怖々と森の中に入っていくのを見て、皆渋々といった様子で森に足を踏み入れた。

 

鬱蒼とした森は木が密生しており、地面に雪は積もっていない、奇妙な生ぬるさがあった。朝だと言うのに夕焼けのように薄暗く、生徒たちは木のそばで身を隠しながら今にも襲われるんじゃないかと神経を尖らせ辺りを見回す。

 

 

「集まれ、集まれ!──さあ、あいつらは肉の臭いに引かれてやってくるぞ。だが、俺の方でも呼んでみる。あいつら、俺だって事を知りたいだろうからな」

 

 

ハグリッドは皆が着いてきたのを確認すると彼らから背を向け、甲高い奇妙な叫び声を上げた。それは怪鳥が呼び交わす声のように暗い木々の間に木霊する。

ソフィアは何か珍しい鳥型魔法生物だろうか、とただ1人興味深そうに辺りを見回したが、他の生徒達──ハリーとロンとハーマイオニーですらも──は不気味な恐ろしさにピクリとも動かなかった。

 

 

ハグリッドが何かを呼んでいる声が響く。しかし、何も現れる様子はなく、もう一度呼ぼうとしたハグリッドが胸いっぱいに空気を吸い込む──しかし、ハグリッドは魔法生物を呼ぶ事なくほっと息を吐くと、暗がりの向こうをじっと見つめた。

 

一体何が現れるのだろうか?どうしたのだろうか?と皆が怖いもの見たさの当惑した表情で目を凝らし、木の幹から恐々と顔を出した。

 

 

「──何も来ないわね」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの腕をぎゅっと抱きしめつつ、硬い表情を少し緩めながら囁いた。

ソフィアはハグリッドが何かを見つめている様子を見て、おそらくここにいるだろう魔法生物が何だか分かると残念そうに眉を下げる。

 

 

「多分、もう来てるわ」

「え?どこに?」

 

 

ハーマイオニーは不思議そうに辺りを回し、木の影に隠れているのかと首を伸ばしたが、何も見えなかった。想像よりも小さいのかと思って地面を見るが、やはり何もいない。

 

 

「さーて。手を挙げてみろや。こいつらが見える者は?」

 

 

ハグリッドの言葉に大多数が怪訝な顔をして顔を見合わせたが、ハリー、ネビル、そしてスリザリンの少年──セオドール・ノットの3人だけが手を挙げた。

 

 

「うん、うん。おまえさんにゃ見えると思ったぞ、ハリー。そんでおまえさんもだな?ネビル。それと──」

「お伺いしますが、いったい何が見えるはずなんでしょうね?」

 

 

ドラコが嘲るように言ったが、ハグリッドは少しも気にせず答える代わりに地面の牛の死骸を指差す。木の後ろばかり探していた生徒たちは、一瞬、牛の死骸に注目した。

 

その瞬間、何人かが息を呑み、パーバティは悲鳴を上げた。

牛の死骸から肉が剥がれ、宙に浮かび少しずつ小さくなって消えていく。──そう、ちょうど肉を姿の見えない大型の獣が食べているかのような光景だ。

 

 

「何がいるの?何が食べているの?」

 

 

パーバティは後退りして近くの木の陰に隠れ、震える声で聞いた。姿の見えない魔法生物がこれ程の距離にいるなんて──パーバティは背筋に冷たいものが流れていくのを感じた。

 

 

「セストラルだ。ホグワーツのセストラルの群れは、全部この森にいる。そんじゃ、誰か知ってる者は──?」

 

 

ハグリッドはセストラルの黒い皮ばかりの体を優しく撫でる。ソフィア達にはハグリッドが何もないところを愛おしそうに撫でているだけにしか見えないが、ハリーには肉を食べる痩せ細った天馬のようなセストラルが見えていた。

 

 

「だけど、それって、とっても縁起が悪いのよ!見た人にありとあらゆる恐ろしい災難が降りかかるって言われているわ。トレローニー先生が一度教えてくださった話では──」

「いや、いや、いや!」

 

 

パーバティの言葉にハグリッドはくつくつと笑い、また一頭現れたセストラルをうっとりと見つめる。

 

 

「そりゃ、単なる迷信だ!こいつらは縁起が悪いんじゃねぇ。どえらく賢いし、役に立つ!もっとも、こいつらそんなに働いているわけじゃねえがな。重要なんは、学校の馬車牽きだけだ。あとはダンブルドアが遠出するのに姿現しをなさらねえときだけだな──ほれ、また二頭来たぞ」

 

 

姿の見えないセストラルに、生徒達は不安げに身を縮こまらせながら必死に感覚を研ぎ澄ました。本当にパーバティの思っていることは迷信なのだろうか?ハグリッドを信じていいものなのか──。

 

 

「よし、そんじゃ知ってる者はいるか?どうして見える者と見えない者がおるのか」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが手を挙げた。

 

 

「よし、ソフィア、言ってみろ」

「セストラルを見る事が出来るのは、死を見た事がある者だけです」

「その通りだ。グリフィンドールに10点!さて、セストラルは──」

 

 

ハグリッドがセストラルの生態について説明を始めようとした時、「ェヘン、ェヘン」とわざとらしい空咳の音が響く。

やっぱり現れたか、とハリー達は苦い表情をしてクリップボードを持つアンブリッジを見たが、初めてアンブリッジの空咳を聞いたハグリッドはセストラルが今の咳をしたのだろうか、肉が変なところに入ったのか、と心配そうにセストラルを見下ろしていた。

 

 

「ェヘン、ェヘン」

「おう、やあ!」

 

 

ハグリッドはまだアンブリッジがどのような人間かを知らず、愛想よくにっこりと笑う。魔法省の人間で今は教師であるアンブリッジがまさかこちら側の敵のようなものだとは想像もしていないのだろう。彼は、どちらかと言うと教師というものを──よっぽどではない限り──信頼し、尊敬している。

 

 

「今朝、あなたの小屋に送ったメモは受け取りましたか?あなたの授業を査察すると書きましたが?」

 

 

アンブリッジは他の教師に話しかける時とは異なり、大きな声でゆっくりと話しかける。何もわからない幼児に言い聞かせるような口調に、ハリーとロンとハーマイオニーとソフィアは怪訝な顔をして視線をちらりと交わした。

 

 

「ああ、うん。この場所がわかってよかった!ほーれ、見てのとおり──はて、どうかな?見えるか?今日はセストラルをやっちょる──」

「え?何?なんて言いましたか?」

 

 

アンブリッジは耳に手を当て大声で聞き返す。たしかにハグリッドはやや独特な訛りのある言葉遣いだが、だからと言って聞き取り難いわけではないのだが──。

 

 

「あー──セストラル!おっきな、翼のある馬だ!ほれ!」

 

 

ハグリッドは上手く伝わらなかった事に、なんとかセストラルの説明をしようと両手をパタパタと振り天馬の説明をした。しかし、アンブリッジは眉を吊り上げぶつぶつと言いながらクリップボードに──わざと、ハグリッドに聞こえるように「原始的…身振りによる…言葉に…頼らなければ…ならない…」──書きつけた。

 

 

「さて、とにかく──む?俺は何を言いかけていた?」

「…記憶力が弱く…直前の…事も…覚えていない…らしい…」

 

 

ハグリッドは邪魔が入った事により、どこまで話したかを忘れてしまい指で髭をぐりぐりと弄った。事実とは大幅に湾曲されたアンブリッジの言葉に誰よりも喜んだのはドラコであり、禁じられた森に入っている恐怖も忘れたのか顔を輝かせ嬉しそうに意地悪く笑う。

 

その後ハグリッドはしっかりと授業を進めるためにセストラルの生態を説明したが、再びアンブリッジが「魔法省はセストラルを危険生物に分類しているのですが?」とチクリと苦言を言い──当然のように「セストラルが危険なものか!」と笑い飛ばした。

 

 

「むむ…とにかくだ、セストラルにはいろいろええところがある…」

「どうかしら?あなた、ハグリッド先生が話している事、理解できるかしら?」

 

 

ハグリッドはアンブリッジがクリップボードに何を書いているのか、ちらちらと気にはしていたがしっかりと授業を続ける。アンブリッジはいつもの査察の時のように生徒の間を周りいくつかの質問をしたが──やはり、選ばれたのは彼女にとって都合の良いスリザリン生であるパンジーだった。

 

 

「いいえ…だって、あの…話し方が…いつも唸っているみたいで……」

 

 

パンジーはハグリッドがミスをしてアンブリッジにちくちくと言われるたびにくすくすと嫌らしく笑い、目に涙を溜めていたほどだ。

すぐにアンブリッジはパンジーの言葉をクリップボードに走り書きし、「ええ、よくわかります」と可哀想なものを見る目でハグリッドを見た。

ハグリッドの顔の怪我をしていない僅かな部分が羞恥で赤く染まったが、それでもハグリッドはパンジーの答えを聞かなかったかのように振る舞おうとした。

 

 

「あー……うん。セストラルのええとこだが。えーと、ここの群れみてえにいったん飼い馴らされると、みんな、もう道に迷う事はねえぞ。方向感覚抜群だ。どこへ行きてえって、こいつらに言うだけでええ──」

「もちろん、あんたの言う事がわかれば、と言う事だろうね」

 

 

ドラコが大きな声で言い、パンジーがまたくすくすと笑い出す。アンブリッジはその2人には寛大に微笑み、くるりと背を向けてネビルの元へ向かった。

 

 

「……ドラコ。しっかり授業を聞かないと、また腕を怪我するよ」

「聞き取れる言葉で話してさえくれたら、怪我なんてしないさ」

「……はぁ…」

 

 

ルイスは大きくため息を吐き、セストラルがいるだろう方向を見てうんざりだと首を振った。

 

 

アンブリッジは暫くハグリッドの様子を細かくクリップボードに書き込んでいたが、再び幼児か愚鈍なものに話しかけるようにわざとらしい身振り手振りで10日後に査察の結果を送ると伝え、意気揚々と城へ戻った。その上機嫌な横顔は、どう見てもハグリッドを追い出す目処がたった喜びで溢れているように見え、ハーマイオニーは怒りと悔しさで顔を真っ赤にして震えていた程だ。

 

 

 

「あの腐れ嘘つき!根性曲がり!怪獣婆ぁ!」

 

 

授業が終わり城へ戻る道すがら、ハーマイオニーは彼女が思いつく限りの汚い言葉を吐きながら鼻息荒く叫んだ。

 

 

「あの人が何を目論んでいるかわかる?混血を毛嫌いしているんだわ!ハグリッドをウスノロのトロールか何かみたいに見せようとしているのよ、お母さんが巨人だというだけで!──それに、ああ、不当だわ、授業は悪くなかったのに──そりゃ、また尻尾爆発スクリュートなんかだったら……でも、セストラルは大丈夫、ほんと、ハグリッドにしてはとってもいい授業だったわ!」

「アンブリッジはあいつらが危険生物だって言ったけど」

「ハグリッドの言うように、セストラルに悪さをしようとすれば、それなりに痛い目には見るでしょうね。──でも、それはどんな生き物も持っている自己防衛だわ。少なくともセストラルは炎を吐いたり毒を持っているわけじゃないもの」

 

 

心配そうなロンの声に、ソフィアは首を振り「生き物なら当たり前で、何でもないのよ」と再度念を押した。

 

やはり、魔法生物についてよく知っているものは限りなく少ない。ただ力が強く、凶暴な面があると言うだけで危険生物に分類されるのは間違っている。世界の常識を、少しずつ変えなければ魔法生物達はずっと誤解されたまま白い目で見られてしまうのだ。

 

 

「そうよ、ソフィアの言う通り、当たり前の事なの!──まぁ、でも、グラブリー-プランク先生だったら、きっとNEWT試験まではセストラルを見せないでしょうね。──ねえ、あの馬、本当に面白いと思わない?見える人と見えない人がいるなんて!私にも見えたらいいのに!」

 

 

ハーマイオニーはキラキラと目を輝かせながらそう言ったが、今まで沈黙していたハリーが「そう思う?」と静かに聞き、すぐにセストラルが見えることの意味を思い出し、はっと表情を変えた。

 

 

「ああ、ハリー──ごめんなさい。ううん、もちろん、そうは思わない。──なんて馬鹿な事を言ったんでしょう」

「いいんだ、気にするなよ」

 

 

ハリーは一気にしおらしくなってしまったハーマイオニーに慌てて首を振る。

ソフィアも、本音を言えばセストラルを見てみたかった。だが、セストラルを見るためには人の死を見なければならない。穏やかな人の死を見る事が出来ればいいのだが、ハリーの場合のように、とても辛くて悲しい事もある。

 

 

「魔法生物には、セストラル以外にも見る事が出来る人と、出来ない人がいる生物も──まだ、私たちが見た事がないだけでいるのかもしれないわ。…ハーマイオニー、ルーナが言っていた生き物達も、今なら少し信じられるんじゃない?」

 

 

話題をそれとなくずらしたソフィアに、ハーマイオニーはほっとしながらルーナが言う空想上の生き物の事を考える。たしかに何か条件があり、それがかなりシビアなものならまだほとんど未発見という可能性も捨てられない。

 

 

「それは──うーん、もう少し目撃者が居なければ駄目ね」

「あら、そう?」

「見える人と見えない人がいる生き物がいるなんて僕知らなかったや、それもクラスに3人も見えてただなんて──」

 

 

ロンが手を挙げたハリー、ネビル、セオドールの事を思い出しながら意外そうな顔をしていると、後ろから近付いてくる足音と、いつもの気取ったような馬鹿にする笑いが投げかけられた。

 

 

「そうだ、ウィーズリー。今ちょうど話してたんだけど。君が誰か死ぬところを見たら、少しはクァッフルが見えるようになるかな?」

 

 

ドラコは意地悪く言うと、クラッブとゴイルを引き連れげらげらと笑いながら「ウィーズリーこそ我が王者」を合唱しながら城に戻る。

 

 

「…はぁ……」

 

 

ルイスはまた面倒くさそうにため息を吐き、ハリーとロンとハーマイオニーをなるべく見ないようにしながらドラコの背中を追いかけた。

顔を真っ赤にしていたロンは、つい、横を通りすぎるルイスの腕を強く掴み引き止める。

ルイスは驚いたような顔をしていたが、すぐに足を止めると「何?」と、よそよそしく聞いた。──城の扉の前で、ドラコはルイスが来ていない事に気づき、じっと様子を伺っている。

 

 

「──ルイス、きみもそう思うのか?」

 

 

ロンの絞り出すような言葉に、ルイスは暫く黙っていたが、さっと腕を振り払うと数歩後ろに下がり、感情を何もうつさない黒い瞳でロンを見据えた。

 

 

「僕は──……僕は、スリザリンだ」

「っ……!」

 

 

ルイスはそれだけを呟くと、すぐに踵を返し雪道を走り抜けドラコの隣に並んだ。ドラコはどこか嬉しげな勝ち誇った目でハリーとロンとハーマイオニーを一瞥し、ルイスの背中を軽く叩きながら城の中へ入る。

 

 

「──何だよ、あいつ!性根までマルフォイに毒されたのか!」

「……ルイス…」

 

 

ロンは顔を真っ赤にしてぎりぎりと奥歯を噛み締め、ソフィアは辛そうに眉を寄せ、ぎゅっと唇を噛んだ。

 

 

 



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279 恋人の誕生日!

 

 

その日、夜の談話室にはハリー、ロン、ハーマイオニーの3人しか居なかった。

いつもハリーかハーマイオニーの隣にはソフィアが座っているのだが、「少し用事があるの」と言い、寮から出て行ってしまった。

その表情は少し思い悩んでいるようであり、ハリー達は先日のルイスの件だろう、と考え深く聞かなかった。

あの授業の後、ソフィアはすぐに「ルイスはルイスで考えがあるのよ」とロンに伝えたが、ルイスの名前が出た途端ロンの機嫌は急降下してしまい──それから、ソフィアはルイスの弁解をする事をやめた。

 

ハリーも、彼を大切に想っているソフィアにはとても言えないが、ルイスに対してどうすればいいのか分からなかった。

ルイスは友達だ、それは間違いないが、あの憎いマルフォイの味方をする。今年は特に、マルフォイの側に居ると決めてから──騎士団の本部に来ない選択を彼がしてからそれが顕著だ。廊下ですれ違っても視線を向けるだけで笑いかけてくれることも、雑談をする事もない。

どうしてもルイスの姿を見るたびに、悲しみと困惑が煙のように現れた心の奥がもやもやと陰っていた。

 

 

 

談話室で宿題をしていたハーマイオニーは、ひと段落がつくといつものようにハウスエルフ解放の為の帽子を編んでいたが、ふと手を止め思い出したかのようにハリーを見る。

 

 

「ハリー、もう決めたの?」

「──え?何が?」

 

 

薬草学の宿題をしていたハリーはいきなり話しかけられ──それも、明言しないハーマイオニーの言葉に何の事なのか分からず首を傾げる。

ハーマイオニーは焦ったそうに「プレゼントよ、ソフィアの、誕生日の!」と囁いた。

 

 

「あ…あー。ハニーデュークスのお菓子のつもりだったけど…?」

 

 

ハリーは毎年ソフィアの誕生日に沢山のお菓子をプレゼントしていた。今年もそのつもりだったが、ハーマイオニーは呆れがっかりしたような大袈裟なため息をつき、編み棒を机の上に置くと「駄目よ」と言い切った。

 

 

「あなた達、恋人になったのよ?その、はじめてのプレゼントがいつもと同じお菓子でいいの?」

 

 

ハリーは恋人という言葉にどきりとしたが、ハーマイオニーの責めるような言葉にちょっと眉を寄せ「駄目かな?」と聞き返す。

恋人なんて今まで出来たことがないし、そもそも女の子の喜ぶようなプレゼントも、恋人に贈るべきプレゼントも全く検討がつかない。それならソフィアが好きなお菓子をあげるのが1番良いだろう──と、ハリーは思っていたのだが、ハーマイオニーは「駄目」と再び言い切った。

 

 

「うーん…。普通って、ほら、その──恋人には何をプレゼントするものなのかなぁ?」

 

 

自分で言いながら、ハリーは妙なこそばゆさに頬が赤くなるのを感じる。隣にいるロンが宿題の手を止めニヤニヤとしている事に気づいたが、なんとなくハリーは無視をした。

 

 

「それは、あなたが考えないと」

「…例えばだけど、ハーマイオニーのお父さんはお母さんに何をプレゼントするんだい?」

「え?──そうねぇ」

 

 

ハーマイオニーは、ようやくハリーが何故どんなプレゼントを用意すればいいのかわからないのかを理解した。

普通の家庭ならば母親に父親がプレゼントを贈る場面を何度も見て、特別な相手へはそうするべきだと自然とわかるものだ。だが、ハリーは今までそんな場面を見た事が無いのだろう。

眉を上げていたハーマイオニーは少し表情を軟化させながら自分の親の事を考えた。

 

 

「私のパパは、花束とか、ネックレスとかをプレゼントしていたわ。──ロンのご両親はどうだった?」

「え?うーん……ママは料理が好きだから、ちょっと──ちょっとだけ高い調味料とか、新しい料理皿だったかな」

「……そうか…うーん……」

「まぁ、ソフィアはお菓子でも喜ぶとは思うけど…。恋人として初めてのプレゼントよ?なによりも記憶に残るわ」

 

 

ハリーはそんなものかな、と首を捻りながら悩む。

自分はソフィアから貰えるのであれば、何だって嬉しい。きっと飴の一粒でも飛び上がるほど嬉しいだろう。ソフィアはお菓子でも喜んでくれる──とは思うが、ハーマイオニーの言葉を聞いているうちに、そんなものかもしれないな、という気持ちになってくる。

 

 

「…じゃあ…ちょっと、考えてみる」

「ええ!──あ、もし本を贈るつもりなら、やめておいた方がいいわ。ソフィアは沢山本を持ってるから被るのは嫌でしょう?あと、バレッタとネックレスは私がもうプレゼントしたわ」

「……、……」

 

 

いよいよ何をプレゼントすればいいのかわからなくなり、ハリーは眉間に皺を寄せ唸り、悩み出した。

 

 

 

 

12月13日。

ソフィアはいつものように目を覚ましベッドの脇に沢山積み上げられたプレゼントの綺麗な箱を見てにっこりと笑った。

差出人が書かれたタグや手紙を見れば、孤児院で過ごした兄弟達やジャック、そしてドラコとマルフォイ家からも届けられていた。

ホグワーツに来てからは手渡しだったドラコも、今年は流石に直接渡す事はできなかった。しかし──友人である事には変わりはないだろう、とプレゼントと「誕生日おめでとう 親愛を込めて ドラコ・マルフォイ」という短い手紙を贈ったのだ。

ドラコの不器用ながらしっかりと温かみを感じる内容に、ソフィアは少し泣きそうな笑顔で微笑み手紙の文字を撫でる。

綺麗な包装紙を全て開き中身を確認していたソフィアは、ふとベッドの周りに引かれているカーテンの先に蠢く人影を見つけ、さっとカーテンを開けた。

 

 

「おはようソフィア!」

「誕生日おめでとう!」

「今日もとってもいい一日だったらいいわね!」

「ありがとう、パーバティ、ハーマイオニー、ラベンダー!」

 

 

まだパジャマ姿の3人は手に持っていた綺麗な箱や紙袋をソフィアに手渡す。

すぐにベッドから飛び降りたソフィアは目を輝かせ、一人一人をハグし「ありがとう!」と心からお礼を言って誕生日プレゼントを受け取る。

 

ハーマイオニーからは可愛いパジャマ、パーバティからは外の天気に連動して色が変わるマニキュア、ラベンダーからはソフィアに似合う桃色のグロスリップだった。

 

他にも友人達からたくさんのお菓子や羽ペンなどが届き、ソフィアは幸せいっぱいの気持ちでハーマイオニーと共に談話室へ向かう。

 

 

「ソフィア、誕生日おめでとう!」

「わぁ!ありがとう!」

 

 

1人の生徒が誕生日だと言う事に気付き祝いの言葉を言えば、そこかしこから「おめでとうー!」と言う声が響く。フレッドとジョージは特製の悪戯グッズを山ほど用意し、「上手く使えよ」と言って悪戯っぽくウィンクをした。

 

 

「ソフィア、誕生日おめでとう!」

「おめでとうソフィア!」

「ありがとう、ハリー、ロン」

 

 

2人からのプレゼントもあの山のような包みの中にあり、確かロンは蛙チョコ一箱と、ハリーは黄金色に輝く飴だったと思い出しながらソフィアはにっこりと笑った。

 

 

「2人とも、大好きなお菓子をありがとう!宿題をしていて息が詰まった時に食べるわね!」

 

 

ソフィアの言葉を聞いたハーマイオニーが何だか納得のいかないような、浮かない表情をしていた事に気づかず、ソフィアはハリー達に囲まれ幸せな気持ちで大広間へ向かった。

 

 

その日は平日だったため通常通り授業があり、ソフィアは昼休みに魔法薬学の研究室へ向かう。

この日だけは、家族として短い時間だとしても共に過ごす。勿論、今年もソフィアとルイスは数週間前から時間を合わせ──残念ながら短い昼休みしか互いの時間が取れなかったが──この時を心待ちにしていた。

 

 

「ルイス、お誕生日おめでとう」

「ソフィアも、お誕生日おめでとう」

 

 

扉の前で待っていたルイスは昔のように優しく微笑み、ソフィアを抱きしめ頬にキスを落とす。

昔はよくやっていたこの行為も、今では久しぶりだと感じてしまうほど間が空いていたことに気づきソフィアは何だか少し寂しく胸がちくりと痛んだ。

 

 

「──さあ、行こうか」

「ええ、行きましょう」

 

 

ソフィアとルイスは同時に扉を叩き、帰ってきた優しさが含まれている声にくすりと笑いながら扉を開けた。

 

 

 

 

その日の夜、ソフィアはいつものようにハリー達と談話室で宿題をしていた。

魔法史の教科書を開き、過去の史実を書き留めいてくる中、ソフィアはふと、ハリーの手が一向に動いていない事に気付き首を傾げる。

 

 

「ハリー、どこかわからないところでもあるの?」

「え?あー…──うん、そうなんだ。ややこしくて──その、図書館に行きたくて……ソフィア、着いてきてくれる?……ほら、参考になる本を選んで欲しくて…」

「ええ、いいわよ」

 

 

ソフィアは時計を確認しつつ、まだ図書館が開いているギリギリの時間だとわかるとすぐに羽ペンを置いた。

ハリーはほっと表情を緩めると、いつも図書館に行くときは手ぶらだったが今日は鞄を肩にかけ立ち上がる。

 

 

「行ってらっしゃい」

「頑張ってこいよ」

 

 

ハーマイオニーとロンはニヤニヤと笑いながらハリーとソフィアを見送った。

2人のいつもと違う笑い方に、ソフィアは不思議に思ったが「早く行こう」と何故か慌てているハリーに手を引かれてしまい、2人の違和感をすぐに忘れ歩き出した。

 

 

寮を抜け出してもハリーはソフィアの手を離す事はなく、ソフィアも離さなかった。

いつもならクィディッチの事や、DAの事を話すハリーが無言で焦るように早歩きをすることにも、ソフィアはたしかに急がないと図書館が閉まっちゃうものね──と、特に気にしなかった。

 

 

ただ、ハリーが図書館へ向かうべき方向に行っていない事に気づいた時には流石に「ハリー?」と声をかけ、繋いでいる手に力を込めた。

 

 

「図書館はこっちよ?」

「あー──うん、ちょっと、寄り道してもいい?」

「え?──でも──」

「ちょっとだけ」

 

 

急がないと図書館が閉まるのに、とソフィアは困ったように眉を寄せたが、それでもハリーは迷いのない足取りで天文学が行われる塔へ向かった。

授業以外は立ち入りを禁じられているため、ハリーは一度ソフィアの手を離すと塔の上階へ向かう螺旋階段の近くで忍びの地図と透明マントを鞄から出し、注意深く近くに教師や見回りの者がいないかを確認する。

困惑した表情を浮かべるソフィアにマントをかぶせ、そのまま自分も中に入ると、「こっち」ともう一度手を繋ぎ、螺旋階段を登り始めた。

 

 

頂上に着いた時、そこは暗く人気は全く無かった。

ハリーは1番大きな出窓──いつもはここから教師が星を見ている──を開け、窓際に腰を下ろしてにっこりと安心させるようにソフィアに微笑み隣をぽんぽんと叩いた。

ソフィアはさっきまでしていたのは魔法史の宿題だったけど、天文学の宿題もしたかったのかしら──と首を傾げながら隣に座る。

珍しく、冬の夜空には雲はなく沢山の星が空に瞬いていた。12月であり、寒さはあるがそれでも久しぶりの星空にソフィアは「わぁ…!」と感嘆を漏らす。

 

 

「天文学の宿題もあったの?」

「あー、ううん。ここに連れてくる言い訳だったんだ、図書館もね」

「……え?」

 

 

ハリーは少し緊張しながら笑い、鞄の中から小さなガラス製の瓶を取り出し、栓を抜いた。

細い口からふわりと水色に光る煙が上がり、それは冬の風に乗って夜空へ広がる。

しばらく瓶の口から揺蕩っていたそれは数分後には消えてしまい、瓶の中も空になった。

 

ハリーはきょろきょろと何かを探すように辺りを見渡し、何も起こらない事に少し焦っていたが──胸が嫌にドキドキと早鐘を打った──数分後、暗い森の中から銀色の何かがふわふわと現れ、導かれるようにハリーとソフィアの元に現れた。

 

 

「ソフィア、ほら──」

「わぁ!──綺麗!」

 

 

森の木々の隙間からふわふわと現れたのは銀色に輝く丸くて大きな綿毛のようなものだった。

一つや二つではなく、数えきれないほどの大群が風に揺られながらもソフィアとハリーに近づき、手を伸ばせば指先を掠めてふわりと飛んでいく。

 

ソフィアは窓枠を持ちながら立ち上がり──ハリーは思わず落ちるのではないかと心臓がきゅっとなり、慌ててソフィアの服を掴んだ──目を輝かせてその銀色の光を手のひらにそっと乗せた。

 

 

「綺麗……銀光玉虫ね…!」

 

 

その虫は、珍しいものではなかった。

寒い冬の森によく生息している虫で、雪や氷の粒に混じってふわふわと浮いているだけで全く害はない。よく道に迷わないようにと瓶の中に入れて夜道を歩く灯りの代わりや、真っ暗だと眠ることができない子供のために寝室に用意する虫だ。

ただ、これほど大群で現れる事は滅多に無い。一つ一つは淡い光でも、あまりの多さにソフィアとハリーはお互いがはっきりと見えるほどの眩い光に包まれていた。

 

 

「うん。──その、ソフィア…誕生日、おめでとう」

 

 

その言葉を聞いて、ようやくソフィアはこれがハリーのサプライズプレゼントなのだとわかった。

驚きに目をぱちぱちと瞬かせたソフィアはすぐに銀光玉虫の大群に負けないほどの明るい笑顔を見せ、ハリーに飛びつくようにして抱きついた。

 

 

「っ、あぶな──」

「ありがとう、ハリー!とっても嬉しいわ!」

 

 

ぎゅっと抱きしめられ、ソフィアの暖かさや頬に触れる髪のくすぐったさや甘い香りに、ハリーの「危ない!」という意識はどこかに吹っ飛んでいき、ドキドキと五月蝿い心臓の音がソフィアにも伝わってしまうのではないかと気が気では無かった。

 

 

 

「ハーマイオニーとハグリッドに手伝ってもらったんだ」

 

 

ソフィアと窓枠に身を寄せ合うようにして座っていたハリーは、数が減ってきた銀光玉虫を見ながら言った。

 

何か特別なプレゼントを、と考えた時に、ハグリッドに森の中にいるとっても安全で綺麗な生き物がいないかを聞きに行き、銀光玉虫の存在を初めて知ったハリーはすぐに図書館へ行きその生き物について調べた。

本当に安全だと言う事をいくつかの本で確認したあと、銀光玉虫を集めるために銀光玉虫のフェロモンとよく似た薬をハーマイオニーと共にこっそりと作ったのだ。

 

想像以上にたくさんの銀光玉虫が集まってしまったが、なかなかに幻想的な光景であり、ソフィアは魔法生物がなによりも大好きだ。サプライズにしてはいい発想であり、かなり上手くいったのではないかと、ハリーは自分で自分を褒めたくなったほどだ。

 

 

「そうなの…ハグリッドとハーマイオニーにもお礼を言わないとね」

 

 

ソフィアは足を外に投げ出し、ゆらゆらと動かしながら近くを浮遊する銀光玉虫を指で突く。

最後の一匹は、ソフィアとハリーの周りをふわふわと一周回った後、風に乗って星空へ飛んでいってしまった。

 

 

「本当にありがとうハリー。最高の誕生日プレゼントよ」

 

 

月と星明かりの下で、ソフィアは本当に嬉しそうに頬を染めて笑う。

 

ハリーはぽっと心が温かくなっていくのを感じながらソフィアの緑色の目を見つめた。

 

 

一瞬、ハリーとソフィアは耳のそばでなっていた風の音が止まってしまった、と思った。

 

その時、お互いの白い吐息がかかるほどの距離だと、初めて2人は気付く。

ハリーはソフィアと繋いでいる手に無意識に力を込め、ソフィアは少しピクリと瞼を震わせたが、何も言わずにただ、じっとハリーの目を見た。

 

 

気がつけば、ハリーは身を乗り出しソフィアの薄桃色の唇に引き寄せられ──キスをしていた。

 

 

重なり合ったのはほんの僅かな時間だろう。

ハリーは思ったよりもソフィアの唇って冷たいんだ、なんて場違いな事をなぜか思いながら身体を離し目を開く。

ソフィアは少し遅れて閉じていた目を開き、一瞬目を伏せていたがすぐにハリーを見上げると、照れたようにはにかんだ。

 

 

──ソフィアの唇はすごく柔らかかった、でも、氷のように冷たかったな。なんだか、震えていたような気もする。

 

 

「──くしゅんっ」

「あっ!──寒いよね、もう戻ろうか!」

 

 

ソフィアのくしゃみを聞いて、何故ソフィアの唇が冷えて震えていたのか──きっと寒かったからだ、と思ったハリーは慌てて立ち上がり、ソフィアに手を差し出し窓枠から降りるのをエスコートした。

 

 

「ええ……そうね、確かにちょっと冷えるわ」

 

 

ソフィアはハリーの腕に自分の腕を絡めると、「風邪をひかないようにしないとね」と言いながらにっこりと笑った。

 

ハリーは脳どころではなく唇も心臓も肺も指先も──身体中の全てが痺れてふわふわと実体がないような奇妙な心地になりながら、ソフィアと共にグリフィンドール寮へ戻った。

 

 

幸せそうに笑いながら手を繋いで戻ってきたハリーとソフィアに、ロンとハーマイオニーはニヤニヤと笑うと、口々に「おめでとう」と祝福をした。

ハリーは照れるやら気持ちが大きくなっているやら気恥ずかしいやらで誤魔化すように宿題を開いたが、ふとソフィアを見るとキスした時の事を思い出してしまい、心臓が痛いほど脈打ち、そわそわと変に興奮し──全く宿題は進まなかった。

 

 

 



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280 新しいシーカー!

 

 

12月も半分は過ぎもうすぐクリスマス休暇がやってくる。冬は厳しさを増したくさんの雪がホグワーツにやってきた。

いや、雪だけではなく五年生には雪崩のような宿題が押し寄せ、ただでさえ通常の宿題の量だけで手一杯なハリーとロンは毎晩遅くまで唸りながら宿題をする羽目になってしまった。

 

さらに、ロンとハーマイオニーには、クリスマスが近付くにつれ監督生としての役目がのし掛かる。城中の飾り付けの監督や生徒の見張り、フィルチと共に交代で廊下の見回りなど沢山の仕事がのし掛かり、流石のハーマイオニーもハウスエルフ解放の為の帽子を編む事をやめてしまった。

 

 

「まだ解放してあげられない可哀想な妖精たち。ここでクリスマスを過ごさなきゃいけないんだわ!帽子が足りないばかりに!」

 

 

──と、ハーマイオニーが宿題をしながら嘆く声を聞き、ハリーはハーマイオニーが作った帽子や手袋は全てドビーが回収しているということをとても言い出せず、魔法史のレポートに深々と覆いかぶさった。

 

 

「ソフィア、本当に私とスキーしに行かないの?パパとママは大歓迎なのに!」

「うーん、スキーって…何だか難しそうだし」

 

 

ハーマイオニーはクリスマス休暇に両親とスキーに行く予定でありソフィアを誘っていたが、ソフィアはあまりその提案には惹かれないようでいつものように学校に残る選択をしていた。

 

今年はロンは家に帰るようだし、ハーマイオニーはスキー旅行だ。──ソフィアと2人きりで過ごすことが出来る!

 

今、ハリーにとってホグワーツでは思い悩むことが多く──クィディッチやアンブリッジ、それにハグリッドの停職の危機など様々な問題がある──楽しい場所ではなかったが、それでもソフィアと初めて長期間、ロンとハーマイオニー抜きで過ごすことができるのは何よりも嬉しかった。

 

 

「そういえば、ロンはどうやって家に帰るんだ?」

 

 

他の生徒と同じようにセストラルの馬車に乗り、ホグワーツ特急で帰るのだろうか、とハリーは何となくロンに聞いた。

するとロンは「多分ママがキングズ・クロス駅まで僕たちを迎えに来るんじゃないかな?」と首を傾げる。

 

 

「僕たち?──あ、そうだね、ウィーズリー家のみんなも帰るんだ。フレッドとジョージが居ないとなると静かになるなぁ」

「え?ハリー、君も僕の家に来るだろう?──あれ?言わなかったかい?何週間も前にママが手紙でそう言ってたんだ!君を招待するようにって!」

「…初めて聞いたな」

 

 

ロンの言葉に、ハリーは眉を寄せた。

もう休暇まであと少しだ、隠れ穴でロンやウィーズリー家のみんなとクリスマスパーティをして過ごすのは魅力的だが、そこにソフィアが居なければ意味が無い。

 

 

「うーん。……ソフィアは、残るんだよね?」

「ええ、ルイ──彼も、残るって言ってたし」

 

 

ソフィアはルイス、と言おうとしたがロンの眉が上がったのを見てその名を呼ぶのをやめた。今年もセブルスは──当然だが──家に帰る事は出来ず、ホグワーツに残ると秘密の手紙のやりとりで聞いていたし、クリスマス当日に一度だけでもルイスとセブルスに「メリークリスマス」と伝えたかった。

 

 

「──僕はいかない、残る。元々そのつもりだったし」

「ええっ!?隠れ穴で過ごそうぜ!」

 

 

ロンは驚愕し、家に来て欲しそうにハリーを見つめた。ハリーも、きっとロンとウィーズリー家の人達と過ごすクリスマスは楽しいのだろうとわかっている、だが、はじめての恋人とのクリスマス──やはりソフィアと一緒に過ごしたい。多分、そうするべき、なんだろう。

 

ソフィアは特に気にしていなかったが、ハーマイオニーはハリーがソフィアと2人で過ごすと結論づけた事に満足げに頷いていた。

それでもロンは残念そうに何度もチラチラとハリーを見て気をひこうと「パーティ楽しいぜ?」「こっそりワインが飲めるかも」「ソフィアもおいでよ」と囁いたが、ハリーとソフィアが首を縦に振る事はなかった。

 

 

 

クリスマス休暇前の最後のDAの日、ソフィアは今日もまた「少し用事」があり、1人競技場へ向かっていた。

 

 

「アンジェリーナ!ごめんなさい、遅れちゃったかしら?」

「いや、まだ開始時間じゃない。私も今来たところ」

 

 

ソフィアの手は入学前にドラコ──マルフォイ家からプレゼントで貰った箒を掴んでいる。時間的にはまだ夕方だが、分厚く黒い雲が空を覆っていてかなり暗い。ちらちらと雪が降り、頬に張り付く中、ソフィアは寒そうに体を震わせた。

 

競技場に立っていたのはアンジェリーナだけではなく、少し離れたところにケイティとアリシアがいた。アンジェリーナの前にはジニーと何人かの下級生が手に箒を持ち、寒そうに身を寄せ合っていた。

 

 

「じゃあ──最後の試験だ」

 

 

アンジェリーナの声に、ソフィア達は表情を引き締め、箒に跨りながら頷いた。

 

アンジェリーナは用意していた鞄の留め金を外す。

中には練習用のスニッチが収められていて、彼女は新しいシーカーに志願しているジニーとソフィアに向かい合った。

 

 

「──よし、ここに練習用スニッチがある。先にとった方が、新しいシーカーだ。2人はとても筋がいいから…シーカーになれなかった方は、できたら、ビーターになって欲しいんだ。少し筋力をつけて欲しいけど…テクニックは十分だからね」

「ええ、わかったわ」

「じゃあ、私がスニッチを放つ──3秒後、捕まえに行って。私が数えるからね」

「うん」

 

 

ソフィアとジニーは頷き、真剣な目で鞄を見る。

アンジェリーナは神経質そうにぺろりと唇を舐めると、さっと鞄を開けた。

小さな羽音と共に金色のスニッチが飛び上がり、ソフィアとジニーの周りを一周しものすごいスピードで空をかける。

 

 

「カウント開始だ!──いーち──に──さんっ!」

 

 

アンジェリーナの号令を聞いた2人は空に駆け上がった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィアはジニーと共に箒置き場へ向かい、服を着替え、そのままDA会合の場所へと向かった。

 

 

「ソフィア、頑張ろうね!」

「勿論よ!」

「──あ、鼻の頭に泥がついてるわよ」

 

 

ジニーからくすりと笑いながら指摘されたソフィアは、少し恥ずかしそうに笑い袖で鼻の頭をぐいと拭う。「取れたかしら?」と聞けば、ジニーは面白そうに笑いながら「広がっちゃったみたい」と言い、自分の袖でソフィアにつく伸びた汚れを綺麗に拭った。

 

 

必要の部屋に入れば既に半数以上が到着していた、その中にはハリーとロンとハーマイオニーと、そして先についていたアンジェリーナの姿もある。ハリーはソフィアが来た事に気づくと驚きで目を見開きながら駆け寄った。

 

 

「ソフィア!きみ、シーカーになったの?」

「ええ、実は…。その、選抜試験を受けていたの、飛行術には自信があったけど…受かるかどうかはわからなくて、秘密にしてたの」

「そうなんだ……」

 

 

ハリーは喜ぶべきか、悲しむべきか、複雑な表情で曖昧に笑った。誰よりも飛行術に優れ、シーカーとしてクィディッチが好きだったハリーは羨ましくてたまらなかった。空を駆けることが出来るソフィアのことも、ソフィアと共にクィディッチの練習が出来るチームメンバー達も──ハリーは会合メンバーの出席を確認するフリをしてソフィアから視線を外した。

 

 

 

クリスマス休暇前の最後のDAは今までの復習を行った。ザカリアスは新しい魔法を学べない事に不服そうだったが、かと言って退室する事も無い。

妨害術、失神術、盾の呪文──など、今までの復習を1時間程度続け、ソフィアとハリーはいつものように生徒の間を周り見回った。

 

 

「やめ。──みんな、とっても良くなったよ!休暇から戻ったら、守護霊魔法と、模擬戦の練習を始められると思う」

 

 

ハリーが終了後、にっこり笑いながらいえば皆が興奮でざわつく。

守護霊魔法は高度な魔法であり、これを教わりたいがために会合に参加しているメンバーも多いだろう。

 

 

「模擬戦って──決闘みたいなものか?」

 

 

ザカリアスが少し不安そうな声を上げれば、ネビルやコリンは怯えたような目で辺りをきょろきょろと見回した。

 

 

「まぁ、そんなものね。勿論死ぬ事は無いけれど。──擦り傷くらいはあり得るかもしれないわ」

 

 

ソフィアはザカリアスの言葉に軽く答える。

今、皆が練習している魔法は直接的に相手を傷つけるものではない。敵を無効化し、自分を守る魔法ばかり練習しているが、模擬戦をした時咄嗟に練習した魔法だけではなく、切り裂き魔法や燃焼魔法を繰り出してしまう可能性は充分にある。

しかし、模擬戦というものはそういうものだ。多少の怪我は覚悟しなければ上達する事は無い。

 

 

「次までに回復薬は用意するし──とりあえずは──希望者だけ対人訓練を行うわ。内容は今まで覚えた全ての魔法を使って、相手を無効化する事。いくら強い魔法を知っていても、実際戦闘になった時に使えなければ意味がないし、どの魔法を選択するかの判断力を研ぎ澄ます為にはとっても有効的だと思うの」

 

 

ソフィアの説明に、何人かは不安そうな表情を拭い去ることができなかったが、殆どが好戦的な目で笑っていた。フレッドは「アンブリッジが練習台なら、最高なんだけどな」と大声で言い、何人かがそうだそうだと囃し立てる。

 

 

「多分、魔法使い同士の戦いなんて見たことがない人が殆どだと思うわ。私もそれ程多いわけでは無いもの。……だから、備えることが必要なのよ。──次から、頑張りましょうね」

 

 

ソフィアの言葉に皆が興奮し囁き合い、早くも次の会合を心待ちにしながらハリーとソフィアに「メリー・クリスマス!」と帰り際に挨拶をし部屋を出て行った。

 

ソフィア達は散らかったクッションを呼び寄せ、一箇所にまとめて積み上げ、部屋を元通り綺麗にしていく。

 

 

「今日も少し練習する?」

 

 

最後のクッションを綺麗に積み上げたソフィアはハリーとロンとハーマイオニーの方を振り返り首を傾げた。

今までは毎回30分程度残っていたが、明後日からはクリスマス休暇が始まる。ハーマイオニーは帰宅の準備を済ませているだろうが、きっとロンはまだ荷物をまとめていないだろう。──それなら、早めに戻った方がいいのかもしれない、とソフィアは思っていた。

 

 

「ソフィア、いつのまにシーカーになったの?」

 

 

私も全く知らなかったわ。とハーマイオニーが少し機嫌を損ねながら呟く。ハリーとロンも試験を受けるのなら教えてくれたら良かったのに、という顔をしてソフィアを見た。

 

 

「え?──えーっと、少し前にアンジェリーナからいい飛び手を知らないかって聞かれて、それで……今日が最終試験で、なんとかスニッチを掴むことができたの。アンブリッジの決定は不服だし、腹が立つわ!グリフィンドールチームが負けるなんて見たくなくて、私でも力になれたら──と、思ったの。内緒にしてたのは、その……受かる自信があまりなくて」

 

 

ソフィアは3人からのじとりとした視線に居心地が悪そうにもじもじと指先を動かしながら答えた。

ソフィアの飛行術はなかなかに上手いが、実際にクィディッチをプレイした事は無い。

箒に乗れる事と、クィディッチの選手に選ばれる事はまた別問題だと思っていたのだ。

 

 

「アンジェリーナはうまいって褒めてたよ」

「そうかしら?──うーん、そうならいいんだけど…」

 

 

ハリーはクィディッチが出来るソフィアに対し、胸がモヤモヤとするような嫉妬を感じていたが必死に押し殺してにこりと笑う。

ソフィアは自分がシーカーに決定した時、アンジェリーナはあまり嬉しく無さそうだった事を思い出して苦笑いをした。──ハリーに比べて自分がかなり劣っている事は理解している。

 

 

「ハリー。──その、もし嫌じゃなかったら…シーカーとしての動き方を教えてくれないかしら?」

「いいのかな?──ほら、僕は──」

「チームになってはいけないだけで、私の監督として教える事は禁じられていないわ、そうでしょう?ハリーは最高のシーカーだもの、ハリーに教えてほしいわ」

 

 

ソフィアの言葉に今まで競技場を目にすることすら辛かったハリーはほんの少しだけ心が軽くなり、こくりと頷いた。

 

 



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281 波乱のクリスマス休暇!

 

 

次の日、ソフィアはハーマイオニーと共に談話室へ降りた。

暫くロンとハリーを待っていたが、一向に2人は男子寮から降りてこない。先に大広間に行ってしまったのかと、「珍しいわね」なんて言葉を交わしながら大広間に向かった。

 

大広間に続く二重扉近くの壁際に、マクゴナガルが立っている事に気付いた2人は軽く頭を下げた。

 

 

「おはようございます、マクゴナガル先生」

「おはようございます、ミス・プリンス。ミス・グレンジャー。──こちらへ」

 

 

マクゴナガルは辺りを注意深く警戒しながら小声で囁く。ソフィアとハーマイオニーは不思議そうな顔をしながらチラリと互いに視線を合わせ、「はい」と頷いた。

それを確認したマクゴナガルはすぐにいつものように悠然と歩く。廊下ですれ違った生徒たちはこんな朝早くに教師に捕まるなんて、一体どうしたのだろうかとこそこそと話し合っていた。

 

 

行き先は校長室であり、ソフィアとハーマイオニーは少し不安そうな表情のまま秘密の合言葉により開けられた扉をくぐり螺旋階段を上がる。

 

 

 

「校長。連れてきました」

「おお…ありがとうミネルバ、さて、ソフィア、ハーマイオニー。2人の耳に入れねばならぬ話がある」

 

 

ダンブルドアの口調はいつもよりとても静かであり、どこか疲れているような気さえした。

2人は促されるままに突如現れた椅子に座り、対面する形で机を挟み、背の高いダンブルドアを見上げる。

 

 

「昨夜の事じゃが。ハリーが寝ている時にヴォルデモートのそばにいる蛇と意識が繋がった。ハリーはアーサーが蛇に襲われている場面を蛇を通して体験し、実際、アーサーは重症を負っている姿で見つかったのじゃ」

「そんな!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは顔を蒼白にし息を飲む。重症とはどのレベルなのか、心配そうに眉を下げる2人にダンブルドアは僅かに目元を緩め、安心するような低い声で言う。

 

 

「案ずるでない。すぐに聖マンゴ病院へ搬送された。もう治療されて今日の昼間には面会もできるとの事じゃ。ハリーとロン、そしてウィーズリー家の子どもたちは一足先に本部へ向かい、休暇中はそこで過ごす事となるじゃろう──して、2人は──」

「私もお見舞いに行きたいです!」

 

 

ハーマイオニーはすぐに懇願するように叫び、ソフィアも隣で力強く頷いた。ダンブルドアは目をキラキラと輝かせ白く立派な顎髭話を撫でると「アーサーも喜ぶじゃろう」と微笑む。

 

 

「しかし、明日の休暇を待ってからじゃ。駅にナイトバスを呼んでおこう。一度本部に向かえば、休暇が終わるまでは戻ってくることも、家に帰る事も出来ぬ。──それでも、向かうかのう」

 

 

最後の言葉はソフィアに向けられた言葉であった。ソフィアは見舞いには行きたいがクリスマス休暇中、ずっと本部で過ごすとは考えておらず、少し悩むように沈黙したが──しっかりとダンブルドアの目を見て「わかりました」と言った。

 

 

その後校長室を離れ、遅くなってしまった朝食を取る為に大広間に向かった。ハーマイオニーは何か言いたげに何度か口を開き、閉じ──を繰り返していたが、ついに空き教室の前に来るとソフィアの手を取り引っ張って扉を開けた。

 

授業で使っていない教室に来る生徒も、悪戯のためにウロウロと浮遊するピーブズもいない事を確認し、ハーマイオニーは静かに扉を閉めソフィアに向き合う。

 

 

「──いいの?」

「……父様には、今年は一緒に過ごさないって言うわ」

「でも──その、多分、ハリーは喜ぶでしょうね。でも、ソフィアは家族と過ごしたいんでしょう?」

 

 

ハーマイオニーの気遣うような視線にソフィアは否定はせず力なく微笑む。

クリスマスの日、数時間だけセブルスとルイスと過ごす約束をしていた。ソフィアはそれを心待ちにしていたし、きっと彼らもそうだろう。

同じホグワーツで暮らしているとはいえ、家族として会えるタイミングは殆ど無い。彼らに本部で過ごすこととなったと伝えるのはどうしようもなく胸が痛む。しかし──。

 

 

「ハリーの夢──意識があの人の蛇と繋がったなんて今までなかったわ。本当にアーサーさんはハリーが見た通り怪我をしていたようだし……きっと、ハリーは混乱しているわ。…そばに居たいの」

 

 

今のハリーの心情を思うと、そばに居たいと、心からそう思ったのだ。

何が起きたか分からず混乱しているだろう、ハリーは一度悪いように思い込んでしまったら心を塞ぎ、心が地の底まで落ちてしまう。ロンは少し鈍いところがあるし、ハリーが癇癪を起こすと怒りが収まるまでそっとするだけで声はかけないだろう。勿論、それもハリーの事を思っての事だが、今はきっと、誰かの支えが必要だ。

 

 

「そう……。うん、そうね、きっとハリーはまた変な方向に考えてると思うわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの気持ちを汲み、にっこりと笑うとソフィアの背中を優しく撫でた。

 

 

この日は土曜日であり、授業は無く生徒たちが思い思いの場所で寛ぎ、賢いものは休暇中の宿題に早くも取り掛かっていた。

ソフィアは一度職員室を覗いたが目当ての人がいないと分かるとすぐに地下研究室へ向かった。

足取りは重く、気が進まないが──(セブルス)も騎士団員だ、何があったかはすでに知っているだろう。

 

 

「ソフィア・プリンスです」

「…入りたまえ」

 

 

トントン、と扉を叩けばすぐに返事が返ってきた。「失礼します」と言いながら扉を開けた途端、むっとした生温く甘いような臭いが鼻をついた。

 

 

研究室の奥にある調合机にセブルスとルイスが居た。そばには大鍋が置かれ、そこからふわふわと青い煙が天井まで上がっている。

 

 

「ルイス…」

「ソフィア、調合中だからすぐ扉を閉めて」

「あ。…ええ、わかったわ」

 

 

調合が高レベルな薬は、少しの温度変化や炎の揺れで失敗してしまう。真剣なルイスの声を聞いたソフィアはすぐに扉を閉め、少し悩んだ後そっとルイスとセブルスのそばに近づいた。

 

 

「……今、忙しいかしら?」

「うん」

 

 

ルイスは少しも視線を上げることなく大鍋や細かな字が書かれている教科書を見て、ソフィアが扱ったことのない貴重な材料を慎重に大鍋に入れた。

ほとんど動いてないのではないか、と思うほどゆっくりと匙を動かすルイスと、それを監督するセブルスの目は真剣そのものだ。

 

 

「じゃあ……要件だけ伝えるわね」

「うん、どうしたの?」

「あー──クリスマス休暇に、本部に行くことにしたの」

「──え?」

 

 

ルイスは思わず視線をソフィアの方に向け、驚愕の声を上げる。匙を回す手が不自然に動いたのを見てセブルスは片眉を上げ「ルイス」と注意を促した。

すぐにルイスは視線を落としたが、あの一瞬で真っ白だった薬が僅かに灰色に変化していた。

 

 

「──今年は離れ離れのクリスマスなんだね」

「ええ…。…その、約束だったのに──ごめんなさい」

 

 

ルイスの言葉が冷ややかで拗ねたようだったのは、薬が少し失敗してしまったからだけではないだろう。

ソフィアはルイスにだけではなく、セブルスにも心の底から申し訳なさそうに謝る。

 

セブルスは今日の朝早くにダンブルドアから何があったのかを聞いていた。本部に向かうのか、このままホグワーツで過ごすのかを決めるのはソフィア本人だとダンブルドアは言っていたが、こうなるかもしれない事はあらかじめ予想がついていた。

ソフィアにとって──認めたくはないが──ハリー・ポッターは特別なのだろう。家族の約束よりも優先されるほどに。

 

 

「──用件が済んだのなら行きたまえ」

「……ソフィア、いいクリスマスを過ごしてね」

「…ルイスも、いいクリスマスを。──父様も」

 

 

ソフィアは囁くように言うと、視線を上げない2人を寂しそうに見つめ研究室を出て行った。──寂しい、だなんて、私が思うことではない。

 

 

研究室に残ったルイスとセブルスは、同時に小さなため息を溢した。いつもなら視線を合わせて苦笑の一つでもするのだが──2人は大鍋を見続けたままだった。

 

 

 

次の日、ソフィアはトランクケースに沢山の宿題と服を詰め、ティティを籠の中に入れてハーマイオニーと共にホグワーツ特急に乗車していた。

窓越しに、遠くなっていくホグワーツを名残惜しそうに見つめるソフィアに、ハーマイオニーは何も言うことが出来ない。もし──もし、親子だと皆が知っていたのなら、嫌がりながらもセブルス・スネイプはクリスマスの日に本部に来ていただろうか。とぼんやりと思ったが、ハーマイオニーにはそんな場面を想像する事が出来なかった。

 

夕方6時前にホグワーツ特急はキングズ・クロス駅に到着し、ソフィアとハーマイオニーはダンブルドアから預かった地図を持ち人気のない路地へと向かう。

ローブの中に隠していた杖を掲げれば、バーンッと大きな破裂音が響き、派手な紫色の三階建てバスが何処からともなく現れる。

ソフィアとハーマイオニーは紫色の──ややくたびれ、着崩されている──制服に身を包む青年に目的地を告げ乗車賃を渡し、2階のガタガタ揺れる寝台に座った。

 

 

「私、夜の騎士バス(ナイトバス)って初めて乗るわ!」

「私も初めてよ。──うわっ!──か、かなり、揺れるわねっ!」

「ああぁっ!」

 

 

猛スピード、急ブレーキ急発進のナイトバスはバーンッと破裂音を鳴らすたびにバスの中身が洗濯機の中の洗濯物のようにひっくり返った。

ソフィアとハーマイオニーは手すりにつかまりながら荷物がぶちまけられないように必死になって空いている手でトランクを掴み、それぞれのペットが吹っ飛ばないように籠を脚の間に挟む。行儀が悪いと眉をひそめられそうだが、腕が3本無いのだから仕方のない事だろう。

 

乱雑に置かれた椅子や誰かの旅行鞄が床を滑る中、ハーマイオニーとソフィアはただただ早く目的地につくことを願っていた。

 

 

何とかトランクの中身をぶちまける事も、ペットが居なくなる事も無く2人は目的地にたどり着き、揺れることのない地面を踏み締めた。

しかし、すぐにふらふらと足元がおぼつかなくなり地面が動いている気がするのはきっと長時間ナイトバスに揺られていた嬉しくない副作用だろう。

 

 

「ああ──無事についてよかったわ…」

「無事、なのかしらね…」

 

 

ティティとクルックシャンクスはカゴの中でガタガタと揺られすぎたせいか、かなり機嫌が悪くじろりと飼い主たちを睨み見ていた。

 

 

2人は辺りを警戒し、一度物陰に身をひそめ互いに目くらまし術を掛け合う。

完璧に背後の景色と同化しているのを確認し、ハーマイオニーとソフィアはこそこそと本部への階段を上がり、呼び鈴を鳴らした。

 

 

少し待つとガチャガチャと鍵を開ける音が響き、しばらくしてゆっくりとチェーンがつけられたままの扉が開き、不安げな顔をしたモリーが忙しなく目だけを外に向ける。

 

 

「モリーさん、ソフィアとハーマイオニーです。ダンブルドア先生からもう連絡は来てますか?」

「──ああ!2人だったのね。すごく上手に目くらまし術がかかっているわね……。少し待ってて」

 

 

モリーはぐっと目を細めソフィアとハーマイオニーに気づくとほっと表情を緩め一度扉を閉めた。再びガチャガチャと音が響き、今度はしっかりと扉は開け放たれた。

「さあ、いらっしゃい、よく来たわね!」と声を抑えながら歓迎する。2人はさっと扉をくぐると、この玄関ホールに何があるのかを思い出し「しーっ」と唇に人差し指を当て互いに小声で「フィニート」と唱え目くらまし術を解く。

 

数ヶ月振りに訪れた本部は、前回来た時よりも荒れているような気がした。空気が澱んでいるし、なにより埃っぽい。夏休み中にあれだけ掃除をしたのに、シリウスは1人では掃除も満足にする事が出来ないのだろうか。──いや、きっと自分で掃除をするという発想があまり、ないのだろう。それにずっと1人きりならば、生活するために必要最低限の場所しか掃除していないのかもしれない。

 

 

足音をなるべく立てないように、モリーに案内され厨房に向かったソフィアとハーマイオニーは、長机を囲みバタービールを飲むロンとジニーを見て軽く手を上げた。

 

 

「ハーマイオニー!ソフィア!どうしてここに?」

 

 

ロンは唇についたバタービールの泡を拭う事もせず目を瞬かせ驚く。ジニーは「クリスマス、一緒に過ごせるの!?」と嬉しそうにその場で飛び跳ね、すぐにまだ栓を開けていないバタービール瓶を2本掴むとハーマイオニーとソフィアに手渡した。

 

 

「ええ、ここで過ごすわ」

「何があったか──昨日、ダンブルドアから聞いたわ。アーサーさんが無事で本当によかった」

「うん、包帯は巻いてたけど普通に話せたし思ったより元気だったな」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは椅子に腰掛け、バタービール瓶を交わし、カチンと澄んだ高い音を鳴らした後、ごくりと一口飲んだ。

 

ジニーとロンは昨日から──ハリーが夜中に起きてからダンブルドアの元へ向かい、そのままここにポートキーで移動したこと、昼間にアーサーと面会したこと、その時に、見舞いに来たムーディとアーサーとモリーの会話を伸び耳で盗み聞きし、ハリーがヴォルデモートに取り憑かれているかもしれない、と言う事を聞いてしまった。それからずっとハリーは自分達を避けて寝室かバックビークの部屋に引き篭もっているのだと伝えた。

 

 

「多分、いつものご機嫌ナナメさ」

「あの人が取り憑いてるなんて、少し考えればあり得ないのに。ハリーは記憶を失ったり別のところで目が覚めたりしてないんでしょ?パパが襲われた時、ハリーはちゃんと寝ていたってロンから聞いたもの。まぁ、かなりうなされてたようだけど。──もう、私に誰が取り憑いていたか、さっぱり忘れているんだわ!」

 

 

ロンとジニーは殆ど残っていない瓶をほぼ逆さまにしながら言い肩をすくめた。

ハーマイオニーとソフィアはまさか本当に予想が当たっていた──それも、さらに最悪な方向で──事に驚いたが、すぐに怪訝な顔をして黙り込んだ。

 

 

「ハリーって、かなり頑固なところがあるものね」

「まぁね。…でも、ソフィアが励ませばすぐにコロリ、よ」

 

 

ハーマイオニーは軽く言いながら意味ありげにニヤリと笑い、ロンとジニーも同じような悪い笑みを浮かべ瓶の口に息を吹き込みピューピューと囃し立てるように鳴らした。

 

 

「うーん、まぁ、様子を見てくるわ」

「ハリー、昨日からほとんど食べてないんだ。ママにサンドイッチを作ってもらうからさ、引っ張り出させそうなら僕の部屋に来てよ。場所は夏休みの時と同じだから」

「ええ、わかったわ」

 

 

心配そうに眉を下げるロンに頷き、ソフィアは半分ほど残っているバタービールを一気に飲み干すと机の上に強く空瓶を置き、そのままバックビークの部屋がある4階への階段を駆け上がった。

 

 

扉のドアノブに手をかけ、開こうとしたが一度考えて止まり──ソフィアはトントン、と軽く扉をノックした。

 

 

「──誰?」

「誰だと思う?」

 

 

陰鬱で不機嫌そうなハリーの声に、ソフィアは苦笑しながら疑問で返した。

すぐに部屋の中からバタバタと音が聞こえ、パッと扉が開かれる。

 

 

「ソフィア!なんで君がここに?」

 

 

ハリーの顔色はかなり悪かった。

大きな目の下にはくっきりと隈が出来ていて、髪もボサボサだ。最後に会ってから2日と経っていないはずだが、あまりの風貌にハリーの心情は今までで1番荒み、困惑しているのだろうと思った。

 

 

「だって、クリスマス休暇はホグワーツで過ごすんじゃ──」

「あなたに会うためよ、ハリー。──入っても?」

「──う、うん、勿論」

 

 

ハリーはソフィアが通れるように大きく扉を開けた。

部屋の中は廊下と同じように薄暗く埃っぽい。一つあるベッドがぼろぼろなのは、バックビークが餌を探して掘ってしまうからだろう。よく見れば、床板もところどころ剥がれている。

 

 

ソフィアはきちんとバックビークに頭を下げ、彼からも許しが出たところで歩み寄り、美しい毛並みを優しく撫でた。

 

 

「ハリー、私何があったか──昨日、ダンブルドア先生に聞いたわ」

「そう……。…ソフィア、僕に近付かない方がいい、だって僕にはヴォルデモートが取り憑いてるんだ。──そうだ、そうだった。だから──ダメだ、君を傷付けたくない」

 

 

ハリーはソフィアが現れた嬉しさで忘れかけていたことを思い出し、顔色を変えると距離を取るように壁際まで後退し首を振った。

 

バックビークを撫でていたソフィアはヴォルデモート、という言葉に顔を硬らせたが、じっとハリーを見つめ目を逸らすことはない。

暫く痛いほどの沈黙が2人の間に落ちていたが、くるりとハリーに向き合うと、後ろで手を組み、ふっと笑うと悪戯っぽい表情でハリーを見上げた。

 

 

「あら、私に何か──出来るの?」

「したくないんだ。そりゃ、僕は出来ない。……でもヴォルデモートは──」

「あなたは、ハリー・ポッターよ。例の───」

 

 

ソフィアは一度言葉を限り、何度も深呼吸をすると、真剣な目で口を開いた。

 

 

「あなたは、ヴォルデモートじゃないわ」

 

 

その言葉は本当に小さな声だった。

魔法族にとって──ソフィアにとって、ヴォルデモートは恐怖の対象であり、一般的な魔法族と同じく名を呼ぶことを恐れる。

だが、それでも、ハリーはヴォルデモートではない、と伝えたかった。

 

ハリーはソフィアがヴォルデモートと言った事に驚いた。今までソフィアはロンと同じくヴォルデモートというただの言葉を恐れ、表情を変えていた。

そんなソフィアが、肩を震わせながら──それでも、瞳だけは微塵も揺れず──この言葉を言うために、どれほどの覚悟と勇気が必要だったのだろう。

 

 

「ソフィア……」

「ハリー、私はあなたの側にいると決めた。だから、ここにいるの」

 

 

ソフィアは一歩、ハリーに近づく。

ハリーは肩を震わせ無意識のうちに下がろうとしたが、すでに背中は壁にぴたりと張り付いていた。

 

 

「駄目だ、ソフィア。君は知らないんだ。僕──ヴォルデモートの蛇になってた、僕が蛇だったんだ!それで、ロンのお父さんを襲った。それに──それに、昨日ダンブルドアと目が合った時、その喉に噛みつきたい気持ちになった、全くそんなことを考えてなかったのに、急に憎くて憎くて仕方がなかった!僕にヴォルデモートが取り憑いてる事は間違いないんだ。ダンブルドアもそれに気づいていたから、今まで僕と目を合わせなかったんだ。

僕は、本当はここにいちゃいけない。僕を通して本部の事を全てヴォルデモートに伝えているのかもしれない!みんなを危険に晒してしまうんだ!」

 

 

恐怖心が胸の奥から溢れ、ハリーは一度開いた口を閉じることが出来なかった。堰を切ったように溢れる言葉は激しさを増し、ハリーは脳の裏がじりじりと燃えているかのような恐怖と焦りで呼吸が荒くなるのを感じた。

もし、ここがバレていたら、みんなを危険な目に遭わせてしまう。ロンのお父さんも、きっと僕が本当にやったんだ。どうやったかはわからないけどヴォルデモートの何か特別な魔法が何かで、きっとそうなんだ。

 

 

自分でコントロールすることが出来ない激しい感情に、ハリーは今すぐ怒鳴り叫びたくなった。ソフィアに「出て行け!」と言わなければいけない、だけど、心の奥で「そばに居て」と思う弱い自分を無視することがこんなにも難しいなんて、思わなかった。

 

 

耐え難い現実に、ハリーはぎゅっと目を瞑り頭を掻きむしり、そのままずりずりと壁に沿ってしゃがみ込んだ。

 

 

「──僕のせいで──ヴォルデモートが取り憑いてるから──だから──」

 

 

ハリーはその先の言葉を言うことが出来なかった。

 

 

「ハリー」

 

 

ハリーを押し潰そうと来ている不安感や猜疑心からハリーを守り、隠すようにソフィアはハリーの頭を強く抱きしめ、自分の胸元に押し付けた。そのまま優しくハリーの名を呼び、頭を撫でる。

 

ハリーは息を詰まらせ、ひゅっと喉から喘ぐような音を出した。早く五月蝿くなっていた自分の鼓動とは別の、静かな音が鼓膜を震わせる。──ソフィアの心臓の音だ。

 

 

「ハリー。……深呼吸して、…落ち着くから」

「……っ…う、……はぁっ…」

 

 

ハリーは胸の奥の重く苦しいものを吐き出すように長く息を吐いた。

ソフィアの掌が優しく自分の頭を撫で、温かいものに包まれている内に気がつけばソフィアに縋り付くようにその背に手を回し、強く抱きしめていた。眼鏡がかちゃりと音を立ててずれ、その奥にある目が熱くなる。

 

 

「ハリー。みんなを傷付けてしまうんじゃないかって不安だったのよね?…少しは、落ち着いた?」

「…うん」

 

 

慰めるように背中を撫でられ、ハリーは気恥ずかしさと愛おしさが混ざり、ぐっとソフィアを一度強く抱きしめるとそっと体を離しずれた眼鏡を掛け直した。

 

 

「……落ち着いた、かな。少しね」

「充分よハリー。…お腹すいてない?ロンが昨日から何も食べてないってすごく心配してたわ」

「ロンが?」

「ええ、ロンだけじゃなくてジニーも。──昨日の病院の帰りからハリーが引き篭もってるって2人から聞いたの。すごく心配してたし、ジニーは怒ってたわね」

「怒ってた?……やっぱり、僕がロン達のお父さんを襲ったから──」

「もう、違うわよ!」

 

 

重くて苦いものを飲み込んだような顔をして項垂れるハリーに、ソフィアはムッとしながらハリーの両頬を両手で掴み、無理矢理目線を合わせた。

 

 

「ハリー、あなたがヴォ……ヴォル、デモートに取り憑かれていると思っているなら、なぜ取り憑かれたことのあるジニーに聞かなかったの?本当に取り憑かれていたのか、ただ意識がリンクしたのか──きっとジニーはあなたにそのことを話したかったはずよ」

「え──あ、そう、だったね」

 

 

過去のヴォルデモート──トム・リドルの記憶と魂の一部が取り憑いていたジニーは、3年前、一年生の時にホグワーツにある秘密の部屋を開きバジリスクを使いマグル生まれを恐怖の底に叩き落とした。勿論、それはジニーの望みでもなく、彼女には記憶もない。操られていたジニーは記憶がない時に、その身体を乗っ取られていたのだ。

 

 

「とりあえず。ここは少し埃っぽくて暗いわ。お腹もすいたし──あなたの部屋に行きましょう」

 

 

ソフィアはハリーの冷えた手を繋ぎにっこりと微笑むと、あまりロン達に会いたくないハリーを引っ張り3階にあるロンとハリーの部屋へ向かった。

 

扉を開ければ部屋の中央にある机にたくさんのサンドイッチが乗せられた大皿とバタービール瓶が5本置かれ、ロンのベッドにはロンとジニーとハーマイオニーが腰掛けていた。

 

 

「ハーマイオニー、君も来てたんだ」

「当たり前じゃない。私たちナイトバスに乗ってここまで来たの。──ところで、ソフィアのセラピーは抜群だったでしょう?気分はどう?」

「あー──うん、まぁ落ち着いたかな」

 

 

ハリーはソフィアに手を引かれるまま自分のベッドに座った。ソフィアがハリーにバタービール瓶を持たせたが、あまり飲む気持ちになれず指先で瓶を撫でる。

 

 

「ロンとジニーから聞いたわよ。聖マンゴから帰ってきて、ずっとみんなを避けてたって」

「僕だけじゃない、みんなも僕を避けてる」

「えっ、避けてなんかない!」

 

 

ロンはぶんぶんと首を振り「君がずっと部屋に引き篭もってんじゃないか!」と怒ったように言う。

しかし、ハリーは間違いなくロン達は自分を避けていると思っていた。部屋に不必要に入ってくることも無いし、食事を一緒に食べなくても気にしない。──でも、ソフィアが言うには、ロンは僕のことを心配してくれていたらしい。

 

 

「つまり、ハリーはヴォ──ヴォルデモートに取り憑かれたと思ってみんなが腫れ物に触れるような扱いを受けていたと思ったのね。でも、ロンとジニーはとっても心配していたわ。ロンもジニーも、ずっとハリーと話したいって思ってたのよ」

 

 

ソフィアはバタービール瓶を撫でるハリーの手から瓶をとり、杖先でコツンと蓋を叩く。軽い『ポンッ』という音と共に蓋が弾け飛び、床を転がりベッドの下に入ってしまった。

それを見送りちょっと肩をすくめたソフィアは、そのまま瓶口をハリーの唇に押し当てる。

ハリーは唇に触れた甘くて美味しいバタービールをごくり、と一口飲んだ。

途端に、今まで腹の奥底で冷えていた何かがぽっと温まったような気がする。脳と視界に広がっていたモヤも僅かに晴れ、ソフィア達の心配そうな表情が──明確に見えた。

 

──ああ、本当に見ようとしなかったのは、僕なのかもしれない。そうだ、目を見るのが怖かったんだ。その目に憎しみとか恐怖があったら……ロンに拒絶されたら──僕は耐えられない。だから、昨日からロンの目が見れなかった。

 

 

 

「……僕──ヴォルデモートに取り憑かれてるんだと思う。だから、ここにいたら…本部の事を教えてしまうかもしれないと思って、あまり情報のない部屋に引き篭もってた。──プリペット通りに戻るしか無いって、本気で考えた。けど、ダンブルドアの『動くでない』って伝言を伝えられたから…部屋から出て行けなかった。……僕は、本当にヴォルデモートに取り憑かれているのか、知りたい」

 

 

ハリーは半分ほどバタービールを飲んだ後、はっきりとした言葉でロンとハーマイオニーとジニーに告げた。

 

 

「ジニー、辛い記憶だと思うんだけど、ヴォルデモートに取り憑かれたときって……どんな風だったか教えて欲しい」

「そうね……取り憑かれていた時は、取り憑かれているなんてわからなかったわ。自分のやったことも、何をしようとしていたのかも思い出せない。大きな空白期間があったわ。あなたはどう?」

 

 

ハリーは必死に考える。あの時の事──蛇になっていたことははっきりと思い出せた。自分が蛇だったのではないかと思うほどの鮮明さだったのだ。床を這ったときに感じた冷たさも、沸き起こる憎しみの感情も、全て思い出すことができる。

 

 

「……ない」

「それじゃ、例のあの人はあなたに取り憑いた事はないわ。あの人が私に取り憑いたときは、私、何時間も自分が何をしているか思い出せなかったの。どうやって行ったかわからないのに、気がついたら違う場所にいるの」

 

 

ハリーはジニーの言葉を全て信じたわけではなかったが、やはり取り憑かれていた当人の証言はハリーの心を軽くした。

 

 

「でも、僕の見た、君のお父さんと蛇の夢は──」

「私が気になるのはそこなのよ。ハリーはヴォル…デモートの視点で見たんじゃなくて、蛇だったんでしょう?

今までは例の──ヴォルデモートの感情が伝わっていて、どんな気持ちなのかをわかっていたわよね。でも今回は蛇よ?何故?蛇の視点から夢を見てそれが現実だったなんて……聞いたことがないわ」

 

 

 

ハリーの言葉を遮り、ソフィアが真剣な目で言う。ハリーはそこまで疑問視していなかったが、ハーマイオニーはハッとした顔で「たしかに変よ」と頷いた。

 

 

「──うん、僕は蛇の中にいて、蛇自身だった。……でも、ヴォルデモートが僕をロンドンに運んだとしたら?」

「ホグワーツでは姿現しも、姿くらましも出来ないわ。それにダンブルドア先生がそんな事を見過ごすと思う?」

「そうだ。君はベッドから離れてないぜ。僕、君が眠りながらのたうち回ってるのを見た。僕たちが叩き起こすまで少なくとも1分くらい」

 

 

ロンもすぐにハリーはどこかへ行っていないことを明言する。

ハリーは深く考えながらソフィアから受け取ったバタービールを一口飲む。たしかにソフィア達が言うことは理屈が通っていて、単に慰めになるばかりではない。

 

 

「それに、騎士団の人たちが本当にハリーが蛇だと思っているのなら、あなたは自由に過ごせて無いわ。少なくとも暫く昏倒させられてるはずよ」

 

 

ソフィアは安心させるように軽い口調で言った。

ハリーはぐるりとソフィアとロンとハーマイオニーとジニーの目を見つめる。全員の目は、間違いなく自分が蛇ではないと信じていた。

 

 

──つまり、本当に僕は蛇になったわけじゃないんだ。

 

 

ハリーはようやく納得が出来ると急に空腹感を思い出し、皿の上にあるサンドイッチを掴むと勢いよく頬張った。

それを見たロンは嬉しそうにほっと息を吐く。

 

自分がヴォルデモートにとっての武器であり、皆を──不死鳥の騎士団を破滅させるのではないかと思っていたハリーは、幸福な気持ちに胸を膨らませる。

 

ハリーがサンドイッチを食べ始めたのを見て、ソフィア達も手を伸ばす。その時、扉の向こうからバックビークの元に向かうシリウスがクリスマス・ソングの替え歌を大声で歌っている声が聞こえ──ハリーは、その陽気で楽しげな歌を一緒に歌いたい気分になった。

 

 

 



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282 マグル界と魔法界!

 

 

クリスマスが近づくにつれ、シリウスは皆がホグワーツでのクリスマスに負けないぐらい楽しく過ごせるようにしようと決意したのか、大張り切りで皆と掃除や飾り付けに精を出した。

きっと、今まで孤独だった事の反動なのだろう、なによりもハリーと過ごすことのできるクリスマスが嬉しくてたまらないというほど常に上機嫌であり、夏にいた不機嫌な家主の片鱗は少しも見えなかった。

 

 

ハリーはシリウスとリーマスが飾り付けをしている廊下に追加のクリスマス飾りがたくさん入った箱を抱えて向かった。

 

 

「シリウス、この色のモールでいい?」

「ああ!これを飾れば完璧だ!」

 

 

シリウスは満面の笑みで箱の中から金銀に輝く派手なモールを取り出すとうきうき──もしくは、ルンルン──という文字が見えそうなほどの浮かれっぷりだった。

リーマスは長らく見ていなかったシリウスの満面の笑みに、こちらまでその雰囲気に充てられてしまう。と幸せな気持ちになりながらヤドリギの飾りを肖像画の周りに飾った。

 

 

「あ──シリウス、その……伝えたい事があって」

「どうした?」

 

 

シリウスはすぐに手を止めくるりと振り返る。真剣なハリーの声に、リーマスは自分は聞かないほうが良いのかもしれない、と談話室に向かいかけたが、すぐにハリーが「リーマスにも聞いて欲しい」と引き留めた。

シリウスとリーマスは視線をチラリと交わし、周りに自分達以外がいない事を確認して少し身を屈める。

 

 

「その──僕、ソフィアと恋人になった」

 

 

ハリーは真剣な表情だったがその頬は少し赤く染まり、嬉しさが滲み出ていた。

真剣な顔をしているから一体何を報告されるのかと身構えていたシリウスは──彼はセブルスがまた何かハリーに嫌な事をしでかしたのかと思っていた──驚きつつも嬉しそうに笑い、ハリーの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

 

「そうか!よかったじゃないか!」

「うん。──おめでとうハリー」

 

 

リーマスは祝福をする前に、脳裏にソフィアの父親──セブルス・スネイプの事を考えた。もしや、ソフィアの父が誰だか知ってしまった上での相談だろうか?ならば、我が友(シリウス)は間違いなく別れろと言うだろう。

 

 

「ありがとう。──それで、聞きたいんだけど、僕とソフィアは……その、いとこでしょ?あまり、恋人だって言わない方がいいかな?」

 

 

ハリーは小声で囁き、心配そうに眉を下げた。

いとこ。──確かに、2人はいとこである。

 

 

「いとこだからなんだ?よくある事だ」

「マグル界では珍しいのかな?魔法界ではよくある事だけどね」

「そう……シリウスとリーマスは、僕とソフィアが恋人でも変に思わない?」

 

 

ハリーのいじらしさすら感じる可愛らしい不安に、大人になった2人は眩しそうに目を細める。いつの時も、若者の恋愛話というものは大人の胸に甘酸っぱく──時に苦く──響くものだ。

 

 

「ああ、勿論だ。ブラック家はいとこ同士の結婚が多いしな」

「そっか……その、ハーマイオニーは、いとこだし、僕とソフィアのお母さんは双子だから……。──あ、も、勿論、結婚とかそんな事はまだ全然わからないんだけど!──でも、そうなったとき、駄目なんじゃないかって言ってて、遺伝子が近いから」

 

 

ハリーは途中でさらに頬を赤く染め首と手をぶんぶんと振りながら早口で伝えた。しかし、最後の言葉はもごもごと小さく呟く。──それに気づいた時、2人もハーマイオニーのように拒絶するのかと思ったのだ。

 

 

「いで──なんだって?」

 

 

しかし、シリウスとリーマスは不思議そうな顔をして首を傾げた。ハリーは「遺伝子」と再度呟いたが、それでもピンとくるものが無かったのか2人は僅かに困惑を見せる。

 

 

「その、いでんし?とは何だい?」

「え?あー──たしか、体の情報?理科の授業で昔聞いたことがあるような…」

「へぇ?マグルにはそのいでんしっていうところに体重とか身長とか出身地でも書いてるのか?」

「……え?」

 

 

検討はずれな事をいうシリウスに、ハリーはようやく本当に2人は遺伝子というものが何なのか知らないのだとわかった。

 

──そうか、魔法界には理科なんてないんだ。遺伝子のことなんてわかっていないのかも。だって、たしか遺伝子はなんだか大きな機械で調べるはず。そんなの、魔法界にはないんだ。

 

実際、魔法族にとって遺伝子、という言葉を知っているものは少ない。半純血だとしても、子どもが魔法界で暮らすのならそんな──魔法族にとって──必要のない知識を無理に教える事はない。

体に針を刺し、細胞を取り、機械をつかい遺伝子情報を調べる。その事を知っているのはマグル生まれの者だけだ。

 

ハリーは魔法界ならば、ソフィアと自分との関係を受け入れられるのだと思うとホッとして笑った。──そうだ、ロンも何も言わなかったじゃないか。ロンは遺伝子なんて知らないんだ。なら、いいじゃないか、だって、僕とソフィアが暮らしていく世界はこの魔法界だ。

 

 

「──何でもない!誰も気にしないなら、うん、いいんだ」

「そうか?──まぁ、何か悩み事があればいつでも言いなさい、君よりは少し長く生きているし、昔はそれなりにモテたからな。女が好きなプレゼントでも教えようか?」

「いや、君は今も吸魂鬼にモテてるよパッドフット」

「あいつらしつこいんだよなぁ」

 

 

嫌そうに眉を寄せ、やれやれとばかりに大袈裟に首を振るシリウスを見て、リーマスとハリーは楽しげに笑う。

シリウスは楽しそうな2人を見て嬉しくなり、何度目かのクリスマス・ソングを大声で歌い、その歌詞を覚えてしまったハリーも、シリウスと一緒にシリウスに負けず大きな声で歌った。

 

 

 

クリスマス・イブには館は見違えるような華やかで煌びやかになり、くすんだシャンデリアには蜘蛛の巣の代わりに綺麗なヒイラギの花飾りと金銀のモールが掛かり、擦り切れたカーペットには魔法の雪が積もっていた。

館の至る所にソフィアが魔法をこっそりとかけたミニ雪だるまがぽてぽてと歩き周り、マンガンダスが手に入れた大きなクリスマスツリーには本物の妖精が飾りつけられ、ブラック家の家系図を覆い隠していた。ハウスエルフの生首の剥製さえ、サンタクロース帽子を被り白髭をつけていた。

 

 

クリスマスの朝、目を覚ましたソフィアはベッドの脚元に沢山のプレゼントを見つけると飛び起きて駆け寄り、嬉しそうに笑う。

ここは騎士団本部であり、まさかプレゼントが届くとは思っていなかったのだ。届けられているプレゼントは全て騎士団に関わりのある者からであり、きっと特別なフクロウが配達したのだろう。

 

 

「メリークリスマス、ソフィア!」

「メリークリスマス、ハーマイオニー!」

 

 

ハーマイオニーは自身の沢山のプレゼントを開けながらクリスマスの特別な挨拶を言う。

2人はすぐに用意していたプレゼントを交換し、ソフィアはハーマイオニーからの綺麗な手鏡、ハーマイオニーはソフィアからの魔法懐中時計を見て嬉しそうな歓声を上げた。

 

 

「これは──あ、ルイスとジャックと……」

 

 

ソフィアは心を躍らせ一人一人の顔を思い浮かべながら包みを開いていったが、一際大きく長細い包みを手に持つと、首を傾げた。

 

 

「──あっ、これ、父様からだわ!」

「えっ?──うわぁ、すごく大きいわね…」

「何かしら…?去年までは本だったのに…」

 

 

ソフィアはメッセージカードに『メリークリスマス』とだけ書かれた独特の細い文字を読み、すぐにセブルスの筆跡だと気付いたが中に何が入っているかは検討もつかなかった。ハーマイオニーはセブルス・スネイプが何を送ったのか気になり興味津々という表情を隠す事なく「開けてみて!」と促す。

 

 

「これ──父様ったら……」

「……こんなところでも張り合うのね」

 

 

現れたのは美しい箒だった。

それもただの箒ではなく、魔法界で最も高性能で高価な箒と名高い、炎の雷(ファイアボルト)である。

 

このタイミングで箒を送ってきたという事は、間違いなくマクゴナガルからソフィアがシーカーに選ばれた事を聞いたのだろう。娘に良い箒をプレゼントする親心は充分に理解できるが、それにしても高性能であり自分には持て余すのではないかと、ソフィアは箒の滑らかな柄を撫でて苦笑する。

 

セブルスはハリーが誰からファイアボルトを貰ったのかを知らないはずだ。少なくともハリーはそんな事一言も漏らした事はない。

だが、騎士団員として過ごす中で、その事を知ったのだろうか。

それとも、ただ単にクィディッチのシーカーになったソフィアに、ハリー・ポッターより劣っている箒を持たせられるわけがない、というセブルス・スネイプという男の意地なのかもしれない。

 

 

「……これを見てハリーはどう思うかしら」

「物凄く羨ましがるわね。その顔を見たあの人はものすごーーく、意地悪な顔をすると思うわ」

 

 

ハーマイオニーは呆れ混じりに答え、全く同じ事を思っていたソフィアは、とりあえず箒を元のように包み、そっとプレゼントの山の中に戻した。

勿論、嬉しいのは嬉しいが、それにして露骨なセブルスの思惑に、もろ手を上げて素直に喜べないのは仕方のない事だろう。

 

 

「あ、ハリーからは……まぁ!綺麗な栞だわ!」

「本当、なかなかのセンスね」

 

 

細い箱に入っていたのは銀細工で出来た縦長の窓の形をした栞だった。ガラス部分は本当に窓の外の光景を映していて、細長い木には雪がたわわに積もり、美しい青空が広がっている。

ソフィアは早速鞄の中から読んでいた本を取り出し、本の中にそっと挟む。

日の光を受けた栞は、白いページの上に薄らと青い色を映していた。

 

 

「さあ、そろそろ着替えないと」

「そうね。みんなもう起きてるかしら?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはプレゼントを全て開け終わった後、寝巻きから着替え階段を降りる。館の中で色々な人が互いに「メリークリスマス」と挨拶しているのが聞こえ、ソフィアはここにセブルスが居ないかと僅かに期待した。仕事でも、言付けのためでも良い、ここに来ると選択した事に後悔はないが、それでもやはりセブルスとルイスにクリスマスの日に会えないのは少し、寂しかった。

 

途中で男子部屋から出てきたハリーとロンと出会い、4人は口々に「メリークリスマス」と言い合う。

 

 

「ハリー、素敵な栞をありがとう!早速使うわね」

「うん、気に入ってもらえてよかった!あっ、腕時計をありがとう!」

 

 

ハリーは袖を捲り、深い焦茶色の皮ベルトが特徴的な腕時計を見せにっこりと笑う。

今までハリーがつけていたのは太ったダドリーが付けられなくなった時計のお下がりだった。気に入っていたわけではないが、時間を見るために必要であり仕方なく付けていたのだ。

新しい腕時計は昔からつけていたかのように手首に馴染み、耳に心地よい音で秒針が動いている。

 

 

「それ、サラマンダーの皮と海水晶を加工したガラスで作られているの。かなりの衝撃にも耐えるし、炎とか水の中にいれても壊れないのよ!」

「炎の中に入れる予定はないけど、大切に使うね」

 

 

水の中はともかく、炎の中に入れると腕時計が無事でも、腕は無事ではないだろうとハリーは考えたが、ソフィアはくすくすと悪戯っぽく笑い「あら、あるかもしれないわよ」と言った。

 

 

ハリーとソフィアはロンとハーマイオニーのいつものちょっとした言い合いを聞きながら──今回の話題はハーマイオニーがクリーチャーにパッチワークのキルトをプレゼントする、という事についてだった──厨房へ向かう。

地下の厨房にはモリーだけがキッチン近くに立っていて、「メリークリスマス」と挨拶をしたその声は涙声だった。

モリーに何があったのかを知らないソフィアとハーマイオニーは心配そうな目をしてすぐに駆け寄ろうとしたが、ロンとハリーが慌てて止め、声を抑えながら「パーシーの事で、色々あったんだ」と伝える。

モリーの近くで話すことができる内容ではなく、簡潔に伝えただけだったがパーシーが今どんな立場であり、騎士団の事をどう思っているのか知っているソフィアとハーマイオニーは納得し神妙に頷くと足を止めて厨房脇にある納戸──ここが、クリーチャーの寝床だ──へゆっくりと足を向けた。

 

 

「ここがクリーチャーの寝床?」

「そうよ。……あ、ノックをした方がいいと思うけど」

 

 

ハーマイオニーはプレゼントの包みをぎゅっと掴み、少し緊張しながら言った。

納戸に手をかけていたロンは、やれやれといったように肩をすくめたが、一応ハーマイオニーの言う通り拳で戸をコツコツと叩く。

しかし、返事は無く、物音も一切しなかった。

 

 

「上の階をこそこそ彷徨(うろつ)いてるんだろ。──うえっ!」

 

 

ロンは扉を開けたが、すぐに身を引くと嫌そうに顔をしかめる。

納戸の中は旧式のボイラーで殆ど埋まっていたが、パイプの下の隙間にクリーチャーの寝床があった。

寝床、というよりも動物の巣に近く、床にはぼろ布やかび臭い古毛布が寄せ集められ積み上げられている。その真ん中に小さな凹みがあり、巣主がどこで丸まり寝ているかを示していた。あちこちに腐ったパン屑やカビの生えたチーズのカケラが散乱し、1番奥の隅にはコインや小物がきらりと光っていた。

 

シリウスが捨てたものをクリーチャーはゴミ箱から拾い、こうしてこっそり集めているのだろう。中には夏休みにシリウスが捨てたブラック家の家族写真もあり、ハリーはその中に映るベラトリックス・レストレンジを見つけ胃の奥がざわりと不吉に蠢いたのを感じた。

 

 

「プレゼントをここに置いておくだけにするわ。後で見つけるでしょう。それでいいわ」

 

 

ハーマイオニーはそっと中央の凹みに包みを置き、静かに戸を閉めた。

 

 

「──そういえば」

 

 

納戸を閉めた時、ちょうどシリウスが食料庫から大きな七面鳥を抱えて現れ、納戸の前にいるソフィア達に声をかけた。

 

 

「近ごろ誰かクリーチャーを見たか?」

「ここに戻ってきた夜に見たきりだよ。シリウスが厨房から出ていけって、命令していたよ」

 

 

ハリーが記憶を辿りながら答え、シリウスは顔をしかめ「ああ、俺もあいつを見たのはあれが最後だ」と呟いた。

 

 

「まぁ、上の階の何処かに隠れているに違いない」

「出て行っちゃったって事はないよね?つまり、出ていけって言ったとき、この館から出て行け、という意味にとったとか」

「いや、ハウスエルフは衣服を貰わない限り出て行く事はできない。主人の家に縛り付けられているんだ」

「本当にそうしたければ、家を出る事はできるよ。ドビーがそうだった。3年前、僕に警告するためにマルフォイの家を離れたんだ。あとで自分を罰しなければならなかったけど

、とにかくやってのけたよ」

 

 

ハリーの反論に、シリウスは一瞬不安そうな顔をしたが、やがて口を開き「後であいつを探すさ。どうせ、どこか上の階で俺の母親の服にしがみついて泣いてるんだろう。まぁ、乾燥用戸棚に忍び込んで死んでしまったということもありえるが、そんなに期待しない方がいいな」と低く笑う。

 

 

ロンは笑ったが、ハーマイオニーは非難するような目でシリウスを睨んだ。

 

 

「見つかったら、どこに行っていたのか聞いてみたらどうかしら?もし上の階のどこかなら、秘密の隠れ場所があるのかもしれないでしょう?次、クリーチャーを探すときに手間が掛からなくて済むわよ」

「ああ、確かにそうだな」

 

 

シリウスは足で納戸をぐいと蹴り開け、身を屈めて中を覗き込み、その奥にある写真たてやブラック家の家紋が彫られた小物入れを見て面倒くさそうにため息をこぼす。

 

 

「──こういったものを隠してる可能性があるしな」

 

 

写真たての中のブラック家の面々が高慢ちきな顔でシリウスを睨み上げたが、シリウスは疎ましそうに眉を寄せ、すぐに強く戸を閉めた。

 

 

 






遺伝子などの情報を知らないのではないか?というのは私の妄想が多く含みます。



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283 予期せぬ人との出会い!

 

 

ソフィアとハリーとハーマイオニーはクリスマス・ランチを食べ終わった後、ウィーズリー家の人たちとアーサーの見舞いに行く事になっていた。

道中で危険がないとは言い切れず、リーマスとムーディが護衛につき、マンダンガスがどこからか借りてきた車に乗り──モリーはかなり渋ったが──聖マンゴへ向かった。

 

 

アーサーの見舞いは無事に終わり、ソフィアとハーマイオニーは包帯は巻いてあるが元気に受け答えが出来ているアーサーを見てホッと胸を撫で下ろす。

無事だと言ったが──アーサーがモリーに黙ってマグル式の治療を受けていた事がばれてしまい、やや無事に、と言う方が正しいだろう。

 

ソフィア、ハリー、ハーマイオニー、ロン、ジニーの5人は6階にある喫茶店でモリーの怒りが鎮まるまで時間を潰そうと移動したが、間違って5階の踊り場に出てしまった。

 

 

「あれ、ここ、何階だ?」

「6階だと思うけれど」

「違うよ、5階だ──」

 

 

ハリーは足を止め、戻ろうとしたが『呪文性損傷』という札のかかった廊下の入り口に、小さな窓がついた両開きの扉があり、それを見つめて固まってしまった。

 

ガラスに鼻を押しつけて、1人の男が目を見開き覗いていたのだ。波打つ金髪、明るい青い瞳、にっこりと意味のない笑顔を浮かべ輝くような白い歯を見せている。

 

 

「なんてこった」

「まあ、驚いた」

「ロックハート先生…よね?」

 

 

ロンとハーマイオニーとソフィアもその男──ロックハートに気が付き、驚き目が釘付けになっていた。

ライラック色の部屋着を着たロックハートはドアを押し開け、ハリー達に近づくと「おや、こんにちは!」と明るく挨拶をした。

 

 

「私のサインが欲しいんでしょう?」

「──あんまり変わってないね」

 

 

ハリーはソフィアに囁き、ソフィアは苦笑し頷いた。全ての記憶を失い、自分が誰かもわからないと聞いていたが、少しは記憶が戻ったのだろうか。

 

 

「えーと──先生、お元気ですか?」

 

 

ロンは少し気が咎めるようで、おずおずと挨拶をする。ロックハートはロンの壊れた杖を使い、忘却魔法が逆噴射してしまい全ての記憶を失った。ロンは少し申し訳なく思っていたが、そもそもロックハートはハリーとロンとルイスの記憶を永久に消し去ろうとしていたため、同情は出来ないだろう。

 

 

「大変元気ですよ。ありがとう!さて、サインはいくつ欲しいですか?私は、もう続け字が書けるようになりましたからね!」

 

 

ポケットから少しくたびれた孔雀の羽ペンを取り出したロックハートは生き生きと答え、にっこりと輝く笑顔を見せる。

 

 

「あー──いまは、サインは結構です。先生、廊下をうろうろしていて良いんですか?病室にいないといけないんじゃないですか?」

 

 

ハリーがロックハートにそう言えば、ロックハートの笑顔はゆっくりと消えていき、しばらくの間じっとハリーを見つめた。

 

 

「──どこかでお会いしませんでしたか?」

「あー──ええ、会いました。あなたは、ホグワーツで、僕たちを教えていらっしゃいました。覚えてますか?」

「教えて?──私が?教えた?」

 

 

ロックハートは微かに狼狽えた様子で繰り返したが、突然笑顔になると今までの会話をすっぱりと無かったことにし、再びサインの事について話しだした。

 

しかし、ちょうどその時、廊下の1番奥の扉から女癒者が顔を出し、ロックハートを見つけると急いで駆け寄ってきた。

 

 

「ギルデロイ、悪い子ね。いったいどこを彷徨いていたの?」

 

 

髪にティンセルの花輪を飾った母親のような顔つきの癒者はソフィア達に柔らかく笑いかけながら嬉しそうに手を叩く。

 

 

「まぁ、ギルデロイ、お客様なのね!よかったこと。クリスマスの日ですものね!──あのね、この子は誰も見舞いに来ないのよ。かわいそうに。どうしてなんでしょうね?こんなにかわいこちゃんなのに!ねぇ、坊や?」

 

 

癒者はロックハートを2歳の子どもでも見るような愛おしげな目で見ながら腕を掴み、微笑みかける。

癒者はロックハートに誰も見舞いが来ない事を嘆き、それでもソフィア達が来てくれた事を心から喜んでいた。サインをぜひもらってあげて、中に入ってゆっくりしていってね、と慈愛に満ちた目をする癒者に、ソフィア達はたまたまここに来てしまっただけで、本当は6階の喫茶店に行くつもりだったとはとても言うことが出来ず、仕方ないと顔を見合わせロックハートと癒者について廊下を歩いた。

 

長期療養の病棟に入った癒者はベッド脇の肘掛け椅子にロックハートを座らせる。その途端ロックハートは笑顔のまま写真の山を掴み狂ったようにサインを始めた。

 

ソフィアは病棟を見回す。アーサーがいたような無機質な印象はなく、私物が多く、入院患者が好きなものが沢山飾られているその場所は、ベッドの周りにカーテンを引くことも出来、ある程度のプライバシーが保てるようになっていた。

この病室には記憶を失ったロックハートとは別に、魔法によりぼんやりとしていて言葉を話せなくなった者、全身に動物の毛が生えた者が居た。奥のベッドには花柄のカーテンが引かれどのような症状で入院しているのかはわからないが、ここは長期療養だ。あまり良い状態ではないのだろう。

 

癒者が送られてきたクリスマスプレゼントを患者一人ひとりに声をかけ配る中、ソフィアはロックハートに「見て!すごく上手にサイン出来たでしょう!」と声をかけられてしまい、なんとも言えない笑顔で曖昧に頷いた。

ロックハートは、記憶を失って3年目だ、実質3歳の子どものように何もわからず純粋無垢なのだろう。

元から悪意のなさそうな笑顔を浮かべていたが、それが更に極まり、大人が浮かべる笑顔にしては一種の違和感を覚えるほどだ。

 

 

「──あら、ミセス・ロングボトム、もうお帰りですか?」

 

 

癒者が花柄カーテンの方を向き声を上げた。

ソフィア達は聞こえた名前に、思わずそちらを見てしまう。

ちょうど見舞客が2人ベッドの間の通路を歩いてきたところであり、老女は過去、ネビルがボガートの授業で「おばあさんの服装を思い出して」とリーマスに言われたネビルが答えた服装と全く同じ服を着ている。

 

今すぐこの場から立ち去りたいとばかりに身を縮め、顔を赤紫色に染めるネビルは誰とも目を合わせないようにしていた。

 

 

「ネビル!ネビル、僕たちだよ、ねえ、見た?ロックハートがいるよ!君は誰のお見舞いなんだい?」

 

 

ロンはぱっと立ち上がり呼びかけたが、ネビルは飛び上がると体を硬直させ自分の靴先をじっと見つめた。

 

 

「ネビル、お友達かえ?」

 

 

ネビルの祖母がソフィア達に近づきながら微笑み、上品な口調で聞いた。ネビルは祖母の問いかけにも答えず、じっと固まったまま動けないでいた。ロンは不思議そうにしていたが、ハリーは何故彼がここにいるのか、誰の見舞いなのか──この先の花柄のカーテンの向こうにいるのがネビルにとって、どんな存在かを知っていた。

 

ネビルの祖母は一眼見てハリーだと気づき、しっかりと握手をする。ハリーだけでなく、ネビルの祖母はジニーとロン、そしてハーマイオニーとソフィアの事も知っていた。優しく、勇気ある友人達だとネビルが祖母に話していたのだろう。

 

 

「ええ、ネビルがあなた達の事を全部話してくれました。何度か窮地を救ってくださったのね?この子は良い子ですよ。──でも、この子は口惜しいことに、父親の才能を受け継ぎませんでした」

 

 

ネビルの祖母は骨張った鼻の上から厳しく評価するような目でネビルを見下ろし、奥の二つのベッドのほうにぐいと顔を向けた。

 

 

「えーっ!奥にいるのは、ネビル、君のお父さんなの?」

 

 

驚きからロンは大声を上げる。ロンはここが長期療養が必要な者の病棟だという事をすっかり忘れていた。ハリーは直ぐにロンの足を踏んづけて黙らせたかったが、今日はローブを羽織っていない。剥き出しのジーンズではこっそりロンを黙らせるのは難しいだろう。

 

 

「何たることです。ネビル、あなたはお友達に両親のことを話してなかったのですか?」

 

 

ネビルの祖母は鋭い声を出し批難的な視線でネビルを睨む。

ネビルは深く息を吸い込み、天井を見上げて首を横に振る。唯一ハリーだけはネビルの親がどうなっているのか知っていたため、気の毒に思い今すぐにネビルを助け出してやりたかったが、この状況を改善する良い案は全く浮かばなかった。

 

 

ネビルの祖母は怒りを込めて「何も恥いることはありません」と言い、堂々たる態度でネビルの両親に何があったのかを話した。

 

闇払いだった2人は、ヴォルデモートの配下に正気を失うまで磔の呪いにかけられる拷問を受けた。それから今まで──2人は一度も正気を取り戻していないのだ。

ロンはベッドの向こうをよく見ようと爪先立ちになっていたことをすぐに恥じ入った顔をし、ソフィアとハーマイオニーとジニーは驚愕から口を抑え言葉を無くす。

 

 

「夫婦揃って才能豊かでした。わたくしは──おや、アリス、どうしたのかえ?」

 

 

ネビルの母親が寝巻きのままふらふらとおぼつかない足取りでカーテンの向こう側から現れる。顔は痩せこけやつれ果て、髪は白くまばらで、まるで死人のようだった。何かを話したい様子ではなかった──いや、話せないのだろう。彼女はおずおずとした仕草でネビルのほうに何かを差し出した。

 

 

「またかえ?──よしよし、アリス。──ネビル、なんでも良いから受け取っておあげ……まあ、いいこと」

 

 

ネビルは言われるまでもなく手を差し出していた。その手の中へ、彼女は風船ガムの包み紙をぽとりと落とす。ネビルは、小さな声で「ママ、ありがとう」と呟いた。

彼女は僅かに目元を緩め、嬉しそうに鼻歌を歌いながらベッドによろよろと戻って行った。

 

正気を失っても息子のことはわかるのだろうか。いや、おそらく正気を失ったアリスに、成長したネビルが自分の息子だとはわからないのかもしれない。ただ、自分の息子と同じ名前を持つ子ども──心が落ち着くその名を聞き、上機嫌なだけなのかもしれない。

ネビル──その名は、アリスにとって正気を失っても心の琴線に触れる言葉なのだ。

 

 

ネビルは皆の顔を見渡した。「笑いたきゃ笑え」と挑むような自暴自棄な目だったが、誰一人として笑えなかった。

 

 

「さて、もう失礼しましょう。皆さんにお会いできてよかった。──ネビル、その包み紙はクズ籠にお捨て。あの子がこれまでにくれた分で、もうおまえの部屋の壁紙が貼れるほどでしょう」

 

 

ネビルな祖母はそういい帰り支度を始めると、ゆっくりと扉に向かった。だが、ネビルは手の中にある包み紙を捨てることなく、そっとポケットの中に忍び込ませた。

誰も何も言えない中で、2人が出て行き扉が閉まる。

 

 

「知らなかったわ」とハーマイオニーが涙を浮かべて言い、「僕もだ」とロンが嗄れた声で呟く。「ええ……辛いわね」とソフィアは悲しげに目を伏せ、「うん、とても」とジニーは囁いた。

 

 

「──僕、知ってた。ダンブルドアが話してくれた。でも、誰にも言わないって、僕、約束したんだ。……ベラトリックス・レストレンジがアズカバンに送られたのはそのためだったんだ。ネビルの両親が正気を失うまで磔の呪いを使ったからだ」

 

 

ハリーの暗い声に、ハーマイオニーが「あっ」と小さく声を上げ口を抑える。

 

 

「ベラトリックス・レストレンジがやったの?クリーチャーが巣穴に持っていた、あの写真の魔女?」

 

 

誰も動けず、長い沈黙が続く中。ロックハートが急に怒り喚き出し、ソフィア達はようやくのろのろと足を動かし6階の喫茶店へ向かった。

 

 

 



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284 誰が教える?

 

 

クリーチャーは屋根裏部屋で発見された。見つけたシリウスは埃まみれのクリーチャーを見て、きっとブラック家の形見を探していたのだろうと考え、とくに気にしなかったが、ハリーは何故か再び姿を見せたクリーチャーの機嫌がいい気がして落ち着かなかった。

ここには純血の魔法使いだけではなく、クリーチャーが何よりも嫌うマグル生まれの魔女や人狼がいる。しかし、クリーチャーは2人がすぐそばを通り過ぎても辛辣な独り言をあまり言わず、シリウスの命令にも従順に従っていたのだ。

漠然と嫌な予感がしていたハリーだったが、その疑問をシリウスに伝えることはできなかった。クリスマスが終わり、残りの休暇が減っていくにつれシリウスは急激に元気を無くし、しばしばむっつりと黙り込みバックビークの部屋に引き篭もるようになったのだ。

 

やはり、人がいなくなるのは寂しいのだろう、とソフィアはシリウスの憂鬱な様子に感染したように表情を暗くするハリーを慰め、時々バックビークの部屋に行き「紅茶でも飲まない?ハリーと」と誘いに行った。

誘われれば──ハリーが関わっていれば──シリウスはのそりと現れ、少し微笑むがやはりその微笑みに数日前のような溌剌さはなく、物寂しそうでハリーの心はちくちくと痛んだ。

 

ハリーはもっとシリウスと共に過ごしたかった。今のホグワーツでは嫌な事や腹の立つ事が多すぎてソフィアがホグワーツにいて、DAが無ければハリーは本気でシリウスにホグワーツを退学させてグリモールド・プレイスに置いてくれと言っていただろう。

 

 

そして休暇の最終日に、ハリーはソフィアとDAがあってもホグワーツに帰るのが本当に恐ろしいと思わせる出来事があった。

 

 

「ハリー、ソフィア」

 

 

その時、ハリーはロンと魔法チェスを対戦し、ソフィアとハーマイオニーとジニーは観戦していた。

扉を開け顔を覗かせたモリーに「厨房へ来てくれる?スネイプ先生がお話があるんですって」と声をかけられたがハリーは全くピンと来ず──何せ、ここでその名を聞くとは思わなかったのだ──自分の持ち駒のルークがロンのポーンと激しく格闘している様子に夢中になっていた。

しかし、ソフィアはぱっと顔を上げると「スネイプ先生が?」と囁いた。

 

 

「やっつけろ──やっちまえ!たかがポーンだぞ、うすのろ!──あ、おばさん、ごめんなさい。何ですか?」

「スネイプ先生ですよ。厨房で。ちょっとお話があるんですって」

 

 

ハリーは恐怖で口を唖然と開いた。

ロン、ハーマイオニー、ジニーを見れば、ロンとジニーは同じように口を開いて驚愕し、ハーマイオニーは心配そうな顔でハリーとソフィアをちらちらと見ていた。

 

 

「スネイプ?」

「スネイプ先生ですよ。さあ、早くいらっしゃい。長くはいられないとおっしゃってるわ」

 

 

モリーは扉を閉めてすぐに出て行ってしまったが、ハリーはすぐに動けず、閉じた扉を呆然と見続けた。

 

 

「いったい君たちに何の用だ?何かやらかしてないだろうな?」

「やってない!」

 

 

ハリーは憤然として言ったが、あのスネイプがわざわざここにくるなんて、もしかして自分は一体なにをやらかしたのだろうか、最後の宿題で最低得点の『(トロール)』でもとったのだろうか。と不安になった。

 

 

「ハリー、本当に()()してない?」

「本当だ!」

 

 

ハーマイオニーは緊張した面持ちでハリーに聞き、ハリーは即答した。ハーマイオニーはじっとハリーを見たあと、ソフィアに「何もないの?」と同じことを聞いたが、ソフィアもおずおずと頷いた。彼女は単純に、ソフィアとハリーが恋人としてさらに関係を深め、それが何らかの理由でバレてしまい呼び出されたのかと考えたのだ。──それくらいしか、2人が同時に呼ばれる理由がハーマイオニーにはわからなかった。

 

 

「何で私も呼ばれるのかしら……。とりあえず、行きましょうハリー。スネイプ先生を待たせたらその時間分、きっとチクチクと言われるわ」

「行きたくない……」

 

 

ソフィアは立ち上がり、扉を開けハリーを手招きする。ハリーは心の底から行きたくなかったが、ソフィアの言うことは尤もであり諦めたように大きくため息をつき、重い足取りで厨房へ向かった。

 

 

 

厨房の先にはセブルスとシリウスとジャックがいた。

セブルスとジャックは椅子を一つ挟んだ場所に座り、シリウスは机を挟んだ反対側だ。

セブルスとシリウスの2人は最も離れた場所に座り、互いに目を背けて反対方向を睨め付けていた。厨房には2人の嫌悪感で重苦しい沈黙が流れている。

ジャックは扉が音もなく開いた事に気付くと、軽く手を上げてソフィアとハリーに笑いかけた。

 

 

「あの…」

 

 

ソフィアは開いた扉をコンコンとノックし、セブルス達に到着したことを告げた。

別方向を見ていたセブルスはソフィアの方をゆっくりと振り向き、そしてそのまま後ろに隠れるように身を寄せるハリーを冷ややかな目で睨め付ける。

 

 

「座るんだ、ポッター。ミス・プリンス」

「いいか。スネイプ。ここで命令を出すのはご遠慮願おう、ここは俺の家なんでね」

 

 

シリウスは勢いよく立ち上がり──椅子がガタンと音を立てた──セブルスに向かって吠える。セブルスは青白い顔に、怒りとも侮蔑ともとれぬ色を混じらせたまま鼻で一蹴する。

 

ハリーはさっとシリウスの隣に座ったが、ソフィアは自分はどこに座ればいいのか少し悩んだ。そもそもこの話し合いは何のつもりなのだろうか。もしかして、ハリーに自分の娘だと伝えるつもりなのか?──それなら2人だけが呼び出されたのも頷ける。

ジャックが居るのは、信じられないだろうハリーとその後見人であるシリウスへ証人として連れてきたのだろうか。

 

 

──それなら、父様の隣に座る方がいいのかしら。

 

 

セブルスは自分の隣の椅子をチラリと見たソフィアの視線に気づき、眉を寄せながら──かなり、嫌だったが──「聞こえなかったのか。座りたまえ」と冷たく言いハリーの隣にある椅子を指差した。

ソフィアは何も言わず、こくりと小さく頷くとハリーの隣に座り、セブルスと机を挟んで向き合った。

 

 

「我輩は2人だけと会うはずだった。しかしブラックが──」

「俺はハリーの名付け親で後見人だ!それにジャックはソフィアの親だ!この場にいるのは当然だろう!」

「……俺は何で呼ばれたのか説明もまだなんだが…」

 

 

シリウスはセブルスの言葉を遮り大声を出す。ジャックはシリウスに「緊急だ」と呼び出され、ちょうど騎士団に報告する事があったため数時間早くここを訪れたのだが、シリウスが呼び出した理由を説明する時間もなくセブルスが到着してしまったのだ。それから膠着時間が続き、現在に至る。

 

 

「我輩はダンブルドアの命でここに来た。しかし、ブラック。よければどうぞいてくれたまえ。──気持ちはわかる……関わっていたいわけだ。……ジャックは好きにしたまえ」

 

 

セブルスの声は反対に低くなり、不愉快な声の中に嘲笑が混ざっていた。

ジャックはセブルスとシリウスをちらりと見て2人の一向に埋まる気配のない深い溝に、何故自分がここにいるのかはわからないが、互いに憎しみあっている2人を同じ部屋で留めるのならば、自分がいた方がいいだろう──きっと、言い争う──と、深く椅子に座り直した。

 

 

「何が言いたいんだ?」

「別に他意はない。君はきっと──あー──苛々しているだろうと思ってね。何にも役に立つ事ができなくて。騎士団のためにね」

 

 

セブルスは言葉を微妙に強調し、勝ち誇ったような冷笑を見せる。シリウスはかっと顔を怒りで赤くすると奥歯を強く噛み締めた。

 

 

「校長が君たちに伝えるようにと我輩をよこしたのだ。校長は来学期に君たちが『閉心術』を学ぶことをお望みだ」

「何を?」

「閉心術だ。外部からの侵入に対して心を防衛する魔法だ。世に知られていない分野の魔法だが、非常に役に立つ」

 

 

ハリーは閉心術の事を聞き顔を硬らせる。ヴォルデモートに取り憑かれていないはずだ、それなのに何故そんな魔法を習得する必要があるのだろうか。

 

 

「閉心術?ハリーはわかるが、何故ソフィアまで?」

 

 

黙って聞いていたジャックは訝しげに眉を寄せる。セブルスはジャックを見ること無く「何故なら、校長がそうするのが良いとお考えだからだ」と嫌そうに答えた。

 

ジャックは黙り込み、ソフィアに視線を向ける。ソフィアは訳がわからない、と言うような困惑した顔をして首を振った。騎士団員はハリーが何を見たのかを聞いている。ハリーへヴォルデモートが危害を加えないために、心を閉ざす術を学ぶのは有効な事だろう。だが、何故ソフィアもその魔法を学ばなければならないのだろう。

 

 

「1週間に一度、個人授業を受ける。しかし、何をしているかは誰にも言うな。とくに、ドローレス・アンブリッジには。わかったな?」

「わかりました」

「はい。──誰が教えてくださるのですか?」

 

 

ソフィアは素直に頷いたが、ハリーはそれよりも誰が教えてくれるのかが心配だった、嫌な予感がする──何故わざわざスネイプがここに来たのか、伝言を伝えるためだけなら、他の者でもいいだろう。

 

 

「我輩だ」

 

 

ハリーは腑が溶けて消えていくような恐ろしい感覚に襲われた。

 

──スネイプと課外授業だって?それも、週に一度!ソフィアと一緒だとしても、こんな目に遭うなんて僕が何をしたって言うんだ?

 

ハリーは助けを求めて急いでシリウスの顔を見た。

 

 

「どうしてダンブルドアが教えないんだ?どうしてお前が?」

「たぶん、あまり喜ばしくない仕事を委譲するのは、校長の特権なのだろう。言っておくが、我輩がこの仕事を懇願したわけではない」

「シリウス。セブは──セブルスは俺が知る中で最も優れた閉心術が使える閉心術師だ。それに、ダンブルドアは忙しい。他に適任はいない。わかるだろ?」

「ジャック、お前は嫌じゃないのか?ソフィアを、スネイプが教えるんだぞ!」

 

 

親として不満はないのかと──シリウスはソフィアの本当の父親がジャックだと思い込んでいる──苦く言うシリウスに、ジャックは肩をすくめ「セブルスは俺の子を虐げることはないさ」とはっきりと言った。

しかし、シリウスは全くセブルスが優れているとは思えず、ジャックほど信頼できるわけもなく、不満げな顔で「そんな馬鹿な話があるか」と苛立ちを滲ませる。

セブルスはシリウスが黙り込んだのを見て満足げな嘲るような視線を向けた後、静かに立ち上がる。

 

 

「ポッター、ミス・プリンス。月曜の夕方6時に来るのだ。我輩の研究室。誰かに聞かれたら魔法薬の補習だと言え」

 

 

セブルスは一瞬ソフィアを見たが何も言わず長い黒マントを翻し立ち去りかけた。

 

 

「──ちょっと待て」

 

 

シリウスが低い声で言い、ゆるりと立ち上がる。セブルスは顔だけをシリウスに向け、せせら嗤いを浮かべた。

 

 

「我輩はかなり急いでいるんだがね、ブラック。君と違って際限なく暇なわけではない」

「では要件だけ言おう。もしお前が閉心術の授業を利用してハリーを辛い目に遭わせていると聞いたら黙ってないぞ」

 

 

シリウスは一歩、セブルスに近づいた。

セブルスがポケットの中で杖の柄と思しい部分を握りしめた事に、ハリーとソフィアとジャックは気付いた。

 

 

「ジャック……」

 

 

ソフィアは火花を散らし睨み合うセブルスとシリウスを見て心配そうに眉を寄せ、「何とかして!」と必死な目配せをしたが、ジャックは苦笑し立ち上がりそれとなくセブルスの近くに寄ったがシリウスを止めることはしなかった。

 

 

「泣かせることよ。しかし、ポッターが父親そっくりなのに、当然君も気づいているだろう?」

「ああ、その通りだ」

「さて、それならばわかるだろうが、こいつの傲慢さときたら、批判などはなから受け付けぬ」

 

 

シリウスは荒々しく椅子を押し退け机を回り込み、杖を抜き放ちながらセブルスの元へ進む。セブルスもすぐに自分の杖を取り出し二人は真正面から向き合った。

シリウスは怒り猛り、セブルスはシリウスの杖先から顔へと目を走らせながら状況を読んでいた。

 

 

「シリウス!」

 

 

ハリーは大声で呼んだが、シリウスにその声は届かなかったようだ。

 

 

「警告したはずだスニベルス。ダンブルドアが貴様が改心したと思っても、知った事じゃない。俺の方がよくわかっている──」

「おや、それならどうしてダンブルドアにそう言わんのかね?それとも、何かね、母親の家に六ヶ月も隠れている男の言うことは、真剣に取り合ってくれないとでも思っているのか?」

「ところで、このごろルシウス・マルフォイはどうしているんだ?さぞかし喜んでいるだろうな。自分のペット犬がホグワーツで教えている事で──」

「犬といえば。君がこの前、遠足なぞに出かける危険を冒したとき、ルシウス・マルフォイが君に気づいたことを知っているかね?うまい考えだったな、ブラック。安全な駅のホームで君が姿を見られるようにするとは……これで鉄壁の口実が出来たわけだ。隠れ家から一切出ないという口実がね」

 

 

10センチと離れていない距離で睨み合い、憎悪をぶつけ静かに──だが、確実に相手を不快にさせる言葉の戦いに、ハリーとソフィアはひやひやと見守っていたが、ついにシリウスがセブルスの最後の一言に顔色を変え杖を上げた。

 

 

「やめて!シリウス、やめて!」

「──っ、先生!シリウス!」

 

 

ハリーは叫びながら机を飛び越え、二人の間に割って入ろうとした、ソフィアもすぐに駆け寄り二人を離そうとぐいぐいと二人を押した。

 

 

「俺を臆病者呼ばわりするのか?」

 

 

シリウスは声を震わせ吼えるように言うとハリーを押しのけようとしたが、ハリーは足を踏み締め決して離れなかった。

 

 

「まあ、そうだ。そういうことだな」

「──ほら、もうシリウスを揶揄うのもいい加減にしろセブルス。シリウスも簡単な挑発に乗るな。──ソフィアが二人の間で潰れるぞ」

 

 

ジャックは暫く静観していたが、流石にそろそろ止めなければ子ども達の前で醜い大人の戦いを見せる事になってしまう、とセブルスとシリウスの肩を叩きながら言った。

 

ジャックの言葉で初めてソフィアが自分との間に入り真っ赤な顔をして懸命に押している事に気づいたセブルスは、僅かに杖先を下げ半歩ほど下がった。

 

 

「──はっ!逃げるのかスニベルス!」

 

 

セブルスはソフィアのために半歩下がっただけだが、シリウスは怖気付いたのだと判断し大声で嗤う。その瞬間セブルスの額に青筋が走り下ろしかけていた杖が再びシリウスを捉えた。

 

 

「ハリー!そこをどけ!」

「い、嫌だ!──うわっ!」

「──きゃっ!」

 

 

シリウスは歯を剥き出しで唸り、空いている手で強くハリーを押し退けた。バランスを崩したハリーはソフィアを巻き込み転倒し、ソフィアが小さな悲鳴を上げる。

 

シリウスはハリーが倒れても視線をセブルスから離さなかったが、セブルスは無意識のうちにソフィアへ視線を向けていた。シリウスは、その目を見てかすかな違和感を覚えたがそれが何なのかわかる前に、厨房の扉が開いた。

 

 

ウィーズリー一家全員とハーマイオニーが幸せそうにニコニコ笑いながら入ってきたのだ。中央にアーサーが誇らしげに立ち、両手を大きく広げた。

 

 

「治った!全快だ!」

 

 

アーサーは厨房全体に元気よくニコニコと宣言したがすぐに目の前の光景に釘付けになり、見られた方もそのままの形で動きを止めた。

 

シリウスとセブルスは互いに杖を突きつけ合い、ジャックは2人の間で倒れたハリーとソフィアを助け起こそうと手を差し出していた。

 

 

「なんてこった。いったい何事だ?」

 

 

アーサーの顔から笑いが消え、訝しげにセブルスとシリウスの顔を交互に見た。

 

 

「アーサー!治ったんだな、本当によかった!──この2人のことは気にするな」

 

 

ジャックはハリーとソフィアを助け起こしながら何でもないと首を振り、そのままアーサーの元に向かい全快を心から喜び笑う。

シリウスは大勢の目撃者が入ったことで正気を取り戻したらしく、舌打ちをこぼすと杖を下ろした。シリウスよりも先に──ソフィアの悲鳴を聞き冷静さを取り戻していたセブルスは、ポケットの中に杖をしまうと「ジャック、来い」とだけ言い、さっと厨房を横切る。

アーサーの回復を祝う事もなく、ウィーズリー一家の隣を通り過ぎたが、扉のところで振り返った。

 

 

「月曜の夕方6時だ、忘れるな」

 

 

セブルスは吐き捨てるように言うと扉を開ける。「早く来い」とばかりにジャックを睨み、睨まれたジャックは肩をすくめセブルスの後を追った。

 

2人は本部から出て行き、すぐにスピナーズ・エンドにある昔スネイプ一家が住んでいた家へ姿現しをした。

 

 

「何だ?」

 

 

長く人気のないこの家はかなり埃っぽく空気が澱んでいる。ジャックは眉を寄せローブの袖で口と鼻を覆いながら杖を振りスコージファイで辺りを清めた。

 

 

「……ソフィアが──」

「どうしたんだ?」

 

 

セブルスは杖を振り大きく息を吐くと、古びた肘掛け椅子に深く腰掛ける。眉を寄せたジャックは近くにあるソファに座り、いったい何だとジャックはセブルスが話し出すまで黙っていたが、セブルスはソフィアの名を呟いたきり黙り込んでしまった。

 

 

「……おい、お前忙しいんだろう。俺もそんなに余裕は──」

「ソフィアが、ポッターと──恋人になった」

 

 

言葉に出すのも悍ましいとのか、絞り出すように吐き出された言葉にジャックは「はぁ?」と怪訝な声を上げた。いきなり、何の話だ。

 

本気で沈み、落ち込み項垂れているセブルスを呆れたような目で見下ろし、ジャックはぽん、とセブルスの肩を叩く。

 

 

「それは──まぁ、うん。1週間に一度でも邪魔できてよかったな?」

「………」

「ということは、ソフィアは閉心術を覚えるのはついでだろうな。ハリーの心の安定のためだろう。閉心術は心が乱れるとうまくいかないからな」

 

 

ようやくソフィアが閉心術を受けなければならない理由がわかり、ジャックは納得したように頷く。

セブルスとハリーが2人きりならば、上手くいくことは難しいだろう。セブルスはダンブルドアの命令とあれば嫌々ながらにもハリーに時間をかけて教える。だが、今のセブルスの心情のままハリーと2人きりにさせるのは得策ではないとダンブルドアは判断したのだ。──いや、むしろ。

 

 

「…いや、セブルスのためにソフィアが呼ばれた、と言った方が正しそうだな」

 

 

ジャックの呟きに、セブルスは苦い顔をしたまま何も答えなかった。

 

 

 



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285 閉心術!

 

 

 

ソフィア達はナイトバスに乗ってホグワーツに帰る事になっていた。

慌ただしい朝食の後、厳しい冷え込みに備え全員上着やスカーフで身繕いをした。

 

ハリーはマフラーを首に巻きながら胸が締め付けられるような苦しみを感じていた。──シリウスと別れたくなかったのだ。この別れの後、いつシリウスに会えるのかわからない。次の夏休みまで会えないとなると後半年近く離れ離れになってしまう。それに、「シリウスに馬鹿な真似はしないで館で大人しくしていて」と言うのは自分の役目のような気がしたのだ。

セブルスがシリウスを臆病者と言った事が原因でシリウスはこの安全な館を抜け出してしまうのではないか、無鉄砲な計画を練っているのではないかと心配だった。

 

それに、明日は月曜日だ。さっそく閉心術の訓練が待っていると思うと、ハリーは本気で胃がキリキリと痛んだ。

あの夜にロンとハーマイオニーにはソフィアと2人で閉心術を学ぶ事になったと伝え、ハーマイオニーはヴォルデモートの夢を見ないためにはその必要があると心配そうに頷いていたのだ。

 

シリウスに何と言うべきかハリーが思いつく前に、シリウスがそっとハリーとソフィアに視線を向け手招きした。

 

 

「これを持っていて欲しい」

 

 

シリウスは携帯本ほどの、不器用に包んだ何かをハリーの手に押し付ける。隣にいたソフィアは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「スネイプが君たちを困らせるようなことがあったら、俺に知らせる手段だ。あいつがジャックの友人だとはいえ、ソフィアはハリーの恋人になったんだろ?嫌なことを言われる可能性が高い。──ここでは開けないで!」

 

 

包みを開こうとしたハリーに、シリウスは小声で注意しモリーのほうを用心深く見る。モリーはフレッドとジョージに手編みのミトンを嵌めるように説得中であり、こちらに意識を向けてはいない。

 

 

「モリーは賛成しないだろうと思うんでね──でも、俺を必要とするときは使って欲しい。いいな?」

「オーケー」

「わかったわ」

 

 

ハリーは上着のポケットに包みをしまい込んだが、何があっても、たとえスネイプから耐え難い屈辱を受ける事になっても使うことはないだろうと思う。もし自分がそれを使い、シリウスが怒ってここから脱走してしまったら──そんな事あってはいけない。シリウスを安全な場所から誘い出すのは、絶対に僕じゃないんだ。

 

 

「それじゃあ行こうか。ソフィア、ハリーを頼んだぞ」

「ええ、任せて」

 

 

シリウスはハリーの肩を叩き、辛そうに微笑む。ソフィアはしっかりとシリウスの目を見て頷いたが、ハリーは言葉が詰まりうまく話すことができなかった。

 

皆が集まっている玄関に移動し、しばらくの別れを口々に告げる中、ハリーはモリーに強く抱きしめられていた。

 

 

「さよならハリー、元気でね」

「またな、ハリー。私のために蛇を見張っていておくれ」

 

 

アーサーはモリーから解放されたハリーと握手をしながら朗らかに言う。

次にソフィアがモリーに抱きしめられ、ソフィアは寂しさと、ようやくホグワーツに戻れることの嬉しさで複雑な中、「モリーさんとアーサーさんも、お元気で」と別れの挨拶を告げる。

 

 

「シリウス──」

「元気でな、ハリー」

 

 

ハリーがシリウスに忠告する前に、シリウスが片腕でハリーをさっと抱き締めた。

ハリーの開きかけていた口から、また、言葉は出る事はなく、次の瞬間にハリーは凍るような冬の冷気へと押し出されていた。

 

護衛につくトンクスとリーマスがソフィア達を追い立てるようにして階段を降りる。背後でバタン、と扉が閉まる音が響き、ハリーは後ろを振り返った。

両側の建物が横に張り出し、12番地はその間に押しつぶされるようにどんどん小さくなり瞬きをする間に、そこはもう消えていた。

 

 

「さあ、バスに早く乗るに越したことはないわ」

 

 

トンクスの声は固く、緊張を孕んでいた。──いや、声だけではなく目も注意深くあたりを見渡している。トンクスと同じく辺りを警戒していたリーマスがパッと右腕を上げれば、ナイトバスがいつもの轟音を立てて突然現れ、あわや街灯に衝突するかと思われたが、街灯の方がぴょんと飛び退き道を開けた。

 

 

ナイトバスの旅は快適とは言えない旅だった。──「ナイトバスに乗ってみたい」と目を輝かせていたロンが乗車後には「もう二度と乗りたくない」と顔を青くして言うほどだ。

しかしかなり早くホグワーツの校門前に到着する事が出来、リーマスとトンクスに手伝ってもらいながらやっとのことでバスから7人分の荷物を降ろした。

 

 

「校庭に入ってしまえばもう安全よ。いい新学期をね、オッケー?」

「体に気をつけて」

 

 

リーマスは皆と握手をし、最後にハリーとしっかりと手を握る。すぐに手を離す事なく身を屈めると、別れの挨拶をしているトンクスとソフィア達を見ながら小声で囁いた。

 

 

「いいかい?ハリー、君がスネイプ先生を嫌っているのは知っている。だが、あの人はジャックの言うように優秀な閉心術師だ。それに、私たち全員が──シリウスも含めて──君が身を護る術を学んで欲しいと思っている。ソフィアも一緒だから、心強いだろう?頑張るんだよ、いいね?」

「うん、わかりました」

 

 

年齢のわりに白髪が混じる髪と、皺が刻まれた疲れたようなリーマスの顔を見ながらハリーは重々しく頷いた。

 

 

リーマスとトンクスに見送られ、校門をくぐったソフィア達は凍った地面を滑らないように気をつけながらトランクを引き摺り、樫の木の玄関扉まで懸命に歩いた。

扉にたどり着いたハリーは後ろを振り返ったが、リーマスとトンクスとナイトバスはもういなくなっていた。

 

確かに、ソフィアと一緒だと考えると嬉しいが、それがあのスネイプとの個人授業だと思うと気分はプラスどころか大幅にマイナスだと、ハリーはため息をつく。

 

ハリーはソフィアの前でセブルスからの嫌らしい精神攻撃と侮辱に耐えなければならないのかと思うと本当に気が滅入った。誰だって恋人の前でそんな情けない姿を晒したくはない。

 

明日のことを考えるとどうしようもなく嫌だったが、時計の針は止まることなく無情に進む。

 

 

 

次の日──月曜日の夜6時。ソフィアとハリーはセブルスの研究室の前にいた。ハリーの蒼白で陰鬱な表情をちらりと盗み見たソフィアは、少し不思議な気持ちになる。

何度もこうしてセブルスに会いに研究室を訪れた事はあるが、まさかハリーと2人でここに来る事になるとは考えてもいなかった。

 

 

ハリーは何度か深呼吸をすると、意を決したようにぐっと唇を結び扉を叩き、部屋に入った。

 

 

部屋は薄暗く、壁に並んだ棚には何百というガラス瓶が置かれ、さまざまな色合いの魔法薬や材料が並んでいる。

ソフィアは部屋を見て、「やっぱり紅茶の用意なんて無いわよね」とそんな場違いな事を思いながら、部屋の奥の暗がりの中に立つセブルスを見た。

 

 

「扉を閉めるのだポッター」

 

 

ハリーは机の上に置かれていた憂いの篩のことが気になり、セブルスの存在に気づかずいきなり冷たい声が響いた事にびくりと飛び上がりすぐに扉を閉める。ハリーは何だか自分で牢屋の扉を閉めてしまったかのような嫌な気持ちになり、恐々とセブルスの方を振り向いた。

 

暗がりにいたセブルスはいつのまにか部屋の中央の明るいところに移動していた。彼が机の前にある二脚の椅子を黙って指差し、ソフィアは抵抗なくいつもより固く質素な木の丸椅子に座り、ハリーはこれから行われる閉心術を一度で習得し、これで最後の個別授業になればいいと真剣に思った。

 

 

セブルスは顔に刻まれる皺の一本一本に嫌悪感を滲ませながらハリーを睨む。憎い男の息子であるハリー・ポッターと、何よりも大切な者の一人であるソフィアが──信じ難いが恋人であり、こうして、隣に座っているなんて、セブルスは今すぐハリーを追い出したい衝動に駆られたが、ダンブルドアの命令とあれば従うしかない。

 

ありありと「不本意である」と無言の圧力をハリーに向けたままもう一脚の椅子を出し、セブルスは憂いの篩が置かれた机を挟み、二人の前に座った。

 

 

「さて、ポッター、ミス・プリンス。ここにいる理由はわかっているな?──閉心術を君たちに教えるよう、校長から頼まれた。我輩としては、君たちが魔法薬より少しはマシなところを見せてくれるよう望むばかりだ」

「ええ」

「頑張ります」

「この授業は、普通とは違うかもしれぬ。しかし、我輩が教師である事に変わりない。であるから、我輩に対して必ず『先生』とつけるのだ」

「はい……先生」

「わかりました、スネイプ先生」

 

 

ソフィアは素直だったが、ハリーはかなりぶっきらぼうに答えた。

セブルスは目を細め、嫌そうにハリーを見たが早く授業が終わってほしいハリーと同様、セブルスも早くこの授業を終わらせたかったため、いつもなら嫌味の一つでも吐くが、すぐに閉心術の説明を始めた。

 

 

「さて、閉心術だ。君の大事な名付け親の厨房で言ったように、この分野の術は外部からの魔法による侵入や影響に対して心を封じる」

「それで、ダンブルドア先生はどうして僕にそれが必要だと思われるのですか?先生」

 

 

ハリーはセブルスはきっと答えないだろうと思ったが、セブルスは一瞬ハリーを見つめ、そして馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

 

「君のような者でも、もうわかったのではないかな?ポッター。闇の帝王は開心術に長けている──」

「それ、なんですか?先生」

「他人の心から感情や記憶を引っ張り出す能力だ──」

「人の心が読めるんですか?」

 

 

最も恐れていたことが確認され、ハリーは胃の奥がずしりと重くなった。という事は、やはり僕は本部に向かうべきじゃなかった。もしかしたら──もうあの場所の事がバレてしまったのか?

 

 

「繊細さのカケラもないなポッター。微妙な違いが、君には理解できない。その欠点のせいで、君はなんとも情けない魔法薬作りしかできない」

 

 

ソフィアはセブルスの言葉を聞きながら、確かに魔法薬は繊細じゃないと出来ないものね、と思いつつその先の説明を聞いた。

 

 

開心術を会得した者には一定の条件のもとで相手の心を穿ち見つけたものを解釈できるという。ヴォルデモートは優れた開心術を使い、嘘をつくとほとんどを見破る事が出来る。ヴォルデモートに対し閉心術に長けたものだけが、虚偽を口にしても見破られる事がない。

 

 

──そうか、だから父様はあの人の元にいても疑われないで済んでいるのね。なら、ジャックも使えるのね、きっと。

 

 

「それじゃ、あの人はたった今、僕たちが考えている事がわかるかもしれないんですか?先生」

「闇の帝王は相当遠くにいる。しかも、ホグワーツの壁も敷地も古くからの様々な呪文で守られてるからして、中に住むものの体ならびに精神的安全が確保されている。──ポッター、魔法では時間と空間が物を言う。開心術では往々にして目を合わせる事が重要となる」

「それなら僕はどうして閉心術を学ばなければならないのですか?」

 

 

目を合わせる事が重要ならば、今ヴォルデモートが目の前にいるわけではない。何故閉心術が必要なのか、辻褄が合わないとハリーは眉を寄せた。

 

セブルスは唇を細く長い一本の指でなぞりながらじっとハリーを見据える。その動作を見たハリーは、どこかで見覚えがある気がする、と心に引っかかったが、セブルスのその先の言葉を聞いた途端、心に引っかかっていた事は吹っ飛んでいった。

 

 

「ポッター、通常の原則はどうやら君には当てはまらぬ。君を殺し損ねた呪いが何らかの絆を、君と闇の帝王との間に創り出したようだ。事実の示唆するところによれば、時折君の心が非常に弛緩し、無防備な状態になると──たとえば、眠っている時だが──君は、闇の帝王と感情、思考を共有する。校長はこの状態が続くのは芳しくないとお考えだ。我輩に、闇の帝王に対して心を閉じる術を、君に教えて欲しいとの事だ」

「でも──どうしてダンブルドア先生はそれをやめさせたいのですか?僕だってこんなの好きじゃない。でも、これまで役に立ったじゃありませんか?つまり…僕は蛇がウィーズリー氏を襲うのを見た。もし僕が見なかったら、ダンブルドア先生はウィーズリー氏を助けられなかったでしょう?先生?」

 

 

セブルスは暫く唇に指を這わせたまま沈黙する。やがて口を開いたセブルスは、一言一言、言葉の重みを計るように考えながら話す。

 

 

「どうやら、ごく最近まで──闇の帝王は君との絆に気付いていなかったらしい。いままでは、君が帝王の感情を感じ、帝王の思考を共有したが、帝王のほうはそれに気づかなかった。しかし、君がクリスマス直前に見たあの幻覚は──」

「蛇とウィーズリー氏の?」

「口を挟むなポッター。──いま言ったように、君がクリスマス直前に見た幻覚は、闇の帝王の思考にあまりに深く侵入したという事であり──」

「僕が見たのは蛇の頭の中だ、あの人のじゃない!」

「ポッター、口を挟むなと、言ったはずだが?」

 

 

セブルスが怒りと苛立ちを滲ませハリーを見下ろしたが、ハリーは怒られようがどうでもよかった。ついに問題の核心に迫ろうとしているようにみえ、ハリーは自分でも気づかぬ無意識のうちに座ったまま身を乗り出し、今にも飛び出しそうな緊張した姿勢で椅子の端に腰掛けていた。

 

 

「僕が共有しているのがヴォルデモートの考えなら、どうして蛇の目を通して見たんですか?」

「闇の帝王の名前を言うな!」

 

 

セブルスが吐き出すように言い、ソフィアもびくりと肩を震わせる。ソフィアは数回自分の意思でヴォルデモートとその名を口にしたことはあるが、不意にヴォルデモートの名を聞くとどうしても反射的に身が強張ってしまう。

表情を変えたソフィアを見て、セブルスは強くハリーを睨む。嫌な沈黙が長れ、セブルスとハリーは憂いの篩を挟んで睨み合った。

 

 

「ダンブルドア先生は名前を言います」

「ダンブルドアは極めて強力な魔法使いだ。あの方なら、名前を言っても安心していられるだろうが……その他の者は……」

 

 

セブルスは左の肘の下あたりを無意識にさする。その下の皮膚に焼き付けられた闇の印があることを、ハリーとソフィアは知っていた。

 

ハリーはじっとセブルスを見ていたため、セブルスの視線が自分の右側を微かに見た事に気付く。ふ、と視線を右へと向ければ顔をこわばらせたソフィアがいて、ハリーはあっと息を呑んだ。

 

 

「あっ、ごめんソフィア…」

「…ううん、大丈夫。──スネイプ先生、なら、その蛇はあの人だったのですか?…アニメーガス…とか?」

「いや……あのとき、帝王は蛇に取り憑いていた。それでポッターも蛇の中にいる夢を見たのだ」

「取り憑く…?……それって──」

「それでヴォル──あの人は、僕があそこにいたのに気付いた?」

 

 

ソフィアの言葉を遮り、ハリーは丁寧な声に戻すように努力しながらセブルスに聞く。セブルスはソフィアから視線を外し「そうらしい」と冷たく答えた。

 

ソフィアは、取り憑く、と表現したその言葉が引っ掛かっていた。それならば、蛇は数年前のジニーのようになったと言うことだろうか?体を操られて?

 

──あれは、ジニーの心にあの人の魂の一部が注ぎ込まれたからだったと、ハリーとルイスから聞いた。つまり、その蛇にもあの人の魂が?……魂って、そんなに簡単に分離するものなのかしら…?

 

 

「重要なのは、闇の帝王が自分の思考や感情に君が入り込めるということに、今や気づいているということだ。さらに、帝王はその逆も可能だと推量した。つまり、逆に帝王が君の思考や感情に入り込める可能性があると気づいてしまった──」

「それで、僕に何かさせようとするかもしれないんですか?──先生?」

「そうかもしれぬ。そこで、閉心術に話を戻す」

 

 

長々と何故閉心術を習得しなければならないのか説明をしたセブルスはローブのポケットから杖を取り出す。ハリーはいよいよ始まってしまうのか、とまだ閉心術を習得する事に納得はしていないが身を固くし、緊張からごくりと息を呑んだ。

 

 

「あの──」

 

 

ソフィアはおずおずと手を上げ、セブルスを見る。杖先を上げかけていたセブルスは手を止め「何だ」と冷たく聞いた。

 

 

「あの、スネイプ先生。ハリーは確かに、例のあの人との奇妙な繋がりがあります。閉心術を習得しなければならない理由もわかりました。──ですが、何故、私が……?私が、それを…?」

 

 

ソフィアは今になっても何故自分がここにいるのかわからなかった。ここに来てしっかりと説明されるかと思ったが、セブルスはハリーに対して説明するばかりで自分には何も言わない。──それに、話を聞く限り自分に閉心術が必要だとは思えなかった。

 

 

「……ダンブルドアが、それを望んでいる」

「ダンブルドア先生が?……そう、ですか…」

 

 

明確な説明をしないセブルスに、ここでは言えない──ハリーの前では言えない理由があるのかとソフィアは黙り込む。

ソフィアは誰よりも、セブルスを──父を信用し、信頼している。だからこそハリーのように納得が出来なければ突き詰めるまで疑問を口にすることはない。

 

ソフィアが黙り込んだのを見て、セブルスは杖を自分のこめかみに杖先を当て、ゆっくりと引き抜いた。太い蜘蛛の糸のような銀色のキラキラとしたものが伸び、そのまま憂いの篩の中に落とす。

ソフィアは憂いの篩を知らず、何をしているのかと興味深そうに篩の中に入った銀色の物を見ていた。

 

セブルスは何も説明せずそれから3度ほど銀色の物質を篩へと落とし、慎重に篩を棚の上へ片付け杖を構えてハリーとソフィアに向き合った。

 

 

「立つのだ。ポッター、そして杖を取れ。ミス・プリンスは壁際まで下がりたまえ」

 

 

ハリーは落ち着かない様子で立ち上がり杖を持ち、ソフィアは素直に壁まで向かい背を預けた。

 

 

「杖を使い、我輩を武装解除するも良し。そのほか、思いつく限りの方法で防衛するも良し」

「それで、先生は何をするんですか?」

「君の心に押し入ろうとするところだ。君がどの程度抵抗できるかやってみよう。君が服従の呪いに抵抗する能力を見せたことは聞いている。これにも同じような力が必要だとわかるだろう……構えるのだ。いくぞ。──開心(レジリメンス)!」

 

 

ハリーがまだ抵抗力を奮い起こしもせず、困惑したまま準備もできないうちにセブルスが開心魔法を放った。

 

 

ソフィアの息を飲む音を最後に、目の前の部屋がぐらぐらと回り、消える。切れ切れの映画のように画面が次々に心を過ぎる、過去のことのはずだが、今まさに目の前で行われているかのような鮮明さに目が眩んだ。

 

 

5歳だった。ダドリーが新品の赤い自転車に乗るのを見て、羨ましさで心が張り裂けそうになった。

9歳だった。ブルドッグのリッパーに追いかけられ、木に登る、ダーズリー親子が下の芝生で笑っている。

11歳だった。組分け帽子を被って座っている、組分け帽子がスリザリンでも上手くやれると囁く。──ソフィア達と賢者の石を守る──ソフィアはスネイプを最後まで信じていた──100余りの吸魂鬼が暗い湖のそばでハリーとソフィアに迫ってくる──ソフィアと天文学の塔を登った──。

 

 

──だめだ。

 

 

ソフィアの横顔が見える、目がキラキラと輝いている、好きだ、愛おしい、ずっと見ていたい。

 

 

──見せないぞ。見せるもんか、これは、秘密だ。

 

 

ソフィアとの記憶が近づいてくると、ハリーの頭の中で自分自身の声が聞こえた。

 

途端、ハリーは膝に鋭い痛みを感じた。痛みに呻いていると、目の前に迫っていたソフィアが消え研究室が再び現れた。

ハリーはようやく自分が床に膝をついている事に気付く。片膝を机の脚にぶつけたのだろうか、強く痛む。

 

 

ハリーはセブルスを見上げた。セブルスは杖を下ろし、手首を揉んでいる、その下に焦げたように赤く爛れたミミズ腫れがちらりと見えた。

 

 

「針刺しの呪いをかけようとしたのか?」

「いいえ」

「違うだろうな。君は我輩を入り込ませすぎた。制御力を失った」

 

 

セブルスの冷たい声を聞きながら、ハリーはよろよろと立ち上がり答えを聞きたくないような気持ちで「先生は僕の見た物を全部見たのですか?」と聞く。

 

 

「断片だが。──あれは誰の犬だ?」

 

 

セブルスはせせら嗤い、ハリーは悔しさと恥ずかしさから「マージおばさんです」とぼそりと呟く。──よかった、ソフィアとの事は、見られていないようだ。

 

 

「初めてにしては、まあ、それほど悪くなかった。君は大声をあげて時間とエネルギーを無駄にしたが、最終的には何とか我輩を阻止した。気持ちを集中するのだ。頭で我輩を撥ねつけろ。そうすれば杖に頼る必要はなくなる。──下がれ、ポッター。ミス・プリンス、前へ」

 

 

ソフィアはハリーを心配そうな目で見ていたが、小さく頷きセブルスの前に立つ。ハリーはよろめきながらなんとか壁まで向かい、ようやく一息をついた。ソフィアは、しっかりと侵入を阻めるのだろうか?……きっとできるだろう、ソフィアはどんな魔法だって、かなり上手く使うし。──と、ハリーは乱れた呼吸を落ち着かせるために何度も深呼吸し、頬まで伝った冷や汗をローブの袖で拭った。

 

 

「方法は聞いていたな?」

「はい、先生」

「……では、杖を持て。──開心(レジリメンス)

 

 

セブルスはソフィアが杖を持つとすぐに開心魔法をかけた。

その瞬間、ソフィアはぐらりと視界が周り──そのまま、過去の記憶へと落ちていく。

 

 

研修室から景色が変わり、灰色の天井が見えた。懐かしい景色、ここはスピナーズ・エンドの家だ。

 

 

「ソフィア」

「ソフィア、ねんね?」

 

 

柔らかく優しい声が聞こえた。ソフィアの胸に多幸感が溢れる。何かに寝かされていた、覗き込んだのは──ああ、あの人は、あの人達は──。

 

 

景色が変わる。3歳。エドワーズ孤児院で兄や姉達と遊んでいる、心が躍る──夜になる、幼いルイスと共に寝る──寂しさが胸を刺す──父様は何でいないの──?

 

11歳。ホグワーツからの手紙が届く、ソフィア・プリンスとして生きていくと決めた──。

 

魔法薬学、はじめての父様の授業。父様の態度に困惑する、胸が痛い、苦しい、寂しい、悲しい──。

 

様々な景色が見え、その度にソフィアは今それが起こったかのように感情を揺らせた。悲み、幸福、苦しみ、楽しさ、怒り──。

 

 

ソフィアは今まで生きてきた全てを見た。

そして、気がつけば景色はセブルスの研究室へと戻り、目の前には苦い表情をしたセブルス(父様)が見える──。

 

 

「父様──」

 

 

ソフィアは今見ているこれが、現実なのか、開心術によるものなのかわからなかった。

 

 

「母様──兄様──そう、私──確かに母様と兄様と過ごした時間が──」

 

 

虚な目でぶつぶつと呟くソフィアは夢を見ているかのようにぼんやりとしていた。

ハリーはソフィアの言葉に一瞬──セブルス・スネイプを父と呼んだのかと思いどきりとしたが、その後に続く言葉を聞いて正気を無くしているのだと思った。自分とは違うソフィアの姿に狼狽え、まさかスネイプが何かをしたのかと強く睨む。

 

セブルスは深くため息をつき、杖を下げると低い声で「ミス・プリンス」と呼びかける。

 

 

「──君は、我輩に心の奥まで侵入を許した。阻止できず、抗う様子が一切無く、君が人生で見た事のほぼ全てを──」

「覚えていない事でも……?」

「たとえ普段は記憶の奥底に眠っていようと、一度経験した出来事は脳や心の奥深くに刻まれる」

「……、…心の奥底…」

 

 

ソフィアはぽつりと呟く。

自分の記憶の中に、今まで母と兄の事は無かった。一歳の頃の記憶など覚えているはずがない。しかし、心の奥に確かにあったのだと思うと、胸が締め付けられるような幸福感にソフィアは耐えきれず胸を抑え、その場に力なく膝をつけ、そのまま顔を覆い肩を震わせた。

 

 

「ソフィア……」

 

 

ハリーはどうしていいのか分からず、おずおずとソフィアの元に近付くと震える肩をそっと慰めるように撫でた。

 

 

 

ソフィアの啜り泣く声響く中、セブルスはソフィアを不器用に慰めるハリーを静かに見つめる。握られた拳は震え、手のひらを爪が、口内を歯が傷付ける鈍い痛みでなんとか杖を振り上げる事を抑えていたが、ふつふつと沸き起こる感情を果たしていつまで耐えられるのか、セブルス自身わからなかった。

 

セブルスはソフィアのほぼ全ての記憶の断片を見た。

その中には勿論ハリーがソフィアに告白し、ソフィアが幸せそうに笑いながら頷くところも、DAの会合のことも、そして、誕生日に天文学の塔へ向かい口付けられた場面も全て、見てしまった。──なによりも知りたくなかった、見たくなかった場面だろう。

 

 

「……、…ミス・プリンス、下がりたまえ。──次はポッター、君だ。充分に休む暇があった事だろう」

「…はい、先生。──ソフィア、立てる?」

「ぅ、……ええ…ありがとう…」

 

 

ハリーに肩を借り、ソフィアは壁まで下がるとまたその場に座り込み、ぼんやりとハリーとセブルスが対面する様子を見守った。

 

 

セブルスが開心術をハリーにかけ、その度にハリーは「いやだ!」と叫び苦しげに喘ぐ。今まさにセドリックの死を経験したかのように胸が激しく波打つ中、ハリーはどう抗えばいいのかわからないまま再び開心術をかけられた。

 

 

「──わかった!わかったぞ!!」

 

 

ハリーは床に膝をつき叫んでいた。傷痕がちくちくと嫌に痛む中、今見た記憶を何度も思い返す。そうだ、あの廊下、扉、どこかで見たと思っていた。あれは魔法省で、ウィーズリーおじさんと──そうだ、あそこはたしか──。

 

 

「……ポッター、何があったのだ?」

「わかった──思い出したんだ、いま、気づいた──」

「何を?」

「──神秘部には、何があるんですか?」

 

 

ハリーの言葉に、セブルスは僅かに狼狽える。その事はこいつは知らぬはずだ。何故その言葉を知っている。──神秘部に、何があるのかを、教えるわけにはいかない。

 

 

「何故、そんなことを聞くのだ?」

「それは、いま僕が見たあの廊下は──この何ヶ月も夢に出てきた廊下です。それがたった今わかったんです、あれは──神秘部に続く廊下です。そして、多分ヴォルデモートの望みはそこから何かを──」

「闇の帝王の名前を言うなと言ったはずだ!」

 

 

二人は睨み合った。ハリーの傷痕はまた痛んだがハリーは気にならなかった、今まさに全てが繋がったのだ、間違いなく──この人の様子を見る限り──この先にヴォルデモートが望んでいる何かがある。それを、きっと騎士団は知っていて故意に黙っている。

 

 

「ポッター、神秘部にはさまざまな物がある。しかし、君に理解できる物はほとんど無く、また、関係があるものも皆無だ。──これでわかったか?」

「──はい」

「水曜の同時刻に、またここに来るのだ。続きはその時に行う」

「わかりました」

「毎晩寝る前、心から全ての感情を取り去るのだ。心を空にし、無にし、平静にするのだ。──浮かれた感情に心を傾けると、我輩の知るところになるぞ」

「っ……は、い」

 

 

セブルスの視線がソフィアを捉え、ハリーはその言葉の意味に気づいた。──ソフィアの心を見て、スネイプは僕たちの関係を知ったんだ。

 

歯を食いしばり苦い顔で頷いたハリーはすぐにカバンを取り肩にかけ、ソフィアの方を振り向く。早く戻ろう、そう言おうとしたがハリーがソフィアの名を呼ぶ前にセブルスが静かにソフィアの名を読んだ。

 

 

「ミス・プリンス。君の心は今大いに揺れている事だろう。防御力が低下し、混乱している。このまま帰すわけにはいかん」

「……はい」

「……ポッター、帰りたまえ」

「えっ…で、でも、ソフィアが──」

 

 

ハリーはここにソフィアを一人だけで残しておく事は出来ず、どうしたものかと扉とソフィアをちらちらと見た。セブルスは苛立ちを隠さず腕を組み指先でトントンと叩きながら冷たい目でハリーを見下ろした。

 

 

「後程マクゴナガルを呼びに行く」

「……ソフィア…でも──」

「ハリー、大丈夫……」

 

 

ソフィアは座ったまま力無く微笑む。それでも暫くハリーはここに居たい気持ちと、すぐに部屋から飛び出したい気持ちとの間で葛藤していたが、ソフィアが再び「大丈夫よ」と呟く言葉を聞き、小さく頷くと扉へ急ぎ──一度振り返り、そのまま外へ飛び出した。

 

ハリーが階段を駆け上がる足音が小さくなり消えたころ、セブルスは扉に向かって杖を振り誰も入れないようにした。そして、座り込んだままのソフィアの元へゆっくりと近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込み濡れたソフィアの頬を指先で撫でた。

 

 

「……見たのか」

「…ええ……母様と、兄様が私を覗き込んでいた──きっと、私はベビーベットで寝かされていたのね。はじめて…2人の声を聞いたわ……」

「…ソフィア、何故抗わなかった?」

「だって……父様に抵抗しようなんて──。それに…怪我をさせるのも、嫌だったの」

 

 

ソフィアは自分の頬を撫でる手を握り、そのまま視線を手首へと滑らせる。ちらり、と見えている赤黒い傷痕を見てソフィアは辛そうに眉を寄せた。

 

 

「多分、私──父様との閉心術の練習はうまくいかないわ。どうしても怪我をさせたく無い気持ちが強くて──それに、見られて困ることも──」

 

 

ソフィアはそこで言葉を途切らせた。表情は先ほどと打って変わって目が泳ぎあからさまに「まずい」と視線と表情が物語っていた。

セブルスはその目を見てハリーとの事かと思い再び胸の奥に苛立ちや怒りを込み上げさせたが、ソフィアが考えていたのはハリーとのことでは無い。誰にも知られるわけにはいかない、DAの事だった。

 

 

「あー……父様、私が──私たちが、何を企んで、何をしてるかは、お願いだから誰にも言わないでね?」

「…何?──ああ……校則を破っているあれか」

 

 

ハリーの事ばかり考えていたセブルスは何のことか一瞬分からず訝しげに眉を寄せたが、すぐにソフィア達が行なっている会合の事だと気付くと、暫し悩むように考え込んだ。

 

 

「──……言えないのは、魔法契約だな。……ふん。……何があればすぐに私に知られる事になるぞ」

「うーん…それは、困っちゃうわね。──ああ、でもどうせなら実戦のアドバイスとか──」

「ソフィア」

「……冗談よ」

 

 

硬い責めるようなセブルスの声音にソフィアは肩をすくめると、そのままセブルスの胸元に頭を寄せた。こうして話していると、少しずつ感情の整理がついてきた。あの胸を焦がすような様々な激情は、今起こったことでは無い過去の感情だ。あまりにも生々しい景色に、心が惑わされただけに過ぎない。

 

 

「……でも、父様。私が閉心術を学ぶ意味は何?さっき、ハリーの前では…はぐらかしたわよね?」

「それは──ダンブルドアは、理由を言う事はなかったが……閉心術は心を平静にしなければならん。──故に──ポッターが習得するためには、ソフィアが必要だと、考えたのだろう」

「私が?……ふうん?」

 

 

セブルスの心から嫌そうに吐き捨てられた言葉に、ソフィアは意味がわからず首を傾げたが──それなら自分は閉心術を習得できなくても特に問題がないらしい、と思うと少し心が落ち着いた。

 

 

「閉心術……うーん、難しいわ……」

「そうだろうな」

 

 

セブルスは冷えたソフィアの体をそっとローブの中に入れるように包み、背中を撫でる。

 

 

「閉心術は適正に大きく左右される。感情を赴くままに発現させ、揺れ幅が大きい者は……習得に不向きだ。感情を押し殺し隠す事に慣れなければならん。……ソフィアは、苦手だろう」

「そうね…。うーん……なら、ハリーも難しそうね」

 

 

ソフィアからハリーの名を聞いたセブルスは一気に不機嫌になり顔を歪める。ソフィアを一度優しく抱きしめた後、体を離し美しい緑の目をじっと見つめた。

 

 

「…、……もう落ち着いたか?」

「ええ、大丈夫よ」

「……ソフィア。……亡き母と兄を見るために、開心術はあるのではない。過去であり、心をその事に囚われてはならん。わかっているな?」

 

 

真剣なセブルスの表情に、ソフィアは一度気まずそうに目を伏せた。心のどこかで、もう一度母と兄の姿を見たい、声を聞きたいと考え、次の閉心術の時にまた会えるだろうか──と思い、焦がれたのは事実だからだ。

 

 

「ええ……わかってるわ」

 

 

ソフィアは目元を擦り、安心させるために少し微笑むと近くに落ちている自分の鞄を掴み、肩にかけながら立ち上がる。

ふと、セブルスの背後の棚にある憂いの篩を見て、ソフィアはそういえばあれは何だろうか、と指差した。

 

 

「父様、あれは?」

「あれは──……記憶を反芻するためのものだ」

「反芻?……何故、父様はそこに記憶を──」

「ソフィア、もう戻りなさい」

 

 

表情はいつもと比べ柔らかかったが、有無を言わせぬ口調に、ソフィアは肩を落とし、こくりと頷いた。

 

 

 

 

 



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286 10人の死喰い人

 

 

ソフィアがグリフィンドールの談話室に戻った時、既に談話室にハリーとロンの姿はなく、ハーマイオニーだけが暖炉側のソファに座り、ハウスエルフへの帽子をせっせと編んでいた。

 

 

「ソフィア!大丈夫だったの?ハリーから聞いて…」

「うーん、大丈夫よ。ちょっと混乱したけど……今は落ち着いたわ」

 

 

ハーマイオニーは編み物の手を止め心配そうにソフィアの顔色を見る。いつもより血の気は引いていたが、ハリーほど悪くはなく口調も表情も落ち着いていた事にハーマイオニーはホッと胸を撫で下ろした。

 

彼女はハリーから「一人で歩けないくらい正気を失ってた」と教えられ、それほど悪い状況なのか、ソフィアがすぐに習得出来ないほど難しい魔法なのかと気が気ではなかったのだ。

 

 

「ハリーは?」

「かなり疲れてたみたいで、もう寝室にいったわ。きっと心の防衛力が落ちてるから…ロンにも見に行ってもらったの」

「そう…たしかに、心が乱されるというか……うーん、過去に起こったことが、今目の前で起きているような…そんな感覚になって、本当に──疲れたわ」

 

 

ソフィアは大きくため息をつき、肘掛け椅子に深く腰掛ける。目を閉じれば脳裏に母と兄の顔と、優しい声が蘇り──心が切なく痛んだ。

 

 

「二人とも、上手くいきそうなの?」

「どうかしらね……先生は、感情の揺れ幅が大きい人には難しいって言ってたの」

「それは……難しいわね、特に二人には」

 

 

ハーマイオニーの真剣な声に、ソフィアは小さく苦笑した。

そもそも、閉心術を教えるのがセブルス・スネイプの時点で、ソフィアはともかくハリーは感情が揺さぶられ上手くいかない事は火を見るより明らかだ。

 

 

「そうなのよね……でも、頑張るしか無いわ…」

 

 

ソフィアは目を開き、暖炉の中で揺らめく炎を見て呟いた。

 

 

 

 

次の日、ハリーは閉心術が終わった直後と比べれば顔色はずっと良くなっていたが、そわそわと落ち着かない様子でソフィアとハーマイオニーに寝室に向かう前、またヴォルデモートの感情がなだれ込んできたのだと伝えた。

それも、今までとは比べ物にならないほどの歓喜の気持ちであり、無意識のうちに自分の口から狂った笑いが漏れてしまったほどだという。

 

ヴォルデモートがそれほど喜ぶ事とは何なのか、今まで探していたものを手に入れたのか、とソフィア達が思い悩みながら朝食をとりに大広間に行き、この後すぐにマクゴナガルにヴォルデモートの感情が伝わったことを伝えなければ──と話していた時、配達された日刊預言者新聞を見たハーマイオニーが悲鳴を上げた。

 

 

「どうした?」

「どうしたの?」

 

 

あまりの悲鳴に周りの人が何事かと振り返るなか、ソフィア達も驚いてハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは答えの代わりに新聞を3人の前の机に広げ、言葉を無くしたまま一面に載っている10枚の白黒写真を指差した。

何人かは嘲笑を浮かべ、何人かは無言で写真の枠を叩き、何人かはこちらを強く睨みつけている。一枚一枚に名前と、アズカバン送りになった罪名が書かれてあった。

 

そして写真の上の大見出しには『アズカバンから集団脱獄 魔法省の危惧──かつての死喰い人、ブラックを旗頭に結集か?』と書かれていた。

 

 

「脱獄?そんな、こんなにたくさん──」

「ブラックが?まさかシリ──」

「しーっ!そんな大声出さないで、黙って読んで!」

 

 

ソフィアとハリーの叫びに、ハーマイオニーは慌てて囁き二人の口を手で押さえる。ソフィアとハリーはこくこくと何度も頷きそのまま顔を突き合わせ新聞の記事を読んだ。

 

 

昨夜遅く魔法省がアズカバンから集団脱獄があったことを発表した。10人の凶悪犯はマグル界にも影響を及ぼすと考えられて、マグルの首相にもその旨を伝えた事。

ファッジは今回の脱獄には、二年半前に脱獄したシリウス・ブラックが関係していることを示唆し、ブラックを指導者として集結したのではないかと考えている。魔法省が罪人を一網打尽にすることに尽力しているが、警戒するように──と、書かれていた。

 

 

「おい、これだよハリー。昨日の夜、あの人が喜んでたのはこれだったんだ」

 

 

ロンは10人の脱獄囚の写真を恐々と見ながら呟く。

 

 

「こんなの、とんでもないよ。ファッジのやつ、脱獄はシリウスのせいだって?」

「他に、何も言えないわよ。──皆さん、すみません。ダンブルドアがこういう事態を私に警告していたのですが、アズカバンの看守がヴォルデモート卿一味に加担しました。──なんて──ロン、そんな哀れっぽい声を出さないでよ。だって、ファッジは優に6ヵ月以上、みんなに向かって、あなたやダンブルドアを嘘つき呼ばわりしたじゃない?」

 

 

怒りを滲ませるハリーに、ハーマイオニーは落ち着き払って言うと勢いよく新聞をめくり中の記事を読み始めた。

ソフィアは大広間を見渡したが、日刊預言者新聞を購読している生徒は少なく、いつも通りの平穏な朝が広がっていた。数日すれば誰もがそのことを知るようになるだろうが、今、大広間では宿題やクィディッチの話題しか聞こえない。

 

しかし、教職員テーブルでは様子ががらりと変わっていた。マグゴナガルとダンブルドアが深刻な表情で話し合い、スプラウトや他の先生達は食い入るように日刊預言者新聞を見つめている。

囚人を逃すというとんでもない魔法省の失態だったが、アンブリッジはそれほど落ち込んでいるわけでも、落ち着かない雰囲気でもなかった。ただオートミールを口に掻き込み、ダンブルドアとマグゴナガルが何を話しているのかしかめ面をしながらチラチラと見ている。

 

 

「まあ──なんて……」

「まだあるの?」

「これって、酷いわ」

 

 

新聞を読んでいたハーマイオニーが目を離さずに息を飲みながら掠れた声で囁き、脱獄だけではなくまだあるのかとソフィアとハリーとロンは緊張し不安げな目でハーマイオニーを見る。

ショックを受けた表情のハーマイオニーは、十面を折り返し、ソフィア達に新聞を渡す。そこには、魔法省の役員──プロデリック・ボードが非業の死を迎えたと書かれていた。

職場の事故で負傷したボードは言語障害を持っていたが、徐々に回復の兆しを見せていた。クリスマスプレゼントとして贈られた鉢植えを担当慰者が『悪魔の罠』だと気付かずボードに世話をするようにと渡し、そしてボードが触れた途端、悪魔の罠は彼を絞め殺したのだ。

 

 

「ボード……ボードか。聞いたことがあるな」

「私たち、この人に会ってるわ。聖マンゴで、覚えてる?ロックハートの反対側のベッドで、横になったままで天井を見つめてたわ──それに、悪魔の罠が着いた時、私たち目撃してる。あの魔女が──あの癒者の──クリスマスプレゼントだって言ってたわ」

「嘘…私、そんな──気づかなかったわ…」

「たしか──ソフィアはロックハートに話しかけられていたわ」

 

 

ソフィアは苦い恐怖感が腹の奥から込み上げてきて、顔色を変えると「そんな……酷いわ…」と声を震わせる。

 

 

「僕たち、どうして悪魔の罠だって気づかなかったんだろう?前に一度見ているのに。こんな事件……僕たちが防げたかもしれないのに」

「悪魔の罠が鉢植えになりすまして病院に現れるなんて、誰が予想できる?僕たちの責任じゃない。誰だか知らないけど送ってきたやつが悪いんだ!自分が何を買ったのかよく確かめもしないなんて、まったく、バカじゃないか?」

 

 

一年生の時に悪魔の罠を見ていた自分達なら防げたのではないかと苦い表情をするハリーに、ロンはキッパリと首を振る。ロンはまだ事件ではなく事故だと思っていたが──すぐにハーマイオニーとソフィアは首を振って「違うわ」と呟いた。

 

 

「悪魔の罠の性質を知らないで鉢植えにするなんて不可能よ。これは、殺人よ。それに──巧妙な手口だわ。鉢植えの贈り主が匿名なら、誰が殺したかなんてわからないもの…」 

 

 

暗い声で呟くソフィアに、ようやく、ロンはこれが殺人であることを理解し息を飲み、蒼白な顔でぶるりと身体を震わせた。

ハリーは新聞に掲載されたボードの白黒写真──生前のものだ──を見ながら、ふと、その顔にどこか見覚えがあると気がついた。聖マンゴではあまり見ないようにしていたが、この顔は確か──。

 

 

「僕、ボードに会ってる。ロンのお父さんと一緒に、魔法省でボードを見たよ」

 

 

ハリーは突然思い出した。魔法省で行われる尋問の日に、エレベーターで地下九階まで降りる時に、たしかにこの人はアトリウムの階から乗り込んできたはずだ。

 

 

「あっ!──僕、パパが家でボードのことを話すのを聞いたことがある。『無言者』だって……神秘部に勤めてたんだ!」

 

 

4人は一瞬目を合わせた。

今まで繋がるわけがないと思い気にもしていなかった事が少しずつ繋がっていく感覚。きっと、まだ気がついていないことも多くあるのだろう。しかし──神秘部は、昨日ハリーが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったばかりだ。

神秘部について、ソフィア達は誰も詳しく知らなかったが、それでもこの事件が無関係だと楽観的に判断する事は出来ない。

 

ハーマイオニーは新聞を小さく折りたたみ鞄の中に突っ込むと、勢いよく立ち上がった。

 

 

「どこに行くの?」

「手紙を出しに。これって……うーん、どうかわからないけど……でも、やってみる価値はあるわね。…それに、私しか出来ないことだわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアに答えた後ぶつぶつと呟き、言葉を口に出すことで思考を整理していく。鞄を肩にかけ、足早に大広間を後にするハーマイオニーの背中を見送ったロンは「まーたこれだ、嫌な感じ」とむすりとした表情で文句を言う。

 

 

「まぁ、後で聞きましょう、ね?」

「いったい何をやるつもりなのか、一度ぐらい教えてくれたっていいんじゃないか?大した手間じゃないし、10秒もかからないのに──ハーマイオニーが誰に手紙を出すつもりなのかわかる?」

 

 

ロンは気怠げに鞄を肩にかけ立ち上がる。ハリーとソフィアも授業へ向かおうとゆっくりと大広間を横切るように歩くなか、ロンの言葉に「うーん」と唸った。

ハリーは「ハーマイオニーの考えなんて分かったことがない」と首を振ったが、ソフィアはしばらく黙り込み──顎に手を当て指先で唇を撫でながら考えていたが、少し沈黙した後、首を振った。

 

 

「わからないわ」

「ソフィアにわからないんなら、僕たちは一生わからないな。──やあ、ハグリッド!」

 

 

大広間の扉へ向かえば、ちょうどハグリッドがレイブンクロー生の集団が通り過ぎるのを傍に立ち待っているところだった。ロンが声を掛ければハグリッドは顔を声のした方に向け──。

 

 

「どうしたの!?ひ、酷い怪我よ!?」

 

 

ソフィアはその顔を見て叫び声を上げた。

ハグリッドの顔中に酷い怪我があり、とくに鼻っ柱を真一文字に横切る生々しい傷はまだ赤黒い血が光っている。ロンとハリーもあまりの怪我に──ホグワーツに彼が帰ってきた時のような怪我だ──息を飲み心配そうに眉根を寄せた。

 

 

「いやあ、気にすんな。いつものやつだ。授業の準備に忙しくてな、火トカゲが数匹鱗が腐って……──それと、停職候補になった」

 

 

ハグリッドは何でもないとアピールするために腕をぐるぐると振り回したが、どう見ても見え透いた嘘のように見えた。

しかし、ソフィア達は──無理矢理変えられた話題に気を取られ驚きのあまり大きく目を見開き「停職!?」と大声を出す。

近くにいたレイブンクロー生が何事かと振り返り怪訝な顔をし、ソフィア達は慌てて声を落とし「停職になったって?」と再度問う。

 

 

「ああ。実を言うとこんなことになるんじゃねぇかと思っちょった。お前さんたちにゃわからんかもしれんが、あの査察は、ほれ、あんまりうまくいかんかった。──まあ、とにかく。火トカゲにもうちょいと粉トウガラシをすり込んでやらねぇと、こん次は尻尾がちょん切れちまう。そんじゃな、ハリー、ロン、ソフィア……」

 

 

ハグリッドはため息をつきつつ玄関の扉を開けて石段を下り、暗くじめじめとした校庭を重い足取りで去っていった。

 

 

ソフィア達は顔を見合わせ、心配そうな視線を交わした後、その小さくなっていく背中を見守った。

 

 



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287 模擬戦!

 

 

ハグリッドが停職候補になった事は二、三日もすると学校中に広まっていた。しかし、そんな事に心を痛める生徒はソフィア達以外にいないようで誰も気にする事はなく、神秘部の職員が1人殺されたことなど誰も知らないだろう。

 

それよりもホグワーツではアズカバンから死喰い人が10人脱獄した事が話題に上がり、廊下や授業前など至る時間至る所でこそこそと話し合われていた。

 

ハリーは再び生徒からの視線に晒され、ひそひそ囁かれる対象になったが、今までの敵意や疑念の視線や声ではなく、どこか好奇心が混じったものである事に間違いはないだろう。死喰い人が脱獄したという恐怖と好奇心の中で、日刊預言者新聞の記事だけでは満足できない生徒たちがハリーとダンブルドアが先学期から延べ続けている説明──ヴォルデモートが復活したという説明に真実ではないかと、興味を持ち始めたのだ。

変わったのは生徒だけではなく、教師も廊下で二、三人と集まり切羽詰まった深刻な雰囲気で囁き合い、生徒が近づけばふっと話を止めると言うのがいまや見慣れた光景になっていた。

 

 

「きっと、もう職員室では自由に話せないんだわ」

 

 

ある日、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウトの3人が呪文学の教室の外で額を寄せ合って話しているそばを通り過ぎながらハーマイオニーが小声で言った。

 

 

「アンブリッジがいるものね」

「先生方は何か知ってると思うか?」

 

 

ロンが3人の教師を振り返ってじっと見ながら言い、ハリーもまたちらりと振り返りながら肩をすくめた。

 

 

「知ってたとしても、僕たちの耳には入らないだろう?だって、あの教育令……もう第何号になったんだっけ?」

 

 

ハリーはアズカバン脱走のニュースが流れた次の日の朝に寮の掲示板に貼られた教育令を思い出し、少し苛ついたように吐き捨てる。

 

 

「うーん。たしか26号だったわ」

 

 

教師は自分が受け持ってる科目に厳密に関係すること以外は生徒に対し一切情報を与えることを禁ず。と出された馬鹿馬鹿しい教育令を思い出しソフィアは「本当、馬鹿馬鹿しいわよね」と珍しく毒付く。

実際この教育令は生徒の間で馬鹿にされ散々冗談のネタにされたものだ。

 

 

「馬鹿げた教育令よりもハグリッドね…。停職にならなければいいけど……。毎回アンブリッジがいるんだもの、ちゃんと授業できっこないわ…」

 

 

ソフィアは心配そうに呟き、ハリーとロンとハーマイオニーも真剣な顔で頷く。

停職候補となったハグリッドと、占い学のトレローニーの授業には毎回アンブリッジがクリップボード片手に査察に訪れているらしく、トレローニーは廊下で──彼女は北塔から殆ど出ないためにごく稀にだが──すれ違うと、目を座らせチェリー酒の臭いを漂わせ、ふらつきブツブツ呟きながら歩いている。

ハグリッドも、トレローニーに負けず劣らず神経が参ってしまっているようで、授業中変にソワソワしたり、挙動不審になり話の道筋がわからなくなったりした。

ソフィア達は必死にサポートしたがそれも限度がある。

ついにハグリッドはハリー、ロン、ソフィア、ハーマイオニーに対し暗くなってから小屋を訪ねるのをはっきりと拒絶した。「お前さん達が捕まってみろ。俺たち全員のクビが危ねぇ」と言うハグリッドに、彼を停職させるわけにはいかない、とソフィア達は言いつけを守り暗くなってからハグリッドの小屋に行くのをやめた。

 

 

 

死喰い人脱獄のニュースはDAメンバー全員に活が入り、いつも少し面倒くさそうにしていたザカリアスでさえ、これまで以上に熱心に練習をするようになった。

しかし、なんと言っても1番魔法の腕が上がり進歩したのはネビルだろう。自分の両親の正気を失わせた死喰い人──ベラトリックス・レストレンジが脱獄した一報は、ネビルに不思議な力を与えたのだ。ソフィア達はネビルに対し何も声をかけなかった──掛ける事が出来なかった。ただ、一言も話さず新しい呪いや逆呪いを練習するネビルに付き合い、本気で向き合った。

 

 

「時間よ!──前回の復習は完璧ね。もうみんながプロテゴを使えるようになったし、模擬戦をしてみましょうか」

 

 

15分間前回の復習をしていたメンバー達は手を止めソフィアの周りに集まり期待と興奮をの込めた目で見つめる。彼らはほとんど、実戦形式の練習をしたことがない。数名はロックハートが教師をしていた時に決闘クラブに出たが、ほとんど1発の魔法しか発動させていない。

 

 

「一度手本を見せたいんだけど……誰か私と組んでくれるかしら?」

 

 

ソフィアはぐるりとメンバーを見回したが、皆ぎこちなく表情を硬らせちらちらと視線を交わす。ソフィアの魔法の腕が一自分達よりも優れていることはこのDA会合で理解している、いくら傷薬があるとはいえ負傷は避けられないだろう。

 

ハリーは自分に視線が集まっていることに気づいていたが──気づかないふりをした。恋人であるソフィアに怪我をさせるかもしれない魔法を使いたくはなかったし、かといって何もせず負けるだなんて情けないことをしたくはなかったのだ。

 

暫く誰も挙手しなかったが、ついに手が上げられ──皆がその手の持ち主を見た。

 

 

「私、やりたいわ」

 

 

果敢にも手を挙げたかのはハーマイオニーだった。その表情は緊張で引き締まっているが、目だけはやる気で満ちている。ソフィアはパッと表情を明るくさせると「ハーマイオニー!ええ、やりましょう!」と嬉しそうにハーマイオニーの手を引いた。

 

 

「ハーマイオニーは沢山魔法を知っているし、すごく上手だもの!いい勝負ができるわ、私も油断しないようにしないとね」

「私、ずっとソフィアと戦ってみたいって思っていたの。自分の力を試すいいチャンスだわ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは部屋の中央に距離を空けて対峙する。

自然とその他のメンバーは下がり、2人を円にするように囲み見守った。

 

 

「じゃあ、カウントはハリーにお願いするわ。3カウントでね。──ハーマイオニー、怪我はすぐに魔法薬で治るし、私は無言魔法は使わないわ。……遠慮しないでね」

「あら、優しいのね。勿論そのつもりよ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは挑戦的な目でお互いを見る。

ハリーはいつも、誰よりも仲が良い2人がこうして戦う──模擬戦だとはいえ──事により、2人の関係が変わってしまわないかと少し不安だったが今の2人を止めることは出来ない。2人とも、どう見ても目が本気だ。

 

 

「じゃあ、カウントするよ。──いち、に、さん!」

 

護れ(プロテゴ)!」

縛れ(インカーセラス)!」

 

 

2人はほぼ同時に鋭く呪文を唱えた。ハーマイオニーはプロテゴを選択し、ソフィアは対象を捕縛するためにインカーセラスを唱えたが杖先から出た縄はハーマイオニーに届く前に弾かれて床に落ちる。

 

 

燃えよ(インセンディオ)!」

吹き飛べ(ヴェンタス)! 舞い上がれ(ヴォラーテ・アセンデリ)!」

「──くっ! 落ちよ(ディセンド)! 砕けよ(レダクト)!」

来い(アクシオ)!クッション!」

 

 

ハーマイオニーが繰り出した炎はソフィアの魔法により吹き飛ばされ、火の粉と同時に宙へ舞い上がったハーマイオニーはちりちりと肌が焼ける感覚に顔をしかめつつ、すぐに反対呪文を自分にかけ、地上に降りた。ソフィアの足元に向かってレダクトを唱えたものの、ソフィアはアクシオでクッションを呼び寄せ対象を逸らす。

 

砕けたクッションから羽毛が飛び散る中、ソフィアはニヤリと笑うと勝ち誇った表情で杖を横に振るった。

 

 

狼に変身せよ(タスフォルフト)!」

 

 

無数の羽毛一枚一枚が灰色の狼へと変わりハーマイオニーに牙を剥き飛びかかる。

 

 

「きゃああっ!」

 

 

ハーマイオニーは思わず叫び、その場にしゃがみ込むと顔の前で腕を交差し目強く閉じた。固唾を飲んで見守っていたメンバーも無数の狼にハーマイオニーが噛まれ血だらけになる様を予想し顔を手で覆い目を逸らしたが──。

 

 

「私の勝ちね!」

 

 

ソフィアの明るい声が響き、皆が恐々目を開ける。

狼達はハーマイオニーに牙を立てる前に元の羽へと戻り、ハーマイオニーの肩や頭にふわりと舞い降りた。

 

一瞬、静寂が落ちたがすぐに皆が興奮なら叫び、手を強く打ち合わせる。「すごい!」「こんな戦い、初めて見た!」「2人ともすごすぎるわ!」の声に、呆然としていたハーマイオニーは少々悔しそうに唇を噛んだがすぐに笑い立ち上がった。

 

 

「負けちゃったわ。本当に、ソフィアは凄いわね!」

「ありがとう!あなたも凄かったわよ。でも──最後目を閉じないで反対呪文を使って狼を消すか、自分が空に飛び上がって逃げる。そうするべきだったわね」

「ああ、本当ね…流石にびっくりしちゃって」

 

 

2人が讃えあう中、ハリーとロンは引き攣った笑みを浮かべ、絶対に2人を本気で怒らせないようにしよう、と心に決めた。

 

 

その後はソフィアが力量がほぼ同じメンバーで2人1組を作り、それぞれ模擬戦を行った。1度目の模擬戦ではやはりすぐに戦闘不能状態になるものが多かったが、1度目ならこんなものだろう。むしろソフィアとハーマイオニーのように何度も魔法を繰り出すことができる方が珍しい。

 

 

それから時間一杯まで模擬戦を行い、ソフィアとハリーが次回への反省点を告げる。主にソフィアは魔法の選択について伝え、ハリーは魔法が逸れてしまい、相手に当たらなかった場合の改善点を告げた。

 

 

回数を重ねるごとにDAメンバーの実力は向上する中、ハリーは自分の閉心術も彼らのように進歩を遂げられたらどんなにいいか、と思わざるをえなかった。

 

滑り出しから躓いていたセブルスとの授業はさっぱり進歩がなく、むしろ毎回どんどん下手になっている気がしていたのだ。

 

 

 

 

 

ハグリッドの停職、進まない閉心術の授業、日に日にひどくなる傷の痛みや、ヴォルデモートの気持ちが伝わる事により自分の出来事とは無関係に揺れ動く感情など──心配事が山のようにある中、ハリーの楽しみといえばDA会合とソフィアのクィディッチの練習に付き合うことだけだった。

 

実際、ソフィアの飛行術はそこそこうまかった。しかし、自分ならもっと早く飛ぶことができる、そうハリーは思っていた。

ソフィアは持っているファイアボルトの性能を充分に活かしているとは言えず、どうしても嫉妬やら羨望やら──複雑な感情が溢れてしまった。

 

 

気がつけば二月になり、ハリーはソフィアと2人きりでホグズミードに行けるのではないかと期待していたが、残念ながらアンジェリーナがこんな日にもクィディッチの練習を入れてしまい、それは叶わなかった。

 

 

クィディッチの練習があるのは仕方がない。最近遅くまで勉強をして、クィディッチの練習もへとへとになるまで頑張っているソフィアのために何か甘くて美味しくて素敵なお菓子でも買いに行こうかと考え、ハリーはロンと共に大広間に向かう。

ソフィアとハーマイオニーは既に朝食を食べ始めていて、ハリーとロンが座った時、ちょうど大広間にフクロウ便が舞い込んできた。

 

 

「やっと来たわ。もし今日来なかったら……」

 

 

ハーマイオニーは見慣れぬフクロウから──少なくとも生徒達が自由に使える学生専用のフクロウではなかった──手紙を受け取ると待ちきれないと急いで封を切り中から小さな羊皮紙を取り出した。

 

 

「ねえ、ハリー。お昼ごろ三本の箒に行かない?」

「うん?──うん、いいよ。とくに用事もないし」

 

 

ハリーは口いっぱいにトーストを頬張りながら頷く。ソフィアへの差し入れは、午前中の時間だけで充分に買うことができるだろう。

 

 

「でも、どうして?」

「いまは説明している時間はないわ。すぐに返事を書かなきゃならないの。──ソフィア、ロン、練習頑張ってね!後で伝えるから!」

 

 

ハーマイオニーは片手に手紙を、片手にトーストを一枚掴み立ち上がると急いで大広間を出ていった。

 

 

「──練習が午前で終われば、私たちもホグズミードへ行けるわね」

「…終わらないと思う。君とジニーはともかく、スローパーは酷い。次の試合に使い物になるかどうか──まぁ、僕もだけど」

 

 

憂鬱そうに言うロンの言葉を聞いて、ハリーはクィディッチの試合に出場できるなら、自分なら文句なんて決して言わない。そう思いむしゃくしゃした気持ちを誤魔化すようにもう一枚のトーストにいちごジャムを塗りたくった。

 

 



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288 失われたもの!

 

 

ソフィアとロンは夕方──残念ながら練習は空が暗くなるまで続いた──泥だらけのまま大広間に向かい、疲れ切った表情でハリーとハーマイオニーの前に座り、何があったのかを聞いた。

 

リータがヴォルデモート復活についての真実をハリーにインタビューし、その記事がルーナを通じて彼の父が編集している雑誌、ザ・クィブラーに掲載される。そのことを聞いた時、ロンは呆気にとられ口をぽかんと開き、ソフィアは何かを真剣に考え込んだ後、「たしかに、今の状況だと悪くないわ……むしろ、みんながそれを知りたがっているもの…」と目を輝かせた。

 

 

「それで、クィディッチの練習はどうだった?」

 

 

ハリーはロンとソフィアに聞いたが、ソフィアは複雑な顔をし、ロンは気が立っているかのようにむっつりと口を尖らせた。

 

 

「悪夢だったさ」

「やめてよ。まさか──それほど?」

「うーん、悪夢……は言い過ぎだけど、あまり良くなかったのは確かね。アンジェリーナはかなり怒ってたし、苛立ってたわ」

 

 

ソフィアは疲れ切った顔でそう言うと、腕を上げるのも億劫だというような鈍い動作でもそもそとポテトを食べた。

 

 

「スローパーがね…ジニーとの連携が全く取れてなくて…ジニーも苛々してたし、スローパーはパニックになって棍棒をめちゃめちゃに振り回すし……」

「まぁそのおかげで僕はむしろ冷静になったな」

 

 

ロンは自分自身、どうも冷静になれず狼狽えてしまう事、誰かに見られていると思ったら前回のスリザリンからの嘲笑を思い出しまた同じことが起きるのではないかとパニックになってしまうと理解していた。

しかし、同じようにパニックになるスローパーを見ていると「ああはなりたくない」と自分に重ね俯瞰して見ることができ、まだマシな動きが──少なくともアンジェリーナは怒らなかった──できたと言えるだろう。

 

 

「私は──自分の反省点がよくわかったわ。スニッチを見つけることができても、追いかけるのが苦手なの…前々から思っていたんだけど…」

 

 

意気消沈、といった具合に表情を暗くして落ち込むソフィアに、ハリーは「え?」と驚きの声を上げる。自分の練習している時は、かなり上手く練習用スニッチを捕まえていたのだ。

ソフィアはハリーの声に力なく顔を上げると、目の前のポテトをフォークで突きながらぼそぼそと気まずそうに答えた。

 

 

「私……スニッチを見つけても、スニッチだけを見ることができなくて……」

 

 

ソフィアはそれだけを言うと大きくため息をつき立ち上がり「シャワー浴びてくるわ……」と呟き、ふらふらとグリフィンドール寮へ向かった。ソフィアに続きロンも「僕も」と言うと肩を落としながら扉へと向かう中、ハリーはこの調子で次の土曜日の試合は大丈夫なのかと不安になった。

 

 

「ソフィアの…あれ、どういう意味だろう」

「多分……ソフィアは周りをよく見ているでしょう?DAの時もそうだし。──見過ぎちゃうのかもね」

 

 

ハーマイオニーは心配そうに言うとすぐに目の前の皿にある料理を掻っ込み、鞄を肩にかけて立ち上がった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

ついにハッフルパフ対グリフィンドールの試合の日がやってきた。

ロンとソフィアはいつもよりそわそわと落ち着きなく、真剣な表情で黙って朝食を食べていた。ハーマイオニーとハリーはなんとか2人に頑張ってもらおうと励ましたが、ソフィアは薄く微笑むだけで思い詰めているような表情をやめない。

 

 

「ああ……選手になるって──シーカーになるって、こんなにプレッシャーなのね。ハリーは、本当にすごいわ…」

「大丈夫だよソフィア。ソフィアはすっごく箒捌きが上手い!自信を持って!」

「ええ……でも、私がスニッチを捕まえないと…なるべく早く……周りを気にしすぎてはダメ……スニッチだけを見て……」

 

 

流石のソフィアも試合前は緊張しているのだろう。いつものような明るさは無く、食事もそこそこにアンジェリーナの「選手たち、行くわよ!」の声にびくりと肩を震わせていた。

 

 

ソフィアは選手としての服に身を包み、新しいファイアボルトをぐっと掴む。こんな最高級の箒で、負けることはあってはならない──そんな思いも、ソフィアの肩に重くのしかかっていた。

 

 

「ソフィア、周りを見過ぎないで。スニッチを見つけたらそれだけを見て。周りは私たちがどうにかするから!」

「ええ……わかったわ。スニッチだけを見る…」

 

 

アンジェリーナはソフィアを鼓舞するためにそう言い、肩をがしりと掴む。

ソフィアはハーマイオニーの予想通り、周りを見すぎるところがあった。シーカーの役割はスニッチを捕まえる事だとはいえ、勿論周りにも気を配らなければならない。弾丸のように飛んでくるブラッジャーにシーカーがノックアウトされてしまえば、チームの勝ちは絶望的なものになる。グリフィンドールチームには、控えの選手などいない、かなりぎりぎりでプレイしているのだ。

しかし、ソフィアはそれを気にするがあまりスニッチを見つけても捕まえるまでにかなりの時間がかかってしまうことが多かった。

 

 

ソフィアはロンをチラリと見た。

ロンは開始前にも関わらず遠くから聞こえる「ウィーズリーは我が王者」の合唱を聞き、朝よりも顔を青くしてぎゅっと目を閉じている。前回の試合での悪夢が、いま彼の脳裏にじわじわと蘇り心を蝕んでいるのだろう。

 

 

「ロン」

「ソフィア…」

「大丈夫。あなたは本当に凄いキーパーよ。ウィーズリーは我が王者──いいじゃない。私たちの王様になってね」

 

 

ソフィアは暗い表情を消してにっこりと笑い、ロンの背中をぽんと優しく叩いた。

ロンは先ほどまでソフィアが暗い顔をしていたことを知っている。あのソフィアが緊張し固くなっているのを見て、自分もさらに緊張していたのだが──そんなソフィアが、余裕がないだろうに自分を励ましている。

 

ロンはぐっと表情を引き締めると、一度強く自分の頬を両手で叩いた。

 

 

「うん!──ソフィアも、僕たちが試合終了笑顔でいられるようにしてね!」

「ええ、頑張るわ!」

 

 

ソフィアとロンのそれは間違いなく空元気だっただろう。

それでも、幾分か気持ちはマシになり「絶対に勝つ」という気持ちがさらに強く心を占めた。

 

 

「行くわよ!」

 

 

アンジェリーナの言葉に選手達はそれぞれ緊張した面持ちで頷き、青々とした芝生を歩く。

入場した瞬間、鼓膜を震わせるほどの歓声が聞こえ、ソフィアはふつふつと腕に鳥肌が立つのを感じた。

 

 

──私はシーカー。スニッチを、捕まえる。

 

 

ゴーグルをかけたソフィアは箒に跨り、フーチのホイッスルの合図を待った。

ドクドクと鼓動が高鳴り、喉が乾く。脳の奥がチリチリと焦げるような感覚にソフィアはぶるりと震えた。

 

 

ピーッ!──と、高らかに試合開始のホイッスルが響き、選手達は空に舞い上がる。

ソフィアは空高く上がり、視線をぐるりと回しスニッチを探した。──時々、相手のシーカーであるサマービーの動きを観察することも忘れない。

 

試合開始すぐ相手選手がロンのゴールを抜きクァッフルを入れて10点が加算され、その途端「ウィーズリーは我が王者」の大合唱が一際大きくなる。それを打ち消そうとするリーの大きな実況を、どこか遠くの事のように聞きながらソフィアは他の選手の邪魔にならないよう、ぐるぐると競技場上空を旋回した。

 

サマービーも、同じようにしていることからまだスニッチを見つけることができていないのだろう。今日はあいにくの分厚い曇り空であり、太陽の光があまり届かず、光に反射するスニッチの輝きを見つけることは難しい。

 

何度目かの歓声と落胆、そして合唱を聞いた後、ソフィアはチラリと視界の下方に光を捉えた。

 

捉えた、と思った時にはすでに柄を下げ地面へと──いや、スニッチへと突き進む。少し遅れてサマービーも反応しソフィアの後に続きソフィアは一瞬、後ろを振り向き速度を落としてしまった。

 

 

「──ソフィア!スニッチだけを見て!」

 

 

それが誰の叫びだったのかはわからない。

ソフィアはすぐ前を向くと自分自身に苛立ち舌打ちをしながら、金色に輝くスニッチを猛スピードで追いかけた。

 

 

──ダメ!周りは見ない、今は、スニッチだけを見るのよ!

 

 

体を低くして風の抵抗を殺し、ほとんど弾丸のようになったソフィアは右腕を懸命にスニッチに伸ばす。

 

 

「ソフィア!ソフィア・プリンスです!グリフィンドールの新シーカー、ソフィアがスニッチを見つけました!サマービーも追いかける!!」

 

 

リーの興奮を抑えきれぬ叫びとグリフィンドール生の割れるような応援も、今のソフィアには聞こえなかった。ただ、目はスニッチだけを捉え、耳には轟々となる風のうねりしか聞こえない。

ソフィアの手がスニッチを捉えた時──。

 

 

「危ないっ!!」

 

 

ジニーの切羽詰まったその叫び声は、ソフィアには届かなかった。全ての意識をスニッチに向けていたソフィアは、スローパーが大きく撃ち損ねたブラッジャーを左頭部に一切の防御無く喰らい、そのままぐらりと体が箒から離れ落下する。

 

 

「ソフィア!!」

 

 

観客席で見ていたハリーとハーマイオニーは悲鳴を上げ席から飛び出さんばかりに身を乗り出したが、隣で見ていたネビルとシェーマスに羽交締めにされ引き止められた。

 

 

ソフィアはそのまま芝生の上に落下し、すぐにフーチがホイッスルを吹く。

試合一時中断か、もうソフィアはこの試合に復帰することはできないだろうと誰もがグリフィンドールの敗北を覚悟したが、芝生に横たわっていたソフィアはぐっと右腕を高く突き出した。

 

 

 

「──ソフィア!ソフィアはスニッチを捕まえています!!まさに執念!試合終了!!グリフィンドールの勝利ですっ!!」

 

 

ソフィアの手に握られていたのは紛れもなく羽をばたつかせるスニッチであり、大歓声と拍手、僅かなブーイングが会場を埋め尽くす中、ソフィアは痛む体に鞭打ちなんとか体を起こすと、手の中に収まっているスニッチを呆然と見つめ、そして僅かに微笑み──気を失った。

 

 

ぱたりと再び倒れたソフィアに、ハリーとハーマイオニーはグリフィンドールの勝利を祝うことも忘れすぐに競技場へと飛び込む。

既にフーチはソフィアに駆け寄っていて、空を飛んでいた選手達も心配そうにソフィアの様子を覗き見ていた。

 

 

「ソフィア!」

 

 

ハリーとハーマイオニーは駆け寄り、そしてソフィアの状態を見て息を呑む。ハーマイオニーは小さな悲鳴をあげ口を手で覆うと泣きそうなほど表情を歪めていた。

 

 

ソフィアは額から大量の血を流し、蒼白な顔をしていた。

すぐにフーチがウエストポーチから止血薬を出し傷口に振りかけ、一旦流血は治ったが皮膚が抉られ赤黒く生々しい傷が露出している。

 

 

「すぐに医務室へ運びましょう。選手たちは解散しなさい!──貴方達部外者もです!」

 

 

フーチはソフィアを魔法で浮かばせるとテキパキと指示を出しすぐに医務室へ向かう。

 

芝生の上に落ちた赤黒い血を見つめながら、ハリーは今にも気絶しそうなほど震えているハーマイオニーを支え、すぐにお見舞いに行こうと競技場の出口へ向かう。

ふと、選手達に混ざって蒼白な顔をしたルイスがいた事に気づいたが、ハリーは何も声をかけなかった。

 

 

 

 

 

グリフィンドールは10点差で勝利することが出来たが、ハリーとハーマイオニーとロンは手放しで喜ぶことができなかった。

 

治療中は面会謝絶だと言われ、医務室近くの廊下でじっと治療が終わるのを待つ。

ハーマイオニーは「ここで治療しているんだもの、つまり、聖マンゴへ搬送する程の重症じゃないってことよ。──ええ、そうに決まっているわ」と自分に言い聞かせるように何度もぶつぶつと言い、ハリーもまた「クィディッチで死者が出たことはない、怪我はするけど安全な競技なんだ。だから、ソフィアも大丈夫だ」と何度も言った。

ロンはブラッジャーを撃ち損ねたスローパーに悪態をついていたが、ハリーとハーマイオニーからの賛同を得られないと分かると──シーカーがブラッジャーに狙われるのは、仕方のないことなのだ──肩を落とし心配そうに医務室の扉を見つめていた。

 

 

どれだけそうしていただろうか。

一度ハリー達の前をセブルスが急足で通り医務室へ入り、少しして出てきたが、ハリーはセブルスの表情を見る余裕も無かった。

 

 

 

暫くして医務室の扉が開き、ポンフリーが「もう入っていいですよ」と待っていた3人に告げる。3人は弾かれたように我先にと扉に駆け寄り、押し合いながらなんとかソフィアが眠っているベッドへとたどり着いた。

 

 

「ソフィア…」

 

 

ソフィアの顔色は悪く、選手の服にはまだ泥や血が付いている。しかし、頭の怪我は包帯が巻かれ先ほど見たよりはまだ、幾分かマシに見えた。

 

 

「頭部からの出血が酷かったです。頭蓋骨は陥没し割れていましたが……。まぁ、それも薬で治りますので、1週間は薬を飲み続け安静にしていれば問題ないでしょう。今晩はここに泊まらなければなりません。箒から落ちたとの事でしたが、それ程高い場所ではなかったのが幸いし、体も打撲程度で済んでいます」

 

 

ポンフリーの説明に、ハーマイオニーは安心したのか、わっと泣き出し眠るソフィアの体に縋り付き覆いかぶさり「よ、良かった!」と心から声を絞り出した。

ハリーとロンもほっと胸を撫で下ろし、目を見合わせると力なく微笑み合う。ポンフリーがこう言っているのだ、完治には1週間かかるが、自分達が思っていたよりも重傷ではないのだろう。

 

 

「まったく。クィディッチはこれだから、あんな野蛮な競技をやるべきではありません。──さて、ミス・プリンスが目を覚ましたら棚の上にある薬を全て飲むように言ってください。私は奥の部屋にいますからね」

 

 

ポンフリーはソフィアに向かって杖を一振りし、泥や血の汚れを一掃すると沢山の空き瓶を抱え医務室奥の部屋へ向かった。

 

 

「本当、良かったわ。私──私、もう、どうなることかと……」

「ま、骨折ならよくあることさ。頭の骨折もね、だから心配するほどでもないよ」

 

 

ロンは涙を拭うハーマイオニーを励ますためそういい、ハーマイオニーは少し微笑み「そうよね」と頷く。

 

ハリーはソフィアの青白い顔を見ながら、詰まっていた息を大きく吐き出した。

グリフィンドールが勝利したとしても、ソフィアが二度と目を覚さないなんて事になったら──きっと、僕はクィディッチを心から楽しむことが出来なくなる。

 

 

ハリーがそう思っていた時、ふ、とソフィアの瞼が震え、緑色の目がゆっくりと開いた。

 

 

「ソフィア!──ああ、目が覚めたのね、よかったわ!」

 

 

ハーマイオニーは嬉しい悲鳴をあげると、頭に負荷がかからないように体を起こしたソフィアに抱きついた。

暫くぼんやりとしていたソフィアはハーマイオニーの柔らかな髪の感触に少しくすぐったそうに身を捩りつつ、ハリーとロンをゆっくりと見る。

その目は不安そうに揺れ、混乱と狼狽が写っていて──ハリーは漠然と、嫌な予感がした。

 

 

「……誰、ですか…?」

 

 

小さなソフィアの声に、ハーマイオニーは息を呑み恐る恐る身体を離し、ソフィアの緑色の目を覗き込んだ。

 

 

「ソフィア、何言って──」

 

 

ハリーは鼓動が嫌にドキドキと煩くなっていくのを感じた。

胸の奥が苦しくなり、見たことが無いソフィアのその表情に、ハリーだけでなくロンとハーマイオニーも表情を凍らせた。

 

 

「ここは…?……あなたたちは、誰ですか…?」

 

 

不安げに目を揺らすソフィアに、ハーマイオニーは信じ難い目でソフィアを見つめ「いや、そんな…」と震える声で呟くとソフィアの肩を強く──ソフィアの表情が痛みで歪んだ──掴んだ。

 

 

「ソフィア!な、何言ってるの?冗談はやめてよ!」

「いっ──痛い!いやぁっ!」

 

 

ソフィアは子供が駄々を捏ねるように身を捩りハーマイオニーを突き飛ばすと、じりじりとベッドの端まで下がり恐怖が滲む目でハーマイオニーを見つめた。

 

 

「ソフィア、きみ、記憶が…」

 

 

ロンが呆然と呟く。

ハリーは何故か隣にいるロンの声が遠くから聞こえ、ひどく耳鳴りがする事に眉を寄せながらよろり、とソフィアに一歩近づいた。

 

 

「ソフィア、ぼ、僕の事忘れてないよね?」

「──誰、嫌…いやよ…ルイス……ルイスはどこ…?父様……っ」

 

 

ソフィアはハリーを拒絶すると首を振り目に大粒の涙を溜め、顔を引き攣らせる。

ハリーとハーマイオニーが何も言えず、呼吸を止めて今目の前で起こっていることを受け止められずにいるなか、この中で1番冷静だったのはロンだった。

ロンはすぐポンフリーを呼びに行き、部屋から現れたポンフリーはソフィアの様子とロンの「記憶がないって!僕たちの事がわからないんです!」の言葉にすぐにソフィアに魔法をかけ、一時的に眠らせた。

 

かくりと頭を垂れ寝てしまったソフィアを見下ろしたハリーとハーマイオニーは、止まっていた呼吸を吐き出し、浅い息を繰り返す。

2人にとってソフィアはかけがえのない存在であり、まさか、自分のことがわからないとは思わなかったのだ。

 

 

「調べる必要があります。面会謝絶です。──さあ、出て行きなさい」

 

 

ポンフリーに促されても、ハリーとハーマイオニーは足に根が張ってしまったかのように動けなかったが、ロンはそんな2人の腕を掴みなんとか医務室から退出した。

バタン、と閉じられた扉の向こうで、ハリーとハーマイオニーは恐怖に引き攣るソフィアの表情を思い出し、ぐっと奥歯を噛み締める。

 

 

「私…聞いた事があるわ……頭への衝撃で、記憶を失ってしまう事があるって……」

「……僕も、知ってる。でも、一時的で記憶は戻ることもある。きっと、ソフィアはすぐに僕達を思い出す、うん、きっと」

「そう、よね。──ねえ、ロン。魔法界では記憶を失った場合どうするの?」

「えっ?……僕──ごめん、僕、わからない……」

 

 

ハーマイオニーの言葉にロンは申し訳なさそうに眉を下げて呟く。

ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせると「大丈夫、ソフィアは大丈夫」と呟き合い、ふらふらとグリフィンドール寮へ向かった。

ロンはちらりと医務室の扉を一度振り返ったが──すぐにとぼとぼと2人の後を追った。

 

ロンは知っているのだ。事故により失った記憶を取り戻す魔法も薬も、存在しないと。

 

 



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289 たとえ全てを失っても!

 

 

すぐにセブルスとルイスが医務室に呼ばれ、蒼白な顔をした2人がソフィアの元に着いた時には、ソフィアは目から沢山の涙をこぼししゃくりあげていた。

 

 

「ソフィア!」

「と、父様!」

 

 

恐怖と混乱から強張っていたソフィアの表情は一気に弛緩し、駆け寄ったセブルスに手を伸ばし抱きつく。

わんわんと声を上げ自分の胸元に顔を押し付け泣くソフィアの傷に触らないようにセブルスは抱きしめ、安心させるように背中を撫でた。

 

 

「ソフィア…記憶を失ったって…」

 

 

ルイスが心配そうに覗き込むと、ソフィアはびくりと肩を震わせセブルスの胸にいっそう顔を押し付ける。自分を見てそんな反応をするとは思わず──ルイスはとても嫌な予感がした。

 

 

「…もしかして、僕のことも忘れたの?ソフィア……ルイスだよ、君の兄じゃないか!」

「ル…ルイス?……に、似てるけど…でも、ルイスは…そんなに大きくないわ…」

 

 

ソフィアは恐々ルイスを見て呟く。兄の姿もわからないソフィアの状態に、セブルスは眉間の皺を深くしたままベッド脇に深刻な顔をして立っていたポンフリーを見た。

 

 

「これは、あのブラッジャーを頭部に喰らったせいですかな」

「ええ…稀にあることです。頭部外傷による記憶喪失、とみて間違いないでしょう。パニックになっていましたが、なんとか安らぎの水薬を飲ませて話を聞いたところ、彼女は9歳になったばかりのようです。部分的な記憶の欠落ではなく、全てを忘れています。──つまり、ホグワーツに入学した記憶も、5年間過ごした記憶もありません、失っています。だから……あなたが兄だとわからないのでしょう」

 

 

ポンフリーは気遣うようにルイスを見た。ルイスはたしかに9歳のソフィアなら、今の成長した自分を兄だと判断できなくてもおかしくはない、と思い苦い表情を浮かべる。

 

 

「ソフィア…。お前は16歳であり、ホグワーツの5年生だ。数時間前、クィディッチのシーカーだったお前は頭にブラッジャーを受け、頭部を損傷した。そのせいで記憶を失ったのだ」

「5年生?……シーカー?……私が…?」

 

 

セブルスの言葉にソフィアは信じられないと怪訝な顔をする。

セブルスはすぐに杖を振りベッドの脇に大きな姿見を出現させると、ソフィアの肩を優しく掴み「見たまえ」と促す。

 

 

「こ──これ、私……?…う、うそ…」

 

 

ソフィアは驚愕し震える声で呟く。

鏡の中の自分に向かって手を伸ばす様子に、セブルスは苦虫を噛み潰したかのような表情で頷いた。

 

 

「頭の怪我……なら、本当に…ルイス?あなたは、ルイスなの?」

「……そうだよ、ソフィア」

「まぁ……大きくなったわね……そういえば、父様も少し皺が増えたような……?」

 

 

ソフィアは不思議そうに頭に巻かれた包帯に触れながらセブルスとルイスを見て首を傾げる。

全く記憶にない。昨日まで家にいて、普通に暮らしていた。目が覚めたら消毒薬の匂いが漂うこの白い部屋にいて、見知らぬ歳上らしい人たちが自分を囲んでいた。

ならば、あの人たちは──私の知り合いだった…?

 

 

「マダム・ポンフリー、ソフィアの記憶は戻るのかね?」

「それは……断言はできません。一部戻る場合や、ゆっくり全てを思い出す場合、全く思い出さない場合──様々です。魔法で記憶を失ったわけではありませんから、薬も効きません」

「…そうか……」

「どうしますか?私としては──記憶が戻るまで、ダンブルドア校長に一時休学措置を願うことをお勧めします。後数ヶ月でOLW試験ですが、このまま──記憶が戻らないとして──受けることは彼女のためにはなりません。思うような結果が出せず、彼女の未来を狭める事になります」

「……、…少し、時間を頂けないだろうか」

「ええ、決めるのは保護者である貴方ですから」

 

 

ポンフリーは気の毒そうに言うと、棚の上にある薬を飲ませるようにと伝え、今は3人だけにしたほうがいいだろうとそっとその場から離れた。

 

暫く重い沈黙が落ちる中、ソフィアは今の自分の状況を理解してないのか不思議そうな顔で伸びた手足や顔にぺたぺたと触れ「大人になってる…」と呟いていた。

 

 

「父様、どうする?僕も休学した方がいいと思うんだけど……」

「ああ、それしかあるまい。──だが、今…ソフィアを家に一人きりにしていいものか…」

「あ、そっか…7年前と、今とではかなり違うもんね…」

 

 

家の場所も違い、ジャックは騎士団の任務で忙しく力を借りる事はできない。ヴォルデモートが蘇り死喰い人が10人脱獄した今、有効な魔法も覚えていないソフィアを家に1人にしていいのだろうか。ホグズミードにある家は、周りにソフィアの興味を引く物が多すぎる。きっと外出禁止を言い渡してもふらふらと出て行ってしまうだろう。

 

 

「…それに、記憶喪失は──刺激がある方が思い出すきっかけになりやすいと聞く。家に閉じこもっているより、ここにいた方が──」

「うーん…たしかに…」

「ねえルイス。ここってホグワーツなのよね?うわー!早く見に行きたい!私ったらもう五年生なのね?全くわからないけど、ああ、そういえば起きた時に居た人たち…悪いことをしたわ、謝りに行かないと、きっと知り合い──お見舞いに来てくれたし、友達だったのよね?ルイスなら、きっと同じ寮だし誰かわかるわよね?」

 

 

ソフィアがにこにこと話す中、ルイスとセブルスは視線を見合わせ大きくため息をつき、ホグワーツで過ごすにあたってセブルスの事を父だとバレてはいけない事、そしてルイスは別寮である事を伝えた。

 

ソフィアはセブルスの事を父と呼んではならない理由を説明され、納得はしていたがルイスと自分が別寮だと受け入れられず「私を今すぐスリザリンにいれてよ!」と5年ぶりに駄々をこねた。

ルイスは文句を言うソフィアに困ったように笑う。そういえば昔のソフィアはこうだった。今は16歳になり──今までは、というべきだろうか──年相応に落ち着いてある程度自分の心を隠すことも出来ていたが、9歳のソフィアは納得がいかなければ駄々を捏ね、相手の気持ちを読み取る事なく嫌なことは嫌だと言い、それなりにお転婆だったのだ。

 

 

「…ソフィア、今日は寝なさい。傷口は治癒したとはいえまだ暫く薬を飲み安静にせねばならない」

 

 

セブルスは棚の上にあった泥のような液体で満たされたゴブレットをソフィアに向けた。受け取ったソフィアはツンと鼻を刺す異臭に嫌そうに顔を顰め。ぷいっとそっぽを向き受け取る事なく「嫌よ、美味しくなさそうだもの」と不満げに言った。

 

 

「魔法薬は美味なものではない。これを飲まなければ夜に高熱と痛みでうなされ睡眠を取ることは叶わなくなるだろう」

「それも嫌だわ」

「ならば、飲みたまえ」

「……仕方ないわね」

 

 

ソフィアは心から嫌そうな声音で言うと渋々薬を受け取り、一気に飲み干した。

あまりの不味さにげほげほと咽せているソフィアを見て、セブルスは16歳のソフィアなら文句を言う事もなく、素直に頷いていただろうと思った。きっと今のソフィアは無邪気であり、何よりも純粋なのだ、相手の思考を考え読み解く事はない。

 

不満があれば我慢する事なく口や手が出てしまう幼いソフィアの性格を考えたとき、セブルスはソフィアを家に一人で帰すべきか、ここで過ごさせるべきか判断が出来なかった。

 

 

「……少し、様子を見よう。まだOWL試験まで日がある。イースター休暇までに記憶が断片的にでも戻らなければ──その時は休学しかあるまい」

「そうだね…」

「えー。一人で家にいるなんてそんなの暇だわ。それならジャックのところで暮らしてもいい?」

「……」

 

 

ソフィアの発言に、セブルスとルイスは一日でも早く、少しでも多くソフィアの記憶が戻る事をただ祈った。

 

 

 

次の日、ソフィアはポンフリーから1週間のクィディッチ禁止を言い渡されたが、クィディッチが好きだとはいえ選手になっていた自覚がないソフィアはあまり残念には思わなかった。

まだ頭には包帯が巻かれ、夕食後は医務室を訪れ不味い薬を飲まなければならないが、ソフィアの顔色は良く記憶が無い事以外は何も問題は無い。

ルイスは別寮であり、セブルスは親子だとバレてはいけない。そのためセブルスにとってはかなり苦渋の判断だったが、同じグリフィンドール寮であり、世話を焼いてくれそうな人物、そしてソフィアとセブルスの関係性を知っている者といえば一人しか当てはまらず──ハーマイオニーがソフィアのこれからについて担う事になった。

 

 

ハーマイオニーは心配そうな表情のなかに緊張を孕ませながら医務室の扉を開ける。

ソフィアのベッドの近くにはセブルスが立っていて、体を起こしているソフィアの顔色は怪我をする前と比べてもなんら変わりはない。ただ頭に痛々しい白い包帯を巻いてはいるが。

 

 

「ソフィア……?」

「あら!あなた、さっきの人よね?ごめんなさい、よくわからないんだけど、どうやら記憶を失ったようなの」

 

 

ソフィアはぱっと明るい笑顔でそう言い放ち、ハーマイオニーは自分の知るソフィアとの乖離に目の奥が再び熱くなっていた。

 

 

「グレンジャー。見ての通りソフィアには記憶が無い。本人の話を聞いたところ9歳の誕生日を迎えたばかりのようであり、ホグワーツでの自分の立ち位置、そして世界の情勢など全てを忘れている」

「…っ……そう、ですか…」

 

 

ハーマイオニーは先ほど、ソフィアが自分を覚えていなかったことから最悪の事態を覚悟していた。ソフィアが人物に対する記憶を忘れたのではなく、丸々7年分の記憶を忘れている──何よりも避けたい最悪の事態に、ハーマイオニーはローブの下で拳を握る。

 

 

「イースター休暇を迎えるまで。それまでに改善する見込みがなければソフィアは休学処分となる。このままOLW試験を受けることは出来ない。来年度からは──また、一年生からやり直す事となるかもしれん」

「そんな……!なんとか、ならないんですか?」

「ホグワーツで過ごす事により、記憶が刺激され戻る可能性に賭けるしかあるまい」

 

 

セブルスの苦い表情を見たハーマイオニーは、彼がこんな表情をするぐらいなのだ、きっともう考えられる事は全て試したのだろうと悲痛な目でソフィアを見つめる。

 

 

「ソフィア…私は、ハーマイオニー・グレンジャー…あなたの友達──親友、なの」

「まぁ!私はソフィア・スネ──じゃなくて、ソフィア・プリンス!私の親友だなんて、()()()()()()わ、なんて素敵なの!」

 

 

ソフィアは無邪気に言ったが、その言葉はナイフのようにハーマイオニーの胸を突き刺した。

 

 

「真に遺憾だが……ソフィアはこの状態だ。誰かの手を借りなければ日々を過ごす事すら、今のホグワーツでは苦労し余計な問題を引き起こすだろう。くれぐれも離れず、注意して見たまえ」

「はい…わかりました……」

「まぁ!私はもうそんなに心配されるほどの子どもじゃないわ!」

 

 

ソフィアは心外だと頬を膨らませる。セブルスから今ホグワーツではアンブリッジという魔法省からの人間が来ていて生徒と教師の自由を奪っているとは聞いていたが、そもそもホグワーツの教師がどのようなものかわからないソフィアは深く考えていなかった。

 

セブルスはぷりぷりと怒るソフィアを見て、僅かに悩む。

ソフィアが記憶を思い出す。それはきっと良いことだろう。しかし──今のソフィアは母と兄の事を忘れている。昔の無邪気なソフィアのままだ。

本来ならばソフィアに伝えるべきだろう家族のことを、セブルスは伝えることができなかった。今のソフィアは、きっと家族に何があったのか、誰を忘れているのかすらも、覚えていないのだ。

 

 

「……、…ソフィア、無理はしないように」

「はぁい父様──じゃなくて、スネイプ先生!」

 

 

ソフィアはベッドから立ち上がると甘えるようにセブルスに抱きつき満面の笑みを浮かべる。過去と同じ様に無邪気に甘えるソフィアを見て、セブルスとハーマイオニーは複雑な気持ちになっていた。

 

 

 

 

ソフィアはハーマイオニーと共にホグワーツの廊下を歩く。物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡し、目を輝かせ「ここはなんの部屋?」と聞くソフィアに、ハーマイオニーは一つ一つ丁寧に教え、必要ならば足を止め空き教室を見せた。少しでもソフィアに引っかかるものがあるのならその刺激により記憶が戻るかもしれない。ハーマイオニーはそれに縋る他無かったのだ。

 

 

「へぇ、ホグワーツって意外と空き教室が多いのね」

「ええ、そうね。きっと生徒の数に比べて先生は少ないから…」

 

 

ハーマイオニーはソフィアに話しかけながら、ふと足を止め校庭でくつろぐ下級生を見た。──休み時間にはよくソフィアとハリーとロンと私でここに居た。ここは夏になれば木陰が心地よくて、読書には最適だった。そんな何気ない記憶も、ソフィアは忘れてしまったのか。

 

 

物思いに耽っていたハーマイオニーはまた目の前がぼやけてきてしまい、ぐっと唇を噛み締め目元を乱暴に拭くと、自分を置いて先に行ってしまったソフィアの背中を見た。記憶を失っていたとしても、その時の思い出や感情が無かったとしても。ソフィアは私の唯一の親友。それに変わりはないわ。

 

何故か幼く見えるソフィアの後ろ姿を──子どもっぽく楽しげに跳ねるように歩いているからかもしれない──歩いていたハーマイオニーは、僅かな違和感に首を傾げると、はっと息を飲み、慌ててソフィアを追いかけ勢いよく肩を掴んだ。

 

 

「わっ!──ど、どうしたのハーマイオニー?」

「ねえ、どうして()()()()()()()()?」

 

 

真剣なハーマイオニーの声に、ソフィアはきょとんとしたまま首を傾げる。

 

 

「スネイプ先生から、グリフィンドール塔までの道を聞いたの?」

「え?ううん、聞いてないわ。──なんでって、わからないわ、何も考えてなかったもの」

 

 

ソフィアは肩をすくめ「それがどうしたの?」と聞いたが、ハーマイオニーは真剣な目でソフィアを見つめ──胸の奥から沸き起こる歓喜に打ち震えた。

 

ソフィアは無意識の内にグリフィンドール塔へ向かっていた。ここで過ごした記憶はないはずだが、足が勝手に進んでいたのだ。おそらく、これは体の記憶とでも言うのだろう。──記憶は失われていても、体に染み付いた動きは消えていない。ソフィアは5年間、休暇以外のほぼ毎日何度もこの道を通り、それは体に刻み込まれているのだ。──いや、むしろ、覚えていないだけで、完璧に全てを忘れたわけではないのかもしれない。

 

 

──これは、良い傾向だわ。記憶を失っていても、体がそれを覚えている。きっと、戻るわ。なら、なるべくいつも通り過ごさせないと駄目ね。

 

 

「──ううん、何でもないわ。迷子にならないでね」

「勿論よ!迷子になるほど、私は子どもじゃないわ!」

 

 

ソフィアはそう言ったが、頬を膨らませる動作はどう見ても見た目にそぐわない幼稚さであり、ハーマイオニーは「そういえば1年生の時はよくそうしてたわね」と懐かしいような、悲しいような複雑な心境だった。

 

 



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290 無邪気だからこそ!

 

 

ソフィアがハーマイオニーと共にグリフィンドール寮へ戻った時、沢山の寮生がソフィアを囲み口々に「大丈夫?」「うわー痛そうな怪我!」と叫ぶ。

特に自分のミスのせいだと思い詰めていたスローパーは──彼は散々フレッドとジョージにちくちくと「俺らなら見逃さないね」と嫌味を言われていた──心からソフィアに謝った。

 

 

「本当に、ごめん。僕がミスをしなければ…」

「大丈夫よ!痛みはほとんどないし、1週間クィディッチ禁止だけれど、まぁ、治るわ!──ところで、あなたは誰?」

 

 

ソフィアはにっこりと笑い首を傾げる。

スローパーは同じチームになって日が浅いとはいえ、昨日までは自分を認識していたはずだと訝しげな顔をした。

 

 

「実は──」

「私、記憶喪失みたいなの!よくわからないけど、いきなり五年生になっちゃったみたいね。だから自己紹介からお願いしていいかしら?」

 

 

ハーマイオニーが彼らに説明する前に、ソフィアははっきりとそう言った。

一瞬、談話室が静まり返ったが、次の瞬間には驚愕の叫びで溢れ、誰もが「俺のことも忘れたのかい?」「わ、私のことも?」と狼狽えた。

 

 

「ええ、ホグワーツで過ごした記憶は無いの。だからまた一から教えてね」

「ソフィア、ちょっと──」

「じゃあ、またね!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーに手を引かれ、あんぐり口を開く寮生達の間を通り抜け、まるで通夜会場のような暗く陰鬱な雰囲気を漂わせるハリーがいる暖炉前へと向かった。

 

 

「さあ、まずは自己紹介よ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアを自分の隣に座らせると、ハリーとロンに視線を向ける。

 

 

「えーと。僕はロナルド・ウィーズリー。君はロンって呼んでた。…僕は君の友達さ、一年生の時から僕らは4人で行動してた。──あー──よろしく」

「よろしくね、ロン!」

 

 

笑顔で手を差し出したソフィアに、ロンは本当に全て失っているのだと分かると悲しそうに笑い手を握る。

ソフィアはその後ハリーに目を向け、早く自己紹介してほしい、と言うように目を輝かせた。

 

 

「僕は……ハリー・ポッター、ソフィア、君の……恋人だ」

「えっ!?ハリー・ポッター?こ、恋人?私たちが?」

 

 

ソフィアは思っても見なかった言葉に顔を赤くし頬に手を当て、見るからに狼狽えた。

 

 

「そんな…ごめんなさい。私何にも覚えてないし──あなたのこと好きじゃないわ」

「──っ!」

 

 

申し訳なさそう、というよりも不安げに呟かれたソフィアの言葉に、ハリーは鈍器で殴られたような衝撃を感じここにいる事が耐えられず弾かれたように立ち上がるとそのまま男子寮へと疾走した。

 

 

「ハリー!──ソフィア!なんて事を言うんだ!」

 

 

ロンは非難めいた目でソフィアを見て叫ぶが、ソフィアにとってはハリーは知らない人だ。──いや、名前だけはヴォルデモートから生き延びた唯一の子どもだと言うこともあり、知っている。だがなんの思い出もないハリーと恋人だと言われたからといってすぐに受け入れる事はできない。ソフィアの中身は、今はまだ幼い9歳の少女なのだ。そんな少女にしてみれば、15歳の見知らぬ年上の青年と恋人だと言わたならこんな反応になってしまうだろう。

 

 

ロンは苛立ちを見せ、すぐにハリーを追いかけて男子寮へと向かった。

残されたソフィアは少し口を尖らせ「だって、本当だもの」と言い訳をするように呟いたがそれが聞こえたのはハーマイオニーだけだろう。

 

 

「ソフィア。昨日までのあなたはハリーを愛していたわ。ハリーも、あなたを愛していた──今でも愛しているの。もし、ソフィアがルイスから好きじゃないって言われたら、どう思う?記憶を失ったとしても、それは言って良いことかしら?」

 

 

ハーマイオニーは辛抱強く幼児に言い聞かせるようにソフィアに問いかけ、暫く黙っていたソフィアは眉を下げ項垂れながらぽつりと呟いた。

 

 

「…ダメだわ。すごく悲しいもの」

「そうよね?ハリーはすごく悲しかったと思うわ。ソフィアが大怪我をした時とっても心配していたの」

「……ハーマイオニー、私はホグワーツで何をして過ごしたの?何があったの?……その、教えてくれないかしら…?」

 

 

不安げなソフィアに、ハーマイオニーは優しく微笑みかけ頷いた。

 

 

「ええ、勿論。──ここは騒がしいから、別室へ移動しましょう。──ハリーとロンを呼んでくるわね」

「……私、ちゃんとごめんなさいを言うわ…」

 

 

眉を下げ申し訳なさそうにするソフィアに、ハーマイオニーは気遣うように肩をとんとんと叩き、近くで様子を伺っていたネビルにハリーとロンを連れてきてほしいと伝えた。

 

 

数分後にネビルからの言付けを聞いたハリーとロンが男子寮から降りてきたが、ハリーはこの世の終わりかというほどの暗く絶望した悲痛な表情を浮かべ、ロンは心配そうに力なく歩くハリーを支えていた。

 

 

「ソフィアに5年間何があったのか話しましょう。場所を移動するわよ」

「──えっと、ハリー?」

 

 

すぐに移動しようとするハーマイオニーの言葉を遮り、ソフィアは立ち上がりハリーに近づき暗い表情を覗き込んだ。

 

 

「ごめんなさい。私、あなたを傷つけたわ。覚えてないけれど……その、恋人だったのは本当みたいだし──信じられないけど──こんなに大人っぽい人と…付き合っていたなんて」

 

 

恥ずかしそうに目を伏せるソフィアに、ハリーはどうしようもなく胸が痛み、今すぐにソフィアを抱きしめ「嘘だと言って、思い出して」と縋りつきたかったがぐっと堪えて「大丈夫」と弱々しく呟いた。

しかし、その美しく無邪気なソフィアの緑の目を、ハリーはどうしても見る事ができなかった。

 

 

ソフィア達は場所を花束を持つ少女の部屋へと移し──ソフィアは初めて入った時のように凄いと何度も言い飛び跳ねた──自分達が経験し、共に乗り越えてきた数々の試練を説明した。ハリーとロンとハーマイオニーは過去の出来事を聞けばソフィアは思い出すのではないかと思ったが、残念ながらソフィアは少しも思い出すことはなかった。

 

 

ソフィアは3人から話を聞く内に、そんな試練ばかり毎年起こるなんて本当なのかと困惑していたが、3人の目に嘘はなく、話の筋も通っていた。

 

しかし、ハーマイオニーは故意的にソフィアの母と兄の事を話すのを避けた。ロンとハリーもそれに気付き──すぐにその意味を読み取り何も言わなかった。今の9歳の精神年齢であるソフィアには、きっと受け入れ難い事だろう。

 

 

「うわぁ……凄いわね、よく生きてるわね私たちって。トラブルに好かれているのかしら?」

「うん、僕も毎年そう思ったよ」

 

 

ソフィアの率直な感想に、ハリーが苦笑して答える。

ハリーとロンとハーマイオニーの話は何かの小説を読んでいるような不思議でスリリングなものだが、それが事実ならば自分達の絆はかなり強固なものだったに違いない。第三者からの話では、何故自分がハリーを好きになったのかよくわからなかったがとりあえずソフィアはその事を一旦考えないでいようと決めた。

 

ソフィアが恋や愛について、真に理解したのは15歳の時である。今のソフィアには、まだその心の揺れがいまいち理解出来なかった。

 

 

 

 

ソフィア・プリンスが頭部の怪我が原因で記憶喪失になり、ホグワーツで過ごした全てを忘れてしまった。

その事はソフィア達が夕食を食べに大広間に向かった時にはほとんど全校生徒が知っているようだった。

だれもがひそひそとソフィアを見て囁き、何人かが──特にDAメンバーが──これからどうするのかとソフィアを気づかいつつも不安げに聞いた。

 

幼くなってしまったソフィアは好奇の視線や囁きに敏感に反応し機嫌を損ね、誰彼構わず「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ!記憶喪失よ?それがどうかしたの!?」と食ってかかり、その度に皆が本当にソフィアは記憶を失ったのだと理解し、ハリー達は慌ててソフィアを宥めた。

ハリーはまだソフィアと上手く話す事が何故か出来なかったが、とりあえずソフィアを見守ろうというハーマイオニーに頷く他無かったのだ。

 

 

夕食を食べ医務室に薬を飲みに行き──ソフィアは数分は飲みたくないと駄々をこねた──ハリー達はせっかくの日曜日なのにひどく疲れてしまったと思いながら談話室のソファに沈む。

ソフィアは大人しく2年生の教科書を読み耽っていたが、時計の針が9時を指したころ、眠そうに大きなあくびを漏らした。

 

 

「ああ、ソフィア。いつもこのくらいの時間に寝ているの?」

「ええ、そうなの……眠くて…」

「もう寝ましょうか。明日から授業があるし……寝室はこっちよ、案内するわ」

 

 

ハーマイオニーに促され、ソフィアは閉じかける目を擦りながら教科書を鞄の中に押し込むと、そのまま隣に座っていたハリーの肩に手を置き、自然な動作で頬にキスをした。

 

 

「──あれ?」

 

 

しかし、キスをした後ソフィアは不思議そうに体を離し、目を瞬かせ首を傾げる。

ハリーは頬に間違いなく触れたソフィアの唇に、ぽかんと口を開きソフィアを見つめた。

 

 

「…?……おやすみなさい、ハリー、ロン」

「あ、うん、おやすみ」

 

 

ロンは返事をしたが、ハリーは今ソフィアが行った事が信じられず呆然と見るだけで何も言えなかった。ハーマイオニーは言葉を出さぬまま口を「あとで」と動かし、ソフィアの手を引き女子寮へ向かう。

 

 

「…今の……えっ、ソフィア、記憶喪失なんだよね?」

「そうだよな?さっきのは…なんか、いつも通りで……普通に記憶があるみたいだった」

 

 

ハリーは頬に手を当て呆然と呟き、ロンは階段を見ながら真剣な顔をして頷く。

いても経っても居られず、ハリーは立ち上がるとソフィアのもとへ駆け出す。後ろからロンが焦った声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが、ハリーは今すぐソフィアに先ほどの行動の意味を聞きたかった。

 

しかし、男子は女子寮へ入る事は出来ない。

それをうっかり失念していたハリーは階段が滑り台のように変わり入り口まで滑り戻され、強く打った腰を気にする事なく「くそっ!」と悪態をつくと床を叩いた。

 

 

女子寮へ向かう事を諦めたハリーは混乱と苛立ち、僅かな期待からそわそわと暖炉前を行ったり来たりする。ソフィアから貰った腕時計を見ながら「ハーマイオニーはまだ来ないかな」と5回ほど呟いた時、ようやくハーマイオニーが談話室へ戻ってきた。

 

ハリーはすぐにハーマイオニーの腕を引き、待ちきれないとばかりに肘掛け椅子に座らせると「さっきのは何?どういうこと?」と詰問した。

 

 

「ソフィアは、忘れているわ。でも全てがまっさらになったわけじゃないの。──多分、体に刻み込まれた記憶が残っているわ。

退院する時も無意識でグリフィンドール塔に向かっていたし。寝室にいたティティの事も忘れていたけど──無意識にティティが好きな喉元を撫でていたわ。さっきハリーにおやすみのキスをしたのも、無意識でしょうね」

「…じゃあ、思い出したわけではない…?」

「ええ、でも悪くない反応だわ。きっとホグワーツでいつも通り過ごしていけば記憶は戻る。──そう、私は信じているわ」

 

 

ハリーは肩にこもっていた力をふっと抜き、ソファに座り込むと真剣な目で自分の脚の上で握られた拳を見つめた。

 

良かった、全て忘れてしまったわけじゃないんだ。この5年間の全てが無駄だったんじゃない。ソフィアの心が僕を忘れてしまっても、体は僕が恋人だと覚えている。

 

そう、思うとハリーは幾分か気持ちが軽くなった。

 

 

 

 

 

月曜日。

ハリー達はソフィアが記憶を失った衝撃ですっかりホグズミードで何を行ったかを忘れていたが、大広間で数十匹のフクロウ便がハリーにインタビューの感想を送ってきた事により思い出した。

 

侮辱や疑い、病院に行ったほうがいいという感想も多かったが、中にはハリーの証言を信じてヴォルデモートの復活を認めると書かれたものもあり、興奮しながらハリーとロンとハーマイオニーが次々とインタビュー記事を読んだ者からの封筒を開ける中、ソフィアは少し引いた目で大群のフクロウを見ていた。

 

 

ハリーに沢山のフクロウが訪れるなど今までなかった事態にアンブリッジが気が付かないわけもなく、何があったのと怪訝な声で聞いたが──すぐにハリーはザ・クィブラーのインタビューに答えた事を伝え、届いた見本誌をアンブリッジに渡した。

 

受け取ったアンブリッジはすぐに記事を読み、わなわなと体を震わせる。

 

 

「ミスター・ポッター。あなたにはもう、ホグズミード行きはないものと思いなさい」

 

 

ハリーは然して気にしなかった。憎いアンブリッジの表情をこれほどまで歪める事ができた爽快感を得るためなら、きっと何度だって同じことをするだろう。

 

 

「どうして?どうしてハリーはホグズミードに行けなくなるんですか?インタビューに答えただけでしょう?」

 

 

ソフィアはトーストを食べながらよく通る声でアンブリッジに聞いた。ハリーを見下ろしていたアンブリッジは顔を赤紫色にしたまま、ソフィアを強い眼差しで射抜く。

 

 

「嘘をついたからです。何度も何度も、ポッターには嘘をつかぬよう──」

「何故それが嘘だとわかるんですか?公的な場で真実薬でも飲ませたのでしょうか?」

「それは──魔法省があの人の復活など荒唐無稽だと──」

「私、真実薬の入手できるルートを知っています。勿論私が所持するのは禁じられていますが、公的な場で全てを明らかにする事もなく、ハリーの言葉が嘘だと言っているのは、どうも私はおかしいと──」

「あなた──あなたにも、またわからせなければならないようですねミス・プリンス。罰則1週間、グリフィンドール20点の減点。ミスター・ポッター、あなたも罰則1週間とグリフィンドールに50点の減点です」

 

 

アンブリッジは怒りで震える声でそういうと、胸に雑誌を掻き抱き肩を怒らせて立ち去った。

 

 

「あら、私おかしいこと言ったかしら。変わった先生ね、あれは誰なの?」

「…アンブリッジよ、ソフィア」

「ああ、あの人がそうなの。変よね、真実を明らかにしたいのなら真実薬を飲めば済むのに」

 

 

ソフィアは軽く言いながらトーストを咀嚼し、かぼちゃジュースを飲む。

ハリーとロンとハーマイオニーは、これからのことを思うと一刻も早くソフィアの記憶を戻さなければならない、でなければ寮の得点はともかく、ソフィアは毎日罰則になってしまうだろう──そう思った。

 

 

 

実際、ソフィアはかなり酷かった。

予め教師達にはダンブルドアからソフィアは記憶喪失になり、精神年齢は9歳ほどである。イースター休暇が始まるまでに記憶が戻らなければ休学になるが、それまではなるべく刺激の多いホグワーツで過ごす、そのため今までのソフィアと同じだとは思わない方がいいと説明されていたが──。

授業についていけないのは仕方のない事とはいえ、感情を抑え込む事がまだ苦手なソフィアは、アンブリッジには反論し減点され、セブルスのグリフィンドール生への冷遇には食ってかかり減点され、ハグリッドの授業でアンブリッジがいる事に気付けば「まぁ五月蝿い人がいるわね!」と敵意を剥き出しにした。

 

1日の授業が終わる頃には、ザ・クィブラーとソフィアの対応とで、ハリーとロンとハーマイオニーは記事が皆の関心を得ている事は嬉しかったが、へとへとになり、疲れきった表情でソファへ座り込んでいた。

ただ一人ソフィアだけがアンブリッジに不満を漏らしつつ、──何のことかよくわかってないが──ハリーのインタビュー記事により苛立っているアンブリッジが愉快だと屈託のない笑顔で笑っていた。

 

 

 



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291 理解が出来ない別れ!

 

 

 

ハリーはその日の夜、再びヴォルデモートの感情を受けていた──いや、感情ではなく、自分自身がヴォルデモートとなりその場を見ていた。

ルックウッドにより、ルシウスがボードに服従の呪文をかけてもなお何かを──ハリーとロンはそれを武器だと考えた──取り出すことが出来なかったこと、ボードはきっと取り出すことができるだろうとヴォルデモートに進言し計画を企てたエイブリーが無駄な計画に時間をかけたことを責められ罰を受けた事……。

そのことをハリーは見通しのよい校庭で昼休みの時間を使いハーマイオニーとソフィアに話したが、ソフィアはただ困惑し、ハーマイオニーはじっと空を見つめていた。

 

 

「それじゃ、だからボードを殺したのね。武器を盗み出そうとした時、何がおかしなことがボードの身に起こったのよ。誰にも触れられないように、武器そのものかその周辺に防衛呪文がかけられていたのだと思うわ。だからボードは聖マンゴに入院したわけよ。頭がおかしくなって、話すことも出来なくなって。覚えてる?ボードは治りかけていた。それで連中にしてみれば、治ったら危険なわけでしょう?つまり、武器に触ったとき何かが起こって、そのショックでたぶん、服従の呪文は解けてしまった。声を取り戻したら、ボードは自分が何をやっていたかを説明するわよね?武器を盗み出すためにボードが送られたことを知られてしまうわ。もちろんルシウス・マルフォイなら、簡単に呪文をかけられたでしょうね。マルフォイは魔法省にずっと入り浸ってるんでしょう?」

「僕の尋問があったあの日はうろうろしてたよ。どこかに──ちょっと待って、マルフォイはあの日神秘部の廊下にいた!」

 

 

ソフィアはハリーの興奮し小声で叫ぶ声を聞きながら自分が知っているルシウス・マルフォイと、今彼らが語るルシウス・マルフォイの乖離に頭を悩ませていた。ルシウスはいつもソフィアとルイスには優しかった。二人が言うような服従の呪文をかけるなんて、犯罪を犯すなんてどうも思えない。

 

 

「ルシウスさんが…そんな事を…?」

「ソフィア、その話は後でね。後でルシウス・マルフォイがどんな人間か教えるから」

 

 

ハーマイオニーは今はこの問題を明らかにするのが先だときっぱりとソフィアに言うと、ハリーに向かいあいその続きの話を促した。

天啓のように全ての出来事が一つに繋がっていく感覚に、ハリーとハーマイオニーは声を顰めつつ興奮し必死に脳を回転させる。

 

 

ソフィアはむっとした表情を浮かべると、静かに立ち上がり校庭を横切った。

思案に夢中であるハーマイオニーとハリーはソフィアが離れていくことに気付かず、少々置いてけぼりだったロンだけがそれに気付き「あ、ハリー、ハーマイオニー」と声をかけたが、すぐに「ちょっと待って」と止められてしまい口を噤む。

暫く悩むように歩き出したソフィアと顔を寄せて話す二人を見ていたが、ロンはすぐに立ち上がるとソフィアの後を追った。

 

 

「ソフィア!どこに行くんだい?」

「ドラコに聞きに行くわ。ルシウスさんがそんな事するわけないもの」

 

 

当然だと言うようにソフィアは明言し、ロンが呆気に取られている間にもずんずんと大広間に向かう。昼休みの今ならば、きっと昼食を食べに大広間にいるだろう。

 

しかし、すぐに我に帰ったロンは今のソフィアの思慮のなさと行動力に困惑しながら「ダメだよ」と腕を取った。

 

 

「何故?」

「うーん、多分ハーマイオニーとハリーは嫌がると思うし、マルフォイと──ルイスも困るよ」

「どうして?ドラコは私の友達よ?ルイスは私の家族よ?」

「あー……そうか、そこも話さなきゃならないのか……えーと。マルフォイと君はたしかに友人だった。多分、三年生くらいまではね、でもマルフォイがハーマイオニーに……穢れた血って侮辱してから、マルフォイと君の仲は少しずつ変わったんだ。それと──あの人が復活して、僕たちは騎士団に行った。でも、ルイスは僕たちの元にこなかった。死喰い人側のマルフォイについたんだ。今年は、君たちは……僕が見る限り、一度も話してないよ」

「……嘘、そんな」

 

 

ロンの言葉にソフィアは激しく狼狽えた。

そんなわけがない、昨日は本気で心配そうに自分を見てくれていた。ルイスが──私から、離れるなんて、そんな事あり得ない。

 

 

今のソフィアにとって誰よりも信じられるのは友の言葉ではなく、ルイスの言葉だった。

ソフィアは「嘘よ!」と強い言葉で叫び、ロンの腕を振り払うと静止の声も聞かず大広間へ走った。

 

 

大広間の扉を強く開け放ち──何人かがどうしたのだろうかとソフィアを見た──すぐにスリザリン生が座る席を見る。その中にドラコとルイス、そして数名のスリザリン生が談笑しながら食事をしているのを見て、ソフィアは周りの怪訝な目を気にする余裕もなく生徒達を掻き分け駆け寄った。

 

 

「ルイス!ねぇ、どういうこと?私と一緒だって──ずっと一緒だって──そう約束したでしょう?」

 

 

ソフィアの切羽詰まる声に、周りにいたスリザリン生がヒソヒソと言葉を交わす。スリザリン生にも、ソフィアが今までの記憶を失ったという噂が届いていた。

ルイスは一瞬、目を翳らせ辛そうな顔をしたが瞬き一つで涼しい表情に戻る。ソフィアは記憶を失った。今まで彼女が僕たちのために一線を引いていたその理由も、わからないのだろう。でも、記憶が戻った時に──彼女が守っていたものを壊すわけにはいかない。

 

 

「ソフィア。ここは僕たちスリザリン生の居場所だ。──グリフィンドールは向こうだよ。僕らはもう共に食事を取る事はできない。……記憶を失った君でも、この言葉の意味はわかるよね?」

 

 

初めて聞いたルイスの冷ややかな声と明確な拒絶に、ソフィアはカッと顔を怒りと悲しみから赤らめ思い切り手を振りかぶり、そのままルイスの左頬を打った。

乾いた音が響き、殴られた衝撃でルイスの前髪がはらりと乱れる。

 

ドラコは流石に記憶を失ったソフィアに言い過ぎではないかと胸が痛んだが、何かを言う前にソフィアは目に涙を溜め、それが決壊する前にソフィアは走り去っていた。

スリザリン生の馬鹿にするような嫌な笑いが聞こえる中、ドラコは「いいのか?」と小声でルイスに聞いた。

 

ルイスは走り去って行ったソフィアの背中を見つめたまま「これでいいんだ」と静かに呟いた。

 

 

 

ソフィアは溢れてくる涙を懸命に拭きながら行く当てもなく走り続けた。ロンが大広間に到着した時には既に姿を消し、ハーマイオニーとハリーが話し終えロンとソフィアの不在に気付いたのはそれよりもさらに遅かった。

 

 

走り続けたソフィアは、自分でも無意識のうちに他に頼ることが出来る者の元へと向かっていた。階段を駆け下り、一つの扉の前にたどり着くと、ソフィアは扉をノックする事も忘れ開け放つ。

 

 

「──父様!」

 

 

ソフィアは部屋の奥にある机に向かうセブルスに気づくと、わっと声を上げて泣きじゃくりセブルスが驚愕し何も言えない間に抱きつく。

いきなりのソフィアの泣き顔に狼狽えたセブルスだったが、すぐに扉が開かれたままである事に気付き杖を振るい、扉を閉め防音魔法をかけた。

 

 

「──どうした?」

 

 

本来なら他人がいるかもしれないこの場所に、ノック無しに飛び込み「父様」と呼んだソフィアを叱りつけなければならない。

しかし、今のソフィアは見た目は16歳だとはいえ、中身はまだ幼い9歳なのだ。

 

優しく低いセブルスの声に、ソフィアは泣きじゃくり途切れ途切れに何があったのかを話した。

 

 

「ル、ルイスがっ、ルイスっ──ひっく──ルイスが、私を嫌ってるみたい、なの。何で?何でそばに居ちゃダメなの?何で、ルイスは私と一緒じゃ、ないの?」

 

 

酷く聴き取り難く要領の得ない言葉だったが、セブルスはしっかりとソフィアの思いを掬い、慰めるように優しく抱きしめる。

 

ソフィアとルイスがそれぞれの道を、互いのために、互いの護るべき者のために違えたのは過去5年間の積み重ねの結果だ。

それに到達するまでに沢山の人とルイスとソフィアは思い出を重ね、絆を育み、確かな道を作って行った。歩む先は異なれど、目的も求める先も同じなのだが、全てを覚えていないソフィアには──ルイスが自分の事を嫌ったのだとしか思えなかったのだろう。

 

 

「…ソフィア。ルイスはお前を嫌ったわけでは、決してない」

「だ、だったら、何で?何でなの?」

 

 

ソフィアはしゃくり上げ、苦悶と悲しみに顔を歪めながらセブルスを見上げる。

頬を濡らす涙を優しく指先で撫でたセブルスは、考えながら、一言一言言葉を選ぶように口にした。

 

 

「…ルイスとソフィアは、ホグワーツで過ごす5年の間に数多くの護るべき者、幸福になってほしいと願う存在が出来た。それは膨大な時間と感情の積み重ねゆえであり、今のソフィアにはわからぬかもしれん。──ルイスは親友であるドラコを支え、護るため。ソフィアは……、……友人、であるポッター達を護るため、それぞれの道を違えた。しかし、それは2人が何度も話し合い心を通わせた結果であり、見ている先は同じだ。ただ、対象者が異なるだけだ」

「そんな──なんで、私はドラコとルイスも護らなかったの?だ、だって、そんなの、みんなで仲良くすればいいのに…!」

「…今は、それが許される状況ではないからだ」

「…っ!わ、わからないわ!」

 

 

ソフィアは首を振り、再度セブルスの胸元に顔を押し付け肩を震わせた。

今までの自分が何を思っていたのか、全く理解ができない。ホグワーツで過ごした5年間にあった事はハリー達から聞いていたがそれも断片的なものであり、その時のソフィアの感情までは伝える事は叶わなかった。──いや、伝えたとして、ソフィアが理解できなければ意味のない事だろう。

 

 

「…ソフィア、辛いのなら…イースター休暇を待たず、休学する手もある。こちらにいた方が刺激があり記憶が戻る可能性もあるが……保証はない」

 

 

セブルスは静かに言ったが、本音を言えばここで過ごす事を望んでいた。記憶がない今のソフィアを一人で家に置いておく事は不安であり、世界情勢も揺れていることから自分の目が届き、ダンブルドアの加護があるホグワーツから離れるのは得策ではないと考えていたのだ。しかし、ソフィアがここまで参ってしまうのならば、ジャックが運営する孤児院に預けるという手もある。

 

ソフィアは暫くひっく、ひっくと嗚咽を漏らし黙り込んでいたが、顔を上げると涙で目を光らせたまま口を開いた。

 

 

「私……私、ここにいるわ。私がルイスと離れてまで護りたかったものを、ちゃんと、知らなきゃだめだと思うの。それに、私は……忘れた記憶を、思い出したい。逃げたくないわ」

「……ああ、そうだな。それでこそ、私とアリッサの娘だ」

 

 

確固たる意志がこもった緑色の目に、セブルスは優しく微笑み、涙で濡れた頬に軽く口づけを落とし抱きしめた。

 

 

 

目元が赤いままグリフィンドールの談話室に戻ったソフィアは、次の授業が行われる魔法史へと向かい、かなり心配していたハーマイオニー達に一体どうしたのか、大丈夫かと聞かれ、やや痛々しさが残る微笑みを見せ「何でもないわ」と笑った。

 

 



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292 少しずつ戻る記憶!

 

 

1日の授業を終えた夕食時。ソフィアは昨日までの雰囲気の片鱗を漂わせるほど大人しくなっていた。

何かを深く考えこむような真剣な表情に、ハーマイオニー達は「本当に大丈夫?医務室に行く?」と何度か聞いたが、ソフィアはただ首を振った。

 

 

「私、全てを思い出したいの。ここで過ごした5年間の記憶を──なんで、私がルイスと離れたのか」

 

 

ソフィアはハッシュドポテトを食べながらぽつりと呟く。

 

 

「ええ…!私、明日から図書館に行って記憶を戻すためにいい方法が無いかを探すわ!」

 

 

ハーマイオニーは前向きなソフィアの言葉に微笑む。

心から喜びが溢れていないのは、記憶を思い出す目的が自分を思い出すためではなく、ルイスのためだからだ。今のソフィアは自分よりもルイスの方が大切だと頭では理解しているが、心ではどうしようもない不満がふつりと沸き起こり、ハーマイオニーの胸を刺した。

 

それでも思い出そうという明確な意志があるだけマシだ。すぐに自分のことも思い出すだろう、とハーマイオニーは自分に言い聞かせ無理に微笑んだ。

 

今のソフィアも、ハーマイオニーにとっては大切な親友である事に変わりはない。しかし──この5年間の全てを、今まで積み重ねたものを忘れてしまったのだと思うとやはり寂しかったし、悲しかった。

 

 

「早く、僕のことも思い出してね、ソフィア」

「うん、頑張るわ!──あーでも、恋人なのよね、私たちって……その、ちょっと思い出すのが恥ずかしいわ」

 

 

照れたように笑うソフィアの笑顔はハリーの記憶にある笑顔とかなり似ていて、ハリーは嬉しいような、胸が痛むような複雑な思いだった。少し違うと感じるのは、この笑顔の奥にあった愛情が欠落しているからだろうか。

 

 

「後で談話室で勉強も見てあげるわ、少しでも追いついた方がいいと思うし!早く食べて戻りましょう!」

 

 

ハーマイオニーが意気揚々と言った途端、机の上に並んでいた料理の皿が消え、大量のデザートが現れた。

 

 

「これ──」

 

 

ソフィアは銀色の大皿に乗せられた真っ赤なイチゴソースがかかる、滑らかな白色のブラマンジェを見下ろした。

 

 

「──ブラマンジェ…」

「あら、本当。珍しいわね、クリスマス・ディナーの時しか今まで出なかったのに」

 

 

不思議そうなハーマイオニーの声を、ソフィアはどこか遠くの事のように聞いた。

 

 

ブラマンジェを大きな取り分け用スプーンで掬い、自分の皿に移したソフィアは、デザートスプーンに持ち替え一口ぱくり、と食べた。

 

 

 

──この味、父様が作ってくれたブラマンジェと同じ。これは、私の大好きなデザートでそう、()()は誕生日だった。ルイスはプディングを作ってとお願いしていた──……。

 

 

その瞬間、ソフィアに今まで存在しなかった──忘れていた記憶が溢れた。

 

 

そうだった。これを食べたのは11歳の誕生日。ホグワーツへの入学の手紙が届いた日。あの日から私はソフィア・プリンスと名乗る事になったんだわ。

 

 

「…?…ソフィア、どうしたの?」

 

 

スプーンを咥えたまま黙り込んでしまったソフィアに、ハーマイオニーが「美味しくなかった?まぁ、好みは分かれる味よね」と言う。

 

ソフィアは一度ゆっくりと瞬きをし、もう一度ブラマンジェを掬って食べながら微笑む。

 

 

「ううん、とっても美味しいわ」

「そう?」

「ええ。──私これを食べたのは11歳の誕生日の日だった」

「へぇ、思い出の食べ物──」

 

 

さらりと言われたソフィアの言葉を、ハーマイオニーは聞き流しそうになったがすぐにスフレケーキを食べていた手を止めた。

ぽろりとフォークが指から滑り落ち床の上で跳ねる。

 

 

「ソフィア、あなた、それって──」

「思い出したわ。11歳になった日、これを食べて、そして──ホグワーツから手紙が届いたって」

 

 

ソフィアは柔らかい笑顔で微笑む。

あんぐりと口を開けたハーマイオニーは期待のこもった目で「その先は!?」と急いで聞いたが、ソフィアはブラマンジェを食べながら肩をすくめ「そこまでね」と軽く言った。

 

 

「そう……。でも、いい兆候よ!たった1日で2年分進んだのよ!きっとすぐ思い出すわ!」

「うーん、そうだといいわ」

 

 

どこか他人事なソフィアに、ハーマイオニーは他にも思い出の食べ物は無いのかと聞いたが、ソフィアははっきりと首を振った。

 

 

ソフィアは自分の目の前にあるブラマンジェが他のテーブルには無い事、そしてセブルスが作った味と全く同じだと気付き、幸せそうに大きなブラマンジェを一人で全て食べ切った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィアが記憶を失ってからもうすぐ2週間が経とうとしていた。

怪我は1週間前には完治し包帯も取れ、クィディッチの練習の許可も下りていた。

 

11歳までは記憶が戻り、さらにふとした時に11歳の頃のソフィアは知らないはずの悪戯グッズの使い方を知っていたり、ティティが変身できることを当然のことのように話したり、魔法について理論を話したりした。まだ断片的であり、道具や魔法の使い方がわかったところで大きな進歩ではないが、経過は良好だと言えるだろう。

 

ハリー達やソフィアと仲が良かったジニーとフレッドとジョージは毎日のようにそれぞれ「これはどう?」とソフィアとの思い出の品を見せたが、断片的に思い出す事は稀であり、ほとんど分からずきょとんとして首を傾げていた。

 

 

本来ならハリーと共に受けていた閉心術の授業も、ソフィアは一時免除されることとなった。ハリーはかなり羨ましがっていたが、記憶と心があやふやになっているソフィアに開心術をかけ無理矢理過去を曝け出すのは良くないことだと、ハーマイオニーは眉を吊り上げて凹むハリーに説明した。

 

 

「何としてでも後1ヶ月少しでソフィアの記憶を元通りに──それが無理でも近い状態に──しなきゃ!」

「でも、どうやるんだい?色々見せたけど無理だったじゃないか」

 

 

先頭を切り廊下を突き進みながら言うハーマイオニーに、ロンが怪訝な声で尤もな事を言う。しかしハーマイオニーはくるりと振り返ると足を止め、生徒に説明する教師のように胸を張り「簡単なことよ」と瞭然と言った。

 

 

「今まで見た物はソフィアにとって強い思い出ではなかったんだわ。多分、あの時のブラマンジェはソフィアにとって特別だった。そうでしょう?」

「ええ、11歳の特別な誕生日に食べたものだもの」

「だから、ソフィアがこのホグワーツで経験した思い出の中で、かなり強い特別な物を見せないといけないわ」

 

 

ハリーとロンは11歳の誕生日というものはホグワーツからの手紙が届く日であり、確かになによりも記憶に残る特別な日だったと頷く。しかし、ソフィアは手紙が届いたことが特別だったのではなく、家族で過ごすことの出来た唯一の誕生日だったから、強く心に刻まれたのだ。

 

 

「あまり、いきなりに膨大な量の記憶を戻すと脳が混乱してしまうかもしれないわ。──取り敢えず、1年生の時にあった出来事で、強くソフィアの中にあるだろう記憶といえば──ここよ」

 

 

止まっていた足を動かし、ハーマイオニーはひとつの扉の前で止まると親指でくいっと閉められた扉を指差した。

 

 

「ここは…?」

 

 

ソフィアは不思議そうに指された古びた扉を見る。この先には物置きと化した空き教室が続く廊下があるだけで、生徒達がこの扉を開け足を踏み入れる事は殆ど無い。教師達がそれぞれ授業で使用する魔法具や山のような教材を取りに来る、ただそれだけの場所だ。

 

しかしハリーとロンはハーマイオニーが指差した扉を見てぎくりと表情をこわばらせた。ハリーとロンも、この先に足を踏み入れたのは4年前が最後であり、それ以来この扉を開く事はなかった。

 

 

「ここって…」

 

 

ロンが愕然とし信じ難い目でハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーはすました表情をし全く気にする事は無い。「もうここは禁じられた廊下じゃないわ。今はね」と言うと扉の取手に手をかけ回す。鍵がかけられていないドアノブは抵抗なく回り、僅かに扉が開いた。

 

ハーマイオニーが視線でソフィアに入るように促し、ソフィアは首を傾げながら抵抗なくその先へ足を踏み入れた。

すぐにハーマイオニーもその後に続き、ロンとハリーは危険はないとはいえいい思い出の無い場所に踏み込むことに数秒躊躇していたが、恐々とその先へ向かった。

 

 

扉を開けた先には暗い廊下が続く。

あまり人が足を踏み入れない此処は、なぜか空気が停止し澱んでいるかのような重々しい雰囲気が漂っていた。

 

 

ソフィアは扉を過ぎたすぐ前に立ち、何もない上に()()()()()()()()()()視線を上げ、そしてすぐ下ろし床を食い入るように見た。

 

 

「ここは──ここ、は…」

 

 

震えるソフィアの小さな声に、ハーマイオニーとロンとハリーは後ろで見守りつつ視線を交わした。今まで思い出の品を見せていた時と明確に反応が異なる。

たしかに、ここは──この廊下は、ソフィア達が1年生の時、賢者の石を守るために踏み入れた禁じられた廊下だった場所であり、間違いなく思い出深いといえるだろう。

 

 

「……、……」

 

 

ソフィアは無言のままふらりと前に進み、一点に到着すると足を止め、床を見下ろす。

そこはちょうど、4年前に地下への隠し部屋があった場所だった。

 

 

「──っ…!」

「ソフィア!」

 

 

突如頭を押さえ体を曲げたソフィアに、ハーマイオニーは叫び駆け寄ると今にも倒れそうな体を支え、ハリーはソフィアの前に周り「ソフィア、大丈夫?」と不安げに彼女の閉じられた目を見て、ロンはそわそわと辺りを見回した。

 

 

ふっ、とソフィアは目を開けると肩を掴んでいたハーマイオニーの手に自分の手を重ね、ゆっくりと立ち上がる。それにつられて支えていたハーマイオニーと覗き込んでいたハリーも立ち上がった。

 

 

「──大丈夫よ、ハーマイオニー。ねぇ、今は…私は5年生なのよね?」

「え?え、ええ、そうよ」

 

 

ハーマイオニーは「まさか」と、期待を滲ませつつ強く頷く。

ゆっくりと目を瞬いたソフィアは、ハーマイオニーとハリーとロンを見ると心から嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「──わかった。思い出したわ、私には親友がいるって!」

「っ!──ソフィア!」

 

 

ハーマイオニーは感極まりソフィアに抱きつき、ソフィアも優しくハーマイオニーを抱きしめる。

 

 

「ごめんなさい。私、忘れるなんて本当にどうかしてたわ」

「ソフィア!ああ、いいのよ、思い出したのね?」

「ええ!──でも、5年生なのよね?私、思い出したけど……たしか…昨日、学年度末パーティがあって、グリフィンドールが寮対抗杯を獲得して、今からホグワーツ特急に乗るところで──」

 

 

ソフィアは体を離すと混乱したように言いながら辺りをキョロキョロと見回す。「どうして、またここにいるんだっけ…?」と呟くソフィアに、ハーマイオニーとロンとハリーは顔を見合わせ記憶が全て戻ったわけではないのだとわかった。

 

 

「なるほどね。やっぱり此処での記憶はソフィアの一年生の時の記憶と強く紐付けられているから、その先はまだ思い出せないんだわ。ソフィア、あなたは何故記憶を忘れたのか、それは忘れてない?」

「ええ……たしか、私は今──信じられないけど──5年生で、クィディッチの試合の怪我で記憶を失った…のよね?」

「そうよ。今日から夏休みじゃないわ」

「うーん……変な感じだわ」

「でも良かったな!」

 

 

ロンは喜びのあまりソフィアの背をばんばんと叩き、ソフィアは少し痛そうにしながらもにこにこと笑い大きく頷いた。

喜びを溢れさせるハーマイオニーとロンとソフィアを見たハリーは、自分がちゃんと笑えているかどうか自信がなかった。

今ソフィアの中にあるのは、友情だろう。愛情を持つのは一体いつになるのだろうか、それとも、2度と思い出さないのだろうか──。

嫌な想像を振り払うように、ハリーはわざとらしいほど「良かったね!」と高い声を上げた。

 

ハリーにとって、ホグワーツでの辛い日々を支えていたのは、紛れもなく()()()()()ソフィアの存在だったのだ。

 

 

 



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293 強い思い出!

 

 

トレローニーがアンブリッジの査察の結果、停職になった。

荷物を纏め玄関ホールまで追い詰められたトレローニーの嘆きと叫びはトレローニーの事が嫌いなハリーでも、流石に心を痛め可哀想に思うほどの痛々しさだった。

早くホグワーツから出て行けとニヤニヤと意地悪く笑い、楽しげにトレローニーに告げるアンブリッジだったが、それを止め拒否したのはダンブルドアであった。

たしかにアンブリッジは教師に停職処分を下す権利を持っている。しかし、このホグワーツ城から追い出す権限は校長のみが持ち、ダンブルドアはトレローニーがこの城で住み続ける事を望んだ。

 

トレローニーの後任となり占い学に就いたのは禁じられた森で暮らしていたケンタウルスのフィレンツェであり。半獣や獣全てが嫌いなアンブリッジは顔を赤黒く染め怒りに拳を震わせながら朗らかに微笑むダンブルドアを睨み続けていた。

 

 

トレローニーの停職処分よりも、ケンタウルスのフィレンツェが占い学を教えることの方が大部分のホグワーツ生にとっては衝撃的であり、占い学を受講している生徒は彼がどのような授業を行うのかと好奇心と少しの不安感を持ちながら心待ちにしていた。

 

ソフィアは魔法生物が好きであり、ケンタウルスの性質や彼らの生き様にも詳しい。だからこそケンタウルスが人と彼らの領分を超えて関わる事が信じられず驚き、占い学を受講しているハリーとロンを羨ましそうな目で見た。

ソフィアもまた、彼がどのような授業をするのかかなり気になっている生徒の一人だったのだ。

 

 

──しかし、ソフィアは占い学を受講していないし、今はそれよりも差し迫った問題があると言わざるを得ないだろう。

 

 

 

ソフィアはハリーとロンとハーマイオニーが自分の友人であるとは思い出したが、それも一年生終了時点の頃の記憶しか取り戻せていなかった。

ハーマイオニー達は嘆きのマートルがいるトイレ、暴れ柳のそば──本当は叫びの屋敷を見せたかったが、クルックシャンクスやティティに頼んでもうまく暴れ柳を大人しくするコブまで誘導することができず残念ながら不可能だった──を案内したが、ソフィアの記憶は戻る事は無かった。

 

日常生活を送る上で、記憶を失っていたとしてもそこまで困る事は無い。

ただ、ソフィアは5年生であり、将来へ繋がるとても大切な試験を控えている学生だ。

 

──そう。日常生活には困らないが、学生生活を送る上で今の知識量では不十分である。なにせ、2年生から5年生の今の授業内容を全て忘れているのだ。ソフィアは毎晩唸りながらハーマイオニーの力を借り、無理矢理頭に知識を詰め込んでいた。

 

 

「うぅ、宿題が終わらない…難しすぎるわ……ああ…なんで免除されないの…?」

「それは……休学しない限り、仕方がないわよ」

「ダメ…もうこれ以上詰め込めない……」

 

 

ある日の夜もまた、談話室でソフィアは沢山の教科書に囲まれ苦しげに呻いていた。

 

休学しなければ、たとえ記憶喪失であっても宿題は出される。勿論提出しなければ赤点であり──教師達は提出さえすればそれが教科書の丸写しでも良しとしようと密かに示し合わせていたが──ソフィアは自分には難しすぎる勉強と、多すぎる宿題の量に苦しんでいた。

授業に被りが無いとはいえ、ソフィアは占い学以外の全てを受講している。なんとかハーマイオニーの手を借り宿題をこなしているが、5年生の今、例年より膨大な量の宿題が出されている。

1年生の知識量しかなかったソフィアは、なんとか1週間程度で2年生の半ばほどの授業内容を理解した。それは間違いなく脅威的なスピードだが、毎日のように出される5年生の宿題に対して自信を持って取り掛かる事は到底不可能だ。

 

 

「何でこんなに沢山の科目があるのよ……」

「君が選んだんだぜ?よくやるよなぁ」

 

 

ソフィアが宿題が終わらないと追い詰められているのは3年生の時以来であり、少し懐かしく思いつつロンが呆れたような口調で言う。しかし、彼も宿題はまだ終わっていないため、今晩はソフィアと共に苦しむ事となるだろう。

 

 

ソフィアは大きなため息をつき、頭を掻くと必死に教科書に目を通しなんとか知識を頭に詰め込ませた。

ハーマイオニー達への友情を思い出したソフィアは、何としてでもホグワーツに残りたかった。このまま一人だけ途中から休学だなんて──そんな事考えられなかった。

だからこそ、ソフィアは必死になり毎日明け方近くまで猛勉強し、目の下に隈をつくっていたのだ。

 

 

「まぁまだ去年よりはマシよ。去年は本当沢山の授業が被ってて私とハーマイオニーは気が狂いそうだったわ、今年はマグル学と古代ルーン語が被ってるだけで──」

 

 

ソフィアはレポートを書いていた手をぴたりと止め、まだ途中までしか書かれていない空白の多い羊皮紙を見つめた。ぐっと押しつけられた羽ペンの先から黒いインクがじわじわと広がり、羊皮紙を汚していく。

 

何の前触れもなくホグワーツの3年生の時に受講科目が被っていた事を言い出したソフィアに、ハリーとロンは驚愕し息を飲み、ハーマイオニーは真剣な目で素早くハリーとロンを見ると「しーっ!」と人差し指を唇に当てた。

 

 

「そ、うよ……私…去年は……占い学もとっていた……リーマス先生が──叫びの屋敷で──ペティグリューが………母様…に、いさま……──っ!!」

「──ソフィア!?」

 

 

呟いていたソフィアは突然瞳を揺らせると苦悶の表情を浮かべ、頭を抱え体を縮こまらせた。

食いしばった歯からは呻き声が漏れ、次第に呼吸が荒くなっていく様子にハリー達は持っていた羽ペンや教科書を放り出しソフィアの元に駆け寄る。

 

 

「ソフィア?ソフィア!大丈夫?しっかりして!」

「はあっ…!は、っ…う…!お、思い出した、わ、私──なぜ、何故こんなことを──家族のことを、忘れ、て…っ!はぁっ、はっ…!」

 

 

ハーマイオニーに肩を支えられたソフィアは、ドクドクと嫌な音を立てる鼓動と流れる冷や汗、意に反して震える体を抱きしめながら呆然と呟いた。

大きく開かれた目には絶望と後悔、そして苦しみが宿り、呼吸は短く荒い。

ハーマイオニーは一気に家族のことを思い出した事でパニックになっているのだと判断すると、すぐにソフィアの頭を自分の胸に押し付け強く抱きしめた。

 

 

「落ち着いて、ソフィア。息を吸って、吐いて」

「っ……は、っ──」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの柔らかい声と、耳から伝わる落ち着いた鼓動を聞き、少しずつ合わせるように呼吸を整える。

緊張して固まっていた肩の力をふっと抜いたソフィアは、自分を抱きしめるハーマイオニーの背中に手を回し強く抱きしめた。

 

 

「ソフィア、大丈夫?」

「う──…ええ──ハーマイオニー、ありがとう…」

「…何か、思い出したの?」

「ええ……」

 

 

ソフィアの声はここ数日の中で1番落ち着いていた。

ゆっくりと体を離したソフィアは、歓喜に震えるハーマイオニーの頬に親愛を込めて軽いキスを落とし、にっこりと微笑む。

 

 

「思い出したわ。──家族の事をね。……でも、うーん…不思議な感覚ね、一気に時を飛び越えたような…ホグワーツでの日々が物凄いスピードで頭を駆け巡ったというか……」

「ソフィア、いつまで思い出したの?去年、ってことは、四年生の頃?」

 

 

ハリーはつい急かしてしまい、焦ったそうにソフィアに聞いた。まだ、自分のことは友達だと思っているのかそれとももうすでに──愛情を持っているのか。

 

 

「んー…四年生になったばかりで、時間割をもらった時までね。あー…変な感じだわ、今は2月よね?9月──じゃないわ。この記憶は、過去ね」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは僅かに落胆したが、記憶が少しずつ今に近づいている。このまま順調に記憶が戻れば、きっとすぐに自分との関係も思い出すだろうと思うとかなり嬉しかった。

 

 

「──だめ、頭がこんがらがってる……ちょっと、今日はもう寝るわ…」

 

 

ソフィアはふらりと立ち上がると散らばった教科書や羊皮紙に向かって杖を振り鞄の中に片付けた。よくソフィアがしていたその魔法をもう一度見ることが出来て、ハリーとロンとハーマイオニーは本当に記憶が戻っているのだと実感し、心の底から安堵した。

 

 

「この前記憶が戻った時は、あんまり混乱してなかったよな?」

 

 

ロンは女子寮に向かうソフィアを見ながら心配そうに小声で呟く。ハリーはそれもそうだと不思議そうに頷いたが、ハーマイオニーは呆れたような目で2人を見て大きくため息をついた。

 

 

「まぁ、一気にホグワーツで過ごした2年分と──家族のことを思い出したでしょ?ブラマンジェを食べた時も2年分の記憶を思い出していたけど……その時と、時間の流れは同じだけれど記憶の密度は異なるでしょう?ほんっとうに色々あったわけだし」

「ああ…なるほど」

 

 

ハリーとロンはハーマイオニーの言葉に納得し頷いた。たしかに、ソフィアにとって2年生と、とりわけ3年生の時の記憶は思い出も感情も濃厚なものだったのだろう。

ソフィアは一気に2年分思い出し、今が一体いつなのか、混乱しているのか。

 

 

「それにしても勉強のキツさで思い出すなんてなぁ。やばかったのはソフィアじゃなくて君だろハーマイオニー?」

 

 

目の下に隈をつくり必死になって宿題をこなしていた姿はあった。しかし、それでもソフィアはハーマイオニーのように苛つくこともヒステリックになる事もなく、上手く宿題と日々を過ごしているように見えたのだ。

 

 

「それは……あの時ソフィアは、実はかなり追い詰められていたってことね。…まあ、もう4年生になったって言ったわ!3月中には全て思い出せるかもしれない、やっぱり何かきっかけが──今に繋げる強い記憶のきっかけが必要なのかもしれないわ」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーは宿題の手を止め、ソフィアの全ての記憶を戻すためには何が必要なのだろうかと、時計の短針が12時を回る頃までずっと話し合っていた。

 

 

ーーー

 

 

 

DAが行われる日。ハリー達はいつものように注意しながら必要の部屋へと向かった。記憶を失ったソフィアは数回は彼らにとっての指導者にはなれなかったが、今メンバーに教えているのは守護霊魔法であり、使うことができるソフィアはハリーと共にまた皆の指導者となっていた。

メンバーは記憶を失い、一年半年分ほど記憶が無いとは聞いていたがそれで模擬戦では的確に相手を無力化し、有体の守護霊を自在に出せるソフィアをかなり尊敬していた。

 

 

前半に模擬戦を、後半に守護霊魔法の練習を始めて既に3度目だが、銀色の靄を出すことができても中々有体の守護霊を創り出す事は難しく苦戦している者が殆どだった。

そもそも、守護霊魔法は一人前の大人の魔法使いですら、うまく習得することが出来ないかなり難易度の高い魔法なのだ。

 

 

「でも、こんなに明るいところでなんの脅威も感じないままで練習して……意味があるのかな」

 

 

ハリーは部屋中に響く「エクスペクト・パトローナム」の声を聞きながら呟いた。隣にいたソフィアはルーナへの指導を終え、少し難しそうな表情をして「そうよね……吸魂鬼を連れてくるわけにもいかないし」と言う。

守護霊魔法の練習に取り掛かってから、ハリーは何度もメンバーに「こんな明るいところで出せたとしても、実際に追い詰められた時に創り出せるかどうかなんだ」と伝えたが、メンバーは楽観視しているのか、それほど深く考えていないようだった。

 

 

「どんな魔法も、使える事と、実戦で発現させる事は別だもの…だから、いま模擬戦をしてるわけだし……吸魂鬼……なんとかなるかもしれないわよ」

「えっ?……本気で連れてくるつもり?」

 

 

吸魂鬼の嫌な冷気を思い出したハリーは苦い顔をしたが、ソフィアは悪戯っぽく笑い「まぁ、試すにしてもみんなが──半数以上が有体を出せるようになってからね」と言った。ソフィアはハーマイオニーほどではないが、少々わかりにくい言い方をする事があり、ハリーが困惑し「何?何をするんだい?」と聞けばソフィアはこっそりと耳打ちをした。

 

 

「──なるほど、たしかに……それなら上手くいきそうだ!」

「でしょう?多分、できるはずよ。ここは必要の部屋だもの」

「君って、本当にすごいね。僕そんなこと思いつかなかった…」

「ふふ、ありがとう」

 

 

素直にソフィアを褒めれば、ソフィアは嬉しそうに頬を緩めて笑った。

 

 



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294 密告者は誰?

 

 

ザ・クィブラーのインタビューがハリーにもたらした幸福感は、日々強くなる不安にすっかりと消えていた。どんよりとした3月が終わり、いつの間にか風の激しい4月が訪れた。

ソフィアはあれから勉強の面ではもう必死になり唸る事もなくなり、少しの余裕が見える程度になっていたが、四年生からの記憶を思い出す事は無かった。

それでも焦りが見えないのは、各科目の教師に今の勉強の進み具合を伝えたところ、これならこのままOWL試験に臨んでも多少成績は下がるかもしれないが不可を取る事は無いだろうとお墨付きを貰ったからだ。ダンブルドアとセブルスからも休学することなくこのまま5年生を継続しても良しと判断されたソフィアは、たまに難解な宿題で眉を寄せる事はあれ、今までのように苦しむ事はなくなっていた。

 

一方ハリーはソフィアの記憶がなかなか戻らないことに焦り、ソフィアには言わないが不満と苛立ちが無いとは言い切れないだろう。記憶を失ったソフィアとハリーの関係はただの友人関係であり、そこに甘いものも特別な物も無い。

ハリーにとって恋人であるソフィアの存在が、今の不安と不満だらけのホグワーツで過ごす唯一の癒しだったのだ。……いや、今の友人関係でも、ソフィアの眼差しは柔らかくいつでも優しいが、どうしてもその先──例えばお休みの前のキスとか──を願ってしまうのは、仕方のない事だろう。

 

 

「…どうしたらソフィアは僕を恋人だって思い出してくれるんだろう」

 

 

夜の談話室で、ハリーは魔法薬学の宿題をしながらついに不満の一端をぽつりと呟いた。

ロンとハーマイオニーは宿題をしていた手を止め、ハーマイオニーに寄りかかるようにして眠ってしまっているソフィアをちらりと見る。

 

 

「うーん…去年の強い記憶は──沢山あるでしょうけど、全て三校対抗試合に関係しているものね、今ソフィアに見せる事は難しいわ」

 

 

ハーマイオニーはソフィアを起こさないよう小声で囁き難しそうな顔をする。ソフィアにとって去年の強い記憶は沢山あるだろう。しかしどれも今再現する事は難しく、それがわかっているからこそ今年起こったことで何か現在に強い思い出はないかと探し試したがなかなか良い結果には結びつかなかった。

 

 

「……寝ているお姫様を起こすのは、王子様のキスだって相場は決まっているんだけどね」

「…それで拒絶された僕は一生ソフィアと目を合わせられないよ」

 

 

少し悪戯っぽくハーマイオニーが言ったが、ハリーは口を尖らせ喉の奥でモゴモゴと拒否する。実際、ハリーはそれを考えた事もあった。しかしキスが出来るような雰囲気にもならず、そもそも今のソフィアにとってハリーはただの友人だ。ソフィアの記憶が戻らなければ最悪今の友人関係すら危うくなってしまう。

 

 

「えっハリーってソフィアとキスしたんだ?」

「う──うん、まぁ」

「おぉっ!」

 

 

ロンは喜びとも興奮ともつかぬ叫びを上げ、身を乗り出しハリーに「どうだった?」と聞く。ハリーは顔が赤くなるのを感じ、視線をうろつかせながら──ロンとハーマイオニーがいやらしくニヤニヤと笑っていることが凄く気になった──手は意味もなく羽根ペンを動かし羊皮紙にぐるぐるとした円を描いた。

 

 

「どうって、うーん。普通、だと思うけど。あー…冷たかったな…でも、ほら真冬で寒かったから──嬉しそうにはしてた──多分」

「へー何回くらいしたんだ?」

「……一回」

「へ?一回きり?」

 

 

ロンはつまらなさそうな声を上げ、ハーマイオニーも意外そうな目でハリーを見た。

居心地の悪さを感じたハリーは黒く塗りつぶされていく円を見て「だって、全然二人きりになれなかったし」と呟く。

 

 

「まあ、色々あったものね。DAとか閉心術とかクィディッチの練習とか。……その一回って、まさかソフィアの誕生日の時?」

「そう、だけど」

 

 

ハリーの言葉にハーマイオニーは真顔で考え込む。ハリーは何故自分とソフィアがキスをした事でこれほど真剣な顔をするのかわからず、苛々としながら「何だよ、悪い?」と怒ったように聞いた。

しかし、ハーマイオニーは何かを企むかのような不敵な笑みを見せる。

 

 

「誕生日に初めてのキスでしょ?ソフィアの強い思い出の可能性が高いわ」

「でも、だからって──」

「勿論ただのキスじゃなくて、その誕生日のシチュエーションを模倣しなくちゃならないわ。……ああ、でも……あの虫は冬に多いのよね…同じ状況をうまく作れるかしら…」

「無理なら──僕はしない。ソフィアに嫌われたくないんだ」

 

 

ハリーはきっぱりと首を横に振った。

あの素晴らしい幻想的な光景を再現するのは、やはり冬の澄み切った夜空と満点の星空、銀光玉虫の大群が必要だろう。どれかが欠けた状態でソフィアにキスをして、その目が喜びや愛情ではなく狼狽と嫌悪に染まっていたら──そう想像するだけでハリーは胃の奥がシクシクと痛んだ。

 

 

「あー…まぁ、そうね……うーん。良い案だと思うんだけど」

 

 

ハーマイオニーはそれ以上踏み込むことはなく、残念そうに肩を落としソフィアの綺麗な黒髪を撫でた。

小さな鼻にかかるような悩ましい呻き声を上げたソフィアは眉根をきゅっと寄せ、薄く目を開く。

 

 

「ぅん…?──ふぁあ……寝ちゃってたわ…」

 

 

ソフィアは目元を擦りながら体を起こしたが、まだ夢うつつであり思考がぼんやりとしているのだろう、すぐにハーマイオニーの肩に頭を乗せ目をゆっくりと瞬かせる。

 

ハリーはそんなソフィアと、まんざらでもない様子のハーマイオニーを見ながら、再び苛立ちが溢れてくるのを感じ、ぐしゃぐしゃと書き損じた羊皮紙を丸めた。

 

 

──あの場所は、僕の場所であるべきなんだ。

 

 

ハーマイオニーへの嫉妬に、ハリーは今すぐハーマイオニーを押し退けソフィアを奪いたい衝動を必死に抑えながら思い切り暖炉に丸めた羊皮紙を投げ入れた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

イースター休暇前の最後のDAの日。

ソフィアはダンブルドアに記憶の戻り具合の最後の報告に行かなければならず、会合には遅れて向かうとのことで、ハリーとロンとハーマイオニーの3人で必要の部屋へと向かっていた。

あれから何度か会合を行い、メンバーの半数以上が有体の守護霊を創り出すことに成功していた。

ハーマイオニーはカワウソ、ロンはジャック・ラッセル・テリア、ルーナはウサギ──他にも何人もがそれぞれが自分の守護霊を創り出し、誰もが特別なその存在をうっとりと見つめていたのだ。

 

 

会合の時間ギリギリになり、ハリーとロンとハーマイオニーが扉に入れば既に他のメンバーは──ソフィア以外が──集合し、早く守護霊魔法をもう一度やりたい、あの素晴らしい守護霊に会いたいと口々に興奮しながら話し合っていた。

 

 

「えーと。今回が休暇前の最後の会合になります。まず初めに……守護霊魔法の復習から──」

 

──ガタンッ!

 

 

ハリーが皆に言いかけた時、部屋の奥から異音が響き、皆が驚いて振り返った。

奥にはひっそりと古い箪笥があり、ガタガタと細かく揺れている。

 

 

「な、何──?」

「きゃああっ!」

 

 

小さく怯えた声を上げたのは誰だったのか、それをかき消すように何名かが悲鳴をあげ、集団が不安げに身を寄せ合う。

 

 

「な、なんで灯りが消えたの?」「イテッ!おい、誰だ足を踏んだやつは!」「押さないで!」──部屋を照らしていた灯りが風も無いのにフッと消えてしまい、それに驚き上がった悲鳴は皆の緊張と不安感を煽る。

 

ハーマイオニーは「ルーモス!」と唱えすぐに杖先に灯りをつけ、その灯りを見た者は慌てて杖を出し同じようにルーモスを唱えた。

 

 

「な、なに?」

「なんだ?おい、ハリー?」

「──さ、寒い…!ねぇ、なんだか、寒くない?」

「こ──これって、まさか」

 

 

恐怖に引き攣った声が響き、一瞬沈黙が落ちた。

この身体の芯から凍える冷気は、2年前のホグワーツ特急で体験したことがある。誰もがその最悪な記憶を覚えており、奥歯を震わせながらじりじりと後退した。パニックになったコリンがすぐに扉に飛びつき、必死にドアノブをガチャガチャと動かすが──何故か、扉は開かない。

 

 

「あ、開かない!な、なんで!?──アロホモラ!──だ、駄目だ、開かない!」

 

 

コリンの絶望感漂う声に、女生徒がわっと泣き出す。

ガタガタと音を立てていた棚がついに開き、中からすう、と滑るように黒く巨大なものが──吸魂鬼が現れた。いや、棚からだけではない。本棚の裏から、部屋の奥から、どこから現れたのか数体の吸魂鬼が現れ、恐怖に怯えるコリン達を囲むようにゆっくりと近づいてくる。

 

 

「──っ!みんな、幸せな記憶を思い出して!守護霊を創れる人は前に!出来ない人は後ろでルーモスを!灯りを絶やさないで!」

 

 

すぐにハーマイオニーが鋭い声で指令を出した。パニックになっていたメンバー達は震える手で杖をしっかりと握り、守護霊を創り出せる者が集団の前に立つ。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!」

「エ、エクスペクト・パトローナム!!」

 

 

ハーマイオニーの杖先から銀色のカワウソが飛び出し、一体の吸魂鬼に飛びかかる。次にシェーマスの狐の守護霊がそばにいた吸魂鬼を押し退け、フレッドとジョージのジャーマン・ハンティング・テリア達が部屋中を駆け回った。

他にもまだ練習時には有体の守護霊を作り出せた者はいたが、パニックになり恐怖心が勝った今、うまく守護霊を創り出すこと出来ず銀色の靄と光の粒が部屋中に霧散していた。

 

 

吸魂鬼は守護霊達に追い払われ、嫌がるように部屋の奥へと移動すると、闇に紛れて──消えてしまった。

部屋を駆け回っていた守護霊も消え、銀色の光の粒が部屋中にキラキラと輝く。

 

 

 

暫くメンバー全員がその闇を恐々と見ていた。張り詰められた緊張感、誰も何も言うことが出来ず、いつでも魔法を出せるように杖を前に向ける中──消えていた部屋中の明かりが前触れなく点灯する。

暗闇に目が慣れていた皆は眩しそうに目を細め顔の前に腕を上げ、そして──その先に、ハリーが立っているのを見た。

 

 

「ハリー!?」

「逃げて!さっきまで吸魂鬼が──」

 

 

ロンとジニーが直ぐに叫んだが、ハリーは少し申し訳なさそうに彼らを視線を交わし、悪戯っぽく笑った。

 

 

「──ほらね。吸魂鬼を前にして有体の守護霊を創り出すのは難しいって言っただろう?」

「え?──ま、まさか」

「──ま、そんなことだろうと思ったわ。だって吸魂鬼は消えないもの」

 

 

ハーマイオニーは吸魂鬼が闇の中に消えてしまい、灯りが戻った後の隠れる場所がないこの室内に一体も居なかった事を確認し、それは一種のテストだったのだろう、と理解していた。

 

 

「ど、どう言う事だい?」

「つまり、ハリーは──多分、ソフィアと──私たちをテストしたのね」

「そうなんだ。ここは望んだものを用意する必要の部屋だ。僕とソフィアで数時間前に来て『守護霊魔法を練習するために最適な部屋』を願った。部屋に入ってみたら中央に写生魔法道具があって、それを使い吸魂鬼に変えて、この部屋のいろんな場所に隠して、ソフィアには扉を開けられないようにしてもらって、灯りを消して…あと冷気を出してもらって──」

 

 

ハリーは説明をしながら、部屋の隅でこっそりと待機していたソフィアを見た。

ソフィアはダンブルドアの元には向かっていない。その事も今回の作戦の一つであり、ソフィアは誰よりも先にこの部屋を訪れ認識阻害魔法を自分にかけて部屋の隅で待機していたのだ。ハリーはメンバー全員が棚の異音に意識を取られた隙に透明マントを被り、同じように部屋の隅で様子を見守っていた。

写生魔法道具は魔法生物のスケッチなどによく利用される安全なものであり、その物の性質までは写生しない。それ故に見た目は吸魂鬼であっても、ただのハリボテであり守護霊により撃退されたわけではなく、ただ押されて部屋の奥に向かい、使用時間が終了し、消えてしまっただけだ。

 

 

ハリーはこの種明かしを、ソフィアと共に行うはずだった。

しかし、ソフィアは部屋の隅でじっと立ちすくみ呆然とハリーを見つめているだけで、当初の予定とは少し違い、ハリーはどうしたのかと首を傾げる。

 

 

「──ソフィア?」

「──、……。……あっ、ううん、ごめんなさい。そうなの、ええっと……?」

 

 

ソフィアは目を覚ましたかのようにハッとすると慌ててハリーの隣に並び、まだよく理解できていないメンバー達を見回し少し困ったように首を傾げた。

 

 

「えっと、どこまで説明したかしら?」

「もう殆ど話したよ」

「そう。──えぇっと、そうね。有体守護霊を出せたのは、ハーマイオニー、シェーマス、フレッドとジョージの4人だったわね!ごめんなさい、騙すような真似をして。……でも、これでハリーの言っていた意味と、魔法を的確に使う難しさはわかったと思うの。守護霊は綺麗で素敵だけじゃ無いの。自分の身を守ってくれる大切で、大きな存在よ。だからこの後守護霊を創り出せなかった人は、もう一度チャレンジしてみてね」

 

 

ソフィアとハリーの言葉を聞いて呆然としていたメンバー達は、ようやく2人にしてやられたのだと分かると、「流石に不意打ちの吸魂鬼は駄目だろ!」と口々に不満を言い詰め寄ったが、それも少しの間だけで後は今まで通り守護霊の練習を始めた。

今までどこか神々しくて美しい守護霊を創り出す事だけを考えていたが、彼らはようやく、守護霊魔法と本気で向かいあった。

 

部屋に呪文が響く中、ハリーはこれで皆がこの魔法がどれだけ大切なものかと理解してくれるだろう、と胸を撫で下ろした。生半可な気持ちでは、殆どの者が実際吸魂鬼と遭遇した時にうまく出せないままだっただろう。

 

 

部屋の至る所に隠していた魔法道具を回収しながら、ハリーは今までとは違い真剣な目をして守護霊を創り出すメンバーを見て満足げに頷いた。

 

 

「うまくいって良かったね、とりあえずこれで──」

「ハリー」

「どうし──」

 

 

沢山の本棚の影にソフィアはハリーを引き込むと、そのまま背伸びをしてキスをした。

 

ハリーは目を見開いたままソフィアの顔を呆然と見ていたが、少ししてソフィアが恥ずかしそうに目を開き体を離した途端、血が沸騰したのかと思うほど体が一瞬にして熱くなった。喉の奥がカラカラに乾き、叫び、走り出したい程の衝動に、ハリーは手に持っていた魔法道具を放り出しソフィアを抱きしめた。

 

 

「ソフィア、まさか──」

「ええ……思い出したわ。あなたを愛しているって、さっきの守護霊魔法の銀色の残滓を見て……ほら、あの時の光景に似ていたでしょう?」

「──ッ!」

 

 

ソフィアは暗い部屋に輝く銀色の光の粒を見て、ハリーと恋人だったことを思い出した。いや、それだけではなく、それから今までの事も、全ての失っていた──忘れていた記憶を取り戻したのだ。

 

ハリーは喜びのあまり腕に力を込め、声なく叫びソフィアの肩口に額を押し付けた。ふわりとソフィアの甘い香りを感じ、身体の奥が多幸感にふわふわと浮き足立つ。

 

 

「本当に?嘘じゃないよね?」

「あら、友達の──唇に、キスをするような子に見える?」

「ううん、見えない。それは僕が身を持って理解してるからね」

 

 

ハリーの返答が面白く、ソフィアはくすくすと小さく笑う。

ハリーは顔を上げ、ソフィアの瞳を吐息が掛かるほどの近い距離で見つめた。美しい緑の瞳には、自分しか映っていない。それに、今までにない甘いような、優しい眼差しが──焦がれていた、切望していた愛情が含まれていた。

 

 

そのまま吸い寄せられるように、ソフィアの柔らかな唇にキスを落とせば、ソフィアは静かに目を閉じて受け入れた。初めてしたキスとは違い、温かなソフィアの唇に触れるたびに身体の奥が落ち着かなくなり、何も考えられずハリーは夢中で何度も唇を重ねた。

 

 

「ん──ハリー」

「──あ、ご、ごめん」

 

 

 

鼻にかかる甘い吐息に、「もっと」と今までの空白を埋めるように求めていたハリーだったが、ソフィアはやんわりとハリーの胸を押し恥ずかしそうに顔を赤くしたまま眉を下げた。

我に帰ったハリーはようやく自分達がどこで何をしていたのかを理解し、慌ててソフィアから体を離す。ソフィアの唇が少し濡れていて灯りに反射し艶やかに見え、ハリーは何やら見てはいけないものを見てしまったような気がして一気に顔を赤くした。

 

 

「…さ、片付けないと」

「──うん。そうだね」

 

 

とても残念だったが、ハリーはなんとかソフィアの唇から視線を外し落ちている魔法道具を拾い上げた。

 

──そうだ、今はDAの最中だ。休暇前の最後の練習になるんだし、ちゃんとしないと。

 

 

ハリーはそう思ったが、どうしても頬がにやけるのを抑えられず浮き足立ち軽い足取りでメンバーの元へと戻った。

 

ソフィアは嬉しそうなハリーの後ろ姿を見て、本棚に体を預けると小さくため息をつき唇をそっと指で撫でる。

 

 

「……閉心術が開始されたら…大変な事になるわ……」

 

 

この記憶は──ハリーと交わした熱い口づけの記憶は──出来るならセブルス(父親)には見せない方がいいだろう。と、流石のソフィアも理解していた。

 

 

 

それから時間ギリギリまで守護霊魔法の練習を行った。吸魂鬼を目の前にして本来の力を発揮出来なかった者は先ほどの光景を思い出し冷静になり守護霊を創り出す練習を行い。未だに有体を作り出すに至らないものはさらに真剣に練習に打ち込んだ。

 

そろそろ終了の時間だと言う時、突然必要の部屋の扉が開き、閉じる音がした。

皆が手を止め振り返り杖を構えたのは、まだ先ほどの光景が脳裏に刻まれていて神経を尖らせたからだろう。

今日は欠席しているメンバーが到着したのだろうか、とハリーは扉近くの生徒が魔法を出さず静まり返っているのを見て首を傾げる。

 

しかし、メンバーが扉の前から引き、現れたのはドビーだった。いつもよりも更に不安げに眉を寄せ、忙しなく手を動かしている。

 

 

「やあドビー、何しに──どうかしたのかい?」

 

 

ドビーはハリーの前まで近づくと、じっと彼を見上げる。小刻みに震えているドビーの目は恐怖に見開かれていた。

 

 

「ハリー・ポッターさま…ドビーめはご注進に参りました……でも、屋敷しもべ妖精というものは、喋ってはいけないと戒められてきました…」

 

 

この場にいることが恐怖だというように震えていたドビーは弾かれるように走り出し、自分を罰する為に壁に頭を打ち付けようとした。すぐにハリーが取り押さえようとしたがドビーの方が僅かに早く、壁に激突する──しかし、ハーマイオニーが編んだ大量の帽子がクッションになり、跳ね返ってひっくり返っただけだった。

ハウスエルフを初めて見た者も多く、その習性に同情と恐怖で悲鳴をあげる。

ハリーはドビーに駆け寄ると彼が自傷しないように取り押さえ、部屋の中央に引っ張り周りの危険そうなものから遠ざけた。

 

 

「ドビー、一体何があったの?」

「ハリー・ポッター……あの人が、あの女の人が……」

 

 

ソフィアはハウスエルフの特性をよく知っている。そして──ドビーというハウスエルフが他者とは違い、主人の命に背いた行動を行いハリーを助けた過去がある事も。

 

 

「ハリー、あなたに──いえ、皆に危険がある、そうねドビー?」

 

 

ドビーは恐怖に慄いた目でソフィアを見つめ、ゆっくりと頷いた。その細く小さな握り拳はあまりの強さで握られ真っ白になっている。

 

 

「あの女って、まさか──アンブリッジ?」

 

 

ドビーはハリーの言葉に小さく頷き、そしてハリーの膝に自分の額を打ち付けようとした。ハリーは混乱しながらも腕を限界まで伸ばし、ドビーを拘束しながら自分から引き剥がし、じっとその恐怖に染まる目を見る。

 

 

「アンブリッジがどうかしたの?ドビー──この事はあの人にはバレてないだろ?僕たちの事も、DAのことも──」

 

 

その答えは聞くまでもなかった。恐怖に打ちのめされたドビーの瞳が、何を言わずとも全て物語っていたのだ。ハリーは嫌な汗が流れるのを感じながら静かにドビーに「あの女が来るのか?」と聞いた。ドビーは大きく頷き「そうです、ハリー・ポッターさま!」と金切り声で叫ぶ。

 

 

「全員逃げなさい!今すぐ!まだ外出禁止の時間じゃ無いわ!何か聞かれたら私の記憶を探していたって言いなさい!──さあ、急いで!」

 

 

ソフィアはすぐに皆に指示を出す。ソフィアの真剣で緊張が孕んだ声に、全員が一斉に扉へ突進した。

 

 

「ハリー!ソフィア!急いで!」

 

 

扉の前で揉みあっている集団の中からハーマイオニーがもどかしげに叫んだ。ソフィアはすぐに扉へ向かったがハリーがついて来ていない事に気付くと振り返り、自傷しようもがくドビーを必死に押さえつけているハリーを見た。

 

 

「ハリー!早く!」

「先に行ってくれ!すぐに行く!」

 

 

このままドビーを置いて行く事はできず、ハリーは叫んだ。ソフィアはそれでも迷うように足を止めていたが、ロンとハーマイオニーに腕を引かれ、ハリーが必死にドビーに「ドビー、これは命令だ!厨房に戻って仲間と一緒にいるんだ──」と伝えているのを聞きながら扉をくぐった。

 

ソフィアとハーマイオニーとロンは扉を出て左へと走った。グリフィンドール寮へ直行するよりは少し遠回りをして、別の場所で今まで過ごしていたと装うのが1番だろう。ハーマイオニーはそう考え、一目散に寮へ戻ろうとしていたロンに「こっち!」と小声で言い、必要の部屋から離れた。

 

 

「──っ!!ルイス……」

 

 

階段を駆け下り、曲がり角を曲がった途端、少し先に杖を持ち待ち構えていたのはルイスだった。

ロンは硬い表情をしたが、ハーマイオニーとソフィアはほっと安堵の息を吐く。

 

 

「君たち、こんな時間に、こんな場所で何をしていたの?」

「私の記憶を戻す為に、ホグワーツ中を散策していたの。どこにきっかけがあるかわからないでしょう?夢中になってしまって、こんな時間になったのよ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーとロンの前に出ると冷静にそう告げた。

ルイスは少し呆れたような顔をしたが、ちらりと背後に目を向け誰も近くにいないことを確認すると小声で囁く。

 

 

「すぐに降りた方がいい。あの人とドラコが近くにいるはずだから」

「ありがとう、そうするわ。もう減点と罰則は懲り懲りだもの。──行きましょう」

 

 

ソフィアは二人に促し、ハーマイオニーとロンは頷き足速にルイスの隣を通り過ぎる。

ルイスは静かに壁際まで下がり、3人が帰るのをじっと見ていた。

 

 

「──ルイス、私……()()()()()()

 

 

ルイスの隣を通り過ぎる時に、ソフィアはルイスにだけ聞こえるように囁いた。ルイスは少し目を見開いたがすぐに嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべると、何も言わず頷いた。

 

 

 

そのまま3人は無言でグリフィンドール寮へ戻り、同じ会合メンバーの不安げな顔に出迎えられた。

グリフィンドール寮のメンバーは全員欠けることなくここにいることを確認したソフィアはすぐに寝室に向かうように告げる。誰もが混乱し、なぜアンブリッジにバレたのかを聞きたがっていたが──今、ソフィアにはそれはわからないことだった。

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンはひっそりとした談話室の中、暖炉のそばのソファに座り緊張からか、力の入っていた肩をふっと落とした。

 

 

「……みんな、ちゃんと帰れてたらいいんだけど…」

「そうだな……でも、何でバレたんだ?」

 

 

ロンは不安げにちらちらと肖像画の扉を見る。この先からアンブリッジが現れるのでは無いかと、気が気ではなかったのだ。

 

ソフィアとハーマイオニーは深刻な表情で黙り込む。ハーマイオニーが用意したあの魔法契約により、誰が密告者なのかはすぐにわかる事だろう。しかし、そんな事よりも禁じられたにも関わらず何ヶ月も会合をおこなっていた事が知られてしまったのなら、おそらく、実質リーダーだったハリーとソフィアの2人の退校は免れないだろう。

なんとかして言い訳を考えなければならないが、アンブリッジが納得する言い訳など果たして存在するのだろうか。

 

 

「……なぁ、ハリー……遅くないか?」

 

 

黙り込んでしまったハーマイオニーとソフィアにロンは怖々と聞いた。これからのことを必死に考えていた2人はハッとして顔を上げ、「まさか」と呟く。

その表情を見たロンも、顔をみるみる内に青くすると居ても立っても居られず立ち上がった。

 

 

「駄目よ!もう9時をすぎたわ!ここにいないと、更に大変な事になる!」

「でも、ハリーが…!きっと、捕まったんだ、あのくそババアに!」

 

 

ハーマイオニーは慌ててロンを止めたが、それでもロンは座る事は無くもどかしげに扉を見る。

 

 

「その可能性は高いわ。透明マントを被っていたらいいけど…そんな余裕無かったかもしれないし……でも、私たちは地図も透明マントも持っていないわ。目眩し術だけで外を歩くのは……流石に、バレた時に言い訳ができないわ。今は──ハリーの帰りを待ちましょう」

 

 

ソフィアは重々しく呟くと、指を組み祈るように額に押し当てた。

ロンは暫く苛立ちと不安からうろうろとしていたが、ついにハーマイオニーの必死な視線に耐えられず、足を投げ出すようにしてソファにどかりと座り込んだ。

 

 



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295 尋問官親衛隊!

 

 

ダンブルドアが校長職を退き逃亡し、アンブリッジが校長に就任した。

 

その事実は一夜にしてホグワーツ中に広まった。生徒の中で全てを正しく知っているのは校長室にいて目撃していたハリーとマリエッタだけだったが、ダンブルドアが逃亡する時に闇祓いを2人に高等尋問官、魔法大臣であるファッジ、下級補佐官であるパーシーを一撃でやっつけたと言う話が驚くほど正確に伝わっていてハリーはかなり驚いていた。──尤も、その話は時間が経つにつれ尾鰭がついていたが。

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは夜遅く寮に戻ってきたハリーから何があったか、誰が密告者だったのかを聞いた。まさか退学か、と最悪の事態を覚悟していたが、マリエッタは防衛組織があった事は伝えたが、今まで行われていた事は認めず、会合を作ったのは法令が出る前であることをダンブルドアが告げ、結果──ダンブルドアアーミーと名付けられた事を追求され、ダンブルドアは逃亡したのだ。

 

あの名前のせいで、ダンブルドアが逃亡しなければならなくなったと思うと発案者であるハーマイオニーはかなり落ち込み項垂れ、ソフィアも参加者が書かれた羊皮紙を毎回持ち帰るべきだったと悔やみ唇を強く噛んだ。

 

 

マリエッタはハーマイオニーがかけた呪いにより顔に大きく『密告者』と形作る酷い吹き出物が現れずっと医務室に泊まり込んでいたため、自然とハリーが皆に直体験の話をせがまれる事となった。──ハリーはダンブルドアの魔法により何もわからず気が付いたら彼は消えていたと皆に説明した。本当の事を伝えたのは、ソフィアとロンとハーマイオニーの3人だけであり、彼らにも絶対にこれは言わないでくれと強く頼んだのだ。

 

 

「ダンブルドアはすぐ戻ってくるさ。僕たちが二年生の時も、あいつらダンブルドアを長くは遠ざけておけなかったし。今度だってきっとそうさ」

 

 

薬草学からの帰り、ハリーの話を熱心に聞いた後でアーニーが自信たっぷりに言った。実際、そう思っている生徒は多いのは事実だ。──何故なら昨夜、アンブリッジは校長室に入ることができなかった。ホグワーツは彼女を校長だと認めていないのだと皆が囁き、ダンブルドアの復職の時は近いと確信していたのだ。

 

 

「どうやらあいつ、相当癇癪を起こしたらしい」

 

 

アーニーはアンブリッジが校長室から締め出されたところを想像しニヤリと笑った。

 

 

「ああ、あの人、きっと校長室に座る自分の姿を見てみたくてしょうがなかったんだわ」

 

 

玄関ホールに続く石段を上がりながら、ハーマイオニーが冷ややかな声で言う。アンブリッジの事を心から嫌っているハーマイオニーの口からは、かなりキツい言葉が溢れ出ていた。

 

 

「他の先生より、自分が偉いんだぞって。馬鹿な思い上がりの、権力に取り憑かれたババアの──」

「おーや、君、本気で最後まで言うつもりかい?グレンジャー?」

 

 

ドラコがクラッブとゴイルを従え、嘲笑いながら扉の影からするりと現れソフィア達の行く手を阻む。青白い顔が隠すつもりのない悪意で歪み、ニヤニヤと意地悪く笑っている。

その後ろには、ルイスが静かに控えていた。

 

 

「気の毒だが、グリフィンドールとハッフルパフから少し減点しないといけないねぇ」

「監督生同士は減点できないぞ、マルフォイ」

 

 

アーニーが即座に言ったが、ドラコは余裕の表情でせせら嗤う。

 

 

「監督生ならお互いに減点出来ないのは知っているよ。しかし、尋問官親衛隊なら──」

「尋問官親衛隊?」

 

 

ソフィアは聞き慣れぬ言葉を繰り返し、ハーマイオニー達も怪訝な顔をして眉を寄せる。

ドラコは「ああ、そうさ」と胸を逸らし監督生バッジのすぐ下に輝く『(アイ)』の銀バッチを指差した。

よく見ればドラコだけではなく、クラッブとゴイル、そしてルイスの胸にも同じバッジが光っている。

 

 

「魔法省を支持する、少数の選ばれた学生のグループでね。アンブリッジ先生直々の選り抜きだよ。──とにかく、尋問官親衛隊は減点する力を持ってるんだ。……そこでグレンジャー、新しい校長に対する無礼な態度で5点減点。マクミラン、僕に逆らったか5点、ポッター、お前が気に食わないから5点、ウィーズリー、シャツがはみ出てるから5点、ソフィア、化粧が派手すぎるから5点減点だ。──ああ、そうだ。忘れていた、おまえは穢れた血だグレンジャー、だから10点減点」

 

 

ドラコがそう言った瞬間ソフィアとルイスは同時に杖を抜き鋭く振るった。

 

 

「──っ!?」

 

 

ドラコの目の前で弾かれた魔法は1つではなく、その後も無言魔法を駆使しドラコへ攻撃魔法を繰り出すソフィアと、盾の魔法を使いドラコの前に立ち守るルイス。弾かれた魔法は床や壁に激突し、巻き込まれては敵わないとばかりに見守っていた生徒達は慌てて2人から距離を取った。

 

ハーマイオニーは生徒達の叫びを聞きつつ──火の玉が生徒たちの側をかすめていった──「駄目よ!」と叫んだが、大切な親友であるハーマイオニーを侮辱されたソフィアに彼女の声は届かない。

 

 

「ルイス、退きなさい!」

「君が止めるならね、ソフィア」

 

 

ドラコは目の前で起こる爆風に喉の奥で悲鳴を上げ、さらにその場から後ずさる。ハリー達もまたソフィアを止める事も出来ず跳ね返った魔法から自分の身を守るだけで精一杯だった。

 

ソフィアとルイスの力はほぼ同格であり、頭に血が上っているソフィアだったがルイスを傷つけたい訳ではない、ルイスもまたソフィアを傷つけるつもりはない。それがわかってるからこそソフィアは歯痒くて苛立ちを抑えないままに強く足を踏み出し叫んだ。

 

 

「ドラコ!あなた最低よ!その言葉を言うなんて、あなたには知性の欠片もないわ!悪口しか言えないなんて、ルイスに守られるなんて、本当にお子様ね!?」

「──何だと?」

「悔しいなら私に魔法をかけなさいよ!決闘をしなさいよ!ちまちま減点するだなんて、いやらしいわね!

私はもう、何も覚えていない子どもではないわ、その言葉は二度と、言わないでと言ったでしょう!服を蛇に変えられるだけでは足りなかったの?──ああ、あなたは私とハーマイオニーに比べて知能が足りないから覚えてないのも仕方がないかしら?もう一度だけ言ってあげるわ。ハーマイオニーを、私の大切な親友を穢れた血だなんて呼ばないで!」

 

 

ソフィアは苦い顔をするドラコに怒りを込めて叫んだ後、震える手を下ろしルイスを睨む。

 

 

「あなた、友達の教育はしっかりしないよ。あなたの品性まで疑われるわよ、ルイス」

「親友は教育するものじゃないよ。それにこれはドラコの趣味だからね」

 

 

ルイスは杖を下ろし、くるりと指先で弄びながら軽く答える。

それでも納得のいかないソフィアは何かを言おうと口を開いたが、猛攻撃が終わった瞬間を見逃さずハーマイオニーとハリーがソフィアの腕を掴み引っ張り止めた。

 

 

「駄目よソフィア!また減点される!」

「離してハリー!減点くらいなによ!その分加点されたらいいのよ!」

「駄目よソフィア、あんな奴のせいで減点されるなんて、馬鹿馬鹿しいわ。あなたの言う通りあの人は減点でしか私たちを攻撃出来ない小心者のケナガイタチだもの。──さあ、行くわよ!」

 

 

まだソフィアは言い足りなかったが、引きずられ──ロンとアーニーが後ろから懸命にソフィアの背を押した──寮の得点が記録されている砂時計の前を通った。昨日まではグリフィンドールとレイブンクローが首位争いをしていたが、今は見る間に石が飛び上がって上に戻り、下に溜まっていた量が減っていた。

 

 

「おいおい楽しい事してるなぁ」

「俺らも混ぜてくれたら良かったのに」

 

 

騒ぎを聞きつけすぐに大理石の階段を降りてきたフレッドとジョージが楽しげに言いながら怒れるソフィアの肩を代わる代わるぽんぽんと叩いた。

 

 

「もう!ドラコ!許せないわ!」

「今マルフォイが僕たちから殆ど30点減点したんだ。またハーマイオニーを侮辱してソフィアがめちゃくちゃ怒ってたとこさ」

 

 

グリフィンドールの砂時計から、また石が数個上に戻るのを見ながらロンが説明し、ハリーも憤慨しながら頷く。

砂時計の石が減っていないのはスリザリンだけであり、彼らは些細なことで難癖をつけ他寮の得点を引いているのだろう。間違いなく、その尋問官親衛隊はスリザリン生しかいないのだと、説明を受けなくてもハリー達は理解していた。

 

 

「ああ、モンタギューのやつ、休み時間に俺たちからも減点しようとしやがった」

「しようとした、ってどう言うことさ?」

「最後まで言い終わらなかったのさ。俺たちが二階の姿をくらます飾り棚に突っ込んでやったんでね」

 

 

ニヤリと笑いながらフレッドとジョージが説明したが、ハーマイオニーはそんな事をすれば後で大幅減点──だけでは済まされず、罰則になると心配したが2人は全く気にしていなかった。

 

 

「とにかくだ……俺たちは、問題に巻き込まれることなどもう気にしない、と決めた」

「気にした事あるの?」

「そりゃ、あるさ。一度も退学になってないだろ?」

「俺たちは常に一線を守った」

「時にはつま先くらい出ていたかもしれないが」

「だけど、常に本当の大混乱を起こす手前で踏みとどまったのだ」

 

 

フレッドとジョージは愉快で少しスリリングな悪戯をする事はよくあるが、かと言って本当の意味で生徒達に危害を加え困らせたことはない。スリザリン生への悪戯でやり過ぎなかったかと聞かれれば嘘にはなるかもしれないが、それも彼らなりの正義故であり、怪我をさせた事は無かった。

 

しかし今、アンブリッジが校長になり、秩序が守られず今後もスリザリン生以外が不当な扱いを受けなんの楽しみもないホグワーツで過ごす──それは、彼らにとっての()()を超えさせるだろう。

 

 

「だけど、今は?」

「そう、今は──」

「ダンブルドアもいなくなったし」

「ちょっとした大混乱こそ」

「まさに、親愛なる新校長に相応しい」

「駄目よ!ほんとに、駄目!あの人たちあなた達を追い出す口実なら大喜びだわ!」

 

 

ハーマイオニーが囁き必死に忠告したが、彼らはからからと明るく笑った。

 

 

「わかってないなぁハーマイオニー。俺たちはもうここにいられるかどうかなんて気にしないんだ。今すぐにでも出ていきたいところだけど、ダンブルドアのためにまず俺たちの役目を果たす決意なんでね。──そこで、とにかく」

「第一幕が間も無く始まる。悪い事は言わないから、昼食を食べに大広間に入った方がいいぜ。そうすりゃ先生方もお前達は無関係だとわかるからな」

 

 

ソフィアはフレッドとジョージの何の迷いもない目を見て、本気で彼らがこのホグワーツから出て行くつもりなのだと悟った。

ホグワーツに明るく楽しい太陽のような2人が居なくなる。それを考えるととても寂しい気がしたが、確かに今のホグワーツは、彼らには狭すぎるのだろう。

 

 

「楽しみにしているわ。あなた達は何よりも自由であるべきだもの!」

 

 

ソフィアはにっこりと笑い、その勇姿を讃えるかのようにフレッドとジョージに抱きつき親愛を込めて頬にキスを送るフリをし口の中で舌を鳴らした。2人は悪戯っぽく笑うと、ジョージはソフィアの頭を優しく撫で、フレッドは背を叩いて大広間の方へ押し出した。

ハッフルパフ生であるアーニーは大広間に入ることはなく「変身術の宿題が終わってないから」と誰に言うわけでもなく呟くと今も目の前で寮の点数が引かれていくのを困惑して見ながらふらふらとハッフルパフ寮へ向かってしまった。

 

ソフィアはまだドラコに対してふつふつと滾るような怒りがあったが、取り敢えずフレッドとジョージの助言通りに昼食を取ろうと大広間の扉を開ける。

 

しかし、ソフィア達が大広間に入る前にその先で待ち構えていたフィルチがハリーの肩を叩いた。

 

 

「ポッター、校長がお前に会いたいとおっしゃる」

「僕がやったんじゃない」

 

 

ハリーはフレッドとジョージが言っていた企みの事を考えていたせいで、つい余計な事を口走ってしまった。途端にフィルチが意地悪く喉の奥を震わせて笑い「後ろめたいんだな?え?」と呟く。

 

 

「ついてこい」

 

 

ハリーは行きたく無かったし特に呼び出される理由もわからなかった。まさか昨夜のダンブルドアが逃亡した事をまた聞くつもりだろうか?漠然とした不安からハリーはソフィアとロンとハーマイオニーを振り返ったが、彼らもまた不安げな顔でハリーとフィルチを見比べていた。

 

 

「──…わかりました」

 

 

アンブリッジの命令なら、きっとここで拒否したとして何か理由をつけて呼び出すに決まっている。そう考えたハリーは渋々頷き、ニタニタと笑い先に歩くフィルチの後を追った。

 

 

「何なんだろう?」

「さあ……昨日の事かしらね…」

「後で聞きましょう。──お昼ご飯を食べましょう!怒ったらお腹すいちゃったわ!」

 

 

ソフィアは大股でグリフィンドールの机まで向かうと荒々しく座り、オートミールが入ったボウルを引き寄せる。

ロンのハーマイオニーはちらりと顔を見合わせ少しため息をつくと、すぐにソフィアの隣に座りそれぞれ好物が入った大皿を引き寄せ自分の皿に盛った。

 

 

「それにしても……フレッドとジョージ、大丈夫かしら…」

 

 

ハーマイオニーはこの大広間に入る事なくどこかへ行ってしまった彼らの事を考え心配そうに呟く。ロンはソーセージに齧り付きながら、少し複雑そうな顔で笑った。

 

 

「大丈夫さ。──まぁ、やることによっては…ママはブチ切れて2人は今度こそ花壇の花になるかもな」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは衝撃を受けた顔になったが、何も言わずポテトパイをもそもそと食べた。

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーはフレッドとジョージがいつ何を行うのか詳しくは分からなかったため、あまりウロウロするのは賢くは無いだろうと考え、腹が満たされても大広間から出ることは無く、ちびちびとかぼちゃジュースを飲んでいた。

 

 

その時は、何の前触れもなく突然起こった。

 

 

──ドンッ!

 

 

大広間の壁や床が揺れ、机に乗っていた皿がガチャガチャと音を立てて落下した。いや、皿だけでは無く衝撃で驚いた生徒の何人かは椅子からひっくり返ってしまっただろう。

「うわっ!?」「きゃああっ!」「な、なんだ!?」──その叫び声は一人ではなく、ほぼ大広間にいた生徒全員が口にしていた。城が揺れたのでは無いかと思うほどの衝撃が終わった後には絶えず破裂音が響き、ソフィア達は顔を見合わせてその音のする方へ駆け出した。

 

 

騒ぎを見ようと集まった生徒たちで溢れる玄関ホール。その先の階段を全身が緑と金色の火花で出来たドラゴンが何匹も行ったり来たりし、その度に火の粉を撒き散らし大きな音を立て破裂していた。

 

数えきれぬほどの直径1.5メートルはありそうな巨大なショッキングピンクのネズミ花火が城中を破壊してしまいそうなほどに激しく飛び回り、ロケット花火がキラキラ輝く銀色の星を長々と噴射しながら壁に当たって跳ね返っている。線香花火は勝手にアンブリッジへの悪態を文字で描き、爆竹が地雷のように爆発している。

あまりの光景に唖然としたのは一瞬で、後は巻き込まれてはたまらないと生徒たちはきゃあきゃあ叫びながら逃げ惑った。

 

不思議と花火は燃え尽きて消える事なく爆破し続け、ソフィア達は頭を低くし火の粉を払いながら安全な場所へ駆け出した。

 

 

「なんてこった!すっげえ!」

「ふふっ!最高ね!」

「凄いわね、どんな魔法なのかしら……あ、見て、アンブリッジよ──まぁ!いい気味だわ!」

 

 

3人は声を低くして囁き、必死に場を収集しようとしているがちっとも上手くいっていないアンブリッジを見てなるべく声を殺して笑った。

 

 

 

花火は燃え続け、その午後学校中に広がった。相当な被害を引き起こしたが、アンブリッジ以外の先生方はあまり気にしていないようだった。

教師達は自分の教室を跳ね回るドラゴンを見つけると「校長先生を呼んでくるように」と告げ、城中を駆け回り必死にドラゴンやネズミ花火などの処理にあたるアンブリッジを呼びつけた。

「花火を消失させていい権限が自分にあるかわからないから」とどの教師も口を揃えてそう言い、本来は簡単に場を収める事ができる彼らは面白そうな目で城中を舞い踊る花火と、よれよれになり駆け回るアンブリッジを見ていたのだ。

 

 

その夜のグリフィンドールの談話室で、フレッドとジョージはまさしく英雄だった。今のアンブリッジに対して不満に思わない生徒など、スリザリン生の一部のみだろう。アンブリッジが必死の表情をしているのがなんとも愉快でならなかったのだ。

 

こんなことをするのは彼らしかいない、皆がそう思い興奮し「スカッとしたよ!」「すごいや!」と叫ぶ。

違反に厳しいハーマイオニーですら、「素晴らしい花火だったわ!」と彼らを賞賛したほどだ。

 

フレッドとジョージは沢山の賞賛を受けにっこりと笑うと、寮生に向けてあの花火の説明をし、買いたいと手を上げる者の注文を受け始めた。

 

 

「本当に凄かったわね!」

「ええ、また見たいわ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはフレッドとジョージに賞賛を言った後、ハリーとロンが座る席へ向かった。

自然とソフィアはハリーの隣に座り、ハーマイオニーはロンの隣に座る。

彼らはこんな素晴らしい気分の時に、宿題をやりたくなんてない、鞄の中に入っている宿題が勝手に片付いてくれないだろうか、とでも思っているような顔で鞄を睨み付けていた。

 

 

「まあ、今晩は休みにしたら?だって、金曜日からイースター休暇だし、そしたら時間はたっぷりあるわ」

 

 

ハーマイオニーは鞄の中から甘いヌガーを取り出しソフィア達に分けながら朗らかに言った。ハーマイオニーが宿題を後回しにするなんて、そんなことその5年間一度も無く、ロンは信じ難い目でハーマイオニーを見て「気分でも悪いのか?」と呟く。

 

 

「聞かれたから言うけど。なんていうか……今の気分はちょっと……反抗的なの」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうに茶目っ気たっぷりに言うと、ヌガーを口の中に転がしてニコリと笑う。

 

 

「まぁ!良いわね。私も今日はやめておくわ。記憶が戻って、ちょっと頭の中を整理したいし……」

 

 

ニコニコと笑いながらハーマイオニーから貰ったヌガーを食べたソフィアは、腕を上に伸ばし大きく伸びをする。

 

記憶が全て戻ったのは昨夜の事だ。あれからDAの事が密告されダンブルドアが逃亡しフレッドとジョージが花火を爆発させ──色々あり、記憶の事を考える暇が無かったのだ。

 

 

「ちょっと私に質問してほしいの。今までの5年間のことで…記憶に抜けが無いかどうか、調べないと後々面倒な事になりそうだわ」

「ああ、そうね。えーと……じゃあ──」

 

 

それから眠くなるまで、ハリーとロンとハーマイオニーはソフィアに今までのことを質問した。少し考え込む事はあったが、全てに答える事ができ、おそらく記憶の抜けは無いだろうとハーマイオニーは判断する。

たまに思い出せないささやかな事はあったが、5年間の日々を全て覚えることなど不可能だ。──むしろ、ソフィアより記憶を失っていないはずのロンとハリーの方が覚えていない事があり、ハーマイオニーが呆れたほどだった。

 

 

「そういえば、閉心術はどうするの?ソフィアは一旦止まっていたけど…また明日あるはずよね?」

 

 

ハーマイオニーは何気なく聞いたが、ハリーはそのことをすっかり忘れていたため嫌そうにしかめ面をしてしまった。

 

 

「うーん……明日、時間に行って聞いてみるわ。必要なければ、多分追い返されるだけでしょうし」

「それがいいわね。──あ、もうこんな時間だわ、そろそろ寝ましょうか」

 

 

ハーマイオニーはふと時計を見てそう言うと机の上に散らばっていたゴミに向かって杖を振り、暖炉の中へと投げ捨てた。ぼすん、と小さな音を立ててゴミは燃え尽き、一度大きくなった炎はまたいつもと変わらずゆらゆらと揺れ始める。

 

 

「おやすみハリー。心を静かにするの、頑張ってね」

「うーん…頑張るよ。おやすみソフィア」

 

 

ソフィアはハリーの頬にキスを落とし、ハリーも軽くキスを送った。

ロンとハーマイオニーはにやにやと笑っていたが、ハリーの心は他に得られようのない幸福感と充実感でいっぱいであり、ちっとも気にならなかった。

 

 

 



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296 セブルス・スネイプの記憶

 

 

ソフィアとハリーは夕食後、閉心術の授業を受けるためにセブルスの研究室へ向かっていた。

玄関ホールを半分ほど横切った時、「待って!」と声がかかり振り向けば、そこには余程慌てて来たのか荒い呼吸をしたチョウが居た。

 

 

「あの……その──マリエッタの事なんだけど…」

 

 

何を言いたいのか察したソフィアはチョウの手を引き玄関ホールの端にある巨大な砂時計の近くへ移動した。今、マリエッタの話題はかなり他人の生徒の関心を集めている、あまり人の多いところで話す話題では無いだろう。

 

チョウは表情の硬いハリーを見ると眉を下げ、本当に申し訳なさそうに謝った。

 

 

「本当に、ごめんなさい。マリエッタのこと……。私、告げ口するとは夢にも思わなくて……ほら、あの子のお母さんは魔法省に勤めているから……」

「もう起こってしまった事は仕方がないわ。確かにマリエッタは、よくないことをした。それで失った人は──大きすぎるわ」

 

 

チョウはソフィアの言葉に項垂れ小さく頷く。

チョウにとってマリエッタはとても仲の良い友人だった。だからこそ、自分を裏切る事はないだろうと無理に──セドリックを殺した不条理を許さないために、彼女はハリーとソフィアの考えに賛同したのだ。

だが、よく考えればマリエッタは初めから嫌がっていた。母親が魔法省の人間であり、もしバレたらクビが飛んで今まで築き上げた物を失ってしまう。マリエッタがこんな暴挙に出たのはきっと、母親のことに深く関係があるのだろう。

 

 

「本当に、ごめんなさい……」

「あなたに謝ってほしいわけじゃ無いのよ、チョウ。だってあなたが密告したわけじゃ無いもの。──それに、マリエッタは密告したけれど、私たちを本当の意味で裏切る事は無かったわ」

「……ソフィア…」

 

 

ソフィアは優しく微笑みチョウの震える手を握る。チョウは目に涙を溜めて「ありがとう、本当に、ごめんなさい」ともう一度震える声で言うと頭を下げて手を振り、大広間へ駆けて行った。

その後ろ姿をハリーは何とも言えず僅かな怒りと苛立ちを含む目を向けていた事にソフィアは気付き、そっと身を寄せた。

 

 

「チョウは悪くないわ」

「……マリエッタの親が魔法省で働いているからって、密告するのはおかしい。ロンのお父さんだって魔法省勤めだけど、ロンは密告しなかった」

 

 

憤慨しながらハリーが言えば、ソフィアは「そうね」と否定する事なく頷き、すっと目を細めチョウの消えた扉を見つめる。

 

 

「だから、罪があるのはマリエッタだけよ。──文句を言うのもね」

「……」

 

 

まだハリーは納得していなかったが、今ここに居ないマリエッタに対して怒っても意味のない事だ。これから心を静めなければならないというのに、苛立ちや怒りを感じていたらきっとまた閉心術はうまくいかないだろう。

ハリーは大きくため息をつくと、ソフィアと向かい合い頭ひとつ分は小さなソフィアの瞳を見つめ、その華奢な肩に頭を乗せた。

 

 

「……ソフィアって、考えが大人だよね」

「そうかしら?ハーマイオニーにはもっと大人になって!って言われちゃうけどね──ドラコの事とかで」

 

 

昨日のドラコを懲らしめたいソフィアと、ドラコを護りたいルイスの攻防を思い出したハリーは喉の奥で苦笑し「確かに」と言うと、軽くソフィアを抱きしめた後、体を離した。

 

 

「落ち着いたかしら?今から閉心術だもの、あまりイライラするのは良くないわ」

「うーん。わかってるんだけど。最近──色々あったし、ヴォルデモートの感情は流れ込むし……どうすれば静かに出来るのかわからないんだ」

「それは──まぁ、私もあまり得意ではないから、何とも言えないわね」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、ハリーの手を取るとゆっくりと研究室へ向かう。

ソフィアも感情の起伏が激しい方であり、記憶を失う前に何度か行った閉心術の授業では全くうまくいっていない。尤も、ソフィアの場合は静める静めないとは関係無く、セブルスに対して心を防御する事が難しいと言えるのかもしれないが。

 

 

研究室の扉までたどり着けばハリーはまたも重いため息を吐き、ソフィアと繋いでいた手を離すと心から嫌そうに顔を歪めゆっくりと扉を開いた。

 

ハリーとソフィアが研究室の中に入った時、「遅刻だぞ、ポッター」と冷ややかなセブルスの声が響く。セブルスは扉に背中を向けて立ち、机の上に置いた憂いの篩に自分の記憶をいくつか取り出し注意深くしまっているところで、ソフィアもいる事に気がついていなかった。

最後の銀色の一筋を石の篩にしまい終わるとセブルスは振り返り、そしてソフィアがいる事にようやく気付き片眉を上げた。

 

 

「ミス・プリンス。君は記憶が戻るまでは休止だと伝えたはずだが?」

「私、2日前に全ての記憶が戻りました。ハーマイオニー達に何度かテストをしてもらい、特に記憶に大きな抜けは無いと確認しています。──ご心配おかけしました」

 

 

ソフィアは微かに微笑み、セブルスにだけ伝わるようにウインクを送る。セブルスは暫く無言だったが、その表情が安堵しているように見えるのは、きっとソフィアの勘違いでは無いだろう。

 

 

「ならば、数ヶ月分の遅れを取り戻すように。今日からまた励みたまえ。──さてポッター、練習はしたのか?」

「はい」

「まあ、すぐにわかる事だがな。──まずはポッター、杖を構えろ。ミス・プリンス、下がりたまえ」

 

 

ハリーは頷いたが、勿論練習は全く出来ていない。何度か試みた事はあるが、毎日悩み事はあり様々なことで心を乱されている。寝る前に心を静かにする事なんて一度たりとも成功する事はなく、今も変わらずヴォルデモートの記憶を夢を通して見ていた。

ソフィアは扉の前まで下がり、ハリーはいつもの場所に移動し机を挟んでセブルスと向き合った。

 

 

「では、3つ数える。──1、2──」

 

 

セブルスが杖を構えそこまで言った時、研究室の扉が勢いよく開きドラコが走り込んで来た。

 

 

「スネイプ先生──あっ──すみません」

 

 

ドラコは真っ先に扉の前にいたソフィアに気付き、親子としての時間過ごしているところだったのか、邪魔をしてしまったかと思いすぐに謝った。

しかし、その先にいるハリーに気付くと怪訝な顔をして3人を見比べる。

 

 

「かまわん、ドラコ。ポッターとミス・プリンスは魔法薬の補習授業に来ている」

 

 

セブルスは杖を下ろしながらさらりと言い、ローブの内ポケットに杖を戻した。ドラコはまさか二人が補習授業を受けるだなんて思わずにやにやと意地悪げに笑い「知りませんでした」とソフィアとハリーを馬鹿にした目で見つめた。

ハリーは羞恥と怒りからカッと顔を赤らめ、今すぐ本当のことを叫びたかったが何とか歯を食いしばって耐え、その代わりに呪い殺さんばかりの視線でドラコを睨んだ。

 

 

「さて、何の用かね?」

「アンブリッジ先生のご用で──スネイプ先生に助けていただきたいようです。モンタギューが見つかったんです、先生。5階のトイレに詰まってました」

「どうやってそんなところに?」

「わかりません、先生。モンタギューは少し混乱しています」

「よし、わかった。──ポッター、ミス・プリンス。この授業は明日の夕方にやり直しだ。

 

 

モンタギューはスリザリン・クィディッチチームのキャプテンであり、彼を失っては優勝杯を獲得する事は困難になる。一刻も早く正気に戻さなければならないと考えたセブルスはさっと体の向きを変えると足速に研究室を後にした。

ドラコはその後について部屋を出る前にセブルスの背後で一度振り返り、にやりと笑い口の形だけでハリーとソフィアに言った。

 

 

「ま・ほ・う・や・く・の・ほ・しゅ・

う?」

 

 

いやらしくそう言ったドラコは声無く嘲笑し、扉を閉めた。

バタン、と閉まった音の後2人の足音が遠くなりついに聞こえなくなった時、ハリーは苛立ちを隠さず舌打ちをこぼし杖をローブの中に仕舞った。

 

 

「最悪だ。明日には僕たちが魔法薬の補習を受けてるって噂になるんだ!」

「間違いなくそうでしょうね。──仕方ないわよ。だって補習以外に怪しまれずスネイプ先生と過ごす理由は無いもの。……例えば、お茶会だなんて言えないでしょう?」

「スネイプとお茶会なんて、アンブリッジとの方がまだマシだね。少なくとも毒入りじゃ無いから」

 

 

ハリーは皮肉のつもりでそう言ったが、その想像はあながち間違いではない気がしてソフィアは苦笑した。

閉心術の練習が24時間は出来る、しかしその代償に明日の朝にはドラコにより魔法薬の補習の事を広められると思うとハリーは全く喜べず、寧ろ陰鬱とした気持ちで研究室の扉へと向かった。──しかし、ふと足を止め扉の枠にちらちらと踊る銀の明かりを見つめた。

 

 

「ハリー?どうしたの?」

 

 

扉に手をかけていたソフィアは振り返り不思議そうな声を上げたが、ハリーは「ちょっと待って」と言いじっとその不思議な色を見据える。何か、思い出しそうだった、これに似た物をつい最近どこかで見たような気がする──。

 

その灯りは、昨夜の夢で見たものに似ていた。神秘部を通り過ぎるいつもの夢で、2番目に通り過ぎた部屋の灯りも、確かこんな色をしていた。

 

ハリーは振り返り憂いの篩に近づき、銀白色のもやのような物が渦巻く篩を見下ろした。後ろでソフィアは息を飲み「駄目よ」と囁いたが、緊張と興奮から鼓動がドキドキと煩くなっているハリーはそれに気づかず、食い入るような目でそれを見続けた。

 

 

「この色、昨日の夢で──いつもの神秘部の夢で──見たんだ。スネイプは神秘部にある武器のことで、何か重要な事を知っていて、それを僕に隠したいのかもしれない」

「え?それは……。…あり得るわね。スネイプ先生は騎士団員だもの」

 

 

騎士団員は皆、間違いなく何かを知っていてそれを故意に隠している。ハリーに関わるだろう武器のようなもの、については全く情報を与えてくれない。きっと未成年の自分達を深く関わらせたくないのだろうとはわかっていたが、ハリーは自分に関わるのならその武器が何なのか知りたかった。

それに、頻繁に夢を通して見るヴォルデモートの思いがハリーに伝わり、彼もまた神秘部の奥の扉に隠されている物を強く──渇望しているのだ。

 

 

「少し確認するだけだ。神秘部に何があるのか……」

「……これは、どうやって使う物なの?」

 

 

憂いの篩を覗き込むハリーにソフィアは静かに聞いた。ハリーは過去ダンブルドアが使っていた様子を思い出しながら「顔を突っ込んで触れるだけで、中の記憶を見る事が出来るんだ。多分、戻る時は引っ張ればいいんだと思う」と答えた。

暫くソフィアは黙っていたが、そっと篩に近づき銀白色のもやを覗き込む。そこにはどこかの部屋が写っているような気がしたが、瞬きをする間にくるくると景色が変わっていて、一体どこなのかはよくわからなかった。

 

 

「ハリー、透明マントは今あるの?」

「え?うん、アンブリッジに会って難癖をかけられないように……最近は地図とマント、持ってるよ」

「なら、透明マントを貸して?もし、スネイプ先生が戻ってきたらすぐにハリーを引っ張って透明マントで隠すわ。──もし、神秘部の記憶じゃなかったらすぐに戻る事、いい?」

「うん、わかった」

 

 

ハリーは鞄の奥に突っ込んでいた透明マントを引っ張り出しソフィアに手渡す。

ソフィアもまた、ハリーと同じように神秘部に隠されている武器が何なのか、知りたかったのだ。

 

 

「じゃあ──見てくる」

「ええ、気をつけてね」

 

 

ハリーは篩に手をかけ大きく息を吸い込み、顔をセブルスの想いと記憶の中に沈めた。

 

 

ソフィアはそっと憂いの篩の中を覗き込み、漂う景色を眺める。ぼんやりとして酷く分かりにくい光景だったが、そこは魔法省でもハリーから聞いていた神秘部の廊下でもなく、見覚えのある景色──ここ、ホグワーツの大広間だった。

 

 

「……大広間…?この記憶は──」

 

 

ソフィアは目を細めじっとその景色を見つめる。間違いなく、ハリーと自分が望んでいた神秘部に関わりは無さそうだ。これならすぐにハリーは戻ってくるだろう。そう、思ったが篩の中にぼんやりと広がる光景を見てソフィアは息を呑んだ。

 

 

「──父様……これは……学生の頃の……」

 

 

篩の上から俯瞰している状態だとその表情まで詳しく見ることはできないが、間違いなくあの猫背、髪質は父であるセブルスだ。

それなら──と、ソフィアは銀白色の物に触れぬよう注意を払いながらなるべく顔を近づけ一人一人机に座り、何かを書き込んでいる様子の生徒を見る。

その中に写真でしか見たことがないたっぷりとした赤毛の美しい女性を見つけ、ソフィアは息を止め囁いた。

 

 

「母様……?」

 

 

似ているだけで妹であるリリーの可能性もあるだろう。だが、セブルスの座る列がスリザリン生のみで纏められているのならば、彼から机三つ分離れた場所にいるのは母であるアリッサだろう。

隣の列の前方には同じ赤毛の女性が羊皮紙を眺めている──あれが、リリーだろうか。

 

 

「試験かしら…五年生か、七年生ね……」

 

 

ソフィアはハリーを止めることも忘れ、覚えていない母の姿を食い入るように見ていた。

 

数分後、試験が終わったのか生徒達は立ち上がり鞄を持つとぞろぞろと移動する。アリッサは友人らしい男子と──あの髪色は、ジャックだろうか──セブルスに話しかけに行ったが、何かを話した後すぐにその場を離れた。この記憶はセブルスのものだ、離れてしまえばアリッサを見続けることは出来ず、ソフィアはアリッサが篩に映らなくなった事に残念そうに肩を落とし、1人で校庭へと向かったセブルスを見ていた。

 

 

セブルスは問題用紙をじっと見つめながら玄関ホールを横切り校庭へと向かった。湖の近くにある灌木の茂みに着くとそこに座り込み、まだ問題用紙に没頭している。もう試験は終えたはずなのに、何をそんなに見ることがあるのか──まるで、ハーマイオニーみたいね。と、ソフィアはくすりと小さく笑いを零した。

 

 

 

暫く問題用紙を見ていたセブルスだったが、ようやく満足できたのか鞄の中に問題用紙をしまい、立ち上がると来た道を戻り始めた。ようやく母様に会いに行くのか、とソフィアは心を躍らせながらそれを見ていたが、すぐに異変が訪れる──セブルスが素早く杖を取り出したのだ。

しかしその杖先から魔法が放たれる事はなく、ソフィアが声もなく悲鳴を上げたのと同時にセブルスは2つの魔法を受け芝生を転がった。

いつのまにいたのだろうか、2人の男子生徒がセブルスを見下ろし笑っている。

あの人には見覚えがある。ハリーが見せてくれたアルバムの中にいた人だ──ジェームズとシリウス。そして、その後ろにいるのはきっとリーマスとペティグリューだろう。

 

 

「…酷い……」

 

 

ソフィアは声を怒りで震わせた。眼下に広がっている光景は、何もしていないセブルスが虐められ辱めを受ける様子が映っている。遠巻きに見ている生徒は助ける様子は無く見守り囃し立てている。

これは紛れもなく──セブルスが、誰にも見せたくなかった記憶なのだろう。

もう過ぎ去った過去の話だとしても、目の前で若き父親が酷い苛めに遭っていることにソフィアは胸の奥がぐらぐらと煮えたぎるような気がした。ドラコに感じた怒りとはまた別の──何があっても許せない強い怒りだ。

 

 

清め魔法を口に喰らったセブルスが薄桃色の泡を吐いたとき、視界の端から女生徒がセブルスに駆け寄った。見間違えようのない赤毛にソフィアは母親(アリッサ)かと思ったが、チラリと見えたネクタイの色は赤色だ。あれは、アリッサではなくリリーなのだろう。

 

リリーがジェームズとシリウスに何かを言い、セブルスを助け起こそうとしたがセブルスはその手を払い強く睨む。

そして、一瞬リリーは動きを止め、立ち上がる──その瞬間、篩の端から無数の黒い影が現れジェームズとシリウスを襲った。

慌てて杖を振るう2人の前に現れたのは、リリーと同じ髪を持つ女性──アリッサだ。

 

アリッサは杖を振るいジェームズとシリウスに向かって無数の黒い影──烏の大群、だろうか──を襲わせると、セブルスを助け起こすのだと、ソフィアは思っていた。

しかし、アリッサは立ち上がりかけていたセブルスに向かい大きく腕を振りかぶりその細い腕にどれだけの力を込めたのか、思い切りセブルスの腹を殴る。セブルスは再び芝生に尻もちを突き、呆然とアリッサを見上げていた。

 

 

「…あら……私の手が早いのは、母様に似たのかしら…」

 

 

そのままアリッサはジェームズとシリウスに向かい何かを叫んでいる。

何が起こるのか、ソフィアはまだ見ていたかったがふと遠くからこちらへ向かう微かな足音が聞こえ、慌ててハリーの肩を掴み憂いの篩からぐっと持ち上げた。

 

 

「──っ!」

「ハリー時間よ、静かにして!」

 

 

ソフィアは蒼白な顔をしているハリーに小声で注意すると透明マントを被せ手早く鞄を引っ掴む。自分もその中に潜りハリーの腕を引き研究室の奥へと素早く移動し壁に背をつけた。

ちょうどその時、勢いよく扉が開きセブルスが現れる──間一髪だった。

注意深く辺りを見渡したセブルスはすぐに憂いの篩へ近付き杖を取り出しそのまま中にある幾つかの思いを掬い上げ、自分の中に戻した。

慎重に篩を棚の中に入れたセブルスは、薬棚へ向かうと幾つかの小瓶を手に取った。

自分の顔のそばをセブルスの手が通った時、ソフィアとハリーは息を顰め出来るだけ身を寄せ合い縮こませた。

セブルスはすぐに踵を返し足速に研究室を後にする。おそらく、モンタギューの治療をする前に憂いの篩を出したままにしていたことに気づき回収するために一度戻ってきたのだろう。

 

足音が遠ざかり、何も聞こえなくなった頃、ようやくソフィアとハリーは止めていた呼吸を吐き出し、そのまま顔を見合わせた。

 

 

「……帰りましょう」

 

 

ソフィアは狼狽と失望で凍りついたハリーの腕を引き、透明マントを被ったままそっと扉を開け階段を上がる。グリフィンドール塔へ帰るためいくつかの曲がり角を曲がったところで、ハリーが足を止めソフィアの手を強く握り返した。

 

 

「ハリー──」

「戻りたくない」

「……、…でも──」

「戻りたくないんだ」

 

 

俯き床を見つめ、か細い声で呟くハリーに、ソフィアは優しく「ええ」と頷き、人通りのなく見通しの良い渡り廊下へと向かった。

 

途中で誰もいない事を確認し透明マントを外しハリーに渡そうとしたが、ハリーは俯いたまま受け取る事はない。仕方なくソフィアは自分の鞄の中に押し込み、肖像画もゴーストも居ない渡り廊下で足を止めた。

 

 

「……ハリー?顔、真っ青よ」

「ソフィアは……見た?記憶を──スネイプの──」

「ええ…でも、見ただけで、話し声は聞こえなかったわ」

「……ぼ、僕──」

 

 

ハリーはよろめき壁にもたれ、傷ついた顔でぽつぽつと何があったのかを話した。

ただ退屈だったから、存在そのものが嫌だったから、そんな──ハリーにとって到底理解出来ない馬鹿らしい理由でセブルスは虐げられ辱めを受けていた。そのセブルスの屈辱の気持ちが、ジェームズに嘲られた時の憤怒の感情が、ハリーには痛いほど良くわかった。

 

 

ソフィアは遠くに見える禁じられた森から野鳥が数羽飛び立つのをじっと見ながらハリーが途切れ途切れに話す言葉を聞いていた。

 

ハリーの話を聞く限り、自分の見た限りではセブルスに非は無かった。それも、あの様子では屈辱を受けたのが一度や二度では無いと簡単に読み取ることができる。

確かに、あれは許し難い光景だった。──しかし、それよりもソフィアはセブルスが言ったという「穢れた血」の言葉の方が信じ難いものだった。

 

だから、アリッサは──母様はあれほど怒って父様を殴ったのね。OWL試験ならちょうど五年生の今頃。父様と母様は既に恋人だった筈だけれど……まぁ、それでも許せない言葉はあるもの。

 

 

ソフィアはふと、三年生の時にセブルスに「出来損ないだ」と愚弄された時のことを思い出した。

その時に、セブルスは「アリッサと友人を酷く言葉で傷つけた」と言っていた。──間違いない、先ほどの「穢れた血」と言う言葉を吐いた、あの日のことを指していたのだろう。

 

 

「父さんは──本当に、嫌なやつで──母さん、凄く嫌ってたように見えた。あと二年で2人が結婚するなんて、そんなの──」

「…多分、その時は嫌っていたのかもしれないわ。でも、今あなたはここにいる。ジェームズとリリーが愛し合った証拠でしょう?」

 

 

ソフィアは失望と困惑から項垂れるハリーに寄り添い、慰めるようにハリーの頭を引き寄せ自分の肩に乗せた。

 

しかしハリーはソフィアから何を言われて慰められようが、心の奥に湧いてしまった失望と疑念を払う事は出来ず、苦しげに顔を歪め、目の奥が熱くなりじわじわと溢れてくる涙をバレないように指で擦る。

 

 

この5年間ハリーにとって、偉大で誰に聞いても素晴らしいと言われていた父親のことは誇りであり、慰めでもあった。しかしその父親の像がガラガラと音を立てて崩れていく。彼は今まで全く信じていなかったが──セブルスが言うように、とてつもなく傲慢な性格をしていたのだ。

 

 

信じられなかった、信じたく無かった。父さんはあんな奴だったのか。──僕が、スネイプを可哀想に思うなんて。

 

 

ハリーはソフィアの背に手を回し、強く抱きしめ泣き声が溢れないよう歯を食いしばり、小さく呻いた。

 

 



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297 イースター休暇で知った事!

 

 

ハリーは父親の件でかなり思い悩んでいた。

今まで信じていたものが覆され、信じ難いことにセブルス・スネイプの言い分の方が正しかったのだ。

セブルスの記憶を見てしまった次の日、夕方から閉心術の授業があり、あんな記憶を見た後で──セブルスと向き合うなんて、ハリーはアンブリッジに罰則を喰らいにいこうか、と本気で考えたがソフィアに「でも、結局閉心術はいつかくるわよ」ともっともなことを言われてしまい、かなり気が滅入っていたが仕方がなく1日ぶりにセブルスの研究室を訪れた。

 

ハリーの顔色は悪く、かなり沈みいつもとどう見ても様子が違っていて流石のセブルスもその顔色の悪さに困惑と嫌悪感が含まれていることに気付いたが、どうせドラコがホグワーツ中に言いふらした「ハリー・ポッターとソフィア・プリンスは魔法薬の補習を受けるほどの成績だ」という話を聞き憤っているのだろう、と全く気にしなかった。

 

ハリーとソフィアは昨夜、憂いの篩で覗いた記憶のことだけはセブルスに知られてならないと必死に心を沈め、閉心術に向き合った。

勿論一日二日でできる技ではなく。そもそもかなり心が乱されっぱなしのハリーは閉心術を取得する事は出来なかったが、なんとか昨夜のことは知られずに済んだ。

そして、ソフィアもまたセブルスがソフィアの想像以上に早く開心術を解除したため、問題の記憶を知られる事は何とか防いでいた。

そもそもソフィアは閉心術を習得する必要はない。そのためセブルスもそこまで熱心にソフィアに指導しなかった。──なにより、もうソフィアとハリーが愛し合っている場面をもう一度見る事は堪え難かったのだ。

 

 

イースター休暇中は有難いことに閉心術の練習は無いという。

しかし、今後習得するまでは絶えずこの問題が付き纏ってしまう。ハリーとソフィアはなんとか互いに心を静めようと練習をしたが──そもそも、意識的に心を静めるのは難しく、良い結果には結びつかなかった。

 

 

 

イースター休暇が始まった最初の日に、ハーマイオニーは一日の大半を費やして4人のための学習予定表を作り、ロンは試験まで後6週間しかないことに気づき驚き、ハーマイオニーは呆れつつも「この予定表があれば大丈夫よ!」と胸を逸らしていた。

 

イースター休暇中に風は爽やかになり、暖かい日が多くなり日が長くなってきた。しかし、外の景色とは裏腹に五年生と七年生は室内に引きこもり連日勉強漬けであり、気が滅入ってしまう者、泣き出してしまう者、不機嫌になり苛ついている者──様々だった。

 

ハリーが不機嫌なのは勉強の事だけではなく、ジェームズに対する不信感と、本当にリリーと愛し合って結婚したのだろうかという疑念によるものが大きかった。魔法界にはいろんな薬が存在している。もしかして父さんは母さんに薬を盛って無理矢理結婚したんじゃ──と、毎日そんなことを考えては憂鬱な気持ちになっていた。

 

ソフィアはハリーが時折思い詰めたような顔をし、不機嫌である本当の理由を知っていたが、あの日以来ハリーはソフィアに何も言わなかった。ならば無理矢理悩みを聞くのもおかしいだろう。──それに、聞いたとしても今はその答えを用意できる人間がここにはいない、どうせ堂々巡りをしてまたハリーは憂鬱になるだけだ。

そう思い、不機嫌なハリーの気を紛らわせるために城内を散歩したり、2人でヘドウィグに会いに行ったり、芝生に寝転んだり……その時は落ち着いているハリーだが、ふと暇な時間が出来るとまた思い詰めた顔をする、それは何をしても変わらなかった。

 

 

その日の夜はクィディッチの練習があり、ソフィアはいつも通りシーカーとしてスニッチを探していたが──スローパーが何を間違えたのか、自分が持つ棍棒で自分の頭を叩いて気絶してしまい、ロンが医務室まで付き添った。

選手が2人かけた中では練習は続けられないといつもより30分は早く終わった。

 

暖かくなってきたとはいえ、この時期の風はなかなかにキツく、ソフィアとジニーは私服に着替え終わるとボサボサとした髪を手で撫で、少し震えながら早く温まろうとグリフィンドール塔へ向かっていた。

 

 

「あ、私。先にハリーを回収してくるわ。きっと図書館で──沈んでるだろうから」

「五年生って大変なのね。私…今から来年が怖いわ」

 

 

ジニーは肩をすくめ、グリフィンドール塔の近くでソフィアと分かれた。

ソフィアは髪をきれいにするのを諦め、図書館へ続く廊下を歩きながら鞄の奥にあったリボンで高めのポニーテールに結い上げる。

図書館の中には夜の8時を過ぎている遅い時間だというのに、五年生と七年生がちらほらと本の山を積み上げ一心不乱に何かを書き込んでいた。

ソフィアは辺りを見渡しハリーを探す。

図書館の奥にある暗い場所にある席にハリーはぽつんと1人で座っていた。見るだけで彼の心を表しているような光景に、ソフィアはなんとも言えずため息をこぼす。

 

 

「ハリー」

「……」

「……ハリー?」

 

 

何度か声をかけたが、ハリーはぼんやりと本の山を見つめていて何も反応をしない。きっと、またあの日に見た光景のことを考えているのだろう。最近はいつもそうだ──いや、だんだん酷くなっているような気がする。

 

 

ソフィアは机を挟み、ハリーの真前に座ると、机に肘を置き、顎を手に乗せてじっとハリーを見つめる。本の山の隙間からハリーの顔はしっかりと見えるし、目も自分の方を見ているが──彼はきっと、過去を眼孔の裏に写しているのだろう。

 

ピクリとも動かず暗い顔で停止していたハリーだったが、ようやく──時間にして10分以上だ──ソフィアが目の前にいることに気づくと目を何度か瞬かせ驚いたような声をあげた。

 

 

「ソフィア、いつからそこに──」

「うーん、10分くらいね。声をかけたけどあなたは気が付かなかったみたい」

「練習は?もう終わったの?」

「ええ、スローパーがちょっと気絶しちゃって。ロンはその付き添いで医務室に行ったから……練習は早めに切り上げたの。──それより、日に日に顔色が悪くなってるわよ」

 

 

ソフィアは身を乗り出し、ハリーの目の下にあるくっきりとした隈や、疲れたように下がった目尻を指先で撫でた。ハリーはソフィアの指先が思ったより冷たかったことに、驚きつい目を閉じてしまったが──薄く開くとその冷たい手を握り、「うん」と頷いた。

 

 

「ハリー。私は聞く事はできるわ。けど──あなたの気分が軽くなるような答えは持ってないの」

「うん……そりゃ、スネイプが教えてくれるわけがないし、そうなるとシリウスかリーマスしか……」

「──なんの話?」

 

 

第三者の声が響き、ハリーはびくりと肩を震わせソフィアの手を離した。

後ろを振り向けば、そこに居たのは小包を持つジニーであり、ソフィアとハリーは今の話を──特に、シリウスという言葉が──聞いたのがジニーだと分かるとほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「あー……その──」

「あ、これママから小包が届いたの。アンブリッジの新しい検閲を通ってきたばかりのイースターエッグよ」

 

 

ジニーはソフィアの隣に座ると持っていた茶色の小包を机の上に置き、ハリーとソフィアに一つずつ、綺麗に包まれた卵型のチョコレートを手渡した。その卵には砂糖菓子で出来た小さなスニッチがいくつも付き彩を添えている。その包み紙にはフィフィ・フィズビー一袋入り、と書かれていた。

 

 

「それで、どうしたの?」

「うーん……シリウスと話せないかなって相談してて──出来ない事はわかってるんだ」

 

 

ハリーはさっと辺りを見回し誰もいないことを確認し声を顰めて答える。イースターエッグを食べたいわけではなかったが、何かやることがほしくて包み紙を開き、一欠け大きく折って口に入れた。

 

 

「そうね……」

 

 

ジニーもチョコレートを少し齧りながらゆっくりと呟く。クィディッチの練習で疲れていたソフィアも、チョコレートを一欠け頬張った。

 

 

「本気でシリウスと話したいなら、きっと何かやり方を考えられるわ」

「まさか」

「アンブリッジが暖炉を全て見張っているし、フクロウ便も調べられてしまうわよ?」

 

 

ソフィアとハリーはその言葉に驚き、やや懐疑的な目でジニーを見た。しかしジニーは臆する事なく不敵に笑い、溶けて指についたチョコレートをぺろりと舐める。

 

 

「ジョージやフレッドと一緒に育ってよかったと思うのは──度胸さえあれば、なんでもできるって、そんなふうに考えるようになったことね」

 

 

ハリーは呆然としてジニーを見つめた。

本当に、何か方法はあるのだろうか?とても信じ難い事だったが、甘いチョコレートを食べていると少し心が落ち着いてきた。──そういえば、リーマスが吸魂鬼との遭遇の後はチョコレートを食べるようにと言っていた。チョコレートには心を落ち着かせる効果があるのだろうか。

 

 

「そうそう、あなたたち。2人の世界に篭るのはいいけれどその世界の周りには色んな人がいるって気付いた方がいいわ」

 

 

悪戯っぽく笑ったジニーは、ソフィアとハリーの手を指差す。

先程手を取り合い周りに注意をせずシリウスのことを口にしていた事を揶揄われているのだとわかった2人は気まずさを誤魔化すようにチョコレートを食べた。

 

 

「あなたたち、なんて事をしているんです!」

「やばいっ!忘れてた!」

「飲食禁止だったわ!」

 

 

マダム・ピンスが怒りで顔を歪めて3人に襲いかかってくるのを見てジニーとソフィアは慌てて飛び上がった。

ぽかん、としていたハリーは逃げ出すのが遅れ、「図書館でチョコレートなんて!」というマダム・ピンスの叫びを聞いてようやく立ち上がり駆け出した。

 

 

「出てけ!出てけ!!」

 

 

マダム・ピンスは杖を振るえばハリーの教科書、カバン、インク瓶が飛び上がり3人を追い立てる。3人の頭をぼんぼん叩かれながら一目散にグリフィンドール塔へ逃げた。

 

 

 



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298 自由への逃走!

 

差し迫った試験の重要性を強調するかのように、イースター休暇が終わる少し前に魔法界の職業を紹介する小冊子やチラシ、ビラなどがグリフィンドール寮の机に並べられるようになり、掲示板にはまた新しい知らせが張り出された。

 

 

『進路指導。

夏学期の最初の週に、五年生は全員寮監と短時間面会し、将来の職業について相談する事。個人面談の時間は左記リストの通り』

 

 

ハリー達五年生は休暇最後の週末の大部分を職業紹介資料を読んで過ごすこととなった。

 

 

「まぁね。癒者はやりたくないな」

 

 

休暇最後の夜、杖と骨が交差した紋章のパンフレットを読みながらロンが言った。

 

 

「こんな事が書いてあるよ。『NEWT試験の魔法薬学、薬草学、変身術、呪文術、闇の魔術に対する防衛術で少なくとも(期待以上)を取る必要がある』ってさ。これって──おっどろき──期待度が低くていらっしゃる」

「でもそれって、とっても責任のある仕事じゃない?」

 

 

舐めるようにマグル関係の仕事について書かれた小冊子を見ていたハーマイオニーが上の空で答えた。「マグルと連携していくには、あんまりいろいろな資格は必要ないみたい。要求されているのはマグル学のOLWだけよ。より大切なのは、あなたの熱意、忍耐、そして遊び心ですって!」と目を輝かせながら言葉を続けた。

 

しかしハリーはバーノンを思い出すと「僕のおじさんと関わるには、遊び心だけでは足りないよ」と暗い声を出した。

 

 

「むしろ、いつ身をかわすかの心だな。──これ聞いて。『やりがいのある職業を求めますか?旅行、冒険、危険が伴う宝探しと、相当額のボーナスはいかが?それならグリンゴッツ魔法銀行への就職を考えましょう。現在、呪い破りを募集中。海外でのぞくぞくするようなチャンスがあります』……でも、数占いが必要だ、ソフィアはたしか呪い破りを考えていなかった?」

 

 

ハリーは半分ほど読んだ魔法銀行の小冊子をソフィアに広げて見せた。ソフィアは小冊子を広げることもなく、机の上に散らばっていた色とりどりの紙を珍しげに見ていたが、ハリーから魔法銀行の小冊子を受け取るとにこりと笑う。

 

 

「ええ、卒業後は呪い破りを目指すつもりよ。ずっと働くつもりはなくて、2.3年働いてお金を貯めたら世界を回りたいの」

「世界?」

「ええ、私の夢は魔法生物学者になる事なの!だから、呪い破りだと旅の資金が貯められるし、いろんな世界を見て回れるでしょう?外国でいろんな魔法生物と会えるだろうし、いろんな人とコネクションを繋ぐ事だってできるわ!」

 

 

ソフィアはキラキラとした目で将来を楽しげに話す。ハーマイオニーは既に先のことを考えているソフィアを見て「凄いわ!」と感嘆し、ロンは「今度ビルに話を聞きにおいでよ!」と声を上げる。ただ、ハリーは少し浮かない顔をしていた。

 

ソフィアが世界中を回る──呪い破りの間も一箇所には留まらないだろうし、なかなか会えなくなってしまうのだろう。輝かしい夢を持つソフィアを応援したい気持ちと、「行かないで」という気持ちでハリーの心は複雑だった。

 

 

「やあ」

 

 

職業紹介資料を見ていたソフィア達の元にジョージとフレッドが現れ4人のそばにあるソファに座り机に足を投げ出した。

 

 

「ジニーが、君のことで相談に来た。ジニーが言ってたんだけど、シリウスと話したいんだって?」

「えっ!?」

 

 

フレッドの言葉に寝耳に水だったハーマイオニーは手に持っていたトロール調教師の書類を放り出し鋭い声を上げた。

 

 

「うん……まあ、そうできたらって──」

「馬鹿なこと言わないで。アンブリッジが暖炉を探り回っているし、フクロウは全部ボディチェックされているのに?」

 

 

ハーマイオニーが信じられないという目つきでハリーを見て、グリフィンドール寮にある暖炉を指差した。ハリーは喉の奥でもごもごと「わかってるよ」と呟き顔を顰めたが、ジョージとフレッドはニヤリと笑うと背筋を伸ばした。

 

 

「まあ、俺たちならそれも回避できると思うね」

「ちょっと騒ぎを起こせばいいのさ。さて、お気づきかとは思いますがね、俺たちはこのイースター休暇中、混乱戦線ではかなり大人しくしていただろ?」

「せっかくの休暇だ、それを混乱させる意味があるか?」

「俺たちは自問したよ。そして全く意味はないと自答したね。それに、もちろんみんなの学習を乱すことにもなりかねないし、そんな事は絶対俺たちはしたくないからさ」

 

 

フレッドはハーマイオニーに向かって神妙に少し頷いてみせた。まさか彼らがそんな思いやりを持っているとは思わずハーマイオニーは意外そうな顔で言いたかった言葉を飲み込み、ソフィアは彼らの優しさににっこりと笑った。

 

 

「しかし、明日からは平常営業だ。そして、せっかくちょいと騒ぎをやらかすなら、ハリーがシリウスと軽く話が出来るようにしてやってはどうだろう?」

「どうやるの?」

 

 

ソフィアは自信満々な彼らに期待を込め身を乗り出して聞いた。こんな表情を見せるくらいなのだ、きっと何か策があるのだろう。

 

 

「それは──」

「アンブリッジの部屋だ」

 

 

ハリーはフレッドとジョージが答える前に、静かに呟いた。この2週間ずっと考えていたが、それ以外の選択肢は思いつかなかったのだ。アンブリッジは全ての暖炉を見張っているが、自分の暖炉だけは見張られていないとそう、ハリーに伝えていた。

 

 

「部屋はどうやって入るの?私、一応アロホモラ・デュオも使えるけど……それで開くかしら?」

「シリウスのナイフ。一昨年のクリスマスにシリウスがどんな鍵でも開ける事ができるナイフをくれたんだ」

 

 

ハリーはアロホモラは使えるが、それより強い守りがかけられた扉を開けるアロホモラ・デュオを使う事はできない。だが、ハリーにはシリウスから貰った特別なナイフを持っていた。閉じられた扉を開ける答えも、しっかりとハリーは用意していたのだ。──つまり、ハリーは既にシリウスと話すための作戦の殆どをクリアしていた。

 

 

「そんなものがあるのね……なるほど、たしかに不可能では無さそうだわ」

「あなたはどう思うの?」

 

 

ソフィアは感心し頷いていたが、ハーマイオニーは焦ったそうにロンに意見を求めた。その表情と声音は、初めて騎士団本部で過ごした日にモリーがアーサーへ助けを求めた時のものによく似ていて、ハリーはふと、その時の日々がもう何年も昔の事のような不思議な気持ちになった。

 

 

「さあ。ハリーがそうしたければ、ハリーの問題だろ?」

 

 

ロンは意見を求められた事で少々驚いていたが、答えは決まっていた。いくら外野が何を言おうが、こうなったハリーは頑ななのだとロンは重々理解している。

 

 

「さすが真の友。そしてウィーズリー一族らしい答えだ」

「よーし。それじゃ僕たちは、明日、最後の授業の直後にやらかそうと思う。なにせ、みんなが廊下に出ている時こそ最高に効果が上がるからな。──ハリー、俺たちは東棟のどっかで仕掛けて、アンブリッジを部屋から引き離す。たぶん君に保証できる時間は、そうだな、20分はどうだ?」

「軽い軽い」

 

 

ジョージはフレッドの視線を受けニヤリと笑い余裕の表情を見せる。20分という時間、思ったよりも長い時間アンブリッジを引き離してくれるという言葉に、ハリーはクィディッチの試合の前のように鼓動がドキドキと高鳴るのを感じた。

 

 

「どんな騒ぎを起こすんだい?」

「弟よ、見てのお楽しみだ」

「明日の午後5時ごろ、『おべんちゃらのグレゴリー像』のある廊下のほうに歩いてくれば、どっちにしろ見えるさ」

 

 

フレッドとジョージは揃って腰を上げ、悪戯っぽく笑うと早速準備をしに自室に戻った。

 

 

「駄目よ。ぜーったい、駄目!」

 

 

彼らの姿が階段の向こうに消えた途端、ハーマイオニーは強くハリーに忠告したが、ハリーは後24時間も経たずにシリウスと会える。シリウスに、何があったのか、本当にジェームズは傲慢な性格で、リリーはジェームズを嫌っていたのか、なぜセブルスを虐めていたのか。なぜ、リリーはあんなにも嫌っていたジェームズと結婚することになったのかを聞く事ができる。その気持ちでいっぱいになり、手に持っていたキノコ栽培業のチラシを顔の近くに上げハーマイオニーの鋭い視線や言葉から隠れた。

 

 

 

 

次の日、ハリーは不安感から早々に目を覚ました。

昨日はアンブリッジを出し抜きシリウスと話をすることでいっぱいになっていたが、少し時間を置いて冷静になった今、果たしてフレッドとジョージはうまくアンブリッジを引きつけておくことが出来るのかかなり心配だった。

それにシリウスと話をして、自分が納得するような答えを教えてくれるだろうか。──だってあの場にはシリウスもいて、シリウスもスネイプを虐めていた。虐めている本人からの証言なんて、果たしてあてにできるのだろうか?だけど、どうしてもシリウスの口から真実を聞きたい。父さんの振る舞いの口実が、何でもいいから知りたい──。

 

その日は一日中ハーマイオニーが煩くハリーを忠告した。彼女はそんな愚かで危険な行為を許せず、何度も脅すように言ったがハリーは全て聞き流し、ロンもこの話題には口を突っ込まない判断をした。何度かハーマイオニーは焦ったようにソフィアを見たが、ソフィアはどうせ今日その機会が無かったとしても、ハリーはいつか不安と疑念が爆発しシリウスに手紙を送ったりこっそり談話室の暖炉から話しかけようとするだろう。そんな危険をいつか起こすのなら、まだフレッドとジョージが確約してくれた20分を信じた方が良いと思い、ソフィアも無言を貫いた。

 

 

その日、マクゴナガルとの進路指導を終えたハリーが戻ってきてもハーマイオニーだけは何度も小声で忠告し、闇の魔術に対する防衛術の授業の時はそれは哀願へと変わっていた。

 

 

「ダンブルドアは、あなたが学校に残れるように犠牲になったのよ、ハリー!もし今日放り出されたら、全て水の泡じゃない!ハリー、やらないで、お願いだから!」

「いいから、もうやめろよ。ハリーが自分で決める事だ」

 

 

ハーマイオニーの苦悶に満ちた声にハリーは答えられず、代わりにロンが低い声で呟いた。

 

 

「でも──ソフィア!」

「成功を祈りましょう」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの言葉に愕然とし、蒼白な顔のまま黙り込み悲痛な表情で教科書の文字を睨んだ。

 

 

授業が終わり、教室を出る時ハリーの心臓は早鐘のようだった。何も知らない同級生達が一日の授業の終わりを噛み締め楽しげに夕食の事などを話しながら大広間へとゆっくりと歩いてる。

廊下に出て半分ほど過ぎた時、遠くの方で陽動作戦の音が炸裂するのが聞こえた。上の階から叫び声や悲鳴が響く中、周りの教室から出てきた生徒達は一斉に足を止め恐々天井を見上げる。

アンブリッジが教室を飛び出し、杖を懐から引っ張り出すと急いでハリー達がいる場所と反対方向にある階段へと走っていく。──やるなら、今だ。今しかない。

 

 

ハリーは中に入っている透明マントごと鞄を強く抱え、決意が篭った目でその姿を見送った。

 

 

「ハリー、成功を祈ってるわ」

 

 

隣にいたソフィアは真剣な表情で、ハリーにだけ聞こえるように呟く。ハーマイオニーはもう何も言わず、ただ心配そうな目でハリーを見つめる。ロンは親友の背中を、軽くポンと叩いた。

 

ハリーは3人に頷くと、東棟での騒ぎが一体何かとざわつき向かおうとする生徒の間を縫いアンブリッジの部屋へと駆け出した。

 

 

「ああ……ハリー…心配だわ……」

「ここまできたもの、後は祈るしかないわ……私たちも東棟に向かいましょう。ここで立ち止まってると怪しまれるもの」

「そうだな。フレッドとジョージは今度は何をしたんだろ」

 

 

生徒の波に逆らう事なくソフィア達は東塔へ向かう。叫び声と悲鳴は進むにつれ大きくなり、どこからともなく臭液の臭いが漂ってきている。

 

 

「うわあ」

 

 

ロンは感心したような呆れたような複雑な唸り声を上げた。

ソフィア達は騒ぎの中心である東棟の6階にある廊下まではたどり着くことが出来ず、階段を登り切ったところでその廊下が沼地になり、何人もの生徒が沼に足を取られ胸の半ばまでつかり半分溺れかけ、泥だらけになっている。底なし沼では無かったのはフレッドとジョージの優しさなのだろうか。

 

沼にはまっていない生徒も、臭液を被ったのか叫びながら必死にその臭いを落とそうとし、ある程度魔法に自信がある者は臭液を被った友人達にスコージファイをかけて強い臭いを清めていた。

 

 

「廊下を沼地に変えたのね!……うーん、どうやったのかしら多分ただの魔法では無いわ。いろんな薬草を混ぜて効果を底上げしているのね……」

「すげぇよな」

「感心してる場合じゃないわ!ほら、下級生を助けてあげないと!」

 

 

背の低い1年生は鼻から上だけを沼から出し必死に外へ行こうともがいている。

離れた場所から何かが爆発する音が聞こえてくる事から、おそらくアンブリッジはここは脅威では無いと決め、新しい騒ぎのする方へと向かったのか、アンブリッジはここにはいなかった。

監督生の本分を忘れないハーマイオニーはロンの手を引いて遠巻きに眺める生徒達の間を縫い、沼地の最前列へと飛び出し上手く沼から抜け出せない生徒に手を伸ばした。

 

ソフィアは鞄の中から新品の羊皮紙を取り出し、杖を振るい大きな鷲に変身させると今にも溺れそうな生徒を沼から引っ張り出し──下級生は大きな鷲に、このまま巣穴に連れて行かれ食べられるのでは無いかと恐々とした──安全な場所へと運んだ。

 

 

ソフィア達だけではなく、監督生や7年生は自分の得意な魔法を駆使し沼にはまった生徒を救出し、なんとか全員が安全地帯へ避難した頃、生徒を押し退けマクゴナガルが現れた。

 

 

「沼にはまった生徒がいると聞きましたが──全て救出されたようですね。誰に助けられましたか?」

 

 

泥だらけの生徒達はソフィアとハーマイオニーの杖先から出た水を頭から浴びながら口々に助けてくれた人の名を呼び、指差した。

マクゴナガルは口先だけで優しく微笑むと、ソフィアとハーマイオニー、ロンをはじめ救出していた生徒にそれぞれ10点を加点し、杖を一振りして汚れていた生徒を元通りきれいな姿に変えた。

 

 

「ここ以外でも騒ぎがあります。沼はここだけのようですが、また愉快な──いえ、危険な花火が幾つか上がっているようです。気をつけなさい」

 

わざとらしく言い直したマクゴナガルはこほんと一つ咳をこぼすと他の騒ぎの元へ向かった。

ソフィアとハーマイオニーとロンは目配せをして、ここでは無いところで一体どんな騒ぎが起こっているのだろうか──と、知りたいような知りたくないような気持ちになりつつ、騒ぎ声の大きな方へと向かった。

 

しかし、その途中で「ウィーズリーの双子が追いかけられてる!」「親衛隊だ!アイツら必死に追いかけてたぜ!」「下よ!下に向かってたわ!アンブリッジもいた!」という声を聞き、顔を見合わせすぐにフレッドとジョージが追いかけられているだろう玄関ホールへ向かった。

前回の花火の騒ぎはフレッドとジョージだという証拠はなかった。勿論殆どの生徒が彼らがやったのだと知っていたが証拠がなければ処罰することはできない。しかし、今回騒ぎを起こしたのが2人だとバレてしまっている。それに、最悪なことにアンブリッジや彼女の親衛隊も彼らを捕まえようとしていると言うのだ。

 

玄関ホールに向かうまでに幾つか花火が見えたがそれを気にする余裕もなく、ソフィアとロンとハーマイオニーが玄関ホールに着いた時、そこはちょうどトレローニーが解雇された夜と同じ光景が広がっていた。生徒や教師、ゴーストまでもが壁の周りに輪になって立ち、最前列にはアンブリッジと親衛隊が満足げな表情を浮かべ輪の中央にいるフレッドとジョージを見据えている。

親衛隊の頭上にはぷかぷかとピーブズが浮かびにやにやと笑いながら見物していた。

 

 

「どうしましょう!追い詰められてるわ!」

「ええ…でも、見て……2人の顔は、全然困ってないわ」

「……明日のママからの手紙が怖い……」

 

 

ハーマイオニーは悲鳴を上げたが、ソフィアは楽しさの中に少し寂しさを滲ませ、ロンは明日のことを考え少し遠い目をしていた。

事実、彼らは微塵も困っても焦ってもいない。寧ろたくさんの見物人がいる事に満足げな表情をしていた。

 

 

「さあ!──それじゃあ、貴方達は学校の廊下を沼地に変えたら面白いと思ったわけね?」

 

 

満足げだったのはフレッドとジョージだけではなく、ついに彼らを除伐し追い出す口実が出来たアンブリッジも同じだった。

 

 

「ああ、面白いね」

「相当面白いな」

 

 

2人は全く恐れることなく大理石の階段をゆっくりと降りてくるアンブリッジを見上げて言った。

フィルチが人混みを肘で押し分けて、幸せのあまり泣かんばかりの表情でアンブリッジに駆け寄り「校長先生、書類を持ってきました」と興奮しながら声を張り上げる。

 

 

「書類を持ってきました。それに、鞭も準備しております。……ああ!今すぐ執行させてください!」

 

 

鞭打ち許可証をひらひらと振るフィルチに、アンブリッジは甘い少女のような歪な笑みを向けほくそ笑む。

 

 

「いいでしょう、アーガス。──そこの2人。わたくしの学校で悪事を働けばどういう目に遭うかを、これから思い知らせてあげましょう」

「ところがどっこい、思い知らないね」

 

 

フレッドが双子の片割れを振り向き、肩に腕を乗せニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

 

「ジョージ、どうやら俺たちは学生稼業を卒業しちまったな?」

「ああ、俺もずっとそんな気がしてたよ」

「俺たちの才能を世の中で試す時が来たな?」

「全くだ」

 

 

気軽に話す様子にアンブリッジが何も言えないうちに、2人は杖を振り上げて同時に唱えだ。

 

 

「アクシオ!箒よ、来い!」

 

 

どこか遠くでガチャンと大きな音がした。すぐに風を切る音と何かにぶつかる音が大きくなり、生徒達は振り向き──二本の箒が矢のようにこちらへ向かってくるのを見た。

一本にはアンブリッジが壁に縛り付けるために使っていた重い鎖と鉄の杭を引きずったまま2人の前に躍り出てぴたり、と止まった。

 

 

「またお会いすることもないでしょう」

 

 

フレッドがパッと足を上げて箒に跨りながらアンブリッジに言った。

 

 

「ああ、連絡もくださいますな」

 

 

ジョージもひらりと箒に跨る。

彼らは集まった生徒達を見回す、群衆は声も無く、2人を見つめていた。

 

 

「上の階で実演した携帯沼地をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁93番地までお越しください。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店(W・W・W)でございます。我々の新店舗です!」

「我々の商品を、この老いぼれババアを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には、特別割引をいたします!」

 

 

ジョージがアンブリッジを指差した途端、金縛りが解かれたように彼女「2人を止めなさい!」と金切り声を上げた。

しかし、尋問官親衛隊が包囲網を縮めた時にはすでに遅く、フレッドとジョージは床を蹴り5メートルの高さに飛び上がる。鉄製の杭が危険を孕んでぶらぶら揺れる中、フレッドはホールの反対側で群衆の頭上に自分達と同じ高さで浮かんでいるピーブズを見つけた。

 

 

「ピーブズ、俺たちに代わってあの女を手こずらせてやれよ」

 

 

ピーブズが生徒の命令を聞く場面など、誰も見たことは無かった。

そのピーブズが、鈴飾りのついた帽子をさっと脱ぎ敬礼の姿勢を取り真剣な顔で頷いたのだ。

眼下の生徒達の喝采を受ける中、フレッドとジョージはくるりと向きを変え、開け放たれた正面の扉を素早く通り抜け、輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。

 

 

「──2人には、自由が似合うわ」

 

 

ソフィアは群衆の喝采の声を聞きながらぽつりと呟く。

少し離れた親衛隊の後方では、ルイスもソフィアと同じような眩しそうな目をして、フレッドとジョージを見送り「行ってらっしゃい」と声を出さず、呟いた。

 

 

 



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299 気付いた違和感!

 

 

フレッドとジョージの自由への逃走はそれから何日も繰り返し語られた。

ソフィアは間違いなくこの話が生徒達の中で伝えられていく伝説になるだろうと考えた。

彼らがいなくなった後、その勇姿を引き継いだ何人もの生徒が2人から購入していたずる休みスナックボックスを使いアンブリッジの授業をボイコットした。

 

アンブリッジに反発したのは生徒だけではない。

フレッドの別れの言葉を胸に深く刻んだ悪戯の達人であるピーブズは狂ったように笑い学校中を飛び回り様々なものを壊しアンブリッジを嘲笑った。

アンブリッジにわざわざ手を貸す教職員はフィルチ以外誰もいなかった。それどころか、クリスタルのシャンデリアを外そうと躍起になっているピーブズに気付きながらマクゴナガルは無視し──「反対に回せば外れますよ」と口を動かさず助言していたのだ。

 

 

ホグワーツ中が異様な熱気に包まれる中、ハリーは少しばかり気の晴れる思いでソフィアと2人きりで廊下を歩いていた。

ソフィアには、シリウスから何故ジェームズがあれほどセブルスを虐めていたか、そしてどうやってリリーと結婚するにまで至ったのかを話していた。ソフィアは特に反論する事もなく、闇に深かった、という言葉を受け入れた。──実際、そうだったのだろう。セブルスに……父に何があったのかはわからないが、家にある書籍は中々外では読めないようなものも多く、彼は事実死喰い人になっていた。

何故死喰い人になったのか、初めからダンブルドアのスパイだったのか、それとも途中でヴォルデモートを裏切ったのかはわからない。ソフィアは、どうしてもその事を聞くことができなかった。

だが、だからといって虐めが正当化されるわけでもなく──たとえ互いに憎しみ合い呪いあっていたとしても──ハリーもそこはかなり引っ掛かっていたが、虐めた側にこれ以上話を聞いても何も変わらないだろう。

とりあえず、その後7年生の頃にはジェームズは落ち着きだし、リリーと付き合いだしたと聞いてハリーは無理矢理では無かったことに安堵しホッと胸を撫で下ろしたのだ。

 

 

「後は、この事をスネイプ先生に知られないようにしなきゃならないわね」

「……バレたら僕たちも箒に乗って逃亡する?」

 

 

ハリーが小声で冗談半分に言う。ソフィアはくすりと笑い「ファイアボルト2本の逃避行は、圧巻ね」と楽しげな声を上げた。

 

楽しげな会話もそこそこに暗い地下室へと向かう。たとえ学校中がフレッドとジョージに触発されていても閉心術の授業は平常通り行われ、ハリーはセブルスの研究室の扉の前で重々しいため息を一つ吐いた。

 

 

 

その日の閉心術の訓練で、ハリーはセブルスに未だにヴォルデモートの侵入を許している事に苦言と嫌味を言われたが、見られるわけにいかない記憶は、なんとか見られずに済んだ。

アンブリッジの部屋に侵入するところまでは見られてしまったが、それについてセブルスは特にハリーを責め立てる事は無かった。間違いなく彼も、アンブリッジに苦い思いをしているのだ。

ハリーも全くセブルスに対して無防備だったわけではなく、何度か侵入を塞ぐことに成功しており、少しずつだが進歩しているといえるだろう。

 

一方ソフィアも回数を重ねるにつれ閉心術の感覚を掴めるようになってきていた。勿論完璧とは言い切れず、いくつもの場面を見られてしまったが開心術により忘れていた場面を見る事が出来たのは無駄では無かったと言えるだろう。

 

ソフィアは、今年のクリスマス休暇で騎士団本部から帰る時の場面を見ていた。

そういえばその時にハリーはシリウスから何かを受け取っていた。閉心術で辛い事があればこれを使い知らせてほしい、と言っていた。それが何なのかわからないが、あれを使えばシリウスと問題なく話すことができたのでは無いか──と、ソフィアは思った。

しかし、もうシリウスと話す事はないだろう。ハリーはとりあえず落ち着いているし、次に会うのは夏季休暇だ。

 

 

「だんだん、コツを掴めてきたかも」

 

 

嬉しそうなハリーの声を聞き、ソフィアはハリーが危険を冒しシリウスと話したことは無駄では無かったのだと確信した。あのような事があり、心が乱されたままではきっと今回の閉心術でハリーはセブルスに秘密にしなければならない事を見られていた事だろう。

 

 

「でも、まだあの──ヴォ──ルデモートの事は、夢で見るんでしょう?」

 

 

ソフィアは少しヴォルデモート、と言う時に言葉を止めぶるりと震える。どうしてもソフィアはその言葉に嫌悪と恐怖を感じてしまうのだ。

 

 

「うん、まあね……最近はずっと神秘部の廊下なんだ。部屋を開けて、天井まである棚に、丸い──これくらいの──白い玉が数えきれないくらいあって、ヴォルデモートは多分、その中のどれかを欲しがってる」

「丸い玉……」

 

 

ソフィアはハリーが「これくらい」と言い手で丸い形を作るのを見て真剣な目をした。神秘部は魔法省の中でも秘密の多い部署であり、一般人に公開される事は勿論無い。

 

 

「……前までは扉の前だったのに…少しずつ、進んでるのね」

「う──ん。そうだね、多分、もうすぐそこなんだと思う。でも、ヴォルデモートは自分ではそれを取ることが出来ないって言ってた」

「決められた人しか取る事が出来ないのかしら?……ならそれを知ってるのになぜヴォル、デモート本人が神秘部に来るのかしら……人に発見される危険を冒して」

「え?…あ、そうだね」

 

 

ハリーはようやくその疑問に気付き足を止めた。たしかに、初めの頃はヴォルデモートが蛇に乗り移り神秘部に来ていた。

外で神秘部侵入に失敗した部下を叱責する様子を見たこともあった。いつからだろうか、ヴォルデモート本人が神秘部に向かい始めたのは。

ハリーは困惑してソフィアを見つめ、ソフィアも今まさに気づいた違和感に硬い表情をしてハリーを見返す。

 

 

「スネイプ先生は、ヴォ…ルデモートがハリーとの奇妙な絆に気付いたって言ってたわよね。あのアーサーさんの一件で……自分の見ているものが、ハリーに伝わっているって」

「うん、だから僕は閉心術を学ばなきゃいけないんだよね。僕がヴォルデモートの感情や思考に入り込む事ができるから、きっと逆も可能だか──ら──」

 

 

ハリーはそこまで言って息を飲み言葉を閉ざした。

そうだ、思い出したのだ。

あの日、ヴォルデモートが自分の中に別の存在があると気付いた日から、夢の内容が一部変化している。あの時までは神秘部にいたのは、蛇や別の死喰い人であり、ヴォルデモートは離れた安全な場所からそれを聞いていた。だが、その日からまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「もしかして、わざと見せられてる?」

「……どれくらいの頻度で夢を見るの?」

「えっと……週に一回は、かならず」

「どう考えてもおかしいわ。魔法省がそれだけの侵入を許すなんて……」

「でも何のために……神秘部にある武器の場所を僕に見せてるんだろう。もう何度も見るからどこの扉を通れば良いかもわかって──まさか」

 

 

ハリーは今思いついた事はあまりにも突拍子がない事だと思った。

 

まさか、ヴォルデモートがわざわざ夢を見せているのは、自分にその武器を持ってこさせるためなのだろうか?

実際、ハリーには神秘部に行けば迷う事なくその白い球を──ヴォルデモートがなによりも手に入れたがっているものを入手する事が出来る。行き道は、完璧に頭の中に入っている。後の問題は無数に陳列する玉の、どの玉が問題の武器かだ。

 

 

「ヴォルデモートは……僕に取りに行かせたがっている?──で、でも、僕はここにいる、神秘部なんて行けるわけがないし、ヴォルデモートでも取れないものなのに…」

「そうよね……。……今後、夢で何かを使って誘き出すつもりかもしれないわ。注意しなければならないわね」

 

 

ハリーは困惑しながらも頷いた。

信じられない馬鹿馬鹿しい話だと片付けるには、道筋が通っている。ソフィアの言うようにヴォルデモート本人が何度も魔法省にある神秘部を出入りしているとは考え難い。それが全て何ヶ月もかけたヴォルデモートの企みだった場合、この夢を見続ける事はたしかに危険だ。ダンブルドアがあれ程強く閉心術を続けるようにと言ったのも、頷ける。

 

 

「もし、夢が変わったら教えてね」

「うん、必ず」

 

 

ハリーは神妙な顔で頷くと、ソフィアと共に深く考え込みながらグリフィンドール寮へと戻った。

 

 

 

次の日の呪文学の授業中、ティーカップに足を生やし机の端から端まで移動させる練習をしている時、話題はフレッドとジョージがどうやってダイアゴン横丁に新店舗を構える事が出来たのか、という話になり、ついにハリーはソフィアとハーマイオニーとロンに去年の三校対抗試合で優勝した時の賞金を2人に譲ったのだと伝えた。

これ以上隠す必要はなく、むしろ早めに伝えなければ彼らの母のモリーはマンダンガスが盗品を売るように彼らを説得したのだとか、何かとんでもない事を思いつきかねなかったのだ。

ロンとソフィアは驚きつつも喜び、ハーマイオニーは少しムッとしていたが、賞金の使い道はハリーの自由であり、何も言わなかった。

 

 

「そうだ、昨日ソフィアと話していて気付いたんだけど──」

 

 

がやがやと煩い呪文学では秘密の話をするに好都合であり、ハリーは話題を変えるために昨日気付いた事をロンとハーマイオニーに話した。

ロンは蒼白な顔で唖然としていたが、ハーマイオニーは真剣な顔で何やら考え込み、「あり得るわ」と頷く。

 

 

「たしかに。何で今まで気が付かなかったのかしら。頻繁にあの人が神秘部に来るなんて、おかしいわ」

「そうよね?だってあの人は世間ではお尋ね者だもの、見つかるかもしれない危険を何度も冒すわけないわ。だって、本人にその武器を取れないって事は何ヶ月も前からわかってるんだもの」

「やっぱり、そうだよね。──あの白い玉、なんなんだろう…」

「何にせよ、おい、ハリー。もう見ない方がいいと思う」

 

 

ロンは恐々としながら呟き、ヒョロヒョロとした足が生えたカップがひっくり返っているのを杖先で突いた。

 

 

「閉心術の練習はどうなの?」

「うーん……たまに防衛出来てるけど、夢は見るから……まだ足りないんだろうな」

「そう……なんにせよ、夢の内容には注意しなければならないわね」

 

 

ハーマイオニーは杖を振るい、ハリーのカップが脱走し机から落下して割れてしまったのを元通りにしながら言った。

 

 



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300 ウィーズリーは我が王者!

 

 

ハリーは寝る前になるべく心を静かにするよう心がけていたが、大切な試験まで1ヶ月を切りざわついた心ではうまく行かない日も多く、そういった日には決まって神秘部の廊下を旅する夢を見ていた。

 

もう何度もこの廊下は通った。たしかに、ソフィアの言うようにまるで行き先を詳しく教えているかのような妙に親切な夢であり、よく考えてみれば神秘部に侵入する夢だけを見続けるのもおかしな話だ。

クリスマス休暇前までは、他にも怒りや喜びなどさまざまな記憶と思いが伝わっていたが、今はほぼ神秘部の廊下の夢だけであり、そこにある物を渇望する思いだけが伝わってきている。

ついにハリーは自分が──ヴォルデモートが──求めている玉が、97列目にある事を夢の中で知った。

 

いよいよソフィアの予想が当たりそうだ、とハリーは夢の内容をしっかりと覚え、ソフィアとハーマイオニーとロンにだけこっそりと伝えた。

 

 

 

 

クィディッチ・シーズンの最後の試合はグリフィンドール対レイブンクローだった。スリザリンはこの前の試合でレイブンクローに僅差で敗れ、今優勝杯争いをしているのはグリフィンドールとレイブンクローだ。どちらも一度も負けていない、今日の試合で勝てたチームが勝者になる。

だが、グリフィンドールはあまり優勝する望みを持てなかった。勿論本人には言わないが、その主な理由はロンのキーパーとしての惨憺たる成績からきている。

しかし、ロンは以前のような蒼白で緊張に満ちた顔はせず一周回って吹っ切れたようだった。

 

 

「だって、僕はこれ以上下手になりようがないじゃないか。いまや失うものは何もないだろ?」

 

 

試合の日の朝食の席でロンは暗い表情を浮かべるハーマイオニーとハリーに楽観的に言いトーストを食べていた。

 

 

「大丈夫よ、落ち着いてゴールを守ることだけを考えて、周りの歌に耳を貸さなければいいんだわ。──さあ、行きましょう」

 

 

紅茶を飲み干したソフィアが立ち上がれば、ロンもトーストを詰め込み立った。

すぐにハーマイオニーはソフィアの手を握り「ブラッジャーに気をつけて!」と真剣な顔で忠告し、ハリーは「頑張ってね」とソフィアとロンを励ました。

 

 

ハリーとハーマイオニーはロンとソフィアを見送り朝食を食べ終えた後、観覧しに向かう生徒たちと共にクィディッチのスタンドへ向かう。

風のない澄み渡った晴天であり、これ以上ないほどのクィディッチ日和だ。後は、ロンの耳にスリザリンの大合唱がなるべく聞こえないように、と願うしかない。

 

 

ソフィアはもう二度と前のように記憶を失う真似はしない、と集中しながら箒に跨り、フーチの笛の合図で空へと飛び出した。

晴天の暖かさと、頬を過ぎ去る冷たい風が心地よい。ソフィアは一瞬、目を閉じて選手だけが感じられる高揚感と緊張感、そして何よりも胸躍り心弾む楽しさを噛み締めた。

 

 

フレッドとジョージが居なくなり、どこか覇気がないリーの解説を聞きつつぐるぐると空を周りスニッチを探す。少し離れたところでレイブンクローのシーカーであるチョウも同じようにスニッチを探しているのが見えた。

 

試合開始早々ロンがゴールを守れず得点を許し、グリフィンドール生の呻き声とスリザリン生の喜びの歌が上がる。得点される事は仕方がない、どんな試合でもあるものだ。──ただ、私はスニッチを手に入れる。それだけを考えなくちゃ。

 

ソフィアは何度か弾丸のように突き進むブラッジャーを巧みに避け、ロンがデイビーズに3度目の得点を許し落胆と野次が一際大きくなったその時──。

 

 

「ミス・プリンス!動きました!まさか──スニッチです!グリフィンドールのシーカーがスニッチを見つけました!」

 

 

リーの実況と共に歓声が響く、ソフィアは視界の端に金色に輝くスニッチを捉え、必死に後を追っていた。直後チョウもスニッチに気付きソフィアの後ろをぴたりと飛ぶ。

ソフィアの箒は最高峰と名高いファイアボルトであり、ソフィアの飛んだ軌跡はその名の通り炎の尾のような物を青い空に描いている。

 

 

「ミス・プリンス──ソフィア!ソフィア選手!!早い!!おおっと!レイブンクローのチョウ選手も負けてはいない!追い上げる──ブラッジャーを──危ないっ!かわしました!」

 

 

ソフィアめがけてブラッジャーが突撃してきたが、今回ソフィアはきっちりと自分に襲いくるブラッジャーをギリギリのところでかわした。ブラッジャーはそのまま後ろにいたチョウへと突き進み、チョウは思わず箒を上げ方向を変える。

 

 

ソフィアはスニッチに手を伸ばし、観客席スレスレを飛び──悲鳴と歓声が上がる──フィールドを飛び交い──ロンが奇跡的な動きでゴールを防いだ──そして、ついにソフィアが懸命に伸ばした手がスニッチを捕らえた。

 

 

「ソフィア選手スニッチを捕らえました!60対170!グリフィンドールの勝利です!!」

 

 

揺れるほどの歓声が上がり、ロンの完璧なブロックを見たグリフィンドール生は喜び「ウィーズリーは我が王者」を声高らかに歌う。スリザリン生だけはブーイングをしていたが、それを消し去るほどの拍手と合唱だった。

 

 

「──良かった!」

「ソフィア!!ああ!ロン!!良くやった!!最高のプレイだった!」

 

 

アンジェリーナは芝生に降り立ったソフィアとロンに飛びつき、強く抱きしめ涙に滲む声で叫んだ。

ソフィアとロンはアンジェリーナの肩越しに視線を合わせ嬉しそうに笑い合い、ソフィアはスニッチを掴む右手を、ロンは左手を上げ、強く勝利の拳を晴天へと突き上げた。

 

アンブリッジは顔を引き攣らせ無理矢理笑みの形を作り、アンジェリーナにクィディッチの優勝杯を手渡す。アンジェリーナは涙で顔をどろどろにしながらも、ずっしりと重い優勝杯を周りにあげて見せた。

 

選手たちは興奮しているグリフィンドール生に囲まれ口々に祝福の言葉を投げられる。皆にっこりと笑い心地よい多幸感と興奮の中、ロンは選手達に肩車をされ優勝杯を振り回しながら城へと戻った。

 

 

「ウィーズリーは我が王者!クワッフルをば止めたんだ!ウィーズリーは我が王者!」

 

 

素晴らしい歌詞の歌が声高々に叫ばれる中、ソフィアは他の選手たちともみくちゃになりながら共に高揚感に顔を赤く染め、嬉しそうに笑うロンを見上げた。

 

 

「ハリー!ハーマイオニー!やったよ!僕たち勝ったんだ!」

「ちゃんと記憶はあるわよ!」

 

 

肩車されていたロンがすぐにハーマイオニーとハリーに気付き、嬉しそうに叫ぶ。

ソフィアは掴んだスニッチを掲げ、人混みの先にハリーとハーマイオニーを見つけ同じように叫んだ。ハリーとハーマイオニーはその満面の笑みを見て、にっこりと笑った。

 

歌を伴った選手達の凱旋は城の中に入っても絶えず続き、その日のグリフィンドール寮でのヒーローは間違いなくロンとソフィアであり、2人は喉が枯れ疲れ果てるまではしゃぎ騒ぎ、幸せな倦怠感の中ソフィアはハーマイオニーに、ロンはハリーに手を引かれ寝室へ向かい、数秒足らずで眠ってしまった。

 

 

 

グリフィンドールに優勝杯をもたらした一員であるロンは次の日も有頂天が続き、何も手につかず何度も試合の一部始終を誰彼構わず話回った。

ハリーとハーマイオニーは、実は試合を始めの数分しか見ていない。途中でハグリッドに「どうしても」と誘われ禁じられた森へ向かい、ハグリッドの異父弟であり紛れもない巨人であるグロウプと会わされていたのだ。ハグリッドは自分がもうすぐ停職になることを予感しており、自分がホグワーツを追い出された後、巨人であり大切な弟の事をハリーとハーマイオニーに頼んだのだ英語を教えてほしい──友達になって欲しいと。

勿論、ハグリッドはソフィアとロンもグロウプの友達になる事を望み、まさかハグリッドが巨人を匿っているとは夢にも思わなかったハリーはグロウプに会う前に「必ずしも力になるよ、約束する」と安請け合いをしてしまい──本人は激しく後悔したが後の祭りだ──その事を、今までの人生の中で何よりも幸福な顔をしているロンと、嬉しげにニコニコと何度も話に付き合うソフィアに言わねばならなかった。

 

 

ハリーとハーマイオニーは2人を──特に、ロンを──残酷な現実に引き戻さねばならない事はかなり胸が痛んだが、黙り続ける事も出来ない。人の中に居続け喝采を浴びたいロンを何とか校庭の人通りが少ない橅木の根元まで誘い出し、それぞれ本を開いて試験勉強を始めた。

 

しかし、ロンは本を開いてはいるが、また昨日の試合で自分が行った最高のプレイを話し出し、ソフィアは微笑み楽しそうに聴きながら呪文学の教科書に目を落とす。

 

 

「──それで、僕、やつがフェイントをかますような気がしたんだ。一か八か僕は左に飛んだね、そして──まあ、結果は観てただろう」

 

 

最後の方は控えめに語り終え、ロンは必要もないのに髪を後ろに掻き上げ、見せびらかすように風で吹かれた効果を出し近くにいた生徒にチラッと視線を向け、自分の噂話をしているか何気なくチェックをした。

 

 

「それで、チェンバーズが──どうしたんだ?何をニヤニヤしているんだ?」

「ううん、何でもない」

 

 

ロンはハリーの表情を見て話を中断し怪訝な声を上げた。ハリーはロンのその姿に、もう1人のグリフィンドールのクィディッチ選手のことを重ね思わず笑ってしまったのだった。

彼もかつて、この木の下で女の子の気をひくために髪をくしゃくしゃにしていた。

 

 

「ただ、僕たちが勝って嬉しいだけさ」

「ああ、僕たちが勝った」

 

 

ロンは噛み締めるように呟き、「ソフィアがスニッチを掴んだ時のチョウの顔を見たか?」とハリーとハーマイオニーに聞いた。しかし、彼らは──実は観ていない。曖昧に「悔しくて泣いたんじゃないかな」と答えたが、その答えはロンが想像していた答えではなく眉をきゅっと寄せた。

 

 

「あれは殆ど癇癪だったな。その後、チョウが地上に降りたとき、箒を投げ捨てたのは見ただろう?」

「あの……ロン、ソフィア、実は観てないの」

「えっ、そうなの?」

 

 

ソフィアは驚き悲しそうな顔をしたが、それ以上にロンは唖然とし目を見開いたまま「本当に?」と掠れ声で呟いた。

 

 

「実はね、私とハリーが見たのは、デイビースが最初にゴールしたところだけなの」

「観てなかった…?僕がゴールを守ったとこ、一つも見てないの?」

 

 

ロンのくしゃくしゃにした髪がすっかり萎れがっくりと項垂れる。ハーマイオニーは慌てて宥めるようにロンに手を差し出し「あの、そうなの、でも──」と必死に取り繕った。

 

 

「でも、ロン、そうしたかったわけじゃないの。本当よ?ソフィアがスニッチを捕まえるたころも、本当に観たかったわ!でも、どうしても行かなきゃいけないところがあったの」

「へえ?どうして?」

 

 

項垂れていたロンの顔がだんだん怒りで赤く染まってくる中、ハリーはすぐに「ハグリッドのせいだ」ときっぱりと伝えた。

 

 

「巨人のところから帰って以来、いつも傷だらけだったわけを僕たちに教えてくれる気になったんだ。一緒に森に来てほしいって言われて、断れなかった。ハグリッドのやり方はわかるだろ?それで──」

 

 

ハリーとハーマイオニーは代わる代わる森で何を見たのかを設定した。

その説明には5分とかからなかっただろう、2人が話し終えたときにはロンの怒りはすっかりと何処かへ消え去り、ソフィアと同じように驚愕しぽかんと口を開いていた。

 

 

「1人連れ帰ってきて、森に隠していた?」

「巨人を?そんな、まさか!」

「そうなんだ」

「そんな事しないだろう?」

「それが、したのよ」

 

 

ソフィアもにわかには受け入れる事は出来なかった。

巨人は既に絶滅の危機にある、その凶暴な性質ゆえに暴力を振るわずにはいられず、同族で殺し合ってしまうのだ。それに、巨人を誰にもバレずにこの森に連れてくるなんて、かなり難しい事だろう。

 

 

「グロウプは約5メートルの背丈、6メートルもの松の木を引っこ抜くのが好きで、私のことは──ハーミーって名前で知ってるわ」

「まぁ……私の事も覚えるかしら…?」

 

 

ソフィアは魔法生物全般が好きだ。

巨人は凶暴で殺しを好み、魔法界では忌避される存在である。ソフィアはそのことを深く理解していたがハグリッドの弟ならば、ぜひ会ってみたい。そう思い目を輝かせるソフィアに、ロンは呆れたような視線を向けた。

 

 

「そんな、巨人だぜ?いくらソフィアでも、パンチ1発であの世行きだ!」

「それは……たしかに、そうかもね」

「それで、ハグリッドが僕たちにして欲しいことって?」

「英語を教えて、友達になること。うん」

 

 

ハリーの答えに、ロンは「正気を失ってるな」と苦々しく吐き捨てた。

 

 

「巨人は、とっても好戦的だから…。友好的な子ならいいんだけど」

「それは、うーん。微妙だね」

「ハグリッドですら、制御しきれていなかったわ。でも、残念ながら私もハリーも約束させられたの」

 

 

ハーマイオニーは神経質そうに中級変身術の教科書を捲り、フクロウがオペラグラスに変わる一連の図解を睨みながら苛々と言った。

 

 

「じゃ、約束を破らないといけない。それで決まりさ。だってさ、いいか?試験が迫ってるんだぜ?しかもあとこれくらいで──僕たちは追い出されそうなんだ。何にもしなくともな。それに、とにかく……ノーバートを覚えているか?アラゴグは?ハグリッドの仲良し怪物と付き合って良かった試しがあるか?」

 

 

ロンは親指と人差し指をほぼくっ付きそうなほど近づけ、過去ハグリッドが匿っていたドラゴンとアクロマンチュラの事を言う。確かにハリー達はそれらの生き物により、かなり散々な目に遭っていたのだ。

 

 

「わかってるわ。でも──約束したの」

「まあね。ハグリッドはまだクビになってないだろ?これまで堪えたんだ。今学期一杯もつかもしれないし、そしたらグロウプのところに行かなくても済むし──」

 

 

ロンはくしゃくしゃにした髪を撫でつけ、元通りにしながら自分に言い聞かせるために呟く。ハリーとハーマイオニーは不安げな顔をしていたため、ロンは口をへの字に曲げて魔法薬学の教科書に目を落とした。

 

 







300話目!
こんなに続くとは思いませんでした。これからもマイペースに頑張りますので読んでいただけると嬉しいです。
いつもコメントや誤字報告ありがとうございます!


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301 OWL試験

 

 

城の庭はペンキを塗ったばかりのように鮮やかに青々と繁り、陽の光に輝いていた。雲一つない空がキラキラと輝き、暖かい日差しと柔らかな風を運んでくる。

 

もう、6月になっていた。5年生にとっては清々しい天気とは正反対の、追い詰められ暗い時期が──試験の季節が、とうとうやってきたのだ。

 

教師達はもう宿題を出さず、代わりにOWL試験の過去問や試験に出題されそうな予想問題の練習と課題を出していた。

試験が近づいてくるとハーマイオニーは流石にハウスエルフの服を編む事をやめ、深刻な顔をしてブツブツと何時間も教科書を読んでいた。3年生の時の追い詰められていた雰囲気までは言わないまでも、何か別のことを話しかければ爆発しそうな雰囲気は、あった。

まだ時折──2時間に一度ほどだが──小休憩を挟んでいることから、3年生の時のソフィアの忠告が生かされているといえるだろう。

 

挙動不振になっているのはハーマイオニーだけでなく、5年生の半分は精神的に参り医務室のお世話になっていた。

誰よりも同級生をイラつかせ混乱させたのは2人いる──アーニー・マクミランは誰彼構わず捕まえては1日何時間勉強したか質問し、自分が行っている8時間より多いか少ないかをかなり気にしていた。

そして、ドラコは魔法薬学の授業前に「試験は知識ではなく()()()()()()()()だ」と同じスリザリン生に向かって言うふりをしながらいつものようにグリフィンドール生に聞かせ、にやにやと意地悪く笑った。

 

それを嫌そうな顔で聞いていたハリーに、試験の試験官と親しかったとしても合格する訳ではない、とネビルは声を顰めて伝えた。何故ならネビルの祖母と試験官は昔からの友人であるが──忖度されるような事は一切ないと確信している。試験官であるグリゼルダは厳格であり、不正を嫌うのだ。

 

 

5年生と7年生の間では精神集中、疲れ取り、眠気覚まし、頭の回転に役立つ物がこっそりと闇取引きされ──紛い物の薬を飲んでしまった生徒が医務室に連れ込まれるようになって数日。もう気がつけば試験まで残り1週間を切っていた。

この年代の生徒たちがパニックとノイローゼになるのは最早風物詩であり、長年医務室勤務しているマダム・ポンフリーは狼狽える事なくテキパキと神経過敏になってしまった生徒を介抱していた。

 

流石に、セブルスも6月になれば閉心術をする事はなく、ただ毎日心を静かにして眠るようにとハリーに強く伝えるだけにとどまった。

ハリーとソフィアの勉強に配慮したわけではなく、単純にこの時期の教師は5年生と7年生に質問責めにあい、誰もが多忙を極めているのだ。人から嫌われいつもなら誰も近づかないセブルスでさえも、毎年この時期は沢山の生徒に囲まれる事となる。

 

 

ハリーとロンは成績優秀な優等生であるハーマイオニーとソフィアに触発されいつもよりかなり長時間勉強した。脳の皺に全ての情報を刻み、試験まで後三日を切った頃には勉強のし過ぎで気持ち悪くなったほどだ。

 

勉強に集中しているためか、眠っている時も呪文や論理や調合方法が脳内を駆け巡る夢しか見なくなり、ハリーは久しぶりにヴォルデモートの事も、額の痛みのことも忘れていた。

 

 

日曜日の昼食後。

グリフィンドール寮の談話室で変身術の勉強をするハーマイオニーとロンを残し、ソフィアとハリーは図書館に借りた本を返却しに向かった。

 

両手で抱えるほどの本を返却し、代わりに幾つかの参考書と、ハーマイオニーから頼まれていた本を借りて元きた道を戻る。

明日は月曜日であり、ついにOWL試験が始まるのだ。

 

 

「ついに明日が試験か……早く終わって欲しいよ」

「まだ始まってもないわ。──けど、ちょっとわかるわ……勉強は嫌いではないけど、みんなピリピリしていて雰囲気が良くないもの」

 

 

ソフィアは図書館がすっかりと見えなくなったのを確認し、抱えていた本に浮遊呪文をかけふわりと浮かべた。本に魔法をかけるところを司書に見られたら、間違いなく試験中にも関わらず出禁になってしまうだろう。

長時間勉強していて固まった首や肩を回せば、ごきりと嫌な音が響き、ソフィアは眉をひそめ「うーん……疲れたわ」と呟いた。

 

 

「試験が終わった後──ホグズミード行きはもう無いのかなぁ」

 

 

ハリーは何気なさを装いながらぽつりと呟く。

クィディッチの練習があったソフィアは何度もホグズミード行きを逃していて、結果ハリーと恋人らしくデートするタイミングは一切無かったのだ。

しかし、もうクィディッチシーズンも終わり、2週間後には試験も終了する。その後、夏季休暇までには1週間はあるが、その時の土日に少しでも一緒に出かける事はできないかとハリーは思っていたのだ。

 

 

「うーん……ホグズミード行きがあるなら、きっともう告知されてると思うわ。だから多分あるのは来学期じゃない?ハニーデュークスにでも行かたかったの?」

 

 

そういえば、買い溜めていたチョコレートやキャンディももうすぐ底をついてしまうわ。今年はあまりホグズミードに行けなかったし、早く行きたいわ──そうソフィアは言いながらハリーを見たが、ハリーの表情は少し残念そうであり、ソフィアは首を傾げた。

 

 

「君と、行きたかったんだ」

「え?──そうね……」

 

 

ソフィアはハリーの考えがわかりくすりと笑うと少し前方にぷかぷかと本の山を浮かべたままハリーの前に周り、足を止めて行手を阻み悪戯っぽく笑った。

 

 

「ソフィア?」

「私、夏休みの予定何にもないの」

「え──あっ!僕と、遊びに行かない?」

「ええ!とっても楽しみだわ!」

 

 

ソフィアの嬉しそうな声と明るい笑顔にハリーは頬を少し赤く染めて幸せそうにはにかんだ。

ホグワーツでは常に一緒に居たが、2人きりになれるタイミングは殆ど無かった。いつもそばにはハーマイオニーとロンが居て、甘い雰囲気になる事もなかったのだ。

 

 

「場所はどこがいいかしら…ホグズミードは、ハリーは遠いし……ダイアゴン横丁でもいいけれど……」

 

 

ソフィアはハリーの隣に並びゆっくりと歩きながらどこに行こうかと考える。ホグズミードは家からはかなり近いのだが、ハリーが向かうには苦労するだろう。かと言ってダイアゴン横丁は少々デートには味気ない。

 

 

「そうだなぁ……遊園地とかは?」

「遊園地?あっ!マグル学でその場所について学んだわ!先生は、マグルの場所だっておっしゃってた!──楽しいところなの?かなり勇敢なマグルしか行く事を許されないって聞いたけど…?」

 

 

興奮しながらも不安そうにするソフィアに、ハリーはいったいマグル学の教師は遊園地をどのように説明したのかと苦笑しつつ、「楽しいらしいよ」と答えた。

 

 

「らしい…?」

「うん、ダドリーがいつも自慢してたんだ。僕は行ったこと無くて……ずっと行ってみたかった」

 

 

ダドリーとその両親は何度も遊園地に行っていたが、勿論ハリーは連れて行ってもらえるわけもなく、毎回居残りを命じられていた。自慢げにジェットコースターやゴーストハウスの事を話すダドリーに、幼いハリーはどうしようもなく羨ましくなり夜にテレビの中で見た遊園地のコマーシャルの映像を思い出しては悔しさから──涙を流していた。

 

 

「そう──楽しみね」

 

 

ソフィアはハリーの寂しげな笑顔を見て何故行ったことが無いのか理解したが触れる事は無く、そっと寄り添い優しく囁く。

ハリーはにっこりと笑い、腕に抱えた本を持ち直しながらソフィアの頬に軽くキスを落とした。

 

 

 

 

ついに試験の朝がやってきた。

5年生は朝食時も口数少なく最後の追い込みをかけ教科書を開き、脳の隙間に知識を無理矢理詰め込んでいく。

朝食が終われば生徒はみんな教室に行ったが、5年生と7年生は玄関ホールに集められそわそわと落ち着きなく試験開始を待った。

9時半になると大広間の扉が開き、クラスごとに呼ばれた。大広間にあった長机は無くなり、代わりに個人用の机が沢山並んでいる。ソフィアが憂いの篩で見た光景と全く同じであり、奇妙な緊張に包まれる中生徒たちはそれぞれ机に着き、静かに前を見る。

 

大広間の1番奥にマクゴナガルが向かい合う形で立ち、生徒全員が着席し静かになったのを確認すると「はじめてよろしい」の掛け声と共にマクゴナガルは自分の側にある机の上に置かれた巨大な砂時計をひっくり返した。

 

ソフィアは直ぐに伏せられていた問題用紙をひっくり返し、初めから最後の問題までざっと目を通した後、1番初めの問題に取り掛かった。

 

 

 

試験が終了した2時間後、問題用紙を掴んだ生徒達は大広間から出されぞろぞろと玄関ホールに再び集まった。

 

 

「まあ、それほど大変じゃなかったわよね?」

「そうね、引っ掛け問題は無かったわ」

 

 

ハーマイオニーは不安げに問題用紙と睨めっこをしながら呟き、鞄の中に問題用紙をいれながらソフィアが言った。ハリーとロンも終わった試験の事を考えたくはなく──そんな余裕もなく──すぐに問題用紙を鞄の奥に突っ込んだが、ハーマイオニーだけはぶつぶつと自分の解答に間違いはなかったかと何度も問題用紙の上で視線を滑らせていた。

 

 

「ハーマイオニー、もうこの事は了解済みのはずだ。終わった試験をいちいち復習するなよ。本番だけで沢山だ」

 

 

ロンが嫌そうに言えば、ハーマイオニーはぶつぶつ言う事はやめたが問題用紙からは頑なに目線を上げなかった。

 

 

5年生は他の生徒と共に昼食を取り、一度大広間の脇にある小部屋へと移動させられ、午後からの呪文学の実技試験に呼ばれるのを待つことになった。

 

数人ずつが名簿順で呼ばれる中、残った生徒は呪文を口の奥でぶつぶつと唱え、杖の動きを確認する。

ハーマイオニーが呼ばれ、他に呼ばれた3名と共に震えながらの部屋を出て行く。試験を終えた生徒はこの小部屋に戻る事はなく、試験がどんな内容だったかは誰にもわからなかった。

 

 

ハーマイオニーが出て行った10分後、再び扉が開きフリットウィックが手元の名簿を見ながらパンジーとパドマとパーバティを呼び、彼女たちは硬い表情で部屋を出て行った。

名簿順ならば、呼ばれるのはそろそろだとソフィアは緊張で高鳴る胸を手で押さえ、一度深呼吸をする。

 

そしてまた10分後、扉が開きフリットウィックが声を上げた。

 

 

「プリンス・ルイス──プリンス・ソフィア──ポッター・ハリー」

「頑張れよ」

 

 

ロンがハリーとソフィアに小声で声援を送り、二人は緊張しながら頷く。

大広間にはまだ試験中だった数名がそれぞれ試験官の前に立ち様々な魔法の試験を受けていた。

 

ソフィア達はフリットウィックに空いている席を告げられ、それぞれの試験官の前に立つ。

 

 

「プリンス・ソフィアだね」

「はい」

 

 

ソフィアの試験官は高齢の魔女だった。魔女はシワが多く刻まれた顔にちょんと乗っている小さなメガネを押し上げながら羊皮紙を見て「じゃあ、この本を浮遊させてもらおうかね」とゆっくりとした嗄れ声で言った。

 

浮遊呪文、転がし呪文、変色呪文、光呪文などなど、様々な呪文を難なく終えたソフィアに魔女は満足げに大きく頷き、羊皮紙にカリカリとメモをするとにっこりと笑った。

 

 

「試験はこれで終わりだよ。さあ、あっちの扉から退出するように」

「はい、ありがとうございました」

 

 

ソフィアはちらりとハリーを見た。ハリーは穴熊をオレンジ色に変えるはずが何故か大きくするというミスをしていたが、すぐに間違いに気付き元に戻しているところだった。

ルイスもほぼ同時に試験を終え、2人は玄関ホールへ続く扉へ向かう。

 

 

「どうだった?」

「余裕だわ」

 

 

ルイスは小声で囁き、ソフィアも同じように囁く。くすり、とお互い小さく笑い合い、扉を開けた先でそれぞれの友人が待つ方へと向かった。

 

 

 

その日の夜はのんびりとする余裕もなく、談話室へと直行しすぐに翌日の試験の勉強を開始する。1日1科目しか行われないため、まだ気持ち的な余裕はあるとはいえソフィアは占い学以外の全てを受講している。たった1日しか休みはなく、他の5年生と同じように夜遅くまで勉強をした。

火曜日は変身術、水曜日は薬草学、木曜日は闇の魔術に対する防衛術、金曜日は古代ルーン語の試験があり、古代ルーン語の試験を終えたソフィアとハーマイオニーは問題用紙を見ながらグリフィンドール寮へ向かった。

 

 

「ああ──やっぱり、ひとつ間違えたわ!」

「ひとつなら良いじゃない。私は3つわからなくて……自信がないわ」

 

 

玄関ホールを通り廊下を歩いていると、アンブリッジがカンカンに怒りながら「誰ですか!ニフラーをいれたのは!足を怪我するところだわ!」と癇癪を起こしながら黒い丸々としたニフラーをぶらぶらとさせ自室から現れた。

ソフィアとハーマイオニーはすぐに目を逸らしたが、アンブリッジは憎々しげに2人を睨むと暴れるニフラーを外に放り出すために玄関ホールへと足音を響かせながら大股で歩いて行ってしまった。

 

 

「……誰かしらね」

「さあ、わからないけれど、犯人を誤解しなきゃいいわ!」

 

 

ハーマイオニーは鼻息荒く言うとまた問題用紙と睨めっこを始めてしまった。

 

 



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302 試験中の悲劇!

 

 

土日は試験は無いが、次の週も最終の金曜日まで続く。残すのは月曜日に魔法薬学、火曜日に魔法生物飼育学、水曜日に天文学と占い学、木曜日に数占い学とマグル学、金曜日に魔法史──と試験が軒並み続き、選択科目で最低限の3科目しかとっていない生徒はともかく、ソフィアとハーマイオニーは土日もほぼ勉強をして過ごした。

 

 

ソフィアは魔法薬学と魔法生物飼育学、天文学の筆記試験を順調に済ませ、夜の11時に他の五年生と共に天文学の実技試験を受けていた。

星を観測するには最高である雲一つない静かな夜。夜気が少々肌寒く、ソフィアの頬を撫でていく中、腕に抱えていた望遠鏡を窓のそばの席に設置し、マーチバンクス教授の合図で空に浮かぶ恒星や惑星を用意されていた星座図に書き入れ始めた。

時々望遠鏡を動かす音と羊皮紙の上を羽ペンが走るだけの静かな空間。夜の11時、それに連日続く試験に少々眠気が来ていたソフィアは欠伸を1つ噛み殺し、ぼやけた目を擦った。

 

深夜0時を周り、眼下の校庭に映っていた城の窓明かりがひとつ、またひとつと消え出した頃、ソフィアは星座図の8割を埋めていて後は難しい小さな星々のみとなっていた。

霞む目をぎゅっと細め、微かな光を捉え慎重に書き留めていると、突然遠くから犬の吠え立てる声が天文学塔の頂上まで聞こえてきた。

ソフィアはその鳴き声を聞き望遠鏡から目を離し少し離れた場所にあるハグリッドの小屋を見下ろす。あの鳴き声は、聞き間違えようもないハグリッドの飼い犬であるファングの声だ。

気がついたのはソフィアだけでなく、何人もが「こんな夜更けにどうしたんだろう」と望遠鏡から目を離し不思議そうに小屋を見下ろしていた。

 

 

「みなさん、気持ちを集中するんじゃよ」

 

 

コホン、と咳払いをしながら教授が優しく忠告し、ソフィアは再び望遠鏡を覗き込む。

しかし、どうしても気になってしまい何度もチラチラとハグリッドの小屋に視線を落としていた。まさか、ハグリッドが匿っているというグロウプが森から抜け出して小屋にきてしまったのだろうか?──いや、5メートルもの巨大だ、流石にあの小屋には入らないだろう。

 

 

突如校庭から大きな音が上がり、生徒の何人かが驚き跳び上がり、望遠鏡の端で顔を打ち悲鳴を上げた。

ソフィアは試験中だと言う事を忘れ、呆然としてハグリッドの小屋を見下ろす。先ほどの音はハグリッドが扉を勢いよく開いた音だったのだろう。

ハグリッドは5人の魔法使いに囲まれながら巨大な腕を振り回し怒号を上げていた。すぐに5人の杖先から失神魔法が鋭く飛びハグリッドの体に当たった──しかし、その光は弾かれ、彼は失神する事なく近くにいた魔法使いに向かって拳を振り上げた。

 

 

「やめて!」

 

 

ハーマイオニーが思わず悲鳴を上げ叫ぶが、すぐに教授が「慎みなさい!試験中じゃよ!」と咎める。だが、今教授の忠告を聞くものはいなかった。皆が驚愕と恐怖の表情でハグリッドの小屋の周りで赤い光線が飛び交うのを見つめ、息を飲み小さな悲鳴を上げていたのだ。

 

 

「大人しくするんだハグリッド!」

「大人しくが糞食らえだドーリッシュ!こんな事で俺は捕まらんぞ!」

 

 

双方の怒鳴り声とファングの吠える声が響く。ファングはハグリッドを護ろうと周りの魔法使い達に何度も飛びかかっていたが、ついに失神呪文に撃たれバッタリと黒々とした芝生に倒れた。

ソフィアは試験などすっかり忘れ悲鳴を上げる。ハグリッドは怒り狂いファングに魔法をかけた男を掴むと投げ飛ばした。男は数メートルは吹っ飛びそのまま気絶してしまう。ハーマイオニーは口を手で押さえ顔を引き攣らせ、ロンもまた恐怖に目を見開いていた。

初めて、本気で怒っているハグリッドを見たのだ。

 

 

「見て!」

「マクゴナガル先生!」

 

 

手摺壁から身を乗り出していたパーバティが金切り声を上げ城の真下を指差した。正面扉から現れた人に気付いたソフィアもハッとしてその人の名前を叫ぶ。

背後でトフティ教授が「あと16分しかないのですぞ!」と気を揉み叫んだが、誰も教授の話は聞いていない。むしろ、教授もそう言ったものの心配そうにハグリッドの小屋を見下ろしていた。

 

 

「何という事を!おやめなさい!やめるんです!」

 

 

マクゴナガルはハグリッドの小屋を目指し、叫びながら疾走していた。手に杖を持っているが、その戦いの中にアンブリッジがいる事に気付くと躊躇い杖先を下げる。

 

 

「何の理由があって攻撃しているんです?何もしていないのに。こんな仕打ちを──」

 

 

その先の言葉はソフィア、ハーマイオニー、パーバティ達女生徒の叫びで遮られた。

小屋の周りにいた魔法使い4人がマクゴナガルに向かって同時に失神魔法を貫き、赤い4本の光に貫かれた彼女はその場で一瞬不吉な赤い光を放ちそして──跳ね上がり仰向けに落下するとピクリとも動かなくなった。

 

 

「不意打ちだ!けしからん仕業だ!」

 

 

トフティ教授が試験をすっかり忘れ叫び、信じ難い所業に体を震わせ憤る。ハグリッドも「卑怯者!」と怒鳴り、その声はホグワーツ城を震わせた。消えていた窓明りがあちこちで点き始め、窓がぱっと開く。

 

 

「とんでもねぇ卑怯者め!これでも食らえ!──これでもか!」

 

 

倒れるマクゴナガルを見たハグリッドは顔を赤黒く染めて憤怒の表情のまま近くにいた魔法使いを思い切り殴った。手加減を一切していない半巨人(ハグリッド)の拳に、まともに食らった2人の魔法使いは気を失いその場に倒れ込む。

遂に残ったのはアンブリッジと、もう1人の男の魔法使いだけになった。

ハグリッドはすぐに近くで気絶しているファングを背中に抱えると、一歩、その魔法使いに近づく。

 

 

「捕まえなさい!──捕まえろ!」

 

 

アンブリッジは少し離れた安全な場所で杖を振り威嚇し叫んだが、魔法使いの男は今まさに目の前で魔法を使わずにハグリッドが精鋭の魔法使い2人を倒したのを見てしまった。足がすくみ、じりじりと後退りした男は気絶し横たわっていた仲間の1人で躓き転んでしまった。

 

 

その隙を逃す事はなく、ハグリッドはくるりと向きを変え走り出した。アンブリッジが失神呪文を放ち最後の追い込みをかけたがハグリッドには当たらなかった。

ハグリッドはファングを抱えたまま遠くの校門へと暗闇の中を走り、ついに見えなくなった。

 

静寂に震えが走り、長い沈黙が続いた。

ソフィアは人が集まりつつあるマクゴナガルを蒼白な顔で見下ろし、ハーマイオニーは口を手で覆ったまま固まっていた。

 

 

「うむ……みなさん、あと5分ですぞ」

 

 

気まずそうにトフティ教授が弱々しい声で言ったが、その後望遠鏡を覗く者も、正座図に何かを書く者もいなかった。

みんなが唖然としたまま、騒ぎになりつつある校庭を見下ろしていたのだ。

 

 

何度も時計を見ていたトフティ教授がついに試験終了を告げた時、ソフィア、ハリー、ハーマイオニー、ロンはいい加減に望遠鏡をケースに押し込み、螺旋階段を飛ぶように降りた。

 

 

「あの悪魔!夜中にこっそりハグリッドを襲うなんて!」

「信じられないわ!酷すぎる…!ハグリッドは何もしていないのに!マクゴナガル先生もよ!──心配だわ、大丈夫かしら……」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは怒りで震えながら言った。不条理なアンブリッジの蛮行に、沢山の生徒が今見た事をガヤガヤと話しマクゴナガルの体調を心配していた。

 

 

「ハグリッドはよくやったよな?どうして呪文が跳ね返ったんだろう」

 

 

ロンは感心する、というよりも恐々とした顔で呟く。マクゴナガルが一撃で気絶してしまった失神呪文を、ハグリッドは四つ同時では無かったとはいえ何度も跳ね返していたのだ。

 

 

「ハグリッドは半分巨人の血が流れているわ。巨人は魔法が効きにくいの。だからハグリッドも無事だったんだわ……」

 

 

ソフィアは時々現れる窓の外を見てマクゴナガルが既に沢山の生徒により運ばれた事を知ると、心配そうなため息を吐いた。

 

 

「少なくとも、連中はハグリッドをアズカバン送りに出来なかったな。ハグリッドはダンブルドアのところに行ったんだろうか?」

「そうだと思うわ。──ああ、本当にひどいわ。ダンブルドアがすぐに戻ってらっしゃると本当に思っていたのに、今度はハグリッドまで居なくなってしまうなんて」

 

 

ロンの呟きにハーマイオニーが涙ぐみながら答える。

ソフィア達は足取りも重く、ほぼ全員が目を覚まし興奮と不安が渦巻くグリフィンドール寮に戻ってきた。マクゴナガルはグリフィンドールの寮監であり、厳粛な教師だが生徒からは好かれている。そんな彼女の体調を誰もが心配していたのだ。そして、ハグリッドも比較的グリフィンドール生には好かれている。そんな2人が攻撃されただなんて──。

 

ソフィア達より先に戻っていたシェーマスとディーンが、何が起きたのか正確に知らない生徒達に見た事を詳細に話す中、アンジェリーナが心配そうに眉を下げながら言った。

 

 

「だけど、どうして今ハグリッドをクビにするの?トレローニーの場合とは違う。今年はいつもよりずっと良い授業をしていたのに!」

「アンブリッジは半人間を憎んでいるわ。前からずっとハグリッドを追い出そうと思っていたのよ」

「それに、多分ハグリッドが自分の部屋にニフラーを入れたと思っているの」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは肘掛け椅子に疲れたように腰掛け、重々しい口調で呟く。その言葉を聞いた途端、リーが「げっ、やばい」と小さな声を上げ、皆がリーを見た。

 

 

「ニフラーをあいつの部屋に入れたのは俺だよ。フレッドとジョージが2.3匹俺に残していったんだ。浮遊術で窓からいれたのさ」

「アンブリッジはどっちみちハグリッドをクビにしたさ。ハグリッドはダンブルドアに近すぎたもの」

 

 

ハグリッドに対し申し訳なさそうな表情をするリーの背中をディーンが軽く叩き慰める。たしかに、例えリーがニフラーをアンブリッジの部屋に入れることがなかったとしてもハグリッドは遠くない未来に同じ運命を辿っていただろう。

 

 

「その通りだ」

 

 

ハリーはソフィアの隣の肘掛け椅子に座り苦い表情で呟く。「マクゴナガル先生が大丈夫だといいんだけど」と、パーバティと寄り添い合っていたラベンダーが涙声で言い、グリフィンドール生はくらいで表情で視線を交わした。

 

 

「みんなが城に運び込んだんだよ。僕たち、寮の窓から見ていたんだ。……あんまり良くないみたいだった」

「マダム・ポンフリーが治すわ。今まで治せなかった事はないもの」

 

 

アリシアの言葉に、誰もが「そうだよな」と小さく頷き合う。だが、連れていかれるマクゴナガルを近い距離で見ていたコリンなどはなんとも言えない表情をしていた。彼らはマクゴナガルがぴくりとも動かず白い頬をしていた事も、垂れた腕が力無く運ばれる動きに合わせて揺れていたのも、全て見ていたのだ。

 

 

マクゴナガルとハグリッドを心配するグリフィンドール生がそれぞれの寝室に戻り、談話室が空になったのは明け方の4時ごろだった。

ソフィアとハーマイオニーは後数時間後に迫る試験の勉強をする気が起きず、ただ言葉少なく寝室に戻り仮眠を取りに行く。パーバティとラベンダーは3時ごろに寝室に戻っていたため、2人分の微かな寝息が聞こえてきていた。

 

 

「……本当に、許せないわ…」

 

 

ソフィアは億劫そうに服を着替えながら何度目かわからない呟きをこぼし、ハーマイオニーも「ええ」と小声で頷く。

アンブリッジが半人間を憎んでいる事は知っていたが、それにしても奇襲をするなんて夢にも思わなかった。それに、止めに入ったマクゴナガルを一切の躊躇なく攻撃するなんて。──もし、ダンブルドアがいたならばこんな事にはならなかっただろう。

 

 

「わ──私が、私があの会合を思いついたからだわ!」

「ハーマイオニー……」

 

 

ハーマイオニーはベッドに座り込み、がっくりと肩を下げ顔を手で覆い震えていた。

もし、会合を作らなければ、ダンブルドアは逃亡する事にはならなかっただろう。アンブリッジに対し不満はあっただろうが、それでもこんな事態は起こらなかった。

ずっと、悩んでいたのだ。ダンブルドアが逃亡したときからずっと──自分の発案のせいだと。

すぐにダンブルドアは帰ってくるものと思っていた。だが、蓋を開けてみれば未だに帰ってくる気配は無く、その間にアンブリッジは我が物顔で城を歩き、親衛隊が出来て、フレッドとジョージは自由へ飛び出し、ハグリッドは無理矢理追い出され、マクゴナガルは倒れた。

 

 

「私が、私が──!」

「……それは、違うわ。あの会合を考えたのは確かににあなたよハーマイオニー。でもね、みんながそれに賛同した、私も、ハリーも、ロンも、みんないい考えだと思ったわ。誰かの責任だというなら、それはみんなの責任よ」

「でも……!」

「ハーマイオニー……ずっと自分を責めていたのね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの隣に座り、優しく震える肩を撫でた。

あの会合は、やはり少人数で信用できる者だけに限るべきだったのかもしれない。しかし、あの時はそれが最善だとみんなが思ったのだ。マリエッタが密告した事も──本来なら、リーダーであるハリーと自分がもっと目をかけ心に触れ合い不安を聞き出さなければならなかったのだ。彼女は彼女で、会合に参加してしまってから、言い出せない不安と恐怖に戦っていたのだろう。

 

 

「ソフィア、私、どうしたら──」

「…ダンブルドア先生は、きっとすぐに帰ってくる。ハグリッドも、マクゴナガル先生もすぐに元気になる。──それを、信じて待ちましょう。それに、ここにはまだ私たちの味方がいるでしょう?」

「味方って……?」

 

 

ハーマイオニーの涙を指で拭いながらソフィアは小声で「父様よ」と囁いた。

すっかり忘れていた人の事に、ハーマイオニーは一瞬涙を流すのを止め、ソフィアの緑色の目を見つめる。

 

 

「大丈夫よ、本当に最悪な事態にはまだなってないわ。もし、このホグワーツが安全な場所じゃないのなら、きっと私はここにいないもの。すっごくわかりにくいし、信じられないかもしれないけど……父様は優しいの、あれでもね。だから、何かあれば必ず私たちの力になってくれるわ」

 

 

ソフィアは誰よりも父の事を信じていた。

その父がこのホグワーツにいる限り、ソフィアには本当に怖い物など何も無い。勿論ハグリッドがいなくなった事やマクゴナガルの事は悲しく胸が痛んだが、それでもセブルスが側にいるのだと言うことだけで、ソフィアは前を見続ける事ができた。

セブルスは父であり、今このホグワーツで誰にも怪しまれていない不死鳥の騎士団員だ。きっと、アンブリッジはセブルスがまさか魔法省に対抗するダンブルドアの私設組織の一員だとは思うまい。

 

そのセブルスがここに居るのだ。

ホグワーツの外で何かが起きた場合には必ずダンブルドアや騎士団から連絡が来るだろうし、こちらの異変を迅速に伝えることだってできる。間違いなく、騎士団には煙突飛行ネットワークやフクロウ便ではない方法で連絡を取り合うことが出来ているのだろう。──そう、例えば守護霊を使って。

 

 

「そう──そうね、まだ、味方がいるわ」

「ええ、だから大丈夫よ。……さあ、もう寝ましょう。明日も──もう今日ね──試験があるし」

「ええ……おやすみ、ソフィア──ありがとう」

「おやすみなさい、ハーマイオニー」

 

 

ハーマイオニーは泣き腫らした赤い目で微笑み、ソフィアの頬におやすみのキスを落とすと泣いて重くなった目を閉じ布団に潜り込んだ。

ソフィアは数回ハーマイオニーが被った薄い毛布をぽんぽんと叩くと自分のベッドに寝転んだ。

 

 

目は重く疲れているのに、脳は興奮して中々眠気を連れてきてくれない。──ソフィアは寝返りを打ち、体を丸めると柔らかな毛布を中に頭の上までかぶせ、薄暗い中でそっと目を閉じた。

 

 



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303 神秘部への誘い!

 

 

最後の試験は午後から始まる魔法史だった。

短い睡眠時間しか取れなかったソフィア達グリフィンドール生の殆どは眠たげに目を擦り試験が始まるまで安眠を貪りたかったが、最後の追い込みをしなければならないだろう。

必死に眠たい目を見開き、ソフィア達は午前中いっぱいをなんとか勉強の時間にあて、昼食を取り、時計の針が2時を指す前に玄関ホールに集まった。

 

これが終われば、とりあえず何も考えずに沢山眠りたい。ソフィアはそう思いながら他の5年生と共に開かれた扉から大広間へと入る。

もはや見慣れた光景になった1人一つの机が並べられ、全員が詰め込んだ知識が溢れないようにぐっと口を結びながら指示された席に座る。

 

 

「試験問題を開けて──初めてよろしい」

 

 

試験官であるマーチバンクス教授が合図し、巨大な砂時計をひっくり返した。

ソフィアはすぐに今まで通り問題に全て目を通し、簡単に答えられる年号や大きな戦の通称名、そして法律について答え、長々とかかりそうな記述問題は後に飛ばした。

 

 

──この試験が終わったら、たっぷり寝て、そのあとは校庭で遊びたいわ。ああ、箒で空も飛びたい。

 

 

『杖規制法は18世紀の小鬼の反乱の原因となったか、それとも反乱を掌握するのに役立ったか意見を述べよ』という問題に答えながらソフィアはそんな事を考えていた。

 

 

 

暫くはカリカリと羽ペンを動かす音が響いていたが、少しずつそれは少なくなっていく。

ソフィアはちらりと問題用紙から視線を上げ、机に向かって丸まっている沢山の5年生の背中を見たが──いくつかの頭が船を漕いでいることに気づいた。

昨夜の一件で眠れなかった生徒は多いのだろう。それに、ただでさえ試験の最終日だ。連日の勉強で疲れが溜まり緊張の糸が切れてしまってもおかしくはない。

 

それに、魔法史の授業は昼寝の時間だと考えている生徒が多い中、試験中だとしてもついつい、反射的に眠くなってしまうのかもしれない。──なんて、ソフィアが思い、つい面白くて小さく微笑んだその時。

 

 

「あああああっ!!」

「──ひっ!」

「──きゃあっ!」

 

 

布を裂いたような悲鳴が静かな大広間に響き、その声を聞いた何人かが跳び上がり机の裏で足を打ち、悲鳴を上げた。

ソフィアは驚きで心臓がどくどくと嫌な音を立てているのを聴きながら目を見開き、自分の3席前に座っているハリーを見た。

 

 

ハリーは叫び、そのまま石床に倒れ込んだ。

苦しげな呻き声を上げ額に手を当て叫ぶハリーは、涙でぼやける目をうっすらと開いた。

 

 

「ハリー!」

 

 

ソフィアは思わず羽ペンを放り出し駆け寄り、ハリーの肩を揺らした。ハリーは傷痕を抑え苦しげな呻き声を上げて床の上をのたうち回る。

 

 

「ハリー、しっかりして!」

「おお、こりゃいかん。ノイローゼかもしれんな、試験期間には良くあることじゃ……きみは席に戻りなさい。ハリー・ポッターは、わしが医務室に連れて行こう」

 

 

生徒の見張りをしていたトフティ教授が駆け寄りソフィアの手をやんわりと外すとハリーの肩を支えた。

そのまま混乱し何が起こったのかよくわからないハリーをゆっくりと大広間の外へと連れ出していく。誰もが試験の手を止め叫びのたうち回っていたハリーを見つめた。ある者は心配そうに、ある者は怖々と、ある者は嘲笑を浮かべて。──ようやく意識がはっきりしてきたハリーは、振り返りソフィアの心配そうな目を見て口を開きかけたが、何かを伝える前に目の前で扉が閉まった。

 

 

「後15分ですよ」

 

 

ソフィアは数秒、閉まった扉を見ていたがすぐに自分の席に戻り、まだ埋め終わっていない箇所を素早く埋め始めた。

 

 

 

そのあとハリーは戻ってくる事は無かった。

試験終了後、すぐにソフィアは答案用紙を提出し、ロンとハーマイオニーに目配せをする。2人ともこくりと無言のままに頷き、ソフィアの後に続いた。

 

 

「一体どうしたんだろうな」

「わからないの?決まってるじゃない。また夢を見たのよ。それも今までより強いものをね」

「そうね……とにかく、ハリーに話を聞きましょう。私の予想が正しければ、ハリーはそろそろ神秘部に誘導されると思うの」

 

 

3人は険しい表情でハリーが向かっただろう医務室を目指した。

ちょうどすぐ終業のベルがなり、沢山の扉が開き通常授業を終えた生徒達ががやがやと廊下に流れ溢れてくる。その中を掻き分け進むソフィアとハーマイオニーとロンの前に、同じように人を押し退けながら進んでいたハリーが現れた。

 

 

「ハリー──」

「見たんだ。夢で──話したいことがあるんだ」

「花を持つ少女の部屋へ行きましょう。ちょうど近いわ」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは頷き、まだ焼けるように痛む傷跡を手で揉みながら限られた人しか入ることが出来ない部屋へと向かった。

 

 

いつものように肖像画に居る少女に花を近づけ──ソフィアは簡単に羽ペンを花に変えた──久しぶりに隠し部屋へと足を踏み入れる。

すぐに4人はソファに座り、顔を突き合わせハリーの言葉を待った。

 

 

「さっき、居眠りしちゃって。そこでまた──見たんだ。今までと同じ神秘部の廊下で、幾つもの扉をこえて、沢山の白い球がある部屋に行った。97番目の棚を左に曲がってその突き当たりに……シリウスが居たんだ」

「えっ、そんな──」

「僕は、ヴォルデモートだった。僕の口からはヴォルデモートの声が出ていた。ヴォルデモートはシリウスにその棚にある白い玉を取れって命令していた、けどシリウスは反抗して、とらなくて、ヴォルデモートはシリウスにクルーシオをかけた──シリウスの悲鳴で、目が覚めたんだ」

 

 

ハリーはいま夢で見た光景に酷く心を乱されていた。耳にシリウスの苦痛に満ちた叫び声とヴォルデモートの冷酷な笑い声が耳にこびりついてしまって今でも離れない。しかし──思考は冷静だった。

 

 

「これって、ソフィアが言っていた通り、僕を誘き出すための罠だと思う」

 

 

ハリーは大きく息を吸い、一言で言い切るとソフィアとハーマイオニーとロンの顔を見渡した。ロンは少し怯えと恐怖が滲む顔で、ソフィアとハーマイオニーは強張った表情で頷く。

 

 

「間違いないわ」

「神秘部であなたを捕らえるための準備が整ったのかしらね。──ヴォル、デモート本人はいないとは思うけれど、死喰い人は間違いなくいるわ」

「この事、マクゴナガル先生に伝えようとしたんだ。でも、今朝、聖マンゴに搬送されたみたい。勿論僕を呼び出すための罠だとわかってる──何故かはわからないけど──でも──もし、本当だったら……どうしよう、シリウスが今も拷問を受けてるって事なんだ!なんとか無事だって事を確認したいんだけど……」

 

 

ハリーは居ても立っても居られず、立ち上がりうろうろと部屋の中を歩き回りながら考えた。わかっている、これは罠であり冷静に考えてみればヴォルデモートとシリウスが夕方の5時である今神秘部に行くなんてあり得ない。沢山の魔法省勤めの人と闇祓いがいるだろう。だが、万が一──万が一、本当なら?

 

 

「マクゴナガルはここにいないし、確認することなんて……」

 

 

ロンは難しい顔をし腕組みをしながら考え込む。不死鳥の騎士団員であるマクゴナガルが居なくなった今、この事態を騎士団員に伝えることは不可能な事に思えたのだ。

 

 

「私たちに出来ることはひとつしかないわ」

「どうすんだい?まさか、またアンブリッジの暖炉か?」

「まさか。流石に2度目は不可能よ。──本当に覚えてないの?このホグワーツには、後1人騎士団員がいるじゃない!」

 

 

ソフィアは本気でわかっていないロンとハリーの怪訝な顔を見て呆れたようなため息をこぼした。

 

 

「スネイプ先生よ」

「──あ」

「忘れてた」

「でも……ほら、スネイプは僕が不安だからって確認してくれるかな?馬鹿にされて笑われて終わりそうな気がする……」

「まぁ──一応、言いに行きましょう。それに、神秘部に死喰い人がいるのなら捕まえる事が出来るかもしれないでしょう?」

 

 

決まり、と言うようにソフィアは一度手を叩いて立ち上がる。ハリーはセブルスしか頼ることが出来ない今の状況が嫌で仕方がなく、間違いなくシリウスが無事かどうかなんて確認してくれないだろう──寧ろ、無事じゃない方が喜びそうだ──とは思ったが、他に頼りに出来る人もおらずのろのろと立ち上がった。

 

 

「さあ、行くわよ」

「えっ、僕も?ハリーとソフィアとハーマイオニーの3人で行ってきて、僕は留守番──」

「早く立って!行くわよロン!」

 

 

ロンはセブルスの研究室になど近付きたく無かったが、ハーマイオニーに強い口調で言われ無理矢理腕を引っ張られ立たされてしまい、仕方なくぶちぶちと「僕なんて役に立たないのに」と言いながら歩き出した。

 

 

5年生と7年生は試験が終わり吹っ切れたような笑顔で、それ以外の生徒はいつも通りの表情で夕食を食べに大広間へと向かう中、ソフィア達は一度大広間をチェックして教師陣が座る席にセブルスの姿がない事を確認し、人の流れに逆らうようにして暗い廊下を進み、地下通路を降りていった。

 

 

 

「スネイプ先生、ソフィア・プリンスです」

 

 

真っ先にソフィアが名乗りながら扉を叩いた。ロンは少しも臆する事なくハキハキと声をかけるソフィアを尊敬と畏怖の眼差しで見つめつつ、1番後ろに周りなるべく自分の姿が見えないように背を屈めた。

ここに何度か通ったことがあるハリーだったが、やはり緊張してしまう。──もし、スネイプが取り合ってくれなければどうすればいいだろうか。追い返されるだろうか。

 

 

 

「……入りたまえ」

「失礼します」

 

 

低い声が扉の奥から響いた。ハリーとロンはとりあえず追い返されないことに安堵し、扉を開き先に入ってしまったソフィアの後ろをハーマイオニーと共にそっとついていく。

 

 

「お話があります、スネイプ先生」

 

 

ソフィアの背後からセブルスを見たハリーはぎくりと肩を震わせた。

何故かセブルスは杖をこちらに構えていたのだ。ハリーとロンとハーマイオニーの3人がソフィアの後にぞろぞろと入ってきた途端、セブルスはさっと杖をローブの内ポケットへと戻し何食わぬ顔で4人をじろじろと見た。

 

 

「何だ」

「先程の試験中に──ハリー、自分で話したら?」

「えっ、あ、あー。──スネイプ先生、さっきの試験の時につい居眠りしてしまって…また、神秘部に向かう夢を見ました。──疲れていたからです、多分──それで、僕はヴォ……あの人になって神秘部の奥にある、ガラス製の玉が沢山置かれている部屋に入りました。97列目の棚の奥です。その先で……シリウスがいて、あの人はシリウスに棚にある玉を持ってこさせるために、クルーシオで拷問していたんです」

 

 

ハリーは緊張からドキドキして背中に嫌な汗が流れるのを感じた。喉が妙に乾く、愚かな夢だと笑われ閉心術が全く出来ていないと馬鹿にされるだろうか。──そう思ったが、セブルスは眉を寄せたまま静かにハリーの話を聞き、その先を無言で促した。

 

 

「──それで、今までの夢は…全てあの人本人が神秘部に行っていました。ソフィアがそれはおかしいと気付き、もしかして僕を呼び出すつもりなんじゃないかって。……それで、多分、さっきの夢は僕が神秘部に来る事を望んでいるんだと思います」

 

 

ハリーはセブルスが少々驚いているように見えた。少なくとも馬鹿にするわけでも、嘲笑するわけでもなく自分の話を聞いてくれる事が何だか奇妙に思えてハリーはしどろもどろになりながらも、セブルスから目を話す事なく言葉を続ける。

 

 

「罠だと、わかっています。だけど──その──万が一、があると思いますので、スネイプ先生からシリウス──騎士団に連絡していただけないでしょうか?」

 

 

ハリーはこの言葉が、自分の思いがセブルスにしっかりと届いているのか不安だった。

重い沈黙が研究室に落ちる中、セブルスは腕を組みトントンと指先で腕を叩きながら──無意識だろうか──視線を一瞬ソフィアに向けたが、すぐにまたハリーを見た。

 

 

「閉心術の授業を続けているにも関わらず侵入を許すとは。我輩の時間は徒労に終わったようですな」

「……、……先生、どうか──」

「スネイプ先生」

 

 

いつもの冷笑を浮かべるセブルスに、ハリーは胃の奥がずしんと重くなったがここで引き下がるわけにはいかずもう一度頼んでみようと思った。しかし、その言葉を遮るようにソフィアが声を上げる。

 

 

「ハリーが誘われた。という事は、今神秘部に死喰い人がいるはずです。この情報をどう扱うかは先生たちの自由ですが、少なくとも──無駄にはならない事を、願っています」

「……くだらん事で我輩の時間を無駄にするな。言いたいことがそれだけならさっさと出て行きたまえ。──我輩は、忙しい」

「そんな!」

 

 

ハリーは怒りから叫び一歩踏み出したが、すぐにソフィアがそれを手で止めるとそのままハリーの肩を持ち「わかりました。失礼します」と早口で言うとまだ言い足りないハリーの腕を引き研究室の扉へと向かった。

 

 

「せいぜい黒犬のように大人しくしておくんだな。ああ、それとも──試験も終わった今、そろそろ荷造りでもしてみてはどうかね。しまいっぱなしのゴミでも詰まっているのではないか?」

 

 

ねっとりとした嫌味な言い方にハリーは振り返り怒りのあまり悪態をつこうと口を開いたが、無情にも目の前で扉が大きな音を立てて閉まった。

 

 

「っ…!やっぱりダメだった!」

 

 

ハリーは無言で階段を駆け上がるソフィアに訴えたが、ソフィアは涼しい顔を──寧ろ、嬉しそうに微笑んですらいた。その表情を見たハリーは信じられず「なんで」と震える声で呟く。

 

 

「ハリー、気がつかなかったの?」

 

 

ハーマイオニーもどこか安堵の表情を浮かべ、訳がわからず狼狽たのはハリーとロンの2人だった。

 

 

「スネイプ先生は、ハリーの話を聞くまでどう見ても忙しくなかったわ。つまり、話を聞いたから、忙しくなったの」

「きっと、今から騎士団に伝えるんだわ。どうやるかは知らないけど、秘密の伝達方法があるんでしょうね。じゃないと外にいるダンブルドア先生と話が出来ないし」

 

 

当然の事の様にいうソフィアとハーマイオニーに呆気にとられぽかんとしていたハリーとロンはそれでも信じられず顔を見合わせた。

 

 

「それに、荷造りをしろって言ってたわ。つまり、部屋にある何かを探させたいのよ──私、クリスマス休暇の時……ここに戻ってくる前の記憶を、開心術でスネイプ先生に見られているの。だから──ハリー、あなたなら何をすればいいのかわかるでしょう?」

「──!シリウスの小包!……忘れてた!そうだ、それがあった!」

「何だそれ?」

 

 

ハリーはソフィアの言葉で頭の中でカチリとピースがはまった音がした。

ぱっと表情を明るくしたハリーだったが、すぐに神妙な表情になり研究室へと続く階段を振り返る。

 

 

「……わかりにくすぎない?本当にあってる?」

「あら。スネイプ先生が『わかった、すぐに知らせよう。ブラックとも直ちに連絡をとり無事を確認するから安心したまえ』──なんて言う方が何かあるんじゃないかって恐ろしいと思わない?」

 

 

くすりと笑うソフィアに、ハリーとロンはしばし脳内で素直なセブルス・スネイプを想像し気持ち悪そうに顔を顰めぶるりと身震いした。

 

 

「そうだね」

「戯言薬でも飲んだのかと思うな」

「でしょう?──ほら、行きましょう。間違いなくスネイプ先生は伝えてシリウスの安否確認してくれるし、この情報を無駄にはしないはずよ。死喰い人の動向はきっととても知りたい情報に違いないわ」

「うん。──小包を探してくる!」

 

 

ハリーはまだセブルスの事を本気で信じたわけではなかったが、シリウスからクリスマス休暇の最終日に受け取っていた小包を確認するのが先だとソフィアとハーマイオニーとロンを置いてグリフィンドール塔へと駆け出した。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーとロンの3人が談話室に続く肖像画をくぐり抜けた時、談話室には誰もいなかった。この時間はみんな夕食を食べに行ってるのだろう。すぐに階段を駆け降りてくる音が聞こえ、小さな布切れに包まれた物を手にしてハリーが現れた。

 

 

「これ、シリウスがクリスマス休暇が終わる時、スネイプの閉心術の授業で辛いことがあって、自分を必要とする時に使いなさいって言ってたんだ。すっかり忘れてたけど」

 

 

暖炉近くのソファに座ったハリーを囲むようにソフィア達は座り、「開けてみて」と囁いた。ハリーは頷きながらそっと包みを開く──その中には、何の変哲もない古い四角い鏡があるだけだった。

 

 

「鏡?──両面鏡……だって?」

 

 

ハリーはこんなものが何の役に立つのかと愕然としたが、鏡の裏にシリウスからの走り書きを見つけ食い入るようにその文を読んだ。

両面鏡を使ったことがあるソフィアは、確かにこれならどれだけ離れていても距離は関係がなく、沢山の護り魔法がかけられているこのホグワーツに居ても問題なく使うことが出来る事を知って納得したように頷いていた。

 

 

「──シリウス!」

 

 

両面鏡の使い方がわかったハリーはすぐに鏡に向かって切羽詰まった声でシリウスの名を呼んだ。心臓が興奮と不安でドクドクと煩い中、暫くは自分の顔が映っていたが、突如ゆらりと銀色の波紋が広がる。

 

 

「ハリー!聞いたぞ!そこにいるな?ホグワーツだろうな?」

 

 

鏡に飛び込んできたのは焦ったようなシリウスの顔だった。

大切な名付け親の顔を見たハリーはぐっと胸の奥から何か大きな感情が迫り上がってくるのを感じ、詰まった息を吐いて微笑み何度も頷いた。──言葉にならない、良かった、シリウスは本当に拷問されてはいなかったんだ。

 

 

「シリウスこそ、まさか神秘部にいないよね?」

「勿論だ!俺はここから一歩も出てない。さっきスネイプから知らせが──わかってるリーマス!少し待ってくれ!──すまない、かなり忙しくてな。この鏡を思い出してくれてよかった」

「スネイプが、教えてくれたんだ」

「何?あいつが?何でこの事を──いや、まさか──」

 

 

シリウスの近くには何人かがいるのだろう、絶えず足音や短い言葉が聞こえる中、シリウスは何度か視線をうろつかせ一度鏡から顔を上げ叫ぶように「少し待ってくれ!」と叫んでいた。

 

 

「今日──いや、明日話しかけてくれ!いいか、くれぐれもホグワーツから出るなよ!」

「うん、わかった」

 

 

シリウスは散々ハリーに忠告すると、最後に優しく笑い「じゃあ、また」と言い残すと鏡の前から消えた。

数秒待ち、ハリーは小声で「シリウス?」と呼びかけてみたが、鏡には期待がこもった目を向ける自分の顔しか映らなかった。

 

ハリーはぱたん、と鏡をしっかり両手で掴んだまま下ろすと深々とソファに背を埋める。実際顔を見て、短い時間だけでも話をすることが出来て──本当に、シリウスの無事を信じられたのだ。

 

 

「良かった……シリウスは無事だった、本当に罠だったんだ……」

「良かったわ。きっと、罠だってわかってなかったら……あなたは何とかして神秘部に向かおうとしていたでしょう?」

 

 

ソフィアは冗談っぽく言ったが、ハーマイオニーとロンはハリーの人を思うがあまり無茶をするという無謀な勇気を彼が持っている事を知っていて神妙に深く頷いた。ハリー自身も、これが罠だと気が付かなければ何とかしてシリウスを助けに行っていただろうと思い苦笑する。

じわじわと安堵が実感出来たハリーは大きなため息を吐き、鏡を包みなおすと自分のローブのポケットに丁寧に入れた。

 

 

「シリウスは、スネイプ先生から知らせが入ったって言ってたわね。なんだか忙しそうだったし……間違いなく、騎士団は動くのよ」

「そうだね……本当に、スネイプは騎士団員なんだ。……何だか、今でも信じられないな」

「全くだ。てっきり黙ってるとばかり思ってたぜ。だってあいつはシリウスとハリーを嫌ってるだろ?」

「もう、いつも言ってるでしょ?スネイプ先生は悪い人じゃないって!ダンブルドアが信じてるんだもの、私たちも信じなきゃ!」

 

 

ハーマイオニーはぴしゃりと言い切り、ロンは肩をすくめ「そう言われても、なぁ?」とハリーに同意を求めたが、ハリーはポケットに入れた鏡の形を手で確かめながら「うーん」と小さく唸った。

 

 

「信じられないけど、僕の言葉をちゃんと伝えてくれたし、両面鏡の事も、すごくわかりにくかったけど教えてくれた」

「まあ、そうだけどさ」

「スネイプ先生は悪い人ではないわよ。まぁ……あたりはキツイし、スリザリン贔屓だし、シリウスを憎んでるのも本当だけれど、だからといって個人の感情を優先する事はないわ。ちゃんと伝えてくれるわよ。……まぁ、分かりにくい人なのは確かだけどね」

 

 

ソフィアはセブルスの名誉を挽回するチャンスだとそれとなく擁護した。ハーマイオニーは大きく頷き、ロンは苦い顔をし、ハリーは何かを深く考え込み「そうかもね」と呟く。

 

ハリーはシリウスとセブルスの間にある互いを憎み合っている原因が学生時代にあるのだと思っていた。

あの過激な虐めが原因で今もなお憎み続けている。──その気持ちは、ハリーにはよく理解が出来た。自分だって何年も前のダドリーから受けた暴力を忘れる事が出来ない。

だが、それでも──憎んでいても、こうしてちゃんと話を伝え、解りにくいものではあったがシリウスと話すきっかけを作ってくれたのも事実だ。

それに、よく冷静になり考えれば、何度か彼に自分は命を救われていたのだ。

 

 

「さあ、シリウスの無事も確認できたし、試験も終わったし、夕食を食べに行きましょう?神秘部で何が起こるのかは気になるし心配だけど……私たちにはどうすることも出来ないわ」

 

 

神秘部の奥で待ち構えているだろう死喰い人を捕縛しに行くのだろうか。まさか、ヴォルデモート本人がいるとは思わないが、きっと危険な任務になるだろう。全員が無事に明日を迎えられるのかは分からず心配だったが、遠く離れたホグワーツにいるソフィア達にはどうする事も出来ない。

 

 

「そうだね……そういや、空腹だった」

「ああ、早く行こうぜ」

「そうね……明日の新聞に何か書いてあるかもしれないわね」

 

 

ソフィア達は立ち上がり、それぞれ神秘部で今何が起こっているのかを考えながらゆっくりと大広間へ向かった。

 

 



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304 秘められていた事実!

 

 

 

次の日の朝、ソフィア達はいつも通り朝食を取りに大広間へ向かった。

何人かの生徒がコソコソと話し合っていたかと思えば明るい表情で大広間に駆け出すのを不思議そうに見ながら二重扉をくぐる。

 

その途端、何故こうも生徒達が浮き足立っているのかがわかった。

 

 

「ダンブルドア先生!」

「お戻りになられたんだわ!」

 

 

校長が座る席には、アンブリッジではなくダンブルドアが微笑みをたたえて静かに腰掛けていた。何人もの生徒が嬉しそうにダンブルドアの帰還を喜び話しかける中、ダンブルドアも朗らかな笑みを浮かべうんうんと頷く。

ハリーは今すぐにでも昨夜神秘部で何があったのか、はたして全員無事なのか聞きたかったがこうも生徒が多いと近づくことは出来ず、ソフィアに手を引かれそわそわとした気持ちのままグリフィンドールの机に座った。

 

なんだか味の朧げなオートミールを食べていると、窓から沢山のフクロウが飛び込んでくる。いつものフクロウ便の時間だが、いつもよりも手紙や新聞を持っているフクロウが多いような気がした。

 

ハーマイオニーは購読している日刊預言者新聞を掴むとすぐにフクロウに金を払い、机の上に広げた。

 

 

「見て!」

 

 

興奮と緊張を孕むハーマイオニーの小さな叫びを聞き、ハリーとロンとソフィアは身を乗り出して大きな見出しを読んだ。

 

 

「名前を呼んではいけないあの人、復活する。──ついに認めたんだ!」

 

 

この1年間否定し続けていたファッジはようやく、ヴォルデモートの復活を認めた。

その明確な理由は新聞には書かれていない。記者はファッジが今までの言を翻した原因は、魔法省にヴォルデモートが侵入したのだろう、とあたりをつけていたが、間違いなくその通りに違いない。

 

おそらくファッジは神秘部でヴォルデモートを見てしまったのだろう。──いや、1人ではなく、きっと大勢の職員が目にしてしまい、それを隠すことが難しくなったのだ。

 

ヴォルデモートが復活した事。そしてアズカバンのディメンターが魔法省に雇用される事を忌避し職務を一斉放棄した事。その原因はヴォルデモートに命令されたからだと隠す事なく書かれていた。

 

魔法族は警戒を怠らぬよう何度も忠告する文が続き、ダンブルドアがホグワーツ魔法学校校長復職、国際魔法使い連盟会員資格復活、ウィゼンガモット最高裁主席魔法戦士として復帰した事や、ダンブルドアがこの1年間ヴォルデモートが復活したと告げていたことが正しかったのだと書かれていた。

そしてその次にハリーがザ・クィブラーにインタビューを受けた記事がそのまま載っていた。

記事はまだまだ続き、なぜこの1年間ダンブルドアとハリーの言葉に魔法省は耳を貸さなかったのかという事や職員のインタビューが載せられていたが、全てに目を通す前にハーマイオニーは勝ち誇ったような笑みを浮かべハリーを見た。

 

 

「これでもうあなたは世界から認められたのね、ハリー」

「今まで精神異常者扱いだったからね。──それよりも、負傷者の事とかは書いてないよね?シリ──みんな、大丈夫かな…」

「そうね……」

 

 

ハリーは不安そうにしながら椅子に座り直し近くにあったウィンナーにフォークを突き刺した。

朝目覚めてすぐ両面鏡に向かって「シリウス?」と話しかけてみたが、その先に昨夜のようにシリウスの顔は映らず、不安げな自分の顔が写っただけだった。シリウスは騎士団本部に居続けたのだろうか?それとも、騎士団の一勢力として動いたのか、それすらも分からずハリーはヴォルデモートが世界に認知されたことを喜ぶよりも、シリウスの無事が知りたくて不安だった。

 

 

新聞の記事を端から端の小さな記事まで見ていたハーマイオニーは小さなため息を吐き「騎士団の安否は書いてないわ。ダンブルドアが私設団体を作っていた、と書かれているだけよ」と呟き新聞を小さく降り畳む。

 

「もうテストは全て終わっている。このあと授業はないし、後でもう一度両面鏡に話しかけてみよう」というハリーの言葉にソフィア達は頷いた。

 

 

ダンブルドアの帰還を喜んでいた生徒も、親からの手紙や日刊預言者新聞を見て初めてヴォルデモートの復活を知り、ざわつき静かな波のように不安の声が囁かれる中、ソフィアはちらりとダンブルドアが座っているだろう場所を見た。

 

しかし、いつの間にかその席は空白になっていて誰もいない。

聞きたいことは沢山あるのだが、やはり直接話すのは難しいのか──ソフィアがそう思った時、穏やかな声が真後ろから響いた。

 

 

「おはよう。良い朝じゃな」

「っ──お、おはようございます」

「お、はようございます、ダンブルドア先生」

 

 

いきなり声をかけられたソフィアは肩を揺らし、ロンは飲んでいたかぼちゃジュースを吹き出し、ハーマイオニーは小さく叫び手に持っていたパンを握りつぶし、ハリーは跳び上がり上擦った声で答えた。

4人の反応を面白そうな目で見ていたダンブルドアは白く豊かな髭を撫でながらハリーを見て視線を止める。

 

 

「ハリー、少しわしに時間をくれんかの」

「はい──あ」

 

 

ハリーはすぐに食べかけのソーセージが刺さったままのフォークを乱雑に起き立ち上がったが、ふとソフィア達を見て言葉を止めた。

 

 

「あの──もし、僕の思い違いでないなら──昨夜の事を説明していただけるのなら──ソフィアとロンとハーマイオニーにも聞いてほしいんです」

「ほう?──どうしてかね?」

 

 

ハリーの言葉にダンブルドアは笑ったまま静かに問いかける。ハリーはごくり、と唾を飲み込み静かな目でダンブルドアを見つめた。

ダンブルドアと目を合わせて話すのは、かなり久しく不思議な気持ちがした。

アーサーが蛇に襲われた事を報告した時にわずかな時間視線を彼と交わした──その時はなぜかダンブルドアに対して強い憎しみと衝動が自分を襲ったが、今はそんな気持ちが全く浮かんでこない。

 

 

「僕が、今ここにいるのは3人のおかげです。ロンは僕を励ましてくれ、ハーマイオニーは閉心術の大切さを訴え、ソフィアは違和感に気づいてくれました。1人でも欠けていれば冷静に対処できずに、きっと僕は──神秘部に向かっていて、最悪なことになっていたと思います」

「ふむ」

 

 

キラキラとした青い目でハリーを見つめ話を聞いたダンブルドアは納得するように──嬉しそうに頷き、「勿論、そうするべきじゃ。さあ、3人とももしよければわしに時間をくれるかね?」と聞いた。

 

すぐにソフィアとロンとハーマイオニーは立ち上がり、「勿論です」と熱を込めた声で答える。

ダンブルドアとの会話を盗み聞きしていた周りの生徒はヒソヒソと囁きあっていたが、ハリー達は少しも気にする事なくゆっくりと大広間の扉へと向かうダンブルドアの後ろをついていった。

 

 

 

校長室にある歴代校長の肖像画達は肘掛け椅子の背や額縁に頭を預けすやすやと眠っていた。

夜でもないこんな時間に寝ているのは、おそらくダンブルドアが何か魔法をかけているのだろうとソフィアは思った。

 

繊細な銀細工の道具が幾つか並んでいる机に、フォークスの止まり木、静かな美しい部屋をソフィア達は見渡しつつ、促されるままにダンブルドアが出現させたソファに座った。

 

ダンブルドアはソフィア達の前に紅色の上品な肘掛け椅子を出すとそこにゆっくりと腰掛け、やや緊張した面持ちの4人を見た。

 

 

「さて、──昨夜何があったのか、それを説明せねばならんの。──ああ、先に言うておこう、昨夜の事件で騎士団員に大きな損傷を負った者はおらん。トンクスは聖マンゴに入院する事となったが数日もすれば問題なく退院できるじゃろうて。勿論、シリウスも無事じゃ」

 

 

ハリーはそれを聞いた途端肩に篭っていた力を抜き、心からの安堵のため息を吐いた。ハリーだけではなく、ソフィア達も嬉しそうに視線を合わせ頷き合う。

 

 

「昨夜、セブルスからわしと騎士団に連絡が行き、直ちにシリウスの安否を確認した上でどうするか対策を練った。ハリー、君が見ていたのは予想通りまやかしであり、神秘部へ誘い出すための罠だったのじゃ」

「何故、僕が…?」

「それはの、ヴォルデモートが何よりも望んでいたもの──予言の玉を手に入れるためじゃ。あれは予言に関わるものしか取る事が出来ぬ。何度も見たであろうが、あの白い球は過去の予言が込められておる。──そう、ハリー、君に関する予言じゃった」

 

 

「その予言は、あの時の乱闘で木っ端微塵に砕けてしもうたがのう」とダンブルドアは続け白い髭を撫でる。

あの白い玉は不思議な魔法が何かが封印されている途轍もない強力な武器なのだと思っていたハリー達は想像もしていなかった言葉に怪訝そうに眉を寄せた。

過去の予言、そんなものを何故ヴォルデモートは欲しがったのだろうか。

 

 

「その予言は…僕だけではなく、ヴォルデモートにも、関係する予言だったのでしょうか?」

「そうじゃ。その予言は──ハリー、君が生まれる少し前に告げられた本物の予言じゃった。あやつは予言の全貌は知らなかったが、予言がなされたことは知っていた。ヴォルデモートは赤子のうちにハリーを殺そうと謀った。そうする事で予言が全うされると信じたのじゃ。──しかしそれが誤算であったことをあやつは身をもって知る事となった。ハリーを殺そうとした時の呪いが跳ね返ったからじゃ。

そこで、自らの肉体に復活した時、そしてとくに昨年ハリーがあやつから驚くべき生還を果たして以来、あやつはその予言を全部聞こうと決意したのじゃ。復活以来、あやつが執拗に求めた武器というのは、どのようにしてハリーを滅ぼすかという知識なのじゃ」

「そうだったんですね……でも、予言は砕けてしまったんですよね?なら、その予言を知るものはもういなくなったという事ですか?」

?」

 

 

乱闘があり木っ端微塵に砕けたのなら、もうヴォルデモートはその武器を手に入れることが不可能になったというわけだ。どんな予言だったのだろうか。──そう、ソフィアは思ったが、ダンブルドアはゆっくり首を振った。

 

 

「砕けた予言は神秘部に保管してある予言の記録に過ぎない。予言はある人物に向けてなされたのじゃ。そして、その人物は予言を完全に思い出す術を持っている」

「誰なんですか?」

「わしじゃ」

 

 

ロンのおずおずとした問いかけにダンブルドアはあっさりと答える。

成程、確かにダンブルドアがその予言を聞いているのなら憂いの篩を使っていつでも正確な予言を反芻することが出来る。──だから、不死鳥の騎士団員達はその予言を隠す事も独占する事もなかったのか。ある意味、あの予言は騎士団にとっても目的の人物を誘き寄せる餌だったのだ。

 

 

「あの──でも、何故死喰い人はシリウスを拷問する場面を見せる事が出来たのですか?ハリーとシリウスの関係なんて……ハリーがシリウスを大切に思っている事なんて、知らなかったはずなのに……」

「おお、それはのう。悲しきことに、クリーチャーが少し前から二君に仕えておったからじゃ」

 

 

ダンブルドアはハーマイオニーの疑問に答え──ハーマイオニーはクリーチャーという言葉にハッと息を呑んだ──憂いを帯びた顔でクリーチャーはクリスマス休暇前にシリウスが「出て行け」と言った言葉を聞き、自分が尊敬できるブラック家につながりがあるルシウス・マルフォイの家へと向かった事を伝えた。

クリーチャーは秘密の守人ではないが、ハウスエルフとして呪縛されているため騎士団の情報を一つも伝える事が出来ず、完全に裏切る事も出来なかった。

どれだけシリウスの事を嫌悪し憎悪していても、主人を裏切る事は出来ない。──しかし、クリーチャーはシリウスが取るに足らない事だと他言を禁じられていなかったいくつかの事実を、許されることを全てナルシッサに伝えたのだ。

 

 

それはシリウスがこの世で最も1番大切に思っているのはハリーであり、ハリーもまたシリウスを兄や父のように大切に思っているという事実だった。

 

 

それは些細な事実だった。

しかし、ヴォルデモートはシリウスが捕らえられ拷問されていればきっとハリーは助けに来る、そう考えたのだ。

そして数ヶ月に及ぶ計画が始動したのだ。──その情報をヴォルデモートに伝えた、ルシウス・マルフォイが主となって。

 

 

「あの日、すぐにシリウスがクリーチャーを詰問し、クリーチャーはその呪縛ゆえ逆らう事が出来ず、クリスマス休暇から自分が何をしたのかを、何を言ったのかを全て包隠す事なく話したのじゃ。

その時本部にはアラスター・ムーディ、ニンファドーラ・トンクス、キングズリー・シャックルボルト、リーマス・ルーピン、そしてシリウス・ブラックが居た。後に合流したわしと共に──シリウスはクリーチャーを見張らねばならぬから本部で待機していたのじゃが──来る事のないハリーを待ち侘びている死喰い人が待つ神秘部へと向かったのじゃ。わしたちは戦い、何名かが負傷したが多くの死喰い人を捕らえることが出来た。──残念ながら、ヴォルデモートを捕まえる事は出来んかったがのう」

「ああ──なんて事なの…」

 

 

ハーマイオニーはクリーチャーが行った事に恐怖し、震える声で呟く。ハーマイオニーだけは今までハウスエルフの待遇改善を訴え、クリーチャーにも優しくしていた。勿論その善意をクリーチャーは歯牙にも掛けず、むしろ心から拒絶していたが。

 

 

「やっぱり、アイツはやばいって思ってたんだ!きっとまた目を盗んで裏切るぜ?」

「そんな事言わないでよロン!だって、クリーチャーは──酷い扱いを受けていたでしょう?不服だったんだわ!」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは噛み付くように叫んだが、ロンの言葉は尤もだとハリーも思いハーマイオニーをじとりとした目で睨む。

 

 

「クリーチャーは、哀れな生き物なんじゃよ。彼の咎は咎として。わしは散々シリウスにクリーチャーを尊重し親切にせねばなるまいと警告したのじゃ。何故なら、クリーチャーは我々にとって危険なものになるやもしれん、と──しかし、シリウスはおそらく、クリーチャーが人間と同じように鋭い感情を持つ生き物だと思えず、疎かにしていたのじゃろう。流石にシリウスも、クリーチャーがナルシッサ・マルフォイの元へ行くとは思わず少々自分の振る舞いに思うところがあったようじゃが」

「ダンブルドア先生、クリーチャーはまさか剥製にされるんですか?」

 

 

ハーマイオニーは心配そうに聞いた。クリーチャーは役に立っているかどうかと言われると──全く役に立っていない。

職務は放棄し掃除や食事の準備も行わない。さらにナルシッサの元へと向かった事実により、これからもこちらに害がある可能性を秘めているとわかった今、クリーチャーを野放しにする事はないだろうと予想していた。

 

 

「剥製にはならんよ。じゃが──考えなければならない事は多くあるじゃろう」

「そう、ですか…」

 

 

ハーマイオニーもクリーチャーの危険性は理解しているため、それ以上何も言う事は無かった。

 

 

「──ハリー。わしは君に謝らねばならぬ事がある」

「えっ?」

 

 

クリーチャーがあの汚らしい巣穴に閉じ込められている様子を想像していたハリーはいきなりの言葉に目をぱちぱちと瞬き、何のことかわからず狼狽えた。

ダンブルドアはハリーの目を見つめ、少し唇を舌先で舐めて濡らすとゆっくりと口を開いた。

 

 

「何故、わしが閉心術を教えないのか。何故頑なに目を合わせようとしないのか。何故何も説明しないのか──不信感を持った事じゃろう。すまなかった」

「あ──いえ、大丈夫です」

 

 

ハリーはこの1年間ほぼ不満に思っていた事が当てられてしまい、何だか気まずさと居心地の悪さから落ち着きなく足の上で指を擦り合わせた。

そうだ、たしかに自分はその事をずっと気にしていた。今年は例年以上に説明も無く、目も合わず、心がちくちくと痛んでいたのだ。たしかにダンブルドアが言うように不信感が無いわけでは、なかった。

 

このタイミングで謝罪をするということは何か理由があったのだろう。それに──今、ダンブルドアは僕の目をしっかりと見て誠実さを見せてくれている。

 

 

「その──理由をお聞きしても…?」

「勿論だとも。──15年前、きみの額の傷痕を見たとき、わしはそれが何を意味するのか推測した。それが、きみとヴォルデモートとの間に結ばれた絆の印ではないかと推量し、そしてその考えは正しかった。ヴォルデモートがきみの近くにいるとき、または強い感情に駆られるときに傷痕がきみに警告を発する事が明らかになった。

そしてきみの能力が──ヴォルデモートの存在を、たとえどんな姿に身をやつしていても検知でき、その感情が高まるとその感情がどんな感情なのかを知る能力が、ヴォルデモートが肉体と全能力を取り戻したときから、ますます顕著になったのじゃ」

「はい、そうです……」

「ごく最近、ヴォルデモートがきみとの間に存在する絆に気づいたのではないかと、わしは心配になった。懸念した通り、きみがあやつの心と頭にあまりにも深く入り込んでしまいあやつがきみの存在に気づく時が来た。ウィーズリー氏が襲われたのをきみが目撃した晩のことじゃ。

わしは──時ならずして、ヴォルデモートがきみの心に入り込み、考えを操作したり捻じ曲げたりするだろうと思った。あやつがわしときみの関係が、ただの生徒と校長という以上に近いと知れば、きっとわしをスパイする手段としてきみを使う──それを恐れ、関わる事を控えたのじゃ。

わしを破滅させるのではなく、きみを破滅させる、そのために取り憑こうとするじゃろうと思ったわしの考えは──昨夜の事を考えると充分にあり得る事じゃったのは言うまでもない。ヴォルデモートに取り憑かれ、きみ自身の破滅を防ぐために、わしはきみからわしを遠ざけ護ろうとしたのじゃ。そして──スネイプ先生との閉心術を手配した」

「そうだったんですね…」

 

 

たしかに、アーサーが襲われた日の夜、ダンブルドアと目を合わせた時、眠っていた衝動が立ち上がり攻撃せんばかりになっていた。もし、何度かダンブルドアと目を合わせる事があったなら、自分は杖を出すか掴みかかっていただろう。

 

 

「スネイプ先生はハリー、きみが何度も神秘部の扉を夢に見ている事をわしに伝えてくれた。ヴォルデモートが何かを企んでいることは明確であり、すぐさま心を防御せねばならぬと考えておった。──最終的に、きみは閉心術を習得することはなかったが、しかしヴォルデモートの企みに気づく事が出来た。もし、気付かず誘われるままに神秘部に向かっておったなら──考えたくはないがきみの想像通り最悪な事態が訪れていたじゃろう」

「ソフィアが……何度もヴォルデモート本人が神秘部に向かう夢を見るのはおかしいって、きっと罠でいつか誘い出すだろうって伝えてくれたんです。だから、冷静になれました」

 

 

ハリーはソフィアを尊敬と愛情のこもった目で見つめた。気が付かなければ、本当に誘われるがままに魔法省の神秘部へ向かっていただろう。行き道は知っているのだ、迷う事なく一直線に敵の懐に入り込んでいただろう。

ソフィアは少し照れたように笑うと謙遜し首を振った。

 

 

「それにスネイプ先生が両面鏡のことを──かなり回りくどかったですけど──伝えてくれて、シリウスと話せたから……」

「ふむ。そうじゃの。スネイプ先生はソフィアの記憶を見て何かを受け取っていたことを知っておったようじゃからな」

「その──正直、驚いています。僕のこと嫌っていると思ってたので……」

 

 

小声でもごもごと呟くハリーにダンブルドアは半月メガネの奥の目をキラリと光らせ、ぐるりとソフィアたちを見た。

 

 

「スネイプ先生は、何度もきみたちの窮地を助けているのじゃが──」

「えっ!?そんな──」

「──アンブリッジ先生がハリーに無理矢理シリウスの居場所を吐かせようとした時に偽の真実薬を渡した。──そして、ソフィアへの開心術を通し、当時違法だった軍団がハリーを筆頭に組織されていることを知りながら黙認した。確かにスネイプ先生がハリーの父、ジェームズに対する感情を克服しておるとは言えんじゃろう。それでも、スネイプ先生は何度もきみたちの危機を救っていたのじゃよ」

 

 

ロンはまだ信じられないのか嫌そうな顔をしていたが、ハリーは動揺することなくその事を受け入れた。──おそらくスネイプは僕を心から護るつもりはないのだろう、けれど、生徒を護る教師として、最低限の安全は確保してくれていたのだ。

 

 

「そして、ハリー。きみはわしが思う以上に、勇敢であり、そして思慮深く冷静であった。愛を知り、その尊さの意味を深く理解し、護る強い意志を持った一人前の魔法使いになりつつある。今まで言えなかった──5年前に話すべきだったことをきみに話すときが、ついに来たのじゃろう」

 

 

ダンブルドアは深く肘掛け椅子に座ったまま、ぽつぽつと話し出した。それは5年前、本当ならハリーが魔法界に足を踏み入れたときに伝えなければならないことだった。

何故、ハリーは自分を虐げるマグルの家で育てられなければならなかったのか──その事を、数少ない人しか知らぬ真実を、いまダンブルドアはハリーたちに伝えた。

 

 

「わしはヴォルデモートが存命中の魔法使いの誰をも凌ぐ広範な魔法の知識を持っていると知っておった。わしがどのように複雑で強力な呪文で守ったとしても、あやつが全ての力を取り戻した時には破られてしまうじゃろうと解っていた。

しかし、わしはヴォルデモートの弱みも知っておった。そこでわしは決断したのじゃ。きみを護るのは古くからの魔法であろうと──」

 

 

リリー(母親)がハリーを護るために死んだ。

その強力な守護魔法はヴォルデモートを退けても持続的なものとして残り、ハリーを護っていた。そして、ダンブルドアはその護りをさらに確固たるものにするために魔法をかけたのだ。

 

 

「──今日まで、きみに流れる血の護りじゃ。それ故わしは、きみの母上の血を信頼した。わしは──わしは、きみの母上の血縁である姉御のところへ、君を届けたのじゃ」

「でも…おばさんは僕を愛してもないし、護ってくれてなんか──」

「しかし、おばさんはきみを引き取った。やむなくそうしたのかもしれんし、いやいやだったのかもしれん。しかし、引き取ったのじゃ。そうする事で、おばさんはわしがきみにかけた呪文を確固たるものにした。きみの母上の犠牲のおかげで、わしは血の絆をもっとも強い盾としてきみに与える事が出来たのじゃ。──きみが母上の血縁の住むところを自分の家と呼べる限り、ヴォルデモートはそこできみに手を出す事も傷つけることも出来ぬ」

「え──じゃあ、もしかして、おばさんじゃなくてソフィアでも……?」

「その通りじゃ」

 

 

ハリーはぱっと表情を明るくさせてソフィアを見た。母親の血縁がいる場所、そこにいる限り安全であるならばあんな嫌な人たち──15年間置いていてくれたとしてもだ──が暮らしている家よりも、ソフィアと共にいる方がいいに決まっている。

しかし、ソフィアは少し慌てたように視線を泳がせた。

 

 

「ハリー。勿論わしは15年前ソフィアとルイスの保護者にそれを頼もうとした。マグルの世界で生きるよりは、魔法界で生きた方がハリーのためになるかもしれぬ、そう思った。──しかし、きみが生き残った日は、ソフィアとルイスの母親と兄が亡くなった日でもあった。今にも崩れ壊れそうな人間に──それを頼むことは出来なかったのじゃ」

「でも──例えば、その、次の夏休み中は…?」

「ハリー、きみはソフィアの家を自分の家だと思えるか?ただの楽しいお泊まりではなく、自分が暮らしている家だと思えなければ、その護りは効かぬのじゃ」

 

 

真剣なダンブルドアの言葉に、暫くハリーは黙っていたが心から残念そうに「それは、無理です」と呟いた。

どう考えても──嫌なことだが──15年間暮らしていたあのダーズリー家が、自分の家だと思っている。今夏休みにソフィアの暮らしている家へ行ったとしても、きっとただの長期間のお泊まりとしか思えないだろう──前回の夏休みに不死鳥の騎士団本部で寝泊まりした時のように。

 

 

「──わしがかけた魔法はそれだけではない。わしは、ソフィアとルイスに対しても15年前、魔法をかけたのじゃ」

「わ、私に……?」

「そうじゃ。血の近い者への守護を増幅させる魔法じゃ。これはハリーだけが対象ではなく、2人の血を元にしたすべての血縁者に関係する。故に、ハリーがホグワーツで2人と出会いさえすえば、その守護をさらに強固にする。きみたちの保護者は、その魔法をかける許可を与えてくれた」

 

 

その保護者が誰を指しているのかわかっているソフィアは真剣な顔をして頷いた。

あの日、アリッサとリュカが死んだ日──それとも数日経っていたのか──ダンブルドアからハリーを護るためだけの魔法だったならば、セブルス()は許さなかっただろう。ソフィアとルイスが相互的に護り護られる。そんな魔法だったからこそ、セブルスは苦渋の思いだったかもしれないが、許可したのだ。

 

 

「わしは、きみがわしの前に現れ目を輝かせながらホグワーツの大広間に現れた時──わしが望んでいたような丸々とした子ではなかったが──それでも健康で、生きていた事が何より嬉しかった。ちやほやされる王子様ではなく、あのような状況でわしが望む限りの、まともな男の子だった。そして……覚えておると思うが、一年生の時に事件が起こり、まだ11歳の子どもが見事受けて立った。わしは誇らしかった、口では言えないほど、わしは誇らしかったのじゃ。その時に言うべきだったじゃろうか?いや、まだ11歳で幼い、今ではない──そう思い、わしは口を噤んだ。そして、12歳のとき、再びきみは満身創痍になり沢山の血を浴びながらも過去のヴォルデモートに打ち勝った」

 

 

ハリーはダンブルドアが何を言いたいのか分からず、困惑したまま曖昧に頷いた。

ダンブルドアはハリーの困惑を知っていたが言葉を続け、3年目にシリウスを救い出し真実を見つけた事、そして去年にはヴォルデモート本人と対峙し見事生き残った事を伝えた。

 

 

「わしは、ヴォルデモートが戻ってきた以上、すぐにでも話さねばならないと知りながらそれを話す事が出来なかった。これ以上、きみの重荷を増やす事が、どうしても出来なかったのじゃ。……何故だか、わかるかな、ハリー?」

「えっ…と……」

「きみを愛していたからじゃ」

 

 

ダンブルドアはさらりと答えた。

愛するが故に、これ以上の困難な目に遭ってほしくなかった。心を痛める負担をかけたくなかった。沢山の試練を乗り越えたがまだ15歳の幼き子どもなのだ、護らなければならないのだと自分に言い聞かせていたのだ。

ハリーはダンブルドアからの告白になんと答えていいかわからなかった。愛故に、黙っている。──たしかに、騎士団にいる大人たちも、自分を愛し心配しているからこそ、何も話さなかったのだろう。もし、自分が何か秘密を知ってしまい、それが愛するソフィアの重荷になる事を知っていれば、自分も黙って一人で何とかしようと思ったかもしれない。

 

 

「しかし、ハリー。きみは友人に恵まれ、恋人──ソフィアと愛を育み一人前の魔法使いとして心を成長させた。大切な者がいる強さ、そして弱さを──しっかりと理解しておるじゃろう。わしは、先程ハリーの目を見てついに今まで秘密にしていた事を告げる時が来たのだと確信したのじゃ。

──それは、予言に関する全てじゃ」

 

 

ダンブルドアは立ち上がり、ハリーたちのそばを通り過ぎてフォークスの止まり木の脇にある黒い戸棚へと歩いて行った。

屈んで留め金をずらし、中から憂いの篩を取り出すと慎重に運び机の上に置いた。

杖を出し自分のこめかみに当てると、そのままそっと杖を引き抜く。ふわりとした銀色の細い糸に似た物が取り出され、篩の中へと落ちていく。

机の向こうで椅子に寄りかかり、ダンブルドアは自分の想いが渦巻いているのを暫く見ていた。決意がこもった吐息を小さく吐くと、ダンブルドアは杖を上げ杖先で銀色の物質を突いた。

 

中から一つの姿が立ち上がった。ショールを何枚も巻きつけ、眼鏡の奥で拡大された巨大な目を持つその女性にソフィア達は見覚えがあった──若き、トレローニーだ。

 

トレローニーは篩に足を入れたままゆっくりと回転し、いつもの謎めいた声ではなく掠れた荒々しい声で話した。その声は、ハリーが過去一度だけ聞いた事があるものだった。

 

 

「闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……7つ目の月が死ぬとき、帝王に3度抗った者達に生まれる……そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印を残すであろう。しかし、彼は闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……。一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きる限り、他方は生きられぬ……闇の帝王を打ち破る力を持った者が、7つ目の月が死ぬときに生まれるであろう……」

 

 

ゆっくりと回転するトレローニーは、再び足元の銀色の物質に沈み、消えた。

重い沈黙が落ち、ダンブルドアも、ハリーも、ソフィア達も何も話す事が出来なかった。

 

 

「ダンブルドア先生?…この意味は……どういう意味ですか?」

 

 

 

ハリーはそっとダンブルドアに呼びかけた。

ダンブルドアは篩を見下ろし、深く想いに耽っているように見えたがふと顔をあげると、真剣な目でハリーを見つめた。

 

 

「この意味は、ヴォルデモート卿を永遠に克服する唯一の可能性を持った人物が、ほぼ16年前の7月の末に生まれたということじゃ。この男の子は、ヴォルデモートに3度抗った両親の元に生まれてくるはずじゃ」

「つまり──それが、ハリーだったんですね」

 

 

ソフィアの静かな言葉に、ハリーはずしりと胸の奥が重くなってくるのを感じた。

自分が──両親が狙われ殺されたのは偶然なんかではない、決められた事だったのだ。

しかしダンブルドアは深く息を吸うと不思議な感情を含む眼差しでゆっくりとソフィアを見て、そしてハリーに視線を移した。

 

 

「奇妙なことじゃが、ハリー。きみのことでは無かったかもしれんのじゃ。シビルの予言は、魔法界の2人の男の子に当てはまりうるものだった。2人とも7月の末に生まれた。2人とも、両親が不死鳥の騎士団に属していた。どちらの両親も辛くも3度、ヴォルデモートから逃れた。1人は勿論きみじゃ。もう1人は、ネビル・ロングボトム」

「ネビルが?」

 

 

ロンが思わず呟き、すぐに口を押さえて黙り込む。ダンブルドアはロンを見ることなくハリーの目を見つめ続けた。

 

 

「でも、それじゃ僕じゃないかもしれない…?」

「残念ながら、それがきみである事は疑いがないのじゃ」

「でも、先生は──ネビルも、その対象だと──」

「きみは予言の次の部分を忘れておる。ヴォルデモートを打ち破るであろうその男の子を見分ける最後の特徴を……。ヴォルデモート自身が、その者を自分に比肩する者として印すであろう。──そして、ヴォルデモートはそのとおりにした。あやつはきみを選んだ。ネビルではない、あやつはきみに傷を与えた。その傷は祝福でもあり、呪いでもあった」

「でも、間違って選んだかもしれない。──そうでしょう?」

「ヴォルデモートは自分にとって最も危険な存在になりうると思った男の子を選んだのじゃ。それに、ハリー、気づいておるかね?あやつが選んだのは純血ではなかった。あやつの信条からすれば、純血のみに魔法使いとして存在する価値があり認知するのじゃが。そうではなく、自分と同じ混血をえらんだ。

あやつはきみを見る前から、きみの中に自分自身を見ておったのじゃ。そしてきみにその印の傷をつけることで、きみを殺そうとしたあやつの意図に違いきみに力と、そして未来を与えたのじゃ。

そのおかげで、きみは一度ならず、これまで四度もあやつの手を逃れた──それはきみの両親も、ネビルの両親も成し遂げられなかったことじゃ」

「それじゃどうして、あいつは──そうか、予言の全てを、知らなかったから……」

 

 

ハリーはカラカラに乾いた喉を震わせ掠れ声で囁く。隣でハーマイオニーが息を飲み肩を震わせていたが、ハリーにはそれ気遣う余裕はなかった。

 

 

「そうじゃ。予言がなされた場所はホッグズ・ヘッドであり、盗み聞きしていた奴は予言が始まったばかりの時に追い出された。あやつが知ったのは予言の最初の部分──ヴォルデモートに3度抗った者の元に、7月に男の子が生まれるという件だけじゃった。盗聴した男はきみを襲う事がきみに力を移しヴォルデモートに比肩する者としての印を残してしまうのだという事を警告する事が出来なかった。あやつは、きみがヴォルデモートの知らぬ力を持つであろうことも、知らなかったのじゃ」

「だけど、僕──そんな力──」

「ハリー、きみは持っておる。亡き母上から、友人から、恋人から──それは、神秘部でも長年研究されている、死よりも不可思議で、同時に恐ろしい力。人の叡智よりも、自然よりも素晴らしく神秘的な力なのじゃ」

 

 

ハリーはダンブルドアが何を言いたいのかがわかった。ヴォルデモートが蔑ろにしていたその力。──しかし、わかったところでそれは自分のみが持つ力ではなく、誰もが持っているのではないか、と思ったがダンブルドアの目の力強さに言いたい事を飲み込んだ。

 

 

「ダンブルドア先生、つまり……最後には、2人のうちどちらかが、もう1人を殺さねばならない、ということですよね…?つまり──ハリーが、あの人を……」

「そうじゃ」

 

 

ソフィアの言葉にダンブルドアは静かに頷く。

予想もしていなかった予言の内容に、その、重さに誰も何も言えなかった。

 

 



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305 その後の変化!

 

 

ダンブルドアはその日の夕食時に全生徒へ向けて日刊預言者新聞の事は事実であり──昨年末にも告げたが──ヴォルデモートは復活している。各々の警戒を怠らぬよう忠告した。

 

ダンブルドアが戻った事の変化といえば、アンブリッジは勿論校長職を退きすぐに魔法省へと戻る事になった。そして彼女が作っていた校則は全て白紙に戻され、様々なクラブ活動や組織を作る事も許されるようになった。トレローニーは占い学の教師に戻ったが、ケンタウルスの禁忌を犯したフィレンツェを森に帰す事も出来ず、今後は2人で占い学を教える事になる。

ダンブルドアは次の日には逃亡していたハグリッドを迎えに行き、暖かくホグワーツに再度招いた。来年度も、ハグリッドが変わらず魔法生物飼育学を担当するのだろう。

 

そしてフリットウィックはすぐにフレッドとジョージが作った沼を片付けた。彼の力をもってすれば簡単な事であり、今までそうしなかったのは単にアンブリッジへの嫌がらせなのだろう。

沼の全てを消滅させる事も出来たが、フリットウィックは窓の下にわずかに沼を残し、ロープで囲い生徒が誤ってはまらぬよう対策をした。「よい魔法だから」とフリットウィックは茶目っ気たっぷりに言ったが、間違いなくフレッドとジョージを讃え記念として残したのだろう。

 

 

ルイスは何があったのかを新聞で知り、その次の日の続報を目にした途端隣で蒼白な顔をするドラコを見た。

 

 

「ドラコ……」

「そんな、父上が──」

 

 

続報には死喰い人として捕えられた人の名前が書かれていた。

いくつかの名前の中にはゴイルとクラッブの父、そしてドラコの父──ルシウス・マルフォイが捕縛され審議にかけられると書かれていたのだ。

 

 

「……ルイス、父上が──牢獄に…あんなところに……!」

「……ルシウスさんは、本当に死喰い人だったんだね」

「……、…」

 

 

新聞を掴む手が震えていたドラコは顔を歪ませると乱雑に新聞をたたみ机の上に放り投げ、周りの生徒の軽蔑が含まれた視線を振り払うように駆け出した。

すぐにルイスもその後を追う。今、ドラコを1人にする事はできなかった。

 

 

「ドラコ!」

 

 

ドラコは大広間から出るとすぐにスリザリン寮へ向かう階段を駆け降りた。乱暴な口調で合言葉を唱え、石像で出来た蛇が円を結び道が開けた途端、ルイスの言葉も聞かず飛び込む。

談話室に残っていた何人かの下級生がチラリとドラコを見て囁いた。彼らはスリザリン生だ、だからといって死喰い人の息子を──犯罪者の息子を暖かく歓迎するわけではないのだ。スリザリン生は全員が純血至高主義ではなく、ヴォルデモートの大虐殺を肯定的に見ていない者もいる。ただスリザリンに配属されたが、平穏に学生生活を終えたい者だって勿論いる。純血が多いのは事実であり、その血に誇りを持つものが多いのは確かだが、誰だって犯罪者の息子に向ける視線は温かいものではないだろう。

 

 

彼らの視線にたじろぎ、硬い表情でドラコは「見せ物じゃないぞ!」と下級生に噛み付くように叫ぶ。すぐに目を逸らした下級生に舌打ちし、ドラコは自室への階段を降りていった。

 

 

「ねぇルイス」

「……何?」

 

 

ドラコが降りていった階段をじっと見ていた女子生徒が恐々ルイスに声をかける。

すぐにドラコの元へ向かおうとしていたルイスは一度足を止め振り返った。

 

 

「ドラコの父親は死喰い人だったんでしょう?あの人に近いの?……危険じゃない?」

 

 

その言葉はルイスのことを心配して告げられたものだった。

ルイスはスリザリン生だけでなく、他の寮生にも公平に優しい。それを面白くないと思っているスリザリン生は多いが、ルイスの優しさに触れてしまえば、誰だってルイスの事を好きになる。勿論それは友人として、憧れの先輩として、秘めた想い人として。

 

 

「ドラコはドラコだ。彼は死喰い人じゃない。ドラコのお父さんが誰であれどんな事をしてしまっていても、僕はドラコの親友だ。──それは、変わらない」

「でも──」

「それに、僕はドラコより強いから大丈夫。心配ありがとう。じゃあね」

 

 

まだ言い足りなかった女生徒との会話を切り上げ、ルイスはすぐに寝室へ続く階段を降りた。

 

 

「──ドラコ」

「……」

 

 

ドラコは寝室に入っていると思ったが、階段の1番下で壁に背を預け俯き突っ立っていた。おそらく、先ほどの会話を聞いたのだろう。蒼白な顔を泣きそうに歪め、どこか必死さを漂わせてルイスを見つめた。

 

 

「酷い顔だよ。……部屋に行こう」

 

 

ルイスは黙り込んだままのドラコの震え冷えた手を握り、静かに2人の部屋へと向かった。

 

 

 

常備していた小さなチョコレートを無理矢理ドラコに食べさせ、ベッドに腰掛ける。ドラコは脚の上で手を組み、じっとその白い手を見つめていた。

 

 

「……ドラコは、知ってたの?」

 

 

ルイスの静かな問いかけに、ドラコはぎゅっと目瞑り頷く。

ルシウスは息子であっても死喰い人である、と明言する事はなかった。しかし、父の言動からそうなのかもしれない。とはこの一年で漠然と思っていた。

クリスマス休暇の時に、ブラック家のハウスエルフであるクリーチャーが家を訪れその話を聞いてしまってから──すぐに自室に行くよう言われたが──父はヴォルデモートのために動く死喰い人なのだと理解した。しかし、だとしても父に何も言うことが出来ず、ただ暗躍する彼の無事を願っていた。

 

 

 

「ドラコ、僕は何があってもきみの親友だ」

「ルイス……」

「困ったことがあったら言って。力になるから」

「……ありがとう」

 

 

優しく微笑むルイスに、つられるようにしてドラコもかすかに微笑んだ。

 

──そうだ、僕には信頼できるルイスがいる。後ろ指をさされ、噂されようが僕はマルフォイ家として、毅然とした態度を取らなければならない。

きっと、すぐ父上もあんな監獄から出てくる。その時は──犯罪者かもしれないが、それでも、大切な父だ、家族だ。僕が、護らないと。

 

ルイスは決意に満ちた表情をするドラコを静かに見つめる。

ドラコの心の支えにならなければならない。ドラコはこうみえて、すごく繊細で打たれ弱いから、これ以上辛いことがあると耐えられないだろう。──それに、ドラコは死喰い人ではない。これからも、そうはさせたくない。

 

ヴォルデモートの存在が世界に認められた今、今後はより熾烈な戦いになるだろう。ヴォルデモートは身を隠しつつ魔法界とマグル界を闇に落としていくだろう。その時に、ドラコの光としてそばに居なければならない。それはきっと、ドラコのためであり──ソフィアのためになるはずだ。

 

 

「さ、ドラコ。朝食の続きに行こうよ。僕まだスープしか飲んでなくてお腹すいてるんだ」

「だが──いや、そうだな。僕は隠れ過ごす事はないんだ。──行こう」

 

 

2人は立ち上がり、談話室にいる生徒から突き刺さる視線とヒソヒソとした声を気にする事なく大広間へと向かった。

 

扉を開け、玄関ホールに出たドラコはぴたりと足を止めた。やはり、あまり人のいるところには行きたくないのか、とルイスはドラコの背からその先にいるだろう生徒の集団を見た──しかし、いたのはハリーとソフィアの2人だった。

 

ハリーは少し警戒しながらドラコを見つめ、ソフィアはちらりとルイスに視線を投げかけると肩をすくめて見せた。ルイスもまた、ドラコの後ろで額を押さえバレないようにため息をつく。

 

 

「ポッター、お前は死んだんだ」

「へんだな、それなら歩き回ってないはずだけど」

 

 

ハリーはドラコの嫌味に眉を上げさらりと言い返した。すぐに青白かったドラコの顔が怒りで燃え上がり、ハリーは冷めた満足感を感じていた。勿論ハリーも、ドラコの父やその仲間が死喰い人として捕らえられたことを知っている。

 

 

「つけを払う事になるぞ。父上はすぐに出てくる。そうすればどうなるか──」

「そうか、それは怖いな。きみに比べればヴォルデモートなんて単なる前座だったってわけだ。あいつはお前の父親の友達だろう?怖くなんてないんだろ?」

 

 

ハリーの挑戦的な皮肉に、ドラコはぐっと衝撃を受けたような表情になり拳を握る。──ドラコも他の魔法族と同じくヴォルデモートの事を名前で呼ぶ事も、聞く事も恐れていた。

 

 

「自分を何様だと思ってるんだ、ポッター。見てろ。父上を牢獄なんかに入れさせるものか──」

「もう入れたと思ったけどな」

「ディメンターがアズカバンを棄てた。父上も、他のみんなもすぐに出てくる」

「ああ、きっとそうだろうな。それでも少なくとも今は連中がどんなワルだって事が知れ渡った──」

 

 

ドラコは顔を怒りで歪め、ポケットに入れてあった杖に手を伸ばした。しかしそれよりもハリーが杖先をドラコに向ける方が早く、ソフィアとルイスもまた、互いに杖を向けた。

 

 

「……僕と戦うつもりかな、ソフィア、ハリー」

 

 

ルイスはすぐにドラコの前に立ち、庇うように手を広げながら2人に杖先を向け余裕の笑みを浮かべる。ドラコもまた、怒りで震える手に力を込め後ろからハリーに杖を向けていた。

ハリーにとってルイスは友達だ、しかし、いまは──。

 

 

「きみがそちら側につくならね、ルイス」

 

 

ハリーは前に出てこようとするソフィアを手で制し、真剣な目でルイスを見つめる。その目は戸惑いから揺れる事もない。ただ、大切な者を護るためならば何だってする、その覚悟がこもった瞳だった。

 

 

「僕はあの人に賛同はしない。でも──」

「──何をしている!」

 

 

玄関ホールに声が響き渡った。

セブルスが自分の研究室に通じる階段から現れ、すぐに視線を対峙するルイスとハリーとの間で移動させると4人の方に大股で近付いてきたのを見てハリーとルイスは同時に杖を下ろし、ソフィアも少し遅れてポケットの中へ杖を入れた。

 

 

「何をしているのだポッター」

「お互いの杖を見せて、いい杖だねって言ってただけですよ。──ね、ハリー」

「──そうなんです」

 

 

にこり、と人当たりのいい笑みを浮かべさらりと嘘をついたルイスの言葉にハリーは頷く。

──ルイスはヴォルデモートに賛同しないと言った。その先に続く言葉が何か気になるが、おそらくマルフォイを1人に出来ないという言葉だろう。あんなやつにも、ルイスは優しい。それが多分、ルイスの良いところであり、悲しいところなんだ。

 

セブルスは全く信じられず怪訝な顔をし、ルイスの後ろでハリーを睨み続けるドラコを見た。ドラコが何か理由を言うのならば、その事でハリーを減点しようと思ったのだがドラコは押し黙りいつもの嫌味の一つも言わなかった。

 

 

「もういいですか?僕たち、空腹なので。──いこう、ドラコ」

「……ああ」

「じゃあね、ソフィア。──ハリー」

「ええ」

「……ばいばい」

 

 

ルイスはドラコの手を引き、軽くセブルスに頭を下げた後何食わぬ顔で大広間へと向かった。

 

残されたハリーとソフィアとセブルスの間に居心地の悪い奇妙な沈黙が落ちる。

ハリーはじっとセブルスを見て──もしかして、今のもある意味護ってくれたのだろうか。と、ふと考えた。

 

 

「スネイプ先生」

「……何だ、ポッター」

「あの──ありがとうございました。パッドフットの件で……」

 

 

その言葉を聞いたセブルスは虚を突かれたように一瞬呆気に取られたが、すぐに「何を企んでいるのだ」という懐疑的な目でハリーを冷たく見下ろす。

ソフィアだけがニヤニヤと密かに笑っていたが、その表情に気づいたのはセブルスだけだろう。

 

 

「……フン、まさか礼を述べる言葉がきみの思考にあったとは驚くべきことだな」

 

 

セブルスの皮肉にハリーはなんとも言えない気持ちになりながら、気まずそうに目を逸らした。自分自身、この人に礼を言う事なんて夢にも思わなかったのだ。しかし──彼に助けられたのは、間違いない。

 

 

「おや、こんなところで話し込んで一体どうしたのです」

 

 

後ろからの声に、ハリーとソフィアとセブルスは同時に振り返った。その声を聞いた瞬間ソフィアは「マクゴナガル先生!」と喜びぱっと笑顔を見せ駆け寄る。正面玄関の石段を上がっているマクゴナガルは片方の手にタータンチェック柄のボストンバックを持ち、片方の手に杖を持ってはいたがしっかりと一人で歩いていた。

 

 

「マクゴナガル先生!これはこれは、聖マンゴをご退院で!」

「私、鞄を持ちます!」

 

 

セブルスもすぐにマクゴナガルの元へ進み出て、彼女の退院を心から祝う。

どう見ても喜んでいるセブルスの様子に、後ろで見ていたハリーは「こんな嬉しそうな声を出せるんだ…」と思った。

 

 

「よろしくお願いします、ミス・プリンス。もうすっかり元通りですよ」

「それは良かった」

「本当に良かったです!すごく、心配で……」

「ふふ、心配には及びませんよ。──さて、ポッター、こんなにいい天気なんです、朝食が終わったのなら外に出るべきだと思いますよ」

「ハリー、後でね!」

「あ……うん」

 

 

ここに居続ける事を納得させる理由も思い浮かばず──それにまだセブルスと2人きりだなんて耐えられない──ハリーはマクゴナガルを囲み嬉しそうにしているソフィアとセブルスの2人を、なんだか不思議な心地で見ながら正面扉へ向かった。

 

 



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306 五年目終了!

 

 

何名かの心に変化をもたらした数日が過ぎ、学年度末のパーティが行われる日がやってきた。

翌日から2ヶ月間の夏休みが始まり、ハリーはまたダーズリー家で過ごさねばならない。

かなり気が重かったが、そうしなければならない重要性も理解している。それに、昨日──ようやく──シリウスと両面鏡で短い時間だったが話すことができ、1ヶ月経った後なんとか迎えに行くから。と言われその約束を支えになんとか過ごせる気がした。

 

それに、ソフィアと遊園地でのデートの約束もある。悪いことばかりではないな、とハリーはスリザリンカラーで彩られている大広間を見回しながらそう思った。

残念ながら今年の寮杯を獲得したのはスリザリンだったが、まぁそれでもこの幸福感と世界がヴォルデモートを認めた吉報に比べれば些細なことだろう。

 

ハリーはドラコが間違いなく毎日のように呪いをかけようとするだろうと思ったが、奇妙な程に彼は大人しくただすれ違う時に睨むだけだった。

 

 

ホグワーツ特急に乗車し、いつもの4人とジニーとネビルの6人で空いていたコンパートメントに入る。ハーマイオニーは日刊預言者新聞を難しい顔をしながら読み、ハリーは大鍋ケーキとかぼちゃパイを山ほど購入し、ソフィアは蛙チョコを人数分購入した。ジニーはザ・クィブラーのクイズに興じ、ネビルはミンビュラス・ミンブルトニアを摩っていた。一年でかなり大きくなったこの植物は、ネビルが撫でると美しい声で歌うような奇妙な鳴き声を出すまでに成長していた。

 

 

ハリーとロンとソフィアは列車での旅のほとんどをハーマイオニーが読み上げる記事の抜粋をBGMに魔法チェスをして過ごした。いつまで経ってもロンのチェスの腕は衰えず、むしろ強さを増していてソフィアとハリーは一度たりとも勝つことが出来なかった。

 

 

キングズ・クロス駅が近づき列車が速度を落とすと、ハリーは早くシリウスと会いたくなった。これから1ヶ月はダーズリー家に缶詰にならなければならない。それまでに一眼でも、ほんの僅かな時間でもシリウスと話したかったが暫く我慢する必要があるだろう。

最近は常にポケットに忍ばせている両面鏡だけは、何としてでもダーズリー家の3人から死守しなければならない、そう両面鏡を服の上から撫でながら思った。

 

大きな荷物を荷台から下ろし、車掌に合図されて9番線と10番線の間にある魔法の壁を通り抜ける。通り抜けた先でソフィア達は驚きその場に止まってしまい、後ろから来た生徒のカートで体をぶつけてしまった。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

ハリーは痛む腰を撫でながら呆然と呟き目の前にいる人たちを見回した。

 

待ち受けていたのはダーズリー一家ではなかった。ムーディーが魔法の目を隠すために山高帽を目深に被り長い旅行用マントを羽織り不気味な雰囲気で立っていた。すぐ後ろにいるのは継ぎはぎだらけのジーンズに妖女シスターズの派手な紫色のシャツを着たトンクスであり、明るいピンク色の髪をガラス窓から差し込む光で輝かせている。

その隣には見窄らしいセーターとズボンを覆うような長いコートを着たリーマスが柔和な微笑みを浮かべている。集団の先頭には手持ちのマグルの服の中の一張羅を着込んだアーサーとモリーがいて、隣にはケバケバしい緑の鱗状の生地でできた新品のジャケットを着たフレッドとジョージ。ただ1人だけまともな白いシャツに黒いズボンを履いているジャック。そして──。

 

 

「──っ!」

 

 

尻尾をちぎれんばかりに振った大きく、真っ白な犬がいた。

ハリーは喜びのあまり「シリウス!」と、そう叫ぼうとして慌てて口を押さえながら自分を見上げる白い犬を感極まる目で見下ろした。

 

 

「パッドフット、だよね?」

「ああ、そうさ。どうしてもきみを迎えに来たいって聞かなかったからね。ダンブルドアに魔法をかけてもらって──少しの時間だけど白くなってもらったんだ」

「最高!」

 

 

アーサーとモリーがロンとジニーに駆け寄り熱い抱擁を交わす中、ハリーは自分の肩に前足を乗せるシリウスのふわふわとした毛並みが頬を撫で、くすぐったさから身を捩り笑っていた。

 

 

「ハリー。──本当に良くやった。きみの判断で良い方向に向かったのは間違いない。名付け親として、誇りに思う。──と言うのが言付けだよ」

 

 

リーマスは人の言葉が話せないシリウスの代わりにハリーに優しく告げ、シリウスは大きく頷き──犬にしては奇妙な動作だったが──「わん!」と大きく吠えた。

 

 

「それで、みんなどうしたの?まさかみんな来てるなんて思わなかった!」

「それはね、きみのおじさん、おばさんが君を家に連れて帰る前に、少し話をしようと思ってね」

「あんまりいい考えじゃないと思うけど」

 

 

リーマスは微笑んでいたが、ハリーは笑うことが出来ず即座に小声で言った。彼らと話をするだなんて、間違いなく嫌な気持ちになるだろう。

 

ハリーは心配していたが少しも気にすることなくリーマス達は離れたところにいるダーズリー一家へと近づく。ソフィアは後ろからペチュニアを見て、あの人が母様のお姉さんなのね、と思ったが声をかけることは無かった。

 

 

「ソフィア。ルイスはもう向こうで待ってるぜ」

「そうみたいね」

 

 

小声で話しかけたジャックと同じようにソフィアは小声で答え、離れた壁に背を預けカートの上に乗る鳥籠に収まるシェイドを撫でているルイスを見た。今年も、彼はこの集団の中に入ることは出来ないのだろう。

 

リーマス達がバーノンとペチュニアにもしハリーを虐めたらすぐに感知できる事や、三日間ハリーから便りがなければすぐに向かう事──シリウスはずっと威嚇するように唸っていた──など、散々脅した後でハリーと別れを告げる。

 

 

「ソフィア、すぐに手紙を送るからね」

「ええ、待ってるわ!──遊園地、楽しみね」

「うん!」

 

 

ハリーはみんなの前だったが気にすることなくソフィアを抱きしめ──トンクスがぴゅうと口笛を吹いた──頬にキスを送る。ソフィアも優しく抱きしめ返すと、背伸びをしてハリーの頬にキスをし、微笑んだ。

 

 

「本当は離れたくないけど──またね」

「また会いましょう」

 

 

ハリーは幸せな気持ちでみんなと別れを言い、ダーズリー一家を置いて太陽の輝く道へと先立って駅の出口に向かう。

ペチュニアが驚愕の目でソフィアを見つめ、一瞬動きを止めたがバーノンに急かされ慌ててハリーの後を追う。

 

 

「──さよなら、おば様」

 

 

ソフィアはペチュニアが振り返った時に唇だけを動かし声無く言う。ペチュニアは大きく目を見開き、何かに耐えるように唇を噛むと少し俯きながら走り去った。

 

 

「…さ、行こうか」

「そうね」

 

 

ジャックはソフィアの荷物を持ち、ルイスが待つ場所へ向かう。壁に背をつけていたルイスは2人の到着に少しだけ悲しげに微笑んだ。

 

 

 

 

──不死鳥の騎士団 終

 

 

 






不死鳥の騎士団終了しました。
いつも誤字報告、コメントありがとうございます!
書く気力になります、嬉しいです!




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謎のプリンス
307 2人きり!


 

 

夏休みが始まってからソフィアはルイスと2人きりの生活を送っていた。

セブルスは任務のため一度も家に帰ることはなかった。

フクロウ便も第三者に見られる可能性があるとしてジャックの両面鏡を使い、夏休みの初日に来年度が始まったホグワーツでしか会えない事を伝えられていたのだ。

 

 

「……父様、大丈夫かしら…」

 

 

ソフィアは不安げな声で呟き、何度目かわからない物憂げなため息を吐く。

リビングのソファに座り、本を読んでいたルイスは顔を上げ自分の膝の上に乗っているティティを撫でながら眉を下げた。

 

 

「きっと大丈夫だよ。ジャックもいるし……今まで大丈夫だったんだ」

「……そうよね」

 

 

ルイスの言葉は楽観的なものではなく、願望が含まれている切なるものだった。この休暇中、父は昔住んでた家で過ごすという。

死喰い人が訪れる可能性があるため絶対に近付いてはならぬ、もちろん手紙も送るなと散々忠告されたソフィアとルイスは流石に言いつけを破ることなく──何度も暖炉を見ていたが──ホグズミードにある新居で過ごした。

 

 

「僕、この後街に行くけど何か欲しいのとかある?」

「うーん……特にないわ」

「じゃあお菓子だけ買ってくるね。──このペースだと後二日も持たなさそうだし」

「まぁ、そうね」

 

 

食料品はまだ余裕があり、新年度の教科書リストが書かれたホグワーツの手紙が届くには早い。とくに欲しいものもなかったが確かに嗜好品のお菓子は無くなりそうだ、とソフィアは肩をすくめながら机の上に乗っている七色チョコチップクッキーを摘んだ。

 

 

──ソフィアとルイスがセブルスの様子を気にしている頃、遠く離れたスピナーズ・エンドにある家には予期せぬ来訪者が2名セブルスの元を訪れ、あまり広くはないその家に合計5人集まり深刻な密会と破る事のできない誓いを結んでいたが、ソフィアとルイスはそんな事知る由もなかった。 

 

 

 

 

 

コンコン、と窓を叩かれる後に2人は顔を上げ、すぐにソフィアが窓開けた。ルイスのペットであり、フクロウ便ならぬカラス便であるシェイドが2人の友人達からの手紙を届けに来たのだ。

 

 

「ご苦労様、シェイド」

「クー」

 

 

シェイドはソフィアに3通の手紙と、ルイスに1通の手紙を渡すと部屋の隅にある止まり木に降りて大きな羽を広げのんびりと水入れを突いた。

 

 

「ハリーとロンとハーマイオニーからだわ。──えぇっと──ハーマイオニーもロンも家に遊びに来てっていう内容で……ハリーは──」

 

 

ソフィアは嬉しそうにハーマイオニーとロンの手紙を読んでいたが、ハリーからの手紙に差し掛かると頬を赤く染めた。

 

 

「ラブレターでも届いたの?」

 

 

ルイスはソフィアの表情を見てにやにやと笑いからかい、ソフィアは「もう!からかわないでよ!」と少し怒りながらも否定はしなかった。

ルイスの元に届いた恋人であるヴェロニカの手紙も、愛をしたためた手紙であり、ルイスは愛おしさと幸せを噛み締めるようにヴェロニカの細く丁寧な筆跡を指先で撫でた。

 

 

「僕、何日か泊まるかも」

「えっ……でも、それは──」

 

 

流石に保護者の断りもなく外泊なんて危険すぎないかとソフィアは眉を寄せた。しかしルイスは全く気にせず「ヴェロニカの家に招待されたんだ」と嬉しそうに手紙を振る。

 

 

「イギリスじゃないし、死喰い人も来ないよ。それに、僕はソフィアと違って休暇中しか会えないしね」

「うーん……父様には無断で行くのよね?」

「そうなるね。だって連絡する術がないから」

「……でも…」

「ホグズミードまで迎えに来てくれるし、大丈夫だよ」

「……、……無理しないでね」

「うん。僕、返事を書いてくるよ」

 

 

遠距離恋愛を続けるルイスとヴェロニカを応援したい気持ちも勿論ある。いくらヴォルデモートの危険が及びにくいだろう外国だとしても不安が完全に無いわけではないが、頭ごなしに否定することは出来なかった。

 

ソフィアは嬉しそうなルイスの背中を見送り、広いソファに寝転び戸棚の上にある家族写真を見上げた。幼い自分とルイスがセブルスの腕に抱かれ、母の足元には幼い兄が引っ付きにこりと笑っている。

数少ない家族写真を見て、ソフィアは物憂げなため息を吐いた。

 

 

「きゅー…」

 

 

ソフィアの不安な気持ちを読み取ったティティは悲しげに尻尾と耳を垂らしぽてぽてとソフィアに近づく。ソフィアが自分の腹の上をぽんぽんと叩けば、ティティはぴょんと飛び乗り黒々とした丸い目でソフィアを覗き込んだ。

 

 

「はぁーあ。こんな広い家に1人だなんて、寂しすぎるわ」

「きゅ?」

 

 

ソフィアは呟きながらティティを撫でる。

小首を傾げたティティはソフィアの目をじっと見つめるとぶるりと身震いし、ぽん、と軽い音を上げ姿を変化させた。

 

体の上に感じていた重さがさらに強くなり、ソフィアは自分を組み敷くようにして現れた白いハリーを見て驚いたように目を見開き、本人だとは違うとわかっていてもあまりの近さに頬を赤らめた。

 

 

「──ティティ!もう──」

「ソフィア、シーリングワックス持ってな──何してるの?」

 

 

手紙を封蝋するためのシーリングワックスが切れてしまいソフィアに借りようとリビングに戻ってきたルイスは、目の前の光景に冷ややかな目を向けた。

まるで自分が望んでハリーを出現させたと思われてしまい、ソフィアは慌てて「違うの!ティティが勝手に変身したの!」と弁解し、すぐにハリーが消えるように願った。

 

ソフィアの上に乗っていた白いハリーは不思議そうにすると、もう一度体を震わせ──ようやく元の姿に戻ってくれるのかと安心したが、今度は白いハーマイオニーへと変身し、ソフィアの頬に擦り寄った。

 

 

「……まぁ、いいわ」

「きゅー」

 

 

自分に甘えるように頬をぴたりとくっつけるハーマイオニーに、ソフィアはまんざらでもないような顔をして白くふわふわとした髪を撫でた。

 

 

「新しいのは、多分そっちの棚の中に予備があったはずよ」

「ありがとう。──僕がいないからって、ティティを使って変なことをしないようにね」

「だから、これは事故なのよ!」

 

 

必死になってソフィアは説明したが、ルイスは「へぇー?」とあまり信じてなさそうな声を上げた。

 

 

「私、多分また夏休み後半は別の場所で過ごすと思うの。1人で大丈夫?この家には沢山の護り魔法がかかってるし、侵入者避けもあるけど……」

「大丈夫だよ、心配しないで」

 

 

ルイスは棚の中を探り、新しいシーリングワックスを見つけ出すとにっこりと笑った。

彼は不死鳥の騎士団に護られる立場では無い。──いや、正しく言うのならセブルスとジャックは何としてでもルイスを護るだろうが、沢山の大人が居るあの本部では護られないのだ。

ヴォルデモートが復活したと世間に知られるようになった今、未成年の子どもが1人で何日も過ごすのは避けなければならないが、残念ながら保護者の2人はルイスの側にいる事でその関係を疑われ、余計な危険に巻き込んでしまう可能性があるのだった。

 

 

「──よし、これで大丈夫。シェイド、帰ってきたばかりだけど頼んでもいいかな?」

 

 

封蝋した手紙をシェイドに渡せば、シェイドは大きく翼を広げ嘴にそっと手紙を咥えた。

シェイドの体を優しくルイスが撫でれば、シェイドは嬉しそうに目を細めゆっくりと羽ばたき窓の外の世界へと飛んでいった。

 

 

「じゃあ、僕買い物してくるね」

「ええ、気をつけて」

 

 

空の真上に太陽が昇っている昼間だとしても油断は出来ない。

ルイスは杖をポケットに差し込み、未だハーマイオニーの姿をしているティティに手招きをした。

 

 

「ティティ、おいで。外に出かけよう」

「きゅ!」

 

 

ハーマイオニーは──ティティは嬉しそうに鳴くとすぐにソフィアの上から飛び退き、ルイスの元へ向かうと体を震わせ真っ白な髪を持つ大人の男性へと姿を変えた。

扉近くのハンガーラックにかかっていた大人用のローブを慣れた手つきで羽織り、すっぽりとフードを被ると「準備オッケー!」と言うように笑う。

 

今、昼間のホグズミードであっても子ども1人で外出していると大人たちに注意され、保護者が迎えにくるまで──護るために──拘束されてしまう。一度2人は街に買い物に出かけた時に数時間拘束され、たまたま魔法省にいたジャックに連絡が行き迎えに来てもらった事があったのだ。ジャックの手が空いていたのは幸運だっただけであり、この後同じようできるとは限らないと知った2人は、ティティをたまたま街で見かけた特徴の少ない大人に変身させ、付き添わせていたのだ。

 

 

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 

ルイスは髪の白い大人になったティティと共にホグズミード村にある大メイン通りへと向かった。

 

 

「──ティティ。好きに村を散歩してていいよ、時計の短い針が2になって、長い針が12をさしたら、甘い匂いがする店で待ち合わせだ」

「きゅ!」

 

 

道の途中でルイスはティティに銀でできた懐中時計とガリオン金貨を数枚手渡し、待ち合わせ時間を告げる。ティティは嬉しそうに頷くと、そのまま跳ねるように駆けて行った。

ティティを見送ったルイスは、フードを目深に被ると辺りを見回し人気がないことを確認して家の近くにある森へと向かう。

木の幹の背に隠れたルイスは、ポケットの中から小瓶を取り出すと、中身をごくりと飲み──体を震わせた。

 

体の中を冷たいものが駆け巡り、体を震わせ目を閉じた後──そっと目を開き少し高くなった目線のまま自分の手や足をまじまじと見る。

 

 

「……そんなに身長伸びないのか…」

 

 

老け薬を飲み20歳前後の姿に成長させたルイスは残念そうに呟き──3本の箒へと向かった。

 

 

3本の箒は営業していたが、客は少なくやや閑散としていた。カウンターの向こうで不満そうにグラスを磨いているマダム・ロスメルタにバタービールを注文し、瓶を受け取ったルイスは店内の奥に見知った後ろ姿を見つけ近寄り、とん、と肩を叩いた。

 

途端にその人物──ドラコの肩は跳ね上がり警戒と恐怖に満ちた目で振り返ったが、相手がルイスだと分かるとすぐにほっと眉を下げる。

──そう、ルイスはドラコと会うためにティティを自分から遠ざけ、姿を大人へと変えたのだ。

 

 

「ごめん、お待たせ」

「いや……。なんだ、その姿は?」

「最近は子どもだけで出歩いてるとうるさいからね」

 

 

ルイスは声に出さず杖を振り一帯に防音魔法をかけた。店内に客は少ないが、マダム・ロスメルタがそう遠くない場所にいる。この距離なら──おそらくだが──魔法を使用しても魔法省に知られる事はないはずだ。

もし、万が一魔法使用がバレたとしてもいきなり退学になる事はない。いくつかの面倒な手続きに赴かねばならないだろうが。

 

 

「──それで、どうしたの?」

「……ルイス……それが…」

 

 

ドラコは顔を蒼白にし、恐怖と不安で今にも気絶しそうな顔をしながら小声で話した。

 

 

 

 



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308 遊園地デート!

 

 

ソフィアはマグル界にあるロンドンのとある駅近くでマグルが行き交うのをそわそわと落ち着かない気持ちで眺めていた。

後ろにある店のショーウィンドウにぼんやりと写る自分の姿を見て特におかしなところは無いはずだと何度も確認したが、何故か行き交う人がたまに自分を見る視線に、不安な気持ちが拭えない。

 

 

今日はハリーと約束していた遊園地デートの日だ。ハリーがダーズリー家を自分の家だと思える間は、護りが続きソフィアと共にいる事で強固になる。マグル界にある遊園地なんて流石に死喰い人もヴォルデモートもいないだろう。

──と、ソフィアとハリーは思っていたが、大人たちがハリーの外出を簡単に許すことはなく、当然のように騎士団員の何人かがマグルに扮し秘密でハリーを護衛する事となっている。

こんな時にのんきにデートだなんて、本来なら褒められたことでは無いのだろう。しかし、ヴォルデモートの企みに気付いたハリーへの褒美として、特別にダンブルドアは許可したのだ。

勿論ハリーとソフィアは大人たちの間でそんな取り決めがあった事は知らされていない。

 

 

「ソフィア、ごめん、待った?」

「ううん、私もさっき来たところよ。初めて来る場所で迷いたくなかったから早めに来たの」

 

 

息を切らせて現れたハリーにソフィアはにこりと微笑む。

ハリーはそれでも申し訳ない気持ちになったが、ソフィアのいつもとは違う可愛らしい私服と、綺麗に編み込まれた髪型を見るとその気持ちは吹き飛び「とっても可愛い!」と声を上擦らせながら褒めた。

 

 

真っ白で柔らかそうなシャツワンピースに歩きやすそうなサンダル。ややオーバーサイズの薄手のデニム生地のジャケットを羽織り、小さな籠バックを持っている。

 

 

「マグルの服装を参考にしたんだけど、変じゃない?なんだかいろんな人に見られてるような気がして…」

「それは、可愛いからだよ!」

「あ、ありがとう…ハリー、あなたも素敵よ」

 

 

照れながらソフィアはハリーの服装も褒めた。ハリーが持っているマグルの服はダドリーのお下がりばかりで見窄らしいものしか無かったが、流石にソフィアとのデートにこんな服で行くわけにはいかないとシリウスに両面鏡越しで相談したのだ。

 

シリウスはすぐにリーマスに金を渡し「マグル界にある最高級のスーツを買ってきてくれないか?」と頼んだが──遊園地デートには場違いすぎる真っ白な高級スーツが届いてしまった。

こんなの着ていけるわけがないと愕然としていたハリーだったが、次の日にはジャックから「あれは無かったことにしろ」と一文が添えられ小包で年相応の綺麗めでカジュアルな服が送られてきたのだ。

 

白のシンプルなシャツに、群青色の七分丈デニムシャツ。ベージュ色のズボンを履いていて、なんだかペアルックのようだ、とハリーは思い気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになった。

ソフィアの反応も悪くないし、後でジャックには感謝の手紙を送ろう、そう思いながらハリーはソフィアの手を握った。

 

 

「行こうか」

「ええ」

「電車で二駅のところにあるんだ」

「楽しみだわ!」

 

 

ソフィアの笑顔を見て、ハリーは今日を必ず最高の一日にしてみせると決心した。

 

 

仲睦まじい2人を少し離れた場所から見守っていたトンクスとリーマスは、顔を見合わせ幸せそうに微笑み、ゆっくりと2人の邪魔をしないように──しかし何かあれば対処できる距離で──ついて行った。

 

 

 

遊園地デートはハリーの願い通り何事も起こる事なく楽しい時間だけが過ぎていった。

ハリーはこの時だけは自分が奇跡の子であることや、ヴォルデモートを自分が殺さなければならない事など忘れ、何処にでもいる15歳の男の子として恋人とのデートを楽しんでいた。

 

遊園地というものは、何度か訪れた事がある人であってもワクワクと心躍りいつもよりはしゃいでしまうものだ。ソフィアとハリーは遊園地初体験であり、見るもの全てに目を輝かせ、いろいろなアトラクションに乗った。

 

中でも2人が気に入ったのはジェットコースターであり、ぐるぐると回転するコースをきゃあきゃあ叫び笑いながら何度も乗ったほどだ。

 

 

「すごく早いわね!」

「それに、あの動きをクィディッチで活かせないかな?」

「いいわね、素早く回転して方向転換──きっと敵を翻弄できるわ!」

 

 

その内容はやや普通のカップルとはズレていたが、2人はちっとも気にしなかった。

 

 

この遊園地はお化け屋敷(ホラーハウス)がかなり怖いと有名だったが、ホグワーツで毎日ゴーストを見ているだけではなく、首がほとんど切れているニックや腹部から血を流している血みどろ男爵などグロテスクな見た目にも慣れている2人はとくに怖がることなく笑いながらホラーハウスを見て回った。脅かす役であるモンスターやお化けの方が、2人の様子に面食らい驚いただろう。

 

 

昼になれば小洒落たレストランに入り、サンドイッチやハンバーガーを食べ、歩き疲れたら木陰にあるベンチでソフトクリームを舐めながら休憩した。

 

気がつけば太陽が傾き、遠くの空がオレンジ色に染まっている。楽しい時間は何故こうも過ぎるのが早いのだろうか、この時間が無限に続けばいいのに、とハリーは沈む太陽を恨めしそうに眺め、ソフトクリームのコーンの最後の一口を口の中に放り込んだ。

 

 

「時間的に後一つくらいかしら?うーん、もう殆ど体験したわね……」

「最後は──あれにしない?」

 

 

ハリーは遊園地の中でも一際大きく目立つ観覧車を指差した。興奮するようなワクワクとしたアトラクションではないが、遊園地の広大な土地とその先の景色を一望できる最後の締めくくりにぴったりなアトラクションだろう。

それに──この観覧車には、カップルにぴったりのジンクスがある。

 

 

「そうね、楽しみだわ!あれはなんていうものなの?」

「観覧車だよ」

「観覧…?ああ、あの場所から景色を見るからなのね!」

 

 

ソフィアは納得すると、ソフトクリームの最後の一口を食べ、立ち上がりハリーの手を取った。

 

 

ゆっくりと回る観覧車に乗った2人は外の景色を見ながら今日の思い出を楽しげに話していた。ハリーはソフィアの隣に座り、ソフィアは窓の外に広がる茜色に染まる景色に目を輝かせた。

 

 

「いい景色ね。マグルの世界はキラキラと光っていてとても綺麗だわ」

「もっと暗くなってたら夜景が綺麗なんだけど、その時間まで出てたら──多分、怒られるからなぁ…」

「今でも充分綺麗よ?」

 

 

薄暗くなりつつある街並みにポツポツと灯りが灯る中、ソフィアの顔は沈みゆく太陽のオレンジ色に照らされ温かい色に染まっていた。そして、何より──本当に、可愛い。

 

 

「──あ、もうすぐ頂上だわ!」

 

 

ハリーは輝くソフィアの目から視線を外に移す。ゆっくりと回る観覧車はついに頂上に差し掛かりはじめ、ハリーは緊張からごくりと唾を飲み込んだ。

 

隣に座るソフィアの手をそっと握る。ソフィアはきょとんとしていたが、すぐに優しく微笑んだ。ハリーの何かを求めるような熱をこもった瞳を見て、何をしたいのかなんとなく分かるとそっと目を閉じた。

初めてのキスでは無いが、ハリーは緊張しながら頂上に到達したところでソフィアに口付ける。柔らかい感触に体の芯が痺れるような不思議な心地になり、そのままもっと長く口付けたかったがそっと離すと、睫毛の房が見えるほど近い距離でソフィアを見つめる。

 

 

「──この観覧車の頂上でキスをしたカップルはずっと一緒にいる事ができるジンクスがあるんだって」

「頂上……ああ、なるほどね」

 

 

ソフィアはくすくすと笑うと、ハリーの眼鏡に手を伸ばし外した後悪戯っぽく笑った。

 

 

「ジンクスに頼らなくても、そのつもりだったわ」

「あー……じゃあ、ジンクスは関係ないけど、もう一回してもいい?」

「そのつもりで眼鏡を取ったのよ。ちょっとぶつかっちゃうのよね」

 

 

ソフィアはハリーの首元に手を回し、再度──先ほどより長く──キスをした。

 

 

 

観覧車から降りたハリーはふわふわとした多幸感と愛しさで胸がいっぱいになりながら出口に向かって歩く。踏みしめているはずの地面が、なぜかトランポリンのように感じてしまう。ここはマグル界で魔法はかかってないのに、なんだかとっても不思議な気分だった。

 

 

「今日は楽しかったわ」

「うん、僕も。──ずっと今日が続けばいいのに」

「そうね……」

 

 

叶わない願いだと分かっていてもどうしても言わずにはいられなかった。薄暗くなっていく空を見上げこの後またダーズリー家に帰らないといけないと思うと心から嫌だったが、ソフィアも自分のように残念だと思ってくれていると思うとまだ気持ちが晴れた。

 

 

「また数週間後に会えるわ、多分本部で過ごすことになるんでしょう?」

「うん、そうだと思う。シリ──パッドフットもそう言ってた」

「じゃあ少しの我慢でまた会えるわ」

 

 

ソフィアの励ましに、ハリーはにっこりと笑った。

 

 

そのまま2人は朝に待ち合わせをしていた駅で別れた。ハリーは──場所は知らないが──ソフィアの家まで送っていくと言ったが、自分よりもハリーが暗くなってから独りで家に帰る方が危険だろう。ソフィアはそう考えハリーからの提案を断ったのだ。一番星は輝いているが、まだ完璧に夜が更けているわけではない。ソフィアは久しぶりに楽しい1日を過ごせたことに幸せな満足感に包まれながらナイトバスを呼び、ホグズミード村へと帰った。

 

 

 



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309 グレンジャー家!

 

 

ソフィアは夏休みの間にロンの家に遊びに行き、わりと充実した日々を過ごしていた。

日刊預言者新聞では毎日のようにヴォルデモートと死喰い人に対する警告と、怪しい魔法道具の広告が載せられ、人々の不安を煽っている。ホグズミード村でもいつものような賑わいはなく、人もまばらだった。週末ともなれば毎晩大繁盛だった3本の箒もすっかり閑古鳥が鳴いている。

ルイスはヴェロニカの家に泊まりに行き数日前から家を出ている。シェイドが届けた手紙と写真では、幸せそうに笑うルイスとヴェロニカ、そして彼女の家族がソフィアに手を振っていた。

 

 

ソフィアは明日、午前中にハーマイオニーの家に遊びに行き、そのまま騎士団に連れられグリモールド・プレイス12番地にある不死鳥の騎士団本部で過ごしホグワーツに向かう事になっている。

ルイスとはホグワーツでの日々が始まってしまえばお互いの目的のために会話することもままならないだろう。

とくにドラコの父が死喰い人として逮捕されてしまったのだ、ドラコの精神の安定のために彼はそばにいる事を望むだろう。

 

ソフィアはそれをもう嘆き悲しむ事はなく一年生の頃と比べれば心身共に成長したが、かと言って寂しさが無いわけではない。ルイスと何の憂いもなく過ごせる唯一の時間をもっと一緒に過ごしたかったが、なかなか願いは叶わなかった。

 

 

「……あの人なんて、早くいなくなればいいのに…」

 

 

ベッドの上で寝転んでいたソフィアはぽつりと呟いたが、すぐに唇を噛み顔を手で覆い深いため息を吐いた。

あの人──ヴォルデモートがいる限り平穏は訪れない。誰もが彼の失脚を──死を──求めている。しかし、それが出来るのはダンブルドアではなく、ハリーだと知っているソフィアは複雑な思いだった。

ヴォルデモートを倒すのは予言の子、ハリー・ポッターだ。しかし、彼にどんなに悪人だとしても人殺しをさせるなんて、本当にそれが正しい事なのだろうか。

 

 

ソフィアは体を起こすと隣で丸まって寝ているティティの柔らかな体を撫で、明日からの用意をするためにベッドの下からトランクケースを引っ張り出し、服や化粧品などを詰め込み始めた。

 

 

 

次の日の朝、ソフィアは大きなトランクケースを転がしながらホグズミード村にある3本の箒へと向かい、マダム・ロスメルタに暖炉を借りてダイアゴン横丁まで移動した。

勿論子ども1人では怪訝な目で見られてしまうため、隣には大人の男性に変身したティティが居る。その目を引く白髪はかなり目立ってしまうために今回は三角帽を目深にかぶっていて少々怪しい見た目でありティティの装いに胡散臭そうに見る魔法使いたちも、そばにソフィアがいれば怪しい人がいると通報する事はない。

子ども連れの死喰い人なんて、いないだろうというのが一般的な考えだろう。

 

夏休みだというのにやはりダイアゴン横丁はホグズミード村と同じく閑散としていて、去年までは開いていた店のいくつかが閉まっている。シャッター街のようになってしまった寂しさを感じながら、グリンゴッツに向かう。まだホグワーツから教科書リストは届いていないが、そろそろ送られてくるはずだ。時間のある内にまとまった金を下ろさなければならない。

 

 

ハーマイオニーとの約束の時間には、あと2時間はある。時間的に余裕はたっぷりあるはずだ。

 

ソフィアはそう思ったが、グリンゴッツの近くまで来て目の前の光景に唖然と口を開いた。

 

 

「な、なにこれ……」

 

 

グリンゴッツの開店まで、あと15分程だろう。それにも関わらずしまったシャッターの前には沢山の魔法使いや魔女が押しかけ、列を作っていたのだ。

呆然としながらもソフィアはその列の後ろに並び、目の前にいる高齢の魔女に「おはようございます」と声をかけた。

 

 

「ああ、おはよう。お嬢ちゃん1人──では無いようだね。どうしたんだい?」

 

 

魔女は誰に話しかけられたのかと警戒していたが、それが子どもだとわかるとすぐに警戒を解いた。そばにいるティティを見て子ども1人では無いとわかるとどうしたのかと優しく首を傾げる。

 

 

「あの…どうしてこんなに混んでいるんですか?」

「ああ……小鬼が警戒措置を取っていてね、金を下ろすのにかなり時間がかかるんだよ。大体5時間くらいだねぇ」

「えっ!?そ、そんなに?──どうしましょう、待ち合わせがあるのに…」

 

 

戸惑い困り顔のソフィアに、魔女は気の毒そうに、どうすることもできないとばかりに首を振った。

 

 

「まぁ、でも今から並べば……そうね、2.3時間で終わるかもしれないよ」

「そうですか……ありがとうございます……」

「大きなトランクケースだけど、これから旅行かい?」

「はい、それでお金をおろさなくちゃならなくて……」

「おやまあ、暇潰しするものはあるかね?」

 

 

ソフィアが困り顔で首を振ると魔女はにっこりと微笑み、手持ちの鞄の中から文庫本を取り出した。

 

 

「私のおすすめの本でね。お嬢ちゃんにプレゼントしよう。この出会いも何かの縁だからね」

「えっ?そんな──良いんですか?」

 

 

ソフィアは手に馴染む大きさのやや古い文庫本を見て申し訳なさそうに眉を下げる。古い本だが、持ち主の魔女が丁寧に扱っていたのだろう、少しも破れているところはなく布で作られたカバーもかけられている。一眼見て、かなり愛着を持っているものだと理解できた。

 

 

「ああ良いとも。私はもう内容を全て覚えているし、何よりその本は素晴らしいものだ、1人でも多くの人に読まれるのが私の願いなんだよ。──だから、もしお嬢ちゃんがその本を気に入って、満足いくまで読み切ったのなら、また誰かにプレゼントしてあげてくれないかい?」

「はい、私──大切に読みます、ありがとうございます!」

 

 

ソフィアは何度もお礼を言い、魔女は優しく笑うと列の前を向き鞄の中から編み棒を取り出し黙々と暇つぶしの編み物を始めた。

 

 

ソフィアは布のカバーを外し、そこに書かれているタイトルを読む。

 

 

──光と闇の落とし子

 

 

そう書かれたタイトルの表紙には、向かい合うようにして2人の子どもが描かれていた。ただのシルエットであり、その子どもがどんな表情をしているのかも、性別もわからない。ただ何となく──双子かもしれない。そうソフィアは思いながらカバーを付け直し、1ページ目を開いた。

 

 

 

ソフィアがグリンゴッツで金を下ろし終えたのは、ハーマイオニーとの約束の時間から30分は過ぎていた。

長い待ち時間の間は魔女から貰った本を読みそれほど苦痛に感じなかったが、まさか本当に2時間以上も待つ事になるとは思わず時計の針が進むにつれソフィアは焦れったそうに足踏みをし、人の列が早く無くならないかと首を伸ばしていたのだ。

 

銀行に入ってしまえばティティと離れるわけにもいかず、ハーマイオニーに遅刻を伝えられないもどかしさにソフィアは急いで待ち合わせ場所の漏れ鍋へ走る。

 

 

既にハーマイオニーは彼女の両親と心配そうに眉を寄せ漏れ鍋の店の前でソフィアの到着を待っていた。不安げに辺りを見回すハーマイオニーに、ソフィアは必死に手を振り「ハーマイオニー!」と叫ぶ。

 

 

「ソフィア!──遅いから心配したわ!」

 

 

ハーマイオニーはすぐにソフィアに気づくと駆け寄り、心配そうにソフィアの頭の上から爪先まで見る。ソフィアが時間を守らないなんて考えられず、まさか何かに巻き込まれたのではないかと気が気ではなかったのだ。

 

 

「ごめんなさい。グリンゴッツがとても混んでて……開店前から並んだのに、3時間近く待たされてしまったの……」

「えぇ!?そ、そんなに?──パパ、ママ…まだお金を変えてないわよね?」

 

 

ハーマイオニーは驚愕し、小声で後ろにいる両親に声をかける。

2人は顔を見合わせ困惑しながら頷いた。

 

 

「お久しぶりです。ごめんなさい、遅れてしまって……」

「いや、大丈夫だよ。それより参ったな……まさかそんなに銀行が混んでいるなんて……」

 

 

ハーマイオニーの両親はマグルであり、何度かダイアゴン横丁に足を運び少し慣れてきたとはいえ、今あまり彼らが出歩くのは褒められたことではない。魔法から身を守る術を持たず、善良な一般市民である彼らは勿論拳銃やナイフなんて持っていないのだ。

 

 

「あ──でも、両替だけならそれ程時間はかからないかもしれません。そちらの列はあまり並んでいなかったので」

「そうかい?なら──少し、様子を見てこよう」

「あなた、気をつけてね。アイスクリーム屋で待っているわ」

 

 

心配そうなグレンジャー夫人に見送られ、グレンジャー氏は背中を丸め他の魔法使いの目に止まらぬようこそこそと銀行へと向かった。

 

 

「じゃあ私たちは、行きましょうか。──あなたは、ソフィアの保護者かしら?」

 

 

グレンジャー夫人は今まで一言も話さなかったティティを見て首を傾げる。

ティティはつられるようにして首を傾げながらニコリと人当たりの良い笑顔を見せただけで何も言わなかった。

 

 

「あー…彼は、私のペットなんです」

「ペット……?」

 

 

ソフィアの言葉に彼女は困惑し、何度もソフィアとティティ──成人済み男性を見比べた。魔法界の常識では、ヒトを飼う事も当たり前なのだろうか。

 

 

「ティティ。元に戻っていいわよ」

「きゅ」

 

 

ティティは大きく頷き、ぶるりと体を震わせると軽い破裂音を出し、いつものようなフェネックの姿に戻った。地面には先程まで着ていた大きなローブがべしゃりと落ちてしまい、ソフィアはそれを拾いトランクの上に乗せながらティティを抱き上げる。

 

 

「変身が得意なんです!──ティティ、という名前です」

「まぁ…!凄いわね、まるでお伽噺に出てくるキツネみたいだわ!」

 

 

彼女は驚いたが納得したように頷き、白いティティの頭をそっと撫でた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーとグレンジャー夫人は客の少ないアイスクリーム店のテラス席に座り、時々グリンゴッツのある方向を見ながら美味しいチョコサンデーを食べていた。

幸運にもグレンジャー氏は──少しよれよれになりながらも──3人がチョコサンデーを食べ終わるまでには戻り、疲れたように笑いながら金の入った袋を少し掲げた。

 

 

「銀行の中は長蛇の列で、混乱しきっていたよ。いやはや、あの小鬼に見られるとどうも身がすくんでしまう──両替の方は人が少なくてね、すぐ終わったよ」

「ああ良かったわ!──さあ、ハーマイオニー、ソフィア?そろそろお家に戻りましょうか」

「うん、ママ」

「ハーマイオニーのお家、とっても楽しみだわ!」

 

 

グレンジャー氏がソフィアの大きなトランクを持ち、4人と1匹は太陽の高い内にグレンジャー家へと向かった。

 

 

ダイアゴン横丁を出て電車に4駅分乗り、さらにバスを使って到着したのは閑静な住宅街だった。

沢山の子どもが夏季休暇を楽しむように広い公園で遊んでいるのだろう平和な笑い声が聞こえる。もしもヴォルデモートが世界を闇に落としてしまったら──きっと、マグル界の平和もなくなるのだろう。魔法界の事を何も知らないマグルの平和が脅かされるなんてそんな事あってはならない。あの無邪気な表情で笑う子どもたちの顔が曇らぬよう、一刻も早くヴォルデモートを倒し、死喰い人達を捕らえければならない。

 

ソフィアは今この瞬間も任務につき動いているだろう不死鳥の騎士団員や闇払い達のことを考え、少し胸が苦しくなった。

 

 

 

昼食の準備ができるまで部屋で遊んでいなさい。というグレンジャー夫人の言葉にハーマイオニーとソフィアは頷き、2人はハーマイオニーの部屋へと向かった。

壁にある本棚にはたくさんの本が収まり、彼女の性格を現すかのようにキチンと分類わけされ整理整頓されている。

部屋にあるベッドシーツやカーテン、ソファなども落ち着いた大人っぽいものが多いが、可愛らしいぬいぐるみが数匹ベッドの上に乗っていた。

 

 

「これ、マグル界のお菓子なの。私は好きなんだけどどうかしら?」

「ありがとう!」

 

 

ベッドに座りながらハーマイオニーは近くにある棚を探り、緑色が鮮やかな箱を取り出す。嬉しそうにお礼を言ったソフィアは一つ受け取り、個別包装されている小さな包みを開けて「チョコレートね!」と目を輝かせた。

 

 

「──んっ!?」

「ミントチョコなの」

「んー……驚いたけど、美味しいわね」

 

 

外側は普通のビターチョコだったが、噛んだ途端中からどろりとしたゼリーが溢れ口の中を爽快なミントの味が駆け回った。予想外の味だったが甘すぎずスッキリとしていて後味も良い。人は選ぶかもしれないが不思議とクセになる味に、ソフィアはもう一つ包みを開いて口の中に入れた。

 

 

「それで?ハリーとのデートはどうだったの?」

「楽しかったわ!遊園地って、ハーマイオニーは行ったことある?」

「何回かパパとママと行ったわ。でも、2人ともジェットコースターが苦手だし、ホラーハウスは怖がって入れないしで……メリーゴーラウンドと観覧車ばっかり乗ってたわ」

 

 

ソフィアは目を輝かせ、頬を赤らめ当時のことを思い出しながらジェットコースターの素晴らしさを語り、あの動きをクィディッチに活かせないかと真剣にハーマイオニーに訪ねたが、クィディッチにあまり興味がないハーマイオニーは「うーん、わからないわ」とあっさりと言った。

 

 

「クィディッチといえば、ハリーは来学期からは選手に戻るでしょう?ソフィアは……どうするの?」

「あー……クィディッチが好きだし、やっぱり選手になれて嬉しいし今年もやりたいけれど──ハリーの能力と比べると全然だもの。きっとシーカーは降ろされるわね。補欠シーカーになるか、選考を受けるのなら、他のポジションになれるとは思うわ」

「そう……ロンもキーパーの選考を受けなおすのかしら」

「うーん…微妙ね。それは新しいキャプテンが決めると思うわ。もうアンジェリーナは卒業したし……」

 

 

そういえばそうだったとハーマイオニーはミントチョコを食べながら今のグリフィンドールチームのメンバーを考えた。

あの中で、次の世代を引っ張っていけるリーダー的役割が出来る選手となれば──。ちらり、とハーマイオニーはソフィアを見て、ソフィアはその視線の意味に気付き「多分、ハリーが新しいキャプテンね」と答える。

 

 

「そうね。私もそう思うわ。──うーん、今年もハリーとロンは絶対宿題をやらないわね」

「あはは……まぁ、その可能性は高いわね」

 

 

今年もハリーとロン、2人とも選手になるのならきっと宿題はまた白紙のまま提出日を迎える事となり、夜遅くに自分達に泣きつくのだろう。簡単に予想できてしまった未来にソフィアはくすくすと笑い、ハーマイオニーは「学生の本分を間違えてるわ!」と憤った。

 

 



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310 予想外の人!

 

 

その日の夜にリーマスとキングズリー・シャックルボルトがグレンジャー家を訪れ、グレンジャー夫妻にハーマイオニーの安全は充分に確保されている事、新年度の買い物リストが同封されている手紙が届いた後でまた連絡をすると伝えた。

別れを惜しむハーマイオニーとグレンジャー夫妻の姿を少し離れた場所でソフィアは見つめる。家族の別れの時に邪魔をするなんて無粋な真似はしたくなかった。──しかし、グレンジャー夫人は離れた場所にいるソフィアを手招きすると、抱きしめることは無かったが娘を見つめる優しい眼差しで「行ってらっしゃい」と送り出してくれたのだ。

 

 

「あの子をお願いね、ちょっと頭が硬いけれど──」

「もう、ママ!」

「──とっても良い子なの」

 

 

ハーマイオニーは恥ずかしそうに叫び、批難的な目で母親を見たが、グレンジャー夫人は全く気にしなかった。

 

 

「勿論です、1番の親友ですもの!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕に抱きつき明るい表情で笑う。ハーマイオニーは少し照れて挙動不審になったが、嬉しそうにはにかんだ。

それを見たグレンジャー夫妻は、本当にいい友達が出来たのだと嬉しそうにソフィアとハーマイオニーを見つめた。

 

 

ソフィアはリーマス。ハーマイオニーはキングズリーにより付き添い姿くらましをし、夜の街灯がぼんやりとひかるグリモールド・プレイス12番地の近くにある路地へとたどり着いた。

ハーマイオニーは付き添い姿くらましをしたのは初めてであり、無理矢理体を押さえつけられるような奇妙な感覚に気持ち悪そうに何度も頭を振った。

 

 

「大丈夫かな?これは慣れが必要だからね」

「え、ええ……大丈夫です、ありがとうございます」

 

 

ハーマイオニーはキングズリーにお礼を言うとよろめきながら立ち、久しぶりに訪れたグリモールド・プレイスにどこか不安げな顔をする。そんな表情になってしまうのも仕方がないだろう。玄関ホールにはあの狂ったように叫ぶシリウスの母君の肖像画があり、不死鳥の騎士団を心の中で裏切っているクリーチャーがいるのだ。──わくわくとした楽しみな気持ちではないのは、間違いない。

 

 

「私たちの後に続いて。──勿論、静かにするんだよ」

 

 

唇に人差し指を当て、「しーっ」と動作で伝えるリーマスにソフィアとハーマイオニーは頷き、杖を抜いて警戒しているリーマスとキングズリーに挟まれるようにして本部へ向かった。

 

深夜ではないとはいえ夜の闇は深く、街灯の光が差さないところに死喰い人や吸魂鬼が潜んでいてもおかしくはない、最大限の警戒をしながら4人はさっと本部の扉に続く階段を駆け上がり、先頭を歩いていたリーマスが杖先で扉を一度叩けば、中からカチッカチッと何度か重い金属音と鎖が擦れ合う音が響き、静かになった後で扉が開いた。

 

 

入るように視線で促されたソフィアとハーマイオニーはそれぞれ自分のペットを抱え直しこくりとひとつ頷く。そのままなるべく足音を立てぬように玄関ホールに入れば、キングズリーが杖を振り杖先に明かりを灯し向かうべき道を照らした。

家の中は初めて見た時のような埃はすっかり綺麗になくなり、ソフィアは意外な気持ちでルーモスの灯りに照らされている古い家具やシャンデリアを見た。クリーチャーが掃除をすることはないだろう。ならば、ここを住み良くするためにシリウスかモリーあたりが掃除したのだろうか?

 

 

「部屋は前の部屋と同じだ。先に荷物を置いてきなさい」

 

 

小声で囁いたリーマスに、ソフィアとハーマイオニーは頷きそろそろと階段を上がる。手すりも前回来た時は少々ベタついていたが、しっかりと磨き上げられていた。きっと窓にかかっている分厚いカーテンを外し朝に光を差し込ませれば、綺麗に輝くことだろう。

 

 

階段を上がり与えられた部屋の扉をそっと開ければ、ジニーがベッドの上で足を組み、つまらなさそうにクソ爆弾をお手玉のように投げているのが見えた。

 

 

「あっ!ソフィア、ハーマイオニー!やっとまともな話し相手が出来たわ!」

「久しぶりねジニー」

「元気だった?」

「勿論!」

 

 

ジニーはクソ爆弾を適当に部屋の隅に放り投げ──ソフィアとハーマイオニーはそれが爆発するのではないかと身構えた──すぐに2人に駆け寄り嬉しそうに笑う。

 

 

「いつからここにいたの?」

「ずーっと。夏休みが始まってすぐここに来たの。掃除もしなきゃだったし、それにここで暮らす方が安全だからね」

「確かにそうね…」

「もう毎日暇で暇で──それより、もうあの女には会った?」

 

 

ジニーは嫌そうに首を振り、大きくため息をつく。ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせた後首を振り、「まだ誰とも会ってないわ」と答えた。

 

 

「そう…多分そろそろ──」

 

 

ジニーが壁にかけられている時計を見てそれが9時を指していることに気づくと苦々しい表情で呟く。──しかし、全ての言葉を言い切る前に勢いよく扉が開いた。

 

 

「ジニー、寝る前の紅茶でもいかーがです── Riley !(まぁ!)

 

 

薄暗い室内にも関わらず、現れた人はキラキラと光り輝いているかのように見えソフィアは眩しそうに目を細め、ハーマイオニーは誰がいるのか分かると嫌そうに顔を歪めた。

 

 

「あなたは、ガブリエール、助けてくれたレディ!()リーとダンスパーティで、踊っていたですねー?あなたは、クラムと!」

「フラー・デラクール!うわぁ、久しぶりね!お元気かしら?」

「とーぜん!私は元気いーぱいですね!」

 

 

ソフィアはフラーの美しさに惚れ惚れとしながら、彼女の雰囲気が少し柔らかくなっていることに気付いた。三校対抗試合の時は緊張とプレッシャーを感じていたのだろうか、その表情は冷ややかであり少々艶やかで妖しく、威圧的だったが──今の彼女は嬉しそうに頬を赤く染めて笑い、高い位置で結い上げたポニーテールの美しい金髪を揺らす健康的な魅力があった。

 

言葉は翻訳魔法をかけられていないからか、彼女が話すにしては幼く、聞き取りにくいところもあるが、おそらくフランス語が共用語なのだろう。魔法に頼らず自分の力で英語を話そうとしているフラーのその態度を、ソフィアはとっても好ましく思った。

 

 

「なぜ、あなたがここにいるのかしら」

「あー。あなたの、お名前ーは?」

「ハーマイオニー・グレンジャーよ」

「オー。()ーマイオニー!何も聞いてないですか?私、ビルと婚約してます、今度結婚しまーす!勿論騎士団にも入りまーした!」

「えっ」

「うわー!そうなの?婚約おめでとう!フラーはすっごく魔法がうまかったもの、きっと騎士団の戦力になるわ!──ねぇフラー、ボーバトンではどんな魔法を教えてるの?フランス……よね?特別な魔法とかある?教えても良いものなら、知りたいわ!」

 

 

ハーマイオニーはビルとフラーが婚約したという衝撃で言葉を無くし当惑したようにジニーを見た。ジニーの表情からして、かなり歓迎していないらしい。

何と返そうか悩む前にソフィアは頬を染めフラーの手を握りぶんぶんと振りながら早口で話し目を輝かせる。

フラーはそんな反応が来るとは思わずキョトンとしていたが、すぐに美しく笑うと「特別に教えまーす!」と言い嬉しさを現すように何度もソフィアの頬にキスを落とした。

 

 

 

フラーは鈍い人間ではなく、人の悪意や善意に敏感である。幼き頃から人を魅了させてしまい、沢山の悪口をひそひそと言われたことが何度でもある。

 

しかし、フラーは強い人間だった。

 

美貌だけではない、それは武器の一つにすぎない。この顔を使わなくとも自分は役に立つ事ができる。──それを証明してみせる。

愛する人のため、フラーは翻訳魔法に頼る事なく英語を必死で学び、ビルに無理を言ってダンブルドアと面会の場を設けてもらって騎士団に入りたいことを伝え単身でここまでやってきたのだ。

この場で──いや、将来の義母と義妹からは好かれていないのはわかっている。だがそうだとしてもこちらだって譲れないものはあるのだ。

 

 

「ソフィア。さあ、下に行きますよ?」

「ええ、モリーさんもいるのよね?ご挨拶したいし……ハーマイオニーとジニーも行くわよね?」

 

 

ソフィアはなんの躊躇いもなく2人に聞いた。

そうしてようやく2人は思い出したのだ。ソフィアは魔法生物であれ、ゴーストであれ、嫌われているスリザリン生であれ、思いが伝わる存在ならば誰とでもおおむね仲良くできるし、好かれてしまうのだと。

 

 

「……ええ、行くわ」

「美味しい紅茶をいれてよね」

「まーかせなさーい!」

 

 

フラーにとってこの館で唯一自分に興味を持ってくれた──外見的な興味ではなく──事はなによりも嬉しいことだった。心が強いフラーでも連日邪険に扱われつんつんとした冷ややかな態度でしか接しられなければ、流石に疲れてしまうのだ。

 

フラーはソフィアと繋いだ手を離さず、ソフィアもとくに気にすることはなかった。──その手を悔しそうにハーマイオニーが睨んでいることに気付いたのはジニーだけだっただろう。

 

 

地下一階の厨房ではモリーとシリウスがリーマスとキングズリーと何やら話し込んでいたが、ソフィア達が降りてきたことに気付くとぴたりと口を閉ざした。

 

 

「まぁ!ソフィア、ハーマイオニーよく来たわね!」

「モリーさん、お久しぶりです」

 

 

モリーはすぐにソフィアとハーマイオニーに駆け寄り優しく抱きしめにっこりと笑った。

その後でちらりとフラーを見た瞳が冷ややかだったことに気付いたのは抱きしめられている2人を除いた全員だろう。大人達は数日経っても軟化しないモリーの態度に苦笑した。

 

 

「ソフィア、去年はハリーに最高の助言をありがとう。おかげでハリーは無事だった」

「いいえ、私だけじゃないわ。スネイプ先生は知らせてくれたし、ロンとハーマイオニーも何度も忠告していた。それに、多分……最終的にはシリウスからの両面鏡があったから落ち着いたのよ」

 

 

シリウスは改めてソフィアに礼を言ったが、ソフィアは自分1人の力ではないと首をふる。ソフィアの力が大きかったのは事実だろう。だが、それ以外の要素が何か一つでも欠けていたらきっとハリーは信じきれず神秘部に向かっていた。

 

 

「あー…シリウス?その、クリーチャーは……?」

 

 

ハーマイオニーが恐る恐るシリウスに聞けば、シリウスは苦い表情をして顎で天井をくいっと指した。

 

 

「今は天井裏だな。……あれからダンブルドアと話し合って、あいつにもう一度命令をし直した。『何があっても俺が許可するまでこの家を離れるな。俺とハリー・ポッターに関わる全てを不死鳥の騎士団員以外に知らせる事を禁じる』──ってな」

「まぁ…!」

 

 

打首になり剥製にされなかっただけマシなのだろうか。しかしその命令は、きっとクリーチャーには辛いものだろう。だが彼を自由にすれば不死鳥の騎士団の秘密が全てバレてしまう。これが最善策だとわかっているハーマイオニーはやるせなさにがっくりと肩を落とした。

 

 

「──じゃあ、私たちは帰るよ」

「ええ、ああ──リーマス、キングズリー、気をつけて!」

 

 

モリーは心配そうに言い、玄関ホールまで2人を見送りに行った。おそらく、彼らはこれからまた何かの任務に着くのだろう。

 

 

「ロンは──もう寝たのかしら?」

「ううん、起きてると思う。でもフラーにクィディッチの話ばっかりして鬱陶しかったから部屋に押し込んでるんだ。超くっつきガムで扉を開かないようにしてね」

 

 

ハーマイオニーはロンの姿が見えないことに残念そうにしたが、ジニーの言葉を聞いて一気に機嫌を悪くすると──誰だって好きな男の子が他の女の子に夢中になっている場面なんて知りたくないだろう──ぷいとそっぽを向いて近くにある椅子に座り足を組んだ。

 

 

「おー!そうでーした。紅茶!ですね?私の国では、コーヒー!……ですが、ここはあまり良い豆が売ってないのでーす。まずーいものしか。とっても残念!」

 

 

フランス人であるフラーはコーヒー──それもカフェ・オ・レを好んでいたが、イギリスではコーヒーよりも紅茶の文化であり、良い豆を購入しようと思うと専門店に行かなければならない。しかしその専門店もなかなかに数が少なく、フラーは手に入れる事ができずとても残念に思っていた。

 

ただ、趣向の問題であり、それだけなのだが──ジニーはそれを嫌味と捉えフラーにバレないように「げぇ、」と吐く真似をしてだるそうに頬杖をついていた。

 

 

1人だけるんるんとした気持ちで紅茶を淹れに行ったフラーが厨房の奥に消え、かちゃかちゃと微かな音が響く中ジニーはわざとらしく「あーあ!」と大袈裟に嘆いた。

 

 

「もう、何がコーヒーよ。どうせあっちの国とは違って良い豆のひとつもないバカ舌の残念な国よ!」

 

 

舌打ちしそうなほど粗暴に言ったジニーは恨めがましそうな目で厨房の奥を睨む。まさかジニーがフラーを嫌っているとは思わず、ソフィアは隣に座りながら「どうしてそこまで嫌ってるの?」と首を傾げた。

 

 

「すぐにわかるわ。あの女、私たちを馬鹿にしてるのよ!上から目線で!よそ者のくせに!何かとフランスでは、ボーバトンでは──って、そればっかり!」

「まあまあ、落ち着きなさい」

 

 

シリウスは苦笑してジニーをたしなめたが、ジニーは仏頂面のまま黙り込んだ。

 

 

「馬鹿にしてる訳では無いと思うけど…上から目線かしら?話し言葉に違和感があるのは、英語が母国語じゃないからで……慣れてないんじゃない?私だって、もしフラーの立場なら…フランス語なんて殆どわからないから、たどたどしくて変な文法にはなると思うわ。上から目線、というよりもまだ複雑な言葉を使えないんじゃない?」

「いいえ、私たちを下に見てるのよ、ちょっと美人だからって──」

「ジニー。ジニーは誰よりもキュートだわ。そんな可愛い口から、これから一緒に戦っていく仲間の悪口は聞きたく無いわ。それがどうしようもなくフラーが悪いのなら仕方がないけれど、言葉の壁のせいなら……そんなの悲しいもの」

 

 

ソフィアはジニーの美しい赤い髪を撫で、優しくゆっくりと告げる。

少なくともソフィアにはこの数分間のフラーの言葉が威圧的にも、自分達を馬鹿にしているようにも聞こえなかった。──ただ、たしかに少し言葉が足りないところがあるな、とは思ったが。

 

 

「他の国の言葉を話すのって、すごく難しいのよ。ねぇハーマイオニー?ビクトール・クラムだって、たどたどしくて、おかしな言葉を話している事があったわよね?」

「あー……そうね。間違った言葉を言うことも多かったわ」

「そうよね?それで、ハーマイオニーははじめクラムを嫌っていたでしょう?でも、交流して彼が想像とは違う人だってわかったから、今でも手紙のやりとりを続けているのよね?」

 

 

ハーマイオニーは確かにはじめ、クラムの事に好印象は持っていなかった。クィディッチの才能を持ちそれを鼻にかけファンに囲まれているが、常に何かに不満を持ちむっつりと不機嫌そうにしている人間だと思ったのだ。それに、あの学校は闇の魔術に力を入れていると聞いて──彼もそうなのだと思い込んでいた。しかし、図書館で意図せぬ交流をし、子どものようなたどたどしい言葉で必死に話しているクラムを見て第一印象とかなり違うことに驚き、そのまま彼の隠れた優しさや思いやりに気付き──今も手紙のやりとりは続いている。

 

 

「多分、フラーも同じよ。どうしてもファーストコンタクトが良くないとそれに引っ張られてしまうわ。けれど、言葉が足りないだけで本当は優しくて芯の強い人だっているのよ。フラーがフランスや、ボーバトンの話をするのは自分のことをもっと知って仲良くなって欲しいんじゃない?」

 

 

ソフィアは言葉が足りなすぎるセブルスや、気を引きたいばかりに間違った言葉を言ってしまう不器用なドラコを思い出しくすくすと笑う。まだジニーは膨れつらをしていたが、それでもソフィアの言葉を聞き──確かにそうかもしれない、と思い直した。

 

 

「……ま、少しだけあの女の言葉をよく聞いてみるわ」

「そうね、まだジニーとフラーの関係はスタートラインだもの。この後交流して、合わないのは仕方がないけれど、知らないうちに拒絶するのは勿体無いわ!折角外国の魔女と交流が出来るのに!」

「おまちどーさまです!紅茶とお菓子を持ってきましーた!」

 

 

ちょうどその時フラーがティーセットと茶菓子をトレイに乗せ、魔法でふわりと浮かせながら現れた。屈託のない明るい笑顔を見たジニーはつい「媚びるつもりなんだ」と思い鼻を鳴らしたが、ソフィアの片眉が上がったのを見て唇を尖らせるだけでその言葉を吐くことは無かった。

同時にモリーも見送りから戻り、フラーが紅茶を淹れている事に小さくため息をついたが──自分がすると言っても彼女は毎晩淹れたがるのだ──子ども達の手前何も言わずに空いている椅子に座った。

 

 

「ありがとうフラー。なんの紅茶なの?」

「あー……わかりませーん。まずいかもしれません」

 

 

眉を下げ困り顔でフラーが言えば、途端にモリーの眉がキュッと上がり、目はフラーを睨む。イギリスの家庭では好みの味にするため収穫時期の異なる茶葉を混ぜる事やスパイスを入れる事は珍しくない。おそらく、この茶葉はブレンドティーでありモリーが作ったウィーズリー家の味、なのだろう。

 

 

「あなたのお口には合わないかもしれないわね」

 

 

ジニーもこの茶葉をブレンドしたのがモリーであり、ウィーズリー家の味だとわかっていて嫌味っぽく言えば、フラーは「誰の口にも合わないかもしれませーん」と困ったように肩を上げた。

 

その言葉を聞いたジニーとモリーは顔を真っ赤にして口をへの字に曲げ「こんな女に家の味がわかるものか」と内心で毒付く。ハーマイオニーとシリウスも流石にフラーの言葉に賛同出来ず困り顔でちらちらとソフィアを見ていた。

 

ソフィアは何も言わず入れられた紅茶を一口飲み、そのまま受け皿に下ろすと「たしかに、少し渋みがでてるわね」と率直な意見を伝えた。

 

 

「フラー。あなたはこの紅茶をまずいかもしれない、と言ったけどそれはどうして?」

「それーは……。私、紅茶の淹れ方がわかりませーん。本を探しまーした、でも無い。見つかる無い──見つから、ないです。コーヒー淹れました。──違う、コーヒーのように、淹れました!それは出来まーす!──でも、何度淹れても……誰も笑いませーん」

 

 

フラーは自分で淹れた紅茶を飲み、悲しげに笑った。

 

 

「コーヒーと同じで、茶葉の種類がある。それは知ってまーす。でも、何の茶葉か……あー……種類、わかりませーん」

「誰の口にも合わないっていうのはどうして?」

「オー。それは、私の淹れ方がまずーいからです!きっと、上手に淹れるが出来ると、美味しいと思いまーす!茶葉の匂い、すっごくすっごく好きです!優しーくて、落ち着く匂いでーす!」

「そうね。多分フラーは淹れ方が間違えているわ。それにこの茶葉は……モリーさんのブレンドで、どこにも作り方が書いてない、お家のブレンドなの。その作り方を知っているのは──」

 

 

ソフィアはモリーに視線を向けた。

モリーは驚きぽかんとしたままフラーとソフィアの会話を聞いていたが、フラーのどこか必死なすがるような視線に──曖昧に笑い頷いた。

 

 

「ええ…この茶葉は、昔からウィーズリー家に伝わるブレンドなの。だから私しか美味しく淹れる方法は知らないわ」

「おー!素敵でーす!お家の味、よくわかります。私のママもブイヤベースのレシピ、ちょっと変えていまーした!」

「美味しく淹れるには、どうすればいいのかしら?」

 

 

ソフィアの悪戯っぽい視線を受けたモリーは言葉を詰まらせ──そして立ち上がり「入れ方を教えてあげるわ。来なさい、フラー」と彼女を呼んだ。フラーは衝撃を受けたような顔をしていたが、花が咲き誇るような1番の笑顔を見せ「嬉しい!はい、モリーさん!」とすぐに厨房へ向かうモリーを追いかけた。

──この家に来て、モリーから何かを教わるのは初めてだった。

 

 

厨房の方からフラーのご機嫌な鼻歌が聞こえる中、ソフィアはあまり美味しくない紅茶をまた一口飲み、ジニー達を見回し笑った。

 

 

「ほらね。フラーは言葉が足りないのよ。あの少ない言葉で伝わってると思ってるのね。ちゃんと聞き返せば良いの。少なくとも私は悪い人には思えないわ」

「……私、ちょっと様子見てくるわ。ママって怒りっぽいから」

 

 

ジニーは立ち上がり、モリーが「違う!──あー!待って!」と叫ぶ声を聞き、肩をすくめてすぐに厨房へ走っていった。

 

 

「……ソフィアって、相変わらず……なんていうか、本当に人の気持ちを読み取るのがうまいのね」

「ふふ、まぁそうじゃないとやってられないことが多かったもの。それに、フラーは三校対抗試合の時に妹を救われて本当に心から感謝していたわ。家族思いの人に悪い人はいない。──でしょう?」

 

 

シリウスはただその歳にしては大人びた考えをもつソフィアに感心していたが、ハーマイオニーはホグワーツでのソフィアとセブルスのやり取りを思い出し、納得して深く頷いた。

 

 

 



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311 はじめての嫉妬?

 

 

次の日からもソフィアはいつも通り過ごし、それによりここ数日──フラーが訪れてから──何日も屋敷の中にあった刺々しい雰囲気は幾分にも柔らかいものになった。

 

まだ言葉が足りないフラーにジニーとモリーは嫌そうな顔をしたが、あれから「つまりどういう事なの?」と、もう一度彼女に説明を求めるようになったのだ。

フラーも自分が持てる言葉で一生懸命どう思ったか、どうしたいのかを説明し──そのかいもあってフラーはモリーと食事の準備をするまでに成長した。

今までもフラーはモリーの手伝いをしたかったのだ。誰だって義理の母と仲良くしたいものだろう。しかし、手伝いたい気持ちが率先して屋敷中を動き回り勝手にモリーにとって予定にない行動をしてしまうフラーはモリーのストレスを溜めていたのだ。

挽回しようと頑張れば頑張るほど言葉が出ず、先に行動してしまい──結局悪循環になる泥沼にハマっていた。

モリーはそれでもビルとの結婚は早すぎると思っていたが、一生懸命なだけだと気づき、彼女の行動に悪意は無かったのだと理解し今ではおおむね肯定的に見るようになっていた。

 

 

「ソフィア!あなた髪型がかわいくないでーす!」

「そう、それで?」

「この髪型にすればとってもとってもキュート!」

「──つまり、今の髪型よりも、この髪型にすればもっと可愛いわよってことかしら?」

「そうとも言いまーす!」

 

 

フラーはソフィアよりも歳上だったが、ソフィアを姉のように慕い懐き、ニコニコと話しかけるようになった。ソフィアが来て、しっかりと話を聞いてくれるようになってから他の人たちの視線が変わっている事に、聡いフラーが気付かないわけがないのだ。

ただの物珍しい珍獣を見る目ではなく、フラー・デラクールとして見られるようになり、フラーは感謝してもしきれず暇さえあればソフィアにべったりとくっつき、その細く美しい手で毎日──いや、1日何度も髪を結っていた。

 

 

そんな中、面白くないのはハーマイオニーである。

彼女もフラーが悪い人では無い。一生懸命なあまり少しやりすぎているだけだ。と分かっているがこうもソフィアは独占されてしまい──フラーの言葉を噛み砕き理解するためにはソフィアが必要なのだ──ロンはフラーの色香にメロメロ状態であり……日に日に言葉が少なくなり、苛々と何度も読んだ教科書を読み直していた。

 

フラーに髪を結われていたソフィアは自分では出来ない綺麗で複雑な編み込みに感心しつつ、ふと部屋の奥にあるソファに座り込み黙々と本を読むハーマイオニーを見た。

 

 

「ソフィア、紅茶いりませーんか?」

「今はいいわ、ありがとう」

「何ということでしょう!」

「それは──多分、言葉が間違ってるわね」

「オゥ……難しいでーす」

 

 

フラーは少し肩をすくめたがすぐににっこりと笑い「今日はモリーさんがクッキーのレシピを教えまーす!私、行ってきまーす!」と元気にモリーを探しに行ってしまった。2年前見せていた雰囲気はちっともなく、そこにいるのはただの一生懸命な女性であり、ソフィアはなんだか微笑ましく思いながらハーマイオニーの元へ向かい、呼んでいる本を覗き込んだ。

 

 

「復習してるの?」

「ええ。──フラー、どこかに行った?」

「モリーさんとクッキーを作るんですって、楽しみね」

「……そうね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの隣に座り彼女のぎこちなく浮かない顔を見ながら、とん、と肩に頭を乗せた。

 

 

「ソフィア?」

「フラーは元気で、みんなと仲良くするために必死なの」

「……そうみたいね」

「私もみんなが仲良くなるのは嬉しいけど……ふふ、少し疲れちゃったみたい。ハーマイオニーの側は落ち着くから、一休みしてもいいかしら?」

 

 

ソフィアの悪戯っぽい囁きに、ハーマイオニーはぱっと表情を明るくさせると「勿論よ!」と嬉しそうに言う。ここ数日フラーがソフィアを独占していて、ゆっくり話す機会も無く少々つまらなく──寂しく感じていたのだ。

 

 

「そういえば、午後からまた掃除だって」

「そう……もうかなり綺麗だと思うけど…。外にも出られないし、やることも多くないもの…」

 

 

本部の清掃はほぼ終わっている。去年まではとんでもなく汚れ、埃が積もり蜘蛛の巣が膜のようになっていたが、1年間暇だったシリウスがハリーに心地よく過ごしてもらうためにせっせと清掃していたのだ。

モリー達が来てからは趣味の悪い皿やブラック家の家紋入りの箪笥などは廃棄し新しく買い直し、ぶよぶよになっていた床板を貼り、フラーが来ると家の中のところどころに可愛らしい花が生けられるようになった。

 

玄関ホールも綺麗に片付けたかったが、あまり物音を立てるとまたシリウスの亡き母の肖像画が怒り狂い叫ぶため簡単にしか掃除できず──この場所だけが元のブラック家の名残があった。

 

 

「私、早く来年度の教科書を買いに行って予習をしたいわ」

「そうよね……また沢山の授業が待ってるわけだし…」

 

 

優等生であり、勉強する事が苦ではないソフィアとハーマイオニーは早く来年度の教科書リストが届かないかと日々心待ちにしていた。ただでさえ普通の生徒よりも選択している科目が多いのだ。今年は大きなテストは無いとはいえ、早めに予習をしなければ間に合わないだろう。

 

 

もうすぐ夏休みの折り返し地点であり、本部で過ごす事に飽き始めていたソフィアとハーマイオニーは同時にため息をこぼし、顔を見合わせ少し笑った。

 

 

「ロンとジニーは?」

「さっき、ロンの部屋でチェスをしていたわ」

「そう……よし、せめてここにいる間に一度くらいロンを負かしてみせるわ!」

 

 

ソフィアは決意を込めてそういうとぴょんと立ち上がりハーマイオニーの腕を引いた。

 

 

 

 

 

「明日の朝、ハリーがここに来るようだ」

「本当!?やった!」

 

 

その日の夕食時、いつもより上機嫌なシリウスがワインを飲みながら嬉しそうに報告すれば、すぐにロンが嬉しげな声を上げ、意気揚々とミートポテトパイに齧り付いた。

 

フレッドとジョージが仕事を始め家を出てから、ロンの遊び相手はジニーただ1人になってしまった。ジニーは渋々得意ではない魔法チェスに付き合っていたが、それもソフィアとハーマイオニーが来ればジニーは2人と遊ぶようになりロンはかなり暇だったのだ。

ロンが誘う遊びといえば、もっぱら魔法チェスであり、ソフィアは1日に数回ロンと魔法チェスをしたがまだ一度も勝てたことはなかった。

 

 

「ああ、部屋は前回と同じでロンと同室だから、食事が終わったらある程度片付けておくように」

「うん、わかった!」

 

 

ロンが今使っている部屋はおもちゃや出しっ放しの服で溢れ、ハリーが寝るはずのベッドの上を占領していた。モリーに何度「片付けなさい」と言われても面倒臭そうに頷くだけだったロンの素直な言葉を聞き、モリーは苦笑をこぼす。

 

 

「リーマスかキングズリーが連れてくるの?」

 

 

ソフィアは自分の時に連れてきてくれた2人を思い出し首を傾げる。しかしシリウスは溌剌とした笑顔を見せると大きな骨つき肉を食べながら首を振った。

 

 

「いや、連れてくるのはダンブルドアだ。これ以上ない安全策さ。一つも心配することは無い。なんでも──少し用事があるようだ」

「ダンブルドア先生が?それなら安全ね!」

 

 

ソフィアはほっと胸を撫で下ろすとバタービールを飲み笑う。ヴォルデモートが唯一手を出さないのがダンブルドアだけであり、彼が共にいるのならハリーの無事は確約されているようなものだろう。

 

 

ロンは夕食をすぐに食べ終わると、いつもならちらちらとフラーを見て魔法チェスに誘うのだが、今回ばかりはすぐに部屋に戻り片付けを始めたのだった。

 

 

朝にはハリーもここにやってくる。明日は早起きしてハリーを迎えよう──そう思ったソフィア達はいつもならだらだらと日付が変わる頃までリビングで時間を潰していたが、今日ばかりは早く就寝した。

 

翌朝6時過ぎに起きたソフィアとハーマイオニーとジニーはぱっちりと目を覚ましすぐに服を着替えると厨房へと向かう。モリーもハリーの訪れを心待ちにしているのか、既に朝食のいい匂いが厨房から隣にある広間兼リビングへと漂っていた。

 

 

「あら、おはようみんな」

「おはようママ」

「おはようございます、モリーさん」

 

 

朝食を作っていたモリーにそれぞれ挨拶し、空いている椅子に座る。モリーがソーセージを焼いている間に、フラーが鼻歌を歌いながら紅茶の用意を始めた。

ウィーズリー家ブレンドの紅茶の淹れ方を教わってから、日に一度は必ずフラーが紅茶を淹れていた。フラーの淹れた紅茶なら多少味が悪くとも喜んで飲むロンとは違い、ジニーとモリーは上手く淹れていなければ苦情と改善点を言い半分は残していたが、フラーは全く気にせず美味しい紅茶を淹れるべく奮闘中だ。

 

フラーが人数分の紅茶を入れ終わった頃、ロンが目を擦り眠たそうに大あくびをこぼしながらリビングへと現れた。たまたま近くにいたフラーを予期せぬ状態で目撃してしまったロンは跳び上がり、一気に頬を染め上擦った声で「お、はよう」と挨拶をする。

 

 

「おはようございまーす、ロン。いいタイミングですねー。紅茶が出来上がりました!」

 

 

ニコニコと笑うフラーに、ロンはドキドキと胸を高鳴らせながらハーマイオニーの隣に座り、フラーが淹れた紅茶の匂いを嗅ぎ幸せそうな顔でフラーをチラチラと盗み見た。隣にいるハーマイオニーは今日は何だか少し濃い──それでも飲めないほどではない──紅茶を飲みつつ、相変わらずデレデレしているロンに眉を寄せフンと鼻を鳴らした。

 

 

エッグベネディクトや山盛りのサラダ、ソーセージにオートミール、カットされたフルーツが並べられ、ソフィア達は好きなものを好きなだけ自分の皿に取り、楽しげな朝食を始めた。

 

 

「ハリー、いつくるのかなぁ」

「さあ、昼前までにはくるんじゃないかしら?」

 

 

ソーセージを食べながらロンが何気なく聞き、ソフィアは昨夜のシリウスの言葉を思い出しながらリンゴを齧る。ダンブルドアとの用事がどれほどかかるのかはわからないが、遅くても昼までには来るだろう。

 

 

「ああ、ハリーなら昨日の夜遅くに来ましたよ。ロン、気がつかなかったの?ベッドに膨らみがあったでしょう?」

「えっ!?全然気付かなかったや!」

 

 

ロンは目を丸くして「おっどろきー!」と嬉しげに叫ぶ。寝起きがあまり良くないロンは、フラフラとした思考で目を擦りながら部屋を出ていたため、隣のベッドにハリーが丸まって寝ていたことに全く気が付かなかったのだ。

 

 

「すっごく早く到着したのね」

「ええ、予定よりかなり早くて驚いたわ!用事が凄くスムーズに終わったってダンブルドアは仰ってたわね。また痩せてて──フラー、今日ポットを温めるのを忘れたわね」

 

 

フラーが淹れた紅茶を飲み、片眉を上げたモリーがフラーに言えば、フラーははっとして口をトレイで隠しながら「うっかーり…」と申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 

「早く起こしに行こうぜ!」

「ロン、ハリーは昨日夜遅かったのよ?もう少し寝かせてあげなさいな。後で部屋にハリーの朝食を持っていきますからね」

「……ちぇ。わかったよ」

 

 

ロンは椅子から浮かしかけていた腰を下ろし、つまらなさそうに口を尖らせパンを食べる。

しかしモリーがジャムを取りに背を向けた瞬間、ソフィアとハーマイオニーとジニーに向かって企み顔でニヤリと笑ったのだ。──起こしに行こう。と、ロンの目は多弁に語っていた。

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーとジニーはほぼ同時に朝食を食べ終わると視線を合わせすぐにハリーが寝ている部屋へ向かった。

嬉しさのあまりロンが勢いよく扉を開け放ち大きな音が部屋の中に響く。黒く分厚いカーテンが閉められ薄暗い部屋の中でも一台のベッドの上にある布団をすっぽりと被ったものがもぞもぞと動くのが見えた。

すぐにハーマイオニーとジニーがカーテンを開け、太陽の刺すような光を室内に呼び込む。

 

 

「ゔ──どうしたんだ?」

 

 

ハリーは太陽の光から逃れるように片手で目を覆い、ベッドの上を弄って眼鏡を探した。熟睡していたハリーはいきなりの事で何が起こったか分からず、霞む視界を瞬かせる。

 

 

「ふふっ──おはようハリー」

 

 

ソフィアはベッドに腰掛け、眉を寄せ目を瞬かせるハリーに声をかけた。まだハリーの視界は霞んでいたが、「ソ、ソフィア?」と声のした方に顔を向ける。

 

 

「一体、何が──」

「きみがもうここにいるなんて、僕たち知らなかったぜ!」

 

 

ロンは興奮しながらハリーの頭を勢いよくばしりと叩いた。がくん、とハリーの頭が呻き声と共に揺れ、ソフィアが「もう!強く叩いちゃダメよ!」と慌ててハリーの肩を支えた。

 

 

「元気か?」

 

 

ロンはちっとも悪びれず、ニヤニヤと笑ったままハリーを見下ろす。ハリーは叩かれ鈍く痛む頭を押さえながらふらりとソフィアの膝元へ倒れた。

 

 

「最高さ」

 

 

まだ寝足りないハリーは、なんだか先ほどより少し硬い枕だな──とぼんやりと思いながら呟く。しかしハリーが倒れ込んだ先は枕ではなく、ソフィアの脚の上であり、ロンは微妙そうな顔をして「そりゃそうだろうな」と頷く。

 

 

「ハリー、あなた寝ぼけてる?」

「んん?──あっ、ご、ごめん!」

 

 

柔らかく髪を撫でられ、ハリーはくすぐったさを感じながら顔を動かし、自分を覗き込むソフィアを見て初めて膝枕をされていたことに気付くと慌てて体を起こした。──起こした後で、勿体ない事をしたと思ったが、ソフィアと2人きりならともかく、他の人がいる前で子どもが甘えるように膝枕を再びせがむことはできなかった。

 

 

「いつ来たんだ?ママがたった今教えてくれた!」

「今朝1時ごろだったな」

「マグルの奴ら大丈夫だったか?ちゃんと扱ってくれたか?」

「いつも通りさ」

 

 

そう言う間にロンは自分のベッドに腰掛け、ハーマイオニーはその隣にちょこんと座った。ジニーは空いている椅子に座り、ハリーを少し心配そうな目で見つめる。

 

 

「連中、ほとんど気にしなかった。僕はその方がいいんだけどね。みんな元気だった?」

「まあまあさ」

「ええ、元気よ」

「暇すぎて疲れたくらい」

「そうね、こっちも変わりはないわ。シリウスとはもう会ったの?」

「うん、ここに着いた時に」

 

 

先にソフィア達がここに到着していることはダンブルドアから聞いていたが、実際彼らを目にして元気な様子を見ると、ハリーは「みんな元気で良かった」と大きな欠伸を交えながら頷く。

 

 

「いま何時?朝食を食べ損ねたのかなぁ?」

「今は7時くらいね」

「心配するなよ。ママがお盆を運んでくるから。君が十分食ってないって思ってるのさ。──それで、どうしてたんだ?」

「別に。あの家では動きが取れないから。ソフィアと一度遊びに行ったきりさ」

「嘘つけ!ダンブルドアと一緒に出かけたんだろ?」

 

 

ハリーは夏休みの間、始まってすぐにソフィアと一度デートした時に外出しただけであり、それからは一歩もダーズリー家から出ていなかった。

しかしロンはハリーがダンブルドアと出掛けたことを秘密にしているのだと思い、すぐに身を乗り出し「何してたんだ?」と期待と興奮を滲ませ問いかけた。

 

 

「そんなに楽しいものじゃなかったよ。ダンブルドアは昔の先生を引退生活から引き摺り出すのを僕に手伝って欲しかっただけさ。名前はホラス・スラグホーン」

「何だ。てっきり死喰い人を探しに行ったりしてたのかと思った」

 

 

ロンはハリーからのドキドキし手に汗滲む冒険を聞く事を期待していたが、ただの勧誘だと分かるとつまらなさそうに肩を落とした。

しかしソフィアは「ホラス・スラグホーン?」とハリーが今告げた名前を繰り返し、不思議そうに首を傾げる。

 

 

「私、その人の名前を聞いたことがあるわ。いつだったかしら……たしか、ジャックが──」

「その時の先生だったんだと思う。僕の母さんのことも知ってたし。スリザリンの寮監だったって言ってた」

「ああ!そうよ、確か私──むかーし、孤児院で暮らしていた時に、スラグホーンさんに会ったことがあるわ」

 

 

ソフィアは昔の記憶を引き出し、懐かしげに目を細める。

まだ幼く、母の事を何も知らなかった時。確かにジャックは自分とルイスにスラグホーンを紹介し、スラグホーンは自分達を見て──何故か傷付いた目をして瞳を揺らせていた。その時の会話の詳細までは覚えていないが、きっとスラグホーンはソフィアとルイスの母親が誰なのかを知っていたのだろう。当時の寮監であったなら、母親(アリッサ)と交流があってもおかしくはない。──それに、学生時代の時に兄であるリュカを妊娠していたのなら、間違いなく寮監はそれを知っていたはずだ。

 

 

「それで?どんな人なの?いい先生みたいだった?」

「うーん、ちょっとセイウチに似てる。いい先生かはわからないな」

 

 

ハーマイオニーの言葉にハリーは首を傾げた。おそらく悪人ではないだろうが、何となく彼を好きになることは無いな、とハリーはぼんやりと思っていた。──スラグホーンは個人の才能を見出す才能があるが、その才能達をコレクションのように収集し自慢する事が趣味であるのだ。正直、微妙な人だと思っていた。

 

 

「まぁ、アンブリッジ以下はありえないだろ?」

「たしかに、そうかもね」

 

 

ジニーは神妙な顔で頷いていたが階段を上がるかすかな足音に気付くと嫌そうに顔を顰めため息をつく。

 

 

「アンブリッジレベルの余計な事をする女なら知ってるわ」

「まだそんな事を言ってるのかジニー?ほんの5秒でいいから、あの人を放っておけないのか?」

「あんたがあの女にメロメロなことぐらい、みんな知ってるわ」

 

 

ハリーは女の人と言われてモリーのことかと思っていたが、どうもジニーとロンの会話を聞くとおかしい。少なくともロンは母親に対してメロメロでは無いだろう。いったい誰のことを言っているのか、とハリーは首を傾げ、苦笑しているソフィアを見た。

 

 

「いったい、誰のことを──」

 

 

ハリーの質問が終わらないうちに答えが目の前に現れた。

部屋の扉がパッと開き、満面の笑みを浮かべ朝食がどっさり載った盆を持ちフラーが現れたのだ。

 

 

()リー!お久しぶーりね!」

 

 

フラーは美しいハスキーな声で言い、さっと部屋の中に入ってくる。その後ろから呆れた目をしたモリーが続き、大きなため息をつきながらロン達を見回した。

 

 

「もう少しハリーを寝かせてあげなさいって言ったでしょう?それに、フラー!あなたがお盆を持って上がる必要はなかったのよ。私がそうするところだったのに!」

「なんでもありませーん!」

「フラー、そういう時は──」

 

 

フラーの少し意味合いを間違えている言葉をソフィアが「私にやらせてください、よ」と言い切る前にフラーはハリーの膝の上に盆を置き、そのままふわりと屈んでハリーの両頬にキスをした。いきなりの事にハリーは拒否することも出来ず、あまりのフラーの美しさに頬を赤く染める。

ソフィアは一瞬息を飲み──さすがに、言葉を無くした。

ソフィアだって今まで何度も親愛の意味を込めたキスを友達にした事がある。しかし、それもハリーと付き合うようになってから家族間やハーマイオニーだけに止めていた。親愛のキスだと分かっていても、なんとなく胸の奥がもやりとしてしまい、そう感じた自分に戸惑っていたのだ。

きっとフラーがしたのが一度だけのキスなら、ハリーが頬を染めなければ何とも思わなかっただろう。

それは、ソフィアが初めて恋愛の意味で明確に感じた嫉妬だった。

 

 

「私、この人に会いたかったでーす!私のシスターのガブリエール、あなた、覚えてますか?あの子、いつも話してまーす、また会えると、きっと喜びまーす!」

「あ……あの子もここにいるの?」

「いえ、いーえ、おばかさーん。来年の夏でーす、その時私たち──ソフィア?どうしまーした?」

 

 

フラーはソフィアの浮かない表情に気付き、すぐに心配そうにソフィアの前にしゃがみ込んだ。

何と言えばいいのかわからず言葉を探して言い淀むソフィアの代わりに、ジニーが腕組みをしてじとりとフラーを睨み口を開いた。

 

 

「誰だって恋人を魅了されたら嫌な気持ちになるわよ」

「僕、魅了されてなんか──」

「オー!本当でーすか?ソフィアとハリーは恋人?とーっても素敵でーす!」

 

 

ハリーはすぐに否定しようとしたがフラーの歓声によりかき消されしまった。

ソフィアに誤解されるのは嫌だったが、ソフィアもフラーと同様親しいものにはキスをする。とくに気にはしていないだろうとハリーは思っていたが、ソフィアのやや硬い笑顔を見て自分の思い違いなのだと理解し──何故か心の奥が疼くほど嬉しかった。

 

 

「あ、ありがとうフラー」

「ごめんなさーい!私、もうハリーにキスしませーん!ふりだけにしまーす!」

「そうしてもらえると、嬉しいわ」

 

 

ぎこちなくソフィアは笑い、フラーの頬に顔を寄せ舌を鳴らしキスのふりをした。ソフィアが怒っていないとわかるとフラーは母国語で「ありがとう」と言い、ソフィアの頬にキスのふりを返した。

 

 

「ハリー。私たちの結婚式にぜひソフィアと来てくださーい!来年、ビルと結婚するんでーす!」

「そうなんだ、おめでとう!」

 

 

ハリーは何故フラーがここに居るのか不思議でならなかったが、それなら納得だと頷く。結婚の報告を祝福された事が嬉しく、フラーはまた身をハリーの頬に顔を寄せかけたが途中で止まると、にこにこと笑い「私も、ありがとうでーす!」と言った。

 

 

「ビルはいま、とーても忙しいです、ハードに働いてまーす!そして、私グリンゴッツでパートタイムで働いてまーす。英語のために。それで、私ここで役に立ちたい、そうダンブルドアに言いまーした!騎士団になりまーした。家族を知るためにも、良かったでーす。あなたがここに来ると知って、とーても嬉しいでした!じゃ、朝食を楽しんでねハリー!」

 

 

そう言い終わるとフラーは優雅に動きを変え──高く結んだ長いポニーテールが近くにいたジニーの顔を掠め、ジニーは鬱陶しげに手で払った──ふわりと浮かぶように部屋を出ていき静かに扉を閉めた。

 

 

「ね、余計な事ばかりするでしょ?ママはそれを嫌ってるの」

「もう少し落ち着いたらいいと思うだけよ!」

 

 

モリーがため息混じりで肩を落とす。フレッドとジョージが居ない今、フラーだけがかなり騒がしく予期せぬトラブルを起こしやすいのは事実であり辟易としていたのだ。

 

 

「それに、2人の婚約は早すぎるわ。もう少し仲を深めてからでもいいのに…」

「知り合ってもう一年だぜ?」

 

 

ロンはフラーの色香に当てられ、妙にふらふらとしながら閉じた扉を見て呟く。あんな美しい人が親戚に──自分の義理の姉になるなんて最高だと喜んでいるが、モリーとジニーとハーマイオニーは白い目でロンを見ていた。

 

 

「それじゃ長いとは言い切れません!どうしてそうなったか、勿論わかってます。例のあの人が戻ってきていろいろ不安になってるからだわ。明日にも死んでしまうかもしれないと思って。だから普通なら時間をかけるようなことも決断を急ぐの。前にあの人が強力だったときも同じだったわ。あっちでもそっちでも、そこらじゅうで駆け落ちして──」

「ママとパパも含めてね」

「そうよ、まあ、お父さまと私は、お互いにぴったりでしたもの。待つ意味がないでしょう?」

 

 

悪戯っぽく言ったジニーに、モリーは少し頬を染め口の奥でもごもごと呟く。

そういえば、とソフィアはふと両親のことを考えた。何故2人があれ程結婚が早かったのか不思議だったが、その時代ゆえだったのか。確かにハリーの両親も彼の年齢を考えれば卒業してすぐ結婚していたようだし──誰もが大切な人の側にいたいと望む時代だったのだろう。

 

 

「せめて後2年はお互いを知るべきだと思うの。……さあ、もう行かなくちゃ。ハリー、暖かいうちに食べるのよ」

 

 

モリーは悩み疲れたような様子で部屋を出ていった。ロンはまだフラーの色香に当てられ頭がふらつくのか、水を被った犬のように頭を振り、こつこつと拳で叩いていた。

 

 

「同じ家にいたら、あの人に慣れるんじゃないのか?」

「ああ、そうさ。だけどあんな風に突然飛び出してこられると……」

「救いようがないわ」

 

 

ハーマイオニーはフラーに魅了されてしまうロンに腹を立て、ツンと唇を尖らせ不機嫌に立ち上がるとロンからできるだけ離れた壁際までいき、壁に背を預け腕を組んだ。

 

 

「フラーはヴィーラの血を受け継いでいるもの。ハグリッドが大きさを変えられないように、フラーもその力を制御する事は難しいのよ」

 

 

フラーの人を──特に男性を──魅了してしまう力は仕方がないのだと苦笑するソフィアに、ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らすと、彼女にしては意地悪げな顔で笑った。

 

 

「あらソフィア。あなたフラーがハリーに何度もキスしたとき、流石に嫌そうだったじゃない?」

「そ──それは……だって……何回もしてたし、ハリーも嬉しそうだったし…」

 

 

気まずそうな顔で呟いたソフィアはハリーを見る事なく自分の足の上に置いた手を見つめ、いじいじと意味もなく指先を動かす。

ジニーとロンのニヤニヤとした視線に気付くと、ソフィアは誤魔化すように「バックビークに朝ごはんを上げてくるわ!」と言って立ち上がった。

 

 

「ソフィア。僕が1番嬉しいのは、きみにキスされた時だよ」

 

 

ハリーは扉に手をかけたソフィアの後ろ姿に向かってそう言った。ロンは口笛を吹き、ジニーは足を踏み鳴らし茶目っ気たっぷりの野次を飛ばしつつハリーとソフィアをからかう。

 

取手を待っていたソフィアは振り返ると、照れたようにハリーに笑いかけすっかり機嫌を戻して部屋から出て行った。

 

残されたハリーは何だか不思議と満足した気持ちになりながらまだ暖かいスクランブルエッグを食べる。

いつも冷静で余裕があるソフィアが嫉妬していた。それ知る事ができたのはフラーのおかげでもあり、ジニー達が散々迷惑している余計なことは、()()()()()()()()そうではなかったようだ。

 

 

 



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312 ドキドキの成績表!

 

 

ソフィアがシリウスと共にバックビークに餌の大きな鶏肉をバケツ2つ分与えていると、血相を変えたハーマイオニーが飛び込んで来た。

 

 

「ソフィア!大変よ!」

「どうしたんだ?」

「何があったの?」

 

 

あまりのハーマイオニーの狼狽っぷりと顔色の悪さに敵の襲来か、クリーチャーが──考え難いが──再び消えたのか。そうソフィアとシリウスは思いすぐに震えるハーマイオニーに駆け寄った。

 

 

「OWLの結果が今日届くって、ハリーが今教えてくれて!ああ、どうしましょう!絶対落ちたわ!」

「……」

「お、落ち着いてハーマイオニー…」

 

 

泣きそうなほど狼狽えるハーマイオニーに、彼女にとっては一大事でもシリウスとソフィアにとってはそうではなく、安心したような拍子抜けしたような気持ちになりながらソフィアはハーマイオニーの震える背中を撫で、シリウスはバケツに残っていた鶏肉をバックビークに放り投げた。

 

 

「きみはかなり優秀だと聞いているが?」

 

 

バックビークはシリウスが投げた鶏肉を見事空中でキャッチし、骨ごとバリバリと食べる。その音すら恐ろしいというようにぶるぶると体を震わせたハーマイオニーは「だってあまりよくなかったもの!一つ重大な誤訳をしたし、変身術もよく考えればそれほど──」と半ばパニックになりながら手で顔を覆った。

 

 

「落ち着くために紅茶でも飲みましょう?ね?──シリウス、後は任せたわ」

「ああ、行ってこい」

 

 

シリウスはそういえば学生時代、ハーマイオニーのように試験が終わってもパニックになる生徒が多かったと懐かしみながら苦笑し頷いた。

 

 

ハーマイオニーはソフィアに支えられ厨房へ向かったが、扉を開けモリーを見た途端弾かれるように駆け出し「ウィーズリーおばさん、ふくろうってもう来たの!?」と詰め寄った。

昼食の下拵えをしていたモリーはハーマイオニーの剣幕に驚きつつ、「来てないわ、それにここに直接届くことは無いもの」と首を振る。

ハーマイオニーは届いていない事に一瞬ほっとした表情をしたが、すぐに死刑宣告が伸びただけだ、というようにまた思い詰めた表情をするとソワソワと厨房の中を行ったり来たり始めた。

 

 

「いったい、どうしたの?」

「OWLの結果が今日届くらしくて……ハーマイオニーは何にも心配しなくていいのに、こうなっちゃってるんです」

「何にも!?そんなわけないわ!私、絶対落ちたわ!」

 

 

肩をすくめるソフィアにハーマイオニーはヒステリックに叫び、よろめきながら近くにあった椅子にがっくりと座り込んだ。

ハーマイオニーの優秀さをロンから聞いて知っているモリーは呆れたような目をしたが、すぐに「紅茶でも淹れましょうか」と優しく言い厨房の奥へと消えていく。

 

 

「大丈夫よハーマイオニー。毎日遅くまで勉強していたし、もしあなたが落ちているならホグワーツは落第者だらけになるわ」

「ああ!言わないで!私もその中に入っているんだから!」

 

 

ハーマイオニーにとって1番の恐怖は試験に落第することであり、ソフィアの慰めも届かない。ソフィアはハーマイオニーの隣に座ると、丸まった背中を落ち着かせるために優しく撫でた。

 

不安な気持ちを吐き出し続けるハーマイオニーを何とか落ち着かせようとソフィアが奮闘しているとロンと、朝食を食べ終わり盆を持つハリーが現れた。

取り乱しているハーマイオニーを少し嫌そうな目で見た彼らはちらりと目配せをすると「まだ言ってるのか」と肩をすくめる。

この様子だとハーマイオニーはロンとハリーにもヒステリックに噛み付いたのだろう。

 

 

「さあ、紅茶が入りましたよ。クッキーもありますからね」

「ウィーズリーおばさん、ほんとに、ほんとに午前中にふくろうは来なかったの?」

「来ませんよ。来たら気づくはずだもの」

 

 

モリーは紅茶を注ぎながら辛抱強く言った。彼女は沢山の子どものOWL試験の結果を見てきている。嘆こうが楽観的になろうが、結果はどうしても変わらないということをしっかりと知っているのだ。

 

 

「でもまだ9時にもなっていないですからね。時間は充分──」

「古代ルーン文字はめちゃめちゃだったわ。少なくとも一つ重大な誤訳をしたのは間違いないの。それに、闇の魔術に対する防衛術の実技は全然良くなかったし。変身術はあの時は大丈夫だと思ったけど今考えると──」

「ハーマイオニー黙れよ。心配なのはきみだけじゃないんだぜ!」

 

 

熱に浮かされたようなハーマイオニーの言葉に苛々とロンが大声で叫び、クッキーを口の中に放り込んだ。成績で言うならロンの方がよっぽど心配なのは誰の目から見ても明らかだろう。

 

 

「それに、きみの方は大いによろしいのOを10科目も取ったりして……」

「言わないで!言わないで!言わないで!」

 

 

紅茶とクッキーにも手をつけず、ハーマイオニーは両手をバタバタと振るとヒステリックに叫んだ。

こうなってはどう慰めてもハーマイオニーは納得しないだろう。きっと試験の結果が届くまでは落ち着かないのだと、ソフィアは隠れてため息をつき、紅茶を飲んだ。

 

 

「きっと全科目落ちたわ!」

「落ちたらどうなるのかな?」

「寮監に、どういう選択肢があるのか相談するの。先学期の終わりにマクゴナガル先生にお聞きしたわ」

 

 

ハリーはこの場にいる全員に聞いたつもりだったが、やはり真っ先に答えたのはハーマイオニーだった。

 

 

「ボーバトンではやり方が違いまーすね。私、その方がいいと思いまーす。試験は6年間勉強してからで、5年ではないでーす、それから──」

「おはよう、久しぶりだな」

「ジャック!」

 

 

フラーが説明しようとしたところで扉が開き黒いコートを来たジャックが現れ、ソフィアはすぐに嬉しそうな声をあげ立ち上がった。

 

ジャックは駆け寄ってくるソフィアの頭をひと撫でし、優しく微笑むとぐるりと厨房にいるハリー達を見回した。

 

 

「みんな揃ってるな。ホグワーツから手紙が──」

「あああっ!」

 

 

ポケットからホグワーツの紋章のついた手紙を出した途端。ハーマイオニーは悲鳴を上げ目を見開き恐ろしいものを見るような視線を封筒に向けた。一体どうしたんだとジャックが驚く中、ソフィアは苦笑しながらその手紙を受け取る。

 

 

「ハーマイオニーは落第すると思ってナーバスになってるの。それを落ち着かせる事が出来るのはこの封筒だけみたいね──はい、これはハリーの、これはロンのよ。ハーマイオニーもどうぞ?」

「うわ…」

「覚悟を決めなきゃな…」

「いや…ダメよ……うぅ…」

 

 

ハリーとロンも流石に封筒を目の前にすると気が滅入ったが──ハーマイオニーはガタガタ震えていた──先延ばしにしていても結果が気になり落ち着かないだろう。彼らは意を決して封を切り中の手紙を開いた。

誰も一言も話さず緊張した面持ちで結果を見る中、ソフィアも深呼吸を一つして手紙を開く。

 

 

ーーー

 

普通魔法レベル(O・W・L)成績

 

合格 

優・O(大いによろしい)

良・E(期待以上)

可・A(まあまあ)

 

不合格

不可・P(良くない)

落第・D(どんぞこ)

トロール並・T

 

 

ソフィア・プリンスは次の成績を修めた。

 

天文学 O

薬草学 E

魔法生物飼育学 O

魔法史 A

呪文学 O

魔法薬学 E

闇の魔術に対する防衛術 O

変身術 O

マグル学 O

数占い学 O

古代ルーン語学 O

 

ーーー

 

 

ソフィアは成績を確認し、とりあえず自分の予想から大きく外れていない事に安堵した。去年セブルスはOを取れなければ6年生の時に魔法薬学を受講する資格は与えないと伝えていた。残念ながらこの成績では受講する事は出来ないが──今までの成績を考えれば仕方のないことであり、むしろEを取れたのは奇跡だろう。

 

 

「占い学と魔法史だけ落ちたけど、あんなもの誰が気にするか?ほら、取り替えっこだ──」

 

 

ロンは自分の成績がまずまずだった事に喜び、すぐにハリーの成績表を奪うと自分の成績表を押し付けた。

ソフィアは背中を丸めて項垂れるハーマイオニーの側にいき、ぽん、と肩を叩く。

 

 

「落第はしてなかったでしょ?」

「そうね……」

「取り替えっこする?」

「ええ……」

 

 

ハーマイオニーは安心し微笑み、ソフィアの持つ成績表を受け取った。

ハーマイオニーの成績は闇の魔術に対する防衛術だけがEだったが、あとは最高のOであり──彼女のヒステリーは杞憂であり、ソフィアは苦笑して「凄い!最高じゃない!」と声を上げた。

 

 

「どうだったんだ?」

「あー……悪くはなかったわ」

「冗談やめろよ」

 

 

ロンはソフィアとハーマイオニーの成績表を掴むと2枚を見比べ、呆れたような目で2人を見てわざとらしく肩をすくめた。

 

 

「それみろ。ハーマイオニーはOが9個、Eが1個。ソフィアはOが8個、Eが2個、Aが1個じゃないか!まさかハーマイオニー、がっかりしてるんじゃないだろうな?」

 

 

ハーマイオニーは首を振ったが、ハリーは間違いなくそうだろうとわかり笑ってしまった。

 

 

「さあ、我らは今やNEWT(イモリ)学生だ!──ママ、クッキー残ってない?」

 

 

ロンが揶揄うように言い、それぞれに成績を返してからモリーを見るモリーは自分の想像以上にロンがいい成績を修めた事に──ロンは7科目で合格していた──上機嫌のまま厨房に向かい、クッキーを探しに行った。

 

 

「ソフィア、シリウスは部屋か?」

「うん、そうだと思うわ」

 

 

ジャックは杖を振り棚からカップを引き寄せると自分で紅茶を注ぎ、少し温くなった紅茶を一気に飲むと足速にシリウスの元へ向かった。

きっと、何か騎士団の件で伝えることがあるのだろう、ソフィアはそう思いどんな用事があるのかを聞かなかった。

 

 

 



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313 新しいキャプテン

 

 

ハリーが騎士団本部に来てから数週間、彼らは一度も外に出ることなく魔法チェスやゴブストーンをして過ごした。

時折騎士団員が深刻な顔をして本部を訪れ、去年と同じようにハリー達は聞くことができない会議をしているが、かといって今年は全てが秘匿とされているわけではなく、会議に参加したシリウスやジャックが掻い摘んで今何が起こっているのかを話してくれていた。

モリーはそれを納得がいかない目で見ていたが唇をぎゅっと噛み、何も言うまいと自分を諌めているようであった。

 

 

「ダンブルドアが、ある程度は君たちに伝えるようにと言ったんだ」

 

 

不思議そうにするハリー達にシリウスが低く笑いながらそう伝えた。

昨年、ダンブルドアはハリーを愛し、護りたかったため辛い部分を伝えなかったが、いまのハリーは大人に近くソフィア達の支えにより冷静に物事を考えられるようになったと判断された。全てを教える事はできないがそれでも今騎士団員が何をし、どんな任務にあたっているかハリー達に関わる事は伝えるように、騎士団員に命じていたのだ。

 

騎士団員は変わらずにヴォルデモートの動向を探り、死喰い人を捕らえるためイギリス中を飛び回っているらしい。それだけではなく何名かが特別な任務に就いているようだが、流石に極秘任務に関わる内容は教えられなかった。──それでも、ハリーは充分満足であり、昨年のような不安な気持ちは今のところ持っていない。

 

 

日刊預言者新聞では毎日のように失踪事件や奇妙な事故、その上死亡事件も報道されていたが、それさえなければハリーにとってはじめての幸せで平和な休暇だった。

ハリーの16歳の誕生パーティも前年度のクリスマスに負けないほどシリウスが張り切って準備をし、かなり豪勢なパーティになったといえるだろう。──ただし、参加したリーマスが世間で起きている凄惨な事件をぽつりと漏らした事により、明るいパーティでは無くなってしまったが。

 

リーマスは吸魂鬼の襲撃事件。

イゴール・カルカロフの死体発見。

ダイアゴン横丁のアイスクリーム店の店長、そして杖職人のオリバンダー2名が行方不明となっている、と伝えたのだ。

ハリーたちにある程度の情報を教えなければならないとはいえ、何も誕生パーティの時に話す内容ではなかったのは明確であり、モリーは不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。

 

この、かなり暗い誕生パーティの次の日にはトンクスが現れハリーへの祝いの言葉もそこそこにソフィア達にホグワーツからの手紙と教科書リストを届けに訪れた。

 

トンクスの表情はいつもより悪く、髪も溌剌としたピンク色ではなく陰鬱な印象を与えるくすんだ灰色であり──ソフィアたちは、世間の状況が芳しくないからだろうと思った。

去年なら夕食を食べて帰っていたトンクスだったが、モリーの誘いにも「だめ、忙しいの」と低く思い詰めたような声で囁きすぐに本部を後にした。そのこともソフィア達がそう考えた原因のひとつだろう。

 

 

「トンクス、変化術にも問題があるんだって。今までみたいに姿を変えられないってママがジャックに言ってた」

 

 

トンクスが出て行った扉を見つめ、心配そうにジニーが呟いた。

 

 

「そうなの?──かなり、疲れてるみたいだものね…」

 

 

生まれつきの変化術が使えなくなる程、彼女にとってショックな出来事があったのかもしれない。それとも、ただ単にヴォルデモートの脅威に神経をすり減らし、闇払いとして多忙な日々を過ごしていて疲れているからだろうか?

 

 

「リーマスもかなりやつれて──」

 

 

前回見た時よりも白髪が増え、やつれた深刻な表情をしていたリーマスを思い出しながらハリーはホグワーツから届いた封筒を開き──そして、息を呑んだ。

 

封筒の中には何か硬いものが入っており、ハリーは監督生のバッチかと胸を高鳴らせたが、手のひらの上に転がったバッチは『G』の頭文字が書かれ、赤と黄色に輝く。

それは、紛れもなくウッドやアンジェリーナがつけていたグリフィンドール・クィディッチチームのキャプテンを示すバッチだった。

 

 

「わぁ!キャプテンになったのね、おめでとうハリー!」

「これであなたは監督生と同じ待遇よ!私たちと同じ特別なバスルームが使えるとか」

「ワォ、チャーリーがこんなのを着けてたこと、覚えてるよ。ハリーかっこいいぜ!君は僕のキャプテンだ──また、僕をチームに入れてくれればの話だけど」

 

 

ははは、と乾いた笑いをこぼすロンに、ハリーはピカピカと輝くバッチを握りしめながらニヤリと悪戯っぽく笑った。

ロンの技術力もメンタルの弱さも、時折見せる奇跡のようなプレイも、ハリーが1番良く知っている。今年がどうなるかはまだキャプテンになりたてのハリーは考えていなかったが、ロンと共にプレイ出来ればどれほど幸せだろうかと思った。

 

 

「私は、今年は──クィディッチチームには参加しないわ」

「えっ!?どうして?」

 

 

ソフィアの残念そうな微笑みを見てハリーは驚き、バッチを握りしめながらソフィアに詰め寄る。あまりの勢いにソフィアは少し体を逸らせながら苦笑した。

 

 

「あら、だってグリフィンドールチームには最高のシーカーが復帰するでしょう?」

「あ……。でも、他のポジションでも──学校が始まったら選抜試験をする事になるし──」

 

 

たしかに、アンブリッジはもうホグワーツを去っている。無期限クィディッチ禁止令は破棄され、自分は来年からキャプテンとして、そしてシーカーとしてクィディッチに参加するつもりだ。

誰の目から見ても、ソフィアよりもハリーの方が優れたシーカーである事は間違いなく、シーカーの座を譲るつもりはなかったが、ハリーはロンと空を飛びたい願望以上にソフィアとも同じ時間を過ごしたかった。

 

 

「うーん……私、今年はマクゴナガル先生との個人授業も復帰する予定なの。他にも少しやりたい事もあって──マクゴナガル先生と相談してみるわ」

「うん……わかった」

 

 

ハリーはがっくりと肩を落としたが、自分よりはるかに多い科目を選択している上、マクゴナガルとの個人授業もあると知ればソフィアを無理に誘う事は──心の底から残念だったが──出来なかった。

 

 

「まあ、教科書リストが届いたのね。これが届いたからにはダイアゴン横丁行きをあんまり先延ばしには出来ないでしょうね」

 

 

厨房からモリーがエプロンで手を拭きながら現れ、ロンが持つリストに目を通しため息をついた。

 

 

「土曜日に出かけましょう。お父さまか、ジャックの時間が空いていればだけど。付き添い無しでは、私はあそこに行きませんよ」

「ママ、例のあの人が書店の本棚の影に隠れてるだなんて、まじで思ってるの?」

 

 

ロンが鼻先で笑いからかいつつ言えば、モリーの目は吊り上がりじろりとロンを睨んだ。

 

 

「フォーテスキューもオリバンダーも、休暇で出掛けたわけじゃないでしょ?安全措置なんて馬鹿馬鹿しいと思うんでしたら、ここに残りなさい。私があなたの買い物を──」

「だめだよ、僕行きたい。フレッドとジョージの店が見たいよ!」

「それなら坊ちゃん。態度に気をつけることね。一緒に連れて行くには幼すぎるって私に思われないように!」

 

 

モリーは顔を赤くし怒りながら勢いよく背を向け、ずんずんと厨房に戻って行った。

 

 

「それに、ホグワーツに戻るときも同じですからね!」

 

 

扉の向こうに行く前に荒々しい口調でそう言うと、今度こそ本当に厨房の奥へと消える。

ロンはしっかりとモリーが消えたのを確認し、ハリーを見て肩をすくめ「もうここじゃ冗談も言えないのかよ……」と呟いた。

 

 

しかし、ロンは土曜日までヴォルデモートに関する軽口をたたかないように気をつけていた。少しでもモリーの怒りに触れてしまえば本当に自分1人だけ留守番になると悟ったのだろう。

土曜日の朝食の時までモリーは落ち着いていたが、さすがにあと数時間でソフィア達がこの安全な場所から離れるとなると緊張と不安が押し寄せているのかピリピリと張り詰めていた。

仕事から久しぶりに戻ったビルはフラーと共に本部に残る事になり、──ジニーは喜んでいるようだった──朝食後片付いた机の上にぎっしりと金貨で詰まった巾着をハリーに渡した。

 

 

「僕のは?」

 

 

それがビルからハリーへの小遣いだと思ったロンはすぐにビルに聞いたが、ビルは呆れ顔で「ばーか、これはもともとハリーの物だ」と告げる。

 

 

「ハリー、君の金庫から出しておいたよ。なにしろこの頃は金を下ろそうとすると一般の客なら5時間はかかる。小鬼がそれだけ警戒措置を厳しくしているんだよ。二日前も、アーキー・フィルポットが潔白検査棒を突っ込まれて──まあ、とにかく、こうする方が簡単なんだ」

「ありがとう、ビル」

「気にするな。……ソフィアは保護者に頼んだのか?」

「ここに来る前にまとまったお金をおろしたの。……朝一番に向かったんだけど、3時間はかかったわ……」

「そりゃ──まだ運が良い方さ」

 

 

その時の事を思い出し苦い顔をするソフィアに、ビルはニヤリと悪戯っぽく笑う。ソフィアの顔を見たビルは「そういえば」と思い出したように呟いた。

 

 

「ソフィア、将来の仕事は決まったのか?」

「あ!ええ、呪い破りを目指す事にしたの!だから、就職する時に──ちょっとアドバイスをもらえたら嬉しいわ」

「そうか!勿論だ」

 

ビルはにっこりと笑いソフィアの肩を軽く叩く。誰だって自分の仕事に興味を持ってくれるのは嬉しい事だ。それがただの他人ではなくロンとジニーの友人であるソフィアなら尚更の事だろう。呪い破りは一人前になるまでは一人で任務につく事はない。それほど高くはないかもしれないが、後2年後に自分の直属の部下になる可能性だってある。

 

「呪い破りは大変だけどやりがいがある。いつでも相談に乗るからな」

「ええ、ありがとう!」

「この人はいつも思いやりがありまーす」

 

 

フラーはビルに垂れかかるように腕を絡ませ、うっとりと優しい声で言った。ジニーとモリーがどこか複雑そうな苦々しい表情をしていた事に気づいたソフィアとハリーとロンとハーマイオニーは、なんとも言えず目の前で甘い雰囲気を漂わせる2人と嫌そうな2人が出す空気に居心地悪そうに視線を交わした。

 

 

 



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314 マダム・マルキン洋装店!

 

 

教科書リストが入った鞄を持ったソフィア達はモリーとアーサーとリーマスに『付き添い姿現し』され、漏れ鍋があるチャリング・クロス通りの裏路地へと移動した。

何があっても対抗できるようすぐに杖を構え警戒しながら漏れ鍋へと向かう。

ハリーは守られるようにして彼らの中央に位置していたが、ダンブルドアに言われ身離さず透明マントを持っているし、これ程の警戒は必要なのかと内心で不満を感じていた。

 

 

「ああ、よかった。もう来ている!」

 

 

ハリーは自分の警護員である闇払いに囲まれて買い物をすると思い込み、気が滅入っていたが──しかしその不満も曲がり角を超えて漏れ鍋の入り口を見た時には遠い彼方へと吹き飛んでいた。

 

 

「ハグリッド!」

 

 

漏れ鍋の外には巨大な黒髭を持つ半巨人であるハグリッドが立っていた。通りすがりのマグル達が驚くのも気にせず、「ハリー!」と歓声を上げたハグリッドは顔を綻ばせハリーに駆け寄ると、骨も砕けそうな力でハリーを抱きしめた。

 

 

「おう、よく来たな!」

「け、警護員がハグリッドだって僕たち知らなかった!」

「うんうん、まるで昔に戻った見てぇじゃねぇか?あのな、魔法省は闇祓いをごっそり送り込もうとしたんだが、ダンブルドアが俺1人で大丈夫だって言いなすった」

 

 

痛む肋骨を抑えながらニヤリと笑ったハリーに、ハグリッドはポケットに両手を突っ込み誇らしげに胸を逸らした。

 

 

「やあハグリッド。あとはくれぐれも頼むよ」

「おう、まかされた」

 

 

リーマスはハグリッドへハリー達を預けると、モリーとアーサーに目配せをし──2人は真剣な顔で頷いた──擦り切れたコートを手繰り寄せ顔を隠すようにしてさっと路地裏へと消えてしまった。彼がなんの任務に就いているのかは知らないが、ソフィアは見るたびにやつれていくリーマスを心配し、何故か胸が騒ついた。

 

 

「そんじゃ、行こうか。──モリー、アーサー、どうぞお先に」

 

 

2人に続きハリー達が漏れ鍋へと入り、ソフィアは後髪引かれる思いで漏れ鍋へと入った。

以前なら大賑わいしていた店内は亭主のトムが残っているだけで、彼もまた店内の陰気な雰囲気に感染したかのようにすっかり萎びてしまい、もう磨く所のないグラスを磨いている。ホグズミード村だけではなく、イギリスの中で大きな通りに面している漏れ鍋ですらこうなのかと、ソフィアはヴォルデモートがもたらした世間の影に眉を顰めた。

 

 

「今日は通り抜けるだけだが、トム、わかってくれ。なんせホグワーツの仕事だ」

 

 

トムはソフィア達が現れたのを見てようやく客が来たのかと期待を滲ませていたが、ハグリッドの言葉を聞くとすぐに陰気な表情でため息をつき頷いた。ソフィア達だけでなく、ここを通過点とするだけで足を止めてゆっくりとする者はもう殆どいないのだろう。

 

 

ソフィア達は漏れ鍋を通り抜け、肌寒い小さな裏庭に出た。ハグリッドはピンク色の傘を上壁の煉瓦の一つを軽く叩き、ダイアゴン横丁への道を開通させる。アーチ型に開いた壁をくぐり抜け、曲がりくねった石畳の先にあるのはダイアゴン横丁だが──ソフィアが数週間前に訪れた時と比べ物にならないほど人はまばらで閑散としていた。

 

キラキラと色鮮やかに飾るショーウィンドウの呪文の本や魔法薬の材料、そしてさまざまな雑貨も全てその上に貼られた魔法省からのくすんだ大きなポスターに覆い隠されている。それは夏の間に配布された死喰い人やヴォルデモートの脅威から身を守る方法や、保安上の注意事項が拡大されたものだったが、中にはまだ捕まっていない死喰い人のモノクロ写真もあった。

 

窓に板が打ち付けられている店もあり、アイスクリーム店はその一つだ。一方で通り一体に怪しく見窄らしい屋台があちこちに出現していた。間違いなく、この混乱に乗じた出店の申請などしていない店だろう。

 

屋台の一つでは怪しげな風体の小柄な魔法使いがチェーンに銀の符牒をつけたものを腕一杯抱え、少ない通行人に向かってじゃらじゃらと音を鳴らしアピールしている。すぐ脇にある段ボールの看板には『護符 狼人間、吸魂鬼、亡者に有効』と書かれているがどう見ても効果はなさそうだ。しかし、通行人はチラチラと興味深そうに見ている様子から、信じられないとチラリと思いつつそれに見ないふりをし──何でもいいから縋りたい気持ちがあるのだろう。

 

 

「奥さん。お嬢ちゃんにお1ついかが?お嬢ちゃんの可愛い首を守りませんか?」

 

 

ソフィア達がそばを通れば魔法使いがジニーを見ながらモリーへと媚びた卑しい笑いを浮かべる。すぐにアーサーが2人の間に立ちぎろりと睨みつけ──魔法使いはニヤニヤと笑ったままターゲットを別の通行人へと変えた。

 

 

「私が仕事中なら──」

「そうね。でもいまは誰も逮捕なさらないで。急いでるんだから」

 

 

アーサーはマグル製品不正使用取締局の局長だったが、世の中の不安につけ込み効果のないものを売る悪人や効き目のない魔法を教える魔法使いが現れ出したことから、新たな職務に就くことになり『偽の防護呪文ならびに保護器具の発見又は没収局』の局長へと昇進したのだ。

苦々しく魔法使いを睨むアーサーに、モリーは落ち着かない様子で買い物リストを見ながら小声で言い、足を先に進める。

 

 

「マダム・マルキンのお店に最初に行った方がいいわ。ハーマイオニーは新しいドレスローブを買いたいし、ロンは学校用のローブから踝が丸見えですもの。それに、ハリー、あなたも新しいものがいるわね。ソフィアはシャツね──さ、みんな──」

 

 

予め皆に何を買いたいか聞いていたモリーはマダム・マルキンの洋装店へ向かい始めたが、すぐにアーサーが「モリー」と彼女を止めた。

 

 

「全員がマダム・マルキンの店に行くのはあまり意味がない」

「ハリー達4人はハグリッドと一緒に行って、我々は書店でみんなの教科書を買ってはどうかね?」

「それは──どうかしら……」

 

 

アーサーの提案にモリーは不安そうに眉を寄せた。

早く買い物を終わらせ安全な本部へと帰りたい気持ちはある。それには二手に分かれた方が効率がいいだろう。しかし、一塊になった方が万が一何かがあった場合安全ではないかと迷っているのだ。

 

 

「ハグリッド、あなたはどう思う?」

「心配すんなモリー。こいつらは俺と一緒で大丈夫だ」

 

 

ハグリッドが巨大な手を気軽に振って宥めるように言った。モリーは完全に納得してはいなかったが、彼女の中で迅速に買い物を終わらせる方に軍配が上がり二手に分かれる事を承知して、アーサーとジニーと共に──ジニーは嫌そうだったが──書店へと足速に走っていった。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアの4人がハグリッドと共に洋装店へと向かう中、ハリーはモリーが特別に心配性な訳ではないのだと初めて理解した。

通行人の誰もが切羽詰まった心配そうな表情で歩き、買い物客は必要なことだけに集中して気軽にウィンドウショッピングなどしていない。それに、誰もが独りで買い物する事はなく、必ず複数人が一塊りになり行動していた。

 

 

「俺たち全員が入ったら、ちときついかもしれんな。──俺は外で見張ろう。ええか?」

 

 

到着した洋装店の店の窓から中を覗き見ながらハグリッドが言い、ソフィア達は一緒に小さな店内へと入った。

窓から中を見た時には漏れ鍋と同じく無人かと思われたが、ソフィア達が全員入り扉が閉まったとたん、緑と青のドレスローブが掛けてあるローブ掛けの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

「……お気づきでしょうが、母上、もう子供じゃないんだ。僕たちは着いてきてもらわなくても買い物ぐらいできます」

 

 

その声の主が誰だか分かったハリーとロンとハーマイオニーは同時に顰めっ面をして黙り込んでしまった。

その声の主は、間違えようもない──ハリーにとって誰よりも嫌な相手であるドラコ・マルフォイだ。

 

 

「あのね、坊ちゃん。あなたのお母様のおっしゃるとおりですよ。未成年だけでふらふら歩くなんて──」

「そのピン、ちゃんと見て打つんだ!」

「うわっ、動くと危ないよドラコ!」

 

 

マダム・マルキンがドラコを宥める声と、焦ったようなもう1人の声が聞こえる。ソフィア達は再び同時に複雑そうな顔をした。

そうだ、ドラコ・マルフォイといえば、高確率で──ルイスも共にいる。

 

 

青白い顔をしたドラコがローブ掛けの後ろから現れ、ドラコに押されるようにしてルイスもまた姿を現した。

ドラコが着ている深緑の端正な一揃いには裾と袖口に何本ものピンが光っている。ドラコは鏡の前に大股で歩いていき、自分の姿を確かめていたが、やがて肩越しにハリー達の姿が映っていることに気づきその薄い灰色の目を細めた。

 

 

「──母上、何が臭いのか訝っておいででしたら、たったいま穢れた血が入ってきましたよ」

「ドラコ!そんな言葉──あ……」

 

 

ルイスはすぐにドラコに忠告しようとしたが、穢れた血と呼ばれたのがハーマイオニーであり、ソフィアが真っ先に杖を抜いたのを見て慌てて手に持っていた黒色のローブを放り出しドラコの前に立った。

 

 

「そんな言葉は使ってほしくありませんね!──それに、私の店で杖を引っ張り出すのもお断りです!」

 

 

ローブ掛けの後ろからマダム・マルキンが怒った顔で巻尺と杖を持ち急足で現れ、杖を構えるソフィアとハリーとロンを見て慌てて付け加えた。

ハーマイオニーはソフィアの後ろで「やめて、あいつにそんな価値はないわ」と囁いていたが、ソフィア達はドラコをじっと見たまま杖を下ろす事はない。

 

 

「フン、学校の外で魔法を使う勇気なんかないくせに」

「あら、やってみましょうか?残念ながら私はもう何度も使っているし、法律には穴があるって知ってるわ。また、ルイスに守られるプリンセスにでもなるの?」

 

 

ハーマイオニーを侮辱する事は、ソフィアの数少ない逆鱗だろう。冷ややかな嘲笑に、ドラコはぐっと眉を寄せルイスの腕を掴み後ろに下がらせようとしたが、それよりも先に口を開いたのはマダム・マルキンだった。

 

 

「いい加減になさい!──奥様──どうか──」

 

 

彼女は厳しい声でそう言うと、後ろを振り返り加勢を求めた。すっと静かに現れた人を見て──ソフィアは、少し悲しそうに目を揺らせた。そうだ、ハーマイオニーを侮辱された怒りが強くて忘れていたが、ここにいるのはドラコとルイスだけじゃない。

 

 

「それをしまいなさい、ソフィア。──あなた方もです」

 

 

現れたナルシッサは冷たい声でソフィア達へと告げた。ハリーとロンはドラコの母であるナルシッサに対しても良い感情をカケラほども持っていないため大人しく杖を下げる事は無かったが、ソフィアは一瞬迷うように杖先を震わせたが、すぐに腕を下ろし、俯いた。

 

 

「ナルシッサさん。……ドラコの言葉は許される言葉ではありません」

「……さあ、私には聞こえませんでしたね」

「……、……」

 

 

ソフィアにとって、ナルシッサは優しい人だった。

しかし今、ナルシッサの目は冷たくソフィアを射抜いている。そのことにソフィアは失望し傷付いた表情をしたが──一瞬ルイスを見たあと、もう何も言うまいと決めたのか諦めたように杖をポケットの中へ押し込んだ。

 

 

──わかっている。きっと、ナルシッサさんも、ルイスと同じなんだわ。ただ、ドラコを護りたいだけ。……そうだと分かっていても、どうしても悲しい。

 

 

ソフィアの伏せられた瞳を見て、ナルシッサは微かに下唇を噛み拳を握った。

ソフィアは幼い時から知っている、その優しい性格も、過去ドラコと遊んでいた時に見せた明るい笑顔も。知らない存在ではなく、できれば変わらぬ付き合いをしていきたかった大切な存在なのだ。──いや、とくに、今はナルシッサにとって、ソフィアの存在は大切だった。

 

ある意味でドラコの隣にいる()()()()()()その存在の価値は大きい。

だが、それを知っていて、護るべき息子のためにどう使うのかを判断するのは自分だけなのだ。

 

 

ハリーのそばにいるソフィアの父は、セブルス・スネイプである。

 

()()()()()ソフィアがナルシッサにとってドラコを護るための鍵であり、セブルスに対する切り札であると知っていた。

 

 

──今はまだ、この切り札をセブルスに対し使う時ではない。既に誓いはなされている。

それを破る事が出来ず、セブルスはドラコを護るしかないだろう。

その後……その後の動きを見て、この事をあの方に告げるかどうかを判断しなければ。最善の時でなければ、きっとセブルスはソフィアを護るために私とルシウス、そして──ドラコを殺すだろう。

ルイスがドラコのそばにいなければ、私はすぐにでも密告するつもりだった。けれどルイスは既にドラコを通して闇の深い部分まで知ってしまっている事だろう。それを知りながら止めることのないセブルスは、何を思っているのだろうか?ソフィアも、いつかこちらへ引き込むつもりなのだろうか?

きっと、セブルスは私と同じなんだわ。護るべき者さえ無事ならば、どちらに着いても構わない。その先の未来がある方へ首を垂れる。愛する者達のために……。

なら、私がソフィアを利用しても、構わないわ。

 

 

ナルシッサは痛む心に気づかないふりをしながらソフィアから視線を外し、今もなお杖を向けるハリーとロンに向き合った。

 

 

「私の息子を攻撃したりすれば、それがあなたたちの最後の仕業になるようにしてあげますよ」

「へえ?──仲間の死喰い人を何人か呼んで、僕たちを始末してしまおうというわけか?」

「そんな!非難なんて、そんな危険な事を──杖をしまって、お願いだから!」

 

 

マダム・マルキンは杖を下ろさずナルシッサを挑発するハリーに恐々とした悲鳴を上げ、心臓のあたりをぎゅっと抑えた。

 

 

「ダンブルドアのお気に入りだと思って、どうやら間違った安全感覚をお持ちのようね、ハリー・ポッター。でも、ダンブルドアがいつもそばであなたを護ってくれるわけではありませんよ」

「そうだろうね。ダンブルドアはこの店内にはいないや!でも、僕にはダンブルドアだけじゃない心強い友人達がいるんだ。あんたの息子はどうだい?──ああ、忘れてたや、素敵なプリンスがいるんだったな。プリンセス?」

 

 

ハリーは先ほどのソフィアの言葉を使いドラコをからかう。その瞬間ドラコが顔を赤く染め怒りハリーに掴みかかろうとしたが長すぎるローブに足を取られてよろめいた。それを見たロンは大声で笑い、さらにドラコの表情が険しくなる。

 

 

「誰が護られるだけの存在になるか!──ルイス、お前も退け!」

「僕が退いたら君は後悔すると思うよ。ナルシッサさんの前で白いケナガイタチにはなりたくないでしょ?」

 

 

お互いの悪意を隠すことなく睨み合うハリーとドラコが出す居心地の悪い雰囲気にマダム・マルキンは狼狽していたが、一刻も早くドラコの寸法を終わらせて出て行ってもらった方がいいと判断し、何も起こっていないように振舞おうと決めた。

彼女はまだハリーを睨みつけるドラコに身を屈め長い左袖へと手を伸ばす。

 

 

「この左袖はもう少し短くした方がいいわね。ちょっとそのように──」

「触るな!──痛いんだ!」

 

 

ドラコは鋭く叫び反射的にマダム・マルキンの手を振り払うと、顔を歪めながらローブを引っ張って頭から脱ぎ、マダム・マルキンの足下に叩きつけた。

 

 

「母上、もうこんな物欲しくはありません」

「そのとおりねドラコ。この店の客層がどのレベルかわかった以上……トウィルフィット・アンド・タッティングの店の方がいいでしょう。──ルイス、あなたもそれを返しなさい」

「……はい、ナルシッサさん」

 

 

ルイスはドラコが投げ捨てたローブをさっと拾うと、自分のローブとまとめて机の上に置いた。ナルシッサとドラコは一刻も不快な場所から去りたかったのか、ルイスを待つことなく足音も荒く店を出て行ってしまい、ルイスは「ごめんなさい」と申し訳なさそうにマダム・マルキンへと小声で呟く。

 

 

 

「ルイス、君は──」

「さよなら、ハリー」

 

 

ハリーは思わずルイスに声をかけたが、ルイスは目を合わせることなくそれだけを言うと静かに店を出て行った。

暫く重々しい沈黙が場に落ちていたが、真っ先に我に帰ったマダム・マルキンがため息をこぼしながら机の上に置かれたローブに向かって杖を振りついてしまった埃を一掃するとハリー達に向き合った。

 

 

「──さあ、どんなご用件で?」

 

 

 

マダム・マルキンの店でローブの寸法を直し、新しいドレスローブやシャツが入った袋を持ったソフィア達が店を出るとき、マダム・マルキンは厄介な客がやっと出て行ってくれて嬉しいのかほっとした表情をしながら深くお辞儀をしていた。

 

 



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315 何の用?

 

 

「全部買ったか?」

「うん」

 

 

ソフィア達が全員自分のそばに戻ってきたのを見てハグリッドが朗らかに聞いた。ハリーは視線を前の道路の右端から左端まで移動させたが、流石に随分前に出て行った3人の姿はなかった。

マルフォイ親子はともかく、ルイスと一度話し合いその真意を知りたかったがそのチャンスは一度も来ないままだった。ホグワーツではドラコやその他のスリザリン生がいつも一緒にいるため話す事は難しいだろう。

 

ハリー達はルイスの言動についてどうしようもなくもやもやと燻った感情を持っていたが、ソフィアの目の前でルイスの苦言を言う事は無かった。──ソフィアの目があまりに悲しそうに揺れていたからだ。

 

 

「マルフォイ親子とルイスを見かけた?」

「ああ。だが、まさかダイアゴン横丁のど真ん中で面倒を起こしたりはせんだろう。ハリー、あの親子のことは気にするな」

 

 

ハリー達は顔を見合わせ、ハグリッドの安穏とした考えを訂正するか悩んでいたが、決断が出るよりも先にアーサーとモリーとジニーがそれぞれ重そうな本の包みを提げてやってきてしまい、彼らは結局、何も言わないことに決めた。

 

 

「みんな大丈夫?ローブは買ったの?それじゃ、薬問屋とイーロップの店にちょっと寄って、それからフレッドとジョージの店に行きましょう。──さあ、行くわよ」

 

 

モリーが包みを重そうに抱え直しながら言い、彼らは薬問屋へと向かった。

ハリーとロンとソフィアは成績が足りず、6年生は魔法薬学を受講する事が出来ない。そのため何も買わなかったが、ハーマイオニーとジニーはそれぞれ必要なものをチェックしながら購入した。

次に訪れたイーロップのふくろう百貨店ではヘドウィグとピッグウィジョンのためにフクロウナッツの大箱をいくつも購入し、モリーが神経質にも1分ごとに時計をチェックする中──ようやく、ソフィア達一行はフレッドとジョージが経営する悪戯専門店、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズを探して大通りを歩いた。

 

ソフィアは前回ハーマイオニーと待ち合わせをする前にフレッドとジョージの店に寄ろうとしていたのだが、不運にも銀行で金を下ろす事に想定外の時間がかかってしまい、残念ながら一眼も店を見る事が出来なかった。

はたしてどんな店なのだろうか?きっとあの2人のことだから、かなり目を引く店だと思うけれど──そう、考えながら歩いていたソフィアはふいに立ち止まったロンの背中でごつんと鼻をぶつけてしまった。

 

 

「いっ──」

「うわー!」

 

 

鼻を押さえ、ロンの肩口から顔を覗かせたソフィアは目の前の色鮮やか──いや、ド派手な光景に目が奪われ痛みを忘れた。

 

ポスターで覆い隠された冴えない店頭が立ち並ぶ中で、フレッドとジョージのウインドウは花火大会のように目を奪った。たまたま通りがかった人も振り返ってウインドウを見ていたし、中には愕然とした顔で立ち止まりその場に釘付けになる者もいる。

 

左側のウインドウには目も眩むような鮮やかな商品の数々が回ったり跳ねたり光ったり叫んだりしていた。右側のウインドウは巨大ポスターで覆われていて、色は魔法省が発行している同じ紫色だったが、黄色の文字が鮮やかに点滅している。

 

 

『例のあの人なんか気にしている場合か?

うーんと気になる新商品。

《ウンのない人》

便秘のセンセーション、国民的センセーション!』

 

 

ハリー達はそれを見て声を上げて笑ったが、モリーはそこに書かれた内容に低く唸り「あの子たち、きっとこのままじゃすまないわ!」と囁く。魔法省から勧告が入るだろうか?いや、その前に死喰い人達の不興を買い、消されるのが先だろうか。そう心配しているモリーだったが、ロンは興奮して顔を輝かせながら「そんなことないよ!これすっげぇ!」と叫び、先陣を切って扉を開けた。

 

 

扉を開けた途端、洪水のような声の波がソフィア達を飲み込んだ。外の不気味な静けさとは違い、この店だけが活気付き、なにより騒がしい買い物客で溢れていた。

天井にまで積み上げられたずる休みスナックボックスに鼻血ヌルヌルヌガー。騙し杖がみっちり詰まった棚──沢山の商品が山積みされているが、店員らしい女性が並べた途端、周りから手が伸びてあっという間に山は消えてしまった。

 

 

人混みの間にできた隙間を逃すことなくソフィア達は店の奥へと進み、色とりどりの商品を興奮しながら眺めていく。

『特許・白昼夢呪文』と書かれたディスプレイがカウンターのそばに掲げられていて、ハーマイオニーとソフィアは聞いたことのない魔法に興味が引かれ箱の裏に書かれた説明を読んだ。

それはフレッドとジョージが新しく生み出した魔法であり、簡単な呪文で最高級の夢の中に30分間旅立つ事ができるというものだ。16歳未満お断りなのは──夢の内容が過激なものになりがちだからだろう。

 

 

「うわー!新しい魔法を作り出すなんて!」

「これ、本当に素晴らしい魔法だわ!」

「よくぞ言ったハーマイオニー、ソフィア。その言葉に一箱無料進呈だ」

 

 

歓声を上げたソフィアとハーマイオニーの後ろから懐かしい声がした。驚いて彼女達が振り返った先にはにっこりと満足げな笑みを浮かべるフレッドが赤紫色の派手なローブを着て立っている。

ほんの僅かな時間、彼らを見ていなかっただけなのに何故だか大人びて見えドキリとしたのは、きっとソフィアだけでは無いだろう。

 

 

「ハリー、元気か?来いよ、案内するから」

 

 

フレッドはソフィアとハーマイオニーの手に白昼夢呪文の箱を渡しながら奥へ向かって顎を指す。フレッドにとってハリーはこの店を構える資金援助をしてくれた恩人である。彼は──勿論、ジョージも──ハリーが来るのを心待ちにし、来た時には店の全てを案内しようと決めていた。

 

夢中になって白昼夢呪文の説明を読むハーマイオニーとソフィアを残し、ハリーとフレッドは店の奥へと向かう。ロンは既にソフィア達の元を離れて店中を周り、目についた面白そうな商品を次々と手に持っていた。

 

 

「これって、夢の内容を選べるのかしら?」

「うーん──詳しくは見てのお楽しみ!夢の世界にどっぷりハマらないようにご注意を!──ですって。詳しいことはわからないわね」

「それにしても……悪戯グッズだけじゃなくて魔法の開発までするなんて!どんな論理で出来たのかしら」

「気になるわ…早速帰ったら使ってみましょうよ!」

「ソフィア、ハーマイオニー!こんなところにいたのね。何を見てるの?」

「ジニー、これよ!見て、凄いの──」

 

 

人を掻き分け現れたジニーに、ソフィアとハーマイオニーは白昼夢呪文の箱を渡す。訝しんでいたジニーもすぐに目を輝かせ興奮しながら「素敵じゃない!」と叫んだ。

3人がどんな夢を見れるのか、夢の中で自由に思考する事ができるのかと夢中になり話し込んでいると、店内を案内し終えたフレッドと腕一杯に便利な悪戯グッズを抱えたハリーが現れる。

 

 

「お嬢さん方、我らが特製ワンダーウィッチ製品をご覧になったかな?こちらへどうぞ」

 

 

深々と頭を下げわざとらしく畏まるフレッドに連れられ、ソフィアとジニーとハーマイオニー、それにハリーは窓のそばへと向かった。

そこにはピンク色の商品が所狭しと並べられており、興奮した女子の群が興味津々で品物を見ながらクスクスと笑っている。そのやや異様な光景とピンク色のキツイ色にソフィア達は尻込みし、用心深くそれを見た。

 

 

「さあどうぞ。どこにもない最高級惚れ薬さ」

「効くの?」

 

 

惚れ薬は効能が怪しいものが多く、ジニーは片眉を上げ疑い深く聞く。しかしフレッドは余裕の笑みを崩さず「勿論」と頷いた。

 

 

「一回で最大24時間。問題の男子の体重にもよる──」

「──それに、女子の魅力度にもよる」

 

 

突然ジョージが現れフレッドの隣に並ぶと胸を逸らし続きの言葉を伝えた。その言葉はソフィア達に説明している、というよりも惚れ薬を興味深く見ている女子の群れに言っていると言う方が正しいだろう。

 

 

「しかし、われらの妹には売らないのである。すでに約5人の男子が夢中であると聞き及んでいるからには──」

「ロンから何を聞いたか知らないけど、大嘘よ」

 

 

急に厳しい口調になったジョージに、ジニーは冷静に返しながら手を伸ばしピンク色の瓶を取った。

 

 

「これは何?」

「10秒で取れる保証つきニキビ取り。おできから黒ニキビまでよく効く。──しかし、話を逸らすな。今はディーン・トーマスという男子とデート中か否か?」

「そうよ。でも、あの人この前見た時は確かに1人だった。5人じゃなかったわよ。──こっちは何なの?」

 

 

ジョージとフレッドからの尋問をのらりくらりと受け流し、ジニーは何食わぬ顔で鳥籠より数周り大きな籠の底を転がっているふわふわしたピンクや紫の毛玉の群れを指差した。

 

 

「ピグミーパフ。ミニチュアのパフスケインだ。いくら繁殖させても追いつかないくらいだよ。それじゃ、マイケル・コーナーは?」

「捨てたわ。負けっぷりが悪いんだもの」

 

 

ジニーの言葉にフレッドとジョージは片眉を上げ苦い表情をする。どうもジニーは本気で誰かを愛しているわけではなくその時に「まぁいいか」と思えば付き合ってしまうところがあるようだ。

 

 

「かーわいいっ!」

「連中は抱きしめたいほど可愛い。うん」

「しかし、ボーイフレンドを渡り歩く速度が速すぎやしないか?」

 

 

妹の行動を心配し忠告したジョージだったが、ジニーはくるりと振り返り腰に手を当てて彼らをぎろりと睨み上げる。その表情は、モリーにとても似ていた。

 

 

「よけいなお世話よ。──それに、あなたにお願いしておきますけど。この2人に私のことで、余計なおしゃべりはしてくださいませんように!」

 

 

商品をどっさり抱えて現れたロンにそう言ったが、話の流れを知らないロンは「なんだよいきなり」と怪訝な顔をしただけだった。

 

フレッドはすぐにロンが抱えている商品の箱を調べ、たとえ弟であっても無料で譲る事はできない、特別に1クヌートだけまけてやる。と伝えたのだがてっきり無料でもらえると思っていたロンは一気に機嫌を損ね考えられる限りの悪態と、下品な手真似をしてしまい──不運にもその場面をモリーに見られ「今度それをしたら指をくっつける呪いをかけるわ」と脅されてしまった。

 

 

「ママ、ピグミーパフが欲しいわ」

「なんですって?」

 

 

現れたモリーにすかさずジニーが甘え声を出し、可愛いピグミーパフが入っている籠に引っ張っていく。モリーが脇により、身を屈めた一瞬ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアの4人は真っ直ぐに窓の外を見る事が出来た。

 

 

外では、ドラコとルイスが通りを急ぎながら歩いていた。時々緊張した表情で後ろを振り返っている様子から、何か無邪気な理由でナルシッサを振り切ったわけではないのは明確である。

ハリーは思わず一歩踏み出したが、すぐにドラコとルイスは窓の外から消え更に通りの奥へと進んでしまい姿を消した。

 

 

「あいつのお母上はどうしたんだろう?なんで2人で歩いてるんだ?」

「どうやら撒いたらしいな」

「未成年だけだなんて……バレたらかなり面倒な事になるのに」

「でも、どうしてそんなことを?」

 

 

ハーマイオニーが訝しみ囁いたが、ハリーは考える事に必死で答えなかった。

ナルシッサは大事な息子がたとえルイスと一緒であっても別行動を許す事はないだろう。ならば、彼らはかなり無理をしてナルシッサの目を振り切ったという事になる。間違いなく、母親には知られたくない何かをするために──きっと、単なる買い物や母へのプレゼントを選ぶためではないだろう。

 

ハリーはさっと周りを見て、誰もこちらに意識を向けていないことを確認するとソフィア達に「ここに入って、早く」と囁いた。

鞄の中から引っ張り出し広げられた透明マントに、ハーマイオニーとソフィアは不安げに視線を交わしちらりとモリーとアーサーを見る。

 

 

「私──どうしようかしら」

「来いよ、早く!」

 

 

既に透明マントに入っていたロンがハーマイオニーとソフィアを呼び、ハーマイオニーとソフィアは一瞬躊躇したがさっと透明マントの中に入った。

 

 

誰もが商品に夢中であり、ソフィア達が消えた事に気付かない。ソフィア達は混み合った店内をなるべく急いですり抜け外に出た。

しかし、4人が通りに出た時には既にドラコとルイスの姿はなくどこの店に入ったのかもわからなかった。

 

 

「こっちの方向に行った。──行こう」

 

 

ハリーは鼻歌を歌っているハグリッドに聞こえないよう低い声で囁き、通りの奥へと向かう。

 

ソフィアは漠然とした不安を感じていた。ルイスなら、いくらドラコを護るためにそばにいると決めていたとしても、ナルシッサの目から離れることを良しとはしないはずだ。そんな危険を冒す必要がある何か重大な事が起こったに違いない。──もし、危険な事に足を踏み入れているのならば、セブルス(父親)に相談しなければと考えていた。

 

マントがはためかないよう気にしながら4人は急足で進み、ドラコとルイスが向かったであろう通りを駆ける。

 

とある店の曲がり角で見覚えのあるプラチナブロンドと赤毛がちらりと見え、ソフィアは「あそこ、ほら、曲がったわ」とハリー達に囁いた。

 

 

「おいおい……ここ、ノクターン横丁だぜ?」

 

 

ロンも2人が向かったのを目撃していたため驚きと不安が混ざった声で呟く。誰かにこの通りに入るところを見られてはいないかと警戒し辺りを見回していた2人は、間違いなくこの先にあるノクターン横丁へと向かったのだ。

 

 

「早く。見失っちゃうよ」

「足が見えちゃうわ!」

「構わないから、とにかく急いで!」

 

 

ハーマイオニーは踝あたりでひらひらとはためくマントを気にしていたが、ハリーはもどかしげに叫びさらに足を早めた。

人混みに紛れてしまったか、と思ったが、ノクターン横丁はダイアゴン横丁よりも人気はなく、左右に並ぶ店の窓を覗いても誰も居ないように見えた。

危険で誰もが疑心暗鬼になっている今、こんなところで闇の魔術に関係するものを購入するなんて、自らの正体を明かすようなものだ。

しかし、そんな危険を承知の上でドラコとルイスは足速に一つの店へと向かい──扉に手をかける前に注意深く辺りを見渡し誰も居ないことを確認して、薄暗い店内に入っていった。

 

 

「ここは……」

 

 

その店はソフィアが知っている店だった。

2年生になる前の夏休み、ジャックに連れられて来た唯一の店。危険なものがあるから決して触れるなとうるさく言われたボージン・アンド・バークスという闇の魔術に関する商品を取り扱うアンティークショップだった。

 

 

髑髏や古い瓶類のショーケースの間に、こちらに背を向けてドラコとルイスが立っている。大きな黒いキャビネット棚の向こう側にようやく見える程度の姿であり、何を話しているのかはわからないが、ドラコは店主に何かを盛んに言っているようだ。店主であるボージンは憤りと恐れの入り混じった奇妙な表情で口を固く結んでいる。

 

 

「あの人達の言っている事が聞こえたらいいのに!」

「聞こえるさ!まってて──伸び耳、どうだ?」

「凄いわ!」

「気をつけてね、バレたら厄介よ…扉に邪魔よけ呪文がかかってなければいいけど……」

 

 

ロンは抱えていた箱の中から伸び耳を取り出しドアの下に差し込み、紐の端に耳を傾けた。緊張していたロンの表情はぱっと明るく興奮したようになり「大丈夫だ、聞こえる!──ほら、聞けよ!」と紐の端をソフィア達に向けた。すぐにソフィア達は顔を突き合わせ息を押し殺し、じっと紐から聞こえてくる店内の話し声に耳をすました。

 

 

「──直し方を知っているのか?」

「かもしれません。拝見いたしませんと、何とも。店の方にお持ちいただけませんか?」

「出来ない。動かすわけにはいかない。どうやるのか教えてほしいだけだ」

 

 

ボージンはあまり関わり合いたくなのかそっけなく答える。扉にはめられているガラス越しに、神経質そうに唇を舐めるボージンの姿が見えた。

 

 

「さあ、拝見しませんと、なにしろ大変難しい仕事でして。もしかしたら不可能かと。何もお約束はできないでしょう」

「──そうかな?もしかしたら、これで少しは自信が持てるだろう」

 

 

せせら嗤いながらドラコが言い、ボージンに近づく。ちょうどキャビネット棚に隠れてしまいドラコが何をしたのかをハリー達は見る事が出来なかったが──ボージンが息を飲むその音ははっきりと聞こえた。

 

 

「誰かに話してみろ。痛い目に遭うぞ。フェンリール・グレイバックを知っているな?僕の家族と親しい。時々ここに寄って

おまえがこの問題に十分に取り組んでいるかどうかを確かめるぞ」

「そんな必要は──」

「それは僕が決める」

「……ボージンさん、あまり僕らの手を煩わせないでくださいね」

 

 

冷たいルイスの追い討ちに、ボージンは恐怖した目でルイスとドラコを見つめる。ドラコはボージンを見下していたが、ルイスは薄く微笑んでいた。

 

 

「ドラコ、もう行かないと。ナルシッサさんがそろそろ目覚めるよ」

「ああ。……こっちを安全に保管するのを忘れるな。あれは僕が必要になる」

「いま、お持ちになってはいかがです?」

「そんなことしないにきまってるだろう。馬鹿めが。そんなもの持って通りを歩いたら、どういう目で見られると思うんだ?」

「間違っても、売らないように。僕たちが買うその日まで」

「──勿論ですとも、若様方」

 

 

ボージンは深々とルイスとドラコに頭を下げた。それを見て満足げにドラコは喉の奥で笑い、この事は母は勿論の事、誰にも伝えるなと強く言いつけ、ボージンは頭を下げたまま「勿論です」と再度呟いた。

 

 

「行こう、ドラコ」

「ああ」

 

 

ルイスに肩を叩かれたドラコはこの店に来た時の緊張した表情を晴らし意気揚々と店を出た。すぐ側にいたハリー達が被っているマントがひらりとはためき、ソフィアとハーマイオニーはぴたりと寄り添い身を強ばらせたが幸運にも彼らは気づかなかったようだ。

 

店の中で、ボージンは凍りついたように立っていた。ねっとりとした笑いは消え、心配そうに扉を見つめている。

 

 

「いったいどういう意味だ?」

「さあ……」

 

 

伸び耳を巻き取りながらロンが囁き、ハリーは首を傾げる。何か重要なものを見たのは間違いない、しかし、何をしたのか重要な部分は全くわからなかった。

 

 

「何かを直したがっていた。それに、何かを取り置きしたがっていた──こっちを、って言ったとき、何を指していたか見えたか?」

「いや、あいつキャビネット棚の影になってたから──」

「みんな、ここで待ってて」

「ソフィア、何を──」

 

 

ハリーが全てを言う前にソフィアは決意のこもった強い目を光らせ、マントの下から出ていた。

扉の前に立つと一度深呼吸をし、胸の上を出て押さえ呼吸と嫌に高鳴る鼓動を落ち着かせ扉をノックすることなく店内へ続く扉を開けた。

 

 

「お久しぶりですね」

「──おや、お嬢様はエドワーズ様の……どうも、何かご用ですかな?」

 

 

ソフィアはカウンターの裏へ向かいかけていたボージンに声をかけ、商品を物色するふりをしながら何気なくカウンターに近づいた。この店の得意先はルシウス・マルフォイだけではない、ジャックもまた彼にとってのお得意様であり、同伴していたソフィアの事もよく覚えていた。

 

 

「ジャックからの伝言を伝えに来たの。今、あの人はとても忙しいんですって。──あら、このネックレス、前来た時もありましたね?売り物ですか?ただの展示品?」

「1500ガリオンで販売していますよ。まぁ、なかなか手が出ない商品ですから」

「そうよね……ジャックも何かを買ってたものね、例えばこの髑髏を触ったら……パパは怒るかしら?」

「ええ、間違いなく」

「あら、じゃあやめておくわ」

 

 

ソフィアは水晶で出来た黒い髑髏に伸ばしかけていた手を引くと「これはおいくら?」と何気なく聞いた。すぐにボージンは「16ガリオン。酷い悪夢を見せますよ」と喉の奥で笑いながら答える。

 

 

「それで──エドワーズ様の伝言とは?」

「ああ──『同じものをもう一つ用意できるか?』──ですって」

「……承りました。2ヶ月以内に、とお伝えください」

「ありがとう、わかったわ」

 

 

深々と頭を下げたボージンにソフィアは柔らかく微笑みかけ、ぐるりと店内を見渡した。恐ろしい何かの乾涸びた死骸に呪いのネックレス、怪しい髑髏に毒薬に使う材料が入った瓶。どれを購入したとしても、いい方向で活用される事はないそれらを見ながらソフィアはドラコとルイスがなんの取り置きを頼んだのか必死に考えた。

 

 

「ボージンさん。さっきルイスとドラコがここに来たわよね?彼らもジャックのお使いで来たの?」

 

 

戸棚に収められている細々とした瓶を見ながらソフィアは何気なく聞いた。

 

 

「それは──」

 

 

ボージンは目を微かに細めソフィアを見つめる。暫く気まずい沈黙が落ち、ソフィアは疑われている事をすぐに察するとくるりと振り向き、大袈裟に肩をすくめた。

 

 

「ごめんなさい。ルイスが私の兄だとはいえ、きっと顧客の情報は教えられないわよね。今、ルイスはダームストラングの子とお付き合いしているの。あの学校は闇の魔術を教えるから──ドラコもそれを知って、さらにこういうものに興味が出たみたいで。もうすぐ誕生日だし、プレゼントに何かあげようかと思ったんだけど……ドラコが欲しがっていたものだけでも、教えてもらえないかしら?」

「──そこの黒水晶に興味がおありでしたよ。値段は20ガリオンでございます」

 

 

先ほどの会話を盗み聞きしていたソフィアにはそれが嘘だとわかっている。ボージンが得意先であるジャックの関係者に嘘をついた。つまり、それは彼の存在以上に、ドラコの存在の方が重いのだろう。

これ以上踏み込む事は不可能だと判断したソフィアは残念そうに微笑む。

 

 

「あら、考えていた予算とオーバーしちゃうわ……少し考えなおしますね、ありがとうボージンさん」

「いえいえ。──エドワーズ様によろしくお伝えくださいませ、お嬢様」

 

 

ボージンはルイスとドラコにした程にはソフィアに頭を下げなかったが、ソフィアは気にせず扉へと向かいそのままダイアゴン横丁へむかう通りを歩いた。

 

 

「──ソフィア」

 

 

ハリーの声が響き、何もないところから腕が伸びソフィアに透明マントを被せる。すぐに道の端へと向かったソフィアは小声で「ダメね、あれ以上聞くと怪しまれるわ」と呟いた。

 

 

「ソフィア、あなたこの店に来た事があるの?」

「一度だけよ。ジャックは──ここによく来るみたいで、お得意様なの。だから私のことも覚えていたみたいね……ボージンさんに嘘を言っちゃったから、ジャックと辻褄を合わせないといけないわ」

 

 

ソフィアはボージンと会話を続けるため──そして、あの店に来店する理由としてジャックからの伝言を口実にしたが、勿論その場で思いついた嘘である。あの場でバレるかとも思ったが、幸運にもジャックは最近ここで何かを買った後だったのだ。

ホグワーツに行く前にこっそりとジャックにだけ伝えなければならないが、その事はあとでゆっくりと考えればいいだろう。

 

 

「ドラコが何を直したかったのかわからなかったわ。店内に壊れているものはなかったし、どれを聞いても販売しているっていってたもの……私が気づかなかった物だったのかもしれないわ」

「仕方ないよ、あれ以上聞いてたら多分追い出されてたから」

 

 

ハリーはそう言って不安げな表情をするソフィアを慰めたが、ソフィアの表情が晴れる事はなかった。

 

 



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316 彼の狙いは?

 

 

夏休みの残りの1週間のほとんどを、ハリーとソフィアはドラコの行動の意味を考えて過ごしていた。店を出た時のドラコの満足げな表情が気掛かりであり、彼を喜ばせるものが良い話であるわけがない。

ソフィアはドラコの事よりも、それに関わるルイスを気にしていたが今ルイスに聞く事は出来ない──それに、直接聞いても彼は教えてくれないだろう。

 

頭を悩ませる2人とは異なり、ロンとハーマイオニーはドラコの行動にソフィアとハリーほど関心を持っていない事が3日も経てばわかってしまい、ハリーは気楽な──少なくともハリーにはそう感じた──2人に少し苛ついていた。

 

 

「どう考えても怪しい」

「ええ、ハリー、あれは怪しいってそう言ったじゃない。でも色々解釈のしようがあるって、そういう結論じゃなかった?」

 

 

納得できずぶつぶつと呟くハリーに、ハーマイオニーは新しく購入した上級ルーン文字翻訳の本に落としていた視線を上げ、呆れたように答えた。

何度もハリーはあのドラコの行動を討論したがり、その度に結局詳しくはわからない。さまざまな解釈があり、他に何か手がかりを得ない限りは判断ができないという結論に至っていた。

 

 

「輝きの手を壊しちまったかもしれないし。マルフォイが持ったたの萎びた手、覚えてるだろ?」

 

 

ロンは箒の尾の曲がった枝を真っ直ぐに伸ばしながら上の空で言った。

 

 

「でも、ドラコは何かを安全に保管したがっていたのよ?つまり、二つで一つの物の可能性が高くないかしら?」

「そうね、でもそれがわからない限りは何も出来ないわ」

 

 

ハーマイオニーは辛抱強くソフィアの疑問に答えたが、彼女がこの話を蒸し返すのは何度めかわからない。ハリーだけが真剣な顔をして頷いていたが、ハーマイオニーとロンはすぐにそれぞれの関心がある本や箒に視線を戻した。

 

 

「──ソフィア、ちょっと来て」

 

 

ハリーは話を聞いてくれないハーマイオニーとロンに苛立ち、ソフィアの腕をぐいと引っ張り部屋から抜け出すと階段をいつもより足音をたてて上がった。三階への踊り場に到着した後、ハリーはソフィアの手を離し向かい合う。

 

 

「シリウスに相談しようと思うんだ」

「うーん……。…まあ、そうね、悪くないわ」

 

 

ソフィアは少し難しい表情をして腕を組みながら頷く。ハリーにとってシリウスは最も信頼できる大人であり、何か困った事があれば言わずにはいられないのだろう。

シリウスに相談してもとくに良い意見は出ないだろう、とは思ったが、ハリーの考えをシリウスを通して他の騎士団員に共有される事は無駄ではない。──こっそりとモリーとアーサーの監視から抜け出した事は叱られるだろうが、ドラコとルイスの少々怪しい行動は周知されるだろう。

 

 

ハリーはソフィアが頷いたことにほっと表情を和らげた後、すぐにシリウスがいる部屋の扉をノックした。

ホグワーツに向かう日が近付くにつれ、シリウスは去年と同様やや寡黙になってしまい、ここ数日、彼はまた長時間部屋に引き篭もりがちだった。

 

 

「シリウス?話したい事があるんだ」

「ハリー?──ああ、どうぞ」

 

 

すぐに扉が開き、にこりと優しい笑顔を浮かべたシリウスがハリーとソフィアを歓迎し部屋へ入るように促す。

シリウスの両親の部屋だったこの部屋は、去年までは床板が朽ちかけていて、カーテンもボロ衣のようだったがそれも修繕され、それなりの部屋の清潔な部屋へと変わっていた。

 

 

「実は──」

 

 

ハリーとソフィアはシリウスが出現させた黒い丸椅子に腰掛けながら、数日前に訪れたダイアゴン横丁で何を見て聞いたのかを話した。

 

 

「──僕は、マルフォイが何を企んでるのかを知りたい」

 

 

全てを聴き終えたシリウスは暫く黙り込み、じっとハリーを見つめていたが、ふっと悪戯っぽく低く笑うと顎に短く生えている無精髭を撫でる。

 

 

「ハリー。きみはやはりジェームズの息子だな。気になる事はとことん突き詰めたがる」

「う──ん。それって褒めてる?」

「勿論だとも!俺だってその場にいたら追いかけるさ。──まぁ、それがバレたら大変な目に遭ったかもしれない。一応、きみの後見人として片足を突っ込むだけにしておくように、とだけ言っておこうか。そうでなければモリーが煩いからな」

 

 

声を顰め、ウインクをするシリウスに、ハリーは彼が責めるつもりがないとわかるとホッと胸を撫で下ろし、同じようにニヤリと笑った。

 

 

「多分、あの店に壊れた何か、もう一つがあって、マルフォイは両方欲しがっていると思うんだ」

「私たちは──二つで一つといえば両面鏡かなって思ったの。珍しいもので、もう生産はされてないんでしょう?アンティークショップくらいにしか売ってないってこの前言ってたわよね?」

「ああ。……それでこの前、鏡について聞きにきたのか」

 

 

ソフィアの言葉にシリウスは頷き、机の上に置かれている両面鏡を呼び寄せ指先で冷たいそれを撫でた。

 

 

「たしかにこれはその辺の店では置いてない。──ボージン・アンド・バークスの店に売っている可能性は高いだろう。元々このブラック家にあった物だからな──どこから買ったのかは知らないが、まあ……簡単に予想できるだろ?」

「でも、顔を見て話すって……まさか、アズカバンにいる父親とでも話すのかな?」

「うーん……流石に没収されるわよね?」

「そもそもアズカバンにいる囚人に差し入れなんて、余程のコネがなければ不可能だ。ルシウス・マルフォイが死喰い人として捕まっているのなら、どんな些細な物でも調べられ没収されるだろう」

 

 

シリウスの言葉に難しい顔をするソフィアを見て、ハリーも同じように唸る。

アズカバンにいる父親と話すために危険なことを冒すだろうか?──いや、昨年末、マルフォイは自分に『ツケを払うことになる』と憎々しげに呟いていたではないか。まさか、マルフォイが考えている事は、それなのか?

 

 

「そうだ。──マルフォイの父親はアズカバンだ。復讐したがっていると思わない?」

「復讐?でも──ドラコに出来ることなんて……」

「そうなんだ。そこがわからない。でも何か企んでるのは間違いない。あいつの父親は死喰い人だし、それに──」

 

 

ハリーは突然言葉を切り、口を微かに開きソフィアを見つめた。とんでもない可能性を閃いてしまったのだ。

 

 

「ハリー?どうしたの?」

「──あいつが死喰い人だ。父親に代わって、あいつが死喰い人なんだ」

 

 

ソフィアの問いかけに、ハリーは真剣な顔でゆっくりと言い、シリウスとソフィアを見つめる。

流石にその発想は無く、ソフィアはぎゅっと眉を寄せ「それは無いんじゃない?」と言った。

 

 

「だって、ドラコはまだ16歳よ?そんな子どもを例のあの人が受け入れるわけ──」

「──いや、前例がないわけではない」

 

 

シリウスは低く唸るように呟き、その目の中にちらりと暗い色を見せた。

 

 

「話しただろう?俺の弟は死喰い人だったと。レギュラス・ブラック。──あいつが死喰い人になったのは16歳の頃だ。それに、たいした能力もない奴だった」

「そんな──」

 

 

ソフィアは愕然として言葉を無くす。前例があるのなら、ドラコが死喰い人になっていてもおかしいことではない。しかし、もし本当にドラコが死喰い人になったのなら、その隣にいるルイスは──。

 

 

何も言えないでいるソフィアの心中を察する事ができず、ハリーは自分の思いつきがまさに当たっているのではないかと奇妙な興奮を感じながら思いつくままに口を開いた。

 

 

「マダム・マルキンの店。マダムがあいつの袖をまくろうとしたら、腕には触れなかったのに、あいつ、叫んで腕を引っ込めた。左の腕だった。闇の印がつけられていたんだ」

「そんな……ピンが刺さったんじゃないの?」

「それに、僕たちには見えなかったけど、あいつはボージンに何かを見せた。ボージンがまともに怖がる何かだ。印だったんだ。間違いない!ボージンに、誰を相手にしているか見せつけたんだ。それからボージンは真剣に接していただろ?」

「でも……」

 

 

ソフィアはそれでも頷く事はできず狼狽し、不安げに視線を揺らした。ハリーは自分の考えは絶対間違いないと確信する。父をアズカバンへと追いやった原因の1人である自分に復讐するために、きっと何かを企んでいるはずだ。

 

 

「こちらで探ってみる。証拠がないと何も動けないからな。──ハリー、明日からホグワーツだろう?ドラコ・マルフォイが直接何かをしてくるとは考え難い事だが、くれぐれも警戒を怠らないように。何かあればすぐに両面鏡で知らせるんだ、いいな?」

「うん、わかった」

「……」

 

 

シリウスはドラコが死喰い人であるという意見を全て受け入れたわけではない。しかし前例がある以上、無視できない可能性だとしてハリーに真剣に忠告し、ハリーも同じ表情で頷いた。

 

しかし、ソフィアはやはりどう考えてもドラコが死喰い人だとは思えなかった、たしかにドラコはハリーに対し恨みを持ち、復讐を望んでいるだろう。だがドラコは──かなりの小心者であり、人の命を奪う度胸も覚悟もないだろう。純血思想ではあるが、かといってヴォルデモートに心からの忠誠を誓うことは無いはずだ。そんな人間が死喰い人になったとしてもすぐに怖気付き裏切るだけではないだろうか。

 

 

ソフィアは「そんな事あり得ない」とは思っていたが──ひとつ気がかりな事があるのも事実だった。

ドラコのそばにはルイスがいる。彼もまた死喰い人になるなんて有り得ないとは思うが、内部事情を得るために、大切な者を護るためにスパイとして潜り込む可能性は否定出来ない。

流石にセブルスはそれを良しとしないだろうが、それがセブルスの知らぬところで密かに進んでいたら──?

 

 

──流石に、無いわよね。考えすぎだわ。

 

 

ソフィアはぐっと拳を握り、不安な気持ちを押し殺しながら自分自身に言い聞かせるため、何度も心の奥で呟いた。

 

 

「──ところで、もう2人は卒業後の事を考えているのか?」

 

 

重い空気を払拭するように明るくシリウスが言い、手に持っていた鏡をぽんとベッドの上に放り投げた。

ハリーの後見人として、将来どのような道に進むのかは気になるところだ。正直なところ、シリウスは卒業後数年でアズカバン行きになりまともに就職というものもしていない。アドバイスできるとしても20年近く前の情報にはなってしまうが、それでもハリーの未来の話を聞きたかった。

 

 

「うーん……まだ、そこまでは──でも、成績はそこまで悪くなかったんだ!あ、まだ見せてなかったよね?ちょっと待ってて!」

 

 

ハリーはシリウスに成績表を見せる事を忘れていたことに気付き、すぐに立ち上がると自室へと大急ぎで向かった。

残されたシリウスはその灰色の目を優しく細めハリーが消えた後の扉をじっと見ていたが、ふとソフィアを見ると悪戯っぽく笑った。

 

 

「ハリーとは変わらずうまくいってるのか?」

「え?ええ、そうね。とくに問題はないし、多分、その──ハリーも私を愛してくれているわ」

 

 

何だか気恥ずかしくて、ソフィアは照れながら答えた。まだまだ恋人としては初心者同士であり、置かれている状況から気軽にデートにもいけず、2人きりにはなれないため──所謂、健全なお付き合い、だったが、2人にはちょうど良いペースだろう。

 

 

「それは良かった。間違いなく、ハリーにとって大きな支えになっているのはソフィア、君だ。この先も──ハリーの支えになってくれないか?」

 

 

椅子の上で姿勢を正し、真剣な目をするシリウスに、ソフィアはなんだかおかしくてクスクスと笑いをこぼす。

 

 

「ふふっ!勿論よ。でもなんだかプロポーズみたいでおかしいわ!」

「そ、そうか?いや、俺は真面目にだな……」

 

 

シリウスは気まずそうに頬を掻いていたが、楽しげなソフィアの声につられ、顔をくしゃりと歪め低く笑った。

 

 



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317 ホグワーツ 6年目!

 

 

9月1日。

ハリー達はそれぞれの大きなトランクに荷物を全て纏め、個々のペットを籠やバスケットに入れて魔法省の車を使いキングズ・クロス駅へと向かった。

騎士団本部はダンブルドアが秘密の守人として護られ限られた人間しかブラック邸を見る事ができないため、ソフィア達はモリーとアーサーとトンクスから護衛され少し離れた大通りまで向かいそこで待っていた車に乗り込んだのだ。

 

キングズ・クロス駅に到着した後の付き添いは陽気なハグリッドではなく、マグルの黒スーツを着込んだ厳しい2人の闇祓いであり、一言も話さぬままハリー達を挟むと粛々と駅の中へと向かう。

 

 

「早く、早く。柵の向こうに。ハリーが先に行った方がいいわ。誰と一緒に──」

 

 

モリーは効率の良さに少々面くらいながら、隣にいる大柄の闇祓いを見上げる。その闇払いは軽く頷くとハリーの上腕をがっちりと掴み9番線と10番線の間にある柵に誘おうとした。

 

 

「自分で歩けるよ。せっかくだけど」

 

 

ハリーはそこまで介抱してもらわなくても大丈夫だと少し苛立ちながら腕を振り払い、代わりにソフィアをぐいっと引き寄せ──ソフィアは驚いたものの何も言わずに寄り添った──自分のカートを柵の向こうへ突っ込んだ。

 

次の瞬間、ハリーとソフィアは9と4分の3番線のホームに立っていた。紅色のホグワーツ特急が白煙を吐き出しながら、別れが済んだ生徒達を受け入れている。毎年見る光景だが、ハリーはいつも胸を高鳴らせていた。──ようやく、ホグワーツに帰れるんだ。

 

 

すぐ後にハーマイオニーとウィーズリー家一行が現れる。ハリーは強面の闇祓いに相談する事なく空いているコンパートメントを探そうとロンとハーマイオニーを誘った。

 

 

「早く行こう。埋まっちゃうから」

「駄目なのよハリー。私とロンはまず監督生の車輌に行かなきゃ。だからソフィアとコンパートメントを探してくれる?」

「ああ、そうか、忘れてた」

 

 

すっかりロンとハーマイオニーが監督生だという事を忘れていたハリーは残念そうにしたが、それでも後でまた合流出来るだろうとさして気にしなかった。

 

 

「みんな、すぐに汽車に乗った方がいいわ。後数分しかない──じゃあロン、ジニー楽しい学期をね」

 

 

アーサーが腕時計を見ながらロンとジニーに別れを告げる。その後アーサーはハリーに視線を移すと身を屈めモリーを気にしながら小声で囁いた。

 

 

「ハリー、ソフィア。──彼から聞いたよ。少し話そう」

「あ……はい」

 

 

アーサーに誘われた2人は先日のノクターン横丁の件だと察し、みんなに声が聞こえないところまで離れ大きな柱の裏に身を寄せた。

 

 

「私たちの監視を抜け出して別行動をとった事は──今更何を言っても意味がないだろう。ただもうしないとだけ約束してくれるかな?」

「はい」

「すみません、アーサーさん……」

「よろしい」

 

 

片眉を上げて真剣な声で言うアーサーに、2人は流石に心配させただろうと申し訳なくなったが──何かがあればすぐにその約束を破ることになるだろうと思っていた。アーサーも同じように思い少々疑いの目で2人を見ていたのも仕方のない事だろう。

 

 

「私は、ドラコ・マルフォイが死喰い人だとは思えない。それにあの館は強制捜査し、危険だと思われるものは全て持ち帰った。だが──今までハリー、きみの直感に救われた事が多い事も事実。シリウスの弟が16歳で死喰い人になったことも、事実だ。時を見てもう一度館を捜索するよ」

「ありがとうございます」

 

 

ハリーはてっきり完全に否定されるかと思ったが、悪くない言葉に安堵して頷いた。何か見落としがあったのか、それとも見た目は危険な物ではないのかもしれない。それでももう一度隅から隅まで調べれば何かわかるだろう。

 

 

「2人とも、もしホグワーツで何かあればすぐに両面鏡を使い知らせるんだ。それか──マグゴナガル先生か、スネイプ先生。可能ならダンブルドア校長に直接伝えるように」

「……はい」

「わかりました」

 

 

ホグワーツには騎士団員がいる。彼らの力を借りる事が起きなければいいのが1番だが、今までの経験上何があってもおかしくはない。ハリーとソフィアが素直に頷いたとき、ホグワーツ特急が出発の汽笛を鳴らした。

 

 

「ああ、急いだ方がいい」

 

 

汽笛に促され、すぐにハリーとソフィアは汽車へと走った。どこに行っていたのかと慌てながらぶつぶつと苦言を漏らすモリーにも手伝ってもらい、何とか大きなトランクを通路に押し込んだハリーとソフィアは振り返り、ホームの上に立つモリーとアーサーを見る。

 

 

「さあ、クリスマスには来るんですよ。ダンブルドアとはすっかり段取りをしていますからね。すぐに会えますよ」

 

 

ハリーがデッキの扉を閉め、汽車が轟音を立て動き出すとモリーが焦ったそうに窓越しに叫んだ。

 

 

「体に気をつけるのよ。それから、いい子にするんですよ。それから、危ない事をしないのよ!」

「モリーさん!アーサーさん!また会いましょう!」

 

 

汽車が速度を上げるにつれ、小走りになっていたモリーに向かってソフィアは叫び、手を大きく振った。その瞬間モリーは泣きそうに顔をくしゃりと歪め、大きく手を振り「元気で!」と叫ぶ。

 

 

ハリーとソフィアは汽車が角を曲がり、モリーとアーサーが見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 

「……さあ、空いているところを探しにいきましょうか」

「うん、そうだね」

 

 

2人はトランクを転がし、コンパートメントを一つ一つ覗き空いているかどうかを確認した。少し離れたところでジニーが友人と喋っているのを見つけ、ソフィアはすぐに駆け寄り肩を優しく叩く。

 

 

「ジニー、もうコンパートメントは探した?一緒に行かない?」

「駄目なの。ディーンと落ち合う約束をしてるから」

「あ、そうなの。わかったわ、またね」

「またね」

 

 

ジニーは明るく言うと喋っていた友人達とソフィアとハリーに手を振り、長い赤髪をふわりと揺らしながら軽い足取りで立ち去った。

 

夏休みの半分以上ずっとそばに居たジニーが居ないとなると、何だか不思議と寂しい気持ちになったが、誰だって久しぶりに会う恋人と過ごしたいだろう。ソフィアは残念そうに少し笑い、ハリーの手を取った。

 

 

「さあ、行きましょう」

「うん、そうだね」

 

 

ソフィアとハリーは2人で通路を歩き、空いているコンパートメントを探したがなかなかうまくいかなかった。単純にどのコンパートメントも既に人が座っていると言うこともひとつだが、ハリーが見知らぬ女子生徒達に熱い視線を向けられ囲まれ身動きが取れにくくなってしまうのだ。

 

 

「やあ、ハリー、ソフィア」

「ネビル!久しぶり!」

「こんにちは、ハリー、ソフィア」

「ルーナ、こんにちは。久しぶりね、元気だった?」

 

 

うっとりとした目をしている女子を掻き分け現れたネビルとルーナに、ソフィアとハリーはほっとして近付く。ルーナの腕に大切そうに抱えられているザ・クィブラーの雑誌に気づいたハリーは『メラメラ眼鏡(スペクタースペックス)の付録付き』と書かれている大見出しを見て笑った。

 

 

「ザ・クィブラーはまだ売れてるの?」

「うん、そうだよ。発刊部数がぐんと上がった」

「まぁ!良かったわね」

 

 

嬉しそうなルーナの声を聞いてソフィアもにっこりと笑う。4人となったソフィア達は空いているコンパートメントを探すために無言でハリーを見つめる生徒の群れの中を歩き出し、ようやく後方にひとつだけ空いているコンパートメントを見つけることが出来た。

 

 

「──ふう!すごい人だったわね」

「うん。──まあ、一時的なものだとは思うけど」

 

 

ハリーはソフィアのトランクを荷物棚に上げるのを手伝いながら苦笑した。

去年までは誰も自分とダンブルドアの言葉を信じなかったが、昨年の末に魔法省がヴォルデモートの存在を認め、魔法省の神秘部での戦いがどうやらハリーの言葉がきっかけらしいという噂が囁かれ──気がつけば誰もが羨望と興味を孕んだ熱い眼差しでハリーを見るようになっていたのだ。

他人の視線には良くも悪くも慣れているハリーは少しも気にしなかったが、注目されなれていないネビルは扉の向こう側でこちらを覗き込む生徒を見て気まずそうに視線を彷徨わせた。

 

 

「何だか僕まで注目されてるみたいで……気まずいや。──おい、こっちにおいでトレバー!」

 

 

ネビルは身を縮こまらせていたが、自分のポケットからぴょんと飛び出したトレバーに気づくと慌てて立ち上がり座席の下に潜り込んだ。

 

 

「ハリー、ソフィア。今学年もまだDAの会合をするの?」

 

 

ルーナは雑誌の中央にあるサイケな色彩の眼鏡を外しながら2人に聞いた。ソフィアとハリーは顔を見合わせ、少し考え込んだ。既にアンブリッジを追い出しているし、今年はおそらくダンブルドアの友人だというスラグホーンが闇の魔術に対する防衛術の教師になるのだろう。ダンブルドア直々の誘いであり、友人ならば可笑しな授業はしないはずだ。

 

 

「もうアンブリッジを追い出したからなぁ」

「まぁ、今年はクラブ活動を禁止されないでしょうし、決闘クラブ、と名前を変えてするのも悪くはないけれど…」

「僕、DAが好きだった!君たちから沢山学んだ!今年も集まりたいなぁ」

 

 

ネビルは座席の下に潜り込んでいたトレバーを両手でしっかりと掴み、懇願するような熱い視線をソフィアとハリーに向ける。ルーナも「私もあの会合が楽しかったよ」と同調し頷いた。

 

 

「友達が出来たみたいだった」

「まあ!ルーナ、私たちはDAがなくても友達でしょう?」

 

 

ルーナの言葉にすぐにソフィアが明るく言いにこりと笑いかける。目を飛び出さんばかりに大きく開いたルーナはゆっくりと2回瞬きをすると、「そうなの?うわぁ友達なんてはじめて」と噛み締めるように呟いた。

 

今年度も去年のような会合をするかどうか、ハリーとソフィアが決断する前にコンパートメントの外が騒がしくなった。四年生の女子が扉の外に集まりヒソヒソと囁き合い、こちらまで聞こえるかすかな笑い声が響く。

 

 

「あなたが聞きなさいよ!」

「いやよ、あなたよ!」

「私がやるわ!」

 

 

その言葉が聞こえた直後、大きな目に黒髪の大胆そうな顔立ちの女子が自信ありげな表情を浮かべ扉を開けて入ってきた。

 

 

「こんにちは、ハリー。私、ロミルダ。ロミルダ・ベインよ。私たちのコンパートメントに来ない?ねえ、私あなたと仲良くなりたいの」

「せっかくだけど、遠慮するよ」

「あら。──そう、オーケー」

 

 

ロミルダは驚き、プライドが傷ついたような表情をしてツンと顎を上げ、入ってきた時と同じように堂々とした態度でまた出ていった。

 

 

「みんな、あんたの恋人になりたいんだ」

「なんだって?」

「恋人」

 

 

ルーナの率直な言葉にハリーは心から嫌そうな顔をし黙り込む。そういえば汽車に乗ってから受けていた視線はいつもの視線とは少し違って女子からのねっとりとした視線が多かった。

 

 

「僕はソフィアと付き合ってるのに!」

「えっ!?そうだったの?うわー、言ってよ!」

「気が付かなかったなぁ」

 

 

ハリーの言葉にネビルとルーナは驚き、じろじろとハリーとソフィアを見た。2人は恋人になったとはいえ、場所を選ばず愛を語り合い密着する事はない。変わった事といえばおやすみのキスくらいだろうが、それも頬にするだけでありもともと他者とハグやキスをしていたソフィアを知っているネビルはまさか2人が付き合っているとは思わなかった。──いや、ネビルだけでなく他にも知らない人は多いだろう。

 

 

「じゃあもっと見せつけた方がいいのかな」

 

 

ハリーはニヤリと悪戯っぽくソフィアに笑いかけるが、ソフィアは何とも言えない気持ちで曖昧に笑った。

もし場所を選ばずキスやハグをすれば自分達の関係は周知されるものになるだろう。しかし、その場面をもし父親(セブルス)が目にしてしまえば──ハリーの飲み物によからぬものが入るだろう。

 

 

「うーん…でも、人前で──その──キスをするのは恥ずかしいわ。──あ、ねえ!ネビルはOWL試験の結果、どうだったの?」

 

 

顔を赤らめ恥ずかしそうに目を逸らしたソフィアはあからさまに話題を変えた。ハリーは勿論その事に気づいたが、ソフィアの恥ずかしがっている顔を見れた事で満足し、それ以上追求することはなかった。

 

話題はOWL試験の内容からクィディッチへと変わり、汽車がほとんど真上に上がった明るい太陽の下を走る頃、ロンとハーマイオニーが疲れた顔をしてコンパートメントの扉を開けた。

 

 

「ランチのカート。早く来てくれないかなぁ、腹ペコだ」

 

 

ロンは腹を撫でながら勢いよくネビルの隣に座り足を投げ出す。ハーマイオニーはコンパートメント内にいるルーナがつけている極彩色の眼鏡を胡散臭そうに見ながらソフィアの隣に座った。

 

 

「やあ、ネビル、ルーナ。──ところでさ、マルフォイが監督生の仕事をしてないんだ。他のスリザリン生と一緒に、コンパートメントに座っているだけ。通り過ぎるときにあいつが見えた」

 

 

ロンの言葉にハリーは怪訝な顔をしながら座り直す。先学期は嬉々として監督生の権力を濫用していたあいつが、新入生に向かって力を見せつけるチャンスを逃すなんてらしくない。

 

 

「君を見た時、あいつ何をした?」

「いつもの通りさ。だけど、あいつらしくないよな?まあ──こっちの方はあいつらしいけど」

 

 

下品な手真似をして舌を出すロンに、ソフィアとハーマイオニーは嫌そうな顔をして眉を寄せる。

 

 

「でも、なんで一年生をいじめにこないんだ?」

「さあ?」

「多分、尋問官親衛隊の方がお気に召してたのよ。監督生なんて、それに比べるとちょっと迫力が欠けると思ったんじゃない?」

 

 

ロンとハーマイオニーはとくに気にする事はなかったが、ハリーは不可解なドラコの行動に眉間に皺を寄せたまま考えを巡らせた。

きっと、監督生の仕事を──下級生いじめを──する事よりも、大切なことがあったのではないだろうか?

 

 

「たぶん、あいつは──」

 

 

ハリーが持論を述べようとしたとき、再びコンパートメントの扉が開き、三年生の女子が息を切らせながら入りハリー達を見回した。

 

 

「私、これを届けるように言われて来ました。ネビル・ロングボトムとハ、ハリー・ポッターに」

 

 

ハリーと目が合うと、少女は顔を真っ赤に染め言葉につっかえながらそれぞれに紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻紙を押しつけた。

ネビルとハリーは「これが何か知ってるか?」と無言のうちに視線を交わしたが、2人とも巻紙が何なのかわからない。

少女はそれぞれにしっかりと渡し終えると、足を引っ掛け転びそうになりながらコンパートメントを出て行ってしまった。

唖然としつつ、ハリーは手の中にある巻紙に視線を落とす。

 

 

「何だい?それ」

「招待状だ」

 

 

怪訝なロンの声に促され巻紙を開いたハリーはそこに書かれている内容を読み呟いた。ハリーはスラグホーンがどういう人か僅かに知っていたため、何故自分が招待されたのかをなんとなく察していたが、ネビルは顔を蒼白にし何かしでかしてしまったのかと困惑していた。

 

 

「スラグホーン教授って、誰?」

「新しい先生だよ。うーん、たぶん行かなきゃならないよな?」

「だけど、どうして僕にきて欲しいの?」

「わからないな。──そうだ、透明マントを着て行こう。そうすれば途中でマルフォイをよく見ることができるし、何を企んでいるのかわかるかもしれない」

 

 

ハリーはトランクの奥から透明マントを取り出し、怖々としているネビルと共にコンパートメントを出て行った。

いったい何故ハリーとネビルが呼び出されたのかわからないソフィア達は顔を見合わせたあと、不思議そうに首を捻る。

 

 

「スラグホーンって、まともな教師なのかな?」

「さあ……まあ、少なくとも今までの教師達とはちょっと違うみたいね」

 

 

最後まで扉に嵌め込まれている窓を覗き、通路の様子を見ていたロンにハーマイオニーは少し肩をすくめながら言うとすぐに鞄の中からルーン語の教科書を取り出した。

 

 

「ねえソフィア。ここの訳ってどう思う?」

「ああ……これは、朝に白き月が輝く──だと思うわ」

「やっぱり?じゃあ──」

「きみたち。まだホグワーツにもついてないんですがね?」

 

 

学校以外で勉強の事を耳にしたく無いロンは嫌そうに眉間に皺を寄せたが、ハーマイオニーはちっとも気にする事なくルーン語の辞書を引っ張り出し、ソフィアは苦笑しながらハーマイオニーに付き合った。

 

 



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318 細い糸!

 

 

ハリーは長時間スラグホーンが教えた著名であり親交の深い魔法使いの逸話を聞かされるだけの食事会に付き合わされ、早くソフィア達の元に戻りたい──そう思ったが、同じくスラグホーンに招待されていたスリザリン生であるザビニはドラコ・マルフォイのいるコンパートメントに帰るだろう。きっとマルフォイはスリザリン生しか居ないと油断しているはず、何か企んでいる事を聞ける願っても無いチャンスかもしれない。

そう考えソフィア達のいるコンパートメントに戻ることはなく1人透明マントを被りザビニの後ろを密かに着いて行った。

 

 

扉を閉めようとしたザビニに、ハリーは慌てて咄嗟に自分の足を突き出し扉が閉まるのを防いだ。ザビニは扉の様子がおかしい事に訝しみながら何度も強く閉めようとし、ハリーはタイミングを見て思い切り扉を開く。勝手に開いた扉に驚きバランスを崩したザビニは近くに座っていたゴイルの膝に覆いかぶさるようにして倒れ、ゴイルが痛みと驚きで叫び声を上げる。

コンパートメント内にいるスリザリン生の視線が彼らに向いた時、ハリーは必死に気配を殺して空席になっていたザビニの席に飛び乗り、そのまま荷物棚によじ登った。

飛び上がった反動でマントがはためき、間違いなく踝から先が出てしまったが──幸運にもみんなの目はザビニとゴイルの睨み合いの方を向いていた。

 

ゴイルは手を伸ばして扉をぴしゃりと閉め、いつまでも自分の膝の上から退かないザビニを叩き落とす。ザビニは喉の奥で悪態を吐きながら痛そうに腰をさすり、よろよろと自分の座席に座った。

 

 

「大丈夫?吹っ飛んだように見えたけど、何かに躓いたの?」

「いや……扉の建て付けが悪かったらしい、それで跳ね返っちまった」

「ふうん…?さっきまで普通だったのにね。鎮痛薬、いるならあるけど?」

 

 

窓際の席に座り教科書を読んでいたルイスは脇に置いてある鞄をとり、中から小瓶を取り出すとザビニの前で軽く振った。

しかし、ザビニはぎくりと顔を引き攣らせると「いや、いい。ありがとう」と低く呟き腰をさするのをやめて椅子に座り直す。

ルイスが持つ薬は彼が調合したもので一般的な鎮痛薬と同じであり、効き目は抜群だ。しかし──魔法薬というものは一部を除き極悪な味がするものだ。腰の痛みとしばらく続く後味の悪さを天秤にかせたとき、ザビニは痛み続ける方を選んだ。

 

 

「それで、ザビニ。スラグホーンは何が狙いだったんだ?」

 

 

ドラコは座席を二つ分占領して寝転がり、頭をパンジーの膝の上に乗せていた。パンジーはドラコの額にかかる滑らかなブロンドの髪を優しく撫で、こうされる事を許される自分の立場に、満足げな笑みを浮かべている。

 

 

「いいコネを持っている連中に取り入ろうとしただけさ。大勢見つかったわけではないけどね」

「他には誰が招かれた?」

「グリフィンドールのマクラーゲン──」

「ああ、そうだ。あいつの叔父は魔法省で顔が効く」

「レイブンクローのベルビィとかいうやつ。あとはロングボトム、ポッター、それからウィーズリーの女の子」

 

 

ザビニが思い出しながら名前を言った途端にドラコはパンジーの手を払いのけて起き上がる。まだ初めに出てきた名前は許せる、苦々しいが世間の英雄ハリー・ポッターも。しかし──。

 

 

「ロングボトムを招いただって?」

「ああ、そういうことになるな。ロングボトムがあの場にいたからね」

「スラグホーンがロングボトムのどこに関心があるっていうんだ?」

「さあ…?」

 

 

苛立ちを隠さないドラコに、ザビニは面倒くさそうな目をしたまま肩をすくめる。彼も勿論グリフィンドール生のことはよく思っていないし、ネビルは愚図だと思っていたが、かと言ってドラコほど全てに突っかかるわけではない。──ただ単に、どうでもいい存在に興味が無く、面倒なだけなのだが。

 

 

「ポッター、尊いポッターか。選ばれし者を一目見てみたかったのは明らかだな。──しかし、ウィーズリーの女の子とはね!あいつのどこが特別なんだ?」

「男の子に人気があるわ。──あなたでさえ、ルイス。あの子が美人だと思ってるでしょう?」

「え?──まあ、可愛い子だよね」

 

 

いきなり話題を振られたルイスは少し沈黙したあと、曖昧に笑いあっさりと肯定する。途端にパンジーは嫌そうに顔を歪め、ドラコは吐く真似をして頭を振った。

 

 

「でも、僕の好みではないかな。というか、僕は恋人がいるからね?」

「ああ、そうだったな」

 

 

もうこの話題に関わりたくないのか、ルイスはため息をつくと目線の高さほどに教科書を上げ、上級魔法薬書を黙々と読み始めた。

 

ドラコは再びゴロンとパンジーの膝の上に寝転ぶと──パンジーは嬉しそうに頬を緩めまたせっせとドラコの頭を撫でた──ザビニ達を見ながら余裕のある表情を浮かべた。

 

 

「まあ、僕はスラグホーンの趣味を哀れむね。少しボケてきたのかもしれないな、残念だ。父上はあの人が盛んなときはいい魔法使いだったとおっしゃっていた。父上はあの人にちょっと気に入られていたんだ。スラグホーンは、たぶん、僕がこの汽車に乗っていることを聞いていなかったのだろう。そうでなければ──」

「僕なら、招待されようなんて期待はしないだろうな。僕が1番早く着いたんだが、そのときスラグホーンにノットの父親のことを聞かれた。どうやら旧知の仲だったらしい。しかし彼は魔法省で逮捕されたと言ってやったら、スラグホーンは良い顔をしなかった。ノットも招かれていなかっただろう?スラグホーンは死喰い人には関心がないのだと思うよ」

「フン……まあ、あいつが何に関心があろうと知ったことじゃない。結局のところ、情勢も知らない哀れな老人だということさ」

 

 

ドラコはザビニの言葉に腹を立てた様子だったが、無理矢理白けたような乾いた笑みを漏らし、「興味を失った」とアピールするためにこれ見よがしに欠伸をこぼす。

 

 

「僕は来年ホグワーツにいないかもしれないのに、とうのたった太っちょの老いぼれが僕のことを好きだろうとなんだろうと、どうでもいい」

「来年はホグワーツにいないってどういうこと?」

 

 

パンジーがドラコの頭を撫でていた手を止め、困惑しながら聞いた。パンジーだけでなくザビニ達も興味を持ちじっとドラコを見つめる。彼らの注目を集めることが出来たドラコはニヒルな笑みを浮かべコンパートメントの天井を見つめた。

 

 

「まあ、先の事はわからないさ。僕は──もっと次元の高い大きなことをしてるかもしれない」

 

 

荷物棚で透明マントにくるまりながら、ハリーは自分の鼓動が速くなるのを感じた。間違いない、マルフォイはやはり何かを企んでいるのだ。

クラッブとゴイルはドラコの言う『次元の高い大きなこと』が何なのか分からずぽかんと呆けたような表情をしていたが、ザビニとパンジーはドラコの勿体ぶるような態度と、この自信たっぷりな表情を見て──流石に6年の付き合いともなれば何を意味するのかを察していた。

 

 

「もしかして──あの人のこと?」

「母上は僕がホグワーツを卒業することをお望みだが、僕としてはこのごろそれがあまり重要だとは思えなくてね。つまり、考えてみると……闇の帝王が支配なさるとき、試験を何科目パスしたかなんてあの人が気になさるか?もちろん、そんなことは問題じゃない。あの人のためにどのように奉仕し、どのような献身ぶりを示してきたかだけが重要だ」

「それで、君があの人のために何ができると思っているのか?──16歳で、しかもまだ完全な資格もないのに?」

 

 

ザビニはドラコの言葉に好奇心をのぞかせながらも鋭く追求した。ドラコは確かに勤勉であり、魔法も同じ学年の生徒よりは知っている。しかし、それでもルイスには勝てず、あのハリー・ポッターに噛み付いたとしてもいいようにあしらわれる事だって少なくない。彼に自分より確実に弱い相手ばかり相手にし、優越感に浸る姑息さがあるのは言うまでもないだろう。

それを見ていたザビニだからこそ、ドラコが ヴォルデモート(あの人)のために何かできるとは到底思えなかった。

 

 

「たったいま言わなかったか?あの人はたぶん、僕に資格があるかなんて──」

「──ドラコ」

 

 

冷笑を浮かべ得意げになっていたドラコの言葉をルイスが静かに遮る。

ドラコは途端に黙り込み、ちらりとルイスを見上げた。教科書をパタンと閉じたルイスは温度を感じさせない目でドラコを見下ろす。

 

 

「きみの悪いところは、考えなしに話すことだ」

「……フン。──まあ、すぐにわかる事さ」

「はぁ……。ほら、ホグワーツが見える、もう着替えなきゃ」

 

 

ルイスはすっかり暗くなった車窓から見える闇の中チラチラと輝くホグワーツの灯りを指差した。

息を殺しドラコ達の会話を聞いていたハリーは、やはりルイスは何かを知っているに違いない。こんな最低の人間が親友だからといって、まさかルイスまで闇に落ちるつもりなのだろうか──そう、じっとルイスを見つめ考えに集中していたため、自分のすぐそばにあるトランクにゴイルが手を伸ばしたことに気がつかなかった。

 

ゴイルがトランクを下ろす拍子にハリーの頭に角がごつんとあたり、その鈍痛から思わずハリーは呻き声を上げてしまった。

 

 

「──ぐッ…!」

 

 

すぐに手で口を塞いだが、ドラコとルイスは怪訝な顔をして荷物棚を見上げる。ガチャガチャと煩くトランクケースを開けているゴイル達は気が付かなかったようだが、2人の耳には微かな異音が届いていた。

ハリーは口を押さえていた手を外し、ゆっくりと杖を取り出し身構える。ハリーはドラコが怖いわけではなかったが──ルイスとは戦いたく無かった。何故ルイスがこうもドラコの味方をするのか、ソフィアと離れて行くのか、その事について戦う前に冷静に話し合うべきだと思っていたのだ。

 

トランクでぶつけた頭は痛み、視界がぼやける中。ハリーは音を出すことなく固唾を飲み込む。

 

 

しかし、幸運にもドラコとルイスはその異音の正体を追求することはなく、クラッブが下ろしたトランクケースからローブを取り出し他の生徒と同じように支度を始めた。

 

汽車が速度を落として徐行を始めたとき、ドラコは厚手の新しい旅行用マントの紐を首のところでしっかりと結びトランクに鍵をかけ直す。

最後に一度ガタンと大きく揺れた列車はついに停止し、通路にガヤガヤとした声と人の気配が溢れる。体格の大きなゴイルがドアを勢いよく開き──その威嚇するような音で、下級生は縮こまった──二年生の群れを押し退けながらずんずんと進む。クラッブとザビニは顎を少し上げ、まるで王族が通るような横暴な態度でそれに続いた。

 

 

「先に行け。ちょっと調べたいことがある。──ルイス、残ってくれ」

 

 

ドラコに手を握られることを期待し、手を伸ばして待っていたパンジーはがっかりと小さなため息をついたが彼女にとってドラコの言葉は絶対である、何も反抗することなく「またね」と甘い声でドラコに言った後すぐに通路へと出た。

 

コンパートメントにはドラコとルイス。そしてハリーだけが残っていた。

ルイスは少し面倒くさそうな顔をしたまま車窓から景色を眺め、ドラコは扉についているブラインドを下ろし通路側から覗かれないようにした。

ブラインドを下ろしたあとはゆっくりと自身のトランクへと近づき屈み込むとパチン、と鍵を開けた。

ハリーはパンジーを追い出し隠したかった何かが、あのノクターン横丁にある店で修理を頼んでいた何かがトランクの中にあるのだろうと期待し、無意識のうちに荷物棚の端から身を乗り出し覗き込んだ。

 

 

ペトリフィカス トタルス!(石になれ!)

 

 

途端、ドラコがトランクの影から杖を出しハリーがいる荷物棚へと真っ直ぐに向けた。

ハリーは金縛りにあったようにピクリとも動けなくなり、身を乗り出していたせいでゆっくりと体が傾く。──まずい──そう思った時にはどうすることも出来ず、荷物棚の上から転げ落ちドラコとルイスの足元に床を震わせるほどの音を立てて落下した。

 

体からずれた透明マントは体の下敷きになり、脚を海老のように丸めうずくまったままの滑稽な恰好でハリーは全身を無防備に曝け出してしまった。指の一本も、瞼すらも閉じることが出来ず、ただハリーはにんまりとほくそ笑みながら自分を見下ろすドラコの顔を眺めるしかなかった。

 

 

「やはりそうか。ゴイルがおまえにぶつかったのが聞こえた。それに、ザビニが戻ってきたとき、何か白いものが一瞬見えたような気がした」

 

 

ドラコは意地悪く笑いながらハリーの白いスニーカーを足先で小突く。ルイスは小さなため息をつき、何故ハリーはこうもトラブルの中に自ら飛び込んでしまうのだろうか、と心の中でぼやいた。

 

 

「ザビニが戻った時に扉を止めたのはお前だったんだな?──ポッター、おまえは、僕が聞かれて困るようなことを何も聞いちゃいない。しかし……せっかくおまえがここにいるうちに──」

 

 

ドラコは憎しみを込め思い切りハリーの顔を踏みつける。鋭い痛みがハリーを襲い、間違いなく鼻が折れたのだと思ったがハリーの体は痛みで震えることも無い。

ハリーは視界の端にうつるルイスがどうにかして助けてくれることを願った。少なくとも──今は、まだ友人だと、ハリーは信じていた。

 

 

「いまのは僕の父上からだ。さてと……」

 

 

ドラコはハリーの鼻から血が流れるのを満足げに見下ろしながら透明マントを掴み、ハリーを覆った。

 

 

「汽車がロンドンに戻るまで、誰もおまえを見つけられないだろうよ。ルイス、いいよな?」

 

 

ドラコは笑いながらルイスを見た。

ルイスは目を伏せ暫く沈黙したあと、ハリーを冷たい目で見下ろす。

 

 

「……早く行こう。遅刻するわけにはいかないからね」

「ああ。また会おう、ポッター。……それとも会わないかな」

 

 

ドラコはわざとハリーの指を踏みつけ、くつくつと低く笑いながら扉へと向かう。

 

ルイスは何も見えなくなった空間を見下ろし、そして長いため息をつくと声に出さず杖を振った。銀色の細い光がルイスの杖先から溢れ、それはハリーの目の前で文字になる。

 

 

『僕たちに近づかないで』

 

 

そう書かれた言葉を、ハリーは流れた血が口の中に入っていくのを感じながら呆然と眺めていた。

 

ずっと信じていた細い糸のような何かが、ハリーの中でぷつりと切れた瞬間だった。

 

 



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319 現れたのは!

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは汽車が暗いプラットホームに止まったのを確認し沢山の生徒達と共に通路をぞろぞろと歩いていた。

 

 

「ハリー、結局戻ってこなかったな」

「スラグホーン先生との会食は終わって…その後どこかに行ったらしいけど……」

 

 

ソフィアは心配そうに辺りを見渡すが、その中にハリーの姿はない。ハリーは良くも悪くも目立つのだ。特に今年は女子が囁きくすくすと笑いながら彼を見ているようだし、何処かにいるのならすぐに気付くことができるだろう。

 

新入生が列を離れていく中、2年生以上は例年通りセストラルの群れが引く馬車へと向かう。ソフィアはハーマイオニーとロンが馬車に乗り込んだ後、ついにぴたりと足を止めた。

 

 

「ソフィア?」

「どうしたんだい?」

「私──見てくるわ。だって、ハリーは服を着替えてもないでしょう?私たちが出たのは最後よ、どう考えてもおかしいもの」

「それは──でも、もう出発するわよ?!」

 

 

ハーマイオニーはそういえばハリーは指定のローブすら着ていない。目立つことをあまりしたくないハリーは悪目立ちする格好で堂々とホグワーツへ向かう事はないだろう。そう思い直したが既に先頭の馬車は生徒を乗せゆっくりと進んでいる。

たしかによく考えれば何かあったのかもしれないが、ネビルが教えてくれたように、スラグホーンに特に気に入られたというハリーが着替える暇もなくスラグホーンと共に別の特別な馬車に乗り込んでいる可能性がある。

馬車に乗り込み「早く乗れよ!」と急かすロンに、ハーマイオニーは悩みながらロンとソフィアの間で視線を彷徨わせた。

 

 

「ほら──スラグホーンに連れて行かれたんじゃない?」

「そうかもしれないわ。でも、服は必要でしょう?それだけ取ってくるわ!」

「ソフィア!──すぐに戻ってきてね!遅れないでよ!」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの声を最後まで聞くことなく踵を返すと、驚いた視線を向ける生徒たちの間を縫ってプラットホームへと戻った。

既にそこは人気が無く誰も居ない。素早く先程までいたコンパートメントに戻ったソフィアは、ハリーのトランクを開き中から制服のローブとシャツ、それにグリフィンドールカラーのネクタイを取り出すと肩掛け鞄の中に詰め込んだ。

 

 

汽車の中は静まり返り、物音ひとつしない。遠くの方で生徒達の騒めきが聞こえる中、ソフィアはポケットから杖を取り出し前に掲げながら一つ一つのコンパートメントの扉にある窓を覗き込み中の様子を伺った。

 

 

「…ハリー?」

 

 

声をかけてみるものの、返ってきたのは外からのフクロウの鳴き声だけであり、物音一つしない。

ハーマイオニーの言うようにスラグホーンに連れられて先に行ってしまったのだろうか。

 

先頭車両近くまで来た時、一つのコンパートメントのブラインドが下りている事に気付く。誰かが着替える時に下げてそのままにしてしまったのか。

 

ソフィアは扉を開け、中を見回す。

このコンパートメントも他と同じく無人であり、荷物ひとつ残されていない。

 

 

「……?」

 

 

ふと、鼻をつく臭いを感じソフィアは眉を寄せる。

鉄の臭い。これは──おそらく、血の臭いだ。

 

 

「……まさか──」

 

 

ソフィアは体を低くして腕を前に突き出し、その匂いの強い方へと向かった。何かがあるようには見えなかったが、指先に確かな物が触れ、ソフィアはぐっと掴み持ち上げる。

その下から現れたのは四肢を曲げ丸まった姿で横たわるハリーであり、ソフィアは喉の奥で小さな悲鳴を上げると慌てて側にしゃがみ込んだ。

 

 

「ハリー、ハリー!しっかりして!」

 

 

目は見開かれているが瞳孔は動かない。体は硬く丸まったまま弛緩する様子もなく、体を揺すっていたソフィアはすぐに呪いがかけられていると気づき杖をハリーに向けた。

 

 

「──フィニート(呪文よ終われ)!」

「──っはあっ!……げほっ!」

 

 

解除魔法により固まっていた体はふっと解ける。ハリーは反動で大きく息を吸い込んでしまい、口の中にあった血で盛大に咽せ咳き込んだ。

 

 

「ああ、血が……大丈夫、じゃないわよね、ひどい怪我だわ……」

「いや……大丈夫だよ、本当にありがとう…ロンドンまで戻らなきゃならなくなるところだった」

 

 

ハリーは袖で鼻から流れ続ける血を拭い、心から感謝を述べる。誰か見回りの教師が見つけてくれることを期待していたが、まさかソフィアが来てくれるとは思わず──ソフィアが扉を開けた時、ハリーは本気でソフィアのことを救世主か天使だと思ったのだ。

 

 

「じっとしてて──エピスキー(癒えよ)テルジオ(拭え)。……どう?鼻、治ったかしら……?」

「うっ…!あ、ありがとう!痛みが引いたよ!」

 

 

ハリーは鼻がとても熱くなり、そしてすぐにとても冷たくなった。恐る恐るは鼻に触れてみたが痛みは無く、折れていた骨も元通り治っている。手にべっとりとつく血の感触がないことから、大量の血痕も消してくれたのだろう。

 

 

「なんでこんなところで麻痺していたのかとか、誰にやられたのかとか……聞きたいことはたくさんあるけれど、とりあえず早く行きましょう。馬車に乗り遅れちゃうわ」

「うん、そうだね。──ソフィア、本当にありがとう」

 

 

ソフィアに支えられ立ち上がったハリーは飲み込んでしまった血の不快な味に眉を寄せながらもう一度礼を言った。ソフィアは優しく微笑み、「いいのよ」と軽く言うとすぐにハリーの手を引き汽車の扉へと向かう。

 

既にプラットホームは無人だったが、遠くの方でセストラルが牽く馬車の微かな灯りが木々の隙間からちらちらと輝いていた。

 

 

「大変──走りましょう!」

 

 

米粒のような小さな光を追いかけて必死に走ったソフィアとハリーだったが、人の走る速度で馬車に追いつけるわけもなく、最後尾を走っていた馬車の灯りはついに木々の奥へと消えて見えなくなってしまった。

それでも暫くは諦めずに懸命に走っていた2人だったが、馬車の灯りが消えて暫くしてから、とうとう足を止め膝に手を当て荒くなった呼吸を整えた。

 

 

 

「ああ…ごめん、間に合わなかった」

「ううん…いいのよ、仕方がないわ……」

 

 

全力疾走した2人の熱い体を寒い夜風が心地よく過ぎ去っていく。

近くの木ではフクロウがホウホウとかすかな鳴き声を上げ、風に吹かれた木々がざわめいた。星や月が空に光っていればいいのだが、空はあいにくの曇天であり空気もどこか重々しい。

灯りのないところではこれほどまで不気味なのか、と2人は手をしっかり握ったまま身を寄せ合い不安げに辺りを見回した。

 

 

──だめだ。ソフィアが不安になる…。

 

 

ハリーは触れているソフィアの肩が少し震えていることに気付くと繋がっている手に力を込め、にこりと笑った。

 

 

「大丈夫、この轍の跡に沿って歩けば着くはずだ」

「ええ、そうね……がんばりましょう」

 

 

ハリーの励ましにソフィアは小さく微笑む。

その時凍えるような突風が2人を襲い、ハリーはぶるりと身を震わせた。

 

 

「あ、そうだわ!私、あなたの服を持ってきてるの。そんな薄着じゃ寒いわよね……すっかり忘れていたわ」

 

 

ソフィアは鞄の中をごそごそと探り、中からハリーのローブとネクタイ、それにシャツを取り出したが、シャツを着替えるスペースはなさそうだとシャツだけはもう一度鞄の中に戻した。

 

 

「うわぁ!ありがとうソフィア!」

 

 

ハリーはローブを受け取るとすぐに袖を通し、ネクタイを締める。幾分か寒さが和らいだところで、ポケットから杖を出すと「ルーモス」と唱えた。

 

 

「僕が照らすよ。じゃあ──」

 

 

行こう。そうハリーが言う前に近くの茂みが不自然に蠢き、ハリーは咄嗟に杖先を向けた。

風に凪いでいるわけでもない、何か獣だろうか?ここは禁じられた森ではないが、野生生物もきっといるだろう。一瞬で緊張が場に落ち、ソフィアも静かに杖先をその茂みに向ける。

ガサガサ、と不自然な音は徐々に大きくなり──ついに茂みの葉がばさりと割れた。

 

 

「──おっ、ハリーとソフィア発見」

「トンクス!」

「どうしてここに?!」

 

 

茂みの間から現れたのはトンクスだった。

彼女は最後に見た時より疲れたような表情をし、髪の色も茶色く過去のような溌剌さは微塵もない。

服についた葉っぱを叩き落としながらこちらに近づくトンクスに、ソフィアとハリーは自然と一歩後ろに下がった。

 

 

「何──」

「本当にトンクスなの?だって、こんなところにいるなんて…」

 

 

 

警戒したままの2人に、トンクスは意外そうな顔をしたがすぐに真剣な顔をして黙り込む。ソフィアとハリーはそんなトンクスを見てさらに警戒を強めじりじりと後退したが、トンクスは単純に2人に自分が本物だと信じさせる情報は何があっただろうかと考え込んでいたのだ。

 

 

「私が初めて見たティティの変身は白いハグリッドだったね」

「え?──あぁ…」

 

 

それの言葉にソフィアとハリーは何のことか分からず一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐ去年の事を言っているのだと分かるとホッと安堵のため息を吐き杖を下げた。

それを知っているのはあの場にいた者だけであり、本部での会話は同じ騎士団員以外には他言を禁じられている。ティティがハグリッドに変身したのはあの一度きりであり、それを知っているのは彼女が本物である証拠だろう。

 

 

「トンクスはどうしてここに?」

「ハリー、きみが列車から降りてないことに気づいていたからね。透明マントを持ってたのは知ってたから、何かあったのかと思って…探そうとしたら先にソフィアが戻ってきて──いきなり走り出すからちょっと合流が遅れちゃったんだ。ハリーのトランクも回収しなきゃならなかったし」

 

 

トンクスが視線を下ろせば、茂みをガサゴソと押し退けハリーのトランクケースが現れた。至って普通のトランクケースだったはずだが、その動きは動物を思わせる奇妙なもので、ハリーは呆気に取られてトランクを見下ろす。

トランクは「よくも置いて行ったな」とでも言いたいのか、トランクに考える脳があるのかはわかりないが、ゴツゴツと角の部分をハリーの太腿にぶつけていた。

 

 

「うわっ!や──やめろ!」

「ごめんごめん、重かったから」

 

トンクスはトランクに向かって軽く杖を振る。青い光が杖から飛び出しトランクに当たれば、トランクは大きく一度身震いをしてからぴたりと大人しくなった。

先ほどの生物らしさはない、ただの置物──いや、本来の姿にもどったのだろう。

 

次にトンクスは杖先を光らせ暗い夜道を照らすと「行こうか」と2人を促した。

いつもなら何か明るい冗談を言い、姿を変え笑わせてくれるトンクスが静かだとソフィアとハリーはどんよりとした重々しい不安を感じてしまう。あれほど明るかったトンクスがこうなってしまうほど、世界を恐怖で支配しようとしているヴォルデモートの影響は大きいという事なのだろうか。

 

 

「ホグワーツの警備にあたっているの?」

「うん、ホグズミードに配置されているんだ。ホグワーツの警備を補強するために」

「ここに配置されているのはきみだけなの?それとも──」

「プラウドフット、サベッジ、それにドーリッシュもここにいる」

「ドーリッシュって、先学期ダンブルドアがやっつけたあの闇祓い?」

「そう」

 

 

トンクスは淡々と説明し、前を見たまま杖を軽く振る。杖先からはとても大きな銀色の生き物が現れ、暗闇を矢のように飛び去った。

 

 

「今のは守護霊だったの?」

「そう。君たちを保護したと城に伝言した。そうしないとみんな心配するからね。──行こう、念のため2人はマントを着たほうがいい」

 

 

トンクスに促されるままソフィアとハリーは透明マントを被り身を寄せ合う。今しがた馬車が通ったばかりであろう轍の跡を辿り、トンクスが照らす細い光が指し示す方へと黙々と歩く。

ハリーとソフィアはトンクスが発する重々しい空気を敏感に感じ取り、一言も話す事なくただホグワーツへの道を進んだ。

いつもは馬車に乗っていてわからなかったが、ホグズミード駅からホグワーツまでの道のりがこれほど遠いとは思わず、やっと門柱が見えたときには2人とも心からホッとした。

門の近くに停車している馬車は無人であり、人の騒めきも聞こえない。他の生徒はとっくに城の中に入ってしまったのだろう。

 

ハリーはマントの隙間から手を出し門を押し開こうとしたが、鎖が巻き付けられ侵入者を拒んでいた。

 

 

アロホモラ(扉よ開け)

 

 

杖を閂に向け、唱えたものの何も起こらない。魔法に自信があったハリーは少し狼狽えたが、ソフィアとトンクスは動揺することなくじっと高い門を見上げていた。

 

 

「侵入者避けがかかってるんだわ。アロホモラでは開けられないようなね」

「そうだよ。ダンブルドア自身が魔法をかけたんだ」

「僕、城壁をよじ登れるかもしれない」

「あー…ハリー、多分侵入者避けの魔法ではじかれちゃうわ」

「至る所にかかってるからね。夏の間に警戒措置が100倍も強化されたんだ」

 

 

トンクスは杖を出す事もなくただじっと前を見るだけだ。助けてくれる気がないのかとハリーは心の奥が苛立ったが、隣にいるソフィアが自分のように慌てていない事を見ると何か策があるのだろう。

 

 

「どうするの?」

「多分、誰かが魔法を解きに来るんだと思うわ。フィルチは魔法が使えないし、ダンブルドア先生は大広間から出るわけにいかないから……マクゴナガル先生か、スネイプ先生かしら…」

「なるほど。そっか……どっちでも、面倒だな」

 

 

ハリーの苦い呟きに、ソフィアは小さく笑った。確かにマクゴナガルは優しいが、馬車に乗り遅れて遅刻だなんて規律に厳しい彼女はどんな理由であれ許さないだろう。セブルスは──言わずもがな、だ。

 

 

「ほら、来たよ」

 

 

トンクスは顎をくいっと上げ、城の方向を指した。

遠く、城の下の方でランタンの灯りが微かに揺れそれは確実にこちらへと近づいていた。

誰が迎えにきてくれたのか、誰であろうと小言を言われる事は覚悟しなければならない。

ランタンの黄色い灯りが2.3メートルほどの距離に近づいた時、ハリーはマントを脱ぎ2人は姿を現し門の先に居る人を見た。

 

 



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320 誤解?

 

 

「さて、さて──」

 

 

セブルスは低く呟くとローブの下から杖を出し閂を軽く叩く。鎖が独りでにぐねぐねと動き門が軋みながら開く。

少し申し訳なさそうな顔で肩をすくめるソフィアだったが、セブルスは一度もソフィアに視線を向ける事なくハリーを冷たい目で見ていた。

その視線の意味を、今までのハリーならば「どうせ僕をどうやってネチネチ責めるのか考えてるんだろう」とはらわたが煮えくりかえる思いだっただろう。しかし、昨年の事もあり──ハリーはいつもより冷静にセブルスを観察することが出来た。その目に映るのは──静かな怒り、だろうか。

 

 

「2人で時を忘れるほどお楽しみだったというわけですかな?」

 

 

その言葉に怪訝な顔をしたのはソフィアだけでは無かった。「何を言っているんだ」と頭の上に疑問符を飛ばし首を傾げたのはハリーとトンクスも同じであり、暫し4人の間になんとも言えぬ沈黙が落ちる。

セブルスはソフィアとハリーの様子を見て──どうやら自ら進んで2人きりになり濃厚な時間を過ごしたわけではないと分かると眉間の皺を僅かに緩めた。

 

 

「あの、ハリーは誰かに金縛り魔法をかけられて取り残されていたんです。汽車を降りてないことに気付いて、私が迎えに行ったんです。その後トンクスと合流しました」

「そうです」

「私は、ハグリッドに伝言を送ったつもりだった」

「……ハグリッドは新年度の宴会に遅刻した。この2人と同じようにな。代わりに我輩が受け取った。この2人は我輩が──あー──安全にホグワーツまで送り届けよう」

 

 

顔をしかめるトンクスに、セブルスは何事もなかったかのようにさらりと言うと目元に確かな嘲る色を見せトンクスを見下ろす。

 

 

「──ところで、君の守護霊は興味深い。我輩は、昔のやつの方がいいように思うが」

 

 

セブルスは一歩下がりハリーとソフィアを中に入れながら言う。トンクスは硬く口を結んだまま何も言わずにただセブルスを睨み上げた。

2人の前でガチャン、と大きな音を立て扉が閉まり、セブルスが再び鎖を杖で叩くと元のようにスルスルと滑りながら鎖が結ばれていく。

 

 

「新しいやつは、弱々しく見える」

 

 

セブルスが踵を返した時、ソフィアとハリーはトンクスの顔に怒りと戸惑いの色が浮かんでいるのを見た。2人からの心配そうな視線を受けたトンクスは微かに微笑みかけると闇の中に一歩、下がる。

 

 

「トンクス、ありがとう!おやすみなさい」

「おやすみ、トンクス」

「…おやすみ、ソフィア、ハリー。──またね」

 

 

セブルスはトンクスとの別れを満足にさせるつもりはないのか、一度も振り返ることなく足速にホグワーツ城へと向かう。ハリーとソフィアは守護霊が変化したという事と、なによりトンクスの表情が気になり何度も後ろを振り返り闇に紛れ見えなくなってしまったトンクスを想いながらセブルスを追いかけた。

 

 

「遅刻でグリフィンドール50点減点だな。新学期に入ってこれほど早期にマイナス得点になった寮はなかろうな──まだデザートも出ていないのに。記録を打ち立てたかもしれんぞ、ポッター、ミス・プリンス」

 

 

相変わらずのセブルスの陰険な態度にソフィアは久しぶりに会えた喜びが萎んでいくのを感じていた。

夏季休暇中、一度だって会えなかった。去年は騎士団本部に足を運ぶ事もあったが、今年はソフィアが知る限り一度だって無い。おそらく別の任務についているのだろう事もそれがどれほど危険なのかという事も、夏季休暇が始まってすぐに聞かされていて理解はしていたが、やるせない気持ちになってしまうのも仕方がない事だろう。

 

 

「──なら、授業が始まって1週間で50点を獲得できるようにします」

「ほう?余程の自信がおありなようだなミス・プリンス。つまらんことにうつつを抜かし足を掬われることのないよう──無駄な足掻きだろうが──せいぜい励みたまえ」

 

 

ハリーはソフィアがセブルスに言い返したことにギクリと肩を強ばらせたが、ハリーの思っていたような最悪の事態にはならなかった。てっきり口答えなんて許さず、それを理由に再度減点するかと思ったのだが──新学期早々グリフィンドールから50点も減点することが出来て、上機嫌なのかもしれない。

 

 

暫く3人はどこか硬い空気を醸し出しながら無言で城へ向かっていたが、城への階段にたどり着いたときふとソフィアが──ハリーからすれば信じられなかったのだが──セブルスのローブの袖をくい、と引っ張った。

 

 

「──あ……」

 

 

セブルスは信じ難いものを見る目でソフィアを見下ろし、ソフィアも「しまった」と表情を変え慌てて手を離すと取り繕うように自分の髪先をくるくると指で回した。

 

 

「あー……すみません、間違えて、しまいました。その──えーと──先ほどスネイプ先生は守護霊が変化したとおっしゃりましたよね?頻繁に変わるものなのでしょうか?それと、守護霊の見た目とその本質の強さとは関係がないと文献には書いてありましたが──」

 

 

ソフィアは彼女らしからぬ早口でぺらぺらと話し、視線を彷徨わせていた。ハリーは間違いなく、僕に声をかけようとしてうっかり間違えてしまったのだろう、と考え、責められるような目で見つめられる気の毒さに何という声をかけていいのかわからなかった。

 

 

しかし、ハリーの予想は大きく外れている。

ソフィアはセブルスに声をかけるつもりだったが──うっかり、今セブルスと2人きりでは無いということを忘れていたのだ。

セブルスと並んで歩くことなんて、ホグワーツで1年間共に暮らしていても殆どないことだ。ごく稀にそのチャンスがあった時は親子として会話する事も多く──つい、気が抜けてしまっていたのだ。

 

セブルスはそれに気づいていたが、ソフィアが無理矢理にでも『間違い』にしようとしているのならそれに乗るしかなく──ハリーがいる手前、ソフィアが触れた袖をぱしんと手で払った。

 

 

「まだ休暇気分が抜けてないようだなミス・プリンス。3点減点だ。守護霊については──1週間で50点をも獲得する君自身で調べられてはいかがかね?」

「……はい、わかりました」

 

 

気まずそうにぽそりとソフィアが答え、セブルスはいつものように冷たく笑うと城の玄関ホールの扉を開けた。

 

 

玄関ホールの先にある大広間からは弾けるような笑い声や話し声、グラスや食器が触れ合う音が響き外の寒さや不気味さが一瞬にして弾け飛んだ。

 

 

「マントは使うな。──さあ、行きたまえ」

 

 

ハリーは目立ちたくはなかった。しかし、遅刻して入り口から最も遠いグリフィンドール生が座る長机に向かえば間違いなく注目の的となるだろう。

覚悟を決めたハリーはソフィアの手を取りそのまま急ぎ足で目的地へと向かった。

ハリーに手を繋がれたソフィアは振り払う事はなく強く引かれるまま足を動かす。途中でちらりと後ろを振り返ればセブルスが何とも苦い表情をしているのが一瞬、見えた。

 

 

ロンとハーマイオニーが座っているベンチを見つけ駆け寄ると、ハリーはすぐにソフィアの肩を上から強く押しハーマイオニーの隣に座らせ、自分もその隣に窮屈だったが体を捻じ込ませる。

 

 

「うわっ!お、おっどろいたー!」

「もう!やっぱり遅刻したじゃない!」

 

 

押し退けられたロンは尻をずらしながらハリーとソフィアを見て目を丸くし、ハーマイオニーは小声で叫ぶ。

 

 

「何があったの?心配したわ!」

「私も詳しくは──」

「後で話すよ」

 

 

ハリーはロンとハーマイオニーだけでなく、近くにいるネビルやジニー、シェーマス達が聞き耳を立てていることに気付き素気なく答える。

ソフィア達にはドラコが居たコンパートメントで何があったかを伝えるつもりだったが、それ以外の人たちに何も言うつもりは無かった。きっとスリザリンのテーブルではすでにドラコが面白おかしく吹聴するだろう。しかし、それはグリフィンドールの生徒達にまで広まらないかもしれない。

 

 

ソフィアはすぐに目の前にあるポテトパイを自分の皿に入れ食べ始めていたが、ハリーがロンの近くにあるチキンのもも肉に手をつける前に全部解けるように消えてしまい、かわりに食べ散らかされた皿はピカピカと輝きを取り戻し数々のデザートが陳列された。

 

 

「もう組分けの儀式も終わったわよ」

「帽子は、何か言っていたの?」

「ううん、同じことの繰り返しね。敵に立ち向かうのに全員が結束しなさいって」

 

 

組分けの儀式を見逃してしまったのは残念だったが、ハーマイオニーの言葉を聞く限り特に違和感や不可解な言葉を告げる事はなかったようだ。

 

 

「ダンブルドアは、ヴォルデモートのことを何か言った?」

 

 

ハリーは糖蜜タルトを取りながら何気なくロンとハーマイオニーに聞く。ロンは『ヴォルデモート』の言葉に体をこわばらせ手に持っていた魔女鍋ケーキをぐちゃりと握りつぶしてしまった。ハーマイオニーはまだその名前を聞いても大きく動揺する事はなかったが、ロンの手からぼたぼたと落ちるケーキを嫌そうに見ながら呟く。

 

 

「まだよ。でも、ちゃんとしたスピーチはいつもご馳走の後まで取っておくでしょう?デザートが終わってからだと思うわ」

「スネイプが言ってたけど、ハグリッドが宴会に遅れてきたとか──」

「スネイプに会ったって?どうして?」

 

 

ショックから立ち直ったロンは手についたケーキの残骸を舐めながら首を傾げる。

セブルスが何故いたのかを説明するためには一から全て話す必要があり、ハリーは「後で」と低い声で答えた。

 

 

「ハグリッドは数分しか遅れなかったわ。ほら、あなた達に手を振ってるわよ」

 

 

ソフィアはシフォンケーキを食べながら教職員テーブルを見る。満面の笑みを浮かべたハグリッドが大きな腕を振りハリーとソフィアにアピールし、隣に座っているマクゴナガルはその熱狂的な挨拶を咎めるような視線をしていたが、色々な意味で鈍いハグリッドはそれに気づかない。──いや、気づけるとしても、マクゴナガルの視線を見るためには巨漢のハグリッドはほぼ真下を向かねばならず不可能だろう。

 

ハグリッドの反対側の隣にはトレローニーが相変わらずの奇妙な格好をして座っている。がやがやと騒がしい生徒達を見て顔を顰めている様子から、彼女の本意ではなく──占いで何が出たのだろう。

トレローニーが新学期の宴会に姿を見せるのは初めてであり、珍しい事もあるものだとハリーは観察していたが、彼女の眼鏡で拡大された目がぎょろりとこちらを向きかけて慌てて視線を外した。

 

 

その先にはたまたまスリザリンのテーブルがあり、無意識のうちに一際賑わっている箇所を見てしまう。そこにいたのはやはりドラコ・マルフォイであり、彼の身振りからしてコンパートメントでの一件をかなり誇張してスリザリン生に面白おかしく伝えているのだろう。

ドラコの隣にはルイスが涼しい顔をして座っていたが、そのやや伏せられている顔を見たハリーは胸の奥がチクチクと痛んだ。

 

 

ルイスは、僕を助けてくれなかった。友達だと思っていたのに。──それに、僕達に近づくなって、どういう意味なんだろう。何でそんなことを言うんだろう。

 

 

たしかにここ数年、ルイスとはまともに会話をすることが出来ていない。ルイスはあの嫌なドラコ・マルフォイの暴言を咎めてはいたが、結局ストッパーになる事はなく、今では肩を持ち素知らぬ顔をしているのだ。──自分達の中に友情など無かったかのように。

 

ルイスと話したい。何故死喰い人の側に着くマルフォイの側に居続けるのかを知りたい。友人ならば、本当にマルフォイを大切だと思っているのならば道を踏み外す友を何とかしてでも止めるべきではないだろうか。少なくとも、自分ならそうする。

 

 

 

「──それで、スラグホーン先生は何をお望みだったの?」

 

 

ハーマイオニーの言葉に視線を戻し、釈然としない気持ちをなんとか覆い隠したハリーは「魔法省で起こったこと。僕が全て知ってるって思ってるんだ」と答えた。

あの場にハリーは居なかった。しかし、そのきっかけを作ったのは間違いないだろう。それ故に日刊預言者新聞が群衆の興味を引くためにそれらしい記事を書き、数々の憶測が世間を駆け巡っているのは言うまでもない。

 

 

「ああ、成程ね」

「列車の中でも、みんなにその事を問い詰められたわよね、ロン?」

「ああ、君が本当に選ばれし者なのかどうか、みんなが知りたがって──」

「まさに、そのことにつきましてはゴーストの間でさえ、散々話題になっています」

 

 

ロンの言葉に反応したほとんど首無しニックが千切れかけている首をぐるりとハリー達の方に向けふわりと目前に現れた。

いちごソースのかかったパンナコッタを食べていたソフィアはそグロテスクな断面に食欲を失い顔を顰めてスプーンを机の上に置く。

 

 

「私はポッターの権威者のように思われています。私たちの親しさは知れ渡っていますからね。ただし、私は霊界の者達に君を煩わせてまで情報を聞き出すような真似はしないとはっきり宣言しております。──ハリー・ポッターは、私になら全幅の信頼を置いて秘密を打ち明けることができると知っている。しかし、彼の信頼を裏切るくらいならば死を選ぶ──そう言ってやりましたよ」

 

 

血色の悪い顔で意味ありげなウインクをするニックに、ハリーは曖昧に笑いマフィンを食べた。ハリーにとってニックはグリフィンドールについているゴーストであり、他のゴーストよりら少し知っている仲だとは言えるが全幅の信頼を置いているだなんて、何故そんなことを思っているのだろうか。

 

 

「──ほら、絶命日パーティに行ったでしょう」

「ああ……そんなこともあったね」

 

 

ソフィアはハリーにこっそりと耳打ちをし、ようやくニックの考えがわかったハリーだったが──だとしても、彼の望み通りにはならないだろうと閉口した。たしかに二年生の時に招待された絶命日パーティは普通ではなく、それに招待される生きた人間はほとんどいないだろう。しかし、あのパーティに良い思い出はちっとも無く、むしろ忘れていたほどだ。

 

 

「それじゃ大したこと言ってないじゃないか。もう死んでるんだから」

 

 

ロンがぽろりとこぼした言葉に、ニックは酷く傷付いた表情をして気分を害すると「またしてもあなたはなまくら斧のごとき感受性を示される」と言うと宙に舞い上がり、グリフィンドールのテーブルの1番端に戻った。

 

不思議そうな顔をするロンに、ハーマイオニーとソフィアは複雑そうな顔をして視線を合わせる。ロンは良いように言えば素直であり、悪いように言えば──とても、残酷だった。

 

 



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321 微かな希望!

 

 

ニックがテーブルの端へ行ったその時、教職員テーブルにいるダンブルドアが立ち上がり、大広間に響いていた話し声や笑い声があっという間に消えた。

 

 

「みなさん、素晴らしい夜じゃ!」

 

 

ダンブルドアはいつものように優しく笑い、大広間にいる全員を抱きしめるかのように両手を広げた。

長いローブの下で隠されていたダンブルドアの右腕が露出され、その異様さにソフィアは息を飲む。

 

 

「手が……どうなさったのかしら……」

 

 

その腕は黒く、死んだように萎びていた。気付いたのはソフィアだけではなく、静かだった大広間に漣のような囁き声が駆け巡る。

ダンブルドアは生徒達の反応を正確に受け止めたが、微笑み、腕を下ろす。

 

 

「何も心配には及ばぬ」

 

 

ダンブルドアは気軽に言ったが、紫と金色の袖で隠されたその腕を誰もが心配そうに見つめていた。

 

 

「夏休みにダンブルドアに会ったときも、ああいう手だった。でも、ダンブルドアがとっくに治しているだろうと思ったのに……そうじゃなければ、マダム・ポンフリーとか」

「治らない傷や解呪できない呪いもあるわ。……心配ね…」

 

 

ハリーの囁きに、眉を下げたままソフィアが呟く。隣に座っているハーマイオニーは「あの腕、もう死んでいるみたいに見えたわ」と言葉に詰まりながら頷いた。

 

 

「さて、新入生よ、歓迎いたしますぞ。上級生にはお帰りなさいじゃ!今年もまた、魔法教育がびっしり詰まっておる。──そして、管理人のフィルチさんから皆に伝えるようにと言われたのじゃが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店で購入した悪戯用具はすべて、完全禁止じゃ。各寮のクィディッチチームに入団したい者は、例によって寮監に名前を提出すること。試合の解説者も新人を募集しておるので、同じく応募すること。

今学年は新しい先生をお迎えしておる。スラグホーン先生じゃ」

 

 

ダンブルドアが左腕をスラグホーンに向かって広げ、受けたスラグホーンはにっこりと笑いながら立ち上がった。

 

 

「先生は、かつてわしの同輩だった方じゃが、昔教えておられた魔法薬学の教師として復帰なさることにご同意いただいた」

「魔法薬?」

「魔法薬だって?」

 

 

ダンブルドアの言葉に、大広間中から聞き間違えたのではないかという囁きがあちこちであがる。

 

 

「魔法薬?だって、ハリーが言っていたのは──」

 

 

ロンとハーマイオニーがハリーを振り返り同時に言う。ハリーは困惑しきり訳もわからずスラグホーンとダンブルドアを見ていたが、ソフィアは衝撃を受けた表情を隠さずセブルスを見つめていた。

 

 

「ところでスネイプ先生は、闇の魔術に対する防衛術の後任の教師となられる」

 

 

ダンブルドアは不審そうな騒めきに掻き消されないよう、声を上げて言った。

 

 

「ハリー、あなたはスラグホーンが闇の魔術に対する防衛術を教えるんじゃなかったの?」

「そうだと思ったんだ、だって……空いていたのはそこだけで──」

「そんな……スネイプ先生が…?」

 

 

セブルスは生徒達の動揺や騒めきを聞いてもいつも通り静かに生徒達を見下ろしていた。ソフィアは必死な面持ちでセブルスを見続けたが、セブルスは一度もソフィアを見ることなく、スリザリン生からの拍手に片手を少し上げ答えただけだった。

 

 

「まあ、一つだけ良いことがあるだろ?この学年の終わりまでにはスネイプはいなくなるさ。あの職は呪われているからな」

 

 

ロンは胡散臭そうにセブルスを見ながら呟き、ハーマイオニーは「ロン!」と責めるように小声で名を叫んだ。

明言されてはいないが、闇の魔術に対する防衛術の科目は呪われていると生徒の間で囁かれている。10数年、いやそれ以上だろうか。教師が毎年変わっているのだ。それは不遇な事故だったり、病気だったり、個人的な事情だったりと理由は様々だが──普通ではないだろう。

 

 

「今年度が終わったら、スネイプ先生はもとの魔法薬学に戻るだけかもしれないわ。きっと、そうよ」

 

 

ソフィアは願望を滲ませながら呟く。そうでなければ──何かが父の身に起こるなんて、考えたくはなかった。

 

 

「──さて、この大広間におる者は誰もが知ってのとおり、ヴォルデモート卿とその従者たちが再び跋扈し、力を強めておる」

 

 

ダンブルドアは生徒達の騒めきが完全に静かになるのを待ち話を続けた。話が進むにつれ沈黙が張り詰め、誰もがダンブルドアの言葉に耳を傾ける。ホグワーツ城は新たな防衛魔法が施され一層安全な場所へとなったが、しかし油断することなく過ごし、教師の言う事を必ず守り時間外に寮からは抜け出さず安全上の制約を必ず守ること。そして城の内外で不審な物を発見したらすぐに伝えることが告げられる。

 

 

「生徒諸君が、常に自分自身と互いの安全とに最大の注意を払って行動するものと信じておる。──しかし、今はベッドが待っておる。皆が望みうるかぎり最高にふかふかで暖かいベットじゃ。皆にとって1番大切なのは、ゆっくり休んで明日からの授業に備えることじゃろう。それではおやすみの挨拶じゃ。そーれ行け、ピッピッ!」

 

 

ダンブルドアの青くキラキラとした瞳が生徒達を優しく包み込み、最後はいつものように彼らしく締めくくった。

再び大広間にガヤガヤとした騒音が戻り、椅子を後ろに押して立ち上がって何百もの生徒が列を成して扉へと向かった。

ハリーはこの大勢の中に飛び込めば何故ソフィアと2人遅刻したのだろうかと質問攻めにされ、じろじろと見られることだとわかっていたためわざとスニーカーの靴紐を結び直すふりをして生徒達の大部分がそれぞれの寮へ戻った後、体を起こす。

ハーマイオニーとロンは監督生として一年生を引率するためにすでに大広間を出ていき、残ったのはハリーとソフィアだけだった。

 

 

「それで、汽車で何があったの?」

 

 

大広間から出て行く群れの最後尾につき、誰にも声が聞こえなくなった時にソフィアがハリーに訪ねる。ハリーはスラグホーンとの昼食を終えた後、ドラコの企みを明かすべくザビニを尾行しスリザリン生のいるコンパートメントへ侵入したことを話した。

ルイスの事も、隠すことができず起こったままを静かに話す。ルイスのことを誰よりもよく知っているのはソフィアだろう。ルイスと話せない今、ソフィアなら、自分が納得する何かを教えてくれるはずだ。ハリーはそれを期待したがソフィアはまっすぐ前を向いたまま沈黙していた。

 

 

「……ルイスが、もう近づくなって言ったなら。そうしたほうがいいわ」

「でも──ルイスはいったいどういうつもりなんだ?マルフォイの肩なんかもって、あいつは間違いなく死喰い人なのに!──ソフィア?」

 

 

憤慨するハリーに、ソフィアは足を止め俯く。同じようにハリーは足を止め、ソフィアの顔を覗き込んだ。

 

 

「……ルイスは、とっても優しい人なの。だけど──最近、思うんだけど──たぶん、その範囲がすごく狭いの」

 

 

ソフィアは暗く思い詰めたような表情で顔を上げ、言葉を選びながら低く呟く。その言葉の意味がわからず怪訝な顔をするハリーに、ソフィアは憂いを帯びた目でため息をついた。

 

 

「狭いって?それってどういうこと?」

「ルイスは──ルイスは、いつまででも私の大切な兄で、信頼しているわ。何があってもルイスは闇に落ちない、悪いことなんてしない。そう思ってるの。──でも、ルイスは……護るためなら、何だってできる人なんだと思うわ。たとえ、それが許されないことでも」

「まさか──ルイスまで……?」

 

 

ハリーははっとして息を呑んだ。考えたくは無かったが、あのマルフォイのそばにいる。ならば優秀なルイスが死喰い人になる可能性だって、きっとゼロではない。

 

悲痛な表情をしたソフィアは拳をグッとにぎり強く首を振った。長く緩く巻かれた髪がふわりと遅れて動く。

 

 

「いいえ、違うわ!──死喰い人には、きっとならないわ。なっちゃだめよ。だって──だって、母様と兄様はあの人に殺されたもの」

「……」

 

 

ハリーはソフィアの硬く握られた手を取り、そっと引き寄せた。ソフィアはそのままハリーの胸に顔を寄せ、強く目を閉じ微かに伝わる鼓動に耳を傾ける。

 

 

ソフィアは誰にも言えない不安があった。

ルイスは()()()()()()死喰い人にはならないだろう。人を虐げる事など、あの優しいルイスが望むわけがない。

それにルイスはドラコを死喰い人にさせたくはないと言っていた。それは紛れもない彼の本心だろう。

しかし、既に──ルイスが及ばぬところで事が進み、ドラコが死喰い人になってしまっていたら?ならば、ルイスはドラコを助けるためにどう行動するだろうか。

 

かつて死喰い人であり、今は不死鳥の騎士団のスパイとして敵の内部に潜り込んでいるセブルスのように、身の危険を承知の上で闇の方へと進んでしまうのではないか。

 

もし最悪の予想が当たっているのなら、愚行である事は言うまでもない。だが、セブルスは任務で長く会えず、ジャックも多忙である。ルイスには──相談できる相手が誰もいないのだ。

そして、ドラコにとっても同じだろう。誰よりも信頼しいつでも見捨てず側にいてくれたルイスを彼は何かがあれば頼るに違いない。そうなったとき、ルイスはその手を取るだろう。

 

 

ソフィアはルイスの性格を誰よりも理解している。彼は、全てを護り敵を追い詰めるためならば自分の命を顧みない手段を選ぶのだ。──過去、ヴォルデモートに寄生されたクィレルに立ち向かったように。

 

 

「ハリー。私はルイスの性格をよく理解していたわ。でも──最近は、ルイスの考えがわからないの。だって……あまりに、遠いから」

 

 

ハリーの胸に顔を埋めていたソフィアは掠れた声で囁き、悲しげに笑った。

 

 

「でも……ただの想像だわ。ドラコとルイスが死喰い人なんて……きっと、考えすぎよ」

「ヴォルデモートは、ホグワーツに誰かを置いておく必要があるだろう?だから──」

「だとしても、何故ドラコとルイスが──」

 

 

ソフィアは言葉を止めた。

 

 

ドラコの父親であるルシウスが死喰い人としてアズカバンに入れられた。当初はその復讐として死喰い人になったのではないかとハリーと予想していた。

だが、ソフィアはハリーよりはドラコの性格を知っている。彼は、自分に力があると見せる事で必死だが、小心者で口先だけだ。人を呪い殺す死喰い人になろうと自ら思いつき行動に移す覚悟と度胸があるだろうか?もしかして、ドラコもまた誰かを護るために、そうせざるをえない状況に置かれているのだろうか?

 

 

「もしかして──」

「おい、お二人さん。こんなところで何しちょるんだ?」

 

 

2人の背後で咎めるような声がした。

ハリーはソフィアを抱きしめていた手を慌てて離し振り返ったが、そこにいるのがハグリッドだと気付くとほっと胸を撫で下ろす。これがハグリッドでなくスネイプなら、きっと減点されただろうと思ったのだ。

 

 

「ちょっとね」

「他の奴らはもう行っちまったぞ?早く寮に行かにゃならん」

「うん、わかった。そういやハグリッドはなんで遅れたの?」

 

 

ハリーは何気なく話題を逸らした。それは見事に成功し、厳しい表情をしていたハグリッドはにっこりと笑うと異父弟であるグロウプと会っていたのだと嬉しそうに言った。

 

 

「時間が経つのを忘れちょった。今じゃ森の中にあいつの新しい家があるぞ。良い洞穴だ──あいつは森にいるときよりも幸せでな、2人で楽しく喋っとったのよ」

「本当?」

「ああ、そうとも。あいつは本当に進歩した。俺はあいつを訓練して助手にしようかと考えちょる。──とにかく、明日会おう。昼食のすぐ後の時間だ。早めに来いや」

 

 

ハグリッドは片腕を上げて上機嫌におやすみの挨拶をしながら正面扉から闇の中へと出ていった。

 

 

「巨人を助手にするなんて、凄いわ!どれくらい話せるようになったのかしら?」

 

 

ソフィアはハグリッドの話した事に感心したように頷いていたが、ハリーは胸の奥がずしんと重くなった。

 

 

「僕、魔法生物飼育学は取らないつもりなんだ。たぶん、ロンとハーマイオニーも」

「えっ!──そうなの?」

 

 

授業は面白くないわけではないが、かといって将来につながるとは思えない。もしかしたらハーマイオニーは全ての授業を受講するかもしれないが──ハーマイオニーは正直いって、ハグリッドの授業にたいしやや批難的だ。

 

ソフィアは将来のことを考え魔法生物飼育学を受講するつもりだったが、それでもハグリッドと親しく誰よりも熱心に──ハグリッドとの友情のために──授業に向き合っていたハリーとロンとハーマイオニーが受講しないと知ると、ハグリッドはきっと気を落とすだろうと思った。先ほどの言葉を聞く限り、ハグリッドはハリー達が自分の科目を取らないとは想像もしていないのだろう。

 

 

「うーん……まあ、今年度は将来に必要がある授業しか取らないのが普通だものね。きっとわかってくれるわよ」

 

 

ソフィアは肩を落とすハリーを慰めるように背中を叩き、手を取りながら寮へと向かい歩き出した。

 

 

「──そういや、さっき何か言いかけてなかった?」

 

 

ハリーはふと、ハグリッドが来る前にソフィアが悲痛な目の中に何かを掴みかけた色を見せたことを思い出し首を傾げた。

 

 

「そうね、私の予想が正しいのなら──うーん──ハリーはルイスとドラコに近づかない方がいい、って再確認したの」

「……なんだかその言い方、ハーマイオニーみたいだね」

「ふふっ!真似してみたの」

 

 

笑うソフィアに、ハリーは「わかりにくいってことだよ」とムッとして呟いたが、ソフィアはそれ以上何も言わなかった。

 

 



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322 時間割!

 

次の日の朝食前、ハリーはロンとハーマイオニーにコンパートメントで何があったのかをようやく談話室で伝える事ができた。

昨夜ロンとハーマイオニーは監督生としての仕事が忙しく、とてもゆっくりと話す事は出来なかったのだ。

 

 

「そりゃ、あいつはパーキンソンにカッコつけたかったんじゃないか?」

「うーん、そうねぇ……自分を偉く見せたがるのはいつものことだわ。それにルイスは近づくなって伝えたならきっとそうした方がいいのよ」

「それは──」

「ハリー」

 

 

ロンとハーマイオニーの反応は自分が期待したようなものではなく、ハリーは再び自分の説をきちんと伝えようとした。しかし、それ以上言う前にソフィアがハリーの名を呼びながら袖を引き、意味ありげにちらりと周りを見たのだ。

 

談話室にいる大勢の生徒たちがハリーを見つめ、ひそひそと囁いていた。いつもなら賑やかな談話室が不気味なほど静まり返っているのは、皆がハリーたちの会話に聞き耳を立てているからだろう。

これ以上ここで話す事は出来ないとハリーは口を閉ざし黙り込んで肖像画の穴から出て行く列へと並んだ。

 

 

「おい、指差しは失礼だぞ」

 

 

ロンは今まさに肖像画から出ようとしていた身長の低い下級生に向かって後ろから厳しい声で注意する。

手で口を覆いヒソヒソと話しながらハリーを指差していた少年はまさか注意されるとは思わなかったのか、顔を真っ赤に染め、慌てた拍子に額縁に躓き転がり落ちた。

 

 

「6年生になるって、いいなあ。それに、今年は自由時間があるぜ。まるまる空いている時間だ!ここに座ってのんびりしてればいい」

 

 

ロンは親指で談話室を指差し、ニヤニヤと笑いながら言うがすぐにハーマイオニーが怪訝な顔で「その時間は勉強するのに必要なのよ、ロン!」と咎めた。

 

 

「ああ、だけど今日は違う。今日は楽勝だと思うぜ」

「ちょっと!」

 

 

ソフィアはロンの言葉で、自分以外に本当に誰も魔法生物飼育学を受講しないのかと思い出し、聞きたかったのだがハーマイオニーが突き出した腕の勢いに言葉を飲み込まれてしまった。

ハーマイオニーは眉を吊り上げソフィアの前を通ると通りがかりの四年生の男子を呼び止め、禁止されている『噛みつきフリスビー』をしっかり両手に抱え──しくじった。という顔をした。

 

 

「噛みつきフリスビーは禁止されているわ。渡しなさい」

 

 

ハーマイオニーの厳しい口調に、男子はしかめっ面をしたままフリスビーを押し付け、音腕を通り抜けて先に行ってしまった友達の後を追った。

 

 

「上出来。これ欲しかったんだ」

「まぁ!何言ってるのロン──」

 

 

ロンは男子の姿が見えなくなるまで待ち、ハーマイオニーの腕からフリスビーをひったくるとくるくると指先で回しながら笑った。

勿論ハーマイオニーはすぐに抗議したが、その声は後ろから聞こえた大きな笑い声に呑まれてしまう。

 

振り返った先にいたのはラベンダーであり、ロンの言い方が彼女的にかなり面白かったらしく、笑いながらソフィアたちを追い越し、振り返ってちらりとロンを見た。

その視線はただの友人に向けるには少々甘さがあり、ロンはかなり得意げになり上機嫌でフリスビーを高く投げた。

 

 

ハーマイオニーはこれ以上注意するのが馬鹿らしいと思ったのか、ロンを一切見る事なく大広間へ早足で向かう。ソフィアは慌ててその後を追い、ハリーとロンに「あとでね」とジェスチャーで伝えハーマイオニーの隣に並んだ。

 

 

「いつものロンらしいわね」

「……そうだけど!でも、1年経っても監督生としての自覚がないんだわ!昨日だって監督生としての仕事をほったらかして──」

 

 

次々と溢れる愚痴に、ソフィアは苦笑しつつそばに寄り添い話を聞いた。

頭の硬い優等生タイプであるハーマイオニーと、面倒なことを嫌い権利だけを求めるロンとではどうしても監督生としての意識に差があるのは仕方がないのかもしれない。

 

 

「あのフリスビー!マクゴナガル先生に渡そうと思ってたのに、きっとあれも自分のものにするんだわ。没収品を奪ってばっかりなのよ!今度こそ言いつけてやるんだから!」

 

 

去年もロンに何度か没収品を横取りされていた。ロンは欲しいものも満足に買えないし、マクゴナガル先生に預けるまでの数日間なら目を瞑ろう、とハーマイオニーは思っていたのだが──授業の復習をするためにマクゴナガルの元を訪れ、話の流れで没収品がれどうなっているのか聞いたとき、マクゴナガルは怪訝な顔をして「何も預かっていない」とハーマイオニーに伝えたのだ。

呆気に取られたハーマイオニーは、咄嗟のことで何も言う事ができず、今までそのままにしていた。

しかしこう何度も自分のものにしているのなら、そろそろ本気で報告するしかないと思っていたのだ。

 

 

「それはどうかしら。ロンはフリスビーを持ち主に返すんじゃない?次はないぞ、って脅した上でね」

「え?……うそ、そんなことある?」

「ええ、去年何度か見たわ。ハーマイオニー、あなたはその時に限って他の子を注意していて──ああ、なるほどね、きっとロンがあなたに気付かれないようなタイミングにしたんだわ」

 

 

これを知っているのはソフィアだけではない。ハリーやその場面を見た数名の生徒は、ロンが没収品をこっそりと返している場面を見ていたのだ。

次に同じ事が起これば、寮監に報告する事になる。としっかりと忠告すれば大抵の生徒は真剣な顔で何度も頷いていた。

 

ロンのように程々にしか注意しない緩い監督生も問題だが、一方でハーマイオニーのように規律に厳しく少しの違反も許さない事もまた生徒の不満と反感を買うこと間違いなしだ。──つまり、なんだかんだいって良いバランスなのだろう。

 

 

「──本当に?」

「ええ、気になるなら聞いてみたらどうかしら?」

「……やめておくわ。あの人は私に知られたくないみたいだから」

 

 

怪訝な顔をしたハーマイオニーだったが、最後に告げた声は今までの棘が取れたような優しく落ち着いた声になっていた。

 

 

大広間のグリフィンドールテーブルへと向かい、先にスコーンやオートミールを食べていると数分遅れてハリーとロンがやってきた。

ロンの鞄の中にはまだライム色の鮮やかなフリスビーが入っているが、ハーマイオニーはそれを一瞥しただけで何も言う事はない。

 

 

「あ、そういえば……みんなは魔法生物飼育学を受けないの?」

 

 

スコーンにストロベリージャムをたっぷりとつけながらソフィアが聞けば、ロンは信じられないとばかりに目を見開き口の端からスクランブルエッグをポロポロとこぼした。

 

 

「えっ、ソフィア受けるつもりなのかい?正気か?」

「失礼ね。魔法生物学者になるためには少しでも多く本物と触れ合う必要があるもの、当然でしょう?」

「そりゃそうか……多分、同学年でソフィアだけだと思うぜ。ハグリッドもそう言ってただろ?」

「うーん、どうやらそうじゃないみたいなんだ」

 

 

ハリーは昨夜のハグリッドとのばつの悪い会話をハーマイオニーとロンに伝えた。

ロンは愕然とし、ハーマイオニーは困惑しながらそわそわとオートミールをかき混ぜる。

 

 

「そんな、私たちがみんな続けるなんてどうしてそう思ったのかしら。だってそんな事言ってもないのに……1番熱心に見えたのかしら?」

「まあ、たしかに授業で1番努力したのは間違いない。だけどそれはハグリッドが好きだからだよ、じゃないとあんなばかばかしい──おっとごめん──変わった学科を好きで続けるなんてソフィアくらいだ」

「……本当に私1人なの?他の寮にも1人くらい魔法生物好きがいるんじゃないかしら」

 

 

ロンの「同学年でソフィアだけ」というのは誇張表現だと思っていたが、ハリーとハーマイオニーの気落ちした表情を見るとその可能性が高いらしい。

流石に一人きりだとは思わず沈黙したソフィアだったがすぐに首を振り、スコーンを口の中に押し込み紅茶で流し込んだ。

 

 

「まあ、1人だったらワンツーマンで見てもらえるってことよね?きっと特別な魔法生物を教えてもらえるわ!うん、森の中を見て回れるかもしれないし……」

「それで喜ぶのはきみだけだな」

「ああ!ソフィア、無茶はしないでね」

 

 

暫くハグリッドは気落ちするだろうが、一対一の授業も悪くないかもしれない。とソフィアが思い直した時、ハグリッドが教職員テーブルを離れ、すれ違う時にソフィア達に向かって陽気に手を振った。

ソフィアはにっこりと笑い手を振ったが、ハーマイオニーとロンとハリーは目を合わせる事が出来ず、曖昧に手を振りかえしただけだった。

 

 

食事の後はみんながその場に留まり、各寮監から時間割を配られるのを待った。

6年生からの時間割は、個人の希望だけではなくそれぞれがNEWTの授業に必要とされるOWLの合格点を取れているかどうか確認しなければならない。

 

ハーマイオニーはすぐに希望する科目全ての継続を許され、1時間目にある古代ルーン文字のクラスに足速に駆けて行った。

その次にソフィアが呼ばれ、ソフィアはすぐに鞄を掴み立ち上がる。

 

 

「薬草学、魔法生物飼育学、呪文学、闇の魔術に対する防衛術、変身術、数占い学、古代ルーン文字──はい、望むすべての科目を継続出来ます」

「ありがとうございます。──あの、それで──」

「わかっています。個人授業の件でしょう?……ミス・プリンス、変身術を受講しない選択はどうですか?あなたのレベルなら通常の授業はつまらなく思うでしょう。ならば週に1度、木曜日の放課後に個別授業を設けましょう。学科を選択しなくても、来年度のNEWT試験を受ける事は出来ます」

「えっ、そうなんですか……。では、それでお願いします」

「わかりました。呪い破りになるにはこのままの成績を維持すれば問題ないでしょう」

 

 

マクゴナガルは真っ白な時間割を杖先で叩き、新しい授業の詳細が書き込まれた時間割をソフィアに手渡した。

 

ソフィアは思ったより空き時間が多い事に、ロンが喜んだのもわかる気がする、とくすりと笑いを一つこぼし大広間から出る。

 

 

「ハーマイオニー!待っていてくれたのね、ありがとう」

「ううん、古代ルーン文字は一緒よね?」

 

 

大広間から出たすぐの通路で待っていたハーマイオニーに駆け寄り、古代ルーン文字の教室へ向かって歩き出す。

 

 

「ええ、私の時間割はこれよ、ハーマイオニーは?」

「これよ、交換しましょう!」

 

 

互いの時間割を交換し、書かれている時間割を比べる。それほど科目の量に差はないが、かなり時間割の密度に差がある気がしてソフィアは首を捻った。

 

 

「……科目数が同じでも、1週間に何度も授業がある科目が多いと大変ね──あ、今日の魔法薬学と魔法生物飼育学が被ってるのね。魔法薬学は週に4回もあるわ!うわー……頑張ってね、ハーマイオニー」

「ええ、あのスラグホーン先生が誰かさんみたいに贔屓しないことを願うわ」

「まぁ、ダンブルドア先生のご友人だそうだし……大丈夫じゃない?」

 

 

悪戯っぽく言うハーマイオニーに、ソフィアはくすくすと小声で笑った。

 

 



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323 彼の授業は?

 

 

古代ルーン文字の授業は去年の復習からはじまり、そして宿題としてエッセイを40センチ読む事、短編の翻訳を二つ行う事、分厚い本を次の授業までに読む事の合計三種類が出された。

1度目の授業としてはとんでもない量の宿題に、ハーマイオニーは「理不尽だわ、明後日までにこんなに!」と不機嫌に呟く。

 

 

「まぁ、始まったばかりにしてはなかなかハードよね」

「本当に!──ねぇ今日の夜、一緒にやらない?」

「勿論よ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは黒く分厚い本を両手で抱え闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かう。

毎年変わるこの科目で、まともな教師は少なく、教師一人一人やり方がまるっきり異なっていた。今年はセブルスが受け持つことになり──一体どんな授業なのか、ソフィアは少し心配だった。

 

ソフィアとハーマイオニーが教室に着いた時には既に多くの生徒が廊下で扉が開かれるのを待っていた。その中にハリーとロンの姿もあり、2人は駆け寄る。

 

 

「うわ、重そうな本だね」

「ええ、学年が変わってもいつも通りの宿題の量よ」

「ご愁傷様」

 

 

ハリーはソフィアとハーマイオニーが抱える本を見て気の毒そうに言い、ロンは空き時間のうちに気が緩みきり、欠伸をこぼしながら言う。途端にハーマイオニーの眉が吊り上がり「見てなさい、スネイプ先生も山ほど宿題を出すわよ」とロンへ恨みがましく脅すように言った。

 

その言葉を言い切ったちょうどその時、教室の扉が開き、いつものような不健康そうな青白い顔のセブルスが廊下に出てきた。授業の開始を待っていた生徒達の喋り声がたちまち静まり返る。

 

 

「中へ」

 

 

科目が変わっても変わらぬセブルスの静かな声に、誰もが緊張した面持ちで扉をくぐる。

毎年様変わりする闇の魔術に対する防衛術の教室の様子は、すでに彼らしい個性で飾られていた。

窓には分厚いカーテンが引かれ教室内は暗く、蝋燭で僅かな明かりをとっている。壁に新しくかけられた絵の多くは身の毛もよだつ怪我や奇妙にねじ曲がった体の部分を晒し苦悶の表情を浮かべていた。

ソフィアは昨年、何も置かれていなかった教室を思い出し、それよりは僅かにマシだろう──と思ったが、殆どの生徒が教室の不気味さに身を縮め1番最悪だ、と考えていた。

 

 

「我輩はまだ教科書を出せとは言っておらん」

 

 

扉を閉め、生徒と向き合うために教壇に向かって歩きながらセブルスが低い声で呟く。

教科書を出していたハーマイオニーや数名の生徒はこんな事で減点されてはたまらない、と慌てて教科書を鞄の中に戻した。

 

 

「我輩が話をする。十分傾聴するのだ。──我輩が思うに、これまで諸君はこの学科で5人の教師を持った。当然、こうした教師達はそれぞれ自分なりの方法と好みを持っていた。そうした混乱にも関わらず、かくも多くの諸君が辛くもこの学科のOWL合格点を取ったことに、我輩は驚いておる。NEWTはそれよりもずっと高度であるからして、諸君が全員それについてくるようなことがあれば、我輩はさらに驚くであろう」

 

 

セブルスは低い声で話しながら教室の端をゆっくりと歩き始め、クラス中が首を伸ばし彼の姿を見失わないよう集中した。──少しでもよそ見をしていれば、たちまち減点されるだろう。彼が教師である限り、グリフィンドール生はいかに減点されないよう務めるかが肝心なのだ。

 

 

「闇の魔術は──多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うということは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首を一つ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は固定できず、変化し、破壊不能なものだ。諸君の防衛術は、それ故、諸君が破ろうとする相手の術と同じく柔軟にして創意的でなければならぬ」

 

 

ソフィアは少々意外に思った。

てっきり彼の性格からして、闇の魔術を讃えるような言葉が続くのかと思ったが、彼の話した内容はほとんどソフィアが闇の魔術や、その防衛術に対して思っている事と同じだったのだ。──その言葉の端々に闇の魔術に対して隠しきれぬ羨望が滲み出ていた事を否定は出来ないが。

 

 

「これらの絵は術にかかったものがどうなるかを正しく表現している。例えば磔の呪文の苦しみ。吸霊鬼のキスの感覚。亡者の攻撃を挑発した者」

 

 

絵の前を通り過ぎながらセブルスは何枚かの絵を指差し、苦悶の表情を浮かべる人の絵、虚な瞳のまま座り込む人の絵、赤黒い肉片になった人の絵を指差した。

 

 

「それじゃ。亡者が目撃されたんですか?間違いないんですか?あの人がそれを使っているんですか?」

 

 

パーバティが息を飲み、甲高い声で聞いた。

亡者の恐ろしさを知っている者は不安げな表情でセブルスをじっと見つめる。

 

 

「闇の帝王は過去に亡者を使った。となれば、再びそれを使うかも知れぬと想定するのが賢明というものだ。さて──」

 

 

セブルスは教室の裏を回り込み、教壇の机に向かって教室の反対側を歩き出す。黒いマントを翻して歩くその様子に、少々ざわついていたクラスはまた静まり返った。

 

 

「無言呪文を知る者は数少ないだろう。無言呪文の利点は何か?」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは直ぐに手を挙げる。セブルスは他の生徒で知るものが居ないのかと見渡したが、ほとんどの生徒が俯き目を合わせないようにしているのを見るとソフィアをちらと見た。

 

 

「それでは、ミス・プリンス」

「はい。こちらがどんな魔法をかけようとしているか、敵対する者に知られない事です。また、魔法を唱える時間が無く、即座に対抗できる事から一瞬先手を取という利点があります」

「──よろしい。概ね正解だ。呪文を声高に唱えることなく魔法を使う段階に進んだ者は、呪文をかける際。驚きという要素の利点を得る。言うまでもなく全ての魔法使いが使える術ではない。集中力と意思力の問題であり、こうした力は諸君の何人かに欠如してると言えよう」

 

 

セブルスはクラス中を見渡し、最後にハリーを睨め付ける。その視線に気付いたスリザリン生は声を出さずにやりと笑ったが、ハリーは気にせずセブルスを見続けた。集中力がないなんて、去年の特別授業で散々言われすぎて最早気に悩む事ではないだろう。

 

 

「これから諸君は、二人一組になる。一人が無言で相手に呪いをかけようとする。相手は同じく無言でその呪いを跳ね返そうとする。──では、始めたまえ」

 

 

その号令に従いクラス中が立ち上がり近くの者と組を作るガヤガヤとした音が響く。

この教室にいる者は半数が去年ソフィアとハリーにより盾の呪文を教わり、尚且つ他人に魔法をかける事に慣れている。しかし無言呪文は結局習得しておらず──当然のごまかしが始まり、声に出して呪文を唱える変わりに囁くだけの生徒が沢山現れ出した。

 

 

「──もう!難しいわね」

「そうねぇ。集中して、その魔法が本当に口から飛び出て相手に向かうイメージをしてみたらどうかしら」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは同じ組になっていたが、すでに無言呪文を使いこなせるソフィアは自身の練習時間を全てハーマイオニーにわけていた。プロテゴはただでさえ集中力が必要な魔法なため、ハーマイオニーは使い慣れている武装解除呪文を口を固く閉じ顔を真っ赤にして何度も心の中で唱えていたが、上手くいくことは無い。

 

 

このクラスで無言呪文を成功させているのはソフィアとルイスだけだろう。ルイスもまた、ドラコの練習に付き合っていたが──ソフィアと異なるのはセブルスから沢山誉められ20点の加点を受けた、という点だったが、スリザリン贔屓なのは今までの授業を受けていて重々承知している。やはり科目が変わったとしてもそのスタンスは変わる事がないのかと、ソフィアはあまり気にしなかった。

 

 

セブルスは生徒が練習する間を滑るように動き回り、グリフィンドールにはチクチクといやらしく問題点を指摘する。そうしているうちに、課題に苦労しているハリーとロンに気がつき立ち止まって様子を眺め始めた。

 

ハリーに呪いをかけるはずのロンは呪文を唱えたいのをこらえて唇を固く結び、必死さから息を止め顔を紫色にしていた。ハリーは魔法を防ぐために杖を構えていたが──このままでは呪文が発射されるより、ロンの呼吸が止まる方が先だろう。

 

 

「悲劇的だな、ウィーズリー。──我輩が手本を見せてやろう」

 

 

セブルスはロンを押し退け──ロンは詰まっていた息を吐き出し必死に新鮮な空気を吸った──すばやくハリーに杖を向ける。ハリーは杖を握り直し、閉心術の事を思い出しながら背中に嫌な汗をかいた。流石に開心術をかけられることはないだろう。それに、怪我をさせる事も無いはずだ。もし故意的に生徒を怪我させたとすればきっとダンブルドアは許さない。ならば、かけられる魔法は武装解除、だろうか。

 

 

ロンだけで無く、多くの生徒が練習を止めセブルスとハリーを見る。

 

2人は無言のまま向き合う。ハリーはいつ魔法がかけられるのかと緊張し胸が激しく打っていたが、思考は変に冷静だった。きっと去年何度も対人訓練をしたから空気に呑まれることがないのだろう。

 

 

セブルスが不意に杖を振った。白い光線が発射された瞬間、ハリーは「プロテゴ!」と叫んだがやはり無言呪文がハリーを貫く方が早く、ハリーは白い光線に貫かれそのままバランスを崩す。しっかりと握っていたはずの杖が弾け飛びセブルスの左手に収まった。

 

 

「──う、」

「我輩は無言呪文を練習するようにと言ったが?そうでないにしても、判断が遅すぎる。これが身を滅ぼす程の呪文なら何も思う暇もなく死ぬだろう。無言呪文からの攻撃は、同じように無言呪文での防御でなければ防ぐ事は難しい。この距離の近さならば殊更それが顕著である」

「はい」

「はい、()()

「……はい、先生」

 

 

セブルスは冷たい目でハリーを見下ろしていたが、彼にしては珍しくそれ以上の小言を言う事なくハリーに杖を押し付け、再び他の生徒を見るために歩き出す。

練習を止めていた生徒達は慌てて相方と向き合い、また必死に打ち込んだ。

 

 

 



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324 歩く道は異なった

 

 

暫くして授業が終わり、セブルスは次回までに教科書第一章から三章までのレポートを羊皮紙ニ巻き分書くように伝えた。昨年まで全く杖を持つ事を許されていなかった生徒達は、「あのスネイプだけど、アンブリッジよりはマシ」と教室からずいぶん離れたところで囁き合っていた。

 

 

「正直言って、魔法薬学よりはいつもの陰険さが少なかったな?」

 

 

ロンは後ろをチラリと見てセブルスがいない事を十分確認し、そう言った。勿論グリフィンドールに加点することは一切無かったが、かと言って魔法薬学程の減点もなかった。それに魔法薬学と比べれば闇の魔術に対する防衛術を得意とする者が多く、緊張感はあれ苦しむ程の苦手意識はない。

 

 

「加点はされなかったけどね。スネイプ先生が初めにおっしゃってたこと──すごく、よくわかったわ。どれだけ強い魔法を知っていても、たった1人で敵に立ち向かう度胸と勇気、そして知能と柔軟な思考が必要だって事でしょう?私も同じように思っているもの」

「私も、ハリーとソフィアが昨年に言ったことを思い出したわ」

 

 

ソフィアが頷き、ハーマイオニーは昨年2人が言った事を一言一句間違うことなくさらさらと告げる。ハリーは自分がそんな事を言ったかどうか覚えていなかったが、ソフィアとハーマイオニーがあまりにも真剣な顔をしているため自分も真剣な表情を装い、頷いた。

 

 

グリフィンドールの談話室へと戻る前に前年度のクィディッチチームメンバーであるスローパーがハリーに羊皮紙の巻紙を手渡した。手紙を渡すついでにクィディッチの選抜試験がいつだと聞くスローパーに、ハリーは「まだはっきりしない」と曖昧に答える。

スローパーのビーターとしての腕は最悪であり、まさに合格出来たら奇跡だろう。

 

 

「ああ、そうかあ。今週末だといいなと思ったんだけど──」

 

 

ハリーは彼の言葉を全て聞く前に置き去りにして早歩きで歩き出していた。

細長い斜め文字斜め文字に見覚えがあったのだ、忘れるわけがない。夏休み中何度も読み返したのだから──あの文字は間違いなくダンブルドアの文字だ。

 

 

『親愛なるハリー

土曜日に個人授業を始めたいと思う。午後8時にわしの部屋にお越し願いたい。今学期最初の1日を、きみが楽しく過ごしている事を願っている。

アルバス・ダンブルドア

追伸──わしはペロペロ酸飴が好きじゃ』

 

 

「ペロペロ酸飴だって?」

 

 

ハリーが開いた手紙を覗き込みながらロンが怪訝な声をあげた。

 

 

「校長室の外にいる、ガーゴイルを通過するための合言葉なんだ」

 

 

ハリーは3度ほど素早く手紙を読み返しながら声を落として伝え、無くさないように鞄の奥へきちんとしまった。

 

 

「それにしても、どんな個人授業なのかしらね?」

 

 

ソフィアの言葉にハリー達は「うーん」と小さく唸る。

 

 

「そりゃ、死喰い人が知らない物凄い呪いとか呪詛なんじゃないか?」

「そういうのは非合法だわ。きっと高度な防衛術よ!」

「効果的な攻撃魔法かもね」

 

 

ダンブルドアが何を教えるのかは書かれておらず、ソフィア達は休憩時間中何を教えるのかと推測し合っていた。

始業5分前を知らせるベルが鳴るとソフィアとハーマイオニーはすぐに立ち上がり数占いの授業へと向かう。

 

2人と別れ談話室へ戻ったロンとハリーは嫌々ながらセブルスが出した宿題に取り掛かったのだが──それはあまりに複雑で難解であり、いくら唸っても一向に答えは見つからずいい言葉も浮かんでこなかった。

 

 

「──あ、そうだ。魔法薬学の教科書を購入しなきゃならないんだった!」

 

 

ハリーは魔法薬学を取るつもりはなかった。──取れないと思っていた。

しかし、マクゴナガはスラグホーンならOWLでOが取れなくても、Eの成績で十分受講させてくれると言った。

闇祓いになるためには魔法薬学のNEWTの成績が必須科であり、ハリーはすぐにうなずき魔法薬学を受講したのだ。

1回目の授業はスラグホーンが忘れた生徒用の教科書を貸してくれると聞いているが、何度も借りるわけにはいかないだろう。

 

マクゴナガルから受け取った追加教材リストにチェックを入れ、ハリーはすぐに立ち上がる。今日出せば今週末には新品の教科書が届くだろうか?

 

 

「ロン、君は?」

「僕は中古だ。ビルかパーシーのお古があると思うから──これをあそこに送ってくれないか?ほら、うちのはアレだから」

「ああ、オーケー」

 

 

ロンは羊皮紙の端っこに魔法薬学を受講した事と必要な教科書のタイトルを簡潔に走り書きするとびりびりと破りハリーに渡した。

身の安全の為、本部で生活しているモリーに手紙を渡すには、きっとかなりの時間がかかるだろう。ピッグウィジョンは少々彷徨い手紙の配達を遅らせがちであり、ロンは優秀なヘドウィグに頼もうと考えた。

 

 

ハリーは羊皮紙の切れ端と注文書をポケットに捩じ込み、フクロウ小屋へと向かう。

廊下を進み校庭へと出たハリーは、ハグリッドの小屋を見て後数時間もすればハグリッドの授業を受講しなかった事が知られてしまうのだ──と思い、その後のことを考え少し気が滅入ってしまった。

 

ここでモタモタしていてハグリッドに声をかけられたら厄介だ。すぐに手紙を出してグリフィンドール寮へ戻ろう。

そう考えたハリーは素早く校庭を横切りフクロウ小屋の扉を開け放った。

 

沢山のフクロウがホウホウと鳴いている。朝の配達を終えたフクロウ達は眠そうに首を回し、そして片足で立ち目を閉じていた。

 

その中央で、フクロウとは明らかに違う大きな鳥に手を伸ばし、ゆっくりと撫でているその人を見た途端、ハリーの心臓はどくりと一度大きく波打ち、足はぴたりと止まった。

 

 

「ルイス……」

 

 

そこにいたのはルイスだった。すぐに視線を小屋の中に向けたが、昨年度は毎日そばにいたドラコが、今はどこにもいない。

ルイスもまさかハリーとこんなところで会うとは思わず驚き目を瞬かせていたが、数秒ほどで冷静さを取り戻すとシェイドと名付けた大きな八咫烏の足に手紙を括り付ける。

 

シェイドの背中を優しく撫でれば、シェイドは心地よさそうに「クー」と一声鳴き、そして巨大な翼を広げふわりと浮いた。

小屋の中にあったおが屑や木の枝などが羽のはためきでふわりと舞う中、シェイドはあっという間に開け放たれた窓へ向かうとそのまま明るい空の中へ飛んでいった。

 

手紙を出し終えたルイスは、シェイドの羽ばたきで少し乱れた髪を指で撫で付けた後、何事もなかったかのようにフクロウ小屋から去ろうした。

 

 

「──待ってくれ!」

 

 

ハリーは扉の前に立ちはだかり、強い目でルイスを見る。

2人が対峙したのは久しぶりであり──ハリーは、ルイスの背が想像より伸びていることに気がついた。

 

 

「何?」

「何をしているんだ?」

「……手紙を出しにきただけだよ」

「ちがう!僕が言っているのはマルフォイと、きみのことだ。何かを企んでいるんだろう?」

 

 

ハリーの妄想ではなく確信があるような声音に、ルイスは脳内で必死にコンパートメントでの会話を思い出していた。

いや、あの時の会話に怪しいところは無かった。あれから一度ドラコとは話し合ったが、何のヒントも与えていない。ドラコが誇張表現する事はいつものことであり、誰よりも優秀そうに見せる口振りをする事もよくある。

何かを企んでいる、ハリーがそう思っているのはドラコならば何かをしでかすだろう、そう思っての事だろう。

 

 

「……コンパートメントでの事を言ってるんだと思うけど、あれはいつものドラコの悪い癖さ、虚勢を張って自分を大きく見せたがる」

「違う、僕には本当だってわかる。知ってるんだ。──ルイス、僕らは今でも友達?」

「……」

「ルイス」

 

 

ルイスはハリーから目を逸らし、フクロウの羽が低く舞う地面を見つめた。

 

友達。

──友達だからといって、全て伝えられるわけではない。もし、きみがドラコとここまで険悪でなければ、互いに意識し合い嫌っていなければ……僕は全てを相談出来たのだろうか。寮が違っていても変わらぬ関係を紡げただろうか。

 

 

 

ルイスは伏せていた目を上げ、彼らしからぬ──スリザリン生がよく見せる冷笑を浮かべた。

 

 

「……ハリー。忠告は読まなかった?」

「読んだ。その上で聞いているんだ。僕は、マルフォイの事はどうでもいい、あんなやつが落ちようが自業自得だ。──でも、ルイス。きみはダメだ」

 

 

ここまで拒絶してもなぜ、ハリーは僕に構うんだろう。

 

ルイスは悲しさや辛さを感じるよりもまず先にハリーの人としての実直さが怖かった。

 

 

きっと。ハリーは人を一度信じれば、二度と疑うことはないんだ。──ああ、そうか、シリウスに対しても、彼のことを全く知らないのに名付け親で両親の親友だというだけで、本当の父親のように慕っているんだっけ。

 

だからこそ、今でも僕を友達だと思ってくれるし、僕だけを助けてくれようとしている。──ソフィアの存在もあるからかな。

 

 

「ハリー──」

「それに!ソフィアはどうするんだ?2人がもし──もし本当に死喰い人なら、彼女を裏切っているんじゃないか?

ソフィアが言っていた。ルイスはマルフォイを護りたいって、それなら──マルフォイが君にとって友達なら、誤った道に進むのを正すべきじゃないのか?」

 

 

ルイスの言葉を遮り、ハリーは必死に思いを伝える。

今しかないと思ったのだ。ルイスと自分の2人きりになれる時なんて、今後無いだろう。ならば今全てを聞いて、ルイスを説き伏せ何とかこちらへ引き込みたかった。

 

ハリーの言葉にルイスは冷笑をがらりと消すと、疲れたような顔で寂しげに笑った。

 

 

「……そうだね、君は正しいよハリー」

「なら──」

「でも──そうだな──例えば、君が道徳的に最善である選択をすると、ソフィアは助かるけれど、シリウスが死ぬ。それでもハリー、君は綺麗な事を選択できるかな?」

 

 

一抹の希望を見せたハリーだったが、ルイスの言葉に怪訝な顔をしすぐに顔を顰めた。

例え話にしては物騒であり、想像だとしても考えたいものではない。

 

 

「何を──そんな、僕は、誰も見捨てない、みんな救ってみせる、その方法を考える」

「そうでしょう?僕にとって、それがこの選択だ。僕は護りたい者を護るために、最善を尽くす。それがどんな方法でもね。世界にとっての正解が、僕には違うんだ。お願いだから、僕らに関わらないで。──さようなら、ハリー・ポッター」

 

 

ルイスは確かな拒絶を漂わせ言い切ると、ハリーの肩を押し退け扉を開き、ハリーが手を伸ばすよりも早く城までの道を疾走した。

 

 

「──くそっ!」

 

 

残されたハリーは悔しさや悲しさ、憤り──色々な感情で心がぐちゃぐちゃになり、思いを爆発させるように壁を強く叩く。

握られた手紙がぐしゃりと潰れ、悲鳴を上げた。

 

 



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325 2人きりの魔法生物飼育学!

 

 

ハーマイオニーと昼食を食べたソフィアは、まだ休み時間は半分以上残っていたが談話室に戻ることなく次の授業を受けるためにハグリッドの小屋へ向かった。

 

既にハグリッドはハリー達が魔法生物飼育学を受講しないと知っているかもしれない。それなら少し早めに行って、なぜ選択しなかったのかを説明しなければハグリッドは落ち込み一度目の授業をまともに進めることができないだろう。

 

 

「ハグリッド、ソフィアよ」

 

 

小屋の扉をトントンとノックすれば、扉の向こうからゴトリと何かが動いた音とファングの鳴き声が響いた。

 

 

「……よう、ソフィア」

 

 

いつもより遅く開かれた扉の先にいたハグリッドは不機嫌そうな表情を浮かべ、すぐソフィアの背後に視線を向けたがその先に誰もいないと分かると、酷く傷付いた顔をした。

 

 

「こんにちはハグリッド。授業までまだ時間があるわよね?入ってもいいかしら?」

「ああ──うん」

 

 

ハグリッドはのそりと体をずらしソフィアが入るスペースを開ける。「ありがとう」とソフィアはいつものように明るく礼を言うと、飛びついてきたファングに顔中を舐められくすぐったそうに笑いながら大きな椅子に座った。

 

狭い台所へ向かったハグリッドは蒸気を吐き出すヤカンを掴み、荒々しい手つきでポットへと注ぐ。戸棚の中からいつもの大きなカップを出しお湯を入れると、ロックケーキと共に机の上に置いた。

 

 

「ありがとう、いただくわ」

 

 

ソフィアはファングの下顎をくすぐりながらカップを持ちしばしその色のない水面を見下ろしたが、とりあえず一口飲んだ。

心が落ち着かず、うっかり茶葉を入れ忘れてしまったのだろう。

 

 

「ハグリッド、多分ハリー達の事で少しショックを受けてるんじゃないかなって思うんだけど」

「ショック?俺がか?いや、そんな事はねぇ」

 

 

どう見ても虚勢であり、ハグリッドは顔を赤らめ拗ねたように下唇を出した。

ソフィアはただのお湯を飲み、ロックケーキを一欠片口の中に放り込みながら言葉を続ける。

 

 

「仕方ないのよ。ほら、6年生にもなればたくさん宿題を出されるし、将来に必要な授業しか取らないでしょう?魔法生物飼育学は、とっても素晴らしい科目だし、ハグリッドはとてもいい先生よ。けれど、就職先に関わらないかぎり、選択する生徒は少ないわ。この科目だけじゃなくて、どの科目もね。──6年生では私と誰がいるの?」

「お前さんだけだ」

「あら──そうなの」

 

 

ぶっきらぼうに告げられた言葉に、ソフィアは何と言えばいいのかわからなかった。

本当に、自分だけしか選択しないとは思わなかったのだ。

 

 

「ハーマイオニーはこの後魔法薬学があるの。ハリーとロンは宿題に追われていて、どうしても取ることが出来そうになかったのよ」

「……ソフィア、お前さんは……なんでとったんだ?こんな人気のねぇ授業」

「それは、私の夢が魔法生物学者だからよ!」

「魔法生物学者?──お前さんが?」

「ええ、私は変身術の先生になろうかと思っていたの。だって私が誰よりも得意な科目だもの。でも、ハグリッドの授業を受けて、もっと魔法生物が好きになって興味が出てきたの!ハグリッド、あなたのように魔法生物を愛することができる学者になりたいの」

 

 

ソフィアは身を乗り出し、ハグリッドの大きな手に自分の手を重ねにっこりと笑った。

ソフィアの言葉は本心であったが──ハグリッドの機嫌を戻すために、わざと持ち上げた言い方を心がけたと言えるだろう。

たとえグラブリー-プランクがずっと授業を行なっていたとしてもソフィアは彼女を尊敬し、魔法生物学者の道を選んでいた。

 

ハグリッドは感極まったようで言葉を詰まらせ、顔をくしゃりと歪めると小さな目に大きな涙を溜めた。

 

 

「俺は──俺の授業がみんな嫌いだとばかり──自信をちぃっと無くしていたんだ、ソフィアが続けたのも、てっきり優しいからとばかり……」

「あら、流石の私も同情で科目を増やす事はないわ。だってもう6年生で、本当に宿題が多いんですもの!」

「そうだな──うむ、ハリー達の事も、本当はわかっとった。けんど──」

 

 

ハグリッドは鈍いが、流石に自分の授業が皆に望まれていないとは理解している。スリザリン生は表立って苦情を言うが、彼らだけでなくレイブンクロー生やハッフルパフ生も良い顔をしていない。グラブリー–プランクの授業の方がよかったと、その顔にありありと書いてあったのだ。グリフィンドール生はハグリッドの事が好きであり、彼の前で嫌な顔はしなかったがそれでも廊下などでハグリッドの授業は少し疲れるとぼやいていたのを、彼は耳にしていた。

 

ハグリッドは薄汚れたハンカチで涙を吹き、鼻を噛むと少し冷めかけたカップに手を伸ばし一口飲んだが、すぐに怪訝な顔をして顔を顰めた。

 

 

「いかん。茶葉を入れ忘れておった!待ってろ、すぐに入れ直すからな」

「ええ、ゆっくりでいいわよ。──でも、授業には間に合うようにしてくださいね?先生?」

 

 

ソフィアの悪戯っぽい笑顔に、ハグリッドは表情を緩め大きく頷いた。

 

 

 

心を落ち着かせるためのティータイムを終えたソフィアとハグリッドは禁じられた森を進んでいた。

ハグリッドは背中に仔牛の死骸を背負い、手には小型の斧を持っている。警戒しながら森を進むハグリッドの隣を、ソフィアは小走りになりながらついて行った。

 

 

「ソフィア、くれぐれも俺から離れるなよ。一応──念のため、杖は持っちょれ」

「ええ、わかったわ。──もう結構歩いたわね……」

 

 

ソフィアはしっかりと杖を持ち、自分達の少し後ろを歩きふんふんと鼻を鳴らすファングを振り返り、その奥の森を見つめる。

既に周りは鬱蒼とした木々に囲まれホグワーツ城を見る事はできない。幾つかの大きな岩や湖を通過し、一層木々が生い茂った道なき道をハグリッドは迷う事なく進んでいた。

 

 

「多分、今しか会えねぇ。──魔法生物学者になるんなら、一度は見ておくべきだろう」

「楽しみだわ!何の生物なの?」

「アラゴグ──アクロマンチュラだ」

「アクロマンチュラ!?うわぁ!かなり珍しいわね!」

「ああ。俺の昔からの友達なんだ、気のいいやつでな、決して人は襲わねえ……俺との約束を今まで守ってきた。まぁあいつの眷属までもが言うことを聞くわけではねぇんだが……アラゴグは夏から少しずつ弱ってきちょる。多分、寿命なんだろう。もう60年は生きたからな……」

「そうなの……」

 

 

ハグリッドは言いながら辛そうに口籠る。学生時代飼ったアラゴグはハグリッドの友であり、魔法生物に興味を持ったきっかけでもあった。真摯に向き合い心をか通わせれば、危険だと忌避される生物でも心を開いてくれる──それを知れた存在なのだ。

しかし、そんなアラゴグは夏から弱ってしまっている。どれだけ看病し薬を飲ませても治らず、寿命が尽きようとしているのだ。

 

 

「アラゴグは──アクロマンチュラは人を食う。それは奴らの習性で普通なら止められるもんじゃねぇ。見つけたらすぐ殺処分されちまう。その危険性も、俺はしっかりわかっちょる。けどな、アクロマンチュラだとしても悪くねぇ奴もいる。心が通じるやつだっているんだ。人だって同じ人を殺すだろ?おんなじなんだ、分かり合えるはずなんだ。アラゴグも、ヒトも、巨人も、魔法生物もな」

「……ええ、私はそんなふうにみんなが思えればいいと思うわ」

 

 

ソフィアは種族によって誤解されている魔法生物の生態をしっかりと見極め、共存できるような方法を探したいと思っていた。ハグリッドの授業でそれを学んだのだ──心を通わせる事ができれば、危険な魔法生物も友人になりえるのだと。

 

 

「ほれ、見えてきたぞ──アラゴグの巣だ。杖はローブの下で隠しとけ、見られたらちぃっと厄介だからな」

 

 

ハグリッドは斧をベルトにかけると声を顰め窪地を指差す。

その窪地の中央には靄のようなドーム型の蜘蛛の巣があり、その窪地にそうように大型犬程の大きさのアクロマンチュラが忙しなく行き来している。

魔法生物だとはいえ、アクロマンチュラの凶暴性を理解しているソフィアは緊張した面持ちでハグリッドに続き、そろそろと斜面に沿って窪地へと降りた。

 

 

「ようアラゴグ!元気か?体調はどうだ?」

「──ハグリッド、か……」

 

 

ガシャガシャと鋏で地面を擦りながらゆっくりとアラゴグが現れる。どのアクロマンチュラよりも大きな体は小型の象程あり、胴体と脚を覆う毛は白く、頭につく8つの目は白濁している。

 

 

「眠っていたのか?悪いな」

「いや──最近は、眠らぬ、以前まで感じていた苦痛や痛みも、どこか朧げになったものよ……」

「そうか──そうか」

 

 

嗄れた声でアラゴグは力なく笑い、ハグリッドは懸命に明るい声を出そうとしているがその声は震えている。

苦痛無く逝けるのは幸せな事だろう。しかし、確かな死の前兆に──大切な友に迫る死に、ハグリッドはやるせなく悲しかった。

 

 

「餌を持ってきたぞ。これを食えりゃ元気が出るはずだ」

「ああ──ありがとう」

 

 

アラゴグには、もう肉に牙を刺す力は残っていない。しかし、ハグリッドの優しさを突き放す事はなく受け入れ「端に、置いて、くれ」と途切れ途切れに囁いた。

 

 

「アラゴグ、今日は俺の友達を連れてきた。──いや、生徒だな」

「何──?」

 

 

ハグリッドはソフィアの背を優しく叩き、ソフィアはその衝撃で一歩前に出た。

老いにより盲目となったアラゴグはソフィアの存在に気づかず──彼はもう、獲物の匂いすらもわからない──力を振り絞り鋏をかしゃん、と合わせた。

 

 

「初めまして、アラゴグ。私はソフィア・プリンス。ハグリッドの友達で、彼の生徒なの。今日はあなたとお会いできてとっても嬉しいわ!二年生の時に、あなたが森の奥にいるって知ってからずっとあなたに触れてみたいと思っていたの」

「わしに──触れる?──は、珍奇な者よ」

 

 

掠れ声で低く笑ったアラゴグは、ここ数日悩ませていた苦痛から解き放たれた喜びから機嫌が良く──死期を悟ってはいたが嘆く事はなく──ハグリッドの友人であり、生徒であるなら、と体を下げた。

 

ソフィアはそっと近付き、手を伸ばす。

アラゴグの白い体毛に触れその硬さを感じていると、所々まだらに体毛が抜けている箇所に気付く。そのまま手を滑らせていると、数本紛れている黒い毛を見つけた。これが本来のアクロマンチュラの体色だ。老いて白くなったが、きっと数十年前、彼の全盛期には闇に溶ける良い狩人だったのだろう。

 

 

「アラゴグは──アクロマンチュラは、年齢を重ねるにつれ体毛が硬くなる。色も白くなるんだ」

「そうなのね……ありがとう、アラゴグ」

 

 

ソフィアは太い前脚に体を寄せた。チクチクとした毛が頬を刺し、ほのかに暖かい。紛れもない生き物の体温だが、やはり──脚の先にいくにつれ冷たくなっているのは、死が迫っているからだろう。

 

 

「ソフィア、じっくりと見てやってくれ。俺はその間に薬を飲ませるから」

「ええ、わかったわ」

 

 

悲しげに言うハグリッドに頷き、アラゴグと少し距離をとったソフィアはアラゴグのスケッチを始めた。どの図鑑にも、アラゴグのように歳を取ったアクロマンチュラは載っていない。図鑑で見るだけではわからなかった毛質の変化や、その硬さ、そして匂いまでもソフィアは詳細に書き残した。

数十分かけてソフィアはアラゴグの姿を丁寧に書くと、ぐいっと腕を伸ばし一息つく。スケッチは終わったが、ハグリッドは何も言わずアラゴグの体を撫でていた。急いでいるわけでもない、それに、生徒は自分1人しかいない。

死期が近い友人と過ごせる時間を邪魔するつもりはなく、ソフィアは鞄から新しい羊皮紙を取り出すと寄り添い静かな時を過ごすハグリッドとアラゴグを描いた。

 

 

ソフィアが2枚目の絵を描き終えた頃、ハグリッドは足音を立てないように注意しながらそっとソフィアの元へ近づいた。

 

 

「寝ちまったようだ。──そろそろ帰らねぇと、真っ暗になっちまう。行こうか」

「ええ」

 

 

アラゴグを起こさぬよう小声で話すハグリッドに、ソフィアも小さな声で頷き窪地の斜面を上る。

開けた場所にある太い木の近くで潜むようにして待っていたファングと合流し、ソフィアとハグリッドは暫く無言で歩いた。

 

 

「ありがとな、ソフィア」

「え?」

「あいつに、俺がちゃんと教師をしている姿を見せることができた。……うん、俺はずーっと、生徒をあいつのところに連れて来たかったんだ」

 

 

ハグリッドは噛み締めるように言うと少しだけ笑った。

「私で役に立てたのならよかったわ」と答えたソフィアは鞄に入れていた羊皮紙を取り出しハグリッドに手渡す。

 

 

「これは?」

「2人の絵よ。今日、連れて来てくれたお礼」

「ああ……!こいつぁ…!こんな嬉しい事はねえ……!」

 

 

ハグリッドは描かれた絵を見てすぐに嗚咽を漏らし大粒の涙を流した。大きな涙は髭を伝い滴り落ち、そばを歩いていたファングの鼻先でぴちょんと跳ね返る。

 

ソフィアは背伸びをして、体を震わせ大声でわんわんと泣くハグリッドの背をトントンと優しく叩いた。

 

 

 



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326 プリンスの教科書!

 

 

魔法生物飼育学の授業が終わり、ソフィアは大広間へと向かっていた。

ちょうど玄関ホールでハリー達を見つけ駆け寄ったのだが、どこか浮かない表情を浮かべるハーマイオニーに気付きソフィアは心配そうに顔を覗き込む。

 

 

「どうしたの?やっぱり……ダンブルドア先生のご友人とはいえ、スリザリンの元寮監だし……贔屓していたの?」

 

 

ソフィアは先ほど受けていた筈の魔法薬学で、また不当な扱いを受けて気が落ち込んでいるのかと思ったが、ハーマイオニーはふるふると首を振った。

 

 

「違うの。スラグホーン先生は差別もないし、とってもいい先生よ。その時の授業で1番うまく生ける屍の水薬を調合出来た生徒に、フェリックス・フェリシスの小瓶を褒美として提供してくださったの」

 

 

がっかりと肩を落とすハーマイオニーに、きっとソフィアはルイスがそれを手に入れたのだと思った。ルイスは誰よりも調合が上手く、セブルス直々の指導も受けている。きっとハーマイオニーはその稀有な薬が欲しくてたまらなかったのだろう。

 

 

「誰が獲得したの?ルイスかしら?」

「それが──」

 

 

ハーマイオニーはちらりとハリーを見た。

ハリーは少し居心地が悪そうに視線をずらしたが、彼らの表情の動きだけで誰が最も優れた調合を行ったのか一目瞭然だろう。

 

 

「まあ!ハリー、あなたなの?すごいわ!」

「あー……ありがとう」

 

 

今まで魔法薬学を苦手としていたハリーが、まさか調合が難しい生ける屍の水薬をルイスよりも完璧に調合できるとはソフィアも思わず、たとえ一度きりの奇跡だとしても十分にすごいとハリーを褒め称えた。

しかし、ふと首を傾げる。──ハリーは、魔法薬学が取れないはずだ。

 

 

「あれ?ハリー……あなた、魔法薬学でOだったかしら?」

「あ、ううん。スネイプはOしか受講させてくれなかったみたいだけど、スラグホーンはEでも大丈夫なんだって。闇祓いになるには魔法薬学が絶対に必要だから、ぎりぎりで申し込んだんだ」

「僕も魔法薬学を取ったぜ」

「まぁ……ということは、私だけ取ってないのね。魔法生物飼育学と被っていたから仕方がないけれど少し残念だわ」

 

 

ソフィアは自分だけ魔法薬学を受講していないため、魔法生物飼育学と被っている先ほどの授業はともかく、週に3回は一人きりになる時間があるのだと気付く。

いつも4人か、ハーマイオニーと共に過ごしていた。これほどの時間を一人きりで過ごすのは初めてだったが今年は去年習得出来なかった魔法を練習するつもりであり、逆に都合が良いかもしれない。

 

 

ソフィア達は夕食を取るためにグリフィンドールの席に着き、大皿からポテトや骨付きもも肉を自分の皿の中に乗せる。

ハリーは辺りを見回し近くに誰もいない事をよく確認した上で、魔法薬学の授業で何故完璧な薬を調合出来たのかを話した。

 

 

「──実は、僕が借りた教科書に書き込みが沢山あって。その指示に従ったんだ。小刀の平たい面で催眠豆を砕いたり、攪拌を一度別方向にしたり……そうしたら、完璧に出来上がったんだ」

「まぁ……その文字は浮かび上がってあなたに話しかけたわけではないのよね?」

「うん、元々の書き込みだ。きっと熱心な生徒だったんだろう」

 

 

ハリーは二年生の時のリドルの日記を思い出し、これとあれは全く違うと弁解したがソフィアとハーマイオニーとロンは固い表情でハリーが鞄から取り出した古い上級魔法薬の教科書を睨む。

 

 

「誰の本なんでしょうね。少なくとも過去のホグワーツの生徒でしょう?もし、またトム・リドル、なんて書いてあったら──ダンブルドア先生に言わないといけないもの」

 

 

たしかにトム・リドル──ヴォルデモート卿は学生時代かなり優秀な生徒だったとダンブルドアが言っていた。この本に何も呪いがかかっていないとしても、もし元の持ち主がトム・リドルならば、流石に素晴らしい成果を残せるとしても手元に置きたくはない。

 

 

ハリーは本を1番最後のページを捲ったり、本をひっくり返したりしてどこかに記名は無いかと探す。教科書に記名欄はなくとも、同じものを持っている生徒が多い中、無くさないように自分のものに、名前を書く生徒は少なくない。

 

 

「──あった!小さい文字だなぁ、ええっと……半純血のプリンス蔵書……」

 

 

ハリーは裏表紙の下に読みにくい小さな字で書かれていたその文字を読む。ハーマイオニーとロンとハリーは驚いたようにソフィアを見たが、ソフィアも彼らと同じく目を見開き驚愕していた。

 

 

「つまり、これはソフィアの親戚のものってことか!」

 

 

こんなところでソフィアと繋がりがあるとは思わずハリーは少し興奮しながら叫ぶ。

プリンスなんて珍しい姓そう多くない、近い親戚ではなくとも、血が繋がっている可能性は高いだろう。

ただ自分の事を王子様(プリンス)呼びしている自惚れ屋の可能性もあるが、まだ姓だとした方が現実的だ。

 

 

「うーん、そうかもしれないわね。少し見てもいい?」

「うん、勿論!」

 

 

ハリーはすぐに教科書をソフィアに渡した。

ソフィアは1ページ目を開き、欄外だけではなく行間にまで及ぶ緻密な書き込みに「凄いわね」と感嘆しつつ何ページか捲った。

 

 

「流石に他に手がかりがなければわからないけれど、そうね。私の親戚の物かもしれないわ」

「もしかして──ソフィアのお父さんの本とか?それともお爺さん、とか?」

 

 

ソフィアは父親について一切話さず、ハリーも無理に聞こうとはしなかった。しかし、予想もしなかった方向からソフィアの父親について知れるかもしれない、とハリーは期待しながら本に書かれた文字を撫でながら聞いた。

 

 

「さあ、わからないわ。──あっ!ほら、デザートが出てきたわ」

 

 

ソフィアは首を傾げ、本をハリーに渡しながら現れたケーキを自分の近くに引き寄せた。

ケーキを食べながら、ソフィアはハーマイオニーにパチンと一つウインクをし、それを見たハーマイオニーは目を瞬かせつつ、納得した顔をするとハリーが持つ教科書についてそれ以上何も調査することはなかった。

 

 

 

──なるほど、父様の教科書だから、ルイスはハリーに勝てなかったのね。

 

 

ソフィアは気付いたのだ。

あの独特の細い文字は、父であるセブルス・スネイプのものであると。

父の両親──つまり、ソフィアは自分の祖父母について何も知らなかった。もう随分前に亡くなり、親戚とは縁が切れているのだと教えられていたし、とくに気にする事はなかった。

今ならなぜ伝えなかったのかがわかる。きっと片方がマグルだったのだ。

 

父親が半純血だったとは知らず、てっきり純血だと思っていたがソフィアは血にこだわりは一切なく、何も気にせず二つ目のケーキを食べ始めた。

 

 

「そういえば──」

 

 

ハリーは教科書を大切そうに鞄の中に戻しながら、ふと授業での事を思い出しソフィアの髪を一房手で掴んだ。

 

 

「どうしたの?」

「──授業で魅惑万能薬があったんだ。僕には糖蜜パイと箒の木の香り、後もう一つ甘い匂いがして何かなぁって思ってたけど、やっぱりソフィアの匂いだったみたいだ」 

 

 

髪を鼻に近づけたハリーは、魔法薬学の教室で香った甘くて胸がそわそわするような匂いの正体が分かり満足げにっこりと微笑む。

それを聞いてソフィアは驚き少し頬を染め、ロンとハーマイオニーはニヤニヤと笑いハリーとソフィアを見た。

 

 

「ソフィア、魅惑万能薬の匂いの意味知ってる?僕忘れちゃったみたい」

「……ハリー?あなた知ってて聞いてるでしょ!」

「え?何のこと?」

 

 

笑みを深めたまま飄々と嘘をつくハリーに、ソフィアは頬を膨らませながら「その人が惹かれるものの匂いがするんでしょう?」とボソボソと呟き、ハリーは満足げに「そうだったね」と頷いた。

 

 

夕食後、就寝時間までは1日目にして山のように出されてしまった宿題を就寝時間ギリギリまで行った。

ハリーとロンは全てを終わらせることはできなかったが、明日もまた空き時間があると楽観的に考え夜更かしするのを止め早めに寝室に引き上がった。

ハーマイオニーとソフィアは彼らがこのまま宿題を毎日少しずつ残していたら、最後に手が回らなくなると知っていたが──初日は流石に疲れているだろうと大目に見て黙っておく事にした。

 

 

「ソフィア、あのハリーが持ってる教科書って……」

 

 

ハーマイオニーは近くに生徒がいない事を確認してから声を顰めソフィアの耳元で囁いた。

 

 

「ええ、間違いないわ。──父様のものよ」

「やっぱり!」

「私のこの姓は、父様のお母さんの姓なの。──全く知らなかったけど、父様のお父さんは多分──」

「あっ!……本当だわ……そうなるわよね」

 

 

ハーマイオニーは半純血の意味に気付きはっとした顔で口を押さえ、神妙な顔で考え込んだ。その口先が少しひくひくと動いていたのは、きっと良い事を知ったとほくそ笑みたいのだろう。セブルス・スネイプはスリザリン生を贔屓し、彼女にとって屈辱的な事を散々言ってきた。──しかし、ソフィアとの友情に影を落としたくなかったハーマイオニーは必死に表情に出すまいと気をつけたのだ。

 

 

「だから、まあ。あの教科書を持っていても変な事にはならないと思うわ。多分うっかり自分の教科書を入れてしまって長い時が経って忘れてるんだと思うの。だってあの人の授業で忘れ物をするなんて命知らずの生徒、いたとは思えないわ」

「……確かに。なら持っていても大丈夫そうね」

「そうね、呪いはかかってないはずよ」

 

 

ハーマイオニーは頬を揉みながら「それならまぁ……」と渋々頷く。

ハリーに何か悪い事が起こるような呪いがかかっていないのならば、彼が持っていても問題はない。

 

 

「ねぇ、ハーマイオニーはどんな匂いがしたの?」

「え?」

 

 

ソフィアはニヤリと悪い笑みを浮かべると隣に座るハーマイオニーに接近し、耳元で「魅惑万能薬よ」と低く囁いた。

途端に顔を赤らめ視線を彷徨わせるハーマイオニーに、ソフィアは笑みを深め目を輝かせる。

 

 

「い、言わない!」

「えー!どうして?私たちの仲でしょう?」

「だって──」

「まぁわかりきってるかもしれないけれど、どうせロ──」

「しーっ!!」

 

 

慌ててハーマイオニーはソフィアの口を塞ぎ、誰かの耳に入っていないかと辺りを見渡したのだった。

 

 



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327 本の行方!

 

 

土曜日にハリーはダンブルドアとの個別授業を受け、ソフィアとハーマイオニーとロンにどんな授業だったかを話した。

それはソフィア達が予想していたような特別な魔法を教えるものでは無く、ヴォルデモートの過去を知る旅であり──それを聞いたソフィア達は難しい顔で黙り込んだ。

 

 

「君たちにだけ言うんだ。絶対他の人には言わないでね」

「勿論よ。……あの人にそんな過去があったなんて。それに、予言と関わってくるって──今のところわからないわね」

「そうね。でも、敵を知ることはとても良い事だと思うわ。そうすれば考えが読めるかもしれない。ダンブルドアはきっとそれを望んでいるのよ!」

 

 

ハーマイオニーが自信たっぷりに言うが、ハリーとロンは首を傾げ唸った。それだけなら、ダンブルドアがハリーに話すだけで事足りるだろう。実際その場に立ち、体験させたかった何か特別な情報があの場所にはきっとあったのだ。しかし、ハリーには一体それが何かはわからなかったし、ダンブルドアも過去の記憶についての正解を告げる事は無かった。

 

 

「今わからない事を悩んでも仕方がないわ!さあ、宿題を始めるわよ!」

 

 

ハーマイオニーはパチンと手を叩き、早速談話室の机の上に大量の教科書や羊皮紙を並べた。ソフィアもそれに倣い宿題の用意を進める中、ハリーとロンは嫌そうな顔をしてしぶしぶ鞄を掴む。

6年生になれば空き時間が多くなり、一見すると自由時間が増えたように見えた。しかし、実際はハーマイオニーが言ったように遊ぶ暇などなくどの教科でも大量に出される宿題をする時間となったのだ。

それでもハーマイオニーやソフィアは苦しむ事なく要領良く宿題をこなし、予習するほどの余裕があったが──それが出来る生徒は数少ないだろう。

 

宿題の量が増えただけではなく、授業はさらに複雑さを増している。

とてもではないがハリーとロンに羽を伸ばす事ができる自由時間など無く、結果ハリーはまだハグリッドの元に行く事が出来ないでいた。

 

ハグリッドはソフィアから何故ハリー達が魔法生物飼育学を取る事が出来なかったのかを聞き、とりあえず納得はしたようだった。

しかし訪れる事が出来ない日が重なるにつれ気難しい表情を浮かべるようになっていたのだ。ハリー達が挨拶をしても気が付かなかったかのように素通りする日すら、ある。

ハリーの口から直接理由を聞くこともできず、遊びにも来てくれない不満。そして体調が悪くなり続けるアラゴグの事でストレスが溜まっているのだろうとソフィアはハリー達にそれとなく伝えたが、なかなか向かう事は出来なかった。

 

6年生以上が頭を悩ませているのは無言呪文のせいでもある。

今や無言呪文は闇の魔術に対する防衛術だけで要求されるばかりでなく、呪文学や変身術でも同じであり、ホグワーツの至る所で無言魔法を習得しようと誰もが顔を紫色にして息張っている光景がよく見られた。

 

 

「そろそろハグリッドを訪ねたほうがいいんじゃない?」

 

 

二週目の土曜日の朝食で、教職員テーブルのハグリッド用の大きな椅子が空っぽなのを見ながらハーマイオニーが落ち着きなく言った。

 

 

「午前中はクィディッチの選抜だ!その上水増し呪文の練習をしなきゃ!それに、ソフィアがちゃんと説明してくれたんだろ?」

「ええ、でも、多分ハグリッドはハリーとロンとハーマイオニーに会いたがっていると思うわ」

「そりゃ、僕も会いたくないわけじゃない!けどさ、どこにそんな時間があるっていうんだ?」

 

 

膨大な量の宿題も終わらず、無言呪文の進捗も芳しくないロンは苛立ちながらソーセージを噛みちぎる。

 

 

「ハグリッドが最近ここに来ないのも気になるんだよなぁ……ソフィア何か聞いてない?」

 

 

ハリーは空席を見ながら心配そうに言った。ここ数日、ハグリッドは大広間に現れる事なく城の中でも一切見かけていない。

ソフィアとの授業が通常通りあると知っているため、急病などではないことはわかっているがそれでも何となく不吉な予感がした。

 

 

「うーん……ハグリッドのお友達がね、老いてもう長くないみたいで……授業の時も心配してて上の空だわ」

「えっ!?そうなの、大変だわ、きっとハグリッド悲しんでいるでしょうね」

「……ねぇ、そのお友達って?」

 

 

ロンはなんとなく嫌な予感がし、声を低くしてソフィアに聞いた。今までハグリッドがヒトの友達を紹介したことは無い。ハグリッドのいう友達であり、気のいい奴らとは大抵とんでもない魔法生物なのだ。

 

 

「アラゴグよ。ロンとハリーは会ったことがあるでしょう?」

「ア、アラゴグだって!?うわー!おめでとう!──じゃなかった、なんて事だろう!」

 

 

ロンは蜘蛛が大の苦手であり、大蜘蛛であるアラゴグが死にかけていることをつい喜んだ。しかしハーマイオニーに睨まれてしまい慌てて言い換えたが表情は嬉しさを隠し切れていない。

ハリーもまた、アラゴグと彼の眷属から死ぬ思いで逃げて来たことを思い出し複雑そうな表情をする。森にあの大蜘蛛がいなくなるのは喜ばしいことだ。だが、ハグリッドはきっと嘆き悲しむだろう。

 

 

「クィディッチの後で行こう。ハグリッドを慰めなきゃ……だけど、選抜は午前中一杯かかるかもしれない。応募者が多いから」

 

 

グリフィンドールのキャプテンになり、初めての大仕事を控えたハリーは数日前から思い悩み、少々神経質になっていた。

今まで応募者は多くて3名だった。名乗りを上げない年だってあり、去年は抜けた役割を探す事がとても大変だっただろう。

それにもかかわらず何故今年はこんなにも応募者が多いのか、ハリーは不思議でならなかった。

 

 

「まあ、ハリーったら、しょうがない人ね。クィディッチが人気者じゃないわ。あなたよ!あなたがこんなにも興味をそそったこともないし、率直に言ってこんなにセクシーだったこともないわ」

 

 

ハーマイオニーの呆れと苛立ち混じりの言葉に、ロンは飲み込みかけていたニシンの一切れで、ソフィアはマッシュポテトで盛大に咽せた。

 

 

「あなたの言っていたことが真実だったって、いまでは誰もが知っているでしょう?ヴォルデモートが戻ってきたと言っていたことも正しかったし、何度もあの人から逃れたと魔法界全体が認めざるを得なかったわ。そして今はみんながあなたを選ばれし者と呼んでいる。──さあ、しっかりしてよ。みんながあなたに魅力を感じる理由がわからない?ソフィアもハリーがより一層セクシーになったって思うでしょ?」

「ごほっ──え、えーと。ハリーは、そうね、いつでもセクシーだわ」

「そ、そうかな?」

 

 

ソフィアの言葉に、ハリーは満更でもなさそうな表情をした。大広間の天井は冷たい雨模様だったが、何だか急に暑くなったような気がしてハリーはパタパタと手で顔を仰ぐ。

 

 

「その上、あなたが情緒不安定の嘘つきに仕立てようと、魔法省が散々迫害したのにも耐え抜いた。あの邪悪な女があなた自身の血で刻ませた言葉も、忘れてないわ。でもあなたはとにかく節を折らなかった」

「クィディッチでの名キーパーとして活躍した時の傷、まだあるよ、見る?」

 

 

ロンが腕を振り袖を捲ったが、ハーマイオニーは気付かなかったのか無視をした。

 

 

「それに、夏の間にあなたの背が30センチも伸びことだって、悪くないわ」

「僕だって背が高い」

 

 

そんなこと些細だと言うようにロンが呟いたが、ハーマイオニーは知らぬ顔をして今度はソフィアに体ごと向き合った。

 

 

「ソフィア、あなたもよ」

「わ、私?」

「この流れだから言うけれど。あなたも可愛らしくなって、とってもセクシーになったわ。今までの溌剌としたソフィアも勿論可愛いけど、今は女性らしく可憐に成長しているもの。それに、DAで十分魔法も上手いとわかったし、無言呪文も完璧よ。あなたに恋焦がれている男の子はとても多いでしょう?今年度、私たちと離れて過ごす時間が増えて、いろんな男の子にアタックされてるんじゃない?」

「そうなの?そりゃ、ソフィアは誰よりも魅力的だけど──」

 

 

ハリーは体の熱が一気に冷え、必死な表情でソフィアを見る。誰よりも魅力的で可愛らしいソフィアだ。たしかに自分以外にその魅力に気づく人はいるだろうと思ったが、知らぬところでアタックされているとは夢にも思わなかった。

 

 

「そう、ね。まぁ、ええ。──けれど、ちゃんと恋人がいるからって断ってるわ」

 

 

ソフィアは狼狽えながらもそう明言し、ハリーはほっと胸を撫で下ろしたが、今ほど魔法薬学をとったことを後悔した事は無かった。あの教科書のおかげで今やハリーの得意科目となっている上に闇祓いになるためには必須科目であるにも関わらず、だ。

 

 

「僕たち、恋人だってことをもう少し周知する必要があると思うな」

「うーん……そうね、ハリーの魅力に気づく人が多いのは嬉しいけど、ちょっと妬けちゃうもの」

「──ソフィア!」

「きゃっ!──も、もう!」

 

 

不貞腐れたように言うソフィアのいじらしい表情が胸を打ち、ハリーはついソフィアを抱きしめたが、ソフィアは困り顔でチラチラと教職員テーブルを見ていた。

 

教職員テーブルで静かに朝食を食べていたセブルスは、人知れず額に青筋を立て心の中でハリーに考えられる限りの侮蔑的な言葉を吐いたのだが──勿論、ハリーはまさかそんな事が起こっているとは気が付かない。

 

 

フクロウ便が到着したところでようやくハリーは満足げに笑いながらソフィアを解放し、皆に水滴をばら撒きながら入ってきたフクロウの群れを見上げる。

 

 

「──ヘドウィグ!」

 

 

茶色や灰色の群れに混じり、雪のように白いヘドウィグが大きな四角い包みを持ち、優雅に羽ばたきハリーの前に着地した。

その直後ロンの前に茶色いフクロウが着地し、同じような大きさの包みを届けパンのかけらを啄んだ後すぐにまた空へ舞い戻る。

 

ハリーはすぐに包みを開け、中に新品の上級魔法薬の教科書を取り上げた。

ひらり、と一枚の手紙が舞い降り、床に落ちる前にキャッチしたハリーは差出人の名前を見てぱっと表情を明るくさせた。

 

 

「パッドフットからだ!」

 

 

新品の教科書には目もくれず、ハリーはすぐに封を切ると手紙を広げる。

 

 

「なんで書いてあったの?」

「えーと……元気かって事と、あっちは変わりないから心配するな、だって。2日前に鏡で話したところなのに」

 

 

そう言いながらもハリーの声は跳ねるように軽やかで喜びが隠しきれず、何度も短い文を読むと丁寧に封筒の中に戻し鞄にそっと入れた。

 

 

「新しい教科書が届いたのね。これでようやくあの教科書を返せるじゃない」

 

 

ハーマイオニーはシリウスからの手紙の内容が当たり障りないことだとわかるとすぐに話題を教科書に戻し、嬉しそうに言ったが、ハリーは怪訝な顔をして「返さないよ」と言い切った。

 

 

「あれを使えば魔法薬は完璧だしね。ほら、もうちゃんと考えてある──裂けよ(ディフィンド)!」

 

 

ハリーは新しく買った教科書の表紙を切り裂き魔法を使い古本らしく装うと、何食わぬ顔で元々借りていた教科書の表紙と交換した。見た目では古本が新品のようになり、新しく購入した本が古本のようになったと言えるだろう。

 

 

「スラグホーンには新しいのを返すよ。文句はないはずだ。9ガリオンもしたんだから」

「でも──」

「文句を言っていいのはソフィアだけだ。これはソフィアの親族の本の可能性が高いんだし。……ソフィア、僕が持っててもいいかな?」

 

 

ハリーは怒り認められないといった顔をするハーマイオニーの言葉を遮り、期待を込めてソフィアを見る。

ソフィアはハーマイオニーとハリーの全く異なる視線を受けながら──ぱちりと瞬きを一つし苦笑した。

 

 

「まぁ、いいんじゃないかしら」

「ソフィア!」

「でも、私にもたまに見せてくれる?魔法薬学は取ってないけれど、親族の書いたものに興味があるもの」

「勿論だよ、ありがとう!」

 

 

ハリーは目に見えて喜び、大切そうに教科書を鞄の中にしまう。ハーマイオニーはその元の持ち主がセブルスだと知っているため、新品と古本を交換するハリーの行動を責めるような目では見たが、ツンと口を尖らせ渋々納得した。

 

 

「あ。──今日の新聞が届いたみたいよ」

 

 

ソフィアは彼らの意識を逸らすためにハーマイオニーの元に舞い降りたフクロウを指差す。そのフクロウはハーマイオニーの前に日刊預言者新聞を一つ落とし、首から下げている小袋の中に通貨が入ったことを確認するとすぐさま飛び立った。

 

 

「誰か知ってる人が死んでるか?」

 

 

机の上に新聞を広げて隈なく読むハーマイオニーに、ロンはわざと気軽な声で聞く。ロンは新聞が届くたびにこうして同じ質問を繰り返していたが、今のところ凶報は届けられていない。

 

 

「いいえ。でも吸魂鬼の襲撃事件が増えているわ。それに逮捕が一件」

 

 

ハリー達は死喰い人が逮捕されたのかと期待したが、ハーマイオニーの口から出たのはナイトバスの車掌であるスタン・シャンパイクの名だった。陽気であり、どうみても死喰い人に見えない彼が死喰い人の活動をしたとして逮捕されたという記事に、ソフィア達は眉を寄せ難しい表情をする。服従の呪文をかけられていたのかと思ったが、どうやらパブで死喰い人の秘密の活動について話していたところを第三者から通報されたらしい。

スタン・シャンパイクは気をひくために話を誇張する癖があり、それで運悪く逮捕されてしまったのだろう。

 

 

魔法省のやつら(あいつら)いったい何を考えてるんだか。スタンの言う事を間に受けるなんて」

「たぶん、何かしら手を打ってるように見せかけたいんじゃないかしら。みんな戦々恐々だし……パチル姉妹のご両親が2人を家に戻したがっているのを知っている?それに、エロイーズ・ミジョンはもう引き取られたわ。お父さんが昨晩連れて帰ってたの」

「ええっ?でも、ホグワーツはあいつらの家より安全だぜ。そうじゃないか。闇祓いはいるし、安全対策の呪文がいろいろ追加されたし、何よりダンブルドアがいる!」

 

 

ハーマイオニーが顔をしかめながら低い声で言えば、ロンは信じられないとばかりに目を瞬く。ヴォルデモートに対してならば、このホグワーツにいることが何よりも安全ではないのかとロンは思っているが、遠く離れたホグワーツに子どもを預けることを不安に思う保護者は少なくない。

ホグワーツは安全かもしれない。しかし、ダンブルドアがヴォルデモートと戦う意志を示したと言うことは、死喰い人もまたダンブルドアを──ホグワーツを無視しないだろう。

 

 

「ここはどこよりも安全だけれど、その分狙われる可能性がある。──大人はそう思っているのね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの横から新聞の記事を覗き込みながら呟いた。

ダンブルドアだけではない、ヴォルデモートにとって宿敵であり、何としてでも殺害しなければならないハリー・ポッターがいるのだ。ハリーを持ち上げる市民がいる一方で、それに気付き不安を抱えている保護者が多いのだろう。

──何より、誰だって大切な者を目の届くところにおきたいと思うのが真理だ。

 

 

「そうね。それに──気がつかない?ここ1週間、校長席はずっと空だったわ」

 

 

ハーマイオニーは教職員テーブルにちらりと視線を送りながら小声で言った。ハリーとロンはその時初めてダンブルドアの不在に気がついた。よくよく思い返してみれば、確かに1週間前にハリーが受けた個人授業以来、ダンブルドアを見ていない。

 

 

「騎士団に関する何かで、学校を離れているんだと思うわ。つまり──かなり深刻だってことじゃない?」

「でも、パッドフットは何も言わなかった!」

「そりゃあ、万が一フクロウが誰かに捕まったら困るでしょう?それに、あなたはここにいるんだもの。何もできないじゃない?闇雲に不安を煽る事をしたくないんでしょうね」

 

 

ハーマイオニーは当然の事のように言うと再び新聞に目を落とし隅から隅まで読み耽った。

 

ハリーは鏡を通してシリウスと会話し、それほど事態が深刻なのだとは思っていなかったが──確かにハーマイオニーの言葉も一理ある。

 

何となく胃が気持ち悪いような、重い気持ちの中、ソフィア達は朝食を食べ終わりクィディッチの競技場へと向かった。

 

 

「ソフィアは、本当に選抜試験を受けないの?」

「ええ……正直、宿題と予習で手一杯だもの。マクゴナガル先生との個人授業も本当に驚くほど難しくて……」

「そっか……残念だな」

 

 

その分、やりがいはあるんだけどね。とソフィアは少し笑ったが、ハリーは残念でならなかった。

ソフィアは去年一時的にシーカーだった。腕は良く、見事試合で勝利していたが──しかし、ハリーと比べると差は歴然だ。

周りをよく見るソフィアは、きっと良いキーパーになれるだろう。だが、そのポジションにつきたいのはロンであり──ハリーはソフィアと共に選手として空を駆け巡りたい気持ちはあったが、ここで「キーパーに応募すればいいのに」とは、ロンの友情を考え言えなかった。

 

 

ソフィア達が大広間から廊下へと出た時、廊下の隅でラベンダーとパーバティが気落ちした様子でヒソヒソと話していることに気づいた。

2人はいつも一緒にいる親友同士だ。パーバティが連れ戻されるかもしれない、という不安な気持ちを話し合っているのだろう。

 

何と声をかけて良いのかわからず、ソフィア達は自然と口を閉ざしてその横を通り過ぎようとした。しかし、話し込んでいたパーバティが突然ラベンダーを肘でトンと小突きロンに視線を向けた。

ラベンダーは弾かれるように振り返ると、ロンを見てしっかりにっこりと微笑み──そんな笑顔を向けられると思っていなかったロンは驚いていたが嫌な気持ちはせずに、曖昧に笑い返す。

 

先ほどより胸と肩を張り、堂々と歩くロンの後ろでハリーは笑い出したい気持ちを堪えていて気が付かなかったが、ハーマイオニーはじとりとした目でロンの後頭部を睨みつけていた。

 

 

「じゃあ、ハリー、ロン。頑張ってね!」

 

 

選手用の控え室へと向かうハリーの首元に抱きつき、ソフィアは頬にキスを落とし激励をする。ハリーは嬉しそうに微笑み、同じように頬にキスをした。

 

 

「ほら、ハーマイオニー?」

「……頑張ってね、ロン」

 

 

ラベンダーに笑いかけられ有頂天になっているロンを見て面白くなかったハーマイオニーだったが、ソフィアに促されてしまい、無言で去るのは流石に嫌味すぎるだろうと仕方なく応援した。

 

 

「うん、応援してくれよな!去年の試合の時もそうだったけど、ハーマイオニーの声ってなんか耳に届くんだよね」

「え?──そ、そうなの。ふーん……去年、素晴らしい技を見せたもの、きっと大丈夫よ」

 

 

ロンの言葉に意表をつかれたハーマイオニーは少し言葉に詰まりながらも、先ほどとは違い柔らかい言葉で心から激励した。

 

ロンはにっこりと笑い、拳を空に突き上げたあと、ハリーの肩を抱いて控え室への扉をくぐった。

 

 

「たくさん人がいるのに、ハーマイオニーの声が届くなんてすごいわね」

「ええ……そうね」

 

 

ソフィアは不思議そうにしながら、きっと毎日聞いているからだろうか?と首を傾げたが、ハーマイオニーは鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌になり、ソフィアの手を引いてスタンドへと向かった。

 

 



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328 ハグリッドと仲直り!

 

グリフィンドールのクィディッチ選抜は午前中一杯かかり何とか終わった。

ロンはハリーがキーパー志望者に出した、ゴールを5回中最も守れたものをキーパーに決定するという課題に、なんと5回全て守りきるというファインプレイを見せキーパーの座を獲得する事が出来たのだ。

 

 

「ロン、すばらしかったわ!」

「おめでとう、ロン」

 

 

喜びを顔中に広げたハーマイオニーと、困ったような顔を見せたソフィアがスタンドから競技場に飛び降り、ロンとハリーの元へ駆け寄った。

ハリーは何故そんな困り顔なのか聞こうと思ったが、瞬き一つしている間にソフィアの表情はハーマイオニーと同じような笑顔になってしまった。──気のせいだったのだろうか?

 

 

ロンはハーマイオニーの言葉にすっかり気をよくしてチーム全員とハーマイオニーに笑顔を向けながら胸を逸らす。その姿はいつもより堂々としていて、身長がさらに伸びたように見えた。

 

 

「メンバーは決まったな。第一回目の本格的な練習日は次の木曜日の放課後だ。よろしく」

 

 

ハリーは新たなメンバーにそう告げるとソフィア達の元に駆け寄り、チームメンバーに別れを告げ競技場を出てハグリッドの小屋へ向かった。

 

 

先程まで弱い霧雨が降っていたが、いつの間にか止み太陽が雲から隙間を出していた。ロンもなんとかチームメンバーになる事ができ、これからの練習次第では本当にいいキーパーになるだろう。なにより、ジニーもかなり上手かったし、新生チームもなかなかバランスが取れている。──ハリーは大仕事を終えようやく肩の荷が降り、空のように晴れ渡った気持ちで濡れて輝く芝生を踏み締めた。

 

 

「僕、4回目のペナルティ・スローはミスするかもしれないと思ったなぁ。デメルザのやっかいなシュートだけど、見たかな、ちょっとスピンがかかっていた──」

「ええ、ええ、すごかったわ」

 

 

ロンの自慢したくてたまらないといったような跳ねる声に、ハーマイオニーはくすくすと笑いながら頷いた。

 

 

「僕、とにかくあのマクラーゲンよりはよかったな。あいつ、5回目で変な方向にドサッと動いたのを見たか?まるで、錯乱呪文をかけられたみたいに……」

「そうね、きっとちょっと間違えたのね」

 

 

ソフィアは苦笑しながら頷き、ちらりとハーマイオニーを見る。ハーマイオニーの顔は赤く染まり先程までの喜びを消し少々気まずそうに目を逸らした。

有頂天になって他のペナルティ・スローをどうやって防衛したかを話すロンは気が付かなかったが、ハリーは「まさか」とハーマイオニーとソフィアを見比べ──彼女達は揃って肩をすくめた。

 

 

ハグリッドの小屋に着いたソフィア達はその中からガチャガチャと物音が聞こえてくる事を確認し、扉を叩き「ハグリッド!」と呼びかけた。

呼びかけたのがソフィアでは無くハリーだったからか、暫く扉は開かなかったがハリーが何度も強く扉を叩けば渋々といった様子で扉が開き、仏頂面をしたハグリッドが現れた。

 

 

「なんだ、お前さん達か」

「ハグリッド、会いに来たんだ。入ってもいいかな?」

「──ふん、ようやく暇ができたってわけか?」

 

 

ハグリッドは不機嫌にちくちくとハリーを責めるような棘のある言い方をしたが、ハリーは気にせずハグリッドが脇によけて会いたスペースに体を滑り込ませ小屋の中に入った。

ソフィアは平然としていたが、ハーマイオニーとロンは見るからに不機嫌なハグリッドに、少し居心地悪そうにその後ろに続き、巨大な木のテーブルに着いた。

 

 

「僕たち、ハグリッドに会いたかったんだ」

「ようやく、さっきクィディッチの選抜が終わったところなの。ハリーはキャプテンとして責任重大だったし、ロンは選手になるためにすごく神経を研ぎ澄まさなきゃいけなかったのよ」

 

 

それとなくソフィアが遅くなった理由を説明すれば、ハグリッドはむすりとしたままに台所へ向かい巨大なヤカンで紅茶を沸かした。今回は茶葉を入れ忘れる事なく用意を終えたハグリッドは、ハリー達4人分のバケツほどの大きさがあるマグカップと手製のロックケーキを一皿机の上に置いた。

大仕事を終えて疲れ切り、空腹だったハリーはすぐに一つ摘む。

 

 

「──そんで、忙しい宿題とかクィディッチの準備は終わったわけか」

「宿題はまだまだ山ほどあるよ。毎日徹夜なんだ」

「そうか」

「ハグリッド、もうソフィアに聞いていると思うけど……私たち、本当は魔法生物飼育学を取りたかったの。でも、どうしても時間割に当てはまらなくて……」

 

 

ハーマイオニーが悲しそうにおずおずと言えば、ハグリッドは表情を軟化させる事なく頷く。実際、本当にその時間には当てはまる事はなかったのだ。逆転時計を使えば可能かもしれないが──勿論、そこまでして取りたいわけではない。

 

 

「わかっちょる。──うん、まあ、俺ぁみんなが取ってくれるもんだとばっかり……勘違いしてたんだ」

「ハグリッドの授業はとっても素敵よ、みんなが取れなくて本当に残念だわ。私、この前の授業なんて素晴らしくて今でも震えるくらいだもの!まさか生きているあの子に会えるなんて思ってなかったもの!」

 

 

ソフィアが紅茶を飲み、興奮し目を輝かせながら言えばハグリッドは機嫌を少し戻すとうんうんと頷きながら髭を撫でた。

 

 

「そうだろうなぁ。間違いねぇ、イギリスでの飼育は俺が初めてのはずだ」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーは、ソフィアがこれほど喜ぶ魔法生物は一体どれほど危険で凶悪なのか、かなり気になったがせっかくハグリッドの機嫌が戻りつつあるのだ、むやみに突っ込んで聞かなくてもいいだろうと口を閉ざしロックケーキを齧った。

 

 

「そういえば── ハグリッド、アラゴグの体調はどうなの?」

「うむ──良くならねぇ。死にかけちょる……エサももう食わんくなっちまった……あいつとは長い事一緒だったんだ……」

 

 

ハグリッドはアラゴグの事を思い出し目にうっすらと涙を浮かべると太い親指で部屋の隅をグイッと指差した。

ハリーとロンとハーマイオニーは何があるのかとその先を目で追い──樽の中に入った大きさ30センチはあろうかという蛆虫の大群を見て飛び上がり、その樽から少しでも離れようと急いで席を移動し身を寄せ合った。

 

 

「あ、あれがエサなんだ」

「うわー凄く……ぷりぷりしてて──喉ごしが良さそうだ」

 

 

ハリーはその巨大な蛆虫を見て胃の奥が重たくなり、ロンは必死に良いところを探そうとしたが、その言葉は弾力を想像させてしまい──ハリー達は込み上げる吐き気を堪えるはめになった。

 

 

「そうなの……それは心配ね」

「ああ……アラゴグだけじゃねぇ、あいつの眷属──家族達も気が立ってなぁ、落ち着きがねぇんだ」

「ハグリッド……私たちに何かできることはあるかしら?」

 

 

ハーマイオニーは去年の半巨人の時のようにハグリッドによかれと思って寄り添ったが、その言葉を聞いたロンは顔を真っ青に染め顰めっ面で首をブンブンと振った。2年生の時のあの恐怖をもう二度と味わいたくはない。ただでさえ、生きている蜘蛛はどれだけ小さくても苦手なのに──。

 

 

「何もねぇ、ハーマイオニー。俺以外の者があいつのコロニーに行くのは……今は安全とは言えねえ」

 

 

過去にはアラゴグに会いに行く事や半巨人と近づく事、尻尾爆発スクリュートを育てる事など──数々の安全ではない事を安全だと言い行ってきたハグリッド本人が「安全ではない」というなんて、よっぽどの事なのだろうとハリーは思った。

 

 

「そんでも、ありがとよハーマイオニー。そう言ってくれるだけで……」

 

 

ハグリッドの目に溜まっていた涙がぽろりと落ち、ハーマイオニーとソフィアは立ち上がると慰めるように左右からハグリッドの肩に腕を回し、優しく叩いた。

 

大きなハンカチで鼻を噛んだハグリッドは指先で目元を拭くと、今まで見せていた不機嫌さを消し、いつものような──少し寂しげではあるが──雰囲気に戻った。

 

 

「お前さんたちが俺の授業を取れない事はわかっとった。まぁ──ソフィアから聞いてたし、宿題の量もはんぱじゃねぇらしいからな。しかし、もうちっと早く会いに来てくれると思っとった」

「ごめんハグリッド……」

「いんや、ええ、ええ。俺がちぃっと意固地になっとったんだ」

 

 

申し訳なさそうなハリーとロンとハーマイオニーに、ハグリッドは気軽に手を振るとバツの悪そうな顔で苦笑した。

 

それからは今まで通りハリー達とハグリッドは話すことができた。主に宿題の多さだとか、セブルス・スネイプが闇の魔術に対する防衛術を教えていることについてだとか、世界にいる死喰い人についての話をしていて、気がつけばすっかり太陽が沈みかけ小屋の中は薄暗くなり始めていた。

 

 

夕食の時間前に小屋から出たソフィア達は皆空腹で胃がシクシクと痛むほどだった。手製のロックケーキは市販の10倍は硬く──奥歯が嫌な音を立てた時から食べる事を放棄していたのだ。

 

 

「腹減って死にそう」

「早く行こうぜ」

 

 

夕暮れの中、ソフィア達は駆け足になりながら、城に向かい、玄関ホールでちょうど大広間に入ろうとしていたコーマック・マクラーゲンがいた。彼は入口の扉に入ろうとしたが、何故か扉の枠にぶつかり跳ね返ってしまった。ロンはクィディッチでの選抜の時の様子を思い出しゲラゲラと肩をそびやかして入って行ったが、ハリーはハーマイオニーとソフィアの腕を掴んで引き戻した。

 

 

「どうしたっていうの?」

「なら、言うけど。マクラーゲンは本当に錯乱呪文をかけられたみたいに見える。それに、あいつは君たちが座っていた場所のすぐ前に立っていた」

 

 

ハリーは小声でソフィアとハーマイオニーに聞いた。やはりこの事を言われるのだろうと思っていたハーマイオニーは顔を赤く染め小声で囁いた。

 

 

「ええ、しかたがないわ。私がやりました」

「もうそろそろ解呪しないと、料理に突っ込んじゃうわね」

 

 

ハーマイオニーがあっさりと認めたのを見て、ソフィアはポケットから杖を出すと無言のままに杖を軽く降った。白い光が真っ直ぐマクラーゲンの背中にあたり、彼は「なんだ?」と怪訝な顔で振り返りながら背中をさすったが、すぐに誰かがぶつかったのだろうと気にせずそのまま大股でグリフィンドールの机へと向かった。

 

 

「あなたは聞いていないけど、あの人がロンやジニーの事をなんて貶していたか!とにかく、あの人は性格が悪いわ。キーパーになれなかった時のあの人の反応、見たわよね?あんな人チームにいて欲しくないはずよ」

「多分、技術があってもチームプレイができなくすぐにクビになってたとは思うけど……」

 

 

ハーマイオニーは自分の行動に悪いところはないとばかり堂々たる態度だが、ソフィアは少し気まずそうに苦笑した。

ソフィアだって勿論マクラーゲンの暴言を聞いていた。ただの暴言だけではなく、ロンとジニーの人格や家族を否定するかのような最低の侮辱をぶつぶつと恨みがましい目をして吐くマクラーゲンに嫌な印象を抱いたのは事実だ。──だが、それでも選抜試験を邪魔するのは、たとえチームのため、ロンのためであっても少々おかしいのではないかと思っていた。

 

 

「それってずるくないか?それに、君は監督生だろ?」

「まあ、やめてよ」

「──おーい、何やってるんだ?」

 

 

先に行っていたロンは返答がないことに訝しみふと後ろを振り返り──ソフィア達が着いてこず、入口の前でぐずぐずしているのを怪訝な目で見て首を傾げる。

 

 

「何でもない」

 

 

ハリーとハーマイオニーは同時にそう答え、急いでロンのあとに続いた。美味しそうなにおいが漂う中、今日のメインはチキンにしようかビーフにしようかと悩むハリー達の前に突如スラグホーンが現れ行く手を塞いだ。

 

 

「ハリー、ハリー!まさに会いたい人のお出ましだ!」

 

 

整った髭の先端を捻りながらスラグホーンは機嫌良く大声で言うとにっこりと笑いかける。

 

 

「夕食前に君を捕まえたかったんだ!今夜ここでなく、私の部屋で軽く一口どうかね?ちょっとしたパーティをやる。希望の星が数人だ。マクラーゲンも来るし、ザビニも、チャーミングなメリンダも来る──メリンダ・ボビンはもう知り合いかね?家族が大きな薬屋チェーン店を展開しているんだが──それに、もちろん、ぜひミス・グレンジャーにもお越しいただければ大変嬉しい」

 

 

スラグホーンはハーマイオニーに軽く会釈をして言葉を切った。ロンとソフィアには、まるで存在しないかのうに目もくれず、2人はチラリと視線を交わし肩を上げた。

 

 

「えーっと……」

「用事はないね?罰則なども?──よろしい、2人とも、後で!」

 

 

断られるとは微塵も思っていないスラグホーンはハリーとハーマイオニーの返事を聞く前ににっこりと笑いすぐに大広間を出て行った。

 

 

「ああ、行きたくないわ」

「少し食べていこう。コンパートメントでの料理みたいなのだったら、ちょっとしか出てこないから」

 

 

ハリーとハーマイオニーはガッカリと肩を落としトボトボとグリフィンドールの机に座ると、少しの料理だけを──腹の虫がもっと食べたいと訴えかけていたが──皿に取り分けた。

 

 

「僕たちのことは丸っ切り無視だったな」

「逆に清々しかったわね」

 

 

ロンはスラグホーンに無視されたのが気に食わず、ローストビーフを数枚一気に口の中に放り込みこれ見よがしにゆっくりと噛んだ。

ソフィアは朧げな記憶でスラグホーンと会ったと思っていたが、気のせいだったのかと首を傾げる。自分の母のことを知っているとばかり思っていたが、あれは勘違いであり、ただ優秀なジャックに会いに来ただけだったのだろうか。

 

 

食事が終わり談話室に戻る時も少し不機嫌なロンだったが、パーティにはソフィアも呼ばれていないためぶちぶちと文句を言うだけに止めながら4人は談話室の空いている机を見つけて腰を下ろした。

まだマクラーゲンとおそらく呼ばれるだろうジニーは談話室にいる。いつどのように呼び出されるのかはわからないが、時間まで少しあるのだろう。

 

ハーマイオニーは机の上に置いてあった誰かが忘れて行った夕刊預言者新聞に手を伸ばし、ざっと視線を動かした。

 

 

「何か変わった事ある?」

「特には……」

 

 

ハーマイオニーは新聞を開き、中のページを流し読みしながら答える。

ソフィアはどこからともなく現れたティティを膝の上に乗せ、優しく体を撫でながら少し眠そうにあくびを噛み殺していた。

 

 

「あ。ねえ、ロン、あなたのお父さんがここに──ご無事だから大丈夫!」

 

 

まさかまた何かあったのかと表情をこわばらせたロンに、ハーマイオニーは慌ててアーサーの無事を付け加えた。

 

 

「お父さんがマルフォイの家に行ったって、そう書かれてるだけよ」

 

 

新聞にはアーサーがマルフォイの家をもう一度家宅捜索したが、何も成果はなかったらしく無駄な事に人員を割くなんてと批判する記者に、アーサーは秘密の通報に基づいて行ったのだと言った──と、書かれていた。

 

 

「そうだ。僕の通報だ!キングズ・クロス駅で調査してくれるっていってた。うーん、もしあいつの家にないなら、そのなんだかわからない物をホグワーツに持ってきたに違いない」

「だけど、ハリー、どうやったらそんなことができるの?ここに着いた時、私たち全員検査されたでしょう?」

「えっ?」

 

 

マルフォイの家にないのなら、やはりもうホグワーツに持ち込んでいるのだと睨むハリーに、ハーマイオニーは驚いたような顔で新聞を置きつつ言ったが、驚いたのはハリーの方だった。

 

 

「そうなの?僕はされなかった、ソフィアもだ!」

「それは、私たちが遅刻してきたからじゃないかしら?」

「ああ、そうね。遅れたことを忘れていたわ。……あのね、フィルチが私たちが玄関ホールに入るときに全員を詮索センサーで触ったの。闇の品物なら見つかっていたはずよ。事実、クラッブがミイラ首を没収されたのを知ってるわ。だからね、マルフォイは危険な物を持ち込めるはずがないの」

「そうだったのか……フクロウ便も、検査されてる?」

「ええ、勿論。あちこちに詮索センサーを突っ込んでるってフィルチ本人が言っていたわ」

 

 

今度こそ手詰まりであり、ハリーは何も言えなかった。

冷静に考えてみれば防衛対策が取られているホグワーツに闇の品物を持ち込むのはかなり難しい事なのかもしれない。

ハリーは「何かマルフォイが使った方法を思いつく?」とソフィア達に聞いたが、ソフィアとハーマイオニーとロンは難しそうな顔で首を振った。

 

 

ちょうど会話が途切れた時、新しいチェイサーのデメルザが「ハリー?」と遠慮がちに声をかけ、丸まった羊皮紙を差し出した。

 

 

「スラグホーン先生からよ、ハーマイオニーのもあるわ」

「うわ……」

「諦めるしかなさそうね」

 

 

永遠と自分にどんな素晴らしい繋がりがあるのかの自慢話を聞かされるとわかっているハリーは心が行きたくなかったが、断るタイミングはとうの昔に逃してしまっている。

2人は諦めつつ羊皮紙を受け取り、呼び出しの場所と時間が書かれた文字を読み大きなため息を吐いた。

 

 

「そういや、珍しいよなぁ。僕とソフィアが2人っきりだなんて」

「え?そういえばそうねぇ……うーん、まだ外出禁止時間でもないし、少し夜の散歩にでも行く?」

「宿題するよりは有意義だな」

「勿論、帰ってきてから宿題するわよ」

「げぇー」

 

 

楽しげに話しながら立ち上がったロンとソフィアを見て、ハリーとハーマイオニーは2人にチリチリとしたかすかな羨望と嫉妬を感じていたのだが、ロンとソフィアはそう言った事には疎く──とくに、ロンだが──のんびりと談話室の出入り口である肖像画へ向かった。

 

 



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329 嵐のホグズミード!

 

 

10月半ばに、学期最初のホグズミード行きが許可された。

学校周辺の警戒措置はますます厳しくなっていて、まさか外出が許可されるとは思わなかったが、数時間でも悪夢のような量の宿題や困難な勉強から離れられるのなら十分嬉しかった。

 

ホグズミード行きの朝。空には分厚い雪雲が広がり朝だと言うのに薄暗く、風もぴゅうぴゅうと冷たい。まだ11月にもなっていないが、季節はだんだん厳しい冬へと向かってるいるのだろう。

 

 

ソフィアとハーマイオニーはセーターを重ね着し、マントやマフラーでしっかりと防寒しながら大広間に向かい、ハリーとロンを待たず一足先に暖かいスープを飲んでいた。

 

 

「おはよう」

「おはよう、ハリー、ロン」

「うーっ、今日寒いわね。オニオンスープ、あったまるわよ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはほぼ2人で占領していた大きなスープ鍋をハリーとロンの前に移動させる。温かな湯気が出ているスープを自分の皿の中に入れた2人は、すぐにスープを飲み、熱いものが体の中を通り過ぎるじんわりとした心地よい感覚に「はぁ」と小さなため息を一つこぼした。

 

 

「そういや、聞いてくれよ──」

 

 

悴む指先をスープ鍋に近づけ温めながら、ロンが夜明けの頃自身に起こったことを面白おかしく話した。

それはハリーが魔法で自分を宙吊りにし、驚いたロンの叫びに寝室にいた全員が飛び起き、その滑稽な光景を見て大笑いし──ぷかぷかと浮いていたロンはようやく魔法を受けて元のベッドの上に戻ったのだ。

 

 

「──それでさ、また閃光が走って、僕は再びベッドに着地したのである!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアを楽しませようとロンは思ったのだが、ハーマイオニーは「何が面白いのかさっぱりわからない」と冷ややかな目でロンを見た。男子同士が楽しいと思うふざけ合いのほとんどは精神的に大人びた女子には子どもっぽく馬鹿馬鹿しく見えてしまうものだ。

 

 

「そんな創作呪文まで書いてあったのね。……あまり、どんな呪文かわからないものは使うべきじゃ無いと思うわ」

「踝を掴んで宙吊りにするだけだぜ?単なるお笑いだよ」

 

 

ロンはハーマイオニーとソフィアから笑いが得られなかった事に詰まらなさそうにしながら呟く。ロンは創作呪文に関してあまり危機感が無い。彼の兄であるフレッドとジョージが毎日のように魔法の研究をしていたからだろう。

 

 

「そうだよ。僕の父さんもこの魔法を使っていた──リーマスが教えてくれたんだ」

 

 

ハリーは憂いの篩の中で自分の父親がセブルス・スネイプに使い逆さ吊りにしているところを見ていた。使い方はロンが言うように──ある意味でお笑いだったわけだが。

 

 

「そうね、でも魔法には効果を理解しないまま使うととんでもない事になる場合もあるの。怪我が無かっただけ良かったと考えるべきね」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの冷静な言葉に、面白くなさそうに顔を見合わせたハリーとロンだったが、あまりに2人の視線が真剣だったため渋々頷いた。

 

 

「こんにちは、ハリー!これをあなたに渡すようにって。こっちはソフィア宛ね」

 

 

ちょうど良いタイミングでジニーが羊皮紙の巻紙を2つ持って現れ、ひとつをハリーに、もう片方をソフィアに手渡した。

 

 

「ありがとうジニー。……ダンブルドアの次の授業だ!」

 

 

ハリーは見覚えのある細い文字を見てすぐに差出人に気付くと、ようやく待ち望んでいた授業が開始される喜びに歓声を上げた。

巻紙を勢いよく開き、急いで中を読みながらハリーは「月曜の夜!」とソフィア達に知らせる。

 

 

「ソフィアのは?もしかして、またソフィアも一緒にとか?」

 

 

ハリーは去年、セブルスから受けた閉心術の授業を思い出し期待を込めて聞いたが、ソフィアは暫く手紙を読むと少し困惑しながら首を振った。

 

 

「……スラグホーン先生からよ。次の水曜の夜にディナーのお誘いね」

「やっぱりそうだったの?でも、それに誘われたのは多分ソフィアとルイスだけだわ」

 

 

スラグホーンから受け取っていたジニーは気の毒そうな目でソフィアを見つめ軽く言うと手を振り恋人であるディーンの元へ向かった。

 

 

「2人だけ?スラグ・クラブとは別に?」

「……うーん……母様はスリザリン生だったでしょう?多分、学生時代のお話とかをしてくれるんじゃないかしら。ほら、あまり他の人の前ではできない話題でしょう?」

 

 

ハリー達は不思議だったが、ソフィアの言葉を聞いて納得した。

彼らはソフィアの母が、ハリーの母であるリリーの姉だと知っている。だからなんとも思わないが、それを知っている者は数少ない。いとこ同士だということも知られていない中、ソフィアとルイスをスラグ・クラブに誘いアリッサ・エバンズの懐かしい話をして故人を悼むことなど出来ないのだろう。

 

 

「まあ、母様の話を聞けるのは嬉しいわ。母様の話なら、良いんだけどね」

 

 

ソフィアは面倒くさそうに肩をすくめると、鞄の中にその手紙を押し込んだ。

 

 

 

朝食を終えたソフィア達はフィルチの検問を突破し──ロンは三度も検索センサーで突っつかれた──風と霙の中に足を踏み出した。

今日はあいにく最低の天気であり、4人はマフラーで顔の半分を覆い、少しでも暖を取るために一塊りになりながらホグズミード行きの道を進む。

悴む寒さのあまり、少しホグズミード行きを後悔し始めたソフィア達はやっと村に到着し目当ての一つだったゾンコ悪戯専門店に向かったが、店には板が打ち付けられていた。

 

 

「あっち!」

 

 

ロンは手袋に分厚く包まれた手でハニーデュークスを指差す。そこは開いていて沢山の生徒で溢れていたがこの寒さにさらされるよりはマシだとソフィア達は頷きすぐさまハニーデュークスに向かった。

 

 

「助かったぁ。午後はずっとここにいようよ」

 

 

ヌガーの甘い香りがする暖かい空気に包まれ、ロンが身を震わせながら言った。

ちょうど店の奥には新商品試食会と書かれた派手なポップがあり、皿には不思議な夕焼け色に輝くヌガーが積まれていた。みるみるうちに手が伸びて無くなっていく試食に、ロンは舌なめずりをしながら手を伸ばしたが、それは突如横から現れた人物に押しのけられた。

 

 

「やあ、ハリー!」

「──うわ、しまった」

 

 

突如驚いた声にハリーは嫌そうに低く呟く。

生徒を押し退け現れたのは毛皮の帽子に毛皮襟がついたオーバーを着て砂糖漬けパイナップルの大きな箱を抱えたスラグホーンだった。

彼は一瞬ソフィアを見て、意味ありげにウインクするとすぐに視線をハリーに戻す。

 

 

「ハリー、きみはまだ一度しか私のディナーに来ていませんぞ!それじゃあいけないよ、ぜひまた来てくれ。ミス・グレンジャーは気に入ってくれている。そうだね?」

「はい。──本当に」

 

 

この場で否定することも出来ず、ハーマイオニーは無理矢理笑みを作り頷いた。またも全く話に入れないロンが詰まらなさそうに棚の商品を見ながら「くだらない」と舌を出す。

 

 

「だから、ハリー、来ないかね?」

「ええ、先生。僕、あれからクィディッチの練習があったものですから……」

「そりゃあ、そんなに熱心に練習したのだから、むろん最初の試合に勝つことを期待しているよ!しかし、ちょっと息抜きするのも悪くない。さあ、月曜日の夜はどうかね?こんな天気じゃあ、とても練習したいと思わないだろう」

「駄目なんです、先生。僕──あの──その晩、ダンブルドア先生との約束があって」

「今度もついてない!──まあ、まあ、きっとまたの機会があるさ、ハリー!」

 

 

スラグホーンは両手を広げ大袈裟に嘆いた後、堂々と手を振り店から出ていった。その間中、ロンの事はハニーデュークスにある展示品か何かのように全くもって見向きもしなかった。

 

 

「逃れおおせたなんて信じられない。そんなに酷いというわけでもないのよ……まあまあ楽しい時だってあるわ──」

 

 

ハーマイオニーは一人でディナーパーティに参加せねばならないと思うと気が重かった。一度目はハリーとジニーがいたが、それから2人はクィディッチの練習を理由に全く参加していない。知り合いが誰もおらず、尚且つ他の参加者のように有名な親戚がいるわけでもないハーマイオニーは──彼女は自身の才能を見出されパーティに呼ばれているのだ──やはり居心地が悪かった。

 

 

「あ、見て。デラックス砂糖羽ペンがある。これって何時間も持つわよ!」

 

 

ハーマイオニーはロンが手に入れた試食を食べながらつまらなさそうな顔をしていることに気づくとすぐに話題を変え、広いスペースに展示されている新商品のデラックス砂糖羽ペンを指差す。ハリーも話題を変えてくれたことにホッとしながらその商品を普段見せないような強い関心を示して見せたが、いつもなら話題に乗ってくるロンは静かなものだった。

 

 

「次、どこに行く?三本の箒は開いてるかな?」

「多分、開いてると思うわ」

 

 

ソフィアは夏休みの前半にたまにホグズミード村で買い物をしていたが、その時もしっかりと店が開いていたことを覚えている。あれから世界がより危険に晒されているわけでもなく──危険なことに変わりはないが──村の象徴でもあるあの店はきっと営業中だろう。

 

 

「じゃあさ。その──僕たち、少し別行動してもいい?ロンとハーマイオニーは三本の箒で待っててくれないかな?」

 

 

ハリーは何気なくソフィアの隣に立ち手を握る。てっきり4人で行動するものとばかり思っていたソフィアは驚いたが、それでもにっこりと笑い手を握り返した。

 

 

「まあ、ハリー、あなた少し気が効くようになったのね!勿論よ、ロン、先に行きましょう!」

 

 

ソフィア以上に感激して手を叩き喜んだのはハーマイオニーであり、すぐに頷くとロンの手を取り──ロンは少し驚いたように目を開いた──無理矢理引っ張って店から出た。

 

 

「どこに行くの?」

「ディーンに聞いたんだけど、ロサ・リー・ティーバックっていうところの雰囲気がいいんだって」

「いいわね、行ってみましょう」

 

 

ハリーはこの日のためにディーンにどこか良い場所はないかと聞いており、彼はやはり恋人同士ならばマダム・パディフットの店だが、ソフィアが気にいるのはロサ・リー・ティーバックだろうとにやにやと笑いながら教えたのだ。ハリーはソフィアと二人きりの時間が過ごせるのならどの喫茶店でも良かったが、ピンクとフリルで装飾されたマダム・パディフットではなく、シンプルで落ち着いた純喫茶であるロサ・リー・ティーバックを選んだのは良い判断だと言えるだろう。

 

 

ハリーはディーンが教えてくれた道筋を思い出しながら脇道に入り、深い緑色の少々古ぼけた喫茶店の前へとたどり着いた。

店内はほのかな灯りが灯っていて、それほど混んでいる様子もない。ハリーはソフィアの手を引き、そのまま扉を押し開けた。

 

カラン、と入店を知らせる小気味いい音を聞きながら店内に足を踏み入れれば、すぐにふわりと紅茶の優しい香りが漂ってきた。

 

 

「素敵なお店ね」

「うん」

 

 

ソフィアとハリーは悴む手を揉みながら店内の奥に空いた机を見つけ、すぐに腰掛ける。近くにある窓には風と霙が叩きつけ、ガタガタと寒そうな悲鳴を上げていた。

 

 

温かな紅茶と、少しのクッキーを頼んだ2人はそれから小一時間ほど二人きりの時間をのんびりと楽しんだ。愛を熱く語り合うわけでも、口づけを交わすわけでもなかったが、ハリーはソフィアの美しい目に自分だけが映っている時間がある。そんな事がなによりも幸せだった。──勿論、キスをしたい気持ちはあったのだが。

 

 

カップの中の紅茶と皿の上にあったクッキーもすっかり無くなったころ、遠くから雷鳴の低い轟が響きだした。

ハリーはここで時間ギリギリまでソフィアと過ごしたかったが天候がかなり怪しくなってきてしまったため、そろそろ出てロンとハーマイオニーと合流し、嵐が来るまでにホグワーツに帰らねばならないだろうと言うソフィアの言葉にハリーは残念そうに頷いた。2人は脱いでいたコートを着込みマフラーを巻いて風が吹き荒れる店の外へ出た。

 

 

「うっ、寒っ!」

「は、鼻が痛いわね……!」

 

 

ソフィアは寒さのあまりハリーの腕にひしっと抱きつき、身を縮こまらせ震える。ハリーはマフラーの下に隠された口角をにっこりと上げながらソフィアにしがみつかれるままに三本の箒へと向かった。

 

マフラーやコートに身を包み、ホグズミードからホグワーツへ戻ろうとしているのはソフィア達だけでは無さそうだ。どの生徒もホグワーツの方向へ足を向け嵐が来る前に帰ろうとする中、ソフィアとハリーは三本の箒にたどり着くと窓の向こう側から不安げに空を眺めていたハーマイオニーとロンに必死に手を振り、「もう帰ろう」と身振りで伝えた。

 

すぐに出てきたハーマイオニーとロンは二人ともぶるりと体を震わせるとマフラーで目の下ギリギリまでを埋め、切り裂くような冷たい風に逆らい前屈みになりながらハリーとソフィアと合流した。

 

 

「うーっ!早く帰りましょう!すぐ冷めちゃうわ!」

「嵐がきそうだものね…」

 

 

ハーマイオニーはガチガチと奥歯を震わせながらホグワーツへの道を足速に進み、ロンとハリーとソフィアも震えながら頷くと足速にその後を追った。

それぞれの場所で暖まっていた体は、ホグワーツ城の正面玄関の扉に着いた頃にはすっかりと冷え切っていた。

一刻も早く談話室の暖炉の前に向かって体を温めたかったが、ホグズミードから帰る生徒たちは再びフィルチの検査を受けねばならず、長蛇の列が出来ていた。

 

 

「うわっ、これ、かなり待つぜ?フィルチの野郎、わざと時間をかけてるんじゃないだろうな?」

 

 

背伸びをして先頭までの人数をざっと数えたロンは嫌そうな顔をして眉を寄せる。

フィルチはニタニタと痛ぶるような相変わらずの嫌らしい笑みを浮かべ、執拗なまでに検索センサーでじっくりと調べていた。

 

行きよりも帰りの方が厳重にチェックしなければならないのは当然である。どのようなものを持ち込むか判ったものではないからだ──しかし、フィルチのように一度見た鞄の中をもう一度突っ込む事はしなくてもいいだろう。

 

 

「まだまだかかりそうね──」

 

 

ソフィア達が身を寄せ合い、他の生徒同様ぶつぶつと文句を言ったその時。

 

 

「──きゃっ!」「──うわっ!」

 

 

薄暗い空が白く光り、次の瞬間には地面が震えるほどの爆音が鼓膜を揺さぶった。遠くからゴロゴロと雷鳴の音は聞こえていたが、いきなり油断していた中での巨大な雷鳴に多くの生徒が耳を塞ぎ叫ぶ。

 

 

「──嫌な天気ね」

 

 

ソフィアは耳を抑えながら曇天の暗い空に浮かぶ渦を巻くような雲を見てぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

同時刻、響く雷鳴を聞きながらスリザリン寮の自室でルイスは静かに独り教科書を読んでいた。暫くして静かに扉が開く音に気付くと視線を上げる事なく「おかえり」と呟く。

 

 

「ああ……」

 

 

現れたドラコは利き腕を痛そうに揉みながらベッドに腰掛けため息をついた。

変身術の宿題を2回連続で提出しなかったドラコはマクゴナガルに罰則を命じられ、何時間も書き取り罰を受けていたのだ。

いつもと変わらぬ静かに授業の予習をするルイスを盗み見ていたドラコは、ついにそわそわと手を動かしつつ低い声で聞いた。

 

 

「……ルイス、何をしたんだ?」

「種を蒔いたんだ」

「……種?」

「うん。あとは発芽するのを待つだけ」

「何をしたのかくらい教えてくれたっていいじゃないか」

 

 

どこか不安げな低い声に、ルイスは視線を上げると微かに微笑み首を振った。

 

 

「ドラコはすぐ顔に出るから駄目だよ」

「……本当に、大丈夫なのか?ダンブルドアを、殺す、なんて──」

 

 

無意識にドラコは自分の左腕を撫でていた。数ヶ月前にこの下に刻まれた印。この印を目にするたびに、自分へかされた重すぎる使命を思い出し胃がシクシクと痛んだ。

 

 

「あの人に出来ない事が僕たちに出来るかどうかはわからない。でも、頼りのあれの修理が今年中に終わる保証もない。──出来ることを試さないと、僕たちの命だけの問題じゃないからね」

「……そう、だな」

 

 

ドラコはくしゃりと顔を歪め俯く。体を縮こまらせ苦しそうで不安げな表情を見せるドラコに、ルイスは慰めの言葉をかけることは出来なかった。

 

 



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330 ハグリッドの授業!

 

 

その日の夜、ハリーはすぐに鏡を使いシリウスにマンダンガスがブラック家の品々を持っていた事を伝えた。

ハリーはその現場を見ていなかったが、ハニーデュークスで別れ三本の箒に向かったハーマイオニーとロンがマンダンガスと会い、その時たまたま彼が持っていた大きなトランクの中身がぶちまけられ──中に入っていたブラック家の家紋入りの様々な品物を目撃した、もしかして盗品なのではないかとハリーに教えたのだ。

 

シリウスはブラック家の家紋入りの物を全て処分したいと言っていた。捨てる前に困窮しているマンダンガスに譲ったのかもしれない。それならそれでいいと思っていたが、ハーマイオニーの言うように無断で持ち出している可能性もあるだろう。

 

ハリーの悪い方の予想があたり、それを聞いたシリウスは少々驚いたような顔をし「譲った事はない、捨てたと思っていた」と伝えた。

手ぐせの悪いマンダンガスにシリウスは呆れながら話はつけておくとハリーに約束し、ハリーは自分がその場にいたならばマンダンガスを捕まえていたのに、ともやもやとした気持ちでむっつりと黙り込んだ。

 

 

「気にするなハリー。そうだ──これはまだ極秘なんだが──近々いい知らせを伝えられるかもしれない」

「いい知らせ?」

 

 

ハリーは嬉しげなシリウスの言葉に目を輝かせ身を乗り出す。

こんな時勢の中、いい知らせとはなんだろうか。ヴォルデモートを発見したのか?それとも、アズカバンから脱獄した死喰い人を捕らえることが出来たのだろうか?

 

しかし、シリウスは「まだ、言えない」と低く笑っただけでその事をハリーに伝える事は無い。ハリーは首を捻り一体どんないい知らせなのか楽しみにしながら、ホグズミード行きでソフィアとデート出来たことやスラグホーンのパーティに誘われ憂鬱だという事、もうすぐ二度目のダンブルドアとの個人授業があるという事を簡単に話した。

 

シリウスと鏡越しに話せる時間は長くはなかったが、それでも嬉しい時間には変わりはなく──ハリーは「おやすみなさい」と告げ、自分の顔しか映らなくなった鏡を名残惜しそうに撫でた。

 

 

鏡をトランクの中に大切に保管した後、ハリーは時計が指す時刻を確認する。

まだ8時を過ぎたところでありソフィアとハーマイオニーとロンはまだ談話室で宿題をしているだろう。気が進まないが明日は月曜日だし僕も下に降りないと──。そうハリーが考えながらのろのろと鞄に筆記具を詰め込んでいると、がちゃりと扉が開いた。

 

 

「ロン?──どうした?」

「うーん。なんだか胃が気持ち悪くて」

 

 

現れたロンの顔色はやや悪く、吐きそうなのを堪えるように「おえ、」と声を漏らしていた。高い背を曲げおぼつかない足取りでベッドまでやってきたロンはそのまま服を寝巻きに着替えることもなく倒れ込む。すぐにハリーはベッドに駆け寄ると心配そうにロンを覗き込んだ。

 

 

「大丈夫か?医務室に行く?」

「いや、ちょっとステーキを食べ過ぎたんだと思う」

 

 

そういえば、夕食の時に出たステーキをロンは何枚も食べていたっけ。

もそもそと布団を手繰り寄せ丸まったロンに「明日も具合が悪かったらちゃんと行きなよ」と言えば、ロンは唸り声をあげ手をひらひらと振った。

 

 

 

ーーー

 

 

月曜日。すっかりロンの顔色はいつも通りに戻っていた。腹の具合も良くなったようでまた朝からベーコンやソーセージ、それにチーズたっぷりのピザをいくつも食べ、ハーマイオニーは呆れ混じりに「またお腹を壊すわよ」と忠告したが、ロンは気にせず次々とコッテリしたものを口の中に押し込む。

 

 

「ぜーんぜん問題ないさ。ちょっと眠いだけ。空き時間に寝れたらいいのになぁ……」

「宿題を終わらせてから寝ればいいのよ、ロン?」

 

 

ピザをミルクで流し込んだロンは口を手の甲で拭いながら小さくあくびを噛み殺す。

夜に何度かロンの唸り声を聞いていたハリーは、胃の気持ち悪さでよく眠れなかったんだろうと少々気の毒に思ったが──今、彼が食べた量を考えるとまた苦しむ事は十分にあり得る。自業自得か。と考え心配する事をやめ、相変わらず空席となっている校長席を何気なく見たのだった。

 

 

 

 

午前の授業を終えたソフィアは独り魔法生物飼育学を受けるためにハグリッドの小屋へ向かっていた。今日の朝食の時も、昼食の時もハグリッドの姿は大広間に無かった。きっとアラゴグが心配で食事が喉を通らないのだろう。

今日の授業をしっかりと受けることができるのだろうかとソフィアは少々心配だったが、ハグリッドは小屋の中に引きこもる事なく前で授業の準備をしていた。

 

 

「ハグリッド!」

「おう、早ぇな」

 

 

ソフィアはほっとしながら駆け寄り、地面に置かれた大きなガラス製の飼育箱を覗き込む。中には枯れ葉や枯木が無造作と共に、うぞうぞと蠢く小さな生き物が入っていた。

 

 

「だって一番好きな授業だもの、楽しみにしてたの!」

「そうか」

 

 

ハグリッドはにっこりと笑い嬉しそうに微笑んだが、その笑顔がどこかぎこちなく見えたのはきっとアラゴグの体調が戻らないからだろう。気を滅入らせているだろうに、教師としてしっかり授業をしソフィアに心配かけまいとするハグリッドの気持ちを汲み取ったソフィアはアラゴグについて何も聞かず、ただ興味深そうに飼育箱を眺めた。

 

 

「さて、時間にはちぃっとばかし早えが──ソフィアしか居ねえしな。始めるか──これは何かわかるか?」

「夢喰蟲ね」

 

 

蠢くその一匹一匹は鮮やかな緑色をし、形だけ見ればカタツムリによく似ていた。異なる点は殻の下から触手のような突起物が大量に生えブラシのようにわさわさと動いているところだろう。

 

 

「ああそうだ。そんで、特徴は?」

「はい。夢喰蟲は寄生魔法生物です。適当能力が高く、どんな気候でも──例え炎の中でも──耐える事が出来ます。寄生した宿主の夢を食べ栄養とします。殻が時計回りの模様の個体は()であり、半時計周りの親──女王夢喰蟲は好む夢を子に指示し、子は宿主に親が好む夢を見せる事が出来ます。夢の内容により殻の色が変わり、最後は女王夢喰蟲が子を食べて栄養にします。この夢喰蟲は緑色だから……草原の夢を集めたんですね」

「正解だ。グリフィンドールに3点だな」

 

 

ソフィアはハグリッドからの加点に嬉しそうに笑い、そっと飼育箱の中から小指の爪よりも小さな一匹の夢喰蟲を摘み目線の高さに持ち上げた。

 

 

「そいつらの親が広い草原を好んだんだな。中には青空が好きでそんな夢を集めたやつらや、じめっとしたところが好きで灰色になる奴らもおる」

「親はここにはいないの?」

 

 

わさわさと触手を動かす夢喰蟲を見ながらソフィアが聞けば、ハグリッドは残念そうに「喰われちまったんだ」と肩をすくめた。

 

 

「1週間ほど前に捕まえたんだがなぁ。珍しく晴れてたもんで、窓辺を散歩させてたら──鳥にパクリ!だ」

「あら……鳥は夢喰蟲の天敵だものね、仕方がないわ」

 

 

親を見ることが出来ず残念だったが、ハグリッドが保護していたとしても予期せぬ事態というものは存在する。ハグリッドは自然の姿のままのびのびと飼育するのを好むため、授業のためだとはいえ小屋の中に閉じ込める事を良しとしなかったのだ。

 

 

「女王夢喰蟲の殻は、先天的に盲目の人にも世界を見せることができるから凄く重宝されているのよね」

 

 

夢を蓄えた女王夢喰蟲の殻は一種の薬にもなりうる。夜寝る前にその殻を砕いて飲めば、殻が持つ夢を見ることが出来るのだ。それは草原や美しい夕暮れ、そして湿っぽい洞穴の景色──様々な夢だが、盲目の者にとってはどれも光り輝く夢に違いないだろう。

 

 

「寄生されても、特に痛かったり苦しかったりはないのよね?」

「そうだな、ただその夢を見るためにちぃっと草原を走ってみたくなったりはするだろうがな。ほれ、夢っちゅうもんはその日の行動に影響されるだろ?」

「ああ、それもそうね」

 

 

ソフィアは勉強に追い込まれていたハーマイオニーが「夢の中でも勉強していたわ……もっと勉強しないとってことね……」とやつれた顔をして呟いていた事を思い出しくすくすと笑った。

 

 

「ヒトに寄生した事例はないの?」

「いんや、あるにはあるな。だがこれが体のどこかにくっついていたら、すぐ気づくだろ?」

「それもそうね」

 

 

小さい生き物とはいえ、体のどこかについていればすぐに気付くだろうとソフィアは頷いた。

この夢喰蟲に寄生されるのは殆どが野生の生物だ。気付いたとしても自分では取れないネズミや猫だったり──いや、例え気付いたとしても害がないのなら好きにさせて気にもとめないのかもしれない。

 

 

ソフィアは指先に乗せていた夢喰蟲を群れの中に帰すと、鞄の中から羊皮紙を広げその姿を書き留めた。

 

 

 



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331 良いクリスマスパーティー?

 

 

 

ハリーは二度目のダンブルドアとの個人授業を終え、その内容についてソフィアとハーマイオニーとロンに伝えた。談話室や朝食の席では誰かが盗み聞きする危険性があり、薬草学が行われる温室に向かって野菜畑を通過しながらハリーは小声で話した。

ハリーが見たのは、孤児院で暮らすトム・リドルだった。彼は11歳の時ダンブルドアと会い自分の力が魔法であり、魔法学校というものの存在を知る。

既にその頃から他者を虐げる残虐性を持ち友人など必要としていなかったトム・リドルの事をハリーは詳しく伝えた。

 

 

温室にたどり着き、授業が開始されてもソフィア達の関心は目の前のスナーガラフにはなく、少年時代のヴォルデモートに向いていた。

 

 

「うわー、ゾッとするな。少年の例のあの人か。だけどダンブルドアはどうしてそんなものを見せるのか僕にはわからないな。そりゃ、面白いけどさ」

 

 

ロンは保護手袋をつけ、あくびを噛み殺しながら小声で呟く。ハリーもまた昨日知ったことがどんな事に役立つのかはわからなかったが──ヴォルデモートがあんな幼い時から友人なんて必要とせず、他者を信じず、自己充足的であり、また勝利品を蒐集する傾向がある。それはダンブルドアから念を押されるように言われていたためよく覚えていた。

 

 

「敵を知るのは悪いことではないけれど、過去の例のあの人に──何かヒントがあるのかしらね」

「多分そうね、後でまたゆっくり教えてちょうだい」

 

 

ソフィアはマウスピースをはめながらもごもごと呟き、ハーマイオニーは分厚い保護用ゴーグルを目に押し当てながら頷く。目の前に居るスナーガラフという魔法植物は中央の奥に種があり、それが魔法薬を作る上での材料になるのだが、防衛本能がかなり強く触れた途端に先端から長い棘を出し枝を振り回し敵をノックアウトするためにパンチを繰り出すのだ。

 

 

「それで、この前のスラグホーンのパーティはどうだったの?」

「ええ、まあまあ面白かったわよ。そりゃ、先生は昔の生徒だった有名人のことをだらだら話すし、マクラーゲンをちやほやするけど──だってあの人は色んなコネがあるから。でも、本当に美味しい食べ物もあるし──」

「そこ、おしゃべりが多すぎる!」

 

 

ピリッとした声が後方からソフィア達を突き刺し、4人は慌ててお喋りをやめ手袋やマウスピースを装着した。

 

 

「あなたたち、遅れてますよ。他の生徒は全員取り掛かっていますし、ネビルはもう最初の種を取り出しました」

「はい。すぐに取り掛かります」

 

 

スプラウトの言葉に4人はすぐに目の前で枝をゆらゆらと揺らすスナーガラフに──一呼吸置いて飛びかかった。

 

 

 

4人で格闘しなんとかスナーガラフを押さえつけ──ハーマイオニーとソフィアは髪をツルで引っ張られ、ロンは肩を枝で殴られたが──不気味に脈打つ種を取り出す事に成功すると、中の汁を搾り出すためにボウルの中にいれぐっと押さえつける。その途端ぼたぼたと薄緑色の汁が溢れ、種自体は痙攣するように動きハーマイオニーは心から嫌そうに顔を顰めた。

 

 

「とにかく。スラグホーンはクリスマス・パーティをやるつもりよ、ハリー。これはどう足掻いても逃れられないわね。だって、あなたが来られる夜にパーティを開こうとして、あなたがいつなら空いているかを調べるように私に頼んだんですもの」

 

 

ハリーは呻めき、なんとかして回避する方法はないかと頭を捻らせる。一方ロンは種を押し潰そうと立ち上がって両手でボウルの中の種を力任せに抑え込んでいたが、不機嫌そうに口を尖らせた。

 

 

「それで、そのパーティはどうせお気に入りだけなんだろ?」

「スラグ・クラブだけ、そうね」

「はっ!馬鹿馬鹿しいスラグ・ナメクジ・クラブか。──まあパーティを楽しんでくれ、僕とソフィアは談話室で、二人っきりで、君たちに負けないほど最高のクリスマスパーティをして過ごすさ!ごめんなぁハリー、君を差し置いて心が痛むよ」

 

 

ロンは意地の悪い笑いを浮かべ馬鹿にしたように吐き捨てる。とばっちりを受けたハリーは「冗談でもやめろよ」と手に持っていたゴーグルの角でロンの背中を叩いた。

 

 

「クリスマスパーティって、休暇中にあるの?私、ハリーはあそこに帰るんだと思ってたわ」

 

 

ソフィアは不思議そうに首を傾げた。クリスマス休暇中にあるのならば、家に帰る者も多いだろう。特にハリーはシリウスと過ごすクリスマス休暇を楽しみにしているはずであり、わざわざパーティのためにホグワーツに残るとは考えにくい。

 

 

「そうだよ!僕、クリスマス休暇中は帰る。スラグホーンのクリスマスパーティなんてごめんだね」

「きっと、休暇前よ。それと、クリスマスパーティにはお客様を招待できるの。だから、私は──ロンあなたもどうかって誘おうと思っていたの。でも、そこまで馬鹿馬鹿しいって思うなら独りで過ごしなさい!ソフィアはきっとハリーが誘うわ!」

 

 

ハーマイオニーは強くロンを睨んだがその頬は赤く拗ねているように見えた。

クリスマス休暇前に開催されるパーティであり、好きな相手を誘えるならばハリーは悪くないと思いつつ──茹で蛸のように顔を真っ赤にしているハーマイオニーと、唖然と口を開くロンを見比べた。

 

 

「──僕を誘うつもりだった?ほ、ほんと?」

「……ええ、そうよ。でも、行きたくないのなら──」

「いや、そんな事ない。──あー──ソフィアと二人きりも悪くないけど、ハリーが怒るし。君と行った方が素敵なパーティになる気がしてきたな、うん」

 

 

ロンは早口になりながら小さな声でもごもごと呟き、どうにかハーマイオニーが機嫌を直し自分を誘い直してくれないかと期待を込めて熱っぽくハーマイオニーを見つめる。

ソフィアは分厚い手袋でにやついてしまう口元を隠しながらそっぽを向き続けるハーマイオニーの身体を肘でつんつんと小突いた。

 

 

「……素敵なパーティになる気がしてきたのなら、そうね、良かったわ。──私と、行く?」

 

 

ソフィアに無言で促されたハーマイオニーは神経質そうに意味もなくゴーグルのガラス部分を指で撫でながらそう言い、ちらりとロンを見上げる。

彼女の頬の赤みが移ったのか、ロンも少し頬を染めつつ、大きく頷いた。

 

 

「うん、楽しみだ!」

「そう。──私もよ」

 

 

どこか甘酸っぱく落ち着かない雰囲気を出しながら種の汁搾りを再開しだしたハーマイオニーとロンを見たハリーは、唐突にハーマイオニーはロンの事が好きなのだと理解した。

しかし、それ程驚いたわけではなく、遅かれ早かれこうなる気がしていたのだ。

きっと、ロンがクラムのことで嫉妬していたり、ハーマイオニーが自分をセクシーだと言った時にロンがやけに張り合っていたからだろう。

もし、ロンとハーマイオニーが付き合うようになったら……それでもし別れたら2人の仲が気まずくなるのではないか、と一瞬不安に思ったがすぐに嫌な想像を振り払った。不安に思う事はない。

 

 

──僕とソフィアだってずっと付き合ってるし。

もし、2人が正式に付き合うようになったら心からソフィアと祝福しよう。2人は僕たちが付き合った時、自分のことのように喜び祝福してくれたじゃないか。その後の事は、その時にソフィアと考えればいいか。

 

 

ハリーは隣にいるソフィアを見る。ソフィアは幸せそうに微笑みながらハーマイオニーとロンを温かく見守っているように見えた。きっと、誰よりもハーマイオニーと親しいソフィアは彼女の気持ちにずっと気付いていたのだろう。

 

 

「──そこ!まだ絞り切ってないんですか?」

「今すぐします!」

 

 

手が止まっていたハリーとソフィアは慌てて二つ目の種を採取するべく、スナーガラフとの格闘を再開した。

 

 

 

その後はスラグホーンのパーティに触れる事なく真面目に授業に取り組んだ。

ハリーは授業後もハーマイオニーとロンの様子を観察していたが、2人の仲がいきなり甘い雰囲気に変わるような事はなくいつも通りに見えた。──ただ、少し互いに礼儀正しく、そして僅かに互いを見る視線が柔らかくなっていたような気がしたが。

 

 

「ソフィアは、知ってたの?」

「何が?」

 

 

薄い霧が立ち込める校庭を歩きながら、ハリーは隣にいるソフィアに小声で聞いた。ロンとハーマイオニーは先ほどの授業で指先に付着し、洗っても取れなかった薄緑色をどうやって取ればいいのかと話し合う事に夢中で小声の会話なら聞こえないだろう。

 

 

「その──ハーマイオニーって、ロンが好きなんでしょ?」

「んー──そうよ。……私から言うべきじゃないと思うけど、もうバレてるみたいだし……」

「そうか……うまくいくといいね」

「そうね。もし2人が付き合う事になれば素敵だと思うわ」

 

 

暫くソフィアはハーマイオニーとロンの背中を見ていたが、不意にハリーのローブの袖をくいっと掴み、悪戯っぽく微笑んだ。

 

 

「──それで?私はまだ、誰からも誘われていない。フリーなわけだけど……?」

「あっ!そうだね、僕と一緒にスラグホーンのクリスマスパーティに行かない?」

 

 

ハリーは誘った気になっていたが、そういえばまだだったことを思い出しすぐにソフィアの手を取るとにっこりと笑う。

ソフィアは嬉しそうに笑うとハリーの肩に手を乗せ、少し背伸びをして頬に返事のキスを送った。

 

 



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332 キス!

 

 

クィディッチの練習は正直なところ、上手くいっているとは言えなかった。

やはり問題はロンだろう、彼に実力があることは間違いないが、どうしても精神的に自分を追い詰めミスをしがちなのだ。

練習とはいえ何度もゴールを奪われてしまい、顔を赤や青色に変えるロンを見てハリーは彼のメンタルの安定と、そしてなによりも自分に自信を持つことが最優先課題なのだと理解せざるを得なかった。

ハリーは練習を終え、選手達の士気を上げるために激励し、グリフィンドール寮へ戻るまでにすっかり意気消沈してしまったロンを励まし続けた。

 

 

「僕のプレイ。ドラゴンのクソ山盛りみたいだった」

「そうじゃないさ。ロン、選抜した中で君が一番いいキーパーなんだ。唯一の問題は君の精神面さ」

 

 

何度も言葉を変え「あの動きは良かった」「まさに鉄壁の守りだった」と激励するハリーの言葉に、ロンは城の3階まで戻った時にはほんの少し元気が出たようだった。いつも通り近道をしようとタペストリーを押し開けた時、ロンとハリーはディーンとジニーが固く抱き合い激しくキスをしている場面を目撃してしまい──流石にハリーは少々面くらい気まずくなった。

 

 

「おい!」

 

 

ロンは怒りながらジニーとディーンに呼びかけ、2人はぱっと離れて振り返る。

 

 

「何なの?」

「自分の妹が、公衆の面前でいちゃついてるのを見たくないね!」

「あなたたちが邪魔するまでは、ここに誰もいなかったわ!」

 

 

ディーンは気まずそうな顔をしてハリーにニヤリと笑いかけ、ハリーは苦笑しながら肩をすくめた。流石に知っている人のキスシーンをばっちり見てしまうのは落ち着かない──ソフィアがあまり人前でキスをしようとしないのは、これが理由だろうか。

 

 

「あ……ジニー、来いよ。談話室に帰ろう」

「先に行って!私は大好きなお兄様と話があるの!」

 

 

ディーンは睨み合うジニーとロンを見比べ、この場に未練は無いと満足げな表情をして談話室へと向かった。ハリーもディーンの後について行きたかったが、かなり険悪な雰囲気を漂わせる2人をそのままにすることもできず、ジニーとロンをチラリと見る。

 

 

「さあ、はっきり白黒つけましょう。私が誰と付き合おうと、その人とどんなことをしようと、ロン、あなたに関係はないわ──」

「あるさ!いやだね、みんなが僕の妹のことを何て呼ぶか──」

「何て呼ぶの?」

 

 

ジニーは怒り狂いながら杖を取り出した。ジニーが陰で()()()だと妬みやからかい混じりに囁かれていると、ハリーは知っていた。それほど、この1年間で渡り歩いた男子の数は多いのだ。

 

 

「何て呼ぶって言うの?」

「あー……ジニー、ロンの言葉に他意はないんだ」

「いいえ、他意があるわ!」

 

 

なんとかジニーを落ち着かせようとしたハリーだったが、ジニーはロンの言葉に吼えるように叫び怒鳴る。その目はギラギラと凶悪に輝き、乱れた赤い髪はまるで燃えているようだった。

 

 

「自分がまだ一度もいちゃついたことがないから、自分がもらった最高のキスが、ミュエルおばさんのキスだから──」

「黙れ!」

「黙らないわ!あなたがフラーと一緒にいるところを私、いつも見てたわ!彼女を見るたびに頬にキスをしてくれないかって、あなたはそう思ってた。情けないわ!世の中に出て少しでも自分もいちゃついてみなさいよ!そしたら、他の人がやってもそんなに気にならないでしょうよ!」

 

 

ジニーの言葉にロンは赤を通り越して顔を焦茶色に染め、ついに杖を出した。

ハリーは慌ててロンの前に立ちはだかり、腕を掴み必死に杖を下げようとするがロンは妨害するハリーなんて視界に入っていないというように隙間から杖を向け口の端から泡を飛ばしジニーに吠え続けた。

 

 

「僕が公衆の面前でやらないからといって──」

「あははははっ!!」

 

 

ジニーはヒステリックに嘲笑すると、心底ロンを見下し愉悦感に浸りながら手の中で杖を弄び、指揮棒のように振った。

 

 

「ピッグウィジョンにキスでもしてたの?それとも、ミュリエルおばさんの写真を枕の下にでもいれてるの?」

「こいつめ──」

 

 

ロンはハリーの拘束を払うとジニーに向けて杖を振るった。途端オレンジ色の閃光がジニーのすぐそばを撃ち抜く。ジニーはさっと顔色を変え、杖先をロンに再び向けた。

 

 

「馬鹿な事はやめろ!」

「ハリーはソフィアとキスしたわ!それに、ハーマイオニーはビクトール・クラムとキスをした!ロン、あなただけがそれが何だかいやらしいもののように振る舞うのよ。あなたが12歳の子ども並みの経験しかないからだわ!」

「──な」

 

 

ロンが唖然として何も言えないうちに、ジニーはその捨て台詞と共に嵐のように荒れ狂い去っていった。

ハリーとロンの荒い呼吸だけが嫌な空気の中に響く中、一際大きく息を吐き出したロンはその場にしゃがみ込む。

 

 

「ハーマイオニーは、クラムにキスしたと思うか?」

「え?──ああ……んー……」

 

 

ぽつりと弱々しく呟かれたロンの言葉に、ハリーはなんと言っていいのかわからなかった。本音を言えば「そうだと思う」だったが、ハーマイオニーの気持ちを知っている今、それを認めるのはハーマイオニーのためにも、ロンのためにもならないんじゃないかと思ったのだ。

しかし歯切れの悪いハリーの言葉にロンは絶望したように暗い目を一瞬見せ──次の瞬間には苛立ちと自暴自棄の色を滲ませ舌打ちをしながら立ち上がる。

 

 

「なんだよ。──馬鹿を見るところだった」

 

 

ロンは苦い表情で吐き捨てると、ハリーを置いて荒々しく階段を駆け上がる。

 

 

「おい、ロン!待てよ!」

 

 

ハリーはきっとロンはとんでもない勘違いをしている。そう思いすぐに呼び止めたがロンはハリーの静止を聞かず、そうして──姿を消した。

 

 

「……、……はぁ……」

 

 

ハリーは重々しい溜め息をこぼしながらトボトボと階段を上がり、太ったレディに合言葉を告げ肖像画の穴を通った。

 

談話室にはロンとジニー──そしてディーン──の姿はなく、いつもの暖炉前のソファでソフィアが驚いたような顔で男子寮へと続く階段を見上げていた。きっと今しがた怒りで肩を上げたロンが談話室を突っ切り真っ直ぐに寝室へと上がったのだろう。

 

 

「練習、酷かったの?」

「うーん……ハーマイオニーは?」

「マクゴナガル先生のところ。授業でわからない事を聞きに言ったわ。──ロン、かなり怒っていたけれど、何かあったの?」

 

 

ソフィアは声を顰めながら疲れた様子で隣に座るハリーに声を顰めて問いかけた。

ロンはクィディッチの練習があるたびに意気消沈して帰ってくるが、今回は憤怒の如く怒り狂っていた。ソフィアはきっと練習が上手くいかず同じチームメンバーに苦情でも言われ怒っているのだと思ったが──ハリーは今あった事をソフィアに告げるべきなのか悩んだ。

 

ロンのあれほどの怒りが明日の朝にはすっきりと憑き物が落ちたようになっているとは思えない。今までの経験上、ハーマイオニーが関わるイザコザは後を引くことが多いとわかっているハリーは、明日からのことを考えせめてソフィアには何があったかを知らせなければややこしい事になるだろうと、ジニーとディーンのキスシーンを目撃し、ロンが怒り、ジニーがキレたのだと伝えた。

 

それを聞いたソフィアはなんとも言えない顔で押し黙る。ジニーの言い分はたしかに理解できるが──ロンにとってそれは触れられたくない箇所なのだろう。

 

 

「──それでジニーは、ソフィアは僕とキスした。ハーマイオニーはクラムとキスしたのにって言って。ロンはかなりショックだったみたい」

「それは──自分だけがキスしていないから?それとも、ハーマイオニーがキスしたのを知ったから?」

「多分、ハーマイオニーの方だと思う」

 

 

ソフィアは難しい顔をし、小さく唸る。

ハーマイオニーがクラムと本当にキスをしたのかはわからない。だが、当時すでにハーマイオニーはロンの事が好きだったはずだ。

そんな相手がいて、別の男子とキスをするだろうか?──いや、あの時はハーマイオニーはかなり自暴自棄になっていた、間違った事をしたとしても、おかしくはないだろう。

 

 

「ハーマイオニーが誰とキスしたとしてもそれは過去のことよ。少なくとも今、ハーマイオニーはロンの事を好きなわけだし……」

「多分、ロンは疑ってると思う」

「え……うーん。まずいわね」

「そうなんだよ。明日から絶対、ロンの態度はキツくなる」

「せっかくいい雰囲気だったのに……これじゃあクリスマスパーティなんてとてもじゃないけれど──ロンは行かないわね……」

 

 

ソフィアは困り顔で溜め息をつく。

ロンが自分達の予想通りハーマイオニーがクラムとキスをした事に関してショックを受け怒っているのなら──それは、つまりロンはハーマイオニーの事が好きだという証拠になる。まだ本人は自覚していないかもしれないが、すぐに気付くだろう。

しかし、意固地になったロンはいつものように怒りに任せハーマイオニーを酷く傷付けてしまう可能性が高い。ただでさえロンは残酷な言葉を悪意なく言ってしまう悪癖があるのだ。

 

 

「どうしようか……」

「そりゃあ……話し合うのが1番だけど、でも、うーん──喧嘩をしてるわけではないから……難しいわね。ハーマイオニーは悪くないし、かといって、ロンも悪くないもの。多分、私がもしロンの立場で──ハリー、あなたが他の誰かと昔キスをしたと知ったら、昔のこととはいえやっぱりショックだもの」

「僕、ソフィア以外としたことない!」

「わかってるわ。それに、私は過去にもしあなたが誰とキスしていても──そりゃショックだけど、今あなたにキスできるのは私なんだもの、気にしないわ」

 

 

即座に否定したハリーに、ソフィアは少し表情を緩め微笑む。ハリーはついソフィアにキスをしたくなったが人から離れた場所だとはいえここは談話室だ。他の人にキスシーンを見られるのをソフィアは嫌がるだろうと考えなんとか耐えた。

 

 

「でも、だからこそ、難しいのよ。この問題はロンの気持ちの問題だもの。過去の事と割り切れるのか──クリスマスパーティに誘ったハーマイオニーを信じられるのか。とりあえず、様子を見ましょう、明日からどうなるのか……あまりに酷かったら、また別の問題が出てくるわ」

「別の問題?」

「私の親友を傷付けるのは、友人(ロン)であっても許さないって問題よ」

 

 

ソフィアは真剣な顔で呟き、ハリーは神妙な表情をしながら頷く。

むしろ──ロンがハーマイオニーを傷付けてしまい、ソフィアが怒りロンを咎めた方が結局のところ早く収まるのでは無いかとちらりと思った。

いつも冷静であり、公平に判断し的確な言葉をかけるソフィアの言葉ならば、ロンは耳を傾けるだろう。思い返してみれば、ロンはソフィアの言葉ならすんなりと受け入れる事が多い。

 

 

「とりあえず、様子を見ましょう。……それで、クィディッチの方はどうだったの?」

「そっちも、最低だった」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは慰めるようにハリーの肩を叩いた。

 

 



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333 信じる事!

 

 

次の日。ソフィアとハリーが考えていた通りの最悪な事が起こった。

ロンはジニーとディーンを冷たく無視しただけでなく、ハーマイオニーをも氷のように冷たい意地悪さで冷ややかな眼差しを向け無視をしたのだ。

最近穏やかな雰囲気だったため、朝の挨拶をいつも通りしたハーマイオニーは返ってきた眼差しと返ってこなかった挨拶にわけがわからずうろたえ、傷付いた。

 

 

「なに、私──何もしてないわ」

 

 

ハリーも待たずに独りで肖像画をくぐり大広間に向かったロンの背中を見ながらハーマイオニーが混乱し呟く。ハリーとソフィアはちらりと視線を合わせ──とりあえず、ハリーはロンを追った。今の状態のロンを独りにしない方がいいだろう。

ハーマイオニーとロンがこうなった時、自然とロンのケアはハリーの役目であり、ハーマイオニーのケアはソフィアの役目なのだ。

 

 

「そうね、ハーマイオニー。あなたは悪くないわ」

「何──何か知ってるの?」

「昨日のクィディッチの練習の後に色々あったみたいなの。それでとっても不機嫌なんだって、ハリーから聞いたわ」

「何よそれ」

 

 

ハーマイオニーはムッとして自分に非が無いのなら気にするだけ無駄だと思ったのか──彼女は間違いなくクィディッチの練習が上手く行かなかった八つ当たりだと思ったのだろう──少々怒りながら大広間へと向かった。

 

 

ソフィアとハーマイオニーが大広間に着いたとき、既にロンとハリーは他のグリフィンドール生から少し離れた場所に座り朝食を食べていたが、2人の到着に気づくとロンは目に見えて眉を寄せわざとらしく嫌そうに顔を顰めた。

 

 

「ロン、ハリー、おはよう」

「おはよう、ソフィア」

「……」

 

 

ロンはソフィアの挨拶も無視した。

隣にハーマイオニーがいるため変に意地になっているのだろう。勿論その理由をソフィアは知っていたが腫れ物を扱うようにロンに接する事はせず、堂々とロンの前に座るともう一度「おはよう、ロン」と笑みを深めて伝えた。

 

 

「……」

「ロン?」

「……はよ」

 

 

何度も促されたロンは渋々喉の奥で低く呟く。ハーマイオニーが自分の前に座ったのを見て、ロンは顔を顰めたまま立ち上がり、食事も充分に取らず背中に苛立ちを見せ不機嫌さをありありと態度で示しながら扉へと向かった。

 

 

ソフィアは一切態度を改めようとしないロンと、悲しそうに目を揺らせるハーマイオニーを見て──座りかけていたがすぐに立ち上がり無言でロンの後を追った。

 

 

「──ロン!」

「なんだ?挨拶しただろ、おはよう!」

 

 

大広間を出てすぐの廊下で呼び止められたロンは振り返り叫ぶように答える。その声の大きさに一年生の集団が驚きで肩を震わせ恐々とソフィアとロンを見つめヒソヒソと囁き合った。

昨夜の事を引きずったままで苛立ちと不満、悲しさや胸の痛みを抱えたロンは今にも感情が爆発するかのような苛立ちでソフィアを睨み上げる。

 

ソフィアは無言のままロンの腕を掴むと近くの空き教室に連れ込み、ロンを見上げる。ロンは抵抗はしなかったがありありと不満そうな顔でソフィアを見下ろした。

 

 

「なんだよ」

「何故、ハーマイオニーにあんな態度をとっているの?」

「──関係ないだろ。あいつが悪い」

 

 

苛立ち吐き捨てたロンは、無造作に置かれていた椅子に座り足を投げ出した。

 

 

「何があったの?ハーマイオニーに何か言われた?少なくとも、私が知る限りは何もしてないわ」

「はっ、ソフィアが知らないだけだろ。あいつ──あいつ、クラムなんかと──」

 

 

ロンは苛立ちの一端を吐露しかけたがすぐにぐっと口を噤むと神経質そうに足を動かした。やはり、自分だけがまだ誰ともキスをしていない事が不満なのではなく、ハーマイオニーがキスした事実がショックだったのだとわかるとソフィアは長く溜め息をついた。

 

 

「あのね、ロン。私はハリーを愛しているわ。でも、初めて好きになったのはハリーじゃないの。その時はわからなかったけど、きっと初恋はジャックだったって今は思うの。でも、私は今、誰よりもハリーを大切に思っているし愛しているわ」

「……」

「もし、あなたがハーマイオニーとクラムのことで苦しんで苛立ってるのなら。それは何故かをよく考えた方がいいわ。誰に怒っているのか?何故怒っているの?──今、大切なのは誰で、誰が誰を想っているのか、少し落ち着いてよく考えなさい。

私は、少なくとも昨日までのハーマイオニーとあなたの関係が真実だと思っているわ」

 

 

ソフィアは脚に置いた自分の拳を睨むように見下ろし続けるロンの肩をぽん、と軽く叩いた。

 

暫く視線を上げようとしないロンを見ていたソフィアだったが、このまま少しひとりでよく考える方がいいだろうと静かに踵を返し扉に向かう。

 

 

「──ハーマイオニー、あいつ、クラムとキスしたと思うか?」

 

 

扉に手をかけたソフィアの背中に、ロンはぽつりと呟く。その声は先程までの苛立ちや怒りは一切なく、萎れたような切なく悲しげな声音だった。

 

 

「さあ、知らないわ。けれど──それって、今のあなたたちにそれほど重要な事かしら」

 

 

ソフィアはロンの返答を聞く事もそれ以上慰める事もなく、静かに扉を開き大広間へと戻った。

 

1人残されたロンは顔を手で覆い、深い溜め息をついた後、灰色の天井を見上げた。

 

昨夜は色々あったからだろう。内容は覚えていないがきみの悪い妙な夢を見た気がして、全く疲れが取れていない。

ロンは目を擦りながら、僅かに冷静になった頭でハーマイオニーの事を考えていた。

 

 

 

その後ロンは戻ってくる事はなく、いつも通り大広間に戻り朝食を食べ始めたソフィアにハリーはロンの説得は上手くいったのか聞きたかったが、近くにハーマイオニーが側に居ては聞く事は出来ず、そわそわとした気持ちのまま授業を迎えることとなった。

はじめの授業は変身術であり、ロンは姿を見せないのかと思われたが授業開始時刻ギリギリに教室へと入ってくると、そのまま何も言わず仏頂面で教室の1番後ろに着席し──そのまま授業が始まった。

 

授業が終わったあと、ハリーとハーマイオニーはきっとロンはひとりで出て行くのだろうと思ったが、扉近くで仏頂面のままハリーとハーマイオニーの到着を待ち、言葉は少なく表情は苛立ちを見せていたが──今朝の態度は大幅に改善されていた。

ソフィアに何を言われたのかはわからないが、この分ならば明日の朝にはいつも通りの状態に戻っているだろうとハーマイオニーは安堵しハリーとロンと別れ古代ルーン文字学の教室へ向かう。

 

ハリーとロンはこの後空き時間であり、2人は何となく気まずさを感じながらちらりと目を合わせた。

 

 

「談話室、戻るか?」

「……そうだな」

 

 

ハリーはロンのよそよそしい態度に触れる事はなくいつも通り話しかけ、ロンは相変わらずの表情であり、顔色もどこか悪かったが誰彼構わず噛み付くような激しさは無く、ハリーの隣をゆっくりと歩いた。

 

 

ソフィアとハーマイオニーが古代ルーン文字学の授業を終え、沢山の宿題に辟易しながら大広間に入った時、すでにハリーとロンは昼食のサンドイッチを食べていた。ハーマイオニーはロンを見て僅かに表情を硬らせたが、何も言わずロンの前に座る。

 

 

「古代ルーン語も、沢山宿題を出されたわ!ああ、毎回毎回の事だけど、本当に嫌になるわね」

「そうね、この後空き時間だし……図書館にこもらなきゃいけないわ」

 

 

いつものように宿題の多さを嘆いたハーマイオニーにソフィアは同調する。この後、いつも通りならロンが軽口の一つでも叩くのだが、やはり彼は黙り込み大人しいままだった。

 

 

「あー……ロン?気分でも悪いの?」

 

 

ハーマイオニーはおずおずとロンの顔を覗き込む。激しく怒るロンも困りものだが、こうして貝のように黙り込んでいるのもまた、何となく奇妙な気持ちになってしまう。刺々しい雰囲気はないが、かといって朝の態度を反省ししおらしくしている雰囲気でもない。

 

 

「──大丈夫だ」

 

 

ロンはぼそりと答えると、ハムサンドを口の中に押し込んだ。ハーマイオニーは無視されなかった事に安堵し表情を緩め、「それならいいの」と頷きミートパイに手を伸ばした。

 

 

「──ハーマイオニー」

「な、何?」

 

 

改めて名を呼ばれたハーマイオニーは驚いてミートパイを喉に詰めかけ、ドンドンと胸を叩き涙目になりながらロンを見た。

 

ロンは暫く手に持っていたハムサンドに視線を落としていたが、決心したように顔を上げ真っ直ぐにハーマイオニーを見つめる。

 

 

「──クリスマスパーティ、楽しみだな」

「え?──え、ええ、楽しみね!」

 

 

思ってもみなかった言葉にハーマイオニーは驚きめを見開いたが、すぐに笑顔で何度も頷く。

ロンはその笑顔を見て何か憑き物がふっと落ちたように肩の力を抜き、ぱくぱくとハムサンドを食べた。

 

 

「なぁハリー、そっちのパイをとってくれないか?」

「勿論」

「ソフィア、そこのベーコンも」

「ええ」

 

 

ハリーとソフィアが自分の近くにあった皿をロンの前に押せば、ロンは先程までとは比べものにならない勢いで次々と料理を食べ進め、かぼちゃジュースで流し込んだ。

呆気に取られそれを見ていたソフィアとハリーとハーマイオニーは、顔を見合わせ声を出さずに笑い合った。

 

 

 

 

ソフィアはその日の夜、スラグホーンの自室へと向かっていた。数日前に誘われた食事会の日がついにやって来たのだ。

ハーマイオニーから「正直、楽しくはない」とゲンナリした表情で言われていたソフィアは、どうか母様の思い出話だけでありますようにと願いつつ人のまばらな廊下を歩く。

 

 

「ルイス」

「ソフィア……久しぶり」

「ええ、久しぶりね」

 

 

スラグホーンの自室の前にいたルイスに微笑みかければ、ルイスは同じように優しく笑った。時々廊下でルイスとドラコを見かけることはあるが、常に2人は他のスリザリン生に囲まれ話しかける隙はない。──それに、たとえ隙があったとして今、彼らに話しかける事は難しいだろう。

 

 

「この前のホグズミード行き、ハリーと行ったの?」

「ハーマイオニーとロンも一緒に行ったけど、途中から別行動したわ」

「そっか……ハニーデュークスで新商品はあった?」

「砂糖羽ペンと、後──新商品の試食があったわね。とても混んでいて食べられなかったのが残念だわ。きっと凄く美味しいヌガーだったのに」

 

 

残念そうに肩をすくめるソフィアに、ルイスは目を細めてくすくすと笑う。お互い気軽に話しかける事が出来ない立場になってしまったが、2人の間に気まずさやよそよそしさは全く無かった。

 

 

「ルイスもホグズミードに行ったの?」

「ううん行ってないよ。……時間だ、入ろうか」

 

 

ルイスは腕時計を見てソフィアとの話を切り上げると扉をトントンと叩き名乗った。すぐに扉の向こうから「どうぞ」と朗らかな声が聞こえ、ルイスは扉を開いた。

 

 

「やあ、待っていたよルイス、ソフィア」

「お招きくださりありがとうございます、スラグホーン教授」

「今日を心待ちにしていました」

 

 

恰幅の良い体を揺らし両手を広げたスラグホーンにルイスとソフィアは人当たりの良い笑みを浮かべる。スラグホーンは嬉しそうににっこりと笑うと既にディナーの支度が整っている部屋の中央へと2人を誘った。

 

部屋は想像以上に広く、シックな家具が整然と並べられていた。奥にある暖炉では温かな火が燃え、棚の上には写真立てがいくつも並び、その中には若かりし頃の著名な魔法使いや魔女が笑顔を見せている。

 

 

「君たち2人が揃うのを楽しみにしていたんだよ。ソフィア、君は魔法薬学を受けていないだろう?いやはや、とても残念だ。魔法薬学は苦手かね?」

「OLW試験ではEでした。──その、Oでないと受講出来ないと勘違いしていまして……」

「おや、さらに残念だ!まあ──私が聞くところによると、君は変身術の才能があるようだ。お母さんに似たんだね」

 

 

スラグホーンは杖を振るい金色の皿の上に豪華な料理を出現させ、食べるように促す。ルイスとソフィアはぴかぴかと光るフォークとナイフを掴み、美しく盛り付けられたサラダを食べつつチラリと視線を交わした。

 

 

「やはり、スラグホーン教授は僕たちの母が誰かをご存知なのですね」

「ああ、勿論だとも。アリッサ・エバンズ──とても優秀で、ずば抜けた才能を持っていた。妹のリリーと同じくね。

私は今でも彼女達がマグル出身だとは信じられないんだよ──いや、マグル生まれを下に見るわけではないがね。生まれ育った環境というものは、どうしても能力に影響を及ぼす。彼女達は真の才能を持ち、さらに努力家だった」

「……ええ、母を尊敬しています」

 

 

スラグホーンはマグル生まれを下に見ているわけではないが、やはり著名な魔法使いや魔女は魔法族の両親から生まれた者が多い。だからこそスラグホーンはマグル生まれであるアリッサとリリーの才能を見て()()()()()にしたという事実もあるのだろう。

 

 

「君たちのプライベートな事は言ってはいけないとダンブルドアからうるさく言われていてね。話す機会をずっと探していたんだよ。──父親はご健在かな?」

 

 

ワイングラスを傾け何気なさを装ってはいたが、スラグホーンはこの食事会でルイスとソフィアの父親の事が知りたくてたまらなかった。目星をつけている者は一名いるが、公になっていないということは言えない事情でもあるのだろうか。

アリッサは、在学中に妊娠し──寮監であるスラグホーンにそれを伝えはしたが、父親が誰なのかを言うことは無かった。スラグホーンだけではなく、どの教師にも、保険医であるポンフリーにも黙秘を続けたのだ。

卒業して暫くした後、スラグホーンの元に届いた手紙にはどうしても父親を伝えられない謝罪と、無事に産まれた赤子とアリッサの幸福そうな写真が収められていた。

手紙での交流は止まることは無く、さらに双子を妊娠し出産したと知り──そして、彼女の訃報を、彼女とその息子が亡くなって数年後に知らされたのだ。

 

 

「父は、気軽に会えません。……その関係も──僕たちが成人するまでは、誰にも告げてはならないと言われていて」

「そうか──いや、それなら仕方がない。ご健在でよかったよ」

 

 

ルイスは申し訳なさそうに眉を下げ、寂しげに微笑む。

内心では残念でならなかったが、スラグホーンは気にするなと首を振り、話題を変え、アリッサの学生時代の話を雄弁に語った。

どれだけ彼女が才に溢れていたか。

どれだけ教師達からの期待を集めていたか。──はじめの数年はスリザリンで過ごす日々は易しいものではなかったが、持ち前の才能と美貌、そして何よりもどんな侮辱も跳ね返すほどの確固たる自信から堂々としたものであり、いつしかマグル生まれを馬鹿にするスリザリン生からも一目置かれる存在になっていた。

 

ソフィアとルイスはスラグホーンがアリッサの話を楽しげに語るのをにこにこと笑い聞いていた。たしかに自分達の知らない母の様子を知る事ができるのは嬉しい事だ。だが、心から喜べないのはスラグホーンから聞くよりも、2人はそれを父親(セブルス)から聞く事を望んでいたからだろう。

 

 

食事会が終わったのは10時を回った頃だった。通常、この時間に生徒が寮を抜け出して外出する事は禁じられ罰則と減点の対象になる。しかしスラグホーンはもし見回りの教師と会ったならば自分の名前を出すようにと伝え2人の肩を優しく叩いたのだ。

 

 

「悪い話では無かったね」

「そうね……母様の事が知れて嬉しいもの。ただ少しオーバーに伝えすぎな気がしたけれど」

「寮監だし、お気に入りだったみたいだからね」

 

 

細い窓から差し込む月明かりがソフィアとルイスを柔らかく照らしていた。

幼き頃はよく似た双子であり、背丈も、顔の作りも同じだった。しかし今ではルイスの方が頭ひとつ分はソフィアよりも高く、顔立ちも涼しげな青年へと成長している。

 

ソフィアは隣を歩くルイスを見上げ、そっと手を握った。

もうソフィアとルイスは幼い子どもでは無く、兄妹間であっても手を繋ぎ歩くだなんて誰かに見られたならば怪訝な顔をされるだろう。ソフィアは一瞬、振り払われるかと思ったがルイスは優しげに目を細め、ソフィアよりも大きな手で握り返した。

 

 

「どうしたの?」

「……ルイス、無茶をしないでね」

 

 

ルイスとソフィアは足を止め暫く見つめ合った。ルイスは一瞬目を揺らせたがすぐにいつものように微笑むと身を屈めソフィアの額に軽くキスを落とす。

 

 

「大丈夫だよ、心配しないで。──おやすみ」

「……おやすみなさい」

 

 

そっと離れたルイスはソフィアの目元を指先で掠めるように撫でるとスリザリン寮がある地下階段を降りる。ソフィアは闇へ降りていくルイスの背中をじっと見送った後、グリフィンドール塔を登った。

 

 

 

もうハリー達は寝てしまったかと思っていたが、グリフィンドールの談話室にはハーマイオニーとハリーの姿があった。2人で一つの机を占領し、沢山の本や羊皮紙を広げている。

 

 

「あ、ソフィア──お疲れ様、と言うべき?」

 

 

ハーマイオニーは悪戯っぽく笑い手に持っていた羽ペンをくるくると回した。ハリーの隣に座ったソフィアはぐっと大きく天井に向かって腕を伸ばし、大きく息を吐き出したあと「うーん、そうね」と苦笑しながら頷いた。

 

 

「母様の学生時代の話を聞かされたわ。勿論それは嬉しいんだけど……少しオーバーな言い方に感じたし……悪い人ではないってわかるんだけれど……」

「ああ、わかるわ。あの人って自分が全てをわかっているように見せたいんだと思うわ。輝かしい経歴を持つ著名な人の全てを知っている理解者なんだぞ──って自慢したいのよ」

 

 

ハーマイオニーの的確な分析にソフィアは困り顔で頷いた。

ハリーは難解すぎる変身術の宿題に唸りながら取り組んでいたが、ついにレポートの書き損じをぐしゃぐしゃと手のひらで潰し、暖炉の中に投げ入れ羽ペンを置いた。

 

 

「あー、もう今日は止めよう」

「後で困るのはあなたよ」

 

 

ハーマイオニーはすぐに厳しい言葉をかけたが、ハリーは羽ペンを持つ気になれずソファに深く背を預け足を投げ出した。

 

 

「この論理、訳がわからない」

「どこ?──ああ、これね……確かに普通の教科書だけでは分かりにくいわ。私が持っている参考書を持ってきましょうか?」

 

 

横から宿題を覗き込んだソフィアはマクゴナガルとの個人授業で既に学んだ事だと気づき、ハリーに聞いたがハリーは首を振り「明日でいいよ」と断った。

 

 

「もう今日は頭がパンクしそうなんだ」

「まあ、そんな日もあるわね。──ロンは?」

「食べすぎて気持ち悪くなったって言って、もう寝室だよ」

「それに、昨日よく眠れなくて眠いって言ってたわね」

「あれだけ食べてたし、昨日は色々あったものね」

 

 

自分の知らぬところでまた何かがあり、ロンが不貞腐れて部屋に引きこもっているのかと心配したが、ただの食べ過ぎと寝不足だったようだ。

机の上に広げた教科書や羊皮紙を片づける2人を見ながら、ソフィアも眠そうな欠伸をひとつこぼした。

 

 



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334 全てを明らかに!

 

 

ロンのハーマイオニーに対しての言動は殆ど前と同じように戻ったが、ハリーはそれを喜ぶ暇もなくクィディッチの練習の悲惨さをどうにかしなければならないと暗い思いを抱えていた。

ロンは練習を重ねるにつれ自信を無くし沈んでいるのか顔が青白く元気がない。

それにチームメンバーも何故こんな実力の無い者がキーパーなんだと陰でロンの文句を言い、ロンがチームから出て行ってくれたらいいのに、という険悪な目で見ていた。

 

最後の練習でもロンの自信は回復することなく、相変わらず絶望しついには「明日の試合で負けたら、辞める」と弱々しく宣言し──それを止めるチームメンバーはハリーだけだった。

 

 

 

クィディッチの開幕戦はスリザリンとグリフィンドールの対決だ。

朝食の席では既に前哨戦が始まりスリザリン生の多くはグリフィンドールチームの選手が大広間に入ってくるたびに一人ひとりに野次とブーイングを浴びせる。

スリザリン生以外からの歓声を受け、ハリーは慣れたように笑い手を上げたが、ロンは肩をすくめ青い顔で手を振っただけだった。

 

 

「ロン、少しでも──」

「元気を出して、ロン!あなたって素晴らしいわ!」

 

 

ロンを心配そうに見ていたハーマイオニーの言葉はラベンダーの声にかき消された。ラベンダーは遠くからロンに声援を送り両手を胸の前で振っていたが、ロンは反応する余裕もないのだろう、無視して座り込んだ。

 

 

「ロン、何か腹に入れないと駄目だ。紅茶か?コーヒー?かぼちゃジュース?」

「……なんでもいい」

 

 

ロンはトーストを一口噛み、ふさぎ込んで呟く。すぐにハリーはかぼちゃジュースが並々と入っている瓶を引き寄せた。

 

ソフィアとハーマイオニーは何かロンが食べられそうな物を、と机の上に並んだ数々の料理を少しずつ皿の上に取り、ハリーがローブの内ポケットに手を入れた事には全く気が付かない。

 

 

「ほら、ロン、飲めよ」

 

 

ハリーはかぼちゃジュースの上でわざとらしく不自然に手を持っていき、ハーマイオニーが横目で見たのを確認してからすぐに手を引っ込めロンにグラスを差し出した。ロンはぼんやりとしたままグラスを口を近づける──。

 

 

「ロン、それ飲んじゃだめ!」

「どうして?」

 

 

ロンとハリーはハーマイオニーを見上げた。彼女は自分の目が信じられないという苦い表情でハリーをまじまじと見つめる。

 

 

「あなた、いま、その飲み物に何か入れたわ」

「なんだって?」

「聞こえたはずよ。私見たわよ。ロンの飲み物にいま何か注いだわ。いま、手にその瓶を持ってるはずよ!」

「何を言っているのかわからないな」

「栄養薬とか、安定薬はクィディッチの試合でも使用は認められてるわよ?」

 

 

ハリーは急いで瓶をポケットにしまい込みながらとぼけ、ソフィアは首を傾げハーマイオニーとハリーを見比べた。

 

 

「違うわ!私が言ってるのは──」

 

 

ハーマイオニーの言葉にピンと来たのはロンであり、ロンはすぐにグラスを傾け一気に飲み干した。言葉が出ず、唖然と口を開くハーマイオニーの前にグラスを置いたロンは服の袖で口元を拭いニヤリと笑う。

 

 

「あなた、退校処分になるべきだわ。ハリー、あなたがそんな事をする人だとは思わなかったわ!──ソフィア、行くわよ!」

「え、ちょっ──ハリー、ロン、頑張ってね!」

 

 

ハーマイオニーは顔を真っ赤に染め怒り立ち上がるとソフィアの腕をむんずと掴み有無を言わさず引っ張る。ソフィアは困惑しながらとりあえず2人を応援し、転びそうになりながら大広間を出て玄関ホールを通り、校庭まで引っ張られた。

 

 

「信じられない!」

「どうしたの?」

「ハリーよ!気がつかなかった?ソフィアからも言ってよ!」

 

 

空は久しぶりに快晴だとはいえかなり寒くソフィアは凍えていたがハーマイオニーは怒りで寒さも感じていないようだった。

腕をさすりながら首を傾げるソフィアに、ハーマイオニーは珍しく察しの悪い様子に苛立ちながら「フェリックス・フェリシス!」と叫んだ。

 

 

「あの人はスラグホーンからフェリックス・フェリシスを受け取ったわ!間違いない、ロンの飲み物に盛ったのよ、私は見たわ!試合での使用は禁じられているのに!」

 

 

憤りソフィアを睨むハーマイオニーに、ソフィアはきょとんとして目を瞬かせていたが、すぐに吹き出すと笑った。

 

 

「あははっ!」

「わ、笑い事じゃないわ!」

「そうね、それが本当なら笑えないわね。でもハリーはクィディッチに関しては誰よりも紳士的で真剣に取り組んでいるわ。ロンの自信をつけるためだとしても、フェリックス・フェリシスは盛らないわよ」

「でも、私は見たもの!何かの瓶を手に持っててそれをロンの飲み物の中に入れていたのよ?」

「ハーマイオニー。ハリーはクィディッチに関しては誰よりも誠実だわ。私はハリーを信じているの」

「でも──」

 

 

ソフィアの強く芯の通った言葉に、ハーマイオニーはそわそわと指先を動かした。

間違いなくハリーはロンの飲み物の中に何かを入れているように見えた。横目で誰も見ていないか確認している風だったし、何より追求された後、ポケットの中に手を突っ込んでいた。

 

 

「でも、私は見たのよ」

「うーん……ただの安定薬だとは思うけど……勿論安定薬も量によっては違反だけどね。──もしかして──フェリックス・フェリシスを飲んだと思わせたいんじゃない?」

「え?それになんの意味が──まさか」

 

 

ハーマイオニーは何かに気付いたように息を呑み唖然としてソフィアを見つめる。ソフィアは悪戯っぽくにやりと笑うとハーマイオニーの不安げに動く手をそっと握った。

 

 

「さあ。ハリーとロンの応援に行きましょう」

「……ええ、そうね」

 

 

 

ハーマイオニーはどことなくぎこちない表情を浮かべ、ソフィアに手を引かれるままクィディッチ競技場へと向かった。

競技場の入り口にはグリフィンドールの応援を示す赤い薔薇やスカーフ、小旗が籠に山盛りになって詰め込まれ『ご自由に』の立て札と共に置かれていた。

ソフィアはハーフアップで結い上げた髪に赤い薔薇を刺し、寒さを凌ぐために真紅のスカーフを首に巻き、小旗を2本手に取った。ハーマイオニーは首にスカーフを掛け、小旗を小さく振りながらやや困ったような顔でソフィアを見る。

 

 

「本当に──違うの?」

 

 

未だにハリーがロンの飲み物にフェリックス・フェリシスを盛った疑いを拭えないハーマイオニーに、ソフィアは足を止めくるりと踵を返し悪戯っぽく見上げた。

 

胸を逸らし、見上げてはいるが──どことなく既視感のある態度にハーマイオニーは目を瞬いた。

 

 

「では、フェリックス・フェリシスを飲んだ者に起こりうる幸運以外の変化は何か、わかるものはいるかね?」

「ふっ──は、はい」

「ミス・グレンジャー」

 

 

ソフィアのわざとらしく低くゆっくりとした話し方に誰を真似ているのかわかったハーマイオニーは、全く似ていないその様子に吹き出しぷるぷると肩を震わせながらいつものように手を高く挙げた。

 

 

「はい。き、気分が高揚し──自信に溢れ、笑顔になります。また──通常よりやや短慮的思考になる傾向が──あ、あります」

「よろしい。グリフィンドールに1点加点しよう」

「ぷっ──あははっ!そんなにすぐ私を当てないし、加点もしないわよ!」

「ふむ──確かにそうね?」

 

 

堪えきれず腹を押さえて笑い出したハーマイオニーに、周りにいた生徒達は一体何事かとじろじろと彼女を見た。

笑いすぎて目に浮かんだ涙を指先で拭いながら、ハーマイオニーは真っ青な空を見上げ口から白い息を吐く。

 

 

「はー……そうね。ハリーがどれだけの量を入れたのかはわからないわ。あの小瓶の半分なら6時間。4分の1なら3時間──試合が終わってからのロンの様子を見てそれで判断しても遅くないわね」

「ええ。まあ、万が一にも無いわ」

 

 

ソフィアはキッパリと断言しグリフィンドールカラーが燃えるスタンドに座った。

 

 

 

 

試合はよく晴れた最高の天気の中開始された。

歓声とスリザリン生からのブーイングが沸き起こる中、ソフィアとハーマイオニーは他のグリフィンドール生と同じようにグリフィンドールチームの勝利を願い、喉を枯らすほど声を張り上げる。

選手が整列し、レフェリーであるフーチのホイッスルが高らかに鳴り響く。試合が開始され、選手達は凍った地面を強く蹴り空へ舞い上がった。

 

 

「さあ、始まりました。今年ポッターが組織したチームには我々全員が驚いたと思います。ロナルド・ウィーズリーは去年、キーパーとしてムラがあったので、多くの人がロンはチームから外されると思ったわけですが勿論、キャプテンとの個人的な友情が役に立ちました──」

「──ロンの実力なのに酷いわ!」

 

 

リーが卒業し、今年のクィディッチの解説者はザカリアスが担った。彼の言葉にスリザリン生は歓声と野次を飛ばし、ハーマイオニーはそれを聞いて顔を真っ赤にして憤慨する。

 

 

「ハーマイオニーとの友情は役に立ったわね?」

「それは──もういいのよ!」

 

 

ソフィアのからかいを含んだ囁きに、ハーマイオニーは更に顔を赤くしたが吹っ切れたように叫ぶ。その直後スリザリンの選手がゴールを狙い、すぐにハーマイオニーは祈るように手を組んだ。

 

 

「ウルクハートが競技場を矢のように飛んでいきます。そして──ウィーズリーがセーブしました。まぁ、ときにはラッキーな事もあるでしょう。たぶん……」

 

 

ロンは見事ウルクハートのゴールを止め、自信たっぷりの笑顔を見せ観客に向かって拳を突き上げる。グリフィンドール生は安堵のような驚きのような曖昧な吐息を漏らした後、このままラッキーが続く事を心から祈った。

 

試合が開始して30分が経過したが、ロンは信じられない程のファインプレイを見せ、キーパーとしての実力を十分に発揮し全てのゴールを止めた。とくに見事なセーブが決まった時には応援団達が喜んで「ウィーズリーは我が王者」の歌を歌い、ロンは高いところから指揮の真似をする余裕っぷりを見せつけた。

 

 

「これが、ロンの実力なの?」

「ええ、そうよ!ロンは自分に自信さえあれば本当に凄いんだから!」

 

 

ソフィアは興奮して叫び、他のグリフィンドール生と共に「ウィーズリーは我が王者」を大声で歌ったが、ハーマイオニーは小旗を振り、心から喜んでいいのか、それとも自分の直感を信じるべきなのか苦悩していた。

 

 

選手の間を飛び交っているブラッジャーをグリフィンドールの選手であるクートが強く打ち、それがスリザリン生に突き進む。真正面から来たブラッジャーを当然スリザリンの選手は避けるものと思われたが彼は避ける事なく箒の柄にブラッジャーの一撃を喰らいバランスを大きく崩した。スリザリン生からの落胆と悲鳴、他の生徒から沸き起こる興奮の叫びが響く中、スリザリンの選手はコントロールを失いそのまま落下し──教師が観覧している高い座席に突っ込んだ。

 

 

「ああっ!だ、大丈夫かしら?」

「はっ!才能で選ばないからこうなるのよ!」

 

 

ソフィアは身を乗り出し慌てている教師達を心配そうに見上げ、セブルスは怪我をしていないかと不安そうだったが、ハーマイオニーはいい気味だとばかりに鼻で笑う。

 

 

「ダンブルドア先生のところに落ちたのね──うん、大丈夫みたい」

 

 

数日姿を見せなかったダンブルドアだったが、クィディッチの開幕戦であるこの日は他の教師と同じように選手達を応援していたのだ。

ちょうどダンブルドアにぶつかるように落下した選手だったが、ダンブルドアは何か魔法をかけ落下の速度と衝撃を殺し選手とダンブルドアは大怪我をする事なく無事だった。

頭を押さえよろめきながら体を起こした選手にダンブルドアは手を差し伸べ、選手を気遣いながら手を取り抱き起こした。

 

すぐにフーチが一旦試合を止め選手とダンブルドアの元へ舞い降りる。生徒達の心配そうな騒めきが響く中、フーチと二言、三言会話を交わしすぐに選手は頷きもう一度空へと飛び上がった。

スリザリン生は彼を励まし鼓舞するために足を踏み鳴らし大きな拍手を送る。少しふらついてはいたが、選手は再び己の配置へとつき、フーチは試合再開のホイッスルを吹いた。

 

クィディッチの試合でコントロールを失い墜落したり、観客席に突っ込んでしまうことはよくある事であり誰も気にする事なく試合は続く。再開されて5分もたたぬ頃、スリザリンチームのシーカーであるハーパーが──彼は病気で休場したドラコの代理だった──空へと一直線へ飛んだ。

 

 

「さあ、スリザリンのハーパー、スニッチを見つけたようです!──そうです。間違いなく、ポッターが見ていない何かを見ました!」

 

 

実況の声が響く中、ハリーは空へと上がったハーパーを見た。そんなわけがない、彼が見つけるなんて──しかし、ハーパーは闇雲に競技場を駆け巡っていたわけではなく、確かにハリーが見つけられなかったものを見つけたのだ。スニッチはハリーとハーパーの頭上の真っ青に澄んだ空に眩しく輝きながら高々と飛んでいた。

 

ハリーは遅れをとった自分に舌打ちをし、すぐに加速し空へ駆け上がる。風が耳元で唸り観衆と実況の声をかき消していた。

 

 

──駄目だ、追いつけない!

 

 

既にハーパーはスニッチへと手を伸ばし、目標まであと数十センチと迫っている。まだグリフィンドールは100点しか取っていない。ここでスニッチを取られてしまえば、負ける。

ハリーは焦燥感から夢中で叫んだ。

 

 

「おい、ハーパー!君に代理を頼むのに、マルフォイはいくら払った!?」

 

 

何故そんな事を口走ったのか、ハリーは自分でもわからなかった。しかしその一言にハーパーは動揺しスニッチを掴み損ね、勢いが殺せないまま指の間をすり抜けたスニッチを飛び越してしまった。そして、ハリーは目の前に迫ったスニッチ目掛けて大きく腕を振り──捕まえた。

 

 

「やった!」

 

 

ハリーは叫び、スニッチを高々と掲げ矢のように地上へと飛ぶ。状況が分かったとたん、観衆から大歓声が沸き起こり試合終了を告げるホイッスルがほとんど聞こえない程だった。

 

 

「やったわ!」

「グリフィンドールの勝ちよ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーも他の生徒に負けないほど喜びを爆発させ抱き合い、きゃあきゃあと叫ぶ。

歓声と拍手、地鳴りのような足踏みが響く最高の音の中、グリフィンドールの選手達は空中で塊になって抱きつきあい勝利を喜んだ。

その中でジニーだけが選手達の塊の中に入らず一直線に解説者の演台に突撃し、ザカリアス・スミスが下敷きになりマクゴナガルがかんかんに怒るという事件が起こったが──あくまでジニーは「ブレーキをかけ忘れちゃって」とさらりと言うと美しい髪を後ろに振り払い堂々と胸を張りながら選手達の元へと戻り、グリフィンドール生はよくやったとばかりに囃し立てていた。

 

 

「あれが本当に、ロンの実力なの?」

「ええ、そうよ。そうね──そんなに不安なら、確かめに行きましょう」

 

 

グリフィンドールチームが勝利した喜びと興奮でソフィアは上機嫌にそう言うと、硬い表情をしているハーマイオニーの手を取り選手達の更衣室へと向かった。

 

 

「ハーマイオニー。本当にロンの実力なら──私はそう思っているけど──ちゃんと、褒めるのよ?ロンはとっても喜ぶと思うわ」

 

 

着替えを終えたグリフィンドールの選手達が更衣室から出て口々に「パーティだ!談話室でやるんだって!」と楽しげに話す声を聞きながら、ソフィアは更衣室の扉を開けた。その中にはハリーとロンだけが残り、ロンは一瞬笑顔をこわばらせハーマイオニーとソフィアを見たが、ハリーはいつも以上にニコニコと笑っていた。

 

 

「ハリー、凄かったわ!おめでとう!」

「ありがとうソフィア!」

 

 

ソフィアは飛びつくようにハリーに抱きつき、ハリーはよろめく事なく受け止めると柔らかいソフィアの体を抱きしめた。

首に腕を回したままソフィアは悪戯っぽく笑い、上目遣いでハリーを見上げる。

赤く紅潮した頬と、ソフィアの甘い香りにハリーは脳の奥がじんじんと痺れるのを感じながらソフィアの美しい緑色の目を見つめた。

 

 

「ハリー、今の試合で後ろめたい事が無いなら、キスを──」

 

 

いつもより甘く優しいソフィアの声が、全て言い終わる前にハリーはソフィアの唇に強く自分の唇を重ねた。

2人が恋人同士なのは理解しているが、こうして目の前でキスをしているのを見たのは初めてであり、ロンはぴゅうと口笛を吹いてニヤニヤと笑い、ハーマイオニーは気まずそうに視線を彷徨かせた。

 

 

「ハリー。あなた、本当にやってないの?」

「ん──え、何?」

 

 

ソフィアのキスに夢中だったハリーは雰囲気を壊す硬いハーマイオニーの声に少々苛立ちながらソフィアとの口付けを一時中断し──しっかり抱きしめていたが──振り返る。

 

 

「私は、あなたがロンの飲み物の中にフェリックス・フェリシスを入れたのかと思ったの。でも──本当に違うのね?」

「ああ、その事、入れてないよ」

「えっ本当に?」

 

 

あっさりと肯定したハリーに驚いたのはハーマイオニーではなくロンであり、信じられないのか呆然とハリーを見つめる。

 

 

「だけど……天気は良かったし、ベイジーはプレイ出来なかったし、マルフォイだって──僕、てっきり君が……僕、本当に幸運薬を盛られてなかったの?」

「入れてない、ソフィアとのキスに誓ってね」

 

 

ハリーは片腕でソフィアを抱きしめたまま笑い、上着のポケットに手を入れ、今朝ハーマイオニーが入れたと思っていた小瓶を取り出す。その小瓶は金色の水薬がたっぷりと入っていてコルク栓は蝋付けされたままだった。

 

 

「僕が入れたと、ロンに思わせたかったんだ。だから君が見ている時を見計らって入れるふりをした。ラッキーだと思い込んで、ロンは全部セーブしたんだ!全て君がやった事なんだよ」

 

 

ハリーはにっこりとロンに笑いかける。

暫くロンとハーマイオニーは愕然としていたが、ゆっくりと2人は顔を見合わせた。

 

 

「──ロン、ごめんなさい。幸運薬の力かもしれないって、疑っていたの」

「僕も入れられたとばかり──本当に、僕の力?」

「ええ、そうよ」

 

 

ハーマイオニーはロンにゆっくりと近づくと祝福と謝罪を込めて、背伸びをして頬にキスをした。

 

 

「あなたって凄いキーパーだわ!」

 

 

ロンは頬をピンク色に染めるハーマイオニーを呆然と見下ろし、頬に手を当てながら嬉しそうににっこりと笑う。

 

 

「じゃあ、君たちは先にパーティに行っててよ」

 

 

ハリーは自分の想像通り上手くいった喜びで上機嫌になりながらロンとハーマイオニーに言った。いつもと違う雰囲気で見つめ合っていた2人はぱっと視線を外しハリーを見て、不思議そうに首を傾げる。

 

 

「僕はもうちょっと勝利に酔いしれていたい。──いいよね、ソフィア?」

 

 

腕の中に収まるソフィアの髪にキスを落とし、いつもより低く囁くハリーに、ソフィアはぞくりと腹の奥が妙に疼くのを感じ何故か気恥ずかしく頬を真っ赤に染めたが──。

 

 

「少しだけね」

 

 

肩をすくめ、挑発的にハリーを見上げるともう一度ハリーの首に手を回した。

 

再び固く絡まりあったソフィアとハリーに、ロンとハーマイオニーは呆れたような目を向けたがすぐに踵を返し、2人は仲良くパーティが行われているグリフィンドール寮へと向かった。

ロンとハーマイオニーは手を繋ぐわけでも、愛を語り合い口づけを交わしたわけでも無かった。ただいつもより少しだけ、互いを見る目が優しくなったのは間違いないだろう。

 

 

 

ソフィアとハリーがやや遅れて談話室へと戻った時にはパーティは最高潮の盛り上がりを見せていた。

選手達はハリーの到着に気付くとすぐに部屋の中央に引っ張り、今日の試合を喜び肩を抱きながら机の上に並べられたお菓子やバタービールを進める。

ハリー祝いの言葉を述べるグリフィンドール生に囲まれ、試合の様子を逐一聞きたがるクリービー兄弟ににこやかにどのような最高の試合だったかを告げる。その楽しげな雰囲気の中には勿論ロンもいた。グリフィンドールチームとロンは互いの間にあった気まずさや不満をすっかりと水に流し試合での健闘っぷりを讃えあった。

 

ハーマイオニーの元に向かったソフィアはソファに座り込むと暑くなった頬の熱冷ますために顔を手で仰ぎながらバタービールの瓶に手を伸ばした。

 

 

「ソフィア、こんなこと聞くのはおかしいと思うけど。避妊魔法は──」

「こんなところで言わないでよ!」

 

 

バタービールの瓶を撫でながら真剣な声で囁いたハーマイオニーに、ソフィアはカッと頬を赤らめ目を吊り上げた。「大事なことよ」と声を低くするハーマイオニーに、ソフィアは周りに聞こえていないか心配そうにチラチラと視線を彷徨わせ、彼女の耳元に口を寄せた。

 

 

「ご忠告ありがとう。でもね、私はまだユニコーンに嫌われてないわ」

「──あら、そうなの?てっきり──」

「それに!──勿論、その魔法も知ってるわ」

 

 

気恥ずかしげに指を動かし、顔を真っ赤にしてじとりと睨むソフィアに、ハーマイオニーはニヤリと笑うと「ならいいのよ」と言いバタービールを飲んだ。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは暫く群衆の中で一躍ヒーローとなったロンとハリーを見ていたが、彼らが今までそれほど交流が多くなかった女生徒に囲まれている事に気付いた。更に魅力的になったハリーが囲まれているのはいつもの事だが、ロンはラベンダーやその他の女子に囲まれ得意げになりながら試合でどのようにセーブしたかを身振りを交え、頬を紅潮させ語っていた。

 

 

「ま、たまにはいいわね」

「ロンも魅力的になったものね」

 

 

少し嫌そうなハーマイオニーの言葉に、からかいつつソフィアが肘で突けばハーマイオニーは無言でバタービールを煽った。

 

 

「あなたもいいの?あなたの恋人を狙っている女子は多いわよ。だってあなた達が恋人同士だって知らない人が多いもの」

「そうね──たしかに、安らぐ光景じゃないわね」

 

 

ハリーを囲み、甘く媚びる視線を向け潤んだ目をパチパチと瞬きさせる女子達を見ながらソフィアは立ち上がるとバタービールの瓶を机の上に置いた。

 

 

「ハリー」

 

 

ハリーは女子たちに囲まれていたが、ソフィアの声に気付くとすぐに振り返りソフィアの元へ駆け寄った。ハリーを射止めるべくアピールしていた女子たちはつまらなさそうな顔で現れたソフィアを見る。

 

 

「ソフィア、このドーナツ食べた?すっごく美味しい──」

 

 

今度はハリーが途中で唇を奪われ、言葉を止める番だった。

 

 



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335 一足先のプレゼント!

 

 

窓が凍りつき外では雪が吹き荒れる。

厳しい冬の到来だったが、ホグワーツ城は早くもヤドリギや豪華なクリスマスツリー飾り付けられ近づいてくるクリスマスの訪れを感じさせた。

凍えるような寒い日であっても恋人達はヤドリギの下で互いに寄り添い暖をとり、恋人がいない者も熱に当てられどこか心がそわそわと落ち着かない。

 

柊とティンセルの花飾りが階段の手すりに巻きつけられ、鎧兜の中には永久に燃える蝋燭が輝く。美しい光景に誰もがクリスマスまでに特定の相手を見つけたいと浮き足立つ中、ハリーは余裕のある表情でそんな生徒達を見ていた。

 

 

「あ、ほら。ヤドリギの下でキスしてるよ。僕らもした方がいいんじゃない?」

「んー、だめよ。恥ずかしいもの」

 

 

ハリーはソフィアの腰に手を回し期待を込めて囁いたが、ソフィアはひらりとハリーの腕の中から逃れるとハーマイオニーの隣に並んだ。

逃げ出したソフィアを見てもハリーは少し残念に思うだけで嫌な気持ちにはならなかった。ソフィアは他の恋人達のように常に糊付けされたかのようにくっつき合う事を好ましく思っていない。それを知っているからこそ気にせず「残念」と肩をすくめてみせるだけの余裕を持つのだ。

 

それに、ソフィアは数日前のグリフィンドールのパーティで、群衆の目の前だったにも関わらずキスをしてくれたのだ。

ハリーは跳び上がりたいほど嬉しく、それから今まで何があっても笑い飛ばせるほど上機嫌だった。

ソフィアとハリーが恋人である、という事実は恐ろしいほどの速さでホグワーツ中を駆け巡り、ソフィアは一部の女生徒から嫉妬と羨望を含む眼差しで射抜かれたものの、だれも2人の邪魔をする事はない。ソフィアとハリーは今まで恋人では無いかと噂され、ゴシップ記事に掲載されたこともあった。──たしかにお似合いだと、誰もが思ったのだ。

 

羨望の眼差しで見られたのはソフィアだけでなく、密かにソフィアへの恋心を持っていた男子生徒からの憎々しげな視線をハリーもまた受けていたが──ハリーはその視線すら、心地よいものに感じていた。

 

周りからの視線が少し変わっただけではなく、ソフィアは闇の魔術に対する防衛術の授業の時に一層ハリーへのあたりがキツく陰湿なものへとなった事にやや呆れと申し訳なさを感じていたが──ハリーはどうせクィディッチの試合でスリザリンが負けたからだろうと思い全く気にしなかった。

 

 

大広間では12本のクリスマスツリーが天井から降る雪を受け白くキラキラと輝く。あと数日経てばクリスマス休暇が始まる──その日を前に、ソフィアは悩んでいた。

 

 

クリスマス休暇のことだ。

ハリーとロンとハーマイオニーは不死鳥の騎士団本部で過ごすのだと今までの会話でわかっている。ハリーとロンはソフィアも当然そうだと思い込み何も聞かないが、ハーマイオニーだけが気遣うような視線を向けていた。

 

ソフィアはハリー達と──いや、ハリーとクリスマスを共にしたい気持ちは十分にあった。ここ数日は自分らしく無いことをしてしまうほどに彼に心を乱され、日に日に愛が溢れている。しかし、その気持ちと同じほどセブルスとルイスと共に過ごしたいとも思っていた。

 

今学年が始まってもう4ヶ月ほどが経つが、ソフィアは一度もセブルスと親子としての会話が出来なかった。

去年までは魔法薬学の補習と称して密かに親子でのティータイムを楽しむ隙があったが──今、セブルスはソフィアの得意な闇の魔術に対する防衛術の教師であり、ソフィアは補習を受けるような生徒ではない。

 

言い訳が出来ずセブルス(父親)に会いに行けば、ハリーはきっと疑うだろう。──特に、最近は図書館に行くだけでも片時も離れず着いてこようとしているし。

 

 

ソフィアはオートミールを食べるハリーを盗み見て、バレないようにため息を吐いた。

 

 

 

開け放たれた窓から大群のフクロウが雪を落としながら飛び込み、手紙や小包をそれぞれ配達していく。日刊預言者を受け取ったハーマイオニーはかぼちゃジュースを飲みながら見出しを見ていたが、奇妙に咽せ、ゲホゲホと何度も咳き込んだ。

 

 

「これ、見て!」

 

 

ハーマイオニーは机の上に乗っていた皿やミルク瓶を片腕で端の方に押しやると新聞を広げた。これほど取り乱すなんてどんな事件が書いてあるのか、苦い気持ちになりながらソフィア達は覗き込む。

 

 

「──え」

 

 

そこに飛び込んだ文字を見て、ハリーはぽつりと呟きすぐに机に広げた新聞に覆いかぶさるように顔を近づけた。

 

 

『シリウス・ブラックは無罪だった!?

マグルキラーと悪名高いシリウス・ブラック。彼は12名ものマグルを一度の魔法で殺害したことでその名が付けられたが──実は、その名が付けられるべき人物は他にいたようだ。殺害されたと思われていたピーター・ペティグリューの生存が確認されたのだ。

何故15年間も生存を隠す意味があったのか?ついに疑惑が明かされる──』

 

 

そこには指名手配されているシリウスの写真と同じ大きな写真でピーター・ペティグリューの写真が写っていた。

フードを目深に被っているが、小太りの醜い男の姿は忘れたくとも忘れられない。隣に小さく15年前のペティグリューの写真が載せられ、比べてみると確かに人相は酷いものだが彼の面影があった。

 

記事では死んだとされていたはずのピーター・ペティグリューが死喰い人特有の仮面をつけ姿を消す場面が目撃された事、そしてダンブルドアの証言としてシリウス・ブラックは死喰い人でも彼の親友であるジェームズ・ポッターを裏切ったわけではなく秘密裏に保護しているという事。不死鳥の騎士団は死喰い人であるピーター・ペティグリューを追っているという事が書かれていた。

魔法省は近いうちに過去のことを()()()()()()()()調査し、シリウス・ブラックに罪があるのか審議するものと決めたらしい。──つまり、シリウスが無罪になる可能性が出てきたのだ。

 

 

「言ってたのはこれだったんだ!」

 

 

ハリーはシリウスとの会話を思い出し小声で叫んだ。胸の奥で心臓がドキドキと高鳴りうるさい。本当にシリウスが無罪となったら?流石にあと一度の夏休みはダーズリー家に戻らなければならないと理解しているが、その後はシリウスと過ごす事が出来るのだろうか?いや、それよりもあの本部で篭りっきりのシリウスがついに堂々と陽の光を浴びて歩く事が出来るんだ。あんな暗い寂しいところで独りぼっちにならなくてすむ。騎士団のために自分だけが役に立たないと苦しまなくていいんだ──何て素晴らしいんだろう!

 

 

「ペティグリュー、ずっと姿を消してたのにどうして今になって見つかったのかしらね?」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの隣から新聞を覗き込み、目に興奮の色を滲みせながら早口で話した。ペティグリューの姿は四年生の時

の三校対抗試合で、ヴォルデモートが復活する時の贄としてハリーの前に現れたきりだ。

それ以来ペティグリューは姿を見せてはいない──最も、ペティグリューだけではなくアズカバンを脱獄した死喰い人のほとんどが仮面を被り姿を隠してはいるのだが──一部の死喰い人達やベラトリックスは戦闘狂の側面もあるのだろう、顔を隠すことなく高らかに嗤いながらマグルの汽車を爆破し橋を落としている場面が何十人にも目撃されその凶暴性は魔法界全域に伝わってはいるのだが。

 

 

「えーっと……闇祓いが怪しい人物を発見し追跡したらペティグリューで──ほら、その時の写真がこれよ、ばっちり写っているわ!これでシリウスの無罪は確定するわよ、ダンブルドアも認めているんだもの」

 

 

ハーマイオニーは細かな文字を読み、大きく掲載されている写真を指差した。

日刊預言者新聞を購読している生徒達もピーター・ペティグリューの生存記事を読み騒めきひそひそと言葉を交わす。教師陣が座る席にダンブルドアの姿を探す者も居たが、ダンブルドアはクィディッチの試合以来、また姿を見せず校長席は空席となっていた。

ソフィアはセブルスの様子を見たが、彼は生徒達の騒めきを気にする事なくいつものように静かに紅茶を飲んでいる──つまり、彼はこうなる事を知っていたのだろう。

 

 

「シリウスの無罪が証明されるなんて……!早めのクリスマスプレゼントだ!」

「シリウスはそのつもりだったのかもしれないわね」

 

 

喜びに震えるハリーに、ソフィアは小声で囁く。ペティグリューの罪が暴かれないまま人知れぬ場所で命を落としてしまえば、きっとシリウスの無罪はダンブルドアが言おうとも証拠不十分として受理されないだろう。しかし、ペティグリューが生きている姿を見せ、さらに死喰い人であると言うことが確定すればダンブルドアの証言も無視する事は出来ないはずだ。

 

 

「もうすぐクリスマス休暇だ。きっとシリウスは喜んでるだろうな」

「休暇の前に、沢山の宿題をしっかり終わらせないといけないわよ。じゃないと、楽しいパーティを過ごせないもの」

「宿題が残っていても楽しめると思うけどな」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは眉を吊り上げたが、すぐに「私がみてあげるわ」と彼女にしては優しい言葉で言った。

ハリーとソフィアはロンとハーマイオニーの悪くない雰囲気にニヤリと笑い合ったが、幸運にも宿題やパーティのことを話す2人にはバレなかったようだ。

 

ソフィアはハムサンドを食べながらスリザリンテーブルを見て何気なくルイスを探した。ルイスは日刊預言者新聞を購読していないが、周りのスリザリン生が彼に新聞の記事を見せ少し驚いた表情をして何かを話しているところだ──きっと、シリウス・ブラックが無罪であり、ピーター・ペティグリューが死喰い人だという話題はスリザリンでも暫く話題に上がるだろう。

 

ルイスは見せられていた日刊預言者新聞を突き返し、ポテトが盛られている皿から一本摘みながらチラリとソフィアを見た。

そのまますぐにセブルスへと視線を向け、ソフィアにだけ伝わるように小首を傾げる。

遠く離れた場所だったが、何を伝えたいのかわかったソフィアは微かに頷いた。

 

 

 

1日の授業を終え、ロンとハリーがクリスマス休暇前最後のクィディッチの練習へと向かった後、ソフィアは闇の魔術に対する防衛術の教室近くにある研究室へと向かった。

その扉の前で待っている人影に気付き、ソフィアは足を早め、ほっと表情を和らげる。

 

 

「ごめんなさい。少し遅れたわね」

「ううん。──ソフィア、よくわかったね」

「この時間しかハリーに怪しまれずに会えないもの」

 

 

ソフィアの言葉にルイスは小さく笑うとソフィアの隣に並び目的地である扉を見る。

ルイスが扉をノックし名前を告げれば、数秒の沈黙の後「入りたまえ」と低い声が響いた。去年までは度々行っていたこのやりとりも、今では懐かしさを感じるほどになってしまっていて──ソフィアは、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。

 

 

「失礼します」

 

 

初めて入る場所だったが、どこか魔法薬学の研究室を思わせる暗い雰囲気に、ソフィアは変わらぬところがあった事に安堵する。セブルスはソフィアとルイスの訪れにいつもと同じような冷たい視線を向けたがすぐに杖を振り扉を閉め、防音魔法をかけたあとの眼差しは、教師としてのものではなく父としての柔らかさが含まれていた。

 

 

「休暇の相談か?」

「僕は相談する必要はないんだけどね。今年も残るから」

「私は──悩んでるの」

 

 

セブルスの言葉から親子として話せるのだとわかった2人はすぐに部屋の中央に現れたソファに座りながら砕けた口調で話す。

セブルスは沈黙しながらもう一度杖を振り、対面側に肘掛け椅子を出現させるとそこに腰掛け、足を組み替えた。

 

 

「クリスマスは、父様とルイスと過ごしたいわ。でも、その気持ちと同じくらい──その、ハリーと過ごしたいの」

「恋人と過ごしたいって思うのは、当然だよ」

 

 

セブルスはソフィアの口から出た言葉に嫌そうに眉を寄せたが、ルイスは肩をすくめソフィアの気持ちに寄り添った。

セブルスはハリーとソフィアの仲を勿論知っている。恋人ならクリスマスの日に共に過ごしたいと考えるのは至って普通の思考だ。しかし、選択する余地が無かった去年とは異なり、クリスマス休暇に残る事も出来るソフィアがこうして家族と恋人を天秤にかけている様子に良い気持ちはしない。──何せ、相手はあのハリー・ポッターなのだ。

 

 

「ハリーは、私がクリスマス休暇も一緒に居るって少しも疑ってないわ。当然、本部で過ごすと思ってるの。ハーマイオニーは多分、私が悩んでる事に気づいているけど……」

「……」

「悩むって事は、もうソフィアの中では決まってるんじゃないの?」

 

 

何も言わず沈黙したままのセブルスの代わりにルイスが静かに問いかける。ソフィアは考えないようにしていた気持ちを当てられたことに瞳を揺らせ──項垂れた。

 

 

「……ソフィア、僕たちに決めて欲しいんでしょ」

「そんな──」

「僕たちが残って欲しいって言えば残るし、行っていいよって言えばそうするつもりだったんでしょ?その方が罪悪感が少ないからって──だめだよ。自分で決めなきゃね」

「……そうね」

 

 

ルイスの真理をついた言葉にソフィアは吐息と共に小さく頷き暫く自分の脚の上で握られた拳を見ていたが──顔をゆっくりと上げ、苦い表情をしているセブルスを見た。

 

 

「私……クリスマス休暇は、本部に行くわ。ハリーと過ごしたいの」

「……、……ああ、わかった」

 

 

セブルスは重々しく頷き──心の底ではぐらぐらと怒りが激っていたが──ソフィアは年頃の娘だ、仕方のない事だと自分自身に言い聞かせ「行くな」という言葉をどうにか飲み込んだ。

 

 

「ありがとう、父様」

 

 

ソフィアは立ち上がり、セブルスに近寄りそっと頬に感謝と謝罪を込めてキスをして首元に抱きついた。柔らかなソフィアの髪を撫でながら、セブルスはこの大切な娘にあのハリーが触れることになるのか──いや、既に触れているのかと一瞬考えたが、すぐにその光景を想像する事を脳が拒絶し吐き気が込み上げ無理矢理思考から追い出す。

もうソフィアは16歳になり、成人まで後一年である。年頃の男女が性行為をする事は至って普通の事であり、自分自身、ソフィアの年齢の時には既にアリッサと行為があった。──だが、受け入れられるかはまた別問題であり、セブルスは到底受け入れられなかった。かといって、面と向かってソフィアに経験があるのかを聞き頷かれたならば暫く寝込むはめになるだろう。

心情は穏やかではなかったが、セブルスは何も言わずにソフィアを優しく抱きしめた。

 

 

そのあと暫く簡単な近状報告をしたソフィアとルイスは、クィディッチの練習を終えたハリーとロンが寮へ戻る前に研究室を後にし、少し薄暗くなった廊下をいつもよりゆっくりと歩いていた。

 

 

「ソフィア、ティティの変身はうまくできるようになったの?」

「え?最近変身させていないからわからないけれど……多分、白いままだと思うわ」

 

 

唐突に切り出された話題に、ソフィアは何故そんな事を聞くのだろうかと思いルイスを見上げる。しかし、蝋燭の温かな灯りが姿を照らしていて彼の表情は揺らめく火の影に隠れうまく見ることができなかった。

 

 

「そうなんだ。──完璧に変身できるようになって欲しいね」

 

 

ルイスの呟きにソフィアは足を止め、数歩分離れたルイスの背中を見つめる。ルイスは振り返り、ソフィアの訝しげな視線を受けながら目を細め微笑んだ。

 

 

「それは、()()()()()()()()

「僕たちにとって」

「……わかったわ」

 

 

含みを持たせるルイスの言葉にソフィアは真剣な顔で頷き、開いた距離を埋めるため小走りで駆け寄り隣に並ぶ。気がつけばそれぞれの寮に向かう分れ道に辿り着き、2人は向かい合い色の違う瞳で見つめ合った。

 

 

「いいクリスマスを」

「ええ、いいクリスマスを」

 

 

ルイスは身を屈めソフィアの頬に優しく口付け、ソフィアも同じように返した。いつもならすぐに離れるルイスだったが、ソフィアの耳元で彼女にしか聞き取れないほど小さく囁き、それを聞いてソフィアが瞳を揺らし狼狽している内に踵を返し、スリザリン寮へ向かう暗い階段を足早に降りて行った。

 

 

「──……」

 

 

ソフィアは一歩踏み出したが、唇をぎゅっと結びグリフィンドール塔へ駆ける。

走り去るソフィアを見た者は少し驚きながら彼女を見送り、何かあったのだろうかと囁いた。

 

 

太ったレディに合言葉を告げ肖像画をくぐったソフィアは大広間を見渡し、そこにハリー達の姿が無いことを確認すると重いものを吐き出すように長くてため息をつき暖炉近くの肘掛け椅子に深く座った。

 

パチパチと爆ぜる炎を見つめるソフィアの顔は今にも泣きそうなほど歪んでいたが、ハリーとロンが練習を終え、ハーマイオニーが図書館から戻り談話室に戻ってきた時にはいつも通りの表情に戻り、膝の上に乗っているティティの体を撫でにっこりと微笑み迎えることができていた。

 

 



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336 クリスマスパーティ!

 

 

スラグホーン主催のクリスマスパーティの日。ソフィアとハーマイオニーはその日の授業を終えるとすぐに部屋へ戻り身支度を始めた。

 

 

「いいわね。私も行きたかったわ……」

「素晴らしいパーティだって聞いたわよ、羨ましいわ!」

 

 

2人と同室であるパーバティとラベンダーは化粧を落とし、いつもより念入りに乳液を塗るソフィアとハーマイオニーを見て羨ましげに呟く。前髪を魔法で上げたソフィアとハーマイオニーは少し申し訳なさそうにしながらもにこにこと喜びを隠しきれぬように笑い、「楽しんでくるわね」と柔らかい声で答える。

 

 

「ハーマイオニー、あなたロンと付き合ってるの?」

「そ、ういうわけじゃないわ」

 

 

ラベンダーからの問いかけにハーマイオニーは歯切れの悪い返事を返したがその頬は化粧をしていないにも関わらず赤く染まっている。

まだ付き合っていないのか、とラベンダーは思ったがそれでもきっと時間の問題なのだろう。ロンとハーマイオニーはよく喧嘩をしていたが、ここ数日は周りから見てもわかるほど穏やかで互いを尊重しあっている。

ラベンダーはハーマイオニーの美しく巻かれた髪を見ながら大きくため息をつき、自分のベッドに座ると大きな枕を抱えた。

 

 

「あーあ!私、ちょっとロンって良いなぁって思ってたのに、入り込む隙なんてなさそうね」

「えっ!──そ、そうだったの?」

 

 

ハーマイオニーは身支度もそこそこに焦りが滲む表情で振り返り、視線を彷徨わせる。まさか他の誰かがロンを想っているだなんて、そんな事夢にも思わなかったのだ。

 

 

「クィディッチでは素晴らしいプレイを見せていたし──ほら、輝いていたじゃない?」

「うー……ん、そうね」

「でも、いつも隣にはあなたがいたんだもの。それに、ロンもいつもあなたを見てるし。諦めたわ」

 

 

枕に頭を預けたラベンダーは軽い口調で冗談混じりにそう言ったが、彼女の親友であるパーバティはその声音で言葉を吐く事にどれだけ努力しているのかを知っていた。心配そうにラベンダーを見つめるパーバティの視線には気付かぬフリをしたラベンダーは、枕を後ろに放り投げぴょんと立ち上がるとベッド脇の棚から小さなガラス瓶を取り出す。

 

 

「これ、すっごく良い匂いがするの。もしまだコロンをつけてなかったら、是非つけてみて!きっとロンもイチコロよ」

「え、あ──ありがとう、ラベンダー」

「安心して、勿論私の匂いじゃないから」

 

 

ラベンダーは戸惑いつつもホッと安堵した表情を浮かべるハーマイオニーに笑顔で小瓶を渡し、たおやかな自身の髪を後ろに払いにっこりと微笑んだ。

 

 

「パーティの話、楽しみにしているわ。もしハーマイオニーが──勿論、ソフィアも──夜に帰ってこなくても、探しにいかないからね」

 

 

くすくすといつものように笑いながらラベンダーはパーバティの手を引き、そのまま部屋を出た。

ぱたん、と閉じた扉の前で俯くラベンダーに、パーバティは気遣うようにそっと寄り添い肩を撫でる。

 

 

「あなたは素敵よ」

「……ありがとう、パーバティ。──お腹すいたわ!大広間に行きましょう?」

「ええ、そうね」

 

 

ラベンダーは俯いていた顔を上げるといつものように明るく笑う。

彼女にとってロンに対しての感情は、憧れと少しの愛情だ。しかしそれが叶わなかったとしてラベンダーは心の底から落ち込む事はない──そこまで、本気で愛しているわけでは無かった。ただ、そう、最近のロンは自信に満ち、眼差しも柔らかく、眩しくてつい惹かれてしまった。

 

 

 

ハーマイオニーは暫く閉じられた扉を見ていたが、手の中に収まる小さな瓶に視線を落とし長いため息をついた。

 

 

「……気が付かなかったわ」

「私もよ。──ラベンダーは、とっても良い人だわ」

「ええ──そうね」

 

 

ハーマイオニーはその小瓶の蓋をそっと開け、中から甘く優しい匂いを胸いっぱいに吸い込み、自分の手首と首元に少しだけ乗せた。

 

 

 

 

いつもより大人びた化粧と美しいドレスで着飾ったソフィアとハーマイオニーは周りからの羨ましそうな視線を浴びながら談話室でハリーとロンの到着を待っていた。

2年前、ロンのドレスローブは流行遅れよりもさらに酷く歴史を感じさせるものだったが、商売が上手くいっているフレッドとジョージから新品のドレスローブを買ってもらい、ハリーと並んでも見劣りしない装いになっていた。

まさかハリーは今年もドレスローブを着るとは思わず、新しいネクタイとシャツを通販で新しく購入しただけだったが、2年前よりも大人びた彼は礼服を着ることにより、さらに男らしさが洗練されているだろう。

 

大人びたのは何もハリーとロンだけではない。

ソフィアとハーマイオニーもまた女性らしく成長し、控えめだったソフィアの胸元もそれなりに──ハーマイオニーよりは小ぶりだが──主張するようにはなっていた。

ソフィアは見る角度により発色が異なる真紅色の艶やかなドレスを着て、ハーマイオニーはシルエットが強調されやすい水色のマーメイドドレスに身を包む。薄手の羽織りを肩にかけ綺麗に結い上げた髪にはスパンコールや真珠の飾りで輝いていた。

 

 

「ソフィア、すごく素敵だ」

「ありがとうハリー、あなたも素敵よ」

 

 

ハリーはソフィアのいつもとは違う妖艶さに臍の奥あたりがずくずくと疼き、今すぐ濃厚なキスをし2人きりになりたかったがなんとかその気持ちを押し殺しソフィアの手を取り甲に口付ける。ソフィアは頬を赤く染め嬉しそうに笑うとハリーの頬に軽くキスを返した。

 

ロンもまた美しく着飾ったハーマイオニーを見て目を瞬き、ごくりと生唾を飲み込む。2年前、彼女の隣にいたのはクラムだったが──今、隣に立つことができるのは僕自身だ。

奇妙な満足感と愉悦感にロンは何故そう思うのかわからず内心首を傾げつつ「何か本で読んだな。馬子にも衣装だっけ?」といつものように揶揄う。その言葉は人によっては間違いなく不快になってしまう言葉だったがハーマイオニーは片眉を上げ呆れたように笑い、「あなたもね」と答えた。

 

 

「エスコートしてもらえるわよね?」

「あ──うん」

 

 

ハーマイオニーはすっと腕を差し出し、ロンは初めて彼女の腕がこんなにも細くて白いのだと知った。常にそばにいて忘れてしまいがちだが──そうだ、ハーマイオニーは女の子なんだ。

 

ぎこちなくハーマイオニーの手を取ったロンは、いつもは香らない甘い香りに鼻をひくつかせながら肖像画を潜る。

ハリーとソフィアはいい雰囲気の2人を見てにっこりと笑い合い、当然のように腕を絡め寄り添いその後を追った。

 

 

「パーティはどこであるの?」

「スラグホーンの部屋だってさ」

「そうなの、どんな人が来るのかしらね」

「吸血鬼が来る予定だって、噂で聞いたわよ」

 

 

ソフィアの疑問にハーマイオニーが顔だけで振り返り答える。

驚き「吸血鬼?」と呟いたソフィアに、ハリーは「あいつがいたらぶっ倒れてるね」と囁いた。

 

 

「それは、まあ、フリだったわけだけどね」

「僕は見てみたかったなぁ、吃りまくるか気絶するんじゃないか?」

「ええ、きっと立ったままね!」

 

 

ハリーのジョークにソフィアは楽しげに笑い、ハーマイオニーとロンも大きく頷きジョークを返す。

本当に吸血鬼が来ているのかどうか話し合っている内にスラグホーンの部屋がある廊下へと辿りついたソフィア達は、近付くにつれ陽気な音楽と共に笑い声と楽しげな話し声がだんだん大きくなっている事に気付いた。

扉には「クリスマスパーティ」と細い文字で書かれたプレートがかけられ、それはダイアモンドのようにキラキラと輝いていた。

そっとロンが扉を押し開ければ──途端にソフィア達は言葉と笑い声の洪水に飲み込まれてしまった。

 

見た目より広い部屋は、おそらく彼が部屋全体に魔法をかけているのだろう。天井と壁はエメラルド、紅、金色の垂れ幕や襞飾りで優美に覆われ、参加者は全てそれに相応しい装いをしていた。天井の中央には凝った装飾を施した金色のランプが下がり中には本物の妖精達がそれぞれ煌びやかな光を放ちながら飛び回る。マンドリンのような音に合わせて歌う美しい歌声が部屋の隅の方から流れ、年長の参加者が集まる片隅ではパイプの煙がベールのように漂っていた。

 

何人かのハウスエルフが料理を乗せた銀の盆を持って動き回り、参加者は目を落とさぬまま飲み物をスマートに受け取る。

 

 

「たしかに、すっごく素敵だわ」

 

 

ソフィアはホグワーツ生だけでなく見知らぬ大人が多いこの空間に圧倒されながら呟く。閉鎖的なホグワーツで休暇中でもなく、ホグワーツにとって無関係な人たちを集める事ができるのは、まさにスラグホーンが特別な存在だからだろう。

 

 

「これはこれは、ハリー!」

 

 

ハリーとソフィアが混み入った部屋に入るや否や、スラグホーンの太い声が響き人を掻き分け笑顔で現れる。

 

 

「やあ、ソフィアも!嬉しいね。さあ、さあ、入ってくれ。ハリー、君に引き合わせたい人物が大勢いる!」

 

 

スラグホーンはゆったりとしたビードロの上着を着て、お揃いのビロードの房付き帽子を被っていた。ハリーの空いた片腕をしっかりと掴むと、何か目論見ありげな様子でハリーをパーティの真っ只中へと導く。ハリーはソフィアの手を離す事はなく、ソフィアもまたその中央へと誘われた。

 

スラグホーンの元生徒であり、『血兄弟─吸血鬼たちとの日々』の著者であるエルドレド・ウォープルとその友人のサングィニという吸血鬼を紹介されたハリーは何かを言う前に熱烈な歓迎を受けがっしりと握手をさせられる。

ソフィアはウォープルがハリーの伝記を書きたいと熱っぽく話している間、吸血鬼のサングィニを失礼のない程度に見つめた。

サングィニは線が細い長身でありどこかやつれている。目の下に黒い隈がありかなり退屈しているようだった。

 

 

「こんばんは、私はソフィア・プリンスです」

「ああ──どうも、サングィニと呼んでくれ」

 

 

サングィニは近くにある女生徒を見ていたが、ソフィアに話しかけられると驚いたように目を見張り嗄れた声で軽く挨拶をした。自分より数十センチ以上低いソフィアを見下ろしたサングィニはソフィアの白く顕になっている首筋を見てごくりと生唾を飲み込む。

 

 

「吸血衝動を抑えるのはとても大変な事だと聞いたのですが──」

「まぁ、ここに来る前にたらふく飲まされたからね。元論、獣の血だが。──君はなかなか良い香りがするな……なるほど、穢れのない身か」

 

 

サングィニのねっとりとした飢えた視線に、ソフィアは引き攣った顔で曖昧に笑い、半歩後ろに下がりハリーの袖を掴んだ。

 

 

「──サングィニ!手を戻しなさい!」

 

 

ハリーと話していたウォープルはサングィニの腕がソフィアに伸びかけたのを見て厳しい口調で止め、そばを通ったハウスエルフが持つ皿から肉入りパイを掴み、サングィニの手に押し付けた。

 

 

「さあ、肉入りパイを食べなさい。──いやぁ、君、どんないい金になるか考えても──」

「まったく興味ありません」

 

 

ハリーはウォープルの誘いをキッパリと断り、ソフィアの腰に腕を回しぴたりと寄り添った。

 

 

「それに、少し彼女と踊りたいので。失礼します」

 

 

ハリーは有無を言わせぬ笑顔を見せ、スラグホーンとウォープルが呆気に取られている間にソフィアをエスコートしながら人混みの中に身を隠した。

途中でハウスエルフからキラキラと金色に輝く飲み物が入っている細いグラスを2つ取り、壁際まで進むとようやく足を止めソフィアにグラスを手渡す。

 

 

「すごい熱気だね」

「そうね、2年前のダンスパーティを思い出すわ」

 

 

流れている曲はワルツではなかったが、魔法界でのカリスマ的存在である妖女シスターズが不思議と気分が上がる曲を演奏し歌声を乗せている。踊りに興じている者は少ないが、少なくない数の人達がリズムに乗りながら揺れていた。

 

 

「あ、ほら見て。ハーマイオニーとロンよ」

「本当だ。楽しそうで良かったね」

「ええ、本当に!──生徒だけじゃなくて、先生達もいるのね」

「え?……トレローニーにはバレたくないな」

 

 

パーティに誘われたのは生徒やゲストだけでは無く、数名の教師が美味しい酒や料理に舌鼓を打っている姿が見えた。その中で足元がおぼつかずふらふらとしているのは──後ろ姿だけでもあの特徴的な服で判断できる──トレローニーであり、ハリーは嫌そうに顔を歪め、爽やかなドリンクを飲んだ。

 

ソフィアは大勢の人の中にセブルスやルイスの姿がないかと探したが、残念ながら人が多すぎてわからない。セブルスは呼ばれたとしても、来るような性格ではないか、とソフィアはすぐに人混みの中から2人を探すのを諦め壁に背をつけた。

 

 

「僕、料理を取ってくるよ。ここで待ってて」

「ええ、ありがとう」

 

 

ハリーはにこりと笑うと美味しい料理を取るために、揺れているスラグホーンの房付き帽子を避けながらパーティの中央へと進んだ。

ソフィアは美しいシャンデリアや煌びやかなドレスに身を包む大人たちをじっくりと見る。スラグホーンに招待された人たちなのだ、きっと何かの分野に秀でた才能ある者たちなのだろう。

 

 

「あれ?ソフィアひとりなの?」

「ハリーは料理を取りに行ったわ。ハーマイオニー、あなたこそロンは?」

「有名なクィディッチの選手がいたの、そっちにお熱よ」

 

 

ハーマイオニーは嫌そうにため息をつき、人が集まる箇所を指差す。人の壁に阻まれその中央にいる者の姿は微塵も見えないが、背伸びをして懸命にアピールしているロンの少々間抜けな姿はよく見えた。

 

 

「まぁ!名前は?誰だったの?」

「ああ、そういえばソフィアもクィディッチにお熱だったわね……さあ、忘れちゃったわ、興味無いもの」

 

 

つまらなさそうに答えたハーマイオニーは肩をすくめ、近くを通ったハウスエルフから初蜜酒入りのグラスを取ると口につけ一気に飲み干した。

 

 

「残念だわ。まあ──ロンはもっと残念ね、お熱にならないといけない人はそばにいるのにね?」

 

 

ニヤリと笑いソフィアがハーマイオニーを上目遣いに見れば、ハーマイオニーは言葉を詰まらせ頬を少し赤く染めた。

 

 

「そうかもしれないわね。──ソフィア、ありがとう」

「え?」

「あの試合で、ソフィアがハリーを信じなければ、私は2人を責め立てていたわ。きっとクリスマスパーティなんてロンと来れなかった。──ううん、また喧嘩して、最悪なことになっていたかも」

「ふふ、気にしないで。2人が幸せだと、私も幸せだもの」

 

 

ソフィアは優しく微笑み、ハーマイオニーに寄り添う。ハーマイオニーはもし、ソフィアがグリフィンドールに組分けされずスリザリンだったならば──いや、一年生のあの時、友達になる事なくその手を払っていたならきっと自分の学生生活は色を失っていただろうと思った。

ハリーとロンも、勿論友達であり親友だ。だがやはりハーマイオニーにとってのソフィアは彼らより特別な存在であり、隣にいないだなんて空想するだけで胸が痛む。

 

 

──ソフィアが居てくれて、親友になれて良かった。

 

 

ハーマイオニーは目に浮かんだものを酔ったせいだと言い訳するために、甘い蜂蜜酒を飲みほした。

 

 



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337 大丈夫。

 

 

パーティの参加者をソフィアと共に見ていたハーマイオニーは、その中にふらふらと危なっかしい足取りでハリーに向かうトレローニーを見つけ嫌そうに眉を寄せる。

 

 

「まぁ、トレローニーに捕まってるわ、あんな人も招待されてるのね」

「教師はみんな招待されてるのかしらね?──ダンブルドア先生はいらっしゃらないのかしら?」

「居ないみたいよ。あっちにダンブルドアへのプレゼント置き場があったの。なんでも本当は来るはずだったんですって、大人がそう話していたわ」

「そうなの……」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが視線を向けた先を見た。端に置かれた丸テーブルの上空にはふわふわと『ダンブルドアへのプレゼント』の文字が輝きながら浮遊し、その下にはたくさんの色とりどりの箱や高級そうな酒瓶が並ぶ。ソフィアが見ているうちにも、ゲストや生徒が数名その机の周りに集まり、手に持っていたものを乗せていた。

 

 

「最近また姿を見かけないし……大変なのかもしれないわね」

 

 

ソフィアは沢山のプレゼントを見ながら納得した。

ふと視線の端に、この煌びやかなパーティの中で違和感を覚える黒いものが蠢いた気がしてソフィアは部屋の隅に視線を向ける。

 

 

「──あっ」

「どうし──あら」

 

 

ソフィアが嬉しそうな声音で息を呑んだのを聞いたのは隣にいたハーマイオニーだけだった。すぐにその視線の先を見て、パーティの光を避けるようにひっそりとグラスを傾ける人物に気づき、彼女の喜びの意味がわかった。

 

 

「呼ばれていたのね!──うーん、話しかけたら怪しいわよね?」

「それは間違いないわ」

 

 

ソフィアはセブルスを見つけるとそわそわと手に持っていたグラスを撫でる。本当にこのパーティに参加しているとは思わなかったが、スラグホーンはセブルスの魔法薬学の教師だったはずだ。もしかしたら、セブルスもお気に入りの生徒の1人だったのかもしれない。

セブルスは煌びやかなパーティの中でも熱に浮かされる事なくいつものように──いや、いつも以上に不機嫌そうな陰気な顔をしていた。

 

ソフィアの熱視線に気づいたのか、はたまた偶然か、セブルスはソフィアの方を見るとさらに眉をぎゅっと寄せる。

 

ドレスを着たソフィアは美しく、若かりし頃の亡き妻によく似ている。だが──胸元の露出の多さは喜ばしいものではない。下品なほど胸元が大きく開いているわけではなく、ドレスを着ていれば鎖骨や胸元がやや顕になるのは当然であり標準的な露出だが、いつもきっちりとシャツを着て隠されている部分が見えるだけでセブルスは酷く不快──いや、焦りを感じていた。

 

セブルスはソフィアの周りを見て、ハリーは中央で囲まれ、ロンはクィディッチの選手に熱を上げていてこちらに気付きそうもない事を確認すると静かにソフィアとハーマイオニーの側に近づいた。

 

 

「こんばんは、スネイプ先生。良いパーティですね」

 

 

まさかセブルスが自分に近づいてくるとは思わず、ソフィアは喜びいつもより高い声でにこにこと笑いながら軽やかに挨拶をする。

セブルスは強い視線でソフィアの頭の先からつま先までをねっとりと見ると、その眉間の皺をさらに深めた。

 

 

「──実に不愉快だ。媚びるようなその胸元を少々隠すことが、女性としての嗜みではないかね?」

「──あら、そうですか?」

 

 

褒めるのかと思えば、セブルスの口から出たのは苦情であり、ソフィアは気分が下がり冷めた声で呟く。確かに少し大人びたドレスを選んでしまったが、ハリーやハーマイオニー達の評価は上々であり、自分自身悪くないと思っている。

 

 

「誤った色気を覚える暇があるのなら宿題の量を増やしても問題はあるまい」

「まあ!」

 

 

流石にソフィアはセブルスを咎めるように強く睨んだが、セブルスはフンと鼻で笑うとさっと杖を振った。

途端にソフィアが肩にかけていた滑らかな銀色の羽織りは右肩でとまり、長く垂れていた先がくるくると巻かれ大輪の薔薇の形を作る。

 

 

「幾分か、マシに見えるだろう」

 

 

胸元をしっかりと隠すことに成功したセブルスは満足げに低く囁き、黒いローブをはためかせ踵を返す。

自分の胸元を見下ろし、呆気に取られながら銀色の柔らかな薔薇を見ていたソフィアは人混みに紛れようとしていたセブルスの背中に向かって大きくため息をついた。

 

 

「まあ──その、悪くないわ。似合ってるわよ」

「……だからこそ、なんだか癪だわ」

 

 

先ほどより慎ましく上品さをもたらした薔薇を見てハーマイオニーが苦笑混じりに言えば、ソフィアは苦々しく呟いた。

 

首から胸元の露出は一気に減ったが、華やかな薔薇で飾られていて美しい。ハーマイオニーはセブルスのわかりにくい過保護さと、その悪くないセンスに苦笑する以外ソフィアにかける言葉は見つからなかった。

 

 

 

なかなかパートナーが戻ってこない2人は、目の前を通り過ぎるハウスエルフから一口サイズにカットされているサンドイッチや一口サイズのキッシュを摘みつつ談笑していた。パートナーがいなくとも2人はちっとも気にせず妖女シスターズの音楽に耳を傾け、新聞で見たことのある著名人を珍しそうに見物する。楽しげに談笑する生徒の中にはジニーとディーンをはじめ、見知ったものが多くいたがいつものローブ姿でない彼らはどこか知らない人のように見えた。

 

 

「あ、ルイスも呼ばれていたのね」

「そうね、さっきあのパーキンソンと居るのを見かけたわ。あんな女をパートナーにするなんてね」

 

 

同じく招待されていたスリザリン生のザビニと談笑するルイスを見つけたソフィアは嬉しそうに呟いたが、ハーマイオニーは彼がパートナーに選んだパーキンソンのことを思い出し嫌そうに顔を歪めた。

このパーティにはパートナーが必要だが、ルイスの恋人はホグワーツ生ではなく招待することもできなかったのだろう。それならばある程度交流のあるパンジーを選ぶしかなかったのかもしれない。

 

 

ソフィアがルイスの元へ行こうとしたその時、出入り口の扉が開き温かい室内に冷たい風が吹き込む。

もうパーティの時間の半分は過ぎていたが誰かが遅刻したのだろうか、とソフィアとハーマイオニーは何気なく扉を見て驚く。──現れたのは早足で人を掻き分けスラグホーンの元に向かうフィルチと、彼に耳を引っ張られているドラコだった。どう見ても遅刻の類いではなく、彼らの服装は礼服ではない。彼らのその異常な登場に、何かあったのだろうかとゲストや生徒達が囁いた。

 

 

「スラグホーン先生、こいつが上の階の廊下を彷徨っているところを見つけました」

 

 

ハリーとトレローニーとセブルスという、もう2度と揃わないだろう人たちを集め、ハリーの魔法薬学の才能について雄弁に語っていたスラグホーンは現れたフィルチとドラコに驚いて2人を見比べた。

 

 

「先生のパーティに招かれたのに、出かけるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになりましたか?」

 

 

顎を震わせ、飛び出した目に異常な興奮の光を宿したフィルチが嗄れ声で言い、ドラコは憤慨した顔で自分の耳を掴むフィルチの手を振り解いた。

 

 

「ああ、僕は招かれてないとも!勝手に押しかけようとしていたんだ。これで満足したか?」

「何が満足なものか!お前は大変なことになるぞ、校長先生がおっしゃらなかったかな?許可なく夜間に彷徨くなと。え?どうだ?」

 

 

フィルチは処罰することができる喜びに打ち震えながらネチネチとドラコを責める。周りからの好奇の視線にドラコは屈辱の色を顔中に浮かべるとすぐに部屋から出て行こうとした。

 

 

「かまわんよフィルチ、かまわん。クリスマスだ、パーティに来たいというのは罪ではない。今回だけ、罰することを忘れよう。ドラコ、ここにいてよろしい」

 

 

スラグホーンが手を振りながら朗らかに言い、出て行こうとしていたドラコの肩を叩く。フィルチはデザートが目の前で攫われたかのように憤慨し失望したが──ドラコもまた、失望したように顔色を変え動揺していた。

小声でぐちぐちと文句を言いながらフィルチは踵を返し、生徒達に肩をわざとらしくぶつけながら部屋から出て行き、代わりにすっとルイスが人の合間を抜けドラコの隣に並んだ。

 

 

「スラグホーン先生、すみません。──僕が、もしかしたら参加できるかもしれないと、ドラコに言ってしまって……彼も、この素晴らしいパーティにぜひ参加したいと言っていたものですから」

「そうだったのか、ルイス。ああ、そういえば君たちは友人だったのだな。勿論、いいとも」

 

 

申し訳なさそうに眉を下げるルイスに、スラグホーンは気にするなと手を振りにっこりと笑う。スラグホーンにとってルイスはソフィア以上にお気に入りの生徒であり、彼はスラグ・クラブに招待される事も多々あったのだ。ハリーの次か、それと同等の魔法薬学の腕を持つのだ、スラグホーンがルイスをより目にかけるには十分すぎる理由だろう。

 

 

「……スラグホーン先生。本当に、ありがとうございます」

 

 

ドラコはスラグホーンの寛大に感謝し笑顔を作る。先ほどの失望と動揺は見間違いだったのかと思うほどの表情の変化だったが、それを近くで目撃したハリーは訝しげにドラコの様子を観察した。

ドラコの顔色は悪く、目の下に黒い隈ができていてまるで病人のようだった。クィディッチの試合を病欠したのは何か他に理由があるのではないかと思っていたが、本当に病気なのだろうか。

 

ドラコはスラグホーンに自身の祖父の事を伝え、彼に気に入られようと媚びご機嫌取りに勤しんでいたが、その言葉は唐突にセブルスに遮られた。

 

 

「話がある、ドラコ」

「まあまあ、セブルス。クリスマスだ、あまり厳しくせず──」

「我輩は寮監でね。どの程度厳しくするかは、我輩が決める事だ。ついて来い、ドラコ」

 

 

宥めようとするスラグホーンに、セブルスは素っ気なく言うとドラコの返事を待たず扉へ向かう。ドラコは恨みがましい目で強くその背を睨んだが、一度スラグホーンににっこりと笑い頭を下げもう一度感謝を伝えるとセブルスの後を追った。

 

 

ハリーは一瞬、悩み動けなかったが周りの人たちがドラコとセブルスが消えた先を見つめている内にそっとスラグホーンの元から離れ、身を低くし扉へと向かった。

 

 

「ハリー、どこに行くの?」

「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

「……気をつけてね」

 

 

ソフィアはハリーがセブルス達を追いかけるつもりなのだとわかり着いて行こうかと悩んだが──ロンが戻ってこない中、ハーマイオニーを1人きりにさせるのも気が引け、パーティに残った。

 

 

 

 

パーティから離れたハリーはポケットに入れていた透明マントを被り、廊下を走る。人気が無い廊下に本来ならば足音はよく響いただろうが、部屋から漏れ出るパーティの音楽や声高な話し声が都合良く足音を掻き消していた。

スリザリン寮の談話室に向かったのだろうかと考えながらハリーは扉という扉に耳を押し付け話し声が聞こえないかと確認していく。

廊下の一番端の教室に着いてかがみ込み、鍵穴に耳を傾けて押し付けたとき中から話し声が聞こえ、心が踊り心臓がどくどくと高鳴った。

 

 

「──何を考えている。ミスは許されないぞ、ドラコ」

「わかっています。本当に、パーティに来たかっただけです」

「……君が、我輩に本当の事を話しているのならいいのだが」

「勿論です。──そんな目で見ないで下さい!僕には、わかります。その手は効きません」

 

 

ドラコは苛々とした口調だったが静かに呟く。

ハリーはドラコがこんな冷たく素っ気ない声でセブルスに話しかけているのを初めて聞き驚いた。去年までは好意と尊敬を向けていたはずだが──そういえば闇の魔術に対する防衛術の授業でもマルフォイは去年と違い大人しかった、今までのように媚びる言葉で話さないのは何故なのだろうか。

 

 

「ああ……君の母が閉心術を教えているのか、なるほど。ドラコ、君は自分の主君に対してどんな考えを隠そうとしているのかね?」

「考え過ぎです。僕は何も隠そうとしていません。ただ、僕の計画は誰にも知られるわけにはいかないんです。あなたでさえもね」

「……そういう理由で今学期は我輩を避けてきたというわけか?わかっているだろうが、我輩の部屋に来るように何度言われてもこなかった者は──」

「罰則にしますか?それともダンブルドアに言いつける?どっちでもいいですよ」

 

 

嘲笑い投げやりに答えるドラコに、セブルスは沈黙する。気まずい沈黙と妙な緊張感が流れる中、セブルスは大きくため息をつき、さらに声を低くした。

 

 

「君にはよくわかっていることと思うが、我輩はそのどちらもするつもりはない」

「それなら、部屋に呼びつけるのはやめてください。僕には僕の準備があるんです。それに、あなたの手助けなんて必要ありません」

「よく聞け。我輩は君を助けようとしているのだ。君を護ると、君の母親に誓った。ドラコ、我輩は破れぬ誓いをした──」

「知ってますよ、母から聞きました。でも、僕はあなたの保護なんて必要ない。僕の仕事です。あの人が僕に与えた──僕には計略があります、少し時間がかかっている、ただそれだけです」

「どういう計略だ?」

 

 

セブルスは目を細め低い声でドラコに詰問したが、ドラコは視線を逸らし床を見たまま「言う必要がありません」と呟いた。

 

 

「我輩を信用し、何をしているのか話してくれれば、我輩が手助けする事も──」

「必要ないんです!僕は1人じゃない!」

 

 

明確に拒絶しても食い下がり腹を探ろうとするセブルスに、ドラコは苛つき声を荒げて吐き捨てたが、すぐに今言ってしまった事の重大さに気付き奥歯を噛み締め拳を握る。

セブルスは視線を鋭くさせ、ドラコに一歩近づき──ドラコは怖気付いたように下がった。

 

 

「──ルイスか」

「違──」

「いや、違わない。君を手助けしようとする者、君が信頼している者など、ルイス以外考えられん」

「──違う!僕が任された仕事だ、僕が考えた作戦だ!誰の手助けもいらない!」

 

 

ドラコは叫び、恐怖を滲ませながらセブルスを押し退け、彼の手が自分の腕を掴む前に廊下へと飛び出した。

荒々しく廊下に出ると振り返る事なく──逃げるように──廊下を疾走する。

 

ハリーが息を殺しドラコを見送った後、セブルスがゆっくりと部屋の中から現れた。

暗がりの中ではその表情をよく見ることは叶わなかったが、月明かりに照らされた彼の表情は奇妙なほど怒っているように見える。

 

ハリーは透明マントに隠れその場に座り込み、今聞いた事に関して考えを巡らせていた。

 

 

 

 

 

スリザリン寮へと戻ったドラコは苛立ちと焦燥感から荒々しく舌打ちをし、頭を掻きむしりベットに座り込んだ。

 

 

──焦り過ぎた、ルイスに気をつけるように言われていたのに。

 

 

ドラコが頭を抱え項垂れていると、自室の扉が静かに開き、呆れた目をしながらルイスが現れる。沈黙し顔をあげないドラコに、ルイスはため息をこぼすと窮屈なドレスローブのネクタイを緩めながらその隣に座った。

 

 

「なんで待っていなかったの?」

「それは──心配で、うまくいっているのか……」

「何も問題はないよ」

「だが──だが、何も起こっていないじゃないか!」

 

 

静かで落ち着いているルイスとは対照的に、ドラコは焦り絶望感を滲ませる。ルイスには何か作戦があることはわかっている。その種を蒔いたという事も。だがあれから1か月以上が過ぎ、もうすぐクリスマス休暇だというのに何も起こっていないのだ。

 

 

「それは、どうかな?」

 

 

ルイスは杖を振り脱いだドレスローブやネクタイを空中で畳みながら小さく笑う。

 

 

「間違い無く、起こっているよ。誰も知らない内にね。僕らがしているって、絶対に知られちゃだめなんだ──父様にもね」

「……多分、スネイプ先生はルイスが関わると気付いたと思う。すまない、誤魔化しきれなかった」

「そんな事だろうなとは、思ったよ。開心術をかけてこようとしたから逃げてきたんだし」

 

 

ルイスはドラコを連れ出したセブルスが1人戻ってきた時、視線の強さとその瞳に込められた魔法を受け、パーティを抜け出しこうして逃げ帰ったのだ。

閉心術と開心術という魔法が存在する事はドラコから聞き、閉心術をドラコから教わったが──ドラコほど得意としているわけではなく、心への侵入を許してしまう。すぐに拒絶する事ができ、知られることは少ないとはいえ開心術にかけられ続ければ、秘密としていることまでバレてしまうかもしれない。

 

 

「閉心術、習得しないとなぁ……」

「……多分、僕の教え方が悪いんだ。ルイスに使えない魔法なんてない──そうだろう?」

 

 

どこか縋るようなドラコの必死な言葉に、ルイスは微笑み目を細めながら「そうだね」と頷いた。

 

──ここでその考えを否定すれば、ドラコの芯がぶれてしまうだろう。ドラコにとって、僕は誰よりも聡く、強くなければならない。彼にとって唯一心を開き頼れる存在になった。父様ではなく、ドラコは僕を信じているんだ。

 

 

「スネイプ先生が何もしてこなければいいんだが……本当に協力を仰がないでいいんだよな?」

「うん。どうせ破れぬ誓いがある。父様は最後、ドラコが失敗したならダンブルドア先生を──殺さなきゃならない。でも、それをすると父様の手柄になるでしょう?ドラコがする事に意味があるんだ。少なくとも、ナルシッサさんはそれを望んでる」

「……僕が……」

「父様も、ナルシッサさんも。あの方に気に入られようと必死なんだよ。──自分の子を護るためにね」

「僕は、僕だけが生き残るつもりはない!ルイスがいなければ、僕は──」

「わかってるよ。だからこそ、君があの方に褒められなきゃならないんだ。君が任務を遂行したあと……ドラコは、ナルシッサさんに僕の有効性を教えないといけないから。僕ら2人が生き残るためには、そうするしかないんだ」

「──ああ、そうだな」

 

 

ドラコは唇を強く噛み、祈るように指を組むと目を閉じた。

後、半年と少しでダンブルドアを殺さなければならない。父上と母上、それにルイス達を護るために。ダンブルドアを陥れる本命の計画は当初の予定ではもう始動しているはずだったが、想像以上に時間がかかってしまっている。

焦燥感と不安、苛立ち──そして、人の命を奪うことへの重圧に、ドラコは押しつぶされそうになる気持ちを必死に奮い立たせていた。

もう何週間も悪夢を見続けている、ダンブルドアを殺すことができず、ヴォルデモートの怒りを買いルシウスとナルシッサを殺される夢だ。両親の血に濡れた変わり果てた姿と絶望した空虚な目を見て叫び、飛び起きたのはもう何度目かわからない。

何よりも苦しいのは、それが正夢になる可能性が高いとわかっている事だ。

 

 

「大丈夫、僕がついてる」

「……ああ」

 

 

ルイスはそう言いながら机の引き出しの中から小さなガラス瓶を取り出しコルク栓を抜いた。紫色の液体には銀色の煙のようなものがふわふわと浮かび独りでに渦を巻いている。

漂うほのかに甘い香りにドラコは俯いていた顔を上げ、不思議そうに机の上に置かれた瓶を見た。

 

 

「それは?」

「最近、夢見が悪いんでしょ?安眠できる薬だよ。心を軽くしてくれるんだ」

「そうか……悪くない匂いだな。……この匂い、談話室にも置いているのか?」

 

 

胸いっぱいにすっきりとした甘い匂いを吸い込んでいたドラコは、初めて嗅いだ匂いではないと気づき首を傾げる。このほのかに甘い香りは、確か数週間前から談話室で香っていたものだ。流行りの香水の誰かの残り香だろうとばかり思っていたが、ルイスが置いていたのか。

 

ルイスは優しく微笑むと瓶を指先で撫でながら頷く。「最近、よく眠れない人が多いみたいだからね。世の中で色々あるから」と呟かれた言葉に、ドラコは納得したように頷いた。

スリザリン生全員がヴォルデモートや死喰い人に賛成なわけではない。中には親族が行方不明になっていたり、殺されたものもいると噂で聞いたことがある。彼らが沈黙しているのは、スリザリンで安全に過ごすためのにそうするしかないとわかっているのだ、賢く悲しい処世術と言えるだろう。

 

 

「もう寝なよ。すごく顔色が悪いから。──大丈夫、僕に全て任せて」

「……ああ、そう──だな」

 

 

薬の影響か、頭の奥がぼんやりと霞み眠気が鎌首をもたげる。目を擦りそのままベッドに倒れ込むドラコにむかってルイスは杖を振り布団をかけながら立ち上がった。

 

 

「おやすみ、ドラコ」

「おやすみ」

 

 

ドラコは急激に襲いくる眠気に抗うことなく目を閉じる。

黒く塗りつぶされていく思考の中、ルイスの優しく包み込むような言葉だけが脳の奥に残り、心を緩めた。

 

 

──そうだ、僕はルイスの言葉を聞いていればいい。全てうまくいくんだ。

 

 

最後にそう考え、ドラコは穏やかな寝息を立てる。

ルイスは暫くドラコを見下ろし、口先に浮かべていた優しげな微笑みを消すと自分のベッドに向かい座り込む。

 

 

「──大丈夫、僕は、大丈夫だ。僕しか出来ない。みんなを護るにはこうするしかないんだ」

 

 

脚の上で指を組んだルイスは神に祈るようなポーズで目を閉じ、小さな声で何度も囁いた。

 

 



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338 幸せなクリスマス休暇!

 

 

ソフィア、ハリー、ハーマイオニー、ロン、ジニーの5人はクリスマス休暇に不死鳥の騎士団本部へ帰っていた。

ハーマイオニーは家族が待つ家へ帰るべきか悩んだようだったが、ハリーとソフィア、そしてロンが本部で過ごすのなら自分だけ仲間外れなのはなんとなく寂しく、さらに──最近いい雰囲気であるロンと共に過ごす方が、ハーマイオニーにとって魅力的だった。

 

 

ソフィア達はクリスマス休暇の1日目に、ハリーとロンに与えられた部屋で、クリスマスパーティを抜け出したセブルスとドラコがどんな会話をしていたかを聞かされた。

間違いなく何かを企んでいるというハリーの言葉に、ソフィア達は頷くが──ハリーが思うほど深刻に捉えていない。

確かにドラコは、名前を出さなかったがヴォルデモートの命令により何かを企んでいるのだろう。だが、騎士団であるセブルスが援助するフリをして探っているのなら大きな問題ではない。

 

 

「スネイプ先生は、ドラコの企みを聞き出そうとしているんじゃないかしら?」

「多分、そうだと思う。──でも、うまくいってないみたいで、マルフォイは嫌がってた」

 

 

ハリーはセブルス・スネイプという人間を心の底から憎み軽蔑していた。あっちが目に見えて嫌っているのだからそれは自分の当然の権利だと考えていた。

しかし、去年憂いの篩で自分の父親とシリウスが彼にしていた虐めの事実と、本当に父親が傲慢だった事や、自分の突拍子もない言葉を信じシリウスと連絡をとり無事を確認してくれたことなど──まだ目を合わせれば心の底が妙にそわそわとするような落ち着きなさと気まずさを感じ、過去のような嫌悪感や憎悪はないとは言い切れないが、それでも彼に対して慎重になり、冷静に見ることができるようになっていた。

 

 

「その時、スネイプはマルフォイの母親と約束したって言ってたな。マルフォイを護るって、破れぬ約束だとか──」

「破れぬ約束?……まさか、破れぬ誓い?」

 

 

数日前のことを思い出しながら言ったハリーに、ソフィアは眉をひそめ声を落とし恐々と囁く。一瞬で緊張を見せたのはソフィアだけでなく、ロンとハーマイオニーも硬い表情でハリーを見つめた。

なぜ3人がそんな深刻な顔をするのかわからず、ハリーは戸惑いながら「うん、そう言ってたけど」と小声で呟く。

 

 

「まさか、本当に?スネイプ先生が?」

「嘘だろ。ありえないよ」

「なんで?確かだよ。しっかりと聞いたんだ。──その誓いって、なんだい?」

 

 

ソフィアとロンは顔を見合わせ、辺りに本当に自分達しかいないかどうかを確認するために辺りを見渡した後、いっそう声を低くし囁いた。

 

 

「えーと。破れぬ誓いってのは、破れないんだ」

「あいにく、僕にだってそれくらいはわかるさ。破るとどうなるんだ?」

「……死ぬのよ」

 

 

ソフィアの答えは単純であり、強烈だった。

ようやく何故3人がこれほど深刻な表情をしているのかわかったハリーは拳をぎゅっと握り「本当に?」と渇いた声で囁く。

 

 

「ああ。僕が五つくらいのとき、フレッドとジョージが僕にその誓いをさせようとしたんだ。僕、ほとんど誓いかけてさ、フレッドと手を握り合ったりとかしてたんだよ。そしたらパパがそれを見つけて、めっちゃ怒った。パパがママみたいに怒るのを見たのは、その一回だけだ。フレッドなんか、それから尻の左半分がなんとなく調子が出ないって言ってた」

 

 

ロンは当時の事を思い出しながら遠い目をして呟く。たった5歳の幼き時だったが、それでも忘れられないほど強烈な記憶であり、アーサーの怒りは──モリーよりも激しかったのだ。

 

 

「魔法契約は破ることがとっても難しいの。それは三校対抗試合で知ってるでしょう?ダンブルドア先生でもどうすることも出来ない契約はある。破れぬ誓いは──その中の最たるものだわ。誓いの方法は簡単なの、複雑な手順はいらない。契約を結ぶ、結び手が必要なだけなの。簡単だけど……破れば死ぬわ」

 

 

ソフィアは顎に手を当て、少しカサついた唇を指先で撫でながら難しい顔で言う。

破れぬ誓いを結んだのは間違いないのだろう。ならば、その内容はどんなものなのかが気になった。ドラコを護る。その一点においての誓いならば深刻な問題ではない。セブルスは誓いを護るためにドラコに救いの手を伸ばしている。

ソフィアはハリーと同じく、早くからドラコとルイスが何か企んでいるだろう事を理解していた。彼らが死喰い人になったとは思っていないが、楽しい企みではないことは確実だろう。それも、アズカバンに投獄されたルシウスを助けたい一心で個人的に何かを企んでいるのだと考えていた。ならば、ソフィアはドラコを助け、護りたいというルイスを信じ、遠くから見守るだけにとどめていた。しかし、ドラコの企みがヴォルデモートに命じられたものによる事ならば、今までの考えを改めなければいけない。

それほど大きな事をするとは考えていなかったが、ヴォルデモートが命じる事などある程度予想は出来る。おそらく、ハリーを殺すかその弱味を探れとか──そんなところだろう。

 

 

「…スネイプ先生が、ナルシッサさんと結んだ誓いは何なのかしら。ドラコを護るだけならいいんだけど……」

「護る約束をした、としか言ってなかったな。マルフォイは知ってるみたいだったけど。……この話も、ダンブルドアとシリウスにしようと思ってるんだけど、どうかな?」

「ええ……ダンブルドア先生は、スネイプ先生から聞いて知っているかも知れないけれど……一応伝えておくのがいいわ」

 

 

騎士団員の中で全ての情報が共有されているわけではないだろう。しかし、全ての要であるダンブルドアは全てを熟知しているはずだ。それならばセブルスはすでにナルシッサと誓いを結んだ事や、ドラコの企みについて話しているかもしれない。だが、こちらもそれを()()()()()という事を知らせておくのもまた、重要だろう。

 

 

「シリウスはまだ戻ってきてないんだよね?」

 

 

シリウスの話題が出たタイミングで、ハリーがそわそわと落ち着きなくソフィア達に聞いた。

ソフィアとロンとハーマイオニーは、ハリーのその態度を少し微笑ましく見ながら頷く。

ハリーは本部に戻ってすぐにシリウスの部屋を訪ねたが、そこにシリウスの姿はなかった。今まで彼が姿を消した事はなく、動揺するハリーにリーマスは柔和に微笑み「手続きのために魔法省にいるんだよ」と嬉しそうに言った。

ハリーはその言葉とリーマスの嬉しそうな表情を見て「あっ!無罪が確定したんだ!」と歓声を上げたのだ。

 

 

「多分、今日の夜には戻ってくるんじゃない?モリーさんが張り切って料理の支度をしているもの。クリスマスパーティにはまだ早いし、そんな豪華な料理を用意する理由はひとつしかないでしょう?」

「うわー!楽しみだ!」

 

 

ソフィアの柔らかな言葉に、ハリーはピンと来ると明るい表情で待ちきれないとばかりに時計を見た。その針はまだ昼間を指し、急激に進むことは無く、ハリーは一瞬で夜になりシリウスが戻ってくればいいのにと胸を高鳴らせる。

 

 

ドラコとセブルスとの会話は一先ずここで自分達が頭を捻らせていても仕方のない事だとハーマイオニーが結論を出し、ハリーもそれに頷いた。

勿論納得はしていなかったが、そんな事で頭を捻らせ唸り続けるよりも、今はしなければならないことがたくさんあるのだ。

 

 

「モリーさんに手伝いはないかって聞きに行きましょう?もしかしたら、広間を飾り付けないといけないかもしれないし」

「うん、シリウスを喜ばせるためにね!」

 

 

ソフィアの声にハリーは明るく頷き、彼らは忙しく料理の下拵えをするモリーの元へ向かった。

モリーはソフィア達に厨房の飾り付けを頼み、ハリーは張り切って部屋の端にまとめられていた三角旗のガーランドを飾り、ハーマイオニーは沢山の花瓶に花をいけた。ロンは雑巾で部屋の隅々まで綺麗にし、ソフィアは横断幕を引っ張り出し壁にかける。そこには金色で輝く文字で『シリウス、おめでとう!』と書かれており、堂々と飾り付けられた横断幕を見たハリーは満足げににっこりと笑った。

 

 

 

夜の7時。ピカピカに磨き上げられた大皿の上には豪華料理が乗せられ沢山のバタービール瓶や蜂蜜酒、ワインが並ぶ中、ハリー達はそわそわと主役の到着を待っていた。

 

落ち着かない様子のハリーに、モリーは「もうすぐ帰るはずよ」と優しく伝えたが、ハリーは頷きつつも数分おきに時計を見て時刻を確認していた。

 

ガチャリ、と、扉が開く小さな音と複数の足音が興奮と緊張で静まり返っていた厨房によく響く。途端にハリーはパッと表情を輝かせ、すぐに開くだろう扉を食い入るように見つめた。

 

 

「戻ったぞ、ハリー!」

「おかえりシリウス!」

 

 

シリウスは意気揚々と扉を開け放ち、見たこともないような明るい笑顔を見せる。今まで自分が「おかえり」と言うことはあれ、本部から一歩も出ないシリウスはその言葉を数年ぶりに久しぶりに聞き、喜びを噛み締めた。

 

ハリーは弾かれたように立ち上がるとすぐにシリウスに駆け寄る。シリウスは厨房の中を見渡し、自分を喜ばせるために飾り付けられた事やご馳走に気づくとさらに嬉しそうに笑い駆け寄ったハリーの肩をがしりと掴む。

 

 

「これで、ようやく君は胸を張って『シリウスは僕の名付け親だ』と言えるようになった」

「ほ、本当!?じゃあ、無罪が確定したんだ!」

「ああ、そうだ」

 

 

感激のあまり言葉を無くすハリーに、シリウスはぽんぽんと背中を叩き「すまなかった、今まで不自由な思いをさせてしまった」と謝る。しかし今のハリーにとってはそんなこととても些細な事だと思えた。シリウスは無罪だったと世間に周知され彼の汚名は解かれる。

自分の名付け親で後見人であり──なにより、父の親友だったシリウスと将来は一緒に過ごすことが出来るのだと思うと、ハリーは胸が多幸感と喜びでいっぱいになり、今なら何だって笑顔でかわせると思った。

 

 

「本当に良かったわ!──さあさあ、瓶を持って、あなた達はワイン?どっちでもいいわ、乾杯しましょう!」

 

 

モリーは涙ぐんだ目元をエプロンで拭いながらテキパキとソフィア達にバタービールの瓶を配り、シリウスの後から入ってきたリーマスとジャックにはワイングラスを渡した。

 

 

「シリウス、本当におめでとう!」

 

 

ハリーは大声で言い、バタービール瓶を高く掲げる。シリウスはソフィアやロン、ハーマイオニーなど、厨房にいた全員から「おめでとう」と言われ、何だかこそばゆいような気恥ずかしさを覚えながらも満面の笑みを浮かべ並々と注がれたワインを飲んだ。

 

それはまるで一足早いクリスマスパーティのようだった。ハリーはシリウスの隣に座り、何度も「本当にもう隠れなくていいんだよね?」と聞き、シリウスが頷くたびに歓声を上げる。

ソフィア達は喜びを爆発させるハリーを微笑ましく見ながら美味しい料理を飲み、騎士団にとって久しぶりの吉報に会話を弾ませるジャック達を見ていた。

 

 

沢山の料理が皆の腹の中に消え、それぞれの場所でゆったりと過ごす中、ソフィアは壁に背をつけ皆を目を細め見ていたジャックの側に駆け寄った。

 

 

「ペティグリューがどこかで死ぬ前に見つかって本当に良かったわ。どうせなら捕まえてくれればよかったのにね」

 

 

ソフィアは蜂蜜酒を舐めるように飲み、少しふわふわとする思考のままジャックに向かって呟く。

ワインを傾けハリーとシリウスが戯れ合う様子を見ていたジャックは、ちらりとソフィアに視線を下ろすとワイングラスで口元を隠しながら囁いた。

 

 

「捕まえることは不可能だったんだ。──あれは、本当はペティグリューじゃない」

「え?ど、どういうことなの?」

 

 

内緒話をするような低い小声で言われた言葉に、ソフィアは蜂蜜酒で咽せ、胸元をどんどんと叩き顔を赤くしながらジャックを見上げた。

今、ソフィアとジャックの周りには誰もいない。盗み聞きを心配されることがないとわかるとジャックは低く笑う。

 

 

「ポリジュース薬さ。あれは、俺だった」

「まあ!──そんな──ああ、そうね、ジャックはペティグリューの一部を手に入れることができるのね」

「まあな、発案者は俺だし、実行したのも俺。ペティグリューが偽物だって知っているのはダンブルドアとセブルスだけだ」

 

 

ああ、ペティグリュー本人もそうだな。とジャックは笑いながら告げワイングラスを回す。

死喰い人であり内部に入り込んでいるジャックならばペティグリューの毛髪を手に入れることは容易いだろう。外を自由に歩き、死喰い人やヴォルデモートを欺きペティグリューに姿をかえ堂々と世間にその姿を見せたのだ。

 

 

死喰い人の仮面をつけるペティグリューの写真を持ち、ジャックは魔法省を訪れた。顔の広く魔法省とも繋がりがあり、彼の意見を無碍にできない魔法省はペティグリューの事について精査し直し、ついに彼を死喰い人の一員であり、マグルの大量虐殺を行ったのは()()()()()()()()()()()。と決めシリウス・ブラックを証拠不十分であり、無罪とした。

魔法省からすれば今まで大々的にシリウス・ブラックを悪だと報道していたため、かなりの痛手だったが、それでも魔法省はジャックと──そして、シリウスの無罪を保証したダンブルドアに借りを作ることが出来た。

 

 

「魔法省は──大臣は、聡明な人だ。色々考えた結果、シリウスの無罪を認めた方が将来的に良いのだと考えたんだろう」

「色々って?」

「それは──まあ、今言うことじゃないかな。せっかくの楽しい雰囲気を壊したくはない」

 

 

ジャックの言葉にソフィアはそれがあまり良いことでは無いのだとわかり少し不安そうに表情を翳らせる。大人達が水面化でどんな駆け引きを行ったのかわからない。しかし、あまり喜ばしい事ではないのは確かだろう。

 

 

「そう、あのね、ジャック……少し相談したいことがあるの。ここは騒がしいから、別の部屋で……だめかしら?」

「いいぜ、おいで」

 

 

ジャックはワイングラスを机の上に置き、楽しげに話すハリー達に気付かれないようそっと厨房から抜け出した。

ソフィアもすぐ後に続き、階段を登るジャックについて行く。階段の踊り場に着いたジャックは手摺に腕を乗せ踊り場から厨房を見下ろしながらソフィアが話し出すのを待った。

 

 

「その──父様の事なんだけど。ジャック、その──あのね──ジャックは、ナルシッサさんと父様が破れぬ誓いをしたって、知ってる?」

 

 

ソフィアは琥珀色の蜂蜜酒が入ったグラスを両手で持ち、声を顰め不安げに聞いた。

じっと階下を見ていたジャックは表情には微塵も出さなかったが内心で激しく動揺する。勿論ジャックはセブルスとナルシッサの間に誓いがなされた事を知っていた。セブルスから聞いたのではない、ジャックは、その場に立ち会ったのだ。

 

 

「──どうして?」

「あのね、数日前に……ハリーがドラコと父様が話しているのを聞いたの。ドラコはあの人から何か命令されて、何かを企んでいる。父様はその企みを聞き出そうとしているけどうまくいってなくて……それで、その時に父様はドラコを護るってナルシッサさんと破れぬ誓いをしたって……」

 

 

何故知られてしまったのか理解したジャックは内心でセブルスが冒したミスを苦く思った。防音魔法をかけることもなくそんな重大な話をするなんて迂闊過ぎる。──いや、それほど焦っていたのだろうか。

しかし、2人はどんな誓いが交わされたかその内容までは言わなかったようだ。もしその内容を知っていたらソフィアは冷静さを失っていただろう。

 

 

「知ってた。ナルシッサとの間に誓いを結んだってな。ナルシッサは不安なんだ。ルシウスが投獄されたしな……ドラコを護るように、誓わせたんだ。ドラコがあの人から何かを命じられたとはダンブルドアも知ってるし、その対策も練ってる。気にすることはないよ」

「そう……それならいいの」

 

 

ソフィアはほっと表情を緩めると、甘い蜂蜜酒を一口飲む。ジャックの言うことなら信じられる。やはりダンブルドアはすでに知っていて、それを探るためにセブルスが動いているならば、何も心配する事はない。ドラコの企みが何であれ、ダンブルドアの前ではうまくいくことはないだろう。

 

 

「教えてくれてありがとうジャック」

「ああ……この事は、誰にも言うなよ?ハリー達にも、セブルスにもだ」

「ええ、わかったわ」

「さあ、もう戻りな。俺はちょっと酔いを覚ましてから行くから」

 

 

ソフィアは真剣な顔で頷くと、もう一度お礼を言い厨房へ向かって階段を降りる。ソフィアを見送ったジャックは、階段の手摺りに体を預けたまま大きくため息をついた。

 

 

──こうするしかない。何も知らせるわけにはいかないんだ。

 

 

ジャックは自分に言い聞かせ、ソフィアに嘘をついた罪悪感で胸を痛ませながら項垂れる。

 

 

セブルスはドラコを見守らなければならない。

ドラコに危害が及ばぬよう、全力で護らなければならない。

そして、もしドラコが与えられた任務──ダンブルドアの暗殺に失敗しそうな場合は、代わりに実行しなければならない。

 

それがセブルスとナルシッサの間で結ばれた破れぬ誓いだ。

セブルスはその誓いの内容や、ヴォルデモートに命じられたドラコがダンブルドアを暗殺しようとしているとすぐにダンブルドアに伝えた事だろう。

セブルスとて、ダンブルドアを殺害することは愚行であると理解しているが、あの場でナルシッサを凶行に走らせないため、彼女が持つ秘密を沈黙させるためには彼女の願いを聞き入れ、信頼させなければならなかった。

 

全ては、この世の何よりも大切なソフィアとルイスのために。

 

 

ジャックは粗暴な舌打ちを一つこぼし、力ませに手摺を叩く。

セブルスの考えを否定する事はできない。だが、それでも誓いを結んだことにより、今後セブルスの立ち位置は大きく変わるだろう。ダンブルドアがセブルスにより殺された時、騎士団の中で何が彼らにあったのかを知るのは自分だけになってしまう。その時に冷静さと指導者を失った彼らに言葉が届くのかどうか、ジャックにはわからなかった。

 

しかし、この件について騎士団員に周知すべきだと訴えるジャックの嘆願をダンブルドアは拒否し、誰にも言うなとジャックに強く言い沈黙を願った。魔法契約を結んだわけではなく、ジャックの善性に訴えかけたのだ。

ならば、ジャックはダンブルドアを信じ、沈黙するしかなかった。全てを聞いてもダンブルドアの表情は変わらず、穏やかなものだった──彼はどこまで未来を読んでいるのだろうか。

 

 

「……はあ……」

 

 

ジャックはもう一度大きなため息をつき、緩慢な動作で前髪をかきあげ後ろに流すとゆっくりと階段を降り、賑やかな厨房へと向かった。

 

 



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339 甘いクリスマス!

 

ハリーはシリウスが無罪になれた喜びですっかりドラコとセブルスの一件を暫く忘れていたが、クリスマス・イブの朝にロンから「そういやシリウスはなんだって?」と聞かれ、ようやくそのことを思い出しシリウスへ伝えようと彼の部屋を訪れた。

 

 

「シリウス、入っていい?」

「勿論だとも」

 

 

軽快な声が聞こえ、ハリーはすぐに扉を開ける。溌剌とした笑顔を見せるシリウスは、ここ数日でみるみる若返ったように見えた。今まではふとした瞬間に影に落ちていくかのような雰囲気を漂わせ、外出しないせいか身なりにもそこまで気を遣っていなかったのだが──長く伸びていた髪をさっぱりと切り、髭を毎朝整えるようになってからというもの、彼の満足げな笑顔の中に若かりし頃のシリウス・ブラックが見え隠れしていた。

 

 

「クリスマスプレゼントには1日早いが?」

 

 

シャツのカフスボタンを留めながらシリウスがニヤリと笑えば、ハリーは慌てて「違うよ」と首を振る。

部屋の中にある新しい家具独特の匂いを嗅ぎながら、ハリーは紅色の革張りのソファに座り、シリウスが隣に座るのを待った。

シリウスはハリーが見せる真剣な表情に、クリスマスプレゼントを催促しにきたわけではないと分かると──催促されずともすでに手配済みだが──すぐに隣に腰掛け、顔を覗き込んだ。

 

 

「どうした?」

「その──実は……」

 

 

ハリーはドラコとセブルスの会話の内容をシリウスに話した。シリウスは難しい表情をして最後まで聞いた後、長い足を組み替え神経質そうに足先をゆらゆらと揺らす。

 

 

「マルフォイの企みが……ヴォルデモートに命令された内容がよくわからなくて。何だと思う?」

「そうだな……おそらく、ハリー。君に関するのだろう。ヴォルデモートは君を殺したくてたまらないだろうからな。今まで大人が君を狙っていた、流石にもう新たな刺客を潜らせることが難しいのかもしれない。

今のホグワーツの警戒措置は万全だからな。──それに誰だって、まさか生徒が死喰い人になってるとは考えないさ。それほど、未成年の死喰い人は稀だ」

「そうか……」

 

 

ハリーはシリウスの言葉に沈黙する。確かに今まではさまざまな思想を持つ大人により翻弄されることが多かった。2年前は死喰い人がポリジュース薬で姿を変え、ほぼ一年の間誰にも知られずに侵入していた。

ヴォルデモートの復活が世の中に知られた今、新たな刺客を潜り込ませるのは難しい。新たな教師として入り込むくらいしか大人には不可能だが、今年はダンブルドアが直接スラグホーンを誘いに行ったのだ。ヴォルデモートが何か企む暇など無かった。

 

一方で、すでに生徒であるならば幼い分扱いやすく、そして疑いもかけられない。ホグワーツ生でハリー・ポッターと犬猿の仲であり、多少魔法をかけても大丈夫な人間といえば、誰もがドラコ・マルフォイを思い浮かべるだろう。

 

 

「まさか、マルフォイは僕を殺すつもり?」

「ヴォルデモートは君に固執している。……そのドラコ・マルフォイが君を殺す事はないかも知れないが、薬を盛られ気がつけば敵の舌の上である可能性は十分だ。くれぐれも気をつけるんだ」

 

 

ハリーは恐れよりも呆れたような、馬鹿馬鹿しいというような気持ちになった。あのドラコ・マルフォイが僕を殺す事なんて、出来るわけがない。もし何か魔法を使ってきたのなら今度こそ、返り討ちにしてコンパートメントでの借りを返してやる。

 

ハリーの心の奥にドラコの高く尖った鼻を踏み潰すことができればどれほど愉快だろうか、という暗い喜びが湧いて出てきたが、すぐに「待てよ」と呟いた。

 

 

「でも、マルフォイは僕をコンパートメントで置き去りにした。ホグワーツで殺すつもりなら、そんな事はしないんじゃない?」

「──汽車が帰った後、死喰い人が侵入する手立てになっていたかもしれない。ホグワーツから離れてしまえば汽車を襲うことなど容易いだろうからな」

 

 

短くなった顎髭をさすり、言葉を探し思案しながら話すシリウスの言葉に、ハリーは少し違和感を覚え、違うような気がしたが──自分一人では判断がつかない事をあれこれ考えても無駄だと、今年はよく思う事があり、とりあえず思考の奥へ押し込んだ。

 

 

「スネイプがマルフォイから聞き出せたらいいんだけどな」

 

 

その企みが何かわかればこちらも備えることができるのに。とハリーが呟けば、シリウスは驚いたような戸惑ってるような複雑な目をハリーに向けた。

 

 

「何?」

「いや……ハリー、きみはあの──スネイプなんかを頼ってるのか?」

 

 

シリウスは苦々しく、信じ難く──名前を呼ぶのも嫌だとばかりの嫌悪感を顔中に広げて喉の奥で低く呟く。ハリーは一気に機嫌を損ねたシリウスを見て「そういえば、去年までの自分ならスネイプを怪しいと思っていただろうな」と思いつつ何となく視線を逸らし、意味もなく艶々としたソファの皮を撫でた。

 

 

「あー……頼ってるとか、じゃないよ。スネイプは嫌な奴だし、めちゃくちゃ贔屓するし。でも、今マルフォイから聞き出せる可能性があるのはスネイプだけだ」

「まあ、そうだが」

「それに──ほら、去年……僕の話をちゃんと聞いて、シリウスに連絡をとってくれたし、両面鏡のことも思い出させてくれたから」

「それは──」

「勿論だいっきらいだし、ちっとも尊敬なんてできないけど。──うーん、昔よりはマシ。──あ!その一回で全部を許したわけでも、絆されたわけでもないから!」

 

 

愕然としているシリウスに、ハリーは早口でそう伝えるも何故かとても気まずく思ってしまい、取り繕うように立ち上がるとわざとらしく腕時計を見た。

 

 

「話、聞いてくれてありがとう!ソフィアと宿題する約束してるんだ、昼ごはんには降りてきなよ!」

「あ、ああ──」

 

 

ハリーは視線を合わさぬまま扉に飛びつくと、勢いよく開き階段を駆け降りた。

何故あんなに気まずくなってしまったのだろうか──シリウスが、学生時代にスネイプを虐めていた場面が、その嘲笑が、脳裏にこびりついて離れないからだろうか。

 

階段を降りたハリーはそのまま与えられた自室へ飛び込む。

ちょうどロンとハーマイオニーが魔法チェスをし、ソフィアがハーマイオニーの耳にひそひそと計略について討論していたが2人がかりでもロンは余裕の表情を浮かべていた。

 

 

「ハーマイオニー、そこは──」

「ええ、わかってるわ。でも──」

 

 

額を突き合わせうんうんと唸るソフィアとハーマイオニーを見ながらハリーはロンの隣に座った。どうやらロンが優勢であるらしく、どことなくナイトやクイーンまでも余裕たっぷりの目を白のポーンやルークに見せている気がする。

 

 

ハリーは盤上の白と黒の駒を見ながら、シリウスとの会話を伝えようか悩んだが──今日はクリスマス・イブだ。物騒な話はクリスマスを終えてからでも遅くはないだろう。

 

 

「ソフィア。ちょっと──」

「え?──ええ、わかったわ」

 

 

ハリーは部屋の隅に行き、壁に沿って置かれているベッドの端に腰を下ろす。別の部屋に行くわけではなく、少し離れただけでいいという事はそれほど深刻な内容ではないのだとわかり、ソフィアは肩に入っていた力を抜きながら隣に座った。

 

 

「今日って、少し出れない──と思う?」

「え?……まあ……聞くだけ聞いてみてもいいけれど、多分無理ね。オッケーを出したとしても、すぐ目と鼻の先の距離に護衛がつくことになるわ」

 

 

ハリーは恋人として、ソフィアとの時間を二人きりで過ごしたかった。この館の中ではたくさんの人が行き来し、人の気配が強く、二人きりになれたとしてもわずかな時間だろう。それに──一体何をしているんだと想像されるのも妙にこそばゆい。

監視なしで外に出るのは不可能だと、どこかハリーもわかっていたためそれほど気を落とす事はない。だがやはり残念だという気持ちは拭えず、すこし悲しそうに眉を下げて笑った。

 

 

「そうだよね……残念だ」

「そうね──」

 

 

ソフィアは悲しそうなハリーの表情を見た後、ロンとハーマイオニーの方をちらりと盗み見た。彼らは魔法チェスに夢中になり、こちらに意識を向けていない。

 

 

「──私も残念だわ、ハリー」

 

 

ソフィアは甘く囁くとハリーの頬にそっと手を置き、唇を重ねる。ハリーは驚いたがすぐに頬に添えられている手を取り指を絡め、空いている腕をソフィアの腰に回した。

 

 

「ん──」

 

 

目を閉じるソフィアの頬はやや桃色に紅潮し、唇が離れるたびに控えめなリップ音が互いの口から響く。ハリーはソフィアのくぐもった吐息を聞き、今すぐにこのベットに組み敷く事が出来たのならばどれだけ満たされるだろうか、と考えた。恥ずかしがるだろうか、それとも受け入れてくれるのだろうか。早くソフィアの肌に触れ、その色と熱を感じたい──。

 

 

「……──ハリー」

 

 

ソフィアは優しくハリーの胸を押し唇を離す。

情欲に揺れ、どこか縋るようなハリーの視線を受けたソフィアは体の奥が熱くなり痺れたが──ハリーの濡れた唇をそっと指先で撫で「恥ずかしいわ」と囁いた。

 

 

「そう?僕は全然恥ずかしくないけどなぁ。恥ずかしがってるソフィア、可愛いし」

「──そんな悪い事を言う子のところにはサンタクロースは来ないわよ」

「君がそばにいる事以外で何を望めばいいんだい?」

「……もう!」

 

 

ソフィアはハリーの甘い囁きに降参だと手を上げ、素早く頬にキスをすると自分の腰に回っていたハリーの腕から抜け出し、ハーマイオニーの元へ急いで向かった。

 

 

「──ねえソフィア、次はどうする?──って、あなた、顔真っ赤よ!大丈夫?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアに助言を頼もうと隣を見て、その顔色の赤さに熱でもあるのかと心配そうに見たが、ソフィアは何でもないと無言で手を振り熱そうに顔を手で仰いだ。

 

 



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340 信頼?

 

 

クリスマス・イブの日。

去年にも増して張り切ったシリウスは去年よりも丁寧に清掃し、豪華絢爛に館中を飾り付けた。

天井まで届く大きなモミの木には本物の妖精や永遠に輝く星屑、金と銀のモールに水晶で出来た雪の結晶が輝き、階段の手摺りには赤と緑のクリスマスモールが飾られ、壁には星型のオーナメントが張り付いている。

夜の星空を散りばめたような銀色のキラキラとした銀光玉虫と、雪だるまの形をした白いクリスマスキャンドルがそこかしこで美しく浮かぶ。

絨毯の上には冷たくない雪が降り積もり、至る所で雪だるまがぴょんぴょんと楽しげに跳ねていた。

 

 

フレッドとジョージにビルとフラー、遅れてリーマスが現れ、豪華に飾り付けられた館に感心しながら美味しい料理を堪能し、ソフィア達と共にクリスマスを祝った。

仕事が忙しくクリスマス休暇中一度も本部に寄っていなかったアーサーもこの日ばかりは帰り、家族と束の間の休暇を過ごしていた。

 

食事がひと段落着いた頃、モリーが家から持ってきた大きな木製ラジオから魔法界の歌手の歌声が流れる。

はじめは黙って聞いていたソフィア達だったが、何十分も歌声が続くだけでは飽きてしまいコソコソと会話を始め、フレッドとジョージはジャズの音に隠れながらジニーと爆発スナップのゲームをした。いつもならこの爆音が伴うゲームをすれば怒られるのだが、今はジャズのバックミュージックの低音と比べてどちらが腹に響くかといわれればわずかにジャズの方に軍配が上がるだろう。

 

ロンとハーマイオニーは歌に興味はなかったのか、2人で皿の上に角砂糖を積み上げ合いどちらが高く詰めるのかという2人らしくない遊びを始めていた。

 

ソフィアとハリーは大きなソファの上に座って歌声に耳を傾けながらぼんやりと暖炉の赤い火を見つめていた。満腹で、暖かくて、幸せで──全てにおいて満たされている。なんて幸せなクリスマスなんだろうか。

 

ハリーがそう思った直後、左肩に重さを感じ、くすりと喉の奥で笑う。

顔を見る事はできないが、ソフィアの肩が静かに上下していることから眠ってしまったのだろう。ハリーは左腕をそろそろとソフィアの腰に回し、ソフィアが崩れないように支えながら反対の右手を懸命に伸ばし近くの椅子にかかった膝掛けを取ろうとした。

 

 

「これかな?」

「うん、ありがとうシリウス」

 

 

近くの肘掛け椅子に座りワインを飲んでいたシリウスは杖を振りハリーの手元に膝掛けを浮遊させた。ハリーはソフィアを起こさぬよう膝掛けをそっと被せ、変わらずの穏やかな寝息にホッと安堵の息を吐く。

 

 

「うまくいってるようだな」

「うん、そうだね」

「互いに一途に愛し合っているんだな。……俺が学生の時なんかその辺でくっついたり離れたりしてたがなぁ」

 

 

仲睦まじいソフィアとハリーを見て、シリウスが喉の奥でくつくつと楽しげに笑う。バタービールの瓶を持っていたリーマスもまた、会話に加わる気になったのか過去を思い出し懐かしそうに微笑み頷いた。

 

 

「シリウス、とってもハンサムだしモテたんじゃないの?」

「まあ、モテて無かったといえば嘘になるな」

「シリウスはあの年代で間違いなく1番ハンサムだったからね。当の本人は悪戯に恋していたようだけど?」

「ああ、アイツは刺激的で飽きないからな」

 

 

リーマスのからかいにシリウスは楽しそうに笑う。ハリーはその悪戯の中にセブルス・スネイプへの悪意のある悪戯が含まれているのだと当然理解していたが、本人に反省の色はないとはいえ自分は部外者であり、過去のことだ。今その話題を蒸し返さずとも良いだろうと微笑みながらシリウスとリーマスの学生時代の思い出話に耳を傾けた。

 

 

「そういや、僕のお母さんとソフィアのお母さんは姉妹で、スリザリンとグリフィンドールだったんでしょ?その──色々、大丈夫だったの?」

 

 

敵対し合うグリフィンドールとスリザリンに組み分けされる。しかも、当時はヴォルデモートの全盛期であり今とは考えられぬほど互いの溝は深いだろう。あまりソフィアの母について知らないハリーは、何気なさを装い切り出した。

リーマスとシリウスは顔を見合わせ暫し沈黙したのち苦笑する。その苦笑の意味がわからず首を傾げるハリーに、リーマスは困ったようにバタービール瓶を揺らめかせ、言葉を選びながら口を開いた。

 

 

「アリッサはマグル生まれのスリザリン生だろう?それが知られるのに時間はかからなかったんだ。……別の寮から見ても、彼女に対し本当に酷く辛い虐めがあった。同じスリザリン生からのね」

「そうだったんだ……」

「ああ、俺やジェームズがスニベルスにした悪戯なんて可愛いものだと思うレベルのな」

 

 

スリザリン生の中にはマグル生まれを穢れた血だと嘲笑う者が少なくはない。スリザリン生は純血が多く結束が固く、異分子を嫌う。中には混血の者はいるのだが──穢れた血(マグル生まれ)のスリザリン生の存在を、ハリーは聞いたことが無かった。

 

 

「勿論彼女を擁護するスリザリン生もいないわけじゃなかった。ジャックとかな──だが、熾烈で陰湿な虐めは収まらなかったんだ。アリッサは、初めの一年はずっと図書館にいて大人しかったな。初めの一年は」

「あれも彼女の作戦の内だったんだろうね」

「……何があったの?」

 

 

『初めの一年』を強調するシリウスと、遠い目をするリーマスに、ハリーは虐められた少女が何をしでかしたのかと──何ができるのかと──怪訝な顔をした。

 

 

「簡単だ。決闘をした」

「アリッサは私が知る中で最も優秀な魔女で、頭の回転も群を抜いて速かった。いかに敵を手のひらで転がすかを熟知し、言葉巧みに決闘せざるを得ない状況にして──まぁ、あとは彼女の独壇場だったみたいだよ」

「俺たちも詳しく知っているわけじゃない。だが2年生になってからアリッサへの虐めが徐々に減り、関わるものは少なくなった。遠巻きにされていたのは確かだが、全く気にする様子もなく他の寮の友人を作っていたな。……一部の半純血のスリザリン生からは、憧れの存在でもあったらしい」

「……なるほど…」

 

 

ハリーはそういえばソフィアも、ロンやドラコに殴りかかる好戦的な部分もあり、さらにルイスと魔法の応戦を良くしていたと思い出した。そのやや喧嘩っ早い性格は母から受け継いでいたのか。

確かに憂いの篩で過去の光景を見た時に、「穢れた血」とリリーを侮辱したセブルスに向かってアリッサは強烈な右ストレートを決めていた。

 

 

「……凄い人だったんだね」

「ああ、今でも何故スリザリンだったのかとは思うが……」

「ある意味、スリザリン生が持つと言われている性質を彼女は持っていたんだと思うよ。目的のためなら手段を選ばないところとかね」

 

 

アリッサを懐かしみ目を細めるリーマスの言葉を聞きながらハリーは少し沈黙する。

それほど優秀で、賢かった魔女でもヴォルデモートに殺されたのだ。──何の力も持たない。ただ運と度胸、そして僅かな閃きだけで生き延びてきた自分に、果たしてヴォルデモートを殺す事なんて可能なのだろうか。

 

 

「んぅ……」

 

 

3人の間に沈黙が落ちた時、ソフィアが身じろぎをしてハリーに擦り寄る。小さな呻き声にハリー達は顔を見合わせ、誰からともなく笑い合った。

 

 

「──さて、バックビークにチキンをやってくるか」

 

 

シリウスは会話が途切れた事をきっかけに残っていたワインを一気に飲み干すとゆっくりと立ち上がり通りすがりにハリーの肩をぽん、と叩き自室へと向かった。

 

リーマスと共にシリウスを見送ったハリーは暖炉の揺れる炎へと目を移し、ぼんやりとアリッサやリリー、そしてシリウス達の学生時代の事を考えていた。

 

 

「ハリー」

 

 

数分は黙っていただろうか。リーマスは肘掛け椅子に預けていた背を起こすと見窄らしいコートの中から一通の封筒を取り出し、ハリーへと向けた。

 

 

「これは?」

「手紙だ。明後日の昼間に、君は大臣と会わなければならない」

「──え?」

 

 

ハリーは怪訝な顔をしながら封筒を受け取り、急いで封を切り中から手紙を取り出す。神経質そうなきっちりとした文字でありきたりな挨拶が長々が書かれ、最後の方に26日の昼間、漏れ鍋で面会を望むと書かれていた。会って何をするのかという詳しい内容は記載されず、ハリーは困惑しながらリーマスを見る。

 

 

「どうして僕が、魔法大臣に会うんだ?」

「勿論気が進まないなら、断る事もできる。けれど、行ったほうが後々のことを思うと良いだろうというのがダンブルドアの考えだ。勿論、護衛はつくし、10分程度の短時間だ。──ちなみに、護衛はジャックとシリウス」

「わかった、行くよ」

 

 

シリウスが護衛になる。──おそらく、シリウスが騎士団として初めて外に出る事ができる任務だ。それが自分の護衛なのが少々恥ずかしい気もするが、きっとシリウスは外に出たがるだろう。

ハリーはシリウスの名を聞いて二つ返事で頷き、手紙をしまうとポケットの中に突っ込んだ。

 

 

「──18歳の時に、私たちこの曲で踊ったの!あなた、覚えてらっしゃる?」

 

 

突如、バラードが終わった後、少しの余韻を残す穏やかな雰囲気の中、それを裂くようなモリーの叫びが響く。当時を思い出したモリーは感極まり涙ぐみながらアーサーを見た。

 

 

「んん?──ああ、そうだね。素晴らしい曲だ……」

 

 

肘掛け椅子に座り、みかんの皮を剥きながら夢の世界へ片足を突っ込みかけていたアーサーは、すぐに顔を上げにっこりと笑う。

 

 

「ふ、ぁ──寝ちゃってたわ……」

 

 

モリーの大声に目を覚ましたのはアーサーだけではなく。ソフィアもまた眠たげな目を擦り欠伸をしながら体を起こした。

離れてしまったソフィアとハリーの隙間に冷たい風が吹き、寒そうにぶるりと体を震わせたソフィアはハリーの体に身を寄せる。

体にかけられていた膝掛けに気付くと、ソフィアは嬉しそうにハリーに微笑みかけ、「これ、ありがとう」と言った。

 

眠気が覚めてしまったアーサーは気を取り直して背筋を伸ばし、同じように起きてしまったソフィアに顔を向ける。

 

 

「すまんね。起こしてしまったようだ」

 

 

アーサーはラジオの方を顎で指しながら言い、肩をすくめた。ソフィアは首を振り、「大丈夫ですよ」と笑いつつ、肩を押さえ首を回すアーサーを見てかなり疲れているようだと気付く。

 

 

「お仕事、忙しいんですか?」

「ああ。実績が上がっているのなら忙しくても構わんのだがね。ペティグリューの生存が公になったのはいいが、この二、三ヶ月の間に逮捕が三件だが本物の死喰い人がいるかどうかも怪しい。──ハリー、ソフィアこれは他言無用だよ?」

 

 

疲れと仕事が思うように進まない焦りと苛立ちからつい愚痴を吐いてしまったアーサーだったが、ソフィアとハリーの好奇の眼差しに目が覚めたように急いで付け加えた。

 

 

「勿論です」

「はい。──まだ、スタン・ジャンパイクは拘束されているんですか?」

「残念ながら。ダンブルドアがスタンのことでスクリムジョールに直接抗議しようとしたことは知っているんだが……まあ、実際にスタンの尋問をした者は皆、スタンが死喰い人ならこのみかんだってそうだという意見で一致する」

 

 

アーサーは自分の手の中にあった半分剥かれているみかんを少し掲げ、とんでもないことだとため息をついた。

 

 

「しかし、トップの連中は何か進展があると見せかけたい。三件逮捕と言えば、三件誤逮捕して釈放より聞こえがいい──くどいようだが、これは極秘だよ」

「何にも言いません」

 

 

ハリーは真剣な眼差しで頷き、それを見たアーサーは安心し表情を和らげる。誰かに愚痴を言ってしまいたくなるほど、今の上層部も自らの評価を気にするあまり腐敗していることに嘆き、憤っているのだ。

 

暫くハリーはラジオから流れるバラードを聞きながら考えを整理していた。魔法省は何か進展を望んでいるのならば、やはりドラコ・マルフォイについて調べてもらうのはどうだろうか?魔法省にコネクションがあったルシウス・マルフォイは死喰い人として逮捕されている。きっと新たな発見があれば世間は魔法省を見直すだろう。

 

 

「ウィーズリーおじさん。学校に出発するとき、僕が駅でお話ししたこと憶えていらっしゃいますね?」

「ハリー、調べてみたよ。私が出向いて、マルフォイ宅を捜索した。何も出てこなかった。まともな物も壊れた物も含めて、場違いな物は何も無かった」

「ええ、知ってます。日刊預言者新聞で、おじさんが捜索したことを読みました」

 

 

アーサーの声は優しい物だったが、「まだドラコ・マルフォイが死喰い人だなんて信じているのか」という呆れが含み、どこか子どもに言い聞かせる色が強かった。

ハリーは今朝シリウスにドラコとセブルスの会話を伝えたが、アーサーの言葉を聞く限りまだ騎士団に共通されていないのだとわかった。今日はまだ騎士団の会議が行われていない。大人達は酒をたくさん飲んでいるし、きっと近日中に騎士団で会議が開かれるのだろう。

数日後には知る事になる事だが、懐疑的なアーサーにも伝えようと口を開く。

 

 

「あの──」

「もしかして、ドラコの家には無いんじゃないかしら」

「──え?」

 

 

じっとハリーとアーサーの言葉に耳を傾けていたソフィアが、思いついたように呟く。

アーサーとハリー、そして密かに話を聞いていたリーマスの目がソフィアを見つめ、ソフィアは考え込むように顎に手を当てじっと蠢く暖炉の炎を見つめた。

 

 

「どういうこと?」

「アーサーさん。家宅捜索では一切の見落としは無いんですよね?」

「絶対に、あり得ない」

「……ドラコは、ボージン・アンド・バークスの店で何か、その店にある物と同じ物を修理したがってました。だけど持ってこれないからその方法を知りたいと。──家にあるとばかり思っていたけれど、家にある物を、ホグワーツにいるドラコが修理する事は出来ませんよね?」

 

 

ソフィアの言葉にアーサーとリーマスは渋い顔で黙り込み、ハリーは驚愕し目を瞬く。

──確かにそうだ。ソフィアの発想は思いつきにしては筋が通っている。あのマルフォイは自分で修理することにこだわっていた。もしマルフォイの家にあるのなら、家にいる母親に頼めば済むことだろう。持ってこれないのは、大きくて、ホグワーツにあるものだから?

 

 

「それだ!間違いない!」

「でも──それなら探すのはとっても難しいわ。ホグワーツに闇の魔法道具なんて置かれていない。ドラコは危険のないものを修理したがっているのよ。ホグワーツに危険なものなんてあったら、ダンブルドア先生が気づかないわけがないし……あの店でホグワーツに同じものなんてあったかしら……」

「修理したがっているとしてもだ。単なる魔法道具だろう?それが脅威になるとは思えない。未成年が何かを企んでいるなんて……」

「おじさん。僕はマルフォイがヴォルデモートの命令を受けてるって知ってるんです。シリウスには今朝伝えたんですが、実は──」

 

 

難しい顔をするアーサーとリーマスに、ハリーは立ち聞きしたセブルスとドラコの会話を伝えた。

 

 

「──多分、スネイプはマルフォイを援助するふりをして企みを聞き出そうとしているんだと思うんですが、うまくいってないみたいで」

「そんな事があったのか……」

 

 

ハリーが全てを言い切った後、アーサーはより難しい顔で黙り込んでしまった。確かにその会話を聞く限り、信じ難い事にドラコ・マルフォイがヴォルデモートからの命令で何かを企んでいるのは間違いなさそうだ。

しかし、リーマスはアーサーの表情とは異なり、どこか感心したような、意外そうな不思議な表情でハリーを見ていた。

 

 

「ハリー、君はセブルスを信じているのかい?」

「え?」

「いや、勿論それはいいことだ。──だが、今までの君ならセブルスが本当にドラコ・マルフォイを助けようとしていると疑うんじゃないかと思ってね」

 

 

リーマスは慌てて首を振り、早口で答える。ハリーは自分でも確かにそうだろうと──シリウスからも同じような事を言われたばかりであり、それほど自分らしくない言葉だろうか、と肩をすくめた。

 

 

「勿論、その可能性も考えました。去年は色々──あったし──それに、スネイプは騎士団員で、ダンブルドアはスネイプを信じてるし、みんなも信じてる。そうでしょ?」

「そうだね。──私は、今のセブルスを信じているし、今のセブルスは信じられる」

 

 

リーマスは微かに微笑み、目を細めた。

セブルスが死喰い人であった事は事実であり、騎士団員としてこちら側についたときリーマスは「セブルスを信じるというダンブルドアの判断は間違っている」と思った。リーマスだけではなく、騎士団員の殆ど全員がセブルスに対し懐疑的であり、死喰い人からのスパイだと考えいつ裏切るのかと目を光らせていた。

しかし、彼はダンブルドアからの任務を淡々とこなし、死喰い人側の情報を流出させ何人もの騎士団員や闇祓いの命を救ったのは事実だ。──そして、ヴォルデモートが奇跡の子、ハリーによりその姿を消すこととなった。

ヴォルデモートを見限ってこちら側につき、アズカバン行きを逃れるためだったのだろうと当時リーマスは考えていたが、3年前、ホグワーツで働く前にセブルスの妻がアリッサである事を知らされ、ソフィアとルイスを連れて現れた時──初めて本当に彼はこちら側の人間なのだと信じる事が出来た。

もし、ソフィアがスリザリン生であり、ハリー達と何の関係も築いていなければまだ疑いの目で見ていただろう。

()()()()()()()()()()()()。セブルスにとって命に換えても護りたい存在がここにいる事が、セブルスへの信頼を確実なものにした。

勿論その事を知っているのはごく僅かであり、騎士団員の中には未だに──とくに、シリウスだ──セブルスが内通者だと疑っている者もいるが。

 

リーマスはふと、セブルスのもう一人の大切な存在であるルイスの事を考えた。ルイスはドラコ・マルフォイの親友だと言う。そのルイスをドラコのそばに置き続けているのは何故なのだろうか。

疑問が湧いて出たが、今この場でルイスの名前を口にするのは不自然であり、リーマスは次に会った時には、答えてくれるかどうかは別として一度聞かねばならない事だと考えた。

 

 

「この話をダンブルドアにも伝えようとしているのかな?」

「うん、そのつもりだけど、もうスネイプが伝えてるかな?」

「そうだろうね。セブルスはダンブルドアの命を受けてドラコに質問したのかもしれない」

「うーん……言うタイミングがあったら、言ってみるよ」

 

 

ハリーがそう言った直後、ラジオから大音量で流れていた歌声が終わり割れるような拍手が聞こえてきた。モリーも感極まりながらラジオに向かって拍手していたが、この中で歌手の歌声を真面目に聴いていたのは彼女だけであり、彼女以外は「やっと終わったのか」と言いたげな目でラジオを見た。

 

 

「ハリー。ソフィアの言うようにホグワーツに何かあるのかもしれない。片割れがある可能性が高いボージン・アンド・バークス店を捜査出来ないか調べてみるよ。──さて、寝る前にエッグノックでも飲もうかな。モリー、エッグノックを頼めるかな?」

 

 

アーサーは立ち上がり、ハリーにぱちりとウインクをしながらラジオを操作し新たな歌手の歌声を聴こうと思っていたモリーの腰に腕を回しやんわりとそれを止め、厨房へと向かった。

 

 

「私はもう寝るわ、おやすみなさいハリー」

「うん、おやすみ。──あ、送って行くよ」

 

 

ソフィアはぐっと腕を伸ばしそのまま大きな欠伸を噛み殺して立ち上がる。

わざわざ送ってもらわなくともいいのだが、ハリーの目に期待が込められているのを見たソフィアはその意図が何となくわかってしまい、少々気恥ずかしかったがそれでも笑って頷いた。

 

 

ソフィアとハリーは歓談する皆の脇を通り過ぎ、広間から出る。暖炉の火で温められていた広間とは異なり2階へと続く廊下は寒く、ソフィアは身を縮こまらせハリーにぴたりとくっついた。

 

 

「なかなか二人きりになれないね」

「そうね……残念だわ」

 

 

女子達が使っている寝室の前で立ち止まり、ハリーは心の底から残念そうに言いながらソフィアのさらさらとした黒髪を撫で、そのまま頬に手を伸ばした。少しその手の動きがくすぐったくてソフィアはくすくすと笑いながら、誘われるままにハリーの首元に手を回し目を閉じた。

 

 

 



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341 愛するからこその変化!

 

 

 

クリスマスの日がやってきた。

ソフィアとハーマイオニーは暖かい布団の中で目を覚まし、それぞれあくびを噛み殺し目を擦りながら体を起こす。

 

 

「メリー・クリスマス!」

 

 

まだ眠っているジニーを起こさぬよう、ハーマイオニーとソフィアは特別な挨拶を小声で交わし、ベッドの脇に視線を落とせばそこには色鮮やかな包みで彩られたプレゼントの小山が出来上がっていた。2人はすぐに1番近くにある包みを持ち心躍らせ、目に見える幸せの形に嬉しくなりながら開く。

クリスマス休暇に会うことができない家族からのプレゼントを嬉しそうに見ていたソフィアは、その山の中に今年はドラコとマルフォイ家からのプレゼントがないことに気付くが──少し悲しげに目を伏せただけで、その事をハーマイオニーに伝える事はない。

 

ロンからはソフィアがいつも食べているヌガーの詰め合わせ。フレッドとジョージからは彼らの店の人気の品を山ほど。ハーマイオニーからはどんな本の大きさでも合うブックカバー。そのほかにも沢山の友人から贈られたプレゼントがあり──ハリーから贈られていたのは、エメラルドで出来た花形のイヤリングだった。

 

 

「まぁ!これ、本物のエメラルドよね?それに…。周りの装飾は──これ、水晶?まさか、ダイアモンド……?」

「凄いわね、色々と」

「……無くさないようにしないとね…」

 

 

ソフィアは黒色の滑らかな手触りの小さなジュエリーボックスに綺麗に収まるイヤリングを見て真剣な声で呟く。ソフィアはあまり宝石やジュエリーといったものに興味はなく、熱心に集める事はない。しかし、流石のソフィアでもエメラルドの価値について──おおよそ、理解はしていた。

 

 

「でも、その色すっごくソフィアに似合ってると思うわ」

「そうね……あ!ハーマイオニーがくれたネックレスとの相性も良さそうだわ!」

「値段は比べものにならないけどね」

 

 

ソフィアは鞄の中を探り、透明な細長いジュエリーケースを取り出す。中に入れられているのはソフィアが持つ少しのアクセサリーであり、その中に以前ハーマイオニーから貰ったネックレスがきらりと輝いていた。

 

 

「あら。価値よりも大切なものはあるわ」

 

 

ソフィアはネックレスをつけ、ハリーからプレゼントされたばかりのイヤリングをつける。巻き込まれた黒髪を後ろに流し、長髪を耳にかければ美しい緑色が夜の闇のようなソフィアの髪の中で美しく輝いているのがよく見えた。

 

 

ハーマイオニーとソフィアが広間へと降りていくと、既にフラーとモリーが朝食の準備をしていた。並んで台所に立つ2人を見て、ソフィアは優しく微笑む。夏季休暇の時と比べても、2人の雰囲気は格段に良くなったようだ。まだモリーがフラーとビルの結婚を認めていないのかはわからないが、以前のような嫌悪感のある目を向けてはいない。モリーはひとりの人として、フラーを尊重しているのだろう。

 

 

「メリー・クリスマス、モリーさん、フラー」

「メリー・クリスマス。かなり早起きね?」

「おー!メリー!クリスマース!」

 

 

まだ時計の針は朝の6時過ぎを指し、外は夜のように暗い。太陽が光を降り注ぐにはあと1時間はかかるだろう。

 

 

「いつもこのくらいに起きていたの。何か手伝う事はあるかしら?」

 

 

ハーマイオニーはずれ落ちてくるストールを肩に掛け直し、暖炉の火の前で体を温めながらモリーに告げる。ソフィアとハーマイオニーは朝方にその日の授業の予習をする日課があり、よほど疲れていない限りは目覚まし時計がなくともいつも通りの時間に目覚めてしまうのだ。

 

 

「そうね……じゃあ、ポテトを潰してちょうだい」

 

 

モリーは茹でたじゃがいもが山盛り入った大きなボウルに向かって杖を振り、広間の机の上に置く。ソフィアとハーマイオニーは「はーい」と軽く返事をすると食器棚の引き出しから銀色のマッシャーを取り出しすぐに作業に取り掛かった。

 

 

「……魔法ですればすぐに終わるのに」

「まあ、駄目よ。私たちはもう成人したけれど、ロンとハリーが文句を言って面倒くさくなるって言ったでしょう?」

「今、ここにはいないのに……」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはもう17歳になり、魔法族の成人を迎え、未成年の()()が取れている。大人がいない場所で魔法を使用しても魔法省に知られることは無いが、まだ成人していないロンとハリーが小言を言い、掃除や家事などを全てハーマイオニーとソフィアに頼もうとしてきたため、2人は休暇中魔法を使うことを控えようと決めたのだ。

 

暫くせっせとポテトを潰していたが、あまりの量にソフィアがつい小声で文句を漏らせば、ハーマイオニーは片眉を吊り上げ咎めた。しかしハーマイオニーも途方もない量に疲れてきたのか額にじわりと汗を滲ませ、呼吸をやや乱しながら憎々しげにポテトを見下ろしていた。

 

 

ようやくマッシュポテトが出来上がった頃には、ソフィアとハーマイオニーの右腕は限界を迎え、2人とも腕をぷらぷらと振りながら顔を顰めていた。モリーは大きな鍋に匙を入れて魔法で勝手に回すようにしながら小さく笑い、机に温かな紅茶とクッキーを置いた。

 

 

「ありがとう、助かったわ!あとはゆっくりしなさいな。きっともうすぐみんな起きてくるから」

「はい……いたたた……」

「ああ……腕がだるいわ……」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは紅茶を飲もうとカップに手を伸ばしたが、指先が震えていることに気づき、このままでは間違いなくカップを割ってしまう──と、左手でなんとかカップを持って美味しい紅茶を飲み一息ついた。

 

 

 

昨夜遅くまで起き、だらだらと料理やお菓子を食べていたからか、皆が広間に集まった時には朝とも昼ともつかない時間だった。

それなら後少し我慢してクリスマスの特別なランチを食べましょう、とのモリーの提案に、ソフィア達は軽い朝食を済ませ、それぞれ受け取ったクリスプレゼントを見せ合う。

 

ハリーはすぐにソフィアの耳に自分が贈ったイヤリングが輝いていることに気づき、嬉しくて顔中で笑顔を浮かべながら頭を下げ、ソフィアの白く柔らかい耳朶にキスを落とした。

 

 

昼食が出来るまではそれぞれが好きな場所で寛ぎ過ごしていたが、ソフィア達は広間にある大きな机の上にクリスマス休暇中に出た山のような量の宿題を広げ、後数日のうちに完成させなければならない課題と向き合っていた。ソフィアとハーマイオニーは夜寝る前や早く起きた時にコツコツと進めていたため殆どが終わっていたが、ハリーとロンの進捗は芳しくない。

ロンとハリーは休暇中にまで自分達を悩ませる宿題の山に憤り嘆きぶつぶつと文句を言っていたが、何とか昼食までに魔法薬学の宿題を完成させる事ができた。

 

 

「素晴らしいクリスマス・ランチの時間でーす!机の上を片付けなさいねー?」

 

 

白いエプロンをつけたフラーが大きな皿を浮遊させながら厨房からぱっと現れ、ロンは「待ってました!」と歓声を上げるとすぐに羽ペンを放り出し鞄の中に羊皮紙や教科書をめちゃくちゃに詰め込んだ。隣に座っていたハーマイオニーが嬉しそうに頬を染めチラチラとフラーを見る彼の視線に面白くなさそうに口をへの字に曲げている様子に、ハリーとソフィアは顔を見合わせニヤリと笑った。

 

 

「見て!フレッドとジョージがくれたの!綺麗でしょう?」

 

 

机に着くソフィア達の前に、扉を開け放ちモリーが現れくるりと一回転する。モリーは小さな星のように輝くダイヤが散りばめられた濃紺の真新しい三角帽子を被り、金のネックレスをつけていた。心の底から喜びを溢れさせ、跳ねるように言ったモリーの言葉に皆が頷く。高価なものをプレゼントできるほど、フレッドとジョージの将来は上手くいっているのだろう。

 

 

「ああ、ママ。俺たちますますママに感謝しているんだ。なんせ自分達でソックスを洗わなきゃならないもんな」

 

 

ジョージが気楽に手を振りながら答えたが、モリーは何度もジョージとフレッドの頬にキスを落とし、彼らは嫌がりつつも軽くモリーの頬にキスを返した。

 

 

「そういえば、トンクスは来ないの?」

 

 

マッシュポテトをとりわけながらジニーがようやく席に着いたモリーに聞けば、モリーは残念そうに肩をすくめ頷いた。

 

 

「そうなの。昨日も今日招待したんだけど……。リーマス、ジャック、最近トンクスと話した?」

「いや、私は誰ともあまり接触していないが

「学校が始まってすぐに一度会ったきりだな」

 

 

騎士団として外で活動しているリーマスとジャックが何か知っている事はないかとモリーは期待したが、2人ともすぐに首を振り、モリーは心配そうに「そうなの……」と呟く。最後に見たトンクスはいつもの溌剌さが消えかなり沈んでいた。多忙のあまり疲れ切り、変身術が使えないほどになってしまったのだろう。

 

 

「トンクスは一緒に過ごす家族がいるんじゃないか?」

「んん……。そうかもしれないわ。でも、私はあのこが一人でクリスマスを過ごすつもりだという気がしてて……」

 

 

トンクスの話題に、ハリーは今度彼女に会ったら聞きたいと思っていた事を思い出した。この場にトンクスはいないが、その代わりここには守護霊魔法に詳しいリーマスがいる。彼なら守護霊が変化するかどうかを知っているに違いない。

 

 

「そういや、トンクスの守護霊が変化したんだ。少なくともスネイプがそう言ってたよ。そんな事が起こるなんて知らなかったな……。守護霊はどうして変わるの?」

「ときにはだがね……強い衝撃とか……精神的な動揺とか……」

 

 

リーマスは七面鳥肉をゆっくりと噛んで飲み込んでから、考え込むように話す。守護霊は魔法使い側で決める事は出来ない。その人の本質を見て、自然とどんな生き物になるのか決まるのだ。その本質が大きく変化した時には稀に守護霊をも変わる事がある。

 

 

「大きかった。脚が四本あったよね、ソフィア」

「ええ。あれは──そう、大きな犬か……大きな狼に見えたわ」

「そうだ!一瞬だったけど、とっても強そうに見えたのに、スネイプは弱く見えるって言ってたっけ」

 

 

ハリーは当時の様子を思い出す。あの守護霊はかなり大型で強く見えたのだが、何故スネイプには弱く見えたのだろうか?

 

 

「さあ──私にはわからないな。何かが彼女の中にあったんだろうね」

 

 

リーマスは七面鳥肉へ視線を落としたまま呟き、後はその話題に興味が持てなかったのか肉を切り分けることに集中していた。

 

 

「ハリー。トンクス本人にその事を聞くのはやめた方がいい。どんな動揺や衝撃があったにしろ──話したくない事かもしれないからな」

 

 

ジャックはミートローフを食べながらハリーに忠告し、ハリーも最近のトンクスの様子と守護霊が変化した事は何か密接な関係があるのだろうと察していたため、素直に頷いた。誰だって心に傷を触れられたくはないだろう。

 

 

「そういえば、ジャックは孤児院に行かなくていいの?今日はクリスマスでしょう?」

 

 

ソフィアは孤児院にいる子供たちがジャックを待っているのではないか、一緒に過ごせるのは嬉しいが、ここでゆっくりとしていていいのかと首を傾げる。2年前の三校対抗試合の時にはクリスマス休暇には子どもたちが待っているからと孤児院に帰っていたのだ。

 

 

「ああ──孤児院は閉めたんだ」

「ええっ!?ど、どうして?」

 

 

ソフィアは驚きのあまりフォークで刺そうとしていた七面鳥肉から大きくはずれ皿を強く刺してしまった。

ガチャンと大きな音が立ち、何人かが驚きソフィアを見たが、ソフィアはそんな事気にせず愕然とジャックを見つめる。

 

 

「不審死や事件が多くて物騒になってきただろ?……俺も、色々と任務があって孤児院にずっといる事は出来ない。何かがあった時に──後悔はしたくないからな」

「そ、そんな──あの子たちは?」

「俺が信用してる外国の孤児院に移した。……落ち着くまでは、イギリスから離れた方がいい」

「でも──ジャックは、本当に子どもたちを愛していたのに……」

 

 

ジャックが経営する孤児院には勿論他の大人の魔法使いや魔女が居る。しかし、万が一ジャックの不在時に何かあったとき、被害を被るのは魔法も満足に使えない子どもたちだ。ジャックが死喰い人として潜入しているとはいえ、何があるかはわからない。──それに、ジャックの孤児院にはヴォルデモートが嫌うマグル生まれの幼き魔法使いが多いのだ。

衝撃のあまり小声で囁くソフィアに、ジャックは優しく微笑む。

 

 

「勿論、今でも愛しているよ。だからこそ、離れるんだ」

 

 

ジャックの芯のこもった言葉に、ソフィアは悲しげに眉を下げていたが彼の気持ちが理解できないわけではない。理解できるからこそ悲しく、ソフィアは項垂れたまま皿の上に乗った七面鳥肉を見つめた。

 

 



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342 信じる心!

 

ハリーはシリウスとジャックと共に魔法大臣であるスクリムジョールと面会した。かなり不快な面会だったようで、帰ってきたシリウスは怒り「もう二度と会うな!」とハリーに何度も言い、ハリーもそのつもりだと強く頷いていた。

すぐにハリーはソフィアとハーマイオニーとロンにスクリムジョールがなぜ自分と会いたがっていたのかを話した。

 

スクリムジョールはハリーからダンブルドアの企みを聞き出そうとし、それが失敗するとハリーに魔法省を訪れてくれないかと頼んだのだ。民間からの関心を集め、魔法省からの屈辱的行為にも屈しなかったハリーを英雄視する者は多い。そんなハリーが魔法省を訪れることにより、魔法省がやっていることをハリーが認めたと取られる事は間違いなく、今魔法省へ向かっている不満は軽減されるだろう。

ヴォルデモートとの戦いに魔法省は勝っている。そう見せる事がスクリムジョールには必要だった。

 

しかしハリーはそれを拒絶し、シリウスも吠え立てて怒鳴りつけた。スクリムジョールは親交のあるジャックに助言を頼んだらしいが、彼はスクリムジョールとハリーとシリウスを宥め、これ以上討論は不可能だと説明し、ハリーとシリウスを帰らせ、ジャックはスクリムジョールと残ったらしい。

 

 

「酷いわ!魔法省は散々あなたを嘘つきの狂人呼ばわりしてたのに!」

 

 

ハーマイオニーはハリーから説明を受けて顔を真っ赤にして憤慨し、ロンとソフィアも苦い顔をして頷いた。

 

 

「どうやら……シリウスが無罪になったから、僕が協力してくれると思ってたらしい」

「え?それ、何が関係あるんだい?」

「はっきりとは言わなかったけど、多分──シリウスは本当なら無罪にならなかったのかも。借りを返す気持ちはないのかってスクリムジョールは言ってて、それで……」

 

 

ハリーがスクリムジョールや魔法省に強い拒否感を示した時、スクリムジョールはハリーにシリウスが無罪になった事実を何度も言い方を変えて伝えていた。

すぐに魔法省の企みに気付いたシリウスが「ハリーが利用されるくらいなら、また俺を冤罪でぶち込めばいい!」と吠え、ハリーはようやく()()()()()()()()()()()という事に気付き若干狼狽し、心が揺れたが──ハリーが自分の気持ちを言う前にシリウスの怒りを宥めなければならなかったのだ。

 

 

「なるほど、確かに魔法省からしてみれば誤認逮捕で12年もアズカバンに入れていて、その後もずっと殺人犯だと吊し上げていたもの。当然の見返りを考えたのね」

「そんな取引があったのね……」

 

 

ハーマイオニーは納得したが、ソフィアはどこか不安げに視線を揺らした。2人ともハリーが魔法省に利用される事を望み、大人たちの汚い取引に使われるだなんて──正直、ショックであり、失望する。

 

 

「うん、ジャックは──もうこれで魔法省への借りは返したんだから気にするなって言ってた。ダンブルドアも僕が魔法省に利用される事は望んでない、僕の意見を尊重するって。だけど借りを返さないと後々の要求が重くなるからって」

「そうなの……」

 

 

魔法省の真の要求はハリーが魔法省を認め訪問する事だ。だが、ダンブルドアはそれはハリー本人が決める事だと告げ、面会だけは許可した。──勿論、ハリーは面会すらも拒否することが出来たが、簡単なお願いである内に叶えておいた方が無難だっただろう。

 

 

 

 

年が明けて数日経った午後、ソフィア達はモリーとシリウスとジャックに付き添われながら漏れ鍋へと向かった。

本来なら学生はダイアゴン横丁から汽車に乗りホグズミード駅まで向かうか、ナイトバスを利用する事が殆どなのだが、今年は保護者からの要望と嘆願が多く、特別に各家庭から煙突飛行ネットワークをホグワーツの各寮の寮監の部屋にある暖炉に繋げたのだ。

勿論それは今回きり──来年もヴォルデモートの脅威が去っていなければ、来年も同じようになるだろうが──の話で、飛行ネットワークが開通しているのは僅か3分間という短い接続の時を逃せば通常通り帰る羽目になる。

 

騎士団本部にも暖炉はあったが、そこをつなげるわけにはいかず、漏れ鍋の暖炉を借りることとなったのだ。

何もそれはソフィア達だけが特別措置を受けているわけではない。親が魔法使いならば家に暖炉があるのが当たり前だが、マグル生まれの家には暖炉が無い場合が多いのだ。

 

ハリー、ソフィア、ハーマイオニー、ロン、ジニーの5人はトランクケースを持ち、漏れ鍋の暖炉の前に立っていた。

今ソフィア達の目の前でハッフルパフ生の一年生が不安げな両親に見送られ、緊張した面持ちで暖炉の中に飛び込み姿を消した。

 

 

「ハリー・ポッター、ソフィア・プリンス、ハーマイオニー・グレンジャー、ロナルド・ウィーズリー、ジネブラ・ウィーズリー──確認が取れました。あなた達の許可時間は後5分後です。時間は限られていますので迅速にお願いします」

 

 

魔法省の職員がリストを持ち、淡々と説明しながらソフィア達に一掴み分のフルーパウダーを配る。カラン、と入店を知らせる小さなベルの音が聞こえ、また見覚えのあるレイブンクロー生とその家族が身を寄せ合いながら現れた。

 

 

「いってきます、ママ」

「いってらっしゃい。気をつけるのよ、絶対に危険な事はしないで、危ないところにもいかないで!それから──それから──」

「泣かないでママ。大丈夫だから」

「そうだよ。僕たちの事は心配しないで」

「ハーマイオニー、ロンをよろしくね」

「ええ、勿論です」

 

 

涙もろいモリーは別れの挨拶をしているうちにどんどん悲しくなり──そして、不安になり──言葉を詰まらせ涙ぐんだ。

ジニーは優しく励まし背中を撫で、ロンは涙ながらのキスを頬に受け入れながら安心させようと笑った。

 

ハリーはウィーズリー家の胸が打たれる別れのシーンを横目で見つつ、自分より背が高いシリウスを悪戯っぽく笑い見上げた。

こうして、シリウスが人の姿で外に出て見送ってくれる。──僕の後見人であるただ1人の人が!いつもモリーおばさんとの挨拶は嬉しくて心が暖かくなったけど、やっぱりどこか寂しかったんだ。

 

 

「ハリー。気をつけて。何か嫌なことや不安な事があればすぐに俺に知らせるんだ、いいな?」

「うん、わかった」

「楽しく過ごせよ、ハリー」

 

 

シリウスはハリーの肩をがしりと掴むと強く引き寄せ抱きしめた。ハリーは少し気恥ずかしく思ったが、それを上回るほどの嬉しさが込み上げる。「もう、痛いよシリウス」と文句を言うその口調は楽しげだった。

 

別れを惜しむ彼らを見ながら、ジャックはソフィアを見下ろす。その目は優しく弧を描いていたが、寂しげに見えるのはきっとここに誰よりもいて欲しい人がいないからだろう。

 

 

「ソフィア。──()()()はいつも、お前のことを思ってるからな」

「……ええ、ありがとうジャック」

 

 

ジャックは優しくソフィアを抱きしめ、彼女の眉間あたりに軽く口付けを落とす。ソフィアはジャックの背中に手を回し、目を閉じた。

 

 

「皆さん、後30秒ですよ」

「それじゃ、みんないい子にするのよ……」

 

 

職員の言葉に別れを惜しんでいた面々は顔を上げ、ソフィア達は暖炉の前に並びその時を待つ。

 

 

「──5、4、3、2──」

「ホグワーツ!」

 

 

ハリーはエメラルド色の炎に入り、学校の名を叫ぶ。ハリーが消えた後すぐにソフィアが続き、「ホグワーツ!」と叫んだ。

ソフィアが最後に見たのは涙ぐみ不安そうにしながら手を振るモリーと、優しい顔をしたジャックとシリウスの姿だった。

炎がソフィアを包み、急回転しながら矢のように過ぎ去っていくいくつもの景色を通過し、やがて速度が落ちてマクゴナガルの自室の暖炉に到着した。

 

ソフィアは灰を落とさぬよう注意しながら火格子を跨ぎ、近くでローブについている灰を落としているハリーの隣に並ぶ。

すぐにハーマイオニーとロンとジニーが変わる変わる現れ、全員の到着を確認するとマクゴナガルは時計をチラリと見ながら声をかけた。

 

 

「こんばんは、ポッター。校長から預かっているものがあります。それと、休暇中に合言葉が変わりました。合言葉は節制、です」

「え?──ありがとうございます。わかりました」

 

 

マクゴナガルに呼び止められたハリーは巻かれた羊皮紙の手紙を受け取り、それが何を意味するのかがわかるとすぐに礼を言った。ここで開けようかと思ったが仕事で忙しそうに羽ペンを動かしているマクゴナガルはすぐに出ていくように無言の圧力をかけている。

ハリーは後で読もうと手紙をポケットに入れ、ソフィア達と共に談話室へと向かった。

 

 

グリフィンドール寮の前に着けば、疲れているのかぐったりとして顔色が悪い太ったレディがソフィア達を出迎えた。「節制」と合言葉を伝えれば太ったレディは「その通り」と弱々しく呟き抜け穴の道を開く。

 

 

「何だか体調が悪そうだったわね」

「肖像画に体調なんて関係あるのか?」

 

 

ソフィアは通ってきた抜け穴を振り返り、いつもと様子が異なっていた太ったレディを気遣ったが、ロンは「だって、絵だぜ?」と怪訝な顔をして欠伸を漏らした。

 

ジニーはすぐに友人のところへ駆けて行き、ソフィア達は一度荷物をそれぞれの自室に置きに戻り、再び談話室の一等席──温かい暖炉の前だ──で集合した。

 

 

「次の授業はいつだって?」

「ちょっと待って──明日の夜だ!」

「今度はどんな記憶なのかしらね」

 

 

ハリーはロンに急かされる前にポケットからダンブルドアの手紙を取り出していた。書かれていた文はいつものような簡潔なものであり、明日の夜に授業があること以外は書かれていない。最近また姿を消している理由も、その手紙ではわからなかった。

 

 

「ダンブルドアに話すこともあったし、ちょうど良かった」

「クリスマス休暇中に一度くらい本部にいらっしゃるかと思ったけれど……スラグホーン先生のクリスマスパーティも欠席されたし……やっぱり、忙しいのかしら」

「騎士団はそれぞれ任務があるってリーマスが言ってた。そういえば……リーマスは狼人間のグループの中に潜り込んでいるんだって」

 

 

ハリーは休暇中伝え忘れていたことをソフィア達に伝えた。

リーマスの任務が狼人間のグループへの潜入であり、彼らがヴォルデモート側につくことを阻止する事。しかし、魔法族から忌避されまともな暮らしができず、不満を持つ狼人間は「こちら側につけば地位を約束し、良い待遇で迎える」というヴォルデモート卿の甘い誘惑に殆どが彼に従うとしている。リーマスの任務はかなり難しく厳しいものになるだろう。

 

ハーマイオニーとソフィアは真剣な顔をして聞いていたが、ロンは狼人間の中でのグループなんて正気じゃないとばかりに顔を引き攣らせる。

 

 

「それで──フェンリール・グレイバックって聞いたことある?」

「勿論よ、子どものみ狙う狼人間だって有名よね。彼が子どもを噛むたびに、リーマス達善良な狼人間への目が厳しくなっていくのよ!」

 

 

ソフィアは憤慨し、ロンは青い顔のまま頷いた。魔法族の子どもならば、「夜に1人で出歩いているとグレイバックがやってくるぞ!」と大人に脅された事が一度はあるものだ。

しかしハーマイオニーは「あなたも知ってるはずよ、ハリー!」と険しい表情で囁き、油断なく周りに視線を向けた。

 

 

「いつ?魔法史とか?君、知ってるじゃないか、僕がちゃんと聞いていないって」

「ううん、魔法史じゃないの。覚えてない?マルフォイがその名前でボージンを脅したわ!グレイバックは昔から自分の家族と親しいし、ボージンがちゃんと取り組んでいるかどうかを、グレイバックが確かめるだろうって!」

「あっ!ほ、本当だわ。──じゃあ、まさか、本当にドラコは……」

「忘れてた。でもこれでマルフォイが死喰い人だって事が証明された。そうじゃなかったらグレイバックと接触したり、命令したりできないだろ?」

 

 

ソフィアはその事実に呆然と呟いたが、ハリーは興奮し、間違いないと膝を手で打つ。ドラコが死喰い人だと言うことに懐疑的だったロンとハーマイオニーも、その可能性がさらに濃厚になったと顔を顰めた。ソフィアとロンとハーマイオニーは、それぞれドラコに対しての想いは異なるが──3人とも、セブルスとドラコの会話を聞いてもドラコが死喰い人であるとはハリーほど確信を持てなかったのだ。死喰い人ではなくとも、ヴォルデモートの為に──自分の利益の為に働くものはいる。きっとドラコはその類だと考えていた。

 

 

「そうね、その可能性は高いわ。今まで以上に──スネイプ先生は早急にマルフォイの企みを聞き出す必要があるわ」

「僕、少しマルフォイを探ってみようと思う。忍びの地図を使えば、マルフォイがどこにいるのか見張れるだろ?隠し場所がわかるかもしれない!」

 

 

ハリーの決意がこもった勇ましい言葉に、ロンとハーマイオニーは賛同したが、ソフィアは──やはり、悲痛な面持ちで黙り込んでいた。もし、本当にドラコが死喰い人であり、ルイスもその企みに関わっているのなら止めなければならない。しかし、ルイスはルイスの考えがあり、家族を守る為に行動しているのは確かだ。

 

可能性として高いのは、ルイスはドラコの企みを手伝うふりをして妨害している事や、その企み自体をセブルスやダンブルドアに伝えていると言う事だ。

ソフィアは、きっとルイスがそうしているだろうことを信じ、願った。

 

 



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343 異変!

 

 

新学期が始まった。

姿現し練習コースが開始されるという、少し驚く嬉しいニュースが談話室の掲示板に張り出され、対象学年であるソフィア達は掲示板の前に群がる同級生達の頭越しにその掲示物を読んだ。

 

 

「姿現し!ようやく練習できるのね!」

 

 

ソフィアはハリー達と人を掻き分け参加者リストの欄に自分の名前を書き込んだ。遠く離れた場所に好きな時に移動することができる姿現しは、魔法族にとって特別な移動手段だ。姿現しを苦手として箒での移動を好む人もいるが、やはりその特別な魔法に憧れを持つ者は多い。

 

 

「フレッドとジョージも合格したんだ、きっと楽チンさ」

 

 

ロンはハーマイオニーの後に名前を書き込み、自信ありげに呟く。

 

 

「そうかしら?姿現しはとっても難しい魔法だって本に書いてあったわよ」

 

 

ハーマイオニーはロンの楽観的な言葉についいつものように口出ししたが、ロンは聞こえないふりをして「なあ?」とハリーに同意を求めた。

 

 

「どうかな。自分でやればマシなのかもしれないけど、ダンブルドアが付き添って連れて行ってくれたときはあまり楽しいと思わなかった」

「ちょっと気持ち悪くなるのよね、付き添い姿現しは」

 

 

ソフィアとハリーは付き添い姿現しの経験者であり、その時の事を思い出し難しい顔をする。あの感覚は煙突飛行ネットワークやポートキーとはまた異なり、独特なものだ。

 

 

「君たちもう経験者なんだ……1回目のテストでパスしなきゃな。フレッドとジョージは1回目でパスだった」

「でも、チャーリーは失敗だったんだろう?」

「ああ、だけど、チャーリーは僕よりでかい」

 

 

ロンは両手を広げその大きさを示し、先程までの楽観的な表情を少し影らせ肩をすくめる。

 

 

「だから、フレッドとジョージもあんまりしつこくからかわなかった。少なくとも、面と向かっては……」

「本番のテストはいつ?」

「17歳の誕生日になった直後って書いてあったわ。私とソフィアはもういつでもテストをうけられるわね!」

「そうね、ホグワーツでは出来なくても、姿現しはすごく便利だもの。絶対に一回で合格したいわ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは興奮しながら話し合う。ハーマイオニーは「すぐに姿現しについて学びましょう」とソフィア達に言ったが、姿現しは魅力的だとしても休暇明けすぐに予習する気にはならず、それに頷いたのはソフィアだけであり──ハーマイオニーとソフィアは2人で図書館へ向かった。

 

姿現しへの期待で興奮しているのはソフィアとハーマイオニーだけではなく、6年生全員が一日中姿現しについて熱心に語り合っていた。

 

付き添い姿現しを経験した事がある者は同級生からの質問攻めにあい、一日中同じ説明をしなければならず辟易としている者が多かったが──特にハリーは何度気持ち悪かったか伝えたか、わからないほどだ──ソフィアは談話室で繰り返される質問に全て真面目に返答した。

 

 

「姿現しの気持ち悪さは距離に関係あるの?」

「うーん。なんとなくだけど、遠ければ遠いほど気持ち悪い気がするわ」

「えーっ!慣れないのかなぁ?」

「初めて経験した時よりは少しマシになってるから、きっと慣れると思うわ。少なくとも大人は気持ち悪そうにしてないもの」

「もし、失敗したら付き添っていてもばらけちゃうのかなぁ?」

「さあ……失敗された事がないからわからないけど、その可能性は十分にあるわね」

 

 

同級生達は真剣な眼差しでソフィアの言葉を一言も聞き漏らさんとばかりに耳を傾け、ハーマイオニーはその隣で図書館の本から入手した姿現しについてのうんちくを胸を逸らして語っていた。

 

 

「──あ、私図書館に行かないと」

 

 

ソフィアは時計の針が8時半を示した時、マグゴナガルとの個人授業で必要な参考書を探さなければならなかったことを思い出し、残念そうな同級生の声に「また後でね」と手を振り肖像画へと向かう。

 

 

「私も行くわ。魔法薬学の参考書を借りたいの」

 

 

ハーマイオニーは姿現しの本を鞄に入れ、ソフィアの後について談話室を出た。2人は暖かな談話室から寒い廊下に出た瞬間身を震わせ、寄り添い早足で図書館へと向かう。外よりは寒さはマシではあるが、真冬ともなれば人気のない廊下はやはり染みるような寒さがある。

 

 

「──あの」

 

 

図書館への道を半分ほど過ぎた時、2人は見知らぬ女生徒に話しかけられた。ネクタイはハッフルパフカラーであり、おそらく下級生だろう。背の低く細い少女はそわそわと落ち着かなく視線を彷徨かせながら、腕にかかえていた大きな人形をぎゅっと抱きしめる。

 

 

「どうしたの?」

「あの、迷ってしまって……」

 

 

もう一月だが、動く階段や抜け道を通過しているうちに居場所がどこかわからなくなってしまうのは一年生であればよくあることだ。おそらくこの少女は一年生なのだろうと2人は思い、目線を合わせる為に少し屈み、不安げな少女を安心させる為に微笑みかけた。

 

 

「案内するわ。ハッフルパフ寮かしら?」

「いえ……校長室に……」

 

 

寮が違えど監督生として優しく問いかけたハーマイオニーは少女の返答に意外そうに目を開き首を傾げる。てっきりハッフルパフ寮に帰りたいのだと思っていたが、まさか校長室だとは想像もしていなかった。

しかし、ダンブルドアは今ハリーと個人授業をしているはずだ。その内容は他者に教えることはできず、きっと中断される事も良しとしないだろう。

 

 

「ダンブルドアと会いたいの?」

「うーん……今は多分、会えないと思うわ」

「行かないといけないのっ!!」

 

 

ソフィアが残念そうに言った途端、少女は顔を歪め不安げに下げていた眉をきっと吊り上げ叫んだ。

あまりの剣幕とその変わりようにソフィアとハーマイオニーは驚き、息を飲む。2人が唖然としているうちに少女の顔は怒りで赤く染まり、目は爛々と輝いていた。

 

 

「行かないといけない!そうしなきゃ!教えて!どこなの!」

「えー……っと」

「……どうして会いたいの?」

「会いたくない!これ。これを、部屋の前に置くの!可愛いから拾ってくれるわ!」

 

 

髪を振り乱し眼を飛び出すほど見開いた少女は鼻息荒く腕に抱いていた人形をソフィアとハーマイオニーに突き出す。

少女の異様な興奮っぷりに、2人はのけ反り半歩後ろに下がった。

 

 

「これ!可愛いでしょ?ね?抱っこしたいわよね?ねっ?ねぇっ!?」

「え、ええ。すごく」

「か、かわいいわ」

「よかった」

 

 

あまりの必死さにソフィアとハーマイオニーが顔を引き攣らせながら頷くと、少女は今までの乱心が嘘のようににっこりと愛らしく静かに笑った。

髪は乱れ、強く抱きしめられた人形の顔は歪んでいるが──ダンブルドアに遅めのクリスマスプレゼントだとしても、あまりにぞんざいな扱いだろう。

 

少女は落ち着いたのか、うっとりと子守唄を歌い体を揺らしながら人形の頭を撫でている。どうしたものか、とハーマイオニーは困り果てていたが、どう見ても只事ではない少女の様子にソフィアは少女がこちらを見ていない間にポケットから杖を取り出し、「フィニート」と無言で唱えて振ってみたが──その少女に変化はない。

魔法で乱心しているわけではない。魔法薬の可能性もあるがここには解読薬はなく──もし、薬でも魔法でもなく、この少女が少々変わっていて激昂しやすい性格だとすればそれまでだ。

 

 

「……ねえ、そのお人形をダンブルドア先生にプレゼントしたいの?」

「違うわ」

「ダンブルドア先生に会いたいの?」

「違うわ」

「校長室の前に、そのお人形を置きたいのね?」

「そうよ」

 

 

ソフィアはあっさりと頷いた少女の言葉に暫く黙り込む。プレゼントとして渡したいのならば、直接渡せば済むはずだ。しかしそうではなく拾って欲しいのは何故なのだろうか。

 

 

「……ソフィア」

「ええ……」

「ねえはやくおしえて」

 

 

ハーマイオニーもその違和感に気づき、やや硬い表情でソフィアの名を呼んだ。何かがおかしいが、それを今話し合う事もできず困り果てていると少女はまた怪しい光を目に宿しソフィアとハーマイオニーに詰め寄り、口の端から泡を飛ばしながら「早く!早く!」と何度も低く叫んだ。

 

 

「わかった。こっちよ」

「わあ、ありがとう」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕を掴みながらくるりと踵を返し、後ろから少女が大人しく着いて来ているのを確認しつつ足を早めた。

 

 

「ソフィア、校長室に行くの?──なんだかこの子かなり変よ」

「今はハリーと個人授業だもの。邪魔するのはよくないわ。──だから、私が信頼している人のところに行きましょう。もし何か薬が盛られているのなら、きっと解毒薬があるわ。……もう魔法薬学の先生じゃないけどね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの腕に自分の腕を絡ませ密着しながら小声で囁く。ハーマイオニーはチラリと後ろを見て、その少女がじっとこちらを凝視していることに気づくと──なんだか背筋が寒くなるような気がしてぶるりと体を震わせ「それがいいわ」と低く呟いた。

 

 

違う道を進んでいる事が少女にバレないかとソフィアは心配していたが、この少女は今ソフィアが向かっている場所が校長室だと信じて疑っていないようだ。

微かに子守唄を歌う少女を引き連れたソフィアは闇の魔術に対する防衛術の研究室にたどり着くと、軽くノックした。

 

 

「ソフィア・プリンスとハーマイオニー・グレンジャーです。急ぎなのですが……」

「……入りたまえ」

 

 

ソフィアはここではなく自室かと思ったが、幸運にもその先にセブルスはいたようだ。

研究室の近くに人形を置こうとしていた少女はぴたりと手を止め、ぐるりとソフィアを見上げた。

 

 

「この声。ここ、校長室じゃない?」

「この先よ。抜け道なの」

「ああ、そう。よかった」

 

 

眼を見開いていた少女はあっさりと納得すると再び人形を抱きしめ、ソフィアが開けた扉をくぐる。

 

その先にいるセブルスは怪訝な顔をして少女を見下ろし、後から入って来たソフィアに「説明しろ」と言わんばかりの視線を投げかけた。

 

 

「あの──」

「校長室どこ?ねえ抜け道ってどこをとおればいいの?早くしないと!ねえ!はやく拾ってもらわないと!かわいいから!ねえっ!」

 

 

ソフィアが説明をする前に少女は再び癇癪を起こしその場で地団駄を踏み頭を振り回す。ハーマイオニーは異様さに小さく叫び、研究室の壁際まで下がるとぴたりと背中をくっつけた。

 

セブルスは少女を強い視線で射抜くが、セブルス・スネイプの睨みという、一年生にとってはそれだけで身が震え恐怖してしまいそうなことにもかかわらず、少女はセブルスを睨み上げ「早く!早くっ!」と叫ぶ。

 

セブルス・スネイプ相手に、このような発言をできる生徒などこの世に存在しないだろう──まともならば。

 

セブルスもそう考えたのだろう、眉間に深く皺を刻むと真剣な表情で少女を観察し、声に出さず杖を振る。しかし、少女は操られているわけではなさそうだった。──少なくとも、今わかる範囲では。

 

 

「……何故、校長室に行きたいのかね?」

「これ!これを置くの。前に。拾ってくれるわ」

「ほう、その人形を──直接渡さないのか?」

「渡さない」

「何故?」

「渡さない!でも、これをあげたいっ!ダンブルドアに!」

「そうする事に、何の意味がある?それを受け取ると、どうなるのだ?」

「どう……?」

 

 

セブルスはそっと少女に近づき、ソフィアを自分の背に隠した。杖先は下を向いているが何があっても対応できる用意はしてある。下級生に遅れをとる可能性は低いが、この少女はどう見ても冷静ではない。何をしかけてくるか判断がつかない。

 

少女は人形を強く抱きしめ、ぎりぎりと歯を食いしばる。何かに抵抗しているような言っていいのか悩んでいるような不可解な表情を見せていたが、震える口を僅かに開き、空気が漏れる程の声で囁いた。

 

 

「──しぬ」

 

 

その言葉がセブルスに届いた直後、セブルスは杖を振るい少女を失神させた。

がつん、と少女の体が近くにあった机にぶつかりそのまま石床の上に倒れ込む。

ピクリとも動かない少女の手から人形が離れて床の上に落ち、セブルスとソフィアとハーマイオニーはそのなんの変哲もなさそうな人形を見下ろした。

 

 

「ソフィア、下がりなさい」

「……はい」

 

 

ソフィアは硬い表情で頷き、気絶している少女を横目で見ながらハーマイオニーの隣に並んだ。ハーマイオニーは言葉を無くし顔を青くしながら震える手でソフィアにしがみつき、恐々と人形と少女を見る。

 

 

「な、なんだったの?し、死ぬって言った?」

「ええ、多分。──呪いの人形ね」

「で、でも──ここにそんなもの持ち込めないはずよ!だって、闇の道具は全て調べ──ああっ!」

 

 

ここホグワーツにそんなもの持ち込めるはずがない。フィルチが全て検査しているはずだ。ハーマイオニーはそう思ったが、自分で話している間にとんでもない事に気がつき叫んだ。

 

 

「そうよ。──私たちは煙突飛行ネットワークを使って戻って来たわ。検査を受けずにね」

 

 

人形のそばでしゃがみ込み口の奥で長い呪文を唱え杖を当てたセブルスは、苦々しい表情でその人形を浮遊させる。机の上に置いてあった羊皮紙に向かって杖を振り、鳥籠に変化させるとその中に人形を放り込んだ。

 

 

「……何か通常ではない事は確かだ。私はダンブルドアの元に行かねばならん。……この人形に触れていないな?」

「ええ」

「さ、触ってません……」

「この事は誰にも言うな。……寮にすぐ戻るように。この生徒は──私が医務室に届ける」

 

 

低い声で呟いたセブルスは杖を振りぐったりとして動かない少女を浮遊させ、足早に研究室を後にした。

 

 

残されたソフィアとハーマイオニーは、暫くそこで息を止め沈黙していたが、やがて寄り添いながらゆっくりと寮へ向かった。

 

 



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344 殺意!

 

 

ソフィアとハーマイオニーは翌朝日が昇る前にマグゴナガルに起こされ、校長室へと向かっていた。

まだ空は白みあたりは薄暗い。マグゴナガルは何の説明もしなかったが、2人は昨夜の一件だろうと思い疑問をぶつける事はなかった。

 

校長室にはダンブルドアとセブルス、ハッフルパフの寮監であるスプラウト、そして蒼白な顔で今にも泣き出しそうな表情をしているハッフルパフ生の男子がいた。

 

 

「朝早くにすまんのう。ソフィア、ハーマイオニー。昨日何があったのか話して欲しいのじゃ」

 

 

ダンブルドアは立ち上がると机の上に置かれた鳥籠を指差す。その中には昨夜と同じように人形が静かに収められていた。

ソフィアとハーマイオニーは何時ごろ少女に会い、何があったか、どんな会話をしたかの詳細を話す。ダンブルドア達は静かにそれを聞いていたが、少年はぶるぶると体を震わせるとついに顔を覆って啜り泣き始めた。

 

 

「──それで、その人形を受け取ると、死ぬと言って……」

「そんな!……シャーロットが、そんな──何かの間違いです!」

 

 

悲痛な叫びを上げる少年は恐ろしさに体を震わせながら少女──シャーロットがそんな事をするわけがないと必死に訴える。しかし、ダンブルドア達は彼の言葉に頷く事はなかった。

 

 

「……ダンブルドア先生、彼は……?」

「彼はアルフィー・テイラー。ハッフルパフの3年生じゃ。昨夜、この部屋の前に人形を置こうとしたシャーロット・テイラーの兄じゃ。さて、アルフィー。この人形はもともとシャーロットが持っていたものかね?」

 

 

アルフィーは顔を覆った指の隙間からちらりと人形を見る。恐々とその人形を観察していたが、すぐに視線を外すと小さく頷いた。

 

 

「それは──シャーロットが5歳の誕生日に、僕がプレゼントしたものです。ずっと大切にしていて……でも!それはマグルの普通の店で購入したものです!そんな、闇の魔法なんてかかってません!」

「そうかのう?よくよく、見るのじゃ」

「うっ……はい……」

 

 

アルフィーはそろそろと鳥籠に近づき、胸の前で指を組むと極限まで眼を細めてその人形をしっかりと見た。ただの人形だ、クリスマス休暇の時も、ずっと妹が持っていた。変わっているところなんて──。

 

 

「──あっ、髪、髪が。人形の髪が!」

 

 

それに気付いたアルフィーは背筋に冷たいものが走ったような悪寒を感じ、一歩下がる。プレゼントした人形は愛らしいフランス人形であり、髪はたしか背中の中ほどまであり、ボンネット帽子で可愛くあしらわれていたが──帽子からのぞいている髪は、足首に迫るほど長い。

 

 

「そうじゃの。この人形の髪に魔法がかけられておる。ただシャーロットが言ったような相手を死に陥れる程の呪いは込められていなさそうじゃ」

 

 

ダンブルドアは震えるアルフィーの肩に手を置き、鳥籠に近づく。そのまま気軽な動作で開閉口を開け、人形を掴んだ。

ソフィアとハーマイオニーとアルフィーがあっと小さく叫んだ瞬間、その人形の髪がダンブルドアの腕に巻き付きギリギリと締め上げる。

心配そうに見るソフィア達を安心させるために優しく微笑んだダンブルドアは、黒い手で人形の頭をひと撫でした。すると人形はぶるりと震え、締め上げていた髪は緩み──ただの人形に戻る。

 

 

「この人形の髪が恐ろしく長く、強靭なものであればわしの首を絞めることも可能じゃったかもしれんがのう。人を殺すにしてはちと、長さと強度が足りんようじゃ」

「シャーロットは……そんな、あなたを殺そうだなんて……!すごく優しい子で……」

「ダンブルドア校長。シャーロットは私が知る限り、そんな恐ろしい事はできません。何か──そう、魔法をかけられていたのでは?」

 

 

アルフィーとスプラウトはシャーロットがそんな事を考えるはずがないと首を振る。彼女はマグル界出身の一年生であり、闇の魔法を使えるとは思わない。服従の呪文にかけられていたのではないかと暗に伝えるスプラウトに、ダンブルドアは少し真剣な顔をしながら人形を机の上に置いた。

 

 

「服従の呪文や、その他の闇の魔術にかかっている様子はない、というのがセブルスとフリットウィック、そしてポンフリーの見解じゃ」

「そんな──」

「目覚めたシャーロットは、何度も『ダンブルドアを殺さなければならない』と呟いておった。ポンフリーが精神安定剤を飲ませ、落ち着かせてもその考えは変わらないようじゃ。──わしも人から恨まれる事は勿論あるがのう。しかし、シャーロットにそれほど強い殺意を抱かせることをした覚えは、残念ながらないのじゃ」

「魔法じゃない?──じゃ、じゃあ。シャーロットは本当に、自分の意思であなたをこ、殺そうと……?」

「人形の髪を伸ばし、手に取ったものを締め上げるように魔法をかけるのはそれほど難しいことではない。一年生でも、優秀ならば可能じゃろう。──じゃが、シャーロット本人の意思かどうかはわからないのじゃ」

 

 

ダンブルドアの言葉にアルフィーは不安げな顔で視線を揺らし困惑した。今まさに魔法にかけられていないと言ったはずだ、しかしダンブルドアへの殺意は本人の意思ではないかもしれないとは──どう言う事だろうか。

 

 

「つまり……?」

「何にせよ、詳しく検査する必要があるじゃろう。アルフィー、きみの妹になにか違和感はなかったかね?」

「えっと……クリスマス休暇はいつも通りで、あなたに対しての殺意なんて……。それに、クリスマス休暇前も普通で──」

 

 

アルフィーは自分の妹があくまで被害者であることを望み、必死に記憶を辿った。特に変わりはなく、友達と学生生活を過ごしていた。入学して暫く経ってからは、親元を離れる不安と勉強の難しさからか不満がちで夢見が悪いとぼやいていたが、それも少し前から落ち着いていた。

 

 

「わかりません……勉強が辛くて、よく眠れないとは言っていましたが……医務室に行くほど疲労が溜まっているようにも見えませんでしたし……」

「そうか──ふむ、シャーロットは暫く医務室で入院する方がいいじゃろう」

「はい……その、シャーロットは──妹は、罪に……?」

 

 

もし、本当にダンブルドアへの不満と、何か彼女にしかわからない恨みを募らせた上での殺人未遂ならばそれは罪になる。体を震わせ、蒼白な顔で聞くアルフィーを、ダンブルドアは半月メガネの奥の目をキラキラと輝かせながらじっと見つめた。

 

 

「彼女とよく話をしなければならんの」

「……そう、ですか」

「アルフィー、君はもう戻りなさい。まだ朝食には早いようじゃな、医務室で妹君と面会するがよかろう。スプラウト先生も、着いて行ってもらえるかの?」

「勿論です。さあ、行きますよ」

「はい……失礼します」

 

 

スプラウトはがっくりと項垂れたアルフィーの肩を支え、ゆっくりと校長室を後にした。

ソフィアとハーマイオニーは自分たちも話せる事は全て話した、退出した方がいいだろうか、とダンブルドアをちらりと見つめる。

 

 

「さて──ソフィア、ハーマイオニー。君たちの周りであの少女のように言動がおかしなものはいるかな?」

「え?──いえ、特に思い当たりません」

「私もです……」

「ふむ。──これはわしの独り言なのじゃが──」

 

 

ダンブルドアは校長机の奥に周り、黒いしなびた手を袖の中に隠しながらゆったりと肘掛け椅子に座った。少し、疲れているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「実はこれが初めてでは無いのじゃ。──中傷の手紙などはまあよくある事じゃが──ここ数ヶ月で三度ほどのう。どれもままごとのような方法じゃ」

「は──それ、は」

「さて、ソフィア、ハーマイオニー。何か異変があればセブルスかミネルバに伝えるのじゃ。よいな?さあミネルバ。寮まで送ってあげなさい」

 

 

ぱっと視線をソフィアとハーマイオニーに向けたダンブルドアはにっこりと微笑み、扉へと向かうよう促す。マクゴナガルは硬い表情で頷き、すぐに扉を開いた。

ソフィアとハーマイオニーは黙り込んだまま、静かに校長室を後にする。

 

残されたのはセブルスだけであり、静かにダンブルドアに近づき人形を手に取る。ダンブルドアによりその魔法が解呪された人形は、ただの少女趣味な物に戻っていた。

 

 

「……開心術を試みましたが、テイラーの中にあるのは貴方への強い殺意でした」

「ふむ……魔法がかけられた形跡は無いんじゃな?」

「ええ、残念ながら。この不出来な呪いの人形を使い、本気で殺せると考えていた様子です。誰にも知られる事なく」

 

 

ダンブルドアはセブルスの言葉に耳を傾けながら、何も無いところをじっと見つめながら髭を撫でる。

殺意を抱いている者の存在は把握している。しかし、()ではない者が、自分に殺意を向ける理由がわからなかった。服従の呪文により無理に従わされているわけではない。本当に()()()()()()()()()()()()()()()()()そう思っているのだ。

 

 

 

「引き続き、あの子の監視を頼む」

「……はい」

 

 

セブルスは後ろ手に繋いだ手を、強く握りしめた。

 

 



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345 マインドコントロール?

 

 

ソフィアとハーマイオニーが談話室へ戻ると何人かの生徒が眠そうな眼を擦りながらソファに座っていた。

昨日はクリスマス休暇最終日であり授業はなかったが、今日から再び勉強と宿題に追われる日々がやってくる。その前に真面目な生徒は少し予習を始めているのだ。

 

 

誰もが友人たちと穏やかに話す中、パーバティはひとりポツンと大きなソファの中央に座っていた。

ソフィアとハーマイオニーが肖像画の穴をくぐり現れたことに気付くと彼女はすぐに駆け寄った。

 

 

「おはよう、どこ行ってたの?」

「おはよう。フクロウ小屋に行ってただけよ」

 

 

ソフィアはそれらしい嘘をつき、不安そうに眉を下げるパーバティを見て首を傾げる。「どうしたの?」と聞けば、パーバティは視線を彷徨わせた後、不安げに胸の前で指を組み呟いた。

 

 

「ラベンダー、昨日の夜遅くに帰ってくるって言ってたのに……戻ってきてないの。今日から授業が始まるのに……」

「え?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは気が付かなかったが、そういえば昨日もラベンダーを見ていない。昨日は姿現しの授業や不可解な少女の件でベッドが空白だということまで、意識がいかなかった。

 

 

「まさか──」

「言わないでっ!」

 

 

ハーマイオニーは嫌な予感に顔を引き攣らせ恐々と呟いたが、すぐにパーバティが硬い声で遮る。しかし、彼女もハーマイオニーが何を言おうとしているのかわかっているのだろう。その顔色は悪く、眼を潤ませると唇を震わせながら視線を落とした。 

 

日刊預言者新聞では、耐えず行方不明者や死亡者の報道がされている。ホグワーツ内でも、親戚や家族が死喰い人により殺害されたと噂で聞いた事はあった。生徒が亡くなった事はまだ無かったが──もし、誰か亡くなったのならダンブルドアが皆に説明し喪に付すだろう──クリスマス休暇で自宅に帰っている間に襲われる事は、充分にあり得る。

 

 

「……きっと、大丈夫よ。ね?……一緒に朝食に行きましょう?」

 

 

ソフィアは震えるパーバティの肩をそっと抱き、支えた。しかしパーバティはふるふると首を振り「行きたくないの」と呟く。

 

 

「もし、大広間に黒幕が飾られていたら……ダンブルドアがいて、朝食前にラベンダーの事を言ったら……そう思うと、怖くて……」

「パーバティ……」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは怯える彼女にかける言葉が見つからなかった。セドリックが亡くなった時、ダンブルドアは喪に伏して彼への言葉を捧げた。もし、あの時と同じ光景が広がっていれば──親友であるパーバティは、想像するだけで足元がふらつき、胃の奥が重くなった。

 

 

「どうしたの?」

「ネビル……」

 

 

男子寮から降りてきたネビルは不安げな顔をするパーバティに気づくと心配そうに駆け寄ってきた。ネビルだけではなく、グリフィンドール生の何人かがパーバティの異変に気づきチラチラと様子を盗み見ていた。

 

 

「その……ラベンダー、まだ来てないでしょう?今日から授業なのに……それで──」

 

 

ハーマイオニーが言い難そうに説明すれば、ネビルはきょとんとして首を傾げた。

 

 

「え?僕、昨日汽車の中で一緒だったよ」

「ほ、本当に!?」

 

 

パーバティは必死さが滲む顔でネビルに詰め寄った。ネビルは少々驚きながら何度もこくこくと頷く。

 

 

「でも──荷物検査の時に、なんかフィルチと言い争ってた。夕食の時間が近くて、僕はそこまでしか知らないけど」

「そうなの……はあぁ……よかった……」

 

 

パーバティは胸の奥に詰まっていたものを全て吐き出すかのようなため息をつき、近くのソファに座った。

なぜ、今ここにいないのかはわからないが最悪なことにはなっていない。──無事、生きているということが分かっただけでパーバティは十分安心できた。

 

 

「持ってきてはいけないものでも持ってきちゃったのね。ほら、今惚れ薬がすごく流行ってるって噂を聞いたし……朝から罰則でも受けているのかしら」

 

 

パーバティは同意を求めるようにソフィアとハーマイオニーを見たが、2人は曖昧に笑い言葉を濁した。フィルチが別の瓶にすり替えられたものを、ただの栄養剤か愛の妙薬かわかるとは思えない。彼は魔法道具に頼るスクイブであり、魔法使いではないのだ。

しかし、彼が使う検索センサーは闇の道具に反応する。言い争っていたのが、闇の道具関連ならば──ラベンダーが持ってきたものは愛の妙薬などではなく、もっと悍ましいものなのだろう。

 

しかし、ラベンダーはそんなものを持ち込む人間ではない。むしろ彼女なら怖がり強く拒絶するはずだ。

 

もう6年も共に暮らしているのだ、親友ではないとはいえ、ラベンダーの性格を熟知しているソフィアは、昨夜からの出来事を思い出し──そして、やはりハーマイオニーも同じ事を思っていた。

 

 

「私、大広間に行くわ。マクゴナガルなら何か知ってるかも。まあ、授業には間に合う罰則だと思うし」

 

 

ラベンダーが無事だとわかると、パーバティはいつものような落ち着きと元気を取り戻し、ソフィア達に手を振って肖像画の元へ向かった。

 

 

「……ネビル、ラベンダーは何を持ってきていたの?」

「え?うーん。見てないけど、たしか……凄く素敵なネックレスって、ラベンダーはフィルチに説明してたと思う」

 

 

ネビルは顔をしかめなんとか思い出しながら言ったあと、男子寮から降りてきたシェーマスと合流するためその場を離れた。

ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ、互いの顔色がすぐれないのを見て苦く笑う。

 

 

「これって、もしかしなくても──」

「ラベンダーも、そうだという可能性は高いわね」

 

 

ダンブルドアを好ましく思っていない生徒が闇の道具を持ち込もうとするのなら理解できる。学期が始まるときに、何人かが危険なものを持ち込もうとして没収されているのは確かだ。

しかし、ラベンダーはどう考えても──闇の道具を持ち込む人には思えなかった。

もしもラベンダーがその闇の道具を使い、ダンブルドア殺害を目論んでいたのならば。昨日からの出来事は終わる事なく続いている、という事だ。

 

 

ソフィアとハーマイオニーは降りてきたハリーとロンへ朝の挨拶もそこそこに手を引っ張り、寮近くの空き教室の中で昨夜から今まで何があったのかを話した。

ハリーとロンは眠たげな顔をしていたが、徐々に真剣な顔になりソフィアとハーマイオニーが話し切る前に意識を覚醒させた。

 

 

「もしかして、マルフォイの計略ってこの事か?マルフォイは、ダンブルドアを──殺そうとしている?」

 

 

ハリーはハッとして呟いたが、ソフィアとハーマイオニーとロンは眉を寄せ「それはあり得ない」と声を揃えた。

 

 

「ハリー、あなたを殺すのならまだ理解ができるわ。でもダンブルドアを殺すなんてそんな事不可能よ!ヴォルデモートですら、不可能な事だもの」

「言ってみただけ。あり得ないのはわかってる」

 

 

ハリーは自分自身、ヴォルデモートがドラコにダンブルドア殺害などという無謀な事を命令するとは考えられなかった。もし、この馬鹿げた予想が当たっていたのなら──ドラコは命令をしくじることが確定し、ヴォルデモートの怒りを買うことが当初から予定されていふようなものだ。

ダンブルドアは聡明で強かな魔法使いだ。誰よりも力を持つと言われている彼を、一人前ですらない魔法使いが殺せるわけがない。

 

 

「ドラコが受けた命令はわからないわ。ただ混乱させて不安を煽ったり、世間でのダンブルドア先生とハリーの人気を落としたいのかもしれない。……犯人が誰であれ、問題なのは──」

「方法がわからない事か」

「──そうなのよね」

 

 

ソフィアの言葉をハリーが引き継ぐ。

その人らしく無い行動をするのは、魔法薬で錯乱していたり、服従の呪文による可能性がある。しかし、昨夜ダンブルドア殺害を目論んでいたシャーロット・テイラーには闇の魔法がかけられていなかった。

その方法がわからない限り、シャーロット本人の罪になってしまう。

ダンブルドア殺害を目論むのは1人ではなく、今年度に入って複数回あったとダンブルドアは明言した。数年に一度ならば──あるかもしれないが、稀有な事だろう。それがたった数ヶ月の間に頻発のだ、誰か、黒幕の存在を感じざるを得ない。

 

 

「ダンブルドア殺害か──あの人って、どうやったら死ぬんだろう」

「え?」

 

 

ロンは真剣な顔でぽつりと呟く。ハーマイオニーがぎくりと肩を震わせ訝しげな顔でロンを見たため、ロンは慌てて首を振った。

 

 

「いや、その──僕、ダンブルドアって死なないって思ってた。殺されるイメージが無いというか……」

「確かに」

「ダンブルドア先生はお強いもの。そりゃ、いつかは亡くなるわ。けれど……そうね、確かに老衰くらいしかイメージつかないわね」

 

 

ロンの考えもわかる、とソフィア達は頷いた。

ダンブルドアは魔法界の光の象徴であり、ヴォルデモートに抗う力そのものだ。彼がこの世を去る時──それは、きっと前線を退いたあとの穏やかな世界。暖炉の前で、大好きな甘いお菓子を食べながらこっくりこっくりと穏やかな眠りに落ちる。きっと、そのような緩やかな死だろう。

 

 

「老衰かぁ。……500歳くらいまで生きそうだな」

「ふふっ、賢者の石はもうないけど──わかるわ」

 

 

ハーマイオニーはくすくすと小さく笑う。ダンブルドアが易々と殺されるなんて、あり得ない。それがソフィア達の共通認識であり、すぐに話題は薬でも服従の呪文でもなく、他者を操ることができるのか、ということに移った。

 

 

「うーん。マグル界では、マインドコントロールとか催眠術とかあるけど」

「マインドコントロール?」

「さいみんじゅつ?」

 

 

ハーマイオニーの呟きにマグル界の事に疎いソフィアとロンは首を傾げた。ソフィアはマグル学を受講しているが、その単語は初めて聞いたのだ。

 

 

「えーと。マインドコントロールは人の精神とか行動を操るの。厄介なのはマインドコントロールされてる事に気づけないということね。操られているのに、自分の意思で行動してると思い込んでるの。催眠術は……半分寝てて、それでも半分起きてるというか……何をしたのか覚えてなかったり、わからない事が多いらしいの」

「洗脳、みたいなものかしら?」

「うーん。私も詳しくはわからないわ……」

「……もし、魔法使いが他人をマインドコントロールするならどうする?」

 

 

状況だけで考えれば、シャーロット・テイラーの様子はマインドコントロールに近いのでは無いか。とハリーは思った。

本人がダンブルドアへの殺意を認めているが、その殺意が他者から埋め込まれたものならば、周りが「そんな事を考える人でない」と狼狽えるのも当然だろう。

 

 

「えーっと……自分の意思で行動していると本人も思い込むのよね?うーん……ロンがハリーに幸福薬を飲ませたと思い込ませて不安を取り除いたのも、一種のマインドコントロールになるのかしら?でも、幸福薬じゃないわよね……」

「何か魔法があったかしら……」

「僕はお手上げだからな」

 

 

ハリーの問いにソフィアとハーマイオニーは暫く唸りながら考え、ロンはすぐに降参だと手を上げた。

しかし、いくら考えても本人の心を操る魔法など思いつかなかった。もしあったとしても、きっと禁書の類だろう。

 

人の心の奥底に入り込み、思想を歪め、行動を支配する。

 

そんな事が本当に可能なのか、ソフィアにはわからなかった。

 

 



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346 ホークラックス!

 

 

ソフィアは魔法生物飼育学の授業を終え、ハリー達が魔法薬学の授業が終わるまで1人談話室で宿題をしていた。

朝食や昼食の時、大広間にはラベンダーの姿は無く、その後の授業では同じ科目を受講していないために見かけることは無かった。パーバディの姿を見かけることも無かったことから、ただすれ違ってるだけなら良いと思いつつ──ソフィアはそれが希望的観測であることを理解していた。

 

 

「ソフィア……」

「パーバティ。……顔色が悪いわ」

 

 

憔悴し、蒼白な顔で肖像画の穴を潜ったパーバティはふらふらとおぼつかない足取りでソフィアに近付き、暖炉側の肘掛け椅子に腰掛けた。

ソフィアはすぐにパーバティの肩をそっと撫でる。暫く暖炉の火をぼんやりと見つめていたパーバティは、瞳にちらちらと炎を写したまま口を開いた。

 

 

「……ラベンダー、医務室で暫く入院する事になったの」

「えっ?」

「……理由は、詳しくは教えてくれなかった。ただ入院とカウンセリングが必要だからって。怪我をしたわけじゃないらしいけど……」

「そうなの……心配ね」

 

 

パーバティは一度口を閉じ、唇を噛み締める。ソフィアは彼女が何かまだ伝えたいことがあるのだが、言うべきか悩んでいるのだろうと察し──ただ無言で寄り添った。

沈黙していたパーバティは、体の中の空気が抜けてしまうのでは無いかというほどの長いため息を着くと、隣にいるソフィアしか聞こえないほどの音量で囁いた。

 

 

「……医務室で、ダンブルドアとマクゴナガルとラベンダーが話してるのを聞いてしまったの。ラベンダーが持っていたのは愛の妙薬じゃなくて、呪いのネックレスだったみたい。身につけると死んでしまうほどの強い呪いだったって。ラベンダーはそれを自分で購入して、ダンブルドアにプレゼントしたかったって。その理由は──」

「──ダンブルドア先生を、殺すため?」

「……ええ。──でも、ラベンダーがそんな事を考えるわけがないわ。怖くて泣いちゃうタイプだもの。きっと服従の呪文にかかっていたのよ!……あっ!そうね、入院するのはきっと原因を調べるためだわ!」

 

 

パーバティは祈る時のように指を組み、自分に言い聞かせるように早口で呟く。ソフィアは間違いなくこのホグワーツで何かが起こっているのだと感じ、胸の奥がざわざわと騒めき落ち着かない気持ちになりながら無理に笑顔を作り「大丈夫。きっとそうよ」とパーバティの背中を撫でた。

 

シャーロットとラベンダー。2人ともダンブルドア殺害を企てる人には到底思えない。

確かに今まで散々大人達に騙され、欺かれ、味方だと思っていた大人がヴォルデモートの忠実な部下だったことはあった。

しかし、ラベンダーは同じ時を過ごした友人だ。──まさか、ドラコのように何かがありヴォルデモート本人直接ではないにしろ、脅されて死喰い人の指示に従わざるをえない状況になっているのだろうか?

 

 

「……ラベンダー、何か変わったところとかあった?今年に入ってから、何か気づかなかった?」

「え?うーん……とくに変な事は……そんなに昔から操られていたの?」

「わからないけど、可能性はあるでしょう?」

 

 

操られているのか、脅されているのか。もし脅されているのならラベンダーは隠し事が上手いタイプではない。何か大きな事に巻き込まれているのならば1番近くにいたパーバティは気づくことが出来たかもしれない。しかし、どれだけ考えても異変は思い浮かばなかった。

 

 

授業が終了したのだろう。何人もの生徒がゾロゾロと談話室へ戻ってきて、静かだった談話室は人で溢れる。

この話題はあまり人に聞かせるものでは無い、そう思いパーバティは「自室に戻るわ」と疲れた笑顔で微笑み立ち上がった。

 

パーバティは小さく欠伸をこぼす。

昨日はラベンダーの事で最悪な未来ばかり考えてしまいよく眠れなかったのだ。

 

 

「ああ、そうだわ──」

 

 

パーバティはふと、小さな異変を思い出し、振り返った。

 

 

「──数ヶ月前、よく眠れないって言ってたわ。変な夢を見るって。あの子いつもならすぐ寝ちゃうでしょう?多分、ほら……失恋したからね」

 

 

それだけを伝え、ソフィアが驚き息を呑んでいる事に気づかず、パーバティは人を避けながら女子寮の階段を登った。

 

 

「……夢……不眠……」

 

 

ソフィアは暖炉の火を見ながらぶつぶつと呟く。

偶然だろうか。勉強や失恋が辛くて眠れぬ夜を過ごす事なんて子どもにはよくある事だ。

ソフィア自身も不安なことがあると寝付けず、悪夢を見て飛び起きてしまう事も少なからずあった。

 

 

ラベンダーがダンブルドアの殺害を企て、失敗し医務室に入院する事になったとは、ハリーとロンには言わない方がいいだろう。──少なくとも、どこからかその噂が漏れてしまうまでは。きっとパーバティは、ハーマイオニーには伝えるはずだ。ルームメイトが何日も姿を見せない事は隠し切れる事でもない。

あとで、ハーマイオニーと話し合わなきゃ。そう考えながらソフィアは止まりかけていた自習を再開させ、ハリー達が戻ってくるのを待った。

 

 

 

数十分後、魔法薬学の授業を終えたハリーとロンとハーマイオニーが戻ってきたが、どこか3人の空気は悪く、苛立ち、互いに不満を抱えているように見えた。

 

 

「どうしたの?」

「散々だったんだ。全くホークラックスの事を聞けなかった」

「それに、ハリーは混合毒薬から解毒薬を作る授業だったのに作業もしないでベゾアール石を提出したの!」

 

 

ソフィアはハリーとハーマイオニーの言葉を聞いても、何故彼らが苛立っているのか全くわからなかった。「ホークラックスって?」と首を傾げるソフィアに、ハリーはまだソフィアには先日のダンブルドアとの授業と──そして初めて出された宿題について伝えていなかった事を思い出し、誰にも聞かれないよう談話室の端に引っ張って行き説明をした。

 

 

ハリーはスラグホーンの記憶で、リドルがホークラックスについて知りたがっていたのを見た。ハリーが見た記憶ではスラグホーンはリドルを拒絶していたが、ダンブルドアはこの記憶は改竄されたものであり、本当の改竄されていない記憶をスラグホーンから聞き出さなければならない。──それがハリーに課された宿題だ。

 

 

「言っただろう?僕はスラグホーンを懐柔する必要があるんだ!僕と君がベゾアール石を提出したら怪しまれるだろ!」

 

 

ハリーは恨みがましそうな目で見るロンに強い口調で文句を言ったが、ロンは見るからに不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。

 

 

「それで、ハーマイオニーは……ハリーが解毒薬を作らずにベゾアール石を提出したのが気に入らないのね」

「だって、石よ!薬じゃないわ!それなのに10点も加点されて!ゴルパロットの第三の法則を冒涜してるわ!」

「そのなんたらの法則は結局、どういう意味なんだ?」

「どういうって、そのままよ。わからないの?」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーは眉を寄せ、もう一度教科書を丸暗記した言葉を澱みなく伝えたが、論理的説明をされても意味が理解できないロンは頭の上にハテナをたくさん飛ばし難しい表情をした。

 

 

「んー。つまりね。簡単に説明すると……膨れ薬と老け薬の解毒薬は縮み薬と戻り薬でしょ。じゃあ、膨れ薬と老け薬を一つの瓶に混ぜたものを飲んだらどうなると思う?」

「うーん……?」

「膨れて老けるんじゃないの?」

「それぞれ別に飲んだらね。魔法薬は材料が少し異なるだけで効能が大きく変わるわ。出来上がった薬でもそれは変わらないの。だから同時に飲む事は推奨されてないわ。胃の中で混ざるからね──つまり、2種類の薬を混ぜたものは、本来持つ薬とは違う効能を発揮する事が多くて、本来の薬に対応する解毒薬を飲んでも効果がないの。他にもいくつか薬品を足して中和させなきゃいけないのね」

「……わかるような、わからないような」

 

 

ソフィアの説明を聞いて、ハリーとロンはなんとなくゴルパロットの第三の法則について理解したが、しかしどうやってたくさんある材料から解毒薬になる材料を探し、薬を作り出せばいいのかはわからなかった。

 

 

「その法則のことよりも、スラグホーンだ。間違いなく警戒されたと思う。……ソフィア、ホークラックスって聞いたことある?」

「いいえ、初めて聞いたわ。……過去のヴォ…ルデモートが知りたがっているのなら、闇の魔法道具や闇の魔術かしら……」

 

 

ソフィアもホークラックスの名称を聞いたことがなく、それが物なのか魔法なのかもわからなかった。

ただ、過去のヴォルデモートが知りたがっていた──興味を持っていたもので、スラグホーンはそれに関わる事を隠蔽しようとしているということは、あまり良いものではなさそうだ。

 

 

「そのホークラックスについて、図書館で調べてみるわ。──あ、それとね。さっきたまたま知ったんだけど……また、ダンブルドア先生への殺人未遂があったようなの」

「えっ!本当に?」

「ええ……詳しくはわからないんだけど、こう続くとやっぱり何かあると思うの。……それで、たまたまかもしれないけど……2人とも夢見が悪くて寝不足気味だったって」

「んー……ああっ!もしかして、白昼夢魔法とか?ほら、フレッドとジョージが特許を申請していた創作魔法よ!あれを使って、悪夢を見せているとか!」

 

 

ハーマイオニーは思いつきの言葉だったが妙に筋が通っている気がして興奮しながらソフィア達の顔を見渡し同意を求めたが、ロンは難しい顔をして「悪夢とダンブルドア暗殺がどう繋がるんだ?」と尤もな事を言い、ハーマイオニーはそれもそうだと口を黙み、喉の奥でぶつぶつと何かいい考えが浮かんでこないかと頭を捻らせ続けた。

 

夕食を食べに大広間に行く時に、ソフィアは先ほど伝えなかった事を──ラベンダーが殺人未遂を犯したということだ──ハーマイオニーに伝えようとしたが、ハーマイオニーは既に全て読み取り、「わかってる」という意味を込めて頷いたため、ソフィアはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

その後ソフィア達はホークラックスの事や、人を操作することができる魔法が存在するのか、図書館で必死に探したがどちらも難航していると言えるだろう。

 

ソフィアとハーマイオニーは時間が許す限り禁書の棚を手分けし、数日かけてほぼ全ての禁書本を読み、探したが見つかったのは『最も邪悪なる魔術』という本に『ホークラックス、魔法の中で最も邪悪なる発明なり。我らはそれを語りもせず、説きもせぬ』という一文が書かれているのみだ。

 

 

「これだけ探したのに!この文だけなの!?」

「それほど邪悪なのね……もしかして、許されざる呪文以上のもっと凶悪なものとか……ここまで隠されているのなら、大人でも知っている人は少ないでしょうね」

「本に書いてないならどうすればいいのよ!」

 

 

ハーマイオニーは苛立ち、もどかしそうに言いながら古色蒼然とした本を乱暴に閉じた。本が幽霊が出てきそうな鳴き声をあげたが、この程度のことで怯えるハーマイオニーではなく、「お黙り」とピシャリと本に言い、鞄の中に詰め込んだ。

 

 

ハリーはスラグホーンがまたスラグクラブを開催しないかと心待ちにしていたが、スラグホーンはハリーから何かを聞かれるのを避けるためなのか、あれ以来ぴたりとスラグ・クラブを開催することは無くなった。

はじめは衝撃と疑惑からよそよそしさを出していたスラグホーンだったが、ハリーがホークラックスの事を聞くつもりがないのだと数回の授業で判断すると、また以前のような可愛がる態度に戻り、その問題は忘れたように見えた。

 

何も解決しないまま日々が過ぎていく。ソフィア達は漠然とした不安を感じていたが、大きな事件は起こることもなかった。──ただ、ラベンダーはずっと入院していたが。

 

 

 



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347 まともな思考!

 

 

一月の末、ソフィアはマクゴナガルとの個人授業を終え、暗くなった廊下を歩き寮へと向かった。

煌々とした火が燃える暖炉が心地よい熱を吐き出しているおかげで、談話室は人が少ないにも関わらず温かい。

ソフィアは辺りを見回し、ロンが暖炉近くに座っている事に気づくと駆け寄った。

 

 

「ロン、ハーマイオニーとハリーは?」

「いつもの図書館。僕はもう目が疲れたから先に戻ってきたんだ」

 

 

ロンは膝に乗せていたクルックシャンクスを撫でながら眠たげな目をゆっくりと瞬かせる。ソフィアの腕の中にいたティティはぴょんと飛び降りるとクルックシャンクスに甘えるようにすり寄った。もうティティは小さな子どもではなく、大人になり、クルックシャンクスと同じほど大きくなっていた。──見た目でスラリとしているのはティティの方だが。

 

 

「もう、文字ばかり──読んでたら、眠くて──」

 

 

ロンは噛み締めるように呟き、そのまま体を深くソファの背に預けると眠ってしまった。

 

ソフィアは声を出さず小さく笑い、寝室にあるブランケットを持ってこようと立ち上がった。いくら談話室が暖かくとも、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。

女子寮に向かいながら、ソフィアはいつもとは違う甘い匂いが漂っている事に気づいた。不思議と落ち着くこの香りは以前にも何度か談話室で香っていた。──誰かの香水の匂いだろうか。

誰の匂いかが判明すれば、どこの香水か聞きたい。そう思いながらソフィアは階段を上がった。

 

 

 

 

淡いクリーム色のブランケットを持ち、ソフィアは再び談話室へ降りる。しかし──時間にして数分しか経っていないが、先ほどまでいた場所にロンの姿は無かった。

 

 

「あら……?」

 

 

寝転んでいるのかとソファの前に回ったが、残されているのはティティとクルックシャンクスだけであり、ロンの姿はない。自分が行ってすぐに目覚めて、男子寮に上がってしまったのだろうか。

 

 

「ティティ、ロンは部屋かしら?」

「きゅーん」

 

 

ちゃんとベッドで寝ているのならいいか、と思いつつ、なんとなくティティに聞いてみれば、ティティは顔を上げ肖像画の方を見た。

ソフィアが不思議に思いながら振り向いた時には、ちょうど肖像画が閉じているところだった──つまり、今誰かが出たのだ。

 

 

「……?」

 

 

図書館へ行ったのだろうか。あんなに眠そうにしていたのに。

 

ソフィアはブランケットを羽織りながら肖像画へ近づき、凍えるように寒い廊下へ出た。

左右を見れば近くの曲がり角で見慣れた赤毛がちらりと廊下の端に消えていくのが見えた。

 

 

「ロン!図書館へ行くの?私も行くわ」

 

 

ソフィアはずれ落ちてくるブランケットを押さえながら走り、ロンの隣に並んだ。ロンは眠そうに目を擦りながらちらりとソフィアを見て「ふぁーあ」と大きな欠伸をした。

 

 

「いや、図書館には行かない」

「え?どこに行くの?」

「魔法薬学の教室さ」

「あら、忘れ物?」

「うん」

 

 

今日は魔法薬学があっただろうか、とソフィアは思ったが自分が受講していない授業の時間割りは流石に覚えていなかった。ロンはかなり眠く、面倒くさいのか足を引き摺るように歩き、何度かすれ違う人と衝突しかけた。

ソフィアは慌ててロンを支え、「廊下の端を歩きましょう?」とそれとなく誘導し、久しぶりに降りる地下教室へと向かう。

ロンは魔法薬学の教室の扉に耳をつけ、静かに耳を澄ました。中から物音がしないとわかるとそっと扉を開け、体を擦り込ませる。宿題か、教科書でも忘れたのだろうか、とソフィアは懐かしい薬品の匂いを嗅ぎながら入り口に立ちロンを待った。

 

 

「えっと……あった、これだ」

 

 

ロンは材料棚をごそごそと探ると、いくつかの材料を手に取る。ソフィアは怪訝な顔をしたがあそこは生徒が使う材料が入っている棚であり、危険なものや高価なものはなく、熱心な生徒は教師の許可を取った上で調合することを許されている。しかし、ロンは自主的に調合をしようとする性格ではないとソフィアは理解していた。

魔法薬の材料が、宿題に必要なのだろうか。

 

 

「それ、どうするの?」

「老け薬を作るんだ」

 

 

ロンは軽く答えると、自然な動作で近くの棚から調合鍋を引っ張り出し、釜の上に置いた。貸し出し用の本の中から初級魔法薬学書を取り出し、作り方を確認しながら調合台で手際よく材料を刻む。老け薬は簡単なもので何年も前に学び、6年生となったいま、調合に失敗することは少ないだろう。

 

 

「……でも、どうして?」

 

 

調合できるのはわかるが、どうして老け薬が必要なのか。もしかして、少し大人になった自分の姿を見てみたいのだろうか?

ソフィアは材料が入った鍋から薄い灰色の煙が上がっているのを見ながら不思議そうに首を傾げた。

 

 

「必要だから」

「あら、大人になって誰かにアタックでもするの?」

「違うよ。僕が飲むんじゃない。ダンブルドアさ」

「……え?」

 

 

ロンは眠そうに目を擦り、もう一方の手で匙をぐるぐると混ぜながら答えた。

 

 

「そうすりゃ寿命に近づく。そうだろ?」

 

 

ロンは至って普通の声音で、いつものようにきょとんとしたままソフィアに聞いた。

その目も虚ではなく、違和感はない。いつも通りのロンであるが──。

 

 

「──っ」

 

 

ソフィアはそれが怖かった。

それだからこそ、怖かった。

目の前にいるのはいつも通りのロンであり、違和感はない。だからこそ、体が一気に冷え全身が震えるほどの恐怖と戸惑いを感じた。

 

 

──いつも通りなのに、何かがおかしい。

 

 

ソフィアは混乱していたが、冷静さを取り戻すために必死に深呼吸を繰り返し、震える手を強く握った。心臓が嫌に煩く、額に汗が滲む。

 

 

──どうして、ロンが?あり得ない。だって、ロンは誰にも呪われてないし、何もおかしなことはなかった。クリスマス休暇でもずっと一緒で誰かが操る隙なんてなかった。料理もずっと同じものを食べていて、薬を盛る隙もなかった、なのに、どうして。

 

 

「……何故、そうしたいの?」

「なんでって。そうしなきゃ。だって、言われただろ?」

 

 

特に隠すつもりがないのか、あっさりと誰かから言われたということを示唆するロンに、ソフィアは目を細め「……誰に?」と小さく問いかけた。

 

 

「だれに……?だ──」

 

 

ロンはぽかんとしていたが、すぐに苦痛で顔を歪ませた。そのままぐらりとよろめくと調合台に体をぶつけてしまい、置いてあった材料がガチャガチャと音を立てて落下した。

 

 

「ロン!」

「つっ──」

 

 

ソフィアは一瞬駆け寄って安全なのか悩み躊躇したが、あまりにロンが苦悶の表情を浮かべているためロン本人が危険だという事を無視して駆け寄り、抱きかかえた。

ロンは頭を押さえ、目を固く閉じ、ただ何かに耐えるように唸っている。

 

この症状はなんだろうか。毒ではない。神経に作用する薬?魔法?操る新たな術でも生み出されたのだろうか。

 

 

「う、頭が──」

「頭が痛いの?」

「ち、がう……なんだか、ぼんやりして……」

「そう、医務室へ行きましょう?震えているわ」

「でも、薬を作らないと……」

「ロン、あなた自分の魔法薬学の腕を忘れたの?震えてる状態で作って成功できるわけないでしょ。さあ、行くわよ」

 

 

有無を言わさないソフィアの強い言葉に、ロンは渋々頷き名残惜しそうに制作途中の鍋を見ていたが、ソフィアに肩を借りながらゆっくりと教室を後にした。

 

ソフィアは今にも倒れそうなロンを顔を真っ赤にして引きずるように支えていた。身長差と体格差から思うように医務室まで辿り着けず、ソフィアの額には汗が滲む。どうしたのだろうか、とすれ違う生徒が心配そうにちらちらとロンとソフィアを見つめていた。

 

 

「ど、どうしたの?」

「ああ!ネビル、シェーマス、ディーン!いいところに!ごめんなさい、ロンを抱えてもらえないかしら?医務室に行きたくて」

「ああ、勿論だ!──よっと、うわ、顔色やばいな」

 

 

すぐにシェーマスとディーンがロンの両側に周り肩を貸した。ロンは唸りながら「ありがと」と力なく呟き、苦しそうに目を閉じる。

ネビルは自分は何をすればいいのかと狼狽え、心配そうにロンを見つめた。

 

 

「ふうっ。──ネビル、マクゴナガル先生を医務室に呼んで欲しいの。『ロンがシャーロットと同じ事になった』そう伝えればわかるわ」

「シャーロット、シャーロット……うん、わかった」

「私はハリーとハーマイオニーに伝えてくるわ、きっと2人もすごく心配するだろうから。じゃあお願いね!」

「任せとけ」

「ああ──よし、ロンゆっくり歩こうぜ」

 

 

ネビルはすぐにマクゴナガルの元へ向かい、ソフィアは額の汗を拭った後図書館へと疾走した。

間違いない、理由は不明だがロンもダンブルドアへの殺意を抱えている。一刻も早く伝えなければならないだろう。ダンブルドア本人が居ればいいが、今日の朝大広間には現れていなかった、またどこかに行ってホグワーツを出ているのだろう。

 

 

図書館に着いたソフィアはすぐに禁書棚へ向かう。鍵がかけられたそこは立ち入り禁止であり、監督生ではないソフィアは司書や教師の許可なく入ることは出来ない。

ソフィアは爪先立ちになり必死に中の様子を伺っていたが、ついに「ハリー!ハーマイオニー!」と大声で呼びかけた。

 

図書館で大声を出せばすぐに怒り狂った司書が現れ追い出されるが、そんな事を考える余裕はソフィアには無かった。

 

 

「ハリー!ハーマイオニー!出てきて!」

 

 

どんどんと扉を叩けば、遠くからパタパタと走り寄ってくる音が聞こえる。──それと同時に、司書の「誰ですか大声をだして!」という金切り声が響いた。

 

 

「ソフィア、どうしたの?」

「何があった?」

 

 

困惑しながら現れたハリーとハーマイオニーに説明しようと口を開いた瞬間、顔中に怒りを滲ませ震えながら司書が大股でソフィアに駆け寄った。

 

 

「図書館は大声厳禁です!出て行きなさい!」

「言われなくとも出て行きます!」

 

 

ソフィアは司書にはっきりと言い返すと、困惑するハリーとハーマイオニーの手を取りその場を駆け出す。後ろから「走るのも禁止です!」の叫びが聞こえたが、ソフィアは無視をした。

 

 

「ど、どうしたの?」

「ロンが、ダンブルドア先生への殺意を見せたの」

 

 

廊下に出たソフィアは速度を落とさないまま低い声で伝える。ハリーとハーマイオニーは息を呑み、顔を引き攣らせた。

 

 

「えっ、嘘でしょ!?」

「馬鹿な!だって、ずっと一緒で、普通で──そんな!」

「でも、事実なの。医務室にいるわ。行きましょう」

 

 

ソフィアの真剣な声にタチの悪い冗談ではないと理解したハリーとハーマイオニーは、苦い表情で頷くとソフィアと共に走った。

 

 

 

医務室のベッドの上にロンは大人しく座っていた。

周りにはマダム・ポンフリーとマクゴナガル、フリットウィック、セブルス、スラグホーンが居てロンを囲んでいる。

何故自分が教師達に囲まれているのかわからず、ロンは居心地悪そうにしていたが飛び込んできたソフィア達を見るとホッと表情を緩めた。

 

 

「ロン!」

「ああ、ハリー。僕ちょっと具合が悪くなっただけなのになんでこんな事に──」

「それはこっちのセリフだ!何故そんな馬鹿なことを──ダンブルドアを殺すだなんて!」

 

 

ハリーは悲痛な声で叫び、スラグホーンを押し退けロンの胸ぐらを掴む。ロンは目を大きく見開き「な、何が?だって──そうしなきゃ」と呟いた。

 

ロンの目を見て本気でそう考えているのだとわかったハリーは言葉を無くし、いつもと変わらぬロンの目を見て──心が怒りで煮えたぎるのを感じた。

ロンへの怒りではない。それは、ロンをこうさせた者への強い怒りだった。

 

 

「落ち着くのですポッター。……調査が必要です。外へ出て待ちなさい。ソフィア、あなた達もです」

「……はい」

 

 

ハリーはロンの服から手を離し、項垂れる。ソフィアはハリーに寄り添い、「行きましょう」と優しく促す。ハーマイオニーは蒼白な顔で震えながら何度もロンを振り返り、扉が閉まるその時もずっとロンを見つめていた。

 

目の前で閉ざされた扉を暫く見ていたハリーは小声で悪態を吐きながら壁を強く叩く。ハーマイオニーは今にも泣き出しそうなほど顔を歪め、ロンに変わったことが無かったかと必死に思い出していた。

 

 

ソフィア達は一言も話せず重い沈黙の中、入室の許可が出るのをただ待っていた。

30分は経過しただろうか、途中で一度スラグホーンが出て行き、薬が入った瓶を持ち戻ってきたが、中からロンの苦しみの声や叫びが聞こえないのはソフィア達にとってわずかな慰めとなっただろう。

 



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348 犯人は!

 

 

それから暫くして、険しい表情をしたマグゴナガルが扉を開き、ソフィア達に中に入るよう促した。

 

すぐにハリーが飛び込み、その後にハーマイオニーとソフィアが続く。

ロンはようやく、とんでもないことが起こっているのかも知れないとわかったのか顔色は悪かったが、先程と同じように大人しくベッドの上に座っていた。

 

 

「他の2人と同様。私たち全員で考えられる解毒薬や反対魔法を試してみましたがウィーズリーの思考に変化はありません。何者にも支配されていない。そう判断せざるを得ないでしょう」

「そんな……ロンはそんな馬鹿な考えを持つわけがありません!」

「ええ、わかっています。だからこそ、より慎重な判断が必要です」

 

 

この思考が第三者の影響なのか、それとも暗に隠していたロンの闇の部分なのか。ロンだけではなく、複数名が同じ状況ということからここにいる誰もが第三者の存在を感じ取ってはいるが、それの証拠は無く、本人は至って正常だと言い張っているのだ。──ロンはダンブルドアを殺さねばならないとは思っているが、その罪をきちんと理解していた。

 

 

「僕に、ロンと話をさせて頂けませんか?」

「……ええ、いいでしょう。大まかな尋問は終わりましたが。──私たちの立ち合いのもと、許可しましょう」

 

 

ハリーは小さく頷き、ロンのベッド脇にある丸椅子を引き寄せ座った。

向かい合ったロンは青い顔をして動揺し、居心地悪そうに教師達をチラチラと見る。

 

 

「あー。ハリー。先生達に言ってくれよ。僕はおかしくなんかないし、魔法にかけられてもないって」

「……僕もそう思いたい。……ダンブルドアを殺そうとしたのか?」

「え?──うーん、だって。老衰くらいしか方法はないだろ?」

「ダンブルドアの死を望むなんて、君の頭にヴォルデモートが現れたのか?」

「そんな怖いこと言うなよ!」

 

 

ロンはヴォルデモートの名前に情けない顔をしながら体を縮こまらせた。ヴォルデモートの名前にこれほど恐怖しているのは演技ではないだろう。……そもそもロンは演技や取り繕うことが苦手だ。嘘をついてもすぐに態度に出てしまうのだ。

 

 

「誰かに命令されたのか?ダンブルドアを殺せって」

「いや、僕がそう思ったんだ。そうしなきゃって」

「おかしいだろ?ついこの前まで、そんな馬鹿なことあるかって話してたじゃないか!」

「その時は、でも──多分、ずっとそうしなきゃって──」

 

 

ロンはしどろもどろに答えていたが、ふと遠い目をした。その目はハリーではないどこか別のものをじっと見ているような、不思議な色を秘めており、教師達にわずかな緊張が走る。

 

 

「そう──そうしなきゃ。そうしたいんだって、僕はずっと思ってた」

「……いつから?」

「いつからだろう──10月くらいだったかな……でも、忘れてた……何度もそう思ったのに──僕は、忘れて……なんでこんな大切なことを覚えてられなかったんだろう」

 

 

ロンの言葉はどこか夢を見ているようにふわふわと掴みどころがなく、感情の起伏も少ない。

ソフィアは一歩踏み出して、ロンの肩に手を置いた。

 

 

「ロン、それはいつ忘れちゃったの?」

「いつ──いつだったかな──そうしなきゃ、と思っていたのに、気がついたら忘れていて。でも頭の奥でひっかかっていて──何をしなきゃいけないのか、わからなかった。……でも、ダンブルドア殺さなきゃってさっき思い出したんだ……」

 

 

ロンはゆっくりとソフィアを見て、乾いた唇を微かに開いた。

 

 

「──ゆめの、なかで……」

「夢?」

 

 

ソフィアが小声で聞き返した時、ロンは目を瞬かせ今まさに目覚めたようにすっきりとした表情で首を傾げる。

 

 

「僕、何か言った?」

「……あなた、疲れているのよ」

 

 

ロンは今自分が何を言ったのか覚えていないようで、教師達が静まり返り自分を睨み見ている事に気付くと出来る限りその視線から逃れようと布団を手繰り寄せ目の下まで持ち上げる。ロンは、ただ困惑していたのだ。──自分がこうすることは当然なのに、何故皆が怖い目で見ているのか理解が出来ないために。

 

 

「……マクゴナガル先生。三人の共通点として、些細な事ですが……大きなストレスと、不眠が挙げられます。他にも見落としている共通点はあるかもしれません。……夢を介して支配する魔法や薬は存在するのですか?」

 

 

ソフィアの言葉にマクゴナガルは難しい顔をして黙り込んだ。夢を介して影響を及ぼすと言われて思い出すのは、ヴォルデモートがハリーと繋がり、感情を伝えまやかしの記憶を見せ神秘部へと誘い出そうとした事だろう。しかし、ヴォルデモートとハリーの繋がりは特殊なものであり、他の三人にあるとは考えられない。

 

 

「私には見当もつきません。……皆さんはどうですか?」

 

 

マクゴナガルはセブルス達を見たが、彼らも暫し沈黙し首を振った。

悪夢を見せる魔法はあるが、夢の中で繋がることができる魔法や薬は存在しないのだ。自分たちが知らぬだけで、新たな魔法や薬が生まれた可能性は十分にあるだろう。ならば、それを特定するのは極めて難しい。

 

 

「僕は普通だよ!みんなが認めてくれないだけで──」

「君はちっともまともじゃない!」

「そんな馬鹿な事あるか!」

 

 

ハリーの言葉にロンは憤慨し、荒々しい手つきで布団を下ろし顔を真っ赤に染めた。「僕はまともだ!」と叫んだが、それに同意する者は誰もいない。無意識のうちにロンは救いを求めるようにハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは耐え忍ぶような悲痛な面持ちで唇を噛み目を逸らした。

 

 

「そんな!ハーマイオニー、言ってくれよ。僕はまともだって!」

「……ロン、どう見ても、あなたは魔法か何かにかかっているわ」

「そんなわけないだろ?……ソフィア!」

「……落ち着いて、ロン」

 

 

ロンは目に失望の色を滲ませ、喉の奥で「嘘だ」と呟く。こんなところで寝かせられているからおかしくなるのだと考え、ベッドから出ようとしたがすぐにマクゴナガルが強く肩を押さえた。

 

 

「離してください!」

「ダメです。あなたには休息と正しい措置が必要です」

「そんな!」

「まあまあ、落ち着きなさい。ポンフリー、安定剤はあるかね?……皆が落ち着いた方がいいだろう」

「ええ。ありますとも」

 

 

興奮するロンだけでなく、ハリーも落ち着かせる必要があるとスラグホーンは判断し、ポンフリーに目配せをする。ポンフリーはすぐ奥にある事務所に戻り、小さなガラス瓶を手にして現れた。

 

 

「匂い薬です。皆が落ち着くにはこれが一番です」

 

 

ガラスの栓が外され、病室に微かな甘い匂いが広がる。

ソフィアとハリーとハーマイオニーは、その匂いを嗅いだ途端「あっ」と小さく叫び、食い入るようにポンフリーの手に収まる小瓶を見た。

 

 

「そ、その匂い──」

「少し──数ヶ月前から、談話室で匂っていたわ!」

「何ですって?そんな、これは──まあ、精神安定作用がありますし、悩みやストレスを抱えている生徒には効果的ですが……」

 

 

ポンフリーは怪訝な顔をし、ちらりとセブルスとスラグホーンを見た。

この香り薬は正しく使えば精神を安定させ、心を軽くすることが出来る。ストレスを抱えている者には安らぎを与えてくれるだろう。しかし、この薬の容量を誤ればどうなるのか──それを知っているスラグホーンとセブルスは真剣な瞳でソフィア達を見据えた。

 

 

「ミス・プリンス。この匂いがした時間はどれほどだ」

「えっと……日によってまばらで、夜の7時ごろから深夜近くまでずっとだったり、朝からだったり……毎日ではありませんでした。誰かの香水の匂いだと……」

「容量を誤っている。──いや、この場合、正しく使っていたのかもしれませんな」

 

 

セブルスの低い呟きの意味がわかったのは魔法薬学に長けているポンフリーと専門家のスラグホーンだけであり、教師といえエキスパートではないマクゴナガルとフリットウィックは怪訝な顔をし、「どう言う意味ですか?」と説明を求めた。

 

 

「この香り薬は、容量を誤り長時間匂いを嗅ぐと──心が無防備になり、外部からの侵入を受けやすくなるものだ。本来なら数分使用するだけで事足りる。そうだね、セブルス?」

「そうですな。……スラグホーン教授。在庫が誰かに盗まれた形跡は?」

 

 

スラグホーンは少し顔をしかめ、言葉に詰まった。貴重な材料や劇薬の在庫管理はしっかりとしている。だが、ただの精神安定薬の在庫が正しく揃っていたかどうかの確認を、スラグホーンは疎かにしていた。

 

 

「──確認してこよう」

 

 

もし、盗まれていたのなら、自分の管理責任の問題も生じる──スラグホーンは体を揺らしながら慌てて医務室を飛び出した。

 

 

「誰かが、故意にこの薬を使った……?でも、ロンは服従の呪文をかけられているわけじゃないんですよね?」

「ああ、そうだとも!私とスネイプ教授の2人できちんと確認したからね、間違いない」

 

 

背の低いフリットウィックがぴょん、と跳ねながらソフィアの問いに答えた。

ならば、何故この薬は絶えず談話室で香っていたのだろうか。ストレスを抱える生徒が多いのを見たものが、ただ善意の気持ちで使用しそれがたまたま容量を間違えていただけだというのだろうか。

 

 

何かが引っ掛かる──何かが足りない。

 

 

 

「失礼します!ロンが倒れたって聞いて──」

 

 

重々しい沈黙を破り、ハグリッドの声と同時に医務室の扉の蝶番が外れた轟音が響いた。

ハグリッドは集まる教師達を見て面食らったようだったが、すぐにロンを心配そうに見下ろす。

 

 

「さっき、ネビルが俺んとこに言いに来よって……」

 

 

ソフィアは顎に手を当てじっと考え込んでいたが、心配そうに眉を下げロンを見るハグリッドを見て──脳天に衝撃が走った。

 

 

ロンは自分たちとずっと共にいた。誰かに呪われた可能性は低い。

三人に共通することはストレスと、不眠。

本人の思考はまともだが、操られているとしか思えない言動。

しかし、魔法や薬を使った形跡はない。

ダンブルドア殺害への強い渇望。

夢の中で告げられた事。

心を無防備にする香り薬。

マインドコントロールと、催眠術。

 

 

「──虫下し薬!──マダム・ポンフリー、寄生魔法生物を駆除する薬はありますか?」

「え、ええ。まあ、ありますが」

 

 

時たま腹痛虫や癇癪虫と呼ばれる寄生魔法生物に寄生される生徒が居るため、医務室には虫下し薬が常備されていた。ソフィアの必死さに呆気にとられつつも、マダム・ポンフリーは近くの棚から大きな瓶を取り、ゴブレッドの中に紫色の水薬をなみなみと注いだ。

 

 

「でも、これに何の意味が……人の思考を操る寄生魔法生物なんて……」

 

 

そんなもの聞いた事がない、とポンフリーは困惑しながらロンにゴブレットを渡す。ロンは受け取るのを躊躇していたが、ソフィアに「早く飲んで!」と急かされてしまい、渋々その不味そうな色の薬を飲んだ。

 

 

「うっ苦い……。──ぅぐ」

 

 

ロンは嫌そうに舌を出していたが、突如小さく呻き、口を押さえ体を曲げた。

顔はサッと色を失い、何度もえずき生理的な涙を溜める。

 

 

「──おえっ」

 

 

皆が見つめる中、ロンは込み上げる吐き気と異物感に襲われ、ついに手の中に何かを吐き出した。

 

 

「なんだ、これ──」

「やっぱり──これは、夢喰蟲よ」

 

 

ロンの手に転がったのは、大きく成長したカタツムリに似た夢喰蟲であり、その殻は赤黒い不吉な色をしていた。

蠢く無数の足に、こんなものが体の中にあったのか、とわかるとロンは小さな悲鳴をあげ全身に鳥肌を立たせて夢喰蟲を放り投げる。

それはぽすん、と白いシーツの上に落ち、うごうごと触手を動かしていた。

 

 

「すぐに、シャーロットとラベンダーにも虫下し薬をお願いします」

 

 

ソフィアの言葉に、呆気に取られていたポンフリーは慌てて虫下し薬を持ち、奥にあるカーテンが引かれたベッドへ向かった。

 

 



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349 全ての罪!

 

 

 

ソフィアの予想があたり、ラベンダーとシャーロットも同じように夢喰蟲を吐き出した。

 

銀の盆の上に乗せられた3匹の夢喰蟲は赤黒い殻を持ち、静かに蠢いている。こんな不吉な色を持つなんて、図鑑でも見た事がなく、ハグリッドとソフィアは強張った顔で夢喰蟲を見下ろす。

 

 

「そんな、こいつぁ……夢喰蟲の子どもだ。まさか──そんなこと……」

「あり得るわ。誰かが孵化直前の夢喰蟲の卵を食べ物に仕組んだのよ。夢喰蟲はどんな環境でも生き延びる生命力の強い魔法生物だもの、胃液なんて効かないわ。排出される前に孵化した夢喰虫が胃に寄生して──きっと、女王夢喰蟲が、ダンブルドアを殺す夢を見続けるように命じたのね」

「夢喰蟲がそんな夢を望むわけがねぇ!何か操られでもしねぇかぎり──」

「そうね、きっとそうしたんだわ」

「なんちゅう、むごい事を……!」

 

 

沈痛な表情を浮かべるハグリッドとソフィアだったが、魔法生物は比較的マイナーな科目であり、大人であっても表面的な特徴しか知らぬ者も多い。マクゴナガルはこほん、とわざとらしく咳をこぼし、焦ったそうにソフィアとハグリッドを見た。

 

 

「この寄生魔法生物がまさか、元凶だと?」

「ええ、その通りです。この夢喰蟲は、女王夢喰蟲が望む夢を宿主に──この場合、ロンに──見せる事ができます。女王夢喰蟲が何者かに『ダンブルドアを殺す夢』を望むように惑わされてしまえば、子は女王の命令通り宿主にダンブルドアを殺す夢を見させます。──そして、その夢をよりリアルに見るために、宿主は行動に移す事があります。実際、草原の夢を見せる子に寄生された動物は草原を無性に走りたくなるという事例があります。

毎晩夢の中でダンブルドアを殺すように指示され、談話室には心を無防備にする香り薬が漂っている。ヒトは睡眠時、常に完璧に眠っているわけではなく、脳は思考を続けています。しかし、心も無防備で、脳は繰り返し与えられる夢を拒否できず蓄積されていくでしょう。無意識のうちにロンの思考は『ダンブルドアを殺さねばならない』と刻まれ、そう思い込まされ……支配されてもおかしくありません。──マインドコントロールです。

問題はいつ特定の人物が狙われたのか、無差別なのか──ホグワーツで提供される料理に仕込むことは可能なのでしょうか?」

「それは、あり得ません。我が校のハウスエルフは等しくダンブルドアに忠実です」

「……ハグリッド、この子は生まれてどのくらいの大きさかしら?」

「ん?そうさなぁ……3ヶ月ほどだろうな」

 

 

ホグワーツでの食事に混入する事が無いとなるとかなり限られてくるだろう。

ロンは見知らぬ人からお菓子をプレゼントされる人ではなく、ホグワーツ以外の食事といえばクリスマス休暇か、ホグズミードで外食をした事くらいしかないはずだ。

果たしてどのタイミングで、どうやって食事に混ぜたのか、ソフィアが真剣な顔で考えているとハーマイオニーがハッとして口を押さえた。

 

 

「3ヶ月前!ロン、あなただけハニーデュークスの試食を食べたわ!」

「え?──そうだっけ?」

 

 

ロン本人はすっかり忘れ、ハリーとソフィアもそのことについて覚えていなかったが──何せあの時はスラグホーンがいてそれどころでは無かったのだ──ハーマイオニーはしっかりと覚えていた。

 

 

「あっ、でも……シャーロットは一年生だったわね。ハニーデュークスには行ってないわ──」

 

 

すぐにシャーロットは一年生であり、ハニーデュークスへ行くことは不可能だと気付いたハーマイオニーは残念そうに言ったが、ソフィアは彼女の兄であるアルフィーを思い出し首を振った。

 

 

「彼女の兄が三年生よ。妹のためにこっそり試食を持ち帰る可能性は十分にあるわ。──マクゴナガル先生、確認をお願いします。もし、3人の共通点としてハニーデュークスの試食を食べていたのなら、3人だけでなく寄生されている生徒はかなり多いはずです。明日にでも虫下しを飲ませないと」

「ええ。──しかし、この夢喰蟲が本当に校長を殺す事を指示するなど、どのように証明すればいいのか……」

 

 

この小さな夢喰蟲が犯人だとして、知性の低い蟲では真実を明らかにすることは難しいだろう。

まだ夢喰蟲が犯人である事にやや懐疑的であるマクゴナガルは、小さな虫を困り顔で見下ろした。

 

 

「命令を出している女王夢喰蟲を見つける事ができて、女王に子を食べさせたら──女王の殻には夢が蓄積され、砕いて煎じて飲めばその夢を見る事ができます。それが何よりの証拠ですが……難しいかもしれませんね」

「虫はもう外れた。──時間を置けば、支配から逃れる事が出来るのではないかね」

「……おそらく。今はまだ、虫が出たとしても支配下にあると思いますので」

 

 

1日2日で洗脳が解けるとは限らない。セブルスの低い声にソフィアは難しい顔をしながらロンを見た。ロンは青い顔をして盆の上に乗っている夢喰蟲を見る事が嫌なのか、なるべく視界に入らないように目を細めている。

ロンはまだダンブルドアへの殺意を持っていたが──今まで自分の気持ちだと思っていた事が、本当にこの矮小な蟲によりもたらされた感情なのかもしれない、と思うと腹の奥がざわつき恐怖と強い嫌悪感が込み上げる。

 

 

──まさか、僕は本当に正気じゃないのか?こんなにも、意識ははっきりしているのに。全て蟲によるものなのか?

 

 

自分自身を信じる事ができず、混乱したロンは目をぎゅっと閉じ顔を伏せる。

これからどうすればいいのかと話し合っているソフィアは怯え震えるロンには気づかず、それに気付いたのはずっとロンを心配そうに見ていたハーマイオニーだった。

 

 

「ロン、大丈夫よ」

「……ハーマイオニー」

 

 

ハーマイオニーはベッドの脇に腰掛け、震えるロンの手に自分の手を重ねにっこりと笑う。手の温かな温もりに、ロンは僅かに微笑み「ありがとう」と囁いた。

 

 

「……あとはこちらで処理します。ソフィア、あなたのひらめきと助言はこの中の誰よりも冴え渡っていました。グリフィンドールに30点加点しましょう」

「え、──ありがとうございます」

「さあ、ウィーズリー、あなたは暫く入院し、マダム・ポンフリーのカウンセリングを受けなければなりません。過程を見つつこれからの事を考えましょう」

「……はい」

 

 

マクゴナガルの言葉にロンは弱々しく頷いた。自分はまともだと思っていたが、どうもそれが怪しくなってきたと流石のロンでも理解したのだ。

ロンはハーマイオニーの手が自分から離れた事に、名残惜しそうに何も繋がれていない手をぼんやりと見つめていた。

 

 

 

ソフィア達は医務室から出て暗い廊下を歩く。ロンに寄生していた夢喰蟲は除去できた。しかし、洗脳がすぐに解けるものではないだろう。これは魔法を使っているわけでは無い──つまり、反対魔法は存在しない。ただ時間と、根気のいるカウンセリングに任せる他ないのだ。

 

 

「許せない」

「ええ、そうね」

 

 

ハリーの低い声に、ソフィアとハーマイオニーは頷いた。

 

 

 

 

 

同時刻。スリザリン寮の一室ではルイスが瓶の中に入った手のひらほどの大きさの夢喰蟲を見つめていた。

 

 

「……もうそろそろ潮時かな」

 

 

3ヶ月前に蒔いた種は1ヶ月ほど前から芽を出していた。ダンブルドアへの殺意を無理やり植え付ける事は容易ではなく、夢喰蟲に寄生されたとしても全ての者がダンブルドアへの殺意を抱くわけではない。

 

ただ、心に隙が多く、強いストレスを感じ、暗示にかかりやすい者だけが気付かぬ内に洗脳されてしまう可能性がある。

 

 

ルイスは「ごめんね」と呟き夢喰蟲に向かって杖を振る。強い圧力をかけられた夢喰蟲は鳴き声を上げる暇も無く潰れ、瓶の中に紫色の体液が飛び散った。

何の死骸かわからぬほど粉砕されたそれにルイスはもう一度杖を振る。圧縮し、小指の先ほどに縮んだ瓶は、一見するとただの紫色のガラス片があるようにしか見えなかった。

そのただのゴミになってしまった物をルイスは自分のトランクの奥へと片付ける。いつか、タイミングを見て捨てなければならないだろう。

 

 

「……疲れた……」

 

 

ルイスは呟き、ベッドの上に仰向けに倒れ込み目を閉じた。

 

もうすぐ2月になる。タイムリミットが迫る中まだ本命の道具は安全に使えるとは言い難い。ドラコは懸命に直そうとしているが、魔法道具は繊細であり複雑だ。専門家ではない者が直そうとするなんて、本来あり得ない事だ。

しかし、ドラコはそれをしなければならない。

使えるようにならなければ、そしてダンブルドアを殺さなければ大切な者達の命は失われるのだ。

 

 

「……」

 

 

ルイスは起き上がると重い足取りでドラコが居る必要の部屋へと向かった。

 

 

その部屋がある前には1人の少女が大きな秤を持ちつまらなさそうに立っていた。ルイスに気付くと、後ろ壁に視線を向け「まだ中だ」と低く呟く。

 

 

「ありがとう」

「……なあ、ルイス。何をしているのかくらい俺たちに教えてくれよ」

 

 

その声は愛らしい少女のものだったが口調は粗暴であり、ありありと不満が滲み出ていた。ルイスは近くに少女以外に人気がない事を確認し、素早く何度か壁の前を行き来する。

壁が歪み、現れた扉に手をかけてルイスは微笑んだ。

 

 

「知らない方がいい。君たちは態度に出やすいから」

「でもよ……」

「それに……万が一企みがバレたとき、君たちだけは罪から逃れる事が出来るでしょ?罪を背負うのは僕とドラコだけでいいんだよ」

 

 

ルイスは少女の視線を無視して扉を開け、中に入った。

 

 

 



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350 代わりに出るのは?

 

 

ロンは入院して1週間が経っていたが、まだ退院には至っていない。

しかし、夢喰蟲が除去され繰り返し行われたカウンセリングで少しずつ『本当に操られていた。この気持ちは紛い物だ』という事を認められるようになり、経過は明るいと言えるだろう。

ソフィア達がお見舞いに行った時は決まって「本当にまともだから早く退院したい」とつまらなさそうに文句を言っていた。

 

 

未だに夢喰蟲を仕込んだ者が誰かはわかっていなかった。

教師はすぐにハニーデュークスへ向かい、店長を調査し尋問したが、店長は夢喰蟲のことなど全く知らなかった。

どうも嘘ではなく()()()()()()()()()という事がわかり、店長もまた犠牲者だろうというのが教師達の結論だ。

服従呪文をかけられ全ての命令に従ったのち、記憶を消されたのだろう。

 

ならば学校側として「ハニーデュークスの店の商品に寄生魔法生物が混入していたため、虫下し薬を全員飲みましょう」と言うことはできなかった。

店長は何も知らず、尚且つ本当に試食に混入されていた証拠はなく、夢喰蟲を見せたとしても間違いなく店主は認めないだろう。

営業妨害だと言われ、怒りを買い、今後ホグワーツ生には商品を売らないとなってしまったならば、未来の生徒達が可哀想だ。

 

 

そこで、ダンブルドアは事実の一部を捻じ曲げて生徒達に伝えた。

ダンブルドアが語ったのは、ホグワーツ内で夢喰蟲という寄生魔法生物が大量発生した事。それは体内に寄生する可能性があり、もし不安なら医務室に虫下し薬があるためすぐに処方してもらう事──のたった二つだ。

効果は絶大であり、生徒の大多数が医務室に押しかけポンフリーから薬をもらった。

 

何故そこまで効果的だったのかというと、簡単なことだ。夢喰蟲がどのような見た目をしているのかを皆に紹介したのだ。

 

ダンブルドアはハグリッドに頼み大量の夢喰蟲を用意させ、説明時にガラスケースの中で蠢く物を実際に皆に見せた。こんな気持ち悪いものが体内で蠢いているかもしれない──そう思うと、誰だって薬を飲みたくなるだろう。

 

 

ロンとラベンダーとシャーロットが入院している事は知られていたが、その寄生魔法生物が体内で育ちすぎたのだろう、とどこからともなく噂が駆け巡り、心配はされていたがそれほど大きな関心を持たれる事はなかった。 

 

 

犯人がわからない事はソフィア達の中で不満と不安が残ったが、怪しい者全員に真実薬を飲ませるわけにはいかないのだ。

尤も、犯人がホグワーツの学生ではない可能性も捨てきれない。全ての寮の談話室で時々匂っていた香り薬もあれ以来香る事はなく、誰がどうやって談話室に持ち込んだのかはわからなかった。

 

ホグワーツの生徒である可能性が極めて高い事件だが、服従の呪文がある限り、よほどの証拠と証言が揃わなければ罪を確定することは困難なのだ。──だからこそ、過去無罪を訴えた元死喰い人が多くいたのだが。

 

 

 

ついに犯人もわからぬまま、2月になり学校の周りの雪が溶け出し、冷たくて陰気な時期がやってきた。

どんよりとした灰紫の分厚い雲が城の上に低く垂れ込め、間断なく降る冷たい雨で芝生はとても滑りやすくなっていた。本来なら校庭で行われる予定だった『姿現し術』の第一回目の練習は急遽大広間で行うこととなり、通常の授業とかち合わないように土曜日の朝に設定された。

 

全寮の寮監と魔法省から派遣された指導官の魔女、そして6年生の希望者たちが大広間に集まる。

指導官は姿現しをどのように行えばいいのか──どこへ、どうしても、どういう意図での大切さを説き、いきなり1.5m先の円の中に姿現しを行う実技練習が開始された。

勿論はじめての姿現しで上手くいくことはない。何度目かの号令の後、ハッフルパフ生のスーザンの体がばらけるハプニングがあったが、寮監の4人と指導官は動揺する事なく迅速にスーザンのばらけを戻し再び練習が再開された。

 

姿現しの訓練は1回目では誰も成功する事なく終わり、また次の土曜日に同じように練習があるという。

 

ソフィアとハーマイオニーは他の生徒同様興奮した表情で大広間を出て入り口のすぐそばでハリーが合流するのを待った。

 

 

「なかなか難しいわね」

「ええ、大人でも苦手な人がいるっていうもの、うーん早くできるようになりたいわ!」

「ロン、こんな素晴らしい授業に参加できないなんてすっごく可哀想よね。──コツだけ教えに行ってくるわ」

「ええ。私はハリーを待ってるわね」

 

 

ハーマイオニーはロンに姿現しをするにあたり、大切な三つの心得を教えるために手を振り医務室へと向かう。ソフィアは壁に背をつけ入り口をちらちらと見ながらハリーが出てくるのを待った。姿現しの授業が始まってすぐに気がついたら隣からいなくなっていたのだ。

 

ハリーは人混みに紛れて現れたが──入り口近くで待つソフィアに気づく事なく、大広間を出た途端早歩きで玄関ホールを過ぎた。

ハリーに声をかけるつもりで中途半端に上げた手をソフィアは下ろし、それ程急ぐことがあっただろうかと首を傾げる。

 

 

「……先に行ったと思ったのかしら」

 

 

ソフィアはそう呟きながら、その後で出てきたパーバティと共に姿現しの訓練について話しながら寮まで戻った。

 

寮の談話室でもハリーの姿は無く、ソフィアは首を傾げつつ暖炉側のソファに寝転んでいたティティの元へ向かう。安眠しているティティを抱き上げ膝の上に乗せ頭を撫でれば、半分目覚めたティティは「きゅう」と甘えた声で鳴いた。

 

 

5分もしないうちにハリーが男子寮の階段を降り談話室に現れる。すぐにソフィアの元に駆け寄り隣に座りながら「ソフィア」と低い声で囁いた。

 

 

「さっき、マルフォイがクラッブとゴイルと言い争っていたんだ。どうやらマルフォイはあいつらを見張りにして──やっぱり何かを企んでいるらしい」

「……夢喰蟲の騒動は、ドラコじゃなかったのね」

「それはわからないな。新しい案を考えているのかも──僕、暫く地図を使ってマルフォイの動きを見る。怪しい動きをしてたら透明マントで後を追おうと思うんだ」

 

 

修理したがっている何かがホグワーツにある可能性が高いのなら、ドラコを監視するのは良い案だろう。夢喰蟲の騒動がありその事を考える余裕が無かったが一つの不安が除かれた今ならば監視する余裕も生まれている。

クリスマス休暇の時にアーサーはボージン・アンド・バークスの店を家宅捜査すると言っていたがその件に関して有効な情報は無かったようでなんの便りもない。

 

 

「そうね、何かを修理するためならどこかに隠しておくしかないもの。……でも、そこがスリザリン寮の寝室だったら入るのは難しそうね」

「あいつらを見張りに使うくらいだから、スリザリン寮以外だと思うんだけど」

 

 

難しい顔をするソフィアに、ハリーは自信がなさそうに呟く。こういった予想はソフィアとハーマイオニーの方が勘が良く、自分の予想は惜しいところで今まで外れていたのだ。──主に、騒動を起こした犯人を見つけるという点において。

 

 

「確かに、そうかもしれないわ。……ルイスは何か言ってた?」

「ううん。ルイスはザビニと話してて会話に入ってなかったな」

「そう……」

 

 

ドラコがヴォルデモートからの命を受けているのはかなりの確率で間違いないだろう。それにルイスも多少なりとも関わっているのならば──ソフィアは、ぐっと唇を噛み締め辛そうに顔を歪めた。

 

 

 

 

ハリーがドラコの行動を地図で頻繁に見るようになってから1週間が経過していた。休み時間は勿論、授業の合間であっても行きたくのないトイレへ向かい教師の目を盗んで確認したが、ドラコが怪しげな場所にいることは一度だってなかった。

クラッブとゴイルは2人で行動している時もあり、時には廊下で止まったり城の中を歩き回っているがその時に限ってドラコの姿はなかった。時々、ルイスは1人で行動しているようだが向かう先も図書館やフクロウ小屋であり、多くの生徒達が利用する至って普通の場所だ。

ハリーはドラコの姿を地図上に発見できないことがたまに会ったが、ホグワーツ全員の黒い点と名前が蠢く中で見失ってしまっているのだろう。というのがソフィアとハーマイオニーの考えだった。

実際、寮や大広間を見てみれば点と名前が重なり誰がどこにいるのか判別つき難いことはよくあったのだ。

 

これといった収穫が無く、苛立ちと焦燥感が募る中──二月の半ばにハリーにとって良いニュースと、悪いニュースがあった。

 

 

シャーロット、ラベンダー、そしてロンの3人がようやく入院生活を終え退院することが出来るようになったのだ。

日々ポンフリーのカウンセリングを受け、客観的に自分を見ることが出来るようになったロン達は自分の思想が、自分のものではないと認められるようになった。さっぱりとした笑顔で退院したロンにハリー達は両手を上げて喜んだ。

 

そして、悪いニュースは──。

 

 

「クィディッチ禁止?」

 

 

ロンから告げられた言葉に、ハリーは大きく口を開け愕然とした。ロンは不満そうな顔で頷き、大きくため息をつく。

 

 

「僕はもうまともなのに。今年度中はストレスを感じちゃいけないらしいんだ」

 

 

もう夢喰蟲は寄生していない。しかし、ロンの頭の中を開いて覗く事はできないのだ。今自分で正常な判断ができるとはいえ、過去に植え付けられた思考が湧き上がってくる可能性はあるだろう。ストレスが一つのトリガーであるのなら、暫く刺激の少ない日常を過ごさねばならないのは仕方のない事だ。

 

 

「そんな……」

「でもさ、ストレスが原因ならクィディッチだけじゃなくて宿題もテストも無しにするべきだよな?」

 

 

それが一番ストレスなんだぜ?と文句を言ったロンだったがハリーはその言葉をしっかりと聞いていなかった。グリフィンドールのクィディッチチームはギリギリの人数で行っている。キーパーの予備選手はいないため、次の試合までに誰かを抜擢しなければならない。──いや、誰か、ではなくマクラーゲンになってしまうだろう。性格にかなりの難があり、横暴でチームプレイが出来るかどうか不明だが、選抜では二位だったのだ。彼を起用しない理由が、ハリーには思いつかなかった。

 

 

ロンは退院したが、クィディッチを禁止させられたらしいという噂はすぐに広まり次の練習の前にはマクラーゲンが競技場に向かおうとしていたハリーを談話室の入り口を塞いで立ち、待ち構えていた。

 

 

「やあハリー」

「あー。うん」

「ウィーズリーは試合ができる状態じゃないらしいな」

「まあ、そうだな」

「それなら、僕がキーパーって事だろう?」

 

 

自信たっぷりに告げるマクラーゲンに、ハリーは何とか反論を生み出そうと努力したが、かわりに口から出たのは気の抜けた頷きとも否定ともとれない声だった。

 

 

「どうなんだ?」

「……うん、そうだろうな」

「よーし。今から練習だろ?行こうぜ」

 

 

マクラーゲンは満足げに言いハリーの肩を馴れ馴れしく組みながら引っ張る。ハリーは肖像画をくぐる時にその腕を押し退けながら、心の奥でため息をついた。

 

 

 



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351 記憶の証明!

 

 

ハリーだけでは無く、半数以上の生徒にとって悪いニュースが2月の最後の週に掲示板にて発表された。3月1日にホグズミード行きが予定されていたが、中止となってしまったのだ。落胆し不満を言う生徒が殆どだったが、今ホグワーツの外では怪しい事件や死亡のニュースが暗く影を落としているのだ。生徒の中にも親戚が亡くなった者や行方不明になった者もいる。──今はホグズミードですら、生徒の安全が確保できない場所になっている。

 

 

ハリーは絶えずドラコの行動を見張り執着し、これほどまでにクィディッチから心が離れたのは初めてだった。練習中も「もしかして今、マルフォイは隠し部屋へ向かっているのではないか」と気が気ではなく、そういう時にはソフィアに地図を見てほしいと頼んでいたのだが──ソフィアの事は信じている、しかし、どうしても自分の目で確認しなければ気が済まなくなっていた。

 

 

 

ハッフルパフとの試合の朝、ハリーはソフィア達からの激励を受けグリフィンドールの選手達と共に競技場へと向かう。試合前だというのにハリーの心はいまだにドラコの隠し場所に囚われ続けていた。

 

目の前で互いを鼓舞し良い緊張感を持ち試合に向かう選手達の一番後ろを別のことを考えながら歩いていたハリーは気がつけば集団から遅れていた。

 

 

──いけない、あと数分もすれば試合が始まるんだ。マクラーゲンとの連携もうまくいっているとはいえない、キャプテンの僕が集中しないと。

 

そう思い、急ぎながら窓の外を見て風の強さを測ろうと手を伸ばした。まずまずの風であり、突風が吹かない限り大きく試合が動く事はないだろう。

 

ハリーは安堵しながら窓を閉め、走り出そうとしたがちょうど行く手から話し声がし、足を止めた。

 

こちらへまっすぐやってきたのはドラコとルイス、そして見知らぬ2人の女子生徒であり、ドラコはハリーを見つけると足を一瞬止めたがすぐにいつものような嘲笑を浮かべそのまま歩き続けた。

 

 

「どこへ行くんだ?」

「ああ、教えて差し上げますとも、ポッター。どこへ行こうと大きなお世話、じゃないからねぇ。急いだ方がいいんじゃないか?選ばれしキャプテン、だったかな?それとも得点した男の子?この頃、みんなが君をなんで呼んでいるのか興味が無くてね」

 

 

ドラコはせせら嗤い、それに同調するように少女がくすくすと笑う。ハリーがじっとその少女を見れば、少女は頬を赤らめルイスの後ろに隠れた。

ルイスはちらりと自分の背に隠れた身長の低い少女を見てため息をこぼし、窓の外に目を向ける。

 

 

「ほら。君を呼んでいる声がここまで聞こえるよ」

「フン。──行くぞ」

 

 

ドラコはハリーを押しのけるようにして通り過ぎ、ルイスはその後ろを静かに歩き、少女達も跳ねるようにトコトコとついていった。

4人が角を曲がって見えなくなってしまったあとも、ハリーはその場に根が生えたように佇んでしまう。

 

ホグワーツ中のほぼ全校生徒、そして職員が今競技場にいるだろう。ドラコが空っぽになったホグワーツを何かを企み堂々と歩いているのに、それを監視できる人はいないのだ。

今すぐにグリフィンドール寮に戻り、忍びの地図を使えば人気のないホグワーツのどこにドラコ達がいるのかすぐに確認することが出来る。またとない最高の機会であったが、動く事はできず刻々と沈黙の時が過ぎる間、ハリーはドラコが消えた角を見つめ凍りついたように立ち尽くしていた。

 

 

 

ソフィアはハーマイオニーとロンと共に競技場の観客席の一番前座り、グリフィンドールカラーの旗を持ちながら試合開始の時を待っていた。

 

開始時刻になるとそれぞれの選手達がグラウンドに入り、キャプテンの2人が握手をする。フーチのホイッスルを合図に選手達が空へと飛び立ち、観客は歓声を上げ選手達を応援した。

 

 

「ハッフルパフ対グリフィンドール。そしてクァッフルはハッフルパフのスミスです。スミスは前回の解説者でした。そしてジニー・ウィーズリーがスミスに向かって飛んで行きましたね──」

 

 

競技場に響く解説者の声はどこか夢心地でふわふわとしていて、迫力にやや欠けている声だった。

すぐに声の主が誰だかわかったソフィアとハーマイオニーは顔を合わせ「ルーナ?」と同時に呟き身を乗り出した。

観客席の一角で、かつてはリー、前回はザカリアスが行っていた解説を今回担っているのは紛れもなくルーナであり、試合の流れを解説するよりも、生徒個人個人を解説することに重きを置いている。

隣に座るマクゴナガルは自分の人選が間違っていたことに気づき当惑気味な表情でルーナと試合を見ていた。

 

 

「──でも、こんどは大きなハッフルパフの選手がジニーからクァッフルを取りました。なんていう名前だったかなぁ。たしかビブルみたいな──ううん、バギンズかな──」

「キャッドワラダーです!」

 

 

ルーナの脇からマクゴナガルが大声で言い、観衆は大きな声で笑った。

その後もルーナの奇妙な解説は続き、何度か得点が動いたがそれには興味がないのか観衆の注意を空に浮かんでいる面白い形の雲に向けたり、ザカリアスがクァッフルを一分以上持っていられないのは負け犬病だという病気を患っている可能性があると真剣な声で言っていた。

 

 

「70対40、ハッフルパフのリード!」

 

 

試合の進行を言わないルーナに我慢ならず、マクゴナガルがルーナが持つメガホンに向かって大声で叫ぶ。

 

 

「もうそんなに?──あ、見て!グリフィンドールのキーパーがビーターの棍棒を一本掴んでいます」

 

 

ルーナの声に誰もがマクラーゲンを見た。

彼は何故か自分が守らなければならないゴールポストから離れ、ピークスの棍棒を無理やり取り上げ突っ込んでくるキャッドワラダーにどうやってブラッジャーを叩き込んでいるのか見せているところだった。

 

 

「何やってるの!?」

「あいつは馬鹿か!?」

 

 

ソフィアとロンはマクラーゲンの愚かな行動に憤慨したがそれは2人だけではなくほとんどのグリフィンドール生、そして選手達も同じだった。しかし、その中で一番憤慨したのはハリーだろう。

 

 

「棍棒を返してゴールポストに戻れ!」

 

 

ハリーがマクラーゲンに向かって突進しながら吠えるのと、マクラーゲンがブラッジャーに獰猛な一撃を加えるのは同時だった。

コントロールが良いとは言えないマクラーゲンの一撃により、ブラッジャーは勢いを殺さぬままハリーの頭部を直撃する。

 

 

「ハリーっ!!」

「きゃあっ!」

 

 

ソフィアは思わず飛び出しそうになったが、ハーマイオニーが恐怖のあまりソフィアにしがみついてしまいグラウンドに降りる事はできなかった。

観衆から動揺の声と叫び声、そして大きなブーイングが響く中、誰もが心配そうに墜落したハリーを恐々と見下ろす。ハリーはマクラーゲンの元に向かっていたため、それほど高い場所から落ちたわけではなかったが、芝生の上で倒れたまま動かなかった。

 

すぐにフーチが試合を止めハリーに駆け寄る。選手達はマクラーゲンを汚い言葉で罵りながらハリーを囲むようにして舞い降りた。

 

ソフィアは蒼白な顔で唇を戦慄かせ目を見開き言葉を無くしていた。選手達に囲まれていたハリーはすぐにフーチに抱えられ足を引き摺りながら退場させられる。観衆のざわざわとした不穏な囁きも、ソフィアの耳には届かなかった。

 

 

一度ハリーと共に消えたフーチはすぐにグリフィンドールの選手の元へ向かい真剣な顔でハリーの状態を話す。選手達は強張った表情の中に一瞬安堵を見せたが──すぐに絶望が滲む顔で俯いた。

 

フーチの指示により箒に跨り自分のポジションへと戻る選手を、観衆は──グリフィンドール生は激励を送る。ホイッスルが吹かれ、クィディッチに置いて重要なシーカー不在のまま試合が再開された。

 

 

「そんな、ハリーがいなきゃ……」

「私──私、ハリーのところへ行くわ」

 

 

選手達が絶望している意味がわかったロンは呆然と呟き、焦ったように空を舞う選手を見つめる。

ソフィアは自分にしがみつくハーマイオニーの腕を外すと、すぐに駆け出した。

ハーマイオニーもぱっと立ち上がると、ロンに「行くわよ!」と強く叫び呆然としたままのロンの腕を強く引っ張る。

 

グリフィンドール生は選手達を応援するが、その声がいつとより覇気が無いのは当然かもしれない。

スニッチを捕まえなければ試合は終了しない。しかし、今スニッチを捕まえることが出来るのはハッフルパフのシーカーだけであり、グリフィンドールの勝利のためには150点以上──いや、今の点数差を考えれば200点を取った上で、ハッフルパフがスニッチを掴まなければいけないのだ。

よほどの奇跡がなければそれは不可能だと、誰もが理解していた。

 

そんな中、スリザリン生だけがこれほど愉快なことはないとばかりにグリフィンドールの選手を嫌味ったらしく応援して、囃し立てていた。

 

 

 

 

ソフィアは胸を押さえ、荒くなった呼吸を整える間も無く医務室の扉を開ける。

すぐにポンフリーが治療しているベッドに近づき、邪魔にならないように気をつけながらそっとハリーを覗き込んだ。

 

 

気絶しベッドの上に寝かされているハリーの頭部には白い包帯が巻かれている。顔色はやや悪いが、聖マンゴに移送される事なくここで治療されているということは、それほど重病ではないのだろう。

 

処置を終えたポンフリーは振り向き、その先にソフィアがいるのを見て少し目を見開き驚いたがすぐに「無理に起こしてはいけませんよ」と厳しい声で伝えた。

 

 

「はい……あの、ハリーは──」

「心配ありません、ただの頭蓋骨骨折です。しかし、あなたの怪我ほど重傷ではありませんでした。少なくとも流血は殆どありませんからね」

「そうですか……記憶は……?」

「それは、目覚めなければわかりませんが……頭部の怪我で記憶を失うのは稀な事です。おそらく問題ないでしょう」

 

 

ポンフリーはそういうとテキパキと治療に使った道具や薬瓶を片付けて奥の事務所へ向かった。途中で一度振り返り「くれぐれも起こさないように」と再び強く忠告し、静かに扉は閉まった。

 

ソフィアは近くの丸椅子を引き寄せ、眠っているハリーのベッドの脇に座る。

詰まっていた呼吸を吐き出し、はあ、と大きな吐息を吐いた瞬間、ようやく脳の奥をじりじりと焦がすような不安が多少はマシになったような気がした。

 

 

「ソフィア、ハリーは?」

「マダム・ポンフリーは頭蓋骨骨折だ、って」

「そうか。ハリーまで記憶を失わなきゃいいけどな」

 

 

遅れて医務室に到着したハーマイオニーとロンはハリーを起こさぬようひそひそと囁き、ソフィアと同じようにベッドの側にある椅子に腰掛けた。

 

 

「それは、起きるまでわからないわ。でも……記憶を失うなんて稀な事だから……」

「そうね、滅多にないわよ」

 

 

ハーマイオニーはそれでも浮かない表情をしているソフィアの肩を抱き、「大丈夫よ」と慰める。ソフィアは小さく頷きながら、布団の中から出ているハリーのやや冷たい手をそっと握った。

 

 

 

それから1時間後には憂鬱な表情をしたジニーやマクラーゲン以外の選手がハリーのお見舞いにやってきた。

結果を聞かなくてもその表情を見ればグリフィンドールが負けたことは歴然であり、ソフィア達は何も言わずに眠ったままのハリーを見つめる。

 

 

「……最終スコアは320対60だったの。ハリーが目覚めたらきっと知りたいと思うから教えてあげて」

 

 

暫く気まずい沈黙が流れていたが、ジニーは低い声でぽつりと呟く。

320対60。スニッチを掴むと150点はいるのだから、それまでにマクラーゲンは170点も失点を許したのだ。

あまりの点差にソフィア達が愕然としていると、ジニーは強風に煽られ絡まった髪を指で梳かし、後ろに払いながら冷笑した。

 

 

「私たちは、今から行くところがあるからよろしくね」

「どこに……?」

 

 

聞き返したハーマイオニーの呟きに、グリフィンドールの選手達は目の奥に沸々とした怒りをちらつかせながら「あの大馬鹿野郎のところ!」と同時に答え、背中にありありと怒りを滲ませたまま大股で去っていった。

 

 

「明日にはマクラーゲンはいないかもな」

「いい気味だわ!」

 

 

マクラーゲンの愚行によりハリーは頭蓋骨骨折という怪我を負い、シーカー不在のため試合は負けてしまった。それを許せないのは皆同じだろう。

怒りのままマクラーゲンへの悪態をつくロンとハーマイオニーの声を聞きながら、ソフィアは目を閉じ眠るハリーの横顔を心配そうに見つめていた。

 

 

 

それから数時間経ち、高く登っていた太陽は地面へとゆっくりと落ちていく。空が茜色と藍色の縞模様を描く中、医務室に残ったのはソフィアだけになっていた。

目覚めた時に誰もいなければ、きっとハリーは悲しみ混乱するだろうと思い、ソフィアとロンとハーマイオニーは変わる変わる食事を取りに行っていた。今、ロンとハーマイオニーは大広間に行き食事とマクラーゲンが生存しているかどうかを確認している事だろう。

 

 

穏やかな寝息が聞こえる中、ソフィアは一向に目を覚まさないハリーのカサついた唇をそっと指で撫でる。

骨折はもう治っているだろう。自分が過去負った怪我と同じならば苦い薬を何度か飲まなければならないが、綺麗に完治するはずだ。問題は記憶がしっかりと残っているのかどうかだろう。

もし、ハリーが自分のことを忘れていたら──ソフィアはそう思い、胸が締め付けられるような痛みを感じ目を伏せる。

 

 

「……早く起きて、ハリー」

 

 

ソフィアは身を乗り出し、ハリーの唇にそっとキスを落とした。

 

途端にぴくり、とハリーの瞼が震え目が開く。顔をあげたソフィアは自分を見つめる緑色の目を見て驚き息を呑んだが、その目が優しく細められたのを見てホッと胸を撫で下ろしハリーの頬を撫でた。

 

 

「おはようハリー」

「おはよう、ソフィア……」

 

 

ソフィアの囁きにハリーは寝ぼけているのか幸せそうに微笑みソフィアの頭に手を伸ばす。

手で何度かソフィアの髪を撫でていると、ハリーはようやく今なぜ自分がとても暖かいベッドに寝て、ソフィアを見上げているのかを思い出した。

 

 

「試合はどうなった?」

 

 

ハリーは意識を取り戻したかのように勢いよく体を起こす。体を上げた途端、頭が妙に重いことに気づき、ハリーは自分の頭に触れた。

 

 

「頭蓋骨骨折です!──心配いりません、もう治りました。しかし一晩はここに泊まらなければなりません。数時間は無理しちゃいけませんよ」

 

 

奥の事務所にいたポンフリーはハリーが目を覚ましたことに気付くと慌てて出てきてハリーを枕に押し戻しながら言った。

 

 

「一晩ここに泊まりたくありません。マクラーゲンを見つけだして殺してやる!」 

「残念ながらそれは無理する部類に入ります」

 

 

クィディッチの試合でのマクラーゲンの愚行を思い出したハリーは掛け布団を跳ね除けて唸るように言ったが、ポンフリーはハリーの言葉を軽く流すと杖を出し脅すように杖先をハリーの方へ向けた。

 

 

「私が退院を許可するまで、あなたはここに泊まるのです。さもないと校長先生を呼びますよ」

 

 

ハリーは憤慨していたがとりあえず大人しく寝転がり枕に頭を埋めている。それを見たポンフリーは満足げに頷きまた忙しなく事務所に戻った。

 

 

「何点差で負けたか知ってる?」

「ええ……試合が終わってから選手達がきてくれて。最終スコアは320対60だったわ」

「へえ!すごいじゃないか。全くすごいよ、マクラーゲンのやつ捕まえたらただじゃおかないぞ!」

「捕まえられるかはわからないわね。多分、もう他の選手達が──凄いことをしていると思うから」

 

 

カンカンになって怒るハリーに、ソフィアは静かな声で冷静に告げた。怒りで拳を震わせイライラとしていたハリーだったが、ソフィアの真剣な目に少しだけ冷静さを取り戻すと再びベッドに横たわり天井の明かりを見つめた。

 

 

「そうか……退院してからの楽しみが一つでもあるのは良いことだな」

「ロンとハーマイオニーもすっごく怒ったわ」

「そういえば、2人は?」

「今は夕食を食べに行ってるの。あなたが起きた時に1人だったらきっと混乱すると思って」

 

 

ソフィアはハリーの頭に巻かれた白い包帯を指先でそっと撫でて心配そうに眉を寄せた。ハリーはソフィアがそれほど心配してくれているとわかると心の奥から広がる、なんとも言えぬ満足感で胸が満たされた。

 

 

「痛む?」

「ううん、大丈夫だよ」

「記憶を失ってなくて、本当に良かったわ」

「うーん。もしかしたら忘れてることがあるかも」

 

 

ハリーは悪戯っぽい顔で笑い、ソフィアの手を取り甲にキスを落とす。

 

 

「僕たちの関係は──えーと?」

 

 

わざとらしく勿体ぶりながら言うハリーに、ソフィアは目を見開いた後「しょうがないわね」と言うように苦笑すると握られているハリーの手をやんわりと外し、ベッドに横たえているハリーの顔の両脇に手を置いた。

 

 

「まあ。──どうすれば思い出すのかしら?」

 

 

ソフィアはベッドに腰掛け、低く囁く。ソフィアの長い黒髪がカーテンのようにさらりと流れた。

ぎしりとベッドがスプリング音を出し、ハリーはソフィアの言葉に目を細め「教えてくれないか?」と意地悪く聞き返した。

 

 

 

 

「──ソフィア、交代しましょう──まあ!」

 

 

夕食を食べ終わり戻ってきたハーマイオニーはベッドにかかっていたカーテンを引き、ソフィアとハリーの深いキスシーンを見た途端驚きの声を上げた。

 

 

「おじゃまのようね。それと、ハリー。あなたがとっても元気なようで良かったわ!」

 

 

ハーマイオニーはハリーが目覚めたことを喜ぶ前に心配していたのに、その気持ちを返せ!とばかりに強い口調で言うと勢いよくカーテンを閉めた。

 

ソフィアとハリーは顔を見合わせ、くすくすと小さく笑う。すぐにソフィアは甘えるようにハリーの頬に自分の頬を擦り寄せた後、ぱっとハリーの上から離れベッドから飛び降りカーテンを開いた。

 

すぐ側には腕を組み頬を赤らめ膨れっ面をしているハーマイオニーが突っ立っていて、ソフィアをじろりと睨むと近くの丸椅子を引き寄せ乱暴に座った。

 

 

「ごめんなさいハーマイオニー。邪魔なんかじゃないわ!ほら、あの、私が恋人だって覚えているか確認していたの」

「それはそれは、確認できて良かったわね」

 

 

飄々と言うソフィアに、ハーマイオニーはやや棘のある言い方をした後くるりとハリーと向き合う。ハリーはニヤニヤと笑いながら掛け布団を口元まで引き上げた。

 

 

「心配してくれてありがとう、見ての通り記憶は無事だし、怪我も1日の入院で済むみたいだ」

「……そう、まあ、よかったわ」

 

 

ハーマイオニーはぶすりとしながら頷いた。

 

 

 



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352 手助けに必要なのは!

 

 

翌日の朝、退院したハリーはすぐにマクラーゲンを探したが、探すまでもなくマクラーゲンは談話室の前でハリーを待ち構えていた。

マクラーゲンはかなりこってりと絞られたらしくその大きな体をしおらしく縮こめ、ハリーに「すまなかった」と謝った。

 

毒気を抜かれたハリーはマクラーゲンに「もう選手として参加させることは一生無いと思え」とだけ告げ、それ以上彼を責めることはなく談話室へ続く肖像画を通った。

 

 

どうすればマルフォイの尻尾を掴むことができるのか──その考えに支配されたままのハリーは談話室を横切り寝室に戻る。誰もいない事にほっと安堵しながらトランクの一番奥にある忍びの地図を開き、日課となっているドラコの現在地を調べた。

 

ドラコの姿は今回も見つからなかった。どこか怪しい場所に隠れてはいないかと思ったが、沢山の黒点が蠢く中でたった1人だけを見つけるのは難しく、ハリーは苦々しくため息をこぼしながら地図を終了させポケットの中に突っ込んだ。

 

そのままベッドに寝転んだハリーはしばらくぼんやりとしていたが、枕の下を探り両面鏡を取り出す。

 

 

「シリウス?」

 

 

ハリーは小声でシリウスに呼びかけた。

度々こうしてシリウスに話しかけていたが、返答が無い日も多い。シリウスは何か任務で外に出ているのだと思うと嬉しくもあり、なぜか胸が苦しくなるような不安を感じていた。

 

 

「──どうした、ハリー?」

「おはようシリウス」

「ああ、おはよう。──頭の包帯はどうした?」

 

 

ハリーはシリウスの顔が見えた事にほっとしながらにこやかに笑いかける。しかし、シリウスはすぐにハリーの頭に巻かれた包帯に気づき心配そうに眉を寄せ、もっとよく見ようと顔を近づけた。

 

 

「あー。クィディッチで──」

 

 

ハリーはまだ少し疼く頭の怪我に触れながらクィディッチで何があったのかを話した。

苦い表情でハリーからなぜ怪我をしたのか聞いたシリウスはすぐに「制裁は加えたんだろうな?」と聞き、ハリーは苦笑し曖昧に言葉を濁した。

 

 

「マクラーゲンの事より、マルフォイが何処にいるのかが気になってるんだ。ずっと見張っていられればいいんだけど、そんなの無理だし……」

「……ふむ、どうにかなるかもしれないぞ」

 

 

ハリーの悩みにシリウスは短く整えれた髭を撫でながら答える。どうすることもできないと思っていたハリーは慌てて鏡に顔を近づけドキドキと高鳴る鼓動を必死に落ち着かせた。

 

 

「ほ、本当?」

「ああ。クリーチャーを使えばいい。あいつは主人の命令には絶対だ。喜んで──とは言わないが俺の命令は断れない。24時間マルフォイを監視するだろう」

「クリーチャー?……でも……」

 

 

ハリーはシリウスの提案に口籠る。クリーチャーは一度シリウスを巧妙な手口で裏切った。それにブラック家を出て向かった先はマルフォイ家である。そんなクリーチャーをハリーはとてもではないが信じられず、何かを頼もうとしてもすぐにドラコに伝えるのでは無いかと思ったのだ。

しかしシリウスは低く喉の奥で笑うと、ハリーを安心させるために悪戯っぽく笑った。

 

 

「大丈夫だ。今度の命令はしくじらないよ」

「うーん……なら、ホグワーツにいるドビーにも頼もうかな。ドビーに主人はいないけど、多分……僕のお願いなら聞いてくれると思うし」

「ああ、二重に監視があるのは良い。その方が信憑性が増すだろう」

 

 

クリーチャーに命令することは少々不安が残るが、ドビーも一緒ならば万が一何かあったとしてもすぐに知ることができるだろう。

ハリーはこれで何か手がかりを掴むことができれば良い、そう考えながら鏡を覗き込んだ。

 

 

「シリウスは、今どんな任務をしてるの?」

「ホグズミードの警備だ。……前回、ホグズミード行きが無くなったのは残念だったな」

「えっ!?その日、もしかして会えたかもしれないの?」

「ああ、俺もそれを期待してこの任務についたからね」

 

 

シリウスは仕方ないと苦笑していたが、ハリーはシリウス以上に落胆しがっくりと頭を垂れた。シリウスとはクリスマス休暇以来会っていない。鏡を使い顔を見て話せるとはいえ、やはり直接会って話したいことはたくさんあった。

 

 

「すっごく、残念だ」

「まあ、次の機会があることを期待しよう」

 

 

項垂れ落ち込むハリーに、シリウスはどこか嬉しそうに笑いながら慰めた。

 

 

 

シリウスと鏡を使っての会話を終えてからすぐにクリーチャーとドビーが乱闘をしながら現れ、ハリーは2人を止めるために半純血のプリンスの本に書かれていた魔法を使った。

なんとか宥め、シリウスから「ハリーの命令は主人の命令だと思え」と言われたクリーチャーは早くハリーが死ねば良い、とでも思っているような目つきでハリーを睨んでたが、ドラコを24時間監視するという命令を拒絶することはなく深々と頭を下げた。

ドビーもまた、友人であるハリーのためならと胸を張りドラコを──そして、クリーチャーを──見張ることを約束し、彼らは現れた時と同じようにパチンと姿をくらました。

 

 

ハリーは期待と興奮でやや落ち着きをなくしながら鏡をぼすんと枕の下に押し込み、今日使う授業の教科書や書きかけの宿題をカバンの中に突っ込んだあと肩に担ぎ、談話室へと向かった。

 

 

「ソフィア、おはよう」

「おはようハリー。戻ってたのね!無事退院できて良かったわ」

 

 

ハリーはすぐに身を屈めソフィアの頬にキスを送り、ソフィアも同じように軽くキスを返した。

初めて見た時はニヤニヤと笑っていたロンも、流石に2人が付き合ってほぼ毎日見る光景に慣れたのか茶化すことなくハリーの頭に巻かれた白い包帯をチラリと見る。

 

 

「怪我、大丈夫か?」

「うん、今日の昼休みには取れるって言ってた」

 

 

ハリーは何だかむず痒くなりつつある包帯を掻きながら軽く笑う。ホッと笑ったロンは横暴な態度を改めたマクラーゲンを面白おかしくからかったが、その話に乗ってきたのはハリーだけだった。

 

 

 

ソフィア達は朝食へ向かい、その後授業のためにいくつも階段を登っていた。角を曲がって8階の廊下に出ながら、ハリーはクリーチャーとドビーにドラコを監視するように命じたことを話そうかと思ったが、ハーマイオニーはきっと嫌な顔をするだろうと考え黙り込んだ。ハウスエルフに対し過激な反応を見せるハーマイオニーだ。きっと彼女は24時間労働させていると知れば烈火の如く怒るだろう。

 

廊下には、チュチュを着たトロールのタペストリーをしげしげと見ている少女以外誰もいなかった。背の低い少女はハリー達に気付くと驚き、怯えたような顔をして肩を震わせる。持っていた重そうな真鍮の秤が手から滑り、けたたましい高音を立てて割れた。

 

 

「まあ、大丈夫?」

「直してあげるわ。──直せ(レパロ)

 

 

高学年である自分たちが怖かったのかとソフィアとハーマイオニーはにっこりと微笑み優しく声をかける。すぐにハーマイオニーの魔法により秤は元通りに戻り、ソフィアはそれを拾い上げ少女に手渡した。

少女はオドオドとした目つきで視線を彷徨わせ、一歩後退する。

礼も言わず突っ立ったままの少女に、ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせた後もう一度優しく微笑みかけるとすぐにその場を離れた。きっと、高学年である自分たちに萎縮してしまっているのだろう。そういえばネクタイをつけていなかったためどこの寮生かはわからないが見覚えはない──きっと別の寮なのだ。

 

 

「だんだん小粒になってるぜ」

「あなたはだんだん大きくなってきたわね」

 

 

廊下を進み、怯えて縮こまる少女を振り返りながらロンが面白そうにからかったが、ハーマイオニーはそれを咎めるように冷たい声で言った。

 

 

「ハリー!」

 

 

背後から足音と、ハリーの名を呼ぶ声にハリー達は振り返る。

耳に赤いカブのイヤリングを付け、頭に極彩色のサングラスをかけているルーナは跳ねるように走りながら駆け寄り、ぎょろりとした目でハリーの頭の先からつま先までを眺めた。

 

 

「病棟に行ったんだけど、退院したんだね。──これを、あんたに渡すように言われたんだ」

 

 

ルーナは鞄の底を探り、潰れたひしゃげた羊皮紙を取り出すとハリーの手に押し付ける。ハリーはそれがダンブルドアからの授業の知らせだとわかり、すぐに羊皮紙を開けた。

 

 

「今夜だ」

 

 

ハリーは羊皮紙を広げるや否や、ソフィア達に告げる。クリスマス休暇明けから事件が続きすっかりとダンブルドアとの授業を忘れていたハリーは羊皮紙を丁寧に折りたたむとポケットに突っ込んだ。

 

 

「今夜?それは……大変ね、ハリー」

 

 

ソフィアは眉を寄せ心配そうに呟く。もう怪我はほとんど気にならないほど良くなっているし、何が心配なのかとハリーは首を傾げた。

 

 

「あなた、ダンブルドア先生の宿題を忘れているわね」

「──あ」

 

 

ハリーはソフィアの呆れ混じりの言葉にようやく思い出すと、さっと顔色を変えた。

そうだ、前回の授業の終わりにスラグホーンが持つ重要な記憶について探れと言われていたのだった。スラグホーンが持つ記憶が、ヴォルデモートに関わる最も重要な記憶であると予想しているダンブルドアは、ハリーに改ざんされていない記憶を手に入れるよう求めていたのだ。

 

すっかり忘れていたハリーは焦りながらソフィアとロンとハーマイオニーを見たが、3人とももちろん──ハリーを手助けする事はできなかった。

 

 



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353 その部屋の意味!

 

 

ハリーはダンブルドアとの授業でトム・リドルがボージン・アンド・バークスで働き、そこでホグワーツ創立者の特別な遺品について知り巧妙な手口でハッフルパフのカップとスリザリンのロケットの所持者であるヘプジバ・スミスを殺害しその二つを奪ったことを知った。

その後、行方をくらましたリドルは死喰い人と世界各地を周り悍ましい闇の魔術を知り、闇の生き物と関わり──数年後、ダンブルドアの元に闇の魔術に対する防衛術の教師を志願しにきた時にはリドルの顔は火傷を負ったように引き攣り、蝋人形のように奇妙に表情は無く、もとのハンサムな姿では無くなっていた。

 

 

ハリーはダンブルドアから再度スラグホーンが持つ記憶がどれだけ重要なものかと説かれ、次の日からどうすればスラグホーンを説得し、手が加わっていない記憶を手に入れられるかと知恵を絞った。

しかし、ハリーだけでなくソフィア達にも良い閃きは無く、毎回この事で話し合っても難しい顔をして沈黙するだけだった。

 

談話室の暖炉脇に座りながら、ハリーは上級魔法薬書をぺらぺらと捲る。何かプリンスが役立つ事を書き込んでないかと思ったが──残念ながら見つけ出すことは出来なかった。

 

 

「そこからは何も出てこないわよ」

 

 

呪文学の教科書を読んでいたハーマイオニーはきっぱりと言うが、言われなくともハリーはわかっていた。

むっつりとした表情でまた数ページ捲り、真実薬のページの余白に書かれたプリンスの解釈や作り方の訂正を見つつハリーはため息をつく。

 

 

「真実薬は本当の事を言わせるけど、ダンブルドアは効かないって言ってた」

「解毒薬を持ってたら意味がないわ。……警戒してるもの、きっと持ってるわ」

「うーん……」

 

 

ハリーの隣に座っていたソフィアは教科書を覗き込みながら頷く。たとえ真実薬を盛ったとしてもスラグホーンはすぐに対処するだろう。それが失敗すれば、もう二度と彼との信頼関係を築くことは不可能になる。

 

 

ハリーは教科書を捲っていた手をふと止め、余白に書かれた『セクタムセンプラ』という呪文に目を留める。呪文の上には殴り書きで『敵に対して』と一言添えられていた。どんな魔法なのか使ってみたい気持ちになったが、流石に今使うことはできず、ハリーはその呪文が書かれたページの端をそっと折り曲げる。

 

その呪文を見ながら、ハリーはどこかで「セクタムセンプラ」という魔法を聞いたことがある気がした。しかし、全く思い出せない。去年、憂いの篩の中で誰かが使っていただろうか?

 

 

「宿題もやばいけど、姿現しのテストもやばいよな……うーっ、きっと僕は合格できないんだ。またあの2人にからかわれる……」

 

 

ロンは呻めき苦しげにしながら談話室にある掲示板を落ち着きなく振り返った。

夕食後、生徒達が戻ってきた時に新たな掲示物が貼られ、姿現しのテストが4月21日に開催されると書かれていたのだ。テスト日までに17歳になる者はテストを受ける事ができる。不安がある者は追加の授業の申し込みをすることも可能だと書かれており、希望者枠にはたくさんの名前が書かれていた。

 

 

「前、惜しかったじゃないか」

「そりゃ、君は一回成功してたから余裕だろ?それに君はテストを受けるのは7月だ!いいなぁ、誕生日を交換したいよ……」

 

 

この中でまだ一度も姿くらましも、姿現しもうまく行っていないのはロンだけだった。

ソフィアは三度、ハーマイオニーは二度姿現しに成功していてテストに自信があり、先週の授業でハリーもようやく一度だけ成功することが出来たのだ。

 

 

「眉毛の置き忘れに注意が必要ね」

 

 

前回、眉毛のみがばらけてしまったロンは、苦い表情でしっかりと顔の中にある眉毛をパチンと叩き「今度はついてこいよ!」と唸る。その様子がおかしくてハーマイオニーとソフィアはくすくすと笑った。

 

 

姿現しのテストについて散々不安になり文句を言っていたロンは宿題の手が止まり、夜の10時を回ってもまだ終わっていなかった。難しいものを後に残していたツケを払わねばならない時がついにやってきて──ロンは途方もなく難解な闇の魔術に対する防衛術の宿題とついに格闘し始めた。

 

 

時々ソフィアとハーマイオニーが吸魂鬼についてのレポートを添削し、文字の誤りがないかを確認していく。

宿題を終わらせたハリーはあくびをしながらぐるりと談話室を見回した。もう遅い時間だからか、談話室には4人以外誰もいない。

ハリーはソフィアの横顔をぼんやりと見つめながら、もしここにロンとハーマイオニーが居なければどうなっただろうか、と考えた。

 

 

ソフィアとハリーが恋人同士になってから一年は経過している。しかし、どうしても2人きりになれる時間は少なく、2人は恋人としてキス以上の行為に及んだことは無かった。

ハリーも健全な男子であり、ソフィアとの甘いひと時を何度も妄想し眠れぬ夜を過ごしたことがある。下世話な同級生に「ソフィアの調()()()どうだった?」と下衆びた笑いで聞かれたことだってあった。

 

その度に無視をしているが、ハリーはふと暇な時があればソフィアの白い肌について考えてしまっていたのだ。

 

──誰かにいい隠し部屋がないか聞こうかな。みんなは……他の恋人達はどうしているんだろう。

 

 

そんな事を考え、ソフィアを見つめていたハリーは、顔を上げたソフィアと目がパチリと会ってしまい胸がどきりと高鳴り──何気なさを装って視線を逸らした。

ソフィアが開心術を使えなくて本当によかった。もし心を見られていたら軽蔑されるだろうか?でも、きっとソフィアも僕と同じ気持ちのはずだ。誰だって恋人と触れ合いたいと思うんだから──。

 

 

ハリーは脳裏に脱ぎかけた服を押さえ、恥ずかしそうに目を潤ませるソフィアを想像してしまい、必死に頭の外に押しやりながらわざとらしくぐっと手を上に伸ばし欠伸をした──その時。

 

 

 

──バチンッ!

 

 

大きな異音が響き、ハーマイオニーは悲鳴をあげ跳び上がりソフィアは直ぐにポケットから杖を出し音がした方を鋭く見た。

 

 

「クリーチャー!」

 

 

暖炉の前に現れたのは深々とお辞儀をしたクリーチャーであり、なぜ彼がこんなところにいるのか、とソフィアとハーマイオニーとロンは困惑しながらクリーチャーを見る。

 

 

「あなた様は、マルフォイ坊ちゃんが何をしているのか定期的な報告をお望みでしたから、クリーチャーはこうして──」

 

 

──バチンッ!

 

 

今度はクリーチャーの隣にドビーが現れた。

少しよろめいた途端、帽子代わりのティーポットカバーが横にずれドビーの眠そうな目を半分隠した。

 

 

「ドビーも手伝っていました、ハリー・ポッター!そして、クリーチャーはドビーに、いつハリー・ポッターに会いに行くのか教えるべきでした。一緒に報告するために!」

 

 

クリーチャーはキーキーと甲高い声で責めるドビーを恨みがましい目で睨む。

 

 

「ど、どうしてクリーチャーがここに?」

「何が起こってるの、ハリー?」

 

 

クリーチャーとドビーの登場に衝撃が抜けきっていないハーマイオニーは目を見開いたままハリーに向き合う。ソフィアはクリーチャーの言葉でハリーが何をしたのかおおよそよ検討はついていた。

ハリーはどう答えようか迷った。結局ソフィア達にはタイミングを逃し、クリーチャーとドビーにドラコを尾行させた事を話していなかった。ロンとソフィアはなんとも思わないだろうが、ハウスエルフの事に敏感なハーマイオニーは間違いなく、批難的な目で見るだろう。

 

 

「あー……その。2人は僕のためにマルフォイをつけていたんだ」

「昼も夜もです」

「ドビーは1週間寝ていません、ハリー・ポッター!」

 

 

ドビーはふらふらとしながら誇らしげに言ったが、その言葉を聞いた途端ハーマイオニーは眉を吊り上げ、ハリーは顔を顰めた。

 

 

「ドビー、寝てないですって?まさか、ハリ。あなた眠るなって──」

「勿論そんな事言ってないよ。ドビー、寝ていいんだ、わかった?──で、どっちかが何か見つけたのかい?」

 

 

実際、24時間監視しろと言ったのだから確かに眠る暇はなかったかもしれないな。とハリーは思ったがそれを正直に言うつもりは無かった。

ハリーはハーマイオニーの猛烈な怒りを宥めるために慌ててドビーに優しく言い聞かせ、再びハーマイオニーが邪魔しないうちにと急いで聞いた。

 

 

「マルフォイ様は純血に相応しい高貴な動きをいたします。その顔貌はわたしの女主人様の美しい顔立ちを思い起こさせ、その立ち居振る舞いはまるで──」

「ドラコ・マルフォイは悪い子です!悪い子です!そして──そして──」

 

 

 

ドラコを褒めるクリーチャーに対抗すべくドビーは金切り声で叫んだが、すぐにぶるぶると震え暖炉目掛けて飛び込みそうな勢いで駆け出した。

ハリーはこういうこともありうると予想していたため、素早く腰あたりを捕まえドビーを押さえた。ドビーは数秒間もがいていたが、やがてだらりと手を弛緩させた。

 

 

「ありがとうございます、ハリー・ポッター。ドビーはまだ、昔のご主人の事を悪く言えないのです……」

 

 

耳を垂らし苦しく喘ぎながら言うドビーは数回深呼吸し、ずれていたティーポットカバーを被り直すとクリーチャーに向かって挑むように叫んだ。

 

 

「でも、クリーチャーはドラコ・マルフォイがハウスエルフにとってよいご主人じゃないと知るべきです!」

「そうだ。君がマルフォイを愛してるなんて聞く必要はない。──早回しにして。マルフォイが実際どこに出かけたのかを聞こう」

 

 

ドラコについての愛はどうでもいいとハリーは切り捨て、クリーチャーに向き合う。クリーチャーは憤慨した顔で声に出さず文句を言った後、また足先を見るように深々とお辞儀をした。

 

 

「マルフォイ様は大広間で食事をなさり、地下室にある寮で眠られ、授業はさまざまな事を──」

「ドビー、君が話してくれ。マルフォイはどこか、行くべきではないところに行かなかったか?」

「ハリー・ポッター様。マルフォイはドビーが見つけられる範囲では何の規則も破っておりません。でも、やっぱり何かを探られないようにとても気を使っています。色々な生徒と一緒にしょっちゅう8階に行きます。その生徒達に見張らせて、自分──」

「必要の部屋だ!」

 

 

ハリーは上級魔法薬の教科書で自分の額をバチンと叩いた。ソフィアとハーマイオニーとロンは目を丸くしてハリーを見ていたが、ハリーはなぜ今まで気づかなかったのかと自分自身に舌打ちをしたい気持ちだった。

 

 

「そこで姿をくらましてたんだ!そこでやってたんだ!──何かをやってる、きっとそれで地図から消えてしまったんだ。……そういえば、地図で必要の部屋を見たことがない!」

「忍びの者は知らなかったのかもな」

「それが、必要の部屋の魔法の一つなんだと思うわ。地図上に表示されないようにする必要があれば、そうするのよ」

「そうね、必要の部屋のことはほとんど誰も知らなかったようだもの……」

 

 

ロンとハーマイオニーとソフィアが頷き神妙に呟く。

そうだ、去年自分たちは必要の部屋を使った。必要の部屋の存在を、自分たちを捕まえにきたドラコは知ったはずだ。その部屋の仕組みを考えれば、それ以外の絶好の隠し場所はないと思うに違いない。

 

 

「ドビー、うまく部屋に入ってマルフォイが何をしているか覗けたかい?」

「いいえ、それは不可能ですハリー・ポッター」

「そんなことはない。マルフォイは先学期、僕達の本部に入ってきた。だから僕も入り込んで、あいつのことを探れる。大丈夫だ」

 

 

ドラコ・マルフォイにできるのだから、自分にも出来るはずだとハリーは確信しこれでようやく尻尾を掴むことが出来たと興奮し喜んでいたが、ソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせ「それはどうかしら」と低い声で呟いた。

 

 

「ハリー。多分それはとても難しいと思うわ」

「えっ、どうして?」

「たとえば。ドラコが自分以外に入ることが出来ない部屋を望んでいたら?」

 

 

考えながら言ったソフィアの言葉に、ハリーは目を見開き、苛立ちながら頭を掻く。確かにそうだ。あの必要の部屋は必要とするならばどんな部屋にでも姿を変える。それが本人以外侵入不可の部屋ならばどうする事も出来ない。

 

 

「それと、去年マルフォイは私たちがあの部屋をどう使ってたかしっかり把握していたわ。マリエッタがべらべら喋ったものね。もしマルフォイが個人的な部屋を必要としたわけじゃないにしても、あなたはあの部屋が何の部屋になってるのかを知らない。だから、どういう部屋になれって願うことはできないわ」

「侵入不可じゃなきゃ、なんとかなるさ」

 

 

ハリーは自分に言い聞かせるためにそう言ったあと、ドビーとクリーチャーに礼としっかりと寝るようにと伝える。

バチン、と2人のハウスエルフが消えた後、再び談話室にいるのは4人だけになった。

 

 

「上出来だろ?マルフォイがどこにいるかわかったんだ!とうとう追い詰めたぞ!」

 

 

ハリーはソフィア達には熱っぽく言い、どうすればドラコが必要としている必要の部屋に入ることができるかと頭を捻らせた。

 

 

「だけど、いろいろな生徒と一緒にそこに行くってどういうことかしら?何人関わっているの?ルイスだけなら、まだわかるわ。マルフォイがそんなに大勢の人を信用して自分のやってることを知らせるとは思えないけど……」

「確かにそうね」

 

 

ハーマイオニーは眉を寄せながら呟き、ソフィアも頷いた。ドラコの周りにはいつも多数のスリザリン生がいるが、彼らと深い付き合いではないだろう。間違いなく──ドラコにとって信頼できるのは、ルイスだけだ。

 

 

「マルフォイが、自分のやってることはお前の知ったことじゃないってクラッブに言っているのを聞いた。それなら、マルフォイは他の見張りの連中に──連中に──」

 

 

ハリーはじっと暖炉の火を見つめながら呟く。徐々にその声は小さくなり、ついに途切れた時、ハリーは「そうか」と掠れた声で呟いた。

 

 

「──なんて馬鹿だったんだろう。はっきりしてるじゃないか?地下室にはあれの大きな貯蔵桶があった……マルフォイは授業中にいつでも少しくすねることが出来たはずだ」

「くすねるって、何を?」

「ポリジュース薬。スラグホーンが最初の授業で見せてくれたポリジュース薬を少し盗んだんだ。……マルフォイの見張りをする生徒がそんなに多いわけがない。いつものようにクラッブとゴイルの2人だけなんだ……ルイスは、多分……中に入ってるんだ。──うん、これで辻褄が合う!」

 

 

ハリーは勢いよく立ち上がり、呆気に取られているソフィア達を置き去りにしながら暖炉の前を行ったり来たりし始めた。腕を組みぶつぶつと呟くハリーの目には執念の炎がメラメラと燃えている。

 

 

「あいつら馬鹿だから、マルフォイが何をしようとしているのか教えてくれなくてもやれと言われたことをやるだろう。でも、マルフォイは2人が必要の部屋の前で彷徨いているところを見られたくなかった──だから、ポリジュース薬を飲ませてほかの人間の姿をとらせたんだ。マルフォイがクィディッチに来なかったとき、マルフォイとルイスといた二人の女の子──そうだ、クラッブとゴイルだ!」

「ということは──私が秤を直してあげたあの女の子?」

「まあ!……ああ、どうりで……ネクタイをつけてなくて、どこの寮の子なのかなって思ったのよね……スリザリン生だともバレたくなかったのね」

「ああ、勿論だ!マルフォイがあの時部屋の中にいたに違いない!──そうだ、あそこを通る少し前に地図で見た時、マルフォイは見つけられなかった!──それで、あいつら、誰かが近づけば秤を落としてマルフォイに知らせたんだ!マルフォイのそばを、僕達しょっちゅう通り過ぎていたのに気が付かなかったんだ!」

「あいつら、女の子にされてたのか?」

 

 

ロンはゲラゲラと笑い出し、目元を指で擦る。なるほど、だから最近クラッブとゴイルは不服そうだったのか。小さな女の子に変えられていたら──しかもその理由も詳しくは知らされずに──誰だって不満だろう。

 

 

「あいつらがマルフォイにやーめたって言わないのが不思議だよ」

「そりゃ、できっこないさ。うん。マルフォイがあいつらに腕の闇の印を見せたなら。──もしかして、ルイスも脅されてたり?」

 

 

ハリーはハッとしてソフィアを見たが、ソフィアは眉をキュッと寄せ、悲しげに微笑んだ。

 

 

「確かに、死喰い人は恐ろしわ。──けれどルイスはドラコを恐れることはないわ」

 

 

やはり、ルイスは自分の意思でマルフォイと一緒にいるのだ。そう思うとハリーは胸の奥がぐらぐらと煮えたぎるような気がしたが、以前のような痛みは感じなくなっていた。

 

 

 

 

次の日からハリーはドラコの必要の部屋には何を必要とすれば入られるのか必死に考えた。

ソフィアもまたハリーと同じように悩みつつ色々な意見を出したがソフィアはハリーほど熱心に考えていないようだった。無謀すぎるとわかっているのだろう。

ソフィアだけではなく、ハーマイオニーはこことさら無関心であり、ハリーがハーマイオニーに必要の部屋に侵入する計画を伝えても何の反応も示さなかった。

 

 

「ハリー。勿論マルフォイのことも気になるわ。実際にマルフォイは何かしているし、あの夢喰蟲にも関わっていたのかもしれない。けれどあなたはそんな事よりもやらなきゃならないことがあるでしょう?──スラグホーンの説得よ」

「僕は説得の事を忘れちゃいない。だけど、どうやったら記憶を引き出せるのか見当つかないんだ。頭に何か閃くまで、マルフォイが何をやってるか探したっていいだろう?」

「言ったはずよ。あなたはスラグホーンを説得する必要があるの。小細工するとか、呪文をかけるとかの問題じゃないわ。そんな事だったらダンブルドアがあっという間にできたはずだもの」

 

 

ハーマイオニーはドラコの尻尾を掴む事よりも、ダンブルドアが望む記憶を手に入れることが先決だと言ってハリーがどれだけ宥めたり、言い方を変えて助けて貰おうとしてもさっと立ち上がり大股で去っていった。

 

 

「マルフォイがとんでもない事をしてるんだ!それが、あと少しでわかるっていうのに無視なんてできるはずないだろ?」

「そうね……でも、ハリー。本当にダンブルドア先生の宿題にも取り組まなきゃダメよ?」

「……うん。わかってるよ」

 

 

ソフィアにも言われてしまい、ハリーはむっつりと気難しい表情をしながら渋々頷いた。

オートミールを食べながら、ハリーは必要の部屋について考える。

どんな部屋を必要としただろうか。物置?会合の場所?何かを直すのなら、作業場?隠れ家、だろうか。

 

 

ドラコが何を必要としたのか必死に考えていたハリーは、唐突に──とんでもない発想が頭をよぎった。

 

 

──必要の部屋なら、ソフィアと二人きりになれるし、誰にも邪魔されない……?

 

 

ハリーは今まで頭のほとんどをドラコの企みが占めていたが、一瞬にしてそれらはどこか遠くに飛んでいき、ソフィアの白い頬や赤い唇だけが頭の奥に残った。

 

 

「……どうしたの?」

「──あっ、ううん、なんでもない。僕、この後空き時間だから、部屋が開くかどうか試してみるよ」

 

 

ハリーに穴が開くほど見つめられていたソフィアは不思議そうに首を傾げる。

ハリーは慌ててオートミールを流し込むようにして平らげると、すぐに立ち上がり8階まで全力疾走した。

残ったロンとソフィアは、それほどまでしてドラコの企みが気になるのかと何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

 

 

ハリーは8階の、必要の部屋の扉が隠されている壁に近づいた。

全力疾走したからか、心臓はドキドキとうるさく高鳴っている。部屋の前には誰もいなかったが、今のハリーにそれは残念な事だったのか、幸福な事なのか判断は難しいだろう。

 

 

はやる気持ちをぐっと堪え、ハリーは目を閉じ全神経を集中し自分が必要とする部屋を考えた。

 

 

扉の前を三度通り過ぎ、そしてそっと目を開く。

壁だったところに小さな扉が現れており、ハリーはごくりと生唾を飲み静かに扉を開けた。

 

 

「……うわ……」

 

 

ハリーは後ろ手で扉を閉めながら、その部屋の様子を見て──もう少しロマンチックならよかったのに。と考えた。

 

 



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354 一歩。

 

 

ハリーが必要の部屋が開くかどうかを試しに行ったため、ソフィアとハーマイオニーとロンは3人で闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かった。

教室に一歩でも入ればどことなく寒気を感じる薄暗い空間が生徒達を包み込み、自然と彼らは緊張し背を正していた。

 

 

授業開始のベルが鳴った時もまだハリーは教室の中にいなかった。ソフィア達は今日もまた減点は確実なようだ、と苦い気持ちになりつつ机の上に教科書や羽ペンを出し揃える。

最後のベルがなったすぐ後に扉が開き、ハリーが慌てて飛び込みロンの隣に勢いよく座った。バレていないか、とハリーはわずかに期待したが、セブルスは教壇で立ち、教科書に視線を落としたまま「また遅刻だぞポッター。グリフィンドール10点減点」と冷たく言い放った。

 

 

「授業を始める前に吸魂鬼のレポートを出したまえ。前回の服従の呪文への抵抗に関するレポートのくだらなさに、我輩は耐え忍ばねばならなかったが──今回はそれよりもマシである事を諸君のために望みたいものだ」

 

 

セブルスはぞんざいに杖を振り、生徒達が机の上に出していた26本の羊皮紙の巻紙を浮遊させ自分の机の上に積み上げていく。

ソフィアは綺麗に積み上げられていく羊皮紙の束を見ながら、一度の振り方で全てを回収するためにはどうすればいいのだろうか、と考えていた。──線で表すのか、それとも複合魔法だろうか。

 

 

「さて、教科書を開いて。ページは──ミスター・フィネガン、何だ?」

 

 

授業前に手を挙げる者など、このクラスでは今までなかった。

セブルスは顔色の悪いフィネガンを見ながら静かに問いかける。フィネガンは挙げた手が無視されなかったことに安堵し驚きつつ、恐々とセブルスを見上げた。

 

 

「先生、質問があるのですが。亡者とゴーストはどうやって見分けられますか?実は、日刊預言者新聞に亡者のことが出ていたものですから──」

「出ていない」

 

 

セブルスはまたこの質問か、とうんざりしながら低く否定する。先ほどのクラスでも、不安げな顔で同じ質問をされたばかりだった。

 

 

「でも、先生。僕、聞きました。みんなが話しているのを──」

「ミスター・フィネガン。問題の記事を自分で読めば、亡者と呼ばれたものが、実はマンダンガス・フレッチャーという名の小汚いコソ泥にすぎなかったとわかるはずだ」

「……マンダンガスが逮捕されても平気なのかな?確かにあいつはコソ泥だけど」

 

 

ハリーはセブルスの言葉に少し不安そうにしながら呟く。騎士団員として庇うことはしないのだろうか。尤も、マンダンガスはブラック家から無断で銀食器などを盗んで売り出そうとしていたため、ハリーは彼が捕まって良かったとこっそりと思っていたのだが。

 

 

「──しかし、ポッターはこの件についてひとくさり言うことがありそうだ」

 

 

セブルスは突然教室の後ろを指差し、暗い瞳でハリーを見据える。すぐにハリーは口を閉じたが、いま黙ったところで後の祭りだろう。

 

 

「ポッターに聞いてみることにしよう。亡者とゴーストをどのようにして見分けるか」

 

 

クラス中がハリーを振り返った。突然当てられた事にハリーは慌てたが、必死にスラグホーンを訪ねた時にダンブルドアが教えてくれたことを思い出す。

 

 

「えーと──あの──ゴーストは透明で──」

「ほう、大変よろしい。なるほど、ポッター。ほぼ6年に及ぶ魔法教育は無駄では無かったということがよくわかる。ゴーストは透明で」

 

 

答えを遮ったセブルスは口先で冷たく笑い、いやらしくハリーの言葉を繰り返す。パンジーが甲高い声でくすくすと笑い、それに同調するように何人かが嘲笑った。

ハリーは羞恥から顔に熱が籠るのを感じながら、深く息を吸って静かに続けた。

 

 

「はい。ゴーストは透明です。でも、亡者は死体です。ですから、実体があり──」

「もういい。その程度5歳の子供でも答えてくれるだろう。──さて、ミスター・プリンス。亡者とゴーストの違いは?」

 

 

セブルスは鼻先でハリーの答えを一蹴し、教室の前に座っていたルイスを見据える。

当てられると思ってなかったルイスだったが、一度瞬きをするとすぐに口を開いた。

 

 

「亡者は闇の魔法使いの呪文により動きを取り戻した死体であり、ただの傀儡です。魔法使いが命じる動きをします。勿論、実体があります。ゴーストはこの世を離れた魂が残した痕跡であり、実体は無く半透明で、他者に攻撃をすることはできず、生前、本人が行っていた行動をなぞることが多く、痕跡に残された動きをするだけで生きているわけではありません。亡者は他者に影響を及ぼし、ゴーストはそれが不可能です」

「よろしい。スリザリンに10点。──さて、教科書の──ミス・プリンス、何か不服なことでもあるのかね?」

 

 

セブルスはルイスに加点し授業に戻ろうと思ったが、ハリーの隣で手を挙げるソフィアに気付き冷ややかな声で尋ねた。

 

 

「いえ、質問なのですが──亡者は死者の亡骸ですよね。つまり、ある程度新鮮な死体でなければ朽ちているのでしょうか?それとも、闇の魔法使いは死体を修復して動かすのでしょうか?」

「動くことができる脚が無事な死体を操る例が多く報告されている。中には修復する手間をかける者もいるだろう。しかし、完全な死体である必要はどこにも無いのだ」

 

 

ソフィアの質問にセブルスはさらりと答えた。誰もが死者を冒涜する悍ましい魔法に気分が悪そうに顔を歪める。

 

セブルスはクラスをぐるりと見渡し、もう質問が無いとわかるとすぐに授業を開始した。

 

 

 

ーーー

 

 

磔の呪文についての授業が終わり、終業のベルが鳴った後ソフィア達は廊下に出て次の授業が行われるクラスへと向かった。

 

 

「さっきの質問、どうして気になったの?」

「え?ああ……その、亡者ってすっごく怖いなって思ったの」

 

 

教室からかなり離れた場所でハーマイオニーがソフィアに聞き、ソフィアは眉を顰めながら呟いた。

亡者は恐ろしいものだ。それは当然でありハーマイオニーは今更どうしてそんなわかりきったことを言うのかと首を傾げる。

 

 

「んー。例えば、その亡者が見知った人だったら。生前と同じように動いて私を攻撃してきたら……私は亡者だと──自分に害をなす存在だとわかっているけれど、攻撃してその死体を傷つけることが出来ないんじゃ無いかって思ったの。勿論凶暴にさせられているから怖いのも本当よ。でも、もし知り合いなら……もっと怖いし、ショックだわ」

 

 

声を顰め、身をぶるりと震わせたソフィアに、ハーマイオニーは息を呑み苦い顔をして深く頷いた。

ハリーとロンも、ソフィアの言いたいことがよく分かった。もし亡者が知り合いであり、それも仲の深い者ならば──果たして自分は攻撃することが出来るだろうか。

 

 

「亡者に出会わないことを願うしかないな。透明かどうかちゃんとチェックしなきゃ」

 

 

ロンが肩をすくめながら言えば、ハリーは揶揄われたような気がして片眉を上げロンを睨んだ。

 

 

 

 

 

ソフィアとハリーは夕食後、図書館で宿題に必要な参考書を探していた。ロンとハーマイオニーはセブルスから出された一段と難解な宿題に取り組むため談話室に帰り、ハリーは図書館で変身術の本を借りた後、談話室に戻ろうとするソフィアの手を握る。

 

驚き振り返ったソフィアは少し寄り道したいのかと思い、すぐに優しくにっこりと笑うとハリーの隣にそっと寄り添った。

 

 

「ソフィア。少し、行きたいところがあるんだけど」

「ええ、良いわよ」

 

 

ハリーはほっと胸を撫で下ろし、ふわりと漂ったソフィアの甘い香りにドキドキと胸を高鳴らせながら8階へと向かった。

 

必要の部屋の前で足を止めた時、ハリーは自分の心臓が口から飛び出てしまうのでは無いかと思った。緊張してひどく喉が渇くし、それなのに体は妙に熱い。ソフィアと繋いでいる手にじっとりと汗が流れているのを感じる。

 

 

「必要の部屋……今から試すの?」

 

 

ソフィアはドラコが必要とすることが何なのかハリーはわからず、自分の手助けが欲しいのだと思った。

しかしハリーはゆっくりとソフィアと向き合うと彼女の両手をそっと握り、乾いた唇を舌先で少し湿らせ真剣な目で見つめる。

 

 

「僕──僕、ソフィアの全てが知りたい」

「……?」

「あー──その、……何て言えばいいんだろ」

 

 

ハリーは気恥ずかしさから頬を染め、しどろもどろになりながら言葉を詰まらせた。

 

 

「つまり──きみに、触れたい」

 

 

ぎゅっと強く握られ、熱っぽく囁かれた言葉にソフィアはハリーの顔色と同じほど頬を染め息を呑んだ。

ソフィアはもう17歳になる女性だ。一年付き合っている恋人から言われるこの言葉の真意が読めないほど子どもでも、初心でもない。

 

ハーマイオニーは何も言わないが、ラベンダーやパーバティはベッドの上で寝転びニヤニヤと笑いながら「ハリーとはもうシたの?」と直接的に聞いてくることがたまにあるのだ。その度にソフィアは頬を染め「言わないわ」とそっぽを向いたが、その反応はどう見てもまだソフィアが処女であると表していてラベンダーとパーバティはまたニヤニヤと笑っていたのだ。

 

 

「僕……ソフィア・プリンスとハリー・ポッターが2人で過ごすことが出来る部屋が必要だって考えながら、現れた部屋に入るから。その──無理に、とは言わない」

 

 

ハリーはソフィアの頬にキスをしてそっと手を離す。

そのままソフィアの顔をなるべく見ないようにして三度廊下を行き来し、現れた扉に飛び込んだ。

 

 

その部屋の中は、シンプルな個室だった。少し広いベッドと、椅子とソファ。そしてベッドのそばには低い棚が置かれている。

ハリーは飛び出そうな心臓を服の上から押さえ、ふらつきながらベッドに腰掛けた。そっと棚の扉を引き出し、中に入っていたものを見て沈黙し──そっと閉じる。

 

 

ソフィアは来てくれるだろうか。

いきなりで、怖くて帰っただろうか。

これから、気まずくなってしまったらどうしよう。ここに来なくてもいい、残念だけど、仕方がない。でも、今までのようにキス出来なくなるのは嫌だな。

 

 

ハリーは悶々と考え、期待と緊張と不安で吐きそうになりながら足の上で指を組み、ぐっと目を閉じた。

 

 

 

何分待っただろうか。ハリーは半ば諦め無性に叫び喚き暴れたくなりながらベッドに仰向けで倒れ込む。

 

 

やっぱりまだ早かった?急ぎすぎた?どうすればよかったんだ!そんな、誘い文句なんてわからない。こんな事なら学生時代モテてたシリウスに助言を頼むべきだった。きっとスマートな方法を知ってるはずだ。でも、恥ずかしいし情けないよな。

 

 

小さく唸りながら後悔し始めたその時、かちゃりと小さな音がハリーの鼓膜を震わせた。

 

 

すぐに心臓が大きく跳ね、勢いよく飛び起き呆然として扉を見つめる。

ハリーは感極まりふっと泣きそうに笑うと、顔を真っ赤にして俯いているソフィアの元に駆け寄り、緊張からか体を強張らせているソフィアを強く抱きしめ感謝と愛を込めて口付けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

ソフィアとハリーが透明マントで隠れながら談話室に戻った時、そこには誰も居なかった。

ハリーは言い表すことが出来ない満足感に包まれ、ふわふわと夢心地で、ずっとソフィアと二人きりでいたい。そう思っていたがもし朝になっても自分たちが戻ってきていないことがバレたらそれはそれで厄介な事になるだろう。

ハリーは名残惜しそうに何度もソフィアに口付け、女子寮の階段の下まで見送った。

 

 

ソフィアはハリーに手を振り、足音を立てないよう気をつけながらゆっくりと階段を上がる。

倦怠感と、初めて経験した痛み。何とも言えぬ異物感がまだ体の中に残っている気がしてどうしようもなく恥ずかしいような、こそばゆいような奇妙な感覚だった。

 

 

「──おかえりなさい」

「ハ、ハーマイオニー!」

 

 

女子寮の階段の上でカーディガンを羽織り腕組みをして立っていたのはハーマイオニーだった。

みんな寝ていると思っていたソフィアは飛び上がらんばかりに驚き、心臓を押さえながらよろめき、壁にもたれかかる。

 

 

「う──」

「良かったわね、というべきなのかしら──ソフィア、あなた泣いたの?目が赤いわ。まさか、ハリーは無理矢理あなたを──?」

 

 

薄ぼんやりとした灯りしかなくとも、ソフィアの目元が赤くなっている事にハーマイオニーは気付き、すぐに駆け寄ると辛そうに顔を歪めるソフィアを支えた。

 

ハリーはソフィアを心の底から愛している。大切にし、ずっと愛を深めていた。そんなハリーがソフィアの優しさにつけ込み欲望のままに無理強いさせたのなら、許せない。簡単には解けない呪いをかけてやるしか無い。そうハーマイオニーは沸々とした怒りを滲ませ唇を強く噛んだ。

しかし、ソフィアはハーマイオニーの腕に掴まりながら困ったように笑い、首を振る。

 

 

「違うわ。その、あー──いっぱいいっぱいになっちゃって」

「……合意の上なのね?」

「そりゃあ……ええ、そうよ」

「……そう、なら良いの」

 

 

ソフィアが頬を真っ赤に染めもごもごと口籠ったのを見て、ハーマイオニーは心の奥がもやりとしたがその気持ちには蓋をしてソフィアの少し乱れた髪を撫でた。

 

 

──多分、私は嫉妬しているのね。ハリーにも、ソフィアにも。

 

 

ハーマイオニーはずっとロンの事を想っている。今年はかなり良い雰囲気になっていたが、色々な事件が起こりあれから進展はない。ロンから想いを告げられる事を期待している彼女は、自分からロンに告白する事はしなかった。

順調に仲を深めていくソフィアとハリーに──自分の理想的な恋人同士である2人にどうしようもなく、羨ましいと思ってしまった。

友人としてソフィアとハリーが仲睦まじい様子を見て嬉しい気持ちは勿論ある。しかし、自分の醜い部分が卑屈になり妬んでいるのだ。

 

 

「今年に開心術の授業がなくてよかったわね」

「そうね、無事じゃ済まないわ」

「それは、ハリー?あなた?それとも──?」

「勿論──全員よ」

 

 

ありありとその姿が想像でき、ソフィアとハーマイオニーは小さく笑った。

 

 



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355 護るためには!

 

 

姿現しの試験まであと2週間と迫る頃、ソフィアとハーマイオニーとロンの3人はホグズミードで行われる追加練習へと向かった。

ハリーは村へ行こうかと最後まで迷っていたが、「人が少なくなった時、きっとマルフォイは必要の部屋に行くだろう」と考え、追加練習後のソフィアとのデートを苦渋の思いで断念したのだ。ソフィアだけでなく、ホグズミードの警備にあたっているというシリウスにも会いたかったが──仕方がない。

 

自分で決めた事だが、楽しげに村へ向かう支度をする人たちを見るとどうしても妬ましさがもやりと胸を苦しめてしまう。ハリーは肩掛けカバンを持つソフィアに近づき、もやもやとした気持ちを誤魔化すために後ろからソフィアを抱きしめ、胸いっぱいに甘い匂いを吸い込んだ。

 

 

「きゃっ!ハ、ハリー!もう、びっくりしたわ!」

「ごめんごめん」

「あらハリー。ソフィアは今日私とデートなの。邪魔しないでくれる?」

 

 

ハーマイオニーはハリーの腕の中からソフィアを奪うと、ソフィアの腕にしっかりと自分の腕を絡めツンと顎を上げた。

 

途端にハリーの機嫌は急降下し、収まりかけていた苛立ちがまた蘇ってくる。ハーマイオニーをじとりと睨みながらりハリーは腕を組んだ。

 

 

「僕の恋人だ」

「あら、私は親友なの。それに──夜に2人でこっそり抜け出していることに私が気が付かないと思った?減点と罰則がないのを、あなたは感謝するべきよ!」

 

 

ハリーは低い声で囁かれた言葉に、カッと顔を赤く染めソフィアを見た。ソフィアは同じように頬を赤らめ慌ててハーマイオニーに「声が大きすぎるわ!」と小さな声で叫ぶ。

 

 

「うーん。それは……ありがとう」

「あなたの頭にはソフィアとマルフォイの事しか詰まってないの?言っておきますけどね。私は必要の部屋の事を考えるよりスラグホーンの部屋に行って記憶を引き出す努力をした方がいいと思うわ!」

「努力してるよ!でも、あの人は僕と話したがらないんだ」

「まあね、でも頑張るしかないでしょう?──じゃあね」

 

 

ホグズミードに行く前にフィルチからチェックを受けなければならず、その列が前に進んだのを見てハーマイオニーは話を打ち切った。

 

ソフィアはハーマイオニーにしっかりと掴まれていたため引っ張られるようにして前に進みながら、ハリーに「お土産買ってくるわね!」と叫び手を振った。

 

 

「うん。楽しんできて!あと、頑張ってね!」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは笑顔で頷いたが、ハーマイオニーはぷいとそっぽを向き、ロンはこの話題には触れるべきではないと無言のままひらひらと手を振った。

 

 

 

ホグズミード村にある広場に集められた追加授業希望者は、はじめの10分は今までのように数メートル先の円の中に姿現しをする練習をした。

姿現しの講師であるトワイクロスが指示する中、半数以上の生徒がなんとか成功し、試験を受けるつもりである生徒たちはほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「慣れたら簡単ね」

 

 

ソフィアはふわりと体を回転させ、そのまま渦の中に姿を消し、円の中に現れる。

 

 

「なあ、僕今度こそ完璧だよな?」

「えーと。……そうね!眉毛もちゃんとあるわ!」

 

 

ハーマイオニーはロンが姿くらましした場所を何度も見てばらけることなく円の中に姿現しができた事を認めた。成功率が高くないロンは嬉しそうに笑うとそのままぴょんと円の縁を飛び越える。

 

 

「さて。ではせっかく外ですので、もう少し離れた場所に姿現しをする練習をしましょう。順番に、1人ずつ──あそこに見えるマダム・パディフット喫茶店の前に姿現しをしてくださいね」

 

 

トワイクロスは円をふわりと消すと、1人ずつ指名し離れた場所へ姿現しをする訓練をした。店は30メートルも離れていない場所にある。それほど難しくないだろうと誰もが思ったが、実際にやってみると店の前に姿現しが出来る者はごく僅かだった。

 

 

「みなさん。いいですか?場所がずれてしまうのは『どこへ』が定まっていないからです。隣の店を気にしていませんか?しっかりとマダム・パディフット喫茶店のことを考えるのです。──では、次はあなた」

「はい」

 

 

ソフィアは小さく頷き、目を閉じる。

 

──私は姿現しの練習のために、マダム・パディフット喫茶店の前にどうしても行かなければならない。

 

そう強く思い、ソフィアはふわりと回転した。そのまま慣れてしまった奇妙な感覚があったが、それはすぐに終わる。ぱちりと目を開けば『マダム・パディフット喫茶店』の看板が飛び込んできた。

 

 

「素晴らしい!ばらけてもいません、とっても見事な姿現しでしたよ」

「ありがとうございます」

 

 

ソフィアはトワイクロスの絶賛に照れたように笑った。

このあとロンはマダム・パディフット喫茶店ではなくスクリベンシャフト羽ペン専門店近くに姿現しをしてしまったが、ロン本人は動くことができただけで十分嬉しく上機嫌だった。

ハーマイオニーはソフィアと同じように完璧に姿現しをし、トワイクロスに何度も褒められた。この追加授業でその後も一度も失敗することなく姿現しが出来たのはソフィアとハーマイオニーの2人だけだった。

 

 

1時間の追加授業が終わり、参加者はそれぞれ街の中を散策する。ソフィアとハーマイオニーとロンはハニーデュークスでお菓子を買ったあと、三本の箒へと向かった。

 

 

「僕、テスト受けようかな。今日の授業はいい感じだったよな?」

 

 

バタービールを飲みながらロンは上機嫌で言い、ソフィアとハーマイオニーに同意を求める。2人はニコニコと笑いながら頷いたが、すぐにハーマイオニーは真剣な目でロンを見た。

 

 

「本番に緊張しなきゃ大丈夫よ」

「うっ。今から緊張するようなことを言わないでくれよ……」

 

 

ロンはぎくりと肩をこわばらせ、嫌そうに眉を寄せバタービールを一口飲む。ロン本人もわかっているのだが、どうしても本番に弱く上がってしまう。グィディッチでないぶんマシだが、もし試験が一人ずつであり参加者に公開されているのならば──間違いなく誰よりも緊張してしまうだろう。

 

 

「試験の前に医務室で落ち着く薬をもらったらどう?」

「うーん……落ち着く薬って、あの香り薬?」

「まあ……一般的なものはそうね」

 

 

ロンは夢喰蟲の事件を思い出して複雑そうな顔をした。薬に頼り、落ち着いた気持ちで試験に望みたいが──あの甘く優しい匂いを嗅いぐのはなんとなく嫌だった。

 

 

「結局、あれもどうやって全部の寮の談話室で香らせることが出来たのか、わかってないのよね?」

「ええ……そうなのよ。服従の呪文をかけられて、誰かが入れたんじゃないかって思うけど……誰かわからないもの、調べようがないわ。ダンブルドア先生は不安にさせたくないのか、みんなに説明は何もしなかったし……」

「そうよね……あの事件がマルフォイの企みだとして、何がしたいのか全くわからないわ。ダンブルドアを殺せるわけないってことくらい子どもでもわかるのに」

 

 

ハーマイオニーはまだ釈然としない思いを抱えていて、周りに聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「もしかして、他に目的があってそっちを気にして欲しくないんじゃないか?」

 

 

ロンは声を低め真剣な事で呟いた。ハーマイオニーとソフィアを順場に見つめる彼の目にはどこか確信の色が滲み、自信ありげだった。

 

 

「あり得るわね。騒動を起こして本当は何か別のことをしたかったのかも。……あの夢喰蟲も、ソフィアが気付かなかったらもっとたくさんの人が操られていたかもしれないわ」

「やっぱり、ハリーを殺そうとしているのかしら……」

 

 

ソフィアは憂いを帯びた声で囁く。ハーマイオニーとロンは間違いないと大きく頷いた。

 

 

「あっ!そうよ。夢喰蟲に操られていたと見せかけて、ハリーを殺すつもりだったんじゃない?成功しても、支配下に置かれていた事が証明されたなら、それが罪に問われる事はなくなるわ!」

「つまり……あの事件は隠れ蓑だったってことか!」

「……あり得るわね。どうやって殺すかよりも、どうやって殺人を罪に問われないようにするのか、の方が難しいもの」

 

 

ダンブルドアへの殺意を見せ、殺人未遂でロンやシャーロット、ラベンダーは暫く監視されたが、罪に問われる事はなかった。

ドラコはその混乱と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という実例が欲しかったのではないだろうか。

ハリー殺害がうまく行ったところで犯人が自分だとバレる可能性が高い。しかし、殺害が罪にならなければいいのだ。

ハリーへの殺意を見せつつ、虫下し薬を飲み夢喰蟲を吐き出せば、誰もが操られていたのかもしれない。と思うだろう。

 

 

「じゃあ、マルフォイが必要の部屋にいるのは?」

「夢喰蟲を飼ってるのか?」

「そうかもしれないわね……でも、ドラコはボージン・アンド・バークスにある何かと同じ物を直したがっていた……何かしら。夢喰蟲に関係のあるものなのか、ハリーを殺すための武器……?」

 

 

結局、ドラコが直したがっているものが何かわからない限り答えを予想するのは難しいだろう。

しかし、夢喰蟲の件はもう収束しているのだ、ドラコの企みがソフィア達の予想通りならば、うまく行く事は無い。

 

 

「スラグホーンの記憶のこともあるもの。私たちにそれは手伝えないし、ハリーにはマルフォイの企みなんて無視してそっちをやってほしいのに……」

「そうよね……スラグホーン先生の食事会ももうなくなったものね、きっと警戒しているんだわ」

 

 

ソフィア達は難しい顔をしながら、ややぬるくなったバタービールを飲んだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

同時刻、ルイスは姿現しの追加授業を受けたあとホグワーツに戻る事なくフードを目深に被り、村の中心部から民家が立ち並ぶ住宅街へと向かった。ホグワーツ生は店のない所へは行かない。叫びの館もなく、ただの住宅街であるそこは不必要な外出を控える住民が多く、閑散としていた。

ルイスは足早に住宅街を通り、村を囲む森近くへ向かう。住宅街から少し離れた場所に建つ家を見て──その門前で待っている人を見た瞬間、ルイスは駆け出した。

 

 

「ジャック!」

「ルイス、どうしたんだ?」

 

 

ジャックは門に背を預けていたが、こちらへ駆け寄るルイスを見ると背を離し数歩近づいた。

 

 

「僕の兄の名前は?」

「リュカ」

「……うん。……ジャック、ごめんいきなり……その、来てくれてありがとう」

 

 

ルイスはジャック本人であることを確認し、ようやく表情を緩めると、辺りを見渡す。もしここでジャックと密会していることがバレたら厄介な事になる。それだけは避けなければならない。

 

 

「本当に誰にも言ってない?1人で来た?」

「ああ、誰にも言ってないよ。……いきなり手紙が届いて驚いた」

 

 

ルイスはその言葉を信じるべきか一瞬迷ったが、今ここでジャックの言葉に嘘があるのかどうか、判断する事は不可能なのだ。騎士団員であり、ヴォルデモートをスパイしているジャックは勿論閉心術に開けているに違いない。

 

 

「……ジャック、お願い。次にシェイドからの手紙が来たら、絶対にその内容通りのことをして欲しいんだ」

 

 

今は、言えないけど。と不安と焦燥感で瞳を揺らすルイスにジャックは怪訝な顔をして眉を寄せる。

ジャックは、ルイスが置かれている状況を理解している。きっと、自分と同じくセブルスがナルシッサと交わした破れぬ誓いのことを知っているのだろう。それゆえに、何とかダンブルドアを殺害しなければセブルスが死ぬ事になると知っているのだ。

 

 

──だからこそ、俺はあいつを救うために、動けない。

 

 

「……ルイス、何を企んでるんだ?セブにはちゃんと、話して──」

「言えない!──父様には、絶対に言えない。計画が破綻する。みんなを護るには……救うには──言えないんだ!お願い、ジャック、今日のことは……父様には、絶対に言わないで」

「だが──」

 

 

子ども達だけで何かを計画するなんてうまく行くことは無いだろう。

少なくとも、セブルスはルイスとドラコの計画を知っていた方が陰で支えることができるのではないか──それに、ルイスの中で理由と大義はあれ、殺人は犯罪だ。ダンブルドアを万が一殺害できてしまったとして、ルイスとドラコの立場は悪くなる。その重荷を子どもに背負わせるわけにはいかない、とジャックは考え苦い表情をして黙り込む。

 

ルイスは一歩踏み出し、ジャックの腕をグッと掴み「お願い」と苦しげに哀願した。

 

 

「お願い、何も言わないで力を貸して。僕が──っ……これしかないんだ。僕が護りたいものを護るためには、これしか」

「……ルイス…」

 

 

ルイスはジャックの思い悩んでいる表情を見て内心で焦っていた。

 

──ジャックの力を借りたい。借りなければならない。だけど、父様には知られちゃ駄目なんだ。

 

 

ルイスはジャックの瞳をじっと見つめる。昔は自分の方がかなり背が低かったが、今では視線はそれほど変わらない。

ルイスは泣き出しそうに顔を歪めたが、それを見られまいとジャックの肩に自分の額を強く押し付ける。

ジャックはいつも冷静なルイスがここまで追い詰められているなんて、やはり人を殺す重圧に子供だけで耐え切れるわけがない。どれだけルイスが嫌がろうと、セブルスに報告しなければならない。そして、ルイスだけでも騎士団で保護してもらわなければならないと考えた。

 

 

「ルイス……成人しても、お前はまだ子どもだ。何を企んでるのか、言いなさい」

 

 

ジャックは震えるルイスの肩を優しく叩き、宥めるように伝えた。

 

しかし、ルイスは頷くことなくぐっとジャックの肩を掴み押し戻す。体を離すと俯き垂れた前髪の隙間からじっとジャックを見据えた。

 

 

「ジャック。今でも愛しているのなら、僕を助けて」

「何──」

 

 

ルイスの確信が滲むセブルスに似た黒い瞳に見つめられ、ジャックは息を呑む。

 

 

「ジャックが──僕たちが愛している人を助けるためには──こうするしかないんだ」

「……、……」

「お願い、ジャック。今でもジャックが愛していて、僕のことも……ソフィアのことも大切だと思うなら──」

「……いつから気づいてた?」

 

 

ジャックは低い声で囁く。その眼光は鋭く、ルイスはごくりと固唾を飲んだ後「少し、前に」と答える。

2人の間で緊張感を孕む沈黙が流れていたが、ジャックはため息をつき、自分の肩を強く掴むルイスの手を払うと諦めたように笑った。

 

 

「よく気づいたな」

「うん……ジャックにとって僕とソフィアは特別だったから」

「そりゃ、アイツの子どもだからな」

「初めは、母様のことを愛していたから、僕とソフィアを特別目にかけてくれるのだと思った。けど、それなら──父様の事を親友だとしても、許せないはずだ。シリウスの事だって、許せないはず。だって母様は──」

「誰よりも聡い子だな、ルイスは」

 

 

ジャックはもういいと言うように手を振り、そのまま顔を覆う。暫く沈黙していたが、ルイスが耐えきれずに「ジャック、だから──」と言いかけた時、顔を上げ言葉を制した。

 

 

「──わかった。誰にも言わない」

「…!ありがとう、ジャック」

 

 

ルイスは目に見えて安堵し、肩の力を抜きほっと息を吐く。しかしジャックはやや暗い表情のままぎこちなく笑った。

 

 

「いや、礼を言われる事じゃない。俺は醜悪な人間なんだよ、アイツと……お前達が無事なら後はどうでもいいと思ってるんだから。本当に、その企みに綻びは無いんだな?護りきれるのか?」

「うん。大丈夫。──僕たちが生き残るには、これしか無い」

「……もし、困ったことがあればすぐに知らせろ。シェイドが運んだ手紙の通りにするんだな?」

「うん。ジャック……本当に、言わないでね」

 

 

必死な目で念を押すルイスに、その強い視線を受けたジャックはふっと吐息をこぼすように笑った。

 

 

「──その瞳に誓って」

 

 

ジャックはルイスの黒い瞳を見つめた後、その場から姿くらましをして消えた。

暫くジャックがいた場所をじっと見つめていたルイスは、壁を背にしてずるずるとしゃがみ込む。

 

 

「……ジャック、ごめん……」

 

 

ルイスは震える声で呟き、その目に浮かんだ涙を乱暴に拭くとさっと立ち上がり、人目を避けるようにホグワーツ城へと駆けた。

 

 

ーーー

 

 

ソフィア達はバタービールを一杯飲むとすぐにホグワーツに戻った。追加授業の代金を払ったロンはもう自由にできる金が無く、昼食は三本の箒ではなく学校に戻って食べよう、と決めていたのだ。

 

大広間入ると先ほど追加授業で一緒だった生徒が興奮した面持ちでヒソヒソと話している。きっと、円ではなく目的の場所に少しでも近づけた喜びが気分を高揚させているのだろう。

 

 

「ハリーはまだ8階かな?」

「多分ね。私の忠告はきっと無視されてるわ」

「あはは……」

 

 

ハーマイオニーはぶつぶつと文句を言いながらサラダボウルを近づけ、山盛りのサラダと鶏のローストを自分の皿に入れた。

 

 

「おかえり。早かったね」

 

 

ハリーはソフィアの隣に座りながら「もう少し三本の箒でゆっくりしてくるのかと思ってた」と呟く。

 

 

「追加授業もタダじゃないからな」

 

 

ピザを食べながらロンはめんどくさそうに言い肩をすくめる。ロンの家──ウィーズリー家が裕福でないと知っているハリーはその言葉に触れることなく追加授業の出来はどうだったのかとロンに聞いた。

 

 

「それで、姿現しはできた?」

「できたよ──まあ、ちょっとね!マダム・パディフットの喫茶店の外に姿現しするはずだったんだけど、ちょっと行きすぎてスクリベンシャフト羽ペン専門店の近くに出ちゃってさ。でも、とにかく動いた!」

「やったね」

 

 

ロンは興奮し、自慢げに胸を逸らす。ハリーは今までロンがまともな成功を納めていないことを知っていたため、よくやった、と背中をポンと叩いた。

 

 

「ソフィアとハーマイオニーは?」

「ああ、完璧さ、当然」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが答える前にロンが言う。ソフィアとハーマイオニーはロンのうんざりしているかのような言い方に少しムッとして眉をひそめた。

 

 

「完璧な3Dだ。どう言う意図で、どっちらけ、ドン底、だったかな?まぁどうでもいいや。その後みんなで三本の箒にちょっと飲みに行ってたんだけど──」

「それで、あなたはどうだったの?ずっと必要の部屋に関わっていたの?」

 

 

ハーマイオニーはロンの言葉を無視してハリーに聞く。ハリーはスコーンをいくつか自分の皿に入れながら頷いた。

 

 

「うん。それで、誰に会ったと思う?トンクスさ!」

「トンクス?」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは驚き、同時に聞き返した。何故ここに来る必要があるのだろうか、騎士団に何かあったのかとソフィアは不安に思ったが、ハリーはそこまで深刻に思っていないようで、スコーンを食べながらソフィア達にトンクスと交わした会話を話した。

 

 

「ダンブルドアに会いにきたんだって。なんだかさらに落ち込んでたな……やつれてたし」

「トンクスはちょっと変だよな。前の夏から元気がない」

「守護霊も変化したって言っていたものね」

「トンクスは学校の周りを守っているはずなのに、どうして急に任務を放棄してダンブルドアに会いにきたのかしら?しかも、留守なのに」

 

 

4人は顔を見合わせたが、これといって明確な理由は思いつかなかった。

トンクスの様子が変わったのは、魔法省にヴォルデモートや死喰い人が侵入し、世間がヴォルデモートの存在を認めてからだ。あれから魔法省や闇祓いはとても多忙だと聞いている。まだ闇祓いの中で若いトンクスは、その忙しさと緊張、そして恐怖に心がついていけないのだろうか。

 

 

「……誰だって、不安なるわ。新聞では毎日誰かが死んで、行方不明になってるもの。明日は自分の家族かもしれない、恋人かも、友人かも──きっと、みんなそう思ってるわ」

 

 

ソフィアの憂鬱そうな声に、ハリー達は神妙な表情で沈黙した。

 

 



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356 記憶を探る重要さ!

 

 

ついに姿現しの試験の日がやってきた。

ソフィア達は中庭で暖かな初夏の日差しを浴びながら、魔法省から配布されている『姿現し──よくある間違いと対処法』と書かれたパンフレットを読んでいた。

ハリーはソフィア達の背に隠れるようにして忍びの地図を使いドラコを見張っていた。暇さえあれば隠れて忍びの地図を見ているハリーに、ハーマイオニーがついに小さくため息をつききっぱりと告げる。

 

 

「もう、これっきり言わないけど、マルフォイのことは忘れなさい」

 

 

ハリーは何度目かの忠告を無視し、地図の中に顔を埋める。

あれからハリーは必要の部屋に向かい何度もドラコの企てを見つけ出すために言葉を変えてドラコが必要とする必要の部屋を求めたが、一度だって扉は現れなかった。

スラグホーンと会話する努力も挫折し、何十年も押し込まれているであろう記憶をスラグホーンから取り出す糸口も見つかっていないのだ。

スラグホーンの方が絶望的ならば、まだ忍びの地図を見ている方が気が紛れたのだ。

 

 

「あのー……」

 

 

ハリーは聞き覚えのない少女の声にすぐに忍びの地図を閉じて顔を上げる。

現れたのはグリフィンドールの一年生であり、ハリー達4人から穴が開くほど見つめられてしまい、気まずそうに肩をすくめた。

 

 

「これを渡すように言われたの」

「……ありがとう」

 

 

少女は小さな羊皮紙の巻紙をハリーに手渡すとすぐにその場から離れる。少女が角を曲がり見えなくなったところで、ハリーは気落ちしながら忍びの地図をポケットに突っ込んだ。

 

 

「僕が記憶を手に入れるまではもう授業をしないって、ダンブルドアはそう言ったんだ!」

「どうなってるのか聞きたいんじゃないかしら?」

 

 

ハリーが焦りながら羊皮紙を開く間にソフィアは遠慮がちに意見を述べた。

しかし、羊皮紙にはダンブルドアの細長い斜め文字ではなく、みみずが這うようなぐちゃぐちゃとした乱雑な文字がのたくっていた。何箇所もインクが滲んで大きな染みをつくり、とても読みにくくハリーは解読しようと目を細め顔を近づけた。

 

 

『ハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニー。

 

アラゴグが昨晩死んだ。

ハリー、ロン、ソフィア、おまえさんたちはアラゴグに会ったな。だからあいつがどれだけ特別なやつだったかわかっただろう。ハーマイオニー、おまえさんもきっとあいつが好きになっただろうに。

今日、あとで、おまえさんたちが埋葬にちょっくらきてくれたら嬉しい。夕闇が迫る頃に埋めてやろうと思う。あいつが好きな時間だったしな。

そんなに遅くに出てこれねぇってことは知っちょる。だが、おまえさんたちはマントが使える。無理は言わねえが、俺ひとりじゃ耐えきれねえ。

 

ハグリッド』

 

 

ハリーはそこに書かれた手紙を読んだ後、嘘だと思いもう一度読み──愕然としながらソフィアに「これ、読んでよ」と手紙を渡した。

 

すぐにソフィアは手紙を受け取り、左右からロンとハーマイオニーが覗き込む。ソフィアは急いで読み、だんだん表情を曇らせると最後には大きなため息をついた。

 

 

「ああ、もうそろそろだと思っていたの。可哀想だわ……でも、私ヴェール付きの帽子持ってないわ」

 

 

ソフィアはアラゴグの埋葬に行くつもりであり、服装の心配をしていたがハリーとロンとハーマイオニーは愕然とながらソフィアを見る。

3人は「ありえない」と思っていた。なぜ自分達を仲間に食わせようと思っていたアラゴグの葬儀など行くと思ったのか。どうすればハグリッドを傷付けず断れるか──と必死に考えていたのだ。

 

 

「正気かよ?仲間の連中に、僕とハリーとルイスを食えって言ったやつだぜ?勝手に食えって、そう言ったんだ!なのにハグリッドとソフィアは、こんどは僕たちが出かけて行って、おっそろしい毛むくじゃら死体に涙を流せって言うのか!」

「アラゴグが嫌いなのはわかってるわ。アラゴグのために涙を流すんじゃなくて、ハグリッドに寄り添いたいのよ!」

「ソフィア。ハグリッドは城を抜け出せって頼んでるのよ。安全対策が何倍も強化されているし、私たちが捕まったら大問題になるのを知ってるはずなのに」

「でも、何度もマントを着て行ったでしょう?バックビークを逃す時とか……」

 

 

安全対策が強化されている時に抜け出したことはある。ソフィアはそう言ったが、ハーマイオニーは真剣な目で「そうね」と呟いた。

 

 

「でも、わけが違うわ。ハグリッドを助けるためになら危険を冒すわ。でも、どうせ──アラゴグはもう死んでるのよ。これがアラゴグを助けるためなら──」

「ますます行きたくないね」

 

 

ロンとハーマイオニーは行くことに賛成ではないのだとわかると、ソフィアは少しショックを受けたような顔をして黙り込んだ。ロンの言葉はともかく、ハーマイオニーの言葉は道理にかなっているのだ。これが夕闇の時刻ではなく、出歩いていい時間ならばハーマイオニーは埋葬に参加しただろう。

ハリーは手紙をソフィアの手から受け取り、羊皮紙いっぱいに散らばっているインクの染みを見つめた。きっと、大粒の涙がぽつぽつと溢れたのだろう。

 

 

「ハリー、まさか、行くつもりじゃないでしょうね。そのために罰則を受けるのはまったく意味がないわ」

 

 

ハーマイオニーがハリーの表情を見て厳しい口調でそう言った。

ハリーは、アラゴグの事はどうでも良いと思っていた。ただ、ソフィアが言うようにハグリッドに寄り添いたい気持ちがあったのも事実だ。見透かされた事により、ハリーは小さくため息をこぼしゆっくりと頷く。

 

 

「わかってる。ハグリッドは僕たち抜きで埋葬しなきゃならないだろうな……」

「ええ、そうよ。ハグリッドを励ますのは明日の朝でもいいわ。ね、ソフィアも行かないわよね?」

「私──私……アニメーガスの姿なら出歩いても──」

「駄目よ!絶対、駄目!!」

 

 

ハーマイオニーの必死な叫びに、ソフィアは暫く黙り込んでいたが──ついに渋々頷いた。

 

 

「明日の朝1番に慰めに行くわ……」

「ええ!そうしましょう。──ねえ、ハリー。今日魔法薬学の授業はほとんどがらがらよ。殆どの生徒が試験に行くもの。だから、その時にスラグホーンを少し懐柔してごらんなさい!」

 

 

話題をハグリッドの事からスラグホーンへと戻すためにハーマイオニーはハリーに向き合った。まるで自分が全く努力していないような言い方だが、ハリーは魔法薬学の授業では毎回どうにかして話せないかと考え、必死に話しかけているがスラグホーンは聞こえないふりをしてすぐに教室を出てしまうのだ。

 

 

「57回目に、やっと幸運ありっていうわけ?」

「幸運──」

 

 

苦々しく吐き捨たハリーに、ロンは鸚鵡返しで呟きそしてパッと顔を輝かせた。

 

 

「ハリー、それだ!幸運になれ!」

「何のことだい?」

「幸運の液体を使え!」

「ロン、それって──それよ!」

「まぁ!気がつかなかったわ!確かにそうね!凄いわ、ロン!」

 

 

ロンはハーマイオニーとソフィアが同意し、それも珍しく褒められた事が嬉しく、自信に満ちた表情で胸を逸らした。

 

 

「フェリックス・フェリシス?どうかな……僕、とっておいたんだけど……」

「何のために?」

「スラグホーンの記憶ほど大切なものが他にある?」

 

 

ロンとハーマイオニーは煮え切らないハリーの言葉が信じられないと目を見張る。

ハリーは答えなかった。

この薬は幸運を引き寄せてくれる。ならば、将来──ソフィアと最高の1日を過ごすために取っておこう、と考えていたのだ。

チラリとソフィアを見たハリーの視線に、ハーマイオニーは「そう言うことか」とハリーの考えがわかると一際大きなため息をついた。

 

 

「ハリー。それは、幸運に頼らなくても大丈夫よ」

「うーん……」

「何のことだい?」

「何に使うの?」

 

 

ロンとソフィアは首を傾げ不思議そうな顔をしたが、ハリーは何でもないと手を振り、渋々頷いた。

 

 

「わかったよ。じゃあ、今日の午後にスラグホーンを捕まえられなかったら、フェリックスを少し飲んで、もう一度夕方にやってみる」

「じゃ、決まったわね」

 

 

ハーマイオニーは満足げに言うとさっと立ち上がり爪先で優雅にくるりと回った。

 

 

「どこへ──どうしても──どういう意図で──」

「おい、やめてくれ!」

 

 

後数分で始まる姿現しのテストを前に気が立っているロンは哀願し叫ぶと、必死に半分握りつぶしていたパンフレットを広げ顔を近づけた。

 

 

「僕、それでなくても気分が悪いんだ。きっと失敗する……」

「落ち着いてやれば大丈夫よ。ほら、こうやって──」

 

 

ソフィアは悪戯っぽく笑うとハーマイオニーのようにその場でくるりと回転した。ハリーはソフィアの長い髪が少し遅れて揺らめく姿にどきりとしていたが、ロンは別の意味でどきりとし顔を引き攣らせた。

 

 

「そんなの他の奴らの前でしてみろよ。非難の的だぜ?」

 

 

ロンは中庭に少女が2人現れたのを見ながら嫌そうに言う。しかし、少女達は姿現しの真似をするソフィアとハーマイオニーには目もくれず、俯き沈みながら足早に中庭を横切った。

 

 

「ほら見ろ。僕より沈んでるぜ?」

「ロン……あの2人は、姿現しのせいじゃないわ」

「モンゴメリー姉妹に何があったか知らないの?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは回転をぴたりと止めると今までの楽しげな笑いを消し、真剣な目でロンを見た。

 

 

「正直言って、誰の親戚に何があったかなんて、僕、もうわからなくなってるんだ」

 

 

ロンはハーマイオニーが毎朝読む新聞で誰かの訃報が無いかと聞いているが、それが無い日が少ないほど事件が起こっている。ホグワーツ生の親戚や家族が不幸な目に遭っているのは、珍しい事では無いのだ。

 

 

「あのね、2人の弟が人狼に襲われたの。噂では母親が死喰い人に手を貸すのを拒んだそうよ。それで──弟はまだ5歳だったけど、聖マンゴで死んだの」

「助けられなかったのね……本当に、辛いことだわ……」

「死んだ?でも、まさか人狼が殺すことはないだろ?人狼にしてしまうだけじゃないのか?」

 

 

ハリーは鎮痛な面持ちのソフィアのハーマイオニーを見てショックを受けて聞き返した。人狼に攻撃されたものは皆人狼になるのだと思った。噛まれた傷により死ぬ可能性がある事を、ハリーは考えていなかったのだ。

 

 

「時には殺す。人狼が興奮すると、力加減を誤って殺すんだ」

「実はね、人狼に噛まれて命が助かるケースの方が、少ないのよ……治療を拒否する人もいるからだと思うけど」

 

 

いつになくロンとソフィアは暗い表情で言った。たとえ命が助かる状況だったとしても、一生涯人狼として生きていかねばならない。それを考えた時に治療を拒絶し死を選ぶ者は少なくない。それほど、人狼の差別は強くその力は恐ろしいものなのだ、

 

 

「その人狼、なんて言う名前だったの?」

「たしか、フェンリール・グレイバッグ、だったという噂よ」

「そうだと思った。子どもを襲うことが好きな狂ったやつだ。リーマスがそいつのことを話してくれた!」

 

 

ハリーはリーマスが人狼になった原因であるグレイバッグを思い、怒りのまま叫ぶ。ハーマイオニーは暗い顔でハリーをじっと見た。

 

 

「ハリー、あの記憶を引き出さないといけないわ。全ては、ヴォルデモートを阻止することにかかってるのよ。恐ろしいことが起こるのは、結局みんなヴォルデモートに帰結するのよ……」

 

 

ハーマイオニーの言葉に皆が暗い顔をして頷いた。ヴォルデモートがいなければ、人狼は今よりは大人しくなるだろう。ヴォルデモートの後ろ盾があるからこそ、彼らは今魔法界を混乱の中に陥れようとしているのだ。

 

 

重く沈黙したソフィア達の頭上にで城の鐘がなり、ソフィアとハーマイオニーとロンは揺れる鐘を見上げた。

 

 

「行ってくるわね」

「うう……嫌だなぁ…」

「きっと大丈夫だよ、頑張れ!」

 

 

ハリーは緊張した顔をする3人を見送りながら、1人で魔法薬学の授業を受けるために地下牢へと向かった。

 

 



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357 フェリックスの効果!

 

 

ソフィアとハーマイオニーは姿現しの試験を終え、合格できなかったロンを慰めながら談話室へと戻った。

 

 

「次は合格できるわよ!」

「そうよ、だって眉毛半分だけだったもの。それにしても惜しかったわね」

「……はぁ……」

 

 

合格した2人に慰められ励まされてもロンは気分が戻らずどんよりとしたまま肖像画の穴を潜る。試験に合格出来たのは7割程度だろう。ロンは眉毛の半分だけが元の場所に残ってしまい、残念ながら残りの3割に入ってしまったのだ。

 

 

ハリーは3人が肖像画の穴を潜り、談話室に入ってきてすぐに結果はどうだったのか声をかけようかと思ったが、ソフィアとハーマイオニーが必死にロンを慰めているのを見て聞かずとも試験の結果がわかってしまった。

 

 

「試験お疲れ」

「ありがとう、合格出来たわ」

 

 

ソフィアはロンを慰める事をハーマイオニーに頼み、ハリーに駆け寄りるとにっこりと笑う。そのまま悪戯っぽい顔でハリーの耳元に顔を寄せ「これで、夏休みいつでも遊びに行けるわね」と囁いた。

 

 

「そうか!うわーすっごく嬉しい!」

「マグルが来ない路地とか、教えてね」

 

 

夏休みの間、はじめの1ヶ月は護りがあるダーズリーの家で暮らさなければならない。それはハリーにとってとても憂鬱な事だったが、姿現しが出来るようになったソフィアが遊びに来てくれるとわかるとそれだけで数ヶ月後の夏休みの慰めになるだろう。

 

 

「ロンは……合格出来なかったんだな」

「本当に運が悪かったわ。些細なことだったの」

 

 

ソフィアは声を潜め、項垂れるロンを見て肩をすくめた。

 

 

「試験官が、ロンの片方の眉毛が半分だけ置き去りになってることに気づいちゃったの……スラグホーンはどうだった?」

「アウトさ。……ロン、運が悪かったな。だけど次は合格だよ、一緒に受験できる」

 

 

ハーマイオニーの問いかけにハリーはこっちもアウトだったという意味を込めて両手を上げた。ロンはむっつりとしたまま暖炉側のソファに座り、不機嫌そうに足を揺らした。

 

 

「ああ、そうだな。だけど、眉半分だせ!目くじら立てるほどの事か?」

「そうよね、ほんとに厳しすぎるわ」

「次は大丈夫よ。もうコツは掴んでるもの!」

 

 

夕食の時間になり大広間に向かい、美味しい料理を食べている時もソフィア達は機嫌を損ねているロンを励まし続けた。ロンが不機嫌になると攻撃的になりがちでこちらも被害を受ける事が多く、それを防ぐためである事はもちろんだが──夢喰蟲の一件から、あまりロンにストレスを感じさせない方がいいだろうという事が3人の中での無言の取り決めになっているのだ。

 

 

「そういや、今度のクィディッチ。キーパーは誰にするんだ?」

 

 

ロンは今学期中はクィディッチを禁じられ、その代わりに出場したマクラーゲンは散々だった。新たなキーパーが必要だが、前回の選抜試験でキーパー希望でそれなりに動けたのはロンとマクラーゲンだけだったのだ。選抜に参加し惜しくもチーム入りできなかった生徒に声をかけることも出来るが、チームの防御力は著しく低下するだろう。

 

 

「うーん。チェイサーは1人控えの選手がいる。その選手に頼もうかと思ってる。クィディッチが上手い人なんてなかなか──」

 

 

ハリーは難しそうな顔をしながら大きな骨つき肉に齧り付く。もぐもぐと食べながら隣に座るソフィアを見て──チームが危機的状況ならば、去年のように助けてくれないかと考えた。

 

 

「ソフィア、その。キーパーをやってくれたり……」

「私?」

 

 

ソフィアは目を瞬き、サンドイッチを食べている手を止め「うーん」と悩んだ。

今年の初めは将来のために、幾つかの魔法を覚えなければならずクィディッチの選手になる事はなかった。しかし、今は魔法の練習もひと段落はついている。セブルスから覚えなければならないと言われた魔法をなんとか使えるようになり、マクゴナガルとの個人授業も──難解な授業ではあったが──少し余裕が生まれつつある。

 

 

「後、試合まで1ヶ月よね……」

「うん。ソフィアが心配ならいつでも練習に付き合うし、チームメンバーは君の飛行術がどれだけ優れているかを知ってる。試験をしなくてもきっと大丈夫だ」

「あら、それは駄目よ。私にシーカーの素質は少しあったけど、キーパーの素質があるかどうかわからないもの。試験はするべきだわ」

 

 

ソフィアはハリーの言葉をはっきりと否定し、空になったゴブレットを見ながら少しだけ悩んだ。

 

 

「駄目かな……」

「……試験だけ、受けるわ。もちろんチームメンバー全員の前でね」

 

 

ハリーの縋るような視線に対し、ソフィアは苦笑しながら言った。途端にハリーは嬉しそうな歓声を上げ、「ありがとう!さっそく明日、試験をしよう!他のメンバーに声をかけてくる!」と言い立ち上がった。

笑顔でチームメンバーを探し声をかけに行ったハリーの背中を見ながら、ソフィアは紅茶のポットを引き寄せ自分のカップに注ぐ。

 

 

「ソフィア、良かったの?」

「まあ、やりたい事はある程度終わったし……ね」

「……来年、僕はソフィアとキーパー争いをしなきゃならないのか……」

 

 

ロンはソフィアが優れた飛び手であると知っているため唸りながらソーセージを食べる。来年からはまたキーパーをしたい。だが、果たして選抜試験で合格する事ができるのかと、今から気が重かった。

 

 

「あら、来年は選手にはならないわよ」

「え!なんで?」

 

 

ロンは嬉しさを隠しきれないまま驚きの声を上げる。てっきりそのまま選手の座を争う事になると思っていたのだが、ソフィアは当然のように否定したのだ。

 

 

「来年、イモリ試験でしょ?」

「そうよ!クィディッチにうつつを抜かしている場合じゃないわよ」

「あー……うーん……」

 

 

ハーマイオニーもソフィアの考えを肯定し、「大事な試験があるのだからそちらに心血を注ぐべきだ」という表情をしたが、ロンは曖昧に言葉を濁し誤魔化した。

 

 

ハリーがチームメンバーに明日キーパーの選抜を行うと告げ、談話室にソフィア達ともに戻った頃にはロンは姿現しの試験で不合格だった事を気にしないことにしたらしく元気を取り戻していた。

今度は4人でまだ解決していないスラグホーンの記憶の問題について話し始めた。

 

 

「それじゃ、ハリー。フェリックス・フェリシスを使うのか?使わないのか?」

「うん、使った方が良さそうだ。全部使う必要はないと思う。12時間分はいらない。一晩中はかからない……一口だけ飲むよ。2.3時間で大丈夫だろう」

 

 

ハリーはもしもの時のために置いていたフェリックス・フェリシスをついに使う決心がついた。しかし、幸運になれたからと言ってスラグホーンから記憶を取り出すのは不可能かもしれない。失敗した時の事を考え、全てを使うつもりはなかった。

 

 

「飲むと最高の気分だぞ。失敗なんてありえないみたいな」

「何を言ってるの?あなたは飲んだことがないのよ!」

 

 

その時の事を思い出し夢心地なロンにハーマイオニーは笑いながら言った。だが飲んだと本気で思ったロンは「効果はおんなじさ」とぼんやりとしたまま呟く。

ソフィアはその思い込みの強さ故に夢喰蟲に操られたのだと考えると笑っていいものかわからず、複雑そうな顔をした。

 

 

ソフィア達が大広間から出る時にちょうどスラグホーンとすれ違っていた。彼は食事に十分時間をかけると知っていたため、暫く談話室で時間を潰した。スラグホーンが自分の部屋に戻るまで待ってから、フェリックス・フェリシスを飲んだハリーがスラグホーンの部屋に向かうという計画だった。

 

禁じられた森の梢まで太陽が沈んだとき、ソフィア達はいよいよだと確信した。ネビル、ディーン、シェーマスが全員談話室にいる事を慎重に確かめてから、4人はこっそり男子寮へ上がった。

 

 

ハリーはトランクの底から丸めた靴下を取り出し、微かに輝く小瓶を引っ張り出した。美しい輝きに、ソフィアは「綺麗……」と呟く。

 

 

「じゃ、いくよ」

 

 

ハリーはソフィア達を見回し、小瓶を傾け慎重に一口分だけ飲んだ。

ごくり、とハリーの喉が嚥下し、ハリーは目を閉じた。一体どんな変化が訪れるのか、とソフィアとロンとハーマイオニーは緊張し僅かに興奮しながらハリーを見つめる。

 

 

「どんな気分?」

 

 

目を瞑ったまま動かないハリーに、ソフィアは囁き声で聞く。暫くハリーは目を閉じたままだったが、にっこりと笑い立ち上がる。

 

 

「最高だ。本当に最高だ……よーし、これからハグリッドのところに行く」

「えっ!?」

「違うわハリー、あなたはスラグホーンのところに行かなきゃならないのよ。覚えてる?」

 

 

何故か自信と確信を持ちハグリッドのところへ行くと言うハリーに、ソフィア達は驚き顔を見合わせる。もしやあの薬は偽物だったのか、とも思ったほどだった。

 

 

「いや、ハグリッドのところへ行く。その方がいい事が起こるってわかってるんだ。──さあソフィア、行こう!」

「わ、私?」

 

 

ハリーの声音はいつもより明るく弾んでいて、こんなに楽しい事はないとソフィアの手を取り立たせると、腰に手を回しダンスを踊るようにその場でぐるりと回転した。ソフィアはハリーの変わりように戸惑いつつ、つられてくるりと回る。

 

 

「そうさ!だってソフィアは僕の幸運の女神なんだから!」

 

 

ハリーはにっこりと笑いソフィアに軽くキスをすると、ソフィアの面食らったような顔が面白かったのか声を上げて笑う。見たこともない上機嫌さに、ソフィアだけでなくハーマイオニーとロンも仰天し呆気に取られた。

 

 

「これ、フェリックス・フェリシスよね?」

 

 

ハーマイオニーは心配そうに小瓶を灯りにかざして見た。ソフィアはその薬が本物かどうかはわからなかったが、間違いなく何かの効能が現れていると思いながらトランクの中から透明マントを引っ張り自分に優しくかけるハリーを見て肩をすくめた。

 

 

「えーと……ハリー、小瓶を他に持ってないかしら?例えば、戯言薬とか、的外れ薬とか?」

「あははっ!変なソフィア!」

「変なのは君だよハリー……」

 

 

愉快そうに笑うハリーに、ロンは低い声で呟く。

 

 

「心配ないよ、自分が何をやってるのか僕はちゃんとわかってる。……少なくとも、フェリックスにはわかってるんだ」

 

 

ハリーはソフィアの腰に手を回し、透明マントを頭から被った。密着するソフィアは本当に大丈夫なのか心配になりながら、ハリーに促されるまま部屋を出る。ロンとハーマイオニーも慌ててその後を追った。

 

 

談話室を通り過ぎ、何食わぬ顔で廊下を出る。透明マントで隠れる必要はなかったかもしれない。不思議と、生徒や教師だけでなく、ゴーストとも会わずにソフィアとハリーは玄関ホールまでたどり着いた。

ハリーはそれが不思議とは思わなかったが、ソフィアは間違いなくフェリックスの効果なのだと沈黙する。ならば、ハリーがスラグホーンの元へ行かず、ハグリッドの元へ向かう選択をしたのは何故だろうか?

 

外へ向かう扉はフィルチが鍵をかけ忘れていたようで、簡単に開くことが出来た。ハリーはソフィアに向かってにっこり笑いかけ大きく扉を開き、暫くの間立ち止まり外の新鮮な空気と草の匂いを吸い込んだ。

 

 

「凄い幸運ね……」

「こんなのは序の口だよ」

 

 

ハリーはソフィアの頭を引き寄せつむじにキスを落とし、黄昏に染まる世界を見渡す。

ソフィアの腰に手を回しそのままハリーはゆっくりと階段を降りる。階段を下り切ったところで、ハリーはふと野菜畑の方へ向かいたくなった。寄り道になるだろうが、きっと心地よいだろうしソフィアと二人っきりで過ごす時間が長くなる。

 

 

「野菜畑の方までデートしない?」

「え?そ、そうね。あなたがそうしたいなら」

 

 

ソフィアは困惑したが、この突拍子もない思いつきもフェリックスがそうさせているのだろうと考え否定せず、楽しげに笑うハリーに向かって頷いた。

 

 



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358 その姿は!

 

 

ソフィアとハリーが野菜畑へ向かうと、そこにはスプラウトとスラグホーンがいた。授業で使う薬草をスプラウトから譲り受けたスラグホーンはたっぷり葉の茂った植物を両手に抱え、スプラウトに感謝を告げているところだった。

 

なるほど、急にハグリッドのところへ行きたくなったのは、野菜畑にいるスラグホーンと幸運にも会うためだったのね。とソフィアはフェリックスの効果に感心し、これからどうするのかとハリーを見上げた。

ハリーはにっこりと微笑んだままスプラウトにおやすみの挨拶を告げたスラグホーンがこちらへ向かってきた瞬間、ぱっと透明マントを派手に打ち振って脱ぎ捨てた。

 

 

「ひゃあ!これは驚いた!ハリー、ソフィア、腰を抜かすところだったぞ」

「こんばんは、スラグホーン先生」

「どうやって城を抜け出したんだね?」

 

 

スラグホーンは驚き半歩後ろに下がりながら、警戒するような顔でハリーとソフィアに聞いた。やはり自分が居たところでスラグホーンはハリーへの警戒は解かないとソフィアは内心で思いながらなるべく好印象を与えようと申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 

「その、フィルチさんが扉の鍵をかけ忘れたんだと思います」

「この事は報告しておかねば。まったく、あいつは適切な保安対策より、ゴミの事を気にしている……ところで、2人はどうしてこんなところにいるんだね?」

「ええ、先生。ハグリッドの事なんです。ハグリッドはとても動揺しています……でも、先生、誰にも言わないで下さいますか?ハグリッドが困ったことになるのは嫌ですから……」

「さあ、それは約束できかねる」

 

 

スラグホーンはぶっきらぼうに言ったが、明らかにハリーの言葉に好奇心が刺激されたようだった。

 

 

「しかし、ダンブルドアがハグリッドを徹底的に信用していることは知っている。だから、ハグリッドがそれほど恐ろしい事をしでかすはずはないと思うが……」

「ええ、巨大蜘蛛のことなんです。ハグリッドが何年も飼っていたんです。禁じられた森に住んでいて……話ができたりする蜘蛛でした」

「森には、毒蜘蛛のアクロマンチュラがいるという噂を聞いた事がある。本当だったのかね?」

「はい。アラゴグという名前で、ハグリッドが初めて飼った蜘蛛です。昨夜死にました。ハグリッドは打ちのめされています……アラゴグを埋葬する時に、誰かそばにいて欲しいというので、僕たちが行くと言いました」

「優しいことだ、優しいことだ」

 

 

遠くに見えるハグリッドの小屋の灯りを眺めながらスラグホーンは上の空で呟く。

あの奥にある森にアクロマンチュラが生息していたのは本当だったのか。アクロマンチュラは凶暴であり近づく事は難しい……しかし、その毒は貴重なもので高値で販売されている。スラグホーンはハグリッドを慰める事よりも、どうにかしてアクロマンチュラの死骸から毒を採取できないかと考えていた。

 

 

「アクロマンチュラの毒は非常に貴重だ……もちろん、ハグリッドが動揺しているのなら心にもない事はしたくないが……死んだばかりならば毒はまだ渇き切っていないだろう……採取しないのはいかにももったいない。半リットルで100ガリオンにもなるかもしれない……」

 

 

遠くを見つめながら呟くスラグホーンは、いまやハリーとソフィアに言い聞かせるのではなく、自分に向かって話しているようだった。

 

 

「えーと。もし、先生がいらっしゃりたいのでしたら、ハグリッドは多分、とても喜ぶと思います……アラゴグのために──ほら、より良い葬儀が出来ますから」

 

 

ハリーはわざとらしく躊躇しているようにゆっくりと言い、ちらちらとスラグホーンを見る。小屋を見ていたスラグホーンが振り返った時、その目は今や情熱的な輝きを持っていた。

 

 

「勿論だ。いいかね、ハリー、ソフィア。あっちで落ち合おう。私は飲み物を1.2本もって、哀れな獣に乾杯するとしよう。──まあ、獣の健康を祝してというわけにはいかんが──とにかく、埋葬が済んだら格式ある葬儀をしてやろう。それに、ネクタイを変えてこなくては。このネクタイは葬式には少し派手だ」

 

 

スラグホーンは腕に持つ葉を抱え直し、ばたばたと走って城へと戻った。

 

 

「行こう」

「ええ……」

 

 

ソフィアは満足そうな表情を浮かべるハリーに手を引かれ、ハグリッドの小屋へと向かう。

なるほど、アクロマンチュラの毒を手に入れて上機嫌になったスラグホーンを懐柔するという事なのだろうか?──ソフィアはまだどうすれば記憶を取り出せるのか、その終着点は全く予想がつかなかったが、あまり口出しせず、フェリックスの導きに任せ、群青色へと変わる空の下を走った。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

アラゴグは飼い主であり、友であったハグリッドに見送られ厳粛な葬儀を受ける事が出来た。

ソフィアとハリーは大声で泣くハグリッドを慰め、スラグホーンと共に泣き崩れ上手く歩けないハグリッドを支えながら小屋に入った。

スラグホーンはアラゴグの毒をたっぷりと採取出来たからか、とても上機嫌であり悲しみに暮れるハグリッドを慰めるためにワインを開け、バケツほどの大きなマグに注いだ。

 

 

「さて……アラゴグに」

「アラゴグに」

 

 

スラグホーンが厳かにワインが注がれたマグを上げ、ソフィアとハリーとハグリッドが唱和した。すぐにスラグホーンとハグリッドはワインを飲んだが、ソフィアは数年前ワインを誤って飲んだ時に相当酷いことになった為、マグを手にしたまま飲まずにハグリッドがアラゴグの思い出を語るのを聞いていた。

しかし、スラグホーンはハグリッドの言葉に相槌を打ちつつも話をしっかりと聞いている様子はない。目はハグリッドではなく天井の方を向き、絹糸のような輝く白く長い毛の束を見ていた。

 

 

「ハグリッド、あれはまさか……ユニコーンの毛じゃないだろうね?」

「ああ、そうだ。尻尾の毛が、ほれ、森の木の枝なんぞに引っかかって抜けたもんだ……」

 

 

ハグリッドはワインをがぶりと飲みながら、無頓着に答える。スラグホーンの垂れた目が信じられないとばかりに見開かれた。

 

 

「しかし、君、あれがどんなに高価な物か知っているかね?」

「俺は怪我した動物に、包帯を縛ったりするのに使っちょる。うんと役に立つぞ、なにせ頑丈だ」

 

 

その価値に無頓着なハグリッドは肩をすくめ、もう一口ワインを飲んだ。

スラグホーンもワインを飲みながら「そうだな」と曖昧に返事をしたが、その目は注意深く小屋の中を見回している。他にも何か高価なものがあるのではないかと、探っているのだ。ハリーとソフィアは彼の思惑に気づいていたが、何も言わずにワインを飲んでいる振りをした。

 

スラグホーンはハグリッドのマグに注ぎ足し、自分のにも注いで最近森に棲む動物についてやハグリッドがどんなふうに面倒をみているのかなどを質問した。酒とスラグホーンのおだて用の興味に乗せられたせいで、ハグリッドは気が大きくなりもう涙を拭うのはやめて、嬉しそうにボウトラックルの飼育を長々と説明し始めた。

 

ソフィアはスラグホーンが持ってきた酒が急激に減っている事に気づき、ポケットから杖を出し机の下でそっと振った。補充呪文がかけられた酒瓶にはみるみるうちに酒が補充されたが、スラグホーンとハグリッドは何も気付かずその酒を飲み続ける。

 

1時間ほど経つと、ハグリッドとスラグホーンの酔いはかなり回り、上機嫌に乾杯をし始めた。ホグワーツに乾杯、ダンブルドアに乾杯、ワインに乾杯──。

 

 

「ハリー・ポッターに乾杯!」

 

 

バケツの大きさのマグで、ハグリッドは14杯目のワインを飲み干し、飲みこぼしを顎から滴らせながら大声で言いマグを高く突き上げる。

 

 

「そーだ。パリー・オッター。選ばれし生き残った男の子──いや──とか何とかに乾杯!」

 

 

ハグリッドに付き合い同じペースで飲み続けたスラグホーンの顔はリンゴのように赤くなり、垂れた目は閉じかけていた。呂律の回らない舌でそう言ったスラグホーンは、またマグの中身を一気に飲み干す。

 

酔いが回ったハグリッドはまたも涙もろくなり、アラゴグは最後ソフィアにとてもいい授業をしたんだという事を話し、スラグホーンはハグリッドの肘をポンポンと叩きながら優しく頷いた。

自分の授業に対しやや自信が無かったハグリッドは優しく受け入れたスラグホーンに感激し、天井にぶら下がっているユニコーンの尻尾を全部ごっそりとスラグホーンに押し付けた。

スラグホーンは喜びポケットに毛束を突っ込みながら、大きく叫ぶ。

 

 

「友情に乾杯!気前の良さに乾杯!一本10ガリオンに乾杯!」

 

 

それからハグリッドとスラグホーンは並んで腰掛け、互いの体に腕を回してオドと呼ばれた魔法使いの死を語る、ゆっくりとした悲しい曲をしばらく歌っていた。

 

ソフィアはマグを持ったままちらりとハリーを見る。ハリーはフェリックスの効果で優しく微笑んだまま、2人を見ているだけでスラグホーンに記憶の事を聞く事はない。まだ時間ではないのだろうか?ハリーが飲んだフェリックスは3時間ほどの効果しかない。もう2時間が経過しているはずだ。そろそろ行動に移さなければ間に合わないのではないか……と一瞬不安に思ったが、ソフィアは何も言わなかった。

 

 

「ああぁー……いいやつぁ、早死にする。俺の親父はまーぁだ逝く歳じゃあなかったし……お前さんの父さんと母さんもだぁ、ハリー……アリッサも……」

 

 

ハグリッドはテーブルの上にだらりと項垂れながら酔眼で呟いた。大粒の涙がまたしてもハグリッドの目尻の皺から滲み出て、ソフィアはハグリッドの手を優しく叩く。

 

 

「いい魔法使いと魔女だった……酷いもんだ……ひどい……」

 

 

スラグホーンの悲しげな歌声のリフレインが小屋の中に響く。

 

 

「──ひどいもんだ…」

 

 

ハグリッドが低く呻き、ぼうぼうの頭がころりと傾いで両腕にもたれた途端、大鼾をかいて眠り込んだ。

 

 

「すまん。どうしても調子っぱずれになる」

「ハグリッドは先生の歌のことを言ったんじゃありません。僕の両親と、ソフィアの母が死んだ事を言っていたんです」

 

 

スラグホーンはハリーの静かな声を聞いて、その目にハグリッドが見せたものと同じような悲しみを浮かべた。

 

 

「ああ──ああ、なんと。いや、あれは──あれは、本当に酷い事だった。ひどい……ひどい……」

 

 

 

スラグホーンは言葉に窮した様子で、その場しのぎにソフィアとハリーの減っていないマグに酒を注ぐ。

ソフィアとハリーの美しい緑色の目を見たスラグホーンは、ぱっと視線を外し自分のマグにあるワインをじっと見つめた。

 

 

「たぶん──たぶん、君たちは覚えていないんだろう?」

「はい。だって僕たちはまだ一歳でしたから」

 

 

ハリーはハグリッドの鼾で揺らめいている蝋燭の光を見つめながら言った。

 

 

「でも、何が起こったのか後になってずいぶん詳しくわかりました。父が先に死んだんです。ご存知でしたか?」

「い、いや──それは」

「そうなんです。ヴォルデモートが父を殺し、ソフィアの母を殺した。その亡骸を跨いでソフィアの兄を殺し、僕の母に迫ったんです」

 

 

スラグホーンは怯えたような目でハリーと、ソフィアを見た。大きく身震いしたが静かに語るハリーから目を逸せることが出来ないようで、恐怖で顔色を変えながらもハリーを見続ける。

 

 

「あいつは母に退けと言いました。ヴォルデモートは僕に、母は死ぬ必要は無かったと言いました。ソフィアのお母さんも。あいつは僕だけが目当てだった。2人は逃げる事ができたんです」

「おお、なんと……逃げられたのに……死ぬ必要は……なんと、むごい……」

「そうでしょう?でも、母は動かなかった。父はもう死んでしまったけれど、母は僕までも死なせたくなかった。母はヴォルデモートに哀願しました……でも、あいつはただ高笑いを──」

「もういい!もう十分だ、ハリー、もう……私は老人だ、聞きたくない……聞く必要はない……聞きたくない……」

 

 

スラグホーンは叫び、震える手でハリーの言葉を遮った。ワインを飲み心を落ち着かせようとしているが、そのマグを持つ手も大きく震え口元まで運ぶのも難しそうだった。

 

 

「忘れていました。先生は、母が好きだったのですね?」

「好きだった?」

 

 

スラグホーンの目に再び涙が溢れる。

ハリーと、ソフィアの緑の瞳を見つめながらスラグホーンは囁く。

 

 

「リリーに会ったものは、誰だって好きにならずにいられない。勿論、アリッサもだ……あれほど勇敢で……あれほど賢く……ユーモアがあって……なんという恐ろしい事だ」

「それなのに、先生はその息子を助けようとしない。母は僕に命をくれました。それなのに、先生は記憶をくれようとしない」

 

 

ハグリッドの轟々たる鼾が小屋を満たした。

涙を溜めたスラグホーンは怯えながはもハリーから目を離せず、「そんな事を言わんでくれ」の微かな声で囁く。

 

 

ソフィアは小屋の奥にブランケットがある事に気付き、眠りこけているハグリッドの体にかけてやろうとそっと立ち上がり部屋の奥へ向かった。

 

深酒をしているハグリッドが起きた時のために、水も用意しておこうか。と、ソフィアはなんとなく思い戸棚に手を伸ばす。新しいマグを手に取った途端、立て付けの悪い戸棚がガタリと揺れ、棚の上に乗せられていたブリキの箱が揺らぎ落下した。

 

 

「──きゃっ!」

 

 

それは真っ赤な粉をぶちまけながらソフィアの頭に落ちた。

ハグリッドが糸を染める時に使う染粉を被ったソフィアは、綺麗に髪だけが赤く染まり──ソフィアの小さな叫びに何事かとスラグホーンは振り返る。

いや、ソフィアを心配したのではなく、ハリーの詰問から逃げる口実が欲しかったのだろう。

 

 

「──リリー……!」

 

 

スラグホーンは目を見開き掠れ声で叫んだ。

ソフィアは亡きアリッサによく似てる。違うところは髪色ぐらいだろう。その夜の闇を思わせる黒い髪は、今や美しい赤毛へと変わっている。

ソフィアは驚き、一瞬ハリーを見た。しかし、ハリーは特に驚いているようではなく無言のまま小さく頷いている。

 

 

──フェリックスが私を連れてきたのはこのためだったのね。

 

 

ソフィアは呆然と目を見開き、その場に凍りついたスラグホーンの元に静かに歩いていく。スラグホーンは、ソフィア(リリー)から目を離せなかった。

 

 

「先生」

「リ、リリー──そんな──ああ、許して……許してくれ……」

 

 

目から涙を流し呟く哀れな姿に、ソフィアはリリーならば何を言うだろうかと考え、その場に膝をつきスラグホーンの震える冷えた手に、そっと自分の手を重ね微笑んだ。

ソフィアに触れられた瞬間、スラグホーンは息を呑む。

 

 

「先生、どうか──私の大切な息子を、護ってくださいませんか?助けてくださいませんか?」

「それは──勿論だ、私の記憶が手助けになるのなら──だが……」

「先生、ハリーは──選ばれし者です。先生の記憶が武器になる……」

「そんな、やはり──君は選ばれし者なのか?」

 

 

ハリーは、「はい」と静かに頷く。

スラグホーンは唖然としていたが、またソフィア(リリー)に目を向けるとその口を微かに震わせ、聞き取りにくい小声で囁いた。

 

 

「それは──そうか……ならば──」

「先生、勇気を出して……私のように、気高く戦った、夫と、姉のように」

 

 

ソフィアは囁き、スラグホーンをじっと見つめた。その緑の目を見たスラグホーンはしばらく沈黙していたが、やがてポケットに手を入れ杖を取り出した。

もう一方の手をマントに突っ込み、小さな空き瓶を取り出した。スラグホーンはソフィアを見つめたまま杖の先でこめかみに触れ、杖を引いた。

記憶の長い銀色の糸が、杖先について出てきた。記憶は長々と伸び、最後に切れて銀色に輝きながら杖の先で揺れる。スラグホーンがそれを瓶の中に入れると、糸は螺旋状に巻き、やがて広がってガスのように渦巻いた。震える手でコルク栓を閉め、スラグホーンはテーブルの上に置いた。

 

 

「私はあの夜、とんでもない惨事を引き起こしたのかもしれない……恥ずかしい……ああ、どうか──どうか、私を──」

「先生。先生の気高い勇気で、全て帳消しになります。──先生、ありがとうございます」

「ああ、リリー……」

 

 

ソフィア(リリー)の言葉に、スラグホーンはため息にも似た吐息を吐き出し涙を流した。ソフィアはワインが入ったマグをスラグホーンの手に渡す。受け取ったワインを飲んだスラグホーンは、そのまま両腕に頭をもたせて深いため息をつき、ぼんやりとソフィアを見ていたが、ついに目を閉じ眠り込んだ。

 

 

「──帰ろう」

「ええ、でも……」

 

 

ソフィアは小さな子どものように泣いていたスラグホーンをこのまま残していいのかと心配そうに見たが、ハリーはソフィアの赤毛をそっと撫でながら目を細め少し微笑んだ。

 

 

「大丈夫。起きたら全て忘れてるよ」

「そうなの?」

「うん。フェリックスがそう教えてくれている」

 

 

ハリーはスラグホーンの記憶が入った瓶をポケットに入れ、透明マントをソフィアに被せ、自分も中に入るとそっと手を取った。

 

 

 

 

城の正面の扉にはまだ鍵はかかっていなかったが、ハリーはフェリックスの効果がだんだん消えかけているのを感じていた。

 

 

「ソフィアは、ここを右に曲がって」

「え、でも──わかったわ」

 

 

ハリーが指差した道はグリフィンドール寮に向かうには遠回りになってしまう。しかしソフィアはハリーの言葉を信じ、透明マントの外へ出た。この時間に寮の外へ出ている事が見回りの教師やフィルチに知られてしまえば、間違いなく減点と罰則の対象になるだろう。しかし、ハリーが──フェリックスがそうさせているのなら従う方がいい。

 

 

「おやすみ」

「……おやすみなさい」

 

 

ハリーはソフィアの頬にキスを落とすと安心させるように笑い、透明マントを被り姿を消した。

遠ざかっていく足音を聞きながら、ソフィアはハリーが示した廊下を歩く。月の明かりが窓から差し込み、完全な闇では無かったが薄暗い廊下はなんとなく薄寒い気がした。

 

 

廊下を歩き、階段を登る。幸運にも誰とも会わず、ソフィアは順調にグリフィンドール寮への道を進んでいたが──それも、道の半分をすぎた頃に怪しくなってきた。

 

遠くからこちらへ向かう足音が聞こえたのだ。ソフィアは一瞬ハリーかと思ったが、ハリーは別の方向へ行ったはず。ならば、今こちらへ向かっているのは見回りの教師だろう。

 

ぼんやりとしたルーモスの明かりが見えた時、ソフィアは唐突に理解した。

 

 

──そうだわ、フェリックスは、ハリーに幸運を与える。私は……多分、ここで教師に見つかってハリーを逃す役目なんだわ。

 

 

フェリックスは全ての者に幸運を与えるわけではない。ここで自分が見つかることにより、ハリーは無事グリフィンドール寮へ帰ることができるのだろう。ならば、柱の影に隠れて教師をやり逃すのでは無く、抵抗なく捕まる方がいい。

 

 

ソフィアはどうか罰則が重いものじゃありませんように、とそう願いながら隠れることなく立っていた。

足音が近づき、眩い灯りがソフィアを照らす。ソフィアは眩しそうに目を細め、腕を上げ目元を隠した。逆行になり、見回りの教師が誰かはわからないが、フィルチでは無いだろう、彼は魔法を使えないのだから。

 

 

「──アリッサ……」

 

 

その声は低く、掠れていた。

明かりに目が慣れたソフィアは、自分の目の前に立っているのが蒼白な顔をしたセブルスである事にようやく気づき、安堵しほっと表情を緩めた。

 

 

「あら。スネイプ先生。誰と間違えたのですか?」

「……」

 

 

ソフィアの悪戯っぽい声音に、セブルスは苦虫を噛み潰したかのような表情で沈黙する。

赤い髪を持つソフィアは、セブルスの記憶の中にあるアリッサにとてもよく似ていた。違うのはその表情だろう。アリッサはソフィアほど子どもっぽく笑うことはなかった。

 

 

「……着いてきたまえ」

 

 

セブルスはくるりと踵を返し元来た道を戻る。ソフィアは大人しくそれに従い、ここでセブルスの足を止める事が自分の役目で間違い無かったのだと納得した。

 

暫く歩き、到着したのはセブルスの自室だった。ソフィアは無言で入るように促され、抵抗なく部屋の中に入る。

 

セブルスは杖を振り部屋の中央にソファと机を出した。生徒として罰を与えるのではないとわかると、ソフィアは久しぶりに親子として話せる喜びで嬉しそうにソファに座った。

 

 

「こんな時間に出歩くのは感心せんな」

「あー。……ハグリッドが飼っていたペットが亡くなって、それを葬いに行っていたの。すごく打ちのめされていたから、1人で埋葬するのは可哀想で……」

「……その髪色はなんだ」

「多分、糸の染粉ね。ハグリッドの小屋でかぶっちゃって……」

 

 

セブルスは大きなため息をつき、ソフィアの隣に座るとじっとソフィアを見つめる。

その目は哀愁が漂い、そっとソフィアの髪に触れる手つきは壊れ物に触れるように、とても優しかった。

 

 

「……よく似ている」

「母様と間違えていたものね?」

「しかし、見た目が同じでも表情が異なるな」

「そうなの?」

「ああ、アリッサは──」

 

 

セブルスはソフィアの姿にアリッサを重ね、少し遠い目で呟いた。

アリッサは、このような無邪気な目をしていなかった。自分に確固たる自信があり、堂々としていていつも何かを企んでいるようなそんな不敵な目をしていた。

ソフィアはころころと変わる表情が愛らしいが、アリッサは冬の夜を思わせるような冷えた美しさがあった。

 

 

「──アリッサの方が美しい」

「まぁ!」

 

 

セブルスの言葉にソフィアは少し不服そうに頬を膨らませ──その表情も、アリッサはしていなかったな、とセブルスは思った──杖を取り出すと軽く振り髪の色を元に戻した。

 

 

「そういえば、父様。──ルイスは、その……大丈夫なの?」

「……心配するな。私が注意深く見ている。……ソフィア、何か危険な事に首を突っ込んでないな?」

「ええ、今年は……大丈夫よ。何も無いわ」

 

 

今年は今までのように何かに巻き込まれ探っていることはない。ハリーは絶えずドラコの企みを暴こうとしているが、中々身を結んでいない。セブルスがルイスの事を注意深く見ているのなら、それに関わるドラコの企みもうまくいくことはないだろう。

 

ソフィアはセブルスの肩に寄りかかり、頭を預けた。セブルスは何も言わずにソフィアの肩に手を回し、優しく頭を撫でる。

こうして、親子として向き合うのは久しぶりだった。ここにルイスもいて、何でもない話題を楽しげに──無邪気に話していたのが、遠い昔のことのように感じる。

 

 

「父様。ルイスは……間違った事をしないわよね?死喰い人になんか……あの人になんか、従ってないわよね?」

 

 

ソフィアはずっと胸の中に秘めていた事を吐き出した。

何かを命令されたドラコに寄り添うルイスは、きっと裏でセブルスに全てを伝えているだろう。助けを乞うために、ドラコを助けるために。ソフィアはそれを信じていたからこそ、あえて口に出す事はない。

セブルスはしばらく沈黙したあと「大丈夫だ」と呟いた。

 

 

「何も心配することはない。──さあ、寮まで送ろう。もう夜更けだ」

「……ありがとう、父様」

 

 

 

──大丈夫、父様もこう言っているもの。ルイスはドラコを助けるために動いているんだわ。その企みも、きっとうまくいかない。

 

 

ソフィアは僅かに安堵し、セブルスの頬にキスをして立ち上がった。

 

 

 



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359 プリンスの本!

 

 

翌朝の呪文学の授業で、ハリーはロンとハーマイオニーに何故ハグリッドの元へ向かったのかという理由と、幸運に導かれスラグホーンの記憶を手に入れた後ダンブルドアへ報告に行った事を告げた。

ヴォルデモートの分霊箱のことや、ダンブルドアが次の一個を発見したらハリーを連れて行くと約束した話をすると、ソフィア達は息を飲み感服した。

 

 

「うわー、君、本当にダンブルドアと一緒に行くんだ……そして破壊する……うわー!」

 

 

ロンは感心しながら意味もなく杖を上に向けくるくると回す。全く意識していないようだったが、ロンの魔法により天井からちらちらと雪が降っていた。

 

 

「ロン、あなた、雪を降らせているわよ」

「ああ、本当だ。……ごめん、みんな酷いフケ症になったみたいだな」

 

 

ハーマイオニーがやんわりとロンの腕を掴み杖を天井から逸らしながら優しく言った。ロンは空から降った偽物の雪が同級生の頭に積もっていくのを申し訳なさそうに見て肩をすくめ、ハーマイオニーの肩に積もった雪を払う。

 

 

「綺麗な魔法ね」

 

 

ソフィアはくすくすと笑いながら杖を振り、杖先から柔らかな風を出しハリーの頭に積もっていた雪や、自分についた雪を吹き飛ばした。

 

 

「これ、次のクリスマスの時に使えるわ」

「確かにそうね、ずっとクリスマスツリーに降らせられるようにしましょうか──」

「しっ!フリットウィックだ」

 

 

小声で話していたソフィアとハーマイオニーにロンが慌てて伝える。机の間をひょこひょこと跳ねるようにフリットウィックが現れ、お喋りに夢中だったソフィア達の机をじっと見つめる。

机の上にはフラスコが4つあり、酢をワインに変える魔法を練習していたのだが、ガラスのフラスコが綺麗な赤ワインで満たされているのは2つであり、残りの2つは濁った茶色をしていた。

成功しているのが誰か聞かずともフリットウィックにはわかり、咎めるような目でハリーとロンを見上げる。

 

 

「さあ、さあ、そこの二人。おしゃべりを減らして行動を増やす。──先生にやって見せなさい」

 

 

ロンとハリーは同時に杖を上げ、集中してフラスコに杖を向けたが──ハリーの液体は氷に変わり、ロンのフラスコは木っ端微塵に爆破してしまった。

散々な結果に近くで見ていたハーマイオニーは気の毒そうな顔をし、フリットウィックは手に持っていたボードに羽ペンで成績をつけながら「はい、宿題ね」とさらりと言った。

 

 

「練習しなさい」

 

 

フリットウィックがそう言い他の生徒の元へ行った後、ソフィア達は顔を見合わせ肩をすくめ、それからは真面目に授業に取り組んだ。

 

 

呪文学の授業の後は珍しく4人全員が空き時間であり、ソフィア達はクィディッチの競技場へと向かった。

ソフィアがキーパーの試験を受けるのは昼休みであり、昼休みまであと1時間半はあるが、その前に久しぶりに箒に乗るソフィアが試験を受ける前に練習をしたいと言い、ハリーは勿論喜んでそれに付き合い、ロンとハーマイオニーは応援するべく観客席に座った。

 

 

「じゃあ、僕がクァッフルを投げるから、それを防いでみて」

「ええ、わかったわ」

 

 

ソフィアは箒置き場に入れたままだった最高級の箒を撫で「よろしくね」と呟き跨る。素晴らしい加速を見せたソフィアはゴールポストを大きく通過してしまい、慌ててくるりと一回転して自分の配置に戻った。

 

 

「すごく速いの忘れてたわ」

「ソフィア!頑張ってねー!」

 

 

観客席の方からハーマイオニーの声援が聞こえ、ソフィアは手を挙げてそれに応えた後しっかりと両手で箒を握り、身を低くした。

ハリーはクァッフルを持ち、離れたところからじっとソフィアの動きを見る。

 

ソフィアと一緒にプレイできたらどれほど幸せだろうか。きっと素晴らしい思い出になる。試験に合格して欲しい。──でも、ソフィアはきっと手加減する事は望んでないだろうし、僕も、したくはない。

 

 

ハリーはクァッフルをぎゅっと握ると素早くゴールポストに近づき、輪の中目掛けて投げた。

ソフィアは離れた場所にいたがハリーの視線や腕の角度を見てどのゴールポストを狙ったのかを予想し的確に弾き返す。

 

30分ほどソフィアの練習は続いた。ハリーは途中で練習だという事を忘れ、このクァッフルをゴールポストに叩き込みたいと強く思いムキになり投げていたが、ソフィアはハリーや見ているロンとハーマイオニーが唸るほど見事にゴールを守った。

 

 

「──凄いじゃないか!」

「ありがとう!私って、キーパーが向いているのかもしれないわ」

 

 

ソフィアは息を弾ませながらグラウンドに降り、額に滲んだ汗を拭き溌剌とした輝く笑顔を見せる。ハリーは言葉を変え何度もソフィアを褒めちぎり、これは手加減なんてしなくても間違いなくソフィアは他のチームメンバーに認められるだろうと思い嬉しくなった。

 

 

「ソフィア、君ってなんでも出来るのかい?」

 

 

グラウンドに降りてきたロンは少し顔を引き攣らせ呟いた。嫌味の一つを言いたくなるほどの完璧な守りに、ロンは来年クィディッチの選抜試験にソフィアが出ず、自分がキーパーになってしまえば──間違いなく比べられるだろうと考え、今から気が重かった。

 

 

「ソフィアはすっごくよく見てるもの!クァッフルだけじゃなくて、全てね。私、正直シーカーよりも才能があると思うわ」

「去年は、見過ぎて大変な事になっちゃったものね」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの賞賛に茶目っ気たっぷりに笑い頭を押さえる。そこは去年代理シーカーだったソフィアがブラッジャーを受け、記憶を一時的に無くすという怪我をした箇所だった。

 

 

「今度は記憶を無くさないでね」

「ええ、ブラッジャーに伝えないといけないわね」

 

 

くらくらと頭を振りおどけて見せるソフィアに、ハリー達は声を上げて笑った。

 

 

昼休みを使い、チームメンバーの前で行われたソフィアのキーパーの試験は何も心配する事なく終わり、皆がその力を認め、ソフィアは正式にキーパーになる事が出来た。

 

次の試合まで後1ヶ月ほどであり、ソフィアは選手達と練習に明け暮れた。

次のグリフィンドール対レイブンクローの試合はどちらも優勝杯圏内である。──いや、グリフィンドールはかなり厳しいと言ってもいいだろう。

グリフィンドールが優勝するためにはレイブンクローに300点差で勝たなければならない。それを下回る時はレイブンクローがたとえ試合に負けても優勝となり、グリフィンドールは2位だ。

 

グリフィンドール生だけでなくほぼ全ての生徒が混戦状態の優勝争いに強い関心があり、雌雄を決するその試合の数日前からは、お決まりのように対抗する寮の生徒達が相手チームを廊下で脅そうとしたり、選手が通り過ぎる時にわざとらしく選手の嫌味を言った。

 

 

「あら、プリンス!あなた医務室の予約はしたの?」

「また記憶を失うんじゃないか?」

 

 

ソフィアも廊下を歩けばレイブンクロー生やスリザリン生から意地の悪い言葉をかけられたが、去年シーカーを経験した時のプレッシャーに比べれば、まだソフィアの心には余裕があった。

 

 

「ご心配ありがとう。素敵なヘルメットをプレゼントしてくれるかしら?」

 

 

ニコリと笑い余裕の表示で手を振るソフィアは吹っ切れたように試合前の緊張感や嫌味を楽しんでいた。

 

 

 

レイブンクロー戦の数日前、ハリーは一人談話室を出て夕食に向かっていた。

ソフィアはティティを連れてマクゴナガルとの個人授業へ向かい、ハーマイオニーは数占いの授業で提出したレポートに間違いがあったかもしれないとベクトル教授に会いに行き、ロンはフリットウィックの授業で補習を受ける事になってしまっていた。

 

 

ハリーはクィディッチの優勝だけでなく、ドラコの企みを暴くことへの情熱も衰えていなかった。

つい習慣でいつものように回り道をして8階の廊下に向かいながら、忍びの地図をチェックする。ざっと見てもどこにもドラコの姿は無く、また必要の部屋に篭っているのだと思ったが──よく見れば、ドラコ・マルフォイと記された小さな点が7階の空き教室に佇んでいるのが見えた。

ドラコだけではない、ルイスもそばにいる。

周りにクラッブとゴイルや、その他のスリザリン生の姿は無く、ハリーはきっと何かを企んでいるに違いないと思い急いで階段を降りた。

 

忍びの地図と目の前の扉を見比べ、この空き教室で間違いない事を確認し、扉に耳をつけたが何も声は聞こえない。

ハリーは小声で「アロホモラ」と唱え、ドアノブを回したが──ピクリとも動かなかった。

 

アロホモラで解呪できる以上の鍵が魔法でかけられている。人に聞かれたくない話をしているに違いない。

 

ハリーは足音を殺しなるべく急いで談話室に戻るとトランクの中身をひっくり返し、底にあったナイフを取り出す。それはシリウスから貰ったどんな鍵でも開けることができるナイフだった。

 

喉が焼けるほど痛かったが、ハリーは廊下を疾走し、ドラコとルイスが密会している隠し部屋へと戻る。少し前の廊下で速度を落とし地図を素早く確認すれば、幸運にもドラコとルイスはまだ先程と同じ場所にいた。

はやる気持ちを抑え、足音をなるべく立てないようにそっと扉に近づき、扉と鍵の隙間にナイフを差し込んだ。

 

 

カチ、と小さな音が自分の押し殺した呼吸しか聞こえない廊下に響く。

ハリーはごくりと固唾を飲み扉を薄く開いた。

 

 

ルイスが扉に背を向けて立っていた。その前にはドラコがいる。向き合い寄り添うあう2人に、ハリーは抱きしめ合っているのかと怪訝な顔をしたが──違った。

ドラコは項垂れ、ルイスの肩に手を乗せていた。ルイスは今にも崩れてしまいそうなドラコを支え、必死に声をかけている。

 

 

「大丈夫だよ」

「駄目だ……僕にはできない、こんな、恐ろしいこと……」

「大丈夫。僕がついてるから」

「っ……うまくいくわけがない……うまくいくのも、怖い……」

「僕がいる」

 

 

ハリーは今見ている光景が信じられなかった。

ドラコの声と体は震えていた。ゆっくりと上げられた顔色は悪く、そして──泣いている。

涙が青白い頬を伝い、ぽたぽたと流れていたのだ。その目は恐怖と絶望に染まっていた。

 

 

「ドラコ……」

「わかってる。やらないと……殺される、僕だけじゃない。みんな──」

 

 

ドラコは言葉を切った。ルイスの肩越しに魔法で閉めたはずの扉が開いているのが見え、そして顔を覗かせているハリーに気付いたのだ。

ハリーとドラコが唖然と見つめ合ったのは瞬きほどの時間だった。ドラコはルイスを押し退け杖を取り出し、素早く振り下ろす。ハリーもまた反射的に杖を取り出し、脇に飛び退いた。

 

ドラコの魔法はハリーから僅かに逸れ、扉に当たり木製の扉は砕け散った。ハリーは「 浮遊せよ!(レビコーパス!)」と心の中で唱えドラコに向かって杖を振ったが、ルイスの魔法がそれを弾く。

 

ドラコは目元を乱暴に拭き、次の魔法をかけようと杖を振るう。ハリーも負けじと足縛りの呪いをかけようとしたが狙いがそれ、端に並んでいた机を破壊した。

 

 

苦し(クルー)──」

「駄目だ!」

 

 

ルイスはドラコが顔を歪めて言いかけた魔法に素早く反応し、ハリーを護るべく杖を振る。ハリーは昨日読んでいた上級魔法薬──プリンスの本に書かれていた魔法を思い出し、夢中で唱えた。

 

 

切り裂け!(セクタムセンプラ!)

「なっ──!」

 

 

ドラコの胸や腹から、まるで見えない刃で斬られたような傷がパッと開き、刹那遅れて大量の血が吹き出す。その血の勢いは、離れたハリーの顔に届くほどだった。

目を見開き、後ろ向きに倒れるドラコのその姿が、ハリーにはひどくゆっくりに見えた。

 

 

「ドラコッ!」

「そんな──」

 

 

ルイスは悲痛な声で叫び、ドラコに駆け寄る。ハリーはよろめきながらドラコの側に近づき、呆然とその血に塗れた体を見下ろした。

ドラコの体からは夥しい血が溢れ、むせ返るような強い血の匂いが一気に漂い、黒い床がじわじわと赤色で染まっていた。蒼白な顔で苦しげに喘ぎ胸を掻きむしるドラコを見て、ハリーは頭が真っ白になりその場から動けず、目も離せなかった。

 

ルイスは何度か深呼吸し、自分の震えを落ち着かせると血が溢れる傷口に杖を向け、歌うように唱えた。

 

 

「ヴァルネラ・サネントゥール──」

 

 

その呪文を唱えた直後、破壊された扉の残骸を踏みつけながらセブルスが飛び込んできた。

ハリーは憤怒の表情のセブルスを見ても、心が止まってしまったかのように何も思わなかった。荒々しくハリーを押し退けたセブルスは跪いてドラコの側にかがみ込み、杖を取り出す。

 

 

「腹の傷を」

 

 

セブルスの低い声にルイスは小さく頷き、腹を裂きぬるりとした内臓が見えている傷口に同じ呪文をかける。セブルスは損傷の激しい胸元の傷をゆっくりと杖でなぞりながらルイスと同じ魔法を唱えた。

 

ハリーが自分のしたことに愕然としている間に出血が緩やかになり、ドラコの体に付着していた血はみるみる内に体の中に戻った。

 

セブルスは二度目の魔法を唱え終えるとルイスに目配せし、ドラコを半分抱え上げて立たせた。

 

 

「医務室に行く必要がある。……多少傷痕を残す事もあるが、すぐにハナハッカを飲めばそれも避けられるだろう」

「……はい」

 

 

ルイスはドラコの肩に手を回し、まだ蒼白な顔をして目を強く閉じ脂汗を流しているドラコを抱えて部屋から出て行った。

 

 

残されたのは、ハリーとセブルスの2人だった。

セブルスは無言で杖を振り破壊された扉や机を修復し、床に流れ落ちていたドラコの血を清める。

 

ハリーは自分の体についた血を見つめ「そんなつもりはありませんでした」と震える声で呟いた。

 

 

「あの呪文が、どういうものなのか知りませんでした」

「習ったのだろう」

 

 

セブルスの声は低く冷たかった。

ハリーは数秒沈黙し、葛藤した。あの素晴らしい本、あれがあったから魔法薬学で最高の成績を収め、フェリシスを手に入れる事が出来た。あの本がなければスラグホーンの記憶を得ることは不可能だった。

 

ぐっと拳を握る。ぬるり、とした感触があり、ハリーはふと手を開き自分の手のひらを見た。

そこには、自分の汗と混じってドラコの血液がべっとりと付着していた。

 

ハリーは掌をじっと見ていたが、ここで嘘をつくことは何の意味もないと感じた。僕の言葉を、この人は信じてくれるだろうか?いや、でも──どっちにしろ、僕の罪は重い、知らなかったでは許されない。

 

 

 

「いえ──僕、読んだんです」

「……何?」

「実は──今年度の初め、上級魔法薬の本を、教室の貸し出し本の中から借りました。それに……沢山の書き込みがあって、それで……」

「上級魔法薬の本?」

 

 

ぼそぼそと話すハリーの言葉に、セブルスは怪訝な顔をし──大きく目を見開いた。

ハリーは俯いていてその表情を見ていなかったが、間違いなくセブルスの目には狼狽と焦りが浮かんでいた。

 

 

「はい。かなり古い本で、ソフィアは──自分の親戚のものかもしれないと言っていました。著名があって、プリンス、と。だから……ソフィアの親戚のものに、こんな危険な魔法があるだなんて、思わなくて……敵に使う。としか、書いてなくて……」

 

 

セブルスは自分のとんでもない失態に内心で舌打ちをこぼした。ハリーが持っている本は、紛れもなく自分が学生時代に使っていた本だ。あの本には自身の創作魔法だけでなく、沢山の魔法薬の改善点が書かれている。今年ハリー・ポッターの成績がルイスよりも良いのは、──私の教科書を使っているからだ。

 

どこにやったのかと思っていた、てっきり家の本棚の中だと。これは──もしや、自分にも責任が僅かばかりにあるのかもしれない。

 

 

「……その本をここに持ってくるのだ。今すぐに」

「はい……」

 

 

ハリーは項垂れたまま、一度もセブルスの顔を見ず──どうしても見る事が出来なかった──その場から駆け出した。

 

 

一人残ったセブルスは、大きくため息をついて顔を手で覆った。

あの教科書、そんなところに入れていたか。私の授業で教科書を持ってこない生徒など存在しなかった、貸し出し棚など、一度も使うことはなかった……だからこそ忘れていたのだろう。

ソフィアは、間違いなくあの本が私の本だと分かったはず。知っていて黙っていたのか?危険な魔法があることを言わずに──いや、きっと、下手に追求し、万が一私との関係を知られたらと思うと動けなかったのだろうか。

 

 

 

数分後、ハリーは本を持ってセブルスの前に現れた。

震えるその手が血で汚れているのを見て、セブルスは杖を軽く振るう。ハリーの服や顔についていたドラコの返り血はすっかり綺麗になり、ハリーは初めて顔を上げた。

 

 

「誰が作り出したかわからぬ呪文を使うことが、どれほど愚かなことかわかっただろう」

「はい」

「この本は我輩が持つ。異論は無いな?」

「……はい」

「君は人の命を奪いかけたのだ。その罰は背負わねばならん。──今学期一杯、土曜日に罰則を与える。朝の10時、我輩の研究室で」

「──っ……」

 

 

次の土曜日は、クィディッチの試合だ。それをわかっていてセブルスは土曜日の朝10時という日時を設定した。これほどハリーに効果的な罰はないだろう。

ハリーはぐっと奥歯を強く噛み、何とか不満が漏れそうなのを耐えた。──いいや、スネイプの言う通りだ。僕はマルフォイを殺しかけた。ハーマイオニーも、あまりどんな魔法かわからないのは使わない方がいいと言っていた。ソフィアの親戚のものかもしれないって言うのも、僕達がそう思っただけで証拠は無いんだ。

 

 

「……はい」

 

 

ハリーは何とかその一言を絞り出した。

セブルスは項垂れたハリーの後頭部を見て鼻で小さく笑い。それ以上何も言うつもりはないのか、これ以上の罰は無いのか──黙って部屋から出て行った。

 

残されたハリーは、ぐっと拳を握りながら強い吐き気と人を殺したかもしれない恐怖に打ちのめされていた。

 

 

 

ーーー

 

 

後20分でマクゴナガルとの個人授業が終わる。ソフィアはティティに杖を向けマクゴナガルから指導されつつ集中し授業に取り組んでいたが、それは外からのノックで一時中断された。

 

 

「はい、どうぞ」

「失礼」

「スネイプ先生、どうしました?」

 

 

現れたのは険しい表情をするセブルスで、マクゴナガルはソフィアを見て「ミス・プリンスに用ですか?」と首を傾げる。ソフィアも一体何だろうかと不思議そうな顔をしてティティにかけようとしていた魔法を止めた。

 

セブルスは首を振ると無言でマクゴナガルに近づき、ソフィアに聞こえぬよう二言三言囁く。怪訝な顔をしていたマクゴナガルは冷水を浴びたかのように一気に蒼白な顔をし、唇を戦慄かせるとセブルスと同様険しい表情をした。

 

 

「ミス・プリンス。今日はここまでです。私は行かねばなりません。片付けはよろしくお願いします」

「は、はい。ありがとうございました」

 

 

言いながら扉に向かい、足早に教室から出て行くマクゴナガルの背を見てソフィアは心配そうに呟く。きっと、何かあったのだろう。まさかドラコの企みにより、また事件が起こったのだろうか?

 

 

セブルスは杖を振り扉を閉めた。そのままくるりとソフィアに向き合い、ローブの中から一冊の本を出し差し出す。苦い表情のセブルスに困惑しながら、ソフィアはその古い本を見て──何を意図するのかわからず目を瞬かせた。

 

 

「この本がどうしたの?」

「……ソフィア、この本はどういうものだと思っていた」

「え?父様の本でしょ?名前は違うけど、文字が同じだもの。時々他の筆跡が2人分あるから……ジャックと母様も書き込みしていたのかな、って思って……その本、ハリーが持ってたのにどうして……?」

「……ここに書かれている魔法を全て知っているか?」

「人を宙吊りにする魔法はあるのは知ってるわ。私も読みたかったけど、ハリーがすっごく大切にしてたから、私はあまり読んでないの」

 

 

セブルスは眉間の皺を押さえながら大きくため息を吐く。やはり、ポッターはセクタムセンプラがどのような魔法か本当に知らなかったのか。もし、ソフィアがセクタムセンプラが書かれていると知れば、流石にその危険性を忠告していただろう。ソフィアには、2年生の時にこの魔法の危険性をしっかりと伝えた。

 

 

「……何故、正体不明の人物が書く魔法が載っている本を使い続けた」

「正体不明って……父様のでしょう?本に呪いなんてかけられてなかったわ」

 

 

机の上にある教科書や使用した道具に向けて杖を振り片付けながらソフィアは不思議そうに首を傾げる。

ソフィアは心からセブルスを信頼している。その本に、まさか人の命を脅かす魔法が隠すことなく書かれているとは夢にも思わなかった。

 

 

「……ポッターが、セクタムセンプラをマルフォイに使った」

「えっ!?そんな──ドラコは無事なの?」

 

 

ソフィアはその魔法の危険を知っている。すぐにセブルスに駆け寄り心配そうに眉を下げた。

 

 

「ああ、ルイスと私で治癒した。今は医務室だが命に別状はない」

「良かった……でも、何でハリーがセクタムセンプラを?私、教えてない──まさか、その本に……?」

 

 

セブルスの手にある本と彼の長い表情を見て、ソフィアはようやく何故セブルスがこの教室に残ったのかを理解した。

 

 

「……セクタムセンプラには、どんな説明が書いてあったの?」

「……敵に対して」

「まあ……それだけ?体を傷つけ対象者に重傷を負わせるとか、体を切り裂くとか……」

「……」

「それだけの文なら、ハリーはドラコに使うわ。だってハリーにとって敵はドラコだもの。勿論、効果のわからない魔法は使うべきじゃないけれど。……ルイスだって、あの時敵だった私に使ったでしょう?」

 

 

ソフィアは呆れるような目でセブルスを見たが、セブルスはその視線から逃れるように無言で本を見下ろした。

 

 

 



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360 試合の行方は!

 

 

項垂れたハリーが談話室に戻ってきたのは夕食後の時間だった。

ハリーは何があったのかをソフィア達に説明したが、その説明を聞かずともソフィア達は事件があったということだけ、知っていた。

ルイスがドラコを医務室に連れて行く姿は沢山の生徒に見られ、そしてすぐにパンジーが見舞いに行き何があったかをルイスから聞き出し、それを沢山のスリザリン生に吹聴し──寮の垣根を超えて、ホグワーツ中に広まっていたのだ。

 

ハリーはクィディッチのチームメンバーに罰則のため次の試合に出られなくなった事を伝えたが、それを伝えるのはかなり辛く胃が捩れるようだった。チームメンバーの失望と怒りの表情が、ハリーにとって何よりの罰だったのは間違いない。

メンバーに説明した後ハリーはマクゴナガルに呼び出され、15分以上も懇々と説教を受け、退学ではなく毎週土曜日の罰則だけで済んだのは幸運だとまで言われた。マクゴナガルも、グリフィンドールチームが優勝してほしい気持ちはある。だが、その気持ちを置いてでもハリーには罰則は必要だろう。

 

 

冷ややかなチームメンバーの視線を避けるようにハリーは談話室の端にあるソファに座り項垂れていた。ソフィアは何と言って良いのかわからず──隣に座り、心配そうにハリーの手を握る。

 

 

「……ハリー、ごめんなさい。私が、あの本は悪いものじゃないって……持っていても大丈夫だって言ったから……」

「……ううん。あの本は僕を何度も助けてくれた。あれがなければ魔法薬学の授業は散々だったし、スラグホーンの記憶も手に入れることが出来なかった。僕が悪いんだ」

「……本当に、ごめんなさい」

 

 

ハリーは静かに言ったが、その声音に失望と怒りが滲んでいたのは事実だ。あの素晴らしい本が──ハリーを何度も助けてくれた、友のように思っていた本が急に裏切ったような、そんな気持ちをハリーは抱えていたのだ。

しかし、あのセクタムセンプラという魔法をソフィアの親戚が生み出したとは限らない。宙吊り魔法も、5年生の時にジェームズが使っていた。当時流行った魔法を、プリンスは書き留めただけかもしれない。

 

ハリーは何も言わず、ソフィアのいつもより冷たい手をギュッと握った。

 

 

 

 

 

グリフィンドール生の怒りは土曜日まで続いた。ハリーは罰則を受けに独りセブルスの研究室に向かいながら、世界中のフェリシスを差し出しても良いという気持ちになっていた。

ソフィアと共に空を駆け最高の勝利を掴む。きっと300点以上の差をつけスニッチを掴めば、ソフィアは抱きしめキスをしてくれるだろうと考え試合を心から楽しみにし、モチベーションを上げていたが、結局ソフィアと試合に出ることは叶わなかった。

 

生徒達がロゼットや寮の色のスカーフを付け旗を振りながら太陽の下に向かう中、ハリーは憂鬱な気持ちでセブルスの研究室へと向かった。

 

 

 

ソフィアは更衣室で試合用のグリフィンドールカラーの服に身を包み、グローブをはめる。隣のロッカーを使っているジニーの顔色はいつもより悪く表情は堅かった。今回は、ただスニッチを掴めば良いというわけではない。レイブンクローの得点を見つつ、160点以上の差をつけた上でスニッチを掴まなければならないのだ。

 

 

「緊張してる?」

「……ええ、流石にね」

 

 

ジニーは肩をすくめ、何度か深呼吸を繰り返す。心臓がドキドキと高鳴る高揚感と、後頭部がジリジリと焼けるような緊張感に指先が僅かに震えていた。

適度な緊張は集中に繋がる。しかし、今ジニーの中にあるのは緊張とそして強い責任感や不安だった。

 

 

「……160点差で決めなきゃ……160点……」

 

 

ソフィアは目を閉じ箒の柄を両手で握り額を強くつけ、ぶつぶつと呟くジニーの背に優しく手を当てた。

 

 

「大丈夫よ。ゴールは私に任せて!少なくともマクラーゲンみたいなヘマはしないわ。──さあ、いきましょう!」

 

 

鼓舞させるためにジニーの背を強めに叩き、その衝撃で丸まっていた彼女の背は伸びそのまま一歩踏み出す。

ジニーはにっこりと笑うと、ソフィアと共にグラウンドへ駆け出した。

 

 

 

大歓声が選手達を迎える。いつもより表情を引き締めた彼らは真剣な眼差しで対戦相手と相対していた。

フーチのホイッスルと共に彼らは空へと舞い上がる。観戦席では青と赤の旗が振られ、一つの軍団のように蠢いていた。

 

 

ソフィアはゴール前でじっとチェイサーの動きを見ていた。300点差で勝たなければいけないのだ。出来る限り失点を少なくしなければ、チームメンバーが最高のプレイを見せたとしても、不可能となる。

 

 

「グリフィンドールチームのキーパーは新しくソフィア・プリンス選手。シーカーはジネブラ・ウィーズリー選手、チェイサーはディーン・トーマス選手です。この予期せぬ変更が両チームにとってどんな効果をもたらすのか!」

 

 

実況者はグリフィンドールとレイブンクローに中立な立場であるハッフルパフ生だった。ザカリアスやルーナでは実況に難があり、クィディッチに詳しい7年生が選ばれた事はソフィア達にとって幸運だっただろう。少なくとも実況からのからかいに心を乱されずに済むのだ。

 

 

「おっと!ケイティ選手、クアッフルを持ったまま激進です!」

 

 

ケイティは脇にクワッフルを持ち敵のゴールポストへ稲妻のように進んだ。レイブンクローのキーパーも後を追い必死にケイティの進撃を止めようとしたが、ケイティは素晴らしい動きでビーターが繰り出したブラッジャーを躱し、ゴールポストにクワッフルを叩き込む。

 

 

「グリフィンドール10点!先取点はグリフィンドールですっ!」

 

 

レイブンクローの選手たちはスリザリン生と違い卑劣なプレイは行わない。寮の特色が出ているのか、攻撃力や積極性はそこまで高くはないが選手同士の統一がどのチームよりも高く、敵の研究を行い冷静に得点を狙う。

だからこそ、彼らにとってグリフィンドールの大幅なポジションチェンジは想定外であった。敵を分析する時間が少なく、ジニーとソフィアの動きは彼らにとって全くの未知数である。

 

 

「今度はブラッドリー選手がクアッフルをとらえた──どうだ?──止めた!!ソフィア・プリンス選手、止めました!」

 

 

ソフィアは投げられたクアッフルをしっかりと箒の穂先で強く打ち返し、そのまま軽やかに一回転し、高く拳を空に突き上げる。

 

 

──絶対に、勝つ。勝ってみせる!

 

 

グリフィンドール生からの大きな歓声を聞きながら、ソフィアは油断せず前を見据え身を低くし次の攻撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

ハリーは罰則を終え、石段を駆け上がりながら競技場からの物音に耳を澄ませた。しかし、何も聞こえない。もう試合開始から3時間は過ぎている、終わってしまったのだろう。

混み合った大広間の外でハリーは少し迷ったが、やがて大理石の階段を駆け上がった。勝敗がどうであれ、選手達が悔しがったり祝ったりするのは通常、寮の談話室なのだ。

 

 

何事やある?(クィッド アジス?)

 

 

まさにその言葉はハリーが聞きたくもあり、聞きたくない合言葉だった。中で何が起こっているのかと恐る恐る合言葉を告げるハリーに、太ったレディは「見ればわかるわ」と答え寮への扉をパッと開く。

 

肖像画の裏の穴から、祝いの大歓声が爆発していた。ハリーの姿を見つけて叫び声を上げる寮生の顔を、ハリーはぽかんと見つめる。何本もの手がハリーを談話室に引き込んだ。

 

 

「勝ったわよ!」

 

 

ケイティがハリーの前に躍り出て、銀色の優勝杯の掲げながら叫んだ。

 

 

「350対40!!勝ったわ!」

 

 

ハリーは辺りを見回した。沢山の生徒達からの喝采を受ける中心にいるのはソフィアとジニーの2人であり、口々に彼らは2人の動きを興奮冷めやらぬ様子で褒めちぎる。

 

ソフィアとジニーはハリーの到着に気付くとパッと表情を明るくさせ、自信と喜びに溢れ、堂々とした決然たる表情でハリーに駆け寄った。

 

 

「ハリー勝ったわよ!ソフィアのおかげね。安心してスニッチを探せたわ!」

「あら、ジニーが最高のタイミングでスニッチを取ってくれたからよ!」

「ソフィア……ジニー……」

 

 

ハリーは感謝と喜びで胸が詰まり、彼女たちの名前を掠れた声で呼ぶと2人ごと強く抱きしめた。

 

 

「ありがとう!本当に、ありがとう!」

 

 

一瞬虚をつかれたような顔をなったソフィアとジニーは、ハリー越しに視線を交わすとにっこりと笑い合い、ハリーの背を優しく叩いた。

 

 

その日は夜になっても宴が続いた。ハウスエルフに沢山のお菓子やバタービールをこっそりと頼み、選手達の勇姿を褒め、誰もが明るく笑い、ハリーが出場できなかった不満はグリフィンドールの勝利により、選手達は水に流した。

 

 

それは夜中の3時ごろ、見回りに来たマクゴナガルが「嬉しいのはとてもよくわかりますが、もう寝なさい!」と叱りにくるまで続き、グリフィンドール生は翌朝全員が寝坊する羽目になっただろう。

しかし、次の日は日曜日であり特に問題はない。誰もが満足感と幸福感と、温かな布団に包まれ昼まで安眠を貪ったのだった。

 

 

 



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361 刻一刻と近づく。

 

 

クィディッチの試合が終われば、とうとう生徒達にとって倒し難い敵である学年末試験が迫り来る。

五年生と七年生は将来のためにとても大切なテストを控え毎日のように図書館か談話室に篭るのだ。ソフィア達六年生にも勿論試験はあったが、例年通りならばきちんと授業を受けていれば問題なく終わる。

 

ソフィアとハーマイオニーはOWL試験を迎えるジニーのために彼女が望めば二つ返事で夜遅くまで勉強に付き合い、去年出題された魔法についての詳細を伝えた。いや、ジニーだけではなく他の五年生に頼まれたのなら、二人は何時間でも勉強に付きあったのだ。

ハーマイオニーは監督生として助けを求めている下級生を無視する事はできず──元々、ハーマイオニーは勉強を自主的に行う生徒にはとても優しいのだ──ソフィアは困っているものがいるのなら助けたい。その思いだった。

 

 

ソフィアは薬草学について教えるハーマイオニーとうんうん唸りながら頭に知識を詰め込んでいくジニーを談話室に残し、図書館へと向かっていた。この次は魔法薬学の勉強をする予定で、ジニーのためにわかりやすい参考書を選んであげようと思っていたのだ。

 

 

廊下を曲がった所でソフィアは前から本を抱えたルイスがこちらに向かってくる事に気付く。周りにいつもいたスリザリン生の姿は無く、ドラコもいない。

 

ソフィアはルイスが自分の姿に気づいたのを見た後、すぐ隣にある空き教室に目を向け、手招きをする。

 

 

先に空き教室に入ったソフィアは、ルイスはここに来ないかも知れない。と考えた。

それぞれの目的のために別行動をしているのだ、周りに誰もいないとはいえ、ルイスは自分と話そうとはしないかもしれない。

 

 

埃っぽい椅子に杖を向け清め、座って待っていると──がちゃり、と小さな音を立て扉が開き、ルイスが現れた。

 

 

「ルイス、久しぶりね」

「うん。そうだね」

 

 

いつものように声をかけるソフィアに、ルイスもいつものように答えながら杖を振る。扉に鍵をかけたルイスは静かにソフィアの元へ向かい、隣にある椅子を清めた後で座った。

 

 

「ドラコはもう大丈夫?この前見かけた時は、元気そうだったけど」

「大丈夫。まだちょっと痕が残ってるけど、すぐに消えると思う」

「そう……良かったわ」

「僕、アロホモラでは開けられないようにしてたのに……どうしてハリーは開けられたの?上位魔法を使えるようには思えないけど」

「ああ……どんな鍵でも開けられるナイフを持っているの」

「そんなものがあるんだ」

 

 

2人の会話は軽く、緊張感は微塵もない。まるで何も無かったかのように話しているが、2人はそれぞれの立場を考え明言を避けているだけだ。

ソフィアはルイスに聞きたい事がたくさんあった。何をしているのか、何を企んでいるのか──何故、私に何も言わないのか。

 

ソフィアはルイスをじっと見上げる。ルイスもまた、静かにソフィアを見下ろした。

 

 

「……大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ」

「……ひどい事はしないわよね?」

 

 

静かな問いかけに、ルイスはふっと小さく微笑みソフィアの頬を指先で撫でる。

 

 

──ソフィアは僕を信じている。だからこそ、僕がどんな事をしているのか想像もしないんだ。

 

 

ソフィアにとってルイスは誰よりも信用している心優しき兄である。勇敢で、優しく、家族のことを愛している。だからこそ彼が今どれほど恐ろしい事を考えているのか想像も出来ないのだ。

きっとルイスはドラコを止めてくれる。自分ならそうするのだから、と──ソフィアはただルイスを信じている。

 

 

「僕は護るために動いているだけだよ」

 

 

ルイスの言葉にソフィアは安心し、ほっと息を吐くとルイスの手を握り、目を閉じた。

 

ルイスはソフィアに嘘はついていない。今ルイスが企んでいる事は、大切なものを護るために必要な事なのだ。たとえそれでその他の者が傷つこうとも、ルイスは構わなかった。大切な妹と、父を護れるのであれば、ルイスはその他の命を奪う覚悟が出来ていた。

 

 

──もう、後戻りは出来ない。

 

 

ルイスはそっとソフィアを抱き寄せ、手触りの良い髪を撫でる。

この大切な人を護るためならば、どんな毒だって飲み込もう。人に理解されぬ行動だとしても、僕にとってかけがえのない者を護るために、大きな罪を犯さなければならないとしても。

 

 

「……じゃあ、僕はもう行くね」

 

 

優しく微笑んだルイスは、ソフィアの額にキスを落とすとそっと離れ扉へと向かう。

ソフィアはその背中を見て、何故か胸がざわついた。

 

 

「──またね、ルイス」

 

 

扉に向かって杖を振り鍵を開けたルイスは、半分扉を開き振り返り、「またね」と柔らかい声で伝えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

その日は唐突に訪れた。

ソフィア達はいつものように談話室のソファに座り、出された宿題の中から期日の近い物を選び羊皮紙と教科書に向かい合っていた。

 

ジミー・ピークスが宿題をしているハリーの側に近づき「これ、あなたにだって」と言いながら羊皮紙の巻紙を差し出した。ハリーはすぐに羽ペンを放り出し羊皮紙を受け取る。

 

 

「ありがとう、ジミー。……あっ、ダンブルドアからだ!出来るだけ早く校長室に来てほしいって!」

 

 

巻紙を開き目を走らせながら興奮し小声で言うハリーに、ソフィアとハーマイオニーとロンも宿題の手を止め目を瞬かせる。

 

 

「おっどろきー……もしかして、見つけたのかな……?」

「すぐに行った方がいいわ」

「うん、行ってくる!」

 

 

ハリーは勢いよく立ち上がりすぐに談話室を飛び出した。

ハリーを見送ったソフィア達は不安げな表情で視線を交わす。ダンブルドアが一つの分霊箱を見つけた時、ハリーもそれに同行すると言っていた。あの、ヴォルデモートの要である分霊箱だ、きっと簡単な旅では無いだろう。

 

 

「大丈夫かしら……」

「きっと、大丈夫よ。ダンブルドア先生がいるんだもの……」

 

 

心配そうに閉じられた肖像画の穴を見るハーマイオニーにソフィアはそう呟いたが、それは自分に言い聞かせるような囁き声だった。

 

それからソフィア達は宿題に全く身が入らず、そわそわと落ち着きなく時計を見たり、意味もなく教科書をぺらぺらと捲ったりしていた。もうハリーはダンブルドアと行ってしまったのか。それとも発見したという知らせだけであり、分霊箱を破壊するのは夏季休暇に入ってからなのだろうか。

 

 

30分もしないうちにハリーは談話室に戻ってきた。ソフィアとロンとハーマイオニーは立ち上がり、心配そうにハリーを見る。

 

 

「ダンブルドアは何のご用だったの?──ハリー、あなた大丈夫?」

「大丈夫だ」

 

 

ハーマイオニーが間髪入れずに聞いたが、ハリーは足早に3人のそばを通り過ぎながら短く答え、寝室へと上がった。

ハリーの顔色はとても悪かった。打ちのめされているような、失望したような、それでいて、葛藤しているような──そんな複雑な表情だったのだ。

 

 

寝室に戻ったハリーは忍びの地図と両面鏡、フェリクスを丸めた靴下ごと掴み、急いで談話室に戻り、呆然としたままのソフィア達の元へ駆け戻り急停止した。

 

 

「時間がないんだ。ダンブルドアは、僕が透明マントを取りに行ったと思っている。いいかい。今から僕はダンブルドアと共に分霊箱を見つけに行く。だけど大変なことが起きたんだ──」

「大変な事って?」

「──必要の部屋のところにトレローニーがいた、トレローニーは部屋に入ろうとしたけど弾かれたんだ。中で歓喜の叫びを聞いた、男の子だって言ってた──間違いない、マルフォイだ。トレローニーはチェリー酒を隠そうとしていた!必要の部屋は、マルフォイに隠し部屋を提供したんだ。だから同じように願うトレローニーはその場所に入ってしまった。マルフォイはきっと修理が終わったんだ。だから、どう言うことかわかるだろう?ダンブルドアは今夜ここにはいない。だからマルフォイが何かを企んでるにせよ、邪魔が入らない良いチャンスなんだ!──いいから聞いてくれ!」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーが口を挟もうとしたが、ハリーは鋭い声でそれを制し、一度深呼吸をして切羽詰まった声で捲し立てた。

 

 

「必要の部屋で歓声を上げたのがマルフォイだって、僕にはわかってるんだ。さあ、マルフォイを見張らないといけない。──それに、スネイプも。他に誰でも良いからDAのメンバーを掻き集められるだけ集めてくれ。ハーマイオニー、ガリオン金貨の連絡網はまだ使えるね?ダンブルドアは学校に追加的な保護策を施したって言うけど、もし、スネイプが絡んでいるのならダンブルドアの追加保護策も回避の方法も知られている──だけど、スネイプは君たちが監視しているとは思わないだろう?」

「何故、スネイプ先生も監視するの?スネイプ先生は味方だわ!」

「それは──僕もそう思っていた。だけど、トレローニーの予言をヴォルデモートに漏らしたのはスネイプだったんだ、トレローニーが言ってたし、ダンブルドアも認めた。スネイプはそれで酷い間違いを起こしてかけがえのないものを失ったらしい。ダンブルドアはスネイプを信用している。僕は──わからなくなった。だから、スネイプが潔白かどうか見張ってて欲しい」

 

 

ソフィアの声にハリーは一言で説明すると、手に持っていた忍びの地図をソフィアの手に押し付ける。

ソフィアは目を大きく見開き、何も言えないまま言葉を無くした。ハーマイオニーが一瞬ソフィアに視線を向けたが、今はソフィアとセブルスの問題を追求するよりハリーの話を聞かなければならないと判断し、すぐにハリーに向き合う。ハリーもまた、突然沢山のことが起こり頭の中が混乱し、ソフィアの表情の変化に気を配らせる余裕はなく、ロンの手に両面鏡と靴下を押し付ける。

 

 

「これも、持っていて」

「これは……?」

「両面鏡、一応シリウスに連絡してくれ。ホグズミードにいるなら、何かあれば直ぐに来れるように。あと、フェリックス・フェリシス、君たちで飲んでくれ。もう行かなきゃ、ダンブルドアが待ってる──」

 

 

ロンが畏敬の念に打たれたような顔で靴下の中から小さな金色の薬が入った瓶を取り出しているのを見ながら、ハリーはソフィアの腕を引き抱きしめた。

 

 

「ソフィア、行ってくるね」

「ハリー、私たちは薬はいらないわ!それを飲むのは、あなたよ……!」

「大丈夫、僕はダンブルドアと一緒だ。僕は、君たちが無事だと思っていたいんだ……そんな顔しないで、あとでまた会おう」

 

 

ハリーはソフィアの震える唇にそっと口付け、安心させるために微笑むとその場を離れて肖像画へ駆け出した。

 

 

「ハリー!」

 

 

ソフィアの叫び声を後ろに聞きながら、ハリーはダンブルドアと落ち合う約束をしていた正面玄関へと走る。

僕は命を落とす事はない、ダンブルドアがいる。だけどホグワーツにはダンブルドアという大きな護りが無くなってしまう。マルフォイが何もしなければいい、失敗に終われば良い、だけど、マルフォイがこんなチャンスを逃すとは思えない。どうか、ダンブルドアが帰るまで無事であってほしい。

 

 

 

談話室に残されたソフィア達は呆然と目を合わせる。

暫く3人は何も言えなかったが、遂にごくりと固唾を飲んでハーマイオニーが深呼吸を一つした。

 

 

「私、DAに伝えてくるわ。ハリーが言ったことが……当たるかはわからないけれど、廊下をパトロールしましょう」

「これ、どうする?」

 

 

ロンは手の中にあるフェリシスを軽く振る。もし、ハリーの妄想に近い予想が当たり、ドラコがホグワーツを危険な事に巻き込むつもりならば何が起こるのか検討もできず、飲んだ方がいいのかもしれない。しかし、杞憂で終わったのならばただの幸福な夜になるだけで貴重なフェリシスは無駄になってしまう。

 

 

「それは全員が朝まで幸運を保つには足りないわ、だから今飲むのはやめましょう。何かが起こりそうな気配を感じたら、飲むの。何も起こらないに越した事は無いけど……もし起こるのなら、きっと夜中よ。今はまだ沢山の生徒が廊下にいるし、ドラコが暗躍するには早すぎるわ」

「この事、他のやつらにも伝えた方がいいか?」

「……不安を煽って混乱させるだけだわ。何も無いかもしれないもの。……出来れば、みんなには寮で眠っててほしいわね、何があってもそこは安全だもの。……そうだわ、ドビーに頼んで各寮に眠り薬を──」

 

 

ソフィアは真剣な顔で話していたが、途中で言葉を止め愕然とし自分の口を手で押さえる。「まさか」と呟かれた声は震えていて、ハーマイオニーもハッとしたように息を飲み真剣な目でソフィアを見た。

 

 

「──ドビー!お願い、来て!」

「──お呼びでございますか、ソフィア・プリンス」

 

 

ソフィアの呼びかけに、ドビーはバシンと小さな物音を立てて机の上に現れた。

ソフィアはドビーの主人では無い。しかしドビーの大切な友達であるハリーの、その大切な人なのだ。彼女の呼びかけにドビーは喜んで答えた。

頭に沢山の手編みの帽子を乗せて大きな目を輝かせるドビーに、ソフィアは囁いた。

 

 

「……スネイプ先生の研究室に、眠り薬があるの。それを四つとって、それぞれの寮の談話室に置いてほしいの。みんなが気持ちよく眠れるように。薬は後で私とハーマイオニーで補充するから、絶対にバレないわ」

「ええ──ええ、わかりました。良い睡眠は大切ですとも!」

「……ねぇドビー?同じような事を、前に誰かに頼まれた?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーが固唾を飲んで恐々と聞く中、ドビーは誇るように胸を逸らし堂々と伝えた。

 

 

「ええ、ハリー・ポッターの友人である、ルイス・プリンスに!」

 

 

ソフィアは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。ハーマイオニーも口を手で押さえ、恐怖と怒りに戦慄いている。ロンだけが訳がわからず首を傾げ目を瞬かせていたが、ソフィアに全てを説明する余裕は無かった。

 

 

「そう──じゃあ、お願いね。ありがとう、ドビー」

 

 

ドビーはハーマイオニーの言葉に恭しく頭を下げると、現れた時のように突然消えた。ハウスエルフは唯一ホグワーツで姿現しを使う事ができ、セブルスの侵入者避けがかかった研究室にも入ることが出来る。

そして、何より──ドビーは縛られない、自由なハウスエルフだ。

 

 

「そんな、ルイス──」

「ソフィア、終わった事を考える余裕は無いわ。マルフォイが動いても大した脅威にはならないけど、ルイスが本当にマルフォイの肩を持つのなら話は別よ。──ソフィア、しっかりして!」

「ハーマイオニー……」

 

 

ハーマイオニーは虚な目をするソフィアの肩を掴み、強く揺さぶった。暫く視線を彷徨わせていたソフィアは今にも泣き出す迷子のような目をしていたが、ハーマイオニーの強い視線に小さく頷く。

 

 

「ルイスとマルフォイとスネイプは何処にいるの?」

「ええと……我ここに誓う、我、よからぬ事を企む者なり」

 

 

ソフィアは杖を出し地図をトンと叩いた。みるみるうちに何も書かれていなかった羊皮紙に沢山の線が踊り黒点が蠢く。ソフィアとハーマイオニーとロンは顔を突き合わせ隅から隅までルイス達の名前を探した。

 

 

「スネイプは職員室ね。──ルイスとマルフォイは……」

「……ルイスは──あ、フクロウ小屋にいるわ!ドラコは……」

「居た!スリザリンの談話室だ。他の奴らもいるぜ」

「ソフィア、今はルイスのところに行こうなんて思わないで。マルフォイが動くのが今日だとしたら、それを知られるのは駄目よ。それに、危険だわ」

「でも──でも、ルイスは──」

「ソフィア!!」

 

 

ハーマイオニーの大声にソフィアは肩をびくつかせ、不安げに彼女を見つめた。ハーマイオニーは小さくため息をつくと、ソフィアをぎゅっと抱きしめる。

 

 

「後回しよ。私たちが動いている事を知られない方がいいわ」

「……ええ、わかったわ」

 

 

ソフィアは小さな声で頷く。

本当なら今すぐルイスの元に駆け、ルイスが夢喰蟲の騒動を起こしたのかと詰問したかった。馬鹿な事はやめて、直ぐにドラコの企みを阻止してと言いたかった。

しかし、全てがもう遅いのならば──そして、今日この後ドラコとルイスの企みが発動するのなら、それが何にせよ知っている自分たちが防がねばならない。

 

 

「さあ、DAを集合させましょう。ロンはシリウスに呼びかけて」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィアとロンは頷いた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

ハリーがダンブルドアからの羊皮紙を受け取る少し前、ルイスとドラコは必要の部屋の中に居た。

 

 

「……開けるぞ」

 

 

ドラコは薄汚れたキャビネット棚の前に立ち、緊張を孕んだ声で呟く。隣に立つルイスは、小さく頷いた。

 

何度も失敗している。もう6月になってしまった、時間がない。これが修理できなければ企みは全て水の泡だ。新しい作戦を考える暇もない。

護りたいものを護るために、僕はやらなければならないんだ。

 

 

取手を持つドラコの手は情けないほど震えていた。

ドラコはその震えを抑えるように強く取手を握りしめ、勢いよく開く。

途端に白いものが棚の中から飛び出した。パッと弾かれたようにそれを目で追ったドラコは、雑然と物が積み重なるその頭上をパタパタと飛ぶ白い鳥を見て、歓喜の声を上げる。

 

 

「やった!──やったぞ!これで問題なく使える!」

 

 

ルイスは天井付近を飛ぶ白い鳥を見て、胸の奥から形容し難い感情がふつふつと湧き起こるのを感じた。安堵、恐怖、失望──さまざまな感情を飲み込んだルイスは、喜びを噛み噛めるドラコの歓声とは別に何かの物音を聞いた。

 

それは間違いなく扉が開く音であり──ルイスは人影が見えた瞬間、表情を硬らせ振り向き、素早くポケットから杖を抜き心の中で魔法を唱え吹き飛ばした。

部屋に入りかけていたトレローニーは悲鳴を上げ弾かれ、扉は強く閉まった。

 

 

「誰だ?ポッターか?」

「いや、トレローニー先生だ。……この隠し部屋を知っていたんだろう。……今直ぐ出るのは駄目だ、あと少し待ってからここを出よう」

「ああ……。次にダンブルドアがホグワーツから出た時に……」

 

 

ドラコはキャビネット棚の扉を閉めて囁いた。先程までの歓喜で高揚していた頬は一瞬で蒼白になり、不安げに瞳が揺れる。

 

 

「死喰い人を、ここに呼び出す」

 

 

ドラコの声は広い隠し部屋の中に嫌に響き、薄寒くこだました。

ルイスはドラコの怯えと恐怖を感じ、そっと寄り添いその背中を支える。

 

 

「大丈夫だよ、ドラコ。何があっても僕は君の味方だ」

「……ああ、僕は……しなきゃならないんだ。父上を救うために……ソフィアと、君を護るために」

 

 

ドラコの真剣な言葉に、ルイスは少しだけ笑い「僕のプリンセスだったのにね」と揶揄う。一瞬何のことかわからずきょとんとしたドラコだったが、カッと顔を赤くするとルイスの背中を軽く叩いた。

 

 

 



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362 選択肢

 

 

ハリーとダンブルドアは分霊箱の一つであるロケットを手に入れることが出来た。

しかし無事とは言えないだろう、そのロケットを手に入れるためにダンブルドアは恐ろしい毒の水を飲み、疲弊し切っていた。なんとかハリーが支え、姿現しをしホグズミード村に戻ったとき、ダンブルドアは一人で立つことが出来ぬほど困憊しその場に崩れる。

 

ホグワーツまで歩いて帰る事すらできないダンブルドアに、ハリーは戦慄し心臓が嫌な鼓動を打った。こんなにも弱りきっているダンブルドアなんて初めて見た。早くマダム・ポンフリーのところに行って薬か何かをもらわないと、もしここに死喰い人が来たら──。

 

 

嫌な想像をしてしまうハリーだったが、幸運にもロスメルタが二人の話し声に気付き小走りで駆け寄って来た。ロスメルタにダンブルドアを任せ、人を連れてこなければ──ダンブルドアがポンフリーでなくスネイプを望むのならば、そうしないと。

 

ハリーはそう思ったが、ハリーとダンブルドアを見つめ困惑しながらも蒼白な顔をし恐怖に慄くロスメルタの言葉を聞き、震える指先が指した先を見て──ハリーは今見ているものが現実とは思えなかった。

ホグワーツ城のはるか上空に闇の印が上がっていたのだ。緑色の髑髏が蛇の舌を出し不気味に輝いている。それは死喰い人が侵入した後に残す印であり、誰かを殺した証だった。

 

 

「いつ現れたのじゃ?」

 

 

ダンブルドアが聞いた。立ちあがろうとするダンブルドアの手が、ハリーの肩に痛いほど食い込んだ。

 

 

「数分前に違いないわ。猫を外に出した時にはありませんでしたもの。でも、2階に上がった時に──」

「すぐに城に戻らねばならぬ。ロスメルタ、輸送手段が必要じゃ。箒が──」

「バーのカウンターの裏にありますわ。取ってきましょうか?」

「いや、ハリーに任せられる」

 

 

ダンブルドアの言葉を聞き、ハリーは直ぐにアクシオで箒を呼び寄せた。たちまち大きな音がしてパブの入り口がパッと開き、二本の箒が勢いよく飛び出す。その箒はハリーの脇まで飛んできて微かに振動しながら腰の高さでぴたりと止まった。

 

 

「ロスメルタ、魔法省への連絡を頼んだぞ。ホグワーツ内部の者は、まだ異変に気づいておらぬやもしれぬ……ハリー、透明マントを着るのじゃ」

 

 

ハリーはポケットからマントを取り出して被ってから箒に跨り、ダンブルドアと共に夜の空へ舞い上がった。ダンブルドアが落ちるようなことがあればすぐさま支えられるようにとちらちらと横を見ていたが、ダンブルドアにとって闇の印は刺激剤のような効果をもたらしたらしい。先ほどの弱々しさは微塵も感じさせず──顔色は蒼白だったが──しっかりと箒を掴み、身を低くして印を見据えていた。

 

 

闇の印はホグワーツで1番高い天文台の塔の真上で光っていた。そこで殺人があったのだろうか、DAのメンバーは───ソフィアとロンとハーマイオニーは無事だろうか。見回りなんか頼んでしまった、もし、誰かが死んだらそれは僕のせいだ。誰かを失うなんて、そんなの耐えられない。

 

 

ダンブルドアは塔の屋上の防壁を飛び越え、箒から降り辺りを注意深く見回していた。ハリーもその隣に降り、空に上がる闇の印を見上げる。

 

壁の内部には人影はない。城の内部に続く螺旋階段の扉は閉まったままで、争いや死闘が繰り広げられた形跡はなく静まり返っていた。

 

 

「どういうことでしょう?あれは本当の印でしょうか?誰が本当に──先生?」

 

 

印が放つ僅かな緑の光に照らされたダンブルドアは、黒ずんだ手で胸を押さえ、苦しげな息を吐き壁に寄りかかっていた。

 

 

「セブルスを起こしてくるのじゃ。何があったのかを話し、わしのところに連れてくるのじゃ。ほかには何もするでないぞ。他の誰にも話をせず、透明マントを脱がぬよう。わしはここで待っておる」

「でも──」

「わしに従うと誓ったはずじゃ、ハリー──行くのじゃ」

 

 

躊躇うハリーにダンブルドアは小さな声で、しかしはっきりと伝えた。ハリーはぐっと唇を噛み頷くと、螺旋階段の扉へと急いだ。

しかし、扉の鉄の輪に手が触れた途端、扉の内部から誰が走ってくる足音が聞こえた。

振り返るとダンブルドアは退却せよと身振りで示しており、ハリーは杖を構えながら後退りした。

 

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 

扉が勢いよく開き、誰かが飛び出して叫んだ。

ハリーはたちまち体が硬直して動かなくなり、まるで不安定な銅像のように倒れ塔の防壁に衝突し、そのまま石床に転がった。ぴくりとも体は動かず、声も出せない。エクスペリアームスは武装解除で硬直呪文ではない、ハリーは困惑しながらダンブルドアの杖が弧を描いて防壁の端を超えて飛んでいくのを視界の端にとらえた。

 

 

──そうか、ダンブルドアが僕を動けなくしたんだ。僕を隠すために、護るために……その術をかける一瞬のせいで、自分を護るチャンスを失った。

 

 

ハリーは目を動かさずとも、誰が入ってきたのかがわかった。

ダンブルドアに負けず劣らず蒼白な顔をしているドラコと、そして──ルイスだ。

 

 

 

蒼白な顔で、防壁を背にして立ちながらも、ダンブルドアには恐怖や苦悩の影すらなかった。扉から入ってきた2人を見て、ただいつものように柔らかく声をかけたのだ。

 

 

「こんばんは、ドラコ、ルイス」

 

 

ダンブルドアを武装解除したのはドラコだった。ルイスはその後から入り、素早く部屋の中を見回す。壁にかけられた箒に気づいたのはドラコが先だった。

 

 

「他に誰かいるのか?」

「わしの方こそ聞きたい。君たち2人だけの行動かね?」

「……援軍がある。今夜この学校には死喰い人がいるんだ」

「ほうほう。なかなかのものじゃ。君たちが連中を導き入れる方法を見つけたのかね?」

「そうだ、校長の目と鼻の先なのに気づかなかっただろう!」

「よい思いつきじゃ。しかし、失礼ながら……その連中はどこにいるのかね?援軍とやらは、いないようだが」

「そっちの護衛に出くわしたんだ、下で戦ってる。もうすぐ来るだろう……僕は先に来たんだ、僕には──僕にはやるべきことがある」

「ほう、それなら。疾くそれに取り掛からねばなるまいのう」

 

 

ドラコの声は恐怖に慄き震えていたが、ダンブルドアの声は軽い世間話をするように穏やかだった。

暫くドラコとダンブルドアは沈黙し、ただ見つめあっていた──そして、ダンブルドアは優しく、微笑む。

 

 

「ドラコ、ドラコ。君には人は殺せぬ」

「わかるもんか!」

 

 

その言い方がいかにも子どもっぽいと気づいたのか、ドラコはカッと顔を赤らめる。一度杖を握り直したが、杖の震えを止める事はできない。

 

 

「僕に何ができるかなど、校長にわかるものか。これまで僕たちがしてきた事だって、完全に防ぐ事はできなかった!」

「そうじゃのう。まさか夢喰蟲を使うとは思わなんだ。君の行動は見張っておったがその他の者に対しては注意を払っていなくてのう」

「あれは、目眩しだった。……この一年間、準備してきた事を気づかれないように──」

 

 

ずっと城の下の方から押し殺したような叫び声が響く。ドラコはぎくりと体を強張らせて後ろを振り返り、ルイスもまた、青い顔で扉を見た。

 

 

「誰かが善戦しているようじゃの。……しかし、君が言いかけておったのは……おおそうじゃ、死喰い人を首尾よく案内してきたという事じゃのう。それは、わしも流石に不可能じゃと思うておったのじゃが……どうやったのかね?」

 

 

ダンブルドアは茶飲み話でもしているかのように軽く聞いたが、ドラコは下の方で何が起こっているかに耳を澄ませたまま、ハリーと同じ程体を硬直させ黙り込んだ。

 

 

「……姿をくらますキャビネット棚ですよ。去年、モンタギューがその中で行方不明になったものです」

 

 

何も言わないドラコの代わりにルイスが小声で呟く。それを聞いて全てを悟ったのか、ダンブルドアはため息とも感嘆とも取れぬ声を出すと暫く目を閉じた。

 

 

「──賢い事じゃ。たしか、対になっておったのう?」

「ええ、もう片方はボージン・アンド・バークスにあり、二つの間に通路のようなものが出来るんです。それはホグワーツの護りの影響を受けない──モンタギューがキャビネット棚に押し込まれたとき、ホグワーツと店の出来事の両方が聞こえたと言っていました。壊れたキャビネット棚を修理すれば、行き来できるのではないかとドラコが気づいたんです」

「それで、死喰い人はドラコの応援にボージン・アンド・バークスからホグワーツに入り込むことが出来たのじゃな……賢い計画じゃ、実に賢い」

「そうだ!」

 

 

ドラコはダンブルドアに褒められたことで、皮肉にも勇気と慰めを得たかのようだった。階下から聞こえてくる爆発音や叫び声に気を取られつつも、声音は先ほどよりしっかりとしていた。

 

 

「そうなんだ!僕たちは今日、やり遂げた。闇の印を塔の上に出して、誰が殺されたのかを調べに校長が急いでここに戻るようにしようと決めたんだ。そして、うまくいった!」

「ふむ、そうかもしれぬし……そうではないかもしれぬ。──それでは、殺された者はおらぬと考えて良いのじゃな」

「……まだ、だが……わからない、時間の問題だ!」

 

 

ドラコがそう言った直後、下から聞こえる騒ぎや叫び声が一段と大きくなった。今度はこの屋上に繋がっている螺旋階段の直ぐ下で戦っているような音だった。怒号と破壊音、そして恐怖に怯える悲鳴に、ドラコはまた恐怖に顔を引き攣らせ、小さく震え出す。

 

 

「いずれにせよ、時間がない。君の選択肢を話し合おうぞ」

「僕の選択肢!僕は杖を持ってここに立っている、校長を殺そうとしている─」

 

 

ダンブルドアの静かな言葉に、ドラコは泣きそうな声で叫んだ。選択肢などない、殺すしかないのだ。僕にはそれができる。そう、何度も心の中で呟くが、喉は乾き頭は痺れ、口からいつまで経っても死の呪文は吐かれない。

葛藤し苦しむドラコを、ダンブルドアは変わらぬ優しい瞳で見つめ、僅かに首を振った。

 

 

「ドラコよ、もう虚勢はおしまいにしようぞ。わしを殺すつもりなら、最初に武装解除をした時にそうしていたじゃろう。方法論をあれこれ楽しくお喋りして時間を費やす事は無かったじゃろう」

「ぼ、僕には選択肢なんてない!僕はやらなければならないんだ!あの人が僕を殺す!僕の家族を皆殺しにする!」

「きみの難しい立場はよくわかる。わしが今まで君に対抗しなかった理由が、それ以外にあると思うかね?わしが君を疑っていると、ヴォルデモート卿に気づかれてしまえば、きみは殺されるとわしにはわかっておったのじゃよ。君に与えられた任務の事は知っておったが、それについて君と話をする事ができなんだ。あの者が君に対して開心術を使うかもしれしれぬからのう。

しかし、今やっとお互いに率直な話ができる……何も被害はなかった。君は誰をも傷付けてはいない。少々操りはしたがのう。……ドラコ、我々が助けてしんぜよう」

 

 

ドラコの杖を持った手が一段と大きく震えた。ドラコの目に迷いと後悔がある事を読み取ったダンブルドアは優しく微笑む。

 

 

「ドラコ、我々の側に来るのじゃ。さすれば君のご両親も、君が想像もつかぬほど完璧に匿おう」

 

 

ダンブルドアの優しい声と瞳に、ドラコはついに口を戦慄かせ、杖をダンブルドアの心臓から下げた。そして、一歩よろめきながら後ろに退く。

 

 

「ほ、本当に……?」

「ああ、本当だとも」

「で、でも──ルイス……ルイスと、ソフィアは……?」

 

 

ドラコは助けを乞うように──救いを求めるように喘ぎ喘ぎ言った。

ダンブルドアはゆっくりと瞬きをし、ルイスを、見る。

 

 

「ルイス、君の選択を聞こうかのう」

 

 

ドラコは呆然と、ルイスを振り返った。

ルイスは杖先をドラコに向け、そのまま何も言わずに振り下ろした。

 

 

 



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363 正しい道

 

 

ドラコは石床に転がった。

体が硬直し動かせず、声の一つも出ない。ただ目だけは閉じる事を忘れ呆然と虚空を見つめていた。

ドラコだけではない、ハリーもまた、何が起こったかわからなかった。ドラコがヴォルデモートに言われ、苦しみながらその任務についていた事は理解できた、家族が人質に取られていたのだろう。

ダンブルドアがドラコの家族を匿い護ると言った、それも理解ができる。しかし──何故、ルイスがドラコを攻撃したのか、わからなかった。

 

 

ルイスはドラコの体を掴み部屋の端まで──偶然にも、それはハリーの直ぐそばだった──引っ張ると、ポケットから銀色の絹のようなマントを取り出しドラコにかける。

 

 

「透明マントじゃな?」

「ええ、市販のものなので何度も使うことは出来ませんが。……今夜くらいは大丈夫でしょう」

 

 

ルイスとダンブルドアは互いをじっと見つめたまま暫く動く事はなかった。

 

 

「ドラコ。僕の声は聞こえているよね。硬直が解除されたら、直ぐにソフィアの──騎士団の元に向かうんだ。何があったのか、何故そうしなければならなかったのかを全て話して、向こうが聞く耳を持たなかったら真実薬を飲むんだ。それで、懺悔して、護ってもらって。そうすれば僕たちの護りたい者の命は護られる。辛い事を言われても、ただ心から説明して」

 

 

ルイスはドラコがいる辺りを振り返り、低く優しい声で伝えた。ハリーは何故ルイスがそんな事を言うのかわからなかった。

 

──ダンブルドアはマルフォイを許して、その家族を護ると言った。そしてマルフォイは戦意を喪失し、それを受け入れたように見えた。いや、謝罪で済む問題ではないと思うけど……でも、わざわざマルフォイが言わずとも、ダンブルドアが言えばいい、何故ルイスは、まるでダンブルドアが居なくなる事が決まってるかのように言うんだ。

 

ダンブルドアの表情はひどく疲れ、顔色は悪かったが──満足感と安堵が浮かんでいた。

 

 

「……さて、ルイス。君の選択肢を聞こうかのう」

「はい。僕は──護りたい者を護るために、あなたを殺します、ダンブルドア先生」

 

 

ルイスはダンブルドアを見据え、心臓のあたりに杖を向けた。

ハリーとドラコは全く動けなかった、魔法により心臓すらも激しく脈打つ事はない。ただ、ルイスの冷たい声に一気に血の気が引いたのは確かだった。

 

 

「そうじゃの、君が護りたい者達が助かるにはそうするしかあるまい」

「……ダンブルドア先生、これだけは知っていてください。僕たちは本当に──あなたを殺したいわけじゃなかった。破れぬ誓いがされる前までは、あなたに全てを告げて助けてもらおうとしていた。でも……それをするには遅すぎたんです。心を決めてからも、いつも罪の意識に苛まれていた」

「おお、わかっておるとも。ドラコだけではない、君は誰よりも優しい子じゃ。全てを護ろうと無我夢中じゃった。しかし……殺人により君の魂を穢す事はあってはならぬ」

 

 

ダンブルドアの労わるような微笑みに、ルイスはぐっと奥歯を噛み締め動揺を押し殺した。わかっている、心に決めた事だ。

──人を殺すなんて恐ろしい事だ、だけど、たとえ魂を穢しても護りたいと思った。それなのに、どれだけ覚悟をしても心が震えてしまう。

 

 

「ダンブルドア先生、破れぬ誓いは、あなたの力を持っても破棄する事が出来ないんですよね?」

「……その通りじゃ」

 

 

ルイスは一縷の望みをかけて聞いたが、ダンブルドアは悲しげに否定する。わかってはいた、どれだけ文献を探しても無かったのだ。偉大な魔法使いであるダンブルドアならばと思ったが、やはり一度結ばれた強い魔法契約を破棄する術はない。

ならば、救える命は一つしかないのだ──ダンブルドアか、セブルス(父親)か。

 

 

「なら、ずっと、わかっていたんですよね?僕が、僕の助けたい人を護るためには、あなたを殺すしか道は残されていないと。僕がやらないと、家族を護れない。ナルシッサさんは僕らの秘密を知っている。それがあるかぎり──」

「わかっておった。君とソフィアの歩む道が別れた日から、こうなるだろう事はわかっておった。──しかし、言ったであろうルイス、この老いぼれの短い命など君が魂を穢す価値はない。この命は、決められた者が十全の時に連れて行く、そう決まっているのじゃ」

 

 

諭すようにダンブルドアは静かに告げる。

ルイスは息を呑み──そして、震える声で囁いた。

 

 

「ああ──やっぱり、そうか──あなたは、いつから──いや、でも、それをすると父様は──」

「心配には及ばんよルイス。ドラコの母君にとってソフィアとルイスの秘密が紛れもない武器であるように、わしにとっても──騎士団にとっても君たちの秘密は互いを結ぶ唯一の鎖なのじゃ。わしは、ドラコが真にこちらの手に渡る時を待っておったのじゃよ」

「──なら、大丈夫ですね」

 

 

続けられたダンブルドアの言葉に、ルイスは安心したように微笑み、ドラコがいる辺りを振り返る。

 

 

きっと、混乱しているだろう。何が起こったのか、今、僕が何を言っているのかもわからないかもしない。今はそれでも良い、君がこちら側につく事が、僕らが生き延びるただ一つの道なんだ。

 

 

「……ドラコ、僕たちが助かるには、君があの人の元に行き、()()()騎士団の保護下にいなければならなかった。きっと混乱してるだろうね。……ごめんね、何も言わなくて」

 

 

ルイスが悲しそうにそう呟いた途端、階段を踏み鳴らし駆け上がってくる音が聞こえた。ルイスは表情を強張らせると素早くポケットのローブに手を突っ込み小瓶を取り出し、息も付かぬ間にそれを飲み込む。

 

ぶるり、とルイスの体が大きく震えた後、そこに立つのはドラコ・マルフォイその人だった。

 

 

「ルイス、君は辛くとも、正しい道を選んだ」

 

 

ダンブルドアは小さく呟き慈愛に満ちた微笑みを見せる。顔色は悪かったが、目はいつものようにキラキラと不思議な輝きを持っていた。

ドラコ(ルイス)は目を見開き、苦痛に満ちた泣きそうな顔でダンブルドアを見る。

扉が荒々しい音と共に開かれた次の瞬間、ドラコ──ルイスは屋上に躍り出た黒いローブの3人に押し退けられた。3人の死喰い人はダンブルドアを包囲しながら勝利を確信し咆哮をあげる。

 

 

「ダンブルドアを追い詰めたぞ!ダンブルドアには杖がない、よくやったドラコ!」

 

 

ずんぐりとした男が奇妙に引き攣った笑いを浮かべながら、部屋の端に追いやられたルイスを血走った目で見る。ルイスは、ふっと視線を足下に向けた。

 

 

「こんばんは、アミカス。それにアレクトもお連れくださったようじゃな……ようおいでくだされた……」

 

 

現れた死喰い人の内2人は兄妹であり、その凶悪性をよく知られている恐ろしき死喰い人だった。

彼らに追い詰められてもなお、ダンブルドアは茶会に客を迎えるように落ち着き穏やかだった。

 

 

「死の床で、冗談を言えば助かると思うのか?」

「冗談とな?いやいや、礼儀というものじゃ」

「殺せ、ドラコ」

 

 

アミカスと呼ばれた死喰い人がドラコ(ルイス)に唸るような声で命じる。ルイスは杖をあげたが──その杖は震えている。その様子を見たアミカスは苛立ちを滲ませ大きく舌打ちをし、一歩前に出た。

 

 

「駄目だ。我々は命令を受けている。ドラコがやらなければならない。さあ、急げドラコ」

 

 

しかしアミカスの一歩を3人目の死喰い人が防ぎ、ルイスに強く促す。しかし、ルイスは俯き震えながら、その口を強く紡ぎ目を逸らした。

その時、階下から爆発音が響く、目に見えて死喰い人達は狼狽え、苛立ち口先から泡を飛ばしながらルイスに早く殺せと叫んだ。

 

 

「ドラコ、さあ早く!」

「殺るんだよ、ドラコ。さもなきゃ代わりに誰かが──」

 

 

アレクトが甲高い声で叫んだ。こんなチャンスはもう二度とない。今すぐに殺したい、だが、彼女たち死喰い人にとってヴォルデモートの命令は絶対だ。破る事はできない──破ればどうなるか、わかりきっているのだから。

 

ちょうどその時、屋上への扉がぱっと開きセブルスが杖を構えて現れた。一瞬身構えた死喰い人達は、セブルスを見て直ぐに警戒を解く。

セブルスは暗い目で素早く辺りを見回し、防壁に力なく寄りかかっているダンブルドアと、3人の死喰い人、そしてドラコ(ルイス)へと、目を走らせる。

 

 

「スネイプ、困ったことになった。この坊主はできそうにもない──」

 

 

アミカスが杖と目でしっかりとダンブルドアを捉えたまま言った。アミカスやアレクトはヴォルデモート卿の命令に背いて自分が殺す事など、恐ろしくてできない。しかし、他の死喰い人とは異なりヴォルデモートからの一定の信用を得ているセブルスならばそれが許されるのではないか、と期待した。

 

 

その時、他の誰かの声が──力のない掠れた声が、嗄れたアミカスの声の裏でセブルスの名をひっそりと呼んだ。

 

 

「セブルス──」

 

 

その声は、今夜の様々な出来事の中でも一番ハリーを怯えさせた。はじめてダンブルドアが懇願したのだ。

セブルスは無言で進み出て、荒々しくルイスを押し除ける。3人の死喰い人は一言も言わず、あまりのセブルスの形相に怖気付き、後退した。

セブルスは一瞬、ダンブルドアを見つめた。その険しい顔の皺には筆舌尽くし難い怒りが刻まれていた。

 

 

「セブルス……頼む……」

 

 

ダンブルドアの哀願が虚しく響いた。

セブルスは杖を持ち上げ、まっすぐにダンブルドアを狙う。

ルイスはセブルスの後ろで、ただダンブルドアの言葉を思い出しながら悲痛な表情でそれを眺めていた。──決められた人が、十全の時に連れて行く。

 

 

「アバダ ケダブラ!」

 

 

緑の閃光がセブルスの杖先から迸り、狙い違わずダンブルドアの胸を射抜いた。

ハリーの叫びは声にならなかった。沈黙し、動くこともできず、ハリーはダンブルドアが空中に吹き飛ばされるのを見ているほかなかった。

ドラコもまた、自分と同じ姿をしているルイスが何をする気なのかわかり、必死に魔法に抗おうとしたが瞼一つ動かす事ができなかった。

 

 

ほんのわずかな間、ダンブルドアは光る髑髏の下に浮いているように見えたが、ゆっくりと仰向けのまま、大きな軟い人形のように屋上の防壁の向こう側に落ちて見えなくなった。

 

 

すぐに死喰い人達が城壁に駆け寄り、下を覗き込む。そして歓喜の雄叫びを上げ、杖から意味もなく破裂音を出し、ダンブルドアの死を祝った。

 

 

「ここから出るのだ、早く」

 

 

セブルスはドラコ(ルイス)の襟首を掴み、真っ先に扉から押し出した。よろめきながらもルイスは促されるままに階段を駆け降りる。

 

アミカスとアレクトが興奮に息を弾ませながらその後に続いた時、ハリーはもう自分の体が動かせる事に気づいた。

 

 

石になれ(ペトリフィカス トタルス)!」

 

 

透明マントをかなぐり捨てたハリーは扉から出ようとしていた3人目の死喰い人に向かって魔法を放つ。その死喰い人は蝋人形のように硬直し、背中を硬い物で打たれたかのようにばったりと倒れた。

ハリーはその死喰い人が倒れきる前に跨ぎ暗い階段を駆け降りていた。

 

 

──どうする?どうすればいい?何がどうなっている?ルイスとダンブルドアの会話、あれはどういう意味だ?何故、ルイスはマルフォイの姿で、マルフォイの代わりになったんだ?スネイプ、あいつ、やっぱり裏切り者だったのか?信じようとしていたのに!それなのに、懇願するダンブルドアを、殺した!ルイス、ルイスが危ない!

 

 

 

ハリーは螺旋階段の最後の十段を一気に飛び降り、杖を構えてその場に立ち止まった。薄暗い廊下はもうもうとした砂埃が舞い視界が悪い。天井が半分は落ち、霞のような砂埃の奥で何人かが戦っているのが見える。絶えず魔法の閃光が走り、何かが破壊する音、そして叫び声が聞こえた。

 

誰と誰が戦っているのか見極めようとした時、遠くから「終わった、行くぞ!」とセブルスの叫び声が聞こえた。きっとこの場から逃げ出すつもりなのだ、たくさんの死喰い人を連れて。彼らの目的はダンブルドアの暗殺であり、それは達成されてしまったのだから。

 

 

 



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364 偉大な魔法使いの死

 

 

 

ハリーは爆発的な怒りと失望に支配されたまま、セブルスの声がした方に走った。

視界の端で場違いな小鳥の籠を見た気がしたが、気にする余裕など無い。

その時、緑色の閃光がハリー目掛けて飛んできた。それを避けながらハリーはついに乱闘が行われている場所へ頭から突っ込む。床に転がっていた何かぐにゃりとした滑りやすい物に足を取られ倒れてしまった。すぐに体勢を立て直し──転がった先に二つの死体が血の海にうつ伏せになっているのが見えた。誰の死体かを調べる暇はない。

 

立ち上がり数歩駆ければ今度は目の前で巨大な生き物に衝突し、一瞬戦いの場所だという事を忘れハリーは呆然とその三頭犬を見上げた。

 

三頭犬の中央の首の上には勇ましい表情をしたソフィアが乗っていた。

 

 

「ティティ!──切り裂け!」

 

 

ソフィアの鋭い号令に、三頭犬は咆哮しながら死喰い人の鋭利な爪で薙ぎ払う。

 

 

苦しめ(クルーシオ)!──ぐうっ!」

護れ(プロテゴ)!」

 

 

死喰い人は三頭犬に呪いを放ったが、ソフィアはそれを難なく弾く。三頭犬の爪に引き裂かれた死喰い人は湿った悲鳴を上げ壁に激突し、赤い血を吐きながらその場に崩れた。

 

 

「さあ、次は──アラゴグ!」

 

 

ソフィアの声に合わせて三頭犬はぶるりと震えふわふわとした毛は硬くなり、3つあった頭は引っ込みその代わりに八本の長い足が生えた。ソフィアが魔法を放ち死喰い人と戦い、幾つもの目と足を動かすアラゴグは、その姿に驚き顔を引き攣らせる死喰い人の隙を見て糸を吐き捕縛していく。

 

ハリーは、ソフィアの頼もしさに勇気をもらい、そのままこの場を任せ走った。

ちょうどその後ろではロン、マクゴナガル、リーマスが死喰い人と一騎討ちの最中であり、少し離れたところではトンクスがブロンド髪の巨大な男と戦っている。

 

乱闘の中では壁や天井、窓が破壊され様々なものが降り注ぐ。ハリーは頭上で何かの魔法が炸裂するのをなんとかかわした後、一番派手に魔法を放ち壁や天井を破壊し続けているブロンド髪の巨大な男に向かって呪詛をかけた。

 

呪いは男の顔に命中し、男は苦痛の吠え声を上げよろめきながら向きを変え──数秒先に逃げ出していたアレクトの後を追った。

 

 

「ハリー!?おい、どこ行くんだ!」

 

 

目の前の死喰い人の動きをなんとか止め、リーマスに捕縛してもらっていたロンは外へ向かうハリーに気付き叫ぶ。

初めてハリーの存在に気づいた者たちがパッと顔を上げたが、その時にはすでにハリーは闇の中へと突進していた。

 

 

 

 

 

 

ルイスはセブルスに手を引かれ走った。

後ろを見れば魔法の閃光がいく筋も走っているのが見える。いや、閃光だけではない、城から出る前に、たくさんの血を見た。おそらくホグワーツ生ではないだろう、黒く長いローブだった、死喰い人だろうか?そうだったら良い。

 

 

「ドラコ、先に行け。すぐに合流する、隠れていろ」

「これから、どこに行くの?」

「お前の家だ」

 

 

セブルスは注意深く辺りを見回しながら囁く。なるほど、確かにマルフォイ邸ならば、他の死喰い人が暫く身を顰める事ができる十分すぎるほどの広さがある。それに家宅捜索を二度もされたのだ、三度目は余程のことがないかぎり無いだろうし、暫くは安全だろう。

 

ルイスはふっと小さく笑い、痛いほど腕に食い込むセブルスの手と険しい表情をする後ろ姿を見つめた。

 

 

「……僕たちの家なら、歩いて行ったほうが早いんじゃないかな。ホグズミードにあるし」

「何を馬鹿な事を──」

「ごめんね、父様」

 

 

こんな時に戯言は聞きたくないとセブルスは苛立ちながら振り返り──ルイス(ドラコ)の悲しそうに笑うその顔を見た。

 

どこからどう見ても目の前にいるのはドラコ・マルフォイだが、その口から紡がれる言葉は、紛れもなくルイス(息子)のものであり、セブルスは呼吸を止め大きく目を見開く。

 

 

「──まさか」

「父様。ドラコは城にいる、間違いなく向こうの手に渡った。それしか生き延びる道がないとわかったはずだ」

「なぜ……何故、こんな馬鹿な事を!」

 

 

誰が想像できるだろうか。

ドラコではなく、自分の子どもが身代わりになっているだなんて。どこから?初めからそうだったのか?あの場にいて、ダンブルドアを殺そうとしていたのはルイスだった?

セブルスは混乱し青白い顔の色を更に無くした。この先にはヴォルデモートがいる、何が起こっているのか、ルイスが何を考えているのかわからないが、ルイスには閉心術を教えていない。──ダメだ、殺されてしまう。

セブルスの迷いと狼狽を見て、ルイスは小さく困ったように笑う。

 

 

「閉心術、ドラコに教えてもらったから大丈夫だよ。僕って父様に隠し事はできないけど、多分──他の人に対しては大丈夫なんだ。まあ、一応、後でテストしてね」

「……くそっ!……必ず、お前は護る」

 

 

こうなっては、最早ルイスをこの場に置いておくことも、「戻れ」と言うこともできない。ルイスは誰よりも賢く聡明だ。何かの策があり、ドラコの身代わりになったのだろう。今解放したとしても、他の死喰い人がルイスを連れてくる。それに、今はルイスを──ドラコを連れて行かなければ、疑心暗鬼になったナルシッサが何を言うかわからない。連れて帰るほか道は残されていないのだ。

命に変えても──全てを無駄にし、企みがバレたとしてもルイスだけは護らねばならない。

セブルスは何かに耐えるような苦痛に満ちた表情でルイスを見つめていたが、ルイスの後ろから息を切らせた死喰い人が駆けてくるのが見え、さっと視線を逸らした。

 

 

「──さあ、行けドラコ!」

「はい、先生」

 

 

セブルスはそれでもルイスの腕を離すのを、数秒躊躇した。

遠くからハリーの怒号が聞こえる。

ルイスは姿現しが出来る境界線まで、疾走した。

 

 

 

 

 

ハリーはセブルスと対峙していた。既に他の死喰い人たちはセブルスを追い越してしまった。

 

幾つもの呪いを吐き杖を振るったが、難なくセブルスに塞がれてしまいハリーは怒りと失望に震えながら叫んだ。

 

 

「何故、ダンブルドアを殺したんだ!」

「やめろ、ポッター!」

 

 

鋭く叫んだセブルスが杖で空を切り裂くように振るった。ハリーは見えない何かに弾かれ仰け反って吹っ飛び地面の上に叩きつけられた。

杖を失ったハリーは数メートル先に転がる自分の杖に飛びつこうとしたが、すぐに杖はセブルスに弾かれ闇の中へ弧を描き見えなくなった。

悔しさにハリーは強く奥歯を噛み、悪態を吐きながら地面を拳で叩く。

 

 

「──信じていたのに!」

 

 

悲痛に満ちたハリーの言葉を聞いても、セブルスは冷ややかな目でハリーを見下ろすだけだった。

 

 

「裏切り者!よくも、よくもダンブルドアを殺したな!!」

 

 

心の底からの叫びを聞いてもセブルスは鼻で冷笑するだけですぐに踵を返し夜の森へ走った。

遠くからハリーの叫びを聞いた死喰い人の嘲笑が響く。

 

ハリーは胸の奥から込み上がる感情を全て爆発させるように、嘆き叫んだ。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

死喰い人の手によって燃やされたハグリッドの小屋をハグリッドと共に消火したあと、ハリーはふらつきながら城へと戻った。

ハグリッドにはセブルスがダンブルドアを殺したと伝えたが、ハグリッドは可哀想なものを見る目でハリーを見るだけだった。間違いなく、信じていない。死喰い人の攻撃により錯乱しているのだと思われているとハリーは気付いていたが、反論する余力は残っていなかった。

 

正面玄関の樫の扉は開かれている。城の窓にはいくつか灯りが点いていたが、ほとんどの窓は暗いままだった。

あんな乱闘があったのに、みんなは気が付かなかったのだろうか?それとも、多くの生徒は起きているが寮で隠れているのだろうか?

 

様々な疑問が湧いたが、少しでも被害が少なければ良い、そう思いながらハリーは人が集まる場所へと向かった。

 

そこは、ホグワーツで一番高い天文台の塔の下の地面だった。人の背に隠れ何があるのかハリーには見えなかったが、見ずとも何があるのかを知っていた。

 

 

「みんな、何を見ちょるんだ?芝生に横たわっているのは、あれはなんだ?」

 

 

ぴったりとあとについているファングを従えて、城の玄関に近づいたハグリッドが鋭く呟く。ハリーは、無言でその元へ向かった。

 

 

人の群れは呆然としたDAのメンバーや教師であり、彼らはぽっかりと空いた空間を取り巻いていた。

ハグリッドは先頭に到達すると立ち止まり、苦痛と衝撃に呻く。ハリーは止まることなくゆっくりとダンブルドアが横たわっているそばまで進み、がくりと膝をついた。

 

 

 

ダンブルドアの眠るような表情を見ながら、ハリーはどれだけ自分がそうしていたのかわからなかった。ふと、自分が何か固いものの上に膝をついている事に気付き、ハリーはそれに視線を移した。

それはもう何時間も前にダンブルドアと手に入れたロケットだった。おそらくダンブルドアが地面に落ちた衝撃で、ロケットの蓋が開いたのだろう。

開いたロケットを拾い上げたとき、ハリーは何かがおかしいと気づいた。手の中でロケットを裏返したが、憂いの篩で見たロケットほど大きくなく、何の刻印も無い。スリザリンの印とされるS字の飾り文字もどこにもなかった。

肖像画が入っているはずの場所には小さく折り畳まれた羊皮紙の切れ端が入っていた。

 

ハリーは羊皮紙を取り出して開き、背後に灯っている沢山の杖灯りに照らしてそれを読んだ。

 

 

 

『闇の帝王へ

 

あなたがこれを読む頃には、私はとうに死んでいるでしょう。

しかし、私があなたの秘密を発見した事を知って欲しいのです。

本当の分霊箱は私が盗みました。できるだけ早く破壊するつもりです。

死に直面する私が望むものは、あなたが手強い的に(まみ)えたそのときに、もう一度死ぬべき存在となることです。

 

R・A・B』

 

 

 

この書き付けが何を意味するのか、ハリーにはわからず、それを思考する気力は無かった。

ただ、一つのことだけが重要だった──これは、分霊箱ではなかった。

ダンブルドアは無駄にあの恐ろしい毒を飲み、自らを弱めたのだ。

 

 

「──っ……」

 

 

ハリーは羊皮紙を手の中で握りつぶした。

後ろでファングが悲しげな声で遠吠えをし、他にもいくつか啜り泣く声が聞こえる。

ハリーの目の前はぼやけ、涙で焼けるように熱くなった。

 

 

 



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365 父親

 

 

「行こう、ハリー……」

「嫌だ」

「ずっとここにいるわけにはいかねぇ……行こう、ハリー……さあ……」

「嫌だ」

 

 

ハリーはダンブルドアの側を離れたく無かった。自分の肩を掴むハグリッドの手は震え、声は涙声だったが彼に寄り添う余裕は無かった。

 

 

「ハリー」

 

 

背中にとても暖かな温もりを感じた。

それはハリーを包み込み、「行きましょう」と囁きハリーを支えるように立ち上がらせた。

ほとんど何も考えずにぬくもりに支えられるままハリーは無意識に歩いていたが、ふと香った甘い匂いに自分を支えているのがソフィアだと気づいた。

言葉にならない声や啜り泣きがハリーの心を打ちのめす中、ソフィアは大理石の階段をゆっくりと上がる。床に転がっているグリフィンドールのルビーが、まるで滴った血のように見えた。

 

 

「医務室に行きましょう」

「怪我はしてない」

「みんながそこにいるわ。ロンも、ハーマイオニーも、ジニーも。それにシリウスにリーマスだって、あなたが来るのを待っているの」

 

 

廊下の端に血溜まりが見えた。

そこに横たわる人はもういないが、ハリーの胸の奥から恐怖が鎌首をもたげ襲いかかる。吐き気に襲われながら「誰か、死んだ?」と囁いたが、ソフィアは「心配しないで、私たちは大丈夫よ。ホグワーツ生も騎士団も、誰も亡くなってないわ」と柔らかい声で答えた。

 

ハリーが視線を向けた先には窓ガラスが半分割れた窓があり、その先、高い空の上にはいまだに闇の印が揺れていた。

天文台の塔の側を揺蕩い不吉なものを知らせる憎い印に、ハリーはぎゅっと拳を握る。

 

 

「……僕、行かなきゃならないところがある」

「ハリー……医務室に行くのよ」

 

 

足を止めたハリーにソフィアはまたダンブルドアの元に戻るつもりなのだと思い、気遣いながら言ったがハリーは首を振った。

 

 

「天文台の塔。ソフィアも、来て」

 

 

その後で、すぐに医務室に行くから。と妙に平坦な声で言うハリーに、ソフィアは暫し迷っていたがあまりにその目が闇を思わずほど暗く冷たいものであり、ここで拒絶してもハリーは自分を振り解いて行くだろうと考え、おずおずと頷いた。

 

廊下は至る所で床が抉れ、壁が崩壊していた。それは天文台に近づくほどに凄惨であり、戦いの激しさがよくわかる。

 

天井が崩れ、大きな瓦礫が散乱する廊下を進み、所々大きくかけた螺旋階段を登る。

ハリーは数分前までいた屋上に続く開かれたままの扉を通る。ダンブルドアが背にしていた防壁を一瞬眺めたが、ゆっくりと杖を振るい風を起こした。

 

 

何も無い空間が奇妙に歪み、その下からドラコが現れる。

ドラコは硬直呪文が解かれたのかその場に座り込み、呆然と何も無い虚空を見つめていた。

 

 

「ドラコ!どうして──」

「エクスペリアームス」

 

 

ハリーはドラコが力なく掴んでいた杖を武装解除魔法で奪う。ドラコの杖は綺麗な弧を描き、ハリーの手の中に収まった。

弾かれた衝撃で、はらり、とドラコの前髪が乱れ顔に流れたが、ドラコは魔法使いにとっての命である杖が無くなっても微塵も動くことはなかった。

何故こんなところにドラコがいるのか、それも生気が抜けたかのような土気色の顔で座り込んでいるのか。ソフィアは狼狽えハリーとドラコを交互に見た。

 

 

「立て、マルフォイ」

 

 

ハリーの声は氷のように冷たかった。

 

 

「全て説明しろ。……ルイスに言われただろう」

 

 

ドラコはその言葉に初めて反応し、ゆっくりと顔を上げた。そこで初めてソフィアがいることに気付いたのだろう、一気に恐怖で顔を強張らせると、ソフィアの困惑した視線から逃れるように俯き、よろよろと立ち上がった。

 

ハリーは自分が倒れていたあたりの床を手で弄り透明マントを掴む。杖を振りドラコの手を杖先から出る紐で拘束すると、そのまま透明マントを被せた。

 

 

「行こう」

「ハ、ハリー。どうしてドラコがここにいるの?ルイスに言われたって一体何があったの?」

 

 

狼狽し不安げにソフィアが聞いたが、ハリーは「後で」と静かな声で言い、扉に向かう。

ドラコは項垂れたまま抵抗することなくその後をついていった。側から見ると透明マントに隠され、ドラコの姿は見えないが、ハリーの手にしっかりと持たれている杖の先からは紐が垂れ、それは奇妙に揺れてふつり、と途切れている。間違いなくこの先にドラコがいるのだ、いつもの彼ならば抵抗し「こんなこと屈辱だ」と叫ぶだろうが、ドラコは一言も声を出さず静かなものだった。

 

ソフィアはただならぬハリーとドラコの様子に狼狽えたまま、その後を追った。

 

 

ソフィアとハリー、そして透明マントで隠されたドラコの3人は破壊された廊下を歩く。

ソフィアとハリーにとっては先ほど見た光景であり動揺することはないが、ドラコは壊れた壁や窓、そして血溜まりを見てカタカタと小さく震えていた。

 

自分の行動は、護りたいが為の行動だった、しかし、今この惨劇を目にすると苦しいほどの後悔が胸の奥から沸き起こる。

 

 

「誰か怪我をした?」

「ええ、命に別状はないけど、ネビルが入院することになったの。私たちも少しは擦り傷を負ったけど……私たちが擦り傷で済んだのは、あなたがフェリシスを残していってくれたからよ、みんなで少しずつ飲んで──だから、攻撃がスレスレで避けて行ったの。

……重症なのは、ビルね。その……グレイバックに襲われて、噛まれてしまったの、もちろん今日は満月じゃないわ。でも……どんな後遺症があるかはわからないの」

 

 

ハリーはソフィアの言葉を聞きながら病棟に続く扉を押し開く。

ネビルが扉近くのベッドに眠っているのが見えた、きっともう治療は終えているのだろう。

 

ロン、ハーマイオニー、ジニー、トンクス、リーマス、シリウス、マクゴナガルの7人は病棟のいちばん奥にあるもう一つのベッドを囲んでいた。誰もが俯き暗い表情をしていたが、扉が開いた音に気づき一斉に顔を上げた。

 

 

「ハリー!」

 

 

すぐにシリウスが飛び出し、ハリーの頭の先から爪先までを一通り見たあと、がしりと強く抱きしめた。

リーマスも心配そうな顔でハリーに近寄ってきたが、大きな怪我が無く錯乱もしていないとわかると少し表情を柔らかくした。

 

 

「ハリー、大丈夫か?怪我は?呪いは受けてないか?」

「うん、僕は大丈夫。……ビルは……?」

 

 

ハリーの問いには誰も答えなかった。ハリーはシリウスの胸を軽く押し離れながらベッドに眠っているビルを見下ろす。

左の頬が大きく抉れ、裂かれていた。おそらくそこを噛みちぎられたのだろう。マダム・ポンフリーが刺激臭のする緑の軟膏を傷口に塗りたくっていたが、その傷は治ることなく赤い血を滲ませていた。

 

 

「呪文か何かで傷を治せないんですか?」

「この傷にはどんな呪文も効きません。知っている呪文を全て試してみましたが、人狼の噛み傷には治療法がありません」

「だけど、満月の日に噛まれたわけじゃない。グレイバッグは変身していなかった。だから、ビルは絶対に──ほ、本物の──」

 

 

ロンはビルの顔をじっと見ながら早口で呟く。本物の人狼になんてならない──そう断言して欲しくて、ロンは戸惑いながらリーマスを見上げた。

 

 

「ああ、ビルは本物の人狼にならないと思うよ。しかし、全く汚染されないということではない。呪いのかかった傷なんだ。完全には治らないだろう。そして──そして、ビルはこれから何らかの、狼的な特徴を持つことになる」

 

 

リーマスの「本物の人狼にはならない」という言葉にロンは表情を輝かせたが、次に続いた辛すぎる言葉に顔をくしゃりと歪めた。

 

 

「でも──でも、ダンブルドアなら、何かうまいやり方を知っているかもしれない。ダンブルドアはどこだい?ビルはダンブルドアの命令で、あの狂った奴らと戦ったんだ。ダンブルドアはビルに借りがある。ビルをこんな状態で放っておけないはずだ──」

 

 

必死に呟き、ダンブルドアを探しに行こうと立ち上がったロンに、ソフィアはなんと声を掛ければ良いのかわからなかった。ダンブルドアは、亡くなった。

ソフィアは彼が殺された場面を見たわけではない、天文台の塔の上から落とされたのだろう、四肢があらぬ方向に向いていた惨い様子で床に横たわっているダンブルドアを見ただけであり彼が誰に殺されたのか、何故最も優れた魔法使いが死ななければならなかったのか、ソフィアにはわからなかった。

 

 

「ダンブルドアは死んだ」

「まさか!」

「そんな!」

 

 

ハリーの低い呟きに、リーマスは愕然と叫びビルのベッド脇の椅子にがくりと座り込み、両手で顔を覆った。叫んだのはリーマスだけではない、マクゴナガルも目に見えて狼狽し、呆然として動けないロンを押し退けハリーに詰め寄った。

 

 

「まさか、ポッター。そんな──」

「……私も、見ました。天文台の塔の下で……」

「ああ……!」

 

 

ソフィアの悲痛な声に、嘘や幻覚では無いとわかるとマクゴナガルは強い衝撃によろめき、足が震え立っていられずハーマイオニーにもたれかかった。ハーマイオニーは必死にマクゴナガルを支えていたが、彼女の目にも涙が浮かび体は大きく震えていた。

 

 

「どんなふうにお亡くなりになったの?どうしてそうなったの?」

 

 

トンクスが蒼白な顔で小声で聞いた。

 

 

「スネイプが殺した。僕はその場にいた。僕は見たんだ。僕たちは闇の印が上がったから、天文台の塔に戻った……ダンブルドアは病気で、弱っていた。でも、階段を駆け上がってくる足音を聞いたとき、ダンブルドアにはそれが罠だとわかったんだと思う。ダンブルドアは僕を金縛りにしたんだ。

僕は何もできなかった。透明マントをかぶっていたんだ。マルフォイとルイスが現れて、ダンブルドアを武装解除した。次々に死喰い人が現れて──スネイプが、それで……スネイプが……アバダ ケダブラを」

 

 

なるべく感情が篭らないようにハリーは簡潔に伝えたが、それでも声は震えていただろう。

しん、と病室内は静まり返った。ハリーはきっとダンブルドアの死を嘆き悲しんでいるのだと思い彼らを見たが──マクゴナガルは、ハリーが想像していたような表情をしていなかった。いや、ハリーを見ていない。その視線はソフィアに向けられていた。

 

マクゴナガルだけではない、リーマスと、ハーマイオニー、ポンフリーは言葉をなくし──何も言えない様子で──呆然とソフィアを見つめていたのだ。

 

 

「スネイプ!あのクソ野郎!!やっぱり裏切りやがったのか!ああ、ずっと俺はそうだろうと思ってた、あいつは性根が腐った裏切り者だってな!」

 

 

シリウスが悔しげに吐き捨て、苛立ちに任せて壁を強く叩く。

 

 

「──う、そ……」

 

 

震える声でソフィアが呟いた。

ハリーは隣にいるソフィアを見る。ソフィアはいつもスネイプを信じていた。一年生の時だって、クィレルが敵だと早いうちに見抜いていた。信頼していた教師の裏切りにショックを受けているに違いない。それに、ルイスが関わっていたのだ、この後マルフォイに聞かねばならないことはあるが、兄の裏切りをソフィアは受け入れられないのだろう。──ハリーは、そう思い気遣うようにソフィアを見た。

 

 

ソフィアの顔色はこの病室にいる誰よりも悪かった。ベッドに寝かされているビルよりも顔色がなく、蝋人形のように白い。目は大きく見開かれ、唇は小さく震えていた。

 

 

「うそ、そんな──あり得ない、裏切るなんて、あり得ないわ」

「本当なんだ。スネイプが殺した。あいつはヴォルデモートに忠誠を誓ってるんだ。僕らを裏切って、ずっとダンブルドアを殺そうと企んでいたんだろうな。その時何があったかはこいつが話してくれる。そうだろ?──マルフォイ!」

 

 

ハリーは何も無い虚空に手を伸ばし、ぐいっと下に下ろした。何も無いはずの景色がぐにゃりと歪み、その中からドラコが現れる。

突如現れたドラコに──全ての元凶の登場に、誰もが何が起こったのか理解できず唖然とドラコを見つめた。

 

最も早くドラコに詰め寄ったのはソフィアだった。ソフィアはドラコが透明マントを被り控えていたと初めから知っている。他の者達がショックを受ける中、ドラコの腕が束縛されている事など微塵も気にせず詰め寄りドラコの胸元を縋るように掴んだ。

 

 

「ドラコ!そんな、嘘よね?ハリーの見間違いよね?殺した、だなんて──それに、ルイスも裏切った、だなんて、あるわけないわよね?」

 

 

ソフィアの悲痛な叫びにドラコはぐっと辛そうに顔を歪ませた。

そのまま、ソフィアの蒼白な顔をじっと見つめ、カサついた唇をゆっくりと開く。

 

 

「本当だ、スネイプ先生が殺した。……だが──」

「嘘よっ!」

 

 

心が裂かれたかのような悲痛な叫びを上げ、ソフィアはドラコからよろよろと数歩離れ、絶望と恐怖を顔中に広げながら何度も浅く短い呼吸を苦しげにした。

 

 

「そ、んな──あ、ありえないわ。ヴォルデモートに──っ!」

 

 

ソフィアは口を何度か開いたがその先は言葉にならず、苦痛に顔を歪め胸を押さえた。

強いショックのあまりソフィアは過呼吸に陥りうまく呼吸ができず、倒れそうになるソフィアを支えたのはマクゴナガルであり、彼女は苦しげに喘ぐソフィアの背中を撫でながら「ゆっくりと、息をしなさい」と囁いた。

 

暫くはマクゴナガルがソフィアを宥めようとする声だけが響いた。ハーマイオニーは口を手で押さえ戦慄き、目からたくさんの涙を流す。──彼女は、ソフィアが何故これ程ショックを受けたのか、打ちひしがれているのか知っているのだ。

 

ソフィアはマクゴナガルの胸元に顔を埋め、小さく呻き啜り泣きながら「あり得ないわ、そんな」と何度も呟く。

 

 

マクゴナガルはソフィアを抱きかかえ背を撫でながら、真剣な眼差しでハリーをじっと見る。その目に先ほどの狼狽は無くなっていた。

 

 

「ソフィアの言う通り、セブルスが私たちを裏切ったなど……あり得ません」

「……マクゴナガル先生、でも……」

 

 

ハリーの言葉を否定したのは、ソフィアだけでなくマクゴナガルもだった。ソフィアは自分の背中を撫でる手の優しさにぐっと目を閉じ大きな嗚咽を漏らした。

 

ハリーは僅かに残念に思った。きっと、ハグリッドと同じで信じたく無いのだろう。だれだって、長年不死鳥の騎士団員として動いていたセブルス・スネイプが裏切り者だと思いたくないに違いない。そこからどれだけの情報が流出していただなんて、考えたくないだろう。

 

 

「マクゴナガル先生、本当なんです」

「あり得ません。そんな事、あるわけがありません、騎士団にはセブルスの──」

 

 

マクゴナガルは言いかけた言葉を飲み込み、ぐっと辛そうに顔を歪めた。

その先に続く言葉を知っているのはこの中でも限られた人だけだった。しかし、彼らにはそれをいま、自らの意思で伝えることは出来ない。

 

涙で濡れた目をソフィアを強く袖で擦った。何度拭っても、目からは次々に涙が溢れている。それでもソフィアは気を奮い起こし、マクゴナガルに支えられながら立ち上がると決然とした表情でハリーを見た。

 

 

「裏切るなんて、あり得ないわ」

「……ソフィア……」

 

 

ハリーは困惑し苦しげに顔を歪める。何故ここまで言ってわかってくれないんだ。僕ではなく、裏切り者のスネイプの事を信じるというのか。胸の奥から失望と怒りが込み上がり、強く拳を握る。

 

 

「スネイプ先生は、ダンブルドア先生を──騎士団を裏切る事はないわ!」

「なんで──何でわかってくれないんだ!スネイプは裏切り者だった、僕だって……僕だって、信じたくなかった!君にスネイプの何がわかるんだ!」

 

 

ソフィアの叫びにつられ、ハリーも気がつけば叫んでいた。ソフィアとこんなくだらない事で言い合いをしたくはない。だが、ハリーは心の奥から湧き上がる激情を止める術を持たなかった。

 

ハリーの激しい怒りと失望が滲む言葉を聞いて、ソフィアは暗い目で薄く、冷ややかに笑った。──初めてソフィアが見せた冷たい笑みであり、ハリーはどこかで見覚えがある気がした。

 

 

「何がわかるかですって?──私は少なくともあなたよりも知っているわ、ハリー。

 

──だって、あの人は……セブルス・スネイプは、私の父様だもの!」

 

 

 

ソフィアが告げたその言葉に、ハリーは息を飲み目を見開いた。

 

 

 



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366 結ぶ鎖

 

 

 

痛いほどの沈黙が病室に落ちる。

誰も何も言えず、ソフィアを見つめていた。ロンとジニーは目と口を大きく開き、ハリーとソフィアの間で視線を激しく動かしていた。

 

ハリーはひくりと喉を震わせ「そんな馬鹿な事、言わないでくれ」と渇いた声で吐き捨てる。

しかし、ソフィアは挑戦的な目で──どこか辛そうにハリーを見ながら胸に手を当てきっぱりと言い切った。

 

 

「本当よ。私はセブルス・スネイプの娘よ!マクゴナガル先生とリーマス、それにマダム・ポンフリーも、ハーマイオニーも証明してくれるわ!」

「そんな──」

 

 

ハリーは愕然としてマクゴナガルを見た。マクゴナガルはただ苦い表情でじっとハリーを見て小さく頷いた。その瞳が嘘をついているわけでも、ソフィアの妄言に口裏を合わせているわけでもないとわかると、ハリーは心臓を握り潰されたのではないかと思ったほどの衝撃と痛みを感じた。

 

 

「僕──僕に、なんで──なんで言ってくれなかったんだ!」

「言えなかったの!それが、ダンブルドア先生との約束だったのよ、私がホグワーツで過ごすには父様との関係を秘密にしなければならないって、そう入学する時に約束したの!」

「そんな──でも──」

「それに、私は言ったわハリー!どうしても卒業まで言えない秘密があるって、父様の事は言えないんだって!」

 

 

ソフィアの叫びにハリーはソフィアを見つめたままゆるく首を振り、一歩後ろに下がった。

 

 

ソフィアはあのスネイプの娘だった?そんな、黙っていた?スネイプに虐げられる僕を見て、彼と嘲笑っていたのか?それは当然の事だと裏で言っていたのか?あんなに優しくしてくれたのは──全部嘘だったのか?

 

耐え難い苦痛だった。体と心がばらばらに砕け散るほどの衝撃、獰猛な獣が体の奥で叫び狂い、同時に哀れな畜生となり丸まっているような、そんなチグハグな感情に支配されたハリーは、わけもわからず叫んだ。

 

 

「ソフィア、君まで──僕を裏切るのか!」

 

 

絶望が漂うその叫びに、ソフィアはひゅっと息を飲み、大きく目を見開くと身体を硬直させた。

 

 

「そんな、裏切るだなんて──」

「落ち着きなさいソフィア。ハリー、あなたもです!」

 

 

自身が持つ感情をぶつけ合い大声を出すソフィアとハリーの間にマクゴナガルが立ち2人を離した。それでもソフィアとハリーは互いに傷ついた表情をしながら睨み合っていたが、ついにハリーは視線を逸らし、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。

 

 

「落ち着きなさい、ハリー。ソフィアの言っていることは事実です。ソフィアとルイスはセブルスの子どもである事は間違いありません、だからこそ──」

「ああ、だからか!だから、ルイスは──何でなのかわからなかった、もとからそのつもりだったんだ、死喰い人だったんだ!は、はははっ!」

 

 

ハリーは何故か笑っていた。何も面白いことはない、ただ、乾いた笑いが胸の奥から込み上げてきたのだ。

 

簡単なことだ。ルイスはスネイプの息子だから、僕たちを裏切った。いや、初めからヴォルデモート側だったんだ。

 

 

「違う!」

 

 

大きく叫んだのはソフィアでは無かった。

ハリーに言い返そうとしていたソフィアは言葉を止めて叫んだ人──ドラコを振り返る。

 

 

「違う、ルイスは死喰い人じゃない。死喰い人なのは、僕だ」

 

 

ドラコは苦しげに言い、左腕の袖をたくし上げた。青白い皮膚の下には紛れもなく死喰い人の証が刻まれていて、それを見たマクゴナガル達は表情を強張らせる。

 

全員からの視線受けたドラコは僅かにたじろいだが、ぐっと拳を握り、必死な表情で口を開いた。

 

 

「たしかに、僕とルイスはダンブルドアを殺そうとした。ここに死喰い人を招き入れた」

「何故そんな、ひどく罪深い──恐ろしいことをしたのですか」

 

 

マクゴナガルが硬い声で問いかける。ハリーとソフィアは体の内に籠る感情を抑えられず、荒い呼吸をしながらドラコを睨んだ。

ドラコは数回呼吸し、息を整えてから全てを懺悔する覚悟を決めた。──ルイスの願いなのだ、今まで支えてくれたルイスを、悲しませたくない。それに、今更どう弁解してもポッターは天文台の塔にいた、全て知られている。

 

 

「……一年前、あの人から命じられた。父上の神秘部での失態を僕が拭わねばならないと。ダンブルドアを殺せなければ、父上と母上を殺してから、僕を殺すと言われた」

「ダンブルドアを殺すくらいなら、そうなれば良かったんだ」

 

 

ロンが心底軽蔑した視線を向け憎々しげに呟く。しかし、他の面々は──大人達は複雑な表情をしていた。それはヴォルデモートの常套手段なのだ、人の命を掌握し、相手に逆らえないようにするのは。

過去の戦争でも、家族や恋人を人質に取られヴォルデモートや死喰い人が命じるままに他者を呪い、裏切らなければならなかった者は多い。誰だって見知らぬ他人と大切な人を天秤にかけた時、どうしても心は揺らぎ視界は陰る。全ての人が、尊い犠牲となり正しい行動を出来るとは限らないのだ。

 

 

「僕は、ルイスに相談した。ルイスは──ダンブルドアに、全てを話して助けてもらおうと言った。僕もルイスに説得されて……はじめは、そのつもりだった。人の命なんて奪えない!僕には、そんな恐ろしいこと……」

 

 

今にも泣き出しそうに声を震わせるドラコに、ハリーは数日前、ドラコが隠し部屋で泣いていた事や塔の上でダンブルドアに説得され杖を下ろした事を思い出し──少しだけ、冷静さを取り戻した。

 

 

「当然、すぐにダンブルドアの元へ行くのは無理だとわかっていた。学校が始まってすぐに、言おうと話し合った。だが、その前に……母上が、スネイプ先生と破れぬ誓いを行った」

「誓い……でも、それはドラコを護る事でしょう?ジャックがそう言ってたわ!」

「……それは全てじゃない。誓いの内容は……僕を見守る事、僕を危害から護る事、そして──僕があの人から受けた任務を失敗しそうになったら、代わりに遂行する事だ」

「そんな!じゃあ……じゃあ──」

 

 

ソフィアは叫び、声を震わせた。その誓いはダンブルドアとセブルス、どちらか一方しか生きられぬ事を示していたのだ。

 

 

「母上は、スネイプ先生を疑っていた。スネイプ先生も、疑われていると知っていた。疑いを晴らすには、そうするしかなかった」

「そんな、だからといって……どうしてそんな誓いを?」

 

 

ドラコは沈痛な面持ちと、暗い目でソフィアをじっと見る。ソフィアはその視線に狼狽えた。唐突に理解したのだ。──私は、何かを()()()()()()()と。

 

 

「わからないのか、ソフィア。母上は君が思うほど、他者に優しくはない。スネイプ先生が誓ったのは……君のためだ」

「わ……私?」

「ああ、君と、ルイスを生かすために、スネイプ先生は母上と誓いを結ばなければならなかった」

 

 

ソフィアは混乱しながらドラコの苦痛に耐えるかのように歪んだ顔を見続けた。

その目は何かを訴えている、言い難い大きなことを。

 

 

私とルイスを生かすため?ダンブルドア先生を殺す方が、よっぽど事態は悪くなるわ、だって、それをするとヴォルデモートを抑えられる人がいなくなってしまう。予言されたのはハリーだといえ、ダンブルドア先生は魔法界の光だった。そんな人を殺すなんて裏切りだと思われてしまう。それでも、父様は誓わなければならなかった?私たちのために、私たちを助けるため……ナルシッサさんは、優しくない、なんて──?

 

 

そこまで考え、ソフィアはようやく──全てが終わった後で理解し、脳の奥が痺れるような感覚を味わい、呆然と囁いた。

 

 

「ナルシッサさんは、私の父様が……だ──誰かを知っている……」

「……そうだ」

「私──私が、グリフィンドール生で、騎士団の中にいたから……あ……あああーっ!!」

 

 

ソフィアはつん裂くような悲鳴を上げその場に崩れ落ちた。顔を手で覆いがたがたと震えて泣くソフィアに、ハーマイオニーは涙を流しながら駆け寄り抱きしめる。

賢いハーマイオニーも、その意味がようやくわかった。いや、ハーマイオニーだけではない、大人達も理解していた。まだ訳が分からず戸惑っていたのはロンとハリーとジニーだけだろう。

 

 

「どういう事?」

 

 

自分だけがわかっていない事の不満と不安から、ハリーが答えを求めるためにシリウスを見た。しかしシリウスは困惑し険しい表情をしたままソフィアを睨んでいるだけで何も答えない。焦ったくなりリーマスを見れば、リーマスは泣き崩れたソフィアを見下ろしたまま苦い表情で口を開いた。

 

 

「……マルフォイの母親は、ソフィアの父がセブルスであると知っていたんだ。その秘密はヴォルデモート側に潜入するセブルスの唯一の──弱点だった。それがヴォルデモートに知られたなら、どうなるのかは……明らかだろう」

 

 

内通者であるセブルスの唯一の弱点は、ソフィアとルイスの存在だった。

子どもを人質に取られるという単純な話ではなく。ソフィアとルイスの母親はリリーの姉、()()()()()()()アリッサでありヴォルデモートに殺されている。

さらに、ソフィアは騎士団に護られるグリフィンドール生であり、ヴォルデモートと因縁が深いハリーの恋人なのだ。

ナルシッサは、ソフィアとルイスの母が誰なのかは知らなかった。それだけはセブルスもジャックも伝えず秘密にしていた。だからこそナルシッサはセブルスが本当にヴォルデモートへ忠誠を誓っているのか、内通者なのか判断が出来なかったのだ。

もし、2人の母が──セブルスの妻が誰かを知っていれば、ナルシッサはすぐにセブルスは裏切り者であるとヴォルデモートに進言しただろう。

 

 

ナルシッサは、セブルスが拒絶できないと考え、尚且つ彼の行動を縛るために──ドラコを護り、ヴォルデモートからの許しを得るためにソフィアとルイスを人質にした。

 

 

「そんな、酷い……」

「……親は、子を守るためならばどんな非道な事でもできる修羅となるのです。ナルシッサ・マルフォイもまた、必死だったのでしょう」

 

 

ジニーの恐々とした呟きに、マクゴナガルは静かに伝えた。擁護は出来ないが、何とか家族を──愛する者を護りたい、その思いは理解できる。頼り、救いの手を伸ばす事はナルシッサの立場上、不可能だったのだろう。

 

セブルスも、ナルシッサも、ただ自分の大切な者を護りたかっただけだ。その方法は歪み許されるものではないかもしれない。そうさせているのは──ヴォルデモートの存在だ。

 

 

ドラコは一段と泣きそうに顔を顰めた。

母のしたことは酷いことだ、しかし、ドラコにはそれを責めることはできなかった。わかっているからだ、自分を生かそうと必死だったのだと。

 

 

「スネイプ先生は母上に、ソフィアはスパイであると説明したようだが……母上はソフィアの性格を知っている。本当だと信じられず、その言葉を信じるために……スネイプ先生が本当にあの人に忠実なのだと確かめるために、誓いを結んだ。

誓いが結ばれた後……ダンブルドアに言ったところでどちらかが死ぬのは確定している。ならば、ダンブルドアを殺そうと──そうしなければ、スネイプ先生の疑いは晴れず、ソフィアを護ることが出来ないとルイスは言っていた。……僕がダンブルドアを殺すはずだった、だが、どうしても──出来なくて──その時、ルイスが……僕に硬直魔法を放ち、隠した。僕に、騎士団の元へ行けと、全てを話し罪を償えと、そう言って──」

 

 

ドラコは言葉を詰まらせた。

──今ならわかる。なぜルイスが僕を騎士団の庇護下に置きたかったのか。

 

 

「ルイスは、僕の代わりに、ダンブルドアを殺す選択をした。ダンブルドアを殺さなければ、スネイプ先生が死ぬからだ。……ダンブルドアは、抵抗することなくそれを受け入れた。ルイスの父を救うには、自分が死ぬしかないとわかっているようだった。いや……それだけじゃない。母上とスネイプ先生のしがらみも知っていた」

「何?そんな──ダンブルドアは、知っていたのか?ハリー、本当か?」

 

 

シリウスは困惑しながらハリーに聞く。ハリーは天文台の塔で彼らが話していた事を思い出しながら、小さく頷いた。

 

 

「……うん、こうなるだろうってわかっていたって……そう言ってた……」

 

 

天文台の塔では、衝撃と強い不安から目の前のことを受け入れるだけで精一杯であり、理解できていなかった。

しかし、冷静になりあの辛い時間を静かに反芻してみれば、確かにダンブルドアは全てわかっていたような気がする。──ハリーは、そう思い、拳をギュッと握った。

 

 

「今ならその言葉の意味がわかる。スネイプ先生は母上との誓いの内容を、全てダンブルドアに話していたんだろう。その上で、2人は覚悟をしたんだ。ダンブルドアは死ぬ覚悟を、スネイプ先生は裏切り者だと指差される覚悟を」

「……ダンブルドアは──セブルスを生かすために、死を選んだ?」

 

 

リーマスが掠れた声で呟き、彼らの中に沈黙が落ちる。

ソフィアはもう泣き止んでいたが、次々と明かされる強い願いとそれぞれの思惑に、顔を蒼白にしハーマイオニーに縋りついていた。

 

どれだけ自分が無知だったか、どれだけ護られていたのか、その事実はソフィアの胸を強く締め付けた。

 

 

「多分、そうだろう。それに……ダンブルドアは、母上にとってソフィアの秘密がスネイプ先生への武器であるように、騎士団員にとって、ソフィアの秘密は互いを結ぶ唯一の鎖なのだと言っていた」

「そんな、まさか!ダンブルドアは騙されたんじゃないのか?本当に裏切って、ソフィアを見捨てるつもりで──」

「シリウス、それはない。私は、セブルスが本当にソフィアを大切にしていると知っている。三年前、とても調合が難しい脱狼薬を毎月私の元に届けにきたのは……ソフィアとルイスがいたからだ。自分の子どもが通うホグワーツに人狼がいる。出所のわからない薬を信用できなかったんだろうね。私も当初は急にヴォルデモートを身限り裏切ったセブルスを信じられなかった、スパイだと思っていたよ。けれど……アリッサが妻であるという事実を知り、セブルスが心から大切に思うソフィアとルイスの存在が──そして、セブルスに愛情を向ける2人の目を見た時、私はセブルスを信頼できるようになった」

 

 

シリウスはリーマスの言葉を聞いてもまだセブルスを信じる事が出来なかった。学生時代から互いに憎み合っていているのだ、今更すんなりと認める事など不可能だろう。

 

 

「そうです。私も、セブルスのソフィアとルイスへの想いを知っています。だからこそ、セブルスが騎士団を裏切るわけがありません。もし、万が一裏切るつもりならば、ソフィアは今ここにいないでしょう。──ソフィアは間違いなく、ダンブルドアが言ったようにセブルスと我々を繋ぐ鎖です」

「リーマス……マクゴナガル先生……」

 

 

ソフィアは再び泣きそうに顔を歪めたが、すぐに唇を強く結び目元を擦る。もう子どものように嘆く暇は無い。何があったのかを明らかにし、そしてなるべく早くセブルスとコンタクトを取らなければならない。

 

 

父様とルイスが裏切ってないのなら、何を嘆く事があるのだろうか?ダンブルドア先生は死んでしまった、それは大きな打撃だと思った。──しかし、ダンブルドア先生は、父様が死ぬ事よりも自分が死ぬことを選んだ。彼らの中の秘めた約束だったのだ、きっとそれには大きな意味があったのだろう。

 

ならば、亡きダンブルドアのために、何も言わず愚かに奮闘した兄のために、護りたいと汚名を被ろうとしている父のために、全てを白日の元に曝け出し、手を取り合わなければならない。

 

 

「ドラコ、いま父様とルイスはどこにいるの?」

「……塔に死喰い人がやってくる前に……ルイスは、ポリジュース薬で僕の姿に変わった。スネイプ先生がダンブルドアを殺した後、みんな出て行ってしまって……」

「ルイスは、スネイプに逃がされてた。でも、どこに行ったのかは……死喰い人の所だと思うけど」

「ドラコの姿になって?」

 

 

ソフィアはルイスが死喰い人達と行動していると知るととても不安だったが、少なくともセブルスがそばにいるのなら危険な目に遭うことはないだろうと必死に自分に言い聞かせた。

ルイスがセブルス(父親)に黙って死喰い人達と過ごすとは考えられない。おそらく、全て伝えているだろう、ルイスがドラコに変わらなければならなかった理由があったはずだ。

顎に手を当て、ドラコを真剣な目で見つめながら考え込むソフィアに、ハリーやロン達はちらりと視線を交わした。

 

 

「どうしてそんなことを?ルイスは、何か言ってた?」

「……僕たちが助かるには、僕があの人の元に行き、同時に、騎士団の保護下にいなければならなかった。と……」

「同時に?……ああ──成程、今度はルイスがナルシッサさんを縛るのね。ナルシッサさんにとってドラコの生存がヴォルデモートの忠義よりも厚いと……裏切るとルイスは思ってるのね」

「ああ……そうだろうな」

「それなら、ナルシッサさんとドラコを会わせないといけない。ルイスもきっとそれを望んでる。ドラコの無事を確認できないと、ナルシッサさんはこちら側につかないわ」

 

 

どうすれば誰にも気づかれず、死喰い人のところにいるルイスやナルシッサと連絡を取れるだろうか?

セブルスを介して連絡を取るのは難しいだろう。きっと、セブルスとはしばらく会うことは出来ない。彼はスパイであり続けるために、不死鳥の騎士団を裏切ったと思われているのだから。

 

 

「……本当に……スネイプは裏切ってないのか?」

 

 

次々と出てきた衝撃の事実と、ソフィアの存在がここにあるだけでスネイプは味方であり、ダンブルドアと共謀してスパイを続けている。ということが前提になって話が進みかけたが、ハリーはまだ全て信じられずぽつりと呟いた。

 

ハリーの呟きに、皆がハリーを見つめる。

ソフィアとセブルスの関係を昔から知っている者達は、ソフィアがここにいること、そしてルイスがドラコを残して行ってしまった事や──何よりダンブルドアが遺した言葉を考えセブルスは裏切っていないと確信している。

しかし、関係を知らなかったロンとジニーは複雑な表情で黙り込み、シリウスは顔中に不満を表していた。

 

 

「私がここにいて、ルイスがドラコをここに置いた。それが何よりもの証明だわ。──それに、母様と兄様はヴォルデモートに殺された。まだ、父様は母様を過去に出来てないの。ヴォルデモートに忠誠を誓うなんて、ありえないわ」

「……本当に、スネイプは……君の父親なんだね」

 

 

ソフィアはハリーに向き合い、一度大きく息を吸って吐き出し、悲しげな目で同じ色に揺れる目を見つめた。

 

 

「ええ、そうよ。……ごめんなさい、今まで言えなくて。……あなたと恋人になる前に、言うべきだったわ」

 

 

ソフィアの目から一雫だけ涙がこぼれ頬を伝い流れた。

ソフィアはすぐにハリーから視線を逸らし、これからどうすればいいか話し合おうとマクゴナガルの元へと向かう。

今、ソフィアは自分とハリーの間に大きな溝ができてしまったと感じていた。しかし、それを修復するよりもしなければならないことや頭を悩まさなければならないことが山ほどある。

自分と、ハリーの恋愛事情など考えている場合ではない──ソフィアは泣き叫びたくなるほどの胸の痛みに目を逸らした。

 

 

 

ハリーは黒く美しいソフィアの髪を見つめながら、先ほどまで胸の奥で暴れていた強い感情が収まっていることに気づいた。

 

本当に、騙すつもりでは無かったのかもしれない。ダンブルドアとの約束ならば、言えなかったのだろう。怒りや悲しみはもう通り越した。ただ──そう、虚しいだけだ。

 

 



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367 強固な鎖

 

 

様々な思いや葛藤が病室を重く支配する中、突然荒々しく扉が開き、その音に誰もが驚き振り返った。

 

 

「──ビル!」

 

 

飛び込んできたのはモリーであり、場を占める異様な雰囲気をものともせずビルが寝ているベッドに駆け寄り、その顔に深く刻まれた傷を見て叫び声を上げた。

その後にアーサーとフラーが続き、最後にジャックが入り扉を閉める。

 

 

「息子はグレイバックに襲われたと、ジャックから聞きましたが、それは本当に?」

 

 

ビルに覆い被さり血だらけの顔にキスを落とすモリーと、目を閉じたまま動かないビルを見ながらアーサーが気がかりでたまらないと言うようにマクゴナガル達を見る。

 

 

「ええ、残念ながら……」

「しかし、変身してはいなかったのですね?すると、ビルはどうなるのでしょう……?」

「アーサー、珍しいケースだ。おそらく例がない……ビルが目を覚ましたとき、どういう行動に出るかはわからない」

 

 

モリーはリーマスの言葉を聞きながら口をぎゅっと結び、嗚咽を漏らさないようにしながらポンフリーから受け取った軟膏をビルの傷に塗り込み始めた。

 

 

「それで、ダンブルドアは……ジャックが言っていたが、本当に……?」

 

 

全員を見回し恐る恐るアーサーが聞けば、マクゴナガル達は小さく頷いた。アーサーは全員が頷いてもなお信じたくないのか、「そんな、ダンブルドアが逝ってしまうなんて」と呟くように囁き呆然とマクゴナガル達の顔を見つめる。

その蒼白な顔には、タチの悪い嘘ならば早めに種明かしをしてほしいとありありと書かれていたが、誰も何も言えなかった。

 

 

「もちろん、どんな顔になったって構わないわ……そんなことは……どうでもいいことだわ……この子はとってもかわいい、ちっ──ちっちゃな、男の子だった……いつでもとってもハンサムだった……ああ、変わってあげられるのなら、なんだって──なんだって差し出すわ!……もうすぐ、けっ──結婚するはずだったのに!」

 

 

モリーはダンブルドアの死よりも、ビルの状態に嘆き悲しんだ。今まで耐えていた涙がついに決壊し、傷だらけのビルの顔にポロポロと落ちる。ハリーはその大粒の涙を見ながら「親とはこういうものなのか」と、ぼんやりと思った。

何よりも子が大切なのだ。護りたい、幸せに生きてほしい、そう本気で思う。

ああ、そうだ。僕だって、母さんがその愛で護ってくれたから生きている。

 

──みんな、同じなんだ。きっと、マルフォイの母も、スネイプも、ただ、無事に生きてほしいだけ。幸せを願うだけ。

 

 

 

モリーの嘆きにフラーが反応し、ビルがどのような姿になり、どんな性質を持ったとしても結婚することに変わりはないと背筋を伸ばし堂々と宣言する声を聞きながら、ハリーはソフィアの元に近づいた。

 

 

「ソフィア」

「……何かしら?」

 

 

他の人たちは大声で話すフラーを見て呆気に取られ、ハリーとソフィアの言葉に気をかけていなかった。

 

 

「なんで、スネイプは僕を憎んでいたんだ?」

「……あなたのことは憎んでないわ、ハリー。あなたのお父さん──ジェームズさんを許せなかったの。だから、似ているあなたを見て、どうしても攻撃したくなったんでしょうね」

「……虐められてたから?」

 

 

過去の酷い虐めと暴行を知っているハリーは、静かに聞いた。シリウスが横目で鋭くソフィアとハリーを見ていたが、ソフィアは気にすることなくゆっくりと瞬きをし、首を振った。

 

 

「違うわ。……母様は、シリウスとジェームズさんの友情を信じていた──シリウスが守り人になったと信じていた。……だから、何の心配もなく兄様と、ポッター家に向かうことが出来たの。父様は、ペティグリューが真犯人だと知ってから、ペティグリューを恨んでいる。けれど、同じくらい強く── シリウス(あなた)とジェームズさんの企みを恨んでいるのよ」

 

 

ソフィアはシリウスへと視線を向け静かに告げる。シリウスは目を見開きその場に凍りついたように硬直した。

ようやく、何故これほどまでセブルスが自分を恨んでいるのかがわかったのだ。学生時代の虐めが全てではない、愛する者が死ぬ原因の企みを考えた本人だからだ。

 

セブルスはペティグリューが裏切り者だと知る前から、シリウスとジェームズを恨んでいた。ジェームズはシリウスに裏切られた被害者である、しかし、ジェームズがシリウスを信じなければ、アリッサとリュカは死ぬ事は無かった。そんな逆恨みにも似た強い気持ちがなければ──生き続ける事ができなかった。

 

 

「……でも、その原因を作ったのはスネイプだ。ヴォルデモートに予言の一部を告げた」

「ええ……父様は、本当にリリーとジェームズさんの元に生まれる子だと思わなかったの、心から後悔したでしょうね。他人ではなく、妻の妹の子どもなんですもの。……だから、父様は後悔しヴォルデモートを裏切ることに決めたの」

「なんで、死喰い人になんか──」

「それは──」

 

 

ソフィアは「人狼でも愛している、そんなことは関係ないの!」とリーマスに詰め寄るトンクスを見ながら憂いにも似た顔で悲しそうに笑った。

 

──母様も、父様も、ただ互いに愛し合っていた。どんな罪を重ねようとも、周りから理解されなくとも。ただ愛し合っていた。

 

 

「父様はもともとヴォルデモートに心から陶酔していたわけではなかったわ。……死喰い人になる事で、母様を護っているつもりだったの。ヴォルデモートが力をつけている中で、マグル生まれの母様を生かすためには自分が死喰い人になって、ある程度の恩情を受けられる幹部にならなければならない。──そう考えたって……愚かなことだったと後悔していたわ」

 

 

ハリーはソフィアの言葉を聞いても話の半分ほどしか理解できなかった。

何がどうなれば、そんな馬鹿馬鹿しい思考になってしまうのかと思うが──今ハリーは、どんなに小さな事でも知りたかった。セブルスが信頼できると確信する証拠と情報が欲しかった。

 

 

「──世の中に少し愛が増えたと知ったら、ダンブルドアは誰よりもお喜びになったでしょう」

 

 

トンクスの思いを人狼であるために受け入れられないリーマスに、マクゴナガルがしみじみと呟く。その言葉に見つめ合っていたハリーとソフィアは少し気まずそうに目を逸らした。

ダンブルドアは誰よりも愛を信じていた。愛が持つ尊さや強さを感じていた。きっとダンブルドアは、それがどんな形でも愛を伴うものならば、にこやかに受け入れるのだろう。だからこそ、ダンブルドアはセブルスを信じた。

 

 

「さて、ちょっといいかな?」

 

 

ジャックは皆からの視線を受け気まずそうなリーマスの肩をぽんと叩きながら隣を過ぎ、ドラコの目の前に立ち静かな目で見下ろす。

 

 

「他の寮生はDA以外ほとんどが談話室か寝室で眠っていたから怪我はないと思う。寮監が今確認しに行っている。スリザリン寮の合言葉だけ分からなくてね。教えてくれるかな」

 

 

DAにはスリザリン生が居ない。

全ての談話室にはドビーにより眠り薬が撒かれ、何か異音に気付き寝室を抜け出した者もいたが、全員談話室で寝入ってしまったのだ。寮監であるセブルスが居ないなか、今起きているスリザリン生は、ドラコだけだった。

 

 

「……合言葉は……約束」

「私が確認してきます。グリフィンドール寮にも向かわねばなりません」

 

 

マクゴナガルはドラコから合言葉を聞くとすぐに扉へと向かった。ソフィア達から談話室に眠り薬を撒いたとは聞いている。これほどの騒動で、起きてくる生徒がいなかったのは、ジャックの言う通り生徒達が何も知らず眠っているからだろう。しかし、彼らの無事を確認しなければ安心は出来ない。

 

 

「──それで、何があった?」

 

 

ジャックはマクゴナガルが病室を後にしてからソフィア達を見回し聞いた。

彼らがダンブルドアの死を嘆き悲しんでいるだけではないと気づいていた。より深刻な表情で黙り込み、そして何故かここにドラコがいる。何かあったに違いない──しかし、ハリーはそれを言葉にするのが難しかった。自分でも何か起きたのか、本当の意味で理解できていないのだ。

 

ソフィアとドラコとリーマスが大まかに事のあらましを話し終えた後、アーサーとモリーとフラーはぽかんと口を開き唖然とソフィアを見つめ、ジャックは暫く黙り込んだ後大きなため息をついた。

 

 

「……そうか。……数時間前、ルイスから密告があった」

 

 

ジャックは話を聞いた後、まだハリーとシリウスはセブルスの事を疑いの目で見ているのだと気づいていたが何も言わずにポケットから羊皮紙を取り出す。

ハリーに手渡し読むように促せば、ハリーは少し迷うように視線を揺らしたあと小さな羊皮紙の切れ端をゆっくりと広げた。

 

 

 

『死喰い人が複数名来る。みんなを護って。僕を信じて。──ルイス』

 

 

 

そこには短い文章が乱れた文字で走り書きされていた。余程急いで書いたのだろう、ペン先が引っ掛かりインクが飛び散ったのか読みにくい文章だったが、それは早急性をありありと示していた。

 

 

「もともと、ダンブルドアが不在の時はビルとトンクスとリーマスがホグワーツを巡回し、俺とシリウスはホグズミードの警備にあたることになっていた。──この手紙を受け取り、俺はすぐに他の騎士団員に連絡をしてシリウスとここに来ることができた。この手紙がなければ、到着が遅れて犠牲者が出ていたかもしれない。ルイスとドラコの罪は許されない事だ、このあと償わなければならないだろう。沢山の危険をもたらしたからな。……だが、ルイスは本当に君たちを裏切ったわけじゃない」

 

 

ハリーは羊皮紙を持つ手に力を込め、ぐっと目を閉じた。

脳裏に浮かぶのは数年前、まだ何も気にせず友人として話すことが出来た時に見せていた明るい笑顔。すぐに数時間前に見た悲しげな表情が浮かび、最後にはダンブルドアと話し、安堵し表情を緩めた顔が浮かんだ。

 

 

「……僕は──」

 

 

ハリーはゆっくりと目を開き固唾を飲んで自分を見つめる面々を見た。

 

 

「──スネイプが裏切っていないって、心から信じたい。だから──全てを明らかにしたい」

 

 

ハリーの芯がこもった言葉に、リーマスとジャックは頷いた。ダンブルドア亡き今、ホグワーツは安全な場所とは言えない。おそらく直ぐに生徒は帰らされ、9月から新年度が始めることが出来るか協議することになるだろう。

その前に──夏休みの間に、騎士団は全てを明らかにし崩れかけた鎖を結び直さなければいけないだろう。

 

その要がソフィアとルイス、セブルス・スネイプであるのならば、何があってもこの秘密と、彼らを護らなければならない。

 

 

 

ガチャリと扉が開き、いつもの厳格な雰囲気を纏わせたマクゴナガルが現れた。その表情も、ソフィア達を見れば少し崩れてしまったが、彼女はダンブルドア亡き後は副校長として責務を全うしなければならず、何も知らない生徒の前で弱気な姿を見せるわけにはいかないのだ。

 

 

「全ての生徒の確認が取れました。死喰い人もホグワーツに隠れていることはまずないでしょう。──魔法省の者を到着を待つ前に、いくつか明らかにしなければならない事があります」

 

 

マクゴナガルはハリーに向き合うと、張り詰めたような表情で口を開いた。

 

 

「ダンブルドア先生と一緒に学校を離れて、今夜あなたは何をしていたのですか?」

「それは──お話できません。ダンブルドア先生が、誰にも話すなと」

 

 

ハリーは一瞬迷ったが、ダンブルドアはソフィアとロンとハーマイオニー以内には授業の内容を教えるなと言っていた。死してもなおその約束が有効かどうかはわからない。しかし、ハリーはダンブルドアとの約束を護りたかった。

厳しい目でハリーを見るのはマクゴナガルだけではない、他の大人達も何故言わないのだと非難的な目でじっとハリーを見つめた。

 

 

「ハリー。……俺たちは沢山の秘密と、それぞれの目的を抱えていた。だからこそ、こうなってしまったんだ。隠し事はするべきじゃない」

「……、……」

 

 

ジャックの言い聞かせるような言葉に、ハリーは激しく葛藤した。確かにそうだ、誰もが秘密を抱えていた、だから僕は疑心暗鬼になってしまっている。

スネイプの事を、信じきれていない。それと同時に──スネイプと親しかった、ジャックの事も。

 

 

「……誰も裏切っていない、そう、信じられたなら」

 

 

その言葉にジャックはひどく失望したような表情を浮かべたが、一瞬でその表情を消して苦笑し、ハリーの肩を優しく叩いた。

 

 

「わかった。俺たちは、鎖を結び直さなきゃならないな」

「ジャック!」

 

 

あっさりと諦めたジャックに、マクゴナガルは焦ったそうにジャックの名前を呼んだがジャックは肩をすくめ首を振った。

ジャックはわかっていた、ハリーはセブルスだけでなく、自分のことも疑っているのだと。

 

 

その時、暗闇のどこかから不死鳥の鳴き声が聞こえてきた。それは恐ろしいまでに美しく、打ちひしがれたような嘆きの歌だった。

 

自分の内面から溢れる様々な嘆きや悲しみが歌になり響いているような気がして、彼らはその哀しく美しい調べにじっと聞き入った。

 

 



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368 別れ

 

 

 

ドラコの案内により必要の部屋に向かい、その中にある沢山の隠さなければならなかった物たちを見ながらハリーは大きなキャビネット棚や、くすんだティアラ、古本、月明かりを浴びて光る埃の粒をぼんやりと見ていた。

すぐにキャビネット棚はジャックとマクゴナガルによりいくつかの魔法をかけられ一時的に使用不可にし、その広大な隠し部屋の中も死喰い人の残党がいないかどうか確認された。

 

ドラコはその姿を隠さなければならず、寮に返す事は出来ないとしてその身柄を一時ジャックが受け持つ事となった。ハリーはドラコの拘束を解き杖を返したが、ドラコは一言も話さず暗い表情で俯いたままジャックに付き添われ暗い廊下をとぼとぼと歩いて行った。

 

 

大人達はこの後、魔法省の職員と数々の問題を考えなければならないため、ソフィア達は一旦寮へ戻るように言われ、無言のままグリフィンドール寮へと帰る暗い廊下を歩く。

ゴーストは1人も廊下を徘徊せず、壁にかけられている肖像画もそこに人の姿はない。さまざまな情報を求めて渡り歩いているのだろう。

 

 

「ソフィア、少し話したい」

 

 

グリフィンドール塔に上がる階段の前でハリーがソフィアを呼び止めた。

ソフィアは足を止めたが数秒、振り返る事はない。ハーマイオニーとジニーが心配そうにチラチラとソフィアを見るなか、ソフィアはややあって振り返り「ええ」と囁いた。

 

ハーマイオニーとロンとジニーが階段を登り、その足音が消えたあと、ソフィアは廊下にある大きな窓のそばに近づき、綺麗な白い三日月を見上げた。

 

ハリーはソフィアの少し後ろから彼女を見つめた。いつもならソフィアと2人きりになれたなら心は踊り、すぐに甘く引き寄せキスの一つでもしていただろう。しかし、そんな事をする気持ちは浮かばず、ただ何かに耐えるように口をぎゅっと結ぶソフィアの横顔を暫く眺めていた。

 

 

「ソフィア……僕は、信じられないんだ」

「……父様の事を?」

 

 

ソフィアは振り返りハリーに向き合い、悲しそうに笑った。ふわり、と遅れてソフィアの黒髪が揺れる。

 

 

「それとも……私の事?」

 

 

ハリーの葛藤は当然の事だろう。去年ヴォルデモートにより見せられていた神秘部での出来事をセブルスが信じ、シリウスを救ってからハリーはセブルスに対してそれまで持っていた不信感や嫌悪感を少し軽減させていたが──それを一掃してしまうほどの衝撃が、今夜あったはずだ。

ソフィアは気丈に振る舞おうとハリーから視線を外し窓枠に腰掛け足を投げ出して「そうよね、当然だわ」と明るく言ったが、その言葉は微かに震えていた。

 

 

──駄目よ、私には悲しむ資格はないわ。今まで黙っていた、ハリーを、騙していたんだもの。

 

 

じわりと目の奥が熱くなり、ソフィアはパッと俯く。いま涙を見せるわけにはいかない。泣く資格も無いのだ。

窓枠を掴む手に力が篭り、指先が白くなる。必死に耐えるソフィアを見下ろし、ハリーは胸が痛むのを感じた。

 

 

「僕は──ソフィアを愛している。ソフィアも同じ気持ちだって、信じている」

「……」

「だけど、今のまま──」

 

 

ハリーは言葉を切り、ぐっと拳を握った。

ソフィアの事は愛している。過去に、ソフィアの父が誰でも気にしないと言った気持ちに嘘はない。しかし──。

 

 

「今のまま、君とこの関係を続ける事は出来ない」

「……ええ……ええ、そうね」

 

 

ハリーの苦しげに吐き出された言葉を受け、ソフィアは静かに頷いた。

 

 

「ソフィア──愛してるよ」

 

 

空気を僅かに震わせただけの囁きに、ソフィアは顔を上げ涙をいっぱいに貯めた目で微笑んだ。

 

 

「ええ、私も愛しているわ、ハリー」

 

 

心からの言葉にハリーは悲しそうに微笑むとソフィアに近付き、その冷たい唇に自分の唇をほんの僅かに重ね、触れるだけのキスをしすぐに離れた。

 

 

「さようなら、ソフィア」

「……さようなら、ハリー」

 

 

ハリーはソフィアの頬を撫で、そのまま長く美しい髪に手を滑らせた。何よりも心安らぐ甘い香りが鼻腔を擽り、ハリーは目を細め暫くじっと見つめていたが、ソフィアの揺れる瞳を見ると決心が鈍りそうで、ハリーは踵を返し何も言わないように口をぎゅっと閉じグリフィンドール塔の階段へ駆け出した。

 

 

「──ハリー!」

 

 

ソフィアは一歩踏み出し、伸ばしかけていた手を必死に留め胸の前で手を握り叫んだ。

 

 

「ハリー、ごめんなさいっ……愛して──愛しているわ、ずっと……!」

「──っ」

 

 

ソフィアの悲痛な声を振り払うように、心の底で「僕も、愛している」と叫びながらハリーは階段を駆け上がった。

 

 

ハリーの足音が遠ざかった後、ソフィアはその場に崩れ落ち手で顔を覆った。

 

 

「うっ……あ、ああっ……!」

 

 

沈痛な声で咽び泣き、指の隙間から涙がこぼれ落ちていく。泣いてはいけない、ハリーの方が辛い、自分に泣く資格はないと思っていても、どうしようもなく悲しかった。

 

ハリーの愛を知っていた、優しさも、葛藤も、全て。

 

だからこそ、ハリーは自分とこのまま恋人ではいけないと離れたのだ、わかっている。仕方のない事だ、ハリーは自分にとても誠実であろうとしている。

 

 

「っ──泣いちゃ、だめっ……泣いちゃ──」

 

 

ソフィアは必死に自分に言い聞かせ、目を乱暴に擦ったが、涙は壊れたように次々と溢れ出てくる。このまま寮に戻る事は出来ない。眠り薬から醒めた生徒たちが起きているかもしれない。

ソフィアは歯を食いしばり、低く呻くような嗚咽を漏らしたままその場で何分も、何十分も泣き続けていた。

 

 

 

 

「……ソフィア……」

「──っ……うっ、──ハー、マイオニー……」

 

 

階段を降りるハーマイオニーの足音にも気づかず泣いていたソフィアは、声をかけられて初めてそばに彼女がいた事に気づき涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

ハーマイオニーはソフィアの顔を見て辛そうにぐっと眉を寄せると、その場にしゃがみ込みソフィアを抱きしめた。

 

ハーマイオニーの胸の中で、ソフィアは大きく目を見開き息を止めたが、すぐに顔を歪めると「う、」と一呼吸分嗚咽を漏らしハーマイオニーの背中に腕を回す。

 

ハーマイオニーの服は所々破れ、汚れていた。体にも細かな傷があるだろう。幸運薬を飲んでいたとはいえ、死喰い人との戦闘は命を落としてもおかしくなかった。──失っていたかもしれない。

 

 

「わ、私──どうしたらいいのか──わ、わからないのっ……!ルイスは、父様を死なせないためだとしても、ひ──酷い事を……許されない事をしたわ!」

「……ええ……そうね……」

「ビ、ビルが、もし、じ──人狼になってしまったら、わ、わたし──私──っ!」

「……」

「ネビルも、入院してっ……沢山の人が怪我を、して……ダンブルドア、先生はっ……亡くなってしまって……!」

 

 

喘ぎ、詰まりながら言うソフィアの言葉は酷く聞き取りにくいものだったが、ハーマイオニーはただ小さく頷き、恐怖と後悔に震えるソフィアを抱きしめ続けた。

 

ソフィアがこれ程までに泣き、苦しんでいるのはハリーとの関係が終わってしまった事への悲しみだけでは無い。

全てが終わったあと、ようやく実感が湧き心臓が凍えたかのような恐怖を感じたのだ。

 

 

ルイスとドラコは、ただ家族を護りたかった。しかし、その代償はダンブルドアが予想し認めたとはいえ、大きすぎる。

ルイスは裏切っていない、城で暮らす生徒たちの被害を最小限に抑えるべく、ジャックに救援を頼んだ。──だからといって、許されるものではない。

 

一歩間違えれば、何人もの生徒が死んでいたのだ。ジャック達闇祓いの到着が僅かに遅ければ──いや、ソフィアが眠り薬を談話室に撒かなければ、目覚めた生徒達は何が起こったのかを知るために恐る恐る廊下に出て、無防備なまま死喰い人に殺されていたかもしれない。

 

誰も、ソフィアを責めなかった。ルイスとドラコの行いを恐ろしく、酷い事だと言ったが、ヴォルデモートにセブルスは真に忠実だと思わせるためにその罪を公然の元に曝け出す事は無く、騎士団によりドラコは保護され護られる。彼の存在もまた、ヴォルデモートへの武器になり得るからだ。

 

 

許されてはいない、罪は罪である。しかし、償う場が与えられず全てを明らかにするまで大人達は目を逸らすのだろう。彼らの──いや、魔法界にとっての巨悪であるヴォルデモートを打ち砕くために、ルイスの企ては最大限利用しなければならない。

失った光は取り戻すことができないのだ、ならば、ヴォルデモートを倒すために多少の犠牲には目を瞑らなければならないのだ、それがたとえ唯一の光だとしてもだ。

 

 

ダンブルドアは自らの死と引き換えに、スパイとしてセブルスがヴォルデモートの懐に潜り込み続け、マルフォイ家が裏切り、騎士団はソフィアとの関係を知りセブルスを信じ続ける事を望んでいた。

それがダンブルドアの秘められた策だった。

 

 

ソフィアはそれを知り、激しく動揺し困惑し──そして、安堵した。

 

 

セブルスとルイスはダンブルドアの望むように動いたのだと多くが理解し、認めた事に安堵したが、そう思ってしまった自分に失望し、恥じた。

罪は罪だ、セブルスも、ルイスも、ドラコも、許されてはならぬ事をした。

 

 

人を殺すだなんて罪深い事を、たとえ大切な者を護るという信念があったとして許されるものではない。

しかし、ソフィアは自分がダンブルドアかセブルスか、どちらかが死ななければならないと知った時──間違いなく助けようと必死になり、手を伸ばすのはセブルス(父親)だと理解していた。

誰にも話せないだろう。世界の光であるダンブルドアと、ただの魔法使いであるセブルス。どちらを生かせばいいのかと誰かに聞いたところで、答えは決まっている。誰もが、ダンブルドアを生かすべきだと即答する。

 

それがわかっているからこそ、ルイスは誰にも相談できなかったのだ。

 

 

「ごめんなさい──ごめんなさいっ……!」

 

 

ソフィアは言葉をつまらせ、何度も謝った。自分の家族が犯した許されざる罪を、何も気付けず護られていた事を、心に浮かんだ恥ずべき感情を。

心と思考がかき混ぜられたかのように纏まらず、涙を流し苦しげに吐き出すソフィアを、ハーマイオニーは慰める事も許す事もなく、ただ強く抱きしめた。

 

 

 

ーーー

 

 

ソフィア達が寮へ帰った後、ジャック達は校長室に集まりこれからの事について話し合っていた。

 

 

「ダンブルドアの守りは無くなった。本部の守りも──その効果が著しく低下している、直ちに撤退しなければならないだろう」

「ああ……そうだな、すぐに戻ろう。しかし──仮だとしても本部の場所を決めなければならないだろうな」

「ハリーは17歳になるまではダーズリー家に居るのが安全だろう。……ダンブルドアもそれを望んでいたからな」

 

 

ダンブルドアが死ねば不死鳥の騎士団本部の守りはダンブルドア1人の秘密ではなくなり、その場所を知る全員が秘密の守り人となる。騎士団の中に裏切る者がいるとは思いたくは無いが、誰でも本部の場所を伝えることができ、周知される事となるのだ。裏切りが無かったとしても、死喰い人は人質をとり拷問する事に躊躇はしないだろう。捕まった誰かに本部の場所を吐くように命じる事は十分にありえる。ブラック家を本部に置き続ける事は出来ないだろう。

 

 

「俺は──一度、向こうの様子を探ってみる。ナルシッサとセブルスと話せる隙があるかもしれない」

 

 

ジャックは難しい顔で言いながらウエストポーチの中を探り、両面鏡を取り出しリーマスに手渡した。

 

 

「両面鏡だ。何かあればこれで連絡をとってくれ」

「両面鏡……懐かしいな、よくシリウスとジェームズが使っていたね」

 

 

リーマスは受け取りながら小さく微笑む。形は違うものだが、友人達もよく両面鏡を使い片方が罰則を受けている時は決まってこれで隠れて会話をしていた。

 

 

シリウスは本部に向かうため、ジャックはヴォルデモートの動きを把握するために病室を出て静かな廊下を歩く。時々杖を振りまだ戦闘の跡が残る箇所を修復しつつ、開け放たれたままの玄関扉を潜った。ダンブルドアが死んだとしてもホグワーツにかけられている強固な護りは消える事は無い。姿現しが出来る境界線までは歩いて向かうしかないだろう。

 

天文台の塔の上で怪しく揺れていた闇の印は既に消えている。一見すると、いつもと変わりのないホグワーツ城が悠然と建っているようだった。

 

 

「ジャック……本当に、ソフィアとルイスは……あいつの子なのか?」

「まだ信じてなかったのかよ……」

 

 

黒い芝生を踏みしめながらぽつりと呟かれた言葉に、ジャックは苛立ちを通り越し呆気に取られながらため息をこぼした。まあ、確かに2人の見た目はセブルスには似ていないだろう。母親似である2人がセブルスから引き継いだのはその色と、家族を思いやる深い愛情だ。その愛情が隠されてきたのだから、シリウスのように信じ難いのも仕方がないのかもしれない。

 

 

「親子として話しているセブルスたちを見れば、その疑いは晴れるさ」

 

 

ジャックはシリウスの肩を軽く叩いた。

シリウスとセブルスは一目見た時から互に相容れず、顔を合わせれば罵詈雑言と呪いが飛び交っていた。大人になった彼らは昔ほどすぐに杖を抜く事は無いが、互いを見る目は何よりも敵意が満ちている。

 

 

「……あいつ、俺が──俺が、アリッサを死なせた原因だと知ってて、去年……助けたのか」

「ああ、そうだ」

「……そうか」

 

 

シリウスは長い沈黙の後、苦々しく呟きやや伸びた前髪をくしゃりと手で握りつぶし後ろに流した。

 

 

 



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369 6年目終了!

 

 

翌日から授業は全て中止され、試験は延期された。何人かの生徒はダンブルドアの死と死喰い人の侵入を知り2日の内に彼らの親によって急いでホグワーツから連れ去られた。中にはダンブルドアの葬儀が終わってからしか帰らないと一緒に帰る事を拒否した生徒も居たが、殆どが親に従順だっただろう。

 

ソフィア達は次の日にもう一度集められ、昨夜起きた事はその時に医務室にいたメンバー以外は他言無用だと伝えられた。誰がダンブルドアを殺したかという事も、誰の企みであったかも、ソフィアの秘密も。

 

ハリーはビルの見舞いに行った帰りにソフィアとハーマイオニーとロンにだけ、ダンブルドアと何をしに行ったのかを話し、偽物のロケットを見せた。

ソフィアは自分はもう話の中に加わる事は出来ないだろうと思っていたが、ハリーはあくまでソフィアとの恋人関係を終わらせただけであり、ソフィアとの今までの友情を蔑ろにするつもりはなかった。──いや、全ての疑惑が払拭された後、もう一度ソフィアと恋人に戻るために、ソフィアを無視することなんてできなかった。恋人ではなくとも、ハリーにとってソフィアは大切で特別な存在である事に変わりはない。

 

 

「R・A・B……有名な魔法使いかしら」

 

 

ハーマイオニーは難しい顔で黙り込む。いつ偽物にすり替えられたのかわからないが、文面の内容を読む限り前回ヴォルデモートが猛威を奮っていたときにすり替えられたのだろう。当時のダンブルドアさえも手に入れていなかった分霊箱を手にした魔法使いなのだ。きっと後世に名を残している魔法使いだろうというのがハーマイオニーの考えだった。

すぐにハーマイオニーとソフィアは図書館へ行き、R・A・Bが誰かを探しに行ったが、そのイニシャルを持ちヴォルデモートに関する魔法使いや魔女を見つける事はできなかった。

 

 

「ソフィア、これ……」

 

 

過去の日刊預言者新聞を調べていたハーマイオニーは一枚の古ぼけた新聞を机の上に広げた。ソフィアは読んでいた本から顔を上げ、ハーマイオニーが指差す箇所を読む。

 

 

「アイリーン・プリンス……トビアス・スネイプ……お婆様と、お爺様の名前……?」

 

 

ハーマイオニーが見つけたのは魔女のアイリーンとマグルのトビアスが結婚し、子をもうけたという小さなお知らせだった。ソフィアは祖父母の事について殆ど何も知らなかった。どんな人かも聞いた事は無い。ただ、一度何かの流れで聞いたときにもう既に亡くなっていると知らされただけだ。

 

 

「……私の生まれは、父様の生家なの。私が生まれた時には既に2人とも亡くなっていて……父様は何も教えてくれなかったわ」

「……その、私……この前、アイリーン・プリンスの写真を見つけたの」

 

 

新聞の文字を撫でるソフィアにハーマイオニーがおずおずと言い、積み上げられた新聞の中から一枚を抜き出した。

 

 

「本当に?見てみたいわ!」

 

 

もう亡くなっている顔も知らぬ祖母を、ソフィアは一目でいいから見てみたかった。ハーマイオニーから新聞を受け取ったソフィアは、少々不貞腐れたような顔をしているアイリーンを見て目を見開く。

 

 

「……父様って、お母さん似なのね」

 

 

写真に映るアイリーンは美人とは言えない少女だった。ゴブストーンの選手であり優勝したと書かれていたがとくに嬉しくもなさそうで、その不機嫌な顔と目つきの悪さはどこかセブルスと似ていた。

くすり、と小さく笑みを漏らすソフィアにハーマイオニーはほっと表情を緩めた。

 

 

「プリンス家って、アイリーンがマグルと結婚するまでは純血一族だったんですって」

 

 

ハーマイオニーは純血の一族の名が書かれている本を引き寄せ、『プリンス家』と書かれた箇所を指先でなぞった。

ソフィアは祖母が魔女である事は知っていたが、数少ない純血家系だとは知らず──かと言って自分の中に高貴な血が流れていると思う事もなく、「そうだったのね」とあまり興味がなさそうに頷いた。

 

 

「純血一族……それなら、お婆様はこの記事を載せて、ご両親に子どもが生まれたことを伝えたかったのね。きっと勘当されていたんだわ」

 

 

セブルスが幼少期どのような暮らしをしていたのかはわからないが、スピナーズエンドにある家と、祖父母の写真はおろか痕跡が一切残されていないところを見ると貧困し、あまり良い家庭状況では無かったのだろう。

 

 

「プリンス家は、もう途絶えたのかしら?親戚の話は聞いた事がないのよね……」

「アイリーンは一人娘だったようだから……多分、ソフィアとルイスしかいないと思うわ」

 

 

ハーマイオニーは気遣うように遠慮がちに言ったが、ソフィアは残念に思う事はなかった。ただ、もし墓が残されているのならば一度は詣でてみたいとぼんやりと考えたが──それは、きっと全てが終わってからになるだろう。

 

 

「ありがとう、ハーマイオニー。お婆様のことが知れてとっても嬉しいわ」

 

 

ソフィアはにっこりと明るく笑う。久しぶりに見たソフィアの笑顔に、ハーマイオニーはほっとして嬉しそうに笑った。

 

ソフィアとハリーが別れたのだろうとハーマイオニーは気付いていた。2人は何も言わないが、寝る前のキスはあの日からしていないようだ。それでもふとした時にハリーはソフィアを、ソフィアはハリーを目で追っている。

互いに愛し合っている2人が別れた事に、ハーマイオニーはとても悲しかったが──2人の決断を、彼女は見守る事に決めた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

ダンブルドアの葬儀には大勢の魔法使いが参列した。彼のことを慕う魔法使いや魔女は皆喪服を着て長い列を作り何百と並べられた椅子に座っている。

その中には騎士団のメンバーや、他校の教師、そして魔法省の者など多岐にわたる。

ダンブルドアの死を悲しんでいるのはヒトだけではなく、ホグワーツの湖に住む水中人は物悲しい不思議な歌を歌い彼の死を悲しみ、森に住むケンタウルス達は森の中から弓矢を放ち死を悼んだ。

 

ダンブルドアの亡骸のそばには戦いの後主人を亡くし転がっていた彼の杖が納められている。一見するとただ眠っているだけのように見えるダンブルドアに、ソフィアはまた胸が強く痛むのを感じた。

 

魔法大臣の長い弔辞が終わった途端、ダンブルドアの亡骸とそれを乗せた棺の周りに眩い白い炎が燃え上がった。それは勢いを増し、亡骸が全く見えなくなったその時、ソフィアはその炎が不死鳥の形を作ったように見えたが──瞬き一つの間に消えていた。

 

炎が消えた時、亡骸と棺は消え、白い大理石の墓だけが残されていた。

 

 

ソフィアは痛む胸を押さえ、涙を流しながらじっとその白い墓を見つめた。彼は犠牲になったのだ、私の家族のために。

 

ハーマイオニーはロンの肩に顔を埋めて啜り泣き、ロンはハーマイオニーの肩を抱きながら同じように泣いていた。ソフィアは、近くにいるハリーの顔を見る事も、悲しみに暮れる彼に寄り添う事もできず、ただ独りじっと耐え──そして、決意を固めた。

 

 

 

「──あれ?ハリーは?」

 

 

目を擦りながらロン振り向き、不思議そうに首を傾げた。ソフィアは隣にハリーが居るものだと思っていたが、考え込んでいる間に1人先に行ってしまったらしい。

ソフィア達がハリーを探していると、スクリムジョールと離れたところで話しているハリーを見つけ、すぐにソフィア達はハリーの元へ駆け寄った。

 

 

ハリーはスクリムジョールが肩を怒らせながら去って行くその背を見ながら、ソフィア達が走り寄ってくる事に気づき、3人が追いつきやすいように歩く速度を緩める。

何事もなかった日々、よく4人で過ごしていたブナの木の下でソフィア達はハリーに追いつき、心配そうにハリーの横顔を見た。

 

 

「スクリムジョールは、何が望みだったの?」

「クリスマスの時と同じ事さ。ダンブルドアの内部情報を教えて、魔法省のために新しいアイドルになれってさ」

 

 

ハーマイオニーの問いかけにハリーは肩をすくめて答える。

いつもならソフィアが隣に並んでいたが、ソフィアはあれからさりげなくハーマイオニーの隣に行っていた。ハリーは離れてしまった距離に心の底で悲しみと苦しみが溢れてくるのを感じたが、ポケットに突っ込んだ手を握りしめる事で誤魔化した。

 

 

「いいか、僕は戻ってパーシーをぶん殴る!」

「だめよ」

 

 

怒るロンの腕をハーマイオニーが掴んでキッパリと言ったが、ロンは口を尖らせて「僕の気持ちがスッキリする!」と吐き捨てる。

ハリーは思わず笑ってしまい、ハーマイオニーとソフィアも少しだけ微笑んだが、ハーマイオニーは城を見上げ、また表情を曇らせた。

 

 

「もうここに戻ってこないなんて、耐えられないわ。本当に閉鎖されてしまうのかしら……」

 

 

教師達は明言しなかったが、その噂はホグワーツ内で囁かれている。ヴォルデモートに対し安全な場所で無くなってしまったホグワーツは閉鎖の危機に瀕していたが──しかし、それは最早どこでも同じ事だろう。

 

 

「そうならないかもしれない。家にいるよりここのほうが危険だなんて言えないだろう?どこだって今は同じさ。僕はむしろ、ホグワーツの方が安全だって思うな。この中の方が護衛している魔法使いがたくさんいる。ハリー、どう思う?」

「学校が再開されても、僕は戻らない」

 

 

ハリーの静かな言葉にロンは呆気に取られぽかんと口を開いたが、ソフィアとハーマイオニーはハリーがそう考えるだろうと予想しており、驚く事はなかった。

 

 

「そう言うと思ったわ。でも、それじゃあなたはどうするつもりなの?」

「僕はもう一度ダーズリーのところに帰る。それがダンブルドアの望みだったから。でも、短い期間だけだ。それから僕は永久にあそこを出る」

「……どこに行くの?」

 

 

ソフィアは、数日ぶりにじっとハリーの目を見つめた。ハリーはソフィアの目に自分の姿が映る事に言いようのない満足感を得ながら、その緑色の目を見つめる。

 

 

「ゴドリックの谷に、戻ってみようと思っている。僕にとって、あそこが全ての出発点だ。あそこに行く必要があるという気がするんだ。そうすれば、両親の墓に詣でる事ができる。──そうしたいんだ」

 

 

ハリーはソフィアの瞳を見つめたまま呟くように答えた。ロンはハリーとソフィアの間で視線を彷徨かせ、戸惑いつつもハリーの決意を感じ取りぐっと表情を引き締めた。

 

 

「その後はどうするの?」

「それから、残りの分霊箱を探さなきゃいけない。僕がそうすることを、ダンブルドアは望んでいた。だからダンブルドアは僕に分霊箱の全てを教えてくれたんだ。ダンブルドアが正しければ──僕はそうだと信じているけど──あと四個の分霊箱がどこかにある。探し出して破壊しなければならないんだ。それから七個目を追わなきゃならない。まだヴォルデモートの身体の中にある魂だ。……あいつを殺すのは僕なんだ」

 

 

ハリーはそう言いながらソフィアから目を離し、遠くに見えるダンブルドアの白い墓をじっと見た。

参列者は殆どいなくなっていたがハグリッドはまだその巨体を縮こまらせながら咽び泣き、悲しげな哀切の声が湖面に響き渡っていた。

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは視線を交わした。三人とも、同じような決意を目に宿らせていた。言葉を交わさずとも、互いが何を考えているか理解ができる。──彼らは、真の親友なのだから。

 

 

「僕たち、行くよ、ハリー」

「え?」

「君のおじさんとおばさんの家に。それから君と一緒に行く。どこにでも行く」

「駄目だ」

 

 

ハリーはロンの言葉を即座に否定し首を振った。

間違いなく危険な旅になるだろう。この旅にハリーは独りで向かうつもりであり、三人にはそれを理解してほしかった。しかし、ロンは揺るぎない目でハリーを見て一歩も引く事はなく、ハーマイオニーもまた真剣な目でハリーを見つめた。

 

 

「あなたは、前に一度こう言ったわ。私たちがそうしたいのなら、引き返す時間はあるって。その時間はもう十分にあったわ、違う?」

「何があろうと、僕たちは一緒だ」

 

 

ロンとハーマイオニーは視線を交わし強く頷く。そして黙ったままのソフィアを見た。

ソフィアは一歩ハリーへと近付き、懇願するようにぎゅっと眉を寄せ口を開いた。

 

 

「あなたの力になりたいの。ハリー」

 

 

ハリーはぐっと拳を強く握る。ダメだ、危険な旅になる。死んでしまうかもしれない。

しかし、心の奥で微かに喜んでいる気持ちがあることに、ハリーは気付いていた。

 

 

「だけど、おい。何をするより前に、僕のパパとママのところに戻ってこないといけないぜ。ゴドリックの谷より先に」

 

 

ロンは一気に砕けたように言い、軽い足取りでハリーの隣に並び肩を組んだ。怪訝な顔をして「どうして?」と聞くハリーに、ロンはひどく真面目な顔で答える。

 

 

「ビルとフラーの結婚式だ。忘れたのか?」

 

 

ハリーは驚きロンの顔を見つめた。結婚式のような当たり前の幸福が、まだ存在している事がなぜか信じられなかったのだ。

ダンブルドアが死に、分霊箱を見つけ出す危険な旅が待ち受けている。

しかし、その他の人にとっては明日から通常の日々が続くのだ。──なんて、素晴らしい事なのだろうか。

 

 

「ああ、そりゃ、僕たち見逃せないな」

「そうよ!その前に鎖も結び直さなきゃならない。ね?そうでしょ?そうすればあなたは分霊箱の事を、みんなに伝えるんでしょう?」

 

 

ハーマイオニーはソフィアとハリーの手を取り、強く握った。ハーマイオニーは分霊箱を探し出す危険な旅に向かうのが一人前とは言えない4人だけだなんて無謀だとわかっている。

セブルスを信じきれないハリーは分霊箱の情報が流出するのを恐れ、今はまだ沈黙しているが、信頼の鎖が結び直されたのならば助けを求めるはず。そう、彼女は期待していた。

 

ハリーはハーマイオニーの視線に曖昧に肩をすくめ、やんわりと手を振り解くとわざとらしく話題を変えた。

 

 

「そういえば、ハーマイオニーはいつから知ってたんだ?その──ソフィアの事」

「え?──ええっと……」

 

 

ハーマイオニーは迷うようにチラリとソフィアを見た。もうソフィアとセブルスの関係は知られているが、その事についてソフィアの了解なく触れていいものかわからなかったのだ。

 

 

「一年生の時よ」

「そんなに前から?」

 

 

ハーマイオニーの代わりにソフィアが答え、その言葉にハリーだけでなくロンまで驚き目を開いた。てっきり最近の事かと思っていたが、まさか一年生の時だったとは思いもしなかったのだ。

 

 

「ええ、みんなが父様が犯人だと思って、賢者の石を守りに行った時。その時……ハーマイオニーと言い合いになって、つい『子どもを呪う親が何処にいるの!』って言っちゃったの。その日、クィレルに近付き過ぎたルイスが呪われて──かけた本人が解呪するか死なないと解けないほど強い呪いをかけられてしまっていたの」

「それで、全てが終わった後にダンブルドアにソフィアとスネイプ先生と一緒に呼ばれて、改めて説明されたの。もちろん親にも言わないように約束したわ」

 

 

ハリーとロンは驚きつつも、確かにあれからハーマイオニーは全くと言っていいほどセブルスを疑う事はなく、改めて考えてみればソフィアと共に何かとセブルスを擁護していたと思った。

それにしてもセブルスの対応は我が子にしては厳しすぎてよくソフィアは罰則を受けていたしソフィアもまた反抗的な態度を見せる事が多く、本当にソフィアの事を大切に思っているのかと言う新たな疑問がハリーとロンに湧いて出た。

ソフィアはそんな2人の考えを読んだのか、少しずつ悪戯っぽく笑うと声を顰めて囁いた。

 

 

「実はね、罰則の半分はただのお茶会だったのよ。罰則という言い訳がなければ、父様と2人きりになんてなれないでしょう?」

「そうだったのか?それにしてもさぁ……スネイプにブチギレてる時もあったよな?ほら、ハーマイオニーの歯が伸びたときとか……」

「ソフィアのこと、出来損ないとか言ってなかった?」

「ああ、そんな事もあったわね……父様は衝動的にとっても酷いことを言うのは事実よ。まあ、その後にちゃんと謝ってくれたから、許したの」

 

 

あっさりと言うソフィアの言葉にハリーとロンは顔を見合わせた。あのスネイプが謝罪する場面なんて想像が出来ない。いや、むしろお茶会なんて可愛らしいものがあの男の思考の中にあるだなんて考えられなかったのだ。苦い表情をするハリーとロンに、ソフィアは少し悲しそうな目をしたがすぐにいつものように笑う。

 

 

「さあ、荷物を取りに戻りましょう。もう汽車が出発してしまうわ」

「まあ、もうそんな時間?急がないと!」

 

 

ハーマイオニーは慌てて走り出し、ロンとソフィアはその後を追いかけた。

ハリーは3人の後ろ姿を見ながら、少し遅れて走り出す。

 

分霊箱の事、ソフィアの事、考えなければならない事は沢山ある。やがてヴォルデモートとの最後の対決の日が来る事もわかっていたが、ハリーはまだソフィアとロンとハーマイオニーと過ごせる時間が残されているのだと思うと、心が浮き立つほど嬉しかった。

 

 

 






謎のプリンス、終了です。
ここでソフィアの秘密を明かす事は初めから考えていましたが、何度も書き直して納得のいく文にするのが難しかったです……。
シリウスの生存、セブルスの秘密が明かされ、裏切り者ではないとわかった事。それがこの後どのように影響を及ぼすのか……。


いつも評価、コメント、誤字報告などありがとうございます!


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死の秘宝
370 最後の一年の始まり。


 

 

 

月明かりが照らす狭い道をナルシッサは早歩きで歩いていた。彼女らしからぬ素朴な黒く長いローブを着てフードをすっぽりと被り、少しもずれないように左手で胸元を固く握りしめていた。

少しの物音にも表情を強張らせながらナルシッサは必死に目的地へと向かう、そこはホグズミードにある落ち着いた雰囲気のバーであった。

ダンブルドアが死亡してまだ1週間と少ししか経過していない。店内に客は少なく──元々、去年から客数はがくんと減っていたが──ポツポツと客がいる程度だ。

中には1人でテーブル席に座り、目の前の空席へ酒を注いでじっとしている者もいる。ダンブルドアへの葬いなのかもしれない、とナルシッサは思った。

 

 

グラスを磨いていたバーテンダーに「メニューリストをくださる?」と言いながらナルシッサは店内の一番奥のカウンター席に座った。

すぐに机の上に飛んできたメニューをさっと眺め、ナルシッサは適当に目についたものを杖先でトンと叩いた。

数分も経たぬうちに羽が生えた細長いグラスがパタパタとナルシッサの前に飛んできた。琥珀色の酒が入っているグラスは添え物のナッツ類と共にお行儀よく机の上に着地する。

 

バーはパブとは異なり賑やかな場では無く、個々が静かに酒を楽しむところである。ナルシッサは細いグラスの足を指で撫でながら注意深く店内を見回した。──誰も、自分に意識を向けてはいない。

 

 

時計が夜の10時を指したとき、ナルシッサはすっと立ち上がり店内の奥にあるトイレへと向かった。

 

扉を開けたナルシッサはその先にいる人を見て目を細めながら、後ろ手で静かに扉を閉める。

 

 

「こんばんは、ソフィア」

「こんばんは、ナルシッサさん」

 

 

フードの下からソフィアはキラキラとした緑色の目で真っ直ぐにナルシッサを見る。その視線から逃れるように、ナルシッサは蒼白な顔で目を伏せぐっと唇を噛み締めた。

 

 

「それでは、はじめますね」

 

 

ソフィアは羽織っていた黒いマントの下から籠を取り出し、中に詰め込まれたクッションの上で丸まっていたティティに呼びかける。籠の扉を開けばティティはすぐに飛び出し軽やかに床に着地した。

 

 

「ティティ、この人に変身して」

 

 

ティティはソフィアの言葉と願いを聞きとり、じっとナルシッサを見つめたかと思うと「ポンっ」と小さな音を立てて変身した。

小さな白い体は長く伸び、闇のように黒くなっていく。すらり、としたナルシッサの体型と、今の青白い顔色、そして漆黒の服まで完璧に瓜二つとなったティティは「どうだ!」というように自慢げに胸を逸らした。

 

 

「まあ、ナルシッサさんはそんな顔はしないわ!」

 

 

おおよそナルシッサがしそうにない子どもっぽく親に褒められる事を望むような表情に、ソフィアはくすくすと笑いながらナルシッサ(ティティ)の手を取る。

 

 

「ティティ、このまま店内に戻って座るのよ。もし誰かに話しかけられたら──失礼します。って言って、またこのトイレに戻ってきたらいいわ」

「しつれいします」

 

 

ナルシッサは鏡を見ているような気持ちになりながらもう1人の自分を見ていた。表情や言葉はややおぼつかないが、店内は薄暗く強張った表情をしていても時期が時期であり不審がられないはず。それに、この時期に1人の客に話しかける無粋な人はいないだろう。

 

ティティは「ひ、つれい──しつ、れい」と発音の難しさに苦しみながらぶつぶつと呟いた。

練習を重ねるティティを見るソフィアの目はとても優しかったが、ナルシッサの方を見るときには緊張と警戒が含みやや硬い表情になっていた。

 

 

「では、いきます」

「ええ」

 

 

ソフィアはナルシッサの胸元に向けてまっすぐと杖を向けた。ナルシッサはぐっと目を閉じ、怯えるかのように肩を震わせた。

 

 

 

 

 

 

何食わぬ顔でトイレから出たナルシッサはあらかじめ聞いていた席に座り、目の前の酒を見て首を僅かに傾げる。つい、と首をまっすぐに戻すと、細くしなやかな指でグラスを掴み唇を当て、傾けた。

 

 

「──っ!?」

 

 

その奇妙な味と喉を焼くような熱に、ナルシッサは慌てて口を離しグラスを置き、ナッツを3粒ほど口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

ソフィアは姿現しをして家の裏にある森へ着くと身を低くしてすぐに走り出した。家の門を押すときにやや緊張したが、鍵穴を杖先で軽く叩きすぐに扉を開く。

 

ソフィアの緊張感がそのまま現れているように、部屋の中もどこかよそよそしい緊張感で満たされピリピリとした空気を纏っていた。

 

ソフィアは薄暗い廊下を過ぎ、灯りが漏れているリビングへと向かう。

 

 

「──成功したわ!」

 

 

扉を開けながらソフィアが明るい声で言えば、ソファに座り今か今かと待っていたリーマス、ジャック、ドラコは立ち上がりほっと表情を緩めソフィアの周りに駆け寄った。

 

 

「良かった!」

「本当につけられてないか?」

「大丈夫よ、何度も確認したし、認識阻害眼鏡もかけていたもの」

 

 

ソフィアは顔にかけていた大きな黒縁メガネを掴み、パチンと折り畳みポケットの中に突っ込む。

 

 

「それで、母上は──?」

 

 

ドラコはソフィアの後からナルシッサが入ってくるのかと思ったが、部屋に現れたのはソフィアだけだった。気が急いてそわそわと落ち着きのないドラコに、ソフィアは少し申し訳なさを感じながら黒いマントを脱ぎ、中から籠を出す。その中には白く美しい毛並みのティティがいつものようにクッションの中央で座っていた。

 

意味がわからず目を瞬かせるドラコは──母に会えると喜びに紅潮させていた頬を瞬時に顔を蒼白にさせ、顔を引き攣らせた。

 

 

「──まさか」

「ルイスを真似してみたの。私流にね」

 

 

ソフィアは籠の扉を開け中からティティを出すと、素早く杖を向け軽く振るった。

 

白いティティは黒く染まり、小さな体はぐんぐんと大きくのびていく。

目の前でフェネックが人へ変貌していく様子に、ドラコは言葉を無くし呆気に取られた。

 

人を動物に変える魔法は難しい。完璧な動物に近づくほどに難易度が上がり、ほとんどのものは体の一部が動物に変身してしまうなど奇妙な結果に終わってしまう。

 

ソフィアはティティをナルシッサに、ナルシッサをティティに変身させ入れ替えたのだ。

もっとも、ティティの変身はティティ本人の努力によるものが大きいが、ソフィアは今日のために昨年からマクゴナガルの個別授業にティティを連れて行き、どうすれば本物と同じ色になるのか相談し、密かに訓練していた。

 

何ヶ月も前のクリスマス休暇前のルイスとの短い会話がこう繋がるとは思わなかったが、ルイスはあの時から今日のことを考えていたのかと思うと──少々ゾッとする。一体いつからの計画だったのだろうか。

 

 

「ドラコ!」

「は、母上」

 

 

人に戻ったナルシッサは数秒ぼんやりとしていたが、すぐに目の前で心配そうに瞳を揺らすドラコに気付くと小さく叫びながら縋りつくように強く抱きしめた。

いつの間にか自分よりかなり背が高くなってしまったドラコの胸元に顔を寄せ、ナルシッサはしっかりと息子を──世界でたった一つの宝物を抱きしめ、ようやく何ヶ月かぶりにうまく息を吸うことが出来た。

 

 

「ドラコ、少し痩せたかしら?」

「え、いえ……母上こそ、顔色が……」

 

 

ドラコは母に抱きしめられた記憶はそれこそ朧げなほど昔の話であり、マルフォイ一家は親子や夫婦であっても気軽にハグをすることはない。かなり驚き狼狽えたが、嫌な気持ちになることはなく胸がきゅっと切なく締め付けられた。ドラコは母を抱きしめ、こんなに細く、小さな人だったのか、と初めて気がついた。

 

ナルシッサはそっと体を離すとドラコの頭の先からつま先までじっくりと見て怪我が無いか、ポケットから杖を出し軽く振り呪われていないかを確認した後、ようやく初めて安堵が滲む笑みを見せた。

 

 

「ナルシッサ、ここに来たという事は俺たちの元に属する、という事でいいんだよな?」

 

 

感動的な親子の再会もそこそこにジャックが数歩近づき問い掛ければ、ナルシッサはドラコを庇うように立ちながらごくりと固唾を飲みジャックを見上げた。

 

 

「……ええ、ドラコとルシウスが無事なら、私はどこだっていいの。……あなたがここにいるということは、あなたも裏切り者だったのね、ジャック」

 

 

ジャックは肩をすくめ「俺はずっとこっちさ」と軽く伝えた。

ジャックは何年も前から死喰い人として騎士団に潜り込みスパイ活動を行なっていると聞いていた。騎士団だけでなく、魔法省にも顔が広いジャックは様々な情報をヴォルデモートに流していたのだが、それすらも仕組まれたものだったのだろう。

うまく立ち回ったものだとナルシッサは苦い気持ちになり眉間に皺を刻んだが、臆する事なく強い目でジャックを見つめた。

 

 

リーマスとソフィアはジャックもまた裏切り者だという事を伝えると決めた時、もしナルシッサがドラコよりもヴォルデモートの権力に屈し裏切ればセブルスだけでなくジャックも危険なのではないかと心配していたのだが──ナルシッサの表情を見る限り、その心配はなさそうだった。

 

 

「ナルシッサ、俺はドラコと誓いを結んだ。誓いの内容は──言えない、それすらも誓いだからドラコに聞き出そうとしない方がいい。……この意味がわかるな?」

 

 

ジャックの言葉にナルシッサは凍りつき不快感と後悔を滲ませた表情を見せる。

きっと、破れぬ誓いを結ばされたのだ。裏切る事がないように、今度は息子(ドラコ)を使い、私が縛られる。

 

ジャックの表情に慈悲や申し訳なさは微塵も無く、ナルシッサは当然の報いなのだろうと奥歯を噛み締め頷いた。

 

 

「……ええ、わかったわ」

「後はルシウスだが……あいつの閉心術はどうだ?ナルシッサとドラコは中々に優秀なようだけど」

 

 

ジャックはナルシッサの後ろにいるドラコを見ながら目を細める。閉心術は努力すれば

ある程度は使えるようにはなるが、ヴォルデモートを欺くほどの閉心術を使うには個々の才能に左右される。心を閉ざすという秘められた才能を、ドラコと──そして、セブルスとジャックも同じように持っていた。

 

 

「主人は……苦手でしょうね。もちろんある程度は可能ですが、帝王を欺けるほどではないわ」

「そうか、ならルシウスには黙っておいた方がいい。裏切りがバレてしまえばみんな殺されるからな」

 

 

ジャックの言葉にナルシッサはやや不満そうだったが、最終的には納得して頷いた。優秀な閉心術師でなければヴォルデモートを欺くことは不可能であり、ルシウスは予期せぬトラブルに臨機応変に対応できるタイプではないのは確かだ、狼狽えた時に間違いなく心を曝け出してしまうだろう。

 

 

「ならば、主人は──ずっとあんな監獄で?」

「いや……後数日といったところだろう。大勢の死喰い人が収監されているところを、ヴォルデモートが放置するとは思えない。吸魂鬼も離反したしな」

 

 

ヴォルデモートとしても戦力は欲しいはずだ。一度ミスを犯した死喰い人であっても手元に戻し駒に使いたいと考えるのが普通だろう。アズカバンの看守が吸魂鬼ではなくなりただの魔法使いになってしまった今、ヴォルデモートは簡単に彼らを脱獄させる事が可能なはずだ。

勿論魔法省としてもそれはなんとか防ぎたいところだが、魔法省内部も一枚岩ではなくヴォルデモートや死喰い人の息がかかっている者は少なくない。裏切り者以前に──既に、服従の呪文にかけられている者も多いのだ。

 

 

「……わかったわ。私に何を望むのかしら」

「いや暫くは何もしなくていい。ナルシッサは死喰い人じゃないだろ?任務が与えられる事はないだろうしドラコも一定の評価は得た。ダンブルドアが死んだ今、ドラコの利用価値は低い。ヴォルデモートはもうドラコを利用する事はない。ホグワーツの見張りくらいは頼むかもしれないけどな」

「……そう。なら……ひとつだけ」

 

 

ナルシッサは背筋を凛と伸ばし、ジャックとリーマスを見る。その顔色は悪く握られた手は震えているが、その目には確かな意志が感じられた。

 

 

「知っているかもしれませんが、今──死喰い人の本拠地は……マルフォイ邸です。帝王も、死喰い人も、そこにいます」

 

 

その情報は死喰い人であるジャックは知っている事だったが、そうだとしてもナルシッサ本人の口から吐かれることに意味がある。ナルシッサが持つ有効な情報は少ないが、それでも──ヴォルデモートを裏切るという強い意志があるのだ。

その言葉を聞いたリーマスはようやくナルシッサが本当にヴォルデモートを裏切るのだと確信し、緊張を僅かに解いた。いや、信頼し何かを頼むことはできないだろう。ただ万が一何かがあった時にナルシッサとドラコはこちら側に有利に動くはずだ。

 

ソフィアとドラコは大人達の会話を聞き少し不安げにしていたが口を挟む事はなかった。子どもだけでどうにかできるほど、事態は甘くない、一つのミスが仲間を危険に晒し取り返しのつかないことになってしまう。ならばソフィアとドラコは子どもとして、信頼できる大人達の意見に従う他無かった。──その方が、精神的負担が少ない。

 

 

「今すぐドラコを返すことはできない。なるべく早く、ルイスとドラコを入れ替えないとな、ポリジュース薬にも限りがあるだろうし」

「……こちらにいる間のルイスの安全は保証するわ」

 

 

ナルシッサの言葉にソフィアは「良かった……」と小さく呟く。安堵したソフィアを見下ろしたナルシッサは冷たい目でじっと見据え口元に微かな冷笑を浮かべた。

 

 

「ルイスのためじゃないわ。ドラコのためよ、ソフィア」

「……」

 

 

冷たく吐かれた言葉にソフィアは一瞬傷付いたように顔を歪ませたが、すぐに小さく頷いた。

 

ナルシッサはソフィアを見て僅かに良心が痛んだ。数年前はこうなるだなんて思わなかった。ドラコの良き友人として、ルイスとソフィアがずっとそばにいる事を望んでいた。

いま、わざわざ突き放すようなことを言わずにソフィアの気持ちに寄り添うのは簡単だった、しかし、一度心を許したものに対して愚かなまでに信じてしまうソフィアのことを考えれば──こうするのが正解だろう。それに、いきなり馴れ合う事は出来ない。

 

 

「ソフィア。……私は、謝らないわ」

「……ええ」

 

 

ナルシッサの言葉にはたくさんの意味が込められていた。

セブルスを縛った事、ルイスの優しさを利用した事、いま、寄り添えない事。

 

ソフィアはぐっと唇を噛み、俯いた。

 

 

「それにしても、まさか──本当にセブルスが裏切っていたなんてね。帝王が示す未来に賛同して深く共感していたのに」

 

 

欺いていたのならば、いつからだろうか。何十年もそうであるならば──まともじゃない。とんだ狂人だわ、とナルシッサは内心で吐き捨てる。ソフィアは顔を上げて微かに笑った。

 

 

「私たちの母様は、ヴォルデモートに殺されたんです」

 

 

ソフィアは自分の髪に向かって杖を振り、黒い髪を美しい赤毛に変化させる。

その姿を見たナルシッサは驚愕に目を見開いたが、ようやく長年の謎が解け、憑き物が落ちたような顔でふっと小さく笑う。

 

 

「……気がつかなかったわ。親しくは無かったし、セブルスはマグル生まれを穢れた血だと嗤っていたもの。まさか学生時代の時から私たちを欺いていたなんてね」

「きっと、それは……父様の真実の一部ですよ。父様がその時何を思っていたのか、私にはわかりません。……ただ、母様を愛し、私たちを愛しているのは疑いようはありませんけどね」

 

 

セブルスは殆ど学生時代の話をしない。僅かにアリッサとの思い出を語ってくれる事はあるが、マグル生まれを蔑む者が多いスリザリンで過ごした日々を、何も語らない。

今までは死んだアリッサの事を話すのが辛いのかと思っていたが、おそらくそれだけではない。──話せない事が、多かったのだろう。

 

 

「知っているわ。だから、私はセブルスを利用したのよ」

 

 

ナルシッサの淡々とした言葉に、ソフィアは悲しそうに微笑んだ。

 

 



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371 奮闘!

 

 

ドラコの無事を確認したナルシッサはなるべくその姿を見られぬよう家へと帰ってきた。

広大な屋敷の中には黒いフードを被った死喰い人が我が物顔で振る舞いながら屋敷の中を闊歩している。

姿形が異形な者や浮浪者のように汚らしい者。殆どの者がマルフォイ邸に相応しくない装いであり、ナルシッサの中に嫌悪感が生まれる。

姉のベラトリックスだけならば許せた。いくらでも匿うつもりだったが、各地に散らばっている死喰い人を集め、更にヴォルデモートまで滞在するとなると、流石に苦い気持ちを抱かずにはいられない。

 

ナルシッサは死喰い人ではなく、彼らが何の任務に赴いているのかを知らされる事はない。ドラコがルシウスを助けるために死喰い人にされてしまったが──末端も末端の彼に、重要な案件は話されることなく会議にも出席していない。

それは、ナルシッサにとって僅かに安堵できる事ではあったが、彼らが滞在することにより本来心休まる家の機能が無くなり、先祖代々続く美しいこの屋敷が穢されているような気がして、ナルシッサは沸々とした苛立ちを感じていた。

 

ドラコの部屋の扉を叩けば、数秒後に「はい」と小さな声が聞こえた。自分の子どもの声ではあるが、やはりよそよそしさと違和感があるように思うのは自分が母だからだろうか。

 

 

「気分はどう?」

「……まだ、倦怠感があるかな」

 

 

ドラコ──いや、ルイスは天蓋付きベッドの上でふかふかとした大きな枕に背を預け小さく微笑む。

今まで誰にも出来なかった死喰い人をホグワーツに連れ込み、ダンブルドアを殺すという任務。

ダンブルドアを殺したのは正しく言えばセブルスだが、そのきっかけを作ったルイスはプレッシャーと心労から家へ戻った途端発熱し、体調を崩していた。

解熱薬を飲めばすぐに熱は下がるが、体調が優れないと言えば死喰い人達はルイスに近づく事はなかった。──いや、そもそもルイスに死喰い人達は近づかない。もとより、彼らもまたヴォルデモートに与えられた任務をこなすのに必死であり、子どもの様子に興味など無いのだ。

 

この家に戻ったルイスは、できるならばヴォルデモートと会うことは避けたかったが──一度も会わずに過ごす事は不可能だった。戻って数日後にはヴォルデモートが現れ、冷たい目に狂気と歓喜を滲ませながらルイスを見下ろし、信じ難いことにルイスの行動を褒めたのだ。

 

僅か数分の謁見だったがルイスは必死に企みを気付かれないように心を閉ざし、ただ彼の前で跪き頭を垂れた。その顔色は悪く体は小さく震えていたが、ヴォルデモートを前にした者は大抵畏れを抱くためヴォルデモートも、周りにいた死喰い人も気にする事はない。以前、死喰い人の証を腕に刻まれたドラコもまた同じように怯え震えていたからかもしれない。

 

 

ルイスは広い部屋の中で、近くをつまらなさそうに歩いていた孔雀の背を撫でる。ルシウスの愛玩品であるこの孔雀は、本来なら好きに庭を歩いていたが──死喰い人達がいる中で放っていれば、すぐに無惨な姿になり木に吊るされるか、夜の食卓に並んでしまうのだ。

 

 

「あと、何日ほどで()()戻るかしらね」

 

 

ナルシッサは静かにルイスに近づき、やや不安げな自分の息子と同じ顔を見下ろす。その言葉の意味を正しく受け取ったルイスは暫く考えた後「1週間くらいかな」と答えた。

 

 

「そう……なら、それくらいに少し早めに来年度の学用品を買いに行きましょう。あなたの杖を買いに行かなければならないわ」

「そうだね」

 

 

当然だがルイスはドラコの杖を持っていない。ドラコの杖は独特の意匠もなく誰もどんなものだったのか覚えてはいないだろうが、念には念を入れてルイスは逃げる時にハリー・ポッターに阻まれ、杖を落としてしまったのだと死喰い人達に説明した。

魔法使いの命といって過言では無い杖の紛失を、死喰い人達は嘲り馬鹿にしたが怪しまれることは無かった。

 

 

「……顔色が悪いわ」

 

 

ナルシッサはベッドの端に座り、ルイスの手を取る。ルイスはその冷たい手に少し驚き、戸惑いながらナルシッサを見上げた。

ルイスはドラコを自分の目的のために利用した。そうするしか無いと思っての事であり、ドラコの安全は騎士団で保証されていると信じているが──ナルシッサの心情を思えば、こうして彼女が触れてくるとは思わなかったのだ。

 

 

同じほど冷たい手をとったナルシッサは、ルイスの手を優しく開かせるとその手のひらに文字を書く。どこで誰が見聞きしているかわからない今、ナルシッサが誰にも気づかれずルイスと話すには魔法を使わず原始的な方法しか残されていなかったのは、皮肉な事だろう。

 

 

──ドラコと騎士団達に会ったわ。私たちは、帝王を裏切り、騎士団に忠誠を誓います。

 

 

指先で一言一言書かれた文字を読んだルイスは、にっこりと笑い「ありがとうございます」とナルシッサの手のひらに書いた。

 

 

──ルシウスにはその事は伝えないと決まったわ。

──どうして?

──あの人、閉心術が得意では無いから。

 

 

文字を読んだルイスは真剣な顔で頷いた。ただでさえヴォルデモートはルシウスの失態を許していない。

予言を知る事は不可能になり、複数の死喰い人が捕らえられ、本来の予定ならばまだ姿を明かすつもりではなかったヴォルデモートの存在が知られてしまった。──それに、ルシウスに預けていた大切な日記を破壊されてしまったのだ。ルシウスはその日記の重要性と隠された真実を知らなかったが、その日記はヴォルデモートの魂が収まる分霊箱であり、その損失への怒りは凄まじく殺されなかったのが奇跡だと言える。

 

数々の失態のツケをドラコが払わねばならなくなり──一応、なんとか与えられた任務をこなす事が出来てマルフォイ家として一定の評価は上がったが、何か気に入らないことや不審な事があればすぐに死の呪文が体を貫くだろう。

 

 

「……もう寝なさい」

「はい」

 

 

ナルシッサはそっと手を離し立ち上がると、ルイスの痩せた頬をそっと撫でてから部屋を出た。

ルイスは閉じられた扉を見た後、長いため息を吐くと柔らかな布団を頭の上まで被り固く目を閉じた。

ポリジュース薬の効果は1時間で切れてしまう。長い睡眠をとることは不可能だが、この敵の本拠地で無防備に眠ることなどできないため問題はない。むしろ、この家に来てから気が張り詰めているのかちっとも眠くならなかった。

 

それに──目を閉じ僅かに休めば、その度に悪夢に魘されていた。

自分の罪を訴えかける悪夢の数々に、夢で現れなくてもわかっているのに、とルイスは強く目を閉じ唇を噛み締める。

 

 

──ごめんなさい。もう、誰も死なないで。

 

 

何度吐いたかわからないその言葉は、またルイスの体の奥で反響し重く沈殿した。

 

 



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372 再会!

 

 

ルイスは黒いローブと、普段なら着る事がなかっただろう上質で品のある服に身を包んでいた。鏡に映る顔色は、いつもよりも悪く目の下には色濃く隈が出来てしまっている。僅かに微笑んで見せれば、鏡の中のドラコは同じように疲れた顔でぎこちなく笑った。

 

 

「準備は良い?」

「はい。──母上」

 

 

同じような衣服に身を包むナルシッサに声をかけられ、ルイスは硬い表情で頷いた。

今、館の中にヴォルデモートは居ない。死喰い人の大半も同胞を解放するためにアズカバンへと向かっている。監視されているわけではないが、出来るだけ敵は少ない時に行動に移すべきだろう。

 

長い石造りの廊下には豪華なカーペットが全面に渡り覆っており、壁にかかる青白い顔の肖像画達はナルシッサとルイスをじっと見つめていた。

 

 

「──おや、お出掛けかい」

 

 

玄関ホールへ向かう階段を降りていると、ちょうど近くを通ったベラトリックスが足を止めルイスとナルシッサを見上げた。

戦闘狂であるベラトリックスは、仲間を脱獄させるためにアズカバンへと向かいたかったが──彼女は今、身重であり大切な時期だった。

ベラトリックスの妊娠を知っているのはヴォルデモートと本人だけであり、漆黒のローブで身を包んでいればたとえある程度腹が膨らんでいたとしても気付かれる事はないだろう。

 

ルイスはナルシッサの後ろでじっとベラトリックスを観察する。そういえば彼女は数週間前、ホグワーツ襲撃の際にも姿を表す事はなかった。性格上きっと来るだろうと思っていたが──それに、今日は沢山の死喰い人がこの屋敷から姿を消している。何か大きな任務があるようだが、その任務にもついていないようだ。

何か失態を犯して謹慎しているのだろうか?いや、それなら自身に失望し鬱々としているはずだ、しかし彼女の顔にはそういった憂いは感じられない。

 

 

「言っていたでしょう。ドラコの新しい杖を買いに行くのよ」

「ああ、そうだったね」

 

 

杖を無くしてしまったルイス(ドラコ)を見て、ベラトリックスは馬鹿にしたように笑いながら階段の手すりに身を寄せ、ふう、と小さくため息を吐いた。

ナルシッサはなんだか疲れているようなベラトリックスの様子に片眉を上げる。何かの任務帰りだろうか?いや、彼女はずっと屋敷にいる。それに、与えた部屋から出てくる事は少ない。食事の席にも姿を見せない事もある。

 

 

「シシー、薬屋で吐き気止めを買ってきてくれないかい?」

「吐き気止め?……まあ、二日酔い?どうりで、ワインが沢山なくなっていたはずだわ」

 

 

ナルシッサは呆れ混じりに言う。ワインセラーに収められている高価なワインの殆どが無断で飲み散らかされていた。その中にはベラトリックス好みの辛めの赤ワインも沢山あった事だろう。

ダンブルドアの死に、祝い酒でも飲んでいたのだろうとナルシッサは思ったが、ベラトリックスはふんと鼻で笑い「いや」と一言否定したが──すぐに口を閉ざした。

 

 

「じゃあ、頼んだよ」

「ええ、わかったわ。──行くわよ、ドラコ」

 

 

ベラトリックスは踵を返しそそくさと自室へ向かうためにゆっくりと階段を上がる。

ルイスは視線を合わせぬよう俯きベラトリックスの横を通り過ぎた。

すれ違う時にベラトリックスのローブがめくれ、手にレモネード瓶を持っていた事に気付き、あんな人でもレモネードなんて飲むんだ、とは思ったが二日酔いには必要なのかもしれないと特に気にする事はなかった。

 

 

 

玄関を出て近くに控えていた馬車に乗り込む。2人が乗った馬車はほとんど揺れずに静かに動き出し、みるみるうちに美しい庭園は過ぎ去り街へ出た。その街の景色も瞬く間に変化している。10分も経たずに窓から見える景色は雑然とした通りに変わり、そして流れる景色は徐々にスピードを落とした。

 

停止し扉が開いた時、目の前にはダイアゴン横丁の景色が広がっていた。ダイアゴン横丁の店は去年よりもさらにシャッターが降り閑散としている。人目を避けるために深くフードをかぶっていたナルシッサとルイスだったが、そんな工作をせずともよかったかもしれない。

 

2人は路地裏へと向かい、何度か死喰い人がいないかどうか確認した後硬い表情で視線を交わし頷いた。

 

暗い路地の奥で姿くらまし独特の音が響いたが、その音を耳にした者は誰もいなかった。

 

 

 

ホグズミードにあるスネイプ家の前で姿を現すと、2人は注意深く辺りを警戒しながらフードを深く被り直し、扉へと走る。

すぐにルイスがノックすれば、待ち構えていたかのように扉が開いた。

 

 

「ルイスっ!」

 

 

ソフィアは泣きそうな顔をしながら胸を詰まらせて叫び、すぐにルイスとナルシッサを中に入れる。扉を閉め魔法を掛け直したところで、すぐにルイスと向き合った。

 

 

「私達の兄様は?」

「リュカ兄様」

 

 

ルイスはそう言いながらフードを外す。ちょうどポリジュース薬の効果が切れ、髪色は赤毛へと戻り背が僅かに縮んだ。

 

ソフィアはたまらずルイスの首元に強く抱きつく、ヴォルデモートの元へ行ってから、いつ企みがバレ殺されてしまうのかと気が気では無かったのだ。

ナルシッサはリビングにドラコとリーマスが居ることに気付く。ルイスとソフィアの保護者達がいないところを見ると、彼らは何か大切な任務にあたっているのかもしれない。

 

 

暫く固く抱き合っていたソフィアは、ルイスから離れると唐突にその頬を強く打った。

パン、と乾いた張り手の音が響き、リーマス達は驚いてソフィアを見つめる。

 

 

「馬鹿!どうして私に何も言わないの?何をしたか──なんて酷い事をしたのかわかっているの!?」

 

 

ソフィアは顔を真っ赤にして叫び、身長差が出来てしまったルイスの胸ぐらを掴み強く揺さぶる。ルイスはじんじんと熱を持つ頬の痛み以上に胸が痛み、表情を歪めた。

 

 

「ごめん……」

「謝って済まされる事じゃないわ!」

「うん……わかってる……ごめん、なさい」

 

 

どれだけの罪を犯したのか、ルイスははっきりと自覚していた。それでもなお謝る事しかできないのは、今はまだ贖罪の場が無いからだろう。

 

 

「ソフィア。──もうやめなさい」

 

 

ソフィアの肩をやんわりと掴み止めたのはリーマスだった。ソフィアは辛そうに顔を歪め、まだ何か言いたげに口を開いたがすぐにぐっと閉じるとルイスの胸元からゆっくりと手を離す。

荒れた呼吸を抑えながら、リビングの元へ向かい、机の上にある冷めかけていた紅茶を一気に飲んだ。

 

 

「ルイス……すまない」

 

 

ドラコがぽつりと呟けば、ルイスはその時初めてドラコと視線を交わし目を細めた。

 

 

「ううん、僕こそ……何も言わなくてごめん。ドラコが僕の考えを理解してくれて、嬉しいよ」

 

 

ルイスの頬は片方が赤く染まっていたものの顔色は土気色であり、目元には濃い隈がある。ヴォルデモートを欺くために並ならぬ心労があったのだろうと思うと、ドラコは何も言えず俯いた。

 

 

「あまりゆっくりする暇はないだろう。ドラコと、ナルシッサはすぐに戻ったほうがいい」

「ええ……さあ、行くわよ、ドラコ」

「……はい、母上」

 

 

ドラコはナルシッサに促されるまま玄関へと向かう。これからホグワーツが始まるまでは死喰い人の巣窟であり、ヴォルデモートがいる場所へ行かねばならないと思うと気が滅入るが、これ以上ルイスに任せっきりには出来ない。

今までどこか夢の中での出来事のように感じていたが、これは紛れもない現実であり──避けて通れない試練が待ち受けているのだ。

 

 

「ドラコ、気をつけてね」

「……ああ…」

 

 

ルイスの言葉にドラコは弱々しく返事をすると、扉から出る事なくナルシッサに腕を掴まれそのまま先ほどルイスとナルシッサが姿を消した場所まで彼女の付き添い姿くらましにより姿を消した。

 

姿くらまし独特の音が消えた後、気まずい沈黙が僅かに流れた。リーマスはルイスの愚かな行動を許す事は出来ないが、かと言って責める事も出来ない。彼は彼で護る者があり、必死だったのだ。

もし、トンクスかダンブルドアかの命を自分が選択しなければならなくなれば、今のリーマスは正しい選択をできる自信がなかった。トンクスから深い愛を受け、また自分も同じようにトンクスを愛した今──理性ではダンブルドアを生かすべきだとわかっていても、本能が拒絶する。

 

揺るぎない愛を知っている者は、ルイスの愚行を責めることが出来ないのだろう。

 

 

気まずい沈黙が落ちる中、ルイスはふらりと揺れるとその場に膝をついた。怒っていたソフィアは喉の奥で悲鳴をあげて慌ててルイスの肩を抱く。

 

 

「ルイス!?ルイス、どうしたの?」

「……立ちくらみ、しただけだよ」

 

 

ルイスは弱々しく微笑み立ちあがろうと足に力を入れたが、一度崩れた足は鉛のように重く言う事を聞かなかった。

 

 

「1時間ごとにポリジュース薬を飲まなければいけなかったしね。……部屋で休むといい」

「でも……」

 

 

リーマスは目線を合わせるために膝をつき、ルイスの背を撫でた。

大きくなったとはいえ、まだ成人したばかりの子どもなのだ。一人前とはいえない子どもが、数週間ヴォルデモートに裏切りを悟られずにそばに居続けたのは偉業と言えるだろう。

労わるリーマスに、ルイスは辛そうに顔を歪める。自分は休むことなんて許されない。罪を少しでも償うためには、どんな危険なことでも行い身を粉にして尽くさなければならないと思っていた。

 

気丈に振る舞い、「大丈夫」と呟き気を奮い起こし立ち上がったルイスの顔色は蒼白を通り越し土気色をしていた。

何を言っても彼は考えを変える事はないのだろう、切羽詰まった表情をするルイスの痛々しい様子に、リーマスは苦い表情をした。

 

その時、部屋の中に薄水色に輝く守護霊が飛び込んで来た。

ぴょんぴょんと軽い動作で部屋を駆け回るそれはルイスの元に近づくと身を寄せ頭を脚に擦り付ける。

 

突然の登場に呆気に取られているソフィア達を見ながらその守護霊はゆっくりと瞬きをし口を開いた。

 

 

「囚人が脱獄した。その場を動くな」

 

 

その声は守護霊の愛らしい姿からは想像も出来ぬ低い声であった。すぐに誰の守護霊かがわかったリーマスは顔を強張らせ、唸り声を上げる。

 

 

「……やはり、そうなったか……」

 

 

ジャックから予め言われていて覚悟はしていたがその時が訪れるとやはり衝撃を感じ、苦い気持ちになってしまう。

守護霊は最後ソフィアに寄り添った後、キラキラと輝く粒になり空気に溶けて消えた。

 

 

「今のは……」

「死喰い人が脱獄したんだろうね。いつかその日が来るだろうと思っていたが….」

 

 

そわそわと落ち着きなくリビングを歩き、暖炉の前を右往左往するリーマスを見てソフィアとルイスは不安げな顔で寄り添う。

そんな2人の顔を見て、リーマスはすぐに表情を取り繕い安心させるために微かに微笑んでみせた。

 

 

「大丈夫だ。この日のためにある程度準備はしている。ハリーの家の護りは破られるものじゃないしね」

 

 

そう言いながらも、リーマスの脳内では目まぐるしく思考が行き交っていた。

すぐにこの場を離れ情報収集に向かった方がいいのではないか、いや、しかしソフィアとルイスの2人を残して去る事はできない。彼らはまだ学生で、幼い……この家にある程度の護りと侵入者避けがあるとはいえ、万が一があっては困る。この場にいて欲しいと私に伝えたのはジャックだったが、この家に入る事を、私だけが許されたのだ。──セブルスから。

 

 

「父様もそこにいるの?──その、アズカバンに?」

 

 

ソフィアは青い顔をして恐々と呟く。スパイとして疑われないために脱獄の手助けをする任務を受けたとしても不思議ではないが、凶悪犯を世界に放ったのが父だと思うと、ソフィアの心は激しく動揺した。

 

 

「それは──」

 

 

リーマスが「おそらく、そうだろう」と答えようとした時、再び部屋の中に姿現し独特の音が響いた。

その音を聞いた瞬間リーマスは反射的に杖を抜き振り返る。ソフィアとルイスもまた、彼よりは遅かったがポケットの中に入れていた杖を手にしていた。

 

リビングの奥、暖炉のそばに現れたのは漆黒の長いマントに身を包む人だった。顔を隠すようにフードを被り、誰が現れたのか一瞬リーマスはわからなかったが、すぐにソフィアとルイスは駆け出しその人の胸の中に飛び込んだ。

 

 

「父様!」

 

 

セブルスは2人の遠慮のない突撃により少しよろめいたが倒れる事なくしっかりと2人を抱き抱える。リーマスは相手がセブルスだとわかると、ゆっくりと近づき、杖先を僅かに下げた。

 

 

「ソフィア……ルイス……」

 

 

セブルスの心から安堵したような低い声が響く。ソフィアとルイスは無性に泣きたくなったが、ぐっと堪えて胸いっぱいに父親の香り──薬草の複雑な匂いを吸い込んだ。

セブルスはルイスと共にホグワーツを去ってからルイスから何をしたのか、どんな企みだったのかを全て聞いていた。ドラコの姿をしているルイスに何度も会いに行く事はできず、彼らが顔を合わすのもまた久しぶりの事で、セブルスはソフィア以上にルイスの事を心配していた。

一瞬でも気を抜けば命を失ってしまう状況に置かれたルイス。そうさせてしまった自分自身にもどうしようもないほどの怒りと苛立ちを感じていたのだ。

 

ルイスに、護られてしまった。危険な目に遭わせてしまった。

本来ならば、何を差し置いてもそれだけは避けなければならなかったのだ。何があっても子どもたちを護るとアリッサの墓前で誓ったというのに、蓋を開けてみれば護られていたのは私だった。

 

セブルスは大切な子供達と無事会えた事に言いようのない安堵と喜びを噛み締め、強く2人を抱きしめた。

 

 

「君の妻は?」

「……アリッサ」

 

 

すぐに警戒を解いてしまった2人とは違い、リーマスはその問いかけをするまでは杖を服の下に戻す事は無かったが、あっさりと吐かれた言葉にようやくセブルス・スネイプ本人なのだと確信し、杖をローブの中にしまった。

 

ダンブルドアの死後、セブルスとリーマスが会ったのは初めてであった。

あれからセブルスはホグワーツに戻る事はなく、騎士団の元へ現れる事も無かった。

ただ、リーマスは何があったのかを知り、セブルスが裏切ったのだと思ってはいない。セブルスもまたジャックを通してあの後何があったか──ソフィアとセブルスの関係が知られた事や、自分は裏切り者だと思われていないという事──を知らされていたため、セブルスは自分の立ち位置を深く理解していた。

 

 

「私は、君のことを信じているよ、セブルス」

 

 

リーマスの言葉にセブルスは暫し沈黙した後、ゆっくりとルイスとソフィアの背に回していた腕を離すと大仰な動作でマントを翻し、鼻でいつものように軽く笑い一蹴した。

そんな言葉わざわざ言わなくても良いという意味なのか、それともそんな事はどうでもいい、という意味なのか。リーマスは正しくセブルスの心情を読み取る事はできなかったが──前者だと良いと思った。

 

 

「ジャックから全て、聞いている。……私は今以上に向こう側にいる事となるだろう」

「そうだね。この事を知っているのは騎士団でも一部だ。……全員に知らせるには、重大な秘密だからね、漏れるとは考えたくはないが……懸念は少ない方がいいだろうから」

「フン、そもそも誰にも伝えるつもりなど無かった。ルイスが愚かな企みなどせずとも、全ては私の計略通り進む手筈だったのだ」

 

 

セブルスは不機嫌な声で呟く。彼らに話してしまったのはソフィアであり、勝手に動いたのはルイスだった。ソフィアは少し申し訳なさそうに眉を下げたが、あの状況で黙っていられるほどソフィアは大人ではなく、沈黙を選べば更に悪い方へと事態は進んでいただろう。

あの場でルイスとセブルスが裏切ったわけではないと伝えるためには、セブルスの娘だと告白するしかなかった。

 

 

「ごめんなさい、父様……でも、全てを言わなければ父様とルイスは裏切り者だと思われていたし、ルイスがドラコを置いていかなければ、私は良くて幽閉されていたと思うわよ?」

 

 

ソフィアがやや刺々しい言葉で言えば、セブルスは苦い表情で沈黙した。

もしあの場でルイスがドラコを置いていかなければ、事態はどうなったかわからない。一部の者はセブルスがソフィアの父親だと知っているからこそ、裏切ってはいないはずだとは思っただろうが……ダンブルドアを殺した本人なのだ。その確信が得られるまでは娘であるソフィアは幽閉されていた可能性がある。──本当に何も知らなかったのか、真実薬を飲まされていたかもしれない。

 

 

「そうだね。あの場では皆が混乱していた。そうなってもおかしくはなかった。……ダンブルドアは、それを防ぐために真実を言って欲しかったんだと思うよ」

「……チッ」

 

 

セブルスはリーマスの真剣な言葉に粗暴な舌打ちを溢すと腕を組み指先でトントンと腕を叩いた。

 

 

「ルイス、ソフィア。お前達はヴェロニカの元に行け。既にあちらと話はつけている」

 

 

騎士団本部はダンブルドアの死により、護りは不十分になってしまった。裏切り者がいるとは思いたくはないが、セブルスは安全が保障出来ない場所にルイスとソフィアを置いておくことができなかった。

仮本部としてウィーズリー家に数多の護りをかけ、ソフィアは夏休みが始まってからそこに滞在しているとは知っている。しかし、護りがあるとはいえ危険な場所に変わりはない。ルイスもまた、この家に独りで置く事はできない。

 

それならば外国であり、ヴォルデモートの手が及び難いヴェロニカの家に行くのが最も安全だろう。

 

 

「うん、わかった。……でも、夏休みの間だけだよ」

「いや、もうホグワーツは──」

「ドラコは行くんでしょう?なら、僕も行かないと。僕だけが、安全な場所で過ごすなんてできるわけないよ」

 

 

ルイスはセブルスの言葉を遮り真剣な眼差しで伝えた。

ダンブルドアが死んだ後、ホグワーツは閉鎖されると噂されているが、一向にその知らせは無かった。9月から新しい校長が赴任し、ホグワーツが再開されるのならばルイスはどんな敵が待ち受けようとホグワーツに行き、そこで暮らす生徒達を護らねばならないと考えていた。

 

 

「私は、ヴェロニカのところには行かないわ。このまま暫くウィーズリーさんのお家で過ごすもの」

「……駄目だ、許せない」

 

 

狼狽し必死に言い聞かせようとするセブルスに向かって、ソフィアもまた真剣な目でセブルスを見つめる。強い意志と決意が込められた美しい瞳に、セブルスはこの眼差しまでアリッサに似なくとも良かった、と内心で呟く。

 

 

「その後は、ホグワーツには……帰らないわ。中退か休学か……私は、ハリー達とやらなければならないことがあるの」

「……駄目だ、行くな」

「……父様。これは私たち家族がはじめた罪よ。全てを終わらせるために、赦しを得るために、私は行かなければならないわ」

 

 

ソフィアの言葉にセブルスは眉間に皺を刻み、強くソフィアを睨みつけた。しかしその目には狼狽と心配の色が滲んでいる事にソフィアは気がついていたため、少しも臆する事なくその目を見返す。

 

 

「危険すぎる。ならば、私も──」

「馬鹿な事言わないで。不可能だとわかっているでしょう?父様、私は……私だって、護りたいものがあるの」

 

 

ソフィアはセブルスの言葉を遮り、一歩近づくと背伸びをして苦渋に満ちた表情をするセブルスの青白い頬に手を伸ばし、両手で包み込んだ。ふ、と優しく微笑み視線を逸らす事なくゆっくりと口を開く。

 

 

「父様。……私は母様じゃないわ。父様を置いて逝かない」

「──っ……」

 

 

セブルスは頬に添えられたソフィアの手を握り、辛そうに表情を歪める。「ソフィア」と彼らしからぬ弱々しい声で呟き、その柔らかな熱を持つ体を抱きしめた。

本当ならば、このまま眠らせてしまいたい。死地へと向かう我が子を易々と行かせることなどできるだろうか?このまま、安全な場所で全てが終わるまで──眠らせてしまいたい。

 

しかし、ソフィアはそれを望んでいないことも、そうすれば酷く失望するだろうことも理解できている。

いや、それだけではない。これから彼らはヴォルデモートを倒すためにやらなければならないことがある。セブルスはダンブルドアから全てを聞いたわけではないが、ダンブルドアとの約束を護るためにハリーが何かを探さなければならない事は知っている。

それには、きっとソフィアの存在が必要だろう。そのことを知っているのはソフィアを含めた4人だけなのだから。──ソフィアは何を言われてもハリー・ポッター達と共に向かう。それがダンブルドアの、ヴォルデモートを殺すための数年掛けた計略なのだろう。

 

 

「──必ず、戻ると約束してくれ」

「ええ」

「……必ず、だ。もう、私は……冷えて固まりゆく体を知りたくない」

「ええ、勿論よ、父様……」

 

 

ソフィアはセブルスの胸元に甘えるように擦り寄り、そのゆっくりとした心地よい音に耳をすませた。

 

 



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373 あなたのために!

 

 

ソフィアはセブルスからの許しを得てウィーズリー家の隠れ穴に戻り、ルイスはヴェロニカを頼って外国へと向かった。

 

ウィーズリー家には彼らの家族だけではなく沢山の騎士団が入れ替わり立ち替わり訪れ、深刻な顔で会議をしていく。隠れ穴にもそれなりの護りはあるが十分とは言えず、24時間体制で騎士団員が警備にあたっていた。

セブルスとジャックが入手した情報はすぐに共有されているが、セブルスが裏切り者ではないと知っているのはリーマス、シリウス、マクゴナガル、アーサー、モリー、ビル、フラー、ムーディだけであり一部の騎士団員はジャックのみがスパイとして死喰い人内部に入り込みセブルスは裏切り者だと考えている。

 

シリウスは彼らに説得され、セブルスが裏切り者だと表立って言うことはないが信じきっているとは言えないだろう。──彼もまた、ハリーと同様突然知らされた事実に戸惑っているのかもしれない。

 

 

騎士団員ではなく、ソフィアとセブルスが親子だと知ったのはウィーズリー家の子ども達だけであり、フレッドとジョージは「ソフィアが母親似で良かったな!」と言い、ジニーは「娘ならグリフィンドールへの減点をどうにかできなかったの?」と揶揄うだけでそれ以上何も言ってこなかった。その気遣いと、優しさがソフィアにはたまらなく嬉しかった。

ロンは時々「あんなのが父親ってどんな気持ちなんだい?」と無遠慮に──残酷な言葉を吐いたが、その言葉に嫌味な色はなくただ純粋に気になっているのだろう、とソフィアは考え率直に「最高よ」と笑って伝えていた。

 

 

 

隠れ穴で数日過ごしたソフィアはある日、夜明け前に目が覚めてしまい同室であるジニーを起こさないようにベッドから体を起こし、カーディガンを羽織り部屋を出た。

廊下や階段はランプの薄ぼんやりとした灯りで照らされていて、完全な暗闇ではなく、手摺りを持ちながらゆっくりと階段を降りる。

やや古い階段は踏み締めるたびにミシミシと音を立て、その音に気づいたのかリビングへ続く扉がパッと開いた。

 

 

「──誰?」

「私──ソフィアです」

「まあ……どうしたの?まだ5時にもなってないわよ」

 

 

硬い声で囁くモリーに答えれば、モリーはすぐにほっと表情を緩め、階段の一番下まで降りてきたソフィアにリビングへと入るように促す。リビングでは暖炉の火が燃え温かい。そこにはモリーだけではなくビルとアーサーがホットワインが入ったコップを持ちながら肘掛け椅子に腰掛けていた。

 

 

「なんだか、目が覚めてしまって……」

「そう……そんな時もあるわよね。何か飲むかしら?ホットワイン?蜂蜜酒?」

「んー……ココアが欲しいです。ありますか?」

「ええ、すぐに用意するわね」

「ありがとうモリーさん」

 

 

ソフィアは数年前の酒での失敗を忘れてはいない。成人した後少しだけ飲んだ事はあるが、寝起きに飲酒をすると──たとえ軽くとも気持ち悪くなってしまいそうだった。

モリーはにっこりと笑い頷くと、肩にかけていたショールをかけ直しキッチンへと向かう。ソフィアは空いていた暖炉前のソファに座り、爆ぜる火の粉をぼんやりと眺めながら手のひらを揺れる炎へ近づけた。

 

 

「眠れなかったらよくココアを飲んでいたのかな?」

「そうですね……」

 

 

アーサーはかけていた眼鏡を外し、机の上に置いてある布巾で曇ったレンズを拭きながら聞く。

 

 

「昔はよく作って飲んでいました。紅茶を上手く淹れることが出来るようになってからは、嬉しくてずっと紅茶を飲んでいましたね」

「そうか。──君の家にも、作り方が特別なブレンドがあったのかな?」

「ええ、ルフナとディンブラのブレンドでした。……父様が淹れるとまた少し味が変わったんですよ」

「へえ……」

 

 

アーサーは何気なく返事をしたが、その声には驚きと興味が含まれていた。イギリス人ならば紅茶を淹れるのは当たり前だが、あのセブルス・スネイプが淹れている場面がなぜか想像出来なかったのだ。

そんなアーサーの考えに気づいたソフィアは小さく微笑むと、ぽつぽつとセブルスの事を話す。──きっと、アーサーはセブルス・スネイプが同じように生活をし、子を育て慈しんでいた事を知りたいのだろう。

 

 

「多分、幾つか薬草をいれていたんでしょうね。何かは教えてくれませんでしたけど」

「薬草か……セブルスは魔法薬作りの名人だ。それらしいといえばそれらしいな」

「父様は料理やお菓子作りなんかもとってもうまいんですよ?性格的に細々とした作業が好きでキッチリしているから、失敗する事はありませんし」

「お菓子作り……?」

「ええ、私の誕生日には私の好物のブラマンジェを作ってくれました」

 

 

懐かしさに目を細めるソフィアに、アーサーと密かに聞き耳を立てていたビルは驚き目を瞬いた。あの、セブルス・スネイプがお菓子作りなど、料理以上に信じられない。そんな事面倒くさがって適当に済ませてしまいそうなものだが、彼は本当に普通の──人の親だったのだ。

 

 

「──いい父親だったんだね、セブルスは」

「ええ、勿論です」

 

 

アーサーは嬉しそうに笑うソフィアを見て、今ならばセブルスともう少し踏み込んだ話が出来るかもしれないと考えた。同じように子を持つ親なのだ。きっと、同じ目線で語り合うことができるだろう。

 

 

「──おまたせ」

「ありがとうございます!──ん、美味しい……」

 

 

モリーから暖かな湯気を登らせるマグカップを受け取ったソフィアは、両手で受け取り一口飲んだ。口内に広がる優しい甘さに目元を緩め呟けば、モリーはニコリと微笑みソフィアから一人分距離を空けてソファに座った。

 

 

「ソフィア、今日ハーマイオニーが来るの。部屋が他には無くて……ジニーと3人で寝ることになるわ」

「大丈夫ですよ、後で部屋を片付けて……ベッドに拡張魔法をかけますね」

 

 

ブラック家とは異なり、隠れ穴は大勢の人数が寝泊まりするにはやや狭く何人もが同じ部屋で過ごさねばならなかった。ソフィアにとってジニーとハーマイオニーは気の置けない友人であり、少しも困る事はなく頷けば、モリーは安堵したのかほっと表情を緩める。

 

ハーマイオニーとは数週間ぶりである。例年よりも早くホグワーツでの暮らしが終了してから、敵に知られることを恐れ手紙を出すこともできなかった。

何時ぐらいに来るのだろうか。昼間だろうか──危険な旅に出るという事を、ハーマイオニーの両親は承諾したのだろうか。

 

ソフィアはハーマイオニーの両親を思い出し、カップの中で揺れる水面をじっと見下ろす。とても温かい両親だった、魔法界では成人しているとはいえまだ一人前には程遠い。きっと、説得は一筋縄ではいかなかっただろう。

 

 

「──さて。そろそろ迎えに行こうかな」

「あなた、気をつけてね」

 

 

アーサーは立ち上がり杖を振りコートを引き寄せ腕を通す。座っていたモリーはアーサーのそばに駆け寄り心配そうに眉を下げながら、その頬にキスをした。ビルもまたアーサーと同じく立ち上がり大きく伸びをしてモリーの頬にキスをして扉へ向かう。

 

 

「アーサーさん、ビル。行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよ」

「すぐに帰ってくるからな」

「本当に本当に気をつけてね」

 

 

ソフィアはカップを机に置き、モリー続いてアーサーとビルを玄関まで見送った。

空は暗い群青色であったが遠くの方が白みはじめ、無数の星が溶けるように消えかけている。夏ではあるが明け方はまだ寒く、ソフィアは扉を開けた途端吹き込んできた風に体を震わせながらアーサーとビルに小さく手を振る。

2人はにこりと微笑んだ後、心配して何度も「気をつけて」と言うモリーに頷き、姿くらましをして消えた。

 

 

「……さ、ソフィア。中に戻りましょう」

「はい」

 

 

不安げな顔をしていたモリーはまだ強張った表情をしていたが、それでもソフィアの前では弱音を吐く事なく気丈に振る舞い扉を閉める。

しっかりと鍵をかけた後、モリーは無意識のうちに大きなため息をこぼし、ソフィアはそれに気づいたが何も言わずにリビングへと戻った。

 

モリーはその後忙しなくリビングとキッチンを行き交い、色々なものを持ってきたり片付けたりを繰り返したがそれに意味はなさそうだった。おそらく不安でどうしようもなく、何かをして気を紛らわせたいのだろう。

ソフィアは部屋に戻る気にはなれず、かといって1人でぼうっとしているのも気が引けてしまい、空になったカップを下げ、かなり早めの朝食の下準備を始めたモリーの手伝いをすることにした。

 

ウィーズリー家にある家族の顔が映し出されている時計の針は去年からずっと『命が危ない』を差し続けており、彼らに何かあったとしても分かる事はない。

モリーの緊張と不安が伝わってしまい、ソフィアは場の空気が重くなるのを感じ、少しでも気持ちを楽にさせてあげたい、と取り留めのない会話をして場を和ませようとしたが、あまりその効果はなかっただろう。

 

杖を振り茹で上がったじゃがいもを大きなボウルに移動させ、マッシャーで潰していく。

モリーとソフィアの小さな足音と家事をする音が響く中、突如ガチャリと玄関の扉が開く微かな音がした。

2人は同時に振り返る。ソフィアは不安げな表情で胸の前で指を組むモリーを緊張した面持ちで見ながら持っていた杖を扉に向け小さく頷く。モリーもまた、同じことように震える手で杖を出し頷いた。

 

 

ビルとアーサーが出て行ってからまだ30分程度しか経っていない。もう戻ってきたのか、それとも予期せぬ来方者か。

 

 

「ただいま!──おや、しっかりと警戒しているようだね」

「アーサー!まあ、早かったわね?」

 

 

扉を開けたのはアーサーであり、モリーとソフィアから杖を突きつけられ少し驚いたものの、彼女たちの警戒心に満足げに頷き「本人確認も忘れてはいけないよ。かわいいモリウォブル」と言いながらモリーの頬にキスをし、モリーは気恥ずかしさから頬を染めた。

 

 

「滞りなく終わったんだ。死喰い人の気配も無かった。モリー、ハーマイオニーにもココアを用意してくれるかな?」

「ええ、うんと甘いのを作るわ」

 

 

アーサーはそう言いながら後ろを振り返る。その後ろにはビルと、見慣れぬビーズバックを肩にかけ、強張った表情しているハーマイオニーがいた。促されるままリビングに入ったハーマイオニーは、ソフィアを見て一瞬ホッとしたように顔を緩めたがすぐに暗い顔に戻りぎこちなく微笑む。

 

 

「えーと。先に荷物、置いてきます」

「部屋に案内するわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーと会えて嬉しかったが、いつもの彼女らしからぬ表情に違和感を覚え、リビングから出て行こうとするハーマイオニーを追いかけた。

階段を登りかけていたハーマイオニーに追いついたソフィアは、後ろから声をかける。

 

 

「ハーマイオニー、どうし──きゃっ!?」

 

 

後ろから声をかけた途端、ハーマイオニーは勢いよく振り返り腕を広げ、ソフィアの首元に抱きついた。階段を登りかけていたソフィアはぐらりとバランスを崩したが何とか片腕で手摺にしがみつき、転倒を免れた。

いきなりの事で心臓が嫌な音を立てて早鐘を打ち、背中に冷や汗が流れる。

それでも拒絶したり怒る事がなかったのは自分の首元にハーマイオニーの震えと温かな涙が流れているのを感じたからだ。

 

 

「ソフィアっ……!」

「……ハーマイオニー、どうしたの?」

「う、ううっ……!」

 

 

必死に声を抑えて泣きじゃくるハーマイオニーの背中をソフィアは優しく撫でた。

このままジニーが眠る部屋には行けそうにもない、とソフィアは判断し大粒の涙を流すハーマイオニーの手を引き肩を支え、階段の踊り場まで上がるとそこに腰掛けた。

 

 

「わ、私──」

「うん」

「パ、パパと、ママの記憶を──け、消したの。2人は、マグルだから、きっと私がする事を死喰い人が知ったら……危険だわ。外国に逃すために、私の存在を消して、それで──記憶も弄って、別人だと思い込ませて──」

 

 

ソフィアはハーマイオニーが何故こうも悲痛な表情で苦しげに泣いているのかがわかり、ぐっと眉を寄せハーマイオニーを抱きしめた。

 

ハーマイオニーはハリーと共に分霊箱を捜索し破壊する旅に出る事に決めた。

ハーマイオニー・グレンジャーというマグル生まれの魔女がハリー・ポッターと共に行動しているという事は、遠くないうちに知られてしまうかも知れない。そうなった時、魔法を使えぬ両親が殺されないために──自分の弱点とならないように、自分の親であるという痕跡を消したのだ。

 

親に忘れられる。その事がどれほどまで苦しく痛みを伴うのか、ソフィアには想像もつかず、ただハーマイオニーを抱きしめるほかなかった。

 

忘却魔法で記憶を失った者を正常に戻すのは難しい。きっと、全てが終わったあと、ハーマイオニーはなんとしてでもその方法を探すだろう。しかし──確実に全てが元通りになる保証は無いのだ。

それでも、ハーマイオニーは愛する両親のために自分の存在を、共に過ごした思い出と時間を消したのだ。

 

 

「ハーマイオニー……ごめんなさい……」

「ソ、ソフィアは悪くないわ。悪いのは、ヴォルデモートよ!」

 

 

ハーマイオニーは溢れる涙を手で拭いながらきっぱりと言い切る。しかし、ソフィアは苦しげな表情で首を振り、「ごめんなさい」と再度呟いた。その目には涙の幕が張られていたが、ギリギリのところで涙が溢れる事はない。

 

 

「……危険な旅に行かなければならないのは、私の家族のせいよ。本来なら、きっと必要は無かったんだわ」

 

 

ハーマイオニーは袖で目元を乱暴に擦ると、じっとソフィアの目を近い距離で見つめる。互いに身を寄せ合い、その睫毛の一本一本まで見え、吐息まで感じられるほどの距離だった。

 

 

「いいえ。ダンブルドアは──全てをわかっていたのよ。ルイスの行動も、スネイプ先生が自分を殺すこともわかっていた。それで、自分が死んだ後ハリーが分霊箱を探すだろうことも。そして……それを知っている私たちが、共に行くということもね。最近、思うの。ダンブルドアは()()()()()()()()考えていたのかしら、って。

それに、パパとママを安全なところに避難させるために記憶を消したのは私の判断よ。愛してるからこそ、ね。……ソフィアの責任じゃないわ」

「……たとえ、ダンブルドア先生の考えでも、もっといい方法だって──」

「スネイプ先生が死ねばよかったの?」

「……それは……そんな事は、ないわ」

 

 

ソフィアは俯き、涙が溢れぬうちに目元を擦った。

ハーマイオニーは小さくしゃくりあげた後、ソフィアをもう一度抱きしめ、今度は自身が慰めるように背中を撫でる。

 

 

「悪いのは、ヴォルデモートよ。だから──だから、私たちは何としてでも見つけ出さないといけない」

「……」

「あなたが気にし続けるのはわかるわ。いろいろなことをね。でもね、私たちはそんな事を思っていない。──少なくとも、私はあなたにそばにいて欲しいわ、ソフィア」

 

 

 

ソフィアは全てのきっかけは自分の家族──セブルスとルイスにあるのだと思っていた。

昨年末の事だけではなく、世界に分岐点というものが存在するのであれば、間違いなくここ十数年そのきっかけを作ったのはセブルスであり、そしてルイスであると。

 

だからこそ、ソフィアは不安に思い苦しかったのだ。

皆が心の奥で自分たち家族を恨み、呪っているのではないかと。ここにいる事を選んだのは自分だが、彼らに近づき側にいる事が間違っているのではないかと。ずっと、思っていたのだ。

 

 

「ハーマイオニー……ありがとう」

 

 

ハーマイオニーの言葉だけで心の中に巣食う疑念と不安が晴れるわけではない。ソフィアがそんな単純な思考を持つ楽観的な人ならばそもそもはじめから思い悩んでいないだろう。

それでも、その言葉は嬉しくかすかに微笑み、久しぶりにハーマイオニーの頬に親愛を込めてキスを落とした。

 

 



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374 8人のハリー・ポッター

 

 

ダンブルドアがハリーにかけた、ダーズリー家を帰る家だと思える限りヴォルデモートや死喰い人の魔の手が及ばないという護りはハリーが成人を迎えた日に消滅する。

間違いなくその日には死喰い人が大勢ダーズリー家に押し寄せるだろう。その前にハリーを安全な場所へと移動させなければならず、騎士団員はそれをいつにするべきか、どういう方法で行うべきか会議を重ねていた。

 

 

 

そして、ついにハリーを安全に隠れ穴へと連れ出す日がやってきた。

ソフィア達は目くらまし術をかけ、飛行術に自信がある者は箒で、苦手な者はセストラルに乗りハリーが住む家へと向かう。

 

途中で合流したハグリッドはシリウスから譲ってもらった巨大なオートバイに乗り、プリペッド通りに落雷を思わせる轟音を立てて着地した。

 

それぞれがかかっている目くらまし術をダーズリー家の庭で解いていると、ハリーがキッチンの裏戸を開けその輪の中に飛び込む。ハリーの登場に誰もが口々にハリーへ声をかけ、ハーマイオニーはハリーに抱きつき、ロンは彼の背中を叩いた。ソフィアもまた近づいたが、ハーマイオニーのように抱きつく事は出来ず一歩離れた場所でハリーを見つめる。

ハリーは一瞬期待を込めてソフィアを見たが、すぐに彼女の複雑そうな表情に気付くと気まずそうに視線を逸らした。

 

 

「ハリー、準備は出来ているか?」

「うん、ばっちりだ」

 

 

シリウスに声をかけられたハリーは取り繕うようににっこりと笑いみんなを見回す。数人の護衛はつくだろうと思っていたが、まさかこれほど大人数だとは思わずハリーは驚きと喜びで首を傾げた。

 

 

「でも、こんなにたくさん来るとは思わなかった」

 

 

ハリーは数名の護衛のもと付き添い姿現しを行い隠れ穴に向かうと聞いていたが、その言葉に被せるように「作戦変更だ」とムーディが唸るような低い声で言い、膨れ上がった二つの袋を待ちながら魔法の目玉をぐるぐると回転させ周囲の警戒を行った。

 

 

「お前に説明する前に、安全な場所に入ろう」

 

 

ムーディの言葉に頷き、ハリーは皆をキッチンへと案内した。

綺麗に磨き上げられた調理台や染み一つない電気製品に寄りかかるようにして全員がどこかに収まり、作戦前だというのににぎやかに話し合う。ムーディだけがいつものように深刻な顔をし、油断大敵だとその目が訴えかけていた。

ムーディをはじめ、現れたのはソフィア、ロン、ハーマイオニー、シリウス、リーマス、トンクス、フレッド、ジョージ、ビル、フラー、アーサー、キングズリー、マンダンガス、ハグリッドの15人だった。

 

 

「キングズリー、マグルの首相の警護をしているんじゃなかったの?」

「一晩くらい私がいなくとも、あっちは差し支えない。君の方が大切だ」

「ハリー、これなーんだ?」

 

 

キングズリーと話していたハリーに向かって溌剌とした笑顔を浮かべ、ショッキングピンクの髪色が眩しいトンクスが左手を振る。そこには銀色の指輪が薬指に嵌められていて、その意味ありげで嬉しそうなトンクスの笑顔を見てハリーは思わず叫んだ。

 

 

「結婚したの!?」

 

 

視線をトンクスからリーマスに移せば、リーマスの左手にも似た指輪が嵌められていた。リーマスはホグワーツで最後にあった時よりも白髪が増えていたが、それでも顔に刻まれた皺は嬉しそうに見えた。

 

 

「来てもらえなくて残念だったが、ハリー、ひっそりとした式だったのでね」

「写真はたくさんシリウスが撮ってくれたから、後で見せるよ!」

 

 

トンクスは腰掛けていた洗濯機からぴょんと飛び降りるとリーマスの隣に並び、腕を組みにっこりと笑う。リーマスは苦笑していたが、その視線は優しかった。

リーマスとトンクスの結婚式はトンクスの両親とシリウスだけが参加した慎ましいものだった。シリウスは神父役として、はたまたリーマスの唯一生存している親友として2人の結婚の証人となった。

 

 

「よかったね、おめで──」

「さあさあ、積もる話は後にするのだ!」

 

 

騒つきを遮るかのようにムーディが大声を出せば、誰もが静まり返った。

 

 

「いくつか問題がある。まず、計画Aは中止となった。パイアス・シックネスが寝返ったのだ。この家を煙突飛行ネットワークと結ぶ事も、ポートキーを置くことも、姿現しで出入りする事も禁じ、違反すれば監獄行きとなるようにしてくれおった。お前を保護し、例のあの人がお前に手出しできんようにするためだという口実だが、まったく意味をなさん。お前の母親の呪文がとっくに保護しておるのだからな。あいつの本当の狙いは、お前をここから無事には出せんようにする事だ。二つ目の問題だが、お前は未成年だ。つまりまだ臭いをつけておる」

 

 

ムーディはここで魔法を使えばそれが成人していたとしても未成年の周りで魔法が使われた事が魔法省に務めるシックネスに知られ、彼から死喰い人へと伝わるだろうと説明した。そのため魔法を使わない輸送手段を使わらなければならず、箒とセストラル、そしてハグリッドのオートバイを使用しようというのだ。

この家にかけられた呪文、ハリーにかかる呪文が消えるのは数日後だが、それを待つよりも先にハリーがこの家を帰る場所では無いと認め魔法を破り──この場から逃げ出す。魔法省には守護が切れる前日である30日までは動かないと嘘の情報を流しており、死喰い人と通じているシックネスはおそらくそれを信じるだろう。

 

今回の作戦にはそれだけではない。ムーディがここでは説明する事が()()()()理由があるが、それはハリーに伝える事はない。

 

 

「しかし、ヴォルデモートは死喰い人をこの辺りの空全体にパトロールさせているだろう。

我々は十二軒の家にできる限りの保護呪文をかけた。そのいずれもわしらがお前を隠しそうな家だ。お前はトンクスの両親の家に向かう。いったん我々がそこにかけておいた保護呪文の境界内に入ってしまえば隠れ穴に向かうポートキーが使える。質問は?」

「あ、はい。──最初のうちは十二軒のどれに僕が向かうのか、あいつらにはわからないかもしれませんが、でも、もし──16人もトンクスのご両親の家に向かって飛んだら、ちょっと目立ちませんか?」

「ああ、肝心な事を忘れておった。16人がトンクスの実家に向かうのではない。今夜は8人のハリー・ポッターが空を移動する。それぞれに随行がつく。それぞれの組が、別々の安全な家に向かう」

 

 

ムーディはマントの下から泥のようなものが入ったフラスコを取り出した。見覚えのある液体、そして8人のハリー・ポッターという言葉に、ハリーは計画の全貌を理解しさっと顔色を変えた。

 

 

「駄目だ!絶対駄目だ!僕のために7人もの命を危険に晒すなんて、僕が許すとでも──」

「なにしろそんな事は僕らにとっては初めてだから、とか言っちゃって」

 

 

ハリーの叫びを揶揄うようにロンが軽い調子で言いながらニヤリと笑う。ハリーは何故彼らが作戦の全貌を知った上で気楽さを滲ませる事ができるのか、理解し難かった。

 

 

「今度はわけが違う。僕に変身するなんて──」

「そりゃ、ハリー。好きこのんでそうするわけじゃないぜ。考えてもみろよ、失敗すりゃ俺たち、永久に眼鏡をかけた痩せっぽっちの冴えない男のままだぜ」

 

 

フレッドが大真面目な顔でいつものように揶揄ったが、それにニヤリ笑ったのはロンとジョージであり、ハリーは微塵も笑えなかった。姿が戻らないのはまだ最悪ではない。最も最悪なのは、命を狙われるということだ。

 

 

「僕が協力しなかったら出来ないぞ、僕の髪の毛が必要なはずだ」

「ああ、それこそがこの計画の弱みだぜ。君が協力しなけりゃ、俺たち、君の髪の毛をちょびっと頂戴するチャンスは明らかにゼロだからな」

「全くだ。我ら15人に対するは、魔法の使えないやつ一人だ。俺たちのチャンスはゼロだよな」

 

 

ジョージとフレッドが真面目な表情で腕を組み頷く中、ハリーは半歩ほど後ろに下がった。

──そうだ、ここまで準備が終わり、彼らはこの作戦を知っていたんだ。なら、僕がどれだけ拒絶しても力尽くで髪の毛を取られるだけだ。

 

 

「力ずくでもということになれば、そうするぞ。ここにいる全員が成人に達した魔法使いだぞ、ポッター。それに、全員が危険を覚悟しておる」

 

 

痺れを切らしたムーディが低く唸りながら言う。ハリーは困惑しながら自分を囲むように立つ彼らをぐるりと見回す。その表情には確固たる決意と、そして僅かな緊張が浮かんでいた。いつものように明るく賑やかだったのは、その心の奥にある緊張を誤魔化すためだったのだろうか。

ハリーは思わずソフィアを見た。ソフィアはハリーの視線に気付くと、目を細めこの場にそぐわぬ優しい目をして微笑む。ソフィアまで、こんな危険な事をするなんて──。

 

 

「でも、危険──」

「議論はもうやめだ。刻々と時間が経っていく。さあ、いい子だ、髪の毛を少しくれ」

 

 

ムーディは腕をぐいっとハリーに向けた。彼の生身の目はハリーを射抜いていたが、魔法の目はぐるぐると辺りを警戒している。ハリーはそれでも拒絶したかったが、ムーディだけでなく沢山の覚悟を決めた視線に射抜かれてしまい、ゆっくりと自分の頭のてっぺんに手をやり、髪を一握り引き抜いた。ツン、とした小さな痛みとプチプチと抜ける音。視線を落とせば、手のひらには数本のくるりとした髪が散らばっていた。

 

ムーディは足を引き摺りハリーに近づき、魔法薬のフラスコの栓を抜く。「さあ、そのままこの中に」と、促されるままに、ハリーは泥状の液体の中に髪の毛を落とし入れた。液体は髪の毛が触れるや否や、泡立ち、煙を上げ──それから一気に明るい金色の透明な液体に変わった。

 

 

「うわぁ、ハリー、あなたって、クラッブやゴイルよりずっとおいしそう。──あ、ほら、ゴイルのなんか、鼻糞みたいだったじゃない?」

 

 

金色に変わったポリジュース薬を見てハーマイオニーが思わずそう声を上げたが、ロンの眉毛が吊り上がったのを見て慌てて付け足した。

ソフィアはポリジュース薬を飲んだ事は無く、金色になった液体をまじまじと見ながら味も人によって変わるのだろうか、と首を傾げた。

 

 

「よし。では、偽のポッターたち、ここに並んでくれ」

 

 

ムーディはキッチンの流し台の方を指差す。

そちらへ移動したのは、ソフィア、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、フラーの6人だった。

 

予定ではハリーを足して8人で行動するはず。「1人足りないな」とリーマスが呟いた時、ハグリッドがマンダンガスの襟首を掴んで持ち上げ、フラーの傍らに落とした。

 

 

「ほらよ」

「言っただろうが。俺は護衛役の方がいいって」

 

 

マンダンガスは床に打ちつけた尻を撫でながらぶつぶつと文句を言ったが、ムーディは軽く鼻で笑い一蹴した。

 

 

「ふん。お前に言って聞かせたはずだ。この意気地なしめが。死喰い人に出くわしてもポッターを捕まえようとするが殺しはせん。ダンブルドアがいつも言っておった。例のあの人は自分の手でポッターを始末したいのだとな。護衛のほうこそ、むしろ心配すべきなのだ。死喰い人は護衛を殺そうとするぞ」

 

 

マンダンガスは格別納得したようには見えなかったが、それでも喉の奥で文句を言うだけにとどめそこから逃げ出そうとはしなかった。

ムーディはマンダンガスの様子に気をかける事なくマントからゆで卵立てほどの大きさのグラスを七個取り出し、それぞれに渡してポリジュース薬を少しずつ注いでいった。

 

 

「それでは、一緒に」

 

 

ムーディに促され、ソフィアとロンとハーマイオニーは一瞬互いを見た。幸運を祈る、というようにグラスを少し掲げた3人は同時にその液体を飲み干す。

薬が喉を通る瞬間、カッと焼けるように熱くなり、息が詰まった。ソフィア達はぜいぜいと喘ぐように呼吸をし、体を曲げる。苦しげな呼吸が響く中、それぞれの髪色が黒になり、背が伸びて──または縮んで──いく。

目の前の7人の姿がみるみるうちに変わる様子にハリーは妙な悪夢でも見ているようだと思ったが、ムーディは無関心であり、しゃがみ込みながら持ってきていた二つの大きな袋の口を開け手を突っ込んでいた。

 

ムーディが再び立ち上がった時には息を切らせた7人のハリー・ポッターが現れていた。ただし、服だけはチグハグであり、短いスカートを着ている──フラーが着ていた服装だ──ハリーまでいて、ソフィアは口先が笑いそうにひくついたが奥歯を噛み締め、必死にその笑いを押し殺した。

 

 

「わぉっ!俺たちそっくりだぜ!」

「どうかな、俺の方がいい男だ」

 

 

全く同じ顔をしているフレッドとジョージは顔を見合わせて叫ぶとヤカンやシンクに映った姿をまじまじと見つめた。

 

 

「着ている物が多少ぶかぶかな場合、ここに小さいのを用意してある。逆の場合も同様だ。メガネを忘れるな。胸のポケットに入っておる。着替えたらもう一つの袋の方に荷物が入っておる」

 

 

ムーディは袋の口を開け中に入っていた服を引っ張り出す。

すぐに皆が袋に手を突っ込み服を引っ張り出すと、なんの躊躇いもなく服を脱ぎ始めた。

おそらく、自分の裸ならばこうはいかなかっただろう。しかし、今服を脱ぎ出しているのはハリー・ポッターであり、下着姿が露出されたとしても辱めを受けるのはハリーだけなのだ。

ソフィアだけは──見た目はハリーだが、その仕草や服装、戸惑いの表情からソフィアなのだろう──服を脱ぎかけてぴたりと動きを止めた。

周りを見渡せば誰も気にする事なく服を脱いでいる。確かに今服を脱いでも裸が見られるのはハリー・ポッターだけだ。

しかし、その体はハリーでも、下着は自分のものなのだ。

 

 

ズボンに手をかけていたハーマイオニーの手を、慌ててソフィアはぱしっと掴んだ。

 

 

「何?──えーと、ソフィア?視力が悪くて、ぼんやりとしか見えないわ……」

「本当に霞んでるわよね。──じゃなくて!体はハリーでも、服とか下着は自分のものなのよ、少し隠れるべきだわ!」

 

 

ヒソヒソと囁かれた言葉に目を細めていたハーマイオニーは、その考えに全く至らなかったがすぐに顔を赤くして下ろしかけていたズボンをぐいっと上げた。

しかし、今ここで隠れる場所はない。それに魔法を使う事はできないし、他の人たちは自分の下着を曝け出すことに特に恥じらいはない。──いや、ハーマイオニーも言われなければ気にしなかっただろう。

こんな時だが気づいてしまえば年頃の乙女として、想い人が近くにいる場で下着を曝け出すのはどうしても気恥ずかしかった。

 

どこか隠れる事ができる場所が無いかとキョロキョロと辺りを見回すソフィアとハーマイオニーに、トンクスは不思議そうにしていたがようやくその意味に気付き2人を手招きした。

 

 

「私とリーマスの後ろに隠れて着替えなよ」

 

 

トンクスは大柄では無かったが、それでもリーマスと並べばソフィアとハーマイオニーを隠す事はできた。

ありがたく思いながら2人はコソコソと着替え、ソフィアはハリーが女性ものの下着をつけている場面をなるべく見ないように目を逸らした。ついいつもの癖でネックレスに巻き込まれた髪を払おうとしたが、その手は何も掴む事はない。そういえば、短髪だったのだ、とソフィアは首元に輝くネックレスを見下ろし指で撫でた。

 

 

 



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375 囮!

 

 

洋服を着替え終わると、ムーディが持ってきていたもう一つの袋の中からリュックサックと鳥籠を取り出した。中にはヘドウィグのような白フクロウが止まり木に大人しく止まっていたが、これは本物のフクロウではなくソフィアが魔法を使い変身させたものだ。

 

 

「よし。次の者同士が組む」

 

 

ムーディは8人のハリーを見渡しながら、マンダンガスは自分と、フレッドはアーサーと、ジョージはリーマスと、ハーマイオニーはキングズリーと、ロンはトンクスと、ビルはフラーと、ソフィアはシリウスと──と、組分けた。

 

 

「そんでもって、ハリー、お前さんは俺と一緒だ、ええか?俺たちはバイクで行く。箒やセストラルじゃ俺の体を支えきれんからな」

 

 

ハグリッドは少し心配そうに言った。

ハリーはハグリッドでも構わなかったが、シリウスと共に向かいたい気持ちがあり、ちらりとシリウスに視線を向けた。シリウスはその視線を受けると低く笑いハリーの肩を叩く。

 

 

「ハリー、俺も君と一緒が良かったが……ヴォルデモートは俺とハリーの仲を知っている。きっと、ハリーは俺と箒を使って脱出すると思っているだろう。一番危険なんだ」

「そんな──それじゃあ」

 

 

確かに、2年前ヴォルデモートはシリウスを使いハリーを神秘部までおびき寄せようとしていた。誰よりも信頼している大人であるシリウスと共に脱出するに違いないと予想を立てているだろう。まさかハグリッドと共にオートバイに乗るとは考えもしないかもしれない。ハグリッドは、お世辞でも魔法が上手いとは言い難いのだ。

しかし、それならばシリウスと組んだソフィアが最も危険だという事になり、ハリーは不安と信じられない思いでソフィアを見つめる。

 

 

「私が自分から志願したの」

「そんな、危険すぎる!」

「そうかもしれないわね。……でも、あなたを無事に届けるために、覚悟は決めてきているの」

 

 

ソフィアは真剣な目でハリーを見つめる。自分と同じ姿だが、その表情と瞳はどことなくソフィアその人を想像させた、強い意思のこもる瞳だった。

 

 

「それでは、いいな?」

 

 

ハリーが黙り込んだのを見てムーディは全員に向けて声をかける。ハリー達は緊張と一抹の不安が孕んだ表情で頷いた。

ムーディは偽ポッター達の服を袋にまとめて先頭に立って裏口に向かう。

 

 

「出発すべき時間まで三分と見た。鍵などかける必要はない。死喰い人が探しに来た場合、鍵で締め出す事はできん。……いざ」

 

 

皆がぞろぞろと裏口へ向かう中、ソフィアは壁にかけていた自分のファイアボルトを手にしっかりと掴み、シリウスの元へ駆け寄った。

 

 

「よろしくね、シリウス」

「ああ。……ソフィアも、ファイアボルトを持っていたのか?」

「ええ、ハリーの代理でクィディッチの選手になった時、父様がプレゼントしてくれたの」

「スネイプが……」

 

 

ソフィアは滑らかな手触りの柄を手で撫でにっこりと微笑む。シリウスはセブルスが高級な箒をソフィアに与える事が信じられなかったが──誰だって、愛しい子には最高級の箒をプレゼントしたいものだろう。俺だって、そうだったのだから、と思い直した。

 

 

「壊すわけにはいかないな」

「まあ、止めてよ?すっごく良い箒なんだから……」

「わかってるさ。……振り落とされないように注意しないといけないな、君のことはしっかりと守るからな」

 

 

ソフィアから箒を受け取りながらシリウスは真剣な声で呟く。ソフィアは少し目を見開いた後、ふわりと微笑み「よろしくね」と柔らかい声で言った。

 

 

「全員、無事でな」

 

 

ムーディが叫ぶ。

それぞれがペアと共に箒に跨り、セストラルの背に乗っていた。ソフィアは片腕をシリウスの腰に手を回し、もう片方の手にはしっかりと杖を握る。

 

覚悟はしてきた。

命の危険の覚悟、ではない。

 

 

──死喰い人にあったら、殺さなければならない。無理矢理ヴォルデモートに従わされているかもしれない。それでも私は人の命を奪う覚悟をしたわ。

 

 

ソフィアだけでなく、誰もが硬い表情をしていた。彼らの殆どは、この後死喰い人が押し寄せてくるだろう事を理解している。だからこその、覚悟だ。

 

 

「約1時間後に、みんな隠れ穴で会おう。三つ数えたらだ。いち……に……さんっ!」

 

 

オートバイが爆音を上げ、それに尻を叩かれるように彼らは空に飛び上がる。暗い空と、頬を切り裂く冷たい風を受けながらソフィアはすぐに辺りを見渡し死喰い人がいないか探した。

 

一行は高く、高く空を上がっていく。

 

 

その時、どこからともなく振って沸いたような人影が一行を包囲した。

騎士団のメンバーが飛び上がった先には30人余りの死喰い人が待ち受けていたが、彼らは皆冷静に緑色の閃光を躱した。

 

 

「大丈夫か!?」

「うん!()()大丈夫!シリウス、早く逃げてっ!」

 

 

ソフィアはハリーとして大声を上げ叫ぶ。

『シリウス』という単語を聞いた7、8人が方向を変えソフィアとシリウスの元へと一直線に向かった。

これでいい、ソフィアとシリウスの役目は死喰い人を欺き撹乱させ、なるべく他の者の生存率を上げる事なのだ。

 

 

後ろを振り返り大勢を引き連れているのを確認した。

その中で1人だけ箒に乗らず姿を曝け出し夜の闇の中を滑るように飛んでいるのは──ヴォルデモートだった。やはり、シリウスと共にいるものがハリーだと思いこちらにやって来たのか。

 

狂気に満ちた歪な笑いを浮かべたヴォルデモートの姿を初めて近くで見たソフィアは背中に嫌な汗が流れるのを感じる。

気味が悪い、本能的嫌悪というべきだろうか。ソフィアは飛んでくる緑の閃光を身を屈めて避けながら自分の首にかけていたチェーンネックレスを外した。

 

 

「ティティ、お願い。生きて帰って」

 

 

風でチャリチャリと小さな音を立てるネックレスに向かって切ない声でソフィアは呟き、キスを落とす。ネックレスはそれに頷くように輝いた。

ソフィアは一度強くネックレスを握りしめると震える手を開いた。それは風に乗ってソフィアの手から踊るように夜の闇へと消える。それを最後まで見つめたソフィアは唇を強く噛みすぎて血が滲んでいたが、痛みは不思議と感じなかった。──いや、胸の痛みの方が強かったからだろう。

 

 

霧よ(ネビュラス)!」

 

 

鋭く叫び杖を真横に振る。杖先から噴出された黒い霧は死喰い人の視界を遮った。突然の事に一瞬動きを見出した死喰い人達だったが、それが単なる霧だと分かると気にせず突き進む。

しかし、その中には彼らが想像もせぬものが潜んでいた。

 

 

「なっ──!」

 

 

耳をつん裂くドラゴンの咆哮が響く。霧の中から現れたのは闇色をしたドラゴンだった。

体の表面をびっしりと覆った鱗が月の光を浴びて濡れたように輝く。突然のドラゴンの出現に、先頭を飛んでいた死喰い人は急ブレーキをかけたが間に合わず魔法を放つ暇もなく巨大な尻尾に打たれ、羽虫のように落下した。

ヴォルデモートはそれを見てすぐにその場から姿を消した。──彼はわかったのだ。本物のハリー・ポッターがドラゴンを使役する事はできないと。

 

唸り声をあげ、ドラゴンは空を舞い残った死喰い人へその牙を立て、爪で切り裂く。

しかし、死喰い人もやられたままで終わるわけではなく、ドラゴンに──ドラゴンに変身したティティに、何本もの緑の閃光が向かった。 

 

ドラゴンをかわした死喰い人はソフィアとシリウスの元へと一直線に向かう。シリウスもまた片手で箒を持ち、後ろを振り返りながら杖を振るった。

 

ソフィアは、数メートル先の死喰い人を見た。

フードを深く被っていてわからないが、この人はセブルスでも、ジャックでもない、そのはずだ。そういう予定だ。

 

それでも手が震えていたが、割れるほど強く奥歯を噛み締め心の中で麻痺呪文を唱えた頃にはその震えはおさまっていた。

 

ソフィアの麻痺呪文を受けた死喰い人はびしりと硬直し、箒の上から落ちる。仲間の死喰い人が落ちた彼を助けるために急降下したのを見ながら、ソフィアは何度も杖を振るい、彼らの行く手を阻んだ。

 

 

「ちっ、ヴォルデモートは消えたか」

 

 

シリウスは近づいていた死喰い人に切り裂き魔法と失神魔法を放ち無力化した後舌打ちをこぼす。

想定の範囲内だが、他の人たちは、ハリーは無事だろうかという焦燥感が胸を締める。

 

 

「多分、ティティでバレたのね、私が本物じゃ無いって──待って!あっち、3時の方向!誰かが追われているわ!」

「行くか?」

「勿論よ!私たちの役目は──」

「──撹乱だ。そうこなくっちゃな。捕まってろ!」

 

 

シリウスとソフィアはぴたりと密着し、体を低くすると矢のように飛ぶ。追いかけられている人たちは箒に乗っている。あれはハリーではないが、あちらが本物のハリーだと思わせるためにも彼らを救い出さなければならない。

 

 

矢のように突き進む2人が近付いた時、3人の死喰い人に追われているのはリーマスとジョージなのだとわかった。

つまり、あの3人の誰かは──予定通りならば、セブルスがいる。しかし、それが誰かは深くフードを被っているせいでわからなかった。

 

ソフィアは一瞬、迷ってしまった。

その一瞬、死喰い人の1人がリーマスの背に向けて死の呪いを放とうと腕を振り上げる。

 

 

「──危ない!」

切り裂け(セクタムセンプラ)!」

 

 

ソフィアのその叫びを聞き、1人の死喰い人が素早く杖を振り目の前にいる死喰い人の杖腕を狙って魔法を放ったが、それは逸れてジョージの耳に当たった。

悲鳴と共に赤い血がパッと夜空に舞う。

 

ソフィアとシリウスはその魔法と、声から誰がセブルスなのかを理解するとすぐにセブルス以外の死喰い人に向かって失神呪文を放った。

 

予期せぬ奇襲を受けた1人の死喰い人は箒から落下する。風に煽られたフードが捲れ上がりセブルスの目がソフィアを捉えた。刹那、2人の視線が絡み合う。

 

 

「──ちっ!」

「ああっ!」

 

 

失神呪文を避けた死喰い人がソフィアとシリウスに向けて闇雲に放った魔法がソフィアの背中に命中し、爆発した。背負っていたリュックが弾けバラバラになり中身が空に流れていく。

セブルスはソフィアの悲鳴に、その場に凍りついたように停止し何も考えないままソフィアを傷付けた死喰い人を振り返り、まっすぐ杖を振り下ろす。

緑の閃光で打たれた死喰い人は、驚愕に目を見開いたまま夜の街へと落下した。

 

 

肉の焦げる悪臭が漂い、背中が激しく痛み視界は白く点滅した。

ぬるりとしたものが皮膚と服の間を流れていくのを感じ、ソフィアは一瞬、手を離しそうになったが強くシリウスの背中にしがみつくと歯を食いしばり唸るように呟く。

 

 

燃えろ(インセンディオ)…っ!」

 

 

それは死喰い人の長く黒いマントを燃やした。慌てて水魔法をかける死喰い人を見て、ソフィアは低く笑いそのままシリウスに「行って!」と叫ぶ。

 

シリウスは遠くに逃げていくリーマスとジョージを確認した後、すぐさま速度を上げ闇の中を突き進んだ。

 

 

「大丈夫か!?」

「──っ、ええ……」

「後少しでつく!」

 

 

シリウスの必死な声を聞きながら、ソフィアは彼の背に額を押し付け必死に意識を保つために歯を食いしばる。

こんなところで気を失うわけにはいかない。少しでも死喰い人を妨害しなければ、──殺さなければならない。

 

 

ソフィアは苦しそうに顔を歪めながら後ろを振り返ったが、今まで追跡していた死喰い人達はいつの間にか消えていた。──近くを飛んでいたセブルスの姿もまた、消えている。

 

 

「っ……シリウス、様子が変よ。死喰い人が、いない……」

「何?諦めたのか?──いや、まさか──」

「ええ、その可能性が……高いわ」

「くそっ!」

 

 

シリウスとソフィアは囮となるためにハリーと反対の方向へ飛んでいる。今からそちらへ向かうには距離が開き過ぎているだろう。

死喰い人が急に姿を消したのは諦めたからではない、きっと、誰が本物のハリー・ポッターかバレてしまったのだ。

 

こうなってはどうすることもできない。なるべく早く避難場所へ向かい情報収集するしかない。

耳元を風の唸り声が聞こえる。それとは別に浅く小さな呼吸音が聞こえ、シリウスは振り返ることなく自分の腰に手を回すソフィアの腕を掴んだ。

 

 

「ソフィア、しっかりしろ!」

「はぁっ……は、……」

「ソフィア!」

 

 

呼吸は徐々に浅くなり、腰に回っている腕の力が抜けていく。

シリウスは必死に呼びかけながら、先ほどよりも強く箒の柄を握り、夜の空を駆けた。

 

 

 



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376 死の足音!

 

 

 

ハリーはなんとか生きてトンクスの実家へ辿り着く事ができた。

無事ではない。死喰い人やヴォルデモートに襲われたのだ。何より魔法界を知り、初めてその繋がりを感じることが出来たヘドウィグが死んでしまった──その死体も持って帰る事ができなかった。

身体中に怪我がありひどく痛んだが、それ以上に心が捩れ切れるほどに痛かった。

 

看病してくれたトンクスの父のテッドと、母のアンドロメダに礼と、必ずトンクスから連絡するように約束すると言いながら同じく怪我だらけのハグリッドと共にポートキーに触れて隠れ穴の裏庭へ移動した。

 

ポートキーであるヘアブラシを放り投げ、よろめきながら立ち上がれば勝手口から階段を駆け降り、モリーとジニーが飛び出してくるのが見えた。

 

 

「ハリー?あなたが本物ね?ああ、良かった!」

「他のみんなは──他には誰も戻ってないの?」

 

 

ハリーが掠れ声で聞けば、モリーは青い顔のまま頷く。ハリーは何があったのかを説明した。

 

 

「死喰い人達が待ち伏せしてたんだ。飛び出すとすぐに囲まれた──奴らは今夜だって事を知っていたんだ。他のみんながどうなったか、僕にはわからない。僕らは4人に追跡されて、逃げるので精一杯だった。それからヴォルデモートが僕たちに追いついて──」

「ええ、大丈夫。()()()()()()()。あなたが無事で本当に良かった」

 

 

モリーはハリーを抱きしめ、今にも泣きそうな声で言う。ハリーはそうしてもらう価値がない、自分のせいでモリーの子ども達は命の危機に遭っているのだ、髪なんてあげなければ良かった。そう思い苦しくなっていたが、ふと、モリーの言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

 

「おばさん。わかっていたって──?」

「それは──後で説明があるわ。でもね、今は私からはできないの」

「モリー、ブランデーはねえかな?気つけ薬用だが、え?」

 

 

ハグリッドが頭を押さえ振りながら言い、モリーはパッと弾かれたようにハリーから離れると曲がりくねった家に走って戻った。魔法を使えば引き寄せる事はできるはずだが、そうしないのはきっと何か話せない事を隠すためだろう。

 

ハリーはモリーの言葉が気にはなったが、何かを深く考える余裕はなくその場にしゃがみ込んだ。

 

 

「ロンとトンクスが一番に戻ってくるはずだったけど、ポートキーの時間に間に合わなかったの。キーだけが戻ってきたわ」

 

 

ジニーはそばに転がっている錆びた油差しを恨みのこもった目で睨みながら呟く。ハリーは僅かに顔を上げ、ジニーの蒼白な横顔を見た。

 

 

「それから、あれはパパとフレッドのキーのはずだったの。2番目に着く予定だった。あなたが3番目で、間に合えばジョージとルーピンが後1分ほど、ソフィアとシリウスは3分ほどで戻る予定よ」

 

 

ジニーは腕時計を見ながら呟く。どうか戻ってきて欲しいと言う願いが込めれた低い声に、ハリーは胃の奥がシクシクと痛んだ。もし、誰かが死んでしまったら──それは僕のせいだ。

 

 

モリーがブランデーの瓶を抱えて再び現れ、ハグリッドに手渡した。ハグリッドが栓を開け一気に飲み干した時、暗闇に青い光がパッと現れた。

 

 

「ママ!」

 

 

ジニーが期待を込めて叫ぶ。

その光はだんだん大きく、明るくなり、リーマスとジョージが独楽のように回りながら現れその場に倒れ込んだ。

すぐにジニーとハリーとモリーが駆け寄り──そして、一眼見た途端息を飲み、モリーは悲鳴を上げた。

 

リーマスの顔が血で赤く染まっている。すぐに起き上がったリーマスはぐったりとしたジョージを支えているが、重さからうまく立つことが出来ないようだった。ハリーは痛みや疲れを忘れてジョージの両足を抱え上げ、リーマスと共にジョージを家の中に運び込む。

 

居間のソファに寝かせ、ランプの光がジョージの頭を照らし出すとジニーとモリーはぐっと表情を険しくさせすぐに清潔なタオルを引き寄せた。

 

 

「ああっ!み、耳がっ……!」

「ママ、薬!薬、どこ!?」

 

 

ジョージは頬から頭の横にかけて切り裂かれ、耳はなんとか皮一枚で繋がっているが殆ど取れかけていた。

狼狽するモリーに変わりジニーが薬の場所を聞き、モリーは唇を震わせながら「キッチンの、戸棚」と呟く。すぐにジニーは立ち上がり、側で立ちすくんでいたハリーを押し退けキッチンへと走った。

モリーはとりあえず出血死を防がなければならないと判断し、震える手で近くのチェストの引き出しを開け中から赤黒い薬が入った小瓶を取り出した。

 

 

「ジョージ、飲みなさい、早く!」

「う……」

 

 

意識を朦朧とさせながらジョージは増血薬を飲む。途端に耳から更に血が溢れたがそれでも顔色は僅かに赤みが戻った。

 

 

「──モリー!薬を持ってきてくれ!」

 

 

彼らが胸を撫で下ろしたその時、扉が開かれたのと同時にシリウスの叫び声が居間に飛び込んだ。

モリーとリーマスとハリーが弾かれたようにそちらを見た時、ハリーはぐらりと世界が揺れたのではないかと思った。

シリウスに支えられているのはポリジュース薬の効果が切れ、元の姿に戻ったソフィアであり、ジョージと同じくぐったりとして顔は青白い。苦悶の表情を浮かべ目は閉じられていた。

 

シリウスは同じようにジョージが血塗れであることに驚く事はない、目の前で切り裂かれたのを目撃していたからだ。それでも想像以上の出血に、低く唸り声を上げ部屋の中をさっと見回す。

 

 

「ハリー!無事だったか、良かった!」

「ソフィア……!」

 

 

シリウスはハリーの無事を確認しほっと安堵の息を吐いたが、ハリーはシリウスに構う余裕はなくよろめきながら立ち上がり、シリウスの反対側に駆け寄り、そのズタズタになった背中を見た。

焼けこげたような服と、その下の肌は赤黒く止めなく血が流れている。ハリーはあまりの怪我に喉の奥で悲鳴を上げた。

 

 

「血、こんな、怪我──」

「ハリー……良かった、無事で……」

 

 

ソフィアは苦しそうに眉を寄せながらうっすらと目を開き、弱々しく微笑む。その微笑みに、ハリーは目の奥が熱くなるのを感じた。自分のことなんてどうでもいい、ソフィアがもし、この怪我が原因で──死んでしまったら、一生後悔する、いや、耐えられない。ヴォルデモートを倒せたとしても、その世界にソフィアが居なければ意味がないんだ。

 

 

「私は、大丈夫。ジョージの、ところへ……連れて行って……」

「っ、先に治療を──」

「早く、──お願い」

 

 

ソフィアの強い哀願に、ハリーはぐっと唇を噛み締めるとなるべく傷口に触れないようにシリウスと共にソフィアを運んだ。

リーマスもまたソフィアのただならぬ様子に険しい表情をし、すぐに部屋中の明かりをつける。

ソフィアが変装のために着ていた灰色のパーカーは、背中の部分が焼けこげ、無事なところもほとんど赤黒く濡れていた。

 

ソフィアはジョージの頭のそばに膝をつくと、倒れそうになる体をハリーとシリウスに支えられながら重い腕を上げ杖先を血が流れ出る耳へ近づけた。

 

 

「……傷よ、癒えよ(ヴァルネラ・サネントゥール)

 

 

低く歌うように魔法を唱え、杖先で傷口を撫でるように動かす、初めて聞く魔法にモリー達は怪訝な顔をしたが、ハリーはその魔法を知っている。それは、セブルスとルイスが、胸に大怪我を負ったドラコを治療した魔法だった。

 

 

「血が……怪我が、治っていくわ!」

 

 

モリーが泣きそうな歓声を上げる。

数回呪文を唱えた後、ジョージの顔や首についていた赤黒い血は傷口に吸い込まれるように戻り、耳も元通りくっついた。薄く皮膚が盛り上がり完全に完治する事は叶わなかったが、それでも耳を失う事は無かった。

 

 

「う──なんだ……?」

「ジョージ!」

 

 

呻き声を上げ、眩しそうに目を瞬かせたジョージに、モリーはわっと泣きながら覆い被さり首元に抱きついた。出血のあまり半分気絶していたジョージは、先ほどまで耳に感じていた燃えるような激痛がなくなり、不思議そうに自分の左耳に触れた。くっついてはいるが、ボコボコと皮膚が隆起しやや歪になってしまったようだ。

 

 

「ソフィアが治してくれたのよ!あんな魔法、はじめて聞いたわ」

「本当かい?まさに聖人(ホーリー)だ──」

 

 

ジョージは自分の耳が黒い穴のように抉れていた事を知っている。流れる血を手で抑えていたとき、感触でわかったのだ。それを絡ませていつものように茶目っ気たっぷりのジョークを言おうと思ったがソフィアの方を見て言葉を無くした。

ソフィアはかすかに微笑んでいたが眉が寄り顔色が蒼白であり、カタカタとちいさく震えているのに額からは汗を流している。

 

 

「ソフィア?」

「ジョージ、動けるなら場所を変わってくれ!ソフィアも重傷なんだ!」

 

 

ハリーは早口で怒鳴るように叫ぶ。すぐにジョージと彼に覆い被さっていたモリーがその場から飛び退き、ハリーは素早くソフィアを抱えソファの上にうつ伏せに寝かせた。

 

 

「ママ、薬持ってきた!──ソフィア!?」

 

 

ジニーは先ほどまで血を流していたジョージが立ち上がり、代わりにソフィアが蒼白な顔で寝転がっているのを見て困惑したもののすぐに側に駆け寄った。

 

シリウスは無言でソフィアのパーカーをぐいっと上に引き上げ無理やり脱がした。ソフィアの羞恥心など考えている暇がない。この血の量は一刻を争うと、シリウスとリーマスは理解していた。

 

ソフィアは背を曲げ苦しそうに喘いだ。

ソフィアの白い華奢な背中は焦げ、真っ赤に染まり、てらてらとした血液が流れ続けている。ただの火傷ではないのか、黒い泡がぶくぶくと弾けていた。

見た事もない傷の大きさと深さに、ハリーは目の前の世界がぐらりと回り強い吐き気を催した。

 

 

「ソフィア、さっきの魔法は自分には使えないのか?」

「……、背中、届かな……」

 

 

シリウスの問いかけにソフィアは息も絶え絶えに囁く。あの治癒魔法は、杖先で傷口を丁寧になぞらなければならない。血液も、元に戻すのならば掬うように動かさねばならず、手の届かない自身の背中を治癒するのは不可能だった。

 

その言葉を聞き終わる前にリーマスは杖をソフィアの背に向け軽く振り一面に付着していた血液や傷口についていた服の繊維を消し清めた後、ジニーから薬を受け取り、強い刺激臭のある軟膏を傷口に塗りたくった。

ハリーは何も考えられずそれをぼんやりと見ながら、あれはビルの顔の怪我に塗られていた薬だと気付く。

 

すぐにモリーは杖を振り新品の包帯とガーゼを引き寄せシリウスに手渡し、いつの間にか居間を出ていたジニーは階段を三段飛ばしで駆け下りてきた。ジニーはソフィアのために彼女が着ることが出来そうな服を取りに行ったのだ。ぎゅっと服を持つ手に力が籠る。大人達は険しい表情をしてソフィアを治療しているが、ここにマダム・ポンフリーのような治療のエキスパートはいなければ、備蓄している魔法薬にも限りがあるのだ。

 

 

ビルが怪我をした時にマダム・ポンフリーが処方した薬はかなり強力なものであったが、完全に治癒することは出来ず傷口からは絶えず血が流れ出る。

シリウスは舌打ちをすると傷を隠すように軟膏をべっとりと塗り、清潔なガーゼを被せ、強く手で圧迫する。治療されている間もソフィアは弛緩したまま動く事はなかった。

 

 

「っ、大丈夫だよね?」

 

 

白いガーゼがじわじわと赤く染まっていくのを見てハリーは呟いた。

魔法薬はどんな傷もたちまち治してくれる。きっともう大丈夫だ、大丈夫なはず。血もすぐに止まるに決まっている。そう思ったがシリウスは傷口を強く圧迫したまま動くことはなく、リーマスとモリーは険しく苦痛に耐えるような表情をしたままソフィアを見下ろしていた。

嫌な予感にハリーはからからに乾いた喉のチクリとした痛みを感じながら口を開いた。

 

 

「ソフィアは大丈夫なんだよね?」

「それは……」

「モリー、増血薬はさっきので最後か?」

「っ……ええ、薬のほとんどは、トンクスの実家にあるわ。あとはリュックの中に入れたわ……」

「ソフィアが持っていたリュックは、この魔法を受けた時に無くなってしまった」

「……ジョージのは、ここに来る前に使ってしまったんだ」

 

 

ある程度の治療薬や包帯はそれぞれが持っていたが、十分な治療が出来るとは言えない。

彼らにとって最も優先すべきはハリーであり、危険な目に遭う彼のために数種類の魔法薬をトンクスの実家に置いたのだ。

 

 

「そうか……」

 

 

シリウスは沈痛な表情で黙り込み、リーマスは何か方法はないかとソファの前を行ったり来たりした。ジニーは目にいっぱいの涙を溜め、ソフィアの白い手を握る。

 

ハリーはざわりと、奇妙な感覚がした。

今の雰囲気は、なんだか、ソフィアが死んでしまうような──そんな雰囲気だ。

 

馬鹿馬鹿しいとハリーは頭の中に浮かんだ妄想を振り払い、引き攣ったように笑いながらシリウスの服を引っ張り、もう一度「ソフィアは、大丈夫だよね?」と聞いた。その声は自分でも情けないほど震えていたが、モリーの啜り泣きに消されてしまったかもしれない。

 

シリウスはソフィアを見下ろしたまま、ぐっと拳を握る。

 

 

「モリー、交代してくれ」

「え、ええ。わかったわ」

「俺はトンクスの実家に行く。予備の薬があるかもしれない」

「──駄目だ!危険すぎる!」

 

 

踵を返して足早に玄関へと向かったシリウスの手を取り、リーマスが止めた。だがシリウスはその手を振り払い「ここでソフィアが死ぬのを待てというのか!?」と叫んだ。

守ると約束したのだ、シリウスにとって、ソフィアはただのハリーの友人ではない。ハリーにとって大切な存在であり、またソフィアの優しさにシリウスは何度も心を救われている。

 

 

「数人の死喰い人なら大丈夫だ」

「トンクスの実家の上空には……ヴォルデモートがいる、僕が本物だって、気づいて急に、現れたんだ……きっと、今も空で保護呪文を破ろうとしているはず……」

「やはり、バレていたのか……くそっ!」

 

 

ハリーが呆然としながら呟き、シリウスは苛立ち粗暴な舌打ちをしながら頭を強く掻く。何か策はないか。誰か造血薬と有効な薬を持っている者が戻るまで待つ他ないのか、それまで、ソフィアの命は続くだろうか。

 

 

「そんな、なら──」

 

 

ハリーは今までたくさんの困難を乗り越えてきた。その中でもガラガラと足元が崩れていくかのような強い絶望を感じたのはこれが初めてだっただろう。

 

 

一瞬、悲痛な重い沈黙が落ちる。ソフィアの今にも止まりそうな荒く短い呼吸だけが居間の中に響いた。

その時、唐突に何かが走り寄る音が聞こえた。扉近くにいたシリウスとリーマスはすぐにポケットから杖を出す。窓の外にはポートキーの青い光は見えていない、それに、セストラルの蹄の音でもない。それは紛れもなく1人の人間が走り寄る足音だった。

 

 

「──ソフィア!!」

 

 

扉が破壊されたのではないかと思うほどの勢いで開き、飛び込んできたのは黒いローブを着た──死喰い人のローブだ──人であり、それは紛れもなく蒼白な顔をしたセブルスだった。

ハリーは硬直し突然現れたセブルスを見る。天文台の塔で別れてから、彼を見たのは初めてだった。彼がソフィアの父親であり裏切り者ではないと理解はしたが、何の心の準備も出来ていなかった。

しかし、セブルスの目には驚愕の表情をしたハリー達の様子は全く入らない。

 

 

「お前──」

「セブルス?どうして──」

「邪魔だ退け!」

 

 

セブルスは唖然とするリーマスとシリウスを押し退け、動かないソフィアの元に駆け寄る。一瞬、彼女を見下ろして大きく目を見開き唇を震わせたがすぐにその場に跪きモリーの腕を掴んだ。

 

 

「離せ」

「でも──ええ、わかったわ」

 

 

モリーは真っ赤に濡れた手を離した。

セブルスはその血の多さに眉間の皺を深く刻み、ガーゼを剥ぐ。軟膏を塗っても治癒する事のない怪我。間違いなくただの爆破魔法ではなく、強い呪いがかけられている。

 

セブルスはすぐにローブの内から小瓶を出し、栓を抜いた。杖を出し、低い声で魔法を呟きながらソフィアの傷口に銀色の液体を振りかける。

すると、黒く泡立っていた皮膚はじゅうじゅうと音を立て白い煙と悪臭を放った。──しかしそれも数秒で収まり、煙が晴れた頃にはソフィアの傷は一見するとただ皮膚が抉れただけのように戻る。セブルスはソフィアの顔を見てまだ意識が戻っていない事を知ると舌打ちを零し、今度は別の薬を振りかけた。

赤く生々しい傷はみるみるうちに薄い桃色の皮膚が盛り上がる。ぴたり、と傷口が塞がった後、セブルスはローテーブルの上に置かれていた薬を手に取り、それが昔、自分自身が調合したものだとわかると使用しても問題がない判断した上で慎重に新しい皮膚の上に乗せていく。

 

 

「ガーゼを」

「え、ええ」

 

 

モリーが手渡せば、セブルスはそちらを見る事なくソフィアの皮膚に優しくガーゼを乗せ丁寧な手つきでテープで固定する。

 

 

「ス、スネイプ先生。ソフィアは──」

 

 

ハリーはよろめきながらセブルスの隣に立ち、ソフィアを見下ろした。白いガーゼに隠されもう傷の凄惨さは見ることができないが、ソフィアの顔色は酷く悪いままだ。

セブルスはハリーの言葉には応えず、増血薬が入った瓶を取り出し、ソフィアを抱き起こし薄く開いた口に瓶を押し付け傾ける。

しかし、ソフィアはそれを飲む事なく口から溢れ顎を伝い流れた。

 

 

「意識が……」

 

 

セブルスが掠れた声に絶望を含ませ呟く。

意識を失っているソフィアはうまく薬を飲むことができなかった。意識が完全に無い人間に、薬を飲ませる事は難しいだろう。

小瓶を持つセブルスの手が小さく震える。「ソフィア、駄目だ」と喘ぐように呟き、杖を振り必死に蘇生魔法を放つが、ソフィアは魔法で気絶しているわけではなくその効果は得られない。

 

 

「ソフィア、お前まで、失うのは──」

「薬を!」

 

 

ハリーは無我夢中で叫び、セブルスから無理矢理薬の入った小瓶を奪い取る。セブルスは抵抗する余力も無いのか、その手を離した。彼の脳裏を横切るのは、何よりも辛い──過去に最愛の者を失った光景だ。

 

押しのけるようにハリーはセブルスに抱き抱えられているソフィアを奪う。セブルスはよろめき、「なにを、」と呟きどこか縋るような揺れる目でハリーを見た。

 

 

ハリーは残っていた薬を全て自分の口の中に含んだ。生臭い味がしたが飲み込む事はなく、ソフィアの顎を下げ昔テレビで見たドラマだか映画だかの真似をして気道を確保し、そのまま口を重ねた。──それを見た瞬間、セブルスは衝撃から息を止めた。

 

 

やり方が正しいのかはわからない。これでいいのかも。ただ口で薬が流れ落ちないように蓋をし、舌でねじ込む。

意識はなかったが、ソフィアは反射的に舌の根を押され流れてきた薬を飲み込んだ。

 

喉が嚥下し、ソフィアの白い顔に赤味が戻る。頬だけではなく指先までほのかに赤くなり、ソフィアは眉を寄せ喉の奥でうめいた。

自分の腕の中でソフィアの体が動いたのを確認したハリーは、ようやく口を離し必死にソフィアの肩を揺する。

 

 

「ソフィア!ソフィア、目を覚まして!」

「──っ、──げほっ!」

 

 

何度も咽せ、咳を溢しながらソフィアは目を開き何度か眩しそうに瞬きをした。数秒視線は定まっていなかったが、ハリーの目を見て目元を緩めた。

 

 

「ハリー……」

「ソフィア!ああ、良かったっ……!」

 

 

ハリーは強くソフィアを抱きしめたが、ソフィアが苦しげに呻いたのを聞いて慌てて体を離した。傷口は治癒していたが、きっと完璧に治ったわけではないのだろう。

心配そうに見つめるハリーに、ソフィアは「大丈夫」と小さく呟き、顔を上げて辺りを見回し──初めて側にセブルスが居ることに気付いた。

 

 

「と、父様?どうして──」

「ソフィア……傷は、痛まないか?」

 

 

セブルスは複雑な表情をしていたが、それでも声は優しかった。

ソフィアの命を救うために口移しで薬を飲ませたのは理解できる。あの時自分には考えつかない方法だった──しかし、ソフィアの口をしっかりと塞いだのはハリーであり、救命のためだとはいえ胸の奥からドロリとした憎しみと嫌悪が沸き起こったのだ。

それでも、あのポッターの判断がなければ──ソフィアは、目覚めなかったかもしれない。

怒鳴りつけることも、その腕の中からソフィアを奪い返す事もせず、セブルスはただソフィアに優しく問いかけただけだった。

 

 

「え?うーん、少し引き攣れる気がするけど……あ」

 

 

ソフィアは自分の体を見下ろし、殆ど上半身が裸であり下着もかろうじて引っかかっているだけだとわかると慌てて胸元を腕で交差し背中を丸めた。途端に背中が痛んだが、さすがに曝け出し続けるのは恥ずかしい。

 

 

「服……これ」

「ありがとう、ジニー」

 

 

ジニーからおずおずと手渡された服を受け取ったソフィアは背を丸めたまま素早く着込む。改めて心配そうに自分を見るハリー達を見て、ソフィアは不思議そうに首を傾げた。

 

 

「私……気絶していたの?」

「うん、その、かなり危険だったと思う」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは心配をかけてしまった事の申し訳なさから眉を下げた。背中の傷は自身で治せるものではなかった、きっと誰かが薬を塗り、飲ませてくれたのだろう。

 

セブルスはソフィアが生き延びたことに心の底から安堵し、詰まったような息を吐く。脳に浮かんでいた嫌な想像を振り払うかのように小さく首を振り、静かに立ち上がった。

 

 

「薬を置いていく。3時間ごとに患部に塗るように」

「ええ……」

「セブルス、君は──来てはいけなかった。ヴォルデモートから怪しまれてしまえば全てが水の泡だ」

 

 

リーマスが硬い声ではっきりと伝える。セブルスはソフィアが怪我をした瞬間を見たのだろう。リーマスもまたソフィアの悲鳴を聞いていた。だが、それでもヴォルデモートを倒すという目的のためにはここに来るべきでは無かったのだ。──誰が亡くなってもおかしくは無い。そういう覚悟を、皆はしたはずだ。

 

セブルスは暗い瞳でリーマスを見据え、口先だけで冷たく笑った。

 

 

「帝王を殺す事は私の望みだ。──しかし、その世界にソフィアが居なければ意味がない」

 

 

低くつぶやかれた言葉は、ハリーの胸を貫いた。

同じことを思っていたのだ、ソフィアが死んだ後の世界に意味なんてない、と。──この人は、本当にソフィアの事を愛しているんだ。

 

 

「……わかってる。すまない。……薬をありがとう」

 

 

リーマスの言葉にセブルスは視線を向けるだけで何も言わず、足早に扉へと向かう。キングズリーやマンダンガスはセブルスが裏切り者では無いと知らないのだ。他の面々には姿を見せる事はできても──いや、本当ならば避けるべきだが──彼らに姿を曝け出す事はできない。

 

ヴォルデモートに知られないように隙を見計らいここに来たのはソフィアの怪我の治療のため。そして──。

 

 

セブルスは扉に手をかけながら僅かに振り向き、部屋の奥で場を見守っていたジョージを見た。

ジョージはまさか自分に視線が向けられているとは思わずキョロキョロと辺りを見回し、近くに誰もいないとわかると肩をすくめた。

 

 

「ウィーズリー、君はこの薬を使いたまえ。耳の傷痕も目立たなくなるだろう」

「へ?──あー──了解、先生」

 

 

セブルスは内ポケットから小瓶を出し、扉近くの戸棚に置く。いきなり話しかけられるとは思わず、気まずそうにジョージがへらりと笑ったがセブルスは無視して扉を開けた。

 

 

「父様!」

 

 

ソフィアはよろめきながら立ち上がり、セブルスの元へ駆け寄る。その黒いローブを掴むように抱きつき、彼の背中に額を押し付けた。

 

 

「父様、ごめんなさい。ありがとう」

「……お前はいつも、約束を守らぬ。だが、あの約束だけは──必ず守ってくれ」

 

 

セブルスはしっかりと振り返りソフィアを見下ろす。美しい緑色の目に自分の姿が映っていることに安堵しながら、セブルスは身を屈めソフィアの髪を優しく撫でた。

 

 

「ええ……」

 

 

ソフィアは頷き、背伸びをしてセブルスの頬にキスを落とす。セブルスは傷に触らないように片腕でソフィアを抱きしめ返すと、名残惜しそうに目を細め離れた。

フードを深く被り、セブルスは闇の中へと走り去る。

見送ったソフィアは、扉の枠にもたれかかりながら「どうか、ご無事で」と小さな声で祈った。

 

 



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377 告白!

 

 

セブルスが去った数分後、外で何かが動き回る音がした。すぐにリーマスとシリウスが扉から飛び出す。ソフィアも後に続こうと思ったが、治療されたとはいえ体力は完全には回復していない。すぐによろめき──すかさず、ハリーが肩を支えた。

 

 

「ソフィアは、ジニーとここにいて」

「でも……」

「死にそうな怪我だったんだ!ゆっくり休まないと。僕達が見にいくから、いいね?」

 

 

子どもに言い聞かせるように言われた言葉に、ソフィアはぐっと唇を噛み辛そうな表情で頷く。

少しの傷で──ソフィアは自身が死にそうになっていたと聞いても実感がわかなかった──動けなくなってしまう自分が歯痒く、もどかしかったのだ。

 

 

ハリーに変わりジニーがソフィアを支え、ゆっくりと居間のソファまで連れていく。ソフィアはソファを見下ろし、ぎょっと目を見開く。そこに大量の赤黒い染みが付着していることに気づいた。

 

 

「これは……」

「あなたの血よ」

「私の……?」

「そうよ、ソフィア。本当に……死ぬんじゃないかと思ったわ」

 

 

血溜まりを見て呆然とするソフィアにジニーは低い声で恐々と言いながら体を震わせる。ジョージもまた真剣な顔で何度も頷いた。

 

 

「あの時、スネイプが来てなかったら……30分も保たなかったかもしれないな」

「そんなに……?」

 

 

ジョージは杖を一振りし、ソファについた赤黒い血を清めた。ソファの汚れは綺麗になったが、申し訳なさからソフィアは項垂れ気まずそうにそっと腰掛けた。

 

確かに頭がぼんやりとし、ひどく疲れている。それに背中は引き攣れたように痛むが、動けないほどではない。ハリーが大袈裟なのだろうと思ったが──ジニー達の表情を見る限り、本当に命の危機に瀕していたのかもしれない。

心配そうに外の様子を窓から見ていたモリーはソフィアの元に近づき、彼女の前で視線を合わせるためにしゃがみ込み白い手を握った。

 

 

「あなたは大怪我をしていたのに、ジョージの怪我を治してくれたの……本当にありがとう」

「片耳無しじゃあバランスが取れないところだったぜ、ありがとなソフィア」

 

 

モリーは目に涙を溜めソフィアを優しく抱きしめた。ジョージもいつものように茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。

ソフィアとしては、その怪我を負わせたのがセブルスだと知っていて償いのためであり、感謝される事ではないという苦い気持ちが胸の中にジワリと広がった。

 

 

「あれは──」

「ソフィア!!」

 

 

あれを治したのは父様が負わせたものだったから、と説明しようとしたが、その言葉は自身の名を呼ぶ大きな叫び声と轟音をたて開け放たれた扉の音によりかき消された。

飛び込んできたのはハーマイオニーであり、シリウス達からソフィアが大怪我を負ったと聞いた瞬間走り出していたのだ。勿論、すぐに彼らは「もう既に治療した」という事も伝えるつもりだったが、ハーマイオニーはそれを聞く事なく飛び込んだのだった。

 

 

「ああ!ソフィア、怪我は?大怪我だったって!」

 

 

ハーマイオニーのあまりの勢いにモリーは苦笑しながら身を引いた。すぐにハーマイオニーはソフィアの頭の上から爪先までを見て怪我が無いか確認し、目を見つめる。ぼんやりとしている様子はなく意識もハッキリとしているようだとわかった後で、ハーマイオニーは強くソフィアを抱きしめた。

 

 

「うっ……」

「あ!ご、ごめんなさい!背中を怪我していたのね!」

 

 

ハーマイオニーは抱きしめた感触でソフィアの背中にガーゼが貼られていることに気づき慌てて身体を離し、顔を顰めるソフィアを申し訳なさそうに見る。ソフィアは痛そうにしていたがそれでも微笑み、「大丈夫。もう治療はしたの」と言った。

 

 

「ハーマイオニーも無事で良かったわ」

「ええ!追跡されて、ちょっと危なかったけど……まぁそれはみんなそうだったと思うわ。生きて会えて本当に良かった……」

「戻ったのは……まだ、私たちだけみたい。ロン達はきっとポートキーの時間に遅れたのね」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーは表情をこわばらせ、ぐっと眉を顰める。ただ遅れているだけならいいが──。

その先は言わずともここにいる全員がうっすらと感じている事だった。ジョージとソフィアは無事とはいえなかった。ハーマイオニーは幸運にも怪我一つ負っていないが、彼らも無事だとは限らない。誰かが死ぬ可能性が、ないわけではなく──ソフィア達は、その覚悟もまたしている。

 

 

「──ジョージ!怪我をしたと聞いたが!?」

 

 

先ほどのハーマイオニーのように焦燥感を見せながら飛び込んできたのはアーサーとフレッドだった。2人とも青い顔はしていたが怪我はなくしっかりと自分で立ち歩いていた。

 

 

「アーサー!フレッド!ああ、無事だったのね!」

 

 

モリーは2人の姿を見た途端啜り泣きながらアーサーの胸の中に飛び込んだ。外で合流したリーマス達から「ジョージが怪我を──」というところまで聞き駆け出していたアーサーは額に大粒の汗を光らせ、メガネはずれてしまっている。

モリーを受け止めながら部屋をざっと見たアーサーは居間にある丸椅子に座りひょいと片手を上げたジョージを見て、大きく安堵の息を吐いた。

 

 

「ジョージ……怪我をしたというから、てっきり──」

「左耳を失うかもしれないほどの、酷い怪我だったのよ。出血も多くて……でも、ソフィアが治してくれたの!」

「なんだって?ああ、ありがとう!」

 

 

モリーの言葉を聞き、アーサーは心の底から感謝し詰まったような声で告げる。しかし、ソフィアは──やや気まずそうに暗い目をして、ゆっくりと首を振った。

 

 

「いえ……違うんです。その、あの──ジョージの怪我は……父様が放った魔法が当たって……だから……感謝されるような事は……ないんです」

「あの人が狙ったの?ジョージを?」

 

 

モリーは怪訝な顔で呟く。ソフィアはちらりと辺りを見てこの会話がキングズリーに聞かれることの無い事を確認し──彼はソフィアとセブルスの関係を知らない──項垂れながら首を振った。

 

 

「いいえ、死喰い人の1人が、リーマスを呪おうとしていて……父様はその人を狙ったようでした。でも、死喰い人が急に動きを変えて、魔法が外れて……それで……当たってしまったように、見えました。私はその後すぐ怪我をしたので、それからどうなったのかわかりません……。ごめん、なさい」

「そう……」

 

 

──本当に?

という言葉が喉のすぐそこまで上がり、口から飛び出そうになったがモリーはなんとか飲み込んだ。

セブルスが血相を変えてここに現れ必死にソフィアを治療し、そして──ジョージに薬を置いていった。

 

よく考えれば、セブルスが現れた時、ジョージは既に治療されており、あの一瞬で耳に傷痕があることなんてわからなかったはずだ。事実、夫のアーサーは気付いていない。傷付けた本人でなければ知ることの無い怪我だったのだ。

 

あの薬は、彼なりの贖罪だったのかもしれない。

 

ソフィアも、黙っていればセブルスが行ったのだと知られずに秘密にする事は出来たかもそれない。それでも、自分たちに実直であろうと全てを身内の罪を話してくれている。

 

 

モリーは眉間に寄せていた皺をふっと緩め、優しく微笑むと慈しむようにソフィアの肩を撫でた。

 

 

「謝らないで、あなたが治してくれたのは事実だし、あの人は薬を置いていってくれたわ」

「……モリーさん……」

「さあ。あと戻ってきてないのは……ロンとトンクス、ビルとフラー。マッドアイとマンダンガスね」

 

 

モリーは話題を変えるためにわざとらしく立ち上がり、扉へと向かった。

アーサーは何があったのか何となく理解したが何も言わずに「外の様子を見てくる」とだけ告げ慌ただしく外へ向かう。

ジョージとフレッドは顔を見合わせ、元気なく俯くソフィアの肩をぽんと叩いた。

 

 

「俺、あの薬塗らないでおこうかな」

「えっ。ど、どうして?」

「いや、この傷があればソフィアのパパにちょーっとは強気で話せるだろ?」

「それに、傷を負った男の子になれる!」

「額はともかく、耳は格好がつかないけどな」

「だが、ほら見てみろ。──俺とジョージの見分けがつきやすくなっただろ?」

 

 

フレッドとジョージはソフィアの前に立ち胸をはり、にっこりと悪戯っぽく笑う。

ソフィアはぽかんとしていたが、泣き笑いのような複雑な表情をするとぱっと立ち上がり彼らをまとめて抱きしめた。

 

 

「わお」

「熱烈だな!旦那に殺されるぜ」

「いや、パパかな?」

「もうっ!──ありがとう、ジョージ、フレッド」

 

 

ソフィアの頭越しに視線を合わせたフレッドとジョージは少し照れくさそうに笑いながらソフィアを軽く抱きしめた。

 

 

 



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378 戦士の死

 

 

それからロンとトンクスが10分後に戻ってきたが、ビルとフラー、ムーディとマンダンガスは一向に姿を見せなかった。

誰もが──ソフィアでさえ──庭に出て暗い空を心配そうに見上げる。不安な気持ちは時間の経過ごとに大きくなり、少しの葉の擦れた音や遠くから獣の鳴き声が聞こえるたびに皆体をびくつかせていた。漠然とした恐怖と、嫌な考えが体と心を凍させるようだった。

 

 

しばらくしてキングズリーはマグル界の首相の警護に戻らなければならず、最後にもう一度空を隅々と見た後で隠れ穴の境界の外へ向かい、すぐに姿現しをして消えた。

 

全員が硬い表情で空を見上げる中、ハリーはふと、違和感に気づいた。

そういえば、誰も今回の作戦がヴォルデモートに知られていた件に関して聞こうとしない。まだ全員の安否が確認できるまでは話し出したくないのだろうか?

誰かが裏切ったからこそ、今夜ダーズリー家を脱出したということが漏れていたのだろう。そのことについて話し合わないままで良いのだろうか。

 

 

ハリーは自分の横に並ぶロンとハーマイオニーとソフィアの表情を盗み見た。彼らは一様に深刻な表情をして、空を見上げている。箒に乗ったムーディとマンダンガスか、セストラルに乗ったビルとフラーが現れはしないかとじっと睨むように見上げている。

そんな中、この疑問をぶつけるのはひどく心が無く場違いな気がして、ハリーは口を黙み彼らと同じように空を見上げた。

 

 

「あ──ああっ!帰ってきたわ!!」

 

 

上擦った歓声は、空を見ていたモリーから上がった。

空の星ほどの小さく動くものの存在に気付いた者は少なかっただろう。モリーが見つけ出すことができたのは、母親としての執念かもしれない──セストラルは高々と滑空し、ソフィア達の目の前に着地する。

その背には風に吹き晒されてはいたが大きな怪我のないビルとフラーが乗っており、無事を確認した途端ソフィア達は皆喜びの声をあげて駆け寄った。

 

 

「ビル、フラー!ああ、よかった!良かった……!」

 

 

モリーが涙ぐみながらビルに駆け寄り抱きしめたが、ビルはおざなりに軽く抱きしめただけで、深刻な──痛みに耐える表情でアーサーを見た。

 

 

「──マッドアイは死んだ可能性が高い」

 

 

誰も何も言わなかった。誰も、動けなかった。

 

 

「僕たちが目撃した。敵の囲みを受けた直後だった。マッドアイとダングがすぐそばにいて、北を目指していた。そこに、ヴォルデモートが現れて──ダングが動転して、正体を明かした。ハリーじゃないと。それで姿現しをして逃げ出した。──マッドアイは止めようとしていたけど……ヴォルデモートはすぐに姿を消した。その直後、死喰い人の呪いがマッドアイの顔にまともに当たって、それで──ジャックが、落ちたマッドアイを追いかけた。でも……僕たちは彼がどうなったのかわからなかった、何もできなかったんだ。何にも。僕たちも4人に追われていた──」

 

 

一気に話したビルは涙声になり、ぐっと言葉を詰まらせた。フラーは頬に残った涙の跡に、新たな涙を流しながらビルの腕に抱きつき肩口に顔を埋める。

 

 

「当然だ。君たちには何もできはしなかった」

「自分を責めるなよ。生きて帰れただけで……十分だ」

 

 

リーマスとシリウスは肩を震わせて泣くビルを慰めた。ビルは乱暴に目を擦り、赤くなった目元に決意の炎を宿らせる。

マッドアイは死んだ可能性が高い。それでも、僕たちは進まなければならない。──そう覚悟を決めたんだ。今更立ち止まる事は出来ない。

 

 

誰も口には出さなかったが、この庭で待ち続ける意味は無くなったのだと理解し、全員が無言で家の中へと戻る。

 

それぞれがソファや丸椅子に座り、しばらくは無言だったが──ついに、リーマスが切り出した。

 

 

「マンダンガスは、行方をくらました。もうここには戻ってこないだろう」

「あいつは……人より臆病だったからな。ヴォルデモートを見て怖気付いたんだろうな」

 

 

リーマスの言葉にシリウスが低く呟き、小さな舌打ちをこぼす。シリウスにとって、怖気付いた事や逃げ出し、勇気と覚悟のない行動をとる事は何よりも信じられなかった。

それにより、仲間が危険に晒される可能性があることに、なぜ気が付かないのだろうか?それほど自分の命が大切だったのか。

 

 

「……何で、ヴォルデモートは今日あの家から出るって知ってたんだろう」

 

 

ハリーはここ数時間の悩みをぽつりと漏らした。今ならば切り出してもおかしく無いと思ったのだ。裏切り者がいるとは考えたくは無いが、きっと誰かが外部にうっかり漏らしてしまったのかもしれない。それでも、その悪意のない行為──と、ハリーは信じたかった──によりジョージとソフィアは大怪我を負い、ムーディは生死不明なのだ。

 

ハリーの呟きに、誰もが一斉にハリーを驚いたような顔で見て、ちらりとそばにいる者同士で目配せをした。

 

 

「何──?」

 

 

想像もしなかった彼らの反応に、ハリーは訝しげな顔で首を傾げる。

シリウスとリーマスとアーサーは暫く口元を小さく動かし小声でボソボソと相談しあっていたが──ついに、シリウスが一歩踏み出し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「今回、死喰い人とヴォルデモートが来るだろうことはわかっていたんだ。予め、俺たちは魔法省に流した情報とは別に……スパイをしてるジャックを通して今日の日を伝えた」

「……え?」

「ジャックが完全にヴォルデモートから信頼を得るためにはそうするしかなかった。これは俺たち大人が全員で決めた事だ。日にちだけを伝え、作戦の内容……8人のポッターの事は伝えなかったからな、ある程度撹乱は出来るとわかっていた」

 

 

8人のハリー・ポッターの作戦は、あらかじめ騎士団員が話し合い、ジャックを──一部はスネイプもそうだと知っているが──通して、彼がヴォルデモートからの信用を得るために情報を流したのだ。

あの作戦に参加した者、ハリー以外はそのことを知り、空に死喰い人とヴォルデモートが待ち受けている可能性が高いことがわかっていた。

 

セブルスはリーマスとジョージを、ジャックはムーディとマンダンガスを追う事も手筈通りだったのだ。もし、万が一誰かの命が脅かされたならば、可能な限り助け出すと彼らは決めていた。ハリーとソフィアの元に向かわなかったのは苦渋の決断だった事は間違いない。

実際に助けられた、とは言えないが、それでもセブルスとジャックの行動は無駄ではなかっただろう。

 

 

今夜の作戦はハリーを無事に隠れ穴に連れて行く事と、セブルスとジャックが密偵としての地位を守るために行われた二重の意味を持つ作戦だった。

 

 

ハリーは初め、その言葉の意味が理解できず呆然としていたが、自分だけ知らされなかったことにカッと心の奥から憤怒と苛立ちが沸き起こり爆発し、叫んだ。

 

 

「な、何で僕に──そんな危険な事を黙っていたんだ!」

「言えば、君の髪を無理矢理抜くことになると思ってね。君を説得させる時間は無かったんだ」

 

 

シリウスは最後までハリーにも伝えるべきだと訴えていたが、ハリーの正義感を知っている者は、ハリーに伝えれば実際に死喰い人に襲われた時、ハリーが彼らを護るために自分が本物だと言ってしまう可能性があると判断した。──それを防ぐために、ハリーには奇襲であると思い込ませ混乱してもらうほかなく、言う事が出来なかったのだ。

 

 

「そんな──」

「すまない。本来ならば、君にも言うべきだった」

 

 

シリウスは心から苦しそうに呟き項垂れる。ハリーの怒りはもっともだ、彼は何よりも自身が中心にいるにもかかわらず、護られるために隠されるのを嫌う。──それはわかっていたが、それでも、ハリーの無事が何よりの最優先事項だった。

 

 

「言えば、君は自分から囮になると言いかねないと判断したのは私たち大人だ。……どうしても君を守りたかったんだ、ハリー」

「っ……そんな、僕は……僕は、もう護られるだけなんて嫌だ!」

「ハリー……」

 

 

ハリーは怒りをどう収めていいかわからず、ぐっと拳を握る。俯き耐えるように拳を震わせるハリーを見て、ソフィアはかけるべき言葉が見つからなかった。

ハリーの気持ちも、ハリーを護りたい彼らの気持ちも十分に理解できた──その上で、ハリーに黙って作戦を決行する事にソフィア達は同意したのだ。

 

ハリーは何度か深呼吸し、彼らを見回す。誰もがハリーを心配そうに、腫れ物に触れるような目で見ていた。自分が激昂しやすい性格だと思っているのだろう、きっと、子どものように癇癪を起こし怒り狂うのだと。

 

そうしても良かった。いや、心の奥底ではまだ苦しい程の疎外感と失望と、悲しみが渦巻いている。

それでもハリーは深く深呼吸をすると、決然とした目でシリウスを見た。

 

 

「僕は、もうすぐ成人する。もう護られるだけの子どもじゃない。ヴォルデモートを殺すのは僕だ。だから、僕に黙って護ろうとしないでほしい」

「……わかった、約束しよう」

 

 

ハリーが爆発しなかった事にロンとハーマイオニーとソフィアは内心でホッとしていた。この作戦を聞いた時に、間違いなく後でハリーは怒り狂うだろうとばかり思っていたのだ。

 

 

「よし。──何があったのか、報告しあおうか」

 

 

リーマスはパンと手を叩き、まず自分とジョージの身に何が起こったのかを掻い摘んで話した。死喰い人に追われ、途中でジョージが負傷した事。その時にソフィアとシリウスが近くを飛び、気がつけば追っ手が消えていたことを伝えた。

 

 

「まさかハリーの姿をしているジョージが狙われるとは思わなかった。危険な目に遭わせてすまない」

「あ、それなんだけどさ。……リーマス後ろから死喰い人に狙われてた事に気づいてたか?」

「何だって?い、いや……まぁ常に狙われていたけれど」

「それで……スネイプが、リーマスを狙う死喰い人を止めようとしていた。箒に乗っての魔法はアイツには難しかったのかもな、逸れてジョージに当たってたが……まあ、俺にはそう見えただけだ」

 

 

リーマスはまさかシリウスがセブルスを庇うような事を言うとは思わず目を見開き、シリウスはやや居心地悪そうに肩をすくめた。

シリウスは、ソフィアと同様にその場面を見ていた。セブルスは飛行術があまり得意ではないと、学生時代の時から知っている。咄嗟のことであり、空を飛ぶ死喰い人に狙いを定めるのが難しかったのだろう。

 

その後口々に自分たちに何があったのかを話し、最後にハリーがぽつぽつと自分に起こった事を話した。

自分を追っていた死喰い人達が本物のハリーだと気づいたらしく急に追跡を中止した事。ヴォルデモートを呼び出したに違いなく、ハリーとハグリッドがトンクスの実家に到着する直前にヴォルデモートが現れたことを話した。

 

 

「君が本物だと気づいただって?しかし、どうやって?君は何をしたんだ?」

 

 

ハリーが自分が本物だと言わない限りバレることのないと思っていたリーマスは真剣な顔でハリーを詰問する。ハリーは数時間前のことを思い出す、あの時何があったかを。

 

 

「僕、スタン・ジャンパイクを見たんだ。それで、武装解除しようとしたんだ。本当なら別の──だけど、スタンは自分で何をしたのかわかっていない。そうでしょう?服従の呪文にかかってるに違いない」

 

 

ハリーの言葉にリーマス達は呆気に取られたように沈黙し、誰もが黙り込んだ。

ハリーは勇気があり、そして何よりも優しい。敵だと見なさなければ例え攻撃をされても生かそうと考えてしまう。

 

 

「ハリー、武装解除の段階はもう過ぎている。あいつらは君を捕らえて殺そうとしているんだ。殺すつもりがないなら、少なくとも失神させるべきだった!」

「何百メートルも上空だよ!スタンは正気を失っているし、もし僕があいつを失神させたらアバダケタブラを使ったと同じ事になっていた。スタンはきっと落ちて死んでいたんだ!それに、エクスペリアームスの呪文だって、2年前、僕をヴォルデモートから救ってくれたんだ」

 

 

リーマスの言葉に対抗するようにハリーは叫び、最後の言葉は挑戦的に付け加えた。自分の判断は間違っていない。そう理解させたかったが、リーマスは必死に自制し言葉を選び口を開いた。

 

 

「ハリー、確かにそうだ。だけどね、その場面を大勢の死喰い人が目撃している。こんなことを言うのは悪いが、死に直面した、そんな切迫した場面でそのような動きに出るのは普通じゃない。エクスペリアームスは役に立つ呪文だよ。しかし、ハリー……死喰い人は、それが君を見分ける独特の動きだと考えているようだ」

「でも、じゃあ──僕はスタンを殺すべきだったと言うんですか?罪のない人を殺すなんて、それはヴォルデモートと同じだ!」

 

 

ハリーはようやく何故自分が本物なのか──どんな愚かな行動をしたのかを理解したが、それでも理性が拒絶していた。

リーマスは苦痛に満ちた表情で首を振り、口籠る。

 

 

「それは──」

「ハリー、僕は死喰い人が落ちたら死ぬってわかってて失神呪文を放った」

 

 

何と言い聞かせればいいのか葛藤するリーマスの代わりに、ロンがぽつりと呟いた。ハリーは驚愕しロンを見たが、彼の辛そうな顔を見て表情を翳らせる。

 

 

「本当に根っからの悪いやつなのか、服従の呪文で操られているのかなんてあの時判断は出来なかった。僕の失神呪文が当たって落ちていく死喰い人を見た時、やった!なんて思わなかった。──ゾッとしたよ」

「ロン……」

 

 

青い顔で身震いするロンを見てモリーが目に涙を溜め口を手で覆った。

今行っているのは戦争であり、自分を殺そうとしている死喰い人に情けをかけることは出来ない。ロンの行いは正しく、褒められる事だが──母親であるモリーはそれを正しい形で褒めていいのかわからなかった。

 

 

「ちらって、他の死喰い人が助けに行くのが見えた。僕が落下させた死喰い人は死んだのか、生きてるのかわからない。でも、あの時──僕はああするしかなかったし、たぶん、また同じように襲われても、僕は失神呪文をすると思う」

「それは……」

「僕は、覚悟したんだ。この作戦に参加すると決めた時に。危険な作戦の……死ぬ覚悟じゃない。人を殺す覚悟だ」

 

 

ロンは決然とした目でハリーを見る。ロンの瞳の中に燃える覚悟の光を見たハリーは、ぐっと口籠もった。わかっている、ただ自分は──どうしても出来なかった。

 

 

「ハリー、ヴォルデモートと私たちは違うわ。ヴォルデモートは、奪うために人を殺す。私達は……護るために、殺したの」

 

 

ソフィアもまた静かに呟く。それはハリーに言い聞かせるというよりも、自分自身やロンをはじめ、今日初めて人に呪いをかけたハーマイオニーやフレッド、ジョージに対しての言葉だった。

正当防衛であり、世界をヴォルデモートから護るという大義がある。そう思わなければ──罪悪感に押し潰されてしまう。

ソフィアの言葉に大人たちは改めて彼女達に辛い道を選択させてしまったのだと沈痛な顔で拳を握る。

成人したとはいえ、まだ殆どが学校を卒業していないのだ。

 

 

「でも、あなたのその気持ちは──とても素晴らしいわ。できるなら、誰も死なないのが一番良いんだもの」

 

 

ソフィアは悲しそうに微笑む。ロンは視線を逸らし、ハーマイオニーは痛々しい顔でソフィアとハリーを見つめた。

 

 

「……覚悟が無かったのは、僕の方か」

 

 

ぽつり、とハリーが呟く。それはあまりに弱々しく聞き取れない者もいただろう。ソフィアはハリーに近付き、強く握られた手を取りじっと目を合わせた。

 

 

「あなたと私の覚悟は違うのかもしれない。私は──大切な者を護りたい。あなたも含めてね、ハリー。だからもしスタンが私の大切な者を殺そうとしていたら、私は──きっと殺せてしまうかもしれない。でも、あなたは……全てを護りたいのね。それは凄く尊いことで、とってもとっても難しい事だわ」

「……」

「あなたの選ぼうとしている道は私たちの誰よりも難しい道かもしれないわ。……でも、なんだかダンブルドア先生と似ていると思うの」

「ダンブルドアと?」

 

 

ハリーは暗い瞳の中にわずかな希望を見出そうと縋るようにソフィアを見る。ソフィアはにこりと微笑み、同じ色の美しい瞳を細め頷いた。

 

 

「ええ、ダンブルドア先生は何を知っても、どんな人でも殺そうとしなかったもの」

 

 

ハリーはその言葉に少しだけ救われたような気持ちになった時、部屋の中に突如青い光を帯びた守護霊が舞い込んだ。

彼らをぐるりと見回した守護霊は、彼らの驚愕と動揺を気にする事なく口を開く。

 

 

「アラスターは死んだ。遺体は俺が安全なところに隠した」

 

 

その声はジャックのものだった。それだけを告げると守護霊は空気に溶けるように消え、光の残滓だけが部屋の中央にキラキラと余韻を残す。

ソフィアは消えかけている残滓を見て、一瞬セブルスからの伝言だと期待した自分を恥じた。父様のわけがない。誰がいるかわからない場所に守護霊を出し言葉を届けることなんて出来ないだろう。──そういえば、父様とジャックは同じ守護霊だ。どの動物になるのかわからない守護霊なのに、珍しい。ハリーとジェームズさんが同じなのは、きっと親子だからなのに。

 

 

「……マッドアイ……」

 

 

ビルが苦しげに呟く。ムーディから直接指導されていたトンクスは、悲しみのあまりリーマスに抱きつき身を震わせる。リーマスは片腕でトンクスを抱き寄せた。

 

 



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379 様々な葛藤!

 

 

ハリーはジャックの守護霊からムーディの死を知らされても信じる事が出来なかった。

一人、また一人と力なくソファや椅子に座り込みムーディを悼む中、ハリーは暖炉のそばでじっと炎を見ていた。

そばにはソフィアとロンとハーマイオニーが寄り添うように座っている。ハリーは隣に座るソフィアを見た。ソフィアはあの時、死んでもおかしく無かった。ダーズリーの家からここに避難するだけで、こんなにも危険だったんだ。これからの旅はもっと危険になる。ソフィア達はついてきてくれると言っていたけれど、それは──やっぱり、間違いだった。

 

 

「僕はここにいるべきじゃない」

 

 

ハリーは立ち上がり、誰と目を合わせることもなく呟いた。皆が驚愕した目でハリーを見つめるその視線に気づいたが、ハリーは一歩足を踏み出す。

 

「駄目よ」と、ソフィアがハリーの手を掴み静かに──だが、はっきりと否定した。

 

 

「そうだ。今はここにいなければならない。ここ以外の安全な場所なんてないんだ」

 

 

シリウスが言い聞かせたが、ハリーは険しい表情のまま沈黙し、ソフィアが掴んでいない方の手で額を擦った。この傷痕がこんな風に痛むのはここ一年は無かったというのに、またチクチクと痛み出していた。長くこの傷と痛みと付き合っているハリーはわかる。──ヴォルデモートが何か強い感情を抱いているのだ。

 

 

「僕がここにいる限り、みんなが危険なんだ」

「馬鹿な事言わないで!今夜の目的はあなたをここに連れてくる事だったのよ!」

 

 

モリーは立ち上がり叫んだ。危険は承知だった。自分の家を隠れ家として提供するときにすでにその覚悟はしている。

 

 

「そして、嬉しいことにうまくいったわ。それに、フラーがフランスではなくここで結婚式を挙げることに承知したの。私たちはね、みんながここに安全に泊まってあなたを守れるように、何もかもを整えたのよ」

「もし、ヴォルデモートが僕がここにいることを嗅ぎつけら──」

「どうしてそうなるって言うの?」

 

 

ハリーはモリーの言葉に気が楽になるどころか、ますます気が重くなりながら反論したが、モリーも負けじと言い返した。

 

 

「ハリー、いま現在、君のいそうな安全な場所は12ヶ所もある。その中のどこに君がいるのか、あいつにはわかるはずもない」

 

 

メガネのズレを戻しながらアーサーが静かに言うが、ハリーは「僕のことを心配しているんじゃない」と首を振った。

 

 

「わかってる。しかし、君が出ていけば、今夜の我々の努力は全く無意味になってしまう」

「そうだ、ハリー。どうしても出ていくなら俺は必ずついていくからな」

 

 

シリウスもハリーが出ていくことに賛成ではない。それでも一人でこっそり行方をくらませてしまうくらいであれば、自分がいる。そうハリーに伝えたかった。

それを聞いてハリーは少しだけ胸の奥を占めていた不安や焦燥感が軽減したが、すぐにリーマスが「シリウス」と厳しい表情でシリウスをたしなめ、シリウスは肩をすくめた。表情だけは挑むようにニヤリとハリーに笑いかけたが──それを見てリーマスはさらに眉間に皺を刻んだ。

 

 

「お前さんはどこにも行かねえ。とんでもねぇぞハリー。お前さんをここに連れてくるのに、あれだけ色々な事があったっちゅうのにか?」

「わかってる──」

「そうだ。俺とソフィアの流した名誉ある血はどうしてくれる?」

「わかってるったら!」

 

 

ハリーは包囲され、責め立てられているような気持ちだった。みんなが自分のためにしてくれた事は、わかっている。だからこそ、みんながこれ以上僕のために傷ついてほしくない。悲しんでほしくない。これ以上苦しまないために、僕が出て行きたいと言う気持ちがわからないのだろうか。

 

 

「ハリー……あなたは私たちに傷ついて欲しくないんでしょう?」

 

 

ソフィアの言葉は、まさにハリーの心を見透かしているようで、ハリーはその緑色の目を見る事が出来なかった。ただ、自分の手を握るソフィアの手に力がこもった事だけを感じていた。

 

 

「でもね、全ての苦しみを一人で背負う事は出来ないわ。一人で行動することの愚かしさを、私たちはルイスから学んだでしょう?

私たちは、苦しみを分け合って、支え合わないといけないの」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは顔を上げ、ソフィアの顔をじっと見た。

真摯な瞳だった。嘘も偽りもない、何よりも美しい瞳。

その瞳を見た後、ハリーはみんなを見回した。

彼らもまたソフィアのように真剣な顔でハリーを見つめていた。ある者は賛同するように頷き、ある者はじっと胸の前で祈るように手を組みながらハリーを見つめる。

 

 

「ね?ハリー。独りになるだなんて悲しい事は言わないで」

「……わかってるよ……」

 

 

ハリーの胸にソフィアに縋りつきたい気持ちと、突き飛ばし叫びたい相反する気持ちが生まれた。

ソフィアはとても優しい、正しい事を言っているのだろう。それでもその優しさが、嬉しくて、とても恐ろしい。──この人を失ってしまう事が。

 

暫くして沈黙を破ったのはハグリッドだった。

 

 

「今に知れ渡るだろうが、ハリー。お前さんはまた勝った。あいつの手を逃れたし、あいつに真上まで迫られたっちゅうのに、戦って退けた!」

「僕じゃない。僕の杖がやったことだ。杖が独りでに動いたんだ」

「ハリー、そんな事はありえないわ」

 

 

ハリーはにべもなくそう言ったが、ハーマイオニーは話題を変える事が出来るのならとその話に乗り、優しく言った。

 

 

「あなたは自分が気が付かないうちに魔法を使ったのよ。直感的に使ったんだわ」

「違うんだ。バイクが落下していて、僕はヴォルデモートがどこにいるのかもわからなくなっていた。それなのに杖が僕の手の中で回転して、あいつを見つけて呪文を発射したんだ。しかも、僕には何だかわからない呪文だった。僕はこれまで、金色の炎なんて出した事がない」

「よくある事だ。プレッシャーがかかると、夢にも思わなかったような魔法が使える事がある。まだ訓練を受ける前の小さな子どもがよくある事だが──」

「そんな事じゃなかった」

 

 

アーサーの言葉を、ハリーは歯を食いしばりながら否定する。

自分の言葉を信じてくれない彼らに苛立つ以上に、額の傷跡が焼けるように痛みだし、ハリーは呻き声を上げないようにするので精一杯だった。

 

 

「……外の空気を吸ってくる」

 

 

ハリーの言葉にシリウスは何か言いたそうに口を開いたが、リーマスが無言で首を振りそれを制した。ソフィアは一瞬悩んだがその手を離す事なく立ち上がり、玄関へと向かうハリーの後に続いた。もし、ハリーが一人で考える時間が欲しく腕を振り払ったならば、ソフィアはついていく事はなかっただろう。

 

 

暗い裏庭を横切り、ソフィアとハリーは護りの境界の少し前にある門で立ち止まった。

裏庭では骨ばったセストラルが草を喰みながら2人に顔を向け、巨大な翼を擦り合わせていた。ソフィアも、今やセストラルを見る事が出来た。去年ホグワーツに死喰い人が侵入したとき、死の呪いに貫かれた死喰い人を目の前で見ていたのだ。

 

伸び放題の庭木を眺め、ズキズキと疼く額を擦ろうと腕を上げたとき、ハリーははじめてソフィアと手を繋いでいたことに気付いた。

 

 

「ソフィア、どうして……」

「どうしてって、あなたが連れてきたんじゃない、ハリー?」

「僕……気付かなかった」

 

 

呆然と繋がれている手を見ながら呟いたハリーに、ソフィアは少し悪戯っぽく笑い、下から見上げた。

 

 

「傷の痛みで気にしてられなかったの?」

「な、んで……」

 

 

誰にも気付かれないように、呻き声も上げていなかった。何故ソフィアは気付いたのかと、ハリーは眉を寄せ大波のように押し寄せる痛みに耐える。

 

 

「あなたが思うよりも、私はあなたのことをよく見てるのね。……大丈夫?」

「……ん、……いや、凄く、痛くて」

 

 

ソフィアは心配そうに瞳を揺らし、痛みを耐え脂汗が滲むハリーの額についた髪を優しく指先で払った。

その暖かな優しさに包まれたまま何も考えたくない──そうハリーは思ったがそれも一瞬で、あまりの痛みの強さにふらつき、半歩後ろに下り門に背をつけた。ハリーは全く意識していなかったが、まるで拒絶するように離れた距離に、ソフィアは顔をこわばらせ傷付いたような顔をしたがそれもわずか時間であり、痛みに気を取られていたハリーは気付かなかった。

 

 

──ハリーに寄り添いたい。私がいつでもそばにいるって、わかって欲しい。だけど……私にその資格なんて……。

 

 

「….私、セストラルの様子を見てくるわね」

「……」

 

 

ソフィアは小さく微笑み、近くの裏庭へ向かった。ハリーは手を伸ばさないように必死に自制し、誤魔化すように額を手のひらでごしごしと擦り、杖のことを考えた。

きっと、ダンブルドアなら僕の杖に何が起こったのかわかっただろう。どのように動いたのかも、説明しなくてもよかった。

みんなは僕に特別な力があると信じているけど、そんなものは何もないんだ、僕には何もわからない──。

 

痛みが増し、鬱々とした気持ちでそう考えていると、唐突に傷痕の痛みが最高潮に達した。痛みで額を押さえ強く目を閉じ、ハリーは門に縋りついた。

 

 

 

ハリーから距離を取ったソフィアは、セストラルの滑らかな体をそっと撫でた。僅かに濡れているように感じる、蝙蝠に似た不思議な羽。白く濁った瞳。生を感じさせないけれど、不思議と動きに愛嬌がある──と、ソフィアは改めてセストラルを見ながら思った。

 

 

「ソフィア」

「ハーマイオニー、ロン……」

「ハリーは?まさか──」

 

 

ハーマイオニーはソフィアしかいないことに一気に不安げにしたが、ソフィアが暗闇の中に立つ門に視線を向け、その先にいるのがハリーだとわかるとあからさまにほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「あいつ、大丈夫かな」

「……私たちにはどうすることもできないわ」

 

 

ハリーに聞こえないようにロンが小声で心配そうに囁き、ソフィアはため息にも似た弱々しい声で頷く。ハリーの心の問題なのだ、優しい彼は、今はまだ葛藤する事が多いのだろう。

ソフィアはそう思ったが、ハーマイオニーは強い瞳でソフィアを見つめ「違うわ」ときっぱり否定した。

 

 

「私たちには出来ないかもしれないわ。でも、ソフィア。あなただけがハリーに踏み込めるの──踏み込まないといけないのよ」

「私──でも、私にはそんな資格は……」

「ハリーはあなたを愛しているわ、今でもね。ハリーはあなたにだけ弱音を吐けるし、本当はあなたに慰められたいのよ。痩せ我慢して格好つけて、でも本当は抱きしめられたくてたまらないはずよ」

 

 

男の子という生き物は不可解だというようにハーマイオニーは呆れ混じりに言う。

ロンは少し気まずそうに視線を彷徨わせたが「多分、その通りだ」と口の奥でもごもごと呟く。

 

 

「ほら、キスの一つでもすれば、ハリーの機嫌も戻るさ」

「……あのね、ロン。私とハリーは別れたの」

 

 

ロンはソフィアの知らぬところで、去年はよくハリーの惚気話に付き合わされていた。半分は聞き流していたが、ハリーがソフィアの事について語るときはいつも幸せそうで、生き生きとしていた。嫌な事が少しくらいあっても、ソフィアと共にいれば落ち着くのだと笑って言っていた事を覚えている。

ハリーとソフィアはよくいる恋人達のように四六時中くっついて絡み合う事はなかった。今までの積み重ねた確固たる信頼と愛がそうさせているのか、互いに尊重し、自然に愛し合っていた。

ロンはなんとなく、このまま彼らは結婚するのだろうと思っていたし、2人の関係はロンの中での1番理想的な恋人の形でもあった。

自分も──あの人と、そうなりたい。そうロンは何度かぼんやりと思った事がある。

 

しかし、ロンは人の感情に対し鈍感であり、場の空気が読めない事が多い。

そのため、ソフィアとハリーが別れたことに全く気がついていなかった。

 

 

「はぁ!?そんな馬鹿な事があるか!」

 

 

怒りが滲む叫びに、ソフィアは苦笑するだけで何も言わない。

互いに想い、愛し合っているのは事実だ。だが2人が甘い恋人関係に戻るためには──互いの気持ちだけでは、理性が許さない。

 

 

「そんな──まじで?」

「ええ」

「……うわー……あのさあ、実はフラーとママが、ソフィアに花嫁みたいなドレスを着せようって盛り上がっていたんだ。あー、ほら、ベールガール?だっけ、それをソフィアに頼んで、リングボーイをハリーにって……」

「……それは。うーん。ちょっとキツいわね。立場的なものもそうだけど……年齢的にも。フラーの妹のガブリエルがした方がいいと思うわ」

 

 

花嫁のベールの裾を持ったり籠に入った花を降らせたり、はたまた指輪を届ける役割を担う子どもは結婚式ではよく見かける。

しかし、一般的には3歳から10歳程度の──登場するだけで微笑ましいような子どもだ。ソフィアとハリーはもう成人し、逆に生々しく違和感が強い。

 

ソフィアの引き攣ったような苦笑を見て、ロンは肩をすくめながら「あの二人、ハイになってるんだよ」とぼやいた。

 

 

「結婚式、なんとしてでも無事に行いたいわね……」

「うん、ママは絶対成功させるつもりらしいし」

「そうね……」

 

 

今の張り詰めた雰囲気と重苦しさを軽減させるには何か幸福と喜びがないといけない。フラーとビルの結婚式は、こんな時代にこんな場所で──と思わなくもないが、むしろ結婚式をしている開けた場所にハリーがいるとは、ヴォルデモートも想像しないだろう。

 

 

「……ハリー、何だか苦しそうじゃないか?」

「傷が痛むって──行きましょう」

「ええ」

 

 

ハリーが門に縋り付くように立っていることに気づき、ロン達はすぐにハリーの元へ駆け寄った。「ハリー?」とソフィアが声をかければ、門に縋り震えていたハリーは震えながら顔を上げソフィアと、いつの間にか近くに来ていたロンとハーマイオニーを見た。

 

 

「大丈夫?……そろそろ、家の中に戻りましょう」

「そうよ、出て行くなんて、もう考えてないわよね?──酷い顔色よ」

「傷痕が痛むのか?」

「まあね……でも、オリバンダーよりはマシだろうな」

 

 

ハリーの言葉にソフィア達は顔を見合わせ首を傾げる。なぜ急にオリバンダーの名前が出たのかわからなかったが、その後ハリーが額を擦りながら話し出した言葉を聞いて表情をこわばらせた。

 

 

「オリバンダーがヴォルデモートに拷問されてた。ヴォルデモートは誰か他の者の杖を使えば問題は解決するって聞いてたみたいだけど、僕を仕留められなかったから。今日のはルシウス・マルフォイの杖だったらしい。うまくいかなくて、オリバンダーが自分に嘘をついたって……怒っていた」

 

 

ハリーはまた、ヴォルデモートの強い怒りを見たのだ。それが本当にあった事なのか、ヴォルデモートが見せた幻覚なのか判断はできないが──内容的に事実の可能性が高いだろう。嘘だとして、彼の失敗とも言える屈辱をハリーに見せるわけがない。

ハリーが話し終えると、ロンは呆気に取られていたがハーマイオニーは怯えたような顔になり、ソフィアは難しい顔で黙り込んだ。

 

 

「そういう事は終わったはずなのに!あなたの傷痕──こんな事はもうしないはずだったのに!またあの繋がりを開いたりしてはいけないわ──ダンブルドアはあなたが心を閉じることを望んでいたのよ!

ハリー、あの人は魔法省を半分乗っ取りつつあるわ。新聞も、魔法界の半分もよ!あなたの頭の中までそうなっちゃだめ!」

 

 

ハーマイオニーは必死に懇願するように叫ぶ。

ハリーは自分から進んでヴォルデモートが見ている光景を見たことなどなく、頭の中に居続けて欲しいと願った事もない。自分の意思とは関係なく見てしまうんだ、と言いたい気持ちをグッと押さえ、ハリーは小さくため息をついた。

 

 



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380 数日間の安息!

 

 

ムーディを失った衝撃はそれから何日も家中に重く立ち込めていた。

隠れ穴には騎士団員がニュースを伝えるために頻繁に現れ、夜の食事を共にする事もあった。ムーディの遺体はジャックが隠しているらしいが、あれからジャックからはなんの便りもなく、現れる事もない。

遺体がなければ葬儀を行う事もできず、ハリーは本当にムーディが死んだと何故か信じる事ができなかった。今にもたくさんの騎士団員に混じって、コツ、コツと義足の音を響かせながら家に入ってくるような気がしてならなかったのだ。

罪悪感と悲しみを和らげるには行動しかない、何かに向かい行動しているときは、少しだけそのことを忘れられる──分霊箱を探し出して破壊する使命のために、できるだけ早く出発しなければならないとハリーは感じていた。

 

 

「でも、17歳になるまでは君には何もできないじゃないか。その───の事」

 

 

早く出発したいというぼやきを聞いたロンは、声に出さず口の形で『分霊箱』と伝えた。

 

 

「なにしろ、まだ臭いがついている。それに、ここだってどこだって、計画は立てられるだろ?それとも──例のあの物がどこにあるのか、もうわかっているのか?」

「いいや」

 

 

ハリーは首を振る。

見つけ出し破壊しなければならない分霊箱は、スリザリンのロケット、レイブンクローの何か、ハッフルパフのカップ、蛇のナギニの──ダンブルドアの予想が正しいのであれば──四つだ。

ナギニはきっとヴォルデモートのそばにいるだろうから、破壊するのは最後の時の可能性が高い。何せ、ナギニを破壊するためにはヴォルデモートに近づかなければならないのだ。

それ以外の3つが、どこにあるのかは検討もつかない。決死の思いで入手したスリザリンのロケットは、すでに奪われた後であり偽物だった。

 

 

「それより、どうするの?アレの事、シリウス達に伝えるの?」

 

 

同じように居間のテーブルにつき、朝食のスコーンを食べながらハーマイオニーが小声で聞く。ロンもその事が気になっていたのか、期待半分不安半分、といった表情でハリーを見た。

 

 

「それは……きっと、僕が話したらシリウス──いや、リーマス達はきっと僕を逃さないと思う。ヴォルデモートを殺す事ができるのは僕だけだ。僕を死なせないためにきっとリーマス達が代わりにアレを探して壊すことになるんだ。でも、アレを探し出して破壊するのは──僕が受けた、ダンブルドアの最後の頼みなんだ」

「……黙っておくの?」

 

 

ソフィアはアイスティーを飲んでいたグラスをおろし、小さな声で聞く。隣に座るハーマイオニーは今すぐに撤回してほしい、と言わんばかりの青い表情をしていた。

 

 

「……スネイプ先生を、信用してないわけじゃないんだ」

「あら、そうなの?」

 

 

ハーマイオニーは青い顔色のまま意外そうに呟く。そういえば、ソフィアが怪我をしそれを治癒するためにセブルスが現れた事はその時居間にいた人しか知らないのだと思い、ハリーは頷きながら小声で説明した。

 

 

「その、ソフィアが怪我をした時。本当に酷い怪我で……薬を塗っても血は止まらないし、増血薬も無いし、意識もない。このまま死ぬんじゃないかって……みんな思ってた」

「そんなに酷い怪我だったの!?もう痛まないわよね?」

「え、ええ……」

「その時スネイプ先生がやってきて、ソフィアを治癒した。……傷は治ったけど、意識を失ってたソフィアはうまく増血薬を飲めなくて、それで僕が──なんとか飲ませて」

「なんとかって?どうやって?」

 

 

言い淀むハリーに、ロンが無垢な目で首を傾げる。

あれは救命措置であり、少しも邪な気持ちはなかった。しかし──冷静になったいま、自分は誰の前でソフィアに口付けたのかを考え、ハリーはぶるりと身震いした。

 

 

「あー、その。……口移しで」

「……え」

「まあ!よく無事だったわね!」

 

 

その時、意識が無かったソフィアは顔をさっと青くし、ハーマイオニーも非難的な目つきでハリーを睨み、小声で叫んだ。

確かによく無事だった、自分の娘が──それも、信じられないことに溺愛している──自分にとって憎い男の子どもとキスをしている場面を見せてしまったのだ。

 

 

「スネイプ先生に殺されるかな──」

「ハリー……違うわ」

 

 

ソフィアは呆れているような、おかしくて笑い出すのを堪えているような奇妙な顔でハーマイオニーをチラリと見た。

 

 

「そうよ!あのね、魔法薬を口移しだなんて、とんでもないわよ!ただの増血薬だったからまだよかったわ。でもね、他人の体液で効能が変わってしまう薬とか、健康な人には猛毒になる薬もあるの。とっても危険な事なのよ!」

「そ、そうなんだ」

「そうよ。でも……助けてくれてありがとう、ハリー」

 

 

ソフィアはアイスティーを飲みながらにこりと笑う。いつもより頬が赤く見えるのは、薬を飲ませるためだとしても、キスをしたと知ったからだろうか。そうならいい、とハリーは思い無意識にソフィアの赤く潤んだ唇を食い入るように見てしまい、ロンに肘で脇腹を押されてしまった。

 

 

「それで、どうしたんだ?」

「あー、えーと。それで……スネイプ先生がここに来るのがばれたら大変なことになっていた、来るべきじゃなかったってリーマスに言われた時に……『帝王を殺すのは私の望みだ。しかしその世界にソフィアが居なければ意味がない』──って言っていて、それで……」

「……おったまげー。そんな言葉、あいつの頭の中にあるんだな?」

 

 

ロンは唖然とし率直な感想を言ったが、その瞬間ハーマイオニーが強い目でロンを睨んだ。ソフィアはロンのそう言ってしまう気持ちも少し理解出来たため、苦笑するだけで特に気にする事はない。

 

 

「それで……うん。信じる事にした」

「でも、それなら言うべきよ!リーマス達にも探してもらった方がいいわ!」

「うーん……」

 

 

ハーマイオニーの言葉にハリーは頷く事はなく唸る。彼らが探した方が結局は早いのかもしれない。しかし、それでもダンブルドアに頼まれたのは自分だという強い気持ちが、どうしてもハリーの中にはあった。

 

 

「私は、ハリーの考えもわかるわ。ダンブルドア先生は、父様に殺される予定だった。死が迫っていたとわかっていて、もし必要なら騎士団の人たちにヴォルデモートの倒すためにはアレを探して壊さないといけないっていうはずじゃない?」

「そうだ──そうだよ!」

 

 

ハリーはソフィアの言葉に、水を得た魚のように喜びハーマイオニーを見る。ハーマイオニーはその考えに至らなかったのか、驚愕した後難しい顔をして考え込んだ。ソフィアの話は、確かに筋が通っている。騎士団には彼ら独自の連絡方法があるのは事実であり、それを使う事なくハリーにだけ教え、ハリーにだけ頼んだ何か重要な理由があるのだろうか?

 

 

「でも、何故ハリーと私たちだけ許されたのかはわからないわ。確かに私たちは毎年大変な目にあって、困難な試練を乗り越えてきた。だけれど……今回の旅は、それとは比べ物にならないくらい難解で危険だもの」

「それは、そうだけど」

「……じゃあさ、せめてR・A・Bの事について聞くのはどうだ?今の所手がかりはそれだけだろ?もしかして、昔の騎士団の人の──渾名のイニシャルだったのかも」

 

 

ロンの言葉にハーマイオニーとソフィアは感心したような顔でロンを見つめる。確かに、マッドアイ・ムーディやムーニー、パッドフッドのように本当の名前とは違う呼び名ならば幾ら探しても見つからない可能性がある。

 

ハリーはそれくらいならば構わないか、と渋々頷いた。

 

 

「僕の臭いは31日に消える。つまり、ここに居るのはあと4日だ、その間に伝えて、その後は──」

「5日だよ」

 

 

ハリーの言葉をロンがすぐに訂正し、チラリと階段に続く扉を見る。居間にはソフィア達しかいないが、ジニーを起こしに行ったモリーがいつ戻ってくるかわからない。ロンは顔を顰めて声を抑えた。

 

 

「僕たち、結婚式に残らないと。出席しなかったらあの人たちに殺されるぜ。──たった1日だけさ」

 

 

ハリーとソフィアとハーマイオニーは、ロンの言う「あの人たち」がフラーとモリーだと理解した。結婚式の準備のために、彼女達は──特にモリーは──昼夜問わず忙しなく動き回っている。必ず結婚式を成功させるのだという熱意が体からエネルギーを作り出しているのだろう。

 

 

「あの人たちには事の重要さが──?」

「もちろん、分かってないさ」

「結婚式も重要な事よ?きっとフラーは素晴らしい花嫁になるわ」

 

 

ソフィアは少し遠い目をしてうっとりと呟く。

確かに、誰よりも美しいフラーは──それはそれは輝くような花嫁になるだろう。結婚式は闇が立ち込めるこの世界で、微かな灯火となり彼らの胸に温かな光をもたらしてくれるに違いない。

ハリーはソフィアが真っ白なヴェールを被り、ドレスを着ているのを想像した。愛のこもった視線でにこりと笑いかけているのは紛れもない自分であり──そこまで考えたところでハリーは浮かんできた妄想を紅茶と一緒に飲み込んだ。

 

 

「そんなに重要?」

「まぁ!当たり前じゃない。フラーはビルとの結婚を祝福してもらうために、去年からずっと頑張っていたでしょう?」

「まあね──そういえば、話が出たついでに君に言っておきたい事があるんだ」

 

 

フラーがモリーに認められるために努力していた事を知っているロンは頷きつつもちらりと扉を見てモリーが戻ってくる足音が聞こえないかともう一度確認した後、改めてハリーを見た。

 

 

「ママは、僕達から聞き出そうと躍起になってるんだ。僕たちが何をするつもりなのかって。次は君の番だから覚悟しとけよ。パパにもリーマス達は君がスネイプを信頼するまでは探ってはこないつもりらしいけど、それを言ったらパパ達も凄く聞いてくると思う。でも、ママは今でも聞き出そうとしてる」

「そうね……ヴォルデモートを討つために大切なものを探しに行かなきゃならないくらいは、言っておかないと納得しないかもしれないわね」

 

 

ソフィアはアイスティーを飲み干し、隠れ穴に来てから連日続くモリーの探りを思い出ししみじみと答えた。

 

 

ロンの予想はそれから数時間も経たないうちに的中した。昼食の少し前、家の中の掃除をしていたソフィア達だったが、ハリーだけが頼み事があるから、と言って引き離されたのだ。モリーの後に続きながらソフィアとロンとハーマイオニーを見れば、3人とも「そらきた」と言う目でハリーを見送っていた。

 

 

モリーは台所の隣にある小さな洗い場にハリーを追い詰めるや否や、前振りもなく質問を始めた。

 

 

「ロンとハーマイオニーとソフィアは、どうやらあなた達4人ともホグワーツ校を退学すると考えているらしいの」

「あー……あの、ええ、そうです」

「ねえ、どうして勉強をやめてしまうのかしら?」

「あの、ダンブルドアが僕に、やるべき事を残して。ロンとハーマイオニーとソフィアはその事を知っています。それで、3人とも一緒に来たいって」

「やるべき事、って。どんな事なの?」

「それは……」

 

 

ハリーはモリーの厳しい眼差しを見ながら口籠る。ダンブルドアは自分だけに頼んだ。遠い未来のことも予想していたダンブルドアなのだ、きっとその事にも意味があるに違いない。全てを言う事はできない──それでも、自分を命をかけて護ろうとしているモリーに完全に沈黙したまま、彼女の息子であるロンを連れて旅に向かうのは無責任な気もした。

 

 

「それは言えません」

「あのね──」

「でも。言える範囲で言おうと思います。できるなら、シリウスとリーマスとトンクス……メンバーがなるべく大勢集まっている時に言いたいんです」

 

 

ハリーはモリーの言葉を遮り一言で言い切る。モリーはぽかんと口を開いていたが、ハリーが何かを明かすつもりであると知ると口を閉じ、しばらくハリーの瞳をじっと見つめその目に嘘が宿っていないかを見極めようとしていた。

モリーはあの双子の母であり、子どもたちの企みや嘘を暴く事においてはかなり勘が冴えている。そんなモリーはハリーの瞳を見て、その言葉に嘘がないことやなるべく自分たちに誠実であろうとしている雰囲気を読み取ると大きく息を吐いた。

 

 

「わかったわ。──そうね、数日後の夜には集まるはずよ」

「……ごめんなさい、おばさん。おばさんにとって、ロンは大切な子どもなのに……」

「そうよ。だから──」

 

 

連れて行かないで。

その言葉をモリーはなんとか飲み込み、ぐっと表情を引き締めると洗濯カゴに入っていた靴下を片方おもむろに手に取った。

 

 

「──この靴下は、あなたのもの?」

「いいえ、違います」

「そう。ならいいの。さあ、戻ってフラーとビルの結婚式の準備をしてくれるかしら?」

「はい」

 

 

モリーの言葉にハリーは頷くとすぐに居間へと向かう。

モリーはハリーの後ろ姿を見送り、片方しかない金色のパピルス模様がついている靴下を洗濯物絞り機の中に放り込んだ。

 

 



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381 それぞれの決意!

 

 

それから結婚式の前日まで、ソフィアたちはモリーに指示されるままに数々の手伝いをした。庭小人駆除、銀食器磨き、パーティ用小物の色合わせ、大量のカナッペ作りなど──昼夜行われる手伝いに、ソフィア達は4人で集まり話す事が難しく、最後に4人が揃ったのは数日前の朝食での僅か時間だけだった。

 

 

ハリーが来て3日目の夜。

グリモールド・プレイス12番地に変わって騎士団の仮本部である隠れ穴にはたくさんの騎士団のメンバーが入れ替わりで訪れ、一室を使い会議を行なっていた。

夕食を食べていくメンバーも多く、その日もハリーとソフィアはたくさんの食器をテーブルに並べる。ぱたぱたと軽い足音を立てながらモリーが台所から現れ、ワインとウイスキー、そしてアイスペールを広いテーブルの中央に置いた。

 

 

「ハリー。今日はビルとアーサーも早めに帰ってくるわ。それに、リーマスとトンクスとシリウスとキングズリーも夕食の時には来るみたい」

「え?──ああ、わかりました」

 

 

モリーの期待と不安が混ざった瞳とそわそわと落ち着きのない態度を見てハリーはモリーが今日の夜に自分たちが何を行うつもりなのか、それを告げる事を望んでいるのだと理解した。数日間ハリーは悩んでいたが、その件についてソフィア達と相談する暇が一切なく今日の夜を迎えてしまう。

 

 

「ソフィア達と相談したくて、部屋に行ってもいいですか?……準備は途中ですけど」

「ええ……勿論よ。ハーマイオニーは洗濯、ロンは庭の掃除をしているわ」

 

 

モリーの言葉を聞いてすぐにハリーはロンを、ソフィアはハーマイオニーを呼びに行き、ハリーとロンが寝泊まりしているロンの部屋に集まった。

 

 

「どうした?」

 

 

ロンは爪の間に挟まった土を取ろうと弄っていたがうまく行かず眉間を寄せながら聞いた。見かねたハーマイオニーはロンの手元に向かって軽い動作で杖を振り指先を清めてから──ロンは目をぱちくりと瞬いた──ロンのベッドに腰掛ける。

 

 

「まさか、また出て行きたいだなんて──」

「違う。……おばさんやおじさん達に黙って出て行ったらきっと凄く心配させるし、多分シリウスは黙ってない気がするんだ」

 

 

ハリーはベッドの上で散らかしっぱなしだった洗濯物を壁の方に無造作に押しながら腰掛ける。ソフィアは自分たちの部屋と違い、かなり散らかっている事に半分呆れながら空いていたハリーの隣に座った。

 

 

「まあ、そうよね。シリウスはなんとしてでもハリーのそばに居たいと思っているわ」

 

 

ソフィアは洗濯物に向かって杖を振り綺麗に折りたたみながら呟く。

ふと、扉を見て──なんとなく胸騒ぎがして、扉に防音魔法をかけた。

 

 

「うん。でも……ヴォルデモートの分霊箱を探して破壊するのは僕の使命だ。ダンブルドアの願いだし、騎士団に言わなかった理由があるはずだ。だから、全て言わない方が良いんだと思う」

「その事なんだけど……ソフィアと何故騎士団に言わなかったのか、考えてみたの」

 

 

ハーマイオニーは声を顰め真剣な声で言う。ハリーとロンはその事に関して全く考えていなかったため、驚きつつ同じような声量で「わかったのか?」と聞いた。

 

 

「ええ、多分。ダンブルドアは分霊箱の事をなるべく広めたくないのよ。大勢の人が知ればそれだけ秘密を隠すのは難しくなるわ。もし、どこかで漏れてしまって……ヴォルデモートの耳に入れば、どこかに隠されている分霊箱の在処はもう探せなくなるかもしれないわ」

「裏切り者なんていない!そうだろう?」

 

 

ハーマイオニーの言葉はまるで騎士団に裏切り者がいると言っているようで、ハリーは憤りながら叫び立ち上がる。

すぐにハーマイオニーが「落ち着いて」ときっぱりと言い、助けを求めるようにソフィアに視線を向けた。

 

 

「ハリー。服従の呪文がいつかけられるか、わからないでしょう?騎士団は専業じゃない、それぞれの仕事がある人も多いわ。外に出ていく以上そのリスクはあるの」

「……それは……」

「それと、多分ダンブルドア先生は──ジャックの事を気にかけているんじゃないかって思うの」

「ジャック?」

 

 

ええ、とソフィアは真剣な顔で頷く。立ち上がっていたハリーはソフィアに服を引かれ、またベッドに座り込んだがその表情は困惑していた。

 

 

「ヴォルデモートから見たジャックは、死喰い人で騎士団に潜入しているの。ジャックは優秀な人よ、閉心術にも長けていて今は裏切りがバレていないわ。でも──おそらく、ジャックの立場はあの作戦をもってしても危ういままなの」

「何でだい?ジョージと君が大怪我をして、マッドアイは死んだ!むしろ褒められるんじゃないのか?」

 

 

ロンは訳がわからず声を上げる。ソフィアとハーマイオニーは一瞬どう言えば良いのか口ごもったが、ハーマイオニーが数秒後ゆっくりと口を開いた。

 

 

「あのね。それならどうしてここの場所は襲われていないの?」

「え?」

「……あ。そうか。ジャックはヴォルデモートに作戦の日だけを教えて、偽の僕が7人もいる事は伝えなかった、どこに僕が行くのかも教えなかったんだ」

「そう。ジャックはヴォルデモートにとって十分な働きをしたとは言えないわ。ヴォルデモートは騎士団の中に潜入しているジャックなら、ハリーが隠されている場所がどこかわかると思っているはず。でも、それがバレていない──ジャックはまだ怪しまれているわね」

 

 

ソフィアは重いため息をこぼす。

ハーマイオニーが心配そうにソフィアを見つめ、その視線に気付いたソフィアは力なく微笑んだ。

ハリーとロンは察しが悪く、頭に疑問符を飛ばしながら難しい表情をして──そしてはっきりと明言しないソフィアとハーマイオニーに向かって焦ったそうに「ジャックは大丈夫なのか?」と聞いた。

 

 

「後で、シリウス達に聞こうと思うんだけどジャックはきっと凄く難しい立場ね。──まあ、それで、そんな疑いの目で見られている可能性が高いジャックが分霊箱の事を知っているメンバー達とコンタクトをとって、分霊箱の事を知って、彼なりの方法で分霊箱を探そうとすれば……」

「ジャックは……裏切り者だとバレてしまう」

「そうなるわね」

「ジャックには秘密にしてれば良いんじゃないか?」

「ジャックだけが見張られているとは思えないわ。騎士団全員がヴォルデモートと死喰い人に見張られている中で、何かを探しているらしい行動を取れば……ヴォルデモートは誰よりも邪悪だけれど、とても賢い魔法使いよ。間違いなく悟られるわ。

だから、死喰い人とヴォルデモートから逃げていると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ハリーしか分霊箱を探すことができないんじゃないかしら」

 

 

ソフィアの言葉にハリーとロンは唸りながら黙り込んだ。

朧げだが、ダンブルドアが彼らに分霊箱の存在を伝えなかった理由が見えてきたような気がしたのだ。だが、その理由がソフィアとハーマイオニーの想像ではなく事実ならば、やはり分霊箱の事は誰にも言わない方が良いのだろう。

 

死喰い人とヴォルデモートの捜索の目を掻い潜り、どこにあるのか検討もつかぬ分霊箱を探し出し破壊する。何年かかるのかわからない旅になるだろう。危険である事は言うまでもない。

ハリーは隣に座るソフィアを見た。まだその背中にはガーゼが貼られ、傷痕が残っているのだとジニーとハーマイオニーが悲しそうに話しているのを聞いたのは昨夜のことだ。

ソフィアだけではない、前回無事だったハーマイオニーとロンも、きっとたくさんの怪我をするだろう。

ベッドのシーツを無意識のうちにぎゅっと握ったハリーは、真剣な顔でソフィアとハーマイオニーとロンを見つめた。いつもそばにいた。どんな試練も乗り越える事ができた。それは僕だけの力じゃない、彼らの存在が大きい。彼らの存在が、ホグワーツであらぬ噂を立てられ後ろ指を刺される中で唯一の救いだった。

 

そんな、何よりも大切で愛している3人を、本当に危険な旅に同行させてもいいのだろうか?

 

ハリーの視線に気付いたソフィアとロンとハーマイオニーは、何か言いたい事があるのか、とハリーを見た。

 

 

「聞いてくれ。……危険な旅になる。ダンブルドアの葬儀の後で、君たちは僕と一緒に来たいと言ってくれたね。それはわかってるんだ」

「そうね」

「ああ、いつか言うと思ったわ」

「そらきた」

 

 

ハリーが改まって話し出した瞬間、ソフィアとロンとハーマイオニーは諦めと呆れに似た視線を交わしため息をついた。ハリーがここにくる前から、きっとハリーは自分たちを置いていこうと考え直すに違いない、と思っていたのだ。前回の作戦でソフィアとジョージが傷ついてしまってからは、いつそれを言い出してもおかしくない雰囲気があった。

 

 

「そういえばソフィア。どの本を持っていくか決めた?」

「薬草と魔法薬と魔法生物については必要ね」

「そうよね、後で鞄の中身を整理しなきゃ」

「おい、聞いてくれよ!」

 

 

自分を無視して話し出したハーマイオニーとソフィアに、ハリーはもう一度真剣な声で叫んだが、ハーマイオニーは一呼吸分おいて眉を吊り上げた。

 

 

「いいえ、ハリー。あなたこそ聞いて。私たちはあなたと一緒に行くわ。もう何ヶ月も前に決めたことよ」

「何年も前、かもしれないわね」

「でも──」

 

 

食い下がろうとするハリーに、ロンが「黙れよ」ときっぱりと言い切る。ロンがハリーに直接強く意見を言うのは滅多にないことであり、ハリーはぐっと喉を詰まらせた。

 

 

「君たち、本当に真剣に考え抜いたのか?」

「私からすれば、ハリー。まだあなたがそう思うだなんて驚きよ。私たちはずっと前から準備をしていたわ」

「そうよ。私はもうほとんど荷造りは終わったの。だから私たちはいつでも旅に出発できます。ご参考までに申し上げますけど、準備にはかなり難しい魔法も使ったわ。とくに、ロンのママの目と鼻の先でマッドアイのポリジュース薬を全部頂戴する事も、私とソフィアでやってのけました。

それに、私の両親の記憶を変えて、ウェンデル・ウィルキンズとモニカ・ウィルキンズという名前だと信じ込ませ、オーストラリアに移住する事が人生の夢だったと思わせたわ。二人はもう移住したの。ヴォルデモートが追跡して、私のことで、または──残念ながら、あなたのことを両親にずいぶん話してしまったから──あなたのことで、二人を尋問するのがいっそう難しくなるようにね。

もし、私が分霊箱探しから生きて戻ったら、パパとママを探して呪文を解くわ。もしそうでなかったら──そうね、私のかけた呪いが十分に効いていると思うから、安全に幸せに暮らせるでしょう。ウェンデルとモニカ・ウィルキンズ夫妻はね、娘がいたことも知らないの」

 

 

話すにつれ、ハーマイオニーの目が涙で潤み始めた。ロンはハーマイオニーの肩を引き寄せ片腕を回し、繊細さに欠けると──ロン・ウィーズリーがだ──避難するようにハリーにしかめ面を向けた。ハリーははじめてハーマイオニーの強い覚悟を知り、言葉を無くす。

 

 

「僕──ハーマイオニー、ごめん、僕──そんな──」

「気付かなかったの?ロンもソフィアも私も、あなたと一緒に行けばどういうことが起こるか、はっきりわかっているわ。それに気付かなかったの?ええ、私たちにはわかっているわ。ソフィア、あなたが何をするのかハリーに教えてあげて」

「……そうね。私はとある場所に小さな家を買ったわ──まあ、買ったのは父様だけど──そこで私とルイス、2人が()()()生活していた痕跡を残したの。その家に今いるのは魔法で作った私の精巧な人形のようなものよ。それで、その家で暮らしている偽の私は数日後には人狼に殺される事になるわ。喉を噛まれてね。それを発見するのは学校が始まる前に戻ってきたルイスになるはずよ。偽死体が損傷してから発見まで1ヶ月くらいだもの。腐乱して人だか人形だかなんて、きっと区別がつかないわね。それくらい精巧に作り上げたの、私の髪も使ったし……切れば血が流れるわ。まぁ、豚の血なんだけど。

それで、私の死は新聞の片隅に人狼に襲われた可哀想な子として記載されるでしょうね。今もグレイバックを筆頭に数人の人狼が人をたくさん襲っているって、新聞に載っていたもの。

天文台の塔の戦いの時に、私は一人の人狼を捕まえていたの、気が付かなかった?あの時鳥籠があったでしょう?あれ、実は私が変身させたもので、今は幽閉されてるんだけど──とにかく、人狼の体毛や体液は入手できるわ。家と私の偽の死体にふりかけていればきっと気付かれないわね。ルイスはホグワーツにいる生徒たちを内部から守るつもりだから、ホグワーツに行かなければならない。そこに私だけいないのは不自然だわ。病気なら看病する人がいないから入院しないといけない。でもそうすると流石にバレてしまうでしょう?なら、自由に動くために死ぬしかないの」

「そんな……僕……」

 

 

唖然とするハリーに、ソフィアは大した事は何もしていないと肩をすくめた。

死んだと思わせておいた方が良い事はたくさんある。表に出る事は難しくなるが、これからの旅は姿を隠す事が必須の為デメリットにはなり得ない。

全てを終わらせる事ができなければ、結局──死ぬ事になる可能性が高いのだ。

 

 

わざわざ死を偽装せずとも、周囲からはハリーの恋人とであると思われているソフィアは、ハリーと共に姿を消してもよかった。

しかし、そうなるとルイスが行動を起こす事が困難になる。双子であるルイスは、ホグワーツが開始されてから監視対象になる可能性が出てくる。──いや、ヴォルデモートの残虐性を考えれば、ルイスは人質にされるだろう。

それを防ぐために、ソフィア・プリンスは死亡したと見せかける必要があったのだ。

 

 

「じゃあ、次はロンの番ね。ハリーにアレを見せてあげて?」

「うっ……食事前なのになぁ……ハリー、こっちこいよ」

 

 

ソフィアに促され、ロンは渋い顔をしながらハリーに「ついてこいよ」と顎で扉を指した。ハリーは彼もまたとんでもない覚悟をしていて、それを見せられるのかと思うと少々胸が痛んだが、誘われるままに部屋から出て行く。

ソフィアもロンの身代わりとなる屋根裏部屋に住む化け物の事を知っているが、食事前にあの臭いを嗅ごうとは思わない。それほど強い悪臭と、吐き気を催すほどのグロテスクな見た目に変化させられているのだ。

 

 

数分後、顔を顰めたロンとハリーが戻り部屋の中で新鮮な空気を胸いっぱい吸い、鼻の奥にこびりついたような臭いが薄まったところで、ロンは改めてどういった作戦なのかを説明した。

屋根裏部屋に住む化け物を変身させ黒斑病に似た疱疹で体を覆う。あとはロンのパジャマを着せ、部屋を暗くすればそれがロンなのか化け物なのかはわからなくなるだろう。

もし、何者かが学校に行っていないロンを怪しみ調査をしにきたとしても、アーサーとモリーは「黒斑病にかかり重症だ」といい、化け物を見せる。

感染力の高い黒斑病患者に接近する者は──臭いも強烈だ──いない。屋根裏に寝かせているのも、隔離だと言えば納得するはずだ。

 

 

「それで、君のパパとママもこの作戦に乗っているの?」

「パパの方はね。フレッドとジョージが化け物を変身させるのを手伝ってくれた。ママは……ママは、僕たちが本当に行ってしまうまでは、きっと受け入れないよ」

 

 

部屋の中に気まずい沈黙が落ちた。きっとモリーは説明したとしても、受け入れる事はできないかもしれない。今までだって、ハリー達が危険な目に遭うのをなるべく避けようとしていた人だ。きっと怒り、嘆く事になるだろう。

 

沈黙を時々破ったのは、ソフィアとハーマイオニーが部屋の中にある散らかった服を片付ける音だけだった。

ロンは手伝いながらもぼんやりとハーマイオニーを眺め、ハリーは何も言えずソフィア達を交互に見ていた。

 

彼女達は、本当にハリーと来るつもりだった。家族を護るためにそれぞれ大変な準備していたという事が、何にも増してハリーにその事を気づかせる──この旅がどれほど危険な事か、3人にはよくわかっているのだ。

 

 

ハリーは何よりも大切な3人の顔を見ながら拳を握る。3人の決意が、自分にとってどんな重みを持つ事なのか伝えたかった。どれほど苦しいか、どれほど──嬉しいか。

しかし、その重みに見合うほどの言葉は見つからなかった。

 

 

「ありがとう──ごめん」

 

 

言葉が見つからず、なんとかして気持ちの一端を伝えたくて吐かれたのは、短い言葉だった。

ソフィア達はそのハリーの言葉に数々の感情を読み取ると優しく笑い立ち上がり、ソフィアとハーマイオニーは軽くハリーをハグし、ロンはハリーの背を叩いた。

 

 



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382 偽のロケット!

 

 

その日の夕食は数日の中で最も人が集まった。

モリーが昼間に言った通り、リーマス、トンクス、シリウス、キングズリーが見回りと偵察から戻り疲れた顔をし、ワインを飲みつつ真剣な顔をして外の情報交換をしていた。

数分後にはビルとアーサーも仕事から戻り、その中に加わる。世間は相変わらず暗く陰鬱としているが、まだどの記事にもムーディの死や死喰い人の集団脱獄は書かれず、噂にもなっていなかった。

 

 

「新聞には何も書いてないの?」

「何も。日刊預言者新聞は、最近色々な事に口を噤んだままだからね」

 

 

ビルはハリーの疑問に答え、呆れと諦めが混じるため息をこぼす。隣に座っていたフラーは気遣わしそうにビルを見つめ、長いまつ毛に飾られた美しい瞳を潤ませていた。

 

 

「それに、死喰い人から逃れる時に、未成年の僕があれほど魔法を使ったのに、まだ尋問に召喚されないの?」

 

 

ハリーはこっそりと心配していた事を聞いた。数年前は吸魂鬼から逃げるために守護霊魔法を使い、すぐに法律違反だとして尋問に呼ばれた。2度目があれば杖を折った上で退学だと明言されていたが、魔法省からの便りは一切ない。

 

魔法省で勤めているアーサーならば何か知っているかもしれない、とハリーはアーサーを見ながら聞いた。アーサーは赤ワインを一口飲みながら首を振り、「されないさ」と答える。

 

 

「それは……僕にはそうするしか手段がなかったってわかっているから?それともヴォルデモートが僕を襲ったことを、公表されたくないから?」

「後者だろうね。スクリムジョールは例のあの人がこれほど強くなっていることも、アズカバンから集団脱獄があったことも認めたく無いんだよ」

「そうだよね、世間に真実を知らせる必要なんかないもの」

 

 

ハリーは肉を切っていたナイフをぎゅっと握りしめた。右手の甲には傷痕は残っていない。しかし、アンブリッジによりこの甲に刻まれた『僕は嘘を付いてはいけない』の文をハリーは忘れていなかった。

新しい大臣になったところで、何も変わらないのだ。誰もが自分の地位を守るために必死で、真実を公表しない。

 

世間に公表しなければ、それは世間にとって()()では無いのだ。

 

 

「シリウスは何をしていたの?最近見なかったけど……」

「──ん?」

 

 

大きな骨つき肉を手掴みで持ち、噛みちぎっていたシリウスは口の中にある肉をよく噛んだあと、布巾で軽く口を拭き低く笑う。

そのニヒルな笑い方が、どこか学生時代に見た笑顔に近いような気がしてハリーは目を瞬かせた。去年から──いや、無実が言い渡され、外を自由に歩けるようになってから、シリウスはエネルギーに満ち若返っているようだった。

隣に座るリーマスと比べると──失礼かもしれないが──同級生だとは誰も思わないだろう。

 

 

「家に行っていたんだ。マンダンガスが隠れる事ができる場所なんて、限られている」

「見つかったの!?」

「いや、居なかった。マンダンガスは変わらず行方不明だ。もし奴がヴォルデモートに見つかったなら……命欲しさに俺たちを裏切る可能性がある、早めに捕まえないとな……」

 

 

シリウスの言葉に真剣な顔でキングズリー達が頷いた。マンダンガスは、今のところ裏切ってはいないのだろう。ただ怖気付き逃げ出しただけだ。しかし、そのあと死喰い人に捕えられ拷問を受けてしまえば、元騎士団本部の居場所だけでなく、ここにハリーがいるという事も知られてしまう恐れがあった。

 

ハリーはその事を考え、やはり分霊箱の事は広めるべきじゃ無いのだと再度強く思った。

もし、モリーが捕まり……ジニーやジョージ、フレッドが拷問を受けたならば──きっと、モリーはハリーが分霊箱を探していると言ってしまうだろう。

 

 

「魔法省には対抗しようという人はいないの?」

 

 

憤慨するロンに、アーサーは「勿論いるとも」とはっきりと伝えた。

 

 

「しかし、誰もが怯えている。次は自分が消される番じゃないか、自分の子ども達が襲われるんじゃないか、とね。嫌な噂も飛び交っている。たとえば、ホグワーツのマグル学の教授の辞任にしたって、信じていないのはおそらく私だけではない。もう何週間も彼女は姿を消したままだ。一方、スクリムジョールは一日中大臣室に篭りきりだ。何か対策を考えていると望みたいところだがね」

 

 

ソフィアは行方不明となっている教師、チャリティ・バーベッジの事を思い、沈痛な顔で空になった皿を睨みつけた。

マグル学の授業を受けている間はバーベッジからたくさんのことを教わった。マグルの歴史や、常識、そして進化を続ける機械のことまで──彼女はマグル界にとても詳しい優秀な魔女だった。

バーベッジがマグル生まれかどうか、ソフィアは知らないが、死喰い人達の手により攫われたのだとすれば『マグル学』の教師だったからだろう。バーベッジはマグル学の授業で、何度も魔法族とマグル族の交わりを推奨していた。友として、恋人として、同じ星に生まれた種なのだから友達にだって家族にだってなれると、そうバーベッジは伝えていた。それがヴォルデモートの不興を買ったのだろう。

 

 

「……ジャックは、スクリムジョール大臣とも交流があるの?」

「ああ──そうだね、ジャックは魔法省のさまざまなところで沢山の貸しを作り、交友がある。スクリムジョールが闇祓い局局長だった時から、交流があると聞いているよ」

「……そう……ジャックは無事なの?」 

 

 

ソフィアの何気ない問いかけに、アーサーは一瞬動揺したがすぐに取り繕うためにメガネを外し布巾で拭きながら一呼吸分置いた。

その僅かな沈黙でジャックが危険な立場なのだと理解したソフィアは、机の下でぐっと手を握る。

 

 

「それは──」

「ここがヴォルデモートにバレていないってことは、ジャックはヴォルデモートにとって十分な働きをしていないはず。まだ、疑われているのよね?」

「……ジャックは──そうだな、話しておいた方がいいだろう」

 

 

アーサーは眼鏡を掛け直し、厳しい表情で頷く。ジャックの立場を知っているものは、ちらりと視線を交わしあっていたがソフィアはじっとアーサーを見ていたため気がつかなかった。

 

 

「ジャックは、あちらからしてみれば騎士団をスパイするために送り込まれていた。ジャックは今まで当たり障りのない──しかし重要な──情報を流し、不信感を抱かせないためにもハリー救出作戦の日程を伝えた。しかし、ヴォルデモートがそれだけで満足するとは到底思わない。ヴォルデモートはハリーがどこに隠れているかまで知りたいはずだからね。

それを言うことはできない。しかしヴォルデモートに裏切りがバレるわけにもいかない……ジャックは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という事になっている」

 

 

アーサーが話した内容は、ほとんどソフィアの予想通りだった。

つまり、あの作戦は隠された三つ目の秘密の計画が存在したのだ。

ハリーを救出するため、ジャックとセブルスの信用を上げるため、そして、騎士団員を護るための複雑な思考が絡み合った計画だった。

 

 

「そうよね、ジャックは騎士団に疑われて、自分だけが救出作戦の全貌を聞かされなかった。ハリーを連れ出す時に8人のハリー・ポッターの作戦や、十二軒も隠れ家の候補がある事なんて知らない。日付を流した事により、自分が騎士団へのスパイだとバレたらしい。──そう言わなければ、ジャックは逆に裏切りがバレてしまうもの。ハリーの居場所を知らない理由は他には考えられないわ。私たちを危険な目に遭わせないためにも、私たちから距離を取るしかないのね」

「……その通りだよ。勿論、我々にはヴォルデモートに勘付かれないだろう安全な秘密の伝達手段がある。しかし頻繁に使うことは難しい。直近の連絡によると、ジャックは今は死喰い人として魔法省に潜入しているようだ」

「そう……そうなの。うん、無事なら……いいの」

 

 

ソフィアは肩に入っていた力を抜くと、ぬるくなった紅茶を一口飲んだ。

騎士団として、死喰い人の中に潜入するために──以前はダンブルドアが秘密の守人となっていたために隠れ家の場所を伝えることはできなかった。しかし、今その魔法はここにはかかっていない。

ソフィアはそこまで考えた時、何故シリウスがグリモールド・プレイスに数日かけて調査しに行ったのかがわかった気がした。

ただマンダンガスを探すためならば、行ってすぐ帰る事もできただろう。数日かけたのは、すでにジャックとセブルスにより旧騎士団本部の居場所を知った死喰い人やヴォルデモートが居ることを警戒していたのか。

 

それはソフィアの想像でしかなかったが、もしそれが真実ならば──言ってくれたほうが良かった、と思う。

今でも騎士団員にとって、ソフィア達はまだ護るべき子どもなのだ。それは率直に嬉しい事ではあるが──全ての情報を、彼らの優しさゆえに共有できないのは、つきりと胸が痛んだ。

 

──仕方がないわ。私は、騎士団の関係者なだけでメンバーでは無いんだもの。

 

 

ソフィアは静かに自身に言い聞かせる。

一瞬話が途切れたところで、モリーが空になった皿を魔法で片付け、アップルパイと新しい紅茶を出した。

 

アップルパイを人数分切り分け、それぞれの皿に移したあとモリーはアーサーの隣に座り「ところで」と何気なさを装い話を切り出す。ハリーは直感的にモリーが何を言い出すのかを悟った。

 

 

「ハリーから、話があるようだけど?」

 

 

席に着いていた全員の目がハリーを見る。

少しの居心地の悪さを感じながら食べかけていたアップルパイを皿の上に置き、ハリーはごくりと生唾を飲んだ。

 

 

「うん。聞いて欲しい。──僕たちは、ビルとフラーの結婚式後にここを出ようと考えているんだ」

 

 

ハリーがダンブルドアから何か使命を受けている。それは皆が知っている事であり、止めたい気持ちは強いが──誰も何も言わずにハリーの次に続く言葉を待った。

 

 

「ダンブルドアに託された事を、僕はしなければならない。その事は──詳しくは、言えません」

「そんな!きっとダンブルドアはあなたから騎士団メンバーに伝えられる事を望んで──」

「モリー」

 

 

モリーは勢いよく立ち上がり、ハリーに詰め寄ろうとしたがそれを止めたのはアーサーだった。「でも、あなた」と渋るモリーに「判断するのは全て聞いてからだ」とアーサーが静かに言えば、モリーは言葉を詰まらせ渋々と椅子に座る。その表情は不満げであり、どこか──怯えているようにも見えた。きっと、この後ハリーから告げられる言葉を聞きたい気持ちと、聞きたく無い気持ちがせめぎ合っているのだろう。

 

 

「もし、ダンブルドアが騎士団の人に言って欲しいなら、僕にそう伝えた筈です。その時間は十分にあった。でも、そうしなかったのは……多分、騎士団の人に動いてほしくなかったんだと思うんです」

 

 

ダンブルドアはセブルスに自分を殺すように頼んでいた。予期せぬ死ではなく、予め決められていた死ならばその間に騎士団に話す時間は十分にあった筈であり、考えないようにしていた違和感を面と向かって示されてしまい、リーマス達は険しい表情で黙り込んだ。

彼らも薄々気づいていたのだ。ダンブルドアは故意に自分達に何も言うことなく死んだのだと。

 

 

「ヴォルデモートを殺すのは騎士団の悲願で、絶対にしなきゃならない事だ。──だけど、もし全員がとある使命に動き行動すれば、きっとヴォルデモートは気づいてしまう。もし、命の危機に瀕した時にその秘密を打ち明けたなら生かしてやると言われたら?」

「そんなもの、喜んで命を差し出すさ。俺たちはその覚悟がある」

 

 

シリウスは一蹴し、むしろハリーが自分達の覚悟をそこまで軽く見ているのかと苛つき机の上を指で叩いた。誰もが苦い表情で頷いたが──ハリーは臆する事なく「どうかな」とはっきりと告げる。

 

 

「もし、大切な人が人質に取られていたら?」

 

 

その言葉に、モリーは黙り込んだ。自分も騎士団の一員だ、夫のアーサーや息子のビルも。しかし、もし──彼らや他の子どもたちが人質に取られたなら、自分は彼らを見殺しにする事はできない。

リーマスとトンクスは互いに愛し合い、己がしなければならない事もわかっている。その時がくれば互いに犠牲となる道を選ぼう、と話し合った時もあった。だが、ハリーの言葉を簡単に否定することはできなかった。

 

 

「きっと、人質に取られていても秘密を守る人はいると思います。でも、秘密を共有する人が多くなればなるほど……ヴォルデモートに気付かれてしまう可能性が高くなる。騎士団が何かに向かって行動していると知られてはならない。だから、僕は──どんな使命を受けたのかは、言えません。ヴォルデモートから逃げていると見せかけて、僕だけが自由に動き回っても不審がられないんだ。──騎士団の人たちには、それは難しいと思う」

 

 

ハリーのキッパリとした言葉に、モリーはがっくりと項垂れ顔を手で覆った。泣かせてしまったのかと思うと胸が痛むが、それでもこれは後々のことを考えるとモリーにとってはいい筈だ。──たとえ、ロンを巻き込んでいたとしても。

 

 

「でも、全てを秘密にするのは……僕に着いてきてくれるソフィアとハーマイオニーとロンを大切に思う人のためにならないんじゃ無いかって、そう思うんです」

「……君のことも、大切に思ってるよハリー」

 

 

シリウスは低い声で笑いながら伝える。ハリーの考えがわかり、先ほどまでの苛立ちはおさまっていた。

きっと、ジェームズなら──それでも自分達の覚悟を信じ打ち明けただろう。一瞬その考えが頭をよぎったが、彼はジェームズではない。彼の息子であり勇気を受け継いではいるが、優しい少年なのだと、シリウスは理解できるようになっていた。

シリウスのその言葉だけでハリーは心の底から温かなものが溢れ自分の力になるのを感じる。きっとシリウスが1番渋るだろうと思っていたが、想像よりも話はスムーズに行きそうだ。

 

 

「ありがとうシリウス。……僕は──ヴォルデモートを殺すために、ある物を探さなきゃならないんです」

「物?……魔術書か?」

 

 

ヴォルデモートを殺す。そのために今は忘れられた魔法が書かれている稀有な魔術書でも探しに行くのかとリーマスは首を傾げる。

 

 

「それは──どこにあるのかも、わかって無いんです」

「何?そんな──どこにあるのかもわからないものを探しに行くのかい?」

 

 

リーマスは怪訝な顔をした。

リーマスだけではなく、シリウスや他の大人たちも「無謀だ」と表情でハリーに伝える。

 

 

「僕は、去年の間ダンブルドアの個人授業を受けていました。それで、ヴォルデモートの過去を知った。──何を探し出せばいいのかは、わかってるんです。僕は、それを探す旅に出ます。勿論危険なことも理解しています。それで……R・A・Bという人に心当たりはありませんか?僕が探している物は、偽物とすり替えられていて、本物はその人が持っている可能性があって……」

 

 

ハリーが唯一今知っている手がかりはそのイニシャルだけだ。分霊箱の存在を知るその人が手に入れたスリザリンのロケット。その所在は全くわからない。本物をその人が破壊してくれたならいいが、破壊出来ない場合はそのロケットも、探し出さねばならない。

 

 

「R・A・B?」

 

 

その言葉に皆は難しい顔をした。

ぶつぶつと呟き、記憶を呼び起こしてみるがその名前に見当がつかない。良い反応がない事に、ハリーは僅かに動揺し落胆した。分霊箱を探し出した人だ、きっとヴォルデモートを倒そうとしている騎士団員に違いないと思っていたが、彼らの反応を見る限りその希望は薄いのだろう。

 

 

「R・A・B……いや、まさかな」

 

 

皆と同じように悩んでいたシリウスは、ぽつりと呟き首を振る。ハリーが探しているのはヴォルデモートを殺すために必要な重要な物だ。そんなものを、アイツが持っているわけがない。そう考えたがハリーはシリウスの呟きを聞き逃さず、少しでも何か手掛かりがあればいい、と前のめりになって「シリウス、誰か思い当たった?」と聞いた。

 

 

「あー……レギュラス・アークタルス・ブラック。俺の馬鹿な弟君さ」

「シリウスの、弟?」

 

 

嘲りと軽蔑が滲む声でシリウスは久しぶりに弟の名を口にした。ハリーは数年前に見たブラック家の家系図を思い浮かべ、そういえばそんな名前の人がいたような気がする、となんとか思い出す。

 

 

「ああ、言ったことあるだろ?俺の弟は学生の時から死喰い人だった。ヴォルデモートの熱狂的なファンでね。丁寧にヴォルデモートや死喰い人が行った事件が書かれている記事をスクラップしていたよ。尤も、怖気付いて逃げ出そうとして殺されたが」

「そっか……じゃあ、違うかな。僕が探しているその人は、ヴォルデモートを倒そうとしていたから」

「──違うわ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは同時に叫び立ち上がった。いきなりの大声に誰もが跳び上がり驚いてソフィアとハーマイオニーを見たが、2人は目を見開きながら互いを呆然と見つめ合う。その視線は、その瞳の奥に答えを見つけだそうとしているようであった。

 

 

「本当に?怖気付いて逃げ出そうとしたの?」

「いいえ、ヴォルデモートの記事をスクラップするくらいよ、今更ヴォルデモートの行いに怖気付くわけがないわ」

「でも、何か決定的な事が起こって、裏切る事に決めた──」

「そうよ。レギュラス・ブラックは死喰い人だった。ヴォルデモートに近づくことが出来た、その中であの秘密を知ってしまったとしたら?」

「それに関わる事が──彼にとって許せない事だった。だから、ヴォルデモートを倒したいと──ハリー!」

「な、なに?」

 

 

呆然と言葉を交わしていたソフィアは、ぱっとハリーを見ると「あれを出して!見せるの!」と強く叫び手を差し出す。まだ、状況が飲み込めないハリーは無意識のうちに偽のロケットを入れているポケットに手を触れ──それを見たソフィアはハリーに飛びつき、ポケットの中からロケットを取り出し、ハーマイオニーは机の上に置いてあるアップルパイや皿や紅茶を魔法でキッチンまで吹っ飛ばした。

 

ソフィアとハーマイオニーのいきなりの行動に呆気に取られている彼らを置き去りにし、ソフィアは叫ぶ。

 

 

「これを見て!──私たちが探しているものの代わりに、これがあったの。シリウス、このロケットに見覚えはない?」

 

 

ソフィアが力強く机の上に置いたのは、くすんだ金色のロケットだった。

シリウスは唖然としてそのロケットに視線を下ろし──そして、目を見開く。

 

 

「これ、は──ブラック家のものだ」

 

 

掠れた声でシリウスは呟いた。

 

 



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383 クリーチャーの話!

 

 

居間に形容し難い奇妙な沈黙と緊張が流れた。

 

 

誰もが机の上に置かれたロケットを見つめる。一目見ただけで新品ではなく、何十年も前に作られたのだろうとわかるほど、そのロケットは色がくすんでいた──いや、そのものが古いというよりも、長い間あの場所に隠されていたからだろうか。

 

そのロケットは、シリウスにとって価値のないものだが、ブラック家の証として代々受け継がれているものだった。シリウスも学生時代──いや、それよりも昔、純血思想を誇らしげに語る両親が大切な物だと言いながら見せた事を覚えている。

幼いシリウスにしてみれば、純血思想を馬鹿らしく思い窮屈に感じていた時に見せられたそれはただの趣味の悪いロケットでしかなかったが、弟のレギュラスは熱心に両親の話を聞いていた。

 

 

「ほ、本当にブラック家のものなの?」

「ああ……間違いない」

 

 

想像もしなかったところから手掛かりが得られて嬉しい気持ちもあったが戸惑いの方が強かった。それはハリーだけでなく──シリウスの方が混乱し、動揺しながらそれを見つめていただろう。

 

 

「本物は、今もブラック家にあるのかしら……」

「……あっ!!そ、それに似たロケット、2年前の大掃除の時に……!ほら、みんなで開けようとしたけど、どうしても開けられなくて……!」

 

 

訝しげにロケットを見ていたモリーが小さな悲鳴をあげ恐々と口にする。ハリーたちは一瞬何のことかわからなかったが──2年前、騎士団本部としてブラック家を使用するときの大掃除で、さまざまな物を捨てた事を思い出した。

煙草入れや誰でも攻撃しようとするかけ時計、ガラクタ、その中に何人もが開けようとしたが開くことがなかったくすんだ色のロケットがあったのは確かだ。

その事を思い出したハーマイオニーは目を見開き口を押さえ、その場にいたシリウスとリーマスもまた顔をこわばらせる。

 

 

「客間の飾り棚にあったわ。誰にも開けられないロケット……それで、私たち……私たち……」

 

 

ハーマイオニーが呆然と呟く。その先の言葉は声にならなかったが、その場にいた者全員が思い出していた。ハリーも実際にそのロケットを弄った1人であり、そのロケットは不必要なもの、としてゴミ袋の中に入れられた。

 

 

「そんな、じゃあ本物は……」

「もう捨てて──違うわ。クリーチャーが色々な物を回収していた、もしかしてクリーチャーの寝床にあるんじゃないかしら?」

 

 

青い顔をしながらソフィアが呟く。その僅かな可能性にかけるしかない、とハリーは必死さを滲ませシリウスを見る。もしクリーチャーが回収する事なく捨ててしまっていたら本物のロケットを見つけ出すことは不可能だろう。つまり、ヴォルデモートを殺すことは不可能になる──いや、そんな事考えたくはない。

 

 

「シリウス、クリーチャーに聞かないと!」

「……」

「シリウス?」

 

 

シリウスはハリーに話しかけられても呆然とロケットを見下ろし微動だに動かなかった。

 

 

「シリウス!」

「──っああ」

 

 

焦ったそうに自分を呼ぶハリーの大声に、ようやくシリウスは反応すると隠しきれない動揺を誤魔化すように顎に短く生えた髭を神経質そうに指先で撫でながら視線を彷徨わせた。

 

 

「……だが、ここは多くの守りがかかっている。境界線内は姿現しも不可能だ」

「わからないわよ。ハウスエルフは、ホグワーツでも姿現しができるわ」

 

 

ハーマイオニーの言葉にシリウスは言葉を詰まらせる。ハウスエルフの存在を知っていても、魔法族は彼らの生態まで詳しく知ろうとは思わない。──ハウスエルフは、ただの便利なハウスキーパーであり奴隷なのだ。魔法使いや小鬼とは別種の生き物だとそう思い込んでいる。主人に対し絶対服従である哀れな下僕。そう思っているのはなにもシリウスだけではないだろう。

 

 

「クリーチャー……ここに、来い」

 

 

シリウスが唸るように虚空へと呼び掛ければ、パチンと大きな音がしてクリーチャーが現れた。表情は憎々しげに歪められ、今にも呪い殺しそうな軽蔑した目でシリウスを睨みつけている。

 

 

「ご主人様」

 

 

クリーチャーはガマガエルが潰れた時のような嗄れ声を出し、シリウスに向かって深々とお辞儀をした。暫く頭を上げる事なく自分の膝に向かって「ここはどこだ、奥様の屋敷ではない……穢れた血や血を裏切る者が──」とぶつぶつと呟いていた。

まさか本当に数々の護りを破り現れるとは思わず、シリウス達は目を見張った。ただのハウスエルフにこのような力があるとは夢にも思わなかったのだ。

去年シリウスがハリーの力になればいいと思いクリーチャーを派遣したのも、きっと近くまで姿現しで向かい、そのあとはホグワーツのハウスエルフであるドビーに秘密裏に招き入れられたのだと考えていた。

 

 

「本当に……。クリーチャー。俺の質問に答えろ。正直に答えるように命じる。わかったか?」

「はい、ご主人様」

 

 

シリウスの言葉にクリーチャーは深々と頭を下げたまま言ったが、シリウスから見えないところでその唇が声を出さずに動き、汚らしい侮辱の言葉を言っているのだということにハリーは気づいた。

 

 

「2年前。2階の客間に金のロケットがあった。俺たちが捨てたそれを、お前は盗んだか?」

 

 

一瞬の沈黙が流れた。「盗んだ」という冷たい言葉に──事実かもしれないが──ハーマイオニーはぐっと眉を吊り上げたが、口を挟むことはなかった。

クリーチャーは背筋を伸ばしてシリウスをまともに見ながら「はい」と答える。その目には強い軽蔑と憎しみ──そして恐怖があった。

 

 

「やった!」

 

 

ハリーは小さくガッツポーズをして安堵を噛み締める。なんとか首の皮一枚で繋がった。クリーチャーは嫌がるかもしれないが、感謝を込めて何か特別なプレゼントをあげたい気持ちだった。ハーマイオニーとロンとソフィアもほっとして胸を撫で下ろしたが──クリーチャーはその表情を見て目を閉じた。

 

 

「今はどこにある?お前の寝床か?」

「なくなりました」

「何?」

「なくなった?」

 

 

ハリーは呆然とクリーチャーの言葉を繰り返す。先ほどまでの高揚した気持ちは急激に萎み胸が苦しく締め付けられる。

 

 

「なくなったって、どういう意味だ?」

 

 

認めたくない気持ちからハリーがクリーチャーに問いただせば、クリーチャーは視線をシリウスからハリーに移した。

去年、シリウスに「ハリーの命令はシリウス・ブラックの命令と思え」と言われた時の隷属はまだ継続しており、体をそちらに向けたくないのかぎこちない動作でハリーをじっと見つめる。

 

 

「マンダンガス・フレッチャー。──マンダンガス・フレッチャーが全部盗みました。ミス・ベラやミス・シシーの写真も、奥様の手袋も、勲一等マーリン勲章も、家紋入りゴブレットも、それに、それに……」

 

 

クリーチャーは言葉を止め強く目を閉じる。

葛藤するように全身が震え、息を吸おうと喘いでいた。薄く汚い胸が激しく凹み上下するなか、クリーチャーはカッと両目を見開き血も凍るような叫び声を上げた。

 

 

「それに、ロケットも。レギュラス様のロケットも!クリーチャーめは過ちを犯しました。クリーチャーはご主人様の命令を果たせませんでした!」

 

 

叫び終わった途端、クリーチャーは弾かれたように跳び上がり暖炉へ向かう。ハリーは本能的にクリーチャーに飛びかかり、暖炉のそばに置いてある火掻き棒で自身を罰しようとするその体を床に押さえ込んだ。クリーチャーとハーマイオニーの悲鳴が混ざり合い、リーマスとアーサーもハリーに加勢して手足をがむしゃらに動かし暴れるクリーチャーを抑え込む。

誰もが立ち上がり混乱する中、シリウスは唖然としたままその光景を見つめていた。

 

 

「シリウス、クリーチャーを止めてくれ!──ハリー!」

 

 

リーマスは咄嗟にシリウスに叫んだが、言葉を無くしたように黙り込むシリウスを見てすぐにハリーに頼んだ。ハリーが「クリーチャー、命令だ、動くな!」と怒鳴れば、クリーチャーは痙攣し震えていたが抵抗を止め冷たい床の上にべたっと倒れたまま、たるんだ両眼からボロボロと涙をこぼしていた。

 

 

「クリーチャー、本当の事を言うんだ。どうしてマンダンガス・フレッチャーがロケットを盗んだんだと思うんだ?」

「あ、あいつが、クリーチャーの宝物を腕いっぱいに抱えてクリーチャーの納戸から出てくるところを見ました。クリーチャーはあのコソ泥に、やめろと言いました。マンダンガス・フレッチャーは笑って、そして逃──逃げました……」

 

 

そうだ、マンダンガスはブラック家から盗んだものを売り捌いていた。当主であるシリウスもそれは知っていたが、本来ゴミに出すものだからと特に気にする事はなく──せめて一言声をかけろと伝えたがマンダンガスは笑って誤魔化していた──許していた。

 

 

「クリーチャー、お前はあれをレギュラス様のロケット、と呼んだ。どうしてだ?ロケットはどこから手に入れた?レギュラスは、それとどういう関係があるんだ?クリーチャー、起きて座ってくれ。そして、あのロケットについて知っている事を全部僕に話すんだ。レギュラスがどう関わってるかも、全部!」

 

 

ハリーは床に這いつくばるクリーチャーの肩を掴み無理矢理体を起こしながら低い声で言う。クリーチャーはハリーの命令を拒絶する事はできず、床の上に座り目尻の皺からぼろぼろと涙を伝わせ、苦しげに喘ぎながら前後に体を揺すりはじめた。

クリーチャーの声は酷く聞き取りにくいものだったがしんと静まり返った居間にはっきりと響いた。

 

 

「シリウス様は、家出しました。奥様の心を破った悪い人でした。でも、レギュラス()()()()は、きちんとしたプライドをお持ちでした。ブラック家の家名と純血の尊厳のために、なすべき事をご存知でした。坊ちゃまは何年も闇の帝王の話をなさっていました。隠れた存在だった魔法使いを、陽の当たるところに出し、マグルやマグル生まれを支配なさる方だと……そして16歳におなりのとき、レギュラス坊ちゃまは闇の帝王のお仲間になりました。とてもご自慢でした。とても。あの方にお仕えする事をとても喜んで……」

 

 

クリーチャーが「レギュラス坊ちゃま」と彼を呼ぶ時だけほんの僅かに声音が柔らかいことにソフィアは気づく。きっと、クリーチャーにとってレギュラスはブラック家の中でも特別だったのだろう。

 

 

「そして一年がたったある日、レギュラス坊ちゃまはクリーチャーに会いに厨房に降りていらっしゃいました。坊ちゃまは、ずっとクリーチャーを可愛がってくださいました。そして坊ちゃまがおっしゃいました──おっしゃいました……闇の帝王が、ハウスエルフを必要としていると」

 

 

ますます激しく体を揺すりながらクリーチャーが息も絶え絶えに呟く。

ヴォルデモートがハウスエルフを必要とする。その奇妙な言葉の羅列にハリーとロンが鸚鵡返しに「ハウスエルフを必要としている?」と聞けば、クリーチャーは膝の間に頭を挟み体を小さく丸めたあと、痙攣するように頷いた。

 

 

「さようでございます。そして、レギュラス様は、クリーチャーを差し出したのです。──坊ちゃまはおっしゃいました。これは名誉な事だ。自分にとっても、クリーチャーにとっても名誉なことだから、クリーチャーは闇の帝王のお言いつけになる事は何でもしなければならないと……そのあとで、帰──帰ってこいと。

そこで、クリーチャーは闇の帝王のところに行きました。闇の帝王は、クリーチャーに何をするのか教えてくれませんでしたが、一緒に海辺の洞穴に連れて行きました。洞穴の奥に洞窟があって……洞窟には大きな黒い湖が……小舟がありました」

 

 

クリーチャーはますます激しく啜り泣きながら話し、ハリーはその嗄れて恐怖に彩られた声を聞き──あの暗い湖を思い出し、首筋に冷たいものが流れたのを感じた。その時何が起こったのか、自分のことのようにわかり数ヶ月前の光景を思い出したのだ。

 

緑色の幽光を発する小さな船には魔法がかけられ、1人の魔法使いと1人の犠牲者を乗せて中央の島へと運ぶようになっている。そういうやり方で、ヴォルデモートは分霊箱の護りをテストしたのだろう。使い捨ての生き物である、ハウスエルフを借りて。

 

 

「島にす──水盆があって、薬で満たされていました。や──闇の帝王は、クリーチャーに飲めと言いました。クリーチャーは、飲みました。飲むと、クリーチャーは恐ろしいものを見ました……内臓が焼けました……クリーチャーは、レギュラス坊ちゃまに助けを求めて叫びました。ブラック奥様に、助けてと叫びました。でも、闇の帝王は笑うだけでした……クリーチャーに薬を全部飲ませました……そして、空になった水盆にロケットを落として……薬をまた満たしました。それから闇の帝王は……クリーチャーを島に残して、舟で行ってしまいました」

 

 

ハーマイオニーはわっと声を上げて泣き出し、ロンが片腕を回し慰めるように強く抱きしめた。しかし、そのロンの顔色も酷く悪い。

トンクスとフラーが「酷い」と震える声でつぶやく中、ハリーはクリーチャーが語ったその場面が見えるようだった。

間も無く死ぬであろうハウスエルフが身悶えしているのを、非情な赤い眼で見つめながらヴォルデモートの青白い蛇のような顔が暗闇に消えていく。薬の犠牲者は、焼けるような喉の渇きに耐えかねて湖に近づき、亡者に引き摺り込まれ死ぬ。

しかし、ハリーが想像できるのはそこまであり、クリーチャーがどのようにして脱出したのかわからなかった。

 

 

「クリーチャーは水が欲しかった。クリーチャーは、島の端まで這っていき、黒い湖の水を飲みました……すると手が……何本もの死人の手が水の中から現れて、クリーチャーを水の中に引っ張り込みました……」

「どうやって逃げたの?」

 

 

ハリーは知らず知らずのうちに、自分が囁き声になっていることに気づく。クリーチャーは脚の間から醜く歪んだ顔を上げ、大きな血走った目でハリーを見た。

 

 

「レギュラス様が、クリーチャーに帰ってこいとおっしゃいました……」

「わかってる──だけど、どうやって亡者から逃れたの?」

「レギュラス様が、クリーチャーに帰ってこいとおっしゃいました」

 

 

クリーチャーは、何を聞かれたのかわからない様子で再度同じ言葉を繰り返した。ハリーは焦ったくなりながら「わかってるよ、だけど──」と答えかけて唐突に理解した。

 

 

「そうか──ハウスエルフは、魔法使いが──ダンブルドアができない場所でも、姿現しと姿くらましができるんだ……」

 

 

偉大な魔法使いでさえ不可能である場所での姿現しが、ハウスエルフには可能なのだ。

きっと、ヴォルデモートもあの場所で姿現しはできなかったのだろう。だから、彼は下等な存在であるハウスエルフに、そんな事が出来るとは考えもしなかった。

 

 

「ヴォルデモートは、ハウスエルフがどんなものかなんて、気に留める価値もないと思ったのよ。純血達がハウスエルフを動物扱いするのと同じようにね。あの人は、ハウスエルフが自分の知らない魔力を持ってるかもしれないなんて、思いつきもしなかったでしょうよ」

 

 

鼻を啜りながらハーマイオニーが冷たい声で吐き捨てた。

分霊箱のありかを知っている者が生存している。そのことはヴォルデモートにとって、痛恨のミスだったが──ヴォルデモートは、今もそれを知らぬだろう。

 

 

「ハウスエルフの最高法規は、ご主人様のご命令です。クリーチャーは、家に帰るように言われました。ですから、クリーチャーは家に帰りました……」

「じゃあ、あなたは言われた通りのことをしたわ。命令に背いていないわ」

 

 

ソフィアが優しい声で労わるように言ったが、クリーチャーは首を強く振り、体をますます激しく揺らした。

 

 

「それで、帰ってきてからどうなったんだ?おまえから話を聞いたあとで、レギュラスは何と言ったんだ?」

 

 

ハリーはクリーチャーと目を合わせ、はっきりとした声で聞く。いよいよ核心に迫っているのだとハリーにはわかった。

 

クリーチャーは、血走った目でハリーを見つめ、そしてゆっくりとシリウスを見た。シリウスは何故クリーチャーがそんな傷付き絶望した目を見せるのか、わからなかった。

いや、今聞いている事も理解できなかった──その後の事を予想してしまい、シリウスは受け入れる事ができず、クリーチャーから視線を逸らし床の木目をじっと見下ろし、奥歯を強く噛み締めた。

 

 

 



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384 レギュラス・ブラック!

 

 

「坊ちゃまは、クリーチャーに隠れているように、家から出ないようにとおっしゃいました。それから……暫く日が経ってからでした……レギュラス坊ちゃまが、ある晩、クリーチャーの納戸にいらっしゃいました。坊ちゃまは変でした。いつもの坊ちゃまではありませんでした。正気を失っていらっしゃると、クリーチャーにはわかりました……そして、坊ちゃまは、その洞穴に自分を連れて行けと頼みました。クリーチャーが、闇の帝王と一緒に行った洞穴です……」

「それで、レギュラスは、お前に薬を飲ませたのか?」

 

 

本物のロケットを手に入れるために、今度はレギュラスが彼を愛しく思っているクリーチャーに頼んだのかと思うと胸の奥がざわついた。

しかし、クリーチャーは首を振りさめざめと泣いた。ハーマイオニーとソフィア、そして──レギュラスの死を理解しているシリウス達は、何が起こったのかを察した。

 

 

「ご──ご主人様は、ポケットから闇の帝王の持っていたロケットと似たものを取り出しました。そして、クリーチャーにこうおっしゃいました。それを持っていろ、水盆が空になったら、ロケットを取り替えろ。──それから坊ちゃまはクリーチャーに命令なさいました。一人で去れと。そして──クリーチャーに──家に帰れと。──奥様には決して、自分のした事を言うな。そして──最初のロケットを破壊せよと。

そして、坊ちゃまはお飲みになりました──全部です。そして、クリーチャーはロケットを取り替えました。──そして、見ていました……レギュラス坊ちゃまが……水の中に引き込まれて……そして……そして──」

「ああ、クリーチャー!」

 

 

その先はもう言葉にならなかった。

クリーチャーが号泣し話せなくなったのではなく、泣き続けていたハーマイオニーが悲しげな声を上げクリーチャーのそばに膝をつき抱き締めようとしたからだ。クリーチャーはぴたりと涙を止めるとすぐさま立ち上がり、あからさまに嫌そうな様子で身を引いた。

 

 

「穢れた血がクリーチャーに触った。クリーチャーはそんなことをさせない。奥様が何とおっしゃるか!」

「ハーマイオニーを穢れた血だなんて呼ぶな!」

 

 

ハリーが反射的に唸るように怒鳴れば、クリーチャーはヒクヒクと痙攣し床に倒れ、額を勢いよく床に打ちつけ始めた。──自分を罰しているのだ。

 

 

「やめさせて──やめさせてちょうだい!ねえ、わからないの?ハウスエルフを隷従させるのが、どんなに酷い事かって!」

「クリーチャー、やめろ!」

 

 

ハーマイオニーは涙を流し叫ぶ。ハリーはすぐに止めさせたが、クリーチャーは震え喘ぎながら床に倒れていた。鼻の周りには鼻水が光り、青ざめた額には今打ちつけたところにもう痣が広がっていた。腫れ上がって血走った目には、再び涙が溢れている。

 

これほどまで哀れな生き物が他にいるだろうか。隷従するほかに生き方を知らない──主人に対して絶対服従である、哀れな存在だ。

 

 

「クリーチャー、それで、お前はロケットを家に持ち帰った。そして、破壊しようとしたんだな?」

「クリーチャーが何をしても、傷一つつけられませんでした。クリーチャーは全部やってみました。全部です。でも、どれも──どれもうまくいきませんでした……外側のケースにはあまりに強力な呪文がかかっていて、クリーチャーは、破壊する方法は中に入ることに違いないと思いましたが、どうしても開きませんでした。クリーチャーは、自分を罰しました。開けようとしては罰し、罰してはまた開けようとしました。クリーチャーは、命令に従う事ができませんでした!ロケットを破壊できませんでした!

そして、奥様はレギュラス坊ちゃまが消えてしまったので、狂わんばかりのお悲しみでした。それなのにクリーチャーは、何があったのかを奥様にお話できませんでした。レギュラス様に、き──禁じられたからです。奥様には、洞窟の事は話すなと……」

 

 

啜り泣きが大激しくなり、言葉が言葉として繋がらなくなった。ハーマイオニーは涙を流していたがもうクリーチャーに触れようとはせず、ソフィアも悲痛な表情で沈黙し、クリーチャーが好きでないロンですら、居た堪れなさそうだった。

 

クリーチャーの苦しげな啜り泣きだけが居間に響き、誰もが胸の中にずっしりとした重みと衝撃を感じていた。

 

 

「レギュラスが……?」

 

 

シリウスは掠れた声でそう呟くと、力なく椅子に座り込み項垂れる。

脳裏には幼い頃のあどけないレギュラスの顔しか思い浮かばない。まだ互いに普通の兄弟として話していた、世間をよく知らなかった頃の遠い昔だ。

 

なぜ、幼いレギュラスの顔しか思い出せないのか──当然だ。と、シリウスは自嘲した。

 

しっかりと顔を見て、話していた頃なんて僅かな期間だった。俺たちは血が繋がった家族であり兄弟であったが、それだけだ。互いに心を見せず、分かり合えず、疎んでいた。

 

だからこそレギュラスは、自分に何も言わなかったのだろう。言えなかったのではない、その発想にならなかったのだ。何故ならレギュラスにとって、自分は血の繋がりのある他人だった。

 

 

「シリウス……」

 

 

狼狽し項垂れるシリウスに、ハリー達は何と声をかけていいのかわからなかった。

ハリーはレギュラス・ブラックの事を全く知らない。ヴォルデモートに心酔していた青年が、何故裏切ることに決めたのかは、理解ができた。

レギュラスにとってクリーチャーはハウスエルフではなく、家族だったのだ。愛しく、護りたい者だった。それゆえにクリーチャーを殺そうとしたヴォルデモートに失望し、裏切ると決めたのだろう。

自分と年齢がさほど変わらない青年が、死を覚悟して水盆に満たされた毒を飲み、そして──死が誘うとわかっていて、湖に近づいた。ダンブルドアでさえ、酷く拒絶し一人で飲むことが難しい薬を、レギュラスはたった一人でやってのけたのだ。

 

 

ハリーは机の上にポツンと置かれたレギュラスのロケットを手に取った。軽いそれが、先ほどよりも重く感じるのは彼の覚悟を知ったからだろうか。

 

蓋を開き、中の古ぼけた羊皮紙を開く。

皆がハリーを見つめる中、ハリーはその中の文書を読んだ。

 

 

「闇の帝王へ

あなたがこれを読む頃には、私はとうに死んでいるでしょう。

しかし、私があなたの秘密を発見したことを知って欲しいのです。

本物の──本物は、私が盗みました。出来るだけ早く破壊するつもりです。

死に直面する私が望むのは、あなたが手強い相手に(まみ)えたその時に、もう一度死ぬべき存在となる事です。

R・A・B」

 

 

ハリーの声は居間に響いた。

クリーチャーが一層声を上げて泣く中、シリウスはふらりと立ち上がり「探さなければ」と呟く。

 

 

「マンダンガス……あいつが、そのロケットを持ってるなら、探さなければならない」

「シリウス……それは──僕が探す」

 

 

分霊箱は、自分が探し出し破壊しなければならない。それは自分の使命であり、騎士団が動くわけにはいかないとハリーはシリウスに伝えたが、シリウスは低く笑い首を振った。

 

 

「どうせ、マンダンガスは騎士団でも探さなければならなかったんだ。マンダンガスを探している事がヴォルデモートに知られたとして、そこからそのロケットには繋がらないだろう」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 

元々シリウス達はマンダンガスを放置するわけにはいかなかった。彼が逃げ出してから、包囲網を巡らせ数日間探しているのだ。行っている行為は変わらない。ただ、意義がもう一つ増えただけだ。

 

 

「マンダンガスを見つけたら、絶対に僕に教えてくれる?」

「……勿論さ、ハリー」

 

 

シリウスはその目に暗い光を宿したまま頷く。マンダンガスが持っているロケット。それを何としてでも入手しなければならない。金に困ったマンダンガスがそのロケットを売り捌いてしまったのなら、その後も探さなければならない。それは表に出る事ができないハリーには難しい事なのは確かだ。

 

 

「クリーチャー、お前もマンダンガスを探せ。見つかったならば、すぐ俺の前に突き出すんだ」

「……はい、ご主人様……」

 

 

シリウスからの命令に、クリーチャーはよろよろと立ち上がり汚らしい服をたくし上げ鼻水を拭きながら深々とお辞儀をした。

ハリーはその哀れなクリーチャーを見て、彼に何かもっと他の言葉をかけるべきではないのかと感じ──手に持っていた手紙をポケットの中に突っ込むと、レギュラスのロケットを手にしたままクリーチャーの前にしゃがみ込んだ。

 

 

「クリーチャー、僕たちはレギュラスがやりかけた仕事をやり終えたいんだ。僕たちは──彼の死が無駄にならないようにしたい」

 

 

クリーチャーは胸に当てていた手をぱたりと下ろし、呆然とハリーを見上げる。

ハリーは、その手に触れるべきか一瞬悩みクリーチャーが強い拒否反応を表さないように気にかけながら細くて汚れている手に触れた。

 

 

「クリーチャー、僕、これを君に持っていてほしい。これはレギュラスのものだった。あの人はきっと、これを君にあげたいと思うだろう。君がしてくれたことの感謝の証に」

「ハリー、それはやりすぎだ」

「ああっ!ハリー・ポッター……!」

 

 

シリウスがしかめ面で苦言を言う前に、クリーチャーは両手でしっかりとロケットを握りしめ衝撃と悲しみで大声を上げ、またもや床に突っ伏した。

 

 

「駄目かな、シリウス」

「……いや」

 

 

シリウスは大声で泣くクリーチャーを見ながら首を振る。

ハウスエルフに物をあげる必要はないとは思ったが、これほどまで感激しているのならば──何より、ハリーがそうしたいのならば。とシリウスは思う。

何より、自分はレギュラスの死を嘆き悲しむ事はなかった。レギュラスの死の真相を知っても、どこか頭の中が霞みがかったようにぼけやている。その死の意味を、強く考える事を拒絶しているのか、悲しむことも出来ないのだから。

 

 

何とか泣き止んだクリーチャーが大切そうにロケットを抱え姿くらましをしてこの場を去ったあと、モリーは冷めてしまった紅茶を入れ直し机の上に置いた。

いきなりいくつかの真実が明らかになり、動揺する心を落ち着かせるために皆が紅茶を一口飲み、少し乾燥してしまったアップルパイを食べる。

 

 

「それで、もう探し物は終わったのでしょう?なら、ホグワーツを退学する必要はないわよね?」

 

 

期待を込めてモリーがハリーに聞いたが、ハリーはそう言えば個数の話をしていなかった事を思い出した。モリーがやけに上機嫌で安堵しているように見えるのはそのせいかと思い、安易に期待させてしまった事を申し訳なく思いながらハリーは首を振った。

 

 

「いえ、その──まだ、探さなければならない物はあるんです」

「何ですって?そんな──」

「だから、僕たちは行きます。内容は、ダンブルドアが話すべきじゃないと決めた。だから誰にも──これ以上は、話せません」

 

 

ハリーのはっきりとした言葉に、モリーは失望と悲しみを滲ませ紅茶が入ったカップを強く握りしめた。

沈黙が落ちる中、ハリーは一度他の騎士団員を見回す。他に何か言いたい者はいないのかと思ったが皆目配せをするだけで何も言わかった。ハリーはとりあえず皆がわかってくれたのだと、そうだったらいいと思いながら紅茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 

 

「僕、部屋を片付けてきます」

「あ、僕も行くよ」

 

 

ハリーが立ち上がったのを見てロンもこれ以上ここにいてはモリーからまたうるさく言われるに違いないと慌ててアップルパイを口の中に押し込み、階段を登りかけていたハリーの後を追った。

 

 

ソフィアとハーマイオニーはちらりと視線を交わし、「おやすみなさい」と皆に向かって言うとすぐに階段を上がりハリーとロンの部屋へと向かう。

 

解散の雰囲気が漂う中、騎士団員達は今知った情報を整理し、これからどうするべきかを話し合った。ハリーが受けた使命の重要性と、騎士団の秘密を持っているマンダンガスを追う事が最優先事項であると決まったところで、彼らもそれぞれの持ち場へと解散した。

 

シリウスは何も言わずに外へ向かった。ぱたん、と静かに扉が閉められた時、モリー達は無言で視線を合わせ──そして、リーマスがバタービールの瓶を片手に二本持ちながら外へ出る。

 

 

シリウスは夏の空を見上げていた。

近くに人工的な灯りが少ない隠れ穴からは満点の星空がよく見える。リーマスは暗い夜の中にぼんやりと佇むシリウスの後ろ姿を見て、何故か学生時代の頃を思い出していた。ジェームズと共に過ごす彼は、いつも溌剌とした明るさがありエネルギーに溢れていた。しかし、時折──主にジェームズがリリーを追いかけそばにいない時──物想いに耽るように夜空を見上げている事があった。何を考えているのか、自分など彼の悩みを聞くに値しない存在だ、ジェームズが彼の助けになるだろうと勝手に思い込み聞いた事はなかったが、今この場に彼の親友だったジェームズはいない。

 

 

「飲むかい?」

「ん?……お前、相変わらずバタービール、好きだよなぁ」

「甘いものは心に余裕と安らぎを与えるからね」

 

 

リーマスが手渡したバタービールをシリウスは苦笑しながら受け取り、栓を抜きながらその場に座り込んだ。

足を投げ出し空を見上げながら瓶を傾けるシリウスを見ながらリーマスもその側に座る。青々とした若草が手のひらを刺し、夜独特の澄んだ匂いが辺りを包んでいた。

 

 

「……後悔しているのかい?」

 

 

リーマスの静かな問いかけに、シリウスは甘いバタービールを飲み小さく笑い、首を振った。

 

 

「いや。俺とあいつは、相容れなかった。どう考えても、あいつと俺が──世界を……ブラック家を知ったあと、何も知らなかった時のように仲良くする想像は出来ない。あいつは、本気でヴォルデモートに心酔し、マグルとマグル生まれを軽蔑していた」

「そうだね」

「それは、変わる事はなかっただろう。きっとな。ただ……最後に、ヴォルデモートを裏切った。それがマグルとマグル生まれのためでも、純血主義から脱却したわけではないとしてもだ」

 

 

シリウスは呟きながら言葉を探すように口籠る。知らされた事実に、自分の中で折り合いをつける事は難しい。

レギュラスはクリーチャーの事が大切であり、彼を傷つけたヴォルデモートに失望し許せなかった。ついていくべき人でも世界を統治するべき人でも無いと知った。

しかし、結局──シリウスが馬鹿馬鹿しいと思っていた純血思想ではあったのだろう。

 

だが、それでも──。

 

 

「ただ、最後に裏切った。俺の敵を、世界の敵を、自分の敵だと理解できた。あいつは馬鹿な男だったが──」

 

 

シリウスは目を閉じ、幼い頃のレギュラスの顔を思い浮かべる。暫くしてすっと目を開き、リーマスを見ながらシリウスは年相応に老けた顔で、複雑な笑顔を見せた。

 

 

「──愚かな弟では、なかったな」

 

 

薄く笑い、またも空を見上げたシリウスを見て、リーマスは虚勢だとしてもほっと胸を撫で下ろした。自暴自棄になり、何かとんでもないことをしでかすのではないかと気にしていたが、どうやらその心配はなさそうだ。

 

 

「ハリーは、結婚式の後には出ていくらしいが。……君は、どうするんだい?」

「そりゃ、勿論ついていく」

 

 

当然だろう。言わんばかりの答えに、リーマスは苦笑し肩をすくめる。何よりもハリーのことを大切に思っている彼ならばきっとそう言うだろうと思っていた。いや、大人達はハリーの前で表立って言うことは無いが、ハリーを護るために彼らがこの家を出た後も密かに後を追い手助けをしようと示し合わせていた。

ハリーが使命について言いたくない気持ちも理解できる。他の仕事や任務をしている騎士団員は動きにくいということも。しかし、その対象の中でシリウスだけは当てはまらないのだ。

シリウスにとって命に変えても護りたい者はハリーであり、騎士団以外の定職にはついていない。そして──死喰い人には知られているかもしれないが──アニメーガスの姿になり身を隠す事ができる。

 

 

「マンダンガスを探すのは?」

「勿論、探すさ。だがそれは皆そうだろ?」

「まあ、そうだね」

 

 

リーマスは少し笑い、ほぼ無くなりかけていたバタービールの最後の一滴までを飲み干した。

 

 



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385 分霊箱とは?

 

 

ソフィアとハーマイオニーはロンとハリーの部屋に向かった。

部屋を片付ける、と言っていた2人だったが特に片付けている様子もなくベッドに座り込んでいる。その場から逃れるための言い訳だったのだと理解していたソフィアとハーマイオニーは何も言わずに、二人のそばに腰掛けた。

 

 

「とりあえず一歩前進、だよな?」

 

 

ロンが全員揃ったのを見て呟く。ハーマイオニーは泣きすぎて腫れぼったい目元を指先で押さえながら「そうね」と頷いた。

 

 

「まさか、シリウスの弟が分霊箱の事に気付いて持ち出したとは想像もしなかったけれど……マンダンガスを捕らえることが出来れば、さらに一歩近づくわ」

「本物のロケットを手に入れたら、破壊しないといけない。……でも、どうすれば破壊できるんだろう」

 

 

魔法使いとは異なる強力な魔法を使うことができるハウスエルフでも壊せなかった分霊箱。きっと粉砕魔法や爆破魔法では傷一つつけることができないのだろう。ならば、分霊箱を破壊するためにはどうすればいいのか──ダンブルドアは、どのように破壊したのだろうか、とハリーは考えた。

 

 

「あのね、私たち、その事についてずっと調べていたの」

「どうやるの?図書館には分霊箱に関する本なんてない、と思ってたけど?」

 

 

ハーマイオニーは「なかったわ」と答えながら頬を少し赤らめた。

 

 

「ダンブルドアが全部取り除いたの、でも、処分したわけじゃなかったわ」

「おっどろき!どうやって分霊箱の本を手に入れたんだ?」

 

 

ハーマイオニーの遠回しな言い方は、分霊箱についての詳細が書かれた本を手にしている、とぼんやりと伝えていた。

去年あれほど探して全く見つかることのなかった本をどのように見つけ出すことができたのか、ロンとハリーは驚きと感心が混じる目でハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは言葉を詰まらせると助けを求めるようにソフィアを見た。

 

 

「簡単よ。女子寮の部屋で──駄目元で、アクシオを唱えてみたの。ダンブルドア先生の校長室には入れないでしょう?だから。そうしたら、飛んできたのよ」

「盗んだんじゃないのよ?もし、ダンブルドアが本当に誰の目にも触れさせたくなかったら、きっとアクシオなんかで手に入れられなかったもの!」

 

 

ハーマイオニーの代わりにソフィアは何でもないことだと言う雰囲気で伝えたが、ハーマイオニーは必要な事だとはいえ人の書斎から本を呼び寄せ手元に置いておくことが果たして正しいことなのか──盗んだように思われるのではないか──と、気が気ではなかったのだ。

 

 

「だけど、いつの間にそんな事を?」

 

 

ハリーとロンは二人の行動を驚きつつも、決して責めるつもりはない。今まで散々校則を破っているのだ。本が長期間借りっぱなしになることなんて──その本の内容が悍ましいとしても──今更どうって事はない。

 

 

「ダンブルドア先生の、葬儀の後すぐよ。あなたと共に分霊箱を探しに行くと決めたでしょう?だから──分霊箱の事を知らなければならないと思って」

「思いつきで、アクシオをしてみたの。そうしたらうまくいったわ。開いていた窓から飛び込んできて、それで──本をみんなしまいこんだの。ダンブルドアは、きっと怒らなかったと思うの。私達は分霊箱を作るために情報を使おうとしているんじゃないんだから、そうよね?」

 

 

ハーマイオニーはごくりと唾を飲み込み、哀願するようにハリーとロンに伝える。二人は「当然だ、僕たちが責めるとでも?」と言いハーマイオニーを慰めた。ハーマイオニーは表情を緩めると常に肩から下げている鞄を膝の上に置き、中に腕を突っ込む。

暫くごそごそと探っていたが、ついに擦り切れた黒革綴じの分厚い本を一冊取り出した。ハーマイオニーは吐き気を催すような、青い顔をしながらまだ生々しい死骸を渡すように恐る恐る本をハリーとロンに向けて差し出す。

 

 

「この本に、分霊箱の作り方が具体的に書いてあるわ。深い闇の秘術。──恐ろしい本、本当にぞっとするわ。邪悪な魔法ばかり!」

「きっと、ダンブルドア先生は校長になってから、図書室からこの本を取り出したのね。ヴォルデモートは必要な事はこの本から全て得たに違いないわ。……少し読んだけれど、分霊箱だけじゃなくて……本当に、とんでもない魔法が書かれていて……」

 

 

ソフィアは声を顰め呟くと、ぶるりと身を震わせた。思い出すだけで気分が悪くなり悪夢を見るのではないかという魔法ばかり書かれていたのだ。

 

 

「でもさ、もう読んでいたんなら、どうしてスラグホーンなんかに分霊箱の作り方を聞く必要があったんだ?」

「あいつは、魂を七分割したらどうなるかを知るためにスラグホーンに聞いただけだ」

 

 

ハリーはロンの疑問に答えながら、その黒い本をじっと睨むように見つめる。

 

 

「リドルがスラグホーンに分霊箱のことを聞いたときには、とっくに作り方を知っていただろうってダンブルドアはそう確信していた。ハーマイオニー、ソフィア、君たちの言う通りだよ。あいつはきっとこの本から情報を得ていたと思う」

「この本で、分霊箱について知れば知るほど──」

 

 

ソフィアは恐ろしいものを見る目で本を見つめ呟く。ぶるりと大きく震えながら視界にその本が入るだけで不快なのか、視線を無理矢理逸らすと不安そうに眉を寄せハリーとロンを見つめた。

 

 

「──ますます恐ろしい物だってわかるの。あの人が本当に六個も分霊箱を作っただなんて、信じられないくらいに。この本は魂を裂くことで残った魂がどんなに不安定なものになるのか警告しているわ。それも、たった一つの場合なの。それなのに……今の私たちよりも幼い時に分霊箱を作り出したなんて……」

「偉人は幼少期から逸話を残しているものだけど、本当にヴォルデモートは異質だわ。まぁ、褒められる事じゃないのは確かだけれどね」

 

 

ハーマイオニーは厳しい表情で呟く。ハリーはその言葉を聞き、ダンブルドアがヴォルデモートのことを「通常の悪を超えた領域まで踏み出した」と言っていたことを思い出した。

大人になってから作り出した分霊箱もあるだろう。しかし、初めて作ったのはまだ15歳程度の未成年の魔法使いなのだ。常識を逸し、異様であり、異質だとハッキリとその行動が物語っている。

 

「魂を元に戻す方法はないのか?」とロンがハーマイオニーとソフィアに尋ねれば、2人は顔い顔を見合わせた。

 

 

「あるわよ。でも、地獄の苦しみでしょうね」

「なぜ?どうやって戻すの?」

「良心の呵責。自分のしたことを心から悔いなければいけないの。注釈があるわ──あまりの痛みに、自らを滅ぼす事になるかもしれないって」

「まあ、方法があったとしてヴォルデモートがするだなんて想像もできないわ。そうでしょう?」

「できないな」

 

 

ソフィアの言葉に、ロンが即答した。ヴォルデモートが人を殺めたことを悔いる事があるのならば、そもそもヴォルデモート卿はこの世に存在していないだろう。

 

 

「それで、その本には分霊箱をどうやって破壊するのか書いてあるのか?」

「それも、書いてあったわ」

 

 

ソフィアが嫌そうな顔で本を見下ろし、慎重に──なるべく触れる箇所を減らすように──本のページを捲る。

 

 

「この本には、分霊箱に対していかに強力な呪文を使わなければいけないかが書いてあるの。分霊箱を完全に破壊する方法は少ないけれど……分霊箱が、ひとりで回復出来ないほど強い破壊力を持ったものであればいいの。ハリーがリドルの日記に対して取った方法がその一つね」

「へー、じゃあ。バジリスクの牙が大量にあってラッキーだったな。あんまりありすぎて、どう始末すればいいのかわからなくなったぜ」

 

 

ロンが揶揄いまじりに言えば、ハーマイオニーとソフィアは少しムッとしてロンを見る。ロンはそんな視線にも慣れっこであり、肩をすくめるだけで謝る事はしなかった。

 

 

「バジリスクの牙じゃなくてもいいのよ。バジリスクの毒に対する解毒剤はたった一つで、しかも信じられないくらい希少なもの──」

「不死鳥の涙だ」

「そう。問題は、バジリスクの毒と同じ破壊力を持つ物質はとても少ないということ。しかも持ち歩くのには危険なものばかりだわ」

 

 

ハーマイオニーは難しい表情で唸る。バジリスクの毒以外にも、魔法界にはさまざまな猛毒や薬が存在するが、どれも安全に持ち運ぶのは困難なものばかりだ。中には使用するには特別な免許が必要な毒薬もある。それをヴォルデモートや死喰い人から逃げつつ、稀有な材料を集め難しい調合をするのは現実的ではないだろう。

 

 

「バジリスクの牙は、まだ──多分、ホグワーツにあるわ。他の方法が見つからなかったら、全ての分霊箱を入手した後でホグワーツに向かうことも考えなければならないわね」

 

 

ホグワーツに向かうこともまた困難には違いないが、可能性として高いのはその方法だろう。ソフィアの言葉にハーマイオニーは賛同するように深く頷いた。

 

 

「うーん……そもそも、魂の入れ物になってるやつを壊したにしても、中の魂のかけらが他のものに入り込んでその中で生きる事はできないのか?」

「ええ、分霊箱は人間とは完全に真逆だもの」

 

 

ロンの疑問にソフィアがあっさりと答え頷く。しかし、その言葉だけではロンとハリーはピンとくるものが無く頭の上にたくさんの疑問符を飛ばし怪訝な顔をした。

ソフィアは唇を指先で撫でながら彼らに伝える方法を考える。──ハリーは、ふいにその動作をどこで見たのかを思い出し複雑な気持ちになったが、何も言わなかった。

 

 

「そうね……例えば、私が今ナイフを持っていてハリーに突き刺すとするでしょう?肉体は損傷するけれど、魂が壊れる事はないわ。魂は無事のままなの。けれどね、分霊箱はその逆なの。中に入っている魂のかけらが生き残るかどうかは、その入れ物──つまり、魔法がかけられている器に影響するの。器なしでは存在できないのよ」

「あの日記帳は、僕が突き刺したときにある意味で死んだんだ」

 

 

ハリーは穴の空いたページからインクが血のように溢れ出したこと、そしてヴォルデモートの魂の断片が消えていくときの悲鳴を思い出した。

 

 

「そうよ。日記帳が完全に破壊されたとき、その中に閉じ込められていた魂の一部は存在できなくなったの」

「ちょっとまった」

 

 

ソフィアの説明を聞いていたロンが顔を顰めて話を止めた。ここまで噛み砕いてもまだわからなかったか、とソフィアとハーマイオニーは思ったが、ロンが口にしたのはあの日記に宿る魂のかけらがジニーに取り憑いたのはどういう理由だ、という事だった。

 

 

「魔法の器が無傷のうちは、中の魂の断片は誰かが器に近付きすぎると、その人間に出入りできるのよ。何もその器を長く持っているという意味ではないの。器に触れることとは関係ないの──感情的に近づく、という意味なの。ジニーはあの日記に心を打ち明けた、それで極端に無防備になってしまったのね。分霊箱が気に入ってしまったり、それに依存するようになると問題だわ」

 

 

ハーマイオニーはロンが口を挟む前に一気に全てを説明した。ロンはハーマイオニーの説明を頭の中で何度か繰り返し、ようやく納得ができたのか「なるほど」と呟き難しい顔をして唸る。

 

 

「分霊箱を手に入れたとして、その取り扱いも注意が必要ね。スリザリンのロケット、ハッフルパフのカップ。レイブンクローの何か……それと、蛇のナギニ。ロケットとカップはともかく、レイブンクローの何かが──例えば魔導書とかならば、また語りかけてくる可能性があるもの」

 

 

ソフィアは本を閉じながらいい、もう見たくないのかハーマイオニーに本を手渡した。受け取る瞬間ハーマイオニーは腐った内臓を手にしたかのように身震いしながら、慎重に鞄の中に本を押し込む。

 

 

「ダンブルドアはどうやって指輪を破壊したんだろう?僕、どうしてダンブルドアに聞かなかったのかな……どうして、死ぬことがわかっていて教えてくれなかったんだろう」

 

 

ダンブルドアは死を予見していた。ならばその前に幾つもの事を教えてくれてもよかったのではないかと、ハリーの心の奥に暗い気持ちが湧き起こる。

 

 

「ダンブルドア先生は、多分──ハリー、あなたが解き明かす事を期待しているんじゃないかしら」

「僕が?」

 

 

ソフィアは真剣な顔で頷く。確かにダンブルドアは多くを語らなかったが──ハリーに授けた知識は無意味ではないはずだ。ヴォルデモートがトム・リドルだった時をたどり、その場を見せた事にも何か意味はあるはず。

 

 

「一年生の時もそうだったけれど、ダンブルドア先生は全てを教えるんじゃなくて、ハリーに沢山のことを選択させようとしていたでしょう?自分からその道を選んだ、その積み重ねが必要なのよ」

「……そうか……」

 

 

ハリーはダンブルドアと話した事を思い出した。自分は予言によりヴォルデモートとの戦いという宿命を選ばされたのではなく、自ら選んだのだと。作られた道を歩き、死に直面する戦いの場に引き摺り込まれるか、頭を高く上げてその場に踏み入れるかの違いなのだ。その二つは選択の余地がほとんどないと思う者もいるかもしれないが、ハリーはその二つの明確な差を知っていた。

この道は、自分で選んだ道だと理解することが何よりも重要なのだ、それゆえに、自分の力で全てを終わらせなければならないのだ。

 

ソフィアの言葉にハリーとハーマイオニーは真剣な顔をして頷いたが、ロンだけは納得が出来ないのか怪訝な顔をし眉を顰めていた。

 

 

 



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386 成人した誕生日!

 

 

7月31日。その日はハリーの誕生日であり、魔法族にとって特別な17歳の──成人を迎える日だ。モリーはハリーのために大々的な誕生日会を企画しようとしていたが、次の日はビルとフラーの結婚式であり、準備に忙しい彼女の手をこれ以上煩わせたくなかったハリーは「いつもと同じで大丈夫です」と遠慮した。

そのため、その日は奇跡の子であり、英雄であるハリー・ポッターの成人の日としては慎ましく祝われる事となっただろう。

とはいえ、シリウスは太陽が出る前から張り切って家の中を飾り付けしていたのだが。

 

 

ハリーはその日、目覚める前に夢を見ていた。それがただの夢ではなく、ヴォルデモートの意識と思いが見せている夢だとわかったがハリーは特別気にする事はない。閉心術が上手くいった試しがない彼は、自分の意思でヴォルデモートを追い出せない事を理解していたのだ。

ただ、ヴォルデモートが探しているグレゴロビッチという名前に聞き覚えがあるような気がしたが、目覚めてからいくら考えてもその人物が誰なのか全くわからなかった。誰だかわからないが、不運な人だとは思う。──あのヴォルデモートに探されているのだから。

 

 

ロンから『確実に魔女を惹きつける十二の法則』と書かれた本を貰ったハリーは、後で読めばもう少しソフィアに気の利いた言葉をかけられるようになるのだろうかと考えながらロンと共に台所に降りていく。

 

結婚式のために昨夜訪れたフラーの両親とビルが朝食を取っており、暖炉の前のソファにはシリウスが座っていた。

 

 

居間にある広いテーブルの上にはプレゼントの山があり、壁には色とりどりの飾りつけが施されている。結婚式の飾りではなく誕生日を祝うフラッグに、ハリーは目を瞬かせまじまじと自分のための誕生日飾りを見つめた。

 

 

「ハリー!誕生日おめでとう」

 

 

ハリーに気付いたシリウスは誰よりも早くハリーの元に駆け寄り溌剌とした笑顔で言った。片腕でハリーを引き寄せ軽くハグし、祝う気持ちを目一杯込めて背中を叩いた。ハリーはなんとなく気恥ずかしくてこそばゆくなりながらも嬉しそうに笑う。

 

 

「ありがとうシリウス」

「俺からのプレゼントは、これだ」

「わぁ!なんだろう?」

 

 

シリウスは用意していたプレゼントの箱をハリーに手渡す。手のひらよりも一回り大きい四角い箱であり、わくわくしながら包みを開けたハリーは一眼見て息を飲んだ。

物の価値に疎いハリーでも、その箱の重厚感と高級感を感じてしまうほどだった。何が入っているのかはわからないが艶やかな黒い漆塗りの木箱であり、ハリーはごくりと生唾を飲みそっと蓋を開いた。

 

 

「時計……」

 

 

中に収まっていたのは黒革ベルトの時計であり、シンプルな銀時計の文字盤には細長い文字が輝いていた。

 

 

「魔法使いが成人すると、時計を贈るのが習わしなんだ」

「ありがとう!……なんだか、高そうな時計で緊張しちゃうな」

 

 

箱の中から取り出し、しげしげと眺める。太陽の光を受けたその文字盤は、夜の星空のように美しく輝いていた。

ハリーの感想にシリウスは低く笑うだけでその時計の価値までは伝えなかったが──その時計一つで家が一軒建つ程の値段だ。

 

 

ハリーは数年前にソフィアから時計をプレゼントされ、それからずっとその時計を気に入って着けていた。ソフィアが贈った時計は普段使いし易いものであり、フォーマルな場では些か釣り合わないだろう。

明日の結婚式や、何か特別な時にはこの時計をつけよう、とハリーは傷をつけないように慎重に箱の中に時計を戻した。

 

 

「なんだ、普段使いしないのか?」

「明日の結婚式とか、特別な日につけるよ。だって、こんな高そうなの……トイレの後に手も洗えないよ」

「そうか?」

 

 

シリウスは少し残念そうだったが、特別な日に着けてもらえるのならば良いかとすぐに気を取り直した。

 

 

「もう一つ、プレゼントがあるんだが──ハリー、こっちへおいで」

 

 

シリウスは声を顰め、モリーがまだ台所にいる事を確認するとハリーを手招きする。ハリーは首を傾げながらシリウスのあとを追い、他の人から目が届かない部屋の隅へと向かった。

 

 

「これだ」

「これ?……なんだろう」

「これはな──」

 

 

シリウスがポケットから出したのは、プレゼントらしくない普通の小包だった。不思議そうな顔をするハリーに、シリウスは少年のような悪戯っぽい顔でニヤリと笑うとハリーの耳に顔を近づけ囁く。

きょとん、としていたハリーはシリウスからの言葉を聞き──カッと顔を赤らめ飛び上がり、危うくその包みを握りつぶしそうになってしまった。

 

 

「なっ──」

「上手く使えよ?」

「そ、そんな──」

 

 

上手く、と言われてもこんなものを使う機会なんてあるのだろうかと、ハリーは反論しようと思ったがその言葉は階段を降りてくる足音により消された。

居間へ入ってきたのはソフィアとハーマイオニーとジニーであり、楽しそうに二人と話していたソフィアは、ハリーに気付くとにこりと笑って小さく手を振った。

 

その途端ハリーの顔は先ほどよりも赤くなり両手で小包を強く握った。ソフィアは不思議そうな顔をしてシリウスとハリーの元に駆け寄る。

 

 

「おはよう、顔色変えキャンディでも食べたの?」

「えっ、あーそうかも!あ、朝ごはん食べに行こうよ」

 

 

ハリーは慌ててポケットの中にその包みを突っ込み、必死に誤魔化したが、乱雑に突っ込まれた包みは半分以上ポケットからはみ出ていた。

 

 

「それは?」

「な、なんでもない!」

 

 

勢いよく首を振り、包みが見えなくなるまで完全に押し込んだハリーに、シリウスはニヤニヤと一人楽しげに笑い──ハリーはすぐにソフィアの腕を引き皆が集まりつつあるテーブルに向かった。

 

 

「ハリー、お誕生日おめでとう。プレゼントはあの山の中の青い包装のものよ」

「う、うん!ありがとうソフィア」

 

 

シリウスが渡した二つ目のプレゼントの衝撃で誕生日だと言う事が吹っ飛んでいたハリーはぎこちなく笑い、目の前の大皿に積み上げられていた白いパンを取って勢いよく食べ始めた。

 

 

ハリー達の朝食が終わるころ、居間にフラーと彼女の妹のガブリエールが訪れかなり狭くなってしまったため、ハリーとロンとハーマイオニーとソフィアの4人はそれぞれの腕にハリーのプレゼントを持ちながらその場を離れた。

 

 

「私とソフィアで全部荷造りしてあるわ」と、階段を上がりながらハーマイオニーが明るく言う。その次に「後は洗濯しているロンのパンツが戻ってくるのを待つだけ──」と続き、ロンは途端に咳き込みその言葉が聞こえないフリをした。

 

 

「プレゼントも全部開けてしまわないと。私のかくれん防止器もちゃんと使ってね」

「うん、ありがとう」

 

 

部屋に戻ったハリー達は腕の中いっぱいにあるプレゼントをきちんと片付けられたベッドの上に広げた。

 

 

「私のは──これ。誕生日おめでとう、ハリー」

 

 

ソフィアは山の中から青い包装紙に包まれた小さな箱を取り、にっこりと笑いながらハリーに渡した。

他のプレゼントを開けようとしていた手を止めたハリーは慌ててソフィアと向き合い、両手でしっかりとそれを受け取る。

 

 

「ありがとう、開けても良い?」

「ええ、勿論よ」

「……あ!私たち、ちょっと用を思い出したわ!」

「え?お、おいハーマイオニー……」

 

 

わざとらしく唐突にハーマイオニーが手を叩きながら叫び、唖然とするロンの腕を引き足早に部屋から飛び出した。扉が閉められる前に向こう側から、ハーマイオニーの「二人きりにさせてあげましょう」という言葉が微かに聞こえ、ソフィアとハリーは顔を見合わせ少し気まずそうに肩をすくめ笑った。

 

今、ソフィアとハリーは恋人ではない。

甘い言葉を囁く事も、その暖かな体に触れる事も出来ない。しかし、互いにまだ愛し合っているのだと理解していたし、愛の言葉を言わずとも、視線は雄弁に愛を語っていた。

ハリーは既にセブルス・スネイプが裏切り者だとは思っていない。だが、それでもソフィアと以前のような関係に戻る事は今はまだできない、と漠然と感じていた。

ソフィアの事は愛している。誰よりも大切にしたい。だが、同時に他の全てへのけじめとして──恋にうつつを抜かしている場合ではないのだろう。ヴォルデモートを倒し、全てが終わった後にもう一度告白をしよう。

そう、ハリーは考えていた。

 

 

ハーマイオニーの気遣いは嬉しいが、なんとなく気まずい沈黙が落ちる中、ハリーはベッドに腰掛け隣をぽんぽんと叩いた。

 

 

ソフィアは小さく微笑み、その隣に座る。肩が触れそうな程近かったが、決してその肩は触れる事はないだろう。

それでも、隣で──側に居られる事だけで、ソフィアとハリーは十分幸せだった。

 

 

「プロミスリング?」

 

 

小さな箱に入っていたのは赤色を基調とした ミサンガ(プロミスリング)だった。

ソフィアは足の上で手を組み、指先をもじもじと忙しなく動かしながら彼女にしては珍しく、口ごもった。

 

 

「その、フラーに作り方を教えてもらって、えーと──作ったの」

「ソフィアが?」

「ええ、その、(まじな)いと願いを込めて。あとは──まあ、色々な材料を練り込んで、その、これからの旅が無事に終わりますようにって……。あなたが、幸せになりますように、って」

 

 

ソフィアは足の上に下ろしていた手を胸の前まで上げ、祈るように目を閉じた。

 

旅の無事を願い、その後の幸せを願い。──その隣にいるのが自分ならばいいと、少し思いながらソフィアは丁寧にそれを作り上げた。

 

確かに既製品と比べるとやや粗があるが、それでもソフィアの手作りならこんなに嬉しい物はない、とハリーは早速左手首につけた。

 

 

「ん?──あれ。よっと……」

「ふふっ」

 

 

時計と違い片手ではうまく結べず四苦八苦するハリーに、ソフィアはくすくすと小さく笑いながらハリーの手を取った。

 

 

「つけてあげるわ」

「ありがとう」 

「……よし、緩さはこれくらいで──」

 

 

しっかりと外れないように結んだ後、ソフィアはぱっと顔を上げた。ちょうど覗き込むように見ていたハリーと唇が触れそうなほど近づいてしまい、2人とも目を見張り息を止めた。

先ほど考えていた覚悟など思考の端に吹っ飛び、ハリーはソフィアと何度も交わした口付けや、彼女の柔らかな熱の事で頭の中が完全にいっぱいになってしまったのも、年頃なのだから仕方がないといえるだろう。

 

 

「あ──」

 

 

ハリーは無意識のうちにソフィアの手を強く握った。その瞬間、ソフィアの瞳が揺れる。ハリーが引き込まれるように体を近づけたとき、ベッドがきしり、と僅かに軋んだ。

 

 

「──だめよ、ハリー」

 

 

ソフィアは悲しげに笑いながら掴まれていない方の手で、ハリーの口を覆う。

ハリーはそれでもソフィアを抱きしめ押し倒してしまおうか──と、とんでもない欲望が湧き上がったが必死に自制し、自分の口を覆い隠すソフィアの手を優しく掴み、そのまま指先にキスを落とした。

 

ソフィアの指先と瞼がぴくりと震える。愛情と、情欲に染まるハリーの──大人の男の表情を見て、ソフィアは羞恥から顔を赤らめた。

 

 

 

数分後、目を潤ませ顔を真っ赤にして部屋から飛び出したソフィアは勢いよく階段を駆け上がり自分が寝泊まりしている部屋に引きこもった。

階段の踊り場でソフィアとハリーを待っていたハーマイオニーとロンは脱兎の如く駆け上がったソフィアを呆然と見送り、開け放たれた扉の向こうでベッドに座るハリーを見る。

肩をすくめ「何もしてない」と上機嫌な笑顔を見せわかりきった嘘をつくハリーに、ロンは呆れたような視線を向け、ハーマイオニーは眉を吊り上がらせ「ソフィアに何したのよ!」と叫んだ。

 

 



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387 ダンブルドアの遺品!

 

 

ハリーの誕生日の日のディナーはいつもより豪華な料理が用意されていた。

せっかくだから、とモリーは声をかけられるだけの騎士団員に声をかけ、その日の夕食の時にはたくさんの人が集まる事になった。

全員がディナーに舌鼓を打つには居間では些か狭く、満足に食べる事はかなわないため、広い庭に長机を並べた。

 

長机の上にはモリーお手製のバースデーケーキが置かれている。それはビーチボールほどの大きさの巨大なスニッチを模したものであり、たくさんの料理の中で堂々と飴細工でできた美しい羽を広げていた。

 

 

フレッドとジョージはいくつもの紫色の提灯に17の数字をデカデカと書き込み魔法をかけて招待客の頭上に浮かべ、シリウスは庭を囲む木にこれでもかと言うほどの装飾を施し、半年早いクリスマスが訪れたかのように煌びやかに飾り付けられた木々が競うように輝いていた。

 

ソフィアとハーマイオニーもシリウスの装飾を手伝い、杖先から紫と金のリボンを出して灌木の茂みや、テーブルと椅子の脚を飾りつける。

 

 

「素敵だ」

 

 

ハーマイオニーが最後に大きく腕を振り、野生のりんごの木の葉を金色に染めたときロンが腕組みをし大きく頷きながら言った。

 

 

「こういう事にかけては、君はすごく良い感覚してるよなぁ」

「ありがとう、ロン!」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうだったが、少し面食らったように見えた。まさか、ロンが直接的に自分を褒めるとは思ってもいなかったのだ。

 

思わず顔を見合わせたソフィアとハーマイオニーを見て、ロンはにっこりと人の良い笑顔を見せ金色に輝く木をまじまじと見つめ、ハリーは間違いなくロンは『確実に魔女を惹きつける十二の法則』を読み、お世辞の言い方を学んだのだと分かりテーブルの下を覗き込むふりをして隠れて笑った。

 

 

太陽が地平の向こう側へと沈みかけ、空が濃い群青色へと変わる午後7時。パーティディナーの開始時刻の時にはモリーが招待した客全員が揃っていた。

 

隠れ穴と外との境界にはフレッドとジョージが立ち、しっかりと本物かを確認した上で境界の中に招き入れる。

ハグリッドはこの日のために正装し、一張羅のむさ苦しい毛むくじゃらの茶色のスーツを着込んでいた。リーマスはハリーと握手しながら微笑んだが、どこか浮かない表情であり、反対にトンクスは隣で晴れ晴れとした明るい笑顔を見せていた。 

 

トンクスは「お誕生日おめでとう、ハリー」と言いながらハリーを優しくハグし、背中を優しく叩く。

 

 

「17歳か。俺たちが出会った日から6年だ、ハリー、覚えちょるか?」

 

 

ジニーからバケツ大のグラスに入ったワインを受け取りながらハグリッドが言った。

 

 

「ぼんやりとね。入口の扉をぶち破って、ダドリーに豚の尻尾を生やして、僕が魔法使いだって言わなかった?」

 

 

トンクスと離れたハリーがニヤリと笑い揶揄いつつ言えば、ハグリッドは誤魔化すようにワインをガブリと飲み「細けぇことは忘れたな」と嬉しそうに笑う。あの強烈な出会いを──それこそ人生を大きく変えた出会いを易々と忘れる事なんて出来ないだろう。

 

 

「ロン、ハーマイオニー、ソフィア、元気か?」

「私たちは元気よ、ハグリッドは?」

「ああ、まあまあだ。忙しくしとった。ユニコーンの赤ん坊が何頭か生まれてな。また見せてやるからな、必ず戻ってこいよ」

 

 

ハグリッドの柔らかな視線を受け、ハリー達はこくりと小さく頷く。その言葉を聞く限り、ハグリッドも自分達がホグワーツに戻らず旅に出ることを知っているのだろう。彼は隠れ穴にこの数日間顔を見せる事はなかったが、彼も騎士団員なのだ。誰かが伝えていてもおかしい事はない。

 

 

「ハリー、お前さんに何をやったらええか思いつかんかったが──これを思い出してな」

 

 

ポケットの中を探っていたハグリッドは、少し毛の生えた巾着袋を取り出した。長い紐がついており、首か肩に掛けることができるだろう。包装もされてないプレゼントだったが、ハグリッドらしい、とハリーは思いながらそれを恐る恐る受け取る。

ハグリッドがどんなものを嗜好品としているのか十分に理解しているハリーは、その巾着袋が安全なものなのか判断できなかったのだ。

 

 

「モークトカゲの革の鞄だ。中に何か隠すとええ。持ち主以外は取り出せねぇからな。こいつぁ珍しいもんだぞ」

「ハグリッド、ありがとう!」

「なんでもねぇ」

 

 

ハグリッドは頬を薄桃色に染めながら大きな手を振り照れたように笑う。ハグリッドは頬を掻きながら辺りを見渡し、チャーリーがいる事に気づくと彼に駆け寄る。

 

皆が飲み物を片手に談笑する中、モリーだけは浮かない顔をして何度も門をちらちらと見ている。予定されていた時間よりもアーサーの帰宅が遅いことに気を揉んでいるのだろう。

 

ソフィアは甘い赤ワインを一口飲み、酒のせいで暑くなった頬を手で扇いだ。──いや、酒のせいだけではなく、数時間前のハリーの熱に当てられてしまったからかもしれない。あれからハリーはソフィアに手を出す事はなかったが、どうしても視線が合うとソフィアは胸の奥から形容し難い熱が込み上げてしまうのだ。

 

 

「アーサーを待たずに始めた方がいいでしょう」

 

 

7時半を回った頃、ついにモリーがため息混じりに庭にいる人全員に呼びかけた。

 

 

「あの人はきっと何か手を離せない事が──あっ!」

 

 

その先に続く言葉は驚愕の声に飲み込まれた。

皆もそれにすぐ気付き、同時に庭を横切り現れた一条の光を見た。テーブルの上に止まったその光は銀色に輝くイタチに変わり、イタチは後ろ足で立ち上がり真っ直ぐ前を──モリーの方を──見ながら口を開く。

 

 

「魔法大臣が一緒に行く」

 

 

それはアーサーの声だった。

それだけを告げると守護霊であるイタチはふっと消え、フラーの両親が驚いた目でその消えた辺りを見つめていた。

 

 

「私たちはここにはいられない。ハリー──すまない──別の機会に説明するよ──」

 

 

間髪入れずリーマスが硬い声で言い、トンクスの手首を握り足早に門へと向かう。境界を超えたところで2人は姿をくらませた。

 

 

「大臣──でもなぜ?わからないわ──」

 

 

モリーの当惑した声が響く。

当惑しているのはモリーだけでなく、残った者が話し合う暇もなく門のそばに忽然とアーサーが現れた。アーサーだけでなく、白髪混じりの立髪のような髪を後ろに流したスクリムジョールが同行している。

張り詰めた緊張感が一同に走る中、現れた2人は庭を堂々と横切り提灯に照らされたテーブルに近づく。

テーブルにはその夜の会食に参加する者達がじっと沈黙して座っていたが、シリウスはさっと立ち上がるとすぐにハリーの後ろに護るように立ちスクリムジョールを睨み見た。

 

 

スクリムジョールの姿が光に照らされた時、ハリーは前回会った時よりずっと老けて見えることに気づいた。頬はこけ、髪の艶はなくなり、厳しい表情を浮かべている。

 

 

「お邪魔してすまん。その上、どうやら宴席への招かれざる敵になったようだ」

 

 

大臣は取ってつけたように無礼を軽く謝ると、巨大なスニッチ・ケーキを見た。

 

 

「誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

「君と二人だけで話したい。さらに、ロナルド・ウィーズリー君、それと、ハーマイオニー・グレンジャーさん、ソフィア……プリンスさんとも、個別に」

「僕たち?」

 

 

ハリーだけだはなく、自分達とも話したいとの言葉にロンは驚いて聞き返した。

ソフィアは自分のファミリーネームを言う前に一瞬わざとらしい沈黙があった事に気づき、スクリムジョールの視線から逃れるようにしてハーマイオニーの方を見た。

ハーマイオニーはソフィアの視線に気付き、硬い表情で微かに頷く。聡明なハーマイオニーもまた、その奇妙な沈黙の意味に気付いたのだろう。

 

 

「私はハリーの後見人だ。共に話を聞く権利があるんじゃないかね」

 

 

シリウスは低い声で挑戦的な眼差しでスクリムジョールを見る。そう言われると初めからわかっていたのか、スクリムジョールは「彼が未成年であったなら、その権利があっただろうな」とさらりと答えた。

 

 

「しかし、ハリー・ポッターは成人を迎えた。ならば後見人が同行する必要性はない」

 

 

予め用意していただろうスクリムジョールの答えに、シリウスはぐっと奥歯を噛み締める。憎々しげにスクリムジョールを睨むシリウスに、ハリーは冷静な声で「大丈夫だよ」と囁き立ち上がった。

 

 

「どこか、個別で話せる場所に行ってから説明する。そういう場所はあるかな?」

「は──はい、勿論です」

 

 

スクリムジョールはアーサーに向かって尋ね、アーサーは落ち着かない様子で頷く。個室は何部屋かあるが大臣を案内するわけにはいかない。そうなれば候補として残るのは居間しかなかった。

 

 

「居間を使ってはいかがですか?」

「案内してくれたまえ」

 

 

スクリムジョールはアーサーではなく、ロンを見下ろしながら言った。「なんで僕が」という表情をありありと浮かべたままロンは立ち上がり、背を曲げ小さくなりながら「こっちです」と呟く。

 

 

ソフィアとハーマイオニーも立ち上がり、ハリーとロンと共に家へと向かうその背中を、アーサーとモリーは心配そうに見つめ、シリウスは苛立ちながら乱暴に椅子に座った。

 

 

庭には提灯やランプの灯りで柔らかく照らされていたが、居間の中は薄暗かった。ハリーは石油ランプに向かって杖を振り、ぽう、と灯った明かりが質素ながらも心地よい空間を照らした。

 

スクリムジョールはいつもアーサーが座っているクッションの凹んだ肘掛け椅子に座り、ハリー達はその前にあるソファの並んで座るほかなかった。成人した4人が座るにはかなり窮屈だったが、一人だけ他の離れた椅子に座るのも不恰好だろう。

 

 

「四人にいくつか質問があるが、それぞれ個別に聞くのが一番良いと思う。君たちは上の階で待っていてくれ、ロナルドから始める」

「僕たち、どこにも行きません」

 

 

ハリーはきっぱりと言い切り、ソフィアとハーマイオニーも大きく頷いた。

 

 

「四人一緒に話すのでなければ、何も話さないでください」

「……いいだろう。では、一緒に」

 

 

スクリムジョールは数秒間、ハリーを冷たく探る目で見ていたが、肩をすくめ咳払いをして話し始めた。

双方の間に緊張が流れ、ソフィア達は困惑を感じ取られまいとして、自然と背筋を伸ばし挑むようにスクリムジョールを見据えた。

 

 

「私がここに来たのは、君たちも知っているとおり、アルバス・ダンブルドアの遺言のためだ」

 

 

その言葉に、ソフィア達は顔を見合わせる。遺言があったなんて、騎士団の誰も教えてくれなかった。そんなものがあったなんて想像もしていない。

そんなソフィア達の表情を読み取り、スクリムジョールは鋭い瞳でロンとハーマイオニーとソフィアを探り見た。

 

 

「どうやら寝耳に水らしい!それでは、ダンブルドアが君たちに残した物があることを知らなかったのか?」

「ぼ──僕たち全員に?僕とハーマイオニーとソフィアにも?」

 

 

ハリーに残された物と遺言があるというならまだわかる。ダンブルドアにとって、ハリーの存在は間違いなく特別であり、これからハリーが行うことを考えればそのヒントを残していってくれたのかもしれない。

しかし、ロンは自分とハーマイオニーとソフィアにもそれがあるとは思わず、信じられないとばかりに呟いた。

 

 

「そうだ、君たち全員──」

「ダンブルドアが亡くなったのは、1ヶ月以上も前だ。僕たちへの遺品を渡すのに、どうしてこんなに長くかかったのですか?」

 

 

ハリーはスクリムジョールの言葉を遮り、はっきりと通る声で言う。スクリムジョールがロンからハリーへと視線を移し口を開く前に、ハーマイオニーが「見え透いた事だわ」と吐き捨てた。

 

 

「私たちに遺してくれたものが何であれ、この人たちは調べたかったのよ。あなたにはそんな権利が無かったのに!」

「私にはきちんとその権利がある。『正当な押収に関する省令』により、魔法省には遺言書に記された物を押収する権利がある」

「それは、闇の物品が相続されるのを阻止するために作られた法律だわ。差し押さえる前に、魔法省は、死者の持ち物が違法であるという確かな証拠を持ってなければいけないはずです!ダンブルドアが、呪いのかかったものを私たちに遺そうとしたとでも仰りたいんですか?」

 

 

ソフィアもハーマイオニーと同じく優秀な魔女であったが、流石に法律の事は自身の勉強の範囲外であり、勉学だけではなく何に対しても博識なハーマイオニーに内心で感心していた。

スクリムジョールもそう思ったのか、大人でも詳しくない魔法法の事をハキハキと言うハーマイオニーに目を細め脚の上で指を組み「魔法法関係の職に就こうと計画しているのかね、ミス・グレンジャー?」と、言いながら口先だけでうっすらと微笑んだ。

 

 

「いいえ、違います。私は世の中のために何か良いことをしたいと願っているだけです!」

 

 

その良いことがハウスエルフ解放であると知っているロンは思わず笑ってしまい、スクリムジョールの目がさっとロンに飛んだが、ハリーが口を開いたため、また視線を戻した。

 

 

「それじゃ、なぜ今になって僕たちに渡そうと決めたんですか?保管しておく口実を考えつかないからですか?」

「違うわ。31日の期限が切れたからよ。危険だと証明できなければ、それ以上は物件を保持できないの。そうですね?」

 

 

またもスクリムジョールが答えるよりも前にハーマイオニーが即座に言った。スクリムジョールはハーマイオニーの言葉を無視し──否定する必要も無かったからだ──ロンを見る。

 

 

「ロナルド、君はダンブルドアと親しかったと言えるかね?」

「ぼ、僕?」

 

 

ロンはいきなり名を呼ばれるとは思わず、落ち着きなく視線を彷徨わせた。

その動揺を見て、スクリムジョールはすっと目を細める。短い時間ではあったが、この四人の中で最も()()()()()なのはこのロナルド・ウィーズリーだと悟ったのだ。

ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーは堂々と自分を睨み、その目には微塵たりとも怖れないぞ、という明確な意思がこもっている。

そしてソフィアは自分のことを静かに観察している。成人して間もない女性が見せるには大人びた瞳だ。──しかし、ロナルド・ウィーズリーは、動揺と恐れ、そして僅かな怯えが含まれている。

崩すのならば彼からだ、と様々な人への尋問を経験しているスクリムジョールはすぐにそれを理解したのだ。

 

 

「僕──いや、そんなには……それを言うなら、ハリーがいつでも……」

 

 

ロンは戸惑いながら助けを求めてハーマイオニーを見て、彼女の「今すぐ黙れ」という目つきに気付きぱくんと口を閉じたが──既に遅く、スクリムジョールは思う壺の答えを得たとばかりに目をぎらつかせ、身を乗り出した。

 

 

「君が、ダンブルドアとそれほど親しくなかったのなら、遺言で君に遺品を残したという事実をどう説明するかね?個人的な遺贈品は非常に少なく、例外的だった。ほとんどの持ち物は──個人の蔵書、魔法の計器類、その他の私物などが──ホグワーツ校に遺された。なぜ、君が選ばれたと思うかね?」

「僕──わからない。僕……そんなには親しくはなかったと僕が言ったのは、つまり、ダンブルドアは、僕の事を好きだったと……」

 

 

自分でも先ほどの発言は失言だったとわかったロンはしどろもどろに伝えたが、苦しい言い訳にしか聞こえずスクリムジョールはロンを冷たい目で見据えた。ソフィアはロンを心配していたが、それを表情に出すことはなくスクリムジョールが開心術を使えない事をただ祈った。もし彼が使えるのなら、ロンの言葉が嘘だとバレてしまうだろう。少なくともソフィアの知る限りダンブルドアとロンが親げに話す様子や二人きりになることは一度もなかったのだ。

 

 

「ロン、奥ゆかしいのね。ダンブルドアはあなたの事を、とても可愛がっていたわ」

 

 

ハーマイオニーが慰めるようにゆっくりと伝えたその言葉は、嘘に近いがぎりぎり真実だと言える言葉だろう。ダンブルドアは──全ての生徒の事を愛し可愛がっていた。

 

しかし、スクリムジョールはハーマイオニーの助言を聞かなかったように振る舞い、これと言った反応を見せる事なくマントの内側に手を入れハリーがハグリッドから貰ったものより大きな巾着袋を取り出した。その中から羊皮紙の巻物を取り出し、咳払いを一つすると彼は視線を落として読み始める。

 

 

「アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの遺言書──そう、ここだ──ロナルド・ビリウス・ウィーズリーに灯消しライターを遺贈する。使うたびにわしを思い出してほしい」

 

 

スクリムジョールは巾着の中から、ハリーに見覚えのある物を取り出した。一見するとただの銀のライターのようだが、カチリと押すたびに周囲の灯りを全部吸い取り、また元に戻す力を持っている。スクリムジョールは数秒手のひらでそのライターを揉んでいたが、前屈みになって灯消しライターをロンに渡した。

受け取ったロンは唖然として口を微かに開き、手の中でそれをひっくり返した。

 

 

「それは価値のある品だ。たった一つしかない物かもしれない。間違いなく、ダンブルドア自身が設計したものだ。それほど珍しい物を、なぜ彼は君に遺したのかな?」

 

 

ロンは困惑したように頭を振る。それを見てスクリムジョールは「ダンブルドアは何千人という生徒を教えたはずだ」と食い下がった。

 

 

「にもかかわらず、遺言書で遺贈されたのは君たち()()だけだ。何故だ?」

「五人?」

 

 

ここに居るのは四人だけであり、ハリーは訝しげな顔でその言葉を繰り返した。自分たち以外に、ダンブルドアの遺品を遺贈された者がいるのだろうか。

スクリムジョールは背を正すと、視線をソフィアに移し「君の、兄にも遺贈されている」とそっけなく言い放った。

 

 

「ルイスにも?」

「彼は、今イギリスには居ないようなので手渡すのは後日にはなるが、そうだ。遺贈されているのは君たち五人だけだ。何故だ?──ミスター・ウィーズリー。ダンブルドアは、この灯消しライターを君がどのように使用すると考えたのかね?」

「灯を消すため、だと思うけど。他に何に使えるってわけ?」

 

 

ロンは口の奥で呟く。

当然その使い方しか思い当たらず、当惑したままのロンの表情を暫くの間スクリムジョールは探るような目で見ていたが、やがてダンブルドアの遺言書に視線を落とした。

 

 

「ミス・ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーに、わしの蔵書から『吟遊詩人ビードルの物語』を遺贈する。読んで面白く、役にある物である事を望む」

 

 

スクリムジョールは巾着袋から小さな本を取り出した。上の階に隠してある深い闇の秘術と同じくらい古い本のように見え、あちこち革がめくれて汚れてしまっている。ダンブルドア本人が繰り返し読んでいた本なのだろう。

ソフィアとロンはちらりと視線を交わした。この年齢になって、その本を目にすることになるとは思わなかったのだ。そのビードルの物語は魔法族の子どもにとって、とても馴染み深い物語だ。誰だって、一度は聞いたことがあるだろう。

 

ハーマイオニーは本を受け取り、膝の上に置いてじっと見下ろした。

ソフィアもその本を見て、初めてその本が英語ではなく古代ルーン語で書かれていることに気付く。確か今現在出版されているものは改訂版であり、英語で書かれている。

しかし原本は古代ルーン語だったと、古代ルーン語の授業で教師が言っていた事をソフィアは覚えていた。

 

その文字の上に、ハーマイオニーの涙が一粒ぽたり、と落ちた。

 

 

 

「ミス・グレンジャー、ダンブルドアは、なぜ君にこの本を遺したと思うかね?」

「せ……先生は、私が本好きな事をご存じでした」

「しかし、何故この本を?」

「わかりません。私が読んで楽しいだろうと思われたのでしょう」

「ダンブルドアと、暗号について、または秘密の伝言を渡す方法について話し合った事はあるかね?」

「ありません。それに、魔法省が31日かけてもこの本に隠された暗号が解けなかったのなら、私に解けるとは思いません」

 

 

ハーマイオニーは服の袖で目を拭い続け、啜り泣きを押し殺した掠れた声で呟く。身動きできないほど窮屈に座っていたため、ロンは片腕を抜き出してハーマイオニーの両肩に腕を回すのに苦労していた。

スクリムジョールは黙ってハーマイオニーを見ていたが、また遺言書に目を落とした。

 

 

「ソフィア・──」

「……?」

 

 

スクリムジョールは言葉を区切る。そして羊皮紙の上から視線をソフィアに向けて一度口を閉ざした。

 

ソフィアは硬い表情でスクリムジョールを見る。この人は知っているのだろうか。先ほどの妙な沈黙を読み解く限りでは、自分の出生を知ってしまってもおかしくはない。ソフィアは密かに脚の上で強く手を握る。

 

 

「──ソフィア・()()()()()()()()()に、秩序の匙を遺贈する。これを使い、魔法薬学の微妙な科学と、厳密な芸術を知って欲しい」

 

 

スクリムジョールは巾着袋から黒く細長い匙を取り出すとソフィアに差し出した。ソフィアはそれよりも、告げられた名前に激しく動揺していたが表情には出さず、匙を受け取る。

 

 

「これは、とても高価であり珍しいものだ。一般に流通する事は極めて稀であり、たとえ流れたとしても手に入れるには途方もない金額と、幸運がなければならない。何故、このような物を君に遺したのかな?」

「……私は、魔法薬作りが苦手なので、それを憂いてくださったのでしょう。授業ではいつも──」

 

 

ソフィアは脳裏に天啓にも似た閃きが走るのを感じ目を揺らした。しかし、すぐに気を取り直すと「──減点と、補習でしたから」と恥じるように呟いた。

 

スクリムジョールはじっとソフィアを見ていたが、何も言う事はなく再び遺言書に視線を落とす。

 

 

「ハリー・ジェームズ・ポッターに──スニッチを遺贈する。ホグワーツでの最初のクィディッチ試合で、本人が捕まえたものである。忍耐と技は報いられるものである。その事を思い出すためのよすがとして、これを贈る」

 

 

スクリムジョールは胡桃大の小さな金色のボールを取り出した。銀の羽がかなり弱々しく羽ばたいており、ハリーは落胆を隠し切れなかった。

何か高価なものか、今から困難な旅に向かう自分に向けたものにしては意味のないただの記念品だとしか思えなかったのだ。

 

 

「ダンブルドアは、なぜ君にスニッチを遺したのかね?」

「さっぱりわかりません。いま、あなたが読み上げたとおりの理由だと思います……僕に思い出させるために……忍耐となんとかが報いられる事を」

「それでは、単に象徴的な記念品だと思うかね?」

「そうだと思います。他に何かありますか?」

「質問しているのは私だ。君のバースデーケーキも、スニッチの形だった。何故かね?」

「それは、ハリーが偉大なシーカーだからではないでしょうか?ケーキを作ったモリーさんも、それを見た私たちも変に思う事はありません」

 

 

ソフィアが静かに言い、ハーマイオニーとロンは同意を示すように頷いた。しかし、スクリムジョールはソフィア達の顔を順番にじっくりと見ながらその言葉に嘘がないかと探っているようであり、ソフィアは何故彼がここまでスニッチに固執するのかがわかり──彼の手のひらの中で羽ばたくスニッチを見つめた。

 

 

「スニッチの中に、何か隠されていると思っているんですね?」

「──そうだ、スニッチは小さな物を隠すには格好の場所だ。君はそのことを勿論知っているだろうね?」

 

 

君は、と言いながらスクリムジョールはハリーを見たが、ハリーは訳がわからず肩をすくめた。確かに何か隠せそうな気がするが、スニッチがぱかりと二つに割れるだなんて聞いた事がない。

 

 

「スニッチは、肉の記憶を持っているのよ」

「え?」

 

 

ソフィアの言葉にハリーとロンが同時に声を上げた。ソフィアはスニッチから視線を外す事なく、言葉を続ける。

 

 

「スニッチは空に放たれるまで素手で触れる事はないの。作り手も手袋をはめているわ。最初に触れる者が誰か認識できるように魔法がかけられていて……ほら、判定争いになった時のためにね」

「このスニッチは──」

 

 

ソフィアの説明に補足する事なくスクリムジョールはスニッチを掲げた。

 

 

「君の感触を記憶している。ポッター、ダンブルドアはいろいろ欠陥があったにせよ、並外れた魔法力を持っていた。そこで思いついたのだが、ダンブルドアはこのスニッチに魔法をかけ、君にだけ開くようにしたのではないか」

 

 

ハリーの心臓が激しく打ち始めた。間違いない、きっとそうだという確信に嫌な汗が流れる。なんとか素手でスニッチに触れる事なく受け取る事ができるだろうか、と脚の上で指を動かしたが残念ながらその方法は思い浮かばなかった。

 

 

「何も言わんようだな。たぶん、もうスニッチの中身を知っているのではないかな?」

「いいえ」

「──受け取れ」

 

 

スクリムジョールが低い声で命じた。

ハリーはスクリムジョールの黄色の目をじっと見る。そして、従う他ないと理解した。もし戸惑い拒絶したのなら、このスニッチはまた魔法省の手に落ちもう2度と手に入る事はないだろう。

ハリーは手を出し、スクリムジョールはゆっくりと慎重に、ハリーの手のひらにスニッチを乗せた。

 

 

 



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388 スニッチの秘密!

 

 

ハリーは指を折り曲げてスニッチを握りしめたが、緩く羽ばたくだけで何も起こらなかった。スクリムジョールも、ロンとハーマイオニーとソフィアも何か起こるのではないかと食い入るようにスニッチを見つめ続けていたが、ハリーは落胆しながら何も起こらないだろうと感じ取っていた。

 

 

「劇的な瞬間だった。──これでおしまいですね?」

 

 

ハリーの冷静な言葉にハーマイオニーとロンとソフィアが少し笑い、もう終わったのならこの窮屈な場から抜け出そうと腰を浮かせかけたが、すぐにスクリムジョールが彼女達を制した。

 

 

「いや、まだだ。ポッター、ダンブルドアは君にもう一つ形見を残した」

「なんですか?」

「ゴドリック・グリフィンドールの剣だ」

 

 

スクリムジョールはスニッチに期待していた変化が起こらなかったことに不機嫌そうに言う。グリフィンドールの剣。もう一つの遺品にハリーが身を乗り出したが、スクリムジョールは巾着袋に手を入れる事はなかった。

 

 

「それで、剣は?」

「残念だが、あの剣はダンブルドアが譲り渡せる物ではない。ゴドリック・グリフィンドールの剣は重要な歴史的財産であり、それゆえの所属先は──」

「ハリーです!剣はハリーを選びました。ハリーが見つけ出した剣です。組分け帽子の中からハリーの前に現れたもので──」

 

 

ハーマイオニーが熱く叫んだが、スクリムジョールは一切彼女を見る事なく言葉を続けた。

 

 

「信頼できる歴史的文献によれば、剣はそれに相応しいグリフィンドール生の前に現れるという。とすれば、ダンブルドアがどう決めようと、ポッターだけの専有財産ではない君はどう思うかね?ポッター」

 

 

スクリムジョールは剃り残した髭がまばらに残る頬を掻きハリーを見た。ハリーは腹の奥から怒りが煮えたぎり、今にも癇癪が爆発しそうだったがそれを何とか耐えることが出来たのは隣に感じるソフィアの存在かもしれない。

今は悔しくても冷静さを保って、と静かなソフィアの視線が訴えかけているような気がして、ハリーは大きく息を吸い、長く吐き出した。

 

 

「──さあ、わかりません」

「私が思うに。──グリフィンドールの剣のみがスリザリンの継承者を打ち負かすことができるとダンブルドアが考えたからではないか?」

「そうだと思うならば、魔法省で何人かをその任務に就けるべきじゃないですか?ヴォルデモートを倒すために」

 

 

ハリーとスクリムジョールは互いに視線を逸らす事はなかった。張り詰めた緊張感の中、居間にかけられた時計の音と、外から僅かな人の声だけが響いた。

二人が睨み合っていたのは30秒にも満たなかっただろう。スクリムジョールは小さく吐息にも似たため息をつくと視線をハリーから羊皮紙に移し、元通りに丸めて巾着袋の中に入れた。

 

 

「……話は以上だ。何か疑問点はあるかね」

 

 

 

スクリムジョールの言葉に誰も何も言わなかった。「では、失礼する。誕生日パーティーを邪魔してすまなかったね」と言いながらスクリムジョールは立ち上がり、ソフィア達もまたようやく窮屈なソファから立ち上がると、扉へと足を引き摺りながら向かうスクリムジョールを見送った。

 

 

「あの──」

「何かな」

「……ルイスが遺贈したものは、何ですか?」

「……残念だが、それを君に伝える権限は私にはない」

「そう、ですか。わかりました」

 

 

ソフィアはきっと教えてはくれないだろうと考えていたため特に落胆する事はなかった。ダンブルドアはルイスにも遺品を残した。それには間違いなく意味があるはずであり、ただの思い出の品ではないだろう。なんとかルイスとコンタクトを取る方法を考えださなければならない。

真剣な顔で黙り込むソフィアを見て、スクリムジョールは僅かに目を細めた。

 

 

「何故、彼の娘であると公言せず、衰退した純血一族の名を語っているのかな?」

「え?……父には色々とありますから、隠れ蓑のため、と聞いています」

 

 

ソフィアは肩をすくめ、それらしいだろう言い訳をでっちあげた。その内容はソフィアが本名を名乗れない理由とほぼ同じであり、彼女の言い方にも真実味が宿っていただろう。スクリムジョールは今まで見せていた厳しい表情を崩し「そうだな」と疲れたように微かに笑った。

 

それ以上何も言うことがなく足を引きずりながら部屋を出ていくスクリムジョールを見送り、ソフィア達が庭へと出ればちょうどスクリムジョールはアーサーと何か話しながら門へ向かうところであり、ソフィア達がそれを最後まで見届ける前にシリウスとモリーがすぐに駆け寄ってきた。

 

 

「ハリー!大丈夫か?何を言われた?」

「まあ、顔色が悪いわ!こっちにきて、温かいスープがあるわよ」

 

 

心配そうな顔をした彼らに手を引かれ、ソフィア達は再び料理が所狭しと並ぶ席に座った。

ソフィア達はスクリムジョールに何を言われたのか、何を渡されたのかを伝えそれぞれ手にしていたものを机の空いているスペースに置いた。四つの品が手から手へと渡され、誰もが驚愕し珍しそうに本や灯消しライター、匙をいろいろな角度から見て調べたが、やはりこの品々が何を意味するのか誰もわからなかった。

 

 

その後は夕食を済ませ、全員でハッピー・バースデーの曲を合唱し──最も張り切っていたのはシリウスだろう。──とても美味しいスニッチ・ケーキを食べ、パーティーは解散した。

明日の結婚式を控えて今日訪れた者はここに泊まることとなっていたが、巨大なハグリッドが足を伸ばして寝る事は不可能であり、近くで野宿をするためのテントを張りに門をくぐった。

 

 

杖を振り食器を浮かせ、木々の飾りを外す。ソフィア達はモリーを手伝い庭の状態を明日のために元に戻していた。

 

心地よい満腹感と、緊張の後の疲労で欠伸を噛み殺しながら杖を振っているソフィアの側に近寄ったハリーは、数メートル先にいるシリウスに聞こえないように声を潜めて囁いた。

 

 

 

「あとで僕たちの部屋に上がってきて。みんなが寝静まってから」

 

 

ソフィアは一瞬でぼやけていた意識を覚醒させると、視線をリンゴの木に向けたまま頷いた。

 

 

 

 

明日の結婚式の開始時刻は夕暮れの時刻だが、準備は朝早くから行われる。この日ばかりはつい会議や何やらで夜更かししてしまう大人達もすぐに部屋に戻りベッドに横になっていた。

 

ソフィアとハーマイオニーはジニーが寝入ったのを確認し、そっと体を起こす。ソフィアは枕の下に忍ばせていた杖を手に取ると、申し訳なさそうな顔をしながら無言で振った。

 

 

「まあ、眠り魔法ね?」

「ええ、今から3時間は余程のことがない限り起きないわ。──さあ、行きましょう」

 

 

2人は薄手のカーディガンに腕を通し、足音が聞こえぬよう消音魔法を床にかけながらロンとハリーの部屋へと向かった。

 

 

部屋ではロンが灯消しライターを入念に眺め、ようやく自分のものになったという実感が湧いたのか自慢げな笑いをうっすらと浮かべていた。

ハリーはハグリッドから貰った巾着袋に金貨ではなく、自分にとって1番大切な物を詰め込んでいた。忍びの地図、シリウスの両面鏡、レギュラスのロケットから出てきた手紙。両親の写真がたくさんあるアルバム。それらを入れた後、ハリーはクィディッチのルールについての詳細な載っている分厚い本を鞄の中から取り出した。ちらり、とロンを盗み見てまだ灯消しライターに夢中であることを確認し、ハリーは本の真ん中あたりを開く。中にはソフィアと2人で撮った写真が挟まっていて、その写真を素早く抜き取り巾着袋の中に入れた。

その写真は、ソフィアが母の遺品であるカメラで写真を撮ることにハマっていた2年生の時に撮った物だった。勿論4人で撮ったものや、他のグリフィンドール生と撮ったものもある。しかし──やはり、ハリーにとって2人で映る写真という者は特別だった。

 

 

やがてハーマイオニーとソフィアが部屋に到着し、扉をトントンとノックする音が響いた。ハリーは巾着の紐を固く締めて首にかけながら「どうぞ」と声を上げる。

 

2人はすぐに部屋へと入ると扉に向かって防音呪文をかけ、ハーマイオニーはロンの隣に、ソフィアはハリーの隣に座った。

 

 

「──それじゃあ、話し合いましょう」

 

 

ハーマイオニーが改めて切り出し、ソフィアとハリーとロンは頷いた。

4人は改めてロンが持つ灯消しライターについて調べたが、どれだけ頭を捻らせても灯りを消し、再び元に戻す以外の使い道はわからなかった。次にソフィアが持つ秩序の匙に話題が移る。黒く艶かしい輝きを持つその匙は、確かに不思議な魅力を放っているように見えた。

 

 

「スクリムジョールも言っていたけど、これすっごく貴重なのよ」

「そうなの?」

「ソフィア、あなたこれが何か知らないの!?」

 

 

きょとんとして匙を持つソフィアに、ハーマイオニーは焦ったさと興奮が滲んだ眼を輝かせ食い入りながらその匙を見つめる。

 

 

「これを使って薬を使えば滅多な事では失敗しないと言われているの」

「成功率を上げるの?」

「ええ、だから凄く高価で貴重なの。調合が難解な薬は山のようにあるでしょう?」

「へえ……でも、父様はどうしてこの匙を私に譲ったのかしら」

「え?スネイプ?それはダンブルドアの物だろ?」

 

 

ソフィアの言葉にロンが怪訝な声を上げる。ハリーとロンは顔を見合わせ、同じように「何を言っているんだろう」という表情をしたが、ハーマイオニーは呆れ混じりの視線を彼らに向け「わからなかったの?」と言った。

 

 

「何が?」

「大臣は魔法薬学の微妙な科学と厳密な芸術を知って欲しい、って言っていたわ。聞き覚えが無いかしら?」

 

 

ソフィアは匙をつい、と振りながら悪戯っぽく笑う。しかしロンとハリーは首を傾げ肩をすくめるだけで、全くピンとくるものが無かった。

 

 

「一年生の時。初めての魔法薬学の授業の時に父様がそう言っていたわ」

「そうだったかな?」

「うーん、よく覚えてないな。かなり腹がたった事は覚えて──あ、ごめん」

 

 

ハリーとロンは記憶力がいい方ではなく彼の長々とした言葉など一切覚えていなかった。むしろハリーはその後の授業の理不尽な減点と苛立ちだけを鮮明に記憶しており思わず愚痴をこぼしたが、ソフィアの父であることを思い出し慌てて謝った。

 

 

「いいのよ。私もめちゃくちゃ腹が立ったしね。──まあ、この匙があれば魔法薬で失敗することがないなら、今後の旅に使えるわね」

 

 

ソフィアは苦笑しながら茶色い本革のショルダーバッグの中に匙を入れた。

 

 

「それにしても、ソフィアの名前は、あれはなんだったんだ?」

「ああ……あれね」

 

 

ロンの呟きに、ソフィアは一瞬目を暗く揺らせたがすぐにいつものような表情に戻り、苦笑した。

 

 

「私の出生登録はきちんとされているわ。ソフィア・アリッサ・スネイプとしてね。ホグワーツではダンブルドア先生が許していたから偽名を使えたけれど、魔法省は勿論私の本当の名前を探し出す事はできたでしょうね。ハリー、あなたのそばにいるソフィア・プリンスとは誰なのか。それを彼らが探し出した時にバレるのは時間の問題だった。でも──父様に──セブルス・スネイプに、子どもがいると知られるのはまずいでしょう?だから、魔法省に潜入しているジャックが登録を弄ったのね。ジャック・エドワーズの子どもと思われるように」

 

 

多分ね。とソフィアは続けて肩をすくめる。

ハリーとロンはようやくジャックのファミリーネームが『エドワーズ』であることを思い出し納得したが、すぐにハリーは顔色を変えた。

 

 

「でも、ジャックもヴォルデモートをスパイしている。ソフィアとの関係がバレたら……スネイプ先生じゃなくて、ジャックが危険な目になるんじゃないか?」

「エドワーズ孤児院では、孤児は本人が望めばエドワーズ姓を名乗ることができるの。勿論きちんと法の手続きをしなければならないけれど。エドワーズ孤児院出身者で何人もその姓を名乗っている人がいるから大丈夫よ。まあ、スクリムジョールはジャックの子どもだと思ったようだけど」

「そう?ならよかった……」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーはほっとため息をつく。ソフィアはここまでしてセブルスとの関係を隠さなければならない事実に、悲しいような苦しいような、複雑な気持ちになっていたがそれを感じさせぬ笑顔で「ええ、きっと大丈夫よ」と言った。

 

 

「それにしても、ライターと匙と本。それにスニッチか……ハリーに古いスニッチを遺すなんて、一体どういうつもりだったんだろ」

 

 

優秀なハーマイオニーかソフィアなら答えを持っているかもしれない、とロンは期待して2人を見たが、2人とも眉を寄せ「うーん」と唸りながら首を振る。

 

 

「わからないわね」

「そうね。スクリムジョールがハリーにそれを渡した時、私てっきり何かが起きると思ったわ」

「うん、まあね」

 

 

ハーマイオニーの言葉にハリーは頷きながら手のひらに収まるスニッチを強く握る。そのスニッチを見ながら、ハリーは再び鼓動が速くなるのを感じていた。あの場では行う気にならなかったが、ハリーの頭の中には「もしかして」と一つの仮説が立っていたのだ。

 

 

「スクリムジョールの前じゃ、僕、あんまり真剣に試すつもりがなかったんだ。わかる?」

「どういうこと?」

「生まれて初めてのクィディッチ試合で、僕が捕まえたスニッチとは?覚えてないか?」

 

 

ハリーはソフィアとハーマイオニーが不思議そうな顔をしているのを見るとなんとも言えない微かな優越感を覚えた。その言葉を聞いてもハーマイオニーは困惑した表情だったが、ソフィアとロンはハッと息を飲み、声も出ないほど興奮してハリーとスニッチを交互に指差した。

 

 

「そ、それ──」

「ま、まさか!」

「そうだよ!それ、君が危うく飲み込みかけたやつだ!」

「正解」

 

 

ハリーはソフィアとロンににやりと笑いかけながらスニッチを口に押し込んだ。ソフィア達の興奮と期待の視線を受けながら、ハリーはスニッチが口の中で開くだろうと思っていたが──開かない。苦い失望感と焦燥感が込み上げ、がっかりとしながら金色の球を口の中から取り出した。

 

その途端、ソフィアとハーマイオニーが同時に叫んだ。

 

 

「文字よ!」

「何か書いてあるわ!見て!」

 

 

ハリーは驚きと興奮でスニッチを落としそうになりながら慌ててスニッチを見た。

滑らかな金色の球面の、先ほどまでは何も無かったところに短い言葉が刻まれている。昨年何度も見た特徴的な細い、斜めの文字──ダンブルドアの文字だった。

 

 

『私は 終わる とき に 開く』

 

 

ハリーがその文字を心の中で読んだ時、文字は再び消えてなくなった。

 

 

「私は終わる時に開く。──どういう意味だ?」

「私は終わる時に開く……終わる時に……」

 

 

4人で何度その文字を繰り返し呟いても、どんなにいろいろな抑揚をつけてみてもその言葉から意味を捻り出す事はできなかった。

 

 



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389 予兆!

 

 

スニッチに書かれていた文字の意味がわからなかったソフィア達は一旦それについて考える事を止め、グリフィンドールの剣について話し合った。

 

 

「ダンブルドアはどうしてハリーに剣を持たせたかったんだろう」

「それに、どうして僕に……ちょっと話してくれなかったんだろう」

 

 

ロンに続きハリーがぽつりと呟く。2年生の時に組分け帽子の中から現れた剣は、それからずっと校長室に飾られていたのだ。

 

 

「剣はあそこにあったんだ。1年間、僕とダンブルドアが話している間、剣はあの校長室の壁にずっとかかっていたんだ!剣を僕にくれるつもりなら、どうしてその時に話してくれなかったんだろう?」

 

 

ハリーは試験を受けているような気がした。答えられるはずの問題を前にしているのに、脳みそは鈍く反応しない。ダンブルドアとの1年間、何度も長い話をしたせいで聞き逃したことがあったのだろうか?スニッチと剣に隠された謎の全てを、ダンブルドアは自分が理解することを期待していたのだろうか?

 

 

「それに、その本だけど。吟遊詩人ビードルの物語。……こんな本、私、聞いたことがないわ!」

 

 

ハーマイオニーは鞄の中から本を取り出し、破けている表紙を撫でながら言う。その言葉にソフィアとロンは驚いてハーマイオニーを見つめた。

 

 

「知らないの?」

「聞いたことがないだって?冗談のつもりか?」

「違うわ!じゃあ、ソフィアとロンは知っているの?」

 

 

心外だというように眉をひそめてハーマイオニーが2人に身を乗り出せば、ロンは困惑しながらチラリとソフィアを見た。

ソフィアは単純に読書家のハーマイオニーがその言葉を一度も見聞きしたことがない事を意外に思い驚いたのだが、彼女の出生を思い出し納得し頷いた。

 

 

「ハーマイオニーはマグル界出身だもの。知らないのも無理はないわね。ビードルの物語は魔法族の子ども達がよく聞く昔話なの」

「ああ、そうか。じゃあ『たくさんの宝の泉』とか『魔法使いとポンポン飛ぶポット』とか『ぺちゃくちゃウサちゃんとぺちゃくちゃ切り株』とかも知らないのか?」

「ぺちゃくちゃ……ふふっ、知らないわ」

 

 

ハーマイオニーは最後の話のタイトルがおかしくてくすくすと笑う。魔法族の子であればどれも一度は聞く話であり、何も特別な話ではない。

 

 

「えーと、マグルでいうイソップ童話とかグリム童話、だったかしら。それに近いと思うわ。ビードルはそんな童話をいくつも書いているの」

「なるほどね。じゃあ……この本は童話の本なのね」

「昔話は全部ビードルから来ているって聞かされてたな。でも、元の話がどんなものなのか僕は知らないな」

「私も知らないわ。そういう物語は語り手や時代によって少しずつ変わっていくものだから」

 

 

ソフィアとロンの説明にハーマイオニーは納得し頷く。マグルの世界にも似た童話は山のようにあり、それは時代や語り手の好みによりアレンジされていくのが普通だろう。ハーマイオニーも、幼い頃に聞いていたシンデレラの話と、グリム童話として書かれているシンデレラの話が全く異なっていて驚いたことがある。

 

 

「でも、ダンブルドアはどうして私にそういう話を読ませたかったのかしら?」

「さあ……何か意味はあると思うわ。ねぇ、私も後で読んでいい?」

「ええ、勿論よ!」

「ありがとう」

 

 

その時、下の階で何かが軋む音が聞こえ、ソフィア達は口を閉ざし扉の方を見た。もう深夜の時間であり、起きている者は誰もいないと思ったが誰かが外の様子を見に行ったのだろうか。

 

 

「そろそろ、私たちも寝なくちゃ」

 

 

ハーマイオニーは欠伸を噛み殺しながらそういうと慎重に鞄の中に本を戻し立ち上がる。

 

 

「明日は寝坊したら困るでしょ」

「そうね」

「まったくだ。──花婿の母親による、残忍な4人連続殺人。となりゃ、結婚式にちょいとケチがつくかもしれないしな」

 

 

ロンの言葉にソフィアとハーマイオニーとハリーは笑ったが、ロンは冗談ではないと言うように真面目な顔をした。流石に殺される事はないが、庭小人のように遠くに投げ飛ばされるくらいはありそうだな、とハリーは笑いながら思った。

 

 

「僕が灯りを消すよ」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが出ていくのを待って、ロンはカチリと灯消しライターを鳴らした。

 

 

 

杖先にルーモスで灯りをつけながらソフィアとハーマイオニーは階段を降りる。一度踊り場から身を乗り出しそろりと居間に続く扉を見たが、扉から漏れている光は見えなかった。

 

部屋に戻りジニーの微かな寝息を聞き、ソフィアとハーマイオニーはチラリと顔を見合わせる。

 

 

「……荷物の点検だけ、しておかない?」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、ソフィアは頷く。なんとなく、時間が過ぎるにつれて胸が落ち着きなくざわついたのだ。

 

 

「ええ、なんとなく──なんとなくだけど、嫌な予感がするのよ」

「まあ、ソフィアも?……数占い、やってみましょう」

 

 

ハーマイオニーは机の上にあるランプに火を灯し、鞄の中から教科書と羊皮紙、羽ペンを取り出した。

占い学は信じていないハーマイオニーだったが、数秘術を用いて占う数占い学には一定の信頼をおいている。とくに魔法使いが行う数占いは特殊であり、それを習得すると体感的な勘が冴える事が多いのだ。

 

 

すぐにハーマイオニーは複雑な式と幾つかの魔法薬を使い、ぶつぶつと呟きながら計算していたが──式を書き終わり、そこに残された数字を見て大きくため息をついた。

 

 

「やっぱり。明日は色んな意味で変化が起こりやすい日だわ。その日をわざと結婚式に選んだのならいいけど……荷物のチェックは必要ね」

「私、ちょっとキッチンに行って……日持ちする食料を探してくるわ。モリーさんには悪いけど」

「お願いね、気をつけて」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは真剣な顔で頷き合い、すぐに行動に移した。

 

 



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390 結婚式!

 

 

 

結婚式は庭にある果樹園の側に白い巨大なテントを建てて行われた。

 

ハリーはポリジュース薬を飲み、近くの村に住む赤毛のマグルになりすましていた。その赤毛はウィーズリー家の特徴的な髪色とよく似ていて、姿を表せないハリーは彼の姿を借り、『いとこのバーニー』として親戚の多いウィーズリー家に紛れ込ませる事となったのだ。

 

客が到着する予定の1時間前には白いローブを着た大勢のウェイターや、金色の上着を着たバンドマンが到着し、すでに待ち構えていたモリーとアーサーと何度も打ち合わせを始める。

ハリー、ロン、フレッド、ジョージは客を案内する役になり、正装し席次表を握りしめながら間違いのないよう客の案内をした。

参加者はウィーズリー家とデラクール家の親族だけではなく、新郎と新婦の関係者達や友人、彼らと縁がある者などかなりの人数が集まり、時間が経つにつれ煌びやかな正装に身を包んだ魔法使いと魔女で賑やかな雰囲気になった。

 

 

「もうたくさん集まっているみたいね。──あ、あの子はルーナよ!ルーナも来たのね」

「私が呼んだの。耳に赤い蕪はついてないわよね?」

「うーん。よくわからないわ」

 

 

ジニーの部屋にある窓のカーテンの隙間から外の様子を見ていたソフィアは続々と集まる人の多さに胸がドキドキと高鳴った。

死喰い人とヴォルデモートに命を狙われ、ここもいつ安全ではなくなるかわからず、常に警戒し緊張しなければならない──とはいえ、この晴れの日の雰囲気に当てられてしまうのも仕方のない事だろう。

何より、今日は結婚式だ。今日ばかりは──数占いで無視できない結果が出たとはいえ──楽しく過ごさなければ、ビルとフラーに失礼だろう。

 

 

「ジニー、ソフィア。どうかしら?」

 

 

ふわふわの髪の毛をなんとかサラサラのまっすぐな髪の毛にしたハーマイオニーは髪を後ろに流しながらその場でふわりと優雅に回る。

 

 

「とっても素敵!」

「セクシーだわ!」

「ふふっ、ありがとう。ジニーもソフィアも、とっても素敵よ!」

 

 

ライラック色のふわりとした薄布のドレスに身を包むハーマイオニーは、いつもよりも艶やかで美しい。

ジニーはその赤毛が映えるような金のマーメイドドレスであり、ソフィアは夏の晴れた空を思い出させるエレガントな青いワンピースドレスを着ていた。

 

いつもより時間をかけて化粧を施し、いつもより丁寧に髪を結い上げた彼女達は輝く宝石のように美しい姿になっていたのだ。

互いに互いを褒め、気持ちを盛り上げながら階段を降りつつ、ソフィアはそっと革張りの鞄を撫でた。

 

こんな日であっても、ハリーについていくと決めた日から常に持っていた鞄を家の中に置いておく事はどうしても──ソフィアとハーマイオニーの2人には──できず、様々なものを詰め込んだ鞄を認識されにくくなる魔法をかけ、薄いショールで隠し肩にかけていたのだ。ないとは思うが、万が一何かあればすぐにここから逃げ出せるように薬や食料、資金、服、テントなど思いつく限りをカバンの中に詰め込んでいた。

 

 

階段を降りていると、ふいにジニーが足を止めた。ジニーの視線の先には扉があり、半分ほど開かれている扉の奥から人の話し声が聞こえている。

ここは、確か新郎新婦の控室だとして用意されていた部屋のはずだ。ウェディングドレスを着たフラーは絶世の美女となっているに違いない。流石のジニーも見惚れたのだろうか──と、ソフィアは興味深そうな顔でジニーの肩越しにその部屋の中を覗き込んだ。しかし、そこにフラーはいるがビルの姿は無く、かわりに高齢の魔女がフラーに何かを手渡しているところだった。

 

 

「ジニー、あの人は?」

「ミュリエル大おばさんよ。ほら、フラーにティアラを渡しに来たんだわ」

 

 

ソフィアの囁き声に、同じようにジニーが囁きながら言った。フラーはまだドレスを着ていなかったが、いつもよりも何故か輝いてみえた。それは想い人と結婚する事ができるという幸福感が醸し出しているオーラなのかもしれない、とソフィアが考えていると覗き見をする3人の視線に気付いたのか、老女──ミュリエルが振り向いた。

 

 

「なんだい。えぇ?そこにいるのはジニーかい?」

「最悪。口うるさいのよね。──ええ、お久しぶりですねミュリエル大おばさん」

 

 

ジニーはソフィアとハーマイオニーを見ながら低い声で呟き、彼女に見えないようにべっと舌を出した。しかしミュリエルの方を振り返る時には愛らしい笑顔になっていて、ソフィアとハーマイオニーは苦笑しつつジニーの後について部屋の中に入った。

 

 

「おや、なんだいその服。サイズが合ってないんじゃないかぇ?」

「こんなものなのよ。──大おばさん、こっちがソフィア・プリンスで、こっちがハーマイオニー・グレンジャー。2人とも私の友達よ」

「はじめまして、ソフィア・プリンスです」

「ハーマイオニー・グレンジャーです、はじめまして」

 

 

ジニーはミュリエルの視線を自分のタイトな服装から逸らすために、ソフィアとハーマイオニーを紹介した。

2人はこのミュリエルがどのような性格なのかは知らなかったが──どんな性格でも、ロンの親戚であることは間違い無いのだから、と人当たりのいい笑みを浮かべスカートをつまみ、頭を下げた。

 

 

ミュリエルは品定めするようにじろじろとハーマイオニーとソフィアを見ていたが、ふん、とつまらなさそうに鼻で笑うと持っていた杖でソフィアの胸元あたりとハーマイオニーの足首あたりを指した。

 

 

「おや、幼い子が背伸びをしたドレスを着ても、服に着られるだけぞぇ。──まあ、こっちがマグル生まれの子かぇ?足首がガリガリだぞぇ」

 

 

その嗤いとも忠告とも取れぬ言葉にソフィアとハーマイオニーは顔を引き攣らせ、ひくひくと口先を震わせながら「では、またパーティで」となんとか別れ際の言葉を捻り出しジニーに腕を引かれて部屋から出た。

 

 

「ごめんね、あの大おば。誰にでも無礼なの」

 

 

ジニーは申し訳なさそうに言うが、ソフィアとハーマイオニーは勿論ジニーに怒っているわけではなく、硬い表情を崩しにっこりと笑った。

 

 

「いいのよ」

「大丈夫よ」

「そうよね。だってソフィアのドレスは最高だし胸も前よりも大きくなってるわ。それに、ハーマイオニーの足首もきゅっと締まっていて、セクシーだもの」

 

 

足首と胸元をみながらさらりとソフィアとハーマイオニーを褒めるジニーに、2人はなんだか恥ずかしくなり目を合わせて照れたように笑った。

 

 

 

 

人の集まる白いテントの中はやや熱気がこもっていたが、薄着のドレスにはちょうどいいかもしれない。

ジニーはルーナを探しにいくためにソフィアとハーマイオニーと別れ、人混みの中を軽やかな足取りで縫うように走り見えなくなってしまった。ソフィアとハーマイオニーはとりあえずロンとハリーと合流しようと考え通り過ぎる参加者に愛想の良い笑みを浮かべつつ、客の案内に忙しいロンとハリーの元へ駆け寄った。

必死に仕事をしている彼らは、着飾ったソフィアとハーマイオニーがそばにいることに気づかず、ハーマイオニーがトントンとロンの肩を軽く叩き、ようやく気が付いたのだった。

 

 

「──うわぁおっ!すっごく綺麗だ!」

「意外で悪かったわね」

 

 

ロンが目を瞬かせながら率直に褒め、ハーマイオニーはいつものようにやや捻くれた言葉を返してしまったが、それでも嬉しそうににっこりと笑い頬を桃色に染めていた。

 

 

「ソフィア、その──綺麗だ」

「ありがとう」

 

 

ワンピース型のシンプルなドレスだったが、この結婚式の主役はあくまで花嫁なのだ。このくらいの慎ましさがある方がむしろ好感がもてるだろう。

豪華に着飾ることはないが、それでもいつもと違う化粧に、いつもと違う髪型。ハリーは4年生の時のクリスマス・ダンスパーティを思い出して胸が締め付けられた。──あの時は、もっとそばに寄れた、愛を囁くことは出来なかったがそれでも共に踊る事が出来ていた。

残念なのは、今どれだけソフィアに「綺麗だ」と囁いても、それはハリー・ポッターではなくバーニー・ウィーズリーが言ったことになってしまう点だろう。

 

 

「えーと、あなたはバーニーだったわよね。──ねえ、私の席はどこかしら?」

 

 

ソフィアは複雑そうな顔をするハリーに悪戯っぽく微笑み、手を差し出す。ハリーはソフィアの意図がわかり、すぐにその手を下からそっと繋ぎ、恭しく一礼した。

 

 

「席までお連れします、プリンセス」

「まあ!ふふっ、ありがとう」

 

 

意図が伝わった嬉しさで、ソフィアはくすくすと笑う。ハリーは少々キザなことを言ってしまったかと恥じながらきっと冷やかされるだろうとロンとハーマイオニーをチラリとみたが、2人は2人で楽しそうに話し合っていてこちらに意識を向けていない。

ソフィアはハリーの腕に自分の腕を絡ませ、遠慮がちに寄り添いながら案内された席に向かった。

 

 

 

結婚式開始予定の時刻になり、テント内がピリピリとした期待感で包まれる。テントには入り口から奥まで花道があり、誰もがそこを通るフラーの登場を首を長くして待っている。

 

そして、ついに高いファンファーレの音が響いた。

ガヤガヤとした話し声に時々興奮した笑い声が混じる。正装したモリーとアーサーが現れ、親戚や参列者に笑顔で手を振りながら花道を歩く──1番奥の舞台前に到着した直後、ビルとチャーリーがテントの正面に立った。

2人ともドレスローブを着て、襟には大輪の白薔薇を刺している。やや緊張した面持ちのチャーリーとは異なり、ビルの表情は幸せそうに緩みにこやかに手を振っていた。フレッドが冷やかしの口笛を吹き、フラーのいとこ達がくすくすと小さく笑う。

 

ビルとチャーリーが舞台に到着した時、テント中に飾られた金色の風船からは高らかな音楽が鳴り、一気に会場が静まった。

 

 

「わあぁっ!」

「きれい……!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが椅子に腰掛けたまま入口を振り返り、歓声を上げた。いや、2人だけではなくほぼ全員が息を飲み感嘆の吐息を吐き出したことだろう。

 

花形であるフラーと、付き添い人であるフラーの母の登場に誰もが目を奪われたのだ。すっきりとした白いドレスは彼女のボディラインがはっきりと出る服だったが露出は少なく下品さは感じさせない。彼女の存在自身が、銀の光を放っているかのようであり、ハリーは思わず眩しそうに目を細めた。

 

フラーの美貌は一級品であり、隣にどんな美女が並んでも見劣りしてしまう。しかし、今彼女の幸せと愛に満ちた輝きは、他のもの全てをいっそう美しく見せていた。

ソフィアとハーマイオニーはいつにもまして可愛らしく見え、ビルはフラーが隣に立った途端、グレイバックに遭遇したことさえ嘘のように見えた。

 

 

「お集まりの皆さん。本日ここにお集まりいただきましたのは、二つの誠実なる魂が結ばれんがためであります──」

 

 

神父として1人の魔法使いがフラーとビルの前に立ち、抑揚のある声で静かに問いかける。

ついに、2人の結婚式が始まった。

 

 

 



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391 ルーナの父!

 

 

結婚式が終わった後は披露宴になり、待ってましたとばかりに演奏隊が現れ、金の光と共にテントの中央にダンスフロアができた。銀の盆を持ったウェイターがどこからともなく現れカクテルやジュース、タルトやサンドイッチを希望者に配膳する。

祝い客に囲まれてしまい、姿が見えなくなってしまったビルとフラーを探してハーマイオニーが「お祝いを言いに行かなきゃ!」と爪先立ちで言ったが、ロンは近くのウェイターからバタービールを4本受け取りながら肩をすくめた。

 

 

「後で時間があるだろ。ほら、テーブルを確保しようぜ、料理もたくさん置きたいしさ」

「うーん……まあ、そうね。そうしましょうか」

 

 

ハーマイオニーは押し付けられたバタービール瓶を受け取り、まだ人混みのあたりをちらちらと見ていたがあの中に突撃していく勇気は無かったのかロンの考えに最終的に納得し頷いた。

誰も踊っていないダンスフロアを横切り、空いているテーブルがないかとソフィア達は左右をちらちらと見ながら探したが、どこも人が座って美味しい料理を食べつつ歓談している。やはり誰もいないテーブルを探すのは難しいか──と思われたが、テントの奥でルーナが独りでぽつんと座っているテーブルを見つけることができた。

 

 

「ここ、座ってもいいか?」

「うん、いいよ。パパはビルとフラーにプレゼントを渡しに行ったんだもん」

 

 

独りでつまらなさを感じていたルーナは嬉しそうに言い、ウェイターが置いていったサンドイッチやローストビーフを指差し「食べていいよ」とソフィア達に勧める。

そういえば結婚式の準備に忙しく、昼はなにも食べていなかった。当然空腹を思い出したソフィア達はルーナに礼を言いつつ一口サイズのサンドイッチを摘んだ。

 

美味しい料理を夢中になって食べていると美しい音楽が辺りに響き渡った。バンド演奏が始まり、ビルとフラーが拍手に迎えられて最初にフロアに上がり優雅にくるりと回る。

暫くしてアーサーとフラーの母、モリーとフラーの父がフロアに上がり主役の周りで楽しげに踊り始める。

 

 

「この歌、好きだもん」

 

 

ルーナはワルツの曲調に合わせてうっとりと体を揺らせていたが、やがて立ち上がりダンスフロアに出ていき、目を瞑って両手を振りながらたった一人で回転し始めた。

 

 

「あいつ、凄いやつだぜ。いつでも希少価値だ」

 

 

ロンが感心しながら呟く。この人の多さに臆することなく、独りでダンスフロアに上がり自由に踊ることは普通の人には不可能だろう。しかし、誰よりも自由であり、他人の目を気にすることのないルーナにとって、今この場にパートナーがいない事など些細な問題なのだ。

 

ロンは笑顔でルーナを眺めていたが、その笑顔も空いた席にビクトール・クラムが現れた事によりたちまち消えた。

ハーマイオニーはクラムが招待状を持って現れた時、入り口近くにいたため知ってたが、ソフィアは先にハリーに案内されていたためクラムがここにいる事を知らなかった。

クラムはハーマイオニーにとっては過去の甘酸っぱい相手であり、ソフィアにとっては憧れのクィディッチの選手であり──2人とも嬉しそうに慌てふためいた。

それを見て面白くないのはロンとハリーであり、じろりとクラムを睨んだが、クラムの眼光は鋭く不機嫌そうに1人の男を睨んでいた。

 

 

「あの黄色い服の男は誰だ?」

「ゼノフィリウス・ラブグッド。僕らの友達の父さんだ」

 

 

しかめ面のクラムにロンが喧嘩腰ともとれる口調で答える。確かにゼノフィリウスは、ルーナの父親だと言われて納得するほど奇妙な見た目ではあった。ゼノフィリウスは綿菓子のような白髪を肩まで伸ばし、帽子の房を鼻の前で垂れ下がらせ、着ているローブは卵の黄身のように目に痛い黄色だ。首にかけている金鎖のペンダントには、三角の目玉のような奇妙な印が光っている。

明らかに笑いを誘う姿ではあるが、ロンにとって恋敵であるクラムが少しでも楽しい気持ちになって欲しくない──そんな考えでロンは言ったが、クラムはゼノフィリウスの格好を滑稽だと思っているのではなく、何故か目に嫌悪と憎悪が宿っていた。

 

 

「ハーマイオニー、来いよ。踊ろう」

 

 

少しでもクラムと離すため──そして、前回のダンスパーティでは踊ることが出来なかったため、ロンは唐突にハーマイオニーを誘った。ハーマイオニーは驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑いクラムにそれ以上話しかけることもなくロンの腕に自分の腕を絡ませる。

そのまま、ロンとハーマイオニーは混み合ってきたダンスフロアの渦の中に消えてしまった。その後ろ姿を見ながらソフィアは、心の中でロンに賞賛を送った。──まさか、彼が自分の意思でハーマイオニーをダンスに誘うとは思わなかったのだ。しかし、よく考えれば最近妙にハーマイオニーに対して優しく気遣うような視線を向け言葉掛けも穏やかだ。ついに、ロンも自身の中に芽生える感情の意味に気づいたのだろうか。

 

 

「あの2人は、今付き合っているのか?」

「んー……そんなような」

「きっとすぐそうなるわ」

 

 

クラムの問いかけにハリーとソフィアが答え、クラムは一瞬ハリー──いや、バーニーを見て不思議そうに目を見張った。

 

 

「君は誰だ?」

「バーニー・ウィーズリー」

「バーニー、ソフィア。あのラブグッドって男を、よく知っているか?」

 

 

クラムはハリーと握手をしながらソフィアとハリーに聞いた。

2人は顔を見合わせ、ルーナの事なら──理解できるか出来ないかは別として──よく知っているが、彼女の父のことは詳しくは知らない。

 

 

「いや、今日あったばかり」

「ザ・クィブラーっていう雑誌の編集長って事しか知らないわ、何故?」

 

 

ソフィアはクラムの目が、奇妙な格好をしているゼノフィリウスを滑稽だと笑いたいだけではないのだと気づき、声を低くして聞いた。暫く無言だったクラムは、ダンスフロアの反対側で魔法戦士数人と楽しげに話しているゼノフィリウスを、飲み物グラスの上から怖い顔で睨みながら口を開いた。

 

 

「何故なら、あいつがフラーの客でなかったら、僕はたった今ここで、あいつに決闘を申し込む。胸にあの、汚らわしい印をヴ──ぶら下げているからだ」

「印?」

 

 

ソフィアとハリーは同時に聞き返し、ゼノフィリウスの方を見る。不思議な三角形の目玉が金色に輝いているが、ソフィアとハリーはそれがなぜ汚れた印なのかわからなかった。

 

 

「なぜ?あれがどうかしたの?」

「グリンデルヴァルド。あれはグリンデルヴァルドの印だ」

「グリンデルバルド……ダンブルドアが打ち負かした、闇の魔法使い?」

「そうだ。グリンデルヴァルドはたくさんの人を殺した。僕の祖父もだ。勿論、あいつはこの国では一度も力を振るわなかった。ダンブルドアを恐れているからだと言われてきた──その通りだ。あつがどんなふうに滅びたのかを見ればわかる。しかし、あれは……」

 

 

クラムは憎悪が籠る目でゼノフィリウスを睨み、彼の胸の上で揺れている印を指差した。

 

 

「あれは、グリンデルヴァルドの印だ。僕はすぐにわかった。グリンデルヴァルドは生徒だった時にダームストラング校の壁にあの印を彫った。馬鹿な奴らが、驚かすためだとか、自分を偉く見せたくて、本や服にあの印をコピーした。僕らのように、グリンデルヴァルドのせいで家族を失った者たちが、そういう連中を懲らしめるまでは、それが続いた」

「……あの印は、あなたの国の──ヴォルデモートの、闇の印のようなものなのね」

 

 

ハリーはルーナの父が闇の魔術の支持者などどう考えてもあり得ないと混乱したが、ソフィアは静かな目でゼノフィリウスを観察していた。しかし、周りにいる魔法戦士達はゼノフィリウスがつけている印を見ても咎めている様子も、嫌悪を露わにしている様子も無い。きっと、この国ではその印の意味が伝わっていないのだろう。

 

ルーナは良い子だ。ユニークで、勇気もあり、何より純粋だ。だが、彼女が素晴らしい人だとしても親までもそうだとは限らないものだ。友人の父を疑いたくは無かったが、今までハリーに近づくために善良な人間を装い近づく闇の魔法使いは何人もいた。それがルーナの父である──としても、可能性はゼロではない。

 

 

「間違いないのね?」

「間違いない。僕は何年もあの印のそばを通り過ぎてきたんだ」

「そう。あなたの言う通り、ゼノフィリウスさんがグリンデルバルド支持者の可能性もあるわ。でも、ゼノフィリウスさんはもしかしたら何も知らずにつけているかもしれないわね。周りの反応を見る限り、イギリスで暮らしているとそのグリンデルバルドの印なんて知る機会はないようだし……私も、グリンデルバルドとダンブルドア先生についての本は何冊も読んだけれど、印についての記載は無かったもの。ただあの黄色い服に映えると思ったからアンティークショップで買っただけかもしれないわ」

 

 

ソフィアの言葉にクラムはまだゼノフィリウスを睨んでいたが、判断しかねるのか何かを噛むように顎をもごもごと動かした。

 

 

「ならば、あの男は……僕らの国に来る事だけは辞めた方がいい」

「そうね、今は──結婚式の最中だし、後でこっそりと伝えておくわ」

 

 

クラムは渋々と言ったように頷き、そしてふとソフィアを正面から見て目を瞬いた。その表情は狭まった視界が晴れたかのようで、ソフィアは自分の姿がどこかおかしいだろうかとドレスを見下ろし、しっかりと鞄に認識阻害魔法がかかっていることを確認して首を傾げた。

 

 

「どうしたの?」

「君。2年前に会った時よりも、ずっと綺麗になった」

「え──まあ、ありがとう」

 

 

ソフィアはゼノフィリウスに関する真剣な話題ですっかり意識していなかったが、目の前にいるのは憧れのクィディッチの選手である事を思い出し頬を赤く染め照れながらはにかむ。ハリーは今すぐにソフィアを抱きしめ「ソフィアは僕を愛しているんだ!」と叫びたい衝動に駆られたが、なんとか手のひらに爪を食い込ませその痛みで耐えた。

 

 

「ハリー・ポッターは、恋人なのか?」

「いいえ、違うわ」

 

 

ソフィアのはっきりとした否定に、ハリーは──苦い事に事実だとしても──衝撃で胸に鋭い痛みが走った。

クラムは期待がこもった目でソフィアを見たが、クラムとハリーが何かを言う前に美しく笑いながら言葉を続けた。

 

 

「でも、私はハリーを愛しているの」

 

 

ソフィアは頬を赤く染めたままそう言い、堂々たる宣言に唖然とするクラムとハリーをおいて立ち上がり、「フレッドとジョージが呼んでいるみたい、ちょっと踊ってくるわね」と言いながらワルツの曲に合わせて踊る人たちの中へと飛び込んだ。

 

 

ハリーは安堵と愛おしさから胸が暖かくなるのを感じつつ、甘いバタービールを飲みチラリとクラムを横目で見た。

クラムは去って行ったソフィアを残念そうな目で見ていたが、小さくため息をついただけでそれほど嘆いているわけではなさそうだ。──つまり、本気でソフィアに恋をしていたわけではないのだろう。

年頃の男女で特定の恋人がいないのならば、熱に浮かされ一夜のパートナーを求めることもある。しかし、それにソフィアが選ばれたのだと思うとハリーは強烈な怒りが込み上げてきてしまい、何とか怒りを抑えるために残りのバタービールを一気に飲み干そうとした。

 

 

「──げほっ!」

「大丈夫か?」

「けほっ!──あ、ああ、うん」

 

 

盛大に咽せたハリーは口からバタービールを噴出してしまい、それは白いテーブルクロスをまだら模様に染めてしまった。

クラムはポケットから杖を抜くと、軽く振り飛び散ったバタービールを消失させる。ハリーは口元を袖で拭いながら、クラムの杖を見て──脳裏に忘れていた記憶が蘇った。

 

 

「グレゴロビッチ!」

 

 

その名前をどこで聞いたのか思い出し興奮して叫んだが、クラムは「こいつは一体どうしたんだ」とばかり怪訝な目でハリーを見下ろしていた。

 

 



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392 襲撃!

 

 

ソフィアはフレッドとジョージと面白おかしく踊っていたが、ダンスフロアから離れるハーマイオニーを見て彼らと繋いでいた手を放した。

 

 

「ありがとうフレッド、ジョージ!ちょっと休憩してくるわね」

「オッケー。じゃあ俺たちは──」

「次はあの女の子と踊ろうかな」

 

 

フレッドとジョージが指差したのは楽しげに揺れるカップル達を羨ましそうに見ているフラーの従姉妹たちだ。英語があまり得意ではない彼女たちは、その美貌ゆえにチラチラと盗み見ている男は多いのだが「我こそは」と自信を持って声をかけないのは──果敢にも声をかけたものの、言葉が通じず気まずい沈黙が流れ情けない顔で去っていく男たちを見ていたからだろう。

 

しかし、フレッドとジョージは言葉がわからずとも彼女達を十分に楽しませることができる、と自信を持っていた。

いくつか店の悪戯グッズを見せればきっと誰だって笑顔になるだろう。──外国の客を引き込むきっかけになるかも知れない。

 

商品を口コミで広げるため、そしてもちろん美しい女性と一時の甘い夢を見るために、二人は激しく踊ったせいで歪んだネクタイを整え、疲れを感じさせない爽やかな笑顔で女性達の元へと向かった。

 

 

ハーマイオニーはウェイターが配る甘いカクテルが入った細いグラスを手に取ると一気に飲み干し、ふう、と一息つきながら手で顔を仰いだ。

 

 

「ハーマイオニー、ロンとはもう踊らないの?」

「ええ、もう足の裏が痛くって……」

「まぁ。私に掴まって?」

 

 

ソフィアは立っているのも辛そうなハーマイオニーの腕を掴み、支えた。ハーマイオニーは申し訳なさそうにしたが、足の痛みには耐えられないのかソフィアに体重を預ける。

 

 

「楽しかった?」

「それは──ええ、勿論」

「今回は踊れてよかったわね」

 

 

弾むように上げられた語尾に、ハーマイオニーは頬を染めながらこくりと小さく頷いた。2年前は踊ることはできなかった。しかし、今──ロンと踊ることができて、こんなにも心が満たされ、胸が緩く締め付けられるようになるのだと初めて知った。

 

嬉しそうなハーマイオニーに、ソフィアは眩しそうに目を細める。

 

 

──なんて、美しいのかしら。こんな顔をさせる事ができるなんて……少し、ロンに嫉妬してしまうわね。

 

 

去年、ソフィアとハリーが恋人になった時にハーマイオニーが感じたような甘くて苦い気持ちになりながら、ソフィアは近くに空いている椅子はないだろうか、とゆっくりと人の間を通り抜け辺りを見回した。

 

 

「あ、ほら。あそこにちょうど椅子が二脚あるし、ハ──バーニーもいるわ」

「うう、足の裏の感覚が無いわ……」

 

 

ソフィアは杖を振りハリーの隣に空いている椅子を二脚引き寄せ、一脚にハーマイオニーを座らせた。途端、ハーマイオニーは靴を片方脱ぎ足の裏を痛そうにさすり出す。

 

 

「何か飲み物とか、食べ物でも持って──」

 

 

ソフィアはウェイターを探していたが、ふと隣にいるハリーの顔色が悪く目が動揺と困惑で揺れている事に気づき言葉を止めた。

 

 

「顔色が悪いわ。大丈夫?」

 

 

ハリーの目の前にしゃがみ込み下から見上げれば、ハリーは初めてソフィアがここにいた事に気付いたのか驚き目を見開いた。このテントの中は暑いほどの熱気で満たされているというのに、膝の上で硬く握られた手は白くて凍えるように冷たい。

ハーマイオニーもハリーの異変に気づき心配そうに眉を寄せ、じっとハリーを見つめる。

どこから話し出せばいいのかわからなかった。ダンブルドアの旧友であるドージとミュリエルが話したダンブルドアの確かな過去と、──予想の範囲内をでないが確信がある──家族内で幽閉されていた妹の存在、弟との騒動。それらはハリーが今まで信じていた『アルバス・ダンブルドア』という人物像を揺らせるには十分であり、数々の苦しい思いが胸に詰まり言葉が出てこない。

 

 

「その──」

 

 

なんとかこの苦しい気持ちを誰かと──ソフィアと共有したい。ソフィアならば、納得ができる素晴らしい答えを教えてくれるかもしれない。縋るような目でハリーが話し始めようとしたその時、銀色の大きな動物が轟音を立てて天蓋を突き破りダンスフロアの中央に落ちてきた。

 

銀色の生き物──いや、守護霊のオオヤマネコは優雅に光りながら驚く客達を見渡す。何人もがオオヤマネコに振り向き、すぐ近くの客はダンスの格好のまま滑稽な姿でその場に凍りついた。

 

音楽も止まり、数秒沈黙がその場を支配する。オオヤマネコは大きく口を開き、深い声で話し出した。

 

 

「魔法省は陥落した。スクリムジョールは死んだ。連中が、そっちに向かっている」

 

 

その声が轟いた途端、ソフィアとハリーとハーマイオニーはさっと立ち上がり杖を抜いた。

ソフィアは冷静に辺りを見回していた。ずっと準備はしていた、今日に何か起こるかもしれないとハーマイオニーと話していたが、まさか本当に──。

 

 

事情を飲み込めないまま狼狽える客の間をソフィア達は走り抜ける。突如、客の悲鳴が響き冷たい恐怖と混乱が漣のように広がっていった。

今やソフィア達だけではなく、客は蜘蛛の子を散らすように走り出し、大勢が姿くらましをしてその場から逃げ出していた。本来、強固な護りがあるこの場では境界を超えない限り姿くらましも姿現しもできないはずだ──周囲に施されていた守護の呪文が破られているのだ。

魔法省が陥落したとは、こういう事か。とソフィアは険しい表情で「ロン!」と叫ぶ。ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔で必死にロンの名を叫んだが、周囲の悲鳴に掻き消され混乱する場でたった一人を見つけるのは困難だった。

3人がダンスフロアを横切って進む間にも死喰い人の仮面を被ったマント姿が客の中に突如現れ、リーマスとトンクスが「プロテゴ!」と叫んでいた。その声はそこかしこから聞こえ、ハリーは胃の奥がずしりと重くなるのを感じる。この場で誰か怪我をしたり、死んでしまったら──それは僕のせいだ。

 

 

「ロン!ロン!!」

 

 

ハーマイオニーは怯える客の波に飲まれながら半泣きになり叫ぶ。ソフィアは大柄の男にぶつかりよろめき、咄嗟にハリーが倒れかけたソフィアの腕をしっかりと掴んだ。

 

 

「っ──ありがとう」

「ううん──」

 

 

倒れかけたソフィアを起こした時、頭上を一条の閃光が飛んだ。赤色の閃光に、ソフィアはすぐにプロテゴを周囲にかけ警戒しながらハリーと離れまいとしっかりとその手を繋ぐ。

 

 

「ロン!──ああっ!ロン!!」

 

 

ロンはテントの端で硬直していた。

ハーマイオニーの呼びかけにびくりと大きく肩を震わせたロンは、緊張と恐怖の中に一瞬安堵の表情を見せハーマイオニーに手を伸ばす。ロンの手がハーマイオニーの手を取り、ハーマイオニーはすぐにソフィアの肩を掴んだ。

 

4人が繋がった時、ハリーはハーマイオニー達がその場で回転するのを見た。いや、ハーマイオニー達だけではない、自分もだ。この感覚は──姿くらましだ。

 

周囲に暗闇が迫る中、ハリーは一瞬、人混みの中にこちらを必死の形相で見ているシリウスと目が合った気がしたが、瞬き一つする間に何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。

 

 

「──ここはどこだ?」

 

 

ロンの声が響く。ハリーは目を開けたが、姿くらましをして隠れ穴から──死喰い人やヴォルデモートの手から逃れたと思ったが、周囲には人が大勢いるままでまだ結婚式場から離れていないのかと混乱した。

 

 

「トテナム・コート通りよ。歩いて、とにかく歩いて。どこか着替える場所を探さなきゃ」

 

 

ハーマイオニーは息を切らせながら言い、ソフィアの肩から手を離しロンの腕を両腕でしっかりと掴み引っ張る。ソフィアもハリーの腕を掴み、密着したままハーマイオニーに従った。

 

 

そこは広く、暗い通りだった。

通りには酔客が溢れ、両脇には閉店しシャッターが降りた店が並び頭上には星が光っている。薄汚れた通りでは不快な臭いが漂い、そばの道路を二階建てバスが轟音を立てながら走っているのを見て、ハリーはようやくここが魔法界では無いのだと理解した。

 

 

「ハーマイオニー、着替える場所がないぜ」

「透明マントを肌身離さず持っているべきだったのに、どうしてそうしなかったんだろう。1年間ずっと持ち歩いていたのに……」

 

 

パブで浮かれたグループがドレスローブ姿のロンとハリーをじろじろと見ながら冷ややかに笑うその声を聞きながらロンは嫌そうに呟き、ハリーは迂闊な自分を呪いたくなってしまった。

 

 

「大丈夫、着替えもマントも、私とソフィアが持っているわ」

「勿論、靴もあるわよ」

「心配しないで。だから、ごく自然に振る舞って。場所を見つけるまで──ここがいいわ」

 

 

ハーマイオニーは小声で言うと先に立って脇道に入り、そこから人目のない薄暗い道へ3人を誘った。

 

 

「マントと服って?でも、ハーマイオニーが持ってるのはその小さなカバンで……ソフィアは何も……」

「ああ、見えにくいようにしているの。それと、カバンには検知不可能拡大呪文をかけているし」

 

 

ソフィアは何も無い場所を掴み、軽く掲げた。ハリーは首を傾げたが、目を凝らしてよく見てみれば確かにそこにソフィアが着ているドレスと同じ色と質感をしている何かがある事に気づいた。去年、ムーディがダーズリーの家から騎士団本部まで目くらましをするために自分に魔法をかけた事を思い出し、ハリーは納得したが──同時に、ムーディの事を考え胸が痛んだ。

 

ソフィアはすぐに動きやすいスニーカーを出し、ハーマイオニーはロンとハリーとソフィアの服とマントを引っ張り出した。

 

 

「ハーマイオニー、私は自分の服を持ってるわ」

「ああ、そうだったわね。──とにかく早く着替えましょう。ハリー、あなたは透明マントを被った方がいいわ。もうすぐ薬が切れる時間だもの……」

「いつの間にこんな事をしたの?」

 

 

ロンがドレスローブを脱いでいる間、ハリーは受け取った靴と服を見ながらハーマイオニーとソフィアに聞いた。まさか自分たちの準備まで完璧に済ませているとは思わなかったのだ。

 

 

「隠れ穴で言ったでしょう?もう随分前から重要な物は荷造りを済ませてあるって。急いで逃げ出さなきゃいけないときのためにね」

「もうあなたのも、ロンのも全て準備しているわ。ちょっと予感がしてね……まさか、本当に今日起こるとは思わなかったけれど」

 

 

ソフィアは注意深く辺りを警戒しながら杖を振り、一瞬で服を着替えた。鮮やかな魔法に呆気に取られソフィアを見つめるハリーの視線に気づいたソフィアは、自分の体を見下ろし肩をすくめ悪戯っぽく笑った。

 

 

「何か期待したの?」

「な──いや、そんな──」

「ハリー、さあ、早く透明マントを着てちょうだい!」

 

 

ソフィアの言葉を慌ててハリーは否定したが、言葉の最後は無理矢理頭から被せられたマントに遮られ、もごもごと言葉にならなかっただろう。

透明マントを被りドレスローブを脱ごうと手をかけたハリーは、煌びやかな衣装を見て先ほどの出来事の意味を再度理解し気が重くなった。

 

 

「他の人たちは──結婚式に来ていたみんなは……」

「今はそれどころじゃないわ。ハリー、狙われているのはあなたなのよ。あそこに戻ったりしたら、みんなをもっと危険な目に遭わせる事になるわ」

「その通りだ」

「ええ、そうよ」

 

 

ハーマイオニーの小声の忠告に、ロンとソフィアも同意し頷く。2人の言葉はハリーの表情が見えていないにも関わらず、咄嗟に反論しようとした彼の表情がみえているようだった。

 

 

「騎士団の大多数はあそこにいたでしょう?みんな、大丈夫よ」

「──うん」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは小さく頷いた。そうであってほしい。誰も傷ついて欲しくは無い、しかし、楽観視出来ないのは皆同じなのか4人とも硬い表情をしていた。

 

 

「さあ、行きましょう。移動し続けなくちゃ」

 

 

ハーマイオニーの言葉にソフィア達は頷き、細く暗い路地裏から再び大通りへと出た。道の反対側の歩道を塊になって歌いながら千鳥足で歩いている男たちを横目で見ながらロンが声を潜める。

 

 

「後学のために聞くけど、どうしてトテナム・コート通りなの?」

「ソフィアと決めていたの。逃げるならマグルの世界の方が安全だって。だから……私がなんとなく思いついた場所よ。まさか私たちがこんなところにいるとは思わないでしょう?」

「私の家という案も考えたんだけどね、結局魔法界に変わりはないから……」

 

 

急いで逃げ出す場合、どこに死喰い人が隠れ潜んでいるかわからない魔法界よりもマグル界の方が安全だろうというのがソフィアとハーマイオニーの考えだった。万が一、事が起こった場合にはソフィアではなくマグルの世界に明るいハーマイオニーが行き先を決める。そう、2人は何日も前から決めていた。

 

 

「ソフィアの家?でも、そこはほら、君の偽物がいるんじゃないか?」

「ああ……私にはね、家が三軒あるの。一軒は長く暮らしているけれど、セブルス・スネイプの家だと死喰い人に場所を知られているわ。もう一軒が私の偽物が居る家。こっちは私とルイス・プリンスが暮らしていたと見せかける家ね。そしてもう一軒は……守護魔法もたくさんかけられているし、多分、死喰い人の手はかかっていないと思うんだけど……ホグズミードにあるの、今は行くべきでは無いわ」

「三軒も?しかも、ホグズミードだって?あそこめちゃくちゃ高いってママが言ってたぜ?」

 

 

驚愕するロンに、ソフィアは「ホグズミードと言っても、かなり端だけどね」と肩をすくめた。

 

 

「よう、姉ちゃん達!」

 

 

道の反対側で、一番泥酔した男が友人達に支えられながら大声でソフィアとハーマイオニーに向かって叫び手を振った。

 

 

「一杯飲まねぇか?赤毛なんかより楽しませるぜ、こっちにこいよ!」

 

 

男は無遠慮にハーマイオニーとソフィアを舐めるように見つめ、下衆な笑いを浮かべる。すぐに怒鳴り返そうと口を開いたロンを見て、ハーマイオニーは慌てて「どこかに座りましょう!ほら、ここがいいわ!」とたまたま目についた見窄らしい24時間営業のカフェを指差し、ロンの腕を掴むとそのまま扉を押し開けた。

 

 

 



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393 何故バレたの?

 

 

プラスチックのテーブルはどれもうっすら油汚れがつき、店内で居心地のいい時間が過ごせるとは言えなかったが、客が誰もいないのは好都合だった。

まだ汚れがマシに見えるボックス型のベンチ席にハリーが先に入り込み、ソフィアがその隣に座った。対面側にハーマイオニーとロンが座ったが、ちょうど入り口に背を向けている形になってしまったのが気になるのか何度も神経質に後ろを振り向きそわそわと落ち着きなくテーブルの上に乗せた手を動かした。

 

 

「あのさ、ここから漏れ鍋までそう遠くないんじゃないか?あそこはチャリング・クロスにあるから──」

「ロン、できないわ」

「泊まるんじゃなくて、何が起こってるのか知るためだよ!」

 

 

即座に自分の言葉を撥ねつけられ、ロンが顔を顰めながら言い返したが、ハーマイオニーはチラチラと入り口を見ながら小声で言葉を続けた。

 

 

「どうなってるかはわかっているわ。ヴォルデモートが魔法省を乗っ取ったのよ。他に何を知る必要があるの?」

「オーケー、オーケー!ちょっとそう思っただけさ!」

 

 

ハーマイオニーとロンはピリピリしながら黙り込んだ。何か行動しなければならないのはわかっているが、しかしどうすればいいのか明確な指標が無く、ただ緊張感と不安だけがずっしりとのしかかる中、ガムを噛みながら面倒くさそうにやってきた店員にハーマイオニーはカプチーノを──ハリーは姿が見えないため彼の分を注文する事は出来ず──三つだけ頼んだ。

 

 

「どこが落ち着いた場所で姿くらましをしましょう。それで、地方に行って、安全ならハリーが持っている両面鏡でシリウスと連絡が取れるわ」

「あっ!本当だ、僕、今まで忘れてた──今すぐにじゃ駄目かな?」

 

 

ハリーはハグリッドからもらった巾着袋の中に手を突っ込み、中から両面鏡を取り出した。期待を込めてソフィアを見たが、ソフィアは厳しい表情で黙り込み小さく首を振る。

 

 

「今、あそこは混乱しているわ。もしシリウスもあなたと同じように鏡を見離さず持っていて、鏡からあなたの声が聞こえたら敵と戦っている時でも、きっとシリウスは鏡を見ようとするでしょう?一瞬の意識のズレが──とても大変な事を引き起こす可能性があるわ」

 

 

ソフィアは言葉を濁したが、ハリーはソフィアが何を言いたいのか理解した。自分が声をかけた事により、シリウスが敵から視線を逸らしその瞬間闇の魔法に襲われてしまえば彼の命の保証は無い。

ハリーもそれがわかり、喉まで出かかっていてシリウスの名前をなんとか飲み込み、「そう、だね」と苦しげに呟いた。

 

 

カラン、と入店を示すベルが鳴りがっちりした体格の労働者風の男が二人店内に入り隣のボックス席に座る。ハーマイオニーはちらりとその男達を見たが服装からただの労働者だと思ったのか深く気にする事はなく声を落として囁いた。

 

 

「そうすれば、きっと騎士団のメンバーとも連絡がとれるわ」

「誰も捕まってなけりゃいいけどな。──うぇっ!なんだこの味?」

 

 

店員が持ってきたカプチーノを一口すすり、ロンが吐き捨てるように言い舌を出す。のろのろと隣の客に注文をとりに行くところだった店員は聞き咎めてロンにしかめ面を向け睨みながら「ご注文は?」とぶっきらぼうに男達に聞いた。

 

しかし、二人の男はあっちへ行けと手で店員を追払い、店員はさらに顔を顰め噛んでいたガムを床に吐き捨て肩を怒らせてカウンターの奥へ消える。

 

ソフィアはそのやり取りを眺め、ふと違和感を覚えた。

 

 

──この店内に客はいない。空いている席は他にもある。それなのにどうしてあの人達は私達の隣の席に座ったの?それに、ここはカフェなのに何も頼まないだなんて……?

 

 

「──っ!?」

 

 

ソフィアは息を飲み、叫びそうになった声を必死に手で押さえ体を縮めた。

ハーマイオニーとロンは驚いて「死喰い人が来たのか」と思い勢いよく後ろを振り返ったが、入り口の扉は開かず、道路に面している窓にも人影は無い。

 

 

「どうし──」

「そういえば」

 

 

ソフィアは怪訝な顔をするハーマイオニーの言葉を遮り、やけに明るく言った。この場にそぐわない声にロンとハーマイオニーは目を瞬かせ呆気に取られ目を瞬かせる。

 

 

「2年前、私たちがこっそりと──クラブ活動を発足しようとした時、こんな感じのパブだったわね?」

「え?」

「それで、何故かパッドフッドに知られて怒られちゃったわよね。なんで彼は知ったのかしら?」

「それは──」

 

 

ソフィアはよく通る明るい声で言ったが、目だけは何かを訴えかけるように必死な眼差しをしていた。怪訝な顔をしていたハーマイオニーはソフィアの隠された真意に気付き表情を強張らせる。ロンは「はぁ?」と訳がわからず首を傾げたが、ハリーはハッとして隣に座る男達を見ながら反射的に杖を握った。

 

 

「えーと。なんでだったかしら。私も忘れちゃったわ」

 

 

ハーマイオニーは言葉を濁し、なるべく腕を動かさないようにしながらポケットに手を伸ばしたが、その僅かな挙動を男達は見逃さず二人の男は同時に動いた。

 

 

杖を抜いたのは二人の男だけではなく、ハリー、ソフィア、ハーマイオニーも杖を抜き、ロンは一瞬遅れて事態に気付き、反射的にハーマイオニーに飛びつきベンチに横倒しにした。

 

 

死喰い人達の強力な呪文がそれまでハーマイオニーの頭があったところの背後の壁を粉々に砕き、同時に姿を隠したままのハリーとソフィアが叫ぶ。

 

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 

大柄のブロンドの死喰い人はソフィアとハリーが同時に放った失神呪文をまともに受けて壁際まで吹っ飛びどさりと横向きに倒れた。

敵の死喰い人からしてみれば、その失神呪文を唱えたのはソフィアだけにしか見えず当然この3人の中で最も排除すべき敵だとして狙いを定める。

 

 

護れ(プロテゴ)!」

 

 

ソフィアは男の杖先から発射された黒く光る縄を防御魔法で弾き飛ばす。ばちん、と縄は鈍い音を立てて床を弾き、店員が悲鳴を上げて扉に向かって走り出した。

ハリーはすぐにもう一度失神呪文を唱えたが、それは命中せず窓で跳ね返り店員の背中を貫く。声のない悲鳴を上げた店員の手は扉に届く事なく虚空を掻いた。

 

 

爆破(エクスパルソ)!」と死喰い人が大声で唱え、ソフィア達の前のテーブルが爆発し本来ならばその衝撃でソフィアとハリーは壁に打ちつけられていただろうが間髪入れずハリーが「護れ(プロテゴ)!」を唱え、衝撃波を防いだ。

割れたカップやテーブルの破片が降る中ソフィアは「裂けよ(ディフィンド)!」と鋭く唱え、ハーマイオニーはロンに抱きすくめられ必死に手を伸ばし「石になれ(ペトリフィカス トタルス)!」と叫ぶ。

 

死喰い人の顔や腕は裂け、苦悶の表情を浮かべ──その表情のまま石像のようにびしりと固まった男は割れたカップやテーブルの破片などの上にどうと音を立てて前のめりに倒れた。

 

静寂が落ちる中、ハリーとソフィアが息を吐き出し、ロンに抱きすくめられていたハーマイオニーはロンの胸を押し口を強く結びながら体を起こした。

 

 

「や、やったの?」

「暫くは起きないと思うわ。この男、どこかで見た気がするわね……」

 

 

ソフィアは服についた机の破片を叩き落としながら机の上で硬直する死喰い人の顔を見る。マントを被っていたハリーは素早く脱ぐと折り畳みながら壁近くで伸びているブロンドの男に近づいた。

 

 

「こっちはダンブルドアが死んだ夜、その場にいた奴だ」

「そいつはドロホフだ、昔お尋ね者のポスターにあったのを覚えている。大きい方は、確かソーフィン・ロウルだ」

「名前なんてどうでもいいわ!どうして私たちを見つけたのかしら?私たち、どうしたらいいの?」

 

 

ハーマイオニーは蒼白な顔で叫ぶ。パニックになる彼女を見て、ハリーはかえって冷静になり頭がはっきりとした。鼓動は煩く打っているが、今何をするべきなのか分かり素早くハーマイオニーとソフィアとロンに指示を出す。

 

 

「ハーマイオニー、入り口に鍵をかけて。ソフィアは壊れたものの修復をして。それからロンは明かりを消してくれ」

 

 

それぞれがすぐに行動し、扉は鍵が閉まり、ソフィアは破壊された机やカップを元通りにし、ロンは灯消しライターで店内を暗くした。

 

 

「こいつら、どうする?」

 

 

暗くなった店内で、ロンは金縛りにあっているロドロフを見ながらハリーに怖々囁いた。

 

 

「殺すか?こいつら、僕たちを殺すぜ。たったいま、やられるところだったしな」

 

 

ソフィアはその言葉に硬い表情をし、ハーマイオニーは身震いして一歩後ろに下がった。ハリーはロドロフを見下ろしながら考えを巡らせ、ゆっくりと首を振った。

 

 

「こいつらの記憶を消すだけでいい。その方がいいんだ。連中は、それで僕たちを嗅ぎつけられなくなる。殺したら、僕たちがここにいたことがはっきりしてしまう」

「君がボスだ」

 

 

ロンはあからさまにほっと表情を緩める。死の危険が迫ってたとはいえ、やはり簡単に人を殺す事など──冷静になった今、到底できない。

 

 

「だけど、僕、忘却呪文を使った事がない」

「私もないわ。でも、理論は知ってる」

「私も、きっと出来るわ。──店員の記憶も消すわね」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは深呼吸して気を落ち着かせ、杖を死喰い人と店員の額に向けて「忘れよ(オブリビエイト)」と唱えた。

 

たちまち死喰い人はとろんとした目をして夢を見ているように虚な表情になり、彼と店員の額から銀色のものがふわりと抜き出る。

 

それぞれの記憶を消し、死喰い人の2人はそれぞれに寄りかかるようにボックス席に座らせ、店員は窓から見えないカウンターの椅子に寄り掛からせた後、ソフィア達は店内を見回す。

ついでに3人がいた痕跡をソフィアとハーマイオニーが注意深く消し、3つのカップはきちんと戸棚の中に並べた。

 

 

「だけどこの人たち、どうして私達を見つけたのかしら?どうして、私達の居場所がわかったの?」

 

 

ハーマイオニーが放心状態の死喰い人の顔を交互に見ながら疑問を繰り返し、そしてハリーの顔を見た。

 

 

「あなた──まだ『臭い』をつけたままなんじゃないでしょうね、ハリー?」

「そんなわけないわ。未成年の臭いの魔法は17歳で解かれる。これは魔法界の法律なの。魔法界が陥落したのはハリーが17歳になった後で接触もしていないから、その後ハリーにだけ臭いをつけることなんて出来ないわ」

 

 

ハーマイオニーはまだ納得はしていなかったが黙り込んだ。否定する材料も、肯定するだけの証拠も誰も持っていないのだ。

 

 

「もし僕に魔法が使えず、君たちも僕の近くで魔法が使えないということなら、使うと僕たちの居場所がバレてしまうなら──」

「私たちは、別れないわよ」

 

 

ハリーの考えを読み、ソフィアが先に断言する。それでもハリーは何か言いたげな顔でソフィアとハーマイオニーとロンを見たが、誰もハリーと別れるなんて考えはなく、真剣な目で頷いた。

 

 

「どこか安全な隠れ場所が必要だ。そうすればよく考える時間ができる」

 

 

この場に留まれば新手の死喰い人が現れるかもしれない。何故ハリーの居場所がバレたのか深く考えるためにも、すぐにこの場を離れなければならない。と言うロンの考えにソフィアとハリーとハーマイオニーは難しい顔をして黙り込んでしまった。

 

 

「……私の家に行きましょう。それ以外に方法は無いわ。魔法界でもマグル界でも、ハリーを見つけ出す手段が向こうにあるのなら……どこにいても変わらないわ」

 

 

あの家は安全地帯であると、たくさんの護りがかけられているとセブルスはソフィアに伝えている。その時とは状況が変わってしまったが、それでもソフィアはそれに賭ける他無かった。

 

 

「ハリーは、一応透明マントを被っていて。私が逃げて、と言ったらすぐに逃げてね」

 

 

ソフィアはハリーが手に持っていた透明マントを手に取り、ハリーに被せた。姿が消えたハリーの表情はどんな表情をしているのかわからないが、きっと辛い顔をしてるのだろうとソフィアは思う。

 

すぐにハーマイオニーが扉の鍵を開け、ロンが灯消しライターで明かりを戻した。

それからソフィアの三つ数える合図でハーマイオニーとロンが死喰い人の男二人と店員の魔法を解き、彼らがまだ眠たげな顔でもぞもぞとしている間にソフィア、ハリー、ロン、ハーマイオニーの四人は固く手を結び、その場で回転しまた窮屈な暗闇の中へと落ちていった。

 

 



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394 安息の場所!

 

 

窮屈さから解放されると目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。ハーマイオニーとロンは不安げに辺りを見渡すが、ソフィアはすぐに注意深く辺りを見渡し、誰もいないと判断すると不安げな表情を浮かべるハリー達を振り返った。

 

 

「ハーマイオニー、私のカバンを持ってて欲しいの。それと、3人で透明マントを被って。ここはホグズミードの外れの森よ。死喰い人がいてもおかしくないわ……私に着いてきて」

 

 

ハリーが透明マントの入り口をさっと開け、ロンとハーマイオニーは身を屈めてその中に潜り込む。もう成人した3人が入るにはかなり狭く密着しなければならなかったが、誰も文句は言わなかった。

 

ソフィアは3人が消えた辺りをじっと見つめ、靴先が出ていないことを確認し「着いてきて」と言うとその場で目を閉じる。

 

ハリーとロンとハーマイオニーは首を傾げていたが──みるみるうちに、ソフィアの白い肌から黒い毛が生え、それが覆ったころには四肢が縮まり、驚いて3人が瞬きをしている間に小さなフェネックがちょこんと草の上に座っていた。

 

 

「きゅ」

「きっと、着いてきてって言ってるんだわ」

「暗いから、見失わないようにしないと」

 

 

アニメーガスの姿になったソフィアは草を掻き分け一直線に進む。ハリー達はその闇に紛れる黒い体を見失うまいと必死に追いかけるが、マントから体が出ないようにしていたために速度はかなり遅かった。ソフィアは何度か振り返り、何も無い場所をじっと見ながら家へと進んだ。

ソフィアの目にハリー達の姿は映らなかったが、どこにいるのかなんとなくわかっていた。動物の姿になったからか、耳と鼻が人間の頃よりも良くなり草を踏み締める音や抑えきれていない呼吸音を感じ取っているからだろう。

そういえば、三年生の時にハーマイオニーの飼い猫であるクルックシャンクスも、透明マントを被っていてもじっとこちらを見ていた事を思い出す。──やはり動物には人が感じ取れぬ何かを感じ取る力があるのだろう。

 

 

無言で10分は歩いただろう。この夜の森のどこに死喰い人が潜んでいるかもわからない不安と緊張から、ハリー達はもう何時間もこの森を彷徨っているのでは無いかという気がしていた。

 

 

「──きゅう」

 

 

微かなフェネックの鳴き声が響く。

ハリーとハーマイオニーとロンは汗だくになり、木の根に足を取られそうになりながら目の前の長い草を掻き分けた。

 

 

その先には、一軒の家が佇んでいた。

窓に灯りは灯っていない。周りに他の民家も無く、ホグズミードだとはいえ外れにあるの、というソフィアの言葉は確かに嘘ではなかったようだ。

森にぐるりと囲まれるようにして建つその家へフェネックは跳ねるように向かい、扉の前に立ちふるりと尻尾を振った。

 

 

ハーマイオニーは透明マントの中で敵避け呪文をぶつぶつと唱えながら杖を振る。たいした効果はないかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

 

 

ここが、ソフィアが暮らしていた家か。──セブルス・スネイプが住んでいるようには見えない至って普通の外観にハリーが意外に思っている間にソフィアは人の姿に戻り、扉を撫でるように杖を振り鍵が外れた扉を開けた。

 

 

──この家は一部の人しか知らない。他の誰かがいるなら、それは間違いなく良くない来訪者だわ。

 

 

ソフィアは緊張しながら扉を開け、ハリー達が通ることが出来るように傍に退いた。ハーマイオニーは家の中に全員入った事を伝えるためにソフィアの肘に触れ、ソフィアはすぐに扉を閉め魔法で鍵をかけた。

 

 

扉を閉めた途端、家中にパッと灯りがつき、ハリー達は驚いて身をすくめ杖を掲げたが、ソフィアは気にする事なく足早に居間へ続く扉を開ける。

 

夏休みが始まって数日はソフィアとルイスがこの家過ごしていたため、それほど埃っぽさはないがそれでも家の中は空気が滞っていた時独特の不快な湿った臭いがこもっていた。

 

そっと扉を開け、杖を振る。

壁にかけられていたランプに灯りがつき、部屋の中を変わらず暖かく照らし、家はソフィア達を優しく受け入れた。

暖炉にも火をつければパチパチと火の爆ぜる音がすぐに響く。ソフィアは暖炉の飾り棚に家族写真が置かれていることに気づき、ほっと息を吐き出し肩に入っていた力を抜いた。

 

 

「……とりあえず、敵の侵入は無いみたいだわ」

 

 

全ての窓から灯りが漏れぬように黒く分厚いカーテンを閉めながら振り返り、何もない辺りに向かって微笑みかける。

何もない空間がぐにゃりと歪み、その中から同じように安堵の表情を浮かべたハリーとロンとハーマイオニーが現れ、ソフィアに促されるまま居間の広いソファにロンとハリーが並んで座り、ハーマイオニーは近くの肘掛け椅子に腰掛けた。

 

 

「ここが君の家なんだ?」

「ええ、そうよ。生まれた場所はまた別で、ここには……えっと、引越して3年くらいかしら」

 

 

ソフィアは安堵していてもまだ引き攣ったような固まったぎこちない表情をするハリーとハーマイオニーを見て、何か飲み物でも入れようと台所へ向かう。ロンは物珍しげにじろじろと居間を見渡し、ハーマイオニーも──本来なら「やめなさい」と止める立場だったが興味の方が勝ってしまいいろんなものへ視線を動かした。

 

 

「ってことはスネイプもここに住んでたんだよな?」

「まぁ、そうだけど」

 

 

ソフィアは杖を振りポットに水を入れ、コンロの上に置き湯を沸かす。ばたばたと忙しそうに移動しながら答えるソフィアに、ロンは「へー……」と気の抜けた声を出し、暖炉の上にある写真立てで視線を止めた。

 

 

「わお。スネイプって地下牢か洞窟に住んでるんだと思ってたぜ」

「ちょっと、ロン!」

 

 

ロンの言葉にハリーも頷きそうになったが、ハーマイオニーが慌てて咎めるようにロンの名前を呼んだおかげで、なんとかその小さな頷きがソフィアに見られる事は無かっただろう。

 

 

「ふふ、まぁ……わからなくもないわ。父様がここに暮らしていたといっても、短い期間だもの。夏休みだけでほとんどの日をホグワーツで過ごすでしょう?それに、先生達は夏休みもずっと休暇ってわけじゃないの、何かあれば呼び出されてすぐ出ていって……だから、私とルイスの2人で暮らしていた時間の方が長いわ」

 

 

ウィーズリー家に行くときに次にいつ戻って来れるか分からないため家の中にある食料などはほとんど処分してしまったが、温かい紅茶だけは淹れる事ができ、ソフィアは魔法でポットと四つのカップを浮かばせ滑るように机の上に移動させた。

 

 

「うわー……スネイプがいる」

 

 

ロンは信じ難いというようにぽつりと呟く。

飾り棚の上や、窓のそばには写真立てがあり、よく見れば家の至る所にセブルス・スネイプ。そしてソフィアとルイスが確かに親子として暮らしていた証が残されていた。

 

 

「あの写真が残っているってことは、まだここは安全なのよ。この家は信頼できる一部の人しか知らないの。もし、この家に父様の形跡がなければ……この家も安全とは言えなかったでしょうね」

 

 

ソフィアは棚の上に飾ってある写真立てをアクシオで呼び寄せ、少し寂しげな目でその中に映る人物を撫でた。

これは三年生の時、母のカメラを見つけ初めて撮ったものだ。不機嫌そうな顔をするセブルスとは対照的に、ソフィアとルイスは大輪のひまわりのように明るい笑顔を見せている。

この時は、まだ何も知らずに無邪気なままで笑えた。だけど、今は──。

 

 

「とにかく。紅茶を飲んで少し冷静になって──」

「──うっ!」

 

 

勧められるまま紅茶に手を伸ばしかけていたハリーは、呻き声を上げ──隣に座っていたロンが飛び上がった──掌で強く額を押さえた。

 

 

「ハリー、どうした?」

「う、うぅっ──」

「傷痕が痛むのね、ハリー、聞こえる?」

 

 

ハリーは額に走った痛みでロンとソフィアの声を掻き消すほどの叫び声を上げた。

水に反射する眩い光のようにハリーの心に何かが閃き、また傷痕が焼けるように痛む。大きな影が見え、自分のものではない激しい怒りが電気ショックのように体を貫き、ソファの背にぐったりともたれかかった。

 

 

「何を見たんだ?あいつが、僕の家にいたのか?」

「違う、怒りを感じただけだ──あいつは心から怒ってる」

「だけど、その場所は隠れ穴じゃなかったか?他には?誰か見なかったか?あいつが誰かに呪いをかけなかったか?」

 

 

ロンは弾かれるように立ち上がり、ハリーに詰め寄り必死に問いただす。

それを見たハーマイオニーとソフィアは息を呑み苦しげに顔を歪めた。

死喰い人が現れた隠れ穴にはロンの家族が居た。ウィーズリー家の者は騎士団員として、ハリーを匿う隠れ家になった時にある程度の覚悟を決めていた。自分の家が戦場になる可能性が高い事を知っていた。しかし、いくら覚悟をしていたとしても、その時になってみればこうも心が揺れてしまう。

 

誰だって、家族の安否は気になるだろう。自分たちが戦っているのは血も涙もない闇の魔法使いなのだ。

 

 

「違う。怒りを感じただけだ──後はわからないんだ」

「また傷痕なの!?いったいどうしたっていうの?その結びつきはもう閉じられたと思っていたのに!」

「そうだよ。暫くはね」

 

 

ハーマイオニーは混乱しながら叫ぶが、ハリーはそんなハーマイオニーの動揺も煩わしい。痛みは徐々に激しさを増し、今やこの憤怒は自分のものではないかとすら思っていたのだ。

 

ソフィアは頭を押さえ唸るハリーの側に寄ると、その震える手に自分の手を重ねた。

 

 

「ハリー。あなたの思考はきちんと残っている?」

「う──うん、僕の考えでは、あいつが自制が出来なくなるとまた開くようになったんだと思うんだ。以前もそうだったから」

「そうね、ダンブルドア先生は繋がるのを恐れたわ。嘘の情報を植え付けられるかもしれないから。──でも、時には有益になる事だってある。心を閉じられないのなら、全てが終わるまで耐えるしかないわ」

 

 

ハリーは涙で霞む視界でソフィアを見た。ソフィアの真剣な眼差しに、形容し難い深い愛を感じたまま体を起こし、ソフィアの腕を引き強く抱きしめる。

 

 

「ハ──」

「痛みがおさまるまで。──お願い」

 

 

強く自分を抱きしめるハリーのその腕が震えているのを感じ、ソフィアはチラリとハーマイオニーとロンを見て──二人も「そうするべきだ」と頷いているのを見てから、ハリーの背中に手を回し、片手でハリーのくしゃくしゃな髪を撫でた。

 

これからのことを考えると閉心術は習得出来ないとならないだろう。しかし、それが数日の練習でどうにかなるものではないとソフィアは知っている。ならば、その与えられる感情と痛みを受け入れるしかないのだ。その中で見た光景がまやかしでは無く、有益な情報があると信じて。

 

 

「──きゃあっ!」

 

 

ハリーとソフィアを心配そうに見守っていたハーマイオニーが突然鋭い悲鳴をあげた。ハリーは瞬時にソフィアから離れ杖を抜き、ソフィアも同じように杖を構える。

 

ハーマイオニーの視線の先には銀色の物──守護霊がおり、それは窓から床に音もなく降りると四人の前で大きく口を開けた。

 

 

「家族は無事。返事をよこすな。我々は見張られている」

 

 

アーサーの声で話したイタチの守護霊は雲散霧消し、暖炉の炎のゆらめきのように消えた。

ロンは呻きとも悲鳴ともつかない声を出し、ソファに座り込み、顔を手で覆った。

 

 

「みんな無事なの、みんな無事なのよ!」とハーマイオニーが半分泣きながらロンのそばに駆け寄り囁けば、ロンは少しだけ笑ってハーマイオニーを抱きしめた。

 

 

「ハリー、僕──」

「いいんだ。──良いんだよ」

 

 

ハーマイオニーの肩越しに謝ろうとするロンの言葉を止め、ハリーは再びソファに座り込みソフィアに寄りかかり、眉を寄せ目を閉じた。

 

 

「君の家族じゃないか、心配して当然だ。本当に無事で──よかった」

 

 

傷跡の痛みは最高潮に達し、「ねぇ、みんなで寝た方がいいと思うの」と不安げに言うハーマイオニーの声が遠くに聞こえた。ハリーは頭が割れてもおかしくはない、と本気で思った。

 

 

「──大丈夫?ハリー。顔色が─」

「は、吐きそ、う──」

 

 

ハリーはソフィアにだけ聞こえるように小声で囁く。そうするつもりはなかったが、声は情けないほど震えてしまっていた。

 

 

「ハリー。顔を洗った方がいいわ。こっちよ。ハーマイオニーとロンは寝袋の準備をお願いね」

 

 

ソフィアはハリーの考えを──ロンとハーマイオニーに知られたくないのだろうと──読み取り、ハリーを支えながら風呂場へと向かった。

 

 

「ぐっ──」

「ハリー!」

 

 

風呂場の扉を開け、閉めた途端ハリーは額に脂汗を滲ませ苦悶の表情でソフィアにしがみついた。肩にハリーの指が痛いほど食い込まれ、ソフィアは僅かに眉を寄せたがすぐにハリーを抱きしめ、必死に支えた。

 

苦痛がハリーの脳内で爆発し、自分の脳が自分のものではない怒りで満たされる。その瞬間、ハリーは暖炉の明かりだけの細長い部屋で先ほどハリー達を逃した死喰い人が苦悶の叫びを上げているのを聞いた。死喰い人を苦しめるように命令しているのは、冷たい声で話す自分自身だ。

 

 

 

「──っ、はぁっ!はあっ、ゔっ」

「ハリー!」

 

 

ハリーは今まで止めていた呼吸を吐き出し、冷たい空気を吸い込む。ソフィアの肩に自分の額を押し付け、眼鏡が上にずれる。心臓は早鐘を打ち強い吐き気と眩暈がしていたが、脳を割るかに思えたほどの頭痛は幾分か軽減していた。

 

 

「さっきの──死喰い人の男が──マルフォイが命令されて──クルーシオを──」

「そう……わかった。わかったわハリー、大丈夫よ」

 

 

唸り、息も絶え絶えに伝えるハリーに、ソフィアは強くその体を抱きしめた。

断片的にしかハリーは伝えなかったが、今見た光景はおそらく操作されていない光景だろう。ヴォルデモートにとってハリーがその手から逃れることは屈辱であり、死喰い人を拷問する光景だったとしてもハリーにわざわざ見せる必要はない。

ドラコとハリーが暗に繋がっていることが気付かれているのだとすれば、彼の良心に訴えかけている可能性もあるが、もしそうならば──ヴォルデモートはドラコを拷問している光景を見せるはずだ。

 

 

「ハリー、顔を洗って、今日は寝ましょう。シリウスへの連絡も……見張られているのなら、向こうからコンタクトがあるのを待った方がいいわ」

「……うん、そう、だね」

 

 

ハリーはソフィアの肩を掴み顔を上げると苦しげに告げる。ソフィアはハリーのずれた眼鏡をそっと掛け直し、その汗が滲み前髪が張り付く額を優しく撫でた。

 

 

 



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395 苦い紅茶!

 

 

ソフィアは分厚いカーテンの隙間から差し込む一筋の光を受け目を覚ました。

この家にはソフィアとルイスの自室があるために男女別々で就寝してもよかったのだが、夜中に急に敵に襲われる可能性もゼロではない。固まって休む方が良いだろうということになり、ハリーとロンは居間に寝袋を敷き、ハーマイオニーはソファで、ソフィアは肘掛け椅子に魔法をかけフラットにした状態で眠っていた。

炎が弱く燻る中、ソフィアは灰色の天井を暫くぼんやりと見つめていたが、ゆっくりと瞬きをしながら体を起こした。

 

ふと、ソフィアはハーマイオニーとロンを見て二人の手がしっかりと結ばれていることに気付く。きっと、心細さと不安から繋いでいたのだろう。二人は、言葉には出さないが深く想い合っているのだ。

そう思えば、嬉しくもあり──そして、僅かに辛くもあった。これから続く旅がどれほどの時間がかかるかはわからない。きっと、ロンとハーマイオニーの二人は自分とハリーのことを考え、遠慮し、秘めた想いを伝える事はないのだろう。

 

二人が想い合うことの嬉しさと、気を遣わせていることの申し訳なさと歯痒さでソフィアは胸が締め付けられた。

 

 

後1時間もすれば、ハリー達も目覚めるだろう。熱い紅茶の用意でもしておこうか、とソフィアは首を緩く振り、なるべく音を立てないように立ち上がったが、僅かな衣擦れの音と肘掛け椅子の軋みの音でハリーはぴくりと瞼を震わせ目を開けた。

 

 

「ん……?」

 

 

すぐ近くの机の上に置いていた眼鏡を手探りで掴み、欠伸を一つこぼしながらハリーは眠たそうに目を瞬き、ゆっくりと体を起こす。

 

 

「おはよう、ハリー」

「ああ……おはよう」

 

 

ソフィアはハリーを跨ごうとしていたが、そうする前にハリーが目覚め体を起こしてしまったために足を止めしゃがみ込み、囁きながら微笑む。ハリーは一瞬、今どこで何をしているのか忘れていたが──なんたって目覚めたら目の前にソフィアの顔があったのだ──ロンの低いイビキの音が聞こえてようやく何故ここにいるのかを思い出した。

 

 

「私、紅茶を淹れてくるわ。ハーマイオニーとロンは、もう少し寝かせてあげましょう」

「うん、ありがとう。……あ、鏡に誰も映らなかった?」

「ええ、残念だけど……」

 

 

ソフィアは立ち上がり、ため息混じりに肩をすくめ机の上に置かれている鏡を見た。

シリウスから連絡が来るかもしれないため鏡を机の上にずっと置いていたが、姿はおろか、呼び声も聞こえなかった。いくら寝ていたとはいえ緊張し気が張っていたのだ。真夜中でもシリウスの声が聞こえたのならば目が醒め飛び起きていただろう。

 

アーサーの守護霊が言ったように、やはり今でも見張られていて怪しい動きをすれば大変なことになるのだろう。たとえば、反逆者としてアズカバン行きになってしまったり──ハリーは胸の奥がざわつき、言いようのない不安に襲われたがそれを口に出す事は無かった。もし、口に出してしまえば本当にそうなる気がしたのだ。

 

 

 

暖炉の火を大きくし、紅茶の用意が整ったところでロンとハーマイオニーも目を覚ました。顔色は昨夜寝る前と比べると幾分と改善してしていたが、それでもやはり神経質に扉や窓を気にしていて鳥の鳴き声にも驚き肩を震わせていた。

 

 

「まぁ、そんなに怯えなくても……少なくとも今はまだ、大丈夫よ」

「でも……僕の家は魔法省の強い魔法がかかっていたのに──ほら、ああなったわけじゃないか?」

 

 

ロンは熱い紅茶を飲みながら口籠る。隠れ穴には幾つもの魔法がかけられていた。それを破ることができたのだから、きっとこの家に隠れていることがバレて見つかるのも時間の問題だとロンは考え、気が気ではなかったのだ。

 

 

「それは、隠れ穴には魔法省が関わっていたもの。ヴォル──」

「その名前を言わないで!」

 

 

ロンは引き攣った顔で大声で叫ぶ。ハリーとハーマイオニーが怪訝な顔をしたが、ロンはみるみるうちに顔色を青くし肩を震わせた。

 

 

「わかってる!名前を恐れちゃダメだって、でも──でも、不吉なんだ。嫌な予感がする」

「ロン、ただの名前だ!恐れるのは愚かなことだってダンブルドアが──」

「わかってるさ!でも、でも──」

 

 

ハリーはヴォルデモートを畏れ怯えるロンにふつふつとした怒りを感じ苛立ちながら言ったが、ロンはそれでも自分の考えを曲げる事はなく強く目を閉じ拒絶した。

 

 

「──そうね、あの人。これでいい?」

「あ──ありがとう」

 

 

ソフィアはロンのあまりの怯えた様子を見て『ヴォルデモート』と言うことを止めた。ハリーは苛立ちからカッとして口を開いたが、ハーマイオニーが強い目でハリーを睨み素早く首を振る。「今はダメだ」と、その目が訴えていたため、ハリーは渋々口を閉ざした。

 

 

「それでね、あの人が魔法省を乗っ取ったわけでしょう?なら、隠れ穴の守護魔法も簡単に破棄することができるわ。でも、この家にかけられた魔法は魔法省は関わっていない、個人の護りなの。だからあの人も魔法省の人も気付かないわよ。──暫くはね」

「暫く?」

「ええ、とりあえず……なぜ、昨夜死喰い人が私たちの居場所がわかったのか、それがはっきりしないかぎりここもずっと安全とは言い切れないわ。魔法省が陥落した後すぐに何かが起こった……あの人が何かを仕掛けたのだとしたら……ここに留まり続けるのも、あまりよくないと思うの」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーとハリーは難しい表情で黙り込む。昨夜、何故死喰い人が自分たちの居場所を突き止めることが出来たのかわからないのだ。

あの場所に姿現しをしたのはハーマイオニーの思いつきであり、誰も知らない場所であった。──ハリー本人もだ。

それにもかかわらず何故、あれほど的確に知ることが出来たのか。それとも、たまたまマグルの世界のカフェに、たまたま死喰い人が訪れたという奇妙で不運な偶然だったのか。その予想を立てぬままにこれから行動すれば、きっと再び死喰い人が目の前に現れる事になるだろう。

 

 

「うーん……臭いは完璧に消えているのよね?」

「昨日もそうだって言ったじゃないか……」

「たとえば、未成年の臭いと同じメカニズムの、それとは少し違う新しい魔法がかけられているのなら……本当、どうする事も出来ないわね」

 

 

深刻な顔で呟き、ソフィアは熱い紅茶を一口飲んだ。その言葉にロンとハーマイオニーとハリーは愕然として顔を見合わせる。

 

 

「そんなこと……可能なのか?」

「魔法は、常に進化しているの。新しい魔法だって常に生まれているわ。ヴォ──あの人は強力な闇の魔法使いよ。常識では考えられない魔法を生み出していても不思議じゃないわ」

 

 

恐々とロンが呟き、ハーマイオニーは沈痛な面持ちで唸るように答える。

認めたくはないが、ヴォルデモートの力はダンブルドア亡き今、誰よりも強力で恐ろしい。今まで最高で2つしか作られていない分霊箱を7つも作る程なのだ。自分たちが想像もできぬ方法で、ハリーの居場所を知ることが出来る魔法を生み出したのかもしれない。

 

 

「でも、とりあえず……ハリーの居場所が常にわかるわけじゃないと思うの。そうならこの家はとっくに戦場になってるわ。何か理由とか、きっかけがあるのかもしれないわね。未成年が魔法を使ったらバレてしまうように」

「たとえば……ハリー個人に魔法をかけてる、とか?」

「うーん……それなら、何かが必要だと思うの。ハリーの血とか肉片とかね」

 

 

難しい顔をしてさらりと伝えたソフィアに、ハリーはぎょっとして目を見開き「血?に、肉片?」とソフィアの言葉を繰り返した。

 

 

「対象者を呪いたい場合は、その人の一部が必要なの。それが生命に近ければ近いほど強力な呪いを生み出せると、言われているわね」

「なら、それは違うな。僕はそんなプレゼントをした記憶はない」

「うーん……私、昨日の事を何度も考えたんだけど、これと言っておかしな行動もしなかったし、あなたの姿は透明マントで隠れていたし、あなたは死喰い人が襲ってくるまで、魔法を使ってもいなかった」

「……たとえば、滞在時間とかは?」

「カフェでいた時間よりも、ここにいる方が長いもの。それは当てはまらないわ。……本当に、何が原因か──わからないわ」

 

 

ソフィアの静かな言葉は重くハリー達の肩にのしかかった。何故場所が知られたのかわからない。しかし、何か理由があるはずだ。そうでなければここがいくら護りのある家だとはいえ、襲われないわけがない。この家は秘密の守り人により護られているわけではないのだ、ヴォルデモートであれば簡単に守りを解く事ができるだろう。

 

ソフィア達は暫く「どのように居場所を知ったのか」について話をしたが、残念ながら見当もつかない、とう意見で一致してしまった。

 

 

「私、この家を片付けるわ。いつ()()()が来てもいいようにね」

 

 

重い沈黙が落ちてしまい、それを払拭するようにソフィアはわざとらしく明るく言うと部屋中に向かって杖を振り、飾られている写真立てを引き寄せ鞄の中に入れた。子供部屋もただの客間に見えるようにしないと、とソフィアは階段を上がり二階へと向かう。

その軽い足音を聞きながら、ハリーはソファに深く腰掛け重々しいため息をついた。

 

 

「……今日か明日には、ここを出た方がいいんだろうな」

「ええ、そうね。一箇所に留まるのはよくない。常に移動するべきね」

 

 

ハーマイオニーはハリーの言葉に頷きながら鞄の中を探り、中からビスケット缶を取り出した。途端にロンの腹の虫がぐうと嬉しい声を上げ──ハーマイオニーは少し笑った──三枚ほど一気に掴み口の中に押し込んだ。

 

 

「ハリー。あなたの顔色、まだいいとは言えないわ。少しは食べられそう?」

「うん。ちょっとこの紅茶苦いから──ちょうど良かった。ソフィアには言わないでくれよ」

 

 

ハリーはいつも飲んでいる紅茶よりも苦く、独特のスパイスか香草の風味がする紅茶に、正直なところあまり好みではないな──とは思ったのだが、ソフィアが淹れたものを「おいしくない」だなんてとても言えなかった。

 

 

「確かに独特な味だけど、私は嫌いじゃないわ」

「なんだか、薬みたいな味じゃないか?」

 

 

顔を顰め囁くハリーに、ハーマイオニーは味わうようにもう一口飲み、ニヤリと笑うと「そりゃあ、あなたは苦手かもしれないわね、ハリー」と意味ありげに言う。

 

 

「どういう事?」

「ほら、フラーが上手く紅茶を淹れられなかった時覚えている?その時自分の家にだけあるブレンドって言っていたでしょう?つまり、この紅茶はソフィアの家庭のブレンドなのよ」

 

 

得意げな顔をして説明するハーマイオニーはビスケットを一枚頬張る。

ハリーは眉を寄せカップの中の琥珀色を見つめていたが「なるほど」と呟くと一気に飲み干した。

つまり、この紅茶はセブルス・スネイプが作り出したものなのだろう。その紅茶が飲めないと何故か認めてもらえないような気がしてハリーは挑戦的な気持ちで飲んだのだが、残ったのは苦味だけだった。

 

 

「そういえば──マンダン──ガス、の居場所は──わかったのかな」

 

 

ロンは口いっぱいにビスケットを詰め込み、もごもごと話す。口の中に物を入れたまま話す様子にハーマイオニーは嫌そうな顔をしたが、ハリーははっとして「本当だ!」と叫び立ち上がった。

 

 

「クリーチャーはシリウスに伝えるって言ってた。やっぱりシリウスとなんとか連絡を取らないと」

「話しかけて──うっ──みるか?」

 

 

ビスケットが詰まりそうになったロンは慌てて胸を叩き紅茶を飲み干し、目に涙を溜めながら聞く。隣にいたハーマイオニーは「自業自得」とでも言いたげな目でロンを見たが、その手は優しくロンの背中を叩いていた。

 

 

「……ここから出る時に、シリウスから連絡が無ければ……話しかけてみよう」

 

 

ハリーの言葉にロンは頷き、ハーマイオニーは少々不安げな顔をして頷きもせず、否定もしなかった。

 

 

 

 

 

ソフィアは家中を周り家族の痕跡を丁寧に消していった。この家がもし死喰い人に捜索された時に、ただの個人の家だと思われるように──完璧に自分とルイスの痕跡を、そして、出来る限りセブルス・スネイプの痕跡も消した。

まだこの家が家族の戻る場所として存在しているということは、父はこの場は安全であると思っているのだろう。それとも、父とジャック、二人とも家に寄ることができないほどに見張られているのだろうか。

どちらにせよ、この行為に間違いはないはず。そうソフィアは思い、全てを鞄の中に片付け──いつかこの家が家族全員で集まることが出来るようにと願う。

 

 

「お待たせ。──あら、ビスケット!私も食べていい?」

 

 

ソフィアはハリーの隣に座りながら半分以上減っているビスケットを見て目を輝かせる。ハーマイオニーはすぐに頷き、冷めかけていたソフィアの紅茶に杖を振り温め直した。

 

 

「ソフィア、この紅茶ってあなたの家独自のものなの?」

「ええ、そうよ。父様に教わったの。本当は後何種類か薬草をいれているらしいけど教えてくれないのよね……。……あっ!」

 

 

ソフィアは答えながら小さく声を漏らし、申し訳なさそうにハリーとロンとハーマイオニーを見た。

 

 

「……私は慣れているけど、少し独特な味よね?普通に淹れたら良かっ──」

「そんなことない、すごく美味しいよ!」

 

 

この紅茶が万人受けするものではないとわかっているソフィアは眉を下げたが、被せるようにハリーが笑顔で言い空になった自分のカップに紅茶を注ぎ、一口飲んでにっこりと笑った。

 

 

「本当?良かったわ、私も大好きな味なの」

 

 

ソフィアは嬉しそうに笑ったが、それを見ていたハーマイオニーとロンはハリーのあまりの必死さと健気さに吹き出し笑いそうになるのをなんとか堪えていた。

 

 

 

 



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396 予期せぬ来客!

 

 

その日、ハーマイオニーはダンブルドアの遺品であるビードルの物語をじっくりと読み、ソフィアはセブルスが研究室として使用していた部屋に篭り秩序の匙を使い魔法薬を作った。魔法薬を完璧に作るのであれば、本来ならば得意なハーマイオニーが作ったほうがいいだろう。しかし四人で旅をし続けると言っても──ずっと、四人が揃っているとは限らない。命をかける危険な旅で、万が一バラバラになってしまった時のためにソフィアは自分の手で難解な魔法薬を作れるようにならなければならないと考えていた。

勿論少ない時間で作ることが出来る魔法薬は少ないが、それでも軽傷を治す魔法薬ならば作り出すことが出来るだろう。

 

ソフィアは匙を混ぜていた手を止め、棚の中に整然と並べられている薬を見た。中にはとても貴重な薬が並べられている。通常ならば棚の薬を勝手に持ち出せば、セブルスは間違いなく怒るだろう。しかし、今は──非常事態だ。

 

 

「……ハナハッカエキスは絶対に持って行かなくちゃ」

 

 

ソフィアは何だか家探しをし泥棒になってしまった気持ちになったが、仕方ない事だと自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

ソフィアが薬を作っている頃、ハリーは落ち着かないのか何度も暖炉の前を行き来しながら机の上に置かれた沈黙したままの鏡を睨み、ロンは肘掛け椅子に座りながらカチカチと灯消しライターを使い居間のランプの灯りを消し、灯し、また消し──と何度も繰り返していたためついにハーマイオニーが「もう!」と苛立ち叫ぶ。

 

 

「やめてちょうだい!本が読めないわ!」

「ごめんごめん、自分でも知らないうちにやっちゃうんだ」

 

 

ロンは灯消しライターを鳴らし灯りを戻したが、ハーマイオニーは「ねえ、何か役に立つ事をして過ごせないの?」と、つい嫌味らしく言ってしまい──ロンは目に見えて不服そうにポケットの中に灯消しライターを突っ込むと机の上に足を投げ出した。

 

 

「どんなことさ。御伽話を読んだりすることか?」

「ダンブルドアが私にこの本を遺したのよ、ロン──」

「──そして僕には灯消しライターを遺した。たぶん、僕は使うべきなんだ!」

 

 

些細なことで口喧嘩を始めたロンとハーマイオニーに耐えられず、ハリーは鏡を手にすると二人に気付かれないようにそっと部屋を出てソフィアが篭っている部屋へと向かった。

 

 

「ソフィア」

「ハリー?どうしたの?」

 

 

扉を開ければホグワーツでのセブルスの研究室を思い出してしまい、ハリーは内心もやりとしたが表情には出さずに瓶に薬を詰めるソフィアの元に近づく。

 

 

「調合、うまくいった?」

「ええ!いつも通り作っているはずなのに、不思議だわ」

 

 

緑色の水薬を瓶に詰め終えたソフィアは軽く掲げ、ランプの灯りにかざした。作った薬はそれほど難易度が高い物ではないが、これほど上手く作れたのは初めてであり満足げに笑いながら鞄の中に入れる。

「何か手伝う事はある?」と聞いたハリーに、ソフィアは鍋に残っている薬を空き瓶に詰めるように頼み、その間に少々散らかってしまった部屋の中を片付けた。

 

 

「──よし、とりあえず使えそうな材料と薬は手に入ったし……ハーマイオニーとロンは?」

「いつもの口喧嘩中」

「まぁ……」

 

 

肩をすくめるハリーに、ソフィアは小さく苦笑した。最近良い雰囲気になっているハーマイオニーとロンだが、根本的なところは変わらないのか──口喧嘩も、彼らにとっては仲を深める行為なのかもしれない。とソフィアは思う。

 

 

「喧嘩する心の余裕がある、と考えるべきかもしれないわね」

「……確かに、2人が静かになったらそれはそれで怖いな」

 

 

薬草の匂いが立ち込める研究室から出たソフィアとハリーは顔を見合わせ小さく笑っていたが、玄関近くの階段を中程まで降りたところで──扉をそっと叩く小さな音が聞こえた。

 

すぐにソフィアとハリーは杖を抜き、とっさにハリーは片腕を上げソフィアを自分の背中に隠した。一瞬で張り詰めた緊張感が2人を支配し、呼吸を止めてじっと扉を見る。

 

ソフィアは杖を振り、杖先から銀色の文字を出しハリーの前に出現させた。

 

 

──ハリー、すぐに隠れて。ハーマイオニーとロンに知らせて。

 

 

ハリーはごくりと固唾を飲み一瞬悩んだ。扉の外にいるのは誰だろうか?もし、死喰い人ならば狙いは自分だ。だが、ソフィアが優秀な魔女だとしてもこんなところで一人きりには出来ない。危険な目に遭うのがわかっていて、置き去りになんて──。

 

 

「──ハリー!」

 

 

動かないハリーに、ソフィアは小声で叫ぶ。

しかしハリーはどうしてもその場から動く事は出来ず、強い意志の宿る目で扉を睨みつけた。

 

 

「私だ。──リーマス・ルーピンだ。もし、いるのなら開けてくれ」

 

 

扉の向こう側からくぐもった声が聞こえた。予期せぬ人物の声にソフィアとハリーは一瞬視線を交わし、そして小さく頷く。

 

ソフィアはハリーの腕を掴み一歩進み出て、そっと杖を振る。ハリーはいつでも反撃できるように、杖を強く握り直した。

 

かちゃりと鍵が開き、ぎぃ、と音を立てて扉が開かれ──。

 

 

縛れ(インカーセラス)!」

武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 

その姿が完全に見える前にソフィアとハリーは魔法を放つ。ソフィアの杖先から黒く長い紐が噴出し、扉の向こうにいた人物を捕えた途端、ソフィアは強く引き、ハリーは弾かれ飛んだ杖を空でキャッチしながら素早く扉を蹴り閉めた。

呻き声を上げバランスを崩し床に倒れたのは──リーマス・ルーピンその人であり、リーマスは「いたた……」と唸りながら床に頬をつけ自分を睨め下すハリーとソフィアを見上げた。

 

 

「本当にリーマス・ルーピンか?」

 

 

ハリーは低く硬い声でリーマスに伝える。

リーマスの体を束縛する縄がさらに強く締まり、けほっと肺に残っている息を吐き出しながなら苦しそうに口を開いた。

 

 

「ああ──私はリーマス・ジョン・ルーピン。狼人間でときにはムーニーと呼ばれる。忍びの地図を製作した一人であり、通常トンクスと呼ばれるニンファドーラと結婚した。君に守護霊の術を教え、君の守護霊は牡鹿の形をとる。ソフィア、君と初めて会ったのは私の家で、君とルイスはセブルスに一言も話すなと言われていたけれど沢山私と話してしまってセブルスに怒られたね」

「本物だ、間違いない」

「ええ、そうね。会えて嬉しいわ!」

 

 

リーマス本人しか知らぬ情報に、ソフィアとハリーはほっと表情を緩めた。すぐにソフィアは束縛魔法を解き、ハリーはリーマスを助け起こしながら杖を渡す。

あまりの強い締め付けに赤い痕が残ってしまった手首を揉みながらリーマスは苦笑し、服についた汚れを払った。

 

 

「二人ともしっかりと警戒していたようだ。うん、それでいい──奥に行く前に、すぐ先の森でお利口に待っている犬をここに連れてきてもいいかな?」

「犬?──まさか!」

 

 

ハリーはパッと表情を輝かせ、すぐに扉を開けようとしたがリーマスがそれを止めソフィアを見る。ソフィアはこんな緊急事態でも自分たちの事情を汲んでくれるリーマスの気持ちを読み取り、柔らかく笑いながら「ええ、私が許可するわ」と伝えた。

 

それを聞きリーマスが扉を開ければ待っていましたと言うように黒犬が体を滑り込ませ、ハリーがその名を呼ぶ前に──瞬き一つの間に人へと変わり、驚き喜ぶハリーを強く抱きしめた。

 

 

「わっ!」

「ハリー!ああ、無事でよかった!」

 

 

ハリーはシリウスの肩に顔を埋め、喜びと少しの恥ずかしさから一瞬狼狽えたが──本当に彼が無事で良かったと、その背に手を回して「シリウスもね」と明るい声で伝えた。

 

 

「いったいどうし──まあ!シリウス?リーマス!?」

 

 

玄関での声に気づいたハーマイオニーとロンが杖を構えたまま現れ、熱く抱擁するシリウスとハリー、そしてそれを見守るリーマスを見て驚き目を瞬かせる。

リーマスは扉を見る事なく魔法で鍵をしっかりと掛け直し、全員の無事を確認すると初めて表情を緩めた。

 

 

「話す事はたくさんある。今ここは安全なようだ──ソフィア、リビングに行ってもいいかな」

「ええ、勿論よ。私たちも話したいことがたくさんあるわ」

 

 

ソフィアはすぐにリーマスとシリウスを居間へと案内した。数回ここを訪れたことがあるリーマスは何も言わず廊下を進んだが、シリウスは少し物珍しそうに辺りを見渡した。

 

 



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397 魔法省の政策!

 

 

 

ソフィア達は居間へ向かい、それぞれがソファや肘掛け椅子に座る。ソフィアは暖炉で小さくなっていた火に向かって杖を振るい炎を起こし、リーマスはマントの下からバタービールを人数分取り出し皆で机を囲んだ。

 

 

「ここには誰も来る気配は無いかな?」

「ええ、着いたのは昨夜だけど……今のところ、しっかりと護りが効いているんだと思うわ」

「まさかこんなところにいるなんてな。てっきりグリモールド・プレイスにいると思っていたが……」

 

 

シリウスはバタービール瓶を傾け、ちらりと部屋の中を見まわしながら呟く。死喰い人の集団に襲われ、彼らの目を盗み監視から解かれた時、シリウスは真っ先にグリモールド・プレイスへ向かおうとしていた。しかしそれを止めたのはリーマスであり──「彼らが行きそうな場所を知っている」と真剣な顔をして告げたリーマスについてここまでやってきたのだ。

 

 

「あの場所が安全かどうかわからなくて。ほら、父様とジャックの事があるでしょう?もうほとんど片付けは終わったけれど、私たちがついた時は私とルイスがセブルス・スネイプの子どもだという証拠が残されていたの。ここが危険な場所なら、父様はきっと痕跡を消したはずでしょう?もう、いつ誰が来ても、この家で私とルイスが暮らしていた物は残されていないわ」

「ああ……だから、前来たときよりも物が少ないんだね」

 

 

リーマスは飾り気のない棚を見て大きく頷く。万が一死喰い人がこの家に現れたとしても、すぐに姿を眩ませればこの家が誰のものなのか判断するのは難しいだろう。実際、表向きにソフィアとルイスが暮らしていたとされている家は別の場所にあり、この家との繋がりを見つける事は出来ないはずだ。

 

 

 

「それで、君たちは結婚式のあと、真っ直ぐにここに来たのかね?」

「いいえ、トテナム・コート通りのカフェで、二人の死喰い人と出くわして、そのあとです」

「なんだって!?」

 

 

ハリーの言葉にリーマスとシリウスは弾かれたように立ち上がりバタービールをほとんど溢してしまったが、それを拭うこともせず真剣な表情でハリー達を見つめる。

ハリー、ソフィア、ハーマイオニー、ロンは口々に何があったのかを話し、事の次第を聞き終えたリーマスとシリウスは動揺し、険しい表情で視線を交わした。

 

 

「しかし、どうやってそんなに早く見つけたんだ?」

「姿を消す瞬間に捕まえていなければ、姿くらましをした者を追跡するのは不可能だ」

「魔法省は陥落したのよね?もしかして、未成年につける臭いの魔法のように──何か、あの人が新しい秩序を魔法で作って、細工したんじゃないかって思ってるの」

「細工……いや、不可能ではない。それがどんな魔法で、何故ハリーの居場所がわかったのか……実に気がかりだ」

 

 

ソフィアの言葉にリーマスは唸りながら座り込み頭を掻きむしるが、大人であってもその答えに辿り着く事は出来なかった。ソフィアの言うように何か新しい秩序がつくられたのならば、早く解明しなければ彼らの旅は更に危険なものになってしまう。

 

 

「それより、僕たちがいなくなったあと、どうなったか話して。ロンのパパがみんな無事だって教えてくれたけど、その後何も聞いてないんだ」

 

 

ハリーにとっては今わからない事で時間を費やすよりも、あの結婚式に居た者たちがどうなったのかが気がかりだった。あそこには騎士団員だけでなくただの客や、友人がいる。無事だとは聞いているが──何があり本当に無事なのか、その時を知っているリーマスとシリウスから直接聞かなければ安心出来なかった。

 

 

「キングズリーのおかげで助かった。あの警告のおかげで、ほとんどの客はあいつらが来る前に姿くらましできた」

「死喰い人だったの?それとも、魔法省の人たち?」

「両方だ。というより、今や実質的に両者にはほとんど違いがないと言える。12人ほどいたが、ハリー、連中はあそこに君が居たことを知らなかった。アーサーが聞いた噂では、あいつらは君の居場所を聞き出そうとしてスクリムジョールを拷問した上、殺したらしい。もしそれが本当なら、あの男は君を売らなかったわけだ」

 

 

ハリーはその言葉を聞き、ソフィアとハーマイオニーとロンを見た。三人ともハリーと同じく驚きと感謝が入り混じった顔で目を瞬かせる。ハリーはスクリムジョールが好きではなかったが──リーマスの言う事が事実なら、スクリムジョールは最後にハリーを守ろうとしたのだ。

 

 

「死喰い人達は隠れ穴を全て探した。残っていた者たちを何度も尋問してな。君に関する情報を得ようとしたんだろう。しかし、俺たち騎士団以外に君があの場にいた事は誰も知らなかったし、勿論誰も口を割らなかった」

 

 

シリウスは当然だと言うように低く笑いながら告げる。「まぁ、あの場だけでなく騎士団に関係する全ての家に侵入したらしいが」とその後に続けられた言葉に、ハリー達はさっと顔色を変えた。

 

 

「──いや、誰も死んではいないよ」

 

 

リーマスがソフィア達に質問される前に急いで最後の言葉を付け加え、魔法省の護りがかかっていた全ての家に死喰い人が侵入し、何軒か家が焼き払われ磔の呪文をかけられた者も居たとなるべく感情が篭らないように伝えたが、脚の上で組まれた手は強く握られていた。

 

 

トンクスの家にかけられていた魔法がヴォルデモートを退けるほどの効果をもたらしていたことを思い出し、「死喰い人は保護呪文を全て突破したの?」と信じられず呟く。

 

 

「ハリー、いまでは魔法省の全ての権力が、死喰い人側にあると認識するべきだね。あの連中はどんな残酷な魔法を行使しても、身元を問われたり逮捕される恐れがない。そういう力を持ったのだ。我々がかけたあらゆる死喰い人避けの呪文を、連中は破り去った。そして、いったんその内側に入ると連中は侵入の目的を剥き出しにしたんだ」

「拷問に合理的な理由なんて──まさか、何か連中にはあるの?」

 

 

ソフィアは信じられず顔を歪め呆然と言葉にし、その瞬間リーマスは少し躊躇し言葉に詰まり、シリウスは見るからに不快だと顔をしかめ舌打ちを溢した。

 

 

「それが──ほら」

「再び有名人ってわけさ、ハリー」

 

 

リーマスはポケットから折り畳んだ日刊預言者新聞を取り出し、テーブルの向かい側からハリー達に見せるように押しやり、シリウスは天井を見上げ皮肉めいた冷笑を浮かべる。

 

ハリー達は身を乗り出してその新聞の切り抜きを見た。その見出しには大きく『アルバス・ダンブルドアの死にまつわる疑惑 尋問のため指名手配中』と書かれ、ハリーの顔が一面に掲載されている。

新聞の日付はちょうど結婚式が行われた日であり、おそらく魔法省が陥落してすぐにその記事が出されたのだろう──いや、出された時間を考えれば始めから用意していたのだ。

 

 

「酷いわ!」

 

 

ソフィアは怒りのあまり小さく叫び、ロンとハーマイオニーも唸り声を上げて怒ったが、ハリーは何も言わずに新聞を押しやった。内容を読まなくとも何が書かれているのか安易に予想が出来る。ダンブルドアが死んだとき、その死の原因を知っているのは一部でありほとんどの者が知らない。ドラコとルイスはその場に居なかったことになり、死喰い人を除いて怪しいのは自分だけなのだ。そして、数日前の日刊預言者新聞でリータ・スキーターがすでに魔法界に語ったように、ダンブルドアが墜落した直後に、自分はそこから走り去るのが目撃されている。

 

 

「それじゃ、死喰い人は日刊預言者新聞も乗っ取ったの?」

「ああ、そうだ」

 

 

ハーマイオニーは怒りで顔を赤くし、彼女らしからぬ汚い言葉で低くリータを罵った。

ソフィアはぐっと拳を強く握り、どうすることも出来ない状況に頭の奥がぐらぐらと茹だつような気がした。

騎士団はそこで何があったのか、ダンブルドアが何を望んでいたのかを知っている。ダンブルドアを殺したのはセブルスだが、それは予め彼らの中で決定されていたことなのだ。──しかし、セブルスは素性を明かすことは出来ず、死喰い人側だと思わせなければならない。ジャックもだ、少しでも騎士団側に有利な言葉を言えばその瞬間に彼らの死が確定するのだろう。

 

 

ハーマイオニーは怒りつつも「だけど、何が起こってるのか、みんながわからないはずがないわよね?」と聞く。これだけ大きく動いているのだ、死喰い人が魔法省を乗っ取ったことで彼らにも危機感が芽生えているはず。そう期待を込めたがリーマスとシリウスは小さく首を振った。

 

 

「クーデターは円滑で、事実上沈黙のうちに行われたんだ。スクリムジョールの殺害は、公式には辞任とされている。今日の朝、記事で出ていたな。後任は──まあ、俺たちにとって良いというべきか、悪いというべきか……ジャックが魔法大臣に任命された」

「ジャックが?そんな、でも──ジャックは、魔法省でのキャリアなんて……」

「完全に無いわけではなかったからな。数ヶ月前からジャックは死喰い人として魔法省に関わってきた。今思えば──それも、ジャックを大臣にするためだったんだろう」

 

 

シリウスは難しい顔で伝える。

ジャックは騎士団員だが、立場的には()()()()()()()ヴォルデモートの傀儡として魔法大臣にならざるをえないだろう。その周りにはたくさんの死喰い人が魔法省職員として目を光らせているのは間違いはなく、今まで以上に連絡が取りにくくなってしまったのだ。

 

 

「どうして、あの人は自分が魔法大臣だと宣言しなかったの?」

 

 

ロンの言葉にリーマスとシリウスは片眉を上げたが──ヴォルデモート、と言わないロンを責める事はなく諭すように口を開いた。

 

 

「宣言する必要はないんだよ、ロン。事実上やつが大臣なんだ。しかし、何も魔法省で執務する必要はないだろう?傀儡となったジャックが日常の仕事をこなしていれば、やつは身軽に魔法省を超えたところで勢力を拡大できる。

勿論多くの者が、何が起きたのかを推測した。この数日の間に魔法省の政策が180度転換し、さらにジャックがおよそするとは思えない政策まで発足されているんだ。噂で色々と囁かれているが──囁かれている。という事が肝心なのだ。誰を信じていいかわからないのに、互いに本心を語り合う勇気はない。もし自分の疑念が当たっていたら、自分の家族が狙われるかもしれないと恐れて、大っぴらには発言しない」

「……もし、あの人が大臣宣言をしていたら、反乱が起きていたでしょうね。黒幕にとどまる事で混乱や不安を引き起こしている……姑息だけれど、上手い手だわ」

 

 

ソフィアが苦々しく呟き、リーマスとシリウスが頷いた。もしヴォルデモートが大臣になっていれば、流石に黙っていられない人達が声を上げるだろう。しかし、魔法省に潜入している死喰い人は声をあげてヴォルデモートを支持しているわけではない。陰で彼の思想を撒き散らし制度を整えてはいるが、表に立つのは傀儡であるジャックであり、ヴォルデモート本人がそうしているわけではないのだ。

中には、ジャックの性格を知り「きっと彼には何か考えがあるのだ」と沈黙し見守る選択をしている者もいるだろう。

 

 

「それで、魔法省の政策の転換は魔法界に対して僕を警戒するように、という事なんですか?」

「勿論それもある。君がダンブルドアの死に関わっていると示唆する事で、君を擁護する可能性のあったたくさんの魔法使いの間に、恐れと疑いの種を蒔いたことになる。それだけではなく──魔法省は、反マグル生まれの動きを始めた」

 

 

リーマスはハーマイオニーを気遣いながら魔法省がマグル生まれの調査を始めたことを伝えた。

ただの調査ではなく、マグル生まれにも関わらず魔法を使える者は──本来使えるはずのない魔法を使えるようにするために、魔法使いから不当に魔法を奪ったとして不当な強奪者であるマグル生まれを一掃するために『マグル生まれ登録委員会』の面接を受け、不当に得た魔法では無い事を証明しなければ罪に問われるのだ。

 

 

「そんなこと、みんなが許すもんか!」

「明日……いや、既にマグル狩りが始まっているだろう。この情報は先ほど速報日刊預言者新聞に掲載されたものだ。こうしている間にも、マグル狩りが進んでいる」

「でも、どうやって魔法を盗んだっていうの?もし魔法が盗めるのなら、スクイブなんていないわ!」

 

 

ソフィアが「あり得ない」と叫び、ロンも強く頷く。この中でマグル生まれであるのはハーマイオニーただ一人だ。しかし、彼女は誰よりも優れた頭脳を持ちどんな魔法も使う事ができる優秀な魔女であるのは皆が知っている。そんな彼女が不当な罰を受けるだなんて、ソフィア達は許せなかった。

 

 

「その通りだ。にもかかわらず、近親者に少なくとも一人魔法使いがいる事を証明できなければ、不当に魔力を取得したとみなされ、罰を受けなければならない」

「奴らはいつまでも純血主義だ。──はっ!馬鹿馬鹿しい」

 

 

シリウスは強い軽蔑の目で暗がりを睨み、吐き捨てる。ハーマイオニーはぐっと眉を寄せ、半分以上残っているバタービールの瓶をじっと見つめた。

 

 

「純血や半純血の誰かが、マグル生まれの者を家族の一員だと宣言したらどうかな?僕、ハーマイオニーがいとこだってみんなに言うよ」

 

 

何とかしてハーマイオニーを助けたい。ロンの気持ちが伝わり、ハーマイオニーは薄く微笑みながらロンの手に自分の手を重ね、ぎゅっと握った。

 

 

「ロン、ありがとう。でも、あなたにそんな事させられないわ──」

「君には選択の余地がないんだ。僕の家系図を教えるよ。君が質問に答えられるように」

「ロン、私たちは最重要指名手配中のハリー・ポッターと一緒に逃亡しているのよ。だから、そんな事は問題にならないわ。私が学校に戻るなら、事情は違うでしょうけど。──あの人はホグワーツにも、何か計画があるの?」

「いや、まだ何も。だが──まあ、もし何か発令されるのならば近々だろう」

 

 

 

スクリムジョールがヴォルデモートに殺害され、魔法省が陥落してからまだ数日だ。──しかし、世間は目まぐるしく変化している。居場所を知られる事を恐れるために日刊預言者新聞を購読していないが、最新の情報を得る事ができなければ対応が後手に回ってしまう。

ソフィア達は怒りと戸惑いで黙り込み、強く握りしめていたせいでぬるくなってしまったバタービールに、思い出したように口をつけた。

 

 

「──そういえば、クリーチャーはまだ来てない?」

「ん?ああ、まだ来てないな……」

「そっか……」

 

 

分霊箱の手がかりは、マンダンガスが持つ──と思われている──スリザリンのロケットだけだ。その他にはどこにあるのかわからないものばかりであり、破壊する方法も確立できていない。それでもそのロケットを手に入れる事が、途方もない旅の一歩なのだとハリーは考えていた。

 

 

「もし俺の前に来たならすぐに鏡で知らせる──つもりだったんだが」

 

 

シリウスは言葉を濁らせ、机の端から溢れているバタービールを消しながらちらりとハリーの様子を伺った。

 

 

「え?」

「今、鏡を持ってないんだ。死喰い人の目を盗み隠れ穴から抜け出すのは一瞬のタイミングしかなくてね、持ち出す事が出来なかったんだ」

「そ、うなんだ……」

 

 

申し訳なさそうに眉を下げるシリウスに、ハリーは「仕方がないよ」と首を振ったが、ハーマイオニーとソフィアはちらりと視線を合わせ片眉を上げ口を開きかけ──閉じた。

 

 

「まぁ、しかし必要ないだろう?これから、俺達とハリーは共に行動するんだからな」

 

 

当然だ、と淀む事なく言い切ったシリウスはにこりと明るい顔をハリーに向ける。

ハリーは戸惑い視線を彷徨わせ、ハーマイオニーとソフィアは「やっぱり」と喉の奥で呟いた。

 

シリウスは何があってもハリーの旅についていくつもりだろう。ジェームズの忘れ形見としてハリーを自分の息子のように大切に思い、何より、身軽だ。定職についていないシリウスは姿を消しても誰にも怪しまれることはない。それにシリウスは目的のために長い期間野宿をし、ネズミや虫まで食べた経験があり過酷な旅であっても不満は微塵も出ないだろう。

そして──ついて行く事ができると微塵も疑っていない。

 

 

「あー……でも、ダンブルドアからの使命については、あれ以上言うことができないんだ」

「わかってるさ!それでもいい。同行すれば護ることができるだろう?大人でなければ入ることができない店で情報を集めることだってできる。俺とリーマスで、君たちを護ることが出来る。少なくとも、君たちよりは魔法の使い方が上手いと思うがね」

「ああ、話してくれないのは残念だけど。仕方がない」

 

 

リーマスとシリウスは自分たちがついて行くことが決定事項だというように頷き合う。

ハリーは正直、この二人がついてきてくれたならぼどれだけ心強いかと思った。自分たちは成人したばかりであり、優秀なソフィアとハーマイオニーがいるとしてもまだまだ実践経験は疎い。

 

だが、ハリーはリーマスとシリウスが常に一緒にいるとなると、ダンブルドアからの使命ややらなければならない事をどうやって秘密にすれば良いのか──全く思いつかなかった。

 

 

「えぇっと、それは、スリザリンのロケットだけだって。それに、騎士団が動きすぎるのは──」

「ハリー。スクリムジョールが死んで、死喰い人だけじゃなく魔法省まで敵なんだ!そんな事言ってられないのはわかるだろう?それとも、なんだ?」

 

 

戸惑い視線を泳がせるハリーに、シリウスはテーブル越しに体をぐっと近づけ、真剣な黒い目でハリーを見つめた。

 

 

「──俺じゃあ、君の力になれないか?」

 

 

シリウスはまるで捨てられた犬のような、悲しい目でハリーを見た。

ハリーは「うっ」と言葉を詰まらせる。シリウスにとって、何もできない時間がどれほど苦痛なのか──元騎士団本部で幽閉されていた時は、人相が変わるほど疲弊し苛立っていた。

そんな彼が今人間らしく溌剌としているのは、外に出て任務についているからだ。仲間の手助けができ、自分の存在に明確な意味が無ければシリウスの心はゆっくりと死んでいく。

 

それを知っているからこそ、ハリーはシリウスを強く拒絶することができず──どうせ拒絶してもついてくるだろうと思っているのだ──ごにょごにょと喉の奥で言葉を探した。

 

 

「そ、そんなことない、けど」

「なら、いいだろう?それに、もし君についていかなければ……向こうに行った後、ジェームズとリリーにかなり強めに責められる、だろう?」

「あー……うーん……」

 

 

亡き両親の事まで持ち出されたハリーは、助けを求めるようにソフィアとハーマイオニーとロンを見た。

ロンは正直、二人が同行してくれる事は悪いことでは無いと考えていたため肩をすくめて「もう無理だ」と首を振った。

しかし、ハーマイオニーは怪訝な顔で視線をシリウスからリーマスへと向け、口を開いた。

 

 

「──でも、トンクスはどうなるの?」

「トンクスがどうなるって?」

 

 

まさか自分の話になるとは思わず、リーマスは驚きながら聞き返した。

 

 

 



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398 父として!

 

 

「だって、あなた達は結婚しているわ!あなたが私たちと一緒に行ってしまうことを、トンクスはどう思うかしら?」

「トンクスは、完全に安全だ。実家に帰ることになるだろう」

 

 

リーマスは冷静にハーマイオニーの疑問に答えたが、その答えはハーマイオニーが知りたいことからややずれていた。

トンクスは今まで前線で戦ってきた闇祓いだ。彼女の性格的に、家に隠れて安全に過ごす事をよしとするなど考えられない。どちらかといえば彼女もハリーの旅について行きたがる方だろう。

 

 

「なぜ、トンクスは実家に戻るの?だって、トンクスは──」

「それは……」

 

 

まさか、結婚生活がうまく行かず出ていったのだろうか。いや、昨夜の結婚式でリーマスとトンクスは周りを警戒しつつも仲良く寄り添っていた。リーマスもまた、トンクスを気遣うように見つめていたとソフィアは知っている。

リーマスは言葉を止め、なんとも言えない沈黙が居間に流れる。まさかトンクスは前線に立てぬほどの何か大怪我でもしたのだろうか、とハリーは顔色を変え「怪我、とか?」と震え声で聞いた。

 

 

「いや。──トンクスは妊娠している」

 

 

蒼白な顔をするハリーに、リーマスは意を決して不快な事を認めるという雰囲気で口を開いた。

 

 

途端にハーマイオニーが「まあ、素敵!」と目を輝かせ、ソフィアは「わぁ!おめでとう!」と手を叩き、ロンは「いいぞ!」と喜びながら自分の足をぱしんと叩き、ハリーも「おめでとう」と祝ったが、四人の反応を見てリーマスは作り笑いのまま視線を逸らした。

 

 

「だから、トンクスは安全だ。──それで、君たちの旅に私達は連れて行ってもらえるのかな」

「え?──トンクスは妊娠しているのよね」

「……そうだ」

 

 

ソフィアは訝しげに眉を寄せ、リーマスはほとんど冷淡と言っていい声音で吐き捨てる。

ハーマイオニーとロンとハリーは同時にソフィアを見て、そして開きかけた口を閉じた。──ソフィアの横顔に激しい怒り悲しみ、そして失望の色を見たからだ。

 

 

「リーマス。そりゃあ、あなたが来てくれたらきっと旅は安全なものになるわ。旅の目的を教えられないとはいえ、きっとたくさんの脅威からあなたは私たちを守ってくれる」

「勿論だとも。我々はほとんど誰もが立ち会ったことがなく、想像も出来ないような魔法と対決することになるに違いない」

「そうね。リーマス。でも私はわからないわ」

「何が──」

 

 

怪訝な顔をするリーマスを、ソフィアはじっと見つめる。その真の強さを持つ緑色の目に、リーマスはアリッサではなく──何故かセブルスを思い出した。

 

 

「何故、あなたはトンクスのもとに──自分自身の子どもと居ようとしないの」

「優先順位の問題だ!トンクスは、あの家で両親に護られる。完全に安全だ!──ハリー、きっとジェームズなら間違いなく、私と一緒に来て欲しいと思ったに違いない」

 

 

リーマスは頭を掻き、ソフィアの視線から逃れるためにハリーを見る。しかしハリーの考えもソフィアと同じであり、たとえ親のことを持ち出されたとしてもその気持ちは──シリウスの時とは違い、微塵も揺れなかった。

 

 

「僕の父も、あなたが何故自分自身の子と一緒にいないのかとわけを知りたがったと思う。だって、父さん──ジェームズは最後までリリーと一緒に居て、僕を護ろうとしていた。そうでしょう?」

 

 

ジェームズは家を出て戦うこともできたが、リリーとハリーと共に家に篭り護る事を選択した。その事実を突きつけられリーマスは喉の奥から鳩尾まで冷たいものが通り過ぎたのを感じる。──同時に、強い羞恥心が沸き起こったがそれに強く蓋をし気付かなかったふりをした。

 

 

「……君には──君たちにはわかっていない」

「それじゃ、わからせてください」

 

 

リーマスは黙り込み、ぐっと手を強く握る。隣に座っているシリウスはチラリとリーマスとハリーを交互に見るだけで静観していた。リーマスの気持ちを、シリウスは強く理解ができる。妻子を置いてもハリーの助けをしたいのは当然だ。それほど危険な旅になるのだから。──しかし、ハリーが告げた「ジェームズは最後までリリーと共に居た」事は紛れもない事実であり、それを否定するほどの言葉をシリウスは持っていなかった。

 

気詰まりな沈黙が続いたが、ついにリーマスはごくりと生唾を飲み血の気の失せた顔のまま、口を開いた。

 

 

「私は──トンクスと結婚するという、重大な過ちを犯した。自分の良識に逆らう結婚だった。それ以来、ずっと後悔していた」

「そうですか。それじゃ、トンクスも子どもも棄てて、僕たちと一緒に逃亡するというわけですね?」

 

 

ハリーの辛辣な言葉に、リーマスはパッと立ち上がりハリーを睨みつけた。その視線のあまりの激しさにハリーはリーマスの顔に初めて狼の影を見た。  

 

 

「わからないのか!妻にも、まだ生まれていない子どもにも、私が何をしてしまったか!私は結婚すべきではなかった。私は彼女を、世間の除け者にしてしまった!私が背負っている病を知ると、魔法界の大多数が私のような生き物をどのように見るのか知らないだろう!トンクスの家族でさえ、私たちの結婚には嫌悪感を持っていたんだ。一人娘を狼人間に嫁がせたい親がどこにいる?それに、子どもは──子どもは──」

 

 

リーマスは目を見開き、自分の髪を両手で鷲掴みにし、ほとんど発狂していた。「リーマス」とシリウスが彼の肩に手を乗せ落ち着かせようとしたが、それでもリーマスは苦痛に満ちた声で唸り全てを拒絶するように首を振る。

 

 

「私の仲間は、普通は子どもを作らない!私と同じになる。そうに違いない。それを知りながら、罪もない子供にこんな私の状態を継がせる危険を犯した自分が許せない!もしも奇跡が起こって、子どもが私のようにならないのだとしたら、その子には父親はいない方がいい。恥に思うような父親は、いない方が100倍もいい!」

「リーマス!俺はお前を恥だなんて──」

 

 

シリウスは叫ぶリーマスの両肩を掴み、強く自分の方に向けた。リーマスの目には絶望と後悔の色が強く滲み、シリウスはぐっと奥歯を噛み口を開いた。

 

 

──バンッ!

 

 

が、その先の言葉はソフィアが高く掲げた杖先から出された爆発音により掻き消された。ロンとハーマイオニーはあまりの音に驚き跳び上がり、ハリーは咄嗟に耳を押さえたがあまりの音に耳の奥が痛んだ。

 

 

「落ち着いたかしら、リーマス。──トンクスは間違いなくあなたの子を妊娠しているのよね?」

「……あ、ああ」

 

 

リーマスは呆然と答える。

あまりの爆音に思考がまとまらなかったが、先程のパニック状態はやや収まっていた。

 

 

「あのね、私は思い違いをしていたのかしら?あなたは闇の魔術に対する防衛術の教師で、人狼についても詳しく知っていたわよね。まさか人狼になって数日しか経ってないのかしら」

「は──」

「まさか、わざわざ脱狼薬を飲んで満月の日に子どもを作ったわけではないでしょう?そんな特殊な──」

「当然だ!」

 

 

脱狼薬を飲めば人狼にはなるが、人としての理性を保つことができる。だがその状態で性交するという特殊な性癖をトンクスとリーマスは持っていない。むしろその考えは自分たちに対する下衆な侮辱だとリーマスは顔を怒りで歪めたが、ソフィアは揶揄いや馬鹿にするわけではなく、あくまで真剣な目でリーマスを見た。

 

 

「人狼からの噛みつきにより人狼になる。それは、あなたがよく知っている事でしょう。もし人間の時のセックスでできた子どもが人狼になるのなら、この世界にもっと人狼はいるわ」

「……」

「子どもは人狼にはならないのはこれでいいわね。まぁ生まれて満月の日が来るまであなたは不安かもしれない。でも、その不安な気持ちを──あなたの言う良識を失ってしまうほど、トンクスを愛したのでしょう?」

「あの時は、冷静では──おかしかったんだ。狂っていた。馬鹿な夢を見ていた」

 

 

リーマスは、あの時の自分を殺したいほど憎んでいた。トンクスの事は愛している。紛れもなく幸せだった。しかし──妊娠を告げられた瞬間、リーマスの思考を占めたのは深い後悔だった。

 

 

「リーマス。あなたの言う通り、残念だけど人狼に対する世間のあたりは強いわ。これはきっと何年も変わらないでしょう。少なくとも、完璧な薬が発明されるまではね。でも、わざわざ私が言わなくてもいいと思うけれど。トンクスは全てわかって──人狼と結婚する意味、子どもを作る意味をしっかりと理解してあなたに思いを告げた。あなたは、それを受け入れた。世間の除け者にされても、トンクスはあなたの隣に居たいと願った」

「……」

 

 

リーマスは両手で顔を覆った。わかっている、トンクスは自分を深く愛している。人狼など関係なく愛してくれている。世間の目がなんだと笑い飛ばしてくれている。その太陽のような明るさに救われた、愛した。しかし──だからこそ、怖いのだ。

 

まだトンクスは若い。騎士団では人狼に対する風当たりは強くはない。しかし、世間に出て子どもが生まれた後、親が人狼であると言う子どもに向けられた目の強さに──彼女は後悔するのではないかと。マグル生まれですら疎まれる政策になった。ならば人狼を親に持つ者の未来なんてない。トンクスは後悔する、そうに決まっている。だからこそ、自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「わかっている──だから、私は──せめて自分が──」

「だから、あなたはただの人狼ではなく。──巨悪に勇敢に立ち向かって死んだ人狼になりたいのね」

「──っ!!」

 

 

リーマスは息を呑み、蒼白な顔でソフィアを見る。

図星だった。せめて、少しでもトンクスと生まれてくる子どもが世間から除け者にされないように。彼女の夫は、子供の父は人狼ではあったが、ヴォルデモートに勇敢に立ち向かったのだと世間に認知されなければならなかった。

 

 

「リーマス。あなたがただの人狼でも。親を恥だと思う子どもなんていないわ」

「君に──君に、何がわかるんだ!」

「ええ、そうね。私は人狼ではないし、人の親になった事なんてない。でも、私はあなたよりは子どもだった時の事を覚えているの。私は──」

 

 

ソフィアは言葉を切り、一度目を閉じた。その後ゆっくりと目を開きリーマスを見つめる。

 

 

「私は、父様が死喰い人の時にした罪を知っても、父様を愛している。それは、父様との思い出が──少なくとも──あるからよ。もし、父様が私を棄てて、一切会いにこなかったなら、きっと私は父様を死喰い人として恥じていたでしょうね。それが私のためだとしても。でも、父様は短い時間でも私に向き合ってくれた。あなたはどうなの?リーマス」

「っ──私、は……」

 

 

リーマスは強いソフィアの視線に耐えきれず顔を覆い項垂れる。

見て見ぬふりをしていた事実を突きつけられ、リーマスは激しく動揺した。──わかっている。自分は、逃げているのだと。

 

 

「あなたが私達と共に来てくれるという気持ちは、嬉しいわ。でもね、あなたは私達を手助けする前に、父親になった責任を果たさなければならないわ。あなたが1番に護るべきなのは、もうハリーじゃないの。生まれてくる、あなたとトンクスの子どもなのよ」

 

 

リーマスは反論しようと口を開いたが、その口はぱくぱくと意味もなく開閉しただけで言葉が紡がれる事はない。

 

 

「きっとあなたは一方的にここに来たのでしょう?トンクスの元に戻って、話し合って。それで、あなたがどうしたいかを考えて。リーマス・ルーピンが、どうしたいのか」

「私が……」

「ええ、世間とか人狼だとかを取っ払って、あなたがどうしたいのか。真剣に考えてトンクスと話し合って。それでも私たちと共に来たいのなら、私たちを探して合流すればいいわ。強い意志があればきっと出会えるでしょう。そうしないかぎり、私たちはあなたが共に来る事を認められない。失望して、拒絶するわ」

 

 

リーマスは呆然としてソフィアを見ていたが、その隣にいるハリーとロンとハーマイオニーに視線を移した。

彼らもまた、同じような目でじっとリーマスを見ていた。一回り以上歳が離れている子どもに、こうも諭されるとは思わず──リーマスは情けなさから薄く自嘲し、疲れ切ったようにソファに深く背を預けた。

 

 

「……わかった。私は、トンクスの元に戻る」

 

 

絞り出すように答えたリーマスの横顔は、先ほどには無かった強い覚悟がチラリと見えていた。

 

 



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399 名付け親として!

 

 

リーマスが旅に着いていくことを諦め、トンクスの元に戻ると言った途端ソフィア達は安堵の表情を浮かべた。

 

リーマスは皺の多い、その年齢よりも老けて見える目頭を揉みながら「でも、君たちの事も大切なのは本当だ」と疲れたように笑いながら告げる。

 

 

「ええ、わかっているわ」

「君たちの旅は本当に危険なものになる。……シリウスは、連れて行ってもらえるのかな?」

 

 

シリウスの方をチラリと見ながらリーマスが言えば、目に見えてハリーは狼狽え、「どうしようか」とソフィアを見る。その目はソフィアが先ほどリーマスを説得したように何か良い説得をしてくれることを期待していた。

 

 

「当然だ。ソフィアの言うように親が子どもを護ることが当然ならば、俺にとっての子どもはハリー、君だからな」

 

 

シリウスは自分がハリー達の旅に着いて行くと微塵も疑わず決定事項であるかのように頷く。ソフィアは先ほど自分がリーマスを説得するために言った言葉がそのまま自分の首を苦しめるとは思わず、曖昧に笑いながら内心ではどうしたものか、と脳内で目紛しく思考を回転させた。

 

 

「でも、シリウスは騎士団としての任務が──」

「ハリーを護ること以上に重要な任務なんてあるか?」

「んー。……無いわね」

 

 

ソフィアは食い気味に答えたシリウスに困りつつ肩をすくめる。

きっと自分が何を言おうとシリウスは着いてこようとするだろう。彼を自分たちから遠ざけるには、それなりの理由が必要だが──ソフィアは彼を説得できる理由を探すことができなかった。

 

 

「……ハリー、あなたはどう思う?」

「えっ」

「ハリー。勿論、良いよな?」

 

 

シリウスは身を乗り出しハリーを見つめる。いきなり話題が振られるとは思わなかったハリーはしどろもどろになりつつ、暫くして口を開いた。

 

 

「えーと……僕もシリウスについてきて欲しい」

 

 

その言葉を聞いた途端シリウスは嬉しそうに笑い、「そうだろ?」と自信ありげに頷いた。

 

 

「でも、ダンブルドアが僕とソフィアとロンとハーマイオニーにだけしか、この旅について話しちゃダメだって言ったことを無視できないんだ」

「それは、騎士団員が動きすぎると向こうに伝わる恐れがあるからだろう?俺一人なら問題は無い。人の姿で動くことがまずいのなら、ずっと犬の姿でもいい」

「それは……シリウスの犬の姿は、もう向こうに伝わってるから……」

「あいつらにとって犬の違いなんてわからないさ」

 

 

ハリーは、本音を言えばシリウスが旅に来てくれたならばどれほど心強いだろうと思っている。大人であり、勇敢さがあり、何より自分が最も信頼している大人だ。しかし、やはりハリーはダンブルドアが騎士団員に自分たちにだけ分霊箱について伝え、誰にも言うなと言っていたことが引っかかっていた。

 

シリウスを説得することの困難さにハリーはハーマイオニーに助けを乞うような視線を向けた。ソフィアが不可能ならば、この中でシリウスを説得できる頭脳を持つのはハーマイオニーだけだろう。ロンは何故か熱心にバタービールのラベルを見つめていた。

 

ハリーの必死な目を見て、ハーマイオニーはひとつだけシリウスを旅に連れて行かずにすむかもしれない案を思いついたが──それを今、ソフィアが親の重要性を説いた後に言ってもいいものかと悩んだ。

 

 

一瞬気まずい沈黙が落ちた時、部屋の中に突如バシンと巨大な音が響きハリー達は驚き音のした方へ素早く杖を抜いた。

まさか、護りが破れたのかとソフィアはすぐにハリーの手を取りハーマイオニーはロンの腕を掴みソフィアの肩を持つ。すぐに姿くらましをしよう──ハーマイオニーはそう思ったが、シリウスが座る椅子のすぐ脇に突如現れ手足をばたつかせている塊を見て呆気に取られ、ぽかんと口を開いた。

 

 

「ご主人様、クリーチャーは盗人のマンダンガス・フレッチャーを連れて戻りました」

 

 

塊から身を解いたクリーチャーはシリウスへ深々とお辞儀をし、しゃがれ声で言う。マンダンガスはあたふたと狼狽しながら立ち上がり杖を抜いたが、それよりも早くリーマスとシリウスが杖を振るった。

 

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

「──くっ」

 

 

マンダンガスの杖が宙に飛び、リーマスがそれを捕えた。マンダンガスは狂ったように目をぎょろつかせて扉へと駆け寄ったがすぐにシリウスが杖先から縄を飛ばしマンダンガスの体を捕らえる。前のめりになり、ついにマンダンガスは鈍い音を立てて床の上に倒れた。

 

 

「な──何だよぅ。俺が何をしたっていうんだ?ハウスエルフをしかけやがって──」

「何を?さあ、わざわざ言わないとわからないのか?」

「す、姿を消したのは──悪かった!だが、俺は一度だってあいつのために命を捨てるだなんて──」

 

 

シリウスがわざとらしく足音を強く鳴らしながら一歩一歩ゆっくりとマンダンガスへ近づき低く笑う。逃げ場がない事を悟ったマンダンガスは脂汗を流しながら必死に喚き説明したが、彼らの目は冷ややかに哀れな男を見るだけで慈悲のかけらも映ってはいない。

ハリー達もマンダンガスに近づき、逃すつもりはない事を示すために彼を包囲すれば、マンダンガスの顔色は一層悪くなった。

 

 

「マッド・アイを見捨てて逃げた事は後で制裁をしなきゃならない。だが、それは俺が決めることじゃない。それよりもだ。マンダンガス、お前がグリモールド・プレイスから貴重品を持っていったとき──」

「あ、あれは構わねえって言ったじゃねぇか!」

「──ああ、ガラクタばかりだと思ったが、どうもそうじゃなかったんだ。その中にロケットがあっただろう。それをどうした?」

 

 

ハリーは緊張から口の中がからからに渇いているのを感じた。ごくり、と生唾を飲んだのはハリーだけでなくソフィアとロンとハーマイオニーも同じだろう。

シリウスの詰問に、マンダンガスは怯えていた目を鋭く光らせ「値打ちもんか」と囁く。

 

「まだ持っているんだわ!」とハーマイオニーが叫んだが、マンダンガスを見下ろしているシリウスとリーマスは苦い表情で首を振った。

 

 

「いや、持ってないね。もっと高く要求すれば良かったんじゃないかって、そう思ってるんだ」

 

 

鋭く見抜いたのは2人だけではなく、ロンは顔を顰めながら呟く。図星だったのか、マンダンガスはニヤリと笑い「ああ、もっと高くふっかけられたな」と吐き捨てた。

 

 

「忌々しいが、ただでくれてやったんでよぅ、どうしようもねぇ」

「どういうことだ?」

「俺はダイアゴン横丁で売ってたのよ。そしたらあの女が来てよぅ。魔法商品を売買する許可を持ってるか、と来やがった。まったく余計なお世話だぜ。罰金を取るとかぬかしやがった。けどロケットに目を留めてよぅ、それをよこせば、今度だけは見逃してやるから幸運と思え、とおいでなすった」

「その魔女は誰だ?」

 

 

全く知らぬただの魔法省職員ならば捜索が困難になる。ハリーは胃が痛むのを感じながらマンダンガスに聞いた。

マンダンガスは眉間に皺を寄せ「知らねぇよ、魔法省のババアだ」と答えたが、リーマスが見せびらかすように指先で杖を弄び、シリウスが「それで?」と低く脅すように追求した途端、顔をしかめさらに眉を寄せ考え込んだ。

 

 

「小せえ女だ。頭のてっぺんにリボンだ。ガマガエルみてえな顔だったな」

 

 

魔法省に勤めている小柄で、リボン、そしてガマガエルに似た顔。

ソフィア達の頭に数年前ホグワーツで独裁的制裁を加えた女の顔が浮かび、強い衝撃と共に奥歯を噛み締めた。

 

 

「アンブリッジだわ。間違いない……」

 

 

ソフィアの苦々しい呟きが部屋の中に虚しく響いた。

 

 

「アンブリッジ……あの糞ババアか」

 

 

シリウスは舌打ちし、苛立ちを隠すことなく頭を乱雑に掻くとマンダンガスに失神呪文を放った。マンダンガスは赤い光に貫かれびくりと大きく体を震わせるとそのまま床に頭を打ちつけ沈黙する。

 

 

「魔法省か……よりによって……」

 

 

リーマスは気絶したマンダンガスに一瞥をくれることなく顎に手を当て暖炉の前をうろうろと歩き回る。スクリムジョールが殺害され、ヴォルデモートの配置下にある魔法省に侵入することはかなり難しいだろう。元々職員だったアーサーも魔法省職員に扮している死喰い人に見張られ不審な動きを取ることはできない。

 

 

「でも、なんとかしてアンブリッジから手に入れなきゃ!ジャックに頼んだらどうかな?」

「無理だ。騎士団との連絡を取ることもままならない中でそのロケットを手に入れようとコンタクトを取れば……すぐにバレる。いや、むしろロケットが魔法省に存在すると知られない方がいい」

「そうか……もしあいつが知ったら、もう手に入れるチャンスは無くなってしまうんだ」

 

 

ハリーは悔しそうに歯噛みし、気絶したマンダンガスを睨み下ろした。

しかし、どうにかしてそのロケットを手に入れなければならない──それはダンブルドアから自分にだけ課されたヴォルデモートを倒すための重要な任務なのだ。分霊箱を破壊しなければ、ヴォルデモートに打ち勝つ事はできない。

 

 

「ハリー。この情報は、騎士団で共有してもいいかな?」

「……いえ、今はまだ、ここだけで留めたほうがいいと思います。ロケットを複数人で狙いにいけばバレてしまう……ダンブルドアは、それを恐れたんだ」

 

 

ハリーの言葉にリーマスは難しい表情をしながら頷いた。騎士団員はほとんど全員が死喰い人と魔法省から見張られている。少しでも怪しい動きをすれば些細な理由をでっち上げられ拷問──よくて尋問──される事だろう。

 

 

「とりあえず、魔法省に侵入する事ができるのかを調べないといけないわ。どこか穴があるかもしれない。アンブリッジが帰宅する瞬間を探らなきゃ……」

 

 

魔法省にいるアンブリッジはホグワーツとは異なり住み込みで働いている事はないはず、家へ帰宅するタイミングを見計らい拉致することが可能かもしれない、とソフィアは思ったが、ハーマイオニーは真剣な顔で眉を寄せ暖炉の火を見つめ考え込みながら口を開いた。

 

 

「そうね。それには──少なくともハリーが魔法省から離れていると思わせたいわ。そうしたら魔法省にいる死喰い人も探すために出て行くでしょうし……」

「でも、どうやって?僕が別の場所に姿現しと姿くらましをしてちょっとだけ姿を見せるとか?」

「そんな危険な事、あなたにはさせられないわ!もしするなら──そう──ポリジュース薬で──」

 

 

ハーマイオニーは言葉を切りハッと息を飲む。ハリーとロンは顔を見合わせ怪訝な顔をして眉を寄せた。ハーマイオニーのこの表情は何か思いついたときによく見せる表情だが、その全てをすぐに言おうとしない──もしくは難解で遠回りにしか言わない──のは彼女の悪い癖だと2人は何年も思っていた。

 

 

「なんだ?」

 

 

黙り込んだハーマイオニーに、ハリーは焦ったそうに聞いた。ハーマイオニーはハリーの視線を受け暫く黙り込んでいたが、乾燥した唇を舌先で少し舐めたあと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「その……ハリーは隠れないといけないでしょう?でも、出来れば魔法省にいる死喰い人を撹乱させたいわけ。魔法省なんか調べてない、遠く離れた場所にいるって思わせるために。だから、魔法省から何ヶ月も逃げることができて、強い魔法を使えて──」

「──だめだ!」

 

 

ハーマイオニーは一瞬、途中で気遣うようにシリウスを見た。その視線で何を言おうとしたのかわかったハリーは大声で叫び言葉を遮る。

その声にロンとソフィアが驚き目を見張ったが、ハリーは気にする余裕はなくハーマイオニーを強い目で睨みつけた。しかしハーマイオニーは臆することなくシリウスと向かい合い、言葉を続ける。

 

 

「──シリウス。あなたは敵に見つからずに何ヶ月も逃げたでしょう?だから、私たちと反対方向で、ポリジュース薬でハリーの姿になって死喰い人を引きつける。とっても危険だけど、死喰い人達の目があなたの方にむいていたら、私たちは動きやすくなるわ」

「……なるほど」

 

 

シリウスは黙ってハーマイオニーの作戦を聞いて頷いた。確かに共に行動し護る事よりも、自分が囮になり死喰い人達を撹乱し、ハリーがロケットを手に入れるチャンスをつくる方がハリーのためになるだろう。

それは過去、自分がジェームズのためにした事と同じ作戦であったが、決定的に異なるのはこの中に裏切り者はいないと言う点だ。

 

ハリーはさっと顔色を変えて「駄目だ!危険すぎる!」と叫ぶとシリウスに駆け寄りぐっと腕を取り真剣な表情でシリウスを見た。

 

 

「シリウス、そんな事──だめだ──危険すぎる。なら、僕と一緒に来る方がいい!」

「……」

「ハリー。でも、撹乱は絶対に必要よ」

「でも、シリウスじゃなくてもいいだろ!」

 

 

ハリー・ポッターとして世間に姿を見せることは何よりも危険や任務になるだろう。ハリーを捕まえようと狙うのはヴォルデモートや死喰い人だけではなく、一般人もそうなのだ──ハリー・ポッターには一万ガリオンの懸賞金がかかり、有力な情報を伝えるだけでも謝礼がある。ハリーに対し思い入れのない者は何の疑問も抱かずハリーを捕まえようとするだろう。

何せ、ハリーに対しては世論は真っ二つに割れていると言える。擁護する声は勿論あるが、中には日刊預言者新聞を読み、彼をただのホラ吹きだと思い込んでいる者もいるのだ。

 

世界中のほとんどが敵の中、ハリー達は身を隠して分霊箱を探さなければならない。

もし、ハリー・ポッターの姿になったシリウスが自分たちが向かっている場所とは真反対の方で姿を現してくれたなら──少しは動きやすくなるはずだ。

ハリーにもそれはわかった。しかし、そんな危険な任務を任せるくらいならば、ダンブルドアとの約束を破り分霊箱について伝え魔法省や自分たちの旅に着いてきてもらう方が何倍も良かった。

 

 

「ハリー」

 

 

シリウスはハリーの縋るような目を見て小さく微笑むと、自分の腕を強く掴むハリーの手に優しく自分の手を重ねた。

 

 

「私は君の力になりたい」

「でも──」

「それに、ロケットには因縁もある。何としてでも手に入れて破壊しなければならない。……レギュラスの死を無駄にしないためにもな」

「でも……」

 

 

言い聞かせるような言葉に、ハリーはぎゅっと眉を寄せる。それでも、行かないで欲しい。死ぬかもしれない。──そう言いたかったが、シリウスの明るい笑顔と覚悟を決めた瞳を見てしまい、弱音を吐くことがどうしてもできなかった。

 

 

「シリウス、お願いだから無茶しないで」

「ははっ!ああ、ほどほどにしておくよ」

 

 

ハリーの懇願にシリウスは笑いながら肩をすくめ、ハリーを引き寄せ背中を軽く叩いた。

 

 

 



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400 新しい校長!

 

 

当初はすぐに家から出て分霊箱探しの旅に向かう予定だったが、探していた分霊箱の一つであるスリザリンのロケットが魔法省に務めるアンブリッジが持っているらしい。ということがわかりソフィア達は家から出ることなくひっそりと隠れ暮らしていた。

 

あれからリーマスはトンクスの実家へ戻り、シリウスはマンダンガスを連れて姿をくらました。

 

リーマスが去ってから数日後、トンクスの守護霊がソフィア達の元にやってきて「ありがとう」と伝えて消えたのを考えると──あれから彼から便りはないが──リーマスは、トンクスと我が子のために生きることを決めたのだろう。

シリウスはハリーの身代わりとなるために色々なところで姿を少し見せては消す、を繰り返しているらしく、それはソフィア達が交代で透明マントを被り外に出た際にゴミ箱から拾った日刊預言者新聞でシリウスの行動を知ることができた。

どうやら予定通り、ソフィア達が向かう方向とは反対の方向へと進んでいるらしい。ハリーはシリウスと別れてから毎日日刊預言者新聞を読み、『ハリー・ポッター逮捕』の見出しがないかを確認しなければ不安と焦燥感から落ち着かなくなっていた。

 

 

ソフィアの家は護りがあるとはいえ、万全の護りではない。敵がこの家に気づいた時、いつでも逃げることができるように、とソフィア達は毎日リビングで寝て、少しも警戒を解くことはなかった。

 

その日、ソフィアは透明マントを被り、しっかりと杖を構えたま魔法省の入り口近くで行き交う人を見ていた。

スクリムジョールが死に、ジャックがヴォルデモートの傀儡として魔法大臣になったからと言っても社会は崩壊することなく存在し、仕事は続く。顔色の悪い魔法使いや魔女達が魔法省の入り口の中に消えるのを七時間以上見ていたが、やはりいつもと同じでアンブリッジとジャックは姿を現さなかった。

泊まり込みで仕事をしているのか、それとも、ロンが言ったように今でも役人は煙突飛行ネットワークで自室に出勤しているのだろう。

 

 

今日もこれといった収穫が無かった、と思いながらソフィアは誰かがゴミ箱の上に置いた日刊預言者新聞をさっと取り──勿論警戒は怠らなかった──鞄の中に入れた。

 

  

路地へ向かい、誰にもぶつからない場所までくると、意識は魔法省の入り口に向けたまま、鞄から新聞を取り出しざっと目を通す。

ハリー・ポッターを確保したという記事も、騎士団員を殺害したという記事もなくホッとしたが次のページを捲った途端、ソフィアは思わず叫びそうになったが──なんとか堪え、食い入るようにまじまじと記事を読み、そして小さく笑った。

 

 

──まあ、校長だなんて!似合わないわ。……間違いなくヴォルデモートの指示ね。なら、やっぱりホグワーツは監視下に置かれるのね。その責任者にするくらいなのだから、父様の疑いは晴れたのかしら。

 

 

ソフィアは新聞自分を睨むように見ているセブルス・スネイプの大きな写真を指先で撫でた。セブルスは鬱陶しそうにソフィアの指から逃れようとしたが、その表情がそこまで嫌そうに見えないのは、娘だからそう思うのかも知れない。

 

 

ソフィアは透明マントを被ったまま姿くらましをしてその場から消え、家の前にたどり着くと大きく扉を開かないようにほんのわずかに開き、するりと体を滑り込ませてすぐに魔法で鍵を閉めた。

 

 

「どうだった?」

 

 

居間にたどり着けばすぐにハリーが飛び出し、ソフィアの手に新聞がないかと落ち着きなく視線を動かした。

 

 

「今日もハリー逮捕もシリウス尋問の記事も無いわ。ちょっと──いつもと違うニュースはあるけれどね」

「何があったんだ?」

 

 

ソフィアから新聞を受け取ったハリーはすぐに机の上に新聞を広げる。ソフィアの「ニュース」という言葉にロンとハーマイオニーは不安そうにしながら身を乗り出し新聞を読んだ。

 

 

「ホグワーツの校長が決まったみたいよ」

 

 

ソフィアは透明マントを肘掛け椅子の背にかけながらおどけた調子で言った。すぐにデカデカと写りこちらを睨んでいるセブルスを見て、ハリーは「えっ、う──うわぁ」となんとも複雑そうな声を上げた。

 

 

「スネイプ先生が校長になるの?なら、マグゴナガル先生──騎士団と少しは連絡が取りやすくなるわね」

「そうね。しょっちゅうというわけにはいかないでしょうけど……。ほら、マグル学と闇の魔術に対する防衛術も後任が決まったって書かれているわ。きっと彼らは──」

「ああ、死喰い人だ。あの日に、塔の上にいた連中だ」

 

 

マグル学の後任となったアレクト・カロー。闇の魔術に対する防衛術の後任となったアミカス・カローは兄妹であり、二人は副校長でもあるらしい。つまり、セブルスにとっての見張りはこの兄妹なのだろう。その目があるうちはマクゴガナルと連絡を取ることが難しいかも知れないが、校長室は強固な魔法がかけられ定められた合言葉がなければ絶対に扉は開かない。

校長室にある珍しい品々も、セブルスならば無下に扱わないだろう。あの場所には憂いの篩や組分け帽子、それにゴドリック・グリフィンドールの剣がある。

 

 

「まぁ、父様が校長になったのなら、なんとか連絡してホグワーツに侵入する手筈を整えないといけないわ。ほら、分霊箱を破壊するバジリスクの牙は秘密の部屋にあるわけだし……父様はパーセルタングを使えないから、持ってこれないもの」

「あっそうだわ!まさか、スネイプ先生はここまでわかって校長に?」

「それは……わからないけれど、少なくとも私たちにしてみればとてもいい人事だわ」

「そうね、見つけ出すこともだけど、破壊するのも同じくらい難しいもの……ひとつの悩みはなんとかなりそうね」

 

 

ハーマイオニーは嬉しそうに言いながら新聞に他の情報が書いてないかと次のページを捲り隅々まで目を通す。

ハリーは内心でホッとしていた。分霊箱を探し出すのも、まだ一つの場所しか──それも、あればいいという、希望的観測だ──判明していない。全ての分霊箱を探し出す旅の難しさによる眠れなくなることは多いが、それでも破壊する手段があると思うと幾分か気が楽だった。

 

 

「そういえば、私が魔法省を偵察してすぐアーサーさんを見たわよ。とっても元気そうだったわ!」

 

 

ロンはソフィアの知らせに嬉しそうに笑い頷いた。

ロンも何度かアーサーが魔法省の入り口へ向かっていくのを見ているが、話しかけたことはない。魔法省にハリー達が忍び込もうとしているとアーサーに伝えれば、きっと手助けしてくれるだろうが、アーサーのそばにはいつも胡散臭く屈強な男が2.3名離れずいた。魔法省の職員に見せかけた、死喰い人がアーサーを見張っているのだろう。

 

きっと、シリウスとリーマスが言っていたようにハリーに関わりがあった者は皆見張られているのだ。何も行動することができないように、そして、ハリー・ポッターと密かに合流した時にすぐに捕まえられるように。

 

 

「でも、アンブリッジとジャックはやっぱりいなかったわ」

「やっぱり、パパが言ってたように煙突飛行ネットワークを使ってるんだろうな。役人はたいていそれを使うらしいし。アンブリッジは絶対歩いたりしないさ。自分が重要人物だと思ってるもんな」

「間違いないわね」

「──ああっ!」 

 

 

今日の報告をするソフィアの声を遮るほど大きな声でハーマイオニーが叫んだ。布を裂くような酷く高く震える声に、まさか敵が来たのかとソフィアとハリーは杖を抜きあたりを警戒し、ロンはさっとハーマイオニーに駆け寄り護るように肩に手を回す。

 

 

「どうした!?」

「あ、ああっ!そ、そんな、し──死んだって──」

 

 

廊下や窓を警戒したソフィアとハリーだったが、ハーマイオニーは痙攣するように震えながらその目をこぼれ落ちそうなほど見開き涙の幕をはりながら新聞の小さな記事を見つめていた。

 

途端、ハリーとソフィアとロンは胸が締め付けられ頭が殴られたかのような衝撃を感じる。ハーマイオニーがここまで狼狽しているのだ、きっと騎士団の誰かが──。

 

その記事を見たくなかったが、完全にパニック状態のハーマイオニーはガタガタ震えたまま誰が死んだのかを告げることはない。

ソフィアはそっと杖を下ろすと、ハーマイオニーに寄り添い肩を抱きしめながら、新聞に視線を落とした。

 

 

「──え?」

「ど──どうし──なんで──」

 

 

顔を蒼白にしてぶつぶつと呟くハーマイオニーを見て、ソフィアは目を瞬いた後大きくため息をついて新聞をばしん、と閉じた。

強い音にハーマイオニーは肩を震わせソフィアを見上げる。ロンとハリーもごくりと固唾を飲み誰が死んだのか──聞く覚悟をした。

 

 

「なっ──え?──あ、あれ?」

「ハーマイオニー……また寝てないわね。あなた、疲れてるのよ。今日の夜の見張りも、夕食も私が作るからちょっと寝た方がいいわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの両肩を掴み、優しくソファの背に押した。ハーマイオニーは呆然としたまま「……そ、そうだったわ」と呟き、目に溜まった涙を手の甲で乱暴に拭きながら後ろに背を深く預け天を仰ぎ大きく息を吐いた。

ハリーとロンは顔を顔を見合わせ困惑したままソフィアが閉じた新聞を捲る。

ハーマイオニーが読んでいた場所には、よほど読み込まなければ気付かないのでは無いかと思うほどの端も端、誰も読まないような小さな記事があり、『ソフィア・プリンス──またの名を、ソフィア・アリス・エドワーズ──死亡』と書かれていた。

 

そこにはソフィアの企み通りに人狼により無惨に殺されたソフィアらしき人物の死体があったことや、発見者は唯一の家族である兄のルイスであることなどが淡々とかかれていた。劇的な記事でも、悲惨さを物語る記事でも無い。

本来人狼に殺されたとなれば大々的に報じられ詳しく調査され人狼登録をしている魔法使いは一度尋問にかけられる。しかし、そうされないのは人狼のほとんどがヴォルデモート側にあるからだろう。

 

そう、ハーマイオニーが見て取り乱すほどの衝撃を受けたのは、ソフィア・プリンスの死亡記事だった。

全てソフィアの姿を隠すための企みなのだが、精神的に追い詰められ疲労していたハーマイオニーは、隣にソフィアがいるにも関わらずそれが本当の事のように錯覚してしまったのだ。

 

 

「……やっぱ。疲れてるんだな」

「1ヶ月近くも気を張ったままだもの。……この家がずっと無事だとは限らないし」

 

 

ソフィアは青い顔をしてぐったりと目を閉じるハーマイオニーを見つめ、ロンは少し狼狽えながら「紅茶でもいれようかな」と立ち上がった。

キッチンへ向かうロンを見送った後、ソフィアはハーマイオニーの隣に座り自分の太ももの上にハーマイオニーの頭を半無理矢理乗せさせた。ハーマイオニーは唸りながらももぞもぞと居心地のいいポジションに移動し、ふわふわの髪の毛が擦れるたびにソフィアは小さな笑い声を漏らした。

 

 

「……このままじゃいけない」

 

 

ハリーは遠くでロンがキッチンの棚をがさごそ探る音を聞きながらぽつりと呟いた。

真剣な声に、ハーマイオニーの頭を撫でていたソフィアは手を止めハリーの目をじっと見る。

 

 

「そうね……何回も偵察して、分かったことも多いわ」

「ロンが戻ってきて、ハーマイオニーが起きたら話し合おう」

「そうね」

 

 

ソフィアは近々作戦を決行しなければならないとは分かっていた。アンブリッジもジャックも姿を見せないのならば、こちらから向かわねばならない。ジャックと会えたなら──アンブリッジが身につけている可能性が高いロケットについて話し、こっそりと取ってきて欲しいと言えただろう。それが最も安全で確実な方法だったが、そのチャンスは敵陣の中に踏み込まなければ手に入れられないようだ。

 

ハリーとソフィアは覚悟を決め、無言のままこくり、と頷きあった。

 

 

 



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401 魔法省に潜入!

 

 

ついに魔法省へ潜入する日になった。

ソフィア達はおよそ1ヶ月の間に毎日決まった時刻に現れる魔法使いを調べ、時には噂話に耳をすませ情報を収集していた。職員の話から、職種により決まった色のローブを制服のように着るものがいるという事や、アンブリッジがいる部屋の場所は一階にあるという事、魔法省に行くには特別なコインが必要だと分かっている。入念に作戦を組み立て、必要になるだろう物をソフィアとハーマイオニーの鞄にそれぞれ2セットずつ用意し、何度も夜遅くまで話し合った。

 

 

まず、ハーマイオニーとソフィアがロンと一緒に姿くらましをして、それからソフィアが透明マントを被りハリーを迎えに行った。

 

ハリーは数回目だったが、未だに慣れることの無い付き添い姿くらましにより一瞬胸が詰まるような感覚になりながら真っ暗闇を通り抜け、いつの間にか小さな路地に現れていた。

 

ソフィアはハリーの手を引き、大きなゴミ箱の影で身を隠すようにしているハーマイオニーとロンの元へと向かう。路地には彼ら以外の人影は無く、魔法省に一番乗りで出勤する職員たちも、通常午前8時までは表れることはない。

 

 

「予定の魔女は、あと5分ほどで来るはずだわ。それで私が失神呪文をかける」

「ええ、私たちはここの扉の影に隠れなきゃね」

 

 

ソフィアがゴミ箱のすぐ脇にある南京錠の掛かった落書きだらけの防火扉に杖を向ければ、扉は軋んだ音を立ててパッと開いた。慎重に扉を引き、元通り閉まっているように見せかける。

この扉は閉館した劇場に続いているだけで、これまでの慎重な偵察から誰もこの扉を開けないことが──いや、この場を意識しないと分かっている。

 

 

「次は、透明マントを被ったまま、待つ」

 

 

ハーマイオニーは試験前のようにひとつひとつ確認し、ようやく落ち着いてきたのか長い息を吐いた。

 

それから3分ほどして、ポン、という小さな音と共に小柄な魔女がソフィア達のすぐそばに姿現しをした。太陽が雲間から現れたばかりでふわふわとした白髪の魔女は突然の明るさに目を瞬いたが、その日の光に慣れる暇もなくハーマイオニーの無言の失神呪文を胸に受けた。

 

倒れる直前にソフィアが地面を柔らかいものに変化させたため、悪目立ちする衝突音は出ていなかっただろう。

 

 

「うまいぞ、ハーマイオニー、ソフィア」

 

 

ロンの小声の賞賛を受けたハーマイオニーはぎこちなく笑う。すぐに魔女を4人で抱え、扉を開けて暗い劇場の中へと運んだ。

ハーマイオニーは魔女の髪を数本引き抜き、ビーズバックから取り出した泥状のポリジュース薬のフラスコに加え、その間にソフィアとロンは小柄な魔女の鞄の中を探り彼女の身元が判明するものを探す。

 

 

「マファルダ・ホップカークさん、っていうらしいわ。魔法不適正使用取締局の局次長ね。この証明書は持っていたほうがいいわ」

「ハーマイオニー、これが例のコインだ」

 

 

ソフィアは身分証明書を渡し、ロンは魔法省への通行許可証である金色のコインを数枚渡した。

受け取りながら「ありがとう」とハーマイオニーは呟き、決意に満ちた目で薄紫色になったポリジュース薬を飲めば──数秒後には、マファルダ・ホップカークと瓜二つの姿がソフィア達の前に現れた。

ハーマイオニーはぎゅっと眉を寄せ、手探りでマファルダの顔にかかっているメガネを取り自分の顔にかける。ようやく目の前がはっきりと見えるようになったハーマイオニーはソフィアに向かい合った。

 

 

「よし──後数分で、もう一人が来るはずよ」

「ええ、ハーマイオニー……気をつけてね」

 

 

ソフィアはハリーが広げる透明マントの中に入りながら声をかける。ハーマイオニーは真剣な顔で頷き、姿を隠すことなく外へと出た。

 

ほんの数秒後、再びポン、と音がして背の高い魔女が現れた。

 

 

「まあ、おはようございます」

「おはよう」

 

 

現れた魔女は目の前にいるハーマイオニーに驚いたように足を止め、軽く挨拶をする。ハーマイオニーはできるだけ年寄りに聞こえるように震え声で朝の挨拶をした。

 

その後ろに控えていたソフィアは迷うことなく失神呪文を放つ。マファルダのように魔女はびしりと固まり、ゆっくりとハーマイオニーの方へと倒れた。

 

 

「──アリス」

 

 

ソフィアは透明マントの外へ飛び出し──ロンとハリーが息を呑んだ──倒れていく魔女、アリスを抱きとめるとそのまま肩で扉を押し開けた。

すぐにロンとハリーが手伝い、アリスをマファルダの隣まで運ぶ。

 

 

「ああ……ごめんなさい」

 

 

アリスは、ジャックが孤児院を経営していた時のスタッフの一人だった。ソフィアにとってジャックが父親ならば、アリスは母親だと言えるだろう。そのアリスが魔法省に勤めていると知った時は驚き思わず声をかけそうになったが──服従呪文にかけられている可能性が高いとハーマイオニーに説得され、ソフィアは今までアリスに声をかけることはなかった。

ハーマイオニーが言うように服従呪文がかけられている可能性は高いだろう。孤児院にはマグル生まれの子どもも居たのだ、そんな子ども達を愛し育てていたアリスがヴォルデモートの思想に賛同するとは考えられない。アリスは普通の魔女であり特別な能力はなく、閉心術の存在も知らないはずだ。──ならば、服従呪文をかけられヴォルデモートにとって都合の良い行動を取らされているだろう。

 

 

ソフィアはアリスの頬を撫で、唇を噛み締めながら髪を数本抜いた。

抜いた髪をポリジュース薬の中に入れ、薄い緑色になったそれを飲む。苦みの後にほのかに甘いような不思議な味が喉元を通過した途端体が熱くなり、身長がみるみるうちに伸び、黒い髪は焦茶色のショートカットへと変わった。

ソフィアはアリスが持っていたカバンを手にし、中を探りコインと身分証明書を取り出しぐっと手のひらの中で強く握った。

 

 

「──さあ、後は2人分よ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは頷き合い、それぞれ一人ずつ変身する相手の髪を入手するべく奮闘した。

何食わぬ顔でターゲットに近づき声をかけ、それとなく話をして──鼻血ぬるぬるヌガーとゲーゲートローチを使い、突然の鼻血と嘔吐で混乱する魔法使いを半ば無理やり家に帰るように説得し、髪を数本引き抜く。

路地の近くにぶちまけられた吐瀉物と血痕を見てロンは嫌そうに鼻をつまみながらハーマイオニーに手渡されたポリジュース薬を飲んだ。

 

用意していた濃紺のローブを着たロンは、背の低いイタチのような顔の男になり、ハリーはソフィアが鼻血を噴出させ帰らせた背の高い屈強な男になっている。

互いをまじまじと見ながら、ロンは「おったまげー!怖いぜ」とからかい半分で言いながら肩を上げた。

 

 

「かなり大柄だから、新しいローブがいるわね……カバンの中身が見れなかったから、誰かわからないの。ごめんなさいハリー」

 

 

ソフィアはカバンの中から大きなローブを取り出しハリーに手渡す。ハリーは首元が苦しくなってしまったローブの代わりにそれを受け取り──薬草のような香りが鼻の奥まで強く吹き抜け、思わず「これって」と言いながら黒くて大きなローブを見下ろす。

 

 

「父様のよ。だって、大きいのなんてそれしかないでしょう?」

「……」

 

 

複雑そうな顔をしたハリーは歯切れの悪い言葉で「まあ、うん、そうかな」と呟き、物陰に隠れて服を着替えた。

ホグワーツでセブルスが着ていた長い引きずるようなローブではないが、それでもあのセブルス・スネイプの服を着ている。と思うと背中が妙にぞわぞわとして落ち着かなかった。

 

 

「さあ。コインを持ってるわね?もうすぐ9時になるわ。彼らの出勤時間より遅くなってしまった……急ぎましょう」

 

 

ハーマイオニーは時計を見ながらピリピリとした雰囲気で言う。ソフィア達は慎重な顔で頷き路地を出た。

混み合った歩道を50メートルほど歩くと、先端が鏃の形をした杭が建ち並ぶ黒い手すりのついた階段が二つ並んでいた。片方の階段には男、もう片方には女を示す表示があり一見するとただの汚い公衆トイレである。

不可解なところと言えば、何十人もが次々にトイレへ向かっているところだろう。

 

 

「それじゃ。また後で」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはトイレへ向かう人の流れに乗って女と記された階段を降りていった。

薄汚れた白黒タイルのごく一般的な公衆トイレは洗面台が5つと、その前に個室のトイレが5つ並んでいる。様々な個室から水流音が流れるが待っても扉は内から開かれる事なく、新たな魔女が扉を開いた。

ソフィアとハーマイオニーは列に並びながら無言で目配せをし小さく頷く。

これから始まる就業に、目の前の魔女は疲れたような顔をしながら金色のコインを鍵穴近くのスロットに差し込み扉を開く。このコインはおそらく魔法省への通行証であり、誤ってマグルや魔法省職員以外のものが侵入しないようにしているのだろう。──いや、本当の目的は後者かもしれない。

 

ついに目の前にいた魔女が水流音と共にいなくなり、ソフィアはコインをスロットに差し込み扉を開いた。

そこにはどこにでもあるような便座があるだけだ。

 

トイレからの侵入に、ソフィアはスリザリンの秘密の部屋を思い出したがただの偶然だろう。──いや、魔法省に入る方法はヴォルデモートが魔法省を乗っ取ってから変更されたらしい。これを考案したのがヴォルデモートならば、偶然ではないのかもしれない。

 

ソフィアはそっと足先を便器の水面の中に入れた。汚水かと思ったが不思議と靴や足が濡れることはない。手を伸ばして上からぶら下がっているチェーンを引きながら──なんとなく、煙突飛行ネットワークを思い出した。

 

チェーンを引き切った途端視界が暗くなり、トンネルの中のような圧迫感があった。すぐに短いトンネルを滑り終え、両足が地面についた時、目の前に広がっていたのは魔法省の玄関ホールだった。

 

入ったのはトイレだが、出たのは魔法省にある出勤用の暖炉であり、やはり自分の直感は正しかったと思いながらソフィアは暖炉から出てホールの中央に鎮座している黒い巨大な像に近づいた。

威圧的には職員達を見下ろすのは玉座に座る魔女と魔法使いであり、マグルよりも優れていると示したいのだろう。ソフィアはそう考えたが像をよく見て──ぐっと表情を歪めた。

 

 

「酷い……」

「本当にね、悪趣味だわ」

「っ──ええ」

 

 

思わず呟いたソフィアの言葉に賛同したのは後から近づいて来たハーマイオニーだった。しかし、姿が違うことに一瞬ソフィアは見知らぬ人に呟きを聞かれたのかと狼狽したが、すぐにこの姿はハーマイオニーなのだと思い出し胸を撫で下ろしつつ頷いた。

魔法省に潜入しているのだ。なるべく静かに──誰とも話さずに目的のものを入手しなければならない。

 

 

「二人だよな?……あいつはまだか?」

 

 

イタチに似た顔の男──変身したロンが声を潜めながらソフィアとハーマイオニーに合流する。

2人が同時に振り返った時、大きな体を動かしにくそうにしながらハリーが暖炉の柵を乗り越え、髭面の顔に似合わない不安げな色をチラリと見せながら像のそばに近づいてきた。

 

 

「うまく入れたのね?」

「え?あ、ソフィアか……うん」

「ねえ、これ酷いと思わない?何に腰掛けているのか見た?──マグルたちよ。身分相応の場所にいるってわけね」

 

 

皮肉めいた声音でハーマイオニーは吐き捨てる。

魔女と魔法使いが座る玉座は、よく見れば折り重なった人間の姿だった。何千何百という裸の男女や子供が、どれも間抜けな表情で押し潰され、捻じ曲げられながら立派な服を着た魔女と魔法使いを支えているのだ。こんな像は、きっと本来は無かったものだろう。ヴォルデモートが支配してから、その像が作られたに違いない。

 

ソフィア達は苦い気持ちになりながらホールの奥にある黄金の門へ向かう魔法使い達の流れに加わった。

 

 

ソフィア達の作戦は単純であり難しい。

4人でアンブリッジを探し出し、誰かがアンブリッジが持っているだろうスリザリンのロケットを入手する。言葉にすれば単純だが、簡単にはいかないだろうと彼らはわかっていた。

可能性としては、一階にあるという彼女の執務室に保管されているか、身につけているかのどちらかだろう。

ソフィアは魔法大臣政務官であるアリスの姿となっている。そのため、マグル生まれ登録委員会のリーダーであるアンブリッジより、おそらく地位は高いはず。ならば、アンブリッジの執務室をうろついていても「アンブリッジに用がある」と言えば不審がられる事はないだろう。

ハーマイオニーは魔法法執行部のマファルダに変身している。彼女もまた裁判のために様々な情報収集をしにアンブリッジを探していても不審がられることはない。今の魔法省で行われる裁判は殆どがマグル生まれである者を裁くために機能しているのだ。アンブリッジから資料をもらう事だってあるはずだ。

問題はロンとハリーの2人であり彼らが変身した人物が、どんな立場なのか分からない。その場その場で対応していくしかないだろう。

 

 

緊張した面持ちでソフィア達は門をくぐり、少し小さめのホールに入った。そこには二十基のエレベーターが並び、それぞれの金の格子の前に行列ができている。

どのエレベーターに行くのがいいのか──人の少ないエレベーターにしよう。そう小声で話し合い、最も人の少ないエレベーターの前に並んだ途端、「カターモール!」とソフィア達に向かって怒鳴り声で呼び掛ける者がいた。

 

振り返ったその先にはダンブルドアの死を目撃した死喰い人がいてハリーは息を飲む。豪華な金糸の縫い取りのある流れるようなローブとは不釣り合いな獣がかった険悪な顔は、ロンを睨み見ながら大股で近付いてきた。脇にいた魔法省の職員は皆、目を伏せて黙り込んだ。

 

ソフィア達は恐怖が波のように伝わるのを感じ、動揺を悟られぬようにぐっと奥歯を噛み締めた。

 

 

 



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402 この姿は誰?

 

 

動揺をなんとか取り繕う事が出来たのはソフィアとハーマイオニーとハリーだけだろう。突如現れた死喰い人──ヤックスリーの強い睨みと苛立ちを一身に受けたロンは目に見えて動揺したが、ロンが変身していた男はそんな態度をしてもおかしくなかったのか、ヤックスリーや周りが気にする様子は無い。

 

 

「魔法ビル管理部に、俺の部屋を何とかしろと言ったのだが、カターモール。まだ雨が降っているぞ?」

 

 

ロンは誰かが何かを言ってくれないかと辺りを見回したが、ソフィア達はロンが変身した相手と自分の姿の人が親しいのかわからず、他の人と同じく無言でエレベーターの扉を見続けた。

 

 

「雨が……あなたの部屋で?それは──それはいけませんね」

「おかしいのか?カターモール、え?」

 

 

ロンは不安を隠すように薄く笑い声を上げたが、ヤックスリーにとってそれは悪手であり不愉快だと顔を顰める。

周りの空気が凍りついたように静まり返る中、エレベーター待ちで並んでいた魔女が二人、列を離れあたふたと何処かへ消えてしまった。

 

 

「い、いいえ。もちろん、そんなことは」

「俺はお前の女房の尋問に、下の階まで降りていくところだ。わかってるのか、カターモール?まったく、下にいて尋問を待つ女房の手を握っているかと思えば、ここにいるとは驚いた。失敗だったと、もう女房を見捨てることにしたわけか?その方が賢明だろう。次は純血と結婚することだな」

 

 

ハーマイオニーが小さく叫んだが、ヤックスリーにジロリと睨まれ、弱々しく咳払いをして顔を背けた。

 

 

「私は──私は──」

 

 

ロンは姿を借りたカターモールがとんでも無い事に巻き込まれているのだと知り、冷や汗をだらだら流しながら口籠る。

おどおどとしたロンの態度に、ヤックスリーは舌打ちをこぼすと獣じみた顔をぐっと近づけロンの耳元で低く囁いた。

 

 

「しかし、万が一俺の女房が穢れた血だと告発されるような事があれば──俺が結婚した女は誰であれ、そういう汚物と間違えられる事があるはずがないが──そういうときに、魔法法執行部の部長に仕事を言いつけられたら、カターモール、俺ならその仕事を優先する。わかったか?」

「はい」

「それなら対処しろ、カターモール。1時間以内に俺の部屋が完全に乾いていなかったら、おまえの女房の血統書は、いまよりもっと深刻な疑いをかけられるようになるぞ」

 

 

縮こまるロンを充分に脅したヤックスリーはハリーに向かって軽く頷き、にたりと嫌な笑いを見せ、さっと別なエレベーターの方に行ってしまった。

 

今の一瞥だけで、ハリーが成りすましている大柄の男がヤックスリーと同じような立場でありカターモールがこのような仕打ちを受けるのを喜ぶべきなのだという事を表していた。──おそらく、死喰い人か、それに近い存在なのだろう。

 

沈黙の中、目の前の格子が開きソフィア達は乗り込んだが、他の誰も乗り込むことはなかった。──まるで、何かに感染するとでも思っているのか引き攣った顔で閉まる扉を見つめるだけだった。

格子ががちゃんと高い音を立て閉まり、ゆっくりとエレベーターが上がり始めるとロンは眉を下げてソフィア達を振り返った。

 

 

「僕、どうしよう。僕が行かなかったら、つまり──カターモールの奥さんは──」

「僕たちも一緒に行くよ、四人は一緒にいるべきだし──」

「とんでもないよ!時間がないんだから、君たちはアンブリッジを探してくれ。僕はヤックスリーの部屋に入って処理する。──だけど、どうやって雨降りを止めればいいんだ?」

「フィニートを試してみて。呪いや呪詛で雨が降ってるのならそれで止まるはずよ」

 

 

ソフィアの助言にロンは頷き「フィニート」忘れないように何度も呟いた。

 

 

「もしフィニートで止まなかったら、大気呪文がおかしくなっているわ。その場合はもっと難しいから、とりあえずの処置としてあの人の持ち物を保護するために防水呪文を試して──」

「もう一回ゆっくり言って──」

 

 

ソフィアの言葉に続けてハーマイオニーが早口で言ったため、ロンは慌てて羽ペンを取ろうと必死にポケットを探った時、エレベーターがガクンと静止し、声だけの案内嬢が無機質な声で告げた。

 

 

「──四階。魔法生物規制管理部でございます。動物課、存在課、霊魂課、小鬼連絡室、害虫相談室はこちらでお降りください」

 

 

その声と共に格子が開き、魔法使いが二人と薄紫色の紙飛行機が数機一緒に入り、紙飛行機はエレベーターの天井ランプの周りをパタパタと飛び回った。

エレベーターに入ってきた一人の男はハリーを見ると、その髭面の顔をくしゃりと歪めて笑いかけた。

ハリーはどきりとして背筋を伸ばすと、曖昧に──これで合っていますようにと願いながら──ニヤリと笑いかえす。

 

 

「おはよう、アルバート」

「──ああ、おはよう」

 

 

入って来た男はちらりとロンとハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは小声で必死に教え込んでいたためにその視線に気が付かない。ソフィアは意味も無く鞄の中を探り、話しかけられないように顔を上げない理由を作った。

誰も自分たちに意識を向けていないとわかると髭面の男はハリーの方に上体を傾け、にやりと笑いこっそりと耳打ちをした。

 

 

「ダーク・クレスウェルか、え?小鬼連絡室の?やるじゃないか、アルバート。今度は私がその地位につくこと間違いなし!」

 

 

男はウィンクをし、ハリーはそれだけで十分でありますようにと願いながら笑顔を返した。男はそれだけで満足そうに含み笑いをするとハリーの背をぽんぽんと叩く。

 

そんな中、再びエレベーターが止まり格子が開いた。

 

 

「二階。魔法法執行部でございます。魔法不適正使用取締局、闇祓い本部、ウィゼンガモット最高裁事務局はこちらでお降りください」

 

 

声だけの案内嬢が告げハーマイオニーがロンを軽く押し、ロンは急いでエレベーターを降り、二人の魔法使いもその後に降りた。格子が閉じる前に振り返ったロンは不安そうな顔をしていたが、ソフィア達が声をかける前に格子が締まり再びエレベーターが動き始める。

 

 

「ああ、大丈夫かしら……」

「ねえ、私やっぱりロンの後を追った方がいいと思うわ。あの人、どうすればいいのかわかって無いと思うし、もしロンが捕まったら全て──」

「一階でございます。魔法大臣、ならびに次官室がございます」

 

 

急ながらハーマイオニーが言葉を全ていい終わる前にエレベーターは止まり格子が開く。

その途端、ソフィアとハーマイオニーとハリーは息を呑んだ。

 

 

金の格子が開いた先には四人の魔法使いがいた。

そのうちの二人は何やら話し込んでいて格子が開いた事にも気づいていなさそうである。

あとの一人は金と黒の豪華なローブを着て長い銀髪を上品に結い上げたジャックであり、もう一人はクリップボードをしっかりと胸元に抱えた短い髪にビードロのリボンを着けたガマガエルのような顔の魔女──アンブリッジだった。

 

 

「ああ、マファルダ!トラバースがあなたをよこしたのよね?」

 

 

ハーマイオニーに気づいたアンブリッジの声は耳につくねっとりと甘い声であり、ハリーは数年前この声が発する不当な罰則に苦しめられた事を思い出しぐっと拳を握った。

呼びかけられたハーマイオニーは上擦った声で「はい」と答え、ぎこちなく頷く。

 

 

「結構。あなたなら十分役に立ってくれるわ。──大臣、これであの問題は解決ですわ。マファルダに記録係をやってもらえるのならすぐにでも始められますわよ」

「そうか。結果はすぐに私に報告するように」

「ええ、勿論ですわ!今日は十人も……その中に魔法省の妻が一人!ここまでとは、魔法省のお膝元で!」

 

 

アンブリッジは興奮と喜びが混じった醜い笑みを浮かべエレベーターに乗り込む。アンブリッジとジャックの会話を聞いていた2人も同じように乗り込み、ハリーとソフィアはどうすればいいのか一瞬悩み、その場にとどまった。

 

 

「マファルダ、私たちは真っ直ぐ下に行きます。必要なものは法廷に全部ありますよ。おはよう、アルバート、アリス。降りるんじゃないの?」

「ああ、勿論だ」

「ええ」

 

 

動かないソフィアとハリーを見て、アンブリッジが片眉を上げ外に出るように促す。2人が自然に見えるようにエレベーターを降りた時、後ろで格子が閉まる音が響いた。ハリーとソフィアがちらりと振り返れば、背の高い魔法使いに挟まれたハーマイオニーの不安そうな顔が、ハーマイオニーの肩の高さにあるアンブリッジのビードロのリボンと共に沈んでいき見えなくなるところだった。

 

 

「アリス。いつもより遅いな。何かあったのかと探しに行くところだった」

「いえ、その──立ち話を少々」

「そうか。ランコーンは何の用で来たんだ?」

「ちょっと話したい人が居る」

 

 

完全にエレベーターの音が遠くに消え、周りに自分たち以外に誰もいない事を確認しハリーは言葉を止めて悩んだ。

ジャックは紛れもなく味方だ。騎士団の情報はどこまで知っているのだろうか?シリウス達はジャックが大臣になった事により連絡を取る事が前よりも難しくなったと言っていた。今、ここには自分たちしかいない。ジャックに魔法省に潜入した理由を話し、アンブリッジからロケットを入手する方が自分たちの計画よりも安全な事なのではないだろうか?

 

 

「話したい人?ランコーン、ここには君と話すべき人なんて──」

 

 

ジャックは訝しげな顔をして自分より大柄なハリーを見上げる。ハリーは悩み、言葉に詰まりちらりとソフィアを見た。

ソフィアは小さく頷き、緊張した面持ちでジャックの袖をきゅっと掴む。ジャックはまさかソフィア(アリス)がそのような事をすると思わなかったのか、驚いた目でパッとソフィアを見た。

 

 

「何──」

「ジャック、ティティは元気かしら?」

 

 

ジャックに盗聴魔法がかけられている可能性を考え、ソフィアは慎重に言葉を選んだ。ジャックは不可解だという表情をしていたがソフィア(アリス)の真剣な眼差しを見て、何か察するところがあったのかハッと息を呑みハリーを鋭い瞳で射抜く。身を縮こまらせた──とはいってもかなり大柄な男のため対して変わっていないが──ハリーが着ているローブをじっと見つめた後、呆気に取られたように苦笑した。

 

 

「……素晴らしいローブだな、ランコーン」

「ありがとう。……少し薬草の匂いが染み付いているけれど」

 

 

ハリーの言葉にジャックは確信を得た表情をした後パチンと顔を手で覆い、大きくため息を吐いた。

ハリーはこれで自分がランコーンではないと伝わったのかと不安だったが、ジャックは低い声で「ついておいで」と二人に言うとふかふかの絨毯が敷かれた廊下をゆっくりと歩きだした。

 

暫く廊下を進めば一際重厚な作りの扉があり、すぐ脇の壁には見事な装飾の名札がかけられていた。『魔法省魔法大臣 ジャック・エドワーズ』と書かれた扉に右手を当てれば、扉の模様が不規則に動きカチリと小さな音が響く。重厚な扉は音もなく滑らかに開き、ジャックはチラリと二人を見て顎で中に入るように促した。

 

 

部屋の中には無数の書類が浮遊し、窓からはたびたび紙飛行機が入り机の上空で停止すると、解けて一枚の紙に戻り四角い箱の中に収まっていた。

棚には数々の本や書類が納められ、魔法大臣の部屋にしては雑然としているのは彼にたくさんの仕事や情報が舞い込んでくるからだろう。

 

黒い革張りのソファが向かい合って並び、ジャックは少し離れた場所にある肘掛け椅子に座る。ソフィアとハリーがソファに座ったのを見てジャックは杖を振り引き出しの奥からバタービール瓶を2本引き出し机の上に置いた。

 

 

「この中でなら話しても問題ない。──本物は?」

「アリスは入り口近くの空き劇場で気絶しているわ。ハリーの姿の……ランコーンは、嘔吐で寝込んでいるはずよ」

「ハリー?まさか──」

 

 

ソフィアが言った途端ジャックは腰を浮かし、驚愕と動揺を見せ「嘘だろう?」と呟いたが、ハリーがポケットの中から特徴的な眼鏡をチラリと見せれば納得したのかまた大きなため息をつき、机に肘を乗せ手のひらで頭を支え項垂れた。

 

 

「よくもまあ、こんな敵陣の中に……他には?騎士団は何人くらい来てるんだ?」

「えっと。あとは、ハーマイオニーとロンだけで、騎士団で僕たちがここにいる事を知っているのはシリウスだけです。ビルとフラーの結婚式の時に襲撃されてから、僕たちはソフィアの家に隠れていて……騎士団は見張られてるから、連絡が取れなくて。魔法省に来たのは、アンブリッジに用があって」

「……アンブリッジ?」

「その──ダンブルドアとの約束で、探し出さなければならない物の一つを、アンブリッジが持っている可能性が高くて……それで、潜入しました」

「……なるほど」

 

 

ハリーは分霊箱という存在については言葉を濁したが、ジャックはハリーの言葉だけで納得すると呆れと称賛が混じったような複雑な顔で小さく笑った。

 

 

「昨日、ハリー・ポッターが目撃されたのはコッツウォルズだったが……それは?」

「シリウスなんだ。シリウスは僕たちが魔法省に潜入するって知ってる。だから──だから、ポリジュース薬で囮になるために、いろんなところで姿を見せて……危険だけど、でも──」

「いや、良い案だ。少なくとも撹乱はできている。……実際、俺を含めみんなハリー・ポッターが魔法省に来るとは想像もしていない。ハリーは独りでイギリス中を逃げ回っていると考えられているんだ。……いや、ハーマイオニー、彼女は両親を含め所在がわからなくなっているからハリーと逃げている可能性もあると考えられているけれどね。今の所ロンは病気だと思われて、ソフィアはしっかりと死亡した事になっている。──それで?俺にできる事はあるか?」

 

 

ソフィアとハリーはジャックが味方についてくれるのならばこれ程嬉しいことはないと身を乗り出しながら早口で今回の計画を話した。計画、と言っても自分たちの誰かがアンブリッジの部屋を探し、誰かがアンブリッジ自身を探すと言うお粗末なものだ。詳細があるわけではなく、行き当たりばったりな計画にジャックは痛む頭を押さえ唸りながら飛び交う書類の鳥をじっと睨みつけた。

 

 

「──それで、今1番危険なのはロンなんです」

「ハーマイオニーはマファルダの姿で、ロンはカターモールという魔法使いの姿をしているわ、今カターモールの奥さんがマグル生まれの尋問にかかっていて……ヤックスリーに雨が降っている部屋をどうにかしろって言われていて、そっちに向かっているの。アンブリッジの事も大切だけれど、カターモールの奥さんを犠牲には出来ないわ。カターモールさんの尋問をどうにかクリアして、それで、アンブリッジを……できれば気絶させて、調べないといけないの」

「それは……難しいな。少なくとも尋問が終わるまで、アンブリッジをこの部屋に呼びつけることはできない。それに……本物達が目を覚まして帰ってくる事もあるだろう。ゆっくり待つ時間はないな……」

 

 

ハリーとソフィアはジャックの言葉に、今更ながら自分たちがあまりに焦って計画を立てすぎたのではないかと不安になり胃の奥が苦しく締め付けられるような感覚に陥った。

顔色の悪い二人を見てジャックは暫く黙り込んでいたが、ふっと優しく労うように笑うと「怪しまれていない今動くしかないな」と呟き立ち上がった。

 

 

「アンブリッジの部屋は無人だ。今のうちにその探しているものがあるか調べるべきだろう。一旦ハリー達は帰って、俺がその物を探してもいいけど──そうする気は無いんだろう?」

 

 

ジャックの言葉にハリーは小さく頷いた。スリザリンのロケットの事はあの場にいた騎士団員ならば知っているが、その居場所がアンブリッジの元にあると知っているのは自分たち以外にリーマスとシリウスだけだ。

分霊箱を探し出し破壊するのはダンブルドアから最後に任された自分の使命だと強く思っているハリーは、そこだけは譲れなかった。

 

ジャックはスクリムジョールが殺害され、自分が魔法大臣に指名されてから騎士団員と全くコンタクトをとっていない。取れるほどの隙も無く、ジャックができる事といえば昔からの伝手を頼り少しでも多くのマグル生まれを外国に逃す事だけだ。しかし、それもわずか数十人を避難させただけで、手のひらからこぼれ落ちてしまう者も少なくはない。

あとは、魔法省にいる騎士団員を陰ながら護るために慎重に情報を操作する事、そんな事しかできず、ハリー達の力になれない歯痒さと苦しさを感じていた。

それでも、ハリーが心に決めた事を無理に暴け出そうとは思わなかった。他の騎士団達──特に、シリウスがハリーの考えに賛同しているのならば、自分は陰ながら彼らを護ることに繋がる行動を起こすしかない。

 

 

「それなら、まずはアンブリッジの部屋を探して、見つからなければ法廷へ向かうしかない。法廷にはアンブリッジとマファルダ──いや、ハーマイオニーか、中身は。──それとヤックスリーと吸魂鬼が複数体いる」

「吸魂鬼?」

「ああ、吸魂鬼でマグル生まれの魔法使い達を脅しているんだ」

 

 

ジャックは扉へ向かい、ハリーとソフィアは一口だけバタービールを飲むとすぐにジャックの後を追いかけた。ジャックの横顔はいつものように気楽そうだったが、その目だけは鋭く扉を睨みつけている。

 

 

「悪いな。俺は──疑われるわけにはいかない、君たちが命をかけて頑張っているのに……力になれることは少ない」

 

 

ぽつりと苦しげに吐かれた言葉に、ソフィアとハリーは勢いよく首を振る。ジャックの立場はわかっていた、もし少しでも疑われたならば、全ての計画が水の泡になってしまう。ヴォルデモートにスパイだと知られたなら、セブルスの身も危険なものになり死喰い人の動向を見張る事も、ホグワーツを護る事も出来なくなるのだ。

 

 

「そんな、十分です」

「ごめんなさい、ジャック……」

「……ロンを見つけ出してヤックスリーの部屋の雨を止める事と、魔法省にいる死喰い人の目を外に向ける事はできる。少しでも君たちの計画が成功するように。──透明マントは?」

「持ってます」

「よし。ソフィアのその姿ならアンブリッジの部屋や法廷へ入っても何も不審がられない。だが、アリスは服従の呪文で操られマグル生まれを憎悪させられているんだ、行動に注意しろ。……ハリーは姿を隠したほうがいいな」

 

 

ソフィアは頷き、ハリーはすぐに大きな黒いローブの内側から透明マントを引っ張り出し自分の体を隠した。

 

 

「ソフィア。──頼むから、俺たちを悲しませないでくれ」

「勿論よ、パパ」

 

 

ソフィアは背伸びをしてジャックの頬にキスをしようと思ったが、自分の姿が別人である事を思い出し、頬のそばに顔を寄せ舌を鳴らすだけに留めた。

ジャックは一瞬複雑そうな何とも言えない表情をしてソフィアの頭をいつもよりぎこちなく撫でると扉に手をかけた。

 

 



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403 逃げるが勝ち!

 

 

ソフィアとハリーはアンブリッジの部屋の引き出しという引き出し全てを開け、中身を確認したがその中にロケットは見つからなかった。

アンブリッジにその価値がわかったのかはわからないが、処罰を何よりも愉しむ彼女が法律違反を犯していたマンダンガスの目を瞑る代わりに手に入れたロケットだ。

その価値がわからなくとも特別な物だと無意識のうちに理解していたのなら、部屋に無造作に置かないだろう。無駄足だったか──いや、それでもしっかりと自分の目で確認する事に意味があるのだ。

 

ハリーは落胆しつつもそう自分に言い聞かせ、壁に貼ってある自分のポスターの下に書かれた『問題分子ナンバーワン』の言葉を睨みつけた。

 

 

「この部屋にはなさそうね。……ジャックはロンと会えたかしら?」

 

 

切なげに笑いかけるダンブルドアの写真が表紙を飾る本の表紙を撫でながらソフィアはハリーに問いかけた。

 

 

「きっと、雨を止めてくれたに違いない。ロンと合流しなきゃ」

「ええ、その前に法廷の様子を見に行きましょう?吸魂鬼がどの程度いるか調べておかないと、ロンもハーマイオニーも守護霊魔法があまり得意ではないもの。といっても……守護霊魔法を使えば一発であなたの存在がバレてしまいそうだけど」

「確かにそうだね……よし、ハーマイオニーのところに向かおう。アンブリッジが一人きりになるタイミングがあればいいんだけど」

「ええ、早くしないと、ポリジュース薬の効果はあと30分程度だわ。もし今回無理でも、次のチャンスはあるわ」

 

 

ソフィアは『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』という本のページを適当に捲り、色褪せた写真が載せられているところで手を止めた。肩を組みあった10代の少年二人が大笑いをしているその姿に、ソフィアはダンブルドアにもただの少年だった時代があったのだと少し不思議な気持ちになりつつ、どこか彼の面影のある溌剌とした笑顔を見る。ハリーはそんなに面白い本なのだろうか、と本を覗き込み、少年たちの笑顔を見た。

しかし、今はゆっくりと読んでいる場合ではないとソフィアは本を閉じハリーを見上げる。

 

 

「行きましょう」

「うん」

 

 

ソフィアは荒らした部屋を魔法で元通りにした後ハリーと共に部屋を出て、足早にエレベーターへと向かった。

幸運にもエレベーターから降りてくる者も一階から乗り込む者もいなかったため2人は胸を撫で下ろし、エレベーターに乗り込み小声でアンブリッジがロケットを持っているかどうか調べるにはどうすればいいかと話し合った。

そうこうしている間に法廷のある階でエレベーターが止まり、2人は素早くエレベーターから降りる。後ろでエレベーターが音を立て去って行くのを聞きながら、目の前の光景にごくりと固唾を飲んだ。

 

そこは絨毯敷きの一階とは異なる、冷たい石壁が松明にぼんやりと照らされているだけの寂しい廊下だった。

 

 

「入り口は左手にある。下に降りる階段があるはずだ」

「ええ、わかったわ」

 

 

ハリーは一度法廷に出たことがある。その時の記憶を手繰り寄せながら小声でソフィアに法廷の場所を伝えた。

ソフィアはこの先にいるだろう吸魂鬼のことを考え──守護霊魔法を使うのは最終手段だとわかってはいるが──ローブの下でしっかりと杖を握りながら左手の奥にある暗い階段へと向かった。

 

一段下りるごとに不自然な冷気がじわじわと喉元を締め付けるような感覚に陥り、ソフィアは必死に幸福な感情を思い起こす。喉に入り込んだ冷気が真っ直ぐに肺を引き裂き、絶望感が忍び寄る。──間違いなく、吸魂鬼がそばに居る。気を奮い起こし階段を下りきり右に曲がると法廷へと続く暗い廊下には、黒いフードを被った吸魂鬼が壁を背にして立っていた。

それも、一体や二体ではない。何十という吸魂鬼が固い木のベンチに座る尋問に連れてこられたマグル生まれを見下ろし、ガラガラと不吉な音を発している。

マグル生まれ達は体を寄せ合い震えていた。殆どの者が顔を両手で覆い俯いているのは、口から魂を吸われるのだと本能的に理解しているのだろう。

数体の吸魂鬼は獲物を前にして廊下を滑るように歩く。その場の絶望感や無気力感が、呪いのようにハリーとソフィアに襲いかかってきた。

 

ハリーは透明マントの中で力を振り絞り、静かに一歩一歩と前に進む。守護霊を出したい衝動に駆られたが、ハリー・ポッターの守護霊は牡鹿だと知られている。守護霊を出せばたちまち自分の存在が知られてしまうだろう。

 

マグル生まれ達はソフィアがやって来た事に気づき震えながら顔を上げたが、それが慰めにも助けにもならないアリス()だと分かると蒼白な顔で震え慄き、俯いた。

 

その時突然、凍りつくような沈黙に衝撃が走り、左側に並ぶ地下室の扉の一つが開いて中から叫び声が響いた。ソフィアだけでなく、マグル生まれ達も肩を跳ねらせ引き攣った顔でその扉を見つめる。

 

 

「違う、違う!私は半純血なんだ、聞いてくれ!父は魔法使いだった。本当だ、調べてくれ!アーキー・アルダートンだ、有名な箒設計士だった。調べてくれ、お願いだ──手を離せ、手を、離してくれ!」

「──これが最後の警告よ」

 

 

魔法で拡大されたアンブリッジの猫撫で声が男の絶望の叫びをかき消して響いた。

 

 

「抵抗すると、吸魂鬼にキスさせますよ」

 

 

男の叫びは静かになったが、乾いた啜り泣きが廊下に響いてきた。「連れて行きなさい」死刑宣告のようなアンブリッジの声が響き、法廷の入り口に二体の吸魂鬼が現れる。腐りかけた瘡蓋だらけの腕が気絶した魔法使いの両腕を掴み、そのまま滑るように廊下を去っていき、その後に残された暗闇が男の姿を飲み込んだ。

 

 

「次──メアリー・カターモール」

 

 

アンブリッジの呼びかけに、小柄な女性が立ち上がった。頭のてっぺんから足先まで震える魔女は胸の前で真っ白な両手を組み、一瞬ソフィアに縋るような視線を向けたが──ソフィアは、動くことが出来なかった。ここでアリスらしくなく動けばすぐに捕まるだろう。

 

独りで地下牢へと入っていくメアリーを、ソフィアはただ見送ることしかできなかった。

 

 

バタン、と扉が閉まり再び苦しいほどの沈黙が落ちる。ソフィアは暫く扉を睨んでいたが、やはりこの法廷に忍び込むのは不可能だと判断し、「次の者を呼ばなければ」とわざとらしく独り言をこぼし──勿論この場から離れるという意味をハリーに伝えるために──踵を返した。

来た道を戻り、エレベーターに乗り込みソフィアは隣の何もない空間に向かって話しかける。

 

 

「どうする?やっぱり守護霊魔法を使わないと、あの場をクリアするのは難しいわ。先にロンを探しましょう」

 

 

しかし、帰ってきたのは沈黙だった。

ガタガタと音を立てて動くエレベーターの中、ソフィアは訝しげな顔をして隣に手を伸ばしたが、その手は何にも触れず空を掴む。どきりと心臓が跳ねるほどの嫌な予感に、ソフィアはエレベーターの隅々まで手を伸ばしたがその手はやはり何も触れる事はない。つまり、透明マントで隠れているハリーはこの場にいないのだ。

 

 

──まさか、ハリーはあの場に残った?でも、あの場に居続けても意味がないわ。ロンと合流して一旦魔法省から退却しないと。……まさか、侵入した?……まずいわ。ジャックに私たちは会った。誰も私たちとジャックが共にいた事を知らないけれど、その前にアンブリッジに会ってる。ジャックと私たちの関係がバレたら──。

 

 

エレベーターが停止し、2階で止まった。

疲れ切った表情でエレベーターに入ってきたのはカターモール(ロン)であり、ロンはアリス(ソフィア)を見るとびくりと肩を震わせ「お、おはよう」としどろもどろに挨拶をした。

 

 

「ロン、私よ。ソフィアよ」

「えっ、あ──そうか、忘れてた!ハーマイオニーとハリーはどうして一緒じゃないんだ?」

「法廷にいるわ。アンブリッジと一緒に。私とハリーはハーマイオニーと合流しようとしたんだけど、法廷には入れなくて──私はね」

 

 

硬い声で言うソフィアに、ロンは嫌な予感にごくりと唾を飲む。

 

 

「わ、私はってことは……」

「ハリーは透明マントをかぶっているの。だから、多分……メアリー・カターモールが法廷に入るときに忍び込んだんだわ」

「う──うわ、まじで?」

「正義感に溢れているもの、独りで向かうメアリーさんを無視できなかったのね、多分」

 

 

ソフィアは大きくため息をつく。ロンは「ハリーならやりかねない」と難しい表情で沈黙した。

 

 

「雨は止められたの?」

「あ、えっと。大丈夫だった。僕は無理だったけど、何でかジャックが来て、それで……」

「そう。……もう一度法廷へ行きましょう。4人がバラバラになるのは避けないと、もう時間もあまり残されていないわ。ロンの姿はメアリーさんの夫だから、法廷の外で待っていても不審がられないわ」

「うん、わかった──」

 

 

小声で話しているうちにエレベーターが止まり、数名の魔法使いが乗り込んだためソフィアとロンは口を閉ざした。

エレベーターが停止するたびに深刻そうな表情をした魔法使いや魔女が乗り込む。格子が開くまではヒソヒソと話していた彼らは、ソフィアの姿を見た途端貝のように口を閉ざし黙り込んでしまった。気まずい沈黙と緊張感が流れるエレベーター内は居心地が悪かったが、それでも話しかけられてボロが出てしまい本人ではないとバレるよりはマシだと、ソフィアは真っ直ぐに扉を見つめ「話しかけるな」という雰囲気を醸し出し続けた。

 

 

最上階に到着したエレベーターは、ソフィアとロンを残したまま再び下降を始める。

3階を過ぎた時、エレベーター内にはソフィアとロンの他に猛獣のような顔つきをした男が二人居たが、彼らは小動物のように背を曲げて不安そうなロンを見てニヤニヤと人の悪い冷やかし笑いを浮かべた。

「ほら、あいつの女は──」「法廷にいねぇってことは見捨てたのか」と囁く声に、ロンは口をぎゅっと閉じ顔色を蒼白にしたまま自分の靴先をじっと見つめた。その姿はひどく情けなく見えたが──不審がられることはない。

 

その時、エレベーターが到着する前に一瞬ザザッというノイズ音が走り、エレベーター内に居る者は皆顔を上げた。

 

 

「──全職員に連絡。重要危険人物発見。パターンA。繰り返す、重要危険人物発見──」

 

 

その声は低くエレベーター内に広がり、ソフィアとロンの前にいた二人の男は一気に興奮し早く扉が開かないかとうずうずと体を動かした。

 

 

「重要危険人物?パターンAって──」

 

 

不穏な空気にロンはつい困惑しながら口を開いたが、目の前の男達に睨まれ慌てて視線を逸らした。

すぐにエレベーターは停止し、格子が開き切るより前にお互い肩を押し合いながら我先にと外へ出た。その先には彼らと同じように目をぎらつかせ足早にどこかへ向かう魔法使いと、不安げに彼らを見つめる魔法使いがいた。誰も乗り込む事なく格子が閉まった途端、ロンは切羽詰まった表情でソフィアを見た。

 

 

「まさか、ハリーとハーマイオニーがバレたのか?」

「それならみんな法廷に向かうはずよ。……さっきの放送はジャックの声だったわ。多分、私たちが少しでも逃げやすいようにしてくれたのね」

「ジャックが?」

「説明は後。とにかく、ハリーとハーマイオニーと合流しなきゃ」

 

 

ハリーとソフィアがジャックと会い姿を知らせたことを知らないロンは頭に疑問符をたくさん飛ばし困惑していたが、ソフィアの有無を言わさぬ言葉に頷くしかなかった。

ポリジュース薬の効果は1時間であり、残りの時間はかなり少ない。4人が合流できていれば姿が戻る瞬間にハリーの透明マントで隠れる事ができるが、間に合わなければ──どんな酷い目に遭うのか、想像に難くない。

 

 

エレベーターが法廷の階で止まり、格子が開く。ソフィアとロンはすぐに出ようとしたが、目の前に立つ魔法使いや魔女の多さに驚愕し立ちすくんだ。

 

 

「レッジ!」

 

 

集団の先頭にいたメアリー・カターモールが叫び声を上げ、ロンの腕の中に飛び込んだ。ソフィアは一瞬恐怖のあまり打ち震えているのかと思ったが、彼女の言葉には困惑はあれど、微かな喜びや希望が滲み出ていた。

 

 

「ランコーンが逃してくれたの。アンブリッジとヤックスリーを襲って。そして、私たち全員が国外に出るべきだって、そう言うの。レッジ、そうした方がいいわ。ほんとにそう思うの。急いで家に帰りましょう。それで、子どもたちを連れて、外国に行きましょう」

「あー──うん」

 

 

ロンは困惑していたがとりあえず曖昧に頷き、やんわりと抱きついているメアリーを離した。

 

エレベーターに乗り込んだ者は皆先ほどまで白い顔をして震えていたマグル生まれであり、ソフィアはメアリーの言葉と、自分たちを護るように悠然と立つ牡鹿とカワウソを見てハリーが何をしたのかを理解した。

こうなってはもう遅い、きっと失神呪文を使ったのだろう。ならば、その魔法が解けてアンブリッジとヤックスリーが目覚める前にここを抜け出すしかない。

 

 

「アレは手に入れた?」

 

 

ソフィアは覚悟を決め集団を引率するハリーに声をかけた。ハリーはポケットの上からスリザリンのロケットを押さえ強く頷く。

 

 

「勿論。ソフィアも、ロンと会えていてよかった」

「後10分もないわ。さっきの放送は聞いたかしら?多分、敵は別のところに集められている。逃げ出すのなら今しかないわ」

「うん。──杖を持っている者は?」

 

 

ハリーの声に呆然としていた集団の半数がそろそろと手を上げた。

 

 

「よし、杖を持っていない者は、誰か持っている者についていること。迅速に行動するんだ──連中に止められる前に、さあ、行こう」

 

 

ハリーとハーマイオニーとソフィアは手分けをして──アリスが自分たちを逃がそうとする様子に、マグル生まれたちは目を見開き動揺していた──全員を二台のエレベーターに乗せた。金の格子が閉まり、上がり始めるとマグル生まれ達は本当に助かるのかもしれない、と微かな希望を目に宿し白い頬に生気が宿り始める。

 

ソフィアは彼らを見てぐっと奥歯を噛み締める。出来る限り隠密に行動しなければならなかったが、アンブリッジとヤックスリーが異変に気がつけば間違いなく魔法省は侵入者を逃さぬように一時閉鎖されるだろう。その前に、何としてでも──誰が誰に変身しているのか知られる前に逃げ出さねばならない。

 

 

「8階。アトリウムでございます」

 

 

落ち着いた声が響き、ソフィアは先頭を堂々とした態度で進む。

アトリウムでは来た時と同じように魔法使いが忙しなく歩いていたが、その表情がどこか緊張が孕み不安げなのは、先ほどの放送と関係があるのかもしれない。

 

1番奥の暖炉では獲物を狙う獰猛な獣のような顔をした魔法使いや魔女達が我先にと外へ向かっていく。与えられた重要な使命を前にして、彼らはソフィア達が逃げ出そうとしていることに全く意識を向けていなかった。

 

間違いない。ジャックは死喰い人を魔法省から遠ざけ、自分達を逃がそうとしてくれている。行き先はおそらく──ハリーに化けているシリウスの元だろう。シリウスの事を考えると胸が締め付けられるが、今はこの案に乗るしかない。そうするしか、自分たちも、マグル生まれ達も生き残る術はない。

 

 

「さあ、行け。2度とここに来るな」

 

 

ハリーは低い声で彼らに命じ、彼らは怯え不安そうな表情をしていたが彼らもまたこのチャンスを逃せばアズカバン行きになると分かっていたため慌てて暖炉の前に進み、二人ずつ組んで姿を消した。

 

 

「アリス、彼らは──?」

 

 

マグル生まれ達がこの場から出ていく様子に、神経質そうな男がおずおずとソフィアに話しかける。ソフィアは内心舌打ちし動揺したが──一度深呼吸をするとその男に向き合った。

 

 

「通常業務は一時停止です。私もすぐに向かわねばなりません。あの者達にかける時間はありません。そうでしょう?」

「あ、ああ。勿論、そうだな……」

 

 

淡々とした冷たい声に男は怯えたように肩をすくませ、困惑し、遠巻きにソフィア達を見ていた魔法省の職員達の元に戻った。

 

 

──何とか、この場を凌げたわ。後少し、彼らが逃げ出した後、私たちもすぐにこの場を離れなければ。

 

 

後数人となり、ソフィア達の間に希望が見えたその時──。

 

 

「メアリー!」

 

 

その声にメアリーが振り向いた。本物のレッジ・カターモールが、げっそりとした青い顔でエレベーターから降りて走ってくるところだった。

ソフィアはレッジを見て硬直し、ハーマイオニーは喉の奥で悲鳴を上げた。──そうだ、彼は体調不良如きで一日休むわけがない、彼の妻が尋問にかけられる日なのだ、少しでも薬の効果が薄まればすぐに戻ってくる。

 

 

「レ、レッジ?」

 

 

メアリーは、レッジとロンを交互に見た。ロンは顔を歪めると思わず「くそっ!」と低く叫ぶ。この場での本物の登場は、想定外だった。

 

遠巻きにソフィア達を見ていた魔法省職員達は双子のようにそっくりなレッジとロンを見てあんぐりと口を開け、滑稽な首振り人形のように何度も二人を見比べる。

 

 

「おいおい──どうしたっていうんだ、これは──」

「──出口を閉鎖しろ!閉鎖しろ!」

 

 

予想外の事態に困惑していた彼らに、鋭い怒号が走った。

ハリーが気絶させていたヤックスリーが憤怒の表情でもう一台のエレベーターから飛び降り、暖炉の脇にいる職員に向かって走ってくるところだった。マグル生まれはレッジとメアリーを除きすでに全員が暖炉の中へ消えていた。

指示された職員が反射的に杖を上げたが、ハリーは巨大な拳を振り上げその体を強く殴り吹っ飛ばす。

 

 

霧よ(ネビュラス)!」

 

 

ソフィアは辺りに白い霧を出現させ、ヤックスリーや職員が騒ぎ出している間に困惑しているメアリーとレッジの腕を掴み無理矢理暖炉の中に押し込み小声で叫んだ。

 

 

「──逃げてください!」

「い、一体──」

「ああ、レッジ、私わけがわからないわ──」

「早く!」

 

 

ソフィアの叫びに、メアリーとレッジは困惑していたがしっかりと互いの手を掴み暖炉の緑色の火に飲まれ消えた。

 

 

「来るんだ!」

 

 

ハリーはソフィア達に向かって叫び、ソフィアはその声のする方へ飛び込みしっかりとハリーの腕を掴んだ。ハーマイオニーもまたロンの手を掴むと混乱しながらも暖炉を閉鎖しようとしていた魔法省職員に失神呪文を放ち昏倒させ、そのまま暖炉に飛び込む。

 

ハリーとソフィアは数秒間くるくると回転し、トイレの小部屋に吐き出された。すぐに立ち上がりハリーがパッと戸を開けると、ロンとハーマイオニーも少し遅れて隣の小部屋から飛び出す。

 

4人の視線が絡み、一瞬、逃げ出せた安堵から気を緩ませてしまったその時、ソフィア達の後ろの小部屋で音がした。

弾かれるように振り返れば、ヤックスリーが獰猛に目を輝かせ現れたところだった。杖を持つ腕が上がる──。

 

 

「行くわよ!」

 

 

叫ぶや否や、ソフィアはハリーとロンの手を握り、ロンとハーマイオニーがしっかり手を握り合っているのを確認し、その場で姿くらましをした。

 

四人を暗闇が飲み込み、体が締め付けられているような感覚。

ハリーは何かがおかしい、と直感した。握っているソフィアの手が徐々に離れていく。ハリーは窒息するのではないかと思うほどの圧迫感にもがきながら、何も見えない、息もできない中でただソフィアの手の強さだけを感じていたが、その手もゆっくりと離れていく──。

 

その時ハリーの目にソフィアの家と周りの森が見えた。到着した。息を吸い込む前に、悲鳴が聞こえ紫の閃光が走る。

何が起こったのかわからない中、ソフィアの手が突然ハリーの手を痛いほど強く握り、全てがまた暗闇に戻った。

 

 



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404 逃げた先で!

 

 

ソフィア達が現れた場所はホグワーツにある禁じられた森にも似た鬱蒼とした木々が茂る場所だった。

地面と落ち葉の上に這いつくばっていたハリーは何が起こったのかわからず、頬に落ち葉のチクチクとした感触を感じながら肺に空気を吸い込みぐっと起き上がった。木々の隙間から眩しい太陽の光が降り注ぐ中、ハリーは姿現しの場所がずれてしまい、ソフィアの家の周りにあった森の中に姿を現したのだと思った。

 

側にはロンとハーマイオニーとソフィアの姿があり、彼らは小さく呻きながらピクピクと四肢を動かしていた。

ロンとハーマイオニーが呻き、頭を押さえながら体を起こし顔を顰めながら視線を交わす。

 

 

「ここは──」

 

 

ここはどこだろうか。そう聞こうと思ったハリーは隣で横たわっているソフィアの顔を見てその先の言葉を失った。

ソフィアの左半身は血塗れで、その顔は落ち葉の散り敷かれた地面の上で際立って見えた。ソフィアはポリジュース薬の効果が切れかけているのかアリスとソフィアが混じった姿になり、身長が縮むにつれて出血が増えていく。

 

 

「ソフィア!」

「ばらけたんだわ」

 

 

ハーマイオニーは伸びていくソフィアの髪を払い、肩口を指先でテキパキと探る。──その行動は冷静だったが、声はかすかに震えていた。

ハーマイオニーはソフィアのシャツを破り、1番濃く、濡れている箇所を見つけ出す。左肩の肉がごっそりと無くなっているその様子に、ハリーはソフィアが背中に大怪我を負った時のことを思い出し腑がざわりと嫌に震えた。

 

 

「ハリー、急いで、私のバッグ。ハナハッカエキスというラベルが貼ってある小瓶を。ロンはソフィアの鞄から服を──」

「バッグ──わかった」

「う、うん」

 

 

ハリーは急いでハーマイオニーが着地したところへ行き、小さなビーズバッグを掴んで手を突っ込んだ。たちまち、次々と色々な物が手に触れる。革製本の背表紙、毛糸のセーターの袖、靴のかかと──。

 

 

「早く!」

 

 

ハーマイオニーの叫びに、ハリーは地面に落ちていた杖を掴み杖先を鞄の中に入れ「アクシオ!ハナハッカエキス!」と叫ぶ。

小さい茶色の瓶がバッグから飛び出し、ハリーはそれをしっかりと掴むとハーマイオニーとソフィアのところに急いで戻った。ソフィアの目は固く閉じられ、呼吸は浅く早い。

 

 

「ハリー、栓を開けて。私──私、手が震えて──」

 

 

自分の姿に戻りつつあるハーマイオニーの手はソフィアの傷口を押さえつつも細かく震えていた。ハリーは頷きながら栓をひねり、ハーマイオニーは赤く濡れた手でそれを受け取ると慎重に傷口に三滴垂らした。

ふわりと緑がかった煙が上がり、それが消えた時には傷口から血は止まっていた。皮膚は薄ピンク色に盛り上がり削げるような傷口は数日前の傷のように塞がった。

 

 

「増血薬は?」

「──ソフィア、ソフィア。しっかりして!」

「僕、また飲ませるから!」

 

 

ハーマイオニーはハリーの言葉を無視してソフィアの白い頬を少し強めに叩く。その叩きに合わせて僅かに頭を揺らしていたソフィアは、数秒後ぐっと眉を寄せ僅かに目を開いた。意識を取り戻したソフィアを見て、ハリー達は小さく歓声を上げる。

 

 

「ぅ……」

「ソフィア!」

「ああ──良かった!ごめんなさい、完全に元通りにする魔法もあったけど、私、どうしても使えなくて、ハナハッカエキスを──」

 

 

ハーマイオニーはソフィアが目を覚ました安堵から泣きそうに顔を歪め、まだぼんやりとしているソフィアの頬を撫でた。

 

 

「……いいの、私、ばらけたのね……ごめんなさい……」

「謝らないで!私がっ──ほら、増血薬もあるわ。沢山出血したから、すぐに飲んで!」

 

 

ハリーはソフィアの背に腕を入れ体を起こす手助けをし、自分の胸元に寄り掛からせた。ソフィアからは濃い血のにおいが漂い、ハリーはまた気絶したらどうしようかと内心で酷く焦る。

ハーマイオニーは鞄に手を突っ込みすぐに赤黒い瓶を取り出すと、今度は自分で栓を開けソフィアの薄く開く口元に近づけた。

 

 

「──大丈夫、ありがとう」

 

 

薬を飲み干したソフィアは、小さく咳をしながら痛々しい笑みを見せる。その頬は先ほどより赤みがさしていたが、傷の酷さは服につく血が物語っている。薬を使っても万全ではないのだろう、疲れたように目を瞬かせるソフィアを、ハリーは強く抱きしめた。

 

 

「ハリー、血が──」

「また、大変なことになるかって思った」

「……大丈夫よ、傷はもう治ったし、薬を飲んだから暫くすれば元に戻るわ」

 

 

ソフィアは動揺するハリーとハーマイオニーを落ち着かせるために静かにそう言うと、ロンがおずおずと手渡した新しいローブを羽織る。ハーマイオニーは鼻を啜りながらソフィアから流れ出た血液を清め、ソフィアの白い手をぎゅっと握った。

 

 

「本当に、ごめんなさい。私が──私が──」

「ハーマイオニーのせいじゃないわ。仕方がなかったの」

「……ソフィアは、どうしてばらけたんだ?それに、ここは……?」

 

 

ハリーは辺りを見渡しながら困惑気味に呟く。目に浮かんでいた涙を拭ったハーマイオニーは、重い息を吐くと絞り出すように口を開いた。

 

 

「ここは、クィディッチ・ワールドカップがあった森よ。……姿くらましをした時、ヤックスリーが私を掴んだの。あんまり強いものだから、私、振り切れなくて。それで、ソフィアの家に着いた時、まだあの人はくっついていた。だけど、その時──あの人の手が少し緩んだの。私たちがそこで停止すると思ったのね。だから、私やっと振り切って、それで、私がここにあなた達を連れてきたの。どこか囲まれた場所が欲しかったから。ソフィアの意識はあの家にあったから、私の姿くらましに着いて来るのが遅れて、ばらけてしまったんだわ」

「……つまり、あの家にはもう戻れないってことか?」

 

 

ロンの恐々とした声に、ハーマイオニーは止まりかけていた涙をわっと溢れさせ、両手で顔を覆うと「ソフィア、本当にごめんなさい!」と涙声で叫んだ。

 

 

「きっと、知られてしまったわ!家の保護も、いつか破るにきまってる……!ごめんなさい、あなたの、あなた達の家なのに……!」

「ハーマイオニー……」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの悲痛な叫びを聞き、ハリーに寄りかかっていた体をぐっと起こすと背を丸めて震えるハーマイオニーを柔く抱きしめた。ひっく、とハーマイオニーの啜り泣きが静かな森の中に響く。

 

 

「泣かないで。仕方のないことよ。私だってそうするわ。あの場所で捕まってしまうのが1番避けなければならないことだったもの。……あの家には、私たちが住んでいた痕跡は消したわ。大丈夫よ」

「っ……ソフィア……」

 

 

あの家はソフィア達にとって唯一の安息地でもあった。十分な保護魔法がかけられているあの家は1ヶ月以上もの期間、ソフィア達の安全を守っていた。

今、森の空き地の中に人の気配は無いが、ハリーはどうしても初めて死喰い人から逃げた時、ハーマイオニーが思いついて姿現しした場所に死喰い人が現れたことを思い出さずにはいられなかった。

あの時死喰い人はたった数分で自分たちを見つけたのだ、その仕組みがどうなっているのかいまだに自分たちは予想もできていない。

 

 

「移動した方がいいと思うか?」

 

 

ロンが硬い声でハリーに問いかける。ロンの表情から、ハリーはロンも同じことを考えているのだと思った。いや、ロンだけではなくソフィアもハーマイオニーを抱きしめて慰めながらも周囲への警戒を怠っている様子はない。

 

 

「わからないけど──しばらく、ここにいよう。無理に動くのはよくないと思う」

 

 

ソフィアの瞳はつよい意志を持っていたが、まだ顔色は悪く青ざめ、じっとりと額に汗が浮かんでいた。きっとソフィアはどれだけ辛くとも、すぐにこの場から移動すると決めたならば弱音を吐かず辛い体に鞭打ってついて来るだろう。

敵に居場所を知られる前に逃げ出さなければならない、しかし──それよりも、ハリーはソフィアの体調の回復を待ちたかった。

 

ハリーの言葉を聞き、ハーマイオニーは目元を手で乱暴に擦るとソフィアから離れ──ソフィアは再びハリーの腕の中に戻った──ぐっと唇を結んで立ち上がった。

 

「どこに行くの?」というロンの不安そうな声に、ハーマイオニーは森を見渡しながら「ここにいるのなら、周りに保護呪文をかけないといけないわ」と答える。

杖を上げ、真剣な声音で呪文を唱えながら、ハーマイオニーはソフィアとハリーとロンの周りに大きく円を描くように歩き始めた。

 

 

呪いを避けよ(サルビオ ヘクシア)…… プロテゴ トラタム(万全の護り)……レペロ マグルタム(マグルを避けよ)……マフリアート(耳塞ぎ)──」

 

 

周囲の空気に小さな乱れが生じ、一瞬、空き地一帯が陽炎で覆われたかのようにぼんやりと不透明になった。

 

 

「──ロン、テントを出してちょうだい」

「オッケー」

 

 

ロンはハーマイオニーの鞄の中に手を突っ込みごそごそと中を探っていたが、数秒で諦め「アクシオ!」と唱えた。テント布や張り綱、ポールなどが一包みとなった大きな塊が鞄の中から飛び出た瞬間、周囲に鼻につく獣臭い──猫の匂いが漂い、ハリーとロンはこのテントはクィディッチ・ワールドカップの夜に使用したものだと分かり微妙な顔をした。

 

 

「これ、貰ったんだ?」

「返して欲しいと思わなかったみたい。腰痛がひどいらしくて。だから、あなたのパパに貰ったの。──立て(エレクト)!」

 

 

ハーマイオニーは杖先を8の字に動かしながら一塊のテントへ向ける。すると流れるような動きでテントが宙に昇り、ハリーの前に降りて完全なテントが一気に建ち上がった。ロンが手に持っていたテントのペグが一本あっという間にその手を放れ張り綱の先端に突き刺さる。

 

 

敵を警戒せよ(カーべ イニミカム)!」

 

 

ハーマイオニーは仕上げに天に向かって華やかに杖を打ち振った。

 

 



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405 次の安全地帯!

 

 

テントの中は数年前に見た時と変わらず狭いアパートのような作りになっていた。

バスルームと狭いキッチンがあり、最も広いリビングには猫の匂いがする肘掛け椅子やソファ、暖炉、二段ベッドがある。

ハリーは肘掛け椅子を押し退けてソフィアを二段ベッドの下段にそっと下ろした。ソフィアは彼らを心配させまいとして気丈に振る舞っていたが、やはり薬を飲んだとしても体調が全開することはなく、ベッドに落ち着くと再び目を閉じて長いため息を吐いた。

 

 

「お茶を入れるわ」

 

 

バッグの底からヤカンとマグを取り出しながらハーマイオニーが言い、キッチンへと向かう。ロンもハーマイオニーの手伝いに向かい、残されたのはハリーと眉を青白い顔で目を閉じているソフィアだけだった。

 

いつ死喰い人に襲われるかわからない不安と恐怖で胸の奥が嫌に蠢く。今冷静になれば、こうして四人全員が揃っているのは奇跡なんだとハリーはしみじみと奇跡を噛み締めた。

──あの時に無理にアンブリッジからロケットを入手しなくても、別の日にやり直しても良かった。でも、そうするとあのマグル生まれの人たちは言われの無い罪に問われアズカバン行きになってしまう。どうしても、彼らを見捨てることが出来なかった。

 

 

「……ソフィア、大丈夫?」

「……ええ、少し休めば、動けるようになるわ」

 

 

ハリーはソフィアの血の気の引いた頬を撫でる。ソフィアはふっと目を開き、僅かに目を細め心地良さそうにその手に擦り寄った。

きっと無意識なのだろう。体が辛い時は、人の優しさや温かさに甘えたくなるものだから──ハリーはそう思ったが、胸の奥が切なく締め付けられ、キスしたい気持ちを必死に押さえつけた。

 

 

 

紅茶を入れたハーマイオニーとロンがそれぞれマグを二つずつ持ち、二段ベッドに寝ているソフィアを囲むように近くの椅子を引き寄せて座った。

ロンから紅茶を受け取り一口飲んだハリーは、その熱さといつも通りの落ち着く味に、恐怖や不安──それと、少しの興奮──が解けていくような気がした。

 

ソフィアはまだ体を起こす事が辛いのか、ハーマイオニーに「ありがとう、後で頂くわね」と言ったきり再び目を閉じてしまう。

ハリーとハーマイオニーとロンはソフィアを心配そうに見つめ、暫く無言で紅茶を飲んだ。

 

 

「カターモール一家はどうなったかな?」

 

 

紅茶を半分ほど飲んだところでロンが沈黙を破る。ハーマイオニーは慰めを求めるように熱いマグを握りしめた。

 

 

「運が良ければ逃げたと思うわ。カターモールが機転を利かせれば、奥さんを付き添い姿くらましで運んで、今頃は子ども達と一緒に国外へ脱出しているはずよ」

「まったくさぁ。僕、あの家族に逃げて欲しいよ。上手くいくといいのに……僕たちのせいであの二人がアズカバン行きなんてことになったら……」

「きっと大丈夫よ。──それで、ちゃんとあれは持ってるのよね、ハリー?」

「え──何が?」

 

 

ソフィアの顔を食い入るようにじっと見つめていたハリーは、ハーマイオニーとロンの会話の半分も耳に入っていなかった。何も悪い事をしていないのだが、妙な罰の悪さを感じながら慌てて視線を二人に向ければ、二人は呆れ顔でハリーを見ていた。

 

 

「ロケットよ!まさか、落としてないわよね?」

「ああ──うん。勿論」

 

 

ハリーはポケットの中からスリザリンのロケットを引っ張りだし、机の上に置いた。

そのロケットの大きさは鶏卵ほどであり、キャンバス地の天井を通して入り込む散光の下で小さな緑色の石を沢山嵌め込んだ『S』の装飾文字が鈍い光を放つ。

目を閉じでハリー達の会話を聞いていたソフィアは、分霊箱の話題に目を開き数回目を瞬いた後で上半身を起き上がらせた。

すぐに気づいたハーマイオニーが薄い枕に向かって杖を振り何倍にも膨らませ、ソフィアの体はふわふわとした枕に支えられる。

 

 

「高さはどう?」

「ちょうど良いわ。ありがとう。──綺麗なロケットね」

 

 

あの緑色の粒はおそらくエメラルドだろう。美しく輝くそのロケットは、分霊箱だと知っていても、つい率直にそう思ってしまった。

 

 

「綺麗だけど、中身はアレなんだろ?……クリーチャーの手から離れてから、誰かが破壊したってことはないか?」

 

 

一見するとただのロケットであり、日記のように話しかける事や勝手に転がることもない。ロンは期待顔でハリーを見たが、ハリーが答えるよりも先にハーマイオニーがバッサリと否定した。

 

 

「それはないわ。もし魔法で破壊されていたら、何かの(しるし)が残っているはずよ」

 

ハーマイオニーは机の上に置かれたロケットを指先で恐々突き──何もしてこないとわかると手のひらの上に乗せてしげしげと眺めた。傷一つない滑らかなロケットは次にハリーの手に渡り、ハリーは裏返したりチェーンの一つ一つまでじっくりと見ながら頷く。

 

 

「クリーチャーが言ったとおりだと思う。破壊する前に、まずこれを開ける方法を考えないといけないんだ」

 

 

そう言いながらハリーは、自分が今手にしているものが何なのか、この小さい金の蓋の後ろに何が息づいているのかを突然強く意識した。探し出すのはこれほど苦労したのに、ロケットを投げ捨て今すぐ手を清めたいという激しい衝動に駆られた。

 

ぐっと一度強く手で握り込み、そっと開く。気を静めたあと、ハリーは指で蓋をこじ開けようとしたが蓋は少しも開くことはない。

色々な呪文を試したが蓋は頑なに開くことはなく、ロンとハーマイオニーも開こうと考えられる限りの方法を試したがハリーと変わりのない結果で、開けられなかった。

 

 

「ソフィアも、試してみる?」

 

 

ロンは軽い動作でロケットをソフィアに突き出した。

ソフィアはごくりと固唾を飲むと小さく頷き、3人に代わる代わる握られているにも関わらずひんやりと冷たいロケットを受け取った。

 

 

ソフィアが知っている呪文は、全てハーマイオニーが試していた。単純な力ではハリーとロンの方が自分よりも強いだろう。ならば、きっとこのロケットは特別な方法でしか開かれないのだ。例えば──合言葉。

 

しかしいくら考えてもわからず、ソフィアは輝くロケットを握りしめた。相変わらずひんやりとしているが──普通の物ではないような、気配がある。

 

 

「奇妙だわ……」

「何が?」

「やっぱりそう思うか?」

 

 

思わずぽつりと呟いたその言葉に、ハリーは首を傾げたがロンは神妙な面持ちで頷き、ソフィアの手の奥にあるロケットをじっと見つめた。

 

 

「何か、感じるよな。それ」

 

 

低い呟きにソフィアは頷き、そっと手を開くとハリーにロケットを返した。

冷たいロケットを握りながら、ハリーはなんとなくソフィアとロンの言いたい事がわかった気がした。──自分の血が、血管を通って脈打つのを感じているのか、それともロケットの中の何か小さい心臓のようなものの脈打ちを感じているのだろうか?

 

 

「これ、どうしましょう?」とハーマイオニーが不安げに言いながらソフィア達を見回す。

無造作に置いておくなんて出来ないが、かと言って鞄の中に突っ込み、何かの拍子に飛び出てどこかへ行ってしまったら──と考えるとハーマイオニーはそれを鞄の中に入れようとは言えなかった。

 

 

「破壊するまで、安全にしまっておこう」

 

 

 

ハリーは気が進まなかったが鎖を自分の首にかけ、ロケットをローブの中に入れて外からは見えないようにした。

ロケットはハグリッドがくれたに巾着袋と並んでハリーの胸の上におさまった。

こうも、感じる印象が異なるものを首に下げる機会なんてもう2度とないだろう。とハリーは考え苦笑した。

 

 

「テントの外で、順番に見張りをした方がいいよ。それに、食べ物の事も考えないと──君は休んでて、ソフィア」

 

 

立ち上がりながらハリーはそう言い、起き上がろうとしてまた真っ青になったソフィアを、ハリーは優しく制した。

ソフィアはそれでも何か力になりたいと思ったが、今外に出て何かがあっても対処できないだろう。きっと、ハリー達に異変を伝える前に殺される。

 

 

「ごめんなさい。ありがとう、ハリー、ロン、ハーマイオニー……」

 

 

順番に見張りをする事になったハリー達に申し訳なさそうに眉を下げて言えば、三人はとんでもないとばかりに明るく笑いソフィアの肩をぽん、と叩いた。

 

 

ハーマイオニーがハリーの誕生日に贈ったかくれん防止器はテント内のテーブルの中央に置かれている。

3時間ごとにハリーとロンとハーマイオニーは1人ずつ外の見張りをして神経をすり減らし緊張していたが、ハーマイオニーが周囲にかけた保護呪文やマグル避け魔法が効いているのか──それとも、誰もこないほど辺鄙な場所なのか──何時間経ってもかくれん防止器はぴくりとも動かず、聞こえて来るのは小動物の足音や鳥の囀りだけだった。

 

あの時のように、死喰い人が急に現れたとしてもすぐに対処出来るようにとハリー達は緊張したまま夜を迎えた。

 

 

 



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406 グレゴロビッチ!

 

 

ソフィアはハーマイオニーの怒りの叫び声により目を覚ました。近くに時計が無く、何時間寝てしまったのかわからないが、先程より気分は良く吐気や体の倦怠感も無い。

 

 

「──あいつはグレゴロビッチを見つけたよ、ハーマイオニー。それに、多分殺したと思う。だけど、殺す前にグレゴロビッチの心を読んだんだ。それで、僕、見たんだ──」

「あなたが居眠りするほど疲れてるのなら、見張りをかわったほうが良さそうね」

「交代時間が来るまで見張るよ!」

「駄目よ。あなたは間違いなく疲れているわ。中に入って横になりなさい!」

 

 

2人の声を聞きながらソフィアは体を起こし、近くの肘掛け椅子で目を擦っている──彼もまた2人の大声で起こされてしまった──ロンと顔を見合わせ、肩をすくめた。

ロンとソフィアはハリーがヴォルデモートの侵入を許してしまい、見たくもない光景やからの感情を受け取ってしまう事に対し、ハーマイオニーほど非難的ではない。

見てしまうのなら仕方のない事で、どうする事も出来ないのだ。ならばその得た情報を完全に信用することはできないが──有効活用するしかないだろう。

 

 

必死に怒りを抑え込み、しかめ面をしているハリーがテントの入り口をくぐり中に入ってきた。

ハリーはソフィアが目を覚まし体を起こしているのを見ると一瞬怒りを忘れたのか驚いたように目を見開きすぐに2段ベッドの下に駆け寄ると、ソフィアの顔を心配そうに覗き込んだ。

 

 

「大丈夫?」

「ええ、かなりマシになったわ」

「うん、顔色も戻ってきたね」

 

 

ハリーはソフィアの僅かに朱が灯った頬に触れ、優しく撫でた。ソフィアも払いのけることはせずにっこりと微笑む。

数秒間ソフィアとハリーは何も話す事なく見つめ合っていたが、そのふわりと甘い一時はロンのわざとらしい空咳により途切れた。

 

 

「えへんえへん!──で、例のあの人は何をしていたんだ?」

 

 

すっかり近くにロンがいることを忘れていたハリーは名残惜しそうにソフィアの頬から手を離すと、そのまま二段ベッドの下段に腰掛けちらりと入り口を見る。

 

 

「あいつは、グレゴロビッチを見つけた。縛り上げて拷問していた」

 

 

入り口で見張っているハーマイオニーに届かないくらいの低い声でハリーは呟く。

細かいところまで思い出そうと眉根を寄せ、天を仰ぎ、二段ベッドの灰色の床板をじっと見つめた。

 

 

「縛られてたら、グレゴロビッチはどうやってあいつの新しい杖を作るっていうんだ?」

「さあね……変だよな?」

 

 

ソフィア達はグレゴロビッチが杖職人であるとハリーから聞いて知っていた。

怪訝な顔で呟くロンに、ハリーは目を閉じて見たこと、聞いたことを全て反芻した。

そうだ。ヴォルデモートは僕の杖のことを一言も言わなかった。杖の芯が双子である事にも触れなかった。僕の杖とヴォルデモートの杖が魔法を放った時、僕たちの杖に不思議なことが起こった。でも、それを防ぐにはどうすればいいのかも、聞かなかった。むしろ──。

 

 

「グレゴロビッチの、何かが欲しかったんだ」

 

 

ハリーは目をしっかりと閉じたまま言った。

そうだ──あいつは、何かを探して、求めていた。

 

 

「あいつはそれを渡せと言ったけど、グレゴロビッチはもう盗まれてしまったと言っていた……それから……それから……あいつは、グレゴロビッチの心を読んだ。そして、僕はなんだか若い男が出窓の縁に乗って、グレゴロビッチに呪いを浴びせてから飛び降りるところを見た。あの男が盗んだんだ。例のあの人が欲しがっていた、何かを盗んだ──」

 

 

目の裏を過ぎ去っていくのは、白髪に豊かな顎鬚を生やしたサンタクロースに似ているグレゴロビッチが逆さ吊りにされ恐怖に慄いているところだ。

その広がった瞳孔から、引き込まれるようにグレゴロビッチの心の中に開心術で入り、ブロンドの若い男がグレゴロビッチの作業部屋に侵入しているのを見た。

ブロンド髪の、ハンサムな男だった。彼は大きな鳥のような格好で出窓に留まり──狂喜していた。そしてそのギラギラとした喜びの顔のまま高笑いし、後ろ向きで鮮やかに窓から飛び降りたのだ。

 

ハリーはその笑顔を、どこかで見た気がした。

 

 

「──それに、僕……あの男をどこかで見たことがあると思う……」

 

 

グレゴロビッチは杖が盗まれたのは何年も前だと言っていた。しかし、自分は間違いなくその顔を知っている──まるで目の前に霧がかかり全てが見えなくなってしまったようだった。

 

ソフィアとロンは一年生の時、賢者の石の創造者であるニコラス・フラメルを探す時にも同じようなことを言っていたと思い出し、口々に有名な魔法使いの名前を羅列したが──尤も、ロンはほとんど過去に素晴らしい成績を収めたクィディッチの選手の名を言っただけだが──ハリーはわからず首を傾げ唸り続けた。

 

 

「その盗人がとっていった物、見えなかったのか?」

「うん……きっと小さなものだった」

「え?杖か、杖を作る材料なんじゃないの?」

「えっ?」

 

 

杖職人が持つのは、杖か杖の材料かだ。

ソフィアはハリーからヴォルデモートがグレゴロビッチの何かが欲しかったのだと聞いた時、何の疑問も抱かず杖か材料なのだろうと思っていた。

しかし、ハリーとロンはそんな発想は無かったのか目を瞬かせ虚をつかれたかのように黙り込む。

 

 

「だって、あの人が狙ったのは杖職人でしょう?この前も、オリバンダーを狙って……ルシウスさんの杖を使ってあなたを殺そうとしたけれど失敗した。だから、オリバンダーの他に有名な他の杖職人のところにいって、別の杖を奪うつもりだったのかもしれないわ。国によって、杖の材料は違うって本で読んだことがあるの。外国の杖なら、あなたを攻撃できるのだと思ったのかもしれないわ」

「……そうか!あいつは、僕を殺すために杖を欲しがったのか!……でも、杖で使える魔法に差があるわけないよね?最強の杖なんてないよね?」

 

 

ヴォルデモートはルシウスの杖を使っていた。

杖には相性があるとはいえ、どんな杖でもヴォルデモート卿であれば皮肉にも使いこなせるのだとハリーは思っていたが、ソフィアは「うぅん」と唸り難しそうに眉根を寄せた。

 

 

「私、杖の魔法について詳しくないの……でも、杖によって相性があるのは確かだし──無言魔法が使えない杖がある、と聞いたことがあるわ。ハリーとあの人の杖はオリバンダーの店で買った兄弟杖で……他の店なら、もっと自分に合う杖があると思ったとしてもおかしくないわ」

「どっちにしろ、例のあの人が手に入れることが出来なくて良かったな。最強の杖なんて、それこそ御伽話さ」

 

 

ロンは肩をすくめ、マグを持ちもう冷たくなりつつある紅茶を一口飲んだ。

ソフィアとロンはビードルの物語に出てくる架空の杖を思い出したが、童話は童話だと特に気にすることはなかった。

ソフィアはふと、結局ハーマイオニーがダンブルドアから遺贈された本を読み込むタイミングが無かったことを思い出す。ハーマイオニーはもう読んでしまっただろう。時を見てどの童話が書いてあったのかを確認するべきかもしれない。

 

 

「ふぁあ──僕はまだ後だよな?上で寝てもいい?」

 

 

ハリーが見た内容は哀れな杖職人の悲劇であり自分の家族の悲劇ではなかった。

ロンは安堵から眠気を思い出し、あくびを一つすると膝に手を置いて立ち上がる。

 

 

「ええ、おやすみ」

「おやすみ」

 

 

二段ベッドの上へと梯子を登ったロンは、ソフィアとハリーにひらひらと手を振りベッドに潜り込む。

ハリーとソフィアは数秒後に聞こえていたロンの寝息に気付き、起こさないようにくすくすと小さく笑うとそっと腰掛けていたベッドから離れ、先ほどまでロンが座っていた肘掛け椅子に座り背もたれにかかっているブランケットを手繰り寄せた。

 

 

「おやすみ、ソフィア」

「おやすみ、ハリー」

 

 

流石にソフィアと同じベッドで休むわけにはいかない。

ハリーは寝違えないように頭の置き場所に注意しながら目を閉じた。

ハリーの目の裏には、あのブロンドの若者の顔が、まだ焼き付いていた。陽気で奔放な顔であり、どこかフレッドやジョージのような策略の成功を勝ち誇る雰囲気があった。

まるで鳥のように窓際から身を踊らせた──どこかで見たことがある男。だが、あと少しで思い出せそうなのに浮かんでこない。

 

グレゴロビッチが死んだ今、あの陽気な盗人が危険だ。

 

ハリーはその若者に思いを巡らせながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 



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407 分霊箱の呪い?

 

 

次の日の朝、ソフィアの体調もかなり良くなったところで彼らは話し合い、その場所から移動する事に決めた。

ひと所にあまり長く留まらない方がいいだろうと考え、朝早くにハーマイオニーが周りにかけた魔法を解き、ソフィアとハリーとロンはキャンプした事がわかる形跡を地上から消した。

ソフィアの家に帰ることが出来なくなってしまったのは、ソフィア達にとって予期せぬ事態であり十分な食糧をカバンに詰めてこなかったため昨夜はハーマイオニーが森で見つけてきたキノコをスープにし、鞄の中にあった缶詰を食べるという質素な物であり──ロンはできるだけ食糧が簡単に手に入るところがいいと意見した。

人気のない所は勿論だが、流石に長期間旅をするには食糧が心持たないのも事実。ハーマイオニーは渋々だったが、4人は姿くらましで小さな市場町の郊外に移動した。

 

低木の小さな林で隠された場所にテントを張り、ソフィアとハーマイオニーで新たに防衛の魔法を張り巡らせたあと、ハリーは透明マントを被り思い切って食べ物を探しに出かけた。

しかし、計画通りにはいかず町に入るか入らないかのうちに冷気が辺りを覆い、霧が立ち込めて急激に暗くなった。

ハリーは直感的に吸魂鬼だと感じ、すぐに守護霊魔法を唱えようとしたが──。

 

 

「──うっ……!」

 

 

いつもなら浮かんでくる幸福な気持ちが一向に訪れない。仲間のことや、クィディッチで優勝した時のこと、ソフィアとの思い出を何度も反芻したが浸る前に心臓や肺が凍りついてしまい、その場に立ち尽くす事しかできなかった。

 

ガタガタと震え、目の前が点滅する。遠い日の悲鳴が聞こえてきた。

 

三年生の時、特急で初めて吸魂鬼と対峙した時のように気を失うわけにはいかず、ハリーはすぐ踵を返しテントへと駆け戻った。

 

 

すぐにテントに戻ってきたハリーに、ロンは食べ物が手に入ったのだと疑わず喜んだが──蒼白な表情を見て、その笑みを固めた。

 

 

「どうしたんだ?」

「町に入れなかった。吸魂鬼だ」

 

 

荒れた呼吸を整える暇もなく、ハリーが掠れ声で言うとロンは眉根を寄せ「だけど君、素晴らしい守護霊が創り出せるじゃないか!」と抗議した。

 

 

「創り出せ……なかった。出て、こなかった」

 

 

鳩尾を押さえ、喘ぎながら言うハリーにロンとは唖然として失望し、ハリーは申し訳ないと思い視線を落とした。

 

 

「それじゃ、食い物はなしか」

「食べ物よりも、なぜ守護霊を呼び出せなかったのかが問題よ。少なくとも昨日は完璧にできたでしょう?」

「わからない……」

 

 

守護霊魔法は自分にとって誇りでもあり、ハリーは古い肘掛け椅子に座り込み小さくなった。自分の中の何かがおかしくなったのか、まさか、これからずっと吸魂鬼に対し無防備になってしまうのだろうか。

 

ロンとハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせる。ハリーはどれだけ動揺していても、吸魂鬼の大群が現れても冷静に守護霊を創り出すことが出来ていた。昨日までできた事が何故急にできなくなったのか──。

 

 

「ハリー、実は体調が悪いとか──」

「そりゃ、安全な場所じゃないから緊張はしてるけど……」

「吸魂鬼と会ったの?どんな風になったの?実体を創れなくなっただけで、モヤは出た?」

「ううん、違う──幸福なことを思い出せなかった、母さんの悲鳴が遠くから聞こえてきて……」

 

 

自分1人が気絶してしまった時の事を思い出し情けなさと屈辱からハリーの声は小さくなる。

ハーマイオニーとソフィアは考え込み黙ったが、ロンは空腹のあまり苛立ち、椅子の脚を蹴っ飛ばした。

 

気まずい沈黙と、何かがあれば爆発しそうな張り詰めた緊張感が落ちる中、考え込んでいたハーマイオニーはハリーとロンが発する険悪な雰囲気を切り裂くように「わかった!」と叫び額をピシャリと叩いた。

 

 

「ハリー、ロケットを私にちょうだい!さあ、早く!」

 

 

ハリーは分霊箱は自分が持つべきだと思い込み、ハーマイオニーに渡して良いものかと躊躇したが、ハーマイオニーはもどかしそうににハリーに向かって指を鳴らしながら再度言った。

 

 

「分霊箱よ、ハリー。あなた、まだ下げているでしょう!」

 

 

ハリーはハーマイオニーの剣幕に押され、金の鎖を持ち上げて頭から外した。冷たいそれがハリーの肌から離れるが早いか、ハリーは解放されたように感じ不思議と身軽になった。

外すまで、今までじっとりと冷や汗をかいていたことも、胃を圧迫すること重さを感じていたことも、自分を締め付ける重さが消えるまで全く気がつかなった。

 

 

「楽になった?」

「ああ、ずっと楽だ!」

「分霊箱だもの……影響が無いわけないわ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの手に収まるロケットをじっと見つめた。やはり初めて見た時に感じた不気味な直感は正しかったのだ。──何せ、この中には邪悪な魔法使いの魂がある。何も影響を及ぼさない方が可笑しいだろう。

 

 

「ハリー」

 

 

ハーマイオニーはぎゅっと手でロケットを包み込み、ハリーから見えないようにしながら身を屈めて重病人を見舞う時の声のように気遣わしげに話しかけた。

 

 

「取り憑かれていた、そう思わない?」

「えっ?違うよ!それを身につけているときに、僕が何をしたが全部覚えているもの。もし取り憑かれていたら、自分が何をしたかわからないはずだろう?ジニーが何も覚えていないときがあったって話してくれた」

「ふーん……」

 

 

ハリーはムキになったが、ハーマイオニーは納得しているのかしていないのか微妙な空返事をし、ずっしりとしたロケットを見下ろす。冷たいロケットは、手のひらで包んでいても一向に温まる気配はないが、かと言って牙を剥くこともなかった。──今はまだ。

 

 

「身につけるのは危険だと思うわ。テントの中か……鞄に保管しておく?」

 

 

ソフィアはそう提案したが、ハリーは「いや、」ときっぱり否定し首を振った。

 

 

「分霊箱をそのへんに置いておくわけにはいかない。無くなったり盗まれたりしたら大変だ」

「それもそうね。じゃあ、一人で長く身につけないように交代でつける事にするのはどう?」

「そうするしかないわね。テントの中に残る人がつけるようにしましょう」

 

 

ハーマイオニーは自分の首にかけ、ブラウスの下に入れて見えないようにした。

胸の辺りに冷たい感触があり、ハーマイオニーは少し緊張した面持ちで服の上からロケットを押さえた。

 

 

「結構だ。そっちは解決したんだから、何か食べるものをもらえないかな?」

 

 

ロンが苛つきを隠さず言い、それに賛同するように腹が唸り声を上げた。

 

 

「いいわよ。だけど、どこか別のところに行って見つけるわ。吸魂鬼が飛び回っているところに留まるのは無意味よ」

 

 

ハーマイオニーの声音はいつもよりも刺々しく、ロンはむっと口を曲げる。何も空腹なのはロンだけではなく、全員がそうだった。緊張、恐怖、空腹──精神的なストレスに晒され、どうしても他者を気遣う余裕が無くなってしまう。

 

さっと立ち上がったハーマイオニーは一人でテントを出ていき、ハリーもその後に続く。ロンはむっつりとしたまま苛々と足を動かし、ソフィアはちらりとそんなロンを見た。

 

 

「なんだよ」

「……なんでもないわ。この中の片付けをお願いね、私は外の痕跡を消してくるから」

 

 

ソフィアは立ち上がり、一瞬目の前の景色が歪みその場に蹲りそうになったが、必死に耐えて入り口へと向かう。

ロンは元々ストレスに耐性が少ない。ネガティブであり、沈み切ると他者に対して攻撃的になりやすい。夢喰蟲に操られてしまった事もある──きっと、ロンがロケットを身につける事になると今以上に余裕がなくなり攻撃的になるだろう。

しかし、ロンにロケットを渡さなければ、プライドが高いロンはきっと臍を曲げてしまう。

 

ソフィアはため息をつきながらハーマイオニーと共にテントの周りにかけた魔法を解いた。

 

 

その後四人は、人里離れたところにポツンと建つ農家の畑で一夜を明かすことになった。透明マントを被り、やっとのことで農家から卵とパンを手に入れることができた時、あたりは闇に包まれ星が瞬いていた。

 

 

「これって、盗みじゃないわよね?」

 

 

四人でスクランブルエッグを載せたトーストを貪り食べながらハーマイオニーが「否定して欲しい」と言う表情で気遣わしげに言った。

 

 

「鶏小屋に、少しお金を置いてきたんだもの……大丈夫、と思いましょう」

 

 

危険な旅で、食糧が手に入りにくいのは仕方がない。かといって盗みを働けば──それは正義のための旅ではなくなるのでは無いかとハーマイオニーもソフィアはぼんやりと考えていたが、背に腹は変えられず自分を納得させるために呟く。

 

 

「くみたち、しん──ぽいしすぎ。イラックス!」

 

 

ロンは目をぐるぐるさせ、両頬にパンとスクランブルエッグを詰め込んだままもごもごと話す。

事実、心地よく腹が満たされるとロンの機嫌はすっかりと落ち着き、ソフィア達もリラックスしやすくなった。

その夜は吸魂鬼についての苛立ちが笑いのうちに忘れられた。四交代の夜警の最初の見張りに立ったハリーは、陽気なばかりか希望に満ちた気持ちにさえなった。これはきっと、腹が満たされただけではなく分霊箱を持っていないことも関係しているだろう。

 

 

厚手のローブを着て、テントの前で座り込んでいたハリーは眠らないように時々立ち上がりテントの周りをうろうろとしながら時間を潰した。

昨日までは葉の擦れる音や小動物の鳴き声が聞こえるたびに心臓が跳ね上がり驚き、その先に敵がいるのでは無いかと何も見えない暗闇に目を凝らした。葉の蠢きが敵の姿に見え、いつ緑色の死の光線が自分の胸を貫くのかと恐怖していたが──今目の前にあるのはただの木々の葉であり、敵では無い。

空腹と極限状態の緊張、そして分霊箱が原因であり、自分が情けない小心者ではなかったのだとわかると幾分も気が楽だった。

 

 

ハリーの後ロンが代わり、その後には体調が戻ったソフィアが初めて見張りの番をした。

空が薄紫色に白み始め、夜と朝の境界線で焚き火の炎を見つめながらじっと少し先にある林を見つめる。

手にはずっと杖を持っているが、火にあたっていても指先が悴むほど寒くてもはや杖を握っている感覚は朧げだ。

 

 

「──あ」

 

 

先にある低木の葉ががさりと揺れ、小さな生き物が顔を出した。

その途端ソフィアは小さく声を漏らし腰を浮かした。周囲には魔法がかかり、野生動物であってもテントを見ることが出来ない。しかし、野生の勘なのか、人の気配を感じているのかその動物は顔を出したきりこちらへ近づこうとはしなかった。

 

 

「……」

 

 

僅かな光を反射し闇の中に輝く丸い瞳。小麦色の毛並みを持つそれはフェネックであり、ソフィアの胸が締め付けられるように痛んだ。

 

脳裏に浮かんだのは大切な家族であるティティの事だ。ティティは、ハリーを無事に隠れ穴へと移動させる作戦から帰ってきていない。

ただのフェネックではなく、姿を自在に変化することができるティティは、敵を撹乱させるためにはどうしても必要だった。

あの時、無数の緑や赤の光線が空を飛び交っていた。一つでも当たれば、あの高さだ──死の魔法ではなくとも無事ではないだろう。

 

 

「ティティ……」

 

 

隠れ穴にいる間、何度も外へ出て境界線の内側からティティを探した。きっと戻ってきてくれると、それを信じていた。しかし、ティティは帰らず漠然とした不安と、苦しいほどの悲しみがソフィアを責め続けていた。

 

 

フェネックは数秒考え込むように耳を動かしていたが、ついに葉の微かな揺れを残して低木の奥へと引き返す。

それでも、ソフィアはその姿にティティを重ねたまま立ちすくんでいた。

 

 

「どうか、無事でいて……」

 

 

今まで思うだけで言葉にしなかった願いが、涙と共に溢れ落ちる。

涙は頬を伝い、ぽたりと地面に吸い込まれ黒い跡を残した。

 

 

「──ソフィア、交代の時間よ」

 

 

欠伸を噛み殺し、ぐっと伸びをしながらハーマイオニーが現れる。

ぶるり、と外の寒さに体を震わせながら、ハーマイオニーは近くの焚き火にあたろうとしたが、ソフィアが突っ立ったまま動かない事を不審に思い「ソフィア?」と呼びかけながら顔を覗き込んだ。

 

 

「ど──どうしたの?まさか、傷がまだ痛むの?」

 

 

一日では流石に全快はしなかったのか。ソフィアは痩せ我慢をする方だとわかっていて注意して見ていたが──と、ハーマイオニーは焦り心配そうに傷がある肩口を見た。

 

 

「ううん、ち──違うの。さっき、ティ──ティティに似たフェネックが、いて。それで──」

 

 

ハーマイオニーははっと息を呑み、ソフィアを強く抱きしめた。

ティティが危険な作戦に組み込まれていたのは知っている。それから、姿を見せていない事も勿論わかっていた。それでも、ソフィアが何も言わずに気丈に振る舞っていたから何も言わなかったが──ソフィアにとって大切な家族を失った可能性が高いのだ。心が引き裂かれるほどの苦しみを感じないわけがない。

 

かける言葉も見つからず、ハーマイオニーは強くソフィアを抱きしめ、ソフィアの涙が止まるまで自分よりも低い場所にある頭を優しく撫で続けた。

 

 

 



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408 次の場所は?

 

 

満たされた胃は意気を高め、空っぽの胃は言い争いと憂鬱をもたらす。

ダーズリー家で過ごしていた時に何度も餓死寸前の時期を経験していたハリーにとってこれは驚くべき発見ではなかったが、今まで経験したことの無かったソフィアとハーマイオニーとロンにとっては初めての驚くべき経験だった。

 

毎日毎食十分な食事にありつけることは無く、ベリーや少量の備蓄缶しかない日も多い。ハーマイオニーはいつもより少し短気になったり、気難しい顔で黙り込む事が多くなり、ソフィアもまたいつもの明るい笑顔は控えめになりぼんやりとしている事が増えた。

2人は空腹ゆえの苛立ちを感じてもぐっと堪えて紅茶や水を飲み、なんとか空腹を誤魔化し自制していたが──ロンは別だった。

 

ロンは空腹だとわがままになり、怒りっぽくなってしまったのだ。さらに食べ物のない時と分霊箱を持つ順番が重なると、ロンは思いきり──彼らにとって──嫌なやつになった。

 

 

「それで、次はどこ?」

 

 

そうロンは口癖のように何度も聞いた。自分自身の考えは持たないが、食糧の少なさに悩んでいる間にソフィアとハリーとハーマイオニーが計画を立ててくれていると期待しているのだ。

3人はどこに行けば分霊箱を見つけられるのかと結論の出ない話し合いに何時間も費やす事になったが、新しい情報がなかなか入ってこない状況では、3人の会話は次第に堂々巡りになっていた。

 

ダンブルドアがハリーに、分霊箱の隠し場所はヴォルデモートにとって重要な場所に違いないと教えた事もあり、話し合いではヴォルデモートが住んでいたか訪れた事がわかっている場所の名前を繰り返し発言し、何度も推測した。

ヴォルデモートが生まれた孤児院、知識を得たホグワーツ、勤めたボージン・アンド・バークス、亡命したアルバニア──しかし、どれも決め手に欠けていた。

 

 

「そうだ、アルバニアに行こうぜ。国中を探し回るのに、午後半日あれば大丈夫さ」

 

 

古い肘掛け椅子に座り、足を投げ出しながらロンは皮肉を込めて言った。

 

 

「そこには何もあるはずがないの。国外に逃れる前に、すでに五つも分霊箱を作っていたんですもの。それにダンブルドアは六つ目はあの蛇に違いないと考えていたのよ。あの蛇がアルバニアにいないことはわかっているわ。だいたいいつもヴォル──」

「それを言うのはやめてくれって言っただろ?」

 

 

説明していたハーマイオニーの言葉を遮り、ロンが必要以上に大きな声で口を挟む。確かにヴォルデモートの名前は不吉でありその名前を告げることを控えていたが──ロンは今まで以上に異常なほど反応し、苛立ちを隠すことなく咎めた。

ハーマイオニーはつい口が滑ってしまっただけなのにそんなキツく言わなくてもいいじゃないか。と思ったが、なんとかその文句を飲み込んだ。ロンの首には金色の鎖がかかり、昨日の食事も薄いトースト一枚、たったそれだけだったのだ。下手に刺激すると爆発するのは目に見えていた。

 

 

「わかったわ!蛇は大体いつも例のあの人と一緒にいる。──これで満足?」

 

 

しかし、ハーマイオニーとて聖人ではない。空腹であり緊張と不安から余裕がないのは彼女も同じだ。睨みながら言うハーマイオニーに、ロンは「べつに」と素っ気なく返して後頭部で手を組みため息をついた。

 

 

「──ボージン・アンド・バークスにも無いと思うわ。だってあそこの店主は闇の魔術の品の専門家だし、誰かの手に渡る可能性があるもの。命と同じ大切なものを置いておかないわよ」

 

 

ソフィアはハーマイオニーとロンの間に漂う嫌な雰囲気に気付いていたが、あえて指摘はせず今まで何度も討論した事を口にした。新しい発見ではない事は重々承知であり──ロンはわざとらしく欠伸をした。

 

 

「僕は、やっぱり、あいつはホグワーツに何か隠したんじゃないかと思う」

「その可能性もゼロでは無いわね」

「でも、それならダンブルドアが見つけているんじゃない?」

「ほら、ダンブルドア先生は秘密の部屋も知らなかったわけでしょう?ダンブルドア先生は偉大な人だけれど、ホグワーツの全てを知っているわけじゃないわ」

 

 

ここ数日の間、ハリーとハーマイオニーとソフィアの間で議論され続けているのはホグワーツに分霊箱があるかどうか、という点だった。ハリーは直感的に間違いないと思っているが、ハーマイオニーは否定的であり、ソフィアは可能性はなくは無い。という中立の立場だった。

 

 

「そうだよ。ダンブルドアが僕の前で言ったんだ。ホグワーツの秘密を全て知っているなどと思ったことはないって。はっきり言うけど、もしどこかもう一ヶ所、ヴォル──」

「おっと!」

「──例のあの人だよ!」

 

 

ロンに言葉を遮られ、ハリーは今までのロンの横暴な態度に我慢の限界が近く大声で叫んだ。ハリーもまた、次の分霊箱の居場所が全くわからない状況に焦燥し、苛立っているのだ。

 

 

「もしどこか一ヶ所、例のあの人にとって本当に大切な場所があるとすれば、それはホグワーツだ!」

「おい、いい加減にしろよ。学校がか?」

「ああ、学校がだ!あいつにとって、学校は初めての本当の家庭だった。自分が特別だって事を意味する場所だったし、あいつにとって全てだった。学校を卒業してからだって──」

「僕たちが話しているのは、例のあの人の事だよな?君のことじゃないだろう?」

 

 

ロンは首にかけられている金の鎖を引っ張りながら嘲笑する。ハリーは衝動的にその鎖でロンの首を絞めたくなったが、その代わりに自分の手のひらに爪を食い込ませ必死に耐えた。駄目だ、ロンがこうなっているのは分霊箱と、空腹のせいだ。もともとロンは──去年嫌と言うほどわかったのだが──ストレスに弱い。

 

 

「例のあの人が、卒業後にダンブルドアに就職を頼みにきたって話、してくれたわよね?」

 

 

ソフィアは彼らの意識を自分に持って来させるために、いつもより大きな声で言う。

ロンは不満げにそっぽを向き、ハリーは一度深呼吸をして心を沈めてからソフィアと向かい合った。

 

 

「そうだよ」

「あの人が戻ってきたいって考えたのは何かを見つけるためで、創設者ゆかりのものを探すためだった。とダンブルドア先生は思っていたのよね?」

「うん」

「でも、就職はできなかった。だから分霊箱はホグワーツに無い。というのがハーマイオニーの意見よね?」

「ええ、そうよ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーとハリーは何度も話し合っていた。ここで話は途絶え、ハリーはホグワーツに分霊箱がない可能性をチラリと考える事になるのだが、一度脳を占めた考えを無かった事にはできないのだ。

 

 

「でも──例えば──」

 

 

いつもならここで議論は平行線をたどり、終了していたが、ソフィアは答えを求めるようにじっとロンの首にかかっている金の鎖を見る。ハリーとハーマイオニーはソフィアが新しい案を出してくれる事を期待して身を乗り出したが、ロンは興味なさそうに意味もなく爪の間に挟まった泥を弄っていた。

 

 

「──例えば、もうすでに創設者ゆかりの品を分霊箱にして持っていたら?」

「え?でも、それなら何を探しにきたんだ?」

「創設者の品は四つあるわ。スリザリン、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー……あの人はその時間違いなくスリザリンとハッフルパフの品は持っていた。だから──分霊箱をホグワーツに隠すことと、レイブンクローかグリフィンドールの品を探し出す事を同時にしたかったのだとしたら?」

「あっ──その可能性も、確かにあるわ!」

 

 

まさに青天の霹靂、というようにハーマイオニーが叫び口を押さえた。

今まで、学校で働きたかったのは創設者ゆかりの品を探すためだと思っていた。ダンブルドアがそう考えていたからだ。しかし、それだけではなく──()()()()()()()()()()()可能性を否定できない。

 

 

「例えば、就職してグリフィンドールの剣の存在を知って、探し出し手に入れようとしていたけれど、ダンブルドア先生に拒否されてしまった。でもホグワーツを訪れることはできた。だからその時にハッフルパフか……どこかで手に入れたレイブンクローの物を隠した可能性はあるわ」

「ハッフルパフはカップよね。レイブンクローは……何かしら……ああっ!ホグワーツの図書館ならレイブンクローについてもっと調べられたかもしれないのに!」

 

 

ハーマイオニーは焦ったそうに叫ぶ。

何度か透明マントを被り魔法界の図書館に行き創設者ゆかりの品が何なのか探した事あった。しかし、それも限られた時間であり、吸魂鬼や魔法省の職員、死喰い人の気配があればすぐに退散しなければならない。

今のところ、有効な情報は全く得られていなかった。

それでもハリーは今まで何日も堂々巡りだった討論に別の考えが出たことは明るい兆しだと前向きに捉える。

ソフィアの考えに信憑性があるわけではないが、結局のところそれは誰の意見でも同じだ。ならば、可能性を潰すためにホグワーツ中を探さねばならない。

 

しかしホグワーツには味方もいるが敵もいる。簡単に侵入する事は不可能であり、とりあえず後回しにして別の場所を探す方が効率がいいということになり、ハリー達はロンドンに行き透明マントに隠れてヴォルデモートが育った孤児院を探したが、孤児院は何年も前に取り壊されていたようで、その場所には新たにオフィスビルが建っていた。

 

孤児院跡地を前にしてハリーは「ここには無い」と強く思う。ヴォルデモートにとって孤児院出身でありマグルの世界で過ごしていたと言う事は捨て去りたい屈辱的な過去のはず。ならば、そんな場所に大切な魂の一部を隠したりはしないだろう。

ダンブルドアは、ヴォルデモートが隠し場所に栄光と神秘を求めたと言っていた。──こんな場所、あいつは自分にふさわしくないと思ったに違いない。いや、孤児院のことなど、一切思い出さなかっただろう。

 

 

 

他に新しい事も思いつかないまま、ソフィア達は安全のために毎晩場所を変えてテントを張りながら地方を巡り続けた。

時々ソフィアがアニメーガスになり、ゴミ箱に捨てられていた日刊預言者新聞を手に入れる事でしか周囲の状況を知る事は出来なかった。新聞に家族や親しい者の死が書かれていないか、騎士団は、ホグワーツはどうなったのか──ソフィア達は新聞の隅々まで読み込んだが、吉報も凶報も無かった。ただ、淡々とした文章でマグル生まれが捕まり尋問されている、と書かれているだけだ。時たまハリー・ポッター発見か?という記事があるが、捕まったとは書かれていなかった。

 

ハリーは見張りの時に、そっと両面鏡を取り出し「シリウス・ブラック」と声をかけたが──反応はない。稀に何かが見える気がしたが、きっと月の光が反射した目の錯覚だろう。

 

シリウスは姿を変えハリー・ポッターとして敵を撹乱し続けている。

鏡は隠れ穴に忘れてしまったと言っていたし、隠れ穴は魔法省の職員の見張りがあるはずだ。きっと、取りに行くタイミングが無くて手元にないんだろう。──ハリーは鏡から返事がない事をそう結論付けて、不安な気持ちはあったが表情には出さなかった。

 

 



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409 分霊箱の危険性!

 

 

他に新しい事も思いつかないまま、ソフィア達は安全のために毎晩場所を変えてテントを張りながら地方を巡り続けた。

人里離れた寂しい場所へ、鬱蒼とした森の中へ、崖の薄暗い割れ目へ、ヒースの咲く荒地へ──。

約十二時間ごとに分霊箱を次の人へと渡し、恐怖と緊張に蝕まられながら彼女達は足を止める事は無かった。

 

ハリーの傷痕は頻繁に疼き出した。分霊箱を身につけている時が一番疼き、痛む事にハリーは気付いていたが止められるものではなく、時には痛みに耐えかねて呻き、体が跳ねてしまう事もある。

その度にロンは「どうした?」と反応し、ヴォルデモートの思いを通じてハリーから何か良い情報が入手できるかもしれないと期待したが、ハリーの脳裏に浮かぶのはグレゴロビッチから何かを盗んだ男の顔だ。

それを告げるたびにロンは失望を隠す事なく落胆し、顔を背けた。ハリーはロンが不死鳥の騎士団や家族の安否を知りたがっているのだと察していたが、ある時点でヴォルデモートの考えを見ることができてもどれを見るのか選ぶ事は不可能なのだ。

 

分霊箱を探す旅が何日も続き、それは何週間にもなった。ハリーはロンとハーマイオニーとソフィアが、自分のいないところで自分について話しているような気がし始めて心がざわついた。

ハリーがテントに入ってくると、3人が黙り込むといったことが数回あったのだ。それに、食べられる野草や野営に必要な薪を探しているときにハリーは3人が離れたところで額を突き合わせながら早口で話している場面を何度か見てしまった。

しかし、3人はハリーが近づいている事に気づくと話しをやめ、薪を探すのに忙しいといった振りをした。

 

 

──きっと、3人は僕に失望しているんだ。多分、僕に秘密の計画があってすぐに分霊箱が集まるのだと思って、それを期待していたんだ。

 

 

この旅が目的もなく漫然と歩き回るだけのものに感じられるようになってしまった今、ロンは不機嫌さを隠そうともしなかった。ハーマイオニーとソフィアも、ハリーのリーダーとしての能力に失望しているのではないかと、ハリーは心配になってきたが、それを面と向かって問いただすなんて──そんな恐ろしいこと、ハリーには出来なかった。

 

 

「……ハーマイオニーと交代してくる。ソフィア、これ、よろしく」

「ええ。……気をつけてね」

 

 

陰鬱とした事を考えてしまうのは分霊箱を身につけているからだ。きっと、これを外せば少しは憂いが晴れるだろう。とハリーは僅かに期待をしながらソフィアに分霊箱を渡し、重い腰を上げてテントの外へ出た。

 

ソフィアは受け取った冷たいスリザリンのロケットを首に下げ服の下にしっかりと隠す。そうしているうちにハーマイオニーが凍える腕を摩りながら入り口から現れ、暖炉のそばにある古いソファに座った。

 

 

「うーっ……だんだん寒くなってきたわね」

 

 

ぶるり、と体を震わせたハーマイオニーに、ロンは机の上にある紅茶の入ったポットを押し出した。

 

 

「そりゃ、もうすぐ秋だ」

「本格的な冬が来る前に、食料をもう少し手に入れて保存しておかないといけないわね」

 

 

冬になれば川魚や食用キノコを手に入れることが難しくなるかもしれない、とソフィアは真剣な声で呟くがそれを聞いた途端ロンは「冬までかかるのかよ」と不満げにこぼした。

ハーマイオニーは暖かな湯気を出すマグを持ちながら、燃える炎を見つめて小さくため息をこぼす。

 

 

「この調子だと、そうなるわ」

「僕は──」

「ロン」

 

 

ソフィアは硬い声でロンの言葉を遮る。ロンはむっすりとした顔で黙り込み、「わかってる」と呻きにも似た声で呟くと肘掛け椅子に深く座り込み、長い足を投げ出した。

 

 

「わかってるさ。──でもさ、正直、ハリーはダンブルドアからもっと聞いてると思ってた。分霊箱の場所とか、壊し方とかさ」

 

 

ロンの言葉にソフィアとハーマイオニーは黙り込む。何も知らない、辛く長い旅になる。そうハリーは言っていたし覚悟はしていた。それでもどこかで彼は何か知っていて、旅について行けば秘密を教えてくれるのではないかと期待していなかったと言えば嘘になる。

 

 

「それは──そうね、私も正直、期待していた。でもそうじゃなかった。なら、私たちは探し出すしかないのよ」

 

 

ハーマイオニーが紅茶を飲みながら言う。それは最近3人の中でハリーを除いて密かに話し合っている事だった。ハーマイオニーとソフィアはハリーは最低限の情報しか知らないのかもしれないことも想定していたが、ロンはここまで分霊箱探しが難航するとは想像していなかったのだ。

暫くテントの中に気まずい沈黙が流れる。微かに聞こえる音といえば暖炉の日が爆ぜる音くらいだろう。

 

 

暫く誰も話し出さなかったが、ぼんやりと暖炉の揺れる火を見ながらソフィアが口を開いた。

 

 

「ホグワーツに行くのは最後の方がいいわ。味方がいると言っても、敵もたくさんいるもの。たくさんの侵入者避けと加護がかかっているホグワーツに侵入すること自体が、かなり難しいのだけれど……」

 

 

ホグワーツに行って隠されているかもしれない分霊箱を探し、破壊するためにバジリスクの牙を手に入れなければならない。今唯一ソフィア達の中に漠然とある目標だったが、しかしホグワーツに侵入する事は、魔法省に侵入する事の比ではないほど難しい。頻繁に出入りする者がいない以上、誰かにポリジュース薬で成り代わるのも不可能だ。

可能性があるとすれば、三年生以上が訪れるホグズミード村から、生徒のふりをして侵入する。それしかないがソフィア達の隠れ家があの場所にあった事はすでに魔法省──いや、死喰い人に──バレているだろう。より厳重な監視がある可能性が高く、迂闊に近づく事はできない。

 

何度も話し合ったが、行動に移すほどの綿密な計画は作れず、ホグワーツへの侵入は後回しになっていた。

 

 

ソフィアは体の芯からじわじわと凍え、不吉な足音が聞こえてくる気配を感じてぶるりと体を震わせると、これは分霊箱が気持ちを落ち着かせなくしているだけだと自分に言い聞かせ──それでも神経質そうにちらちらと扉を見ながら体を縮こめた。

 

 

「情報がほとんど手に入らないのは辛いわ……新聞には、特に大きな記事は書いてないけれど、新聞が正しいことを書かないと私たちは知っているもの。情報を渡さないために何も書いていないのかもしれない……」

 

 

自分の頭の中を整理するようにソフィアは呟き、気だるげにため息をつくと顔を両手で覆い、そのまま天井を仰ぎソファの背に沈んだ。

 

ソフィアは完璧な人間ではない。

生まれた環境がそうさせたのか、ソフィアは年齢よりも冷静で聡い部分があるがそれでもまだ成人したばかりのただの魔女だ。

 

それでも、ソフィアはこのメンバーの中で自分がしなければならない役割や立ち位置をよく理解していた。彼らの心の支えにならなければならない。励まし、落ち着かせて、支えなければ。

それに、こうなってしまったのは()()()()()()()()()()。償いのためにも、自分は突き進むしかない、止まることを()()()()()のだ。

 

 

それでも、敵から逃げ続ける緊張と不安や、食料不足で思考がまとまらない事、四人の中に漂い始めた気まずい雰囲気に、なるべく明るくしていたソフィアも流石に──流石に疲れ切っていた。

 

 

「……いっそのこと、私は別行動した方が──」

「駄目よ!」

 

 

ぽつり、とこぼした言葉にハーマイオニーは即座に反応し、マグを強く机に叩きつける。ソフィアとロンはその音に驚いて体を起こし、真っ赤な顔で怒るハーマイオニーを呆然と見つめた。

 

 

「ハーマイオニー……」

「別行動だなんて!そんな──そんなの、絶対にだめ!危険だわ!」

「……私はアニメーガスになれるわ。だから、ホグズミードからホグワーツへの侵入も、私一人なら難しくないはずよ」

「でもっ──あなたは正式に登録されているアニメーガスよ!すぐにバレてしまうわ!」

「フェネックの違いなんて、きっとわからないわ。今のまま何ヶ月も動きがないのなら危険を覚悟して飛び込まなければならない。そうでしょう?」

「それでも──」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは気付かぬうちに熱が入り言い争いになっていた。ロンは面倒くさそうなため息をつくと立ち上がり自分の寝床にしている二段ベットの上段へと向かう。ロンが呆れながらさっさと引き込んだ事にも二人は気が付かなかった。

 

 

「だって他にいい案なんて無いんだもの!」

「ソフィア、あなたらしくないわ!どう見たって冷静さを失っているし、投げやりになってるもの!」

「投げやりなんかじゃ──」

 

 

ソフィアはムッとして言い返そうとしたが、ハーマイオニーが素早く「そうよ!」と声を荒げて叫び、立ち上がってソフィアの元に詰め寄る。

ハーマイオニーのあまりの剣幕に息を呑み、ソフィアは無意識の内に下がろうとしたが、ソファに座っていては下がる事もできず中途半端に足を座面に上げただけになった。

 

 

「ハー──」

「あなたはスネイプ先生でもルイスでもないわ!彼らがどんな事をしてしまったとしても、あなたがそれを背負う必要はないし、そのために()()()()()()()()()()()()()わけないわ!あなたはあなたなのよ、ソフィア!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの顔の横に手を付き、追い詰めるような体勢で叫ぶ。ソフィアは目を見開き息を呑んだが──すぐに視線を逸らすと口をぐっと閉ざした。

 

 

──だって、そうしなければ誰も許してくれないもの。私はせめて、ヴォルデモートを倒すために犠牲にならなければならない。それが、家族が犯した罪を償う唯一の方法だもの。

 

 

 

胸の奥が凍え、その冷たさは思考を暗雲たる方向へと堕としていく。ソフィアは自分ではわからなかったが、分霊箱をつけている時はいつもの明るさがなく、神経質になり、そしてネガティブな思考に支配されてしまっていた。それはきっと、セブルスとルイスの罪が彼女の心の奥をいつまでも苛んでいるからだろう。

 

 

「──私、は。そんな──」

「ソフィア、今分霊箱を持っているでしょう?あなた、自分で気が付かないのかもしれないけれどかなり混乱しているみたいね。少し休んだ方がいいわ」

 

 

ソフィアの戸惑いと心苦しさに揺れる目を見たハーマイオニーは、今までの激しさを感じさせない優しい声で言うとソフィアの少しカサついた頬を撫でた。ソフィアの頬だけではなく、ハーマイオニーの指先も乾燥している。

指も、髪も、服も──思考も。時間の経過とともに全てが灰色になっていくような気がして、ソフィアは「ええ、」とだけ小さく答え自分が使っているベッドへと移動した。

 

 

 

薄い毛布に包まりながら、ソフィアは目を閉じ体に触れる分霊箱の冷たさを静かに感じていた。

 

ハーマイオニーは、こんな気持ちになっているのは分霊箱のせいだと言っていた。でも、この思考は本当に本意ではないのだろうか?

ロンが分霊箱を持っていた時に自分たちにぶつける苛立ちや失望も、きっと全て嘘では無い。隠すことが出来ていた真実が──醜い部分が露呈しているだけにすぎない。

なら、この考えもきっと──。

 

 

強く目を閉じたソフィアは、頭の上にまで毛布をひっぱり心が落ち着く闇の中に身を投げを出した。

 

 



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410 グリフィンドールの剣!

 

 

「ママは──」

 

 

ある晩、ウェールズのとある川岸で野宿をしているとき、テントの中でロンが突如切り出した。

 

 

「何も無いところから美味しいものを作り出せるんだ」

 

 

皿に載った黒焦げの灰色っぽい魚を憂鬱そうに突きながらロンが呟く。ハリーとソフィアとハーマイオニーは反射的にロンの首を見て──思った通り、そこに金色のチェーンが下げられているのを見た。ハリーはロンに向かって悪態をつきたい衝動を何とか堪える。ロンがこうして嫌味になるのは分霊箱のせいであり、分霊箱を外せば少し態度は良くなる、それまでの我慢だと自分自身に言い聞かせた。

 

 

「あなたのママでも、何も無いところから食べ物を作り出す事はできないのよ。誰にもできないの。食べ物というのはね、ガンプの元素変容の五つの主たる例外の一つで──」

 

 

ハーマイオニーは何も無いところから食べ物を出現させる事は不可能であると説明をしようとしたが、ロンが求めていたのはその返答ではなく「あーあ、普通の言葉で喋ってくれる?」と歯の隙間から魚の骨を引っ張り出しながら嫌味を吐いた。

 

途端にハーマイオニーの機嫌は急降下し、苛立ちながら「何も無いところからおいしい食べ物を作り出すのは不可能です!」と叫ぶ。

 

 

「食べ物がどこにあるのかを知っていれば呼び寄せできるし、少しでも食べ物があれば変身させることも量を変えることもできるけど──」

「──ならさ、これなんて増やさなくていいよ。酷い味だ」

 

 

ロンは皿に残った魚の残骸をフォークで突く。酷い味なのは満足に調味料や材料が無いからであり、その数少ない材料を使いなんとか食べられる味にしたのはハーマイオニーとソフィアだった。

 

 

「ハリーが魚を釣って、私とソフィアができる限りの事をしたのよ!?──結局、いつも私たちが食べ物をやりくりする事になるみたいね。私たちが女だからだわ!」

「違うよ!君たちの魔法が一番うまいからだ!」

「ロン、明日はあなたが料理をするといいわ!あなたが食料を見つけて、呪文か何かで食べられる物に変えるといいわ!」

 

 

ハーマイオニーは怒りながら立ち上がりロンを睨め付ける。その衝撃で焼いた魚の切り身がブリキの皿から下に滑り落ちてしまったが、ハーマイオニーは微塵も気にしなかった。ソフィアはまた争いの火種を灯したロンに半ば諦めと苛立ちを感じながら無言でえぐみの強い魚を飲み込んだ。ハーマイオニーのストレスも限界に近い。言いたい事を言わせてから、二人を落ち着かせた方がいいだろう。

 

 

「それで、私はここに座って、顔を顰めて文句を言うのよ!そしたらあなたは少しは──」

「黙って!」

 

 

ハーマイオニーの叫びを止めたのはハリーだった。突然立ち上がり両手を上げながら言うハリーを、ハーマイオニーは唖然として見たがすぐに顔を真っ赤にして怒りの矛先をハリーに向けた。

 

 

「ロンの味方をするなんて、この人一度だって料理なんか──」

「ハーマイオニー、静かにして。声が聞こえるんだ」

 

 

両手を上げ、2人に喋るなと制しながらハリーは緊張した面持ちで入口の方を見る。一瞬にしてテントの中が張り詰めた緊張感で満たされ、しん、と沈黙が落ちた。

ハリーの言う通り、側の暗い川の流れに混じり人の話し声が聞こえてきた。ソフィア達は机の上に乗っているかくれん防止器を見たが、全く動いていない。

 

 

「耳塞ぎの呪文はかかってあるね?」

「ええ、マグル避けも目眩し術も完璧よ。誰が来ても私たちの声は聞こえないし、姿は見えないはず」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは小声で返答する。声は聞こえないとわかっていても、どうしても万が一を考え小声になってしまった。魔法は完璧だが──向こうにいる人が本気で自分たちを探しているのなら、完全に安全とは言い切ることができない。

 

どうか偶然近くに来たマグルでありますように。そうソフィアは祈りながら近くで何か大きなものが動き回る音や、物が擦れる音をじっと聞いていた。

どうやら近くにいるのは一人ではなく、複数人らしい。近くの木が茂った急な坂を、このテントがある狭い川岸へと降りてきているのだろう。

ソフィア達は無言で顔を見合わせ、ごくりと固唾を飲みながら杖を抜いた。

 

 

話し声はだんだん大きくなってきたが、会話の内容は相変わらず聞き取れなかった。川の流れの音で正確な距離はわからないが、おそらく相手は五メートルほどの離れた場所で腰を据えたのだろう。ソフィアは鞄を素早く掴み、中から伸び耳を四個取り出してハリーとロンとハーマイオニーにそれぞれ一個投げ渡した。

彼らは急いで薄橙色の紐の端を耳に差し込み、もう一方の端をテントの入り口に這わせる。数秒後、彼らの耳に疲れたような男の声が聞こえてきた。

 

 

「──ここなら鮭の二、三匹もいるはずだ。それよりまだその季節には早いかな?アクシオ!鮭よ来い!」

 

 

川の流れとは異なる水音が数回して、捕まった鮭がじたばたと岩肌を叩く音が聞こえた。誰かが嬉しそうに何かを呟く声に混じってほかの声も聞こえてきたが、英語ではなく今まで聞いたことのない言葉で──おそらく、人間のものではない。それは耳障りな掠れた言葉で喉に引っ掛かるような雑音の連続だった。

 

ソフィアは伸び耳をぎゅっと耳に押し込みながら、目当ての魚の居場所が明確にわからなくともアクシオで呼び寄せることができる事を初めて知った。この方法を使えば魚が釣れるかどうかわからず焦ったい時間を無駄に過ごすことはなくなる。毎日鮭が食べられるとわかればロンの機嫌も幾分かマシになるだろうと思い、僅かに安堵した。

 

外にいる人たちはそこで落ち着く事に決めたらしく、暫くしてテントの外で焚き火の炎が揺らめいた。テントと炎の間を大きな影がいくつか横切り、次第に鮭の焼ける香ばしい匂いが焦らすようにテントに流れてくる。その美味そうな匂いに、ごくり、とロンが唾を飲み込んだ。

 

 

「さあ、グリップフック、ゴルヌック」

「ありがとう」

 

 

嗄れた声が英語で礼を言う。その名前に聞き覚えがあったハーマイオニーは「小鬼(ゴブリン)だわ!」と口の形だけでハリーに言い、ハリーはこくりと小さく頷いた。

 

 

「じゃあ君たち三人は逃亡中なのか。長いのかい?」

「6週間か……7週間か……忘れてしまった。すぐにグリップフックと出会って、それからまもなくゴルヌックと合流した。仲間がいるのはいいものだ。──君はなぜ家を出たのかね、テッド?」

「連中が私を捕まえにくるのはわかっていたのでね」

 

 

小鬼の嗄れた声に、心地よい声の男が答える。ソフィアとロンとハーマイオニーにはその声の主が誰なのかわからなかったが、ハリーはトンクスの父親だとわかり息を飲む。

 

 

「先週、死喰い人たちが近所を嗅ぎ回っていると聞いて、逃げた方がいいと思ったのだよ。マグル生まれ登録を私は主義として拒否したのでね。あとは時間の問題だとわかっていた。最終的には家を離れざるをえなくなることがわかっていたんだ。妻は大丈夫なはずだ、純血だから。それでこのディーンと出会ったというわけだ。二、三日前だったかね?」

「ええ」

 

 

今まで黙り込んでいた男が頷き、その聞き覚えのある声にソフィア達は顔を見合わせた。声は出さなかったが間違えようもない、彼はディーン・トーマス──グリフィンドールの仲間だ。

 

 

「マグル生まれか、え?」

「わかりません。父は僕が小さい時に母を捨てました。でも、魔法使いだったかどうか、僕は何の証拠も持っていません」

 

 

それからしばらく沈黙が続き、鮭を咀嚼する音と川のせせらぎの音だけが響いた。やがてフォークとナイフを皿に擦る音が止まり、茶を沸かすポットの高い音が短く鳴った。

 

 

「それで、君たち二人はどういう事情かね?つまり、えー……小鬼たちはどちらかといえば、例のあの人寄りだという印象を持っていたのだがね」

「そういう印象は間違いです。我々はどちら寄りでもありません。これは、魔法使いの戦争です」

「それじゃ、君たちは何故隠れているのかね?」

「慎重を期するためです。私にしてみれば無礼極まりないと思われる要求を拒絶しましたので、身の危険を察知しました」

「連中は何を要求したのかね?」

「わが種族の尊厳を傷つける任務です。──私は、ハウスエルフではない」

 

 

小鬼の声はより低く、荒くなり人間味が薄れていた。小鬼はプライドが高く自身の尊厳を傷つけられる事を嫌う。とくに、彼らは自分たちが人間より劣っているとは微塵思わず、そういった扱いを嫌悪する。間違いなく死喰い人達が彼らの尊厳を蔑ろにしたのだろうとハーマイオニーとソフィアは思った。

 

 

「グリンゴッツは、もはや我々の種族だけの支配ではなくなりました。私は、魔法使いの主人など認知致しません。──。」

 

 

はっきりと伝えたグリップフックは、最後に小鬼語でぶつぶつと付け加えたがそれを聞き取ることが出来たのは同じ小鬼のゴルヌックと小鬼語を聞き取れる男──ダークだけであり、ダークは肩をすくめ、ゴルヌックは低い声でくすくすと嘲笑した。

 

 

「何がおかしいの?」

 

 

小鬼語を聞き取れず、さらに小鬼についてあまり詳しくないディーンは不思議そうに聞いた。再び沈黙が落ちたが、ややあってダークが「グリップフックが言うには、魔法使いが認知していないことも色々ある」と答えた。しかし、その含みを持たせた答えにディーンはさらに首を傾げ、「よくわからないや」と紅茶を飲みながら呟いた。

 

 

「逃げる前に、ちょっとした仕返しをしました」

 

 

別に隠すほどの事でもなく、むしろ自分が行った仕返しを誰かに知ってほしいという暗い欲求が湧いたグリップフックは、喉の奥で低く笑いながらディーンに言った。

 

 

「それでこそ男だ──いや、小鬼だ!死喰い人を一人、特別に機密性の高い古い金庫に閉じ込めたんじゃなかろうね?」

 

 

テッドは喜び、そうであればいいと期待を込めてグリップフックを見たが、グリップフックはゴルヌックを視線を交わし意地悪く含み笑いをして肩を震わせ、勿体ぶるように口を開いた。

 

 

「さて。そうだとしても、あの剣では金庫を破る事が役には立ちません」

 

 

ゴルヌックがまた笑い、ダークまでがクスクスと笑ったが、何故急に剣の話が出てきたのかわからないテッドとディーンは顔を見合わせ肩をすくめた。

 

 

「ディーンも私も、何か聞き逃している事がありそうだね」

「セブルス・スネイプにも逃したものがあります。もっとも、スネイプはそれさえも知らないのですが」

 

 

グリップフックとゴルヌックが大声で意地悪く笑うその声を聞きながら、ソフィアは思いもよらぬところで聞いた名前にどきりと心臓を跳ねさせた。これ以上近づけないというほどテントの入り口に顔を近づけ伸び耳の先をぐっと奥に突っ込み一言も聞き逃さまいと全神経を集中した。

 

 

「テッド、あのことを聞いていないのか?ホグワーツのスネイプの部屋から、グリフィンドールの剣を盗み出そうとした子どもたちの事だが」

「一言も聞いていない。預言者新聞には載ってなかっただろうね?」

「ないだろうな。このグリップフックが話してくれたのだが、銀行に勤めているビル・ウィーズリーからそれを聞いたそうだ。剣を奪おうとした子どもの一人はビルの妹だった」

 

 

ハリーは困惑してソフィアを見たが、ソフィアは表情を強張らせ瞬きもせず前を見据え伸び耳を命綱のように握りしめていた。

ビルの妹──つまり、ジニーはソフィアの父が誰であるかを知っている。なのになぜ、そのような行動を取るのかハリーにはわからなかった。

 

 

「その子と何人かでスネイプの部屋に忍び込んだんだろうな。剣を盗み出したあとで、アミカス・カローに見つかったらしい」

「ああ、なんと大胆な!何を考えていたのだろう?例のあの人に対して、その剣が使えるとでも思ったのだろうか?それとも、スネイプに対して使おうと?」

「まあ、剣をどう使おうと考えていたかは別として、スネイプは剣をその場に置いておくのは安全ではないと考えたのだろう。それから数日後、例のあの人から許可を得たからだと思うが──スネイプは剣をグリンゴッツへ送った」

 

 

一通り話した小鬼達はまた嗄れた声で低く笑い、膝を手でぱちんと叩く。

その話の何が面白いのか──哀れなジニーが捕まった事なのかとテッドが怪訝な顔で黙り込んでいると、マグに入った紅茶を啜りながらグリップフックが言った。

 

 

贋物(にせもの)だ」

「グリフィンドールの剣が!?」

「ええ、そうですとも。よくできていますが間違いない。──贋作で、魔法使いの作品です。本物は何世紀も前に小鬼が鍛えたもので、ゴブリン製の刀剣類のみが持つある種の特徴を備えてるはずです」

「その特徴って?」

「ゴブリンの銀で作られた刀剣類は、世俗の汚れを寄せ付けず自らを強化するもののみを吸収するんですよ」

「へぇー、それで、君たちは贋物だってことを死喰い人にわざわざ教えるつもりはないというわけだね?」

 

 

ディーンはようやく小鬼達が何をそんなに喜んでいるのかがわかり、ニヤリと笑いながら小鬼達を見回す。

 

 

「それを教えてあの人たちをお煩わせする理由は、全くありませんな」

 

 

グリップフックがすましてそう言うと、今度はテッドとディーンも、ゴルヌックとダークと一緒になって笑った。

 

それからディーンはジニーと共に忍び込んだ子ども達の罰則はどの程度のものだったのかと聞き、幸運にも外傷が残るほど罰せられたわけではなく、数日間ハグリッドと共に禁じられた森の警備にあたっただけらしいと知り、ソフィア達はほっと胸を撫で下ろした。

 

話の内容はセブルス・スネイプがダンブルドアを殺害したらしい、という話からハリー・ポッターの話へと移り──ハリーはディーンが自分を信じてくれている事がとても嬉しかった──さらにルーナの父が編集長であるザ・クィブラーの話題へと移った。

 

 

「ザ・クィブラー?ゼノ・ラブグッドの?あの能天気な紙屑のことか?」

「近頃はそう能天気でもない。試しに読んでみるといい。ゼノは預言者新聞が無視している事柄を全て活字にしている。最新号ではしわしわ角のスノーカックに一言も触れていない。ただし、このままだと、いったいいつまで無事でいられるか、そのあたりは私にはわからない。しかし、ゼノは、毎号の巻頭ページで、例のあの人に反対する魔法使いは、ハリー・ポッターを助けることを第一の優先課題にするべきだと書いている」

 

 

テッドはゼノ・ラブグッドの行動に敬意を示しつつ、少々心配そうに眉を寄せながらそういった。預言者新聞はヴォルデモートの息がかかっている。その中でたった一人だけ真実を書き続けることはかなり勇気のいる行動だろう。それがヴォルデモートの癪に触れば──ただでは済まないのは目に見えている。

 

 

「地球上から姿を消してしまった男の子を助けるのは、難しい」

「いいかね。ハリーがまだ連中に捕まっていないというだけでも大したものだ。私は喜んでハリーの助言を受け入れるね。我々がやっていることも、ハリーと同じだ。自由であり続けること!──そうじゃないかね?」

「ああ、まあ、君の言うことも一理ある」

 

 

テッドの言葉を聞いてダークが重々しく言った。きっとハリーは捕まることなく世界を逃げている。何かを成すために──そうテッドは信じているが、ダークはそう楽観的ではなかった。

 

 

「魔法省や密告者がこぞってポッターを探しているからには、もう今頃はとっくに捕まっているだろうと思ったんだが。もっとも、もうとうに捕まえて、こっそり消してしまったと言えなくもないじゃないか?」

「ああ、ダーク!そんなことを言ってくれるな」

 

 

テッドは声を落として重いため息をつく。考えないようにしていた事を突きつけられてしまい、テッドはそれ以上何も言わずに黙って残りの鮭を口の中に運び入れた。

 

 

 

 



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411 襲撃!

 

 

それからは長い沈黙が続いた。次に彼らが話し出したのはこのまま川岸で寝るか、それとも木の茂った斜面まで戻るかという話し合いであり、悩んだ挙句彼らは木がある方が身を隠しやすいと決め、焚き火を消して再び斜面を登って行った。

話し声や、足音は次第に離れていき、ついに消えた。

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアは伸び耳を巻き取りながらじっと顔を見合わせた。

 

 

「何──何が──ジニーは──剣──」

 

 

ロンは蒼白な顔で必死に今聞いたことを討論しようと思ったが、口から溢れ出るのはその単語だけだった。

ハーマイオニーは一度大きく深呼吸し冷静になると、ロンの背中を強めにばしん、と叩く。その音の大きさにハリーとソフィアは驚いて身を引き、ロンは痛そうにうめいた。

 

 

「落ち着いて、ロン。スネイプ先生は味方なのよ?もしかして、ジニーはスネイプ先生に頼まれて剣をどこかに持って行こうとしたんじゃないかしら?」

 

 

ハーマイオニーは早口で言うとぐっと眉を寄せ、ぶつぶつと喉の奥で自問自答を繰り返す。じんじんとする痛みに、ロンは背中をさすりながら口を尖らせ「叩かなくてもいいじゃないか…」と呟くが、いつもの嫌味が出てこないのは、きっとパニックが収まりつつあるからだろう。

 

 

「もしかして──私たちのところに?」

 

 

わざわざ剣を別の場所に移す理由がわからず、ソフィアはふと思いつきで呟いたがハーマイオニーは難しい顔で黙り込んだままであり、ロンは首を捻り苦い顔をした。

 

 

「そうだとしても、ジニーにそんな事させるなんて……危険すぎないか?」

「ジニーはグリフィンドールの剣がハリーに遺贈されたって知っているわ。もしかして、それで自分の意思で、ハリーに届けようとしたとか……?」

「うーん……」

 

 

ハーマイオニーは自分でもこの思いつきに穴があるとわかっているのか、自信なく呟きハリーを見る。ハリーも今聞いたことを何度も反芻し考えたが、あの情報だけでは全てを理解するには何かピースが足りない。

 

 

「そもそも、剣は偽物だったんだ。なんでダンブルドアはそんなものを飾っていたんだろう。僕が組分け帽子から引き抜いた時から偽物だったのかな?」

 

 

ソフィアとハーマイオニーの顔を交互に見ながらハリーが首を傾げる。ジニーが何故剣を盗もうとしたのか、それは策略だったのかと考えていた彼女たちは目を瞬き、「あっ」と小さく声を上げ、顔を見合わせる。

 

 

「ダンブルドア先生が偽物だと気付かないとは思えないわ」

「グリフィンドールの剣は、バジリスクを殺した……小鬼製の剣は自らを強化するもののみを吸収する。もしかして、バジリスクの毒 もそうなら──」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは自分たちの思いつきが、ただの突拍子もない考えだとは思わなかった。じわじわと胸に広がる緩やかな興奮を必死に押さえつけながら、二人は相手の目に映る自分の姿をじっと見つめた。

 

 

「グリフィンドールの剣は分霊箱を破壊することができるわ!きっとダンブルドアは分霊箱をそれで一つ壊したのよ!」

「すぐにハリーに剣を渡さなかったのは、手に入れる予定だったスリザリンのロケットを壊す必要があったからだわ。目の前で壊し方を見せるつもりだった。けれど、ダンブルドア先生の予想よりも早くドラコとルイスが死喰い人を呼んでしまって、伝えられなかった──」

「もしそうなら、一定の時まで剣は本物だったはずよ。でも偽物なのは──魔法省が難癖をつけてグリフィンドールの剣を渡さないと思ったから、ダンブルドア本人が偽物を作ったのね。校長室に入ることができる人は限られているもの」

「問題はそれを父様が知っているのか──言うタイミングがなくて、ダンブルドア先生の独断なのか──」

「──そうだわ!ジニーの動きを考えると、スネイプ先生も本物だと思っていた可能性がある!」

「──だから、父様は自分が裏切り者ではないと知っているジニーに剣を託した?」

「なら、私たちが考えないといけないのは、ダンブルドアがどこに本物を隠したのか──」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはじっと見つめ合う。互いの瞳の奥に答えが隠れているのではないかと思ったのだ。

やはりヒントはあるのだ。むしろ──ダンブルドアが剣を遺贈しようとした時に、グリフィンドールの剣は分霊箱を破壊できると気づかなければならなかった。もっと本を深く読み込んでいれば、グリフィンドールの剣は小鬼製であり、その稀有な特徴についても知っていただろう。ダンブルドアは、きっと自分たちがそう気付くことを期待していたのだ。

 

2人は今まで知っている情報の中に他にも何か重要な事が隠されているのではないかという気がした。ダンブルドアは、ハリーに分霊箱を探す旅をさせ、それに自分たちが着いてくることを確信していただろう。ダンブルドアが何もヒントもなくハリーと自分たちを放り出すとは思えない。

 

じっと見つめあったソフィアとハーマイオニーを、ロンとハリーはただ見ていた。彼女たちほど頭の回転が速くないロンとハリーは、口を突っ込みたい事や疑問点はたくさんあったが──今話しかけるべきではないのだろう、と理解していた。

 

 

「考えて!考えるの、ダンブルドアはどこに剣を隠した?」

「ホグワーツじゃないわね。ホグワーツの次に護りが硬いところは──」

「グリンゴッツ!──でも、死喰い人の手に落ちているわ。ダンブルドアはそれも予想していたはず──」

「敵にはわからない──きっと、ハリーと私たちだけにわかるようなところ──ハリー、どう思う?」

 

 

ソフィアはハリーに視線を移した。強い目で射抜かれ、どきりとしながらハリーも懸命に考えたが──これといった案は出てこない。

 

 

「僕──その、わからない」

「ロンは?」

 

 

ハリーが残念そうに首を振ったのを見てハーマイオニーは一瞬落胆の表情を見せたが、すぐに気を取り直し「ロン、どう思う?」と話題をロンに振った。

 

 

「君たちでわからない事が僕にわかるわけないだろ?」

「思考を停止するのはダメよ!みんなで考えなきゃ!」

「事実さ」

 

 

投げやりなロンの言葉にハーマイオニーはすぐに目を吊り上げ言い返そうとしたが、その首に金の鎖がかかっているのを見てぐっと言葉を飲み込み、代わりに大きなため息を吐き出した。

 

 

「──ほら、次はあなたが持つ番よ、ソフィア」

「ええ、わかったわ」

 

 

ソフィアはちらりと時計を見て──分霊箱を持つまでには後30分ほどの猶予があることを知ったが何も言わずに頷く。ロンは時間に気付いているのかいないのか、嬉々として鎖に手をかけ外すとソフィアに向かって投げ渡した。

いきなり投げ渡されたソフィアは、慌てて身を乗り出し何とか空中でロケットを掴み、ほっと胸を撫で下ろし首にかけた。

嫌な事だが──大切なものである分霊箱の扱いに、ハリーはカッとしてロンを睨む。

 

 

「──おい!」

「なんだよ」

「危ないだろ?もし落ちたら──」

「落ちて壊れたらラッキーさ!だろ?」

 

 

大した事じゃないとばかりに肩をすくめるロンに、ハリーは怒りに任せて立ち上がり詰め寄ったが、すぐにハーマイオニーとソフィアが慌てて駆け寄り二人を引き離した。

 

 

「落ち着いて!──ロンは分霊箱の影響を受けていたのよ、ハリー」

「そうだとしても──」

「そうだとしても、この扱いは確かに許されないわね。ロン、あなたも手に持っていたものがなんなのか理解していたらそんな扱いは出来ないはずよ。それに、自分たちが今まで過ごしてきた日々にヒントがないのかちゃんと考えなきゃだめよ!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアに諌められ、ハリーとロンは互いに顔を歪め睨み合っていたが──数秒後にロンがパッと視線を外し、自分の腕を掴んでいるハーマイオニーの手を振り解きながらどしんと椅子に座り込み、暗い目で嘲笑し、ソフィアを見上げた。──そのあまりの目の暗さに、どきりと嫌に心がざわつく。

 

 

「ああ、そうだな。ちゃんと考えなきゃな。えーと。なんでこんな事になったのか、()()()()()()()()()も考えないと──」

「ロン!!」

 

 

ロンの言葉を聞いた途端、ハーマイオニーとハリーが叫ぶ。

口を閉ざし黙り込んだロンを睨んだ後、ソフィアを心配しながら振り返り──そして目を見開き蒼白な顔で凍りついているソフィアの顔を見た。

その大きな目は今にもこぼれ落ちそうなほどの涙が溜まっている。

一瞬の沈黙がテントの中に広がり、ハリーは初めてテントに打ちつける雨音がこんなにも激しくなっているのだと気付いた。

 

 

「わ──」

 

 

唇を震わせ、ソフィアは一歩後ろに下がる。

 

 

「──わかってるわよ。誰が悪いかって?そんなの──ルイスと、と、父様が悪いって──私たちは──私たちの家族は、きっと、何年も前に間違ってしまって──だから、これは罪で──」

「ソフィア──」

「だから私は、家族の罪を償うために──ヴォルデモートを倒すために犠牲にならなくちゃ──」

 

 

震えながら呟いたソフィアは、ハッとして口を手で押さえた。

ロンの鋭い指摘と、そして分霊箱による不安感からつい口に出してしまったが、このことは誰にも言わず胸に秘めていようと思っていた。きっと知れば──嬉しいことに──みんなが悲しんでくれるから、止めてくれるから。それに甘えてしまいたくなるから、言うつもりは無かった。

 

 

「ソフィア、あなた、まさか死ぬつもりじゃ──」

「駄目だ!そんなの──そんなの、僕は許さない!」

 

 

ハーマイオニーとハリーはソフィアと同じように顔を青くさせソフィアに詰め寄る。ハリーはソフィアに腕を伸ばしたが、ソフィアは身を引くと唇を噛み締めながらゆるゆると首を振った。

今まで秘めていた思いは、一度言葉に出してしまえば呪いのように自身を蝕んでいく──ソフィアは、自分の心が、思考が、徐々に冷えていくのを感じた。

 

 

「た、沢山の人が犠牲になったわ──ダンブルドア先生も、ムーディも、私が知らないだけで、沢山の人が死んでしまって。──そ、それで──」

「違うわ!悪いのはヴォルデモートよ!あなたも、あなたの家族も犠牲者なのよ!」

 

 

テントの入り口までソフィアは下がり、弱々しく首を振る。

ハリーとハーマイオニーはソフィアの内に秘めていた心の不安定な部分にもっと寄り添うべきだったと後悔した。

──ソフィアは誰よりも強く、優しい。だから甘えていた。だけど、ソフィアは自分たちと同じ歳の女性なのだ。

 

 

ロンは椅子に座ったまま、口を尖らせ気まずそうに視線を落とした。いつも冷静なソフィアが、何故か無性に気に食わなかったのだ。

誰も何も言わないが全ての歪みを生み出したのはセブルス・スネイプの言動ではないかと思っていて、つい、わざとソフィアを傷付けるために言ったがここまで狼狽えるとは思っていなかった。

少しは傷付くだろうがすぐに冷静になって気にしないだろうと思っていた──そんなに、思い詰めていたなんて。

 

──悪いのはヴォルデモートだ、ソフィアの家族はハーマイオニーが言うように被害者だって、僕だって本当はわかってる。

 

 

分霊箱の効果が体から抜けてきたのか、冷静さを取り戻したロンは何故自分があれほど苛立ち誰かを傷つけたくてたまらなくなったのかわからず──気まずさを感じながら謝ろうと、椅子から腰を上げた。

 

 

「ソフィア──」

 

 

──ごめん、言い過ぎた。僕だって本当はわかってるんだ。ただ、家族のことが気になって、死ぬんじゃないかって不安でどうしようもなくて……──ロンはそう言おうとしたが、続きの言葉は突如鼓膜を震わせた轟音とかくれん防止器のギラギラとした光、外からの衝撃によって掻き消された。

 

 

 



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412 二人に。

 

 

 

 

「──きゃああっ!!」

 

 

箱をめちゃめちゃに振っているかのようにテントが前後左右に揺れ、中にいるソフィア達は立っていることができず転げ回り至る所で体をぶつけた。

いや、回っているのは自分たちだけではなく、家具や食器も同じだ。

ハリーはまさかハリケーンでもやってきてテントが飛んでいったのかと一瞬思ったが、すぐに馬鹿なことだと思い直し、無我夢中に杖を抜きながら目の前に飛んできたフライパンを弾いた。

 

 

「ハリー!──敵だわ!」

 

 

ハーマイオニーはロンにしがみつきながら叫んだ。

今まで無事だったのは偶然だったのか、あの川岸にいたトンクスの父達を追いかけてきて、たまたまこのテントを見つけてしまったのかはわからないが、間違いなくただ事ではなく敵からの奇襲を受けている。

 

ソフィアは額を机の端で打ちつけてしまい、目の前が白く点滅し痛みでうまく体勢を立て直すことができず、這いつくばり必死に捕まるところを探して手を伸ばす。

何かに手を触れ、ぐっと持ち上げられた。「ソフィア」と緊張をはらんだ声が聞こえ、自分を支えているのがハリーだとわかり、ソフィアは一瞬突き飛ばしそうになったが唇を噛んで耐え杖を振る。

 

 

すぐにいつもの鞄がソフィアの元へ飛んできた、鞄を掴みパッと口を開き杖を鋭く振れば、机の上に置いていた本や食器や毛布がごちゃごちゃと押し合いながら鞄の中に飛び込んだ。

全てを片付ける時間は無く、すぐに鞄の口を閉ざしたソフィアは頭を振りハーマイオニーを素早く探した。霞む視界の端でハーマイオニーも同じように鞄を引き寄せているのが見えた。一瞬、ソフィアとハーマイオニーの視線が絡み合う。すぐにこの場から逃げ出さなければならない、護りが突破されてしまったのだ──。

 

 

「手を──!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアは腕を必死に伸ばしたが、次の瞬間にはさらにテントの中が大きく揺れ引き離された。体を打ち、転げ回り、今足をつけているのが床なのか天井なのか、ソフィアにはわからなかった。

 

雨の音に混じり、魔法の発射音が響き、テントの入り口がパッと開いた。刹那、赤い光が筋となってソフィア達を襲う。

ソフィアはハーマイオニーが表情を強張らせそのままロンと共に内側に巻き込まれるようにして姿くらましをしたのを確認し、自分を抱きしめるハリーの腕を強く握り、そのまま同じように姿くらましをした。

 

 

 

ぐらりと世界が揺れているのは、テントの中が揺れているからだろうか?いや、この閉塞感、通り過ぎる周りの風景──姿くらましだとハリーが気づいた時にはチクチクとした雑草が頬を突き、眼鏡の上に大量の雨粒が落ちていた。

 

 

「うっ──ここ、は?」

「姿をくらましをしたの、ハリー。透明マントをかぶって」

 

 

ソフィアは自分を抱きしめるハリーの腕の中から這い出すと、じくじくと痛む額を押さえたまま鞄の中に手を突っ込み銀色の絹のような透明マントを引っ張り出しハリーの上に被せ、自分自身も中に収まった。

 

そのまま目配せをして大きな巨木へと向かい、ぽっかりと空いた(うろ)の中に姿を潜めた。これで雨風は凌げるようになったが、敵が正面から襲いかかってきたならばひとたまりもなさそうだとハリーはソフィアと身を寄せながら思う。

 

その虚は暗く、カビと動物臭い匂いがした。今近くに野生の動物はいないが、枯れ草や落ち葉が地面に敷き詰められているところを見ると、何かが寝床にしていたのかもしれない。

 

 

「ハーマイオニーとロンは?」

 

 

ハリーはあたりにハーマイオニーとロンの姿が見えないことに気づき、焦燥感に駆られながらソフィアに囁く。

ソフィアはぐっと唇を噛み、苦しそうに「いないわ」と呟いた。

 

 

「ハーマイオニーはロンと姿くらましをしてどこかへ行ってしまったわ。ハリー、あなたも見たでしょう?」

「うん──でも、この場所を知ってるんじゃあ──」

「咄嗟だったから、知らないわ。一応、万が一離れ離れになってしまった時のことを考えて、ハーマイオニーと落ち合う場所は相談してあるけれど……すぐに移動するのは難しいわね……」

 

 

ソフィアは痛そうに顔を歪め、額をごしごしと擦りながら口籠った。

ハリーは頭を掻きむしりながら呻き、ハーマイオニーとロンに何かあったら、間違いなく自分のせいだと考え──心臓が早鐘を打ち額に嫌な汗が滲み、胸が苦しくなるほどの痛みを感じた。

今はすぐに動くべきではないだろう。近くに人の気配はないが、またいつ死喰い人が現れるかはわからないのだ。そんな中ハーマイオニーとロンを無事に探し出すのは無謀にも思えた。

 

 

「とりあえず、今日はここで過ごしましょう。この木の周辺に護りをかけて──」

 

 

ソフィアは透明マントから腕だけを出し、複雑に動かしながらぶつぶつと魔法を唱えた。

先ほど破られてしまったのは、逃げ出した小鬼達を探していた者が、たまたま魔法痕に気付き護りを突破したのだろうか?だとすれば、こんな護りは意味をなさないのかもしれない。

そんな不安な気持ちで胃を痛めながらソフィアは魔法をかけ終わるともう一度額を手の甲で撫でた。

 

 

「ソフィア、額が──すごく、赤く腫れてる」

「机でぶつけてしまって……。冷やすしかないわね」

 

 

心配そうなハリーの視線から目を逸らし──額に強い視線は感じていたが──ソフィアは鞄の中から割れずに残っていたマグを取り出すと杖を振り水で満たし、そのままもう一度杖を振り凍らせた。ぴたり、と額にマグごと当てればほんのわずかに痛みが引き、寄せられていた眉も和らいだ。

 

ハリーはソフィアの表情が少し和らいだのを見て胸を撫で下ろし、そのまま肩を抱き寄せ身を寄せ合う。ソフィアはぴくりと一瞬肩を震わせたが、何も言わずにそのまま身を寄せた。

 

 

四人で旅をしていた。

魔法省に侵入し、一つの分霊箱を入手することは出来たが、それ以降は何週間も何もできない日々が続いていた。

手がかりがなく不穏な空気を感じたのは一度や二度ではない。それでも、四人は離れ離れにならず一緒だった。同じ先を見ていた。

情報が手に入ったかと思えば、分霊箱だけではなく本物のグリフィンドールの剣も探し出さなければならなくなった。──そして、ロンとは喧嘩別れのようになってしまった。

 

 

「ソフィア」

 

 

ハリーは木の虚から暗い空を見上げ、ざあざあと降る雨を見ながらソフィアの名を呼ぶ。

 

 

「全てが終わる時も、終わってからも──僕のそばにいて」

 

 

ソフィアは同じように雨粒を見ながら一度ゆっくり瞬きをし、口を微かに開いたがすぐに閉じた。

 

答えることはなかった──答えられなかった──が、ソフィアは自分を抱きすくめるハリーの腕にそっと手を伸ばし、指を絡めた。

 

 

 

降り続く雨音を聞きながら、ハリーは今からハーマイオニーとロンと合流することは不可能なのだと薄々気づいていた。万が一別れてしまえば、よほどの奇跡がない限り再び出会うことはできないのだ。

もし、ハーマイオニーとロンがこれから二人で旅を続けるのならば同じように木の虚や岩肌の割れ目で身を潜め、保護魔法をかけているだろう。それなら、そばを通り過ぎないかぎり互いの存在に気付くことはできない。

 

楽しい旅ではなかったが、それでも四人でいることがハリーにとって何よりも重要であり、まさに半身が無くなってしまったかのような空虚感と耐え難い痛みに襲われた。

 

 

どうか、無事であってほしい。

ハーマイオニーがいるんだ、きっと無事に逃げ出すことができたはず。どうか、隠れ穴でもどこでもいいから身を潜めて、生きていてほしい。

 

 

ハリーはソフィアの髪に顔を寄せ、「う、」と小さく声を震わせた。

 

 



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413 向かう先は!

 

 

丸二日間、ソフィアとハリーはその虚の中で身を潜めた。いつ死喰い人が現れるのかわからず、ほとんど眠れないまま朝を迎え、それでもそこから出る勇気や気力もなく、時々魔法で水を出して飲み空腹を紛らわせていたのだ。

2日経ち、どうも死喰い人の追跡は無いらしいと判断した後でソフィアとハリーはその虚から出る決心をして手を握り合い姿くらましをし、荒涼とした丘の平面へと移動した。

 

 

予備として鞄の底にしまっていたテントは、ハーマイオニーが持っていたテントほど大きくはなく、ただ簡易キッチンとベッドが一台、肘掛け椅子が二脚しかなかったが、今ソフィアとハリーが休むためにはそれでも十分な広さだっただろう。

 

テントはワンルームの作りをしており、隣にある部屋は小さなユニットバスだけだ。室内には暖炉もなく、夜は酷く凍えてしまい──自然とハリーとソフィアは少ない服をかき集め、身を寄せ合い眠った。

 

そこに情欲は少しもなく、ただ安らぎを求め不安を軽減するために抱き合っていただけにすぎない。ソフィアはハリーの腕に頭を寄せて目を閉じ、ハリーはソフィアの頭を撫でてソフィアが寝るまで待ってからゆっくりとベッドを抜け出し見張りをした。胸の上には冷たいロケットが肌に張り付いている。

今まで四人で回していたものが、二人になってしまい1日の半分は必ずロケットを身につけなければならないと思うと気が滅入り、今まで以上に不安や焦燥感が襲いかかった。

 

ソフィアは、ロンに言われた言葉が棘のように胸に刺さっているのだろう。あれからソフィアとハリーは、あの日にあったことやソフィアが考えていた自己犠牲について触れることはなかったが、それでもソフィアは今まで以上に寡黙になり、ぼんやりと疲れたような顔で遠くを見るようになった。

 

 

「荷物の確認をしないと……」

 

 

四人が二人になり、簡易的でいつ襲われるかわからないとはいえ取り敢えずの居場所を見つけた次の日。

ソフィアにしてはかなり遅くその判断に達しただろう──これこそ、ソフィアが混乱して疲弊している証かもしれない──ソフィアは部屋の中央の低く狭い机の前に立ち、持ち物の一つ一つを丁寧に机の上に並べていった。

 

 

「服は──3日分はあるわね──食事は缶詰と、干し肉が少し。──薬は十分にあるわ──それと、本──」

 

 

机の上に本を積み上げていた手を、ソフィアは不意に留めた。

 

 

「これ……間違って引き寄せちゃったのね」

「あ、それ。ハーマイオニーの……」

「ええ……」

 

 

ソフィアはどの本よりも古ぼけた黒い表紙の本──『吟遊詩人ビードルの物語』──の背を撫でる。あの時机に広がっていた本の塊に向けて鞄の中に入るように魔法をかけた。きっと、この本もその中に混ざっていたのだろう。

 

 

「結局、読めてなかったわ……ハリー、あなたも読んでみる?」

 

 

忙しく、心に余裕がなかったせいでこの本を読むタイミングを逃していたが、今なら少しは読めるかもしれないとソフィアは苦笑しながら本を軽く上げた。

 

 

「あー。僕、古代ルーン語わからないから……」

「あ、そうね」

 

 

ソフィアは特に残念とも思っていないのか、頷くとぱらりと表紙を開く。そのまま文字を目で追っていたが、ぐう、と控えめに腹の虫が鳴いてしまい──ぱたん、と本を閉じた。

 

 

「……近くに街があるか見てくるわ。何か食べないと、頭も回らないもの」

 

 

額を押さえ怠そうに言いながら立ち上がり、机の上に乗っているものにむかって杖を振る。

コートだけがソフィアの元に飛んできて、あとの物は全て鞄の中に入り独りでにぱちん、と鞄は閉まった。

 

 

「僕も行く」

「……だめよ、危険すぎるわ。もし私が2時間戻らなければ、すぐにここを捨てて逃げて」

 

 

ソファにかけていた透明マントを手に取り、ソフィアは真剣な顔でハリーに頼んだ。ハリーはぐっと眉を寄せ、何かに抗うように何度か口を開いたが──ついに、こくりと頷いた。

 

 

「わかった、気をつけて」

「ええ」

 

 

ソフィアは透明マントを被り、素早くテントから出て走った。

幸運にも死喰い人に見つかることなく、ソフィアは近くの寂れた町にある商店からオートミールの袋といんげん豆のトマト煮のスープ缶を幾つか手に入れる事ができた。ソフィアは几帳面にもレジにそっと金を置いてきたが、これは自分の罪を少しでも軽くするためであり、本来は許されざる行動なのだ、と思うと気が滅入ってしまう。

 

ソフィアとハリーは日中のうちはどうして死喰い人──だと二人は考えている──は自分たちの居場所がわかったのか、本物のグリフィンドールの剣の居場所はどこにあるのかと話し合ったが、結局「わからない」という結論に達するだけだった。

 

 

 

季節はだんだん寒さを増してきた。イギリスの南部地方にだけ留まれるのであれば、せいぜい霜が立つことくらいが悩みの種だったのだが、一箇所に長く滞在するのは危険だということで二人は至る所を移動した。霙が降っている山の中腹や、湖の小島など、かなり厳しい気候条件のところもあったが仕方のないことだろう。

 

 

町や民家の窓にクリスマスツリーの明かりが見えるようになった頃、ソフィアとハリーはようやくこの2人での旅にも慣れ始めた。不安感はあったが張り詰めたような緊張はなくなり、ゆっくりとビードルの本を読む時間を取ることができるだろう。

古代ルーン語であり時々辞書が必要だが、ここに書かれているビードルの物語の数々は何度も養父であるジャックと養母であるアリスから聞いたことがあり、読めない単語があっても前後のつながりと知識としてある物語を組み合わせれば読むことは難しくなかった。

 

 

「……このマーク……」

 

 

物語を読み進めていたソフィアは手を止め、『三人兄弟の物語』の題の上に書かれた印をじっと見た。三角の瞳のような物の中に縦線が一本引かれている。この印はルーン語ではなく──元々本にあったものではない、間違いなく誰かが後から書き足したものであり、ハーマイオニーがダンブルドアの遺品に書き込むとは考えにくい。ならば、元の持ち主だったダンブルドア本人が何らかの意図で書き込んだのだ。

 

 

「ハリー、これを見て!」

「でも、僕──古代ルーン語は──」

 

 

ソフィアはすぐに対面側の肘掛け椅子に座るハリーの元へ行き、肘置きに腰掛けながら本を見せた。古代ルーン語を知らないハリーはソフィアの勢いに困惑しつつも指さされた箇所を見る。

 

 

「読めなくていいわ。この印……見覚えがあるわよね?」

「これ……ルーナのお父さんが持ってたペンダントと同じだ」

「そうなの。それに、これは後で書きたされているわ。多分ダンブルドア先生が書いたものだと思うの。でも──グリンデルバルドの印よね?そうクラムが言っていたわ。その印がなぜこんなところにあるのかしら……」

「闇の印だってクラムは言ってたな。どうして……?」

 

 

ハリーとソフィアは困惑しながら目のような印をじっと見つめる。その印は一つではなく、いくつかの題の上に見張りの目のように書かれている。ハーマイオニーがこの印について何も聞かなかったのは、これがグリンデルバルドの印だと知らなかったのだろう。

しかし、これはダンブルドアの遺贈の品だ。何かこの印に意味があるに違いない。ソフィアはじっと印を睨み見ながらグリンデルバルドについて考えたが、また新たな疑問が出来ただけで答えは一向に浮かんでこなかった。

 

 

「私、この本をしっかりと読み込んでみるわ。何か手掛かりになるかもしれない……」

「うん……」

 

 

すぐに元の肘掛け椅子に戻り、深く座りながら本を読むソフィアの伏せ目がちの顔を見ながらハリーは薄い紅茶を飲み、意を決して「あのさ」と話しかけた。

 

 

「なあに?」と、ソフィアは本から目を離さぬまま答えたが、ハリーが言い淀み数秒沈黙が流れたのを感じて訝しげに顔を上げた。

 

 

「どうしたの?」

「僕、ずっと考えていたんだけど、僕──僕、ゴドリックの谷に行ってみたい」

 

 

こんな時に両親の墓参りだなんて、そんな事をしている場合ではないと言われてしまうだろうか。ハリーは数年前にダーズリー夫婦を説得できずにホグズミード行きの許可証にサインしてもらえなかったにもかかわらず、マグゴナガルに許可を求めた時と同じような情けなく不安な気持ちになった。

ソフィアは唖然としてため息の一つでも漏らすだろうか。そうハリーは思っていたが、ソフィアは過去何度かそうしたように優しく目を細めて微笑み頷いた。

 

 

「ええ、そうね。旅の初めに行きたいって言っていたし……私も、今そこに行くべきだと思うわ」

「ほ、本当に?」

「ええ、ハリーにとって因縁が深いのは勿論だけれど。それ以上に──グリフィンドールの剣が隠してあるのなら、その場所かもしれないと思うの」

「グリフィンドールの剣?」

 

 

ハリーはなぜグリフィンドールの剣の事が話題に上がるのかわからず首を傾げる。ソフィアは目を瞬かせ、少し悪戯っぽく笑うと「魔法史の教科書は新品のままだったのかしら?」とからかった。

 

 

「んー。そうかも」

 

 

ソフィアの雰囲気につられ、ハリーは笑顔になり肩をすくめた。二人で旅をして以来初めて笑ったような気がして、頬の筋肉が奇妙に強張っていた。

 

 

「グリフィンドールはゴドリックの谷出身なの。それにあやかって彼の名前が命名されたのよ。ゴドリック・グリフィンドールの剣がゴドリックの谷にある──可能性は否定できないわ」

「そうか──僕は、両親の墓を見てみたかったのと……バチルダ・バグショットに会えないかなって思って。──ほら、ダンブルドアの友人だって、ビルとフラーの結婚式の時に……ミュリエルおばさんが言ってたって、話したよね?」

 

 

ハリーは出来るだけ何でもない風を装った。ダンブルドアについて知らないことが多く、彼の思考に疑問を持ち始めているだなんて、ソフィアに知られたくはなかったのだ。

ソフィアは少し考えるように顎をさすり、「そうね」と頷いた。

 

 

「可能性として高くはないかもしれないけれど……友人に剣を預けたかもしれないし、ダンブルドア先生の友人ならきっと私たちを通報するような事はしないと思うわ」

「バチルダはかなりの高齢だから……剣を守れるのか不安はあるけど、うん。あり得ない事はない」

 

 

数週間目標が立てられず焦燥感だけを募らせていたが、今ようやく──少ない可能性だとしても──グリフィンドールの剣へ捜索へ足を進めることができると思うと、ハリーとソフィアは自然と明るくなり気持ちが奮い立った。

 

 

「でも、行くにしてもたくさん準備しなければならないわね。念のため、透明マントを被ったまま姿現しができるように練習しましょう」

 

 

それに、目くらまし術も、ポリジュース薬を使うことも考えないと──とぶつぶつと喋るソフィアに、ハリーは時々頷き同意した。

作戦を考えているソフィアには悪いがハリーの心は完全に別の方向へと向かっていたのだ。

こんなにも心が躍るのは、久しぶりだろう。──まもなく故郷に帰ることができる。かつて、家族が暮らしていた場所に。そこには確かに幸せがあったはずで、ヴォルデモートがいなければ自分はそこで両親と育ち、学校の休暇を過ごすことになったはずだ。

 

そう考え、ハリーはふとソフィアは本当にゴドリックの谷に向かいたいのかと不安になった。ソフィアはヴォルデモートを倒すために全てを犠牲にする気持ちで望んでいる。心が痛もうとも、微塵もその姿を見せずに人知れず疲弊していくのだ。

 

 

「……ソフィア?」

「薬は──なあに?」

「その──」

 

 

計画を考え、思考を飛ばしていたソフィアはぱっとハリーを見て首を傾げる。その真っ直ぐな目に射抜かれたハリーは少し言い淀み、ややあって口を開いた。

 

 

「──辛くない?」

 

 

その言葉を聞いてソフィアは不思議そうな顔をしていたが、すぐにハリーが何を言いたいのか、何を気にしているのかが分かり小さく笑った。

 

 

「大丈夫よ。ありがとう、ハリー」

 

 

ソフィアの微笑みはいつもと変わらないように見えたが、すぐに目を逸らし本を意味もなく撫で始めた──きっと、痩せ我慢なのだろう。

 

ハリーは何も言わずに立ち上がり、ソフィアの前に跪き本を撫でる手を取り、揺れる同じ色をした目を見つめた。

 

 

「ソフィア」

「……大丈夫よ、本当に。行かなければならないって、私も思っていたもの」

 

 

ソフィアは自分を納得させるために、そう呟いた。

 

 

 

ゴドリックの谷は、ハリーにとって故郷であり、そして家族が死んだ場所。

ソフィアにとっては、母と兄が死んだ場所なのだ。

 

 



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414 ゴドリックの谷!

 

 

 

ハリーが故郷であるゴドリックの谷へ向かうことをヴォルデモートが予想している可能性は捨てきれず、ハリーとソフィアは何日もかけて作戦を練り準備を整えた。

透明マントを被ったままの姿現しの練習に、完璧な目くらまし術。そして、プロテゴや守護霊魔法、それに攻撃魔法がいつでも使えるように二人は夜中にテントの前で何度か模擬戦を行った。

クリスマスの買い物をしていた何も知らないマグルの髪の毛をこっそりと抜いてポリジュース薬を作り、ハリーは禿げかかった中年のマグルに、ソフィアはその冴えない妻へと姿を変える用意もした。

それでも見破られる可能性もあると、2人とも苦手な閉心術を掛け合い懸命に練習したのだが──そちらはやはり上手くいかなかった。

所持品の全てを鞄の中に入れソフィアが持ち、分霊箱はハリーが身につけた。何度もヴォルデモートに抗ったことがあるからなのか、ハリーは──守護霊魔法を使えなくなるが──ソフィアやロンほど、分霊箱の影響を受けずに済んでいた。

 

 

テントを片付け、全ての準備を整えたソフィアとハリーはポリジュース薬を飲み姿を変え、そして予定通り透明マントを被り姿くらましをした。一緒に回転し、またもや息が詰まるような暗闇の中、ハリーはこの息苦しさは姿くらましのせいだけではないとわかっていた。故郷に帰ることが出来る事への期待と緊張、そして──両親の墓を目にする事への恐怖が胸を締め付けていた。

 

 

回転が終わり、目を開けたハリーの視界に初めに飛び込んできたのは真っ白な雪だった。

二人は雪深い小道で手を繋いで立っていた。夕暮れのダークブルーの空には、宵の星がちらちらと弱い光を放ち始めている。

 

ソフィアは一瞬呆然と目の前の光景を見ていたが、すぐに杖を抜き自分たちの周りに足跡がついていないかを調べた。

先ほどテントを張っていた場所よりもゴドリックの谷は北に位置する。夕方だったのが夜の入りになり、雨が雪に変わっていてもなんら不思議ではない。──むしろ、何故その考えに思い付かなかったのだろうか?

 

 

「雪のことを忘れていたわ。ハリー、足跡を残さないように消していかないと──」

「マントを脱ごう。僕たちだとわからない姿をしているし、周りに誰もいないよ」

「でも……」

 

 

透明マントで姿を隠し、魔法で足跡を注意深く消しながら進む事は難しくパントマイムのように滑稽な姿になってしまうだろう。そんな格好で、ハリーは故郷に入りたくなかった。

 

ソフィアはハリーの提案に不安そうに眉を寄せる。ハリーは「大丈夫だから」ともう一度念を押し素早くマントを脱ぎ、上着の下にしまった。

こもった空気ではなく、冷たく澄んだ冬の匂いが肺を満たした。ふう、と深呼吸をしたソフィアはまだ不安そうに辺りを注意深く見てはいたが、マントに煩わされずに歩く魅力に抗えず肩をすくめて笑った。

 

 

「行こう」

「ええ」

 

 

ソフィアはハリーの腕に捕まり、ハリーはそっとソフィアの腰に手を回した。今は中年のマグルの夫婦を装っている。寒い中これくらい密着するのは普通のことだろう。

 

何軒もの小さな家の前を通り過ぎるたびに、ハリーはこの家のどれかがリリーとジェームズやバチルダがかつて過ごした家かもしれないと考え、一軒一軒の入り口の扉や雪の積もった屋根、(ひさし)付きの玄関先をじっと見つめ見覚えのある家が無いかと探した。

しかし、心の奥では見覚えのある家などないと分かりきっていた。ハリーがこの村を離れた時はまだ1歳になったばかりで、記憶に残っているものは一つもない。それに、守人を介して忠誠の術により守られた家が、その術者が死んだ場合どうなるのか知らなかったのだ。

 

二人は無言で寄り添いながら歩き、村の中心にある小さな広場へ向かった。豆電球の灯りでぐるりと囲まれた広場の真ん中には戦争記念碑のようなものが建てられている。村にはくたびれた感じのクリスマスツリーが並び、店が数軒、郵便局、パブが一軒、それに小さな教会があった。

教会のステンドグラスが、広場の向こう側で輝く宝石のように眩く光り、白い地面の上をさまざまな色で染めている。

広場の雪は行き交う人に踏みしめられ固くなり、走れば転けてしまうだろう。ソフィアとハリーは慎重に何も知らず談笑している村人の隣を通過しながら、広場を横切る。

 

 

「今日はクリスマス・イブだわ」

 

 

風に乗り、小さな教会からクリスマス・キャロルの歌が聞こえてきてソフィアは思わず呟いた。

 

 

「そうだっけ?……こんな時じゃなければ、プレゼントを用意したんだけど」

「こうして、無事なだけで──私にとってはプレゼントだわ」

 

 

新聞を読むことがなかった二人は今が何日なのか知らず、ただ漏れ聞こえる聖歌に耳を傾けた。キリストの復活を祝福する歌は楽しげであり、明日に迫ったクリスマスの訪れを皆が楽しみにしているのだろう。この村で、クリスマスについて考えなかったのはきっと自分たちだけだろうとソフィアは思いながら教会を見つめる。

 

 

「ハリー、教会の裏に墓地があるわ。あなたのお父さんとお母さんはきっと──……」

 

 

ソフィアは白い教会の裏にひっそりとある墓地を指差す。

ステンドグラスの美しい色に気を取られていたハリーは言われるまで墓地に気付かず、ごくりと固唾を飲んでソフィアが指差す先を見た。

それは興奮を通り越して恐怖に近かく、これほど近づいた今になって本当に墓を見たいのかどうか、ハリーにはわからなくなっていた。

ソフィアはそんなハリーの気持ちを察し、ハリーの腕を掴む手に力を込め心配そうに見つめた。

ソフィアの姿は冴えないマグルの女だ。だが、それでも確かにソフィアの優しさを感じてハリーは僅かに勇気づけられ、「行こう」と呟くと墓地の方へと向かった。あと数分で、両親が眠っている場所を見ることが出来る。

 

しかし──その足は広場の中程にある戦争記念碑の前で止まった。

 

 

「あっ……!」

 

 

ソフィアとハリーが戦争記念碑の前を通り過ぎると同時に、記念碑の姿が変化した。数多くの名前が刻まれたオベリスクではなく、三人の像が建っている──眼鏡をかけたくしゃくしゃの髪の男性、髪の長く美しい女性。そしてその女性の腕に抱かれている幼い男の子の三人の像だ──それぞれの頭に柔らかな白い帽子のように雪が積もっていた。

 

ハリーはまさか自分と両親の像があるとは思わず、不思議な気持ちでその像をじっと見た。

像は動くことなく寄り添っている。母親の腕に抱かれた子どもの額は綺麗で、稲妻型の跡もなく、幸福そうな顔で空を見ている。──この幸せが続くはずだった。ハリーは充分像を眺めたあと、何も言わずにソフィアの手を引き再び教会へ向かった。

 

教会の敷地に入る前にハリーはちらりと振り返ったが、像は記念碑に戻り何食わぬ顔で死者を悼んでいた。

 

 

「魔法族にしか見えないようになっているのね」

 

 

ソフィアも同じように振り返り、呟く。「うん」と掠れる声でハリーは答えたが、その声は聖歌隊の歌声で掻き消されてしまっただろう。

教会に近づくほどに歌声は大きくなり、ソフィアとハリーは自然とホグワーツで過ごしたクリスマスを思い出していた。あそこは暖かく、幸せで、全てにおいて満たされていた。初めてまともなクリスマスプレゼントが存在することを知ることができた。腹がはち切れそうなほどのクリスマスディナーを初めて食べることができた──……。

 

 

ソフィアは今年も家族でクリスマスを過ごすことはできなかった、とちらちらと降る雪を指先に乗せながら思う。

もう、二度と昔のように無邪気にクリスマスを祝うことはできないのだろう。何も知らず、無知で護られる存在には戻られないのだ。この旅がいつまで続くのかはわからないが、全て終わった時、もしも父と兄が無事ならば最後に家族と過ごす時間が一日だけ欲しい。と願う。

 

──その一日があれば、そのあとにアズカバンに行くことになっても耐えられる。

 

 

ソフィアはハリーに続き、墓地の入り口の狭い門をすり抜けるようにして中に入った。

雪に覆われ、綿帽子を被った墓石が何列も突き出ていた。冬の寒さで訪れる人が少なく花が飾られていないからか、どれも寂しく悲しそうに見え、ソフィアは眉根を寄せる。

ヴォルデモートや死喰い人がいない事を注意深く確認し、上着のポケットにある杖をしっかりと握ったままハリーとソフィアは一番手前の墓に近づいた。

 

 

「これ見て、アボット家だ。ハンナの遠い親戚かもしれない!」

「ええ、そうね……他にも見知ったファミリーネームがあるわ」

 

 

低い声で囁きながら二人は屈み込んで古い墓石に刻まれた文字を読み、次第に墓地の奥へと入り込んだ。──時々闇を透かして誰にもつけられていないか確認することも忘れなかった。

 

 

「ハリー、あれ──」

「僕の──?」

「ううん、違うの。ダンブルドアって書いてあるわ」

 

 

ソフィアはアボット家の2列後ろにある黒い墓石を指していた。すぐにそちらに向かえば、あちこち苔むして凍りついた御影石に書かれた文字が見え、確かに「ケンドラ・ダンブルドア」と読める。その生年と没年の少ししたには「そして、娘のアリアナ」と無機質な文字で記されていた。

 

 

屈んでよく見てみれば、名前の他に『汝の財宝のある所には、汝の心もあるべし』と引用文が刻まれており──ハリーは胸がちくりと痛むのを感じた。

 

 

リータ・スキータもミュリエルも、事実の一部は捉えていたのだ。ダンブルドアの家族は間違いなくここに住み、そして死んでいる。

彼女達はダンブルドアは語られているほどの聖人ではなく、才能を鼻にかけ家族──特に病弱な妹──を疎んでいた。そして、何かがあり妹のアリアナが死んだ時、弟のアバーフォースに鼻を殴られ骨が折れた。そう、ミュリエルはニヤニヤと笑いながら語っていた。

 

話を聞くことよりも、墓を眼にすることの方が辛かった。ダンブルドアと自分には、この墓地に深い絆があるにも関わらず、一切その事を知らせてくれなかった。ダンブルドアは、一度だってこの事を分かち合おうとは思わなかった。もし、二人でこの墓地を訪れていたならばどんなに強い絆を感じることができただろうか、どんなに強い意味を持つことが出来ただろうか──ハリーは胸を押さえ、湧き上がる疑念を押し殺し吐き気を堪えながらその墓石をじっと見下ろした。

 

 

見なければよかった。ハリーはそう思いながらソフィアの腕を離し、ふらりと一人で墓場の奥へと向かう。その寂しげな背中を、ソフィアは憂いた眼で見ていたが──手を伸ばすことはなかった。

 

 

──ダンブルドア先生が、あの時死んでいなければ。殺されていなければ、きっと、ダンブルドア先生はハリーとここを訪れていたはず。父様を生かすために、私たちを守るために、その機会は失われてしまった。私に、ハリーを慰める資格なんて……無いわ。

 

 

ソフィアはハリーの後ろ姿を見失わないように墓石に記された名前を一つ一つ見ていった。

その中にどの墓石よりも古く半分朽ちかけて文字の判別が難しい物があり、ソフィアは顔を近づけてそこに書かれていた名前を読む。

 

 

イグノタス・ペベレルと書いてあるように読める名前の下に、ビードルの物語に書かれていた印が刻まれていた。

 

それを見た瞬間ソフィアは息を飲み、砂埃や氷に覆われている墓石を手で擦った。何故こんなところに印があるのだろうか?やはり、ここに来る事をダンブルドアは望んでいた?──つまり、この名前は紛れもなくダンブルドアのヒントなのだろうか?

いや、それにしてはこの印はかなり古く見える。魔法でそう見せているのかと考えソフィアはコートの下で素早く杖を振ったが魔法を使った後に残る魔法痕は無く、誰かが何十年も前に刻んだ物だということがわかるだけだ。

 

この事をハリーにも伝えよう。新しい情報は共有しなければならない。ソフィアは立ち上がり辺りを見渡し、暗がりの中にいるはずのハリーを探したがいつの間にか遠くまで進んでしまったのか、ハリーの姿はかなり小さくなり──一つの墓石の前で佇んでいた。

 

ソフィアはその姿を見て、間違いなく彼の目の前にジェームズとリリーが眠っているのだと察した。

ゆっくりと、ソフィアはハリーの元へと向かい隣に並び、数ある墓石の中で真新しいそれを見下ろす。

 

 

白い大理石でできた墓石には、ジェームズとリリーの生年と没日が記されていた。引用文は、『最後の敵なる死も、また滅ぼされん』。

 

 

「最後の敵なる死も、また滅ぼされん──これ、死喰い人の考えじゃないのか?それがどうしてここに?」

 

 

心臓が握りつぶされたかのような深い恐怖に、ハリーは困惑しながらソフィアを見る。

ソフィアはその文を何度か読み、首を振った。

 

 

「ハリー、死喰い人が死を打ち負かす時の意味とは違うわ。この意味は……そうね、死を超えても生きる。死後も、そばにいるということよ」

 

 

ソフィアの声は優しかったが、ハリーはぐっと拳を握り唇を噛み締めた。

両親は死んでしまったのだ。どれだけ綺麗な慰めの言葉があっても、空虚な言葉なだけで事実を誤魔化すことはできない。両親の遺体は何も感じず、何も知らずに雪の下に横たわり朽ちている。

 

知らず知らずのうちに熱い涙が溢れ、頬を伝って落ちた。涙を拭ってどうなる?隠してどうなる?──ハリーは流れるままにまかせ、唇を固く結んで、足下の深い雪を見つめた。

 

この下に、ハリーの目には見えないところに、リリーとジェームズの遺体がある。骨になっているかもしれない、いや、朽ち果てているだろうか。生き残った息子が立っているというのに、彼らの犠牲により心臓は鼓動を打っているというのに──この瞬間、その息子が雪の下で二人と共に眠っていたいとまで思っているというのに──何も知らず、無関心に横たわっている。

 

ソフィアはハリーに寄り添い、そっと手を握った。

ハリーは顔を上げられなかったが、その手を握り返し刺すように冷たい夜気を深く吸い込んで気持ちを落ち着かせ、立ち直ろうとした。

何か手向けるものを持ってくるべきだった。今まで考え付かなかったが、そうするべきだった。墓地の周りの木々は葉を全て落とし、花の一つも咲いていない。

 

ハリーはふと、雪に埋もれる墓石の前が不自然に盛り上がっていることに気づきその場にしゃがみ込んだ。

ゆっくりと悴む手を動かし雪を払いのければ、その下に隠れるようにしてすでに枯れてしまっている茶色いものがあった。──おそらく、花だったのだろう。

 

 

「これは、誰が……?僕も、手向けるものを持ってくるべきだった」

 

 

凍りつき枯れた花をそっと丁寧に雪の上に置きながら呟く。ソフィアは無言で杖を上げ、複雑に動かすと目の前に大きなクリスマス・ローズの花輪を咲かせた。ハリーはそれを取り、枯れた花を囲むようにしてそっと、両親の墓に供えた。

 

 

「ありがとう」

「いいのよ、私にとっても……親戚だもの」

 

 

ハリーは立ち上がり、片腕をソフィアの肩に回した。ソフィアはハリーの腰に片腕を回し、寄り添い目を閉じた。

 

二人は黙って雪の中を歩き、ダンブルドアの母親と妹の墓の前を通り過ぎ、既に聖歌隊が帰ってしまい灯りの消えた教会へ、そしてまだ視界に入っていない出口の小開きの扉へと向かった。

 

 



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415 壊れた家!

 

 

 

墓地の扉まであと少しだという時にソフィアは足を止め「ハリー、待って」と小声で囁いた。

 

 

「どうしたの?」

「そこの茂み、何かが動いた気がするの」

 

 

ソフィアはコートの下で握っていた杖を慎重に握り直す。墓地と外とを仕切る黒々とした茂みの奥で何かが動いたのをソフィアは視界の端で捉えていたのだ。

息を殺し、じっとその場所を見つめる。張り詰めた緊張感が二人を包み込んだが、そこからは人影も魔法の閃光も、何も飛び出してこなかった。

 

 

「僕たち、マグルの姿なんだよ?」

「でも、あなたのご両親のお墓に花を手向けたわ。もし死喰い人なら、その行動の意味を理解するはずよ」

 

 

たとえマグルの姿であっても、ポッター家に花を手向けるのは魔法使いしかいない。ハリーでなく他人の魔法使いだと思われたとしても、取り囲まれ尋問くらいはされる可能性が高い。

動くことができず立ちすくんでいた二人の前で、木の葉が動きサラサラと雪が落ち小さな雪煙を上げた。

 

 

「猫か、小鳥だよ」

「アニメーガスの可能性は?」

「それは……」

 

 

全てを疑うのは、生き抜く上で必要な事だが全てに警戒したままでは一歩も動くことはできない。なおも顔をこわばらせるソフィアの腰をハリーは強く引き寄せ、一瞬驚いた顔をしたソフィアに笑いかけた。

 

 

「大丈夫。もし死喰い人だったら、僕たちはもう死んでるさ。ここを出よう。また透明マントを被ればいい」

「……そうね」

 

 

ソフィアは浮かない顔のまま頷き、いつでも姿くらましできるようにとハリーの腕を強く掴んだ。不審がられないようにゆっくりと歩きながら、二人は途中で何度も墓地を振り返り扉を通り過ぎる。

ハリーはソフィアを元気付けるためにわざと楽観的に伝えたが、もちろん本当に楽観視しているわけではなく、小開き扉から雪が固まっている歩道に出た時には心から安堵した。

周りに人気がない事を注意深く確認した二人は素早く透明マントを被り、無害な人の気配のある方へと進む。

パブは一層にぎやかさを増し、先ほど教会で聞こえていた讃美歌やクリスマス・キャロルの歌が陽気な声と共に響き、ソフィアとハリーの緊張で固まった心を解していく。ハリーはその声に誘われるように、パブに避難しようと足を向けた。

 

 

「どこに行くの?」

「パブで一旦落ち着かない?」

「うーん……もし戦闘になったとき、無関係なマグルを巻き込んでしまうわ」

「そうか……じゃあ、バチルダを探すために…住宅街に向かおう」

「ええ、隠れながらね……」

 

 

 

二人は暗い小道へと不自然ではない程度に急いで歩いた。

村のはずれに向かうその道の家並みが切れる先には田園が広がっているのがちらりと見える。ぽつぽつと建つ家の窓辺には色とりどりの豆電球が輝き、クリスマスツリーの影が写っていた。

 

 

「バチルダの家はどこに──」

「どうし──」

 

 

ソフィアは何度も不安げに後ろを振り返っていたが、ふと家並みの一番端に建っている黒い塊に気付き言葉を止めた。ハリーは凍りついたように一点を見つめるソフィアの視線を追い、同じように言葉を無くした。

 

ハリーの腕を掴むソフィアの力が、痛いほど強められる。「ハリー」と囁いたソフィアのその声は、聞いたことがないほど恐怖に染まり震えていた。

 

 

「……行こう」

「っ──ええ……」

 

 

ハリーは震えるソフィアの肩を抱き寄せ、黒いものへと近付いた。近づくたびに心臓が煩く打ち、目の奥がチリチリと痛む。

恐々と──それでいて、行かなければならないという思いに突き動かされている二人の足は徐々に早まり、その黒いもの──いや、崩壊した家の前に着いた時には息が上がっていた。

 

忠誠の術は、護るべきリリーとジェームズの死と共に消えたのだろう。

セブルスにより死んだアリッサとリュカを連れ出し、ハグリッドが瓦礫の中からハリーを救出して以来十六年間──そのままだったのだ。

その家の生垣は伸び放題になり、腰の高さまで伸びた雑草の中に瓦礫が散らばっている。家の大部分はまだ残っていたが、一番上の階の右側だけが吹き飛ばされ──おそらく、そこが呪いの跳ね返った場所なのだろう──家全体は黒ずんだ蔦と雪に覆い尽くされていた。

 

ソフィアとハリーは家の門の前で佇み、じっと壊れた家を見ていた。

ここで、家族が死んだのだ。この場所で──。

 

まさか残っているとは思わなかった。更地になっているだろうとばかり思っていた。こうも生々しく崩壊した家を見ていると、ソフィアはようやくここで本当に母と兄が死んだのだと悟り──その瞬間、胸が張り裂けそうなほどの痛み悲しみと苦しみが襲った。

ハリーにしがみつくようにして抱きつき、その肩口に額をつけソフィアは堪えきれない涙を流した。ハリーはソフィアの頭を引き寄せ、つむじに慰めるようにキスを落としながらじっと、寄り添う。

 

 

「っ……ごめん、なさい。もう大丈夫……」

 

 

ハリーは無言で首を振った。ソフィアの気持ちは痛いほどわかる。ハリー自身もこの家がそのまま残っているとは思わなかった。──ソフィアが泣いていなければ、また自分が泣いていたかもしれない。

 

 

ソフィアは涙を拭いた手を、そっと前に出す。透明マントから手が出てしまったが、ハリーは何も言わず同じように手を出し、ソフィアと共に錆ついた門を握りしめた。

 

二人は無言のまま軽く門を押したが、すっかり錆びつき蔦が絡み合っている門は開くことはない。それでも、二人は特に残念だとは思わなかった。家の中に入りたいわけではないのだ、ただ、この家のどこかに触れたかった。この家が実際に存在していると確かめたかったのかもしれない。

それに、今この家の中に入る勇気はソフィアとハリーの二人にはなかった。もし、彼らが生きていた痕跡──死んだ痕跡を見てしまったなら、そこから動けなくなると理解していたのだ。

 

 

「あっ──ハリー、これ──」

 

 

二人が門に触れたことが引き金になったのだろう。目の前のイラクサや雑草の中から、桁外れに成長の早い花のように木の掲示板が迫り上がり、二人の前に現れた。

 

 

『1981年10月31日、この場所で、リリーとジェームズ・ポッターが命を落とした。息子のハリーは死の呪いを受けて生き残った唯一の魔法使いである。

マグルの目には見えないこの家は、ポッター家の記念碑として、さらに家族を引き裂いた暴力を忘れないために廃墟のまま保存されている。』

 

 

整然と書かれた金色の文字の周りに『生き残った男の子』の逃れた場所を見ようと訪れた魔法使いや魔女が書き加えた落書きが残っていた。それは万年インクで自分の名前を書いただけの落書きもあれば、板にイニシャルを刻んだもの、言葉を書き残したものもある。十六年分の魔法落書きの上に一段と輝いている真新しい落書きは全て同じようなものだった。

 

『ハリー、今どこにいるのかは知らないけれど、幸運を祈る』『ハリー、これを読んだら、私たちみんな応援しているからね!』『ハリー・ポッターよ、永遠なれ』──その激励の言葉に、ハリーは嬉しそうに目を細めた。

 

 

「すごい。書いてくれて──嬉しいよ」

「ええ、励まされるわね……」

 

 

ソフィアも自分のことのように嬉しげに微笑む。ハリーはソフィアを抱き寄せその文字を何度か読み──ふと、後ろを見た。

 

 

「こんなにもあなたを──」

「しっ!静かに──」

 

 

ソフィアの言葉を鋭く遮り、ハリーは透明マントの下でソフィアを隠すように抱きしめる。ソフィアはハリーの硬い声に息を呑むと、彼が睨む後ろをそろりと振り返った。

 

遠くの広場の眩しい光を背に、防寒着を分厚く着込んだ陰絵のような姿がこちらに向かってよろめくように歩いてきていた。見分けるのは難しいが、おそらく女性だろう。雪道で滑るのを恐れてか、ゆっくりと歩いている。腰を曲げて歩くその姿からみてもかなり高齢だという印象を受けるその影を、二人は息を殺して見つめた。

この場に来るのではなく、途中の家の中に入るのかもしれないと見守っていたが、ハリーは直感的にそうではないことを感じていた──きっと、あの影はここまで来る。

 

その人はハリーとソフィアから二、三メートル手前でようやく止まり、二人の方を向いて凍りついた道の真ん中にじっと佇んだ。この老女がマグルである可能性はほとんどないだろう。何故なら老女は、マグルであれば見ることができないはずの廃墟をじっと見つめていたのだ。

しかし、本当に魔女だとしても──こんな寒い夜に古い廃墟を見るためだけに出かけるのはどう考えても奇妙な行動だ。

 

ハリーとソフィアは透明マントを被り通常ならば誰も姿を見ることができないはずだが、それにもかかわらずこの老女は二人がここにいと知り、そして二人が誰かも理解しているかのような不気味さを漂わせていた。ハリーが一層強くソフィアを抱きしめたとき、老女は手袋を嵌めた手を上げて──見間違いではなく──ハリーとソフィアに向かって手招きをした。

 

 

「どうして──見えないはずなのに」

 

 

ソフィアは不安と緊張が孕んだ声でハリーに囁く。ハリーは注意深くその老女の目を見たが、どうみても普通の目であり──白内障気味なのか白く濁っているが──透明マントを見通す魔法の目ではない。

 

二人が動けずにいると、老女はもっと強く手招きをした。

 

呼ばれても従わなければいい、その理由はいくつも思いつく──だが、ハリーの頭の中でこの老女は()()()ではないかという思いが次第に強くなってきた。

 

 

この魔女が何ヶ月もの間、自分を待っていたという可能性はないだろうか?ダンブルドアが、ハリーがくるから必ず待つように言ったのだろうか?墓地の暗がりで動いたのはこの魔女であり、ここまでつけてきた可能性は?

この魔女が、本来感じることのできないものを感じるという能力も、ハリーがこれまで遭遇した事のない、ダンブルドア的な力を匂わせているのではないか──?

 

そう思った時、ハリーはついに口を開き、ソフィアは息を飲み「だめ」と囁いた。

 

 

「あなたはバチルダですか?」

 

 

ハリーの声は離れた魔女に届き、魔女──バチルダはゆっくりと頷き再び手招きをした。

 

 

マントの下でハリーとソフィアは顔を見合わせる。どうする?と混乱と興奮と緊張が混ざった二人の視線が混じる。

 

 

「行こう」

「でも──」

「バチルダは、ダンブルドアから聞いて僕を待っていたんだ」

 

 

ハリーは間違いないと信じ、はっきりとした声で頷く。ソフィアはまだ不安げにしていたが、ゆっくりと頷き──二人揃って一歩、バチルダに近づいた。

 

バチルダはそれを確認したかのようなタイミングですぐに背を向けると、今しがた歩いてきた道をゆっくりと引き返した。

 

 

「きっと、ムーディのような不思議な力があるんだ」

「……そう、よね。だって、そうじゃないと──説明がつかないもの」

 

 

まだ不安そうなソフィアを勇気づけるために──それとも、自分に言い聞かせるために──ハリーは呟き、ソフィアはおずおずと頷いた。

 

 

バチルダは何軒かの家を通り過ぎとある門の中へ入って行った。二人はあとについて玄関まで歩いたが、その庭は先ほどの崩壊した家と同じく雑草が生い茂り荒れ果ている。

バチルダは玄関で暫く鍵を開ける事にもたつき、時間をかけていたが、やがて扉を開け身を引いて二人を先に通した。

 

 

 

 



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416 バチルダ!?

 

 

 

外だけでなく、家の中も雑然としゴミやガラクタで足の踏み場がほとんどなかった。踏み出した瞬間、ぱき、と何かを踏みつけてしまいソフィアはすぐにその場から下がったがどうやら踏みつけたのは落ちて割れたマグの破片らしい。──らしい、というのは部屋の中に明かりがなく、足元がよく見えなかったのだ。

バチルダの隣に並んだハリーは漂ってきた酷い臭いに眉をひそめた。バチルダから臭っているのか、それとも家全体の臭いかはわからない。

ハリーとソフィアはバチルダの隣をすり抜け、透明マントを脱ぎながら部屋中を見渡す。歳のせいで腰が曲がったバチルダはハリーの胸にやっと届くかといった高さであり、そばに立って初めて、彼女がどんなに小さいのかがわかった。──これならば、万が一襲われたとしても対抗できるだろう、とハリーは静かに考える。

 

二人が間違いなく入った事を確認し、バチルダは玄関扉を閉めた。禿げかかったペンキを背景にバチルダの染みの浮き出たやけに青白い指がチラリと見えた。それからバチルダは振り返ってハリーの顔を覗き込む──その目に、ハリーはごくりと固唾を飲んだ。

 

その目は白内障で白く濁り、薄っぺらな皮膚の皺の中に沈み込んでいた。自分の顔がマグルの冴えない中年のものだとしても、ハリーにはそれも全く見えていないのではないかと訝しむ。

 

 

「バチルダ?」

 

 

バチルダはハリーの問いかけにもう一度頷いた。その途端、ハリーは胸元の皮膚に当たるロケットの鼓動に気付いた──その中の何かが、今までも時々目覚めていた何かが間違いなく脈打っていたのだ。冷たい金属を通してそれは自分に何かを訴えかけているようでもあり、ハリーはまさか、これはここに自分を破壊する物の存在を感じているのだろうかと期待と緊張感から拳を握る。

 

バチルダはぎこちない足取りで二人の前を通り過ぎ、ソフィアなど目に入らないかのように押し退け居間と思しき部屋に姿を消した。

 

 

「ハリー、なんだかおかしいわ」

「あんなに小さいじゃないか。いざとなれば捻じ伏せられるよ」

 

 

息を殺しながら囁くソフィアに、ハリーは居間の方をじっと見ながら囁く。しかしソフィアはハリーの腕に掴まりながら眉を寄せ真剣な顔で首を振った。

 

 

「外見は関係ないわ。あなた、フリットウィック先生に勝てると思うの?」

「え?……それは……」

「それに、まだあの人は──なんの証明もしていないわ。私たちがバチルダかと聞いて頷いただけ。騎士団では、たとえ知っている人が話しかけてきても確認のためその人と自分しか知らない話で本人かどうか確認していたでしょう?あの人が本当にダンブルドア先生から剣を渡す役割なら、信用を得るために何か言うはずなのに……」

 

 

ソフィアは囁きながら暗い居間の向こうを見据える。ハリーもソフィアに言われて思い出した。そうだ、騎士団では全員が確認していた。アーサーとモリー。それにシリウスや、リーマスでさえも。

 

 

「……あの人は一言も話していない。それがなんだか不気味だし、信じられないわ。バチルダ本人だとしても、既に操られているかもしれない……」

「……本人なら、なんとか助けなきゃ」

「ええ、でも──無理は禁物よ。ポリジュース薬かもしれないわ」

 

 

ソフィアの真に迫った忠告に、ハリーは神妙な顔で頷きコートの下で杖を強く握る。何か不審な動きを見せたならばすぐに反撃できるように心を落ち着かせ、ハリーとソフィアはゆっくりと居間へ視線を向ける。

 

 

「おいで!」

 

 

居間からのバチルダの呼びかけに、ハリーは跳び上がり、ソフィアは肩を震わせ顔を見合わせた。嗄れた声だった。今まで一言も話さなかったが、とりあえず話すことはできるのかとハリーはほっとしたが──ソフィアはハリーの腕を強く握り不安げな顔でじっと居間の向こうを見つめるだけだった。

 

 

「行こう。大丈夫だよ」

 

 

ハリーは元気付けるようにそう言うと、先に居間へ入った。

バチルダはよろよろとおぼつかない足取りで歩き回り、蝋燭に火を灯していた。それでも部屋は暗く、言うまでもなく汚れている。分厚く積もった埃が足下でギシギシ音を立て、じめじめした白黴の臭いの奥に肉の腐ったようなもっと酷い臭気が漂っていた。

 

バチルダは手で不器用に火を灯すだけで、魔女なら使えて当然の魔法を使うことはない。──老いて魔法を使う事を忘れてしまったのだろうか?そうだとしても、そんな状態の老女にダンブルドアは剣を渡すだろうか?

 

垂れ下がった袖口のレースに今にも火が移りそうで危険だったが、バチルダに対し疑いを持ち始めたハリーは彼女に近づこうなどとは思わないが──もし、バチルダが死喰い人に呪われ操られているのなら、焼死させるわけにもいかないだろう。仕方がなく、バチルダの動きに注意しながら近くの机にあるマッチ箱を手に取り、部屋のあちこちに置かれた燃えさしの蝋燭に火をつけて回った。

 

ソフィアは居間をぐるりと見渡し、この老女がバチルダである証拠が何かないかと探した。もし操られているのならば、騎士団に保護されるべきだろう。そうでなく全くの赤の他人ならば──すぐにこの場を去らなければならない。

 

部屋を見渡していたソフィアは、古ぼけたキャビネットの上に、薄らと埃はかぶっていたが、唯一真新しい本があることに気づきそっと近づいた。ハリーは警戒しながら火をつけて周り、バチルダは突っ立ったままそれを見ている。

その本の端から目に痛い白さのメモが挟まれていて──そう思うのはこの部屋が灰色に汚れているからかもしれない──ソフィアはそっと指先で引っ張る。

ルーモスで杖先を光らせ、そのメモに書かれた文字を読んだソフィアは僅かに目を見開き、そのまま本を掴んだ。

 

そのメモはリータ・スキーターが書いた短い手紙だった。バチルダにインタビューした内容を使い本を書き、その献本として『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』という本が送られてきたのだ。

この本がここにあると言うことは、この家の家主はバチルダである可能性が高い。ならば、やはり彼女はバチルダ本人なのだろうか?

 

 

ソフィアはその本を読んだことはなかった。今魔法界の書店に向かうのは難しく、この本をどうにかして読みたかったソフィアは本を譲ってもらえないかと手にしたままバチルダを見た。

 

 

「あの──」

「ミセス──ミス──バグショット?この人は誰ですか?」

 

 

しかし、ソフィアの声を打ち消しハリーが震える声で整理ダンスの上に飾られている写真たてを指差しながら言った。

ハリーが指しているのは一番後ろに隠されるように置いてある写真たてであり、そこには若い青年二人が屈託のない笑顔を浮かべている。ソフィアは後ろから覗き込みながら、ハリーの知り合いだろうかと首を傾げた。

 

 

「ミス・バグショット?」

 

 

ハリーの問いかけにバチルダは一切答えず、ただじっとハリーを見つめる。焦ったくなったハリーはその写真たてを掴み、バチルダの目前に突きつけながら「この男は誰ですか?」と再度問う。老いのせいで視力が悪く伝わっていないのかと思ったが、バチルダはぼんやりとした表情で写真を見るだけだった。

 

 

「どうしたの?」

「この写真に映る男。あの盗人だ!グレゴロビッチから盗んだやつなんだ。──お願いです、この男は誰ですか?」

 

 

その男の初めての手がかりに、ハリーは耳まで遠いのかと大声でバチルダに聞いたが、バチルダはなおも白く濁った目で瞬きもせず、じっと見つめる。

 

 

「バチルダさん。──私の声が聞こえますか?あなたは──……」

 

 

不気味な雰囲気を、ソフィアだけでなくハリーも感じていた。心許ない蝋燭の火のゆらめきがバチルダの刻まれた皺に濃い影を作っている。それがそんな雰囲気にさせているのかもしれない。ソフィアとハリーは何度かバチルダにかなりの大声で話しかけたが、バチルダは──何も反応しない。

 

 

──おかしい。正気を失っている?でも攻撃してくるわけでもない。なら……まさか、時間稼ぎ?

 

 

ソフィアは固唾を飲み一歩下がる。「ハリー」と緊張が孕んだ声で囁きかければ、ハリーも小さく頷いた。

 

その時、ぶうん、と1匹の小さな蝿がソフィアとハリーの周りを飛んだ。不快な音に二人は肩をすくめ鬱陶しそうに顔の近くを払う仕草をし、払われた蝿は素早い動きでバチルダの皺だらけの頬に止まる。

 

もう感覚もないのだろうか。バチルダは顔に蝿がついているというのに動かなかった。ハリーはつい、「虫がついています」と声をかけようとしたが──。

 

 

「──っ!」

 

 

それを見た瞬間、ソフィアとハリーは息を止め凍りついた。

蝿はバチルダの頬を歩き、そして彼女の白く濁る()()()()()()()()()

皮膚の感覚が鈍いのはまだ理解ができる。しかし、どんな生き物でも眼球に直接何かが入れば違和感を覚え反応するだろう。しかし、バチルダは突っ立ったまま、瞬きの一つすらしない。

 

 

「──巻け!(フェルーラ!)

 

 

ソフィアは反射的に杖を出しバチルダに向けていた。黒々とした縄が杖先から一直線にバチルダに向かい、そのまま強く彼女を拘束する。それでもバチルダはされるがままで──蝿が驚いて飛び立った──一瞬、硬直し、そして──。

 

バチルダの顔が、ぶるり、と初めて痙攣するように震えた。拘束された苦しみで呻いたのではない。項垂れた顔は急激に萎み、その変わりに首筋の後ろが奇妙に膨らみ、ついに皮膚が裂けた。

目の前の光景が信じられず悍ましさと恐怖にソフィアとハリーが一瞬硬直し、魔法を使えなかった瞬間、バチルダの体が倒れ首のあった場所から大蛇がぬっと現れた。

 

 

護れ!(プロテゴ!)

 

 

ソフィアは素早くハリーと自分の前に防御壁を出す。大口を開け襲いかかってくる大蛇の鋭く長い牙が炎に反射しぬらりと輝いた。

 

 

「──ああっ!」

「くっ!」

 

 

防壁は大蛇の一撃で大破し、その勢いのまま飛びつかれたソフィアは壁に激突する。背中や頭をぶつけた痛みで視界が白く点滅した。すぐ真横を大蛇が掠めていったハリーは無我夢中で魔法を放ったが何故か大蛇の鱗はそれを弾き、跳ね返った魔法が化粧台や箪笥を粉々にしガラス片が舞う。

ソフィアを狙っていた大蛇は、ハリーに狙いを変えぐっと鎌首を持ち上げ振り返り再び飛びかかった。

床に押し倒され、真っ赤な蛇の口内と生き物の生臭い臭いを浴びたハリーは締め殺される。そう思ったが大蛇はその巨体を使いハリーを床に押し付けるだけで噛み付くことはなかった。

 

その時、不気味な囁き声が聞こえた。それは大蛇のものだったのか、ハリーの脳に響いたものだったのかはわからない。──しかし、ハリーは唐突に理解した。

 

 

──来る。ここに、あいつが──!

 

 

ハリーは大蛇の下から這い出そうともがき、杖を上げたが、その時傷痕がここ何年も無かったほど強烈に痛んだ。

 

 

「あいつが来る!ソフィア、あいつが来るんだ!」

 

 

せめてソフィアは逃げてほしい。その思いでハリーは叫ぶ。気を失っていたソフィアは呻き声を上げ覚醒し、激しい痛みから何度も荒れた呼吸を吐き出しながら大蛇の下敷きになっているハリーを見た。

 

 

「セクタムセンプラ!」

 

 

大蛇に向かってその魔法はまっすぐ発射されたが、やはりどんな強力な魔法であっても傷つける事はできずに跳ね返り居間の中をめちゃくちゃに切り裂いた。

 

 

大鷲に変身せよ!(タスフォグルス!) 襲え!(オパグノ!)

 

 

部屋中に散乱するガラクタに向かってソフィアは杖を振るう。落ちていたガラス片や化粧台の一部が瞬く間に大鷲に変わり、それは大群となって大蛇に襲いかかる。鋭い爪や嘴で攻撃された大蛇は空気を切り裂くような叫びを上げ、鬱陶しげに尾で大鷲を薙ぎ払い、数羽の大鷲が断末魔の声を上げ床に落ちる。

それでも大鷲の大群は怯む事なく、ソフィアの命令通りに大蛇を襲った。

ミサイルのように落下し、鋭い爪でその巨体を掴む。一羽や二羽ではなく何十羽という大鷲が大蛇の体を掴み、羽をぶつけながら羽ばたいた。

 

一瞬、ハリーの体に重くのしかかっていた大蛇の重みが消えた隙にハリーはそこから這い出て壁近くにいるソフィアの元に向かう。

しかし大蛇もまたハリーを簡単に逃すつもりはなく、全身の筋肉を使い体をしならせ、大鷲の拘束が緩んだ瞬間にハリーの腕目掛けて噛み付いた。──ばきっ、と何かが破壊される嫌な音にハリーは痛みよりも背筋にぞっとした冷気のようなものを感じた。

 

 

「ぐっ──!」

強き光よ!(ルーモス マキシマ!)

 

 

ソフィアの杖先から噴出した眩い光は部屋を白く染めた。あまりの強い光を間近で受けた大蛇は怯えるように体を縮こまらせ、ぱっと口からハリーの腕を離す。

 

床に倒れそうになったハリーをソフィアは強く抱き留る。大蛇と大鷲の威嚇の叫び声が暗闇へと溶けていくなか、二人は空中を回転するようにその闇へと落ちていった。

 

 



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417 修復不可能!

 

 

 

ハリーを連れて姿くらましをしたソフィアは、体に感じる衝撃で呻き目を開いた。

すぐに起き上がり、杖を辺りに向けるが周りに広がるのは雪化粧を施した白い森であり、大蛇や大鷲の姿はない。

 

 

「ハリー!」

 

 

息をつく暇もなくソフィアは雪が積もる地面に這いつくばっているハリーの肩を揺する。しかし、ハリーは苦しげな呻き声を上げるだけで目を覚ます事はない。額には大きな汗が浮かび、顔は苦悶の形相で歪められている。

唇をぐっと噛んだソフィアは、身体に走る痛みと倦怠感で倒れそうになるのをなんとか堪え──それでもその場に膝をつきながら──鞄の中からテントを取り出し、杖を振り一気に建てるとそのまま流れるように認識阻害魔法とマグル避け、防音魔法をかけた。

考えられる限り最大の護り魔法をかけたソフィアはハリーを引き摺りテントの中に連れていった。浮遊魔法をかけ、ソファの上に寝かせた途端、ふっと体の力が抜けそのままハリーの体に覆い被さるようにして倒れ込む。

 

とく、とくと一定の音を聞きながら、ソフィアはなんとか窮地を脱することが出来た安堵と、予想もしなかった悍ましい魔法から逃れることが出来たのは奇跡だったと考え──体の奥底から恐怖が湧き起こり、そのままハリーの胸に顔を埋め体を震わせた。

 

 

「うっ──」

 

 

泣いている場合じゃない。ハリーは気絶している。いつ敵が襲いかかってくるかわからない。なんとかして護らなければならない。

ソフィアは奥歯を食いしばり体を起こすと目元を乱暴に拭き、鞄の中から魔法薬が入った小瓶を取り出した。

 

身体中に残る裂傷に薬を垂らし、痛みが引いたのを確認してすぐにハリーの治療に取り掛かる。

一番大きな傷はやはり大蛇に噛まれた右手だろう。噛まれた場所に変色や腫れは見られないが、何らかの毒を持っている可能性もある。

まずは水で傷口を洗い流そう──そう思ったソフィアはハリーのボロボロになった服を魔法で脱がせ、右腕を見て息を呑んだ。

 

 

「つ、杖が──」

 

 

ハリーは気を失っても握りしめたままの杖を離すことはなかった。その杖は──今までハリーを幾度も救ったその杖は──蛇に噛まれた時に巻き込まれたのか、上半分が折れている。細々とした不死鳥の羽の一筋がなんとか分解しないように繋いでいるが、少しでも引っ張ればすぐに真っ二つになるだろう。

 

ソフィアは繊細なガラス細工を手にするように、固まったハリーの指を一本ずつ優しく解き、折れた杖を丁寧に手に取るとそっと机の上に置いた。きっと、ハリーはこの杖を見て愕然とするだろう。魔法使いにとって杖がないのは致命的であり、死喰い人やヴォルデモートから逃げている今、杖が無い──紛れもなく、途方もない痛手だ。

 

それでも杖を元通りにする事は出来ない。優秀な杖職人ならば可能かもしれないとソフィアは考えたが、すぐに唇を噛み締め辛そうに顔を歪める。オリバンダーはヴォルデモートに捕えられた、きっともう亡くなっているだろう。グレゴロビッチも襲われたと聞いている。その二人の他に、著名な杖職人などいるのだろうか?──それに、壊れた杖を直すことなど、可能なのだろうか?

 

 

今はそれを考えてもどうすることが出来ないとソフィアは首を振り、ハリーの腕全体に水をかけ治療を始めた。解毒薬も、どんな毒かわからなければ使用する事はできない。どうか猛毒なんてありませんように──ソフィアは祈ることしかできず、自分の力の無さに苦しいほどの歯痒さを感じながら、ただハリーが目覚めることを願った。

 

 

「う──」

「ハリー?──ハリー!」

「だ──めだ──」

 

 

目が覚めたのかとハッとしてハリーの顔を覗き込んだが、ハリーの目は硬く閉じられ口からは苦しみの声が漏れている。悪夢を見ているのか、それならば起こした方がいいのか──いや、蛇の毒のせいなのだろうか。

瞬時に色々なことを考えながら、ソフィアは流れるハリーの汗をタオルで拭き取った。

 

 

「ハリー、大丈夫よ」

「だめ──だめだ──」

「大丈夫、もうあなたを傷つけるものは──」

 

 

続きの言葉は口から出なかった。

気休めだとしても──本人が気を失っていても──とても言えなかった。

ぐっと顔を歪め、ソフィアは「大丈夫よ」と何度も同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。その言葉は自分を慰めているようで、寒々しくソフィアの体の中に響く。

気が付かぬうちに声は震え、ぽたぽたと涙が頬を伝っていたが──今はまだ、ハリーが目を覚ましていない。誰にも気づかれる事はない。

そう、自分に言い聞かせソフィアは声を殺して泣いた。

 

 

 

 

ソフィアの涙は数時間前に止まり、頬に涙の跡が痛々しく残っている。悲しみと後悔の変わりに浮かんでいるのは焦燥感だろう。

 

ハリーは一度も目を覚まさなかった。あの場から逃げ出してから何時間も経過し、もう夜明けが近いのかテントの天井を通して寒々とした薄明かりが見え始めている。

大蛇に即効性の毒が無かった事はソフィアにとって多少の慰めになったが、だとしてもハリーは何時間も魘され、狂ったように叫び、苦しんでいる。

 

分霊箱のせいで精神的に不安定になり悪夢を見ているのかと思い、外したがそれも簡単にはいかなかった。

分霊箱であるロケットは、ハリーの皮膚を溶かし張り付いていて、それを取るためにソフィアは仕方がなくハリーの胸とロケットの間に切断魔法をかけ皮膚ごと取り除くしかなかったのだ。勿論すぐに薬をかけたが新しい皮膚が盛り上がりハリーの胸にはロケット型の痕がくっきりと残ってしまった。

 

分霊箱を外してから多少はハリーの表情がマシになったとは思うが、それでもハリーが目覚める事はない。

 

 

「う──僕が──僕が落としたんだ──」

「ハリー、大丈夫……大丈夫よ」

 

 

ソフィアは再び魘され出したハリーに優しく声をかける。荒い呼吸で「うぅ、」と唸り拒絶するように首を振っていたハリーにソフィアは何度も声をかけた。

 

 

「ハリー、大丈夫──だから、目を覚まして」

「う──ううっ──」

「ハリー、お願い……起きて!」

 

 

ハリーは勢いよく目を開いた。

は、は、と浅い呼吸を繰り返し、薄明かりが透けて見える天井を呆然と見る。

 

 

──そうだ、僕はハリー。ハリー・ポッターだ。大蛇でも、ヴォルデモートでもない。

 

 

ハリーは夢の中──と言っていいのだろうか──で、大蛇であり、ヴォルデモートであり、ハリー・ポッターだった。

視界が何度も変わり、ヴォルデモートの気持ちが自分の気持ちのように感じられるようになり、ジェームズとアリッサに杖を突きつけ死の呪いを放ったのは過去の自分であり、横たわる幼子の遺体を跨いだのも、自分だった。

そう思い込んでいたが、目を覚まして──ようやく我に返りあれは夢なのか、ヴォルデモートと強く繋がったあまりに起きた感情の洪水に飲まれたのか……ハリーはきっと後者だと考えながら割れそうに痛む頭を押さえながら体を起こした。

 

 

「ハリー!……あぁ、よかった……気分は悪くない?」

「ん。……最悪な感じ」

 

 

心配そうに覗き込み囁くソフィアに、ハリーは笑いながら肩をすくめた。

ソフィアは一瞬目を見開いたが、泣きそうに顔を歪めると「大変ね」と軽く言いながらハリーの肩を優しく押し、ソファの上に戻して毛布を顎の下までかけた。

 

 

「僕たち、逃げられたんだ」

「ええ……。ねえ、本当に大丈夫?蛇に噛まれていたでしょう?暗かったし、一瞬だったから種族も分からなくて……多分、毒蛇じゃ無かったと思うんだけど……」

「多分、大丈夫。──逃げたのはどのくらい前?」

「えっと、もう8時間以上前よ。今はもう夜明けだわ」

 

 

そんなに長い時間が経っていたとは思わず、ハリーはゆっくりと瞬きをし、ジクジクと痛む額を撫で──はじめて、自分が汗まみれであることに気づく。

ソフィアの隈の濃い心配そうな顔と、あの現実のこととしか思えないビジョンや思いのことを考えれすぐになぜこんなにも汗まみれなのか理解ができる。

 

 

「酷く魘されていたわ。それで、分霊箱を外したんだけど……ごめんなさい、あなたの胸に貼り付いていて、切断魔法をかけるしかなかったの。痣が残ってしまうかもしれないわ……右腕の怪我にはハナハッカを薄めたものを塗ったわ。痛みはもうない?」

「うん、ありがとう」

 

 

ハリーは着ていた汗まみれの服を引っ張り中を覗く。心臓の上にはロケットが焼き付けた赤痣が残り、腕には白い包帯が巻かれている。腕や胸の痛みは意識しなければ気にならない程度であり、それよりもやはり痛むのは額の傷だった。

額の傷痕を指でなぞってみても、そこはいままでと同じような痕があるだけだ。てっきり割れて流血しているだろうと──それほどの痛みだった──思ったが、さらに傷痕が濃くなる事はなさそうだ。

 

 

「分霊箱はどこにあるの?」

「鞄の中よ。今はあなたも──私も、身につけるべきじゃないと思って」

 

 

ソフィアのやつれた土気色の顔を見たハリーは「そうだね」と頷きながら、ソフィアの細かい怪我や汚れがついた手を握った。

 

 

「ゴドリックの谷に行くべきじゃなかった。僕が悪かった。みんな、僕が──ごめんね、ソフィア」

 

 

あの場から逃げ出すことができたのは紛れもなく奇跡だ。そして、ソフィアのバチルダへの警戒や的確な魔法があったからこそだ。

ソフィアは緩く首を振り、安心させるために少しだけ微笑みハリーの手を握り返した。

 

 

「あなたのせいじゃないわ。私も行きたかったんですもの。……それに、結果的にあそこにはゴドリックの剣はないって分かったしね」

「うん、まあね……また探さなきゃ」

「ええ……でも、人の皮を被った大蛇なんて、聞いたことがないわ。あんな魔法……見たことも──」

「あの蛇は、アイツの蛇だ──あの蛇が出た時、アイツの声が聞こえた。僕を捕らえておくように言ってた」

「そんな──そうだったの。だから、一言も話さなかったのね。蛇語だったから……噛み殺さなかったのも、命令されていたから……」

 

 

ソフィアは納得したが、同時に薄寒い恐怖を感じていた。リーマスはこの旅で、想像もしない危険な魔法と出会うだろうと忠告していた。その一部をまざまざと見せられたのだ、きっとこれ以上に非道な魔法に自分達は立ち向かわなければならない。──ハリーの、力無しで。

 

 

「魔法を弾いたのは……もしかして──」

「うん。あの蛇がダンブルドアが言っていた分霊箱の一つだと思う」

「分霊箱には、バジリスクの毒牙しか効かないものね。牙で刺すよりは、グリフィンドールの剣の方が安全に倒せそうだけど……」

 

 

そうだ、もしあの場で蛇を捕らえることができたならば、分霊箱の一つを確保する事ができた。そうすればこれからの旅の問題が一つ解消されていたんだ。

深刻な顔で黙り込んでしまったソフィアを見て、ハリーはぐっと体を起こす。

 

 

「ハリー、寝てなきゃ駄目よ」

「僕は十分寝たよ。ソフィアは少しも休んでないだろう?君こそ寝たほうが良いよ。すごく疲れた顔をしてる。僕は大丈夫。暫く見張りをするよ、僕の杖はどこ?」

 

 

ハリーはいつも杖をしまっているポケットにも、右手にも杖がない事に気づき、首を傾げる。ソフィアはじっとハリーの顔を見て唇を噛んだ。

その辛そうな顔を見て、胸の奥が冷えていくような寒々とした焦燥感が湧き上がるのをハリーは感じた。

 

 

「ハリー、杖は──」

 

 

ソフィアは言い淀んだ。

その声を聞き、ハリーは自分の何も握られていない右手を見て──唐突に思い出した。

 

 

「蛇に噛まれた時──ぼ、僕の腕は折れていたよね?」

 

 

あの時、何かが折れるのを聞いた。

強烈な痛みを感じ、きっと自分の腕が折れたのだと思った。今腕が動くのはソフィアが薬で治してくれたからだと思っていたが、ソフィアはハナハッカを塗ったと言っていた──ハナハッカに、骨折を治癒する効能は無い。

 

 

「……いいえ、ハリー。あなたの腕は折れていなかったわ。……折れたのは──折れてしまったのは──」

 

 

ソフィアは悲痛に満ちた顔で机に手を伸ばし、折れかけている杖を丁寧に掴むとハリーに見せた。

 

 

「──あなたの杖なの、ハリー」

 

 

ハリーは目の前にある杖の状態が信じられず、呆然としながら深傷を負った生き物を扱うような手つきで杖を受け取った。

吐き気が込み上げるほどの言いようのない恐怖で、全てがぼやけ酷く耳鳴りがする。

魔法使いだと知り、この世界に足を踏み入れてから何度も窮地を救ってくれた杖は、細々とした羽で繋がっているだけでほとんど割れていた。

 

 

「そんな──お願いだ、直して」

「ハリー、できないわ……こんなに折れて──」

「お願いソフィア、やってみて!」

 

 

ハリーは上擦った声で叫びながらソフィアに杖を突き出す。

あまりの切羽詰まったハリーの表情に、ソフィアは苦しげに眉を寄せたまま自分の杖を振った。

 

 

レパロ(直せ)!」

 

 

ぶら下がっていた半分がくっついた。一抹の希望に縋り、ハリーは「ルーモス(光よ)」と唱えたが、杖先に灯ったのは心許ない弱々しい光で数秒後にはふっと消えてしまった。

 

 

エクスペリアームス(武器よ去れ!)!」

 

 

今度はソフィアの杖に向かって武装解除を唱えたが、ソフィアの杖はぴくりと震えるように動いただけでその手から離れる事はない。

弱々しく魔法をかけようとした杖は、負荷に耐えられずまた二つに折れてしまった。

 

 

「ハリー……」

「そんな──でも、修理する方法を見つける。きっとあるだろう?」

「それは──ロンの杖が折れた時は、修理できなくて……新しい杖を──」

 

 

二年生の時、車に乗り暴れ柳に衝突した衝撃でロンの杖が今のハリーの杖と同じような状況になってしまったことを思い出しハリーはぐっと奥歯を噛み締めた。そうだ、あの時は新しいものを買っていた──今、新しい杖を手に入れることなんて可能なのだろうか?

それに、この杖は他の杖とは違う、何度も僕を救ってくれた、何よりも大切な杖だ。

 

 

「──まあね」

 

 

ハリーは平気な声を装い、首にかけたハグリッドの巾着袋の中に杖をそっとしまい込んだ。

 

 

「それじゃ、いまはソフィアのを借りていい?見張りをする間」

「ええ……使えるかどうか、試してみて?」

「うん──ルーモス(光よ)

 

 

受け取ったソフィアの杖は、不具合なく杖先を輝かせた。

光を消したハリーは、ソフィアの顔を見ないままに「大丈夫そうだ」と答え立ち上がる。

 

「ハリー」とソフィアが心配そうに囁いたが、その声を振り払いハリーは外へ向かった。

今、ソフィアの優しさに甘えてしまえば──杖を失った悲しみに狂い、ソフィアを傷つけてしまうと、そう理解していたのだ。

 

 



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418 愛と苦しみ!

 

 

 

夜明けが訪れ、太陽の温かな光と澄み切った空気がハリーを包み込んだが、ハリーの気持ちは一切晴れなかった。

杖を失って初めて自分がどんなにこの杖に頼っていたのかを知り、どれだけ無防備になったのかを理解した。なんとかしなければ、もし次に敵に襲われたら生き延びる事は絶望的だろう。

 

杖を失った衝撃は次第にダンブルドアに対する怒りに代わり、ハリーは自分の奥から湧き起こる衝動を耐えるかのように腕に指を食い込ませた。

ハリーとソフィアは追い詰められ、ゴドリックの谷にこそ答えがあると信じ、縋り、向かった。この道がダンブルドアが敷いた秘密の道の一部なのだと自分に信じ込ませていた。

 

しかし、実際は地図もなければ計画もなく、ダンブルドアはハリー達に暗闇の中を手探りさせ、想像を絶する道の恐怖と、孤立無援で戦うことを強いた。何の説明もなく、何も与えられず。その上剣もなく、ハリーは杖も失った。

 

それに、ハリーはあの盗人の写真を落としてしまった。ヴォルデモートにとっては、あの男が誰なのかを知るのは容易いに違いない。ヴォルデモートはもう全ての情報を握ってしまったのだろうか。

 

 

「ハリー……見張り、ありがとう。たくさん寝ちゃったわ」

 

 

疲労からどっぷりと夢の世界へと落ち、気がつけば昼が近い時刻になってしまった。体も頭も十分に休む事ができたソフィアは紅茶が入ったマグを二つ持ちながらハリーの隣に座る。

 

 

「ありがとう。──体調は?悪くない?」

「ええ、大丈夫」

 

 

太陽が顔を出しているとはいえ真冬の寒さは厳しく、ハリーは湯気が上がるマグで悴んだ指先を温めながら一口紅茶を飲んだ。

 

ぼんやりと森の遠くを見ているハリーにならって、ソフィアも白く雪の積もる木々を見た。真冬であっても野生の動物が活動しているのか、小さな足跡がぽつぽつと見える。

野鳥が飛び立ち、雪の塊が落ちるたびに敵の襲来かと緊張したが、視界に映るのは野鳥の影だけだった。

 

暫く無言で紅茶を飲んでいたが、ソフィアはちらり、と横目でハリーの様子を盗み見た。やはり杖を失った衝撃はまだ彼の中で燻っているようで、酷く思い詰めたような、何かに憤っているのを必死に表面に出すまいとしているかのような、危なげな空気を纏っていた。

 

 

「ハリー」

「なんだい?」

 

 

ソフィアは鞄の中からキャラメル味のヌガーを一粒取り出すと、ハリーの口元に近づけにっこりと笑った。

 

 

「メリークリスマス」

 

 

唇に押し付けられるままにハリーはヌガーを食べ、驚きに目を瞬かせていたが──知らず知らずのうちに肩にこもっていた力を抜くと、泣き笑いのような複雑な顔で「メリークリスマス」と呟いた。

 

心が落ち込んでいるときは、やはり甘いものが癒してくれる。一番はチョコレートなのだが、今手元にあるのは小さなヌガー一粒だけだった。

 

 

「何も用意してないや。……ごめんね」

「私も──」

 

 

ハリーはヌガーを食べながら申し訳なさそうに眉を下げた。

ソフィアも、クリスマスだからと用意したわけではなく、ただハリーの心が少しでも落ち着くといいと思っただけであり、謝ることではない。そう思い首を振りかけたが、ふと思い直して悪戯っぽく笑った。

 

 

「──じゃあプレゼントの代わりに、少しだけハグしてもいいかしら?」

「……うん、もちろん」

 

 

ソフィアとハリーは地面の少し離れた場所にマグを置き、そっと抱きしめあった。

目を閉じ、ソフィアはハリーの胸元に頬をつけ心音に耳をすませ、ハリーはソフィアの頭を何度も撫でる。

 

ハリーは冷えていた体がじんわりと解けていくような不思議な感覚を感じた。

 

──いや、寒さだけではない、焦燥感も、怒りも、失望も。全てがゆっくりと溶けて消えてしまうような気がする。このままずっとこうしていたい、ただ、抱き合って眠りたい。

 

 

「ハリー、今日から一緒に寝ましょう」

「──え」

 

 

ソフィアは上げ、睫毛の一本一本が見えるほど近い距離でハリーを見つめる。その顔は照れているわけでも、自分との情事を期待しているわけでもなく真剣な目をしていた。

 

 

「杖は一本だもの。見張りももちろんだけれど、あまり離れるのは良くないと思うの」

「ああ──そういう事か。……僕ばかりクリスマスプレゼントをもらっているみたいだな」

 

 

ハリーはソフィアの考えがわかり、小さく笑う。

同じベッドで身を寄せ合って眠りにつく。ソフィアと自分との関係は友人関係に戻ったとはいえ、互いに愛し合っているのは疑いようのない事実だ。慰めのためのよくない行為だとしても、期待してしまうのは仕方のない事だろう。

 

 

「……寝るだけなんだよね?」

 

 

ソフィアを強く抱きしめ白い頬にキスを落とし笑えば、ソフィアは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにその言葉の意味に気付き頬を赤く染めそっぽを向き、「そ、そうよ」と上擦った声で呟いた。

 

 

「──あ、そういえば、私バチルダさんの家から……」

 

 

ソフィアはこそばゆいような空気を誤魔化すために話題を変え、ハリーの胸を押し少し離れると肩に下げていた鞄の中をごそごそと探った。

 

 

「──この本、持ってきてしまったの。……あの写真の男の名前も載っているわ」

「これは……」

 

 

真新しい『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』の本をソフィアはハリーに手渡す。

ずっと読みたいと思っていた──同時に、読むことはとても恐ろしかった──本をいきなり目の前に出されたハリーは驚き本とソフィアとの間で視線を何度も動かした。

 

 

「居間にあったの。借りられないか聞こうと思ったらあんなことになってしまって……つい鞄の中に入れちゃって……」

 

 

ソフィアは言い訳がましく説明した。盗人のようになってしまったが、そのつもりは一切なかったのだ。もしどうしても無断で手に入れたかったのならば、ソフィアはこの本の値段のガリオンを代わりに置いてきていただろう。

 

 

「本の端からこのメモが覗いていたわ。──『バディさん。お手伝いありがとうございました。ここに一冊献本させていただきます。気に入っていただけると嬉しいです。覚えていないでしょうが、あなたは何もかもを言ってくれたんですよ。リータ』……真実薬を飲ませたのかもしれないわね」

「たぶん、そうだと思うな」

 

 

黄緑色の刺々しい文字で書いてあったメモを声に出して読んだソフィアは、少し呆れながらそのメモを一番最後のページに挟み、見えないようにした。

 

そのまま表紙を開きパラパラと捲るソフィアの頭越しにハリーは本を覗き込んでいたが、ふとソフィアは手を止め顔を上げて「あ、ごめんなさい」と肩をすくめて隣へと移動した。

抱き合うほどの近い距離で一冊の本を読むことは難しく、ハリーは腕の中から出ていかれてしまい内心ではかなり残念に思っていたが、とりあえずその思いを飲み込んだ。

 

写真を探して捲る手はすぐに止まった。

探していた一枚はあっけなく見つかり、若き日のダンブルドアがハンサムな友人と一緒に大笑いをしている。どんな冗談で笑ったのかは追憶の彼方だが、かなり親しいのだと写真の雰囲気から見て取れた。

 

ハリーは写真の説明文に目を向け──息を呑んだ。

 

 

「母親の死後間も無く、友人グリンデルバルドと──グリンデルバルド?」

 

 

ソフィアも自分の目を疑っているのか、まだその文を見つめていた。グリンデルバルドとダンブルドアが友人だっただなんて聞いた事がない。どの書物にも、彼らは敵対関係であると書かれていた。

 

ハリーは手を伸ばし他に情報がないかとその写真の前後のページを捲った。グリンデルバルド、という名前はすぐに見つかり、ハリーはそこを貪るように読んだが前の繋がりがないと何のことなのか理解ができなかった。

結局、数十ページ戻り『より大きな善のために』という題がついているその章の冒頭からハリーとソフィアは額を突き合わすようにして書かれている内容を読んだ。

 

 

そこには、ハリーが今まで信じ、見ていたアルバス・ダンブルドアからは想像もできぬ『アルバス・ダンブルドア』がいた。

 

 

ーーー

 

──数々の永栄に輝きホグワーツを卒業したアルバス・ダンブルドアは、友人であるエルファイアス・ドージと共に伝統の卒業世界遠征へと向かう予定だった。しかし、ギリシャへと向かうその1日前に、母のケンドラの訃報が飛び込み、ダンブルドアは遠征を諦めゴドリックの谷に向かった。とうの昔に父親は死んでいる。母が亡くなった今、まだ成人していない弟と妹の面倒を見なければならなかった。

 

喧嘩っ早く、すぐに杖が出てしまいトラブルを巻き起こす弟のアバーフォースだけにとても妹を任せられないのだろう──誰もが不憫なアルバスを憂いたが、アルバスは弟の事をあまり気にしている様子はなく二人が一緒にいるところを近隣の者は見たことがなかった。

 

暴れ者の弟を見ていないのであれば、何をしていたのか?──それは、妹であるアリアナ・ダンブルドアの見張りだ。

元々は母、ケンドラの役目だったが、彼女の仕事をアルバスが引き継ぎ、哀れなアリアナは引き続き監禁される事となる。

この妹の存在は、限られた者しか知らされず外部には漏れていなかった。

 

 

──バチルダ・バグショットはそんな限られた者の一人であり、家族ぐるみの付き合いをしアリアナの存在も知っていたという。

ケンドラの早過ぎる死が呪文の逆噴射のためだというバチルダの見解は魔法界全体の見解と同じであり、アルバスとアバーフォースが繰り返し語った話でもある。

バチルダのみがアルバス・ダンブルドアの人生における秘中の秘の全容を知る者であり、筆者は『真実薬』を苦労して入手し、この情報を掴んだのだ。

この話を聞けば闇の魔術を憎み、マグルの弾圧に反対したというイメージや、自らの家族に献身的であったことさえ虚像ではないかと思うだろう。

 

 

──バチルダ・バグショットの遠縁の甥がゲラート・グリンデルバルドである。彼の名は歴史上最も危険な闇の魔法使いのリストの中にあり、例のあの人が出てこなければトップの座に君臨し続けたといえるだろう。

しかし、グリンデルバルドの恐怖の手はイギリスにまで及んだことがなかったため、その勢力台頭の過程については我が国では広く伝えられていない。

グリンデルバルドとアルバス。才気あふれる若い二人は、まるで火にかけた大鍋のように相性がよく、アルバスの手紙を届けに来るフクロウがゲラートの寝室の窓を叩くまで時間はかからなかった。そんなアルバスが、17歳の時、新しい親友に語った思想は以下の通りだ。

 

 

──ゲラート、魔法使いが支配することはマグル自身のためだという君の論点だが、僕はこれこそ肝心な点だと思う。たしかに我々には力が与えられている。そして確かにその力は我々に支配する権利を与えている。しかし、同時に被支配者に対する責任をも我々に与えているという点を、我々は強調しなければならない。

この点こそが、我々の打ち立てるものの土台となるのだろう。我々の行動が反対に出会った場合、そしてかならずや抵抗はあるだろうが、反論の基礎はここになければならない。

我々は、より大きな善のために支配権を掌握するのだ──。

 

 

そう、ダンブルドアは秘密保持法を打ち壊し、マグルの支配を求めていたのだ。しかし結局実行しなかったのだからと反論したい気持ちはわかるが、アルバス・ダンブルドアは目が覚めた訳でも考えが変わった訳でもない。

そう。素晴らしい友情から2ヶ月と経たないうちに、ダンブルドアとグリンデルバルドは別れ、あの最後の決闘まで会うことはなかったのだ。しかし、それは妹のアリアナが死亡したからだった──。

アリアナの死でアルバスとその時ダンブルドア家にいたグリンデルバルドは酷く取り乱したという。何があったのか?闇の儀式の予期せぬ犠牲者だったのか?何かを見てしまい、『より大きな善のため』の最初の犠牲者だったということはあり得るのだろうか──?

 

 

ーーー

 

 

この章はここで終わっていた。

ハリーは呆然と顔を上げソフィアを見たが、ソフィアは次の章に目を進めていた。しかし視線に気付いたのか目上げ──そして少し目を見開くと、本の表紙を閉じた。

 

 

「──ハリー」

 

 

慰めるような、気遣うようなソフィアの声音に、ハリーはより一層傷付いた気がした。

ハリーの胸の中の、確固たる何かが崩れて壊れてしまった音を確かに聞いたのだ。ハリーはダンブルドアを信じていた。ダンブルドアこそ善と知恵そのものであると信じていた。しかし、それは全て灰燼に帰した。

 

 

「ハリー、この本はリータ・スキーターが書いたものよ」

「だとしても、手紙は本物だ」

「……ええ、そうね。手紙は本物でしょう。でもね、ハリー。この手紙を書いたのはあなたが知っているダンブルドアではないわ。アルバス・ダンブルドアという17歳の──あなたと私と、同じ歳の青年なのよ」

 

 

きっぱりとソフィアは言い切り、ハリーのように動揺する事なく手紙の内容を受け入れハリーの失望で震える手を握る。

 

ハリーはたとえ過去であっても、ダンブルドアが一時は秘密保持法を犯し、魔法使いがマグルを支配するという考えを持っていた事がどうしても受け入れられなかった。いや、それだけではない。妹のアリアナを監禁し、その存在を隠していたことも信じられなかった。

 

 

「でも、二人は若かったっていっても──僕たちはこうして闇の魔術と戦うために命をかけているのに、ダンブルドアは新しい親友と組んでマグルの支配者になる企みを巡らせていたんだ」

「そうね。ダンブルドア先生が昔に思ったことを擁護しようとは思わないわ。それに、この手紙によるとダンブルドア先生がグリンデルバルドにその考えを植え付けたようだし……『より大きな善のために』….これはグリンデルバルドのスローガンで、ヌルメンガードの入口にも刻まれているの」

 

 

ふつふつとした怒りと失望を感じていたハリーは、聞き覚えのない言葉に片眉を上げ「ヌルメンガードって何?」と聞いた。

 

 

「グリンデルバルドが、敵対する者を収容するために建てた監獄よ。ダンブルドアに捕まってからは自分が入ることになったんだけどね」

「へぇ、そうなんだ」

 

 

ハリーはなるべく何とも思っていないように取り繕ったが、ソフィアはハリーの言葉の端々に怒りや失望が込められていることを感じ取り、なんと声をかけるべきか悩んだ。

ダンブルドアは、この時は魔法使いこそマグルの支配者になるべきだという思想を持っていたのかもしれない。しかし、それが誤りだと気付き後年は闇の魔術と戦うことに人生を捧げたのは紛れもない事実だ。

ハリーがこれほどまで失望しているのは、それが当の本人から話されたのではなく、今心が疲弊し混乱している時に第三者から聞かされたからだろう。

 

 

「ハリー、ダンブルドア先生は聖人では無いわ。私たちと同じようにただ生きて、自分がその時正しいと思うことに命を捧げる事ができる人なのよ」

「……」

 

 

ハリーはマグを掴み、ほとんど冷えかけたその紅茶をじっと見つめた。何かをしていないと、この胸の奥から湧き起こる激情をこれ以上押さえられない気がしたのだ。

 

 

「……ダンブルドア先生本人から聞けなかったのは、辛いわよね」

 

 

ソフィアは気遣うようにハリーの肩を撫でたが、その途端ハリーの中で必死に押さえ込んでいた何かが爆発し、粗暴にそのソフィアの手を払い除けると立ち上がった。

 

 

「君に何がわかるんだ!ソフィア、ダンブルドアは僕にこう言った!──命を賭けるんだハリー!何度も!何度でも!わしが何でも君に説明するなんて期待するな!ひたすら信用しろ、わしは何もかも納得ずくでやっているのだと信じろ!わしが君を信用しなくとも、わしのことは信用しろ!全ての真実なんて、一つも……!」

 

 

ハリーの手から滑り落ちたマグが地面に落ちて割れた。白い雪が茶色に染まり、うっすらと白い靄を出して溶けて消える。

 

神経が昂り掠れ声になっていた。ソフィアを見下ろし叫んだハリーは、大きく目を見開くソフィアの緑色の目が向ける視線から逃れるように俯き、足元の踏み荒らされ溶けた雪を見る。

 

その叫び声に驚いたのか野鳥が数羽鳴き声を上げ飛び立った。それからは痛いほどの沈黙が流れたが、不意にハリーの視界の端に映っていたソフィアの黒い髪が揺れた。

 

 

「ハリー」

 

 

ソフィアは静かに囁き、立ち上がるとハリーの怒りと失望で固まった体を抱きしめた。ぴくり、とハリーは反応したが突き飛ばすことも、その体に縋りつくこともせずただぎゅっと震える拳を握った。

 

 

「私には、わかるわ。ハリー、愛している人からの裏切りのように感じているのでしょう。何も知らずに生きていた自分が許せない。それに、もう聞こうにも本人はいなくて、どうしようもできない感情が溢れて止まらないんでしょう。

──それでも、その人を完全に嫌うことも、疎むこともできない自分の感情に戸惑っているんでしょう。信用できない自分にも、失望しているんでしょう」

 

 

ソフィアは目を閉じ、ゆっくりと語りかける。

ハリーは「違う」そう呟こうとしたが言葉が口から出ることはなく、代わりに出たのは唸り声だった。

──図星だった。失望し、戸惑い、怒っているのはダンブルドアにだけではない。そう思ってしまった自分にも、こんな目にあっても、あんなことを知っても、ダンブルドアを心から軽蔑することができない自分にも、同じような感情を持っていた。

 

 

「私も、そうよ。ハリー。父様は自分からは何も言わなかった。死喰い人だということも、何をしてしまったのかも、母様と兄様の死に関わっているということも──いいえ、まだ、私は全てを知らないのかもしれない──失望して、戸惑って、憤って。それでも……想う気持ちを止められなかった。見捨てることなんてできなかった。嫌うことなんて、できなかった──」

 

 

ソフィアは目を開き顔を上げ、ハリーの瞳を見つめた。

苦しげに歪んだハリーの頬を撫で、その目に涙の幕が張っているのをただ、じっと見つめた。

 

 

「それでも、過ごした時間の中で、嬉しいことも、楽しいことも、誇らしいこともあった。──愛することを、止められなかった。

あなたも、ダンブルドア先生からの愛を感じていた。……だから、苦しいんでしょう?」

「──っ」

 

 

囁かれた言葉に、ハリーはぐっと眉根を寄せ唇を振るわせた。

強く閉じた目から涙が溢れ、頬や鼻を伝いソフィアの顔に落ちる。

ソフィアはハリーから降り注ぐ涙を受け止め、優しくハリーの背を撫でた。

 

 

何も知らされなかった。危険な旅に放り出された。

何度も恨もうとした、憎もうとした。──けれど、できなかった。それはダンブルドアからの愛を感じ、そして自分自身もダンブルドアを愛していたからだ。

 

いっそのこと、心の底から軽蔑し憎悪できれば楽だったのだろう。

ただヴォルデモートを殺すことを自分の使命とし、ダンブルドアからの約束を反故にし騎士団員に全てを話し、助けを求める事ができるのならば。どれほど楽だっただろうか。

 

だが、それができないのは、遺言でもあったダンブルドアと交わした最期の約束を破る事が──彼を裏切る事ができないからだ。

 

 

「ぼ──僕は──」

 

 

ハリーは震える手でソフィアの背に腕輪を回し、強く抱きしめた。片方の手でソフィアの頬に手を伸ばせば、そのソフィアも自分と同じように悲しげに眉を寄せていて、目から涙が流れていることに気づいた。

 

 

 



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419 銀狐!

 

 

ソフィアとハリーは一晩そこで過ごしたが、次の日には別の場所に移動する事に決めた。

 

夜遅く、「誰かが外で歩き回っているような音が聞こえた気がするの。人影のようなものも見た気がするわ」とソフィアが緊張を孕んだ声でハリーに伝え、ハリーもそんな気配をぼんやりと感じていたため否定することはなかった。

ロンとハーマイオニーと別れる原因になったのも、理由はわからないが死喰い人に居場所を知られ保護魔法が破れてしまったからだ。また同じような事がある可能性を捨てきれず、明け方早くに全てを片付け痕跡を消し、念のため二人は透明マントを被ったまま姿現しをして、できるだけ雪のあまり積もっていない森へと向かった。

 

 

「ここはどこ?」

「南の方の森よ、雪が少ないところがいいと思って……」

 

 

ソフィアは新たにテントを張り直しながら木々の生い茂った森を見回した。

先程までいた場所とくらべ、この森は確かに雪は少ないがそれでも木々や地面は凍結し、うっすらと白くなっている。木々に囲まれているとはいえ暖かさはなく、一陣の風が吹き刺すような寒さが体を襲った。

ぶるりと身を震わせた二人はすぐにテントの中に入った。

 

備え付けられている暖炉に火を灯し、一日中のほとんどテントの中で過ごした。

ソフィアとハリーは互いを慰め合うように寄り添って過ごし、ただ本を読んだり、火を見つめていた。

ハリーは、心情の一端をソフィアに話し、思いを言い当てられた事により冷静さを取り戻しかけていた。あれからソフィアはダンブルドアについて何も言わず、ただ寄り添い気遣いを見せた。色々思うことや考えなければならないことは多い。しかし、今は──せめて数日は、心を整理する時間がとりたかった。

 

午後にはまた雪が舞い、二人がいる木々に囲まれた空き地も粉を撒いたように新雪で覆われた。

ふた晩、殆ど寝ていないせいかハリーの感覚はより研ぎ澄まされていた。ゴドリックの谷から逃れはしたが、あまりにも際どいところだったために──杖も失ってしまった──ヴォルデモートの存在が前より身近に、より恐ろしいものに感じられた。

 

 

「ハリー、夜の見張りに行くわ。あなたは少し寝た方が──」

「ううん、大丈夫。眠くないんだ」

 

 

その日が暮れかかったとき、ソフィアはそう言ったがハリーは首を振りソフィアの手を取った「一緒に行こう」の言葉に、ソフィアは心配そうにしながらも頷く。

 

 

「外は冷えるから、たくさん着込んで──クッションも持って行きましょう。もし、眠くなったら寝ていいからね?」

「ソフィアも、寝ていいんだよ」

 

 

セーターの上にコートを着込むソフィアに、ハリーは大きく古いクッションを二つ抱きかかえながら言う。ソフィアは小さく笑い「二人とも寝ちゃわないようにしなきゃね」と肩をすくめた。

 

ハリーとソフィアはテントの入り口にクッションを二つ置き、拾った枝に火をつけ暖まりながら暗くなりゆく空を見上げた。

刻一刻と闇が濃くなるにつれ気温はどんどん下がり、たくさんのセーターを着込んでいるにも関わらず二人はぴったりと身を寄せ合う。

 

 

「星が綺麗ね」

「本当だ」

「あ──あれ、ほら、おおいぬ座よ」

「え?」

 

 

ソフィアが指差した場所をハリーは探したが、輝く星が多すぎてハリーにはどれがおおいぬ座であるかいまいちわからなかった。真面目に天文学を学んでいれば、きっと一目で判断できるだろうが、ハリーは天文学の授業を全く真面目に受けていなかったのだ。

 

 

「ほら、あの一番明るい星」

「うーん……あ!あれかな。じゃあ、あれがシリウスなんだ」

「ええ、そうよ」

 

 

一番明るい星。そう言われてようやく星々の中で一際強烈な光を発している星を見つける事ができたハリーは遥か遠くに輝く一等星を見つめる。

 

 

「シリウス、無事かなぁ。……どこにいるんだろう」

「きっと無事よ。新聞を時々チェックしているけど何も書いてないし……少なくとも、あのシリウスよりは近い場所にいて、あなたを護っているわ」

 

 

自分の身代わりとなり世界を旅しているシリウスと別れたのが、もう何年も昔の事のように感じた。実際はまだ半年も経っていないだなんて、とてもそうは思えない。

 

ソフィアの言葉に、ハリーはそうだといいと願いながらソフィアの肩に頭を寄せ、ぼんやりと広大な森を見つめた。

 

真冬であっても夜行性の野生動物は活動しているのか、時折鳴き声や木の葉が掠れる音が聞こえた。人が出す音が少ないこの場所ではその小さな音や生き物の気配ですら何か大きなもののように聞こえてしまう。

全て動かずに静かにしてくれればいいのに、とハリーは考えながら動物が徘徊する足音を聞いていた。

ハリーは何年も前に、落ち葉の上を引き摺るマントが立てる不気味な音を聞いたのを思い出し、その時と似た音を聞いた気がしたが──きっと、動物が出す音を聞き間違えたのだろう。

 

その証拠にソフィアはその音に気付かなかったのか、気付いていて気にしていないのか特に緊張はせず焚き火の火に手を当てている。

 

それでもハリーはその音がした方に意識を向けながら、ソフィアの腰に手を回しじっと闇を見つめた。

 

 

ソフィアはふと、自分の肩に乗っているハリーの頭が重くなった気がして目を動かし隣を見た。

いつものようにボサボサの黒髪しか見えないが、先ほどより俯いている──きっと寝てしまったのだろう。

 

 

──ふた晩も寝ていなかったもの。とっくに限界だったはずだわ。寝れなかったのは、色々考えていたからね。

 

 

ソフィアはハリーがずれて落ちないようにそっと腰に手を回し、ゆっくりとクッションに深く体を沈めながら心の中で「おやすみなさい、ハリー」と呟いた。

 

いつ敵が襲ってくるかわからない緊張感はある。それでも夜の静けさと隣から感じる暖かな熱と重みに、ソフィアも何度かかくりと頭が船を漕いでしまい、ついにそのまま浅い眠りについてしまっていた。

 

はっと意識が覚醒したのは突然足に衝撃を感じたからであり、一瞬敵襲かと身構えたソフィアだったが、視線を足下に下ろして肩にこもっていた緊張を解いた。

 

ソフィアの肩にもたれかかっていたハリーは、どうやらバランスを崩しソフィアの足の上に落ちてしまったようだった。

ハリーもまた身じろぎしながら低くうめき、それでもまだ眠いのかソフィアの腹に顔を押し付け無意識のうちに安眠を求めて抱き寄せる。

 

 

「──ふふっ」

 

 

その微妙なくすぐったさに、ソフィアが思わず小さく笑えば、ようやくハリーは目を覚ましズレた眼鏡を掛け直しながら体を起こした。

 

 

「あ──僕、寝ちゃってたんだ。おはよう、ソフィア」

「おはよう、ハリー」

 

 

目を擦り大きく欠伸をするハリーを横目に、ソフィアはぐっと腕を伸ばし長時間同じ姿勢で固まってしまった体をほぐした。

 

まだ暗いが、遠くの空が白みはじめ、朝の訪れを告げている。夜のうちにたくさんの雪が降ることは無く、地面はうっすらと雪化粧が施され火の光を浴びて銀色に輝いていた。

 

ソフィアが殆ど消えかけている焚き火の炎を起こし、朝の紅茶でも淹れようかと立ち上がった──その時だ。

 

 

ソフィアとハリーの目の前に明るい銀色の光が現れ木立の間を動いた。光の正体はわからないが音もなく動き、間違いなく二人に近付いている。

すぐに二人は警戒しハリーは杖を抜きまっすぐ構え、ソフィアを自分の背の後ろに隠した。

 

真っ黒な木立の輪郭の影で、光は眩いばかりに輝き始めソフィアとハリーは目を細める。その何者かはますます近づき、ついに姿を現した。

 

 

一本のナラの木陰から現れたのは、明るい月のように眩しく輝く白銀の狐だった。

 

音もなく、粉雪の上に足跡も残さず、狐は一歩一歩進んできた。睫毛の長い大きな目をした美しい頭を少し傾け、ソフィアとハリーを見つめ──そして間違いなく、ソフィアを見てたおやかな尻尾を一振りした。

 

呆然と狐を見ていたソフィアは何かを悟ったように息を呑むと、一歩踏み出す。

それを見た狐は向きを変え、去り始めた。

 

 

「──待って!」

「ソフィア!」

 

 

ソフィアは弾かれるように走り出した。一瞬遅れてハリーがソフィアの名を叫び手を伸ばしたが、ソフィアは止まることなく白銀の狐を追いかけ森へと突き進む。

ハリーは罠かもしれない、そう思ったが──それでも杖を持たずに森の奥へ独り走るソフィアを見捨てることはできず追いかけた。

 

 

「ソフィア!」

「行かないで!戻ってきて!」

 

 

ソフィアは必死に叫び、走る。しかしそれを笑うかのように、狐は跳ねながらどんどん森の奥へと進んだ。

暗い森を走るのは容易ではなく、ソフィアは何度も木の根に足を取られ、凍る落ち葉に滑りながら必死に走った。冷たい空気を吸い込み、肺が凍えるようだ。荒い呼吸を吐き出しながらソフィアは走り、その狐に誘われるまま森の暗い部分へと向かう。

 

ついに、狐は止まった。

振り返り、「こっちへおいで」とばかりに尻尾を振る。ソフィアは両手を伸ばし、その狐の前に跪きながら強く抱きしめたが──。

 

ソフィアと狐が重なった瞬間、狐はキラキラとした光の残滓を残して溶けて消えてしまった。

それでもソフィアはその光の粒であっても大切なものを胸に抱えるように、強く抱きしめ続けた。

 

 

「っ──ソフィア!」

「ハ……ハリー……」

「今のは?とにかく、戻ろう。罠かもしれない」

 

 

ソフィアに追いついたハリーは注意深く辺りを見回しながら囁き、ソフィアのそばにしゃがみ込む。

ソフィアは泣きそうに顔を歪めながら勢いよく首を振った。

 

 

「わ──罠じゃないわ。あれは守護霊よ」

「守護霊?──そうか!」

 

 

どこかで見た事がある光だと思っていた。確かにそう言われてみればあの光の残滓や優しげな雰囲気は守護霊特有のものだ。しかし、それがわかったところで次に新たな疑問が浮かび、ハリーはソフィアの肩に手を乗せながら眉を寄せた。

 

 

「でも、誰の?ロンとハーマイオニーじゃないし……」

「狐の守護霊は──私が知っているのは、ジャックと──」

 

 

ソフィアはまだ腕の中に光の残滓があると信じているかのように体を抱きしめながら、嬉しそうに──それでも、どこか悲しそうに──笑った。

 

 

「──父様よ」

「えっ──でも、なんで……?」

 

 

何故セブルス・スネイプの守護霊がこんなところに?──そうハリーは狼狽し、まさか近くにいるのかと辺りを見たがソフィアも何故こんな場所にセブルスの──ソフィアはそう信じている──守護霊がいるのかわからなかった。

眩い光が消えた事により、一層森の闇が濃く二人を包み込む。ハリーは網膜に焼き付いた光の残滓を求めるように「ルーモス」と唱えた。

 

杖先に灯りが点り、暗い森の中が明るさを持つ。

野生動物達はいきなり現れたソフィアとハリーを警戒しているのか、静まり返り何の音も立てなかった。

 

何かここにあるのでは、誰かがいるのではないかと二人は辺りを見回し、杖灯りに反射する何かを見つけた。

 

ハリーはソフィアの腕を掴み立たせるとしっかりと片腕で抱きしめながら無言のまま顎でその光の場所を指す。ソフィアは緊張した面持ちで頷き、寄り添いながらゆっくりとその場へ向かった。

 

杖灯りに反射したのは小さな池の湖面であり。寒さのあまり表面が薄く凍っていた。

枯れた落ち葉や雑草が白い霜をつける中、近付いた二人の明かりを反射し別の物が一層強い輝きを返す。

 

 

「──っ!?」

 

 

それを見た瞬間、ソフィアとハリーは駆け出していた。呆然とそれを見下ろし、ハリーは恐る恐る指先で触れる。

 

 

「な、なんでこんなところに?」

 

 

興奮と困惑からハリーの声は震えていた。

指先に触れたそれは幻ではなくしっかりとハリーの指に触れた。

銀色の刀身、柄には大粒のルビーが嵌め込まれている。見間違えようもないそれは、ハリーとソフィアが求めていたグリフィンドールの剣そのものだった。

 

ハリーは呆然としながら杖をポケットにねじ込み自由になった両手にしっかりと剣を持ち、掲げる。

まさか、小鬼が言っていた偽物だろうか?いや、あれはグリンゴッツにあるはずだ。ならば、これは本物なのか?そうだとしても、何故こんなところに──。

 

 

──まさか、スネイプが?

 

 

ハリーがそう思いながら美しい刀身を見つめた時、目に見えない何かがハリーの体を引っ張った。

叫ぶ間も無く、池の辺に立っていたハリーの体は水面に叩きつけられ、氷が蜘蛛の巣状にひび割れた。

 

 

「ハリー!」

 

 

ソフィアは慌ててハリーの元へ駆け寄った。咄嗟にポケットに手が伸びたが、今杖を持っているのはハリーだと思い出すとそのまま極寒の池に飛び込んだ。

 

池はそれほど深いわけではなく、溺れることはない。せいぜい肩あたりまでだろう。身を切り裂くような冷たさがはあるがしっかりと足は底につく。だが、ハリーは口から息の泡を吐き出し悶え、今にも溺れそうなほど暴れていた。

 

 

「ハリー!し、しっかりして!」

 

 

ソフィアは寒さに凍えながら必死に手を伸ばしハリーの胴体を掴み持ち上げようとする。しかし、大量にセーターを着込んだまま飛び込んでしまったハリーの重さはソフィアが持ち上げられるレベルを越していた。

首に手を当てて必死にもがいている。何が、何が起こったの──。

 

 

「ハリー!!」

 

 

魔法を使うこともできず、半ばパニックになったソフィアは悲鳴を上げ叫ぶ。

 

その時、後ろから何かが飛び込みソフィアと共にハリーの胴体を掴み持ち上げた。ソフィアは目を見開き、突如現れた赤毛を見る──。

 

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 

 

鋭い声と共にハリー達は浮かび上がり、そのまま地面に叩きつけられた。ハリーは喉を掻きむしり、苦しげに喘ぐ。すぐにソフィア達はハリーに駆け寄り、その首に食い込んでいるスリザリンのロケットに繋がる鎖を強く引っ張った。

 

 

「げほっ──げほっ!あ、ありがとう、ソフィア──」

 

 

ハリーは何が起こったのはわからなかったが、ソフィアが助けてくれたのだと思いながら息も絶え絶えに人影のある方を見る。

 

 

「おいおい、礼を言うんなら僕らにだろ?」

 

 

しかし、その場所にいたのは同じように濡れていた男であり──。

 

 

「一体何事なの!?なんで急に飛び込んだのよハリー!」

 

 

その隣に心配そうにしながらも信じられないとばかりに叫ぶのは、ソフィアとは違うふわふわとした髪を持つ女だった。

 

 

「ロ──ロン……?ハーマイオニー……?」

 

 

ハリーは掠れた声で呟いた。

 

 



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420 分霊箱とロン!

 

 

 

「ハ、ハーマイオニー……!」

 

 

ソフィアは寒さでガチガチと歯を震わせながら掠れ声で叫ぶ。

すぐにハーマイオニーは泣きそうなほど顔を歪め、ソフィアを強く抱きしめた。

 

 

「ソフィア!ああ、無事でよかったわ!怪我は無い?痛いところは??──ああ!寒いわよね、すぐに乾かすわ!」

 

 

呆然とするソフィアを置いてハーマイオニーはすぐに杖を振り、ソフィアとハリーとロンの衣服を乾かした。服が乾いても冷え切った体ではうまく動くことができない三人のために、得意の青い炎を杖先から出せば三人は体を震わせながらその暖かい火に近づいた。

 

ハリーとソフィアは暖かな火の熱で指先からじんわりと溶けていくような気持ちになりながら唖然として二人を見つめた。守護霊の出現よりも衝撃的な二人との再会に、奥歯を震わせながらただ彼らを見つめることしかできなかった。

 

 

「潜る前に、なんでコイツを外さなかったんだ?」

 

 

ロンは寒そうに身を縮こまらせながらロケットを軽く振る。ロケットは下手な催眠術の真似事のように千切れた短い鎖の先で揺れていた。ソフィアはようやくハリーが何故あんなところで急にバランスを崩し池に飛び込み、溺れかけたのかがわかり、暖まりかけた体が再び冷えたような気がした。

 

 

「どうして、君たちがここに?」

「ああ、それは──まあ、話せば長くなるんだけど──」

 

 

ロンはその話題を短く話すことができず、ゆっくり話すならば安全な場所に戻ってからにした方がいいと考え曖昧に言葉を濁した。

いや、それだけではない。死喰い人に襲われ離れ離れになる直前に、ロンはソフィアを傷付けたのだ。その気まずさもあるのだろう。ロンは視線を逸らし自分の両手を見下ろし、そして片方の手に持ったままだった剣に気付いた。

 

 

「──そういや、この剣も持ってきた」

「ああ、うん。僕は途中で苦しくて手を離したから」

 

 

ハリーは一瞬なんのことを言っているのかわからなかったが取り敢えず頷く。

銀色に輝く刀剣をしげしげと見つめるロンもそれから言葉を止めてしまい、この場に微妙な気まずさを感じさせる空気が流れた。

その空気を打破するようにハーマイオニーはわざとらしく大きく咳をこぼすと三人の注目が自分に向いたのを見て口を開いた。

 

 

「とりあえず、移動しましょう。ここは護りから離れすぎているわ!」

「あ──そうね。テントがあるわ。戻らなきゃ……」

 

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉に頷き、よろめきながら立ち上がる。何度かその場で足踏みをして凍え固まっていた足が動くのを確認し、同じように立ち上がっているハリーとロンをチラリと見た。

 

 

「……テント、見つかるかしら……」

 

 

ぽつり、と呟かれたソフィアの言葉にハリーとロンは顔を見合わせ、やや不安そうな顔を見せた。

 

ソフィアは杖をハリーから受け取り、ハーマイオニーとロンと共に辺りを警戒しながら森の中を進む。銀色の狐を追いかけて暗い森を走った時にはかなり遠くまで来てしまったと思っていたが、帰り道は驚くほど近く感じられた。

周りに敵がいないことを十分に警戒したままソフィア達はテントの中へと入り、出た時と変わらず暖かな空気が流れている安息の場所を見て初めてほっと胸を撫で下ろす。

このテントは狭く、4人全員が腰を落ち着かせる場所が無かったためにハリーとソフィアは低いベッドに腰掛け、ロンとハーマイオニーはソファに座った。

 

 

「それで、どうやってここが分かったんだ?」

 

 

ハリーの言葉にハーマイオニーとロンは顔を見合わせる。ロンの目は説明する事が得意なハーマイオニーが話せばいいと促していたが、ハーマイオニーは片眉を上げるとロンの腕を肘で小突き、ハリーとソフィアに聞こえないほどの小声で何かを囁いた。

ハリーとソフィアが不思議そうに首を傾げる中、ロンは情けないような気まずそうな表情を一瞬見せたが──すぐに前を──ソフィアを見つめた。

緊張しているのか、唇を舌先で少し舐めて潤した後、ロンは口を開いた。

 

 

「──ごめん、ソフィア」

「……え?」

「離れ離れになる前──ほら──その……ごめん」

 

 

謝罪の意味がわからずソフィアは戸惑った。ロンが謝ることなど何一つない。あの言葉はたとえ分霊箱によりロンの精神状態が不安定だったとしても、真実ではあるだろう。

それでもソフィアは必死さを滲ませ本気で悔いているような表情を浮かべるロンと、その隣で真剣な目で自分を見つめるハーマイオニーの前でその時の話を蒸し返す気にはならずいつものように笑って首を振った。

 

 

「いいの。私もごめんなさい。──それで、どうしてここに来れたの?」

「えっと。僕たち、姿くらまししてから君とハーマイオニーが決めていた場所に行こうとしたんだけど、でも人攫いの一味に捕まっちゃって──」

 

 

ほっと表情を緩めたロンが過去を思い出すようにぽつぽつと別れた後のことを話し出した。

 

ロンとハーマイオニーが姿くらましをした先の場所は運悪くマグル生まれや血を裏切る者を捕まえる事を生業としている一味の側であり、不幸にも捕らえられてしまったのだ。

一味は二人を見て魔法省から逃げているマグル生まれだと思ったが、咄嗟にロンはスタン・シャンパイクと、ハーマイオニーはマファルダ・ホップカークを名乗った。

 

人攫い達はそれを信じるかどうかで揉めだし、挙げ句の果てには取っ組み合いの喧嘩を始め出した。知能的に低い集団で統率もない彼らに、ロンとハーマイオニーは杖を奪われていたが、咄嗟にロンが一人を殴り杖を奪い、自分の杖とハーマイオニーの杖を手に入れ──姿くらましをして逃げ出した。

作戦を話し合う暇もなく、ロンは姿くらましをする際にうまくいかず、ばらけてしまったがそれでも爪の数枚置き去りにしただけで済んだのは幸運だっただろう。

 

 

「それで、僕たちは逃げて──暫くビルとフラーの隠れ家に身を寄せていたんだ。家には帰れなかったから……それで、どうやってハリーとソフィアと合流すればいいのか暫くわからなかったんだけど」

 

 

ロンは言葉を区切りジーンズのポケットを探る。中から取り出したのは、銀色の小さな物──灯消しライターだ。

 

 

「これは、灯をつけたり消したりするだけのものじゃないんだ。どんな仕組みかわからないけど──なんでその時だけで他の時にはそうならなかったのかわからないけど──だって、僕たちは君たちと離れてからずっと戻りたかったからね。

でも、クリスマスの日の朝、ラジオを聴いている時に──ソフィアの声が聞こえてきたんだ」

「ラジオから、私の声が?」

 

 

マグル学を受講していたソフィアは、ラジオがマグル界にある機械だと知っている。しかし、何故そんなものから自分の声が聞こえてきたのかわからず驚き困惑した表情を見せると、ロンとハーマイオニーが「違う」と声を揃えた。

 

 

「ラジオじゃないの、ソフィア」

「聞こえたのは──僕のポケットからだった。灯消しライターから聞こえたんだ。僕の名前と、あと……杖がどうとか」

 

 

ソフィアとハリーは信じがたい言葉に驚愕しながら顔を見合わせる。

特に彼らの話題を避けていたわけではないが、思い返してみれば二人と別れてしまってから初めてロンの名前を口にしたのは数日前が初めてだった。折れてしまった杖が元に戻るかどうか、その話をする時にロンの事例を上げた。

 

 

「灯消しライターは変わったところはなかったんだ。でも、僕は灯をつけてみた──カチッとね──そしたら、僕の部屋の灯りが消えて、別の灯りが窓のすぐ外に現れたんだ。

丸い光の球だった。青っぽい光で、強くなったり弱くなったり脈を打ってるみたいで、ポートキーの周りの光のようなもの……わかる?」

「うん」

「ええ」

「これだって思ったんだ。急いでハーマイオニーを起こして、いろいろなものを掴んで、詰めて、リュックを背負って、僕たちは庭に出た。小さな光はそこに浮かんで僕を待っていた。僕が出ていくと、光は暫くふわふわしてて……動き出して。僕たちはそれに従って納屋の裏まで行って。そしたら……光が僕の中に入ってきて」

「入ってきた?」

 

 

ハリーは聞き間違いだと思ったが、ロンは当時のことを思い出しているのかぼんやりとしたまま頷き、胸の辺りを撫でた。

 

 

「まっすぐ胸の方に──僕の胸に入ってきたんだ。僕、それを感じたよ。熱かった。それで、それが入った途端、僕は何をすればいいのかわかったんだ。光が僕の行くべきところに連れて行ってくれるって、わかったんだ。それで、僕はハーマイオニーの手を掴んで姿くらましをして……山間の斜面に現れた。あたり一面雪だった……」

「僕たちそこにいたよ。そこでふた晩過ごしたんだ!」

「2日目の夜、誰かがいるんじゃないかって気配を感じたの。それって──」

 

 

ハリーとソフィアは身を乗り出し、興奮を滲ませながら言う。ロンとハーマイオニーは大きく頷いた。

 

 

「ええ、私たちだったんだわ。でも、ソフィアがきっと保護呪文をかけているとは分かってたの」

「だから僕たちは、寝袋を出して君たちのどちらかが出てくるのを待ったんだ。テントを荷造りする時はどうしても姿を現さなきゃいけないと思ったから」

「ああ……その時、念のため透明マントを被ったまま荷造りしたの。だから見えなかったのね……」

 

 

ソフィアは納得し頷く。

ロンとハーマイオニーも夜が更けていくにつれ同じことを考え、再び灯消しライターをつけた。すると再び小さな青い光の球が現れ、ロンとハーマイオニーは同じようにまた姿くらましをして──この場所に来たのだ。

 

 

「そうだったのね……」

「そこでも君たちの姿は見えなかったけど、絶対ここの近くにいるって分かっていたから、そのうち姿を見せるだろうって信じて待っていたんだ。そしたら──ほら、銀色の狐が現れて、それを追いかけて君たちが出てきて」

 

 

ロンはちらりとハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは小さく頷いただけだ。ロンは自分の説明で二人にきちんと伝わるのかと心配だったが、ハーマイオニーが何も補足する事はないとわかるとホッと胸を撫で下ろし、ソファに立てかけていたグリフィンドールの剣を掴む。

 

 

「そういや……これって、本物かな?」

「一つだけ試す方法がある。だろう?」

 

 

ハリーは言いながらロンから手渡されていたチェーンの切れたスリザリンのロケットを机の上に置いた。分霊箱が動揺するようにピクリと動いたように見えたのは、きっと目の錯覚ではないだろう。

 

 

「コイツは、多分自分を破壊するものが近くにあるって分かっているんだ。だから、抗って僕の首を絞めようとしてきた」

「そうだったのね……。破壊するにしても、この中でして……大丈夫なのかしら」

 

 

ソフィアはもう一つの分霊箱──トム・リドルの日記がどのように破壊されたのか詳しくは知らない。ただ当時ハリーは日記の中の黒インクが血のように大量に流れたと言っていたことを思い出しながら緊張した面持ちでロケットを見下ろした。

 

ハリー達もこのテントの中で分霊箱を破壊するのは得策だとは考えず、神妙な顔で頷く。

 

 

「外、の方がいいだろう」

「ソフィア。護りはどのくらいの距離でかけているの?」

「このテントから二メートルほどよ。……もう少し広げましょうか」

 

 

ソフィアとハーマイオニーはすぐに立ち上がり、警戒しながらテントを出る。ハリーは分霊箱を、ロンはグリフィンドールの剣を持ちその後に続いた。

 

外は凍えるような寒さであり、ちらちらと雪が降り出している。ハーマイオニーはテントの脇にあった燃え滓の残る焚き火に火をつけた後テント全体の護りを広げ、ソフィアは認知阻害魔法を上乗せした。

 

 

「……よし、これで大丈夫よ」

「でも、前みたいに死喰い人が襲撃しないとも限らないわ。すぐにしないと──」

「ああ、その問題は大丈夫なの」

 

 

ソフィアは不安そうに言いながら辺りを見回していたが、ハーマイオニーは明るく言うとソフィアの肩をぽんと叩く。あの護りを破いた原因がわかったのかと驚愕したが、ハーマイオニーの確信が宿る瞳を見て、本当に大丈夫なのだと確信し肩にこもっていた力を抜いた。

 

 

「じゃあ、ハリー、これ」

 

 

テントから出たロンはハリーにグリフィンドールの剣を差し出す。

しかし、ハリーは剣を受け取ることなく近くにある岩の表面から雪を払いのけ、分霊箱を置いた後ゆっくりと振り返った。

 

 

「いや、君がやるべきだ。ロン」

「ぼ、僕が?どうして?」

 

 

ハリーの提案に驚いたのはロンだけではなく、ソフィアとハーマイオニーも同じだった。

全ての分霊箱を見つけ出して破壊する。ダンブルドアの遺言ともとれる最後の頼みを請けたのはハリーであり、ハリーがそうしなければならないのだとソフィア達は思い疑う事はなかった。

 

 

「最終的に、剣を持っていたのは君だ。僕じゃない。君が来てくれなきゃ僕は死んでいた──多分、君がしなきゃならないんだと思う」

 

 

ハリーは親切心や気前の良さからそう言ったのではない。ロンがこの剣を振るうべきだという確信があったのだ。ダンブルドアから教えられた事は少なくとも──ある種の魔法だけは、教えられた。ある種の行為が持つ、計り知れない力という魔法だ。

 

 

「僕がこれを開く。そして、刺すんだ。一気にだよ、いいね?中にいるものが何であれ、歯向かってくるからね。日記の中のリドルのかけらも、僕を殺そうとしたんだ」

「どうやって開くつもりだ?」

 

 

自分が分霊箱を破壊する事になるなんて想像もしていなかったロンは怯えた表情でハリーに聞いた。ソフィアとハーマイオニーは、少し離れたところで固唾を飲んで二人を見守る。──言いようの無い緊張感が支配していく中、この空気を壊してはならないと理解していたのだ。

 

 

「開けって頼むんだ、蛇語で」

 

 

今まで何をしても開くことの無かった分霊箱の開け方が、簡単にハリーの口から溢れ出た。きっと心のどこかで、自分にははじめからそのことがわかっていたのだ。おそらく数日前ナギニと出会った事で気づいたのだろう。ハリーは銀色に光る石で象嵌された蛇のようにくねったSの文字をじっと見る。

トイレの蛇口のそばに彫られていたミミズのようなSの文字を蛇と思い込むよりは、簡単に石の上にトグロを巻いている小さな蛇を想像できるだろう。

 

 

ロンはハリーの言葉に顔を引き攣らせる。クィディッチの試合に初めて出た時のように顔色が悪い。

ごくり、と唾を飲み込み緊張から乾いた喉を潤わせると、ロンはハーマイオニーを見た。

ハーマイオニーは胸の前で指を組み、祈るような顔でじっとロンを見て、そして小さく頷く。

 

 

「僕──僕──よ、よし。わかった!」

 

 

自分を鼓舞するためにロンは大声を出した。

分霊箱は、ロンにとってかなり相性が悪い。精神的なストレスに弱く、誰よりも分霊箱の影響を受けてしまっていた。

身につけていると小さな不安や不満の種がどんどん心の中で育ち、落ち着かず苛ついてしまう。悲観的な考えに陥り、落ち着いている者を見ると楽観視しているのではないかと疑心暗鬼になり、誰彼構わず攻撃したくなってしまう。傷付けたくなってしまう。

 

しかし、ハーマイオニーの真っ直ぐな瞳を見て、ロンは心の奥から浮かんできた怯えを押し殺した。

 

 

──ハーマイオニーは信じてくれている。こんな僕を、情けない僕を。それなら、僕がやるしかない。そうするべきなんだ。

 

 

「オーケー。……合図してくれ、三つ数えたらだ」

 

 

剣を強く握りしめ、ロンは岩に一歩一歩踏みしめるようにして近づく。

ハリーは無言で頷き、その隣に並んで岩の上で月の光を反射し不気味に輝くロケットを見下ろした。

ロケットは、もはや錯覚とは思えないほどガタガタと震えていた。ハリーの首に残る締め傷が痛んでいなかったならば、哀れみをかけていたかもしれない。

 

 

「いち──に──さん──開け」

 

 

最後の一言はロンには言葉に聞こえず、ただシューッと息が漏れるような唸り声だった。

カチッ、と小さな音と共にロケットの金色の蓋が二つ、パッと開いた。

 

二つに分かれたガラスケースの裏側で、生きた目が一つずつ瞬いていた。細い瞳孔が縦に刻まれた真っ赤な目になる前のトム・リドルの目のように整った黒い両眼だ。

 

 

「刺せ!」

「うっ──」

 

 

ハリーはロケットが動かないよう岩の上で押さえながら言い、ロンは震える両手で剣を持ち上げ、切先を激しく動き回っている両眼に向ける。

 

その時、分霊箱から押し殺したような声が聞こえた。

 

 

「お前の心を見たぞ。お前の心は俺様のものだ」

「聞くな!刺すんだ!」

「お前の夢を俺様は見たぞ、ロナルド・ウィーズリー。そして俺様はお前の恐れも見たのだ。お前の夢見た望みは、全て可能だ。しかし、お前の恐れもまた全て起こりうるぞ──」

「刺せ!」

 

 

ハリーは鋭く叫んだ。

しかしロンは硬直し、唖然としてその両眼を見下ろしていた。両手がぶるぶると震え、ロンは思わず一歩後ろに下がった。

 

 

「ロン!刺して!今すぐ!」

 

 

高く、一層強い声がヴォルデモートの声を掻き消すように響いた。

無意識のうちに呼吸を止めていたのだろう。ロンは喉奥をヒュッと鳴らすと、その言葉が起爆剤となり突き動かされるようにして離れてしまった一歩を踏み出し高く剣を掲げた。

両手は震えている、顔色も土気色だ。しかし、その目から怯えは消えていた。

 

 

剣が月明かりに反射し光り、トム・リドルの両眼が見開かれた──。

 

 

ハリーが飛び退いた瞬間、ロンは剣を振り下ろした。鋭い金属音と長々しい叫び声が静かな森に響き渡る。

ソフィアとハーマイオニーはあまりの悍ましい断末魔の叫びに耳を押さえ顔を歪ませた。

ハリーは雪に足を取られながらすぐにロンの元へと駆け寄る。

 

ロンは肩で息をしながら、呆然とした表情でハリーを見た。

 

 

「や──」

 

 

やった。そう口が動く前に、ロンは力を全て使い果たしてしまったのかその場に膝をつく。

ハリーが支えるよりも前にハーマイオニーが飛び出し、強くロンを抱きしめた。

 

 

「やった!やったわ!ああ、なんですごいの、ロン!」

「ああ──うん」

 

 

ハーマイオニーは涙声でロンを何度も褒め、労うように抱きしめる。ふわふわとしたハーマイオニーの髪が頬にあたるたびにロンはくすぐったさを感じていたが、文句を言うことなくただ頷いた。

 

ソフィアとハリーは顔を見合わせ笑い合うと、二人の邪魔をする事なく朽ちた分霊箱の元へ向かう。

ハリーは微かに煙を上げている分霊箱を拾い上げる。ロンは二つの窓のガラスを貫いていて、リドルの両眼は消え染みのついた絹の裏地が微かに燻っているだけだ。分霊箱の中に息づいていたものは、全て消えた。

 

 

 



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421 同じ考え!

 

 

破壊された分霊箱の破片はハリーが持つ巾着袋の中に入れた。なんとなく、このまま森の片隅に無造作に捨て置く事はできなかったのだ。

 

精神的に疲弊したロンはハーマイオニーに支えられながらテントに戻り、体に残っていた空気を全て吐き出すかのような大きなため息をつきベッドに座り込んだ。

 

ソフィアは人数分の紅茶を入れ、鞄の中から少しだけ残っていたヌガーを出し机の上に置いた。柔らかな紅茶の匂いと、甘いヌガーによりようやく彼らは一息つくことができ、数日ぶりに心から落ち着いた。

ソフィアもハリーも──そしてロンとハーマイオニーも──口には出さなかったが、二人きりになってしまってから体の半身がなくなってしまったかのような虚無感と言いようの無い心の痛みを感じていたのだ。

ようやく、四人が揃うことができた。それは間違いなく彼らにとってこれ以上のない力を生み出すだろう。

 

ソフィアとハリーは二人が落ち着いたのを見て二人と別れてから自分たちがどこに向かったのか、なぜハリーの杖が折れてしまったのかを簡潔に話した。ロンとハーマイオニーは息を呑んだり顔を蒼白にしたりしたが、余計な口を挟むことなくじっと聞き入り、最後に「よく生きてたなぁ」とロンがしみじみと呟き、ハーマイオニーは「本当に、無事でよかったわ」と涙ぐみながら言いソフィアの手を握った。

 

 

「でも、あの銀の狐は誰の守護霊なのかしら」

「うーん。多分、父様だと思うの。父様の守護霊は狐なの。ジャックもだけれど……本物のグリフィンドールの剣の場所を、きっとダンブルドア先生から聞いていたんだわ。でも、ホグワーツには死喰い人がたくさんいるし簡単には渡せなかったのね……ちょうどクリスマス休暇だし、ホグワーツも人が少なくなっているでしょう?隙を見て持ってきたのよ」

「でも、どうやって?守護霊は物は運べないわ」

「うーん……それは、わからないのよね……どうやって居場所がわかったのか……」

 

 

本物のグリフィンドールの剣がここにあるという事は、ソフィアの言う通りにセブルス・スネイプが持ってきたのかもしれない。だが、なぜこの居場所がわかったのだろうか?

ソフィアも難しい顔をして黙り込んでいたが、ふと顔を上げハーマイオニーを見た。

 

 

「ハーマイオニー、死喰い人があの時護りを破って奇襲した理由がわかったって本当なの?もしかして、父様も──何か、死喰い人だけが知っている方法を使ったのかもしれないって思ったんだけれど」

 

 

ソフィアは死喰い人が自分達の居場所がわかったように、セブルスも何かの魔法を使って自分の居場所を突き止めたのだと考えていた。自分達には想像もできない魔法があるということは、この身を持って痛いほど理解している。

 

 

「ああ、実はね。禁句があるの。例のあの人の名前よ。その名前には呪いがかかっていて、それで追跡できるようになっているの。その名前を呼ぶと魔法の乱れを引き起こして保護呪文が破れてしまうのよ」

「よくやるよな。敵ながら良い案だよ。あの人に対して真剣に対抗しようと思う者だけが、その名を呼ぶ勇気があるから。騎士団のメンバーを見つけるには早くて簡単な方法さ!」

「ビルが言っていたけど、キングズリーも危うく捕まるところだったらしいわ。けど、戦って逃げて逃亡中だって」

「名前……そうか、トテナム・コート通りでも、あの時も僕たちが名前を呼んだから……」

「そんな魔法があるのね……」

 

 

ソフィアとハリーは眉根を寄せて唸った。

確かに、騎士団員を炙り出すにはこれ以上ない方法だろう。あの時、あれ以来ロンがヴォルデモートの名に怯え口にしなかったのは、今思えば最良だったのだ。

 

 

「もしかして、スネイプもソフィアの名前に呪いをかけて追跡したとか?ほら、ソフィア・スネイプだって知ってるのは一部だけだろ?」

「うーん……」

 

 

ロンは膝を手で叩きながらそう言うが、ソフィアはその考えはないような気がして首を捻る。確かに自分の本当の名前を知っているのはごく限られた人間だけだが、世界中を探せば無関係の『ソフィア・プリンス』という人間がいるかもしれない。ファミリーネームこそ稀有だが、ソフィアという名前はわりとよくある名前なのだ。

そんな不確定要素があるなか──さらに娘の名前に呪いをかけるような人だとソフィアは思えなかった。

 

 

「まあ、私たちには想像もできない方法なのかもしれないわね」

 

 

ハーマイオニーはソフィアの浮かない表情を見て、話をそれとなく打ち切る。セブルスがどのような方法を使ったのか、今判断する事ができなくともここに本物のグリフィンドールの剣がある事は確実であり、遠くからでも力を貸してくれる人がいるという事は少なからずハリー達の慰めになった。

 

 

「そうだ、ハリー。この杖を使えよ、今ないんだろ?」

 

 

ロンは人攫いから奪った杖をずっと持っていた。自分の杖は持っているが、捨てることもできず持っていたものがまさか本当に使えるとは思わなかったが。

ハリーはリンボクでできた杖を受け取り、まじまじと眺めながら試しに「ルーモス」と唱えた。

 

ぽう、と杖先に光が灯ったがしばらくして消えてしまう。本当の持ち主ではないからか、不死鳥の杖に比べて些か効きが弱いように感じた。

 

 

「少し練習した方がいいかもしれないわね。杖によって癖があるみたいだし」

「うん、そうだね」

 

 

ソフィアの慰めまじりの声音に、ハリーはやや憂鬱な気持ちになったが──それを悟らせまいと必死に胸の奥から湧き起こる気持ちに蓋をした。

 

──ソフィアも、ハーマイオニーも、ロンも。不死鳥の杖が本当に僕の意思とは関係なく魔法を放って何度も助けてくれたことを信じていない。あの杖は、きっとただの杖じゃなかったんだ。

 

 

「じゃあ僕が初めに入り口で見張るよ。その間に魔法の練習もしたいし」

 

 

ハリーはマグを持ちながら立ち上がり、テントの入り口へ向かった。

ソフィアとハーマイオニーとロンは、ちらりと顔を見合わせ──ハーマイオニーが首を振り、ロンとソフィアは肩を落とした。

自分達に心配させないためにハリーが虚勢を張っていると、三人は理解していた。杖を失ったことはやはり何よりの痛手だったのだろう。慰めたい気持ちは強かったが、ハリーの背中が拒絶しているように見えて、三人はこれ以上声をかける事ができなかった。

 

 

「あ、そういえば──私、あの騒動でハーマイオニーが遺贈された本を持ってきちゃったの、ごめんなさい」

「ああ!私、逃げ出す時に本のことを考える余裕もなくて……!ありがとう、あの場所に置いてきてしまったとばかり思っていたわ!」

 

 

ハーマイオニーは死喰い人の襲撃に遭った時、ダンブルドアから遺贈された本を置き忘れたと思い込み──もう内容は覚えていたが──かなり落ち込んでいた。

ソフィアが鞄から本を出すと、それを両手で受け取り、大切な壊れ物を扱うかのように慎重に受け取り、ざらついた本の表紙を撫でる。

 

 

「あと、リータの本もあるの。ちょっと手に入れる事ができて──色々興味深い事が書いてあるから、ぜひ読んでほしいわ」

「……ええ!わかったわ」

 

 

ハーマイオニーはもう一つの真新しい本を受け取る時に嫌そうに顔を歪めたが──ソフィアが興味深いとまで言うのだ、きっと中身は完全に嘘ばかりではないのだろうと考え、気は進まないが表紙を捲った。

 

 

「私、ちょっと魔法薬を作るわね。もう薬が心許なくて」

 

 

ソフィアは鞄から大きな鍋と数種類の薬草、遺贈された匙を取り出し部屋の隅へ向かった。ハリーと二人の旅になってから、いつ敵が襲撃するかわからず気が張っていて薬を作る余裕がなかったが、今なら少し薬作りに集中する事ができるだろう。

各々がやる事を決める中、ロンは何をすれば良いのかわからず──休み続けるべきか悩んだ末に、リュックサックから小さな木製のラジオを取り出し入り口近くにいるハリーのそばに座り込み周波数を合わせ始めた。

 

 

「一局だけあるんだ、本当のニュースを伝えているところが。ほかの局は全部例のあの人側で、魔法省の受け売りさ。でもこの局だけは……聞いたらわかるよ。すごいから。ただ、毎晩は放送できないし、手入れがあるといけないからしょっちゅう場所を変えないといけないんだ。それに、選局するにはパスワードが必要で……問題は、僕、最後の放送を聞き逃したから……」

 

 

ロンは小声で思いつく限りの言葉を呟きながらラジオのてっぺんを杖でトントンと叩いたが、パスワードが異なるのかラジオからはジーッという小さなノイズ音が流れるだけだった。

ハリーはしかめ面をしながらラジオと向かうロンを横目で見ながら、近くにある小石を浮かせてみた。やはり効き目は弱く、以前よりぎこちない。

 

分霊箱を身につける必要がなくなった分、心労は減ったが新たなる問題が自分達の中に芽生えた事をハリーは理解していた。

 

グリフィンドールの剣を手に入れる事ができた。それに、スリザリンのロケットを破壊することも。

 

しかし、その他の分霊箱の在処は依然としてわからないままなのだ。壊す道具があっても、分霊箱が見つからなければ意味がない。

 

 

ハリーは壁を歩いていた小さな蟻に肥大魔法をかけながら、残りの分霊箱の事を考える。それでも、以前よりもじわじわと首を絞めるような不安や焦燥感が無いのは、ロンとハーマイオニーと再び出会う事ができたからだろうか。

 

ハリーはラジオから出てくるノイズと、ハーマイオニーが本を捲る微かな音、そしてソフィアが作る薬の苦いような甘いような不思議な匂いを嗅いで少しだけ、心がじんわりと暖かくなった。

 

 

 

三十分ほどロンはラジオに向かいぶつぶつと呟きながら杖先で叩いていたが、やはりパスワードがわからないままではうまく繋がる事はなく、ついに諦めたのか欠伸をこぼしてラジオを切り、ベッドへと向かった。

 

ハリーが見張りをしてくれているし、自分は休んでも良いだろう。また交代で見張りをする事になるのだ、少しだけでも仮眠を取らなければ──そう思い、ふと首を傾げる。

 

 

「ベッド、一つしかないけど。君たちはどうやって寝ていたんだい?」

 

 

その言葉にハーマイオニーは読んでいた本から顔を上げ、ソフィアと入り口にいるハリーを見て眉を寄せ怪訝な顔でロンを見た。

 

 

「そんなの──」

「一緒に寝てたわ」

 

 

そんなの、ソファがあるじゃない。と言いかけたハーマイオニーの言葉はあっさりとしたソフィアの言葉に遮られ、ぽかんと口を開いたまま固まった。

魔法薬の難しい工程は終わり、匙でぐるぐると混ぜていたソフィアはハーマイオニーとロンが何故そんな唖然とした表情で自分を見るのかわからず首を傾げる。

 

 

「だって、杖は一つしかなかったもの。そばにいなければ万が一敵の襲撃があったときに、逃げられないわ」

「ああ、そう──そうね」

「なるほど」

 

 

当然だと言わんばかりのソフィアに、ハーマイオニーとロンは納得して頷き、この会話が聞こえているにも関わらず一切こちらを見ようとしないハリーをチラリと見る。

 

 

「苦労したのね、ハリー」

「……お気遣いどうも」

 

 

心の底から労うハーマイオニーの言葉に、ハリーは低い声で言い返した。

ハリーの目にはテントの扉しか写っていないが、見なくともハーマイオニーは気の毒そうな顔をして、ロンはニヤニヤとしているのだとわかってしまい、ハリーは誤魔化すように壁を這っている虫を吹き飛ばした。

 

 

 

結局、ベッドにはハーマイオニーが魔法をかけセミダブルサイズに肥大化し、ソフィアとハーマイオニーが寝る事になり、ロンはソファで寝る事になった。ロンとハーマイオニーは寝袋を持っていたが、どうしても寝袋では快適に寝る事ができず可能ならば使いたくないのが本音だろう。

 

 

「ハーマイオニー」

「どうしたの?」

 

 

真夜中。ロンのいびきがテントの中に一定のリズムで聞こえる中、ソフィアは声を落として隣にいるハーマイオニーに声をかけた。

杖先に灯りをつけ、薄暗い中本を読んでいたハーマイオニーはすぐに隣にいるソフィアを見る。

 

 

「あのね、あなた達と別れている間。グリフィンドールの丘に行ったって言ったでしょう?」

「ええ、そこでバチルダに化けていた蛇に会ったって……」

「その前にお墓にも行ったの。何か手掛かりがあるんじゃないかって……ハリーのご両親のお墓と、ダンブルドア先生の家族のお墓を見つけたわ。その墓地にはたくさんの家のお墓があったんだけど……その中に、このマークが描かれているお墓があったの」

 

 

ソフィアは枕のそばに置いてあったダンブルドアから遺贈された本──ビードルの物語を引き寄せ、ページを捲り小さなマークを指差した。

 

 

「このマークが?」

「ええ、名前はとても読みにくかったけれど……多分、イグノタス・ペベレルって書いてあったわ。かなり古いお墓だったの。過去の著名な魔法使いかもしれない」

「持ってきた本を使えば探し出せるかもしれないわね……」

「ええ、それで……ダンブルドア先生が私たちに渡した遺品は、きっとこの旅の何かに繋がっていると思うの。灯消しライターも、私たちが離れ離れになる事を見越してロンに遺贈していたのかもしれない……」

「それなら……このマークについて、より知らなければならないわ」

 

 

低く呟くハーマイオニーの言葉にソフィアは頷いた。今自分達に分霊箱に近づく手掛かりはない。しかし、何か行動しなければ何も始まらないのだ。ならばやはり少しの疑問も捨て置く事はできないだろう。

 

 

「……だから、私たちが会うべき人は──」

「ゼノフィリウス・ラブグッド」

 

 

即答するハーマイオニーに、ソフィアは薄く微笑み頷いた。

 

 

「ゼノフィリウスさんは、結婚式の時にこのマークを身につけていた。もしかして、何か知っているのかもしれないわ」

「ルーナのお父さんだもの、私たちの敵にはならないしね」

「ええ……それに、今はクリスマス休暇よ。うまくいけばルーナに会えて、ホグワーツの内情を聞くこともできるかもしれない。問題は──」

「ルーナが、死喰い人に見張られてるかもしれないってことね」

 

 

またも言葉を待たず先に言ったハーマイオニーに、ソフィアはニヤリと笑い枕に頭を乗せ、下からハーマイオニーを見上げて満足げに目を細めた。

 

 

「あなたと友達になれて本当に良かったわ」

「あら、親友の間違いじゃない?」

 

 

ハーマイオニーは本を閉じ、ソフィアの髪を撫でる。その優しい手付きに、ソフィアはくすぐったそうに小さく笑いながら、大きく頷いた。

 

 



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422 ゼノフィリウス・ラブグッド!

 

 

翌朝、外の天気は回復し、肌を切り裂くような寒さはあったが雪は止んでいた。灰色の雲に覆われていない空は久方ぶりに太陽の光を降り注ぎ、薄らと積もった雪が朝日を浴びて輝く。

 

一晩中見張り役をしたハリーは、脳の奥が痺れているかのような眠気を感じていたが、奇妙に目だけは冴えていた。そうだとしても思考は鈍く、ソフィアがいれた濃いめの紅茶を少しずつ飲み、ぼんやりとした思考をゆっくりと働かせる。

 

ソフィアとハリーが持っていた食料は殆どつきかけてしまっていたが、ハーマイオニーとロンはビルの家である程度の食料を手に入れる事ができ、久しぶりにソフィアとハリーはまともな朝食──といっても薄いベーコンとスコーンと豆スープだけの質素なもの──にありついた。

 

 

「これを食べたら、今後どうするか決めなければならないと思うの」

 

 

熱い豆スープを飲みながら、ソフィアはぐるりとハリー達を見回し言った。四人が再び会うことができ、分霊箱を壊すための道具を手に入れることができた今、残りの分霊箱探しをしなければならない事はハリーとロンもわかっていたため神妙に頷く。

 

 

「昨日の夜に、ハーマイオニーに伝えたんだけど……」

 

 

ソフィアは机の上にあるパン屑が乗った皿に向かって杖を振り──皿は机の端に積み重なった──開いたスペースに『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』と『吟遊詩人ビードルの物語』の本を並べて置いた。

 

 

「この2冊の本と、数日前にいったゴドリックの谷にある一つのお墓には、一つの共通点があったの」

「共通点だって?」

 

 

ロンは驚いて『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』の本の表紙を開き、ペラペラとページを捲っていたが、目に飛び込んでくるのは辛辣なほどのダンブルドア批判の文字ばかりだ。

この本については嘘っぱちだと思う人が大半で、この衝撃的ともいえる内容を読んだとしてもアルバス・ダンブルドアを信頼し続ける人が殆どだった。

確かに手紙の内容は目を疑うものだったが──まだ青い青年期だったのだと支持者達は自分自身を納得させていた。

 

世論をビルやフラーから聞いて知っていたロンは怪訝な顔をしながら「何だい?」と首を傾げる。

 

 

「その墓地にはたくさんの家のお墓があったわ。その中に──そういえば、あの後色々なことがあってハリーに言うのを忘れていたんだけど──この、マークが彫られているお墓があったの。

ハーマイオニーがダンブルドア先生から遺贈された吟遊詩人ビードルの本にも同じマークが何度も出てくるでしょう?それに、このリータが書いた本の……ダンブルドア先生の手紙の最後の署名。アルバス、の頭文字のAの代わりにそのマークが使われているわ」

「え?──本当だ」

 

 

ハリーは全く気が付かなかったが、言われてみればAではなくあの不思議な三角のマークが書かれている。

 

何がどう繋がるのかわからないハリーとロンの困惑した顔を見て、ハーマイオニーは「つまりね」と仰々しく言い、二人の顔を真剣な目で見つめ返した。

 

 

「このビードルの本に書かれたマークは、ダンブルドアが書いた可能性が高いわ。灯消しライターもそうだったけど、遺贈の品が分霊箱を探す何か手掛かりになるのだとしたら、私たちはこのマークについて知らなければならない。二度続く事は偶然だとしても、三度目は偶然じゃないわ」

 

 

必然よ。と断言するハーマイオニーの隣でソフィアも賛同するように大きく頷き、ビードルの物語に書かれているマークを指でなぞった。

 

 

「このマークは、グリンデルバルドのマークだってクラムは言っていたわ。でも、それだけじゃないのかもしれない──あの朽ちかけたお墓は、どう考えてもダンブルドア先生とグリンデルバルドが生まれるよりもっと昔のお墓だったもの。このマークがどんな意味を持つのか私たちは知らなければならないと思うの。だから、ルーナのお父さん……ゼノフィリウス・ラブグッドに会いに行く必要があるわ。マークについて知っているのなら、教えてくれる可能性があるのはゼノフィリウスさんだけだもの」

 

 

言い切ったソフィアに、ハリーとロンは気まずい沈黙を返した。

確かにこのマークは何度も出てくる。ダンブルドアと無関係ではないのだろう。ただ、分霊箱と繋がっていると考えるにはいささか突飛な話のように思えたのだ。

数日前、ゴドリックの谷に向かいきっとそこに何かがあると思い込み──痛い目にあったのは記憶に新しい。

 

 

「またゴドリックの谷のようにならないかな」

「勿論、道中は警戒しなければならないわ!でも、ザ・クィブラーはずっとあなたに味方していて助けるべきだって書いてるの!」

「ゴドリックの谷は、私たちがあの場所に何かあるだろうと信じたの。けれど、このマークは間違いなくどこかに続いているわ。それがどこなのか知るために、ゼノフィリウスさんに会いに行きたいの」

 

 

ハーマイオニーとソフィアの熱のこもった言葉と強い視線にハリーはたじろぎながら視線を落とし、本に書かれている目のような奇妙なマークをじっと見た。

 

 

「でも、もしこのマークが分霊箱に関係あるのなら、ダンブルドアが死ぬ前に僕に教えてくれたと思わない?」

「それは──」

「わからないわ。言いたくても言えなかったのかもしれないし。言いたくなかったのかもしれないわ。グリンデルバルドと友人だったなんて、マグルの支配を望んでいたなんて知られたら、あなたが失望すると思ってね」

 

 

ソフィアは『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』の本をぴしゃりと閉じ、表紙の中で悲しそうな顔で微笑むダンブルドアの顔を指先で撫でた。

 

 

「勿論、分霊箱に何の関係もないマークの可能性もあるわ。でも、私たちは今残りの分霊箱についてなんの手がかりもないの。少しでも不審に思ったことや引っかかったことは調べるべきだわ」

 

 

決然と言うソフィアに、ロンは難しい顔をして黙り込んだ。ハリーは隣にいるロンが、きっと自分が行くといえばそうするし、拒絶すれば同じように拒絶するのだろうと彼が醸し出す空気で理解した。

 

ハリーはビードルの本を取り、短い寓話の表題にいくつか書かれているマークを睨み見る。

確かに、このマークには引っかかるところはあるが、分霊箱に関係しているとは思えない。むしろ──さらに隠されているダンブルドアの過去を、悍ましい彼の思考を曝け出してしまうのではないかという予感さえした。

これ以上ダンブルドアについて失望したくない。確かに、過去と今は違うのかもしれないが、これ以上ダンブルドアを疑いたくなかった。

 

しかし──ソフィアの言うように、残っている分霊箱の手掛かりは一切ない。ならばわずかな可能性に賭けてこのマークを調べなければならない事もわかっている。

 

 

「僕は、このマークが分霊箱に繋がっているとは思えないけど……他に手掛かりもない。──ラブグッドに会いに行こう。でも、どこに住んでるんだ?」

「ああ、僕の家からそう遠くないところだ。正確には知らないけど、パパやママがあの二人のことを話す時はいつも丘の方を指差していた。そんなに苦労しなくても見つかるだろう」

 

 

ハリーとロンの言葉に、ソフィアとハーマイオニーはあからさまに安堵の表情を浮かべながら残っていたスープを飲み干した。

 

 

 

 

翌朝、ソフィア達は風の強い丘陵地に姿現しをし、オッタリー・セント・キャッチポール村が一望できる場所に現れた。

見晴らしの良い地点から眺めると、雲間から地上に斜めにかかった大きな光の架け橋の下で、村は美しく光り輝いているように見えた。

四人は手をかざして隠れ穴の方を見ながら一分ほどじっと佇んでいたが、見えるのは高い生垣と果樹園の木だけだ。それに隠されて、隠れ穴はマグルの目には晒されないのだろう。

 

 

「こんなに近くまできて、家に帰らないのは変な感じだな」

「あら、帰りたいの?今ならクリスマスの料理がまだ残ってるかもしれないわよ」

 

 

ハーマイオニーの揶揄い混じりの言葉にロンは肩をすくめ「いや」と否定し隠れ穴に背を向けた。

 

あの場所に帰りたい気持ちは強い。家族は無事だとビルから聞いているが、本当に無事なのか不安な気持ちは消すことができない。しかし、自分一人だけあの場所に帰ることなんてできるわけがない。

 

 

「ここを行ってみよう」

 

 

ロンは丘の頂上を越える道を先立って歩いた。

ハーマイオニーとソフィアが続き、ハリーは念の為透明マントに隠れながらその後ろをしっかりと続く。二、三時間は歩いたが、低い丘陵地には一軒の小さなコテージ以外に民家はなく、あまりにまともなコテージの外観に「おそらくラブグッドの家はこれじゃない」と皆が考えた。

ルーナが暮らしている家だ。きっと、一目見てそれがルーナの家であると断言できる外観だとソフィア達は皆同じことを思い、そこから数キロ北へ姿くらましをした。

 

 

「ほら、見ろよ!」

 

 

強い風が四人の髪や服をはためかせる中、ロンは叫び声を上げ丘の一番高いところを指差した。

 

そこには奇妙に縦に長い家が、くっきりと空に向かって聳え立っていた。巨大な黒い塔のような家の背後には、午後の薄明かりの下空に大きな月がぼんやりとかかっている。

 

 

「あれがルーナの家に違いない。ほかにあんな家に住むやつがいるか?巨大な城だぜ!」

「お城、かしら?」

「お城には見えないわ」

 

 

ソフィアとハーマイオニーは長く聳える家を見て首を傾げたが、ロンは「城は城でもチェスの(ルーク)さ。どっちかっていうと塔だけどね」と得意げになりながら言う。

 

そう言われてみれば、たしかにチェスに出てくるルークの形によく似ていた。

 

ソフィア達は顔を見合わせ頷き合い、辺りを警戒しながらその家が建つ丘へと向かった。

 

その丘の頂上には手描きの看板が三枚、壊れた門に建て付けてあり、一枚目は『ザ・クィブラー編集長 X・ラブグッド』二枚目は『ヤドリギは勝手に積んでください』三枚目には『スモモ飛行船に近寄らないでください』と書いてあった。

 

間違いなくルーナの家であると判断し、ロンが門に手をかけゆっくりと押し開けた。錆びついているのか高い音を立てながら門は開き、玄関までのジグザグとした道には様々な変わった植物が所狭しと植えられている。

 

ルーナが時々イヤリングにしていたオレンジ色のカブのようなものがたわわに実る灌木もあり、ソフィアは指先でその実を突きながら、くすりと微笑む。

 

風に吹きさらされて傾いた豆りんごの古木が作るアーチを通り抜けた後、ソフィアは厚く黒い扉を見上げる。扉には鉄釘が打ちつけられ、ドアノッカーは鷲の形をしていた。

 

ソフィアは扉を三度、ノックした。

 

 

 



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423 死の秘宝!

 

 

扉をノックしてからものの十秒も経たない内に扉が勢いよく開いた。

現れたゼノフィリウス、ラブグッドは裸足で汚れたシャツ型の寝巻きのような物を着て、髪は櫛も入れず洗ってもいないのか酷く汚れている。ビルとフラーの結婚式で見たゼノフィリウスはこれと比べれば確実にめかし込んでいたと言えるだろう。

 

ソフィアはゼノフィリウスの大きく見開かれた目に苛立ちや焦燥感、怯えが映っているのを感じ取った。──いや、ソフィアだけではないだろう。ゼノフィリウスは一目見てわかる通り落ち着きなく斜視の片方の目をぎょろぎょろと動かし、ソフィア達の背後を見ていた。幾ら変人だとしても、結婚式で見たゼノフィリウスはまだ落ち着きを持っていた。

 

 

「なんだ?何事だ?君たちは誰だ?何しに来た?」

 

 

ゼノフィリウスは甲高い苛立った声で叫び、ソフィアとハーマイオニーとロンを睨み見る。

 

 

「こんばんは、ラブグッドさん。私、ソフィア・プリンスです。ルーナの友達です」

「ルーナの?」

「ええ、どうしてもラブグッドさんに聞きたいことがあって、ここに来ました。少し時間をいただけますか?」

「それは──」

 

 

ゼノフィリウスは庭へ視線を向けながら神経質そうに指先で扉を叩いた。ほぼ無意識の行動なのかもしれないが、その高い音はよく響く。

 

流石にルーナの家に遊びに来たことも無い人の話を聞く事はないのか。今世界では誰を信じていいのかわからなくなっているはず、きっと、ゼノフィリウスさんも私が本当にルーナの友達だと、信じていいのか自信がないのだろう。

そう考えたソフィアは、ちらりとハーマイオニーに目配せをした。ハーマイオニーは無言で頷くと、隣にいるだろうハリーへ向かって手を伸ばし、くい、と透明マントを引っ張った。ソフィアではゼノフィリウスの警戒を解けずとも、彼が助けたいと思っているハリーならばきっと話を聞いてくれるはずだ。

 

 

「──こんばんは、ラブグッドさん。僕、ハリーです。ルーナの友達の、ハリー・ポッターです」

 

 

透明マントを脱いだハリーはゼノフィリウスに向かって手を差し出したが、ゼノフィリウスは唖然としてハリーの顔と、その額にある傷痕を食い入るように見た。

 

 

「中に入ってもよろしいですか?お聞きしたいことがあるのですが」

「そ……それはどうかな。──衝撃と言おうか、何ということだ……私は、私は……残念ながらそうするべきではないと……」

「お時間は取らせません」

「私は──まあ、いいでしょう。入りなさい。急いで、急いで!」

 

 

四人が敷居を跨ぎきらないうちに、ゼノフィリウスは扉を強く閉めた。ハリーは透明マントを小さく畳みながら目の前にある奇妙なキッチンを見回した。

キッチンは完璧な円形の部屋であり、まるで巨大な胡椒入れの中にいるのではないかと錯覚したほどだ。

ガスレンジや流し台、食器棚までも弧を描き壁の曲線に沿って何もかもがぴったりと収まっている。全ての家具に鮮やかな原色で花や虫や鳥の絵が描いてあるのはルーナの好みかもしれない。一つならば愛らしいものも、こう何十何百と原色の物があると、なんだか目を閉じても網膜にその色が焼き付いてしまう気がして、ハリーは目を擦った。

 

床の真ん中から上階に向かって螺旋階段が伸びている。上からはひっきりなしに何かを動かす音や破裂音が聞こえ、ソフィア達はきっとルーナは上にいるのだと思った。

 

 

「上に行った方がいい」

 

 

ゼノフィリウスは相変わらずひどく落ち着かない様子で先に立って案内した。ソフィア達は大人しくその後ろに続きながら、階段を上り切り現れた客間とも作業場とも言えない部屋に着いた。

そこはキッチン以上に物が溢れ返り、かつて見た必要の部屋の様子を彷彿とさせる。隠したい物がある人へ開くあの部屋は、ここのようにごちゃごちゃとしていた。

本屋書類はありとあらゆる平面に積み上げられ、天井からは奇妙な生き物の精巧な模型が羽ばたき、顎をカクカクと動かしながらぶら下がっている。

 

ごちゃごちゃとした物が多い中、ソフィアはその物の後ろにルーナがいるのかと思ったが

ルーナの姿はなく、一階にまで響いていた騒音を出していたのは歯車や回転盤が魔法で回っている木製の物体だった。

ソフィアとロンはそれが何なのかわからなかったが、ハリーとハーマイオニーは作業台と古い棚を一組くっつけたそれが、ゼノフィリウスお手製の旧式の印刷機なのだろうと判断した。その証拠に、細長く薄いところからザ・クィブラーがどんどんと刷り出されている。

 

 

「失礼」

 

 

ゼノフィリウスはその機械に素早く近づき、膨大な数の本や書類の載ったテーブルから巨大な汚いテーブルクロスを抜き取り──本も書類も全て床に落ちたが──印刷機に被せた。印刷機から絶えず流れていた騒音はそれで少しはマシになり、ゼノフィリウスはくるりと体を反転させると改めてソフィア達を見た。

 

 

「どうしてここに来たのかね?」

「それは──」

「ラブグッドさん、あれは何ですか?」

 

 

ソフィアが説明しようとしたその時、ハーマイオニーが驚いて小さな叫び声を上げ壁に取り付けられていた物を指差した。

 

 

「しわしわ角スノーカックの角だが」

 

 

指差した物は、螺旋状の巨大な灰色の角であり、一見するとユニコーンの角にも似ていたが異なる部分はその大きさだろう。壁から突き出ているその角は、ゆうに一メートルはあった。ゼノフィリウスは何でもないように答えたが、ハーマイオニーは息を呑み、ソフィアは眉を寄せた。

 

 

「違います!」

「ハーマイオニー、今はそんな事は……」

「でもソフィア!あなたもわかったでしょう?あれはエルンペントの角よ!取引可能Bクラス。危険物扱いで、家の中に置くには危険すぎるわ!」

「確かに私もエルンペントの角に見えるわ。でも、正当な取引で購入したのならどこに飾ろうとも私たちにはどうすることもできないのよ」

「でも──」

 

 

ハーマイオニーはゼノフィリウスと灰色の角を何度か見て、どれだけその角が危険な物なのかこの人はわかっていないに違いないと批難的な目でゼノフィリウスを睨む。角の一番近くにいたロンは身動きできないほど雑然とした部屋の中で、できるだけ角から距離をとった。

 

 

「しわしわ角スノーカックは、恥ずかしがり屋で高度な魔法生物だ。その角は二週間前、私がスノーカックという素晴らしい生物に興味があることを知った、気持ちの良い若い魔法使いから買った。クリスマスにルーナをびっくりさせたくてね」

 

 

ゼノフィリウスはそれがエルンペントの角だとは一切認めず、決然と突き放すようにハーマイオニーに言うと、改めてソフィアに──まだ冷静に話ができると考えたのだろう──向かい合った。

 

 

「それで、どういった用件で来られたのかな?」

「聞きたいことがあるんです。ビルとフラーの結婚式に、あなたが首からぶら下げていた印のことです。あれに、どういう意味があるのかをお聞きしたいんです」

「死の秘宝の印のことかね?」

 

 

ゼノフィリウスは両方の眉を吊り上げ、首を傾げてそう言った。

 

 

死の秘宝。その言葉を初めて聞いたハリーは答えを求めるようにソフィアとロンとハーマイオニーを見たが、三人ともゼノフィリウスの言った言葉の意味が理解できず、ハリーと同じような顔をしていた。

 

 

「死の秘宝?」

「その通り。聞いたことがないのかね?まあそうだろうね。信じている魔法使いはほとんどいない。君のお兄さんの結婚式にいた、あの戯けた若者がいい証拠だ。悪名高い魔法使いの印だと言って私を責めた。無知も甚だしい!

秘宝には闇のやの字も無い──少なくとも一般的に使われている単純な闇の意味合いはない。あのシンボルは、ほかの信奉者が探求を助けてくれる事を望んで自分が仲間である事を示すために使われるだけのことだ」

「つまり──その、どういう意味ですか?」

 

 

ソフィアはなるべく失礼に聞こえないように丁寧にゼノフィリウスに問いかけた。ゼノフィリウスは腕を組み、神経質そうに指先で腕を叩きながらソフィアをじっと見つめる。

 

 

「そう、いいかね。信奉者達は死の秘宝を求めているのだ」

「死の秘宝、とは何でしょう?」

「君は──君たちは、三人兄弟の物語をよく知っているのだろうね?」

 

 

ハリーは「いいえ」と答えたが、ソフィアとロンとハーマイオニーは同時に「はい」と答え頷いた。

四人中三人がその物語を知っていることに、ゼノフィリウスは重々しく頷くとハリーに視線を移す。

 

 

「さてさて、ミスター・ポッター。全ては三人兄弟の物語から始まる……どこかにその本があるはずだが……」

 

 

ゼノフィリウスは漠然と部屋を見渡し、書類や本の山に目を向けたが、彼が探し出す前にハーマイオニーが「ここにあります」と言い、鞄の中から『吟遊詩人ビードルの物語』の本を取り出した。

 

「原書かね?」と鋭く聞くゼノフィリウスにハーマイオニーは小さく頷きその本をゼノフィリウスに向けて差し出した。

 

 

「それじゃあ、声に出して読んでみてくれないか?みんなが理解するためには、それが一番良い」

「あっ……わかりました」

 

 

ハーマイオニーは緊張しながら答え、咳払い一つした後本を開く。横から覗き見たハリーは、ハーマイオニーが読み始めたページの一番上に、あのマークがついてあることに気づいた。

 

 

「昔々、三人の兄弟が寂しい曲がりくねった道を、夕暮れ時に旅していました──」

「真夜中だよ。ママが僕たちに話して聞かせるときはいつもそうだった──ごめん、真夜中の方がもうちょっと不気味だろうと思っただけさ!」

 

 

ロンは両腕を頭の後ろに回して聞いていたが、つい自分の知っている話では無いことに口を挟んでしまい、ハーマイオニーから、「邪魔をしないで」という目で睨まれ慌てて謝ると今度は何もいうまいと口を固く閉じた。

 

 

「──やがて、兄弟は歩いては渡れないほど深く、泳いで渡るには危険すぎる川につきました。でも三人は魔法を学んでいたので、杖を一振りしただけでその危なげな川に橋をかけました。半分ほど渡ったところで三人は、フードを被った何者かが行く手を塞いでいるのに気づきました。そして、死が三人に語りかけました──」

「ちょっと待って、死が語りかけただって?」

 

 

ハリーは思わず口を挟み、すぐにソフィアが「御伽話なのよ、ハリー」と小声で耳打ちをした。

またも話を遮られたハーマイオニーはじろりとハリーをひと睨みした後、先ほどより強く咳払いをし朗読を再開した。

 

 

「そして、死が三人に語りかけました。三人の新しい獲物にまんまとしてやられてしまったので、死は怒っていました。というのも、たいてい旅人はその川で溺れ死んでいたからです。でも、死は狡猾でした。三人の兄弟が魔法を使った事を褒めるふりをしました。そして、死を免れるほど賢い三人に、それぞれ褒美を与えることにしました──」

 

 

戦闘好きの一番上の兄は、存在するどの杖よりも強い杖を。

傲慢な二番目の兄は、死を辱めたいと思い人々を死から蘇らせる物を。

謙虚で賢く、死を信用していなかった三番目の弟は、死に跡をつけられずにその場から先に進む物を望んだ。

一番上の兄は、ニワトコの杖。

二番目の兄は、蘇りの石。

三番目の弟は、透明マント。

 

それぞれ受け取った三人は目的のために別れ旅を続けた。

人々と決闘し勝利を収めた一番上の兄は自分の力に酔いしれ、死そのものから奪った強力な杖について大声で話し、自分は無敵になったと自慢した。

しかし、その晩、一人の魔法使いが酒を飲み深く眠っている一番上の兄に忍び寄り、杖を奪い、喉を切り裂いて殺した。

死は、一番上の兄を自分のものにした。

 

一人暮らしをしていた二番目の兄は、家で蘇りの石を三度回した。すると昔結婚を夢見ていた美しい女が現れた。しかし、死者と生者は共に生きることはできない。薄いベールで仕切られているかのように二人は真に混じり合う事はなく、二番目の兄は望みのない思慕で気が狂うほど追い詰められ、そして彼女と本当に一緒になるために自らの命を絶った。

死は、二番目の兄を自分のものにした。

 

死が何年探しても三番目の弟を見つける事はできなかった。三番目の弟は、高齢になったときについに透明マントを脱ぎ息子にそれを与えた。

そして、三番目の弟は死を古い友人として迎え、喜んで死と共にいき、同じ仲間として共にこの世界を去った。

 

──それが、三人兄弟の物語のお話だ。

 

 

最後まで読んだハーマイオニーは本を閉じた。ハリーはこの話の意味がよくわからず眉根を寄せながらゼノフィリウスを見る。

ゼノフィリウスは、ハーマイオニーが読み終わった事にすぐには気づかず、じっとハリーを見ていたがパチリと視線が合うと視線を外してソフィアを見た。

 

 

「まあ、そういうことだ」

「え?」

「それらが、死の秘宝だよ」

 

 

ゼノフィリウスは近くにある古い木のテーブルから羽ペンを取り、積み重ねられていた本の山の中から破れた羊皮紙を引っ張り出した。

 

 

「ニワトコの杖」ゼノフィリウスは羊皮紙に縦線をまっすぐ一本引いた。「蘇りの石」と言いながら縦線の上に円を書き足し、「透明マント」と言いながら縦線と円とを三角で結ぶ──そうすると、確かにあのマークと同じ模様ができあがった。

 

 

「三つを一つにして、死の秘宝」

「死から与えられた宝が、死の秘宝なんですね」

「そうだ。もし三つ集められれば、持ち主は死を制する者になれるだろう」

 

 

ソフィアは難しい顔で考え込み、ゼノフィリウスは再びハリーを見てから、窓の外を見た。動いているのはソワソワと落ち着きなく指先を動かすゼノフィリウスだけで、ソフィア達は少しも動かず沈黙する。

 

 

「死を制する者っていうのは──」

「制する者。征服者、勝者、言葉は何でも良い」

 

 

ロンの言葉にゼノフィリウスはどうでも良さそうに手を振りながら答え、死の秘宝のマークを描いた羊皮紙を書類の山の中に投げ捨てた。

 

 

「つまり、三つの死の秘宝は間違いなく存在する。という事ですね?例えば、ニワトコの杖は……?」

「秘宝は存在する。それにニワトコの杖に関して言えば数え切れないほどの証拠がある。秘宝の中でもニワトコの杖はもっとも容易に跡を追える。杖が手から手へと渡る方法のせいでね」

「その方法って?」

「その方法とは、真に杖の所持者となるためには、その前の持ち主から杖を奪わねばならないという事だ。極悪人エグバートが悪人エメリックを虐殺して杖を手に入れた話はもちろん聞いたことがあるだろうね?ゴデロットが、息子のヘレワードに杖を奪われ自宅の地下室で死んだ話も?あの恐ろしいロクシアスが、バーナバス・デベリルを殺して杖を手に入れたことも?ニワトコの杖の血の軌跡は、魔法史の歴史に点々とついている。──しかし、今どこにあるかは誰が知ろうか?アーカスとリビウスのところで跡が途絶えているのだ。ロクシアスを打ち負かして杖を手に入れたのがどちらかか、誰が知ろう?歴史は、嗚呼、語ってくれぬ」

 

 

ハリーの疑問にゼノフィリウスは朗々と答え、最後はやや演技かかった口調で嘆き首を振った。

再び部屋の中に沈黙が流れる。聞こえてくるのはくぐもった印刷機の音だけだった。

ハーマイオニーは腕を組みながらあからさまに胡散臭そうな顔でゼノフィリウスを見て、ロンとハリーもまたこの話を全て信じる気にはなれず複雑な表情をしていた。

 

 

「ゼノフィリウスさん。ペベレル家と、死の秘宝はどういった関係があるのですか?ゴドリックの丘にある墓地で、死の秘宝のマークが記されているお墓を見つけたんです」

 

 

沈黙を破ったのはソフィアであり、ゼノフィリウスは驚いたように目を見開き、斜視ではない瞳でソフィアを見るとその口元を僅かに緩めた。

 

 

「ああ、それを知っているのか!探求者の多くは、ペベレル家こそ秘宝の全てを──全てを!──握っていると考えている!

イグノタス・ペベレル。彼の墓に秘宝の印がある事こそが、秘宝が実在するという何よりもの証拠なのだ!物語の三兄弟の名前は知っているかね?彼らは実在するペベレル家の者なのだ。アンチオク、カドマス、イグノタスの三人が最初の秘宝の持ち主だという証拠だ!」

 

 

人差し指を立てながら顔を近づけ熱弁するゼノフィリウスに、ソフィアは少し背を逸らせながら「なるほど、そうだったんですね」と真剣な顔で頷いた。

 

 

「そうとも。さて、他に聞きたいことは?」

「蘇りの石の所在も、今は不明ですか?」

「ああ、そうとも。透明マントも──市販のものではない、永久的にどんな魔法も見通しせない物の所在は不明だ。君たちが持っている物も、市販のものだろう?」

 

 

ゼノフィリウスの目がハリーの方へ向き、ハリーは何と答えて良いか分からず肩をすくめ曖昧に笑った。

もうソフィア達に質問が無いと分かったゼノフィリウスは小さく咳払いをするとぐるりとハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニー──そして、もう一度ハリーを見てから一階へ降りる螺旋階段へ向かった。

 

 

「……ルーナは端の橋の向こうにいる。川にプリンピーを釣りに行っていてね。君たちが来ていると知ったなら喜んで人数分のプリンピーを釣って持ってくるだろう。夕食を食べて行ってくれるだろうね?きっと、ルーナは君たちとゆっくりと話したいだろう」

「あー……はい、ありがとうございます」

 

 

ハリーはすぐに帰りたかったが、ルーナに会いホグワーツの状況を知りたい気持ちもあり頷いた。ゼノフィリウスはどこか安心したように肩に入っていた力を抜き──一瞬、瞳を揺らすとすぐに螺旋階段を降りて行った。

 

 

 



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424 友人の危機?

 

 

下からゼノフィリウスが歩き、扉が開く音がした。おそらく外にいるルーナに会いに行ったのだろうと考えながら、ハリーはソフィアとロンとハーマイオニーを見る。

 

 

「どう思う?」

「馬鹿馬鹿しいの一言ね。あの印の本当の意味がこんな話のわけないわ!ラブグッド独特のへんてこな解釈に過ぎないのよ。時間の無駄だったわ」

「しわしわ角スノーカックを世に出したやつの、いかにも言いそうなことだぜ」

 

 

ハーマイオニーとロンは全く信じず、首を振ると壁に飾られている巨大な角を見て呆れたように肩をすくめた。

 

 

「君も信用していないんだね?」

「ああ、あれは子どもたちの教訓になるような御伽話の一つだろ?『君子危うきに近寄らず。喧嘩はするな。寝た子を起こすな。目立つな。余計なお節介をやくな。それで万時オッケー!』そういえば──ニワトコの杖が不幸を招くって、あの話からきているのかもな」

「何の話だ?」

「迷信の一つだよ。『真夏生まれの魔女は、マグルと結婚する』『朝に呪えば、夕べには解ける』『ニワトコの杖、永久に不幸』──聞いた事ない?」

「魔法界ではね、そんな教訓がたくさんあるの。ハリーとハーマイオニーが暮らしていたところにも似たようなものがあるんじゃない?」

 

 

時々ハリーとハーマイオニーが魔法界生まれだと勘違いしてしまうロンに、ソフィアがそれとなく助言した。

 

 

「ソフィアは信じてる?」

「うーん……。そうね、私は今まであの話はロンが言うようにただの教訓なんだと思っていたわ。驕らず、慎ましく、賢く生きなさいって。でも……確かに、ハリーが持っている透明マントは市販のものとは違うわ。元々お父さんのものだったんでしょう?よく考えれてみれば、何年もそのままだし……」

「それは……でも、死んだ人が蘇る石とか、最強の杖だなんてあるわけがないわ!」

 

 

ただの寓話なのか、それとも真実を語っているのか。難しい顔をして真剣に悩んでいるソフィアを見てハーマイオニーは呆れ混じりにぴしゃりと言い切った。

蘇りの石は賢者の石から構想を得て、ニワトコの杖はそれだけ強い魔法使いが居たというだけだ。魔法は使う本人の強さに起因し、杖の力は大きくないとハーマイオニーは信じている。

 

 

「死の杖、宿命の杖。そういうふうに名前の違う杖が何世紀にも渡って時々現れるわ。大概が闇の魔法使いが持つ杖で、持ち主が杖の自慢をしているの。ビンズ先生が何度かお話しされていたわ──でも──ええ、全てはナンセンス!あり得ないわ。杖の力はそれを使う魔法使いの力次第ですもの。魔法使いの中には、自分の杖がほかのより大きくて強いなんて、自慢したがる人がいるというだけよ」

「でも……死の杖や宿命の杖が──同じ杖が、名前を変えて何世紀にも渡って登場するとは考えられない?」

「そいつらは全部、死が作った本物のニワトコの杖だって事か?」

 

 

ソフィアは考え込みながらそう言ったが、自分でもそんな事はあり得ないだろうと思っていた。ロンは馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑い、ハーマイオニーも笑ってはいないがその通りだと頷いている。

 

 

「ニワトコの杖も、蘇りの石もあるわけがないわ!」

「でもさ、透明マントは実際にあるだろ?それはどういうわけだ?」

「透明マントの素晴らしさを語るためにビードルはこの寓話を作ったのかしら?でも、それなら蘇りの石とニワトコの杖なんて登場させなくてもいいのに」

「ええ、そうね。でもね、ロン、ソフィア──」

 

 

実在するのかどうか、という話でソフィアとロンとハーマイオニーは小声で議論している間、ハリーはそれを聞くともなく聞きながら新聞の一つでもあれば、世間の状況をより知ることができる、と思い部屋の中を歩き回っていた。

ハリーはふと、窓からこの家のそばにあるヤドリギに止まっていた小さなふくろうが飛び立ったのを見た。その直後にバタンと扉が開き閉じる音がして、台所を歩き回るゼノフィリウスの忙しない足音が聞こえる。一人分しか聞こえないのは、まだルーナは釣りをしているのだろう。

 

聞いたこともないプリンピーという魚ができるだけ美味しい魚ならばいい、そう心の底から願いながらハリーは一際目立つ石像を見上げた。

 

 

「ハリー、あまり動き回ったら──その、危ないかもしれないわ」

 

 

三つの秘宝そのものではなく、透明マントが秘宝なのかどうか熱く議論しだしたロンとハーマイオニーから離れ、ソフィアはハリーのそばに駆け寄る。ゼノフィリウスはスノーカックだと言い張っていたが、ソフィアもあれは危険なエルンペントの角だと思っていた。あのような取り扱いに気をつけなければならないものが部屋の中に無造作においていないとは限らない。

 

 

「ラッパ型の補聴器……かな?」

「うーん……」

 

 

美しいが厳しい顔つきの魔女の石像の頭には、世にも不思議な髪飾りがついていた。髪飾りの両脇から、金のラッパ型補聴器のようなものが飛び出て、小さなキラキラ光る青い翼が一対、頭の頂上を通る革紐に差し込まれ、オレンジ色の──ルーナがイヤリングにしていた──蕪が一つ、額に巻かれたもう一本の紐に差し込まれている。

 

 

突然ギシギシ、と階段を踏み締める音が聞こえてきて、ソフィアとハリーが側にある螺旋階段を見るとゼノフィリクスがバラバラなティーカップと、湯気を立てたティーポットの載った盆を持ち部屋に現れた。

 

 

「ああ、私のお気に入りの発明を見つけたようだね」

 

 

盆を机の上に置いたゼノフィリクスは、石像

の側に立っているハリーとソフィアに近づき胸を逸らし誇らしげに石像を見た。

 

 

「まさに打ってつけの、麗しのロウェナ・レイブンクローの頭をモデルに制作した。計り知れぬ英知こそ、我らが最大の宝なり!

これはラックスパート吸い上げ機だ。思考する者の身近にある全ての雑念の源を取り除く。これは、ビリーウィグのプロペラで、考え方や気分を高揚させる。極め付けは──スモモ飛行船だ。異常な事を受け入れる能力を高めてくれる」

 

 

ソフィアとハリーはそんなものを頭につけて果たして無事にいられるのだろうか──そう思ったが、言葉には出さずに曖昧に笑うと、その発明品を「ぜひ、かぶってみなさい」と言われる前にさも他のものにも興味があるようなフリをしながらそっとその場を離れた。

 

 

「砂糖は自分で入れてくれ。もうすぐルーナが戻ってくるからね。私はスープの下準備をしてこよう」

 

 

ゼノフィリウスはティーポット横にある紅茶が入った派手な色彩の陶器を指差すと、また足早に螺旋階段を降りて行った。

長時間歩き、喉がカラカラに乾いていたロンはすぐに紅茶に飛びついた。奇妙な赤い色に若干眉を寄せたが気にせずカップに注ぎ、砂糖をひと匙入れる。ソフィア達もロンと同じように紅茶を注いでいたが、一口飲んだロンが勢いよく吐き出したのを見て慌ててのけぞった。

 

 

「うっ、ひ──酷い味だ!」

 

 

ロンは口元を押さえ、嫌そうに舌を出しながら顔を歪ませる。そんなにひどい味なのか──ハリーは興味から唇の先に紅茶を少し当て舐めてみたが、突然口内に百味ビーンズの鼻くそ味をより凶悪にした味を感じ、込み上げる吐き気を抑えながらカップを机に置いた。

 

 

「っ……こ、これは……ちょっと癖があるわね……」

「癖があるどころの話じゃないわよ!」

 

 

ソフィアとハーマイオニーも一口飲んだだけでそれ以上飲む事はできず、顔をしかめながらカップを置いた。

最悪な口の中を元に戻すために水か何か──安全そうなものに限るが──ないかと、ハリーは口元を押さえながら動き回り、一階にあるキッチンに行けば水がもらえるだろうか。紅茶が口に合わなかった事が知られて気を悪くするだろうか──と考えながら螺旋階段まで近づき、ふと何気なく上を見た途端息を呑んだ。

 

どきりと心臓が跳ね、ハリーは口の中の状況も忘れ天井を見つめた。そこには自分の顔があり、自分が天井から見下ろしていたのだ。一瞬鏡に映った顔なのかと思ったが、よく見ればそれは精巧に描かれた絵であることに気づき、ハリーは好奇心に駆られるまま階段を上り始めた。

 

 

ソフィアの「ハリー、ゼノフィリウスさんがいないのに、勝手に上っちゃダメだわ」と小声で制止する声が聞こえていたが、ハリーはその言葉が聞こえる時には既に上の階にいた。

 

ルーナは天井を素晴らしい絵で飾っていた。

ハリーだけではない。ソフィア、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー……ホグワーツの絵のように動かないにも関わらず、その絵には不思議な魅力があった。絵の周りに細かい金の鎖が練り込んであり、六人を繋いでいる。暫く絵を眺めていたハリーは、その鎖がただの鎖ではなく、繰り返し同じ言葉が細かい字で書かれていることに気づいた。

 

 

──友達、友達、友達──

 

 

ハリーが絵を眺め、胸を熱くさせている間にソフィアとロンとハーマイオニーもおずおずと螺旋階段を登り、ハリーが一心に眺めている天井を見て言葉を失わせた。この絵を描いたルーナの気持ちが、痛いほど伝わってきたのだ。

 

ソフィアは部屋を見回し、ベッドの脇にある大きな写真立てに小さい頃のルーナと、ルーナそっくりの顔をした女性が幸せそうに抱き合いながら映っているのを見て表情を綻ばせた。その幸せに溢れた二人は抱き合い、時折くるくると楽しげに回っている。笑う二人の声まで不思議と聞こえてくるようだった。

 

しかし、その写真は埃をかぶっていた。ルーナは掃除をきちんとしなかったのだろうか?──いや、写真立てだけではない。淡い水色の絨毯や机にも厚く埃が積もり、長らく誰も足を踏み入れていない事を物語っている。

中途半端に開かれた洋服ダンスには一着も服が無く、ベッドメイクだけはされているがそれにも埃が被り長期間誰も寝た跡が無く、冷えていてよそよそしい。

一番手前の窓には蜘蛛が大きな巣を張っている。ルーナならば蜘蛛も楽しい同居人と考えそのままにするかもしれないが、しかしこの跡のない埃はおかしい。

 

ソフィアだけでなく、ハリー達も同じように奇妙な違和感に気付き怪訝な顔をしていた。

 

 

──まるで、数ヶ月間、この部屋の主が帰宅していないようだ。

 

 

それに気付き、嫌な予感がぞわりとソフィアの背筋を撫でた。ソフィアは表情を強張らせると、二段飛ばしで螺旋階段を駆け降りる。弾かれるようにして降りていったソフィアに、ハリー達は驚いて「ソフィア!?」と叫び慌てて螺旋階段を降りた。

 

ソフィアは部屋の中を見回し、一際大きな爆発音を立てて停止した印刷機に近づく。新しく刷られたばかりのザ・クィブラーの表紙には、ハリーの写真と共に問題分子ナンバーワンの文字が賞金額と共に鮮やかに書かれていた。

 

 

「なっ──なにこれ!」

 

 

食い入るようにザ・クィブラーを見ていたソフィアの隣から覗き込んだハーマイオニーは悲鳴にも似た声を上げソフィアの手から雑誌を奪い取るとわなわなと手を振るわせる。

ロンとハリーもそこに書かれた文字を読み、さっと表情を変えた。

 

 

「そんな、この雑誌は君を擁護していた!本当だ!」

「それじゃ、論調が変わったってわけだ」

 

 

ハリーは人の心の移り変わりの軽さを知っている。それがルーナの父であるのは胸が締め付けられるようだったが、失望を隠しながらあくまで冷静に吐き捨てた。

 

 

「まずいわ!なら、すぐに逃げないと──」

 

 

安全だと思いここまでやってきて姿を見せたが、いつ敵が乗り込んでくるかわからない。ハーマイオニーはすぐにロンとハリーの腕を掴み姿くらましをする準備をしたが、ソフィアは手を伸ばすハリーにゆっくりと首を振り一歩下がった。

 

 

「ソフィア?」

「──駄目よ。確認しなければならないことがあるの。だから、ゼノフィリウスさんにもう一度会わないと」

「そんな時間ないわ!何を確認するの?もうあのマークの事はいいでしょう!?」

 

 

死喰い人が来る。その恐怖に支配されたハーマイオニーは顔を引き攣らせ階下にいるゼノフィリウスに聞こえないように小声で叫び、焦ったそうにソフィアを睨む。

 

 

「だめよ。私の予想が正しいのなら、ルーナが──ルーナが、危険なのかもしれない」

 

 

そのソフィアの言葉に、ハリー達は天井に描かれたルーナの強い感情を思い出し──ルーナは、友達だ──目を見開いた。

 

 



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425 本当は?

 

 

ソフィアは先頭に立ち、ローブの下で杖を握りながらわざと足音を立てて螺旋階段を降りた。ハリーとロンとハーマイオニーは一体なぜルーナが危険なのか、漠然とした不安と緊張でややぎこちない動きになりながらもその後に続く。

 

一階のキッチンでは、ソフィア達が降りてきたことに気づいたゼノフィリウスが驚き狼狽したように視線を彷徨わせたが、すぐにかたかたと湯気を出す大きなスープ鍋に背を向け人当たりの良い笑みを浮かべた。

 

 

「どうしたんだ?紅茶のお代わりかな?すぐに持っていくよ。ああ、クッキーかなにかが欲しいのかな?でももうすぐスープができる。食べすぎると──」

「ゼノフィリウスさん、ルーナはどこですか?」

 

 

ゼノフィリウスの言葉を遮り、ソフィアはキッチンを見回しながら言った。ゼノフィリウスは一瞬言葉に詰まったが、すぐに「まだ川だよ」と当然のことに言う。

 

キッチンを見ていたソフィアは、シンクに洗われていない一人分の食器があることに気づく。それを見たあと、ゆっくりとゼノフィリウスに視線を移した。

 

 

「ルーナは、何ヶ月も川に魚釣りをしに行っているんですか?」

「な──何を?」

「ルーナは、何週間もここにいませんよね。部屋にはぶ厚い埃がありました」

「あ、ああ。掃除が苦手な子で──」

「踏まれた跡もないのに、どうやって部屋で過ごすんですか?それに、洋服もありませんでした」

 

 

静かなソフィアの言葉に、ゼノフィリウスはひゅっと喉の奥で息を呑み、ちらりと窓を見てまたすぐにソフィアを見た。

 

 

「それは、久しぶりに──戻ってきたから私の部屋で寝ているんだ」

「ザ・クィブラーの最新号、見ました。──ゼノフィリウスさん、本当の事を教えてください。ルーナの大切なお父さんを傷つけたくありません」

 

 

ソフィアは杖を抜き、ゼノフィリウスに向けた。ソフィアだけでなく、ハリー達も杖を向けた。ソフィアの言う通り、あの部屋はどこかおかしかった。その理由がようやくわかったのだ──あの部屋には生活感が無さすぎる。

ゼノフィリウスは杖を抜こうと中途半端に手を動かしたが、向けられる杖の本数に凍りついたように立ち尽くす。

数秒、緊張を孕んだ静寂がキッチンに落ちたが、ゼノフィリウスは震えながら唇を舐めると、観念したのか正気のない弱々しい声で囁いた。

 

 

「私のルーナが、連れ去られた。私が書いていた記事のせいで。あいつらは私のルーナを連れていった。どこにいるのか、連中がルーナに、な、何をしたのかわからない。しかし、私のルーナを返してもらうには──もしかしたら──もしかしたら──」

「さっき、外をこの家のフクロウが飛んでいったのを見ました。魔法省に飛ばしたんですね」

 

 

ハリーは目まぐるしく頭を回転させながら冷たい声で聞いた。途端にゼノフィリウスは憔悴しきった顔を小さく振るわせる。頷くことも、否定もしなかったがそれが答えだろう。

 

 

「ハリーを引き渡すつもりか?僕たちは出ていく!」

「そうはいかない!」

 

 

ロンは怒り叫んだが、その叫びを掻き消すほどの金切り声でゼノフィリウスが叫び、死人のように青ざめながら首を振り、無駄だと分かりつつも杖を抜いた。

 

 

「連中は、じきやってくる。私はルーナを救わねばならない。ルーナを失うわけにはいかない!君たちはここを出てはならないのだ!」

「……ええ、わかっています。ゼノフィリウスさん」

 

 

肩で息をし、必死の形相を浮かべるゼノフィリウスを落ち着かせようとソフィアは緊張しながらもゆっくりと語りかけ、自分が持つ杖先を下ろした。──それに動揺したのはゼノフィリウスだけではないだろう。

 

 

「ルーナは、私たちの友達です。大切な友達なんです。ルーナを救いたい気持ちは私たちにもあります。でも、ハリーを引き渡す事はできません」

「そ──それしか方法がないんだ!ルーナは、私のルーナは、こうしている間にも酷いご──拷問を──」

 

 

ゼノフィリウスは恐怖で血走った目を見開き、それを言うのが耐えられないとばかりに首を振った。

魔法省に──いや、ヴォルデモートに──反抗する人がどのような扱いを受けているのか、ソフィア達にはわからない。しかし、清潔な部屋でティータイムをしていないのは間違いないだろう。ゼノフィリウスが言うように、何か良い情報を得るために拷問を受ける可能性は残酷な事に、高い。不審死や、行方不明者は依然として多く、魔法省は捜査していると言っているがそれも建前だろう。まさか、自分たちが屠っているとはいえまい。

 

それを理解しているからこそゼノフィリウスは何としてでもルーナを助けたかった。彼女の友人であり、ずっと肯定していたハリー・ポッターを売ったとしても。たった一人の家族、大切な妻の忘形見。救う手立てがあるのならなんだってしようと思うのが親だろう。

 

 

「ルーナは、ゼノフィリウスさんが書いた記事が原因で連れ去られたんですね?」

「っ……そうだ、私があんなことを書かなければ……」

「ハリーについて何かを知っているだろうと思われたから、ではなく?」

「それは──それは、おそらく、違う。私のせいなのだ」

 

 

自分のせいでルーナを巻き込んでしまった。ゼノフィリウスは絞り出すような掠れ声で呟くと、震える片手で顔を覆った。

ハリーを売ろうとした怒りに支配されていたロンは初めて会った時よりも憔悴し、死人のように青い顔をしているゼノフィリウスを見て、彼の行った事は許せないが、それでも流石に気の毒に思った。どうしようか、という意味を込めてハーマイオニーとハリーを見たが、二人ともどうすればいいのかわからず緊張と困惑した顔で黙り込んでいる。

 

 

「それなら、ルーナは死ぬ事はありません。あなたの書いた記事──ハリーを擁護する記事に対する見せしめならば、ハリーを問題分子とする記事に変えたなら、すぐにとは言えませんが解放されるでしょう」

「ほ──本当か?」

 

 

ゼノフィリウスの瞳に僅かに生気が戻る。縋るように見つめてくるゼノフィリウスの視線を受け、ソフィアは静かに頷いた。

 

 

「あなたがこれから彼らの決定に従い、傀儡として記事を書き続けるのなら」

 

 

記者として、編集長として、偽りを世界に発信し続けるのは自分のプライドが許さない。今まで信じている事を──自分にとって世界の全てを、偽りなく書いてきた。

それでも、世界で一番大切なルーナを守ることができるのなら、今まで守ってきたものを踏み躙り道化になる覚悟は出来ている。

 

 

「……それで、ルーナが戻ってくるのならば」

 

 

ゼノフィリウスの決意が籠った言葉に頷き、ソフィアは完全に杖を下ろすとハリーを振り返り、じっと見つめる。

 

 

「でも──ここに連中が来るのなら……どうせなら──これは……つまり、そうよね……?」

「ソフィア?」

 

 

ハリーを見ながら喉の奥でぶつぶつと呟くソフィアを見て、ハリーは何故か胃の奥がもやりとしたのを感じた。確かな決意が籠った瞳をしているのは、ゼノフィリウスだけではない──なぜか、ソフィアも同じだ。

 

 

「ルーナが無事にゼノフィリウスさんの元へ戻る確率を上げたい……それなら、私が──そうよね、そうする方がいいわ。──ハリー、ロン、ハーマイオニー、透明マントを被って」

「きみ、なんだかハーマイオニーに似てきたな」

 

 

今までソフィアはまだ分かりやすい言葉でロンとハリーに説明することが多かったが、時折自己完結し詳しい説明をせず行動に移してしまうことがある。それは優秀で機転が早すぎるハーマイオニーの悪癖であったが──ソフィアも、他者に噛み砕いて説明するほどの余裕が心にないのだろう。この旅に出てから何度か同じようなことがあった。

 

嫌そうに眉を寄せながら言うロンに、ソフィアは少し場違いに呆けたような顔をしたがすぐに表情を引き締めぐるりと三人を見回した。

 

 

「ルーナは助けなければならない。多分、私たちが何もしなくてもゼノフィリウスさんが考えを改めた記事を出せば帰ってくるかもしれない。でも、不確かなのも事実よ。少しでもルーナとゼノフィリウスさんの待遇をよくしたいの。それにはゼノフィリウスさんがハリーを捕まえて売ろうとした事実を、彼らが本当だと信じなければならないわ。でも、いくら口で言っても、ハリー本人がここにいた事を見なければ事実にはならない。

だから、連中が来る前にここを出るんじゃなくて、ハリーの姿を見せるの」

「そんな──たしかに、そうすれば確実だわ!だけど、危険すぎるわ!」

「そうだよ、敵は何人でくるかわからない。もし──何かの間違いで例のあの人が来たらどうするんだ?」

 

 

ロンとハーマイオニーの言葉にソフィアは「それは、確かにそうかもしれないわ」と苦い表情で頷く。ただの通報で──それも、あのザ・クィブラーの編集長であるゼノフィリウスのだ──ヴォルデモート本人が来る可能性はないだろう。それでも、ハリー・ポッターがいる。それを死喰い人を通して知れば間違いなく現れる。

 

自分を危険な目に遭わせる事はできないと言うロンとハーマイオニーの怒りと戸惑いを聞き、ハリーは胸の奥が熱くなりながらも「いや、それが良いと思う」と頷いた。

 

 

「でも、ハリー!」

「ラブグッドさんは、何年も前から僕を信じて、擁護してくれた。その恩を返さなきゃならない。それに、ルーナは僕の友達だ」

 

 

まだ魔法省がヴォルデモートの復活を認めず、ハリーを『目立ちたがりの妄想家』だと揶揄していた時。ザ・クィブラーの記事に紛れもなく救われていた。世界中が敵ではなく、味方もいるのだとはじめて自分の目で理解できたのだ。

 

 

「でも、どうするの?姿を見せて、すぐに姿くらましで……?」

「勿論、ハリーに危険な事はさせられないわ。だから、これを使って──」

 

 

ソフィアは鞄から細い小瓶を取り出し、ぐっと手の中で握り込んだ。

それが何を意味するのか知っているハリーとロンとハーマイオニーはすぐに「駄目!」と叫びソフィアに詰め寄り、ゼノフィリウスは困惑した目で彼らを見つめた。

 

 

 



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426 裏切りと企み!

 

ゼノフィリウスからの通報で、トラバースとセルウィンはマグル生まれの尋問を渋々切り上げ彼の家へと向かっていた。

 

 

「本当にポッターがいると思うか?」

「まさか。しかし通報は通報だ。行かねばならん」

「先週はあの馬鹿馬鹿しい髪飾りと娘を交換したい、その前はクソの役にも立たない角と交換したい。──今度はポッターに似た庭小人を見つけたと言うに10ガリオン賭ける」

「は!残念だが賭けは成立しないな」

 

 

死喰い人にとって邪魔になる思想の種は摘まねばならない。その見せしめとしてザ・クィブラーの編集長の娘を攫ったが、ハリー・ポッターに対する有効な情報は一切無く、妄言ばかり吐き空想を書き写す事しかしていなかった。

どうせ今回も娘を返してほしいと嘆願し、その代わりに何か別の物を差し出すと言うだけだろう。とセルウィンとトラバースは考え、苛立ちながら眼下に広がる奇妙な家の前に降り立った。

 

 

「時間の無駄通報だと思うがね」

「それなら──あの小娘の指を一本返却するのもいいかもしれんな」

 

 

箒を苔むした壁に立てかけながらトラバースは喉の奥で低く笑った。セルウィンは不揃いな前歯を見せながら卑しく笑い、自分の小指をくい、と折り曲げた。

 

 

「ラブグッド、入るぞ」

 

 

乱暴にノックをしたトラバースは、ゼノフィリウスの返答を聞く事なく扉を開ける。

 

 

「──麻痺せよ(ステューピファイ!)!」

 

 

彼は扉を開き切る前に白い光線に撃ち抜かれ体を大きく硬直させた。セルウィンは倒れるトラバースの体をスローモーションのように滑稽なほどゆっくりと呆然と見ていた。

 

──何が、まさかラブグッドが娘を返してもらうために我々に刃向かったのか?

 

セルウィンは杖を抜きながら、特徴的なボサバサ頭のゼノフィリウスに向かって呪文を放とうと思った。しかし、ゼノフィリウスの顔は引き攣り、呆気に取られたように口を開いている。今魔法を放ったのはこいつではない。その証拠に、こいつの杖先は別の方向を向いている。ならば、誰が──?

 

 

武装解除(エクスペリアームス)!」

 

 

その呪文は防ぐことができず、セルウィンの腕を貫き杖は大きく弧を描き、そこにいるはずのない男の手の中に落ちた。

 

 

「──そんな、よくも裏切ったな!ラブグッド!」

 

 

絶望と怒りに満ちた鋭い声が響いた。

部屋の奥に憎悪と困惑の表情を浮かべているのは、指名手配の写真よりも痩せこけ汚れていたが、意思の強そうな瞳と、額に張り付いた前髪の奥に見える特徴的な傷痕は変わらない──ハリー・ポッターだった。

 

 

セルウィンは──トラバースもだが──腕に闇の印の無い雑多の下っ端ではない。何度か闇祓いとの戦闘経験もあり、本来ならばハリーに遅れをとり無様に気絶し、杖を奪われるような魔法使いではなかった。

 

それでも、彼らがこうなってしまったのは──ゼノフィリウスに呼び出され、娘を返してもらいたいゼノフィリウスから馬鹿げた提案を受けたのは一度ではなく、彼が編集長を勤めているザ・クィブラーの雑誌の妄言や戯言を知っていたからだ。

つまり、彼らは本当にここにハリー・ポッターがいるわけがない。と油断していたのだ。

 

 

「ハリー・ポッター……!」

「早くポッターを捕まえてくれ!ルーナを──私の娘を返してくれ!」

 

 

ゼノフィリウスは引き攣った声で叫び、口先から泡を飛ばしながらハリーを指差す。

ハリーが憎々しげにゼノフィリウスを見て杖を振り上げた瞬間、セルウィンは気絶しているトラバースに飛びつきそのポケットの中に手を突っ込んだ。

 

 

忘れろ!(オブリビエイト!)── 爆発せよ!(コンフリンゴ!)

「うっ──」

「ぐあっ!!」

 

 

ハリーはゼノフィリウスに忘却呪文を、セルウィンに爆破呪文を唱えた。セルウィンがトラバースの杖を掲げるよりも先に、セルウィンとトラバースの間で爆破が起こり、赤と白の火花が瞬時に彼らを炎で包み込む。

 

爆破の勢いで弾かれたセルウィンは開いたままだった扉の向こうにひっくり返り、燃え爆ぜるローブと痛みに悲鳴をあげ土の上を転げ回る。

気絶したままのトラバースは、ぴくりとも動くことなくぱちぱちと背中を燃やしていた。

 

一瞬、ハリーは動揺したが──すぐに杖を振り杖先から水を出すとトラバースの体や床に燃え広がっていた炎を鎮火させ、そのまま踵を返し部屋の奥へと走り手を伸ばした。

 

 

ハリー以外見ることは無かったが、何もない空間から白い手が現れ、それはハリーの腕を掴むと中へ引き込むようにし──ぐるりと回転してその場から消えた。

 

 

 

 

ハリー──いや、ポリジュース薬によりハリーに変身していたソフィアは草を踏み締めよろめいた。辺りは夕暮れ色に染まる草原であり、先ほどまでいた場所からかなり距離があるのか気温が少し高い。

 

すぐに目の前の透明な空間が歪み、蒼白な顔をしたハーマイオニーが現れると何も言わずソフィアを強く抱きしめ──その体は小さく震えていた──ソフィアが息を吐き出すよりも前にぱっと体を離すと杖を振り、周りに円を描いて走り出した。

 

 

万全の守り(プロテゴ マキシマ)……呪いを避けよ(サルビオ ヘクシア)……」

 

 

ハーマイオニーが保護魔法をかける声を聞きながら、ようやく無事逃げおおせたのだとわかり、その場に崩れるようにしてしゃがみ込み胸を強く押さえ大きく息を吐いた。

途端に心臓がどくどくと嫌な音を立て、額や背中にドッと汗をかく。

 

 

「ソフィア、きみって凄いや!」

「大丈夫!?」

「ええ……ありがとう、ロン、ハリー」

 

 

ロンは目の前で繰り広げられた魔法に興奮しきりソフィアの勇気を讃え、ハリーは心配そうにソフィアの肩に手を乗せ顔を覗き込んだ。

まだソフィアの姿はハリーのままであり、ハリーは少し複雑な気持ちをしながらも自分の顔が弱々しく微笑んでいるのを見て胸を痛めた。

 

 

「ゼノフィリウスさんは今日の記憶を失ったわ。──もしかしたら二、三日かもしれないけれど──あの場にいた二人はしっかりとこの姿を見たし、ゼノフィリウスさんが嘘をついて呼び出したとは思わない。きっと裏切ったとバレないはずよ」

 

 

ソフィアはハリーの姿に変わり、死喰い人達にその姿を見せる意味があった。そうすればゼノフィリウスは彼らにとって有益な情報を渡した事になり、きっと捕えられているルーナの処遇も幾分かマシになるだろう。これですぐ解放されたならいいが、そればかりはソフィア達にはわからなかった。

ソフィアが一人で行ったのも、ハリー本人に慣れない杖で行わせる事はできず──そもそもハリーはオブリビエイトを上手く使うことができない──ロンとハーマイオニーの姿も彼らに見せる事はできない。

ハリー・ポッターは一人で逃げていると思わせなければいけないのだ。両親の記憶を消し外国へ逃したハーマイオニーはともかく、魔法省で勤務しているアーサーが父であり、病気で寝たきりだと思われているロンや、死亡した事になっているソフィアの姿を敵に晒す事はできない。

 

 

「ルーナはどこで捕まっているんだろう」

「うーん、アズカバンかもな。だけど、あそこで生き延びられるかどうか……大勢がだめになって……」

 

 

本当ならばルーナを助けに行きたいハリーの呟きに、ロンは難しい表情で答える。アズカバンはヴォルデモートが支配してから再び吸魂鬼が看守となっている。幸福な気持ちを吸い、廃人化させてしまう吸魂鬼にはたしてルーナは無事ゼノフィリウスの元に帰ることができるのだろうか。最悪、魂を失い抜け殻となった状態で戻されるかもしれない。

 

 

「ルーナは生き延びるわ!」

 

 

保護魔法をかけ終わったハーマイオニーがテントを鞄から引っ張り出しながら決然と言った。

 

 

「ルーナはタフだ。僕たちが思うよりもずっと強い。きっと監獄に囚われている人たちにラックスパートとかナーグルのことを教えているよ」

 

 

ハリーはルーナの芯の強さを知っている。他人に嘲笑され後ろ指を刺されようが、同級生からの虐めに遭おうがルーナは堂々と胸を張り自分の世界を大切にしながら生きている。

そんなルーナがぶるぶると震え廃人になっている姿は想像できず──想像、したくない──ハーマイオニーとソフィアは彼女のことを思い、いつも通りの夢心地の声で話す様子を思い少しだけ笑った。

 

 

 



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427 言えなかった事?

 

 

四人はテントを張って中に入り、ロンが紅茶を入れた。

寒々とした狭く黴臭いテントの中でも、ここだけが安息地だと思うと体や脳を支配していた緊張が解け、ようやく四人はほっと息をつく。

 

 

「ああ……やっぱりあなたが正しかったわ、ハリー。ゴドリックの谷の二の舞だった。まったく時間の無駄!死の秘宝、だなんてくだらない……」

 

 

ハーマイオニーは大きくため息を吐き、鞄の中からビードルの物語の本を取り出すと乱雑に机の上に置いた。ゼノフィリウスの元へ行くことをハリーは最後まで渋っていたのだ。何か敵がいるかもしれないと言ったがそれでも向かいたいと言ったのはハーマイオニーとソフィアだった。

 

 

「──もしかして、全てあの人の作り話だったんじゃないかしら?ゼノフィリウスは、たぶん死の秘宝なんて全く信じてないんだわ。死喰い人が来るまで、時間稼ぎをしたかったのよ!」

「それは違うと思うな。緊張している時にでっちあげの話をするなんて、意外と難しいんだ。人攫いに捕まったとき、そう思わなかったか?僕はスタンのフリをする方が、まったく知らない誰かをでっちあげるよりもずっと簡単だった。だって、少しはスタンのことを知っていたからね。ラブグッドも僕たちを足止めしようとして凄くプレッシャーがかかってたはずだ。本当のことを言ったと思うな。──本当だと思っていることをね」

「でも、どっちみちでたらめだって事は間違いないわ。死の秘宝だなんて有り得ないもの」

 

 

ハーマイオニーはもう一度ため息をつくと温かい紅茶を飲んだ。

ハリーとソフィアは、透明マントが実際にあることから他の死の秘宝も──ほとんどあり得ないかもしれないが──あるのかもしれない。と思っているが、現実主義であり、さまざまな文献を読みそんな言葉一つ見たことがないハーマイオニーは全く信じていなかった。

 

 

「でも、待てよ?秘密の部屋だって伝説上のものだと思われていたんじゃないか?」

「でも、ロン。死の秘宝なんて有り得ないわ!」

「でも、そのうちの一つは本当にあるものでしょう?」

 

 

ソフィアは体がむず痒くなりだし、居心地悪そうにそわそわとしながらハーマイオニーを見下ろした。いつもより視線が低い場所にあるハーマイオニーはソフィアを睨み上げ「三人兄弟の話は御伽話よ」と言い切る。

 

 

「マグルの方でも同じような御伽話はあるでしょう?えーっと……シンデレラとか?でも、それも実際にあった話を元に作られたって先生は言っていたわ。同じようにビードルは実際にあった事を御伽話にしたんじゃないかしら」

「それは──」

「ダンブルドア先生は死の秘宝について私たちに知らせたかった。それは間違いないわ。まさかグリンデルバルドの元へ向かって欲しいだなんて思えないし……なら、死の秘宝が……分霊箱に繋がるヒントで、私たちの旅に必要なものだと考えるべきよ。そうね、たとえば蘇りの石は死者を蘇らせるんじゃなくてどんな怪我や病気も治せる石の事で、ニワトコの杖は最強の杖じゃなくて、分霊箱を破壊できる材料を芯とした杖だと考えてみるのはどう?」

「うーん……それなら、まぁ、賢者の石もあるしバジリスクの毒牙を芯に使っているのなら有り得なくもないかもしれないわ」

 

 

ソフィアも全てを信じているわけではないが、死の秘宝と呼ばれるものが膨大な年月を重ねていくうちに過大評価されてしまったのかもしれない。死の秘宝の元になった伝説上の物が分霊箱を破壊するために必要な物なのかもしれない──そう考えるとまだ現実味が湧く。

ハーマイオニーもそれならばまだ自分の中の常識と照らし合わせたとしても「ない事はない」と言え、渋々頷いた。

 

 

「私もハーマイオニーと同じで死の秘宝全てを信じているわけではないわ。でも、馬鹿馬鹿しいとは思わないの。ペベレル家のことについてもっとわかればよかったんだけど……」

「その人のこと、何もわからないの?」

「ええ」

「私とソフィアで探したんだけど、たった一箇所しか名前がなかったわ」

 

 

ハリーの疑問にソフィアとハーマイオニーは頷き残念そうにしながら答えた。

 

 

「生粋の貴族、という魔法界の純血家系図に載っていたわ。ペベレル家は、もう早くに男子の血筋が途絶えてしまったらしいの」

「男子の血筋が途絶える?」

 

 

あまり聞き覚えのない言い回しに、ロンは怪訝な顔をしながらハーマイオニーを見る。ハーマイオニーは紅茶の中に角砂糖を一つ落とし、ティースプーンでゆっくりと混ぜながら「つまりね」と教師のように説明を始めた。

 

 

「氏が耐えてしまったということよ。ペベレル家の場合は何世紀も前にね。子孫はまだいるかもしれないけど、違う姓を名乗っているわ」

 

 

違う姓を名乗っている。

その言葉を聞いた途端、ハリーの頭に閃くものがあった。ペベレル姓の名を聞いたときに揺さぶられていた記憶だ。そうだ、確かあれは昨年、魔法省の役人の鼻先で醜い指輪を見せびらかしていた汚らわしい老人が言っていた──。

 

 

「マールヴォロ・ゴーント!」

 

 

ハリーの叫びに、ソフィアとハーマイオニーとロンは「えっ?」と同時に聞き返した。

 

 

「マールヴォロ・ゴーントだ!例のあの人の祖父の!憂いの篩の中で、ダンブルドアと一緒に見た!マールヴォロ・ゴーントはペベレルの子孫だと言っていた!

あの指輪。分霊箱になったあの指輪だ。マールヴォロ・ゴーントが、ペベレルの紋章がついていると言っていた!魔法省の役人の前で、ゴーントがそれを振って見せていた。ほとんど鼻の穴に突っ込みそうだった!」

「どんな紋章だったの?覚えてる?」

「いや、はっきりとは……僕の見た限りでは、派手なものはなかった。引っ掻いたような線が二、三本だったかもしれない。本当によく見たのは、指輪が割れたあとだったから」

「どんな風に割れたの?」

「真っ二つだったよ。真ん中から」

「線は、横に三本?縦?──それとも、石をもし合わせたら……こんな風だった?」

 

 

ソフィアは真剣な顔で指先で小さく空に三角形を描いた。ハリーはハッとして息を飲み、ハーマイオニーも目を見開き言葉を無くした。

ハリーが見たのは縦に三本でも横に三本でもない、もしそんな単純な線ならばよく覚えていただろう。あの石は割れていたが、頭の中でパズルのように組み合わせると──確かにソフィアが指先で描くような形だった気がしたのだ。

 

 

「おっどろきー……それがまたしても例の印だって言うのか?秘宝の印だって?」

 

 

ロンは驚愕し、目を瞬かせながらハリーとソフィアを交互に見る。ソフィアとハリーは同じ顔で何度も同時に頷いた。

 

 

「その可能性は高いわ」

「そうだ!マールヴォロ・ゴーントは畜生みたいな暮らしをしていた無知な老人で、唯一自分の家系だけが大切だった。あの指輪が何世紀にも渡って受け継がれていたものだとしたら、ゴーントはそれが本当は何なのかを知らなかったのかもしれない。あの家には本なんかなかったし。あいつは間違っても子供たちに御伽話を聞かせるようなタイプじゃなかった。それが紋章で、自分は純血で貴族だということが重要だったんだ!」

「それは、それで面白い話だわ。でも、ハリー、あなたの考えていることが私の想像通りなら──」

 

「そう、そうだよ。そうなんだ!」とハリーは慎重さを投げ捨てて叫んだ。ハリーの怒りに触れないよう──冷静に話すことができるように──慎重に低い声で言ったハーマイオニーの言葉を遮り、ハリーは応援を求めるように徐々に元の姿に戻りつつあるソフィアを見た。

 

 

「あれが石だったんだ。そうだろう?」

「それな──ら──」

 

 

ハリーの低い声から元のソフィアの高い声にいきなり戻り、ソフィアは何度か喉の奥で小さく咳をした後、喉元を揉みつつハリーの緑の目をじっと見た。

 

 

「それなら、壊れた石はどこにあるの?あれが秘宝の一つだとして、分霊箱だったんでしょう?」

「どこに──いま、どこに……ダンブルドアは指輪を割った後、どこにやったのかな……」

 

 

ハリーは座っていられず立ち上がり、狭いテントの中をうろうろと歩き回った。

ハーマイオニーはなおも有り得ないと疑念を抱く顔で黙り込み、ロンは呆気に取られ動き回るハリーを目で追い、ソフィアは考え込みじっと紅茶を見下ろし自分の唇を無意識のうちに指先で撫でた。

 

 

三つの品。つまり、秘宝はもし三つ集められれば、持ち主は死を制するものとなる。死を制する、征服者──最後の敵なる死もまた滅ぼされん──。

 

秘宝を所有する者として、ヴォルデモートと対峙しろと言うことだろうか?ダンブルドアはそれを伝えたかったのか?ソフィアが言うように、分霊箱は秘宝には敵わないのか?一方が生きる限り他方は生きられぬ、これがその答えだろうか?

僕が最後に勝利者になるためには死を征服しなければならない。死の秘宝の持ち主になれば、僕は安全なのだろうか?

 

 

「……蘇りの石の子孫がゴーント家で代々伝わっていたのなら、もしかして──ポッター家は……」

 

 

ぐるぐると思想が湧いては混沌と積み上げられていく中、ソフィアの小さな呟きがハリーの耳に飛び込んだ。

 

 

「──そうだ!これは僕のお父さんのものだった。代々伝わっていたのなら、僕はペベレル家の血筋なのかもしれない。イグノタス・ペベレルは、ゴドリックの谷に埋葬されている。それに──それに──今気づいたんだけど……」

 

 

ハリーは勢いよくソフィアを振り返り──ソフィアの姿はすっかり元に戻っていた──大股で駆け寄るとその華奢になった両肩を強く掴んだ。驚き目を見開くソフィアの瞳を見ながら、ハリーは数週間前ゴドリックの谷から逃げおおせたときにヴォルデモートの記憶と繋がりそのときに見た光景や、一年生の時、透明マントについてダンブルドアから聞いた事を思い出していた。

 

 

「例のあの人が僕の両親とソフィアの家族を殺した時、誰も隠れていなかった。あの場に透明マントはなかったんだ!僕も、君のお兄さんも、母さんも、誰も隠されていなかった!透明マントは、ダンブルドアが持っていたんだ。一年生の時に僕の父さんから預かっていたって僕に言った!ダンブルドアは調べたかったんだ、これは本物の透明マントで、三番目の秘宝じゃないかって!」

「そんな!──で、でも……あ、あり得るわ。ダンブルドア先生は、シリウスが守り人だと思っていた。あの場所が安全だと信じていたから、死から逃れることができる透明マントを借りたのね……ダンブルドア先生は、死の秘宝を信じていた、だからどうしても調べたかった……」

「そうだ!そうに違いない。これは本物の透明マントで、僕はイグノタスの子孫だ。本当に秘宝は存在する!これで全ての辻褄が合う!」

 

 

ハリーは秘宝を信じることにより確実に武装されたように感じた。秘宝を所有するだけで、死から守られるかのように感じ興奮しながらも思考だけは高速で回転させる。ダンブルドアは、蘇りの石をどこに隠したのだろうか、全てはダンブルドアから遺贈されたものに繋がっている──?

 

素晴らしい発見がハリーの脳に舞い降りた。

ハリーはソフィアの肩から手を離すと、服の下に隠してある巾着を手繰り寄せその中からもうほとんど動かなくなったスニッチをつかみ出した。

 

 

「この中だ!ダンブルドアは、きっと僕に指輪を残した──この中だ!」

 

 

衝撃と驚きが体の中から噴き出し、ハリーは勢いのまま叫び黙ったままのハーマイオニーとロンを振り返る。

しかし、二人の表情はハリーが期待していたような明るいものではなく何故か不意を突かれたように固まっていた。なぜ二人がそんな表情をするのかわからず、ハリーは焦ったくなりながら自分の意見を後押ししてくれる事を期待してソフィアを見た。

 

 

「ソフィア、そう思うよね?」

「──ええ、そうだといいと思うわ」

 

 

ソフィアはハリーの気持ちを低下させないように慎重に言葉を選び、強く握りすぎて白くなっているハリーの手を優しく包み込んだ。

 

 

「マントはある、蘇りの石はこの中だ。あとはニワトコの杖──」

 

 

ニワトコの杖の事を考えた時、急激に今までの興奮や喜びが萎んでいってしまった。煌びやかな舞台の幕が降りたように、輝かしい希望や興奮や幸福感も一挙に消えたかのようだ。

ハリーは力が抜けたかのようにソフィアの隣に座るとがくりと頭を垂れ、顔を手で覆う。ソフィアは心配そうに覗き込み、ハーマイオニーとロンはあまりのハリーの起伏の激しさに恐々と様子を伺った。

 

 

「やつが狙ってるのはそれだ。例のあの人がニワトコの杖を狙っている」

 

 

ハーマイオニーとロンはまだ疑わしげな顔だったが、ハリーには確信があった。ヴォルデモートは杖職人を襲い、新しい杖を入手するのではなく最も古く強力な杖を求めているのだ。

しかし、ヴォルデモートは歴史上に何度か出てくる強力な杖を求めているだけで、それが死の秘宝であるとは()()()()だろう。マグルの孤児院で過ごしたヴォルデモートに吟遊詩人ビードルの物語を聞くタイミングはなかったはずだ。

死の秘宝の事を知っていたのなら、ヴォルデモートは何をおいても三つの秘宝を探しただろう。何よりも死を恐れ、死から逃れたいと望む男なのだから。

 

 

「あの人がニワトコの杖を望んでいる……十分に有り得るわ。杖職人ばかりが襲われているのも、きっと──きっと、その杖の手がかりを手に入れるためよ」

「うん。でも、あいつはそれが秘宝だとは知らないと思う。ビードルの物語を読んで聞かせる人なんてそばにいなかったんだから。それに、もし知っていたら死から逃れられる秘宝を手に入れようと躍起になるはずだから。……とにかく、死の秘宝は存在する。これは間違いない。僕たちはなんとかニワトコの杖を探し出さないと……」

 

 

最強の杖をヴォルデモートが手に入れてしまえば、もう自分達に勝機は無くなる。ダンブルドアはそれを防ぐために死の秘宝を全て手に入れよと伝えているのだ。死から逃れるために。

 

ハリーは確信の光を胸に宿していたが、ハーマイオニーとロンはハリーとソフィアを心配そうな目で見つめていた。なぜ二人がこうも理解できないのか、とハリーは少々苛立ちながら「これで辻褄が合うだろう?」と二人に言った。

 

 

「ハリー、ソフィア。あなたたちは勘違いをしているわ。何もかも勘違い──」

「でも、どうして?これで辻褄が──」

「合わないわ。あなたたちはただ空想の世界に夢中になっているだけ」

「どうしてそう思うの?私は、ハリーの考えを否定できないと思うわ」

 

 

ソフィアは死の秘宝について、正直全てを信じていなかった。それでも死の秘宝のヒントをダンブルドアは遺し、透明マントは手元にある。ダンブルドアはジェームズが持つ透明マントを調べていた。ヴォルデモートは杖職人ばかりを狙っている。──全ての情報を聞いた上で、死の秘宝の存在を否定はできないと考えたのだ。

 

しかしハーマイオニーはごくりと固唾を呑むと、硬い表情で口を開いた。

 

 

「もしも、死の秘宝が存在するのなら、そしてダンブルドアがそれを知っていたのなら、三つの品を所持するものが死を制すると知っていたのなら。ハリー、どうしてダンブルドアはあなたに話さなかったの?」

 

 

切なる言葉だったが、ハリーにその言葉は響かず何の衝撃も感じなかった。むしろ、そんなことを気にしているのかと拍子抜けしてしまったほどだ。

 

 

「ダンブルドアはいつも僕自身に何かを見つけださせた。自分の力を試し、危険を冒すように仕向けた。これは僕が自分で見つけなければならないことなんだ」

 

 

ダンブルドアは常にたくさんの材料を用意し、それをどう使うかはハリーに任せていた。作られたレールではなく、自分でレールは作らなければならない。

ヴォルデモートを倒すと決めたのも、親の仇討ちでも、自分が奇跡の子だったからでもない。──僕がそうしたいと思ったからだ。

 

ハーマイオニーは眉を吊り上げ、反論しようと口を開いたが、それよりも先にソフィアが呟いた。

 

 

「それに──きっと、ハリーを愛していたから言えなかったのよ」

「なに──愛?」

 

 

想像もしなかった言葉に、ハーマイオニーは反論するのも忘れてソフィアを見る。ソフィアは少し言い淀んだが──決意と確信の宿った目でハーマイオニーとロンを見た。

 

 

「ダンブルドア先生はハリーを愛していた。今まで、言わなければならなかったこともハリーが傷付くのを恐れて言えなかった。ダンブルドア先生は──死の秘宝の存在を伝えることが、ハリーを傷つけ失望されると思ったのよ」

 

「失望?」とロンは眉を寄せ首を傾げたが、ハーマイオニーはソフィアの言いたい事を理解しばつの悪そうな表情で黙り込む。

 

 

「さっき言ったでしょう。ダンブルドア先生は秘宝を調べたかった──透明マントを調べたかった。そうしなければ、あの悲劇はあの形では起こらなかったかもしれないのよ」

 

 

もし、あの時ダンブルドアが透明マントをジェームズから借りていなければ。

もし、あの場に透明マントがあれば。

 

 

四人の間に張り詰めた沈黙が落ちた。

ハリーはソフィアに言われて理解していたが言葉には出さずに現実にしたくなかった限りなく真実に近い言葉を突きつけられてしまい、胸に燻る感情を爆発させないために立ち上がり大股でテントの入り口へ向かうと、無言で外に出た。

 

 

残されたソフィアとハーマイオニーとロンは、暫く無言のままだった。

 

 

「……辻褄が合うと思わない?」

「それは──確かに、ダンブルドアがハリーのお父さんから透明マントを借りていたことは事実よ、秘宝かもしれないと調べたかったのかもしれない。でも、でも──少なくとも蘇りの石やニワトコの杖なんて存在しないわ!」

「その二つが存在しなくてもさ、多分、そういう事じゃないんだろ」

 

 

ロンは静かに言いながら、かなりぬるくなった紅茶を啜り、大きくため息を吐きながらソファの背に身を委ねた。

 

もちろんこれはソフィアの考えであり、ダンブルドアはもっと別のことを考えていた可能性がある。ソフィア達では考えも及ばないほどの複雑に絡み合った事情が、全てを隠していたのかもしれない。

ソフィアも透明マントがあるだけでヴォルデモートから全員が生き延びられたとは思っていないが、全員が死なずに済んだのかもしれない──。

 

死の秘宝が存在せずとも、それを信じたダンブルドアが透明マントを借りていた。そのことが重要なのだと、ハーマイオニーはロンに言われるまでもなく理解し、ぐっと唇を噛んだ。

 

 

 



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428 ポッターウォッチ!

 

それからソフィア達の中で、死の秘宝を探しに行きたいハリーと、分霊箱探しを再開させなければならないと考えるハーマイオニーとロン。双方で微妙な意見の食い違いが現れやや気まずい雰囲気になってしまった。

 

ソフィアは死の秘宝も無視できない問題とはわかっているが、それよりも分霊箱探すべきだと考え、ハリーは完全に──とは言えないかもしれないが──孤立していた。

 

 

 

「残りの分霊箱はどこにあるんだろう?」

「もう一度考えましょう」

 

 

分霊箱について考えるのはもっぱらロンとハーマイオニーとソフィアの三人であり、何度もハリーがトム・リドルの記憶を通して見た場所を復習し、どこにあるのか頭を捻らせていた。

 

 

「確定しているのは毒蛇のナギニだけだもの……あ!噛まれた時のために解毒薬を用意した方がいいかしら?」

 

 

ナギニに過去噛まれたアーサーはその毒により出血が止まらなくなり死の淵を彷徨った。解毒薬があれば即死毒ではない分、噛まれたとしてもまだ冷静に対応できるだろう。

ソフィアの言葉にハーマイオニーは深く頷きすぐに上級魔法薬学書を取り出した。

 

 

「この本に幾つもの難しい魔法薬が載ってるわ。血を止めるのは──これね、うわー!複雑な作り方だわ……材料は……うん、ギリギリ一人分なら作れそうね……」

 

 

ソフィアが安息地だった家からいくつか持ってきていた薬草等も、もうかなり少なくなってきている。効能が素晴らしい薬は総じて調合が困難で、さらに材料も気軽に手に入るものではないのだ。

 

 

「もし失敗したら困るから、この薬は──」

「任せて、私が作るわ!」

 

 

ソフィアには薬をうまく作れるようになる特別な匙があったが、それを使ったとしてもハーマイオニーが作るほうが間違いなく成功率が高いだろう。

ハーマイオニーは教科書を穴が開くほど見つめ、ぶつぶつと呟きながら作り方を何度も反芻した。

 

 

「……そうね、次の移動に合わせて調合を始めるわ。完成するまでに三ヶ月くらいかかりそうだけど、そんなに長い間留まることは出来ないから……工程が移るタイミングで、私たちも移らないとね」

「ええ、薬はとっても大切だもの。タイミングはハーマイオニーに任せるわ」

 

 

調合に関してはソフィアもロンも何も口出しはしないと決め、また三人の会話はどこに分霊箱があるのかという話に戻った。

 

 

「一つ目は、日記、破壊済み。二つ目はスリザリンのロケット、破壊済み。三つ目は指輪、破壊済み。……四つ目はおそらく、ハッフルパフのカップ。五つ目もおそらく、レイブンクローの何か。六つ目は蛇のナギニよね……」

「その、ハッフルパフのカップを持ってたヘプシパ?──ヘプジパ?まぁいいや──スミスだっけ。その親戚を探すか?何か知ってるかも」

「へプジバ・スミス。……うーん、スミス家なんて山ほどあるし、完全犯罪だったんだから誰も知らないんじゃない?」

「ああ、そうか」

 

 

ロンは名案だと思っていたが、難しい顔をするハーマイオニーにばさりと否定されてしまい頭を捻らせながら腕組みをした。

当てもなく向かうには危険すぎる。しかしこうもヒントが無いとどこに向かえばいいのかわからず足がすくんでしまう。

まるで、それは暗闇の中を手探りで進んでいるかのような漠然とした不安と焦燥感だった。

 

 

ハリーはすっかり分霊箱探しの意欲を失い、その代わりにいつでもヴォルデモートの考えを読もうとし、ニワトコの杖のありかについて調べようとしていた。

分霊箱探しに積極的でなくなってしまったハリーに代わりに、魔法界に詳しいロンとソフィアがいくつか魔法使いのみが暮らす村の名を上げ、ヴォルデモートが住みたいと思いその場に隠した可能性にかけて幾つかの村を訪れる旅が始まった。

魔法使いの領域を頻繁に突付き回っていると、ソフィア達は何度か人攫いを見かけることがありそのたびに透明マントの下で息を殺し気配を消していた。

 

 

「死喰い人と同じくらいワルもいるんだぜ。僕とハーマイオニーを捕まえた一味はちょっとお粗末だったけど、ビルはすごく悪い奴らもいるって言ってた。ポッターウォッチで言ってたけど──」

「何て言った?」

 

 

人攫いの集団から逃げ、テントの中でロンがそう呟く。ハリーは自分の名が出たことに反応し片眉を上げた。

 

 

「ポッターウォッチ。言わなかったかな、そう呼ばれてるって。僕がずっと探してるラジオ番組だよ。何が起こってるかについて、本当のことを教えてくれる唯一の番組だ!例のあの人路線に従ってる番組がほとんどだけど、ポッターウォッチだけは違う。君たちにぜひ聞かせてやりたいんだけど、周波数を合わせるのが難しくって」

 

 

ロンは毎晩のようにさまざまなリズムでラジオを叩き、ダイヤルを回していた。静かなテントの中では、時々龍痘の治療のヒントや流行りの歌の数小節が流れていたが、ロンが求めるポッターウォッチは一向に流れてこない。正しいパスワードを当てようとロンは何時間もラジオに向き合ったが、その幸運はなかなか訪れなかった。

 

 

「普通は、騎士団に関係する言葉なんだ。ビルなんか当てるのが凄くうまくて──僕も、数撃ちゃそのうち当たるだろ……」

「早く聞いてみたいわ。日刊預言者新聞も例のあの人一色で、何が起こっているのか本当にわからないもの……私たちには信じられる情報が必要だわ」

 

 

ソフィアの言葉に、ロンはさらにポッターウォッチを当てる熱意を燃やしたようで、暇さえあればいつでもラジオを叩いていた。

 

早く聞かせてやりたい。情報を少しでも多く手に入れたい。──自分たちにも味方がいるのだと、教えてあげたい。

そんなロンの気持ちが通じたのか、それともただの幸運だったのかはわからないが、ようやくパスワードがわかったのは春の訪れを少しずつ感じることができるようになった三月のある日だった。

 

 

「何だろう……ホグワーツ……ハリー・ポッター……透明マント……」

「なかなか当たらないわね。うーん……何かしら……」

「騎士団の関係者の名前とかはどう?ニンファドーラ・トンクス……マッドアイ・ムーディ……」

 

 

難しい解毒薬もすでに作り終えていたハーマイオニーもパスワード当てに頭を悩ますロンとソフィアの隣に座り込み、代わる代わる思い浮かんだ名を呟きながら杖でラジオを叩いた。

 

 

「シリウス・ブラック……アルバス・ダンブル──」

 

 

ロンがダンブルドアの名を呟きながらラジオを叩いた途端、短いノイズが走り、次の瞬間には人の声が流れ出した。

 

 

「まぁ!アルバス、だったのね!」

「凄いわ、ロン!」

「やった!やったぞ!僕、ハリーに伝えてくる!」

 

 

ロンは興奮しながら見張り番をしているハリーの元へ飛んで行き、すぐにハリーを引き連れて戻ってきた。

 

死の秘宝の思索から何ヶ月かぶりに目覚めたハリーは、小さなラジオのそばで跪き食い入るように見つめているロンとハーマイオニーとソフィアの後ろに立った。

 

小さなスピーカーからは、ノイズ混じりでやや聞き取りにくかったが──聞き覚えのある懐かしい声が流れていた。

 

 

「──暫く放送を中断していた事をお詫びします。お節介な死喰い人たちが我々のいる地域で何軒も個別訪問してくれたせいなのです」

「あっ!この声リー・ジョーダンだわ!」

「そうなんだよ、かっこいいだろ?」

 

 

誰だかわかったソフィアが歓声を上げ、ロンはにっこりと笑う。ソフィアは何度も頷きながら、スピーカーから流れる声に集中した。

 

 

「──現在、安全な別の場所が見つかりました。そして、今晩は嬉しいことにレギュラーのレポーター三人を番組にお迎えしています。レポーターのみなさん、こんばんは!」

「やあ」

「どうも」

「こんばんは、リバー」

「リバー、それ、リーだよ。みんな暗号名を持ってるんだけど、たいがいは誰だかわかる──」

「シーッ!」

 

 

得意げになって説明しようとしたロンの言葉を、ハーマイオニーが黙らせた。

 

 

「ロイヤルとロムルスとトレミーの話を聞く前に、ここで悲しいお知らせがあります。WWN・魔法ラジオネットワークニュースや、日刊預言者新聞が報道する価値もないとしたお知らせです。ラジオをお聞きの皆さんに、謹んでお知らせいたします。

残念ながら、テッド・トンクスとダーク・クレスウェルが殺害されました」

 

 

その名前に、ソフィア達は息を呑み顔を見合わせた。テッド・トンクスは──ニンファドーラ・トンクスの、父だ。何ヶ月も前、ソフィア達は逃げている彼らを目撃していた。

 

 

「ゴルヌックという小鬼も殺されました。トンクス、クレスウェル、ゴルヌックと一緒に旅をしていたと思われているマグル生まれのディーン・トーマスともう一人の小鬼は難を逃れた模様です。ディーンがこの放送を聞いていたら、またはディーンの所在に関して何かご存知の方、親御さんと姉妹の方々が必死に情報を求めています。

一方、ガッドリーではマグルの五人家族が自宅で死亡しているのが発見されました。マグルの政府はガス漏れによる事故死と見ていますが、騎士団からの情報によりますと、死の呪文によるものだということです。

マグル殺しが、新政権のレクレーション並になっているという実態については、今更証拠は無用ですが、さらなる証拠が上がったということでしょう。

最後に、大変残念なお知らせです。バチルダ・バグショットの亡骸がゴドリックの谷で見つかりました。数ヶ月前にすでに死亡していたと見られています。騎士団の情報によりますと、遺体には闇の魔術によって障害を受けた、紛れもない跡があるとのことです。

ラジオをお聞きの皆さん。テッド・トンクス、ダーク・クレスウェル、バチルダ・バグショット、ゴルヌックに、そして死喰い人に殺された名前のわからぬマグルのご一家に対しても、同じく哀悼の意を表して、お亡くなりになった皆様のために一分間の黙祷を捧げたいと思います。黙祷──」

 

 

沈黙の時間だった。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアは言葉も出さず目を閉じ沈黙する。

ハリーはもっと聞きたいという気持ちと、これ以上不吉なことを聞きたくないという気持ちが半々だったが、外部の世界と完全に繋がっていると感じたのは久しぶりのことであり、心臓がドキドキと高鳴った。

 

 

「──ありがとうございました。さて、今度はレギュラーのお一人に新しい魔法界の秩序がマグルの世界に与えている影響について、最新の情報を伺いましょう。ロイヤル、どうぞ」

「ありがとう、リバー」

 

 

すぐに誰かわかる深い低音の抑制のあるゆったりとした安心感のある声が流れる。

ロンは興奮しながら「キングズリーだ!」と思わず口走ったが、すぐにハーマイオニーに「わかってるわ!」と黙らせられた。

 

 

「マグルたちは死傷者が増え続ける中で、被害の原因を全く知らないままです──」

 

 

キングズリーはそれでも魔法族が近隣の何も知らぬマグルを守るために保護呪文をかける者が居ると言う。こうした模範的行為により多くの命が救われるため、このラジオを聞いている人達もそれに倣うべきだと強く訴えた。

中には魔法使い優先だ、と考える者もいるが、そういう考えを持つことが純血優先に結びつき、最終的には死喰い人にも繋がるのだと厳しい声で説く。

 

 

「我々は全て『人』です。そうではありませんか?全ての命は同じ重さを持ちます。そして救う価値があるのです」

「素晴らしいお答えです、ロイヤル。現在のごたごたから抜け出した暁には、私はあなたが魔法大臣になるよう一票投じますよ」

 

 

リーの言葉に、キングズリーが謙遜し低く笑う声が聞こえた。ソフィア達も、キングズリーのような人が魔法大臣になれば世の中は平和になるだろうと頷く。

 

 

「さて、次はロムルスとトレミーにお願いしましょう。人気特別番組の、ポッター通信です」

「ありがとう、リバー」

「よろしく」

「リーマスと──」

「シリウスだ!」

 

 

ハリーは突然聞こえてきた──聞き間違えるはずのない──シリウスの声に、ロンを押し退け無理矢理隣に座り込み一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

ソフィアもシリウスの安否はかなり心配していたため、ほっと表情を和らげた。シリウスはハリーの身代わりになり世界中を放浪していたのだ、もし捕まって危険な目に遭っていれば、それは自身の発案のせいだとソフィアはずっと思い悩んでいたのだ。

 

 

「二人はこの番組に出ていただくたびに、同じ事を繰り返していらっしゃいますが、ハリー・ポッターはまだ生きているという意見ですね?」

「その通りです」

「疑いようはありません。万が一、ハリーが死んでいれば死喰い人たちが大々的にその死を宣言すると、私は確信しています。今の腐った魔法省や死喰い人達に抵抗する人々の指揮に、ハリーの死は致命的な打撃を与えるからです」

「生き残った男の子は、今でも我々がそのために戦っているあらゆるもの──つまり、善の勝利、無垢の力、抵抗し続ける必要性の象徴性なのです」

「ダンブルドア亡き今、我々に残された光とも言えるでしょう」

 

 

シリウスとリーマスの言葉を聞き、ハリーの胸に恥ずかしさと感謝が湧き上がってきた。もう長い間会っていない。無事なのかどうか、日刊預言者新聞でハリー発見の見出しを見なくなってから本当に心配だった。──無事、生きてくれている。

 

 

「では、トレミー、ロムルス。もしハリーがこの放送を聞いていたら、何と言いたいですかね?」

「我々は全員、心はハリーと共にある。そう言いたいですね」

 

 

ロムルス──リーマスが真剣な声でそう言った。距離は離れてしまっても、いつでも心はそばにある。ほとんど何も言えずに旅に出てしまったが、それでも自分を信じてくれている言葉を聞き、ハリーは感極まり言葉を詰まらせた。

 

 

「ありがとうございます。ではトレミーは何かありますか?」

「そうですね……。ハリー」

 

 

ラジオから聞こえる、トレミー──シリウスの低い声に、ハリーは目の前で語りかけられているようだと感じた。距離は離れていても、心はそばにあるのだ──。

 

 

「ハリー、自分の直感に従え。それは良い事だし、何よりも正しい」

「何よりも正しい……」

 

 

ハリーはシリウスの言葉を繰り返す。

今まで孤立して戦っていた彼らにとって、これほど勇気づけられる言葉は無かった。

 

 

「ありがとうございます。ハリー、君がこの放送を聞いている事を願います。──それでは、いつものように、ハリー・ポッターに忠実であるがために被害を受けている友人達の状況はどうですか?」

「そうですね、この番組をいつもお聞きになっている方にはもうお分かりのことでしょうが、ハリー・ポッターをもっとも大胆に支持してきた人々が数名投獄されました。例えばゼノフィリウス・ラブグッド。かつてのザ・クィブラーの編集長などですが──」

「そんな!投獄されてしまうなんて……!」

「少なくとも生きてるって事だ。せめてルーナと同じところならいいんだけどなぁ」

 

 

悲鳴まじりのソフィアの言葉に、ロンは励ますように呟く。確かに、ゼノフィリウスはルーナの無事を確認できたのならその場所がアズカバンでも平気かもしれない──心配そうな顔をするソフィアの背を、ハーマイオニーが優しく撫でた。

 

 

「つい数時間前に聞いた事ですが、ルビウス・ハグリッド。ホグワーツ校の森番ですが、構内で逮捕されかけました。自分の小屋でハリー・ポッター応援パーティを開いたとの噂です。私も参加したかったところですが──ハグリッドは拘束されず、逃亡中だと思われます」

「ポッターウォッチとしては、トレミーと同じくパーティに参加したい気持ちとハグリッドのその心意気には喝采しますが、どんなに熱意的なハリーの支持者であってもハグリッドの真似はしないようにと強く警告します。今のご時世ではハリー・ポッター応援パーティは懸命とは言えない」

 

 

パーティについて褒めるような楽しげなシリウスの言葉を聞き、リーマスは真面目な声で注意を促す。

 

 

「二人の意見に賛同します。そこで我々は稲妻型の傷痕を持つ青年への変わらぬ献身を示すために、ポッターウォッチを聴き続けてはいかがでしょう!

さて、それではハリー・ポッターと同じくらい見つかりにくいとされている、あの魔法使いについてのニュースに移りましょう。ここでは親玉死喰い人、と呼称したいと思います。彼を取り巻く異常な噂のいくつかについて、ご意見を伺うのは新しい特派員のローデントです。ご紹介しましょう」

「ローデント?俺はローデントじゃないぜ、冗談じゃない。レイピア、諸刃の剣──にしたいって言ったじゃないか!」

 

 

またも聞き覚えのある声に、ソフィア達は同時に「フレッド!」と叫ぶ。しかしハリーは同じ声を持つもう一人を思い浮かべ「いや、ジョージかな?」とロンを見た。

 

 

「いや、フレッドだと思う」

 

 

ロンは耳をそばだてて言った。ラジオ越しの声でわかりにくいが──そもそもフレッドとジョージの声は殆ど同じだ──兄弟であるロンは、僅かな抑揚の差を聞き取っていた。

 

 

「ああ、わかりました。ではレイピア、親玉死喰い人について色々耳に入ってくる話に関する、あなたのご見解をいただけますか?」

「承知しました、リバー。ラジオをお聞きの皆さんはもうご存知でしょうが、もっとも、庭の池の底とかそういう類の場所に避難していれば話は別ですが、親玉死喰い人が表に出ないという影の人物戦術は相変わらずちょっとした恐慌状態を作り出しています。

いいですか、あの人を見たという情報が全て本物なら、優に十九人もの親玉死喰い人がその辺を走り回っていることになりますね」

「それが敵の思うつぼなのだ。謎に包まれているほうが、実際に姿を現すよりも大きな恐怖を引き起こす」

「そうです。ですから皆さん、少し落ち着こうではないですか。状況はすでに悪いんですから、これ以上妄想を膨らませなくてもいい。例えば親玉死喰い人は、ひと睨みで人を殺すという新しいご意見ですが、皆さんそれはバジリスクのことですよ。簡単なテストが一つあります。こっちを睨んでいるものに脚があるかどうかを見てみましょう。もしあれば、その目を見ても安全です。

もっとも、相手が本物の親玉死喰い人だったら、どっちにしろそれがこの世の見納めとなるでしょう」

 

 

フレッドの言葉にハリーは声をあげて笑った。ハリーだけではなくロンとハーマイオニーとソフィアも、昔と変わらぬフレッドの言い回しが面白く──同時に安堵して──くすくすと笑みをこぼす。ハリーはこの場を支配していた重々しい緊張感がふっと緩和していくのを感じた。

 

 

「ところで、親玉死喰い人を外国で見かけたという意見はどうでしょう?」

「そうですね。あの人ほどハードな仕事ぶりなら、その後でちょっとした休暇が欲しくなるんじゃないでしょうか?

要はですね、あの人が国内にいないからといって間違った安心感に惑わされないこと。海外かもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしろあの人がその気になれば、その素早さときたら誰も敵わないでしょうね。だから危険を冒して何かしようと計画している方は、あの人が遠くにいることを当てにしないように!

こんな言葉が自分の口から出るのを聞こうと思わなかったけれど──安全第一!」

「レイピア、懸命なお言葉をありがとうございました。ラジオをお聞きの皆さん、今日のポッターウォッチはこれでお別れの時間となりました。次はいつ放送できるかわかりませんが、必ず戻ります。ダイヤルを回し続けてください。

次のパスワードはマッドアイです。お互いに安全でいましょう。信頼を持ち続けましょう。──では、おやすみなさい」

 

 

リーがラジオを締めくくり、その後はダイヤルがクルクルと回り周波数を合わせるパネルの明かりが消えた。ジー、という小さなノイズ音のみが聞こえる中、ソフィア達はまだ笑っていた。聞き覚えのある懐かしく──勇気をもらえる声を聞くのは、この上ないカンフル剤効果があった事だろう。

孤立に慣れてしまっていたハリーは、ヴォルデモートに抵抗する人々がこんなにもいるのだと実感し、長い眠りから醒めたような気持ちになった。

 

 

「いいだろう、ねっ?」

「素晴らしいよ」

「ええ、みんな元気そうで良かったわ……シリウスは、きっとポリジュース薬が切れてしまったのね。それで騎士団と合流したんだわ」

「本当に……なんて勇敢なんでしょう、見つかりでもしたら……」

 

 

ハーマイオニーは敬服しながらため息をつき、心配そうにハリー達を見回す。

決まった日に放送できず、時間も短いのは常に警戒しているからだろうとソフィアも思い、彼らの無事を祈るように胸の前で手を組んだ。

 

 

「でも、常に移動しているんだろ?僕たちみたいに」

「それにしても、フレッドの言った事を聞いた?」

 

 

ハリーが興奮したように立ち上がり、奥の暖炉の中で燃える炎を見つめながら言う。放送が終わってみれば、ハリーの思いはまた同じところに戻っていた──いや、むしろさらに大きなものになったと言えるだろう。

シリウスは、離れていても僕を信じてくれている。直感に従え、それが正しいと、後押しをしてくれている。その思いはハリーの中でゆらゆらと燻っていたものを爆破的な速度で急成長させてしまった。

 

 

「ヴォルデモートは海外だ!まだ杖を探しているんだよ、僕にはわかる!」

「駄目よ──」

 

 

その言葉に、ソフィアとロンとハーマイオニーは息を呑んだ。まだニワトコの杖について強く執着しているのかという呆れではない、彼の言った言葉に、血の気が引いたのだ。

 

 

「どうして否定するんだ?シリウスも言っていた!僕の直感が正しいって!ヴォル──」

「ハリー、やめろ!」

 

 

ロンが叫ぶが、ハリーの口から一度出た言葉は止める事ができない。

 

 

「──デモートは、ニワトコの杖を追っているんだ!」

「その名前は禁句だ!忠告しただろ!?その名前は言っちゃだめだって!保護を掛け直さないと──」

 

 

ロンが大声を上げて立ち上がりハリーの口を抑えたが全て遅かった。すぐにハーマイオニーとソフィアも立ち上がり杖を抜きながらテントの扉へ走ろうとしたが──。

 

扉を開ける前に、ソフィアとハーマイオニーはぴたりと動きを止めた。二人だけではなくロンとハリーもそうだ。四人の目は机の上に置かれているかくれん防止器に向けられている。いつもは静かなそれが、明るく光りぐるぐると回りだしていた。

それだけではない、外から声が聞こえだんだん近づいてきたのだ。荒っぽい興奮したような声に、ロンは灯消しライターをポケットから取り出し鳴らした。

 

ランプの火が消えたと同時に、暗闇の向こうから怒号が飛び込む。

 

 

「両手を上げて出てこい!中にいる事はわかっているんだ!六本の杖がお前達を狙っているぞ。呪いが誰に当たろうが、俺たちの知った事じゃない!」

 

 

六人分の足音が、テントの周りを取り囲んだ。

 

 

 



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429 捕虜!

 

 

ハリーはソフィア達を振り返ったが、灯りの消えた暗闇の中では輪郭がぼんやりと見えるだけだった。ソフィアは杖を強く握り直し、瞬時に思考を巡らせる。

 

──どうすればいい?戦う?ハリーだけなら逃すことができるかもしれないわ。でも、ロンとハーマイオニーを見捨てる事なんてできない!それに、私は姿を見られるわけにはいかない!

 

その逡巡は僅か数秒だっただろう。硬直し動けないソフィアの代わりにハーマイオニーがハリーに向かって杖を上げ、ハリーの顔目掛けて呪いを放った。

白い光がハリーの目の前で炸裂し、激痛が顔を中心に襲った。立っていられずその場に膝をつき両手で顔を覆ってみれば、顔全体が膨れ上がっているのがわかる。

 

 

「変わって!」

 

 

ハーマイオニーがソフィアの方を見ながら小さく叫ぶ、混乱していたソフィアはびくりと体を震わせると、その意味に気付き素早く小さなフェネックへと姿を変えた。

 

ソフィアが姿を変えた直後、六人の魔法使いがテントを切り裂きながら侵入し、跪くハリーを取り囲む。ハーマイオニーはフェネックになったソフィアを抱き上げ、怖がるようにその体に顔を埋めた。

 

 

「あなたは知られてはいけない。何があっても──誰がどうなっても」

 

 

侵入者の足音に紛れ、ハーマイオニーは小声で囁く。ソフィアは自分を抱きしめるその震える手にしがみつき頷いた。

 

ソフィアは存在を知られるわけにはいかない。死んだことになっているソフィアが、死を偽装してまでハリー・ポッターと旅に出ていることが敵に知られたら、ドラコの側にいるルイスの命が危険に晒されるのだ。それだけで済むのならば、まだマシだろう。そこから調べられ、ジャックに──さらにはセブルスにも繋がる可能性もある。

 

 

「立て、虫ケラめ」

 

 

怒鳴りながら一人の男がハリーを立たせ、ポケットに入れていたリンボクの杖を奪った。

手荒にテントから押し出された衝撃で眼鏡が落ちてしまい──ただでさえ瞼が腫れよく見えないというのに──ハリーの視界には四、五人のぼやけた人影が見えるだけになってしまった。

 

 

ハーマイオニーとロンも同じように乱雑に扱われ無理やり外に連れ出される。背中を乱暴に蹴られたハーマイオニーはソフィアを抱きしめたまその場に倒れ込み小さく呻く。腕や頬が砂利や尖った岩で擦れ、真っ赤になり血が流れた。

 

 

「っ──!」

「放せ!──やめろ、その人に触るな!」

 

 

ロンが叫んだ途端、ロンを捕まえていた男がロンの頬と腹を殴る。肉を打つ重い音とロンのくぐもった呻き声に、ハーマイオニーは悲鳴を上げ叫んだ。

 

 

「やめて!その人を放して、放して!」

「お前のボーイフレンドが俺のリストに載っていたらもっと酷い目に遭うぞ。ああ──うまそうな女だ……なんというご馳走だ……俺は柔らかい肌が楽しみでねぇ……」

 

 

ガラガラとしたしゃがれ声で男──狼人間であり、死喰い人であるグレイバックはそう言いながらハーマイオニーの顎を大きな手で掴み上げ、くんくんと匂いを嗅いだ。

ハーマイオニーは必死に顔を背けようとしたが大人の男の力には勝てず、グレイバックのむっとした汗と血と生臭い腐臭を必死に耐えた。

 

 

「テントを探せ!」

 

 

別の声が言い、ハリーを押さえていた男はハリーを地面に向かって放り投げ、他にも隠れている者が居ないか、はたまた金目のものが無いかと複数の男達が残忍な笑い声を上げながらテントへ向かった。

這いつくばったロンの背に座っていた男も足でロンを蹴り転がし、テントの中へと入っていく。

グレイバックはハーマイオニーの顎から手を離し──ハーマイオニーはすぐにロンとハリーの元へ駆け寄った──怯える彼らを見て満足げに笑う。

 

足音や物がぶつかり合う音と椅子を押し除けて獲物がいないか探す音、それにハリーとロンの荒くなった呼吸と呻き声が静かな森の中に響いた。

 

 

「さて、獲物を見ようか」

 

 

グレイバックはうつ伏せになっていたハリーを仰向けに転がし、杖灯りで顔を照らす。

ハーマイオニーの魔法によりハリーの顔と瞼は何倍にも膨れ上がり、目は線のように細くなり顎にはぷつぷつと髭が生えていた。その無様な顔を見てグレイバックは低く笑う。

 

 

「コイツを飲み込むにはバタービールが必要だな。どうしたんだ醜男?──聞いてるのか!」

 

 

すぐに答えなかったハリーの腹にグレイバックの靴先がめり込む。痛みで体をくの字に曲げながら、ハリーは込み上げてくる吐き気をなんとか耐えた。

 

 

「どうしたんだ?」

「──刺された。刺されたんだ」

「ああ、そう見えらぁな」

 

 

何かに刺されアレルギー反応が起こったかのように腫れているハリーの顔を見て、一人の男がゲラゲラと笑う。

グレイバックは唸るように「名前は?」とハリーに問うた。

 

 

「ダドリー」

「苗字じゃねえ。名前だ」

「僕──バーノン・ダドリー」

 

 

咄嗟に浮かんだのは自分の従兄弟である彼らの名前だった。ハリーはロンが咄嗟の時に全て嘘をつくことができない、と言っていた意味を今になって理解した。──緊張と不安と痛みで、頭がうまく回らない。

 

 

「リストをチェックしろ。スカビオール」

 

 

グレイバックはスカビオールと名乗る男に告げ、今度はハリーの隣で鼻を押さえうずくまっているロンを見下ろす。

 

 

「赤毛、お前はどうだ?」

「スタン・シャンパイク」

「でまかせ言いやがって!スタン・シャンパイクならよぅ、俺たち知ってるんだぜ?こっちの仕事をちいっとばかりやらせてんだ」

 

 

前回人攫いに捕まった時と同じ偽名をロンは伝えたが、不幸にもスカビオールはスタンのことをよく知っており、嘘を吐いたロンの頬を強く足で蹴り上げる。人を殴る鈍い音に、ハーマイオニーは喉の奥で悲鳴をあげた。

 

 

「バ──バーネーだ。バーネー・ウィードリー」

 

 

衝撃でどこかの歯が欠けたのか、口の中が血だらけになったロンはくぐもった声で答える。名前は言わなかったが──それでもグレイバッグは聞き取り難いロンの言葉を聞き愉しげに笑った。

 

 

「ウィーズリー一族か。それなら穢れた血でなくとも、お前は血を裏切る者の親戚だ。さーて、最後、お前の可愛いお友達……」

 

 

舌なめずりをし、妙な猫撫で声で言うグレイバックの言葉にハーマイオニーは腕に鳥肌を立て、必死に顔を見られまいと抱きしめるソフィアの毛に顔を埋める。

 

 

「急くなよ、グレイバック」

「ああ、まだいただきはしない。バーニーよりは早く名前を思い出すかどうか、聞いて見るか。──お嬢さん、お名前は?」

「ペネロピー・クリアウォーター」

 

 

ハーマイオニーは怯えていたが、説得力のある声で答えた。

それでも頑なに顔を上げようとしないハーマイオニーに、グレイバックは片眉を上げ嘲笑うと彼女が抱きしめていたフェネック──ソフィアをむんずと掴み上げた。

 

 

「ああ?なんだって?──こんな獣に隠れられるとでも?」

「──や、やめて!大切な子なの、返して!」

 

 

グレイバックに首根を掴まれたソフィアは宙に浮き痛みに叫ぶ。その悲痛な声を聞きハーマイオニーが哀願し叫んだが、グレイバックは笑いながらソフィアを乱暴にぶらぶらと振った。

 

 

「お嬢さん、名前と血統は?」

「ペネロピー・クリアウォーター!半純血よ!」

 

 

ハーマイオニーは左右に揺れるソフィアを見ながら叫ぶように答える。にやりと笑ったグレイバックは、腕を高く上にあげ──勢いよく振り下ろした。

 

 

「ぎっ──」

「いやああっ!」

 

 

地面に勢いよく叩きつけられたソフィアは小さな悲鳴をあげる。全身が爆発したかのように痛み、呼吸が詰まった。すぐにハーマイオニーが痙攣するソフィアに縋り、激しく震える手で抱き寄せる。

その瞬間、痛みにソフィアがまた悲鳴を上げてしまいハーマイオニーは「ああっ、ほ、骨が──」と泣きながら叫び、ハリーとロンは考えられる侮辱をスクリムジョールに放つ。

 

視界が点滅するなか激痛を耐え、ソフィアは冷たいハーマイオニーの手に頬を寄せる。「大丈夫よ」という思いを込めて頭を擦り付け、緑色の瞳で大粒の涙を流すハーマイオニーを見上げた。

 

 

「ひ、酷い──酷い──」

「半純血かぁ、チェックするのは簡単だ。だが、こいつらみんなまだホグワーツの年齢みてえに見えらぁ」

 

 

動物が虐げられたとしても、彼らはちっとも心は痛まない。むしろ涙を流すハーマイオニーと憎々しげに自分達を睨むロンとハリーの視線に愉悦すら感じているのだろう。ニタニタと笑いながらスカビオールがハリー達の顔をじろじろと見た。

 

 

「っ──ホグワーツは、やめたんだ」

「赤毛、やめたってぇのか?そいで、キャンプでもしてみようって決めたのか?そいで、面白れぇから闇の帝王の名前でも読んでみようと思ったぇのか?」

 

 

口の中の血を吐き出しながら答えるロンに、スカビオールは意地悪げに笑いながら丸まった背中を足で蹴った。

 

 

「面白いからじゃない、事故──」

「事故?」

 

 

嘲笑がさらに大きくなる。彼ら人攫いは、こうして人の辻褄が合わず焦り絶望に染まる顔を見るのが何よりも好きだった。

 

 

「ウィーズリー、闇の帝王の名前を呼ぶのが好きだった奴らを知ってるか?不死鳥の騎士団だ。何か思い当たるか?」

 

 

汚れた手でグレイバックは笑いながらロンの頬を叩く。ロンは「別に」と呟いたがそれを信じるグレイバックではなかった。

 

 

「いいか、奴らは闇の帝王に敬意を払わない。そこで名前を禁句にしたんだ。騎士団の何人かは、そうやって追跡した。──まあいい。さっきの捕虜と一緒に縛り上げろ」

 

 

グレイバックの言葉に、男がハリーの髪を掴み無理矢理立たせ、すぐ近くまで歩かせて地面に座らせ、既に捕虜となっていた者たちと背中合わせに縛り上げた。

ハリーは眼鏡を失ったうえに腫れ上がった瞼で殆ど何も見えず、ソフィアの怪我がどのようなものなのかもわからず必死に奥歯を噛み締めて耐えた。近くにハーマイオニーとロンも縛られているのを感じながら、ハリーはグレイバック達の足音が離れていくのを聞き、小声で話しかける。

 

 

「怪我は、あの子の──」

「多分、骨がいくつか折れているわ。すぐに治療しないと──動かすと、痛むみたいで、もし内臓に刺さったら……」

 

 

きゅう、と小さなソフィアの鳴き声が響く。その声を聞き、とりあえず生きているのだとわかったが、それでもその声は背筋が凍るほどか細く、弱々しかった。

どの骨が折れたのか、重傷なのかとハリーの脳の奥が焦燥感と後悔で埋め尽くされる。

 

 

「誰が、まだ杖を持ってる?」

「ううん」

「僕のせいだ。名前を言ったばかりに、ごめん──」

 

 

禁句だとわかっていたが、あの興奮した状態ですっかり失念していた。後悔しても仕切れないミスにハリーが苛まれていると、ハーマイオニーの左側に縛られている男が息を呑み小声で囁いた。

 

 

「ハリーか?」

「まさか──ディーン?」

「やっぱり君か!君を捕えた事にあいつらが気づいたら──連中は人攫いなんだ、賞金稼ぎに学校を登校していない学生を探しているだけのやつらだ」

 

 

ディーンも酷い扱いを受けたのか服は汚れ顔には打撲の痕がついていた。人攫いたちはまだ自分が捕らえた者がハリーであると気づいていない。この先送られるのが魔法省だとしても、何とかしてそのことを知られずにハリーは逃げ出さなければ。ディーンは縄を解こうと一縷の望みをかけて懸命に腕を動かしたが、強く結ばれた紐は少しも緩むことはなかった。

 

 

「一晩にしては悪くない上がりだ」

 

 

グレイバックが人と小鬼の数を数えながら満足げに笑う。

わざとらしく足音を立てハリーたちの近くをゆっくりと歩いているのは、彼らの恐怖心を与えようとしているからだろう。

 

 

「穢れた血が一人、逃亡中の小鬼が一人、学校を怠けてる奴が三人。──スカビオール、まだこいつらの名前をリストと照合していないのか?」

「ああ、バーノン・ダドリーなんてぇのは、見当たらないぜ、グレイバック」

「面白い。──そりゃあ、面白い」

 

 

グレイバックは喉の奥でくつくつと笑いながらハリーの側にかがみ込んだ。

ハリーは腫れ上がった瞼のわずかな隙間からグレイバックの顔を思うだけで呪えたらいい──そう考えながら強く睨む。

 

 

「それじゃ、バーノン。お前はお尋ね者じゃないと言うわけか?それとも違う名前でリストに載っているのかな?ホグワーツはどの寮だった?」

「スリザリン」

 

 

ハリーは反射的に答えたが、その言葉にスカビオールがげらげらと笑った。

 

 

「おかしいじゃねぇか、捕まったやつぁみんな、そう言やぁいいと思ってる。なのに、談話室がどこにあるのか知ってるやつぁ、一人もいねぇ」

「地下室にある。壁を通って入るんだ。髑髏とかそんなものがたくさんあって、湖の下にあるから明かりは全部緑色だ」

 

 

ハリーは数年前に変装し、スリザリン寮に侵入していた。その時見た光景を思い出しながら狼狽することなく冷静にはっきりと言えば、一瞬、スカビオールとグレイバックは嘲笑を止めた。

 

 

「……ほう、ほう。どうやら本物のスリザリンのガキを捕まえたみてぇだ。よかったじゃねぇか、バーノン。スリザリンには穢れた血があんまりいねえからな。親父は誰だ?」

「魔法省に勤めている。魔法事故惨事部だ」

 

 

完全にでまかせだった。

少し調べられたら嘘は全てバレてしまうだろう。どうせ時間稼ぎなのだ、この顔の腫れが引けば全て終わりなのだから。

 

 

「そう言えばよう。グレイバック。あそこにダドリーってやつがいると思うぜぇ」

 

 

スカビオールの言葉に、ハリーは息が止まりそうだった。バーノンに感謝したくなったのは、おそらくこれが最初で最後に違いない。もしダドリーが別の名前だったならば、全て嘘だとバレていたかもしれないのだ。

運が良ければ、ここから無事逃れられるかもしれない、とハリーの心に僅かな希望が灯る。

 

 

グレイバックはスカビオールの事を信用している。彼らは長く共に人攫いやさまざまな悪行に手を染めてきた。スカビオールは粗暴で知的ない計画を立てる事はできない馬鹿な男だが、記憶力は悪いわけではない。

 

 

「なんと、なんと」

 

 

まさか、本当に魔法省の役人の息子を縛り上げてしまったのだろうか?微かに動揺したが、この男だけを生かせば、最悪な事にはならない。少なくとも一人は血を裏切る者の親戚で間違いないのだ。

 

 

「もし本当のことを言っているなら、醜男さんよ、魔法省に連れて行かれても何も恐れることとはないだろ?お前の親父が息子を連れ帰った俺たちに褒美をくれるだろうよ」

「でも──もし、僕たちを放して──」

「──おい!これを見ろよグレイバック!」

 

 

ハリーがなんとか縄だけでも外してくれないかと交渉しようとした時、テントの中からグレイバックを呼ぶ大声が聞こえた。その声は歓喜と興奮に満ちており、グレイバックは隠れているやつでもいたのかとニヤリと笑う。

 

黒い影が急いでグレイバックの元に駆け寄り、杖灯りで照らしながら手に持っているものを突き出した。

それは銀色に輝く、グリフィンドールの剣でありハリーたちに緊張が走る。あれを取られるわけにはいかない。

 

 

「すっげぇもんだ」

「いやあ、立派なもんだ。ゴブリン製らしいな、これは。こんなものどこで手に入れたんだ?」

「僕のパパのだ。──薪を切るのに借りてきた」

 

 

剣の鍔のすぐ下にはゴドリック・グリフィンドールの名前が刻まれている。ハリーは周りの暗さでその文字はグレイバックには読めないように願った。

 

 

「グレイバック、ちょっと待った!これを見てくれ、預言者新聞をよ!」

 

 

スカビオールがそう叫んだ時、ハリーの膨れ上がった額の引き伸ばされた傷跡に痛みが走った。ヴォルデモートが強い感情を抱いているのか、数週間ぼんやりとしていた想念が今や鮮明なり、今いる場所が暗い森なのかそれとも聳え立つ不気味な要塞なのかがわからなかった。

 

グレイバックは幸運にもスカビオールの方を見ていてハリーが苦しみ呻いている事に気づいていない。ハリーは地面に額を擦り付け、必死に意志の力を振り絞りヴォルデモートの思念に対して心を閉じた。

 

 

「ハーマイオニー・グレンジャー。ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることがわかっている。穢れた血」

 

 

スカビオールは預言者新聞が発行している写真付きリストを見ながら、はっきりと告げる。

ソフィアはハーマイオニーの膝の上で彼女が息を呑み、小さく震え出したのを感じた。

グレイバックは写真に写っているハーマイオニーと、目の前でペネロピーと名乗った人物を見比べ──黄色く汚れた歯を剥き出しにして笑った。

 

 

「嬢ちゃんよ、驚くじゃないか。この写真は、なんともあんたにそっくりだぜ」

「違うわ!私じゃない!」

 

 

ハーマイオニーの怯えた金切り声は、告白しているも同じだった。グレイバックはこの女がハーマイオニー・グレンジャーであると確信し、穢れた血ならばさらに賞金を得ることができると笑い──そして引っ掛かりを覚えスカビオールからリストを奪うと、そこに書かれている文をもう一度読んだ。

 

 

「ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることがわかっている……」

 

 

グレイバックの低い声に、あたりがしんと静まりかえる。

傷痕が激しく痛んだが、ハリーはヴォルデモートの思念に引き摺り込まれないよう必死に争った。自分の心を保つのが今ほど大切だったことはない──もし、今ヴォルデモートが見ている光景を彼らの前で言ってしまえば、怪しまれてしまう。

 

 

「すると、話は全て違ってくるな」

 

 

グレイバックは囁き、ハリーを見下ろす。

ただの逃げている学生や、穢れた血を捕まえたどころではない。この男があのハリー・ポッターならば、ヴォルデモートから多額の賞金を得ることができる。

 

 

「額にあるこれは何だ、バーノン?」

「触るな!」

 

 

グレイバックの汚らしい指が歪んだハリーの額の傷を突く。割れそうな激痛と、グレイバックの悪臭にハリーは耐えられず叫ぶがグレイバックは尋問を緩めることはない。

 

 

「ポッター、眼鏡をかけていたはずだが?」

「眼鏡があったぞ!」

 

 

テントの周辺を歩き回っていた一味の一人が叫び、ハリーの眼鏡を掲げる。

 

 

「テントの中に眼鏡があった。グレイバック、ちょっと待ってくれ──」

 

 

男は駆け寄り、ハリーの顔に眼鏡を押し付けた。人攫いの一味は今や全員が集まり、ハリーを乗り囲みその顔を覗き込んでいた。

 

ハリー・ポッターだろうか?面影はある。この顔の腫れがなければ──いや、この額の傷と、ハーマイオニー・グレンジャーといるという事が何よりの証明だ!

 

 

「間違いない!俺たちはポッターを捕まえたぞ!」

 

 

グレイバックはしゃがれ声で叫ぶ。

一味は自分がした事に呆然として、全員が数歩退いた。

ヴォルデモートの思念と現実の二つの世界が見え、現実に留まろうとしていたハリーは何も言うべき言葉が見当たらなかった。

 

目を閉じても、目の前に黒い要塞が見え、自分は滑るように登っていく──いや、僕はハリー・ポッターだ、これは現実じゃない──一番上まで行くのだ、一番高い塔だ──違う、僕はハリーだ、一味は低い声で自分の運命を話し合っている──。

 

 

「……魔法省へ行くか?」

「魔法省なんてクソ喰らえだ。あいつらは自分の手柄にしちまうぞ。俺たちの分前は何もない。……俺たちであの人に直接渡すんだ」

「あの人を呼び出すのか?ここに?」

 

 

グレイバックの提案に、スカビオールが恐れ慄きながら呟く。

ここにヴォルデモートが来る、その予感にこの場にいる全員が凍りついた。

 

 

「いや──違う。俺にはそこまで──あの人はマルフォイのところを基地としていると聞いた。こいつをそこまで連れて行くんだ」

 

 

ハリーはグレイバックがなぜヴォルデモートを呼び出さないか、わかるような気がした。

人狼は死喰い人が利用したい時にだけそのローブを着ることを許されはするが、闇の印を刻印されるのはヴォルデモートの内輪の者だけで、グレイバックはその最高の名誉までは受けていないのだ。

 

 

「こいつが本人だってぇのは本当に確かか?もし違えば、俺たちは死ぬ」

「指揮を執ってるのは誰だ?」

 

 

グレイバックは一瞬の弱腰を挽回すべく、声を張り上げ一味を見回し睨む。

 

 

「こいつはポッターだと、俺が言ってるんだ!ポッターとその杖、それで即座に二十万ガリオンだ!しかしお前ら、どいつも一緒にくる根性がなけりゃあ賞金は全部俺のもんだ!うまくいけば、小娘のおまけもいただく!」

「──よし!乗った!どっこい他の奴らはどうする?」

「いっそ纏めて連れて行こう。穢れた血が二人、それで十ガリオン追加だ。その剣も俺によこせ。そいつがルビーならそれでまた一儲けだ」

 

 

捕虜たちは引っ張られて立ち上がった。

ハーマイオニーの膝からソフィアが落下し、また弱々しい鳴き声が上がる。ここでソフィアだけでも逃すべきか──いや、何もできないと死んでしまうかもしれない。それなら、マルフォイ家にいるだろうナルシッサ・マルフォイが、ソフィアを助けてくれる事に期待するしかない。

ハーマイオニーはその場にしゃがみ込み──つられて小鬼が膝をつき呻いた──後ろで拘束された手を必死に動かし、触れたソフィアの前足を強く掴んだ。

 

 

「掴め。しっかり掴んでろよ。俺がポッターをやる!」

 

 

興奮し切ったグレイバックや他の男たちは、ハーマイオニーが膝をついていても気にする事はなかった。グレイバックはハリーの髪の毛を荒く掴み、声を張り上げる。

 

 

「三つ数えたらだ──一、二、三──」

 

 

グレイバックたちは捕虜を引き連れて姿くらましをした。

ハリーは逃れようともがいたが、キツく縛られている縄は緩むことはない。息ができぬほど肺が絞られ、傷痕の痛みはいっそう強くなった。

 

 

 



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430 マルフォイの館!

 

 

捕虜たちはどこか郊外の小道に着地し、よろめいてぶつかり合った。

ハーマイオニーは必死にソフィアを抱え直し、落ちないように後ろにいる捕虜との間に挟みながら「どうか死なないで」と何度も何度も心の中で祈る。

 

ハリーの両眼はまだ腫れていて、周囲に目が慣れるまで時間がかかったが、やがて長い場車道と大きな門が見えて内心でほっと安堵した。ここにヴォルデモートはいない。ヴォルデモートはどこか遠くの見知らぬ要塞のような場所にいるのだ。まだ、最悪の事態は起こっていない、ただ、どれほどの猶予があるのかが問題だった。

 

 

「どうやって入るんだ?鍵がかかってる。グレイバック、俺は入れ──おおっと!」

 

 

門を強く揺さぶっていた男は、鉄が歪んで象徴的な曲線や渦模様が恐ろしい顔に変わったのを見て驚いて両手を離し勢いよく下がった。少しの沈黙の後、恐ろしい顔の閉じられていた黒い口がぱかりと開き、「目的を述べよ!」と、響く声で話し出す。

 

 

「俺たちはポッターを連れてきた!ハリー・ポッターを捕まえた!」

 

 

グレイバックは勝ち誇った声で叫ぶ。それを聞き門がパッと開いた。

捕虜はグレイバックにより引かれ、門から中へ、そして場車道を歩かされた。暫くして両側に高い生垣が現れ、白いアルビノの孔雀がハリーたちの頭上を悠々と飛び立つ。

ハリーは腫れぼったい目を閉じ、暫く傷痕の痛みに集中する事にした。ヴォルデモートが何をしているのか、自分たちがもう捕まった事を知っているのかどうかを知りたかったのだ。

 

 

塔の頂上にある小さな部屋で幽閉されていたのは、やつれ果てた老人だった。

薄い毛布の下で寝返りを打ち、骸骨のように骨と皮になった顔で目を見開く──目の前にヴォルデモートがいる事に気づいたのだ。

老人はヴォルデモートを見据え、上半身を起こし、笑った。

 

 

「やっと来たか。来るだろうと思っていた……そのうちにな。しかし、お前の旅は無意味だった。私がそれを持っていたことはない」

「嘘をつくな!」

 

 

ヴォルデモートの怒りがハリーの中でドクドクと脈打ち、まるで自分の怒りのように感じた。傷痕は張り裂けそうなほど痛み、ハリーは心をもぎ取るようにして必死に自分の感情を取り戻した。

 

 

生垣が終わり、古いが巨大な屋敷が姿を現す。

扉が開き、中から漏れた灯りで捕虜たち全員が照らされた。

 

 

「何事ですか?」

「我々は名前を言ってはいけないあの人にお目にかかりました」

 

 

怪訝な顔をして現れたのはナルシッサだった。肩にショールをかけ、手には杖を持ち冷たい目でグレイバックを見据え眉を寄せる。

 

 

「お前は誰?」

「あなたは私をご存知でしょう!フェンリール・グレイバックだ!我々はハリー・ポッターを捕らえた!」

 

 

グレイバックは憤りながらハリーをぐいっと掴んで半回転させ、正面の明かりに顔を向けさせた。

 

 

「この顔が浮腫んでいるのはわかっていますがね、マダム。しかしこいつはハリーだ!ちょいとよく見てくださりゃあ、こいつの傷痕が見えまさぁ。それに、ほれ、娘っ子が見えますかい?穢れた血でハリー・ポッターと一緒に旅をしてるやつでさあ。それに、ポッターの杖も取り上げたんで。ほれ、マダム」

 

 

スカビオールが口を挟み、ハーマイオニーの髪を掴んでナルシッサの方へと向けた。

ナルシッサはハリーの腫れ上がった顔を確かめるように眺め、素早く他の捕虜たちを見た。

これが本当にハリー・ポッターなのか?人相が全く違う。けれどもしポッターなら──ソフィアは?

スクリムジョールが穢れた血だと言っているのはハーマイオニー・グレンジャーという娘だろう。しかし、他に女は見当たらない、ソフィアはこの場にいない?ならば、私は──。

 

 

ナルシッサの脳内を素早くさまざまな思考が過ぎる。ソフィアがいるのなら、何とかして救い出さなければならない。しかし、ソフィアがいないのなら、騎士団とソフィアに対する裏切りにはなっても──セブルスに対する裏切りにはならない。あの男は、ソフィアとルイスさえ生きていれば良いはずだ。

 

 

「──その者たちを中に入れなさい」

 

 

スカビオールに押し付けられたリンボクの杖を受け取りながら、ナルシッサは顎を上げ、身長の高い彼らに見下した視線を送る。

グレイバックは地面に唾を吐いたが悪態をつくことはなく、捕虜たちを引っ張り蹴り上げながら玄関ホールに入った。

 

 

「従いてきなさい。息子のドラコがイースター休暇で家にいます。これがハリー・ポッターなら、息子にはわかるでしょう」

 

 

ハリーとロンとハーマイオニーは──心の底から嫌だったが──ドラコ・マルフォイに賭けるしかなかった。

彼は今までの愚行を悔い、騎士団側に着いたはずだ。ならば、ハリーだと気づいても黙っておくに違いない──そう、信じるしかない。

 

 

広々とした客間は明るく照らされ、美しいクリスタルのシャンデリアが一基天井から下がっていた。深紫色の壁には肖像画が何枚も掛かり、グレイバックたちが捕虜を部屋に押し込むと、見事な装飾の大理石の暖炉の前に置かれた椅子から二つの姿が立ち上がった。

 

 

「何事だ?」

「この者たちは、ハリー・ポッターを捕まえたと言っています。ドラコ、こちらに来なさい」

 

 

大勢の訪問者に怪訝な顔をするルシウスの隣にいたドラコはさっと顔色を無くし、ナルシッサと同じように先頭にいるハリー──らしき男──ではなく、捕虜たちを見る。

グレイバックはハリーの肩を掴み無理矢理押し付け跪かせる。肘掛け椅子から立ち上がったドラコはじっとハリーを見つめ、ハリーもドラコの顔を見上げた。

 

 

「さあ、坊ちゃん?」

 

 

グレイバックが期待と興奮が籠る声で囁く。ルシウスも「ドラコ、どうだ?」と声を上擦らせながら聞いた。

 

 

「そうなのか?ハリー・ポッターか?」

「……」

「どうだ?」

「……わからない、こんな顔じゃ、自信を持てない。……背は、ポッターより──低い気がする」

 

 

その一言にグレイバックとルシウスが唸り、ナルシッサは落ち着きなく何かを訴えるようにドラコを睨んだ。ソフィアがいない今、──何故いないのかわからないが──本当にポッターならば、裏切ればいい、そうすれば自分たちの立場はよくなる。まさか、ジャックとの破れぬ誓いの関係で──?

 

 

「お前、立つんだ!──さあ、よく見るんだ!もっと近くに寄って!──ドラコ、もし我々が闇の帝王にポッターを差し出したとなれば何もかも許され──」

「いいや、マルフォイ様。こいつを実際に捕まえたのが誰かを、お忘れではないでしょうな?」

「勿論だ。勿論だとも!」

 

 

ルシウスは興奮を滲ませながら、怒れるグレイバックを必死に宥めた。

明確な答えを出さないドラコにもどかしく思ったルシウスは自分自身でハリーに近づきその顔を眺める。

 

 

「いったいこいつに何をしたのだ?」

「我々がやったのではない」

「むしろ、蜂刺しの呪いに見えるが──ここに何かある。傷痕かもしれない。ずいぶん引き伸ばされている……ドラコ、ここに来てよく見るのだ!どう思うか?」

「わからない……」

 

 

興奮し我を忘れているルシウスとは違い、ドラコはあくまでハリーたちを救うために視線を逸らした。

この中にソフィアはいないのか?ポリジュース薬で変身しているのか?もしかして、どこかで別れてしまったのか、それとも──。

 

捕虜を見ていたドラコは、嫌な予感を振り払いながら血だらけになっているロンと、蒼白な顔をしているハーマイオニーを見る。その後ろにいるのは、たしかグリフィンドール生の男だ──。

 

 

「あれは──?」

 

 

ドラコは、捕虜の間に挟まっている塊を見て呟いた。

ルシウスは何かハリー・ポッターに関するものを見つけたのかと、ドラコの視線の先を追い捕虜の間にある黒いものを掴む。

 

 

「なんだ──狐か?」

 

 

ルシウスが片手で掴み上げたのは、ぐったりとして動かないフェネック(ソフィア)だった。

 

 

「止めて!乱暴にしないで!お願い、ひどい怪我をしているの!」

 

 

ハーマイオニーは後ろに隠していたソフィアを奪われ、涙声で叫ぶ。

ルシウスもこんなに汚れ、血が滲み汚いものを持ち続ける気はなく──軽く杖を振り浮遊させながらドラコに近づける。

 

 

「ドラコ、ポッターのペットか?」

「ペット……?」

 

 

だらんと頭を垂れているフェネックは、ピクリと耳を動かし閉じていた目を開けた。

その目は鮮やかな緑色であり、それを見た途端、ドラコは一瞬呼吸を止めた。

 

 

「ち──がう。ポッターのペットは、たしか、白フクロウだ」

「その子は私の子よ!お願い、乱暴にしないで!死んじゃう!」

 

 

ハーマイオニーは他の捕虜と縛られていることを忘れ、前のめりに倒れ込みながら必死に訴える。

ルシウスはハリー・ポッターに繋がるものでないのなら興味はなく、すぐにハーマイオニーの足元に物のように投げ飛ばした。

腕を縛られてソフィアを拾い上げることもできないハーマイオニーは、ソフィアの体に頭を寄せ嗚咽を漏らした。

 

 

「っ……ひどいっ……」

「そんな獣はどうでもいい!こいつはポッターじゃないのか?!」

 

 

痺れを切らしたグレイバックが唾を撒き散らしながら怒鳴り、ルシウスもまた死にかけているフェネックに興味はなくすぐにハリーへと向き合う。

ドラコは小さく震えるフェネックをじっと見下ろし、離れたところでこちらを見ているナルシッサに視線を向けた。

 

「ソフィアだ」と、ドラコの口が声を出さず動く。ドラコはソフィアのアニメーガスとなった姿を見た事はないが、彼女がアニメーガスを取得したという事はルイスを通して知っていた。ナルシッサは目を見開き──苦渋に満ちた顔で唇を噛んだ。

 

 

──これが、ソフィア?何故?ソフィアは、アニメーガスになれる?……わからない、でも、ドラコがそういうのならば、ドラコはこの男がポッターだとしてもきっと認めないわ。

 

 

ナルシッサは深く息を吐き、低い声で呟いた。

 

 

「……確実な方がいいわ、ルシウス。闇の帝王を呼び出す前に、これがポッターであることを完全に確かめたほうがいいわ……。この者たちはこの杖がこの男の物だと言うけど、でも、これはオリバンダーの話とは違います。もし私たちが間違いを犯せば──もしも帝王をお呼びしても無駄足だったら……ロウルとドロホフがどうなったか覚えていらっしゃるでしょう?この男の顔の腫れが引くまで、地下牢に入れておくべきだわ」

 

 

ナルシッサの言葉にルシウスは目に怯えを見せた。既に失敗し、ヴォルデモートの怒りに触れている自分たちがさらに失敗を重ねれば重い罰だけでは過ぎない。確実に殺されるだろう。

自分の死体が転がっている様を想像し、ルシウスたちが沈黙した時、ハリーたちの背後で客間の扉が開いた。

 

 



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431 ベラトリックス!

 

「どういうことだ?シシー、何が起こったのだ?」

 

 

現れたのは女性だった。長く波打つ黒髪の魔女は客間から漏れ出た言い争う声を聞き、足早に捕虜に近づく。

魔女──ベラトリックス・レストレンジは捕虜の周りをゆっくりと回り、ナルシッサの隣に並びじろじろとハリーを見た。

 

 

「グレイバックは、この男がポッターだと言うの」

「ポッター?確かなのか?それではすぐに闇の帝王にお知らせしなければ!」

「確証は無いわ。杖は別物。人相は──違いすぎて、ドラコにもわからないの。もし闇の帝王を呼び出して無駄足だったら……」

 

 

ベラトリックスは左の袖を捲りかけていたが、緊張が孕むナルシッサの言葉を聞き、舌打ちをすると腕を下ろす。

 

 

「これがポッターだという証拠は他にないのか?」

「この穢れた血はどうだ?ポッターと旅をしているハーマイオニー・グレンジャーだ!」

 

 

グレイバックはハーマイオニーを立たせ、ベラトリックスの前に突き出した。怯えるハーマイオニーをじろじろと見たベラトリックスは、狂気が孕む笑顔を見せ「そうだ!」と叫ぶ。

 

 

「間違いない!この顔はリストにデカデカと載っていた──間違いない!」

 

 

捕虜の一人はハーマイオニー・グレンジャーであると確信したベラトリックスは、他にも闇の帝王を呼び出す確実な証拠はないかと捕虜たちを観察する。

その奥で、人攫いの男が抱えている銀色の剣を見つめる。あの剣はなんだ?どこかで──。

 

ルシウスはこの女が間違いなくハーマイオニー・グレンジャーならば、この男はハリー・ポッターであると考え有頂天になって自分のローブの袖を捲り上げた。

 

 

「──待て!触れるな。今闇の帝王がいらっしゃれば、我々は全員死ぬ!」

 

 

ベラトリックスの甲高い叫び声に、ルシウスは闇の印の上に人差し指を浮かせたまま硬直した。ベラトリックスはハリーとハーマイオニーの隣を通り過ぎ、後方にいた男へ近づく。

 

 

「これは、なんだ?」

「剣だ」

「私によこすのだ」

「あんたのじゃねぇよ、奥さん。俺のだ。俺が見つけたんだぜ?」

 

 

渡してたまるかと男は強く剣を抱き一歩下がる。しかし、赤い閃光が走り男の胸を貫き、二歩目を下がる事はできなかった。

ベラトリックスにより失神呪文で気絶させられた仲間を見た男たちは喚き怒り、杖を抜いたが──一対四であっても、人攫い如きが叶う相手ではなかった。

 

ベラトリックスは簡単に三人を失神させ、グレイバックだけは両腕を差し出した格好で無理矢理跪かせた。屈辱的な状況にグレイバックは唸り、必死に体を動かそうとするがその首は勝手に垂れ下がり、それ以上上がることはない。

 

床に落ちたグリフィンドールの剣を、ベラトリックスは蒼白な顔で拾い上げ震える手で柄を撫でる。そこに刻印されたゴドリック・グリフィンドールの名を見て──脳の奥がジリジリと痺れるほどの不安と恐怖を感じた。

 

 

「この剣をどこで手に入れた?」

「よくもこんなことを!」

 

 

剣を易々ともぎ取りながらベラトリックスが聞いたが、グレイバックは唸り声を上げるだけだ。

くい、とベラトリックスが杖を上げればグレイバックはベラトリックスを見上げる姿勢を取らされる。口しか動くことを許されていないが──グレイバックは牙を剥き出しにして威嚇し、その目に憤怒を滲ませる。

 

 

「術を解け、(あま)!」

「どこでこの剣を見つけた?これは、スネイプがグリンゴッツの私の金庫に送った物だ!」

「アイツらのテントにあったものだ、解けと言ったら解け!」

 

 

ベラトリックスが杖を振り、グレイバックは跳ね上がるように立ち上がった。杖を奪われたグレイバックはベラトリックスには近づかず、油断なく肘掛け椅子の後ろに周り汚らしい捻れた爪で椅子の背を掴んだ。

 

 

「ドラコ、このクズ共を外に出すんだ。そいつらを殺ってしまう度胸がないなら、私が片付けるから中庭に打ち捨てておきな」

「ドラコに対して、そんな口の聞き方を──」

「お黙り!」

 

 

ナルシッサは激怒したが、ベラトリックスの恐怖が滲む甲高い声に押さえ込まれた。──ナルシッサは、こんなにも姉が狼狽しているのを初めて見た。

 

 

「シシー、お前なんかが想像する以上に事は重大だ!深刻な問題が起きてしまったのだ!──もし、本当にポッターなら、傷つけてはいけない」

 

 

ベラトリックスの変貌に、捕虜たちは沈黙し、身を寄せながら何が起きているのかと視線を交わした。

 

 

「闇の帝王は、ご自身でポッターを始末することをお望みなのだ……しかし、このことをあの方がお知りになったら……私はどうしても……確かめなければ……」

 

 

ベラトリックスは暗い瞳でぶつぶつと呟く。柄を握る自分の手のひらがじんわりと嫌な汗をかいているのを感じた。

 

──もし、これが私の金庫にあった物ならば、他の物も奪われているかもしれない。あの方から預かった、あれはただのカップに見えただろうか?グリフィンドールの剣を失ったとしても、私は全く困らない。しかし──いや、まさか──。

 

 

「私がどうするが考える間捕虜たちを地下牢にぶち込んでおくんだ!」

「ベラ、ここは私の家です。そんな風に命令する事は──」

「言われた通りにするんだ!どんなに危険な状態なのか、お前にはわかっていない!」

 

 

ベラトリックスはヒステリックに叫び、恐ろしい狂気の形相で杖を振り下ろす。一筋の炎が噴き出し、毛並みのいい絨毯に焼け焦げた穴を開けた。

ナルシッサは一瞬戸惑ったが、やがてグレイバックに「捕虜を地下牢に連れていきなさい」と命令した。

 

 

「待て。……女の穢れた血を残していけ」

「やめろ!代わりに僕を残せ。僕を!」

 

 

ハーマイオニーは狂気が滲む目で見下ろされ、喉の奥で悲鳴をあげた。ロンはハーマイオニーを拷問させるわけにはいかないと叫んだが、ベラトリックスは一瞥くれることもなくロンに向かって杖を振り、肉を打つ高い音が響いた──ロンの顔は透明な何かで殴られたかのように赤く腫れた。

 

 

「この子が尋問中に死んだら、次はお前にしてやろう。血を裏切る者は、穢れた血の次に気に入らないね。グレイバック、捕虜を地下へ連れていって逃げられないようにするんだ。ただし、それ以上は何もするな──今のところは」

 

 

ベラトリックスはグレイバックに杖を投げ返し、ローブの下から銀の小刀を取り出した。ハーマイオニーは他の捕虜から切り離され、髪を掴まれ部屋の中央へ引き摺り出されていく。

グレイバックが前に突き出した杖により、ハリーたちは抵抗し難い見えない力で無理矢理歩かされ、暗い通路を進んだ。ソフィアもまた、半分宙に浮き脚を引き摺りながらその後ろに従き、捕虜たちが押し込まれたのはじめじめとした暗い地下牢だった。

 

 



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432 どうする?

 

 

 

捕虜を押し込んだグレイバックは遠くから聞こえてくるハーマイオニーの悲鳴にくつくつと笑いながら階段を上がる。

 

 

「ハーマイオニー!」

 

 

ロンが大声を張り上げ縛られている縄を解こうと身悶えし、同じ縄で繋がっているハリーはよろめき、地面に横たわるソフィアの側に膝をついた。

 

 

「ソフィア──ソフィア、起きて……死んじゃだめだ」

「きゅ……」

「ハーマイオニー!」

 

 

気絶していたソフィアはハリーの呼びかけに目をうっすらと開く。意識を覚醒させたものの、身体中が酷く痛みすぐに呻く。ソフィアは目だけを動かし周りの状況を把握しつつ──ハーマイオニーの恐ろしい長い悲鳴と、ロンの必死な声を聞き力を振り絞り体を起こし、元の人の姿に戻った。

 

 

「ソ──」

 

 

ハリーは口の端からだらだらと血を流し、ソフィアの目が虚になっているのを見て息を呑む。ソフィアは何度も怪我をしたことがある、この目と、この水音混じりの呼吸は、過去に背中に怪我を負った時と同じだった。

 

 

「じょう、きょうは……」

 

 

ソフィアは腹を押さえ、浅く呼吸をし喘ぎ喘ぎハリーに聞いた。何度か気絶していたソフィアは全ての記憶が繋がっている訳ではなかったのだ。喉の奥から血が込み上げる。呼吸をするたびに、体の内側が酷く痛む──。

 

 

「ハーマイオニーが捕まった、今、上で──」

「ハリー?ロン?ソフィア?あんた達なの?」

 

 

暗闇から囁く声が聞こえ、ハリーは声のした方を勢いよく振り向き、ロンはハーマイオニーの名を叫ぶのをやめた。

細い声で──どこか眠そうな声で──自分の名を呼ぶのは、薄汚れた格好をしたルーナだった。

 

 

「ルーナ?」

「そうよ、あたし!ソフィア、やっぱり死んだっていうのは嘘だったんだね!──ああ、あんた達には捕まって欲しくなかったのに!」

 

 

ルーナはアズカバンではなく、ここに幽閉されていたのか。生きていた事にほっと安堵はしたが、それでもこの状況は最悪と言って過言ではない。

 

 

「ソフィア、ロープを解ける?」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは頷き、ポケットから杖を出すと無言で振った。パッとハリーの縄が切れて解け、すぐにソフィアはロンたち他の捕虜の縄も切断する。

 

 

「ハーマイオニー!!」

 

 

再び聞こえたハーマイオニーの悲鳴に、ロンは鉄格子がついた小さな窓に縋り、強く揺さぶる。ハーマイオニーの悲鳴は、肉体的な痛みとなってソフィア達を襲った。ハリーは傷痕の痛みを忘れ、無我夢中に扉を叩き、ソフィアはぐっと奥歯を噛み締め立ち上がる。

 

 

──痛みなんて、今は気にしてられない。ハーマイオニーを、ハーマイオニーを助けないと。

 

 

ソフィアは杖を振るい牢屋の外に姿現しをしようとしたがソフィアはその場で緩く回るだけで一歩も動くことができなかった。

呆然として自分の杖を見下ろし──強く歯を食いしばり憎々しげに呟く。

 

 

「姿現し、できないわ。阻害魔法が──」

「くそっ!何か──何とかしないと──」

 

 

ハリーはソフィアの言葉を聞き絶望を滲ませながら必死に駆け回り、牢屋の壁という壁を手探りで探したが心の奥では無駄な事だとわかっていた。ルーナや奥にいる他の捕虜が今までここに居るのだ、逃げられるのなら、逃げ出しているはずだ。

 

 

「──他には何を盗んだ?答えろ!苦しめ(クルーシオ)!」

「ああああああっ!!」

「ハーマイオニー!!」

 

 

嗄れたハーマイオニーの悲鳴が長く響き渡る。

ロンは壁を拳で叩きながら泣き叫び、ソフィアは阻害魔法を解除しようと思いつく限りの魔法を唱え、ハリーは居ても立っても居られず、首にかけたハグリッドの巾着を掴み中を掻き回した。

ダンブルドアのスニッチを引っ張り出し何を期待しているのかも分からずに振ったが何も起こらない。二つに折れた不死鳥の尾羽の杖も振ってみたが、やはり何も起こらない。

シリウスの両面鏡がガチャリと鞄から滑り落ちた──あれから何度名前を呼んでも、シリウスは顔を見せなかった。当然だ、あの晩に持っていくことができなかったと言っていた──。

それでも、誰かと繋がっていることを期待し──敵ではなく、自分たちの味方がこの鏡のそばにいることを期待し、ハリーは叫んだ。

 

 

「シリウス、助けて!──誰でもいいから!助けて!僕たちはマルフォイの館の地下牢にいます、助けて!」

 

 

ハリーの願望だったのか、その瞬間何かが鏡に映った気がした。人影だったのか、誰かの顔だったのか。ハリーはわからなかったが縋るように何度も角度を変えて鏡を傾ける。しかし、目の錯覚だったのか映るのは牢獄の壁や天井ばかりだった。

ハリー達が必死に争っているうちにもハーマイオニーの叫び声はますます酷くなっていく。

 

 

「どうやって私の金庫に入った?」

「ああああっ!!」

「地下牢に入っている薄汚い小鬼が手助けしたのか?」

「小鬼には、今夜会ったばかりだわ!あ、あなたの金庫になんか入った事はないわ、それは本物の剣じゃない……ただの模造品よ、模造品なの!」

 

 

ハーマイオニーは息も絶え絶えに啜り泣き、必死に叫ぶ。

 

 

「偽物?ああ、うまい言い訳だ!」

「いや、簡単にわかるぞ!小鬼なら剣が本物かどうかあいつなら分かる!」

 

 

ベラトリックスは模造品だと聞き一瞬安堵したが、すぐに奥歯を噛み締め部屋中を見渡し叫んだ。

 

 

「ドラコ!ドラコ、どこだ!」

 

 

しかし、客間の中にはいつの間にかドラコとナルシッサの姿はなかった。きっと拷問を見ることに耐えられなかったのだろう。ナルシッサは、穢れた血が部屋中に飛び散るのを見たくなかったのかもしれない。

時間がない、ルシウスに行かせるか──そう思った時、蒼白な顔をしたドラコが扉を押し開け顔を覗かせた。

 

 

「ドラコ!今すぐに地下牢に行き、小鬼を連れてこい!」

「わ──わかった」

 

 

ベラトリックスのただならぬ剣幕にドラコは顔をこわばらせ頷くと、すぐに地下牢へと向かう。

ハリーはグリップフックが蹲っているところに飛んでいき、その尖った耳に向かって囁いた。

 

 

「グリップフック。あの剣が偽物だって言ってくれ。やつらに、あれが本物だと知られてはならないんだ。グリップフック、お願いだ──」

 

 

地下牢を降りてくる足音が聞こえ、次の瞬間、ドラコの震える声がした。

 

 

「みんな下がれ。一言も話すな。……後ろの壁に並んで立つんだ。おかしな真似はするな」

 

 

ハリーとソフィアは顔を見合わせ、小さく頷いた。ドラコは味方だが──敵の本拠地でそれを言うことはできない。流石にそれはルーナにも、知られてはならない。

 

皆命令に従った。ソフィアは杖を振り灯りを消し、再びフェネックの姿になり横たわる。

扉がパッと開き、杖を構えたドラコが青白い決然とした顔で入る。

すぐに足元で倒れているフェネックを見つけると片腕で抱き──その扱い方はとても優しかった──ハリーに目配せをし、小さく頷く。ハリーもまた、声に出さずに頷いた。彼がソフィアを救い、ここから逃がしてくれるつもりなのだとわかったのだ。

 

 

もう片方の手でドラコは小さなグリップフックを掴み、小鬼を引き摺りながら後ずさりした。

 

扉が閉まると同時に、バチンという大きな音が地下牢に響く。ロンはポケットから灯消しライターを取り出しカチッと鳴らし、光の玉を出現させる。ハリーは光の玉に照らされた地下牢の中に現れた者を見て、──腫れた目をできる限り──大きく見開いた。

 

 

 

 



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433 救出作戦!

 

 

ドラコはベラトリックスたちがいる客間に入る前の廊下の端に、ソフィアの身をそっと置いた。「少し待ってくれ」と囁き、一度深呼吸をしたドラコはグリップフックの腕を強く引きベラトリックスの前へと突き出した。

 

 

グリップフックは自分自身の足に引っ掛かり倒れ込む。ベラトリックスは杖を振りグリップを宙に浮かせると剣の前に乱暴に落とした。

 

 

ドラコはすぐに、客間から出た。ベラトリックスが執着するあの剣が本物だろうが、偽物だろうがドラコにはどうでも良く、ただ脳内を占めているのはどうにかしてソフィアだけでも救わねばならない、だった。

 

 

ドラコは闇に紛れるようにして倒れているソフィアに駆け寄り、そっとその小さな体を抱き上げその場から離れる。

しかし、あまり遠くに行くと地下牢と客間の中で事態がどう動いているのかわからなくなるため、迷った後、真向かいの部屋に入った。

 

 

「──おい!──ソフィア、薬だ。飲めるか?」

「……」

 

 

ドラコの言葉にソフィアは血で咽せ咳き込みながら弱々しく頷く。

すぐにポケットに隠し持っていた小瓶を取り出し、ドラコはソフィアの薄く開いた口の中に流し込む。──一瞬、アニメーガスの姿であるソフィアに人間用の薬を与えて良いのかと漠然とした不安がよぎったが、それを言う前にソフィアの喉は嚥下した。

 

 

「ソフィア……?」

 

 

やはり動物に人間の薬は与えるべきじゃなかったか。とドラコは動かないソフィアに恐々と声をかけ、体をゆすった。

 

ピクリ、とソフィアの薄い耳が微かに動く。ソフィアは閉じていた目を開き、数回瞬きをするとしっかりと生気を感じる目でドラコを見つめた。

 

 

「良かった……!……ソフィア、今すぐにお前だけでも逃げろ。あの剣が本物にしろ偽物にしろ、いずれあの人が来る。──この場なら元の姿に戻っても大丈夫だ、周りに奴らはいない。みんなあの部屋だ」

「──ありがとう、ドラコ」

 

 

ソフィアは瞬き一つの間に元の姿に戻り、弱々しく微笑む。目に生気は宿っているが、それでも血が混じる湿っぽい咳をこぼし、顔色は悪かった。

 

 

「薬はただの鎮痛薬と治癒薬だ。骨折が治ったわけじゃない」

「それでも、楽になったわ」

 

 

確かに左腕は人形になってしまったのように動かず、脇腹に奇妙な感覚がある。それでも地獄のような激痛はなくなり、ソフィアはポケットから杖を抜き立ち上がった。

 

 

「駄目だ!お前でも、ベラトリックスには敵わない。あいつは──あいつは他の死喰い人とは違う!」

 

 

ドラコは扉に手を伸ばしていたソフィアの腕を取り、必死な声で囁いた。ソフィアの強さは身をもって理解している。しかし、それでもベラトリックスに勝てると思えないのだ。戦闘経験や、知っている魔法の差がありすぎる。ソフィアの知らぬ闇の魔法をベラトリックスは躊躇うことなく使うだろう。

 

 

「早く逃げろ。今なら──」

「ハーマイオニーは?」

 

 

ソフィアは唇の端についた血を手の甲で拭いながらはっきりと言葉にした。

その瞬間、ドラコはぐっと眉を寄せ──瞳を揺らす。

 

 

「あの女に捕まっているハーマイオニーは?」

「それは──あいつは──グレンジャーは──」

 

 

ドラコはソフィアの強い眼差しから目を逸らした。

今しかないのだ。

今、ベラトリックスとルシウス、その他の死喰い人たちは皆あの部屋にいてハーマイオニーの拷問を楽しいショーだと言うように笑いながら見ている。

彼らの目がそちらを向いている隙に、逃すしかない。だが、それにはどうしてもハーマイオニー・グレンジャーの犠牲が必要だった。

 

 

「ドラコ、私はハーマイオニーを見捨てられない」

「だが──勝ち目は無い!僕と母上も、動く事は出来ないんだ!」

「わかってるわ。こうして薬を届けてくれて、私を地下牢から逃がしてくれただねで十分よ。……あとは、私がなんとかするわ」

 

 

ソフィアも簡単にベラトリックスを退ける事ができるとは思っていない。あの客間にはたくさんの敵がいる。ドラコとナルシッサも、表立ってソフィアの手助けをし、彼らを攻撃する事は出来ないだろう。それでも、ハーマイオニーを見捨てるくらいならばその場で勇敢に戦い、死んでも良い。──ソフィアは本気でそう思っていた。

 

 

「ソフィアが生きていると知られたら、ルイスも犠牲に──」

 

 

ソフィアを止めようとドラコは必死に訴えたが途中で言葉を止めた。扉を隔てた向こう側から微かな足音が聞こえたのだ。聞き間違いかと思ったが、間違いなく複数の足音が聞こえる──それは、ソフィアとドラコが隠れている部屋の近くで止まった。

 

ドラコはごくりと固唾を飲む。音を立てぬよう慎重に扉を開け廊下の様子を確認し──ハッと息を呑んだ。

 

 

「なぜ──」

「ハリー、ロン!」

 

 

廊下で客間の扉に耳をつけ中の様子を伺っていたのはハリーとロンだった。ソフィアは小さな声で叫び、彼らに駆け寄る。ハリーとロンも驚きつつ振り返り、その後ろにいるドラコを見て強張っていた表情を緩めた。もし後ろに居たのが敵ならば、一本の杖しか持たぬ自分たちはまた地下牢に逆戻りだと考えていたのだ。

 

 

「どうやって──?」

「ルーナ達も無事逃げた。ドビーが来て──ハウスエルフは侵入できるんだ。それに、ペティグリューが……後で説明する──ソフィア、怪我は?」

「ドラコから薬をもらったわ。大丈夫よ」

 

 

ソフィアの顔色は悪いが、それでもハリーは安堵しドラコに初めて心から感謝した。

 

 

「マルフォイ、ありが──」

「そんな事はどうでもいい。早く逃げろ!」

 

 

ドラコは客間の様子を気にしつつ、苛立ちもどかしげに叫ぶ。しかしハリーとロンとソフィアは誰一人として頷かなかった。

 

強く唇を噛み、拳を握る。

わかっている。こいつらは、四人でいなければいけないんだ。確かな友情で繋がっている──見捨てる事なんて、出来ないんだろう。そのせいで自分が死んだとしても。周りに迷惑が被っても。……ルイスのように、大切なものを助けようと必死なんだ。

 

 

ドラコは長く息を吐き、挫けかけていた気持ちを奮い起こすとハリーのそばにしゃがみ込み、早口で囁いた。

 

 

「僕と母上は加勢できない。今バレるわけにはいかない。──もしグレンジャーを助けて逃げる事ができそうなら、僕を狙え。多分、母上と父上は……僕を護ることを優先する。攻撃はしてこないだろう」

 

 

ハリーはドラコの言葉を聞き、小さく頷く。去年の時のようにドラコの顔色は悪く、声は小さく震えていた。それでもハリーはこの場において自分たちだけではなく確かな味方がいるのだと思うと、ドラコ・マルフォイであっても僅かに気持ちが落ち着いた。

 

 

「もう一つの入り口から、僕は中に入る」

 

 

立ち上がり、すぐにもう一つの入り口へ向かおうとしているドラコの肩をハリーは掴み、まっすぐに彼の目を見た。

 

 

「検討を祈る」

 

 

かけられた言葉にドラコは目を見開き、一瞬固まったがすぐに辛そうに視線を逸らすと何も言わず足早にその場を去った。

 

ドラコの姿が見えなくなった後、ソフィアとハリーとロンは顔を見合わせ同時に頷きそっと扉に近づいた。

ソフィアは姿を見せる事ができない──せめて誰だかわからぬようにするために、廊下に飾られていた美しい花がいけられている大きな花瓶向かって杖を振り、死喰い人に似た仮面に変化させ顔につける。来ている服も真っ黒に変え、それを見たロンは嫌そうに顔を引き攣らせたが拒絶はしなかった。

 

何とかしてハーマイオニーに触れなければ。一瞬でいい、ベラトリックスからハーマイオニーを引き離し、彼女のもとに一人でも向かえば姿くらましで逃げ出すことができる。

 

 

「避難場所は、ビルとフラーの貝殻の家だ」

 

 

ロンはほとんど口を動かすことなく小声で囁く。ハリーとソフィアは無言で頷き、覚悟を決めて僅かに扉を開け、中の様子を見た。

 

 

薄暗い客間ではベラトリックスがグリップフックを見下ろし、彼女の足元ではハーマイオニーが身動きもせずに倒れていた。

ベラトリックスから剣を渡されたグリップフックはグリフィンドールの剣を指の長い両手で持ち上げ、じっくりと調べている。

 

 

「どうだ?本物の剣か?」

「──いいえ。偽物です」

 

 

焦燥感と恐怖が浮かんでいたベラトリックスの目が希望と興奮でガラリと変わったのをハリーたちは見た。

 

 

「確かか?──本当に、確かか?」

「確かです」

 

 

ベラトリックスの顔に安堵の色が浮かび、緊張が解けていく。「よし」と呟いたベラトリックスは杖を軽く振り小鬼の顔に深い切り傷を負わせた。

悲鳴を上げて足元に倒れた小鬼を、ベラトリックスは煩わしそうに傍に蹴り飛ばす。

 

 

「それでは、闇の帝王を呼ぶのだ!」

 

 

勝ち誇った声でベラトリックスは言い、袖を捲り上げて闇の印に人差し指で触れた。

 

 

途端にハリーの傷痕が裂けたのではないかというほどの激痛が走る。目の前の現実が消え去り、ヴォルデモートの思考へとハリーは落ちていった。

 

 

 

 

──目の前の骸骨のような男が、ヴォルデモートを見て嗤っている。

ヴォルデモートは呼び出しを感じ激怒した。ポッター以外のことで呼び出すなとあれほど言ったはずだ。もし間違いならば──。

 

 

「さあ、殺せ!お前は勝たない。お前は勝てない!あの杖は金輪際、お前の物にはならない!」

 

 

怒りが爆発したヴォルデモートは杖を激しく振るう。牢獄を緑の光が満たし、弱り切った老体は硬いベッドから浮かび上がり、魂の抜け殻が床に落ちた。窓辺に寄ったヴォルデモートは激しい怒りを抑えられなかった。自分を呼び戻す理由が無かったら、あいつらに報いを受けさせてやる──。

 

 

 

 

 

「それでは──」

 

 

ベラトリックスの嗤いながら言った言葉でハリーはようやく現実に戻ってくる事ができた。この怒りは自分のものではない──。

 

 

「この穢れた血を処分してもいいだろう。グレイバック、欲しいのなら連れて行け」

 

 

ハリーたちにとって耐え難い無慈悲な発言に、グレイバックは歓喜の声を上げ一歩踏み出す。

 

ソフィアとハリーは腰を浮かせたが、それよりも早く扉を開け放ち飛び込んだ者がいた。

 

 

「やめろおおおっ!!」

 

 

ロンは叫び、客間に飛び込んだ。

まさか脱走しているとは思わず、虚を突かれたベラトリックスは一瞬反応が遅れ、現れたロンに杖を向けたがそれよりも早くロンはペティグリューから奪った杖をベラトリックスに向けて叫ぶ。

 

 

武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 

ベラトリックスの杖が宙を飛び、ロンに続いて部屋に駆け込んだハリーがそれを掴んだ。

 

 



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434 自由な妖精

 

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 

ハリーが叫び、その魔法が当たったルシウスが倒れる。ソフィアは無言でドラコに向かって杖を振るい、同じく麻痺呪文を受けたドラコはぐるりと目を回しその場に倒れ込む。無言魔法でどんな呪文を食らったのかわからず、ナルシッサは「ドラコ!」と叫び倒れたドラコの元に駆け寄った。

 

グレイバックや人攫い達の杖から閃光が飛んだが、ハリーとソフィアとロンはパッと床に伏せ、素早くソファの後ろに隠れた。

 

 

「やめろ!さもないとこの女の命はないぞ!」

 

 

ベラトリックスが叫ぶ。ハリーとソフィアはそっとソファの端から覗き、ベラトリックスが気を失ったハーマイオニーの喉元に銀の小刀を突きつけているのを見た。

 

 

「杖を捨てろ。捨てるんだ!さもないと()()()()がどんなものか見ることになるぞ!」

 

 

ロンはペティグリューの杖を握りしめたまま彼女の首に突きつけられる刃を見て凍りついた。ハリーはベラトリックスの杖を持ち、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「もう一人いただろう!早く姿を見せろ!」

 

 

ベラトリックスの怒号にソフィアはぐっと唇を噛み立ち上がる。

仮面を被り、体の線を隠す服を着ているため、立ち上がった者が誰なのかベラトリックスはわからなかったが、おそらくもう一人の捕虜の男だろうと考えた。

 

 

「捨てろと言ったはずだ!」

「──わかった!」

 

 

ハリーはベラトリックスが持つ刃がハーマイオニーの首に押し付けられ、赤い血が滲むのを見て足元の床に杖を落とした。

ロンとソフィアもそれに従い杖を落とし、肩の高さまで両手を上げ無抵抗を示す。ベラトリックスは「いい子だ」と呟きながらニヤリと笑い、客間を見回す。

 

 

「ドラコ、杖を拾え!闇の帝王が御出でになる。ハリー・ポッター、お前の死が迫っているぞ!」

 

 

ベラトリックスが甲高い声で嗤い宣言せずとも、ハリーには時間がないのだとわかっていた。ヴォルデモートが暗く荒れた海の上を遠くから飛んできているのを感じているのだ。きっと、後数分もしないうちにこの場に姿を現すに違いない。

 

ドラコはナルシッサの蘇生魔法で意識を回復させていたが、記憶が途切れ何が起こっていたのかわからなかった。青白く緊張が孕む顔でゆっくりとハリーたちを順番に見て、一瞬絶望に瞳をゆらせたが再度ベラトリックスに「ドラコ!」と促されてしまい、のろのろと立ち上がり近づき足元の杖を拾い上げる。

ドラコはあの仮面をつけている者がソフィアなのだと理解していたが──ベラトリックスがいる場で、ソフィアを護ることはできなかった。

 

 

「よぉし。この英雄気取りの誰かさんたちを、我々の手でもう一度縛らないといけないようだ。グレイバックが、ミス穢れた血の面倒を見ているうちにね。──グレイバックよ、闇の帝王は今夜のお前の働きに対してその娘をお与えになるのを渋りはしないだろう」

 

 

ベラトリックスが全ての言葉を言い終わらないうちに、奇妙なガリガリという音が上から聞こえてきた。全員が見上げると──クリスタルの巨大なシャンデリアが小刻みに揺れていた。クリスタル同士が触れ、カチカチと高い音が鳴り、同時に金属部分が軋むような音が響く。不吉な音と共に、突如シャンデリアが落下した。

 

真下にいたベラトリックスはハーマイオニーを放り出し悲鳴を上げ飛び退く。シャンデリアは床に激突し粉々に砕けあたりに散らばった。キラキラとした破片が宙を舞いハーマイオニーと小鬼の上に降り注ぐ。

ソフィアとロンはハーマイオニーの元に飛び出し、ハリーはソファを飛び越え、鋭利な破片から顔を守ろうと腕を上げたドラコに飛びつき、握っていた四本の杖を──それはするりとドラコの手から離れた──もぎ取った。

 

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 

四本まとめてグレイバックに向けて振り下ろし、四倍もの魔法を受けたグレイバックは撥ね飛ばされて天井まで吹っ飛び床に叩きつけられ、びくびくと小さく痙攣した。

 

ナルシッサは着ている服が破片で傷つき裂けているのも気にせず、顔中に破片を浴び苦痛で体を曲げているドラコを庇うように引き寄せる。ベラトリックスは憤怒と混乱で髪を振り乱し銀の小刀を振り回した。

巻き込まれてはたまらないとナルシッサはドラコを抱えたまま逃げ出そうと扉へ向かい──扉の前で立ちはだかる者を見て思わず叫んだ。

 

 

「ドビー!?お前が、シャンデリアを──?」

「ハリー・ポッターを傷付けてはいけない!ドビーは、ハリー・ポッターを助けにきた!」

「殺してしまえ、シシー!」

 

 

ベラトリックスは金切り声を上げたが、突如響いた破裂音に掻き消された。ドビーが指を鳴らした瞬間、ナルシッサの杖は宙を飛び部屋の反対側に落下したのだ。

 

 

「この穢らわしいチビ猿!魔女の杖を取り上げるとは!よくもご主人様に歯向かったな!」

 

 

ベラトリックスが唾を飛ばし目を剥きながら喚く。ドビーはベラトリックスの剣幕に耳の端を震わせたが、それでも勇気を奮い起こし叫んだ。

 

 

「ドビーにご主人様はいない!ドビーは自由な妖精だ!そしてドビーは、ハリー・ポッターとその友達を助けにきた!」

 

 

ドビーの言葉がどれほどハリーを勇気付けただろうか。ハリーは点滅する視界の中、傷痕の痛みと格闘しながらロンとソフィアに杖を投げた。

 

 

「受け取れ!──逃げろ!」

 

 

ハリーは叫び、身を屈めてグリップフックをシャンデリアの下から引っ張り出した。剣をしっかり抱えたまま呻いているグリップフックを肩に背負い、ドビーの手を掴む。

 

ソフィアは杖を一振りし、砕けたシャンデリアを無数の巨大な蜂へと変化させるとベラトリックス達を襲わせた。

ロンは鋭い針に刺され叫び声を上げ逃げ惑う人攫いを見ることなく、ハーマイオニーを引っ張り出すとすぐにソフィアの腕を掴み姿くらましをした。

 

 

ハリーは暗闇に入り込む直前、もう一度客間の様子を見た。

ナルシッサとドラコはその場に立ちすくみ、人攫い達は逃げ惑い、部屋の向こうからベラトリックスが投げた小刀がハリーの姿が消えつつあるあたりでぼやけた銀色の光となった──。

 

 

 

ハリーは必死に「ビルとフラーのところ、貝殻の家」と考え姿くらましをした。

はたして明確な場所を知らないところに無事に行けるのかどうかわからなかったが、あの場所から離れられるのであればなんだってよかった。

背中にグリフィンドールの剣がぶつかるのを感じた時、ドビーがハリーに握られている手をぐいっと引いた。

もしかしたら、妖精が正しい方向へ導こうとしているのかもしれない──ハリーはそう思い、「うん、そうしよう」と伝えるためにドビーの指を強く握った。

 

数秒後、ハリー達は硬い地面を感じ潮の匂いを嗅いだ。

ハリーは膝をつき、ドビーの手を離してグリップフックをそっと地面に置いた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

グリップフックが身動きをしたのを見てハリーは声をかけたが、グリップフックは涙を流し鼻を啜るばかりで口からは泣き声と呻き声が溢れるだけだった。──余程怖かったのだろう。

 

ハリーは暗闇を透かして辺りを見渡した。一面に星空が広がり、遠くに小さな家が建っているのが見える。その外で何か動くものがあるのが見えた。

 

 

「ドビー、これが貝殻の家なの?」

 

 

ハリーは必要があれば戦えるようにと、マルフォイの館から奪ってきた二本の杖をしっかり握りながら目の前で突っ立っているドビーに囁いた。

 

 

「僕たち、正しい場所についたの?──ドビー?」

 

 

ドビーは──小さな妖精はぐらりと傾いた。

 

 

「ドビー!」

 

 

大きな目にキラキラとした星々を映し、ゆっくりと倒れたドビーにハリーは駆け寄る。

ハリーとドビーは同時に、妖精の激しく波打つ胸から突き出ている銀の小刀の柄を見下ろした。

 

 

「ドビー!──ああっ!──誰か!」

 

 

ハリーは家に向かって、そこで動く人影に叫ぶ。

 

 

「助けて!!」

 

 

人影が魔法使いか、敵か、マグルか、ハリーには分からなかったしそんな事はどうでもよかった。

ドビーの胸に黒く広がっていく血の染みの事しか考えられず、ハリーに向かって縋り付くように伸ばされた腕しか見えなかった。

ハリーはドビーを抱きしめて、ひんやりとした草に横たえた──鮮血が、草を濡らしていく。

 

 

「ドビー、だめだ。死んじゃだめだ。死なないで!」

 

 

脳の奥がチリチリと焼けるような焦燥感で、喉がカラカラに乾いた。

どうすればいい?死んでほしくない。薬もない、治す魔法も──。

 

 

「──ソフィア……」

 

 

ハリーは数ヶ月前、ジョージが耳を失いそうになるほどの大怪我をした時、ソフィアが魔法を使い血を体内に戻し治癒していたのを思い出した。両手にぬるりとした温かいものを感じる。この温かいものに触れるたびにドビーから生命力が流れ出ているような気がして背筋に嫌な汗が流れた。

 

 

「ソフィア、助けて!──ドビーを──」

 

 

しかし、ハリーの周りにいるのは小鬼だけだった。ソフィアとロンとハーマイオニーの姿もなく、遠い家の向こうに人影があるだけだ。早くしないと、ドビーが──。

 

 

妖精の目がハリーを捕らえ、何か言いたげに唇を動かした。

 

 

「ハリー……ポッター……」

 

 

そして、小さく身を震わせ、妖精はそれきり動かなくなった。

大きな瞳は、もはや見ることのできない星の光をキラキラと映していた。

 

 

 



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435 ここに眠る。

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは貝殻の家のすぐそばに着地していた。

無事な着地とは言えず、ロンはハーマイオニーを庇いぎゅっと抱え下敷きになり、ソフィアは負傷していた脇腹を硬い地面にぶつけてしまった。

その時の衝撃でソフィアは呻き、げほ、と血の塊を吐き出す。仮面の間で血が溜まり、気持ち悪さからはぎ取り、草の上に投げ捨てた。

ドラコから貰った薬で痛みを感じないが、視界はモノクロになり世界にノイズがかかったかのように不明瞭だった。

 

 

「ハーマイオニー!ハーマイオニー、おい、しっかりしろ!」

 

 

ロンは勢いよく起き上がると、ハーマイオニーを横抱きにしてその青白い頬を強く叩き肩を揺する。だらり、と垂れていた腕はその動きに合わせて左右にゆらゆらと動くだけだったが、「ハーマイオニー!」と涙交じりの声で何度も叫ばれ、ようやくハーマイオニーは意識を取り戻し目をうっすらと開いた。

 

 

「ロン──?」

「ああ!良かった──ここは貝殻の家だ。僕たちは逃げられたんだ!」

 

 

眉は寄せられ、顔の血の気は引いているがそれでもしっかりと自分の目を見て話すハーマイオニーに、ロンは顔中に安堵の色を広げ強く抱きしめると、肩を支えながら貝殻の家へ向かった。

マルフォイの館から記憶がないハーマイオニーはぼんやりとしたまま数週間前に見た貝殻の家や、暗い地平線を見つめる。ザザ…と波の微かな音が磯の香りと共に優しくハーマイオニーを包み込んだ。

 

 

すぐに外の異変に気づいたのか、ビルとフラーが硬い表情で現れロンとハーマイオニーに駆け寄った。

 

 

「すぐに家の中へ!──ハーマイオニー、酷い顔色だ。まるで拷問されたような──」

「拷問されたんだ!」

 

 

ビルは苦悶の表情を浮かべるハーマイオニーを、ロンと共に支えすぐに家の中へと向かおうとした。

 

 

「クルーシオで──」

「ソフィア!!」

 

 

フラーの叫びが闇を裂いた。

ビルとロンは同時に声をした方を振り返り、少し離れた場所で蹲り口から大量の血を吐き出すソフィアを見てさっと顔色を変える。

 

 

「げほっ!ゔ、ああっ……」

「酷い!大怪我です!ソフィア!ソフィア!!」

「ロン、ハーマイオニーを連れて中へ!クルーシオなら暫くすれば落ち着く!」

「う、うん……」

 

 

ビルも一目でソフィアの方が重傷だとわかり、ハーマイオニーをロンに託すと半狂乱になり悲鳴を上げるフラーに駆け寄り、ついにその場に倒れ込んだソフィアの側にしゃがみ込む。

 

 

「呪いか?」

「骨折、内臓を、損傷したわ──げほっ──薬で、痛みはないの、でも、体、動かな……」

 

 

額に脂汗を浮かせ息も絶え絶えに虚ろな目でビルを見上げるソフィアの口元や服は赤黒い血で汚れていた。呪いではないとわかるとビルはすぐにフラーに薬を用意するように伝え、傷に障らないように優しくソフィアを抱き上げた。

 

 

「っ──」

「すぐ良くなる。死ぬな!」

「ハリー……ハリーも、来てるはず──ハーマイオニーは──」

「ハーマイオニーは大丈夫だ。ハリーは──」

 

 

ビルは離れた場所にいる人影を見て、きっとあれがハリーなのだと考え「向こうにいる。大丈夫だ」とソフィアに伝えた。

ソフィアはふっと表情を和らげ、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

貝殻の家へ運ばれたソフィアは、ソファに寝かされた。人の気配が行き来し、ざわざわとした複数の声が聞こえたが海の中にいるように聞こえ、ソフィアには何を言っているのかわからなかった。

 

ハーマイオニーは肩にブランケットを羽織り、小さく震え、精神的に疲弊していたがそれでもソフィアを見るとその場から駆け出さずにはいられなかった。

 

 

「ソフィア!」

「ハーマイオニー!君も重症なんだ、休んでないと──」

「ソフィア!死なないで、ソフィア!!」

 

 

ロンの言葉はハーマイオニーに届かず、ソフィアの血で汚れた手を握る。ソフィアは真っ白な顔でハーマイオニーを見て安心させようと微笑んだが、それは顔中に血がついた痛々しい微笑みだった。

 

 

「ソフィア、薬だ」

 

 

ビルはそっとソフィアの首の下に腕を入れ、頭を持ち上げ唇に瓶を当てる。ソフィアは気力を振り絞りその薬を飲んだ。

 

 

「内臓近くの骨折は魔法よりも薬で治したほうが確実だ。後は、増血薬と修復薬も飲まないと」

 

 

氷の塊を飲み干したかのように体の中が冷え、同時に骨折しただろう箇所が皮膚の下で蠢いているような奇妙な感覚にソフィアは呻いた。

充分に薬が体に浸透したのを待ち、次の薬を飲まされたソフィアは今度は身体中が熱くなり、荒く速い息を吐き出す。

 

薬をしっかりと飲めた事にビルはようやく安堵し、「もう大丈夫だ。峠はこえた」と心配そうにソフィアを見つめていたハーマイオニー達に伝えた。

 

ハーマイオニーはわっと涙を流しソフィアの首元に抱きつき、フラーも涙ぐみ来ていた白いエプロンの端で涙を拭う。ハリーとドビーにより助けられたディーンとルーナも「良かった」と呟き胸を撫で下ろした。

 

 

「さあ、ハーマイオニー。君も休みなさい。フラー、温かい紅茶とチョコレートの用意を。僕は外の様子を見てくるから何かあれば声をかけてくれ」

 

 

ビルはすぐにハリーの元へ向かうために外に駆け出していき、フラーは言われた通りに紅茶の準備をするためにキッチンへと向かう。暫くハーマイオニーは汗と血で汚れたソフィアの頬を優しく撫でていたが、ソフィアの表情が和らいだのを見てようやく、自分も疲弊した心を癒すために肘掛け椅子に深く座り込んだ。

 

 

「みんな、無事なの?」

「ああ、そうだ。僕たちは逃げ出せた……ドビーが──」

 

 

ロンはハーマイオニーが座る椅子の肘掛け部分に腰掛けながら、何があったのかをポツポツと話した。少しずつ聴覚が鮮明になっていたソフィアも、白い天井をぼんやりと見つめながらその話を聞いた。

 

 

ソフィアとグリップフックが連れ出されたあとすぐにドビーが地下牢の中に現れ、捕虜となっていたオリバンダーとルーナとディーンを姿くらましでこの家まで運んだ。

姿くらまし独特の異音にルシウスが気付き、ペティグリューに地下牢を見にいくように伝え、ペティグリューはロンとハリーに押さえられた。

しかしペティグリューは大人しくするわけではなく暴れ、その時ハリーの首を絞めたが──一瞬、命の恩人でもあるハリーを殺していいのかと悩み手を緩めた。自身でもその思いに驚いていたが、次の瞬間にはヴォルデモートが作ったペティグリューの銀の手は裏切りを許さずペティグリュー本人の首を絞めた。

ロンとハリーがその手を離そうと、ペティグリューを救おうとしたがどうしても手は離れず、そのままペティグリューは死んだ。

 

その後地下牢を抜け出し、ベラトリックス達と戦闘になり、あわや再び捕縛されそうになったが、ドビーがシャンデリアを落下させその隙に逃げ出したのだ。

 

全ての話を聞いたハーマイオニーは、フラーから紅茶の入ったマグを受け取りながら涙ぐむ。

 

 

「ドビー……ああ、なんて勇敢なの……」

 

 

尊敬と敬服が混じる声で呟き、ロンも何度も頷く。あの場、あのタイミングで何故ドビーが来たのかはわからないが、彼の助けがなければ今頃皆死んでいただろう。

 

早くドビーに会いたい。感謝を伝えたい。そう誰もが思った時、ガチャリと扉が開いた。

 

 

ソフィア達はビルがハリーとドビーを連れて戻ってきたのだと思い扉の方を見たが、現れたのは暗い表情をしたビルだけだった。

 

 

「ハリーは無事だ。ただ──ドビーが死んだ」

 

 

そこかしこから息を呑む音が響く。ルーナが「何があったの?」と聞き、ビルはただ「姿くらましをする時にナイフで胸を刺されたんだ」とだけ伝えた。それ以上説明することはなく、再びハリーの元へ向かうビルの後をディーンとルーナとフラーが追いかけた。

ハーマイオニーとソフィアも外へ行きたかったが、どうやっても体に力が入らず、僅かに身動きしただけだった。

 

 

「駄目だよ。君たちは休んでないと」

 

 

ロンは慌ててソフィアとハーマイオニーに伝え、小さく割ったチョコレートを二人の口に押し付けた。二人は口をもごもごと動かし、深いカカオの香りと甘い味に悲痛な表情を少し緩め──それでも悲しげな目でため息をこぼす。

 

 

「ドビー……ああ、こんなのってないわ……」

「多分、ベラトリックスだわ。銀の、小刀を持っていたもの……」

 

 

ハーマイオニーは涙ぐみ、鼻をすんすんと啜りながら言い、ソフィアも言葉を詰まらせながら呟いた。

 

今すぐ、ハリーのそばに行きたい。きっと心から苦しみ悲しんでいるだろう。その悲しみと痛みに寄り添いたい。

 

薬の効果だろうか。時々体の中で骨や内臓が気持ち悪く蠢く感触にソフィアは呻き、満足に起き上がることもできない自分の体を今以上に恨んだ事はなかった。

 

 

 

 

 

空が白み始める頃、ようやくソフィアはぎこちなくふらついてはいたが動けるようになり、フラーに支えられながら外へ向かった。

 

ハリーは魔法でドビーの墓を作らず、自らの手でスコップを使い汗を流し、手にマメを作り穴を掘った。その一つひとつが、ドビーへの弔いになるのだろうと思い──皆は心が締め付けられるほどのハリーの哀悼の意を読み取り──誰も、何も言わなかった。

ロンとディーンもスコップを使い、ハリーと共に黙って穴を掘った。ハリーは二人が自分の意図を読み取ってくれたような気がして、僅かながらに慰められていた。

 

 

充分な深さになった後、ハリーはドビーが心地よく眠れるように上着で包み直し、ロンは墓穴の縁に腰掛けて靴を脱ぎ、靴下をドビーの素足に履かせた。ディーンは毛糸の帽子を取り出し、ハリーがそれをドビーの頭に丁寧に被せてコウモリのような耳を覆った。

 

 

「目を閉じさせた方が、いいもン。──ほーら、これで眠ってるみたい」

 

 

近くからルーナの声が聞こえるまで、ハリーは他の人たちが闇の中を近付いていたのに気が付かなかった。

顔色は悪く、まだ足元がふらついていたハーマイオニーにロンはすぐに駆け寄り片腕を肩に回した。

ソフィアはハーマイオニー以上に青色が悪く、苦しげな呼吸をしていてフラーに支えられてはいたが、それでも自分の足で立ち墓穴のそばに近づく。

 

ハリーはソフィアとハーマイオニーが無事で安堵したが、今はドビーを失った辛さで彼女達の無事を喜び、声をかける余裕は無かった。

 

 

ハリーはドビーを墓穴に横たえ、小さな手足を眠ってるかのように整えた。穴から出てもう一度小さな亡骸を見つめる──ダンブルドアの葬儀を思い出したハリーは、泣くまいと必死に絶えた。何列も続く金色の椅子、前列には魔法大臣、ダンブルドアの功績を讃える弔辞、堂々とした白い大理石の墓。ハリーはドビーもそれと同じ壮大な葬儀に値すると思ったが、ドビーは粗っぽく掘った穴の中で、茂みの間に横たわっている──。

 

 

「──変化せよ(タスフォーマニー)

 

 

ソフィアは近くの茂みの葉を数枚千切ると、魔法をかけた。

深い緑色の葉は色鮮やかない大輪の花々に変わる。ソフィアは杖をもう一振りし、ハリー達の前へとゆっくりと飛ばした。

 

真っ白なチューリップ。赤い薔薇。黄色いカーネーション──それぞれの花を持ち、墓穴に横たわる妖精を見つめる。

 

 

「あたし、何かいうべきだと思う。あたしから始めてもいい?」

 

 

悲しい沈黙が落ちていたとき、突然ルーナがそう言った。ハリーが小さく頷くと、ルーナは一歩前に進み出て墓穴の底に横たわる妖精に語りかける。

 

 

「あたしを地下牢から救い出してくれて、本当にありがとうドビー。こんなにいい人で勇敢なあなたが死んでしまうなんて、とっても不公平だわ。あなたがあたし達にしてくれた事を、あたし、決して忘れないもン。あなたが今、幸せだといいな」

 

 

オレンジ色のガーベラの花をルーナはドビーのそばに手向けた。そっと、指先でドビーの頬を撫でて立ち上がり、ロンを振り返り続きを促す。

 

 

「うん……ありがとう、ドビー」

 

 

ロンは咳払いをし、くぐもった声で感謝を伝え黄色いフリージアを捧げる。ディーンとハーマイオニー、ソフィア、ビル、フラーもその後に続き、最後に残ったのはハリーだった。

 

ハリーは白い百合の花を持っていた。

何を伝えればいいのだろうか、言いたい事はたくさんある──助けられたのは、今回だけではない。時には頭を悩ませたこともあったが、それでもドビーはいつも自分の味方で、手助けをしてくれた。

 

 

「ありがとう──さようなら、ドビー……」

 

 

言いたい事は山ほどあるが、やっと口から出たのはその言葉だけだった。

胸元に花を置けば、ドビーは本当に寝ているだけに見えた。美しい花畑で、花に囲まれて昼寝をしているだけ──。

 

ハリーが一歩後ろへ下がり、ビルが杖を上げる。墓穴の横に盛られていた土が浮き上がり、綺麗に穴に落ちてきて小さな赤みがかった塚ができた。

 

 

「僕、もう少しここにいるけど、いいかな?」

 

 

皆口々に返事をしたが、ハリーには聞こえなかった。全ての意識を、優しく勇敢な妖精が眠る場所へと向けていたのだ。

一人、また一人と貝殻の家へと戻っていく。

 

フラーはソフィアを家へと連れて行こうとしたが、そっとソフィアはフラーの腕から離れる。心配そうな目で見つめるフラーを、ビルは何も言わずに首を静かに振り、肩に腕を回して家へと戻るよう促した。

 

 

フラー達が帰った後、ソフィアの耳に聞こえるのは小さな漣の音だけだった。

ソフィアは杖を振り、ドビーに贈る花束をもう一つ作り上げ、しゃがみ込みそっとハリーの隣に置く。

 

ハリーは一人になりたいだろう。ソフィアはハリーの背を優しく撫で、その場を離れるために立ち上がった。

 

 

「──そばにいて」

 

 

漣の音に紛れ、微かな声がソフィアの耳に届いた。ソフィアは再びハリーの隣に座り、いつもより小さく見えるその肩を抱きしめた。

 

ハリーとソフィアの体は夜風に晒され冷えていたが、触れている箇所からじんわりと熱が伝わっていた。──生きている者の熱さだ。

 

 

ハリーはソフィアの細い肩に頭を預け、暫くじっと墓を見ていたが、ふいに頭を起こし辺りを見回した。自分を見つめるソフィアの視線に気付いていたが、ハリーは何も言わずに立ち上がり花壇を縁取る大きな白い石に近づく。

その中で一番大きく、綺麗な石を持ち上げドビーの眠っている塚の頭のあたりに、枕のように置いた。

 

杖を取り出そうとポケットを探り、2本あることに気づいたが──これが誰の杖なのかはわからなかった。なんとなく、短い杖の方が手に馴染むような気がしてそれを取り出すと、石に向けた。

 

ハリーの呟く呪文に従い、ゆっくりと石の表面に言葉が刻まれていく。

その文字は歪であり、文字の間隔もまちまちだった。きっと、ソフィアならもっと美しく、素早く記すことができるだろう。

それでもハリーは墓を自分で掘りたかったように、自分でその文字を記しておきたかった。

 

呪文を唱え終わったハリーは、ソフィアが作り上げた花束を石の前に置いた。

石には、こう刻まれていた。

 

 

──自由なしもべ妖精 ドビー ここに眠る

 

 

ハリーは暫く自分の手作りの墓を見下ろした後、ソフィアを見下ろした。

 

ソフィアの美しい緑色の目には、あの時のドビーと同じように星が映り煌めいている。違うのは、その目に僕が映っていることだ。──これからも、生きているかぎり。

 

 

「ありがとう、ソフィア」

 

 

ハリーはソフィアに手を差し出す。

ソフィアは小さく微笑み、首を緩く振るとその手を取り立ち上がった。

 

 

 



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436 どちらと?

 

 

ハリーとソフィアが玄関ホールに入った時、皆は居間にいた。話をしているビルに、皆は注目している。ソフィアはすぐに向かおうとしたが、ハリーが入り口に立ったまま動かないのを見て首を傾げる。

 

 

「どうしたの?」

「泥が……」

 

 

ドビーの墓を掘ったハリーの服には泥が沢山ついていた。柔らかい色調の居間や、綺麗な絨毯に泥を落とすのが嫌なのだろうとソフィアはわかり、軽く杖を振るってハリーの服についている泥を一掃した。

 

 

「ジニーが休暇中で幸いだった。ホグワーツにいたら、我々が連絡する前にジニーは捕まっていただろう。──ジニーも今は安全だよ」

 

 

ビルは説明をしていたが、ハリーとソフィアが戻ってきて心配そうな表情をしている事に気付きすぐに一言付け加えた。

 

 

「僕は、みんなを隠れ穴から連れ出しているんだ。ミュリエルのところに移した。死喰い人はもう、ロンが君と一緒だという事を知っているから、必ずその家族を狙う──謝らないでくれよ」

 

 

ハリーの表情を読んだビルがすぐに首を振る。

 

 

「どのみち、時間の問題だったんだ。父さんが何ヶ月も前からそう言っていた。僕たち家族は、最大の血を裏切る者だから」

「どうやってみんなを守っているの?」

「忠誠の呪文だ。父さんが秘密の守人。この家にも同じ事をした。僕が秘密の守人なんだ。誰も仕事に行く事はできないけれど、今はそんなこと小さな事だ。

オリバンダーとグリップフックがある程度回復したら、二人ともミュリエルのところに移そう。ここじゃあまり、場所がないけれど、ミュリエルのところは十分だ。グリップフックの脚は治りつつある。フラーが骨生え薬を飲ませたから。多分、二人を移動させられるのは一時間後くらいで──」

「だめ!」

 

 

ハリーは鋭く叫び、居間にいるビルの元へと駆け寄る。ハリーが拒絶するとは思わず、ビルは驚いた目でハリーを見つめた。

 

 

「あの二人はここにいて欲しい。話をする必要があるんだ。大切なことで」

 

 

ハリーは自分の声に力があり、確信に満ちた目的意識がこもっているのを感じる。それはドビーの墓を掘っている時と同じであり、意識した目的だった。

 

 

「──その前に、顔を洗ってくる」

 

 

確信付いてはいたが、自分の考えをまとめるためハリーは小さなキッチンまで歩いて行き、海を見下ろす窓の下にある流しの前に立った。暗い庭で浮かんだ考えの糸を辿りながら手を洗い、顔に水をかける。小さな傷があるのか、ちくりと頬が痛んだ。

水平線から明け初める空が桜貝色と淡い金色に染まっていく──。

ドビーは、もう誰に言われて地下牢に来たのか話してくれることはない。その機会は一本の小刀により未来永劫失われてしまった。

 

 

──ホグワーツでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる。

 

 

ハリーはその言葉を思い出し、夜明けの海を眺めながら自分が核心に迫っているのだと感じていた。

額の傷跡は未だ疼いている。きっと、ヴォルデモートも同じように核心に迫っているのだろう。その核心を、頭ではわかっていたが、心で納得していたわけではなかった。本能と頭脳が別々にハリーを促し急かす。

頭の中のダンブルドアが、祈りの時のように組み合わせた指の上からハリーを観察し、いつもの瞳で見つめ、微笑んでいた。

 

 

──あなたはワームテールを理解していた。僅かに、どこかに後悔の念があると……。ロンの灯消しライターも、ハーマイオニーのビードルの物語の本も、ソフィアとスネイプの気持ちも、マルフォイの罪も全て……。

もし、あなたが彼らを理解していたとすれば、ダンブルドア、僕のことは何を理解していたのですか?

僕は知るべきだった。でも、求めるべきではなかったのですね?僕にとって、それがどれだけ辛いことか、あなたにはわかっていたのですね?

だから、あなたは何もかもをこれ程まで難しくしたんですね?自分で悟るために、自分で道を見つけ出すために……そうなさったのですね?

 

 

ハリーは水平線に登り始めた眩い太陽の金色に輝く縁をぼんやりと見つめながらじっと佇んでいた。いつの間にか手が清潔なタオルを握っていたことに驚きながら、ハリーはタオルで顔と手を拭いた後流しに置き、居間に戻った。

その時、ほんの一瞬、ヴォルデモートの怒りで傷跡が疼き、水面に映るトンボの影のようにハリーがよく知っているあの建物の輪郭が心をよぎった。

 

居間では、ビルとフラーが硬い表情でハリーを待ち受けていた。

 

 

「グリップフックとオリバンダーに話がしたいんだけど」

「いけませーん。ハリー、もう少し待たないとだめでーす。二人とも病気で、疲れていて──」

「すみません。でも、待てない。今すぐ話す必要があるんです。秘密に──二人別々に。急を要することです」

 

 

戸惑うフラーの言葉を遮り、ハリーは冷静に伝えた。

 

 

「僕が最後に課せられた。ダンブルドアとの約束に関わります。すみません、詳しく説明はできないんです」

 

 

ビルとフラーも騎士団の一員だ。ハリーがヴォルデモートを倒すために何かを求め、旅に出ているのは知っている。それでもその末にハーマイオニーは拷問され、ソフィアは重症を負い、ハウスエルフは死んでいた。一体何故そこまで秘匿とするのか──。

フラーは苛立ち不服そうな声を上げたが、他の騎士団員がハリーを自由にさせていると知っている。陰で彼の行動を探っていないわけではないが、それでも彼は──彼たちはまだ一人前とは言えない中、厳しい旅に出ているのだ。

 

ビルは視線で不満を訴えるフラーの方を見ることは無く、ハリーをじっと見つめた。深い傷跡に覆われたビルの顔から表情を読むことは難しかったが、ハリーは視線を逸らすことなくその目を──ロンと同じ色の目を見つめる。

 

 

「──わかった。どちらと先に話したい?」

 

 

しばらく黙った後、ビルはようやく伝えた。ハリーは自分の決定の先に何が待っているのかを知っていて──時間は少ない──僅かに迷った。

 

今こそ決断すべきなのだ、分霊箱か?秘宝か?

 

 

「グリップフック──グリップフックと話します」

 

 

その決断を出した時。今しがた巨大な障害物を乗り越えたかのようにハリーの心臓は早鐘を打っていた。

 

 

「それじゃ、こっちだ」

 

 

ビルは階段の方を顎で指し、その先に続く部屋へとハリーを案内した。階段をニ、三段上がったところでハリーは立ち止まって振り返る。

 

 

「君たちにも来て欲しいんだ!」

 

 

居間の入り口で半分隠れながら様子を伺っていたソフィアとロンとハーマイオニーに向かってハリーが呼びかけた。

三人はほっとしたように表情を緩め、すぐにハリーの元へ駆け寄った。

 

 

「ソフィア、傷は大丈夫?」

「ええ、薬が効いてきたわ」

 

 

ソフィアはフラーから借りたカーディガン越しに疼く脇腹を押さえながら笑う。まだ本調子では無さそうだが、それでもしっかりとした視線の強さにハリーは心から安堵した。

 

 

「ハーマイオニー、具合はどう?きみってすごいよ。あの女がさんざんきみを痛めつけている時にあんな話を思いつくなんて──」

 

 

ハーマイオニーは弱々しく微笑み、ロンは片腕でハーマイオニーをぎゅっと抱き寄せた。

 

 

「ハリー、今度は何をするんだ?」

「今にわかるよ」

 

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、ソフィアはビルについて急な階段を上がり、小さな踊り場に出る。そこは三つの扉へと続いていた。

 

 

「ここで」

 

 

ビルが自分たちの寝室の扉を開いた。

海が見えるその部屋は、机の上には花瓶があり鮮やかな美しい花が生けられていた。キラキラと輝いて見えるのは太陽の金色の光を浴びているからだけではなく、おそらくフラーが彼女らしい魔法をかけているのだろう。

ハリーは窓に近寄り、その先の壮大な風景に背を向けて傷跡の疼きを意識しながら腕組みをして待った。ハーマイオニーとソフィアは二人掛けの小さな青いソファに座り、ロンはその肘掛けに腰を下ろした。──流石に、ビルとフラーのベッドに断りなく座る無遠慮さをソフィアたちは持っていなかった。

 

 



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437 小鬼!

 

 

数分後、ビルが小鬼を抱えて再び現れ、そっとベッドに下ろした。

グリップフックは呻き声でビルに礼を言い、ビルは小さく首を振り労るように小鬼の肩を撫でてドアを閉め立ち去った。

 

 

「ベッドから動かしてすまなかったね、脚の具合はどう?」

「痛い。でも、治りつつある」

 

 

グリップフックはハリーの問いに小さな声で答え、ちらりとハリーを見る。グリフィンドールの剣を抱えたままの小鬼は半ば反抗的で、半ば好奇心に駆られた不思議な表情をしていた。

ハリーは小鬼の土気色の肌や、長くて細い指、黒い瞳に目を留めた。フラーが靴を脱がせていたため小鬼の大きな足が汚れているのが見える。──ハウスエルフより体は大きかったが、それほどの差はない。

ふと、ハリーは今目の前にいる小鬼とは初対面ではないのだと思い出した。

 

 

「……きみは多分、覚えてないだろうけど──」

「あなたがグリンゴッツを初めて訪れた時に、金庫にご案内した小鬼が私だということですか?──覚えていますよ、ハリー・ポッター。小鬼の間でも、あなたは有名です」

 

 

ハリーとグリップフックは見つめ合い互いの腹の中を探っていた。ハリーは早く話し合いを終えてしまいたかったが、同時に誤った動きをしてしまう事を恐れていた。自分の要求をどう伝えるのが最善かと決めかねていると、グリップフックが先に口を開いた。

 

 

「あなたは妖精を埋葬した。隣の寝室の窓から、あなたを見ていました」

 

 

意外にも、恨みがましい口調だったがハリーは深く気にせずに「そうだよ」と頷く。

 

 

「あなたは変わった魔法使いです、ハリー・ポッター」

「どこが?」

「墓を掘りました」

「それで?」

 

 

グリップフックは吊り上がった暗い目でハリーを見つめるだけで、言葉の真意を伝えることはなかった。ハリーはマグルのような行動をとった事を軽蔑されているのかと感じたが、グリップフックがドビーの墓を受け入れようが受け入れまいが、ハリーにとってはあまり重要な事ではない。要件を話し出すために、ハリーは覚悟を決め唇を舐めて濡らした。

 

 

「グリップフック。僕、あなたに聞きたいことが──」

「あなたは、小鬼も救った」

「えっ?」

「あなたは私をここに連れてきた。私を救った」

「でも、別に困らないだろう?」

「ええ、別に、ハリー・ポッター。……でも、とっても変な魔法使いです」

 

 

グリップフックは人差し指を髭に絡ませて、細く黒い顎髭を捻りながらハリーを見つめる。ハリーは出鼻をくじかれた思いがして少し苛立ちながら、改めて切り出した。

 

 

「そうかな。──ところでグリップフック、助けが必要なんだ。きみにはそれができる。僕は、グリンゴッツの金庫破りをする必要があるんだ」

 

 

ハリーの言葉に驚いたのは小鬼だけではなく、ソフィアたちもだった。何故今になってグリンゴッツへと向かう必要があるのかとソフィア達は困惑し、顔を見合わせる。

 

 

「グリンゴッツの金庫破り?──不可能です」

 

 

グリップフックはベッドの上で体の位置を変えながら低く呟く。

グリンゴッツはホグワーツの次に安全な場所であることは誰もが知っていた──しかし。

 

 

「そんな事ないよ。前例がある」

「うん。きみに初めて会った日だよグリップフック。七年前の僕の誕生日」

 

 

ハリー達はもちろんその事を覚えていた。グリンゴッツに保管されていた──と敵は信じていた──賢者の石を盗むためにグリンゴッツは初めて侵入を許したのだ。

ロンとハリーの言葉に、小鬼はありありと不快だという表情を見せる。グリンゴッツを去ったとはいえ、銀行の防御が破られるという考えは腹に据えかねるのだろう。

 

 

「問題の金庫は、そのとき空でした。最低限の防御かしかありませんでした」

「うん、僕たちが入りたい金庫は空じゃない。相当強力に守られていると思うよ。──レストレンジ家の金庫なんだ」

 

 

驚愕し唖然と口を開くソフィアとハーマイオニーとロンを無視し、ハリーは真っ直ぐにグリップフックを見て言葉を続ける。今、彼らに説明するよりもグリップフックの答えの方が大切だった。

 

 

「可能性はありません。まったく、ありません。『おのれのものに非る宝、わが床下に求める者よ──」

「──盗人に気をつけよ』うん、わかってる。覚えてるよ。でも、僕は宝を自分の物にしようとしているんじゃない。自分の利益のために、何かを盗ろうとしているわけじゃないんだ。信じてくれるかな?」

 

 

グリップフックは横目でハリーを見た。そのとき、ハリーの額の傷跡が疼いたがハリーは痛みを無視し、引き込もうとする思いをも拒絶した。

数秒、沈黙が流れたがようやくグリップフックが口を開いた。

 

 

「個人的な利益を求めない人だと、私が認める魔法使いがいるのならば──それは、ハリー・ポッター、あなたです。小鬼やハウスエルフは、今夜あなたが示してくれたような保護や尊厳には慣れていません。杖を持つ者がそんな事をするなんて」

 

 

「杖を持つ者」と、ハリーが繰り返す。グリップフックは僅かに目を伏せ、自分の細い指先を見ながら「杖を持つ権利は、小鬼と魔法使いの間で、長い間討論されてきました」と静かに呟いた。

 

 

「でも、小鬼は杖無しで魔法が使えるじゃないか」

 

 

ロンはつい、思った事をそのまま口に出した。杖無しで魔法が使えるのならばその方が良い。杖を奪われ魔法が使えず無力になることに怯えなくても済むのだから。とロンは考えていたがその安易な考えは小鬼の逆鱗でもあり、すぐにグリップフックは険しい表情でロンを睨んだ。

 

 

「それは関係のないことです!魔法使いは、杖の術の秘密を他の魔法生物と共有することを拒みました。我々の力が拡大する可能性を否定したかったのです!」

「だって、小鬼も自分たちの魔法を共有しないじゃないか。剣や甲冑をきみ達がどんなふうにして作るかを、僕たちには教えてくれないぜ。金属加工については、小鬼は魔法使いが知らないやり方を──」

「そんなことはどうだっていいんだ。魔法使いと小鬼の対立じゃないし、その他の魔法生物との対立でもないんだ」

 

 

ロンの言葉でグリップフックの顔に血が上ってきたことに気づきハリーはすぐ彼を収めようとロンの言葉を遮り話題を修正しようとしたが、グリップフックはくつくつと意地悪な笑い声を上げハリーを見上げた。

 

 

「ところがそうなのですよ。まったくその対立なのです!闇の帝王がいよいよ力を得るにつれてあなたたち魔法使いはますます我々の上位に立っている!グリンゴッツは魔法使いの支配下に置かれ、ハウスエルフは惨殺されている!それなのに、杖を持つ者の中で誰が抗議していますか?」

「私たちがしているわ!」

 

 

ハーマイオニーは背筋を正し、目に確かな意志を込めてグリップフックを見た。

 

 

「私たちが抗議しているわ!それに、グリップフック、私は小鬼やハウスエルフと同じくらい厳しく狩り立てられているのよ!私は穢れた血なの!」

「そんな──」

「自分の事をそんなふうに──」

 

 

ソフィアとロンはつい自分で穢れた血だと宣言するハーマイオニーに驚き反論しようとしたが、彼女は強い瞳で二人を見て「どうしていけないの?」と問い詰める。

 

 

「穢れた血、それが誇りよ!」

 

 

胸を張り、ハーマイオニーは虚勢でもなく言い放った。

ロンはそれでも浮かない顔をしていたが、ソフィアはその言葉に込められた意味を、彼女が何を伝えたかったのかを理解した。

魔法族にとって、穢れた血は差別用語であり魔法界のタブーだ。純血であるというたった一つのプライドによって自己を保っている純血主義の思想により劣るも者を見下すため生み出された蔑称だ。

だが、それでもハーマイオニーはその言葉の本意を理解した上で一蹴する事ができるのだ。

 

劣っている?生まれが穢れている?──それがどうした。あなた達の蔑みも、下らぬ思想も、私の心を挫けさせ歩みを止める理由にはならない。魔法族の穢れた血だからこそ、できる事や見える事があるのだ。

マグル生まれである事を隠すことはない、隠すべきではない。それを、私は誇っていいのだ。──誇るべきだ!

 

 

「新しい秩序のもとでは穢れた血である私の地位は、あなたと違いはないわ!マルフォイの館で、あの人たちが拷問にかけるために選んだのは私だったの!」

 

 

話しながらハーマイオニーは部屋着の襟を横にひいて、細い傷──ベラトリックスにつけられた傷を見せた。

 

 

「ドビーを解放したのがハリーだという事を、あなたは知っていた?私たちが何年も前からハウスエルフを解放したいと望んでいた事を知っていた?

グリップフック、例のあの人を打ち負かしたいという気持ちが私たち以上に強い人なんていないわ!」

 

 

一気に叫ぶように話したハーマイオニーは肩を上下し、荒い呼吸をしたままグリップフックを見つめる。グリップフックも、ハリーを見た時のような好奇の瞳でハーマイオニーを見た。

 

 

「……レストレンジ家の金庫で、何を求めたいのですか?」

 

 

グリップフックが唐突に聞き、自身の手に持つ剣を少し上げながらハリーへ視線を移した。

 

 

「中にある剣は偽物です。こちらが本物です。あなた達はその事をもう知っているのですね。あそこにいるとき、私に嘘をつくように頼んだ」

「でも、金庫にあるのは、偽の剣だけじゃないだろう?君は多分、他の物も見ているよね?」

 

 

ハリーの心臓はこれまでにないほど激しく打っていた。それに呼応するように傷跡が疼いたが、なんとかそれを無視しようと手を強く握る。

 

 

「……グリンゴッツの秘密を晒す事は、我々の綱領に反します。小鬼は素晴らしい宝物の番人なのです。我々に託された品々は、往々にして小鬼の手によって鍛錬されたものなのですが、それらの品に対して責任があります」

 

 

小鬼は愛しむように剣を撫で、黒い目でハリー、ハーマイオニー、ロン、ソフィアを順に眺め、また逆の順で視線を戻した。

 

 

「──こんなに若いのに。あれだけ多くの敵と戦うなんて……」

 

 

ぽつり、と呟かれたのはグリップフックの溢れでた本心だった。

まだ成人したばかりの、顔に幼さが残る子どもだ。本来ならば守られるべき彼らは、世界の敵を倒すために自ら死地に足を踏み入れている。重症を負い、拷問に耐え、死に迫られながらもなんとか生き延び──そして、他者を、他族を思いやる。

 

 

「僕たちを助けてくれる?小鬼の助け無しに押し入るなんて、とても望みがない。──君だけが頼りなんだ」

 

 

ハリーはゆっくりと、思いをのせてグリップフックに伝えた。

グリップフックはじっとハリーを見ていたが、ゆっくりと瞬きをして口を開いた。

 

 

「私は──考えてみましょう」

「だけど──」

 

 

グリップフックの煮え切らない言葉にロンは怒ったように口を開いたが、すぐにハーマイオニーがロンの脇腹を小突き黙らせた。

今まで問答無用で拒絶していたグリップフックが考えてみる、とまで言ったのだ。引き際はこの辺りであり、これ以上踏み込んだとしてもグリップフックは首を縦に振らないだろう。むしろ、より強固になり拒絶してしまうかもしれない。

 

 

「ありがとう」

 

 

ハリーの言葉に、グリップフックは頭を下げて礼に答えた。

 

 

「どうやら、骨生え薬の効果が出たようです。ようやく寝れるかもしれません──失礼して」

 

 

グリップフックは短い足を曲げ、ビルとフラーのベッドに横になった。

 

 

ハリーもこれ以上グリップフックに時間をかけるつもりはなく、軽く労いの言葉をかけ部屋を出た。

部屋を出る時にハリーは屈んで小鬼の横からグリフィンドールの剣を取ったが、グリップフックは何も言わず──ただ怨みがましい色で見ている事を、ハリーは感じていた。

 

 



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438 オリバンダー!

 

 

 

扉が閉まり、少し離れた階段の踊り場でロンは鼻を鳴らし不満げな表情で「嫌なチビ」と吐き捨てる。

 

 

「僕たちがヤキモキするのを見て楽しんでるんだ」

「小鬼と魔法使いの間にある確執は深いから……ほら、18世紀にあったゴブリンの反乱の事もあるもの」

 

 

ソフィアは困り顔で呟き、疼く脇腹を撫でた。ロンは魔法史でそんな事を習ったような気がしたが詳しく覚えているわけもなく、不満そうに鼻を鳴らす。

そんな中、ハーマイオニーは真剣な顔で「それよりも」と声を潜めグリップフックが居る部屋を気にしながら言った。

 

 

「ハリーの言っている事は、つまりこういう事かしら?レストレンジの金庫に分霊箱の一つがある。そういう事なの?」

「そうだ。ベラトリックスは僕たちがそこに入ったと思って、逆上するほど怯えていた。どうしてだろう?僕たちが何を見たんだと思ったんだろう?僕たちが、他に何を取ったと思ったんだろう?──例のあの人に知られるのではないかと思って、ベラトリックスが正気を失うほど恐れた物なんだよ」

 

 

ハリーは核心があり、次のオリバンダーの元へ向かうまでにソフィア達に説明しようとしたが、その言葉を聞いてもロンは困惑した顔でハリーを見た。

 

 

「でも、僕たち、今まで例のあの人が今まで行ったことのある場所を探しているんじゃなかったか?何か重要な事をした場所じゃないのか?あいつが、レストレンジの金庫に入った事があるっていうのか?」

「あいつがグリンゴッツに入った事があるかどうかはわからない。あいつは、若い時あそこに金貨なんか預けてないはずだ。誰も何も遺してくれなかったんだから。でも、外から銀行を見たことはあっただろう。ダイアゴン横丁に最初に行った時に」

「……そうね、あの人は一つをルシウスさんに預けていた。同じ轍は踏まないかと思っていたけれど……ベラトリックスは夫婦共に最も献身的な信奉者で、ずっとあの人を探し求めていたし、捕まってからも信念を曲げなかったわ」

「何かを隠しておくには、グリンゴッツが一番だからね。それに、あいつはあの銀行が魔法族の象徴のように見えたんだと思う」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは頷く。きっと、ヴォルデモートは分霊箱だとは伝えなかっただろう。ただ、大切な所持品を安全な場所で守るようにと伝えた──魔法界で、ホグワーツの次に安全な場所はグリンゴッツだと皆が知っている。

 

 

「君って、本当にあの人のことがわかってるんだな」

「あいつの一部だ。一部だけなんだ……僕、ダンブルドアのこともそれくらい理解できていたらよかったのに。でも、そのうちに──」

 

 

納得し、感心したように頷くロンにハリーは表情を暗くして呟く。ヴォルデモートの事を理解するのはこの旅において重要な事だ。だが、それよりもダンブルドアのことをもっと理解したかった。

そうすれば、もっと──。

 

 

「──さあ、今度はオリバンダーだ」

 

 

ハリーは踵を返し、小さな踊り場を横切る。ソフィアとロンとハーマイオニーは顔を見合わせ少し心配そうにしたが、ハリーの歩みを止めることはなくその後に従いた。

ハリーがビルとフラーの寝室の向かい側の扉をノックすると、オリバンダーが弱々しい声で「どうぞ」と答えるのが聞こえた。

 

扉を開いた先──おそらく、客室だろう──で、オリバンダーは窓から一番離れたツインベッドに横たわっていた。行方不明となったのは一年以上前であり、ずっと地下牢に閉じ込められ、ハリーが知る限り一度は拷問を受けている。痩せ衰え、黄ばんだ肌から顔の骨格がくっきりと突き出ていた。

大きな銀色の目は眼窩が落ち窪んでより巨大に見え、毛布の上に置かれた手は骸骨と言ってよかった。

 

ハリー達は空いているベッドに並んで腰かける。この部屋からは登った朝日は見えなかった。部屋は崖の上に作られた庭と、掘られたばかりの墓の上に面していた。

 

 

「オリバンダーさん。お邪魔してすみません」

「いやいや……あなたは、わしらを救い出してくれた。あそこで死ぬものと思っていたのに。感謝しておるよ……いくら感謝しても……しきれないぐらいに」

「お助けできてよかった」

 

 

オリバンダーの声は弱々しく震えていた。

ハリーは話しながら傷痕が疼くのを感じた。ヴォルデモートより先に目的地に行くにしても、ヴォルデモートの企みを挫くにしても、もはやほとんど時間が残されていない事を知っていた。──いや、確信していた。

ハリーは突然、先ほどの選択が誤りではなかったのかと恐怖を感じたが、すぐにその気持ちを振り払う。

グリップフックと先に話をすると選択した時に、ハリーの心は決まっていたのだ。無理に平静を装い、ハリーは首からかけた巾着を探り二つに折れた杖を取り出した。

 

 

「オリバンダーさん、助けて欲しいんです」

「ああ、もちろん」

「これを、直せますか?可能ですか?」

 

 

オリバンダーは差し出された折れた杖を震える手で受け取り、骨と皮になった指先で撫でる。

 

 

「柊と不死鳥の尾羽。二十八センチ、良質でしなやか」

「そうです。できますか?」

「……いや、すまない。本当にすまない。しかし、ここまで破壊された杖は、わしの知っているどんな方法をもってしても、直す事はできない」

 

 

ハリーはそうだろうと心の準備をしていたが、それでもやはり落胆した。オリバンダーが申し訳なさそうに差し出す二つに折れた杖を受け取り、首にかけた巾着の中に再び戻す。

オリバンダーは、破壊された杖が消えた後もじっと見つめ続け、ハリーがマルフォイの館から持ち帰った二本の杖をポケットから取り出すまで目を逸さなかった。

 

 

「どういう杖か見ていただけますか?」

 

 

オリバンダーはその中の一本をとって、弱った目の近くにかざし関節の浮き出た指の間で転がしてから少し曲げた。

 

 

「鬼胡桃とドラゴンの琴線。三十二センチ。頑固。この杖はベラトリックス・レストレンジのものだ」

「じゃあ、こっちは?」

「サンザシと一角獣の立て髪。二十五センチ。ある程度弾力性がある。これはドラコ・マルフォイの杖だった」

 

 

オリバンダーはもう一本も同じように調べながら呟く。オリバンダーの言葉に、ハリーは首を傾げた。

 

 

「だった?今でもまだ、マルフォイのものでしょう?」

「多分、違う。あなたが奪ったものであるのなら──」

「ええ、そうです」

「それなら、この杖はあなたのものでもあるのかもしれない。もちろんどんなふうに手に入れたかが関係してくる。杖そのものに負うところもまた大きい。しかし、一般的に言うなら、杖を勝ち取ったのであれば杖の忠誠心は変わるじゃろう」

 

 

あの時、ドラコとハリーの関係は隠れた協力者であった。激しい戦闘の後無理矢理杖を奪ったのではないためオリバンダーの言葉全てを鵜呑みにするわけではないが──ハリーは手のひらにある杖を握り、じっとオリバンダーを見た。

 

 

「まるで、杖が感情を持っているような話し方をするんですね。杖が、自分で考えているように」

「杖が魔法使いを選ぶのじゃ。そこまでは、杖の術を学んだ者にとって、常に明白なことじゃった」

「でも、杖に選ばれなかったとしても、その杖を使うことはできるのですか?」

「ああ、できますとも。いやしくも魔法使いなら、ほとんどどんな道具を通してでも魔法の力を伝えることはできる。しかし、最高の結果は必ず、魔法使いと杖と相性が一番強い時に得られるはずじゃ。こうしたつながりは、複雑なものがある。最初に惹かれ合い、それからお互いに経験を通して探求する。杖は魔法使いから、魔法使いは杖から学ぶのじゃ」

 

 

部屋は静かだった。寄せては返す波の音だけが哀調を帯びて鼓膜を振るわせる。

 

 

「僕がこの杖を使っても、安全でしょうか?」

「そう思いますよ。杖の所有者を司る法則には微妙なものがあるが、奪い克服された杖は通常新しい持ち主に屈服するものじゃ」

「それじゃ、僕はこの杖を使うべきかなぁ?」

 

 

ロンはポケットから短い杖を取り出し、軽く振った。オリバンダーは受け取ることなくその杖がペティグリューの杖だと分かり、深く頷いた。

 

 

「そうじゃとも。君が勝ち取った杖じゃから、ほかの杖よりもよく君の命令を聞き、良い仕事をするじゃろう」

「──そして、そのことは、全ての杖に通用するんですね?」

「そうじゃろうと思う」

 

 

オリバンダーは窪んだ眼窩から飛び出た目でじっとハリーを見ながら答えた。

 

 

「ポッターさん。あなたは深淵なる質問をなさる。杖の術は魔法の中でも複雑で神秘的な分野なのじゃ」

「それでは、杖の所有者になるためには、前の持ち主を殺す必要はないんですね?」

「必要?」

 

 

ハリーの緊張が孕んだ言葉に、オリバンダーはこの先の話を漠然と察し、ごくりと唾を飲んだ。

 

 

「──いいや、殺す必要がある、とは言いますまい」

「でも、伝説があります。一本の杖の伝説です。──数本の杖かもしれません──殺人によって手から手へと渡されてきた杖です」

 

 

胸を打つ動悸がハリーの中で高まり、傷痕の痛みはますます激しくなってきた。ヴォルデモートが考えを実行に移す決心をしたのだとハリーは確信した。

ハリーが痛みに少し言葉を途切れさせている間に、オリバンダーの顔色はさらに青く染まった。巨大な目は恐怖で血走り──それでも、ここから逃げ出すこともハリーの言葉を妄言だと笑うことも、オリバンダーにはできなかった。

 

 

「それは──ただ一本の杖じゃと思う」

「そして、例のあの人は、その杖に興味があるのですね?」

「わしは──どうして──?」

 

 

オリバンダーの声が掠れ、ソフィアとロンとハーマイオニーに助けを求めるように目を向けたが、ソフィア達はなんと説明すれば良いのかわからず沈黙する。

オリバンダーはソフィア達からハリーへと視線を戻し、カラカラに乾いた唇を動かした。

 

 

「どうして、あなたはそのことを?」

「あの人はあなたに、どうすれば僕とあの人の杖の結びつきを克服できるのかを、言わせようとした」

「わ──わしは拷問されたのじゃ。わかってくれ!磔の呪文で、わしは、わしは知っていることを、そうだと推定することを、あの人に話すしかなかった!」

 

 

オリバンダーは怯え、追求から逃れようと痛む体をわずかに動かしたが白髪がはらりと額から垂れ、清潔な白い枕の上に流れただけだった。

 

 

「わかります。あの人に双子の杖芯の事を話しましたね?誰か他の人の杖を借りればよいと、言いましたね?」

 

 

オリバンダーはハリーが核心を持ち、見てきたかのように話す内容の正確さに脂汗を浮かせ、金縛りにあったようにハリーを見つめていたが、数秒後ゆっくりと頷いた。

 

 

「でも、うまくいかなかった。それでも僕の杖は、借りた杖を打ち負かした。なぜなのか、おわかりになりますか?」

「わしは──そんな話を聞いたことがなかった。あなたの杖は、あの晩、何か独特な事をしたのじゃ」

 

 

オリバンダーは頷いた時と同じようにゆっくりと首を振り、言葉を選びながら口を開く。

 

 

「双子の杖芯が結びつくのも信じられないくらい稀なことじゃが、あなたの杖がなぜ借り物の杖を折ったのか、わしにはわからぬ……」

「さっき、別の杖の事を話しましたね。殺人によって持ち主が変わる杖の事です。例のあの人が、僕の杖が何か不可解な事をしたと気づいた時、あなたのところに戻ってその別の杖の事を聞きましたね?」

「どうして、それを知っているのかね?」

 

 

ハリーはそれに答えなかった。

オリバンダーは沈黙すら恐怖を煽るのか、唇を振るわせ「確かに、それを聞かれた」と囁く。

 

 

「死の杖、宿命の杖、ニワトコの杖など、いろいろな名前で知られるその杖について、わしが知っている事をあの人は全て知りたがった。

闇の帝王は──わしが作った杖にずっと満足していた。イチイと不死鳥の尾羽。三十四センチ……双子の芯の結びつきを知るまでは、じゃが。今は別の、もっと強力な杖を探しておる。あなたの杖を征服する唯一の杖として」

「ですが、今はまだ知らなくとも、あの人にはすぐにわかることです──僕の杖は折れて、直しようがないと」

「なんでそんな事がわかるんだ?」

 

 

ロンはオリバンダーと同じく怯えたような目でハリーを見た。確かにハリーにはヴォルデモートの思考や見ているものを知ることができる。ヴォルデモートも同じなのだろうか?──いや、それなら分霊箱を探していると、すでに知られているはずだ。ヴォルデモートがそのまま放置しているとは到底思えない。

 

 

「マルフォイの館に、リンボクの杖がある。直前呪文を使って調べれば、僕がしばらくその杖を使っていたことがわかる」

 

 

この場にいる者で、自分の杖を持っているのはソフィアだけだった。ロンとハーマイオニーは拘束された時に奪われている。ハリーもまた代わりに使っていたリンボクの杖を失い、そんな中──ヴォルデモートは間違いなく全ての杖を調べるだろう。

ソフィア達はさっと表情を変え、最悪な未来を想像し言葉を無くした。

 

 

「闇の帝王は、ポッターさん、もはやあなたを滅ぼすためにのみニワトコの杖を求めておるのではないのじゃ。絶対に所有すると決めておる。そうすれば、自分が真に無敵になると信じておるからじゃ」

「そうなのですか?」

「ニワトコの杖の持ち主は、常に攻撃される事を恐れなければならぬ。しかしながら、死の杖を所有した闇の帝王は──やはり、恐るべき強大じゃ」

 

 

ハリーは最初にオリバンダーに会った時、あまり好きになれないような気がした事をふいに思い出した。

ヴォルデモートに拷問され牢に入れられた今になっても、あの闇の魔法使いが死の杖を所有すると考える事は、このオリバンダーにとって嫌悪感を催す以上に強く心奪われる事なのだと──それがわかったからかもしれない。

 

 

「杖は、本当に存在するとそう思ってるんですね?」

「ああ、そうじゃ」

 

 

ソフィアの呟きに、オリバンダーははっきりと断言した。その途端不安だけだったハーマイオニーの表情の中に、あからさまに不信感が生まれたがソフィアは気付かないふりをした。

 

 

「あなただけだなく、他の杖職人の方も?」

「そうとも。その杖が辿った後を歴史上追う事は可能じゃ。もちろん空白はあるが、必ずまた現れる。この杖は、杖の術に熟達した者なら、必ずしも見分けることができる特徴を備えておる。わしら杖職人は様々な文献をもとに、それを研究する事を本分としておる」

 

 

死の杖が御伽話ではなく、実在する。

少なくともオリバンダーをはじめ杖職人や、ヴォルデモートはそれを信じているのだ。──ならば、やはり三つの死の秘宝は実在するのか?

 

 

「オリバンダーさん」

 

 

ハリーは一瞬、この追求を拷問され、心身ともに疲弊してるオリバンダーにするべきかどうか悩んだが──それでも、明確にしなければならない。と微かな罪悪感に蓋をし口を開いた。

 

 

「あなたは、例のあの人にグレゴロビッチがニワトコの杖を持っていると教えましたね?」

「どうして──」

 

 

蒼白なオリバンダーの顔に絶望と焦燥の色が走る。窪んだ眼科の奥にある瞳は動揺し、カサつきひび割れている唇が震えていた。

 

 

「どうしてあなたが、そんな事を──?」

「僕がどうして知ったかは、気にしないでください。例のあの人に、グレゴロビッチが杖を持っていると教えたのですか?」

「……噂じゃった」

 

 

嘘をつくことも、取り繕うこともできずオリバンダーは震えながら囁く。

 

 

「何年も前の噂じゃ。あなたが生まれるよりずっと前の!わしはグレゴロビッチ自身が噂の出どころだと思っておる。ニワトコの杖を調べ、その性質を複製することが杖の商売にはどんなに有利かわかるじゃろう!」

「ええ、わかります」

 

 

まるで断罪されるのを恐れるようにオリバンダーは必死に説明した。ただ力を求める魔法使いだけではなく、杖職人たちをも魅了するニワトコの杖──ソフィアは弱り傷付いたオリバンダーからそっと視線を外した。

 

 

「本当にわかるんです。オリバンダーさん、後一つだけ。そのあとはどうぞ少し休んでください。──死の秘宝について何かご存知ですか?」

「え?──なんと言ったかね?」

「死の秘宝です」

 

 

オリバンダーはニワトコの杖について追求されずに済むのならどんな話題であっても食いつきたかった。しかし、死の秘宝という言葉すら聞いたことがなく、眉を寄せ首を振った。

 

 

「何の事を言っているのか、すまないがわしにはわからん。それも、杖に関係のあることなのかね?」

 

 

ハリーは立ち上がり、オリバンダーの落ち窪んだ目を見た。

先ほどの狼狽と苦悩の色はなくなり、代わりに困惑している目を見る限り、ニワトコの杖については知っていても、『死の秘宝』については本当に知らないのだろう。

 

 

「本当にありがとうございました。僕たちは出て行きますから、休んでください」

 

 

ハリーはソフィアとロンとハーマイオニーに目配せし、彼らはやや困惑していたが何も言わずハリーに従った。

立ち上がり部屋から出て行こうとするハリー達の背に向けて、オリバンダーは叫ぶ。

 

 

「あの人はわしを拷問した!磔の呪い──どんなに酷いかわからんじゃろう……」

 

 

その言葉に、ハーマイオニーは無意識のうちに拳を握る。ベラトリックスから受けたあの耐え難い苦痛を、彼女も知っている──ロンはそっとハーマイオニーの肩を抱き、支え、慰めた。

 

 

「わかります。本当にわかるんです。どうぞ少し休んでください。いろいろ教えて頂きありがとうございました」

 

 

ハリーの言葉に、オリバンダーは苦しげな表情をし目を伏せた。ヴォルデモートに漏らした情報により、グレゴロビッチは既に殺されただろう、それはオリバンダーもわかっていた。しかし、自分も耐えられなかった、そうするしかなかったのだと、どうしても知って欲しかった。自分の罪を少しでも軽くするために──。

 

 

ハリー達が出て行き、静まり返った部屋の中、オリバンダーは小さく嗚咽を漏らした。

 

 



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439 結論!

 

 

ハリー達は階段を降り、リビングにいたビル達の前を通り過ぎて庭へ向かった。

少し先にあるドビーを葬った土の塚までハリーは歩く。ますます頭痛は酷くなり、無理矢理頭の中に入ってこようとする映像を締め出すのも最早限界が近い。

しかし、あと少しだけ──ソフィアとロンとハーマイオニーに説明する時間さえあれば、ハリーは自分の理論が正しい事を知るために屈服するつもりだった。

 

 

「グレゴロビッチは随分前にニワトコの杖を持っていた。例のあの人が、グレゴロビッチを探し出そうとしているところを、僕は見たんだ。見つけ出した時にはグレゴロビッチがもう杖を持っていない事を、あの人は知った。グリンデルバルドに盗まれたという事を知ったんだ。

グリンデルバルドがどうやってグレゴロビッチが杖を持っている事を知ったのかはわからない……でも、グレゴロビッチが自分から噂を流すようなバカな真似をしたというのなら、難しくはなかっただろう」

 

 

目の前にあるドビーの墓が消え、脳裏に映像が鮮明に広がっていく。

朝靄の中、地平線から出たばかりの太陽の光を浴び影絵のように黒く浮かぶのは──懐かしい──ホグワーツ城だ。

 

 

「──それで、グリンデルバルドはニワトコの杖を使って強大になった。その力が最高潮に達した時、ダンブルドアはそれを止めるのができるのは自分一人だと知り、グリンデルバルドと決闘して打ち負かした。そして、ニワトコの杖を手に入れたんだ」

 

 

ハリーは強く目を瞑り、自分は貝殻の家にいるのだ、ホグワーツ城の前ではないと言い聞かせながら払い込んで来ようとする映像を押し出す。

 

 

「ダンブルドアがニワトコの杖を?でも、それなら──杖は今どこにあるんだ?」

「ダンブルドア先生と一緒に埋葬されているわ」

 

 

驚くロンに、ソフィアが静かに答えた。

杖を自身と共に埋葬する魔法族は多くはないが、それでも長い年月を共にした杖を、子ども達に譲るのではなくそのまま墓に入れて欲しいという魔法使いは少なからずいる。

ソフィアはてっきりダンブルドアもそうなのだろうと思ったが、あの杖がニワトコの杖だったのならば──ダンブルドアは、争いの元となり死を招く杖を、自分と共に世界から葬りたかったのかもしれない、そう考えた。

 

 

「それなら、早く行かないと!あいつが杖を取る前に──」

「もう遅すぎる」

 

 

焦るロンに、ハリーは静かに伝えた。

意識を引き摺りこまれまいと抵抗する自分自身の頭を助けようとして、ハリーはしっかりと頭を掴んでいたがほぼ無意識の行動だった。

 

ソフィアは再びハリーの脳内にヴォルデモートの意識が侵入しようとしているのだと察し、慌ててハリーに駆け寄り崩れ落ちそうな体を支える。

ハリーは目を強く閉じ、頭を押さえながら微かに感じたソフィアの温もりに、僅かながらに励まされた。

 

 

「あいつは杖のある場所を知っている。いま、あいつはそこにいる」

「ハリー!どのくらい前からそれを知っていたんだ?僕たち、どうして時間を無駄にしたんだ?なんでグリップフックに先に話をしたんだ?もっと早くに行けたのに──今からでもまだ──」

「いや」

 

 

ハリーは立っていられず、ソフィアにしがみつく──ソフィアはまだ体調が完全に戻ってはいない──二人揃ってその場に膝をつき、ハリーを支えながらしゃがみ込んだ。

ハリーはソフィアに支えられ、割れそうなほどの頭痛を何とか耐えながら言葉を続ける。

 

 

「ダンブルドアは、僕にその杖を持たせたくなかった。その杖を取らせたくなかったんだ。僕に分霊箱を見つけ出させたかったんだ」

「無敵の杖だぜ、ハリー!」

「僕はそうしちゃいけないはずなんだ……僕は分霊箱を探すはずなんだ……」

「ハリー、顔色が悪いわ。少し休んだほうが──」

 

 

ソフィアの心配そうな声を最後に、ハリーは脳内に押し入ろうとする映像に屈服し、遠いホグワーツの校庭へと意識を落とした。

がくりと意識を失い呻くハリーの肩をソフィアは強く掴みロンとハーマイオニーを見上げた。

 

 

「……気を失ったわ。少し前から顔色も悪かったし、多分、例のあの人がまた……」

 

 

その言葉だけでハリーの意識がここにない理由をロンとハーマイオニーは察し、ロンは心配そうな顔で眉を寄せ、ハーマイオニーはいまだに締め出しきれてない現実にやや呆れたようなため息をついた。

 

 

「家に戻りましょう。みんな、休息が必要だわ」

 

 

ハーマイオニーは肩にかけていたショールを手繰り寄せ、明るくなっていく水平線を遠い目で見つめる。その瞳は遠いホグワーツを思っているのか、それとも数時間前の苦痛を思い出しているのだろうか。

ロンは頭を掻き、ぐしゃぐしゃと髪を乱しつつしゃがみ込むとソフィアの反対側からハリーの肩を抱え起こす。がくりと頭を垂れ、時々唸るハリーをソフィアも必死に支えようと思ったが体格差からうまくできずただ寄り添うだけになってしまっただろう。

 

 

「ソフィア、僕が連れていくよ。君もまだ本調子じゃないだろ?」

「ええ……ありがとうロン」

「それにしてもさぁ……最強の杖だぜ?本当に──今からでも──それを見つけ出すためにビードルの物語をハーマイオニーに遺贈したんじゃないのか?」

 

 

家に帰る道中でもロンはまだニワトコの杖を諦めきれないのかぶつぶつと文句を言い、同意を求めるようにハーマイオニーとソフィアに視線を投げた。

顔を見合わせたハーマイオニーとソフィアは少し悩んだ後──一方は困惑しつつ──首を振った。

 

 

「ハリーが遅いと言うのなら本当なのよ。あの人の手に渡ったニワトコの杖を奪うだなんて、そんなの私たちには不可能だわ」

「そもそも、本当はニワトコの杖じゃないかもしれないわよ。グリンデルバルドが持っていたのは事実かも知れないけれど、でも──奪った後、そんな曰く付きの争いの元になる杖をダンブルドアがずっと使うかしら?とっくの昔にどこかに隠して、ずっと自分自身の杖を使っていた可能性もあるわ」

「そうかぁ?最強の杖だぜ?僕なら喜んで使うけどなぁ……」

「まぁ、ハーマイオニーの言うようにダンブルドア先生と一緒に埋葬した杖がただの杖で──ニワトコの杖ではない方が良いわね」

 

 

ソフィアの言葉に、ロンとハーマイオニーは苦い表情で頷く。

最悪と言われている闇の魔法使いであるヴォルデモートが最強のニワトコの杖を手に入れた後、はたしてハリーが本当にヴォルデモートを倒すことなど出来るのだろうか。──そう彼らは思ったが、言葉に出すことはできなかった。

 

 

 

気絶したハリーを連れて帰った後、ビル達はかなり驚き心配したがソフィアとロンとハーマイオニーはただ疲労が出てだけで問題は無いと彼らに説明し、居間の少し離れたソファにハリーを寝かせた。

キッチンにあるテーブルで紅茶を飲んでいたフラーは何度も口を開いては閉じ、そわそわと落ち着きなくソフィア達を見ては視線で「小鬼と杖職人と何を話したのか」と訴えかけていたが、ソフィア達はあの場で聞いた話を誰にもするつもりはなく、気付いていないふりをした。

フラーだけでなく、ディーンとルーナもその話題を聞き出さないのは、間違いなくビルが彼らを止めているのだろう。

 

 

「そういえば……騎士団の他の人たちはみんな無事なの?」

 

 

フラーがいれた温かく優しい味の紅茶を飲みながら、気まずい沈黙を破るためにソフィアがビルに話しかける。窓の外を見ていたビルはぱっと視線を移すと、顔についた傷を指先で掻きながら僅かな間何から伝えるべきかと逡巡した。

 

 

「そうだな……何人もが追われて身を隠している。ミュリエルの家やこの家のような隠れ家が幾つかあって──トンクスの父親の事は知っているか?」

「ええ。ラジオで聞いたの。──とっても残念だわ」

「ああ……今魔法省に潜入している騎士団は少なくてね。あそこは安全とは言えない。……今、疑われず潜入しているのはジャックぐらいだが、ジャックもこちらと連絡は殆どとれないんだ。ジャックはマグル生まれの魔女や魔法使いを外国に逃がそうとしてくれているが、それでも全員は──」

 

 

ビルは辛そうに顔を歪め、ため息を溢す。

周りの全員が敵である中、全員を逃すことは不可能だろう。だが、それでも危険を侵してマグル生まれを保護し、なんとか救おうとしているジャックの事を考えるとソフィアは誇らしくもあり──同時に、とても辛かった。

 

 



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440 成立!

 

 

 

 

ハリーはヴォルデモートと競ってニワトコの杖を追うことをしないと心に決めたが、その決定の重大さが三日経ってもハリーを怯えさせた。

今まで一度も、何かをしないという選択をした事が無く、ハリーは一日に何度も迷った。

ロンは顔を見合わせるたびに我慢できずその迷いを口に出し、その度にハリーの心は揺れていた。あの時はその決断を出すための根拠が心の中に強くあったが、時間が経過するにつれ希薄になっていく気がしたのだ。

 

ニワトコの杖の存在を認めざるを得なくなったハーマイオニーはハリーの考えを支持し、ニワトコの杖が邪悪なものであり、手に入れるために墓を暴くなど絶対にハリーにはできなかった。ニワトコの杖を手に入れるべきではなかったのだと言ったが──その考えもまた、ハリーを混乱させる原因となった。

ダンブルドアの亡骸が恐ろしいのではなく、ダンブルドアの意図を誤解したのではないかと可能性の方が恐ろしかったのだが、ハリーはその事をうまく言葉にすることは出来ない。──もし言葉にすればそれが現実味を帯びてしまうからだろう。

 

ソフィアはニワトコの杖についてロンとハーマイオニーほど討論する事はなかったが、その代わりに一人で深く考え込む事が多くなっただろう。窓の近くにある肘掛け椅子に座り、ぼんやりと海辺を見つめ、体調が悪いのかと心配したハーマイオニーとフラーが声をかけに行き、はじめて長時間ぼんやりしていたことに気付いて取り繕うかのような笑みを浮かべ「なんでもないの」と笑っていた。

 

 

 

「だけど、ドビーはどうやって僕達が地下牢にいるってわかったのかな?」

 

 

庭と崖を仕切る壁の上で一人ポツンと座っていたハリーのそばに近づき、隣に座りながらロンが切り出した。ソフィアとハーマイオニーもそれぞれ近くに座り込む。ハリーは一人になりたかったが、ロンと同じ疑問を抱いていた事もあり、ちらりと彼に視線を向けた。

 

 

「誰か見えたんだっけ?」

「……何かが見えた気がした。それが何なのか、誰なのかはわからないけど」

「あの鏡、あれから反応はないのよね?」

「うん。シリウスの名前とか──他にも思いつく人の名前を呼んでみたけど」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは首を振りながら小さく答える。

あの鏡を、シリウスは持ち出す事ができなかったと言っていた。それから誰の手に渡ったのか──今どこにあるのかはわからない。それでも誰かが所有し、ハリーの叫びを聞いてドビーに助けに行くよう命令したのならば、その人は自分にとって仲間であることに間違いはないだろう。

ハリーの中で悩みは多いが、その中の一つにシリウスがどこに居るのかわからないという事も含まれていた。数日前──もはや何ヶ月も前のことのように感じるが──ラジオでその声を聞き、生存を確認してはいるが、どこに潜伏しているのかはわからないとビルが申し訳なさそうに言っていた。すでにハリーのポリジュース薬は切れているが、長期間身を潜める事に慣れているシリウスは、他の騎士団員と共に行動せず、死喰い人の同行を探っていた。

ビルからそれを聞いたハリーはシリウスの事を思い、なんとか捕まる事なく過ごして欲しいと切に願っていた。

 

 

 

「もしかして、ダンブルドアのゴーストだったりして」

 

 

ロンは期待と冗談を込めてそういった。ホグワーツにはたくさんのゴーストがいる。ダンブルドアがゴーストとなり、影から護ってくれている──そうだったら良いとロンは望んだが、ハリーはすぐに「ダンブルドアはゴーストになって戻ってきたりはしない」と断言した。

 

 

「ダンブルドアは、逝ってしまうだろう」

 

 

ハリーが確実に言えることは殆ど無かったが、それだけはわかっていた。ハリーの言葉にハーマイオニーとソフィアは瞳に憂いを見せたが、ロンだけは希望を捨てられず片眉を上げて「逝ってしまうって、どう言う意味だ?」と聞き返す。

ハリーは説明しようと口を開きかけたが、言葉に出す前に背後から声がした。

 

 

「ハリー?」

 

 

フラーが長い銀色の髪を潮風に靡かせ家から出てきていた。

 

 

「ハリー、グリップフックがあなたにお話ししたいって。一番小さい寝室にいまーすね。誰にも盗み聞きされたくなーいと、言っていまーす」

 

 

いつもの明るさが無く、どこか苛立ちを孕んでいるのは潮風が髪を撫で痛むことを嫌がっているのではなく、小鬼の伝言役にされたことを快く思っていないのだろう。あからさまな不快感を顔中に広げたままフラーはツンと口を尖らせてすぐに家の中に戻ってしまった。

ハリーとソフィアとロンとハーマイオニーは互いの顔を見合わせ、頷き合い立ち上がった。

 

 

グリップフックはフラーが言ったように、三つある寝室の一番小さい部屋で四人を待っていた。

そこはソフィアとハーマイオニーとルーナが寝ている部屋であり、部屋の中は清潔さを保っていたが暖かな日差しが差し込む窓をグリップフックが赤いコットンのカーテンで閉め切っているせいで、空の光が透け部屋が燃えるように赤く輝き、優雅で軽やかな雰囲気のこの家にはに合わなくなっていた。

 

 

「結論が出ました、ポッター」

 

 

グリップフックは脚を組んで低い椅子に腰掛け、細い指で椅子の肘掛けをトントンと叩きハリーを見上げる。

 

 

「グリンゴッツの小鬼達はこれを卑しい裏切りだと考えるでしょうが、私はあなたを助けることにしました──」

「よかった!グリップフック、ありがとう!」

 

 

ハリーは身体中に安堵感が走るのを感じ、心から礼を言った。悩みや不安は数えきれないほどある。それでもその中の最たる問題が解決の兆しを見せたのだ。

 

 

「僕たち、本当に──」

「見返りに、代償をいただきます」

 

 

ハリーの言葉を遮り、小鬼ははっきりと伝えた。見返りを求められるとは思わず、ハリーは少し驚き言葉を詰まらせ口籠る。

 

 

「どのくらいかな?僕はお金は持ってるけど」

「お金ではありません。お金は持っています。──剣が欲しいのです。ゴドリック・グリフィンドールの剣です」

 

 

想像もしなかった代償に、高まっていたハリーの気持ちががくりと落ち込んだ。金ならば問題ない。しかし、剣は──剣だけは不可能だ。

 

 

「それはできない。すまないけど」

「それは、問題ですね」

「他のものをあげるよ。レストレンジたちはきっと、ごっそり色んなものを持って──」

「──ロン!」

 

 

代わりにふさわしい物をレストレンジの金庫から持っていけばいい。そう思ったロンがつい熱心に口を開いたが──その言葉はどう考えても悪手だった。ソフィアが慌ててロンの腕を引き、言葉を遮ろうとしたがすでに遅く、グリップフックは怒りで顔を赤黒く染め身体中をわなわなと震わせた。

 

 

「私は泥棒ではないぞ!自分に権利のない宝を手に入れようとしているわけではない!」

「ええ、そうだわ。ごめんなさい。とんでもない失言だったわ」

「悪かったよ。でも剣の権利がきみにあるわけじゃないだろ?」

「違う」

「僕たちはグリフィンドール生だし、剣はゴドリック・グリフィンドールの──」

「では、グリフィンドールの前は、誰のものでしたか?」

「誰のものでもないさ、剣はグリフィンドールのために作られたものだろ?」

 

 

小鬼は苛立ち、長い指をロンに向けながら「違う!」と叫ぶ。小鬼にとってロンの言葉全てが気に障り、不快なのだろう。ハーマイオニーとソフィアが慌ててロンを後ろに下がらせようとしたが、ロンもロンで()()()()()()()()()()()()黙って下がる性格ではない。

 

 

「またしても魔法使いの傲慢さよ!あの剣はラグヌック一世のものだったのを、ゴドリック・グリフィンドールが奪ったのだ。これこそ失われた宝、小鬼の技の傑作だ!小鬼族に帰属する品なのだ!この剣は私を雇うことの対価だ。いやならこの話は無かったことにする!」

 

 

グリップフックは荒々しく言い放ち、ハリー達──とくにロンを──睨みあげる。

ハリーは隣でどう答えれば良いのかと沈黙しているソフィア達をちらりと見て、口を開いた。

 

 

「グリップフック、僕達四人で相談する必要があるんだけど、いいかな。少し時間をくれないか?」

 

 

グリップフックは不機嫌そうに押し黙ったまま頷き、すぐにハリー達は部屋を出て一階の誰もいない居間へと向かった。

グリップフックの手伝いは必須だ。しかし、グリフィンドールの剣は自分たちにとって分霊箱を破壊する事ができる唯一の手段であり、渡すわけにはいかない。

どうしたものかと考えながら暖炉まで歩くハリーの後ろで、ロンは荒っぽく舌打ちをし頭をかいた。

 

 

「あいつ、腹の中で笑ってるんだぜ。あの剣をあいつにやるなんてできないさ!」

「私たちにも必要なものだものね……」

「本当にあの剣はグリフィンドールが盗んだものなの?」

 

 

ハリーの言葉にハーマイオニーとソフィアは顔を見合わせる。魔法史についてあまり詳しくないソフィアは肩をすくめ、それを見たハーマイオニーは「わからないの」とどうしようもないという調子で言った。

 

 

「魔法史は、魔法使いたちが他の魔法生物にしたことについて、よく省いてしまうの。でも、私が知るかぎり、グリフィンドールが剣を盗んだとは、どこにも書いてないわ」

「また、小鬼お得意の話なんだよ。魔法使いはいつでも小鬼をうまく騙そうとしているってね。あいつが、僕たちの杖のどれかを欲しいと言わなかっただけ、まだ運が良かったと考えるべきだろうな」

「ロン、小鬼が魔法使いを嫌うのには、ちゃんとした理由があるのよ。過去において残忍な扱いを受けてきたの」

「だけど、小鬼だってふわふわのちっちゃなウサちゃん──ってわけじゃないだろ?あいつら、魔法使いをずいぶん殺したぜ。あいつらだって汚い戦い方をしてきたんだから」

「まあまあ、ロン、ハーマイオニー。今その話題を蒸し返したところで意味はないわ。どうすれば良いのか考えましょう?」

 

 

小鬼と魔法族についての討論で火がつきかけてきたロンとハーマイオニーをソフィアが止め、どうしたら問題が解決できるだろうか、と四人はしばらく黙り込んだ。

 

 

ロンはレストレンジの金庫の中にある偽物とすり替えて、偽物の方を渡せば良いと案を出したが、本物と偽物の区別がつく小鬼には意味がないとすぐにハーマイオニーが却下した。

ハーマイオニーは小鬼に同じくらい価値があるものを代わりに上げなければならないと考えたが、どれだけ頭を捻らせても同じくらい価値があるものがどこにあるのかさっぱりわからなかった。

 

結局、グリップフックが金庫に入る手助けをしてくれたら、その後で剣を渡すことになった。──しかし、重要なのは()()渡すのかを秘密にするという点だ。

全ての分霊箱を破壊した後ならば、グリフィンドールの剣は不要になる。そのあとでならば渡してもいい──。騙しているようで気が進まないのは確かだが、これがハリーにできる最高の譲歩であり、ソフィアとハーマイオニーとロンにも、それ以上の案は浮かんでこなかった。

 

 

一番小さい部屋に戻り、ハリーは剣を渡す具体的な時期を言わないように気をつけながら慎重に言葉を選び提案した。

騙しているようで気進まないソフィアはどこか不安げな表情をし、ありありと不満があるハーマイオニーは床を睨みつけていて──ハリーは二人の表情からグリップフックが何かを読み取るのではないかと恐れたが、幸運にもグリップフックはハリー以外の誰も見ていなかった。

 

 

「約束するのですね、ハリー・ポッター?私があなたを助けたら、グリフィンドールの剣を私にくれるのですね?」

「そうだ」

「では、成立です」

 

 

グリップフックはハリーに手を差し出し、ハリーもまたその手を握った。

小鬼の黒い目がハリーを射抜き、ハリーは考えを読まれないかと不安だったが小鬼は満足げにその目を細めるだけだった。

 

 



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441 幸せなひととき!

 

 

小鬼とハリー達は納戸のような部屋に何度も何時間もこもった。レストレンジの金庫の場所や、それまでに考えられる試練などを話し合う日は何日にもなり──それが何週間にも及んだ。

次から次へと出てくる難題の中で最も問題なのはポリジュース薬が後一人分しか残っていないことだろう。材料もこの場には無く、新たに作ることはできない。できれば全員が他人に変身したかったが、それができるのは一人になりそうだ。

 

ハリーとロンとソフィアとハーマイオニーの四人が食事の時にしか姿を現さなくなったことに、貝殻の家の住人達が気付かないわけもなく、誰もが何かが起こっているのだと察していた。誰も何も聞かなかったが、ビルは考え深げな目で心配そうに四人を見て、その視線を彼らは感じていた。

 

グリップフックと長時間共に過ごすにつれ、ハリーはグリップフックの事がどうしても好きになれなかった──金庫に侵入するために他の魔法使いを傷つけるかもしれない可能性を大いに喜び、血に飢えているかのように目を輝かせていたからだろう。

ソフィアとロンとハーマイオニーもグリップフックの事は好きになれなかったが、それでもこの作戦にグリップフックは必要であり、誰も何も言わなかった。

 

グリップフックは脚が治ってからも、自分だけ特別視されることを望み部屋まで食事を持ってくるよう待遇をフラーに要求していたが、ある時ビルが──フラーの怒りが爆発した後──二階に行き、これ以上特別扱いはできないと告げた。結局、みんなと一緒に食事をするのを嫌々ながらに承諾したが同じ料理を食べることはなく、代わりに生肉の塊や根菜類、きのこ類を要求していた。

 

 

小鬼がいることでフラーの機嫌は悪くなり、狭い居間はさらに狭くなる。

聞きたいことがあり、グリップフックを貝殻の家に残して欲しいと頼んだのはハリーであり、ハリーは責任を感じていた──グリップフックのことだけではなく、ウィーズリー一族が全員隠れなければならなくなったのも、ビル、フレッド、ジョージ、アーサーが仕事に行けなくなったのも全て自分のせいだと、ハリーは思っていた。

 

ある風の強い日の夕暮れ。夕食の支度を手伝いながらハリーはフラーに「ごめんね。こんなに大変な思いをさせるつもりはなかった」と謝ったが、フラーは苛立っていた表情を和らげ、妹の命を助けてくれた恩人なのだから、と優しく告げた。

 

 

その夜にビルは回復したオリバンダーを避難地であるミュリエルの家へと連れて行った。

残った全員がテーブルを囲んで座り、肘と肘をぶつけつつ動く隙間もなく食事を始めたが、フラーは料理を突き回してばかりで心配そうに窓の外を何度も見ていた。

ビルが居なくて不安なのだろう。ソフィア達は彼女を励まそうと口々に「すぐ戻ってくるよ」「向こうも安全なんだから」と言ったが、フラーはその美しい顔で疲れたように曖昧に微笑むだけだった。

幸いビルは、風により乱れた長い髪をもつれさせながら夕食の最初の料理が終わるまでには戻り、フラーはようやく輝くような安堵の笑顔を見せた。

 

 

「みんな無事だよ。オリバンダーは落ち着いた。父さんと母さんからよろしくって」

 

 

ビルはフラーが魔法で温め直した料理を食べながら説明する。向こうの様子が気になっていたソフィアとハリーとハーマイオニーとロンは、食後の紅茶を飲みながらほっと胸を撫で下ろす。

 

 

「ジニーがみんなに会いたがっていた。フレッドとジョージはミュリエルをかんかんに怒らせているよ。おばさんの家の奥の部屋からふくろう通信販売をまだ続けていてね。ティアラを返したらおばさんは少し元気になったけどね。僕達が盗んだと思ってたって言ってたよ」

 

 

ビルとフラーの結婚式の日に襲撃されたため、その時ミュリエルから借りた小鬼製の美しいティアラを返すことができず、それを気にしていたフラーはオリバンダーをミュリエルのところに連れて行く時にティアラを渡していた。しっかりと返却できたのはいいが、ミュリエルの嫌味たらしい言葉にフラーは美しい眉をきゅっと寄せた。

 

 

「ああ、あの人、あなたのおばさん、シャーマント(素敵)

 

 

母国語で揶揄うフラーに、その言葉がわからないハリー達は不思議そうに首を傾げたが、フラーからフランス語を少し教わっているビルは苦笑した。

一気に不機嫌になったフラーは杖を振り机の上にある汚れた皿を舞い上がらせ空中で重ねた。

 

 

「フラー、お手伝いするわ」

「まあ、ソフィア。ありがとーう」

 

 

家に長期間お世話になっている礼として、ソフィア達は交代で家事をになっている。今日はソフィアの当番であり、カラトリーや紅茶のカップを魔法で浮かせたソフィアは少し機嫌が戻ったフラーの後について部屋を出た。

 

 

「そういえば、あの結婚式とっても素敵だったわ!色々あって直接言えなかったけど、本当に綺麗で……キラキラと輝いていて、あんなに綺麗な花嫁を初めて見たもの!」

「まあ!──ふふっ!ソフィアは、とっても愛らしい(ジョリー)でーす。きっと、可愛い花嫁になりまーすよ。ハリーと結婚するのでーすか?それなら、素敵!」

 

 

杖を振り、スポンジに洗剤を纏わせながらフラーは上機嫌で笑う。ソフィアは自分が花嫁になっている姿を想像し──その隣にいる人のことも考え──頬をぽっと赤く染めつつ、困ったように笑った。

 

 

「うーん、それは、わからないわ」

 

 

全てが終わった後、自分とハリーの関係はどうなるのかわからない。ソフィアは変わらずハリーを愛し、ハリーからの愛情も感じていたが互いの想いだけで突き進むことができるほど二人の立場は簡単なものではない。──それに、自分は赦される事はないだろう。

 

 

フラーが「きっと青いドレス!似合いますね」「ああ、でも赤でも──」とソフィアのドレス姿を楽しげに想像していると、突如正面玄関の方から何かが衝突したような轟音が響いた。

 

フラーは喉の奥で悲鳴を上げ、浮かんでいた食器がガシャンと高い音を立ててシンクに落ちる。ソフィアとフラーは硬い表情で顔を見合わせ、すぐにキッチンを飛び出した。

 

 

 

フラーとソフィアは居間へ駆け込み、杖を扉へ向けた。すでにビルやハリー達も警戒体制であり緊張を孕んだ顔で扉を睨んでいる中、グリップフックだけは机の下に潜り込み姿を隠していた。

 

 

「誰だ!?」

「私だ、リーマス・ジョン・ルーピンだ!」

 

 

ビルの問いかけの後すぐに、風の唸りに掻き消されないように叫ぶ声が聞こえた。

切羽詰まったようなリーマスの声に、まさか何かが起きたのかとソフィア達の背筋に冷たいものが走る。

 

 

「私は人狼で、ニンファドーラ・トンクスと結婚した。君は貝殻の家の秘密の守人で、私にここの住所を教え、緊急のときには来るようにと告げた!」

「ルーピン……!」

 

 

ビルは呟くなりすぐに扉に駆け寄り、急いで開けた。嫌な予感に誰もが怯える中、リーマスは勢い余って敷居に倒れ込み、ビルはすぐにリーマスを支えた。

リーマスの顔は真っ青であり、風に煽られた白髪は乱れている。支えられながら立ち上がったリーマスは部屋を見回し誰がいるのかを確認した後大声で叫んだ。

 

 

「男の子だ!ドーラの父親の名前をとって、テッド──テディと名付けたんだ!」

 

 

一瞬、誰もがぽかんと口を開き呆然とした。

 

 

「まあ!トンクスが赤ちゃんを!?」

「うわー!素敵だわ!」

 

 

しかしすぐにハーマイオニーとソフィアが喜びに湧いた声で叫び、リーマスも「そうだ。そうなんだ、赤ん坊が生まれたんだ!」と破顔しながら叫んだ。

部屋中が喜びと祝福で満ち、最高の報告に安堵の吐息を漏らした。

 

 

「うわー!赤ん坊かよ!おめでとう!」

「そうだ──そうなんだ──男の子だ」

 

 

ロンは今までそんな言葉は聞いたことがないというように目を見開き驚きと喜びから口笛を吹き手を叩く。リーマスはその言葉を聞き、噛み締めるように何度も呟いた。その顔は多幸感で夢心地であるかのように緩み切り、ソフィア達までも幸せな気持ちになるほどだ。

 

リーマスはふらふらとソフィアに近づき、力強く抱きしめた。

 

 

「ソフィア、ありがとう。君があの時私の背を押してくれなければ、きっと向き合えなかった」

「決めたのはあなたよリーマス。本当におめでとう!」

 

 

ソフィアは心から祝福した。

トンクスが妊娠した当初、リーマスは人狼として彼女達の人生に深く関わっていく覚悟がなかった。受け入れられるわけがないと心を閉ざし目を逸らしていた──しかし、ソフィアと、そしてハリーの言葉を受け、親ならばどうするべきなのかをよく考えた上で心を決めたのだ。

愛する女性と、生まれてくる我が子に誇れる親に──人狼だとしても──なろうと。

 

 

ソフィア達が祝福している間にビルがワインを取りに走り、ワイン瓶と人数分のグラスを浮かせて笑顔で居間に戻る。ビルは遠慮するリーマスに「一緒に飲もう!」とニコニコと笑いながら浮かんでいるグラスの一つを渡した。

 

 

「あまり長くはいられない。戻らなければならないんだ」

 

 

そう言いつつも受け取ったリーマスはにっこりと笑った。最後に見た時よりも白髪は増えていたが、それでも皺が刻まれた顔は今までよりも何歳も若く、何よりも幸せそうに見えた。

 

 

「ありがとう、ありがとうビル」

 

 

ビルはすぐに全員分のグラスをワインで満たし、皆が立ち上がり盃を高く掲げる。

 

 

「テディ・リーマス・ルーピンに」

「未来の偉大な魔法使いに!」

 

 

リーマスが音頭を取り、ロンが囃し立てながら叫ぶ。かちゃん、とグラスがそこかしこで乾杯され新しい生命の誕生を祝った。

 

 

「赤ちゃんは、どっちに似てるの?」

「私はドーラに似ていると思うんだが、ドーラは私に似ていると言うんだ。髪の毛が少ない。生まれてきた時は黒かったのに、1時間くらいで間違いなく赤くなった。私が戻る頃にはブロンドになっているかもしれない。アンドロメダは、トンクスの髪も生まれた日に色が変わり始めたと言うんだ」

「うわぁ!すごいわ!」

 

 

ソフィアの言葉にリーマスは興奮を抑えながら饒舌に話し出す。並々と注がれたワインを飲めば、すぐにビルが空いたグラスにワイン瓶を近づけ、リーマスは「ああ、それじゃいただくよ。あと一杯だけ」と上機嫌で受けた。

風が小さな家を揺らし、暖炉の火が爆ぜ、リーマスの幸福な報せは皆を夢中にさせ、しばしの間、世の中で起こっている不幸な事や自身に降りかかっている難題を忘れさせた。

ハリーは幸せそうにワインを飲むリーマスを見て、本当にあの時にトンクスの元へ帰るように言ってよかったと心から思った。やはり、あの選択は間違えていなかったのだ。

不意にリーマスとハリーの視線が合い、ハリーはにこりと微笑みグラスを軽く掲げる。途端にリーマスは明るく笑うと小走りでハリーに駆け寄り、かちゃんとグラスを合わせた。

 

 

「本当におめでとう、リーマス!」

「ありがとう、ハリー。──ところで、ここにシリウスは来てないかな?」

「う──うん。来てないけど、どうして?」

 

 

まさかシリウスに何かあったのかと、一瞬ハリーは表情を強張らせた。リーマスはすぐに「いやいや」と首を振り彼の不安を取り除くと、リーマスらしくない何かを企むような悪戯っぽい微笑みを見せる。

 

 

「シリウスに、テッドの後見人を頼んでいるんだ」

「え?──うわぁ!そうなんだ!」

「ずっと、考えていたんだ。それで、生まれたら正式な手続きをするために会いにくると言っていたんだが……まぁ、数日の間には顔を見せにくるだろうけど」

「すごくいい考えだよ!──シリウスは──その──」

 

 

何処にいるのだろうか、無事なのだろうか。

そんなハリーの不安な気持ちを読み取ったリーマスは心配させまいと朗らかに微笑み、「大丈夫」と答えた。

 

 

「私も何処にいるのかは知らないが、敵に捕まるような事は無い。この前は南の方に向かうと言っていたね」

「そっか……」

「万が一、捕まったとしたら新聞で大々的に報じられるはずだよ」

 

 

リーマスの言葉にハリーは安堵し、やや苦い赤ワインを一口飲んだ。

そうだ、きっと、絶対に無事に決まっている。シリウスは今まで何年も逃げおおせていたし、優秀な人なんだ。ハリーはまだ胸の奥で燻る不安感にうじうじとしてしまいそうな自分自身をそう納得させた。

 

 

「そういえば、シリウスの両面鏡って今誰が持ってるの?」

「両面鏡?」

 

 

不思議そうにするリーマスに、ハリーはマルフォイの館で囚われていた時に起こった事を簡潔に伝えた。リーマスはその話を真剣な眼差しで聞き、しばらく悩むようにワイングラスを回しゆらゆらと動く赤い水面を見ていたが、残りを一気に飲み干した後で申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

 

「私も両面鏡の所在はわからないんだ。あの後、隠れ穴には近づけなくてね。もちろんアーサー達も探してはくれたんだが……何処にいったのか──誰かが持っていったのか──誰の顔に見えたんだい?」

「わからないんだ。シリウスや──何回か見た事がある騎士団員なら、きっとわかったと思うんだけど。それに一瞬だったし……」

「そうか……。まあ、私の方でも探してみるよ。助けに来てくれたということは、敵では無いのは確かだしね」

 

 

リーマスはハリーの肩をぽんと軽く叩き、空になったグラスを机に置いた。すぐにビルが気付き、もう一杯と勧めたがリーマスは朗らかにそれを断り旅行用マントを羽織った。

 

 

「もう本当に帰らなければ──さようなら、ありがとう。二、三日のうちに写真を持ってくるようにしよう──家の者たちも、私がみんなと会ったと知って喜ぶだろう」

 

 

リーマスはマントの紐を締め、別れの挨拶に女性を抱きしめ、男性とは握手をして晴れ渡った幸福そうな笑顔のまま扉へと向かった。

 

 

「私、そこまで送ってくるわ!」

 

 

ソフィアは椅子に掛けていたカーディガンを掴むと扉に手を掛けているリーマスの元へと駆け寄る。一瞬、リーマスは驚いたような顔をしたが拒否することなくソフィアが隣に来るまで待ち、もう一度家の中を振り返って「さようなら」と皆に挨拶をした。

 

 

強く寒い風が吹く中、ソフィアは舞い踊るように靡く髪を押さえリーマスを見上げる。

 

 

「あの──」

「──セブルスとルイスの事かい?」

 

 

さらりと言われた言葉に、ソフィアは少し息を飲んだがすぐに小さく頷いた。

 

 

「ええ──その──向こうは、どうなっているのかしら……?」

「私の方に全ての情報が入ってくるわけではないが、二人はホグワーツの生徒を陰で護ろうと、必死に頑張っているよ」

 

 

リーマスの言葉にソフィアはほっと胸を撫で下ろし、肩に入っていた力を抜いた。

ホグワーツの情報は殆ど入ってくる事がない、通っていたルーナならば現状のホグワーツのことをよく知っているだろうが、ソフィアが知りたいのは()()()()()()彼らの事だ。

セブルスが校長となり、マグル生まれはまともに通うこともできなくなったホグワーツで、半純潔の者は肩身が狭い思いをしているだろう。──それだけならばまだ良い方だ。

死喰い人が入り込んでいるホグワーツで生徒達を護ることができるのは、騎士団員であるセブルスやマクゴナガルだけだ。きっと、彼らは敵に知られないように生徒を護り、そしてルイスも──不穏の種を取り除いているはず。

そうソフィアは信じていたが、確証は無く、こうしてリーマスの言葉を聞いてようやくほんの僅かに憂いや後悔を薄れさせることができた。

 

 

「大丈夫。私たちは同じ方を向いているからね。──さて、ここまでで良いよ、かなり冷えるし、この先を出ると君は戻れなくなってしまう」

「ええ、ありがとう、リーマス」

 

 

ソフィアの言葉を聞き、リーマスはにっこりと微笑むと荒れた夜の奥へと足を進め、ふっと姿を消した。

 

ソフィアは暫くリーマスが消えた後を見ていたが、一陣の突風が唸り、細い体を切り裂いた途端ぶるりと体を震わせ足早に暖かな家へと戻った。

 

 



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442 グリンゴッツへ!

 

 

グリンゴッツ侵入への計画が立てられ、ついに準備が完了した。

ハーマイオニーがマルフォイの館で拷問された時に着ていたセーターに、長くて硬く黒い髪──ベラトリックスの髪がついていたのだ。

それを最後に残っていたポリジュース薬に入れ、ベラトリックス本人から奪った彼女の杖を用意し、それらしい服装に身を包めばおそらくバレないだろうと考えた。

 

ビルとフラーには翌日に発つことを伝えていたが、見送りは辞退した。計画では出発前にハーマイオニーがポリジュース薬を使いベラトリックスに変身する必要があり、彼らには計画の一切を伝えていないのだ──この家から出ていく姿を見せることはできない。

 

もうこの貝殻の家には戻ってこないことをハリーはビルとフラーに伝え、ビルは余っていたテントをハリーに貸した。

 

ビルやフラー、ルーナにディーンと別れるのは寂しく、ここ数週間ずっと暖かい安息の場所だった貝殻の家を離れるのは辛かったが──それでもこの家に閉じ籠っていては何も解決しない。

 

 

侵入する前日の晩、ハリーとソフィア、ロンとハーマイオニーは数ヶ月前魔法省に侵入した時を思い出し緊張と不安、興奮からなかなか寝付くことができなかった。

ソフィアは何度も脳内で計画のことを考え、自分が使える魔法を反芻する。ごろりと寝返りを打てばハーマイオニーの寝ているベッドからも身じろぎの音が聞こえ、きっと彼女も寝付けないのだ、話し合いたい──と思ったが、この部屋にはルーナもいる。話し出すこともできず、ソフィアは薄い毛布をすっぽりとかぶり、強く目を瞑った。

 

 

何度か浅い眠りを繰り返し、ついに朝の六時──行動に移すべき時がやってきた。

ソフィアとハーマイオニーは薄暗い中で目を覚まし、灰色に霞んだ世界の中でぼんやりと見える互いの姿に向かってこくりと頷き、なるべく物音を立てないように身支度を始めた。

 

 

着替えが終わった後、ソフィアとハーマイオニーはグリップフックが使っている小部屋へ向かう。寝ているならば起こさなければならなかったが、グリップフックも気が立ち緊張しているのか起きていて、彼女達が扉を開けたちょうど正面に立っていた。

やや驚いたものの、ハーマイオニーは何も言わず鞄の中から細い小瓶を取り出し、グリップフックとソフィアを見た。二人が真剣な表情で頷いたのを見て覚悟を決めたように一度深呼吸をし、蓋を開け一気に中の液体──ポリジュース薬を飲み干す。

 

 

「うっ──」

 

 

あまりの不味さと、ベラトリックス・レストレンジの髪の毛入りという悍ましさからハーマイオニーは呻めき体を震わせた。

ソフィアとグリップフックの前でハーマイオニーのふわふわとした髪は黒く染まり毛質も変わっていく。身長が伸び、顔の作りも変わり──数秒後、二人の前に立つのはベラトリックス・レストレンジその人だった。

 

 

「──あぁ……最低な味だったわ……」

 

 

垂れた長く波打つ髪を後ろに払い除けながら、ハーマイオニーは眉根を寄せ舌を出す。その口から出る声も、紛れもなくベラトリックス独特の低いものだったが、表情や口調はどこかハーマイオニーらしさを感じさせチグハグな印象を与えた。

 

 

「行きましょう」

「ええ……」

 

 

ソフィアの言葉にハーマイオニーはもう一度ぶるりと震え、細く伸びた指を何度か動かしながら頷いた。

 

 

 

ソフィアとハーマイオニーがグリップフックを従えて待ち合わせ場所である庭へ出た時、すでにハリーとロンも準備を済ませて待っていた。

暗闇から現れたように見えるベラトリックス(ハーマイオニー)に、ハリーとロンはそれがハーマイオニーとわかっていても不気味さと悍ましさを感じてしまった。

 

 

「反吐が出そうな味だったわ……」

「美味しいわけがないわよね……さあ、ロン、術をかけるわよ」

「うん。でも忘れないでくれよ。あんまり長い髭は嫌だぜ」

「そこそこの髭にするわね」

 

 

グリンゴッツに侵入するにあたり、ハーマイオニーはベラトリックスに、ロンはソフィアの変身術により実在しない魔法使いに変わる事となった。

声をひそめ呪文を唱えながら杖を複雑に動かすソフィアに、ロンは緊張し居心地の悪そうに背を丸めながら目を閉じた。

 

 

「──これでどうかしら?」

「そうだな……」

「そうね……」

 

 

魔法をかけ終わったソフィアは軽く杖を振り、ロンをハーマイオニーとハリーに向き合わさせた。

ロンの赤毛は長く波打ち、顎と口上には濃い褐色の髭がある。特徴的なそばかすは消え、その代わりに頬に赤いニキビが現れ、鼻は低く横に広がっていた。

 

 

「大丈夫だ」

「ええ、私の好みのタイプじゃないけど」

「それは、よかったわ」

 

 

ロンをよく知っているハリーとハーマイオニーからしてみれば、わずかにロンの面影はあったが、それは彼らだから感じるのだろう。

ソフィアは満足げに頷くと杖をポケットの中に入れ、ハーマイオニーと向かい合った。

 

 

「私の顔も、お願いね」

「ええ、失敗しないようにするわね」

 

 

ハーマイオニーはベラトリックスの物である杖を嫌そうに掴みながらソフィアに向かって振る。

ソフィアの黒髪は灰色に変わり、ぐんぐんと短くなっていく。元々柔らかかったソフィアの髪は硬く太くなりツンツンと好きな方向に跳ねてしまった。

瞼の下に黒く不健康そうな隈ができて頬がこけ、鼻は尖った鷲鼻へと変わり、目尻や額に深いシワが刻まれどう見ても四十代以上にしか見えない。

 

 

ソフィアへの変身術が終わると、ハーマイオニーはまじまじとチェックしにっこりと笑って「これでわからないわ!」と満足そうにした。

ロンは全く別人に変わったソフィアを感心しながら見ていたが、ハリーは見る影もないソフィアの姿に正直ショックを受けてしまったが──これも計画のためだ、と自分に言い聞かせた。

 

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

ハリーの言葉にソフィア達は頷き、薄れゆく星あかりの下に静かに影のように横たわる貝殻の家を一目だけ振り返った。

それから家に背を向け、境界線の壁を越える地点を目指して歩く。もう後戻りはできない。準備は万全に整えた。あとは失敗しないことを祈るだけだ──。

 

忠誠の呪文が切れる地点である門に出てすぐハリー達は足を止めた。

 

 

「たしかここで、私は負ぶさるのですね、ハリー・ポッター?」

 

 

グリップフックはハリーを見上げて言い、ハリーはその場に屈み込んだ。グリップフックはその背中によじ登ってハリーの首の前で両手を組む。重さはさほどないが、ハリーは小鬼の感触やしがみついてくるその力の強さが気味悪く、どうしようもなく不快だった。

 

ハーマイオニーが鞄から透明マントを出し、ハリーとグリップフックの上から被せ、その場に溶けるようにして消えたあたりをまじまじと見て頷いた。

 

 

「完璧よ。何にも見えないわ。──行きましょう」

 

 

ハリーはグリップフックを肩に乗せたままダイアゴン横丁の入り口である漏れ鍋へと全神経を集中し、その場で姿くらましをした。

まだ姿くらましに不安があるロンはソフィアに付き添われる漏れ鍋へと移動し、数秒後、暗闇の中で回転する感覚が終わったあとハリー達の足はチャリング・クロス通りの歩道を踏み締めていた。

 

早朝の道を歩くマグル達は、その目の前に魔法界へと続く旅籠があることには気付かない。

ハーマイオニーは「いるわね?──行くわよ」と唇をなるべく動かさずに呟き漏れ鍋への扉を開ける。

 

 

漏れ鍋の中は閑散としていた。

腰の曲がった店主のトムがカウンターの奥で覇気のない顔でグラスを磨き、店の隅で二人の魔法使いがヒソヒソと話し合っていただけだ。

魔法使いの二人は現れた魔女がベラトリックス・レストレンジだと気付くとすぐに口を閉じ暗がりの中に身を引く。

 

 

「マダム・レストレンジ」

 

 

店主が予期せぬ来店者に呆然と呟き、ハーマイオニーが通り過ぎる時に媚び諂うように頭を下げた。

 

 

「おはよう」

 

 

ハーマイオニーは何気なく店主に向かって声をかけたが、ベラトリックスが店主に挨拶をすることなど今までなかったのだろう。店主は驚き目を見開きながらぽかんとハーマイオニーの背中を食い入るように見つめていた。

 

 

「丁寧すぎるよ。他の奴らは虫ケラ扱いにしなきゃ!」

「はい、はい!」

 

 

透明マントの下でハリーは小声でハーマイオニーに忠告し、ハーマイオニーは嫌そうに顔を歪めながらベラトリックスの杖を取り出した。

目の前の平凡なレンガの壁を叩けばレンガは渦を巻いて回転し、真ん中に現れた穴が徐々に広がっていく。たちまち狭い石畳のダイアゴン横丁へと続くアーチの入り口になり、ハーマイオニーはごくりと固唾を呑んで一歩踏み出した。

 

 



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443 侵入成功?

 

 

ダイアゴン横丁は以前訪れたときよりもさらに閑散とし、ボロ布のようなローブを着た人たちが何人も店の軒下にうずくまっていた。

治安が悪化し、日々の営みすら満足にできていない様子にハリー達は言いようのない苦しさと怒りを感じた。──これも、全てヴォルデモートが世を支配しているからだ。

 

ベラトリックス(ハーマイオニー)が肩で風を切るように堂々と歩けば、浮浪者のような魔法使い達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく──彼らにとって、彼女は恐怖の根源なのだろう。

 

 

グリンゴッツに向かう途中で死喰い人であるトラバースと出会ってしまい、不運にも共にグリンゴッツへ行くことになってしまったが、ハーマイオニーはなんとかベラトリックスらしい口調や侮蔑的な調子を真似てトラバースに疑われずに済んだ。

ロンとソフィアはヴォルデモートの目的に共感している外国の魔法使いとして、イギリス魔法界の新体制を見学しにきた。という設定だったが、珍しいことではないのか──それとも彼が深く物事を考えない性格なのか──トラバースは特に疑問には思わなかったようだ。

 

グリンゴッツの大理石の階段を登った先には大きなブロンズの扉があり、扉の両側には制服を着た魔法使いが立っていた。彼らはここを訪れる客が身を隠す呪文をかけていないかと調べ、隠し持った魔法道具を探知するために潔白検査棒を持っている。

最初の難関は彼らを無効化する事だ。トラバースさえいなければ簡単だったが少しも疑われないように出来る限り素早く、それでいて密かに行わなければ全ての作戦が無駄になる。

 

ソフィアは手筈通りに長いローブの下で隠し持っていた杖を強く握り、トラバースが検査を終えグリンゴッツに入り中を見ているうちにさっと杖先を門番の二人に向けた。

無言で散乱呪文を二度唱え、その魔法は門番を打ち抜つ、瞬間二人はびくりと肩を振るわせた。

 

ハーマイオニーはそれを確認し、緊張で強張った表情を引き締め、傲慢な顔に見えるように必死に表情を作り長い黒髪を背中に波打たせて堂々と階段を上がった。

 

 

「マダム、お待ちください」

「たった今、済ませたではないか!」

 

 

ベラトリックスの口調を真似てハーマイオニーが怒鳴れば、門番は混乱して検査棒をじっと見下ろし、それからもう一人の門番を見た。

 

 

「ああ、マリウス、お前はたった今この人たちを検査したばかりだよ」

「そうか──申し訳ありません、マダム」

 

 

どこかぼんやりとした相方の言葉を信じ、門番は検査棒をおろした。

ハーマイオニーはソフィアとロンと並んで威圧するように素早く進み、ハリーとグリップフックは透明マントを被ったまま小走りでその後を追いかける。敷居を跨いでからハリーが振り返れば、門番は狐に摘まれたような顔をして頭を掻いていた。

 

内扉の裏には小鬼が立ち、扉には盗人がどうなるかという警告文が書いてある。ハリーだけではなく、ソフィアとハーマイオニーとロンも、初めてグリンゴッツを訪れた日にこの文を読み、グリンゴッツに盗みに入る人なんて存在しないだろうと思っていたが──まさか、自分がそれをするとは昔の自分に言っても馬鹿にされ信じてもらえないだろう。

 

 

広々とした大理石のホールの奥には細長いカウンターがあり、脚高の丸椅子に座った小鬼達が客に対応している。

ハーマイオニー達は片眼鏡をかけて分厚い金貨を吟味している年老いた小鬼の元へ向かった。ハーマイオニー──ベラトリックスに先を譲ろうとするトラバースに、ハーマイオニーはソフィアとロンにホールの特徴を説明するという口実で先を譲った。できればトラバースとはここで離れたい。自分の要件を先に済ませて欲しいが、トラバースはどう行動するだろうか?

 

小鬼はトラバースに挨拶し、渡された金庫の鍵を調べた後返却する。次の番であるハーマイオニーが進み出た途端、小鬼は目を見張り目に見えて動揺した。

 

 

「マダム・レストレンジ!なんと、な──何のご用命でございましょう?」

「私の金庫に入りたい」

 

 

年老いた小鬼は少し後退りし、動揺したのか胸の前で手を組み、忙しなく指先を動かした。ハリーはさっと辺りを見回し、こちらを見ているトラバースだけでなく他の小鬼も仕事の手を止め顔をあげ、ハーマイオニーをじっと見ていることに気付いた。

 

 

「あなた様の──身分証明書はお持ちで?」

「身分証明書?こ──これまで、そんなものを要求された事はない!」

 

 

ハーマイオニーは動揺したがすぐにそれはベラトリックスらしくないと考え直し、傲慢な口調で叫び小鬼を睨みつけた。

 

 

「連中は知っている!名を語る偽物が現れるかもしれないと、警告を受けているに違いない!」

 

 

グリップフックがハリーに囁く。

どうすればいい?出直す?ソフィアに錯乱の呪文をかけるように頼むべきか?いや、トラバースがこちらを見ている。怪しまれてしまう──。

 

 

「マダム、あなた様の杖で結構でございます」

 

 

小鬼は微かに震える両手を差し出した。ハーマイオニーは内心で胸を撫で下ろし、ベラトリックス本人の杖を出そうとしたが、その瞬間ハリーは気付いた。

グリンゴッツの小鬼達は、ベラトリックスの杖が盗まれたことを知っているのだ。ここで本物だと知られたならば、間違いなく捕まってしまう。

 

 

「いまだ、いまやるんだ!──服従の呪文だ!」

 

 

グリップフックがハリーの耳元で囁く。

ハリーはマントの下で杖を上げ──心も決まらぬまま放った。

 

 

服従せよ(インペリオ)

 

 

どの魔法とも違う、奇妙な感覚がハリーの腕から体の中を駆け巡る。それはまるで自分の心が流れ出て筋肉や血管を巡り杖と自分を結びつけているような感覚だった。

小鬼はベラトリックスの杖を受け取り、念入りに調べていたがやがて杖をハーマイオニーに返した。

 

 

「ああ、新しい杖をお作りになったのですね、マダム・レストレンジ!」

「何?──いや、いや、それは──」

「新しい杖?しかし、そんなことがどうしてできる?どの杖作りを使ったのだ?」

 

 

ベラトリックスの物ではないと言われハーマイオニーが咄嗟に否定しようとしたが、その前にトラバースが近づき眉根を寄せ詰問した。

 

そうだ、トラバースにはグリンゴッツに来る前に杖を失ったのかと聞かれ、それはただの噂で自分自身の杖を持っているとハーマイオニーは言ってしまっていた。

 

ハリーは考えるより先に行動していた。

もう一度「インペリオ」と唱え、その呪いを受けたトラバースは「ああなるほど、そうだったのか」と納得しながらベラトリックスの杖を見下ろす。

 

 

「なるほど、見事なものだ。それで、うまく機能しますかな?杖はやはり少し使い込まないと馴染まないというのが私の持論だが、どうですかな?」

 

 

ハーマイオニーはハリーが服従の呪文を使ったとは知らず、全く不可解な表情を浮かべていたが何も言わずに成り行きを受け入れ、トラバースに曖昧に返事をした。

 

 

「鳴子の準備を」

 

 

年老いた小鬼がカウンターの向こうで両手を打ち、それを聞いた若い小鬼は金属音のする皮袋を用意し手渡した。

 

 

「よし。では、マダム・レストレンジ、こちらへ。私が金庫まで案内しましょう」

 

 

年老いた小鬼は丸椅子からぴょんと飛び降り、皮袋の中身をガチャガチャと鳴らしながら小走りでハーマイオニーの側までやってきた。

トラバースは少し先で口をだらりと開けて、棒のように突っ立ちぴくりとも動かない。目は何もないところをただぼんやりと眺めているだけで瞬き一つせず──不気味な光景に周囲の目が向けられていた。

ハリーはきっと服従の魔法がうまくいかなかったのだとわかり、もう一度かけ直そうとしたが、カウンターの奥から別の小鬼があたふたとやってきたのを見て慌てて身を引いた。

 

 

「待て──ボグロッド!」

 

 

やってきた小鬼はハーマイオニー達を案内しようとしていた年老いた小鬼──ボグロッドの肩を掴むと、恐怖と疑念が見え隠れする表情でハーマイオニーを見上げ、一礼した。

 

 

「私どもは、指令を受けております。マダム・レストレンジ、申し訳ありませんが、レストレンジ家の金庫に関しては特別な命令が出ています」

 

 

その小鬼がボグロッドの耳元で何かを囁いたが、ハリーにより服従させられているボグロッドはその小鬼を振り払った。

 

 

「指令の事は知っています。マダム・レストレンジはご自身の金庫にいらっしゃりたいのです……旧家です……昔からのお客様です……さあ、こちらへ、どうぞ……」

 

 

ボグロッドは相変わらず皮袋から金属音を響かせながらホールから奥に続く無数の扉の一つへと急いだ。

ハーマイオニーとロンとソフィアは計画が何事もなく終わるようにと祈りながらその後を追い、ハリーはちらりとトラバースの様子を確認して──相変わらず異様に虚な状態だった──意を決して杖を一振りし、トラバースに自分の後をついて来させた。

 

ボグロッドに先導された一行は扉を通り、その向こうの暗く大きな石で作られたトンネルへと出た。

ところどころ松明がトンネルを照らしているが、あまりにも心許ない明かりだろう。

 

 

「困ったことになった、小鬼が疑っている」

 

 

背後で閉じた扉の音を聞いた後、ハリーは透明マントを脱ぎハーマイオニーとソフィアとロンに言った。

ハリーとグリップフックが突然その場に現れたことに、ボグロッドもトラバースも全く驚く事はなく、ただぼんやりとして前を見続ける。

その状態に驚いたのはハーマイオニーとソフィアとロンの三人だったが、ハリーから「この二人は服従させられているんだ」と聞かされ、微かに衝撃を受けたものの納得した。

 

もちろん、許されざる呪文である事は知っているが、レストレンジ家の金庫に侵入すると決めた時、ハリー達は話し合い「最後の手段として、服従の呪文も視野に入れておこう」と決めていたのだ。

正攻法だけで、理想だけで全てがうまく行くほど甘くはないのだと、四人全員が理解していたため、だれもハリーを責めることはなかった。

 

 

「僕は十分強く呪文をかけられなかったかもしれない。わからないけど……」

「今は大丈夫そうよ。あまり何度もかけると矛盾点が出てきて混乱させてしまうわ」

「どうする?まだ間に合ううちにここを出ようか?」

 

 

ソフィアは服従の呪文にかかった二人をまじまじと見つめ、今すぐ呪文が切れる事はないだろうと冷静に判断していたが、ロンは「小鬼に疑われている」という事実に動揺し、不安そうに後ろを振り返った。

 

 

「出られるものならね」

 

 

ハーマイオニーがホールに戻る扉を振り返りながら言った。向こうで小鬼が何をしているのかわからない。ここまで来ることができたのだから、後は進むほかないのだ。

それに、一度侵入されたとベラトリックスかヴォルデモートが知れば、分霊箱は別の場所に移され、もう入手できる機会は訪れなくなってしまう。

 

 

「ここまで来た以上、先に進もう」

 

 

ハリーの言葉に、ソフィア達は気を引き締めなおし、頷いた。

 

 



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444 宝の海!

 

 

 

服従の呪文がかかりぼんやりとして不自然な印象を与えるトラバースをそのままにしておくこともできず、ハリーは自分たちの後ろに付き添わせた。

しかし、金庫に行くためにはトロッコに乗らなければならず、人数的にトラバースが同乗するスペースはない。ようやく別れられることに安堵する一方、この状態のトラバースをトロッコ乗り場の前に放置しておくことはかなり不安だった。

ハリーは仕方なくトラバースにもう一度服従の魔法をかける。びくりと肩を振るわせたトラバースは、真っ直ぐにトンネルの奥へと向かった。

少しでも長く企みがバレないように、とハリーは願い服従の呪文をかけたのだ。トラバースはゴツゴツとした石造りの暗いトンネルの奥で身を潜め続ける事だろう──少なくとも、魔法の効果が切れるまでは。

 

 

服従の呪文にかかったままのボグロッドが口笛を吹くと、小さなトロッコが暗闇の奥から独りでごとごとと音を立てながら線路を走ってきた。

全員がトロッコによじ登り、先頭にボグロッドが座り、その後ろにハリー達が狭苦しい中文句も言わず乗り込んだ途端、トロッコはガタンと大きく震え発車しどんどん速度を上げた。

 

 

ソフィアは前の座席の背を必死に掴み飛ばされないようにと気をつけたが、ガタンとトロッコが跳ねるたびにソフィア達の尻も椅子から浮き、スニッチを取るために急降下している時に感じるぞくりとする浮遊感に襲われた。

 

 

「こ、これ──きゃっ!──あの──コースタージェット?──みたいね!」

 

 

ハリーと昔デートで行った遊園地。その時に乗ったジェットコースターを思い出しソフィアが小声で叫んだ。ロンは頭の上に疑問符を浮かべ「どこ産の魔法動物!?」と叫んだが、ハーマイオニーとハリーは迷路のように進み急激な方向転換をするトロッコに顔を引き攣らせつつ──つい、ふっと緊張が途切れて笑った。

 

 

「ソフィア、それ──ああっ!──ジェ、ジェットコースターよ!」

「あれは安全のた──ためにシートベルトがあったね!これにもついてたらいいのに!」

「と、飛ばされそうだわ!」

 

 

天井から下がる鍾乳石の間を飛ぶように縫い、トロッコはどんどんと地中深く潜った。

金庫に入るためにはもちろんトロッコを使わなければならない。ソフィア乗った事はあるがこんなに長い時間深い谷底へと落ちて行くような道ではなかった。

 

ソフィアは髪を風で靡かせながら後ろを振り返る。もう後戻りはできず、進むしかない。

しかし、小鬼が自分達に疑いを持っているのならば、きっと時間は少ない。

 

 

トロッコは速度を上げ、急カーブを曲がり、ほぼ直角で落下する。

このまま叩きつけられるのではないか、と嫌な予感が頭をよぎったが、幸運にもすぐにトロッコは真っ直ぐ前を向きそのまま岩肌に沿って高速で大きくぐるりと曲がった。

 

その途端、線路に叩きつけるように落ちる滝が目に飛び込んできた。これが正規ルートなのだろうか?旧家で何代もグリンゴッツへ金や宝を預けているレストレンジ家の者に滝を打たせるのだろうか?──そんなはずがない、滝が割れるのか──。

 

 

「ダメだ!」

 

 

ソフィアが目の前の状況が読めず逡巡していると、グリップフックが必死な声でそう叫んだ。

しかし、ボグロッドはぼんやりとしたままブレーキをかける素振りはない。

 

ローブの下から杖を抜いたソフィアは、この滝が侵入者を溺れさせるためにあるのだと考え咄嗟に泡頭呪文を素早くそれぞれの頭に向かって放った。

全員の頭が金魚鉢を逆さまにしたような泡で包まれた瞬間、トロッコは轟音を立てて滝に突っ込んだ。

一気に体が冷たくなり──そして、()()()()()()()()()()

何も見えず息もできず、ただ互いに離れまいとそれぞれのローブを必死に掴む。

ソフィアは間違いなく全員に泡頭呪文をかけたはずなのに──と狼狽えながら、必死に空気を求めたが、口に飛び込んでくるのは水だけだ。

 

このままでは全員溺死する。そう思いなんとか魔法を繰り出そうと杖を上げかけたが、突如トロッコはぐらりと傾き何の防御もできずソフィア達は投げ出された。

トロッコがトンネルの壁に衝突し砕け散る轟音と共に叫び声が響く。

 

 

緩めよ(モリアーレ)!」

動きよ止まれ(アレスト モメント)!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが同時に叫び、恐ろしいほどの落下感覚は消え、ハリー達は無重力状態でふわりと地面に着地した。

 

水を大量に飲んだハーマイオニーはロンに助け起こされながら「クッション呪文、よ」と呟く。ソフィアも何度か咳をこぼしながら誰も欠けていないかを確認しようと顔にべったりと張り付く髪を掻き上げながら辺りを見回し、ぎくりと肩を強張らせた。

 

 

「魔法が解けているわ!」

 

 

ロンに助け起こされているのはベラトリックスのような黒い服を着たハーマイオニーであり、ロンの魔法も溶けている。ソフィアは呆然と自分を見るハリーを見て、自分の姿も元に戻っているのだと悟った。

 

 

「盗人落としの滝!呪文も魔法による隠蔽も、全て洗い流します!グリンゴッツに偽物が入り込んだことがわかって、我々に対する防衛手段が発動されたのです!」

 

 

よろよろと立ち上がりながらグリップフックが恐怖が滲む声で叫ぶ。

ハリーはすぐに透明マントを失っていないかどうかを確認し、上着のポケットに絹のような柔らかい手触りを感じてほっと表情を緩めた。

 

 

「ソフィア!すぐにアニメーガスの姿になって!あなたの存在が知られたら……!」

 

 

ハーマイオニーが血相を変えて叫ぶ。もうすでにハリーと共に行動していることが知られている自分とロンの事はいい。しかし、死んだことになり、その名前の意味が重いソフィアがハリーと共にいるのだと知られてしまえば全てが水の泡──いや、全てがお終いだ。どこからセブルス・スネイプの関係が漏れるかわからない。

 

ソフィアはハーマイオニーの言葉を聞く前に全て理解していた。しかし、アニメーガスの姿になれば魔法を使う事はできない。自分の身の安全は確保されるが、それでもこの先一人でも魔法の使い手が減る事は得策とは言えないだろう。

 

ソフィアはすぐに濡れた髪をぐっと一纏めにすると、首近くに杖を突きつけた。

 

 

裂けよ(ディフィンド)! 消えよ(エバネスコ)!」

 

 

白い閃光が走り、ソフィアの長い黒髪は肩の上でバサリと切れ、消失魔法により切れた先の髪は完璧に消え去った。

唖然とするハリー達の目の前で、ソフィアは地面に落ちている小石に向かって変身呪文をかけ、ただ目と口の穴が無骨に開いているだけの黒い仮面をつくり顔に当てる。

 

 

「これでいいわ。ロンとハーマイオニーも──」

「私たちは必要ないわ。もう指名手配されているもの」

 

 

ソフィアは複数枚の仮面を作っていたが、ハーマイオニーはそれを断りロンも頷く。「それでも、」と言いかけたが、ソフィアは二人の真剣な表情を見てその言葉を飲み込み仮面を石に戻した。

 

 

これからどうするべきか、そう悩む暇もソフィア達には与えられず背後から水を吐き出す音と唸り声が響く。

ボグロッドが意識を覚醒させ、頭を振りながら当惑顔でこちらを見つめていたのだ。

 

 

「彼は必要です。グリンゴッツの小鬼なしでは金庫に入れません。それに、鳴子も必要です!」

 

 

グリップフックが焦燥感を浮かべながら叫び、ハリーは突き動かされるままに杖を振るった。

 

 

服従せよ(インペリオ)!」

 

 

その声は石のトンネルに反響し、同時にボグロッドは再びハリーの意識に従い、当惑した表情が消え礼儀正しい無表情に変わった。

ソフィアはすぐに遠くに落下していた革袋をアクシオで引き寄せ、ボグロッドに手渡す。ボグロッドはなんの躊躇いもなくそれを受け取った。

 

 

「ハリー!誰か来る音が聞こえるわ!」

 

 

ハーマイオニーはベラトリックスの杖を滝の方に向けて叫び、ハリーは咄嗟に「プロテゴ!」と魔法を放つ。

守護魔法が石のトンネルを飛んでいき、魔法の滝の流れがぴたりと止まった。

 

 

「よし。──グリップフック、道案内してくれ」

 

 

ハリーの言葉にグリップフックは頷き、すぐに走り出す。ソフィア達もその後を急いで追い、ぼんやりとした明かりしかなく、いつまでも続くように見えるトンネルを必死に走った。

 

 

「グリップフック、あとどのくらい?」

「もうすぐです。ハリー・ポッター、もうすぐ……」

 

 

はあはあと呼吸を荒げながらグリップフックは答える。

ハリーはその言葉を聞きながら、近くで何かが動き回っている音と気配を感じていた。

 

角を曲がった途端、その音と気配の主が何だったのかがわかり、ハリー達はぴたりと足を止め驚愕しながら顔を上げる。──不吉な事を予想していたとはいえ、目の前に迫っているとただ唖然とすることしかできなかった。

 

 

巨大なドラゴンが行く手の地面に繋がれ、最も奥深くにある五つの金庫を守っていた。

長い間地下に閉じ込められているのだろう、色の薄れた鱗は数箇所剥げ落ち、両眼は白濁している。両後脚には足枷が嵌められ、岩盤深くに打ち込まれた杭に鎖で繋がれていた。棘のある翼は折り畳まれているが、それを広げれば洞を塞いでしまうだろう。

ドラゴンは気配でハリー達を察知し、こちらに向かって猛り吠え、その声は岩を振るわせ口を開くと炎が吹き出す。ハリー達はすぐに安全な場所まで走って退却した。

 

 

「酷い扱いだわ!あんな──あんなの!」

 

 

ソフィアは怒り声を振るわせながら叫ぶ。確かにドラゴンの守りがあるのなら、侵入者など太刀打ちできないだろう。しかし、ドラゴンの扱いはあまりにも酷く許されるものでは無い。ソフィアは怒りで震えていたがグリップフックはその言葉を無視し手にしていた革袋の中を探った。

 

 

「あのドラゴンは殆ど目が見えません。しかし、そのためにますます獰猛になっています。ただ、我々はこれを抑える方法があります。鳴子を鳴らすと、次にどうなるかをドラゴンは教え込まれています。──やるべきことはわかっていますね?」

 

 

グリップフックは小さな金属の道具をいくつも引っ張り出し、ハリー達に手渡した。ハリーが試しに振ってみれば、鉄床にハンマーを打ち下ろしたような大きな音が洞窟に響き渡った。

 

 

「この音を聞くと、ドラゴンは痛い目に遭うと思って後退りします。その隙にボグロッドが手のひらを金庫の扉に押し当てるようにしなければなりません」

「本当──酷いわ」

 

 

ソフィアは怒りを滲ませグリップフックとボグロッドを睨む。彼らは小鬼の権利は声高々に叫び平等を主張するが、その他の種族については一切興味がない──それこそ、人と同じだ。

 

 

「今はドラゴンに思いを馳せている場合ではありません。──いきましょう」

 

 

ソフィアの睨みなどグリップフックは全く気にせずハリー達を顎で呼ぶ。ハリー達もまた、今はドラゴンを憂う余裕はなく無事金庫に侵入する方が重要だった。

 

 

「ソフィア、行こう」

「……ええ」

 

 

ハリーに促され、ソフィアは手に持っていた鳴子を強く握り直し、悔しそうに歯噛みしながら先ほど引き返した角へ走った。

ハリー達は一列になり鳴子を振る。岩壁に反響した音が何倍にも増幅されて響き渡り、自分の体を揺らしているのを感じる。

ドラゴンは再び咆哮を上げたが後退した。

一歩、一歩と距離を詰めていくうちにソフィアはドラゴンが異常に震えている事に気づく。よく見てみればその顔には何箇所も荒々しく切り付けられた傷痕と火傷痕があった。きっと、鳴子の音を聞くたびに焼けた剣で切り付けられ、怖がるように躾けられたのだろう。

 

 

「手のひらを扉に押し付けさせてください!」

 

 

グリップフックがハリーを促した。ハリーは再びボグロッドに杖を向け服従するように命じ、老いた小鬼は抵抗する事なく一つの木製の扉に手のひらを押し当てた。

金庫の扉は手のひらを中心に解けるようにして消え、洞窟のような広い空間が現れる。天井から床までぎっしりと金貨が積み上げられ、装飾の美しいゴブレットや鎧、何かの生き物の皮──色々なものがその奥にあった。

 

 

 



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445 灼熱の海!

 

 

「探すんだ!早く!」

 

ハリーが叫び、ソフィアとロンとハーマイオニーは金庫の中に飛び込んだ。

ハリーはハッフルパフのゴブレットがどんなものか作戦の時に話していたが、もしここにあるのがゴブレットではなく別の分霊箱ならば、それがどんなものなのかは見当もつかなかった。

 

しかし全体を見回す間もなく背後で鈍い音がして金庫の扉が再び現れ閉じた。

 

 

「うわぁっ!!」

 

一気に暗くなった金庫に閉じ込められ、ロンは驚き叫び声を上げた。

 

「心配いりません!ボグロッドが出してくれます!杖灯りをつけていただけますか?急いでください!殆ど時間がありません!」

光よ(ルーモス)!」

 

 

グリップフックの必死な声を聞き、すぐにソフィア達はそれぞれ杖を出しルーモスを唱えた。

ルーモスの光で金庫の中は再び明るくなり、ソフィア達は一瞬顔を見合わせほっと表情を緩めた。

すぐにソフィア達は目の前にある宝石や金貨を見回し、ハッフルパフのゴブレットがあるかどうかを探す。ハリーは色々な鎖に混じって高い棚に置かれている偽のグリフィンドールの剣を見つけた。

 

 

「ハリー、これはどう?──ああっ!」

 

 

一つのゴブレットを掴み、持ち上げていたハーマイオニーが痛そうに叫び、その数瞬後にガチャンとゴブレットが床に落下した音が響いた。

手から滑り落ちたゴブレットは豪華な宝石が嵌められているゴブレット一つだった。──しかし、床に落ちて跳ね返った時、そのゴブレットは二つになり、ハリーが驚いて瞬きをする間に三つ、四つと分裂を繰り返し同じようなゴブレットが一気に吹き出した。

 

 

「っ、や、火傷したわ!」

「双子の呪いと燃焼の呪いだわ!」

 

 

ハーマイオニーの指先は水脹れができ、それと増え続けるゴブレットを見たソフィアが叫ぶ。溢れ続けるゴブレットに圧倒され、数歩後ろに下がったグリップフックは「触れるものは全て熱くなり、増えます!しかしコピーには価値がない!宝物に触れ続けると、最後に増えた金の重みに押しつぶされて死にます!」と絶望を滲ませ言った。

 

 

「わかった、何にも手を触れるな!」

 

 

ハリーは必死だった。しかしそう言った後すぐに落ちた一つのゴブレットをうっかりロンが足で突いてしまい、靴先が焼けその痛みと熱さで飛び跳ねる──そうして、また何十個ものゴブレットが増えた。

 

 

「動いちゃダメだ!目で探すだけにして!小さい金のカップだ。穴熊が彫ってあって、取っ手が二つついている。──その他にレイブンクローの証がついている物がないかも見てくれ」

 

 

四人はその場で慎重に向きを変えながら、隅々まで杖で照らした。しかし、何物にも触れずに探すのは不可能であり、ハリーはガリオン金貨の滝を作ってしまい、偽の金貨がゴブレットと混ざり流れ、もはや足の踏み場も無かった。

輝く金貨は熱を発し、金庫は竈の中のように温度が上昇する。

早く探さなければ、埋もれて圧死する前に焼死してしまう!と、ハリーは焦りながら天井まで続く棚に杖灯りを向けた。整然と置かれた盾や小鬼製の兜、宝石が沢山ついた王冠。そしてその一番上の狭い場所に押し込まれるようにして一つの小さなカップが見えた。

 

 

「あった!あそこだ!」

 

 

ハリーの心臓は早鐘を打ち、杖を持つ手が震えた。ソフィアとハーマイオニーとロンも杖灯りを向け、四本の光線に照らされた金色のカップが暗い中浮かび上がる。見間違えようもない、あの記憶の中で見たヘルガ・ハッフルパフのものだったカップだ。子孫であるペプジバ・スミスに引き継がれ、ヴォルデモート──いや、トム・リドルに盗まれた物だ。

 

 

「どうやってあそこまで──何にも触れないで取るのは不可能だわ!」

「触れる──あっ!ハーマイオニー!何か長い棒とか持ってない?物同士なら、触れられるはずよ!」

 

 

ソフィアはハッとしてハーマイオニーに向かって叫び、ハーマイオニーはすぐに鞄の中を探った。人が触れられぬのであれば、何かで引っ掛けて取るしかない。ソフィアの名案にハリーは「そうだ!」と喜びの声をあげる。

 

 

「剣だ!ハーマイオニー、剣を出して!」

 

 

ハーマイオニーはすぐに細く長いグリフィンドールの剣を取り出しハリーに投げ渡した。ハリーはルビーの嵌った柄を握り、試しに剣先で足元にある金貨に触れてみたが、金貨はカチリと音を鳴らすだけで増えることはない。

 

 

「ソフィア!君って本当に最高だ!」

 

 

ロンは飛び跳ねたいのを我慢して興奮しながら叫び、腕を伸ばしてソフィアの背を叩く。

あとは剣をカップに引っ掛けて手繰り寄せるだけだが、かなりの高さがある。ハリーが懸命に腕を伸ばしても届かず、この中で一番背が高いロンが試してみてもまだ一メートル以上距離があった。

 

 

「取れるんだ、あとは登るだけ──」

 

 

ハリーはカップを食い入るように見つめ歯噛みしながら言う。カップに届く方法を考えるあぐねいている間に、金庫内の温度は上がり続け、ソフィア達の顔や背中には大量の汗が滴っていた。

金庫の向こうではドラゴンの咆哮と、何か──誰かが近づいて来る事が大きくなっている。

いまや、この金庫にいるソフィア達は完全に包囲されてしまったのだ。出口は扉しかないが、その先に待っているのはドラゴンと小鬼達だろう。

ハリーがソフィアとロンとハーマイオニーを振り返ると、三人とも向こう側の事態に気づき表情が強張っていた。

 

皆、わかっていた。

カップを取りに行くためには、灼熱を覚悟して飛び込むしかないのだと。

 

ハリーは真剣な目でソフィアとロンとハーマイオニーを順番にゆっくりと見た。三人とも恐怖を滲ませていたが、それでも覚悟を決めて小さく頷く。

 

 

「ソフィア」

 

 

金庫の向こう側の音が大きくなる中でハリーは呼びかけた。

 

 

「──お願い」

「──身体浮上せよ(レビコーパス)

 

 

ソフィアがハリーに向けて小声で唱えた時、ハリーの体全体がかかとから持ち上がって逆さに宙に浮かんだ。とたんに鎧にぶつかり、白熱した鎧のコピーが中から飛び出し空間を埋めていく。ソフィア、ロン、ハーマイオニー、そして小鬼の二人が押し倒され痛みに叫び他の宝にぶつかった。満ち潮のように迫り上がってくる灼熱した宝に半分埋まり、皆が呻き悲鳴をあげる中、ハリーは剣をハッフルパフのカップの取手に通し、剣先にカップを引っ掛けた。

 

 

「──取れた!」

防火せよ(インパービアス)!」

氷河となれ(グレイシアス)!」

 

 

ハーマイオニーが皆を焼けた金属から守ろうとして防火呪文を纏わせ、ソフィアは目の前の金属を氷で凍らせた。

防火呪文で僅かに炎の熱が引き、ソフィアの作り出した氷河で一瞬自体は収まったかに見えた──しかし、それも僅かな慰めに過ぎず、発熱し続ける金属は瞬く間に氷を溶かし熱湯となり、ソフィア達を飲み込んだ。

背が低いボグロッドとグリップフックは体のほとんどが埋もれてしまい火傷に熱湯が沁み、一段と大きな悲鳴をあげる。

ロンとハーマイオニーは腰まで宝に埋まりながら宝の波に飲まれようとしているボグロッドを救おうともがいていた。

ソフィアは近くにいたはずのグリップフックを懸命に探し、なんとか宝の隙間から長い指先だけ見つけ出した。

 

 

「──くっ!」

 

 

助け出すために焼けた宝の中に突っ込んだ両腕が燃えるように痛んだが、ソフィアは必死にもがき、グリップフックの胴あたりを掴み抱き上げる。火脹れになったグリップフックが痛みで泣き喚きながら顔を出した。

 

 

「手を!」

 

 

ハリーは腕を伸ばし、ソフィアの腕からグリップフックを掴むと一気に引き上げる。

 

 

身体自由(リベラコーパス)!」

 

 

ハリーが呪文を叫び、引き抜いたグリップフックもろとも膨れ上がる宝の表面に音を立てて落下した。その衝撃でまた宝が増え、剣がハリーの手を離れて飛んだ。

 

 

「剣が!──剣を探して!カップが一緒なんだ!」

 

 

熱い金属が肌を焼く痛みに耐えながらハリーは無我夢中で叫ぶ。グリップフックは灼熱した宝から何がなんでも逃れようとハリーの肩によじ登り涙を流しながらぎょろぎょろと素早くあたりを見回す。

ソフィア達も剣がどこに飛んだのか懸命に探すが、目の前の物全てが動き増えている、それに宝は金や宝石でできている物が殆どであり、その中から小さな金のカップ付きのルビーがついた剣を探し出すのは困難を極めた。

 

金庫の向こうではガチャガチャとした音が大きくなっている。──もう、全てが遅すぎる。そうハリーが絶望し一瞬諦めかけたその時。

 

 

「そこだ!」

「あそこ!」

 

 

グリップフックとソフィアが同時に叫んだ。

グリップフックは焼けた宝の海のうねりに飲み込まれまいと片手でハリーの髪をむんずと掴みもう一方の腕を伸ばす。──ハリーはその途端、小鬼が自分たちとの約束を一切信用していなかったと思い知った。

 

グリップフックの手が剣の柄を掴み、ハリーに届かないように高々と振り上げる。

その衝撃で引っかかっていたカップがぐらりと揺れ宙を舞った。

 

ハリーは無我夢中で腕を伸ばすが届かない。この宝の海の中に落ちた小さなカップを探し出すのは絶望的だ──ハリーとロンとハーマイオニーは腕を伸ばして、落ちていくカップを呆然と見つめる。

 

刹那、ハリーの視界の端から黒い物が躍り出た。

ハリーの肩と腕を伝い走り、それは飛び上がるとカップの取手をしっかりと咥えそのまま宝の海の上に落下した。

 

 

「ソフィア!!」

 

 

叫んだのは三人同時だった。

黒いフェレットの姿となったソフィアはカップがじりじりと肌を焼くのを感じながら、口に咥えた物を決して離さなかった。みしりと歯が軋むほど強く噛みつき、体全体を丸めてカップにしがみつく。

しがみついたところから偽物のカップが飛び出しその度に体を焼いたが、それでもソフィアは離さなかった。

 

ハリーは増え続けていくハッフルパフのカップの海に手を突っ込んだ。どんどん溢れていくその中にはソフィアがいる。金属ではないものを掴むしかない。腕の痛みを忘れて増え続けるカップを探り、ついに指先に柔らかい物が触れた。

 

必死に持ち上げ高く掲げる。

熱い、金属の熱さではない。ソフィアが燃えているんだ──!

 

金属の熱はフェレットとなったソフィアの毛を焼き火を上げていた。ハリーは必死に火を消そうと叩くが、それよりも先に偽のカップが増え新たな炎を生む。

 

 

「離して──離せ!もういいから!」

水よ(アグアメンティ)!」

 

 

ハーマイオニーが金切り声で叫びながら魔法を放ち、大量の水がソフィアとカップに降り注ぐ。ハリーの言葉を聞いたのか、それとも力尽きたのか──焼け焦げたソフィアはすんなりとカップを離した。

 

ハリーは片腕でソフィアを抱え。もう一方の手でしっかりとカップを握った。「ソフィア」そう震える声で囁くがソフィアは何の返事も返さない。

その時突然金庫の扉が開き、ハリー達は膨れ続けた火のように熱い金銀の雪崩になす術もなく流され、金庫の外に押し出された。

 

 

 



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446 カップを手に入れた!

 

 

ハリー達は沢山の小鬼と門番の魔法使いに囲まれ、脱出することは不可能かに思えた。

しかし、ハリーのドラゴンの足枷を外すという機転により、ドラゴンは自由になり場は混乱し──それに乗じてハリーとロンとハーマイオニーは空を目指そうとするドラゴンの背に登りドラゴンが洞窟の奥から空へ舞い上がるために洞窟を破壊する手助けをし、ついに──なんとか──ハリー達はドラゴンを利用しグリンゴッツから逃げおおせた。

ほぼ盲目のドラゴンは、背に小さな人間は三人くっついていることには気づかないのだろう。新鮮な空気、自分が生きるべき場所を求めて空高く舞い上がり心地良さそうに羽を動かしていた。

 

もちろん舵を取る手段はなく、ハリーはドラゴンがどこに向かうのかもわからなかった。ただ、あの場から一刻も早く逃げ出すためにはああするしかなかったのだ。

 

ハリーは片腕で抱いたままのソフィアを見下ろす。ところどころ毛が焼け落ちているし、露出した肌には赤黒い血が滲んでいるが。早い呼吸音が聞こえることからまだ死んではいない──しかし、どうみても重症だろう。

 

 

「早くソフィアの治療をしないと!」

「こんなところじゃできないわ!ドラゴンが降りるまでは無理よ!」

 

 

ドラゴンはロンドンの上空を飛んでいるはずだが街明かりはすでに星空のように小さくなっていた。道路を走る車はずっと前に見えなくなり、その代わりに凍えるほど空気が冷えてきている。

ハリー達が凍死せず済んでいるのは、ドラゴンが風除けになっている事と、ドラゴン自身の体温が伝わりじんわり暖かいからだろう。長期間じめじめとした洞窟に閉じ込められていたドラゴンは冷たく新鮮な空気を求め、北へ北へと飛び続けた。

緑と茶色の区間に分かれた田園や、景色を縫ってキラキラと銀色に輝く川、青々と茂った森。

太陽が傾き、空は藍色に変わったがドラゴンはまだ飛び続けた。大小の街が矢のように通り過ぎ、ドラゴンの巨大な影が大きな黒雲のように地上を滑っていく。

 

 

「なあ、高度下がってないか?」

 

 

どこに向かっているのかわからず、長い間無言だったロンが首を伸ばし下を見ながら叫ぶ。

まだまだ地上から遠かったが、それでも確かに目を細め確かめているうちにも見る見る景色は大きくなり、細部が見えてきた。

先の方で陽の光が反射し銀色に輝いているものが見える──湖だ。

 

きっと、ドラゴンは光の反射と匂いで湖を感じ取ったのだろう。着陸し、喉を潤すつもりなのかもしれない。ドラゴンは次第に低く飛び、大きく輪を描きながら小さな湖の一つに的を絞り込んだ。

 

 

「十分低くなったら、いいか、飛び込め!ドラゴンが僕たちの存在に気付く前に、真っ直ぐ湖に!」

 

 

ハーマイオニーとロンは硬い表情で頷いた。

ハリーはソフィアの怪我に障らないようにソフィアを服の中に入れて抱き込み、ドラゴンの黄色い腹に湖の水面が映り光った瞬間、「いまだ!」と叫んだ。

 

ハリーはドラゴンの背中から滑り降り、湖の表面目がけて足から飛び込んだ。落差は思った以上に大きく、ハリーは胸にソフィアを抱えたまま葦に覆われた凍りつくような緑色の水の世界に沈み込んだ。

水面に向かって水を蹴り、喘ぎながら顔を出して見回すとすぐそばにロンとハーマイオニーが飛び込んだ後の大きな波紋が出来上がっていた。

「ドラゴンと逆方向へ!」とハリーはまだ沈んでいる二人に向かって大声で叫び、ドラゴンが飛んでいった方向と逆の湖岸へと向かった。

湖はそう深くないが、葦や泥が多く、泳ぐというよりは掻き分けて進んだ、というほうが正しいだろう。

やっと岸に着いた時には疲労困憊し、三人とも水と泥を滴らせ息を切らせながら草の上に膝をつき何度も咳き込む。

 

 

「ソフィア!」

 

 

ハリーは服の中からぐったりとしたままのソフィアを取り出す。「薬を!」とハーマイオニーに向かって叫んだが、ハーマイオニーは鞄の中からテントを取り出し杖を振って組み立てると、すぐにいつもの保護呪文をかけていた。

 

 

「中に、早く!」

 

 

ハーマイオニーに急かされ、ハリーは疲弊し震える足に喝を入れよろめきながらテントの中に飛び込む。

テントは今まで使用してきたテントの中で最も清潔があり、床はちきんと磨き上げられ当然のことながら動物臭い匂いもしない。

部屋の中央には暖炉と大きなソファ、それにビードロ色のローテーブルがあった。部屋の奥には扉が二つあり、おそらく寝室だろう。

 

ロンもぜいぜいと息を切らせながら入り、置いてあったランプに灯消しライターで火を灯し、ソファの上に寝かされたソフィアに駆け寄り、心配そうに覗き込んだ。

 

 

「ロン!あなたは後ろを向いていて!」

「え?」

「いいから!」

 

 

焦ったそうに叫ぶハーマイオニーの勢いに押され、ロンは困惑したまま背を向けた。

ハーマイオニーは一度深呼吸をし、震える声で「フィニート」と唱える。

黒いフェネックのはみるみるうちに大きくなり、手足が伸び、人の姿となった。

 

 

「う──」

 

 

着ていた服は想像していた以上に綺麗だったが、見えている肌は赤黒く爛れている。ハーマイオニーは喉の奥で悲鳴を上げ、泣きそうに顔を歪めたがそれも一瞬のことだった。すぐにソフィアが肩から下げている鞄に杖を向け、ベルトを切った。

 

 

「火傷にはハナハッカエキスが一番よ。広範囲の火傷だから、あなたにも手伝って欲しいの、ハリー。まず、服を脱がすわ」

「うん、わかった」

 

 

ハリーはようやく何故ハーマイオニーがロンに背を向けるように伝えたのかがわかった。服の下にある火傷を治療するためには服を脱がねばならず、その姿をソフィアはロンに見られたくないだろう──そう、配慮したのだ。

 

 

 

「っ──ハーマイオニー!だ、だめだ!皮膚が服にくっついてる!」

 

 

ローブはすぐに脱がすことができたが、シャツに手をかけボタンを外し脱がせようとした途端、びり、ともぬちゃり、とも言えぬ恐ろしい音が響いた。

ハーマイオニーはズボンを脱がしかけていたが、半分おろし──ぐっと唇を噛んだ。

 

火傷を負った時には、服を脱がせることなく上から冷水を浴びせるのが本来の治療法だとハリーは知っていた。そうしなければ熱で溶けた皮膚と服がくっつき、脱がす時に──肌が剥がれ大量に出血してしまうのだ。

 

 

「傷薬ならあるわ!こうするしかないの!」

「なら、消失魔法で消すのは?ほら、ソフィアは切った髪を消していたよね?」

「あ──そ、そうね」

 

 

ハリーはソフィアが髪を切った後、証拠を消すために長い髪を消していたのを思い出し言った。ハーマイオニーは虚を突かれ一瞬狼狽したが、すぐに杖を振る。──冷静に見えているが、ハーマイオニーはかなり混乱し焦っていたのだ。

 

 

消えよ(エバネスコ)!──さあ、薬を垂らすわよ。そんなに大量じゃなくていいの。新しい皮膚ができたら次の火傷に取り掛かって」

「わかった」

 

 

服と下着を消されたソフィアの肌は身体中が酷い火傷を負っていた。ハリー達も手足が赤くなりところどころ火傷の水疱があるが、やはり小さな動物の状態ではあの熱に耐えられなかったのだろう。それに、全身が毛で覆われもえやすかったことも原因の一つかもしれない。

ハーマイオニーとハリーは手分けしてハナハッカエキスを垂らした。特に酷いのは顔と胸から腹にかけて、それと手足だろう。真っ赤になり一部が焦げていたが、それでも薬を塗れば血の滲む火傷は回復し薄ピンク色の新たな皮膚が再生した。

 

 

「──これで大丈夫よ」

「よかった……!」

「まだ再生中の皮膚もあるから、服は後で着せたほうがいいわね」

 

 

大きな火傷を治療したハーマイオニーは、鞄の中から清潔なタオルを取り出すとそっとソフィアの体の上にかけた。ハリーはほっとして、どこか表情が和らいだように見えるソフィアの頬を撫でる。

 

 

「う──痛っ!」

 

 

安堵した瞬間、今まで感じなかった火傷の痛みがハリーの手足を襲い、ハリーはその場に座り込んで両手に息を吹きかける。ハーマイオニーは「薬よ」と言いながら新しいハナハッカエキスの瓶をハリーに渡した。

 

 

「ロン、もうこっちを見ても大丈夫よ。私たちも薬を塗って、少し休まないと」

 

 

ソフィアの状態を心配していたが、それでも治療の様子を見る事もできず、そわそわとしていたロンはハーマイオニーに言われてようやく壁から部屋へと視線を移し、ソファの上で寝ているソフィアの怪我が酷く残っていないのを見て「良かった」と呟いた。

 

ハーマイオニーはハナハッカエキスだけではなく、貝殻の家から持ってきていたバタービール三本と乾いた清潔なローブを取り出した。着替えた三人は一気にバタービールを飲み、顔を見合わせぎこちなく笑い合う。

今になって、本当に逃げ仰た事を実感したのだ。それに重傷だったソフィアの怪我も治す事ができた。──問題は。

 

 

「まあ、良い方に考えれば分霊箱を手に入れた。悪い方に考えれば──」

「剣がない」

 

 

ロンの言葉をハリーが引き継いだ。

ジーンズの焦げ穴からハナハッカエキスを垂らし、その下の酷い水脹れを治しながらハリーは歯を食いしばる。

ビルに小鬼は魔法使いと考え方が異なる、何か約束をするときは注意しなければならない。そう言われていたが──それを痛感したところで、もう後の祭りだ。剣はあのときグリップフックに奪われてしまい取り返す余裕は無かった。仕方ないとはいえ、苦い気持ちを抑えられない。

 

 

「剣が──あのチビの裏切り者の下衆野郎……」

 

 

ロンは一気にバタービールを煽り、喉の奥で低く暴言を吐いたがハーマイオニーもそれを咎めることは無かった。

ハリーは今脱いだばかりの濡れた上着のポケットから分霊箱を取り出し、ローテーブルの上に置いた。小さな金のカップはランプの灯りを反射し、キラキラと美しく輝く。

ハリーとロンとハーマイオニーは、その美しい分霊箱をただじっと見ながら残りのバタービールを飲んだ。

 

 

「う──ん……」

「ソフィア!?」

 

 

衣擦れの音と小さな唸り声が聞こえ、ハリーはすぐに叫び手にしていたバタービール瓶を乱雑に机の上に置くとソフィアを見た。

眉を寄せ、何度か目を瞬いていたが苦しむ様子もなくソフィアは体を起こし、慌ててハーマイオニーが「まって!」と叫びずれ落ちそうになっていたタオルを押さえた。

 

 

「ここ──私は──?」

「グリンゴッツからはなんとか逃げられたわ!あなたのおかげでカップも手に入ったの。でも、無茶しすぎよ!」

 

 

ハーマイオニーはソフィアが目覚めたことに目を潤ませながら喜びつつ、彼女の無謀な行動を咎めた。

 

 

「カップ……良かったわ……」

「カップは良かったけど、君の怪我はちっともよくなかったんだよ」

「火傷は覚悟の上よ。薬があるのはわかっていたし……でも──」

 

 

ソフィアは自分の腕をまじまじと見て、薄く張り詰めたような新しいピンク色の皮膚が大部分を占めていることに気付く。

カップにしがみついたからか、手の指紋もつるりとしてしまっている。きっと、腹や顔にも新しい皮膚ができて歪になっているだろう。──一瞬、ソフィアはどれだけの傷が残るのか、ハリーはこの火傷跡を見てどう思ったのか不安になったがすぐに「そんな事を考えている場合ではない」と自分の苦しみに蓋をした。

 

 

「ありがとう、治してくれて」

 

 

ソフィアはいつものように柔らかく微笑んだ。

ハリーはハーマイオニーから受け取った新しいローブをソフィアの肩にそっと掛け、傷跡が痛まない程度に優しく抱き寄せる。

ソフィアの頭を撫で、その手から流れ落ちる髪の量の少なさに──ハリーは胸が痛むのを感じた。

 

 

いつも、この中でソフィアが一番大怪我をしてしまう。たくさん魔法を知っているし、度胸も覚悟もあるから怪我を負いやすいのかと思っていた。

──だけど、違う。ソフィアは償いのために自分を犠牲にしようとしているんだ。

 

 

ハリーは薄々勘付いていた。

ソフィアが他の人ならば躊躇する場面でも飛び込んでしまうのは、勇敢だからではないのだ。──ソフィアは、家族が犯した罪に気付けなかった自分を罰し続けているのだ。

 

リーマスがトンクスの妊娠を知り、ハリーと共にヴォルデモートを倒す旅に向かい、巨悪に立ち向かって死んだ人狼になりたかったように。

ソフィアはこの旅で命を落としたとしても、それで家族の罪が少しでも許されるのであればと思っている。

 

 

「ソフィア、もう無茶はしないで」

「でも──」

「あの人を倒したとしても、ソフィアが隣に居なきゃ意味がないんだ」

 

 

その声は僅かに震えていた。

ハリーの肩口に顎を乗せていたソフィアは、大きく目を見開き、自分の頭をゆっくりと撫でるハリーの手の温かさを感じ、辛そうに眉を寄せる。

 

 

「──……」

 

 

ソフィアは口を開いたが、すぐにきゅっと閉じると「ありがとう」と小さな声で囁いた。

 

 



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447 決意と願い!

 

 

 

ソフィアの腰まであった黒髪は肩より短くなっていた。乱雑に掴み切ってしまったため不揃いであり先の方は焼けひどく傷んでいる。

ハーマイオニーはソフィアの髪を櫛で丁寧にすき、一番短い場所で慎重に整えていた。

 

 

「綺麗な黒髪だったのに……」

 

 

勿体無い、とハーマイオニーはため息をこぼすがソフィアは「すぐに伸びるわ」と全く気にしていなかった。

 

 

「火傷痕が残らなければいいけど……」

「平気よ!」

 

 

ソフィアの体には治療し新しくできた皮膚を保護するために包帯が巻かれガーゼが貼られている。笑ったその顔にも大きなガーゼがあり、痛々しさを物語っていた。

傷痕はできる限り残らないようにしたい。そうハーマイオニーは考えていたが、ハナハッカエキスの量にも限りがある。これから先のことを考えると潤沢な量とは言えず無駄遣いはできない。傷痕を残さないためには何度かハナハッカエキスを垂らす必要があるが──なにせ、ソフィアの怪我は広範囲だ。

 

 

「本当にあなたの髪、さらさらでふわふわで……すごく大好きだったの」

「まあ!私もあなたの髪が大好きよハーマイオニー」

「ありがとう。──さあ、できたわ!」

 

 

ソフィアはにっこりと笑いながら耳の少し下で整えられた自分の髪に触れた。首元を空気が通り過ぎる冷たさや、切られたばかりの髪の先が首にちくちくと当たる感覚があり、頭の重さも随分軽くなった。

ハーマイオニーはカバンから手持ち鏡を取り出し、ソフィアに手渡した。鏡の向こう側にいる自分は、記憶にないほど髪が短く見慣れず、どこか他人のようにも見える。

 

 

「私にショートはイマイチみたいね」

「ボーイッシュで可愛いわ!ねえ、ハリー?」

「えっ、勿論!ソフィアはどんな髪型でも可愛いよ」

 

 

いきなり話題を振られたハリーは一瞬慌てたがすぐに頷く。見慣れない髪型だが、似合ってないわけではない。

それでもハリーはハーマイオニーの言うようにソフィアの長く指通りの良い髪が好きで、共に寝たときなどはよくベッドの中で撫でていた。振り返る時に、少し遅れてふわりと揺れるのを見るたびに胸が高鳴っていた。

 

ハリーの言葉にソフィアは気にしていないとは言いつつも、やはり自分でも長髪の方が良いと思っていたのは事実であり慰められ、照れたように笑った。

 

 

「ありがとう、でもあの場所から生きて逃れることができただけで本当ラッキーだもの!それより、例のあの人は盗まれたって……もう知ったかしら」

「私たちが分霊箱のことを知ってるって、もうわかったでしょうね」

 

 

ハーマイオニーがそう呟いた時、目の前にいるソフィアも、テントの中の風景も全て掻き消え、ハリーは頭を刀で切り裂かれたような痛みを感じ強く目を閉じた。

 

 

盗まれたものが小さな金色のカップだとしり、怒り狂うヴォルデモートが見える。小鬼が虐殺されていく。頭の中に次々とイメージが生まれる──自分の宝、自分の守り、不死の掟。日記帳は破壊されカップは盗まれた。もしもあの小僧が他の物を知っていたとしたら?

 

日記帳、カップ、スリザリンのロケット、指輪、ナギニ、そしてホグワーツにあるあの分霊箱──。

 

 

ハリーは自分を現実に引き戻し、ぱっと目を開けた。

 

 

「大丈夫?また、見たのね」

「──うん」

 

 

目の前にソフィアの真剣でいて不安そうな顔が広がっていて、ハリーはソフィアの頬に貼られたガーゼを指先で撫でながら頷いた。

 

 

「あの人は知っている。あいつは知ってるんだ、他の分霊箱が無事かどうか確かめに行く。──それで、最後の一個はホグワーツにある。そうだと思った。そうだと思っていたんだ!」

 

 

ハリーは立ち上がり、強く叫んだ。

ロンはぽかんとしてハリーを見つめ、ハーマイオニーはソフィアに寄り添い心配そうな顔で「何を見たの?何がわかったの?」と囁く。

 

 

「あいつが、カップの事を聞かされる様子を見た。僕は──僕はあいつの頭の中にいて、あいつは本気で怒っていた。それに、恐れていた。どうして僕たちが知ったのかを、あいつは理解できない。それで、これから他の分霊箱が安全か調べにいくんだ。

最初は指輪。あいつはホグワーツにある品が一番安全だと思っている。スネイプ先生がそこにいるし、見つからずに入り込む事がとても難しいだろうから。あいつはその分霊箱を最後に調べると思う。それでも、数時間のうちにはそこに行くだろう」

「ホグワーツのどこにあって、どんなものかわかったのか?」

「いや。スネイプ先生に警告する方に意識を集中していて、正確にはどこにあるか思い浮かべていなかった──」

 

 

ロンはすぐに机の上に置いていたカップ(分霊箱)を取り上げ、ハリーは透明マントをポケットから引っ張り出した。

 

 

「待って、待ってよ!ただ行くだけじゃダメよ。何の計画もないの、私たちに必要なのは──」

「僕たちに必要なのは、進むことだ」

 

 

ハーマイオニーの必死の説得を遮りハリーがキッパリと断言した。

ハリーは本当ならばもう眠ってしまいたかった、このテントの中でゆっくりと過ごしたかったがそんな時間は残されていない。

 

 

「指輪とロケットがなくなっていることに気づいたら、あいつが何をするか想像できるか?ホグワーツにある分霊箱が安全ではないと考えて、別の場所に移したらどうなる?」

「だけど、どうやって入り込むつもり?」

「ホグズミードに行こう。それで、学校の周囲の防衛がどんなものかを見てからなんとか策を考える。でも──」

 

 

ハリーはソフィアを見下ろした。

ソフィアは、誰よりも怪我をしている。魔法薬を使ったとはいえ万全とは言い難い。

 

 

「ソフィアは、ここに残って欲しい。傷がまだ治りきってない。そんな状態で連れていけない」

 

 

その言葉にソフィアは大きく目を見開く。

数秒の間、ハリーとソフィアの緑色の目がじっと互いを見つめていたがソフィアはいつも以上に挑発的に笑い立ち上がった。

 

 

「こんなところに私一人で置いて行くなんて正気なの?」

「でも──」

「怪我なんて、たいしたことはないわ。ホグワーツに潜入する時に私が居ないと色々不都合だと思うけれど?私はアニメーガスになれるし、この中で誰よりも魔法が使えると自負してるわ」

 

 

ソフィアはポケットから杖を出し軽く振った。

杖先から現れた銀色と赤色の火花はソフィアの感情を表すかのように激しく燃え盛っていた。

 

 

「ホグワーツに向かうなら父様──スネイプ先生とルイスとドラコの協力が必要不可欠だわ!私が居ないと父様たちは動揺して判断を鈍らせるかもしれない。だから、私は行かなくちゃいけないの」

「大丈夫、僕がちゃんと説明して──」

 

 

確かにソフィアは強く、誰よりも魔法のセンスがある。一方でソフィアは許しを得るために自己を犠牲とする事に躊躇いがない。

怪我をし、満身創痍になっているソフィアをホグワーツに連れて行き分霊箱を探し出す──ハリーはどうしても嫌な予感がしてソフィアを安全な場所に置いて行きたかった。ソフィアが、自分の大切な人が心配事なく生きている。そう思いたかった。

 

 

「私が行くことで策が一つでも増えるのなら、私を連れて行かない選択肢なんて無いはずよハリー!」

 

 

ソフィアは目に闘志と怒りを滲ませ詰め寄ると、自分よりも身長が高いハリーを挑戦的な目で睨み上げながら自分の胸に手を置いた。

 

 

「私は大人になったのよ、ハリー」

「──え?」

「私は守られるだけの子どもじゃないわ。隠されて、守られて……何も知らなかった私じゃない!私だって大切な人を、その居場所を守りたい!

ハリー、あなたが私を守ろうとしているのはわかっているわ。でもそれは私には必要がない気遣いよ。遠くて安全な場所に隠され守られる存在になりたくないの。

私は、いつまでも──いつでもあなたの隣に居たいのよ、ハリー!」

 

 

堂々と宣言したソフィアの言葉に、ハーマイオニーは感極まったかのように口を押さえ目を潤ませる。ロンはハーマイオニーの隣に並び、そっと腰に腕を回し引き寄せ、寄り添った。

 

ソフィアは自分を落ち着かせるために何度か深呼吸をし、上がった呼吸を整えてハリーを真剣な目で見つめる。

 

 

「──あなたはどうなの。ハリー・ポッター」

 

 

ハリーは詰まった息を吐き出すように──体の奥に沈殿していたもやもやとしたものだった──大きなため息をつくと、顔を伏せ頭をがしがしと掻いた。

そうだ、ソフィアはこういう性格をしている。僕はそんなソフィアが──隣に居続けてくれるソフィアが、何よりも好きなんだ。

 

いつも以上にぴょんぴょんと四方八方に跳ねてしまう黒髪を押さえつけた後、ハリーは勢いよく顔を上げた。

 

 

「僕も同じ気持ちだ。君とずっとそばにいたい。──最期のその時まで」

 

 

どこか吹っ切れたようにハリーは笑い、ソフィアに手を差し出す。ソフィアは同じような屈託のない笑顔を見せると、しっかりとその手を握った。

 

 

「そうと決まったらすぐに行動するわよ。私も一刻も早くホグズミードに行かなきゃならないと思うわ」

「暗くなるし、みんなで透明マントを被ろう。きっと足元が少し見えても誰も気づかない」

 

 

すぐに行動に移し、テントの中に広げていた物を片付け始めたソフィアとハリーを見て、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

 

「……今のって、プロポー──」

「しっ!……今は、これでいいのよ」

 

 

ロンは二人を揶揄えば良いのか、囃し立てればいのか、祝福すればいいのかわからなかったが、ハーマイオニーに止められてしまい黙り込んだ。

 

 

 



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448 助けてくれたのは?

 

 

 

遠くからドラゴンの翼の音が響き渡る。

テントから出たソフィア達は空に舞い上がって行くドラゴンを無言で見上げた。急激に暗くなる空を背景に、自由を一身に感じながら飛んでいくドラゴンが山の向こうに消えるまで、ただその姿を見送っていた。

 

それからソフィアとハーマイオニーが進み出てロンとハリーの間に立った。ハリーはできる限り下までマントを引っ張り、四人はしっかりと手を繋ぎ一緒にその場で回転して押しつぶされるような暗闇の中へ入っていった。

 

 

一瞬の閉塞感の後、ソフィア達の足が道路に触れた。

胸が痛くなるほどに懐かしいホグズミードの大通りが目に入り、ソフィアはぐっと唇を噛む。この先に、短い間ではあったが家族で暮らしていた家があった──あの場はもう荒らされてしまっているに違いない。

 

ハリーもまた、言葉に表す事ができない感情が体の中に巡っていた。

暗い店先に、村の向こうに広がる山々の稜線。道の先に見えるのはホグワーツの通り道であり、曲がり角には三本の箒から漏れる明かりが見えた。

ほぼ一年前、絶望的に弱ったダンブルドアを支えてここに降り立った事や、ソフィアに想いを伝えた事。様々なことが脳裏を掠め胸を締め付け心を揺らす。降り立った瞬間、そうした全ての想いが一度に押し寄せ、ハリーは繋いでいるソフィアの手を掴んでいた力を緩めた──ちょうどその時だった。

 

甲高い叫び声が夜の闇を裂いた。

それはカップが盗まれた事を知ったヴォルデモートの怒りの叫びによく似ていた。ソフィアは自分たちが現れた事により起こったのだとすぐに気づき、素早くポケットの中から杖を出す。

 

ハリーがマントに隠れている他の三人を振り返るよりも早く三本の箒の扉が勢いよく開き、フードを被った死喰い人が十数名、杖を構えて道路に躍り出た。

 

ソフィアは杖を上げようとしたが、すぐにそれを止める。攻撃したいのは山々だったが、今自分たちの姿は見えていない。──魔法を使えば居場所が知られてしまう。

 

死喰い人の一人が杖を振ればその叫びは止まったが、叫びは店に反響し、遠くの山々にこだまし続ける。

 

現れた一人が「アクシオ!透明マントよ来い!」と叫び、ハリーは咄嗟にマントの襞をしっかりと掴んだがマントは動く気配さえなかった。マントに呼び寄せ呪文は効かないのだ。

 

 

「被り物はなしということか、ポッター?──散れ、奴はここに居る!」

 

 

呪文をかけた死喰い人が周りの仲間に指令を出し、死喰い人が六人ハリー達に向かって走ってきた。ハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニーは急いで後退りし、近くの脇道に入る。死喰い人達はそこから僅か十数センチというところを通り過ぎていった。四人が暗闇の中でじっとしていると死喰い人の走り回る音と捜索の杖灯りが辺りを飛び交うのが見えた。

 

 

「このまま逃げましょう!すぐに姿くらまししましょう!」

「そうしよう」

 

 

ハーマイオニーとロンが焦りながら小声で囁くが、ハリーが答える前に一人の死喰い人が「ここにいるのはわかっているぞポッター。逃げることはできない。お前を見つけ出してやる!」と獰猛な声で叫んだ。

 

 

「待ち伏せされていた。僕たちが来ればわかるように、あの呪文が仕掛けられていたんだ。僕たちを足止めするためにも何か手が打ってあると思う、袋のねずみに──」

「吸魂鬼はどうだ?やつらの好きにさせろ。やつらならポッターをたちまち見つける!」

 

 

姿の見えないハリーに、一人の死喰い人が焦ったそうに叫ぶ。散っていた杖灯りが意見を出した死喰い人の所へと集まってきた。

 

 

「闇の帝王は、他の誰でもなくご自身の手でポッターを始末なさりたいのだ──」

「吸魂鬼はやつを殺したりしない!闇の帝王がお望みなのはポッターの命だ。魂ではない。まず吸魂鬼にキスさせておけば、ますます殺しやすいだろう!」

 

 

吸魂鬼のキス。された者の魂を奪うが命が失われるわけではない。それを知っている死喰い人達は口々に賛成し、吸魂鬼を呼ぶべく杖を振う。

吸魂鬼を退けるためには守護霊を作り出さなければならない。この場で混乱していても間違いなく守護霊を出せる自信があるのはハリーとソフィアだけだが、守護霊を出せばたちまち四人の居場所がわかってしまう。

 

 

「とにかく、姿くらましをしてみましょう!」

「だめよ、何か他の場所に──私がアニメーガスになって──」

 

 

ハーマイオニーとソフィアの言葉が終わりきらないうちに不自然な冷気が周囲から這い寄ってきた。ハーマイオニーとソフィア、そしてロンとハリーもぴたりと動きを止めて立ち竦む。周りの明かりは吸い取られ、星までもが消えた。

ハーマイオニーがソフィアの手を強く握る。ソフィアは姿くらましをするつもりなのだとわかり、反射的にハリーの手を握った。ハーマイオニーは手を繋ぎ合い一列になったソフィアとハリーとロンを連れて姿くらましをするつもりだったが──その場でゆるく回転しただけで何処にも移動は出来なかった。

通り抜けるべき空間が固まってしまったかのような感覚。ハーマイオニーが姿くらましを失敗するわけがないだろう。やはり死喰い人は逃れる事ができないように手を打っていたのだ。

 

冷たさが四人の肌に深く突き刺さる。ハリーはぐっと手を引き、手探りで壁を伝いながら音を立てないように脇道を奥へ奥へと進んだ。

 

嫌な気配が頸をじくじくと突き刺している感覚にソフィアが後ろを振り返れば、脇道の入り口から音もなく滑りながら現れた吸魂鬼が見えた。十体、いやそれよりも沢山居るだろう。闇に溶けるようにして現れた吸魂鬼は黒いマントを被り、瘡蓋に覆われた手を見せていた。

 

周辺に恐怖感があると、彼らは感じているのだろうか?ハリーはきっとそうだと思った。真っ直ぐ吸魂鬼は自分達の元へ滑りより、その速度を上げている。透明マントがあっても吸魂鬼には意味がないと、ダンブルドアが数年前に言っていたことをハリーは突然思い出した。

 

あのガラガラという不快な音を出し息を吸い込み、あたりを覆う絶望感を味わいながら吸魂鬼が迫ってくる──。

 

ハリーは杖を上げた。後はどうなろうとも、吸魂鬼のキスだけは受けられない。受けるものか。自分だけではない、ここにはソフィアとロンとハーマイオニーがいる。

 

ソフィアが蒼白な顔でハリーに「だめ」と訴えかけていたが、ハリーは止まることなく小声で呪文を唱えた。

 

 

「エクスペクト パトローナム!」

 

 

銀色の牡鹿がハリーの杖先から飛び出し突撃した。吸魂鬼は蹴散らされたが、同時に見えないところから勝ち誇った叫び声が聞こえてきた。

 

 

「やつだ。あそこだ!あいつの守護霊を見たぞ、牡鹿だ!」

 

 

吸魂鬼は後退し、再び空に星が戻った。死喰い人の足音がだんだん大きくなり近づく。ハリーが恐怖と衝撃でどうすべきか決めかねているのを見てソフィアはすぐに覚悟を決めハリーから手を離した。

 

 

「だめだ、ソフィア──」

 

 

ソフィアがアニメーガスになり、一人で行ってしまう。それを察したハリーはすぐにソフィアの腕を掴み、ハーマイオニーも必死な顔でソフィアの杖を掴む。今ここで逃げるためには、ハリーを逃すためには一人が犠牲になり撹乱させるしかない。それは分かっていた──だが、この場で永遠に別れる覚悟をハリーとハーマイオニーとロンは出来なかった。

 

 

「ソフィア、約束しただろう?」

「っ──」

 

 

ハリーの言葉にソフィアは大きく目を見開き、強く唇を噛むと、泣きそうな顔で笑った。

 

最期までそばにいる。そう、約束をした。

 

 

この場から姿を現し、全員で死喰い人を倒すしかない。そう皆が考え覚悟を決めた時、近くで閂を外す音がして狭い脇道の左手の扉がパッと開いた。新手か、とハリー達がそちらを向いて杖を構えたが、その扉から死喰い人は現れず代わりに背の高い見知らぬ魔法使いが姿を現した。

 

 

「ポッター、こっちへ、早く!二階に行け、マントは被ったまま、静かにしていろ!」

 

 

ハリーは突き動かされ──なぜか、その人は敵ではないと直感した──迷わず走り四人は開いた扉から中に飛び込んだ。

魔法使いは四人の脇を抜けて外に行き、背後でぱたんと扉を閉めた。

 

ハリーにはここがどこだかわからなかったが、明滅する一本の蝋燭の灯りであらためて中を見渡しどこなのか気づく。ここはホッグズ・ヘッドのバーだった。

四人はカウンターの後ろに駆け込み、もう一つ別の扉を通ってぐらぐらした木の階段を急いで駆け上がった。階段の先には擦り切れたカーペットの敷かれた居間と小さな暖炉があり、その上にブロンドの少女の大きな油絵が一枚掛かっていた。少女はどこか虚な優しい表情で部屋を見つめている。

 

息をつく間もなく、下の通りで喧騒が聞こえてきた。透明マントを被ったまま四人は埃でべっとりと汚れた窓に忍び寄り、そっと下を見た。救い主はホッグズ・ヘッドのバーテンであり、彼はただ一人フードを被らず堂々とした態度で死喰い人達と向かい合っていた。

 

 

「──それがどうした?それがどうしたって言うんだ?お前達が俺の店の通りに吸魂鬼を送り込んだから、俺は守護霊をけしかけたんだ!あいつらにこの周りをうろつかれるのはごめんだ、そう言ったはずだぞ。あいつらはお断りだ!」

「あれは貴様の守護霊じゃなかった!牡鹿だった、あれはポッターのだ!」

「牡鹿!このバカ──エクスペクト パトローナム!」

 

 

バーテンは怒鳴り返し杖を振り上げる。杖から大きなものが飛び出し、頭を低くしてハイストリート大通りに突っ込み姿が見えなくなった。飛び出した守護霊は牡鹿によく似ていて、死喰い人は「俺が見たのはあれじゃない」と言ったが少し自信を無くしたように戸惑っていた。

 

 

「夜間外出禁止令が破られた。あの音を聞いただろう。誰かが規則を破って通りに出たんだ」

「猫を外に出したいときは、俺は出す。外出禁止なんてクソ食らえだ!」

「夜鳴き呪文を鳴らしたのは貴様か?」

 

 

死喰い人が憤り、杖先を脅すようにバーテンに向けたが、バーテンは「は!」と馬鹿にしたように一蹴し臆することなく叫ぶ。

 

 

「鳴らしたがどうした?無理矢理アズカバンに引っ張って行くか?自分の店の前に顔を出した咎で俺を殺すのか?やりたきゃやれ!だがな、お前達のために言うが、けちな闇の印を押してあの人を呼んだりしてないだろうな。呼ばれてみれば、俺と年寄り猫が一匹じゃお気に召さんだろうよ。さあどうだ?」

「余計なお世話だ。貴様自身の事を心配しろ。夜間外出禁止令を破りやがって!」

「それじゃ、俺のパブが閉鎖になりゃお前達のヤクや毒薬の取引はどこでする気だ?お前達の小遣い稼ぎはどうなるかね?」

「──脅す気か?」

「俺は口が固い。だからお前達はここに来るんだろうが?」

 

 

一瞬バーテンと死喰い人達の間で沈黙が落ち、互いに睨み合った。最初の死喰い人が負けじと「俺は牡鹿の守護霊を見た!」と叫んだが、すぐにバーテンは怒り狂い「山羊だバカめ!」と叫び返す。

 

 

「──まぁいいだろう。俺たちの間違いだ。今度外出禁止令を破ってみろ、この次はそう甘くないぞ!」

 

 

彼らにとってもホッグズ・ヘッドはいい小遣い稼ぎの場であり、それを失うのは痛い。確かにあの守護霊は山羊であり一瞬ならば鹿と見間違えてもおかしくはない。──何より、彼らはこのバーテンが人の言うことを聞くような大人しい性格をしていないと重々承知していた。

 

死喰い人達は鼻息も荒く大通りに戻っていった。足音が遠くなり聞こえなくなったのを確認してハーマイオニーはほっとして呻き声を上げ、ふらふらとマントから出て脚のガタついた椅子にどさりと腰掛けた。ソフィアも安堵から胸を押さえ長く息を吐き、その場にしゃがみ込む。

 

ハリーはカーテンをきっちりと閉めてからロンと二人でかぶっていたマントを脱いだ。階下でバーテンが入り口の閂を閉め直し、階段を上がってくる音が聞こえる。なぜだかわからないが、彼は敵ではないのだろう。

 

ハリーは薄暗い居間を見渡し、少女の油絵の真下に、見覚えのある鏡が置かれていることに気付いた。──それは、シリウスの両面鏡だった。

 

 

 



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449 彼の過去!

 

 

 

「とんでもない馬鹿者どもだ」

 

 

部屋に入ってきたバーテンが四人を交互に見ながらぶっきらぼうに吐き捨てた。

 

 

「のこのこやって来るとは、どういう了見だ?」

「ありがとうございました。お礼の申し上げようもありません。命を助けてくださって」

 

 

ハリーは心から礼を言い、ソフィア達も「ありがとうございます」と口々に言った。

バーテンはフンと鼻を鳴らし、腕を組みじろじろと四人を見る。ハリーはバーテンに近づき、針金色のパサついた長髪と髭に隠れた顔を見分けるようにじっと覗き込んだ。バーテンがかけている眼鏡の奥の瞳は、人を見透かすような明るいブルーの色をしていた。

 

 

「鏡にうつったのは、あなただったんですね?あなたが、ドビーを遣わしてくれたんだ」

 

 

ハリーは油絵の下、マントルピースの上に置かれている鏡を指差す。ソフィアとハーマイオニーとロンは驚いてハリーの指差す方を見て息を呑み、バーテンは静かに頷いた。

 

 

「あいつが一緒だろうと思ったんだが、どこに置いてきた?」

「ドビーは死にました。ベラトリックス・レストレンジに殺されました」

 

 

ハリーの言葉を聞き、バーテンはすっと表情を消した。暫く沈黙していたが、ため息と共に「それは残念だ。あの妖精が気に入っていたのに」と呟く。

 

バーテンは四人に背を向け、誰の顔も見ずに杖で小突いてランプに灯をともす。ハリーはその背中に向かって「あなたはアバーフォースですね」と聞いたが、バーテン──アバーフォースは肯定も否定もせずに屈んで暖炉に火を灯した。

 

 

「これをどうやって手に入れたのですか?」

「あいつら──死喰い人が隠れ穴から押収した中にあった。奴らはこれがなんだかわからなかったんだろう。それを俺が買った。アルバスから、これがどういうものかを聞いていたんだ。時々君の様子を見るようにしていた」

 

 

ハリーが納得していると、ロンの腹がぐうと不満の声を上げた。四人の視線を集めたロンは顔を赤く染めながら弁解がましく「腹ペコなんだ!」と付け加える。確かに朝からグリンゴッツに侵入し、一日何も食べていない。ハリー達も忘れていた空腹を思い出し腹を押さえた。

 

アバーフォースは「食い物ならある」とぶっきらぼうに言うと部屋を抜け出し、程なくして大きなパンの塊とチーズ、蜂蜜酒の入った錫製の水差しを持ち戻り暖炉前の小さな机の上に置いた。

四人は貪るようにして食べ飲み、暫くは暖炉の火が爆ぜる音と、ゴブレットの触れ合う音と飲み込む音以外なにも響かなかった。

 

 

「さて、それじゃあ──」

 

 

全て平らげ、ハリーとロンが眠たそうに椅子に座り込むとアバーフォースが切り出した。

 

 

「君たちをここから出す手立てを考えないといかんな。夜はだめだ、暗くなってから外に出たらどうなるか聞いていただろう。夜鳴き呪文が発動して、連中はドクシーの卵に飛びかかるボウトラックルのように襲って来るだろう。牡鹿を山羊と言いくるめるのも、二度目はうまくいくと思えん。明け方まで待て。

夜間外出禁止令が解けるから、その時にまたマントを被って歩いて出発しろ。まっすぐホグズミードを出て、山に行け。そこからなら姿くらましできるだろう。ハグリッドに会うかもしれん。あいつらに捕まりそうになって以来、グロウプと一緒にあそこの洞穴に隠れている」

「僕たちは逃げません。ホグワーツに行かなければならないんです」

「ばかを言うんじゃない」

「そうしなければならないんです」

 

 

頑なにホグワーツへ行くというハリーに、アバーフォースは顔をしかめ椅子から身を乗り出しハリーを睨みつけた。

 

 

「君がしなければならんのは、ここからできるだけ遠ざかることだ」

「あなたにはわからない事です。あまり時間がない。僕たちは城に入らないといけないんだ。ダンブルドアが──あの、あなたのお兄さんが──僕たちにそうしてほしいと──」

 

 

暖炉の火がアバーフォースの眼鏡の汚れたレンズを一瞬曇らせ、明るい白一色にした。ハリーはなぜか、盲いたアラゴグのやナギニに皮をかぶられていた哀れな老女の目を思い出した。

 

 

「兄のアルバスはいろんなことを望んだ。そして、兄が偉大な計画を実行している時には、決まって他の人間が傷ついたものだ。ポッター、学校から離れるんだ。できれば国外に行け。俺の兄の、賢い計画なんて忘れちまえ。兄はどうせこっちのことでは傷つかないところに行ってしまったし、君は兄に対して何の借りもない」

「あなたには、わからない事です」

「──わからない?」

 

 

ハリーは静かに同じ言葉を言ったが、アバーフォースは粗暴さを一瞬消し、同じように静かに──それでいて沸々とした怒りを抱きながら──首を傾げた。

 

 

「俺が、自分の兄のことを理解していないと思うのかね?俺よりも、君の方がアルバスをよく知っていると?」

「そういう意味ではありません。つまり……ダンブルドアは僕に仕事を遺しました」

「へえ、そうかね?いい仕事だといいが。楽しい仕事か?簡単か?半人前の魔法使いの小僧が、あまり無理せずできるような仕事だろうな?」

 

 

からかいを含むアバーフォースの言葉に、ロンはかなり不愉快そうに笑い、ハーマイオニーとソフィアは緊張した面持ちで彼らを見た。

アバーフォースは窮地を救ってくれた。しかし、他の騎士団員のようにハリーを無条件で支持するわけではないのだろう。彼はアルバス・ダンブルドアを盲目なまでに尊敬し信じていない。兄弟だからこそ──過去の行いのこともあり──懐疑的なのだ。

 

 

「いいえ、簡単な仕事ではありません。でも、僕にはそれをする義務が──」

「義務?どうして義務なんだ?兄は死んでいる。そうだろうが?忘れるんだ、いいか?兄と同じところに行っちまう前に!自分を救うんだ!」

「できません」

「なぜだ?」

「僕──」

 

 

ハリーは胸が詰まった。言葉に出し説明するのは難しい。今までの数年間にわたる思いを、色々な願いを、絡みついた因果を──言葉にする事ができるだろうか?

 

 

「──でも、あなたも戦っている。そうでしょう?あなたも騎士団のメンバーだ」

「だった。不死鳥の騎士団はもうおしまいだ。例のあの人の勝ちだ。もう終わった。そうじゃないとぬかす奴は、自分を騙している。ポッター、ここは君にとって決して安全じゃない。あの人は君を執拗に求めている。国外に逃げろ。隠れろ。自分を大切にするんだ。この三人も一緒に連れて行く方がいい」

 

 

アバーフォースは親指をぐいと突き出してソフィアとロンとハーマイオニーを指した。

 

 

「僕は行けない。僕には仕事がある──」

「誰か他の人に任せろ!」

「できません。僕でなければならない。ダンブルドアが全て説明してくれた──」

「ほう、そうかね?それで、何もかも話してくれたかね?君に対して正直だったかね?」

 

 

アバーフォースは机を指先でトントンと叩きながら嘲るようにハリーに聞いた。ハリーは「そうだ」と言いたかったが、その簡単な言葉が口から突いて出て来ることは無い。自分が一番わかっているのだ、ダンブルドアは、殆ど何も教えてくれなかった、と。

その目の揺れと戸惑いを察したアバーフォースはハリーが何も言わなくても全て理解したようだった。

 

 

「ポッター、俺は兄を知っている。秘密主義を母親の膝で覚えたのだ。秘密と嘘をな。俺たちはそうやって育った。そしてアルバスには……天性のものがあった」

 

 

アバーフォースの視線が、マントルピースの上に掛かっている少女の絵に移った。部屋にはその絵しかなく、その絵の周りだけが綺麗に掃除されている。そして、アバーフォースの目に後悔や深い愛、悲しみが映ったことにソフィアは気づいた──あの目は、昔、父親(セブルス)が自分を通してアリッサを想うときに見せていた目と同じだ。

 

 

「ダンブルドアさん、あの人は──妹の、アリアナさんですね」

「──そうだ。娘さん、君は……君の顔は指名手配に無かったな。そこの二人は指名手配されているが」

 

 

ソフィアの言葉に頷いたアバーフォースは、やや不思議そうにソフィアを見つめる。自分の存在が周りに知られていない事に、ソフィアは僅かに安堵したがロンとハーマイオニーの手前喜ぶことはなく、「ソフィアです」と少しだけ微笑み名を告げた。

 

 

「ふん、お前はリータ・スキーターを読んでるのか?」

「全て信じているわけではありません」

「エルファイアス・ドージが、妹さんのことを話してくれました」

 

 

ハリーはソフィアに助け舟を出し、アバーフォースは「あのしょうもないバカが」とぶつぶつと呟きながら蜂蜜酒をぐいと呑んだ。

 

 

「俺の兄の、毛穴という毛穴から太陽が輝くと思っていたやつだ。まったく。──まぁ、そう思っていた連中はたくさんいる。どうやら君たちもそうらしい」

 

 

ハリーは黙り込んだ。

去年ならばダンブルドアを盲目なまでに信じていただろう。しかし、この数ヶ月、初めてダンブルドアの過去を知り、何も知らされないまま過酷な使命を受け旅に出た。

ただ、ハリーはドビーの墓穴を素手で掘りながら、ハリーは選び取ったのだ。アルバス・ダンブルドアが示した曲がりくねり危険な道、なんの地図も用意されていない道を辿り着けると決心し、自分の知りたかったこと全てを話してもらってはいないと言うことも受け入れた。ただ、ひたすらに信じる事に決めたのだ。──再び疑いたくはなかった。目的から自分を逸らそうとするものには、一切耳を傾けたくなかった。

ハリーは無言でアバーフォースの目を見つめる。その不思議なブルーの瞳はやはりダンブルドアと似ていて、考えを見透しているのではないかと思った。

 

 

「私たちは、ダンブルドア先生を盲信しているわけではありません。ダンブルドア先生が話した事は多くはなかったかもしれませんが、それでも私たちは自分と──護るべき人たちのために進まなければならないんです」

「自分は護られないのにか?兄は何にも護れやしない。少なくとも、護れなかった」

 

 

ソフィアの言葉にアバーフォースは忌々しげに吐き捨て、すぐに「言うんじゃなかった」と顔をしかめ蜂蜜酒を呑み誤魔化した。

 

 

「それは──それは、アリアナさんの事ですか?」

 

 

ソフィアは小声で囁き、アバーフォースはソフィアを睨め付けた。出かかった言葉を噛み殺しているように唇が動き、もう一度蜂蜜酒を呑み──そして、堰を切ったように話し出した。

 

 

「妹は六つの時に、三人のマグルに襲われ、乱暴された。妹が魔法を使っているところを、やつらは裏庭の垣根からこっそり覗いていたんだ。妹はまだ子どもで、魔法力を制御できなかった──」

 

 

どんな風に襲われ乱暴されたのか、アバーフォースはけして語りはしなかったがその言葉の端々に浮かぶ憎悪と嫌悪の色が何があったのかをありありと示していた。

ハーマイオニーは目を見開き、ソフィアは口を押さえ、ロンは気分が悪そうに眉を寄せる。

兄のアルバスと同じほど背の高いアバーフォースは立ち上がり、怒りと激しい心の痛みで突然恐ろしい形相になりハリー達を見下ろす。その目は、ハリー達を通して当時の三人のマグルを見ていた。

 

 

襲われたアリアナの心は壊れてしまった。二度と元のアリアナには戻らなかった。

トラウマになり魔法を使おうとはしなかったが、魔法力を消し去る事はできず、体の内に魔法力は溜まって行く。抑圧された力は、アリアナの心と体を蝕みさらに狂わせていった。

自身の力が抑えきれず内から溢れ出すとアリアナは暴走し周囲を危険に晒してしまった。いつもは優しく、全てに怯えているだけの少女が──全てを破壊するほどの猛威をふるった。

 

アリアナの──アルバスとアバーフォースの──父は、アリアナを狂わせたマグルの三人を許せず、また、許すつもりもなく彼らを攻撃した。

父はそのためにアズカバンに閉じ込められたが、アリアナの事を思い何故彼らを攻撃したのかはけして口にしなかった。

家族は、アリアナをそっと守ろうと決め引越した。辛いことを思い起こす場所にいるよりは遠く離れた田舎に行った方がいいと、その時は皆が思ったのだ。

アリアナは病気だと周囲に説明し、母はアリアナの面倒を見て安静に、幸せに過ごさせようとした。

 

 

「──妹のお気に入りは、俺だった」

 

 

そう言ったアバーフォースの顔は、どこか悪戯っぽい子どものように自慢げであり、また優しさが含まれていた。

 

アルバスは家に帰ると自分の部屋に篭り切りになり、世界の著名な魔法使い達と手紙のやり取りをする事に忙しくアリアナの面倒を見ようとは思わなかった。アリアナは、アバーフォースの事が一番好きで、癇癪が起こった時もアバーフォースならば鎮めることができた。嫌いだと口をつけなかった食事も、母ではなくアバーフォースならば食べさせることができた。

落ち着いている時は家事をして、山羊に餌をやる手伝いだって、野原の花を摘むことだってできた。

 

しかし、その時──アリアナが十四歳の時、不幸にもアバーフォースはそばにいなかった。いつもの怒りの発作が起き、周囲をめちゃくちゃにしてしまった時、母しかそばにいなかった。

その時のことを、アバーフォースは今でも悔いていた。

 

 

「それで……事故だったんだ。アリアナには発作を抑えることが、力を抑えることができなかった。母も、宥められなかった。そして、母は死んだ」

 

 

ハリーは憐れみと嫌悪感の入り混じった、やりきれない気持ちになった。それ以上この話を聞きたくなかったが、アバーフォースは止めることを忘れたかのように話し続けた。──今まで誰にも話したことのない過去を、胸の奥に重く沈澱していたものを全て吐き出すかのように。

 

 

ドージとの世界一周旅行は立ち消え、アルバスは葬儀のために家に帰りそのまま家長を引き継ぐ事となった。アルバスは自分がアリアナの面倒を見るから、アバーフォースは教育を受けろ、学校を卒業しろと言った。アバーフォースは最後まで反論したが──アルバスはなんとかアリアナが一日おきに家を破壊するのを止め数週間はうまくやっていた。全ては、あの男と出会うまでの短い間だった。

もしその時、あの男──グリンデルバルドと出会わなければ、きっとこんな最悪な出来事は起こり得なかっただろう。

 

アルバスは初めて自分と対等な人と出会ったのだ。同じような野心があり、才能に溢れ優秀で──初めて対等に話し合える者だった。聡明だとしてもまだ成人したばかりのアルバスはグリンデルバルドと秘宝の事や世界の秩序についてに話し合う事に夢中になり、アリアナの世話が疎かになっていた。

それが何週間にもなり、アバーフォースがホグワーツに帰る日、ついにアバーフォースは我慢の限界が訪れアルバスとグリンデルバルドに「すぐにやめろ、妹を巻き込むな、連れて行くな」と啖呵を切った。アルバスは気を悪くしたが、グリンデルバルドはそれ以上に怒りを露わにした。

 

 

「やつは言った。自分たちが世界を変えてしまえば、それまで隠れている魔法使いを表舞台に出し、マグルに身の程を知らせてやれば、俺の哀れな妹を隠しておく必要もなくなる。それがわからないのか、そう言った。

口論になった……俺は杖を抜き、やつも抜いた。兄の親友ともあろう男が、俺に磔の呪文をかけたのだ──アルバスはあいつを止めようとした。それからは三つ巴の争いになり、閃光が飛び、大きな音がして、妹は発作を起こした。アリアナには、耐えられなかったのだ」

 

 

魔法の音が、魔法の存在が。

そして、兄弟が争っているという状況が多大なストレスになり、発作の引き金になってしまった。

止めたい。兄たちを、大切な人たちを止めたい。その思いがアリアナの内に押し殺していた力を暴発させた。

 

 

「だから、アリアナは助けようとしたのだと思う。しかし、自分が何をしているのか、アリアナにはよくわかっていなかったのだ。そして、誰がやったのかわからないが──三人とも、その可能性はあった──妹は死んだ」

 

 

最後の言葉は泣き声になり、アバーフォースは傍の椅子にがっくりと座り込んだ。

ハーマイオニーの顔は涙に濡れ、ソフィアとロンはアバーフォースと同じくらい蒼白になっていた。

 

 

「本当に……本当にお気の毒」

 

 

ハーマイオニーが鼻を啜りながら囁いた。

啜り泣きの音が部屋の中で寂しく広がる中、ソフィアは描かれている少女を見つめる。過去、マグルと魔法族は完璧に分かれていて結婚はおろか友人になる事も禁じられていた時代があった。マグルから隠れなければならない、存在を知られてはならない──そのために、苦しい思いをし犠牲になった人は、きっとこの哀れな少女だけではないだろう。

 

 

「逝ってしまった。……永久に、逝ってしまった」

 

 

アバーフォースは袖口で洟を拭い、咳払いを一つする。当時の記憶と感情が蘇り昂っていたものを必死に抑え殺した後のその顔は、より一層年老いた老人に見えた。

 

 

「もちろん、グリンデルバルドのやつは急いでずらかった。自国で前科のあるやつだから、アリアナのことまで自分の罪にされたくなかったんだ。そしてアルバスは自由になった。そうだろうが?妹という重荷から解放され、自由に、最も偉大な魔法使いになる道を──」

「先生は決して自由ではなかった」

 

 

ハリーはまっすぐにアバーフォースを見ながら呟く。アバーフォースは睨み「なんだって?」と聞き返したが、ハリーは同じことを言った。

 

 

「決して。あなたのお兄さんは、亡くなったあの晩、魔法の毒薬を飲み、幻覚を見ました。叫び出し、その場にいない誰かに向かって懇願しました。──あの者たちを傷つけないでくれ、頼む、代わりにわしを傷つけてくれ」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーは目を見張ってハリーを見た。ハリーは湖に浮かぶ島で何が起こったのかを、一度も詳しく話そうとしなかった。

ハリーとダンブルドアに起こった事は、その後に起こった大きな一連の流れが全て覆い隠してしまっていたし──ハリーもその時のことを言うつもりはなかった。

 

 

「ダンブルドアは、あなたとグリンデルバルドのいる、昔の場面に戻ったと思ったんだ。きっとそうだ。先生は、グリンデルバルドがあなたとアリアナを傷つけている幻覚を見たんだ……それが先生にとっては拷問だった。あの時のダンブルドアをあなたが見ていたら、自由になったなんて言わないはずだ」

 

 

アバーフォースは節くれだって血管の浮き始めた両手を見つめ、想いに耽っているようだった。

暫くして顔を上げ、じっとハリーを見つめた。ハリーは目を逸らすことなく、挑むようにその目を見返した。

 

 

「ポッター、確信があるのか?俺の兄が、君自身のことより、より大きな善の方に関心があったとは思わんのか?俺の小さな妹と同じように、君が使い捨てにされるとは思わんのか?」

 

 

冷たい水がハリーの心臓を貫いたような気がした。ソフィアは、そっとハリーの手を握り「ダンブルドア先生はハリーを愛していたわ」と囁く。

 

 

「それなら、どうして身を隠せと言わんのだ?ポッターに、自分を大事にしろ、こうすれば生き残れるとなぜ言わんのだ?」

 

 

アバーフォースの冷たい視線がソフィアを射抜く。ソフィアはハリーの手を強く握り、口を開いた。

 

 

「全てを犠牲に生きられるのは命だけよ。心は死ぬわ」

 

 

強く握られるソフィアの手をハリーは握り返した。──そうだ、たとえ国外に逃げ出し、命が長らえたとして、自分の心は、尊厳は、数々の命と共に滅ぶ。

 

 

「ときには自分自身の安全よりも、それ以上の事を考える必要がある。ときには、大きな善の事を考えなければならない!これは戦いなんだ!」

 

 

ダンブルドアは、きっと全てを考えた上で自分の命をも犠牲にした。それは、大きな善のために、これからを生きる者のために。ハリーはその戦いに巻き込まれたとは思わない、自分からその道を──未来を選んだのだ。

 

 

「君はまだ十七歳なんだぞ!」

「僕は成人だ。あなたが諦めたって、僕は──僕らは戦い続ける!」

 

 

ソフィアとロンとハーマイオニーはハリーの言葉に強く頷いた。その他の誰もが諦め、無理だと言っても、俯き大きな災いに屈したとしても、自分たちだけは諦めないのだとその瞳の強さが物語っていた。

アバーフォースは意見を変えないハリー達にフンと鼻を鳴らすと腕を組みまだ一人前とは言い難く、幼さや甘さが残る四人を見る。

アルバス・ダンブルドアだけを信じているわけではない。自分に何か特別な力があると驕っているわけでもない。──この子達は、ただ懸命にそれぞれのために生きているのか。

 

 

「誰が諦めたと言った?」

「不死鳥の騎士団はおしまいだ。例のあの人の勝ちだ。もう終わった。そうじゃないと言うやつは自分を騙している」

 

 

ハリーは少し前にアバーフォース本人が言った言葉を伝える。アバーフォースは苦虫を噛み潰したような表情になり、頭を掻きながら「そうじゃない」と呟く。

 

 

「それでいいと言ったわけじゃない。しかし、それが本当のことだ!」

「違う。あなたのお兄さんはどうすれば例のあの人の息の根を止められるかを知っていた。そして、その知識を僕に引き渡してくれた。僕は続ける。やり遂げるまで──でなければ、僕が倒れるまでだ。どんな結末になるかを、僕が知らないなんて思わないでください。僕にはもう、何年も前からわかっていたことなんです」

 

 

ハリーはアバーフォースが嘲るか、反論するだろうと思っていたが、どちらでもなくただ無言で顔をしかめただけだった。

 

 

「僕たちは、ホグワーツに入らなければならないんです。もし、あなたに助けていただけないのなら、僕たちは夜明けまで待って、あなたにはご迷惑をかけずに自分たちで方法を見つけます。もし、助けていただけるのなら──そうですね、いますぐそう言っていただけると良いのですが」

 

 

アバーフォースの助けがなくとも、透明マントがあれば夜明けを待ちホグワーツの近くまで向かう事はできる。その後は──その守りがどうなっているのかを確認しなければならないが、なんとかして侵入するほかないだろう。幸運にもホグワーツには味方がいる。敵もいるが、何とかバレずに騎士団員である二人とコンタクトが取れたならば匿ってもらうこともできるだろう。

しかし、それはかなり危険だとハリーはわかっていた。だからこそ、もしアバーフォースが何かを知っているのならば今すぐにでも知りたかった。

 

 

アバーフォースは椅子に座ったまま動かず、アルバス・ダンブルドアと瓜二つの目でハリーをじっと見つめていた。

やがて咳払いをしてアバーフォースは立ち上がり、小さなテーブルを離れてアリアナの肖像画の方に歩いて行った。

 

 

「お前はどうすればいいのかわかっているね?」

 

 

その声はとても優しかった。

肖像画のアリアナは微笑み、ふわりと後ろを向いた。そのまま静かに歩き始め、肖像画に描かれた人がするように額縁から出て行くのではなく背後に描かれた長いトンネルへと向かった。

か細い姿がだんだん遠くなり、ついに暗闇に飲み込まれてしまうまでハリー達はアリアナを見つめていた。

 

 

「あのう、これは──?」

「入り口は今やただ一つ」

 

 

何か言いかけたロンの言葉をアバーフォースは遮りながら振り返る。

 

 

「やつらは、昔からの秘密の通路を全部押さえていて、その両端を塞いだ。学校と外とを仕切る壁の周りは吸魂鬼が取り巻き、俺の情報網によれば校内は定期的に見張りが巡回している。あの学校がこれほど厳重に警備された事は、未だかつてない。中に入れたとしてもスネイプが指揮を執り、カロー兄妹が副指揮官だ。スリザリン生のみで構成された自治組織まである。

そんなところで君たちに何ができるのやら……まあ、それはそっちが心配する事だな?君は死ぬ覚悟があると言った」

「でも、どう言う事……?」

 

 

アリアナの絵を見ながらソフィアが小さく首を傾げる。

アバーフォースは薄く笑いながらその疑問には答えず、誰もいなくなった肖像画を見つめる。

 

絵に描かれたトンネルの向こう側に、再び白い点が現れ、アリアナが今度はこちらに向かって歩いてきた。近づくにつれだんだん姿が大きくなり、シルエットからアリアナだけではなく誰かが一緒なのだとわかる。

 

 

「まさか──」

 

 

ソフィアはアリアナと共に少しずつ近づいてくる人を見て驚きから目を見張った。いや、ソフィアだけではない。ハリーとロンとハーマイオニーも、言葉を失い食い入るように絵画を見つめている。

 

 

人影が大きくなる。

その人はアリアナよりも背が高く、足を引き摺りながら興奮した足取りでこちらへやってきた。その人の髪はソフィア達の記憶よりもずっと長く伸び、顔には数箇所切り傷が見え、服は切り裂かれて破れていた。

二人の姿はだんだん大きくなり、ついに顔と肩とで画面が埋まるほどになった時──画面全体が壁の小さな扉のようにパッと前に開き、本物のトンネルの入り口が現れた。

その中から飛び出した人は、大きな歓声を上げながら叫びハリーに強く抱きついた。

 

 

「君が来ると信じていた!僕は信じていた!ハリー!」

 

 

怪我と汚れに塗れた顔をくしゃりと歪め、その人──ネビルはそう言って笑った。

 

 



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450 ダンブルドア軍団!

 

 

ネビルはハリーに続きロンとハーマイオニーを抱きしめ、驚愕のあまり唖然としているソフィアを見つけると一層高い歓声を上げて抱きしめ飛び跳ねた。

 

 

「ソフィア!やっぱり君が死ぬだなんて馬鹿な事あるわけないって信じてたんだ!ハリーといたんだね!」

「そ、そうなのネビル。これは──あの、どうなって?ホグワーツと繋がっているの?」

「そうなんだ、詳しくは行きながら話すよ。着いてきて!」

 

 

明るい笑顔を見せたネビルの顔は、ソフィアの怪我と比べても劣らない程に酷いものだった。顔だけではなく、ローブから見えている腕や首にも碌な手当をされていないのか血の滲む痛々しい白い包帯が巻かれている。

 

 

「ネビル、一体どうしたんだ?」

「これ?こんなの何でもないよ。シェーマスの方が酷い。今にわかるけど──さあ行こうか」

 

 

ネビルはロンが指した怪我などたいしたことないと言うように首を振り、すぐにマントルピースによじ登った。ハリー達はいきなりの展開に呆気に取られていたが我に帰るとすぐにマントルピースに駆け寄る。

 

 

「──あ、そうだ。アブ、あと二人来るかもしれないよ」

「あと二人?何を言ってるんだ、ロングボトム、あと二人だって?夜間外出禁止令が出ていて、村中に夜鳴き呪文がかけられているんだ!」

「わかってるよ。だから二人はこのパブに直接姿現しするんだ。ここに来たら、この通路から向こう側によこしてくれる?ありがとう」

 

 

ネビルはアバーフォースの険悪な声など一切気にせず軽く言うとマントルピースによじ登ろうとしていたソフィアに手を差し出し、トンネルに入るのを手助けした。

ロンとハーマイオニーがその後に続き、それからネビルがトンネルの中に入る。ハリーは一度振り返り、心配からか苛立った表情のアバーフォースを見た。

 

 

「何とお礼を言ったらいいのか。本当にありがとうございます。あなたは僕たちの命を二度も助けてくださいました」

「じゃ、その命を大切にするんだな。三度目はないかもしれん」

 

 

ぶっきらぼうに言うアバーフォースに、ハリーは少しだけ笑いかけマントルピースをよじ登りトンネルの向こう側へ進んだ。

アバーフォースは悪い人ではない。その証拠にネビルが──大人に萎縮し怯えていたネビルが、これだけ心を開いているのだ。

絵の裏側には滑らかな石の階段があり、もう何年も前からトンネルが続いていたように見えた。真鍮のランプが壁にかかり、地面は踏み固められている。歩く五人の人影が、壁に扇のように折れて映っていた。

 

 

「この通路、どのくらい前からあるんだ?忍びの地図にはないぞ。な、ハリーそうだろ?学校に出入りする通路は七本しかないはずだろ?」

 

 

ロンが不思議そうに聞けば、ネビルは先に進みながら「あいつら、今学期の最初にその通路を全部閉鎖したよ」と答えた。

進みながらも振り返り、ニコニコとした笑顔を見せるネビルは全ての通路に死喰い人と吸魂鬼が配置され見張られていると簡単に説明した。

 

 

「そんな事はどうだっていいよ。……ね、本当?グリンゴッツ破りをしたって?ドラゴンに乗って脱出したって?知れ渡っているよ、みんなその話題で持ちきりなんだ!テリー・ブートなんか、夕食の時に大広間でその時のことを大声で言ったもんだからカローにぶちのめされたよ!」

 

 

グリンゴッツ破りをしたのは事実だが、まさかこれほど早く情報が回っていると思わずソフィアとハーマイオニーは顔を見合わせた。まだ一日も経っていないが、情報はかなり正確に知れ渡っているらしい。ヴォルデモート側も、一枚岩ではないのだろうか。

 

ドラゴンに乗って脱出したことをハリーが認めれば、ネビルは大喜びで笑う。ネビルはどんな旅だったのか、何をしたのかを聞きたがったが、ハリー達はホグワーツがどうなっているのかが気になり興奮状態のネビルを落ち着かせてから質問した。ホグワーツの事を話すにつれ、ネビルの笑顔は少しずつ消えていった。

 

 

「学校は……そうだな、もう以前のホグワーツじゃない。カロー兄妹が規律係なんだ。体罰が好きなんだよ」

 

 

授業を教えているだけでなく、アンブリッジ以上に生徒を見張り彼らにとって好ましくない言動をすれば問答無用で体罰が科せられる。

アミカスは闇の魔術に対する防衛術を教えているが、今や闇の魔術そのものであり授業中に罰則を食らった生徒達に磔の呪文をかける練習をさせた。勿論ほとんどの生徒がうまく使うことができなかったが、一部の生徒は嬉々として磔の呪文を同級生に放ち、苦しむ様子を見て笑っていたという。

妹のアレクトはマグル学を教えているが本来のマグル学とはかけ離れ、どれだけマグルが愚かで野蛮であり、尊い魔法族とは異なるかを教えているのだ。

悲惨な授業の内容にソフィア達が驚愕し憤っているとネビルはニヤリと笑いながら顔の切り傷を指差した。

 

 

「アレクトに質問したらやられた。お前にもアミカスにも、どれくらいマグルの血が流れてるかって質問したんだ」

「おっどろいたなぁネビル。気の利いたセリフは、時と場合を選んで言うもんだぜ?」

 

 

ロンの言葉にネビルは薄く笑い、「君だってきっと我慢できなかったさ」と何でもないように言った。

 

 

「あいつらは純血の血をあまり流したくないからさ、口をすぎればちょっと痛い目を見るけど、僕たちを殺しはしない」

 

 

ネビルは自分の話している内容が信じ難いほど残酷であり、非道なものなのか麻痺しているのだろう。ソフィア達は彼らが置かれた状況のあまりの酷さに苦い顔をしたが、ネビルはまるで昨日の天気を伝えるような気軽さで答えたのだった。

 

 

「本当に危ないのは、学校の外で友達とか家族とかが問題を起こしている生徒達なんだ。そういう子達は人質にとられている。あのゼノ・ラブグッドはザ・クィブラーでちょっと言いすぎたから、クリスマス休暇で帰る途中の汽車で、ルーナが拐われた」

「ネビル、ルーナは大丈夫だ。僕たちルーナに会った──」

「うん、知ってる。ルーナがうまくメッセージを送ってくれたから」

 

 

ネビルはそう言いながらポケットから金貨を取り出した。2年前、ダンブルドア軍団を組織した時にソフィアとハーマイオニーが軍団のメンバーに連絡を取るため作り上げた偽物の金貨だ。それを誇らしく上げながら「これ、すごかったよ」とネビルはハーマイオニーとソフィアに笑いかける。

 

 

「カロー兄妹は、僕たちがどうやって連絡し合うのか全然見破れなくて頭にきてたよ。僕たち、夜にこっそり抜け出して『ダンブルドア軍団、まだ募集中』とかいろいろ壁に落書きしていたんだ」

「していた?──今はもう難しくなってるのね」

 

 

ソフィアはネビルが話す内容が過去形であることに気がつき呟けば、ネビルは少し表情を暗くして「うん。だんだん難しくなってきたんだ」と残念そうに言った。

 

 

「クリスマスにはルーナがいなくなっちゃったし、ジニーはイースターの後戻ってこなかった。それに、カロー兄妹は事件の影に僕がいるって知ってたみたいで、だから僕を厳しく抑えにかかったんだ。それからマイケル・コーナーがやつらに鎖で繋がれた一年生を一人解き放してやっているところを捕まって、随分ひどく痛めつけられた。それでみんな震え上がったんだ」

「マジかよ」

「ああ、でもね、みんなにマイケルみたいな目に遭ってくれ、なんて頼めないから、そういう目立つ事はやめた。でも僕たち戦い続けたんだ。地下運動に変えて、二週間前まではね──」

 

 

ネビルは何があっても戦い続けた。数年前何度も練習した魔法を使い、こっそりと闇に紛れながら。それは彼が勇敢だったからだけではない。彼にとって、ハリーがとても大切な友人の一人だからだ。

 

生徒達をまとめているのがネビルだとわかったカロー兄妹は、ネビルを大人しくさせるために闇祓いを使いネビルの祖母を拉致しようとした。闇祓いはただの老魔女であると油断したのだろう。一人捕まえる程度、わけがないと。──しかし、ネビルの祖母は闇祓いの拘束を逃れ、闇祓いを入院させるほどの魔法を発揮し、そのまま逃亡した。

ネビルの祖母は、ネビルの勇気ある言動を褒め「それこそ親に恥じない息子だ、頑張りなさい」と手紙を送った。ネビルの両親は、そう──勇敢な不死鳥の騎士団員だったのだ。

 

ネビルの祖母の話を聞き、ロンが「かっこいい」と呟けばネビルは嬉しそうに頷いた。

 

 

「ただね、僕を抑える手段がないと気づいたあとは、あいつらホグワーツには結局、僕なんか要らないと決めたみたいだ。僕を殺そうとしているのかアズカバン送りにするつもりなのかは知らないけど、どっちにしろ僕たちは姿を消すときが来たって気づいたんだ」

「だけど、僕たち──僕たち、ホグワーツに向かってるんじゃないの?」

 

 

姿を消す。ということはまさかホグワーツではない別の場所に向かっているのかとハリーは困惑したまま上り坂になりつつある道を見上げる。ネビルは「もちろんさ」と言いながら悪戯っぽく笑った。

 

ソフィアはホグワーツで動くために、隠れ進むだけではなくセブルスかマクゴナガルと合流し何が起こっているのか──そして、ヴォルデモートが数時間後に来る可能性について──話し合わなければならないと強く感じた。

おそらく、一般的な生徒達にとってセブルス・スネイプは恐怖の対象だろう。死喰い人であり、ヴォルデモート側だと思われているはずだ。それに、ルイスとドラコはアバーフォースが言っていた『スリザリン生のみで構成された自治組織』に属しているはずだ。カロー兄妹はドラコがヴォルデモートからダンブルドアを殺すように命じられていたことを知っていた。つまり、ドラコが死喰い人であり、余程のことがない限りヴォルデモート側だと疑う事はないだろう。その親友であるルイスも、同じように思われているはずだ。

 

 

「もうすぐ着くよ──ほら着いた」

 

 

角を曲がれば長いトンネルは唐突に終わっていた。短い階段のその先にアリアナの肖像画の背後に隠されていた扉と似た扉がある。ネビルはにっこりと笑って扉を押し開け、くぐり抜けた。ネビルの姿は消えたが、その先から喜び弾むようなネビルの声が聞こえる。

 

 

「この人だーれだ?僕の言ったとおりだろ?」

 

 

ハリーがネビルの後に続き通路の向こう側の部屋に姿を現すと、数人の悲鳴や歓声がわっと響いた。

 

 

「ハリー!」

「ハリーだ!ハリー・ポッターだ!」

「ロン!ハーマイオニー!ソ、ソフィアまで!?」

「ゴーストじゃないわよね?ああ、生きていたのね!」

 

 

色鮮やかな壁飾りやランプで飾られた広い部屋に立ったソフィア達は、頭が混乱している内に二十人以上の仲間に取り囲まれ、抱きしめられ背中を叩かれた。まるでクィディッチで優勝した時のようだ、と頭をくしゃくしゃと撫でられ揉みくちゃにされながらハリーが思っていると、ネビルが興奮する彼らに「オッケー!落ち着いてくれ!」と呼びかける。

この集団の中で、ネビルが実質的なリーダーなのか彼らはすぐにソフィア達から一歩引き──それでも目は輝きうずうずと体を動かしていたが──ようやく、ソフィア達は周りの様子を見ることができた。

 

その部屋は全く見覚えがなく、贅沢な樹上の家の中か巨大な船室のような雰囲気の広い部屋だった。

色とりどりのハンモックが天井や窓のない黒い板壁に沿って張り出したバルコニーからぶら下がり、壁は鮮やかなタペストリーの掛け物で覆われていた。

タペストリーは深紅地に金色の獅子の刺繍、黄色地に黒い穴熊の刺繍、青地にブロンズ色の鷲の刺繍があり、それぞれグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローを現しているのだろう。

ここにいるのは殆どがダンブルドア軍団に属していた生徒達だ。タペストリーにスリザリンモチーフがないのは、当然のことだろう。

本で膨れ上がった数台の本棚があり、隅には大きな木のケースに入ったラジオ、木でできた丸く大きな机、人数分の椅子まである。

 

 

「ここはどこ?」

「必要の部屋だよ!」

 

 

ハリーの困惑した呟きに、ネビルは宝物を自慢するように顔を綻ばせぐるりと部屋の中を見渡しながら答えた。

 

 

「今までで最高だろう?カロー兄妹が僕を追いかけたんだ。それで、隠れ場所はここしかないって思った。なんとか入り込んだら中はこんなになってたんだ!まあ、最初に僕が入った時は、全然こんなじゃなくてずっと狭かった。ハンモックが一つとグリフィンドールのタペストリーだけだったんだ。でも、メンバーがどんどん増えるにつれて、部屋が広がったんだよ」

「カロー兄妹は入れないのか?」

「ああ、ここはきちんとした隠れ家さ」

 

 

答えたのはシェーマス・フィネガンだったが、ハリーはその顔を見ても声を聞くまで誰だかわからなかった。それほど傷だらけで、顔全体が腫れ上がっている。──よく見ればシェーマスやネビルだけでなく、誰もが顔や腕に少なからず怪我をしていた。

 

 

「僕たちの誰かが中にいるかぎり、やつらは手を出せない。扉が開かないんだ。全部ネビルのおかげさ!ネビルは本当にこの部屋をよく理解してるんだ。この部屋に必要なことを正確に頼んでね──カローの味方は、誰もここに入らないようにしたい──そしたらこの部屋はそうしてくれるんだ!ただ、抜け穴を必ず閉めておけばいいのさ、ネビルは凄いやつだ!」

「たいしたことないよ、ほんと」

 

 

ネビルは「すごい!」と褒め称えるシェーマスに謙遜しつつ、ここで一日隠れ過ごす内に空腹になり、「何か食べるものが欲しい」そう願った時に初めてホッグズ・ヘッドへの通路が開き、それからアバーフォースはネビル達に食料を提供していると説明した。

それに、ハンモックは必要になるたびに増え、シャワーを浴びたいと願えば豪華な風呂場へと続く扉が現れるのだ。

 

 

「ところで君たちが何をしていたのか、教えてくれよ。噂があんまり多すぎてね、僕たちポッターウォッチでなんとか君の動きに追いつくようにしてきたんだ」

 

 

アーニー・マクラミンが言えば、他の面々もそうだそうだと口々に声をあげる。

 

 

「わかった、その前に──ソフィアが生きて僕達と一緒にいる事は絶対誰にも言わないでくれ」

 

 

ソフィアが生きていると敵に知られたならば計画にどんな綻びが生まれるかわからない。ハリーが真剣な声で彼らに言えば、皆ソフィアを見て頷く。死を偽装してまで身を隠さなければならなかった理由を彼らは理解できなかったが、ソフィアは紛れもなく彼らの友であり味方であり、ダンブルドア軍団の副リーダーである。何か重要な理由があるのだろうと考え誰も否定をしなかった。

 

しかし質問攻めに合い、全てに答えていればいくら時間があっても足りない。とりあえず簡単に説明し質問をかわさなければ──ハリーはそう考えたが、突如稲妻形の傷痕に焼けるような激痛が走り、嬉々として知りたがっている彼らにハリーは背を向けた。

 

必要の部屋は消え去り、ハリーは荒れ果てた石造りの小屋の中に立っていた。足下の腐った板床が剥がされ、穴が開いたその脇に掘り出された黄金の箱が空っぽになって転がっている。ヴォルデモートの怒りの叫びが、ハリーの頭の中でガンガンと響いた。

ハリーは全力を振り絞りヴォルデモートの心の中から抜け出した。顔からは汗が吹き出し体はふらつき、心配そうな表情のロンに支えられなんとか立っていることに、少し遅れて気がつく。

 

 

「ハリー、大丈夫?疲れてるんじゃない?」

「違うんだ」

 

 

ネビルが蒼白な顔のハリーを見て心配したが、ハリーはソフィアとロンとハーマイオニーを見てヴォルデモートが分霊箱が一つなくなっている事に気付いたと、無言で伝えた。

時間がなくなっていく。もし、次にヴォルデモートがホグワーツに来るという選択をしたならば残った一つの分霊箱を手に入れる機会は永遠に失われてしまう。

 

 

「僕たちは、先に進まなきゃならない。時間がないんだ」

 

 

ハリーはソフィアとロンとハーマイオニーの表情から、自分の伝えたいことがしっかりと伝わったと判断し額の傷痕を擦りながらネビルに伝えた。

 

 

「それじゃ、ハリー。僕たちは何をしたらいい?計画は?」

「計画?そうだな、僕たちは──僕とソフィアとロンとハーマイオニーだけど──やらなくちゃならないことがあるんだ。その後はここを出ていく」

 

 

ハリーはヴォルデモートの怒りの感情に飲まれなようにする事に全ての力を使い、激痛に耐えていた。思考がまとまらない中、ここをすぐに出なければという事だけはしっかりと理解していた。

 

 

「どういうこと?ここから出ていくって?」

「ここに留まるために戻ってきたわけじゃない。僕たちは大切なことをやらなければならないんだ」

「何なの?」

「僕──僕、話せない」

 

 

ネビルは困惑し、話せないと言うハリーに対する不満げな呟きがそこかしこで囁かれた。

 

 

「どうして僕たちに話せないの?例のあの人との戦いに関係していることだろう?」

「それは、うん──」

「なら、僕たちが手伝う」

 

 

ネビルは決然と言い、他のメンバーもある者は熱心に、ある者は厳粛に頷いた。すぐにでも行動できると示すために杖を持ち椅子から立ち上がった者もいる。

 

 

「君たちにはわからないことなんだ。僕たち──君たちには話せない。どうしても、やらなければいけないんだ。僕たちだけで」

「どうして?」

「どうしてって……ダンブルドアは、僕たち四人だけに仕事を遺した」

 

 

ハリーはソフィア達と早く最後の一つの分霊箱を探しに行かなければと焦りつつ、慎重に答えた。彼らを抑えなければ何としてでも着いてこようとするだろうという張り詰めた興奮や不満も感じていたのだ。

 

 

「そのことを話しちゃいけないんだ。つまり、ダンブルドアは僕たちに、四人だけにその仕事をしてほしいって──」

「僕たちはその軍団だ。ダンブルドア軍団なんだ。僕たちはそこで全員結ばれている。君たち四人だけで行動していたとき、僕たちは軍団の活動を続けてきた。どうして僕たちを信用できないの?この部屋にいる全員が戦ってきたんだ!だから、カロー兄妹に狩り立てられてここに追い込まれたんだ。ここにいる者は全員、ダンブルドアに忠実なことを証明してきた。つまり、君に忠実な事を」

 

 

ネビルの思いに、彼らの思いに。ハリーは何と答えていいのか一瞬わからなかった。ただでさえ傷痕は酷く痛み、時間の経過と共に焦り、思考は纏まらないのだ。

それでも応えられない。そうハリーが言おうとしたとき、ハリーの背後の扉がパッと開いた。

 

 

「伝言を受け取ったわ、ネビル!こんばんは。あたし、四人ともきっとここにいるって思ったもん!」

 

 

扉から飛び出し現れたのはルーナとディーンであり、シェーマスは吠えるような歓声を上げてディーンに駆け寄り唯一無二の親友を抱きしめた。

誰もがルーナとディーンとの再会を喜ぶ中、ソフィアは困惑して「どうしてここに?」と笑顔の二人に声をかける。確かに二人はダンブルドア軍団だ、だが、あの安全な場所にいたはずだ。

 

 

「僕が呼んだんだ。ルーナとディーンに、ハリーが戻ってきたらその時は革命だって、カロー兄妹を倒すんだって僕たち全員そう思っていたから」

 

 

ネビルは偽のガリオン金貨を振りながらソフィアに答える。その表情がぎこちないのは、ハリーの言葉を聞いた後だからだろう。

 

 

「もちろんそうよね?そうでしょ、ハリー。戦ってあいつらをホグワーツから追い出すのよね?」

 

 

ルーナは当然だと頷きながらハリーを見た。ハリーは焦燥感と痛みで苛立ちながら「違うんだ」と言おうとしたが、その言葉は再び開かれた扉により掻き消された。

扉から現れたのはジニー、フレッド、ジョージ、リー、チョウの五人であり再びダンブルドア軍団のメンバーは歓声に沸いたが集まりくる人たちを見てハリーとソフィアとロンとハーマイオニーは焦りを募らせた。

この後、このホグワーツにヴォルデモートが来る可能性が高いと知っているのは四人だけだ。伝えるべきだろうか?ここが戦場になると。しかし、彼らはパニックを起こさないだろうか?すぐに逃げてくれるだろうか?──いや、間違いない。彼らは残り戦うと言うだろう。

 

 

「伝言を受け取ったぜ。それで、どんな計画だ?」

 

 

ジョージが金貨を持った手を挙げながら言い、ハリーに近づく。計画だなんて──そんなものは、何もない。それを今から、どこに分霊箱があるのかをソフィア達と話し合わなければならないんだ。ハリーが言い淀んでいると、ソフィアはハリーの肩を叩きそっと耳打ちした。

 

 

「ハリー、彼らにも探してもらいましょう。レイブンクロー生もいるし、何か手がかりがあるかも。私たちには時間がない、そうでしょう?」

「それは──」

 

 

ソフィアの囁きはハリーとロンとハーマイオニーにだけ聞こえるほど小さなものだった。

彼らを巻き込んでもいいのだろうか。忠実なダンブルドア軍団とはいえ、未成年も多いのだ。敵の懐の中であり、不死鳥の騎士団員達にスリザリンのロケットについて聞いた時とは状況が異なる。ハリーは悩んだが、ロンとハーマイオニーは賛同し頷いた。

 

 

「ソフィアの言うとおりだわ。私たち、何を探すのかさえわからないのよ。みんなの助けがいるわ」

「ハリー、四人で探すのは現実的じゃないわ」

「──わかった」

 

 

傷痕が疼き続け、また頭が割れそうな予感の中でハリーは考えを巡らせ頷いた。ここにいるのは味方だけだ、間違いなく、スパイなんていない。彼らを信じ──無事を祈るしかない。

 

 

「よーし、みんな」

 

 

ハリーがダンブルドア軍団全体に呼びかけると、話し声が止んだ。近くにいた仲間に冗談を飛ばしていたフレッドとジョージもぴたりと静かになり、全員が緊張し興奮しているのがひしひしと伝わる。

 

 

「僕たちはあるものを探している。それは──例のあの人を打倒する助けになるものだ。このホグワーツにある。しかし、どこにあるのかはわからない。レイブンクローに属する何かだ。誰か、そういうものの話を聞いた事はないか?誰か、例えば鷲の印があるものをどこかで見た事はないか?」

「あるよ」

 

 

ハリーはレイブンクローの寮生達を見た。パドマ、マイケル、テリー、チョウ。しかし手を挙げて答えたのはジニーの椅子の隣にちょこんと腰掛けたルーナだった。

 

 

「あのね、失われた髪飾りがあるわ。その話をした事、覚えてる?レイブンクローの失われた髪飾りの事だけど。パパがそのコピーを作ろうとしたもん」

「ああそれか。だけど失われた髪飾りって言うからには──失われたんだ、ルーナ。そこが肝心なんだよ」

 

 

マイケル・コナーが呆れたように言い首を振った。レイブンクロー生ならば失われた髪飾りについて誰もが知っているが、それでもその髪飾りについて言わなかったのは、それがもうこの世に存在しないと思っているからだ。

 

 

「いつごろ失われたの?」

「何百年も前だと言う話よ」

 

 

ハリーはヴォルデモートが盗んだ事により失われたのか、とそう期待したが、チョウの言葉にがっかりと肩を落とした。

 

 

「フリットウィック先生がおっしゃるには、髪飾りはレイブンクローと一緒に消えたんですって。みんな探したけど、でも誰もその手がかりを見つけられなかった。そうよね?」

 

 

チョウがレイブンクロー生に向かっていえば、全員が頷いた。

失われた髪飾り。レイブンクローに関する物。誰も見つけたことがない物──ソフィアはトム・リドルがホグワーツに何百年も隠され、誰もが御伽話だと思っていた秘密の部屋を見つけ出した事を思い出した。トム・リドルは、自分こそがそのレイブンクローの髪飾りを見つけ出せると信じ、そしてついに見つけ出したのではないだろうか?

 

 

「その髪飾りってどんな形をしているの?」

「私たちの談話室にあるわ。レイブンクローの像が着けているの。見にくる?」

 

 

ソフィアの問い掛けにチョウが答えた。談話室に創設者の像があるとは初耳であり、ソフィアは少し驚きつつ頷きハリーを見たが──ハリーはまた苦悶の表情を浮かべ目を強く閉じていた。

 

 

「あいつがまた動き出した。──こうしよう。あんまりいい糸口にならないと思うけど、僕とソフィアでその髪飾りを見にいく。ロンとハーマイオニーはここで待ってくれ、それで、もう一つのあれを安全に保管しておいてくれ」

 

 

ハリーはソフィアとロンとハーマイオニーに囁き、ハーマイオニーは自分が持っている鞄の紐を強く握り、真剣な顔で頷いた。この鞄の中にハッフルパフのカップが入っている。これを無くすわけにも、他の誰かに渡すわけにもいかないのだ。

 

 

「私が案内するもん!ソフィアとハリーにはたくさんたくさん助けてもらったし、ね?」

「ありがとうルーナ」

 

 

ルーナはぴょんと椅子から立ち上がり、腰を浮かせかけていたチョウは少し残念そうな顔でまた座った。

 

 

「どうやってここから出るんだ?」

「こっちからだよ」

 

 

ネビルはハリーとルーナとソフィアを部屋の隅に案内した。そこにある小さな戸棚を開くと中は急な階段に続いている。

 

 

「行く先が毎日変わるんだ。だから、あいつらは絶対見つけられない。ただ、問題は出ていくのはいいんだけど、行く先が何処になるのかはっきりわからないことだ。ハリー、気をつけて。あいつら、夜は必ず廊下を見張っているから」

「大丈夫、すぐ戻るよ」

 

 

ハリーとルーナはすぐに棚の中に飛び込み階段を駆け上った。ソフィアは棚の扉に手をかけ、緊張と心配で強張った表情をしているネビルを振り返る。

 

 

「ネビル。──ルイスは?」

「ルイス──ルイスは……」

 

 

ネビルは苦しみに耐えるような表情を見せた。

ソフィアはその表情だけでルイスの立場を理解し、「大丈夫よ。兄が、本当にごめんね」と言いながら申し訳なさそうに眉を下げて囁く。その後すぐにソフィアはハリーとルーナを追いかけ、ネビルの「気をつけて、ルイスは本当に、変わっちゃったから」と言う忠告を遠くに聞いた。

 

 



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451 蛙!

 

 

階段は長く続き、ところどころ松明がかけられあちこち思いがけないところに曲がり角がある。ソフィアが最後の曲がり角を曲がった時、ハリーが硬い壁らしきものの前でルーナに透明マントを被せているところだった。

 

 

「ソフィアも入って」

 

 

ハリーは自分もマントに被さりながらソフィアに手招きし、ソフィアはすぐにその中に入り込んだ。三人ともしっかりと隠れている事を確認し、ハリーは壁にそっと触れる。

壁は触った途端溶けるように消え、三人は外に出た。振り返れば壁に開いた穴は溶けるように消え始めている。

ハリーはソフィアとルーナを引っ張り物陰に移動し、首からぶら下がる巾着の中を探って透明の地図を取り出した。顔を地図にくっつけるようにして自分とソフィアとルーナの点を探し、今いる場所を確認する。

 

 

「六階だ。──こっちだ、行こう」

 

 

ハリーは行く手の廊下から、フィルチの点が遠ざかって行くのを見つめながら囁いた。

ソフィアが杖を振り消音魔法を唱え、三人分の足音を消しながら彼らはこっそりと進んだ。ハリーとソフィアは何度も夜に城の中をうろついた事があったが、今ほど心臓が早鐘を打った事はなかった。

無事に移動しなければならない。魔法の罠がかけられていない事を期待するしかない。か細い紐を頼りにしているような不安を感じながらも、ハリーとソフィアは引き返す事はなかった。

 

 

「こっちよ」

 

 

ルーナがハリーの袖を引き、螺旋階段の方に引っ張りながら声をひそめて囁く。

三人は目の回るような長く急な螺旋階段を急いで上った。やっとの事で扉の前に来た時には三人の息は少し上がっていただろう。ハリーはすぐに開けようと手を伸ばしかけたが、扉の前には取っ手も鍵穴も無く、鷲の形をしたブロンズのドアノッカーがついているだけだった。

 

ルーナがひょいと手を伸ばし、一回ノックした。

静けさの中でその音は大砲が鳴りびいたようにハリーには聞こえ、ぎくりと肩を強張らせる。

少しして鷲の嘴がぱかりと開き、鳥の鳴き声ではなく柔らかな歌うような声が流れた。

 

 

「不死鳥と炎はどちらが先?」

「んん……どう思う?ハリー、ソフィア?」

「えっ、合言葉じゃないの?」

「あら、違うよ。質問に答えなきゃいけないんだもん」

「間違えたらどうなるの?」

 

 

思慮深い表情をしているルーナにソフィアが静かに聞けば、ルーナは当然のように「誰か正しい答えを出す人が来るまで待たないといけないもん」と言った。

 

 

「そうやって学ぶものよ。でしょ?」

「なるほどね」

「ルーナ、ソフィア、僕たちには待つ時間はないんだ」

 

 

ソフィアはレイブンクローらしいと納得したが、ハリーは焦り苛立ちながら早口で囁いた。

 

 

「炎、不死鳥。どちらが先かだなんで言い切れないわ。つまり、堂々巡りね」

「うん、あたしの考えも、答えは、円にははじまりがない」

「よく推理しましたね」

 

 

ソフィアとルーナの答えを聞いた鷲は柔らかい声で褒め、ぱっと扉を開けた。

ハリーは全く意味がわからなかったが扉が開いた事だけが重要であり深く考える事はない。扉を過ぎればすぐにレイブンクローの談話室がソフィア達を迎え入れた。

そこは広い円型の部屋で、ハリーはグリフィンドールとスリザリンの談話室よりも爽やかで優雅な印象を感じた。壁の穴ところどこにアーチ形の窓があり、壁には青とブロンズ色のシルクのカーテンがかかっている。天井はドーム型で星が描かれ、濃紺の絨毯も同じ模様をしていた。

机、椅子、本棚がいくつかあり、扉の反対側の壁の窪みに背の高い白い大理石の像が建っている。

 

ルーナの家でレイブンクローの胸像を見ていたソフィアとハリーにはそれがレイブンクローだとすぐにわかった。その像は寝室に続いていると思われるドアの脇に置かれ、ハリーは逸る心で真っ直ぐに像へと近づいた。

像は軽い微笑を浮かべ、美しいが少し威圧的でもあった。頭部には大理石で繊細な髪飾りの環が再現されている。フラーが結婚式の時につけていたティアラとどこか似ていた。

もっと近くで詳細を確認したいハリーは像の台座に乗ろうとしたが、透明マントを被ったまま三人一緒に上ることは不可能であり、ソフィアとルーナを透明マントの中に残し外へ出て台座に素早く上った。

 

ソフィアは透明マントから出たハリーを引き止めようとしたが、手を伸ばした時にはハリーはすでに台座に足をかけてしまっていた。流石に寮の中には敵はいないだろうか?ここはレイブンクローだし、スリザリンではない。とソフィアは考えつつも念のため杖を抜きルーナを引き寄せる。

 

 

台座に上ったハリーは、よく見れば台座に文字が刻まれている事に気づき、薄暗い中その文字を小声で読んだ。

 

 

「計り知れぬ英知こそ、我らが最大の宝なり」

「──つまり、お前は文無しだね能無しめ」

 

 

甲高い魔女の声が響く。ハリーは素早く振り返り台座から滑り降り、ソフィアは声のした方に杖を向けた。

棚と棚の間、暗がりの奥から現れたアレクト・カローはソフィアの失神魔法がその身を貫くよりも早く、人差し指を前腕の髑髏と蛇の焼印に押しつけていた。

 

 

 

指が印に触れた途端、ハリーの傷痕が堪えようも無く痛み台座に強く背を打ちつけた。その痛みも全く感じないまま、ハリーの意識はヴォルデモートの元へと飛んでいく。

星を散りばめた部屋が視界から消え、ハリーは崖下の突き出した岩に立っていた。心が歓喜で震える。──小僧を捕らえた。

 

 

「ハリー!」

 

 

ハリーはソフィアの必死な呼び声で意識を取り戻し、反射的にアレクトの方へ杖を向けたがすでにアレクトはソフィアの失神魔法に貫かれた後だった。

アレクトは衝撃で本棚に衝突し、ドサドサと音を立てて本が落ちる。容赦のない失神魔法はかなりの音を響かせてしまい、寝静まっていたレイブンクロー生が目覚め、慌てて談話室へ駆け寄ってくる足音がドアの向こう側から聞こえてきた。

 

 

「マントの中へ!早く!」

 

 

ソフィアはハリーの手を引きすぐにマントを被せると、談話室の奥へと素早く移動した。

その直後ドアが開き寝巻き姿のレイブンクロー生がどっと談話室に溢れ出た。何があったのかと不安げな顔をしていた生徒達は、アレクトが失神しているのを見て息を呑み、小さく叫ぶ。

恐々と近づいた生徒達はアレクトを囲み、獰猛な獣が今にも目覚めるのではないかと緊張した顔でアレクトを見下ろす。

勇敢な小さい一年生がその輪からパッと飛び出てアレクトに近寄り、足先でアレクトの尻を小突いた。

 

 

「死んでるかもしれないよ!」

 

 

喜んで叫ぶ一年生に、生徒達は喜びつつ何故こんなところで、と口々に不安げに囁いた。

 

 

「あいつが、ここに来る。ソフィア、この髪飾りだと思う?」

「ええ、あの人は秘密の部屋も開けたわ。伝説的なものを収集する癖からしても、可能性は高いわ」

「うん──そうか」

 

 

ハリーとソフィアは小声で囁き合う。確かにそうだ、あいつはいつも創設者に縁があり希少で価値のある物を求めた。問題はどこに失われた髪飾りが隠されているかだ。

ハリーは目を閉じ、傷痕の疼きに合わせながらヴォルデモートの心の中に沈んでいった。──トンネルを通り、最初の洞穴に着いた──ホグワーツに来る前に、ロケットの安否を確かめることに決めたのだろう。しかし、それが無いことに気付くのはすぐであり、やはり時間は残り少ない。

 

 

突如、談話室の扉を激しく叩く音がしてレイブンクロー生は息を止めみんな凍りついた。「消失した物体はどこに行く?」と歌うような声が聞こえたが、すぐに汚い怒鳴り声がそれを掻き消した。

 

 

「そんなこと俺が知るか!黙れ!アレクト?アレクト!そこにいるのか?あいつを捕まえたのか?ここを開けろ!」

 

 

アレクトの兄、アミカスが唸りながら叫ぶ。レイブンクロー生達は怯え後退りし、互いに囁き合っていた。あいつとは、誰だ?この中で、アレクトを失神させたものがいるのか?

レイブンクロー生が動揺していると、何の前触れもなく銃を発射したような轟音が響き、再びアミカスの苛立ちの叫びが聞こえた。

 

 

「アレクト!あの方が到着して、もし俺たちがポッターを捕まえてなかったら──マルフォイ一家の二の舞になりてえのか?返事をしろ!」

 

 

アミカスは力の限り扉を揺すぶりながら大声で喚き魔法を発射したが、扉は頑として開かない。

レイブンクロー生は全員がさらに後退りし、答えなければ扉は開かないとわかっていても何人かは寝室に戻ろうと慌てふためいて階段を駆け上がり始めた。

ソフィアとハリーはこれ以上騒ぎになる前に外に出てアミカスを失神させるしかない、そう思ったが扉を開けた途端失神させられたらどうしようかと悩み──そうしていると、扉の向こうで聞き慣れた懐かしい、別の声が聞こえた。

 

 

「カロー先生、何をなさっているのですか?」

 

 

非難めいたその声は、マクゴナガルのものだった。ソフィアとハリーは息を呑み、無意識のうちに一歩扉に近づく。

 

 

「このくそったれの扉に入ろうとしているんだ!フリットウィックを呼べ!あいつに開けさせろ!今すぐにだ!」

「しかし、妹さんが中にいるのではありませんか?フリットウィック先生は宵の口にあなたの緊急な要請で妹さんをこの中に入れたのではなかったですか?たぶん、妹さんが開けてくれるのでは?それなら城の大半を起こす必要は無いでしょう」

「妹が答えねぇんだよこの婆ぁ!てめえが開けやがれ!さあ開けろ!今すぐ開けろ!」

「承知しました。お望みなら」

 

 

マクゴナガルは恐ろしく冷たい口調で答え、ノッカーで上品に扉を叩いた。ソフィアは恩師であるマクゴナガルへの暴言に、沸々とした怒りを感じ強く杖を握り扉の先を睨む。

 

 

「消失した物体はどこに行く?」

「非存在に。つまり、全てに」

「見事な言い回しですね」

 

 

鷲のノッカーが答え、扉がパッと開いた。

アミカスが肩を怒らせ杖を振り回して扉から飛び込んでくると、残っていた数少ないレイブンクロー生は矢のように階段へと走った。

アミカスは床の上に大の字に倒れ動かないアレクトを見つけ、怒りと恐れが入り混じった叫び声を上げながら駆け寄った。

 

 

「ガキども!何しやがった?誰がやったか白状するまで、全員磔の呪文にかけてやる──それよりも、闇の帝王が何をおっしゃるか──やつを捕まえてねえ、その上ガキどもが妹を殺しやがった!」

「失神させられているだけですよ」

 

 

屈んでアレクトを調べていたマクゴナガルは苛立ちを抑えながら「妹さんはなんともありません」と言ったが、アミカスは手で髪を掻き乱し歯を食いしばり唸り声を上げた。

 

 

「何ともねえもクソもあるか!妹が闇の帝王に捕まったらとんでもねえことになる!こいつはあの方を呼びやがった、俺の闇の印が焼けるのを感じた!あの方は、俺たちがポッターを捕まえたとお考えになる!」

「ポッターを捕まえた?どういうことですか?ポッターを捕まえたとは?」

「あの方が、ポッターはレイブンクローの塔に入ろうとするかもしれねぇって、そんでもって捕まえたら呼ぶようにって、俺たちにそう仰った!」

「ハリー・ポッターがなんでレイブンクローの塔に入ろうとするのですか?ポッターは私の寮生です!」

 

 

まさか、という驚きの声の中に、微かに誇りが含まれていることにハリーは気付く。胸の奥が熱くなり、マクゴナガルへの敬愛の気持ちがどっと溢れてくるのを感じた。

 

 

「俺たちは、ポッターがここに来るかもしれねえって言われただけだ!なんでもへったくれもねえ!」

 

 

マクゴナガルは立ち上がり、鋭い目で部屋を眺め回した。その目がハリー達が立っている場所を二度行き過ぎる。

 

 

「ガキ共になすりつけてやる。そうだ、そうすりゃいい。こう言うんだ。アレクトはガキ共に待ち伏せされた。上にいるガキ共によ。ガキ共が無理矢理妹に闇の印を押させた、だから、あの方は間違いの報せを受け取った。……あの方はガキ共を罰する。ガキが二、三人減ろうが減るまいが、たいした違いじゃねえだろう?」

 

 

罪のないレイブンクロー生にいやしくも濡れ衣を着せようとするアミカスに、ハリーとソフィアはマントの下で強い軽蔑の視線を向けた。

アミカスの醜い顔が狡賢く歪んだのを見て、ハリーを探していたマクゴナガルは鋭い目でアミカスを睨み、その愚かな案を一蹴する。

 

 

「真実と嘘の違い、勇気と臆病の違いにすぎません。要するに、あなたにも妹さんにもその違いがわかるとは思いません。しかし、一つだけはっきりさせておきましょう。あなたたちの無能の数々を、ホグワーツの生徒達のせいにはさせません。私が許しません」

「何だと?」

 

 

アミカスが進み出て、マクゴナガルに息が掛かるほど無遠慮に詰め寄った。マクゴナガルは一歩も引かず、彼の睨みに臆することなく便座に着いた不快な物でも見るようにアミカスを見下ろした。

 

 

「ミネルバ・マクゴナガルよ。あんたが許すだの許さないだのって場合じゃぁねえ。あんたの時代は終わった。今は俺たちがここを仕切ってる。俺を支持しないつもりなら、ツケを払う事になるぜ」

 

 

アミカスは憎々しく汚い顔で笑い、マクゴナガルの顔に唾を吐いた。

 

 

「してはならないことをやってしまったな」

「許さない」

 

 

透明マントを脱いだのは、ハリーが先かソフィアが先か。二人はアミカスが振り返る前に杖を振るい上げ叫んだ。

 

 

苦しめ(クルーシオ)!」

蛙に変身せよ(タスフォフルグ)!」

 

 

アミカスは醜い吹き出物で覆われたでっぷりとした蛙になり、宙に浮かび上がった。溺れるようにもがき、声なき叫びをあげ、本棚の正面に激突しびたんと鈍い音を立てへばりつく。

ソフィアは近くにある本を籠に変え、気絶した蛙を閉じ込めた。ぴくぴくと痙攣する蛙を見下ろし、沸き起こった怒りを何とか抑えようと深く深呼吸した。

 

 

「ポッター!ミス・プリンス!──い、いったいどうしてここに──?」

 

 

マクゴナガルは胸を押さえながら小声で叫び、落ち着こうと必死になりながらソフィアとハリーに駆け寄り「バカなまねを!」と叱りつけた。ハリーは禁じられた呪文を使い、ソフィアは人を獣に変身させた。許されることではないが、二人とも真っ直ぐな目でマクゴナガルを見つめる。

 

 

「こいつは先生に唾を吐いた」

「一生この姿で生きていくといいわ」

「ポッター、ミス・プリンス、私は──それは──とても雄々しい行為でした──しかし、わかっているのですか?」

 

 

「ええ、わかっています」と、ハリーはしっかりと答える。マクゴナガルが慌てていることが、かえってハリーを冷静にさせた。

 

 

「マクゴナガル先生、ヴォルデモートがやってきます」

「あら、もうその名前を言っていいの?」

 

 

ルーナが透明マントを脱ぎ捨て、面白そうに聞く。三人目の出現にマクゴナガルは衝撃を受け、よろよろと後退りしながら傍らの椅子に座り込んだ。

 

 

「あいつをなんて呼ぼうか同じことだ。あいつはもう、僕がどこにいるのか知っている」

「逃げないといけません。さあ、ポッター、ミス・プリンス、できるだけ急いで!」

「それはできません。僕たちはやらなければならないことがあります。先生、レイブンクローの髪飾りがどこにあるのか、ご存知ですか?」

 

 

今までレイブンクローの髪飾りが分霊箱であることは半信半疑だった。しかし、ソフィアの推理とヴォルデモートが「ポッターはここに来るかもしれない」と死喰い人に忠告した事によりそれは確実なものになったのだ。ヴォルデモートは、ハリーがレイブンクローの髪飾りを確認するかもしれないと考えていたのだろう。

 

 

「レイブンクローの髪飾り?もちろん知りません、何百年ものあいだ、失われたままではありませんか?」

「先生、この城に隠されている髪飾りを僕は見つけなければならないんです、髪飾りの可能性が高い──フリットウィック先生とお話しすることはできませんか?」

 

 

レイブンクローの寮監であるフリットウィックならば、なにか手がかりを知っているかもしれない。ハリーがそう聞いた時後ろから身じろぎの音が聞こえた。失神させられていたアレクトが呻き声をあげ意識を取り戻しており、ハリーとソフィアが動くよりも早くマクゴナガルが立ち上がり死喰い人に向かって杖を振るい鋭く唱えた。

 

 

服従せよ(インペリオ)!」

 

 

びくりと体を震わせた死喰い人はアミカスが落とした杖を拾ってぎこちない足取りでマクゴナガルに近づき、自分の杖とまとめて差し出した。そうするとふらふらとしながら気絶している蛙が入った籠を抱える。

マクゴナガルが再び杖を振るとアレクトの姿はくすんだ色をした蛙になり、開いた籠の中にぴょんと飛び込む。そのままがちゃりと扉は閉まった。

 

 

「ポッター、ミス・プリンス」

 

 

マクゴナガルは蛙の兄妹になったカロー兄妹の事など、ものの見事に無視し、再びハリーとソフィアに向き合った。

 

 

「あなた達がダンブルドアの遺した仕事で行動しているのは承知しています。私は名前を言ってはいけないあの人から、この学校を守りましょう。あなた達がその──何かを探している間は」

「できるのですか?」

「そう思います」

 

 

ヴォルデモートに対抗できるのはダンブルドアだけだとハリーは考えていた。しかし、マクゴナガルは簡単に、あっさりと頷くと驚き心配そうな顔をするソフィアとハリーに、僅かに挑戦的な顔で微笑みかける。

 

 

「先生方は知っての通り、かなり魔法に長けています。全員が最高の力を出せば、しばらくの間はあの人を防ぐことができるに違いありません。スネイプ教授も──」

 

 

マクゴナガルはソフィアを見たが、すぐにルーナを見て言葉を止め「スネイプ教授は、どうにかなるでしょう」と言い換えた。

 

 

「闇の帝王が、校庭の門に現れホグワーツがまもなく包囲されるという事態になるのであれば、無関係の人間をできるだけ多く逃すのが懸命というものでしょう。しかし、煙突飛行ネットワークは監視され、学校の構内では姿現しも不可能となれば──」

「手段があります」

 

 

ハリーが急いで口を挟み、ホッグズ・ヘッドへと繋がる抜け道について説明した。何百人という生徒だが、ヴォルデモートがホグワーツの境界周辺に注意を払っているのならばホッグズ・ヘッドから何人もが姿くらましをしても関心を払わないだろう。

 

 

「それはいい考えです。──さあ、他の寮監に警告を出さなければなりません。あなた達はまた、マントを被った方がよいでしょう」

 

 

マクゴナガルは扉まで進みながら杖を上げた。杖先から目の周りにメガネのような模様のある銀色の猫が三匹飛び出し、しなやかに先を走る。

ソフィア達が螺旋階段を下りる間、守護霊達が階段を銀色の灯りで満たす。四人が廊下を疾走すると一匹、一匹と方向を変え姿を消した。マクゴナガルが先頭を走り、その後をソフィアとハリーとルーナが追う。二階へと降りた時、もう一つのひっそりとした足音が加わった。

まだ額の疼きを感じていたハリーが最初にその音に気づき、誰なのか忍びの地図を出して確認しようとした時、マクゴナガルもその足音に気づき足を止めた。

 

 

「そこにいるのは誰です?」

 

 

敵かもしれない。杖を上げ決闘の体勢をとりながらマクゴナガルは暗がりに向かって緊張を孕んだ声を投げかける。

 

 

「我輩だ」

 

 

闇の中から、低い声が答えた。

 

 



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452 再会と別れ!

 

 

甲冑の陰からセブルス・スネイプが進み出て、怪訝な顔でマクゴナガルを見下ろす。

その途端、ソフィアは透明マントから飛び出しマクゴナガルの隣を素早く通り過ぎてセブルスに駆け寄った。

 

 

「──っ!」

 

 

父様、とは呼べなかった。ルーナがここにいるからではなく、他の誰かが聞いているかもしれないことを、ソフィアの中の僅かに残った冷静な部分が止めた。それでも駆け寄りその胸に飛び込み強く抱きしめてしまったのは──その姿を見た瞬間、長い間ソフィアの中に張り詰めていた様々な思いが駆け巡ったからだろう。変わることのない愛、息ができなくなる程の苦しみ、泣き叫びたい程の悲しみに、ソフィアは今この胸の奥から溢れ出てくる激情を、言葉で言い表すことができなかった。

 

セブルスは一瞬狼狽え、反射的に自分に飛び込んできた者へ杖を上げた。しかし、上げられた腕は下ろされる事はない。──自分の胸に顔を埋める者など、世界に二人しかいない、その一人は、ここにいないはずの、この髪色は──。

 

 

「ソフィア──?」

 

 

それはソフィアにしか聞こえないほどの、かすかな声だった。

ずっと聞きたかった、呼んで欲しかったその言葉にソフィアは顔を上げ、眉を寄せ唇を噛み締めながら何かに耐えるような目を向けた。顔中に傷痕があり、髪は短くなり頬もこけている。それでも、強い意志を感じさせる瞳は昔と変わらずセブルスを射抜いた。セブルスは息を呑み、近くに他の人がいることも忘れ、上げた手でソフィアを抱きしめた。

どんな危険な旅だったのか。情報は僅かにしか入ってこない。ソフィアはうまく姿を隠していてその存在の情報は、殆どなかった。生死もわからず、常に不安が体の奥に重く沈澱し、全てを投げ出しルイスと共に逃げ出そうと何度考えたことか。──それでも、今、この瞬間全てがふっと軽くなった。言いたいことや聞きたいことは山のようにあるが、今だけは、ソフィアの存在をただ感じていたい。

 

 

「感動の再会のところ申し訳ありませんが」

 

 

無言で強く抱き合っている二人に、マクゴナガルは冷静に呼びかけ、二人は目が覚めたようにぱっと離れた。

 

 

「ポッターとラブグッドもいますよ」

「──何?」

「あ、そうだった……ルーナ、混乱してると思うけど、全てが終わるまでは黙っていてね」

「うん、二人は恋人同士になったの?」

 

 

確か、ハリーと恋人じゃなかったかな?と思いながらルーナは透明マントの奥で不思議そうに言い、ハリーは「それは僕だ」と言おうとしたが何とか堪えた。

セブルスは声のした方を鋭く睨んだが、すぐにマクゴナガルに向き合うと「状況は」と低い声で言いながら周りに防音魔法をかける。

 

 

「例のあの人が間もなくここに来ます。私達はここを守らなければなりません。彼らはここで探すものがあるそうです」

「……ならば、我輩はここにいるべきではない」

「ええ、私もそう思います」

 

 

セブルスは低い声で言い、ソフィアの背を優しく押した。ソフィアは二、三歩進んだがすぐに振り返り、辛そうに目を揺らせる。

分かっている。セブルス・スネイプは、父は死喰い人として今はまだ疑われるわけにはいかない。教師としてホグワーツに残れば、何も知らない教師達と戦い、生徒の数名を殺す程度の残虐さを見せなければヴォルデモートは裏切ったと考える。

今、ここで裏切りを示すよりも、油断なくヴォルデモートの側につき、従い、最後の最後まで敵側からこちらへ情報を回す。隙があれば敵を密かに攻撃し勢力を軽減させることもできるだろう。

 

ソフィアとセブルスの視線が混じったのは一瞬であり、ソフィアはすぐに前を向くと手を伸ばした。その手をハリーが掴み、透明マントの中に引き込む。

 

 

「あなたがここを去りやすいようにしなければなりませんね」

 

 

マクゴナガルはソフィアが消えたのを確認し、壁の松明に向かって杖を振るった。

松明は火の輪になって廊下中に広がりあたりを燃やしていく。セブルスは杖から巨大な蛇を出現させ、窓や甲冑を砕かせた。

 

 

「ミネルバ!」

 

 

廊下を疾走する足音と共にフリットウィックの叫び声が響き、セブルスは破壊された窓に駆け寄る。一瞬、セブルスの目が見えないはずのハリーの方向へと向いた。

 

 

「──自分の思うがままに行動しろ」

 

 

セブルスは小さく呟き、影のような黒い煙に覆われてそのまま窓の向こうに姿を消した。

マクゴナガルの守護霊から緊急事態でありすぐに集合せよ、と聞いたフリットウィックとスプラウトが素早く窓へ駆け寄り、その後ろからスラグホーンが巨体を揺すり喘ぎながら追ってきた。

 

 

「スネイプが──?これは一体?」

 

 

息を切らせ、困惑しながらスラグホーンが問えば、マクゴナガルは冷静に「校長は暫くの間おやすみです」と涼しい顔で答えた。

戦闘している様子を一瞬見たフリットウィックとスプラウトは苦い顔で窓の向こうに広がる闇を見ていたが、すぐにマクゴナガルの元に駆け寄る。

 

突然、ハリーの傷痕が猛烈に痛み、ハリーは額を両手で押さえ叫んだ。

 

 

「先生!学校にバリケードを張らなければなりません。あいつが──ヴォルデモートがもうすぐやってきます!」

 

 

最早隠れる意味がない、とハリーは透明マントを脱ぎ捨てながら訴える。フリットウィック達は現れたハリーとソフィアとルーナに驚いたが、それよりもヴォルデモートがここに来る事の方が衝撃的であり、スプラウトとフリットウィックは息を呑み、スラグホーンは低くうめいた。

 

 

「ポッターはダンブルドアの命令で、この城でやるべきことがあります。ポッターが必要なことをしている間、私たちは能力の及ぶ限りのあらゆる防御を、この城に施す必要があります」

「もちろんおわかりだろうが、我々が何をしようと例のあの人をいつまでも食い止めることはできないが?」

「それでも、しばらく止めておくことはできるわ」

 

 

スプラウトの言葉にマクゴナガルは「ありがとう、ポモーナ」と言い、二人の魔女は真剣な覚悟の眼差しを交わし合った。いつまでも食い止める事は不可能だ。それでも、ハリーが成し遂げるまで、せめて生徒達が逃げる間は食い止めなければならない。

 

 

「まず、我々がこの城に基本的な防御を施す事にしましょう。それから、生徒達を大広間に集めます。大多数の生徒は避難しなければなりません。もし、成人に達した生徒が残って戦いたいと言うのなら、チャンスを与えるべきだと思います」

 

 

その言葉は、まるでダンブルドアのようだとソフィアとハリーは思う。

マクゴナガルにとってダンブルドアは敬愛し尊敬している恩師だ。──彼の意志を、彼女もまた受け継いでいるのだろう。

 

 

「賛成よ。二十分後に大広間で、私の寮の生徒と一緒に会いましょう」

 

 

スプラウトは素早く廊下を引き返しハッフルパフ寮へと向かった。「食虫蔓、悪魔の罠、それにスナーガラフの種……そう、死喰い人がこういうものとどう戦うのか拝見したいところだわ」という呟きを最後に小走りで廊下を走り去り、残ったフリットウィックもまた覚悟を決めた顔でマクゴナガルを見上げた。

 

 

「私はここから術をかけられる」

 

 

フリットウィックは窓まで背が届かず、ほとんど外が見えない状態で壊れた窓越しに狙いを定め、極めて複雑な呪文を唱え始める。ざわざわという不思議な音が闇の向こうから聞こえ、それはまるで風の力を校庭へ解き放ったようにハリーには聞こえた。

 

 

「フリットウィック先生。──先生、お邪魔してすみません。でも、重要な事なんです。レイブンクローの髪飾りがどこにあるか、ご存知ありませんか?」

 

 

ハリーはフリットウィックに近づき、後ろから呼びかけた。保護魔法をかける事に集中していたフリットウィックは反応が遅れたが、少しして振り返り怪訝な視線をハリーに向ける。

 

 

「レイブンクローの髪飾り?ハリー、ちょっとした余分の知恵があるのは、決して不都合な事ではないが、このような状況でそれが役に立つとは到底思えんが?」

「僕が聞きたいのは──それがどこにあるかです。ご存知ですか?ご覧になったことは?」

「見たことがあるかじゃと?生きている者の記憶にあるかぎりでは、誰も見た者はいない!とっくの昔に失われたものじゃよ!」

 

 

ハリーはどうしようもない失望感と焦燥感の入り混じった気持ちになった。まさか、レイブンクローの髪飾りではないのだろうか?もしそれなら、分霊箱が何なのか全く検討がつかない。レイブンクローの髪飾りだとして、どこにあるのか誰も知らない物をどうやって探し出せばいいのだろうか?ヴォルデモートは、それをどうやって探し出したのだろう?

 

 

「──何たること。何たる騒ぎだ!果たしてこれが懸命なことかどうか、ミネルバ、私には確信が持てない。いいかね、あの人は結局は進入する道を見つける。そうなれば、あの人を阻もうとした者は皆、由々しき事態になる」

「あなたもスリザリン生も、二十分後に大広間に来ることを期待します。スリザリン生と共にここを去ると言うのなら、止めはしません。しかし、スリザリン生の誰かが抵抗を妨害したり、この城で武器を取って我々に刃向かおうとするなら、ホラス、その時は我々は死を賭して戦います」

 

 

青い顔で狼狽えるスラグホーンを、マクゴナガルは一瞬軽蔑したように見たがすぐにいつも通りの真剣な眼差しで訴えかける。言葉に詰まり体を震わせたスラグホーンは愕然として「ミネルバ」と囁いたが、その迷うような弱々しい囁きをマクゴナガルは聞こえぬふりをした。

 

 

「スリザリン寮が旗幟を鮮明にすべき時が来ました。ホラス、スリザリン生を起こしに行くのです。──それではフィリウス、レイブンクロー生と一緒に、大広間でお会いしましょう!」

 

 

マクゴナガルはそう言うとハリーとソフィアとルーナについてくるようにと手招きをした。

ハリーはまだぶつぶつと呟いているスラグホーンを無視してその場を去り、ルーナとソフィアと三人でマクゴナガルの後を走った。

 

 

「ああ!フィルチ、こんな時に──」

 

 

年老いた管理人がランプを持ち喚きながら現れ、マクゴナガルは杖を構えながら忌々しげに──彼女らしくなく──舌打ちをした。

 

 

「生徒がベッドを抜け出している!生徒が廊下にいる!」

「そうするべきなのです、この救いようもない馬鹿が!──さあ、何か建設的なことをなさい!ピーブズを見つけてきなさい!」

「ピ──ピーブズ?」

 

 

マクゴナガルの苛立ちを含んだ叫びに、フィルチは動揺しそんな名前は初めて聞いたとばかりに聞き返した。

 

 

「そうです、ピーブズですこの馬鹿者が!この四半世紀というもの、ピーブズの事で文句を言い続けてきたのではありませんか?さあ、捕まえに行くのです。すぐに!」

 

 

フィルチは明らかにマクゴナガルは正気ではない。という目で見たが彼女の剣幕に圧倒され低い声でぶつぶつと呟きながら背中を丸めて廊下を引き返して行った。

 

 

「では、いざ──全ての石よ 動け(ピエルトータム ロコモーター)!」

 

 

マクゴナガルが叫び、大きく杖を横に薙ぐようにして振るった。すると廊下中の像と甲冑が台座から飛び降り、持っていた剣や防具を構えた。上下階から響く衝撃音で、ハリー達は学校中の甲冑が同じことをしたのだとわかった。

 

 

「ホグワーツは脅かされています!境界を警護し、我々を守りなさい。我らが学校への勤めを果たすのです!」

 

 

騒々しい音を立て、叫び声を上げながら甲冑と像達は雪崩を打ってハリーの前を通り過ぎた。小さい像も、大きな像も、動物の姿をした像もあった。甲冑は鎧を打ち鳴らし、剣や棘のついた鎖玉やらを振り回しながら一直線に校門へと向かう。

 

 

「さてポッター。あなた達は友達のところに戻り、大広間に連れてくるのです。──私は、他のグリフィンドール生を起こします」

 

 

次の階段の一番上でマクゴナガルと別れ、ハリーとソフィアとルーナは必要の部屋の隠された入り口に向かって走り出した。

途中で生徒達の群れに会い、大多数がパジャマの上に旅行用のマントを着て先生や監督生に導かれながら大広間に向かっている。「あれはポッターだ!」「ハリ・ポッター!」とハリーに気付いた者が叫んだが、ハリー達は一度も振り返る事なく必要の部屋へ走った。

 

 



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453 みんなで!

 

 

「うわ──」

 

 

必要の部屋の扉を開け、階段を駆け下り部屋の中を見た途端ハリーは驚いて階段を二、三段踏み外した。

 

部屋を出た時よりもさらに混み合い、キングスリーとリーマス、それにシリウスがハリーを見上げていた。いや、彼らだけではない、オリバー・ウッド、ケイティ・ベル、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ビル、フラー、モリー、アーサーもいる。

 

 

「シリウス!」

「ハリー!」

 

 

シリウスは目の前にいる数人を押し退けハリーに進み寄り、ハリーもまた飛び出して──ソフィアとセブルスほどではないが──がしりと抱き合った。ずっと、不安だったのだ、シリウスが無事なのかどうか。

 

 

「ハリー、無事でよかった。何が起きているんだ?」

 

 

シリウスは体を離したがハリーの両肩に手を乗せたまま、困惑と興奮が混ざったような顔でハリーに聞く。「ヴォルデモートがこっちに向かってるんだ。先生方が学校にバリケードを築いている──スネイプ先生は向こうに行った──みんな、なんでここに?どうしてわかったの?」とハリーは驚きつつ、これ程勇気付けられる事はないと思いながら彼らを見回せば、フレッドがニヤリと笑いながら手を挙げた。

 

 

「俺たちが、ダンブルドア軍団の他のメンバー全員に伝言を送ったのさ。こんなに面白いことを見逃す奴はいないぜ、ハリー。それで軍団員が騎士団に知らせて、雪だるま式に増えたってわけだ」

「何から始める、ハリー?」

 

 

ジョージがフレッドと肩を組みながら真剣な声音の中に、どこか悪戯を企んでいるような、そんないつもの調子で聞いた。

 

 

「小さい子達を避難させている。全員が大広間に集まって準備してる。──僕たちは戦うんだ」

 

 

その言葉に、口々に自身を奮い起こすような叫びを上げ、みんなが階段の下に押し寄せ、全員が次々とハリーの前を通り過ぎた。不死鳥の騎士団、ダンブルドア軍団、ハリーのクィディッチの昔の仲間、みんなが交じり合い、杖を抜き、闘志を燃やして城の中へと向かっていた。

 

 

「ルーナ、行こう!」

 

 

ネビルが通りすがりに声をかけ、空いている手を差し出した。ルーナはその手を取り、ネビルについて階段をまた上って行く。

一気に人が出ていき、階段下の必要の部屋には一握りの人間だけが残りハリーとソフィアもその中に加わった。

部屋の中心でモリーとジニーが言い争い、その周りにアーサー、リーマス、シリウス、フレッド、ジョージ、ビル、フラーがいる。ソフィアはロンとハーマイオニーの姿がない事に驚き、慌てて階段の方を向いた。あの人混みに紛れて、大広間に向かってしまったのだろうか?

 

 

「──あなたはまだ未成年よ!私が許しません!息子達は、いいわ。でもあなたは家に帰りなさい!」

「嫌よ!私はダンブルドア軍団のメンバーだわ──」

「未成年のお遊びです!」

 

 

ジニーは髪を大きく揺らして叫び、モリーに掴まれた腕を乱暴に振り解いた。ジニーはハリー達がいなくなってから、ずっとこのホグワーツを仲間と共に守っていきた。どんな怪我をしようと、馬鹿にされようと屈せず強く前を見続けた。

大切な友人であるハリーとソフィアとハーマイオニー。そして兄のロンのために。──全てのために。

 

「その未成年のお遊びが、あの人に立ち向かおうとしているんだ。他の誰もやろうとしていないことだぜ!」とフレッドが助け舟を出したが、モリーは「この子はまだ十六歳です!」と目を吊り上げて怒り叫ぶ。

 

 

「まだ年端もいかないのに!あなた達二人はいったい何を考えているの?この子を連れてくるなんて!」

「母さんが正しいよ、ジニー」

 

 

フレッドとジョージが少し恥じ入った顔をして黙り込んだ隙に、ビルが優しく言いジニーの怒りと悲しみで震える肩を撫でた。

 

 

「ジニーにはこんな危険な事させられない。未成年の子は全員去るべきだ。それが正しい」

「私、家になんて帰れないわ!家族がここにいるのに、様子もわからないまま家で一人で待ってるなんて、耐えられない!──ソフィア、あなたなら分かるわよね!?」

 

 

ジニーは目に怒りの涙を光らせ、ソフィアを縋り見た。「ジニー……」とソフィアは呟く。その気持ちは、痛いほど、苦しいほど分かってしまった。一人だけが守られ、何も知らないまま過ごす事が──それを知った時、どれほど心を裂くのか。これから家族が戦闘に向かうと分かっているのに、何が起きているのかわからぬまま時間だけが過ぎていく苦しさをソフィアはその身を持って知っている。しかし、それと同時に何があっても子を守りたいというモリーの母としての願いや思いも強く理解していた。

 

ソフィアが何も言えないでいるとジニーは悔しそうに顔を背け、ホッグズ・ヘッドに戻るトンネルの入り口を見つめた。

 

 

「いいわ。それじゃ、もうさよならを言うわ。それで──」

 

 

ジニーが全ての言葉を言い終わる前に、慌てて走ってくる気配と共にドシンと体を打ち付ける大きな音が響いた。

トンネルから出てきた誰かが勢い余って倒れたようで、その人物を見たジニーは驚きのあまり言葉を無くした。

 

 

「遅すぎたかな?もう始まったのか?」

「おい、大丈夫か?」

「う、うん。僕、たった今知ったばかりで、それで僕──僕──」

 

 

一番近くの椅子に縋りずれた角縁眼鏡を通り越して周りを見回したパーシーは、自分が家族の殆どがいる場所に飛び込んだとは予想もしなかったようで口ごもった。その後トンネルから現れたジャックはパーシーを助け起こし、部屋の中にいる人たちを見て少し驚いたように目を見開いた。

 

 

「……まあ、一応間に合ったようだな」

 

 

人数は少ないが騎士団員の中でも中心的な役割を担っていた者達が残っているのを見てジャックは呟いたが、パーシーは今から戦いに行くと言う事を忘れてしまったように家族達を見て固まった。

ソフィアはジャックに声を掛けたかったが、流石にこの雰囲気の中飛び出すことは不可能であり、気まずそうに肩をすくめたジャックに向かって小さく手を振る事しかできなかった。

 

 

驚きのあまり長い沈黙が続き、誰もが話の切り出し方を見つけられない中、やがてフラーが何事も無かったかのようにリーマスに話しかけた。それは場に落ちた気まずい緊張を和らげようとする、突拍子も無い見え透いた──彼女の優しさが含まれた──一言だった。

 

 

「それで──小さなテディはお元気ですか?」

 

 

リーマスは不意を衝かれて目を瞬かせた。ウィーズリー一家に流れる沈黙はまだ氷のように固まり互いに見つめ合い硬直している。

 

 

「私は──ああ、うん──あの子は元気だ!そう、トンクスが一緒だ。トンクスの母親のところで──そうだ、ここに写真がある!」

 

 

リーマスは上着の内ポケットから写真を一枚取り出してフラーに見せた。横からハリーとソフィアが覗き込み、ふっと表情を緩ませた。明るいトルコ石色の髪をした小さな赤ん坊が、むっちりとした両手の握り拳をこちらに向けて振っている愛らしい姿が写っていたのだ。

 

 

「僕が馬鹿だった!」

 

 

パーシーが吠えるように叫び、あまりの大声でリーマスは写真を落としかけ、ソフィアとハリーは驚いてパーシーを見た。

 

 

「僕は愚か者だった、気取った間抜けだった。僕は、あの──」

 

 

「魔法省好きの、家族を棄てた、権力欲の強い大馬鹿野郎」とフレッドがちくりと言えば、パーシーはごくりと唾を飲み「そう、そうだった!」と叫び拳を震わせた。

 

 

「まあな、それ以上正当な言い方はできないだろう」

「全くだ、兄弟?」

 

 

フレッドとジョージがパーシーに手を差し出した。パーシーは差し出され手と弟達を唖然として見比べる。

その手を握る前にモリーがワッと泣き出してパーシーに駆け寄り、フレッドとジョージを押し退けてパーシーを強く抱きしめた。パーシーはモリーの背をぽんぽんと叩きながら父親であるアーサーを見る。

 

 

「父さん、ごめんなさい」

 

 

アーサーは溢れそうになる涙をなんとか耐えながら、急いで近寄ってモリーごとパーシーを抱きしめた。

 

 

「いったいどうやって正気に戻ったんだ、パース?」

「しばらく前から、少しずつ気付いていたんだ。だけど、抜け出す方法がなかなか見つけられなかった。魔法省ではそう簡単にできる事じゃない。裏切り者は、気がついたら消えていたんだ。──消されたんだと思う──けど、僕、ジャックからここで戦いが起こるって教えられて、それで駆けつけたんだ」

 

 

パーシーはジャックに視線を向けつつ、旅行マントの端で眼鏡の下の目を拭いながらフレッドの疑問に答えた。

 

 

「ジャック、もういいのかい?」

「ああ、間違いなく今日で全てが変わる。どっちにしろな。……なら、俺はこっち側から参戦して動揺を誘うべきだ」

 

 

リーマスは、「もうヴォルデモートに裏切りが知られてもいいのか」という意味で問いかけ、ジャックは真剣な表情で頷いた。死喰い人として今まで魔法省に潜入しヴォルデモートの傀儡になり──実際は彼の持つ人脈や力を使い何十人ものマグル生まれを外国へ逃していたが──騎士団へ情報を流していた。

ホグワーツにハリー・ポッターがいる。それはヴォルデモート側から、また、騎士団側からほぼ同時に秘密裏に知らされた。

 

ジャックはすぐに部下の男に服従の呪文をかけた上で自分の毛髪を入れたポリジュース薬を飲ませた。魔法大臣として、魔法省を離れるわけにはいかない。おそらくヴォルデモートがここに現れることはないが、魔法省にいる死喰い人や闇祓いをホグワーツに収集させよと直ぐに命令が来る。それまでの短い時間偽物のジャックが仕事をしていればいい。

ジャックはホグワーツへ向かう時にパーシーへと声を掛けていた。彼がどちらを選択するにせよ、知らせておかねばならないと思ったのだ。もちろん、それでも魔法省側に──ヴォルデモート側に──着くというのなら、会話した記憶を消していくつもりだった。

 

 

「ここに来れて良かった」

 

 

ジャックはソフィアに近寄り、その短くなった髪に触れ優しく笑った。ソフィアは眉をギュッと寄せ「ええ」と呟き引き寄せられるままにジャックの肩口に額をつける。

 

互いに会いたい者に会え、場が落ち着いたのを見て「──さあ、こんな場合には、監督生が指揮を取ることを期待するね」とジョージが揶揄い交じりにパーシーのもったいぶった態度を見事に真似しながら言った。

 

 

「さあ、諸君、上に行って戦おうじゃないか。さもないと大物の死喰い人は全部誰かに取られてしまうぞ」

「じゃあ、君は僕の義姉(ねえ)さんになったんだね?」

 

 

ビル、フレッド、ジョージと一緒に階段に急ぎながらパーシーはフラーと握手をした。家族と絶縁していたパーシーは、ビルとフラーの結婚式の招待状が届いたが勿論参加することはなかったのだ。

ジニーは階段に向かう彼らの中にこっそりと混ざっていたが、モリーが見逃すはずもなく「ジニー!」と大声を上げて呼び止める。

 

 

「モリー、こうしたらどうだろう?ジニーはこの部屋に残る。そうすれば現場にいることになるし、何が起こっているかもわかる。しかし、戦いの最中には入らない」

 

 

リーマスがモリーとジニーの両方を納得させるために案を出したが、ジニーはあからさまに不満な顔をした。

 

 

「私は──」

「それはいい考えだ。ジニー、おまえはこの部屋にいなさい。わかったね?」

 

 

アーサーがキッパリと言いジニーに念を押す。ジニーはまだ反論しようと口を開きかけたが、父親のいつになく厳しい目に出会い、渋々頷いた。

モリーとアーサー、リーマスとシリウス、ジャックも階段に向かい、ハリーはこの時になってようやくハーマイオニーとロンの姿がないことに気付いた。

 

 

「ロンは?ハーマイオニーはどこ?」

「もう大広間に行ったに違いない」

 

 

アーサーが振り返りながら言ったが、ハリーとソフィアは来る途中に二人に出会わなかったと思い不安げに顔を見合わせた。

 

 

「二人は、トイレがどうとか言っていたわ。あなた達が出て行って間もなくよ」

「トイレ?」

 

 

ジニーは椅子に座り、不貞腐れたように机に頬杖をつきながらハリーとソフィアに告げた。

ハリーとソフィアはハッとして視線を交わし、小さく頷く。きっとロンとハーマイオニーは分霊箱を破壊するためにバジリスクの牙を取りに行ったのだ。グリフィンドールの剣が無い今、その方法しかない。しかし、蛇語を使わなければ扉は開かないはずだが、トイレの前で待っているのだろうか?

 

 

必要の部屋から廊下へ飛び出した時、ハリーの傷痕が再び焼けるように痛んだ。

ふらつき思わずソフィアにしがみつく、ソフィアは慌ててハリーを受け止めたがよろめき、異変に気づいたジャックとシリウスがすぐに引き返し今にも倒れそうな二人を支えた。

 

廊下が消え去り、ハリーは高い鍛鉄の門から遠くを見ていた。両側の門柱には羽の生えた猪が建っている。暗い校庭を通して城を見ると、煌々と灯りがついていた。ナギニが両肩にゆったりと巻き付いている。彼は、殺人の前に感じるあの冷たく残忍な目的意識に憑かれたまま、ホグワーツを睨み見ていた。

 

 

 



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454 合流!

 

 

魔法のかかった大広間の天井は暗く、星が瞬いていた。その下の四つの寮の長机には寝起き姿の生徒達が旅行マントを着て不安そうに身を寄せ合っている。ホグワーツのゴースト達も大広間に集まり、壁や天井付近でふわふわと揺れていた。壇上に立つマクゴナガルを、全ての目が見つめている。マクゴナガルの後ろには学校に踏みとどまった教師達と、集まった不死鳥の騎士団のメンバーが立っていた。

ハリーとソフィアは壁伝いに移動しながらグリフィンドールの机の一番後ろに座り、マクゴナガルがどう指揮を取るのかを聞いた。ロンとハーマイオニーと合流する前に、情報を整理するためにも一度大広間へ向かおうと決めていたのだ。

 

 

「──避難を監督するのはフィルチさんとマダム・ポンフリーです。監督生は、私が合図したらそれぞれの寮をまとめて指揮を執り、秩序を保って避難地点まで移動してください」

「でも、戦いたい者はどうしますか?」

 

 

ハッフルパフの机からアーニー・マクラミンが立ち上がって叫び、その声に賛同するように拍手が湧く。マクゴナガルは成人になっていれば残って戦いたい者は残っても構わないと伝え、何人もが顔を見合わせ覚悟を決めた目を交わし合った。

ソフィアはその話し声を聞きながらルイスとドラコを探しスリザリンの机を見回し、前方でこちらを見て目を見開いている二人を見つけた。

ルイスはソフィアの変わり果てた姿を見て辛そうに眉を寄せたが、それでも無事生きている事に安堵し僅かに微笑む。──駆け寄り抱きしめ言葉を交わすことは今できないが、ソフィアもルイスもそれだけで気力を奮い起こすには十分だった。

 

 

「城の周りには、すでに防御が施されています。しかし、補強しないかぎりあまり長くは持ちこたえられそうにありません。ですから、皆さん、迅速かつ静かに行動するように。そして監督生の言うとおりに──」

 

 

マクゴナガルの最後の言葉は、大広間に響き渡る別の声に掻き消された。氷のように冷たく、不気味でいて、はっきりとした声に生徒達から悲鳴が上がり、怯えどこから聞こえて来るのかと身を縮こまらせ不安げに辺りを見回した。その声は天井から、周囲の壁から、地面から──まるで城全体が不吉な呪いを吐くようにホグワーツ中で鳴り響いた。

 

 

「お前達が戦う準備をしているのはわかっている。何をしようが無駄なことだ。俺様には敵わぬ。お前達を殺したくはない。ホグワーツの教師に、俺様は多大な尊敬を払っているのだ。魔法族の血を流したくは無い──ハリー・ポッターを差し出せ」

 

 

大広間中が静まり返り、鼓膜が痛いほどの張り詰めた静寂が落ちる。ヴォルデモートの声に、誰もがハリーを探し、後方にいるハリーを見つけてぴたりと固まった。

 

 

「そうすれば、誰も傷付けはせぬ。ハリー・ポッターを俺様に差し出せ。そうすれば、学校には手を出さぬ。ハリー・ポッターを差し出せ、お前達は報われる。真夜中、午前0時まで待ってやる」

 

 

それは静かな城に反響し、不吉な余韻を残して消えた。

何百という目がハリーを貫き、ハリーは他人事のように数年前の三校対抗試合での事を思い出しながら、その場に釘付けになった。

やがてスリザリンの机からパンジー・パーキンソンが立ち上がり、震える腕を上げて叫んだ。

 

 

「あそこにいるじゃない!ポッターはあそこよ!誰かポッターを捕まえて!」

 

 

ハリーが口を開くよりも早く、周囲がどっと動いた。ソフィアはハリーの前に立ち生徒達に──同じ学校で学んだ者達に魔法をかけなければならないのか、と思ったがそれは杞憂に終わった。

ハリーの前のグリフィンドール生が全員、ハリーにではなく、パンジーに向かって立ちはだかった。次にハッフルパフ生が、殆ど同時にレイブンクロー生が立ち上がった。全員がハリーに背を向け、パンジーに対峙し杖を抜いている。

ハリーはその姿を見て言葉に言い表せないほど心が打たれ、感極まり、強く拳を握りしめた。

 

 

「どうも、ミス・パーキンソン。あなたはフィルチさんと一緒にこの大広間から最初に出て行きなさい。他のスリザリン生は、ミス・パーキンソンと同じ考えならそのように」

 

 

ベンチが床を擦る音に続き、全員のスリザリン生が大広間の反対側から出ていく音が響く。ドラコとルイスは一瞬ソフィアとハリーを見たが、その視線は人の頭に隠れ見えなくなった。

続いてレイブンクロー生が出て行ったが、高学年の何人かは残りハッフルパフからはさらに多くの人数が残った。グリフィンドール生は大半が席に残り、マクゴナガルが壇上から降りて未成年の生徒達を追い立てねばならぬ程だ。

ハリーはこれだけの生徒が残る事に嬉しさを感じつつ、彼らがどうか無事明日の朝を迎えられるようにと心から祈る。この後の戦闘で全員が無事で死喰い人が全員倒されるだなんて奇跡はおそらく起こらないだろう。それがわかっていても、心の底から願わずにはいられなかった。

 

マクゴナガルが反論する未成年の生徒達を扉へと向かわせている間にキングズリーが壇に進み出て、残った生徒達に説明を始めた。

 

 

「午前0時まで後三十分しかない。素早く行動せねばならない!ホグワーツの教師陣と不死鳥の騎士団との間で戦略の合意が出来ている。フリットウィック、スプラウトの両先生とマクゴナガル先生は戦う者達のグループを最も高い三つの塔に連れていく──レイブンクローの塔、天文台、そしてグリフィンドールの塔だ──見通しが良く、呪文をかけるには最高の場所だ。一方、リーマスとアーサー、シリウス、ジャック、そして私の五人だが、いくつかのグループを連れて校庭へ出る。さらに外への抜け道だが、学校側の入口の防衛を組織する人間が必要だ──」

「どうやら俺たちの出番だぜ」

 

 

フレッドが自分とジョージを指差して声を上げ、キングズリーが頷いた。

 

 

「よし、リーダー達はここに集まってくれ。軍隊を分ける!」

 

 

生徒達が指示を受けようと壇上に殺到する中、ソフィアとハリーはロンとハーマイオニーを探しに行こうと立ち上がった。

扉へ向かう前に生徒達の間を縫ってマクゴナガルが二人に近寄り「ポッター」と声をかける。

 

 

「探し物はどうなりました?」

「え──あ!そうです!」

 

 

ハリーはロンとハーマイオニーが消えた衝撃で一瞬その事を忘れていたがすぐに思い出し顔に焦燥を滲ませる。

「さあ、すぐに行くのです。行きなさい!早く!」とマクゴナガルに急かされ、ハリーとソフィアは駆け足で大広間から廊下へ出た。そこは避難中の生徒で溢れ返り、何十もの目がハリーとソフィアを見て口々に囁き合ったが、二人は余所見する事なく一目散に走り出す。

 

 

「どうしよう、時間がない──」

「私、トイレに向かうわ!ハリー、あなたは髪飾りを探して。ロンとハーマイオニーと合流したら、手がかりを探して──とりあえず、図書館に行ってみる」

「うん──そうだね」

 

 

このホグワーツにあるはずの失われた髪飾り。ヴォルデモートが告げた猶予は後三十分だ、手分けして探さないと間に合わないだろう。むしろ、何百年も見つけられず、レイブンクロー生や教師の誰も知らない物を果たして僅か三十分で見つけ出すことが可能なのか。──ハリーとソフィアはその疑念と弱音を何とか思考から追い出した。

緊迫した緊張感で満たされる中をハリーとソフィアは走る。曲がり角で、二人は僅かに足を止め目配せを一つして別の道を進んだ。

 

 

ソフィアは全速力で走った。階段を数段飛ばしで走り、息を切らせ、喘ぎながら三階へと辿り着き一層じめじめとして暗いトイレへ続く扉を開けた。

 

 

「あら、ソフィア!ご無沙汰じゃない?」

「マートル……久しぶりね、会えて、嬉しいわ……」

 

 

ソフィアはキリキリと痛む胸を押さえながら呼吸を整え、恨めしそうに拗ねた顔をしてぷかぷかと浮いているマートルを見上げた。マートルは大広間に集まる事なくこの場にいる事を望んだのだろう。彼女は生徒の多い大広間に向かうなど、生前の事を考えできなかったのだろう。笑われ虐められた記憶はそう易々と癒えるものではない。居場所はこの水浸しの薄暗くじめついたトイレなのだ。

 

 

「ここに、ハーマイオニーと、ロンが──」

「ああ、降りて行ったわよ。こんなところに隠し通路があるなんて知らなかったわ」

「え──」

 

 

マートルはふわりと移動し、形が変わった洗面台の前に降り立った。ソフィアは秘密の部屋への入り口がどんな形で開かれるのかを知らず、困惑しながらぽっかりと黒い穴を開けた洗面台に近づく。

そんな、ハリーの話では蛇語を使わなければ秘密の部屋への道は開かないはずだ。だからトム・リドルはスリザリンの秘密の部屋を見つけ出す事ができたのだ。ハーマイオニーとロンは当然蛇語を話す事はできない。それなのに何故扉は開いたのか──。

 

ソフィアが入り口に手をかけ、底の見えぬ穴を覗き込み自分も飛び込むべきかどうか悩んでいるうちに遠くの方から叫び声とも歓声とも取れぬ声が響き、それはみるみるうちに近づいて来た。

 

慌てて後ろに下がれば、物凄いスピードでハーマイオニーとロンが飛び出し、風に煽られ髪を乱しよろめきながら水浸しの床を踏み締めた。

 

 

「ハーマイオニー、ロン!」

「ああ、ソフィア!戻って来てたのね」

「うーっ。ハーマイオニー、もう少し弱めにできなかったのか?」

「あれくらい普通よ」

 

 

奥底からハーマイオニーの魔法により舞い上がったロンはぼさぼさになった髪の奥で顔をしかめ「耳の奥が変な感じがする」と耳を叩いた。

 

 

「取ってきたの、バジリスクの牙!時間が無いだろうから」

 

 

ハーマイオニーは腕に抱えた黄色く変色した牙を自慢げに見せ、さらに割れて黒ずんだハッフルパフのカップの欠片を鞄から出した。

ソフィアはカップの欠片とハーマイオニーとロンの顔を交互に見ながら呆気に取られ口をぽかんと開いた。

 

 

「でも、どうやって?まさか蛇語を話せたの?」

「それが、話せたのよ!ね、ロン?」

「まあ、ハリーの言ってる言葉を真似しただけだけどな」

「それよりも、どうなったの?あなた一人?ハリーは?もう一つの分霊箱は?」

「そうね、とりあえず移動しながら話しましょう」

 

 

次々と湧き起こるハーマイオニーの質問にこの場に留まって答える時間的猶予はなく、ソフィアとハーマイオニーとロンはすぐに出口へと向かった。

 

 

「マートル、全て終わったら──必ず会いにくるわ!」

「仕方がないから、待っててあげるわ。……またねソフィア」

 

 

扉から出る前にソフィアは振り返りマートルに向かって叫んだ。マートルはいつもの個室へと向かいながらひらりと軽く手を振る。

マートルも、ヴォルデモートの声を聞き、ただならぬ事態になっているのだと気付いていた。戦場になるホグワーツで何人の生徒が死に、そのうち何人がゴーストになるのだろうか。──ソフィアがゴーストになったならば、このトイレで一緒に住めばいい。そう期待したが、マートルは胸の内に秘めるだけで言葉には出さなかった。

 

ソフィアはハリーとの待ち合わせ場所である図書館へと向かいながらハーマイオニーとロンと別れた後、何があったのかを駆け足で説明した。あと残された時間は十分程しかない。そんなほぼゼロとも言える時間でこの広大なホグワーツの中に隠されている──と願っている──レイブンクローの髪飾りを見つける事は絶望的に見えた。

 

 

「念のため、秘密の部屋の中も探したの。ヴォルデモートだけが入る事ができた場所でしょう?でも、それらしい髪飾りは無かったわ」

「あったのは壊れた石像と、バジリスクの死骸と動物の骨だけだったな」

「そう──なら、他にどこなのかしら」

 

 

ソフィアも可能性があるのならスリザリンの秘密の部屋だと思っていたため、失望と焦燥を滲ませながら悔しげに呟いた。

ダンブルドアがいるホグワーツで、誰にも見つからない場所。そんな都合の良い場所が、どこに──。

 

 

松明と月明かりに照らされた廊下を走るソフィアとハーマイオニーとロンの前から、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。この廊下は大広間へ向かう道とは反対方向だ、逃げ遅れた生徒だとは考えられず、ハリーかと三人は思ったが、その足音は一人分ではない。

まさか、どこかから死喰い人が侵入しているのかと三人は顔を強張らせ杖を抜いた。

足音と共に、白い二つの光が見える。どんどん近づいてくるその光に、ソフィア達は杖を構え油断なく前に向けた。

 

 

「──ソフィア!」

「ルイス!」

 

 

杖明かりを灯し現れたのはルイスとドラコであり、ルイスは緊張した表情を一瞬で緩めると強くソフィアを抱きしめた。

 

 

「ああ、酷い怪我だ!それに、髪も──体も細くなって──やつれて──」

「ルイス、大丈夫、私は大丈夫だから!」

 

 

ソフィアはルイスの胸元に顔を押し付け、くぐもった声で必死に訴えルイスの背中を優しく叩く。

 

 

「どうしてこんなところに?」

「僕たちが逃げ出すと思った?僕たちも戦うよ」

「そうだ。──約束を果たさなければならない」

 

 

ドラコの顔色は今にも気絶しそうなほど悪いが、口調はしっかりとし油断なく暗がりを見ていた。若干ハーマイオニーとロンは気まずそうにしているが、二人もドラコとルイスが敵ではなく、同じ方向を向いていると理解している。──だとしても、数年間の遺恨がさっぱりと消えるわけではない。

 

 

「みんな玄関ホールにいるわよ、私たちは探さなきゃいけないものがあるの」

「知ってる、ジニーに聞いたんだ。レイブンクローの髪飾りでしょ?心当たりがあるんだ」

「ええっ!?」

 

 

ルイスの言葉にソフィアとロンとハーマイオニーは驚愕し叫び声を上げた。あまりの大きさにドラコはびくりと肩を震わせたが、ソフィアとロンとハーマイオニーは全く気にせずルイスに詰め寄る。

 

 

「どういう事?」

「どこなの?」

「ジニーに聞いたって?」

「落ち着いて!──向かいながら話すよ、こっちだ!」

 

 

ルイスは手を上げて三人を黙らせ、すぐに踵を返した。その後をドラコがすぐに続き、ソフィア達は困惑しながらも一抹の希望を胸に急いで追った。

 

 

「ジニーは僕とドラコの事を知っていたからね、今年度が始まってすぐに、ダンブルドア軍団が連絡を取り合う方法を教えられた。難しい魔法だったけど何とかなって──それで、これでやり取りしていたんだ」

 

 

ルイスはローブの内ポケットから羊皮紙の切れ端を二枚取り出した。互いに一枚ずつ持ち合い、有益な情報を流す。表立って会話する事は敵が多いホグワーツでは不可能であり、この羊皮紙にかなり助けられたのだ。

万が一落とし誰かに見られる事はあってはならず、決められた時間にのみ情報を書き合い相手が読んでいようがいまいが、すぐに消していた。そのため完全に情報が共有されず幾つか取りこぼしがあったが、長期間ルイスは陰でダンブルドア軍団の活動を行いやすいように見張りのルートや捕まっている生徒、狙われている生徒を伝え、ジニーはポッターウォッチで聞いた情報を流した。

 

 

「ハリーがグリフィンドールの剣をダンブルドア先生から遺贈されたのに手に入れられなかったって聞いて、校長室にあると思うって伝えたらジニーは先走って侵入して、父様はすぐ逃がそうとしたんだけどカロー兄妹に見られて──生徒達に罰則を与えるのも僕の仕事だったから、罰則で怪我をしたように魔法で見せかけて記憶を変えて──まあそれは何とかなったんだけど。とにかく僕達とジニーはずっと連絡を取り合っていたんだ。さっきジニーからレイブンクローの髪飾りを探しているって、鷲のモチーフがあるらしいって連絡が来たんだ。僕たちはそれを見たことがあった。何度も、何度も──」

 

 

走りながら早口で説明するルイスの最後の言葉を、突如響いた爆発音が遮った。

ソフィア達は顔を見合わせ近くの窓に素早く駆け寄る。音はくぐもっていて遠かったが爆発音の余韻が小さく窓を揺らしていた。

ここから校庭も玄関ホールも見えないが、間違いない、時間が来たのだ──午前0時、戦いの時だ。

 

ソフィア達は固唾を呑み、すぐにまた走り出した。ヴォルデモートが来たなら、勝ち目はない。今向かっている場所にレイブンクローの髪飾りがある事を、それが分霊箱であることを願いながら矢のように早く疾走する。

 

 

「どこに──あるの?」

「必要の部屋だ。僕たちは──僕は、去年それを何度も見た」

 

 

ハーマイオニーが叫び、ドラコが息を切らせながら擦れた声で答える。ソフィアは奥歯を強く噛み「必要の部屋」と絞り出すようにして呟いた。

視界の端でドラコとルイスが頷くのが見える。

ドラコとルイスは生徒達でごった返していた玄関ホールから抜け出すとすぐに必要の部屋へ向かい、レイブンクローの髪飾りを探そうとした。しかし必要の部屋は一部屋しかない。その部屋が別の目的で開かれて、中に人がいると他の部屋は現れないのだ。

 

 

「入れなかった。多分、誰かが残ってる──あの部屋がダンブルドア軍団の基地だとは知っていたんだ──だからソフィア達を探していたんだ」

「あの部屋には、ジニーがいるの、未成年で、だから──戦いには参加できないから」

「ああ、そうか──」

 

 

再び破裂音が鳴り、今度は先ほどより近く──ホグワーツが揺れているように感じた。叫び声や、怒鳴り声まで聞こえている。ソフィア達は緊張感と高揚感と恐怖が混じった気持ちになりながら必要の部屋へ続く最後の角を曲がった。

 

 

「うわっ──!」

「なっ──!」

 

 

全速力で走っていたルイスは誰かと衝突しそうになり思わず叫び、杖を突きつけ──それがハリーだとわかるとすぐに杖を下ろした。

 

 

「ルイス?それに──」

 

 

ハリーの目はドラコへ向き、その後ろからぜいぜいと息を切らせながら駆け寄ってくるソフィアとロンとハーマイオニーを見た。ロンとハーマイオニーの腕には牙のようなものがあり、ハリーはそれがバジリスクの牙なのだとすぐにわかった。

 

 

「でも、どうして入れたんだ?」

「ロンがあなたの真似をしたの」

「何回か失敗したけど、上手く行ったぜ。それでソフィアと合流して、途中で──二人と会ったんだ。なんでも、必要の部屋にレイブンクローの髪飾りがあるらしい」

「やっぱり──やっぱりそうか!本当に?間違いなく?」

 

 

ハリーはルイスとドラコが行った全てを今は忘れることにした。

城全体が震えるほどの戦闘がそこかしこで起き、時間が無い中でそんな事に意識を持っていく余裕はない。ルイスとドラコは頷き「全てのものが隠されている場所」と声を揃え告げた。

 

 

「部屋に人がいると、部屋は開かないんだ。ハリー、中に入って説明してくれ!」

「わかった。ルイスと──マルフォイは、ここで待っていてくれ。安全なところに隠れていて」

 

 

ドラコとルイスがいると部屋が扉を開けるかどうかわからずハリーが指示すれば、二人は頷き素早く近くの空き部屋へと身を隠した。

轟音と共に天井から埃がパラパラと降り落ちてくる。ハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニーは天井を見上げたが、すぐにハリーの「行こう」の言葉に従い走った。

 

 



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455 一瞬

 

 

 

ハリーは三人の前に立ち、隠れた入り口から階段を下り必要の部屋に戻った。必要の部屋にはジニーの他に、トンクスとネビルの祖母、オーガスタ・ロングボトムが居た。きっと彼女達も、家族のことを思い安全な家に引き篭もる事ができなかったのだろう。

 

 

「ああ、ポッター。何が起こっているのか教えておくれ」

「みんな無事なの?」

「僕たちの知ってる限りではね。ホッグズ・ヘッドへの通路にはまだ誰かいるの?」

「私が最後です。通路は私が封鎖しました。アバーフォースがパブを去った後に、通路を開けたままにしておくのは賢明ではないと思いましたからね。私の孫を見かけましたか?」

 

 

オーガスタは冷静に説明しながらハリーを見上げた。数年前病院で見かけた時よりもその背中はしゃんと伸び生き生きとしているように感じたのはハリーだけでは無いだろう。孫の危機を助け──娘夫婦の仇を取る、その思いが老女の気力を奮い起こしているのだ。

 

 

「戦っています」

「そうでしょうとも。失礼しますよ。孫の助太刀に行かねばなりません」

 

 

オーガスタは誇らしげに言いながら素早く階段に向かい、そのまま振り返らず駆け上がった。

 

 

「トンクス、お母さんのところで赤ちゃんと一緒じゃないの?」

「あの人の様子がわからないのに、耐えられなくて──」

 

 

ソフィアがトンクスに聞けば、トンクスは苦渋を滲ませながら答えた。赤ん坊はトンクスの母が家で見ている。自分も騎士団員として、戦いの場にいるリーマスの妻として、共に戦いたかった。戦うべきだと感じた。

 

 

「テディは、母が面倒を見てくれているわ──リーマスを見かけた?」

「校庭で戦うグループを指揮する手筈だったわ」

 

 

ソフィアが全て答える前に「校庭」と繰り返し呟いたトンクスは走り、階段を駆け上がる。残されたのはジニーだけであり、ハリーは未成年のジニーをこの安全な場所から出さなければならない事に葛藤した。彼女は、絶対にこの安全な部屋には戻ってこない。──そんな嫌な予感がしている。

 

 

「ジニー、すまないけど外に出て欲しいんだ。ほんの少しの間だけだ。その後で必ず戻ってきて」

 

 

ジニーはぱっと明るく笑い、すぐにその目に闘志を宿しながらトンクスの後を追って階段を駆け上った。ソフィアは思わず「戻ってきてね!」とその背中に叫んだが、ジニーはひらりと手を振りかえすだけで頷く事はなかった。

 

 

「ちょっと待った!僕たち、誰かのことを忘れている!」

「誰?」

 

 

ロンが鋭い声で叫び、ハーマイオニーがまだ忘れた人がいるだろうかと困惑して聞き返す。ソフィアとハリーも他に思いつく人物は無く、動揺しながらロンを見た。

 

 

「ハウスエルフたち!全員下の厨房にいるんだろう?」

「ハウスエルフたちも、戦わせるべきだっていうことか?」

「違う。脱出するように言わないといけないよ。ドビーの二の舞は見たくない、そうだろ?僕たちのために死んでくれなんて、命令できないよ」

 

 

ロンは真面目な顔で言い。ハーマイオニーの両腕からバジリスクの牙がばらばらと音を立てて落ちた。呆気に取られているハリーとソフィアの目の前でロンに駆け寄り、その両腕をロンの首に巻きつけ抱き付き、ハーマイオニーはロンの唇に口付けた。

ロンも持っていた牙を放り投げハーマイオニーを抱きしめ、その体を床から持ち上げてしまうほど夢中になってキスに答える。

 

暫くソフィアとハリーは思考が止まり、唖然としたまま熱烈なキスを繰り返す二人を見ていたがついにハリーが「そんなことをしている場合か?」と力なく呟く。

 

 

「こんな時だからかもしれないわね」

 

 

ソフィアはやや呆れつつも、戦いの場ということを忘れ二人の様子を見て表情を和らげる。ハリーはソフィアの横顔を見て「そんな事、僕だってしたいのに」という気持ちを何とか堪え額に手を当てた。

 

 

「悪いけど、髪飾りを手に入れて破壊するまで我慢してくれないか?」

「ん──ああ、うん、そうだ──ごめん」

「あー、そうね。そのほうがよっぽど良いわ」

 

 

ロンとハーマイオニーは二人とも頬を赤らめて離れ、落ちた牙を拾い始めた。

 

 

ハリー達が階段を上がって再び廊下に出てみると、必要の部屋に居た数分の間に城の状況がかなり悪化したのだと一目で分かった。

壁や天井は前より酷く振動し、あたり一面埃だらけだ。一番近い窓に駆け寄り見れば、緑と赤の閃光が城のすぐ下で飛び交っていた。死喰い人達が今にも城に入るところまで進入し、それを止めているのは巨人のグロウプだった。グロウプは屋根からもぎ取ったのであろう石のガーゴイルのような物を振り回し、近付こうとする死喰い人を威嚇している。

 

 

ソフィアはすぐに「ルイス!ドラコ!」と叫び、数秒も待たずに扉が開いた。二人とも外の戦闘を見ていたのだろう、先程より顔色が悪く、強張っている。

 

 

「さあ、行こう!」

 

 

ハリー達が「全ての物が隠されている場所が必要だ」と頭の中で願い、必要の部屋の前を三度走り過ぎたとき、何もなかった壁に扉があらわれた。

六人が中に入って扉を閉めた途端、驚くほどぴたりと戦いの騒ぎは消えた。全く無音になり、やや上がった互いの呼吸が広く埃っぽい部屋に響くだけだ。

 

 

「こっちだ」

 

 

ドラコが声を震わせながら積み重なり埃の被った品々の隙間を指差す。ロンは不服そうな顔をしたが、ハリーとハーマイオニーとソフィアがすぐに後を追ったのを見て渋々その後を追いかけた。

 

 

「キャビネット棚の近くにあった。鷲がついた髪飾りだった──黒ずんでいる。この辺りだ」

 

 

ハリー達はトロールの剥製を通り過ぎ、去年悲惨な結果をもたらした姿をくらますキャビネット棚の前を通った。ハリーも思い出し、微かに残る記憶を必死に手繰り寄せていた。去年マルフォイがキャビネット棚の場所を案内した時、確かに汚い髪飾りがあった気がする。石像の上に乗っていて、不恰好だと思った記憶がある──。

 

 

「手分けして探そう。老魔法戦士の石像の上にあった。そうだよな、マルフォイ」

「ああ、そうだ。滑稽だったから記憶に残っている」

 

 

六人はそれぞれ複雑に入り込んでいる道を探した。この辺りにあるのは間違いない、ドラコとルイスは核心を持っていたが、その時はたいして気に留めていなかった。だが何度も視界の端に捉えていたのだ。あの滑稽な石像を。

 

ハリーはキャビネット棚の左側にあるガラクタの山を探した。人一人分通れる狭いトンネルのような道を通り、その先に──魂そのものが震えるのを感じた──ついに、見つけた。

 

 

「あったぞ!」

 

 

ハリーの歓喜の叫びは積み重なった隠された品々の間を通り反響した。どこか遠くでソフィア達が喜びと驚きの声を上げ、ハリーの声を頼りに走り寄ってくるのが聞こえる。

ハリーはガラクタを踏みつけ、歪んだ机に飛び乗り、その石像の頭の上にある髪飾りを掴んだ。

それはとても古く黒ずんでいて、触ればざらりとした砂埃に覆われていたが、確かにレイブンクロー像がつけていた髪飾りと同じ物だった。震える手で擦れば、埃で汚れたその奥に青いサファイアのような宝石がちらりと見えた。

 

 

「見つけたの!?ああ、よかった!」

「後はこれが目的の物かどうか──」

 

 

一番初めにハリーの元に駆けつけたのはソフィアであり、その次にロンとハーマイオニー、少し遅れてドラコとルイスが現れた。

ハリーはハーマイオニーが抱えているバジリスクの牙に手を伸ばしたが、「ソフィアが破壊するべきよ」とハーマイオニーは牙をソフィアへ差し出した。

 

 

「わ──私?」

「ええ、ハリーは日記を、ロンはロケットを、私はハッフルパフのカップを破壊したわ。今まで私たちは散々な目に遭わされた──スッキリするわよ、ちょっと怖いけどね」

「私──私、ええ、そうね。そうだわ」

 

 

ヴォルデモートの、全ての巨悪の魂を破壊する。全ての因果は、苦しみは、悲しみは、呪いは──ヴォルデモートが引き起こした。

ソフィアは慎重に牙を受け取り、ハリーをじっと見た。ハリーは頷き、ソフィアに髪飾りを渡す。

 

ソフィアはハリー達が緊張した顔で見守る中、一度深呼吸し髪飾りを床の上に置き、そのそばに屈んだ。

両手で牙を持ち、狙いを定める。

突然、髪飾りはカタカタと震え出した──自分の魂が破壊される事を察しているのだろう。ヴォルデモートの魂が入っている紛れもない証拠に、ソフィアは息を止め、高く牙をかかげる。

黒くくすんだ鷲の目が血のように赤く光り、嘴が蠢いた。

 

しかし、ソフィアはその嘴が開き切り戯言を吐く前に力強く、ありったけの力を込めて鷲目掛けて牙を振り下ろした。

 

ばき、と鈍い音を立てて髪飾りは真っ二つに割れた。その途端、断末魔のようなひび割れた恐ろしい叫びが髪飾りから響き、魂が消えゆくと共にブスブスと黒い煙が上がる。黒い血のようなものが、どろどろと流れていた。

 

 

「──はぁっ!」

 

 

ソフィアは止まっていた呼吸を吐き、肩で大きく息をして床に手をついた。顔を上げ、自分を見守っていたハリーに向かって力なく笑いかける。

 

 

「やった……!」

 

 

ハリーはたまらずソフィアを強く抱きしめた。ソフィアは「最高の気分ね」と強気に言いハリーに支えられながら立ち上がる。何とか間に合った。まさに奇跡だろう──いや、この数年間ホグワーツで過ごしたさまざまな記憶や偶然が、この場所に導いたのかもしれない。全てはこの日のために。

残る分霊箱は、ヴォルデモートがの側にいるナギニ、ただ一つだ。

 

すぐにソフィア達は必要の部屋を出た。ヴォルデモートは何故この場所を分霊箱の隠し場所にしようとしたのだろうか。自分しか知らぬと、本気で思ったのか──これほど、沢山の物が積み上げられているのに。

ソフィアは部屋を抜ける前に振り返り、過去ホグワーツに通っていたたくさんの生徒達が残した遺物を一眼見て、すぐに死闘が広がる廊下へ出た。

 

 

必要の部屋に居たのは数十分だっただろう。無音の部屋に居たからなのか、先ほどよりも一層大きな音が響いている気がした。

 

 

「ジニーは!?やっぱり──」

「そりゃ、行っただろうな。手分けして探すか?」

 

 

ソフィアは近くに居るはずのジニーの姿が見えないことに焦って叫んだが、ロンは冷静に言い肩をすくめた。

 

 

「だめよ!離れずに行きましょう」

 

 

ハーマイオニーはすぐに否定し、鞄の中にバジリスクの牙を詰め込みながらロンの腕をしっかりと掴む。ロンは驚き目を見開いたが、すぐに頷きハーマイオニーに寄り添った。

 

 

「僕たちは向こうに──」

 

 

ハリーが探していたレイブンクローの髪飾りは破壊することができたルイスは戦闘している者の元へ加勢しようとしたが、言葉を途中で切り、叫び声がした方を振り返った。

先ほどまでは無かった紛れもない戦いの物音が廊下中に反響し聞こえてきていた。死喰い人がホグワーツに侵入したのだろう。ハリー達は顔を見合わせ、すぐにその物音がし閃光が飛び交う場所へ加勢に走った。

 

曲がり角の先で、仮面とフードを被った死喰い人達とフレッドとパーシーが一騎打ちしているのが見えた。ハリー達が放った魔法がパーシーと一騎打ちしている死喰い人の側を掠め、相手は急いで飛び退いた。フードが滑り降り、仮面が外れる。相手は、パーシーの上司でもある死喰い人だった──。

 

 

「僕が辞職すると、申し上げましたかね?」

 

 

パーシーは過去の上司に向けて見事な呪いを放ち、受けた男は杖を落とし気分が悪そうにローブの前を掻きむしりその場に膝をつく。

 

 

「パース、ご冗談を!」

 

 

近くで別の死喰い人と一騎打ちしていたフレッドは、ハリー達が加勢に放った失神の呪文が相手を貫き倒れたのを見て、初めて聞いたパーシーの冗談に愉快そうに叫ぶ。

ソフィアは周りを見て、とりあえず近くで危険な目に遭っている仲間はいないと判断するとホッと胸を撫で下ろした。しかし、油断はできない。ここだけではなく全ての場所で同じように戦闘が起きているはずだ。

 

パーシーの相手は身体中から黒いトゲのような物を生やし始めていた。フレッドは手の中でくるりと杖を回し、パーシーを見て嬉しそうに笑った。

 

 

「パース、マジ冗談言ってくれるじゃないか。お前の冗談なんか、今まで一度だって──」

 

 

空気が爆発した。

あまりの突然の、何の予感もなかった轟音と衝撃、閃光にソフィアはろくな防御を取ることも、魔法を唱える暇もなく目の前が真っ白に塗りつぶされた。

危険が一時的に去ったとそう感じた瞬間に体は宙を浮き、激しい勢いで壁に叩きつけられた。いや、その壁も崩れている。ソフィアは無意識のうちに両腕で頭を守ったが、防壁を張る時間はなく身体中に瓦礫が降り注ぎ、鋭い痛みが走る。

沢山の悲鳴や叫びが聞こえた。それはハーマイオニーであり、パーシーであり、ドラコであり──誰だかわからない、おそらく全員が声を上げたのだろう。

引き裂かれた世界はやがて静まり返った。

どこかで痛みに呻く声や啜り泣く声が聞こえる。ソフィアは瓦礫の中で薄らと目を開けたが、瓦礫に覆われてしまい目の前にはかつて壁や天井だった物が見えているだけで薄暗い。

早鐘を打つ鼓動と、痺れるほど焦る脳に酸素を何度も送り、ソフィアは深呼吸しながら自分の手が杖を握っている事と、手足が不自由なく動くことを確認した。

 

 

「──ソフィア!──ソフィア!どこだ!」

「っ──ルイス」

 

 

ルイスの悲痛な叫び声が足元側から聞こえた。ソフィアは杖を振り杖先から鈴に似た音を出す。ルイスはすぐに音の出どころに向かって魔法を放ち、瓦礫の奥で埋もれていたソフィアを助け起こした。

ソフィアは吹き飛ばされた衝撃で逆さになり埋もれていたようだった。身体中が痛み、左腕を切っていた。ルイスもまた同じように服は汚れ、頬から血が流れていた。ルイスはソフィアの傷を魔法で治癒しすぐに辺りを見回す。

 

 

「何が──」

「わからない。多分、あの一帯ごと外から吹き飛ばされた──」

 

 

周囲の様子は変わり果てていた。廊下は瓦礫で溢れ、外の冷たい空気が土埃を舞い上がらせていた。天井も崩落し、上階の廊下がチラリと見える。

他のみんなは無事なのか、すぐに助け出さなければ──ソフィアとルイスが瓦礫の上に立った時、心を裂くような悲しく恐ろしい叫びが聞こえた。どんな呪いも、攻撃も、こんな叫びを生み出すことはできない。この、叫びは──。

ソフィアとルイスは互いに縋り付くようにして支え合い、よろめき、躓きながらその声の元へ向かった。途中で、ハリーとハーマイオニーとドラコが瓦礫の中から起き上がり茫然としてそちらを見ている事に気づく。壁が吹き飛ばされた場所の床に、三人の赤毛の男が身を肩を寄せ合っていた。

 

 

「そんな──そんな──そんな!」

 

 

パーシーが叫び、弟の肩を揺すぶっていた。

 

 

「ダメだ!フレッド!ダメだ!」

 

 

動かないフレッドの肩をパーシーは叫びながら何度も揺すぶり、その二人の脇にロンが放心状態で跪いていた。フレッドの見開いた目は動くことはない、何も見ずに、ただ虚空を眺めていた。最後の笑いの名残りが、その顔に刻まれたままだった。

 

 

 



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456 慟哭

 

 

ソフィアは目の前の光景が信じられなかった。パーシーが、ロンが泣いている、フレッドはどうして起きないの?どうして──どうして。そんな、フレッドが、死ぬわけがない。だってほんの数秒前まで、笑っていた、いつものように軽い調子で、いつものように──。

 

 

「伏せろ!」

 

 

ハリーが叫んだ。爆破で側壁に開いた穴から敵が入り、呪いがいくつもソフィア達の居る場所を襲った。

ルイスは咄嗟にソフィアを引っ張り床に伏せさせ、パーシーはフレッドの死体の上に覆い被さり、これ以上弟を傷つけまいとした。

 

「パーシー!さあ、行こう!移動しないと!」そうハリーが叫んだが、パーシーはフレッドに覆い被さったまま首を振った。

こんなところに弟を置いていくことなんてできるだろうか?数年振りに、ようやく家族に戻ったんだ、僕の馬鹿な意地とプライドのせいで傷付けたのに。フレッドはいつものように笑って兄弟だと──そう。兄弟なんだ、大切な弟なんだ。何故弟が死んで、勇敢で、今まで戦っていた弟が死んで、僕が生き残ってしまったんだ?死ぬなら、僕が死ねば良かった。ほんの数メートルの違いだった。何故、何故フレッドが──。

 

 

「パーシー!」

 

 

ロンがパーシーの両肩を掴んで引っ張る。それでもパーシーは弱々しく首を振りフレッドを抱きしめ続けた。煤と埃で覆われたロンの顔に、幾筋もの涙の跡が残っている。その声は怒りと悲しみ、絶望で酷く震えていた。

ロンがすぐに動く事ができたのは、薄情だからではない。ロンはずっと前から覚悟をしていた。家族が危険な状況になり、自身にも命の危険が迫る中、死ぬ覚悟や殺す覚悟をしていた。しかし、パーシーは──ほんの数時間前まで、魔法省で勤務し、戦闘経験もほとんどない。命の危機に陥ったことも、ない。簡単に動く事はできず心はめちゃくちゃに砕け散っていた。

ロンは敵の魔法が幾つも襲うこの開けた場所で立ち止まることはできなかった。この場に残れば殺される。ただの魔法族ならば見逃されたかもしれないが、ウィーズリー家は彼らにとって最大の血を裏切る者なのだ。

フレッドを亡くした今、パーシーまで失うわけにはいかない──そんなこと、あってはならない。

 

 

「パーシー!フレッドはもうどうにもできない!僕たちは──」

「きゃああっ!!」

 

 

ハーマイオニーが悲鳴を上げた。ハリー達は振り返り──その理由を聞くまでもなく理解した。小型自動車ほどの巨大な蜘蛛が穴から這い入ろうとしていたのだ。ルイスは喉の奥で悲鳴を上げソフィアの腕を痛いほど掴む。

アラゴグの子孫が、戦いに加わったのだ。こちらに向かってカチカチと歯を打ち鳴らして鋭利な爪をむけている──巨大蜘蛛(アクロマンチュラ)は敵だ。

 

ロンとハリーが同時に呪文を叫び、呪文が命中した巨大蜘蛛は仰向けに吹っ飛び脚を痙攣させながら闇に消えた。

 

 

「仲間を連れてきているぞ!」

 

 

呪いで吹き飛ばされた穴から城の端を見たハリーがみんなに向かって叫ぶ。禁じられた森から解放された蜘蛛の大群が、次々と城壁を這い登って来る。ハリーは先頭にいる蜘蛛に失神呪文を放ち、這い上がってくる仲間の上に転落させた。転がるように蜘蛛達は落ちていったが、きっとまたすぐに登ってきてしまうだろう。

その時、外を覗き込んだハリーの頭上を幾つもの呪いが飛び越して行った。──居場所がバレている。すぐに移動しないと。

 

 

「移動だ、行くぞ!」

 

 

ハリーはハーマイオニーを押してロンと先に行かせ、ソフィアとルイスが共に居ることを確認しすぐに屈んでフレッドの脇の下を抱え込んだ。ハリーが何をしようとしているか気付いたパーシーはフレッドにしがみつくのをやめハリーを手伝った。

身を低くし校庭から飛んでくる呪いをかわしながらハリーとパーシーはフレッドの遺体をその場から必死に移動させた。

 

 

「うわっ──!」

 

 

突如幾筋もの赤い閃光がハリー達を襲い、それはほぼ崩れかけている天井に衝突した。ハリーはルイスの叫びに、心臓が凍ったような気がした。ルイスのそばにはソフィアがいた。ソフィアは無事だろうか──。

轟音と共に濛々とした土埃が舞い上がる。瓦礫が崩れ、今まで後ろにあった通路は完全に塞がれていた。

一瞬、フレッドを支えたままハリーは足を止めその先を見た。まさかこの瓦礫で押し潰されたのかと嫌な想像に喉の奥がヒュッと枯れた音を出す。

 

 

「ドラコ!──ああ、どうすれば──」

「ドラコ、待っててすぐに──」

「──僕は大丈夫だ!僕一人で、大丈夫だ!こっちへ来るな先に行け!」

 

 

土埃が収まった後、その前に立ちすくむソフィアとルイスの姿を見つけた途端ハリーは止まっていた脚を動かす事ができた。ハリーはパーシーと共に近くの甲冑の窪みにフレッドの遺体を置いた。ハリーはそれ以上フレッドの遺体を見る事ができず、しっかりと隠されていることを確かめてから後ろを振り返り叫んだ。

 

 

「ソフィア!──ルイス!行こう、早く!」

 

 

ルイスは僅かに迷った。ドラコと分断されてしまった。死喰い人の中でドラコの裏切りを知る者は、果たして何人いるだろうか?近くにいた死喰い人はみんな無効果している。しかし、互いに呼び合う声を聞いた死喰い人がいるかもしれない。ハリーと共に居るところを、遠くから見られているかもしれない。

 

 

「大丈夫だ」

「ドラコ……」

「僕は、大丈夫だ」

 

 

きっぱりとドラコがルイスに告げる。

姿は見えないが、ルイスにはそのドラコが間違いなく虚勢を張っているのだと分かった。きっと、顔は苦痛と不安で歪んでいる事だろう。体も震えているに違いない。先ほど見た時には、大きな怪我は無さそうだったが、これから──この場を離れて、再び出会う事ができるかどうかわからないのだと、フレッドの死をもって強く理解させられた。

 

 

「ルイス。──後で会おう」

「っ──うん、わかった。必ず、また」

 

 

ルイスは瓦礫の前に手をつけていたが、覚悟を決めた顔ですぐにソフィアの手を引き、こっちだと手招きするハリーの元へ急いだ。

廊下の端で敵とも味方とも見分けのつかない大勢の人たちが逃げ惑い走り過ぎて行くのを横目で見ながら、ハリーは「ルックウッド!」と憎しみを込めて叫ぶパーシーの声を聞いた。

 

 

「ハリー!こっちよ!」

 

 

ハーマイオニーの叫びが聞こえる。ハーマイオニーはロンをタペストリーの裏側まで引き込んでいた。二人は揉み合い、飛び出そうとしているロンをハーマイオニーが必死に引き止めている。ハリーとルイスはすぐに駆け寄り、腕を振り回し暴れ、パーシーを追って駆け出そうとしているロンの肩や腕を強く押さえた。

 

 

「聞いて──ロン、聞いてよ!」

「加勢するんだ──死喰い人を殺してやりたい──」

 

 

埃と煤で汚れたロンの顔は苦痛と憎悪で歪み、体は激しい悲しみと怒りでわなわなと震えていた。

 

 

「ロン、これを終わらせる事ができるのは、私たちの他にいないのよ!お願い──ロン──あの大蛇が必要なの、大蛇を殺さなきゃいけないの!」

 

 

ハーマイオニーが涙を流しながら叫び、ロンの胸元を強く叩く。ハリーもロンの気持ちは痛いほどわかった。分霊箱を探し破壊するだけでは、仕返ししたい気持ちを抑えることができない。ハリーも戦いたかった、それに、仲間の無事を確認したかった。

 

 

「私たちだって戦うのよ、絶対に!戦わなければならないの。あの蛇に近づくために!でも、いま私たちが何をするべきなのか──み、見失わないで!全てを終わらせる事ができるのは、私たちだけなのよ!」

 

 

ハーマイオニーの説得の叫びを聞き、ソフィアの目から涙が溢れた。ソフィアは焼け焦げて破れた袖で顔を拭い、手の中にある杖をいっそう強く握る。覚悟はしていた。全員が無事明日を迎えられないだろうと。それでもいざ目の前で失われた命を見ると、こうも胸が痛み奥底から憎しみと絶望感が押し寄せてくる。

 

必死の説得を聞き、ロンは顔を歪めたままだったが抗うことをやめ小さく頷いた。ハリーとルイスは押さえていた肩から手を離し、一歩、後ろに下がる。

ソフィアは長く深呼吸し自分を落ち着かせると、ハリーを見た。

 

 

「ハリー、あなたはヴォルデモートの居場所を見つけないといけないわ。大蛇はヴォルデモートと一緒にいる。そうでしょう?さあ、ハリー、あなたならできるわ。あなたしか、できないの。あの人の頭の中を見るのよ!」

 

 

ハリーは頷き、疼き続けていた傷痕に意識を集中させた。なぜ当然のようにできると思ったのだろうか?ヴォルデモートの意識が、ずっと何かを訴えているからだろうか?

目を閉じると叫びや爆発音や、全ての耳障りな音は次第に消えていき、ついには遠くに聞こえる音になった。まるでみんなから離れた場所にいるようだった──。

 

 

 



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457 共に

 

 

そこは陰気な、しかし見覚えのある場所だった。城を襲撃する音が遠くに聞こえる。荒れ果てた部屋の中にあるのは一つの窓だけだ、そこから、閃光が飛ぶのが見えた。

彼は杖を指で回して眺めながら、頭の中は城のあの部屋のことを考えていた。彼だけが見つけられたあの隠された部屋。──あの小僧には、見つけられない。

 

部屋の一番暗い片隅に、ルシウス・マルフォイが座っていた。顔には懲罰の痕が残り、片目が腫れ上がり閉じられたままだ。

 

 

「我が君……どうか……私の息子は……」

「お前の息子が死んだとしても、ルシウス、俺様のせいではない。スリザリンの他の生徒のように、俺様の元に戻ってはこなかった。おそらく、ハリー・ポッターと仲良くすることに決めたのではないか?」

「いいえ──決して」

「そうではないように望む事だな」

「我が君──我が君は、ご心配ではありませんか?ポッターが、我が君以外の者の手にかかって死ぬ事を」

 

 

ルシウスの声は震え、懇願するようであった。ヴォルデモートは全くルシウスの方を見ずに杖を指先で弄んだまま窓の向こうにある城を見据える。

 

 

「差し出がましく……お許しください……戦いを中止なさり、城に入られて、わが──我が君ご自身がお探しになるほうが……賢明だとは思し召されませんか?」

「偽っても無駄だ、ルシウス。お前が停戦を望むのは、息子の安否を確かめたいからだろう。俺様にはポッターを探す必要はない。夜の明ける前に、ポッターの方で俺様を探しだすだろう。──スネイプを連れて来い」

「スネイプ?わ──我が君」

「スネイプだ。すぐに。あの者が必要だ。一つ勤めを──果たしてもらわねばならぬ。行け」

 

 

怯え震え、暗がりで躓きながらルシウスは部屋を出て行った。ヴォルデモートは杖を指で回し視線を下げる。「それしかないな、ナギニ」と呟きながらあたりを見回した。

巨大な太い蛇が、宙に浮く球の中で優雅に身をくねらせている。ヴォルデモートがナギニを保護するために作り出した丸い籠は水槽のようでもあり、星屑が散りばめられたように美しく輝いていた。

 

 

ハリーは息を呑み、意識を引き戻して目を開いた。途端にソフィアの深刻な表情が飛び込んでくる。「わかった」と呟き、ハリーはソフィアの肩に手を乗せ顔を上げた。

 

 

「あいつは叫びの屋敷にいる。蛇も一緒で、蛇は何かの魔法で保護されている。あいつはたった今──ルシウス・マルフォイに、スネイプ先生を迎えに行かせた」

「ヴォルデモートは叫びの屋敷でじっとしているの?自分は──自分は戦いもせずに?」

 

 

ハーマイオニーが憤る中、ソフィアとルイスはハリーが話した内容に凍りついた。いや、まだ父は疑われていない、そのはずだ──しかし、何故今呼び出すのか。

 

 

「あいつは戦う必要がないって考えている。僕があいつの元に行くと思ってるんだ」

「……ハリーが分霊箱を追っているって、気づいてるのね。だから、蛇を守っている」

「うん、そうだ。蛇を殺すためにはあいつの元に行くしかないって、はっきりしている」

 

 

ソフィアの言葉にハリーは頷いた。

ヴォルデモートを殺すためには、分霊箱を全て破壊しなければならない。最後の一つ──ナギニを殺すには、自ら危険に飛び込むしかないのだ。

ハリーはルイスの困惑している表情をチラリと見た。ルイスは分霊箱の事を知らない。今、ソフィアの呟きにより初めてその言葉を知っただろう。分霊箱の事を知っているのは四人だけだったが──。今更、隠していて何になるのだろうか。もう、全て始まっているのだ。

 

 

「よし、それなら君は行っちゃダメだ。行ったらあいつの思う壺だ。あいつはそれを期待してる。君はここにいて、ハーマイオニーを守ってくれ。僕が行って、捕まえて──」

「君たちはここにいてくれ。僕がマントに隠れて行く。終わったらすぐに戻って──」

 

 

ロンの言葉をハリーが遮ったが、すぐにソフィアが「ダメよ」否定した。

 

 

「それなら私が行くわ。この中で一番魔法を使えるのは誰?私なら、アニメーガスになれるしこっそりと近寄って──」

「いや、ダメだ。君たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。これは僕がしなければならない事で──」

 

 

互いに一歩も譲らないハリーとソフィアとロンとハーマイオニーは自分一人で行きナギニを捕まえて見せると──方法も計略も何もなかったが──必死に訴えた。

ヒートアップするハリー達に「ちょっと落ち着いて」とルイスが言い止めようとした途端、階段の一番上の、五人がいる場所を覆うタペストリーが破られた。

 

 

「ポッター!」

 

 

仮面をつけた死喰い人が二人そこに立っていた。勝利を確信し獰猛な目で見下ろす死喰い人達が杖を振り下ろすよりも早くハーマイオニーとソフィアが反応し叫んだ。

 

 

滑れ(グリセオ)!」

爆発せよ(コンフリンゴ)!」

 

 

死喰い人周辺が爆破し、同時にハリー達の足下の階段が平らな滑り台になった。一瞬の浮遊感の後ハリー達は速度を抑える事もできずに矢のように滑り降りる。死喰い人達は瓦礫を避け、すぐに失神呪文を放ったが彼らが放った失神呪文はハリー達の頭上遠くを飛んでいった。

 

 

「避けろ!」

 

 

ロンの叫びで、慌てて階下にいた人は叫びながら左右に分かれ、ハリーとソフィアとハーマイオニーとルイスは滑り台となった階段の終着点の扉に強く体を打ちつけうなり声を上げた。

 

よろめきながら痛む体を押さえ扉から離れた時、そのすぐ脇をマクゴナガルに率いられた机の群れが全力疾走で怒涛の如く駆け抜けて行った。マクゴナガルはハリー達には気付かず、雄々しい表情で机の群れに「突撃っ!」と命じ鋭く杖を前方に指し示す。そのローブは破れ、頬には深手を負っていた。

 

 

「ハリー、マントを着て。それで──それで、私も、連れて行って」

 

 

ハリーはソフィアの目を見つめた。

その次にハーマイオニーとロン、そして心配そうな顔をするルイスを見る。

ハリーは一瞬も迷わなかった。素早くマントを広げ、ソフィアとハーマイオニーとロンに被せた。

ルイスは自分から飛び込むことなど、連れて行って欲しいなど言えなかった。

 

──誰よりも守りたいソフィア、大切な妹。ソフィアともう離れたくはない。この激しい戦場で離れてしまえば二度と会えなくなるかもしれない。それに、ヴォルデモートに呼び出された父様──家族を護りたい。でも、去年僕は自分の家族のために許されない罪を犯した。

 

ハリーは突っ立ったままのルイスを見て、苛立ちながら「ルイス!」と叫び、マントを広げた。

 

 

「来るんだ!」

「でも──」

「早く!」

 

 

ハリーの声に突き動かされ、ルイスはマントの中に飛び込んだ。

ルイスはハリーの友だった。ハリーにとって初めてできた同年代の魔法族の友だち、ずっとずっと優しい友だちだった。厳しい試練も、ルイスと共にクリアした。賢く、優しく、勇敢で、寮は異なっていたが、それでも友だちだった。

しかしそれも数年前までで──一度は完全に別れていた。それでも、見ている敵は、守りたい者達は同じなのだと知った。全てを許したわけでも、昔のように仲良くできるわけでもない。そうするには時間が経ち、失ったものが多すぎる。

それでも、今はこうするべきだとハリーの直感が訴えかけていた。

 

 

五人一緒では覆いきれず、足元はかなり出てしまっていただろう。しかし、この喧騒の中、そして土煙が濛々と立ち込め魔法の閃光が走る中で誰が足元を注意深く見るだろうか。

 

ハリー達が次の階段を駆け降りると、下の廊下は左右どちらを見ても戦いの最中だった。生徒も教師も、不死鳥の騎士団も、皆が死喰い人を相手に戦っている。壁にかけられた肖像画達は大声で応援し、助言していた。杖を失ったはずのディーンはどこで手に入れたのかロドルフと戦い、パーバティはトラバースと戦っていた。ハリー達はすぐに杖を構え攻撃しようとしたが、戦っている者同士混戦し、下手に魔法を放てば味方を傷付けかねない。

 

 

「行こう!」

 

 

苦渋の決断だった。ハリーは囁き、ソフィア達も唇を噛み心引き裂かれる思いで姿勢を低くし、その場から離れた。戦う人の間を縫い、血溜まりで足を滑らせながら大理石の階段の上をを抜け、玄関ホールへと飛ぶように走る。

階段も、玄関ホールも戦闘中の敵味方で溢れ、どこを見ても死喰い人がいた。ソフィアは瓦礫の中でぐったりとして動かない人影を何人も見た、血が滲み、虚空へと伸ばされた手を何本も見た。それでも足を止めることは出来なかった。──今ここで心が折れるわけにはいかない。

 

 

階段を下り、玄関ホールまで到達した時、階段上のバルコニーから人が二人落ちてきた。その人はソフィア達の目の前で鈍い音を立て大理石の床の上を跳ね、ソフィア達は慌てて立ち止まる。咄嗟に手を伸ばそうとした瞬間、灰色の影が玄関ホールの奥からまさに獣のように走り寄り、落ちてきた一人に覆い被さった。

 

 

「やめてぇえ!」

「だめっ!!」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが叫び声を上げ、杖を振り下ろした。

バルコニーから落下したのはラベンダーであり、彼女は薄らと目を開いて霞む視界の中、ルームメイトの声がした方を見た。その指先は、助けを求めるように弱々しく動いている。

 

──今の声はソフィア?ハーマイオニー?ああ、無事だったのね……よかった。どうか、逃げて。

 

ラベンダーは遠くなって行く喧騒の音を最後に、ふっと目を閉じた。

覆い被さっていたフェンリール・グレイバックは、二人の魔法により弾き飛ばされ大理石の階段の手摺りにぶつかりよろめいた。立ち上がれずもがくグレイバックの頭に白く輝く水晶玉が落下し、ガラスが割れる音と何かがぐしゃりと砕ける音が響く。グレイバックの頭は奇妙に歪み、そのままふらりと前のめりに倒れて動かなくなった。

ソフィアは唇を強く噛み──そのせいで唇がぶつりと切れ血が流れた──魔法でラベンダーの体を浮かばせると、玄関ホールの隅へと移動させた。ラベンダーの手は力なく垂れ、もう動かなくなっていた。

 

 

「まだありますわよ!お望みの方には、もっと差し上げますわ!行きますわよ──!」

 

 

バルコニーの欄干の上からトレローニーが身を乗り出し、周りに大きな水晶玉を幾つも浮かばせていた。杖を振り下ろせば、水晶玉はブラッジャーのように死喰い人を執拗に狙い衝突する。

その時、玄関の重い樫の扉がパッと開き、溢れるようにして巨大蜘蛛がわらわらと雪崩れ込んで来た。戦っていた死喰い人も生徒達も恐ろしい怪物に悲鳴を上げバラバラになり、押し寄せる蜘蛛に向かって無数の赤や緑の閃光が飛ぶ。蜘蛛達は身震いをし、恐ろしい鳴き声をあげて後脚立ちになり威嚇した。

 

 

「どうやって外に出る!?」

 

 

悲鳴の渦の中でロンが身震いしながら叫ぶ。ハリーが答えるよりも前に、五人とも何かに突き飛ばされた。重なるようにして倒れ、半分以上ずれたマントの下でハリーは花柄模様の傘を振り回しながらハグリッドが階段を駆け降りてくるのを見た。

 

 

「こいつらを傷付けねぇでくれ!傷付けねぇでくれ!!」

「──ハグリッド、やめろ!」

 

 

ハリーは何もかもを忘れ、マントの下から飛び出しハグリッドに向かって叫んだ。玄関ホールを明るく照らすほど飛び交う呪いを避け、身を屈めたまま「戻るんだ!」と叫ぶ。

しかし、まだ半分も追いつかないうちに、ハリーの目の前でハグリッドは巨大蜘蛛の群の中に消えた。呪いに攻め立てられた巨大蜘蛛達はガチャガチャと音を立てハグリッドを飲み込んだまま退却し始める。

 

 

「ハグリッド!」

「ハリー!ダメ!!」

 

 

ソフィアは必死に叫んだが、ハリーは蜘蛛に飲まれたハグリッドを追って校庭へと駆け降りた。

──ハグリッドはダメだ。魔法界の事を初めて教えてくれた、初めて誕生日ケーキを僕にくれた、僕の大切な友だちなんだ!ハグリッドまで失ったら、僕はもう耐えられない。

 

ソフィア達はマントを必死に掴み、プロテゴをかけながら呪いの飛び交う中を走る。

玄関階段を降り、校庭を駆ける。芝生の整えられていた美しい校庭は踏み荒らされ、焼かれ、血やぐちゃりとした恐ろしい物が撒き散らされている。

 

 

「そっちはダメだ!」

「っ──なんてことなの……!」

 

 

巨大蜘蛛だけではなく、巨人まで校庭に現れていた。一歩足を踏み下ろすだけで地面が揺れ、その足が横を通り過ぎるだけで風圧で飛ばされるだろう。高さ六メートルはある巨人は巨大な拳を振り上げ、一殴りで上階の窓を打ち壊す。耳を劈く悲鳴が上がり、巨人は開いた穴に手を突っ込み城の中で逃げ惑う人間を捕まえようとしていた。捕まったらどうなるのか、落とされるだけで──いや、その手を少し握るだけで、死んでしまう。

 

ソフィア達は巨人に行手を阻まれハグリッドと巨大蜘蛛を見失ったハリーに駆け寄り、ロンがハリーを引き止めた。

もう、透明マントをかぶる余裕は無かった。いや、隠れる必要がなくなったと言えるだろう。誰もハリー達を見ず、巨人の登場に呆気に取られているのだ。

 

 

「巨人を無効化しないと、大勢殺されるわ!巨人は魔法が効きにくいから全員で失神呪文を──」

「やめろ!あんなデカい奴が失神なんてしたら城が半分潰しちまう!」

「あっ!──どうすれば──」

 

 

杖を上げたソフィアの腕をロンが押さえて叫んだ。そうだ、この巨体だ。倒れ込むだけで何人が巻き込まれるか。それにここは玄関ホールに近い、玄関ホールには、たくさんの人が居る。

ソフィア達はどうすればいいのかわからず、巨人の脅威を目の当たりにして進む事もできなかった。

しかし、城の角の向こう側からグロウプが現れたことにより事態は一変した。

グロウプは小柄な巨人であり、その大きさは四メートル程だろう。それでも巨人同士が出会うと──生死をかけた戦闘が始まる。彼らは、本能的に殺し合ってしまう。

グロウプは二回り以上大きい巨人に向かって獰猛な牙を剥き、その巨体からは想像もできない速度で飛びかかった。

 

 

「逃げろ!」

 

 

ハリーが叫ぶ前に、ソフィア達は走り出していた。巨人達が素手で殴り合う音──肉を直接打つ恐ろしい音と叫びが夜の闇に響き渡る。地震のように地面が揺れ、窓が割れ、近くにいた者は敵も味方も全員逃げ惑った。

ハリーはソフィアと手を、ロンはハーマイオニーの手を引き、ルイスが最後尾からプロテゴを何度も放ち彼らを守った。

ハグリッドを救出する望みをまだ失っていないハリーは疾走し禁じられた森まで後半分の距離を駆け抜けたが、再び障害が現れる。

 

突如、周りの空気が変わった。

空気が重く凍り、彼らの肺を容赦なく締め付ける。禁じられた森から闇がどろりと蠢き、地面を滑るように現れた──吸魂鬼だ。

闇よりも濃いそれは城に向かって大きな波のように揺れている。顔はフードを被り、魂を刈り取ろうとして伸ばされた手は醜い瘡蓋で覆われていた。ガラガラと掠れた恐ろしい声をあげ向かい来る吸魂鬼に、彼らは急停止しすぐにハリーに寄り添った。

背後の戦闘や叫びが急にくぐもり遠くなっていく。吸魂鬼だけが作り出すことのできるその静寂に、ハリーは一歩後ろに下がった。

 

 

「ハリー!」

「……ソフィア」

 

 

遠くからソフィアの声が聞こえてきた。「守護霊よ、ハリー。できるわ!」その声は必死さを滲ませながらハリーを励ましている。ハリーは杖を上げ必死に幸福な気持ちを呼び起こそうとしたが、胸の奥に重く広がっているのは強い絶望感だった。

 

数分前に、フレッドが死んだ。多分、ラベンダーも。ハグリッドも蜘蛛に食べられてしまっただろう。僕の知らないところで、何人死んだのだろうか。あの廊下の血溜まりや、赤い物体は誰のものだったのか──。

 

 

ハリーの杖先からは弱々しい銀色の霞しか出なかった。

ソフィアとルイスはすぐに、「エクスペクト パトローナム!」と叫び守護霊を出す。フェネックと鴉が数体の吸魂鬼を退けたが禁じられた森からするすると現れた百体を超える吸魂鬼全てを払うことはできなかった。目の前のご馳走の山を、吸魂鬼は見逃すはずもなく腕を伸ばし、近寄った。

 

ロンのテリア、ハーマイオニーのカワウソがそれぞれ数体ずつ退け、弱々しく明滅して消えた。フェネックと鴉も、捩れるようにして霧散する。

 

ソフィアはハリーを強く抱きしめ、自分の胸の中に隠そうとした。ここで魂を吸われるわけにはいかない、最悪、自分自身が犠牲になったとしても──ハーマイオニーとロンとルイスも、犠牲になったとしても──ハリー・ポッターは、生き延びねばならない。全てのために、これ以上世界が悲しみで満ちないために。

 

 

「ソフィア──」

「大丈夫よ、ハリー」

 

 

ロンとハーマイオニーとルイスが恐怖で引き攣った表情で守護霊を何度も繰り出しているのが視界の端で見えた。

ハリーの杖先からは、まだあの牡鹿は出ていない。いつも勇気と確かな自信をくれるあの雄々しく美しい牡鹿は出ず、杖は手の中で震えていた。

 

 

「大丈夫、私たちが護るから。──あなただけでも生きて」

 

 

そう優しく告げたソフィアの声は悲しい愛情に満ちていた。ソフィアはそっとハリーの額に張り付いた前髪を指先で払い、キスをする。

ぽたり、と涙が一粒ハリーの眼鏡のレンズに落ちた。

 

ハリーは近付いてくる忘却の世界と、約束された優しい虚無と無感覚を一気に退け、朧になっていた感覚を取り戻しソフィアを強く抱きしめ返し、杖を上げた。

 

 

「エクスペクト パトローナム!」

 

 

ハリーの杖先から、銀の美しい牡鹿が躍り出た。──いや、牡鹿だけではない。銀の野兎が、猪が、そして狐がハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニー、ルイスの頭上を超えて舞い上がり、牡鹿を先頭にして吸魂鬼へと突進した。跳ね上がり、振り払われ、吸魂鬼達は銀の動物達の勢いにじりじりと後退する。

暗闇からやってきた三人は杖を出し、守護霊達を出し続けながらハリー達のそばに立った。

 

 

「それでいいんだよ。大丈夫だもん。さあ、ハリー、みーんないるわ。……あたしたち、みんなまだ戦ってる。さあ……考えて、幸せな事を」

 

 

杖を構え、ルーナが優しく囁いた。

蒼白な顔をし、もう駄目だと僅かに考えてしまっていたソフィアとロンとハーマイオニーとルイスは、震える体を叱咤し、血が滲むほど手を握り杖をあげる。

 

幸せ──そうだ、まだ諦めちゃだめだ。諦めるもんか!まだ、終わりではない、こんなところで終われない!こんなにも、仲間がいるんだ、支えてくれる人たちがいるんだ──!

 

 

「エクスペクト パトローナム!」

 

 

彼らの存在を力に、四人は同時に鋭く唱えた。銀色の火花が散り、光が揺れる。それぞれの守護霊は先に進んでいた牡鹿達と合流し、素早く吸魂鬼を追い立てる。ついに吸魂鬼達は、森の奥へと退き、ふっと消えてしまった。

 

 



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458 二人で一つ

 

 

夜はたちまち元通りの暖かさや周囲の戦闘の音を取り戻し、ハリー達は詰まっていた息を吐いて現れたルーナ、アーニー、シェーマスの方を見た。

 

 

「助かった、君たちのおかげだ──もうダメかと」

 

 

ロンが震えながら、現れた三人に心からの感謝を言った時、森の中から吠えながら地面を震わせ、背丈よりも巨大な棍棒を振り回しながらゆらりゆらりと、新たな巨人が現れた。

 

「逃げろ!!」ハリーが叫ぶまでもなく、みんな逃げ出していた。次の瞬間には今まで彼らがいた場所に巨人の足が振り下ろされ棍棒が猛烈な勢いで通過した。

ソフィアとハーマイオニーとロンとルイスはハリーに従いてきていたが、ルーナ達は再び戦いの中に姿を消していた。どうか無事でいてくれ、とハリーは消えた三人を思い、強く願う。

 

 

「暴れ柳だ、行くぞ!」

 

 

ハリーが指示し、ソフィア達は必死に走った。

今は全ての悲しみを心の奥に封じ込め、走るしかない。愛する人々の安否がわからない恐怖を押し殺し、向かうしか生きる道はないのだ。走らなければならない、ヴォルデモートの側にいる蛇を殺さなければ、他に終わる道はない。

 

 

暴れ柳は周囲の異変を感知し、狂ったように枝を振り回していた。喉が焼けるように痛み、枯れた呼吸が絶えず溢れる中、ハリー達は暴れ柳を麻痺させる瘤を見つけようと闇を透かしてその太い幹を必死に見た。

 

 

「あそこよ!」

 

 

ハーマイオニーの叫びに、ソフィアが誰よりも早く反応し瞬く間にアニメーガスの姿になると暴れ柳の鋭利な枝の攻撃を素早く掻い潜り、まっすぐ幹に向かって駆けた。一箇所膨れている瘤に前足を乗せれば、身悶えし暴れていた古木はたちまち静かになった。

 

 

「完璧よ!」

「待ってくれ!」

 

 

ハーマイオニーが息を切らしながら古木に駆け寄ろうとした時、ハリーがそれを止めた。

一瞬、迷ったのだ。この先には大蛇がいるが、ヴォルデモートもいる。ヴォルデモートの思惑通りに動いているが、本当に彼らを連れて行っていいのか、彼らを危険な罠に引き込もうとしているのではないかと──一瞬迷った。

 

 

「ハリー、僕たちも行く!」

「とにかく入ろう!」

 

 

ロンがハリーを押し、ルイスは強く促した。

ハリーはされるがままに古木の根本に隠された土のトンネルに体を押し込んだ。その後にロンとハーマイオニーとルイスが続き、彼らは以前ここに入った時よりも閉塞感を覚えながら進む──そうだ、前よりも成長したんだ。

 

ソフィアはすでにアニメーガスを解き、油断なく杖を構えながら先に進んでいた。トンネルの天井は低く、半分這うようにして奥へと進む。

今にも恐ろしく危険な罠が襲い来るるのではないか、そう覚悟していたが何も出てこず、彼らは無言のまま移動した。先頭のソフィアが杖先に微かな光を灯し、それだけを頼りにハリー達は進む。

 

 

トンネルが上り坂になった時、ソフィアは行く手に細長い光の筋を見た。この先にヴォルデモートと大蛇がいる。ソフィアはすぐに灯りを消し、ハリー達の到着を待った。出口付近は今まで狭かったトンネルと違い、ハリーはソフィアの隣に並び身を伏せる。

 

 

「マントよ、このマントを着て!」

 

 

ハーマイオニーが囁き、持っていた透明マントを押し付ける。ソフィアとハリーは動きにくい姿勢からなんとかそれを受け取り被さった。

マントの下でハリーとソフィアは互いを見て頷き、息を殺してじりじりと前に進む。

ソフィアはマントの下で素早く杖を振るい自分たちがいる狭い範囲にだけ防音魔法と認識阻害魔法をかけた。

 

 

「防音魔法と認識阻害魔法をかけたわ。蛇はこっちが見えなくても、私たちの居場所を感知するかもしれないから」

 

 

防音魔法をかけていても、ソフィアは油断なく声量を落とし告げる。

いくつかの魔法をかけたとしても、相手はヴォルデモートだ、気休めにしかならないことは彼らも理解していたために慎重に、全神経を張り詰めながら細く差す光の方へ向かう。今にも冷たく通る声が聞こえるのでないか、今にも、緑の閃光が見えるのではないかと思い、息をするのも忘れて進んだ。

 

その時、微かな話し声が隙間から漏れ聞こえてきた。トンネルの出口は梱包用の古い木箱で塞がれていて、その声はくぐもりはっきりとは聞こえない。それでも、ソフィアとルイスにはその声がセブルスのものだとはっきりとわかった。

ソフィアとハリーは木箱ギリギリまで近づき、わずかな隙間から部屋の様子を覗き見た。

前方の部屋は薄ぼんやりとした灯りで照らされ、海蛇のようにトグロを巻いて美しい球体の中で浮かんでいる大蛇が見える。テーブルの端に、黒いローブ、それに杖を弄んでいる青白い指が見えた。ハリーが屈んで隠れている場所の、わずかな距離にセブルスとヴォルデモートがいるのだとわかり、ハリーは心臓が締め付けられたような気がした。

 

 

「──我が君、抵抗勢力は崩れつつあります」

「しかも、お前の助けなしでもそうなっている。熟達の魔法使いであるが、セブルス、今となってはお前の存在も、たいした意味がない。我々はもう間も無くやり遂げる──間も無くだ」

 

 

冷たい声に、ソフィアは自分の爪が手のひらを傷付けるのも厭わず強く握りしめた。ソフィアのローブを後ろからハーマイオニーが掴み、ぐっと引っ張る。「行っちゃダメ」と、その動作が伝え、ソフィアはなんとか飛び込むのを耐えた。

場の雰囲気はどう考えてもよくない。やはり、ヴォルデモートはセブルスに娘と息子がいるのだと知ってしまったのだろうか?裏切りを気付き、ゆっくりと時間をかけ追い詰め、断罪の時まで苦しむ様子を楽しんでいるのだろうか?

 

 

「小僧を探すようお命じください。私めがポッターを連れて参りましょう。我が君、私ならあいつを見つけられます。どうか」

 

 

セブルスもいつもと違うヴォルデモートの雰囲気を感じ取っていたため、一刻も早くここから離れなければならないと感じていた。──自分の必要性を解かなければならない、私はまだ伝えていない。これだけは、何があってもなさねばならない。

 

 

「問題があるのだ、セブルス」

「我が君?」

「セブルス、この杖はなぜ、俺様の思い通りにならぬのだ?」

 

 

ヴォルデモートは静かに言いながら、指揮者がタクトを上げる繊細さ正確さで、ふっとニワトコの杖を上げる。

セブルスはその杖をじっと見ながら沈黙した。杖のことなど、詳しく知る由もない。ただダンブルドアから奪ったものならば──何か阻害魔法がかかっているのではないか、と思った程度だ。

 

 

「……我が君、私には理解しかねます。我が君は──その杖で極めて優れた魔法を行なっておいでです」

 

 

しかし、そんな事を言えば機嫌を損ねさせ、緑の閃光が体を打ち抜くだろうとわかっていたセブルスは言葉を選びながら視線を近くで浮かんでいる大蛇へ向けた。

 

 

「──違う。俺様が成しているのは普通の魔法だ。たしかに俺様は極めて優れているのだが、この杖は……違う。約束された威力を発揮しておらぬ。この杖も、昔オリバンダーから手に入れた杖も、何ら違いを感じない」

 

 

ヴォルデモートの口調はあくまで静かであり、瞑想しているようだったが、ヴォルデモートが話すに連れハリーの傷痕はズキズキと疼き始めていた。うちに秘められた怒りが高まりつつあるのだと、ハリーは感じた。

 

 

「何ら違わぬ」

 

 

ヴォルデモートはもう一度静かに告げ、ゆっくりと部屋の中を歩き始めた。セブルスは身の危険を感じ、素早く目だけで辺りを見回すが出入り口は一つしかなく、逃げ出す前に死の呪いが自らを襲うだろう。

ヴォルデモートの気を落ち着かせ、安心させる言葉を探しているうちに、ヴォルデモートはさらに言葉を続ける──同時に、ハリーが受け取った痛みと怒りは高まっていった。

 

 

「俺様は時間をかけてよく考えたのだ、セブルス。……俺様がなぜ、お前を戦いから呼び出したかわかるか?」

「いいえ、我が君。しかし、戦いの場に戻ることをお許し頂きたく存じます。どうか、ポッターめを探すお許しを」

「お前もルシウスと同じことを言う。二人とも、俺様ほどにあやつを理解しておらぬ。ポッターを探す必要などない。あやつの方から俺様のところに来るだろう。あやつの弱点を俺様は知っている。一つの大きな欠陥だ。周りで他のやつがやられるのを、見てはおれぬやつなのだ。自分のせいでそうなっていることを知りながら、見てはおれぬのだ。どんな代償を払ってでも、止めようとするだろう。あやつは来る」

「しかし、我が君。あなた様以外の者に誤って殺されてしまうかもしれず──」

「死喰い人達には明確な指示を与えておる。ポッターを捕らえよ。やつの友人達は殺せ──多く殺せば殺すほど良い──しかし、あやつは殺すな、とな。しかし、俺様が話したいのはセブルス、お前のことだ。ハリー・ポッターの事ではない。お前は俺様にとって非常に有能だった。非常にな」

 

 

ヴォルデモートは歩みを止め、少し距離をあけてセブルスに向かい合う。その指先はいまだに杖を弄び、一見すると隙だらけに見えたが──セブルスは、杖を向ければ即座に殺されるとわかっていた。自分がどれだけ優れた魔法使いであっても、ヴォルデモートとの差は歴然だった。

 

 

「私めが、あなた様にお仕えする事のみを願っていると、我が君にはおわかりです。しかし──我が君、この場を下り、ポッターめを探すことをお許しくださいますよう。あなた様の元に必ず連れて参ります。私めにはそれができると──」

「言ったはずだ。許さぬ!」

 

 

ヴォルデモートが鋭く叫ぶ。

闇の中でもわかるほど、彼の目は獰猛に光っていた。マントを翻し一歩一歩とセブルスに歩み寄る音は、まるで蛇が獲物を狙っているようだった。ハリーは額の焼けるような痛みでヴォルデモートの苛立ちを感じた。

ソフィアとルイスは、心臓が口から飛び出そうなほど煩く激しくなっている事に気づいていた。嫌な予感に、背筋が凍え、手や体は小さく震えている。死の足音が、ここまで聞こえてくるようだ。

 

 

「俺様が目下気掛かりなのは、セブルス、あの小僧とついに額を合わせたときに何が起こるかということだ!」

「我が君、疑いの余地はありません。必ずや──」

「──いや、疑問があるのだ、セブルス。疑問が」

 

 

ヴォルデモートは立ち止まり、ぐらぐらとした苛立ちを鎮めて告げた。張り詰めた空気、嫌な空気にセブルスは思わず、一歩後ろに下がる。

 

 

「俺様の使った杖が二本とも、ハリー・ポッターを仕損じたのはなぜだ?」

「わ──私めにはわかりません。我が君」

「わからぬと?俺様のイチイの杖は、セブルス、何でも俺様の思うがままにことを成した。ハリー・ポッターを亡き者にする以外はな。あの杖は二度もしくじりおった。オリバンダーを拷問したところ、双子の芯の事を吐き、別な杖を使うようにと言いおった。俺様はそのようにした。しかし、ルシウスの杖はポッターの杖に出会って砕けた」

「──私めには、説明できません」

「俺様は、三本目の杖を求めたのだ。セブルス。ニワトコの杖、宿命の杖、死の杖だ。前の持ち主から、俺様はそれを奪った。アルバス・ダンブルドアの墓からそれを奪ったのだ。──この長い夜、俺様が間も無く勝利しようという今夜、俺様はここに座り考えに考え抜いた」

 

 

ヴォルデモートは殆ど囁き声で言いながら指先でニワトコの杖を撫でた。不穏な空気はより濃く重くなり、セブルスはごくり、と固唾を呑みローブの下で強く杖を握る。

 

 

「なぜこのニワトコの杖は、あるべき本来の杖になることを拒むのか……なぜ、伝説通りに正当な所有者に対して行うべき技を行わないのか……そして、俺様はどうやら答えを得た」

 

 

セブルスは無言でヴォルデモートを見た。首に杖を突きつけられているような気持ちになりぞわりと首筋に鳥肌が立つ。セブルスはヴォルデモートが何を言いたいのか──何をするつもりなのか察していた。

 

 

「おそらくお前は、すでに答えを知っておろう?なにしろ、セブルス、お前は賢い男だ。お前は、忠実な良き下僕であった。これからせねばならぬことを、残念に思う」

「我が君──」

「ニワトコの杖が、俺様にまともに仕えることができぬのは、セブルス、俺様がその真の持ち主ではないからだ。ニワトコの杖は、最後の持ち主を殺した魔法使いに所属する。お前がアルバス・ダンブルドアを殺した。お前が生きている限り、セブルス、ニワトコの杖は真に俺様のものになる事はない」

「我が君!」

 

 

セブルスが抗議の声を上げ、ローブから杖を抜いた。

それと同時にソフィアが向こうとこちらを隔てる木箱に飛びかかり、ハリーがすぐにソフィアを抱きしめ地面に押し付ける。後ろではもがくルイスをハーマイオニーとロンが必死に掴み地面に押し付けていた。

 

 

「離して!!」

 

 

ソフィアは無我夢中で暴れ、叫び、ハリーの頬を爪で引っ掻いた。ハリーの眼鏡はずれ、頬に痛みが走ったがハリーは押さえつける手を緩める事はなく──むしろ強くソフィアを抱きしめた。まだ防音魔法がかかっているこの場だから知られずにすんでいるだけだ。少しでも木箱に触れてしまえば護りの外になり、こちらの居場所が知られる。ソフィアまで、殺されてしまう。

 

 

「これ以外に道はない──」冷たい声が響く。ハリーとロンとハーマイオニーは体の奥まで凍りつきながら、必死にソフィアとルイスが飛び出さないよう押さえつけた。後で恨まれようが、嫌われようが、暴れ、父の元へ向かいたいと叫ぶ彼らを許すわけにはいかない。

「嫌──駄目──」ソフィアは目を見開き、木箱へと向かって手を伸ばした。

 

 

「セブルス、俺様はこの杖の主人にならなければならぬ。杖を制するのだ。さすれば俺様はついにポッターを制する」

 

 

ヴォルデモートはニワトコの杖で空を切った。

大蛇の檻が空中で回転し、セブルスは防御する間もなく、その中に飲み込まれた。いくつか魔法を放ったが、その檻の中で魔法が発現することは無い。

 

「殺せ」その言葉が聞き取れたのは蛇語がわかるハリーだけだった。

 

 

「いやああああっ!!」

 

 

ソフィアの絶叫が、くぐもったうめき声と、肉に噛み付くぐちゃりとした音を掻き消した。

セブルスは自身の首に歯を突き立てた大蛇をなんとか剥がそうとしたが、毒を持っているのか指や足から力が抜けていく。セブルスは、口から呼吸と共に血の塊を吐き、その場に膝をついた。崩れ落ち、壁に背中を預けながら咄嗟に力の入らない手で首を押さえるが、血は心臓の鼓動に合わせて血を噴出させ指の間から滝のように鮮血が流れ落ちる。

 

 

「残念なことよ」

 

 

ヴォルデモートは背を向けた。その言葉に同情も、情けも、悲しみも、後悔もない。

セブルスから離れた大蛇を連れてヴォルデモートはすぐにその場から姿くらましをし、今こそ自分の命に従うはずの杖を持ち城へと向かった。

 

 

バシン、と姿くらまし独特の音が響いた途端、ソフィアはハリーの腹を蹴り上げ一瞬ハリーの押さえつけている力が弱まった隙に這い出て木箱を強く押した。

ハリーとロンとハーマイオニーは、蒼白な顔でそれを眺める事しかできず、すぐに三人を押し退けルイスもまた部屋の中に飛び込んだ。

 

 

「父様!!」

「そんな!嫌だ!」

 

 

セブルスの目は薄く開き、子ども達の声に反応して瞼がわずかに震えた。「なぜ」その言葉は声にならず、代わりにごぽりと泡だった血が吐かれる。

ソフィアとルイスは強い死の予感と、血の臭いにその場に崩れ泣き喚きそうになったが──ぐっと拳を握り気を奮い起こした。

 

 

泣き喚いているだけの子どもではない。私たちは、ずっと戦ってきた、辛い日々を乗り越えてきた。もう大人の魔法使いなんだ。泣き喚いて、何もできない子どもじゃない!大切な人を、この手で救うことだってできるはずだ!

 

 

ソフィアとルイスはすぐにセブルスに駆け寄り状態を確認した。二人の顔は蒼白だったが、それでも目だけはしっかりと動き冷静そのものだった。

首の怪我が深刻だ。大きな血管を傷つけているのか、鼓動と共に血が吹き出している。つまり、問題は失血死だろう。あの蛇はアーサーの時もそうだったが即死させる事はない──ヴォルデモートは、獲物がじわじわと死の足音に怯えながら死にゆくのが好きなのだ。

 

 

「父様、大丈夫。死なないわ。死なない、死なせない!」

「回復魔法、首にかけるね。ソフィア、増血薬は?」

「持ってるわ。それにあの大蛇の毒消しもね。絶対死なせない」

 

 

ソフィアは素早く鞄の中に杖を突っ込み、幾つかの瓶を引き寄せ素早く蓋を外し血を流す首元に垂らした。傷口から灰色の煙が上がりセブルスは呻き声を上げる。出血の速度は緩やかになったが、それでも首を抉る傷は治癒される事なく見えている。

 

セブルスは僅かに目を動かし、ソフィアとルイスの後ろで蒼白な顔をして黙り込んでいるハリーを見た。──伝えなければならない、これは私の残された最後の仕事だ。

 

 

「これを……これを、取れ」

 

 

血以外の銀色の液体がセブルスの首の傷や口、両目から溢れていた。ハリーは自分を射抜くセブルスの暗い瞳に一瞬躊躇ったが、それでも治療を続けるソフィアとルイスの間に屈み込む。ハーマイオニーが鞄の中からフラスコを取り出し、ハリーの手に震えながら押しつけた。

 

ハリーは杖でその銀色の物体をフラスコに汲み上げる。それを見届けたセブルスは、眉に深く刻んでいた皺を少し緩めゆっくりと瞬きをしソフィアとルイスを見た。

 

 

「ソフィア……ルイス……」

「っ──止めて!父様、喋らないで!絶対に、絶対に助けるから!」

「血が──なんで、止まらない──」

 

 

ルイスは何度も治癒魔法を唱えていたが、セブルスの首に深く刻まれた傷が塞がる事はなかった。増血薬を飲ませても血は吹き出し続け意味がない。今にも止まりそうなほど、セブルスの呼吸はか細く血が混じり、死に際の苦しさを物語っていた。

 

 

どうして?なんで、今まで私たちは何を学んでいたの?私たちは、大切な人を守るために──生きるために、魔法を学び戦ってきた!それなのに、大切な人を守れないなんて──。

 

 

ソフィアは浮かんできた涙でぼやけた視界を必死に擦り、強い目でセブルスを見る。諦めてたまるものか、死なせるわけにはいかない──!

 

 

「ルイス!」

「──っ」

 

 

ルイスの冷たい手を強く握る。ルイスは詰まっていた呼吸を吐き出し、今にも泣きそうな──絶望した目でソフィアを見たが、ソフィアの視線の強さに息を呑み、ぐっとその手を強く握り返す。

ソフィアは諦めていない。最後まで足掻くと、父様を助けると、強く思っている。

 

 

「私たちならできるわ。だって私たちは──」

 

 

ソフィアはセブルスの首元に杖を突きつける。その目は、確かな意志と強さを持っていた。

 

 

そうだ──僕たちは、二人で一つ、二人で、一人前なんだ。

 

 

傷よ、癒えよ(ヴァルネラ・サネントゥール)──!」

 

 

ソフィアとルイスは手を強く繋ぎ、同じ思いでその魔法を唱えた。

互いを繋ぐ手から、暖かいものが流れ出ているような気がした。それは体の中を通り、心臓を強く打ち、杖腕へと流れ出る。二人の想いと、違わぬ願いを乗せ発現された魔法は銀色に眩く輝き、セブルスを優しく包み込んだ。

 

 



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459 永遠の別れ

 

 

 

 

「父様……?」

 

 

銀色の光が霧散した後、ソフィアは目を閉じ項垂れるセブルスに震える声で呼びかける。

ぴくりとも動かないその瞼に、ソフィアは喉の奥で押し殺した悲鳴を上げ、力尽きたようにその場に膝をついた。

 

 

「父様──父様ぁっ!」

 

 

ソフィアはセブルスの胸元に縋り、必死に呼びかける。強く揺さぶれば、その動きに合わせてぐらりとセブルスの頭が揺れた。まさか、間に合わなかった?どうして、家族すらも、守れないで──。

咽び泣くソフィアに、ルイスは苦しげに顔を歪ませその隣に座り込み、青白いセブルスの手を強く握る。

ハリーとロンとハーマイオニーも、間に合わなったのだと思い、あまりに悲惨な最後に目を逸らした。

静かな部屋の中に、ソフィアが咽び泣く悲しい声だけが響く。──その時。

 

 

「……ぁ……」

 

 

セブルスに縋り付いていたソフィアは小さな声を上げた。ルイスは無言で涙をいく筋も流しながらソフィアを呆然と見る。ソフィアはセブルスの胸元に耳を寄せ──涙に濡れていたが──真剣な表情でじっと耳をすませていた。

 

 

「ソフィア……?」

「……い──生きてる……」

「え──」

 

 

ルイスは慌ててセブルスの首に手を当てた。傷口は完璧に塞がっている。酷い痕にはなっているが、流血は止まりローブを汚していた血も全て消えている──冷たい首筋だったが、確かに微かな脈がルイスの指先に触れた。

 

 

「は──」

 

 

ルイスはその場にへたり込み、疲れ切った長いため息を吐いた後「よかった」と心から呟いた。

 

 

「大丈夫……なの?」

 

 

見守っていたハーマイオニーが恐る恐るソフィアに声をかける。一見すると、どう見ても死体にしか見えないほどセブルスの顔色は悪くぴくりとも動いていない。ソフィアとルイスが生きていると思い込みたいのではないのかと、一瞬嫌な予感が脳裏をよぎったが──ソフィアは泣きながら微かに微笑み、強く頷いた。

 

 

「ええ、多分……気絶しているだけだと思うわ。回復することに全ての気力を使い果たしてしまったのかも……」

 

 

ソフィアはセブルスから離れ、心配そうにその頬を撫でる。ハリーは確かに──よくよく見なければわからないが──セブルスの胸元が微かに上下しているのを見た。

 

ソフィア達がほっと安堵の息を漏らしたその時、唐突にそばで甲高い冷たい声が響いた。

 

ハーマイオニーは悲鳴を上げ、ソフィアとルイスはセブルスを護るように杖を上げ手を広げる。ハリーとロンも杖を構えながら後ろを振り返り──その声の近さに、部屋に戻ってきたのだと思ったのだ──部屋中から降るように落ちてくる声を聞いた。

 

 

「お前達は戦った──」

 

 

冷たいヴォルデモートの声は、壁や床から響いていた。ホグワーツと周囲一体の地域に向かって話しているのだろう。ホグズミードの住人や、まだ城で戦っている全員がヴォルデモートの息を首筋に感じ、死の一撃を受けそうなほど近くに、その声をはっきりと聞いているのだ。

 

 

「──勇敢に。ヴォルデモート卿は勇敢さを讃える事を知っている。しかし、お前達は数多くの死傷者を出した。俺様にまだ抵抗を続けるなら、一人また一人と、全員が死ぬことになる。そのような事は望まぬ。魔法族の血が一滴でも流れるのは損失であり浪費だ。

ヴォルデモート卿は慈悲深い。俺様は、我が勢力を即時撤退するように命ずる。一時間やろう。死者を尊厳を持って弔え。傷ついた者の手当てをするのだ。

さて、ハリー・ポッター、俺様は今お前に直接話す。お前は立ち向かうどころか、友人達がお前のために死ぬことを許した。俺様はこれから一時間、禁じられた森で待つ。もし、一時間の後にお前が俺様のもとに来なかったならば、降参して出てこなかったならば、戦いを再開する。

その時は、俺様自身が戦闘に加わるぞ。ハリー・ポッター。そしてお前を見つけ出し、お前を俺様から隠そうとしたやつは、男も女も子どもも、最後の一人まで罰してくれよう。──一時間だ」

 

 

ソフィア達は凍りついたように立ちすくむハリーを見て強く首を振った。

 

 

「耳を貸すな」

「大丈夫よ」

「さあ──さあ、城に戻りましょう。あの人が森に行ったならば、計画を練り直す必要があるわ」

 

 

ハーマイオニーは硬い口調でそう言い、すぐにセブルスとソフィアとルイスを見た。ソフィアはすでに立ち上がっていたが、ルイスはセブルスの側でしゃがみ込み、じっとハリー達を見上げている。

 

 

「僕は、ここに残る。父様を一人にできない」

「一緒に運ぶわ!」

「ダメだ。──父様は死んでると思われているんだ。もし生きていると知られたら……あの人は、二度目は仕留め損ねない」

「でも──」

 

 

ヴォルデモートはセブルスを殺し、ニワトコの杖の所有者を移そうとした。もし、手元にある杖が先ほどと何ら変わらない威力しか出さないと知れば、セブルスの死を確認するために戻ってくるかもしれない。そうなったとき、セブルスの命はもちろんだが──ルイスの命も危ない。

 

 

「行って、ソフィア」

「ルイス……」

「ソフィア。──これを」

 

 

ルイスは動こうとしないソフィアの手を取り、自分の指につけていた指輪を外すとソフィアの人差し指に嵌めた。

 

 

「これは……?」

「ダンブルドア先生から遺贈された物なんだ。導き石の指輪。……僕たちは、ずっとこれでソフィアを見守っていた。だから、今度はソフィアが持っていて」

 

 

中央に透明な石がついている指輪が微かな月明かりを受けて輝く。心から会いたい人を思って触れればその者までの道を示す指輪──その道がある限り、ルイスとセブルスと繋がっているのだと強く感じる事ができる。

 

ソフィアは小さく頷き、ルイスの元に跪くと強く抱きしめ頬にキスを送った。ルイスは慰めるようにソフィアの頭を撫で、「気をつけて」と優しい声で呟く。

 

 

ソフィアはすぐに立ち上がると近くにある朽ちかけた棚に向けて杖を振るう。それはぐにゃりと歪み膨張し、瞬く間に黒いローブを着て首から血を流し絶命しているセブルス・スネイプへと変わった。

 

 

「保護魔法はかけられるわよね?──一応、偽物を置いておくわ。……悪夢みたいだけどね」

 

 

ソフィアは苦悶の表情で死亡している偽物のセブルスを見て苦笑しながら言うと、すぐにハリー達に向き合い「ごめんなさい、行きましょう」と伝えた。

 

ハリーとソフィアとロンとハーマイオニーは来た時と同じようにトンネルを這って戻った。誰も何も言わず、痛いほどの沈黙が流れている。ハリーはポケットの中にあるフラスコ──セブルスの記憶の事と、ヴォルデモートが告げた事が頭の中でぐるぐると回っていた。

今際の際に彼が残した記憶には何があるのか、そして、自分は、友人が自分のために死ぬ事を許したのか。ヴォルデモートは攻撃を止め一時間森の中で待つという。一時間の猶予。その間にしなければならない事はなんなのだろうか──。

 

 

ハリー達は大人しい暴れ柳から出て、奇妙なほど静まり返った校庭から城を眺めた。

芝生の上には小さな包みのような物体が幾つも転がっている。それが何なのかなど、考えずもわかる事だ。

焦げたローブを着た死体や、千切れている物。中身が入っている靴。それらに目を向けないようにハリー達は入口の石段へと急いだ。

 

 

玄関ホールは、叫びも何も聞こえなかった。

閃光や衝撃音も聞こえず、誰もいないが至る所で血溜まりができている。石畳は抉れ、窓は全て割れ、天井まで崩れ、美しく荘厳なホグワーツ城は変わり果てた姿へとなっていた。

 

 

「みんなはどこかしら?」

 

 

ハーマイオニーが小声で囁く。

ロンは強く拳を握り、先に立って大広間へと向かった。扉を開けた途端、静寂の中にいたハリー達は音の洪水に飲み込まれる。

 

悲鳴、慟哭、啜り泣き──悲しみの嘆きが満ちた大広間は人で溢れかえっていた。

各寮のテーブルはなくなり、生き残った者は互いの肩に腕を回し何人かずつで集まり身を寄せている。一段高い壇上ではマダム・ポンフリーが何人かに手伝わせ負傷者の手当てをしていた。

大広間にいる者は生き残りだけだはない。──中央には、死者が何十人も横たわっていた。

 

フレッドの亡骸は家族に囲まれていてハリー達には見えなかった。ジョージがフレッドの頭の方で跪き、モリーはフレッドの胸の上に縋りつき体を震わせていた。モリーの髪を撫でながら、アーサーの頬には絶えず涙が流れている。

 

誰も何も言わずにフレッドの元へと向かった。

ソフィアとハーマイオニーは顔を真っ赤に泣き腫らしたジニーを抱きしめ、ロンはビル、フラー、パーシーのそばに行った。パーシーは涙を流したままロンの肩を抱く。

 

ソフィアはジニーを抱きしめながら、その隣に横たわる亡骸をはっきりと見て息を呑んだ。

 

 

「リーマス……トンクス……」

 

 

リーマスとトンクスは蒼白な顔をしていたが、まるで眠っているように見えた。リーマスのそばではシリウスが膝をつき、項垂れているのが見える。シリウスのローブは至る所が破れ、顔や腕に大きな傷がついている。それでもその痛みなど忘れてしまったかのように、目を閉じているリーマスを何歳も年老いてしまったかのような顔つきで呆然と──涙も流さず見下ろしていた。

 

何人が亡くなったのか。

ソフィアは数時間前まで生きていた親しい人の死に、頭がぼんやりと霞がかっていくような気がした。酷すぎる現実に、脳が拒絶を起こしているのだろうか。

ソフィアは大広間を見渡した。何人もの人が床の上で横たわっている。友人や恋人に囲まれ、その死を嘆かれている。大広間の隅で、ドラコが膝を抱えて蹲っているのを見つけたが、ソフィアは声をかける余裕は無かった。

 

ソフィアはジニーからそっと離れ、ふらりと立ち上がった。涙を流しながらジニーはソフィアを見上げ、「ソフィア」と呟いたが、ソフィアはジニーを見ることはなかった。ジニーは顔を手で覆い、その視線を先に何があるのかを知り、わっと泣き声を上げる。

 

ソフィアの目は、少し離れた場所を見つめていた。

 

 

「……ジャック……」

 

 

人と人の間を縫い、ぶつかりながらソフィアは冷たい床の上で目を閉じているジャックのもとに歩み寄ると、その場に力なく膝をつき、震える手でジャックの血に塗れた頬に触れ、そのまま胸元に顔を寄せた。

 

 

「う──う、ううっ──」

 

 

まだ暖かい。まだ、柔らかい。

それでも土気色の頬が、どれだけ耳をすませても何も聞こえない音が、ジャックの死をありありとソフィアに告げていた。流れた涙がジャックの血を僅かに薄めていく中、ソフィアはただ、「ジャック」と彼の名を悲痛な声で呟いた。

 

 

 

ハリーは大広間の光景に、目の前の地獄のような光景に背を向け、大理石の階段を駆け上がった。心を引き抜いてしまいたい。体の中で悲鳴を上げているものを、全て無くしてしまいたい──ハリーは無我夢中で走り続け、校長室を護衛している石のガーゴイル像の前に行くまで一度も速度を緩めなかった。全てを置き去りにしてしまいたい。その気持ちが、行動に現れていたのだろう。

 

 

「合言葉は?」

「ダンブルドア!」

 

 

ハリーは自暴自棄になりつつ叫んだ。合言葉なんてわからなかった、ただ、ダンブルドアに会いたかった。

開くはずがない。そう思ったが、ガーゴイル像は横に滑り、その背後に螺旋階段が現れ──校長室までの道を示した。

 

螺旋階段を駆け上がり、円形の校長室に飛び込んだ。校長室の周囲の壁に掛かっていた肖像画は全て空になり、歴代校長は誰一人としてそこにいなかった。

ハリーはダンブルドアがいるはずの校長席の真後ろにかかっている額縁を見て落胆したが、すぐに背を向け戸棚へと向かった。

そこには、憂いの篩がある。セブルスが残した記憶──それも、死を覚悟して託した記憶に何があるのか、ハリーは見なければならない使命感よりも、今この辛い状況から逃げたい気持ちの方が強かった。他人の記憶の中に逃げ込めるのならば、どれだけ心休まるだろうか。それがたとえ重要な何かだとしても、今の状況より地獄という事は無い。

 

ハリーはフラスコの栓を抜き、憂いの篩の中に注ぎ込んだ。自分を責め苛む悲しみを、この記憶が和らげてくれるとでもいうように、ハリーは銀白色の渦の中に迷わずに飛び込んだ。

 

 

 



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460 セブルス・スネイプの記憶

 

 

 

 

暖かな太陽の日が差し、足が大地を踏んだ。

ハリーは自分が間違いなくセブルスの記憶の中に入り込んだのだと、周りの風景を見ながら思う。探さずとも、すぐに記憶の主であるセブルスを見つけ出す事ができた。

しかし、少し離れた場所にいる人を見てハリーは驚き目を見開く。

そこにいたセブルス・スネイプは、まだ幼い少年だった。ホグワーツ入学前の、おそらく九歳か十歳程度だろう。痩せ、髪は伸び、見窄らしい服装に身を包むセブルス・スネイプを見てハリーは何故こんな過去の記憶を彼は自分に見せたかったのだろう、と訝しむ。

 

セブルスは大きな灌木に隠れるようにして、明るい空き地を見ていた。足元にたくさんの花が咲き、その花を嬉しそうに見ている少女がいることに気づき、ハリーは息を呑む。

 

 

──母さん?

 

 

白の清楚なワンピースに、同じ色の帽子、艶やかな赤毛にキラキラと輝く緑色の瞳。

幼くも愛らしいその少女を、セブルスは憧れとも言えぬ熱い眼差しで見つめていた。

 

少女は周りに誰もいないことを確かめるとその場にしゃがみ込み、まだ花弁が開いていない花を指先で突く。その途端、花はふわりと解けるように開き美しく咲き誇った。

 

少女は嬉しそうに笑うと夢中になってまだ蕾の花を突き、咲かせていく。ハリーはセブルスの隣でその幼い故の行動を微笑ましく見つめ目を細めた。

自分の不思議な力を知り、こっそりと試さずにはいられないのだろう。その姿をもっとよく見たいと思ったのか、セブルスは一歩近づく。──がさり、と茂みが音を立て、少女は驚いてパッと立ち上がると緊張した顔つきでこちらを見た。

 

 

「……誰?」

 

 

セブルスは怖気ついたようにそろそろと下がり、灌木の後ろに隠れ息を殺していた。

しかし、少女はその異音をただの気のせいだと考えられなかったのか、ゆっくりとこちらに近づき、そっと灌木を覗き込む。

 

 

「あなた、誰?」

 

 

ハリーは少女に声をかけられたセブルスの頬が暗がりの中でもわかるほど赤く染まるのを見た。

 

 

「僕は……セブルス・スネイプ」

「ふーん?私はアリッサ・エバンズよ。……ねえスネイプ。あなた、何か見た?」

「……見た」

「あー……」

 

 

その少女はリリー・エバンズではなく、ソフィアとルイスの母であるアリッサだった。

アリッサはセブルスの言葉に気まずそうに目を逸らし、視線を空に向ける。どう言い逃れようか、と悩んでいるアリッサの隣をセブルスは通り過ぎ、まだ蕾の花を手に取るとずいっとアリッサの目の前に差し出した。

 

 

「……僕も同じことができる」

 

 

セブルスが持つ花はゆっくりと開いていく。アリッサは驚きに目を見開いていたが、その美しい花に劣らない明るい笑顔を見せ、セブルスの手をぎゅっと掴んだ。

 

 

「凄い!私、妹以外で初めて同じことができる人と会ったわ!」

「僕──僕、しばらく前から君たちを見ていたんだ。僕と同じだと気づいていた」

「そうなの?もっと早く声をかけてくれたらよかったのに!あ、妹のリリーにも同じ力があるの!」

「うん……知ってる」

「この力ってなんなの?スネイプは知ってる?」

 

 

アリッサはセブルスの手を離すと、近くにある灌木の枝を手折り、手で覆った。途端に葉は青々とし巨大化する。セブルスは至近距離で見たアリッサの魔法の力に、深く頷き囁いた。

 

 

「これは魔法だ。……エバンズは、魔女で、僕は魔法使いだ」

「魔女?……確かに、魔法かもしれないわね。超能力か何かかと思っていたわ」

「僕の母さんも、魔女なんだ」

「へえー!そうなの?意外とたくさんいるのかしら?」

「うん。……僕が教えてあげようか?」

 

 

その言葉はアリッサの気持ちを伺っているように見えて、隠しきれない確かな優越感がじわりと溢れていた。アリッサは強い目で自分を見つめるセブルスを見て一度目を瞬かせたが、すぐににっこりと笑うと手に持っていた枝を遠くに捨て、セブルスの手を取る。セブルスの青白い頬が、さらに赤く染まった。

 

 

「聞きたいわ!でも、こんなところじゃなくて、川のそばに行きましょう?」

「……うん」

「あ、ねえ。あなたのことセブルスって呼んでもいい?私のことはアリッサでいいわよ」

 

 

セブルスの手を引きながら、暗い木陰から明るい日向へと移動しながらアリッサは軽く言い、セブルスは揺れる赤毛を見つめながら「アリッサ……」と囁く。その声は震えていたが確かな熱っぽさが含まれていた。

アリッサは振り返り、「よろしくね、セブルス!」と大輪のひまわりのような笑顔で笑った。

 

 

 

 

場面が消え、いつの間にかハリーの周囲が姿を変えていた。今度は低木の小さな茂みの中にいた。強い日差しは木々に遮られ、爽やかな風が吹く中、その中央で子どもが三人、足を組み向かい合って座っていた。

ハリーは二人の少女のどちらがアリッサで、どちらがリリーなのか分からなかった。それほど、二人はよく似ている双子だった。

 

 

「──それで、魔法省は誰かが学校の外で魔法を使うと罰することが出来るんだ。手紙が来る」

「でも、私たちもう魔法を使ったわ!」

「僕たちは大丈夫なんだ。まだ杖を持っていない。まだ子どもだし、自分ではどうにもできないから許してくれるんだ。でも十一歳になったら……そして訓練を受け始めたら、注意しなければならない」

「ほらね、大丈夫だって言ったでしょう?リリーは心配性なんだから!」

「だって……わからないことがいっぱいなんだもの!」

 

 

ハリーは頬を膨らませる少女がリリーで、明るく笑う方がアリッサなのだと分かった。リリーとアリッサは全く同じ服装をしていたが、アリッサの方は前髪に白い花飾りのヘアピンをさしていた。

アリッサは近くにある小枝を拾い、空中にくるくると円を描きながら「杖なんてなくても、魔法は使えるのにね?」とセブルスに向かって悪戯っぽく笑いかける。

 

 

「杖を通した方が、望み通りの魔法が使えるし、それに強力だ。……僕たちが今使える魔法は、基礎の基礎でしかない」

「早くホグワーツで学びたいわ!どんな魔法があるのかしら……」

「本当なのよね?ホグワーツだなんて、学校で魔法を学ぶなんて、ペチュニアは嘘だっていうの。でも、本当なのね?」

 

 

リリーは不安そうにしながらセブルスとアリッサを見た。セブルスは深く頷き、アリッサは「魔法学校なんて、すっごくファンタジーだからチュニーには信じられないのね」と少し複雑そうに頷く。

 

 

「僕たちにとっては本当だ。でも、ペチュニアにとってはそうじゃない。僕たちには手紙が来る」

「凄いわよね!フクロウが持ってくる、だなんて!──魔法界の配達員はフクロウだなんて!天敵に襲われないのかしら、鷲とかに」

「魔法界のフクロウは、特別なんだ。……多分大丈夫なんだろう。……でも、君たちはマグル生まれだから、学校から誰かが来て君たちのご両親に説明するはずだ」

「確かに、急にフクロウが手紙を運んできても悪戯かなって思うわよね」

 

 

手の込んだ悪戯だと思い、届いた手紙を信じることはないだろう。とアリッサは納得して頷いたが、リリーは別の不安が現れたようで心配そうに眉を下げながら囁いた。

 

 

「マグル生まれって、普通と何か違うの?」

「──いいや、何も違わない」

 

 

セブルスは一瞬躊躇したが、アリッサとリリーを見てきっぱりと断言した。

 

 

 

 

場面が変わった。

アリッサは川に足をつけ、スカートの端が濡れないようにたくしあげながら楽しそうに笑い、水を蹴り上げていた。──ハリーはその無邪気な笑顔を見てソフィアの笑顔を思い出した。こんなふうに無邪気に笑うソフィアを、もう何年も見ていないことを思い出しハリーの胸はちくりと痛む。

 

 

「リリーは?」

「今日は来ないわ。昨日あなたがチュニーに酷い事をしたでしょう?まだ怒ってるのよ」

「僕はやってない」

 

 

川辺に座り、膝を抱えていたセブルスはそう小さく呟いたが、ハリーはその声音に気まずさと恐れを感じ取った。

 

 

「まあ、それならすっごくタイミングよくあなたの怒りに合わせてチュニーの頭に小枝が落ちたのね」

「それは──それは──僕じゃない」

 

 

アリッサは水を蹴り上げるのをやめ、セブルスを見つめる。セブルスはそのまっすぐな瞳から逃れるように視線を逸らした。

 

 

「つまり、そういうことね」

「……?」

「魔法学校がある理由と、魔法省が目を光らせている理由よ。まだ魔法を学んでいない私たちは、感情の昂りや強い願いによって意図せぬ魔法を使えてしまう。だから、それを制御して責任感を持たせるために私たちは魔法学校に行き、違反したならば罰せられる」

「……そうだ」

「よかったわね。あなたを罰する法はまだ無いみたい」

 

 

アリッサの言葉には皮肉と隠しきれぬ棘があり、セブルスはさっと顔色を変え、慌てて立ち上がるとアリッサの元へ近づいた。勢いよく川の中に進み、ぱしゃんと跳ねた水がセブルスの灰色のズボンを濡らした。

 

 

「本当に違──」

「罰する法は無いけれど、罰する人はいるわ」

 

 

アリッサは挑戦的な目でセブルスを見ると、思い切り水を蹴り上げる。セブルスは驚き反射的に一歩後ろに下がったが、その体に大量の水がかかり──動揺しバランスを崩し、川に尻餅をついた。

 

 

「うっ──」

「あ──あははっ!転んじゃうとは思わなかったわ、ごめんなさいね?」

 

 

びしょ濡れになり、呆然とするセブルスを見下ろし、アリッサはパッと手を離す。スカートが少し遅れてふわりと落ち、その裾が川についた。アリッサはさらりと流れた前髪を耳にかけながら、セブルスに手を差し出し、セブルスはその手を掴んだが──。

 

 

「油断したわね」

「え──うわっ!」

「あはははっ!」

 

 

ぐいっと立ち上がらせたセブルスをアリッサは勢いよく突き飛ばし、セブルスは今度は川底に尻をつけることはなかったが両腕をつき、さらに水に濡れた。

腹を抱えてケラケラと笑うアリッサを見たセブルスは頬を染めつつ悔しそうにむっとすると、そのまま両手で水を掬い──一瞬躊躇したが──アリッサ目掛けて水をかけた。

 

 

「きゃっ!──やったわね!」

「元はと言えばアリッサが──」

「あら、罰だって言ったでしょう?お返しよ!」

「や、やめろ!」

 

 

アリッサは服が水に濡れた事など全く気にせずセブルスに水をかけ、セブルスもまた負けじと水をかけ続けた。

びしょ濡れになり、髪をぺったりと頬に貼り付けながら二人はいつの間にか楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

場面が変わった。

そこはホグワーツの大広間であり、蝋燭に照らされた寮のテーブルが並び、緊張した表情の新入生がいる。その中にはセブルスとアリッサとリリー──それに、ハリーは幼いジェームズとシリウスを見つけた。

 

 

「エバンズ・アリッサ!」

 

 

アリッサは緊張し、やや顔色が悪かったがそれでもしっかりとした歩みで壇上へ向かい、丸椅子に座った。

マクゴナガルがアリッサに組み分け帽子を被せ、深みのある赤い髪や美しい瞳が隠される。

帽子はごにょごにょと口を動かしつつ、沈黙した。アリッサの表情は全く見えなかったがその手は膝の上で心配そうにそわそわと動いている。

一分が過ぎ、二分が過ぎた。ハットストールと呼ばれる組み分け困難者かと二年生以上が思った時、組み分け帽子はぱかりと口を開けよく通る声で叫んだ。

 

 

「──スリザリン!」

 

 

ハリーは前にいるセブルスが喜び、ぐっと拳を握ったのを見た。

組み分け帽子が外されたアリッサは、その顔を不安そうに強張らせていたがすぐに立ち上がり拍手が送られているスリザリンへと向かう。

 

 

「エバンズ・リリー!」

 

 

次のリリーは、震える足で組み分け帽子の元へと向かった。丸椅子に座り、その赤い髪に帽子が触れた瞬間「グリフィンドール!」と宣言する声が響いた。

リリーは驚き少し不安そうにスリザリン寮の方を──いや、アリッサを見たが、たくさんの拍手に迎えられスリザリンとは反対のグリフィンドールのテーブルへ急いだ。

 

 

 

 

場面が変わった。

薄暗い廊下で頭から黒いヘドロの塊を垂らし突っ立っているアリッサが悔しそうに鞄を握り立っている。

 

 

「アリッサ……」

「大丈夫か?」

 

 

ハリーはセブルスの隣にいるのがジャックなのだと気付いた。遠くで何人かが走り去る足音と、くすくすと蔑むような笑い声が聞こえている。ハリーが後ろを振り返れば、丁度アリッサを指差しながら笑っているスリザリン生が曲がり角を過ぎて見えなくなるところだった。

 

 

「……私は穢れた血だから、これがお似合いなんですって」

 

 

アリッサは憎々しげに呟き、ローブの内ポケットから杖を出すと「スコージファイ」と唱え体についたヘドロ汚れを一掃した。

ため息をつきつつ、鬱陶しそうに前髪を掻き上げるアリッサの顔色は悪く、目の下には隈ができている。ハリーはマグル生まれのスリザリン生がどうなるのかしっかりと考えたこともなかったが──過去、シリウスから聞いてはいたがやはり歓迎されず酷い目に遭っているようだった。

 

 

「マグル生まれだから穢れた血?理解し難いわ。血はそんなに偉いの?生まれに優劣なんて、あるの?」

 

 

ギラギラとした手負の獣のような目でアリッサはセブルスとジャックを見た。その口調は静かだったが、奥に隠された苛立ちと憤怒にセブルスはすぐに首を振り、ジャックはひくりと口先を引き攣らせる。

 

 

「──まあ、いいわ。今に見てなさい。血しか誇れない哀れな人たちに、本当に誇れる才能というものを教えてあげるわ。この、穢れた血の私がね」

 

 

アリッサは目に底の見えぬ闘志を燃やしながら、挑発的な笑顔で髪を後ろに払う。セブルスは揺れた髪と香った甘い匂いに頬を赤く染めたが、隣にいるジャックは心配そうな顔でアリッサを見ていた。

 

 

「アリッサ、あまり目立つ事はしない方が──」

「そうね。まあ、一年は大人しくしておきましょうか。私も無策で戦うわけにはいかないしね」

「……いや、だから、大人しくしろって──」

「ジャック。私が虐げられてさめざめと泣くような女だと思ってるの?」

「……全然」

「そうよね。──じゃあ私はスラグホーン先生とマクゴナガル先生のところに行くわ。またねセブルス、ジャック」

 

 

アリッサはふっと表情を緩め今まで見せていた燃えるような闘志を隠すと二人に手を振り廊下を駆けて行った。その後ろ姿を彼らは心配そうに見た後、「本当に大丈夫だろうか」と声を潜めて話し合う。顔を突き合わせていた二人は気付かなかったが、アリッサの後ろ姿を見続けていたハリーはアリッサが乱暴に目元を拭ったのを見た。

 

 

 

 

場面が変わった。

アリッサとセブルスが城の中庭を歩いていた。ハリーは急いで近付き、二人の身長がかなり伸びていることに気付く。きっと、あれから何年も経ったのだろう。

 

 

「セブルス。最近良くないことがホグワーツで起こっているの、あなたそれに関わっているわね」

「僕じゃない!それに、あんなことなんでもない。冗談みたいなものだ」

「あら、ここはある意味無法地帯なのね。闇の魔術を使ったって、あなたと仲良しのマルシベールが自慢げに談話室で語っていたけれど?」

 

 

アリッサは柱に近づいて寄りかかり、自分よりも身長の高いセブルスをぎろりと睨む。セブルスは言葉に詰まりながら「なんでもないんだ」と苦しそうに呟いた。苦し紛れの弁解に、アリッサは冷ややかな目を向けるとセブルスのネクタイを掴みぐいっと引き寄せる。近づいた距離にセブルスは息を呑み、その強い緑色の目に射抜かれ「違うんだ」とか細い声で囁いた。

 

 

「本当に、僕たちが──マルシベールがやったことなんて、些細なことだ。ポッターと──そう、ポッターと仲間がやってることの方が──」

「はあ?」

 

 

アリッサは心底呆れながら眉を寄せ、氷のようなひと言を発した。それだけでセブルスは貝のように黙り込み、蒼白な顔で縋るようにアリッサを見下ろす。

 

 

「どこの、誰が、いつ、ポッターと仲間の、話を、したの?」

 

 

ひと言ひと言区切るアリッサの言葉に、ハリーは背筋がぞくりと冷えるのを感じた。第三者から見ても、彼女の怒りと失望は恐ろしいほどだ。これを正面から受けているセブルスは、心臓が握りつぶされているような心地なのだろう。

 

 

「セブルス。私にこれ以上失望させないで」

「ア──アリッサ、僕を……嫌ったか?僕たちは、恋人だろう?」

「ええ、そうよ。だからこそ私はあなたが何をしているのかがすっごく気になるの。私の恋人はポッターじゃないわ。あの人が何をしようが、私には関係ない。でも、あなたは違う。あなたは私の恋人で、私はあなたを愛している。だから気になるし心配してるのよ」

「ぼ──僕も、愛している」

 

 

セブルスは確かな熱を込めて囁く。アリッサは一瞬虚をつかれたような顔で黙り込んだが、掴み引き寄せていたネクタイをパッと離すと、手で顔を覆い大きくため息をついた。

 

 

「……あのね、そういう話じゃなくて……」

「──そうだ。次の誕生日は何が欲しい?」

「あのねぇ……」

 

 

疲れたような顔をしたアリッサだったが、必死に話題を変え自分のご機嫌を取ろうとしているセブルスを見て眉を下げ、「今度、ホグズミードで決めましょう?」と仕方がなさそうに言い、少しだけ悲しそうに笑った。

 

 

 

 

場面が変わった。

ハリーは一瞬どこの部屋なのかわからなかったが、それが何年も前にソフィアから教えられた秘密の隠し部屋である事に気付く。

恋人同士が二人きりだと言うのにそんな甘い雰囲気は微塵も無く、アリッサは肘掛け椅子に座りセブルスは教師に叱責されている生徒のように体を縮こませその前に突っ立っていた。

 

 

「許してくれ」

「……」

「すまない。あんなこと──あんな言葉、違う、言うつもりは無かった」

「……」

「決して、そんなつもりは──」

 

 

ハリーはこの場面がフクロウ試験の後に、ジェームズ達に酷い辱めを受け、それを救おうとしたアリッサとリリーに対してセブルスが「穢れた血」だと侮辱した後の記憶なのだと察した。

セブルスは今まで見た中で最も蒼白な顔で必死に弁解しているが、アリッサは脚の上に置いている本に視線を下ろし目を一切あげなかった。

懇願するセブルスの声と、拒絶するようにページを捲るその音だけが虚しく響く。

アリッサとセブルスは結婚し、この後長男が生まれソフィアとルイスが生まれる。それをハリーは知っていたが、許し難い侮辱を受けた──それもかなりプライドが高い──アリッサがどうしてセブルスを許したのか、この光景を見ている限り全く予想できなかった。

 

 

「アリッサ、すまない。許し──」

 

 

バシン。と乱暴な動作で分厚い本が閉じられる。その音にセブルスの言葉は飲み込まれてしまい、セブルスはぐっと強く拳を握り震わせながら「すまない」ともう一度苦しみ、喘ぐように吐き出した。

 

 

「アリッサ──」

「セブルス。私がどれだけ失望して、悲しんで、苦しんだかわかる?」

「もちろ──」

「──わかっていたら。あんな酷い言葉を使えないはずよ。ねえ、そうよねセブルス?私は、一年生の時から……マグル生まれとして、この寮に配属されてから、ずっとずっとその侮辱を受けていた、バカな人達に酷い目に遭ったのも、数回じゃないわ。ねえ、セブルス。あなたはそれを隣で見てきたわよね?恋人のあなたがまさか、ずっとそんな事を思って私に触れていただなんて考えるだけで、どれほど辛いか、わかる?」

「ア──アリッサ、すまない。本当に──本当に──」

「謝るだけで許されるって、恋人だから絆されるって思ってるの?──心の底から、軽蔑するわ」

「アリッサ!な──何でもする!だから、だから──」

 

 

セブルスは声を震わせ叫び、アリッサの足元に跪いた。今にも縋りつきそうなセブルスをアリッサは冷たい目で見下ろし、「は、」と鼻先で笑う。「アリッサ」と囁き、震える手を伸ばしたセブルスを振り払うとアリッサは勢いよく立ち上がりセブルスの肩を強く押した。

床に尻をつき唖然として見上げるセブルスを見下ろしながらアリッサは無言で杖を抜き、黙ったまま何度も振り下ろす。

放たれた魔法はセブルスのすぐ側を過ぎ、後ろの壁やソファ、本棚を切り裂き、爆破し、吹っ飛ばした。

ハリーは自分にその魔法が当たらないと分かってはいたが慌てて飛び退き、魔法の閃光が貫かない場所まで移動する。

小綺麗な部屋の中は台風が通過したのではないかと思うほど荒れ果て本の破れたページやクッションの綿が散乱した。

 

破壊音や衝撃音が消えた後、ハリーは恐る恐るアリッサとセブルスを見る。セブルスは微塵も動かず、ただ必死な目でアリッサを見つめ、アリッサは長いため息を吐きながら杖を下ろした。

 

 

「──何よりも失望して軽蔑したのは、あんな酷い事を言われても……あなたの事を嫌えない私自身に、ね」

「アリッサ……」

「愛しているわ、セブルス」

 

 

アリッサの言葉にセブルスは救われたと思い一瞬喜んだが、その目の奥に見えた暗い色に、再び血の気を失せさせた。

 

 

「セブルス、あなたは死喰い人になろうとするお友達との付き合いをやめられない。彼らのお仲間がどれだけ穢れた血を殺しているかを知っていても、闇の魔法の非道でいて、強力な魔法が持つ魅力に抗えない。それでも、その穢れた血の──お仲間さん達にとっては殺害対象の──私を愛している。

あなたが私以外を穢れた血だと思っていることも、マグルを軽蔑している事も、ずっとそばであなたを見てきた私が気が付かないとでも?

マグルを何故嫌うのかは知っているわ。あなたはマグルへの憎悪と蔑視があって、同時に私を、私だけを特別視して愛している。

あなたは、本当に歪んでいるわ。愚かだし、心底馬鹿だわ。ええ、けどね──だけど──それを知った上で、私はあなたを愛しているの」

 

 

アリッサはぐっと眉を寄せ、その場に座り込むと目に涙を貯め鼻先を赤くしながら「本当に、傷付いたわ」と涙声で呟いた。

ぽろりと流れた涙に、セブルスは一層衝撃を受けた表情をして震える指でアリッサの頬に手を伸ばす。

触れてもいいものか、と触れる直前に悩むように止まった手をアリッサは取り、自分の頬に当てた。

 

 

「アリッサ……すまない……」

「……二度目は無いわ」

「すまない……」

 

 

アリッサは小さく頷き、セブルスの胸に額をつける。セブルスは抱き寄せ、許された後も何度も謝っていた。

 

 

 

 

場面が僅かに変わった。

ハリーは先ほどの部屋と同じなのだと気付く。怒り狂ったアリッサが衝動のままに魔法を使い荒れ果てていたが、何とか部屋は元通りに修復したらしい。

いつもアリッサの姿がそこにあったが、今セブルスと共にいるのはジャックだけだった。

 

 

「僕は死喰い人になる」

「……冗談はやめろ。アリッサに殺されるぞ」

 

 

深刻な顔で告白したセブルスに向かって、ジャックは苛立ちを含みながらその発言を一蹴する。しかし、セブルスは「決めたんだ」ときっぱりと断言し、確かな意思のこもる目でジャックを見た。

 

 

「例のあの人の勢力が拡大しつつある今、どう考えてもマグル生まれに明るい未来はない。──アリッサは、優秀だ。それゆえに、命を狙われる」

「……セブ、お前……」

「だからこそ僕は死喰い人になり、あの人のために働く。地位と信頼を得れば──そうすれば、アリッサ一人くらいならば、許されるかもしれない」

「……アリッサのために?」

「そうだ。アリッサは、僕の──光だ。もし、許されなかったとしても死喰い人に狙われることがわかれば、それを誰よりも早くに知り国外に逃す事もできる。だが……やはり、彼女を一人にする事はできない」

「アリッサを巻き込むつもりか?」

「違う。──ジャック、頼む。アリッサのそばにいて守ってくれ、こんな事を頼めるのは……君以外にいない」

 

 

ジャックは難しい顔で黙り込む。セブルスはマグル生まれのアリッサのために人を殺すことなど気にしないのだろう。たった一人だけを守ることができれば、どんな地獄だろうが喜んで身を落とし弱者を虐げることができる。それをアリッサが望まないと知っていても、こんなに不器用な行動でしか愛を証明できないのだ。

 

 

「愛した女の一人くらい、お前が守れよ」

「それは──だが、ジャック──その、君もアリッサのことが──」

 

 

苦い表情で口籠り視線を逸らすセブルスに、ジャックは呆れつつ「そんな気持ちはない」と首を振った。その言葉にハリーは僅かな悲しみが含まれているような気がしたが──その理由までは分からなかった。

 

 

「人として彼女の強さを尊敬し、敬愛している。セブが持つ愛とはまた別種だ」

「そうなのか?僕は、そうだとばかり……」

「セブ。お前は俺のたった一人の……親友だ──互いにな──だから、まあ、アリッサの事は守るよ。……でもなぁ」

「……なんだ?」

 

 

ジャックは肘置きに腕を乗せ、「アリッサは、俺に守られたいって思わないだろうな」と苦笑した。

 

 

 

 

場面が変わった──今度は、風景が変わるまでに今までより長い時間がかかった。

ハリーは形や色が置き換わる中を飛び、一瞬一瞬の景色を見たが、それが何なのかを知る前に全て消えてしまった。

ようやく周囲がはっきりした時、ハリーは暗い部屋の中で突っ立っていた。

 

本棚が圧迫感を出している部屋の中で、セブルスはぐったりと前屈みになり椅子に座り込み、ダンブルドアが立ったまま暗い顔でその姿を見下ろしていた。

 

 

「何故──」

「リリーもジェームズも、間違った人間を信用したのじゃ。それに、アリッサもジェームズとシリウスには確かな友情があると信じておった。それゆえに彼女と子どもは巻き込まれ──」

「黙れ!」

 

 

セブルスは叫び、悲しみと憎悪で塗り潰された顔を上げ、怒りでその体を震わせながらダンブルドアを睨んだ。

 

 

「あんな──あんな奴らを信用したアリッサが愚かだと言うのか?仕方のない事だと?あ──あの子は──リュカは、まだ、何もわからない子どもだった!」

「セブルス」

「あなたに何がわかる?わかるわけがない!この胸を引き裂かれる程の絶望が、あなたにはわかるのか!?……死んだ──死んでしまったんだ、もう──」

「リリーの息子は生きておる」

「好きにすればいい……もう、私には──私には関係がない」

「関係がない?果たしてそうかのう。君の子ども──ソフィアとルイスにとって唯一の魔法族の親族じゃ。それに、あの子の目はエバンズ家のものじゃ、よく似ておると、知っているじゃろう」

 

 

ダンブルドアの静かな言葉に、セブルスは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込みダンブルドアを睨み続けた。

その時、小さなか細い泣き声が響く。セブルスはハッと表情を変えるとすぐに立ち上がり、部屋の暗がりの奥へと消えた。ランプの灯りが届かない場所で闇が蠢き、暫くしてセブルスが腕に一人の赤子を抱きながらゆっくりと戻ってきた。

怒りと悲しみで歪んだ表情とは異なり、その赤子を抱く腕はとても優しく──ハリーは何故か、見てはならぬものを見ているのだと、今頃になって理解した。

 

 

「──私は、守りたかった。彼女が大切にしているものを、大切にすると彼女に誓った。だから、スパイとしてあなたに仕えてきた。……それが、彼女の願いだったからだ。しかし、もう守る必要はない、闇の帝王は消えた」

「──闇の帝王は戻ってくる。その時、ハリー・ポッターは非常な危険に陥るじゃろう」

「……私に、ポッターの子を──アリッサとリュカが命を落とした原因の男を信用した奴の子を、守れと?」

「いや、セブルス。君はアリッサがリリーのためにと願った子を守るのじゃ」

 

 

長い沈黙の後、セブルスは一度大きく息を吐き、自分の腕の中で眠る我が子──幼いソフィアを見つめた。

ソフィアはぐずぐずと啜り泣きながら、セブルスのローブを小さな手で握りしめ、涙に濡れた眠たげな目を開く。その緑色の目を見てセブルスは決心がついたように顔を上げた。

 

 

「……アリッサの願いを、引き継ぎましょう。しかし、ダンブルドア、決してそれは明かさないでください。ハリー・ポッターとの関係も、アリッサの願いも、全て──誓って誰にも言わぬと、そう約束してください」

「──約束しよう、セブルス」

 

 

 

場面が変わった──。

 

 



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461 真実

 

 

ハリーは何度も時間を飛び、セブルスの過去を見て、ダンブルドアとの密会を知った。

ダンブルドアがセブルスに何を望み、セブルスが何をしてきたのか。全てはハリー・ポッターを守るためではなく、アリッサの願いを──約束を守るためだった。

それについては、ハリーは妙に納得した気持ちだった。むしろ、長年の悩みが一つ消えたような気がしていた。何年もその約束をひたすらに守り、影でダンブルドアの命に従い、一方でハリー・ポッターの存在を憎み、苦しんでいた。

 

何故こんな記憶を見せたのだろうか。

死の間際、虐げてきた自分への懺悔のつもりなのか?──ハリーは複雑な気持ちでさまざまな光景をただ見ていた。

 

 

場面が変わる。今度はまたダンブルドアの校長室になり、窓の外は暗くフォークスは止まり木に静かに止まっていた。

身動きもせず座っているセブルスの周りを歩きながら、ダンブルドアは自分自身に言うように話していた。

 

 

「ハリーは知ってはならんのじゃ。最後の最後まで。必要になるときまで。さもなければ為さねばならぬことをやり遂げる力が、出てくるはずがあろうか?」

「しかし、何を為さねばならないのです?」

「それはハリーとわしの二人だけの話じゃ。さてセブルス、よく聴くのじゃ。そのときは来る──わしの死後に──反論するでない。口を挟むでない!ヴォルデモート卿が、あの蛇の命を心配しているような気配を見せる時が来るじゃろう」

「ナギニの?」

「さよう。ヴォルデモート卿が、あの蛇を使って自分の命令を実行させる事をやめ、魔法の保護の下に安全に身近に置いておく時が来る。そのときは、たぶん、ハリーに話しても大丈夫じゃろう」

「何を話すと?」

 

 

ダンブルドアは深く息を吸い、目を閉じた。

 

 

「こう話すのじゃ。ヴォルデモート卿があの子を殺そうとした夜、リリーが盾となって自らの命をヴォルデモートの前に投げ出した時、死の呪いはヴォルデモートに跳ね返り、破壊されたヴォルデモートの魂の一部が、崩れ落ちる建物の中に唯一残されていた生きた魂に引っかかったのじゃ。ヴォルデモート卿の一部が、ハリーの中で生きておる。その部分こそがハリーに蛇と話す力を与え、ハリーには理解できないでいることじゃが、ヴォルデモートの心との繋がりをもたらしているのじゃ。そして、ヴォルデモートの気づかなかったその魂のかけらが、ハリーに付着してリリーに守られているかぎり、ヴォルデモートは死ぬ事ができぬ」

 

 

ハリーはダンブルドアとセブルスが目の前にいるにも関わらず、遥か遠くにいるような気がした。二人の声は──いや、ダンブルドアの声は奇妙に反響して脳を揺さぶり、思考を鈍らせる。

暫く沈黙が続いた後、セブルスがゆっくりと口を開いた。

 

 

「するとあの子は、──ハリー・ポッターは、死なねばならぬと?」

「しかも、セブルス、ヴォルデモート自身がそれをせねばならぬ。そこが肝心なのじゃ」

「……私はこの長い年月……アリッサの願いのために、我々はあの子を守っていると思っていた」

「わしらがあの子を守ってきたのは、あの子に教え、育み、自分の力を試させる事が大切じゃったからじゃ。──その間、二人の結びつきはますます強くなっていった。寄生体の成長じゃ。わしは時々、ハリー自身がそれにうすうす気づいているのではないかと思った。わしの見込み通りのハリーなら、いよいよ自分の死に向かって歩み出すその時には、それがまさにヴォルデモートの最後となるように、取り計らっているはずじゃ」

 

 

ダンブルドアは閉じていた目を開け、セブルスを見た。セブルスは酷く衝撃を受けた表情でダンブルドアを睨み、足の上でぐっと拳を握りなんとか湧き起こる感情を抑えてつけているように見えた。

 

 

「あなたは、死ぬべき時に死ぬ事ができるようにと、今まで彼を生かしてきたのですか?」

「そう驚くでないセブルス。今まで、それこそ何人の男や女が死ぬのを見てきたのじゃ?」

「最近は、私が救えなかった者だけです。……あなたは、私を利用した。……アリッサの願いも、そして──そして、ソフィアの想いも。あなたには想定通りなのでしょう」

「はて?」

「あなたは、全てを踏み躙った上で、ハリー・ポッターを屠殺されるべき豚のように育てたのだと言う──」

「なんと、セブルス。結局、あの子に情が移ったと言うのか?」

 

 

ダンブルドアは真顔でセブルスに問いかけ、セブルスは立ち上がると憎々しげにダンブルドアを睨みながら「違う」と吐き捨てた。

 

 

「私は、アリッサとソフィアの想いに従ったまでだ」

「ならば、その残された子であるソフィアを生かすためだと、わかっておるじゃろう?」

「ソフィアの心が引き裂かれても?彼が死ぬ事で、ソフィアが嘆き苦しんだとしても?」

「若ければ若いほど、傷は治りやすいというものじゃよ、セブルス」

「あなたは──あなたは、残酷な人だ。それこそ闇の帝王と何ら変わらない」

 

 

セブルスは爆発しそうな感情をなんとか抑え込み、それだけを苦し紛れに呟いた。ダンブルドアは全く涼しい表情で微塵も傷付かず「そうじゃろうとも」と頷き──少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

目の前の光景がぼやけていく。

ハリーの体は上昇し、憂いの篩から抜け出ていった。校長室の埃っぽい絨毯の上にうつ伏せになった体を押し付け、ハリーはズレた眼鏡のせいで不明瞭な世界をぼんやりと見つめていた。

とうとう真実が──最後に課せられた任務を知ってしまった。両手を広げて待ち受ける死に向かって、抵抗する事なく歩き受け入れる。それが最後にして最大の任務だったのだ。

 

ハリーは絨毯の毛を頬に感じながら、予言の事を思い出していた。

一方が生きる限り、他方は生きられぬ。──今まで、一人しか生きられぬのだと思い込んでいた。しかし、よく考えてみれば両者が生きることは不可能だが、両者が死ぬ事は、可能なのだ。

 

 

ハリーは心臓が激しく動き、胸板に打ち付けるのを感じた。死を恐れるハリーの胸の中で、その心臓はハリーを生かすために動き続けている。しかし、この心臓は止まらなければならないのだ。それも、後数分のうちに──後何回か打つだけで、終わらなければならないのだ。

 

ハリーは恐怖に支配されながらも、死から逃げ出そうとは思わなかった。どんな時でも生きる意思が強かった、輝かしく平和な未来を夢見て、どんな危険な事も乗り越えてきた。それの全てが終わるのだ、残されている道はただ一つ、死ぬ事だけだ。

 

歴代校長の肖像画が無いにも関わらず、ハリーは自分の指の震えを隠そうとして強く手を握りながら、ゆっくり──本当にゆっくりと体を起こした。

 

ダンブルドアは、自分に生きて欲しいのだと思っていた。だがそれはただの思い込みで勘違いだった。それよりもより大きく、世界のためになる──より大きな善の為の計画があった。愚かにもハリーにはそれが見えなかっただけなのだ。ヴォルデモートを倒す為の旅、ヴォルデモートの命を一つずつ潰していく旅は、自分の生命の絆をも断ち切り続ける事だった。

何人もの命を無駄にする事なく、すでに死ぬべきとされている少年に危険な任務を与える。その少年の死自体が惨事ではなく、ヴォルデモートにとって新たな痛手を与える一撃だった。

 

それに、ダンブルドアはハリーが死を回避しないという事も理解していた。──ハリーはかすかに微笑む。僕は、ダンブルドアを理解していないのに、ダンブルドアはこんなにも僕を理解している!それの、なんて鮮やかなことか!

 

ハリーは、自分のために他の人を死なせたりしない。ダンブルドアもヴォルデモート同様、そういうハリーを知っていた。何年も手間ひまかけて、ハリー・ポッターを育て理解してきた。

 

大広間に横たわっていたフレッド、リーマス、トンクス、ジャック、友人たちの亡骸が否応なしにハリーの脳裏に蘇り、ハリーは一瞬息ができなくなった。死は、もうハリーを待たない──。

 

しかし、ダンブルドアが予想できなかった問題が一つ残っている。ダンブルドアは、ハリーが終わる時に分霊箱は全て破壊されていると予想していた。だが、ヴォルデモートを地上に結びつける分霊箱の一つだけまだ──あの大蛇は生き残っている。ハリーが殺された後、その任務は誰がやるにしろ簡単な物にはなるだろう。誰が成し遂げるのだろうか、全てを知っているロン、ハーマイオニー、ソフィアの三人だろうか──。

 

校長室の螺旋階段をゆっくりと下りていたハリーは足を止めた。

唐突に理解したのだ。セブルス・スネイプがホグワーツから出る時に言った言葉。あの言葉はソフィアに対してだと思っていた。しかし、あれはきっと僕に向けられた言葉なのだ。

 

セブルス・スネイプは、ハリーを守ろうとはしていない。

亡き妻のアリッサの願いを叶えるため、ソフィアを悲しませないために──結果として、ハリーを守ることになっただけだ。

そんなセブルスが、あの時言った言葉の真意は、おそらくダンブルドアが言ったように──。

 

 

ハリーは手摺りを強く握り、目を閉じた。

さまざまな思いが、積み重なった願いが窓を打つ雨のようにハリーに降り注ぐ。

真実という、妥協を許さない現実。──真実、ハリーは死ななければならない。

 

 

目を開き、止めていた歩みを再開させた。

ソフィアとロンとハーマイオニーに、別れの挨拶も説明もするまいとハリーは心に決める。きっと──三人が全てを知ったならば、何があっても止めるだろう。それしか方法が無いにも関わらず、それが真実にも関わらず。止めてくれる。だからこそ、ハリーは三人と会うわけにはいかなかった。

 

 

城には誰もいなかった。肖像画も空であり、ゴーストもいない。城全体が不気味な静けさで覆われる中、ハリーは自分がもう死んでゴーストになり、徘徊しているのではないかと感じたほどだった。──城にある全ての生命は、残っている温かい血は、死者や哀悼者で満たされている大広間にいるのだろう。

 

ハリーは透明マントを被り、順に下の階へと向かった。薄暗く破壊されている廊下──それでも、なんて懐かしいのだろうか、胸がこんなにも痛む。

ハリーは大広間へと続く扉をじっと見た。今すぐにこの中に入れば──いや、ダメだ。──ゆっくりと、重い足を必死に動かし、大理石の階段を下りて玄関ホールに向かった。

一歩進むたびに胸の奥が重くなっていく。心の片隅で、誰かがハリーを感じ取りハリーを見て、引き留めてくれる事を期待していたのかもしれない。しかし、マントはいつものように完璧にハリーを隠し、誰もハリーを見通すことはできなかった。

 

 

簡単に玄関扉に辿り着いたハリーは、危うくネビルと衝突しそうになった。ネビルはオリバーと組みながら校庭に残されていた遺体を運んでいたらしい。その閉じられた瞳の主は──コリン・クリービーだった。きっと、未成年なのに戦いに参加したくて、勇気を奮い起こして戻ってきたのだ、そして、死んでしまった。

 

二人でコリンを運んでいたが、コリンは幼く体が小さい。オリバー一人で運んだほうが楽だと途中で気がつき、オリバーは大広間に向かい、ネビルは暫く扉の枠にもたれて、額の汗を手の甲で拭った。ネビルは少しの間だけ休むと、すぐにまた遺体を回収するために暗い夜の中へ向かっていった。

 

ハリーはもう一度だけ、大広間の入口を振り返った。時々扉は開き中の様子がちらりと見えたが、その一瞬ではハリーの愛する人たちの姿は見当たらなかった。

本当は、残された時間を全て差し出してでも、最後に一目見たかった──だが、最後の一目で、それを見納めにして死に向かう事などできるだろうか?

 

 

石段を下り、暗闇に足を踏み出す。朝の四時近くであり、遠くの方に闇の中に薄紫色が見えた──もうすぐ夜明けなのだろう。この朝日を、僕は見ることはできないのだ。

静寂の暗闇に追い立てられながら、ハリーは別の遺体を覗き込んでいるネビルに近づいた。

 

 

「ネビル」

「うわ!──ハリー!心臓麻痺を起こすところだった!」

 

 

ハリーはマントを脱ぎ、飛び上がり心臓の上を押さえるネビルの前に立った。念には念を入れたいという思いから、突然ふっと思いついた事があったのだ。

 

 

「一人でどこに行くんだい?」

「予定通りの行動だよ。やらなければならない事があるんだ。ネビル、ちょっと聞いてくれ」

「ハリー!まさか、捕まりに行くんじゃないだろうな?」

 

 

ネビルは怯えた顔でハリーの肩を掴む。ハリーは「違うよ」と息を吐くように嘘をついた。

 

 

「もちろんそうじゃない。別のことだ。……でも、暫く姿を消すかもしれない。ネビル、ヴォルデモートの蛇を知っているか?あいつは巨大な蛇を飼っていて、ナギニって呼んでる」

「聞いたことあるよ。……どうかした?」

「そいつを殺さないといけない。ソフィアとロンとハーマイオニーは知っていることだけど、でも、もしかしたら三人が──」

 

 

ハリーは言葉を途切れさせた。

その可能性を考えるだけでも息が止まるほど恐ろしい。もし、三人が死んだらその時は──だなんて。簡単に話すことはできない。しかし、やらなければならない。ダンブルドアのように、念には念をいれて、冷静に万全を期して予備の人間を用意し、別の人間が遂行できるようにしなければならない。

 

 

「もしかして三人が──忙しかったら──そして君にそういう機会があったら──」

「蛇を殺すの?」

「殺してくれ」

「わかったよ、ハリー。君は大丈夫なの?」

「大丈夫さ、ありがとうネビル」

 

 

ハリーは困ったような微笑みを見せ、去ろうと背を向けた。しかしネビルは真剣な顔でハリーの去り行く手首を掴み「僕たちは全員戦い続けるよ、わかってるね?」と念を押した。

 

 

「ああ、僕は──」

 

 

胸が詰まり、言葉が途切れる。小さく震えるハリーを、ネビルは変だと思わなかったらしく、ハリーの肩を軽く叩いて再び遺体探しへと向かった。

 

ハリーはマントを被り直し、歩き始める。

そこからあまり遠くないところで、誰かが動いているのが見えた。そっと近づいたハリーは、その場に凍り付いたように立ち竦む。

 

 

「ごめんなさい」

「もう謝らないで、あなたは悪くないわ」

「ごめんなさい、ごめんなさいソフィア……私を助けたから、ジャックは──」

「あなたの命が助かって、本当に良かったわ。ジャックは──子どもが好きなの、だから、だから──大丈夫よ。あなたが無事でよかった」

 

 

しゃがみ込み、顔を覆い泣いている彼女のそばにソフィアは寄り添い、その小さくなった背中を撫でていた。ソフィアの頬には涙の跡が残り、目元は赤い。ジャックを思って、違う世界へ逝ってしまった彼らを思って泣いたのだろう。

 

 

「大丈夫よ、大丈夫だから──」

 

 

ソフィアの声は震えていた。「大丈夫」それは自分に言い聞かせているのだろう。ヴォルデモートが提示した時間まで後三十分もない。その後ヴォルデモート本人が戦いに参加したとき、どうなるのか──何人が生き残るのか。ソフィアは強く目を閉じ、「大丈夫」と何度も呟き寄り添った。

 

 

ハリーの背筋をざわざわとした冷たいものが通り過ぎた。

闇に向かって、死に向かって大声で叫びたかった。──ここにいる事を、ソフィアに知って欲しかった。ソフィアを抱きしめて、手を引いて、そのまま二人でどこか遠くに行って、家を買って、隠れ暮らしたかった。

 

最後の時までそばにいたい。ソフィアとハリーのたった一つの願いは、叶わぬ願いなのだと、ハリーにはわかっていた。たった一人の愛しい人に、決められた死へのレールを歩かせることなどできなかった。

 

 

ハリーは力を振り絞り、歩き始めた。そばを通り過ぎるとき、ソフィアが顔を上げ振り返るのをハリーは見た気がした。通り過ぎる気配を感じ取ったのだろうか──ハリーは声をかけず、振り返る事もなく鬱蒼とした森へと向かった。

 

 

 

 

 

禁じられた森の中、ハリーは首から下げていた巾着を手繰り寄せ、凍える指先で中からスニッチを取り出した。私は終わる時に開く。──あの時は、この言葉の意味がわからなかった。しかし、今はこんなにも簡単に理解ができる。

 

ハリーは金色の金属に唇を押し当て、「僕は、間も無く死ぬ」と囁く。

金属の殻がぱっくりと割れ、中には黒い石があった。ニワトコの杖を表す縦の線にそって、その蘇りの石は割れていたが、マントと石を表す三角形と円形はまだ識別できた。

 

あの人たちを呼び戻すのではない。呼び戻さなくても、すぐ自分もその仲間にはいるのだ。あの人たちを呼ぶのではなく、あの人たちが僕を呼ぶのだ──。

 

ハリーは目を閉じ、手の中で石を三度転がした。

何もいなかった、何の音もしなかった世界に微かな気配が生まれる。

儚い何かが、小枝や石を踏み、ゆっくりとこちらに向かっている音がした。ハリーはゆっくりと目を開け、離れた場所に立つ彼らを見た。

ゴーストではない、かといって本当の肉体を持ってもいない。日記から抜け出したあのリドルの姿に最も近いとハリーは漠然と思う。

生身の体ほどではないが、しかしゴーストよりもずっとしっかりした姿で、それぞれの顔に愛情が灯った微笑を浮かべてハリーに近づいてきた。

 

ジェームズは、ハリーと全く同じ背丈だった。死んだ時と同じ服装で、髪は同じようにくしゃくしゃ。メガネは片側が少しだけ下がっている。

リーマスはハリーが知っている生前の姿よりもずっと若かった。見窄らしくなく、髪の色も濃い。顔に疲れたような皺もない。

リリーは、誰よりも嬉しそうに微笑んでいた。髪にかかる長い髪を後ろに流して、ハリーに近づきながらハリーに似た目で、見飽きることがないというように、ハリーの顔を眺めていた。

 

 

「あなたはとても勇敢だったわ」

「お前は殆どやり遂げた。もうすぐだ……父さんたちは鼻が高いよ」

 

 

「苦しいの?」子どもっぽい質問が、ついハリーの口をついて出た。少しでも、話していたい──この幸せの中に、身を落としたい。

 

 

「眠りに落ちるよりも早く、簡単だよ。それに、あいつは素早く済ませたいだろうな」と、リーマスが優しく答える。ハリーはリーマスを見て、「僕、あなたたちに死んでほしくなかった」と囁いた。

 

 

「誰にも。許して──男の子が生まれたばかりなのに……リーマス、ごめんなさい」

 

 

ハリーは誰よりもリーマスに許しを願った。心から、許しを願った。リーマスは悲しそうに微笑み森の向こう側を見た──遺してきた者がいる、家の方角だろう。

 

 

「私も悲しい。息子のこれからを知ることができないのは残念だ。……しかし、あの子は私が死んだ理由を知って、きっとわかってくれるだろう。私は、息子がより幸せに暮らせるような世の中を作ろうとしたのだとね」

 

 

森の中心から冷たい風が吹き、ハリーの前髪を揺らした。この人たちの方から、ハリーに奥に向かえと言わない事を、ハリーは知っていた。決めるのは、ハリー自身で無いといけないのだ。

 

 

「一緒にいてくれる?」

「最後の最後まで」

「あの連中には、みんなの姿は見えないの?」

「私たちは、君の一部なんだ。他の人には見えないよ」

 

 

ハリーはジェームズ、リーマスを見た。

そして最後にリリーを見て「そばにいて」と静かに告げる。

 

 

そしてハリーは森の奥へと歩き出した。

吸魂鬼がそばに隠れ潜んでいるのか、凍えるような寒さが足元に忍び寄っていたが、彼らの存在を感じているハリーは少しも挫けることはなかった。

 

深い闇の中を進みながら、ハリーはソフィアを思い──木々の隙間から輝く星を見上げた。

 

 

 



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462 激動

 

 

禁じられた森の中で、ヴォルデモートの死の魔法に撃ち抜かれたハリーはうつ伏せになり地面に倒れていた。

生きている──ハリーは頬にひやりとした地面の感覚を、森の濃い青の匂いを感じながらただじっとしていた。

 

ハリーは死の魔法に撃ち抜かれたその後、キングズ・クロス駅に似た白い世界で、ダンブルドアと対峙し、ベンチの下で弱々しく震えるヴォルデモートの魂の残骸を見た。

ダンブルドアはハリーが今まで疑問に思っていた事を推量を交えながら全て答えた。分霊箱の事、秘宝の事、ダンブルドアの思惑、なぜ自分が生きているのか、この体に流れるリリーの血の守り──。

全てを聞いた上で、ハリーはダンブルドアを責めることも、恨むことも無かった。迷子になった子どものような目を向け、苦しみ、もがき、全てを話すことができなかったダンブルドアを、誰が恨み続けることができるだろうか?

 

ハリーが死の魔法を受けても生き残ることができたのは、ヴォルデモートが自身の復活の際ハリーの血を使ったからだった。ヴォルデモートの体の中にも、ハリーの血を通じてリリーの守りが流れている。それ故に、ヴォルデモートはハリーの魂を傷つけることができず、結果、ハリーの中にある自身の魂を自分の手で消し去ることとなった。

それが、予期せぬ分霊箱となったハリーが器を壊さずに中のヴォルデモートの魂だけを破壊させる方法だった──だがこの方法は推量と憶測、そして祈りにも似た希望でしかなく、ダンブルドアはハリーにその事を伝えなかった。勿論ハリーを期待させないように、という意味も僅かにはあるが、真意はただ単に思考を通してヴォルデモートに知られるのを恐れていたからだろう。──もっとも、ハリーはダンブルドアがわざわざ言わずともその事を理解していた上で彼を責めるつもりはなかった。

 

 

あの場所での出来事は現実だったのか、それともハリーの頭の中が見せた夢だったのか。その答えはダンブルドアが微笑みながら告げた、「君の頭の中での出来事だとしても、それが現実ではないと言えない」その言葉が全てなのだろう。

 

 

ハリーは視覚以外の全神経を集中し、何が起こっているのかを探った。周りの死喰い人の反応や、ヴォルデモートを気遣う言葉から──どうやら、ヴォルデモートもハリーと同様短い時間失神したらしい。間違いなく、自分の魂を殺した衝撃を受けたのだろう、ヴォルデモートがそれを知る事はないが──。

 

 

「俺様に手助けはいらぬ。……あいつは、死んだか?」

 

 

死喰い人のざわめきが止まった。

完全に静まり返ったその場所で、誰もハリーに近づこうとはせず、ただ痛いほどの沈黙と視線がハリーに集中していた。

 

 

「おまえ。あいつを調べろ。死んでいるかどうか、俺様に知らせるのだ」

 

 

ヴォルデモートの声と共に破裂音が響き、誰かが痛そうな悲鳴をあげた。ハリーは目を固く閉じたまま心臓の鼓動がうるさくなるのを感じる。今はまだ、騙せていてもこの心臓の動きに気付かないわけがない。しかし、敵に囲まれ目の前にヴォルデモートがいる、その状況で死なずに逃げ出すことなど可能だろうか?透明マントがあっても、起き上がった瞬間に緑の閃光が体を貫くだろう。

 

葉を踏みしめる音がして、誰かがそばにしゃがみ込んだ。ハリーの想像よりも柔らかい両手が頬に触れ、片方の瞼を捲り上げ、そろそろとシャツの中には入って胸に下り、心臓の鼓動を探った。

ハリーは女性の息遣いを聞き、長い髪が顔を撫でるのを感じた。その女性は、ハリーの胸の下で間違いなく打つ鼓動を感じ僅かに目を見開く。

 

 

「──ドラコは生きていますか?城にいるのですか?」

 

 

ほとんど聞き取れないほどの微かな声だった。女性は──ナルシッサは、唇をハリーの耳につくほど近づけ、覆い被さるようにしてその長い髪でハリーの顔を隠していた。

ハリーは奇跡にも似た巡り合わせに心の底から感謝し息を呑み、小さく頷く。

胸に置かれていた手がぎゅっと縮み、ハリーはその爪が肌に突き刺さるのを感じた。その手がさっと離れ、顔にかかっていた髪の感触も離れていく。

 

 

「死んでいます!」

 

 

ナルシッサは、見守る死喰い人たちに向かって叫んだ。

歓声が上がり、死喰い人たちが勝利の雄叫びを上げ足を踏み鳴らす。そこかしこで呪いの閃光が放たれ森を明るく染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

その時、ソフィアはハーマイオニーとロンと共に大広間や玄関ホール、城の中を駆け回っていた。

体や顔に泥をつけ、汗を流し、喉の痛みに喘ぎながら必死に走る。「どこにいるの」その声は誰もいない廊下の中に虚しく響いた。

ソフィアはすれ違っただけだと自分に無理矢理言い聞かせながら玄関ホールへと向かう。ちょうど反対側の廊下から血相を変え今にも泣きそうな顔をしたハーマイオニーとロンが現れた。

 

 

「いない!どこにも、いないんだ!」

「全て、探したの、それなのに──」

 

 

ロンとハーマイオニーは声を震わせる。ソフィアは「まさか」と苦しげに囁き、玄関扉を呆然と見る。その先には校庭があり、禁じられた森へと続いている。──ヴォルデモートが待つ場所だ。

 

 

「まさか、私たちに何も言わないで──」

「そんな!だって、最後まで──最後まで一緒にって──」

 

 

ソフィアの恐怖の声は、突如響いた冷たい声にかき消された。

 

 

「──ハリー・ポッターは死んだ」

 

 

その声に、ソフィア達だけでなく誰もが凍りついた。先ほどと同じように、声は壁や地面から響き人々を恐怖の底に叩き落とす。──無情な声だった。

 

 

「お前達が奴のために命を投げ出しているときに、奴は自分だけ助かろうとして逃げ出すところを殺された。お前達の英雄が死んだ証に、死骸を持ってきてやったぞ」

「嘘──そんな、嘘よ──」

 

 

ソフィアは茫然として呟く。ハリーが逃げ出すわけがない。きっと、一人で立ち向かったのだ。自分の命をかけて、命を持って全てを終わらせるために──しかし、殺された。信じたくはない、ヴォルデモートの言葉一つとして信じたくはなかった。

 

 

「勝負はついた。お前達は戦士の半分を失った。俺様の死喰い人達の前に、お前達は多勢に無勢だ。生き残った男の子は完全に敗北した。もはや、戦いの手は収めなければならぬ。抵抗を続ける者は、男も、女も、子供も虐殺されよう。その家族も同様だ。

城を棄てよ。俺様の前に跪け。さすれば命だけは助けてやろう。お前達の親も、子どもも、兄弟姉妹も生きることができ、許される。そしてお前達は、我々が共に作り上げる、新しい世界に参加できるのだ」

 

 

声は止んだ。

ソフィア達はよろめきながら玄関扉へと向かい、ヴォルデモートの声を聞いた者達も蒼白な顔で大広間から出てきた。誰も何も言わずに、この先に待ち受ける光景を心の底から拒絶しながら──しかし、確かめずにはいられず、ゆっくりと進む。

 

 

マクゴナガルが半分閉じかけていた扉に震える両手を向けた。杖を動かし、扉を開け放つ。

校庭にはヴォルデモートを先頭にし、たくさんの死喰い人がいた。彼らは勝利を確信し呪いの光を打ち上げる。それに照らされ、傷だらけのハグリッドと、その腕に抱えられているハリーを──皆が見た。

 

 

「あああっ!」

 

 

マクゴナガルは悲痛な声で叫ぶ。隣にいたシリウスはよろめき、扉に肩を打ちつけ「ハリー?」と絶望が満ちた声で囁いた。

その彼らの一言だけで、後方にいて校庭が見えなかった者も全てを察した。

ソフィアとロンとハーマイオニーは、愕然として目を見開き、喉の乾きも体に残った怪我の痛みも苦しみも全て忘れて叫んだ。

 

 

「そんな!」

「ハリー!」

「ハリー!いやああっ!!」

 

 

ロン、ハーマイオニー、ソフィアの叫びはマクゴナガルの声よりも悲痛だった。ハリーはだらりと腕を垂らし目を閉じながら、どれだけ彼らの呼び声に応えたかったか──しかし、黙ったまま死を装った。三人の叫びが引き金になり、生存者たちは奮い立ち口々に死喰い人を罵倒し叫ぶ。シリウスは杖を抜き一矢報いようと踏み込んだが、強くキングズリーが彼の腕を掴み、押し留めた。──唯一、ヴォルデモートを殺すことができると予言されていたハリー亡き今。自分たちが勝利するのは限りなく難しい。今、自暴自棄になり彼らに刃向かうよりも、自分たちは後ろに控えている者を守らなければならない。沈痛なその表情が物語っていて、シリウスは奥歯が欠けるほど歯を食いしばり唸り声を上げながら頭を掻きむしった。

 

 

「黙れ!」

 

 

ヴォルデモートが叫び、爆発音と眩しい閃光とともに、全員が魔法により無理矢理沈黙させられる。ソフィアとロンとハーマイオニーは彼らのように叫ぶことはなく──ただ、絶望に打ちひしがれていた。

 

 

「終わったのだ!ハグリッド、そいつを俺様の足下に降ろせ。そこがそいつに相応しい場所だ!」

 

 

ハグリッドは嗚咽をこぼしながら、そっと優しくハリーを芝生の上に横たえる。離れていく大きな手が震え、頬に大粒の涙が滴ったがハリーはまだ、沈黙し続けた。

 

 

「わかったか?ハリー・ポッターは死んだ!惑わされた者共よ、今こそわかっただろう?ハリー・ポッターは最初から何者でもなかった。他の者達の犠牲に頼った小僧に過ぎなかったのだ!」

「──ハリーはお前を破った!」

 

 

ロンの大声でヴォルデモートの呪文が破れ、ホグワーツを守る戦士達が、ハリーを信じた者達が再び叫び出す。しかしまた、さらに強い爆発音が彼らの叫びを掻き消した。

 

 

「こやつは、城の校庭からこっそり抜け出そうとするところを殺された。自分だけが助かろうとして殺された──」

 

 

ヴォルデモートの嘘を楽しみ、ハリーを蔑もうとする言葉は途中で途切れた。

勇敢か、それとも無謀か──我慢ならずネビルが飛び出し、ヴォルデモートに杖を向けたのだった。しかしネビルは杖を振り下ろす前に武装解除され、その上地面に強く体を打ちつけた。

ヴォルデモートは奪ったネビルの杖を投げ捨て、あまりに信じられぬ愚行に愉快そうに嗤った。

 

 

「いったい誰だ?負け戦を続けようとする者が、どんな目に遭うか──進んで見本を示そうとするのは誰だ?」

 

 

ソフィアは心を何処かで無くしてしまったかのように、ただぼんやりとネビルを見ていた。周りの者達も地面に根がはったかのように動けず、ネビルに手を貸すこともできなかった。

 

 

「我が君、ネビル・ロングボトムです!カロー兄妹を散々手こずらせた小僧です!例の闇祓い夫婦の息子でしょうが?覚えておいででしょうか?」

 

 

ベラトリックスが嬉しそうな声をあげ、ネビルの傷だらけの顔を見ながら嫌らしく笑った。ネビルの両親は、ベラトリックスが何度も磔の呪文をかけたことによりその苦しみから正気を失ってしまっている。──まさに、ネビルにとってベラトリックスは誰よりも憎い相手だ。ネビルはベラトリックスを悔しそうに睨み、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「ほう、なるほど。覚えている」

 

 

ネビルは敵と味方の境界の場所で立っていた。武器も隠れる場所もなく、ただ偶然にも──いや、ヴォルデモートの気まぐれで生かされているにすぎない彼に、生き残ったダンブルドア軍団達は助けようと一歩進んだが──ヴォルデモートの一睨で足をすくませた。

 

 

「お前は純血だな?勇敢な少年よ」

「だったらどうした」

 

 

ネビルは何も持っていない両手を握りしめ、臆することなくヴォルデモートを睨み叫んだ。

 

 

「お前は気概と勇気のあるところを見せた。それに、お前は高貴な血統の者だ。貴重な死喰い人になれる。ネビル・ロングボトム。我々にはお前のような血統が必要だ」

「地獄の釜が凍ったら仲間になってやる!──ダンブルドア軍団!」

 

 

ネビルは勇敢に笑い吐き捨て、拳を高く掲げた。ネビルの叫びに応えて城の仲間から歓声が上がる。──どんな血筋だろうとも、ヴォルデモートに屈してたまるか。その思いはヴォルデモートが彼らにかけた沈黙呪文でも抑えられない声だった。

 

 

「いいだろう」

 

 

ヴォルデモートは薄く笑ったまま、静かに告げる。その言葉はあくまで優しい声色をしていたが──ソフィアは、死の呪文よりも恐ろしく背筋が凍るような色を感じた。

 

 

「それがお前の選択なら、ロングボトムよ、我々は元々の計画に戻ろう。どういう結果になろうと──お前が決めたことだ」

 

 

ヴォルデモートは杖を振るう。

割れた城の窓からボロ衣のように朽ちかけた組み分け帽子が薄明かりの中に飛び出し、ヴォルデモートの手に落ちた。彼はまるで汚らしいものを持つように尖った先端を持つと、群衆に見せつけるように軽く振った。

 

 

「ホグワーツ校に組分けはいらなくなる。四つの寮もなくなる。わが高貴なる祖先である、サラザール・スリザリンの紋章、盾、そして旗があれば十分だ。そうだろう、ネビル・ロングボトム?」

 

 

ヴォルデモートが杖をネビルに向けると、ネビルはびしりと硬直した。指先の一本、瞼すら動かせないネビルの頭に組分け帽子が落ちる。目の下まで覆うように被せられ、それを見た城の仲間達は一斉に動いたが──死喰い人達が杖を上げ、彼らを遠ざけた。

 

 

「愚かにも俺様に逆らい続けるとどうなるか。ネビル・ロングボトムが身をもってお前達に見せてくれるぞ」

 

 

楽しげにそう言い杖を振る。

その瞬間帽子は燃え上がる炎に包まれ、悲鳴が夜明け前の空気を切り裂いた。誰もがネビルに水をかけようと進み出るが、その瞬間死喰い人達により退けられる。ネビルの頭部は炎に包まれ焦げるような悪臭が風により仲間の元まで届く──命を投げ出しても、ネビルを、仲間を助けなければ。そう誰もが覚悟を決めたその瞬間、事態は急激に動いた。

 

 



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463 決

 

 

 

遠い校庭の境界から何百人とも思われる人が仲間を鼓舞する雄叫びを上げ押し寄せる。同時に巨人のグロウプが吠え立てながら城の側面から現れ、それに応えるようにしてヴォルデモート側の巨人も叫び大地を揺らしながら突進した。

さらにケンタウルスが突如現れ、蹄の音を響せ弓弦が鳴った。幾千の矢が死喰い人に降り注ぎ、死喰い人達は不意を突かれ隊列を崩した。

ハリーはその混乱した瞬間を見逃さず透明マントを取り出し素早く被って飛び起きる。

ネビルは自分にかけられていた金縛りの呪文を滑らかな動きで解除し、炎上していた帽子が頭から落ちる──ネビルは、その奥から何かを取り出した。

輝くルビーの宝石、銀色の刀身。

ネビルは組分け帽子からグリフィンドールの剣を取り出すと、勢いよく振り下ろした。

 

その音は巨人が乱闘する音、蹄の音、叫び声に掻き消されて聞こえなかったが、剣の動きは全ての者の目を引き寄せた。一太刀でネビルは大蛇の首を切り落とし、離れた首は玄関ホールから溢れ出る明かりに反射して光る。空中を回り、血を撒き散らしながら飛んだ首はヴォルデモートの足下にぼたりと落ちた。

 

ヴォルデモートの怒りの叫びもまた混乱の中に飲まれた。怒り狂うヴォルデモートはネビルに杖を向けたが、その呪文はハリーの盾の呪文により防がれる。ネビルはすぐに身を翻し、ヴォルデモートの前から逃れた。

 

突撃するケンタウルスが死喰い人を蹴散らし、巨人達が棍棒や太い腕を振るう。敵味方関係なく巨人に踏み潰されまいと逃げ惑う中、更なる援軍の轟が辺りを包み込んだ。

巨大な翼を持つドラゴンや黒いセストラル、それに俊敏なヒッポグリフの群れが現れ、その背中に乗る者達は死喰い人を襲うよう魔法生物達に命じ、自らも杖を振るった。

 

校庭や玄関ホールでの戦闘は激しさを増し、魔法使い達は城の中へと戦いの場を移さざるをえなかった。そこかしこで呪いの閃光が発射される中、ソフィアとハーマイオニーとロンも死喰い人と一対一になり戦った。

 

三人だけではない、リー・ジョーダンとジョージはヤックスリーと戦い、ドロホフはフリットウィックにより宙吊りにされ、ワルデン・マクネアはシリウスに遠くの壁まで投げ飛ばされ石壁にぶつかって気絶していた。アバーフォースはルックウッドを失神させ──誰もが戦っていた。

 

 

爆破せよ(コンフリンゴ)吹き飛べ(ヴェンタス)武器よ去れ(エクスペリアームス)!」

 

 

ソフィアは素早く幾つもの魔法を放ち、死喰い人を何人も退けた。瓦礫の山に魔法をかけ凶暴な狼の大群へと変身させ敵を襲えば、そこかしこで悲鳴や血飛沫が上がる。少しも油断することができず、幾つもの閃光を避け、土煙が濛々と上がる。

ソフィアの背後でホグワーツの厨房に繋がる扉が吹き飛び、外れた蝶番と共にホグワーツ中のハウスエルフ達が戦場へと飛び込んだ。

 

 

「戦え!戦え!ハリー・ポッターのために!ハウスエルフの擁護者のために!闇の帝王と戦え!勇敢なるレギュラス様の名の下に戦え!戦え!」

 

 

その声は喧騒の中でもよく響いた。ハウスエルフを扇動するのはレギュラスの形見を首に下げたクリーチャーであり、ハウスエルフ達は敵意を漲らせた小さな目で敵に向かい、手に持っていた包丁で死喰い人の脛を切り足首に突き刺した。

 

今や死喰い人の数よりも、彼らを討とうとする味方の数の方が圧倒的に多いだろう。そこかしこで死喰い人達は重症を負い、死に、捕縛されその勢力は徐々に押されているかに見える。──しかし、彼らの長はヴォルデモートであり、その力は絶大的なものだった。

 

 

戦闘の中心にいるヴォルデモートはマクゴナガル、キングズリー、スラグホーンの三人を相手にしながらも呪文の届く範囲に強力な呪いを打ち込んでいた。その表情は冷たい憎しみに覆われ、三人はぎりぎりのところで決定的な呪いを受けずにいたが、ヴォルデモートを仕留めることはできないでいた。

手助けすることも、ヴォルデモートに呪いを放つことも出来ない。それ程戦いは激しさを増し、迂闊に魔法を放てば仲間に当たる恐れがあった。

 

 

「ハーマイオニー!ジニー!」

 

 

ソフィアは叫び、二人の前に盾の呪文を放つ。盾はベラトリックスが放った呪いを弾き、ハーマイオニーとジニーは数歩下りソフィアの隣に並んだ。三人はすぐさまベラトリックスに魔法を放つが、ベラトリックスはギラギラとした獰猛な目で彼女達を睨み簡単に魔法を退けた。

三体一であっても、ベラトリックスは一歩も引くことなく死の呪いを幾つも放つ。それは彼女達の頭や頬のすぐそばを掠め後ろの壁に打ち当たり弾け飛んだ。

 

 

「──私の娘に何をする!この女狐め!」

 

 

ジニーの危機に、モリーが叫びベラトリックスのすぐそばの窓を砕いた。ベラトリックスは振り返り、新しい挑戦者を見てゲラゲラと大口を開けて笑う。

 

 

「お退き!」

「お前が?いいだろう、すぐにあの世へ送ってやる!」

 

 

モリーはソフィア達を怒鳴りつけ、杖を構え決闘に臨んだ。モリーの杖は空を切り裂き素早く弧を描く。その途端、ベラトリックスの足元にあった地面は燃え盛る炎へと代わり、ベラトリックスは顔に浮かんでいた笑みを消しモリーを睨み歯を剥き出しにして唸りながらその炎を消した。

双方の杖から閃光が吹き出し、二人の魔女の足元は熱されて亀裂が走る。

 

 

「お止め!──下がってなさい!この女は私が()る!」

 

 

モリーに加勢しようと駆け寄った数人の生徒達に向かってモリーは叫び、モリーとベラトリックスを中心に突風が吹き荒れた。

何百人という人々が壁まで退けられ、ヴォルデモート対三人と、ベラトリックス対モリーの二組の戦いを見守った。誰もが仲間を守り、敵を討ちたい──そう思っていたが、左右に動き絶えず移動する敵に狙いを定めることは困難だった。

 

 

「私がお前を殺してしまったら、子供達はどうなるだろうね?ママがフレディちゃんと同じように居なくなったら?」

「お前なんかに、二度と──私の子供たちに手を触れさせてたまるものか!」

 

 

ベラトリックスは声を上げ笑う。顔を真っ赤にし、我が子の死を悲しみ怒り狂うモリーの様子が愉快なのだろう。しかし、その大口を開けて笑った瞬間──モリーの呪いがベラトリックスの伸ばした片腕の下を掻い潜って躍り上がり、胸の上を直撃した。

ベラトリックスの悦に入ったような表情が凍りつき、両眼が飛び出した。ほんの僅かな─死ぬまでの──刹那、ベラトリックスは自身に何が起こったのかを認識し、遠くで戦うヴォルデモートを一目見ようと視線を向ける。

その目が最後に誰を見たのかは彼女本人しかわからぬ事だろう。ベラトリックスが倒れ周囲から歓声が上がりヴォルデモートは憎々しげに呻き苛立ち甲高い声で叫んだ。

ヴォルデモートの最も忠実で、優秀な副官が倒され、その怒りは周囲の空気を変えた。炸裂した怒りにより彼を包囲していたマクゴナガルとキングズリーとスラグホーンは一撃で吹き飛ばされてしまい、ヴォルデモートはベラトリックスを倒し意気揚々として子供たちを見るモリーに杖を向けた。

 

 

「──護れ(プロテゴ)!」

 

 

今まで隠れていたハリーがマントを脱ぎ捨て、大声で唱えた。銀色の盾が大広間の真ん中に広がり、死の呪いからモリーを守る。

 

 

「ハリー!!」

 

 

ソフィアはその背中を見ていた。

汚れて、血が滲み、ボロボロの服。それでも、それは今まで心を賭して懸命に戦ってきた証拠だ。怪我だらけでそれでも諦めなかった証。

死んでしまったと思っていた、勇敢に、一人で全てを終わらせるために──優しくて、それでいてとても残酷な人だと。

それでも、遺された私たちはせめてハリーの遺志を引き継がなければ、そう思っていた──。

 

 

「ソ、ソフィア──ハリーよ、ああ、生きてたんだわ!」

 

 

ハーマイオニーは涙声になりながらソフィアの腕に強く掴まる。「ええ、本当、夢みたい」そうソフィアは呟き、ハリーの逞しい堂々とした背中を見つめる。

ハリーの生存の衝撃に誰もが叫び歓声を上げた。あちこちから湧き起こる「ハリー!」「ハリーは生きている!」の声で何人もの味方が生きる気力を奮い起こし、敵の心を挫けさせただろう。

 

しかしその歓声も、ハリーとヴォルデモートが互いに睨み合い、同時に距離を保ったまま円を描いて動き出したのを見て静まり返った。

 

決戦だ、これが最後だ。──あと数時間もせず、世界の方針が決まる。未来が決まる。

 

そう、誰もが思い固唾を飲んで──敵味方関係なく──二人を見つめた。

 

 

「誰も手を出さないでくれ!こうでなければならない。僕でなければならないんだ」

 

 

水を打ったような静けさの中、ハリーの声は鳴り響き大広間だけでなく外の廊下まで広がる。ヴォルデモートは蛇のように掠れた息を吐き出し、ハリーを見つめ薄らと笑った。

 

 

「ポッターは本気ではない。ポッターのやり方はそうではあるまい?今日は誰を盾にするつもりだ、ポッター?」

「誰でもない。──分霊箱はもうない。残っているのはお前と僕だけだ。一方が生きる限り、他方は生きられない。二人のうちどちらかが永遠に去ることになる……」

「どちらかだと?」

 

 

ヴォルデモートはその言葉を嘲笑した。

全身を怒りと興奮で緊張させ、真っ赤な両眼を見開き今にも襲い掛かろうと敵の首元に狙いを定める蛇のように、ヴォルデモートはゆっくりと歩いた。

 

 

「勝つのは自分自身だと考えているのだろうな?そうだろう?偶然生き残った男の子。ダンブルドアに操られて生き残った男の子」

「偶然?母が僕を救うために死んだ時のことが偶然だと言うのか?」

 

 

ハリーが問い返す。二人は互いに距離を保ち、完全な円を描いて横へ横へと回り込んでいた。ハリーは全神経を集中し、ヴォルデモートだけを見る。その横顔に、一切の隙はなかった。

 

 

「偶然か?僕があの墓場で戦おうと決意したときのことが?今夜、身を守ろうともしなかった僕がまだこうして生きていて、再び戦うために戻ったことが偶然だと言うのか?」

「偶然だ!」

 

 

ヴォルデモートは甲高い声で怒鳴る。しかし、まだハリーに攻撃することはなかった。ヴォルデモートもまた、ハリーが何故生きているのか、何故死の呪文で撃ち抜かれたにも関わらず死を退けることができたのかわかっていない。その奇跡──いや、彼にとっては偶然──が二度起こるのかどうかを思案していた。

ハリーとヴォルデモートを見守る群衆は、石のように動かなかった。それは、何百人もいる大広間の中で、彼ら二人だけが息をしているようだった。

 

 

「偶然だ。たまたまにすぎぬ。お前は自分より偉大な者たちの陰に、めそめそと蹲っていたというのが事実だ。そして俺様に、お前の身代わりにそいつらを殺させたのだ」

「今夜のお前は、他の誰も殺せない。お前はもう決して誰も殺すことができない。わからないのか?僕は、お前がこの人々を傷つけるのを阻止するために、死ぬ覚悟だった──」

「しかし死ななかったな!」

「──死ぬつもりだった。だからこそ、こうなったんだ。僕のした事は母のした事と同じだ。この人たちを、お前から守った。お前がこの人たちにかけた呪文はどれひとつとして完全に効かなかった。気が付かなかったのか?お前は、この人たちを苦しめる事はできない。指一本触れることもできないんだ。リドル、お前は過ちから学ぶ事を知らないのか?」

 

 

ハリーの緑の目がヴォルデモートの赤い目を見据える。ヴォルデモートの顔は憤怒で染まり、突きつけた杖を持つ手が怒りで強く握られた。

 

 

「よくも──」

「ああ、言ってやる。トム・リドル。僕はお前の知らない事を知っている。お前にはわからない、大切な事をたくさん知っている。お前がまた大きな過ちを犯す前に、いくつかでも聞きたいか?」

 

 

ヴォルデモートは答えず獲物を狙うように回り込んでいた。ハリーは一時的にせよ、ヴォルデモートの注意を引き付けその動きを封じることができたと確信した。ハリーがヴォルデモートが知らぬ究極の秘密を知っていることにたじろぎ、それを無視できないでいるのだ。

 

 

「また、愛か?

ダンブルドアお気に入りの解決法、愛。それがいつでも死に打ち克つとやつは言った。だが、愛はやつが塔から落下して、古い蝋細工のように壊れるのを阻止しなかったではないか?愛──お前の穢れた血の母親が、ゴキブリのように俺様を踏み潰されるのを防ぎはしなかったぞ、ポッター。

それに、今度こそ、お前の前に走り出て俺様の呪いを受け止めるほど、お前を愛してくれる者は、穢れた血の哀れな母のような者は存在するのか?さあ、俺様が攻撃すれば、今度はお前の死を誰が防ぐと言うのだ?」

「一つだけある」

「いま、お前を救うものが愛ではないのなら。俺様にできない魔法か、さもなくば俺様の武器より強力な武器を、お前が持っていると、信じ込んでいるのか?」

「両方とも持っている」

 

 

蛇のような顔に、さっと衝撃が走るのをハリーは見逃さなかった。

しかしそれはたちまちに消え、ヴォルデモートは声を上げて嗤い始める。──悲鳴よりも恐ろしい声であり、可笑しさの欠片もない純粋な狂気で染まる声が、静まり返った大広間中に響き渡った。

 

 

「俺様を凌ぐ魔法を、お前が知っているのか?この俺様を、ヴォルデモート卿を凌ぐと?ダンブルドアでさえ夢想だにしなかった魔法をおこなった、この俺様を?」

「いや、ダンブルドアは夢見た。しかし、ダンブルドアは、お前より多くのことを知っていた。知っていたからこそ、お前のやったような事はしなかった」

「つまり、弱かったという事だ!弱いが故に、できなかったのだ。弱いが故に、自分が掌握できたはずのものを、そして俺様が手にしようとしたものを手に入れられなかっただけのことだ!」

「違う。ダンブルドアはお前より賢明だった。魔法使いとしても、人間としても、より優れていた」

「俺様が、ダンブルドアに死をもたらした!」

「お前がそう思っていただけだ。しかし、お前は間違っていた」

 

 

ハリーの言葉に、見守っていた群衆が初めて動く。壁際の何百人が息を呑み、数人が辛そうに眉を寄せる。

 

 

「ダンブルドアは死んだ!あいつの骸はこの城の校庭の、大理石の墓の中で朽ちている!俺様はそれを見たのだ。ポッター、あいつは戻ってはこぬ!」

 

 

ヴォルデモートはハリーにとってダンブルドアの死こそが耐え難い苦痛であるかのように叫ぶ。確かに、苦痛だ──だが、ハリーは全てを知っている。表面的な事実ではない、奥に隠されていた想いを。

 

 

「そうだ。ダンブルドアは死んだ。しかし、お前の命令で殺されたのではない。ダンブルドアは、自分の死に方を選んだんだ。死ぬ何ヶ月も前に選んだ。お前が自分の下僕だと思っていたある男と、全てを示し合わせていた」

「子供騙しの夢だ!」

 

 

そう言いながらも、ヴォルデモートの両眼はハリーを捕らえたまま離さず。まだ攻撃しようとはしなかった。

 

 

「セブルス・スネイプはお前の物ではなかった。彼は、たった一人の想いや願いをただひたすらに叶えようと──大切な者を愛し、護ろうとしていた。お前が理解できないものだ。リドル、お前はスネイプ先生が誰を愛し、誰を護ろうとしたのか知っているか?

スネイプ先生は、全てを覚悟し、彼女の願いを護るためにダンブルドアのスパイになった。そして、それ以来ずっとお前に背いて仕事をしてきたんだ!ダンブルドアは、スネイプ先生が止めを刺す前にもう死んでいたんだ!」

「──どうでもよい事だ!」

 

 

ハリーの一言一言を、魅入られたように聞いていたヴォルデモートは薄い胸が激しく上下するほど甲高く叫び、狂ったように笑い出した。

 

 

「スネイプが誰の物など。どうでもよい事だ。俺様の行く手に、二人がどんな詰まらぬ邪魔者を置こうとしたも問題ではない!俺様はその全てを破壊した。ポッター、お前の理解できぬ形でな!

ダンブルドアは俺様からニワトコの杖を遠ざけようとした!あいつは、スネイプが杖の真の持ち主になるように図った!しかし、小僧、俺様の方が一足早かった。お前が杖に手を触れる前に俺様が杖に辿り着き、お前が真実に追いつく前に俺様が真実を理解したのだ。俺様は三時間前に、セブルス・スネイプを殺した。そして、ニワトコの杖、死の杖、宿命の杖は真に俺様のものになった!ダンブルドアの最後の謀は、ハリー・ポッター、失敗に終わったのだ!」

「本当にそう思っているのか?」

 

 

ハリーは逆上し笑うヴォルデモートとは対照的に静かに問いかけた。ヴォルデモートの笑みが再び固まる。しかしすぐにただの戯言だと薄ら笑いを浮かべたが──ハリーはその中に隠された疑心に気づいた。

 

 

「僕を殺そうとする前に忠告しておこう。自分がこれまでにしてきたことを、考えてみたらどうだ……考えるんだ、リドル。そして少しは悔い改めろ……」

「何を戯けた事を?」

 

 

ハリーがこれまで言ったどんな言葉より、どんな思いがけない事実や嘲りより、これほどヴォルデモートを驚愕させた言葉はなかっただろう。誰一人として、ヴォルデモートに──トム・リドルに懺悔を乞うように示したことはなかった。

ハリー自身、これが最後のチャンスだと思っていた。ヴォルデモートがヴォルデモート卿として死ぬのか、それともトム・リドルとなって死ぬのか。──その差は、途轍もなく深い。

 

 

「最後のチャンスだ。お前に残された道はそれしかない。さもないと、お前がどんな姿になるのか……僕は見た。勇気を出せ……努力するんだ。少しでも後悔してみるんだ」

「よくもそんな事を──」

「ああ、言ってやるとも。いいか、リドル。ダンブルドアの最後の計画が失敗したことは、僕にとって裏目に出たわけじゃない。お前にとって裏目に出ただけだ」

 

 

ニワトコの杖を握るヴォルデモートの手が震えていた。ハリーは使っていた杖──ドラコの杖をいっそう固く握りしめる。その瞬間が、もう数秒後に迫っている事を、ハリーは感じた。

 

 

「その杖はまだ、お前にとっては本来の機能を果たしていない。なぜなら、お前がただ勘違いをしていたからだ。セブルス・スネイプがニワトコの杖の所有者だったことはない。スネイプが、ダンブルドアを打ち負かしたのではない!ダンブルドアの死は、二人の間で計画されていたことだった。ダンブルドアは、杖の最後の真の所有者として敗北せずに死ぬつもりだった!全てが計画通り進んでいたなら、杖の魔力はダンブルドアと共に死ぬはずだった。なぜなら、ダンブルドアから杖を勝ち取る者は誰もいないからだ!」

「それならポッター、ダンブルドアは俺様に杖をくれたも同然だ!俺様は最後の所有者の墓から杖を盗み出した!最後の所有者の望みに反して、杖を奪った!杖の力は俺様のものだ!」

 

 

ヴォルデモートは勝ち誇り、声を邪悪な喜びで打ち震わせていたがハリーはこの騒ぐヴォルデモート卿が──世界一の闇の魔法使いが、この程度の考えしか持たぬことに何故か強い失望と腹立たしさを感じた。この程度のやつに、仲間たちは殺されてしまったのか。

 

 

「まだわかってないらしいな、リドル?杖を所有するだけでは十分ではない!杖を持って、使うだけでは杖は本当にお前の物にはならない。オリバンダーの話を聞かなかったのか?杖は魔法使いを選ぶ──ニワトコの杖は、ダンブルドアが死ぬ前に新しい持ち主を認識した。その杖に一度も触れたことさえない者だ。新しい主人は、ダンブルドアの意思に反して杖を奪った。その実、自分が何をしたのか一度も気づかずに……この世で一番危険な杖が、自分に忠誠を捧げたとも知らずに……」

 

 

ヴォルデモートの胸は激しく波打ち、杖先は目に見えて震えていた。恐れや戸惑いからではないのは、その燃えたぎる憎しみと屈辱の瞳からして明らかだろう。

 

 

「ニワトコの杖の真の主人は、ドラコ・マルフォイだった」

 

 

ヴォルデモートの顔が衝撃で呆然となり、壁際にいた数名が動揺した。それはソフィアであり、彼を知っている同級生であり──そして、彼の両親だった。

 

 

「──それが、どうだというのだ?お前が正しいとしても、ポッター。お前にも俺様にも何ら変わりはない。お前にはもう不死鳥の杖はない。我々は杖だけで決闘する。……そして、お前を殺してから俺様はドラコ・マルフォイを始末する……」

「遅すぎたな。──お前は機会を逸した。僕が先にやってしまった。何週間も前にドラコ・マルフォイは僕に敗北した。この杖は、ドラコから奪ったものだ。要するに、全てはこの一点にかかっている。違うか?」

 

 

大広間中の目が、ハリーが持つサンザシの杖に集中する。杖は珍しい特徴がない限り、杖職人でもなければ誰がどの杖を持っていたかなど記憶していない。──しかし、ヴォルデモートはその杖を睨み、今にも呪いを吐き出しそうなほど奥歯を噛み締めた。

 

 

「お前の手にあるその杖が、最後の所有者が敗北された事を知っているかどうかだ。もし知っていれば……ニワトコの杖の真の所有者は、僕だ」

 

 

ハリーがそう囁いたその時、二人の頭上にある魔法で空を模した天井に、突如茜色と金色の光が広がり、一番近い窓の向こうに眩しい太陽の先端が顔を出した。

光は同時に二人の顔に当たり、ハリーはヴォルデモートの血色の悪い顔が突然ぼやけた炎のようになったのだと感じた。

ヴォルデモートの甲高い叫び声を聞くと同時に、ハリーはドラコの杖で狙いを定め、天に向かって──全ての思いに向かって、叫んだ。

 

 

「アバダ ケダブラ!」

「エクスペリアームス!」

 

 

大砲のような轟音と共に、ハリーとヴォルデモートが回り込んでいた円の真ん中に黄金の炎が噴き出し二つの呪文が衝突した点を印した。

ヴォルデモートの緑色の閃光がハリーの呪文にぶつかった瞬間、ニワトコの杖は高く舞い上がり朝日を背に黒々と、大蛇の頭部のようにくるくると周りながら、魔法の天井を横切り真の主人の元へ──ハリーの元へと向かった。ハリーは鍛えられたシーカーの瞳と、俊敏な動きで素早くニワトコの杖を捕えた。

 

その時、ヴォルデモートが両腕を広げてのけぞり、赤い瞳の切れ目のように縦に長い瞳孔が裏返った。ヴォルデモート卿──トム・リドルは、どこにでもいるようなありふれた最後を迎えて床に音を立て倒れる。

その体は弱々しく萎び、蝋のような手には何も持たず、蛇のような顔は虚で魔法を示す天井を見上げている。

ヴォルデモートは、跳ね返った自らの呪文に撃たれて死んだ。そしてハリーは、二本の杖を手に、もう二度と浴びることのできないと思っていた太陽の輝く光を浴びながら、哀れな魔法使いの魂の抜け殻をじっと見下ろしていた。

 

 

 



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464 七年目終了!

 

 

身震いするような一瞬の沈黙。

その刹那衝撃が走った。見守っていた人々の悲鳴、歓声、叫びが空気を劈き、ハリーの周囲が激動した。

新しい太陽が、強烈な光で窓を輝かせ人々はハリーに駆け寄る。真っ先に駆け寄ったのはソフィアとロンとハーマイオニーであり、ソフィアは正面からハリーに飛びつきロンとハーマイオニーが二人ごと抱きしめた。三人の言葉にならない興奮と涙と叫びが、ハリーの耳にガンガンと反響する。

ジニーが、ネビルが、ルーナ、シリウス、ウィーズリー一家の人々とハグリッドが、キングズリーとマクゴナガルが、フリットウィックとスプラウトがすぐに人を押しやりハリーに近づき、かわるがわる腕を伸ばして届くところを強く叩いた。

誰の腕が自分を叩いているのか、誰が何を言っているのか、誰が自分の一部を抱きしめようとしているのか、ハリーにはわからなかった。何百という人がハリーに近寄ろうとし、何とか触れようとしたのだ。──この感激を、感謝を、少しでも早く伝えるために。

 

ついに終わったのだ。長い、長い闇と悲しみと戦いが。ついに──たくさんの者に支えられ、守られ、愛された『生き残った男の子』のおかげで。

 

 

「ハリー」

「ソフィア」

 

 

ハリーは近くにソフィアの涙に濡れる瞳を見た。

顔には傷があり、髪は揉みくちゃにされてめちゃくちゃで、それでも何よりも美しく愛しいその顔を見た。

 

 

「僕と、付き合ってほしい。愛してるんだ。……だめかな?」

 

 

ハリーの言葉は、世界を救った英雄のもの思えないほどいたって普通の告白だった。命令でもなく、自慢げでもない。ただのハリー・ポッターとしての告白だった。

しかもその告白はおそらくソフィアには聞こえなかっただろう。ほんのわずか数センチであっても、周りからは爆音のような歓声が沸き起こり続けているのだ。

それでもソフィアは、太陽に負けないほど輝かしい笑顔を見せ、ハリーの唇に強く自分の唇を押し付けた。

 

 

 

 

ゆっくりとホグワーツに太陽が昇った。大広間は生命と光で輝き、歓喜と悲しみ、哀悼と祝福の唸りが入り混じった場所にハリーの存在は欠かせなかった。みんなが指導者であり、象徴であり、救い主であり、先導者であるハリーを求め一緒にいたがった。

ハリーが寝ていないということも、ほんの数人の人たちと一緒に過ごして仕方がない事も、誰にも思いつかないようでハリーは遺族と話をして手を握り、その涙を見つめ、感謝の言葉を受けたりしなければならなかった。

 

そんな中でも冷静に動くことができる生存者はポンフリーの手伝いをし怪我人の手当てに走っていた。ハリーは遺族と話をしているとき、そっと大広間からソフィアがいなくなったことに気付いたがその後を追おうとはしなかった。

おそらく、重傷者が寝かされている医務室のベッドに少ししてからもう一人が追加されるのだろう。

また、大広間の一番隅の方で、ドラコと再会を果たしたナルシッサとルシウスが身の置き場がなさそうに縮こまって居るのを見たが、ハリーはあえて今声をかけなくともいいだろうと考えた。

きっと、もう少し経ってから──全ての人が目を覚まし、冷静に話し合えるようになった時でいいのだ。

 

 

陽が昇るにつれ、四方八方から報せが飛び込み出した。国中で服従の呪文にかけられていた人々がヴォルデモートの死をきっかけに我に返り、死喰い人たちが逃亡し一部は捕まったこと、アズカバンに収監されていた無実の人々が今この瞬間に解放されていること、そして、キングズリー・シャックルボルトがジャック・エドワーズの遺言と、殆どの人の賛成に伴い魔法省の暫定大臣に指名されたこと、ハリーが気が付かなかっただけで、ボーバトンやダームストラングの成人した在校生や、卒業生が闘いに参加してくれていたことなど──。

 

ヴォルデモートの遺体は大広間から運び出され、フレッド、トンクス、リーマス、ジャック、コリン──そして、死喰い人と戦って死んだ五十人以上に上る人々の亡骸とは離れた小部屋に置かれた。

マクゴナガルは寮の長机を元通りに置いたが、もう誰も各寮に分かれて座りはしなかった。みんなが交じり合い、教師も生徒も、ゴーストも家族も、ケンタウルスもハウスエルフも一緒だった。

元気が有り余っている一部のハウスエルフは厨房に駆け戻り、疲れ切った彼らを癒すために早速料理を始めた。それは誰に命令されているわけでも、その性質ゆえでもない。ただ、友人のために、共に戦ったみんなのためにハウスエルフ達がそうしたいと望んだのだ。

 

暫くして慰問がある程度終わり、ハリーは疲れ切りながらベンチに座り込む。目の前にあったバタービールを飲んでいたが、ふと隣にルーナが座っていることに気づいた。

 

 

「あたしだったら、暫く一人にして欲しいけどな」

「そうしたいよ」

「あたしが、みんなの気を逸せてあげるもん。マントを使ってちょうだいね。──うわぁー!見て!ブリバリング・ハムディンガーだ!」

 

 

ハリーが何かを言う前にルーナは窓を指差して叫び、ハリーは素早く透明マントを被った。

ルーナのよく通る声を聞いた者は皆その方向を見て、ハリーはようやく自由になった。

 

誰にも邪魔されず大広間を移動した。二つ離れたテーブルにジニーがいた。彼女はモリーの肩に頭をあずけて座っている。ネビルが見えた、食事している横の皿にグリフィンドールの剣を置き、何人かの熱狂的な崇拝者に囲まれている。シリウスがいた、彼は溌剌とは言い難かったが、それでも笑顔を見せクリーチャーと話していた。何の話をしているのかは聞こえないが、クリーチャーはその話を珍しく熱心に聞いている。──きっと、彼が大切に思ったレギュラス・ブラックの事だろう。

ルイスがいた。ルイスはテーブルの一番端で、背の高い女性と話し合っていた。優しそうな、穏やかな表情をして、その女性にそっとキスをしていた。

目の届くかぎり、あちこちで家族や愛しい人が再会している中、ハリーはようやく一番話したかった三人を見つけた。

 

 

「僕だよ。一緒に来てくれる?」

 

 

こっそりと耳打ちされた三人は、驚くこともなく立ち上がる。人の合間を縫って、ハリー、ソフィア、ロン、ハーマイオニーの四人は一緒に大広間を出た。大理石の階段のあちこちが大きく欠け、手すりの一部や窓がなくなり、階段を上がるたびに瓦礫や血の痕が見えた。

どこか遠くで、ピーブズがぶんぶん飛び回りながら自作自演で勝利の歌を歌っているのが聞こえる。

 

 

──やったぜ 勝ったぜ 俺たちは

ちびポッターちゃんは 英雄だ

ヴォルちゃん ついに ボロ負けだ

飲めや 歌えや さあ騒げ!──

 

 

「まったく。事件の重大さと悲劇性を感じさせてくれるよな?」

 

 

何度も繰り返し歌われるその声を聞き、ロンが呆れながらドアを押し開け、三人を先に通しながら言った。ハーマイオニーは「まあ、ピーブズにしてはマシかもね」と笑いながらロンの腕を優しくぽんと叩き、ソフィアはくすくすと笑った。

 

いつものような三人を見つつ、幸福感は後でやってくるのだろうとハリーは思う。今は疲労感の方がそれに勝り──尚且つ、大切な人たちを失った痛みが、数歩歩くごとに肉体的な傷のように痛み、心に刺し込んでいた。

一度、彼らのことを考えながらゆっくりと眠りたい。ハリーはそう感じていたが、その前にソフィアとロンとハーマイオニーには説明しなければならない。

これだけ長い間、行動を共にしてきたのだ。三人にはそれを知る権利があるだろう。

ハリーは一つ一つ細かに憂いの篩で見たことを物語り、禁じられた森での出来事を話した。

三人は受けた三者三様の衝撃と驚きをまだ口に出す間もないうちに、ハリー達はもう暗黙のうちに目的地と定めていた場所に到着していた。

 

校長室を護衛するガーゴイル像は、ハリーが最後に見たあと、撃たれて右にずれていた。横に傾き、少しふらついているガーゴイルに、ハリーは合言葉がもうわからないのではないかと心配した。

 

 

「上に行ってもいいですか?」

「ご自由に」

 

 

ハリーの問いかけに、ガーゴイルは呻きながら答える。

四人はガーゴイルを乗り越え石の螺旋階段に乗り、ゆっくりと上に運ばれて行った。階段の一番上でハリーは扉を押し開け、校長室の中に入る。

 

石の憂いの篩が、ハリーが置いた机の上に に変わらずあった。それを一目見た途端、耳を劈く騒音が聞こえ、ハリー達は思わず叫び声を上げ身を寄せ合った。呪いをかけられたか、死喰い人の残党が隠れていたのか、ヴォルデモートが復活したのか、と思ったのだ──。

 

しかし、それは割れんばかりの拍手だった。

周りの中の壁で、ホグワーツの歴代校長達が総立ちになりハリーに賞賛を送っていた。

帽子を振り、ある者は鬘を打ち振りながら、校長達は額から手を伸ばし互いの手を強く握りしめていた。

ソフィアとハーマイオニーとロンが呆気に取られ、彼らの弾丸のように降り注ぐ拍手の音を聞いている中、ハリーの目は校長の椅子のすぐ後ろに掛かっている一番大きな肖像画に立つ、ただ一人に注がれていた。

 

半月型の眼鏡の奥から、長い銀の顎鬚に向かって涙が滴っている。その人から溢れ出てくる誇りと感謝の念は、不死鳥の歌声と同じ癒しの力でハリーを満たした。

 

やがてハリーは両手を挙げた。

肖像画達は敬意を込めて静かになり、微笑みかけ目を拭いながらハリーの言葉を待つ。ソフィアとロンとハーマイオニーも、少し後ろでただ一つの肖像画を見上げる彼の後ろ姿をじっと見ていた。

しかし、ハリーは今この場に誰がいるのかを全く気にしなかった。今だけは、この世界に自分とこの人──ダンブルドアしかいないのだと思い込んだ。ダンブルドアにだけ話しかけたかった。彼にだけ、細心の注意を払い、言葉を選びたかった。

疲れ果て、目も霞んでいたが、最後の忠告を求め──いや、自分の決意を話すために、ハリーは残る力を全て振り絞った。

 

 

「スニッチに隠されていたものは、落としてしまいました。その場所ははっきりとは覚えていません。でも、もう探しに行くつもりもありません。それでいいでしょうか?」

「ハリーよ、それでいいとも」

 

 

ダンブルドアが優しく微笑んだまま深くうなずき、肖像画達は何のことかわからず額縁越しに顔を見合わせた。

 

 

「賢明で勇気ある決断じゃ。きみなら当然そうするじゃろうと思っておった。誰か他に、落ち場所を知っておるか?」

「誰も知りません。──でも、イグノタスの贈り物は持っているつもりです」

「もちろん、ハリー。きみが子孫に譲るまで、それは永久に君のものじゃ!」

 

 

ダンブルドアは満足げに頷き、にっこりと笑った。

 

 

「それから、これがあります。──僕は、ほしくありません」

 

 

ハリーはニワトコの杖を挙げながら言い、その杖を恭しく見ていたロンは「何だって?気は確かか!?」と大声を上げたが、ハリーはロンのそんな表情は見たくないとうんざりしながら思う。

 

 

「強力な杖だということは知っています。でも、僕は、自分の杖の方が気に入っていた──だから……」

 

 

ハリーは首に掛けた巾着を探り、二つに折れ、ごく細い不死鳥の尾羽だけでかろうじて繋がっている柊の杖を取り出した。

誰にも、杖職人にも直せない杖。──これで駄目ならばもう望みはないとハリーはわかっていた。

ハリーは折れた杖を校長の机の上にそっと置き、ニワトコの杖の先端で触れながら唱える。

 

 

直れ(レパロ)

 

 

折れていた柊の杖はぴたりとくっつき、先端から赤い火花を散らせた。まるで今息を吹き返し喜んでいるような光景に、ソフィアは目を細める。成功した事を知り、輝くハリーの横顔を見て──これでよかったのだと、強く感じた。

ハリーが杖を取り上げると、突然指先が温かくなるのを感じた。まるで、杖と指が再会を喜び合っているようで、ハリーの表情が緩む。

 

 

「僕はニワトコの杖を、元の場所に戻します。杖はそこに留まればいい。僕がイグノタスと同じように自然に死を迎えれば、杖の力は破られるのでしょう?最後の杖は、敗北しないままで終わる。それで杖はおしまいになる」

 

 

ダンブルドアは心からの愛情と称賛の眼差しでハリーを見つめ、ゆっくりと頷く。二人は互いに微笑みあった。

 

 

「本気か?」

 

 

ニワトコの杖を食い入るように見ながらロンが恐る恐るハリーに聞いた。その声には隠しきれぬ物欲しさが含まれていたがすぐにハーマイオニーが「これでいいのよ」とその考えを一蹴する。ソフィアも「ハリーが正しいと思うわ。とっても扱いが難しいもの」と強く頷いた。

 

 

「この杖は、役に立つどころか、厄介なことばかり引き起こしてきた」

 

 

ハリーは振り返り、ソフィアとロンとハーマイオニーを順番に見た。

こうして、自分の力で、自分の足で立ち彼らをゆっくりと見れるだなんて思わなかった。きっと、いつでも、何日でも、何年でも彼らを見ることができるだろう。当然のようにくる太陽の光を浴びて、優しく包む夜空に抱かれて眠る。そんな日々をこれからいつまでだって過ごすことができる。

 

 

「それに、正直言って──僕はもう、一生分の厄介を十分味わったよ」

 

 

ハリーはそう言って笑い、ソフィアとロンとハーマイオニーも少し遅れてから楽しそうに笑った。

 

 

 



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465 ポッター家の双子

 

 

 

それから十九年の年月が過ぎ、その年の秋は、突然やってきた。

 

 

九月一日の朝は切った林檎のように黄金色に輝き、駅に向かって急いでいる小さな家族の集団を照らしている。

冬にはまだ遠いが、それでも早朝はかなり冷え込み、車の排気ガスと行き交う人々の息が冷たい空気の中で朝靄のように輝いていた。

父親と母親が荷物で一杯になったカートを一台ずつ押し、それぞれの上に大きな鳥籠がカタカタと揺れていた。籠の中の梟は窮屈さと乱暴さに怒ったようにホウホウと鳴き、一つの鳥籠の上で悠々と体を伸ばしている一匹のフェネックは気楽に欠伸をこぼす。

 

 

「パパ、ママ!私も行きたい!」

 

 

今にも泣きそうな赤毛の少女が父親の腕に縋り、兄達の後をぐずぐずと言いながら従いていた。両親は困った顔をしながら顔を見合わせたが、すぐに父親は優しく笑うと、柔らかく流れる彼女の赤髪を撫でた。

 

 

「もうすぐだよ。リリーも行くんだからね」

 

 

そう、父親──ハリーが優しく少女に言い聞かせるが、リリーと呼ばれた少女は不満げに鼻を啜り「二年先よ!今すぐに行きたい!」と叫ぶ。兄妹の中で唯一の女の子、それも末っ子ということもあり、両親は勿論、兄達や親族に至るまで全ての人たちから愛され甘やかされたリリーは、少々わがままに育っていた。

 

 

「リリー。今ホグワーツに行ったら、勉強がすっごく困るわよ」

「う……」

 

 

母親──ソフィアの忠告に、リリーは嫌そうに呻き、ハリーの腕にしがみつきながら「それはやだぁ」とぶつぶつ文句を言い続けた。末っ子のリリーは、今まで家に居た兄達が居なくなってしまうのが寂しいのだろう。広い家の中はがらんとしてしまうだろうし、今日からはいつでも遊び友達がいるわけではなくなってしまうのだ。

 

 

「大丈夫よ、ヒューゴにたっくさん遊びに来てもらいましょう?」

「でも、無理な時は?」

「その時は、ルイスおじさんのところに行けばいいわ。最近また新しい家族が増えたって手紙が届いたの」

 

 

ソフィアの優しい慰めに、リリーは口を尖らせ続けはしたが、もう文句を言う事はなく小さく頷いた。

ハリーはたとえ兄達がホグワーツに行ってしまったとしても、ポッター家にはなんだかんだ理由をつけて遊びに来る者が多く、三日連続で来客がない日など珍しいのだが、と思ったが──何も言わなかった。きっと、リリーもそれはわかっているのだ。ただ兄達の不在がどうしても寂しくて叶えられないと知っていても我儘を言いたくて仕方がなかったのだろう。

 

 

服の袖で目元を拭いたリリーに、ソフィアとハリーはにっこりと微笑みかけ、先々に行ってしまった息子達を追い掛けた。

 

人混みを縫って駅の九番線と十番線の間の柵に向かう者達を、何も知らない通勤者達が物珍しげにジロジロと見ていたが幸か不幸か、その家族は視線に慣れてしまい全く気にしていなかった。

先に行った息子達が迷子になったらどうしようか、とソフィアが僅かに不安に思ったその時、先を歩くアルバスの声が周りの喧騒を超えてソフィアとハリーの耳に飛び込んだ。

「また喧嘩してる」と苦い気持ちなりながらハリーはチラリと隣にいるソフィアを見る。ソフィアは「またあの子達は」と呆れと怒り混じりの表情で口論を始めている息子達を見ていた。

 

 

「僕、絶対違う!スリザリンじゃない!リュカと一緒にグリフィンドールになるんだ!」

「僕だけスリザリンでもいいけどなぁ」

「えっ!──嫌だ、一緒じゃないと嫌だ!」

「こら。周りの迷惑を考えなさい」

 

 

ピシャリとしたソフィアの一声に、息子達は黙り込んだが一人は不安そうに、一人は楽しそうに、一人は飄々とした目でソフィアを見上げた。

 

 

「僕、ただこいつだけが、別の寮になるかもしれないって言っただけさ」

 

 

ニヤリと笑い、弟を揶揄ったのは長男のジェームズ・シリウス・ポッターと名付けられた少年だった。櫛で整えても四方八方に伸びる黒髪に、黒い瞳。見た目で言えば目の色は異なるとは言えハリーに似ていたがその悪戯っぽく揶揄うような表情は、どうやら両親の性格ではなく、名付けられた人達のものを受け継いでしまったようだった。──いや、シリウスが彼を溺愛し、幼い時からちょっとした悪さや悪戯の大切さを教えこんだからだろう。

 

 

「別にスリザリンでもいいんじゃない?でも、それが一人だったら──」

 

 

さらに弟を揶揄おうとしていたジェームズは、ソフィアの目を見て今度こそ黙り込んだ。

これ以上ここに居てもつまらない、とジェームズはすぐに柵に近づき、少し生意気な目で弟を振り返りながらソフィアの手からカートを受け取って走り出し──次の瞬間、ジェームズの姿は柵の向こうに消えた。

 

 

「手紙をくれる?」

「毎日送るわ」

 

 

ジェームズがいなくなったのを確認し、アルバスが急いでハリーとソフィアに聞き、ソフィアは毎日でも手紙を送ると微笑んだが、アルバスは慌てて首を振った。

 

 

「毎日じゃないよ!ジェームズが家からの手紙は大体みんな一か月に一度しか来ないって言ってた」

「え、でもジェームズって週に何回も手紙送って来てたよ?週に一回は必ず僕に来てたけど」

「リュカに?……僕には来なかったのに」

 

 

アルバスはリュカを見て、少し悔しいような悲しいような拗ねた顔で呟く。

アルバスとリュカはとてもよく似た双子だ。癖っ毛の黒髪はハリーに似て、その目の色も、両親と同じ鮮やかな程の緑色だ。しかし性格は真反対であり、アルバスは消極的で用心深く、それでいて神経質な心を持ち、リュカは悪戯っぽい兄と神経質な弟に囲まれて育ち、少しの事では動じず我が道を行く──かなりマイペースな性格になっていた。

 

 

「母さんはたちは去年、週に三度もジェームズに手紙を書いたわよ?」

「アルバス、お兄ちゃんがホグワーツについて言う事を、何もかも信じるんじゃないよ。冗談が好きなんだから、ジェームズは」

「僕には週に一回は手紙を書いてくれる?──お爺様にも書いていいかなぁ?」

 

 

リュカがソフィアのローブを引きながら首を傾げる。ソフィアはふっと優しく笑い、その頭を優しく撫でた。

 

 

「ええ、きっと喜ぶわ」

「手紙を送るなら、魔法薬の授業は本当……本当にしっかりと頑張るんだよ。きっと成績を聞かれるからね」

「僕、魔法薬大好きだから大丈夫だよ!」

 

 

リュカは明るい顔でニコリと笑ったが、途端にアルバスの表情は曇り「僕は苦手だよ……」と呟いた。リュカは目をぱちくりとさせ、不思議そうにし、すぐにアルバスに寄り添い「でも、ほら僕ってママと一緒で得意ではないから。僕は好きなだけだよ」と小声で励ました。

 

 

「さあ、行きましょう」

 

 

ソフィアはアルバスとリュカに先に入るように促し、彼らは人がこちらを見ていない隙をついて柵を通り越した。

家族は柵に衝突する事なく揃って九と四分の三番線に到着し、プラットホームで白煙を濛々と上げる真っ赤なホグワーツ特急を見る。

ソフィアはやはり、いつ見てもこの旅立ち独特の雰囲気は胸が高鳴るわね、と顔を高揚させて特急を見る息子たちを見ながら思った。

 

 

「みんなどこなの?」

「もう来てるはずなんだけど……」

 

 

プラットホームを進み、たくさんの人の顔を見ながらアルバスが不安そうに言いソフィアを見上げる。待ち合わせは確か最後部の車両あたりだったはずだと思いながらソフィアは辺りを見渡し、「あ、きっとあそこよ」と指差した。

知り合いがなかなか見つけられず、アルバスは心細そうな顔をしてその指先が示す方を見て──ほっと表情を緩めた。

 

 

「ソフィア!久しぶりね!」

「久しぶり、ハーマイオニー!」

 

 

最後部の車両近くに立っていた四人のうちの一人──ハーマイオニーがソフィアに気付くとすぐに駆け寄り嬉しそうに抱きしめる。ロンと娘のローズ、息子のヒューゴの三人は相変わらずの熱烈っぷりに少し呆れたような顔をして顔を見合わせた。

 

 

「それじゃ、車は無事駐車させたんだな?」

「僕はちゃんとやったよ。ハーマイオニーは、僕がマグルの運転試験に受かるとは思ってなかったんだ。だろ?僕が試験官に錯乱の呪文をかける羽目になるんじゃないかって予想してたのさ」

 

 

ハリーの言葉にロンはハーマイオニーをチラリと見ながら言い、ソフィアを抱きしめていたハーマイオニーは慌てて体を離しながら「そんな事はないわ」と抗議した。

 

 

「私、あなたを完全に信用してたもの」

「もっと幼い時に、素晴らしいドライブテクニックを見せたものね?」

 

 

くすくすとソフィアは笑いながら子供たちのトランクを汽車に積み込み、ロンとハリーもそれを手伝った。ソフィアはロンがハリーに「実は、本当に錯乱させたんだ」と小声で悪戯っぽく囁いたのを聞いてしまったが、ハーマイオニーとロンのために何も聞かなかったふりをした。

 

荷物を全て積み終わり、振り返ってみればリリーとヒューゴが顔を突き合わせながらあと2年後にホグワーツに入った時、どの寮に組み分けされるべきかと熱心に話し合っていた。あと2年もあるのだが、やはり寮の問題はかなり大きく、ロンは彼らに近づきながら「グリフィンドールに入らなかったら勘当するぞ」と冗談半分、本気半分で彼らをからかった。

 

 

「プレッシャーをかけるわけじゃないけどね」

 

 

リリーとヒューゴはロンの性格を良く知り、そんな脅しにもただ笑うだけだったが、まさに今日その運命の組み分けを迎えるアルバスとローズは緊張した面持ちで沈黙してしまっていた。

 

 

「ロン!──もう、本気じゃないのよ?」

「どこでもいいと思うわ」

 

 

ハーマイオニーとソフィアが沈黙した子どもたちを励ましたが、彼らは微妙な表情で目配せをする。ローズは長年、グリフィンドールの素晴らしさを父であるロンからうるさく言われていたため神妙な表情で頷いていたが、アルバスとリュカはどこの寮であっても二人が離れ離れにならないのなら構わない、と考えていた。──それに、ソフィアとハリーはグリフィンドールだけではなく、レイブンクロー、ハッフルパフ、それにスリザリン。どこの寮でも素晴らしいと子どもたちに言い聞かせていた。

 

 

「そうだ。シリウス見かけてない?もう来てるはずなんだけどなあ」

 

 

ハリーは辺りを見渡すが、出発の準備を始めたホグワーツ特急が吐き出す蒸気がプラットホーム一面に立ち込め靄がかかり、たった一人を見つけ出すのは困難だった。

 

 

「シリウスはいないけど──あ、ほら。ドラコたちがいるわ」

 

 

ソフィアが見つめる辺りをロンは嫌そうに目を細めながら見た。蒸気が一瞬薄れた時、ここから五十メートルほど先に妻と息子を伴ったドラコ・マルフォイが見え、彼は息子に何かを話かけているようだった。

ソフィアたちの視線に気づいたのか、偶然なのか──ドラコはこちらを見ると、素っ気なく頭を下げすぐに顔を背けた。彼の妻であるアストリアはソフィアに向けて微かに微笑みソフィアも手を振りそれに答えた。

 

久しぶりにアストリアの姿を見たが、ドラコから聞いていたよりも体調は良さそうだ。セブルスが彼女専用に調合している薬の効果が出ているのだろう。──それでも、完治する事はないのだと、数年前ドラコが悔しそうに言っていたことを思い出しながら、ソフィアは息子の出発を見送ることができて本当に嬉しそうなアストリアとドラコの横顔を見て少し胸を痛めた。

 

 

「あれがスコーピウスって息子だな。ロージィ、試験は全科目あいつに勝てよ。ありがたいことに、おまえは母さんの頭を受け継いでる」

「ロン、そんなこと言って!学校に行く前から、反目させちゃダメじゃない?」

 

 

ハーマイオニーは厳しさの中に面白さを滲ませながらロンの腕を肘で突き、ロンはすぐに「君の言うとおりだ、ごめん」と素直に謝ったが──ソフィアとハーマイオニーが別の方を向いた時にこっそりとローズに「だけど、あいつとあんまり親しくなるなよ」と我慢できずにもう一言付け加えた。

 

 

「あ、こんなところにいた!」

 

 

バタバタと走り寄る足音と共に、蒸気の向こう側からジェームズが現れソフィア達に駆け寄った。その手はシリウスの腕をしっかりと掴み引っ張り、シリウスは背を曲げよろめきながらも嬉しくて仕方がないというように顔を綻ばせていた。

還暦近いとはいえ、全国を旅して回っているシリウスはかなり足腰がしっかりとしていて無駄な贅肉もついていない。自然なロマンスグレーの髪が、彼の気取らない自然な男らしさを演出しかっこよく魅せている。実年齢よりも若く見えるその眩しい笑顔に、ハリーは「相変わらずハンサムだなぁ」と内心で呟いた。

 

 

「やあ、ハリー!」

「シリウス、元気そうでよかった」

 

 

シリウスはハリーに近寄ると軽くハグをして背をぽんぽんと叩き、ハリーもまた嬉しそうにハグを返す。それを見たジェームズは少しムッとしながらシリウスのローブを引っ張り「ねえ、ねえ!」と必死に自分の存在をアピールした。──シリウスにとってジェームズが特別な存在であるように、またジェームズにとってもシリウスは自身の憧れ的存在でもあるのだ。

 

 

「さっき、テディを見たんだ!シリウスと!」

「テディを?」

「うん、それで何をしてたと思う?ビクトワールにキスしてた!ね?シリウス!」

「ああ、まあな」

 

 

重大発表のように声を張り上げたジェームズだったが、シリウスは苦笑してジェームズの頭をぽんと叩き、ソフィア達は目を瞬かせて沈黙した。

 

 

「あのテディがだよ?テディ・ルーピン!あの、ビクトワールにキスしてたんだ!だから、僕、テディに何してるのって聞いたんだ──」

「まあ!ジェームズ、二人の邪魔をしたの?シリウスも見てたなら止めないと!」

 

 

ソフィア達の反応が思ったようなものではなく、信じられないとばかりに詳しい説明を始めたジェームズだったがすぐにソフィアが怖い顔でジェームズを見て──ジェームズはぴたりと口を閉ざした──シリウスを睨んだ。

 

 

「止めたさ!しかし、私が止めてもジェームズは言うことなんて聞かないだろう?」

 

 

くつくつと楽しげに笑うシリウスを見て、これは間違いなく本気で止めなかっただろうとハリーは思う。むしろ、リーマスの息子がビクトワールにキスしている場面など、ジェームズよりも彼の方が面白がりそうだ。

 

 

「お爺様も来れたらよかったのになぁ」

 

 

シリウスを見ながらリュカがつまらなさそうにぽつりと呟いた。シリウスはリュカの言う「お爺様」が誰だか勿論知っているため、「私の見送りじゃ不満かな?」と寂しそうに首を傾げた。

 

 

「ううん、そういうわけじゃないよ。ただ、会いたかったなあ、って」

「父さんもそう言ったんだけどね」

 

 

残念そうなリュカに、ハリーは苦笑して肩をすくめる。ソフィアとハリーもぜひ見送りに、と声はかけたのだが──祖父であるセブルスが首を縦に振ることはなかった。

 

 

「研究に忙しいんですって。──ああ!そうだわ、これをあなた達に渡してって言われていたの」

 

 

ソフィアは鞄の中を探り、中から小瓶を二本取り出した。リュカとアルバスは不思議そうに綺麗な金色の液体が入った小瓶を受け取り、太陽の光にすかして輝くその美しい色を見た。

 

 

「何これ?」

「うわあ!綺麗だね!」

「入学祝いですって、あなた達のお爺様から」

「……ソフィア、それって──」

 

 

記憶の中に微かにあるその黄金色の薬に、ハリーだけでなくロンとハーマイオニーもやや引き攣った顔でそれを見て呆気に取られた。

 

 

「フェリックス・フェリシスというの。とっても貴重で──少し危険なものだから。使い方はちゃんと調べるのよ?」

「はーい!」

「うん、わかった」

 

 

リュカとアルバスは自分の手のひらにある薬がどれだけ貴重な物で、目が飛び出るほど高価な物なのか全くわからず無造作にローブのポケットの中に入れた。「ああ、そんな適当に……」とハリーはハラハラしながら見守り、つい口を出しそうになったが、ソフィアがそれ以上何も説明しなかったために、言いたいことは全て飲み込む羽目になった。──ポッター家のパワーバランスが垣間見える光景に、ロンとハーマイオニーはチラリと目配せをして肩をすくめる。

 

 

「──さあ、もうすぐ十一時だ。汽車に乗ったほうがいい」

 

 

ハリーは気を取り直しながら成人した時にシリウスから貰った腕時計を見ながら言い、ソフィアはすぐに「ジェームズ」と優しく息子を呼び抱きしめた。

 

 

「また手紙を送るわ。楽しい一年にしてね?悪戯はほどほどにね」

「うーん、まあまあにしておくね」

 

 

ジェームズはぎゅっとソフィアを抱きしめ、背伸びをして頬にキスを送る。ソフィアは名残惜しそうにしながら離し、ジェームズはハリーを、その後にシリウスを軽く抱きしめて急に混み始めた汽車に飛び乗った。

ソフィア達に手を振る姿が見えたのも束の間、ジェームズはすぐに友だちを探しに汽車の通路を駆け出していた。

 

 

「リュカ、寝坊しないように気をつけるのよ?」

「うわー!そうだ、僕、自信ないよ……」

「ルームメイトに頼むのよ?いい?じゃないとあなたは昼まで寝続けるんだから!」

「うん、そうする……」

 

 

ソフィアは同じようにリュカを抱きしめ頬にキスを送った。リュカは唐突に思い出した自分の悪癖に難しい顔をしながらハリーに抱きつき、耳元でこっそりと「ママに言われたのに、爆音目覚まし時計、家に忘れてきちゃった」と囁いた。

 

 

「わかった。今日の夜には送るよ」

「ありがとう、パパ」

「リュカ、ホグワーツは楽しいことがたくさんある。けれど、禁じられた森には近づいちゃだめだよ。いろんな薬草があって興味があるからって、フラフラ行かないこと。時々ポケットの中身を掃除すること。それと……アルバスを頼んだよ」

「うん、わかった──多分ね」

 

 

リュカは悪戯っぽく笑いハリーの頬にキスをしてから離れると、汽車に近づき入り口のそばでアルバスを待った。

 

 

「アルバス、クリスマスに待ってるわ!それと、リュカと同じ寮でも、違う寮でも……きっと素晴らしい、かけがえのない友達ができるわ」

「うん……」

 

 

アルバスはソフィアに抱きしめられ、頬にお別れのキスを送られても浮かない表情で頷く。ゆっくりと離れるとそのままハリーの元へ行き、不安そうに見上げた。

 

 

「それじゃあな、アル。金曜日にハグリッドから夕食に招待されているから、リュカと一緒に行くのを忘れるなよ。それから、ジェームズにからかわれないように」

 

 

ハリーはアルバスを抱きしめながら言い、安心させるために優しく笑いかけた。

 

 

「──僕だけスリザリンだったらどうしよう。リュカはきっとグリフィンドールだ」

 

 

アルバスはハリーにだけ囁く。アルバスにとってそれがどんなに重大で、真剣に恐れているのか──出発間際だからこそ堪えきれずに打ち明けたのだと、ハリーにはよくわかった。

アルバスはリュカと異なり、スリザリンでも良いとは思っていない。やはり両親や兄と同じグリフィンドールにリュカと共に組分けされる事を何よりも願っていた。

 

ハリーはアルバスの顔を少し見上げるような位置にしゃがみ込み、アルバスにだけ聞こえるように優しく囁いた。

 

 

「リュカと離れるのが嫌なのかい?」

「だって……ずっと一緒だったし」

 

 

ソフィアはハリーとアルバスが何か話していることに気づいたが──何も言わず、リュカに「ちゃんとカマルの世話をするのよ?」と彼のペットであるフェネックの顎の下を撫でながら声をかけた。

ハリーはソフィアのさりげない気遣いに感謝しながら目を細め、不安そうなアルバスを慰めるように見た。

 

 

「懐かしいなぁ。母さんと、ルイスおじさんもずっと一緒で初めてホグワーツで別れて、母さんはそりゃあもう、びっくりするほど泣いたんだよ」

「母さんが?」

「そうとも。──それに、アルバス・セブルス。お前はとっても偉大な二人の名をもらっている。一人はグリフィンドールで、一人はよく知っているとおり、スリザリンだろう?もし、離れてしまっても。それがどの寮であっても、素晴らしい生徒を一人獲得したということだ」

「でも、僕──僕、本当は、お爺様怖いから苦手なんだ」

 

 

アルバスはソフィアをちらちらと見て指をもじもじと動かしながら呟く。

その名前にありながら、アルバスはセブルスが出す威圧的な雰囲気が──ハリーからしてみればかなり軽減されたのだが──とても苦手なのだ。

 

 

「それは──実は、父さんもまだ少し苦手だ」

「本当?」

「母さんとシリウスには秘密だよ。すっごくからかうからね。……大丈夫、どこの寮でも構わないけれど、もしアルがグリフィンドールを選びたいのなら、リュカと一緒がいいなら、組み分け帽子に願ってごらん。考慮してくれるさ」

「本当?」

「父さんにはそうしてくれた」

 

 

ハリーは息を呑み目を見張ったアルバスにぱちんとウインクを一つしてから立ち上がり、その背を優しく押した。

紅色の列車の扉があちこちで閉まり始め、アルバスはリュカに「はやく!」と急かされ慌てて飛び乗り、その後ろからソフィアが扉を閉めた。

 

車窓のあちこちから生徒たちが身を乗り出し、家族たちと最後の別れをして手を振る。ソフィアとハリーは寄り添いながら微笑み、息子たちに向かって手を振った。

 

 

「ママ、絶対手紙を送ってね!」

「ええ、リュカ、アルバス──いってらっしゃい!」

「怪我をしないようにな」

 

 

汽車がついに動き出し、ハリーとソフィアは興奮と不安で揺れているアルバスとリュカの顔をじっと見ながらその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

蒸気の最後の名残が秋の空に消えていき、列車が最後の角を曲がってもハリーはまだ手を挙げて別れを告げていた。──ジェームズの時にも感じたが、子どもたちの旅立ちを見送る時は、なんだか生き別れになるような物寂しさと切なさを感じてしまう。

 

 

「大丈夫よ、ハリー。……だって、私とあなたの子どもだもの」

 

 

ソフィアはハリーを見上げ、にっこりと微笑む。

ハリーは目を細めて笑い、ソフィアに軽くキスをしてその肩を引き寄せた。

 

 

「ああ、そうだね」

 

 

ハリーは無意識のうちに額の稲妻型の傷痕に触れていた。

 

 

「大丈夫だとも」

 

 

この十九年間、一度も傷痕は痛まず──全てが平和だった。

 

 

 






スネイプ家の双子──完


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あとがき

 

 

 

全465話。2022年1月から2023年10月まで。一年と十ヶ月の連載でした!

書き始め当初はせいぜい150話くらいで終わるかなーと軽い気持ちで原作沿いを始めたのですが、賢者の石だけで50話近くになり、「あ、無理だな」と思いました。

飽き性で、他に書きたいネタが浮かべばそっちばかり書いてしまったり、意欲がなくなったりしがちな人間ですので、完結は無理かなと思ったりもしましたが……なんとか完結できました。これもいつも読んでくださる皆様のおかげです。コメントや評価、いつも励まされておりました。誤字報告も本当にありがとうございます!

できるだけ原作のキャラの性格を変えず、原作の細かいところも表現しようと思いましたが難しかった…。

 

セブルス・スネイプの生存が見たい

男女の双子が好き

 

という思いから書き始め、当初は親世代でセブルス相手にしようかなーと思っていたのですが。今は非公開にしている作品がすでに親世代で、内容がかぶるなぁと思い子世代に。

そうなるとセブルスの子ども…?となり、子どもなら母親は?リリー以上に彼が愛する存在であり、リリー以上のインパクト……それでいて原作の流れを変えない…となると、リリーも双子にしよ!と安易な気持ちで決めました。

当初はプロットも流れも、ソフィアとルイスのお相手も誰を生かすかも考えずに始め、5巻あたりでようやく流れを決めたりなんやかんやしました。

ソフィアもルイスも環境が特殊で達観し大人びている子ども。それでも家族に対しては子どもらしかったり年相応だったり。

ハリポタのテーマである愛を一本に書き切りました!

 

シリウスを生かすかどうか悩みましたが、最終戦で彼は生き残りそうだなぁと思い生存。

リーマスとトンクスも悩みましたが、原作者様の戦前から離れたゆえに死亡した。それはそのまま残しました。フレッドもそのまま。戦争の悲惨さを出すには必要かなぁと。

ジャックは最後まで悩みましたが、スネイプ家側だけが幸せになるのもなぁと思い死亡。ソフィアもルイスもセブルスも、彼の死に目にはあえませんでした。誰を守り死亡したのかはご想像にお任せします。

 

 

家族が幸せならそれでいい。そんな世界で生きていたソフィアとルイスにそれぞれ大切な人ができ、護りたいと心から思いがむしゃらに戦っていく。

このお話が、少しでも読んでくださった誰かの記憶に残っていれば、すごく嬉しいです!

 

 

この後は気まぐれに短編をぽつぽつ書いていきたいな、と思ってます。

セブルスのその後とか、ハリーとソフィアの結婚式とか、その他諸々とか。

 

 

改めまして、本当にこんなに長いお話を読んでくださりありがとうございました!

 

 

 



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