ゴブリンスレイヤー ~魂を継ぐ者~ (ウォルナット)
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第1章 旅立ちの冒険者たち
旅立ちの日、始まりの日



第1章 開幕


 

 

 

 旅立ちの日の朝、夢を見た。

 

 見たことも聞いたこともないはずなのに、どこか懐かしく慣れ親しんだような世界を巡る夢。

 

 忘れられたような最果ての牢獄を脱出した。

 

 亡者蔓延る朽ち果て滅びた街を駆け抜けた。

 

 この世の穢れの掃き溜めのような地の底に築かれた呪われた村を探索した。

 

 侵入者を拒む数多の罠を張り巡らされた古城を攻略した。

 

 荘厳で巨大な捨てられた神々の都を巡った。

 

 溶岩に沈む都市に巣食う悍ましき蟲を駆逐し、水晶に覆われた谷を住処とするウロコ持たぬドラゴンを討伐し、大墳墓の最奥にて眠る死者を統べる者を葬り、光差さぬ深淵に封じられた4人の怪人を滅ぼし、

 

 灰の降り積もる始まりの地の最奥にて待つ古き王を殺す。

 

 そんな、いつもの夢。

 

 

 

 おれはこの夢を子供の頃から幾度となく見続けてきた。

 初めて見たのは旅の吟遊詩人が村に訪れた日。一宿の恩として村の集会所で英雄譚を語ってくれた日の夜のことだったと思う。

 英雄譚を聞き、興奮しながら眠りについたはずなのに気付くと牢獄に囚われていたことにひどく驚いたことを覚えている。

 

 夢の中のおれは大人の姿をしていた。着古したような革鎧を着て、折れた直剣を片手に持って牢の一室に囚われていた。

 しばらく呆然としていたら突然上から人の死体が降ってきた。なんだと思って上を見ると騎士がこちらを見下ろしていた。彼はこちらを見下ろしてからそのまま去っていった。

 死体を調べてみると鍵がついていたのでそれを使い牢の外に出た。ここはどこなのか調べるためあちこち見てみることにした。途中あちらこちらで骨と皮しかないような人、亡者とでも呼ぶべき奴らがいた。そいつらに見つからないように刺激しないようにしながら歩くと、大きな鉄扉で閉じられた広間に出た。そこで奴に出くわした。

 

 醜く肥え太った悪魔(デーモン)とでも言うべき巨大な異形の怪物(モンスター)

 

 奴はその巨体に見合った巨大な槌を携えており、それをこちらに躊躇なく振り下ろしてきた。

 こちらには革鎧と折れた剣しかない、これはたまらんと逃げ回っていると広間の隅に人は通れるけど奴は入れないような通路があるのに気づきそこに飛び込んだ。ひとまず一息つきながらさてどうするか考えるもなにも浮かばずとりあえず探索を続けることにした。途中で誰かが使っていたのか打ち捨てられていた鉄の長剣(ロングソード)と鉄の盾を拾い、襲い来る亡者を撃退しながら先へと進んだ。

 しばらく探していると牢の一室にあの騎士がいることに気が付き彼のもとへと駆け出した。彼は屋根から落ちたのか瓦礫の上に倒れていた。

 特に知識のない自分でも瀕死だとわかる状態で、彼も自らの死を悟っていたのか近づいてきたおれに話しかけてきた。

 

 曰く、自らが背負う使命を代わりに全うしてほしいと。

 

 死にゆく者から使命を受け継ぐ。まるで英雄譚の序章のように思ったものだ。

 ならば英雄らしく悪しき者を打倒しようと手始めにあの悪魔(デーモン)を打倒せんと挑みそして、

 

 あっけなくその手に持った巨大な槌に叩き潰されて、死んだ。

 

 

 

 ……さすがに飛び起きた。悪い夢だと思って忘れることにした。

 しかし忘れることは許されなかった。次の日もその次の日も同じ夢を見たのだ。違うことといえば鉄扉の前の、何故か剣が突き立てられ何かの骨を燃料にした焚き火の前で目を覚ますようになったというところか。

 死ぬのが嫌で、焚き火の前で目覚めを待ったこともあった。しかしいつまでたっても目覚めは訪れずしかたなく再び悪魔(デーモン)に挑みかかり死んだりもした。

 日に日にやつれていくおれを心配した家族や幼馴染に問い詰められたこともあったがこんな夢を見ているなんて相談もできなかった。

 それでもこのままじゃ埒が明かないと柄にもなく頭を使い考えを巡らせ少しずつ戦えるようになっていき、ついに死闘の上に打ち倒すことに成功した。

 その後は牢獄を脱出した後、何故か大ガラスに連れ去られたところで目を覚ました。あまりの嬉しさに喜びの声を上げて家族に怒られたものだ。

 

 それからはしばらくその夢を見なくなったがふとした折にまた夢を見るようになった。まるで思い出せというように。

 夢を見るようになる条件は正確にはよくわからないが冒険や戦いの話に胸躍らせた日の夜から見始めているような気がする。まるで忘れるなというように。

 

 今日は滅びた街の奥にある鐘楼を目指す途中、数多の亡者が屯する場所を通り抜けようとして失敗し滅多切りにされて死んだ。

 …雑魚と侮るな。数の暴力を畏れよということだろうか。

 

 

「ちょっとー! まだ準備できないのー?」

 

 幼馴染が呼んでいる。準備はできているがもう一度確認しておこう。

 

 街で買い物をするために貯めた金の入った袋。

 

 一応という感じで作った自作の武具である棍棒(クラブ)と盾と弓矢。

 

 

 

 準備はできた。さあ旅立とう。

 

 今日からおれも冒険者だ。




手製の武具

戦士が木材を加工して自作した武具。
使えないことはないが、あてになるものでは決してない。
できるだけ早急に装備を更新した方がいいだろう。


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準備は冒険の始まり

革鎧

なめし革を重ね鎧の形に整えたもの。
防御力はあまり期待できないが軽い剣やナイフくらいの攻撃は防ぐことができる。
初めての冒険の強い味方となってくれるだろう。





 そこには多種多様な武器や防具が所狭しと並べられていた。

 部屋の隅の方には木箱や樽が置かれその中に数打ちの長剣や、木の柄に穂先を付けただけの槍が無造作に置かれている。かと思えば業物の大剣や斧槍のような大型武器が壁掛けに飾られ店の威容を彩っている。他にも各種鎧や盾の類がトルソーや棚に飾られ店を賑やかにしていた。

 夢の中で数多くの武器や防具を見てきたとはいえ、こうもたくさんの武具があると心躍るというものだ。

 

 だから、

 

「一番いいのを頼む!」

「寝言は寝て言えクソガキ」

 

 そんなことを言ってしまったのも仕方のないことだと思う。

 

 

 

「すみませんでした……」

 

 ここは冒険者ギルドに併設された工房。おれはそこで恐縮といった感じで謝っていた。

 

「ふん……それで、なにが欲しいんだ? 剣が欲しいならそっち。槍ならそこだ」

 

 親方然とした店主が話しかけてくる。おそらく新人といえば武器を買いに来るというのが定番なのだろう。いかにも数打ちといった剣や槍の置き場を案内してきた。

 

「いや、おれは防具を買いに来たんだ」

 

 しかしおれは防具を買いに来たのだ。

 

 夢の中で戦いを重ねるうちに行きついた考えがある。すなわち、護りこそ肝要なのだと。

 

「あん? なんだ鉄の胸当てでも買いに来たのか?」

 

 店主がおざなりに、それでいてどこか試すように聞いてくる。

 

「そいつも悪くないがまずは全身を守れるようになりたいところだな」

「……続けな」

 

 どうやら要望を聞いてもらえるようだ。なら相談してみよう。

 

「強力な攻撃で素早く敵を倒すってのも手だけど必ずできるもんでもないだろ? それより防具を整えてできるだけ安全を確保してから削って仕留めるほうが確実だろ。特に手足の防具は重要だな。足を傷つけられて動けなくなれば遠からず殺される。手を傷つけられれば武器が持てなくて戦えなくなってやっぱり殺される」

 

 おれの考えを告げる。しばしこちらを見定めるように黙っていた店主はそれを聞いた後口を開いた。

 

「……素人にしちゃあ悪くねえ考えだ。それで? おめえはどれだけ持ってんだ」

「持ってる?」

「金だよ金。おめえがいくら高尚な考えを持っていようがそれがなきゃ売らねえぞ」

「あ、ああ。これだ」

 

 自宅から持ってきた金の入った袋をカウンターに置く。それを店主が検めながら聞いてきた。

 

「そういやおめえ武器はどうすんだ?」

 

 武器か。できればほしいと思ってはいるがとりあえず、

 

「できれば剣が欲しいとは思ってるけど、最悪こいつらでどうにかするつもりだ」

 

 と腰に吊るした棍棒と背負った盾、それと弓矢を示す。

 

「なんだそりゃ? 木製の棍棒(クラブ)と盾と弓? 随分と出来が悪いな」

「まあ所詮素人の作ったもんだしな」

「あん? なんだおめえが作ったのか?」

「ああ。もしかしたら金が足りないかもと思ってね。こんな盾でも強敵相手でもなけりゃ役に立つだろうし、先手を取れれば弓で奇襲できる。棍棒(クラブ)はまあ……殴って死なない奴は少ないってことで」

「ふん……まあいい。数えてみたがな、これっぽちじゃおめえの願いのすべては叶えられんな」

 

 やっぱりか。さてどうするか……

 

「……どこまでだったらできる?」

「そうさな……革鎧(レザーアーマー)だったら一式用意できるが剣までは届かん。鎧の胴部分を諦めるなら剣も買えるってところか。どうするね?」

 

 ふむ…そういうことなら。

 

「……防御優先でお願いします」

「ようし! 商談成立だ!」

 

 そういうことでおれは防具を手に入れたのだった。

 

 

 

「待ちな」

 

 買った鎧の調整してもらったり、金がなくて買えないながらも兜や冒険者セットの購入を勧められたりしてからしばらくし、用事も終わり店を出ようとした時に店主に呼び止められた。

 

「こいつを持ってけ」

 

 そう言って店主は何かを差し出してくる。

 

「親方!? そいつは……」

 

 店の奥で作業をしていた丁稚奉公の青年が焦ったような声を上げた。釣られるように店主が差し出してきたものを見る。

 ナイフだ。

 

「こいつはこのあいだ物は試しってことでこいつに打たせてみた物だが、まあ使い物にならねえものが出来上がってな。溶かすか捨てるかってところだったんだが、おめえ使ってみねえか」

「え、でも……」

「使ってみてこいつに教えてやれよ。使い物にならねえってな」

 

 ……少しは認めてもらえたんだろうか。

 

「ありがとうございます……」

「こいつにてめえの作ったものは使い物にならねえって教えてやれって言ってんだ。礼なんかいらねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴブリン退治に行くわよ!」

 

 貰ったナイフを布で包み腰に吊るしながらギルドに戻ってくるといきなりそんなことを言われた。

 武闘家らしく動きやすそうな胴着に身を包んだ少女、幼馴染の女武闘家だ。

 

「……なんだって?」

「だからゴブリン退治に行くわよ! 依頼人さんの娘さんが攫われたんですって! 早く行きましょ!!」

「……あーわかった。わかったからまずは後ろの娘たちの紹介をしてくれないか」

 

 とりあえず話を打ち切り幼馴染の後ろにいる見知らぬ娘たちの紹介をしてくれるよう頼む。

 

「そういう時は自分から名乗るべきじゃないかしら?」

 

 そう言ってきたのはいかにも魔術師といった風情の少女。ローブを着てとんがり帽子をかぶり、杖を携えている。

 メガネをかけ落ち着いた雰囲気ながら勝ち気も見える自信家といった感じだ。

 

「あ、あの、わたしは地母神様の神官です! よろしくお願いします!」

 

 そう言ってきたのはこちらもいかにも神官といった風情の少女。神官服というのだろうか。白と青を基調とし、所々に装飾の入った服を着て錫杖を持っている。

 こっちは対照的におどおどとして緊張を隠し切れない弱気さを感じる。こんな娘が冒険者になろうとするとはちょっと意外だな。

 

「おっとこりゃ失礼。おれはこいつの幼馴染の戦士だ。よろしく」

「私は魔術師よ。……あなたほんとに戦士なの? 剣の一本も持ってないみたいだけど」

 

 彼女の言葉もごもっともなんだろうな。

 なにせおれの今の恰好ときたら、買って装備してきた地味な革鎧(レザーアーマー)に左手に木の板を組み合わせただけの盾。木の枝を削っただけのような棍棒(クラブ)を腰に吊ってるだけ。

 強いて言うなら腰に布で巻いたナイフを吊ってあるといった風体だ。

 

「あんた何しに行ってたのよ。なんで武器買ってこなかったのよ?」

「金がねーんだ。防具だけで限界だったんだよ。まあ棍棒(こいつ)もあるしお前だっているんだ何とかなるだろ」

「……もう! まあいいわ。それじゃ、行きましょ」

 

 そんなこんなでおれたちの初めての冒険が始まるのだった。

 

 

 

 

「……」

 

 出かける時妙に不安げな感じで見てくる受付嬢の様子が気になったが。




未熟のナイフ

丁稚奉公の青年が打ったとされるナイフ。
一応刃物としての機能はあるがあまり頑丈さはない。
大きな期待はしない方がいいだろう。



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一寸先の闇

 穏やかな風が新緑の香りを運び街道に流れ込み鼻孔をくすぐっていく。青空にはまばらに雲が浮かび太陽が柔らかな陽気を産み出していた。おれたちは今そんな街道を歩いている。

 

「そういえばみんなはどうして冒険者になったんだ?」

 

 依頼のあった場所に向かう道中そんな話になった。

 

「そういうあなたはどうなのかしら?」

 

 女魔術師がそう聞き返してくる。

 

「おれか? おれはそう面白い話じゃないぞ。おれは農家の次男だからな。継げる土地も家もない。家族に迷惑かけないために何かで稼がなきゃならない。その手段として冒険者を選んだだけだ。そっちは?」

 

 おれの事情を話し、他の奴に話を振る。

 

「私は……私も別に面白い話じゃないわ。せっかく魔術を学んだのだもの。それを生かしたかっただけよ」

 

 女魔術師はどこか歯切れが悪そうにそう答えた。

 

「わ、わたしは地母神様の教えをわたしなりに守りたくて冒険者になりました」

「地母神様の教え?」

「はい。『守り、癒やし、救え』それが地母神様の教えになります。わたしは神殿育ちでして、昔から怪我をされた冒険者の方を何人も見てきました。地母神様から奇跡も授かりましたしそういった方たちの助けになれればと」

 

 女神官から思いのほかしっかりした理由が返ってきた。自信なさげだと思ってたけど案外芯は強いのかもしれない。

 

「へぇ……そういやおまえはなんで冒険者になろうと思ったんだ?」

 

 そう幼馴染にも水を向ける。思えばこいつが冒険者になろうと思った経緯なんかは聞いたことがない。

 

「あ、あたし!? あたしはー……べ、別に何でもいいじゃない!」

「なんだよ理由くらいいいだろ」

「えーと、その……そう! あたしもせっかくお父さんに武術を学んだんだからそれを活かしたかっただけよ!」

 

 妙に挙動不審になった。どもりながら明らかに今考えましたといった理由を言ってくる。さっきからこっちをチラチラ見てくるが何かおかしなことを言っただろうか。

 

「へえー……」

 

 女魔術師がどこか得心のいった声を漏らす。

 

「な、なによ!?」

「べっつにー?」

「なんなのよ!?」

「え!? もしかしてそういうことなんですか!?」

「ち、違うわよ! あたしは別にそんなんじゃ……」

 

 突然騒がしく……いや姦しくなる。女には通じるものがあるのか女神官も何かに感づいたようだ。女の勘という奴だろうか。

 とりあえず言えることはおれが口を挟める状態じゃなくなったということだけだ。

 

 その後は女性陣は打ち解けたのかずっと喋り続け、逆におれは喋る相手がいなくなったのでだんまりを決め込みながら春の陽気に包まれた街道を歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ここ?」

 

 それからしばらくののち街道から少し外れたところにある森の中にあるゴブリンたちが根城にしているという洞窟にたどり着いた。洞窟の入り口の横にはできの悪いカカシのようなものが立っているのを見て嫌な予感がよぎるのを感じる。

 

「ええそうよ。じゃあ行きましょうか」

「いやちょっと待ってくれ」

 

 カバンから松明を取り出している女魔術師に待ったをかける。考えろ。何に引っかかったんだ? 

 

「なによ?」

「いや……」

 

 考えろ。()()()()()()()

 おれたちは冒険者としての依頼としてここにきた。その目的は攫われた依頼人の娘を助け出すこと。敵はゴブリン……ゴブリン? 

「……なあ、依頼の内容を改めて教えてもらえるか」

「はあ? 今更何言ってんのよ。もしかしてビビってんの?」

 

 女魔術師が不審げに聞いてくる。だがここで引くわけにはいかない。

 

「頼む」

 

 女魔術師はしばし訝し気にしたあと話し出した。

 

「……はあ。ここの近くにある農村から娘が攫われたそうよ」

 

 考えろ。ゴブリンたちはどうやって娘を攫ったんだ? 

 

「前にも農作物が盗まれる被害は出てたらしいわ」

 

 考えろ。被害は以前から出ていた。どうして今になって依頼をしてきた? 

 

「それで今回娘と家畜が攫われるという被害が出たということで依頼しに来たということらしいわ。これでいい?」

 

 考えろ。ゴブリンは最弱級の怪物(モンスター)只人(ヒューム)の子供程度の力しかなく、それこそ農民でも殺せる程度の強さしかない。そんなやつらが抵抗したであろう女を攫い、村の他の人たちが助け出すこともせず、わざわざ冒険者に金をかけて依頼してくる理由はなんだ? 

 冒険者ギルドを出る時に見た受付嬢の不安げな表情が頭によぎる。もしかしたらおれたちにまかせるのは危険だと思っていたんじゃないのか? 

 何がそんなに危険だと思ったんだ? 敵の強さか? いやゴブリン相手にそんなふうに思われるとは思えない。

 じゃあ強敵がいる? いやそんなことがわかってるなら白磁のおれたちに受けられるような依頼にはならないだろう。なら……数か? 

 

 それこそ女を攫い、村人の抵抗を跳ね返し、さらに自力での救出を諦めるくらいの数がいるんじゃないのか? 

 

 それに、

 

「洞窟か……」

 

 それなら納得も行く。そしてそれがわかるとともに顔が強張ることも感じる。

 

「なによ!? さっきから何なのよ!?」

 

 女魔術師はさっきからのおれの対応にかなり苛立ちを感じているようだ。だがここを疎かにするわけにはいかない。認識を共有しよう。

 

「たぶん今回の依頼はただのゴブリン退治じゃないってことだよ」

「あ、あの! どういうことなんですか?」

 

 さすがに険悪になってきたことを感じたのか、なおも言い募ろうとする女魔術師を遮るように女神官が口を挟んできた。

 

「今回の依頼、ゴブリンに娘が攫われたから助け出してくれって依頼だろう? どうやって攫ったんだと思ってな」

「えっと……?」

「ああえっと……そうだな。神官さんはこいつを一人で持ち上げられるか?」 

 

 そう幼馴染を指しながら女神官に尋ねる。話についていけないのか幼馴染はキョトンとしている。

 

「え? その……たぶん無理です」

 

 予想通りの答えを女神官が返してくる。

 

「だろう? 攫おうとするなら抵抗するだろうからなおのこと一人で連れ去るのは難しいだろうな。ましてやゴブリンだ。奴らはおれたち只人(ヒューム)の子供くらいの体格しか持たないのは知ってるだろ? 難しくないか?」

「ああ……そういうことですか」

「じゃあどうしたのか。おそらく攫えるだけの数がいたんだ。ざっと考えて抵抗する娘攫うのに引き摺って行くにせよ持ち上げて行くにせよ3か4匹くらいは必要だろう。またそんなことしてたら他の村人が救出しようとするだろうに助け出せてない。たぶん護衛役もそれなりにいたんだろう。そう考えると少なく見積もって10匹くらい。多けりゃ20とか30とかいたんじゃないか?」

 

 女神官はそれを聞いて顔色を悪くする。

 

「だからなんだっていうのよ!! 所詮ゴブリンなのよ!? 何匹いたって同じでしょ!?」

 

 女魔術師はなおも気炎を揚げる。

 

「ゴブリン……というか数の力を甘く見るなってことだよ」

「なにそれ? 数の力?」

 

 幼馴染もようやく話についてこれたのか口を挟んできた。

 

「単純に数が多いほうが有利って話だよ」

「そりゃそうかもしれないけど……」

 

 どうも幼馴染もゴブリンごときと思っているようだ。おれ達前衛は一番被害が出やすいってのに。

 

「敵の数が多いってことは……こういうことがおきやすいってことだ!」

 

 そんなことを言いながら少し立ち位置を調節する。ちょうど女神官と女魔術師とおれで幼馴染を取り囲むように。そして武器を抜き構える。

 

「な、なにすんのよ!」

 

 それを受け幼馴染も構える。突然の仲間が凶行に及ぼうとすれば当然だろう。ちょうどいい。

 

「おまえこの状態でいつも通りに戦えるか? 前に敵がいて後ろにも敵がいる。今おれに対応しようとしてる状態で後ろの二人に攻められたら対応できるか? 仮に対応できたとしてさらにおれが襲い掛かったらどうだ?」

「あ……」

 

 ここに至ってようやく状況が想像できたのか間の抜けた表情を浮かべた。

 

「ようやくピンと来たか。まあこんな感じに取り囲まれた状態じゃなくても前に2匹並んでるだけでも左右からの同時攻撃とか時間差攻撃がおこるからな。数が多いってのはそれだけで脅威だってことだ。敵はご丁寧に1匹ずつ襲い掛かってきてくれるわけじゃないんだからな」

「……」

 

 幼馴染も武闘家として前衛に出る身としていざそういう状況になった際の対応の難しさに気付き顔を顰める。

 

「それに問題は敵だけじゃない」

「まだ何かあるっていうの?」

 

 女魔術師も状況の悪さを認識しつつもまだ納得できないといった表情を浮かべている。こういっちゃなんだが頑なすぎないか? 

 

「場所が悪いんだ。この洞窟、入り口の大きさから考えるにあんま大きな洞窟って感じじゃないだろ。地面もすごしなれた平地じゃない。おれたちが満足に動けなくて攻撃にしろ防御にしろうまくできない可能性がある。それにこっから中が見通せるか? 見えないだろ。魔術師さんが松明を用意してるから辛うじて見えるかもしれないけど視界の確保はいつも通りとはいかない」

 

「……」

 

「逆にゴブリンどもにとっては根城にしてるここは慣れ親しんだホームグラウンドって感じだろ。やつらは夜目が効くらしいからこの洞窟の中で不自由するってこともないと思う」

 

「……」

 

「つまりおれたちはどれくらいいるかわからない、どこから来るかもわからないやつらを戦い慣れない場所で相手取らなければならないわけだ」

 

「……」

 

 

 

 そこまで言ってまとめるように言う。

 

「気を引き締めよう。死ねば終わりなんだから」

 



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闇からの洗礼

松明

明かりとして使うために手で持てるようにした木切れ。
長い棒などに松脂などを染み込ませた布などを巻きつけたもの。
あまり強い光は生み出せないが、それでも闇を見通せぬものにとっては心強い味方となるだろう。




 

 

 パチパチリと火をつけた松明が爆ぜる音がする。コツリコツリと足音が洞窟に響く。

 ここまでくる道中とは裏腹に誰も口を開かず、慎重な足取りで洞窟を進む。

 

「……松明の火ってのも案外バカにしたもんじゃないな」

 

 意外と遠くまで見える松明の光に関心したおれのそんな言葉にも誰もなんの反応を示さない。そのことに気まずい思いをしつつ、改めて気を入れなおすのだった。

 

 

 

 おれたちはあの後できる限りの打ち合わせをしてから洞窟へと乗り込んだ。

 おれが先頭に立ち松明を掲げ、その後ろに女神官、女魔術師が続く。3人で縦に並びできるだけ壁沿いに進む。幼馴染は女神官の横に広がるような位置に配置した。

 壁に沿うことにより壁側からの奇襲を防ぎ、前方から敵が現れたらはおれが壁役となって戦線を構築する。もし側面から襲撃されるにしても幼馴染に一時的に対処してもらい時間を稼ぎ、その間に態勢を立て直すようにする。

 そんな意図のある隊列だ。

 

 しばらく黙々と歩くと奥の方に人影が見えた気がして腕を広げみんなを制止する。さらに奥を照らせるようにと松明を突き出してみる。

 

「……ふう、違ったか」

 

 人影の正体は洞窟の入り口にもあったできの悪いカカシだった。

 

「入り口にもあったよな。なんなんだこれ?」

「……知らないわよ」

 

 女魔術師が不服げに返してくる。まだ入り口での問答が納得できてないようだ。大丈夫かこの人。

 考えていても仕方ないと更に進むためにみんなに声を掛けようとした時、逆側の壁から何か音が聞こえた気がした。

 

「あの、今何か……」

 

 女神官も聞こえたのか不安げな声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

 幼馴染は聞こえなかったのか女神官さんに問いかけている。

 おれはそれに取り合わず音が聞こえた方、逆側の壁に松明を向ける。一見特に変哲のないただの岩壁に見えるが……? 

 

「あ……!」

 

 女魔術師が何かに気付いたように声を上げる。

 

「どうした?」

「横穴が……」

 

 その言葉を聞いた瞬間逆側の壁の方に向かい松明を向ける。確かに言うとおりに横穴が開いている。

 横穴の奥、闇の中に今度こそ蠢く人影が見えた。

 

「何かいるぞ!」

 

 打ち合わせ通り松明を地面に放り武器を抜き構える。仲間たちもそれぞれ戦闘準備を済ませ待ち構える準備ができた。

 闇の中から観念したかのように人影の正体が現れる。

 只人(ヒューム)の子供のような体躯、緑色の肌、そして欲望に歪む醜悪な表情を浮かべる者。

 

「ゴブリン……!!」

 

 誰ともなく敵の正体を口にする。

 

 ゴブリン。祈らぬ者(ノンプレイヤーキャラクター)。最弱級の怪物(モンスター)の姿がそこにあった。

 見える限り4匹いる。

 そいつらはこちらに襲い掛かってくる。統率の取れてないバラバラな動きだがそれがむしろ厄介だ。

 

「行くぞ!」

「うん!」

 

 幼馴染に声を掛け共に前に出る。うまいこと2匹づつ引き付けることに成功し戦線を構築した。

 後は確実に始末を……!! 

 

 その時更に闇の中から蠢く影が1つ新たに現れる。そいつはおれたちの間を通り抜けていく。

 

「すまん! 1匹抜けた!!」

 

 

 

「えい! 近づかないでください!」

 

 打ち合わせ通り後衛に向かってきたゴブリンを女神官が手に持つ錫杖を振り回すことによって押し留めているのを横目に魔法を詠唱する。

 

「≪サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)≫!」

 

 世界を改竄(かいざん)する真に力ある言葉が(ほどばし)り、生み出された拳大の柘榴石から赤々とした≪火矢(ファイアボルト)≫が放たれる。

 私の放った魔法は女神官により押し留められたゴブリンに見事命中。焼き尽くし殺すことに成功した。

 

 自分が上げた戦果を見遣り口角が上がるのを感じる。

 

(やった! やれる! 私の魔法は通用する! なによこんなやつら、所詮ゴブリンじゃない!! この調子で……)

 

 そんなことを思いながら見下ろしていた殺したゴブリン(戦果)から目を上げ、気付く。

 

(この調子で……どうするつもりだったの……?)

 

 仲間たちが戦っている。女武闘家の方に2匹。攻撃が激しいのか回避に専念して攻撃ができていない。戦士の方はいつの間に1匹倒したのか残り1匹を相手取っている。これで4匹。私が殺した分を合わせて5匹。

 戦士の言葉を信じるなら少なく見積もって後5匹、最大数はわからないけどこれで終わりってことはない。

 

 それに対して私ができるのは魔法をあと1回使えるだけ。ゴブリンを1匹焼き殺せるだけ。

 私はこれでどうやって戦うつもりだったんだ? 

 

 頭に血が上り顔が赤くなるのを感じる。それと共に今までの振る舞いが頭によぎる。

 

 冒険者ギルドでゴブリン相手に怖がる女神官に呆れ、戦士のみすぼらしい装備を見て内心嘲った。

 

 洞窟の前の問答、戦士の言い分に苛立ち怒鳴りつけた。戦士が考えられたように情報はあったはずなのになにも考えようとしなかった。

 

 洞窟に入ってからも自分の考えが通らなかったことに不貞腐れ、あのできの悪いカカシを疑問に思った戦士の言葉にもまともに取り合おうとしなかった。

 

 他人を自分勝手な評価で見下し、賢者の学院を卒業しながら知恵者として考えることもせず、自分の考えを聞き入れてくれてもらえなかったからと言って不貞腐れた。

 

 これが学園で才女と謳われた女の在るべき姿か? 

 

「奥の方! 横道じゃない方から3匹来ます!」

「サンキュー!」

 

 顔が下がりそうになったのを女神官と戦士のやり取りを聞いて止める。

 横目で女神官を見ると不安げな表情はそのままだが、目だけは真剣な色を帯びて状況を見据えているのが見えた。

 

 そうだ、戦いはまだ終わっていない。

 私にもまだできることがある。ゴブリンを1匹焼き殺すことができる。

 

 反省も後悔も後だ。私にできることを考えるんだ。

 

 そうして戦況を見極めるために私も前を見据えるのだった。

 

 

 

(よし、後ろも何とかなったみたいだな)

 

 1匹通した時にはどうなるかと思ったが女魔術師がなんとかしてくれたみたいだ。

 

(神官さんが言うには横道じゃない方から3匹来る。あいつの方は攻撃に転じれてないみたいだ。だったら……!) 

 

「せいっ!」

「GOB!?」

 

 おれの方に残っていたゴブリンを幼馴染の方のゴブリン目掛けて殴り飛ばす! 

 さすがに突然お仲間が飛んでくるとは思ってなかったのか、幼馴染の方のゴブリンが動きを止めた。

 その隙を突き幼馴染が相手取っていたゴブリンを始末する。おれもぶっ飛ばしたゴブリンにトドメを刺した。

 

「よし、一回引いて態勢を……」

 

 立て直そう。そう言おうとした時。

 

「やあああ!!」

 

 幼馴染が向かってくるゴブリンに襲い掛かった。

 

「あ、おいバカ!」

 

 まるで焦ったかのように飛び出していく幼馴染に思わず意味のない声を掛ける。

 

(クソッ! おれも援護に……いや後衛をほったらかしにするわけにも……)

 

 対処に迷い動きを止めたおれに対し、

 

「行って!」

 

 と鋭い声が掛かる。声のした方、後ろを見ると女魔術師がこちらを見ていた。

 

「行ってあげて! 私たちの方はなんとかする! なにかあっても時間くらい稼いで見せるから!」

 

 そう言う女魔術師は今までの不貞腐れたな感じじゃない、どこか真剣味を帯びた瞳をしていた。

 

 だから

 

「……頼んだ!」

 

 頼ることにした。()()()()()()

 

「……ええ!」

 

 その声を背に受け幼馴染の元に駆け出したのだった。

 

 

 

「てりゃあ!」

 

 幼馴染の元に駆け付けた時、もう戦闘が終わろうとしていた。数が勝る相手に単騎で突っ込んだのがよかったのか敵が浮足立ってかえって攻撃の機会を得られたのかもしれない。松明の光がギリギリ届くくらいの位置なので見えづらいが、ちょうど最後の一体に強烈な蹴りを叩きこんでいるところだった。

 

「どうよ!」

 

 トドメを刺してから近づいてきたおれに気付いたのか、振り向いて自信ありげにそんなことを言ってきた。

 そんな幼馴染の姿を見て安堵とも呆れともつかない息を吐く。

 気を取り直し、幼馴染を咎める声を掛けようとして息を吸った時、

 

 濃い獣臭を嗅いだ気がした。

 

「っ! 後ろだ!!」

 

 いつからいたのだろう。見上げるほどの人影が幼馴染の傍に立っていた。

 

「え? ひっ!」

 

 人影は拳を振り上げるような動作をする。おれの声に反応して振り向いて攻撃されそうだと気付いた幼馴染は咄嗟に回避をした。いや回避というか足を縺れさせて後ろに倒れたと見るべきか。いずれにせよその場を離れたことで攻撃を食らうことは免れたようだ。

 

 だが

 

(あれじゃ動けない!)

 

 完全に尻餅をついている状態では咄嗟に動けない。

 

 攻撃をしたことにより僅かに光に近づいたせいだろうか。人影の姿がわかるようになった。

 

 普通のゴブリンと同じ緑色の肌、そして普通のゴブリンとは似つかない見上げるほどの巨体を持ったデカブツ。こいつもゴブリンなのだろうか。

 そいつも幼馴染が咄嗟に動けないのがわかったのだろうか。ニタリといやらしく口角を上げ再び拳を振り上げた。

 

(やばい!)

 

 どうする? あいつらとは少し距離があるから庇えない。なら一応持ち込んでた弓で……ダメだ、俺の腕じゃ間に合わない。だったら! 

 

「これで! どうだ!!」

 

 持っていた武器(クラブ)をぶん投げる! 

 投擲なんてやったことないが少しでも気が引ければいい! そんな気持ちでやってみたが、見事に肩あたりに当たり怯ませることに成功した。

 

「大丈夫か!」

 

 ほんのわずかに生まれた猶予で幼馴染の傍までたどり着き声を掛ける。

 

「あ、あ……」

 

 幼馴染は死ぬ寸前だったせいだろうか、放心しているような状態だった。たどり着いた時には気付かなかったが、幼馴染の座りこんだ地面には水たまりができていて嗅ぎなれた匂いが漂っている。

 

「GOBUAA!!」

 

 トドメを刺せる寸前に邪魔されたせいかデカブツが怒り狂っていた。再び拳を振り上げおれを叩き潰そうとしてくる。

 

(マズイ! ここはなんとか凌いで……。あ、ダメだ)

 

 攻撃を凌ごうとして盾を掲げようとして、気付く。

 

(この盾じゃ、防げない)

 

 避けることも難しいし、なにより避ければ後ろの幼馴染に当たる。

 

 死んだ。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 しかしそう思う意思とは裏腹に身体(ソウル)はまだだとばかりに動き出す。

 それは不思議な感覚だった。自分の身体なのに誰かが動かしているような、それをどこか遠くで見ているような、そんな感覚。

 

 半歩下がる。距離を取り盾を顔の前に構える。まるでここを狙えと言わんばかりに。

 デカブツもこんな盾で防ごうとはバカな奴だと思ったのだろうか。ニタリと笑い盾目掛け拳を振り下ろしてきた。

 

 狙い通りだったのだろうか? 半歩下がった分だけ読みやすくなった攻撃のタイミングに合わせ踏み込む。

 デカブツはそんなこと知らぬとばかりに全力で拳を振るう。

 

 デカブツの攻撃の軌道に盾を割り込ませ、接触の瞬間に踏み込みの勢いと全身の力を連動させ叩きつけ、

 

 

 

 バキリ、と嫌な音が響いた。

 



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日が暮れる、夜が来る

 

 音の響いた方を見る。

 盾が割れて壊れてしまっていた。装備していた腕には一見異常はないが違和感を感じる。もしかしたら骨に罅くらい入っているかもしれない。

 

 デカブツの方を見る。

 ……関節が1つ増えている。いや、手と肘の間の骨が折れたのだろう。

 踏み込みで距離を縮めた分おかしなところに負担がかかるようになり、自分の力とこちらの力が一気に骨が折れた場所にかかったのかもしれない。

 デカブツはなにが起こったのかわからないといった表情を浮かべている。

 

 それを見て思う。

 

(……勝機!!)

 

 今度は意思と身体(ソウル)(あやま)たず、

 

「ああああああ!!!」

 

 口から洩れるのは本能の悲鳴か理性の咆哮か、それすらわからぬまま動き出す。

 

 

 

 腰に吊ったままになっていたナイフを抜き放ち、

 

 呆然として隙だらけになっているデカブツの懐に飛び込み、

 

 無防備な首筋にその刃を突き立てた。

 

 

 

 世界が止まったかのような静寂がよぎる。しかしそれはパキリという音と共に終わりを告げた。

 手に持ったナイフが役目を終えたとばかりに根元から折れていた。それとともにデカブツの巨体が後ろに傾き、ズンと巨体に見合う音をあげ倒れる。

 

 2秒、3秒と倒れ伏したデカブツを眺める。それでも動かないのを見て死んだと確信し安堵の息を吐く。

 

 そして再び息を吸い、

 

「痛ってぇ……!!!」

 

 苦悶にうめいた。

 痛い。めっちゃ痛い。これやっぱ骨に罅くらい入ってるんじゃないのか? 頭の中が痛いで埋め尽くされるくらい痛い。

 

「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

 

 幼馴染も気を取り直したのかおれを心配してきた。

 

「ふう……なんとかなったみたいね。神官、治療してあげて」

「は、はい! 奇跡を使います」

 

 とりあえず状況が落ち着いたと思ったのかそれぞれ弛緩した雰囲気が漂う。それがよくなかったのだろう。

 

 いままで潜伏していたのか、横道から躍り出る影が一つ。

 

「え!?」

 

 影、ゴブリンは女神官がこちらに向かってきたことで一人になった女魔術師に襲い掛かる。

 おれはもちろん幼馴染も女神官も距離があって対処できない。女魔術師も気を抜いていた分反応が間に合わない。

 誰も動けない。世界がゆっくりと流れているように見える。もうダメだ。

 

 そう思った時、入り口の方の闇から銀光が奔った。

 

「GO!?」

 

 気付くとゴブリンの首に投げナイフが突き立っていた。

 

 思わず入口の方を見るといつの間にか誰かが立っていた。

 

 

 

 薄汚れた革鎧に鉄兜、小さな盾を括りつけた左手に松明、右手には中途半端な長さの剣を持っている。

 まるで幽鬼のような立ち姿の男。

 

「あ、あなたは……?」

 

 誰ともなく誰何の声を上げる。

 

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)」 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 ため息を一つつきベッドに腰掛ける。それだけで安宿のベッドは軋み嫌な音を上げた。

 時は流れ今は夜。ここは街での拠点として取っておいた安宿の自室だ。

 安宿らしく明かりなどという上等なものはなく、窓から差し込む月明りだけが唯一の光源となる部屋でベッドに横たわりながら今日のことを思い返す。

 

 あの後おれたちはゴブリンスレイヤーと名乗った人の力を借りて依頼を成功させた。……いや表現は正確にしよう。あの人に依頼を達成してもらった。

 ゴブリンスレイヤーは見窄(みすぼ)らしいと言ってしまえるような装備に反してその階級は銀等級(在野最上位)の凄腕らしく、鮮やかな手腕で洞窟を攻略した。おれたちはほとんどその後に付き従い指示に従ったにすぎなかった。

 ゴブリンスレイヤーは別にそんなことする義理も道理もないだろうに道中いろいろなことを教えてくれた。内容はほとんどゴブリンの生態などに関する内容だったが。

 

 ゴブリンは野山で集めた草や自分たちの糞尿、唾液等を混ぜて拵えた毒を使うこと。

 幸いおれたちは攻撃を食らわずに済んだが、解毒薬(アンチドーテ)を用意していない現状それだけで死んでいたかもしれないと思うと肝が冷える。

 

 あのデカブツは田舎者(ホブ)と呼ばれていること。

 入り口や横道のあたりにあったできの悪いカカシ、トーテムは呪文遣い(シャーマン)がいる証であること。

 田舎者(ホブ)にしろ呪文遣い(シャーマン)にしろ変異種なんてものがいるとは思わなかった。他にもより強力な変異種もいるらしいことも教えてもらった。

 

 そしてゴブリンどもにはオスしかおらず、繁殖のために他種族のメスを攫い『孕み袋』にすること。

 ……おれたちの依頼にあった攫われた娘もまた凌辱を受け汚物にまみれた姿で発見された。おれたちも負けていたら仲間たちもああなってたと思うとなかなか()()ものがある。

 

 なにより、

 

「奴等は馬鹿だが、間抜けじゃない」

 

 ということ。

 

 考えてみれば当たり前のことだ。ゴブリンの特徴は子供並みの背丈、それと同等の膂力と知力を持つというもの。つまりおれたちが子供の時にやったいたずらや、それを隠そうとする悪知恵なんかを持ち合わせているということだ。

 同年代の子供2人3人なんていう少人数で行ういたずらでも大人たちは手を焼いていたのに、それを10匹20匹という集団でやるんだ。しかもやつらはこっちに遠慮する必要はない。どこまでも残酷ないたずらを仕掛けてくるだろう。その脅威は語るに及ばずといったところか。

 

 そんなことを思い返しながら枕元に置いてあった薄汚れた短剣を手に取り鞘から抜き、曇った刀身を月光で照らし眺める。

 この短剣はゴブリンの群れのボスであったゴブリンシャーマンが隠し持っていた物だ。

 ゴブリンスレイヤーによればゴブリンは気に入ったものを自分の物とする時があるらしくこれもその一つだろうということだった。ただ奪うことはしても大切にすることはしないらしく、この短剣も手入れされていないためだいぶ傷んできている。

 傷んでいるとはいえ手入れすればまだ使い物になりそうだったので、壊れたナイフの代わりに持って帰ってきた物だ。

 ギルドにも確認を取りそのまま使っても良いとのことなので使わせてもらうことにした。あまり推奨されることでもないので釘は刺されたが。

 殺して奪う(ハックアンドスラッシュ)は冒険者稼業の華とは言え奪う価値のないものを奪うのは、その程度の物を手に入れることもできないと判断されるかららしい。

 

 

 

 短剣を眺めながら今日の冒険を思い返し反省する。

 今回はダメなところが多すぎた。

 

 装備はできるだけ整えたがその他のアイテム類の準備はできていなかった。ポーションの類も持ってなかった。

 腕を怪我した時も神官さんがいなかったらおれはどうするつもりだったんだ。

 

 幼馴染の勢いに負けたとはいえ依頼の内容を洞窟に入る直前まで確認しようとしなかった。

 夢の中で相手のことを知らなくて対処できず死ぬなんてこともいくらでもあったろうに。

 

 なによりホブゴブリンに攻撃される時に諦めそうになった。

 あの時不思議なことが起きなければおれはここにいなかったことだろう。どうにもならない時はあるにせよ足掻くべきだった。

 

 他にもたくさんの反省がよぎる。

 

 一通り反省を済ませ思う。

 今日はもう寝よう。

 そう思い眺めていた短剣を鞘に納める。今日の反省を心にしまい込むように。

 この短剣は初めての冒険の戒めとしようと思う。

 

 

 

 その夜も夢を見た。

 昨日も見ていた亡者たちの街を攻略する夢。昨日は亡者たちが屯する場所を通り抜けようとして失敗した。

 今日は同じ轍を踏まず丁寧に倒していき無事攻略に成功したのだった。

 




戒めの短剣

ゴブリンの巣の首魁であったゴブリンシャーマンが隠し持っていたもの。
劣化具合等からそう遠くない時に犠牲となった何者かの持ち物と思われる。
品質としてはただの店売り品であり、特筆すべき点はない。

元の持ち主も決してこんなことになるとは予想していなかっただろう。
明日は我が身とならぬよう、戒めを忘れぬようにすべきだ。


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また日は上り朝が来る

「ごめんなさい!」

 そう言って女神官はあたしたちの元から去っていった。

 

 

 

 よくある話だという。

 辺境の村からゴブリンに女が攫われることも。

 その救出の依頼を新人冒険者が請け負うことも。

 その冒険者たちがゴブリンごときと侮り返り討ちに合うことも。

 

 そして多くの新人が自分たちがその立場になるとは思っていないことも。

 

 あたしは辺境の街の安宿の自室のベッドに寝転がりながら後悔に苛まれていた。

 

 悔しかった。

 お父さんに武術を習っておきながらうまく戦えなかった。

 

 もっとうまくできると思っていた。

 お父さんに武術を習うときに口酸っぱく言われた残心を忘れ、無様にも背後を取られた。

 

 なにより恥ずかしかった。

 背後を取られ奇襲を受けて殺されかけてあまつさえ失禁したのもそうだけど、自分がそんなふうにうまくできる人間だって思ってたのがなによりも恥ずかしかった。

 

 そんなことがグルグルとずっと頭の中を巡っている。

 

 自信満々にパーティーに誘っておきながらこの体たらく。女神官が抜けようと思うのも当然よね。

 

「やめちゃおうかな、冒険者」

 

 そんな弱音も口からこぼれる。それもいい考えかもしれない。そんなふうに思いかけていた時だった。

 コンコン、と扉をノックされる音が聞こえた。

 

 誰だろうか? いや誰であろうと関係ない。今は誰にも会いたくない。

 そう思っていたのになおもノックされる。

 

「起きてるかしら?」

 

 女性の声。聞き覚えがある。これは……女魔術師? 

 

「入るわよ」

 

 拒絶の意思表示として沈黙していたのが裏目に出たのだろうか。特に鍵のついていない扉をそのまま開けて部屋に入ってきた。

 

「ごめんなさいね強引な事して。少し話がしたかったの」

「……あたしにはないわ。出て行って」

 

 思わずきついことを言ってしまった。感情が制御できない。それもまた自己嫌悪したくなる。

 

「……今回の冒険、うまくできなかった事を悔いているのかしら? それとも自分はもっとできる人間だと思っていた?」

「……」

「わかるわ。私もそうだもの」

「……え?」

 

 女魔術師が後悔している? 

 

「……なにを後悔することがあるっていうの? あなたはうまくできてたじゃない」

「私が? まさか。たぶん今回一番無様だったのは私よ」

「……どういうこと?」

 

 女魔術師は目を閉じてから少し黙り、それから語り始めた。

 

「私は都市にある賢者の学院という学校を卒業して冒険者になったわ。賢者の学院っていうのはね、頭の良さを認められた限られた人間しか入ることが許されない組織なのよ」

 

「……」

 

「私はその中でも優秀で通っていたわ。日に2回魔法が使える事を誇りに思っていた。冒険者になってもうまくやっていけると思っていたわ」

 

「……」

 

「今回の依頼もゴブリンごとき何するものぞって感じだったわね。だから神官さんや彼が不安そうだったり慎重論を唱えたりした時は内心見下してたわ」

 

「……」

 

「洞窟に入る前に口論になったでしょう? 本当は彼の考えが正しいかもしれないとは思ってたわ。でも認められなかった。それを認めてしまえば私が現実の見えていない考えなしの愚か者だということになってしまうから」

 

「……」

 

「洞窟に入ってからも自分の考えが認められなくて不貞腐れてた。結局自分の至らなさに気付いたのはゴブリンを1匹倒してからだったわ。私は魔法を……『火矢(ファイアボルト)』をあと1回使えるだけ、ゴブリンを1匹焼き殺せるだけ。それでどうやって依頼を達成するつもりなんだって」

 

「……」

 

「思い直したのはその後だったわね。神官さんが奥から敵が来るって言ってたのを横目で見たら、不安そうにしながらも真剣に状況を見据えてたわ。それで自分にできることを探していた。それを見て私もできることをしようって思ったのよ。私でもあとゴブリン1匹は焼き殺せる。時間くらいは稼げるかもしれないって」

 

 そんなことを魔術師さんは語る。あまり聞こえがよくないことだろうに何でもないように語る。

 

「今回の私は最悪だったって思うわ。他人を自分勝手な価値観で見下して、情報があってもそれが何を意味するのか考えもせず、都合の良い妄想をさも事実のように考えて他人の考えを受け入れようとしなかった。これが無様と言わずになんと言うの?」

 

「……」

 

 魔術師さんはそう自己評価を下す。それは確かにあたしにも通じる価値観だった。

 

「……それで?」

 

 魔術師さんがそんなふうに思っていたのはわかった。私と同じような考えの持ち主だということも理解できた。でもそれを語ってなにがしたいのかがわからない。

 ……いや、本当はわかっている。

 

「……私はこれからも冒険者を続けるつもりよ。このままでは終われない。終わりたくない」

「……」

「あなたはどうするつもりなのかしら?」

「あたしは……」

 

 あたしにこれからどうするつもりか聞きに来たんだ。

 

「別に無理に引き留めるつもりはないわ。思ってたのと違った。そう思ってやめるのも仕方ないと思ってる。でも」

「わかってる! わかってるわよ……」

「……」

 

 あたしは遮るように声を上げる。魔術師さんは今度はあたしの話を聞くかのように口を閉ざした。

 

「……あなたの言ったとおりよ。あたしもあなたと同じように思ってた」

 

「……」

 

「お父さんに武術を習ったあたしは強いと思ってた。ゴブリンに負ける事なんかないって思ってた」

 

「……」

 

「洞窟の前であいつがゴブリンを警戒しているのを聞いて、なんでそんなに気にしてるんだとは思ってた」

 

「……」

 

「実際戦ってみて、あいつの言う通りになった。うまく戦えなかった。最初の2匹はあいつの助けがなければ倒すこともできなくて、それを認めたくなくて後から来た3匹を一人で倒そうとした」

 

「……」

 

「それで倒せたと思って散々口酸っぱく言われてた残心も忘れて、後ろを取られて奇襲されて、殺されかけて失禁までした」

 

「……」

 

 魔術師さんにそう語る。すごく情けなくて、みっともなくて、恥ずかしく感じる。

 

「正直冒険者をやめようかとも思ってた」

「……」

「でもあなたと同じように終わりたくないとも思ってる」

 

 それとともに悔しくも感じていた。

 

「……だったら一緒にやり直しましょう」

「やり直す?」

「ええそうよ。私たちは失敗した。でもまだ死んでない(終わってない)んだから。反省してここからやり直すのよ」

「……できるかしら? あたしたちに」

「わからないわ。私たちはもう失敗してるんだもの。これからも失敗しない保証はないわ。でもここで逃げたら絶対後悔する」

「……」

「たしかに1人ではうまくいかないかもしれない。でも2人でやればまだマシになると思わない?」

「……でも」

 

 言ってることはわかる。でもまだ怖くも感じてその手を取ることもできないでいる。

 そうして口籠っていると女魔術師がニンマリといった感じで口角を上げた。

 

「それにあなたは1人じゃないでしょ? いざとなったらあなたの王子様に助けてもらえばいいじゃない」

「なあ!?」

「あ、王子様って感じじゃないか。騎士? あるいは英雄かしら?」

「ち、ちが! 別にあいつとはそんなんじゃ……」

 

 突然昼間の話を蒸し返されて慌てる。アタフタしてると、女魔術師が噴き出すように笑った。

 

「冗談よ。少しは元気出たかしら?」

「う……」

 

 どう返すのが正解なのかわからず思わず言葉を詰まらせていると、まとめるように女魔術師が言う。

 

「まあ冗談はさておきあいつが頼れる男だってのは間違いないと思うわ。いざという時は頼りましょ」

「……うん」

 

 

 

 その後もあたしたちは語り合った。

 自分たちのこと。幼馴染のこと。いままでのこと、これからのこと。

 それから女神官のこと。

 話をあまり聞いてなかったなかったせいで勘違いしていたけど、女神官は別にあたしたちに思うところがあってパーティーを抜けたわけじゃないらしいと聞かされた。

 ゴブリンスレイヤーに思うところがあってそちらについていきたいという話だったらしい。まだ話も通してないからどうなるかわからないらしいけど。

 あとは部屋を変えろとも言われた。女なんだから鍵のついた部屋に移れという話になり、何故か2人でお金を出し合って同じ部屋に暮らすことになってたりもした。

 嫌じゃないからいいんだけど、案外この人強引だなと思ったりした。

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、再び日が上り朝が来た。

 昨日はそのまま同じベッドに眠った。朝目が覚めてからお互い照れたりもした。

 

 そして今あたしは身支度を済ませギルドに向かっている。

 

 幼馴染はもう来ているだろうか? それともまだ来てなくて待つことになるだろうか。

 どちらにせよまずはごめんなさいと謝ろう。それからありがとうと礼を言おう。

 

 そしてやり直そう。あたしたちはまだ、生きている(終わってない)んだから。

 




これにて第1章は終幕となります。

第1章のテーマは人物紹介と作風紹介、そして問題児どもの意識改革回でした。

これからもよろしくお願いします。


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第2章 試行錯誤の冒険者たち
持たざる者


第2章 第1幕開幕です



 淀み腐った臭いとじめりと湿った空気が漂う下水道。

 普段は汚水が流れる音と、そこに住まう住人どもの蠢く音、そして住人に襲われ息絶える者が上げる断末魔が響くくらいしかしないであろう空間に裂帛の気合が響く。

 

「これで……終わりだ!!」

 

 その言葉と共に勢いよく棍棒(クラブ)が振り下ろされる。

 狙いすました一撃は見事巨大鼠(ジャイアント・ラット)の頭部を打ち、その頭蓋を割り砕いた。

 

「GUI!? ……Gyu……」

 

 頭を打ち砕かれた巨大鼠(ジャイアント・ラット)はわずかな末期の息を吐くのを最後に息絶える。

 それを肩で息をしながら見つめていたおれは思う。

 

(戦いづらい……!!)

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 所変わりここは冒険者ギルドの依頼が張り出される掲示板前。

 あの後今日のノルマはクリアしていたことと女魔術師の魔法使用回数も使い切ったということで依頼を切り上げギルドに戻ってきた。今日はそのまま解散ということになり2人は部屋探しに向かうということで街に連れだって出かけて行った。いつの間にあんなに仲良くなんだろうか。仲間内で仲が深まるのはいいことだが疎外感を感じるな。

 そんなことを思いながらおれは1人寂しく、今日受けられずに張り出されたままになっている依頼書を眺めながら唸り声をあげていた。

 

 初めての依頼の時に破損した盾を新しく作り直すという予定外の出費におれの懐は寂しくなり、受付嬢の勧めもあって下水道のネズミ退治に向かうことになった。

 仲間たちはあまりいい顔をしなかったが、前回のゴブリン退治に思うことがあったり、そもそも受けられる仕事が他にない等の理由で共に向かうこととなった。

 最初のうちはまだよかった。臭いに顔を顰めながらも下水道を探索してターゲットを探し周りうまいこと奇襲をできて先制の一撃で倒したり、戦闘になっても攻撃を盾受けして相手が怯んでるうちに反撃で仕留めることができていた。

 雲行きが変わったのは更に何匹か狩った後のことだった。たまたま4匹ほどネズミどもが集まっているところに出くわしそのまま戦闘に入った時だ。

 さすがに数が多いということで女魔術師に魔術を使ってもらい2匹は始末してもらったが問題はその後だった。女神官が抜けたことを受け解毒剤(アンチドーテ)と回復ポーションは女魔術師と幼馴染に買ってもらってあったとはいえ、さすがにどんな病気を持っているかわからんこんな奴らに素手での接近戦しかできない幼馴染を当てるわけにもいかず、おれが対応することになった。

 四足歩行の獣相手の対複数は勝手が違ったが、なんとか盾受けや回避をすることにより攻撃を凌ぐことはできていた。だがいざ反撃という段階で問題が起きた。

 

 一撃で倒せなかったのだ。

 

 いままでは1対1で隙をついて急所を突き一撃必殺ができていたから気付かなかったが、2対1になるとそんな急所を狙うというのは至難だった。

 それでも体のどこかに当たれば怯ませられる。そう思っていたのが間違いだった。端的に言えば手負いの獣というものを舐めていたのだ。

 どうにか隙を見つけ胴体に一撃叩きこむことができたが、それで手負いとなった方は逃げたり怯えるどころか更に苛烈となり襲い掛かってきた。

 死に瀕した時は逃げるのではなく立ち向かい、相手を殺すことで生き残る。おそらくそれが野生というものなのだろう。

 

 その後は苛烈となった攻撃を捌ききれなくなったあたりで見かねた幼馴染に助けてもらい事なきを得た、というのが冒頭の話である。

 

 夢の中でも巨大鼠(ジャイアント・ラット)みたいなネズミは戦ったことはあったが、最初から剣を持っていたから気付かなかった。

 攻撃力が足りないというのはこういうことも起きるのかと学ぶことが出来たのは良かったが、武器の更新などという金が掛かることなどできるわけもなく、こうして自分たちでもできそうな仕事を探しに来たというわけだ。

 

「うーん……」

 

 しかし村の手習いで字の読み書き、算術はある程度できるようになったつもりだったが、所詮は農村の手習い。正規の教育を受けたギルド職員の字がスラスラ読めるなんてこともなく唸っているわけだ。

 まあスラスラ読めても唸っていると思うが。

 

(やっぱ碌な依頼がないな……)

 

 白磁等級が受けられる依頼はゴブリン退治かネズミ退治くらいだと聞いていたがまったくもってその通りだった。残ってる中で良さげな依頼はすべて黒曜等級や鋼鉄等級向け、あるいはそれ以上の等級向けで受けられない。

 

(諦めて気を付けてネズミ退治をするしかないか……)

 

 そう思って掲示板から離れようとした時だった。

 

「あの……どうされました?」

 

 と声を掛けられた。

 

「受付さん」

 

 振り返ると見覚えのあるギルド職員の女性が心配そうな表情を浮かべ立っていた。

 

「先程から掲示板を見て唸っていられましたがなにかありましたか?」

「あーいや……何かいい依頼はないかなと思いまして」

「あー……」

 

 何かに納得した声を上げ心配そうな表情が困ったような表情に変わる。おそらく白磁等級(新人)がみんな通る道なのだろう。

 

「いやわかってるんですよ? 白磁で受けられるのはネズミ退治かゴブリン退治くらいだって」

「すみません……」

「いえ受付さんが謝ることではないので」

「ちなみに何かあったんですか?」

 

 自分にも何かできることはないか。そんな思いが見て取れる。優しい人だと思う。

 ふむ。相談してみようか。

 

「実はネズミ退治が難しくて悩んでいるんですよ。受付さんはうちの一党(パーティー)は知ってますよね?」

「ええ。戦士さんと武闘家さんと魔術師さんですよね?」

「はい。で、下水道のネズミとなるとどんな病気を持ってるかわからないですよね? 解毒剤(アンチドーテ)があるとしても武闘家に戦わせるとなるのはちょっと……って感じなんですよ」

「はあ……」

「だからおれが前線に出ることになったんですが、おれだと攻撃力が足りなかったんですよ」

「攻撃力……ですか?」

「はい。おれの武器はこれですからね」

 

 と言って腰に吊るした棍棒(クラブ)をポンと叩く。

 

「獣ってのは一撃で倒せないと手負いになって余計に暴れるんですよ。それで死にかけました……」

「なるほど……ちなみに武器の買い替えなんかは……」

「できればやってます」

「ですよね……」

 

 さすがにいい案もないのかとりあえずといった感じだった。まあそんな簡単に解決策が出るなら誰も苦労しないよな。

 

 そう思い改めて掲示板に向き直る。

 

「それで何かいい依頼はないかと思ってたんですが……?」

 

 未練がましくざっと依頼書を眺めるとふと1枚の依頼書が目に入った。一見ただのゴブリン退治だが……

 

「これは……」

 

 これだったら……いけるんじゃないか? 

 

「……? ああ! その依頼でしたら!!」

 

 受付嬢から見てもこれはおれたちでもできる依頼だと思えるのか賛同してくれた。

 

 

 

 よし。明日仲間たちと相談してみよう。

 

 

 



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受け継がれる物

 昼下がりの街道を進む。時刻にして午後2時といったところか。太陽は柔らかく地面を照らし、過ごしやすい気候を作り出していた。

 

「んぅー!! やっぱり太陽の光は最高だな! 人は日の光の下で生きるべきだよな!」

「なに言ってんのよあんたは……」

 

 おれは両手を頭上に掲げるように上げ伸びをする。鎧越しでも感じられるような春の陽気に思わずそんな言葉を口走る。

 今おれたちは依頼のために辺境の街を出ていた。昨日見つけたゴブリン退治の依頼だ。

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

 

 幼馴染が不安げに聞いてくる。さすがに最初の依頼がトラウマになっているのだろう。依頼を受けることは納得してくれたがそれでも不安は消せないといった感じだ。

 

「いや絶対に大丈夫とは言えないけどな。一応受付さんも賛成してくれたしなんとかなるだろ。……たぶん」

「ちょっと!?」

「落ち着きなさい。気持ちはわかるけどね」

 

 女魔術師が執り成してくれた。ただ彼女も少し不安そうにしている。

 

「まあ一応ギルドで話は聞いたけど改めて確認するわよ。今回の依頼はゴブリン退治。そうよね?」

「ああ。場所は辺境の街の近くにある牧場だな」

 

 辺境の街は話に聞く王都や他の都ほどではないがそれなりの規模の街である。その食を支えるために街の周辺にいくつか牧場が点在している。今回依頼してきたのはそのうちの一軒だ。

 

「それで? 今回の依頼は大丈夫という根拠は?」

「依頼してきた時期だな。今回の依頼は牧場の近くでゴブリンを見かけたから退治してくれっていうものだった」

「えーっとなんだっけ? 見かけたっていうのがよかったんだっけ?」

「そうだ。前回みたいな『被害が出た』からじゃなくて『見かけた』からっていうのはかなり早い段階での依頼だ」

「早い段階での依頼だとなにが……いやもういいわ。つまり前回は『被害が出る』ほどの規模になってから依頼が来た。今回はまだ被害が出る前に『見かけた』だけだから被害をもたらせるほどの規模じゃないんじゃないかってことよね」

「そういうことだな」

 

 女魔術師が言わんとするところをまとめ、おれもそれを肯定した。

 そこまで話してから女魔術師が言い淀むような仕草をする。

 

「どうした?」

「……これは私の予想なのだけれど……おそらく今回の依頼人はお金持ちね。ある程度金銭に余裕があるのは間違いないと思うわ」

「……金持ち?」

 

 なにかそんなことを判断できる要素があったか? それに、

 

「金持ちだとなにかあるのか?」

 

 依頼人の違いがなにか影響あるんだろうか。

 

「あなたも言ってたじゃない? 今回被害が出る前に依頼を出してきたって」

「ああ」

「前回の依頼人が被害が出てから依頼してきたのはお金に余裕がないからっていうのもあると思うのよ。気にすることじゃない、まだ大丈夫っていって依頼するのを渋って」

「……」

「でも今回の依頼人にとってゴブリン退治の依頼料は渋るほどの金額じゃないからこんなに早い段階での依頼なんじゃないかって。渋って被害が出る方が困るって考えの持ち主な気がするのよ」

「おー……」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。そういう考え方もあるのか。

 

「それとあまりピンとくる考え方じゃないかもしれないけど、お金持ちって時として損得度外視でお金を使う時があるのよ」

「「なんで?」」

 

 田舎者2人で思わずといった感じで同時に聞き返す。

 

「見栄を張るためってのもあるんだけど、示威行為のためって言えばいいのかしら。自分はこれだけのことができる金があるんだぞって周りに示すためにね」

「「へえ……」」

 

 その考えはおれたち田舎者には絶対に浮かばない考えだな。女魔術師も案外いいとこのお嬢さんだったりするんだろうか。

 

 

 

 まあ、いろいろ考察はしてみてはいるんだが、

 

「結局は全部おれたちの予想でしかないんだけどな……」

「そうなのよね……」

「それが不安なのよ……」

 

 全員で不安そうにする。でも、

 

「でもリスクはどこかで必ず負わなければいけないわ」

 

 おれと同じ考えなのか、女魔術師がそんなことを言う。

 

「リスクは必ず発生する。問題はどのリスクを負うか、どう負うかよ。私たちは今回依頼の内容と依頼人の背景からできるだけリスクを抑えたわ。あとは覚悟を決めましょ」

「うん……」

「そうだな。……最悪手に負えないようなら逃げるとしよう。依頼人には悪いがおれたちも命あっての物種だ。……と、あれじゃないか?」

 

 そんな話をしながらも歩いていたせいか、件の牧場が見えてきた。

 じゃあ依頼人に話を聞いて、と思った矢先だった。

 

「ひいい! く、来るなああ!!」

 

 男性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「なんだ? ……いやどこだ!?」

「あそこ! あっち!!」

 

 声の主を探して全員であたりを見回す。いち早く発見した幼馴染が示す方向を見ると男性が何かから逃げているのが見えた。男性を追っているのは数匹の

 

「ゴブリン!? あいつら夜行性って話じゃなかったのか!?」

「そんなこと言ってる場合!? いいから助けに行くわよ!」

「お、おう」

「うん!」

 

 そう言っておれたちは走り出す。

 既にそれなりに逃げてきていたのか男性はかなり疲労しているように見える。

 

(クソ! これじゃ遠すぎる! 間に合うかどうかわからんぞ)

 

 どうするか……ええい、一か八かだ! 

 

「魔術で狙撃ってできるか!?」

 

 女魔術師に問いかける。

 

「え、わかんない……でも、やってみる!」

 

 女魔術師もこのままだと間に合わないと思ったのか賭けに乗ってきた。

 

「よし……おまえはそのまま突っ込め!」

 

 今度は幼馴染に言う。

 

「え、あたし一人!?」

「おまえが一番早い! 先に行って保護してやってくれ!」

「で、でも……」

「倒さなくていい! あくまで安全第一で寄せ付けないことを考えてくれ! おれたちも遠距離から援護する!!」

 

 そう言って今まで背負ったままになっていた弓を取り、矢を番える。

 

「……わかった! あたしに当てないでよね!」

 

 そう言って幼馴染が速度を上げる。それを見ながら改めて状況を確認する。

 

(おれたちから見て横に走る男性を先頭に横長に広がっている。あいつが男性の方に走ってるから狙うとしたら後ろの方!)

 

 そう思いそちらに見ながら走る。

 

(まだ)

 

 走る。距離が遠すぎると思いながら。 

 

(まだだ)

 

 走る。射程には遠すぎると思いながら。

 

(あとちょっと)

 

 そう思った時だった。

 

「捉えた」

 

 そんな声が聞こえてきた。ズザリと土を踏みしめる音をたて女魔術師が構える気配を感じる。

 

(嘘だろ。こんな位置から届くのかよ……! だったら俺も!)

 

 そう思いおれもズザリと土を踏みしめ弓を構える。

 

「≪サジタ()……インフラマラエ(点火)……≫」

 

(狙うは頭……より少し上!)

 

 かなり距離があることを加味して狙いをつけながら弓を引く。

 

「≪ラディウス(射出)≫!」

「いっけぇー!!」

 

 女魔術師とおれは同時に矢を放つ。

 おれたちの放った魔術的な矢と物理的な矢は先を駆ける幼馴染を易々と追い抜き、ゴブリンに襲い掛かる。

 

 女魔術師が放った魔術の矢は草原を駆ける猟犬のように奔り見事にゴブリンに命中。焼き尽くした。

 おれの放った物理の矢は、

 

 トスリ、と軽い音をたててゴブリンの少し手前の地面に突き立った。

 

 男性とゴブリンが突き立った矢を凝視し、しばし沈黙が広がったあと、

 

「せやあああ!!」

 

 という幼馴染の気迫の籠った矢のような飛び蹴りが男性の一番近くにいたゴブリンに突き刺さったのだった。

 

 

 

(……届かねー)

 

「ねえ、あなたの矢……」

「言わないでくれ……」

「もう……当てられないならあんたも行きなさい。あの子にも万が一ってのがあるんだから」

「はい……そっちも気を付けてな。あそこにいるのだけで全部とも限らないんだから」

「わかってるわよ」

 

 そうしてできるだけ気を引けるように武器を振り上げ、雄叫びをあげながら走り出した。

 

 

 

 その後のことは特に語る必要もなく。遠距離から正確に命中させてくる魔弾の射手と雄叫びを上げて駆けて来る蛮族に気を取られたゴブリンは、もっとも身近な暴力の手に掛かりあっけなくその命を散らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は家の者を助けてくれてありがとう。遠慮なく食べてくれ」

 

 あの後保護した男性を連れて牧場に建てられた家に赴き、改めて依頼人に話を聞こうとしていたら晩餐に誘われた。

 さすがにそれはと思って断ろうとしたが、命の恩人を無碍にはできないと言われて受けることになった。

 

「君たちは何故今回の依頼を受けたのかな?」

 

 食事が始まりしばらくするとそんなことを聞かれたので来る時に話していた内容を答える。

 

「なるほど」

 

 そう答えて依頼人は自分のことを話始めた。

 

 この依頼人である牧場主の男性、なんと元冒険者、それも銀等級まで上り詰めたおれたちの大先輩ということだった。

 この牧場も冒険者時代の稼ぎで建てた物、今回の依頼も新人冒険者への支援目的で敢えて簡単な依頼になるように出したものだという。

 

「あとは趣味と道楽だな。君たちのように依頼の裏を考えられるような新人であればもしかしたら大成するかもしれないだろう? そうなった時最初から目を掛けていたと言えるのはなかなか面白いものだ」

 

 ということだった。

 

 他にも冒険者としての知恵を教えてもらった。

 

「君たちは朝ではなく昼過ぎ、だいぶ遅くに来たように思えるんだがどうしてだい?」

「あー……ゴブリンは夜行性だと聞いていたので、動くとしたら夕方以降になるだろうと思ってたのであの時間に来ました。話を聞いて準備をしてそれくらいになるだろうって。まあ実際には違ったんですが……」

「ふむ……ゴブリンどもは夜行性だったのか。その話は誰から聞いたんだい?」

「ゴブリンスレイヤーという方です。ゴブリン退治の専門家みたいな方で、おれたちもお世話になった時に教えていただきました」

「なるほど……まあ、何事にも例外というものはある。冒険というものは昨日正しかったことが今日も正しいとは限らないし、今日正しかったことが明日正しいとも限らないものだ」

「肝に銘じます……」

「気が向くようなら怪物図鑑(モンスターマニュアル)を調べてみるといい。知識はあって損はないのだから」

怪物図鑑(モンスターマニュアル)? そんなものがあるんですか?」

「ああ。私は見たことはないが仲間が見ていたことがある。その知識で幾度も窮地を救われたものだよ」

 

 ということも教えてもらった。

 

 

 

 

「……こういってはなんだが、それが君の装備かい?」

「え? あーはい。お恥ずかしながら武器まで回せる金がなくて……」

 

 そんなことを苦笑しながら言うと、

 

「ふむ……少し待っていたまえ」

 

 と言って依頼人は席を立つ。しばらくすると古ぼけた長剣(ロングソード)を携えてやってきた。

 

「これは私が冒険者時代に使っていたものなのだが……良ければ使ってみないかね?」

「え、そんな……いただけませんよ」

「嫌でなければ使ってほしいんだ。どうせ私が持っていても朽ちていくだけ。道具は使われてこそだ。どうか君の冒険に連れて行ってほしい」

「……そこまで言われるのならいただきます」

 

 そういうことなので新たな武器を手に入れたのだった。

 

 

 

 晩餐が終了後改めて依頼の話を聞き、許可を取って野営をさせてもらい、ゴブリンに備えた。

 幸いゴブリンは訪れず、昨日討伐したので全部だったのだろうということで依頼達成の許可をもらった。

 

 

 

 そして辺境の街に戻り、おれたちはようやく胸を張って依頼達成の報告するのだった。

 




託された長剣

古ぼけた長剣。かなり昔に販売されていた物。
古いだけで品質的に特筆すべきものはない。

よく手入れされているが昔に販売されただけあり、所々古ぼけて見える。
しかしそれ故に大切にされていたのだと察せられる。

これを託されるに足る人物となりたいものだ。



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ある元冒険者の独白

 牧場に建てられた自宅。

 その自室にてキン、とグラスの打ち合わされる音が響く。

 

「晩酌など久しぶりだ。いつぶりだったか……」

 

 そんなことを口にしてからすぐに気づく。

 

「ああ、君が死んでからだったか」

 

 己の対面を見る。そこには空のグラスが置かれているだけだった。座るべき人はいない。

 

「先日私たちの後輩にあったよ。珍しい若者たちだった」

 

 今は亡き妻を、同じ一党(パーティー)の一員として共に死線を潜り抜け、引退してからも共に生きてきた愛する女のことを思いながら言の葉を紡ぐ。

 

「慎重さと堅実さを知る若者たちだった。あのぐらいの年頃ならもっと血気盛んで考えなしなものだろうに」

 

 自分はどうだったろうか? そんなことを思い出そうとして、やめる。

 考えなしに敵に攻め込んだ挙句、反撃を受けて死にそうになって失禁した若造のことなど、今更思い出す必要もあるまい。

 

 グイ、と一口酒を呷る。

 

「こんな老い耄れのつまらない思い出話も真剣に聞いてくれていた。勢いで思わず余計なアドバイスなども言ってしまったな」

 

 そういいながら若者たちの姿を改めて思い出す。

 男1人女2人の3人、男の戦士と女の武闘家、そして女の魔術師の一党(パーティー)だったな。

 まだまだ駆け出しだろうに既に役割分担ができ始めているように見えた。

 

「もういろいろ考えながら冒険者をしているようだったよ。私たちとは大違いだ」

 

 昔の仲間たちを思い返す。思えばバカなことばかりしていたものだと苦笑が湧いてくる。

 

「ああいうのが案外大成するんだろうな。私たちも銀等級まで至りはしたが、ついぞ詩などは作られなかったからな」

 

 クイ、と再び酒を呷る。

 

「ああ、そういえば」

 

 後輩たちのことを考えたことで思い出した。

 

「昔私が使っていた剣を戦士にあげたよ。そう、私が初めて買ったあの剣だ」

 

 あの剣は冒険者を始めるにあたり、なけなしの金で買った物だ。冒険者を続けるにつれて装備も更新していったが、なんとなく売ることも捨てることもできなかった物。

 引退するときも処分するか悩んでいたら、君が思い出として取っておけと言っていたから今まで持っていた物だ。

 

「我ながら女々しいと思っていたが、今考えると思うところがあったんだろうな」

 

 銀等級まで至ったが高みに至ったという感じはしなかった。上には上がいて、でも自分たちはこれ以上上がれない、ああはなれないとわかってしまったから。

 中途半端な成果しか出せなくて、でも諦められなかった。諦めたくなかった。だから捨てられなかったんだ。

 

「でも彼らにだったらあげてもいいと思ったよ」

 

 彼らだったら大成するかもしれない。そう思ったら夢を託してみたくなったのかもしれない。

 

「もしかしたらこの時のために取っておいたのかもしれないな」

 

 後進に力を託すために思い出の品を取っておく。それもまた夢のある話だな。今度からそう思っておくことにしよう。

 

「今思うと簡単な依頼を出していたのも、ただの支援目的じゃなくて夢を託せる者を探していたのかもしれないな」

 

 君はもしかしてわかっていたのだろうか? 

 

 そんなことを思いながらクイ、とまた酒を呷る。

 

 

 

「そういえば、君は聖職者だったな」

 

 その後も思いつくままに言葉を紡ぎながらふと思い出した。

 

「確か君自身もよくわかっていない神だと言っていたか」

 

 普通の地母神や至高神といった信仰ではなく、子供の頃にお告げを受けてから信仰していた神だと聞いた気がする。

 資料もなく、姿かたちもわからないが、

 

「太陽の化身……だったか」

 

 太陽を象徴とする神だと君は言っていたな。

 その割には使っていた奇跡は暖かい光に包まれる回復の奇跡はともかく、雷の槍を投げつけたりと太陽の要素がないものだったりしていたが。

 

「ふむ……」

 

 かなり酒も飲んで酔っていたのだろう。ふとよくわかりもしないのに祈ってみたくなった。

 持っていたグラスを天に掲げながら、唱えてみる。

 

「若き冒険者たちの道行きに、太陽の導きがあらんことを」

 

 なんてな。

 そんなことを思いながらグイ、とグラスに残った酒を呷る。

 

 

 

 なぜだか彼女に笑われている気がした。

 

 




第2章 第1幕はこれにて終幕。

マズい依頼があるならウマい依頼もあるよねって話。

あとは私なりのダークソウルの武具拾得要素。
四方世界に遺体が転がってるなんてこともそうそうないだろうし、あったとしても遺品を拝借するのはあまりいい顔されるものでもないと思います。
5話『日が暮れる、夜が来る』でもチラと書きましたが奪う価値のないものまで奪って調達しようとするのは、それを買うだけの金も稼げないと見做され、評価が下がるものだと思っています。
なのでこんな感じに『貰う』という形にさせていただきました。

…ゴブスレさん?あの人はあまり周りの目を気にしない人だったし、圧倒的な依頼達成量で悪評をぶっ飛ばしたんだと思います。




誰かが言っていましたが、頭の中の映像を文章化してくれる機械が欲しい……


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出会いと相性

第2幕……というか幕間回。しばらく日常回が続きます。
今回は『新米戦士と見習聖女』編。
白磁等級だと受けられる依頼がないねん……




 冒険者ギルドに併設された酒場には日夜冒険者たちが集い、その日の冒険の武勲を誇ったり、あるいは仲間たちの活躍を褒め称えたり、あるいは訳もなく騒ぎ立て常に喧騒に包まれている。

 店内には食欲をそそる料理の香りが漂い、皿に豪快に盛り付けられた料理が目を楽しませていた。有力冒険者のテーブルの上だけの話だが。

 そんな金銭的余裕のない冒険者は、いつか自分たちもああなるんだと語り合いながら、恨めしそうに硬くなったパンを野菜くずと肉の切れ端の浮かんだスープに浸しながら食べていた。

 

 

 

 あの牧場での依頼からしばらくたったある日の夕食時のことだ。

 

一党(パーティー)メンバーを増やしてみない?」

 

 という言葉と共に幼馴染に2人の冒険者を紹介された。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 そう言ってきたのは白い法衣を纏い至高神のシンボルである天秤と剣を掛け合わせた天秤剣を携えた聖職者の少女。何度か見たことがある見習聖女だ。

 

「……よろしく」

 

 そう不機嫌そうに言ってきたのはこちらも見たことがある革鎧を着て円い皮盾と長剣を装備した戦士の少年、新米戦士だ。

 

「えーっと……よろしく?」

「ええ、よろしく」

 

 状況がよくわかってないがとりあえず、

 

「座ったら?」

 

 ということで席についてもらった。

 

 

 

「で、どういうことなんだ?」

 

 話を持ってきた幼馴染に問いかける。

 話を聞くと、まずこの2人はおれたち同様幼馴染で冒険者になった一党で、そんな背景もありおれの幼馴染と見習聖女が意気投合。話の流れで一緒に冒険しないか、という話になり今に至るということらしい。

 思わず頭を抱えたくなる。

 

「……話は分かった。で? どうするんだ?」

「え? どうするって?」

「一党メンバーが増えた、よかったよかったじゃすまないだろ。人が増えればやり方も変わる。どうやって決めるんだ?」

 

 幼馴染に再び問いかける。

 

「えっとー……そのー……」

 

 幼馴染は頬をかきながら目をそらす。さては勢いだけで何も考えてなかったな。

 

「あう……」

 

 見習聖女も恥ずかし気に俯く。反応の差はあれど、これは幼馴染と同類だな。

 となるとおれと同じ立ち位置の新米戦士が不機嫌そうだったのは何の話もされないままいろいろ決められたのが気に入らなかったってところか。

 そこまで考えて新人剣士の方を見ると目が合った。おそらくこいつも同じ結論に至ってこちらを見たのだろう。思わずお互い苦笑が漏れる。

 

「それならまずは自己紹介から始めない?」

 

 女魔術師が話を進めるように提案してくる。

 

「そうだな。じゃあまずおれから。おれは戦士だ。うちの一党だと基本的には壁役(タンク)だな。攻撃役(アタッカー)もできなくはないがそっちはこいつに一歩劣るってところか」

 

「じゃあ次はあたし! あたしは武闘家よ。こいつも言ってたけど、うちの一党だと攻撃役ね。敵によって変わるけど、最前線で敵を倒すか、こいつの後ろに隠れながらヒットアンドアウェイで攻撃するかが役割ね」

 

「そして私は魔術師よ。日に2回、『火矢(ファイアボルト)』の魔術が使えるわ。最後方で待機しながら、必要に応じて必殺の魔術を放つ大砲役ってところかしら。そっちは?」

 

 そういって今度は2人に話を振る。

 

「えーと、俺も戦士だな。俺も前衛、壁役兼攻撃役だ。こっちは2人しかいないからな」

 

「あたしは聖職者、呪文遣い(スペルスリンガー)よ。この天秤剣でわかるかもしれないけど、至高神様の聖女。日に1回『聖撃(ホーリースマイト)』が使えるわ」

 

「『聖撃(ホーリースマイト)』?」

 

 奇跡と言ったら『小癒(ヒール)』か『聖光(ホーリーライト)』しか知らないからどんなものなのかわからない。

 

「『聖撃(ホーリースマイト)』は至高神様の裁きの雷をお借りして秩序の敵を討つ奇跡よ。威力のほどは信用してくれていいわ」

 

 なるほど。つまりこの2人も攻撃型か。

 

「……」

「どうしたの?」

 

 少し思うところがあって考え込んだのを訝しんだ幼馴染が問いかけてきた。

 

「いや、なんでもない。さてじゃあどうしようか。そっちは何か提案とか要望とかあったりするか?」

 

 幼馴染の問いを誤魔化し、新米戦士と見習聖女に聞くが、

 

「えーと、あはは……」

「……うーん」

 

 いまいちな反応が返ってくる。

 

「まあ言葉だけだといまいちイメージもできないか」

 

 それなら、ということで一度それぞれの戦闘を見てみようという話になり、翌日下水道で一緒にネズミ退治をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 翌日下水道にて。

 

「ふっ! よし頼んだ!」

「うん! セイっ!!」

 

 話の通り今はお互いのやり方を見せ合っているところだ。まずはおれたちからということで、遭遇したネズミと戦闘することになった。

 前まではおれが1人で戦っていたが、剣を手に入れたことで棍棒を使わなくなったので、武闘家に装備してもらい攻撃役を担ってもらうようになった。

 おれが防ぎ、怯んでいる間に武闘家が仕留める。1匹相手なら必要ないが、複数相手する時などはこれでかなり安定するようになった。

 まあ、武闘家としては武器を使うことに思うところはあるようだったが。そこはしばらく我慢してもらおう。

 

「ふぅ……。まあ、こんな感じだな。おれが攻撃を受け止めてる隙に、武闘家が攻撃して仕留めるっていうのが基本だな」

「あと数が多いときなんかは私が魔術で数を確実に減らしてから戦う。できるようなら奇襲で仕留める……くらいかしら?」

「「おー……」」

 

 新米戦士と見習聖女が感嘆の声を漏らす。

 

「お、ちょうど新手が来たな。んじゃ、今度はそっちだ。頼むぜ」

「頑張って!」

 

 戦闘音を聞きつけたのか1匹の巨大鼠(ジャイアント・ラット)がこちらに走ってくるのが見えた。

 

「よ、よし! 行くぜ!!」

「う、うん!」

 

 そう言って戦い始めたのだが……

 

「えー……うん。まあ、しょうがない……のか?」

 

 割とグダグダな戦いぶりだった。まあ、ちょっと前のおれが1人で戦ってた時も似たような状態になったしな。前衛後衛の2人組ならこうなるのもしょうがない……のか?

 気を取り直して。 

 

「さて。これでお互いのやり方を見たんだが……どうしようか?」

「……とりあえず、私たちのやり方に加わってもらったら?」

 

 2人もとりあえずそれでいいということなので、そういうことになった。

 

 

 

 なったのだが……

 

「よっしゃ任せろ!」

「今!」

「「え!?」」

 

 おれが防御で作った隙に我こそはと幼馴染と新米戦士が同時に切り込んで、ぶつかりそうになったり。

 

 

 

「どわぁ!?」

「「おい!?」」

 

 ならばと盾役を交換したらあっさり崩されて作戦が決まらなかったり。

 

 

 

「すまん! 抜けた!」

「「……え?」」

「「ちょっと!?」」

 

 複数匹と遭遇した際に盾役を無視して後ろに向かった敵を、前衛2人がお互いもう1人が対処するだろうとスルーして後衛が直接攻撃されたり。

 

 

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……》」

「《裁きの(つかさ)、つるぎの君、》」

「「え? あっ!?」」

 

 後衛も後衛で呪文が必要な時に自分がと思い、かち合ったことに驚いた挙句、詠唱失敗(ファンブル)して使用回数を無駄にしたりと散々だった。

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「うーん……」」」」」

 

 あの後とりあえずノルマは達成できたということで戻ってきたおれたちは、酒場で共に食事をしながら唸っていた。

 やっぱりみんな思うことは同じなのだろう。

 

「やっぱり問題だよな……」

「うん……」

「バランスが……」

「「相性が……」」

「「お金が……」」

「「「「「え?」」」」」

 

 違った。というかバラバラに言ったから何と言ったのかわからなかった。

 

「なんだって?」

 

 それぞれ何が問題だと思ったのか問いただしてみる。

 

「えーっと……。あたしはやっぱり即席だと息が合わないなって……」

「そう! それ!!」

 

 と言ったのは幼馴染と新米戦士。やはり前衛としては戦闘中即断即決が求められるからか、息が合わないのは致命的だと思ったのだろう。

 

「あたしたちは報酬がちょっと……って思ったのよね」

「ええ。当たり前だけど人数が増えれば取り分が減るのよね……」

 

 そう言うのは女魔術師と見習聖女。後衛……というか知恵者としては、この報酬量では生活していけないと察したらしい。それは確かに致命的だ。

 

「で? そういうあんたは?」

「バランス……役割かぶりすぎだよなって」

「役割?」

 

 いまいちピンとこないのか幼馴染が聞き返してきた。

 

「役割的に同じやつばっかなんだよ、おれたち」

「うん。それがどうしたの?」

「えーと、どう説明したものかな……。たとえば前衛だけで考えただけでも、盾役1人に対して攻撃役は2人もいらないんだ。ネズミ相手にそんなに攻撃力は必要ないんだから。だからと言って盾役2人必要な場面ってのもなかっただろ? 弓使いなんかの遠距離攻撃型とかだったらまた別だったんだろうけどな」

「つまり、手すきの人間が出てしまって効率が悪いって感じかしら?」

「そう。そんな感じ。前衛組の意見の、息が合わないってのはそういうのもあると思うんだよな」

 

 役割が被ってる分自分がやるべき、あるいは相手に任せるべきって判断も被るのが原因なんだと思う。

 

「将来的にそういうやり方の方がいいみたいな時はあるかもしれないけど、現状合わないと思うんだよな」

「……まあ、いろいろ言ってみたけど結論としては、私たちは一党としてやっていくにはあんまり……ってことよね」

「「「「「うーん……」」」」」

 

 また唸ってしまう。

 

「……まあ、一党としてやっていく分には合わなくとも縁のある一党として協力していく、みたいな感じでいいんじゃないか?」

「……つまり友達としてってことよね?」

 

 そういうことである。

 そんなこんなでおれたちの合同の冒険は幕を閉じたのだった。

 

 



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知ってるものと知らないもの

 冒険者ギルドの裏手には広場……というか空き地の草原がある。

 そこは半ば暗黙の了解として冒険者たちの訓練場所や待合場所の様相を示している。

 

「よっ。そりゃ!」

 

 俺たちは今、先日の話に合った協力関係の一環として模擬戦をしている。

 武器はさすがにそのまま長剣でとはいかないので、ギルドで貸し出しをしている木剣を使用している。

 

「グゥ……っ! おら!!」

(クソ! なんでこんなに……)

 

 相手は先日知りあった3人組の一党の頭目の青年戦士。

 俺は正直こいつのことを舐めていた。こいつのことは前から知っていた。なにせ初期装備が革鎧に棍棒と木の板を組み合わせただけの盾なんて見窄らしい格好の奴なんて目立たないわけがない。更に弓矢も背負っているんだ。同期の間では悪い意味で有名だった。

 先日会った時には棍棒が剣になっていたが、それでも盾はそのまんま。全然強そうじゃないし、今回の模擬戦も胸を貸すくらいのつもりでいた。

 

 それがどうだ。

 

 1戦目はしばし打ち合った後、必勝を期した剣を避けられ、その隙を突かれ負けた。

 

 ならばと挑んだ2戦目。今度は防御を重視して盾を構えて様子を伺っていたら、なんと構えた盾を蹴飛ばされ態勢を崩し敗北。

 

 そして今は3戦目。

 再び打ち合いをしながら勝機を探して隙を伺っていたが、時が過ぎるにつれむしろどんどん俺が不利になっていっている。

 

(なんで!? どうして!?)

 

 同じようにあちらも動いているはずなのに、あいつは多少汗をかいてるくらいで消耗しているようには見えない。にも拘わらず俺は既に肩で息をしている有様だ。

 攻撃も防御もお互い似たような状態なのにどうしてこんなに差が出るんだ。

 いや、本当に似たような状態なのだろうか? 

 俺の攻撃はあいつに当たったとしても、今までの怪物(モンスター)を殺した時のような手応えは感じなかった。逆にあいつの軽く振っているような攻撃を盾で受けたときの衝撃は巨大鼠(ジャイアント・ラット)の体当たりに匹敵するような強さを感じた。

 

(あんな軽く振っているのにどうしてこんなに威力が出る!? どうして俺の攻撃は通用しない!?)

「っ! でぇりゃあ!!」

 

 立て直しを図るために強く剣を振るう。あいつはその攻撃を盾で受け止め態勢を崩した。

 

(! チャンス!!)

 

 やっとできた隙を逃がさないように一気に攻めかかり、剣を振り下ろす。

 頭のどこかで警鐘が鳴っているのを感じる。木剣とはいえ思い切り当ててしまえば怪我は必至。これは模擬戦である。

 そうわかっていても止めることはできなかった。だが、

 

「甘い」

 

 そんな言葉と共に態勢を崩していたはずの青年戦士の身体がブレる。

 気付くと振り下ろしたはずの腕が天を仰いでいた。手に持ったはずの剣の感触もない。

 

 なにが起きた? そんなことを思う間もなく青年戦士の剣が俺の喉元に突き付けられる。

 

「おれの勝ち。……休憩にしようぜ」

 

 警鐘はいつの間にか鳴りやんでいた。

 

 

 

 

 

 

「全敗じゃん。格好悪ぅー」

 

 幼馴染の見習聖女がそんなことを言ってくる。

 

「……」

 

 いつもならムキになって言い返しているところだろうが、そんな気力はない。

 

「……怒った? ごめんってー」

 

 いつもと感じが違うと思ったのかすぐに謝ってくる。だがそれに取り合う気力もない。

 

(俺才能ないのかな……)

 

 そんなことも思えてくる。

 そんなふうに落ち込んでいると、

 

「大丈夫か?」

 

 いつの間にか青年戦士が仲間たちと共にこちらに来ていた。

 

「ああ大丈夫大丈夫。いいとこなしでヘコんでるだけだから」

 

 見習聖女が勝手にそんなことを言う。まあ間違ってないんだけどな……

 

「……なあ。俺は弱いのか?」

 

 思わずそんなことを聞いてしまう。

 

「え?」

「だから! 俺は弱いのかって聞いたんだ! どうせバカにしに来たんだろう!?」

 

 そんなことはない。そんなことはわかっているのに止められない。感情が制御できない。それがまた嫌になってくる。

 

「ちょっと……」

 

 見習聖女が窘めて来る。ただあまりにも普段と違うからかその語調に強さはない。

 

「……ごめん」

 

 カッとなって言ってしまったことをすぐ後悔して謝るが心はまったくすっきりしない。グルグルと薄汚い感情が心を巡っているのを感じる。

 

「……もしかして自分に才能がないとか考えているのか?」

 

 再び項垂れているとそんなことを青年戦士から言われた。

 

「おまえの才能のほどはわからないけど、今回の模擬戦は別におまえが弱くておれが強いとかって話じゃないと思うぞ」

「……え?」

 

 そんな言葉を受け思わず顔を上げる。

 青年戦士は俺のそんな反応に構わず言葉を続ける。

 

「今回の結果は、おれが知ってることをおまえが知らなかった。ただそれだけだと思うぜ」

「知ってる? 知らない? どういうことだ」

 

 青年戦士はしばし考えるようにしてから言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「まず思ったのは……こいつ武具の使い方下手だなってことだったな」

「うぐっ!」

 

 いきなり痛いことを言われる。所詮俺は田舎者。特に戦い方なんか習ったことはないからしょうがないところだともいえるが。

 

「剣を振るにも盾で防ぐにも意図ってのが見えなかったな」

「意図?」

「例えば……」

 

 そう言って剣を振り始める。その振り様は特に派手さも早さも強さも感じない。強いて言うなら堅実……隠さず言うなら地味といったところだろうか。

 

「これが俺の剣の振り方。……地味とか思ってないか?」

「……」

「いや、それでいいんだ。おれの剣は確実に当てるためや、次に動きやすいように強く振らないようにしているからな。むしろブンブン振ってるように感じられたらヘコむ」

 

 それはわかったけど……

 

「それでいいのか? 敵が倒せないとかないのか?」

「あるさ。でも最初から一撃で倒そうとしてなければ別に問題ないのさ。基本的には傷つければ怯む。怯んでる間に仕留めればいいだけなんだから」

 

 そう言って更に剣を振る。そういう考えを聞いてから見れば、なるほど。確かに隙が少ないように見える。

 

「逆におまえは倒すことを意識しすぎて大振りになることが多かったな。特に1戦目はそれで負けてる」

 

 言われて思い返す。確かになにも考えずに……正確に言うと都合の良いように考えて思い切り振りかぶって攻撃しようとして避けられた。

 

「攻撃タイミングも攻撃の軌道もまるわかりだったぜ。だから避けられた。相手の動きが読めるってことはそれを利用できるってことだからな」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。自分の考えの浅さを見破られて恥ずかしくなってくる。

 

「武器なんていうのは当てるだけでも重症や致命傷を与えやすいんだ。無理に強力な一撃ってのを狙う必要はない。むしろ当てることが肝要だとおれは思うぜ」

 

 そう青年戦士は締めくくる。

 

「……盾の扱いに関しては?」

「おお、そうだな」

 

 そう言ってまた再び考え込んでから青年戦士は口を開く。

 

「たぶんだけどおまえ、盾ってのは攻撃を防ぐための物って意識があるだろ? おれは凌ぐための物だと思ってる」

「防ぐと……凌ぐ?」

 

 何が違うんだ? 

 

「まあやってることはさほど違いはないけどな。凌ぎ方の1つとして防ぐって手段もあるって感じかな。おれにとっては」

「えーっと……」

「まあこれも見てみないとわかんないか」

 

 そう言って女武闘家と俺に立ち会うように言ってくる。

 

「おまえは盾を構えてこいつの攻撃を防ごうとしてくれ」

 

 その後離れる前に女武闘家に一言二言話をしてから合図を出す。

 

「でやぁ!」

「ぐぁ!?」

 

 女武闘家の攻撃はさっきの戦士の一撃とは比べ物にならないほど重い。踏ん張れずに吹っ飛ばされたほどだ。

 青年戦士が近づいてくる。

 

「あー、大丈夫か? まあ今のが防ぐだな。で、これが」

 

 そう言って今度は青年戦士が女武闘家の前に立ち盾を構える。 

 

「せいっ!」

「ふっ!」

(あっ……)

 

 違いがあると言われてたから、傍から見てたからわかった。

 突き出した盾で攻撃で受けたと思ったら腕を折りたたみ更に後ろに跳躍をしていた。

 後ろに下がりはしたが、ズザリと土を踏みしめたあいつの態勢は崩れているとは言い難く追撃が来ても対処は容易だろう。

 

「と、今のが俺の言う凌ぐだな。守りで重要なのはとにかく態勢を崩さないようにすることだ。強い攻撃なんかは無理に受け止めようとするんじゃなくて、受け流すことも候補に入れるべきだな」

 

 そう言って他のやり方も教えてくれた。盾を傾けて弾くとか、攻撃を受けた瞬間に体を回して衝撃を逃がすとか。あとは低く構えることで狙いを絞ったり、間合いを調整することで相手の攻撃方法を制限するやり方なんかも教えてもらった。

 

「あとは……これかな」

 

 そう言って再び女武闘家と立ち会う。そして、

 

「ココっ!」

 

 今度は攻撃に合わせてむしろ女武闘家に近づいた。そして攻撃を受けた瞬間に更に盾を押し付けるように振るう。

 

「わっ!?」

 

 そして攻撃した側の女武闘家の方が態勢を崩した。

 

「今のは……」

「お? 気付いたか。そう3戦目の最後にやったやつだ。相手の攻撃を殺しつつ受け、その力を逃がしたり跳ね返したりして相手の態勢を崩す。おれはパリィと呼んでいる」

 

 パリィ……そんなことができるのか。

 

「わかったか? これが知ってるか知らないかの差だ。別に難しいことはなかったろ?」

 

 確かに。言われてみればそう思う。自分でできるかどうかはまた別の話だろうけど、やっちゃいけないことを知ってるだけでも不利になりづらかったかもしれない。

 

「んじゃ、おまえもパリィを試してみな」

 

 そう言ってまた女武闘家に話をしてから離れて合図を出す。そして、

 

「でや!」

 

「ぐえ!?」

 

 ものの見事に失敗した。というか、フェイントを掛けられて攻撃を受けることすらできてなかった。 

 

「まあこんな感じに相手は同じように動いてくれるわけじゃないので注意は怠らないようにな」

 

 わかるけど、それを実戦で教えようとしなくてもいいだろ……

 

 

 

 

 

 

 その後も訓練を続けてしばらくした時だった。

 

「精が出るな! 若者たちよ!」

 

 声を掛けてきた人がいた。

 

「あ、あなたは……」

 

 そこにはいたのは吟遊詩人に謳われるような姿をした女騎士。

 白銀の騎士甲冑に身を包む見目麗しい女。大盾に両手持ちも可能な長剣を装備している。

 この辺境において『最高』と称される冒険者の一党の一人だ。

 

「どうだ? お前たちさえよければ私が手ほどきをしてやろう」

「ほ、本当ですか!?」

 

 まさか、こんな幸運に巡り合うことができるなんて! 

 なぜか傍らの青年戦士は焦ったような仕草をしているが、こんな幸運に飛びつかないでどうする。

 

「よろしくお願いします!」

「その意気や良し! では、いくぞ!!」

 

 そう言って女騎士は戦士から奪った木剣で切りかかってくる。

 

(よし、今度こそうまく凌いで……)

 

 考えられたのはそこまでだった。なんとなく、青年戦士に聞かないといけないことが増えたと思った。

 

 防ぐことも凌ぐこともできない一撃にはどう対処すればいいんだ、と。

 

 

 

 

 すさまじい威力の攻撃を受けて吹き飛ばされ意識が飛ぶ直前、頭を抱える黒い鎧を着た重戦士の姿が見えた気がした。

 

 




これにて『新米戦士と見習聖女』編は終了。
前半は『相性ってあるよね』って話。
人がいればいいってもんじゃなくて役割分担とかも重要になってくるので、一党結成は見送りとなりました。書かなかったけど将来的に一党に人員追加したい時に追放とかしなきゃならないのは面倒ごとにしかならないと思っていたり。

後半はダークソウルの戦闘技法なんかの考察とか。
ゲーム的には盾構えてれば全部受け止めてくれるし、タイミングよく盾を振ればパリィができるし、ローリングすれば攻撃よけられるけど、リアルでそんなことできるわけないよなぁってことでいろいろでっち上げてみました。

女騎士さんは『秩序にして善』でありいずれ聖騎士に至る(自称)自分は後進を指導するのも役目か、みたいなことを考えて、熱血教師ゴッコしに来ました。


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黒曜等級

誤字報告ありがとうございます。

まだ日常回。

今回は話を進めるための準備回と周りから見た戦士くんたちな話になるかな。


 ある日の依頼終わりのこと。

 

「おめでとうございます!」

 

 という受付嬢の言葉と共に、おれたちは黒曜等級へと昇級したのだった。

 

 

 

 ……いやもうちょっとくわしく話をしよう。

 おれたちはいつも通り達成できそうな依頼を選んで出かけ、無事達成して戻ってきた時だった。

 

「みなさん、この後お時間よろしいですか?」

 

 そう言ってきたのは受付嬢。いつも通りの笑顔ではあったが、どこかいつもより嬉しそうにしているように感じた。

 お互い顔を見合わせ特に問題ないようなので答える。

 

「はい。大丈夫です」

「少々お話があるのでこちらに来ていただけますか」

 

 そう言って案内されたのはギルドの奥に作られた一室。そこで待つように言って受付嬢は出て行ってしまった。

 

「……え、おれたち何かしたっけ?」

「さあ……」

「何かしらね……」

 

 そんなふうにお互い顔を見合わせしばらく待っていると、今度は監督官の女性と見覚えがある気がするチェインアーマーを着た先輩冒険者を連れた受付嬢が入ってきた。

 

「お待たせしました。では始めましょう」

 

 そして面接のようなものが始まった。

 といっても当たり障りのないことを聞かれた程度で何か疑われている気配などは特になく。何が何やらわからないまま困惑していると監督官が種明かしをしてくれた。

 

「ごめんなさいね。実はこれは昇級の為の面接なの。この人がお気に入りの新人にサプライズをしたいとか言い出してさー」

「ちょ、ちょっとそれは……」

 

 そういうことらしい。なんでも冒険者の昇級には『依頼達成による報酬総額』と『社会への貢献度』、そして『問題のない人間性』の持ち主であることが求められるらしく、これはそれを確認するための面接だという。本来は事前に昇級の為の面談をすることを告知するらしいのだが、今回は受付嬢の悪戯心によりこんなことになったらしい。話を事前に聞いていたのだろう先輩冒険者もおれたちの困惑ぶりを笑っていた。

 

「こほん! とにかく! 面接はこれで終了です。みなさんの人柄に問題がないことは確認されました。監督官さんも異論はありませんね?」

「はい。問題ありません」

 

 監督官が形式に則り承認を下す。笑いをこらえながらだったが。

 そしてあらかじめ用意していたのだろう。受付嬢の座っていた机の中から3枚の黒い板を取り出しおれたちに差し出してきた。

 

「おめでとうございます。皆さんはこれより黒曜等級の冒険者となりました。これからも頑張ってくださいね」

 

 差し出された黒い板、黒曜等級を示すドッグタグを受け取る。そうしておれたちは黒曜等級の冒険者になったのだった。

 

 

 

「「「……」」」

 

 部屋を出てから改めて首にかけたドッグタグを3人で眺める。

 

「……なんか実感ないな」

「うん……」

「そうね……」

 

 確かに条件は満たしたのだろう。しかしやってる側としてはまだまだ失敗や知らないことも多く、上に行けるとは思っていなかった。反応を見るにみんなも同じ思いだったのだろう。

 

「あーもうやめやめ! 私たちは黒曜等級に昇級した。それを認めましょう。そのうえでまだまだということは忘れずに精進しましょう」

 

 女魔術師がそんなことを言ってくる。まあここで考え込んでても仕方ないか。

 

「そうだな。そうするか」

「……あ! じゃあさ! これから掲示板で依頼を確認していかない? 黒曜等級になったんなら受けられる依頼も増えるんでしょ?」

 

 幼馴染がそんな提案をしてくる。おれたちもそれに賛成して掲示板前に移動することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロビーの方に移動して掲示板の方に向かおうとした時だった。

 

「『インフラマラエ(点火)』」

 

 街の中では通常聞こえるはずのない呪文を唱える声が聞こえた。なんだと思いあたりを見回すとロビーの端の席に妖艶なる魔女が煙草に火をつけているのが見えた。その席におれたちの仲間であった女神官の姿も見える。

 しばらく話をした後にひらりと手を振って人混みの中に消えていった。なんだと思いながら声を掛けてみることにする。

 

「神官さん」

 

 その声を聞いておれたちがいたのに気づいたのだろう。俯かせていた顔を上げた。

 

「みなさん……お久しぶりです」

「その……大丈夫か?」

 

 遠目で見たときは気づかなかったが、だいぶ疲労しているように見えた。

 

「ええ……まあ……」

 

 そうは言うがとても大丈夫には見えなかった。なにを言うべきかとしばし逡巡した時だった。

 バタン! と2階の扉が閉じた音がした。そちらを見るとずかずかと無造作に降りて来るゴブリンスレイヤーが見えた。そのままカウンターの方に向かい告げる。

 

「ゴブリンだ」

「やっぱり余所からの依頼だったんですね!」

 

 おれたちより先に部屋を出て事務仕事をしていた受付嬢が応対をしていた。なにやら遠出の依頼のために、受けていた依頼の報酬を求めているようだった。

 そんなやり取りを眺めていると傍を通り過ぎる影があった。女神官だ。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 しばらく悶着していたが話は纏まったらしく花のような笑顔を浮かべ受付へと向かっていった。

 それを眺めていたら今度は2階から纏まりのない集団が下りてきた。

 

「ちょっと、オルクボルグ! 私も行くわよ!!」

 

 そう言ったのはすらりと背の高い細身の麗人だった。浮世離れした美しさの顔の耳は笹の葉状に尖っており森人(エルフ)の女性であることがわかる。

 

「やれやれ、とんだ偏屈者じゃのう……」

 

 そう愚痴りながらも面白そうに言ったのは、禿頭に長い白ひげ、ずんぐりむっくりした体型のおそらく鉱人(ドワーフ)男性。

 

「子鬼殺し殿。拙僧も参りますぞ」

 

 そう言ったのは見上げるような体躯に全身を覆う鱗を持つ蜥蜴人(リザードマン)の男性だった。

 なんなんだあの集団はと思っていたら女神官がゴブリンスレイヤーの元に戻り、3人が合流しそのまま連れだってギルドを出て行ったのだった。

 

 

 

「なんだったのあの人たち……」

 

 幼馴染がおれたちの意見を代弁するように言った。

 

「さあ……それよりあの娘大丈夫なのかしら……」

 

 女魔術師も心配そうに言う。

 

「余計なお世話かもしれないけど……今度労ってやるか」

 

 おれもそんなことを言うのだった。

 

 

 

 




受付嬢的には戦士くんたちは優秀な新人というより、自分を頼ってくれる素直な弟分的な立ち位置になっています。

姉貴分で姉気分。
いたずらを仕掛けようという程度には気に入っています。


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袖触れ合うも多少の縁

女神官視点です。


 妖精弓手さんたちが持ってきた森の近くの遺跡のゴブリン退治の依頼の後、帰りの馬車の中でのことでした。

 

「そういえばあなた、ギルドで3人の新人と一緒だったじゃない? 知り合い?」

 

 思い出したかのように妖精弓手さんが発した問いは、わたしの胸を締め付けました。

 その時は思わず言葉を詰まらせてしまい黙り込んでしまいましたが、しばらくすると鉱人道士さんが執り成してくださり事なきを得ました。

 でもその後もしばらくその問いは頭から離れてくれませんでした。

 

 ギルドで一緒にいた3人。青年戦士さんと女武闘家さんと女魔術師さん。わたしの初めての冒険での仲間だった人たち。

 

 ゴブリンスレイヤーさんの依頼について回り、あまりギルドにいないわたしでも話を聞いたことがあります。

 曰く、新進気鋭の新人の一党だと。

 新人が冒険に出るとゴブリン退治でもネズミ退治でも怪我をするのは当たり前、帰ってこないことも日常茶飯事の中、毎日ほぼ無傷で帰還し受けた依頼も今まで一度も失敗していないらしいです。

 

 高火力の魔法が使える大砲役の女魔術師さん。

 

 素手ながら鍛えた身体と技で持って高威力の一撃で敵を屠る女武闘家さん。

 

 そしてどこで覚えたのか戦いというものを知っているかのような、慎重派の青年戦士さん。

 

 わたしがゴブリンスレイヤーさんについていくことにすると言った時もダメだったら戻って来いと言ってくれたやさしい人たち。

 あの人たちはわたしのことをどう思っているのでしょうか? そしてわたしとあの人たちはどんな関係性と答えるべきなのか……

 

(悪く思われていなければ、いいのですけど)

 

 今回の依頼の前にも心配そうに話しかけられていたのに、思わずゴブリンスレイヤーさんに食って掛かってしまい置いてきてしまいました。

 

(今度謝るべきですね)

 

 そんなことを思いながら、辺境の街に思いを馳せるのでした。

 

 

 

 

 

 

 ガヤガヤと、ザワザワと、いつものように喧騒に包まれた夜の酒場。わたしは今そこで、

 

「えー、では。神官さんの黒曜等級昇級を祝って!」

「「「かんぱーい!!!」」」

「か、かんぱーい……」

 

 青年戦士さんたち3人が催した宴会に参加していたのでした。名目はわたしの黒曜等級昇級を祝って。

 わたしはあの依頼の後昇級してそれをゴブリンスレイヤーさんに報告をしていたところをみなさんに見られ、それで今日の宴会を企画されたようでした。

 

 ……というか、

 

「あの……みなさんも昇級されてますよね……?」

 

 そう。気付かなかったのですが、あの依頼の前にみなさんも昇級をされていたそうなのです。

 

「みなさんのお祝いは……?」

「あー……」

「えーと……」

「そう、なんだけどね……」

 

 なぜかみなさんの歯切れが悪くなります。

 

「いやー昇級は確かにしてるんだけどなんか実感なくてな……」

「今のところ大きな怪我なんかはしてないけど、いろいろ失敗なんかもしてるからね……」

「そんな感じだったから、特に祝おうって気にはならなかったというか……」

「いや祝いましょうよ! みなさんの努力の結果なんですから!」

 

 過信したり傲慢になるのは良くないと思いますけど、さすがにこれは気にしすぎなのでは……

 そう思ってわたしは言いました。

 

「乾杯をやり直しましょう! わたしの昇級と、みなさんの昇級を祝って! かんぱーい!!」

「「「か、かんぱーい……」」」

 

 そうして改めて宴会を開始しました。

 といってもそんなに豪勢なものではなく、いつもの食事にお酒を付けた程度の物。わたしは果実水(ジュース)ですけど。

 

 しばらく歓談をしながら食事に舌鼓を打ってると少し気持ちが落ち着きふと不安に思ってしまいました。

 まだみなさんに謝罪もしてないのに、みなさんの厚意に縋ってばかりでいいのか、と。

 

「……」

「どうした?」

 

 突然黙り込んだわたしを不審に思ったのか、青年戦士さんが心配そうに話しかけられました。

 

(そういえば、あの時も心配そうにされていましたね……)

 

 そう思い一つ、息を吸う。そして話始めました。

 

「あの、すみませんでした……」

「え、なにが?」

「その……このあいだの依頼に出る前に話しかけていただいたのに、そのままゴブリンスレイヤーさんについて出て行ってしまいましたし……。それに初めての冒険の後も一党を抜けてしまって……」

「……ああ、別にそんなこと気にしなくていいのに」

 

 青年戦士さんはそう言ってくれました。

 気にしていないと言ってもらえるのはうれしくは思いますが、でも……とそう思ってもしまいます。

 

「……確かに、何も思うところがないって言ったら嘘になるわ」

 

 女武闘家さんが言います。

 

「でもしょうがないじゃない。あなたは信仰のため? だっけ。その信仰のために冒険者になったんでしょ? それでゴブリンスレイヤーさんについていくべきだって思ったんでしょ?」

「それは……はい」

「ならそれでいいのよ。あなたにはあなたの事情がある。あたしたちにもあたしたちの事情がある。それなのにあたしたちについて来いとは言えないわ」

 

 女武闘家さんはそう言って許してくれました。

 

「冒険者は一期一会っていうのも普通のことらしいわよ。同じ一党での活動をメインにしつつも、何か理由があって別の人たちとも冒険に出る。あなたはたまたま1回目の冒険と2回目以降の冒険で仲間が違ったというだけよ」

 

 女魔術師さんもそう言ってフォローしてくれました。

 

「まあ、それでも気になるというならまた時間がある時に付き合ってくれればいいさ。友達なんだからさ」

 

 青年戦士さんがそう締めくくってくれました。

 

「友達……」

「そう、友達。……え? 違う!? おれがそう思ってるだけ!?」

「……いいえ」

(友達。友達ですか……)

 

 オロオロし始めた青年戦士さんを少し面白く思いつつ、その言葉を噛み締める。心が温かくなるのを感じました。

 

 

 

 そうして少し黙り込んでしまった時でした。

 

「なーにしんみりしてるのよ!!」

 

 突然別の席から飛び込んでくる影が1つ。妖精弓手さんだ。

 

「初めまして! 私は今度からこの子と一党を組むことになった者よ。よろしく! ね、あなたからこの人たちのことを紹介してくれない?」

 

 そうわたしに話を振ってきました。

 紹介。そう言われて思わず口角が上がりました。

 ならばと口を開き紹介を始めます。

 

「こちらの方たちは、それぞれ戦士さん、武闘家さん、魔術師さん」

 

 そこまで言って一つ息を吸い、そして告げます。

 

「わたしの、お友達です!」

 

 そうしてわたしは、わたしの自慢のお友達をわたしの新たな仲間に紹介したのでした。

 

 

 




今回はこれまで。

女神官の昇級が戦士くんたちより遅いのは、原作より人間的評価がギルド的に悪いからです。
原作においては一党が全滅しても冒険者を続けようとする健気な少女でしたが、今作においては同期の一党を捨てて銀等級についていくという感じなので若干マイナス評価をされています。つまり作者のせいです。
あとは原作でも鋼鉄等級昇級の際に問題になりましたが、実力を疑問視されているのもあります。今までソロで活動していたゴブリンスレイヤーに白磁の神官が追加されたところで意味があるのか?と思われています。

今回の依頼で妖精弓手たちからも評価されたことと、戦士くんたちが昇級したから示しもつくだろうということで昇級となりました。

あとは2話くらい日常回兼準備回をやって牧場防衛戦で2章は終わる感じになりますかね。


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死を思え(メメント・モリ)

投稿14話目なので『死』ネタです。14へ行け。

今回は戦士くん掘り下げ回です。


「ふっ……ふっ……」

 

 剣を振るう。振り上げて、振り下ろす。息を吸っては振り上げて、息を吐きながら振り下ろす。死を思え(メメント・モリ)

 強さはいらない。派手さもいらない。小さく、鋭く、(はや)く……はないかもしれないけれど。

 飽きもせずに、素振りを繰り返す。

 

「ふっ……ふっ……」

 

 重心を傾け、地面を踏みしめる。生み出された力で胸を反らすように剣を振り上げる。

 再び重心を傾け地面を踏みしめる。今度は地面に向かおうとする力を逃さぬように身体を操作しながら再び剣を振り下ろす。

 自分が身体をうまく使える事を確認しながら、よりうまい身体の使い方を模索しながら素振りをする。

 

「ふっ……ふっ……」

 

 暑さの上昇も収まり柔らかな風が肌を撫ぜる、時刻にして午後4時頃。

 おれはギルドの裏の草原で鍛錬をしていた。

 

 あの宴会はあの後、女神官の新たな仲間である妖精弓手と鉱人道士、蜥蜴僧侶が参加したことにより当初の予定とは違い純粋な飲み会の体を成した。

 そしておれたち3人は見事飲み潰され二日酔いとなったのだった。

 今日は全員使い物にならないということで朝会った時に今日は休みにしようということになった。

 午前中は気持ちの悪さに苦しみながらも自室で休み、午後になったらだいぶ収まったということで感覚を取り戻す意味も込めて鍛錬をしていたのだった。

 

「ふっ……ふっ……ふう」

 

 鍛錬を初めてからだいぶ時間も経ち、そろそろ一息つけるかと剣を下ろし空を見上げる。

 まばらに千切れた雲の隙間から見える濃い青を帯び始めた高い空は、夏の訪れを予感させている。

 

(そういえば……こんな日だったか)

 

 ふと思い出す。あの日もこんな空だったなと。

 

(あいつのオヤジさんが死んだのは)

 

 

 

 

 

 

 10歳くらいのころだったと思う。

 そのころのおれは死生観……というのだろうか。そういった感性が、物を知らない子供だからというのとは関係なく狂っていたと思う。

 当たり前だ。夢とはいえ、幾度も死んでるんだ。しかも眠れば再び同じような夢を見る。まるで蘇るみたいに。そのうちどうせ死んでも生き返る、みたいな考えを持つのは必然だった。

 そんな考えを持っていた当時のおれはかなりのお調子者だったと思う。現実でも死んでも目が覚めるだけだ、みたいに思っていたのだ。

 だから将来冒険者になって夢の中みたいに強力な怪物を倒し英雄になるのだと、そんな都合がいい考えを持っていた。

 

 それが変わったのが幼馴染のオヤジさんが亡くなった時だった。

 今日みたいな夏の前のある日のことだった。いつものように朝のうちに家の仕事を手伝い、午後は幼馴染と遊んでいた。遊んでいる途中でふと幼馴染が何かに気付いたように家に帰ってしまい、おれも家に帰ってしばらくたった時だった。

 幼馴染が慌てておれの家に飛び込んできた。物凄く焦っている感じでおれの親に捲し立てていた。親も何が何やらわからないといった感じをしていたのを見て、おれが幼馴染を宥めて落ち着かせ話を聞くと家に帰ってしばらくするとオヤジさんが倒れたのだという。

 話を理解した親は家を飛び出し、幼馴染の家に向かった。おれもその後を幼馴染と共に追う。

 幼馴染の家に着いたおれたちが見たのは床に倒れ伏す幼馴染のオヤジさん。おれたちが幼馴染の家に慌てて向かうのが他の村の人にも見られたのか、近所の人たちもなんだなんだと顔を見せに来た。

 そうして大人たちが倒れたオヤジさんを調べて首を横に振るのが見えた。そうして幼馴染にこう伝えたのだ。

 

「残念だが……君のお父さんはもう亡くなっている」

 

 それを聞いて泣き崩れた幼馴染のことは今も覚えている。そしてそんな幼馴染を不思議そうに思ったことも。

 翌日、村人たちの手によって幼馴染のオヤジさんは葬られた。

 幼馴染は何日も塞ぎ込み、そんな姿を俺も見続けていた。2日経ち、3日経ち、オヤジさんが蘇ってこないことを不思議に思い、親に聞いたんだ。

 

 あいつのオヤジさんは蘇らないのかって。

 

 そんな無神経な問いを発したおれに、親は一瞬カッとなって怒鳴ろうとした。しかしすぐに思い直しておれを諭すように話してくれた。

 

 人は死んだら終わりなんだって。

 

 それからだ。現実では夢みたいに死んでも目が覚めるなんてことはない、死ねば終わりなんだって思うようになったのは。そして、おれは世の英雄みたいになれない、そんな特別な存在じゃないって思うようになったのは。

 話に聞く英雄たちはみんな、ただ偉業を成したから謳われるようになったんじゃない。偉業を成して、()()()()()()()()から謳われるようになったんだ。

 

 そう悟ったんだ。そして幾度も死ななければ怪物を倒すことができなかったおれはそんな器じゃないんだということも。

 

 

 

 

 

 気付けばもう日が傾き空も赤く染まっていた。

 しばらくそんなことを考えていたせいだろうか。休憩を始めてからだいぶ時間が経っていた。

 

 最後に一振り、剣を振るう。それを最後に剣を鞘にしまう。

 そうして改めて思った。

 

(死ねば、終わりなんだ)

 

 

 

 その思いを噛み締めるように一度瞑目をする。そしてギルドへと帰っていったのだった。

 

 




そんなこともあり、戦士くんは慎重派になりましたとさ。


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先達の手解き

今回は先輩冒険者回

視点が『青年戦士』→『槍使い』→『重戦士』と変わっていきます。


 おれは今辺境最強と名高い槍使いと相対していた。

 

「よーし、どっからでも掛かって来やがれ!」

(どうしてこうなった……)

 

 

 

 事の発端はそう、

 

「槍がほしいな」

 

 というおれの発言だった。

 

「なんでよ。剣があるじゃない」

 

 幼馴染がごもっともなことを言ってくる。

 

「いや、そうなんだけどさ」

「何か理由があるの?」

 

 女魔術師も口を挟んできた。

 

「ほら、おれたちのやり方だとおれが最前衛で壁役やってる時は剣でいいんだけどさ」

「うん」

「こいつが最前衛で戦ってる時は、おれはいざという時の交代要員とあんたの護衛も兼ねてるだろ?」

「そうね」

「その時に手持無沙汰だよなーって」

 

 そうなのだ。当たり前だが剣は決してリーチが長いものじゃない。ある程度距離があると届かなくなり、できることがなくなってしまうのだ。

 

「で、そういう時に槍だと遠間から牽制だけでもできるし、なにより突きは小さいモーションでも高い攻撃力が期待できるからあって損はないと思うんだけど」

「ふーん……そういうことなら、買っちゃえば?」

 

 ということで買うことにしたのだが、どこからかその話を聞きつけた槍使いが、

 

「なら俺が使い方を教えてやるぜ!」

 

 ということで今に至るのだった。

 

 

 

(……いや切り替えよう。これはチャンスなんだ)

 

 そうだ、こんな機会は他では絶対にありえない。

 

(現役最高峰の槍の腕、味わわせてもらおう)

 

 そう思い、手に持った模擬戦用の槍代わりの棒を突き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(気に入らねぇな)

 

 最近我が麗しの受付さんに言い寄っている男がいる。

 そいつは最近売り出し中だか新進気鋭の新人一党だか知らないが、田舎者の戦士の男。

 受付さん的にはただの近所のガキか弟かといった立ち位置みたいだが、男の方がどう思っているかわからん。いやあれほどの美人に良くされて惚れない男がいるものか。

 かといってそんなガキにいちいち目くじら立てるのも器が狭いというもの。今は静観の時かと思っていたが、どうもそのガキが今度槍を買うという話を聞いた。

 

(あいつは確か剣を持っていたはずだが……)

 

 ということは武器を変えようというのか。

 

(気に入らねぇ。男だったらこれぞと思った武器を極めるもんだろうが)

 

 とはいえそれで槍を選んだというところは認めてやらんでもない。

 これはもしかしたらチャンスかもしれない。

 

(あいつに槍の手ほどきをしてやることで、受付さんに好印象を抱いてもらえるかもしれない!)

 

 そうと決まれば善は急げ。ということであのガキを見つけて誘ってやったんだが。

 

 なんなんだこのガキは。

 どれだけできるか確認するために自由にさせてみたら、ギリギリ棒が届く間合いでチクチク突いてくるだけ。

 

「ほう」

 

『辺境最強』と謳われ、現役最高峰の槍使いと自他共に認める俺には持論がある。

 すなわち、『槍』こそが最強の武器であるということだ。

 

 槍のことを『遠間から突くだけの武器』などと言う物の道理がわからん奴もいるがそんなことはない。

 柄を長く持ち、突きは勿論のこと、穂先を引っ掛けるように斬る、振り回して叩き潰す。柄の中ほどを持って穂先や石突きを叩きつけたり、柄による防御や押し付けての拘束、他にも移動などの多種多様な技。近づかれたとしても更に柄を短く持ち穂先による突きや切り裂き、武器の長さを活かした足払い。そして単発なれど高威力の投擲。

 

 勿論使用者の腕や槍の品質にもよるが、遠中近すべての距離、どんな状況にも対応できる万能の武器。それが『槍』だ。

 間違ってもこのガキみたいに突くだけの武器じゃない。

 

「おもしれぇ……!!」

 

 このガキは一見物の道理がわからん奴だ。だがよく見ればこいつなりに考えられてることがわかる。

 間合いギリギリを保つのは状況を見極めるための余裕のため。チクチクと突いてくる……手打ちの突きを多用するのはどんな状況にも即応するために隙を作らないため。

 そして『遠間から突くだけの武器』として使ってるのはそれが何よりの強みだからだ。今回は俺も槍持ちだから意味はないが、相手の攻撃が届かない距離から一方的に攻撃できる。それに勝る強みなどあるものか。

 

 こいつは『槍』という物をわかってる奴だ。

 

(槍の使い方を教えてやろうかと思ったが、ヤメだ)

 

 ベロリ、と舌舐めずりをして意識を切り替える。

 

(さあて、この手強き不届き者をどう料理してやろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかやるな、あいつ」

 

 俺の傍らに立つ女騎士が感心したような声を漏らした。俺も黙って首肯して肯定する。

『辺境最強の一党』と称されていようと、ウチのガキどもはまだまだ未熟。

 ということで一党の頭目として今日も今日とて訓練をと思っていたら、『辺境最強』の槍使いがこの間ウチの女騎士が迷惑をかけた戦士のボウズを連れてきた。

 最初は指導目的みたいだったが、何故か模擬戦をするみたいになったので見学をさせるかと思って見ていたのだ。

 

「……あの、そんなにすごいんですか? あの人」

 

 そう聞いてきたのは圃人(レーア)の少女巫術師(ドルイド)。さすがに後衛職には伝わらんか。

 

「そうだな、少し解説してやるか。おい、お前らもよく見とけよ。……バカ、お前らが見るのはあっちだ」

 

 槍使いの方に魅入っていた半森人(ハーフエルフ)の軽戦士と只人(ヒューム)の少年斥候(スカウト)にも声を掛ける。

 槍使いは見てもしょうがない。あいつのあれは天才の御業だ。真似しようとしてできるものじゃないし、真似できるほど才能があるなら真似なんかする必要はない。

 

「まずは間合いの取り方だ」

 

 あのボウズは自分の攻撃が届くギリギリを保ち、攻撃を仕掛けていた。いや、正確に言えば相手の攻撃が届かない所に陣取りつつ、攻撃をする時だけギリギリ攻撃が届く所まで踏み込んでいると言うべきか。

 

「今回は相手が同じ槍使いだからわかりづらいかもしれないが、あの間合いを保っていれば相手の攻撃に対応してから動くことができる」

 

 相手が攻撃をしたければ間合いを伸ばす類の攻撃をするか、近づくかする必要がある。そういう類の行動は多かれ少なかれなんらかの予備動作(モーション)が発生する。

 そいつを見て動けるなら回避も防御も思うまま。うまくいけば、

 

「おっと!? やるじゃねーか」

 

 攻撃の軌道を見切ってのカウンターを決められる。今は槍使いの突きを見切り、紙一重で躱しながら突きを打っていた。

 どんなベテランでも攻撃の瞬間は隙ができるものだ。そこをつけるなら大きな効果が期待できる。突きというものはもともと高い威力が有る。それこそカウンターなら突き出すだけで必殺を狙ったり重症を負わせることができるだろう。

 

「お、ちょうどいいな」

 

 今度はボウズの方が攻勢に打って出た。と言っても間合いギリギリを出たり入ったりして突いてるだけだが。

 

「ああいうのは地味に見えるが、やられる側としてはかなり嫌に感じるもんだ」

 

 ボウズの突きは威力は大したものじゃないが、隙が小さい。そこを突こうとしても間合いギリギリを出たり入ったりしてる関係で反撃しようとした時にはもう間合いの外とか、だからといって追って行こうとすればかえってこっちが隙を晒すことになるだろう。

 

「っ!!」

 

 しかもボウズは盾持ちだ。攻撃する時も防御の意識は忘れていない。ボウズに攻撃を届かせたければ距離の壁を越え、盾をうまく搔い潜る必要がある。それができなければ今みたいに盾に弾かれて終わりだ。下手をすればカウンターを取られて生命が終わることになるだろう。

 

 そして攻撃も防御もリスキーとなるとどうするかと考える必要が出てくるわけだが。

 

「うお!? アブねっ!」

 

 そうなると意識に隙ができる。今回はおそらく槍使いの方は思いのほかできるボウズにどこまでやるか考えたってところなんだろうが、そこを隙と見たボウズが今までの消極的な感じとは打って変わって飛び掛かるように突きを繰り出した。

 槍使いは流石といったところか言葉とは裏腹に余裕で躱したが、本来ボウズが戦う相手の力量(レベル)であればあれで決まりだろう。

 

「お?」

 

 しかもそのまま攻勢に移るでもなく距離を取って仕切り直した。それも追撃を警戒してか転がるように横っ飛び(ローリング)して一気に距離を取った。そして再び間合いギリギリを保つ。

 

「嫌だねぇ、ああいうのとやりあうのは」

 

 その戦いぶりに思わず本音が漏れる。

 

「あなたでもですか?」

 

 軽戦士が聞き咎めたのか問いかけてきた。

 

「ふん……別に問題にもならんがな。まあ、面倒には感じるってところだ」

 

 素直に称賛するのが気に入らず思わずそんなことを言ってしまった。まああながち間違いでもないんだがな。

 ただ強い奴より、ああいう堅実な奴の方が厄介だ。

 

(しっかし本当にどこで身に付けたのかね、あんなやり方)

 

 観戦と解説に戻りながらも、そんなことを考える。

 こいつらは気づいてないと思うがああいうのは経験者(ベテラン)のやり口、それも膨大な経験があって初めてできるやり方だ。あのボウズの年齢でできるものじゃない。才能が有ればできるというものでもない。

 しかも前衛でできるようになるには相当死に掛けるような経験が必要になる。そしてそんな経験をしてれば仮に生き残ったとしても傷は絶対に残るのに、そういったものもない。

 

 自らの顔に刻まれた傷痕をなぞりながら更に考える。

 

(あのボウズの年齢でああいうことができるようになるには……そうだな)

 

 以前聞いた与太話みたいに、凄腕の冒険者が輪廻転生とやらで転生した……とかな。

 さしずめ、魂の冒険者(ソウル・アドベンチャラー)ってところか。

 

(まさかな。バカバカしくて笑えてくるぜ)

 

 自分の妄想と言っても過言ではない考えに苦笑を漏らす。

 それを不思議そうに見てくるガキどもを誤魔化し、観戦へと戻るのだった。

 

 

 

「ぐえ!?」

 

 模擬戦はほどなく終わった。勝負は槍使いの勝ち。

 まあ当たり前だ。戦いのようになってたのはあくまで槍使いが手加減してたからだ。

 ボウズが経験豊富な凡人なら、槍使いは経験豊富な天才だ。才能に勝る上位互換に勝つのは至難だ。

 

「はっはぁ!! どうよこの華麗な槍さばきは!!」

 

 華麗な槍さばきとは言っているが、勝負の決め手はあまりにも崩れないボウズに業を煮やした槍使いが手加減を少し緩めたことによる格闘による崩しだ。槍さばきはあまり関係ない。

 

 なのでとりあえずこれだけは言っておいてやろう。

 

 

 

 

「大人気ねーぞー」

「うっせぇよ!!!」

 

 

 

 




スピア

2~3メートル程の木の柄に穂先が付けられただけのスタンダードな槍。辺境の街の兵士の装備にも正式採用されている。
攻撃範囲は狭いが、刃で刺し貫く刺突攻撃は硬い敵にも有効で大きなダメージが期待できる。



これで2章はあとは牧場防衛戦をやって終わりです。やっと準備が終わりました。
冒険者周りやギルドとの縁繋ぎに、武器の打撃・斬撃・刺突と長物が使える紹介、そしてなにより黒曜等級になったのでお出かけができるようになりました。

明日には防衛戦も終わらせられればいいなぁ…

そういえば今更なんですが、主人公の青年戦士とその前世である不死人の裏設定的なものを活動報告に乗せてありますので気が向いたらそちらもどうぞ。


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いつもと違う朝

日曜には間に合わなかったよ……


 おれたちが冒険者となる前から長らく行われていた魔神との戦い。

 近年激化する一方であった冒険者と魔神との戦いは、唐突に終わりを迎えたという。

 なんでも1人の新人冒険者が聖剣に導かれ、数多の冒険の末、魔神王を討ち果たしたという。

 都の方では盛大に宴が開かれ、おれたちの住む辺境の街でも細やかながら祭りが催されるほどだ。

 

 そしてそれからしばらくしてからのこと。

 その日の冒険者ギルドはいつも以上の喧騒に包まれていた。

 見覚えのない冒険者たちが自慢話や失敗談を楽し気に語り、そのたびに武具が擦れ、当たる音が響く。

 混沌の軍勢との戦いに赴いていた冒険者たちが戻ってきたのだ。

 見覚えのある先輩冒険者と帰ってきた冒険者がそんな話をしているのを、新人冒険者や低位の冒険者たちが聞き耳を立て目を輝かせているのが見える。

 

「まあ、おれたちにはあんまり関係ないんだけどな」

「そうなんだけどさ……もうちょっとこう……ないの?」

 

 おれたちはそんな光景を冒険者ギルドの待合スペースで他人事のように何とはなしに眺めていた。

 実際おれたちには関係ないことだ。おれたちが冒険者として登録した頃には既にいなかった人ばかりだったし、話の内容自体も今のおれたちには遥か高みの話だったのだから。

 

「……あんたたちって変わってるわよねー」

 

 そう言ってきたのはゴブリンスレイヤーの一党の妖精弓手。見るからに退屈といった感じで頬杖を突いている。まだゴブリンスレイヤーと女神官がギルドに姿を現していないため、他のメンバー共々おれたちの傍で話をしていたのだ。

 

「変わってる? そうですか?」

「そうよ。普通冒険者って言ったらもっとこう……なんて言うの? 希望を抱いてたり、欲望にギラついていたりするものじゃない?」

 

 そう言われた瞬間、幼馴染と女魔術師が落ち込んだような雰囲気を醸し出した。

 

「……どうした?」

「いや、ちょっとね……」

「ええ……最初の頃を思い出してね……」

 

 そんな2人を不思議に思ったのか妖精弓手が口を開こうとした時だった。

 

 入り口のドアが開きゴブリンスレイヤーがベルの音と共にギルドへと入ってきた。

 

「……?」

 

 普段であれば定位置と言っていいロビーの端の席に向かうか、受付に直接向かうかしているゴブリンスレイヤーは何故かこちらに向かってくる。

 

「ゴブリンスレイヤーだ……」

「アイツ生きてたのか」

 

 いつもと違う行動をするゴブリンスレイヤーに気付いた冒険者たちが口々に話し出す。

 そんな声を歯牙にも掛けずいつも通りの歩調でこちらに歩いてくるゴブリンスレイヤーは待合スペースの前で止まった。

 

「すまん、聞いてくれ」

 

 そしてゴブリンスレイヤーは冒険者たちに呼びかけた。その声は低く、静かだったが不思議と冒険者ギルドに響き渡っていた。彼に気付いていなかった冒険者たちも彼の事を認識し注目した。

 

「頼みがある」

 

 自らに注目が集まったのを知ってか知らずか話を始める。

 

「ゴブリンの群れが来る。町外れの牧場にだ。時期はおそらく今夜。数はわからん」

 

 その言葉に冒険者たちがざわめきの声を上げる。

 

「だが斥候(スカウト)の足跡の多さから見て、ロードがいるはずだ。……つまり百匹はくだらんだろう」

 

 ゴブリンスレイヤーの話は続く。それを聞いて冒険者たちは顔を顰めた。

 正確にはわからないが君主(ロード)というくらいだ。統率に優れた変異種だろうか? 

 たとえ1匹1匹は脅威とならずとも、統率の取れた集団というのはそれだけで脅威だ。

 

「時間がない。洞窟の中ならともかく、野戦となると俺一人では手が足りん」

 

 ゴブリンスレイヤーはそこで一度言葉を切り、周囲の冒険者を睥睨する。

 

「手伝ってほしい。頼む」

 

 彼はそう言って頭を下げた。

 

 

 

 一瞬の沈黙の後、囁きの声が冒険者ギルドに満ちる。

 

「どうする?」

「どうするって言ったってなあ……」

 

 おおむね非好意的な声が聞こえてくる。当たり前だ。普通に考えて危険すぎる。

 

「ねえ……」

「……」

 

 幼馴染がおれに声を掛けてきた。その声には懇願の色を帯びている。恐らくゴブリンスレイヤー(恩人)の助けになりたいといったところなのだろう。だが同時に危険性も理解できるのか強引に推し進めるのも憚られるといった感じだ。女魔術師も同じような気持ちなのだろう。何も言わないがおれの方を見ていた。

 勿論おれも同じ気持ちだ。危険性への理解も含めて。

 

 おれはどう対応すべきなのか考えて押し黙ってしまった。その間もゴブリンスレイヤーは頭を下げ続けている。

 

「…………おい」

 

 停滞する状況を切り裂くように別の低い声が響いた。

 

「お前、なんか勘違いしてないか?」

 

 槍使いの冒険者だ。彼の介入により再び冒険者たちはざわめきの声を上げる。

 

「ここは冒険者ギルドで、俺達は冒険者だぜ?」

「……」

「お願いなんざ聞く義理はねえ。依頼を出せよ。つまり、報酬だ。なあ?」

 

 周りの冒険者に同意を求めるように問いかける。

 それに周りの冒険者達も同意の野次を飛ばした。

 

 それを聞きゴブリンスレイヤーは覚悟を決めたように、告げる。

 

「すべてだ」

 

 それを聞き、野次を上げていた冒険者たちも声を潜める。

 

「俺の持つ物。俺の裁量で自由に決められるものすべてが報酬だ」

 

 ゴブリンスレイヤーは、そう告げた。

 ゴブリン100匹と戦ってくれるなら、自分のすべてを差し出そうと。

 

「命もか」

 

 槍使いはなおも問いかける。

 

「そうだ」

「……なら俺が死ねって言ったら死ぬのか?」

 

 槍使いは呆れたように問いかける。答えは、

 

「…………いや、それは無理だ」

 

 ノーだった。

 流石にこの男でも死ぬのは怖いのか。そう冒険者たちも安堵の息を漏らした時だった。

 

「俺が死ぬと、泣くかもしれん者がいる。泣かせるな、と言われた。俺の命は俺の裁量ではどうにもならないらしい」

 

 そうゴブリンスレイヤーは何でもないようにそんなことを言う。まるで自分1人なら命を捨てる事も躊躇わないと言わんばかりだ。

 再びギルドに沈黙が満ちる。槍使いはゴブリンスレイヤーを見極めんと、ジっと表情を見通せない鉄兜を見つめていた。

 しばしそんな時間が続くが、

 

「……はあ」

 

 と呆れたように槍使いはため息をついた。

 

「おまえが何を考えてんのかはさっぱりわからねえが、本気なんだなってことはわかる」

「ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーは静かに頷く。

 

「俺は本気だ」

「……ど畜生め」

 

 槍使いは頭を掻き毟りながら唸り声をあげる。

 その間おれたちを含めた他の冒険者たちは黙り込みことの成り行きを見守っていた。

 

 しばらく悩むようにうろついていた槍使いは再び呆れたように一つため息をつき、諦めたように口を開いた。

 

「お前の命なんかいるか……この野郎、後で一杯奢れ」 

 

 そう言ってゴブリンスレイヤーの胸を拳で叩いた。

 それを受けてゴブリンスレイヤーは、表情はわからないが呆然としているようだった。

 

「なんだよ。ゴブリン退治の相場だろうが。銀等級が受けてやるって言ってんだ。喜べ。依頼人」

「……ああ。ありがとう」

「よせ、よせ。退治してから言ってくれ。そんなセリフは」

 

 そんなやり取りを皮切りに、冒険者たちは再び囁きだした。

 今度は、前向きな話し合いの内容が多いように思える。

 

「わ、私もッ!! ……私も、ゴブリン退治、やるわ」

 

 妖精弓手が声を上げる。そしてゴブリンスレイヤーに指を突き付けて言った。

 

「そのかわり!! ……今度、冒険に付き合いなさい! 遺跡、見つけたから」

「良いだろう」

 

 それが呼び水となったように次々と冒険者たちも参加の声を上げた。そしてこう言うのだ。

 

 手伝うための報酬(理由)を寄越せと。

 

「ねえ」

「ああ」

 

 また幼馴染が声を掛けてくる。今度は期待だけを込めて。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。おれたちも参加しますよ」

「ああ。お前たちは何が欲しい」

 

 その言葉を受け、仲間たちと顔を見合わせる。思いは同じなのかみんな笑っている。

 一つ頷き合って口を開いた。

 

「おれたちに理由(報酬)は要りませんよ」

「あたしたちは初めての依頼の時にあなたに手伝ってもらいましたから」

「今度は私たちが手伝う番です。借りを返させてください」

 

 その言葉を受けてゴブリンスレイヤーは、

 

「ああ。頼む」

 

 ただ、そう言ったのだった。

 

「あ! てめえら! それじゃ俺ががめついみたいじゃねえか!!」

 

 槍使いがそんな声を上げる。その言葉を聞いてみんな笑い声をあげたのだった。

 

 

 

 

「皆さん! ギルドからも依頼があります!」

 

 その時受付の方から声が上がる。そこには急いで話をしてきたのか肩で息をしながら喘ぎ、顔を赤くしている受付嬢がいた。

 

「ゴブリン一匹につき、金貨一枚の報奨金を出します! チャンスですよ! 冒険者さん!」

 

 その声を聞き、まだ参加を決めていなかった者たちも参加の声を上げたのだった。

 

 

 

 彼らは冒険者だ。彼らが冒険者になった理由はそれぞれ違う。

 夢があった。志があった。野心があった。なにより、誰かのために戦いたかった。

 

 だが命を賭けるのが怖かった。踏み出す勇気を持てなかった。

 

 でもその勇気を奮う理由は示された。依頼がある。危険に見合う報酬がある。共に戦う仲間がいる。そしてなにより人の為になる。

 ならば何を躊躇う必要がある。

 

 その日ゴブリン退治というありふれた依頼に数多の冒険者が殺到したのであった。

 

 

 



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牧場防衛戦

 時刻は夜。襲撃の場所となる町外れの牧場に冒険者たちは集まっていた。

 

「見えないな」

 

 周囲にはあちこちに篝火が焚かれ光源となっている。しかしゴブリンが来るであろう森の方までは光が届かず闇に包まれたままになっている。

 おれは手に持っていた弓を背に戻し、幼馴染に持ってもらっていた槍を受け取った。

 

「ねえ、あんたそれで戦えるの?」

 

 おれの姿を眺めた幼馴染がそんなことを言ってきた。

 今のおれは革鎧を着て左手に木の板の盾。左の腰に鞘に入った長剣を吊ってあり、腰の後ろに短剣と矢の入った矢筒を備え、背に弓を背負っていた。更に先程受け取った槍を右手に持っている。

 

「うーん……動きづらい。さすがに今度装備の運用を考えるか」

 

 いろいろな状況に対応できるように剣と槍と弓、全部持ってはいるんだが結局相手次第で使うのは決まってしまっているのが現状だ。もちろん使いたくなる状況もあるんだけど、最悪なくても困らないんだよな。

 特に弓はほとんど使ってない。すぐに使えるように背負っている必要はないかもしれない……とは思っていた。

 

(まあその辺は終わった後で考えよう。今は生き残ることが優先だ)

 

「来たわ!!」

 

 そんなことを思っていると、妖精弓手の闇を切り裂くような鋭い声が響いた。

 その声を聞いて魔術師たちが詠唱を始める。程無く森の入り口に靄のようなものが漂い始めた。《眠雲(スリープ)》の魔術だ。

 その直後、森から蠢く影が滲み始めた。しかしその影たちの先鋒は靄に入ってすぐにふらつき始め、手に持った大きな物を手放し倒れてしまった。

 

 冒険者の一部がそのゴブリンが持っていた大きな物、ゴブリンスレイヤーが言っていた『肉の盾』を回収に向かった。

 

「あれが『肉の盾』……聞きしに勝る悍ましさね」

 

 それを見ながら女魔術師が思わずと言った感じで言葉を漏らす。

『肉の盾』。孕み袋や玩具として捕えていた虜囚の女性を木の板に括り付けた物。おれたちが同族殺しを忌避するのを利用して盾にすることにより、魔術や弓矢による遠距離攻撃を躊躇わせるためのゴブリン共の知恵。

 今は魔術によってゴブリンの無力化を図り、その被害者たちの救助を優先しているところだ。

 

 それを見ていたら、今度はゴブリンどもの方から電撃が奔る。どうやらゴブリンどもにも呪文遣い(スペルスリンガー)がいるようだ。

 もっともそれらもすぐに妖精弓手による狙撃や魔術師による再びの《眠雲(スリープ)》の魔術で無力化されたようだが。

 

「よし! 呪文遣いは減らしたわ!」

 

 その言葉を皮切りに近接職の冒険者たちも突撃を開始する。

 

「よっしゃあ! 稼ぎ時だ、かっとべ!」

 

 誰かがそんなことを言いながら走っていく。周りの冒険者たちもそれに続く。

 

「おれたちも行こう!」

 

 そう言っておれたちも駆け出して行ったのだった。

 

 

 

 今回の依頼が始まる前、ゴブリンスレイヤーはおれたち冒険者に対ゴブリン戦術を授けて行った。

 

 曰く『待ち伏せをしろ。奴らは奇襲に慣れていても、奇襲されることには慣れていない』

 曰く『姿勢を低くしろ。足元を狙え。奴らは小柄だが、空は飛べん』

 曰く『背中を取られるな。常に動け。武器は細かく振れ。体力を持たせろ』

 曰く──……

 

 ゴブリンスレイヤーの戦術は尽くが型にはまり冒険者の有利に大きく貢献した。

 しかし、

 

「ひぃ……」

「うわぁ!」

 

 それは冷静に実践できる者たちにとってはという話だ。

 おれも新人という立場でこう言うのはアレなんだが、新人の中にはそれができない者たちもいる。

 どうもおれたちの配置された周りにはそれができない新人が配置されていたようでゴブリンに殺されそうになっている場面に良く出くわした。

 

「ふっ!」

「えい!」

 

 もう何度目だろうか。態勢を崩した新人冒険者の援護に入る。運よく間に合い助けられた者もいれば、間に合わず助けられなかった者もいる。

 全体数もあとどれだけいるのか不明だが、そんなことをしていたせいか既に女魔術師の魔法回数(リソース)を使い切ってしまった。

 

(このままじゃまずいな)

 

 周りをぐるりと見回す。今なら大丈夫そうか。

 

「落ち着け―!」

 

 周りの新人冒険者に呼びかける。

 

「敵はゴブリンだ! 力もなければ技術(わざ)もない!」

 

 新人冒険者たちはおれに注目する。その視線を感じながら更に呼びかける。

 

「焦らず、確実に戦えば確実に勝てる! 敵をよく見て、躱すなり守るなりして隙を見て攻撃するんだ!」

 

 そう言ってちょうど良く接近してきていた1匹に狙いをつけ相手取る。

 

「GIHII!!」

 

 欲望に歪んだ表情を浮かべながらゴブリンが襲い掛かってくる。おそらく自分にとって都合の良い事しか考えていないのだろう。後の事の備えが何もなさそうな攻撃をしてきた。

 それをできるだけ姿勢を低く状態で待ち受け的を絞り、攻撃の軌道を読んで確実に左手の盾で防ぐ。それだけでゴブリンは武器を跳ね返され態勢を崩す。

 そこに右手で持った槍でただ突き込むだけの突きを放つ。それだけで碌な防具を装備していないゴブリンの身体は刃を受け入れその生命を終わらせた。

 

「これだけでいいんだ! 堅実に戦え! ここで死んでも意味はないぞ!」

 

 そういうと再びぐるりと周囲を見回す。浮足立っていた感じが少し和らいでいるように見える。

 

(よし、これでなんとか……)

 

 そう思っていた矢先だった。

 

「出たぞ! 田舎者(ホブ)……いや、違う!?」

 

 少し離れた戦場でそんな声が聞こえる。そちらを見ると以前対峙した田舎者(ホブ)とは少し違う、より大きな体躯を持つゴブリンがいた。

 

小鬼英雄(チャンピオン)!?」

 

 敵の正体を見破った女魔術師が声を上げる。

 

小鬼英雄(チャンピオン)?」

怪物図鑑(モンスターマニュアル)によればゴブリン共にとっての白金等級みたいな奴よ! 私たちに勝てる相手じゃないわ!」

 

 そんな奴までいるのか。もっともあちらには槍使いや重戦士がいる。おれたちには相手取れなくてもあの人たちなら問題ないだろう。

 だが……

 

「GURAURAURAURAUー!!!」

 

 小鬼英雄(チャンピオン)は戦場全体を轟かせるような咆哮(ウォークライ)をあげた。

 

「ひぃ……」

 

 それを聞いたこちらの新人冒険者たちは再び怖気づいてしまった。

 

(クソッ! でもしょうがないか……)

 

 おれも怖気づかなかったと言えば嘘になる。

 

「おい! そっちにも行ったぞ!」

 

 誰かがそんなことを声を上げる。それを受けて確認すると確かに田舎者(ホブ)がこちらに向かってきていた。

 

(マジかよ……どうするか)

 

 女魔術師の魔法回数も尽きている。前回みたいな不思議な感覚も期待すべきじゃない。だからと言って周りには頼れない。

 おれたちで相手取るしかないのか、そう思った時だった。

 

「俺達にやらせてくれ!」

 

 そう声を上げたのは新米戦士だった。傍らには見習聖女もいる。

 しばし二人を見つめる。二人は緊張した面持ちではあったが同時に自信を感じさせる表情を浮かべている。

 それを見ておれは笑った。

 

「頼んだ!」

 

 そうして頼むことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(大丈夫。俺達ならできる)

 

 勢い込んで任せろとは言ったものの、確実な自信なんてない。

 

(アイツらにもできたんだ。俺達だってできる)

 

 心の中でそう呟く。不安を打ち消すように。それに、

 

(俺は一人じゃない)

 

 そう思い傍らに立つ幼馴染である見習聖女を見る。あいつも同じ気持ちだったのかこっちを見ていた。

 そうして一つ頷き合った。

 

「来い! 俺が相手だ!」

 

 俺はそう言って田舎者(ホブ)と対峙した。

 

(マジかよ……こんな奴を初めての冒険で倒したってのか?)

 

 対峙して改めて思った。怖いと。

 それでも、と改めて思う。

 

(俺は一人じゃない。俺達ならできる!)

「うおおおお!!!」

 

 不安を吹き飛ばすように雄叫びをあげて切りかかる。

 

「GOBUAA!!」

 

 田舎者(ホブ)も負けじと雄叫びをあげてやり返してきた。

 

(怖っ! こんなもん喰らったら一撃でペシャンコだ!)

 

 その一撃をなんとか回避をする。近接戦でやり合うのは危険だ。

 そう思いもともと打ち合わせをしていた作戦に移行する。

 

「よっ! せいっ!」

 

 強く切りかからず浅く早く当てる程度に剣を振るう。時折来る攻撃は確実に回避できるように備えながら。

 そうしてウロチョロして俺に注目をさせながら位置を調節していく。

 田舎者(ホブ)はだんだんイラついてきてどんどん攻撃が激しくなってくる。それに伴い俺の攻撃の頻度は下がっていく。

 

「うっ! クソッ!」

 

 余裕だった回避は少しづつ余裕がなくなってくる。心にも焦りが浮かんでくるのを懸命に抑える。

 

(もう少し……もう少し!)

 

 そう思った時だった。視界の端で紫電が弾けた気がした。

 それを見てニヤリと口角が上がる。

 

(今だ!)

「うおおおおお!!!」

 

 再び雄叫びをあげる。そして今までの消極な攻撃から打って変わり、剣を振り上げ必殺の一撃を繰り出そうと──するフリをした。

 

「……? ……!」

 

 田舎者(ホブ)は俺の豹変ぶりを警戒したのか動きを止める。そしてすぐに何かに気付いたような素振りをしたがもう遅い!! 

 

「《裁きの(つかさ)、つるぎの君、天秤の者よ、諸力(しょりょく)を示し(さぶら)え》!!」

 

 見習聖女の祈りに答え、至高神がその御力をここに示す。

 天秤剣から放たれた裁きの雷は見事背後から田舎者(ホブ)を打ち抜き、その威光を持って秩序の敵を討ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー!!!」

「やったぁ!!!」

 

 見事田舎者(ホブ)を打ち倒した新米戦士と見習聖女が勝鬨を上げる。

 

(やるな。でも……)

 

 そう思い喜んでいる新米戦士の方に駆け出した。

 

「……え?」

 

 新米戦士はそんなおれの突然の行動に理解が追い付かないというような声をあげる。

 それには取り合わずおれは槍を突き出し田舎者(ホブ)の影に隠れて機を伺っていたゴブリンを貫いたのだった。

 

「……え?」

「……気持ちはわかるが、気は抜かんようにな」

 

 そう言って新米戦士の肩を叩く。

 

「……はい」

 

 新米戦士はそうして肩を落としたのだった。

 

 

 

 ぐるりと周りを見回す。いつの間にか小鬼英雄(チャンピオン)も打ち倒されていた。これなら大丈夫そうだと思い再び周りの冒険者たちに呼びかける。

 

「みんな! もうひと踏ん張りだ! 頑張ろう!」

「オラオラァ! 新人共に負けんじゃねーぞベテラン共ぉ!!」

 

 こちらの方を気にしてくれていたのか槍使いがこちらの呼びかけに合わせるように檄を飛ばす。

 それに応えるように冒険者たちも声をあげた。

 

 

 

 それからは順当に掃討戦へと移っていった。

 銀等級という英雄たちによる大物狩りや新人によるジャイアントキリングが起こった冒険者たちの士気は高く。

 逆に小鬼英雄(チャンピオン)田舎者(ホブ)といった大駒を失ったゴブリン共は統率を失い各個撃破されていった。

 

 

 

 冒険者たちは牧場を守り切り、勝利したのだった。

 

 

 



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ある冒険者の結末

「私たちの勝利と、牧場と、街と、冒険者と――……それから、いっつもいっつもゴブリンゴブリン言ってる、あの変なのに、かんぱーい!!」

 

 妖精弓手の何度目かもわからない乾杯の音頭が響く。それとともに周りの冒険者たちも乾杯の声をあげ、手に持った杯を掲げ中身を飲み干す。

 おれたちは今冒険者ギルドの酒場で防衛戦に参加した冒険者全員で宴会を開いていた。

 流石に重症の者はいないが、多少の傷を適当な治療を施した状態の者や傷だらけなのにそのままの状態で参加している冒険者も見受けられる。

 

 おれもしばらくは喧騒の中で楽しんでいたが、今は少し疲れたので離れた場所で休んでいたのだった。

 なんとはなしに騒いでいる冒険者たちを眺める。

 

 冒険者たちはあちらこちらで今回の戦いの話をしていた。

 やれ自分の攻撃が決め手になった。やれあいつのあの時の活躍のおかげで生き残れた。

 

 そして、死んだアイツはいい奴だったと。

 

 そんな内容を楽し気に話しているのだ。

 それを少し不思議に思った。何故死者を悼むのではなく楽しげに話すのか。

 楽しげに話すことで悲しい気持ちを忘れるためか。

 

(あるいは、楽しかった記憶として忘れないようにするためか)

 

 そんなことをぼんやりと考えている時だった。

 

「よう。ここ、いいか?」

 

 そう言って近寄ってきたのは防衛戦の時に近くで戦っていた新人冒険者だった。

 首を縦に振り了承の意を示すと彼は近くのイスに座る。

 

「その、ありがとな」

 

 彼はそう礼を言った。おそらく助けたことに関してだろう。

 

「ああ。助けられてよかったよ」

 

 おれもそう答える。

 それからしばらく彼は口を閉ざしてしまった。

 どうしたのだろう? そう思って聞こうとした時、彼は再び口を開いた。

 

「その、な。俺、冒険者をやめようと思ってるんだ」

 

 彼はそんなことを口にした。

 

「え? どうして……」

 

 突然そんなことを言われておれとしてもどう反応したらいいのかわからず聞き返してしまう。

 なぜやめるのか。そして、何故それをおれに言うのか? 

 

「俺じゃ無理だって思ったんだ。死ぬのが怖かった。俺は、お前みたいには戦えそうにない」

 

 彼はそう言った。

 なるほど。やめる理由はわかった。

 死ぬのが怖い。それは当たり前の反応だ。だが、

 

「それで……なんでそれをおれに?」

 

 それがわからない。おれは彼と縁があったわけじゃない。今回の防衛戦で初めて話をしたくらいだ。

 そんなおれに何故そんなことを? 

 

「その……な? 変な話なんだけど、お前に聞いてほしいと思ったんだ」

「おれに?」

「ああ。お前は俺と違ってすごい奴だって思う。あんなに沢山のゴブリンを前にしても全然ビビッてなかったし、周りを気遣う余裕まであった」

「そんな……買い被りだ。おれはそんな大層な奴じゃないよ」

「それでも……俺よりはずっとすごい奴だって思う。そんなお前だったら、もしかしたら俺がやりたかった事もできるかも……なんて」

 

 そこまで言って彼は恥ずかし気に頭を掻いた。

 

「はは……俺何言ってんだろ。こんなこと言われても困るよな……ごめん、忘れてくれ」

 

 その言葉におれはどう反応すればいいのかわからず、口を開いたり閉じたりしてしまった。

 それでも何か言うべきだと思って、尋ねた。

 

「……その、冒険者をやめてどうするつもりなんだ?」

「とりあえず実家に帰るよ。その後は……どうするかな」

 

 そう言って彼は俯いてしまう。その姿は考えているというより、どこか落ち込んでいる様子だった。

 だからだろうか。

 

「……ジョッキ、持ってきてるか?」

 

 そんなことを言ってしまった。

 

「え? あ、ああ……」

「なら、乾杯しようぜ」

「え、何に……?」

「改めて今日の戦いを生き残れたこと。そして」

 

 そこまで言って、彼に対してジョッキを掲げる。

 

「あんたの新たな門出を祝ってだ」

 

 その言葉を聞いて彼は何を言われたのかわからないといった感じで呆然とした表情を浮かべる。

 

「なんだよ。別にいいだろ? どうせなら失敗した記憶じゃなくて楽しかった思い出にしようぜ」

 

 さっき見た冒険者たちを思い出す。

 彼らは仲間との永遠の別れを笑って話していた。

 悲しい記憶を忘れるためなのかもしれない。あるいは死んだ仲間を忘れないためかもしれない。

 

 なにより、自分のためなのかもしれない。悲しみに暮れて下を向かないように。明日も前を向いていられるように。

 だって、おれたちはまだ生きているんだから。

 

「おれにはあんたの願いを背負う余裕はない。だからあんたの願いはあんたが叶えろ。あんたは……まだ生きてるんだから」

 

 そうだ。生きている限り、何かを諦める必要はない。

 

「確かにあんたは今から冒険者をやめるのかもしれない。でもそれは逃げるんじゃない」

 

 そうだ。これは逃げじゃない。挑戦なんだ。

 

「『冒険者は性に合わない』。あんたはそう学んだんだ。だからあんたは冒険者をやめて違う道に進む」

 

 そうだ。彼の願いが何かわからないが、冒険者じゃなきゃいけない道理なんてないだろう。

 

「なあ。あんたはなんで冒険者になったんだ?」

「俺は……俺は、英雄譚に憧れて……いや、違うな」

 

 そういう彼は何かに気付いたような顔をした。

 

「俺は、誰かに認められたかったんだ。だから凄い事をしたかった。それで冒険者になれば凄い事ができると思ったんだ」

「じゃあその凄い事ってのは、冒険者じゃなきゃできないことか?」

「それは……」

 

 ふと、脳裏に浮かぶ姿があった。

 まるで手入れという物を考えていないようなぼさぼさの白髪や髭。年齢を感じさせるシワの刻まれた顔。そしてその年齢にそぐわぬ鍛えられた肉体。

 金槌を握る太腕が唸りをあげ振り下ろされる。その金槌は金床に置かれた赤く熱された武器を叩いた。

 

「例えば、鍛冶師なんてどうだ? 冒険者稼業には武器や防具が不可欠だ。そして英雄には数打ちの剣なんて似合わない。英雄にふさわしい、いやその冒険者を英雄にするような武器を作る鍛冶師。そいつは、誰からも認められるすごい奴ってことにはならないか?」

「……」

「まあ、そこまでいかなくても冒険者じゃなくても誰かに認められる道ってのはいろいろあるだろ。それこそ、こういううまい料理を作る料理人とかでもいい。道は一つじゃない」

「……そうだな」

 

 彼はそう言って、すこし微笑んだ。

 

「道は一つじゃない、か。そうだな。少し考えてみるよ。自分に何ができるのか」

 

 

 

「……だいぶ話が逸れたな。あんたはこれから新たな道に進む。落ち込んでる暇はないぞ。その景気付けに乾杯をしよう」

「ああ、ありがとう」

 

「じゃあ、改めて。今日を生き残ったことと、あんたの新たな門出を祝って」

「「乾杯!」」

 

 そう言ってジョッキを打ち合わす。なんだかおかしくなってお互い笑いあってしまった。

 

「ちょっとー? 乾杯って聞こえたわよ。何に乾杯したのよ?」

 

 突然妖精弓手が乱入してくる。あの喧騒の中心にいたのに聞こえたのか。

 

「え、いや。こいつが冒険者やめて違うことするっていうから……」

「え? そうなの? じゃああんたこっち来なさい!」

 

 そう言って彼を連れて行ってしまった。

 

「ちょっと聞いてー! この子冒険者やめるんだって!」

 

 妖精弓手が何故かそんなことを周りの冒険者に教える。

 

「あん? お前冒険者やめて何するつもりだ?」

「え、その……まだ何も考えてなくて……とりあえず実家に帰ろうかなって」

「じゃあよかったら俺の実家に来ねーか? 俺も冒険者やりたくて家業ほっぽり出して飛び出してきたクチでよー。俺の代わりに手伝ってやってくれねーか? まあ、親孝行ってやつだ」

「他人に親孝行させんなよ。こいつの手伝いが嫌ならウチに来ねーか? ウチはパン屋だからな。食うには困らねーと思うぜ!」

「お前だって同じだろ! 知ってんだぜお前が同じ穴のムジナなのは!」

 

 ワイワイガヤガヤとあれをやれ、いやこいつはどうだと周りの冒険者達が騒ぎ出す。あっという間に新人冒険者は喧騒の中心に飲み込まれてしまった。

 

「まあまあ。とりあえず改めて乾杯するわよ! この子の新たな門出を祝って! 乾杯!!」

 

 再び乾杯の声が響く。もうあの人たちは騒げればなんでもいいんじゃないのか。

 そんなふうに思い苦笑が浮かぶ。

 

(冒険者をやめたらどうするか……か)

 

 一頻り笑うとふとそんなことを思った。

 冒険者をやめたらどうするか。それはたぶん、途中で死なない限りは誰もが行き当たる悩みだ。

 

(おれは、どうするんだろうな。おれは何時まで冒険者を続けるんだろうな)

 

 そんなことを考えそうになった時。

 

「あぁーッ!? オルクボルグが兜はずしてるー!?」

 

 また妖精弓手の声が聞こえた。

 そちらを見ると確かにゴブリンスレイヤーが兜を外して素顔を晒していた。

 冒険者たちはその素顔を見てまたも騒ぎ出した。

 

「ちょっと、あんたもそんなところにいないでこっち来て騒ぎなさいよ!」

 

 それをおれも眺めていると、そんなおれに気付いた幼馴染がおれを呼びつける。

 その言い草にまた少し苦笑する。

 

(冒険者をやめたらどうするか。それはまた今度考えるか)

 

 おれも今は冒険者だ。だったら同じように騒ごう。

 そう考え喧騒の輪へと飛び込むのだった。

 

 

 





ようやく牧場防衛戦が終わった……
難産でした。

牧場防衛戦はゴブリンスレイヤー個人にとっては『大切なものを守るため』っていうのと『他人を頼ってもいいんだ』っていうのを学ぶための大事なターニングポイントなんですが、他の冒険者にとっては特に必要なイベントじゃないんですよね。
強いていうなら、ゴブリンスレイヤーという変な冒険者を認めるための大義名分が得られたってところですかね。


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暗幕の向こうの裏事情(マスターシーン)

《秩序》と《混沌》の神々が世界の支配を巡り勝負をするために作り出した『盤』である四方世界。その四方世界を見下ろす神々がここにいます。

 

 カラカラと、コロコロと、骰子の転がる音が響きます。

 その出目によりある神は喜びの声をあげ、ある神は嘆きの声をあげます。

 ここは神々の遊技場。今日も今日とて神々は世界の支配を巡るために《宿命》と《偶然》の骰子を振っています。

 

 その神々の遊技場にいつの頃か見覚えのない神が現れました。

 

 その神は襤褸切れと見紛う長衣を身に纏い、焼け爛れた様な冠を被ったみすぼらしい男の神です。

 

 その神は他の神たちのように骰子を振るでもなく、さりとて世界を支配せんとシナリオや『駒』を用意するでもなく、ただ四方世界を座り込んで見下ろし眺め続けています。

 神々はその神に共に遊ばないかと声を掛けたこともありますが、ただ無言で眺め続けるばかり。

 そのうち特に害もないのでいいかと放置するようになりました。

 

 ある時神々の中の一人がふと思い立ち、また男神に声を掛けようと思い彼に近づきました。

 そして以前と同じように声を掛けます。

 

 一緒に遊ばないか、と。

 

 しかし結果は変わらず。男神は四方世界を眺め続けています。

 ああ、やっぱりだめか。声を掛けた神は諦めて戻ろうとした時、男神の傍らに古ぼけた本が置かれていることに気が付きました。

 

 興味を持った神はその本はなんだい? とその男神に尋ねます。

 

 男神はその言葉に反応し、傍らの本を見つめます。

 その本を見つめる男神の表情は郷愁や愛情、そして深い後悔などをごちゃ混ぜにしたような複雑なものでした。

 

 しばし男神は考えるように動きを止めます。それから声を掛けてきた神に黙って本を差し出してきました。

 声を掛けた神は一言礼を言い、パラパラと本の中身を検めます。

 

 その本には一つの世界の始まりから終わりまでが描かれていました。

 火の発見によって始まった世界。そしてその火が消えようとしている事によって終ろうとしてる世界。

 そんな世界でもなお懸命に生きようとする人の物語。陰鬱で救いのない物語。

 

 この世界にはそぐわない物語。

 

 でも、魅力的で面白い物語だ。その神はそう思いました。

 

 全てをそのまま使うわけにはいかない。でもそのエッセンスをうまく入れ込むことができればこの四方世界はもっと面白くなる。

 

 そう思いその神は他の神々にも相談しました。なるほど面白そうだと他の神々にも満場一致をいただき、その世界観を取り入れる事となりました。

 そして神々は楽し気に言いました。さあ新たな冒険を始めようと。

 

 

 

 男神はそれにも取り合わず、再び四方世界を眺め続けます。その眼差しには僅かに期待が込められているような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

サプリメント 『火の時代(Legend of fire)』 が追加されました。

 

 

 




これにて2章は終わりです。

これでもっとダークソウル要素を出しやすくなるぞー。


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第3章 挑戦する冒険者たち
新たな冒険の始まり


第3章 開始です。
まずは『強敵遭遇編』

※注意※

オリキャラが出ます。
オリキャラが仲間になります。

そういったことが好きじゃない方はご注意ください。


 歩くたびにチャリチャリと軽い金属が当たる音がする。そんな音が耳朶を振るわせるたびにおれの口角が上がっていく。高揚感を感じながら仲間達の前で歩みを止め、見せつけるようにおれは身体を広げた。

 

「どうよ?」

 

 あの牧場防衛戦から数日後。おれは装備を新調した。今はそのお披露目をしているところだった。

 

「うん……うん! いいじゃない!」

「ええ。だいぶマシになったんじゃない?」

 

 仲間達からはなかなか好評のようだ。

 今のおれの装備は細く長い鋼線で編まれた金属鎧、いわゆる鎖帷子(チェインアーマー)を着ている。腕は変わらず革製のガントレットだが、足もチェインレギンスへと更新している。そして左手には今までのおれの自作の木の盾ではなく小型の金属製の盾、ヒーターシールドを装備していた。

 

「いやーこんなに早く装備が整うとは運がよかったな」

 

 そう言うには理由があった。いくら前回の牧場防衛戦の依頼で普通の依頼より儲けられたとはいえ、新品を買えるほど儲けられたわけじゃない。他の先輩冒険者達も儲けたことにより、装備更新をした人が何人かいたらしく、中古が店にいくつか並んでいたのだ。そのおかげでまだまだ新人のおれでも今まで貯めてきた金と、今回の儲け分でなんとか手が届いたという訳だ。もっとも冒険者達はあまり兜を被る習慣がないため頭装備の中古がなく、そこまで手が回らなかったのが心残りだが。

 あと今は持っていないが、武器の運用の仕方を変えることにした。ゴブリン退治やネズミ退治など特定の敵と戦うことがわかってる依頼の時は槍を、何と戦うかどこで戦うかわからない等の時は汎用性を求めて剣を持っていくことにした。弓はしまった。置いていくわけじゃないが、いざという時に使える程度に荷物として持ち運ぶことにした。

 あとは流石に物が増えたから鍵の掛かる部屋に移ったりして散財したぶんまた懐が寂しくなったのが懸念材料か。

 

「そうそう。私からも報告があるのよ」

 

 そんなことを考えていたら女魔術師も何か報告があると告げてきた。

 なんだと思ってそちらを見ると女魔術師がいかにも自信ありげといった感じに胸を反らす。

 

「この間の依頼の後、新しく使える魔術が増えたわ!」

「「おおー!」」

 

 それはいいな。できることが増えれば対応できる状況が増える。依頼も受けやすくなるだろう。

 

「どんな魔術なんだ?」

「火の玉を投げつけて爆発させる魔術……かしら。複数を一度に攻撃できる魔術よ。その代わり威力は《火矢(ファイアボルト)》には劣るけどね」

 

 対複数に強く出れる魔術か。ゴブリン退治に有利になるだろうか。今まで避けてきた大量のゴブリンを相手取りそうな依頼なんかも選択肢に入ってくるかもしれないな。

 

 

 

 大体の報告も終わり、幼馴染がいかにも気分が良いといった感じで言う。

 

「よーっし! じゃあ新たな冒険に出発よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんて言ってみたけど、別に何かが変わるわけじゃないのよねー……」

「どうした急に」

 

 突然幼馴染がそんなことを言ってくる。

 今おれ達は今日の分の依頼を終え、辺境の街への帰路についているところだった。今日のおれ達の依頼はゴブリン退治。作物が盗まれたから駆除してくれということで依頼を出してきた村に赴いていたのだ。依頼自体は特に怪我もなく無事達成できている。

 

「いや、出掛けにあんなこと言ってたじゃない? なのにやってることは代り映えしないなーって」

 

 幼馴染はそんな愚痴を口にする。そりゃそうだ。別に黒曜等級から昇級したわけじゃないんだから。

 

「まあわかるけどね。しょうがないじゃない。私達はまだ黒曜等級なんだから」

 

 女魔術師も同意しつつ宥めた。

 

「そうなんだけどさー……ん?」

 

 幼馴染が更に愚痴ろうとした時に何かに気付いたような仕草をする。

 

「今何か聞こえなかった?」

 

 そう言われおれと女魔術師は一度顔を見合わせてから、聞くことに集中してみる。風の吹く音、虫の鳴く声に交じり確かに何かが聞こえるような気がする。

 

「──……か」

 

 これは……女の人の声? 

 

「―……けてー」

 

 だんだん聞き取りやすくなってくる。というか近づいてくる。今まで歩いてきた後ろの方から。

 

「誰かー! 助けてー!!」

 

 振り向いてみると女性が助けを求める声をあげながら走ってくるのが見える。その後ろには数匹のゴブリンの姿があった。

 

「ゴブリン!? 誰か襲われてる!」

「助けるわよ!」

「ええ! 援護するわ!」

 

 そう言っておれたちは女性を助けに入った。幸い追いかけていたゴブリンは片手で足りる程度。何の問題もなく倒すことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「たーすかったにゃ。ありがとにゃ」

 

 追われていたのは獣人の一種である猫人(キャットピープル)、只人の頭部に猫の耳が生えている容姿をした女性だった。なんでも行商人をしているらしく、一人で街道を歩いていたらゴブリンに襲われたということらしい。

 

「こういっちゃなんだが、普通こういう時は冒険者を雇って護衛してもらうとかするもんじゃないのか?」

「それは……ま、まあいいじゃないかにゃ」

 

 誤魔化すように言われた。……金がないのかね? 

 

「一応ウチは交易神様の神官でもあってにゃ。『幸運(ラック)』の祈祷が使えるからうまくいくかにゃって思ってたにゃ」

「『幸運』の祈祷?」

「そうそう。まあ『幸運』と呼ばれてるけど別にいいことが起きるわけじゃないんだけどにゃ。悪いことが起きにくくなるっていう奇跡にゃ」

「へぇ……」

 

 そんなのもあるのか。……いやそんなことより。

 

「そういえば行商人って割には商品っていうか、荷物の類を持ってないみたいだけど……」

 

 行商人はそう言われてハッとしたような表情になり辺りを見回し始めた。

 

「あ、あれ……?」

 

 そうして顔色を青くしながらバッと振り返り元来た道を大急ぎで戻っていった。

 おれたちも一度顔を見合わせ後を追う。

 

 

 

「に、荷物が……商品が……」

 

 追いついた時に俺たちが見たのは打ちひしがれる様に地面に崩れ落ちた行商人だった。

 どうやら襲ってきたゴブリンは俺たちが倒した分だけじゃなかったらしい。おそらく逃げる際に荷物を捨ててきたんだろう。それはもう持ち去られてしまったようだ。絶望したような虚ろな表情を浮かべている。

 

「その……どこに行こうとしてたんだ?」

「……辺境の街」

「……おれたちも辺境の街に帰るところなんだけど……一緒に行く?」

 

 そういう訳でとりあえずおれ達は即席の彼女の護衛として一緒に辺境の街へ向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日の事。

 

「と、いうわけで。これからよろしくにゃー」

 

 あれから辺境の街についた彼女は、何がどうしてそうなったのかよくわからないが冒険者として活動することにしたらしい。なんでも彼女は行商人になる前は冒険者をやっていたらしく、元青玉等級の盗賊だったとのこと。流石に以前やっていたからといっても特別扱いはされないらしくまた白磁等級スタートらしいが、

 

『君達の一党には斥候がいないみたいだけど、ウチなんかどうかにゃ?』

 

 と言って経歴を武器におれ達に売り込みをかけてきたのだ。

 最初はどうかとも思ったが、斥候がいないのも事実だし、何よりあんなことがあったのを知っている身としては突っぱねるのも憚られて結局受け入れることにしたのだ。

 

「よろしく。頼りにしてるよ」

 

 行商人改め盗賊商人をおれ達は仲間に加え、新たな冒険に旅立つのだった。

 

 




盗賊商人

19歳。キャラクターイメージは『プリンセスコネクト!Re;Dive』のタマキ。
元冒険者。15歳から18歳まで盗賊として活動していたが思うところがあり引退。
以降は行商人として活動していた。
交易神の奇跡は賜っているが実は正式な交易神の神官という訳ではない。
行商人になる際にゲン担ぎに祈ってみたら奇跡を賜り、それから交易神を信仰するようになった程度であり、神官としての立場は特にない。
使える奇跡は3つ。使用回数は日に3回。

・『幸運』の奇跡
使用すると交易神より幸運の加護を得られる。幸運と言っているが何か良い事が起きるわけではない。
TRPG的な表現をするならランダムエンカウントの判定を1度なかったことにできる奇跡。
交易神は旅人と商売の神。対等な商売を貴ぶ神であり、一方的に有利になるような加護をもたらすことはない。あくまで不慮の事故等による不利をもたらさぬことによって対等となるように取り計らうのみである。

・『軽脚』の奇跡
旅人向けの加護。使用すると移動の際のスタミナの消費が軽減され、より長く移動できるようになる。

・『休息』の奇跡
同じく旅人向けの加護。ある一定の範囲にリジェネ効果のフィールドを展開する。その効果は急速に回復するといったものではないが、ただじっとしているだけよりは速く回復する。


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棄てられた砦街

 新たな仲間を加えたおれ達は今新たな問題に直面していた。すなわち、

 

「隊列とか……どうしようか?」

 

 ということだ。以前新米戦士と見習聖女と組んだ時にも思ったことだが、人が増えればいいというものでもない。

 新たに加わった盗賊商人は元青玉等級とのことだが、だからこそ実力というものがわからない。また盗賊、斥候という役割が実際にどんなことができてどれだけできるのか、おれ達は詳しくは知らない。

 

「という訳で、何かいい案はないですか?」

 

 なので当人に聞いてみることにした。

 

「そうだにゃー……迷宮(ダンジョン)探索なんてどうかにゃ?」

 

 盗賊商人はしばし考えるような仕草をした後そんなことを言ってくる。

 

「迷宮探索?」

「そうにゃ。ウチはナイフは使えるけどあんまり戦うのは得意じゃないにゃ。だからその辺は今まで通りって事になると思うにゃ」

「うん」

「ウチみたいな斥候職はもっぱら探索とか索敵が主な役割ってことになるにゃ。あとは宝箱があったりしたら罠の解除とかかにゃ」

「なるほど」

「そこで、迷宮探索にゃ。迷宮ではどこから何が来るかわからないし、罠が仕掛けられててもおかしくないにゃ。つまり斥候の出番ってわけだにゃ。その動きを皆に見てもらって判断してもらいたいにゃ」

 

 ふむ。理は通っている気がするな。だが。

 

「危険じゃないですか?」

 

 確かにそれで実力のほどはわかるかもしれない。でもそれで大したことなくて、被害が出ましたじゃ話にならない。

 その考えを読み取ったのだろう。盗賊商人はしたり顔で頷く。

 

「そこらへんも考えてあるにゃ。迷宮探索とは言ったけど、未知の迷宮に行こうとは思ってないにゃ。そんな未知の迷宮がそうそうあるわけないしにゃ。行こうとしてるのは既に探索が済んでる迷宮にゃ」

 

 そこまで言ってぐるりとおれ達を見る。

 

「それに見た感じ皆はまだ迷宮には行ったことはないんじゃないかにゃ?」

「はい」

「だったら経験しておいて損はないんじゃないかにゃ?」

 

 そう言われしばし考える。確かにどこかで経験しておく必要はありそうかな。どちらにしてもリスクは負わなければならない、か。

 そう考え幼馴染と女魔術師を見ると二人もこちらを見ていた。見た感じ特に不満や不安なんかは感じていないように見える。

 

「わかりました。そういうことなら行ってみましょう。それで、どこに行くんですか?」

 

 盗賊商人はおれ達の結論に納得したようには一つ頷いた。

 

 

 

「行こうとしているのは、『棄てられた砦街(とりでまち)』っていう遺跡にゃ」

 

 

 

 

 

 

 

『棄てられた砦街』

 辺境の街から歩いて半日といった所にある古い時代の街の遺跡。こういったものは各地にあるらしく、それこそ辺境の街の地下にも埋まっており、下水道として利用しているくらいだ。この遺跡もその一つなのだろう。

 この遺跡は『砦街』という名のとおり堅牢な石造りでできていて、どれほど昔の物なのかは皆目見当もつかないが今もって壊れなさそうな威容を誇っていた。構造としては『砦街』の由来でもある見張り塔があり、塔の中腹から居住区に繋がっている。居住区には同じように石を積んで作られたいくつかの民家が立ち並んでいる。居住区の更に奥には下層の居住区へと続く道があるらしい。雨風に曝されていたせいだろうか。石で作られた壁や床には苔が生えている。ここで戦闘になるというのなら足を滑らせないような気配りが必要になってくるかもしれない。

 

 戦闘になればの話だが。

 

 探索済みというのは間違いではないのだろう。生き物の気配というものは感じられない。ただ静寂によって支配されている。

 

 

 

 そんな場所を歩きながらふと思ったことを盗賊商人に聞いてみることにした。

 

「どうしておれ達だったんですか?」

「え?」

 

 その言葉に先頭に立ち索敵をしていた盗賊商人が歩みを止めこちらに振り替える。

 

「いや、商人さんは元青玉等級なんでしょう? だったら別におれ達みたいな新人の一党じゃなくてもっと上の等級の一党に売り込んでもよかったんじゃないかって」

 

 考えてみればその通りだ。青玉等級といえば中堅どころ。腕のほどは確かに確認する必要があるかもしれないがもっと上の等級の一党、鋼鉄等級や青玉等級の一党に売り込んでもよかったはずだ。

 

「なんでおれ達だったんですか」

「あー……」

 

 盗賊商人はしばらく考え込んでから口を開いた。

 

「実は盗賊っていうのはなかなか難儀な役割(ロール)でにゃ。こういう探索には絶対必要な役割でありながら、戦闘にはあまり貢献できない奴ってのが多いにゃ。ウチも含めて」

 

 そう言ってから少しバツが悪そうに頭を掻きながら視線を落とした。

 

「そのくせがめつい奴が多いから結構一党内でもトラブルになりやすくてにゃ。新参者っていうのはあんまり入れてもらえないにゃ。その点新人であればそういうことを知らないから入れてもらえるかなって。……ごめん」

 

 そこまで言って気まずそうに黙り込んでしまった。

 

「あー、いえ。こちらこそすみません。言いづらい事を言わせてしまって……そういうことなら大丈夫です。おれ達は気にしませんから。なあ?」

「う、うん!」

「ええ」

 

 幼馴染と女魔術師にも同意を求める。

 

「と、とりあえず先に進みましょう。邪魔をしてしまってすみません」

 

 そう言ってちょっと気まずい雰囲気になりながらも探索に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 下層の探索に入る。

 下層は上層の民家が立ち並ぶ構造とは違い、壁に並ぶように扉が付けられ、その先はベッドを置いたらあとはもう碌に物も置けないような小さな部屋となっていた。ここが『砦』ということを考えたら兵士用の部屋だったのかもしれない。

 

「ちょっと待つにゃ」

 

 部屋の一室を探索しようとした時、盗賊商人から待ったの声が掛かる。

 

「罠があるにゃ。わかるかにゃ?」

 

 そう言われ目を凝らしてみる。特に変わったところがあるようには思えないが……? 

 

「あ! もしかしてこれ? この糸みたいなやつ!」

 

 幼馴染が何かに気付いたように指をさす。その指をたどるように視線を向けると確かに僅かに煌めく細い糸のような物があった。

 

「そうにゃ。たぶん……」

 

 そう言って糸に触れないように部屋に入る。

 

「ああやっぱり。ボウガンが仕掛けてあるにゃ。たぶんもともとはここに何か……そうだにゃ。ちょっとしたお金でも置いてあったんだにゃ。で、間抜けな侵入者であればこの仕掛けに気付かずにブスリ、にゃ」

 

 そんなことを言いながら盗賊商人は手慣れた様子で罠を解除してボウガンを回収する。

 

「それどうするんですか?」

「まだ使えそうだし街に帰ったら売るにゃ。皆に付き合ってもらってるのに無報酬ってのも流石に悪いからにゃ」

 

 

 

「そういえばこれって誰が仕掛けたんでしょう?」

「……さあ? こういうところは盗賊が入り込んで根城にしてたりするからそいつらが仕掛けてたりしたんじゃないかにゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

「聞いた限りだとここらが最奥だと思うんだけど……」

 

 そう言いながら一番奥の壁にアーチ状に作られた入り口を潜る。

 そこは住人たちのための運動場だったのだろうか。そこそこ大きな広場となっていた。奥に見える壁には大きな穴が開いている。

 

 その広場の中央付近まで進んだ時のことだ。

 ズシンズシンという重々しい足音と共に壁に開いた穴からそいつが現れたのは。

 

「あ、ああ…」

 

 長身で屈強な人型。常人では持ち上げる事も難しそうな鉄塊のごとき大鉈を両手に携えている。そして一体どうなっているのだろうか?首から上には山羊の頭蓋骨が乗っかっている。

 

「ヌゥ…貴様ラ、ナゼココニイル?」

 

 

 

悪魔(デーモン)…!!」

 

『山羊頭のデーモン』がそこにいた。

 

 

 




棄てられた砦街

『城下不死街』モチーフのダンジョン。モチーフなだけですべてが同じという訳ではない。
構造としては入り口としてハベルの戦士がいた見張り塔があり、螺旋階段を上っていくと塔の中腹から街部分に出られる。そのまま上がると屋上に出られるが城下不死教区へと繋がっている連絡橋はなくなっている。
街部分も下層へと続く鉄格子の扉がある部屋までで、火継ぎの祭祀場への道はなくなっている。
下層も不死教区への道はなくなっている。また山羊頭のデーモンがいる部屋の横にある最下層へと続く階段もなくなっている。
山羊頭のデーモンがいたところは狭い部屋のようになっていたが、そこは訓練場のような広間となっており動き回るのに支障はなくなっている。


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山羊頭のデーモン

 悪魔(デーモン)。『祈らぬ者』と呼ばれる者共の中では特に有名(メジャー)な存在だろう。

 その特徴は多岐にわたる。翼持つ者。火や毒を吐く者。石の皮膚を持つ者。巨大な者。様々な姿の者が居る。そしてそのすべての存在に共通する特徴がある。極めて強力な存在ということだ。

 おれ達のような駆け出しではまるで勝ち目が浮かばないほどに。

 

「逃げろ!!」

 

 姿を認識した瞬間、撤退の指示が自然と口を()いた。仲間達も同じように思っていたのだろう。すぐさま全員が身を翻し入口へと駆け出した。

 

「逃ガスト思ウカァ!!!」

 

 山羊頭のデーモンはその手に持った大鉈のうちの一本をぶん投げてきた。

 

「っ! 避けろぉ!」

 

 猛烈な勢いで回転ながら飛んでくる大鉈を倒れこむように避けながら仲間への警告を叫ぶ。仲間も背後を警戒していたのだろう。すぐさま飛んでくる大鉈の射線から外れるように横へ避ける。

 飛んで行った大鉈はそのまま入り口のアーチに飛んでいき直撃。入り口を崩落させた。崩れた瓦礫の上部には辛うじて人が這い出る隙間程度はあるようだが、あのデーモンはそんなことを許してくれる相手でもないだろう。

 

「ヌフゥ……! モウ一度聞クゾ。ナゼココニイル?」

 

 デーモンは再び同じ問いを発した。

 

「……別に、大した理由じゃないさ。ただの冒険だよ。あんたがここにいる事なんて知らなかったさ」

 

 逃げられなくなった事を悟り構えようとする仲間を制しながら答える。答えながらも改めて相手の観察をする。

 人型を取ってはいるがさっきの大鉈の投擲を考えれば力はおれ達とは比べ物にならないだろう。手に持ったもう一本の大鉈を見ると自分の持っている鉄の剣が棒きれに思えてくる。あんなもので切りつけられたらおれ達は一たまりもないだろう。盾による防御もあまりアテになりそうにない。盾が壊れるか腕ごと吹っ飛ばされるか、振り下ろしなら盾ごと叩き潰されて終わりだろう。

 

(……ていうかこいつ、夢の中で見たことあるな)

 

 あの夢はただの夢じゃなかったのか? いや、今はそんなことはどうでもいい。

 それにこいつは夢の中で戦っていた奴とは明確に違う点がある。

 

「……フム。タダ運ガ悪カッタダケカ。オ互イニナ」

 

 会話が成立している点だ。つまり、理性や知性がある。夢の中みたいにただ力任せに大鉈を振り回すしか能がない、なんてことは期待するべきじゃないだろう。

 

「見逃してくれないか? おれ達みたいな雑魚、わざわざ殺す価値はないだろ?」

 

 一応といった感じだが交渉をしてみる。期待は、薄いだろうけれど。

 

「……フン、駄目ダナ。冥途ノ土産ニ教エテヤロウ。我ハ魔神王様ノ配下デアル。確カニ魔神王様ハ貴様ラ『祈る者』共ニ討タレタ。ダガアノ御方ハ、イズレ復活サレル。我ハソノ尖兵トシテココヲ根城トスルツモリデアッタノダ」

 

 当たり前だが断られた。……尖兵と言っているが残党の間違いじゃないのか。

 

「イクラ貴様ラガ雑魚トハイエ、我ノ事ヲ知ッタ貴様ラヲ生キテ帰ス訳ニハイカンナ」

 

 チラリ、と仲間達を見やる。……盗賊商人は怯えてしまってあまり当てにできそうになさそうだが、幼馴染と女魔術師はなんとか行けそうだ。

 

「だったら、しょうがないな!」

 

 そう言って切りかかる。幼馴染も後に続いてくれた。

 

「ソノ意気ヤ良シ! セイゼイ足掻イテ見セルガイイ!!」

 

 普段の壁役と攻撃役で別れるやり方ではなく二人共攻撃に専念する。

 

「くぅ……硬い!」

 

 幼馴染が呻くように言葉を漏らす。見た目に違わぬタフネスぶり。幼馴染の拳はその発達した筋肉にほとんど弾かれてしまっている。下手をすれば自分の拳を痛めてしまっているだろう。おれも斬り付けているがほとんど効果がなさそうだ。

 

「ヌハハハ! 貧弱貧弱ゥ! ソノ程度デハマルデ効カンゾ! 攻撃トハコウヤルノダ!!」

 

 デーモンは嘲笑うようにおれ達の攻撃をその身に受ける。そして見せつけるようにその手に持った大鉈を薙ぎ払った。

 その攻撃をおれも幼馴染もなんとか回避する。

 ダメだな、やっぱりおれ達じゃ勝負にならない。

 最初は遊ぶように大鉈を振り回していた攻撃が次第に激しくなっていき、次第におれ達も回避に専念しなければならなくなっていった。

 

「≪サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)≫!」

「ヌオ!?」

 

 だがおれ達の頼みの綱は、おれと女武闘家じゃない。女魔術師の魔術だ。おれ達に気を取られたデーモンの油断という隙を女魔術師は見事狙い打ってくれた。

 

「やったか!?」

 

《火矢》の魔術をその身に受けデーモンが炎上する。会心の連携に思わずそんな言葉が漏れる。しかし、

 

「舐メルナァ!!」

 

 咆哮と共に炎が振り払われる。手傷は与えられている気はするが、致命傷どころか重症にも程遠い。

 

「残念ダッタナァ! 悪クハナカッタゾ! サア、次ハナンダ?」

 

 デーモンはそう問いかけてくる。問いかけてはいるが、もう打つ手はないだろうと、自らの敗北など考えていないのが見て取れる。

 

(そして、それは間違ってないんだよな……)

 

 逃げるのもダメ。倒すのもダメ。

 

(詰み、か。……いやまだだ)

 

 ふと、思いついた案。それは起死回生の一手なんかじゃない。

 でも、なにもしないよりはマシな案。

 

(覚悟を、決めるしかない、か……)

 

 一人、心の中で呟く。仕方がない事なんだと、自分を騙した気になりながら。

 

 

 

 

「みんな聞いてくれ」

 

 チラリと仲間達を見やる。デーモンは面白がっているのか、静観の構えを見せている。

 仲間達は頼みの綱である魔術が通用しなかった事に心が折れそうになっている気配がする。盗賊商人に至っては絶望の表情を浮かべている。

 

「こいつはおれが食い止める。だからその間にみんなは街まで戻って応援を呼んでくれ」

「ホウ?」

 

 その言葉を聞き仲間達は驚愕の表情を浮かべ、デーモンは嘲りの声をあげる。

 

「おれ達にはもう打つ手がない。だが、街にいる上の等級の冒険者なら話は別だろう」

 

 おれはさらに言葉を紡ぐ。それが無謀だと知りながら。

 

「だからみんなが呼んできてくれ。なーに半日、いや戻ってくることも考えれば一日凌げばいいんだ。それくらいだったらやってみせるさ」

 

 

 

「ワハハハハ! イイダロウ! ナラバ貴様ガ死ヌマデハ、逃ゲル奴ラニ手ヲ出サナイデイテヤロウ! 逃ゲラレルモノナラ、逃ゲテミルガイイ!!」

 

 デーモンはそう言っておれに襲い掛かってくる。

 恐怖に竦みそうになる身体を必死に動かし、その攻撃を躱しながら叫ぶ。

 

「早く行けぇ!! 無駄にするな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「は、早く行こう……」

 

 傍らから盗賊商人の『逃げよう』という誘いの声が聞こえてくる。

 

「バカ! なんで来た!!」

「なにがバカよ! あんた一人置いて行けるわけないでしょ!!」

 

 正面ではデーモンと戦う青年戦士と女武闘家のそんな声が聞こえてくる。

 そんな声たちを聴きながら、思う。

 

(我ながら、バカになったものね……)

 

 ここは逃げるのが正しい。ここで戦っても勝ち目がない、死に損だ。

 そんなことはわかっている。それでも。

 

「ごめんなさい」

「え……?」

 

 逃げるわけにはいかない。そう思うんだから。

 

「あなただけでも逃げて頂戴」

「あ、あなたも一緒に……」

 

 

 

「そういう訳にもいかないのよ」

 

 自然と言葉が紡がれる。まるでそれこそが本心であるとでもいうように。

 

「あいつらとはまだ出会って数か月。それでも、もう幾度も死線を一緒に乗り越えてきたわ。楽しさも悔しさも分け合ってきた」

 

 今までの冒険の記憶が蘇る。……なんだかんだあったけど、笑っていられたんだから楽しかったんでしょうね。

 

「今更あいつらを見捨てて、私一人だけのうのうと生きるわけにはいかないのよ。……他の誰かが許しても、私が私を許せないわ」

 

 私たちの選ぶ道は、全員で生き残るか、全員死ぬか、よ。

 

「でも、それにあなたを付き合わせるわけにはいかないのよ。だから……」

 

 そこまで言うと私が動きそうにないことを理解したのか、盗賊商人は一言謝り私から離れて行った。

 

「……ごめんっ!」

 

 

 

 

 それを気配だけで感じながら一つ深呼吸をして杖を構えた。

 さあ、悪足掻きを始めよう。

 

(あいつはああ言ってたけど、まだできることがあるかもしれない)

 

 考えろ。賢者の学院で学んだことを思い出せ。

 

(見たところあいつらの攻撃は通用してる気がしない。頼れるのは私の魔術のみ)

 

 考えろ。今までの経験を活かせ。

 

(私の使える魔術は《火矢》と《火球》のみ。うち《火球》は《火矢》に劣る威力しかないからアテにはできない)

 

 考えろ。考えろ。

 

(《火矢》は通用しないわけじゃない。でも決定打になるほどでもない。でも、当たり所がよかったりしたら? いや、炎上までして倒せなかったし……)

 

 考えろ。考えろ。考えろ。

 

(手持ちの手札では打開できない? だったら、新しい術を……いえ、そんなご都合主義な事は期待すべきじゃない……)

 

 考えろ、考えろ……

 

 詰み

(違う! 今はそんなことを考える必要はない!! もっと、もっと何か……)

 

 

 

 考えても考えてもなにも浮かばない。目の前の光景は刻一刻と悪い状況へと遷移していくというのに。

 ……原因は、わかっている。結局のところ、火力が足りないんだ。そして一朝一夕では火力は上げられない。だから何も出てこない。

 

(何が、魔術よ。肝心な時に、なんの役にも立たないじゃない……!)

 

 何の手も浮かばず、その焦りと憤りで今まで散々恃みとしてきた魔術を貶したくなったその時だった。

 

 

 

 何かを、閃いた気がした。

 

(え、なに……?)

 

 何に引っかかりを覚えた? そう思いもう一度散々引っ掻き回した頭の中を確認しなおしてみる。

 

 

 

『«インフラマラエ(点火)»』

 

 

 

 閃きを取っ掛かりに探すといくつかの情景が浮かんでくる。これは……槍使いの相方である魔女? 

 

(なにこれ、私も«インフラマラエ(点火)»を使えということ?)

 

 

 

『«サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)»!』

 

 

 

 今度は私が《火矢》を唱えている情景が見える。

 

(どういうこと? 《火矢》はダメだって結論が出たじゃない)

 

 

 

『この間の依頼の後、新しく使える魔術が増えたわ!』

 

 

 

 最後に«火球»の魔術を報告している私が見えた。

 

(なんなのよ? «火球»なんてもっとダメだってなったじゃない)

 

 

 

(いえ、違う。これじゃない。これはもっと根本的な……)

 

 そう思い、そもそも閃きが起こった原因を思い返す。

 

(確か、そう)

「何が、魔術よ……っ!!」

 

 そう呟いた瞬間、全てが繋がった気がした。

 

 

 

『何が、魔術よ』、ではない。

 

『魔術とは、なんだ?』、だ。

 

 

 

 魔術とは、『世界を改竄する真に力ある言葉を操る技術』だ。三節の詠唱を持って、強力な攻撃を繰り出したり不思議な現象を起こす技術ではない。

 

 «火矢»の魔術。それは『魔力を矢の形に整える(サジタ)』、『矢に火の属性を付与する(インフラマラエ)』、『矢を発射する(ラディウス)』という三つの『真に力ある言葉』を組み合わせただけの魔術だ。

 

 そして«火球»の魔術には……

 

 

 

(でも、本当にそんなことできるの……?)

 

 

 

 希望は見えた。でもその希望が本当に信じていいのかわからず考え込んだその時だった。

 

「うわ!?」

 

 女武闘家の悲鳴が聞こえた。見ると女武闘家が吹っ飛ばされ転がっていく姿が見えた。デーモンは手に持った大鉈を振り切っているような恰好をしている。大鉈には布切れが引っ掛かっているところを見るに避け切れずに胴着に引っ掛かり吹き飛ばされたのかもしれない。

 

「フハハハハ! ソロソロ限界カ!?」

「っ! くっそぉ!!」

 

 デーモンは嘲りの声をあげ、青年戦士は悔しさを滲ませた声を漏らす。

 考えている余裕はない。

 

(ええい、(まま)よ!!)

「っ! うわあああ!!」

 

 自分を鼓舞するように叫び声をあげながらデーモンに突撃をする。私が今からやろうとしている事は、私の考えが間違ってなければ近づかなければできない! 

 

「呪文遣イガ近ヅイテクルトハ! 気デモ触レタカ!」

 

 そんなデーモンの嘲りの声を聞き流し、恐怖に耐えながら足を動かし駆ける。

 そしてデーモンから歩いて大体五歩。大鉈の間合いギリギリぐらいの位置で足を止める。

 

(捉えた!!)

「«クレスクント(成長)»!」

 

 いつかの遠距離狙撃を成功させた時のように射程に捉えた感覚を感じながら、«クレスクント(成長)»を唱える。

 

«クレスクント(成長)»。«火球»の詠唱の一節に含まれる『真に力ある言葉』。

 その使い方は、『火の石(カリブンクルス)』を『成長(クレスクント)させて火球とする』事。

 

(つまり、増幅させて威力を増す効果がある!)

 

「ヌウ!? サセルカ!!」

 

 流石に魔術を使われるのを嫌ったのかデーモンはこちらを攻撃をしようとしてくる。

 

「させるか!」

 

 すかさず青年戦士が妨害をする。

 飛び上がり頭部を切りかかる。いつかの新米戦士に隙を晒さないようにしていると語った、彼らしくない決死の一撃()

 

「甘イワ!!」

 

 その攻撃は手に持った大鉈であっさりと防がれ、逆の開いてる手で殴られ吹っ飛ばされる。

 

「ぐああ!!!」

 

 バギギ! という何かが壊れる形容しがたい音が聞こえる。

 その音は装備していた鎧が壊れる音か、それとも骨の折れる音か。

 

 殴られた青年戦士に駆け寄りたくなる気持ちを必死に抑え、仲間の献身を無駄にしないために詠唱をする。

 

「«クレスクント(成長)»!!」

 

 

 

「詠唱ヲヤメロォ!?」

 

 青年戦士という障害を取り除いたデーモンは再び私を攻撃しようとした時、女武闘家による更なる突然の妨害を受けた。

 吹き飛ばされた女武闘家はいつの間にか立ち上がりデーモンの後頭部に飛び蹴りをかましたのだ。しかし彼女も既に限界だったのか、飛び蹴りをした後まともに着地もできずその場で崩れ落ちる。

 

「フン!」

「ぐっ……!!」

 

 デーモンは崩れ落ちた石ころを蹴飛ばすように女武闘家を蹴飛ばす。ボキリ、という骨が折れる嫌な音が響き女武闘家が吹き飛ばされた。蹴られる前に腕を差し込んだのか、腕が一本あらぬ方向に向いていた。

 

 倒れた女武闘家に駆け寄りたくなる気持ちを必死に抑え、仲間の執念を無駄にしないために詠唱をする。

 

「«クレスクント(成長)»!!!」

 

 

 

 これで下準備は完了した。しかし、

 

(ダメ! あと一手足りない……!!)

 

 準備ができただけだ。

 あと一手、«クレスクント(成長)»によって作られた『増幅する』という要素を威力に変える必要がある。

 

「コレデ、終ワリダ!」

(あと一手、ううん先制(イニシアチブ)さえ取れれば……)

 

 しかしいくらそう思おうともなにも変わらない。もう私達には手札がない。

 それでも最後まで足掻こうと口を開いた瞬間。

 

「グオ!?」

 

 なにかが通り過ぎる風切り音がした。突然デーモンが頭を押さえて蹲る。見ると頭部になにか棒状の何かが突き立っていた。

 

(あれは……ボウガンの……)

 

 そう思った時、背後からいなくなったはずの彼女の、怯えを必死に抑え込もうとしている震えた声が聞こえた。

 

「ウチを……元青玉等級(ウチ)を舐めるな! 黒曜等級(新人)!!」

 

 

 

 仲間達の献身と執念、そして勇気により策は成った。あとは私が最後の手を打つだけ。

 

(お願い……!!)

「«インフラマラエ(点火)»!!!!」

 

 最後の魔術の使用回数を使い『増幅する』力場に『点火』を意味する詠唱を唱えた瞬間。

 

 

 

 目の前が『紅』に現れた。

 

 

 

「ナ!? グウゥ……! ……!!」

 

 突然現れた『紅』に驚き二歩三歩と後退る。そうすると全貌が見えた。

 デーモンが紅い炎に包まれていた。その炎はいつもの«火矢»で生み出される『赤』より鮮やかで、『真紅』と言っていい色合いをしており感じ取れる熱も常より熱く感じられる。

 

 想像以上の威力を発揮した魔術に驚きそのまま更に数歩後退ると何かにぶつかった。

 

「大丈夫?」

 

 いつの間にか盗賊商人が近くまで来ていて彼女にぶつかったようだ。そのまま体を支えられる。

 

「……!!!」

 

 しばらくするとデーモンは限界を迎えたとばかりに倒れ伏す。ガラリ、と手に持つ大鉈が大きな音を立て地面に転がった。

 そのような状態になってなお紅い炎は燃え続けていた。

 

 

 

 デーモンは倒れた。そう思った時。

 

(……あ)

 

 安心したせいだろうか。ふと意識が遠退いていくのを感じる。盗賊商人が何かを話しているようだが、頭はそれを認識してくれない。

 青年戦士たちは大丈夫だろうか。そう思い最後に彼女に言葉を掛けた。

 

「あと……おねがい……」

 

 その言葉を最後に私の意識は闇へと沈んでいくのだった。

 

 

 

 




山羊頭のデーモン

筋骨隆々の長身の人型をしているが、首から上には山羊の頭蓋骨が乗っている。
デーモンとしては最低等級。
特に特殊な技能を持っているわけではないが、特大剣の大鉈を両手に一本ずつ持ち片手で振り回せるほどの力は決して侮るべきではない。また見た目にふさわしいタフネスを誇り、威力の低い攻撃ではビクともしない。
最低等級と言えどデーモン。その名と力に偽りはない。


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生きて帰るまでが冒険です

「はっ……はっ……はっ……」

 

 走る、走る、走る。

 今ウチは辺境の街へとひた走っている。

軽脚(レデュースレッグ)』の祈祷を使いスタミナの消耗を抑えながら走り、動くのが困難になるほど疲弊をしたら『休息(レスト)』の祈祷を使い回復する。そして回復したらまた『軽脚』の祈祷を使い走り出す。

 今ほど旅人に加護をもたらす交易神の奇跡を賜っているのを感謝したことはなかった。

 

(皆、無事でいて……!)

 

 

 

 ウチは冒険者が嫌いだ。あいつらは自分勝手で、自分の欲のためなら簡単に人を裏切る。

 

 ウチだって最初から嫌いだったわけじゃない。かつて冒険者だった時は普通に憧れを持っていたし、一党を組んで活動もしていた。自分が戦闘が苦手だというのはわかっていたからそれ以外で活躍でき、サポートできる盗賊という職業(ロール)を選んだんだ。

 しかし組んだ一党が悪かったのだろう。いや単純に相性が悪かっただけか。ウチの組んだ一党は英雄志望の一党だったのだ。

 最初の頃は良かった。戦闘の苦手なウチでもそこまで不満を抱かれる事はなかった。しかし数年を掛けて等級が上がるに連れ戦闘に貢献できないウチに対する不満がたまっていったのだろう。

 

『悪いが、一党を抜けてくれ』

 

 青玉等級に昇級してしばらくしてからそんなことを言われた。

 

『戦闘のできない『盗賊』より、同じようなことができて弓も使える『野伏(レンジャー)』の方がいいから』

 

 と、既に新たに加入させる予定の野伏を連れてきて。

 

 そうして一党を抜けてすぐ、冒険者も辞めた。こんなに簡単に切り捨てられるのか、今まで年月はなんだったのか。そう思って。

 

 こんなの、自分が憧れた冒険者じゃないと思って。

 

 

 

 それからは行商人として生きてきた。

 幸いウチはサポートの一環として行ってきた情報収集でいろんな人と縁があった。その人達の助けもあって行商人としてやってこれた。

 あの子達に助けてもらったのはある意味では偶然ではなかった。あの子達は気付かなかったみたいだけど、ウチはあの子達が依頼を受けた村にいたんだ。そしてあの子達の後を続くことによって何か問題があってもあの子達に助けてもらおうと思っていた。利用しようとしたんだ。

 荷物の大半を失って行商人としてやっていけなくなって、仕方がないから冒険者を再びやるかと思った時も、新人だからうまく丸め込めるかと思って近づいただけだった。

 

 

 

 デーモンと出くわした時、もうダメだと思っていた。普通に戦って勝てる相手じゃないし、付き合いの短いウチを生贄にして逃げ出すんじゃないかって気が気じゃなかった。

 でも違った。ウチを生贄にするどころか、自分達を囮に逃がそうとすらしてくれた。

 最初は逃げようかと思った。それなのに戻ったのは、やっぱり憧れが捨てられなかったからなんだと思う。あの子達だったら、ウチが憧れた冒険者みたいになれるんじゃないかって思ったんだ。

 

 そんなあの子達を見捨てられるわけがないじゃない。

 

 

 

 戦いが終わった後、皆の容態を確認した。女魔術師は気絶してるだけ。女武闘家は腕を骨折してはいるが命に別状はない状態で気絶していた。だけど青年戦士がマズイ。

 大鉈で斬られたわけじゃないとはいえ、デーモンの拳を直撃(クリティカル)させられたんだ。無事なわけがない。着ていた鎖帷子は壊され、医術の心得がないウチでも瀕死と言ってもいいとわかる状態だった。悪いとは思ったけど、ひとまず皆の荷物を漁ってポーションを拝借して、ウチの用意していた分も合わせてすべて青年戦士に飲ませてきた。

 そしてできる限りの応急手当をして、これ以上できることはないということで辺境の街に急いで救助を要請するために走りだした。

 

 

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 走る、走る、走る。

 もう奇跡の使用回数も尽き、使用していた『軽脚』の祈祷の効果も切れて久しい。体力も尽きかけている。それでも。

 

(あの子達を、こんなところで死なせてなるものか……!!)

 

 そう思うと気力が満ちてくるというものだ。

 

 

 

 早朝と言っていい時間。汗だくになりながらも息を整える。

 ウチの前には今、冒険者ギルドのドアがある。ウチは歩いて半日という距離を無事、走破したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その猫人の女が冒険者ギルドに入ってきたのは、いつものように相棒である魔女と冒険(デート)に行くためにロビーで麗しの受付さんが依頼表の張り出しを待っている時だった。

 猫人の女からは極度の疲労を表すように足を震わせ、荒い息をつき、滝のような汗を流している。

 

「あなたは……戦士さんたちの?」

 

 そう応対したのはちょうど出てきた受付さん。受付さんが言う戦士さんってのは……あいつらか? 脳裏に以前槍の手解きをしようとした男とその仲間の女の姿がよぎる。

 

(あいつら、新しい仲間を加えたのか)

 

 そう思いながら猫人の女と受付さんの話に耳を傾ける。そして話が進むにつれて俺の眉間のシワは深まっていった。

 

(遺跡の探索に出たらデーモンと出くわしただと? だったらなんであいつらが一緒にいねえ?)

「おい」

 

 受付さんには申し訳ないと思うが口を挟ませてもらうことにする。

 

「探索に出た遺跡にデーモンが出たって言ったな。なら、どうしてあいつらがいない? まさかテメェ、あいつらを囮にして逃げてきたのか?」

 

 我ながら低い声が出たと思うが仕方ないだろう。デーモンと言えば最低級でも戦闘に長けた翠玉等級、確実に勝つには銅等級は欲しいと言われる敵だ。黒曜等級の新人共に勝てる相手じゃない。そう思うのが当然だ。

 

「違う!!」

 

 だが、現実は違った。

 

「デーモンは倒したんだ!!」

 

 冒険者ギルドにザワリという動揺が走る。当然だ。そんなことはあり得ない。

 だが同時に思ってしまった。あいつらならもしかして、と。

 

「ウチも魔術には詳しくないからよくわかってないけど、魔術師さんが物凄い炎の魔術を使って焼き尽くしたんだ! でもそこに至るまでに戦士さんと武闘家さんが倒されて、魔術師さんも魔術を使った後に倒れてしまって……とりあえず魔術師さんは気絶してるだけで武闘家さんは骨折はしていたけど命に別状はなかった。だけど戦士さんがやばい。手持ちのポーションは飲ませてきたけど今どうなってるのかもわからない。できるだけ報酬も出します。だから……」

 

 猫人の女がなおゴチャゴチャと言っていたが、内容は頭に入ってこない。信じられない気持ちと信じたい気持ちがせめぎ合いどう動くべきなのかという考えが頭の中を巡っていた。

 

「ふう、ん……」

 

 その時相棒が興味の声を漏らした。珍しいなこいつが何かに興味を示すのは。

 

「ね、え」

 

 相棒が俺に呼び掛けてきた。

 ……たまにはこいつに付き合うのも悪くないか。

 

「おい。お前が言ってんのが本当だってんなら俺達が救助に行ってやるよ。だが……嘘だってんなら覚悟しとけよ」

 

 そう言うと猫人の女は安心したのか、

 

「ありがとう……」

 

 という言葉と共に気を失ったのだった。

 

 

 

 突然倒れた猫人の女に驚いたが、とりあえず他の連中にギルドの宿に放り込ませておいた。

 

「じゃあ受付さん。そういうことなんで」

 

 そう受付さんに告げ、救助に向かおうとした。

 

「いえ、少々お待ちください」

 

 したのだが受付さんは少し考えるそぶりを見せた後、そう一言告げて奥へと入って行ってしまった。なんだと思ってしばらく待っている間に『辺境最高の一党』の重戦士が話しかけてきた。

 

「さっきの話、マジだと思うか?」

「さあな。そいつを今から確かめに行くんだろうが」

 

 そんな会話をしていると受付さんが戻ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 そういう受付さんの腕には新たな依頼表が抱えられていた。

 

「先程の商人さんの依頼ですが、申し訳ないですが冒険者ギルドの依頼としては受理できません。報酬を明確にされていませんので依頼としての体を成していないからです」

「それは……」

 

 確かにその通りなんだろうが……

 そう思い受付さんを見ると真剣な表情を浮かべていた。どうもまだ何か続きがありそうだな。

 

「ですが先程の話、デーモンが近隣の遺跡に出現したという情報は冒険者ギルドとしても見過ごすわけには参りません。ですので冒険者ギルドからあなた方に依頼があります」

 

 そういうと依頼表を広げて見せてくる。

 

「『棄てられた砦街』に赴き情報の正否の確認をお願いします。また情報が正しかった場合どこからやってきたのかといった調査等もお願いします」

 

 それはいいんだが……

 

「それだと俺達だけで良くないですか?」

 

 重戦士達は必要なんだろうか。

 

「バカ。あいつらの救助はどうすんだ。お前ら二人で三人を連れて帰ってくるつもりか?」

「うぐっ」

 

 忘れてた。もともとそういう話だった。

 

「はい。信憑性の低い情報ではありますが、既に黒曜等級の一党によりデーモンが討伐されているという情報があります。またその一党が帰還困難な状態であるということも。ですのでそちらの一党の救助も依頼として含まれています。必要経費は後でギルドが補填しますので、よろしくお願いします」

 

 そういうと受付さんは頭を下げた。

 

「お任せください! じゃあさっそく……」

 

 そうしてギルドを出ようとした時だった。

 

「待ってください!」

 

 見覚えのある新人が声を掛けてきた。こいつらは確か……この間の牧場での戦いでホブゴブリンを倒してた奴らか。

 

「俺達も連れてってください!」

 

 そう男の方、新米戦士が言ってくる。そうは言ってもな……

 そう思って受付さんを見ると難しそうな顔をして首を横に振る。ですよね。

 

「あのなぁ……」

 

 そう言って諦めさせようとした時だった。

 

「報酬は要りません! なんでもいいんです! 手伝わせてください!!」

 

 なおも新米戦士は言い募ってくる。

 

「あいつらは友達なんだ……できることなら、助けになりたいんです!」

 

 そう言うと俺の目をまっすぐ見つめてきた。女の方、見習い聖女も同じように見つめてくる。

 その目には純粋な心配の色が見て取れる。虚栄心や功名心といったものは見て取れない。

 

(いい目だ……あいつら、愛されてんじゃねぇか……)

 

 そう思い受付さんを見ると諦めたように首を縦に振った。重戦士の方も面白そうに笑いながら首を縦に振る。

 

 

 

「ようし、いいだろう! んじゃ、いくぜ! 遅れんじゃねぇぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「よし、お前らはそいつらの介抱をしろ。ポーションも使って構わん。どうせギルドが持ってくれるからな」

 

 俺達は問題なく遺跡に到着した。大鉈によって崩されていた入り口もこんだけ人がいればすぐに通れるようになる。

 情報通り、青年戦士と女武闘家が地面に転がっていた。女魔術師の方は既に気絶から目覚めて二人の介抱をしていたが。

 女武闘家の方はともかく、青年戦士はよく生きていたなといった状態だった。おそらく、ちょっと前まで装備していた革鎧だったら死んでいただろう。なんにせよ頑丈な奴なのは間違いない。

 

「しっかし、派手にやったなぁ」

 

 そう言う俺達の足元には件のデーモンが転がっている。話のとおりに余程強い炎に炙られたのか黒焦げと言っていい状態だった。傍に転がっている大鉈も焼かれ焦げた匂いを放っている。

 

「なるほど、ね……」

 

 相棒は何かを納得したようにそう言った。

 

「なにかあったか?」

「べつ、に」

 

 相棒はそれだけ言って女魔術師の方に向かっていった。あいつの事は未だにわからん事だらけだ。

 

「とりあえず、デーモンが現れたのは事実だったと。そしてそれが黒曜等級の一党によって討たれたということもな」

「ならあとはこいつがどこから現れたのかってことだが……」

 

 そう言って俺と重戦士は広間の奥に開いた大穴を見やる。あそこしかないわな。

 そう思い少し様子を見に行くことにした。

 

「こいつは……今の状態で確認すべきじゃないかね」

「だな」

 

 この辺の地理はよくわからんが、とりあえず穴の奥には鬱蒼とした森が広がっていた。だいぶ木々が茂っており奥の方は見通せない。まるで何かを隠すように。

 

「こいつは後で報告して探索が得意な一党に確認してもらうほうがよさそうだ」

 

 

 

 そう言って遺跡へと戻る。治療もほとんど終わり後は帰るだけといった時だった。

 

「よっと」

 

 重戦士が入り口を崩していた、デーモンが持っていたであろう大鉈を担ぎ上げた。

 

「どうすんだそれ」

「持って帰んのさ。こいつらの報酬だよ。……格上殺し(ジャイアントキリング)をやっといて報酬ナシは寂しいだろ?」

「……違いない」

 

 そう言って俺は笑う。たしかにそうだな。

 

「お前はそっち持ってこい」

 

 重戦士はそう言って焼け焦げた大鉈を指差す。

 

「あん? こっちも報酬か?」

 

 別にかまいやしねぇが、そいつはちっとやりすぎじゃないか? と思ったが違ったらしい。

 

 

「いや、そっちは俺達用。依頼報告用の証拠(ハンティングトロフィー)ってやつさ」

 

 

 

 

 

 

 

 黒曜等級による悪魔殺し(デーモンスレイ)。その噂は瞬く間に辺境の街に広がった。

 その話を聞いた者は皆、最初鼻で笑ったという。当然だ。デーモンとはそれほど簡単に倒せる相手ではない。嘘に決まっていると思われるのは必然だった。

 しかし、そういった者たちもすぐに手のひらを返すことになる。

 実際にデーモンがいたこと。そしてそれがすでに討伐されていたことを、辺境の街を代表すると言っても過言ではない『辺境最強』の槍使いと『辺境最高の一党』が共に確認し報告したこと。

 そしてなにより、彼らが持ちかえって来たという、ギルドのロビーに飾られた焼け焦げた大鉈という何よりの証拠が彼らに嘘ということを許さなかったのだ。

 

 その噂は次第に大きくなっていった。話を聞いた気の早い吟遊詩人は既に詩を作り始めていると聞く。

 

『膝すらつかぬ不壊の守護者』の青年戦士。

 

『誰にも捕まらぬ舞い踊る風の精霊(シルフ)』の女武闘家。

 

『火の深奥を知る在野の賢者』とされる女魔術師。

 

 

 

 そう称される新たな英雄候補達は今、

 

「「「はあ……」」」

 

 ギルド併設の酒場で恥ずかしそうに頭を抱えながらため息をついていた。

 

「なんでみんなしてため息をついてるんだにゃ……」

 

 ウチが思わずそう溢すとみんな待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

 

「いや、狙ってやった事を褒められるってんならいいんですけどね……誰なんだよ『膝すらつかぬ不壊の守護者』って。普通にぶっ飛ばされて死に掛けたわ」

「あんたなんてまだいいじゃない……私なんて一番最初に倒れたのに『風の精霊』よ、恥ずかしい……」

「『火の深奥』って何なのよ……あんなのただ燃料をぶちまけて点火しただけよ……」

「お、おう……」

 

 一斉に喋り始めたためよくわからなかったが、どうもみんな噂の内容に不満を持っているようだ。しかも『もっとかっこよくしてほしかった』とかじゃなくて『そんな大層な事じゃない』という方向で。

 

(普通こういう時はもっとこう……誇らしげにしたりするものじゃないの?)

 

 そんなことを思いながらをみんなを眺めしばらくたった頃。

 

「あーもう、ヤメヤメ!」

 

 女魔術師がバン! とテーブルを叩いた。

 

「建設的な話をしましょう! 今回の反省をするわよ!」

 

 そうして反省会が始まった。

 

「まずはそうね……どこかに探索に出る。それ自体は間違いじゃなかったと思うわ」

「そうだな。新しいことに挑戦すること自体は問題ない。ただ今回みたいに強敵と偶発的遭遇(ランダムエンカウント)することは常に考えるべきだな。いざという時に逃げる手段の用意を…」

「また今回みたいにあたし達の攻撃が通用しない敵が出てきたらどうするか。とりあえず回避に専念して時間を稼げるようにもっと訓練をするべきかな……」

「私も魔術の習得の方向性を考え直した方がいいかしら。いざという時に逃げられるように。いやでもむしろ攻撃力を極めた方が……」

 

 

 

(格上殺しをしておきながら、それに勢いづくどころかむしろ慎重になるのか……)

 

 以前の一党の時はどうだったか。こういう時はやはり自分たちの功績を誇ったり未来の事を語り合ってたりした気がする。

 

(この子達は本当にウチが知ってる冒険者とは違うな)

「商人さんは何か案とかありませんか?」

 

 昔のことを思い返していると青年戦士がこちらに問いかけてきた。

 見るとみんながこちらを見ていた。その目には疑いの色などは見られない。ただ先輩に対する期待や意見に対する好奇の色だけが見える。

 

(本当にこの子達は…)

 

 そんな目を向けてくるみんなに思わず口角が上がった。

 

「しょうがないにゃ~。じゃ、お姉さんが知恵を貸して進ぜよう」

 

 

 

 ウチは冒険者が嫌いだ。あいつらは自分勝手で、自分の欲のためなら簡単に人を裏切る。でも。

 

(この子達のことなら、少しは信じてもいいかもにゃ)

 

 そんなことを思いながらウチも反省会に加わるのだった。

 

 

 




デーモンの大鉈

山羊頭のデーモンが持っていた大鉈。分厚い鋳鉄の刀身と鍔で作られていて、生半な人間には持ち上げる事も出来ないほどの重量がある。
特別な力といったものはないが、振り回せるのであればその重さそのものが特別な力となるだろう。



これにて『強敵遭遇編』は終わりです。
物凄く苦戦した…


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炎の警句

幕間回です。


「それで、何の御用でしょうか」

 

 私は今、冒険者ギルドの応接室にいる。

 

「魔女さん」

 

 槍使いの相棒である魔女に呼び出されて。

 

 彼女に呼び出されたのは遺跡探索でデーモンを倒した後。デーモンを観察してからこちらに来て、後日話があると告げてきたのだ。

 そして今日、お互いの都合がいいということで呼び出されたのだ。

 

「まずは、座って頂戴」

 

 そう言って自分の前にあるソファーを示す。一言断り私も席に着いた。

 

 

 

 彼女は一度いつものように煙草を一口吸い、それから話を始めた。

 

「話、というのは、この間のデーモン退治に使った術、のこと、よ」

 

 それを聞いて思ったのは、『やはり』ということだった。

 

「おそらくだけど。『クレスクント(成長)』と『インフラマラエ(点火)』を組み合わせたんじゃ、ないかしら?」

「……わかるんですか?」

「それ、くらいは、ね」

 

 呪文遣いの上級者ともなれば行使された跡を見ればそこまでわかるものなのか。流石だ。

 ……ではなく。

 

「それで、それが何か……」

「ええ。そう、だったわ、ね。話、というのは、その術を使う際は、注意しなさい、という話、よ」

「注意……ですか?」

 

 どういうことかしら? いえ、百歩譲って注意をするのはいいけれど、何故それを彼女が言ってきたのか。こう言ってはなんだけど、冒険者の先輩後輩とはいえそんなことを言ってくるのはマナー違反とかじゃないの? 

 そう思っているのが伝わってしまったのだろうか。一つ頷いたかと思うと今まで浮かべていたいつもの妖艶な表情を引っ込め、少し真剣な表情と雰囲気に変わる。

 

「そう。……あなたは『呪術(じゅじゅつ)』という言葉を聞いたことはあるかしら?」

「『呪術』? いえ……もしかして、私が使った呪文の組み合わせを変えて使ったやり方にはそんな名前がついているんですか?」

「そうよ」

 

 別にオリジナルとは思っていなかったが、まさかそんな名前がついているほどの技術とは思わなかった。

 

「『呪術』とは、世界に呼び掛け、世界を利用するお(まじな)いの(すべ)。……もうわかっていると思うけれど、魔術の神髄よ」

「……」

「もっとも、最初は(のろ)われた(すべ)で『呪術』と呼ばれていたらしいのだけれど」

(のろ)われた(すべ)?」

 

 随分と物騒な……それほどのものなのかしら? 

 魔女は仕切り直す様に再び一口煙草を吸う。

 

「……こう言っては何だけれど、あなたはまだまだ未熟者よ」

「……はい」

「そんなあなたでもデーモンを焼き殺すことができるほどの火力を出すことができた。……私が同じ術を全力で使うとしたらどれほどの威力が出るか想像がつくかしら?」

「いえ……」

 

 言葉だけを聞くとまるでマウントを取るかの様な話しぶりだが、見たところ彼女の雰囲気はそんな感じではない。

 そんなふうに思って見ていたが、彼女はそんなことには構わず話を続けた。

 

「私が同じように使えば、あの広間を丸ごと飲み込むような炎を産み出すことができたと思うわ。彼も、私も、区別なく飲み込む程の、ね……」

「え……」

 

 彼というと槍使いの事だろうか。そんなあの人も、自分も飲み込まれるとはどういうことかしら? 

 

「制御が効かないのよ、『呪術』は。世界を利用する、というのは人の身には過ぎた業、なのよ」

「……」

「だからこそ、『呪術』の祖は、『魔術』という形を整え、覆い隠したそうよ」

「『魔術』で、覆い隠す……ですか?」

 

 そう問い直すと我が意を得たりとばかりに彼女は頷いた。

 

 

 

「そう。今使われている『魔術』とは、体系化された技術では、あるけれど、同時に『呪術』というものを隠すための嘘なのよ」

 

 

 

「嘘……」

 

 その言葉を聞き呆然としてしまった。自分が長らく習ってきたことが間違っていたと聞かされては心中穏やかではいられない。

 しかしそれと同時にその言葉は納得を持ってストンと胸の内に収まったのを感じる。

 

 

 

 魔女はそんな私の心情を知ってか知らずかなおも言葉を紡ぐ。

 

「まだ『魔術』も『呪術』もない時代、ただ世界を改竄することができる、『真に力ある言葉』の存在を、認知されていただけの時代の話」

 

 それは今を生きる私達から見れば遥か昔の伝説の時代の話。だけどそれは今へと続く、確かにあった本当の話。

『炎の魔女』と呼ばれた、『呪術』と『魔術』の祖と呼ばれた女性の話。

 

「炎の魔女は、言葉を組み合わせると更なる力を産み出せることに気が付いた。そして、どこまでできるのかを試した。それが、どんな結果を齎すのかも知らずに」

「……どう、なったんですか」

 

 私がそう聞くと魔女は再び煙草を一口吸う。

 

「当時あった国の首都全土が炎に包まれ、滅びそうになったそうよ」

「……ん? そうになった?」

 

 その言葉に魔女はふっと笑みをこぼして話を続ける。

 

「ええ。滅びそうになった、らしいわ。何があったのかはわからないけれど、途中で術の行使を躊躇ったおかげで、被害はそこまで出なかったらしいわ。それでも、当時の研究に使っていた建物は吹き飛んだらしいけれど。本来起こりうる結果と比べれば、小火みたいなものよね」

「ええ……」

 

 確かにそうだけれど、建物を吹き飛ばしておいて小火って……

 

「そんなことがあって、この業は軽々しく使うべきではないということで、炎の魔女は『呪術』と名付け戒めとしたそうよ」

「『魔術』で隠したというのは?」

「人というものは、一つの答えを知っていると、それ以上の探求をなかなかしようとしないものよ。だから『特定の三節を組み合わせると大きな力を発揮できる技術』として『魔術』というものを作り上げた。……覚えがあるのでは、ないかしら?」

「う……」

 

 確かにその通りだ。あの時は閃いた、と思ったけど後で考えてみれば大した発想じゃなかった。だからこそ大げさに言われて頭を抱えていたんだから。

 

「気付きさえしてしまえば、誰でも簡単に使えてしまう。それがどれほど危険な行いなのかも、気付きもせずにね。それが『呪術』よ」

「……」

「でも、今更なかったことにはできない。隠したといっても、この業は少し考えれば、すぐに気づいてしまえる法則(ルール)でもある」

「……」

「だからこそ、炎の魔女は、その弟子達は、そして呪術を知る者達は、新たに呪術を知った者に、警句を持って畏れを伝え、知らしめて来た」

 

 

 

 そこまで話すと魔女は背筋を伸ばし今まで見たことも無いような真剣な表情を浮かべる。

 

「あなたにも同じように警句を伝えます」

「……はい」

 

 その姿は厳かで、こちらも思わず姿勢を正し拝聴する。

 

 

 

「『炎を畏れよ』。それが炎の警句と呼ばれる、呪術を知る者に代々伝えられてきた警句よ」

 

 

 

「『炎を畏れよ』……」

「炎とは身近で便利な物。食材の調理に使い、何かを燃やせば暖を取れ、そして敵に放てば焼き尽くす。けれど忘れてはいけないわ。炎はただ燃えるもの。扱いを間違えれば何もかもを焼き尽くすわ。己の大切な物も、区別なくね」

 

 そこまで言うと魔女は席を立つ。その時には普段通りの妖艶な雰囲気に戻っていた。

 

「あなたも、『呪術』を知る者として、新たに『呪術』を知った者が現れた時は、警句を、伝えて頂戴。それが、『呪術』を知る者の、責務なのだから」

 

 そう言って魔女は肉感的に腰を振りながら扉に向かい、応接室を出て行った。

 

 

 

「『炎を畏れよ』……ね」

 

 強張らせていた身体をほぐす様に一つため息をつき、座るソファーに背を預ける。

 後に残された私は一人考える。

 

(確かに恐るべき業のようね。でも……)

「有用なのは、間違いないのよね……」

 

 今の私達には、手段を選んでいる余裕はない。けれども、それで自爆しているようでは意味がない。

 

「……まあ、これに関してはおいおい考えていきましょうか」

 

 そう思い、私も応接室を出る。

 

「おう、お帰り」

「お帰りなさい。大丈夫だった?」

「おかえりー」

 

 酒場に向かうと仲間達が待っていてくれた。

 

「……ただいま」

 

 私も挨拶を返し席へとつく。

 

 

 

『呪術』とは恐ろしき物。その畏れは決して忘れるべきではないのだろう。

 

(でも、こいつらを失うことだって、私にとっては恐ろしき事、よね)

 

 そう思い、改めて『呪術』のうまい使い方模索しようと思う。

 

 

 

 でも、それは後でいいだろう。今は仲間達との会話を楽しもう。

 そう思い彼らの会話の輪へと入っていくのだった。

 

 

 




呪術

真に力ある言葉を用い世界に呼び掛け、世界を利用する業。
かつて炎の魔女と呼ばれた者が見出した秘技であり、魔術の祖。
魔術はこの業を弱め扱いやすくしたもの。
魔術より自由度が高く、それ故制御が難しい。下手に扱えば、全てを無に帰してしまうほどに。

人の子よ、忘れるなかれ。世界を操るというのは人の手に過ぎた業であるということを。

『炎を畏れよ』

その言葉を共に畏れと共に伝えよ。後悔をしないように。



という訳で、これが今作における呪術の設定となります。
山羊頭のデーモンを倒したのは実は呪術の大発火がモチーフだったり。


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深き谷の森

『調達依頼回』です。

3章は依頼の方向性で話を区切っていく予定です。
『強敵遭遇回』は『討伐依頼回』の代わり。黒曜等級で強敵と戦える依頼は受けられないねん…


 チチチ、と鳥の囀る声が耳を楽しませる。息を吸うと咽るほどの濃い緑の匂いが鼻を通り抜ける。周りを見回すとどこもかしこも樹木と草花に囲まれている。それでいて木々は密集しておらず程よい距離を置いており、空から降り注ぐ太陽の光が木漏れ日となりとても幻想的な風景を作り出していた。

 

「奇麗……」

「ああ……」

 

 思わず、といった感じで幼馴染が感嘆の声を漏らし、おれも同じように同意の声を漏らす。情緒なんてものを碌に理解していないおれでもそう思わずにはいられないような美しい光景だった。

 

『深き谷の森』

 

 おれ達は今、そう呼ばれている場所へと訪れていた。

 

 

 

 

 

 

『深き谷の森』

 

 そこは神代の時代の戦いによりできた、大地に穿たれた傷痕である底すら見えないほどの深い谷の周りにできた広大な森だ。

 なんでも元々植物の豊かな場所だったらしく、そこが神代に戦場となり一度は荒れ地となったらしいが、そこに生えていた草木が再び芽を出しできた森らしい。

 植物たちの生命力は凄まじく、険しい谷もなんのその、壁面にも様々な植物が這っている。そのような土地故か、人間にとっても有用な植物も数多く生えており、冒険者の依頼として調達依頼も数多く発行されている。

 他にも森の奥深くには神代から生きる巨大な狼、神狼と呼ばれる存在の目撃情報があったり、あるいは森のどこかにあるらしい湖を縄張りとする多頭の蛇だか竜だかがいるという話があったり。

 あとは見通せない深い谷の底には知性持つ古龍が住まうという眉唾な話まである神秘的な土地だ。

 

 ちなみにこの森、本来おれ達のような新人は立ち入りが許されない場所だ。

 いや、正確には禁止されているわけではない。真偽不明の噂が流れる程度には危険な場所故、ここに立ち入る必要のある依頼は、もう少し上の等級にならないと受けられない依頼になるというわけだ。

 では、なぜおれ達がそんな場所にいるのかというと。

 

「やっぱり森は良いわね! 心の故郷って感じだわ!」

 

 彼女、妖精弓手の受けた依頼に同行しているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 おれ達が彼女の依頼に同行している理由。

 それは……なんてわざわざ勿体ぶって言うほどの理由ではない。

 本来彼女はゴブリンスレイヤーの一党の一員としていつものゴブリン退治に出かける予定だったのが、寝坊した挙句、何故かゴブリンスレイヤーさんもその仲間達も彼女の事を置いて出かけてしまい、ギルドのロビーで不貞腐れていたところにおれ達が現れたため、

 

「あんたたち! まだ依頼が決まってないなら、私に付き合いなさい!!」

 

 と言って半ば無理矢理おれ達を巻き込んだのだ。

 まあおれ達もまだ受ける依頼が決まってなかったし、上の等級の依頼を受ける機会なんてそうそうあるものでもないから、これ幸いと受けることにしたのだった。

 

 

 

「でも本当によかったんですか?」

「なにが?」

 

 森の中を歩きながら気になっていたことを交流がてら聞いてみることにした。

 

「いや、一党を組んでるのにこうしておれ達と冒険に出ていいのかなって」

「なんだ、そんなこと」

 

 おれの問いに妖精弓手は呆れたように手を振って応える。

 

「元々冒険者なんて自分の都合でやってるものよ。あなた達もそうじゃないの?」

「それは、まあ……」

「確かに一党を組んでるなら相応に足並み揃える必要はあるかもしれないけど、続けるも抜けるも自分次第。それが冒険者ってもんよ」

 

 そこまで言うと妖精弓手は退屈を感じたように顔を前に向けた。

 

「それにこうやってその場その場で即席の一党を組むなんて珍しくもないわ。あなた達も冒険者続けるなら慣れときなさい」

 

 

 

 

 

 

「よっ、と」

 

 おれ達の今回の仕事は調達依頼。といっても目的はこの森に()えている植物じゃない。()きている植物だ。

 

「じゃあよろしく」

「ええ、まかせて」

 

 そう言って女魔術師はおれが槍で突き倒した標的(ターゲット)、『キノコ人』から素材の採取に掛かった。

 

 

 

『キノコ人』はその名のとおり、キノコに小さな手足が生えた、人のような姿をした動く植物だ。

 動く植物といっても大した知性もなく、身体能力も脅威にならない程度の敵だ。しかも同族であろうとも仲間意識等はないのか、近くで仲間が攻撃されていても見向きもしない。というかこちらからちょっかいを掛けない限り、近くにいても反応もしない。

 そんな敵なのでおれと幼馴染、そして前に手に入れたボウガンの扱いに慣れたいという理由と、いざという時のために勘を取り戻したいという盗賊商人が交代で戦い、倒したらこういった素材の扱いの経験のある女魔術師に回収してもらうというやり方をしている。

 

 その間妖精弓手は周囲の索敵やおれ達の監督をしてくれている。

 ……くれているのだが、一応彼女が受けた依頼なのにこれでいいのか? 

 若干釈然としない気もするが、気にしないことにしよう。

 

 

 

 ふう、とひとつため息をつき、警戒も兼ねてぐるりと辺りを見回す。

 

(といっても本職が二人もいるんだからそこまで気にすることでもないかね……)

 

 そう思い仲間達の方を見やる。

 なにやら妖精弓手がそこらに生えていたような草を持ちながら、いかにも鼻高々といった感じで何かを話している。その話を幼馴染は真剣な表情で、盗賊商人は目をギラギラさせながら聞いている。

 幼馴染があんな感じで話を聞いているところを見るに薬草か香草の類なのだろう。そして盗賊商人はその効果に商売の匂いでも嗅ぎ取ったか。

 

 

 

(しかし……)

 

 再び倒したキノコ人を見る。

 

(こいつも夢で見たことあるんだよな……)

 

 前に戦った山羊頭のデーモンを見た時にも感じた既視感をこいつにも感じる。

 

(確かにあんな夢を見るのはおかしいとは思ってはいた。夢は夢だろうと思っていたが、もしかしてただの夢じゃないのか……?)

 

 そんなふうに考え込んでしまう。

 

「終わったわ。……どうしたの?」

「いや……」

 

 いつの間にか時間がそれなりに経っていたのか女魔術師が素材の採取を終え、おれに話しかけてきた。

 

「なんでもないよ」

 

 そう言っておれも考え事を打ち切った。

 どうせ答えなんか出ないんだ。考えるだけ無駄だな。

 

(強いていうなら夢の経験や知識は過信すべきじゃないってところか。前のデーモンもそうだったしな)

 

「そう? ……そうそう、素材はそろそろ十分だと思うわ」

「わかった。すみません!」

 

「ん?」

 

 女魔術師の報告を受け、妖精弓手にも声を掛ける。

 

「そろそろ依頼達成できるだけの量が集まったそうです」

「そう? じゃあ……あ、そうだ! あと一匹だけ狩って終わりにしましょ」

「ん? まあそれはいいですけど……」

 

 なんだ? 妙に含みのある言い方をしたような……

 

 

 

「じゃあ、ちょっと探しましょうか」

 

 ニンマリと笑いながら妖精弓手そう言っては歩き出した。 

 おれ達はそれを訝し気に思いながらも黙ってついて歩く。

 そしてほどなく、

 

「あ、いたいた」

 

 標的を見つけ出したのか妖精弓手はそう言って足を止めた。

 彼女の視線を追うと、大きな岩の前に立つキノコ人、それも今まで狩っていた幼体ではなく成体の大きなキノコ人がいた。

 

「ええ……」

 

 盗賊商人が嫌そうな声を漏らす。

 

「やめましょうよあいつに手を出すのは……」

「あら、その口ぶりだと知ってるのね。元青玉だからかしら?」

 

 そんな会話を盗賊商人と妖精弓手がする。盗賊商人が嫌そうにしてるということは。

 

「危険な奴なんですか?」

「そうね。……どんなやつだと思う?」

「……とんでもない強打持ち(ハードパンチャー)とか?」

 

 夢の知識を元に答える。そうであってほしいような、そうであってほしくないような、どちらともつかない気持ちを抱きながら。

 

「あら、正解。もしかして知ってた?」

 

 妖精弓手は少し面白くなさそうにしながらもあっけらかんとした感じで答えた。

 

強打持ち(ハードパンチャー)って……どれくらいなんですか?」

 

 前衛として殴り合うことも想定してか、幼馴染が妖精弓手に問いかける。

 

「そうねえ……」

 

 妖精弓手はどう答えるか考えるように宙を仰ぐ。が、すぐにニヤリという表情をしてキノコ人を見た。

 

「ちょうどいいわ。見てなさい」

 

 そう言うとキノコ人の方に向かって歩いて行く。

 

「どうするつもりなのかしら……」

「さあ……」

 

 彼女が何をするつもりなのかわからず、おれ達は少し離れた所からただ見守る。

 キノコ人の成体は幼体とは違い、近づくものを敵と見做すらしく、近寄ってきた妖精弓手に襲い掛かっていった。援護に行った方がいいかと少し迷うも、そのまま見守る。その間も妖精弓手は鮮やかな身のこなしでキノコ人の攻撃を避けていく。

 これは大丈夫かと思って見ていたら、いつの間にか近くの大岩へと近づいていて追い詰められたかのような状況になっていた。

 

「危ない!!」

 

 幼馴染も危険だと思ったのだろう。そう妖精弓手に叫ぶ。

 しかし、妖精弓手は狙い通りと言わんばかりにニヤリと笑うと今までの動き以上の身のこなしで持ってヒラリとキノコ人の振り下ろされた拳を躱す。

 

ズカァン!!! 

 

 振り下ろされた拳は見事に大岩に突き刺さり、凄まじい轟音を立てて大岩を打ち崩した。

 あまりの威力に、知っていたはずなのに唖然としてしまう。仲間達を見るとみんな似たような表情をしていた。

 

「ウッヒャア! 怖い怖い!」

 

 いつの間にか戻ってきていた妖精弓手がそんな言葉を漏らす。

 

「お疲れ様です……」

 

 特に意味もないがそんなことを言ってしまうほどに衝撃的な光景だった。……じゃなくて。

 

「で、どうするんです? あいつ」

 

 標的を仕留め損ねたキノコ人は、そんなことを気にするほどの知能はないのか、特に気にした様子もなく今まで通りの緩慢な動きでこちらに向かってきている。

 

「決まってるじゃない。あなた達に任せるわ」

「ええ……」

 

 妖精弓手はそんな無茶ぶりをしてくる。いや、実際はそこまででもなさそうだが。

 そんなことを思いながら仲間達を見ると、苦笑しながらも戦闘準備をしておれの指示を待っていた。

 

「……はあ。わかりましたよ」

 

 ため息をつき、気持ちを切り替えた。

 

「あいつの動きは鈍い。だから前衛二人で挟み撃ちだ」

「うん!」

 

 幼馴染はそう言って頷いた。

 

「鈍いと言っても一発貰うのは怖いからな。狙われてる方は回避に専念。そうでないほうが攻撃だ。商人さんはできるようならボウガンで援護を」

「わかったにゃ」

 

 盗賊商人もそれを聞いて頷いていた。

 

「私は?」

「悪いが待機で。ただ、もし危なそうだったら魔法を使ってくれ」

「わかったわ」

 

 女魔術師にもひとまずといった指示を出す。

 女魔術師も頷いて理解を示したのを見て、おれも頷いた。

 

「よし、行こう!」 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ。なかなかやるじゃない」

 

 戦闘は程無く終わり、妖精弓手がそんな言葉を投げかけてきた。

 

「どうも……」

「もー、悪かったわよ。でもどんな経験も、あって損があるわけじゃないんだからいいじゃない」

 

 彼女にも彼女なりの考えがあってのことだろうし、その考えも理解できないわけじゃない。

 わけじゃないんだが、やっぱり釈然としない。

 

「あははー……。さ! あとはこいつの採取をして終わりにしましょ!」

 

 流石に悪いと思ったのか、採取くらいは自分でしようと妖精弓手は倒れたキノコ人に近づいていく。

 

「え?」

 

 キノコ人に近づいていく途中で何かに気付いたように妖精弓手は一度足を止めた。そしてキノコ人を通り過ぎ、キノコ人が打ち崩した大岩へと走って行った。

 何が何やらわからないおれ達は顔を見合わせ、妖精弓手の後を追ってみる。

 

「どうしたんですか?」

 

 妖精弓手に近づいてみると、大岩があったところにしゃがみ込み地面を見ている。

 いや、地面じゃない。地面があるはずの所にはぽっかりと大きな穴が開いていた。

 その穴も奇妙なもので、地面が掘られているという訳じゃない。見下ろした限り壁面と言っていい部分は土ではなく、木のような質感と色をしている。

 

 

 

「間違いない……」

 

 妖精弓手はおれ達が近づいて来た事にも気付いていないかのように、穴に手を伸ばし壁面を触れて言った。

 

「これが、(うつ)ろの大樹」

 

 

 




深き谷の森

『狭間の森』と『黒い森の庭』をひっくるめたような森。
陽の光が降り注いでいるため、ダークソウル世界のような陰鬱な雰囲気はない。


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虚ろの大樹

「虚ろの大樹……ですか?」

「ええ。……といっても、私も詳しく知っているわけじゃないんだけど」

 

 そう言って妖精弓手は伝説を語り出した。

 

「虚ろの大樹。それは、岩石と巨木と怪物に支配された時代の存在。神代の時代の生き証人」

「岩石と巨木と怪物……?」

「ええ。今は私達秩序の勢力が世に広がっているからわかりづらいかもしれないけれど、この四方世界は混沌に支配されていた時代もあったらしいわ。そして、混沌の勢力に支配されている時代の世界は文明が破壊され、同時に自然の力が強まるとも聞いているわ。……本当かどうかは、知らないけれどね」

 

 妖精弓手の語りは続く。

 

「その時代は秩序の勢力、私達のご先祖様達が当時の混沌の勢力の首魁を討ったことにより終わりを迎えた。その時の戦いはとても激しいもので、今の時代の戦いとは比べ物にならない威力の応酬をした結果、岩石は砕かれ、巨木は倒れた」

「……それで、ここにその巨木が埋まっている……と?」

「……たぶん?」

 

 妖精弓手はそこまで言うと途端に自信なさげになった。

 

「いや、私も故郷の長老衆からそんな話を聞いたことがあったってだけで、別に当時生まれてたわけじゃないからね? 話としては面白かったとは思うけど、正直今を生きる私としては別に重要な話じゃなかったから、そこまで覚えてないのよ。聞いたのもかなり昔、それこそ私が子供の頃だったと思うし」

上の森人(ハイエルフ)の昔って言うと……」

「……1500年くらい前? 私が今2000歳だから、たぶんそれくらいだと思うけど」

 

 上の森人(ハイエルフ)は長命種とは聞いてたけど、数字で聞くと改めて自分達とは違う存在なんだなと思い知らされるな。思わず唖然としてしまった。

 

「ただ、私が森を出る際に改めて言われたことがあったから、そんなことがあったなぁって思い出してたのよ」

「言われたこと?」

「外の世界で生きている大樹が有ったら種なり苗なりを回収して森に持って帰って来いってね」

 

 

 

「私はこのまま中に入って探索をしてくるけど、あなた達はどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 大岩の下から現れた虚ろの大樹の入り口、恐らく枝の内部へと侵入する。

 地面の中にあり太陽の光は届かないはずなのに、不思議と内部は仄明るかった。

 

「なんで明るいんですかね?」

「さあ? まあ光る苔とかもあったりするしその類がこの中で育ってたりするんじゃない?」

 

 そんな会話をしながら、坂になっている道を進む。

 道の終わりは大きな空間に繋がっていた。恐らく虚ろの大樹の幹の部分なのだろう。

 枝もおれ達が楽々歩いていられるような大きさだったが、幹はその比ではない大きさを誇っていた。

 仄明るい程度の光量しかないことも原因だと思うが、見上げても天井部分となる反対側の幹が見えないほどだ。

 この樹はほぼ真横に倒れているようで、幹の部分も坂になって更に下の方へと伸びていた。

 

「とりあえず、あれを目指しましょうか」

 

 妖精弓手はそう言ってすっと下の方を指差す。

 指の先のずっと奥の方に鮮緑の光が揺らめいていた。あれが何なのかはわからないが、とりあえず何かがあることは間違いないだろう。

 そう思いおれ達は歩き出す。

 

「歩きにくいですね……」

 

 どういう生態をしているのか、幹の内部にも拘わらず、簡単に折れる程度の細い枝や、おれ達が乗っても折れないような太い枝があちこち張り巡らされている。

 歩いている所にも太い枝が障害物のように巡っており、乗り越えたり、避けたりするのを割と手間に感じ愚痴を溢す。

 

「つべこべ言わずキリキリ歩きなさい」

 

 妖精弓手は流石の身軽さで持ってヒョイと乗り越えていく。同じく身軽な武闘家の幼馴染と盗賊商人も楽々乗り越えていく。

 逆に割と重い装備をしているおれや、あまり身体能力は高くない女魔術師は少し遅れ気味だ。

 

「戻ったらなんか悪路踏破の訓練でもした方がいいかね……」

 

 女魔術師を見ると目が合い、互いに苦笑しながら歩を進めるのだった。

 

 

 

 それなりの距離を歩きようやく目的地、巨木の根元まで辿り着いた。

 根元は坂となっていた道中と違い、どういうわけか水平の広間になっていた。

 

「凄いですね、これ……」

 

 そして鮮緑の光の正体を確認する。その正体は広間の中央に床から生えているような台座の器に溜まった輝く緑色の水だった。

 

「で、どうするんです?」

 

 よく考えたらおれ達は特に虚ろの大樹に用はなかった。

 なので用があるであろう妖精弓手に話を振る。

 

「ねえ! いいかしら?」

 

 自分に任せられた事がわかったのだろう。妖精弓手は広間に響くような大きな声で呼びかける。

 その声に反応するように、中央の器の水の輝きが強まる。もしかして意思があるのだろうか。

 

「あなた、よかったら私の故郷の森に来ない? ここで朽ちていくよりもマシじゃないかしら?」

 

 そして妖精弓手。流石は上の森人(ハイエルフ)といったところなのだろうか。虚ろの大樹の意思と交流が取れているように見える。

 彼女達の話は続く。

 

「たぶん、あなたの同族も森にいると思うわ。……ええ、そうね。少なくとも、ここよりはずっと良いところよ」

 

 交渉が終わったのだろうか。その言葉を聞いて程無く、まるで妖精弓手の言葉に応えるように水の輝きが強まっていった。

 

「うわ、まぶし……」

 

 次第に輝きは直視することもできなくなるほどに強まり、思わず目を腕で覆う。と思ったら突然その輝きは失われた。

 輝きが失われるとともに、カタリ、という音がした。

 

「これは……」

 

 音のした方を見ると、水のなくなった器の中に植物の大きな種が一つと、湛えられていた水と同じ色をした鮮緑の小さな珠がいくつか残っていた。

 妖精弓手は器に近づき残された種を摘み、しばらく眺めていたと思ったらそのままその種を自分の荷物へとしまう。

 

「はい。こっちはあんた達によ」

 

 そう言って残っていた小さな珠の方をおれ達に差し出してきた。

 

「これは……?」

「この樹からのお礼よ。受け取っておきなさい」

 

 そう言われ小さな珠を受け取る。よくわからないが、何か不思議な力を感じる。

 何かの役に立つかもしれない。ありがたく受け取っておこう。

 

 

 

「よーっし! 今回はいい冒険だったわ! じゃあ帰りましょ!」

 

 妖精弓手のその言葉を受けておれ達は元来た道を引き返し、帰路へとついたのだった。

 

 

 




虚ろの大樹

『大樹のうつろ』モチーフのダンジョン。
ダークソウル世界のように垂直に立っているのではなく、ほぼ真横に倒れているので落下の危険等はない。また、特に生き物が入り込んでいるということもなく敵もいない。


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夜会話

ちょっとだけ投稿。
この話から書き方を変えようと思います。

ゆるして…ゆるして…


 夏の盛りも過ぎ、涼やかな秋の風が吹き始めた頃のある日の夜。青年戦士一行はとある広場になった平原にいた。

 広場にはそこらで拾ってきたのか、石で竈門が組まれ火が焚かれていた。その火の上には彼らが持ち込んだ鍋が掛けられ、その中には狩った野鳥が香草などと一緒にグツグツと煮られている。

 

 

「うん。良さそうかな」

 

 

 調理をしていた女武闘家がスープを一口掬い味見をして満足そうな声を漏らす。

 ふいに吹いた風が食欲をそそる香りを運び、青年戦士達は思わず口内に溜まった唾を音を立てて飲み込んだ。

 そんな彼らの様子を見て女武闘家はクスリと一つ笑いを溢した。

 

 

「じゃあ、いただきましょうか」

 

 

 その一言と共に、彼らの夕餉が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

「うーん♪ おいしいにゃー♪」

 

 

 

 ここは街道沿いに作られた休憩所。彼らは依頼の帰りに一夜を明かすために野営(キャンプ)をしていたのだった。

 今回の彼らの依頼は調達依頼。といっても以前のようなキノコ人のような討伐依頼とも言えるようなものではなく、普通の薬草採集だ。

 決して油断していいものではないが、危険度は低いという事でいろいろと道具を買い込み、親睦を深めがてらこのようなことをすることにしたのだった。

 

 

「旅先でこんなに美味しい物を食べられるとは思ってなかったにゃ。武闘家さんはいいお嫁さんになりそうだにゃ」

 

「そんな……でもありがと」

 

 

 盗賊商人が料理に舌鼓を打ちつつ、調理を担当した女武闘家を褒め称える。女武闘家も恥ずかしがりながらもまんざらでもないといった感じでその称賛を受け取った。

 

 

「ところでぇ……魔術師さんは、料理とかはしないのかにゃ?」

 

「……うるさいわね」

 

「まあまあ」

 

 

 盗賊商人は返す刀とばかりに女魔術師に揶揄う様に問いを投げかける。その問いには答えず、不貞腐れたように女魔術師は応じた。

 どうやら女魔術師はほとんど家事の経験がなかったらしく、冒険者になるにあたり掃除や洗濯は習ったようだが、食事に関しては食堂で済ましていた関係でやったことがなかったらしい。

 元々はみんなで分担しようという話だったが、彼女は料理に関してはあまり役に立たなかったのであった。

 

 

「しかし、この指輪の効果はすごかったよな」

 

 

 青年戦士はそんな彼女らのやり取りを苦笑しながら見つつ、自分の手を前に突き出して眺める。

 その指には鮮やかな緑色の珠が嵌められ、その周りに花の装飾がされた指輪が嵌められていた。

 

 それは、虚ろの大樹からのお礼としてもらった鮮緑の珠を指輪として加工したものだ。

『緑花の指輪』と名付けられたそれの効果は、スタミナの急速回復とでも言うべきものだ。

 

 虚ろの大樹からもらった鮮緑の珠の効果は、虚ろの大樹から帰還する際に早々に発覚した。

 虚ろの大樹は地上から地下に潜っていく構造、つまり最奥まで続く障害物のある長い下り坂だった。当然帰りは障害物を避けながらの上り坂を登ることになった。

 あまり体を動かすことに自信がない女魔術師と、チェインアーマーとは言え全身鎧の重装備の青年戦士は憂鬱そうに進んでいたところ、思いのほか負担が少ないという事を不思議に思い、もしやと思いいろいろ試したところ、この珠にそんな効果があることに気付いたのである。

 

 

「この感じなら、アレも期待できるかにゃ……」

 

 

 盗賊商人が思わずといった感じでそんな言葉を漏らす。

 その顔は真剣な表情で思案しているようでありながら、その瞳はどこか楽しげだった。

 

 

「アレ?」

 

「この間の依頼の時に妖精弓手(エルフ)さんにこの指輪の効果と同じような薬効のある薬草を教えてもらってにゃ、知り合いの職人に頼んでポーションに加工できないか試してもらっているんだにゃ」

 

「へえ……」

 

「流石にこの指輪みたいに常時効果を発揮するなんてのは期待できないにしても、一時的にでも発動するだけでもいろいろ恩恵は考えられるにゃ」

 

 

 スタミナの回復速度の向上と聞くと一見地味に聞こえるが、その恩恵は多岐に渡る。

 負担の大きな作業をする時などに服用すれば効率の向上が見込めるだろうし、効果時間次第では長距離移動をする際にも重宝しそうだ。

 もちろん激しい動きをする戦闘時に使うのも良いだろう。強敵と戦ったり、大量の敵と長時間戦ったりする際に生死を分ける一手になりうるかもしれない。そうでなくても戦いが有利になるのは間違いがないだろう。

 冒険者はもちろん、一部の一般人にも需要がありそうだ。

 

 後に『緑花のポーション』と名付けられたそれは、たくさんの人に長らく重宝される事となるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、本当にこの料理はうまいにゃ。よく不自由な旅先でこんなにうまい物ができるものだにゃ?」

 

 

 談笑をしながらの食事もほどほどに進んだ頃に改めて盗賊商人が食事の感想を述べる。

 

 

「あー、あたしはもう親がいなくてね。それで家事は昔からやってたんだ。それの影響かな」

 

「それは……ごめん」

 

「あ、大丈夫大丈夫! だいぶ昔の話だしね。それに親はいなくても、こいつの家族に良くしてもらってたから、寂しかったとかはなかったかな」

 

 

 そこまで言うと女武闘家は何かを思い出したように顔を上げた。

 

 

「そうよ、普段から料理してたってのもそうだけど、あんたがいろいろ家に持ってきてはあたしに料理をさせてたからじゃない」

 

「あー……その節はお世話になりました」

 

 

 青年戦士は懐かし気な表情をしつつ、お礼とも謝罪ともつかないそんな言葉を口にする。

 青年戦士は弓を自作するにあたり、調整がてら野生動物の狩りに勤しんでいた時期があったのだ。

 

 

「いや、家に持って帰ってもかあちゃんは丸焼きくらいにしかしてくれなくってな。それでおすそ分けがてらこいつの家に持っていったらいろいろ作ってくれたもんだから、つい……」

 

「つい、で持ってくるんじゃないわよ。まあ家計的には助かってたけどさ」

 

「ふーん……」

 

 

 青年戦士と女武闘家がそんな幼馴染特有の昔話を楽しんでいると、盗賊商人が興味深げな声を上げる。

 

 

「今の話を聞くに、もしかして他にもいろいろ作れたりするのかにゃ?」

 

「作れるって料理の事? まあ、それなりにはできるつもりだけど」

 

「レシピとかも作れたり?」

 

「え、さあ……作ったことはないからわからないかな」

 

 

 女武闘家のそんな言葉を聞くと、盗賊商人は考えるように俯いた。

 しばらくすると考えがまとまったのか再び顔を上げた。

 

 

「だったら、作ってもらえないかにゃ?」

 

「それはいいけど……わかりづらいかもしれないわよ」

 

「そこで、にゃ。魔術師さんにも協力してもらえないかにゃ?」

 

「え、私?」

 

 

 突然の飛び火に女魔術師は驚いたような声を漏らす。

 

 

「魔術師さんはいっぱい本とかも読んでるにゃ? それなら読みやすい本、見やすい字とかもわかるんじゃないかにゃ?」

 

「……まあ、そうかしら、ね」

 

「その経験を活かして、武闘家さんのレシピ作りを手伝ってほしいにゃ」

 

「それは、いいけれど……」

 

「それに、これは魔術師さんにとっても悪い話じゃないと思うにゃ」

 

「……どういうこと?」

 

 

 そこまで話をすると、盗賊商人はニンマリと口の端を上げた。

 

 

「レシピ作りの際に言葉で聞いてるだけだとわからないにゃ? だから、一緒に料理をしていろいろ教わればいいにゃ。どうかにゃ?」

 

「ああ! ……一緒にやりましょ?」

 

 

 その言葉を聞いて女魔術師は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、悩むように唸り声を上げる。

 しばらくそんな感じにしていたが、諦めたように息を吐いた。そして、

 

 

「…………よろしくお願いするわ」

 

 

 小さな声で、そう言ったのだった。

 普段勝ち気な彼女が、料理なんていう普遍的なものにそんな悩まし気な態度をしたのが面白くて。

 

 

「あはははは!!」

 

 

 彼らは楽しげな声を平原へと響かせるのだった。

 そんな彼らの事を、(ふた)つの月だけが見ていた。

 

 

 

「ところで、それは何に使うんですか?」

 

「それは、後のお楽しみ♪」

 

 

 

 

 

 

 後日の話。

 

 

「なかなか儲かったにゃ」

 

 

 そう言って盗賊商人は仲間にお金の入れられた袋を配る。

 どうやら、以前のレシピを知り合いの商人を通じて商品として売りに出したらしい。これはその売上金という訳だ。

 なんでも素人にもわかりやすい作りで、旅先でもできる料理という事で遠出するような人たちに受けたのは勿論、一般人にも家で旅の空気が味わえるとかで受けたらしい。

 

 

 何が売り物になるのかわかったものじゃないな。

 

 

 青年戦士たちはそんなことを思うのだった。

 

 

 




緑花の指輪・緑花のポーション

ダークソウルにおける緑花の指輪と緑花草。
効果のほどはダークソウルと同じ。


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少年少女たちの収穫祭前夜

八月になったので初投稿です(一度やってみたかった)
もとい、再開します。

今回は原作3巻の収穫祭エピソード。
作品全体としては布石とか掘り下げの話になります。


…全部書いてから投稿する?忘れちまったよ、そんな言葉



 暑さの盛りも過ぎ、季節は秋。

 各地では小麦等の穀物をはじめとした作物の収穫も済み、豊穣を司る地母神への感謝を表す収穫祭の準備に大忙しだ。

 

 辺境の街も変わらず、むしろここらの土地でもっとも大きな地母神の神殿のある街として、中央にも負けじと活気に満ちている。

 祭り目当てに近隣の人々が足を運び、そんな者達を目当てに方々から旅芸人の一座や大道芸人たちが訪れ、行商人たちも商売の機会を求め街へと流れ込んできている。

 そしてそんな外から訪れた者達の財布のひもが緩むのを狙って街の人々もまた、飲食店をはじめとした出店を出し、周りに負けじと声を張り上げている。

 街はいつも以上に活気と喧騒に包まれていた。

 

 

なん、ですってぇ!!!?」

 

 

 女武闘家はそんな喧騒すらも叩き潰さんとばかりに怒号を上げた。

 

 

「落ち着いてちょうだい! 私の言い方が悪かったわ! 別にあなたに魅力がないとかそういうことじゃなくてね? ……あの、聞いてる?」

 

 

 女魔術師のそんな言葉を聞いているのか、いないのか。

 女武闘家は歯を剥き出しにしながら辺りを睥睨するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 彼女たちは辺境の街にある、行きつけにしている酒場で仲間達と待ち合わせをしていた。

 

 

「そういえば、あなたはアイツを誘わないの?」

 

 

 女魔術師はふと思い出したように女武闘家に問いかけた。

 彼女の言うアイツとは、もちろん青年戦士の事だ。

 

 

「え!? な、なんで!? べ、べつにあたしはアイツのことなんか……」

 

「へえ?」

 

 

 面白いように反応を返した女武闘家を、女魔術師は面白い物を見つけたと言わんばかりに片眉を上げた。

 

 

「じゃあ、私が誘っちゃおうかしら?」

 

「え!?」

 

「あら、別に構わないでしょ? あなたはアイツのことをなんとも思ってないんだから」

 

「う……」

 

 

 そう言われ、女武闘家は言葉を詰まらせる。そんな彼女が面白かったのか、女魔術師は噴き出した。

 

 

「アハハ! 冗談よ! 安心しなさいな」

 

 

 女武闘家はその言葉を聞き、あからさまに胸を撫でおろす。

 女魔術師はそんな彼女に思うところがあったのか、少し居住まいを正すと再び口を開いた。

 

 

「……安心してるところ悪いけどね。あんまりうかうかもしてられないと思うわよ?」

 

「え?」

 

 

 女魔術師は言葉を探す様に目線を宙へと彷徨わせる。

 

 

「……あなたがどう思ってるかは知らないけれどね。アイツはいい男よ。一見大望を抱けないような田舎者優男だし、それも間違っていない。でもそれだけの男じゃないのは私たちが一番よく知っているでしょう?」

 

「……」

 

「大望を抱けないのは、自分の身の丈を知っているから。人によっては小さい男みたいに思うかもしれないけれど、アイツのあれは堅実と言っていい物よ。刺激を求める女には物足りなくても、平穏を求める女には魅力的に思えるものよ。しかも、いざという時は身体を張ることを厭わない気概もある」

 

 

 それに、私達女のこともちゃんと尊重してくれるしね。

 そう言って女魔術師は言葉を締めた。

 

 その言葉を聞き、女武闘家は考え込む。

 自分にとっては彼はどこか自信なさげで覇気のない男だと思っていた。だからこそ、自分がそばにいて引っ張ってやらなきゃいけないと思っていた。

 その見方は、間違いなのだろうか? 

 

 

「今アイツにそういう話がないのは、成人しているとは言え、私たちがまだまだ子供だから。それから、あなたがアイツの傍にいるからよ」

 

「……あたし?」

 

「ええ。少し調べればアイツの傍にあなたがいるのはすぐにわかる。そしてあなた達が幼馴染だということもね。アイツを魅力的に感じるような女に、そんなあなた達に割って入ろうとする気概は基本的にはないわよ」

 

「……」

 

「とは言え、あくまで基本的によ。ダメで元々、玉砕覚悟で動かない奴がいないとも限らない。そうなった時、アイツはどういう答えを出すかしらね?」

 

 

 そう言われ再び考える。

 彼と自分は、ただの幼馴染だ。優しい彼が、そういう誘いを受けたとしたら、戸惑いながらも受け入れるのではないだろうか。

 

 

「それに……」

 

 

 今更ながらに不安を覚えた女武闘家を知ってか知らずか、女魔術師は決定的な言葉を発した(地雷を踏んだ)

 

 

「私の見立てが間違いじゃなければ、アイツ、あなたの事を女として見てないんじゃない?」

 

 

 

 

「女として見てないっていうのは、あくまで仲のいい幼馴染とか、頼りになる仲間として見ているって意味でね……」

 

 

 女魔術師の宥めるような言葉は、頭が白熱した女武闘家には届かない。

 彼女は何かを探す様に、獣のように歯茎を剥き出しにし、目を吊り上げて辺りを睨み付けていた。

 彼女の怒号を聞き、何事かと観察していた周りの客たちも、目をつけられてはたまらないと一斉に顔を背け目線を下げて縮こまる。

 しばし酒場に沈黙が広がる。

 

 

 カラン。

 

 

 程無くしてその沈黙を破るようにドアベルが響く。

 その音を聞きつけたのか、女武闘家は即座に入り口の方を振り返った。

 

 入ってきたのは、彼女達の待ち人である青年戦士と盗賊商人だ。

 

 

「ちょっとあんた!!」

 

 

 女武闘家はその身から発する怒りを表す様にずんずんといった足取りで彼らに近づいていく。

 彼女の怒りを察したのか、青年戦士と盗賊商人の二人は思わず背筋を伸ばす。

 

 女武闘家は二人の前に辿り着くと、盗賊商人のことなど目に入らぬとばかりに青年戦士を睨み付けた。

 

 

「あんた! 祭りの日の予定は決まってる!?」

 

「え、いや、特には……」

 

「だったら、あたしに付き合いなさい!」

 

 

 そう言うと、彼女は大きく息を吸った。

 

 

「あんたにあたしの魅力、魅せつけてやるんだから!!!」

 

 

 彼女のその勢いに気圧されたのか、無言で青年戦士は首をコクコクと縦に振った。 

 

 そんな彼の態度に満足したのか、彼女は鼻を鳴らす。

 と、そこで頭が冷えたのか、彼の傍らにいた盗賊商人の表情を見て顔色を青くする。

 

 盗賊商人は、いかにも面白い物を見たと言わんばかりにニマニマといった表情を浮かべていた。

 

 そこで自分がとんでもない事を、とんでもない場所で言ったことを悟った彼女は、油の切れた蝶番のようにギリギリと店の中を振り替える。

 女魔術師を筆頭に、店の中にいた客も店員も一様に自分を見ていた。みんな盗賊商人と同様の表情を浮かべていたのは言うまでもない。

 

 

 

「やるじゃない! こうしてはいられないわ。そうと決まれば今から準備よ!!」

 

「え!?」

 

 

 そう言って女魔術師は女武闘家の手を取り、店の外へと駆け出していく。

 

 

「いやぁ、イイモン見たな!」

 

「若いっていいねぇ……」

 

「ボウズも頑張れよ!」

 

 

 それに伴い店にも活気が戻っていく。

 

 

「……え?」

 

 

 何が何やらまるでわかっていない、青年戦士を置き去りにして。

 

 

 



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お転婆娘の女の子デビュー

女武闘家視点


 カチャリ、服が掛けられていたハンガーを手に取る。

 矯めつ眇めつ。掲げてみたり、裏返してみたり。いろいろ眺めてみるもピンとこず、首を傾げて服を元の場所に戻した。

 ふう、と一つため息をつく。

 

 

「なんでこうなったのかしら……」

 

 

 そう漏らし、あたしは今までの経緯を思いだした。

 

 

 

 

 酒場での一件(やらかし)のあと、女魔術師に連れてこられたのは街の中心部に建てられた女性服を取り扱っている店。

 自分と同じように祭りで身に付けるためか、たくさんの女性たちが買い物をしていた。

 自分とは違い、街住まいのためかそれぞれ自分に似合いそうなものを見つけ出しては組み合わせて買い物を楽しんでいる。

 

 

「服ってなにを基準に選べばいいのよ……」

 

 

 思わず弱気な愚痴が漏れる。

 所詮自分は田舎者。故郷にいた時に着ていた服と言えば、伝統的に子供に与えられるような布の服や、少し成長してからは作業着。そして、父から贈られた武道着くらいなもの。

 センスといったものにはとんと縁がない。

 自分をここに連れてきた女魔術師も最初のうちは傍にいていろいろ探してくれていたけれど、そのうち自分に見合う服を見つけてそのままどこかに行ってしまった。

 

 

「お困りかにゃ?」

 

 

 頭を抱えていると、聞きなれた声が掛けられた。

 

 

「商人さん。……居たんですか」

 

「居たにゃ」

 

 

 そちらを見ると盗賊商人の姿があった。

 

 

「それで? 買いたいものは見つかったのかにゃ?」

 

「……」

 

 

 そう問われ、誤魔化すように目を反らし、頬を掻いた。

 

 

「……い、いいんですよあたしは。あの時は売り言葉に買い言葉だったというか、ただの勢いだったというか……」

 

「……まあ、武闘家さんがそれでいいんなら、いいんだけどにゃ」

 

 

 ふむ、と少し考え込むように彼女は瞑目する。

 ……あっさりと突き放されたように言われてなんとなく傷ついているあたしがいる。自分の代わりに選んでもらって助けてもらいたかったとでも言うのだろうか。

 そんな自分の浅ましさに苛まれていると、彼女は意を決したように目を開いた。

 

 

「これはただのお節介。聞き流してくれてもいいんだけどね」

 

「はい」

 

「『今』がいつまでも続くとは、思わない方がいいよ」

 

「え?」

 

 

 そう言う彼女は、いつになく真剣な光をその瞳に湛えていた。

 

 

「ウチら冒険者ってのは、ただでさえいつ死ぬかわからない職業。その時やるべきことをやっていなかったせいで、取り返しのつかない状態になって一生後悔し続ける羽目に、なんてよく聞く話だよ」

 

「……」

 

「そうでなくても、普通に生きてるだけでも人と人の関係性なんて変わっていくもの。……これはウチにも覚えがある」

 

 

 そう言うと、嫌な事を思い出したのか、彼女は顔を顰めた。

 

 

「……前にもウチが冒険者をやっていたって話はしたけどね。冒険者やめることになった原因がそんな感じの理由だったんだ。前はウチを切り捨てたアイツらを恨みもしてたけど、今は違う。あの件に関しては、ウチも悪かったんだ」

 

「はあ……」

 

「あの時ウチは『今』がずっと続くものだと思ってた。アイツらとうまくできてたつもりだった。でも違ったんだ。アイツらにはアイツらなりの事情があって、ウチはその事情に寄り添えてなかった。見ようともしてなかった」

 

 

 あたしの事を忘れたように、彼女の自分語りが続く。その表情は、彼女が言ったように後悔に塗れた物だった。

 

 

「……ごめん、そんな事を話したかったわけじゃなかったんだ。ウチが言いたかったのは、自分の都合だけで考えてちゃダメって事」

 

 

 そこで話が逸れてることに気付いたのか、彼女は頭を振った。

 

 

「武闘家さんに願いがあるように、戦士さん側にも事情がある。彼が、あなたを選ぶ保証なんてないでしょう?」

 

 

 そう言われ、脳裏に映像が浮かぶ。

 アイツの隣に居る、自分以外の女。そしてその女の肩を大切そうに抱くアイツの姿。

 そんな未来が来ない保証が、どこにある? 

 

 

「できる努力は怠るべきじゃない。ウチはそう思うにゃ~」

 

 

 いつもの口調に戻しながら、盗賊商人はそう話を終わらせる。

 それでもその瞳には、変わらずに真剣な、何かを期待するかのような光を湛えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 盗賊商人と別れ、再び服探しを始める。

 

 

(とは言う物の……)

 

 

 彼女の話を聞いて、自分でも思うところはあった。だからと言って心持ちだけで何かが変わるというのであれば誰も苦労はしない。

 一つ息を吐き、宙を見上げる。当たり前だが、店の天井が広がっていた。

 

 

(そういえば)

 

 

 ふと昔を思い返す。

 昔は自分と同じように草原を走り回っていたアイツ。いつの頃からだろう? いつの間にか落ち着いた大人のような振る舞いをするようになっていた。

 そんなアイツを見て、なんとなく置いてかれたような気がして、それが嫌でアイツの事をあちこち連れまわしていた気がする。

 

 

(あれ? あたしって子供っぽい?)

 

 

 こんな子供っぽい自分のどこに女としての魅力があるというのか。

 そんなことを思い、途端に顔が熱くなってくる気がして顔を伏せる。

 

 顔の熱を払う様に首を振ると、ふと何かが視界に入った気がした。

 

 

「これ……」

 

 

 目に入ったのは一着の服だった。

 カチャリ、とハンガーに掛けられた服を手に取る。

 矯めつ眇めつ。掲げてみたり、裏返してみたり。

 

 

「ここに居たのね。ごめんなさい、ほったらかしにしちゃって……あら?」

 

 

 服を検めていると女魔術師が話しかけてくる。どうやら彼女も欲しい服が見つかったのか、入ってきた時には持っていなかった袋を持っていた。

 

 

「それにするの? もっと華やかな物のほうが……」

 

「いいの」

 

 

 あたしが持っている服を見て、心配そうにそんなことを言ってくるが、あたしの心はもう決まっていた。

 

 

「これでいい。……ううん、これがいい」

 

 

 そう言って、近くの姿見の前で手に持った服を自分の身体に合わせる。

 姿見には、露出も装飾も少なく、地味な色合いをしたワンピースドレスを纏った自分が映っていた。

 

 

「これが、『今』のあたしなんだから」

 

 

『あたしらしい』と思えるあたしが、其処に居た。

 

 

 




乙女の装い

地味な色合いに時代遅れな装飾の少ないデザインのワンピースドレス。
晴れの日に着る服としては役者不足かもしれない。


なお地味と称しているが、世界観的に華美や露出等の色気が求められている時代背景故地味とされているのであって、現実的には清楚と言っていい物である。


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脇役と言う名の役割

青年戦士視点


 カチャリ、と服の吊るされたハンガーを手に取る。

 矯めつ眇めつ。服を掲げてみたり、裏返してみたり。

 服を検めてみるもあまりピンと来ず、服を元の場所に戻すと、ふうとため息をつく。

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 

 そうしておれは、こうなった経緯を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの酒場での一件から時は過ぎ、翌日。

 結局あれは何だったのかと尋ねるために女武闘家に会いに行ったところ。

 

 

「接触禁止よ」

 

「当日のお楽しみって奴にゃ♪」

 

 

 と、女魔術師と盗賊商人に追い返された。

 

 ならばと仕方なく一人で街をぶらついていたところ。

 

 

「よう。今から時間あるか? あるよな?」

 

「ちょっと付き合えよ」

 

 

 と、どこからか先輩冒険者の重戦士と槍使いが現れた。

 彼らにまるで逃がさんと言うように肩を組まれ、連れてこられたのは街の隅の方に追いやられるように建てられた男性服を取り扱っている店。

 そこには自分と同じように連れてこられたのか、何人かの同年代くらいの新人冒険者たちがいた。

 で、連れてこられた理由と言うのが。

 

 

「今日はお前らに男のなんたるかを教えてやろう」

 

「身嗜みはその第一歩だ」

 

 

 と、いうことらしい。

 そんなこともあり、おれは収穫祭に着ていく服を選んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

(服ってどうやって選べばいいんだ……)

 

 

 そう思い、周りを見回す。

 自分以外の新人たちは、自分と同じように田舎出身の者も多いだろうに、どういう訳かそれぞれ思い思いに服を手にとっては組み合わせていく。

 

 

「どうよ?」

 

「うわぁ……似合わねぇ……」

 

「なんだと!?」

 

 

 それが似合っているかどうかは、また別のようだが。

 それでもそれぞれ自分の思う理想を持っているのは見て取れた。

 

 なんとなく恨めし気に彼らを見ていると声を掛けられる。

 

 

「ようボウズ! なんかいいのは見つかったか?」

 

「あんまみっともない格好はするもんじゃねえからな。ちゃんと考えて選べよ」

 

 

 話しかけてきたのはおれをここに連れてきた槍使いと重戦士だった。

 

 

「いやぁ……」

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 

 なんとなく気まずくなって誤魔化すように頭を掻いた。

 そんなおれを見て呆れつつも、槍使いは何故かいやらしそうな笑みを浮かべた。

 

 

「お前あの嬢ちゃんと収穫祭でデートするらしいじゃねえか! なかなかやるもんだと思ったもんだぜ!」

 

「え?」

 

 

 デート? おれが? 誰と? 

 そう思っているおれを不思議に思ったのか、怪訝そうに槍使いは眉を上げた。

 

 

「あん? 違うのか? どっかの酒場であの嬢ちゃんがえらい情熱的に誘ってたって噂を聞いたんだが……」

 

「おう、俺も聞いたぜ。それを聞いたからこそ今回の事を思いついたんだしな」

 

「え? ええ!?」

 

 

 まさか、あれはそういう事だったのか!? 

 そんなふうに驚いていると、おれにその意識がなかったことに呆れたように槍使いは一つため息をついた。

 

 

「……まあ、結局お前らの事だ。どっちでもいいんだけどよ。なんにせよ、女と出かけるってのにダサい格好してくのは俺が許さねえからな!」

 

 

 槍使いはおれを睨み付けながらそう凄んできた。その眼光は流石は辺境最強と呼ばれる冒険者と言えるものだった。

 端的に言ってものすごく怖い。

 

 

「……こいつの言い分はともかく、格好の付け方ってのは知っていて損はないと思うぜ」

 

「え?」

 

 

 槍使いの眼光に怯んでいると、何かを考えるかのように顎に手を当てていた重戦士が口を開いた。

 

 

「頭目ってのは一党の顔だ。そいつが見窄らしいって事は、そいつの率いる一党も大したことのないもんだと思われる」

 

「はあ……」

 

「ピンとこねぇか? お前がダサい格好してりゃ、一緒にいる嬢ちゃん達もダサい連中だと思われるんだよ」

 

「いや、そんな理不尽な……」

 

「理不尽なもんかよ。そいつと一緒にいるって事は、そいつの事を認めてるってこった。つまり、そいつと大して変わんねえって事だろ」

 

 

 そう言われ、考えてみる。自分が原因で、後ろ指刺されている彼女達の姿を。

 

 

「……それは、ちょっと嫌ですね」

 

「そう思うんならもうちょっと真面目に考えるんだな。人間ってのは忙しいんだよ。一つ一つ逐一確認なんかしてられないくらいな。それでも確認する必要がある時は、わかりやすいもんで判断するもんだ」

 

「そのひとつが、服ってことですか」

 

「そういうこったな。あとは商人なんかは足元を見るとも聞くな」

 

「足元……ですか?」

 

「おう。なんでも本当の金持ちってのは、いくらでも金を使えるから全身隈なく高級品で固められる。逆に見栄張ってる貧乏人なんかはそこまで行き届かないから見えやすい所だけ整えて末端までは気が回らない。その最たるが靴だとか……いや、そういう話じゃねえな」

 

 

 話が脱線していると思ったのか、重戦士はひとつ咳ばらいをした。

 

 

「とにかくだ! 嬢ちゃんに恥かかせたくないってんならちゃんと考えろよ。……お前は、自分のためには頑張れなくても、誰かのためなら頑張れるだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 彼らと別れ再び服探しへと戻る。

 

 

(とはいったものの……)

 

 

 彼らの話を聞き、思い新たにしたものの、だからといって何かが変わったわけじゃない。当然だ。心持ちが変わっただけで何かが変わるようなら誰も苦労はしない。

 途方に暮れたように宙を仰ぐ。当たり前だが店の天井が広がるばかりだった。

 

 

(そういえば)

 

 

 ふと昔の事を思い起こす。

 おれが10歳くらいの頃。あいつのオヤジさんが亡くなってすぐの頃。

 夢の中での経験によって育まれた自信が、死んでも生き返れるというありえない前提を元にした偽りの自信だと知ったあの頃。

 心折れそうになっていたおれを、あいつはよく外へと連れ出し振り回してくれた。

 もしかしたら父を亡くした悲しみを紛らわしたかったのかもしれない。

 それでも、その行いは確かにおれに救いを齎してくれた。

 

 あのお転婆娘の無茶な行いを止め、諫め、助けるうちにこんなおれでもできることがあると知ることができた。

 そのおかげで、再び冒険者になろうと思えたんだ。

 

 

(自分のためじゃなく、他人のためにか……)

 

 

 重戦士の言葉が思い返される。

 今までは自分に似合う服を探していた。かっこいいのはどうだろうか? それとも落ち着いた感じのだろうか? そんなふうに考えて探してみても、自分に似合っているとはどうしても思えなかった。

 でも彼女のための、彼女を活かすような服であればどうだろうか。

 

 

「……ん?」

 

 

 そんなことを考えながらグルリと辺りを見渡すと目に留まる服が合った。導かれるようにその服を手に取る。

 矯めつ眇めつ。服を掲げてみたり、裏返したみたりする。

 

 

「おう、いいのは見つかったか?」

 

 

 そうして見つけた服を検めていると再び槍使いと重戦士に声を掛けられる。

 

 

「……おいおい。そんな地味なのじゃなくてだなぁ……」

 

「待てよ」

 

 

 おれが持っている服に思うことがあったのか、槍使いが咎めようとするが、重戦士がそれに待ったをかける。

 

 

「……それでいいのか?」

 

 

 そしておれにそう問いかけてきた。その声からは、その瞳からは、決していい加減な答えは許さないといった思いが感じられた。

 

 

「ええ。……これでいい」

 

 

 その圧を感じながら、自らにも同じように問いかけながらもそう答える。

 

 

「おれは、主役じゃないんだから」

 

 

 

 

 

 さて、あのお転婆娘はどんな格好をしてくるだろうか。可愛い感じだろうか。それともカッコイイ感じだろうか。

 いずれにせよ、この服ならば見劣りすることも無いだろう。

 

 そんなふうに思うおれの前には、特筆すべきデザインではないものの、不思議と仕立ての良さを感じさせる、そんな服が掲げられていた。

 

 

 

 




紳士の装い

一般的な街人の男性が着ているようなデザインの服。不思議と仕立ての良さを感じさせる。

一時期上流階級で、街にお忍びで遊びに降りることが流行った時期があり、その際仕立てられた一着。仮にも上流階級の貴人向けの服であるため、質がいい。
しかしデザインとしては一般的とはいえ、質の違いが明らかなため、着用者が一般人ではないことがわかるものにはわかるため、トラブルがあとを絶たず流行りは早々に廃れてしまった。


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Ladies and Gentlemen !(Lv.1)

 収穫祭当日の朝。

 男は街の入り口となる大門の前で待ち合わせをしていた。

 辺りには男と同じように人を待つ人々でごった返している。退屈そうに空を見上げる者。或いは逆に地面に目を落とす者。そして自分と同じ境遇の者と時間潰しに語り合う者。

 そんな彼らを眺めてから街の方に目を向ける。

 

 

(聞きしに勝るって感じだな)

 

 

 街からは喧騒が漏れてきている。街の外であるここにも相当の人がいるはずだが、街の中はその比ではない。待ち合わせは街の外、大門の辺りでしろとは言われていたが、従っておいて大正解だった。

 元々の街の住人は勿論の事、近くの村々から遊びに来た者、そんな人々を目当てに集ってきた商人や旅芸人の一座が数多く門をくぐり、既に辺境の街は人の坩堝と言っていい様相を示していた。

 

 そろそろ待ち合わせの時間だ。そう思った時ふと男は不安を覚え、目線を下へ落とす。

 

 

(これで大丈夫……だよな)

 

 

 今日この日のために買った一張羅と言っていい服と、念のため新調した少し質を求めた靴を眺める。

 姿見なんてものはないので他人からどう見えるのかはわからないが、自分としてはなかなかのものではないだろうか。

 そんなふうに思い、若干の不安を抱えながらも、既に後戻りはできないと覚悟を決めて目線を上げた時に彼に声を掛ける者が居た。

 

 

「お、お待たせ……」

 

 

 声を掛けてきたのは男の待ち合わせ相手である女だ。

 女はいつものような動きやすさを求めたような服装ではなく、些か地味だが、女性を意識させるには十分なワンピースドレスを身に纏い、不安げな表情を浮かべた顔にはどこで覚えたのか化粧を薄っすらとだが施していた。

 

 

「……」

 

「……なによ。なんとか言いなさいよ」

 

「お、おう。……その、似合ってると思うぞ」

 

 

 普段と違う格好をしてくるだろう。そう思っていたが、いざ実際に見てみるとその衝撃たるや、思わず思考に空白が生まれるほどだった。

 どもりながらもなんとか感想を言うと、彼女は顔を紅潮させてから地面に目線を落とした。恥ずかしそうにしながらも、よく見ると口の端は吊り上がっており、どこか満足げな表情を浮かべていた。

 しばらくして少し落ち着いたのか、目線を元に戻した。そして少し眉をひそめながら、唇を尖らせる。

 

 

「……あんた、もうちょっとなんとかならなかったの?」

 

「え?」

 

「いや、なんか地味だし。もうちょっとカッコイイ格好とか……」

 

「ああ」

 

 

 彼女としては、彼がもっと煌びやかな格好をしてくると思っていたのか、地味な格好をしている彼に不満を抱いたようだ。

 或いは彼女なりの照れ隠しか。

 

 

「いいんだよ、おれはこれで」

 

「むぅ……」

 

「そっちこそ、それでよかったのか?」

 

「え?」

 

「確か……『魅力を魅せつけてやる!』だっけ? そんなこと言っていたからもっとこう……なんだ。煌びやかな感じで来るのかなって思ってたんだが」

 

「う……い、いいのよ。あたしはこれで!」

 

「……そうか」

 

「……そうよ」

 

 

 その言葉を最後に二人は口を噤む。

 男は気まずそうに頬を掻きながら空を仰ぎ、女は恥ずかしそうに地面に目線を落とした。

 女は俯きながらもどこか期待するかのように男を見上げる。

 男の方もその視線を受けると、観念したように一つため息をついた。

 

 

「……行くか」

 

「……うん」

 

 

 男は彼女に対して手を差し出す。女もおずおずと言った感じでその手を取った。

 

 

 そして二人はしっかりと互い手を握り、祭りへと繰り出していったのだった。

 

 

 

 

 二人は人混みを掻き分けていく。

 街の住人達が建てた屋台から漂う食い気を誘う香りが鼻孔をくすぐり、祭り特有の景品有りの遊びを楽しみ、鉱人(ドワーフ)の職人による彫金の露店や森人(エルフ)の弓使いによる大道芸、只人(ヒューム)の旅芸人一座による演劇に目を輝かせる。

 圃人(レーア)の吟遊詩人の武勲詩に心躍らせておひねりを渡す頃には、いつの間にか昼と言っていい時刻となっていた。

 

 

(流石に疲れたな……)

 

 

 冒険者は体が資本とはいえ、元々住人が全員知り合いと言っていいような小さな村の出身の男にとっては、これほど周りに人がいるというのは未知の体験。

 肉体的な疲労は大したことなくても、気疲れという精神的な疲労は防ぎ得なかった。

 チラリと隣にいる女を伺うと、楽しげな表情を浮かべているがどこか疲れたような印象を受けた。

 

 

「……そろそろ休むか」

 

「え? まだまだ行けるわよ!」

 

「おれが疲れたの」

 

 

 男はそう言って女の手を引き、道の端へと寄った。

 

 

「ほら」

 

 

 道端に置かれた木箱に座るように促すも、女は戸惑ったような仕草を見せる。

 

 

「……? ……ああ」

 

 

 男は何かに納得したような声を上げた後、ポケットからハンカチを取り出し木箱へと敷いた。

 

 

「ほら、これでいいだろ」

 

「……ありがと」

 

 

 女はそう小さく呟くとおずおずと木箱へと腰掛ける。

 それを見て男は一つ頷くとその場を離れ、近くの屋台から分厚く切って炙っただけのベーコンと蒸かした熱々の芋という簡素な昼食を買ってきた。

 

 

「……あんた、よくハンカチなんて持ってたわね」

 

「男の嗜みって奴らしいぞ」

 

 

 そんなやり取りをしつつ、二人は食べ物を口へと運ぶ。

 しばらく二人は休みがてらいろいろな話をした。昔の事。仲間の事。今までの冒険の事。

 

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、芋がうまいなって」

 

「は?」

 

 

 そして、未来の事を。

 

 

「あー……。ほら、おれの実家も農家だったろう」

 

「うん」

 

「芋も当たり前に作っててさ。その芋もこんなふうにうまいもんに料理されてんのかなって」

 

 

 男はそこまで話すと言葉を探す様に、考えをまとめるように空を見上げた。

 

 

「……農作業は別に嫌いじゃなかった。でも別に何かこだわりを持てるほど好きでもなかった」

 

「……」

 

「作った作物もその後どうなってるのかとかは全然知らなくてさ。でも今日、作った作物がこうやってうまい料理に使われてるって思ったらさ」

 

「うん」

 

「冒険者を辞めた後に、また農家をするのも悪くないなって思ってさ」

 

 

 当たり前の話だが、冒険者なんていつまでも続けられる仕事ではない。

 冒険者に限った話ではないが、身体が資本といった類の仕事とは、つまり身体がダメになれば続けられないということだ。

 人間は年を取る。若いうちは良いだろう。でも肉体が最盛期を過ぎれば、後は老いるだけ。

 中には時の流れの中で技術を磨き、衰えた身体能力を技術で補える者もいるかもしれない。だが、そんな者はごく一部の天才だけだ。

 それ以外の者は皆、どこかで活動に区切りをつけなければいけない。それができなければ、かつてはできて、今はできないことをやろうとして、ただ無為に死ぬことになるだろう。

 

 

「……冒険者、辞めちゃうの?」

 

「……何時かは、な。お前は、将来どうするんだ?」

 

「あたしは……どうするんだろうね」

 

 

 女はそう問われ、地面に視線を落とす。その美しいと言っていい顔には不安そうな表情が浮かべられていた。

 

 

「だったらさ!」

 

 

 なんとなく男はそんな彼女の姿を見ていたくなくて、思わず大きな声を上げる。

 

 

「だったら、一緒に探さないか?」

 

「探す?」

 

「そうだ。せっかく冒険者なんていろんな人と関われるような仕事をしてるんだ。いろんな依頼を熟して、いろんな人と会って、それで冒険者を辞めた後になにをするのかを一緒に探さないか?」

 

 

 その言葉に彼女は大きく目を見開く。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、男はなおも言葉を紡ぐ。

 

 

「さっき言ったみたいに農家でもいい。商人さんみたいに行商人とかどこかで店を開いてみるのもいい。前にあった牧場主さんみたいに土地を買って牧場を拓いてみてもいい。……魔術師さんみたいな知恵者になるのは、無理かもしれないけど」

 

「……アハッ!」

 

 

 そんな男が面白かったのか、女は噴き出す様に笑い出した。その表情からは、先程までの不安気な様子は見て取れない。

 男は女の様子が元に戻ったことに安堵の息を漏らしつつ、先程までの自分の振る舞いを誤魔化すように一つ咳払いをした。

 

 

「まあなんにせよ、今すぐどうこうって話じゃないんだ。あんまり重く考えるなよ。……そろそろ行こうぜ」

 

 

 そう言って男は女へと手を差し伸べる。女も嬉しそうにその手を取り、二人は再び祭りの喧騒へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ! たのしかった!!」

 

「そりゃよかったよ」

 

 

 朝のしおらしさはどこへやら。女は普段の活発さが顔を出したようで、手を元気よく突き上げる。その表情からは心から楽しかったのだろうということが見て取れた。

 男はそんな女を見て、呆れつつも満足気な表情を浮かべている。

 

 時刻は既に夜。

 収穫祭のメインイベントであり、最後を飾る地母神への奉納の舞──彼らの友人である女神官が主役を演じる舞台を待つばかりとなっていた。

 

 

「ほら」

 

「ありがとう」

 

 

 男が女に『天灯』を手渡す。

 天灯。善き魂を導き、悪しき魂を放逐する。死者の魂を招き、帰す為の道標。世界の各地で見られる鎮魂の儀式に用いられる道具の一つ。

 彼女の奉納の舞に合わせ、この天灯を空へと飛ばす。それによって死者を慰め、生者の幸を願う。

 そうすることで地母神に守護を希う。収穫祭はそれで終幕となる。

 

 

「お、始まるみたいだな」

 

 

 しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。

 女神官の持つフレイルが振られるたびに鈴の音が鳴る。朗々と祈りの言葉が紡がれる。

 地母神の聖女としての衣装を纏う女神官による神楽舞。些か露出度が高い衣装であるが故、ともすれば扇情的とも言える演舞だが、同時に篝火に照らされた彼女はとても神秘的にも見えた。

 

 

「……」

 

「イテッ!」

 

 

 突然尻をつねられる。男が隣を見ると不貞腐れたような表情を浮かべた女がいた。

 

 

「なんだよ」

 

「……別に」

 

 

 ぷいと女は顔を逸らす。男は何が何やらといった感じだが、とりあえず。

 

 

「そろそろいいんじゃないか」

 

「……ん」

 

 

 天灯を飛ばす様に促す。女もそれを受け、天灯に火を灯した。

 

 

「それ」

 

 

 女は天灯から手を放す。軛から解き放たれた天灯は空へと昇っていく。

 ふわふわと昇って行ったそれは、同様に周りの人々が放った天灯の群れへと混ざっていった。

 

 

「……おまえのオヤジさんも、どっかで見てんのかな」

 

「えー……それは、なんかヤダな」

 

 

 男がふと漏らした言葉に、女が不満気な声を漏らした。

 

 

「なんでだよ?」

 

「いや、成長を見てもらえるのはうれしいけどさぁ……」

 

 

 女は珍しく歯切れ悪く口籠る。そんな女を男は訝し気にしばらく見ていたが。

 

 

「……いろいろあんのよ! あたしにも!」

 

 

 女がそう話を打ち切ったので追及を諦めたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 メインイベントも終わり、さて後はどうしようかとしていた時。

 ざわり、と人混みが騒めいた。

 

 

「なんだ?」

 

 

 何かと思いそちらを振り向く。すると黒い影が人混みを駆け抜けていくのが見えた。

 影の軌跡を目で追う。篝火により人混みの隙間が照らされ、その照り返しにより鈍色が煌めく。あれは。

 

 

「ゴブリンスレイヤーさん?」

 

 

 ゴブリンスレイヤーだ。

 決して体格がいいわけではないが、それでもおおよそ一般的な男性の体格と言っていい彼。いかなる手妻か、人々を押しのけるでも掻き分けるでもなく、すり抜けていくのはまるで魔法の様であった。

 

 

「なんだなんだ?」

 

「ゴブリンスレイヤー?」

 

「今からゴブリン退治か? 頑張れよ!」

 

 

 人混みの中にも彼を知る者らが居たのだろう。ゴブリンスレイヤーに揶揄とも応援とも取れない言葉を口にする。

 

 

「……どうする? あたしたちも行く?」

 

 

 彼があれほどまでに急いでいるのは確かに異常事態なのだろう。

 女は応援に行くべきだろうかと男に確認を取る。しかし。

 

 

「……いや、やめておこう」

 

 

 男の返答は否だった。

 

 

「おまえはともかく、今のおれの装備はこれだけだ。行っても足手まといにしかならない」

 

 

 そう言って腰の後ろを叩く。そこには初めての冒険の時より持ち続けている戒めの短剣が納められていた。

 

 

「それにおまえもその恰好じゃうまく動けないだろ」

 

「え? あ……」

 

 

 すっかり自分の恰好を忘れていたのだろう。女は自分の身体を見下ろす。普段の武道着ならともかく、流石にワンピースドレスは戦いには不向きだろう。

 

 

「それより二人と合流した方がいいかもしれない。それなら何かあってもできることがあるだろう」

 

「そっか……じゃあ、今日はこれで終わりだね」

 

 

 そう漏らし、女は寂しげな表情を浮かべた。

 

 

「……? なによ」

 

 

 その表情を見て、男は気付くと女の手を掴んでいた。

 

 

「あー、いや……」

 

 

 何か言わなければと男は視線を宙に彷徨わせる。

 

 

「その、なんだ。おまえとこうやって出かけるのは、楽しかった。だから、今度はおれから誘っていいか?」

 

 

 女はその言葉目を見開いた。そうしてしばらく黙っていたが。

 

 

「……バーカ!」

 

 

 そう一言罵り、吊り上がった口の端を隠す様に振り返った。

 そして男の手を掴みなおし、そのまま駆け出した。

 

 

「ちょ!?」

 

「ほら、さっさと行くわよ! 二人を探さなきゃ!!」

 

 

 そうして男と女は──青年戦士と女武闘家は、日常(冒険者)へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 



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祭りの後の後の祭り

 ズキリ。女魔術師の頭に鈍い痛みが走る。痛みに呼応するように世界が歪む。

 或いは視界の揺らぎを頭が認識することを拒み、それが痛みとして表れているのかもしれない。

 

 

「う、うう……」

 

 

 女魔術師の口から呻きが漏れる。その声には怨嗟の響きが含まれている。

 どうして世界はこうなのか。そんな理不尽に対する嘆きが。

 どうして自分だけが。そんなともすれば自分勝手と思われるような不満が。

 そしてなにより、自分はどうしてこんなことをしてしまったのか。そんな深い後悔を含んだ自己嫌悪を感じられた。

 

 そんな彼女に近づいてくる人がいる。

 

 

「まったく……」

 

 

 その声には軽い呆れと、深い心配の響きを感じさせた。

 近づいて来た者は、手に持つ何かを女魔術師に差し出す。それは水の入ったグラスと、小皿に乗せられた何かの葉だった。

 女魔術師はそれらを受け取り、水を一口含む。喉を通る冷たい水は、彼女の不快な気分を少し和らげてくれた。

 

 

「なんでそんなになるまで飲んだのよ」

 

 

 そう、女魔術師(この阿呆)は二日酔いで苦しんでいたのである。

 

 

 

 

 収穫祭の夜。ゴブリンスレイヤーが駆けていくのを見た後のこと。

 青年戦士と女武闘家は、女魔術師と盗賊商人と合流すべく街を駆け、程無く二人を発見することができた。

 

 

「おー、お二人さん。よく似合ってるにゃー♪」

 

「……」

 

 

 二人を発見した時には、時既に遅く。二人はすっかり出来上がって(酔っぱらって)いた。女魔術師に至っては、ジョッキを握りしめたままテーブルに突っ伏し、眠りについていた。

 この調子ではいざという時に対応できるどころではない。そう悟った二人は、即座に宿への撤退を決めたのであった。

 

「もぅ……前に二日酔いになった時に散々苦しんだじゃない。なんでまたこんなになるまで飲んだのよ」

 

「だってぇ……」

 

 

 あっちは任せておいていいか。

 女武闘家と女魔術師のそんなやり取りを見ながら、青年戦士はもう一人に方に目を向けた。

 

 

「うーん……」

 

 

 盗賊商人は女魔術師同様、かなり酒を飲んでいたはずだが、彼女のように二日酔いに苦しんでいる様子はない。と言ってもまったく酒が残っていないという訳ではないようで、その手元には同じように水の入ったグラスと、二日酔いに効くと言われているハーブが置かれていた。

 

 

「で、商人さんは何を唸っているんですか?」

 

「うーん……。何かを思いついた気がしたんだけど……なんだったかにゃー」

 

 

 どうも話を聞くと、祭りを楽しむさなかに新しい商売を思いついたらしい。らしいのだが、酒をしこたま飲んだせいで、何かを思いついたのは覚えていても、何を思いついたのが思い出せないということらしい。

 

 

「何かヒントとかはないんですか?」

 

「……そういえば」

 

 

 そう盗賊商人に問いかけると、何かを思いだしたように鞄から何かの欠片を取り出した。

 

 

「……これは?」

 

「確か……そう! 陶器だ! 屋台で食べ物を買った時についてきた器!」

 

 

 そう言われ見てみると、確かに見覚えがある。青年戦士も昼食を買った時に、素焼きの陶器に乗せられていた。彼らも食べ終わった後、割って捨てていたソレだ。

 

 

「で、これが?」

 

「……うーん。なんだったかにゃ……」

 

 

 再び盗賊商人は頭を抱える。どうやらここからは思い出せないようだ。

 

 

「こっちはどんな感じ?」

 

「実は……」

 

 

 女魔術師の介抱が一段落したのか、女武闘家がこちらへと顔を出してきた。

 彼女に今までの経緯を説明すると、思案するように顎に手を当てる。

 

 

「陶器ねぇ……やっぱり、旅先で使うお皿に使うとか?」

 

「いや、流石にそんなに安直じゃないかにゃ。そもそも旅先に持ってくなら木の器でいいし、仮にピクニックなんかに使うにしても、もっといい物を使うにゃ」

 

「だよねぇ……じゃあ、調味料入れとか? あたしたちも旅先で料理とかするじゃない」

 

「そもそもウチらみたいに旅先で料理をしようっていうのがまずおかしいからね? それに持ち込むのが液体でもない限りは基本的には袋で持ち運ぶもんだからにゃ。陶器みたいに形が変えられない物は持ち運びに不便なんだにゃ」

 

「じゃあ敵に投げてぶつけるとか!」

 

「そこら辺の石でも投げれば十分だにゃ」

 

 

 ダメかぁ。そんな言葉を漏らしながら女武闘家はテーブルへと突っ伏した。

 

 

「いろいろ考えてくれるのはありがたいんだけどにゃ……ああ、思い出した」

 

 

 そう言うと、盗賊商人は頭を抱えた。その顔は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。

 

 

「そうだ、何か明確な物を考え付いたわけじゃないんだ。『使い捨ての陶器』っていうのが何か使えそうだって思ったんだにゃ」

 

「そっかぁ……」

 

 

 結局明確な答えは得られず、徒労に終わったと思ったのか、二人はがっくりと肩を落とす。

 そんな二人の様子を苦笑しながら見ていた青年戦士は、ふと脳裏に何か閃きがよぎるのを感じた。

 

 

「壺……かな」

 

「「え?」」

 

 

 閃きのままに口を開く。そんな彼の声に彼女達も反応を示した。

 

 

「ああいや。なんとなく、壺だったら使い道がありそうだなって思ってさ」

 

「壺って……話聞いてた? 入れ物としては持ち運びに不便って話よ。それとも投げてぶつける方? それも石を……」

 

「いやそうじゃなくってさ」

 

 

 女武闘家の話を遮り、自分の考えをまとめるためにしばし思案する。

 

 

「……初めての冒険の時にゴブリンスレイヤーさんに助けられただろ。そん時に油撒いてホブゴブリンとか普通のゴブリンを燃やしたのを覚えてるか?」

 

「……うん。それが?」

 

「そんな感じにさ、油を壺に詰めて投げてぶつけるんだ。できれば壺が割れた時に燃え上がったりできればいいかな」

 

 

 話してるうちに自分でも納得できたのか、青年戦士は一つ頷いた。

 

 

「悪くない案だと思うんだよな。火ってのは大体の生き物にとっては危険なものだ。必殺にはならなくても重症や致命傷を負わせることが期待できそうだ。火事には気をつけなきゃいけなさそうだけどな」

 

 

 青年戦士のその考えを聞き、盗賊商人も思案顔になる。

 

 

「……なるほど。確かに悪くない。でも壺が割れたら燃え上がるってどうやるんだにゃ?」

 

「……さあ?」

 

 

 青年戦士はあっけらかんとそう言った。

 

 

「いや流石にそう言った知恵なんかは当てにされても……」

 

「そんな……」

 

 

 ここまで来て。そう言って盗賊商人は再びテーブルに伏した。

 彼女からすればせっかく光明が見えたと思った矢先、ゴールまでの道が途切れていたと知った思いなのだろう。

 しかし、世の中には捨てる神あれば拾う神ありという言葉がある。

 

 

「着火装置だったら、もしかしたらなんとかなるかもしれないわ」

 

 

 ふと今まで聞こえてこなかった声が聞こえた。声のした方を向くと、女魔術師がテーブルに突っ伏したまま、顔だけをこちらに向けていた。

 今にも死にそうな顔色をしつつも、その瞳だけにはここではないどこかを見るように思索の色を帯びている。

 

 

「確か以前、特定の条件で熱を発するという何かを見たような……」

 

「本当!? そ、それはいったい?」

 

「……う、うう。思い出せない……」

 

 

 もう無理。その言葉を最後に彼女は口を押さえ、幽鬼のようにフラフラとした足取りで厠へと向かっていった。

 チラリと見えたその瞳からは、既に知性の色は失せていたように見えた。

 

 

「……この話はまた今度ってことで」

 

「……だにゃ」

 

 

 慌てて女魔術師あとを追う女武闘家の背を見送りながら、残された青年戦士と盗賊商人はそう話を締めたのだった。

 

 

 

 

 

 後日の話。

 この話が元に作られた、火を封じ込めたという触れ込みの『火炎壺』というなんの捻りもない名をつけられた道具(アイテム)は、大好評というほどではないが、ほどほどに売れたらしい。

 

 開発に手間取った──安全策の構築に手間取ったらしい。何かの拍子に壺が割れて荷物から出火したら洒落にならない──せいで、些か値の張るものとなったようだが、戦力の整っていない低級冒険者には、いざ強敵と出くわした際の切り札として。

 戦力の整った中級から上級の冒険者、そして冒険者以外の旅人にとっては、悪天候時に暖を取りたい時に手軽に火付けができる道具として。

 半ばお守りのような扱いで求められるようになったらしい。

 

 

 なお一番の上客は、薄汚れた革鎧を纏い、角の折れた鉄兜を被った身窄らしい冒険者だったという。




火炎壺

素焼きの陶器に油を詰め、壺が割れた際に発火するような特殊な機構を備えられた壺。

ダークソウルではソウルから取り出して投げつけるという運用上、特に安全機構はなかったが、四方世界ではそんなことは基本的にはできないので、そういった機構が用意された。


一応手榴弾のように運用することを想定してます。


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遺跡調査依頼―Seach & Mapping―

調査依頼編です。

今作の白霊要素も出ます。


「「幽霊?」」

 

 

 青年戦士と女魔術師が異口同音に訝し気な声を漏らす。

 その日の彼らは、そんな一幕から始まった。

 

 

「そう! 幽霊!! 最近出先で出くわす人が多いんですって」

 

 

 そう話を振るのは女武闘家。

 

 彼らが冒険者となって半年。当初は居心地悪く、所在なさげに待合室の隅のテーブルに押しやられていた彼らもそれなりに慣れ、ここが我らの居場所と馴染み席として利用するまでになっていた。

 今はいつものように依頼の張り出しを待っているところだ。

 

 

「幽霊って……亡霊(ゴースト)ってこと? 死にぞこない(アンデッド)の? なくはないと思うけれど……」

 

「あ、そういうんじゃないんだって」

 

 

 女魔術師の疑問の声に女武闘家はパタパタと手を振って否定する。

 

 

「えっと……あたしも又聞きだからよくは知らないんだけどね。所謂混沌の連中とは違うんだって」

 

「というと?」

 

「えーっと……」

 

 

 詳細は知らないのか、女武闘家が言い淀んでいると。

 

 

「……ああ。そういえばウチもなんか聞いたことあるにゃ」

 

 

 そう盗賊商人が口を挟んできた。彼女はカチャカチャと手持無沙汰に整備していたボウガンを置き、こちらに顔を向ける。

 

 

「あれでしょ? 赤いのと、白いの」

 

「そう! それ!!」

 

 

 我が意を得たりとばかりに女武闘家は盗賊商人を指差す。

 話についていけない青年戦士と女魔術師に、盗賊商人が知る限りの事情を話し始めた。 

 

 

「最近一部の依頼で正体不明の存在と出くわすっていう事例があるんだにゃ。んで、そいつに襲われたり助けられたりって話」

 

「へぇ……それでなんで幽霊と?」

 

「うん。なんでもそいつらはことが済んだ後に溶けるように消えていくっていう話なんだにゃ。それが実体がない存在。つまり、幽霊なんじゃないかって話……ってことなのかにゃ」

 

 

 盗賊商人は自信なさげにそう言葉を締めた。彼女も正確な情報を掴んでいるわけではないらしい。

 

 

「そういえば、白いのと赤いのっていうのは?」

 

「ああそうだった。さっきことが済んだらって言ったけど、どうも種類があってそれぞれ目的が違うみたいなんだにゃ」

 

「ほう」

 

「今のところ目撃情報があるのが白い奴と赤い奴の二種類。白い奴はウチらを助けてくれる奴が多いらしいにゃ。共闘してくれたり情報をくれたりするらしいにゃ」

 

「へぇ。赤いほうは?」

 

「そっちは敵対するのが多い……ていうか、襲われたっていう話しか聞いてないかにゃ? 死人も出てるらしいにゃ」

 

 そこまで話すと盗賊商人はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 

「いやごめん。知ってるみたいに話してるけど、そこまで情報はないんだにゃ。たぶんこの噂は本当に最近流れ出したものなんだと思うにゃ。少なくともウチが前に冒険者やってた時には聞いたことはないかにゃ」

 

「……ふむ。となると、その情報も鵜呑みにしない方がいい感じかしら?」

 

 

 ようやく内容が理解できたのか、女魔術師がそう確認を取る。

 

 

「そうなるかにゃ。赤い方は問答無用で敵対してくるケースが多いみたいだけど、白い方も味方してくれるって言っても、誰かの味方をした結果ウチらと敵対してる、みたいなケースもあるかもしれんにゃ」

 

「いずれにせよ、あまり当てにするべきではないってことですかね……。っと、そろそろですかね」

 

 

 そんな話をしていると、にわかに周りが騒がしくなる。掲示板の方を見やると、ギルド職員の人たちが手分けして依頼表を張り出しているのが見えた。

 では自分達も。そう彼らも準備をしようとした矢先だった。

 

 

「申し訳ございません。少々お待ちいただけますか?」

 

 

 彼らは受付嬢から呼び止められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いかがでしょう。お引き受けしてみませんか?」

 

 

 受付嬢のその言葉に、青年戦士達は思わず顔を顰めた。

 話の内容は、彼らの一党に特別依頼を受注してみないかというもの。詳細としては、先日新たな遺跡が発見されたため、国の研究機関が探索に出向く前の事前調査というものだ。

 内部構造の地図作成を始めとして、探索時に罠等がある際はその解除。そして守護者等の敵対者の確認及び、可能ならば排除といった感じだ。

 彼らの一党には戦闘に優れた戦士・武闘家・魔術師がいることに加え、盗賊商人が所属していることから、そこら辺の役割は一通りこなせるだろうという意図で回されてきたらしい。

 ギルドからの直接依頼。それはギルドからの期待の表れであり、昇級への早道と言っていいもの。彼らがこれからも冒険者を続けるのであれば、一も二もなく引き受けるべき打診。

 それでも彼らが難しい顔をするのは。

 

 

(遺跡か……)

 

 

 かつての手痛い失敗(トラウマ)の記憶故だ。盗賊商人が加入して試しに向かった遺跡にて出くわした強敵の存在。

 あの時は偶発的遭遇(ランダムエンカウント)と言っていいものだったとはいえ、だからこそもう一度同じことがないとどうして言い切れようか。

 そう思えばなかなか踏み切ることができなかった。

 

 

(とはいえども、だ)

 

 

 青年戦士はチラリと仲間達の様子を伺う。仲間達も同じような思いなのか、青年戦士を見ていた。

 その表情には不安の色が浮かんでいる。

 

 

「……わかりました。お受けします」

 

 

 しかし同時に期待の色も浮かんでいた。

 そうとも。かつての失敗に怯えてばかりではいられない。失敗をしたのならば反省をすればいい。少なくとも、自分たちはあの時そうしたのだ。

 だからこそこう思うのだ。今度こそ、と。

 

 

「では、よろしくお願いします」

 

 

 そんな彼らの様子を見て安心したのか、一つ息を吐き受付嬢はそう言った。

 

 

「ああ、ちょっと待ってください」

 

 

 軽く頭を下げ、そのまま仕事へ戻ろうとする受付嬢を青年戦士は咄嗟に呼び止めた。

 とりあえずこれだけは確認しておかなくてはいけない。そう思い青年戦士は口を開いた。

 

 

 

 

 

「別に、強敵(ボス)と出くわしても倒さなくていいんですよね?」

 

 

 彼は、そんな情けない事を問いかけたのだった。

 

 



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不明の闇を征く者達

 辺境の街を離れる事数日。荒野にポッカリと開いた穴の奥。

 そこに切り出された石で作られた人工的な建物があった。

 かつて地表に作られたものが永い年月により地面の下へと埋もれていったのであろうか? 

 いや、息が詰まるような閉塞感を感じさせる石壁や、通路に沿う壁の一部に燭台のような物があることを考えるに最初からこういう意図で造られたのだろう。

 

 いかなる用途で造られた建造物なのか、それは今はわからない。

 だがこれだけはわかる。ここを使う者は既になく。暗黒と静寂が我が物顔で其の身を横たえているのみという事だ。

 地の底へと続く道。先の見通せぬ暗闇。そして『生』の痕跡を一切感じさせない沈黙は、否応なく『死』という終焉を意識させた。

 

 

 

 

 

 

 

カン! カン! カン!! 

 

 そんな静謐など知らぬとばかりに無遠慮な音が響く。

 

 

「……これ、大丈夫なんですか?」

 

「なにがかにゃ?」

 

「いや、こんなに音を立てて大丈夫なのかなって」

 

「ああ」

 

 

 先程から鳴り響いている音の正体は、盗賊商人がその手に持つ長い棒(10フィートの棒)だ。

 ただの棒と思うことなかれ。使い手の発想次第で様々な用途に利用できる優れものだ。

 何か危険と思われる場所を遠間からつついて確認してみたり。曲がり角に入る前に棒の先に鏡を括り付けてその先の確認をしてみたり。盗賊商人のように音を立てることにより、その反響により落とし穴を事前に察知できるということを青年戦士も聞いていた。

 聞いていたのだが、これほどまでにけたたましい音を立てるとは思っていなかったのか、不安になった青年戦士は盗賊商人にそう問いかけたのだった。

 

 

「良いか悪いかで言ったら良くはないんだけど……にゃ!」

 

 

カン!!! 

 

 

 そう言いながら盗賊商人は強く棒の先を床に叩きつける。叩きつけられた反動で跳ね上がった棒を手の中で弄びながら青年戦士の方へとクルリと向き直った。

 

 

「音、消せないでしょ」

 

 

 青年戦士の足元をチラリと見遣りながら彼にそう問いかける。

 問われた彼もたじろぐように後ずさる。その拍子にカチャリと足元から音がしたのを感じた。

 いや、足元だけではない。体の各所から金属が擦れたり当たったりする音がする。

 腰に吊られた剣の鞘から。背嚢や雑嚢が鎧と接している辺りから。そうでなくても彼の着ている鎖帷子(チェインアーマー)は、その名の通り細かい鎖を編み上げて作られている関係で金属が擦れ合う音が常にしている。

 普段は気にならないような大きさの音だが、こうも周りが静かだと嫌でも自分が音を立てて動いているということを理解させた。

 

 

「そういうわけだから、あんまり気にしなくていいんだにゃ」

 

「……おれも音を消す訓練とかした方がいいですかね?」

 

「いらない、いらない。もちろんできた方がいいとは思うけどね。無理にできるようになる必要はないにゃ。それにこう音を出すのも決して無駄っていう訳じゃないしにゃ」

 

 

 確かに大きな音を出すことで自分たちの存在を他者へと知らせることになる。それにより不意討ちの備えを許したり、こちらが不意討ちをする機会を逸したりもするだろう。

 だが同時に不意の遭遇戦を抑制できる効果もあるし、相手に備えをさせるといってもこちらがいつそこに辿り着くのかは相手にはわからない。結果として相手の疲労を誘ったりすることもある。……かもしれない。

 

 

「という訳で、そこまで気にすることじゃないにゃ」

 

 

 そこまで言うとビシリとその手に持つ棒を青年戦士に突き付けた。

 いや、よく見ると彼ではなくその後ろを見ている気がする。そう気づいた彼も後ろを振り向いた。

 

 そこには心配そうに女魔術師を見ている女武闘家と、難しい顔をしながら自分の手元に目線を落としている女魔術師の姿があった。

 青年戦士が彼女達のことを確認したのを見て、盗賊商人は口を開いた。

 

 

「そろそろ休憩しないかにゃ?」

 

 

 

 

 通路の中央にランタンを置き、それを取り囲むように各々床へと座り込み休憩を始める。

 青年戦士も装備している鎧の緩められるところは緩め、休息の姿勢を取りながら水袋から薄めたワインを一口取り込んだ。

 鎧を緩めると後で締め直す手間が発生するが、こういう手間を惜しむと疲れが取れず、かえって危ういことになる。半年の冒険者生活の中で青年戦士は身を持ってそれを学んでいた。

 

 

「そうそう。そんな感じで」

 

「……こう、よね? うん。ありがとう」

 

 

 休憩中にも拘わらずそんなやり取りをしているのは女魔術師と盗賊商人だ。

 女魔術師は今回地図作成(マッピング)に挑戦していた。

 本来斥候(スカウト)である盗賊商人の役割なのだが、罠探知や索敵をしながら地図作製は負担がかかりすぎるということで、彼女が代行を申し出たのだ。

 

 

「……ふう。なかなか大変ね」

 

「でっしょー? ウチもできるようになるのにだいぶ苦労したんだにゃ」

 

 

 しかし探索をしながら、歩きながら書き物をするというのは彼女が思っていたほど簡単なものではなく、結局こうして休憩中に指導してもらっているという訳だった。

 といっても盗賊商人の側も決して悪く思っているわけではないようで、むしろ同じ苦労を知った者として楽し気に共感していた。

 

 

「えっへへー♪」

 

 

 そんな彼女らを眺めていると女武闘家の楽し気な声が耳朶を叩いた。

 なにかと思いそちらを見ると、うれしそうな表情を浮かべながら地面に置かれたランタンをつついていた。

 

 

「嬉しそうだな」

 

「うん! だってこういうの買ったの初めてなんだもん」

 

 

 このランタンは今回の依頼にあたり、盗賊商人の勧めによりパーティー全員で買い揃えた物だった。

 冒険者をするにあたり各々必要な物、所謂『冒険者らしい』物品はそれぞれ買い集めていた。

 青年戦士で言えば各種武具がそれであり、女魔術師も買った訳ではないが魔法発動体として杖を持っていた。それに対し、女武闘家はその身が武器である武闘家である関係でそう言った物は必要としておらず、今までそういった物は持っていっていなかったのだ。

 

 

「これさえあればもう暗闇は怖くない! って気分になるわよね」

 

「わからんでもないが、あんまり過信するなよ」

 

「わかってるって」

 

 

 このランタンは燭台の周りを薄いガラスで覆ってあるという代物であり、照明器具としては問題なく使えるものの、頑丈さといった耐久度には期待できず、なんらかの要因で落としたりぶつけたりしてしまえば簡単に破損してしまう程度の物だった。

 暗視を持たぬ只人(ヒューム)にとっては暗所探索には必須の物だが、逆に暗視を持つような敵、それこそゴブリンのような連中からしてみれば狙ってくださいと言わんばかりの弱点であり、ランタンを暗闇から狙われ、突然暗闇に放り込まれ慌てふためいた冒険者達が奇襲される。そう言った話は枚挙に暇がなかった。

 

 一応その気になってお金を掛ければ焼硬鋼(ブルースチール)製のランタンなども用意できるようだが、使われている材質の問題なのか明かりの色が仄暗い蒼になり、死沼へ誘う鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に導かれてるみたいで縁起が悪いと言われ評判が悪かったりもする。

 

 

「そういえばさ」

 

「うん?」

 

「ここって、なんなのかな?」

 

 

 ふと思いついたように女武闘家は疑問の声を漏らす。

 

 

「……もしかしたら、なんだけど」

 

 

 その声に女魔術師が反応を示した。

 

 

「ここ、お墓なんじゃないかしら」

 

「お墓?」

 

「ええ。それも私達みたいな一般人が入るような大衆墓地じゃない。王侯貴族なんかの偉い人達のための霊廟ってやつなんじゃないかしら」

 

「霊廟……じゃああたしたち、墓荒らしって事?」

 

「い、いや、広い意義で言えばそうかもしれないけれど……」

 

 

 女武闘家と女魔術師のそんな会話が面白かったのか、盗賊商人がクスクスと笑いを溢す。

 

 

「ま、あんまり気にしなくてもいいにゃ。もしそうだったとしても昔の話。敬意を忘れなければ、まあ、許してもらえるでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

「ストップ」

 

 

 探索に戻りしばし経った頃。盗賊商人が突然手を上げ待ったの声を掛ける。

 敵か、罠か。そう思い警戒するも何も起こらず。どうしたのかと彼女に目をやると、何かに集中するように目を細め、ヒクヒクと鼻を動かす様子が見えた。

 

 

「血の匂い……」

 

 

 しばらくして何かを確信したのか、顔を顰め呟く。

 

 

「血? こんなところでいったいなにが……」

 

「さあてね。とりあえず血を流す何かがいて、血を流すような何かがあったってことは間違いないと思うにゃ」

 

 

 盗賊商人はそこまで言うと青年戦士に向き直る。

 

 

「どうする? ここまでで引き返す?」

 

 

 そしてそう問い掛けたのだった。

 青年戦士はその問い掛けに、考えを巡らせるように少し目を瞑った。

 

 

「……行きましょう。但し、いざという時はすぐ撤退するよう全員心掛けを」

 

 

 

 冒険者達は未知なる闇を進む。



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誘いの罠部屋(トラップルーム)

「うっ……!!」

 

 血の匂いを嗅ぎ取った場所からしばらく進むと大広間に出た。以前のトラウマから恐る恐る辺りを照らしながらゆっくりと侵入すると、ほどなくそれを見つける。

 自らの血で作られた血だまりに沈む何人かの人の死体。

 

 

「ゴブリン!? みんな! 気を付けろ!!」

 

 

 そして同じように倒れ伏す、緑の肌の小さな人影。ゴブリンの死体があった。

 それを認識した瞬間、できるだけ遠くを見渡せるようにそれぞれランタンを掲げる。

 こんな大広間で四方八方から襲われるわけにはいかない。

 

 

「……何も、いない?」

 

 

 そう思い闇を見通す様に目を凝らしてみるも辺りからは何も反応がない。今までと同じようにただ暗黒と静寂のみが広がっていた。

 もしこれが罠なのだとしても、ここまで待っても何もないのであれば何もいないのだろう。

 そう思い彼らは警戒を解いた。

 

 

「……とりあえず、ここを確認しよう」

 

 

 青年戦士はそう指示を出す。女武闘家と女魔術師は大広間の探索を。盗賊商人は死体の見分を。そして青年戦士はそんな盗賊商人の護衛としてそれぞれ行動を開始した。

 

 

「こいつら何者なんですかね? 一応ここは先日見つかったって話なんですが……」

 

「さてね、アジトを探しに来たならず者か、あるいは……」

 

 

 ゴブリンの死体を後回しにして人の死体を確認する。

 どうやら死後まもなくという程ではないようで、既に血は止まり、床に広がっている血も大部分は固まっている。ここは地面の下にあるせいか気温が低く、腐敗等の死体の損傷は少ないように思える。しかし同時に空気が動かないせいか、匂いが篭りひどい臭いを発していた。

 当たり前と言えば当たり前だが彼らは一般人ではないようで、ある程度だが武具を装備していた。ただその武具は決して品質の良い物ではなく、全体的に見れば見窄らしいと言っていいものだった。

 しばらく死体を漁っていた盗賊商人は何かを見つけたのか。

 

 

「……ふん」

 

 

 面白くなさそうに鼻を鳴らすと見つけた何かを青年戦士に投げつけてきた。慌ててそれを受け止める。

 青年戦士が手を開くと血に濡れた板状の何かがあった。

 

 

「これって……認識票? まさかこいつら、冒険者なんですか!?」 

 

 

 手の内にあったのは自分達の首にもかかっている冒険者の身分を示す認識票であった。明かりがあるとはいえ暗所であることと、血に汚れていることでわかりにくいが、恐らく鋼鉄製のプレートだ。

 

 

「君達はまだまだ経験不足でわからないかもしれないけどね。冒険者なんてこんなもんだにゃ」

 

 

 そう話す盗賊商人の表情は忌々しげに歪んでいた。

 

 

「冒険者なんて大部分は地位や名誉を求めてなった奴が大半だにゃ。そしてそういう奴らは大体自分にとって都合の良い妄想しかしてないにゃ。……覚えはないかにゃ?」

 

 

 覚えは、ある。

 初めての冒険の時、自分には戦える力があるからと油断がなかったとは言いがたい。

 青年戦士は自らの経験から、その言葉に理解と共感、何より恥じらいを感じた。

 

 

「もちろん中には現実を知って反省する奴もいる。現実を知って心折れて冒険者を辞めていく奴もいるにゃ。でもねぇ……反省もせず、冒険者を辞める踏ん切りもつかずって奴も結構いるんだにゃ」

 

「……」

 

「そういう奴は大体早死にするんだけど、悪知恵が働く奴なんかは山賊に堕ちたり、こういう見つかったばかりの遺跡の盗掘に手を出したりするんだにゃ」

 

 

 真面目に働くよりあるところから奪った方が楽だから。

 盗賊商人は死体の見分をしながらそう言葉を締めたのだった。

 

 

 

「あ、なんか石碑? があるよ」

 

 

 彼らがそんな話をしている間にも女武闘家と女魔術師は部屋の探索を続けていたのか、そんな声が聞こえてきた。

 その内容が気になったのか、青年戦士もおもわずそちらを振り返る。そこには確かに大きな石碑があった。

 女武闘家の持つランタンしか光源がないせいでわかりづらいが、見えている分だけでも傍に立つ彼女が見上げなければならない程の大きさがあることがわかった。

 

 

「あら本当ね。随分と大きいわね……」

 

「なんか字? みたいのが彫ってあるみたい。……読める?」

 

「えーっと、ちょっと待ってね………………」

 

「……わからない?」

 

「……い、いえ! これ! この字は確か見たことがある! ……流石に全部は読めそうにないけど、飛び飛びでいいなら読めそうね」

 

 

 そう言ってもっとよく見るためか、女魔術師は石碑へと近づき目を細める。

 

 

「えっと……『聖なる』……『尊き』……『眠る』? やっぱりここはお墓なのかしら」

 

 

 

 そんな彼女らを眺めているといつの間にか盗賊商人の方も最後の一人の見分に取り掛かっていた。

 

 

「……?」

 

 

 彼女は見分のさなか、何かに気付いたように首を傾げた。

 

 

「どうしました?」

 

「いや……こいつら、何に殺されたんだと思ってにゃ」

 

 

 彼女はそう疑問の声を漏らす。

 

 

「何ってゴブリンじゃ……?」

 

 

 青年戦士はそう答えようとするも、その答えは何かが違うと自分の経験が訴えてくるのを感じた。

 何が違うのか。そう思い、彼も改めて死体を確認する。

 死体には大きな切り傷や刺し傷がついていた。それも一つや二つではない。恐らく死んだ後にも執拗に攻撃を受けたのだろうことが伺えた。ただ憎悪や悪意によるものではないように思える。何故なら、その傷はいずれも致命傷となるようなものだったからだ。復讐や愉悦を求めるのであれば、もっと痛めつけるように各所を傷つけたり、もっと死体を損壊させていただろう。

 ゴブリンはその体躯故、あまり大きな武器は扱えない。それ故傷は自然と小さなものになるはずだ。ホブゴブリンなどの大型のゴブリンであれば話は別だが、少なくともここにはいた痕跡はない。それに奴らであれば、男を殺したのであればその死体を食らい、死体という痕跡そのものがなくなっていることだろう。

 冒険者たちが仲違いでも起こして刺し違えて全員死んだ、ということはなくはないかもしれないが、それはそれで死体が重なったりしていなければいけないだろう。一応もう一人冒険者がいて、そいつが一方的に殺害したということならあり得るかもしれないが、わざわざこんなところまで来てそんなことするだろうか?

 いずれにせよ、ゴブリンと戦って死んだという答えは眼前に広がる光景と合致しないと感じた。

 

 

「……『報い』? なんで貴人の眠る場所の石碑にこんな言葉が……。いえ、この文法的には『報いを受けよ』かしら?」

 

 

 死体の死因を考察していると、女魔術師のそんな言葉が耳に飛び込んでくる。

 それを聞いた瞬間、青年戦士の脳裏にひらめきが走った。

 

 

 

 夢の中の旅路。地の底へと続く道。そして墓地という場所。そこに現れ、立ちふさがった敵は何だった? 

 

 

 

 

「ヤバい! 逃げよう!!」

 

 

 死体の死因を直感的に悟った青年戦士は思わず声を上げた。

 

 

「い、いきなりどうしたにゃ?」

 

「なになに?」

 

「何かあったかしら?」

 

 

 そんな青年戦士の焦燥は伝わらなかったのか、どこか呑気さを感じさせながら女武闘家と女魔術師が近づいてくる。

 仲間達に察した状況を伝えようとするも時すでに遅く。広間の入り口から何かの足音が聞こえた。

 

 

「クソッ……」

 

 

 青年戦士は手に持つランタンを掲げる。掲げたことにより僅かに遠くまで届くようになった光により、ゆっくりと近づいてくる足音の正体が暴かれた。

 

 

 肉の失われた真っ白な骨の身体。なんの感情も読み取ることもできない頭蓋骨。その手には、薄汚れた直剣と盾が握られている。

 

 

骸骨兵士(スケルトン)……!!」

 

 

 忌まわしき不死の怪物(アンデッド)の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 青年戦士は右手に持つランタンを腰の留め具(ホルダー)に固定し、空いた手で鞘に納められたままになっていた剣を引き抜いた。

 

 

「セイッ!!」

 

 

 勢いそのままスケルトンに切り込み気合一閃。その一太刀は見事武器を持つ腕を切り落とすことに成功する。

 

 

「……やっぱりダメか」

 

 

 だがそんな彼を嘲笑うかのように、スケルトンはカタカタと骨の身体を鳴らしながら更に近づいてくる。切り落としたはずの腕もいかなるカラクリか、スゥっと宙に浮き元ある場所に戻った。

 

 

棍棒(クラブ)……いや、鉄槌(メイス)でも買ってくればよかったか!?」

 

「今更言ったってしょうがないでしょう!?」

 

 

 思わず毒づいた青年戦士を女武闘家が窘める。

 

 不死の怪物(アンデッド)はその性質上、通常の攻撃方法で討伐、撃破を狙うのは難しい。だが難しいだけでできないわけではない。

 (メジャー)な手法は二つ。一つは復活や再生ができなくなるほど打撃等で粉々に粉砕すること。

 

 

「もう一つは聖職者の祈りによる浄化なんだけど……」

 

 

 女魔術師のその言葉を受けてチラリと盗賊商人を見やる。

 

 

「ウチに期待しても無駄にゃ。交易神は葬儀屋じゃないにゃ」

 

「ですよね……」

 

 

 如何に神と言えど万能ではない。いや、神なればこそ役割(ロール)から外れることは許されないと言うべきだろう。

 商売の神にこの状況を打破する権能(ちから)はなかった。

 

 そんな話をしているうちでもスケルトンは続々と大広間へと入ってきてその数を増やしていた。

 彼らが探索をしていた中では、スケルトンの元となるような人骨は一切なかった。もちろん見落としたという可能性は残るだろうが、流石にこれほどの数を全て見落とすとは思えない。

 過去の文明の遺跡なので、もしかしたら遺失呪文(ロストマジック)転移魔法(テレポート)召喚魔法(サモン)でも使われているのかもしれない。

 

 もっともその謎は今の彼らにとってはどうでもいいことでもあったが。

 

 

(考えろ! 手を探せ!)

 

 

 青年戦士はない頭を必死に回す。いや彼だけではない。見ている余裕はないが、仲間達も同じように考えを巡らせている気配を感じる。

 時間を稼ぐために警戒をしながらジリジリと後退る冒険者達。何を考えているのかはわからないが、そんな彼らを追い詰めるようにゆっくりと近づいてくるスケルトン達。

 そんな時間は長くは続かず、冒険者達が石碑のところまで後退り追い詰められたところで終わりを迎えた。

 

 

(諦めるな!!)

 

 

『詰み』

 その二文字が浮かびそうになるたびに頭の片隅に投げ捨てながら懸命に考えを巡らせる。

 

 

 

 

『こっちだ』

 

 

 

 

 そんな時に、青年戦士はそんな言葉を聞いた気がした。

 

 

「なんだって?」

 

「何がよ」

 

「いや、今なんか言わなかったか? 後ろの方から『こっちだ』って言われた気がしたんだけど……」

 

「誰もそんなこと言ってないわよ」

 

 

 青年戦士と女武闘家がそんなやり取りをしていると。

 

 

「そうだ! 後ろ!」

 

 

 閃いたように女魔術師が突然大声を上げた。

 

 

「あっち! あっちに逃げましょう!」

 

 

 そして部屋の隅を指差した。

 

 

「部屋の探索を優先するために後回しにしたけど、あっちにまだ道があったはずよ。そこに逃げてみましょう!」

 

「そういえば……」

 

 

 部屋の探索を担当していた二人がそんな声を溢した。

 

 

「だったら……」

 

 

 部屋の隅、その奥の通路に撤退する。その方針が決まったせいか、空回りしていた青年戦士の頭がようやく回り始めた。

 

 

「隊列を組みなおす。お前はおれと二人で前衛だ。倒さなくていい。後衛を守るためにできるだけぶっ飛ばして距離を取ることを意識してくれ」

 

「了解!」

 

 

 青年戦士の指示を受け女武闘家が元気よく声を上げた。彼女も先の見えない状況から希望が見えたことで調子を取り戻したようだ。

 

 

「商人さんはおれ達の援護をお願いします。ただし、無理はしないように」

 

「わかったにゃ」

 

 

 盗賊商人は流石は先輩といった所だろうか。既に落ち着いて周囲の状況を見極めていた。

 

 

「私は?」

 

「……火球(ファイアーボール)だったか? できるだけ多くの敵を巻き込む感じで魔法を頼む。タイミングは任せる」

 

「やってみるわ」

 

 

 指示を出し終え、気持ちを切り替えるためか青年戦士は剣を一振りする。

 スケルトンも獲物を追い詰めたとでも思っているのか、戦意の高まりを感じた。

 

 

「よし、行くぞ!!!」

 

 

 スケルトン達が一斉に動き出す。それに合わせるように前衛組が戦線を築くために飛び出した。盗賊商人も前衛をフォローするために女魔術師の前、前衛組の後ろに陣取った。

 

 

「≪カリブンクルス(火の石)≫……≪クレスクント(成長)≫……≪ヤクタ(投射)≫!!」

 

 

 女魔術師から火球(ファイアーボール)が放たれ、闇を切り裂く炎が広がる。

 冒険者達にとって圧倒的な不利な撤退戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「オラッ!」

 

「フゥ……!!」

 

 

 青年戦士と女武闘家が近づいてくるスケルトンを殴り飛ばす。攻撃としてはほぼ効果はないとはいえ、多少は時間は稼げていた。

 

 

(もう少し、もう少しだ……)

 

 

 冒険者達は少しずつ確実に後退し、目的の通路まであと一歩といった所まで来ていた。ここに来るまでに無傷という訳にはいかず、青年戦士と女武闘家は少なくない傷を負い、盗賊商人も多少の負傷を負っていた。

 

 

「みんな! 走って!!」

 

 

 ようやく女魔術師が通路の所に到達したのかそう号令を掛ける。それと同時に最後の呪的資源(リソース)を切った。

 青年戦士と女武闘家、盗賊商人はすぐさま身を翻す。背後で爆炎が広がるのを感じながら通路へと飛び込んだ。

 

 

「行き止まり!?」

 

「そんな……」

 

 

 しかし無情にも通路はすぐに途切れる。

 希望の光は冷たい壁に阻まれたかに思えた。

 

 

『そのまますすめ』

 

 

 流石に万事休すか。そう思った青年戦士に再び声が届く。

 

 

(……こんなところに行き止まり? もしかして……)

 

 

「デリャァア!!!」

 

 

 思わず足を止めた仲間達を追い越し、勢いそのまま壁に向けて蹴りを放つ。

 

 

フォン! 

 

 

 青年戦士の蹴りが壁にぶつかった瞬間、不思議な音をさせながら壁が幻のように掻き消えた。

 その奥には更なる通路が続いていた。

 

 

「走れ!!」

 

 

 足を止めた仲間達に青年戦士が叱咤する。それを受け仲間達も再び走り出したのだった。

 

 

 

「なんでわかったの!?」

 

「なんとなくだ!!」

 

 



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『立派な騎士』

「……? ストップ!!」

 

 

 隠された通路の先をしばらく走った後。突然盗賊商人が制止の声を上げた。

 

 

「どうし……」

 

「シッ!!!」

 

 

 どうしたのか。そう問い掛けようとした青年戦士を盗賊商人は強く沈黙を促した。

 驚きながらも彼女を見るとピクピクと耳を動かしているのが見えた。

 1秒、2秒、誰も動けない時間が続く。荒くなった息、早くなった心臓の鼓動だけが鼓膜を震わせた。

 

 

「……追ってこない?」

 

「え?」

 

 

 そう言われ耳を澄ます。今まで近くで聞こえてきていた骨がぶつかり合う音が、今は遠くの方から微かに聞こえるのみとなっていた。

 

 

「……はぁー」

 

 

 冒険者達は安堵の息を漏らしその場に頽れた。

 ここはまだ敵地であり、安全になったとは限らない。そうはわかっていても気を抜かずにはいられなかった。

 

 

「……とりあえず少し休憩しよう」

 

「それはいいけど……。これからどうするの?」

 

「……後ろには戻れない以上、奥に行くしかないだろう。もしかしたらさっきの声の主が何か知ってるかもしれない」

 

「声? そういえばさっきなんか言ってたわね」

 

「ああ。さっきの壁の時にも聞こえたんだ。『そのまますすめ』って」

 

「ふーん……」

 

 

 女武闘家には聞こえなかったのだろう。青年戦士の言葉を胡乱気な態度で聞いている。

 とはいえ証明する手立てもない。故に。

 

 

「とにかく今は体を休めよう。話はそれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 休憩とはいえそんなに時間が取れる状況でもない。

 手持ちのポーションを服用し、比較的大きな傷に包帯を巻き、呼吸を整えたらすぐに行動することになった冒険者達は、すぐにその足を止めることになった。

 

 

「よく来てくれた」

 

 

 通路は短く、程無く最奥と思われる部屋へと辿り着く。

 そこには騎士甲冑を着た男が居た。

 

 

「まだまだ未熟ではあったが、見事な戦いぶりであったよ」

 

 

 ブルーのサーコートが印象的な鎧を纏い、古びた鞘に納められた長剣を携えている。

 ただ立っているだけだが、その立ち姿には一切の隙は見当たらない。

 また不思議な白い輝きを纏っており、本人の放つ覇気も合わさり自然と頭を垂れたくなるような雰囲気を纏っていた。

 

 

(というか白い輝き? もしかして……)

 

 

 そんなことを思うも、今はそんなことを考えている場合ではないと思い直し、青年戦士は声を掛けた。

 

 

「あなたですか? おれに声を掛けてくれたのは」

 

「如何にも。届いてよかったよ」

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「うむ」

 

「それで不躾なんですが、あなたはいったい……?」

 

 

 そう彼が問いを投げかけるも。

 

 

「騎士だよ。ただの騎士だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 そう答えられるのみだった。

 

 

「それより、君達は冒険者というものなのだろう?」

 

 

 はぐらかされているように感じるも、あまり気にすべきでもないかと思い、頷いて話を促した。

 

 

「冒険者とは人の頼みを聞き、それを叶えるものだと聞いた。相違ないか?」

 

「えーっと……まあ、あってる、かな?」

 

「では君達に頼みたいことがある。聞いてもらえるだろうか」

 

 そう言われ冒険者達は居住まいを正した。

 

 

「頼みと言うのは他でもない。彼らを眠らせてやってほしいんだ」

 

「彼ら?」

 

「君達が戦っていた者達だよ」

 

 

 その言葉にピンと来ると共に、青年戦士はその内容に目を見開いた。

 

 

「もしかしてスケルトンを倒せってことですか? おれ達には手段が……」

 

「わかっている。その手段は私が持っている」

 

 

 騎士はそう言ってその手に持った剣を鞘から引き抜いた。

 その剣は一見普通の長剣に見えたが、よく見ると普通ではない所があると気付く。

 

 

「これ……刃が潰されてる? まさかこれで殴れとでも?」

 

「まさか」

 

 

 青年戦士は思わず胡乱気な声を溢した。

 そんな彼の態度を気にも留めずに、騎士は彼に剣を差し出す。

 

 

「両手で持ち、顔の前に掲げるんだ」

 

「……こう、ですか?」

 

「うむ。そして祈ってみたまえ」

 

「い、祈る? 祈るって……どうすればいいんですか?」

 

 思わず青年戦士は一応聖職者でもある盗賊商人を振り返った。

 

 

「あー……ウチはこう、心の中で交易神を思い浮かべて集中すると、なんというか、繋がった感じがしたりするんだけど……わかる?」

 

「わからないです……」

 

 

 信仰者特有の感覚は、信仰に縁もゆかりもなかった田舎者に理解しがたいものであった。

 

 

「ふむ……では、君にとって大切なものを心に思い浮かべてみたまえ」

 

「大切なもの……」

 

「なんでもいい。敬愛する人。家族や友人。君の仲間達でもいいし、あるいは君にとっての宝物でも構わない」

 

「……」

 

 

 心の裡に自分の大切だと思うものを思い浮かべる。そうしていると握った剣から何かの意思を感じた気がした。

 

 

「よし。そのままこう思うんだ。『我が手に力を』と」

 

 

 そう念じた瞬間、剣が輝きを放ち始めた。

 

 

「おお……」

 

 

 神聖というのはこういうことを言うのだろう。青年戦士は自然とそう感じたのだった。

 

 

「その状態であれば彼らを浄化し、眠らせることができるだろう」

 

「それはわかりましたけど……こう言ってはなんですが、何故おれ達に? この剣があるのであればわざわざ人に頼む必要な無いような……」

 

「そうしたいのはやまやまなのだがな……」

 

 

 そう呟くと騎士は寂し気に俯いた。

 

 

「私にも思うところがあるのだ。できれば聞かないでほしい」

 

 

 騎士はそういうと再び顔を上げる。兜に隠された顔からは表情は読み取れないが、これ以上は話す気がないのは見て取れた。

 

 

「それでどうだろうか? 引き受けてはもらえないだろうか」

 

 

 

 

 

 

 答えは、(イエス)だ。それしかない。

 あのスケルトンをどうにかする手段を自分達は持たず、彼はそれを持っている。彼の力なくして自分達は生き残る術を持たない以上、彼の意向に沿うのが当然のことだった。

 そうでなくとも困っている人を助けることは間違いなく善行だ。何も悩むことなく引き受けるべきことなのだ。

 

 

「……」

 

 

 にも拘わらず青年戦士の口はそのように動いてくれなかった。

 青年戦士の脳裏にある情景が浮かぶ。

 

 

(今はこんなことを考えている場合じゃない。わかっている。わかっているんだ……)

 

「ちょっと?」

 

「どうしたの?」

 

 

 仲間達も彼の様子がおかしい事に気付いたのか声を掛けてきた。

 

 仲間達の事も考えれば自分の思いなど封じるべきだ。そのはずなのに。

 

 

(……クソッ)

 

 

 喉が干上がっていく。緊張で体が震える。

 

 

『お前がダサい格好してりゃ、一緒にいる嬢ちゃん達もダサい連中だと思われるんだよ』

 

 

 かつて重戦士に言われた言葉が脳裏に木霊した。

 

 

(ええいままよ!)

 

 

 覚悟を決め青年戦士は口をこじ開けた。

 

 

「……話は、わかりました」

 

「うむ。では」

 

「まだです!」

 

 

 青年戦士は鋭く制止の声を上げる。

 今から彼は不遜なことを言おうとしている。それがわかっている故、勢いをつけるために大きく息を吸った。

 

「まだおれ達の話が済んでいません」

 

「……どういうことだい?」

 

「冒険者は頼みを聞き、叶える者。そう言いましたが、実は少し違います」

 

「というと?」

 

「冒険者は依頼を受ける代わりに、報酬という対価を受け取るんです。あなたの頼み……依頼の報酬の話はまだついていません」

 

「報酬だと……」

 

 

 騎士は不愉快そうな声を漏らした。仲間達も驚愕の表情を浮かべている。

 当然だ。こんなこと今言うべきことではない。

 それでも青年戦士は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「そうです。おれ達に、命を懸けるに足る報酬を提示してください」

 

 

 青年戦士は挑むように騎士を睨み付ける。決して引くわけにはいかないと再び大きく息を吸い込み、口を開く。

 

 

「それとも、あなたは今日あったばかりの見ず知らずのおれ達に、自分の願いのために命を掛けろと求める恥知らずなのですか?」

 

 

 

 

 

 青年戦士の脳裏によぎった情景。それは牧場防衛戦の時のゴブリンスレイヤーと槍使いであった。

 あの時槍使いは今の青年戦士のように、依頼を受けるためにゴブリンスレイヤーに報酬を要求していた。

 あれはゴブリンスレイヤーを助けるための、彼なりの大義名分を得るための行為だと思っていたが……

 

 

(もしかしたら、それだけじゃなかったのかもしれないな……)

 

 

 槍使いと少し付き合ってみればわかる。彼は決してゴブリンスレイヤーを見下したりなんかはしていなかった。むしろ認めていると言っていいだろう。

 

 もっともプライドの高い彼がそれを認める事はないだろうが……

 

 だからこそ、あの時のゴブリンスレイヤーが許せなかったのかもしれない。

 彼はあの時、結果的にとはいえ縋ろうとしていた。自分の認める男が、そんな情けない姿を晒そうとしていたのが許せなかった。

 

 だからこそ、依頼という体を取ることで、貸し借りなしの対等を保ちたかったのかもしれない。

 

 青年戦士も同じだ。

 そんな意図はないのだろうが、今この騎士は人の弱みに付け込んで自らの願いを叶えようとしている。

 

 青年戦士は、この『立派な騎士』にそのような真似はしてほしくなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ハ」

 

 

 騎士はしばらく驚いたように黙り込んでいたが。

 

 

「ハハハハハ!!」

 

 

 程無く大笑いを始めた。

 

 

「成る程、成る程。然り、確かに然りだ」

 

 

 騎士は最後にくつくつと笑うと冒険者達に優雅な一礼を示した。

 

 

「──失礼した。冒険者達よ。持つ物少なき我が身であるが、依頼を受けてもらえるのであればそれぞれに出来る限りの礼をしよう。差し当っては、依頼を達成してくれた暁にはこの剣をそのまま差し上げよう。報酬としては不足ないと思うが……」

 

「おれはそれで大丈夫です」

 

 

 青年戦士はそう答えた。

 

 

「それなら……あなたはこの遺跡の事を知っていますよね?」

 

「ああ」

 

「でしたらその情報を私にくださらない?」

 

「それは構わないが……本当にそれでいいのか?」

 

「もちろん。私達は元々それが目的でここに来てますから。それに情報というものは価値あるものですわ、騎士様(ジェントル)

 

「成る程。では私が知る限りの事を話してあげよう。期待していてくれお嬢さん(フロイライン)

 

 

 女魔術師も意図を察したのか、そんな芝居染みたやり取りで報酬を求めた。

 

 

「それでそちらの二人は?」

 

「えーっと……」

 

「うーん……ウチとしては金目の物の方がうれしいんだけどにゃ……」

 

「金目の物……少し待ってくれ」

 

 

 そう言うと騎士は石碑の裏に回り──騎士に目を奪われていたせいで気にしていなかったが、石碑は最初からあった──跪いた。

 

 

「────」

 

 

 そして何かを呟いた後、何かを取り出した。

 

 

「これで大丈夫だろうか」

 

 

 そういって取り出したのは古びた袋であった。

 

 

「おお! 宝石! …………う、うう」

 

 

 中身は宝石であった。盗賊商人はそれを見て瞳を輝かせるも、すぐに悩むように唸り出す。

 

 

「……じゃあ、これを」

 

 

 程無く苦虫を嚙み潰したように表情を歪ませながら、宝石を一つだけ取り出して受け取った。

 

 

「ふむ? 別にすべてでも構わないが」

 

「戦士さんが言ったでしょう? 『命を懸けるに足る報酬を』って。ギルド的にどれくらいが適正かはウチにもわかりかねるけど、それは流石に貰い過ぎってのはわかるにゃ」

 

「……そういうものか」

 

「そういうものだにゃ」

 

 

 盗賊商人はそう言って交渉を終わらせた。

 

 

「うーん……やっぱりあたしはいいかな」

 

「しかし……」

 

「元々あなたの助けがなければあたしたちも打つ手がなかったですから。突然こいつがこんなこと言い出さなければ普通に頼みを聞くつもりでしたし」

 

「おまえな……」

 

 

 青年戦士の発言の意図がわかっているのか、わかっていないのかそんなことを言い出した。

 女武闘家は青年戦士をジト目で見遣り、青年戦士はそんな彼女を呆れたように見た。

 

 

「とにかく、あたしはこれで大丈夫!」

 

 

 こうなった女武闘家は折れない。

 長い付き合いでそれを理解した青年戦士は一つため息をついた。

 

 

「ま、まあそういうことなので、これで報酬の話は大丈夫です。少し貰い過ぎな気もしますが……」

 

「ふっ。ならばこう言おうか。ほんの心遣いだ。遠慮なく受け取ってくれ」

 

「……そういうことなら、遠慮なく」

 

 

 

 

 そう言うとお互い居住まいを正す。

 

 

「では、改めて依頼を引き受けてもらえるかな?」

 

「もちろんです。後の事は、冒険者にお任せあれ」

 

 

 依頼人は報酬を用意し、冒険者はそれを対価に依頼を受ける。

 ここになんの瑕疵無き契約は結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……最後だ!」

 

 

 青年戦士は輝く刃で持ってスケルトンの最後の一体を切りつけた。

 刃の光が移ったようにスケルトンが白く輝き、程無く崩れ落ちる。

 既に長い年月が経っていた故だろうか、或いはこの光の効果なのか、残されるべき骨もすぐに灰となった。

 

 数えきれないほどいたスケルトンたちだが、倒すことは簡単だった。

 

 

「彼らはここまでは入ってこない」

 

 

 騎士のその言葉どおりスケルトン達は通路のある一定の位置から入ってこようとはしなかった。

 それ故少しづつスケルトンを誘引し、一体ずつ対処すればいいだけだった。

 

 

「……ありがとう。後は私が知ることを語るのみだな」

 

 

 そう言って騎士は出口に向かって歩き出す。騎士と出会った部屋がこの遺跡の最奥だと聞かされていた冒険者達も彼のあとに続く。

 

 そうして騎士は様々な事を話し出した。

 

 ここがかつてとある国に存在した救国の英雄の墓であること。その英雄の祖国である神聖国家と呼ばれていた国の事。そして、守護者(ガーディアン)であったスケルトン達のこと。

 

 

「彼らは『不死の祝福』を受けし選ばれし勇士たちだ」

 

「祝福? ……ああいうのは()()と言うのでは」

 

()()だ。……気持ちはわかるがな。それでも、彼らにとっては祝福だったのだ。かの国において死してなお忠義を尽くせる。それは何よりの栄誉だったのだ」

 

 

 昔と今。或いは土地や情勢の違いか。

 かつてここに住まいし者達と、今を生きる自分達では価値観が違う。

 

 そんな当たり前の事を考えさせる騎士の話を聞いていると、ランタンの放つ炎の光とは違う光が前方から見えてきた。

 

 

「出口だな」

 

 

 冒険者達が遺跡に入った時は朝だったが、出る時にはもう日が暮れようという時間だった。

 ほんの半日探索をしていただけだが、それでも太陽の光というものは確実に彼らの心に安寧を齎してくれた。

 

 

「これで……いや、もう一つ頼みができたな」

 

 

 冒険者達が自らの生を実感していると、同様に太陽を見つめていた騎士がそう呟いた。

 

 

「私にはもう支払えるものがない。だから聞いてくれなくても構わない」

 

 

 騎士は独り言のように言葉を続けた。

 

 

「願わくば、どうか知っておいてほしい。覚えておいてほしい」

 

 

 

 

 

 私達はあの時、この世界で間違いなく生きていたのだと。

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に騎士は白い光の粉となり消えていった。

 

 

「……え? え!? き、消えちゃったよ!?」

 

「こうなるのか……。というかなんで驚いてるの? もしかして気付いてなかった?」

 

「いやぁ、なかなかできない経験だったにゃあ」

 

 

 そんな彼女らの姦しい声を聞きながら、青年戦士は左手を握りしめた。

 

 

「……忘れるわけないだろ」

 

 

 彼の手の内には譲り受けた直剣が収められた鞘が握られている。それを壊れんばかりに握りしめた。

 

 

「おれ達の冒険の記録(たからもの)だ。頼まれなくたって忘れるもんか」

 

 

 鞘はまるで壊れる気配はなく。変わらず形を保ち続けている。

 騎士がそこにいた証が、確かにそこにあったのだった。

 

 

 




祝福の直剣

アストラの直剣モチーフの武器。信仰不足だと剣としても扱えないってどういうことやねんということで刃が潰されている。

かつて存在した神聖国家にて信仰されていた神の祝福が込められている。
しかしその信仰も既に忘れられて久しく、力も大部分は失われている。
今は所有者の祈りに反応し、短時間僅かに光を取り戻すのみである。


ということでこれにて調査依頼はおしまい。

一応の設定。
登場した騎士はアストラのオスカーモチーフのキャラ。
ダークソウル世界では使命の途中で志半ばで倒れた彼だが、この世界では祖国が窮地に陥った際にそれを救うために王より命を受け、見事成し遂げ国を救い救国の英雄となった。

神聖国家アストラ。
騎士の祖国であり、アストラの直剣が神聖属性を帯びていたりすることを考えて、なんらかの神を奉じることを是とした国家。
国の方針か、神の教えか。信仰していた神の資料は残されておらず、詳細はわかっていない。


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新たな力と新たな一面

ヒュン! スパン! 

 

ヒュン! パァン!!

 

 既にお馴染みとなったギルドの裏手の広場に何かが空を切る音と、何かが破裂するような音が轟く。

 

 

「フッ!」

 

 

ビュン! パン! 

 

 音の正体は青年戦士が振るう鞭だ。

 彼が今こんなことをしているのは当然理由があってのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も何か武器を使えるようになった方がいいと思うんだけれど」

 

 

 そう話を切り出したのは女魔術師だ。

 先日の遺跡調査の時に、他の仲間が戦う中ただ魔術を使う機を伺っているだけという状態に思うところがあったらしく、解決策を求めそのような結論に至ったらしい。

 

 

「武器、ねぇ……」

 

 

 青年戦士はそう言って女魔術師の全身をジロリと見下ろす。

 初めて会った時は、肉感的な女性らしさの中に学徒故のひょろりとした線の細さや生白さを感じさせたものだが、半年に及ぶ冒険者生活の上で多少鍛えられたようでその印象は多少改善されていた。

 とはいえそれは絞られたと称すべきもので、逞しくなったとは言い難かった。

 

 

「いてっ!?」

 

「ジロジロ見ない!」

 

 

 女魔術師の肉体を観察していた青年戦士の後頭部を女武闘家が勢いよく叩いた。

 

 

「いてて……武器って言っても何を使うんだ? 正直近接戦ができる感じには見えないんだけど」

 

 

 叩かれた場所を擦りながら青年戦士は女魔術師にそう問い掛ける。

 

 

「だからこうやって話をしてるのよ。私武器ってあんまり知らないんだけど、私でも使える物ってないかしら」

 

「ふーむ……」

 

 

 そう言われ顎を摩りながら再び彼女の身体を観察する。

 先も思ったことだが、彼女はあまり肉体的に優れた人物ではない。

 重量のある武器は向かないだろうし、そもそも殴り合いをする感じの戦いも無理だろう。仮に回避を主体にするにしても不安が残る。

 

 

「……中距離から長距離。弓とかボウガンとか。あとは槍とかかな」

 

 

 再び女武闘家が手を振り上げた気配を感じ取り、青年戦士は思わず考えていたことをそのまま口に出した。

 

 

「弓、ボウガン、槍……うーん」

 

「あー、いや。思わず言っちまったけど、それにこだわる必要はないぞ。重要なのは距離を取って戦えること。それから軽いこと。それを考えると槍は向かないか」

 

「距離を取る……軽い……」

 

「力任せに叩きつけるとかは向かなそうだからな。技量が重要になる系の武器がよさそうだ」

 

「うーん……でもボウガンって意外と重いしボルトを掛ける力がないと結局使えないにゃ。弓も引く力がないと威力がでないにゃ」

 

「……私に使えそうなのないの?」

 

「……いや。あれだったらもしかしたら」

 

 

 青年戦士が何かを思いついたように顔を上げた。

 

 

「あれ?」

 

「鞭だ。扱いに難があるし威力が有るわけでもないけど、メインで使う訳じゃないんなら十分……じゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあり、彼は今女魔術師に実演(デモンストレーション)をして見せていたのだった。

 

 ちなみに鞭は普通に武器屋で買った。使い手が少ないが故に半ば死蔵されていたらしく、在庫処分として格安で売ってもらった物だ。

 

 

「よっ、……と。まあ基本はこんなところか」

 

 

 青年戦士はそう言って鞭を振り上げ、宙に舞う鞭を僅かな腕の振りや手首の返しで持って巻き取り回収した。

 

 

「あなた鞭も扱えるのね……」

 

「戦士だからな」

 

 

 なんの説明にもなってないにも関わらず、妙な説得力の伴った青年戦士の言葉をそんなものかと聞き入れつつ、女魔術師は彼から鞭を受け取る。

 

 

「えい!」

 

 

 ヘロリ。

 青年戦士の見様見真似で鞭を振るってみるも、虚しく宙を漂い地に落ちるだけだった。

 

 

「……」

 

「わかったわかった。ちゃんと教えるから」

 

 

 女魔術師は思わず縋るような目線を青年戦士に向ける。

 それを受け、苦笑しながら彼は教導(レクチャー)を始めた。

 

 

 

 最初はなかなかうまくいかなかったが、続けるうちに次第に鞭の鋭さが増していく。

 ある程度扱えるようになったら今度は実際に的を用意して打ち付けてみることになった。

 

 

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を舞う。

 命中(ヒット)。しかし先端ではなく途中が当たったため有効打とは程遠い。

 

 

「武器の射程を把握するんだ! 体の一部みたいに扱えてようやくスタートラインだぞ!」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を翻る。

 命中(ヒット)。今度は鞭先が当たった。しかし掠る程度の当たりでこれも有効打言い難い。

 

 

「よくなってきてるぞ! 距離は立ち位置以外でも体の使い方でも調整できるから工夫をしてみるんだ!」

 

 

 繰り返し腕を振り、鞭を振る。

 時折指導や休憩を挟みながらもひたすらに鞭を振り続け、そろそろ日も落ちようかと言う頃。

 

 

ヒュン! パァン!! 

 

 

 ついにその音が鳴り響いた。

 

 

「よぉし! その感覚だ!」

 

 

 女魔術師も手ごたえを感じたのか、口の端を吊り上げ更に腕を振り上げた。

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を舞う。

 好打(クリーンヒット)! 的にしていた木材の表面が弾け飛ぶ。

 実際に生物に振るう事を考えれば皮を、肉を抉り爆ぜさせたことだろう。

 

 

「よし!」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を翻る。

 好打(クリーンヒット)! 生き物のように蠢いた鞭が木材に纏わりつき、勢いよく引かれた。

 腕や足に巻きつかせ同じことをすれば肉を削り取り、確実に行動を制限することができるだろう。

 

 

「いいぞ!」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を駆ける。

 致命打(クリティカル)!! いかなる手妻か完全に制御された鞭が木材の周りを取り囲み、一気に殺到し巻き付いた。

 首狙いであれば骨を砕き、気道を潰し、確実に命を奪ったことであろう。

 

 

「よぉし十分だ! お疲れさん!」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を舞う。好打(クリーンヒット)! 

 

 

「……あれ?」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を翻る。好打(クリーンヒット)! 

 

 

「おーい。き、聞いてる……?」

 

 

 腕を振るう。鞭が宙を駆ける。致命打(クリティカル)! 

 

 

「ストップ! ストーップ!!!」

 

「………………なに?」

 

 

 ピタリと女魔術師はその動きを止める。

 

 

「い、いや。もう十分なんじゃないかなーって。……な?」

 

「何言ってるのよ。確かにコツは掴めてきた気はするけど、できるだけ訓練はするべきでしょう?」

 

 

 女魔術師がもっともな事を言う。

 だが今の彼女を見て、それが本心であると思う者は少ないだろう。

 

 彼女の今の状況を説明しよう。

 身体を動かし続けた故か息を荒くさせ、頬を紅く上気させている。

 瞼は大きく見開かれ、その中に収められている瞳は爛々とした光を湛えていた。

 口の端は変わらず持ち上げられたままになっていた。

 

 端的に言って興奮しているように見えた。

 

 

「もういいかしら? 訓練に戻りたいのだけれど」

 

「お、おう……」

 

 

 青年戦士はそれ以上彼女を止める言葉を絞り出すことができず、すごすごと仲間の元へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとどうすんのよあれ!?」

 

「しょうがねえだろ! あんなふうになるとは思わねえよ!」

 

「いやぁ、人は見かけによらない……いや見かけどおりなのかにゃ?」

 

 

ヒュン! スパァン!! 

 

 

 乾き始めた空気。冷たくなり始めた風を押しのけ弾けさせる音が響く。

 冬の訪れは近い。




とりあえず今回の投稿はここまで。

次は冬の都市依頼編。
それがこの3章のラストエピソードになります。

次の投稿は9月末か10月始めの予定になります。


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不死教の街

3章最後のエピソード。都市依頼編
原作だと9巻最後に新米戦士と見習聖女の呼び名が変わるんですが、今作ではこの話から変えさせてもらいました。
あと黒曜等級昇級も明確にいつなったのかもわからないので、もう昇級してることにさせてもらいました。


 青年戦士は手に持った串焼きの肉をがじりと噛み付いた。

 口の中に芳醇なタレの味が広がる。

 冬を越せないと判断された年老いた家畜を潰して得られたという肉は硬く筋張り決して食べやすいものではない。

 それを青年戦士は力任せに噛み千切る。

 ブチブチと筋が切れる音と共に肉を口に取り込み、今度は口内で咀嚼を行う。

 その行為は人の食事としてはあまり質の高いものではないが、『喰らう』という生存本能の根本を刺激し、青年戦士に得も言われぬ充足感を齎した。

 

 

「~♪」

 

 

 愉悦に弾む心のままに下手くそな鼻歌を歌いながら借り物の遠眼鏡をのぞき込む。

 拡大された視界には、遥か遠くに広がる街並みと楽しげに笑い合う人々の姿が見えた。

 

 

「いかがですかな? ここから見える街の景色は」

 

 

 そう話しかけてきたのは今回の依頼人である教会長だった。

 彼もまた片手に遠眼鏡を携えている。

 

 

「最高ですね。遠眼鏡、ありがとうございます」

 

「いえいえ。こちらこそ依頼を受けていただきありがとうございます」

 

「何か困ったことがあるなら冒険者にお任せを、なんて。まあ流石になんでもはできませんが」

 

 

 苦笑しながら青年戦士はそんなことを言った。

 

 

 

 

 

 彼は今回とある街での都市依頼(シティーアドベンチャー)を引き受けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの依頼終わり。

 いつも通りささやかながら宴を開き、無事生還できたことをお互いに祝っている時に彼らは現れた。

 

 

「よ、よう」

 

「こんばんは」

 

 

 そう声を掛けてきたのは新米戦士と見習聖女──いや、棍棒剣士と至高神の聖女だ。

 彼はいつの頃からか棍棒と長剣の二刀流という特異なスタイルを取るようになり、面白がって周りがそのように揶揄するようになっていた。

 彼女も少し信仰者としての位階(レベル)が上がったのか、見習い扱いされなくなっている。

 

 久しぶりに見た彼らには少し変わったところがあった。

 首に掛かる認識票(プレート)が白から黒へと変わっていたのだ。

 彼らも無事黒曜等級へと昇級できたらしい。

 

 

「久しぶりだな。どうしたんだ?」

 

「あー……」

 

 

 問いかけられた棍棒剣士は気まずそうに言葉を濁し顔を逸らす。

 そんな彼の横腹を何かを促す様に聖女が肘で突いた。

 

 

「とりあえず、座ったらどうだ」

 

 

 何か事情がありそうだな。

 そう思った青年戦士は落ち着いて話ができるように座ることを勧める。

 

 

「お、おう。ありがとう」

 

 

 渡りに船とばかりに棍棒剣士は席に着く。

 そんな彼の態度に呆れたようにため息をつきながら聖女も席に着いた。

 

 

「で?」

 

「え?」

 

 

 まずは緊張をほぐすためにしばらく宴会を続け、それなりに落ち着いたと思ったところで話をするように促した。

 

 

「え? じゃないよ。何か話が合ったんだろ」

 

「う……」

 

 

 そう問い詰めるも棍棒剣士はなおも言い淀む。

 

 

「いい加減諦めなさいよ。あんたが悪いんでしょ?」

 

 

 流石に見かねたのか聖女が口を挟んできた。当たり前だが彼女は事情を知っているらしい。

 それを受け棍棒剣士も覚悟が決めるように胸に手を当てて深呼吸をする。

 それからパン! と音を立てて手を合わせた。

 

 

「頼む! 手伝ってくれ!!」

 

 

 そして青年戦士を拝みながらそう懇願したのだった。

 

 

 

 

 

 

 彼らの話はこうだ。

 とある街で毎年冬に行われる恒例の祭りがある。

 その祭りの名は『不死の英雄祭』と言い、かつて存在したという英雄に肖り、彼の英雄譚の旅を真似ることにより疑似的に英雄を産み出し、厳しい冬という苦難の、そして翌年の守護を願うという祭りらしい。

 

 そしてその祭りのメインイベントは、最後に『王』と呼ばれる敵役と英雄役が戦い、英雄側が勝利することによって新たな英雄の誕生を祝うというもの。

 

 

「でも最近は盛り上がりに欠けるらしいんだ」

 

「盛り上がりに欠ける? 面白そうな祭りだと思うんだけど……」

 

 

 そう疑問を呈すも、その答えを聞いて納得した。

 

 要するに、『王』とはやられ役なのだ。

 

 負けるとわかっている役をやりたがる者は少なく、ようやく見つけた引き受けてくれる者も義務的に熟すばかりで、英雄の誕生という熱狂を表現するには役者不足だという。

 

 それでも祭りというだけで楽しいものだし、所詮はただの恒例行事。そうして産み出された英雄が本当に助けてくれるわけでもない。

 それはわかっているが、やはり依頼人としては本気で行い、伝統を継いでほしいと願っているという。

 

 

「そんなふうに話してる依頼人……その街の教会長さんと会ってな。その時に勧めちゃったんだよ。冒険者に頼んでみたらって」

 

 

 冒険者であれば、依頼という形で引き受けたのであれば、それは仕事となる。

 そして依頼を引き受けておきながら、依頼人の意向に沿わずにいい加減に済ませるとなれば自分の評価にかかわる。

 それ故相応の働きは期待できる。

 なるほど。理にはかなっているように思えた。 

 

 そしてそれを真に受けた依頼人が英雄役と敵役両名の募集をかけたという。

 それを近くで見ていた棍棒剣士はこれ幸いと早速英雄役に立候補し、引き受けた。

 

 しかしその後に誤算が──これを誤算と言えるかは甚だ疑問だが──起こった。

 

 敵役に立候補する者が現れなかったのだ。

 

 当たり前だろう。

 冒険者とは多かれ少なかれ総じて自信家だ。自分に自信があるから『危険を冒す』ような生業を選んだのだ。

 当然相応にプライドが高く、仕事とはいえ負けるようなことを許容できようはずもない。

 依頼を受けたのであれば、相応の働きをしなければならない。逆に言えば、依頼を受けなければそんなことは関係ないのだ。

 

 

「お前が敵役をやればいいんじゃないか?」

 

「そう思うでしょ?」

 

「……」

 

「お前な……」

 

 

 その問い掛けに棍棒剣士は沈黙を持って答えとした。

 プライドが高いのは彼も同じの様らしい。

 

 こんな態度を取ってはいるが、聖女によれば一応どうしても見つからなければ自分が敵役を受け直すつもりではあるという。

 それでも、万が一に賭けてこうやって打診をしにきたという。

 

 

「それで、どうかな?」

 

「……」

 

 

 聖女がそう改めて問いかけてくる。棍棒剣士は何も言ってこないが、それでも期待をするような目を向けてきている。

 

 

「いいよ」

 

 

 そんな二人に青年戦士はあっけらかんといった感じであっさりと了承の返事を返した。

 

 

「い、いいの? 無理してない?」

 

 

 受けてもらえないと思っていたのだろう。聖女は狼狽えた様に聞き直した。棍棒剣士も驚いた様に目を見開いている。

 

 

「別にここで負けてもなんかあるわけじゃないしな。友達のために一肌脱ぐのも悪くないだろ」

 

 

 普通ならば確かに受けないのかもしれない。

 しかし青年戦士にとって、自分は大した人間ではないという思いが既にあった。

 故に敗北を不名誉と思うことはなく、それどころか友人の力となれるのならば頼みを引き受けることに否やはなかった。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 今までの自分の態度に思うところがあったのか、棍棒剣士は居住まいを正し、深々と頭を下げて礼を言った。

 青年戦士はそんな彼に手を振りながら話の先を促した。

 

 

「いいって。それより、その街はどこにあるんだ?」

 

「あ、ああ。俺達の故郷の近くにある街でな。『不死教の街』とも呼ばれている場所だ」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯があり、青年戦士はその『不死教の街』に訪れていたのであった。

 

 この『不死教の街』は小高い丘に作られたそれなりの規模の街だ。

 丘の頂点に街の規模に似つかわしくない大きな大鐘楼付きの教会が建てられ、そこから円状に発展していったような街だった。

 

 青年戦士は今、教会の屋上であり、大鐘楼をつなぐ通路にもなっている部分に立って街を見下ろしていた。

 遠眼鏡の向こうでは棍棒剣士が街のあちこちを走り回っているのが見える。

 

 教会長曰く、彼は今『不死の英雄』の旅の模倣をしているという。

 本来ならば世界中を巡り、根の国や死者の国とも呼ばれる地下にあるという国まで赴いたというかの英雄だが、流石にそんなことを真似るわけにもいかないので、街の特定の場所を巡ることでそれを模しているという。

 またそれぞれの場所で試練を熟すことで力を示し、英雄として相応しい力を示した者に道具や装備を与えたという伝承も真似ることで、英雄役を英雄に相応しい格好をさせていくらしい。

 

 

「……あれ、大丈夫なんですか?」

 

「あはは……」

 

 

 そんなことをしている棍棒剣士を眺めていた青年戦士は思わずと言った感じでそんな声を漏らした。

 青年戦士のその言葉に教会長も苦笑を溢す。

 

 棍棒剣士が今行っているという試練はそれぞれ、力の試練、技の試練、知恵の試練とされている。

 

 力の試練では肉体的な強さを。

 技の試練では器用さなどの感覚を。

 知恵の試練では知識や発想力を問うという。

 

 力の試練はよかった。流石は前衛職の冒険者、この程度はなんてことないと余裕綽々といった感じだった。

 次の技の試練はまあまあ、といったところだった。力の試練程ではないが力を示すには十分だっただろう。

 だが知恵の試練は悲惨の一言だった。周りの人々はそんな彼を見て面白いものを見たと笑い、心配そうに彼について回っていた聖女も頭を抱えていた。

 

 

「……」

 

「……どうかされましたかな?」

 

「いえ……」

 

 

 棍棒剣士もそんな周りの反応を受け、誤魔化す様に頭を掻いて笑っていた。

 そんな彼を見て、青年戦士は心がざわつくのを感じた。

 

 この感情はなんだろうか。しばらく自分に問いかけていると、ふと気づいた。

 

 

「なるほど……」

 

 

 感情の正体は、苛立ちであった。

 棍棒剣士は『英雄』だ。この祭りの間だけであろうとも『英雄』なのだ。

 にも拘わらず彼はその自覚がないように思えた。

 

 

 自分はあんなものに負けないといけないのか……? 

 

 

 そう思うと流石に苛立ちを感じざるを得なかった。

 

 しかしこれは依頼。仕事だ。

 手を抜いたりするわけには……

 

 

(いや待てよ?)

 

 

 何かを思いついた青年戦士は教会長へ訊ねた。

 

 

「教会長さん」

 

「なんでしょう?」

 

「おれへの依頼は、『王』として『英雄』に敗れる事。そうですね?」

 

「ええ、そうですが……」

 

「つまり、最終的に負ければその過程は問わない?」

 

「まあ、そう、ですな。……あの? いったいなにを?」

 

「なにちょっと思いついたことがありましてね。その確認ですよ」

 

 

 そう言う青年戦士の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 女武闘家がこの場に居れば懐かしさを覚えながらこう言っただろう。

 

 いたずら小僧が久しぶりに顔を出したと。

 

 



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不死の英雄祭

 棍棒剣士は街の中心である大教会を目指し街を駆けていた。

 

 

(たはは……まあ、あとはあいつとの模擬戦で終わりだ。受けてくれたあいつのためにもビシッと決めてかっこよく終わらせないとな)

 

 

 知恵の試練の失敗を恥じつつ、後に訪れる栄光に思いを馳せていると程無く教会の入り口のある広場が見えてきた。

 既にたくさんの街の人々が広場を取り囲み、メインイベントの開始を今か今かと待ちわびているようだった。

 

 

「来たぞ!」

 

 

 誰かが棍棒剣士のことに気付いたのか声を上げた。

 それを皮切りにワッと広場が歓声に包まれた。

 

 棍棒剣士はその歓声に応えるように手を上げながら広場へと入り、予め聞かされていた定位置についた。

 

 走ってきたせいで少し上がっていた息を整えながら待っていると、重々しい音を立てながら教会の扉が開かれ中から黒い鎧を纏った青年戦士が現れた。手にはやや大振りな大剣が握られている

 彼が纏っている鎧は、伝承で『王』が着ていたとされる衣装だ。完全な漆黒という訳ではなく、あちこちが斑に黒が薄れているのが印象的だ。

 対する『英雄』である棍棒剣士は、『王』と対照的な白の鎧を纏い、片手剣と中盾を手に携えていた。こちらは英雄とはかくあるべしと言わんばかりにあちこちに装飾がなされ、煌びやかといった印象を抱かせる。

 もちろんそれぞれ木製の模造品だが、そう感じさせない見事な造りとなっていた。

 

 棍棒剣士はあらかじめ決められた口上を述べ、これからの戦いに臨む準備を進める。

 対する青年戦士はただ静かに佇み、口上を受け止めるのみであった。

 

 

「いくぜ!」

 

 

 予定調和の前準備も済ませ、棍棒剣士は手に持つ剣で切りかかる。

 

 

「フン!」

 

「ぐあっ!?」

 

 

 青年戦士はそれに対し、手に持った大剣の強振(フルスイング)でもって応えた。

 思わぬ反撃を受け、棍棒剣士はなんとか盾で受けるが、吹き飛ばされ思わず尻餅をついた。

 

 

「どうした。立て」

 

 

 青年戦士はそう言って棍棒剣士へと手に持つ剣を突き付けた。

 

 

 

『英雄』と『王』の戦い。その物語は『英雄』の華々しい勝利によって結ばれる。

 そう考えていた棍棒剣士の甘やかな考えは、青年戦士の手によってあっけなく打ち砕かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りの剣は常に切っ先を相手に向けた楔の形に振るべし。

 

『王』を演じるにあたり、盾を持つことを許されなかった青年戦士は、どこかで聞きかじり、まるで実践できた試しのないそんな剣技を振るう。

 

 右左(タルホ)左右(レベツ)上下(アルティバーソ)! 

 

 真に使い手と呼ぶに足る者が見れば『未熟』の一言で済まされるようなソレは、未だ新米の域を出ない棍棒剣士に確かな脅威となって襲い掛かった。

 

 

「うっ……グゥ……ッ!!」

 

 

 青年戦士の大剣が棍棒剣士を弾き、崩し、打ち据える。

 棍棒剣士も苦し紛れの反撃をするも、腑抜けた一撃など受けてやる義理はないとばかりに捌かれ、更に強かな反撃でもって応えられた。

 

 

「どう、して……」

 

「フン」

 

 

 棍棒剣士は膝を突き、思わずといった感じで疑問の声を漏らした。

 青年戦士はそれには答えず、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

 

「情けない。それでも『英雄』か。……それとも、自分は『英雄』なのだから勝てて当然とでも思っていたか?」

 

「……!!」

 

 

 青年戦士の言葉に棍棒剣士は図星を突かれたように目を見開いた。

 

 

「どれ。一人二人、殺してみれば理解するか。『英雄』など、ただの肩書に過ぎないのだと」

 

 

 そう言うと、青年戦士はあらかじめ見つけておいた至高神の聖女へとその手に持つ剣の切っ先を向ける。

 

 

「え……」

 

 

 驚きの声を上げる聖女へと一歩、また一歩と歩みを進めていく。

 周りの人々もこれらの一連の流れが予め定められたものなのか、そうでないのかわからず揃って口を噤み、成り行きを見守っている。

 広場は沈黙によって支配されていた。

 

 

「……ろ」

 

 

 棍棒剣士が絞り出す様に言葉を発した。

 しかし青年戦士は歩みを止めることなく、また一歩聖女へと歩みを進める。

 

 

「やめろ」

 

 

 今度は小さくともはっきりと制止の声を投げかける。

 しかし青年戦士は歩みを止めない。まるでお前の言葉など聞く価値はないと言わんばかりに気にも留めない。

 

 

 聖女の目前まで辿り着いた青年戦士は、その手に持った剣を大きく振り上げた。

 

 

「やめろおぉ!!」

 

 

 棍棒剣士は叫びながら青年戦士へと襲い掛かる。

 青年戦士はわかっていたとばかりに振り返り、剣を棍棒剣士へと叩きつけた。

 棍棒剣士は再び吹き飛ばされる。

 

 

お前の相手は俺だ(ウォッチミー)!!!」

 

 

 しかし今度は直ちに態勢を立て直し立ち上がる。

 そしてその手に持つ剣を青年戦士へと突き付けた。

 

 

(なんだ、やればできるじゃないか)

 

 

 狙い通りの展開に青年戦士は思わず口の端を吊り上げた。

 兜を被っていてよかった。

 そう思いながら棍棒剣士へと向き直り、大剣を両手で構える。

 

 

「うおおおお!」

 

「シッ!」

 

 

 今度こそ、正しく民を守らんとする『英雄』とそれを迎え撃つ『王』の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが言った。今年の『英雄』は頼りないと。

 誰かが言った。今年の『英雄』は情けないと。

 誰かが言った。今年の『英雄』は華がないと。

 

 

 

 本当にそうだろうか。

 

 

 

『英雄』とは、もっと賢き者だろう。あの知恵の試練のような無様は晒さないはずだ。

『英雄』とは、もっと強き者だろう。今の彼のように容易く転がされるなど言語道断だ。

『英雄』とは、もっと煌びやかな者だろう。今の彼のように薄汚れてはいないはずだ。

 

 

 

 本当にそうだろうか。

 

 

 

 農作業をして土に手を触れれば、手が汚れる。当たり前のことだ。

 

 ならば、彼は何故薄汚れているのだ? 

 

 決まっている。戦っているからだ。英雄譚のように鮮やかに、華やかなまま勝利するなんてあり得ない。

 

 何のために? 

 

 決まっている。自分達()のためだ。彼は、『英雄』は力無き自分たちのために戦って(汚れて)いるのだ。

 

 

 

 

 自分達は、このままでいいのだろうか? 

 

 

 

「……ばれ」

 

 

 自分達も戦場(あそこ)で戦うべきだろうか? そんなわけがない。

 自分達には戦う力がない。だからこそ、ああやって『英雄』が戦っているのだ。

 

 

「がんばれ」

 

 

 ならば仕方ないと言って見ているしかないのだろうか? 自分達には力がないのだから? 

 そんなことはない。自分達にだってできることがあるはずだ。

 

 

「がんばれ!」

 

 

 例えば、ほら。誰かが叫んでいるように応援をするとか。

 

 そうとも。如何に『英雄』といえども本当になんでもできるわけがないのだ。

 

『英雄』といえども人だ。食わずには生きられない。ならば彼のために食事を作ろう。

『英雄』といえども武具なくして戦えない。それらの武具を作るのは『英雄』である必要はないはずだ。

『英雄』といえども無敵ではない。敵の情報などはあった方がいいだろう。ならばその情報、我らが集め伝えよう。

 

 

 

 そうとも。自分達は何もできないわけではない。できることが少ないだけで、できることはあるのだ。

 直接戦うことはできずとも、『英雄』に協力することくらいはできるのだ。

 

 

 

「頑張れ!!」

 

 

 

 とりあえず、今は『英雄』を応援しよう。

 それが、今自分のできる事なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まいったな……)

 

 

 棍棒剣士と打ち合いながら、青年戦士は胸中で独り言ちた。

 腑抜けた棍棒剣士に活を入れるべく、打ちのめし、至高神の聖女を殺すフリをすることによって『負ければ聖女(大切な者)殺される(奪われる)』と知らしめようとしただけだった。

 

 思惑通り作戦は成功。棍棒剣士に火がついていつもの調子を取り戻したようだった。

 問題は、火が付きすぎたという事だろうか。

 時が経つごとに、一撃一撃打ち合うごとに、攻撃が強く鋭くなっていく。どういうわけか、周りの人々も呼応するように棍棒剣士を応援し始めた。

 これではまるで。

 

 

(本当に『英雄』と『王』の決戦みたいじゃないか。……いや、それでいいのか)

 

 

 想定外の状況に困惑していた青年戦士も、これこそが本来の依頼の目的だったと気付き落ち着きを取り戻した。

 

 

(となると……)

 

 

 棍棒剣士と打ち合いながら、依頼人たる教会長へと視線を向けた。

 模擬戦を始める前は不安げにしていた教会長だが、今は手に汗握るといった感じでこちらを見ていた。

 青年戦士に視線を向けられたことで本来の目的を思い出したのだろう。大きく頷いてみせた。

 

 

(よし。……ココ!)

 

「グゥ……ッ!!!」

 

 

 更に二度三度、打ち合いをしながらタイミングを見計らい、再び強振(フルスイング)により棍棒剣士を吹き飛ばす。

 青年戦士は態勢を崩した棍棒剣士に突撃し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……! ォオオオ!!」

 

 

 民衆の声援(願い)を背負いし『英雄(棍棒剣士)』がそのような勝機(スキ)を見逃すはずもない。

 死中に活とばかりに盾を構えながら突撃。『(青年戦士)』の懐に潜り込んだ。

 

 

 

 棍棒剣士は決して賢い人間ではない。

 子供の頃から強ささえあれば頭の良さなど不要と勉強を放棄し、棒を振り回すことにばかり尽力していた。

 それは、決して難しいわけではないはずの知恵の試練で晒した無様さでもって証明されている。

 それでも。

 

 

痛み(経験)を忘れるほど、バカじゃない!!)

 

 

 懐に飛び込んだことにより『王』の一撃は十全にその威力を発揮できなくなった。その軌道に盾を割り込ませる。

 

 

「オオオ!」

 

 

 盾と大剣が接触した瞬間、突撃の勢い、全身の力のすべてを込めて盾で振り払った(パリィ)

 態勢を崩した青年戦士の胸の中心目掛け全力の突き放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだだ! 直撃の瞬間後ろに飛ばれて威力を消された! まだ……)

 

「「「ワアアァ!!!」」」

 

 

 民衆の上げた突然の歓声に棍棒剣士はビクリと背筋を震わせた。それにより今が祭りのイベントの最中であると思い出した。

 

 

「見事! 今一度勝利した『英雄』に大きな歓声を!」

 

 

 慌てて青年戦士に駆け寄ろうとするも、教会長に遮られる。

 

 

「こちらは私に任せて続きを」

 

 

 そう小声で促された棍棒剣士は、苦虫を嚙み潰したように表情を歪めながらも頷き、教会の中へと入っていった。

 

 

「……大丈夫ですか?」

 

「イテテ……まあ、なんとか」

 

 

 去り行く棍棒剣士の背中を見送ってから教会長は青年戦士に声を掛ける。

 青年戦士もそれに応えるようにゆっくりと身体を起こした。

 

 

「お疲れさまでした」

 

「いえいえ。……それに、まだもう一仕事ありますからね」

 

 

 青年戦士のその言葉に教会長は首を傾げた。

 そんな教会長に向けて、青年戦士はイタズラっぽく笑みを向ける。

 

 

「そろそろつきますかね」

 

「え? ああ、そうですね。そろそろかと」

 

 

 青年戦士が大鐘楼へ目線を向けたことにつられるように教会長もそちらへと目を向けた。

 

 この祭りの最後は、『王』に勝利した『英雄』が大鐘楼の鐘を鳴らし、その存在を知らしめることによって終わる。

 

 入り口からの距離的に、そろそろ棍棒剣士が辿り着くであろうと察した青年戦士はその手に持つ大剣を天へと突きあげた。

 その瞬間、街中に鐘の音が鳴り響く。

 

 

「祝え! 新たな『英雄』の誕生だ!!」

 

 

 その声を皮切りに、不死教の街はこの日一番の歓声に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、最後の一撃ワザとだろ」

 

「ハハッ!」

 

 

 ジトリとした目を向けながら問いを投げかけた棍棒剣士に、青年戦士は誤魔化すように笑って応えた。

 

 彼らは今、教会の屋根の上、大鐘楼へと続く通路にいた。

 あれから時間は流れ、既に日も落ち夜となっている。街は後夜祭で賑わっていた。

 冬の夜の空気は冷たく、普段であれば身体が震えそうなものだが、散々動き回り体の火照った二人にとっては、その冷たさが心地よく感じられていた。

 

 

「でも、最後のパリィは見事だったぜ。それは本当だ」

 

「……」

 

 

 青年戦士の素直な賞賛をうれしく思うも、そこまでに至る経緯に関しては当の本人のご膳立てによるものだと思うと複雑にも思う棍棒剣士だった。

 

 

「あー! いた!!」

 

 

 棍棒剣士がなおも言い募ろうとして口を開いた瞬間、それを遮るように少女の声が響いた。

 声がした方を見ると、至高神の聖女の姿がそこにあった。彼女をここまで案内してきたのか、後ろには教会長もいる。

 

 

「皆探してたわよ。主役はどこだって。早く行きましょ」

 

 

 何かを言おうとして遮られたせいか、しばらく口をパクパクとさせていた棍棒剣士だが、一つため息をついて首を振った。

 

 

「……次は実力で勝つからな!」

 

 

 言い捨てるようにそう言うと、棍棒剣士は聖女に引き摺られるようにこの場を去っていった。

 

 

 二人と入れ替わるように今度は教会長が話しかけてくる。

 

 

「改めて、今回はありがとうございました」

 

 

 そう言って彼は頭を下げた。

 

 

「いえ。こちらも報酬は頂いていますから」

 

「そうなんですが、そうではなく」

 

「?」

 

 

 教会長のその言葉に青年戦士は首を傾げる。

 

 

「……不死教の教義、というものをご存じでしょうか?」

 

「いえ……」

 

「いろいろとありますが、要約すれば『懸命に生きよ』というものです」

 

 

 不死教。正確には『()()の教え』というもの。

 その教えの本質は、『生きることは過酷であり、その過酷の中でも生きるための術を教える』ためのものだと教会長は言う。

 

 

「私は祭りが盛り上がりに欠けるのは、『英雄』と『王』の戦いに華が足りないからだと思っていました。でも、それは違ったのかもしれません」

 

 

 そう言う教会長の顔には、恥じらうような表情が浮かんでいた。

 

 

「本来の不死の英雄祭は、今日のようなものだったのかもしれないと、今は思っています」

 

「というと?」

 

「生きることは過酷であり、戦いというものはなおのこと過酷である。ただ生きるだけでも懸命に生きなければいけないのに、戦いの中で華など求めるなどできるはずもありません」

 

「……」

 

「そしてこの祭りで語られるような戦いとは、即ち『英雄』が負ければ民衆も死ぬというもの。なれば、民もまた一丸となり『英雄』の勝利に貢献するべき。それこそが『懸命に生きる』というものなのだと私は思います」

 

 

 そう言われ、青年戦士は思い出す。確かに今日の棍棒剣士はいつもと違ったように思えた。

 人々の声援を受けるごとに一撃が重く、鋭くなっていっていた。まるで、声援を力に変えているがごとく。

 

 

「伝統を継いでほしいと思っておきながら、私自身が伝統を理解できなかった。私は、それが恥ずかしい。でもあなた方が今日私にそれを気付かせてくれた。だからありがとうございました」

 

 

 そう言って教会長は再び深々と頭を下げた。

 

 

「あー……そ、そうだ!」

 

 

 教会長の下にも置かない態度に座りが悪くなった青年戦士は誤魔化すように思いついたことを口に出す。

 

 

「この祭りって不死の英雄祭ですよね? その割には不死要素がない気がするんですが……」

 

「不死要素、ですか?」

 

「死から復活したり、大怪我がすぐに治るだとか……」

 

「え? ああ……ハハッ!」

 

 

 青年戦士の下手くそな話題替えが面白かったのか、あるいは疑問の内容が彼にとって面白かったのか、教会長は噴き出す様に笑い出した。

 

 

「……失礼しました。そうですよね、普通そういう風に思われますよね」

 

 

 教会長は仕切り直す様に一つ咳ばらいをすると疑問に答えた。

 

 

「先程も言いましたが、この不死教は『懸命に生きよ』という教えですからな。この不死は世間一般で思われているものとは違うのですよ」

 

「はあ……」

 

「つまり、生きてない(ノーライフ)故に死なない(アンデッド)ではなく、そもそも死んでない(ノーデス)で不死ということですな」

 

「なるほど」

 

 

 そんな話をしていると街の方がにわかに沸き立った。

 どうやら棍棒剣士たちが街の方に辿り着いたようだ。

 

 

「……私達も行きませんか? 明日懸命に生きるために、今日は英気を養うということで」

 

「……ですね」

 

 

 そう言って顔を見合わせ笑い合うと、二人も街の方へと下りて行ったのだった。

 

 

 

 




不死教
かつてこの地に存在した土着信仰であり、既にこの街以外では伝わっていない宗教。
今よりずっと過酷だった時代において、生き延びるための術を教え伝えていた。
現代においては地母神や至高神といった神の信仰に追いやられ、かなりの部分が失伝されており、その教えのすべてを知る者はいない。



というわけで都市依頼編でした。これを都市依頼と言っていいのかはわかりませんが。

今回のエピソードは私なりの不死の使命や巡礼に対する考察だったりします。

不死の使命や巡礼。アクションゲームとして楽しむだけなら特に何も思わなかったのですが、ダークソウル世界の歴史を考察してみるとなにかおかしいと思いました。

不死の巡礼は、
1.北の不死院から不死人がロードランに訪れる
2.不死教区の教会の鐘とクラーナの住居の鐘を鳴らす
3.センの古城を攻略し、アノールロンドで王の器を授かる

と続いていき、火継ぎへと続いていくのは今更説明するまでもないことだと思います。
ですが、ここでひとつ謎が浮かびました。
何故これほどまでに手段が確立されているのかということです。

このようなことが必要になる時というのは、最初の火が陰った時だと思います。
そしてこのような事態になるのは、ダークソウル1の世界の歴史的に2回目。
1度目は知っての通りグウィンが火継ぎを行いました。
これはダークソウル世界の住人的に神話や神の御業として語られるべきことだと思います。
なのにどうして人ができるように整備されている?ということですね。

そしてもうひとつ。城下不死教区という名付け。
どうして宗教区でも教会区でもなく、不死教区なのか。

この辺を考えるに、不死を肯定的に捉えていた時代があり、不死教という宗教があり、その教義の中に巡礼により英雄に至るという考えがあったのではないかと私は思いました。

この巡礼は、
1.巡礼者は城下不死街の不死教区で巡礼の申請を行い、大鐘楼の鐘を鳴らすことによって巡礼者が現れた事を世に知らしめる。ちなみにそう考えると不死街は巡礼者のための宿場町や拠点だったんじゃないかという考えもあります

2.決められた各地を巡りながら試練をクリアしたり、協力をしてもらったりしながら最終的にイザリスに赴き、こちらでも鐘を鳴らす。そうするとセンの古城への道が開かれる。

3.センの古城を攻略し、アイアンゴーレムを打倒する。ここまでを死なずに達成できるものは英雄と呼ぶに相応しいとされ、グウィンに謁見することを許された。

と、本来ここまでのものだったんじゃないかなと思います。
もしそうであるなら、不死の秘宝がエスト瓶という回復アイテムなのも、いろんな亡者がエスト瓶を持っているのも納得ができます。
『死なないでくれ』という願われていた。巡礼者は何人もいた。今は製法が失われたが故に秘宝扱いされているが、かつてはエスト瓶を作ることはそれほど難しい事ではなかった。ただそれだけの話だったのですから。

謁見した後は、そのまま神族の末席に名を連ねるのか、あるいは銀騎士の一員になるのか、あるいは新たな王権を戴き地上に戻り新たな国でも興すのか。といったところですか。

この辺の考えと、ゲームのシナリオを混ぜ合わせたのが今話のお話となります。






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旧きの終わりと新しきの始まりと

「旧年はお仕事お疲れさまでした! 無事生き残れたことを祝して、乾杯!!」

 

 

 幾度目かもわからない乾杯の音頭がギルド併設の酒場に響く。

 

 現在は新年初日の日の出前といったところ。先達曰く毎年恒例だという大宴会の真っ最中だ。

 酒場には今辺境の街にいる全冒険者が一堂に会しているせいで大混雑となっていた。

 

 前年の己の武勇伝を高らかに主張する者。

 今年の活躍を今から予言するお調子者。

 そして、かつて存在して、今はもういなくなってしまった者達を偲びながら酒の肴として笑い合う者達。

 

 笑って叫んで涙して。そして最後には再び乾杯を交わして笑顔へ戻る。

 かつての成功を祝し、或いはかつての悲劇を乗り越え、より良き未来へと辿り着けるように。

 冒険者達はどんちゃん騒ぎを繰り返す。

 

 

「いやぁ、すげえな」

 

「ほんとね」

 

 

 もちろん青年戦士達一行も宴会へと参加していた。

 青年戦士と女武闘家はそんな酒場の様相に戸惑いの声を上げる。

 故郷でもこういった新年祭のような物は勿論あったが、所詮は百人もいるかどうかといった田舎の農村。そんなところでここまでの規模になるはずもなく。

 一年近く冒険者として辺境の街で過ごしたとは言え、流石に空気に乗り切れずにいた。

 

 

「どうしたのかにゃ?」

 

 

 そんな二人に盗賊商人がそう声を掛ける。

 ちなみに女魔術師は既に酔いつぶれ、いつかのようにジョッキを握りしめながらテーブルに突っ伏して眠りこけていた。

 

 

「いや、改めてすごい熱量だなって思って」

 

「ああ」

 

 

 青年戦士のその言葉に盗賊商人は納得の声を漏らした。

 

 

「そうだよねぇ。ウチも初めての時はびっくりしたもんだにゃ」

 

 

 そう言って盗賊商人は懐かしそうに眼を細めた。

 

 

「まあ、その辺はみんな通る道だにゃ。みんなもそのうち慣れると思うにゃ」

 

「そんなもんですかねぇ……」

 

「そんなもんそんなもん。これからこれから」

 

 

 盗賊商人はそう言ってグビリと酒を飲み干した。

 

 

 

 

 

(これから、か……)

 

 

 盗賊商人は何気なく使ったであろうその言葉が青年戦士の心に波紋を生んだ。

 

 

(おれはこれからどうなる……いや、どうしたいんだろうな)

 

 

 青年戦士にとって冒険者という職や立場に特に思うところはない。

 農家の次男として生まれ、継ぐ家も土地も財もない故、生きる糧を得るための手段として冒険者を選んだに過ぎない。

 せっかく得た戦う力を使いたいという思いがないでもないが、基本的にはいつか辞めるつもりの腰掛けに過ぎないと思っていた。

 

 それ故目的意識というものが希薄だ。

 輝かしき未来のことを考えた時、明確な情景が何も浮かばない程度には。

 

 

 まるで(ひかり)無き暗闇にいる気分だ。

 

 

 そんなふうに思い、青年戦士は心に影を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさーん! 日が上がったみたいですよー!!」

 

 

 青年戦士がそのように考え込んでいると、そのような言葉が聞こえてきた。

 

 

「日の出だって! 見に行きましょ!」

 

「ちょ!?」

 

 

 突然不意打ち気味に女武闘家に腕を掴まれ、青年戦士はたたらを踏むように立ち上がった。

 

 

「いってらっしゃい。ウチらはここで待ってるにゃー」

 

「そう? じゃ、行くわよ!」

 

 

 女武闘家はそう言って走り出す。当然掴まれている青年戦士も引き摺られるように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「眩し……」

 

 

 白。酒場を出て初めに思ったのは、それだった。

 昨日降っていた雪が地面に積り、それが風に巻き上げられ太陽の光を乱反射させ、視界を塗り潰していた。

 

 

「うわぁ……!!」

 

 

 眩しさに目を細め、掌で(ひさし)を作っている青年戦士の隣で、女武闘家が感嘆の声を上げる。

 

 

(こいつは相変わらずだな)

 

 

 眇めた目に映る彼女の姿は、子供の頃から比べれば随分と大きくなり、女らしくなった。

 にも拘わらず、その振る舞いは子供の頃から変わらない。その事実に青年戦士は思わず笑みをこぼした。

 

 

「……なによ」

 

「なんでもないよ」

 

 

 自分が笑われていることに気付いたのだろうか。女武闘家は口を尖らせた。

 そんな彼女が面白くて青年戦士は今度こそクツクツと笑い声を漏らす。

 

 

「もぅ!」

 

「ハハッ!」

 

 

 そんな青年戦士に、照れ隠しなのか女武闘家は彼を叩き始めた。

 しばらくじゃれ合いのようなやり取りをしていたが、ほどなく満足したのか女武闘家も同じように笑い声をあげ始めた。

 

 

「……さて、そろそろ戻ろうぜ。宴もお開きにして休もう」

 

「そうね。……そうだ!」

 

 

 酒場に戻ろうとする青年戦士の背中に、女武闘家が何かを思いついたかのような声を投げかけた。

 何かと思い、青年戦士が振り返ると。

 

 

 

「今年もよろしく!」

 

 

 

 そこには、彼女の背後に浮かぶ太陽にも負けないような輝く笑顔があった。

 

 その時、青年戦士の心の闇に一筋の光が差した気がした。

 

 

 

 

「……」

 

「なによ? なんか変な事言った?」

 

「いや……」

 

 

 青年戦士は自然と口の端が持ち上がっていくの感じる。

 何がしたいのか、どうなりたいのか、そんなことはまだわからない。

 それでも。

 

 

(また来年も、こいつとこんなふうに過ごせたらいいな)

 

「なんでもないよ。こっちこそ、今年もよろしく」

 

 

 青年戦士は、そんなことを思ったのだった。

 

 

 




これが3章最後のお話!
長かった…。

彼らはこれからも今までと同じようにいろんな仕事したり、いろんな場所へと出向いたりします。

東に助けを求める人がいれば飛んでいき、西に未知や謎があると聞けばいそいそと出かけ、南に面白いものがあると情報を仕入れれば物見遊山へ出向き、北に巨悪の影ありと聞けばイヤイヤながら討伐に出かける。

安全第一を活動指針として、討伐依頼はできるだけ避け、他の冒険者があまり見向きしないような地味な依頼を受け続けるような便利屋として活動していきます。
それゆえギルドからの信頼厚く、ゴブスレさん並に昇級していく予定です。

あと一話神の座の様子を描いて最終章に入ります。
よければ最後までお付き合いください。


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心せよ。夜明け前がもっとも暗いのだと(マスターシーンⅡ)

 わいわいがやがや。

 あーでもないこーでもない。

 

 常より大盛り上がりの神々の遊技場ですが、最近は輪をかけて浮ついた雰囲気が漂っています。

 

 事の発端となったのは、あの男神でした。

 

 今までじっと(せかい)を眺め続けていただけの彼ですが、なんと今度遊び(ゲーム)に参加することとなったのです。

 といっても、他の神のように骰子(ダイス)を振り、駒を動かすといった形ではないのですが。

 

 ある時ふと思い立ったように何かを差し出してきたかの男神。

 何かと思って受け取ってみると、それは一つの物語(シナリオ)だったのです。

 

 なるほど、こんなふうに関わってくるつもりか。

 

 神々はそんなふうに思いながら物語(シナリオ)を検めてみると、さあ大変。

 なんと大冒険(キャンペーン)と呼ぶに相応しいものだったのです。それも勇者案件(ヒーローズクロニクル)に分類すべきレベルの。

 

 神々は悩みました。しかしやらないという選択肢はありませんでした。

 せっかく彼が用意してくれたものを無碍にはしたくないという思いは当然ありましたが、それ以上に大冒険(キャンペーン)を遊ぶ機会を逃したくないという思いでした。

 

 とは言えども、です。

 こういったものには相応の準備が必要なのです。

 

 相応しき時に、相応しき場所で。もちろんそこに至るまでの背景設定(バックストーリー)も忘れずに。

 

 そんなこんなで神々はその物語(シナリオ)を遊ぶために、あーだこーだと議論をしながら準備を進めていたのでした。

 気分はさながら前夜祭といったところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラリ。とある神が男神の様子を伺います。

 その一柱は次の遊び(ゲーム)進行役(ゲームマスター)をすることになっている神でした。

 今回の騒動の発端となった物語(シナリオ)を受け取ったのもその神でした。彼から古びた本を受け取り、サプリメントとして追加をしたのも。

 ある意味ではもっとも彼と付き合いのある神といっていいでしょう。五十歩百歩かもしれませんが。

 

 男神は、物語(シナリオ)を渡した後は再び元の状態へと戻ってしまいました。

 何を考えているのかわからない茫洋とした瞳で、じっと(せかい)を眺め続けています。

 しかしその瞳の奥底には、何かを期待するような炎が灯っているように見えました。

 仄暗い炎。しかし愉悦と称するには必死過ぎる。まるで懇願するかのような……

 

 

 そこまで考えて、首を振りました。

 彼が何を考えているのか、それはわかりませんし、問いただす気もありません。

 

 今回の事を彼も楽しんでくれたらいいな。

 

 ただそう思うことにしました。

 神といえども万能ではなく。《宿命》や《偶然》には逆らえず。

 世界がどうなるかなど、わかろうはずもないのですから。

 

 

 

 そこまで考えると辺りを見回しました。

 そして他の神々があーでもないこーでもないと話をしていてこちらを見ていないことを確認すると、大冒険(キャンペーン)物語(シナリオ)の重要なポジションにお気に入りの駒が配置されることを願って、その駒をサッと動かしたのでした。

 

 

 



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第4章 いつか辿り着く冒険者たち
Five years later -大人になった冒険者たち-


最終章開幕。

最終章はモチベーションを保つために、一話ずつ出来たら投稿することにします。


※注意!この話には、ダークソウルの世界観設定に関して、多分に作者の妄想や考察が含まれます。中にはこんなのダークソウルじゃない!みたいに思われる設定があると思われますが、広い心で受け止めていただければ幸いです。


 自分が誰で、ここがどこで、いつからここにいたのか、それは何もわからない。

 ただ、気付くと闇の中にいた。それだけはわかった。

 

 辺りを見回したのか、或いは見回さなかったのか、それは覚えていない。

 ただ、気付くと闇ではない何かが見えたのを覚えている。暖かくて、明るい何か。そこに向かっていったことは覚えている。

 

 そしてその何か、後に光と呼ばれるようになるそれの先には、世界が広がっていたことも覚えていた。

 

 灰色の巨岩、根を張る巨木。そしてそれらに負けぬほど巨大な怪物たち。

 世界は、怪物たちの楽園だった。

 

 自分が誰なのか。それはわからずとも、自分があれらのような怪物ではないことはわかった。

 

 ふと、怪物の一体と目があった気がした。

 それが何を考えているのかはわからなかった。

 

 ただ、奴らが自分を害そうとすれば、自分など一溜りもないだろう。

 

 それだけは、何の疑問を挟む余地もなく理解できた。

 

 

 

 だから、恐ろしくなって闇の中に逃げ帰ったのを覚えている。

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、夢を見た。

 子供の頃から見ていて、大人になるにつれ見なくなっていったいつもの夢。

 でも今日見た夢は、今までと違っていて……

 

 いつものように擦り切れ、色褪せたような映像。そしていままで見たことのない、見慣れぬ天井。

 体もいつものように動かず、指先が僅かに痙攣するように動く程度。思う様に呼吸ができず苦しさを感じた。

 

 

『どうしてオレじゃダメだったんだ』

 

 

 その苦しさに藻掻くように腕を上げようとした時、知らないはずなのに、何故か理解できる、そんな言語(ことば)を聞いた気がした。

 

 その言葉を最後に意識が闇に堕ちていくのを感じる。深く、冷たく、昏い闇の中に…………

 

 

 

 

 

 気付くと見知った天井が視界に広がっていた。いつものように明瞭で色鮮やかな風景。

 天井へと手を伸ばしてみる。体も特に問題なく動かせるようだ。

 僅かに開かれた窓から、春の暖かな日差しに暖められた心地よい風が流れ込んできていた。

 

 青年戦士は呆然としながらゆっくりと身体を起こす。

 

 

「この夢は、なんだ?」

 

 

 そして今まで幾度となく思いながら、答えの出なかったそんな問いを再び口にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「英雄、か……」

 

 

 朝の身支度を整えながら、青年戦士はそう独り言ちた。

 

 英雄になりたい。そう思い、そして諦めたのはいつだったろうか。

 

 朝見た夢のせいだろうか。青年戦士はそんなことを鬱々と考え続けていた。

 

 

(いや、やめよう。どうせ今更だ)

 

 

 カチャリカチャリ。装備を身に付け終わると共に彼は思索を打ち切った。

 朝の夢のせいで精神的には僅かに乱れを感じる。しかし数年に及ぶ冒険者生活のおかげか、朝の身支度は問題なく行われていた。

 

 武器良し、防具良し、荷物良し。

 

 最終確認を行い、問題なしと判断して兜を被ろうとして、

 

 

「おっと……」

 

 

 忘れ物に気付いた。

 

 やはり少し調子がくるっているのだろうか。

 

 そんなことを考えながら苦笑しながら頭を掻いた。

 

 

「行くか」

 

 

 忘れ物を身に付け、改めて兜を被り部屋を出る。

 部屋を出る彼の首には、鎖に通された銀のプレートが揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが冒険者になって五年程となるが、冒険者ギルドはあいも変わらずの様相を示していた。

 両開きの扉に、板張りのロビー。受付カウンターと冒険者たちの待合室。そして依頼張り出しの掲示板。

 朝の業務のために忙しそうに動き回るギルド職員、依頼張り出しを待つ冒険者たちの騒めき、ガチャガチャと装備がぶつかり合う金属音。

 いつ来ても、何年経っても変わらない。

 

 

「……」

 

「どうかした?」

 

「いや……」

 

 

 しかし変わらぬものがある反面、やはり変わりゆくものも当然あった。

 

 

「見慣れない顔が増えたなと思ってな」

 

「ああ……」

 

 

 人の顔ぶれはだいぶ変わりつつあった。

 

 目に映る人の中に、辺境最強を謳われた槍使いとその相方である魔女の姿はない。

 辺境最高と称された一党も、もういない。

 冒険者になってから散々世話になった受付嬢も新しく派遣されてきた新人に変わっていた。

 

 

「しょうがないんじゃない? あたしたちもいつの間にかこんなところにいるくらいだし」

 

 

 女武闘家がグルリと周りを見回してそう言った。

 彼女が言ったこんなところというのは待合室の中心のテーブル(自分たちのいる場所)のことだ。

 かつては待合室の隅に陣取っていた彼らだが、冒険者としての階級が上がるにつれ依頼は高難易度化、それに伴い遠出をしたり依頼が長期間化していき、冒険者ギルドに戻ってきたら既にそこには別に冒険者が陣取っていたという状態が頻発、仕方ないからと人がいない場所へと流れていった結果、今の場所に行きついたのだった。

 

 そんなことを思い出していると女武闘家がニンマリと面白そうに口の端を上げる。

 

 

「それにあたしたちも人の事は言えないでしょ? ね、『銀 騎 士(ナイト・オブ・シルヴァー)』?」

 

「うぐっ!」

 

 

『銀騎士』。それは五年に及ぶ冒険者生活の果てに呼ばれるようになった、青年戦士の異名だ。

 異名の由来は、彼の愛用する鎧にあった。

 青年戦士はその名の示す通り、白く輝く銀色の全身鎧を纏っている。製作者はかつて牧場防衛戦の後冒険者を引退した、青年戦士達と同期だった男だ。

 彼は引退した後故郷へと戻り、そこから鍛冶師へと弟子入りしたという。冒険者としては目の出なかった彼だが、鍛冶師としては天賦の才があったのかメキメキと頭角を現し、数年の修行を経てついには店を構える事すら許されたという。

 そして店を構えるにあたり、軌道に乗るか不安に思った彼は、

 

 

「宣伝のための広告塔になってくれないか」

 

 

 という話を青年戦士に持ってきてこれを青年戦士が快諾。そうして作られたのがこの鎧だった。

 ちなみに銀騎士というのはこの鍛冶師の名づけだったりする。以前名を馳せた英雄である『金 剛 石 の 騎 士(ナイト・オブ・ダイアモンド)』に肖ってつけたという。青年戦士が、同じように活躍をできるように願って。

 

 

 なお呼ばれている当人としては、身の丈に合わないとあまり歓迎していない。

 

 

 

「……ああそうだな。おまえも『精霊女王(ティターニア)』って呼ばれ始めるぐらいだもんな」

 

「うっ!」

 

 

『精霊女王』。それが女武闘家に付けられた異名だ。

 

 風のように迅く、水のように流麗に、岩のごとき硬さの拳を持ち、炎の激しさでもって敵を討つ。あらゆる精霊を統べ、加護受けし精霊女王。

 

 そうどこかの吟遊詩人が謳ったことによって広がっていった異名だ。もちろん彼女はそう呼ばれるに相応しい実力も備えているが。

 あとはその身に纏う戦闘衣(バトルクロス)もその名の広がった理由だろう。

 冒険者になりたての頃はただの布の道着を着ていた彼女だが、現在は鮮やかな緋色の衣をその肢体に纏っていた。あちこちを金糸の刺繍や飾り紐で縁取られたその衣は、異国のドレスのようにも思えるかもしれない。彼女の美貌も合わさり、さながら旅一座の踊り子や異国の令嬢のようにも見えることだろう。

 もちろんただ美しいだけの衣ではない。

 魔法を込められた糸で織られた布で仕立てられたその衣は羽のように軽く、それでいて鎖帷子程度の防御力を誇る逸品だ。

 

 

 なお彼女も『精霊女王』と呼ばれることをあまり歓迎はしていないようだ。

 

 

 

「はいはい。それくらいにしときなさい」

 

 

 苦笑しながら女魔術師が制止の声を投げかける。

 彼女もこの五年で大きく印象が変わったと言えるだろう。

 といっても容姿や格好に大きな変化があったわけではない。

 大きな変化といえば、魔法発動体の杖だろう。出会った当初は賢者の学園を卒業した時に賜ったという柘榴石の杖を装備していたが、現在は白皮の木の枝を纏めたものを杖として携えていた。この杖はかつて魔術で栄えた古の亡国にて使われていたという魔術杖だ。かつての冒険の折りに手に入れたもので、より強力な魔術が使えるようになるということで彼女の愛用となったものだった。

 装備の話で言えば、あとは腰に備えた鞭だろうか。店売りの革の鞭だったのが、討伐した魔獣の皮革を使用した物に変わっていた。

 

 外見も大きく変わったわけではないが、それでもかつての彼女を知る者であれば、その目を見て驚くかもしれない。

 勝ち気に輝き、炎のように揺らめいていた瞳は、今は落ち着きを得て凪いだ湖面の趣を表していたのだから。

 だからといって、それを見て自信を喪失したと考える者はいないだろう。その瞳には知恵者特有の深みと余裕、そして自信が見て取れた。

 

 

 その証拠だろうか。彼女は『大魔導士(アークウィザード)』と呼ばれていた。

 

 

 

「夫婦円満は喜ばしいことだけどにゃー♪」

 

 

 盗賊商人も茶化す様に声を掛けてくる。

 彼女はこの五年で大きな変化はなかった。強いていうなら装備のあちこちに収納用のポーチが増えたくらいだろう。

 容姿も大きくは変わっていない。多少残っていた幼さが消え、大人の女性として完成を見たくらいだろう。

 

 彼女が変わった点で語れば、社会的な立場だろうか。

 冒険者と二足の草鞋で続けていた商人としての評価は大きく上がっていた。

 

 冒険者をする上で様々な人と関わり続けた結果、下は農村の村人から上は貴族まで様々な人脈を築くことに成功。そしてその人脈を使って冒険中に思いついた道具や、冒険で手に入れた製法書などに記された道具を制作、売りに出して冒険者や旅人を中心とした市場に名を馳せていた。

 

 もちろん冒険者としても、混沌に堕ちた魔術師を隠密(ハイディング)からの背面打突(バックスタブ)で葬る『暗殺者(アサシン)』として一角の人物として知られていた。

 

 

「「夫婦じゃない!! ……まだ」」

 

 

 ちなみにこの五年で青年戦士と女武闘家の関係も順当な結果として──当人たちにとっては紆余曲折を経て──恋人へと進展していたりする。

 

 

 

「……正直『顔なし野郎(ノーフェイス)』とかの方がマシだぜ」

 

「コラ! ……まあ、わかるけどさ」

 

 

『顔なし野郎』も青年戦士の異名……というか、蔑称だ。

 冒険者は基本的に顔を売るために兜等の装備はしない。そんななかで兜を装備する者というのは、名声に興味がない変人か、自分に自信がない人間かと思われる。更に彼の一党は、彼を除けば見目麗しい美女という事もあり、一部の冒険者からやっかみを込めてそう呼ばれていた。

 

 

「わかってるよ。俺はお前たちの頭目だ。情けない姿は晒さんよ」

 

「わかってるなら、よし!」

 

 

 

 

 

 

 彼らがそんなふうに会話をしていると、

 

 

「あら? 久しぶりね、あなたたち!!」

 

 

 そう話しかけてくる人物がいた。

 

 変わりゆく人々の中に在りて、まるで変化の見えない人物。神の創りたもうた完成された造形の美貌の持ち主。

 

 ゴブリンスレイヤーの仲間だった妖精弓手だ。

 

 

 そう。”だった”だ。

 ゴブリンスレイヤーという冒険者は、数年前に冒険者を引退した。

 といっても、別に病気や怪我によるものじゃない。ありがちな、”結婚を機に”というやつだ。

 

 お相手は、彼の幼馴染である牛飼娘。

 

 男性であるゴブリンスレイヤーは年齢を重ねてもあまり問題はない。冒険者として、在野最上位に至った彼ならばその後の人生も安泰だろう。……当人がそういう在り方をどう思うかはともかくとして。

 

 しかし女性である牛飼娘の方はそうもいかない。

 

 生涯独り身の女性というのもいないではない。しかしそういう人は、人生の中で何らかの瑕疵を負った人か、あるいは当人の人間性に問題があり貰い手がいないかだ。実情はともかく、世間的にはそう見られてしまう。

 彼女の叔父である牧場主は、自分の姪がそんなふうに見られるのは流石に許容できなかったらしい。老い先短い自分の年齢の問題もあったのだろう。

 自分の姪と、居候の青年の仲がこれ以上の進展を見込めないと思ったのか、彼女に縁談を勧めたという。

 牛飼娘の方も、牧場主は親族とはいえ、自分が居候の身分であること。自分の年齢の事。なにより、大恩ある叔父に安心してほしいと思い、その話を受けるつもりだったという。

 詳しくは知らないが、ゴブリンスレイヤーもその決定を受け入れようとしていたらしい。

 

 そこに待ったをかけたのが青年戦士たちの友人であり、ゴブリンスレイヤーの仲間であった女神官だ。

 

 その話をどこかから聞いた女神官が、ゴブリンスレイヤーを呼び出し、説教をしたのだ。

 ゴブリンスレイヤーも自らの行いの正当性を主張していたらしいが、彼はあまり弁が立つ方ではない。

 逆に女神官は冒険者や聖職者として沢山の人々と接することで交渉の腕は十分磨かれていた。その交渉の技でもって彼の言葉を片っ端から叩き潰していったのだ。

 

 それでもなお渋るゴブリンスレイヤーの、

 

 

「……俺がゴブリンを狩らねば誰が狩るんだ」

 

 

 という最後の言葉に対して、

 

 

「私が狩ります。あなたの後は、私が継ぎます。だから、あなたはあなたができる事を……いえ、あなたにしかできない事をしてください」

 

 

 そう言って、ゴブリンスレイヤーを完全に黙らせた。

 

 

さまようよろい(呪いの装備)がついに地母神官に解呪(ディスペル)された」

 

 

 あの時の出来事は、未だにそう酒の肴の語り草になっている。

 現在彼は、牧場主から牧場を継ぐために、夫婦揃って修行の日々を送っていると聞く。

 

 

 

 ちなみに女神官がその後どうしたかというと。

 流石に後衛一人でゴブリン退治は厳しい。が、そこは既に神殿内で立ち位置(ポジション)を確立をしていた女神官。神殿に働きかけ、小鬼禍(ゴブリンハザード)の被害者から有志を募り、小鬼退治部隊(ゴブリンバスターズ)を組織、彼女はその教導役としても活躍していた。

 既に成果も上がり始め、地母神への入信者も増え始めているということを受け、各地でも同様の組織の設立も計画されているとか。

 

 青年戦士達も軌道に乗るまで、戦闘訓練等で協力をしていたものだ。

 

 

 

「そういえばあなたたち、こないだまで違う街に行ってたのよね? だったら最近噂になってる話って知ってる?」

 

「噂?」

 

 

 当時の事を思い出していると、妖精弓手が思いついたようにそんな事を聞いてきた。

 

 

「えーっとなんだったかな? 確か”薪の王”とかいうのがどうたらこうたらとか……」

 

「ああ……」

 

 

 思い当たることがあったのか、女魔術師が納得したような声を漏らした。

 

 

「それってあれですよね。薪の王が復活するってやつ」

 

「そう! それ! 何か知ってる?」

 

「確かどこかの学者が言い始めたことらしいんですけどね。えーっと、そう。”薪の王が蘇る。其は遍くを照らし、全てを闇に沈める者なり”だったかしら? ただおおよそ与太話扱いされてましたよ」

 

「え!? そうなの?」

 

「まあ……照らすのか、闇に沈めるのか、どっちだって話ですからね。秩序の者なのか、混沌の者なのか、それすらも判然としませんし」

 

「なーんだ。もしかしたら大冒険(キャンペーン)の始まりかもって思ってたんだけどなー」

 

 

 妖精弓手は女魔術師の話を聞いて、興味をなくしたように空を仰いだ。

 

 

「薪の王……」

 

 

 青年戦士は気付くとそう呟いていた。

 その噂というのは聞いたことがない。しかし、青年戦士はその名には聞き覚えがあった気がした。

 

 

「薪の王……薪の王……?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、その名を聞いた覚えがあるような……?」

 

 

 しかし、いくら思い出そうとしても記憶の取っ掛かりすら掴めない。だが擦り切れたような記憶の彼方の霧の中に必ずあったという確信もまたあった。

 

 

(いや、擦り切れた記憶……? もしかして、またあの夢に関係があるのか……?)

 

 

 もっとまじめに考えておいた方がよかっただろうか。

 

 そんなふうに思うも、どうせ手掛かりは何もない。結局は何も変わらなかっただろう。

 

 

「そういえばあなた達、受ける依頼ってもう決まってるの? よかったら一緒に受けない?」

 

 

 妖精弓手がそう誘いをかけて来る。悪くないお誘いだが。

 

 

「残念。今日はもう受ける依頼が決まってるんです。それも指名依頼で」

 

 

 指名依頼。

 特定の一党に対して発行される依頼であり、原則余人が介入することは推奨されないものだ。

 中には知り合いや、応援する一党に対する支援目的で依頼を出す依頼人もおり、そういう場合は他人が混じっても目溢しされる時はあるものの、大体はその一党の実力や信用を恃んで依頼される物だ。

 当然失敗は許されない。依頼の中の出来事には秘密も含まれるものもある。自分たちの信用にも関わってくる以上、他人を関わらせるべきではないし、関わるべきではない。

 

 

「あらら。……ちなみに、どんな依頼かは聞いても?」

 

「大丈夫ですよ。指名依頼って言っても護衛依頼……研究者が遺跡を調査したいから護衛してほしいって話ですから」

 

 

 そう言って女魔術師は荷物から依頼書を取り出す。

 

 

「場所は……あら?」

 

「どうした?」

 

「いえ……気付いてなかったけど、ここって『棄てられた砦街』の奥にあったっていう遺跡じゃない?」

 

 

 そう言われ、依頼書をのぞき込む。言われてみれば確かにそのあたりだと思った。

 

 

「遺跡の名は……」

 

 

 

 

 

 

『火継ぎの祭祀場』

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 闇の中に逃げ帰り、どのくらいたった頃だろうか。

 外への光以外に光があることに、闇の奥深く深くにソレがあることに気付いた。

 気付くと惹かれるように歩き出していた。

 

 ソレに感じるのはなんだったろうか。望郷、郷愁、懐古。いずれにせよ、否定的なものではなかったのは確かだ。

 果て無き闇の中、唯々ソレを(しるべ)とし足を進める。

 

 

 

 辿り着いた先にあったのは『(ひかり)』だった。

 

 

 

 ソレを見た時、何の根拠もなく思った。自分は、自分達はアレから生み出されたのだと。

 

 吹き付ける熱。それを感じた時、自分の中にも同じものを感じた。

 

 燃え盛る力。暖かな熱。目が眩むほどの輝く魂。それは、外の怪物達にも勝るとも劣らないと確信できた。

 

 これならば。

 

 そう思い、余裕ができたせいだろうか。周りに気配があることに気が付いた。

 

 自分より大きい者、自分より小さい者、そして自分と同じくらいの者たち。

 

 その者達にも、自分と同じ輝きを感じた。

 

 自分と同じくらいの輝きを持つ者が二人。自分達には劣るが、それなりの輝きを感じさせるものがちらほらと。

 

 そして、なんの力も感じさせない、光放たぬ魂(ダークソウル)を持つ子供たち。

 

 自分達は良いだろう。この力があれば、あの怪物達とも戦える。

 だが、この子供たちはどうなる? 間違いなくあの怪物達の爪牙に掛かり、ただ儚く散ることとなるだろう。

 

 だから、こう思ったのだ。

 

 

 

 守護(まも)らねば。

 

 

 

 

 




ゴブリンスレイヤーの去就について。

ゴブリンスレイヤーというキャラクターは専ら復讐者として扱われていますが、その根底にある心情は、罪悪感だと私は思っています。
もちろん復讐心があるというものはあると思ってはいます。ただ、それだけの男ではないというのもまた事実だと思います。

彼がゴブリンに対する復讐心で身を焦がすのは、自分の罪悪感に押しつぶされないため。
ゴブリン退治という実入り少なく、名誉も得難く、それでいて危険度の高い仕事しかしようとしないのは、怠惰によって故郷や家族を見殺しにした自分に対する罰。
そして、犠牲になった人たちのための鎮魂。

彼の行動理念はその辺にあるのだと思ってます。

ただ、これらの心情はどこまでいっても自己満足しか生みません。
一応行動自体は他者に利するところはあるとはいえ、それはすべて副産物、ゴブリンスレイヤーにとっては自分のあずかり知らぬところで発生しているものにすぎず、誇るものではないと思っていると思います。

そしてそれらは、果たして恩人の牛飼娘や牧場主のことをないがしろにしてまでするべきことか。

というあたりを女神官が突き回したという感じになります。

ゴブリンスレイヤーのなかで牛飼娘との結婚は、”ゴブリン退治を行い続けるという罰”の代替行為、”恩人に対する奉仕活動”ということになっています。
一応、名目上は、ですが。


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The land of the beginning and the end -最初の火の炉-

 (くに)を創ろう。

 それが、子供たちを守護るために己達が出した結論だった。

 そのためにも、やはりあの怪物たちが邪魔だった。故に。

 

 己は力ある者達の中の男達を集め軍勢を組織した。

 己と同等の力ある物の一人である女は、力ある女達を集め、戦う術を与えた。

 そして、もう一人はその身に宿る悍ましき力を持って戦った。

 

 怪物が爪牙を振るい、炎を吐く。

 己が刃を振るい、雷を操る。

 女が遠間から炎の術を放つ。

 今一人が死の瘴気を解き放つ。

 

 怪物が倒れ、同胞達が斃れ、世界が壊れる。

 

 

 

 一進一退の攻防が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 荒野に現れたその遺跡。初めて見たはずなのに、青年戦士は既視感を禁じえなかった。

 割れた石畳。苔むし倒れた柱。崩れ落ちた石組みの建造物。

 夢の中の冒険で拠点としていた遺跡。といっても、全てが同じという訳ではない。

 夢の中の遺跡は崖際にあったが、ここは荒野の真ん中に建てられている。窪地となっている円形の広場はあれど、その中央にあったはずの剣の突き立った焚き火のようなものは存在しなかった。

 

 

「ここが……」

 

「うむ。ここが火継ぎの祭祀場じゃ」

 

 

 そう答えたのは今回の依頼の依頼人である研究者の老爺だ。

 研究者然としたローブを纏い、鼻にちょこんと小さな眼鏡を乗せている。頭にも博士帽を乗せているが、あまり容姿に気を使っていないのか髪の毛やヒゲは如何にも無精といった有様。慢性的に睡眠が足りていないのか、鋭い目元には濃いクマが浮かび不健康そうな印象を抱かせる。しかし目の奥にはギラギラとした光を湛えており、近寄りがたい威圧感を放っていた。

 研究用の道具だろうか。大荷物をその背に背負っている。何に使うのか、布に包まれた長い棒状の何かが印象に残った。

 

 

「といっても、今日調査するのはここではないがの」

 

 

 老爺そう言うと、冒険者達には見向きもせずに遺跡の奥へと歩を進めた。

 

 

「ちょっ……あーもう、行くぞ」

 

 

 青年戦士は老爺を思わず呼び止めようとするが、すぐにその矛先を仲間達に変えた。こういうタイプの人間は人の話を聞こうとしない。それを彼は今までの経験から学んでいた。

 老爺に追いつくとあらかじめ決めていた隊列を組む。

 辺りの警戒をしつつも青年戦士は老爺の向かう先に思いを馳せていた。

 

 

「ここじゃ」

 

 

 そう言って老爺は足を止めた。青年戦士は辿り着いた場所に、やはりと思った。

 

 そこは底が見通せないほど深い穴だった。その穴は不自然なほどに奇麗に四角くなっていた。まるで、地面に巨大な扉を取り付けていたかのように。

 その穴の淵には本当に底まで続いているのか疑いたくなる縄梯子が掛けられていた。

 

 

「この下が目的地じゃ。さっさと行くぞい」

 

 

 

 

 

 

 

 ギシリ。ギシリ。

 右へ左へ、重心を揺らしながら足と手を黙々と動かしながら縄梯子を下る。

 こういう時、上は見ない。下りてきた道程の長さにうんざりするから。下も見ない。恐怖に体が竦み、動けなくなるから。

 ただ黙々と、前だけを見て下りていく。

 

 カツン。

 どれほど下りてきたことだろう。不意に金属音が耳朶を叩いた。ぼんやりとしていた意識がはっきりとする。

 

 どうやら地面に着いたようだ。

 

 ふと上を見てみると、遥か上の方に僅かに光が見える。梯子を下りていた時間はほんの数分のようにも思えるし、数十分は下りていたようにも思えた。

 

 これが噂に聞く、升目(ヘックス)を超えるという奴だろうか。

 

 そんなふうに思える程に、地上が遠くに思えた。

 

 

「ようやく着いたの」

 

 

 いつの間にか老爺も下りてきていた。かなりの距離を下りてきたはずだが、特に疲れた様子はない。

 

 

「ここが、目的地。『最初の火の炉』じゃ」

 

 

 

 一歩そこに踏み出す。再び青年戦士に既視感が走った。

 導かれるように足元の地面を一掴みする。開かれた手のひらから零れ落ちていくそれは。

 

 

「……灰、か」

 

 

 地下とは思えないほど広大な空間を見渡す。そこには、見渡す限りの灰の海があった。所々に焼き尽くされた巨大な生物の骨とも、かつての人工物とも思える遺物が突き出している。

 荒涼にして茫漠、それでいて神秘的。そんな世界が広がっていた。

 

 

「不思議よね。地下なのにすごい明るい」

 

 

 女武闘家が用意していたランタンを仕舞いながらそんなことを言う。言われてみれば、確かにと今更ながらに異常に気付いた。

 

 

「……いや違うな」

 

 

 同意しようと口を開いた時、再び既視感が走る。いや、これを既視感と呼んでよいのだろうか。

 青年戦士は気付けば、否定の言葉を漏らしていた。 

 

 

「ここは明るいんじゃない。暗くないんだ」

 

「なにそれ?」

 

 

 女武闘家が怪訝そうな声を漏らした。口走った青年戦士もその意図を説明できる気がしない。しかし、この考えが間違っていないという、確かな確信があった。

 

 

「ほう。よくわかったの。それとも、知識神から啓示(ハンドアウト)でも受け取ったのかの?」

 

 

 そう答えたのは、依頼人である老爺であった。

 

 

「その通り。ここは明るいのではなく、暗くないというのが正しい」

 

「えーと? それはどういう……」

 

 

 女魔術師も興味があるのか、老爺に問いかけた。

 

 

「ほっほ! どれ一つ講義でも、とも思うが、とりあえず進まんか?」

 

 

 隊列を組み護衛を再開する。

 隊列は、老爺と女魔術師を中心に据え、残りの三人でその周囲を三角形に囲む形だ。前後左右、どこを襲撃されたとしても、そこを守る者が一当てして時間を稼ぎその間に態勢を立て直す構えだ。

 

 辺りを警戒しながら武具を検める。

 左手には竜の紋章が刻まれた盾。火を操る竜の紋章を刻むことにより、炎の災いを防ぐ加護を所持者に与える魔法の盾。

 右手には古ぼけた長剣(ロングソード)。駆け出しのころに依頼人から譲り受けた物。あれから数多の冒険を経て、炎の魔剣や雷の槍など、魔法の武器なども手に入れてきたが、結局使い勝手の良さから愛用し続けている相棒と言っていい剣だ。元は店売りのなんの変哲もない一品だったが、可能な限りの手を入れることにより、今では見かけに合わぬ逸品と言っていい代物になっていた。

 そして腰には予備武器(サブウエポン)である戒めの短剣。これもほぼ武器としては使っていないが、それでも可能な限り手を入れて強化していた。

 

 

「さて……まずは”火の時代の創世”から語るべきかの」

 

「創世?」

 

「うむ。儂らの住むこの四方世界そのものは神々によって作られたと言われておる。しかし今──現代に対して、遥か過去の時代を神代と言うように、今までにいくつも文明や世界が興っては滅んでいると言われておる。火の時代はそのひとつじゃな」

 

 

 老爺は一つ咳ばらいをする。

 

 

「火の時代……それは、混沌の闇から始まった」

 

 

 老爺の口から紡がれるは、偉大で、壮大で、そして悲哀に満ちた、今に続くことができなかった、終わった物語。

 

 

 

 世界は闇に包まれていた。ある時その闇に『(闇でないもの)』が生まれた。

 

 生まれた(ひかり)は闇を照らす。そして世界が生まれた(分かたれた)

 

 まず世界の土台となる灰の巨岩が生まれた。次に岩でないもの、巨木が生まれた。そして、物でないもの、(ソウル)持ちし生物(怪物)が生まれた。

 

 そして、怪物でないものたちとして、人間が生まれた。

 

 

 人間と怪物は争いを始める。怪物は己の縄張りを守るため。人間は己の生きる場所を得るために。

 

 争いは、紆余曲折を経て人間の勝利で終わった。 

 

 

「そして始まった人間による支配の時代こそが火の時代、というわけじゃ」

 

 

 しかし人間の時代はいつまでも続かない。いや、世界そのものが、というべきだっただろうか。

 

 火とは燃やすもの。燃料なくして燃え続けることはできない。そしてその燃料とは、闇であった。

 

 闇を暴くことにより闇が減り、闇を燃やすことで闇が減る。そして闇は無限ではなかった。

 

 闇が火によって照らされることによって生まれた世界は、火が陰ることにより終わりを迎えようとしていた。

 

 

「もちろん人間もただ滅びを待っていたわけではないわけだが……どうしたと思う?」

 

「え? えっと……」

 

 

 聞き手となっていた女魔術師が答えが思い当たらず言い淀む。

 

 

「……燃料を、継ぎ足した?」

 

 

 再び青年戦士の脳に既視感が走り、自然と言葉を漏らした。

 

 

「ほう……正解じゃ」

 

 

 老爺はそう言うと再び物語を紡ぎ始める。

 

 燃料がなくなったから火が消えようとしている。ならば、燃料を継ぎ足せば火は再び勢いを取り戻す。道理であった。

 

 ただ問題は、なにを燃料としたのかだ。

 

 

「継ぎ足す燃料としたのは人、或いは世界じゃ」

 

「人? 世界? それはどういう……?」

 

「生贄、てことですか? でも世界?」

 

 

 闇から生み出された世界、あるいは人もまた、燃料としての性質を孕んでいた。

 

 故に人間は燃料──(ソウル)を搔き集め始めた。そして集めたそれを薪として火に投じることにより、世界は延命に成功する。

 

 

「この儀式こそが、『火継ぎ』」

 

「火継ぎって……あの遺跡の名前?」

 

「左様じゃ」

 

 

 しかしそれも長くは続かない。当然だ。元となった闇も有限であったのに、それから生まれた世界が無限であるはずもない。

 

 初めは天を突くほどの巨木の如きだった薪は、次第に小さくなっていく。

 

 巨木だったものがただの木へ。ただの木だったものがその木の枝ほどに。それすらもなくなってしまえばそこらに生えているような雑草へと薪の質は落ちていく。

 

 

「最後に火へと投じられたのは、燃料として全く適さない灰だったという」

 

「灰? どういう事です?」

 

「さて、の。そのへんはまだ研究中でな。伝承は見つかってはいるが、まだ詳細はわかっておらんのじゃ」

 

 

 だからこそ、今回の依頼という訳じゃ。

 

 老爺はそう言って話を締めた。

 

 

「……ところで、ここが明るいんじゃなくて、暗くないっていうのは?」

 

「……おお。たしかそういう話じゃったの」

 

 

 そう言うと老爺は振り返った。そこには今まで歩いてきた灰の世界が広がっていた。

 

 

「今までの話でなんとなくわかるかもしれんが、ここが火の時代の始まりにして終わりの地。最初の火の炉。火の時代を産み出した、最初の火はこの最奥にあったと言われておる。そして、先の話のように、ここにあった闇はすべて、世界を産み出すために焼き尽くされた。故にここに闇はなく、暗くないという訳じゃな。……まあ、そういうものだと思っておけばよいわ」

 

 

 そこまで話すと老爺は一息ついた。

 

 

「流石に歩きながら話通しで疲れたわい。少し休憩にせんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 休憩を終えて程無く、彼らは最深部に辿り着く。

 青年戦士の脳裏に既に幾度目かわからない既視感が走る。

 そこはやはりと言うべきか、夢の旅路の最果ての地であった。

 洞窟のような広間のそこは、床も壁も一面真っ黒になっている。夢の中では気付かなかったが、あれは炎に焼かれた跡だったのだろうか。

 ただ、ここに待ち受けているはずの古き王の姿はない。道中守護していた黒騎士たちがいなかったように。

 

 

「さて……」

 

 

 青年戦士がしばしぼうっとしていると、いつの間にか老爺が広間の中央へと足を進めていた。

 荷物から一際目立っていた布に包まれていた棒状のなにかを手に取ると、その布を取り払った。

 

 

「あれは……っ!?」

 

 

 その布の中から現れたのは、根元の捻じれた剣だった。間違いでなければ、あの夢の中で幾度となく見たあの焚き火のようなものに突き立っていたものと同じもの。

 

 何をするつもりなのか。

 

 何気なく老爺の背中を見つめていた青年戦士の背筋に、突如緊張が走る。

 

 

「ちょっと待て……」

 

 

 青年戦士が老爺の背中にそう投げかける。しかし老爺はその歩みを止めない。

 

 

「何をするつもりだ……?」

 

 

 背筋を走る緊張は、悪寒は止まらない。むしろ老爺が歩を進めるごとに強くなっていく。

 

 老爺は広間の中央に辿り着くと、その手に持つ剣を地面へと突き立てた。

 老爺が突き立てた剣に手を翳す。そこに至り、ようやく老爺は青年戦士の方へと振り返った。

 その視線には、侮蔑の感情が込められていた気がした。

 

 

目覚めよ(BONFIRE LIT) 

 

 

 その言葉に呼応するように、剣の突き立てられた地面から炎が吹きあがる。

 

 

 

『オレは、英雄になりたかった』

 

 

 何故だか、そんな言葉が青年戦士の脳裏によぎった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 戦況は次第に己達の方へと傾いていった。

 怪物どもは確かに強大な存在だった。個としての力は、確かに己達より大きい。しかし数は己達の方が上だった。

 己達は一対一では敵わずとも、数を恃みとすれば打ち勝つことができた。

 また、どういうわけか斃れた仲間達の一部が再び立ち上がり、いま一人──死の王の配下として戦列に加わるようになったのも追い風となった。

 こちらの数は減らず、あちらは減っていく。己達の快進撃は続いていく。

 

 しかし、それもいつまでもとはいかなかった。

 

 怪物達の本拠地と見られる場所に近づくにつれ、戦いは激しさを増していった。

 強い怪物達が現れるようになった、というのは一つの要因であったが、それ以上に怪物達が倒れなくなっていたのが原因だった。

 

 どういうことなのか。

 己達は一度退き、原因を探る。そして怪物達の秘宝と呼ばれる物が、奴らに無限の生命力を与えていることを突き止めた。

 

 あれをどうにかしない限り、己達に勝ちはない。

 

 さてどうしようか。そう頭を悩ませている時だった。

 

 異形の姿をした同胞という、ちぐはぐな存在が己達の前に現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 



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Last Ash‐薪の王‐

物凄く難産だった…


 異形の同胞の協力を得て、我らは怪物達に勝利することができた。

 怪物の多くは駆逐され、残った奴らもどことも知れぬ場所へと逃げていった。

 差し当っての平穏を我らは手に入れることができた。

 

 

 そして平穏を機に、我らも袂を分かつこととなった。

 

 

 我は子供達を見守るために天に国を築くことにした。

 

 魔女は子供達の近くで力となるために地下に国を創ることになった。

 

 そして死の王も命尽きた者達のための安息を約束する死者の国を治めることとなった。

 

 頼りとなる仲間がいなくなるのは少し不安を覚える。

 しかしそれ以上に未来への希望に胸が高鳴る気分だった。

 

 

 

 穏やかで暖かい蜜月の日々が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ……フハッハハハァ!!!」

 

 

 吹き上がる炎の柱を前に老爺が哄笑を響かせる。

 初めは噴き出す様に。それが抑えきれず漏れ出すような笑いへと変わり、ついには隠す必要などないとばかりの哄笑へと変わっていく。

 それはさながら、闇に隠された物が『(ひかり)』に暴かれるかのようであった。

 

 

「な、なに!? なにをしたの!?」

 

 

 女魔術師がそう声を上げた。

 その言葉に老爺がこちらへと向き直る。その顔には様々な感情が浮かんでいた。

 

 歓喜。侮蔑。愉悦。苛立ち。興奮。焦り。

 

 名状しがたき表情。ただ、それでも表情を評するとするならば、混沌。

 混沌に堕ちた研究者の姿がそこにあった。

 

 

「なにをした? なにをした、だと? 冒険者風情が、この儂に舐めた口を利きよって……。じゃが、今の儂は寛大じゃ。許してやろうじゃないか」

 

 

 そう言うと老爺はまるで見せびらかす様に大きく両腕を広げた。

 

 

「これは、復活の儀式。薪の王の復活の儀式じゃ。ここには最初から危険などない! 貴様らは、この儂の偉業の証人として呼びつけてやったのじゃ!!」

 

 

 老爺は再び高らかに哄笑を響かせる。

 

 

「……?」

 

 

 青年戦士はその笑いに違和感を感じた気がした。

 まるで子供が本当は悲しいのに、強がって笑い飛ばしているような。

 そんな気配を感じた気がした。

 

 

「薪の王……? それって与太話って話じゃ……?」

 

 

 女武闘家がそう疑問を漏らす。

 その声が聞こえたのか、老爺がギロリと目を彼女へと向けた。

 

 

「与太話じゃと!? 戯けぃ!! 薪の王は確かに存在するのじゃ!! なぜそれがわからん!?」

 

 

 老爺が突然堰を切ったように怒鳴りつけてきた。

 

 

「どいつもこいつも、この儂を嘘つき呼ばわり! あまつさえボケ老人じゃと……? バカにするでないわ!!!」

 

 

 老爺はしばらく息を荒げていたが、程無く大きく息を付いた。

 

 

「……まあよい。何が正しいのかは、すぐにわかる!!」

 

 

 その言葉を最後に再び老爺が火柱の方に向き直る。気付けば、火柱の中に何かの影が揺らめいていた。

 

 

「見るがいい! この儂の偉業を!! そして!」

 

 

 その言葉に呼応するように火柱が収まりはじめ、揺らめく影が確かな像を結び始めた。

 

 

「薪の王の復活を!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──は?」

 

 

 炎の中から現れた存在を見てそんな疑念に満ちた声を漏らしたのは誰だっただろうか。

 

 

「あれが……薪の王?」

 

 

 炎の中から現れたのは、輝かしき装備を身に纏い、威厳に満ちた王と称するに相応しい存在、ではなかった。

 その存在は今しがたの炎に巻かれた故か、はたまた最初からそうであったのか、焼け爛れ歪んだ騎士甲冑を纏っていた。頭部にも異形の王冠のようなフルフェイスの兜を被っており、その姿からは男か女かもわからない。

 立ち姿も猫背のように俯き、威厳とは程遠い。むしろ疲れ果て項垂れている苦労人と言ってもいいかもしれなかった。

 いずれにせよ、王と呼ぶにはあまりにも見窄らしい姿であった。

 

 

「なんじゃ貴様は!?」

 

 

 老爺の怒声が広間へと木霊する。

 

 

「儂は薪の王を呼んだのじゃ! 貴様のようなどこの馬の骨ともわからん奴を呼んだわけではないわ!! 薪の王とは、もっと偉大で、優雅で、雄々しくて……」

 

 

 彼の理想なのだろうか。思う限りの美辞麗句を並べる老爺の怒声が広間に木霊した。

 騎士甲冑を纏う誰か──違うのかもしれないが、薪の王はそれを聞いているのかいないのか。微動だにせずに立ち尽くしたままだ。

 

 

「えーっと……どうしよっか?」

 

 

 女武闘家が気が抜けたように青年戦士に問いかけた。他の仲間達もどこか弛緩したような雰囲気を漂わせている。

 青年戦士としてもどう対応するのが正解なのかはわからない。とりあえず、老爺に声を掛けようとした時だった。

 茫洋と立ち尽くすだけだった薪の王の手がピクリと動いた気がした。

 

 

「!! おい! 離れろ!!」

 

「離れろ!? なぜこの儂が貴様なんぞに指図されなければならん!?」

 

 

 完全に頭に血が上っているのか、無警戒に冒険者達の方へと振り向く老爺。

 

 

「どいつもこいつも儂をバカにしおって! この儂を誰だと思っている!? 儂は薪の王を復活させる偉大なぁ!???」

 

 

 老爺の怒声が突然驚愕の声に変わる。当然だろう。突然自分の胸から剣が突き出すような目にあって驚かない奴はいない。

 

 何が起きたのか。青年戦士達はそのすべてを見ていた。

 

 薪の王が地面に突き立てられていた螺旋の剣を引き抜き、その剣で持って老爺を何の躊躇もなく背後から貫いたのだ。

 

 

「ゴホッ!? ナニが!? グゲッ!?」

 

 

 薪の王はそのまま老爺を蹴り飛ばし、剣から老爺を引き抜いた。

 

 

「わし、は……」

 

 

 老爺がなおも言い募ろうとするように僅かに言葉を漏らし、動きを止める。

 薪の王の復活を企んだ老爺は、その言葉を最後にあっけなく事切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうする?)

 

 

 青年戦士は自問した。

 依頼人死亡により、護衛依頼は失敗。

 これ以上彼らがここに留まる意味はないと言えるだろう。

 もちろん護衛に失敗しておいて、その原因となった相手の討伐もせず逃げるような真似をすれば、無能や臆病者の謗りは免れないだろう。

 とはいえ、彼らにとってあまり名誉というものはそこまで重視するものではない。『命大事に』こそが彼らの信条だ。

 それに今回の依頼は所謂『騙して悪いが』というものに該当すると言っていいものだった。依頼人にも問題があり、一概に彼らに問題があったと思われることもないと思われる。

 

 

(なら、逃げるか)

 

 

 必要ならば命を懸ける事も厭わないのが冒険者。逆に言えば必要もないのに命を懸けるわけではないとも言える。

 戦って得られる物がない現状、未知の敵(薪の王)と命を懸けて戦う意味はない。

 

 そう判断し、撤退の指示を出そうとしたその時だった。

 

 

「な、なにこれ!?」

 

 

 青年戦士の背後で困惑と驚愕に満ちた声を盗賊商人が上げた。

 

 

「入り口に白い霧!? ……出られない!!」

 

「なんだって!?」

 

 

 その言葉を聞き、青年戦士は思わずそちらを振り向いた。広間に入るために潜った入り口には確かに白い靄が掛かり、そこに盗賊商人が手を押し付けていることから壁のようになっていることが伺えた。

 

 ガチャリ。

 

 微かに聞こえた金属音。その音で敵から目を離していたことに気付き、青年戦士は慌てて薪の王に向き直る。

 薪の王はこちらに対し、敵対しようとしているように見えた。ただその動きはどこまでも緩慢で、億劫そうだった。

 

 戦うか、逃げるか。

 

 その選択肢から、逃げるの択は失われた。ならば、成すべきは一つ。

 

 

「やるぞ! 構えろ!!」

 

 

 戦って、生き残る。

 青年戦士は仲間に指示を出しつつ、誰よりも前に出るべく駆け出した。

 

 その動きに反応するように、薪の王の気配が濃密なものに変わる。圧力がのしかかる。

 

 その存在感は王と呼ぶにふさわしい。

 

 

 薪の王が、ここに蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(縦!)

 

 

 剣先どころか剣身すらも霞む神速の振り下ろし。

 それを身体一つ分ズレることにより、躱す。

 

 

(薙ぎ払い!!)

 

 

 薪の王は僅かな足捌きと体捌きのみで、空振りの体勢を横薙ぎの構えに整える。そこから再び放たれる神速の一閃。

 青年戦士は今度は躱せぬと盾を構えて腰を深く落とし、膝の屈伸を活かして重く柔らかくその一撃を受け止めた。

 

 

(突っ…きぃ!?)

 

 

 連撃は止まらない。横薙ぎの勢いそのままに、今度は剣を肩に担ぐ。

 

 刹那の溜め。放たれるは強弓の一矢。

 

 青年戦士はその一撃を身体を反らすことによって躱そうとしたが、直前に過ぎった悪寒に従い無理矢理盾受けに切り替える。

 

 

「グッ…ウゥ……!!!」

 

 

 その判断は功を奏した。薪の王は突きの直後、ぶちかましのような踏み込みと共に切り上げを放ってきた。

 それを構えた盾で受ける。体勢の整わぬ状態で受けたが故に衝撃を受けきれずに手首を痛めたが、その程度で済んだ。

 もし身体を反らすことで躱していれば、踏み込みで体勢を崩され、切り上げで切り裂かれていたことだろう。

 

 切り上げの力を利用して、弾かれるように青年戦士は後ろへと下がり、距離をあけた。

 

 

(強い……!!)

 

 

 青年戦士は態勢を整えながらもそう思案する。

 

 打ち合わせてわかった。薪の王は、確実に自分より強い。

 

 力も、技量も、速さも負けている。幸運があるとすれば、戦い方が似通っていたということだろうか。

 薪の王の戦い方は極めて単純なものだった。

 

 単純な戦い方とはすなわち、基礎的な攻撃を繰り返すというもの。

 

 縦振り、横振り、斜め切り。そして突き。

 ただそれらを極限まで極め、その時々に応じて適切な攻撃を選択する。ただそれだけ。

 それだけだが、能力の高さが対処を困難にしており、それだけなのに恐ろしく強い。

 

 青年戦士も同じようなことをしているが、それはあくまで彼に才能がないが故の苦し紛れからくることだ。

 

 青年戦士は応用(アレンジ)をしない。攻撃の質が下がり、かえって弱くなるから。奥義(オリジナル)も持たない。通用しうる技を考える才がないから。

 

 ただ愚直に基礎を繰り返すのみだ。それぐらいしかできることがないのだから。

 

 それに対して薪の王は違う。この存在の考えはもっと単純(シンプル)なものだろう。

 

 小細工など、無用。

 

 その思想が痛いほど見て取れた気がした。

 

 

 

 

 薪の王も彼我の実力差を理解したのだろう。再び青年戦士へと襲い掛かる。

 

 

「グ……!!」

 

 

 小さく、鋭く、迅く。一切の油断もなく、愚直な攻撃を繰り返す。それだけで青年戦士は傷ついていく。

 同じような戦い方と言っても完全に同じという訳ではない。その誤差が読み違えを生み、読み違えが対応の遅れを生む。

 

 このままいけばそう遠からぬ未来、青年戦士はこの地に骸を晒すこととなるだろう。

 

 

 

 彼が一人で戦っているのであればの話だが。

 

 

 

「!?」

 

 

 青年戦士の背後から突如炎が吹き上がる。薪の王から驚愕の気配が漏れた。

 吹き上がった炎は青年戦士を避けるように弧を描き、薪の王へと襲い掛かる! 

 ……かのように見えた。

 

 

「スゥ……」

 

 

 微かな呼吸音。いつの間にか青年戦士の傍ら、炎が奔ったように見えた逆側に女武闘家の姿があった。

 

 吹き上がる炎の幻影の正体は、女武闘家の手妻だ。

 

 金糸で縁取られた緋色の衣を纏う女武闘家があえて気配を濃くし、揺らめくような大きな動きをすることで、脅威のある炎のように見せかけたのだ。

 襲い掛かるような動きをした後、今度は一気に気配を消し迅速に切り返し、自分の優位を取れる位置に陣取る。その際に衣の各所についた飾り紐が女武闘家が動いた軌跡のように残り、それがまた敵手の気を散らす。

 効果の程は、敵の練度(レベル)にもよるが、僅かな時間敵の注意を反らすといった程度のもの。人によっては無意味と断ずるかもしれない程度のものだ。

 

 だが達人(マスタークラス)と呼ばれるに至った女武闘家にとっては、そんな僅かな時間があれば十分だった。

 

 

「シッ!!」

 

 

 鋭く吐かれる呼気。気勢に反して踏み込みは猫足のように静かに。腰溜めにされた拳はゆっくりと言えるような速度で放たれた。

 知らぬ者が見れば、武を知らぬ女のか弱い抵抗のようにも思えるその一撃。

 

 その一撃には本当に人間に出せるのかと疑いたくなるような威力が乗っていた。

 

 

 

ゴガン!! 

 

 

 

 強振(フルスイング)した大槌が直撃したかのような轟音と共に、薪の王が吹き飛ばされた。

 

 

「……浅い!!」

 

 

 しかしその結果に女武闘家が不満の声を漏らす。

 この一撃は、本来であれば漏れ出る音すら変換した威力のすべてを敵へと叩きこみ、その場で粉砕するという必殺の一撃だ。

 にもかかわらず吹き飛ばされたということは、威力を殺されたという事だ。

 

 

 

 流石にこの一撃で女武闘家が脅威足りうると判断したのだろう。薪の王は今度は女武闘家へと襲い掛かる。

 

 

「させるか!」

 

 

 当然青年戦士は割り込み(インターセプト)をかける。忌々し気な雰囲気を漂わせつつ、薪の王は再び青年戦士へと標的を変えた。

 

 格下と判断した青年戦士など無視すればいいと思うかもしれない。しかしそうできない理由が薪の王にはあった。

 

 その理由とは、青年戦士の右手に携えられた剣だ。

 

 確かに青年戦士の技量は大したものではない。しかしその装備は決して侮っていいものではなかった。

 また青年戦士の大したことのないという技量も、流石に背後から切りつけられて対応できるほど甘いものではない。

 

 なんにせよ、青年戦士は薪の王からある程度の脅威と認められていた。

 

 

 

「これはどうかしら!」

 

 

 青年戦士と薪の王が打ち合っているところに女魔術師が横槍を入れてくる。

 

 放たれた魔術は『力矢(マジックミサイル)』。

 

 基礎的な魔術と言っていいはずのそれは、熟練の魔術師の業により改変(アレンジ)され、数多放たれる矢を束ねたような、太く長い槍を放つ魔術となっていた。

 

 

「いけ!!」

 

 

 裂帛の気合と共に必中の槍が放たれる。

 

 

カァン!! 

 

 

 突如として甲高い金属音が広間へと響き渡る。

 どこから取り出したのだろう。いつの間にか薪の王が左手に盾を構えていた。

 その盾で持って魔法を防いだのだろう。

 

 

「……抵抗(レジスト)された!?」

 

 

 女魔術師の言う通り、あまり魔法が効いているようには見えなかった。恐らく青年戦士の持つ盾と同様、魔法に抵抗する加護のある魔法の盾だったのだろう。

 

 気に留めるべき重要な情報。だがそれ以上に重要なことがあった。

 

 

「気をつけろ! 盾が取り出せるという事は、他の武器を取り出せてもおかしくはない! 見た目に騙されるなよ!!」

 

 

 どこからともなく盾が取り出せるという事は、別の物も取り出せてもおかしくない。

 剣を持っているからと言って距離を取って安心していれば、突然取り出した槍で持って奇襲される。

 そう言う事態を警戒して青年戦士は仲間へと警告を出した。

 

 青年戦士は再び薪の王の妨害をするために相対する。

 最大限の警戒を持って薪の王を注視していると、薪の王は唐突にその手に持つ武具を消した。

 

 

「……?」

 

 

 意図がわからずその場に留まりながら警戒を続けていると、今度は手に炎を纏い始めた。

 薪の王はその手を顔の前に掲げ、祈るような仕草をする。

 

 

「……!! 離れて! 範囲魔法よ!!」

 

 

 女魔術師の警告が耳に入った瞬間、青年戦士は膝から力を抜いた。

 後ろへと倒れようとする身体に逆らわず、そのまま後転(ローリング)して距離を取る。

 

 

(……ダメか!)

 

 

 青年戦士は後転(ローリング)の状態から態勢を整えながらそう直感する。

 薪の王の魔法の発動間近故だろうか。危険の気配が感じ取れた。

 だからこそわかる。

 

 自分は未だに危地を脱していないと。

 

 青年戦士が盾を掲げる。薪の王が炎に包まれた手を地面に叩きつける。

 

 

 

 そして幾本もの火柱が吹き上がる炎の嵐が現れた。

 

 

 

「あっづ……!!」

 

 

 火柱の直撃はしなかった。それでも吹き付ける熱波が確実に青年戦士に焦がす。

 

 

(直撃したら死んでたな)

 

 

 視界の隅に巻き上がる灰を横目にそう思う。

 

 その灰は吹き上がる火柱の直撃を受けた老爺の亡骸の成れの果て。

 

 一瞬で肉体は焼き尽くされ、灰と化していたのを青年戦士は見ていた。

 炎の災いを防ぐ魔法の盾を装備していなければ、青年戦士もこの程度では済まなかっただろう。

 

 

(あんな風には、なりたくないな)

 

 

 焼き尽くされ、カタチを失い、灰となる(可能性の全てを消失する)

 何も残らず忘れ去られ、いなかったことになる。

 そんな未来を思い浮かべ、自分もそうなったかもしれないと思うと青年戦士は恐ろしくなった。

 

 

 

「ポーションにゃ!」

 

 

 いつの間にか近づいて来ていた盗賊商人が薬液の入った瓶を差し出してくる。

 

 

「ありがとう」

 

 

 礼を言い青年戦士は薬を呷る。

 即座に体が熱くなり、力が湧き上がってくる。切り付けられた傷や熱波により炙られた皮膚が癒されていく。

 

『女神の祝福』

 

 それがこのポーションの名前だ。

 これは青年戦士達が探索した遺跡で見つけた、かつて存在した一種の万能薬(エリクサー)、の模倣品だ。

 

 かつて見つけたこれを持ち帰った際に、現代の技術や素材で再現ができないかと考えた研究者がいた。

 青年戦士達一党も素材調達などに協力し、その研究は成功と言っていい結果となった。

 と言っても流石に完全な再現はできず、劣化品と言っていいものだったが。

 それでも既存のポーションよりずっと効果の高いもので、高い効能と即効性を期待できる高級薬(ハイポーション)とも呼ばれている。

 

 もっとも、高級だったり希少だったりする素材や高い技術が求められる故に値段も相応だったりするのだが……

 青年戦士達一党は、再現の研究に協力した縁や、盗賊商人の(コネ)により、比較的安価で入手ができるため、常備薬として利用している。

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレは英雄になりたかった』

 

 

 戦闘中にもかかわらず、何故だか再びそんな言葉が青年戦士の脳裏に過ぎった気がした。

 

 

 女武闘家は圧倒的な物理攻撃力を誇る攻撃手(アタッカー)。彼女がいるから、自分は防御に専念していればいい。

 

 女魔術師は多彩な遠距離魔術と冴えわたる頭脳を持つ呪文遣い(スペルスリンガー)。彼女がいるから、自分は敵を押し留めることだけに専念していればいい。

 

 盗賊商人は数多の道具(アイテム)を用意してくれる補助役(サポーター)。彼女がいるから、自分は思い切って敵にぶつかって行ける。

 

 

 じゃあ、自分は? 

 

 

(ああ、そうか)

 

 

 青年戦士は実のところ高い実力を持っているという訳ではない。

 武器は各種扱えると言ってもその技量はよくて二流。盾の扱いは一流と言ってもいいが、うまく攻撃を受けられるだけとも言える。

 

 実際のところ、その力の大半は装備(他人の力)に依存していると言っていい。

 

 彼女達と吊り合っているかと問われれば、首を縦に振ることは憚られた。

 

 

(俺は英雄になりたかったんじゃない。『誰でもない(ノーマン)』でいたくなかったんだ) 

 

 

 自分は英雄じゃない。英雄にはなれない。

 その考えは今も変わらない。

 

 では、自分は誰でもない(ノーマン)なのだろうか? 

 

 

(そうじゃないよな)

 

 

 思わず笑みがこぼれる。

 確かに自分は大した人間なんかじゃない。

 

 それでも今の自分は、一党の頭目で、彼女達の仲間で、女武闘家(幼馴染)の恋人だ。

 

 

(十分だろ)

 

 

 自分は英雄ではない。

 

 でも、何もできないわけじゃない。

 

 

(すごい奴のための時間稼ぎくらいだったら、俺にだってできる!)

 

 

 子供の時、英雄になれないと心折れてから、今まで心のどこかで考え続けてきたこと。

 自分の生まれた意味が、生きてきた意味がわかった気がした。

 

 

 我が身は守護者なり。

 

 

 

 

その時、魂に火がついた気がした(B O N F I R E L I T)

 

 

 

 

「俺があの時至れなかったのは、今この時のためだぁ!!!」

 

 

 (こころ)から湧き上がる衝動のままに口走りながら、青年戦士は再び薪の王と相対するべく走る。

 薪の王も魔法使用による硬直が解け、再び襲い掛かってくる。

 

 剣と盾が打ち合わされる。

 

 

 戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 最近地上の子供達が騒がしい。何があったのかと調べてみると、子供達の中から怪物が現れていると聞いた。

 詳しく調べてみると、様々な要因で死した子供達の一部が蘇っているらしい。そして蘇った者達の更に一部が正気を失い、生者を襲う不死の怪物になっているらしい。

 

 何故こんなことになった? 

 

 今までこんなことはなかった。ならば、何かが変わったと考えるのが道理。

 そんなことを考えていると、ふと我の肉体……否。それより更に奥に異変を感じた気がした。

 

 (ソウル)の輝きが弱まっている。そう感じた気がした。

 

 衰えだろうか。そう思うも違うと直感する。

 

 これはむしろ、もっと根本的なものに原因があるのではなかろうか。

 

 思い返されるはあの闇の奥深くにあった『火』。我らの故郷とも言える根源。

 

 あれが消えようとしているのではないではないだろうか? 

 

 そうであれば納得もいく。我らはすべて根源たる『火』に産み出され、なお繋がっている。

 故に『火』が消えれば我らも消えゆくのではないのだろうか。

 

 

 

 ならばその滅びを受け入れることが正しいことだろうか? 

 

 否だ。断じて否だ。

 

 たとえそれが世界の摂理だとしても、抗ってやる。

 

 

 

 我らは、生きているのだから。

 

 




あと三話


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The end of DARK SOUL -ある旅路の終わり-

ようやく辿り着いた。


 我らに取って都合の良い新たな『火』を創ろう。

 

 

 それが『火』の翳りを、世界の終焉を前に下した我らの結論。

 

『火』の存続を、とも考えたが、結局それは問題の先延ばしに過ぎない。

 今世界が終ろうとしているのは、『火』に対して何もしてこなかったからだ。

 

『火』とは燃やすもの。燃やすものがある限りは燃え続けるもの。燃料を絶やさなければ、『火』は絶えることはないだろう。

 

 とはいえども、だ。燃料を絶えず供給し続けるというのも手間というもの。

 

 それならば、創ってしまおうというわけだ。

 

 

 管理の容易な『火』を。何もせずとも燃え続ける『火』を。我らにとって、都合の良い『火』を。

 

 

 そうと決まれば後は用意をするのみ。

 

『火』は魔女殿に創ってもらうこととなった。

 しかし如何に魔女殿といえど難題となろう。完成まで時を稼ぐ必要がある。

 

 

 ならばその時、我が稼ごう。

 

 

 我がいっとき燃料となり、世界を支えよう。我が膨大なる力であれば可能なはずだ。

 我が不在の間、何が起きても問題なきよう配下に力を分け与えよう。何かあれば彼らが対応してくれるはずだ。

 時を稼ぐといってもいつまでかかるかわからぬ。地上の各地に儀式場を建て、子供達にも力を送ってもらい手伝ってもらおう。

 

 

 

 用意は済んだ。供を引き連れ、いざ征かん。

 

 

 

 

 

 

 思えば、あの時の自分はなんと愚かだったのだろうか。

 自分は、自分達は、必ずうまくできると思っていた。

 失敗するかもしれないなど、考えもしていなかった。

 

 過去(きのう)の功績も、現在(いま)の力も、未来(あした)の成功を保証するものではないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

「くっそ……まだ倒れねえのかよ……」

 

 

 息も絶え絶えに心底うんざりといった風に青年戦士は呻くように漏らした。

 冒険者達は既に満身創痍といった風体になっている。

 

 女武闘家と盗賊商人は体の各所に細かな傷を負い、全身に血を滲ませている。

 女魔術師は優先して守られている関係上ほぼ傷はないとはいえ、それでも装備のローブは汚れあちこち破れ柔肌が覗かせていた。

 それでも青年戦士よりはマシだと言えるだろう。

 彼は誰よりも前に出て薪の王と相対し続けた結果、凄惨と言っていい姿と成り果てていた。

 煌めく輝きを放っていた銀の鎧はあちこちがひび割れ、血や土や灰によって薄汚れてくすみ、炎の魔法により幾度も焦がされたことで黒ずんでいる場所すらあった。

 

 それに対し、薪の王の姿は変わっていない。最初に見たように、茫洋としながらも強い威圧感を滲ませて立っている。

 

 といっても彼らも何もしてこなかったわけではない。

 

 かなり警戒されていたが故に致命打(クリティカル)は取れなかったが、それでも女武闘家と女魔術師は有効打(ダメージ)と呼べる攻撃を与えていた。

 盗賊商人も持ち込んでいた火炎壺などの道具やボウガンで攻撃し、一度は隠密(ハイディング)からのナイフでの背後致命(バックスタブ)すら決めて見せた。

 青年戦士も奇跡的に決まったパリィからの致命の一撃(クリティカル)を叩きこんだ。

 

 

 少なからず損傷を与えたにも拘わらず、どういう訳か薪の王の動きは変わらず衰えというものが見て取れない。

 

 まるでお前たちの攻撃など通用しないと言われているようだった。

 

 

(もう少しだ)

 

 

 それでも青年戦士は心の中でそう直感していた。

 夢の中の冒険、そして実際の冒険者として積んできた冒険の経験により、敵手の生命力がおおよそわかる感性を彼は育んでいた。

 

 その彼の感性が言っている。

 

 薪の王も虫の息と言っていい状態だと。

 

 

(もう少しのはずなんだ……)

 

 

 同時に不安も覚えていた。当然だろう。

 瀕死の状態にもかかわらず、薪の王の動きは全快の時と変わりない。

 そんな状態では自分の感性は本当に信じるに値するのか、わからなくなるのも当然だろう。

 

 そんな不安に心が曇った故だろうか。視界の隅にあった何かがふと気になった。

 老爺が被っていた博士帽だ。

 それを見た時、青年戦士の脳裏に今の状況にそぐわない思いが浮かんだ。

 

 

(そういえば……)

 

 

 依頼人だった老爺。彼はあの時なんと言っていただろうか。

 

 

(嘘つきに……耄碌爺。そんなふうに言われたって言ってたな)

 

 

 何故そんなふうに呼ばれることになったのだろうか。

 今に至るまでの彼の事情(バックストーリー)はわかりえない。

 それでも道中火の時代の歴史などを語ってくれていた時の彼は、確かに専門家と呼ぶにふさわしい研究者だった気がした。

 

 そんな彼がどうして嘘つきや耄碌爺などと呼ばれるに至ったのだろうか? 

 

 

(もしかしたら……)

 

 

 思い出される今までの経験。

 自分も今までの冒険者生活の中で数々の理不尽にさらされてきた。

 

 やれまぐれだ、不正だ、運がよかっただけだと。

 冒険の成功をやっかみ妬まれ、あることないことを言われてきた。

 

 自分はそれでもまだよかった。

 仲間が助けてくれた。友達が助けてくれた。世話になってきた先達が助けてくれた。

 周りにいる人たちが助けてくれた。敵ばかりではないと、味方がいると教えてくれた。

 

 彼にはそんな人たちがいなかったのだろうか。

 

 

(もしそうだったのなら、哀しすぎるじゃないか)

 

 

 もし本当にそうだったのであれば、せめてそれに気づいた自分だけでも味方してあげたい。

 

 あなたは何も間違っていなかったのだと。

 

 それをするにはやはり生き残らなければならない。

 

 

(また生き残らなければいけない理由が増えたな)

 

 

 そう思うと(ソウル)に宿る炎が滾る気分だった。

 

 

(とは言えどもだ)

 

 

 精神的に多少は持ち直したが、事態が好転したわけではない。

 盗賊商人の持ち込んだ道具類は底をついた。

 女魔術師の呪的資源(リソース)も残り少ない。使えてあと一度か二度といったところか。

 前衛である青年戦士と女武闘家の体力も限界に近い。

 

 何よりおよそ考えうる戦法を試しつくしたのが問題だった。

 

 敵もさるもの。薪の王は戦巧者でもあり、単純な攻撃は通用しなかった。

 それゆえ手を変え品を変え、どうにかこうにか攻撃を当ててきたが、流石に知恵の泉も尽きてくる。

 一度使った手は二度目には対応され使い物にならず、それどころか一度目の策すら読まれ利用され、手痛い反撃すら受けたこともある。

 

 どうしたものか。

 

 青年戦士が次なる手を思案していると、突如彼の横を突風が走った。

 

 女武闘家だ。走り抜ける彼女の横顔には焦燥が浮かんでいた気がした。

 

 

(……そういうことか!)

 

 

 その表情から彼女の考えを読み取った青年戦士は、呼び止めようとした言葉を飲み込んで慌てて彼女の後を追い走り出す。

 

 

「あ……」

 

 

 焦燥に駆られた女武闘家の攻撃など、薪の王には通用しない。

 あっさりと攻撃を躱され、態勢を崩す。死に体となった女武闘家に薪の王の剣が振り上げられる。

 

 そこに青年戦士は女武闘家を突き飛ばす様に割り込んだ。

 

 

(間にあった……!!)

 

 

 青年戦士はそんなことを思いながら安堵の笑みをこぼす。

 薪の王の剣が割り込んだ青年戦士へと振り下ろされる。

 

 青年戦士は緩やかな速度で振り下ろされる剣を見ながら、諦めたように身体から力を抜いた。

 

 

 

 冷たく硬い鋼が青年戦士の身体を通り抜け、灼熱の痛みが湧き上がる。

 力を抜いたことにより青年戦士が手放した装備が地面へと零れ落ち、けたたましい金属音を広間に木霊させた。

 傷から血が溢れだし、鉄臭さが鼻孔を駆け抜け、舌が血の味を感じ取った気がした。

 

 足から力が抜け、身体から熱が失われていく。

 命が、零れ落ちていく。

 

 

(まだだ……!)

 

 つまり。

 

(まだ、死んじゃいない(終わっちゃいない)……!!)

 

 まだ生きているという事だ。

 

 

 

 青年戦士が死に損なった(生きている)のは偶然ではない。彼なりに狙ってやったことだ。

 

 耐え忍んだ(食いしばった)わけでも受け流したわけでもない。そういうそぶりを見せては追撃で確実に仕留められただろう。

 ただ目前の死を抗わずに諦めたように受け入れる。そうした時こそ、不思議と生を拾うことができる。

 今までの夢の中での数多の勝利()から、青年戦士はそれを経験として知っていた。

 

 そして、仕留めたと思った時こそもっとも隙が生まれる。それも数え切れぬ敗北()から知っていた。

 

 

「ぉおおお!!!」

 

 

 霞む視界、消え入りそうな意識を薪の王を睨み付けることによって繋ぎ止める。崩れ落ちそうになっている足に雄叫びと共に喝を入れる。

 手を腰の後ろに回し、短剣の柄を掴み引き抜く。

 薪の王は既に青年戦士を仕留めたと思っていたのだろう。反応が遅れている。

 

 青年戦士には、かの槍使いのような反応すら許さない雷光の突きも、重戦士のような防御ごと粉砕する剛剣も放てない。

 それでも、今この時のような敵が反応できないような状況であれば、青年戦士の腕でも当てることができる。

 

 

(ここで、仕留める(終わらせる)……!!)

 

 

 ここで終わらせなければ、もう立ち上がれない。そうなれば今度こそ仲間達に凶刃が突き立てられることとなるだろう。

 決意と覚悟が身を突き動かす。(ソウル)に宿りし炎が、大切な人を護れと一際強く燃え上がる。

 

 青年戦士は衝動のままにがむしゃらに、そのちっぽけな刃を薪の王の首筋へと叩きこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 突き立てた短剣から青年戦士の中へと何かが流れ込んでくる。初めてのはずなのに、どこか懐かしいその感覚。

 青年戦士の脳裏で誰かの姿が浮かび上がってくる。

 

 それは怪力無双の豪傑であった。輝く武具を携える騎士であった。純白の法衣を纏う聖女であった。叡智の輩たる魔術師であった。旅に生きた放浪の剣士であった。世間から排斥された賊であった。神の目と称された狩人であった。忌まれし異端の術師であった。見窄らしくも雄々しい何者かであった。

 それは、英雄と呼ぶに足る者達であった。

 

 老若男女それぞれ全く違う者達が思い思いに口を開き、異口同音に告げる。

 

 

 こんなはずではなかった、と。

 

 

 富が欲しかった。栄誉が欲しかった。使命を果たしたかった。最強を証明したかった。宝が欲しかった。守りたいものがあった。

 

 

 認めて欲しかった(愛して欲しかった)

 

 

 手に入れたはずなのに。手に入れられた、はずなのに。

 今は何も残っていない。焼き尽くされ、灰となり、自分の事を覚えている者は誰もいない。

 自分は何のためにこんなことをしたのか。それすらもわからなくなってしまった。

 

 

 こんなはずじゃ、なかったのに。

 

 

 悔恨の滲む声が木霊する。

 

 

『……オレは、英雄(こんなもの)に成りたかったのか?』

 

 

 青年戦士の脳裏にまた別の誰かの声が木霊する。

 

 

(ああ、そうか)

 

 

 その声を聞いた時、青年戦士はすべてが繋がった気がした。

 

 

(あの夢は、昔の(オレ)、か)

 

 

 青年戦士は思い出した。かつての自分を。

 今の自分と同じように農村に生まれ、その退屈な生活に嫌気が刺して故郷を飛び出した自分を。

 大した才能もないくせに、各地を転々としながら細々と傭兵をしていた自分を。

 とある国にいる時に不死人へと変じ、捕まってあの夢の始まりとなる牢獄へと送られた自分を。

 英雄へと至る道を示され、嬉々としてそれに至るために歩み始めた自分を。

 

 そして成し遂げたはずなのに、終ぞ至れず、失意のうちに死んだ自分を。

 

 

『オレも、もし至れていたらああなっていたのか? だったらオレは……』

 

(ああ。そうだな)

 

 

 自分だったらどう思うだろうか。

 彼らのように欲しいものを得たはずなのに、最後にはなにも残らない。そんなものになりたいと思えるだろうか。

 

 答えは否だ。

 

 友がいて、仲間がいて、恋人がいる。

 何よりも価値があると思える宝物がある。

 なのに最後にはそれらが失われ、何も残らないというのであれば。

『英雄』というものが、時にそれらを守ることすら許されない存在であるというのであれば。

 

 

 

 

 

 

 

「『英雄なんてクソくらえ(ガイギャックス)』……だ」

 

 

 青年戦士は思いの全てを込めるように呟いた。 

 その言葉が皮切りとなったように薪の王はたたらを踏むように数歩後退り、力尽きたように膝をついた。その姿が光の粒となって解けていく。

 まるで世界へと還っていくように。

 それを見届けてから、青年戦士にも限界が訪れ後を追うように倒れ伏した。

 

 それを見た仲間達が慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

 

 女武闘家が倒れた青年戦士を抱きかかえながらひたすらに謝罪の言葉を落とす。まるでできることがそれしかないというようだった。

 いや、実際それしかすることしかないのだ。

 既に一党の保有する回復薬(ポーション)は使い切っており、回復の奇跡を使える者も一党にはいない。強いていうならば包帯等があるぐらいだ。

 そして青年戦士の傷は、そんな止血程度でどうにかなる傷ではなかった。

 

 

「謝んなよ……」

 

 

 そんな彼女を慰めるように、青年戦士は息を切らしながらも言葉を漏らした。

 

 

「俺のため、だったんだろう……?」

 

 

 女武闘家が暴走したように飛び出した理由。それはなんてことない理由だった。

 

 早く戦いを終わらせようとした。

 ただ、それだけの理由だった。

 

 これ以上仲間が、友が、恋人が、大切な人達が傷つくのが嫌だった。

 女魔術師の魔法は切り札だから簡単には切れない。盗賊商人と青年戦士の攻撃力では倒しきれないかもしれない。

 でも自分ならば。

 その一心で飛び出したのだ。

 

 そんな彼女を愚かだと嘲笑う者もいるのかもしれない。

 それでも、彼が愛したのは、そんな愚かしくも心優しい女だった。

 

 

(ああ、クソ……)

 

 

 視界が霞み、闇へ沈もうとしていく。(ソウル)の炎は未だ尽きず、されど肉体は限界を迎えようとしていた。

 

 女武闘家の慟哭の謝罪の声が広間に響く。

 女魔術師と盗賊商人はただ沈痛な面持ちをしながら沈黙を保っている。

 光も闇も尽き、(終わり)に満ちたこの世界に新たな終焉が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

「おーい。だいじょうぶー?」

 

 

 その時、この地に新たな太陽(はじまり)が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────ー

 

 

 

 

 

 

 失敗した。最初にそう思ったのは何時だっただろうか。

 

 その身を火へと投じ、耐えがたい苦痛を受け始めた時だろうか。

 届いていた子供達の支援が次第に少なくなり、ついには届かなくなったと思った時だろうか。

 意識も朦朧とし、自分が何をしているのかわからぬ中、ただ守護らなければと思いながら何者かと戦い、負けたあの時だろうか。

 

 それとも、そんなこと思いもしなかったのか。

 

 

 

 いずれにせよ、この地に来てからそう思ったのは確かだ。

 何も守護ることができなかった。愚かで、無力で、矮小な男。それが自分だ。

 

 

 この(せかい)を、四方世界と呼ばれるこの地を見るがいい。

 

 周りには(せかい)を見守る者達がいる。彼らは皆、自分と同じかそれ以上の力を持つ者達ばかりだ。

 (せかい)の中には勇者がいる。災厄を打ち払い、希望を齎す力ある者達がいる。

 そして力無き子供達も、悲劇に見舞われど、それを乗り越え平穏に過ごしている。

 

 同一のモノではなくとも、自分の故郷のモノもこの(せかい)へと混ぜてもらった。

 もう十分だ。

 

 

 だから……―――

 




これが青年戦士たちの最後の冒険譚。語るべきラストエピソード。

あとは青年戦士達のその後のエピローグと、男神ことグウィンのその後の話の二話で終わります。


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Next new challenger !-冒険は終わらない-

これが私なりの大団円。


 新たな混沌の気配アリ。そう言われ赴いた場所で見たのは、『火』だった。

『火』の傍には、その『火』を守るように誰かの人影があった。貧弱で、貧相な、小さな人影が。

 小さな人影は誰かに相対していた。それは光り輝く巨人であった。それは神話に語られるような巨人の英雄。

 小さな人と大きな人。その勝負の行方は一目瞭然と言ってよかった。

 

 しかし。しかしだ。

 もし本当に見た通りの結果にしかならないというのであれば、世に英雄譚など残ってはいないというものだ。

 

『火』に照らされ、小さな人から影が伸びる。その影は暗き影の巨人となった。人影同様貧弱で、貧相な巨人。

『火』から何かが飛び出す。飛び出した何かは影の巨人へと纏わりつき白銀の鎧となり、輝く剣と魔法の盾となった。

 何があったと思い、『火』を見ると、守り人の小人ではない別の小人が『火』へと何かを投げ込んでいる。

 その何かは燃え上がると共に光となり、影の巨人へと飛んでいき、更なる力となった。

 よく見ると小人達は祈るようにしてから何かを『火』へと投げ込んでいる。

 それでわかった。彼らは願いを『火』へと投げ入れている……いや、託しているのだと。

 小人達には力がない。光の巨人とは戦えない。されど何もできないわけじゃない。だから、できる誰かに託していたのだ。

 

 影の巨人と光の巨人がぶつかる。それでもなお光の巨人の方が優勢に思えた。

 

 そんな影の巨人を助けるように、さらに『火』から光が飛び出す。

 光は鉄鎚となり、光の巨人を打ち据えた。魔法の槍となり、巨人を撃ち抜いた。癒しの光となり、傷ついた影の巨人を癒した。

 

 戦いの趨勢は次第に影の巨人へと傾いた行く。

 ついには影の巨人は光の巨人を打ち倒してしまった。

 

 それは神話に語られる小人による巨人殺し(ジャイアントキラー)の物語。

 

 

 

 

(なんてね)

 

 

 もちろん実際にそんなことがあったわけではない。

 あそこであった事実は、銀騎士と呼ばれる冒険者に率いられた一党が、薪の王と呼ばれていた敵と戦い、死闘の末に打ち倒し勝利した。ただそれだけだ。

 それでも、自分にはあの戦いがそう見えたのだ。

 

 あれは新たな英雄譚。今までとは違う英雄の形。

 神に選ばれたのでもなく、世界に選ばれたのでもない、人の、人による、人の極致。器の英雄。

 

 自分は勇者だ。その立場は理解している。それでも不満がないと言えば嘘になる。

 この世界において勇者とは、英雄であると同時に生贄だ。

 世界の危機に立ち向かう義務があり、常に混沌の軍勢に恨まれる存在で、その身を守るために存在を秘匿することを求められる。普通の女の子としての幸せを求めることは許されないし、普通の冒険者として冒険に挑むことも許されない。理解はできる。している。

 それでもやっぱり、普通の人と同じように生きたかったとも思う。

 普通の冒険者として、仲間と共に困難に立ち向かいたかった。普通の人と同じように、街を歩き平穏を楽しむ日常を送りたかった。……普通の女の子のように、愛する人と共に穏やかな生涯を送りたかった。

 

 そんなことは、勇者には許されないと知っているけれど。

 

 だからこそ彼のような存在がいると知れてほっとしたんだ。

 彼のような存在がいるのであれば、自分も普通の女の子のように生きられるかもしれないと。もしそれが許されなくても、次の勇者に希望を遺せるかもしれない。

 そんなふうに思ったんだ。

 

 

(歌を創ろう)

 

 

 今から今回の顛末を王様に報告をする。それが終わったら王様に頼むんだ。

 

 新たな英雄の誕生を世界に知らしめる歌を。力無き者達に希望を与える火の歌を。人の可能性を賛歌する歌を。

 

 

英雄譚の名(タイトル)は……そう)

 

 

篝火の英雄譚

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

「もっと聞かせて! おかーさん!」

 

 

 辺境の街の一画に建てられた家の居間にて少女の声が響く。彼女は自分の母に縋りつきながら冒険譚の語り聞かせをねだっていた。

 そんな彼女に母親は困ったような微笑みを浮かべている。少し離れた所には父親であろう男性が、パチパチと薪を爆ぜさせる暖炉の前で安楽椅子に揺られながらコクリコクリと船を漕いでいた。

 

 

「ダーメ。今日はもう寝る時間よ」

 

 

 その言葉に少女が不満の声を漏らす。母親は苦笑しながらそんな彼女の頭を撫でた。

 少女はその時間が好きで、いつもこうやって駄々をこねていた。

 

 

「また明日、ね」

 

 

 いつもはその言葉で締められるはずのこのやり取り。しかし今日はいつもと違っていた。

 

 

「……?」

 

 

 少女は不思議に思い母を見上げる。母は思い詰めるような、悩むような表情を浮かべていた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 少女はそう問いかける。母親はその問いには答えず、決心をしたように顔を上げてから口を開いた。

 

 

「……あなたもいつか冒険者になりたい?」

 

「うん! ……ダメ?」

 

「ダメ、じゃないけれど……」

 

 

 本当はなってほしくない。そんな本心を容易に読み取れるような表情を母親は浮かべる。

 そんな思いを飲み込むように母親は一つ息を吸って再び口を開いた。

 

 

「あたしにはそれを止められない。……だけど、これだけは約束して」

 

 

 母親はあらんかぎりの思いを込めて、真剣な表情を浮かべ告げる。

 

 

「必ず生きて帰ってきて」

 

 

 みっともなくてもいい。なさけなくてもいい。カッコよくなくて構わない。だって……。

 

 

「ハッピーエンドは何時だって、『幸せに暮らしましたとさ』で結ばれるんだから」

 

 

 そう言いながら母は船を漕ぐ父を見る。その顔にはとてもうれしそうな微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 少女はその夜、夢を見た。

 

 真っ暗な闇の中。少女の意識だけがその闇に浮かぶ。眼も耳も、身体そのものがなく、なのに意識だけはある。そんな不思議な夢。

 いつからいたのだろうか。いつの間にかその闇の中に人影が一つ浮かんでいた。

 焼け爛れたような騎士甲冑を纏い、異形の王冠のような兜を被っている男とも女ともつかない誰かだ。その者の前には火が消えた焚き火のようなものがあった。なんの意味があるのだろう。その焚き火には捻じれたような剣が突き立てられていた。その者は疲れ果てたようにその焚き火跡のようなものの前で座り込んでいた。

 どれくらいその者をそうして見ていたのだろうか。ふと、何かを思い立ったかのようにその者が身じろいだ。

 億劫そうにのっそりと立ち上がる。

 何をするのだろう。そうして見ているとその者は焚き火の方へと向き、突き立つ剣の前に立つと、

 

 その剣を思い切り蹴倒した。

 

 ……やれやれといった風情で首を振る。そうして焚き火と別れを告げるように踵を返す。

 いつの間にか闇の遥か彼方に出口のように光が差していた。

 その者はそちらへと向かい歩き出す。その足取りは先程のような億劫そうなものとは違う。うきうきといった形容ができるような軽い足取りだった。

 

 その者は最後に少女へと向き直る。

 兜を被っているせいで表情など見えはしない。それでもその顔には、とても楽し気な笑みが浮かんでいる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が更ける。街から()が消える。世界に闇が訪れる。けれど恐れることは何もない。

 明けない夜はなく、日はまた昇るものなのだから。新たな物語を紡ぐために。

 

 さあ、明日(つぎ)はどんな人生(ぼうけん)になるだろうか。

 

 

 




これでこの物語はおしまいです。

この物語は、『継承による救い』をメインテーマとして書かせていただきました。
世の中、こんなはずじゃなかったということばかりです。それを嘆くことも簡単です。でもそれでは何も変わりません。
次の世代の人にその後悔や反省を引き継ぎ、成功という結果に結びついた時、その後悔も無駄ではなかったと昇華できる。そんな話にするつもりでした。

青年戦士の前世である不死人は終ぞ結果を出せず、失意のうちに死にました。
そしてその魂を受け継いだ青年戦士が、経験の欠片を受け継ぎ、生きる糧としました。
そして守護者としての自らの存在価値を見出した時、彼の人生は意味あるものとなりました。それすなわち、不死人の人生も無駄な物ではなかったということになりました。
もちろんこれは前世の不死人に限った話ではありません。今世で出会った、青年戦士にロングソードを託した元冒険者の牧場主や、冒険者としてやっていくことを諦めた鍛冶師の青年といった人々の人生にも価値があったということになります。そういうつもりで書いていました。

そして青年戦士の、篝火の英雄譚に憧れた次の世代の人間が同じように生きるようになる。そうして人は手を取り合い成長していく。そんなふうに成ったらいいなと思います。

あと一話、神々の遊技場の方の話も後日投稿する予定ですが、青年戦士の話はこれで終わらせていただきます。拙作にお付き合いいただきありがとうございました。



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明けない夜はなく、日はまた昇る(マスターシーンⅢ)

 いつも騒がしい神々の遊技場ですが、今は常にもまして大騒ぎとなっています。

 それもそのはず。前々から計画されていた勇者シナリオの大冒険(キャンペーン)が遂に完結したからです。それも、誰も予想もしなかった結末で。

 もともとのシナリオはこうでした。

 追加要素(サプリメント)を適用したことにより、(せかい)に新たな古代の文明の痕跡が発見されるようになりました。

 人の王様はそれらに新たな混沌の気配を察知。部下や勇者一党に調査を命じました。

 調査の途上、新たな力を手に入れていく勇者たち。次第に暴かれていく世界の歴史。そしてついに訪れた薪の王(ラストボス)の復活。

 薪の王ととある冒険者の一党が戦っている最中、現れる勇者一行。そして始まるラストバトル! 混沌と秩序、薪の王と勇者、勝敗の行方は如何に? 

 

 ……そうなるはずでした。

 しかし、世界というものは往々にして思った通りにいかないものです。

 

 薪の王を復活させる混沌に堕ちた研究者、その復活した薪の王と交戦する冒険者一党。その構図になるまではシナリオ通りでした。そこに勇者一党が訪れることも。

 しかしここからシナリオを外れていったのでした。何故か勇者が戦場となっている広間の前から動こうとしなかったのです。

 神々はこの展開に慌てました。どうした、なにがあった。そんな事を喧々諤々、言葉を交わし合います。

 しかしそうしている間にも時は流れ、戦いは続いています。

 薪の王は勇者シナリオのための(ボス)です。当然その強さも勇者と相対することができる強さであり、いかに銀等級冒険者といえど、一般の冒険者に太刀打ちできるものではありません。

 冒険者たちの命は無為に散ることとなるのか。そう思うと、神々も気が気ではありませんでした。

 

 ところがどういうことでしょうか。あっけなくその命を散らすこととなると思われていた冒険者達が、なかなかどうして善戦するではありませんか! 

 

 冒険者達に幾度となく訪れる窮地。しかしそのたびに出目が走り、冒険者達はその窮地を切り抜けていきました。

 まるで世界が、幸運が、彼らの味方をしているようでした。

 しかし敵もさるもの。薪の王も元々対勇者用の(ボス)です。その力は尋常な物ではなく、窮地を切り抜けた冒険者達を再び窮地へと陥れていきます。

 

 冒険者達と薪の王は一進一退の攻防を繰り返し、後はお互い一撃を先に当てた方の勝ちという最終局面へと移っていきました。

 

 ここで冒険者が痛恨の判断ミス(ファンブル)! 駒の一つが無謀な飛び出しをしてしまいました。当然薪の王はそれを迎え撃ち、返り討ちにしようとしました。そこに更に冒険者側の駒が庇うように飛び込みます。当然庇った駒は薪の王の凶刃に倒れる──かのように思われました。ところがこの死んだと思われた冒険者、骰子(ダイス)の目など知らぬとばかりに死に体のまま動き、薪の王を逆に打ち倒してしまったのです! 

 

 これには行方をハラハラと見守っていた神々も大盛り上がり! 

 

 この冒険者の駒が実は特別だったのか? 薪の王が実は弱かった? それとも他の要因が? 神々は喧々囂々意見を交わし合います。

 それでも最後には笑い合いこう言い合いました。

 

 これだからこの(せかい)は面白い!

 

 大満足の神々は改めて礼を言うために男神の方に向き直ります。そこには呆然としていた男神の姿がありました。

 どうかしたのかと訝し気に彼を見ていると、ポツリと男神が溢しました。

 

 自分は間違っていたのか、と。

 

 このシナリオにおいて男神には目的がありました。それは、『薪の王が勇者に討たれる』というものでした。正確には、『自分(薪の王)この世界の英雄(勇者)』に討たれること。それによって自分はもう必要ないのだと、そう思うことで世界から消えること。それこそが真の目的でした。

 

 自分は無力で、愚かな、矮小な男。この世界の英雄は、神々は、そんな自分とは違う。あの子供達を託すに足る存在であると信じたかったのでした。

 

 しかし世界というものは往々にして思った通りにいかないものです。

 弱いと思っていた子供達。強き者を前にすればただ儚く散るしかないと思っていた子供達。実際にはそんな子供達が薪の王に立ち向かい、ついには勝利してしまいました。

 だからこそ思ったのです。

 

 子供達は守護らなければいけないほど、弱くなんてなかったのではないかと。

 

 もしそうであったのならば、あの時他にも打てる手があったのではないか。他の結末もあったのではないか。そんな考えが男神の頭をグルグルと巡ります。

 そんな男神の様子を見て、神々は──微笑みました。そしてこう思います。

 

 ああ、懐かしいと。

 

 神々の一人が男神に話しかけます。

 

 君が何を悔い、悩んでいるのかはわからない。それでも、いや、だからこそ。そこで終わらずに、今一度立ち上がるべきだ。

 

 その言葉に男神は顔を上げました。縋る様に言葉に耳を傾けます。

 

 誰しも失敗はする。重要なのはそこで終わらせないことだ。

 そう周りの神々は諭します。

 

 ……自分にできるだろうか。

 男神は自信なさげに項垂れ、口を開きます。

 

 そんな男神に優し気に微笑み、失敗した子供を諭す様に神々は更に言の葉を紡ぎました。

 できるさ。自分達にもできた。彼らもできている。ならば君にできない道理はないさ。

 

 そう言って神々は(せかい)を指し示します。

 その言葉を聞き、男神は(せかい)を見下ろします。

 視線の先には弱き子供達が怪物に襲われていました。子供たちはなすすべなく奪われ、犯され、倒されています。そこだけ見ればそんな言葉信じられなかったでしょう。しかしさらに見ていると、子供達が立ち上がったではありませんか。そして今度はこうはなるまいと工夫をし始めました。最初のうちは同じように倒されるだけ。しかし次第にその戦いは拮抗の様相を示すようになっていきました。そしてついにはやり返し、打ち倒してしまったではありませんか。

 (せかい)の各地でそんなことが起きているのです。その言葉を信じざるを得ませんでした。

 

 

 しばらくまんじりともせずにじっとその様子を見守っていた男神でしたが、やがて諦めたようにフッと息をつきました。そして神々に向かって手を伸ばします。

 

 骰子(ダイス)をよこせ。そう言うかのようにニヤリと笑みをこぼして。

 

 神々もそんな男神を見て顔を見合わせ、同じようにニヤリと笑いました。そして次のセッションはどうするのか。再び喧々囂々、議論を交わし始めました。

 やっぱり大冒険(キャンペーン)がいいだろうか。いやいや、まずは初心者向け(チュートリアル)からやるべきだろう。いや、ここはあまり経験がないだろう都市冒険譚(シティーアドベンチャー)なんかどうだろうか。

 

 コホン! 

 

 ワイワイ騒ぐ神々を遮るような咳払いが一つ。何かと見ると一人の神が分厚い紙束──シナリオを携えていました。

 

 その神はもっとも男神と縁のあった神でした。男神から彼の世界の本を受け取ったのも、シナリオを受け取ったのも、今回のシナリオの進行役(ゲームマスター)を務めたのもその神でした。

 その神は以前からこういう状況になった時──男神が仲間に入りたくなった時に遊べるようにいくつもいくつもシナリオをあらかじめ作っていたのでした。

 

 そのシナリオは群像劇やオムニバスとも呼べるような作品でした。今までにないシナリオ形態ににわかに神々も湧き上がります。

 その反応に我が意を得たりとばかりにニヤリと笑い、再びコホンと一つ咳払い。シナリオの序文を読み上げます。

 

 

 

この作品の主人公は特別にあらず。神の如き英雄(ヒーロー)にあらず。世界に仇なす英雄(チャンピオン)にあらず。

 

この作品の主人公は、なんの変哲もない生まれの、何の才能も持っていない、

不屈と言えば聞こえの言い諦めの悪さだけが取り柄の名もなき勇士たち(ネームレスブレイバーズ)

 

想いを受け継ぎ、道具を受け継ぎ、技を受け継ぎ、時として魂すらも継ぎゆく者達の物語。

 

 

魂を継ぐ者達の年代記(SOUL Adventurers Chronicle)

 

 

 

 

 

暗い魂を持つ小人達(無限の可能性を持つ子供達)(ひかり)の導きの在らんことを。

誰かが、そう言祝いだ気がしました。





グウィンは頼りになる先輩?となる四方世界の神々と出会い、彼らの導きをもって再起を果たしました。
これから彼はこの世界で彼らと共に、時に手を貸し、時に試練を課し、時に行く末を見守る、正しく神として存在していくこととなります。

四方世界にもダークソウルの登場人物たちが、その魂を継いだ人々が現れ、新たな物語を紡いでいくこととなります。かつての失敗を今度こそ成功へと導いたり、あるいは同じ失敗をしたとしても、更に次こそはと奮起をしたり。あるいは四方世界の人々が自分達はああはなるまいという教訓となったりするかもしれません。

そうして世界は続いていきます。


これにてこの物語は本当に終幕となります。
拙作にお付き合いいただきありがとうございました。

自己評価 66点(100点満点中)
内容的に書きたいことは書けた。でも技術的に書きたいように書けなかった。
要精進。


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