英梨々を甘やかして作る物語 (きりぼー)
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キスからはじまる物語

日曜のひととき、いかがお過ごしでしょうか。

何度目の正直かわかりませんが、懲りずに英梨々ルートの続編です。

あまり目的をもった物語よりも、英梨々とのんびり一年間を過ごすような内容にしたいと思っています。


ピーン。ポーン。

 

玄関のチャイムが鳴った。

俺はインタホーンに出ず、鞄を持って玄関に向かう。靴を履いて、玄関のドアを開ける。

 

凍てつくような寒い空気。空はどんよりとした曇り。

 

目の間に立っているのは、少し小柄で金色の髪をツインテールにしている女の子。

目線をそらせて、モジモジとしている。

ベージュのダッフルコートに、白とピンクのストライプ模様のマフラーをして佇んでいる。

 

「おはよ。英梨々」

「・・・おはよ」

 

澤村・スペンサー・英梨々。幼馴染の彼女は紆余曲折をへて、今は俺の彼女に収まっている。

付き合いはじめ恋人になったものの関係性は未だに大きな変化はない。

クリスマスにお互いの気持ちを確認したとはいえ、年末は冬コミに忙殺され、冬休みは同人ソフトを店舗で扱ってもらったり、アップデートしたり、おまけ画像を作ったりと、まぁ恋人らしいことは何もしていない。

 

でも、こうして朝は英梨々が迎えに来てくれて、俺たちは一緒に学校へ行くことになった。

 

英梨々はモフモフとした高級そうな白いミトンの手袋をしている。

俺はその左手をそっと握った。

 

「行くか」

「うん」

 

最寄り駅までの道のりだけ手をつなぐ。

吐く息が白い。

ゆっくりと歩きながら静かな時間を楽しむ。本当ならもっと昔からこういう時間を共有できたかもしれない。俺たちはずいぶんと遠回りをした。

でも、それも必要な時間だったと今では思う。

 

「で、恵とはどうなのよ?」

 

英梨々は毎日この質問をしてくる。進展なんてありはしないのに。

 

「どーもしねぇよ」

「ヘタレね」

「そうだな」

 

認める。反論してもしょうがない。

サークルメンバーのみんなに、英梨々と付き合うことを報告してから関係性はギクシャクしている。それは避けようのないものなのかもしれない。

 

隣を歩く英梨々の髪が揺れると、微かな香りがする。

今日は赤いリボンが一緒にゆらゆらと揺れている。

 

「まっ、そうよね」

「そうだな」

 

加藤との関係性を修復するアイデアが浮かばない。

それと次のゲームを作る気力もしない。次は高校三年生で受験生になる。

 

「なぁ、受験勉強に専念するという理由はさ、ゲームを作らない言い訳になると思う?」

「さぁ?むしろ、ゲームを作る事が受験勉強をしないことの理由にすべきではないわよね」

「おまえ、難しいこというよな」

「常識的なだけよ」

 

英梨々が少し笑った。笑うと目元がちょっと優しくなるんだ。

英梨々は美少女で、瞳が大きくパッチリしている。ちょっと怒りやすくツンツンするものだから、きつい性格に見えることがある。本当は優しくてポンコツなんだけど。

だから、こうやって笑って目元がほころぶとすごくキュートな感じになる。

 

「倫也は成績がだだ下がりなんだから、がんばらないと相当やばいんじゃないかしら?」

「そうなんだよな・・・だって受験生をやるとは思わなかったんだからしょうがないよねぇ!?」

「三年生になったら受験生でしょうーが」

「そうなんだけどなっ!」

「ゲーム作って過ごすならそれはそれでいいんじゃない?」

「それもなぁ・・・」

「煮え切らないわね」

「進路がはっきりしないから、大学にいくんだろ」

「そうでもないわよ。あたしは美大に進学しようと思ってるし」

「美大かぁ・・・あれもけっこう大変なんだろ?」

「そうね、専門の予備校に通うわよ」

「まじで?どれくらい?」

「週6」

「まじで」

「まじで」

 

英梨々の希望進路は美大らしい。展覧会で賞もとっているし、内申も悪くないし、英梨々なら受かっても不思議ではない。

ラノベだったら専門の勉強もせずに、ゲームや同人を制作しつつも受かるだろうけど現実は甘くない。

いや、ラノベでも受験に失敗したことまで描いた作品もあるか。

 

これで英梨々がラノベのラブコメヒロインなら山場もなさそうだし、そもそも決着がついているし大問題なわけだが、ごくごく普通に高校三年生になると思えば、至極当然に思える。

 

駅に近づくにつれて人が増えてくる。制服姿の学生やサラリーマンが黙々と歩いている。

 

「倫也、今日のお昼はどうするのよ?」

「そうだなぁ・・・英梨々は?」

「パン買ってく」

 

英梨々が駅前のパン屋を指さした。

学食で食べるか、購買でなにか買うか、それとも学校へ持ち込むかである。

 

料理をしない英梨々に手作り弁当を期待するのは流石に酷である。

 

「じゃ、俺もそうするよ」

「うん」

 

パン屋でパンを選び、スマホで決済をする。

それから電車に乗った。

 

朝の通勤電車は混んでいる。

英梨々をドアの横の角に、俺は英梨々をかばう様にして立つ。

 

「あら、彼氏らしいことをするのね」

 

初めてこの行動をとった時に英梨々にそう冷やかされた。

そして、まだ慣れない。

 

英梨々が近い。鞄を二つ隔てて英梨々がいる。

英梨々のつむじまで確認できるぐらいには近い。リボンの結び目とか気になる。

英梨々が見上げると目が合ってしまい、少し目を合わせた後に頬を赤くして目をそらした。こういう仕草が最高に可愛いと思うのだけど、そこらへんを指摘するとツンが発動するのであえてふれない。

 

二人とも会話をしないで、息を殺して時間が過ぎるのを待つ。昔はうんざりするような通学だったが、最近は楽しい。彼女効果すごいと実感する日々が続いている。

 

当たり前の日常を二人で過ごすだけでハーピーになる、英梨々が俺にむけて無邪気な笑顔を向けてくれると幸せだった。

 

学校の最寄り駅からは手をつながずに並んで歩くだけだ。

初詣の時に英梨々の同級生に会い、英梨々が俺と付き合っていることは学校が始まる前に噂で広まった。英梨々のファンからは殺意のような目線を感じるが、気がつかないふりをする。また、殺害予告が堂々と一通届いたがこれは全力で無視をした。物騒な世の中である。

 

通学路を二人で歩きながら、英梨々はだんだんお嬢様モードに変わっていく。学校用の仮面をかぶった英梨々で腐女子であることは微塵にも出さない。

だったら、なんでオタクで有名な俺と付き合ってるんだ?ということになるわけだが、幼馴染に押し切られて・・・ということになっているらしい。

 

学校内でオタクを連想するような、アニメ、マンガ、ラノベ等の話題は禁止である。俺からオタクをとって何が残るのかいまいちわかりかねるがしょうがない。小学生の時のようにオタク騒動からいじめに発展したことを思えば英梨々が警戒することもうなずける。

 

「まだあまり落ち着かないわね」

 

英梨々の周りには雑音が多い、ため息も聴こえる。

そりゃあそうなのだ。

英梨々は学校二大美女の一人らしい。最近では加藤恵をいれて三大美人説もでてきているらしいが、やはり英梨々と詩羽先輩ほどの知名度はまだない。

詩羽先輩が卒業すると一強ということになるんだろうか。その辺のリアル事情は疎くて俺にはよくわからない。

 

そして、俺たちは学校の正門横のスペースに並んで立った。

これは英梨々による周知作戦の一環であり、一応一月いっぱいまでやる予定らしい。

 

「・・・はぁ」俺はため息を大きくついた。

「これを乗り越えないとどうしようもないのだから、しょうがないでしょ?」

「まぁそうなんだろうけど・・・」

 

まったく何のことかわからない人のために説明してあげたいが、どこをどう説明していいかわからない。がんばって『負け犬ヒロインの育て方』から読破してみるとわかるが、あまりお勧めはしない。

 

通過儀礼。みたいなものだ。たぶん。

 

「どうなのかしらね?」

「どうなんだろうな」

「ふぅ・・・」英梨々も深く息を吐きだした。白い空気が揺れて消える。

 

黒い長い髪をした少女が向うから歩いてきて、俺たちの前に止まった。

 

「あら、朝からお熱いわね」

「ええ、お陰様で」

 

詩羽先輩だ。サークル活動で大変お世話になったが、それ以上の二人の仲が成立するのに協力してくれた。今では英梨々の一番の理解者であり、友達であり、相談相手になっている。若干、姉や保護者のような立場に見えなくもない。

 

「詩羽。はい、これ」

「あら、なにかしら?」

 

英梨々がパンの入った小さなビニール袋を1つ渡した。

 

「メロンパン。ここのおいしいのよ」

「悪いわね」

「お昼に屋上で食べましょうよ」

「・・・そうね。その方がいいならそれでいいけれど。別にお二人で過ごしたらいいじゃないの?」

「家が近いから、二人で過ごす時間はいくらでもあるのよ」

 

詩羽先輩が了解して、それから下駄箱の方へと向かった。

 

俺も英梨々もまた深くため息をつく。

 

問題は加藤だ。

とにかく、二人が付き合うことを報告してから俺とは口をきいてくれないし、LINEは既読すらついていない。

怒っている・・・のだろう。

 

「実際、恵が怒っている理由って何なのかしら?」

「実は加藤は俺のことを好きだったとかいうオチがないだろうか・・・?」

「バッカじゃないの!?」

「ですよねぇ・・・」

「一年間メインヒロインなんていってちやほやしたかしらね。あたしを選んだから面白くなかったといったところでしょ」

「それ、俺がいったことと同じじゃね?」

「ぜんぜん違うわよ?別にあんたに対する感情なんて関係ないじゃないの」

「そうか!?」

「そういうのがわからないから、倫也は倫也なのよ」

「うーん」

 

女心はよくわからない。

 

「来たわよ」

「どこ・・・」

「20メートル先」

 

英梨々がその蒼い瞳を細めてみている。

俺はコンタクトにしてから遠くがよく見える。確かに加藤が歩いてきていた。

 

「目立つわね」

「優雅な雰囲気だな」

 

加藤の周りだけ桜でも散っていそうな柔らかさがる。

両手で鞄を前に持って、少し物憂げに歩く姿はメインヒロインといった感じがする。華があるといえばいいのか。

 

「成長したわよね、恵」

「そうだなぁ」

 

加藤恵をメインヒロインにするプロジェクト。まだまだ未完成な部分もあるが、男子生徒から告白を受けるなど、人気は急上昇中だ。その点はさっき述べたか。

 

「あいつって、本気だすと消えるよな」

「ステルス性能もっているからね」

「あっ、消えた」

「・・・倫也・・・前・・・」

 

目の前に加藤が立っている。そしてちょっと見上げるようにして俺の方を見ていた。優しい目元は少し眠そうにも見える。髪は伸びて肩に当たっている。

 

「おはよう。恵」

「あのさぁ・・・」

「お・・・おはよう加藤」

「そうやって毎日、見せつけなくてもいいんじゃないかなぁ?」

「そうかしら?」

「うん」

「あの・・・加藤・・・おはよう」

「まぁ、それでも毎日ため息ついている男子生徒見ていると、英梨々に彼氏ができたことを周知するのも効果があるのかもね」

「でしょ?」

「あっ、おはよ。英梨々」

 

加藤の口元が少しだけ・・・ほんの少しだけ笑顔を作った。昔はフラットで表情を見せなかったが、最近は表情も豊かになってきた。というか、俺たちが見分けられるようになってきた。

 

英梨々と加藤が並んで校舎へと向かっていく。

二人はサークル活動してから仲がよくなった。加藤は英梨々がオタクであることを知っている少ない友人の一人だ。

俺と英梨々が付き合うことを怒っているなら、英梨々とも喧嘩をしているはずだ。でも、こうして英梨々と仲が良いのを見ると、やはり原因は俺にあるらしい。

 

ゲーム制作は間に合ったし、ゲームは大成功だった。報酬の分配も提案したが加藤は英梨々や詩羽先輩と同様に受け取らなかった。ということは金銭の問題でもないようだ。

考えてもわからない。

 

俺の前を歩く英梨々が振り返った。俺を見て満面の笑顔を作っている。八重歯が見えた。

何がそんなにおかしいのかよくわからない。そのあと加藤の方を見て二人で何やら笑っている。

 

俺にはさっぱりわからない。

 

あせることは何もないんだとわかってはいる。

英梨々との仲を発展させる以上に、加藤との仲はもう少し修復したい。

俺はそんなことをぼんやりと考えながら下駄箱に到着する。

 

英梨々が下駄箱を開けると、ラブレターがばらばらと落ちきた。これも朝の様式美ともいえるものだ。

 

「ふぅ・・・キリがないわね」

「周知アピール意味ねぇな」

「ほんとよね」

 

英梨々は嫌な顔一つせずにラブレターを拾い集めて鞄にしまう。

これを教室の片隅で広げて読み、その場で小さく破いて袋にいれて捨てるまでがセットだ。

ちゃんと読んでますよアピールと、無駄ですよアピールをしているらしい。

もちろん、実際には読んでいない。フリをするだけだ。

 

「どうしたらいいのかしらね?」

「夢を見させなけれいいんだと思うぞ」

「例えば?」

「この場でそこのゴミ箱に捨てるとか」

「みんなが見てるじゃない」

「だから、効果的なんだろ」

「・・・逆恨みされそうよね」

いじめへの警戒もあるのかもしれないが、本質的に優しいのだと思う。

 

一方、俺の下駄箱にさきほど加藤が何かをいれたのを俺は見逃さなかった。

開けると一枚のメッセージカードが入っている。こないだの殺害予告のカードと同一であるあたり、隠すつもりもないらしい。

カードには『今度こそ完成させろ』と書いてある。

 

まったくだ。同感だ。全面的に同意見だった。

 

「なぁ加藤!」

階段を上がり始めた加藤の隣に並ぶ。

「これ・・・一年がかりで作るらしいんだが・・・」

「何のこと?」

加藤が指を一本当てて自分の口元に当てて上を見ている。何かを考えているのだろう。

「あのさ、えっと・・・安芸くん。わたしの隣に立たない方がいいし、わたしと仲直りもしないほうがいいよ」

「どうして・・・」

ひさびさに口をきいてくれたと思ったら、わけのわからないこと言う。

「後ろ。・・・じゃあね」

そういって、加藤は駆け上がっていった。加藤のいい匂いで頭がクラクラする。

 

俺が振り返ると、階段の下ところで英梨々が見上げたまま固まっている。大きな蒼い瞳はウルウルと潤んでいる。今にも涙がこぼれそうだった。

 

俺はやっと加藤の言っている意味がわかった。

加藤が俺に冷たくする意味も、連絡がとれなくなった意味も理解した。

 

英梨々は俺と加藤の仲が修復すればいいと思っている。たぶん本心からそう思ってくれている。優しい子なのだから。

でも、同時に俺と加藤が一緒にいるのを見るのがつらいらしい。

それが嫉妬なのか不安なのか、俺にはよくわからない。

 

「英梨々!」

 

俺は階段を降りて、英梨々の前に立つ。

 

「倫也ぁ・・・」

 

そんな哀れな声で俺の名前を呼ぶな。お前は俺の彼女なんだろう?

 

「英梨々。大丈夫だから、そんな心配するなよ・・・」

「うん・・・」

 

俺は英梨々の後ろに手を回し軽く抱きしめる。周りの生徒がびっくりしている。今日一番の噂話になるのは間違いないだろう。

 

英梨々は俺におでこをつけて下を向いている。

 

「ごめん・・・倫也」

「なぁ・・・英梨々。ちょっと落ち着いたら顔を上げてくれるか?」

「・・・うん」

 

周りに人だかりができてきている。興味のない生徒は横を通って階段をあがっていく。

 

「何?」

 

英梨々が顔をあげた。少し泣いたのか目が赤くなっている。

 

「相変わらず泣き虫だな」

「ごめん」

「そんな素直になるなよ」

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「ちょっと目をつぶってくれるか?」

「こう?」

 

英梨々が目をつぶった。

 

 

 

俺は英梨々の唇にそっとキスをした。

 

 

 

キスをしたまま離れない。英梨々の唇の柔らかさと温かさが伝わってくる。

英梨々は固まったままだ。俺も動かない。

 

周りから、「ひゃ~」という声が漏れた後、ざわざわと騒ぎ始めた。

 

英梨々がやっと目を開ける。

 

 

「倫也・・・何してんのよ・・・」

 

 

何?って言われても困る。キスなんだが。和風に接吻にしておこうかな。

 

「言わなきゃわかんねぇの?」あえて、突き放す。もう照れくさいったらありゃしない。

 

「はぁ~~~~!!あんたバッカじゃないの!?なんで、ここでキスなのよ?どうしたの?頭沸いたの?ついにいかれちゃったの?」

「うるせぇよ。だいたいお前がいっつもいっつもいっつも、い~~~つも物語を途中で投げ出すからだろうがぁ!!」

「はぁ?わけわかんない!何がどうして、それがキスとつながるのよ?」

「しょうがねぇだろ。キスして終われねぇからだよ!キスから始まる物語でもいいだろうがぁ!」

「ほんと、信じられない・・・」

 

あ~あ。さっきまでシリアスだったのに、劇中劇にしてしまったよ。ほんと、俺もダメだなぁ。

英梨々の顔が真っ赤になっている。目には涙が浮かんでいる。

 

「・・・えっ・・・泣くの?」あっ、やばい。やりすぎた。この辺の匙加減がわかんねぇのがオタクなんだよなぁ。反省は毎度するが正解は毎度見つけられない。

 

「倫也・・・こういうことはさ・・・ちゃんと許可を得てやりなさいよ・・・」

「なんだ、そのつっこみ」

「突然じゃびっくりするでしょ!」

「英梨々」

「なによ」

「もう一度キスしたい」

「バカ!いいわけないでしょ」

「なんだよ・・・」

「そういうのは、部屋で二人の時にしなさいよ!」

「そうだな!ごもっともだよ。じゃあ、家に帰ったらな!」

「・・・」

 

プシュッゥゥ~~

 

あっ、英梨々の頭から湯気がでてフリーズした。

ふむ。

 

「あと、ついでにそのラブレター捨てておけよ」

 

英梨々がブリキの人形のようにぎこちなく大きく頷いた。

そのまま眺めていると、英梨々は鞄の中のラブレターを取り出し、近くのゴミ箱に放り投げた。

 

よし。

 

ここまですれば、さすがに英梨々もヒロインとしての自覚が持てることだろう。

 

俺が英梨々の彼氏として過ごす一年間の物語。

 

英梨々にはたくさん笑って欲しいと思う。いや、切に願う。

 

 

(了)




この後、禍々しいオーラが駄々洩れの教室を描くから、ややこしくなるんだなとやっと気が付いた。


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バレンタインだし義理チョコ贈る英梨々

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
気が付けば三週間もさぼってるじゃないですか・・・

地球の回転が年々早くなって、その内ボクらは宇宙に振り出されるに違いない。

遅れてしまいましたがバレンタインエピソードになります。


「そわそわ」

「・・・」

「そわそわ」

「そわそわを口にしないでよ」

「・・・しょうがなくね?」

 

ああ~倫也が朝からそわそわうるさい。気持ちはわからなくもないけれど、そこまで露骨に催促されても困るのよね。

こうして毎朝一緒に彼女として登校するのにも少し慣れてきた・・・と思う。けど、倫也とは恋人らしいイベントに、今日のバレンタインは欠かせない。

 

「ま・・・待ちなさいよ。朝から渡さなくてもいいでしょ」

「ん・・・」

「こっちにもいろいろ都合があるのよ」

「・・・そっか」

 

 用意するには用意した。市販のチョコレートと手作りチョコレート。夜も明けないうちに目が覚め、彼女としての使命感に駆られて手作りチョコに挑戦したものの、何事にも才能というものがあることを知った。

だいたい手作りチョコといっても溶かして固めるだけで簡単だと思っていたのに・・・まさか湯煎の温度が高すぎるだけでチョコがボソボソになるなんて知らなかったし、ちょっと水が混じっただけで分離するし・・・

 

「と・・・とにかく、お昼まで待ちなさいよ」

 

 問題は先送りする。いつものあたし。

 

※※※

 

屋上で詩羽と倫也の3人でランチを一緒に食べた。詩羽はその後に鞄をゴソゴソしてから、ラッピングした箱を取り出している。

 

「はい、倫理君」

「ありがとうございます!」

「ちょっと、なんで詩羽が倫也にチョコあげてのよ」

「いいじゃない。高校生最後の時間ぐらい自由に過ごしたいのよ。それに義理なのは明白なのだし、あなたの前で渡しているでしょ」

「・・・そんなにあっさり渡さないでもらいたいんだけど」

「立場が気楽だから渡せるのよ」

 

倫也はもらったチョコのラッピングを眺めながら顔がニヤニヤしている。そんなに嬉しいものかしら。

 

「倫也は、今年は大収穫よね。あたしと詩羽と・・・恵からもかしら?」

「加藤は口もきいてくれねぇよ・・・」

「まっ、自業自得よね」

「お前がそれいう?」

「別にあたしは関係ないでしょ?」

「・・・そうだけど」

「はい、これね」

 

 あたしは倫也に市販の手作りチョコを渡した。市販といってもネット予約がいっぱいになる銀座で人気の高級チョコレート。「サンキュー」といって受け取ってくれた。今まで正面から渡せなかっただけに、もらってくれただけでもうれしい。彼氏がちゃんといるならバレンタインデーはそう悪いイベントでもないのよね。

 

「ちょっと、なんで今すぐ開けているのよ」

「えっ?だって英梨々の手作りチョコだろ」

「ラッピング見ればわかるでしょ、ピエルマッコリーニのよ」

「そっか。でもまぁ、せっかくだし」

 

 そんなに手作りチョコが欲しいものなのかしらね。人の気も知らないで倫也がラッピングからチョコの箱を出した。

 

「あら、倫理君。私のチョコはすぐに開けないのに、彼女のチョコレートはすぐに開けるのね」

 倫也が1つを口に放り込む。

「うん。うまいよ。ありがとな英梨々」

「別にあんたのためじゃないわよ」

「いや、意味がわからん」

 あたしはため息を1つつく。だいたい倫也も倫也で露骨に手作りチョコを期待してくるとか、時代錯誤が甚だしいと思うのよね。

「じゃ。あたしは教室に戻るから」

「早いな?」

「少し眠いのよ・・・教室で寝るわ」

「気をつけろよ」

あたしは欠伸を1つしながら手を振って屋上から外に出た。

 

 これで一応、バレンタインイベントはおしまい。買ってきたチョコを渡す。それだけのことよね。

 

※※※

 

 学校の帰り道。隣にいる英梨々の様子がおかしい。なんかモジモジしてはこちらを見て目をそらしている。何か言いたいことがありそうだが、こちらが訪ねても「なんでもないわよ!」とツンケンしている。

 

「俺さ、ちょっと寄っていくとこあるから・・・」

「はっ?なんでバレンタインに彼女以外の用事があるのよ」

「いや・・・別に英梨々が一緒でもいいんだけど、来る?」

「どこに」

「ハンバーガ屋。ちょっと相談を持ち込まれてさ」

「誰に?」

「伊織」

「ふーん・・・そう。いいわ、一緒にいってあげる」

 

 別に来てくれとは頼んでないのだけど、英梨々が来ることになった。いらぬ勘ぐりをされるよりはいいかもしれない。

 

「そういえば・・・加藤からさ」

「ん?チョコもらえたのかしら?」

「たぶん」

「たぶんって何よ、たぶんって」

「机の中にチロルチョコが一粒入っていたんだよ」

「そんなの誰のかわからないじゃない」

「まっ、そうだな。誰かが俺に片思いしているのかしれないが・・・」

 

 重いチロルチョコである。とはいえあまり掘り下げても仕方ない。

電車で池袋まで移動して、伊織と待ち合わせた店までいくと、すでに伊織と美智留がいた。なぜこの二人が一緒にいるのかいまさらながら気にしてもしょうがないので、あえてスルーする。

 

「だいぶ板についてきたね」

「何がだ?」

「君たち二人さ」

「そうかしら?」

「うん。お似合いだと思うよ」

「そ、伊織もなかなかいい事言うじゃない」

「はははっ」

 

多少、伊織にいじられても英梨々が動じなくなった。俺と英梨々は付き合うことになったけれど、関係性はまだまだ昔のままのような気もする。

 

「これ、出海から」

「サンキュ」

「これはあたしからねー」

「そりゃどうも」

伊織を経由して出海ちゃんから、そして美智留からもチョコをもらう。

 

「モテ期到来だな」

 我ながら感動する。今年は5個だ。なんかどこかのラノベの主人公のような気分になってくる。

「よかったじゃない」

 英梨々も別に嫉妬しるでもなく、受け入れてくれている。順調だと思う。

 

「じゃ、僕らはこの辺で失礼するよ」

「どこかいくのか?」

「次のライブの打ち合わせさ」

「そっか。またな」

「じゃ、トモも澤村ちゃんもまたねー」

「またね」

 

いつの間にか美智留の担当が俺から伊織に移っていたが、そこも気にしない。細かいことを考えるのをやめよう。二人が帰って、俺と英梨々はアップルパイを齧りながら雑談を続ける。

 

「倫也はこれからどうするの?」

「特に予定はないんだけど・・・せっかく池袋まできたしな・・・」

「まさか、あんたバレンタインにアニメニトにでも行こうと思ってるんじゃないでしょうね」

「別にバレンタイン関係なくね?むしろ、『今年のバレンタインは中止になりましたイベント』してるかもしれないだろ」

「・・・知らないわよ」

「どこか行きたいとこでもあるのかよ」

「・・・ないわよ」

 

 英梨々がコーラを飲み終えて、トレイを持って立ち上がった。俺も片づけを始める。

 店の外に出てから、英梨々が空を見上げて考えている。日が暗くなって街灯が点灯し始めていた。

 

「ちょっと駅ビルいっていいかしら?」

「もちろん」

 

 英梨々と一緒に駅ビルに入ると、バレンタイン特設コーナーが設けられていた。俺と英梨々が店の前を通るたびに店員に試食を勧められる。「彼氏さんはどういうのが好きですか~」とか、「彼女さん可愛いですね!」とか、声を掛けられる。「彼氏さん」「彼女さん」と言われるたびに、英梨々の頬が少し赤く染まったが、だんだんと機嫌がよくなっているのがわかる。俺としても最初はくすぐったい感じがしたが、だんだんと慣れてくる。二人の関係が認められていく気がした。

 

 一通り店を周って試食を終える。こんなカップルイベントがあることを知りもしなかった。バレンタインなんてゲームの中にしか存在していないとばかり思っていたのに、世間一般でも盛り上がっていることに驚いた。

 

「倫也、何か気に入ったのがあったら、買ってあげるわよ?」

「いや。もうもらったろ・・・」

「そうね・・・でも、どれがおいしかった?」

「どれもチョコだよな・・・ただ、あの店のいろんなフレーバーの他のやつが気にならない?」

「ああ、そうよね」

 

 定番のミルクや苺、抹茶などの他にも、夏みかんやキューイフルーツ味などがあった。ドライフルーツの練り込んであるチョコでなかなかおいしいし、見た目も華やかだ。

 英梨々が迷うことなく、店に行って一つ購入している。笑顔で店員と雑談しているのを見ると俺も来てよかったなと思う。少し弾んだように歩いて戻ってくる。

 

「おっ、悪いな・・・」

「別にあんたのためじゃないわよ?」 トーンが棒読みなので、ツンではないらしい。自分用に買ったのだろうか。

「そっか・・・」

「あとで半分こしましょ」

「ああ、うん?」

「味が見てみたいだけでしょ?」

「そうだな。気になるよな」

「うん」

 

英梨々が満足したようで駅ビルの外に出ると、空は暗くなっていた。

 

「あとは・・・いくか」

「どこに?」

「アニメニト、いきたいんでしょ?」

「せっかくだしな」

「せっかくだからしょうがないわね」

 

2人で並んで歩いていると同じ学校の制服の生徒とすれ違う時があり、その時は深いため息が聞こえた。何しろ隣にいるのは英梨々だ。あの英梨々だぞ?が、英梨々の容姿と演技に騙された生徒は、こいつの本性をしらない。これからアニメニトにいってBLコーナーの新刊チェックをするとは夢にも思うまい。

 

 アニメニトはそれなりに賑わっていた。一応バレタインイベントをやっていてアニメキャラの特設コーナーなどもある。キャラのプリントされたお菓子が並んでいる。

 

「こういう方がよかったかしらね?」

「そんなことねぇよ・・・これ、自分で買ってくんだよな」

「そうなの?」

「そうだよ。脳内で二次元キャラからもらったことに変換できるツワモノだけが購入できるんだな」

「普通にアニメ好きのカップルだっているでしょ」

「いるかな」

 

 周りのオタクの目線を感じる。『なんでこんなところに金髪美少女がいるんだよ』という目線だ。英梨々が近づくとみんなが避けて散っていく。その気持ちは痛いほどわかる。場違いだよな。心の中で謝っておく。でもこいつ見た目以外はお前らと同類だから、許してやって欲しい。

 

 英梨々がBLを物色している間、俺は流行をチェックする。同じフロアで自由に過ごし、落ち着いたら一緒にフロアを移動する。

 アニメニトでも英梨々はチョコを買った。うちにあった有名なラノベキャラのものである。それは流石に俺にくれるのだろうか?

 

 地元の最寄り駅に着いた頃、すっかり日が沈み遅くなっていた。

 

「お前、あんなオタクショップいって大丈夫なのかよ・・・オタクなの隠してるんだろ?」

「いいのよ。・・・もう」

「また誤解されたり、・・・誤解じゃねーからいいのか」

「違うのよ。倫也がオタクで有名だから、あたしは『無理やり』連れてこられて困ったことにするだけよ」

「・・・ああ」

「悪くない考えでしょ?」

「・・・そうだな」

 

 英梨々がいいならそれでいい。高校でせっかく作り上げてきたお嬢様英梨々像にこだわりがなくなってきているらしい。素の方が楽だろうし、それでいいのかもしれない。

 家の前に着き、俺は英梨々に寄っていくか聞いた。

 

「・・・バレンタインに部屋に彼女連れこんで・・・あんたまさかあたしを襲う気じゃないでしょうね」

「で、寄ってくの?」

「ちょっとは否定ぐらいしなさいよ!」

「いや、親・・・いるから」

「えっ・・・あんた親いるの?」

「そりゃ・・・いるだろ」

 

 家の中が明るい。たぶん母親が晩飯でも作っているのだろう。

 

「じゃ、ここでおいとまするわ」

「送ってくから、ちょっと待ってろ」

俺は玄関を開けて鞄を置く。「ただいまー」と声をかけると、「おかえりー」と返事があった。

 

戻ると、英梨々が寒そうに立っていた。夜になりだいぶ冷えている。

「ねぇ、倫也」

「ん?」

「これ、あげる」

「ん?」

 

 さっき買ったチョコかと思ったけど箱が違った。

 

「なにこれ?」

「義理チョコ」

「なんの!?」

「いいのよ。バカ。彼女としての義理チョコよ。じゃあね」

英梨々が振り返った。

「送ってくよ」

「いい。一人で帰りたい」

「・・・そっか。気をつけてな」

英梨々が歩き出して、それから立ち止まった。

下を向いて、テクテクと戻ってくる。

 

「どした?」

「・・・なんでもないわよ」

「・・・」

「・・・」

 

 今日はバレンタイン。恋人イベントのTOPに君臨する一大イベントで特別な日だ。

 

下を向いたまま俺の制服の裾を握っている。

 

「寒いな」

「うん」返事をする英梨々の息が白い。

「雪でも降るのかな」

「知らない」

 

俺は空を見上げる。雲がないから雪は降らないよな。シリウスがこんな都会でも輝いて見える。

英梨々が顔を上げる。瞳が少し潤んでいた。ああ、これやばいやつ。英梨々が絶好調可愛い時のやつだ。こうなると俺も耳まで赤くなって照れてしまう。あんまり恋人・・・異性として英梨々を意識しないようにしているのに・・・そうしないとバカな話とか、オタクの話とかをしにくくなる。

 

 英梨々がその大きな碧眼の瞳を閉じた。長いまつげが下を向く。そうだよな。今日はバレンタインで、俺たちは恋人で・・・

 

「義理チョコ。ありがとな」

「・・・うん」

英梨々が消え入るような声で答えた。

 それからそっと、英梨々の唇にキスをした。

 

 

 

チョコレートの香りがほのかにした。

 

 

 

(了)




チラ裏が気楽でいいっす。


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ロッカーに隠れるイベントの予行練習

祝日のひとときいかがお過ごしでしょうか。
今回は話を作り込まず、何気ない日常のくだならさを切り取った話になります。


倫也の部屋。

 

英梨々はテーブルで同人用マンガのためにプロットを練っていた。

最近は凌辱系も飽きてきて、BLでも作ろうかなと考えている。

倫也はデスクで参考書らしきものを広げているが、さっきから一文字も書いていない。

 

「倫也。ラブコメでよく狭いところに隠れるやつあるじゃない?」

「あるなぁ。『なんか見られてはダメ』といって隠れるやつだろ」

「うん。あれ、やってみたい?」

「別に」

「はぁ?あんたバカなの?」

「なんだよ」

「人がせっかく話をふってるんだから、やってみたいっていいなさいよ」

「英梨々はやってみたいの?」

「あ・・・あたしは別にやってみたくなくもないわよ」

「どっちだよ」

「あたしのことはいいのよ。あんたはどうなのよ?」

「さっき答えたよねぇ!?別にやってみたいと思わねぇよ」

「はい?倫也ってもしかしてバカなの?」

「おまえ、RPGのイエスを選択しないと先に進めないイベントみたいになってんじゃねーか」

「だって、ノーって言われること想定してないんだからしょうがないでしょ。だいたいなんでやりたくないのよ」

「掃除用具入れのロッカーに自主的に隠れるハラハラ楽しいイベントなんて、実際問題ありえないだろ?」

「そんなこといったら、ラブコメのイベントどころか、ツンデレ金髪ツインテールすら実在性に乏しいわよ?」

「・・・いや、まぁそうなんだけどな。個人的な経験から言わせてもらうとだな。ロッカーはいじめで閉じ込められる場所だ」

「・・・」

「・・・」

 

二人とも小学生時代にいじめられた経験あり。当然、教室の後ろにある掃除用具入れに閉じ込められた経験をもっている。

 

「あれさ、なれると中でぼんやり考えごとできるから、いじめとして軽度だよな」

「慣れるまで閉じ込められたくないわね」

「エスカレートすると、ドア部分を壁にして出られなくされるじゃん」

「やられたわねぇ・・・」

「あれも力の入れ具合で自力で開けられるようになると、成長を感じるよな」

「変なとこでポジティブにならないでくれる?」

「アレルギーの子だとさ、埃で喘息になって大変なんだよ」

「話題、暗いんだけど」

「英梨々がふってきた話題だろ?」

「あたしは、楽しい方のイベントを言ってるんだけど」

「だから、閉じ込められたトラウマがあるから、入ってみたいとは思わないって」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?」

「まだ、続けるのかよ・・・で?どこでやるんだ?」

「そこ」

 

英梨々が倫也のクローゼットを指さした。

「中、けっこういろいろ入ってるぞ・・・」

「出しなさいよ。手伝うから」

倫也がため息をつきながら立ち上がって、クローゼットの中の服をベッドに置いていく。

下に積んであるラノベの入ったダンボールや、フィギュアの箱は取り出して部屋の隅に重ねた。

英梨々が中の様子を確認する。

 

「けっこう広いわね」

「元々、押し入れだった場所だからな」

「そうだったわね」和室を洋室に改装している。

「で、入るのか?」

「入るわよ。懐中電灯あるかしら」

「あったっけなぁ。昼間なのに怖いのかよ」

「別に怖くないわよ・・・明かりがないと本とか読めないでしょ」

「えっ、おまえ中で何がしたいの?」

「思ったよりも快適そうだから・・・」

「小学生じゃねーんだから」狭いとこが楽しい時期ってある。

英梨々がスマホを持って中に入る。

倫也がすかさず扉を閉めた。

「って、なんで閉めるのよー!」

「閉めないと雰囲気でないだろ?」

「一人じゃ意味ないでしょ」

「いや、普通一人じゃね?」

「普通、男女で入るでしょ」

「それ、エロゲーじゃねーの?」

「エロ同人なんだから問題ないでしょ、ってあけなさいよ」

「・・・」

英梨々が扉を叩く。

「英梨々、静かに・・・やばい」

「な・・・なによ」

「思い出したんだが・・・この部屋ってさ、なんで改装したか知ってる?」

「知るわけないでしょ!」

「ここ、元々はじいちゃんの部屋でさ。和室だったんだよ」

「話はいいから、開けなさいよ」

「いや、もう抑えてないぞ?」

英梨々が中から押すが扉は開かない。

もちろん、倫也が外から全力で抑えている。英梨々を騙す嘘をついた。

「開かないんだけど」

「冗談やめろよ・・・」

「倫也ぁ・・・」

「それでさ、じいちゃんがさ・・・その押し入れの中で亡くなったんだよな」

「なんでよ!?」

「詳しくは知らないけど・・・後ろの壁のところ見てみ?」

「暗くてよく見えないんだけど」

「スマホの明かりで」

「あ。スマホね」

英梨々がスマホのライトをつける。クローゼットの中が明るく灯る。

後ろを見ると、御札がはってあった。

「ちょっと、倫也、開けないさいって!御札。御札が貼ってあるわよ!」

「だから、何もしてないって」

「開けろぉ~!!」

英梨々がドアを足で蹴る。

 

「壊れるだろ・・・もう、本気にするなよ」

倫也がドアを開けると、中の英梨々が半べそをかいていた。

 

「ほんと、やめてよね・・・これ、いじめじゃない!」

「お約束だろ」

「こんなお約束知らないわよ!」

「なっ?だから俺は入りたくないんだよ」

倫也は何事もなかったかのように箱をクローゼットの中にしまいはじめた。

「倫也・・・あたしと二人で中に入りたくなかったんでしょ?」

「そうだよ」

「・・・なんでよ・・・」

「なんでもなにも、入って密接しながらドキドキするイベントだよな?」

「・・・そうね」

「そんなことしたら英梨々・・・」

「なによ」

「どこで止めていいか、わからなくなるだろ?」

「・・・」

倫也が手際よく箱を重ね、次に服をかけていく。

「もしかして、倫也って意外と考えているのかしら?」

「普通だろ・・・」

英梨々がベッドの上の服を倫也に渡していく。倫也は受け取ってそれをかけていく。

「徒労ね」

「まぁこんなもんだろうな」

倫也がドアを閉めた。

 

「ぜんぜんネタができなかったんだけど」

「類似のイベントでさ、ベッドの下に隠れるのもあるよな」

「あるわねぇ」

「やってみたら?」

「今日はもういいわよ」

「えっ、お前バカなの?やってみたら?」

「今日はもういいわよ」

「えっ、英梨々?やってみたら?」

「今日はもういいわよ」

「えっ?」

「って、立場逆にしないでよ」

「ふむ」

 

インドアイベントも難しい。

外はいい天気だった。

 

「散歩でもいくか?」

「うん」

 

英梨々が苦々しく笑った。二人で過ごせるなら、くだらないことでもまぁ楽しい。

 

(了)



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美術館デート

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
今日は全国学生美術展を主題にお届けします。


 二月も下旬。過ごしやすい陽気になる頃で、今日も冬物のコートにするか、そろそろ春物にするか迷うような快晴だった。

 窓を開けると、まだキンと冷えた空気が部屋の中に入ってくる。部屋が暖かすぎるせいもあるかもしれないが、冬物のコートで問題なさそうだ。日中の暖かい時間になったらコートを脱げばいい。マフラーと手袋はいらない。

英梨々は服装を決めた後に髪を櫛でとかし、お気に入りのネイビーブルーのリボンでツンテールを作る。

今日は倫也とちゃんとしたデートだ。英梨々の応募した油絵が佳作を受賞し、上野の美術館に飾られている。この学生展覧会は日本でもっとも規模の大きなものの一つだ。聞いたことのある人もいるかもしれない。佳作以上は飾られ、その上が特選(金)と推奨(銀)だ。さらに上には審査員賞が数点選ばれる。英梨々は小学三年生から絵画教室を通いはじめ何度か応募しているが、いつも佳作だった。何かが足らない。写実的な作品も抽象画も、暗い絵も明るい絵も風景画も人物画も・・・どれも佳作だった。この展覧会で上位の賞を受賞したら、倫也と一緒に見てもらう口実にしようとして早9年が過ぎてしまった。

 今年は違う。今年も作品は佳作だけど、倫也が彼氏になっている。英梨々はそれとなく『学生展覧会』の話をし、鈍い倫也にツッコミをいれながらデートまでこじつけた。倫也の「へぇー。おめでとう?」という気のない反応から見るに、この展覧会の意義を理解していないようだ。

倫也はコミケとかアニメとかのオタク文化に詳しくても、油絵の知識は人並みにすぎない。しょうがないことだけど、英梨々はこっちもけっこうがんばっているので、倫也にも興味をもってもらいたいと思っている。もとい、褒めて欲しい。なんなら頭をなでなでして、いい子いい子して欲しいのだ。もちろん、口に出しては言えない。

 

※※※

 

 英梨々が倫也の家の前で深呼吸を一度する。毎朝呼びに来て一緒に学校に通っても、この瞬間だけは少し緊張する。あのケンカをして2人の仲がこじれてから、押したくても押せなくなった呼び鈴。すごく辛かったわけじゃないけど、小さな辛さが積み重なっていくのを感じていた。今は呼び鈴を押すたびにそれが軽くなっていくのがわかる。

「おはよ。倫也」

玄関から出てきた倫也に英梨々は声をかける。倫也は学校へ行くのと同じダッフルコートでオシャレとはいえない。でも背が高くないので可愛いダッフルコートが良く似合っている。それに英梨々も背丈は小さいので並んで歩くとちょうどよかった。例えば180cmもあるような男子は人気があるかもしれないが、そういう子だと見上げて話をしないといけないし、威圧感も感じて苦手だ。倫也が自分にはちょうどいいと思っている。

「おふぁよ。えりり」

倫也の返事はアクビが混じっていた。休日の10時とはいえ、夜更かしをしがちな倫也には眠い時間だ。

「何寝ぼけてんのよ。ほら、糸くずが付いてる」

英梨々は手を伸ばして倫也の肩についていた糸くずをつまむ。

「あの・・・英梨々・・・顔が近い」

英梨々も指摘を受けて倫也を見る。すぐそこに倫也がいる。倫也の匂いがする。

「・・・倫也。ちょっとあんた目をつぶりなさいよ」

「なんで!?」

「いいから、つぶりなさいよ。バカ」

倫也が目をつぶった。英梨々はつま先を立てて、倫也の頬にキスをする。それからギューッと倫也を抱きしめてコートに顔をうずめた。倫也に包まれた気分になる。

倫也は朝から何事かと混乱しながら、じっと英梨々にされるがまま立っている。英梨々がくっついてなかなか離れなかった。

「おい・・・英梨々。大丈夫か」

「・・・こういう時って、男子からも女の子を抱くんじゃないかしら?」

英梨々は下を向いたまま、おでこを倫也のコートにくっつけてしゃべっている。

「いや、どういう時だよ!?」

「もう・・・いくじないわね。ヘタレ」

やっと英梨々が離れた。顔が真っ赤で頭からは少し湯気でもでていそうだ。

「朝からずいぶんな言われようだな・・・」

「だいたい倫也って、あたしを抱きしめたいとか、もっとこう・・・(エッチしたいとか)思わないのかしら?」

「なんだ?」

「もういい」

ポンッ。

倫也は英梨々の頭に軽く手を乗せるように叩いた。

「ほら、いくぞ」

「・・・うん」

それから、倫也は英梨々の左手をそっと手にとって、少し気持ちを落ち着けようと黙ったまま駅へと向かった。

 

 ローカル線で池袋へ出て、そこからJRの環状線で上野駅まで向かう。休日の山の手線は空いていて、二人は並んで座ることができた。電車の中で英梨々がスマホでチケットの予約をする。民間の展覧会なので混むようなことはないがネットで予約しないと入る事ができない。

「11時からでいいわよね」

「任せるよ」

英梨々が予約をする。作品を応募した英梨々は無料チケットを2枚もらっているので入場料はかからない。

「倫也は初めてよね?」

「うん。東京都美術館?行ったことあるかな・・・」

「あんたって美術展なんて行くの?」

「いや・・・いかねぇな。でも国立科学博物館なら行ったことあるぞ」

「近くね」

「あっ、アニメとかマンガの原作者の展示会が行われていたなら、いったことあるかも」

「展示会といえば、今度のあたしの誕生日に英梨々展があるらしいわよ」

「へぇ・・・よかったじゃん」

 

根強い冴えカノファンも多いようで、サブヒロインの誕生日展が行われるとか。筆者としても気にはなるが原作英梨々と同人英梨々の差が激しすぎてもはや別物になりつつある。今や冴えカノは英梨々が喜んで、その後に泣くという鬱アニメの認識である。別荘後のみんなでニヤニヤしながら謝罪する英梨々、映画最後で詩羽になだめられながら泣いて去る英梨々の2コマで十分だ。話それた。

 

「はい」

英梨々がバックから柚子蜂蜜のど飴を取り出し、倫也に渡した。倫也は受け取り包装から取り出して口へ放り込む。そのあとに英梨々が包装のゴミを回収し、バックにしまった。

「こういう英梨々展があると、ついでにハーメルンで検索する人なんかが増えるのかしら?」

「さぁ・・・?」

「でも、どうせ挫折するわよね。ここまでたどり着けないわ」

「自分でいうなよ・・・」

「あ~!!」

「なんだよ!?大きな声を電車で出すな。びっくりするだろ」

「これ。見て!」

「ん?」

「ほら、コメントが久しぶりにあるわよ」

「ほーっ、なんだって?」

「えっとね・・・『いつも英梨々の笑顔に元気をもらってまっ・・・』」

ペシッ。倫也が軽く英梨々の頭をはたいてツッコミをいれる。

「捏造するな」

「いいじゃない別に。こういうイチャコラしたのが読みたかったですって」

「同人ってそういうもんだからな」

「ずいぶん、遠回りしたものよね」

「ときどき、原作のセリフを引用するよな・・・。まぁあれだな。ここからなんだがな」

「ここからよねぇ・・・。それにしても、『恵が怖い』って、笑えるんだけど、あとで恵に見せてやろっと」

「いらぬ刺激はやめとこうか」

「あんまり劇中劇はやるなって詩羽がいっていたし、元にもどりましょうか」

「そろそろ上野だしな」

 

 上野。パンダの街。年末になるとアメ横が大変賑わいTVの取材も多い。かつてはイラン人が偽造テレカを売っていたり、関東北部の玄関駅なので、時期によっては家で少女も多かったりしたことでも有名な街だ。何が言いたいかというと未だに下町情緒の残る煩雑とした街であるってこと。なかなか洗練されない。

 

 東京都美術館は赤っぽいオレンジ色のタイルの外観で、入り口はエスカレーターで降りた地下一階。英梨々の絵が飾ってある展示場は2階である。会場でスマホの画面を見せてQRコードを読みとってもらい、無料チケットを二枚渡す。

 応募総数は6000点前後あり、このうち飾ってあるのは1200点程度で佳作以上の作品だ。小学生から大学までが対象だが、だんだんと絵が上手くなっていくのがわかる。高校生の作品だともはやプロと見分けがつかないぐらい上手い。

 

「どいつもうめぇなぁ・・・」

「ほんとよね」

倫也と英梨々が並びながら会場を歩いていく。入口付近が大学生のものが数点と高校三年生のものになり、写実的な作品だと写真のように上手だ。

 英梨々はため息をつきながら絵を一枚一枚丁寧に見ていく。倫也は英梨々が集中して見始めたので、そっと離れてフロアをふらふらと歩きながら会場内を軽く周った。審査員賞のコメントを読むがいまいちピンとこない。自分の上手いと思った作品や好きな作品が佳作だったり、まったく理解しがたい抽象画が金賞だったりする。ことアートの世界になると、同じ二次元の世界とはいえやはり違っている。ただ、アニメやイラストに寄せたような作品もあり、共感を得る作品も何枚かあった。

 ぐるりと周ってから、英梨々のところへ戻ってくる。

 

「これなんだけど」

「うん」

「・・・どう?」

「うまいと思うよ」

「なによ、その感想」

「いや、ほんと・・・普通に上手いよな。びっくりする。感想を上手に言うのって難しいじゃん」

「・・・そうだけど」

 

 今回の英梨々の作品は夕焼けの風景画だ。筆のタッチはゴッホを思わせるような荒々しいものにしたが、配色はカラフルでガウディーに近い。電信柱や塀の影などの暗いところも緻密に描写されていた。見るものを幼き日の憧憬へといざない、夕焼け小焼けなどの5時のチャイムが聴こえてきそうだった。そんなどこか懐かしくなるような作品でも、佳作だ。

 

「今年も佳作なのよね」

「今年も?毎年応募しているの?」

「うん。小学校3年生の頃からずっとね・・・」

「へぇ・・・英梨々でも佳作どまりなのか?」

「うん。もう少し小さい展覧会なら受賞もしたんだけど」

倫也がもう一度、英梨々の絵を見上げた。大きなキャンパスなので迫力もある。

「上手いし、いい絵だとは思うけどな」

「けど・・・なによ?」

「ん・・・」

「何かが足らないなら、教えてほしいんだけど」

「俺もよくはわからないけど・・・受賞した作品って、別に上手くない絵もあるだろ?」

「うん」

「だから、技術的に優れているだけではダメで、何かを訴えかけるというか、心に響くものが受賞しているんだよな」

「うん」

「英梨々の絵もすごくいいと思うけど」

「だから、けど・・・何よ?」

「どういえばいいんだろうな・・・描きたいものを描いてないよな」

「・・・どういうこと?」

「いや、だからさ、こう・・・展覧会の傾向とかみて、作風を作り変えたり、少し派手な色使いだったりして、尖ってないというか・・・審査員に媚びている部分が見え隠れする・・・っていったら、邪推しすぎか?」

「・・・ううん」

 

 英梨々が歩き始めた。今度は他の作品の前を素通りしながら、会場を巡っていく。何か物思いに更けているので倫也は声をかけるのを躊躇った。英梨々が時々立ち止まった絵は二次元のイラストに近い作品だ。しかし、どれも佳作どまりが多かった。けれど・・・こういう絵をもっと特化させたら英梨々の方が上手いんじゃないかな?と倫也は思った。

 

だいたい見終わって、二人は元のところに戻ってくる。

「倫也はどの絵がよかった?」

「そうだな・・・あっちの・・・」

倫也が指で示してから歩いていく。年齢層はバラバラでジャンルもいろんなものを選らんだ。男の子らしく竜を描いたものや、女性が内面を描いたメルヘンなものなどを気になった作品を英梨々に伝える。

「別に受賞した作品じゃないのね」

「だって俺、アートはよくわかんねぇーしな」

「そうね」

 

 それから2人は会場を出た。長椅子が置いてあってそこに腰を掛ける。ガラス張りの壁から公園を見ることができた。英梨々はまた考えに沈んで自分の気持ちを整理している。上位の賞をとることにこだわりすぎた自分を反省する。

 

「なぁ英梨々。英梨々はどうして油絵を描いているんだ?」

「習い事をしたからでしょ」

「でも、続けているなら好きだからだろ?」

「・・・まぁそうよね。当たり前じゃない」

「じゃあ、別にこういう応募とか受賞とかは関係なくね?」

「関係なくはないでしょ」

「そっかなぁ。どうして応募するんだ?」

「・・・そうねぇ・・・」

 

 英梨々は隣にいる倫也を見つめる。なんだかとてもシンプルな答えがあった気がする。

 

「こうして倫也と一緒にここに来るためかしら」

「はいっ!?」

「二度は言わないわよ。バカ」

 

英梨々は顔を赤らめて、窓の方を向いた。陽光の射しこむテラスでは英梨々のブロンドの髪がキラキラと輝いている。倫也は今日の会場で一番注目されていたのが英梨々だったことに途中で気が付いた。みんなが英梨々を振り返るし、英梨々をぼんやりと見つめている人もいた。もちろん絵を真剣に見ている英梨々のような人もいたけれど、英梨々の存在はやはり特別だった。当の本人はそのことにまったく気が付いている様子はなかった。作品と賞を値踏みすることに必死のように倫也に思えた。

 

「英梨々はもっと好きな題材を好きに描いた方がいいと思うぞ」

「凌辱イラストは公序に反する題材なんでダメなのよ」

「致命的だな!」

「冗談はさておき、来年の作品ならそれができるかも」

「今まではできなかったのかよ?」

「・・・うん」

「なんで?」

「・・・ほっときなさいよ」

「何を?」

「・・・」

英梨々が立ち上がって、脱いでいたコートを着始めた。倫也もそれにあわせてコートを着る。英梨々の顔が赤い。

「もうお昼を周ったし、どこかでランチでもするか」

「そうね」

倫也が話題を変えながら歩いて会場の外に出た。日が高くなると外は暖かかった。梅が咲いていたが、そこにはインコが留まっていて必死に梅の花を散らしている。大道芸は少ない観客相手にパフォーマンスを見せていた。

 

「あんた、モデルやりなさいよ」

 

英梨々が上野公園を駅の方へ歩きながらぽつりと言った。

「えっ俺?身長ないしモデルは無理だろ」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?なんであんたが職業モデルやるのよ」

「いや、今お前がいったことだよねぇ!?」

「・・・あたしがいったのは絵のモデルよ」

「ああ、英梨々の絵の?」

「・・・うん」

「・・・なんか俺、すごく恥ずかしい勘違いした?」

「普通しないわよね」

「いやぁ・・・突然言われたし」

「さっき倫也が言ったでしょ。好きなものを描いた方がいいって」

「ああ、うん?言ったな。無理してアーティスティックなものを描くことないんじゃないかって」

「だから」

「だから?」

英梨々が下を向いてモジモジしはじめた。つないでいた手を強く握っている。

「もう・・・これ以上は言わせないでよ!」

「なぁ・・・英梨々。もしかしてお前さ」

「なにかしら?」

「今度も上位の賞を獲れなかったら、モデルの俺が悪いとか人のせいにしようとしてね?」

 

英梨々は少し倫也の言っている意味を考えて、ぷっと吹き出して笑った。

 

「なによそれ!」

「いや、俺なんかモデルで大丈夫なのか」

「さぁ。ダメでもいいじゃない」

 

そういって、英梨々が八重歯を見せながらおかしそうに笑っている。歩くたびに揺れるツインテールが煌めいているし、足取りも軽そうに弾んでいた。展覧会を見ていた時の少し鎮痛難感じのする英梨々は、肩の荷でも下ろしたかのように明るさを取り戻していた。

 

「ランチはどこで喰うんだ?」

「えっとね・・・アメ横を抜けた御徒町駅付近にB級グルメパスタのお店があるの」

「ほう」

「塩だれ豚キャベツパスタみたいな感じ」

「なんだそれ、いいな!」

「ぜんぜん気取ったイタリアンみたいな店じゃなくって、スタンドカレー屋とかに近い店でね。でも、ぜんぜん汚くなくて・・・」

「ほうほう・・・」

英梨々がよくしゃべる。ご機嫌で笑いながらしゃべるから、八重歯がなんどもチラチラと見える。

倫也はそんな英梨々をみて、ここまで来てよかったなと思う。

 

「その後はね・・・」

「アキバまで足を伸ばすか」

「そうね!」

 

 御徒町の隣が秋葉原だ。倫也と英梨々にしてみたらメッカみたいな場所だ。趣味も一緒だし、どう転んでも楽しく過ごせる街。

 

 だから、あとは2人に任せて、今日の物語はこの辺でおしまい。

 

(了)



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ひなまつりと戦争

ほんと冴えカノ関係ないけど、しょうがないよね。

今日はひな祭りで、平和な一日を感謝するしかない。
ウクライナ問題など持ち込まれても英梨々は困るだろうけど、明るいだけの物語は書けないのも性分ということで。


「せーの!」

「よっ」

 倫也と英梨々が畳を持ち上げた。それを広い洋間の英梨々の部屋まで運ぶ。

 

 部屋の隅に畳二枚を並べた。その脇にはダンボールがいくつか置いてある。

 英梨々は久しぶりに7段のひな人形を飾ろうと思い、倫也を自宅に招いている。7段は飾るだけでも大変なので大きくなってからは飾るのをやめていた。

 

「けっこうな量になるんだな」

「人形一つ一つが梱包されて箱に入っているからよ」

「へぇ・・・」

「じゃあ、倫也はまずは飾り棚を組み立ててくれるかしら?」

「あいよ」

「この箱ね」

 

 倫也が指定された箱を開ける。上には組み立ての説明書が置いてあった。7段ともなるとかなりの大きさになるので分解されてしまわれている。倫也は説明書を見ながら部品を並べて確認していく。

 

「じゃあ、あたしは人形を組み立てていくから」

「えっ、ひな人形って分解されているの?」

「頭部なんかは分解してしまうのもあるわよ。変な力がかかると折れちゃうでしょ?あとは備品が細かいのよ」

「ああ、男雛の尺とかか?」

「そそ。三人官女や五人囃子も名前ぐらいは聞いたことあっても、何をもっているかなんて知らないでしょ」

「確かに」

 

 倫也が台を組み立てていく。巨大なプラモデルやフィギュアみたいなもので、要領は一緒だ。英梨々は箱から次々と人形を出して、物を持たせていく。小さいころはワクワクしていたが、だんだんと面倒臭くなってしまった。今年は倫也が彼氏なので女の子イベントを大事しようと思い、重い腰を上げて飾り付けに挑んでいる。

 

 倫也は時々手を休めてスマホを見ていた。

 

「何を見ているのかしら?」

「ウクライナ情勢」

「・・・政治の話はやめてよね」

「・・・だよな。暗いものな」

「暗いのもそうだし、政治的な思想は正解もないじゃない?何かをたてれば何かが立たないし、どこで変なとばっちりうけるかわからないし」

「ふむ・・・」

「そんな暗い世の中だからこそ、せめて小説ぐらい明るい方がいいわよ」

「おっ、英梨々にメインヒロインの自覚が?」

「バカ」

 

 倫也が四苦八苦しながら、なんとか飾り棚を組み立て終えた。その後に赤い布を敷いて固定していった。生地が上等でふわふわと触り心地がいい。

 

「やっぱり、この雛飾りも高級品なの?」

「文化財らしいわよ?江戸時代のだから」

「ふぁ~」

「こういう小さな飾り細工って今はプラスチックの安物で代用されているけれど、昔は職人が技術を競っていた時期があるのよ。シルバニアファミリーも初期は手作りなのよね」

「へぇ・・・としかいいようがねぇな」

「ほら、この婚礼道具の重箱なんて漆に金細工よ?この細かさで」

倫也が1つを手にとって眺める。精巧である・・・。

「なんかフィギュアの高額な物に通じるものがあるな」

「そうね、あの業界も量産ものから一品ものまでピンキリよね」

「なぁ英梨々。いっそ・・・ここにフィギュアを並べたら・・・」

「自分でバカな発言ってわかってるなら、慎みなさいよ」

「厳しいな!」

「そろそろ並べるわよ」

 

 英梨々が1つずつ人形を倫也に渡し、倫也が言われた場所に人形を並べていく。その後に小物を並べる。英梨々は少し離れて、位置を細かく修正していった。倫也は黙々とそれに従う。

 

「こんなもんかしらね?」

「おおっ・・・立派だな」

「そうね。昔は和装の人形ってなんかダサイって思ってたけど・・・」

「良さがわかってきた?」

「そうね」

 

 英梨々と倫也が記念写真をスマホで撮影する。

 

「ほんとはね、ひな人形を飾るのって節分のあとぐらいからなのよね」

「はははっ」

「細かい事はいいわよね」

「詳しいことはよくわからないけど、ひな祭りって雛壇飾ることがメインみたいなとこあるよな」

「うん。でも、一応はお昼ご飯にチラシ寿司を用意しておいたわ。ちょうどいい時間だし食べる?」

「用意がいいな」

 

 時刻はお昼を過ぎたあたりだった。二人はキッチンに移動した。英梨々が冷蔵庫から、チラシ寿司のお雛様セットを二つテーブルに並べる。

 

「ハマグリの吸い物は作り方面倒だったから、このインスタントのアサリの味噌汁でいいわよね」

「まったく問題ないと思うぞ」

 

 2人は味噌汁の包装を破り、中身をだしてお湯を注いだ。一分ほど待つと完成する。

 

「じゃ、倫也、ご苦労様」

「英梨々も、ひな祭り・・・おめでとう?でいいのか」

「さぁ?」

 

 英梨々がクスッと笑う。正式なひな祭りとかよく知らなかったけど、今日は楽しかったこれでいいと思っている。

 

「なんか、お弁当の中身が豪華なんだが・・・」

「そりゃあ、料亭から取り寄せたものだから、それなりのものじゃないと」

「・・・ほう」

 

 チラシ寿司とおかずで別々に分かれている。おかずは細かく仕切られていて、それぞれが凝っていた。

 

「味もいいな」

「そっ、よかった」

 

 それから倫也は食事をしながらネットTVをつけた。倫也がCNNニュースにすると、英梨々がTVの電源を切った。

 

「ふぅ・・・」倫也が大きく溜め息をついた。現実が重たい。

「どこに世界情勢に憂いたアニメオタクの高校生がいるのよ」

「俺は難しいことわかんねぇけどさ・・・腑に落ちないんだよ。政治とか歴史とかイデオロギーとか経済とか独裁とか自由とか・・・世界は複雑だけど、だけど・・・あの女の子の死が・・・」

「まったく、ひな祭りで楽しいだけの話が台無しね」

「・・・ごめん」

「まっ、しょうがないわよ」

 

 英梨々も倫也もそれから黙って食事をした。世界の悲劇を身近に感じた時、人は自分の幸せだけを能天気に笑ってはいられなくなる。本当はいつも起きていることだ。世界中のどこかで不幸が量産されている。それに気が付かないように鈍いふりして今を笑う。

 

 2人が食事を終えた。

 

「はい、これ」

「・・・なんだよ」

「見ればわかるでしょ。ピコピコハンマーよ」

「ボツでいいんじゃねぇの?」

「できることを少しでもすればいいじゃない」

 

 英梨々の部屋に戻ると、雛壇の飾りを眺めている小さな子供たちがいた。

さまざまな人種の小さな子供。どの子も体が少し透けていて、キラキラとした金色の光があふれ出ている。

 英梨々はその子供たちに、ひなあられを一袋ずつ配った。

 

「・・・英梨々?」

「何もウクライナの子だけじゃないわよね。今日と言う日を笑って過ごせなかった子供は」

「そうだけど」

「そういう子供たちに、ささやかな時間をここで過ごしてもらってから、天国にいってもらうの」

「天国か・・・宗教によってちがうんじゃねーの?」

「なんだっていいのよ。ただ、そういうものを否定するよりも、あった方が救われるでしょ」

「そうだな」

 

 英梨々は子供たちと言葉を交わした。その言葉は多様で倫也にはわからない。ただ、小さな子供は少しだけ笑ってから、雛壇と一緒に消えてしまった。

 

「なんだ?」

「天国へのおみやげに雛壇を持っていってもらったのよ。小説の中に飾ったままでもしょうがないでしょ」

「気前がいいな」

「なによ、そのツッコミは」

「ああ、そういうことか・・・」

「ほら、ちゃんとツッコミしなさいよ。重たい話のまま終わるでしょ」

「気乗りしないなぁ・・・」

「・・・」

 

ピコンッ!

 

 倫也が英梨々の頭を優しくピコピコハンマーでたたく、コミカルな音がなる。荘厳な鐘の音だと悲しさが増すから、これぐらいでいい。

 

「片付けをさぼっただけだろ!」

 

 英梨々が困った顔をしながら、口元は固く閉じて唇の端だけで小さな笑顔を作った。

 

(了)

 

 世界がどうか、もう少し優しくありますように。

 



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英梨にゃん

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

暗い話を明るくする英梨々の物語です。


 3月になり、ぽかぽかと暖かい。日光浴をしながら座布団の上で丸くなっている猫は、「こんなに天気がいいのに、ご主人様はどうしてそんなきつそうなものを首に巻いてでかけるのですか?」と言いたげに眺めていた。それでもボクはややこしいこの世界に生まれ落ち、そのルールに従い家を出なければならない。猫はやれやれと言った感じで座布団から降りてきて、ボクの足元に頬をこすりつけてくる。ボクはコーヒーを胃に流し込み、玄関で靴を履く。猫は心配そうに階段の踊り場まで見送りにきていた。何年前の話だろう?

 

 心が辛い。たぶん生きていることに不向きなのだと思う。

 

※※※

 

 倫也は目が覚めると、自分の部屋のベッドの上にいた。制服を着たままだから、学校から帰ってきてそのまま横になり寝てしまったのだろう。窓の外が暗くなっていたので、ぼんやりとした顔がガラスに映っていた。テーブルのスタンドが点灯していて、英梨々が静かに本を読んでいた。

 

「・・・英梨々」

「あら、倫也。起きたのね」

「ごめん。寝てたみたい」

「疲れていたのね。もう平気?」

 

倫也はこめかみのあたりを指で抑える。片頭痛がしていたような気がする。英梨々は制服を着ていて、白いハイニーソを履いた足をペタンと広げて座っている。そして少し心配そうに倫也を見ていた。

 

「夢を見ていた気がする」

「どんな?」

「・・・ネコ」

「ネコ?」

「うん。ネコが気持ち良さそうに昼寝をしていて・・・でも、俺のことを心配そうに見ているんだ。今の英梨々みたいに・・・」

「倫也。・・・泣いてる」

「えっ?」

 

 倫也が自分の顔をぬぐった。目から涙が流れていた。自分の感情がよくわからない。ベッドの上にあぐらをかいたまま倫也は途方に暮れている。英梨々は読んでいるラノベをそっと閉じて立ち上がった。今日の話はボツになりそうだなって思いながらも小説の中で英梨々は今を生きる。

 

「こんなことは・・・あたしの役割じゃないし、恵がすべきなんだろうけど」

 

 英梨々がベッドの上に座って、倫也を抱きしめた。その控えめな胸に倫也のおでこが当たる。倫也は英梨々のクラクラとするような甘い匂いで包まれた。倫也は英梨々の胸で静かに震えている。

 

「混濁しているのね。でも、それが倫也の役目ならあたしはそんな倫也を慰めることしかできない」

 

 英梨々は泣いている倫也の頭をなでつけた。倫也の髪質が子供の時よりもだいぶ硬くなっている。昔はもっとほわほわしていた。男になったんだなぁっと妙な感想を英梨々はいだいた。

 そのまま倫也が落ち着くまで待つ。

 

「ありがと・・・英梨々。もう平気」

「落ち着いた?」

「ああ」

 

 倫也は英梨々から離れた。それから向かいあって座る。まだ心配そうに見ている蒼い瞳に吸い込まれそうだった。倫也は右手を伸ばしてツインテールに触れる。金属のような金色の光沢があるのに、英梨々の髪はとても柔らかく滑らかだった。優しい英梨々に相応しい髪だと思う。

 

「ついでにキスしとくかしら?」

「なんだそれ!?」

「だってぇ・・・」

 

 英梨々が八重歯を見せて、ニカッと笑い、「あんまりメランコリックなスタートだし、どうしていいかわからないわよ」と言った。

 

「顔、洗ってくる」

「あっ、ついでにコーラでもいれてきてよ」

「あいよ」

 

 倫也がベッドから降りて部屋から出ていった。英梨々が倫也の後ろ姿を見送って大きく息を吐きだした。小説の中の世界は自由でいいはずだ。いや、そうじゃない。英梨々は自分達の世界を現実から守るべきだと考えた。どうすればいいんだろう?

 

 そういえば以前の話で、恵が鞄から『どこでもドア』を取り出していた気がする。恵にできてあたしにできないわけがないと英梨々は鞄の中をのぞき込む。文房具とスケッチブックと飴ちゃんと、飴ちゃんを食べたあとの包装のゴミがいくつか入っていた。

 

「・・・まぁそうよね」

 

 仕方がないので、ケータイを使って恵に電話をする。トゥルルル・・・トゥルルル・・・三回目のコールの後に恵が電話に出た。

 

「英梨々?どうしたの」

「恵、ちょっと今いいかしら」

「うん?」

「ネコ耳カチューシャが欲しいんだけど」

「はい?」

「えっ、だからネコ耳カチューシャよ。知らない?」

「ごめん英梨々。何言ってるかわからない」

「あのね、倫也が夢を見てたのよ。ネコの夢らしんだけど」

「うん。ますますわからないけど、で?」

「だから、ネコ耳カチューシャが必要でしょ?」

「えっとね・・・英梨々?何言っているかよくわらないけど、猫耳カチューシャっていいことはわかった」

「ちがうわよ!倫也がネコの夢を見て泣いたのよ」

「うん。それで?」

「だから・・・ネコ耳」

「それはいいから、その間の思考がつながらないのだけど」

「そうかしら?で、あるの?」

「うーん。どんなネコ耳?」

「そんなのあたしが知るわけないじゃないの」

「・・・えっと、倫也くんは猫を昔飼っていたことがあるのかな」

「ないと思うけど」

「じゃあ、あまり立ち入らない方がいいんじゃないかなぁ・・・」

「なんで、そんな意味深なのよ」

「・・・とにかく猫耳が必要なのね?」

「うん」

「そしたら、クローゼットの中にあるから」

「そんなのあったっけ?」

「クローゼットの壁に御札が貼ってあるでしょ?それを一枚剥がせば大丈夫」

「はい!?言っている意味がわからないんだけど」

「英梨々ほどじゃないと思うけどなぁ。それに、ああいう伏線はあまり立てたままにしない方がいいんじゃないかな」

「・・・気味が悪いわね」

「英梨々ならきっと平気・・・だよ」

「・・・」

 

 恵が電話を切った。英梨々はケータイをテーブルの上に置いて、白い扉のクローゼットを眺める。先日、中に閉じ込められる悪戯を倫也にされた。しかし、恵が御札のことを言及した以上は何か仕掛けがあるのかもしれない。演出担当の考えていることは英梨々にはよくわからなかった。なんというか、英梨々は恵ほど物事にこだわりがない。

 

 英梨々はクローゼットの扉を開ける。物がきちんと整理されていて、取り出さなくても中には入れそうだった。そのまま箱を乗り越え、ハンガーにかかっている服の下を通って奥へと体を滑り込ませる。

 

バタンッ!

 

 音がして、扉が後ろでしまった。

 

「ちょっと倫也!」

返事がない。

「やめてよ・・・」

さっきまで倫也は部屋にいなかった。上ってきたら音でわかるはずだ。なんで扉がしまったかわからない。英梨々は中で向きをかえようとしたが、狭くて無理だった。後ろ脚で扉を蹴るがびくともしないどころか、蹴った音がしなかった。

 

 仕方がないので奥の隙間に入り込む。確かこの辺に御札があったはずだと、壁を手探りで触ると、紙にふれた感触があった。これがたぶん御札だ。こんなわけのわからない状況で正しい行動なんてできるわけがない。恵に指示された通り、御札を一枚剥がした。

 

ボフッ!という音と妙に煙たい感じがした。

 

「いったい何の音にゃ!?」

英梨々は狭いスペースで向きを変えて、扉の方へと向かった。

「ともにゃ~」

「ん?英梨々、どこにいるんだ?」

「クローゼットのにゃか」

「なんで!?」

「いいから開けにゃさいよ!」

「別に閉めてねぇよ・・・」

 

 倫也がクローゼットのドアを開けた。中から這って英梨々が出てくる。

 

「英梨々なんだその恰好!?」

「えっ、にゃにが?」

 

英梨々が手を見ると、大きな猫の手をしている。白猫の手で肉球がピンク色で大きい。右手も左手も猫の手になっていた。もしや・・・と思って、頭を触ると猫耳がついている。カチューシャでないのは、触った時のくすぐったい感触が伝わったことでもわかる。これは自分の猫耳だった。

 

「・・・ともにゃー」

「・・・ぷっ」

 

 英梨々が立ち上がって、窓に移った自分を見ると白猫のコスプレだった。胴体部分はもふもふとした白い毛のワンピースになっていて、白ニーソはそのままだった。

 

「にゃんにゃのよ!」

「俺に言われてもわかんねーよ。はははっ」

「もう・・・」

「でもまぁ、カワイイよ」

「そ・・・そうかにゃ」

 

英梨々が顔の前で猫の手を合わせてポーズを適当にとる。とりあえず倫也が笑ったし、結果オーライ。よくわからない小説なのは始まった時からだった。今更文句をいってもしょうがない。

 

「で、なんでそんなんなってんだ?」倫也が笑いを抑えられない。

「えっと、ともにゃが猫の夢をみて・・・にゃいていたから・・・」

「いや、意味がわからん」

「もういいでしょ。ほっときにゃさいよ!」

 

英梨々が猫の手で倫也を叩くと、ポニュン~♪と変な効果音が鳴る。

 

「・・・」

「ぷはははっ」

「にゃにこれ・・・」

 

ポニュン~♪

ポニュン~♪

 

英梨々が確かめるように肉球を押して音を鳴らす。

 

「あたし・・・恵のことがよくわからにゃいわ」

「はははっ、妙なところに細かくこだわるのが加藤だからな」

「・・・とりあえず、明るく終わったから、これでいいにゃ?」

「せっかくだし、英梨々も笑っとけ」

 

 英梨々が笑顔を作ると、八重歯というよりは犬歯だったし、なによりも上唇が猫の様に『ω』になっていたので、倫也はさらに笑っていた。

 

(*’ω’*)



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ホワイトデーだし妨害にめげずにイチャイチャしつづける英梨々

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

ホワイトデーの思い出がない事に気が付いた。


 3月14日のホワイトデー。

 

 学校では卒業式の予行練習が行われ、他の時間は自習だった。

倫也は休憩時間に詩羽の教室まで行き、クッキーアソートを渡した。これは英梨々と選らんだ品でカワイイ缶に入っている。

それから放課後までに恵を探し出して、なんとか同じくクッキーアソートを受け取ってもらった。

学校の帰りには伊織に会い、美智留と出海の分を渡してくれるように頼んだ。

 

 英梨々は伊織とは会わずに先に家に帰った。それからシャワーを浴び、万が一の展開にも備える。新品のシンプルなデザインのピンクの下着を身に着けた。鏡の前で胸を寄せてみるものの、無駄な努力だと自分でため息を1つつく。

クリームイエローのシャツに、ブラウンのオーバーオールを合わせる。髪はツインテールにせず、コンタクトははずした。マンガを描く時用の黒ぶちメガネではなく、ピンクゴールの細いフレームのメガネを新調した。鏡の前で何度かポーズをとる。金髪ツインテールでもなく、かといってオタク候のイタイ容姿でもなく、ナチュラルな自分を模索している。

外は暖かいので春物の軽いコートを羽織って、倫也の家へと向かった。

 

※※※

 

 チャイムを押しても誰もでなかった。英梨々は一呼吸を置いて合鍵を使って中へと入る。玄関で靴を脱ぎ、しゃがんで横にそろえた。洗面所で手を洗いうがいをする。タオルを一枚だして水で濡らして絞った。それから倫也の部屋へと階段をトントントンと軽やかンあがった。

 ハンガーにコートをかけエアコンのスイッチを入れる。濡れたタオルを窓際に干して加湿器替わりにした。クッションに座ってプレステ5の電源をいれ、最近リリースした『死にゲー』と言われる高難度アクションRPGを始めた。攻略サイトも見ずに倫也とコツコツと進めている。

 英梨々はストーリーは進展させずに、MAPを探索しつつアイテムを集め、キャラクターの育成だけすすめる。二人ともアクションが苦手なので、苦戦しているがキャーキャー文句をいいながらゲームをしているのは楽しい。

 

 ゲーム内で単調な作業をしていると倫也が帰ってきた。倫也がコートをかけたハンガーを英梨々のコートの横に並べる。

 

「どうだった?」と英梨々は声をかけた。「お邪魔してます」も変だし、「おかえり」は照れ臭い。結局、挨拶らしい挨拶もせずに、会話を始める。

倫也も気にせずに、英梨々の隣に座りゲーム画面を眺めつつ、「4人に渡してきたよ。美智留と出海ちゃんは伊織任せだけど」と言った。

「まっ、無事に渡せてよかったじゃない」

「そうだな」

「レベリングしておいたけど」

「サンキュ。何かみつかった?」

「商人見つけたけど」

「どの辺?」

 

ついついゲームの進行状況を確認しながら、英梨々の見つけたNPCまで案内してもらい、買えるアイテムの確認をする。

 

「服ぐらい着替えたら?」

「・・・ああ、うん。英梨々は何か飲む?」

「同じもので」

「おk」

 

 倫也は立ち上がり制服の上着とシャツをベッドの上に脱ぎ捨ててトレーナーを着る。ズボンは英梨々のいる部屋では脱ぎにくいのでそのままだ。それからキッチンに向かう。色違いのおそろいのマグカップにインスタントコーヒーをいれた。マグカップを二つ手に持ち部屋へと戻る。

 

「インスタントコーヒーで悪いな。おいしい紅茶でも淹れられたらいいんだろうけど」

「ありがと。これで十分」と英梨々は優しく言った。コントローラーは床に置いたままで、休憩ポイントの画面で静かな音楽が流れている。

 

「あと、これ・・・」

「ありがと」ともう一度言う。

 

昨日、一緒に見に行ったホワイトデーのお返し用のクッキーアソートだ。英梨々の分は他の人のよりも一回り大きい。別に差をつけたわけじゃない。一緒に食べようと思ったからそうした。英梨々がラッピングを外して、缶を開ける。可愛いクッキーが並んでいる。

 

「倫也はどれにする?」

「これで」

「ラングドシャね」

「名前はわかんね」

「はい」

英梨々がクッキーをつまんで差し出した。倫也が手の平を出す。

 

「・・・バカね。口を開けなさいよ」

「ん?」

「・・・」

さっきまで普通だった英梨々の頬が少し赤くなる。倫也は英梨々が何をやろうとしたのかわかり、黙って口をあけた。英梨々がそこにクッキーを放り込む。こういう直球的なラブラブを英梨々はあまり好きではないのだけど・・・

「どう?」

「うまいよ。でもさ、これってホワイトデーっぽくはないよな」

「なんでよ」

「だって、ホワイトデーって男性から女性にお返しするイベントだろ?」

「そうよ?」

「だったら・・・」

「あたしは、これね」

 

英梨々はイチゴのメレンゲクッキーを指さした。耳が赤い。倫也がそれを1つつまんだ。

倫也の方に顔を向けた英梨々が目をつぶった。長いまつげが真新しいレンズを通して見える。

 

「あっ、英梨々。メガネ変えた?」

「・・・倫也」

「ん・・・」

「気づくのが遅いわよ」

「・・・ごめん。なんか印象違うなぁとは思ったんだけど、ほら・・・ツインテールでもないし」

「べ・・・別にいいでしょ」

「ああ、うん」

 

倫也が目をそらした。あんまり可愛い英梨々を見つめてしまうと照れてしまう。ましてやゲームをしているオタクの英梨々だと思って油断していた。オシャレなメガネでは美少女であることを隠しきれていない。英梨々のことを女性だと意識してしまうと、英梨々からいい香りがするとこに気付いてしまう。

 

「ねぇ・・・はやくぅ」英梨々がわざとエロい口調で言った。

 

「ちょっ英梨々!?」

「バカ」そういって、また目を閉じて口を開けた。倫也がそこにクッキーをいれた。英梨々は目をつぶったままモグモグと口を動かして食べている。

「どう?」

「そうね。悪くないけど・・・こういうイベントはやっぱり恵っぽいわよね」

「ははっ、そうだな」

「あたしも嫌いじゃないけど。甘いイベントのついでにさらに甘えようかしら?」

「なんだ?」

英梨々が倫也の右手を持って自分の髪を触らせた。髪はさらさらとして滑らかで倫也の指の間を流れ落ちていく。

それから英梨々は倫也に両手を回して抱き寄せ、後ろにわざと倒れこむ。倫也が英梨々の上になった。それからしばらく見つめ合う。

 

「そろそろかしらね」

「そろそろだろうな」

 

英梨々が目を閉じて、倫也を引き寄せる。倫也は英梨々の望むままキスをした。TVの画面はついたままでさっきから同じ音楽がずっとリピートされている。英梨々の呼吸が少し荒い。英梨々が優しく唇を重ねるだけの倫也にじれったくなって、口を小さく開け舌をからめようとした。

 

 その時、倫也のケータイが鳴った。相手が誰なのか確認するまでもない。

 

 英梨々は右手をまっすぐ天井の方に伸ばして指を鳴らし、ケータイをどこかの亜空間に飛ばした。

 

いったん離れようとする倫也を抑えて、英梨々はさらに強い邪魔が入るまで倫也をギュッと掴んだまま離さなかった。甘きクッキーの香りに満たされた。

 

(了)



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絵を描く英梨々とモデルをしている倫也

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

今回は平穏な一日です。


 春休みになり、長閑な一日が繰り返されている。

 

俺はベンチに座り、まだ咲いていない桜の木を眺めながら英梨々の持ってきた和菓子の道明寺を口に頬張る。品のいい甘さと桜の葉の塩見がちょうどいい。隣で英梨々もモグモグと食べながら、持ってきた水筒のお茶をカップに入れている。

「ふぁい・・・」

「飲み込んでからしゃべれ」

「・・・んぐっ。はい、お茶」

「ども」

英梨々からお茶を受け取って、一口すする。これがまた、なかなかどうして旨いお茶だったりする。

 

 英梨々と付き合ってから生活水準が少し上がった。英梨々によって自動的に引き上げられたというほうが正しいかもしれない。基本的にこういう口にする食品は上等なものになったし、外食も増え、入る店もチェーン店ではなくなってきた。

別に男としての古いプライドみたいのはないし、英梨々に任せてそれなりの贅沢を享受するようになった。一歩間違えばこのままヒモ生活がまっているのかもしれない。

 

「で、どうして桜がまだ咲いていないのに、絵なんて描きにきたんだ?」

「あんたバカね。桜が咲いていたらお花見の人が多くて絵なんてゆっくり描いてはいられないでしょ?」

「いや、そりゃそうだけど・・・」

「だから、こういう空いているときに花と関係ないところを描いておくのよ。木の部分や背景の地面やベンチは花が咲いていなくても関係ないじゃない」

「ほうぅ・・・」

「あとは花が満開になったら、花のところだけをまた描きにくればいいのよ」

「そういうもんなのか」

「そういうもんでしょ」

 

 と、いうわけで・・・今日は英梨々の油絵につきあって公園まできている。俺はさっきまで英梨々の視界に入るベンチに座り、ケータイゲームをしながら時間をつぶしていた。モデルといってもポーズをとったまま動かないようなことは必要ないらしく、けっこう自由にしていた。

 絵を見ても、俺のいるところは小さな一部でしかないし重要度はさほどなさそうだ。

 

 今日は天気がとてもよく、とても穏やかな日だった。さっきから何度かアクビがでてしまう。こうして休憩をはさんでお腹が満たされたら、いよいよ眠気に我慢ができなくなりそうだ。

 

「もう少し描いてていいかしら?」

「ああ。もちろん好きにしてていいけど・・・」

「・・・けど、なによ?」

「寝てていい?」

「別にいいわよ。でも、横にはならないでよね」

「わかった」

 

 英梨々がお茶のカップを回収して水筒を鞄にしまった。ベンチから立ち上がって軽く体操をしている。英梨々に合わせてツインテールが揺れて煌めく。絵を描いている時は集中しすぎて体が固くなるらしい。

それから、英梨々は元の場所に戻った。もってきた折り畳みイスに座って、キャンパスに筆で絵具を置いていく。俺はそんな英梨々を微睡みながら眺める。英梨々と目が合うと、微笑んできたり、ちょっと睨んできたりする。何かしゃべるように口を動かしている時もあるが、声は出していないようだ。

 

「ふあぁ・・・ぁっ」俺はまたアクビを1つする。

ここはモデルらしく足を組み、ベンチにもたれかかって目を閉じた。遊んでいる子供がいないせいか、とても静かだ。

やっぱり冬のコミケに向けてゲームでも作りたいなぁと考えつつもロクなアイデアも浮かばず、平穏な日常に身をどっぷりと沈めている。英梨々の笑顔をみるたびにこれでもいいのかな・・・などと自己欺瞞をする・・・

 

※ ※ ※

 

「倫也。と~も~や~!」

どこかで俺を呼ぶ声がする。

「倫也!」

「んあ?」

目を開けると、英梨々が立っている。腰に手を当ててあきれた表情で「何、爆睡しているのよ」と言った。

「あっ、そんなに寝てた?」

「よだれたれてるわよ」

「まじで?」服で口を慌ててぬぐった。

「恥ずかしいぐらい舟を漕いでいたわよ」

「そんなに寝てたのか・・・」

「そろそろ帰るわよ」

 

見ると、英梨々はすっかり片づけを終えて大きな鞄を手に持っている。

俺は立ち上がって背伸びをしてから、その荷物を受け取った。また、アクビが1つ。英梨々はキャンパスの方をもっている。

 

「なんかいい陽気だったな」

「春眠暁を覚えず・・・だったかしら?」

「そうだな、ほんとそんな感じだったよ」

 

並んで駅の方へ歩きながら、英梨々がそっと俺の右手を握って手をつなぐ。そんな時は俺が英梨々の方を見ても、英梨々はまっすぐ前を向いてこちらを見ていない。そして頬や耳が少し赤く染まっている。

 

※ ※ ※

 

 英梨々の家に着く頃には日は沈み始めていた。

俺は鞄を玄関に置いた。油絵の一式はけっこう重たく、おろすとほっとした。

 

「ありがと」

 

英梨々が小さな声で言ってから、口を抑えて小さなアクビをしていた。

後でいつものように晩御飯を食べてから、うちにくるか訪ねたら、「今日はやめとくわ」と英梨々が言った。少し眠そうな目をしている。

 

「んじゃ・・・また明日な」

「うん」

 

英梨々が脱いだ靴をしゃがんでそろえた。

 

「桜が咲いたら・・・みんなでお花見でもしようかしら?」

「えっ・・・みんなで?」

「うん。みんなで」

「桜を?」

「・・・倫也?」

「いや・・・うん。わかった」

 

・・・桜か・・・加藤も来るかな?

 

 俺は思わずため息をついた。

 玄関のドアを開けて帰ろうとしたら、英梨々が「倫也、忘れ物」と言った。何か忘れたかな?と振り返ると、英梨々が腕を後ろに組んで目をつむっている。口元がニヤついていることから、英梨々は自分であざといマネをしていることに耐えているらしい。

 

 英梨々のオデコを指で軽く弾く。

 

「ちょっとぉ!なによ」

「なんとなくなっ」

 

 英梨々が大袈裟におでこを両手で抑えながら、目をバッテンにしている。

俺と英梨々はこうして玄関でくだらない時間を楽しく過ごし、帰るに帰れず・・・

 

「少しお茶でも飲んでいきなさいよ」

 

と、英梨々が誘ってくれたので、俺も靴を脱いで結局あがることになった。

 

(了)



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桜の咲く頃に

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

今回のテーマは桜。
桜と英梨々とか無理っす。


3月下旬。暖かいかと思えば寒い日もあり安定しない気候が続いたが、それでも今年も桜が開花して春の訪れを告げた。

 

「五分咲きってところかな」

 

 桜の木を見上げながら、澄んだ声で呟くように加藤が言った。

「花見には少し早かったか」

 加藤は何も答えず、少し首をかしげてから俺の方を見た。そのポーカーフェイスの表情からは感情は読み取れない。加藤は実に加藤らしい白いワンピースに桜色のカーディガンを着ていた。一年前、桜の咲く季節に加藤に出会った。それは俺にとっての・・・

 

「ねぇ、安芸くん・・・」

 

加藤が立ち止まった。柔らかい風が吹いて髪が揺れた。加藤はそれを手で抑えてから眉を少しひそめて、開いている木製のベンチを指さした。

 

「少し座ろうか」

 

その声は物静かでとても澄んでいて、耳に心地よく響いた。俺は加藤の隣に座った。

 

 今日はサークルのみんなでお花見をしている。この先の伊織が確保した場所に英梨々やみんながいる。俺は飲物が切れたので近所のコンビニまで買いにでかけたら、加藤がついてきてくれた。だから2人はペットボトルのはいったコンビニの袋を1つずつもっている。

 

 公園は賑わっていた。あちこちにシートが敷かれて、お弁当やお酒でそれを彩っている。

俺たちのところも、加藤が用意してくれたお弁当や、英梨々が持ち込んだお菓子など華やかだ。

 

「あのさ・・・桜はね。安芸くん・・・」

「んっ?どうした?」

 

加藤がこちらを見て、「桜は・・・わたしの領域だと思うんだけど」と言った。それから口を閉じて片方の頬を膨らませてから、また前を見た。しぐさが可愛い。ただ、言っていることは意味不明だ・・・

 

「英梨々とお花見をするっていうはさ、ルール違反なんじゃないかな」

「ルールって」

「ルールはルールだよ。英梨々はアニメやゲームや美術を司って・・・」

「司る・・・」

「うん。霞ヶ丘先輩は本とか文章。氷堂さんは音楽。そうだよね?」

「それ、ゲーム制作のはなしだよね?」

「あのさ・・・今、そういう話してた?」

「・・・なんのこと?」

「だから、この物語の話だよ」

 

 ああ、うん。知ってた。知っているけど、知らないふりしないと物語にならない。

とはいえ、加藤は物語を正統に進める気がないらしい。

 

「それで?」

「桜はどう考えてもわたしの担当だよね?わたしから桜とったら、ただのボブカットのおとなしいモブになっちゃうよね?」

「・・・それはどうだろうな」

「その桜の咲く季節にさぁ・・・」

 

 あっ、非難めいた加藤の声だ。ただ、顔はまだ無表情だった。返す言葉がみつからず、俺は桜を見つめる。枝には蕾のほうが多い。隣に座っている加藤との間には、コンビニの袋が置いてあって、風でカシャカシャとビニールのすれる音がする。

 

「みんなで花見するのはおかしくないだろ?」

「おかしいんじゃないなかなぁ」

「・・・」

「だからね、安芸くん。これでおしまい」

「おしまいって何が・・・」

「おしまいはおしまい・・・だよ」

 

 桜が咲いている。淡いピンク色の花。隣には加藤が静かに座っていて、俺と同じ花を見ている気がした。

 

(了)




しゃーない


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雨のお花見

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

やっとマレニアをソロで倒せたお。


「おい・・・朝だぞ」

「わ・・・わかってるわよ」

「先週さぼったろ」

「しょうがないでしょ?考察動画見て回ってたら、面白そうなRTAやってる人がいたんだから」

「だからって、朝からようつべ見てるなよ」

「倫也だって見てたでしょ」

「まぁな!」

「そこ、威張って言えることじゃないから」

 

 眠い。

 

 気が付けばまた日曜だ。日曜のひとときまであと6時間ほどしかない。先週は英梨々がさぼったので、恵がネチネチと文句いいながらも原稿を埋めてくれた。

 

「で、どーすんだよ・・・」

「どーするもこうするもないわよ」

 

 英梨々が眠そうな目をこすりながら立ち上がって、俺のベッドにバタンと倒れ込んだ。

俺はそれを呆然と見下ろす。

 

「おい・・・まさか」

「ちょっと寝るから」

「・・・」

 

 だめだ。こいつ。

 俺の枕を抱きかかえると、英梨々は布団中にもぐっていった。やれやれ・・・いつもの英梨々だ。寝ていたって小人さんは物語をつくってくれないんだぞ?

 寝ている英梨々にちょっかいでもしようかと思ったが、亀のようになっていて手が出せない。しょうがないので布団をしいて、俺も仮眠をとることにする。起きることができず原稿を飛ばしたらそれまでだ。

 

 徹夜明けで眠いのに、脳は妙に冴えていてなかなか寝付けない。風呂にはいるなり、ホットミルクでも飲んでオフにできれば眠れるのだろうけど・・・目を閉じて何も考えないように考える。

 

※ ※ ※

 

「あのさぁ、安芸くん」

「・・・はい」

「こんなんでいいと思っているのかなぁ」

「返す言葉もないな」

「もう、やめてもいいんじゃないの?無理してもいいことないと思うけど」

「おっしゃる通りで」

「英梨々にもやる気ないみたいだし」

「そんなことないと思うぞ・・・」

「ほんとにそう思う?」

「・・・思うってことにしといてください」

「安芸くん?」

「ほら、一応彼氏だからねぇ!?」

「・・・今、何か言った?」

 

※ ※ ※

 

 何か夢を見た気がする。が、気にしない。時刻は午前11時。起き上がってベッドを見ると英梨々はいなかった。部屋を出てリビングに降りると、英梨々がキッチンにいた。

 

「おはよ。倫也」

「おはよう」

「カップ麺、そろそろできるわよ」

「朝から不健康だな!」

「徹夜明けの上、寝不足の言うと説得力あるわね」

「まったくだ」

 

 2人並んでカップ焼きそばを食べる。何の変哲もないただのカップ焼きそば。こだわりはない。麺が固い時もあれば、柔らかい時もあり。時間も適当、お湯切りも適当。恵がまかないで作ってくれるような野菜が追加されていることなんてない。俺と英梨々は栄養を補給するというよりは、ただ飢えを満たすためだけに食事を摂った。

 

「ごちそうさま」手を合わせる。

「お粗末様でした」

「そうでねぇよ。起きたら食事ができてるなんて幸せなこった」

「そう?」

 

 英梨々がフフッと少し疲れた表情で笑った。俺もだいぶ早く起きたらしい。すでにツインテールが結ってあるし、服も着替えていた。ということはシャワーをすでに浴びているのだろう。俺もシャワー浴びにバスルームに向かった。

 

※ ※ ※

 

 ここ数日、天気が崩れている。今日も東京の空は雨が降り、どんよりとした厚い雲が覆っている。

 油絵はだいぶ完成に近づいていて、英梨々は屋敷のアトリエでコツコツと細部を描いていた。あとは生き生きとした桜を描くため、桜が満開になるのを待っていた。

 英梨々は窓の外を眺めてはため息をつき、雨で桜が散らないか心配していた。

 

「倫也。あの公園ってあずまやがあったわよね」

「あったな」

「なら、行きましょうか」

「雨なのに?」

「別に、倫也が行きたくないならいいわよ。一人でいくから」

「いや、そうじゃなくて。雨で油絵って描けるの?」

「そりゃあ描けるでしょ」

「へぇ・・・」

「で、いくのかしら?」

「モデルいなきゃ困るだろ?」

「あんたのとこはもう完成しているわよ」

「・・・そこはもう少し俺をたてようよ」

「何をたてるのよ?」

「・・・」

「・・・」

 

 俺は荷物持ち係として同行する。

 外は少し肌寒い。こんな天気の悪い日は家でゲームしているか、勉強するほうが妥当な気がするが・・・

公園に着くと、人はほとんどいなかった。傘を差しながら大型犬を散歩している人がいるだけだった。

英梨々は誰もいないあずまやでイーゼルを組み立てて、絵を描く準備を始めた。

 桜は満開に咲き誇っている。花びらが地面に少し散っていた。天気さえよければ英梨々の理想的な状況だったかもしれない。

 

 使い込まれた木製のパレットに、基本色の絵の具を出していく。桜の花びらを描くはずだが、ピンク系統以外も使うらしい。俺には見えない色が英梨々には見えているのだろう。少し大きな箱にはいろんな色の絵の具が入っていて、どれも周りが絵具で汚れていてラベルが読み取りにくそうだが、英梨々にはだいたいわかるらしい。

 

 英梨々が絵を描き始めたので、俺はベンチに座って英梨々の後ろ姿を眺める。雨粒はとても小さかった。池の水面に弱い波紋が広がるが、雨粒の当たる音はしなかった。

 

 とても静かな時間が流れる。

 

 座っているだけだと体が冷えてくる。もってきた荷物からブランケットを取り出して、英梨々の膝にそっとかけた。

 

「もう、邪魔しないでくれるかしら」

英梨々がツンと言った。

「悪かったな」

そのあと、小さく「ありがと」と言っていた。

 

 キャンパスを見ると、桜の花びらが舞い始めていた。

 

(了)



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波乱万丈の新年度

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
さっき書き終わりました。

もう、いつものやつなんで・・・orz


 

 春休みが終わった。桜も散った。気が付けば時が過ぎ去り、高校三年生の受験生である。

倫也と英梨々はカレンダーを切り取り、4月になっていたことを改めて確認した。英梨々は真剣な顔で腕組みをしてカレンダーをじぃーと睨んでいる。別にカレンダーは何も悪いことをしていない。カレンダーには数字が印刷され、それをどう認識するかは人間側の問題だ。少なくとも紙のカレンダーに罪はない。

 

「どうしよ・・・」

「しょうがないよな」

「そんなこと・・・ありえるかしら?」

「まぁ、実際に起きたことなんだからしょうがないよなっ」

「そういう問題?」

 

 納得していない英梨々に説得する気も起きない。過ぎたことだ。今は4月。それだけが事実だった。倫也は英梨々の肩をポンと叩いて、「学校行くか」と誘った。英梨々は少し涙目になっていたが小さく頷いた。

 

 新学年になりクラス替えがあった。俺と英梨々は同じクラスの3年B組。なにしろ英梨々が「同じクラスじゃないなら学校行かない」と駄々をこねたものだから、原作とは設定が変わるのはやむを得ない。なにしろ英梨々を甘やかして進める小説なのだ。

・・・そして、もう一人のヒロインも同じクラスである。

 加藤恵。桜の似合う柔らかな印象の彼女は、新学年に合わせて髪を切った。少し短めのボブカットの髪を左耳が見えるようにピンで留めている。

 

「そんな、嫌そうな顔しないでくれないかな?」

「そうじゃねぇよ・・・」

「じゃあ、何?」

「少し不安なだけで・・・」

「それ、わたしに直接いうことじゃないよね」

「髪切ったんだなっ!似合ってよ」

「そんなんで誤魔化せると思ってる?」

「ああ、もちろん。加藤だからなっ。誤魔化せれてくれると思ってるよ」

 

 加藤があきれた顔で倫也を見つめている。目がじっと合うと倫也は顔を少し赤らめて目線をそらした。

 

「恵も同じクラスなのね」

「別にわたしは原作通りなだけなんだけど?」

「ふーん。そう」

 

 英梨々がプイッと窓の方を向いた。英梨々の席は一番後ろの左側の窓辺だ。その隣が倫也で、その右隣りが加藤。

 

「お・・・おまえら仲良くな?」

「はいはい。別にあたしと恵は仲悪くないわよ。ねっ、恵」

「そうだねぇ・・・仲悪く見えるなら、きっと安芸くんに何かやましいことがあるんじゃないかな?」

「・・・」

 

 倫也はこの一年間、自分の胃が持つか心配だ。キリキリと痛む。詩羽が卒業し学年一の美少女となった英梨々が彼女になってから、男子生徒からの嫉妬がひどい。さらに「正妻」と周りから言われていた加藤と結ばれなかったことで、一部の女子からは『サイテー』の烙印をおされ、非常に扱いが悪い。

倫也としては、「俺、何か悪い事したっけ・・・」という感じなのだが、反論も自己弁護もする気は起きなかった。それでもかろうじて学校に通えているのは、英梨々と加藤が表面的には仲良くしてくれているからだろう。

 

 かくして英梨々という希望を失った男子は、その失恋を引きづっているか、新たなアイドルを探すかで別れた。そして、多くの男子生徒は逞しくも後者を選んだ。

新入生の女子生徒を物色する男子。まったくあさましいものであるが、これはモテない男子生徒の醍醐味でもある。勝手に女子生徒に点数をつけているバカもちらほらいる。

 

 どの男子からも高い好感度と期待を得た新入生が一人だけいた。

 その女子生徒は、英梨々の金髪ツインテール程でないにしても、教室から登校してくる生徒を眺めていてもすぐに発見できる。多くの生徒が茶色から黒のモブのヘアスタイルに対して、赤みがかった茶色い髪を短めのツインテールにしていた。付けているヘアアクセは幼い印象を与え、英梨々のシックなリボンの印象とは対極的である。本人は明るい笑顔を振りまいていたので、入学式からまだ3日目なのに人気が鰻のぼり。すでに英梨々のポジションせまっている。新・二大美女と言われる日も近いかもしれない。

おまけに、胸もでかい。

 

 波島出海。一応、冴えカノ5大ヒロインの一人であり、人気アニメになったことからフィギュア化もされている。とはいえ、映画化された時にほとんど出番がなく、加藤を挑発する役目を担っていて印象はあまりよくない。絵の方で英梨々のライバルキャラ的な立場だったが、ただの英梨々の穴埋めで終わった。倫也のサークルからの英梨々離脱は既定路線だったから仕方ないが、影の薄さは美智留と双璧であろう。

 本作品群では、前に出たがりでメインヒロインになることに憧れていることも付け加えておきたい。

 また、英梨々が何度も高校2年をやり直して作品を作ることで、受験生の期間が長く、本人的にはうんざりしているようだ。

 

※ ※ ※

 

 ランチタイムが終わり、学生たちのささやかな自由時間。英梨々は相変わらず機嫌を損ねて拗ねていた。倫也と加藤はレポートに目を通しながら、最近流行している作品ついて検討している。別に英梨々は2人の仲が良いから拗ねているわけではない。

 

「そろそろ来るかな?」

「・・・そうだな」

「で、安芸くん。どうするの?」

「どうもこうも・・・俺、英梨々の彼氏だからねっ!?」

「それ、わたしと会うたびに言わなくてもいいと思うんだけど」

「・・・ごめん」

「謝られても困る」

「・・・」

 

 そこに、元気な声で、「倫也せんぱーい!」と声をかけて出海が入ってきた。

 

「きたよ」と加藤がボソリッと呟いて、机の上のレポートを片付け始めた。

「あっ、出海ちゃん」と、倫也はわざと驚いた風に答える。

 

 出海はキョロキョロと教室を見渡す。生徒の数は少ない。机に突っ伏して腕を前に伸ばしている英梨々。それから出海の方を見ている倫也。目線を合わせようともしない加藤がいた。

 

「・・・澤村先輩の調子悪いんですか?」

「そこは、スルーしてあげてくれる」

「・・・はぁ」

「安芸くん。英梨々には甘いよね」と、隣で加藤が呟く。

 

倫也はそれをスルーして、出海に「出海ちゃんどうしたの?」と聞いた。

出海は怪訝そうに英梨々の方を見てから、首をかしげていた。

 

「倫也先輩。今年はサークル活動しないんですか?」

「ああ・・・それね・・・」

 

 倫也は返答に窮した。横目で隣の英梨々を見下ろす。メインヒロインがこの低落・・・

 

「ゲーム作りはとりあえず横に置いといてだな・・・まずは、俺たちの物語をちゃんと綴れるようになろうかと」

「はぁ」出海が生返事をする。

「ほら、面白いものを作るよりも、まずはちゃんと作品を仕上げないとダメだろ?」

「そうですね」

「だから、そういうことがちゃんとできるようになってからだな・・・」

「でも、倫也先輩。このまま澤村先輩をメインヒロインで続けていくんですか?」

「うん。彼女だからね!」

 

 ここは倫也もあえて強調して答える。隣にいる加藤の顔は怖くて見えない。一瞬、凍えるような冷気が体を貫いた気がするが・・・これも気にしない。

「まぁ、それはいいですけど・・・」

 出海が改めて、窓際でうなだれている英梨々を見つめている。

 

「・・・で、澤村先輩は何をいじけているんです?」

 

 英梨々は顔を出海の方へ向けた。それから何も言わずにまた顔をそむけた。

 

「実はさ・・・英梨々が・・・」

倫也の神妙な雰囲気に、出海がゴクリとツバを飲み込んだ。

「英梨々が・・・この作品のメインヒロインである英梨々がだよ。・・・自分の誕生日イベント忘れたんだ」

「はい!?」

「澤村・スペンサー・英梨々。誕生日は3月20日らしいよ」加藤がたんたんと説明した。

「それはまた、なんていうか・・・澤村先輩も盛大にポンコツスキルを発動しましたね!」

「だな」

「ポンコツっていうか、もう致命的に自覚が足らないじゃないかなぁ」

加藤がネチネチと追い打ちをかけていく。

「そこは以前からだから」

「せっかくリアルタイムに合わせて作品作っているのに、普通誕生日イベント忘れるかな」

あくまでも英梨々からメインヒロインの座をおろしたい加藤の執念を感じる追撃。

 

「もう、そっとしておいてあげてください・・・加藤さん」

 倫也がフォローをいれる。

 

「ねぇ倫也。もしかして誕生日を過ごさなかったから、あたしって16歳のままでいられんじゃない?」

「英梨々!?頭大丈夫か!?」

「倫也。普通、付き合いたての彼女の誕生日忘れる?」

「・・・俺のせい!?」

「あたし・・・期待して待ってたのに・・・」

「絶対嘘だよねぇ!?」

「でも、あたしが自分で誕生日会を企画するのは変よねぇ?」

「・・・そうだな」

「じゃあ、別にあたしは悪くないわよね」

「というか、お二人はなんで大切な誕生日を忘れていたんです?」

「えっと・・・ゲームしてて」

「そそ。出海にはわかんないでしょうけど、夢中でゲームしてたのよ」

「そこで変なマウントとらないでください。ゲームぐらいしますけど」

「それに、桜の開花のこととか・・・」

「安芸くん。要するに、英梨々の誕生日の優先順位が低かったってこと?」

「いや・・・そうじゃなくってだな」

「あたしと倫也は、二人で楽しく春休みを過ごしていたってだけなの」

 

 加藤の目つきが険しくなってきた。

 

「わたしは倫也くんと英梨々が仲良くしていることに文句を言っているわけじゃなくって」

「ちょっと恵。『倫也くん』じゃなくって、『安芸くん』でしょ?」

「・・・帰る!」

「加藤!?」

「・・・加藤じゃない」

 

 鞄をもって教室からでていく加藤。追いかけるか迷う倫也。

 

「ほら、学校イベントなんてするから、こんな風になるのよ」

「・・・それ、おまえが言う!?」

「早く追いかけてあげなさいよ」

「・・・英梨々」

「なによ」

「『冴えカノ』やっていることに無理があるんだと思う」

「そんなの、ずっと前からわかっているじゃない」

 

 英梨々が机の中からレポートの束を出して、倫也に渡した。表題には『英梨々とイチャイチャ過ごす夏休み(仮)』と書かれていた。

 

「これ・・・」

「恵が作ってくれたの。そろそろ企画を動かして構成を練らないと間に合わないんだって」

「そうだろうな・・・あいつらしいよ」

「でも、倫也。あたしは・・・こういうの嫌だ。あたしは倫也と2人でのんびりゲームしたり、アニメや漫画の話をして過ごしたら十分だし、読者に毎日のぞかれながら過ごしたくない」

「・・・そう・・・だな」

 

 倫也が企画書をパラパラとめくっていく。構成にこだわったイベントは行き当たりばったりなようで、細かく考えられている。いかにも恵らしい企画書だ。そして、表題こそ『英梨々』になっているが、内容は完全に恵のものであることが倫也にはわかった。

 

「それ・・・あたしじゃ無理だから。作るなら恵と作りなさいよ」

 

英梨々は恵のようにフラットな顔をしようとしたが、それはぜんぜんできなくて、瞳は涙があふれそうだった。

倫也は企画書を英梨々に返す。

 

「いや、これはやらないよ英梨々。ましてや加藤とは過ごさない」

「・・・なんでよ」

「なんでもなにもないだろ・・・俺はお前の彼氏なわけだし」

「・・・倫也」

「ちょっとまってください!」

 

 なんか、いい感じになりかけたが、ここで出海がストップをかけた。

 

「今、なんて言いました?」

「何が?」

「倫也先輩。英梨々の彼氏だって」

「ああ、うん。付き合ってるけど・・・」

「はい!?正気ですか!私、聞いてませんけど?」

「いわなかったっけ・・・」

「あのですね、倫也先輩・・・どこに彼女が最初からいるラブコメがあるんですか」

「あるぞ?」

「あるわよね」

「あるんですか!?・・・コホン。とにかくですね・・・私も恵先輩と一緒で納得できませんから!」

「納得とかそういうのじゃなくってだな・・・」

「私と恵先輩をサブヒロインとして登場させるとか、それもう・・・パワハラじゃないですか?」

「ちょっとまって出海ちゃん・・・」

「やっと・・・幾度もの受験を乗り越えてヒロインとして参加できると思っていたのに・・・」

「それだと、浪人繰り返しているみたいよ。出海」

「・・・」

「落ち着いて出海ちゃん。まずは英梨々を・・・メインヒロインに育てないと・・・」

「私も帰ります」

 

 出海も怒った様子で教室から出ていく、出ていくときに振り返って舌を出していた。

 

「なぁ・・・英梨々」

「相変わらずよね」

「まったく」

「でもだいぶ進歩したわよね」

「そうか?」

「別に世界が溶けていないし、変なファンタジーになってるわけでもないし」

「・・・そうかもな」

 

 英梨々がおかしそうに笑っている。

 

「もうすぐ投稿時間ね」

「いつも締め切りギリギリなんだけど・・・誤字脱字ぐらいなんとかしろよ」

「そうね。とりあえず来週の予告だけはしておくわ」

「予告?」

「次回!『忘れていたお誕生日会』をするわよ!」

「たぶんな」

「・・・たぶん」

 

 こんなポンコツですが、新年度もよろしくお願いします。

 



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金持ち設定を有効利用する英梨々

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

お金があったらしたいことがあるうちは幸せで
お金があってもできないことが増えると不幸になる

そんなことを思い浮かべました


 すっかり春になった。窓を開けると気持ちのいい風が入ってくる。

 今日は倫也が英梨々の部屋に来ている。広いフローリングの部屋には、ベッドやクローゼットなどの他、マンガを描くためのデスクや、ゲームをするスペースもある。

 

「で、見せたいものってなんだ?」

「これよ」

 

 英梨々の隣には大き目のダンボール箱が置いてある。

 

「また組み立てからかよ・・・」

「・・・当然でしょ」

「で、何買ったんだ?」

「ゲーミングチェア」

「ああ・・・あの廃ゲーマーご用達のやつだ」

「そそ」

 

 そういうわけで、倫也と英梨々はダンボールを開けて、中のパーツを取り出した。たかがイスだがパーツの数は多く、説明書無しでは組み立てるのは難しそうだった。

英梨々が説明書を開いて、まずは部品を番号通りに並べて確認。次に包装をほどいていく。英梨々の支持に従い倫也が組み立てる。難しいところは英梨々が支えて倫也がネジで留めていった。なんやかんやとイスが組みあがっていく。

 できあがったイスはなかなか立派だ。ゲーミングチェアは体を包み込むようなデザインが特徴で、長時間ゲームをやるのに負担を少なくしている。リクライニングはもちろんの事、ヘッドやアームレストも細かな調整ができる。色は深紅に黒のラインと派手目だ。

英梨々は組み立て終わったイスに座って、クルクルと回ってみる。快適この上ない。

「倫也も座ってみたい?」

「そりゃまぁ」

 英梨々に交代してもらって、倫也も座ってみる。座り心地がいい。何よりもテンションがあがるし、これに座っただけでゲームが上手くなった気がする。

 

「いいなっ!これ」

「でしょ?倫也も欲しい?」

「そうだな・・・迷うけど、部屋に置くには少しでかいな・・・」

「なら、ここに置けばいいじゃない?」

「英梨々の部屋に?」

「うん」

「うーん」

「そこは素直に欲しいっていいなさいよ」

「いや・・・英梨々の部屋にあってもしょうがないだろ・・・」

「もう買っちゃったんだけど・・・」

 

 そういうわけで、もう一つのゲーミングチェアを組み立てる。色は鮮やかな青に黒いライン。英梨々とおそろいのものだ。

 2人でイスを並べて座っている。なんか照れくさい。英梨々は背筋を伸ばして満足そうな表情を浮かべていた。

 

「けどさ英梨々。このイスに対してさ、モニターが小さくね?21インチだよな」

「絵を描くだけならこれぐらいで十分なのよ。画面に近い位置に座っているから大きすぎても作業がしにくくて」

「なるほどな」

「でも、そういうと思って買っておいたわよ」

「何を?」

「はぁ?あんたバカなの?今、自分で言ったでしょ。モニターよ。ゲーミングモニター買ってきたから」

「おお」

「運ぶの手伝ってくれる?」

「ああ、あの玄関にあったやつか・・・」

「・・・うん」

 

 でかい。二人で両端を抱えて慎重に部屋まで運んだ。その後、包装を解き組み立てていく。

 

「これは・・・」

「ふふっ、34インチ湾曲モニターよ。雰囲気でるでしょ」

「おおぅ・・・」

「リフレッシュレートはなんと144Hz!」

「普通だな」

「えっそうなの?あと・・・えっと応答速度?」

「大事なのは映像パネルの種類だろ」

「えっと、どこみれば・・・」

「IPSだな。まぁ無難だな」

「なによー」

「おまえ、どういう基準でこのモニター買ったんだよ?」

「えっと、『かっこよくPS5で桃鉄やりたいんですけど』っていって・・・」

「・・・ほう」

「あとアニメもよく見るんで・・・」

「そうだな。合ってるよ。まぁ充分だ」

「そ?」

「じゃあ、PS5も繋ぐか」

「お願い」

 

 倫也はPS5をつなぎ、デスクトップPCをつなぎ、ブルーレイプレイヤーをつなぎ、ホームシアターの音響をつないだ。邪魔な配線をまとめて見えないように後ろにしまう。

 

「こんなもんでいいか?」

「いいんじゃないかしら」

「じゃあ、起動するぞ」

「うん」

 

 英梨々は立ち上がって、慌てて部屋のカーテンを閉め、部屋の明かりを消した。高音質でプレステが起動する。倫也がコントローラーでゲームを探すが、桃鉄がインストールされていない。

 

「桃鉄ねぇぞ?」

「バカね。桃鉄はスイッチでしょ」

「・・・」

「さっ、エルデンリングの続きでもしましょうかしらね」

「一人用じゃねーか!」

 

 倫也は諦めてコントローラーをテーブルに置いた。英梨々がエルデンリングを起動する。倫也の部屋で倫也がクリアするまで見ていたので内容はわかる。自分でプレイには難易度の高そうなアクションRPGだ。画面は美しく、映画を見ているような気分になれる。そして、英梨々が一人でプレイするには少し怖いダークファンタジーものだった。

 

 倫也は英梨々のプレイを隣で静かに見ていた。

 

 だんだんと英梨々が身を乗り出してゲームに集中する。その姿勢ならゲーミングチェアは必要ねぇな・・・と倫也は思いながらも、画面の明るさで照らし出された英梨々の横顔に見惚れてしまう。主人公に合わせて英梨々も体を動かすものだから、金色のツインテールがよく揺れていた。

 

 ちょっと強い敵を倒すだけで英梨々は満面の笑みを浮かべ、八重歯が零れてみえていた。

 

(了)




いちゃいちゃしたり キスしたりするよりも
これぐらいの距離感の方が個人的には好きです


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ゴールデンウィークでもいつものヘタレ倫也

最近、一週間が三日ぐらいしかない感じ。


ため息をつきつつ、あたしは学生服をベッドの上に脱ぎすて、下着姿のままベッドに座った。

明日からゴールデンウイークが始まる。倫也と一緒に何かをしようと思いつつも、結局は何も決められないまま今日にいたる。

 GWもいつものように、倫也と部屋でダラダラと過ごしてもいい。夏コミの準備も始めたいからこの部屋に倫也を呼んでマンガ制作をしてもいいかもしれない。

 

・・・けれど、一番したいことは、いちゃいちゃすることだ。何度も挑戦している。一歩一歩(この表現はまずいかしら・・・)、着実に倫也との仲は進展している・・・気がする。が、未だ成就していない。理由は自分に魅力がないからではないと断じて信じたい。倫也がヘタレなのだ。いや、恵に気を使っていることをわかっている。

 

 そういう物語だったのだから。

 

「欲求不満かしらね・・・」

 

あたしはベッドから立ち上がって、クリーニングに出すために紙袋に脱いだ制服をいれた。それからクローゼットを開けて、これから倫也の家に行くのに何を着ていくか悩む。思わず買ってしまったナラカミーチェのシャツを合わせてみる。肩が少し出るデザインで鎖骨がはっきりと見える。だからといって胸元を強調するわけでなく品がいい。それに大きめのスカーフを合わせてみるが、いささか畏まった感じになったのではずす。どうせ倫也はわからない。デニムのスカートをはいてカジュアルに仕上げる。

 

 通いなれた倫也の家への道。それでもまだ緊張している自分がいる。初夏といっていいぐらい今日は天気が良かった。新緑が眩しい。こんなに気持ちいい日に部屋に閉じこもっているのはやはりもったいないかもしれない。GWはどこかにでかけようかしら・・・

 

 チャイムを鳴らさずに玄関のドアを開ける。靴は確認する。どうせ倫也以外に誰もいない。一応、天井にトラップがないか確認もする。いや、あるはずはないのだけど。

洗面所に行って手を洗い、うがいをする。鏡を見てもう一度服装を確認した。大丈夫、今日もあたしは可愛い。ツインテールを揺らしてみる。

 階段を上がり、倫也の部屋のドアをノックする。これは最低限の礼儀。

 

「あたし」

「ああ」

 

 気のない返事。別にあたしが来たからといって倫也は喜んだり、ソワソワしたりしない。それが少し癪だった。

 倫也はデスクの上でプラモを組み立ていた。相変わらず受験生とは思えない体たらくだ。

 

「ねぇ、倫也」

 

 あたしは腰に手を当てて、さりげないポーズをとる。まぁ新しいシャツに気付くはずはないのだけど、ちょっとだけセクシーなこのシャツに、戸惑いの表情を浮かべないか観察をする。

 

「ん?どうした?」

 

 机の上には気の抜けてそうなコーラが置いてあった。

 

「ゴールデンウィークについてなんだけど」

「明日からだな」

 

 ほら、まったく気が付かない。信じられない。露出の高い服を着ているのに。あたしは倫也にグイッと顔を近づけた。倫也の目線があたしの胸元に落ちた。たいした膨らみがあるわけでないし、ましてや谷間なんてない。それでも倫也の顔が少し赤くなって目線をそらした。

 

「せっかくの連休だし、受験の息抜きで少しでかけない?」

「それは別にいいけど、どこに?」

 

 倫也が作りかけのプラモをデスクの上に置いて立ち上がった。

 

「この季節だと潮干狩り・・・とか?」

「し・お・ひ・が・り?」

「なによ、その言い方」

「いや、およそ英梨々らしくない場所だなと思って」

「いやならいいわよ」

「いや、嫌じゃない。ふむ・・・」

「気になる場所を見つけたのよ」

 

 あたしはクッションに座って、テーブルの上でノートPCを開いた。倫也が隣に座る。ちょっと腕が当たるぐらいには近い。倫也の匂いがする。そのままあたしを押し倒してくれればいいのに。このヘタレ。

 ノートPCが起動するまで沈黙して待った。自分の耳が赤くなっているのがわかる。倫也の方をそっと見る。倫也はあたしの新しい服の肩の部分を不思議そうに見ている。変わったデザインで一般的というよりはアニメ的に少し浮いている。肩の上の部分に空白ができる作りになっているのが、倫也は気になるのだろう。

 

「ここなんだけど」

「・・・えっ。ここ入れるの?」

「違法らしいんだけど、すごく貝がとれるんですって」

「違法はダメだろ」

「でも、秘密の人気スポットらしいのよね」

「秘密なのに人気なのかよ」

「行ってみたいのよね。ちょっと清々する場所みたいだし、穴場の魅力もあるじゃない」

「でも違法なんだろ?」

「細かいわね」

「うーん。ちょっと待っててな」

 

 倫也がスマホをいじり始めた。あたしはその間に潮干狩りの準備について調べる。量は取れなくてもいい、海に行って砂を掘る。それだけでもいい。

 

「なるほど」

「どう?」

「良さそうだな」

「誰に相談したのよ」

「伊織。ほら、あいつは顔が広いし、いろんな分野に詳しいから」

「それで?」

「出海ちゃんが案内してくれるってさ」

「なんで、波島出海が来るのよ」

「そこ、危険地帯だから、運動音痴の俺たち二人だけならやめた方がいいんだと」

「・・・そうなの」

「ちゃんと行政がアサリを撒いてくれているような場所なら安全らしいけど」

「知ってるわよ。でも混んでるし、あんまりとれないのよね」

「どうすっかな」

「ちょっと考えるけど、少し買い物しにいかない?」

「何を?」

「潮干狩りグッズに決まってんでしょ」

「あ~、あの鉤爪みたいなやつか?」

「熊手っていうらしいわよ」

「ほー、探せば物置にありそうだけどな」

「じゃあ、探しにいきましょうよ」

「・・・とりあえずさ、プラモ完成させていい?」

「いいわよ別に。あたしが見て来るわよ。屋根裏の方かしら?」

「いや、あるなら外の物置じゃないか」

「そ、じゃ見てくるわよ」

 

 あたしは立ち上がった。立ち上がると倫也の目の前がデニムのスカートになる。今日は短いソックスしか履いてないので、ほぼ生足だ。倫也が少しの間、あたしの足を凝視していたがすぐに目線をノートPCに戻していた。このヘタレ。この童貞。

 

 階段を降りて外に出る。物置の中に長靴と潮干狩りセットらしきものがあった。3人分あるのでちょうどいい。倫也の長靴はあるので、あとは自分の長靴だけ用意しておけば大丈夫そう。これなら何も買わなくて平気だった。

物置から必要そうなものを取り出して玄関に運んでおく。それからケータイでスケジュールを確認し、お抱え運転手の予約をいれた。潮干狩りスポットが辺鄙すぎて最寄りの駅からでもかなりあり、もちろんバスなども運行していない。タクシーが拾えそうな場所でもないので、ここは家の車を利用させてもらうことにした。

 

 手を洗って、冷蔵庫から麦茶を出してグラスに2人分注ぐ。それをもって倫也の部屋に戻った。倫也はデスクに座って、相変わらずプラモを組み立てている。あたしはグラスを置いて、道具があったことを伝えた。

 

「そういうわけで、明日はうちの自家用車でいくから」

「ふむ」

「波島出海には、朝に来るように伝えておいてよね」

「何時頃だ?」

「潮の引く時間に合わせるらしいわよ」

「ほう・・・」

 

 倫也が潮見表を調べはじめた。こういう真面目なところが物語をややこしくするのだと思う。

 

「明日の昼になるにつれて干潮になることにするから、調べなくていいわよ」

「そこはリアルタイムじゃないの?」

「細かい事はいいのよ。朝の7時集合。わかった?」

「やる気十分だなっ!」

 

 とりあえずGWの予定が1つできた。あと美智留のライブ観戦もしておこうかしら。

 

 あたしは倫也のベッドに寝そべって、片足を立てながらラノベの続きを読んだ。倫也が振り返れば棚越しにあたしの下着ぐらいが見えるはずだけど・・・あいつはヘタレだから、今日も平和に何事もなく日常が過ぎていくのよね。

 

(了)




次回は潮干狩りで死にかけた話。


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雨。潮干狩り中止。

雨だった。


 倫也の家の前にクラウンが停まり、ハザードランプが点滅している。ウインカーが静かに時々動き、フロントガラスの雨は弾いていた。

 

「なんで雨降ってんのよー」

「しょうがないだろ・・・」

「なんとかしなさいよ」

「こればかりはなぁ・・・」

「リアルタイムに進めるのに、天気予報をみないのが悪いんじゃないですか?」

「・・・」

 

 出海のごもっともな意見に英梨々は言い返せなかった。3人は呆然と家の前から空を眺めていた。クラウンには運転手が待機している。もちろん雨なので潮干狩りは中止だ。中止とはいえ、英梨々はせっかくなので車でどこかにいくか迷っていた。

 

「倫也先輩。私は先に部屋に戻ってていいですか?」

「ああ。何かあったら呼ぶから」

「はい、決まったら来ますね」

 

 出海は玄関のドアを開けて、家の中へ入っていった。久しぶりの倫也の家で懐かしい気持ちになる。とりあえずリビングのソファーに座り、スマホを取り出して時間をつぶすことにする。

 

 一方、英梨々はさっきからブスゥーと口を膨らませたまま沈黙している。倫也としては待たせている運転手が気の毒で仕方ない。GWなら運転手も休みが欲しいのではないかと、いらぬ心配をしてしまう。しかも早朝だ。

 

「なぁ英梨々。せめて運転手さんだけでも帰ってもらったら?」

「倫也が運転するのかしら?」

「俺は免許まだもってねぇーよ。車に帰ってもらったら?」

「どこか行きたいとこないの?」

「雨だしな」

「・・・そうね」

 

 商業施設で買い物をする気もしないし、ラウンドワンでボーリングなどして遊ぶ気もしない。英梨々は傘をさして車の運転席に近づいた。英梨々が近づくと律儀にも運転手は雨の中降りてきて、傘もささずに後部座席のドアを開けようする。英梨々はそれを手で制して、運転手と二言三言会話をした。運転手は頭を下げて運転席に戻ると、ハザードランプを消して走り去っていった。

 英梨々が倫也のところへ戻ってきて、傘をたたむ。倫也はため息を1つついて玄関のドアを開けた。英梨々が黙って入っていく。まるで遠足が中止になった小学生のようだと倫也は思ったが口には出さなかった。

 

「どうなりました?」出海が振り返って声をかける。

「中止にした。運転手さんにはかえってもらったよ」英梨々の代わりに倫也が答えた。出海は「そうですか、残念です」と言った。

 

 英梨々は無言のまま麦わら帽子をソファーの上に放り投げ、そのまま階段を上がって倫也の部屋へあがっていった。

 

「機嫌が悪いですね」

「うん、まぁしょうがない。出海ちゃんにもわざわざ早くから来てもらったのに」

「いえいえ、私は来たいから来ただけですよ。中止なのは天気をみればわかりますし」

「ひさしぶりだよね、来るの」

「小学生の時以来ですからねぇ・・・」

 

 倫也が中学生時代に伊織に連れられて出海は倫也の家に来たことがある。ゲームあり、アニメあり、マンガあり、ラノベあり・・・出海が本格的にオタクの世界に足を踏み入れたきっかけでもある。倫也が夢中で楽しそうに話しをする姿に惹かれてしまった。

 それでもまだ子供で自分の気持ちにははっきり気が付かなかったが、去年の夏コミで手伝ってもらってから、はっきりと自覚するようになっている。

 

 倫也はキッチンでコーヒーを淹れて、それをカフェオレにした。「砂糖は好みでいれて」と言いながら、出海の前のテーブルに置いた。「ども」と出海は少し緊張した声でお礼を言う。

 

「・・・さてっと」倫也は別のソファーに座り、リモコンでテレビをつける。ハードディスクには冬アニメがいくつか録画されていて未視聴のままのものも多い。春アニメにいたってはまだチェックすらできていない。

「何か見る?」

 画面にはタイトルがずらりと並んでいるのを出海は眺めた。今はあんまりアニメを見たい気分ではなかった。これをお題に倫也と会話を広げようと考えた。

 

「何かお薦めはあります?」

「ご覧の通り、未視聴が多くてさ・・・」

「受験生ですものね。2期、3期のアニメなんかははずれないんでしょうけど」

「そうだね。出海ちゃんが見てないのがあれば、ここで一緒に見ようかな」

「・・・そうですねぇ」

「ちょっと、選んでてくれる?」

「はい」

 

 そう言って倫也は立ち上がった。二階の部屋には英梨々がいるので気になる。ここで一緒にアニメでも見てくれればいいのだけど。

倫也が部屋に入ると、ベッドにはブランケットに包まった英梨々がいた。体をくの字に曲げているのがわかるが、完全にもぐっているので表情はわからない。

 

「英梨々」

 

 倫也が声をかけた。英梨々は返事をしない。倫也は英梨々がいじけているのかと思い、ベッドに腰をおろしブランケットの上から英梨々の肩に手をかけ、もう一度「英梨々」と優しく声をかけた。

 英梨々は顔だけをブランケットから出し、コンタクトを外したので目つきの悪いまま倫也を見つめ、「気にしないで」と言った。

 

「そんなこと言われてもな・・・大丈夫か?」

「寝不足」

「・・・ああ・・・うん」実は倫也も少し寝不足

「だから、あんたは別に気にしないで波島出海とアニメでも見てきなさいよ」

「だいたいお前、そんな体調不良で潮干狩りに行こうとするなよ」

「中止になったんだからいいでしょ。さっさといきなさいよ」

「・・・わかった」

 

 倫也は部屋を出て下に降りる。出海はリモコンでアニメリストを見ていた。何かのんびり見れるものがいいと思いながらも、いまいちピンとこなかった。

 

「どう?」

「王様ランキングにしようかと思いますが」

「OK」

 

 出海が第一話を再生する。倫也はソファーに深く腰を掛けた。まだ朝の8時だった。脳がいまいちクリアになっていない。布団にもぐればすぐにでも寝てしまいそうだった。

 

あのまま英梨々の横に添い寝していたい気分だ。窓の外の雨の音でも聴きながら、英梨々とたわいもない冗談をいう。その日向のような香りと、柔らかい髪を指に絡めて遊びながら・・・

 

 第一話もろくに進まないうちに、倫也はうつらうつらとして目を瞑った。出海は別に怒りはしない。ただ、どっちつかずの優しい倫也を見て、寂しい気持ちになっただけだ。出海はぼんやりとアニメを眺める。話数が多いので、倫也の目が覚める頃まで終わることはないだろう。それはそれでいい。ただ、せっかくの2人ならもう少しだけ面白いことがしたかったと思っていた。

 

※ ※ ※

 

 英梨々は部屋に一人。天井の白い壁紙を見つめていた。ときどき家の前を通る車が水を弾いて通過した。そのほかは静かだった。下にいる倫也と出海のことは別に気にならなかった。どうせ何も起きない。嫉妬とは無縁の感情だった。

 

 英梨々は寝がえりをうち、誰もいないテーブルの上のノートPCをみる。倫也がいればキーボードを打つ音が心地よく響いていたはずだ。自分は素知らぬ顔でラノベでも読みながら、まったりとした時間を満喫する。倫也が些細なことで声をかけてきたら、それにそっけなく答える。倫也が髪に触れてきても気づかないふりをする。それから我慢できなくなったら、倫也の顔を引き寄せてそっとキスをする。そこから先には進展しない。

 

 英梨々はドアを見つめる。倫也が今すぐにでも入ってくる気がした。窓のひさしに雨があたる音が微かにする。ラノベを読み気も起きない。そばにいてくれるだけでいいのに。そう思いながら英梨々もまた目を瞑った。

 

 せっかくの雨なのに。

 

(了)




何をしていいかわからない時に、後からふりかえればもう少し適当なふるまいができたかもと思うけれど、やっぱりその場ではわけのわからない時間の過しかたをする。

朝の8時からアニメは普通みない。
じゃあ、何をすればいいかって言われたら、やっぱりよくわからないな。

TVの雑音をつけながら、雑談をして過ごすようなスキルがあれば別なんだけど・・・
こう・・・微妙な距離の人だとほんと困る。


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お題 鯉のぼり

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。
もう少し丁寧に作品は作りたいものです・・・


 英梨々が倫也の部屋で折り紙を折っている。

 

「何してんだ?」

「見ればわかるでしょ。折り紙」

「なんで急に」

「毎日のノルマなんだからしょうがないでしょ。話つくらないと」

「今日は天気いいし、潮干狩り行けばよかったんじゃねーの?」

「そうだけど、そんな気分じゃないのよ。もう少しサクッと終わらせたいわけ」

「もうすぐ投稿時間だしな・・・」

「そそ」

「で、何作ってんだ?」

「これはね、鯉のぼり」

 英梨々が折り紙を使って小型の鯉のぼりを作っている。

「器用なもんだな」

「はい、あげるわ」

「そりゃどーも」

倫也が英梨々から小型の鯉のぼりを受け取り、机の上に置いた。

続いて英梨々は筒状のものを取り出し、工作しはじめた。

「おっ?今度は何作ってんだ」

「これね、夏休みの工作で昔作ったんだンだけど、万華鏡」

「万華鏡って、あの覗くとキラキラしているやつだっけ」

「そうよ」

「あんなの作れるの?」

「簡単なのよ。こうやって鏡を三枚つかって三角を作って筒の中に固定するの」

「ほう」

「それで、覗き穴と後ろには反射させるキラキラしたものをいれるわけ」

「あー。昔は縄跳びのゴムとかはいってたよな」

「あったわねぇ。でもやっぱり貴石ぐらいを使うと綺麗でいいわよ」

「へぇ・・・」

 英梨々が手際よく万華鏡を組み立てる。

「でね、こうやって組み立てて・・・完成っと」

「ちょっと見せてみ」

「あっ・・・まっいっか」

「どした?」

 英梨々が倫也に万華鏡を渡した。倫也がそれを受け取った。

「でも倫也、それ覗いちゃダメよ」

「なんでだよ?万華鏡を覗かなくて、何に使うんだ」

「そうじゃないのよ。組み立ててみたけど、後ろのところに何もいれてないの」

「おい・・・」

「まっ、鯉のぼりだけにちょうどいいかしらね」

「なんだそれ?」

 

 

「どっちも中見ない(中身無い)でしょう」

 

 

「おあとがよろしいなっ!」

 

投稿っと。

 

※※※

 

「おい、英梨々」

「なによ」

「1000文字に満たないと投稿できねぇーぞ」

「えっ、文字数足らなかった?」

「755文字だった」

「じゃあ、あとは倫也がなんとかしなさいよ」

「なんとかっていわれてもな」

「とりあえず、万華鏡を完成させるから返しなさいよ」

 英梨々は倫也から万華鏡を返してもらって、後ろの部分をこじ開けた。そこに小さなビーニル袋に入った材料をいれる。砕いた貴石や綺麗な金属の粒だ。

「これで、今度こそ完成っと」

「ほう」

 英梨々が自分で覗いてみる。なかなかの出来栄えに満足した。それから倫也に渡す。

 倫也が覗いてみる。なかなか綺麗ではあるが、だからといって子供の頃のような感動はもう起きない。

「きれいなもんだな」

「なによ、その小学生並の感想は」

「いや、だって特にさ・・・」

「せめて、万華鏡でオチを作りなさいよ」

「無茶ぶりだな・・・」

 倫也が万華鏡を見て考える。

 

「整いました。万華鏡とかけまして」

「万華鏡とかけまして」英梨々が合いの手をいれる。

「明日オープンする駅前のケーキ屋と解く」

「明日オープンする駅前のケーキ屋と解く。そのこころは?」

 

 

「どちらも回転(開店)するでしょう」

 

 

「ボツにする余裕ないから、これでいいわ」

「・・・せめて笑顔でごまかせよ」

「無理」

 

 英梨々。真顔で投稿ボタンを押す。

 

(了)




このやっつけ仕事感。


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【代替原稿】 R18版英梨々 ①

この原稿は、倫也が別荘に行ったときに英梨々と結ばれたルート分岐になります。
迷走して未完なんですが・・・


01 第一夜 英梨々と学ぶ初夜の作法

 

「ちょ・・・ちょっと・・・まっ待ちなさいよ!」

英梨々が動揺を抑えきれず、あたりをキョロキョロと見ている。

 

英梨々は猫模様の黄色いモフモフのパジャマを着ていた。

反して、部屋は落ち着いた木のぬくもりを感じる家具と調度品で満たされ、ロウソクの炎がランプの中で揺らめいている。

壁に埋め込まれた四方のスピーカーからは、まるで生演奏のような美しい音でベートヴェンの月光が優しく流れている。

 

天蓋付きの大きなベッドに腰を掛けて、手は緊張してシーツをぎゅっと握っているが本人は気が付いていない。

 

「ほんとに・・・R18で始まめることないでしょ!」

さっきから、語尾を強くあげて去勢を張るものの、声はどこか心細い。

「なんとかいいなさいよ・・・」

倫也に助けを求める。

緊張して息がつまりそうだ。

 

「英梨々の望んだ世界だろ?」

倫也は冷静に答えながら、部屋の扉を調べ、ドアノブを回していた。

「なんで、そんな他人事なのよ・・・で、あんた何してるのよ?」

「ん・・・いや、このドア・・・中から開かないぞ?」

「・・・そう。まぁそうでしょうね」

 

雪の降るクリスマス・イブの夜。

倫也と英梨々は那須の別荘に2人で過ごしている。

 

「英梨々、何か心当たりがあるのかよ?扉が壊れているとか」

「はぁ・・・」

英梨々が深く息を吐き出した。

「そのわざとらしいセリフ・・・」

「そりゃ、読者だって状況を説明しないとわからないだろ?」

「別にわからない人はわからないでいいじゃない」

「・・・ふむ。そうだな」

 

倫也は諦めて、英梨々の方へ振り向いた。

ランプの明かりに英梨々の影が大きく壁に揺らめいている。

本人は暗くてその表情がはっきりとは見えないが、金色の髪がこの微かな光でも輝いていた。

 

「結ばれないと、出られないわよ」

「結ばれるって何が?」

「あたしと倫也が」

「結ばれるってどういうことだよ」

「あんたバカなの?それとも、あたしの口からそれを聞きたいのかしら?」

「そうだな。うん。お前の口から聞きたい」倫也はからかうような口調でいう。

さっきから、立ったままドアにもたれかかっている。

部屋の中に適当な椅子はなく、座る場所がベッドぐらいしかない。

もっとも、絨毯は厚みがあって直接座っても座り心地は良さそうだ。

 

「そ・・・そう。えっとね・・・」

英梨々はちょっと顔を俯いて、もぞもぞと体を動かす。

暗くて見えないが頬が赤くなり、口は堅く閉じて波打っていた。耳はもちろん真っ赤だ。

自分で耐えられなくなって、ベッドサイドのランプを点灯させた。

あたりが明るくなり、壁の影が消える。

 

「そのね・・・あたしが倫也に抱かれるってこと」

「よし、じゃあ高い高いしてやろう」

「赤ちゃんちゃうわ・・・」と、ベタなボケにとりあえずツッコむ。

 

倫也もけっこう緊張している。あえて英梨々の緊張をほぐそうとするが、すぐに沈黙が流れる。

すると部屋の雰囲気に押し流されそうになる。

いや、そうするべき事を重々承知しているが。

 

「どうにも実感がわかねぇな・・・」

倫也が部屋を見わたす。簡素な部屋だった。扉付きの本棚には百科事典などの分厚い本が並んでいて、その上には経済や政治関連のものが多い。辛うじて倫也が読めそうなものといえば三島由紀夫全集ぐらいのものだった。

 

ただ1つおかしなものがあるとすれば、棚の上に置いてあるガチャマシーンぐらいだろう。

今はあえてふれない。できれば関わらずに終わりたいと思っている。

 

「それ、詩羽からのプレゼントだから」

「あっそ」

躊躇なく触れてきやがった。

「話に困ったら使いなさいだってさ」

「そうか・・・」

倫也は軽く指でこめかみを押して、起こりそうな頭痛を早めに取り除く。

 

「もう、そんなとこに立ってないで、こっち来なさいよ」

英梨々は左手でベッドをポンッと叩く。

「別にまだ立ってねぇぞ?」

「はいはい。下ネタ乙」

「・・・連れねぇなぁ・・・」

倫也は覚悟を決めて、ベッドの方へ歩き出した。

「倫也・・・手と足が一緒に動いているわよ」

ガッチガッチ。

「あのさ・・・英梨々」

倫也の声も震えている。こんな時は男の方が臆病だったりして。

 

「なんか、倫也が緊張しててくれた方が、あたしの気が楽ね」

「あのなぁ・・・」

「安心しなさいよ。今回すぐに終わるような物語じゃないから」

「えっ、連載型なの?」

「そうだけど、何か問題あるのかしら?」

「いや・・・」

倫也はほっとして、英梨々の隣に座った。

柔らかいベッドが少し沈む。

 

「そんなにほっとした顔をされるのも、なんか腹立たしいわね」

「すまん・・・」

 

沈黙。

 

今も心地よく月光の甘い音色が流れていた。

 

英梨々は足をそろえて、その上に手をグーにしておいている。

隣の倫也も同じ姿勢だった。なんだか2人して面接でも受けているみたいに背筋をピンと伸ばしてる。

 

「するわよね・・・?」

 

英梨々の問いかけに、またボケようかと迷う。

雰囲気を茶化すのは簡単だ。そうやって時間を稼ぐ。結論を引き延ばしにする。

でも、それはもう倫也がすべき選択ではない。

 

「お前さえ、良ければなっ」

 

倫也が英梨々の方を向いた。

英梨々は下を向いて、顔が真っ赤になった。湯気もでそうだ。

「あっ、ツインテールなんだな」

「・・・うん」

 

てっきり準備万端で髪をほどいていると思っていた。

英梨々がうなずくと、ツインテールが少し揺れる。

揺れると光をキラキラと反射する。

 

倫也はサイドテーブルに手を伸ばしてベッドランプを消した。

当たりがまた暗闇に沈み、壁に2つの影が揺れる。

 

沈黙。

月光の演奏も止まった。

沈黙。

 

(次の曲がかからないのかしら?)

英梨々はそれを口に出さない。

(あれ、オーディオの調子が悪いのか?見て来る・・・)

倫也はそんな風に誤魔化さない。

 

だから、沈黙する。

心地いい沈黙と、重い沈黙がある。今はどっちだろう?

 

「・・・ごめんな。英梨々」

倫也が先に沈黙を破った。

「えっ、何?あたし・・・ここでふられるの?」

英梨々が動揺して顔を上げる。顔がきょとんとしていた。

「いや、ちがっ・・・えっと、あの日。前も謝った気がするけどさ。新幹線にお前を押して倒してしまったこと」

「うん?」

「長い物語を2人で・・・ちがうか、みんなで過ごしてきて、あれが一番後悔してる」

「そう・・・でも、それはね・・・倫也」

英梨々の優しい声が部屋に響いて、それが壁に音が吸収されてすぐに沈黙になって・・・

そうすると、胸の音がトクントクンと聴こえそうで・・・

「それは倫也が優しいからなのよ。だから、もうそんなことは気にしなくていいわ」

「・・・ありがと」

 

倫也が英梨々の頭を抱き寄せ、髪にそっと口付けをする。

日向の温かい香りがする。ひどく懐かしい。

 

「ちゃんと抱いてよね」

うん。上手く言えた気がする。あっ、でもこれじゃツンがないのか・・・

「どうかな」と自信なさげに倫也が答える。

「そこは、了承しなさいよ」

「いや、まぁそうしたいんだがな・・・何しろ俺だって・・・そのなんだ・・・」

「何?」

「R18とか初めてだし」

「・・・そうね」

「恥ずかちぃ」倫也は両手で顔を覆った。

 

英梨々は冷めた目線でそれを見つめている。

 

「・・・あの、英梨々。何かつっこんでくれよ」

「そうね。ええ、倫也のそのシリアスに耐えきれなくなる気持ちは痛いほどわかるわ」

「ごめん」

「いいのよ・・・もう3000文字超えたし、今日はこの辺で終わろうかしら。オチなんていらないんでしょ?」

「オチは別にいらないんだけど・・・」

「けど・・・何よ?」

「少しでも進展しないとな」

「何をよ?」

「そりゃあ英梨々・・・エッチをだよ」

「はぁ?あんたバカじゃ・・・んぐっ」

倫也が指で英梨々の口元を抑えた。

 

英梨々が落ち着いたのを見計らって、倫也は指を離して大きく息を吸った。

 

「リボン」

「・・・リボン?」

「とっていいか?」

「ん?別にいいけど・・・」

英梨々が首を傾けて自分のリボンをとろうとした。暗いのでよく見えないが、以前、倫也が送った一番のお気に入りのリボンだ。

「いやいや、俺がはずすから」

「・・・そ・・・そう」

「ダメ?」

「と・・・ともにゃがそうしたいならそうしなさいよ!」

「にゃ?」

「噛んだのよ!悪い?最後まで言い切ったんだから、そこはスルーしなさいよ。ほんと空気読めないわね」

「ごめんにゃ」

「いいにゃ」

 

沈黙。

 

「やっぱり、音楽止まったままよね」

「そうだな。たぶん、リピート押さなかったんだな」

「しょうがないわね」

「よし。するぞ」

「いいわよ」

 

倫也も英梨々も体制を変えて、ベッドの上で正座して向かい合った。

 

「三つ指立てて、お迎えした方がいいかしら?」

倫也はそれをスルーして、英梨々の右のリボンをほどこうとする。

「・・・それ、ほどけないわよ。前、言わなかったかしら?」

「えっと・・・」

「ゴムバンド見えるでしょ」

「暗くて」

「ランプつける?」

「いや、いい」

「・・・そう」

 

英梨々はずりずりと体をずらして、後ろを向いた。

それから、倫也に近づいて体を預ける。

 

華奢な英梨々の体を支えながら、倫也は英梨々のリボンのバンドを探すがやっぱり見えない。

手探りでゴムバンドを見つけて、それを外そうとする。

「・・・倫也。痛い」

「ごめん」

「そんなに強くしちゃだめ」

「ごめん」

「下手くそね」

「ごめん」

 

倫也はうまくリボンが外せないので諦めた。

 

沈黙。

 

後ろから、そのままそっと英梨々を抱きしめる。

ここで甘い言葉でも囁かれたら、そのまま落ちる。チョロインじゃなくても落ちる。

 

「倫也・・・」

「んっ・・・」

「『砂糖』とか、つまらないオチにしたら裏拳いれるわよ」

「大丈夫。ボツにする前に添削したから」

「・・・そう」

 

真面目か。そして沈黙。

 

「あと、リボンをはずすならちゃんとはずしなさいよ」

「まぁそうなんだがな・・・ほら、ツインテールの英梨々も可愛いし、どうしようかって」

「バカ」

 

静寂。

棚の上の蝋燭のランプがちらちらと揺れ、そして、ふっと消えた。

完全な暗闇に沈む。

 

「好きだ」

「ばーか」

 

倫也はぎゅっと英梨々を抱きしめる。

 

「ずっと優しかった英梨々が好きだ」

「ばーか、ばーか」

「君が好きなんだ」

「ばっかじゃないの・・・」

「・・・ごめん」

「・・・ばぁーか・・・」

 

英梨々も倫也の腕をつかむ。

暗闇も静寂もいらない。

 

「えりり」

「・・・ともや。もう返せないわよ・・・」

「英梨々。君の耳元で囁く甘い言葉が見つけられない」

「うん」

「こんなにも君を抱きたいのに」

 

英梨々はギュとさらに腕をつかむ。自分が震えているのがわかる。

 

「だから、ありきたりな言葉だけど」

「・・・うん」消え入るような声で返事をするので精一杯。

 

「愛してる。英梨々。愛してるんだ。君が好きだなんだ」

 

倫也の声は少し涙ぐんで聞こえる。

 

(泣いているのはあたしだろうか、それとも倫也?)

 

「ばぁ・・か」

最後の力を振り絞って、英梨々はツンを演じる。

もうどうしようもなく下手くそで可愛いだけだけど。

 

デレになったら・・・第二夜が作れないから。

 

(続)




まず真面目モードからね


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【代替原稿】 R18版英梨々 ②

ゴールデンウィークも後半 みなさまいかがお過ごしでしょうか

前回の続き?になります。


24日のクリスマス・イブが開けて、24日のクリスマス・イブが始まる。

何しろここは閉鎖空間。部屋から出られないし、時間も繰り返される。

初夜を終えるミッションをクリアするまで終わることはない。

 

「前回は危なかったわね・・・まさか、蝋燭の火が消えるとは思わなかったわ」

英梨々がカーテンを開けると、暖かい陽射しが部屋を明るく照らす。

 

もふもふした黄色いパジャマのまま、英梨々は部屋の模様替えをしている。蝋燭の火は安定しないので棚の上のランプはアルコールに変えた。

またベッドランプも調光式にして、明るくなりすぎるのを防ぐ。

音響は倫也に任せている。

 

棚を動かし、ドリルで背面に穴をあけて配線を通した。中には最新の高級オーディオが入っている。

これをノートPCと連動させ、CDではなくHDから選曲できるように切り替えた。昨晩のようなリピート機能を設定し忘れることのないように、いくつものクラシック次々と流れるようにする。これで朝まで音が消えることはない。

 

「アロマオイルとかも焚いた方がいいかしら?」

「任せるよ」

「なしでいいわよね。やっぱり人工的な香りの気がして好きじゃないのよ」

「そうだな」

部屋の家具が木製のせいか、ほのかに木の香りがする。

 

倫也が窓から外を眺める。広いバルコニーに雪が少し積もっている。庭は雪で真っ白だった。

窓をガラガラと開けると、ひんやりとした空気が心地よかった。

雪を触ろうとしたら・・・

 

チュンッ!

 

何かが高速でかすめた。続いてバンッという音が遅れて聴こえた。

英梨々が倫也の服を持って部屋に引っ張っていなかったら、銃弾に当たっていた。

 

「・・・おい、どういうことだよ」

「だから、言ったわよね。ここは閉鎖空間なのよ。物理的に、心理的に、ルール的に。何よりも強制的にね」

「・・・」

「もちろん、トイレや食事などというくだらない生理的欲求も起こらないから心配しないで」

倫也はうなずく。

英梨々は窓を静かに閉めて鍵をかけた。

 

遮光カーテンを閉めると、部屋は薄暗くなる。微かに洩れる光がなければ昼間だとわからないぐらいだ。

 

部屋のスイッチで電気をつけ明るさを確認する。こちらも段階式に調光ができる。

今はそこまで暗くするつもりはなかった。

 

英梨々はベッドに腰を掛け、ぼんやりと立っている倫也に呼びかける。

倫也は家の外のことが気になったが、たぶん考えても無駄なのだろうと英梨々に質問することをやめた。

隣に静かに座る。

 

「昨晩の続き・・・とりあえず、リボンの外し方の練習をしておきなさいよ」

「明るいうちにか」

「そうよ。慣れたら・・・暗くてもできるようになるわ」

「でも、ツインテールのままも可愛いと思うんだよな」

「・・・」

英梨々がモジモジとして目をそらす。可愛いとかさりげなく言われても困る。

「ん?外した方がいいか?」

「・・・バカ。好きにしなさいよ」

 

倫也と英梨々がベッドの上で向かいあって座る。

倫也は胡坐をかいて、英梨々はペタンと正座を崩して女の子座りをする。

パジャマの下はズボン型なので、倫也から下着がみえるようなことはない。

上は首元までボタンを留めていて、まるで隙がなかった。

ネコの模様なので、どこか子供っぽく、率直にいってセクシーさのかけらもなかった。

 

それでも蒼い大きな瞳で見つめられると、倫也は照れてしまい直視は難しい。

英梨々の方も倫也をずっと見ていられなくて、目をすぐにそらして、顔を火照らせた。

 

「えっとだな」

倫也は手を伸ばして、片手を伸ばして英梨々のツインテールをつかんだ。

「ちょっと遠いんだが・・・」

「そんなの仕方ないでしょ」

「昨日みたいにもう少し、寄れないか?」

 

昨晩は倫也にもたれかかっていた。

 

「そ・・・そんなのできるわけないでしょ!明るいのに」

「そういわれてもな・・・」

「だって、暗くしたらよくわからないんでしょ?」

「そうだけどな・・・」

倫也が胡坐をやめて、膝立ちをして英梨々に近寄っていく。

「近いわよ」

「しょうがないだろ」

英梨々の頭の上から覗き込んで、リボンの根本をみる。ゴムバンドが見えた。

「このゴムをはずせばいいんだな?」

「そうよ」

倫也が無造作にひっぱろうとすると、英梨々が「痛いわよ・・・それじゃ」と怪訝そうに文句を言う。

「ちゃんと根本の髪を抑えて」

「ん・・・こうか?」

「そう。そしたらそのまま抜けないかしら?」

 

倫也が英梨々の髪の根元を抑えて、ゴムバンドを動かすと、スルスルと動いた。英梨々の髪は思ったよりもずっと柔らかくて滑らかなだった。

 

「おっ、はずれた」

 

英梨々が頭を振ると、片方の髪が揺れて落ちる。光がちらちらと舞うように見えた

「もう片方も」

「そうだな」

倫也はもう片方のツインテールのリボンも外した。

 

英梨々は両手を自分の首の後ろに回して、髪をパサァーと広げると、電気の光がきらきらと飛び散っていく。

 

「そこのサイドテーブルに櫛がはいっているから、とってくれるかしら?」

 

倫也は膝で歩いて、ベッドサイドの引き出しから赤い櫛を取り出して英梨々に渡そうと手を伸ばす。

英梨々はそれを受け取らないで、じっと見ている。

 

「どうした?」

「・・・そこは倫也。もう少し空気を読むところじゃないかしら?」

「ん・・・」

英梨々が後ろを向いた。

 

「ああ・・・そうだな」

「・・・うん」

英梨々は耳が緊張しすぎてくすぐったいくらいだ。

 

倫也は英梨々の後ろで胡坐をかいて、その美しいブロンドの髪に櫛を通していった。

櫛に髪はひっかかることもなく、髪は素直なストレートに整っていく。

 

「やっぱりなんていうかさ・・・」

「何かしら?」

「娘みたいなんだよな・・・」

「・・・子供っぽくて悪かったわね」

どんな表情なのかは倫也から見えない。

 

「こんなもんでいいか?」

「さぁ?」

「この部屋、鏡ないな」

「手鏡がはいってなかった?」

倫也がサイドテーブルに櫛をしまって、手鏡を英梨々に渡す。

「いんじゃないかしら?って、倫也はどう思うのよ?」

「お人形みたいだなって思うよ」

「それ、褒めてないわよね?」

「いや、十分に美少女だなぁっと感心する」

英梨々は眉をひそめて、手鏡で倫也の表情を覗き見る。

倫也の顔も紅くなっているので、照れているのがわかった。

 

「ふふっ」

英梨々はベッドに立ち上がって、倫也の方を見て見降ろす。

「さて、どっちのあたしがいいかしら?」

左手を腰にあて、右手で倫也を指さしている。

「どっちも捨てがたいな」

「優柔不断って、こういう時にほんと役に立たないわよね」

「ふむ」

 

英梨々はそのまま手鏡をサイドテーブルにしまって、リモコンで部屋の電気を消した。

それからベッドランプを付けて明るさを調整する。

オレンジ色の光が、倫也を浮かび上がらせて、大きな影が天井に映った。

 

「倫也、ちょっと目をつぶって」

 

倫也は素直に目をつぶる。音楽は流れていない。

 

英梨々はこっそり忍び寄って、後ろから倫也にハグをする。

「なっ・・・なんだよ」

「しぃ・・・・」

英梨々が倫也に静かにするように促して、そのまま抱き着いたままにする。

それから、耳元で囁く。

 

「倫也・・・したくないのよね?」

 

英梨々の小さな胸が倫也の背中に当たっている。

 

「そうじゃねぇよ・・・ただ、よくわからない」

「ねぇ何が・・・?」英梨々がおかしそうに囁く。

「手順というか・・・だってさ・・・」

 

だって・・・

女の子は洋服を着ていて。それを脱がせると下着があって。

下着なんて普段は見る機会なんてまったくなくって、シャツから透けているブラの色がわかるだけでも興奮してしまって、何かの偶然でスカートの下着が見えたら、もうそれは一大事件でどんなニュースよりも大事だ。色も形も一瞬で目に焼き付く。

その後、さらにその下着をとって、体にふれて・・・

そのあたりから想像の限界を超える。

セックスとか都市伝説に違いない。

 

「手順って・・・AVぐらい見ているでしょ?」

「見たことないな!」

「そんなに断言しなくても、でもエロ本とか、エロアニメとか・・・」

「ないな。一応、設定が倫理君なんでな」

「バカじゃないの?」

「保険の教科書程度の知識しかないんだぞ?」

「自慢げに言わないでしょ。恥ずかしい」

「あっ、でもエロ同人本なら読んだことあるな」

「へぇ、どんなのだった?」

英梨々が倫也に抱き着いたまま前後に揺れている。

 

「屈強な裸の男が乱入してきてだな。女の子のケツに無理やり突っ込むような話だったな」

「何よそれ・・・」

「ほんとな、描いている作者の顔とか見てみたいよな」

「・・・はいはい」

 

英梨々。またの名をエゴスティックリリィ。凌辱系エロ同人作家。歪んだ性癖の表現はいったいどこからきたのか・・・自分でもよくわからない。

 

「あっ、そうか。もしかして英梨々。そういう風にやればいいのか?」

「なっわけないでしょ!」

 

英梨々が体重を後ろにかけて、倫也と一緒に後ろに倒れてベッドの上に転がる。

 

「ねぇ。こんな風にじゃれても・・・そんな気分にならないのかしら?」

 

英梨々は横になった倫也を後ろから抱き着いたまま聞いた。

倫也が英梨々の手をぎゅっと握る。

 

「それは聞かずに確認して・・・みたらいいんじゃないか・・・」

「・・・確認・・・?」

「・・・」

「・・・」

 

英梨々が倫也の背中におでこをつける。

顔を真っ赤にして、少し怒るような口調で言おうとしたが、力が入らずに・・・

 

「バカ・・・」

 

と小さな声で言うのがやっとだった。

 

(続)




ふぅ・・・


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【代替原稿】 R18版英梨々 ③

今回の英梨々は可愛いと思う。


倫也と英梨々はベッドの上に並んで足を伸ばして座っている。

足元には一枚の毛布を共有してかけてあった。

 

「ふあぁあ~」と、英梨々が大きなあくびを1つした。

手元には分厚い『三島由紀夫全集』があるが、読んではいない。

横目で倫也を見ると、けっこう真面目に三島作品を読んでいる。

 

「あんた、真面目に何読んでのよ」

「『潮騒』いや、普通に面白いんだが・・・」そして静かにページをめくる。

「英梨々は何読んでるんだ?」

「あたしはペラペラマンガ制作中」

短い鉛筆一本で、ページの角に絵を描き込んでいた。

「貴重な本だよね!?」

「知らないわよ。そんなこと。だいたいマンガ禁止ってどういうことよ?」

「さぁ・・・誰が言ったんだ?」

「詩羽よ。やるべきことをやるまでマンガ、ゲーム禁止だって」

「やるべきこと・・・」

 

うん。セックス。

 

「なんだか追い詰められている気分がするのよね」

「それは、追いつめられないと締め切りを守らないからでは?」

「でも、この作品は締め切りないわよね?」

「今のところはな・・・」

 

ほんと、この2人、ちゃんとR18作れるのだろうか。

 

「そういえばノートPC合ったわよね。あれでネットつなげないのかしら」

「つながらないし、内部のゲームはフリーセルまで含めて全部消されていたよ」

「そういう細かさは・・・伊織の仕業かしらね」

 

暇バロメーターとして、マインスーパーやソリティア始めたら、だいたい末期。

PCの電源をひっこぬいて外へでかけるか、精神科の受診を検討したい。

 

「でも、ほんと暇よね・・・」

「そういえば田舎ものは暇だから、パチンコかSEXしかしないって言ってたな」

「ものすごい偏見よね」

「今はネットもつながっているし、スマホも普及したからなぁ・・・」

「ひと昔前は、割りと本当だったりして?」

「そういうイメージなんだろ。暴走族がいて、野良犬がいて・・・」

「ふーん」

 

英梨々が自分の描いたパラパラ漫画をつまらなそうに動かして確認している。

 

「おっ、完成したか?」

「そんなたいそうなもんじゃないわよ」

英梨々が本を渡す。

倫也は読んでいたところに栞をはさみ、本を閉じてサイドテーブルに置いた。

 

英梨々の描いたパラパラマンガを確認する。

タイミングよく分厚い本をパラパラするのが難しい。

 

「・・・英梨々」

「どうかしら?」

「凌辱系なんだな・・・」

「そういう作家なんだし、しかたないでしょ」

「そこに照れはないんだな」

 

部屋に乱入してきた男に、美少女が後ろから襲われるという作品。

アングルという、腰の動きといい、妙に艶めかしい。

 

「この本、親が発見したら泣くんじゃね?」

「親公認の同人作家なんだけど」

「そうだったな」

 

一家で腐ってるとか。英梨々の設定にはいろいろ盛り込まれ過ぎている気がする。

 

英梨々はリモコンで部屋の電気を消した。

 

「そろそろ始めるか・・・?」

「・・・うん」

 

いつまでもお茶を濁したまま過ごせない。

 

電気が消え部屋が暗くなると、棚の上のアルコールランプが明るく見えるようになった。黄色い光があたりを照らす。

英梨々はじっと倫也を横目で見る。倫也は虚ろに揺れる炎を眺めていた。

「サイドランプいるかしら?」

「いや、いい」

 

英梨々が体を下にずらして、ベッドに横たわる。

毛布をかぶり、端を両手で持って顔だけ出す。

倫也はそんな英梨々を見下ろしてみていた。髪型はツインテールだ。本当に眠る時はリボンを外すから、今は倫也と過ごすためのツインテールということになる。

 

音楽はラフマニノフのピアノが小さい音量で流れていた。曲目は『亡き王女のためのパヴォーヌ』

 

「確かにさ、静かで落ち着いていて、雰囲気もあっていいんだけどな」

「眠るには最適よね」

「・・・そうだな」

「話をするにしても、横になりなさいよ」

「ふむ」

 

倫也が英梨々の横に横たわる。倫也が英梨々の左側。

英梨々が毛布をそっと倫也にもかけた。2人は天井を見ている。

光がゆらゆらと揺れていた。

 

「この雰囲気作りはさ・・・どういえばいいんだろ・・・高校生ぽくないんじゃないか?」

「そうよね。あたしも三回目でやっと気が付いたわ」

「ちょっと大人びているんだよな。社会人っていうか・・・」

「そうそう」

「音楽を変えた方がいいか?」

「たぶん、そこだけの問題じゃないのよ」

「あとは?」

「全部よ。こう・・・『これからヤリます』みたいな雰囲気にあたし達が耐えられないのだと思うけど」

「ふむ・・・」

「・・・」

 

再び英梨々はあくびをした。倫也もつられてあくびをする。

 

「リラックスしすぎなのよね」

「そうだなぁ」

「高校生って、もう少しアクティブな方がいいんじゃないかしら?」

「アクティブ?」

「えっと・・・例えば、1人用のゲームをしていて・・・シューティング系みたいな」

「それで」

「今度は俺の番な!みたいにコントロールを取り合って」

「小学生か」

「・・・茶化すなら、話さないわよ」

 

英梨々が倫也と反対の方向を向いた。

 

「ごめん。そんなつもりはないんだけど。それで?」

「コントローラーを取り合っているうちに、こう・・・体がもつれて倒れて・・・」

「それで、女の上に男が重なるみたいな?」

「そ・・・そうよ!悪いかしら?」

「いや・・・目が合って、ドキドキして、それから女の方が目を閉じる・・・みたいなやつだろ?」

「もう、そこまで口に出していわなくていいわよ」

 

倫也が体を横にして、英梨々の後ろ姿を見る。

ツインテールが枕もとに広がっている。

左手で片方の髪を手でくるくるといじり始めた。

 

英梨々は何も言わず、体をくの字に曲げて硬直する。

(な・・・なによ)の一言がでない。

このままじっと過ごしていれば、きっと倫也が雰囲気に耐え切れなくなって、ふざけはじめるに違いないのだ。その時に、何か気のきいた一言でも・・・

 

「きゃっ!?」

 

思わず声を上げてしまった。

倫也が右腕を英梨々の頭の下に突っ込んできたのだ。

 

「うでまくら」と、ぼそりと言う。

 

「もう・・・驚かせないで」

英梨々は頭を動かして、倫也の腕枕を適当な位置にする。それから手のひらを重ねた。

 

1つの曲が終わり、少しの静寂の後、次の曲が流れ始める。

 

英梨々は両手で何か大切な壊れやすいものでも触るように、倫也の指をいじる。

体の一部が触れ合うだけで、鼓動が激しい。

ついさっきまで否定していた雰囲気にあっさりと飲まれてしまう。

 

「えりり」と倫也が優しく声をかける。

名前を呼ばれるだけで耳がくすぐったい。

 

返事をしない。だから、音楽だけが流れていく。

 

倫也は髪をいじるのを止めた。

英梨々も指を触るのやめて、ぎゅっと握る。

 

倫也が後ろでごそごそと動いている。

それから、英梨々の頭にコツンとおでこを当てた。

そして、もう一度「英梨々」と声をかけた。

 

「な・・・なによ」

 

もう今にも落ちそうだった。

とはいえ、もうすぐ3千文字。

ここを乗り切れば、次回もまた倫也と過ごせる。

 

『ツン』になれば、『ツン』を演じて終われば、また次回だ。

また少しだけ茶化した導入から始まって、少しだけイチャイチャして・・・

 

そんなこと倫也だってわかっているはずで、英梨々は倫也がそろそろオチを作ってくるだろうと、ぼんやりと考えていた。現実的でない。幻想的なのだ。いや、現実逃避か?

 

「英梨々・・・そっちを向いたままだと、キスができないんだが・・・?」

 

「ふぁ!?」英梨々の声がひっくり返って変な裏声が出た。

 

驚いて、倫也から離れるように体を一回転させたら、

 

ドスンッ!!

 

と、絨毯の上に落ちた。

 

倫也が上半身を起こして、落ちた英梨々をのぞき込む。

「大丈夫か?」

 

英梨々が頭を片手でなでている。落ちる時にサイドテーブルに頭を少し打った。

 

「もう・・・やめてよね。あんたバカじゃないの・・・」

 

昔なら追い打ちでタライが落ちてくるところ。

でもR18だし、けっこう真面目に2人は結ばれることを考えているので、

「『痛いの痛いのとんでけー』をしてやろうか?」と言って倫也は笑った。

 

「・・・うん」

 

英梨々は素直にうなずいて、ベッドの上に戻る。

膝で歩いて、倫也の前にペタンと座り、頭をそっと倫也に向けた。

 

「よしよし」と、倫也が撫でる。「英梨々、ちょっと上向いて?」

 

「ん?」といって、英梨々が上を向くと倫也と目線が合う。

 

澄んだ蒼い瞳は涙で潤んでいた。倫也は動揺する。発言とか仕草が子供っぽいのに、見た目は完璧な美少女なのだ。そりゃあセクシーさには多少欠けるところがあるのかもしれないけれど・・・

 

倫也が右手で英梨々の前髪を上にあげる。それから顔を近づけて、そのおでこにそっと唇で触れた。

 

優しいキッス。

 

不意を突かれた英梨々は、そのまま倫也の胸に頭をつけた。

「・・・ともやぁ・・・」と、甘えた声。

「痛いの、消えたか?」

「・・・うん」と小さく頷いてから、「ばか・・・」聴こえないぐらいの声でつぶやいた。

 

ツンで終わるために。

 

(続)



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【代替原稿】 R18版英梨々 ④

今回の話は会話が多め。


04 今日もキスまで

 

早朝。倫也はすでに目が覚めていた。

隣ですーすーと寝息を立てて安眠している英梨々の顔をしばし眺める。金色の髪が白いシーツに広がり、体を少しだけ曲げて倫也の方を向いていた。

倫也は毛布を英梨々の肩までかけなおし、音を立てないようにベッドから降りた。

これで、外に雀がチュンチュンと鳴いていれば、『朝ちゅん』が完成し、事が終わったあとの表現になるのがお約束だ。

 

「ん~」と体を大きく伸ばす。気持ちのいい朝だった。遮光カーテンの隙間から、外が明るい事がわかる。

部屋の中は床暖房でぬくぬくと暖かいが、外は雪景色が広がっている。

倫也が扉をガチャリと開ける。

 

今日で4日目。

R18である以上、『朝ちゅん』の表現だけでは許されない。だいたい雀の生息する地域ではない。

この物語の場合、R18は裏の話ということになるのかもしれない。今はまだR18である必要性などまったくない物語が展開されている。

 

トイレをすませてから洗面所で顔を洗う。凍る手前の温度の水は刺すように冷たいが心地よかった。それから歯を磨く。鏡に映る自分を見てはため息をつく。

着ているパジャマのデザインがひどい。水色のモフモフとした生地に、プラレールのプリントがされている。これじゃ子供というよりは幼児だ。英梨々の趣味というよりは、英梨々の心象なのかもしれない。

英梨々のパジャマもそうだが、2人の関係性は小学校の頃に遊びに来た時のまま反映されている。

だいたい、英梨々が本当にそのつもりなのか判断がつきかねている。もちろん、そのつもりなのだろう。けれど、英梨々は幼馴染というよりは、幼い自分達の関係性を気に入っているようにもみえる。

こちらが多少強引に進めたら・・・

英梨々は昨日のように大げさに驚いてふざけるか、あるいは怒ったふりをするだろう。

それでもさらに強引に迫ったらどうなるだろう?

 

泣くのだろうか。

 

だとすると、それは合意ではないし、倫也にはどうにもできない。

やはり時間をかけて、ゆっくりと英梨々が慣れてくれるしかなさそうだ。

 

倫也はマウスウォッシュで口をさっぱりとさせて、寝室に戻っていく。

 

※※※

 

寝室の中は静かだった。

倫也はベッドの上にもどり、毛布の中に足を伸ばす。それから読みかけていた三島由紀夫全集の分厚い本を手にとった。こういう時間は嫌いじゃない。

 

しばらく本を読んで時間を過ごすと、「倫也・・・何してんのよ・・・」と英梨々が言った。

倫也が横で寝ている英梨々を見ると、英梨々が少し睨んでいるようにも見える。

「おはよう」と倫也は静かに答える。

「はぁ・・・あんた・・・バカじゃないの・・・」英梨々のいつものセリフに力がない。

倫也は本に栞を挟み、パタンと閉じた。

 

「だいたい、なんで本を読んでいるのよ」

「他にすることもないしな・・・」何もない部屋なのだ。眠るには最適だが、起きている時間を有意義に過ごす場所ではない。

 

「・・・ほんと、バカ」

 

英梨々がむくりと体を起こして、手で髪を軽く整える。それらからベッドから起き上がって、部屋から出ていった。

 

「部屋から出られない設定はどうなったんだよ・・・」と倫也は小声でつっこむ。自分が言えた義理じゃないが、もう少し初期設定ぐらい守れと言いたい。

 

※※※

 

英梨々が身支度を整えて部屋に戻ってきた。手にもっているトレイにはコンビニのサンドイッチとマグカップが2つずつ乗っている。コーヒーの香りが漂う。

サイドテーブルにそれらを置き、カーテンを大きく開けた。明るい陽射しがはいってくる。

 

「あのね・・・倫也」

「ん?」

低血圧の英梨々は、朝はだいたい機嫌が少し悪い。

 

「なんていえばいいのかしらね・・・せっかくあなたが先に起きたのだから・・・もう少しちゃんとしなさいよ」

「ちゃんと?」

「なんで扉をあっさり開けているのよ」

「トイレいきたかったし・・・」

 

英梨々がため息をつく。

かくいう自分も部屋を出たのは同じ理由だった。それと寝起きは口臭が気になる。

生理現象には逆らえない。

 

「寝ているあたしにそっとキスをするとか・・・」

「どした?」

「ちょっとはだけているあたしを眺めてドキドキするとか・・・」

「・・・ふむ」

「いたずらしちゃおうかなぁ・・・とか」

「ああ、そうだな」

 

英梨々はしゃべりながら、ゆっくりとストレッチを始めた。屈伸をしたり、体を伸ばしたり、大きくのけぞったりした。それに合わせてツインテールがうねうねと揺れて光り輝いている。

猫柄の黄色いパジャマが妙に似合っていた。

 

「いいたいことわかるかしら?」

「俺が悪かったんだな」

「そうね。それか可愛すぎるあたしの容姿のせいね」

「自分でいうなよ・・・」

 

間違ってはいない。

 

英梨々は体操を終えて、大きなあくびをした。

それから、ベッドの上に戻って倫也の隣に座り、サイドテーブルのサンドイッチを倫也に渡す。

 

「だいたい、落ち着きすぎなのよ。男の子だったら朝一はその・・・あれでしょ」

「あれ?」

「あれはあれよ。バカじゃないの」

「R18だからな。そういう言葉はアレとか、ソレじゃダメなんじゃないか」

「・・・なによそれ。あたしに隠語をしゃべらせてセクハラしようってこと?」

「そうじゃないけど・・・」

「あ・・・あっ・・・あ・・朝立ちとか・・・してるんでしょ」

「ほんとに言うんだ!?」

「もう・・・ほんとバカ・・・で、どうなのよ。そういう性的な描写が必要なんじゃないかしら?」

「男側をあんまり描いてもな・・・」

「そうね」

「それに英梨々は勘違いしてるぞ」

 

英梨々はタマゴサンドをぱくりと一口食べる。

倫也も包装をとって、ハムサンドを1つ手にとった。包装のゴミ英梨々は受け取ってくるくると丸めてゴミ箱に放り投げた。ゴミは途中で広がって、ひらひらと力なく絨毯の上に落ちる。

 

「何かしら?だって、そういう現象ってこういう話につきものでしょ」

「そうだけどな・・・」

倫也がハムサンドをガツガツと口にいれていく。

「そんなに焦って食べなくてもいいわよ」

「ふぉうだけど」倫也は英梨々からコーヒーを受け取って、パンを流し込む。

「んぐっ。そうだけどな・・・もう4日目の朝だろ・・・」

「それがどうしたのよ?夜が明けても24日なんだから問題ないでしょ?」

「いや、ところが問題が発生したから、起きたんだよ」

「どういうことよ」

「だから、4日目とか、もうもたないから」

倫也が残りのハムサンドを口に押し込み、コーヒーを飲む。

「何がよ?」

「わかんねぇの?」

「はい?」

英梨々はわからなかった。倫也にタバゴサンドを渡す。

 

「あのさぁ・・・英梨々。いや、文句を言うつもりじゃないんだけどな・・・俺の立場・・・男側の立場としては、今日で4日間・・・お預けをくらってるわけよ」

「そうね・・・あたしだって我慢しているわよ」

「我慢しなくていいよねぇ!?」

 

ちょっと、素でつっこみをする倫也。

 

「それで?」都合が悪いので、英梨々がそこは軽く流す。

「わからない?男の生理現象だよ」

「だから、朝立ちでしょ?」英梨々がタマゴサンドを食べ終えて、コーヒーを飲む。

次はハムサンドだ。

 

倫也は深くため息をついた。

ブラックコーヒーが体に染み入る。

 

「出たんだよ・・・」

「何が・・・って、はぁ!?倫也・・・あんたまさか」

「しょうがないだろ・・・」

「そんなこと告白しないで、隠しておきなさいよ。いったい誰得な話なのよ?」

「知らねぇよ。とにかく、そういうことだからトイレいったんだよ」

「夢精したってことよね」

「口にださなくてもいいからね!?」

「むしろ、口に出させてあげればよかったのよね」

「下ネタは絶好調だな!」

「話がオチたところで、今日はここまでね」

 

英梨々はその後、顔を赤らめながらハムサンドを黙々と食べた。

静かな部屋に安っぽいインスタントコーヒーの香りだけが漂う。

 

 

(了)




さすが。


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【代替原稿】 R18版英梨々 ⑤

まぁ悠長に5日目の夜を迎えるとか・・・
決める時に決めないとチャンスを逃すんです。
そういうのは人生でずっと後になって、ふと後悔するときがあるとかないとか。


夜。寝室。

 

「別にもったいぶってるわけじゃないのよ?」

「ああ、わかってる」

 

R18を作り始めてから今日で5日目だ。

性的関係になるにはあまりにもゴールが遠い気がしていた。

 

部屋の照明をオレンジ色の暖色に変えた。優しい光で夕暮れ時のようになり、2人にはちょうど良かった。

音楽もクラシックをやめて、JPOPに変えている。

米津やyoasobiなど流行の曲を小さな音量でかけると、部屋の雰囲気は少し高校生らしくなった。アニソンにはしない。

 

2人はベッドの上に足を伸ばして座っている。

 

「今日のテーマはね、衣装についてなんだけど」

「うん」

「ほら、あたし達のパジャマって子供っぽいじゃない?それでもう少し大人も着るようなものに変えようとしたのだけど・・・ルールがあったのよ」

英梨々はR18取扱説明書を読んでいる。

「ほう・・・?」

「脱がされないと交換できないんだって」

「ほう・・・?」

「・・・ってことにしておかないと、コスだけ替えて2人の仲が進展しないのよ」

「ほう・・・」

「わかったかしら?」

「うん。で、どうすればいいんだ?」

「はぁ、あんたバカなの?そんなの決まってるじゃない・・・脱がすのよ」

「ほう・・・」

「なによ・・・」

「いや、脱がせることができるなら、もう着なくていいんじゃねーの・・・」

「・・・」

 

ですよねー。

どうしてこう、ガバガバな設定なんだろ。

 

「というわけで、倫也・・・男側の描写は手短にすますわよ」

「まぁ・・・妥当だな」

 

英梨々が倫也のパジャマのマジックテープをバリバリと外して胸元を開け、腕からパジャマをはぎ取った。

「いやん」と倫也が腕で前を隠す。

「はいはい」とあまり相手にしない。

倫也はTシャツ一枚になった。

「やっぱ、冬なんで少し寒いぞ・・・」

「暖房もう少し強くした方がいいかしら?」

「そうだな」

「でも、取説によると部屋が暖かいよりも少し温度を下げて一緒の毛布にくるまったほうがいいみたいに書いてあるわよ」

「へぇ・・・丁寧だな」

「じゃ、次、ズボンを脱がすわよ」

「いや・・・そこは」

 

倫也のズボンが宙に舞った。

トランクス姿になる。

女の子とじゃれているので、股間が少し膨らんでいる。

 

「・・・」英梨々の顔が赤くなる。

「いや、何かセリフいれろよ」

「・・・何、興奮しているのよ」

「別にしてねぇぞ?」

「そんなわけないでしょ!」

「そんなマジマジ見るなよ・・・」

バサァーと毛布を倫也に投げつける。

 

倫也はため息をつく。脱がされたところで・・・今回も生殺しなのはわかる。

 

「じゃ、次。あたしね」

英梨々が倫也の前に、ペタンと正座を崩して子供のように座った。

座るとツインテールの長い髪が足にかかる。

猫柄の黄色いパジャマのボタンは5つ。英梨々は襟元までしっかりと留めていた。

 

「・・・そういわれてもだな・・・」

「こ・・・ここで怖気づくのかしら?」

英梨々が顔を赤らめながら倫也を少し見上げるようにのぞき込む。

倫也は包まっている毛布から腕を出し、英梨々の髪をそっと撫でた。

 

「俺からも提案があるんだが・・・」

「何かしら?」

「一応、進んだところまでは再現したほうがいいんじゃないだろうか?」

「進んだところって?」

「お・・・おでこにキスまでをだな」倫也が緊張する。

 

英梨々の顔が固まる。

確かに日をまたぐごとに茶化した雑談をいれているので進展しないのかもしれない。

「そうね・・・」と同意する。

 

「目・・・つぶってくれるか?」

「・・・うん」耳まで真っ赤。ただ口元がニヤニヤして止めることができない。

 

倫也は右手で英梨々の耳の下あたりに移動して、顔をそっと引き寄せた。

左手で英梨々の柔らかい前髪を少しあげる。ニキビ1つない白い肌が露わになった。

 

「英梨々。好きだよ」

優しいセリフを添える。

 

そして、おでこに口を押し当ててキスをした。

 

倫也の唇の感触を英梨々は感じた。そのまま口元も奪ってくれたらいいのにと思いながらも、離れる倫也にほっとしてしまう自分もいる。

 

英梨々が目を開けると、倫也の顔も耳も赤い。目線を合わせずに横を見ている。

曲のサビが終わるまで音楽に耳を傾け、曲が終わったタイミングで倫也が英梨々に聞く。

 

「いいんだな?」

「うん」と英梨々はうなずく。

「参考まできいておくが・・・、そのパジャマの下は何を履いているんだ?」

「発言だけ切り取ったら、完全に変態よ?」

「・・・そうだな。えっと、ハァハァ。どんな下着履いてるの?ハァハァ」

「・・・倫也?」

「すまん」

 

英梨々のノリが悪い。

 

「えっと・・・」

「倫也。あまりしゃべらない方がいいと思う」

「ふむ」

 

英梨々の表情が硬くなってきた。ニヤニヤが消えて口元も緊張している。目線もベッドの端に落としている。

 

倫也は大きく深呼吸をして、両手を伸ばして英梨々の一番上に手をかける。

手元が緊張してぷるぷると震えている。

近づくと英梨々の優しい香りがする。いつもの日向のような明るい香りもよりも、少し女の匂いがする。

 

倫也がボタンをはずそうとするが、なかなか外れない。

時間がかかると、だんだんと焦ってしまう。

ボタンはまるでパジャマに縫い付けられているように思える。

 

「ふふふっ」と堪えていた英梨々が笑う。

「あれ?英梨々」

「これ、倫也のパジャマと同じ作りなのよ」

「ああ、ボタンは飾りなのか・・・」

 

裏がマジックテープだった。子供用なのである。

 

倫也は気を取り直して、1つめのマジックテープを丁寧にペリッと剥がした。両手の指でつまんでいる英梨々のパジャマを離さずに、そのまま首元を広げる。

 

ゴクッ

 

唾を飲み込む音が大きく聴こえた。そのすぐあとに、英梨々も唾を飲み込んでいるのか、喉元が動いた。

「ふぅ・・・」倫也が爆弾処理でもいているかのように緊張している。

「倫也。音楽なんだけど・・・消してくれるかしら?」

「ん?」

 

倫也は集中していて気にならなかったが、英梨々はどうも音楽が気になったらしい。

「わかった」といって、倫也はベッドから降りて、棚を開けてノートPCとオーディオの電源を落とした。

 

英梨々はリモコンで天井の照明を消し、ベッドサイドランプを灯す。

 

「アルコールランプはつける?」

「いらない」と英梨々はそっけなく答える。

 

音楽とか揺らめく炎とか、そういう余計な演出を英梨々は好まなかった。

隣に倫也がいる。それで十分で、それだけで満足で、それ以上のものは自分では抱えきれなかった。

 

薄暗い部屋になり、ベッド上には英梨々がそのまま座っている。横顔がランプに照らされて憂いているようにも見える。

 

倫也はそっとベッドにあがり、英梨々を後ろからそっと抱きしめた。

英梨々の細い首に腕を回す。

 

「こわい?」できるだけ静かな声できく。

「うん」と英梨々は身動きもせずに答えた。

 

倫也は英梨々の耳元に口を近づけ、その耳たぶに少し触れながら「おさとう」と呟く。

「・・バカ」と英梨々は小さく返事をする。

 

抱きかかえていた腕をほどき、倫也は後ろから再び英梨々の胸元のマジックテープに手をかけて、貼りついてしまった一つ目のマジックテープを外した。

それから胸元の少し開き、後ろから覗き込むようにパジャマの中を確認する。

 

・・・丸首の白いインナーシャツを着ていた。しっかりと肌にフィットしている。

かつてのサイズのあっていないネグリジェのように英梨々の胸元や乳首が見えるようなことはなかった。

 

「白いシャツ着ているんだな」

「あんただって着てるじゃない」

「そうか」

たどたどしく倫也の手が二つ目のボタン・・・の裏のマジックテープに手をかけると、英梨々が手で倫也の手を握った。

 

「やめとくか・・・?」無理強いはしない。かといって、こんな状況で女の子に許可を得ながら進めるものでないよな・・・と悩む。

英梨々は小さく頷いて、「三千文字」と、まるでノルマを達成してほっとしたかのように言った。

 

倫也が離れようとしても、英梨々はその手をつかんだまま離さない。

そしてあまり強く押し当てるものだから、倫也の手はパジャマの上から英梨々の胸のふくらみを感じていた。

 

2人は緊張というよりも、少し興奮していた・・・英梨々は体の芯が熱くなるのを感じていたし、倫也は股間の中のポジションを変えたいと思っていた。

 

そんな2人を静寂が見守っている。

 

・・・わけがなく、天井の上がドタバタとうるさい。

 

(了)




正しくイチャイチャはしているな。うん。
制作済があと一話あるけれど、例によって脱線するので割愛。
ここで未完。


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英梨々のいない世界で ①

日曜のひととき、いかがお過ごしでしょうか?

R18も未完。このポンコツヒロインに愛の手を。




 英梨々が気が付くと電車に揺られていた。どこかのローカル線だろうか、電車の速度は遅かった。窓の外は青々とした田園風景が延々と広がっている。

乗客はいなかった。英梨々が誰かいないかと探しながら通路を歩いていると声をかけられた。

 

「あら、ポンコツさんじゃないの」

「あっ!霞ヶ丘詩羽~」

「ひさしぶりね」

「ちょっと、ここはどこなのよ?」

「そんなに慌てないで、どうせ急ぐ旅でもないし座ったらどうかしら?」

 

ボックス席の空いている席を英梨々は眺めて、「窓側がいいんだけど」と言った。

「私だって窓側がいいのよ。向かいに座ったらいいじゃない?」

「いやよ。後ろ向きだと酔うの」

「しょうがないわね」

詩羽が立ち上がって向かい側に座った。英梨々が空いた場所に座る。

 

「詩羽こんなところで何しているのよ?」

「ほんと、何しているのかしら。きっと澤村さんに会いに来たのね」

「どこよここ。ずいぶんと長閑なところだけど」

「さぁ。あなたの心象風景まで私は関知できないわよ。でも、いいところよね。こういう何もないところでゆっくり暮らしたいと思いつつも、実際に暮らすと退屈でしかたないのよ」

「そうかしら?」

「澤村さんみたいにインドア派だと別に問題ないのかもしれないわね。ネットさえつながっていれば退屈しなそうだし、案外創作活動もはかどるかもしれないし」

「あたしがインドア派なら、あんたはなんなのよ。引きこもりかしら?」

「小説家なんてそんなもんでしょう」

 

 電車が小刻みに揺れている。風景が変わる気配はない。反対側の窓からは海が見える。天気は晴れていて、雲一つなかった。時々、田園に点在する民家では大きな鯉のぼりが泳いでいた。

 

「それで、詩羽がここにいるってことは、何か大事な話があるのね?」

「そうね。大事というよりは忠告。あるいは反省。それともおせっかいと言うべきかしらね」

「そう。何かしら?」

「まずはコーヒーでも飲みたいわね」

「のんきね」

 

 売り子の女性が弁当やお菓子の入ったカートをおしながら歩いてくる。詩羽がコーヒーを2杯とボンタンアメを買った。

それを2人は冷ましながらブラックで飲んだ。

 

「ほんとうに、どういうべきなのかしら?私たちは失望しているのよ」

「・・・」

「わかるわよね?」

「・・・わからないわ」

「そう・・・あなたを甘やかす物語は、内容を甘やかせるつもりだったのだけど、澤村さんは締め切りすら守らずに原稿を落とすなんて。そういう甘え方をされるとは思わなかったのよ」

「・・・しょうがないでしょ。雨になったり、晴れになったりで潮干狩りもいけなかったし・・・」

「別に怒っているわけじゃないのよ。ただ、このままだと問題があるの」

「恵のことでしょ?」

「・・・そう」

 

詩羽がコーヒーをゆっくりと飲む。そろそろ『夏イチャ』を制作しないと間に合わない。主役を加藤恵にするか、このまま英梨々でするか、決めかねていた。

 

「加藤さんってまじめなのよね。融通がきかないというか、あなたみたいにチャランポランじゃないというか」

「それで」

「加藤さんを主役にするなら、そろそろプロットを作り始めるのだけど、このまま澤村さんを主役にするには不安なのよ。ゴールデンウイークの短期間すら完走できないあなたではね」

「悪かったわね」

「で、再度問うわ。澤村さん・・・あなたはどうしたいの?『夏イチャ』はあなたがやりたいのかしら?」

「・・・それは・・・それは倫也が決めることでしょ?」

 

英梨々は自信なさげに言った。

倫也と二人で過ごしていると、仕事に手が付かなくなる。夏コミに向けて準備を進めることすらせず、ただゲームをやったり、アニメを観たりしていた。部屋の中で過ごす2人の時間は英梨々には幸せだったが、それが物語に向いているわけではなかった。

倫也と二人の夏を過ごしたくても、40日もの間、変化のある日常を英梨々は思い描けなかった。

 

「なら、倫理君が加藤さんを選んだなら・・・加藤さんを主役でもいいのね?」

「・・・」

「それがあなたの決めたことなのよね?」

「・・・ないもん・・・選ばないもん。倫也は恵を選ばない!あたしを選んでくれるに決まってるんだから・・・」

「そうかしら?」

 

詩羽はボンタンアメのセロファンの剥がすところを探していた。指先でひっかいでなんとか見つける。

 

「だって、あなたったら、締め切りは守らないでいつも直前でグダグダだし、計画性はないし、おまけに掟破りのR18原稿引っ張ってくるし、しかも未完成でしょう?」

「それ・・・作者が悪いんじゃないかしら?」

「本当にそうなのかしら?加藤さんが主役でも同じことが起こると思うの?去年のように加藤さんなら内容はともかく、しっかりと完走すると思うわよ」

「・・・」

「あのね、澤村さん。もうこの物語は冴えカノとはあんまり関係ないのよ。あなたが物語を投げ出すたびに読者はあきれて逃げてしまうの。それでも辛抱強く我慢してくれる読者は、あなたが庭先で花火をしたり、展覧会デートしたりするときに、感想や評価をくれるんだわ」

「あたしが恵に劣ってないってことかしら?」

「方向性よ。あなたは物語の中に没頭して、しっかりとあなた自身が楽しめばいいの。そうすることで倫理君が楽しんで、読者にその楽しさが伝わって、カタルシスが起こるのよ。わかるかしら?」

「・・・うん」

 

 詩羽がボンタンアメを英梨々に1つ渡した。英梨々はそれを口に放り込む。ボンタンアメに個別包装がないのでゴミはでなかった。

 

「気負う必要もないし、読者を意識しなくてもいい時期になってきているのよ」

「そうかしら?でも、それだとさっきも言ったけれど、あたしは倫也と2人で過ごしてしまうわよね?」

「そこで、やっぱり加藤さんの力を借りるのが良いのでしょうね」

「恵のプロットにそって行動しろってことでしょ・・・嫌よ、あたし」

「ふふふっ」

「何よ」

「じゃあ、加藤さんに『夏イチャ』をやってもらうしかないじゃないの」

「それも嫌っ」

「選ぶのは倫理君なのよね」

「・・・」

「じゃあ、見てみましょうか」

「何を?」

「英梨々の存在世界の加藤恵と倫理君を」

「どういうことよっ!」

 

 詩羽はもう何も答えず、窓の外を見ていた。

 

英梨々は不安そうに下を向いて、涙をぐっとこらえる。

 

(了)




責任をすべて作中人物に押し付けるスタイル(反省


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英梨々のいない世界で ②

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

去年の夏イチャはこれぐらいの時期から制作していた。

この話もそうだけど、倫也&恵だと会話がサクサク続く・・・


 金髪のツインテールが目の前でキラキラと揺れている。

 

「ごめん。倫也」

「どうした?」

「負けたの」

 

※※※

 

 天井には電気が付いたままの電灯が揺れていた。

夢を見ていた。最近はずっと似たような夢ばかりを見る。バイトのし過ぎで疲れているのだろうか・・・目が覚めると内容は忘れてしまう。くだらない夢なのだろう。

 

 俺は時計を確認すると、もう学校が始まりそうな時間だった。遅刻は確定で、あとは仮病でずる休みをするか、遅刻してでも学校へ行くかだ。ベッドから降りて気だるい体を動かす。洗面所で顔を洗い、歯を磨き、寝ぐせを直す。冷蔵庫の牛乳をコップにいれて飲み干した。それから制服に着替える。だるくても学校に行く。授業も学校もどうでもいいが、会いたい奴がいて、そいつに渡したいものがある。

 

 俺は安芸倫也(あきともや)16歳。高2。どこにでもいるオタクの高校生だ。バイトを掛け持ちし、オタクグッズを買い集めるのが趣味。将来はゲームクリエイターになりたいと思っていたが、才能のない。そろそろ真面目に進路を考えようかと悩んでいた。

 

 電車に乗りながら、プリントアウトした原稿を読み返す。テンプレ的なツンデレ金髪ツインテールの幼馴染。絶対に存在しないような美少女がオタクの主人公に想いをよせているという設定は、ラノベ的には鉄板だ。これに詳細な設定をつけて、個性に差をつけるものの、もはやオタク業界には溢れている1キャラにしか過ぎない。それでも俺はその魅力を伝えたいと思っている。

 

 一時間目の授業が終わるのを待ってから、俺は教室へと入った。

 

「よぉ。どうした?」

「寝坊」

「大丈夫かよ」

「ああ。問題ない」

俺はメガネをクイッとあげて、大袈裟な演技をして答える。話しかけてきたのは1年の時にオタクに仕込んだ上川という男友達だ。なかなかオタクの才能があるやつで仲がいい。

 

「それにしても、この学校って美人がいないよなー」

「進学校なんてそんなもんだろ」

「冷めてるなお前」

「三次元は俺には無縁だからな!」

「ラノベだったら、ここで天才美少女先輩とか、健気な後輩とかがいるはずなんだろ?」

「もちろん。それに幼馴染ヒロインと、同級生も忘れるなよ」

「どれも、妄想の産物だな。現実なんて・・・」

上川がクラスを見回してため息をつく。

「仮に美少女がいたって、俺らには無縁だろ」

「だな」

 

 どうやら上川はまだ加藤の可愛さに気が付いていないらしい。加藤はあまり目立たないタイプで、気配も薄いからしょうがないのかもしれない。

 俺は持ってきた教科書とノートを机にしまい、それからクリアファイルに入れた原稿を手に持って立ち上がった。加藤は廊下がの席で静かに過ごしている。最近、こいつとは仲がいい。どういえばいいのか、オタクの・・・腐女子の才能が加藤にはある気がする。

 

「加藤。これなんだが放課後までに読んでおいてくれるか?」

「あっ安芸くん。おはよう」

「おはよう」

「で、これは?」

「こないだ話したろ。幼馴染ヒロインだよ。軽くまとめてエピソードも考えてきたからさ」

「これを、わたしに読めと?」

「ああ、そうだが」

「このキモイ安芸くんの妄想を?」

「ふふふっ、キモがってくれるなら半分成功なんだけどな」

「よくわかんないけど。安芸くんさ。わたし、オタクと勘違いされるの嫌なんだけど」

「あっ、そうっすか・・・」

 

とかいいながら、加藤はクリアファイルをしっかり受け取ってくれる。そしてなんだかんだ読んでくれる優しいやつだ。このためだけに登校している。あとは授業中に寝るだけだ。

 

「お前・・・最近あいつと仲いいな。なんだっけ加藤?」

「そうだよ」

「へぇ・・・お前がねぇ・・・」

「なんだよ。ほっとけ」

 

上川がじっと加藤の方を見て値踏みをしている。見るな。気付くな。加藤はあのまま目立たないままでいい。

 

「まっ、お前には無理だな」

「何のことだよ?俺は二次元にしか興味ないからな?」

「へいへいっと」

 

扉が開いて先生が入ってきた。老年期に差しかった古文の先生で、授業中にラリホーを唱えているんじゃないか?っていうぐらいみんなが寝る。もちろん俺もねる。

 

※※※

 

「・・・あきくん・・・あきくんってば」

「んにゃ・・・」

「よだれたれてるよ」

「はっ・・・!」

 なんだか甘い香りがする。・・・加藤の匂いだ。

「もうお昼だよ」

「・・・そんな時間か、じゃ、おやすみ!」

「なんで、また寝るのかな?」

「・・・金ない」

「お弁当は?」

「ない」

「お昼ぬくの?」

「結果的にそうなる」

「体によくないよ?」

「金ない」

 

 俺は机に伏したまま目線だけを上にあげると、加藤が前に座ってこちらを見ている。いつものように無表情だけど目はあきれているように俺を見下ろしていた。

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

 加藤が席を立って教室から出ていった。俺は再び寝る。ぐぅ・・・とお腹がなった。水でも飲むか。校庭ではつかの間のお昼休みを走り回って遊んでいる連中がいる。元気なことで。

 

 しばらくすると加藤が戻ってきた。

 

「はい」

「おう、サンキューな」

「お礼は?」

「今、サンキューっていったよねぇ!?」

「お礼は?」

「・・・お恵みいただきありがとうございます。加藤様!」

 

 俺は加藤からパンを受け取った。

 

「なぁ・・・加藤」

「なに?」

「これ、カニパンじゃん」

「そうだけど?」

「こういう時はメロンパンだろ?」

「なんで?」

「いいか加藤。学園ハーレムラブコメに置いて、メロンパンは鉄板アイテムだ。美少女のランチタイムといえばメロンパン。これを「はむっ」と猫口にしてもぐもぐ食べるまでが様式美だ」

「頭大丈夫?いらないなら、返して」

「いえ、いただきます・・・」

 

 俺は袋を取り出してカニパンを食べる。カニの形になっている味のついていないパンだ。食パンよりは少し甘いかもしれない。

 

「もぐもぐっ、でだな。ここはやっぱり愛妻弁当を用意するべきじゃないか?」

「誰が誰に?」

「加藤が俺に」

「安芸くん、熱があるなら帰って寝た方がいいよ?」

「いや、素面なんだが」

「それに、どうしてわたしが安芸くんに作ると思うわけ?」

「言ってみただけだから」

「だいたいさ、毎日オタク原稿を送ってくる男子は、通報の対象であっても、恋愛の対象じゃないって自覚ある?」

「・・・あります」

「そう。よかった」

 

 眉ひとつ動かさない。少しは笑えば冗談に聞こえるのに。

 

「やっぱ、好きな相手じゃないとお弁当なんて作らないもん?」

「それ、質問するようなことかな?」

「ですよねぇ~」

 

 俺は誤魔化すためにカニパンを口に詰め込んだ。

 

「んぐっ・・・」

「もう、そんな慌てて食べるから」

「んぐぐぅ・・・」

 

 そんなことより、何か飲物をくれ。冷静に俺を見るな。

 

「何か飲む?」

 俺は懸命に頭を縦に振ってうなずく。加藤が鞄から飲みかけのペットボトルのウーロン茶を取り出し、キャップをゆっくりと外した。そして俺に渡した。それを受け取って、飲み口を少し眺める。それから加藤の顔を見ると頬が少しだけ赤くなっているような・・・気がした。

 

「ゴクゴクゴク・・・ぷはぁ・・・死ぬかと思った」

「そのまま死ねばいいのに」

「なんと!?」

「ちょっと毒舌すぎたかな?」

「今の・・・冗談?」

「なんか、アニメでそんな感じのセリフなかったっけ?」

「まぁ、あるにはあるな。言い方がとか、間が大事だとは思うけど」

 

 俺はもうひと口ほどウーロン茶を飲んで、加藤にペットボトルを渡そうとした。

 

「安芸くん?」

「ん?どうした?」

「いらない」

「そうか・・・?ならもらっていい?」

「ちゃんと返してね。パンとお茶」

「せこいな!」

「そういうのは、けじめっていうんだよ。安芸くん」

「そっか・・・さーせん」

「ちゃんと謝るときは謝った方がいいんじゃないかなぁ」

「ごめん。加藤様」

 

 俺は大げさにおでこを机にこすりつけた。

 

 クスッ

 

 加藤が手を口元に少し当てて笑った。あんまり加藤は笑わないから珍しい。笑うとキュートで、世界が一瞬だけ止まったように思えた。開いている窓から5月らしい爽やかな風が入ってきて、加藤のボブカットの髪を揺らした。

 俺は思わず、そんな加藤を見惚れてしまう。こいつだったらなんとかならないかな?オタクの俺には無理と分かっていても妄想してしまう。

 

「ほんとにお前らって・・・いい感じなんだな」

「うおっ!?」

 

 いつの間にか上川が教室に戻ってきていた。俺は慌てて「そんなんじゃねーよ!」と否定しつつ、加藤の顔色を伺った。加藤は無表情で無言のまま立ち上がって、自分の席に戻っていった。

 

「・・・」

「わりぃ、邪魔したか」

「いや、別に・・・」

 

 放課後に少し話せる。それで十分だ。教室にみんなが戻ってきている時だと恥ずかしいのはわからなくもない。俺がオタクをやめるわけにはいかないから、何が何でも加藤をこっちの世界にひっぱりこむしかない。もう少し一般生徒のようにふるまえればいいのだろうけど・・・

 

 俺は横目で加藤を盗み見る。持ち込んだ雑誌を広げながらクラスメイトと談笑している。別に生真面目な生徒ってわけでもないんだよな。ただ、オタクの俺のことを、他の女子生徒のようにバカにしないだけで・・・

 

加藤がこっちを見るようなことはなく、目が合うこともなかった。

 

※※※

 

 放課後。お陰でゆっくりと眠ることができた。これでまたバイトを頑張れる。

 教室には生徒がそんなに残っていない。部活をしたり、早々と帰ったり、人それぞれだ。教室に残っているやつはよほどの暇人か、楽しく友達をだべっているやつらだ。

 加藤は一人でポツンと雑誌を読んでいた。周りに友達もいない。

 

・・・しょうがないので一言かけてやろう。それに、俺の書いたシナリオの感想も聞きたいし。俺は立ち上がって加藤の隣にさりげなく座った。

 

 よし、一般人のような話題を展開しよう。雑談力はねぇけど、ただのオタクじゃないところもみせないとな。

 

「加藤、何読んでいるんだ?」まずは相手のしていることに関心を示す。

 

「これ?えっと、アウトレットモールの特集だけど」

「あうとれっともーる??」なんの話題かわからなかった。雑誌を覗き見るとお店がたくさん並んでいる。

「わかる?」

「商業施設みたいなもんだろ?」・・・たぶん。

「商業施設みたいなものというか、商業施設そのものだよ」

「正解だな」

「常識だと思うけど」

「こっちはオタクだからな。アキバはわかってもそんなしゃれたところはわからん」

「安芸くんだし、しょうがないよ」

「なんか、今さりげなくバカにしたよね!?」

「さりげなくしたつもりはないけど」

 

 やれやれ、こいつは顔の可愛さと違ってけっこう毒舌。口数少ないし誤解を招くタイプなんじゃないだろうか。

 

「それで、加藤はそこに買い物にでもいくのか?」

「うん。今度、連れてってもらう」

「へぇ・・・誰に?」

「そんなに尋問されたくないんだけど」

「あっ、ごめん」

 

 どうやら聞きすぎたようだ。話題を広げるって難しいな。

 

「別にいいけど。従兄弟がいてね、車もってるから出してくれるって」

「ほぅ・・・いとこね・・・男?」

「男?どういう意味で?」

「性別」

「なら、男だよ。3つ上の大学生」

「学生なのに車もってるとか、金持ちかよ」

「うん。医大生だし、詳しくはわからないけどそうじゃないかな」

「・・・リア充だな」

「それは知らないけど」

「俺はイトコとか兄妹がいないからあまりよくわらかないな」

「そっか」

「そっか?」

「ううん。なんでもない。こっちの話」

「?」

 

 加藤が天井を見ながら考え事をしている。なんだろう?

 

「さてっと、そろそろ帰るね」

「あっ、うん・・・あのさ、加藤」

「何?」

 

 俺が代わりにそんな場所に誘えるわけもなく、従兄弟なら問題ないだろう。そもそも加藤はただのクラスメイトだ。ちょっと仲がいいだけの女子生徒。

 

「えっと・・・どうだった?」

「どうって?」

「読んでくれた?」

「ああ、その話か。うん。読んだよ」

「ありがと。で、どう?」

「どうもなにも、女子に見せるような内容じゃないよね」

「だよな」

「自覚あるなら、やめた方がいいとおもうけど。あれじゃセクハラなんじゃないかな」

「すまん」

 

 加藤が鞄を持って立ち上がった。俺も席に戻って鞄を手にする。教室を出た加藤の背中を追いかけて・・・

 

(一緒に帰らないか?)の一言が出ない。

あるいは隣を歩いて、会話してれば流れで一緒に下校できるだろうか・・・

 

 加藤の後ろをついて階段を降りて下駄箱まできた。ここで上履きからローファーに履き替える。加藤の所作は静かで女の子らしい。片足のつま先をトントンと地面に当てて靴を履いている。スカートの下に伸びる足は形がとても良かった。あんまりじっとみていると不審者になってしまうので、俺もそそくさと靴を履き替えて、加藤の隣に並んで話しかけた。

 

「こないだ薦めたアニメみた?」

「えっと、カグヤ様だっけ?」

「そそ。無難なところで人気作を選んでみたのだけど」

「うん、でもあのアニメって3期だったよ?」

 

 そう。加藤はこんなアニメの話題でも嫌な顔を1つしない。

 

「ネットで1期も2期も見れるだろ?」

「ネット放送とは契約していないから、無料では見れないよね?」

「違法サイトなら・・・」

「そこまでしては、別にいいかなって感じ」

「あっ」

「どうしたの?」

「うちに録画してあるぞ」

「それで?」

「それで・・・うちでなら・・・観れるけど・・・」

 

 いや、何を言っているんだ俺は。

女子生徒がアニメを見に俺の家まで来るわけがない。DVDにでも焼いてやればいいか。加藤がノートパソコンを持っているなら外付けハードディスクごと貸してやれるんだが。

 

「安芸くんの家で観ることができても・・・」

「だよな。加藤ってノートパソコンもってる?」

「もってない」

 

 学校の敷地からでる。帰宅部以外はまだ下校していない。部活やサークルで青春を送っているやつが羨ましい。俺の青春はきっとバイトで終わる。稼いだ金でオタクグッズを集めて・・・俺、なんでこんなにムキになってオタクやっているのだろう?

 

「加藤。ノートパソコン貸すからさ、少し使ってみたら?」

「パソコン使ったことないけど、何ができるの?」

「できるっていうか、アニメが見れる」

「違法の?」

「もちろん違法サイトのも見れるけど、ダウンロードしたものや録画したものも見れる」

「ふーん」

「それでカグヤ様の一期と二期を見ればいいんじゃないか?」

「うん。まぁ・・・そうだよね」

「どうした?」

「えっと、そういう時は『俺の家に観にこない?』って誘う方がスマートかなって」

「えっ」

 

 初夏らしい風が吹いて新緑が揺れる。加藤は左手で髪を少しかきあげ、こちらをじっと見た後、また前を向いて歩きだした。加藤の匂いがする。シャンプーの香りだろうか。

 

「それって・・・誘ったら・・・うちに来るのか?」

「さぁ?そんなの誘われてないとわからないよ」

「そっか、そうだよな」

 

 焦った。

 加藤が何を考えているのかよくわからない。誘えばいいのだろうか?少し無言のまま駅に向かって歩いた。人通りは少ない。俺らの横を部活の団体が走って抜けて行った。

 

「なぁ加藤」

「なに?」

「カグヤ様・・・観たい?」

「・・・別に」

「だよな」

 

 喉が渇く。そういうえばお腹も減っている。それにしてもどっちなんだ?誘って欲しいなら『観たい』と言うはずだ。表情はフラットで俺にはよくわからなかった。

 

 珍しく鯉のぼりを掲げている家があった。ベランダの二階に小さな鯉のぼりが三匹泳いでいた。

 

「ねぇ安芸くん。パソコンって他に何ができるの?」

「ゲームとか、インターネットとか」

「ふーん」

「あとは、音楽聞いたり、文章を書いたり・・・」

「遊びばかりだね」

「まぁな・・・」

 

考えてみれば、初めてノートパソコンを買った時はそれでゲームを作る予定だった。スクリプトも勉強しミニゲームも作ったが、挿絵に困ってやめてしまった。その後は遊びにしか使っていない。家庭用ゲーム機の何倍もの値段がするのに・・・

 

「パソコンのできる人って、なんかこうやってカチャカチャとプログラムを組んでいるイメージがあるけど」

 

加藤は目の前で右手の指を動かした。キーボードを打っているつもりなのだろう。

 

「ああ、もちろん。プログラムもできるよ。スクリプトなら簡単だし・・・」

「スクリプト?」

「人間が読み書きしやすいプログラミング言語のことでさ、扱いやすいんだよ。本格的なソースコードよりもワンクッション置いてるんだ」

「よくわからないんだけど」

「プログラムするためのソフトって言ったらいいんだろうか」

「へぇ・・・それでも大変そう」

「それぐらいなら、覚えれば簡単だよ。アドベンチャーゲームぐらいなら組めるし」

「アドベンチャーゲームって?」

「アドベンチャーゲームって、ほら、ギャルゲーみたいな・・・紙芝居ゲーム」

「ごめん。ぜんぜんわかんない。ギャルゲーしないし」

「・・・だよな」

 

 加藤がよくしゃべる。以前はずっと無口だった気がするけど・・・

 両脇の街路樹にはハナミズキの白い花が咲いている。喫茶店でも入って、詳しく説明してやりたいがあいにく今日も金がない。

 

「安芸くん。そこはやっぱり、『加藤。お前ギャルゲーも知らないのか?今からうちに来い、教えてやる』って痛く誘うところじゃないの?」

「もう、それ痛いって言っちゃってるよねぇ!?」

「安芸くんらしいと思ったけど」

「お前の中の俺はいったいどんなんですか・・・」

「痛いオタク?かな」

「間違ってないけどなっ!」

 

ふぅ、疲れた。やれやれ。どうやら加藤は誘ってもらいたいらしい。二度も話を振ってきたのだ。仮に俺の勘違いでも今なら冗談で誤魔化せそうだ。致命傷は避けられるだろう。

 

さりげなく、さりげなくだ。「加藤。これからさ・・・うちにこにゃいか?」

 

「かんだ」

「ああ、噛みましたよ。かみまみたさ。それがどうした?人間だろ?噛むこともあるだろ?」

「何もそんなに逆ギレしなくてもいいよ」さらっという。

「・・・はい。で、どう?うちにこない?」

「何しに?」

「アニメ観たり、ギャルーゲーを勉強したり」

「ギャルゲーは勉強するものなの?」

「勉強不足のお前にはそうなるだろう?」

「それ、解答になってないよ?」

「ふむ」

「どうしようかな・・・」

「あ~~!」

「何、突然でかい声だして」

「今日、バイトだった」

「・・・」

 

 加藤の瞳から一瞬ハイライトが消えた気がする。

 

「・・・また、今度誘ってよ」

 

 加藤の声が小さくてもにょもにょ呟いた。頬と耳がだいぶ赤くなっている。表情はフラットでも他のところは感情が隠してきれていないようだった。

 

※ ※ ※

 

 俺は家に戻って、手を洗いとうがいを済ませる。

 

「腹減ったなぁ~」

 

 高校生男子である。ランチにカニパン一つでは腹がもたない。バイト先のレストランでまかない飯が出るものの、それまではまだかなり時間があった。何かないかと冷蔵庫を開けても、ろくなものが入っていない。

 棚を確認するとカップ焼きそばが複数しまってあった。

 

「なんで、こんなに各社のレパートリーがそろってんだ?」

 

 俺はその中からオーソドックスな焼きそばを選んで、お湯を注ぎ入れた。出来上がるまでの時間、二階の自分の部屋へ戻り制服を脱いだ。

 自分でいうのもなんだけど、部屋はけっこう片付いている。棚にはフィギュアやラノベが綺麗に並んでいる。壁のポスターは限定品のおまけで希少性がある。

 

「ふぅ・・・」ベッドに腰を掛けた。

 

 ぐるる・・・と腹がなった。ポスターの横の壁が少し変色している。日焼けしている後がある。壁には一本の画鋲が刺さっていたので、それを抜いて眺めた。

 

 綺麗な黄色い透明の画鋲だった。中にキラキラしたものが入っている。

 

「こんなのあったっけ・・・?」

 

 思い出せない。

 

 キッチンの方でタイマーが鳴っている。焼きそばが茹で上がった。

 何かを忘れている気がする。上手く思い出せない。

 さっきまで見ていた夢を思い出せないように、俺にはそれがなんだかわからなかった。

 

(了)



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英梨々のいない世界で ③

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

主題は、夏休みを恵と過ごすか、英梨々と過ごすか?ということなんですけどね・・・


 梅雨入りが早い。5月なのに連日雨が降っていた。

 

 昼休みになって他の生徒が食堂へ移動を開始する。俺はやっぱり今日も金がほとんどなくって、机に伏して寝たふりをしてやりすごしていた。

 

「また今日も食事を抜くの?」

 

優しく澄んだ声が聴こえた。目を上げると加藤が目の前に座っている。

 

「何しろ、金がないからな」

そう言いながらも俺は財布を取り出し、この間借りた金額を加藤に返した。

「受け取りにくいんだけど・・・」

「借金は金のある時に無理やりでも返さないと、有耶無耶になるからな。遠慮なく受け取っておけ」

「なんで偉そうかな?」

「・・・お貸しいただきありがとうございました」

「じゃ、受け取っておこうかな」

加藤が手を出した。綺麗な細い指が並んでいる。俺はそこに小銭を置いた。

 

「安芸くん」

「どうした?」

「利息が足らない」

「鬼!?」

 

ふふっ、と加藤が少し笑った。それから机の上にランチボックスを置いた。

 

「これ、先日、言われたから作ってみたけど」

「えっ」

「ほら、お弁当。作ってきてって言わなかったっけ?」

「まじで?」

「・・・いらないならいいけど」

「いやいやいや。いらないわけないでしょう!?もらうよ加藤。ありがとう!」

 

ランチボックスを開けると、見事なおかずが詰まっていた。

定番のテンプレ的お弁当メニュー。厚焼き玉子に、肉団子に、タコさんウインナー。そしてブロッコリーとプチトマト。

 

「あんまり自信はないけど。栄養ぐらいはとれるから」

加藤はそういいながら、立ち上がって自分の席へと戻っていった。

「加藤は食べないの?」

「さすがに教室で2人で手作り弁当を食べるのは恥ずかしいよ。付き合ってるわけでもないのに」

「・・・だよな」

「じゃ、また後でね」

「おう」

 

加藤が自分用のランチボックスの包みを持って、教室から出ていった。

俺は一人で「いただきます」と手を合わせて、卵焼きを口に放り込む。ひどく懐かしい甘い卵焼きだった。ひさびさに栄養をまともにとった気がする。

 

※※※

 

 放課後。静かな教室で新しいプロットを書いたレポート用紙を眺めながら、閃かないアイデアに頭を抱えていた。

 

「これ、読んだよ」

加藤がバサッと原稿を俺の机に置いた。

「どうだった?」

「それはこちらのセリフじゃないかな?」

「あっ・・・そうか」

 

俺は弁当箱を加藤に返しながら、「ごちそうさま」と言った。「お粗末様でした」と加藤が照れながら受け取って鞄にしまった。

 

「ほんと、おいしかったよ。ひさびさに手作り料理を食べた気がする」

「そう」

「特に卵焼きが。俺さ、甘い卵焼き好きだからさ」

「そう」

 

加藤の表情が少し明るい。笑顔ではないけど目が喜んでいるのがわかる。

早起きしてお弁当を作ってくれたことを労って、改めて感謝をした。加藤は自分の分を作るついでだからと言ったが、いつもはお弁当を持ってきてないのでそれは嘘だろう。

 

「それでね。安芸くんの作品を読んでみたけど・・・」

「どうだった?」

「一言でいうと、『つまらない』かな」

「がはっ」

「・・・話というか、世界観?がわかりにくいかな。作中で自分が登場人物だって自覚しているってことだよね?」

「そう」

「うーん。そういうのが作品の中で生かされるならいいと思うんだけど」

「例えば?」

「脱出ものとかかな。閉じ込められて部屋から出る時に、自分が作中人物だと気が付くオチみたいな」

「・・・ふむ」

「それにね、安芸くんが描きたいのは、この『幼馴染ヒロイン』の英梨々?って子が、楽しく過ごすことだよね?」「そう。そうなんだよ」

「だったら、作中人物である自覚は必要ないんじゃないかなぁ」

「・・・そっか」

「リアルでも、ふと自分の感情や立場に冷静になる時はあるから、そういうのをセリフに織り交ぜる程度ならいいんだろうけど。でも、安芸くんの作品はちょっとくどいかな」

「うーん」

 

俺は返してもらった原稿をペラペラとめくる。別に赤ペンで添削などはされていなかった。加藤に読んでもらいたくて・・・話かける口実として作品を量産したが、どれも雑になっていたらしい。

 

「あと、作品の中で英梨々が作品を投げ出すぐらいなら、最初からやらない方がいいんじゃないかな・・・」実感のこもった小言。

「いやいや、そこは汲んでやろうよ。やる気はあるんだよ。ただできないだけで」

「それって、安芸くんが?それとも安芸くんの作品の中の英梨々が?」

「英梨々が」

「頭、大丈夫?」

 

ついつい混同してしまう。自分の中の妄想があまりにも鮮明で現実的だった気がする。英梨々と長い時間を一緒に過ごしていた。でも、今は思い出せない。夢から覚めたのに、まだ夢の中にいるような感じなのだが、加藤には伝わないらしい。

 

「ところで加藤、夏休みといえば何を思い出す?」

「ん~。海、花火、それから風鈴とか?」

「そうだよな。今度は夏休みをテーマに作品を作ってみようと思っているんだけどさ」

「うん」

「なかなか40日分のネタがなくってさ」

「40日って、毎日作るの?」

「そのつもりなんだけど・・・」

 

 幼馴染ヒロインと夏休みを毎日過ごす話。短編を40話分作ろうと思っているが、そんなにたくさんのネタはない。

 

「それなら、ルーティンを組むといいんじゃないかな」

「ルーティン?どういうこと?」

「バラバラの40話を作るのは大変でしょう?40日もあるってことは日常だよね。毎日どこかでかけたり、旅行したりするわけじゃないよね?」

「そうだな」

「だから、例えば週末はおでかけイベント。月曜日はお休みみたいな感じで」

「お休み?」

「主役がこの安芸くんの考えた幼馴染ヒロインなんだよね?」

「そのつもりだけど」

「そしたら、部屋でアニメでも見ている日がないと疲れちゃうんじゃないかな。文科系の子みたいだし」

「なるほど。で、火曜日以降はどうするんだ?」

「火曜日は特技の美術を生かしたテーマで作るとか」

「絵を描くとかか」

「それもそうだし、さっきいった風鈴の絵付けとか」

「そんなのあるんだ?」

「市販でも売ってるし、そういう教室もあるんじゃないかな」

「詳しいな」

「夏休みイベント特集の雑誌読んでたから」

「ああ、あのアウトレットモールの?」

「うん」

「・・・行ったの?どうだった?」

「まだ行ってないけど、安芸くんはアウトレットに興味あるの?」

「いや、アウトレットには興味ないけど・・・」

「けど?」

「話のネタにはなりそうかなって」

「英梨々の話?」

「そうだけど」

「妄想するのに、現実の話を調べるわけ?」

「取材ってそういうもんだろ」

 

 あっ、話が脱線している。加藤がまだ従兄弟とアウトレットモールに行っていなくて、ほっとする自分がいる。とはいえ、俺が止める理由もない。

 

「じゃあ、取材に行ってみたら?」

「いやいや、オタクには敷居が高すぎて無理でしょ。だいたい一人でなんて・・・」

「そこは、『お弁当のお礼に、俺が連れて行こうか?』って誘うところじゃないの?」

「なんかおかしいだろ・・・加藤は俺に誘ってもらいたいのか?」

「『ベ・・・別に、安芸くんに誘って欲しくてお弁当を作ってきたわけじゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!ふん』って言えばいんだっけ?」

「ツンデレ!合ってるけど、もうちょい抑揚つけて感情込めましょうか・・・加藤」

「クスッ」

 

 加藤が自分で言って、おかしそうに笑っている。照れているのか顔を窓の方に向けていた。あんまり可愛いのでじっと見つめてしまう自分に気が付いて、俺も目線をそらして窓の方を見た。

 

 窓には加藤が映っていて、俺と目があった。

 

(了)



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英梨々のいない世界で ④

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

えっ?もう六月・・・嘘やろぉ・・・


 食堂車に移動した英梨々と詩羽は、おすすめランチを食べながら会話をしている。

 

「あら、けっこうイケるわね。これ」

「そうね。駅弁よりはだいぶマシね」

 

 英梨々がナイフとフォークで白身魚のムニエルを口に運ぶ。味は悪くないが、だからといって感動するほどおいしいわけではない。

 

「それにしても、倫理君と加藤さんの仲は相変わらずよね」

「・・・」

「心配かしら?」

「別に心配なんてしてないわよ。すぐにデレデレしているのが頭にくるだけ」

「ふふっ。恋人らしいセリフね」

「それにしても、どうしてまたこんな変な世界に迷い込んでいるのよ?」

「関係性の問題でしょう」

「また、そういうややこしい言葉を使うんだから」

「あなたと倫理君と加藤さん。この三角関係に苦心してきたのよね」

「・・・うん」

 

 英梨々としては、自分と倫也が結ばれたいけれど、友達の加藤が不幸になるのは嫌だった。せめて2人の仲を認めてもらいたいと思うが、R18原稿のように倫也と英梨々の仲が深まってくると、英梨々と恵は戦争状態に突入する。しかも勝てない。

 

「そこで、このパラレルワールド解釈の拡大ね。倫理君と加藤さんが小説の仲の『倫也と英梨々』を作成するという入れ子構造にすることで、どちらも幸せになると考えたの」

「なるほど・・・って、なんであたしが作中人物になっているのよ」

「だって、それは『事実』じゃないの?」

「あ~!もう、またややこしい話にするんだから」

「あら、澤村さんが望んだことじゃないかしら?」

「・・・」

「せっかくのR18だって、3000文字や設定にこだわって、もたもたするから負けたのよね」

「・・・あれは違うのよ」

「あなたの言い分はどうあれ、それが事実じゃないの」

「でも・・・『R18的英梨々その⑥』を見てもらえればわかる」

「なんていうのかしら。そういう問題じゃないのよ。澤村さんがちゃんと倫理君と・・・」

「ううん。そういう問題なの・・・」

「じゃあ、やっぱり『その⑥』も投稿するしかないわね」

「・・・もう」

 

 英梨々はコンソメスープをスプーンですくって飲んだ。食器もカトラリーも良いものを使っているが、見栄えばかりで肝心のスープはインスタントにアレンジを加えたものなのがわかる。本物ではない。

 

「それにしても加藤さんも流石よね。ちゃんと気持ちを切り替えて、澤村さんの物語を作ろうとするんだから」

「あたし、恵の作った物語は嫌っ」

「じゃあ、どんな『夏いちゃ』にするのかしら。何か案でもあるの?」

「あっ・・・あるにはあるわよ」

「へー」

「へーって、詩羽?ちょっとあたしのことバカにしているわね」

「ちょっとじゃないわよ?」

「・・・と・・・とにかくあるにはあるから」

「説明してごらんなさいよ」

「全部40話よね?」

「だいたいそれくらいの予定じゃないかしら」

 

 詩羽はコンソメスープを残して、ウエイターに下げてもらって、デザートの注文をした。英梨々はアイスティーを注文する。

 

「澤村さんはデザートは食べないのね?」

「あまり期待がもてそうにないじゃない。あたしはあの冷凍生クリームの解凍したものが苦手なのよ」

「そんなの食べてみないとわからないじゃない」

「そっ。だから詩羽が頼んだものを見てから考えるわ」

「まぁいいわ。それで、どんな話にするのかしら?」

「レトロゲーから、最新のゲームまでの名作を毎日一つずつ進めていくというのはどうかしら?」

「はい?」

「インベーダーからファミコン。スーファミ、PCエンジン・・・プレステシリーズ」

「あの、澤村さん・・・」

「なによ。いい案でしょ?」

「あなた、ほんと何もわかってないわね」

「なんでよ。名作ゲームなら魅力的じゃないの」

「ゲームの魅力を伝えてどうするのかしら。ほんと嫌だわ。どうしてこうポンコツな思考回路なのかしら」

「なによ。いったい何がいけないのよ」

「だって、読者に伝えたいのは『英梨々の魅力』であって、『ゲームの魅力』じゃないのよ?あなたと過ごす楽しい時間を描けなかったら意味ないのよ」

「詩羽はあたしのやりたいようにやればいいって言ってなかったかしら」

「それはそうよね。確かにあなたが倫理君と毎日ゲームするのは、あなたにとって幸せかもしれないわね」

「ならいいじゃない」

「ボツ」

「・・・他にもあるわよ」

 

 デザートが運ばれてきた。本日のケーキはフルーツタルトだった。見栄えはいい。

 

「おいしそうじゃない?澤村さんも頼んだら?」

「ちょっと食べてみなさいよ」

詩羽がフォークでタルトを一口食べる。

「・・・まぁ、それなりね」

「でしょ。すみませーんウエイターさーん。フルーツ盛り合わせ一つ追加で」

「なんかずるいわね」

「出されたものは残したくないのよ。口に合わなくても」

「そう。育ちがいいのね」

 

 詩羽はケーキを半分ほど食べたところでフォークを置いた。もう十分だった。ホットコーヒーをブラックで飲み、口に残った生クリームを流し込む。

 

「それで他の案はどんなのかしら?」

「毎日美術館巡りをして、作家について紹介していくの」

「ボツ」

「もう少し、話をきてくれもいいでしょ!」

「だって、途中でダレるだろうし、だいたい40人もの作者について調べるだけでも大変じゃないの」

「やっぱり、そうかしら?」

 

 英梨々はフルーツ盛りのメロンにフォークで刺して口に運んだ。なかなか上質な果物でおいしい。

 

「結局ね、加藤さんに任せるのが無難なのよ」

「恵は一週間をルーティンで進めるっていってたわよね。なんで、そんなことになってるのよ?夏休みなら曜日なんて関係ないじゃない」

「そうでもないんでしょう。去年の経験を生かさないと」

「ほんと、どうしてこう恵は真面目なのかしらね」

「あなたがポンコツだから、バランスをとっているんじゃないかしら?」

「霞ヶ丘詩羽~!」

「ふふふっ」

 

 詩羽は食事を終え、また思索の時間に沈んでいく。この友人である英梨々をなんとか幸せなハッピーエンドにしてあげたいと思う。紆余曲折を経て、過去の失敗や迷走からも何かを学びとって成長する。

目の前の英梨々も笑っている。真面目にやれば大丈夫なはずだ。周りでサポートして、本人が最後までやり遂げればだが・・・

 

「とりあえず、次回は『その⑥』ね」

「もう、好きにしなさいよ・・・」

 

 英梨々が頬を少し染めて、窓の外の代わり映えのない田園風景をみつめていた。

 

(了)



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R18版英梨々 その⑥ (完結)

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

失敗から学び、前へ進む。
言葉にするのは簡単だけれど、行動に移すのはなかなか大変。
唯一の方法は諦めずに継続すること、例え三歩進んで四歩下がっても・・・


(何かがおかしい)

 

倫也はこのR18世界で数日を過ごしながら、違和感がしていた。

それがなんなのか実態がつかめない。

窓の外の世界がおかしいことだろうか?少し出たら狙撃された。

あるいは過ごし方にルールがあることだろうか?

それもあるだろう。

けれど、2人が結ばれないことの言い訳にはならないはずだ。

 

部屋の扉が開いて英梨々が入ってきた。手のトレイにはティーセットがのっている。

「休憩にしましょ」

服装は相変わらず黄色い猫柄のパジャマで子供っぽい。

 

英梨々がサイドテーブルにトレイを置き、ポットからヘレンド製の高価なカップに紅茶を注ぎ入れ、倫也に渡した。

「いい香りだな」

「ダージリンよ」

紅茶の表面に薄いリングが浮かぶ。上手く紅茶が淹れられた証拠だ。

倫也はそれを一口飲む。味は渋いが少しフルーティーな香りがした。

 

英梨々がベッドで倫也の右側に座る。落ち着いた様子で紅茶をすすり、それから倫也の方を見てにっこりと微笑む。

「あら、なかなか似合ってるじゃない」

倫也は上下ともグレーのスウェットを着ていた。肌ざわりがいいことから、これが英梨々の用意した高級品であることがわかる。

「ありがと」と倫也は褒められたことと、服を用意してくれたことのお礼を言った。

 

「なぁ・・・英梨々」

「なにかしら?」

「違和感・・・を感じないか」

「違和感?」

「そう。なんていうか・・・俺らの関係を隔てるような違和感」

「ああ、そういうこと」

「わかるのか?」

「わかるわよ?」

「外に出ようとしたら狙撃されたし」

「そんなのいつものことじゃないの」

「そっか・・・お前はわかるんだな?」

「・・・うん。まぁ・・・ね」

「教えてくれないか」

「倫也が自分で気がつかないと意味がないのよ」

 

そういいながら、英梨々が台本をチェックしている。

 

「今日は・・・昨日の続きで上着を脱がすところね」

「どれ?」

倫也が英梨々の台本をのぞき込んだ。

「上だけならなんとかなるでしょ?インナーも着ているし」

「そうだな・・・ってこういう台本があるところじゃないか?」

「昔からじゃない」

「そうだな・・・」

倫也は首を傾げた。

 

「キス」

英梨々がぽつりと、まるで何かを見つけたかのようにいった。

「キス、しましょ。まずはそこからでしょ?少しずつ進まないといつまでもこうやって過ごすわけにはいかないし、すぐに三千文字になってしまうわよ?」

「そういうところだよな、おかしいのって・・・」

 

英梨々が目を閉じる。

倫也は英梨々の前髪を片手であげて、そっとおでこに口付けをする。

美しい唇が透明のリップクリームで少し光っていたが、その唇を奪う勇気はなかった。

 

「次はマジックテープね」

英梨々が淡々とセリフを読み上げる。

 

「なぁ・・・違和感があるんだよ・・・」

倫也は英梨々のパジャマを少しつまんでいたが、それをやめて、隣に座り直した。

「あんたって、ときどき本当にバカよね」

英梨々があきれている。

「なんていうかさ・・・AVみたいなんだよ・・・」

「あら、わかってるじゃない」

「どうしてだろ・・・」

英梨々はため息を1つついて、紅茶を黙って飲む。

「俺はさ・・・英梨々。お前をちゃんと抱きたいと思っているんだけど」

「あたしだって・・・抱かれたいと思ってるわよ・・・」

「2人の間に障壁はないんだよな?」

「ええ。倫也が嘘をついていないならね」

「俺が恵を気にしているってことか?」

「たぶん、それもあるんでしょうけど、それは大した問題じゃないわよ」

「ふむ」

 

倫也は風邪薬でも飲んだかのように、あたまがぼんやりとしてすっきりしなかった。

原因がわからないと対応ができない。

 

「夢オチにでもすれば解決するわよ?倫也があたしを抱いて、あたしの中でしっかりと『出して』、それで目が覚めればいいの。そしたら下半身に冷たいものを感じるわ」

「夢精するんだな・・・」

「そういうもんなんでしょ?わざわざ夢精の伏線もたてたし」

「それでいいのか?」

「それでいいというよりも、オチなんてどうでもいいのよ。あたしは倫也と『今、この時を』過ごしたいだけなんだから」

「女は強いな」

「あんたがヘタレなだけでしょ」

 

英梨々は飲み終えたカップをサイドテーブルに置いた。

 

「なんだろう・・・昨日の夜みたいに、いい感じになったところで終わるだろ?で、またこうやって始まるのがおかしいんじゃないか?」

「そうね。それもありそうね・・・」

「普通は(了)でなく、(つづく)だろ?」

「しょうがないじゃない。世界が終わるんだから」

「・・・」

「そういうナンセンスな物語は描写をさけているだけで、この別荘の外では全面戦争中なのよ」

「どこの国が?」

「国じゃなくて、あたしと恵ね」

倫也は深々とため息をついた。

 

「けど、やっぱりそれも倫也。あんまり問題じゃないのよ」

「問題だとだろっ」

「つまらない話はこれぐらいにして、そろそろノルマを達成しておこうかしら?」

「今日はまた、ずいぶんと冷めているな」

「そうでもないわ」

 

英梨々が倫也のカップを回収してサイドテーブルに置いた。

ベッドの上で倫也の前に座り直す。

 

倫也も座りなおして、英梨々のパジャマのマジックテープを上からペリペリと剥がして、開いた。

英梨々は白いキャミソールを着ていた。

パジャマをそのまま持っていると、英梨々が手を袖から抜いていった。

 

脱ぎ終わった黄色いパジャマを英梨々はたたむ。

「昨日と衣装が変わってんじゃねーか・・・」

「細かいことつっこむわね」

 

昨日は丸ネックの無地の白いTシャツだったはずだ。

今日はおしゃれなシルクのキャミソールを着ている。

肩紐とブラ紐が見える。

 

「ああ、わかってきた」

「そう」

 

英梨々がパジャマをベッドの下に腕を伸ばして置いた。

あとは上下で不釣り合いな、この子供パジャマズボンを脱ぐだけだ。

 

「さて、倫也・・・ここでクイズです」

「白」と質問前に倫也が即答する。

「・・・そうね」

 

下着の色は何色でしょう?答えは白。ブラ紐が白だから。

 

「わかったよ英梨々。視点だろ?」

「そうね。視点というか語り手」

「・・・ふむ」

「この語り手の目線がどうにもこうにも気になるのよ。ましてや作中人物として自覚があるんだから、もうどうしようもないじゃない?」

「だから、撮影されている感じがするんだな」

「おそらく・・・そうね」

 

英梨々は体育座りをしている。

流石に袖のないキャミソールだと部屋は寒い。

 

倫也はそれに気が付いて、毛布の中に入るように促した。

 

「・・・うん」

 

倫也と英梨々が並んで毛布の中に入って横になる。

 

「これじゃ、衣装関係ねぇな」

「どの道、衣装は関係なくなるでしょ」

「まぁ・・・な」

「コスプレするわけでないし」

「そうだな」

「やっぱり、その内コスプレをしたいものなのかしら?」

「学校帰りにうちに着たら、そういうこともあるかもな」

「ほんと、バカなことばかり考えるわよね」

「と・・・とにかくだな。原因が分かった以上は一人称視点にしてみるか」

「倫也視点?」

「そうだな」

「ついでいうとね。劇中劇とか、イデアがどうこうとかもやめた方がいいわよ」

「そりゃあそうだな」

 

ごもっとも!

よくぞ気が付いた。

 

「じゃあ次回から変えてくれるかしら?」

「できるかわからんけど、そうしてみるか」

「そしたら・・・うまくできるわよ。きっと。」

「ふむ」

英梨々が左手で倫也の右手をつないだ。

「ただ、問題がまだあるのよ」

「なんだ?」

「この衣装でスタートしてしまうわ」

「そりゃあ、ださいな」

「・・・うん」

 

英梨々が枕元のリモコンを探して、部屋の照明を消した。

倫也は腕を伸ばして、ベッドサイドランプを消す。

部屋が真っ暗になって何も見えなくなった。

 

「怖いぐらいの暗闇ね」

「ランプぐらいつけるか・・・どうせ毛布の中は何も見えないだろうし」

「そうね」

 

英梨々が指をパチンッと鳴らすと、棚の上のアルコールランプが灯った。オレンジ色の光がほのかに部屋を照らす。

「懐かしいな・・・」

「ふふっ」

「いいんだな?」

「倫也」

「ん?」

「なんでもない・・・」

「ん」

 

倫也は毛布の中にもぐりこんで、英梨々のパジャマのズボンに手をかけた。

英梨々が抵抗するようにその手を抑えた。

 

「倫也」と毛布の中に顔を入れて呼びかけた。

「なんだよ」倫也は緊張している。

「三千文字超えてた」

「おおぉ・・・」

「また来週があるわよ」

「一週間更新なんだな・・・」

「ふふふっ」

「だから、笑ってごまかすのダメだからっ!」

 

暗闇なので八重歯がみえない。

 

その時、天井が大きく崩れ落ちた。パラパラとコンクリートの粉が舞っている。

ランプの光に照らされて、漆黒の翼がゆらゆらと揺れていた。

 

「あのさぁ・・・倫也くん?」

「・・・」

 

迷彩服の上下に包まれた加藤が右手にライフルを構えて立っていた。

 

「迷彩服に翼は・・・変じゃないか?」

「つまらないツッコミはいらないから」

 

冷めた声でいう。「・・・はい」倫也は無駄な抵抗はしない。

 

「ねぇ。作っていい話と、作ってはいけない話があるんじゃないかなぁ・・・?」

「ちょっと、待ちなさいよ恵!」

「何?英梨々」

 

声が怖い。目線ははっきり見えないが、たぶん外の暗闇よりも深淵の瞳を宿している。

 

「そりゃあ、恵はツッコミはいらないかもしれないけど・・・」

「ん?何?」

 

「突っ込んで欲しいのはあたしなんだからねっ!」

 

理解するまでに少しの時間がかかる。場が凍てついている。

 

「はい!?」倫也と加藤の声がかぶった。

 

2人はあきれて、口をポーカンとあけた。

英梨々はモジモジして、「台本だから・・・」と消え入るような声で言い訳をする。

 

 

 

こんなオチでは、きっとボツ原稿行き。

 

(了)

 




あの・・・英梨々?


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英梨々のいない世界で ⑤

木曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

投稿予約日時間違えてました。


 梅雨が長い。

外はジメジメと雨が降って、校庭の脇に咲いたアジサイの葉を揺らしている。

 

「ああ、今日はランチがちゃんとあるんだね」

「ふふふっ」

「何、その気持ちの悪い笑い方」

「そんなストレートに言わないでくれる!?傷つくからね?」

「そう?じゃ。ごめん」

「軽いな」

「安芸くんほどじゃないよ」

「まぁいい。今の俺は寛容だからなっ」

 

 俺は机の上に、ホットケモットのノリ弁を置いた。このボリュームでなんと290円。

 

「お金があったんだ?」

「まぁな。バイト代が入ったんだ」

「なんで高校生が自腹でランチ食べているの?」

「・・・月初めにランチ代をまとめてもらうだろ?すると次の週末には消えてなくなり、俺の部屋のフュギュアが・・・」

「ああ、もうけっこうです。だいたいわかった。もう少し計画的に生きたほうがいいんじゃないないかな」

 

 そういいながら、加藤は机の上にランチBOXを置いた。一度お弁当を作ってきてくれたが、その後は流石に作ってきてはくれなかった。頼めば作ってくれるかもしれないが、そんな義理でもない。俺が毎日、パン一つで我慢しているのを、加藤はあきれてみているだけだった。

 加藤がボックスを開けると、彩りの華やかなサンドイッチが並んでラップに包まれていた。

 

「いいな・・・」

「安芸くんには自慢のお弁当があるんでしょ?」

「まぁな。加藤は食ったことある?この磯部揚げがさ、上手いんだよ」

「うん。おいしいよね。時々揚げるよ」

「磯部揚げって家で作れるのかよ・・・」

「作れるも何も、ちくわのテンプラだよね?青のりがはいっているけど」

「へぇー」

「へぇーって、なんだと思ってたの?」

「いや、深くは考えてないけど・・・家のテンプラで出てきたことないな」

「お母さんに頼んでみたら?」

「そうだな。でも、うちの親はあんまり飯を作らないからさ。つか、家にあんまりいない」

「そうなんだ?複雑な家庭事情?」

「共働き。それよりもさ、加藤。俺のこの・・・お新香とそのサンドイッチをトレードしないか?」

 

 俺はまだ手を付けていない箸でピンク色にそまった大根?らしきお新香をつまんだ。

 

「あのさ・・・寝言は寝て言った方がいいよ?」

「そんなに怒るの!?」

「だって、いくらなんでもバカにされている気分だよ。ブロッコリーと交換してあげようか?」

「いや、けっこう」

「野菜も食べたほうがいいんじゃないかな」

「だから、このピンクの大根をだな・・・加藤に食べてもらおうと」

「はいはい」

 

 加藤はそういってラップから取り出したサンドイッチを食べ始めた。口を開けた瞬間の加藤に魅入ってしまう。なんか、すごく・・・いやらしい・・・いや、セクシーな印象を受ける。

いかんな、なんでランチ中に俺は発情し始めてんだ。欲求不満かもしれないな。

 

「けどさ。いくらなんでも、この磯部揚げ、もしくはこのメインディッシュの白身魚のフライをトレードにはだせないぞ?」

「他にも方法があると思うけど?」

「えっ、何?ノリ弁からノリを奪うの?」

「ううん」

「?」

「磯部揚げと魚フライの両方と交換」

「重税だなっ!」

 

 ツッコミに納得いってないようだったが、加藤がサンドイッチを1つくれた。

 

「野菜はたべないと・・・ね」

 

 それはトマトとキュウリのなんの変哲もない普通のおいしいサンドイッチだった。

 

※ ※ ※

 

 昼休み窓辺で、加藤とランチタイムを過ごすのが恒例になり、なんだかリア充の気分を俺は味わっている。上川や他の生徒も気を使ってか、あまり教室にはすぐには戻ってこない。

 

 いつも俺は5時間目にアクビをかみ殺して戦っていたが、6時間目になる頃には睡魔に完敗をしていた。こうして今日も無駄な学校生活を終える。

 

 放課後。どの部活にも所属していない由緒正しき帰宅部の俺と加藤は、なんだかんだ一緒に帰るようになった。どちらともなんとなく歩調を合わせて下駄箱に向かう。

降りしきる雨を見上げてから、加藤は手元の赤い傘を見つめている。俺は隣で黒い傘をバッと開いて、左手でもった。

 

「どうした・・・?」

「ううん。なんでもない」

 

 加藤は何か言いたげだったけど、赤い傘を開いて雨の中に歩いていった。

 

「そうだ、安芸くん。夏休みの短編集についてなんだけど」

「うん」

 

 雨のせいで、加藤の声が遠い。近寄ると傘が少しぶつかってしまった。

 

「プロットをちゃんと作ったらいいんじゃないかな?」

「それは基本だよな」

「うん。それでね、ちょっと考えてみたんだけど。1週間の繰り返しって話したよね?」

「月曜が休みで週末におでかけイベントだっけ」

「うん。火曜日は創作活動。水曜日はくだらない事。木曜日はアルバイトでどうかな?」

「バイトはしているけどさ」

 

 傘にぶつかる雨の音がうるさい。

 加藤はそれが気になるのか、なんどか俺の傘を見ている。それから、立ち止まった。

 

「・・・加藤・・・?」

「あのさ、恋人・・・えっと、幼馴染の英梨々って子のことを書くんだよね?」

「うん。加藤にさ、幼馴染の大事さを知ってもらいたいしな」

「その動機もよくわからないけど・・・」

そう言いながら加藤は赤い傘を閉じ、俺の傘の中に入ってきた。

「・・・えっ」俺はドギマギとしてしまう。

 

「・・・取材だよっ・・・」

 

 加藤が小さな声でつぶやいた。取材?取材ってなんだ?どういうことだ?なんで加藤が俺の傘にはいってきた?なんで、相合傘になっているんだ?

 

「ほら、安芸くんは相合傘の体験なんて絶対してないだろうし」

「確信をもっていってくれるが、あるぞ?」

「どうせ、お母さんでしょ?」

「・・・うん。・・・心、読まないでくれる?」

 

 隣にいる加藤が少し離れている。俺は傘を加藤の方に傾けて濡れないようにした。俺の右側の肩と鞄に雨がかかるがこれはもうしょうがない。

 

「あまり、役立たないかな・・・」

「そんなことない。そんなことねぇよ」

「そう?」

 

 加藤の足元のローファが水滴を弾いている。雨の匂い。それから加藤の揺れる髪から甘い香りがする。加藤が隣に歩いてくれるだけで、こんなにもドキドキする。

 

そして、心が痛むんだ。

 

でも、俺はそれを悟られないようにする。なぜ、心が痛むのか自分でもよくわからなかった。

俺たちは沈黙したまま、傘に当たる雨粒の音を2人で聞いていた。さっきまであんなにうるさかったのに、今は気にならない。

角の道を曲がり、このまままっすぐ行けば駅に着く。時間だけが静かに過ぎていった。

 

 駅に着くと、加藤が傘からゆっくりと出ていった。赤い傘を一度開いて水を弾いてから、クルクルと回して閉じ、ボタンで留めている。

 駅のホームは空いていて、イスに座れたけれど、濡れてもいないに雨の日は座る気がしない。並んでたったまま電車が来るのを待った。加藤は途中でラックの中からバイト情報誌を一部を手にとった。

 

「それでね。例えば木曜日のアルバイトの話なんだけど。それだけを集めたプロットを作ったら方がいいと思う」

「どういうこと?」

 

 そうだ。プロットの話を加藤としていた。相合傘の話じゃない。俺の相合傘の経験は何か役に立つかな?とぼんやりと考えながら、加藤の話に耳を傾ける。

 

「初日から順番に日時を追って制作するよりも、バイトならバイトの話だけをまとめて作った方がいいと思うの。だいたい40日だと5日間ぐらいはバイトの話になるよね?」

「ふむ。それで」

「バイトに関連した、全5話の話で作った方が、まとまりが出るんじゃないかな」

「なるほど・・・」

 

 ホームにいる人が傘をトントンと、さっきから仕切りに地面に叩いて水を落としている。そこに小さな水溜まりができて線路の方へ流れていった。

 

 

「バラバラの話でなくて?」

「バラバラでもいいと思うけど。えっと・・・」

「もう少し具体的な例が欲しいな」

「じゃあ、えっと、バイトで成功するとどうなると思う?」

「時給が上がる!」

「・・・そっか。うん。そうだよね。それでいいんじゃないかな」

「えっ、なんか間違ってた?」

「ううん。ただ、それが話のクライマックスっておかしくない?」

「そういうことか・・・うーん。急に言われてもな」

「起承転結が大事なんだよね?」

「うん」

 

 ホームに電車がくるアナウンスが流れた。マイクの音量が大きいせいか、音が割れて聞き取りづらかった。ローカル線の緑の電車がホームに到着し、静かにドアが開いた。

 俺と恵は並んで座った。座ると恵は鞄からレポート用紙を取り出して俺に見せた。

 

「構成はこんな感じでどうかな?」

「・・・なるほど。曜日別のエピソードを作ってから、日付順に並べ替えるわけだな」

「うん」

「それなら、バイトの話だと・・・①バイトの日常 ②バイトの日常伏線 ③バイトの日常・・・」

「さっきから、バイトの日常しかいってないよ?」

「④で転があって、⑤で解決篇だから・・・」

「・・・」

「えっ、ダメ?」

「うん。ダメ」

「えっ、どうしたらいいの?」

「あのね、安芸くん。バイトは舞台であって、主題ではないよね?」

「舞台?主題?」

「うん。あくまでも大事なのは、バイトをすることでなく、バイトを通して主人公と幼馴染ヒロインの距離が縮まることだよね。この英梨々って子が可愛いのが主題であって、バイトの日常を描いてもしょうがないんじゃないかな?」

「ああ、じゃあ、効率よく新聞配達するためのテクニック紹介とか、雨の日だとすごく大変とか、そういう話ではないと?」

「もちろん、そういうリアリティーは大事だと思うけど」

 

 加藤はそう言いながら、分厚いレポート用紙をペラペラとめくっていた。あちこちに伏せんがある。

電車は駅で停まって、乗客が乗り降りして、また動き出す。

 

「英梨々を絡めたバイトの話ってことだよな?」

「そうじゃないと意味がないよね」

「例えば、①では、バイト先に遊びに来る英梨々だな」

「うん」

「②はちょっとしたアクシデントから、バイト先に絡んでくるような話か」

「そうだよね。安芸くんレストランでバイトしているんだっけ?」

「おう。旨いぞ?今度来るか?」

「それ!」

「どれ?」

「それが第一話的って話」

「ああ、・・・うん。そうだな。第二話では足らなくなった食材を常連の英梨々が買いにくような話か」

「うんうん」

「で、第三話では忙しくて店を手伝うみたいな」

「そうだねぇ・・・」

「英梨々は絵も上手だから、メニュー表をデザインしたりして・・・」

「そうそう・・・」

「どうした・・・?」

「・・・それ、もう過去に安芸くん作ったよね」

「なんのことだ?」

 

 ちょっと加藤の行っていることがわからない。

加藤はレポートをめくって、俺に渡した。そこには俺がバイトしていて英梨々と絡む話がのっている。途中で英梨々が投げ出した話だった。

 

「よく覚えているな・・・」

「多少わね。でね、安芸くん。二番煎じと言われても舞台が変われば許されるかもしれないし」

「ん?」

「バイト先、変えてみようか」

「はいっ!?」

「背に腹はかえらないよ。安芸くん」

「いや、お前なにを・・・」

「だからね。探しておいてくれるかな?英梨々と一緒にバイトできそうなところ」

 

 そういって、加藤はさっき駅で手に入れたバイト情報誌を俺に渡した。

 

「・・・準備がいいな」

「安芸くんと英梨々が準備不足過ぎるだけじゃないかな?」

「・・・ごめん」

 

 やれやれシナリオ作りのために現実を犠牲にするなんて・・・今のレストラン、けっこう気に入ってるのだけど。

 

「それが決まったら、5話分のプロットを持ってきてくれる?」

「・・・はい」

「スケジュールつまっているから」

「おう・・・」

 

 いつの間にか加藤にスケジュール管理をされていた。杜撰な俺にはできない。シナリオなんてシナリオライターを見つけて、丸投げするのが社会人じゃないかと思うけど。シナリオが書けそうな知り合いが誰もいないので、自分でやるしかなかった。

 

「これで、絵を描くやつがいれば・・・ゲームを組めるんだけどな」

「安芸くん」

「はい」

「それは、まともなシナリオができてからの話だよね?だよね?」

「・・・二度繰り返さなくていいからね・・・」

 

 なんか恵の目が怒っている気がした。心あたりがあるような、ないような。

 

 電車が加藤の最寄り駅に停まった。加藤は立ち上がって、傘を手に持って降りた。俺はその後ろ姿を見送った。制服のスカートから加藤の生足が見える。黒いソックスとローファーもとてもよく似合っている。

 

「俺・・・やっぱり欲求不満だな」

 

独り言を言った。ドアが閉まり電車が動いていく。加藤と過ごす時間はすぐに過ぎ去っていった。

 

(了)




夏いちゃを倫也と作りたい加藤の執念を感じる・・・


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英梨々のいない世界で ⑥

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

6月末はクソ暑かったですね。40度超えのところもあったようで、いよいよ日本終了ですかね。

あれ、今回は加藤が倫也の家に遊びに来ます。最初はしおらしく過ごす加藤ですが・・・


 自分の家のドアなのに、いつもよりも緊張して鍵を開けた。

 

「ど・・・どぞ」扉を抑えて、中に加藤を案内する。加藤は軽く頭を下げてから玄関へと入っていった。

 

 洗面所を案内して、手を洗ってもらう間に、俺は急いで自分の部屋へと駆け上がって、めくれたままの布団をなおし、散らかっているものを適当に物置の中へ押し込んだ。

 下に降りると、加藤が立ってまま待っている。

 

「俺の部屋でいいか?」

「うん」

「あ・・・あのさ。何か飲む?」

「うん」

「じゃあ、上で待ってて、階段上がった先の部屋」

「うん」

 

 加藤は静かな声で「うん」としか答えない。優しい声。

 

キッチンでグラスに氷を入れて、ペットボトルのウーロン茶を注ぎ入れた。それを二つ持って部屋へと戻ると、加藤は部屋の中で鞄を持ったまま立っている。座ってくれればいいのに。

 

「えっと、その辺のクッションに座ってくれる?」

「うん」

「これ、ウーロン茶だけど」

「うん。ありがと」

 

 加藤がクッションに座って、鞄を横に置いた。俺はテーブルの上にグラスを置く。

 

 そう。加藤が部屋に来た。口実はノートパソコンの使い方を教えることと、アニメを一緒に観ることと、俺のシナリオの手伝いだった。そのどれに優先順位があるのかわからないが、とにかく加藤が部屋にいる。

 

「思ったよりも、綺麗な部屋だね」

「そう?」

「うん」

 

 俺がグラスを持って一口飲むと、加藤も軽く会釈してからグラスに口をつけた。カランと氷の音が鳴る。

 

「安芸くんのご両親は共働きだっけ?」

「ああ、今日は不在だ」

「そう。晩御飯とか自炊?」

「ちょっと待って、心配するとこそこじゃないだろ?」

「何が?」

「いやいや、普通、男子の家に女子が来て、他に人がいなかったら心配することがあるだろう?」

「心配するようなことを安芸くんがするの?」

「あっ、その言い方はなんか少し小馬鹿にされている気がするんだが・・・」

「少しじゃないけど、まぁそうだよね」口元に手を当てて、クスクスとおかしそうに笑っている。

「認めるなよ・・・」

 

 夏服の上から薄っすらと見える加藤のブラ紐の色はピンクだ。加藤は右耳だけが出るように、目立たない黒のヘヤピンで髪を留めている。このまま押し倒せるものなら押し倒したいが、もちろんそんな度胸はなく、犯罪者になる気もない。

 

「それで、加藤。アニメでも観るか?」

「うーん」

「ノートPCの使い方を教えつつ、観てもらってもいいけど」

「その前に、やる事を済ませてからがいいかな」

「・・・さようで」

 

 加藤が鞄を開けて、レポート用紙の束を出す。付箋があちこちに貼ってあった。なんだか日に日に分厚くなっている気がする。

 

「まずは、シナリオのプロットを完成させるのが先じゃないかな?遊ぶのを先にするといつまでも終らなそうだし」

「仕事熱心だな」

「仕事じゃないけど」

「で、どこまで進んだっけ?」

「安芸くんの新しいバイト先の話」

「就職相談みたいだな・・・」

「それで、いくつか考えてきてくれた?」

「ああ、そうだな」

 

 バイト先というのはシナリオの舞台をどこにするかということだ。この幼馴染ヒロインと主人公がどこで時間を過ごすか?これがなかなか難しい。仕事が忙しすぎてもダメ。

 

「まずは高校生らしいバイトということで、飲食店は基本だと思う。あとはマックだな」

マックドナリドでバイトデビューは基本だと思う。実はメリットは大きく、マックバイト経験者というつながりも将来できやすい。

「うん。そうだね。それはさぁ、アッポー社でアルバイトしてくれたら、将来は社員登用もあるかもしれないし、いいことばかりだけど、採用されるのは難しいんじゃないかな?」

「マッキントッシュのことですか・・・」

「安芸くん?」

「はい」

「ちゃんと、ツッコむなら勢いよくお願いできる?」

「なら、もう少しわかりやすくボケましょうか、加藤さん」

「そうやって人のせいにするかなぁ・・・」

「俺のせい!?」

「でもさ、実際問題として、彼氏が外資系で将来年収数千万稼いでくれた、ありだよねぇ」

「いや、俺に同意を求められても!?」

「だいたいさー、夢を追いかけて起業してさー。安芸くん聞いてる?」

「聞いてるけど」

「社長になってさー。わたしも一生懸命働いてさー」

「ずいぶんと語尾を伸ばしますね・・・」なんか加藤のしゃべり方がねちっこいな。

「何か言った?」

「いえ」

「それなのにさ、幼馴染のツンデレと不倫をするとか、離婚も泥沼になるよね」

「何の話?」

「その点で、仕事とプライベートが別れていれば、慰謝料で一応のカタがつくんじゃないかな」

「いやいや、そもそもそれ、仕事関係なくない?浮気が原因だよね?」

「何?安芸くんは、それは奥さんのせいだっていうんだ?」

「いやいや、そんなこと一言も行ってないよねぇ!?」

「で、安芸くん。何の話してるの?」

「それ、俺のセリフだよねぇ!?」

 

 加藤が酔っているのかと思った。語尾を伸ばして、恨めしい感じで言われると、なんだか俺が悪いことをしている気分になる。ぜんぜん関係ないのに。

 

「飲食店ってことは、ウエイターとお客様との関係ってこと?」

「王道だとは思うが」

「ふーん」

「どうした?」

 

 加藤がベッドにもたれかかって、足をまっすぐ伸ばした。スカートから長い太ももが露わになっている。もうちょい角度がずれれば・・・見えそうだけど。

 

「なんで、わたしが安芸くんのバイトのこと考えないといけないのかなぁ?って」

「ごもっともだな。他にはレンタルビデオの店員というのもあるんだが」

「今時、レンタルビデオ店なんてある?TATSUYAだってあちこち閉店しているし、ブックオッフですら、危機的状況だよね?」

「実名はやめましょうか・・・」

「じゃ、適当に一文字変えといてくれる?」

「・・・あとはだな、交通量カウントとか・・・」

「それ、英梨々と2人でやるの?真夏に?」

「プールの監視員」

「似合ないよね」

「配達」

「だから、それだとヒロインとの絡みがないよね?」

「デバッカー」

「なにそれ」

「ふふ。いいか、加藤。デバッカーというのはだな。ゲーム作業のバグを探す人のことだ」

「それで?」

「ゲーム会社なんかが短期間で募集しているだが、どうだろう?」

「それって、英梨々がゲーム好きだから、一緒にやるってこと?」

「そこまでは考えてないけど・・・」

「それにさ。安芸くんはゲームを作れるんだよね?」

「スクリプトを使った簡単なやつだけどな」

「だったら、プログラミングのバイトの方がいいんじゃないの?」

「IT土方か・・・いやいや、ちょっと待て、それこそ専門性すぎて、会社に寝袋で停まり込む未来しかみえないぞ?」

「会社を自宅にするよりはいい人生だと思うけど」

「加藤!?」

「少し、ITから離れてくれるかな」

「・・・はい」

 

 バイト探しも大変だな。だいたい仕事に出会いを求めているのが間違いだと思うんだが、今更、口には出せない。

 

「テキヤとかどうだろう?」

「テキヤって、縁日で屋台出している人だっけ?」

「うん。あれなら、いろんな屋台運営ができるし」

「綿菓子とか、スーパーボール掬いの人なら誰でもできるのかな?」

「綿菓子はそこそこ技術がいるけどな。店番なら時々子供がしているよな」

「安芸くん、タコ焼き焼けるの?」

「いや?でも、そうだな。英梨々が横から口を出しながら焼きソバを焼くのは楽しいかもしれない」

 

 なんだか目に浮かぶ状況だ。あいつは口ばかりうるさいからな。

 

「安芸くん。にやけてるよ?そんなに自分の妄想が楽しい?」

「いや、別に・・・」

「でも、テキヤのバイトなら短期集中の方がいいんじゃないのかな。一週間に一度だけっていうのも変だよね」

「そうだな」

「それに、夏に縁日は恋人同士の大事なイベントだし・・・仕事する側よりは、参加する側がいいと思うけど」

「そうだな」

 

 正論だな。ちょっと楽しそうだと思ったが、やはりなかなか難しいようだ。でも、英梨々と一緒に焼きそばを作るイベントはメモに残しておこう。

 

「加藤はどんなバイトならいいと思うんだ?」

「それは相手にもよるんじゃないの?」

「えっ、どういうこと?」

「だから、・・・彼女・・・との楽しいイベントのためにバイトを始めるんだよね?」

「それだと彼女のために金を稼いでいるようにしか聞こえないが」

「・・・」

「いや、ごめん。続けて」

「だから、相手との相性もあるんじゃないかな。英梨々だと美術系やオタク系がいいだろうし」

「例えば、加藤だったらどんなのがいいんだ?」

「古本屋とかかな・・・。最近は無くなってしまったけど、街の片隅でひっそりと経営している古本屋さんってあるよね」

「あるある。あのどうやって経営が成り立っているかわからない店だろ?」

「うん。ああいうところなら時間もありそうだし、簡単な店番だし、いいと思う。実際にバイトなんて募集する余裕はなさそうだけど」

「なら、それでよくないか?」

「何が?」

「俺のバイト先の話。英梨々はマンガ好きだし、古本屋ならまったりできるし・・・」

「あのさー、安芸くん」

「はい・・・」

 

 加藤の目からハイライトが消えた。基本的に顔はフラットなのだが、目の色が変わる。機嫌の良し悪しはここで判断するのがいい。

 

「古本屋のアイデアは『わたしの場合』だよね?」

「べ・・・べつに作品に為なら問題ないだろ・・・」

「I beg your pardon?」(※訳 もう一度おっしゃってもらってもいいでしょうか?)

「そ・・・そーりー。ちょっと何か考えてみます」

 

 加藤が立ち上がった。立ち上がる時に少しスカートがずれて、見えそうだけど、絶対に見えない。

 

「安芸くん。ちょっとキッチン借りていいかな?お腹すくと仕事もはかどらないし」

「仕事じゃないっていってたよねぇ!?」

「あー。うん」

「それは別にいいけど・・・おやつになるようなもの何かあったかな。カップ焼きそばならあるけど」

「小麦粉とお砂糖ぐらいはあるよね?」

「あると思う」

「なら、ホットケーキでも作ってくる」

「ホットケーキミックスの粉はないと思うぞ」

「小麦粉があれば大丈夫だけど。安芸くんって朝に牛乳飲んでいるよね」

「ああ。朝に牛乳飲んでるよ」

「背、伸びないね」

「ほっといてくれますか!?」

「ホットケーキだけに?」

「いや、別にそんなダジャレのつもりはないんだけど・・・」

「一応、ベーキングパウダーは持参したし」

 

 加藤が鞄から、ベーキングパウダーを取り出した。普通の女子高生は鞄にベーキングパウダーは入ってないと思う。でも、加藤だし。俺の家に来た時ように持ち歩いていたのかもしれない。女子力高めアピールするようなあざとい一面があるのを俺は知っている。

 

「それ、心の中の声、わたしに言える?」

「心の中は読まないでね?」

 

 俺は座ったままなので、立っている加藤の足を下から見上げるような形になる。が、見えない。断じて見えない。おかしい。

 

「じゃ、作ってくるから」

「あのさ、加藤。いいにくいんだけど・・・」

「何?」

「卵がないと思う」

「えっ・・・」

 

 ゴゴゴゴッ 背景にエフェクトが浮かび上がっている。

 

「だからね。安芸くん?あれほど、わたしは言ったよね?」

「何を・・・?」

「特売日に卵は買っておいてって!」

 

 何を怒っているかよくわかない。けど、特売日の卵の魅力は主婦層を惹きつけてやまない。10円20円に何の差があるのか?などと問い詰めたら、家庭不和は必死だ。

そういえば、一年前の夏休みの初日にも加藤は特売日の卵を買っていた気がする。とりあえず謝っておこう。

ここは俺の家で、加藤は初めてうちにきた。だから、卵のことで怒られる道理は全くない・・・うん。

 

「ごめん」

「もういいよ・・・」

「ところでさ、思いついたんだが」

「うん」

「バイト先・・・マンガ喫茶とかどうだろう?」

 

 加藤はごそごそと鞄から、卵パックを取り出した。そっか、意地でもホットケーキが作りたいらしい。まぁ、俺も喰いたいから、そこは見て見ぬふりをしよう。

 

「それでいいんじゃないかな」

 

 許可がでた。マンガ喫茶で英梨々を絡めたエピソードを5話。とはいえ、俺はろくな物語が作れない。しかたがないので、脳内にいる先輩キャラに丸投げしよう。

 

「よし。なぁ加藤、俺も手伝うよ」

「うん」

 

優しく澄んだ声で加藤が返事をした。機嫌はいいようだ。

 

(了)




英梨々さえいなければな・・・


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英梨々のいない世界で ⑦

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか。

【告知】
夏休みは
7月23日(土)~8月末までになります。
40日間の全40話構成。
脱線したものはすべてボツにし、脱線しない作品のみになります。


 ローカル線はのろのろと走り、田園風景は夕焼けに赤く染まっている。

 

「ほんと、変りばえしない風景ね・・・」

 

 英梨々はつまらなそうに外を眺めている。詩羽は雁が並んで空を飛んでいるのを見つけたが、だからといって特別な感情はなかった。頭の中は構想でいっぱいで、外の世界に興味がもてない。

 

「このまま夜になるのかしら?このまま座席で寝るのなんて嫌なんだけど。ねぇ詩羽。聞いてる?」

「ええ、聞いてるわよ。澤村スペンサー英梨々さん」

「なんでフルネームなのよ」

「なんでフルネームなのかしらね?それはともかく、せっかくだから移動しましょうか」

「どこに」

「ついてくればわかるわよ」

 

 詩羽は広げていたノートパソコンをたたんで鞄の中にしまった。主題は『マンガ喫茶』らしい。マンガ喫茶を舞台に英梨々らしい五つの話を作る。プロットさえできてしまえば、あとのはポンコツとはいえ、この金髪ヒロインがなんとかしてくれるだろうことを期待していた。

 

 2人は食堂車の少し重厚な扉を開けた。人のいない座席の車両を通って、また隣の車両へと移動していく。そして、寝台列車に到着した。

 

「どこでも好きなところを使ってくれて構わないわよ」

「あら、素敵じゃない!」

「レトロな感じを残しつつ、実は機能は近代的なのよ。昔の一等車をイメージしてみたのだけど、気に入ってくれたなら嬉しいわよ」

 

 扉を開けると、中は意外と広かった。細いベッドが両脇に並んでいた。赤いペルシャ絨毯が分厚くてフカフカとしている。中央には小さな丸いテーブルとイスが二つ向かいあって置いてある。壁際は大きな窓で、外の景色がよく見えていた。

 

「へぇ・・・二階建てじゃないのね」

「一等車ですものね。特等車もあるようだけど、そういうのは本番で使って頂戴」

「本番?」

「あなたがいつか倫理君と旅でもする時に使えばいいじゃない?せっかくのお嬢様設定をそういうところで贅沢して活用なさい」

「そうね。電車の旅もいいわよね」

「もっとも、日本では寝台列車はだいぶなくなってしまったのよね」

「そうなの」

 

 詩羽はノートパソコンを再びテーブルの上で広げた。英梨々はベッドに腰を掛ける。固いベッドだがシーツは真新しいものだった。室内の温度はちょうどいいせいか、ブランケットが一枚あるだけだった。折りたたんである浴衣は古めかしいデザインのもので、水色の縦縞だ。

 

「何か、飲みたいわね」

「そうね」

「自販機コーナーがあるから、買ってくるわよ。あなたは何がいいかしら?」

「ドクペ」

「あるかしらね。炭酸飲料でいいのね?」

「なかったら、ジョルトコーラでもいいわよ」

「どうしてこう、突然お年寄りくさい発言をあなたはするのかしらね」

「・・・ファンタでいいわよ」

 

 詩羽は部屋から出ていった。思索するのには一人の方がいい。狭い通路を通って自販機コーナーまで歩いた。飲物の他にお菓子なども扱っていたので、適当に選んで購入した。

 

 英梨々は部屋で少しワクワクしていた。窓に張り付いて外をのぞき込むように見ている。雁が並んで飛んでいるのを発見し、なぜV字で飛ぶのか首をかしげていた。日が沈み始めたので窓ガラスに薄っすらと自分が映っている。吐く息がガラスを曇らせ、すぐに消えた。

 せっかくなので服を脱ぎ捨て、用意してあった浴衣を着てみる。それから腰のところで帯を結んだ。仕立てがあまりよくなく、生地も薄い。量産版の安物なのが残念だった。

 

 一段落したので、英梨々も『マンガ喫茶』のイベントについて頭をひねってみる。そんなものはやってみないとわからないではないかと思っ。

 何事も準備が必要らしい。マンガ喫茶でマンガを読む以外に何をするというのか?そもそもマンガ喫茶なんて行ったことがなかった。ちょっと行ってみたい。

 ノートパソコンを使って、ネットで検索してみる。昨今のマンガ喫茶は個室もあって、ネット環境も整っているらしい。マンガ専用の図書館みたいなものかと思ったら、ずいぶんと違った。ゲーム機まで貸し出している。こうなってくると、倫也や英梨々の部屋と一緒で普段と変わらない気がした。

 

「あら勉強熱心ね」詩羽が戻ってきた。

 手にはお菓子とジュースを抱えている。英梨々にファンタ青リンゴ味を渡した。自分の分はブラックコーヒーである。それから、『おっとっと』と『コロンバニラ味』をテーブルに置く。

 

「詩羽、知ってる?最近のマンガ喫茶はネットも完備でゲームもできるって」

「最近というか、けっこう初期からそうだった気がするけど・・・」

「そうなの?」

「あなたって、庶民のことを知らないのね。ネカフェ難民のニュースとか知らないんじゃないかしら?」

「そりゃあ知らないわよ。ニュース見ないもの」

「幸福とは鈍感さの上にのみ成り立つのよね」

「なによそれ。これ、食べていいかしら?」

「どうぞ。ご自由になさって」

 

 英梨々が『おっとっと』の箱をジジジィと開け、中のフィルムを破った。一粒口に放り込むと塩がきいていて、なかなかおいしい。食感がいい。

 詩羽も前に座って、一粒口にいれて、ポリポリと食べた。

 

「とりあえずプロットの骨子ができたわ。説明してもいいかしら?」

「任せるわよ」

「初日は、マンガ喫茶で働くことになった理由と、バイトが始まって遊びにいく澤村さんのやりとりね」

「それだけでいいの?」

「せっかくだから、少し邪魔するぐらいでいいと思うわよ」

「それで、二日目は」

「次は、マンガ喫茶に飽きてきた澤村さんが、倫理君の邪魔をしつつ、少し手伝う感じで」

「なんで邪魔ばっかりするのよ」

「自覚ないのかしら?少し子供っぽい方があなたらしいのよ」

「そうかしら・・・それで、三日目は?」

「どうせマンガ喫茶にいるなら、自分もバイトしようと一緒に働き始める」

「そう都合よく雇ってもらえるかしら?」

「そこはやはり、そのマンガ喫茶があなたの親族経営とかでいいと思うわよ」

「そうね。その方が自由だし、無茶がききそうね」

 

 英梨々がファンタ青リンゴ味のプルタブをプシュッと開けた。合成的な香りがする。そして妙に甘ったるい。一口飲んでテーブルに缶を置き、また『おっとっと』を一粒つまんだ。クジラの形がお気に入り。

 

「四日目で、澤村さんは自分らしくお店を改造ね。なんだかんだ倫理君に手伝ってもらいながら、売り上げに貢献する」

「なんだか、二人でマンガ喫茶経営しているみたいね」

「あら、やっと気が付いたわね。マンガ家とアシスタントでは変化がないけれど、マンガ喫茶経営なら動きもあっていいと思うわよ」

「倫也とマンガ喫茶経営かぁ・・・わ・・・悪くないね」

 

 英梨々がニヤニヤしている。妄想たくましい。詩羽が缶コーヒーを一口飲み、『おっとっと』を一粒つまむ。ポリポリ。英梨々も食べる。ポリポリ。

 

「それで最後の日は、『転』というよりは事件を起こしたいのだけど」

「きたわね『転』・・・やっぱり強盗とか火事とかかしら」

「そんな危ないのはダメよ。それにマンガ喫茶と関係ないじゃないの。少しR18を意識した作りにしたいのよね」

「ちょっと待ちなさいよ。なんであたしがマンガ喫茶で倫也とエッチしないといけないのよ」

「別にそんなことは一言も言ってないわよ?」

「・・・そう」

「まぁ、そんな感じでいいんじゃないかしら」

「ずいぶんいい加減ね」

「だって、作り込んでもあなたってその通りに動かないじゃない」

「あたしのせい!?」

「そうね。それはまったくその通りね」

「・・・」

 

 詩羽がまずい缶コーヒーに文句がいいたくて、指でカンッと缶を一回弾いた。鈍い音がなる。

 

「今度こそうまくいくことを願っているわよ」

「はいはい。で、もしかしてこんな感じでプロット作っていくのかしら?」

「そのつもりだけど、問題あるかしら?」

「いつ、倫也と会えるのよ」

「あら、しおらしい事言うじゃないの・・・」

「・・・だって、あんまり離れていると、倫也と恵がまたくっついちゃうじゃないの」

「信じているなら問題ないといったのは澤村さんよね?」

「霞ヶ丘詩羽~」

 

 なんだかんだ、詩羽と2人で楽しそうに、ここでも過ごす英梨々であった。

 

(了)

 



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英梨々のいない世界で ⑧

日曜のひとときいかがお過ごしでしょうか

『告知』

夏イチャですが、表に投稿予定です。12時05分で固定するか、バラバラにするか迷います。
英梨々としては目標二桁読者獲得です。
出来栄えとしては、去年の『夏いちゃ』よりは進歩していると思います。


 加藤がキッチンで卵を泡立てている。

 

学校の夏服にピンクのシンプルなエプロンは良くに似合っていて、その後ろ姿に見惚れていると、ついムラムラとした衝動を感じずにはいられなかった。

欲求不満かな・・・心当たりがあるような・・・ないような・・・

 

「ねぇ、安芸くん。バカなこと考えるところで申し訳ないんだけど、生クリームを買ってきてくれるかな?」

「心の中は丸見えですかー、そうですかー、かしこまりましたー」

「うん。お願い」

 

 加藤に勝てる気がしない。結婚したら尻に敷かれるんだろうな。そんなことを考えつつ、俺は買い物に出かけた。

 

 スーパーには生クリームが複数ある。動物性と植物性。箱にはいったすでにホイップされているものもある。どれがいいのかよくわからない。加藤のことだから、きっと泡立てて作るだろうから、一番高い動物性のものを選んでカゴにいれる。それと、缶スプレータイプのホイップクリームがいったいどんなのか気になる。値段は張るがこれもカゴに入れた。

 お菓子コーナーに移動して、メイプルシロップも購入する。家にハチミツがあった気がするが、腐るものでもないし、その内使うだろう。それから、チョコシロップも気になる。生クリームとチョコの相性はバツグンだしな。これも買っておこう。

チョコシロップも買ったら、やっぱりバナナぐらいは買っておくかと、青果売り場に移動してバナナをカゴにいれ、ちょっと見栄を張って、大粒の苺もカゴにいれる。

 飲料コーナーでドクペを買って、レジに並んだ。会計が3000円を超えている。おかしい、生クリームを買いに来ただけなのに。

現金をそんなに持ち合わせていなかった。しょうがないのでスマホ決済で会計をする。

俺がスマホで会計できることは、加藤には内緒だ。学校で些細な小銭のやり取りの楽しみがなくなる。

 

※※※

 

「ただいま」

「おかえり」と、加藤はキッチンから顔を出して迎えてくれた。

 

髪が揺れている。エプロン姿が似合っていて可愛い。こんな嫁さんがいたら幸せだろうなと思いつつ、買ってきたものをキッチンに並べる。あたりはホットケーキの焼ける甘い匂いに包まれていた。

 

「ずいぶんと買ってきたね」

「うん、まぁ・・・使えたらと思って」

「うん。もうできるから、座っててね」

「飲物は?」

「まだだけど」

「コーヒー淹れようか?」

「うん」

 

 コーヒーメーカーを出して、モカブレンドをコーヒーフィルターにいれてセットする。しばらくたつと、ポツポツと音がなって、水滴が落ち始めた。

 加藤はバナナと苺をカットして、焼きあがったホットケーキの横に盛り付けると、缶スプレーのホイップクリームの説明を読んでいる。

 

「それ、初めてか?」

「使うのは初めて。これってハワイアンカフェで使われているのと同じかな?」

「ハワイアンカフェってなんですか・・・」

「モアナキッチンとか。薄いパンケーキに、これでもかってぐらい生クリームの山の盛り付けを見たことない?」

「あ~、あるような、ないような・・・」

 

 加藤が缶を上下に振っている。その仕草が妙にエロい。もしかして俺って、欲求(ry

 

「・・・あのね安芸くん?」

「ココロノナカハ ヨマナイデネ」

「ふざけてもダメだから、自業自得だと思うよ?」

「そう?」

 

 心当たりがない。欲求不満の自業自得とはこれいかに。

 加藤が重ねたパンケーキに生クリームでデコレートしていった。ソフトクリームのような盛り付けで、初めてにしては上手だった。どこにあったか、アーモンドスライスをかけている。

 

 俺は出来上がったコーヒーを、来客用のカップ&ソーサーで用意する。ケーキが甘そうなので砂糖はいらないだろう。テーブルに運ぶ。加藤もテーブルにパンケーキを置いた。洒落た店で出てくるような出来栄えだった。盛り付けがとても上手で加藤のセンスの良さがわかる。

 

「メイプルとハチミツとチョコシロップがあるけど、どれか使うか?」

「ううん。用意してきたから」

 

 加藤がテーブルの上に瓶を置いた。ラベルは何も貼ってない。

 

「これ、自家製のラムレーズン」

「ラムレーズン・・・あのアイスクリームのやつか?」

「その元になるのかな。かけていいかな?」

「頼む」

 加藤がビンを開けて、コーヒースプーンでレーズンシロップを生クリームの上からかけた。彩りとしてはシンプルだ。ラム酒の香りが漂っている。

 

「これぐらいかな。量がよくわからないから、足らなかったら、たしてかけてくれる?」

「わかった。いただきます!」

「どうぞ」

 

 ナイフとフォークでパンケーキをカットして、生クリームをたっぷりつけて口に入れた。ラムの香りで大人っぽい味がする。甘さは十分にあった。チョコシロップのような重さもなく、けっこうあっさりと食べることができた。

 

「どう?」

「うまいよ。これ、自家製ってどういうこと?」

「レーズンと砂糖とラム酒で簡単に作れるみたいだったから、挑戦してみたの。うん。ちゃんと美味しい」

 

 加藤も食べてみて、満足しているようだった。フルーツにもよく合う。

 

「で、本題に入ろうか。安芸くん」

「おう」

「一応、マンガ喫茶でのイベントは出来上がったみたいだし、次は月曜日のアニメ鑑賞会かな。カレンダーを見ると6回くるから、6つアニメを選んでくれる?」

「俺が?」

「他に誰がいるの?」

「ふむ・・・。そうだな。まずは英梨々が好きそうなジャンルで集めてみようか」

「好きなジャンルって?」

「幼馴染が勝つラブコメ」

「あーそう」

「古くはタッチィなんかもそうなんだけどな。あれ、アニメだと100話ぐらいあるからさ、ちょっと全部見るにはしんどいんだ」

「それで?候補はあるんでしょう?」

「過去に観ていて、見直さなくても何とかなりそうなのが、『ハガレン』と『四月は君の嘘』だな」

「名作アニメだっけ?ハガレンは聞いたことあるような気がするけど」

「ああ、そうだな。加藤はどっちも観たことないのか?」

「うん、アニメはあんまりみないし」

「よし、なら見るか」

「それは後でいいとして、あと4つは?」

「そうだな・・・映画で『アイの歌声を聴かせて』が一応幼馴染ものだったな」

「それは新作だよね?」

「そうだな。出来栄えはまずまずだけど、はずれではないと思う」

「別にここで感想はいわなくていいんじゃないかな」

「・・・そうか。『True tears』や『この中に一人妹がいる』なんかがあるから、それにしようかと」

「それは聞いたことないけど?」

「幼馴染ヒロインが勝つアニメで検索したら出てきた」

「妹なのに?」

「詳しくはわからないけど・・・観てみないとな。つまらないならつまらないで、それも作品だし」

「ふーん。最後の1つは?」

「それなんだがな・・・」

 

 俺は口の中にパンケーキを詰め込み、コーヒーで流し込んだ。苦いコーヒーがちょうどいい。加藤はマイペースにパンケーキを小さくカットしながら上品に食べている。

 

「『惑星のさみだれ』が夏アニメで始まるんだよ。原作ファンとしてはそれがけっこう気になっているから、それにしようかと・・・」

「それはいいけど、幼馴染は関係あるの?」

「いや、でも構成が騎士物語だから、英梨々は好きなはずだ」

「騎士物語って?」

「ほら、ボーイミーツガールの王道だよ。困ったお姫様を助ける騎士の話。有名なのだとラピュタとか」

「ああ、なるほどね。いいんじゃないかな。でも、それだと放送分の1話だけになるよね?」

「それで別に問題はないと思うけど。なにか問題ありそうか?」

「わたしにはわかんないよ・・・」

 

 加藤の顔がほんのりと赤い。いったいどうしたんだろう?

 

「じゃあ、それでいいとして・・・次は火曜日ね。火曜日は創作活動をしてもらおうと思っているけど、夏らしくって、英梨々にできそうなのってあるかな?」

「簡単なのだと、風鈴の絵付けだろ。それから、夏コミ用のポスター。団扇に絵を描くのもできそうだな」

「それで三つだよね。確かにわたしでもできそう」

「できると思うぞ?100均とかでも売っているしな」

「へぇー。そう。でも、わたしじゃなくて、英梨々と作るんでしょ?」

「・・・シナリオの話だからね!?」

「わかってるけどさぁー」

 

 加藤のしゃべり方が少しゆっくりになっている。それから頬が赤い。パンケーキはほとんど食べ終わっていた。コーヒーを飲み、物憂げに器をみている。

 

「挑戦としては、浴衣の染色とかどうかと思ってるんだが」

「染色?」

「ああ。染色教室に行って、浴衣用の生地を染めてだな。自家製の浴衣を作ってもらおうかと・・・」

「安芸くんさー」

「はい」

「楽しそうでいいねー」

「楽しいシナリオにしたいだろ?」

「そうだよねー」

「それとな、創作ではないけれど・・・」

「もうどうでもいいんじゃないかな?」

「あの・・・加藤?」

「加藤じゃない」

「えっ」

 

 あっ。わかった。ラム酒だ。ごく少量のラム酒で加藤が少し酔っているようだ。ラブコメヒロインらしく、酔いやすい。

 加藤の俺を見る目が座っている。ハイライトはないが瞳が潤んでいるように見える。泣いているわけではないのだろうけど。

 

 フォークでつまらなそうに、実につまらなそうにバナナを刺して、それからカットしたイチゴを重ねて刺した。

 

「わたしね。安芸くん」

「はい・・・」

「安芸くんのことが・・・好き」

 

 その声はいつもように澄んでいた。

俺は慌てて窓の方をみる。・・・いや、何も起きるはずがない。加藤はもう・・・メインヒロインとして呪われていないのだから。

 

 加藤が俺の口の方に、果物の刺さったフォークを向けた。これをパクリと食べれば実に恋人らしいと思う。

けれど、俺は加藤の恋人ではないし・・・

 

「きっと、酔っているんだ」

 俺はそういって、加藤がもっているフォークを受け取り、くるりと反転させて、加藤の口に向けた。

 

「いらない」

「・・・そうか」

 

 皿の上にフォークを置く。コーヒーはもう残っていなかった。器の底が茶色く染まっていた。

 

「つまんない」

 

 つまんないというセリフをつまらなそうに加藤は言った。

そして、目がとろんとしてきて、テーブルの上に伏した。

 

「恵・・・・」

 

 加藤は顔を伏せたまま、首を小さく振った。

 

「次、水曜日・・・」

 

と寝言のようにむにゃむにゃと口ごもって、そして、そのまま眠ってしまった。

 

(了)




加藤・・・すまん。

次回は7月22日金曜日の投稿で、ラストになります。

よく、23日土曜日から表で『夏いちゃ』はじまります。


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英梨々のいない世界で ⑨

金曜日のひとときいかがお過ごしでしょうか。

チラ裏での政策裏舞台は今回で一段落です。


 英梨々は寝台車のベッドに仰向けに寝転がり、足を組んでレポートを読んでいる。だらしなく帯で留めていたので、浴衣がずれて足が露わになっていた。おまけに白い下着までチラリと見えてしまっている。

 詩羽はベッドに腰を掛けて文庫本を読み、何かを閃いたらメモをとっていた。

 

 窓の外はもう真っ暗だった。部屋の電気を消したら、夜空に星が浮かぶのが見えるだろう。

 

「詩羽ぁ。この水曜日のくだらないことって、どんなイベントのこと?」

「一言でいうなら、小学生みたいなことよ」

「子供っぽいってことよね。どうしてかしら?」

「あなたが幼馴染ヒロインだからよ。以前、夏休みに自宅のビニールプールで、スーパーボール掬いをして遊んでいたでしょう?あのイメージね」

「ふーん・・・そういう需要があるわけ?」

「需要なんてどうでもいいわよ。そもそも需要で考えたら、澤村さんを主役にする必要なんてないわよね」

「霞ヶ丘詩羽~!って、まぁいいわよ。じゃあなんでかしら?」

「それは澤村さんでしかできないことだからよ。加藤さんが幼いことをしても、おかしいでしょう」

「それ、あたしが幼いってことよね?」

「そうね。あなたが持つ特徴よね。幼馴染の特権とも言えるわね」

「じゃあ・・・メンコでもしようかしら」

「・・・」

「冗談よ。冗談」

「どうしてこう加齢臭くさいのかしら」

「ベーゴマもダメよね」

「聞くまでもないわね」

「でも、新しいことっていうと、最近の小学生だとニンテンドー3DSとかになるのよね?」

「それも古いわよ。今だとSWITCHかしら。でもそういうのじゃダメよ」

「駄菓子屋」

「一つはそれでいいと思うわよ。毎回駄菓子だと、『だがしかし』みたいになってしまうけど、一回ぐらいはいれておきたいわね」

「なら、たまにはスモモでも食べようかしら。スモモって普段は食べないし」

「赤い酢漬けの?」

「そう。あれも、おいしい時と不味い時あるのよ」

「もう記憶にないわね。ストロー刺すのが難しくって、服を汚したことならあった気がするけれど」

「詩羽が?」

「悪いかしら。私にだって幼少期はあるのよ」

「なんか小賢しそうなイメージね」

「ただのおとなしい昼寝好きの少女よ」

「今と変わらないじゃない」

 

 英梨々がレポートを枕元において、足をまっすぐ伸ばした。はだけた浴衣を少し直す。

 

「あとは、プールでスイカたべていればいいのよね?」

「それはやったから、せめて梨にしなさい」

「別に変わらないじゃない」

「同じのはダメよ。あなただと丸々コピペしそうだもの」

「そんなに信用ない?」

「ないわね。締め切りを守らない人に人権なんてないわよ?」

「わかったわよ。あとは、プールで桃を食べるわ」

「ボツ」

「じゃあ、何かアイデアを詩羽も出しなさいよ」

 

 詩羽がメモ用紙を手にとって、眺めるがロクなものがない。

 

「『ラムネ瓶のビー玉をとる』とか、『秘密基地を作る』とか、あとはトウモロコシを焼きたいのよね。子供は火遊びして怒られるような体験するでしょう?」

「あら、いいじゃない。それでいいわ。これでだいたい完成したのかしら?」

「あとは週末イベントを考えないとよね」

「それなら、海に行く。山に行く。別荘に行く。夏コミに行く。あとは・・・クルージングでもしようかしら?」

「別荘が山の中にあるでしょう?」

「そうね・・・じゃあ、花火大会旅行でもいくわよ」

「そう」

 

 詩羽がエクセルでスケジュールを書き込んで空白を埋めていった。これで骨子は出来上がった。

 

「あとは話の構成だけど、起承転結に忠実にしてもらって、あまりオチは気にしなくていいわよ」

「トンチ落ちじゃなくていいのかしら?」

「オチなんていろんな形があるのでしょうけど、40話もある話の一つ一つにオチをつけて、駄作の量産になるだけなのよ。だからそうね・・・あなたが笑って過ごすオチでいいのよ。昔はそうだったでしょ?」

「うん」

「あとは、あまり加藤さんのことを思い出さない」

「うん」

「話を脱線させない。劇中劇をしない」

「うん」

「素直ね」

「そう?」

 

この子大丈夫かしら?と詩羽は思いながらも、やってみるしかない。40話を倫也と過ごしてもて、誤字脱字の修正ぐらいしか、フォローのしようがなかった。

 

「ねぇ詩羽。それで、どうやって元の世界に戻るのよ?」

「毎度、夢オチじゃ味気ないわよね。たまにはそれらしい伏線回収をする練習でもしてみようかしら?」

「そんなのあったかしら?」

 

 詩羽は窓の近くに立って顔を近づけた。のぞき込むように空を見上げるといくつかの星が見えた。

 

※※※

 

 場面変わって、倫也の部屋。

 

 倫也はベッドに腰をかけて、真っ白に燃え尽きたかのような恰好をしている。

隣にいる加藤が背中を向けブラのホックを後ろ手で器用に留め、それから制服を頭からかぶって着ようとしていた。

 加藤の綺麗な肌や肩甲骨のくぼみも、今の倫也には円周率の果てしない数字の羅列を眺めているような感慨しかない。何しろ、賢者タイムどころか、大賢者タイムなのだから。

 ふぅ・・・やれやれ。ただのオセロをしただけなのに、ずいぶんとハッスルしてしまったようだ。

 

 加藤は服を着終わってから立ち上がった。壁の空白をしげしげと眺め、そこに刺さっていた黄色い透明のピンを壁から抜くとゴミ箱に投げ捨てた。目にハイライトはなく、けだるそうだ。

 

「ねぇ安芸くん。去年・・・夏休みは旅行して過ごすって言ったよねぇ?」

「なんのこと・・・だっけ」

「・・・R18で毎日いろんなことして過ごそうと思ってたのに」

「そうなのぉ!?」

「じゃ。帰る」

 

 ドアがバタンとしまった。追うべきか、追わざるべきか。腰がちょっと痛い。

そういうわけで(どういうわけで?)、倫也は加藤にマーキングされたような気分になったが、それはそれ。

 

 とにかく夏休みの過ごし方を決めないことには、どうにも進まない。頭を抱える。

ベッドの上に食べ残したキャラメルが二つ粒あったので、それを箱にしまった。元は6つ入りのキャラメルで、1日に4つは食べすぎだろう。

元の場所に戻そうとデスクのところへ向かってイスに座る。一番上の鍵のある引き出しを開け、そこにキャラメルをしまった。

 

「あっ、この封筒・・・」

 

 薄汚れて古びた白の封筒。手にとって裏返してみると、「えりり」とクレヨンの赤い色で描いてあった。

倫也はそれを開けるべきか、それとも気が付かないふりをして加藤を追うべきか迷った。今なら間に合う。この夏を加藤と過ごそう・・・

 

 大きくため息をつき、封筒を思い切って開けた。中には手紙が一通入っていた。緑色のクレヨンで枠が書いてあって、「さわむら えりり」とサインがしてある。反対側には「あき ともや」とサインしてあった。倫也はそれをみて思い出す・・・。枠の上には、「けっこんとどけ」と書いてあった。

 

「婚姻届けだろ・・・」

 

思わず一人でツッコミをいれて、ひどく懐かしい気持ちなる。幼稚園の頃のくだらない思い出を、今でも大切に保管していた。

これはきっと妄想で、澤村英梨々はどこにもいないし、金髪ツインテールのツンデレヒロインは想像の産物でしかないはずだ。加藤の気を引くためのシナリオの登場人物で、わがままで、ノーテンキで、投げやりで、怠惰で、でも一生懸命で、それでもやっぱりポンコツで・・・

 

「だぁ~~!!」

 

倫也は結論がでなくて、頭を抱えた。現実に生きるべきか、妄想に生きるべきか。

両者を並行して幸せにすることは難しく、決断を迫られる。

 

「・・・とにかく会ってから決めるか」

 

倫也はクローゼットの扉を開けた。中は雑然としている。ハンガーにかけられた服、下の方は箱に入ったままのフィギュアやいくつかの積みゲー。ダンボールにはアルバムや記念品などがはいっている。

倫也が適当に荷物を引っ張りだし、中をスマホのライトで照らした。一番奥にはいかにも怪しい御札がなぜか貼ってあった。赤い紙に蛇の這ったような黒い文字。何が書いてあるのかは見当もつかなかった。

 俺はそれをペリペリと剥がした・・・。

 

ボフンッ。という効果音とともに煙が広がった。ガシャンと重ねてあったものが崩れ落ちる。

 

 何かが倫也の上に覆いかぶさって、仰向けに体勢を崩してしまった。あたりの荷物に埋もれてしまう。足のあたりに妙に柔らかい感触を感じた。

 

 スマホのライトで照らすと、金髪の女の子が顔をもじもじ赤らめて目をそらしていた。長い金色の髪が鼻先に落ちて甘い香りがする。またがった状態で倫也の足を挟んでいるらしく、下着が太ももに密接していた。

 

「・・・何か言えよ・・・」

「きゅぅ・・・」

 

何か小動物でも鳴くかの声を女の子はもらした。

「とりあえず、出るから・・・どいてくれるか?」

「いやっ」

 

小さな声での拒絶と共に、はだけた浴衣からペタンコの胸の白いブラが見えた。

 

倫也は適当な言葉が見つからない。どうもシリアスになりがちで照れていた。

 

「おいおい、ここは『なんであたしが妖怪扱いで封印されなきゃならいのよっ!』と怒るところだろ?」

「別に怒ってない」

「あっそ・・・」

 

女の子は名前を名乗らない。そもそも、ここは突然現れた女の子に驚くべき場面なはずだが、二人とももうそんなくだらないことはどうでもよかった。

 

「一応、倫也。プロット完成したから」

「・・・ほう」

 

 倫也は「なんで俺の名前を知っているんだ?」などとはもう聞く気にもなれない。

女の子は・・・もとい、英梨々は・・・折り曲げてあった一枚の紙を開いて倫也に見せた。倫也はこの体勢から抜け出したい。太もものところの感触が気になって仕方ない。

 

「とりあえず、ここから出ようぜ」

「いやっ」

 

 英梨々は馬乗りになったまま、倫也に抱き着いた。ペタンコの胸が押し当てられている。

 スマホのライトで文字を読むと、一枚とはいえ、文字数は多くぎっしりと書いてあった。

 

「一日目。夏休み前日。荷物がいっぱい。二日目。流し素麺。三日目。アニメ鑑賞はtrue tearsか・・・」

「悪くないでしょ?」

「これじゃ、予定表だな・・・」

「プロットなんて予定と変わらないじゃない」

「いや・・・もう少し内容の・・・起承転結をだな・・・」

「だって倫也・・・」

「そうだな・・・」

 

 もうタイムリミットだった。せっかく加藤が稼いでくれた時間だが、英梨々はやっとの思いでこの程度のプロットを完成させることしかできなかった。

 

「明日から、もう夏休みなのよ」

「・・・おおぅ」

 

 倫也は声にならない声を上げた。予定も何もあったもんじゃない。行き当たりばったりなのはいつものことで、週一で話を作る事すらままならない。GWの連休は過去の原稿を引っ張り出して加藤に怒られている。

さてさて・・・どうしたもんだか。倫也は思案にくれている。

 英梨々を抱えたまま、倫也はクローゼットから出てきた。広いスペースになれば、倫也はよいしょと英梨々を持ち上げてどかした。英梨々が不服そうに頬を膨らませて抗議している。

 

「とにかくだな・・・やらなきゃしょうがないわけだよな」

「べ・・・べつに倫也がやりたくないなら、やらなくてもいいんだからねっ」

 

と、耳まで真っ赤にしながら英梨々は横を向いた。浴衣は完全にはだけていて、両肩が丸見えになっていた。英梨々の細い首や鎖骨のくぼみが少し汗ばんでいるのか、白い肌は少し輝いていた。模様のないシンプルな白いブラはペタンコの胸にフィットしていて、まるで小学生の下着みたいだった。

 倫也は少しだけドキッとしたが、この裸手前の英梨々を見ても冷静だった。

 

何しろ賢者タイム中。もとい、大賢者タイム。キャラメル4つ効果だ。

 

「わかったよ・・・英梨々。ただし約束してくれ」

「何をかしら?」

「脱線しない。投げ出さない。劇中劇をしない」

「それ、あたしのせいかしら?」

「約束できるか?」

「しない」

「はいぃ!?お前、バカなの?」

「倫也、わかってない。倫也が恵と作りたいならそうすればいいじゃない」

「なっ・・・」

 

 英梨々は立ち上がって、帯を解き浴衣を脱ぎ捨てた。下着はセクシーな形ではないが、目には毒だった。後ろを向いてクローゼットから倫也のTシャツを適当に選んで着た。下も倫也のジーンズを履く。服はでかくだぶついていた。

 

「で、倫也はどっちを選ぶのよ」

 英梨々が両手を腰に当てて、ポーズをとって立っている。倫也を見下ろす瞳が潤んでいる。

 

「わかったよ。俺が悪かった。英梨々でやるから・・・」

「そっ?じゃあ、しょうがないわね」

 

 ほっとした表情の英梨々の顔がにやける。顔は赤いままだ。アーニャのプリントされたTシャツが妙に似合っていた。

 

「とりあえず、まぁ座れよ。」

「うん」

 

 英梨々がクッションに座った。倫也はさっき受け取った夏休みのプロットにもう一度目を落とした。

「ずいぶんと・・・なんていうか・・・豪華だな」

「そうかしら?お金なんて使わないと増えるだけじゃない」

「普通は減る一方なんだけどなぁ」

「ただ、いくつか決まらないところがあって・・・」

「どこらへん?」

「この、夜の蛍鑑賞とか、あと最後の週末もいまいちなのよね」

「クルーザー旅行って・・・お前な、高校生だからねっ?」

「だって、マンガだってなんだかんだクルーザーに乗ったりするわよね」

「商店街のクジか」

「理由はなんでもいいけど。週末が5回もあるのよ。5回も旅行に行くのは大変だと思うけど、詩羽が出かけたほうがいいっていうし」

「そうだな・・・別に無理することないと思うが・・・」

「そうよね。あとで相談してみるわ」

「蛍鑑賞は何が問題なんだ?」

「あたし、虫が苦手なのよ。蛍って光っていて綺麗かもしれないけど、結局光るゴッキーが飛んでるのと同じよね」

「全然違うと思うぞ。あんなにカサカサ速く動く虫じゃないし、もっとノンビリしている」

「ふーん。見たことないからわからないけど」

「だから、観に行けばいいんじゃねーの?」

「・・・そっか」

「それにしても、ずいぶんと詰め込んだ予定だな」

「でしょう?夏休みなんて家でゴロゴロするからいいんじゃないね」

「そうだが・・・・」

 

 こうして、倫也と英梨々は2人で予定を練り直した。予定を立てている時は2人とも楽しかった。戻ってきた時に緊張していた英梨々は、やっといつものしまりのない、緩みきったような笑顔を倫也に見せた。

 

(了)




加藤とオセロを四回戦した後に、英梨々を選ぶとか、ゲスの極みだな・・・
と思わなくもないが、出来レースなのでしょうがない。

というわけで、明日から表で『夏イチャ』の進化バージョン。

『英梨々とラブラブ過ごす夏休み』がはじまるよー。

よろしくです。


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春休み作品制作①

チラ裏です・・・


 ここはどこかの反省会会場。

 

「また2桁切ったわね・・・」

「そう・・・だな」

 

 英梨々がエゴサーチをしている。夏休みの物語はそれなりに評価をもらったものの、冬休みの作品はさんざんな結果に終わった。

 

「だいたい波島出海が悪いのよ」

「どうだろ・・・?」

「何よ倫也。どっちの味方よ」

「そういう問題じゃないよねぇ」

 

 やれやれ、作品作りは難しいものだ。

 

「倫也先輩。これ、ここで終りなんですか?」

「うん。元々そういう話だから・・・」

「私はぜんぜん納得できませんよ?」

「ほら、出海ちゃん・・・作品はみんなで作るものだから・・・」

「納得できませんね」

 

 出海ちゃんは怒っている。気持ちはわからないでもない・・・

 

「うーん。打ち切りでしょうがないんじゃないかな」加藤がデータを見ている。シビアだ。

「恵先輩もやっぱりそう思うんですか?だったら、最初からこんな風な構成で作らない方がよかったんじゃないですか?」

「トライ&エラーが大事なんじゃないかな」

「そうそう。何事もやってみないとな」ここは便乗

「無責任なラノベ主人公が何か言っても納得できないけど」目が怖い。

「・・・」

 

 裏方の加藤はできあがった作品を分析している。

 

「霞ヶ丘先輩はどう考えてますか?」

「あら、私?そうね・・・つまらないものはつまらないわよね」

「ばっさり」

「まず、題名がキャッチーじゃないわけよね。その上で澤村さんの『ポンコツ』を表現できていないし・・・それに、伏線を貼ったり、物語を進行することに文字を費やしていて、読んでていて楽しくない。読ませるだけの文章力もなければ、オリジナルなアイデアのある展開でもないわよね」

「ちょっとぉ、霞ヶ丘詩羽!」

「事実は事実として受け止めないと先に進めないわよ?」

「・・・」

 

 いちいちごもっともだ。

 

「結局ね、小説は書いている人が面白い時は、面白いものが書けるのものなのよ」

「出海ルートにそもそも無理があるのよ」英梨々が参戦してきた。

「そういうことになるのかしら?」詩羽先輩は冷静。

「それじゃあ、私の立場ないじゃないですか・・・」

 

 英梨々のするどい視線が出海ちゃんを刺している。今にもケンカしそうだ。

 

「落ち着いて、2人とも・・・」

「だいたい倫也がはっきりしないのが悪いのよね」

「ほら、ラブコメってそういうものだから・・・」

 

 そう、ラブコメだ。昔よりはだいぶ良くなってきている気がするが、同時に原作からの乖離がひどい。所謂原作レイプというやつだ。

 

「で、安芸くん。これからどうするの?まだ続けるの?」

「続ける」

「ふーん。そう」

 

 加藤の顔は無表情のままだ。中学生加藤にも無理があった。

 

「とりあえず、今年の予定なんだが・・・まずは春休みに短編集型で作る予定だ。全12話程度で」

「とりあえずっていうけど、それでも1週間に1話作っても間に合わないの、わかってる?」

「えっ、そうなの?」

「だって4月まで70日ちょっとだよね」

「嘘?ほんとだ・・・」

 

 月日の立つのが早い・・・

 

(続く)



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春休み作品制作②

チラ裏で申し訳ないのだけど、頭の中で騒いでいる冴えカノメンバーってこんな感じ。

初期の負け犬ヒロインの頃は、この辺の作中人物である自覚が作品内で混同してわかりにくくなってしまったが、表と分ける事で、少しわかりやすくなったような・・・


 俺の部屋。いるのは俺と英梨々と加藤。

 

「それにね、安芸くん。夏休みにまた40話作るつもり?」

「うん」

「それって、今から作り始めても、4日に1話は作らないと間に合わないって分かって言っているのかな?」

「えっ・・・?」

「あと半年だよね。180日を40で割れば、小学生でもわかるよね」

「・・・加藤」

「別にわたしがいじめているわけじゃない。ただの事実」

「ちょ・・・ちょっとまってくれ」

 

 180÷40=4.5

 

 ほんとだ。校正する時間を考えるとぎりぎりところか、ブラック甚だしい。

 

「俺らって去年どうやって作ったんだ・・・?」

「英梨々が一週間に一度くらいで話作ったり、短編投稿してお茶を濁しながら、なんとか時間稼いで・・・かな」

「春休みの連投なんてなかった?」

「なかった」

 

 俺と加藤が話をしている間、英梨々は真剣にノートPCに向かっている。

 

「でも・・・ほら、英梨々がやる気出して中二病について調べているし」

「ほんとにそう思ってる?」

「だってあんなに一生懸命パソコンに向かっているし」

 

 加藤が英梨々の方へ歩いて行って、ノートPCの画面をこちらにみせた。そこにはマンガが表示されていた。

 

「安芸くん。マンガ読んでただけだよ?」

「ちょっと恵!なにするのよ!?」

「・・・ふむ・・・」

「何、倫也。また恵と喧嘩してるの?あんた達いい加減学習しなさいよ」

「誰のせい!?」

「安芸くんのせいじゃないかな」

「倫也のせいでしょ」

 

 解せぬ。

 

 それにしても日数が刻一刻と迫っているのに、ぜんぜんアイデアも浮かばないし、構想もできない。テーマはあるんだが・・・

 

「で、英梨々は何を読んでいるんだ?」

「タテの国家」

「ああ、それか。いいよな!」

「どんなの?」

「高い塔があってな、高すぎて階層が離れていると違う文明になって言語や文化もかわっているぐらい長さがある」

「それで?」

「少女が天空から降りてきて冒険がはじまる」

「いわゆるボーイミーツガールの冒険ものよね。ジャンルはSFだけど」

「その話と中二病の何が関係あるのかな?」

「別にないわよ?いいから、恵も読んでみなさいよ」

「そういわれても・・・」

 

 困った顔もせずに、加藤はスマホを取り出してそのマンガを読み始めた。

 

 やれやれ、思案のしどころだ。とにかくネタがないと話はできない。できれば起承転結のしっかりある話がいいが、贅沢はいえないだろう。また英梨々に笑ってもらってごまかすか・・・

 

「英梨々、加藤。俺、ちょっと出かけてくる・・・」

 

 2人がマンガを読むことに集中しているようなので、俺は自分の部屋を出た。

 

 相談する相手は詩羽先輩が適任だと思う。英梨々は昔のように駄々をこねなくなった。わがままではあるが、俺の側で静かに過ごす時間も多い。

 

 夏の話も、冬の話も作った。新しい夏の物語をさらに40話となるとなかなか難しいだろう。

 

 あの企画も・・・そろそろ頃合いなんじゃないかと俺は考え始めていた。

 

(了)




時間を与えると、ギリギリまで何もしないタイプ・・・


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春休み作品制作③

花粉症がひどいです・・・


 いつもの喫茶店。窓辺の席に座って詩羽先輩はコーヒーを飲んでいた。

 

「いいのかしら?私と2人で過ごしても」

「ええ。もうそういうことでは英梨々は動じないはずだから」

「それならいいのだけど」

 

 詩羽先輩もだいぶ落ち着いている。長い黒髪は今も美しいままだ。

 

「結局、英梨々には無理だった・・・と思う」

「そうね」

 

 ラブコメヒロイン。ハーレム型主人公を正妻戦争に勝って手に入れるには、英梨々はあまりにも優しすぎた。

 

「向き不向きがあって・・・別に英梨々が悪いわけでは・・・」

「わかってるわよ。でも、波島さんルートも挫折するなんてね。あの子らしいというべきなのかしら?」

 

 波島出海。伊織の妹だ。本来の学年は2つ下。

 

 前哨戦では中1中2までをやる予定だった。そのための伏線もあった。でも肝心の英梨々は怒っているようで、目に涙を浮かべて泣いてしまった。

 読者数もまたまた二桁を切っている。打ち切りはやむを得ない。

 

「そんな風に甘やかしても、いつまでも成長しないんじゃないかしら?」

「そこで、今度の夏の企画なんですがこの案はどうでしょうか?」

 

 俺はレポートに40話の草案を書いた。タイトルは・・・

 

 

『毎日英梨々にプロポーズする夏休み』

 

 

 詩羽先輩は何も言わずにそれを受け取ると、ペラペラとページをめくって企画書を読み始めた。

 内容はタイトルのままだ。時期は大学2年生。ひょんなことから英梨々にプロポーズをするが、安易なので断られる。そこで試行錯誤しながら毎日プロポーズするというもの。全体的に甘い内容で平和だ。

 

「そうね。悪くないと思うけれど、話の作り・・・一話ずつの読後感に問題が起きないかしら。これだと毎日澤村さんがプロポーズを断らないといけないわよね。40話目に成功するにしても、39回断るってなかなかしんどいと思うのだけど」

「何も毎回真剣にプロポーズしなくても、ある程度の流れができたら『ついでにプロポーズした。断られた』でも、問題ないと思ったんですが・・・」

「真剣さが欠けたら、本末転倒じゃないかしら?」

「あとこの構成は『若様、拷問の時間ですよ』みたいな、様式美を作る段階に意義があるので・・・」

「でも、あれは『屈する』という賛成意見なのよね。断固屈しなかったら成立しないわよね?だから、プロポーズを断る・・・という所にはやはり壁があるわよ」

「そうですか・・・」

 

『英梨々と毎日イチャイチャ過ごす夏休み』の上を行く作品を・・・と考えた上でのプロポーズ作戦だったのだが・・・

 

「それにね倫理君。私達の作っている物語は、『冴えカノ』のパロディーであってオリジナルとは違うのよね」

「それ、今更では・・・」

「ええ、でも基本は抑えておきたいのよ。例えば波島出海さんを飛び級させる必要性は本当にあったのかしら?そう問い詰めた時に、必要なエピソードとそうでないものはもう少し分けた方がいいわよ」

 

 同人が『IF』モードであるにせよ、本編から離れすぎては難しい。借りてきているのはキャラクターの容姿、声、口調、名前だけだろうか。時代背景や設定などまで変えたら、確かに別なものになってしまう。

 

「まっ、だからといって離れた読者が戻るわけでもないでしょうけど」

「ですよねー」

 

 2人して溜息をつく。創作ペースも安定してきた。英梨々のキャラは確かに確立しつつある。『イデアを育てる』という初期の条件は達成されつつあるのだ。

 

 それに俺だって、もう加藤よりも・・・英梨々がはっきり好きなことを自覚している。プロポーズすることには異論はない。

 

「問題はね倫理君。少し違うのよ・・・澤村さんを幸せにする目標の達成は、同時に加藤さんを不幸にする。この命題をまだクリアできていないわ」

「でも、それってラブコメの抱える命題では・・・」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわよ。それに『ラブコメが抱える命題』だから、自分たちでは解決できないとは限らないんじゃないかしら」

「じゃあ、どうしたら・・・」

「まず澤村さんはこのまま成長してもらうしかないわ。そして正妻戦争ではきっちりと勝利してもらうしかないわね」

「けど、それだと加藤が・・・」

「踏ん切りはつくでしょ。何も幸せは恋愛を成就させることだけではないのだから」

 

 かれこれ2年半ぐらいこの同人の中で俺は生きてきて、まだ最初と同じところでグルグルと回っている気がする。

 

「螺旋階段を登っているのよ。いいかしら倫理君。私達は同じところをぐるぐると回っているようでも変化しているのよ。この物語の『澤村・スペンサー・英梨々』が確固たる自我を持った時に、彼女は本質に気が付くはずなのよ」

「また難しいことを・・・」

 

 英梨々のイデア。英梨々が英梨々であるということ。

 

 英梨々という素敵な名前。金髪長い美しい髪。ツインテールとリボン。たいしてうまくないツンデレの演技。マンガが好き。読むのも描くのも大好きな腐女子。アニメや映画や同人などオタク文化に詳しい。自らも創作もする同人作家。病弱。加藤の友達、詩羽先輩とも友達。優しい英梨々。出海ちゃんは英梨々の美術部の後輩で懐いている。美智留とは仲が悪いけど、時々は仲がいい。社交性に優れているわけではないが、人前でお嬢様として振舞うことができる。よく泣く。恋バナに詳しいくせに自分の恋愛は下手。

 

 俺の幼馴染で、俺のことを好きでいてくれる大切な人。

 

「幸せにしてやりたいなぁ・・・」

 

 俺はふとつぶやいた。

 

「プロポーズ案がでるってことはそうなんでしょうけど・・・時期尚早かしらね。まずは何よりも加藤さんの同意なくして、作品の完成はないわよ」

 

 溜息がでる。

 

 以前ほど加藤も気分に左右されなくなった。いきなり世界が消えるようなおかしなことにはならない。

 今はごくごく普通のラブコメの世界で生活することになれてきている。魔法も使わないし、おかしな分身に襲われることもなくなった。

 

 幼稚園の時や中学生の時を描きつつ、徐々に英梨々の『幼馴染』の属性は肉付けされていきている。

 すごす時間が長ければ親密度は上がっていく。どこか家族のような距離になってしまうこともあるが・・・

 

 少なくとも当初の俺とは違ってきている。加藤を・・・恵を好きな俺が無理矢理英梨々を選ぶような話ではなくなった。

 

 美智留が指摘した『ちゃんと英梨々を好きにならないとダメだ』というアドバイスは確かに実現しつつある。

 

 イデアは育ちつつある。

 

 あとは整合性のある物語が用意できればいい。英梨々が幸せになり、加藤も幸せになる物語だ・・・

 

 加藤にも英梨々にも詩羽先輩にもそれぞれアイデアがあるらしい。でも、実のところ俺は納得していない。

 

 英梨々と『永遠の夏』を繰り返しても俺はかまわないのだ。むしろそうありたいと思ってすらいる。

 

 考えがまとまらなくても時間は過ぎていく。英梨々が作る『中二病』をテーマにした作品はどれくらいできただろうか?

 

 俺はやはり加藤へ相談しにいくことにした。

 

(続く)

 



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春休み作品制作④

今日は寒いですね。
子供の卒業式でした。
学生の頃は校長の話なんて何一つ聞いていませんでしたが、大人になったからって真剣に拝聴できるわけじゃないんですね。馬耳東風でした。

さて今回は、原稿を落とさないために即興で作った倫也と加藤のお話です。



 いつの間にか冬が終わって、外には桜が咲いている。気が付けば3学期も終わり卒業式を終えた親子が街を歩いていた。

 

 今日の東京は冬が戻ってきたように寒く、外はシトシトと雨が振っている。

 

 俺の部屋の扉をそっーと開け中を覗きこむ。加藤がノートをPCに向かって作業を黙々と続けている。

 

 加藤はいつだって真面目だ。

 

「安芸くん、おかえり」

「・・・ただいま」

「元気ない?」

「いや、そういうわけでもないけど。加藤は何作ってるんだ?」

「夏休みのプロット」

 

 その言葉に俺はごくりと唾を飲み込んだ。加藤は無表情で、視線はPCのモニターから離していない。

 夏休みのプロット作りがすでに始まっている・・・俺の手元にある『英梨々に毎日プロポーズする夏休み』を相談する隙すら与えてくれないのだろうか。

 

「あれ?英梨々はどうした?春休みの中二病のプロットはもうできたのか?」

「あのさ安芸くん。あの英梨々が1人でそんなの作れると思う?」

「でも、去年の夏休みは作ってたよな」

「あれは、霞ヶ丘先輩がいたからじゃないかな」

「そうだったっけ・・・」

 

 俺が部屋を見渡すとデスクの上にメモ用紙が置いてあって。俺はそれをつまみ上げて読み上げた。

 

『中二病は医学書に乗っていません。探さないでください。英梨々』

 

「なんだこれ?」

「英梨々、逃げたみたい」

「なんだと!?どういうこと?」

「安芸くん。今日何日?」

「えっと・・・3月18日だっけ・・・」

「もう、春休みなんだけど」

「いや、そうだけど、あれ?もしかして、ぜんぜんできていない?」

「・・・うん」

 

 えっ、ちょっと待て。落ち着け俺。春休みはもう始まっている。ただ今回は全12話の予定だ・・・まだ慌てるような時間じゃない・・・のか。

 

「延期できるよな・・・」

「別に仕事じゃないし、投稿しなくてもいいんじゃないかな」

「いや、それはそうだけど・・・あと1週間は伸ばしてくれ」

 

 加藤は返事もせずに、カタカタとキーボードを打ち込んでいる。とてもじゃないが、夏休みの企画書を出す雰囲気でもない。

 

「春休みの事は片付いたら夏休みのプロットつめるから」

「はい・・・」

 

 もうどっちが立場が上なんだかよくわからない。

 

 とりあえず、夏休みよりも先に春休みだ。英梨々を探し出さなくては。俺の部屋にいるとしたら物置きなのだが・・・

 

 ガチャッと開けて中を覗く。スマホのライトを照らすが奥にお札が見えるだけで特におかしい様子はない。

 となると、やっぱり英梨々の自宅だろうか。

 

「ちと、英梨々の家まで行って来る」

「行けたらね」

「えっ?」

 

 俺はドアノブを掴んだがピクリとも動かなかった。振り返りと加藤が無言でPCをカタカタと操作している。やっぱり怒っているのだろうか。

 

「あの・・・加藤。何か怒ってないか?」

「安芸くんの心当たりは?」

 

 ありすぎて困る。だいたい締め切りを守らないと加藤は怒る。進行表通りに進まないと機嫌がだんだん悪くなる。おまけに英梨々のことをかまうと危険な雰囲気になる。さらにさらに俺の手元には夏のプロポーズの企画書があるのだ・・・

 いったい加藤が何を怒っているのか考えたくもない。

 

「安芸くん。ちょっとそこ座ってくれる?」

「あっ、はい」

「正座」

「いや、あの?」

「正座」

「はい・・・」

 

 ・・・俺、悪い事しているかなぁ・・・

 

 そもそも中二病のテーマでこんなに手こずるとは思わなかった。もっと簡単にテーマがたくさん見つかって、適当に作れるものだとばかり思っていた。

 英梨々が投げ出したからには、なんとかしないといけないが、今は目の前の加藤のご機嫌が大事だ。

 

 さもないとまた世界が消える。

 

「その手に持っているもの。出してくれるかな?」

「これは・・・その・・・ほら」

「あまり同じことを二度言いたくはないのだけど」

 

 とてもじゃないが言い逃れできる状況ではない。

 

 俺は夏の企画書を加藤に渡した。40日間のプロポーズ作戦はハネムーンのような海外旅行の行程表でもある。

 そして、その旅行計画の原案は、元々は加藤が俺と旅行するために一昨年に作ったものだ。

 

 加藤が企画書をペラペラとめくっていく。真剣なまなざしは職人のようでもある。だいたい妥協がない。

 俺としては、このままノラクラと英梨々ルートを完成させてしまいたいのだが・・・

 

「うん。これ、霞ヶ丘先輩はなんて言ってた?」

「えっと、断るオチがあまり良くないんじゃないかって」

「うーん」

 

 あれ、意外と怒ってない?もう少しネチネチと文句を言われると思ったけれど、企画自体には反対じゃないんだろうか。

 

「それは回答をノーじゃなくて、イエスにすればいいだけだと思うけど」

「えっ?どういうこと?」

「だから、英梨々が安芸くんにプロポーズされたら断るわけないんだから、受ければいいんじゃないかな」

「それだと毎日プロポーズできないから、企画自体がおかしくならないか?」

「別に毎日プロポーズすればいいと思うけど」

「そういうもん?」

「そういうもん」

「おかしくね?」

「おかしいのは、原作の嫁にプロポーズの相談を始める安芸くんだと思うけど」

「ぐはっ」

 

 このあとめちゃめちゃネチネチ言われた。

 

 で、その後仲直りのオセロした。

 

(了)

 

 



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春休み作品制作⑤ 英梨々を捕まえて

前回までのあらすじ。
『中二病』をテーマに作品作りをしていた英梨々は、ネタがまったく思い浮かばずに逃亡してしまった。

そういうわけで、今回は英梨々を捕まえに行くお話になります。


ところで、中二病ってなんなんですかね・・・





 英梨々が逃亡して一週間。予定通りに投稿ができず、加藤の機嫌がすこぶる悪い・・・

 英梨々は実家にも、別荘にもいない。完全に隠れてしまった。ケータイを鳴らしても出ないし、SNSに既読も付かない。

 

 トボトボと、英梨々を見つけられないまま、俺は部屋へと戻った。

 

「安芸くん。英梨々見つかった?」

「いや、どこにもいない。まるで消えてしまったかのように」

「逃げても無駄なのに」

 

 座ってグラスのお茶を一口飲む。英梨々がいない以上は春休みの作品は中止だろうか。このまま夏休みの制作ができるかというと、そういうものでもないから困る。やっぱり主人公を加藤で・・・いやいや。

 

 

「そういえば安芸くん。変な動物みたいの捕まえたんだけど」

 

 恵がカバンから、子猫ぐらいの動物を取り出した。

 

「ああ、これは・・・」

「わかる?なんか普通の動物には見えないけど」

「マスコットキャラだな」

「何それ?」

 

 その小動物は、猫にうさぎのような大きな耳がついていて、毛並は茶色だ。目は赤い。これだけの特徴なら探せば哺乳類でもいそうだが、決定的に違うところが一か所ある。

 

「ほら、ここの額に青いひし形の宝石みたいのが埋まっているだろ」

「うん」

「こういうのは、ファンタジーものとか、魔法少女ものなんかで、物語の舞台設定とか、ルールなんかを説明する役割があって」

「しゃべるの」

「たぶん」

 

 加藤がその小動物の耳をひっぱっている。

 

「あんまりいじめてやんなよ。困った顔しているだろ」

「で、こんな動物がどうしてここにいるのかな」

「うーん」

 

 この手の異世界の動物がこちらに来るときは、助けに求めてくることが多い。しかし、この動汚物はしゃべらないようだ。迷い込んだのだろうか。

 

「おそらくだが・・・英梨々は異世界に逃げ込んだんじゃないか?」

「異世界?」

「そう。だいたいは中世を舞台にしたファンタジー世界とか、あとは地獄とか・・・そういう物語の世界」

 

 加藤が頬杖ついて考えている。考えても無駄だ。感じろ。

 

「ようするに、英梨々は異世界にいるのね?」

「おそらく」

「で、どうするの?」

「しょうがないから異世界まで迎えにいってくるよ」

「どうやって?」

「見通しの悪い交差点にいくだろ、すると子犬とか子供が倒れていて、そこにダンプカーが走ってくる」

「それで?」

「轢かれる」

「・・・」

「すると、神様の手違いということで手続きが行われて異世界転生するのが様式美だな」

「よくわからないけど、めんどくさいから。ごめん安芸くん」

 

 加藤の手元が、キランッと光った。すると俺の目線は天井、そして坂さになった壁を捉えていた・・・

 

 今日の加藤は機嫌が悪い。

 

 

※ ※ ※

 

 

 ここは天国、雲の上。

 

 ふわふわした場所で俺は目が覚めた。見ると行列ができていて、その先には玉座に座った女神らしき人がいる。中々の美人、ありえない露出度、ピンク色の髪と、実にファンタジーである。

 

 俺はおとなしく行列に並んで順番を待った。やがて自分の番になる。さっきいた小動物が俺に寄り添っている。

 

「ふぅ・・・」と女神が大きくため息をついた。

「お疲れ様です」

「なんで、みんな異世界に憧れるのかしらね」

「さぁ・・・現実が辛いからじゃないですか」

「そういうあなたもかしら?」

「いや、俺は探し人がこちらに迷い込んだようなので」

「どんな特徴かしら?」

 

 俺は英梨々の特徴を詳しく伝えた。何しろどの異世界にも金髪ツインテールは定番のように実在している。

 

「この方かしら?」と女神が画面を空中に表示した。そこには道具屋らしきところで買い物している英梨々が映っている。衣装も少しレトロな白いワンピースだ。

 

「ええ。こいつ。こいつのとこに転送してください」

「それはかまわないけれど・・・転生するときはスキルを一つ選べるわ」

 

 これもお約束だろう。何しろ異世界に転生して無双するのが流行りだ。それも飽きられて昨今では異世界でさまざまな生活をしているようだが・・・

 

「どんなのが選べます?」

 

 貰えるものは貰っておきたい。異世界で役立つスキルはいろいろだ。個人的には経験値ボーナスを付けて効率よくレベルをあげるか、レベルキャップを外してもらいたところだ。

 

「あら、あなたはすでに珍しいスキルを持っているわね。外すこともできないようよ」

「それはどんな・・・」

「あなたの生まれ持ったスキルは・・・『ラノベ主人公体質症候群』ね」

 

 ああ、それな。知ってる。

 

 特にモテ要素もないのに、やたらと美少女と出会って囲まれるやつだ。まさか、生れもらったスキルとは思わなかったが・・・

 

 ちなみに占い師業界では、『女難の相』という。

 

 

※ ※ ※

 

 

 道具屋前に転送された。文字が読めないがなんとなくわかる。店の中を覗くと金髪ツインテールが買い物をしている。

 

 人違いだと困るので、俺は棚の影から英梨々かどうかを確認する。ふむ。間違いなく英梨々だ。

 異世界の道具屋で色鉛筆らしきものを見ている。こっちの世界でも絵を描くなら、現実で絵を描けよと思わなくもない。

 

「英梨々」

 

 名前を読んだら、英梨々がこちらを振り向いて、目を見開いて驚いている。

 

「なによ倫也。こんなところまで」

「あのな・・・今日が締め切りだぞ」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?」

「ああ、死んだよ!」

「ほんと・・・で、あたしにどうしろって言うのよ」

「どうもこうもないだろ。戻るぞ」

「だが、断る」

 

 英梨々が何事もなかったかのように、また買い物を続けている。英梨々が画材を物色している時はそっと見守るのがルールだ。

 あんまりやかましく急がせても、いいことは何もない。機嫌が悪くなっていくだけだ。

 

 しょうがないので俺は店の外に出た。幸い木製のボロいベンチがあったのでそこに座った。

 

 あたりには特に何もない。森があって、舗装されてない道が正面に見える。いきなりここに転送されたので、どんな世界観のどんな街なのかさっぱりわからない。

 

 空は青く、白い大きな雲がゆったりと流れている。天気も良く過ごしやすい。こんなところなら異世界生活も悪くない・・・そう思えてくる魅力があった。

 

 俺は春休みの中二病について考えながら、英梨々が買い物を終えるのを待っていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「おまたせ」

「よし、帰るぞ」

「あんたね。せっかく死んでまで異世界に来たんだから、もう少し人生を楽しもうとかそういうのはないわけ?」

「ないな。締め切りを守ってこそクリエイターだろ」

「趣味の場合はその限りじゃないわよね?」

 

 やれやれ、言い合ってもしょうがないし、焦ったっていいこともない。アイデアが浮かばなければ物語の作りようもない。

 

 別にここで英梨々と異世界探索しても構わないが、せっかく現実的なラブコメに立ち戻りつつあったのだ。できればあまり脱線はしたくない。

 

「それで、何を買ったんだ?」

「みてみて、この色鉛筆」

「俺には普通の色鉛筆にしか見えないがな」

「倫也はロマンがないわね。男のくせに」

「はい?なんで色鉛筆とロマンが関係あるんだよ」

「まぁ、みてなさいよ」

 

 英梨々が俺の隣に座って、スケッチブックを広げた。そして先ほど買った色鉛筆で絵を描き始めた。

 

「ゴーレムってこんな感じでいいかしら?」

「ずいぶんこじんまりとしているな」

 

 なんだかロッグマンみたいにみえる。3頭身ぐらいのキャラクターだ。頭の形はネジのようにもみえる。

 

「あんまりゴツイのは嫌いなのよ」

「それ、昔のボツデザインだな・・・」

「そうよ。何事も再利用が大事。時代はリユースなんだから」

「ほう・・・」

 

 ベリベリっと、英梨々がスケッチブックから出来上がった自称ゴーレムらしき絵を一枚はがした。

 

 立ちあがて杖を持つと、地面に魔法陣を描き上げていく。さすがのデザイン力だ。そしてゴーレムの絵を中心に置いた。

 

「もしかして、召喚か・・・」

「そうよ。みてなさいよ」

 

 英梨々がしゃがんで片足を付けて、魔法陣に右手を触れた。何やらオーラがでてツインテールが逆立ってきている。

 

 

「アーデルハイト! 猛き大地の精霊よ 古より血の盟約の元 輝ける鋼・蛮勇の勇者・神を拒絶せしキュプロスの末裔を宿し給え!」

 

 

 魔法陣が赤い光で輝きだした。

 

「上手くなってるな・・・」

「でしょ?」

 

 すると、身長50センチぐらいの、ミニゴーレムが顕現した。まるで幼児だ。だが体躯は頑丈そうで、金属が虹色に輝いている。 

 

 英梨々の顔はご満悦である。

 

「もしかしてお前・・・中二病を患いすぎて現実と区別がつかなくなったんじゃ・・・」

「ほっ・・・ほっときなさいよ!」

 

 図星か。

 

 やっていることはいかにも中二病なんだが・・・これでラブコメ作れといわれても無理がある。

 

 

『大変楽しそうなところ申し訳ないんだけど』

 

 

 空から天の声が聴こえる。というか加藤の透き通った声だ。

 

『もう、ほんとに時間ないから、その後の茶番はボツでいいかな?かな?』

 

「ほら、英梨々。加藤がけっこうマジで怒っているからさ・・・」

「これからいいところなのに・・・」

「また、今度な」

「そういって、ボツ原稿の山ばかり増やしていくんでしょ」

 

『早くしてくれるかな』

 

「加藤・・・で、どうやって戻ればいいんだ?」

「そうよ、恵。こういうのはね、ちゃんと魔王を・・・きゃっ」

 

 天からでっかい手が伸びてきて、俺と英梨々を鷲掴みにした。

 

 

※ ※ ※

 

 

 ボテッ、ゴロゴロ・・・

 

 俺と英梨々が投げ捨てられ、俺の部屋の壁にぶつかった。

 

「ちょっと恵。乱暴よ!」

「あのさ、英梨々。やるの?やらないの?」

「倫也はどうするのよ」

「俺に話をふらないでくれ・・・」

「はぁ?あんたがどーしてもやりた・・・」

 

 ガンッ! 机を激しく叩く音がした。

 

「安芸くん。茶番はもういいから」

「あっ、はい」

 

 だいたい、加藤は頭が固いんだな。真面目というか、手を抜かないというか。

 

「でも、加藤。プロットすらできてないんだぞ・・・」

「それ、いつものことだよね?」

「とりあえず、中二病で検索すると出てくる、『右手に宿った邪神』とか、『邪眼』あたりでなんとかしてくれるかな?」

「・・・おう」

 

 こうして、俺と英梨々はまた表の世界で真面目に物語を紡いでいくのであった。

 

 

(了)





というわけで、明日の月曜日から全12話で中二の中二病をお送りします。
題名はまだ考えてないです。


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夏休みプロット作成①

やばい。
ぜんぜんできない。


『地を這うプロレタリア。

純潔なる魂よ。報われぬ叫びよ

邪悪なりブルジョアを掃討せし革命。

すべてを灰燼と化し、創生せよアルカディア。

カール・マ・ルクス・プロイセン!』

 

 怪しい召喚呪文を唱える英梨々を見て、どう声をかけるか悩んでいた。

 

「なぁ英梨々」

「何よ」

「共産主義とイスラムあたりはできるだけ関わらずに生きて行った方がいいぞ・・・」

「うるさいわね。あんたには関係ないでしょ」

「関係なくはないと思うが・・・」

「うるさい、うるさい、うるさーい」

「そろそろ夏休みのプロット作らないと間に合わないぞ」

「あーあー、聴こえない。聴こえなーい」

 

 ・・・だめだな。当分放っておこう。

 

※ ※ ※

 

「で?安芸くんどうするの?」

「どうもできない」

「惨憺たる結果だったもんね」

「・・・そうだな」

「そろそろ作らないとほんとに間に合わなくなるじゃないかな」

「そうなんだがな・・・方針が決まらないとうか、主役がボイコット中というか」

「それ、いつものことだよね」

「まぁそうなんだがな」

 

 リビングのテーブルに向かい合って、加藤と2人。反省と分析をしつつ、途方にくれていた。

 

「一応、緊急用に去年の英梨々のプロットを流用して加藤と過ごすことも考えてみたんだ」

「うん。それで?」

「意外とちゃんと英梨々用の日程進行だよな」

「うん。でも、わたし用に組み直すことはできると思うけど?」

「いや、まぁそんなつもりもないんだけどな」

「・・・えっ?」

 

 ・・・ちょっとした失言で、世界が滅ぶことは稀によくあることだ。

 

※ ※ ※

 

 出海ちゃんが空をペンキで青に塗って、伊織と美智留は張りぼての家を建てている。こいつらの世界創生もだいぶ慣れてきたな・・・

 

「まぁ、落ち着け加藤。作品の質が変わらないのに読者が減るってことは需要がないってことだろ?」

「つまらないのを我慢している原作ファンが離れただけだと思うけど」

「まだいるかな・・・」

「さぁ?」

「それで次の企画なんだけどな。やっぱり英梨々で中3の夏休みを過ごすのがいいと思うんだ」

「でも、本人がいないよね」

「プロットだけでも作るわけにはいかないだろうか?」

「そういわれても、コンセプトがないと」

「コンセプトなぁ・・・」

「だってまた英梨々とダラダラと過ごすだけなら春休みの二の舞だよね?」

「・・・なぁ加藤。コンセプトって・・・なんだっけ?」

「あのね・・・安芸くん。そこから?」

 

 しょうがない検索してこよう。

 

『コンセプトとは、「概念」や「観念」を表す言葉です。 貫く基本的構想という意味で使うことが多いです。 コンセプトは単なる「目的」ではなく、終始一貫してブレることのない基本的な方向性を意味します。 コンセプトは、物事に取り組む際の姿勢・方針・思想を表します』

 

「なるほど。やっぱり去年みたいに英梨々とエッチをしようとするのが・・・あっ」

「安芸くん?」

 

 ちゅどーん。という古典的な音とともに世界が消えた。

 

※ ※ ※

 

「いや、しかしだ加藤。去年をバージョンアップさせる必要はあるだろ」

「・・・じゃあ、勝手にしたらいいんじゃないかなっ!」

「いやいやいや、まてまて」

 

 扉が開いて、美智留が戻ってきた。

 

「トモ。もう諦めて童貞を卒業するときが来たんだよー」

「なぜそうなる?」

「去年がR15だから、今年はR18。別におかしな流れじゃないと思うけどー」

「いやいや、おかしいだろ・・・」

 

 だいたい英梨々とのR18は結婚もしていないのに・・・

 

「いや、まて加藤。そのために俺は英梨々にプロポーズをだな・・・」

「だから、それは正妻戦争に決着がついてからだよね」

「そういうもん?」

「そういうもん」

「それってどうすればいいんだ?」

「さぁ?でも、安芸くんが英梨々を選んで、わたしをちゃんとふって、その上でわたしも幸せになるルートを見つければいいだけなんじゃないかな」

「簡単そうにいうけど矛盾してね?」

「それはわたしの知るところじゃないと思うけど」

 

 休憩。

 

「トモ。だから、難しく考えすぎなんだってば」

「何がだ?」

「ハーレム型ラブコメなんだから、ハーレムを作ればいい」

「いや、良くないだろ・・・」

「トモは史実を補完して、史実通りにわたしで童貞捨てたらいいと思うけどー」

「史実ってそうなのか?」

「だって、わたしがベッドの上で覚悟して『トモとなら悪い思い出にならないからいいか』って受け入れていて、トモはトモで風呂上りに裸でかけあがってきて、わたしにち〇こみせてきているし、そのあとやるのが普通でしょー」

「いや、お前の普通はわからん」

 

 美智留の話は話にならんな。

 

「とにかくコンセプトが決まらないと・・・」

「そうだな・・・」

 

 堂々巡りな夏休みプロット。春休み制作がギリギリで時間がない。気が付けばもう5か月ちょっとだった・・・

 

(つづく)

 

 



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絶対・童貞・防衛・戦線(ボツ1/5)美智留編

本題の方がいっこうに進まない。
これは夏休み用の作品の草案である。

5週間なので、平日を5人のヒロインで回し、週末を一回ずつ担当される・・・
そんな荒っぽいプロットを作って、とりあえず書いてみた第一話。

美智留・・・というか、従姉妹ヒロインをしっかりと書いて、主人公の童貞を奪わせたいのだが・・・
すでに無理のようだ。

各ヒロイン一話ずつ書いて挫折してしまった。
要するに筆がのらないのだな。





「トモー!ちょっとマイクみせて」

「どこだっけな」

「ほら、隠さないで」

「ちょっとまて美智留・・・そこにマイクは・・・」

「あっ・・・あれ・・・トモのマイクってこんなに大きかったっけ?」

「さぁな」

「握り心地もなかなかいい感じー」

「あのなぁ・・・」

「固くて・・・黒光りしてて・・・大きくて・・・」

「もうちょい大切に扱えよな?」

「じゃあ、口でふふぃふぁぁす」

「おいっ、ちょっと落つけ・・・あっ」

「ともょのまふぃくふぁ」

「まて・・・まて美智留・・・」

 

 ああ、俺はなすがまま。美智留が好き放題マイクをいじっている。

 

 ・・・

 

「うっ・・・」

「くちゅ・・・ふぅ・・・どうだった?トモ」

「あっ・・・えっと・・・」

 

 美智留が満足そうに唇の周りを舌で舐めている・・・

 

 そういえば、今度は政府がコロオギを国民に食べさせようとしているらしい。食糧不足問題は深刻だし、どうしたら世界はもっと平和で理知的になるのだろうか。

 

 いや、誤解しないでくれ。ただのマイクテストだよ?

 

 美智留は一足先に夏休みに突入していた。そして例年通り親とケンカをして、家出がてら俺の家に泊っている。

 

 俺の両親は仕事でだいたい家には不在だ。美智留も空いている両親の部屋で寝起きしてくれればいいのに、俺の部屋で生活している。いまでも子供の頃のままだ。

 

※※  ※

 

 夏休み初日の朝。俺は布団の上で目を覚まして背伸びしながらあくびをした。俺のベッドは美智留が占領している。それはまぁいい。

 

 タオルケットはすでに蹴とばされ床に落ちていて、美智留は何もない白いシーツの上で体を大の字にして豪快に眠っていた。

 

「押したい」

 

 思わず口にしてしまった・・・押し倒したわけじゃない。

 

 俺が押したいのは、美智留の・・・ぼっちだ。

 

 グレーのぴっちりとしたタンクトップブラは、美智留の乳首がはっきりと浮き出ている。見事な大きさの胸の膨らみは隠されてもいない。

 もうこれは、スパマリのPスイッチや、タイムボカンのぽっちとなスイッチを思い出さずにはいられなかった。

 

 絶対に押したい膨らみがそこにある。

 

「ふぅ・・・」

 

 理性。大事だ。美智留なんかで発情するわけにはいかない。産まれた日も一緒のこの従姉妹相手に欲情するなどプライドが許さない。小さい頃は一緒にお風呂だって入った。

 小さい頃、俺はティンティンのついていない美智留のオマタを不思議に思ったものだが、美智留は俺のティンティンに興味津々なのを隠しもせずに、つまみ上げて確認するようなやつだった。

 

 いや、そんな話はどうでもいい・・・

 

 そのおバカな美智留も発育良く育って、いまやボンキュンボンのワガママボディーになっている。運動が得意なのでプロポーションは抜群だ。豊満な胸の下にはギュッと引き締まったウエストがあり、惜しげもなくヘソを丸出しにしている。

 

「服ぐらい着ないと風邪ひくぞ・・・」

 

 と思うのだが、お互いにあまり冷房が好きではない。なので暑いながらも窓を開けて寝ていた。正直、俺だって下着姿で寝たいぐらいだ。

 

 美智留は下には白い下着を身に着けていた。なんの可愛さも綿パンツは角度がえぐいエロさを一番体現しているであろう太ももがそこから伸びていた。鼠径部の見事な造形美には思わず目が釘付けになる・・・

 

 美智留がバカみたいに大の字で寝て口の周りによだれがこぼれていないなら、多少はセクシーさも感じたかもしれない。

 

 とはいえだ。いくら美智留とはいえ下のパンツをまじまじと見ていると俺もヤバい。いくら昨晩に賢者タイムになったからといって朝からこの刺激はまずい。

 

 俺は腰をかがめて、やれやれと息子を軽くたたいてから部屋を出た。

 

※ ※ ※

 

 美智留の分まで朝食を作る。朝食といってもコンフレークと果物だ。うちの両親は毎日千円を机の上に置いていく。三日いないときは三日分置いていく。それが俺の食費であり、お小遣いに転用されることもある。

 

 しかし美智留が泊まり込んでいるので、今は2千円置いてある。お金を預かっている以上は美智留にも食事を与えないわけにはいかない。

 

 テレビをつけ、朝のニュースを見ながらコーヒーを飲む。

 

 いつからだろうか、ブラックコーヒーを飲めるようになってしまったのは・・・

 

「関東地方の天気は晴れ。気温は30度を超え真夏日になるでしょう。皆様はくれぐれも熱中症に・・・」

 

 やれやれ今日も暑いようだ。

 

 とはいえ天気はあまり関係ない。何しろ俺は高3の受験生なのだから、毎日勉強をする予定だ。

 夏休みなのに夏期講習が学校で開催されている。参加は申込制で一定の学力以上で受講の許可が降りる。

 俺とクラスメイトの加藤が一緒だ。

 

 俺は朝食を食べ終えて部屋へと戻る。美智留は起こさないとずっと寝ている。とにかく自由なやつなのだ。

 何か天啓のようなものが降りると猛然と作曲活動をはじめる。かと思えば何もせずにゴロゴロとしてマンガを読む。美智留は受験はしないので勉強は一切しない。

 俺の邪魔をするようなこともしないが、協力的とはいいがたい。

 

 ベッドの上には半分落ちかけている美智留がうつ伏せで眠っていた。左手と左足がはみ出て落ちている。なんちゅー器用な恰好で寝ているのか感心するが、足を開いた後ろ姿はどうしたって下着の皺に目線がいってしまう・・・見えそうで見えない。

 

「おい、美智留。朝だぞ。起きろ」

「・・・」

「おい、コンフレーグが牛乳でふにゃふにゃになるぞ」

「ん・・・んー」

 

 ドサッ

 

「痛っ・・・トモー、なにすんのさー」

「俺は何もしてないぞ?お前が勝手に落ちただけだ。朝だぞ」

「もう・・・」

 

 美智留がベッド上に戻って胡坐をかいている。オシャレでない白い下着は腰骨あたりがはっきりと見える。汗をかいているのか肌は日光で光って見える。

 

「トモのえっち」

「なにが!?」

「気を付けた方がいいよー、目線でどこ見ているかわかるんだから」

「・・・すまん。とにかく起きろよ」

「ふぁーいぃ・・・」

 

 アクビをしながら美智留が返事をした。動く旅に胸も揺れる。

 

 豊かな胸の曲線だ。柔らかいのが見ているだけでわかる。さ・・・さわりたい。そしてポチッと押したい。

 

 ・・・が、我慢だ。そんなことをこちらから美智留にしてしまったら、美智留の思うつぼだ。

 

 そういうわけで、勝手に前に出た右手の邪神を左手で抑え、部屋を後にした。

 

「ふぅ・・・」と深く息を吐きだす。危うい。理性、理性と自分に言い聞かせる。

 

 しばらくすると美智留が降りてきた。緩いロングTシャツをワンピースのように来ている。ロゴは『ice-tail』のもので、自分たちのオリジナルだ。黒色カラーにガチャガチャとしたアメリカンマンガみたいなデザイン文字。作者はいうまでもないだろう。

 

「トモ、もうちょいまともな食事を用意してよー」

「居候のくせに贅沢いうな」

「でも、最低限の女性の扱いっていうのはあると思うよー」

「知らん。嫌なら食うな」

 

 ボンキュンボンのプロポーションは隠れたが、だからといってエロさがなくなるわけでもない。胸の膨らみは相変わらずだ。

 

 おまけに、下のラインが思ったよりも短い。ちょうど美智留の下着がちらほらと揺れるTシャツから見えている。その下にできるわずかな三角地帯もすばらしかった・・・

 

「だから、トモー。目線でわかるってば」

「しょうがないよねぇ!?」

 

 開き直ってしまった。何しろ俺は高校三年生。俺という存在は俺のティンコの付属物でしかない。年頃の男子なんてそんなもんだ。

 

「でもトモ、無理しなくいいんだぞ。いってくれたらマイクテストしてあげるしー」

「わー。わー」

「認めちゃった方が楽なのに」

「いや、断じて認めないから」

 

 美智留がイスに座ってスプーンを持った。それからミルクをかけてずいぶんと時間のたったコンフレークを口に含む。

 端正な顔立ちで口も目も大きい。

 

「トモー」

「どうした。ほら、カフェオレ」

「サンキュー。でも、このコンフレークふにゃふにゃだよー」

「お前が直ぐに降りてこないからだ」

「別に降りてきてからミルクかければいいじゃん」

「こうしておけば、明日はもっと早く起きるだろ」

「そうかなー、これじゃまるで・・・」

「まるで?」

 

 美智留がコンフレークを口に含み、それからバナナをかじり、カフェオレを一口飲んだ。

 

「マイクテストの終わったトモみたいじゃん」

 

 ・・・こうして俺の夏休みが始まった。

 

 絶対・童貞・防衛・戦線。おっ、なんか語呂がいい。

 

 俺は淫魔みたいに童貞を狙う美智留から、なんとしてでも童貞を守らないといけなかった。

 

(了)





美智留回にしては上々の立ち上がりだったと思う。

性的にオープンな女性との共同生活はなかなかいいもんだ。
浮気みたいな罪悪感も芽生えにくいし、悲壮感もない。

このまま続ければ、倫也だって童貞を捨てられたに違いない・・・
でも、そうなるわけにはいかなかった。

全5話


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(ボツ2/5) 恵編

ちとテーマは小難しいが、何気に冴えカノっぽいのかもしれない。


 夏休み中でも任意の参加で講義が受けられるのは、進学校の良いところだろう。受験生の俺は今日も遊ばずに学校へ通うことになる。

 

 本来なら高校生らしくもっと遊びたいし、ゲーム作りなどの趣味にも没頭したい。しかし、将来のことを考えれば受験をして、少しでも良い大学に進路を取る選択はまちがっていないと思っている。

 

「なぁ加藤。ランチ一緒に喰わね?」

「あいにくとお金がなくって」

「気にするな、俺が奢ってやろう」

「『奢ってやろう?』」

「あっ、いや、どう?大したもんは奢れないけど」

「う~ん」

 

 加藤は参考書を片付けながら、返事に迷っていた。

 

「勉強で聞きたいこともあるし、何か午後に用事あるのか?」

「そういうわけじゃないけど・・・まぁそういうことなら」

 

 加藤とは高校2年頃から仲良くなっている。オタクに対する偏見もなく、本人はオタクではないがオタク話を嫌がらない。その上、地味で目立たないわりにとても可愛い。

 

 友達以上、恋人未満。そんな表現をしてみたいが本人はいたってポーカーフェイスで表情に乏しい。感情の起伏もないので何を考えているかいまいちわからないところがあるが、少なくとも嫌われてはないはずだ。

 

「学校の帰り道にな、安くてうまい喫茶店があってだな」

「いつものとこでしょ」

「いつものとこだ」

 

 荷物をもって教室を一緒に出る。夏の制服が爽やかだ。夏休みに入ってから髪を切ったらしく、綺麗な卵型のショートボブが真面目な加藤にはとても似合っていた。

 髪を切ったことは気が付いたが、それを褒めるような勇気は俺にはない。なんて褒めていいかよくわからない。

 

 高い空の下では蝉が盛んに鳴いている。外に出ると加藤は白い日傘をさした。こういう女性らしいところに俺は惹かれてしまう。バックについた小さなクマのストラップが揺れていた。

 

「ほんと助かる。俺1人だと中々勉強がはかどらなくてさ」

「うん。わかるよ」

「加藤もそうなの?」

「調べものをしていたら、ついついネットサーフィンすることはもちろんあるけど」

「あるよなー」

「でも、安芸くんみたいにラノベ読んだり、アニメを見始めたりはしないかな」

「なぜ、それを知っている!?」

 

 加藤は真面目に勉強をしているので、俺も同じ空間にいると勉強をすることができる。俺が加藤と一緒にいる理由の一つだ。

 それに加藤は国語が得意で読解などに優れていた。俺は逆に数学が得意なので持ちつ持たれつだ。志望校も同じところ目指している。

 

※ ※ ※

 

 いつもの喫茶店。一番奥の窓側が好きで今日もその席に座った。

 

「好きなものを頼んでくれ」

「じゃあ、お言葉に甘えてっと、ケーキ全種類と小倉トーストと・・・」

「訂正する。好きなランチを選んでくれ」

 

 加藤が冗談を言っているのか、口調からは判別できない。ただ時々おかしなところがあり、突っ走ることもあるので本当に全部頼みかねない。

 

「ホットサンドセット。カフェオレで」

「俺はドリアセット、コーラで」

 

 注文を済ませる。ドリンクは先に持ってきてもらう。

 

「そういえば加藤。『奢ってやる』で何か引っかかってたな。気になる言い方だった?」

「うん。ネットで話題になっていたし、ちょうどフェミニズムについて勉強していたところだから」

「あー、フェミニズムなぁ・・・」

「安芸くんは、男性なら女性に奢って当然って思う?」

「思わん。だいたいそんなにいつも金ない」

「そういう問題かな」

「ない袖は振れないからなぁ」

「それなら、お金ない時に奢ってもらうのは?」

「ぜんぜんありだろう」

 

 あれ、金持ちの金髪ツインテールが脳裏によぎった。あいつと一緒に行動して全部自腹とか無理だ。

 

「少しはプライドを持ったほうがいいよ?」

「加藤。プライドはある。だがそれは何もそんな些細なことにこだわる必要もないだろう。

人間社会、男女平等が理想なわけだし、持ちつ持たれつの関係があってもいいと思うが」

「ものはいいようだね」

「加藤はやっぱり男性が女性に奢るものだと思っているのか?」

「まさかー」

「それでフェミニズムと関係があったりして?」

「さっきの『奢ってやる』っていう上目線の言い方って、男子だから女子よりも上って価値観があるような気がして。女子が逆に男子に対して『奢ってやる』っていったらおかしいんじゃないかな」

「ん・・・それはおかしいだろ」

「でね、フェミニズムって女性の権利の尊重だよね。男女平等を目指すという視点からいったら、女子が『奢ってやる』というのはおかしいっていうのはおかしいってなるよね」

「んがっ」

 

 俺は加藤のややこしい主張がわからなくなってきた。国語力の問題なのだろうか。

 少しの時間考えをまとめる。

 

 男性だからとか、女性だからとか、そのような文化的な背景には男尊女卑の思想があるのかもしれない。もちろん逆もあるだろう。

 昨今のジェンダーレスの「男らしさ」「女らしさ」などの問題にも発展しそうだ。

 

 ホットサンドとドリアがきた。

 

「いただきます」と2人して手を合わせる。

 

 俺は最初に一口コーラを飲んだ。加藤はホットサンドのパセリを脇に寄せた。

 

「だからね安芸くん。この『男女平等』の間違ったフェミニズムの部分がひとり歩きしてしまって、『女性でも重いものを持つべきだ』とかいう、男性側から性差についてのクレームがあるよね。『女性はいいとこ取りしてずるい!』みたいな意見」

「あるよな・・・あつぅ」

 

 ドリアが熱いので、少し冷めるまで待つ。加藤はホットサンドをつまみ、形の良い口元に運び、もぐもぐと音を立てずに食べる。

 食べている間はしゃべったりしない。とても上品だ。

 

「性差があるのは事実なのだし、女性にしても『女性らしく生きたい』って人は大勢いて、すべての女性が男女平等の社会を歓迎しているわけじゃないないよね。結婚して家庭にはいって子育てをして・・・それの何が悪いの?って考える人がいる。一方で、それは女性の権利が侵害されていて、男性が家庭に押し込めているからだ。という人もいる」

「おおっ、ややこしいな」

「安芸くん、わたしのいいたいことわかるかな?」

 

 正直、ぜんぜんわからん。加藤はさっきから何を小難しい話をしているんだ?

 

「ごめん。よくわからない」

「安芸くんだもんね」

「いや・・・そんな唐突にディスらなくても・・・で、加藤は何を言いたいんだ?」

「ん~」

 

 フォークでプチトマトを刺すか、あるいは掬うかで迷っているようだ。俺もようやくドリアを口にいれた。ここのドリアがなかなか美味い。

 

「性差があるから、あまり平等を声高に叫んでもおかしいってことか?」

「そう・・・なのかな」

「どうした・・・?」

「安芸くんの好きなアニメキャラクターって、いろんな女の子が登場するよね。みんなそれぞれ特徴的で個性があって・・・」

「そうだな。個性がなければモブになってしまうからな」

「ああ、だからあんなに変なキャラが多いんだ?」

「キャラクターとは個性のことだからな。テンプレ的かもしれないが、お嬢様キャラ、白黒はっきりした男っぽいキャラ、不思議ちゃんなどがいるのはしょうがないだろ」

「ツンデレは?」

「ツンデレももちろん大事だ」

 

 フェミニズムや男女同権となるとややこしい話になるが、アニメのキャラクターなら分かりやすい。でも、なんかつながっていないような?

 

 加藤は諦めてプチトマトを手でつまんで放り込んでいる。こういう仕草がカワイイと思う。

 

「フェミニズムって、女性の権利の向上のために、女性が男子に媚びるようなことを反対しがちだけど、女性らしさを追及することって、そんなに悪いことかな?」

「いや、女性が女性らしくあるのは大事なことだと思うぞ。それにフェミニズムだって女性が女性らしくあることは歓迎しているだろ」

「そうかな。ミスコンみたいなものが否定されたり、昨今では水着審査もなくなってきているよね。綺麗なプロポーションを保つ事や、それを披露するのも立派な女性らしさだと思うけど・・・」

「そこらへんはなぁ・・・」

 

 性の問題になるとさらにややこしい。AV新法問題など説明してもどっち側も相手の主張が理解できていない。論点や問題意識が違うのだ。

 

「だからね、わたしは女の子らしくありたいと思うし、安芸くんが作る女の子のキャラも好き・・・だよ」

「そりゃどうも」

 

 受験の傍ら、こっそり小説や小話を書いている。ゲーム制作まではできないけれど、それを加藤は楽しみに読んでくれている。俺としてはその点で加藤はとても大事な存在だ。

 

 このあと加藤とは、二次元のキャラについて意見を交換した。そして、キャラの個性と矛盾する感情とのバランスが大事だということに気が付いた。

 キャラが深く掘り下げられるほど、矛盾を抱え、結果的に人間らしくなっていく。しかい一方でテンプレ的な個性は失われていく。

 

 その矛盾を加藤は言いたかったようだ。フェミニズムと女性の生きやすい社会が必ずしも同じ方向を向いていないのに似ていると思ったのだろう。

 

※ ※ ※

 

 食事を終えランチデザートの『本日のミニケーキ』がきた。フルーツの飾られたこの華やかさが女性客を魅了していて、店はいつも混んでいる。

 

 俺は食事が一段落したので、鞄から書きかけの小説を渡した。

 加藤に読んでもらうのは恥ずかしい気持ちもある。よほど匿名で小説サイトに投稿した方が楽だ。

 

 加藤はヘアピンで短い横髪を止めて、左の耳を片側だけだした。それから、真剣にレポート用紙をめくっていく。

 

 真剣に没頭していく感じは、どこか英梨々にも似ているように思う。ただ、加藤の場合は右手に赤ペンを持って気になっているところ添削していく。また解釈にわからないところは俺に質問もしてくる。

 俺はそれで説明不足に気が付いたり、感情の表現方法をなど改めてフィードバックさせたりすることができた。

 

 英梨々なら・・・俺の作品に感想は述べても訂正したりはしない。気が向いたらさらさらと挿絵になるイラストを描くだけだ。

 俺も英梨々もお互いを受け入れてしまって、どこをどう修正すればいいか分からなくなってきている。

 

 その点で加藤は新鮮だった。俺を少しだけ上に引き上げてくれる気がしていた。

 

「ねぇ安芸くん、ケーキ追加していい?」

「あっ、どぞ」

 

 真剣な表情で作業をしながらも、ちょっと甘えたところもある。それが加藤の魅力だろう。嬉しい時に口元が少しだけ笑顔になるのは本人は気が付いていないかもしれない。

 

 なぜか加藤は無表情でクールなイメージをわざと作っているようなのだ。

 

(了)




加藤の主張は要するに、男性ユーザーからは高い支持を得たが、同時に女性からは『あざとい女』でばっさり切られている。それに対する不満だ。

それを踏まえて、『英梨々像』にフィードバックされている。


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(ボツ3/5) 出海編

今回は出海編。
年々原作を忘れていくのだが、加藤を煽るだけ煽って変な靴下履いていた印象しかない。
あんまり倫也に媚びを売るような感じで懐いていたわけでもないし、立ち位置が微妙だった。

この作品では倫也に懐く・憧れる後輩像を追求しようかと考えていた。
一方で倫也童貞争奪戦どころか、キスも難しい距離感である。

片想いは幻想の方が美しいのだろう。

読み返してみると加藤と英梨々の影が強くて、その点は原作っぽくて少し微笑ましい。


 午前中の夏期講習が終わった後、俺は加藤とは帰らずに視聴覚室へと向かった。そこは旧PC部の活動場所である。

 

「おはよう」

「倫也先輩、おはようございます!」

 

 出海ちゃんから元気な挨拶が返ってきた。昼過ぎでも「おはようございます」と挨拶するあたりが、業界人みたいで気に入っている。

 長椅子に座り、朝に買っておいたパンと野菜ジュースを鞄から出してテーブルにおく。

 

「どう?進捗状況は」

「だいぶ遅れています・・・」

 

 俺はパンの袋を開けながらノートPCの画面をのぞいた。そこには制作中のデジタルマンガが描いてある。フルカラーでイラスト集に近い仕上がりだ。1ページにとても手がかかっている。

 

 出海ちゃんが制作しているのはデジタルアート作品に近い。この夏休みにコミュケに仲間と出店するらしく、そのための作品作りをしていた。

 今日は来ていないが部員は他に4名いて、出海ちゃんと同じ2年生が2人と、1年生が2人だ。

 

「業者さんに発注するのに期限が金曜日までで・・・」

「それで、あと5枚?」

「はい・・・」

「厳しいなっ!」

「はい・・・」

「あさってだよね?」

「はい・・・」

「間に合う?」

「・・・倫也先輩っ!」

 

 いや、頼られても俺は絵が描けない。かといって、俺にも元部長としての責任がないわけでもない。受験生なのですでに引退しているものの・・・ここに誘ったは俺だ。

 

 出海ちゃんの兄の伊織は中学生時代の同級生だ。波島家は名古屋に転校して2年、去年また東京に戻ってきていた。

 

 出海ちゃんが小学生の頃に勉強をみてあげたので、とても懐いてくれている。あの頃に一緒に制作した『リトラブ』の同人誌作りがきっかけでオタク活動も続いている仲だ。

 

 出海ちゃんは最初からPC部に所属したわけではない。中学の時のように美術部に所属し、そこの先輩がみんな出海ちゃんよりもずっと絵が下手で、部活動もぜんぜん活発でなかったために先輩とそりが合わず退部してしまった。

 

 その後イラスト部に入ったが、こちらも口ばかりうるさい先輩と合わず退部。

 

 最後に頼みの綱のマンガ研究部・・・通称マン研に入ったものの、あまりのレベルの低さに退部してしまった。

 

 進学校のオタク活動なんてそんなもんだ。とはいえ、出海ちゃんがこんなに先輩方と喧嘩ばかりするとは思わなかった。

 

「だって、澤村先輩みたいなすごい人が誰もいないんですよ?」

 

 という退部理由が正統な理由になるのかどうかは考え物だが、中学の時におとなしく美術部で活動していたのは英梨々がいたからなのかもしれない。画力=尊敬という構図はわかりやすい。

 

「というわけで、倫也先輩。私もここに入部希望します」と、視聴覚室のドアが開かれたのは去年の夏休み前ぐらいだったろうか。

 

 俺の所属しているPC部は、幽霊部員を覗けば俺一人でほぼ活動していた。もっとも所属はしていないが加藤がよく視聴覚室で時間をつぶしていたが。

 

 俺は黙々とプログラムを組んでゲーム作りをしていたが、プログラムには出海ちゃんは興味はないらしい。

 しょうがないので、デジタルアートができるように中古のペンタブを英梨々から借り受け(もらい受けのほうが適切か・・・)、ノートPCに接続して使っている。

 

「倫也先輩って、デジタル作品作らないのに、どうしてアプリの使い方がわかるんですか?」

「初歩的なことしかわからないよ。使っているうちに直ぐに出海ちゃんの方が詳しくなるさ」

「そういうもんですか?」

「そういうもんだと思うよ」

 

 実際、すぐにそうなった。

 

 俺がある程度知っている理由は、英梨々がデジタル化するのを俺が手伝ったからだ。その後も作品作りに関わったり、あるいはぼんやりと英梨々が描くのを眺めていたからである。

 

 去年の文化祭で出海ちゃんんの制作したデジタルイラスを発表した。それがかなり好評だった。作品に憧れて入部希望者がいたようだが、みんな美術部かイラスト部のものだと思ったらしい。何しろ存在の薄いPC部だ。認識されていないのもしょうがない。

 

 そこで部活の名前を『デジタルアート部』にしたところ、入部希望者が増え、現在にいたる。

 

「やっぱり無理があったでしょうか・・・」

「いや、何事もチャレンジしないとな。それに締め切りが迫ってから本領を発揮するのがアーティストだ」

 

 嘘です。俺の知っているもっとも身近なアーティストの英梨々が締め切りがないと何もしないポンコツなだけです。

 ちなみに俺も、加藤の定める締め切りがないと何もできない。

 

「まずは簡略化してでも作品を完成されることが大事だ。コマ割りも、下書きもできているから、とりあえず塗ってしまおう」

「でも、みんなとの分業があって」

「工程表をみせてくれる?」

「はい・・・」

 

 元々、新しくできた部で活動内容は手探りだった。夏休みのコミュケ出品は良い目標だと思ったが、考えてみれば制作期間は一学期しかない。

 工程表を加藤が作ってくれたものの、戦力になるのは出海ちゃんぐらいで、後の4名はデジタルアート未経験者。しかも美術部やイラスト部に偏見をもった変わり者で、基礎的な画力は俺以下といったところだ。

 

 出海ちゃん1人ならむしろ完成していたと思う。誰かの作業が止まると、他の作業にも遅れをもたらした。

 しかも、肝心の出海ちゃんが教えることに労力を取られて制作活動をできなかったこともここにきて響いていた。むしろよくここまでがんばったものだ。

 

「やっぱり加藤先輩に手伝ってもらった方がいいでしょうか」

「それはない」

「ずいんぶときっぱり断言しますね?」

「出海ちゃんは加藤を誤解している。あいつは確かに優しい先輩に見えるだろう。真面目だし・・・戦力になるのは間違いない。しかしだな・・・」

「しかし・・・なんですか?」

「完璧主義者なんだよ。まず進捗の遅れを許さない。後輩にも厳しく指導するのは目にみえている。しかもだ、セリフ回しや表情など、小さなこだわりが大きく、リテイクは覚悟しないといけない。今から全部作り直す覚悟がないなら、加藤に頼るのは・・・危険だ」

「そんな人なんですか!?」

「ああ、悪いことはいわない。加藤には受験勉強に専念してもらおう」

 

 そう、去年は複数人の美少女が登場するアドベンチャータイプのゲームを作った。ヒロイン4名+隠しキャラ1名。中学の時にも作った簡単な分岐フラグの予定だったが、加藤のこだわりにより個別攻略が簡単ではなくなった。

 

 徹底したフラグ管理の攻略チャートは複雑化の一途をたどり、立てフラグと折れフラグがゲーム進行を左右する。

 俺としては加藤の作ったチャート通りにプログラムを組むだけだったが、俺と加藤による徹底したデバックによってバグは発見されなかったものの、英梨々が1周間後にようやく一つを発見した。おそらくはまだあるだろう。

 

 本来はもう少しキャラを掘り下げる方向に労力を注ぎたかったが、加藤にスクリプトやゲーム分岐を教えながら作った結果、そのようになってしまった。

 

 この視聴覚室で一緒に過ごしながらも、出海ちゃんが加藤のことを良く知らないのは、出海ちゃんは絵を描くことに夢中で、俺がこっそりゲームを作っていることまで気が回らなかったことと、加藤が片隅で気配を消して作業をしていたからだろう。

 

 加藤が本領を発揮するのは家に帰ってからで、俺とネットで意見交換しながら作業は明け方になるまで続くこともあった。

 

「なんか私の中では加藤先輩は優しい方なのですが・・・」

「加藤は優しいよ。ただ妥協がないだけだ」

「そうなんですか、ぜんぜんそんな風にみえなったですけど」

「ネコかぶっているからな・・・いや、悪口じゃないからねっ!?」

「誰に言い訳してるんですか?」

「・・・いや、気にしないでくれ。そういうわけだから・・・」

 

 とはいえ、出海ちゃんの締め切りもなんとかしてあげないといけない。この場合の選択肢は一つだ。足を引っ張る新入部員を省く。しかしそれでは角が立ってしまうだろう。

 

「いいか。出海ちゃん。物事には優先順序がある。最優先すべきは締め切りだ」

「そりゃそうですよね」

「だから、まずは締め切りを伸ばそう」

「どうやってですか・・・」

「ふむ。伊織はそういう業者との交渉が得意だ。だから締め切りの延長は伊織に投げてしまえ。たぶん出版社の状況から1週間は伸びるはずだ。部数だってそんなにないし」

「そういうもんですか」

「経験上そうだ。次に残りは出海ちゃんが完成させる。ただ他の部員には参加している気分にさせることは大事だ。進捗状況を共有しつつ意見を貰う。その一方で意見を無視して作りこんでいこう」

「なんかひどいですね」

「いや、1年の後輩はどちらかといえば、出海ちゃんの作品に憧れて入部している。それで問題ないはずだ。残りの2年も熱量は高くないし、出海ちゃんの足を引っ張っている自覚もあるだろ?内心ではすごく重圧を感じている可能性もある」

「なるほど・・・」

「俺が調整役をするから、出海ちゃんは作品作りに集中してくれればいいよ」

「わかりましたっ!」

 

 こうして俺はまた出海ちゃんから何やら尊敬のまなざしを受取りつつ、余計な仕事に首をつっこむのであった。

 

(了)




追記として。

このボツの世界戦では英梨々は倫也と同じ学校には通っていない。
のちに英梨々辺でも触れるし、中三の進路も中二病編の続きとして書こうか迷っている。

理由としては、小学生の時の喧嘩が解決し、仲のいい中学時代を倫也と英梨々が過ごしていた場合、英梨々は倫也を追いかけて進学校に進路をとる必要はなくなる。
美術系の高校に進路をとる方が自然だろう。

それでもこっそり加藤と出会ってゲームを作っているあたりが、こっそり示唆されている。

英梨々のために中一、中二はすでに書いたが、そのまま中三、高一、高ニなどを書いて英梨々を育てようと考えていた。


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(ボツ4/5) 詩羽編

そういわけで、とりあえず順番にヒロインの第一を書いた詩羽編ですが、どうにもこうにも、最初からやる気が感じられない。

この辺で・・・あっ無理だボツにしようって早々と挫折した。


「詩羽先輩!?どうしたらこんな部屋になるんですか・・・」

「だってしょうがないじゃないの。私って仕事意外は無能なんですもの」

「自覚はあるんですね・・・」

 

 謙虚に言ってそうで、『仕事はできる』ということを隠さないあたりが実に彼女らしいプライドだと思う。

 

 霞ヶ丘詩羽。人気ラノベ作家だ。女子高生時代にデビューして4年目を迎えている。ヒット作品は『恋するメトロノーム』で、これは詩羽先輩が中学生時代にネット投稿していた作品の改定版のような内容になっている。

 

 黒上ロングのややグラマラスな体型、授業中は寝ているのに成績は常にトップ、寡黙なためにミステリアスな『學校一の美少女』として有名だったが、実は重度のコミュ障なだけだ。

 なぜ勉強できるのか謎なのだが、本人曰く「そういう設定なのよ」ということで、まったく謎のままだ。

 

 そんな彼女とは無名の素人小説家時代から知り合いで、商業デビューしたのをきっかけに英梨々と二人でサイン会に参加した時から交流が続いている。

 英梨々は無名時代から彼女のファンで無償で挿絵を投稿していた。今も2人の間では交流が続いているらしいが、俺はあまり関知していない。

 

 小説を書くこと意外は無能というのは間違っていない。

 

 現に大学生になってから1人暮らしを始めた詩羽先輩は・・・掃除がまったくできていない。炊事もする気がないらしい。

 そして、4月から4カ月たってみると、見事な『汚部屋』へと変貌していた。たぶん原因は彼女が掃除しないことや、ゴミを片づけないことではなくて、資料の名の元にうんざりするぐらいの本が積み重なっているせいである。

 

「と、いうわけでなのよ。倫理君」

「どういうわけかわかりませんが、要するに部屋を片づけて欲しいと?」

「結果的にそうなるのかもしれないけれど、私が望むのはリアルな『密室』なのよ」

 

 どこまで本当なのかはわからない。今書いている作品にサスペンス要素があるらしく、密室を再現したいらしい。

 

『ドアが閉まらない程に物が溢れて困っている』それが彼女からの依頼だった。

 

 俺には正直理解しがたい。

 

「そう邪険にするものじゃないわ。ちゃんと報酬は払うわよ。倫理君が望むなら金銭みたいなつまらないものじゃなくて、私の体でもいいけど?」

「遠慮しておきます」

 

 冗談だか本気だかわからないが、コミュ障の詩羽先輩の誘い方は直接的だ。これがこんな汚い部屋でなければ、もう少しドキドキできるのかもしれないが、今のところ無理だ。

 

 詩羽先輩は長い髪に白色のカチューシャをつけ、黒いワンピースをゆったりと着ている。美しさは昔と変わらないが少し妖艶になった気もする。これだけ美しければいくらでも彼氏ができそうなものだが、ほぼプレイベートの時間は引き篭もって小説を書いている以上は出会いもないに違いない。

 

 俺はゴミ袋を広げて、とりあえずゴミらしきものを分別しながら片付けていく。

本は重ねて脇にどけていく。印刷されたレポートは重要なのかゴミなのかわからないので、とりあえずはまとめる。

 脱ぎ捨ててある服は洗濯機に放り込み、ある程度まで溜まったら洗濯機を回しておく。散乱している下着が気になるが、これもとりあえずは洗濯籠に放りこんでおく。

 

「そういう下着ってかぶってみたくならないのかしら?」

「あいにくとそういう趣味はないんで」

「あら、つまらないわね。そういう変質者の行動を生で見る事で作品に厚みがでるのに」

「普通は恥ずかしがるものですよ?」

「あら、そうね・・・『キャー、はずかしいー』こうでいいかしら?」

「無理に棒読みしないでくださいよ・・・」

「それに倫理君。『普通は』って言うほど、人は床に落ちている下着を片付けることはないんじゃないかしら?」

「・・・そうですね」

 

 詩羽先輩は俺を茶化しつつ、くるくる回る椅子に座り長い足を組んでいる。スカートの丈は長いので見えることはないが、靴下を履いていない生足はなかなかエロい。足の爪が小さかった。

 

 ・・・こうして見ると、頼めば本当にヤらしてくれそうな先輩というのは困る。

 

 とはいえ、今日中にベッド上まで片づけられるとは思えない。この人がどこでどのように寝ていたのか不明ではあるが、ベッドの上でエッチできるような状況でないのは確かだ。ベッドがあるであろう場所はわかっても、そこには荷物が積み重なっているのだから。

 

「それで、倫理君は澤村さんとの関係は少しは進展したのかしら?」

 

 俺と英梨々の関係を問われても困る。昔からずっと仲のいい幼馴染だ。付き合っているわけでないから恋人ではない。

 

「進展もなにも、何もありませんよ」

「それってやっぱり、倫理君が頑なに童貞を守っているせいじゃないかしら?」

「あのですね・・・」

 

 いつからこんなに直球的に下ネタをぶちこんでくるようになったのか。だいたい、童貞を守っているつもりはない・・・チャンスがないだけだ。

 それは恋人のいない高校生なら普通のことだろう。

 

 詩羽先輩の戯言を聞き流しつつ、玄関から書斎までの通路をなんとか片づけた。

 

「洗濯物を干したいんで、あの洗濯ばさみがジャラジャラあるやつどこにありますか?」

「あらやだ、『ピンチハンガー』のことかしら?」

「名称はよくわかりませんけど、たぶんそれです」

「私はピンチハンガーの知識はあっても、ピンチハンガーが家のどこに隠させたのかまでは知らないのよ。倫理君ならわかるんじゃないかしら?」

「わかりません」

 

 聞いた俺がバカだった。だいたいはお風呂場付近にあるだろう。洗濯機の周りは衣類だらけだ。

 

 お風呂場を開けて、俺は後悔し、そっと扉を閉めた。そこの掃除は後回しだ。

 

 あとは棚の中に閉まってある可能性があるが、棚を開けるには床に溢れたものをどかさないと行けない。

 上の棚をあけると、そこにも本が無数に入っていて崩れ落ちてきた。

 

 もはや、ホラーだ。

 

「詩羽先輩・・・どうしてお風呂場に本があるんですか!?」

「そうね、私が推理するにお風呂場付近で本を読んだからじゃないかしら?」

「・・・記憶にないんですか」

 

 もしかしたらこの散らかし具合はわざとなのだろうか・・・とてもじゃないが生活が可能な空間に見えない。いやいや、それは邪推しすぎだろう。

 

 ピンチハンガーとやら見つからない以上、まもなく脱水の終わる洗濯物をどうするか考えないと行けない。ベランダには物干し竿があるものの・・・あっ、あった。

 

「詩羽先輩、ピンチハンガー見つけましたよ。ほら」

「あら、ほんとね」

 

 物干し竿にぶらぶらと風に揺れていた。窓から外をみると中々景色がいい。地上7階の部屋なのだから当然かもしれないが、一軒家の俺にはだいぶ高くみえた。

 

「あれ・・・ドアが開かない」

「そうよね」

「このマンションはドアが開かないんですか?」

「そんなことないわよ。開かないのはこの部屋だけね」

「どういうこと?」

「だから、最初に言ったじゃない。密室の体験がしたいって」

「はぁ?」

 

 何を言っているのかよくわからない。バカと天才は紙一重だという。この人がそうなのかもしれない。

 

「倫理君。もう出られないのよ」

「何がです・・・」

「この部屋はもう密室になったの。嘘だと思うなら試してみたらどうかしら?」

 

 俺は他の窓を開けようとしたがどれも開ける事はできなかった。そして玄関の扉も・・・開ける事はできなかった。

 

「詩羽先輩、何やってるんですか・・・」

「だから密室に興味があって、密室をつくってみたのよ。その扉も逆オートロックにしてもらったわ」

「意味わからんなっ!」

「いいじゃない。こうして無事に2人になれたのだから、ゆっくり楽しみましょうよ」

「ぜんぜん無事じゃないですよね!?」

 

 慌てる俺の後ろから、詩羽先輩が抱き着いてきた。

 

「あの・・・胸が当たってます・・・」

「当てているのよ、当然じゃない」

 

 むぎゅーと押し付けてくるバストの弾力が背中でもわかる。

 

「いったい何をしようとしているんですか?」

「ナニをしようとしているのよ」

「下ネタ!?」

「ふふふっ、童貞を捨てるまでは出られないわよ」

「どんな仕組みですか・・・」

 

 詩羽先輩は何か香水をつけているらしく、甘い香りがする。それで俺はようやく気が付いた。この汚部屋にはゴミが多いが一切生ごみがなかったこと。そしてつんざくような腐敗臭などはせず、埃もそんなにひどくなかったことを・・・

 

「もしかして、この汚部屋はわざと作りました?」

「半分ぐらいはそうね」

「半分は自己責任なんですね・・・」

「さて、倫理君。諦めて私で筆おろしをしちゃいなさいよ。小説家の私は筆の扱いもうまいわよ?」

「微妙な下ネタやめてください」

 

 やれやれ、歪んだ性癖なのだろうか。もういっその事、詩羽先輩で童貞を卒業するのも悪くないかもしれない。こんな綺麗な先輩なら文句もない。が、もちろんあいつが泣くようなことはしたくない。

 

「ところで、俺が童貞を卒業するとどうして扉が開くんですか?」

「それは・・・」

「どこかにリモコンでもあるんですかね?」

「ないわよ・・・」

 

 詩羽先輩の目が泳いでいる。およそ天才の考えることはよくわからないが、こと実戦レベルのものになれば、凡人とはそうかわらない。

 

 オートロックのマンションはカードキーで開く。カードがなくても登録したアプリを照合すれば扉は開くケースが多い。今は鍵を持ち歩いたりせず、ケータイがその機能を果たす時代だ。

 

 逆に言えば、部屋の内部にいてデジタルロックを掛けることもできる。詩羽先輩の作った密室のからくりはその程度だろうと推測する。

 

「とりあえず先輩・・・離れましょうか」

「いやよ」

 

 ふむ。さっきから引っ付いているが、エロいというよりは何かネタみたいな印象も受ける。ちょっとした愉快な妖怪?

 

 俺は詩羽先輩の使っていたノートPCをいじり始める。いっそ書いている途中の小説を盾にすれば開けてくれそうだが、じゃあ俺が小説を消してしまえるかといえば、できないことぐらい見抜かれる。下手な駆け引きをすれば詩羽先輩もムキになってくるかもしれない。

ここはさらりと冗談で終わらせたい。

 

 マンション内のセキュリティーアプリを発見する。立ち上げると案の定、内側からデジタルロックを掛けていた。問題は解除方法だ。所有者のセキュリティーコードの入力が不可欠だった。

 

「詩羽先輩、パスワード教えてください」

「忘れたわ」

「思い出してください」

「あーなんだったかしらねー 棒読み~」

「・・・パスワード教えてくれないと、この小説を削除しますよ?」

「いいわよ。そしたらそこの窓から飛び降りるから」

「リアルな脅迫やめてください・・・」

「そうだ、思い出したよ。確か、倫理君とえっちすると思い出せるのよ」

「なんですか、その取ってつけたような設定は。もうちょいマシな嘘をついてください」

「そうね。なら口付けでいいわよ?今後の小説の参考になるし」

「キスですか?」

「ええ」

「それ、強制わいせつ罪の対象ですよ?セクハラですよ?」

 

 やれやれ・・・詩羽先輩のコミュ障もいよいよ重篤化しているようだ。まともな恋愛をしよとすら思っていないのかもしれない。

 

「倫理君って・・・意外と根に持つタイプよね」

「何がですか?」

 

 詩羽先輩はため息をひとつついて、パスワードを入力した。

 

 

 そりゃ、ファーストキスが不本意なものなら、転生したって忘れないに違いない。

 

 

(了)




そういうわけで、とりあえず4人終わって、英梨々編を書いてから終えようとおもったので、次までは書いてみた。
来週投稿予定。

各ヒロインの個性は書き分けられていないかもしれないが、成長具合はわかると思う。

そう、他を圧倒するヒロイン性が育っているなら、コンセプト的には正しいことになるはずだ。


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(ボツ5/5) 英梨々編

これが英梨々編。

補足しておくと、小学生の時のケンカを早々と修復することにより、英梨々は無理して倫也を追いかけなくなる。したがって倫也を追って進学校を受験せずに、美術系高校へ進路をとる。
性格的な歪みも多少解消され、凌辱エロ漫画を描く腐女子よりは、正当な美術系女子への道を歩んでいる英梨々像ということになる。

そして、この話の中でヒロイン性をもつ英梨々は、恵編で恵が論じた「フェミニズムの押し付け」というところに帰着する。

すなわち、いささか上品すぎる英梨々像は、筆者からの押し付けのようでもあり、もっと本質的に自由な英梨々からは遠ざかっているような気がする。

ボツにするには惜しいので、全5話ながら掲載させていただく。


 午前の講義を終えた帰り道、駅前でケバブを二つ買って家へと戻る。制服を脱いで私服に着替え、いそいそと英梨々の家へと向かった。

 

 英梨々とは毎日のように会っていたが、夏休みの間は、少し距離を取ることに決めた。理由は俺は進学校の高校三年生の受験生だからだ。

 

 一方で英梨々は美術系の高校へ進学し、次の進路もすでにほぼ決まっていた。

 

 ジリジリと暑い日差しの中、通いなれた坂道を上って赤い屋根の屋敷に到着する。黒格子の大きな門の横には通用口があり、今はデジタル化している。そこにケータイをかざしロックを解除して中へと入っていく。

 以前のようにチャイムを鳴らさずに入れるようになったのには理由がある。美術系高校へ進路が決まってから、英梨々は庭先に木でできた小さなアトリエを建ててもらった。部屋にいるとネットやケータイとは無縁ではいられず、ついつい流されてしまう。そこでアトリエへ篭って創作活動に専念するためだ。

 

 そういうわけで玄関のチャイムを押しても。アトリエにいる英梨々は聴こえないし、アトリエにはケータイを持ち込んでいないので、一度メイドさんを通してから案内してもらっていた。それも手間だということで、俺は直接出入りするように英梨々が変更してしまった。今更、俺と英梨々が自由に行き来することを英梨々の両親は反対などはしない。

 

 俺の信用が高いこともあるだろうが、英梨々の両親がその辺は無頓着というか、現実的で、『どうせ止めたところでヤるやつはヤるよね』というスペンサーおじさんの見解が通っている。母親親の小百合さんも無駄に妨害したりしないで寛容だった。

 

 芝生の庭には野良ネコが2匹ほど木陰で休んでいた。周りにはいろんな花が咲き誇っている。屋敷の横を通ればアトリエにつく。チャイムもないので木製のドアをノックした。

 

「俺」と、声をかけたが中から返事はなかった。静かに木のドアを開ける。一応、鍵がかかるドアのはずだが、英梨々は鍵をかけていない。

 

 中は新築の木の匂いと油絵具の匂いが混じっていた。天窓も横の窓も大きく採光は十分でとても明るい。エアコンが少し効いているが涼しいというほどでもない。快適な空間だ。

 

 幼稚園の子が着ているような水色のスモッグはあちこちが絵具で汚れている。自慢の金髪は黒いリボンでツインテールに結んでいて、天井から差し込む光でキラキラと輝いていた。。

 

 1メートル以上はある大きなキャンバスに向かって、英梨々は立ちながら絵を描いていた。俺が来たことにも気が付かないらしい。とんだ不用心である。

 

 俺はゆっくりとドアを閉めて、部屋の隅に置いてあった丸い木のイスに腰をおろした。

 

 英梨々が今描いている絵は夏休みの課題であるとともに、英梨々にとっての卒業制作でもある。

 

 大きな陸亀の絵で、背中には街が乗っている。街は複雑に何層にも重なっていて、人々が生活している。背景の木や、空の雲や、海の波は普通の大きさなので、巨大な亀というよりは、ミニニュアの街と小人といった感じだ。

 

 アトリエの中はそんなに物はない。壁際の棚には資料になる分厚い本、小さなテーブルには絵具や筆で散らかっている。それから休めるように赤い1人用のソファーがあるが、すでに絵具であちこちが汚れている。あとは壁には何枚かの油絵が立てかけてあった。

 

 英梨々が俺に気が付くまで、俺は静かにイスに座ってぼんやりと英梨々と英梨々の絵を眺めて過ごす。

 直ぐに気が付いてくれる時もあれば、1時間ぐらい集中していて気が付かない時もある。

 

「声ぐらいかけなさいよ」と言われたこともあったが、別に退屈な時間でもない。英梨々が真剣に絵を描いている姿を見るのも好きだし、英梨々の作品が少しずつ完成するのを見るのも楽しい。

 

 もってきたケバブだけが気になるが、別に冷めてまずくなるようなものでもない。

 

※ ※ ※

 

 しばらく経って、英梨々が筆をテーブルに置いた。それからこちらを見て、何も認識しなかったようで、もう一度キャンパスを眺めている。

 いやいや、そこは俺に気が付けよ。別に石ころ帽子はかぶってねぇーぞ?と思ったが、口には出さない。

 

「どうかしら?」

 

 英梨々がキャンパスを見ながらいった。

 

「気が付いてたのかよ」

「うん」

 

 俺は立ち上がって、英梨々の隣に立ってキャンパスを眺めた。正面から見ると雰囲気がだいぶ変わる。

 全体的な配色は終わっているが、中央の街はぜんぜん着色されていない。俺は近づいてチェックしていく。俺が英梨々の作品にどうこう言えるようなことはない。

 

「陸亀の質感がいいなっ」

「デザートザックをイメージしてみたわ」

「・・・あのなぁ・・・」

 

 ベースの色は黄土色だ。甲羅の重厚感がある。でも単調な色合いでなく、よく見れば緑や赤なども混ざっていて、輝いているようにも見える。年季が入って割れたり、欠けている部分もあれば、苔が生えている場所もところどこにあった。

 

 ちなみにデザートザックは、砂漠仕様のロボットだ。砂漠用なので砂の黄土色がベースになっている。昔、英梨々と一緒にプラモで作ったことがあった。俺のこだわりは砂でペンキが剥げた質感だった。

 英梨々と研究しながら何度も塗装を重ねたものだ。

 

 それがこんなところに活かされて・・・るか、どうかは怪しいが。

 

「背景はだいたい完成しているのか?」

「そうね。ほぼ真似だけどね」

「いやぁ、十分上手いだろ・・・」

 

 アクリル絵の具で風景画を描く海外の動画配信者がいて、英梨々はそれを何度もみていた。木々の揺らめき、木漏れ日の明るさ、流れていくような雲。どこかテンプレ的でオリジナルな感じはしないが、確かな技術の高さがわかる。海の揺蕩う水面の光の反射などは、どうやって描いたのか、俺には見当もつかないぐらいリアルだ。

 

「その辺はこだわりすぎてもキリがないのよね。あんまり背景が目だってもダメだろうし、ちゃちゃっと終わらせたわ」

「ちゃちゃっと終わらせて、これなら文句の言いようもねぇな・・・」

 

 英梨々がボロ布で筆の絵具を落とし、筆洗い器の中につっこんだ。

 

 完成していないのは街と亀の顔ぐらいである。街は下絵だけではどんな感じになるのか、まだまだわからない。

 

「ケバブ買ってきたけど、チキンとビーフ」

「チキンいただこうかしら」

「あいよ」

 

 ビニール袋から、もう冷めてしまったチキンケバブを英梨々に渡した。

 

「テーブル片づけるわね」

「いいよ。そのままで手にもって食べられるし」

「悪いわね。何か飲むかしら?」

「いや、あっちまで取りに行くのめんどうだろ」

「ふふっ、甘いわね・・・倫也。あれが目に入らないのかしら」

 

 英梨々が指した先に白い冷蔵庫があった。さっきまで本棚の横の棚だと思っていて、気が付きもしなかった。小型冷蔵庫だ。

 

「冷蔵庫も買ったのか」

「なんだかんだ、文明的になっちゃうよね・・・だってほら、飲まないと脱水症状になっちゃうじゃない」

「まぁそうだけどな・・・」

 

 本宅から用意すればいいと思うが、よほどアトリエが居心地が良いと見える。英梨々の部屋だとネットもゲームも完備しているから、こちらにいた方が健全なのかもしれない。ペットボトルのお茶でも持ち込めば十分と思ったが、やはり冷えたものが欲しくなったのだろう。気持ちはわからんでもない。

 

「だいたいそろってるわよ」

「みていいか?」

「ええ、あたしはペリエね」

 

 冷蔵庫を開けてみると、各種ドリンクが確かにそろっていた。やはり瓶入りのコーラが心をくすぐる。ラムネも捨てがたいが・・・ケバブと一緒に飲むには惜しい。ラムネは単品で心ゆくまで堪能したい。

 

 英梨々にペリエの瓶のキャップを開けてから渡した。英梨々は受け取って、疲れたように赤いソファーに深く腰を沈ませた。

 

 栓抜きは冷蔵庫にマグネットでくっついていた。俺はそれを使ってコーラの蓋をあける。この泡がシュワワッと鳴る音の至福といったらない。

 

「いただきます」と英梨々が言った。俺も「いただきます」と言う。

 

 コーラーはキンキンに冷えていて最高に美味い。このためだけに夏が存在しているといってもいいぐらいだ。ずいぶんと喉が乾いていたらしく、体にしみわたっていく。

 

 俺も丸イスに座ってケバブをかじる。

 

「補講の方はどう?」

「前も言ったけど補講じゃないからねっ!?」

「夏期特別講習だっけ?別に名前なんていいじゃない。細かいわね」

「補講っていうと、なんか赤点とった生徒みたいだろ、これでも一応成績優秀なんだから」

「はいはい」

 

 希望大学は詩羽先輩と同じ名門私立だ。一応A判定が出ている。進学校のTOPクラスの成績なので当然といえば当然だ。ただ加藤はそこまで成績は伸びていない。夏休み明けには推薦の話もでてくるし、進路にはちょっと迷いがある。

 

「勉強はまずまず順調だよ。おかげ様でな」

「あたしが邪魔しないだけで成績が伸びるなんてね」

「お前も絵がはかどっているようだし」

 

 別にお互いに邪魔をしているわけじゃない。オタク趣味は今も続いているが、アニメを見る時間はほとんどなくなってきている。

 英梨々もできるだけ創作に時間をさいているようだ。

 

 俺はラノベを読むことと、ラノベ紹介サイトの更新だけは今も続けている。成績がキープできているうちは続けるつもりだ。英梨々もイラストやマンガをサイトに上げているものの、ペースは落ちていて、最近はアナログの油絵に注力している。

 

 高校生活に悔いは残したくないらしい。

 

 小さい頃から一緒で兄妹のように育ってきたところがある。中学で進路を決める時に俺と同じ高校に通おうとした英梨々を止めて、英梨々にはもっと美術を伸ばしてほしいと小見、美術系の高校に進学する事を薦めた。

 拗ねる英梨々を説得できたのは、どの道学校では2人はしゃべれない事、俺の通う進学校が同じ沿線にあるため通学路が一緒な事だった。それなら中学とそんなには変わらないと考えたのだ。

 

 英梨々も最初は不安だったようだが、慣れてみるとやはり楽しいらしく学校生活は充実していた。学校の話もよくするし、何よりもいつも創作の課題があって、こだわりを見せれば終わらないほどだ。だから飽きないらしい。今まで興味を持てなかった分野にもチャレンジをしている。

 

 選択科目では音楽を選ばず『書道』にしていた。それはそれで真剣に取り組んで書道資格も取得している。臨書などもえらく上手だ。水墨画もチャレンジしたいらしいし、時間が足らないらしい。

 

 水墨画はそれはそれで一つのジャンルで奥が深いらしい。英梨々が描けば俺からみると上手いことこの上ないのだが、本人がいうには下手糞らしい。どのあたりから上手いことになるのか気になる。

 

 話がそれた。そういうわけで、俺と英梨々はそれぞれの進路を今は歩んでいる。

 

※ ※ ※

 

 ケバブを食べながら、亀の上の街のアイデアについて話あった。床にはたくさんのデッサンアイデアの紙を並べている。街は平面的でなく立体的に積み重なっているのだ。ごちゃごちゃと積み上げた家はレンガ作りやコンクリートなどの硬質なものをベースに、配管や室外機、電線などのカオス的な裏路地も細かく書き込んでいく。ディティールが生活感を生む。

 

 煙突やラーメン屋の暖簾。ベランダに干された洗濯もの。生活感がにじみ出る様な風景とはどんなものか、次々にアイデアを出していく。自販機や自販機の横で酔いつぶれている人、転がった空き缶。点滅するネオンサインをどう表現するか・・・

 

 ケバブを食べ終えた英梨々は、スケッチブックを取り出して、言われたアイデアをすぐに絵にしていく。ささっと描いた鉛筆のライン一つ一つが美しい。なぜ、こうも簡単なラフなのに、俺が丁寧に描いた絵などよりもずっと上手い

 

 『才能』と一言で片付けるには、英梨々の右手のペンダコに失礼だろう。

 

 英梨々がそわそわとしているので、俺は「少し猫に餌でもやってくるから、もう少し絵を描いていろよ」と言った。

 

 英梨々は少し迷ったようだがうなずいた。一緒にアニメを見る時間はもう過去で、今はお互いにやりたいこと、やるべきことがある。時間が惜しい。

 

 俺だって焦りがある。この時間を勉強にあてれば状況は進捗するのだ。解けない数学問題考えたり、覚えては忘れてしまう英単語を詰め込みたいとは思う。

 でも、英梨々の前では焦らないふりをする。ゆったりとした変わらない時間を過ごすことを心掛けていた。英梨々と過ごす時間を単語帳で覚える事には使いたくない。

 

 アトリエの外は暑いが、芝生には水がまかれているので俺の家の前ほど酷暑ではない。土と植物でだいぶ違うのだ。丘の上の高所で密集していなくて風通りがいいことも関係あるだろう。都心にしては過ごしやすい。

 

 猫の餌の『カリカリ』を持って、木陰に近づくと、「ミャー」と縞猫が近寄ってきた。近寄ってはくるものの触らせてはくれない。もう一匹は黒猫で、こいつは愛想は良くないので少し遠目に上品に座ってみている。

 

 木陰にあった皿の埃を払い、そこに『カリカリ』を入れてやる。2匹とも耳が欠けていて去勢済だ。ちゃんと登録された地域猫だが、ほぼ縄張りが英梨々の家なので、英梨々の家の半ノラといえないこともない。

 

 この子たちが俺の家の方まで降りてくることはなく、むしろこれより上の旧家の方へ行くことが多い。丘の上は政治家などが住む御屋敷街で、どこの家も立派な石垣があったり、池付きの庭があったりする。

 ノラ猫にはさぞかし住みやすい街並みがまだ残っていた。

 

 縞猫の方がカリカリを食べているが、黒猫の方は俺をじぃーと見つめている。距離を取るまで食べにはこない。

 俺が少し離れると、「やれやれ、しょうがない食べてやるか」という感じで歩きだし、のそのそとカリカリをかじりにいく。

 

 猫が食べ終わるまで見ていた。日は傾いてきたがまだまだ暑い。庭の端まで行けば、丘の上から街並みが一望できる。住宅街や駅の商店街ももちろん見えるが、どこまでも家がずっと連なっている。これぞ関東平野という景色だ。そして遠くにはうっすらと富士山をみることもできた。今日は天気がいい。

 

 少し体操をする。

 

 暑い。

 

 15分ぐらいはたっただろうか。

 

 アトリエに戻る。冷房の加減がちょうどいい。英梨々は今度は丸イスに座って、細い筆を使って絵を描いていた。おそらくはなんども描いて、なんども消すことになるだろう。

 

 俺は赤いソファーに腰を掛けて、あくびを大きくした。

 

 睡魔が襲ってきたことを自覚したので無駄な抵抗はしない。背もたれにかけてあったチェック柄のブランケットを広げて、それにくるまって少し目を閉じた。

 

※ ※ ※

 

 頬に冷たい感触があって、俺は目が覚めた。

 

「起こしちゃ可哀そうだけど、時間よ」

 

 目の前には英梨々が立っていて、右手にはガリガリ君をぶら下げてもっている。冷たさの正体はこれらしい。

 

「ああ、わりいな・・・もう5時か」

「あんた寝不足?」

「ちゃんと寝ているつもりだけどな・・・頭使うと眠くなるんだよ」

「ふーん。長いソファーの方がよかったかしら?」

「いや、これで十分」

 

 ガリガリ君を受け取って俺は立ち上がった。

 

 英梨々も手にはガリガリ君を持っている。真夏の食べ物といえばガリガリ君だろう。空調は止まっていて、随分と部屋の中が暑くなっていた。

 

 英梨々はもう水色のスモッグを脱いでて、ロゴの入った黄色いTシャツに、スリムジーンズの姿になっていた。

 

「まっ、夏といえばコレよね」

「そうかもしれないな・・・」

 

 夏のアイテムは一杯ある。さっきの瓶のコーラ。スイカ、かき氷、ラムネ・・・

 

 でも、子供の頃から手軽に親しんできたのはこのガリガリ君かもしれない。

 

 英梨々がソーダの端っこを、カシュリと噛んだ。まるでここまで青い香りが漂ってきそうだ。

 俺もガリガリ君を一口かじる。冷たい爽やかな味が口に広がる。

 

 

 英梨々が悪戯っぽく笑うと、ちょっとだけ八重歯が見えた。

 

 

(了)




以上。全5話でした。

ボツになった理由は全体の構成にある。
各ヒロイン5話で完結する作りに対する熱量不足。

週末の5階を各ヒロインに割り振った時に、最初は出海ちゃんあたりかなと書き進めている途中で挫折した。
書いててつまらないものは、読んでもらってもつまらないものだから。

かくして、夏休みプロジェクトをどうするか?は白紙へと戻ったのだった・・・


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夏休み作品制作に加藤のリテイクが多すぎた件

勢い書いてみたものの・・・


 いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトがいまいちはっきりしない。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「今日が何月何日かわかる?」

「6月20日・・・だな」

「夏休み、いつから始まるんだっけ?」

「だいたい7月20ぐらいからだよな」

「あと一ヵ月しかないんだけどさ、ほんとに新しいものを書き始めて間に合うと思っているのかなぁ」

「じゃあ、これでOKなのか?」

「とりあえず・・・R18を削除してきてくれる?」

「・・・ダメ?」

「絶対ダメ」

「でも、去年よりもバージョンアップすべきだと思うんだが」

「ああ、そういうのいらないから」

「加藤っ、そこをなんとか」

「リテイク・・・だよ」

 

※ ※ ※

 

 いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素は問題があるので訂正した。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「ここの表現・・・まだR18だよね?」

「いや・・・具体的な下半身の表現を激しく描写しなければセーフだと・・・」

「リテイク」

「加藤!?」

 

 

※ ※ ※

 

 いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写は問題があるので訂正した。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「ここの裸の表現は・・・まだR18だよね?」

「いや・・・それぐらいならR15指定すら必要ない描写だと・・・」

「リテイク」

「加藤!?」

「あのさ・・・下ネタは全部削除してきてくれるかな」

 

※ ※ ※

 

いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写は問題があるので訂正した。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「ここの裸の表現は・・・まだR18だよね?」

「いや・・・それぐらいならR15指定すら必要ない描写だと・・・」

「リテイク」

「加藤!?」

「あのさ・・・下ネタは全部削除してきてくれるかな」

 

※ ※ ※

 

いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写と裸の描写は問題があるので訂正した。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「この通貨換算のところわかりにくい」

「海外旅行で買い物する話だから・・・それは無理だろ」

「無理かどうかは関係ないんじゃないかな?わたしは『わかりにくい』っていう感想だし、そこは訂正した方がいいと思うけど」

「で、どうすればいいんだ・・・?」

「さぁ?安芸くんビッグマック指数って知ってる?」

「もちろん。1つの経済指標だよな」

「あれって読んで面白い?」

「いや、勉強になるけど面白くはないな。人によっては面白いとは思うぞ?」

「じゃあ、これを読む人はビッグマック指数を面白いと思う読者層と一緒だと思うのかな?」

「リテイクしてきたいのは・・・やまやまだけど、どうしたらいいんだろ・・・」

「もう少し中傷的な表現でいいと思うけど」

「どういうことだ・・・?」

「例えばここの喫茶店の代金。いくらなる?」

「えっと、フリードリンクが380円が二つで760円。小倉ホイップパンケーキが580円。フライドポテトが480円。合わせて・・・1820円か・・・?」

「ドルだと?」

「1ドル140円だとして、13ドルか」

「約2000円として、バイト2時間分だよね」

「バイト代にもよるけど・・・」

「それだよ、安芸くん」

「どれだよ加藤!?」

「そのめんどくさがいけないじゃないかな。時給だっていろいろあるよ、でもバイト2時間分って、人によってそんなに違うかな?バイト2時間分ぐらいの食事っていわれて、フレンチのフルコースを想像しないんじゃないかな」

「そうだな・・・」

「うん。リテイク」

「わかったようでわからんな・・・」

 

※ ※ ※

 

いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写と裸の描写は問題があるので訂正した。通貨換算の部分は多少工夫してみた。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「時差ってなに?」

「はい?時差っていうのは、東京とアメリカだと時差があるだろ?東京で朝ならアメリカはまだ夜だ。時差はだいたい12時間だからな」

「それって重要?」

「重要だろ?地球は丸いんだから」

「リテイク」

「途中の説明は!?」

「そういう、安芸くんの面倒くさいとこは直したほうがいいんじゃないかな」

「えええっ・・・」

 

※ ※ ※

 

いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写と裸の描写は問題があるので訂正した。通貨換算の部分は多少工夫してみた。地球が丸くなくなった。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「こんなにトントン拍子でお金って儲かるかな」

「いや、そこは小説だし・・・」

「じゃあ、このストーリーからして儲ける必要ってある?」

「えっ・・・」

「例えば、この村が発展するところとか・・・いらないんじゃないかな」

「でも村が発展していくことで、2か月間がんばった苦労がわかると思うが」

「それは安芸くんが勝手に2か月間がんばっただけで、そこを読者側に押し付ける必要はないと思うけど」

「そんなつもりはないんだが・・・」

「安芸くんはそう思っていても、結局暗くて大変だった描写が多ければ、そういうことなんじゃないかな」

「そういうもん?」

「そういうもん」

「やっぱ、リテイク?」

「うん」

 

※ ※ ※

 

いつもの喫茶店で加藤と打合せをしている。夏休みのための40話。コンセプトに問題はないがR18要素と性描写と裸の描写は問題があるので訂正した。通貨換算の部分は多少工夫してみた。地球が丸くなり、俺の苦労話は大幅にカットした。

 

「というわけで加藤。とりあえず書いてみたんだけど」

「ああ、うん・・・なんていうか安芸くんさぁ・・・」

「なんだ?」

「うーん、やっぱり毎日プロポーズするって無理があるんじゃないかな」

「そこぉ!?」

「総ボツにしようか」

 

※ ※ ※

 

 こうして、夏休みための作品がまた頓挫した。

 

(了)

 



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夏休み制作 加藤による修正案

ヤフー知恵袋で3000件ぐらい回答して定義すること

友達とは
①一緒にいて楽しい同年代の人
②利害関係が生じていない

この条件を満たすことが必要と考える。一緒にいて楽しくないなら友達ではないし、金銭的にトラブルが起きても友達ではなくなる。
『元友達』はいても、『ずっと友達でいられる人』かどうかはわからない。

多くの場合は①②が破綻している。相手が友達でないこと認める、絶縁することでトラブルが解決に近づく。

「男女間の友達は成立するのか?」しばしば議題に上がるが、結論から言って「主観における定義は意味を成さない」要するにイエス・ノーではない。
本人たちがどう思おうが自由だが、社会的に年頃の男女が会うことは許容されない。少なくも婚約、結婚と発展する場合にはトラブルになる。

倫也と恵の関係も、英梨々と結ばれるなら、関係性は友達ではなく純粋なビジネスパートーナーになっていくのが良いだろう。


 夏休み制作作品の修正を重ねながら、俺と加藤は意見をすり合わせていた。

 

「やっぱり後半が難解になっていくのが気になる」

「原石の売買のところか?」

「うん。数字は極力なくした方がいいと思うけど」

「もう少し削ってみるかぁ・・・」

 

 いっこうに完成が見えない夏休み作品。昨年のノーテンキなイチャイチャ物に対して、今回は経済が大きく絡む。

 

「ご都合主義は目をつぶるにしても、理由や流通の説明はいらないんじゃないのかな。要するに効率があがって儲かっていくって話だよね?」

「まぁそうだな」

「そこに、税金、交通費、手数料、紹介料、雑費などなどを書けば、ややこしくなるのは当然だよね」

「でも現実ってそうだし」

「現実はご都合主義で通らないよね」

「そうだな・・・」

「なら、より明確に表現して、本筋を進めることを意識した方がいいんじゃないかな」

「ふむ」

 

 本筋・・・それはつまり英梨々を喜ばせることになるんだろうか?

 

「あとさ安芸くん。ずっと2人で旅行しているの・・・ずるくない?」

「はい?」

「世界中を旅行するのは楽しそうだし、いいと思うけど。でもブレッシングソフトのゲーム制作をほっぼりだして2人で旅行するって無理があるよね?」

「そこは加藤にがんばってもらってだな・・・」

「そんな人いないんじゃないかなぁ」

「それは加藤の行動原理が『恋愛至上主義』に基づいていたからだろ?むしろここはサブヒロインから英梨々の友達として割り切って・・・」

 

※ ※ ※

 

 一度世界が滅んだので、俺は気を取り直して世界を創生する。

 

「頼む」

 

 とりあえず、加藤にひたすら土下座をして頼む。これが世界が安定する唯一の正解である。加藤にサブヒロインどころか、脇役ないし裏方に徹底してもらわないと世界が成り立たない。

 

「わたしの気持ちはともかくとして、そんな風にほっとかれて働く女の子なんていないよね」

「そこは同人ジゴロ的にだな・・・」

「同人ジゴロも、ホストでも、ゴッキーでもなんでもいいけど、それは相手がフリーだから女心を揺さぶられるんだよね?安芸くんみたいに英梨々に一途でプロポーズする人に惚れて、ただ働きする人なんていないと思うんだけど」

「加藤でも無理」

「無理もなにも、そんなことするのはボランティアする以上におかしいよね」

「ただじゃなければいいんだろうか?」

「どういうこと?」

「普通の大学生がバイトをがんばってもせいぜい月に10万円程度だろ?そこでブレッシングソフトが加藤をそれ以上の金額で雇ったら、働いてくれるんじゃないか?」

「またそうやってお金の話をする」

(お金の話をしたのは加藤だよな)

「それ、口に出して言える?」

「心は読まないで・・・」

 

 主題を恋愛・正妻戦争からほんわか日常系へ移すことで争いごとのないみんな優しい世界にしたい。これも昨今の流れだろう。

 

「そこでだな加藤。まずは俺とは仕事上のパートナー、英梨々とは親友という基本のポジションに立ち返ってだな・・・」

「基本?」

「まずは楽しくゲーム作りをしたという延長にブレッシングソフトがあり、大学生になってからも運営を続ける。会社は十分な利益をあげているから、加藤への報酬もしっかりしている。・・・ということにしておけば、加藤がゲーム作りを続ける理由にもなるのでは」

「そんなに儲かっている会社なのかなぁ。ただの同人ソフトを売っただけだよね」

「たかが同人と侮るなかれ、今や売り上げは1000万を超えているところもある。それにコミュケなどの同人会はファンサービスの場で、主戦場はあくまでもネットだ。ネットでダウンロード販売数が稼げれば、あっという間に売り上げの0が1つ増える」

「それ、ご都合主義なんじゃ」

「そこはもう、そういうことにしてだな・・・」

「うーん。要するにわたしに買収されろということだよね?」

「・・・そうなるのかな」

 

※ ※ ※

 

 何度目かの世界が滅びたあと、俺は1つの悟りを得た。人を動かすのは金と熱意である。それで加藤を根気強く説得して押し切る。

 

「というか加藤。もう7月なんだ」

「今年も半分終わったね」

「どう転んでも新しく作るのは無理だ」

「まぁそうだよね」

「なんでこの『英梨々に毎日プロポーズする夏休み』の企画を通してだな・・・」

「どぉぉぉぉ~~~しても、安芸くんは英梨々にプロポーズしたいんだね?」

「・・・そうなのか・・・」

「そこ、ブレちゃだめなんじゃないかな。2年前はあんなにわたしとオセロしたのに」

「それはほら、別の物語だから」

 

 加藤がペラペラとプロットのまとめた企画書をめくっている。

 

「うーん。ここ。スペイン旅行のところ」

「うん?」

「これ、わたしが英梨々と行くから」

「はい!?どうして?」

「安芸くんばかり旅行してずるいから」

「いや、そういう話だし」

「それか、もう夏休みは投稿しなくてもいいんじゃないかな」

「そういうわけにも・・・とりあえず考えてみるけど、加藤が英梨々とスペイン旅行に行きたいってことでいいんだな」

「違うよ。わたしは仕方なく安芸くんに頼まれてスペインまでいくんだよ」

「なんで・・・」

「そういう押し切られるキャラだから」

 

 とりあえず、スペイン編を加藤にすれば企画が通るらしい。後半だし修正は自転車操業的に運営すれば間に合うだろうか。

 

「押し切るキャラついでに加藤、たまにはオセロやらないか?」

「・・・もう、安芸くんとオセロすることもないんじゃないかな」

 

 こうして俺と加藤の関係性はいつのまにかクールダウンして、どこぞのラノベ主人公のように何もしなくてもモテるハーレム主人公になれるはずもなく、つながりをなんとか維持してもらいつつ、今日も土下座で世界を救うのだ

 

(了)



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そりゃ、打ち切りでもしょうがないよね

夏休みの婚約イベントが大きくコケたことを踏まえて。



 夏の暑さも一段落。

 

「ちっ・・・」という舌打ちをする加藤はノートPCに向かってポーカーをしながらイライラしている・・・

「今日はずっと何やってんだ?」

「ネットギャンブル」

「はい!?」

「なんか無駄に10億中東マネーもあるとろくなことしないから、使い切っちゃおうと思って」

「で、ネットギャンブルと・・・?」

「そう。でもね・・・安芸くん・・・ほら」

 

 俺が画面を覗きこむと恐ろしい桁数のチップがある。そしてその数字は12億中東マネーを示してた。

 

「おっ?増えてるな?」

「うん・・・なんかぜんぜん減らないんだけど」

「すげぇ才能だな・・・もう一生分稼いだじゃん」

「こういう泡銭は人生をダメにするからなくしたいんだけど」

「なら、全額寄付すればいいだろ」

「ああ、その手があったね」

 

 加藤がクリックして某国際基金のHPにアクセスしている。それから英文を自動翻訳しつつ、惜しげもなく全額一括でどどんと寄付した。

 

「あのなぁ・・・」

「ふぅ・・・すっきりした」

「・・・」

 

 やれやれ、今年の夏にリリースしたゲームは大いにコケた。クソゲアワードにノミネートすらせず忘れ去られている。大量の赤字こそ泡銭で補填したものの、我がブレッシングソフトは預金残高0円。振りだしに戻っている。

 

「資金はあった方がいいだろ・・・」

「そういう甘えが良い作品から遠ざかっていくんじゃないかな」

「次は冬マーケットか・・・でも、何かアイデアあるのか?」

「ううん。倒産でいいよ」

 

 モチベーションもだいぶ下がっているらしい。それはまぁ仕方なかろう。俺も一緒に溜息をついていると、トントントンと軽快な足音で階段を昇ってくる音がする。

 

 この足音は英梨々だ。

 

バタンッ

 

 勢いよくドアが開いた。派手に登場しないといけない病気にでもかかっているのだろうか?

 

 今日の英梨々は金髪ツインテールに白いリボン。フリルのついた白いワンピースでいつもよりだいぶフェミニンよりのデザインだ。夏らしい爽やかさと品の良さが両立している。

 

「倫也、いい物件みつかったわよ」

「ほう?」

「モルディブの島でね、昔はリゾートホテルがあったらしいのだけど、今は売却に出てて、海岸整備もされているし・・・」

「いくらだ?」

「5億円!お買い得でしょ」

「そうだな・・・さっきまでなら」

「これで式の会場は確保できたわね」

「英梨々。すまんが言わなければならないことがある」

「何よ?あんたまさか5億円ケチろうとしてないわよね?」

「なくなった」

「何が?」

「10億中東マネー」

「はぁ?あんたバカなの?何言ってるの?」

「すまんが連日のネットギャンブルに興じてしまってな・・・倍にするつもりだっただが」

「冗談よね」

「冗談だ」

「もう、ほんとやめてよ。ホテルの改装費の見積もりと、日本からチャーター便の見積もりも出しておいたから」

「用意がいいな」

「大変なのはこれからでしょ」

 

 ・・・英梨々は結婚式をあげるつもりのようだ。

 

 別の話なんだけどな。おかしいな。

 

「あのね、英梨々。ちょっと大事な話しがあるんだけど」

「あら、恵もいたのね」

「うん。ずっと安芸くんの隣に座ってるよね」

「そう、今のうちに座っておきなさいよ」

「ちょっと2人ともここでケンカしないでね!?」

「誰のせいかな?」

「誰のせいよ」

「あっ・・・穏便にどうぞ」

「世界中にはたくさんの不幸な子供がいるの。餓死しそうな子、疫病の予防接種が打てない子、勉強がさせてもらえない子・・・」

「そんなの当たり前じゃない。何もないところでポカスカ子供産めばそうなるわよ。何よ恵、貧困ビジネスにでも目覚めたのかしら?」

「・・・そうじゃないけど。そう思って寄付しておいたから」

「そう。裕福な国に生れた人間はそうやって憐れみを与えて満足得る特権があるわよね。あたしは寄付を募る団体なんて信用しないけど」

「・・・」

「興味があるならスペンサー家でも活動しているから紹介するわよ?」

「ううん。もう気が済んだからいい」

「そう。でね、倫也。次にやっぱり料理にはこだわりたいと思って・・・」

「ちょっと待て英梨々。加藤の話は最期まで聞いてやってくれ」

「何よ?恵はまだ話があるわけ?」

 

 ああ、胃が痛い。俺はこっそりドアを空けて部屋を出ようとした。

 

「安芸くん。ちょっとそこ正座してくれる」

「あっ、はい・・・」

「だからね。英梨々。もうないから」

「何が?」

「10億中東マネー。寄付しておいたから」

「・・・そう」

 

 英梨々がツンと立ったま恵を見下ろしている。

 

ゴゴゴゴゴゴッ

 

 石のオノマトペが英梨々の後ろでエフェクトされている。このデザイン洗練されているな。

 

「そうって、あんまり驚いてねぇな!?」

「で、恵の話はそれでおしまいかしら?」

「・・・うん。まぁ一応」

「じゃ倫也、続きなんだけど、ホテルに行ってみないとわからないけど、食器なんかがそのまま残っていれば流用してもいいと思っているのよね。でもイメージに合わないならヘレンドに発注するか、手作りで作ろうと思っているんだけど」

「ちょっとまて英梨々。予算はどこにある?」

「倫也のアメリカの口座にあるわよね?」

「ああー!」

「何よ大声だして、驚くでしょーが」

「えっ、安芸くん。聞いてないんだけど?」

「言ってないからな・・・」

「秘密はよくないんじゃないかなー。そうー?経済は全部任せるからブレッシングソフトで働いてくれって、わたしの人生に大きく関与しながら嘘ついたんだ?」

「いや、嘘というか・・・ちょっと報告がごにょにょ・・・」

「安芸くん」

「はい」

「アカウントとパスワード」

「いや、あの・・・」

「アカウントとパスワード」

「ちょっと恵。その口座もなくなったら結婚式なくなるでしょ」

「うん?英梨々。結婚は中止っていわなかったけ?」

「言ってないし聞いてないし、あたしは認めないから」

 

 バチバチバチッ

 

 2人の目線の間でスパークしている。2人ともずいぶん器用になったもんだな。

 

「ね?安芸くん」

「え?俺?」

「どういうことよ?倫也?」

「あのいや・・・」

 

 加藤がノートPCにアカウントとパスワードを入力している。ああ、俺の隠し財産が・・・

 

「倫也、止めないのかしら?」

「ちょっと加藤・・・ストップスト~プ」

「そんな蚊の鳴くような声で止まるわけないじゃない」

 

 加藤が容赦なく20億ドルを某自然保護活動サイトに寄付をした。

 

 地球にほんの少しだけ優しくなれたのだろうか・・・?

 

「そう・・・そうなのね倫也・・・」

 

 英梨々が部屋から出て行こうとした。俺は正座した足が痺れて立ち上がろうとして転んだ。

 

「英梨々。ちょっとまってくれるかな?かな?」

「何よ?あたしの結婚を祝えない友人だなんて思わなかったわ」

「別にそんなつもりはこれっぽっちもないのだけど。そんなことよりも・・・」

 

ドーーーン!!

 

 加藤がゆびを大きく英梨々に突き出した。

 

 英梨々はぐるぐると回って空間の中に消えてしまった。

 

「加藤!?」

「安芸くん・・・失敗は失敗として認めて、次に進もうか」

「何が!?」

 

ドーーーーン!!

 

 そして俺もどこかの世界へとまた吹き飛ばされた。薄れゆく意識の中で加藤が囁く。

 

『総ボツだよ』・・・と。

 

 それは少し甲高くて耳に心地いい声だった。

 

(了)

 




というわけで、甘やかしすぎたので、次回からは新スレになります。


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