超一流ヴィランの俺様だが貴様らがどうしてもというならヒーローになってやらんこともない! (阿弥陀乃トンマージ)
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チャプター1
第1話(1)いきなりハメられた件


                  1

 

「ふん……あれが地球か……」

 

 暗い宇宙空間をゆっくりと進む大きな宇宙船が一隻。その船の船長室の壁面一杯をスクリーン代わりにし、そこに映った地球を見た男が呟く。男は手元の端末を手際良く操作する。

 

「……地球、太陽系の第三番惑星。太陽系の誕生とほぼ同時に形成されたとみられ、約46億年が経過。直径1万2756キロメートル。地表の70%が海で覆われていて。大気の成分は窒素が77%、酸素が21%。存在する生命体はおよそ870万種類と推定……」

 

 端末から流れる機械音声を切って、男が再び呟く。

 

「自然破壊が深刻とか言っていたが……あの青さ……そこまででもなさそうだな……」

 

 男は再び手元の端末を操作すると、部屋の床からバスタブがせり出してきた。男は既に全裸である。筋骨隆々というわけではないが、程よく鍛えられた体つきをしている。

 

「温度、38℃。適正温度を維持……」

 

 再び機械音声が流れると、男は満足気に笑みを浮かべる。若干のあどけなさを残してはいるが、非常に端正な男らしい顔つきをしている。笑顔からも伺えるように、大胆不敵な雰囲気を醸し出している。長すぎず、短すぎない黒髪をかき上げながら男はバスタブにその体をゆっくりと浸からせる。体も顔も、地球の人類とほぼ変わりなく見える。

 

「~~♪」

 

 男は頷く。良い湯加減のようだ。壁面には相変わらず地球が大きく映し出されている。

 

「……これから俺様のものとなる星を眺めながらの入浴というのはやはり格別だ……」

 

 男は地球と向かい合うような形で入浴している。

 

「しかし……わざわざ俺様が出張ってくるほどの価値がある星なのか? ここまで接近しているというのに、許しを乞いに通信してくるでもなく、ましてや迎撃しようという動きも見られない……まさか、監視衛星の一つも満足に設置出来ないのか?」

 

 男は呆れ気味に笑い、首を左右に振る。

 

「まさに辺境の蛮族が住む星ではないか。義父上……皇帝陛下は一体何をお考えになって、俺様を派遣されたのか……そうか」

 

 男は納得したように頷く。

 

「ゆっくりと体を休めよという心遣いなのだな、まことにありがたいことだ……」

 

 男はバスタブに背中を付け、部屋の天井を見上げて呟く。

 

「こんな星などさっさと制圧し、陛下の心遣いに甘えさせてもらうとするか……!」

 

 部屋のスライドドアが開き、武装した兵士たちがドカドカと数人入ってくる。

 

「何だ? 報告があるなら通信を使え、俺様がバスタイムを邪魔されるのがなによりも嫌いだというのは知っているだろう?」

 

「……」

 

「なっ⁉」

 

 兵士たちの内の一人が右手をスッと上げると、兵士たちが銃を撃ち始めた。男はすぐさま、バスタブから飛び出し、その陰に身を隠す。

 

「くっ⁉ このっ!」

 

「⁉」

 

 男は自分の倍以上あるバスタブを持ち上げ、兵士たちに向かって投げつける。

 

「どわっ⁉」

 

「な、なんという力……スーツを着ていないというのに⁉」

 

「怯むな!」

 

 バスタブが割れ、お湯が流れ出し、煙がもくもくと上がるなか、男は自らの執務机の上に雑に脱ぎ捨ててあった黒いスーツを手に取る。

 

「スーツを着用させるな! 撃て!」

 

「ちぃっ!」

 

 一瞬の混乱から平静を取り戻した兵士たちは射撃を再開する。男はスーツを持ったまま、裸で部屋を飛び出す。

 

「追え、追え!」

 

「な、なんだというのだ! はっ⁉」

 

 通路を素っ裸で走る男は、自らの副官を務める者が立っているのを確認する。

 

「アマザ! 反乱だ! 即刻鎮圧せよ!」

 

「……」

 

 タコのような顔の、男とは違った種族と思われる、アマザと呼ばれた者は沈黙している。

 

「何を黙っている⁉」

 

「ジンライ様……漆黒のパワードスーツに身を包み、幾つもの宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた……若くして銀河にその名を轟かす、超一流のヴィラン……」

 

「なんだ⁉ 急に褒めそやしても給料アップくらいしかしてやれんぞ!」

 

「きゅ、給料アップ……?」

 

 アマザはごくりと唾を飲み込む。

 

「反乱を鎮圧しろ! 俺様に銃を向けるということは皇帝陛下に対する反逆と同じだ!」

 

「……残念ながら、皇帝陛下には違った形で御報告を奏上いたします」

 

「何⁉」

 

「『ジンライ様は辺境の星で蛮族の奇襲を受け、名誉の戦死を遂げられた』と……」

 

「なっ⁉ ⁉」

 

 ジンライと呼ばれた男は信じられないという表情を浮かべる。すると、通路の前後に兵士たちが詰めかけ、銃を構える。アマザは後方に下がると、兵士たちに告げる。

 

「撃て……」

 

「くそ!」

 

 ジンライは通路の壁の汚れた部分をドンと叩く。すると壁が横にスライドし、ジンライはその中に飛び込む。アマザは驚く。

 

「な、何⁉ あ、あれは予備の緊急脱出用ポッド! 闇雲に逃げているだけかと思ったら、しっかりと把握していたのか! 全く小賢しい奴め!」

 

 壁が元に戻る。兵士たちが壁に向かって銃撃をくわえる。ポッドに立てこもったジンライは舌打ちしながら、考えをまとめる。

 

(ちっ! 艦内は全て敵! こんな辺境への任務、おかしいと思っていたが、始めから仕組まれていたのだ! 恐らく、俺様の地位を妬んだ者の企みだろう! 誰の仕業だ……だ、駄目だ! 心当たりがあり過ぎる! ⁉)

 

 ポッドのドアに穴が開きそうになる。このままでは蜂の巣である。

 

(スーツを着用すれば! こんな雑魚どもなど! ……ど、どうした⁉ スーツが着用出来ん! こんな時に故障か⁉)

 

 銃撃は続く。ジンライはポッドを起動させ、宇宙船から切り離す。

 

(太陽系の端まで逃げれば、あいつの乗る船も航行しているはず! そこで体勢を立て直し、反逆者どもを一気に始末してやる! 見ておれよ!)

 

 ジンライはモニターを確認するが首を捻る。

 

「きゅ、旧式過ぎて、詳しい操作が分からん! 航路の設定はどうするのだ⁉ これか⁉」

 

「……」

 

「くっ、なにか反応しろ!」

 

「……反応を感知」

 

 機械音声が流れる。ジンライは笑みを浮かべる。

 

「音声認識か⁉ よ、よし! 航路を伝える!」

 

「強いエネルギー反応を感知。そこまでフルスピードで向かいます……」

 

「はっ⁉ な、なにを勝手に決めている! どわっ⁉」

 

 ポッドが急に速度を上げて動き始める。

 

「航行速度、さらに上昇可能……」

 

「ど、どこに向かうつもりだ⁉」

 

「北緯41度、東経140度……」

 

「ど、どこの座標だ⁉」

 

「地球、日本国北海道函館市……」

 

「はあっ⁉ 地球だと⁉」

 

 そこから僅かな時間でポッドは地球に降り立った。ほとんど墜落に近い形であったが。落下の衝撃でジンライはポッドから投げ出された。

 

「ぐっ……こ、ここは?」

 

 ジンライが立ち上がって顔を上げると、そこには裸の女性が立っていた。女性が叫ぶ。

 

「きゃ、きゃあああ⁉ 痴漢!」

 

「どおっ⁉」

 

 ジンライは頬を思いっ切りビンタされ、気を失って倒れ込んだ。



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第1話(2)ちゃぶ台を囲む超一流ヴィラン

「ん……」

 

「お、気が付いたかね」

 

「?」

 

「ちょうどご飯も出来た、食卓を囲もうじゃないか」

 

「……」

 

 ジンライは警戒しながら、ゆっくりと立ち上がって、隣接する部屋に移る。白髪で豊かな髭を蓄え、よれよれの白衣を着た穏やかそうな初老の男性と、黒髪ロングで眼鏡を掛けた女の子が丸い木製のテーブルを囲んでいる。その様子を眺めながら、ジンライは自分が素っ裸でないということに気が付き、身に付けている衣服をつまんで引っ張る。

 

「ああ、その黒いのはジャージだ、僕のお古だけどね。あ、下着は新品だよ」

 

「なんで、私がそれを買いに行かなきゃいけないのよ……」

 

 女の子は不満そうに呟く。ジンライはテーブルの上に並んだ料理を見て考える。

 

(衣服もきちんと着用し、食料もしっかりと調理し、食器に盛っている……文明・文化のレベルは思ったよりも蛮族ではなさそうだな……)

 

「? どうした、座ったらどうだい」

 

「……」

 

 ジンライは二人の間にドカッと腰を下ろす。料理をじっと見つめる。

 

「さあ食べよう、いただきます」

 

「いただきます……」

 

 二人は料理を食べ始める。ジンライは目を細める。

 

(毒でも盛っているかと思ったが、そうでもないようだな……しかし、俺様を拘束もしないとは……こいつらの狙いが分からん……!)

 

 ぐうっとジンライの腹の虫が大きく鳴る。男性が笑う。

 

「はははっ、そういうものは万国、いや、万星共通かな? 遠慮しないで食べなさい」

 

「ふん……」

 

 ジンライは二人の見よう見まねながら、箸を器用に扱い、料理を口に運ぶ。

 

(毒ならばジョミール星人の件で多少ではあるが耐性がある……今は栄養を補給し、頭を働かすべきときだ……ん?)

 

「旨いな……」

 

「そりゃあそうでしょ、私が作ったんだから」

 

 ジンライの言葉に女の子が胸を張る。

 

「どんどん食べなさい、君には色々と聞きたいことがあるからね」

 

「って、おじいちゃん、本当にこいつを警察に突き出さないの?」

 

「? 彼は何も悪いことはしてないだろう?」

 

「思いっ切りお風呂を覗かれたわよ!」

 

「あれは事故みたいなものだろう」

 

「みたいなじゃなくて事故! 家が壊れたのよ⁉ 尚更警察沙汰でしょう!」

 

 ジンライは二人のやりとりを聞きながら考える。

 

(警察機構は存在するのか……ならば何故に通報しない? 個人的に尋問する気か? しかし、料理に毒やしびれ薬の類は入っていないようだが……俺様が暴れたらどうするつもりだ? さらに奇妙なことだが……)

 

 ジンライは顎に手をやる。

 

(何故にこいつらの話していることが分かるのだ? 言語に関しては幼少期から睡眠学習でありとあらゆる言語を叩き込まれているが、地球の言葉など学んだ覚えが無い……)

 

「まあ、とにかく食べよう、君も……も、もう食べたのか、早いね……」

 

「……なかなかの味であった。貴様、良い腕をしているな」

 

「き、貴様って……上から目線なのが気に食わないけど……どうも」

 

 女の子は軽く頭を下げる。食事を終えた男性がジンライに問いかける。

 

「……では少し良いかな?」

 

「……これは尋問ということか?」

 

「い、いやいやそんなに大げさなものじゃないよ。お話をしようということだよ」

 

「黙秘権を行使しても構わんのだな?」

 

「ま、まあ、答えたくないなら無理に答えなくても良いよ」

 

「そうか……」

 

「まず君の名前は?」

 

「……」

 

「いきなり黙秘⁉」

 

 女の子が驚く。男性は笑いながら後頭部を掻く。

 

「ああ、まずこちらから名乗るのが礼儀だったね。僕は疾風大二郎(はやてだいじろう)。科学者をやっている」

 

「科学者……」

 

「冴えない三流だけどね」

 

「だろうな、その服を見れば大方の察しはつく」

 

「ちょっと! おじいちゃんは超一流よ!」

 

 女の子が机に両手を突いて怒る。大二郎はそれを落ち着かせる。

 

「まあまあ、こちらは孫娘の疾風舞(はやてまい)。高校2年生だ」

 

「ふん……」

 

「な、なによ……」

 

 ジンライは舞をあらためて見つめて呟く。

 

「結構な美人だな」

 

「なっ⁉ ほ、褒めても何も出ないわよ!」

 

「そんなつもりではない。本心で言っている」

 

 ジンライは舞から顔を逸らさずに告げる。目鼻立ちのくっきりとしたルックスである。意志の強そうな眼差しがジンライの印象に残った。

 

「はははっ、祖父の僕が言うのもなんだけど、それは同感だ。僕や息子に似なくて良かったよ。話によると、高校でも相当モテているみたいだからね」

 

「お、おじいちゃん! い、今はそんな話は良いでしょ!」

 

「うむ……それでは君の名前を教えてくれるかな?」

 

 ジンライはおもむろに立ち上がって叫ぶ。

 

「漆黒のパワードスーツに身を包み、幾つもの堅固な宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた、ドイタール帝国第十三艦隊特殊独立部隊部隊長、『超一流のヴィラン』、ジンライとは俺様のことだ!」

 

「「……」」

 

「な、なんだ、その薄いリアクションは⁉」

 

「アンタ、私と同い年くらいでしょう? いい加減そういうの卒業したら? もうそろそろ皆、今後の進路について考える年頃なのよ?」

 

「なっ……貴様、まさか信じていないのか⁉」

 

「ジャージ姿の奴がなんたら帝国の特殊部隊長って言ってもねえ……」

 

「こ、これは貴様らが勝手に着せたのだろうが!」

 

「まあまあ、落ち着いてジンライ君。僕は信じるよ。だから座って」

 

「ふ、ふん、孫娘と違って多少は賢明だな、流石年寄りだ」

 

「年寄りって言うな!」

 

「年寄りは年寄りだろう!」

 

「ええと、勝手ながら君の乗ってきたポッドを解析させてもらっているのだけど……」

 

「解析? 出来るのか?」

 

「ある程度だけどね……君が宇宙から来たというのはあのポッドを見てもよく分かる」

 

「……」

 

「なによ、いきなり黙り込んで」

 

「……例えばだが、あれを修理することは出来るか?」

 

「修理か……それならもっと詳しく解析させてもらえるかな?」

 

「構わん、好きにしろ」

 

「ありがとう! いやあ、未知の技術に触れるなんて、科学者冥利に尽きるよ!」

 

 大二郎の答えにジンライはフッと笑う。

 

(宇宙は広いが科学者というのはどこも同じだな……精々利用させてもらおう)

 

「そうと決まったら、研究室に行ってくるよ!」

 

「ちょ、ちょっとおじいちゃん! コイツはどうするのよ⁉」

 

「舞、耳を貸して……」

 

 大二郎は舞に耳打ちする。

 

「……⁉ まさか、そんな⁉」

 

「まだ予想にしか過ぎないけどね、じゃあ、そこんとこよろしく」

 

「ちょ、ちょっと……しょうがないわね」

 

「?」

 

「え、えっと、ジンライだっけ?」

 

「よ、呼び捨て⁉ 銀河に名を知られた俺様を……!」

 

「ああ、そういうのいいからいいから。ちょっと食後の散歩でもしましょう」

 

 ジンライと舞は家の外に出る。ジンライは訝しむ。

 

(外に出して、もし俺様が逃げ出したらどうするつもりなのだ……?)

 

「あのポッド?が直らないとアンタも困るんでしょ? だから逃げたりはしないはず」

 

「なっ⁉ き、貴様、心が読める種族か⁉」

 

「大体考えそうなことくらい分かるっつーの」

 

「むっ……」

 

「まあ、さっさと逃げて欲しいくらいだけどね……これ以上面倒事が増えるのは御免だわ」

 

 舞は庭先の妙な箱に腰掛け、ため息交じりで呟く。

 

「面倒事?」

 

「色々あんのよ……」

 

 ジンライはあらためて家屋を見る。大きな看板が目に入る。

 

「『NSP研究所』? とても研究施設のようには見えないが……」

 

「土地を新たに用意するお金が無いの……だからこその自宅兼研究所」

 

 舞の答えにジンライは鼻で笑う。

 

「ふん、大した研究ではないということか」

 

「そんなこと無いわ!」

 

 舞は立ち上がって叫ぶ。ジンライが戸惑う。

 

「な、なんだ……」

 

「おじいちゃんの行っている研究はこの地球の未来を左右するほど重要なものよ!」

 

「とてもそうは思えんが……⁉」

 

 突如爆音が響く。ジンライは気配を察し、そちらに目をやると、虹色の派手なタイツに身を包んだ者たちが庭先に飛び込んでくる。

 

「来たわね!」

 

「な、なんだコイツらは⁉」

 

「世界征服を目論む悪の秘密結社『レポルー』の戦闘員たちよ! NSPを狙っていつも庭先で好き勝手に暴れ回るの! もう日常茶飯事よ!」

 

「日常的に秘密結社が庭先に来るのか⁉」

 

 ジンライは驚く。



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第1話(3)コードネーム決定

「かかれ!」

 

 派手なタイツ姿の連中は無駄に前転や側転をしながら、舞を包囲しようとする。

 

「囲んで一気に無力化しろ!」

 

「そんなことさせないわよ!」

 

「ぐほぁ!」

 

「のわっ!」

 

 戦闘員たちは舞の蹴りを喰らい、あっさりとその陣形を崩してしまう。

 

「俺様に喰らわしたビンタといい、なかなか筋が良いな。何か格闘技でも?」

 

 感心したジンライの問いに舞は首を振る。

 

「特にやっていないわ……護身用空手を少々……通信教育で1ヶ月ほど……」

 

「そ、それだけでそこまでのレベルに達するのか⁉」

 

「こんなのがほぼ毎日やってくるわけだからね、嫌でもレベルは上がるわ……」

 

「そ、そういうものなのか……」

 

「くそっ、またあの女か!」

 

「しかし、今回は結構良い線行っていたんじゃないか?」

 

「どこがだ! 文字通り蹴散らされていただろうが!」

 

 ジンライは思わず相手のダメ出しをしてしまった。

 

「くっ、ならばお前の出番だ! やってしまえ!」

 

 戦闘員の一人が呼ぶと、大柄な戦闘員が姿を現す。

 

「多少ガタイが良いくらいで!」

 

 舞が素早く飛び蹴りを繰り出す。

 

「ふん!」

 

「なっ⁉ 受け止めた⁉」

 

「むん!」

 

「きゃあっ⁉」

 

 大柄な戦闘員は舞の脚を掴んで投げつける。舞は地面に叩き付けられる。

 

「よしっ! その調子でやっちまえ!」

 

「ぐっ……」

 

「うおおっ! ⁉」

 

「ア、アンタ……?」

 

 大柄な戦闘員が舞にパンチを繰り出すが、その拳をジンライが片手で受け止めてみせる。

 

「飯の借りがあるからな……」

 

「ぬっ……」

 

「ば、馬鹿な、あんな細身で、しかも片手で受け止めただと⁉」

 

「貴様らなんぞとは……鍛え方が違う!」

 

「どわっ⁉」

 

 ジンライは大柄な戦闘員を投げ飛ばす。舞が驚く。

 

「そ、そのパワー……アンタ、もしかしてホントに宇宙から来たの?」

 

「ま、まだ信じていなかったのか⁉」

 

 舞とジンライが言い合っているのを見ながら戦闘員たちが動揺する。

 

「そ、そんな!」

 

「ひ、怯むな! おい、お前ら、今度は一斉にかかれ!」

 

「おおっ!」

 

 大柄な戦闘員が複数、ジンライに襲いかかる。パンチやキックをそれぞれ片手で受け止めるが、がら空きになったボディをもう一人の戦闘員に殴られる。

 

「ぐぬっ! おのれ!」

 

 ジンライはすかさず前蹴りを繰り出して、大柄な戦闘員を一人蹴り倒し、少し後退して、腹部を抑えながら膝をつく。舞が声をかける。

 

「だ、大丈夫⁉」

 

「生身での戦闘は久々だからな……まともに喰らってしまった」

 

「下がっていて! 後は私がやるわ!」

 

「いや、貴様の手に負える相手では……⁉」

 

 振り返ったジンライは驚いた。庭に転がっていた妙な箱が二階建ての家ほどの体長の大きさを持つロボットになり、その中心に舞が乗り込んだのである。

 

「こいつのパワーなら対抗できるわ!」

 

「搭乗型のロボットスーツ……まさか、大二郎が開発したものか?」

 

「そうよ! ええい!」

 

「どはっ!」

 

 大柄な戦闘員二人が舞の操縦するロボットの攻撃を受け、吹っ飛ばされる。

 

「大柄な戦闘員カルテットがやられた!」

 

「ど、どうする⁉ 撤退するか⁉」

 

 戦闘員たちは再び慌てふためく。

 

「慌てるニャ……」

 

「はっ⁉ 怪人ネコまんま様!」

 

 戦闘員たちが敬礼する。ネコの顔をした人型の怪人が後方から姿を現す。

 

「なんだ……?」

 

 ジンライは怪訝な顔を浮かべる。舞が叫ぶ。

 

「秘密結社レポルーは世界征服を目論む悪の秘密結社なの!」

 

「それはもう聞いた」

 

「高い科学力を持っていて、動植物などの能力を移植した、人間離れした力を持ったサイボーグ怪人を多数開発しているのよ! 遂に出てきたわね!」

 

「ほう、サイボーグか……ただの蛮族と思っていたが、なかなか侮れんようだな」

 

「なんか聞き捨てならないけど、まあ良いわ、下がっていて!」

 

 舞がロボットを前進させ、怪人に向けて鋭いパンチを繰り出す。

 

「! ふっふっふ……動きが遅いニャ……」

 

 怪人はロボットの後方に回り込んでいた。

 

「くっ! はっ⁉」

 

 舞はロボットを急いで振り向かせようとしたが、手足の部分が切断され、バランスを崩して倒れ込み、舞の体は投げ出される。怪人は爪をかざして笑う。

 

「ふっ、子供の遊びは終わりニャ……!」

 

「⁉」

 

 怪人が舞を爪で引き裂こうとしたが、間に割って入ったジンライが止める。

 

「ジ、ジンライ……」

 

「ほう、このスピードについてこられるとは……人間にしてはやるニャ……」

 

「人間かどうかは知らんが……!」

 

「おっと!」

 

 ジンライは怪人の腕をはねのけ、蹴りを繰り出すが、怪人は後方に跳んで躱す。

 

「……サイボーグが相手となると、生身では分が悪いな……いつものスーツが無いと……」

 

 ジンライが苦々しげに呟くと、間の抜けた声がする。

 

「ジンライ君~スーツを持ってきたよ~」

 

 大二郎が折り畳んだスーツを持って、とてとてと現れた。

 

「! 気が利くな!」

 

 ジンライは大二郎の元に駆け寄り、漆黒のスーツを手に取った。

 

「あ、それは……」

 

「まさか、直したのか⁉」

 

「えっと……」

 

「プットオン!」

 

 ジンライがスイッチを押すと、スーツが伸びて、ジンライの身体を包み込む。顔の部分もマスクで覆われ、目の部分だけ、透明なバイザーとなっている。

 

「お、おお……」

 

「着用完了! 直っているな、褒めてやるぞ、大二郎!」

 

「ええっと、ジンライ君……」

 

「なんだ?」

 

「良いニュースと悪いニュースがあるのだけど……」

 

 大二郎が言い辛そうに鼻の頭をこする。ジンライが苦笑する。

 

「その手の言い回し、この星にもあるのだな。まあいい、戦いながら聞こう!」

 

「あっ……」

 

 ジンライが怪人に飛び掛かる。

 

「良いニュースとはこのスーツが直ったことだろう!」

 

「い、いや! むしろ悪いニュースというか……」

 

「何⁉ ぐはっ⁉」

 

 ジンライの攻撃はあっさりと躱され、反撃を喰らい、倒れ込む。

 

「そのスーツ、どうやらこの星ではその能力を十分に発揮出来ないみたいなんだよね……」

 

「そ、それを早く言え!」

 

「ちょっと驚いたのが馬鹿みたいニャ……!」

 

「どわっ!」

 

 怪人が爪を勢いよく振り下ろす。ジンライはころころ転がってその攻撃を躱し、大二郎の足下まで転がる。大二郎が笑みを浮かべる。

 

「実質生身なのに、凄い反応速度だね……」

 

「呑気に感心している場合か!」

 

 ジンライは立ち上がって、大二郎に詰め寄る。

 

「ま、まあ、落ち着いて! 良いニュースを聞いてくれ! これを……」

 

 大二郎は折り畳んだ黄色いスーツを手渡す。受け取ったジンライは首を傾げる。

 

「……なんだこれは?」

 

「僕の自信作だ、騙されたと思って、これを着用して欲しい!」

 

「騙されては困るのだが……」

 

「出たニャ! 疾風大二郎!」

 

 怪人が飛び掛かってくる。

 

「くっ! スイッチは……これか!」

 

「ニャ⁉」

 

 煙が巻き上がり怪人が吹き飛ばされる。そこには黄色いスーツに身を包み、黄色いマスクを被ったジンライが立っていた。ジンライは自分の手をマジマジと見つめる。

 

「同系統のパワードスーツかと思ったが、なんだこの湧き上がるパワーは……」

 

「そのスーツはNSPから生成したものだ! かなりのポテンシャルを秘めているはず!」

 

「NSPから……」

 

「勝手ながらコードネームを決めたのだけど聞いてもらって良いかな!」

 

「勝手だな!」

 

「これなんかどうかな……」

 

 大二郎はジンライに近づき、小声で囁く。ジンライはため息をつく。

 

「まあ、製作者の意見を採用してやろう……離れていろ」

 

「話が分かるね!」

 

「コードネーム、疾風迅雷(しっぷうじんらい)、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 ジンライは派手にポーズを取る。民家の庭先で。



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第1話(4)疾風迅雷、参上

「む、疾風迅雷だと……? ふん、我が組織が開発したのニャらばともかく、民間の一企業で……すらない一個人が造ったパワードスーツなどたかが知れているニャ」

 

 怪人ネコまんまが笑みを浮かべる。ジンライが呟く。

 

「試してみるか?」

 

「ふん、威勢は結構だが!」

 

 怪人の方が先に仕掛ける。

 

「ふっ!」

 

「ニャ⁉ スピードについてきただと……ならば!」

 

「ほっ!」

 

「攻撃をはねのけた……まさかスピードもパワーも我々を上回るということニャのか⁉」

 

「そういうことだ! 降参するなら今の内だぞ!」

 

「ニャに⁉」

 

「い、いや、俺様はなにも言っていないぞ、後ろのアイツだ」

 

 ジンライが後ろで叫ぶ大二郎を指し示す。怪人が忌々し気に呟く。

 

「疾風大二郎め……NSPの詳細さえ分かれば、さっさと始末するものを……」

 

「……貴様らの組織はNSPを狙っているのか?」

 

「そうニャ! それ以外にニャにがある!」

 

「そうか。ならば、ここで貴様を倒す!」

 

「! お前はニャにものだ? ここには二人しかいニャいと、報告があったはずだが……」

 

「……これから消え行くものに教えても無駄だろう」

 

「~~!」

 

「ぐっ!」

 

 怪人の爪が疾風迅雷の頬の辺りを掠める。

 

「ふっ、これからは本気でいくニャ……」

 

「ふん、今のが本気か? たかが知れているな……」

 

「そうやって虚勢を張るのも今の内ニャ!」

 

(このスーツに慣れていないのは確かだ……そもそもどんな性能を備えているのだ……?)

 

「ジンライ君! その疾風迅雷の性能について解説しよう!」

 

「⁉」

 

 ジンライが振り返ると、メガホンを片手に叫ぶ大二郎の姿があった。

 

「その疾風迅雷にはいくつかのフォームがある! 戦い方や相手に合わせてフォームを使い分けて戦うことが出来る、柔軟な戦法をとれる画期的なパワードスーツなんだ!」

 

「そのフォームとやらはどうやって使い分けることが出来るんだ⁉」

 

「ええっと……NSPからのエネルギー供給などがまだ不十分……なおかつ、その活用方法が今一つ確立出来ていない為、フォームはいずれも未実装なんだ!」

 

「はぁっ⁉」

 

「だから、その通常の……『ノーマルフォーム』で頑張ってくれ!」

 

「お、おじいちゃん! スーツ内にだけ通じるマイクとかは無いの⁉」

 

「え、あ、もちろんあるよ」

 

「あるの⁉ なんでそれを使わないで、わざわざメガホンを……相手に筒抜けよ!」

 

「つ、つい、興奮してしまって……」

 

「手の内がすっかりバレちゃったじゃない!」

 

 大二郎と舞のやりとりを背中で聞きながら、ジンライは拳を握る。怪人は笑う。

 

「ふふふっ、どうやら準備不足なようだニャ。運が悪かったニャ」

 

「……勘違いするなよ、貴様ごときを倒すのに小細工など必要ないということだ」

 

「……ニャま意気ニャ!」

 

「ふん!」

 

「躱した⁉ ふニャ⁉」

 

 攻撃を避けたと同時に疾風迅雷がキックを放ち、喰らった怪人は後方に吹っ飛ぶ。

 

「要領は分かってきた……」

 

「くっ! お、お前ら! 突っ立てないで援護するニャ!」

 

「は、はっ!」

 

 怪人の指示を受けた戦闘員たちが疾風迅雷の前方に立ち塞がる。大二郎が小声で囁く。

 

「ジンライ君……バイザー内に表示されていると思うけど、ノーマルフォームには二つのモードがある。上のモードを選択してくれ。操作は要らない。脳内で意志を持つだけで良い」

 

 マスク内に聞こえる大二郎の声にジンライが答える。

 

「……選んだぞ」

 

「それで戦ってみてくれ」

 

「うむ……おおっ、体が一段と軽い!」

 

「どわあっ!」

 

 疾風迅雷は群がる戦闘員を一蹴する。

 

「それが一度に多人数の相手と戦う時に便利な『疾風』モードだ!」

 

「スピードに特化したモードか。つまり、もう一つのモードが……」

 

「うニャっ⁉」

 

 疾風迅雷はあっという間に怪人との間合いを詰め、怪人の頭部にかかと落としを見舞った。怪人は両手でガードしようとしたが、そのガードごと破壊した。ジンライが呟く。

 

「……パワーに特化したモードということだな」

 

「そう、一撃必殺の大技を繰り出せる『迅雷』モードだ!」

 

「お、おのれ……」

 

「! 爆発するつもりか!」

 

「……」

 

 怪人は庭を出て、よろよろと周りになにもない広場に向かい、そこで爆発した。

 

「な、なんだ……? わざわざ遠ざかってくれるとは……」

 

「ネコまんま様がやられた!」

 

「コアは回収した! 偶然飛んできたんだけど!」

 

「でかした! よし、撤退するぞ! お、覚えていろ! 疾風迅雷!」

 

 戦闘員たちは何やらわめき散らしながら撤退していった。

 

「なんだったんだ、アイツら……」

 

 ジンライはスーツを脱ぐ。

 

「ありがとう、ジンライ君! 君のお陰で助かったよ!」

 

「……一応、お礼を言っておくわ……あ、ありがとう」

 

 大二郎は満面の笑みで、舞は照れ臭そうにジンライにお礼を言った。

 

「……成り行き上、こうなっただけだ」

 

「また勝手な申し出だけど、今後も疾風迅雷として、この研究所とこの地域、いやこの国、いいや、この地球を守ってくれないか!」

 

「勝手過ぎるな……一宿一飯の恩でそこまでする義理はない……他の奴に頼め」

 

「そのパワードスーツに適応するのは、この星では君くらいしかいないのだよ!」

 

「それは大変だな、だが俺様には関係が無いし、メリットが無い」

 

「しかし、君には行くあてが無いだろう⁉」

 

「行くあてならある……このようなスーツを製造出来るのなら、ポッドも修理出来るだろう? それに乗って、さっさと帝国領に戻るだけだ」

 

「見たところそこまでの超長距離航行は出来ないようだけど……」

 

「太陽系を出れば、信頼出来る味方の船がある。そこまで保てば良い」

 

 大二郎の問いにジンライが淡々と答える。

 

「う~ん、そうか、それなのだけど……」

 

「? どうした、直せないのか?」

 

「えっと……」

 

 口ごもる大二郎の脇から小さなロボットが飛び出し、ジンライの肩に飛び乗った。銀色の球形をしていて、目と口がついており、手と足が伸びている。ジンライは驚く。

 

「な、なんだ、こいつは⁉」

 

「ドーモ、ジンライサマ」

 

「しゃ、喋ったわ!」

 

「えっと、修理出来なくも無かったのだけど、科学者としての欲求が爆発してしまって……小型ロボット、『ドッポくん』に改造してしまったのだよ……」

 

「アラタメテヨロシクオネガイシマス、ジンライサマ」

 

「な、何を勝手なことをしているんだ、貴様は⁉」

 

「短時間でこんなものを造るなんて……やっぱりおじいちゃんは超一流ね!」

 

「感心している場合か!」

 

 目をキラキラさせる舞に対し、ジンライは声を上げる。舞はジンライに告げる。

 

「……残念ながら、今のアンタには帰る手段が無い……それまで力を貸してくれない? 『ヒーロー』として」

 

「むう……」

 

 ジンライは舞を見る。気付かなかったが、わりとふくよかなボディラインである。

 

「な、なによ、ジロジロ見て……?」

 

「女だけに戦わせるのも男として気が引ける……力を貸してやろう」

 

「カッコ良さげなこと言っているけど、今、違うことで判断しなかった⁉」

 

「だが、大二郎、もう一つ条件がある……NSPのことを教えろ」

 

「! ふむ、そうくるか……まあいいだろう、ついてきなさい」

 

 大二郎は地下にある研究室にジンライを案内した。部屋の中心に大きな石が置いてある。

 

「これは……鉱石か?」

 

「そう、ただ特殊なエネルギー波を発している鉱石でね……このエネルギーを上手く活用すれば、この星のあらゆる問題が解決し、また科学分野の成長・拡大に繋がると見られている。一人の平凡な科学者に過ぎない僕が偶然発見し、NSPと名付けたってわけだ」

 

「すごい偶然だな……」

 

「本当だよ、ネットオークションで、綺麗な石だなと思って購入しただけなのだけど……」

 

「偶然ってレベルじゃないだろう! もはや奇跡だ、そこまでくると!」

 

「そうだね、まさに奇跡だ……」

 

 呑気に呟く大二郎をよそにジンライが考えを巡らす。

 

(そうか、このエネルギーを入手するのが、帝国の狙いだったのか……辺境に派遣された意味がようやく理解出来た。恐らく俺様をハメた連中もやってくるだろう。そこを返り討ちにして、なおかつこのエネルギーを手土産にすれば一石二鳥ではないか……ふっふっふ……)

 

「薄気味悪い笑いを浮かべているところ悪いんだけど……ヒーロー、なってくれるの?」

 

「……まあ、どうしてもというなら、なってやらんこともない」

 

 ジンライの答えに舞の顔が明るくなる。

 

「良かった~流石にそろそろヤバいと思っていたのよ~」

 

「? 確かにあのサイボーグはなかなかだったが、総じて間の抜けた連中だっただろう? そこまで脅威に感じることか?」

 

「いや、それが他にもいるのよ、NSPを狙う連中は」

 

「……なんだと?」

 

「えっと……巨大怪獣を操る軍団でしょ? 異次元からの侵略者に魔界の住人、未来から来たとかいう奴らに古代文明人……現在確認出来ているだけでも、5つ6つの勢力がこの研究所を虎視眈々と狙っているわ」

 

「ず、随分と大人気だな⁉」

 

 ジンライは驚愕した。



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第2話(1)ちゃぶ台で朝食を

                  2

 

「ちょっと、そろそろ起きなさいよ!」

 

「うん……?」

 

「遅れるわよ!」

 

「な、なんだというのだ……ん?」

 

 寝ぼけ眼のジンライが手を伸ばすと、何やら柔らかい感触があった。

 

「ど、どさくさまぎれにどこを触ってんのよ!」

 

「どわっ!」

 

 強烈なビンタを喰らい、ジンライはベッドから落ちて、目が覚めた。

 

「い、いきなり何をする⁉」

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

 顔を赤らめながら舞が叫ぶ。

 

「本当になんだというのだ……」

 

「ほら、早く着替えて出かけるわよ!」

 

「着替える? 何に?」

 

「制服によ」

 

「制服?」

 

「そうよ、今日からアンタは私と同じ学校に通うんだから」

 

「はあっ⁉ 学校⁉」

 

「昨日、おじいちゃんからも説明あったでしょ。覚えてないの?」

 

「そんなこと言っていたような気もするが……」

 

「着替えたら下りてきなさいよ。まだ朝食を食べる時間くらいならあるから」

 

 舞は階段を下りていく。ジンライは周囲を見回してため息をこぼす。

 

「超一流のヴィランが屋根裏部屋暮らしとはな……」

 

「ゴウニイッテハゴウニシタガエ……」

 

 ドッポが枕元で呟く。ベッドに座って、ジンライが尋ねる。

 

「なんだ? この星のことわざか、どういう意味だ?」

 

「ルールニシタガエクソヤロウ」

 

「後半部分に悪意を感じたのだが」

 

「ソレハタブンキノセイデス、ジンライサマ」

 

「まあいい……これが制服か……サイズが合っているな」

 

 制服に着替えたジンライがリビングに下りる。

 

「おはよう、ジンライ君」

 

「ああ……」

 

 大二郎の挨拶にジンライはぼんやりと答える。

 

「着替えたわね。順序が逆だけど、洗面所で顔を洗ってきなさいよ」

 

「注文が多いな……」

 

 ジンライはぶつぶつと文句を言いながらも洗面所で顔を洗い、リビングに戻る。

 

「昨日はよく眠れたかい?」

 

「屋根裏部屋という極上のスイートルームを提供してくださったからな」

 

「しょうがないでしょ、客間はほとんど物置みたいになっているし、そこに布団をしくのもね~。それに布団よりベッド派かなと思ったんだから」

 

 ジンライの皮肉を舞はさらりと受け流す。

 

「む……」

 

「まあ朝ご飯でも食べて機嫌を直して頂戴」

 

 舞がちゃぶ台に朝ご飯を並べる。大二郎が喜ぶ。

 

「やっぱり舞が担当の日は良いね、人間らしい食事が出来る」

 

「……おじいちゃんも目玉焼きの作り方くらいはいい加減覚えてね。ゼリー飲料並べて、はいどうぞ、っていうのは料理とは言わないのよ」

 

「効率は良いのかなって思うのだけど……」

 

「効率よりも大事なことがこの人間社会にはあるのよ」

 

「肝に銘じます……」

 

 大二郎が首を竦める。舞がジンライの手に目を止める。

 

「ジンライ、アンタ、箸の使い方上手よね。どこで覚えたの?」

 

「ん? 貴様らの見よう見まねだが……」

 

「それにしては上手すぎるわ」

 

「……我が帝国領にも箸はある」

 

「え、あるの⁉」

 

「そんなに驚くことか? そういうことだってあるだろう」

 

「マイサマ、フシギナグウゼンモアルモノデスネ」

 

「そ、そうね、ドッポ……」

 

「生命体の考えることなどどこも大差ないということだ」

 

 ワイワイとしながら三人と一体は朝食を終えた。

 

「忘れ物はないかい?」

 

「ええ、じゃあ、行ってきます」

 

「二人とも気をつけてね」

 

 二人とドッポは家を出た。ドッポを肩に乗せて歩きながらジンライはぼやく。

 

「まさか学校へ行くことになるとは……」

 

「年齢は私とほぼ同じでしょ? 近所の目もあるし、学校に通った方が自然よ」

 

「その近所が無いのだが……」

 

 ジンライは立ち止まって周囲を見回す。疾風宅の周辺には見渡す限り空地が広がっており、建物らしい建物はほとんどない。

 

「いや、これは……」

 

「あれか、貴様らだけ終末を免れたのか?」

 

「違うわよ! 立ち退いてもらったのよ」

 

「? 何故?」

 

「安全確保の為よ、NSPという未知のエネルギーを扱うわけだし、色々と危険な実験も行うし……実際、怪人が派手に爆発したしね」

 

「この空地一帯は居住区だったわけか、それにしてもよく立ち退かせられたな」

 

「NSPを発見したことで国やら色んなところから多額の助成金が下りたのよ」

 

「なるほど、金の力にものを言わせたのか」

 

「言い方! まあ、概ね事実だけど……おかげですっかり金欠状態だけどね……」

 

 舞が苦笑を浮かべる。

 

「お前らが別の場所に研究所を構えればもっと費用が安く済んだのではないか?」

 

「!」

 

 舞が驚いた顔になる。

 

「……なんだ、その顔は」

 

「その発想は無かったわ」

 

「……馬鹿しかいないのか」

 

 ジンライはため息をついて歩き出す。

 

「馬鹿で悪かったわね!」

 

 舞がジンライを追い抜く。紺色のブレザーとチェック柄のパンツとスカートを着た男女はそれなりの距離を歩き、最寄り駅に着く。電車に乗って窓の外を眺めジンライは呟く。

 

「……なかなかの規模の集落のようだな」

 

「集落って! 函館は立派な市よ!」

 

 電車を降りて、二人はしばらく歩く。

 

「しかし……いきなり現れた俺様が高校生と言って通用するのか?」

 

「なんで?」

 

「学籍というか、そもそも戸籍はどうするのだ?」

 

「ああ、その辺は大丈夫だと思うわ。結構緩いし、うちの学校」

 

「大分歩いているが、いつ着くのだ?」

 

「着いたわよ この橋を渡った先に学校があるわ」

 

「……これは水堀に囲まれているのか? 変わった形状をしているな……」

 

「上の方から見ると綺麗な星形の五角形になっているわ」

 

「五角形?」

 

「ええ、国立五稜郭学園、元々は城郭で今は私たちが通う学校よ」

 

「じょ、城郭跡に学校を⁉」

 

 舞の言葉にジンライは驚いた。



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第2話(2)ドタバタ自己紹介

「この日本にはいくつかこういう学校があるわよ」

 

「い、いくつかあるのか……日本、不思議な国だな」

 

「ある土地は有効に活用しないとね」

 

「……城郭ということは有事の際にも活用出来るわけだな」

 

「立ち入り禁止の区画も多いし、全貌は私たちも恐らく教職員の方も把握してないわ」

 

「生徒や教員がよく分かってないというのもなかなかな話だな……」

 

「それは置いといて……まず職員室に案内するわ」

 

 玄関を通り、職員室前に着く。舞が教師に挨拶する。

 

「……」

 

「ジンライ、私とアンタは同じクラスになるから」

 

「そうなのか?」

 

「おじいちゃんが色々と根回しした結果ね。まあ、その方が都合が良いでしょう」

 

「確かにな」

 

「じゃあ、私は先に教室に行っているから。先生についてきてね……くれぐれもおかしな言行は慎んで頂戴よ。おじいちゃんとも昨日話していたと思うけど……」

 

「みなまで言うな……いたずらに目立つような真似はしない」

 

「なら良いわ、それじゃあ教室で」

 

 舞は自らの教室に向かった。少し間を置いて、ジンライは教師とともに教室に向かい、女性教師の後に続いて、教室に入る。見知らぬ顔の登場に生徒たちはざわつく。

 

「はいはい、皆さん、お静かに……少し珍しい時期ですが、転入生を紹介します。それでは自己紹介をお願い出来るかしら?」

 

 教師に促され、ジンライが教壇の中央に立つ。教室中の注目が彼に集まる。

 

疾風迅雷(はやてじんらい)だ……銀河では『超一流のヴィラン』として鳴らした。そんな俺様と机を並べられる機会を得たこと……光栄に思うが良い……」

 

 教室が再びざわつく。舞は両手で頭を抱える。教師が戸惑いながら口を開く。

 

「は、はい……疾風君どうもありがとう。皆さん仲良くしてあげて下さいね」

 

 一人の女子生徒が手を挙げる。

 

「せ、先生、疾風君に質問いいですか⁉」

 

「そういうのは休み時間に……」

 

「よかろう、質問を許可する」

 

「えっ⁉」

 

 腕組みをして勝手に仕切り出したジンライを教師は唖然とした表情で見つめる。

 

「名字が疾風ってことは、舞となにか関係があるの?」

 

「ぬっ⁉ き、貴様、なかなか鋭い質問をしてくるな……」

 

「そ、そうかな?」

 

「ああ、想定外の質問だ……」

 

「十分想定出来るでしょうが……」

 

 露骨に困惑するジンライの様子を見て、舞は呆れて小声で呟く。

 

「ジンライサマ……」

 

「な、なんだ、ドッポ?」

 

 ジンライの左肩に乗っていたドッポが囁く。

 

「ゴニョゴニョ……」

 

「そ、そう答えれば良いのか?」

 

「エエ、コノヘントウガイチバン、フシゼンサガアリマセン……」

 

「そ、そうか……」

 

「ドッポの存在がもう不自然なのよ……」

 

 舞が目を細める。

 

「あ、あの、疾風君……?」

 

「ああ、待たせたな、俺様と舞は『夫婦』だ!」

 

「ええっ⁉」

 

「!」

 

 教室中がさらにざわつく。舞は頭を勢いよく机に打ち付ける。

 

「み、皆さん、静かに! そ、それじゃあ、疾風君の席はええと……疾風さん、舞さんの隣ね。座って頂戴」

 

「分かった」

 

 ホームルームが終わった後、案の定、ジンライは主に女子生徒から質問責めにあう。

 

「舞とはいつから付き合っていたの⁉」

 

「婿養子ってこと⁉」

 

「い、いや……うおっ⁉」

 

 質問責めに困惑していたジンライの首根っこを舞が引っ張り、教室の隅まで引きずる。

 

「なんで、あんなことを言ったのよ……⁉」

 

 ジンライに顔を近づけながら、舞は小さいが怒気をはらんだ声で尋ねる。

 

「ド、ドッポの進言を容れたまでだ」

 

「進言? どんな?」

 

「同じファミリーネームとはいえ、いきなり現れた俺様と貴様が兄妹というのはいささか無理が生じる……ならば夫婦と答えるのが一番自然だと……」

 

「それならいとことか、はとことかでも良かったでしょうが!」

 

「あ、ああ……」

 

「ソノハッソウハナカッタ」

 

「馬鹿しかいないの⁉」

 

「おい、舞!」

 

 赤茶色で短髪の生徒が教室に駆け込んできた。舞が舌打ちする。

 

「面倒な奴が来たわね……」

 

「結婚したって本当か⁉」

 

「うるさい、ジッチョク! 大声でデマを叫ぶな!」

 

「まさか俺以外の奴と……」

 

「だからがっかりするな! それにまさかってなによ、まさかって!」

 

 赤茶色の生徒はガクッとうなだれる。ジンライが舞に尋ねる。

 

「このやかましい奴は?」

 

「隣のクラスの仁川実直(にかわさねなお)……皆ジッチョクって呼んでいるわ。悪い奴じゃないけど……」

 

「けど?」

 

 ジッチョクが顔をガバッと上げる。

 

「考え直せ、舞! 君はまだ若い! 将来のことを決めるのはまだ早い!」

 

「こういう風に人の話を聞かないのよ!」

 

「なるほどな……」

 

「舞!」

 

「落ち着いて! まだこのジンライは婚姻可能な年齢に達していないわ!」

 

「?」

 

「ちょっと難しい言葉を使ったら、すぐ頭がショートすんのやめなさいよ!」

 

「ねえ、今の聞いた?」

 

「うん、まだってことは、いずれは……」

 

 女子生徒たちの反応に舞は慌てる。

 

「そ、それは言葉のあやってやつよ!」

 

「否定するところがますます怪しいわよね……」

 

「だ・か・ら~!」

 

「お~い、舞!」

 

「えっ⁉ あ、あれはおじいちゃんのドローン⁉」

 

 窓の外に、風呂敷をぶら下げたドローンが飛んでいる。大二郎の声が響く。

 

「お前がジンライ君の為に作ってあげた弁当、忘れていたから届けにきたぞ~」

 

「えっ、愛妻弁当⁉」

 

「やばっ! これはもう確定じゃん!」

 

「やばくないし! なにも確定してないから! ⁉」

 

 舞が否定した時、校内放送が流れる。

 

「秘密結社レポルーが校内に侵入した模様です……皆さん、注意して下さい」

 

「なんだと⁉」

 

 思わぬ放送内容にジンライが驚く。



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第2話(3)横に歩くが、心はまっすぐ

「皆落ち着いて! 教室から出ないように!」

 

 舞が指示を出して、動揺するクラスメイトたちを落ち着かせる。

 

「な、何故にレポルーがこの学校に……? やつらの目的はNSPじゃなかったのか?」

 

「……」

 

 ジンライの問いに舞が無言で顔を逸らす。

 

「おい、舞、何かを隠しているな?」

 

「い、いや、べ、別に隠しているわけではないんだけど……」

 

「歯切れが悪いな! レポルーの連中は既に侵入しているようだ、情報の共有を急がねばならない。知っていることは話せ!」

 

「えっと……」

 

 舞は急に遠い目になる。ドッポが呟く。

 

「マイサン、ムカシバナシデモスルカノヨウナテンションデス……」

 

「つまらん時間稼ぎはいい。早く言え」

 

「NSPの石、ジンライも見たわよね……その石の一部を用いて作った石碑がこの学園の中庭にあるのよ……」

 

「! まさか……」

 

「恐らくレポルーはその石碑からも結構なエネルギー波を感知したんだわ」

 

「そうか、つまり……大二郎! 貴様のせいじゃないか!」

 

 ジンライは呑気に弁当を届けにきたドローンを掴んで上下に大きく揺らす。

 

「い、一概に僕のせいだと言えるのだろうか⁉ 話を聞いてくれないか⁉」

 

 ドローンに繋がったマイクから大二郎の弁明が聞こえてくる。

 

「一応、話は聞いてやるか……」

 

 ドローンを掴んだまま、ジンライは尋ねる。

 

「あ、ありがとう……主な理由が二つあってね……」

 

「二つ?」

 

「そう、一つは僕もその学園の卒業生、OBなんだ」

 

「ふむ……」

 

「卒業生の業績を讃えようというありがたい話を頂いたのだよ……ただ……」

 

「ただ?」

 

「石碑を制作する業者さんと学園の間でなんらかのトラブルがあったようで、期日までに完成しないという話になった」

 

「ほお……」

 

「完成披露式典まで時間が無いという話だったもので……僕が提案しちゃったのだよ」

 

「なんと?」

 

「NSP、売るほどありますから、是非一部使って下さい! って……」

 

「お前のせいじゃないか……!」

 

「おじいちゃん……」

 

「うわあっ、そのドローンはお気に入りの奴だから壊さないでくれ~」

 

 大二郎の悲痛な声が聞こえてくる。ジンライは冷静さを保ちながら尋ねる。

 

「主な理由は二つと言っていたな。もう一つの理由はなんだ?」

 

「え? 単純にリスク分散の為」

 

「ドッポ」

 

「ドローンハカイコウサク、カイシシマス……」

 

「うわあっ! ちょっと待ってくれ!」

 

「待てないわよ! お陰で関係ない学園の生徒たちも危険な目に遭うのよ!」

 

 舞も怒り心頭である。大二郎が弁明を続ける。

 

「そ、そうは言ってもだね、何の考えもなしに分散したわけではないのだよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「NSPを狙う不届きものが現れても対応することの出来る場所に置いたのさ」

 

「それってつまり……」

 

「俺のことだ―‼」

 

「⁉ ええ、ジッチョク、いつの間にか廊下に出ているのよ⁉」

 

「甲殻起動!」

 

 掛け声とともにジッチョクは頭部がカニで、両腕が大きなハサミを持った姿になった。

 

「こ、これは……」

 

「この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! 『クラブマン』参上!」

 

「最近、この道南エリアで頭角を現してきたヒーロー! ジッチョクが正体だったのね」

 

「そうだ! 頭角を現している! カニだけにな!」

 

「そういうのはいいから! 恐らくレポルーは中庭の石碑に向かっているわ!」

 

「分かった! 行くぞ! 『高速横歩き』!」

 

 クラブマンは廊下を高速で歩いていく。ジンライが呆然と呟く。

 

「な、なんだ、あれは……」

 

「地元ヒーローよ」

 

「地元ヒーローだと?」

 

「そう、その地域の平和を守る為に日夜働くの」

 

「……もしかして地域ごとにいるのか?」

 

「よく分かったわね……日本には数万のヒーローがいると言われているわ」

 

「そ、そんなにいるのか⁉」

 

「ええ、強弱合わせてね」

 

「大小合わせてじゃないのか? 弱ってなんだ、弱って。必要か、それ?」

 

「日本は悪の勢力の標的になりやすいからね、ヒーローはいくらいても足りないのよ」

 

「そういうものなのか……」

 

「とりあえずジッチョクに任せておけば大丈夫かしらね……」

 

「……本当にそう思っているか?」

 

 ジンライの問いに舞は首を振る。

 

「……悪いけど不安しかないわ」

 

「だろうな、様子を見に行くぞ」

 

 ジンライたちも中庭に急ぐ。

 

「ぐわあっ⁉」

 

 ジンライたちが到着すると、倒れ込むクラブマンの姿があった。舞が叫ぶ。

 

「やられるの早っ⁉」

 

「く、くそ、横歩き以外も出来ればこんな奴らに遅れを取らないというのに……」

 

「それでよく頭角を表せたな……」

 

「ウーキッキッキ! 大したことないキー!」

 

 中庭に生えた大木の枝にぶら下がったサルの顔をした怪人が笑う。

 

「出たわね、レポルーのサイボーグ怪人!」

 

「そうキー! 怪人猿サルサとは俺のことキー!」

 

「わざわざ名乗ってくれるとはご丁寧なことだ……」

 

「なんだお前ら! 俺の邪魔をするつもりか⁉」

 

「狙いはNSPだろう……それを渡すわけにはいかん」

 

 ジンライはパワードスーツを取り出し、着用しようとする。

 

「ま、待った~!」

 

 いつの間にかついてきたドローンから大二郎の声がする。ジンライは首を傾げる。

 

「……なんだ?」

 

「せっかくだから、ジンライ君も掛け声を決めようよ!」

 

「そんなものどうでもいいだろう……」

 

「勝手ながら考えてみたよ!」

 

「本当に勝手だな!」

 

「こういうのはどうかな……」

 

 ドローンがジンライに接近し、小声で囁く。

 

「まあ、それで製作者である貴様の気が済むなら、なんでも構わん……」

 

「ありがとう!」

 

「意外とノリが良いやつよね……」

 

「……吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「!」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 パワードスーツを着用した疾風迅雷がポーズを取る。

 

「フン、猫まんまを倒したやつか、だが俺に勝てるかな? 地の利は取ったぞ?」

 

 怪人が木の枝の上に立って、見下ろして笑う。ジンライは冷静に呟く。

 

「……大二郎、落とせ」

 

「了解!」

 

「何⁉ ウキキ⁉ 熱っ⁉」

 

 浮上したドローンが怪人に向かい火炎を放射する。面食らった怪人は枝にぶら下がる。

 

「……舞、揺らせ」

 

「分かったわ! えい!」

 

「ウキッ⁉」

 

 舞が大木を思いっ切り蹴り、大木が揺れ、怪人が落下する。

 

「……ドッポ、撒け」

 

「リョウカイ、ローションヲサンプシマス」

 

「ウキキッ⁉」

 

 着地しようとした怪人だったが、地面に撒かれたローションで足を滑らせ、転倒する。

 

「『迅雷』モード、起動……喰らえ、『迅雷キック』‼」

 

「ウキ⁉ ……ぐぬっ」

 

 疾風迅雷の強烈なキックを腹部に喰らった怪人は悶絶しながらのたうち回る。

 

「爆発するか? 離れた方が良さそうだな……」

 

「こ、これまでキー……」

 

「勝手に諦めないで頂戴……」

 

「⁉ 誰だ⁉」

 

 中庭に白衣を着た金髪のショートボブにサングラスをかけた小柄な女性が現れる。

 

「ド、ドクターMAX⁉」

 

「私、これ以上の失敗は許されないの……」

 

「なんだと?」

 

 ドクターMAXと呼ばれた女は倒れ込む怪人に歩み寄る。

 

「後が無いのよ、こんな極東の、しかも田舎に飛ばされるなんて……プスっとね」

 

 女は怪人に注射を刺す。怪人が立ち上がる。

 

「! ウキキのキー‼」

 

「復活した⁉ ちっ、これからが本番ということか!」

 

「疾風迅雷! 俺も加勢しよう! ……と言いたいところだが、横歩きしか出来ない俺では役に立ちそうもない……性格はこんなにもまっすぐでひたむきだというのに……」

 

 威勢良く立ち上がったクラブマンだが情けなさそうに俯く。

 

「……体の向きをちょっと変えれば、前後にも斜めにも進めるぞ」

 

「⁉ ほ、本当だ! よし、これなら俺も戦える! ハサミの切れ味を見せてやる!」

 

「……俺様の邪魔をしないでもらえればそれでいい」

 

 疾風迅雷とクラブマンが怪人猿サルサと対峙する。



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第2話(4)生物の力

「ウキキ……流石ドクターMAXの科学技術! 体中から力が湧いてくるようだ……」

 

 怪人が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ドーピングしたのか? 能力アップしている可能性がある、迂闊に近づかん方が……」

 

「はーはっはっは! 前後斜めにも高速移動出来るようになった今の俺に敵はない!」

 

「ま、待て!」

 

 クラブマンがハサミをカチカチと音を立てながら、高速で怪人に迫る。

 

「もらった!」

 

「ふん……」

 

「何⁉」

 

「上がお留守だぞ……!」

 

 クラブマンがハサミを向けるが、怪人はそれを飛んで躱し、顔を爪で引っ掻く。

 

「ぐわっ⁉」

 

 クラブマンが倒れ込む。ジンライが叫ぶ。

 

「なにをやっている!」

 

「な、なるほど、上下の間合いか……想定外だった」

 

「さっさと決めてやるキー!」

 

 怪人がクラブマンに飛び掛かろうとする。

 

「ならばこれだ!」

 

「なにっ⁉」

 

 立ち上がったクラブマンはすぐさま大木に近づき、大木を高速で切り始める。

 

「……よしっ!」

 

「なっ⁉」

 

 クラブマンが剪定したことにより、大木の形が少し変化し、空中に飛び上がっている怪人に向かって、木の道が出来上がったのだ。

 

「どうだ! 俺のハサミさばきは!」

 

「ど、どういう理屈でそうなる⁉」

 

「道さえあればこっちのものだ!」

 

 クラブマンが木の道を一気に駆け上がり、怪人との間合いをあっという間に詰める。

 

「し、しまった⁉」

 

「喰らえ! 『ハサミ斬り』!」

 

「ウキッ⁉」

 

 クラブマンの鋭いハサミが怪人の胴体を襲う。

 

「もらった! ……なに⁉」

 

 クラブマンは驚く、ハサミが怪人の体から弾かれたのだ。

 

「硬度もアップしているわ、その程度のハサミなら十分耐えられる……」

 

 戦いを見つめていたドクターMAXがズレたサングラスを直しながら呟く。

 

「ウキッ!」

 

「どわっ⁉」

 

 怪人の反撃を喰らったクラブマンは地上に落下し、そのままうずくまってしまう。

 

「クラブマン! いや、ジッチョク!」

 

 舞が叫ぶ。

 

「なかなかトリッキーな戦い方だったけど、所詮は田舎の地元ヒーローね、世界征服を目論む我がレポルーの敵じゃないわ……待てよ、ジッチョク……?」

 

 ドクターMAXは白衣から端末を取り出して操作する。クラブマンは呻く。

 

「ぐっ……」

 

「……なるほど、仁川実直、我が組織のサイボーグ手術を受けているのね」

 

「なんですって⁉」

 

 ドクターMAXの言葉に舞が驚く。

 

「しかし、手術途中で脱走したと……でも妙ね、手術は90%程度完了していたと記録にはある……その段階ならマインドコントロールも終わっているはずだけど……」

 

「マインドコントロール⁉ そんなことを……」

 

「ふ、ふん……貴様らの捻じ曲がったまやかしの言葉など俺には通用しない!」

 

 クラブマンが半身を起こしながら叫ぶ。

 

「へえ……」

 

「そう、言うなれば、俺の正義の心がそれを上回ったんだ!」

 

「……どう思う?」

 

 ジンライは舞に視線を向ける。

 

「……恐らくだけど回りくどい言い回しが理解出来なかったんだと思うわ」

 

「そういうくぐり抜け方もあるのか……参考にはならんな」

 

「今更、戻ってこいと言っても遅いぞ!」

 

「別に要らないわ……天才科学者の私がいれば、怪人の能力もアップ出来るし……」

 

「い、要らないのか……」

 

 クラブマンはがっくりと肩を落とす。そこに怪人が迫る。

 

「とどめだ!」

 

「ちっ!」

 

「何⁉」

 

 怪人の攻撃を疾風迅雷が受け止める。

 

「喜べ、俺様が相手をしてやる……」

 

「ふん、今の攻撃に反応するとは……ならば、これならどうだ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 怪人が速度を増した攻撃を仕掛けると、疾風迅雷は反応しきれずに喰らってしまう。

 

「ウキキッ! 所詮その程度か!」

 

「調子に乗るなよ!」

 

「おっと!」

 

 疾風迅雷の反撃を怪人は飛んで躱し、大木の枝に乗る。

 

「おのれ!」

 

「ふふん!」

 

 疾風迅雷もジャンプして攻撃するが、怪人はさらに高い枝に飛び移る。

 

「ちぃっ!」

 

「そら! そら!」

 

「ぐうっ!」

 

 怪人は身軽さを利用して、枝を次々と飛び移りながら、攻撃を加えていく。疾風迅雷はその軽快さについていけず、攻撃を喰らうがままになってしまう。

 

「ウキキー! そろそろ限界だろう?」

 

「ぬうっ!」

 

「おじいちゃん! このままじゃジンライが!」

 

 舞がドローンに向かって呼びかける。

 

「……間に合ったぞ!」

 

「え⁉」

 

「ジンライ君、データを転送した! 確認してくれ!」

 

「こ、これは⁉」

 

「選択してくれ! 意志を示すだけで良い!」

 

「!」

 

 疾風迅雷の体が光る。

 

「ウ、ウキッ⁉ なんだ⁉」

 

 そこにはパワードスーツのカラーリングが薄緑色に変化した疾風迅雷がいた。

 

「お、おじいちゃん、あれは……」

 

「あれは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『バイオフォーム』だ!」

 

「バ、バイオフォームだと?」

 

「ああ、様々な生命体の能力を駆使して戦うことが出来る!」

 

「様々な生命体……」

 

「とは言ってもまだ限りがあるけど……まずは送ってみたものを選択してくれ!」

 

「これか!」

 

「ウキキッ⁉」

 

 背中から翼が生えた疾風迅雷が舞い上がり、両手の鋭い爪で怪人の脇腹を切り裂く。

 

「バイオフォーム、『怪鳥』モードだ!」

 

「空を飛べるわけか! これで貴様の身軽さを凌駕出来る!」

 

「ウキキ……」

 

 怪人はバランスを崩し、木の枝から落ちそうになる。大二郎が叫ぶ。

 

「間髪入れず、次の攻撃だ! このモードを!」

 

「よし!」

 

 四足歩行の体勢になった疾風迅雷が怪人に飛び掛かり、首元を牙で噛み砕く。

 

「バイオフォーム、『狂犬』モードだ! 猿には犬だよ!」

 

「ウキ……!」

 

 ジンライと怪人は激しく揉み合いながら落下する。ジンライはクラブマンが立ち上がったのを確認し、怪人を突き飛ばして叫ぶ。

 

「クラブマン! 最後は貴様に譲ってやる!」

 

「え⁉ し、しかし、俺のハサミでは斬れない……!」

 

「貴様のまっすぐさを示してみせろ!」

 

「! そうか!」

 

 クラブマンは両のハサミを閉じて上方に勢いよく突き出す。そこに落下した怪人の腹部を貫くことに成功する。

 

「ウ、ウッキー!」

 

「爆発するわ! 早く離れて、ジッチョク!」

 

「う、うおおおっ!」

 

 クラブマンはハサミを抜くと、そこから高速横歩きで離れる。程なく怪人は爆発する。

 

「ふう、良かった……」

 

「ふん、横歩き男も役に立ったな……」

 

 胸を撫で下ろす舞の近くにスーツを脱いだジンライが歩み寄る。ドッポが呟く。

 

「バカトハサミハツカイヨウ……」

 

「ん? なんだ、ドッポ?」

 

「コノクニノコトワザデス……」

 

「なんでも使い方次第ってことよ」

 

「はははっ! そうか、言い得て妙だな! バカとハサミは使い様だ!」

 

「……ん? ジンライ、バカ笑いしている場合じゃないわ」

 

「バカとはなんだ、バカとは!」

 

「あのドクターMAXとかいう女がいないわ」

 

「ふん、逃げたのだろう、非戦闘員をいたぶる趣味は俺様には無い」

 

「でも天才科学者って言っていたわよ、また強力な怪人を送り込んでくるんじゃ……」

 

「自称天才だろう? また来るのなら返り討ちにするまでだ」

 

 怪人のコアを抱え、足早に去るドクターMAXの胸は不思議と高鳴っていた。

 

「……『そうか、抱きしめてみようかな! タカトアサミは最高だ!』……な、何故私の本名を知っているの? 抱きしめてみようなんて、大胆な告白……こんなの初めてだわ」

 

 帰国したばかりで久しぶりの日本語を聞き間違えた彼女に妙な感情が芽生えていた。



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第3話(1)下校途中

                  3

 

「函館もすっかりあったかくなってきたわね」

 

「……」

 

「今日はまっすぐ帰らずに街の方をブラブラしていかない?」

 

「……」

 

「ねえってば」

 

「……」

 

 下校中、駅まで歩く舞とジンライだったが、舞の問いかけに対してジンライは無言である。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「聞いていない……」

 

「聞いてるじゃない」

 

「……なんだ、俺様は読書で忙しいのだ」

 

「読書?」

 

「お、おい」

 

 舞がジンライの持っている端末を覗き込むと、そこには漫画が表示されている。

 

「なんだ、読書って漫画じゃないの」

 

「読書と言っても差支えないだろうが」

 

「銀河に名だたる超一流のヴィラン様ならもっと御大層な本をお読みになるかと思ったわ」

 

 舞の呆れる声にジンライは反論する。

 

「なかなか馬鹿には出来んぞ……文章だけではなく、絵があることにより視覚的にも得られる情報が多い。また絵の表す意味や次の展開について考えることは想像力を高めることにつながる。さらに扱うテーマも多岐に渡っている。この星の社会文化を知る上でも便利だ」

 

「随分と漫画贔屓になったのね」

 

「ここ数日は様々な漫画を読みふけってしまったな」

 

「もしかしてだけど……授業中も読んでなかった?」

 

「ああ、あの程度の授業を受けるより漫画を読んでいた方が今の俺様には有意義だからな」

 

「……アンタ、今の立場分かっているの?」

 

「五稜郭学園の生徒だが?」

 

 なにを今更という顔でジンライは答える。

 

「そう、高校生よ。高校生の本分は何?」

 

「恋愛か」

 

「な、なにを言っているのよ⁉」

 

 ジンライの思わぬ言葉に舞は困惑する。

 

「高校生活というのはほんの一瞬で過ぎ去ってしまうもの……だけれどもそんな今でしか出来ない恋がある……と、ある漫画では言っていたぞ」

 

「ど、どんな漫画を読んでいるのよ⁉」

 

「高校に通うのならば、高校生活をテーマに描いた漫画に目を通すべきだと思ってな」

 

「ジャンル、『アオハル』デケンサクシ、イクツカピックアップシタサクヒンヲゴショウカイサセテイタダキマシタ……」

 

 ジンライの肩に乗るドッポが呟く。

 

「そ、それって、いわゆる少女漫画ってやつじゃないの?」

 

「ソノヨウニカテゴライズスルコトモデキマスネ」

 

「ちょ、超一流のヴィランが読むものかしら?」

 

「超一流のヴィランが少女漫画を読んで一体何が悪いというのか?」

 

「ま、まあ、別に悪くはないけどね……じゃなくて! 高校生の本分は勉強よ! それじゃあ勉強が疎かになってしまうわよ!」

 

 舞の言葉にジンライはウンザリしたような視線を向ける。

 

「さっきも言ったように、あの程度の授業内容ならわざわざ耳を傾けなくともとっくに頭の中に入っている。理科分野も数学もな……」

 

「国語や社会分野は⁉」

 

「ドッポに教科書を読み込ませ、そのデータを睡眠時間中に全て頭に入れた。問題は無い」

 

「す、睡眠学習ってやつ⁉ ズルい! そんなのあったらテスト勉強もしなくていいじゃない! 私にもドッポ貸して頂戴よ!」

 

「睡眠学習というものは子供の頃から慣れてないと効果はほぼないぞ……今の貴様がやっても付け焼刃にもならん……無駄なあがきだ、ちゃんと勉強しろ」

 

「一夜漬けみたいなことしている奴にちゃんと勉強しろって言われた!」

 

 舞が悔しそうに両手で頭を抱える。

 

「おい! お前ら!」

 

 声がしたので二人が立ち止まって振り返ると、そこには仁川実直が立っていた。

 

「なんだ、ジッチョクか……」

 

「高速横歩き男か……」

 

 二人はため息をついて前を向き、再び歩き出す。

 

「おおい! 無視するな!」

 

 ジッチョクが慌てて二人についてくる。

 

「無視してないわよ、一応反応してあげたでしょ……」

 

「一応って! ほとんど無視だからな、それ!」

 

「立ち止まってやっただろう……それなりの関心は向けた……」

 

「漫画見ながら言うな! 関心限りなくゼロだろう!」

 

「うるさいわね……何の用よ」

 

「お前ら、なんで当たり前のように一緒に帰っているんだ⁉」

 

「そ、それは……」

 

 舞は思わず目を逸らす。

 

「……一つ屋根の下に暮らしているわけだからな、当然だろう」

 

「なっ⁉」

 

「な、なんで言うのよ!」

 

「クラスの連中には即バレただろう、そしてその話はすぐに学校中に広まった。知らないのはコイツくらいじゃないのか?」

 

「お、俺が、中庭の大木を芸術的に剪定してしまった罪で謹慎処分を喰らっている間に……」

 

「そんな訳分からん理由で謹慎させられるなんてどんなヒーローだ……」

 

「二人はそこまで進んでいたというのか……」

 

「な、何も進んでなんかいないわよ! 変な誤解しないで!」

 

「同じ家に住んでいるのは紛れもない事実だがな」

 

「余計なこと言うな!」

 

「くっ、それは確かに……」

 

「ゲンジョウハジンライサマガオオキクリードシテイマス」

 

「お、お前はあの時のちびロボ!」

 

「ドッポトイイマス、イゴオミシリオキヲ……」

 

「あ、ああ、よろしく……そうか現状は不利か……なんとか覆せないものか」

 

「何を張り合おうとしてんのよ!」

 

「ヨコアルキシテイルカラ、モクヒョウカラハトオザカルバカリナノデス」

 

「ドッポも変に煽らないでよ!」

 

「二人の間にハサミを入れられないだろうか? カニだけに!」

 

 ジッチョクはドッポに尋ねる。

 

「……ショウブヲシテミテハイカガデショウ?」

 

「勝負? そうか、その手があったか!」

 

「無いわよ!」

 

「ふっ、面白い……ヒーローとしての格の違いを教えてやる……」

 

「アンタも何で乗り気なのよ!」

 

「い、いや、ヒーローが私闘はマズい……ここは高校生らしい戦い方をしようではないか!」

 

「……高校生らしい戦い方とは?」

 

「……さあ?」

 

 ジッチョクは間の抜けた顔で首を傾げる。

 

「……時間の無駄だったな」

 

「ま、待て!」

 

「待たない」

 

「ゴホッ、ゴホッ……なんだか面白そうなことしてるじゃん、ウチも混ぜてよ」

 

「? 誰だ?」

 

 ジンライたちが視線を向けた先には五稜郭学園の制服を着た白い髪の女子が立っていた。



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第3話(2)eスポーツらしきものをやってみた

「誰かと思ったらアイスじゃない」

 

 舞が声をかける。

 

「やっほ~、舞ちん、久々~……ゴホッ」

 

「だ、大丈夫?」

 

「まだまだ寒いよね~」

 

「いや、結構あったかくなってきたわよ……アンタ、超のつく寒がりなんだから、そんなミニスカートやめなさいよ。せめてストッキング穿くとか……」

 

「生足ミニスカートこそのギャルでしょ! そればかりは譲れない! ズズッ……」

 

「譲りなさいよ! 思いっきり鼻水出ているじゃない! あ~もう、せっかくのかわいい顔が台無しじゃないの……ほらっ、ティッシュ」

 

「ありがと……」

 

「舞、誰だ、その女は?」

 

「同じクラスの香里愛衣子(こおりあいこ)よ……休みがちなんだけどね。この白い髪がチャームポイントだから、皆アイスって呼んでいるわ」

 

「よろしくね~」

 

 アイスは透き通るように綺麗な白い髪を揺らし、ジンライに手を振る。

 

「ってアイス、アンタ何で教室に来なかったのよ? 体調悪いから保健室に行ってたの?」

 

「いや~最近体の調子は結構良いカンジだよ~」

 

「じゃあ、なんで?」

 

「起きて制服に着替えて……家を出た頃にはもう放課後だったんだよね~」

 

「盛大な寝坊をかましたってわけね……」

 

「ウケルよね~」

 

 アイスはけらけらと笑う。

 

「ウケないわよ! ……アンタ、出席出来るときはしとかないと進級に響くわよ?」

 

「あ~大丈夫、大丈夫、その辺はこう……なんとかなるから」

 

「なんとかなるって……そういえば一年の時もそんな調子だったけど、進級していたわね」

 

「でしょ~?」

 

「どういうこと? 成績がすごく良かったとか? でもテスト上位者一覧とかでアンタの名前見た記憶がないんだけど……」

 

「まあ、それはどうでも良いじゃん」

 

「どうでも良いって……」

 

「それよりもさ、なんだか面白そうなことしてんじゃん。舞ちんをめぐって、二人の男が火花バチバチってわけだ?」

 

「そうだ、察しが良いな、香里!」

 

 ジッチョクが声を上げる。アイスが笑みを浮かべる。

 

「……ジッチョクも何度も玉砕しているのに、懲りないね~」

 

「粘り強さが売りだからな!」

 

 アイスがジンライに視線を向ける。

 

「で、君が噂の転入生で舞ちんの旦那様ってわけね……」

 

「ああ、疾風迅雷という。以後見知り置いておけ」

 

「ああ、じゃないわよ、旦那うんぬんを否定しなさいよ!」

 

「ワタシハジンライサマトマイサンノツカズハナレズナカンケイヲアタタカクミマモッテイルロボット、ドッポトイイマス」

 

「おけ。把握したわ」

 

「何を把握したのよ、何を! ドッポも変なこと言わないで!」

 

「女をめぐってケンカっていうのもアオハル係数高めだけど……」

 

「何よ、アオハル係数って!」

 

「でもガチで殴り合うってのはドン引きだから……ここは平和的な解決方法でいこうか」

 

「平和的な解決方法だと?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「よし、皆、アイスに続け~♪」

 

「うむ! 分かった!」

 

 ジッチョクがアイスに続く。舞がジンライに尋ねる。

 

「ど、どうする?」

 

「ついていこう。あの女の思考に興味がある」

 

「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 歩き出したジンライの後を舞が慌ててついて行く。

 

「到着~♪ ここで決着をつけてもらおうかな♪」

 

「ここはゲームセンター?」

 

「そう、ゲームで戦ってもらえばケガとかしないで良いでしょう?」

 

「良いでしょうって……」

 

「俺は最近のゲームはサッパリだ!」

 

 ジッチョクは大声で叫ぶ。

 

「そうだろうね、こういう場所来なそうだし。ジンライっちはどうよ?」

 

「ジ、ジンライっち⁉ ……知識としてはあるが、やったことは無いな」

 

「自分で宇宙から来たとかなんとかって言っているみたいだからね、そりゃあやったこと無いよね……うん、それなら条件はイーブンだね。えっと……」

 

「勝手に話を進めるわね……」

 

「うん! これが良い! 『ゾンビの鉄人』!」

 

 アイスがある筐体を指し示す。舞が首を傾げる。

 

「なにこれ?」

 

「あれ、『ゾン鉄』知らない系? これは流れる曲のリズムに合わせて太鼓を叩き、太鼓から発する音の衝撃波で、迫りくるゾンビを退治するって奴だよ。1曲の間にゾンビを寄せ付けなければ勝ちってゲーム。初心者でも簡単に出来るよ」

 

「面白い! 勝った方が舞の心を響かせることが出来るってわけだな! 太鼓だけに!」

 

「うんまあ、大体そんな感じ」

 

「適当に決めないでよ!」

 

「まあ、良い座興だ……」

 

「ちょ、ちょっと、ジンライ! アンタまで⁉」

 

「ノリが良いね~お二人さん! それじゃあゲームスタート♪」

 

 アイスが筐体に小銭を入れ、ゲームが始める。プレイしながらジッチョクが叫ぶ。

 

「うわぁぁぁ! ゾンビグロくないか⁉ 無駄にリアル過ぎる! 太鼓に集中出来ん!」

 

「ジッチョク、まさに阿鼻叫喚だね♪」

 

「い、いや、私も同意見だわ……それにしてもジンライは冷静ね?」

 

「この程度ミザール星人の使役するモンスターで見慣れている……どうということはない」

 

「ああ、そうなの……」

 

「ミザールセイジントハオノレノテヲキョクリョクケガサナイトイウポリシーヲモッテイルコトデユウメイデ……」

 

「ごめん、ミザール星人の情報はいいわ」

 

「太鼓のリズムも正確だね、センスあるのかな」

 

「あ、終わったわ……」

 

「ジッチョクはゾンビの餌食になっちゃったね。対して、ジンライっちはノーミスか。これは『第一回舞ちん』争奪戦はジンライっちの完勝だね」

 

「だ、第一回ってなによ⁉」

 

「くそっ! 第二回は見ていろよ! 迅雷!」

 

「なんで次回もやるつもりなのよ!」

 

「ふん、返り討ちにしてくれる……」

 

「だから、なんでアンタもノリ気なのよ⁉」

 

「まあ、それは次のお楽しみってことで……」

 

 アイスがポンッと両手を叩く。

 

「次はないから!」

 

「コウゴキタイデスネ」

 

「期待しないで!」

 

「今日の記念にみんなでプリクラでも撮ろうよ♪」

 

「ええっ⁉」

 

 アイスがプリクラコーナーへ皆を連れていく。台を一つ選び、撮影スペースに入った。

 

「みんなもっと中に詰めて……えーっと、どうする?」

 

「……アイスに任せるわ」

 

「そう?じゃあ、フレームを選んで……っと……ハイポーズ♪ ……画像になにか書く?」

 

「それも任せるわ」

 

「そう? ……じゃあシンプルに日付と名前でも書こっか♪」

 

 しばらくして、撮影した画像がシールとして印刷される。ジンライが感心する。

 

「こ、これが、プリクラか……なかなかに奥深いな……」

 

「プリクラでそんなに感動するとは思わなかったわ」

 

「また、みんなで来ようよ、第二回争奪戦はいつにする?」

 

「第二回はやらないわよ」

 

「え~」

 

 アイスがぷいっと唇を尖らせる。

 

「みんなで遊びに行くのは別に構わないけどね……」

 

「おお~そうこなくっちゃ♪」

 

 アイスが笑みを浮かべる。

 

「きゃああああ⁉」

 

「⁉」

 

 女性の悲鳴が聞こえ、ジンライたちがその方向を見ると、グロテスクなゾンビの群れが、その辺りをうろついている光景が見えた。舞が驚く。

 

「あ、あれは……さっきのゲームのゾンビじゃない⁉ どういうこと⁉」

 

「ひょっとして、なにかのイベントか?」

 

 ジッチョクが首を捻る。だが、ゾンビが人に襲いかかろうとする様子を見て、舞が叫ぶ。

 

「ち、違うわ! イベントじゃない! あの人が危ないわ!」

 

「! 吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「! 甲殻起動!」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! クラブマン参上!」

 

 ジンライとジッチョクがそれぞれ疾風迅雷とクラブマンになって、ゾンビの群れに果敢に突っ込んでいく。舞が呟く。

 

「な、なんでゲームのキャラクターそっくりなゾンビが……?」

 

「様々な次元を移動することの出来る多次元犯罪組織、『ミルアム』の連中よ……今回はゾン鉄のキャラクターの姿を借りたってわけね……」

 

「え? アイス? なんでそんなことを……」

 

「フリージング!」

 

「⁉」

 

「ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

 アイスが真っ白なドレス調のスーツに身を包んで現れた。

 

 



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第3話(3)氷の女、滑走

「ここ最近、話題になっている氷のヒロイン、ファム・グラス! アイスだったのね!」

 

「別に正体を隠しているわけじゃなかったけど……」

 

 その様子を横目で見て、ジッチョクは驚く。

 

「香里もヒロインだったとは!」

 

「悠長に驚いている暇はないぞ!」

 

「ん? うおおっ⁉」

 

 ゾンビたちが、接近してきたクラブマンと疾風迅雷に狙いを変え、襲いかかってきた。

 

「ふん!」

 

 疾風迅雷がパンチでゾンビの腹を貫く。貫かれたゾンビはぐったりとなる。

 

「や、やったのか……?」

 

「分からんが、とにかく群がる奴らを片っ端からぶっ飛ばすぞ!」

 

「おおっ!」

 

 クラブマンがハサミを振るうが、ゾンビたちは素早い動きでそれを躱す。

 

「躱されているぞ! もっとしっかりと狙え!」

 

「そ、そうは言うが、コイツら意外とすばしっこいぞ……」

 

 ひとたび距離を取ったゾンビたちは疾風迅雷たちを包囲するように布陣すると、またもや素早い動きで襲いかかってきた。

 

「ちっ!」

 

「は、早い!」

 

「疾風モード!」

 

「⁉」

 

 疾風迅雷が脚を高く上げ、強烈な回し蹴りを放つ。直接当たった相手だけでなく、発生した衝撃波によって、周囲のゾンビも吹き飛んだ。倒れ込んだゾンビの内、何体かはゆっくりではあるが、立ち上がる。ジッチョクが戸惑う。

 

「くっ! 不死身か⁉」

 

「落ち着け! よく見ろ!」

 

 ジンライがすかさず声をかける。ジッチョクがよく周囲を見渡す。

 

「倒れ込んだまま、溶けた奴もいる……そうか! 首を刎ねれば良いのか!」

 

「恐らくそのようだ!」

 

「弱点さえ分かれば恐るるに足りん! いくぞ、『乱れ斬り』!」

 

 クラブマンがハサミを四方八方に向けて振るう。狙いが正確かつ鋭かったため、何匹かのゾンビは回避しきれず、首を刎ねられ、無力化する。

 

「ふん、やるな!」

 

「狙いどころさえ分かればこっちのものだ!」

 

 そこに大柄なゾンビが数体現れる。

 

「む……大きいな」

 

「これもどうせ首が弱点だろう! ぬっ⁉」

 

 クラブマンが飛びかかり、ハサミを振るうが、分厚い皮膚に跳ね返されてしまう。

 

「ヌン!」

 

「か、硬い! どわっ⁉」

 

 大柄なゾンビはその巨体に似合わず、鋭いパンチを繰り出し、クラブマンは派手に吹っ飛ばされてしまう。疾風迅雷はスピードを生かして、ゾンビに接近し、再び蹴りを繰り出す。

 

「それ!」

 

「!」

 

「か、躱されただと⁉ くっ!」

 

 ゾンビの反撃を喰らいそうになった疾風迅雷は咄嗟にガードし、直撃を避ける。

 

「シュルル……」

 

「疾風モードのスピードにもついてくるとは……厄介だな」

 

「ここはウチに任せて!」

 

 いつの間にか、疾風迅雷の背後にファム・グラスが立っている。

 

「き、貴様⁉ 一瞬で俺様の後ろに⁉」

 

「ハハッ、驚かせちゃった?」

 

「……速さはなかなかのようだが、その細身では到底奴らの首を刎ねられんだろう……」

 

「フフッ、そこは考えようだよね!」

 

 ファム・グラスの靴底に刃が出てくる。ジンライが驚く。

 

「刃だと⁉」

 

「『スケートオンアイス・テクニック』!」

 

 ファム・グラスの先にある地面が一瞬で凍りつき、そこを滑り出す。まるでフィギュアスケートをこなすかのような動きでゾンビたちの群れに近づく。

 

「グムッ⁉」

 

「ヌオッ!」

 

「ステップシークエンス!」

 

 ファム・グラスはゾンビたちの繰り出してくる攻撃を優雅なターンやステップを駆使して次々と躱していく。ジンライが感嘆の声を上げる。

 

「相手が全く捉えきれていない!」

 

「グオオッ!」

 

 業を煮やしたゾンビたちが地面ごと叩き付けようとする。ジンライが叫ぶ。

 

「四方から一斉に! マズい! あれは躱しきれん!」

 

「トリプルルッツ! トリプルループ!」

 

「グッ⁉」

 

 ファム・グラスは華麗な連続ジャンプでその攻撃を巧みに躱してみせ、ゾンビたちの中心に着氷する。

 

「まとめてケリをつける! キャメルスピン!」

 

「ブオァ⁉」

 

 ファム・グラスは上半身を倒し、右足を腰より上の位置に上げ、T字になるようにして高速でスピンする。すると、巻き上がった氷がゾンビたちの巨体を凍らせてしまった。

 

「こ、凍った⁉」

 

「完全に活動は停止した……後は溶けるのを待つだけ……無理に首を切らなくても良いの」

 

「なるほど、考えようとはそういうことか……」

 

「せい! 残っていたゾンビも片付けたぞ!」

 

「おお、いたのか、高速横歩き男」

 

「クラブマンだ!」

 

「まあ、良くやった……これで全て片付いたか」

 

「きゃあ⁉」

 

「⁉」

 

 ジンライたちが悲鳴のした方に向けると、舞を抱きかかえる、騎士の甲冑に身を包んだガイコツの姿があった。アイスが叫ぶ。

 

「あれは、『ゾン鉄』のステージボス、ガイコツ騎士!」

 

「出現地点に狂いがあったが、思わぬ拾い物だったな……疾風大二郎の孫娘、疾風舞がここにいるとは……嬉しい誤算という奴だな、それほど面白くはないが……」

 

「な、なんで私のことを知っているの⁉」

 

「その声はミルアムの幹部、プロフェッサーレオイ!」

 

「ファム・グラスか……君との戦いも毎度それほど面白くはない……失礼する!」

 

 アイスからプロフェッサーレオイと呼ばれたガイコツ騎士は舞を抱えたまま、傍らにいた体半分が白骨化した馬に跨り、その場から駆け去る。

 

「ちっ、舞!」

 

「後を追うよ! 『スケートオンアイス・スピード』!」

 

 ファム・グラスの靴底に別の種類の刃が現れ、スピードスケートの様に滑り出し、あっという間にその場から離れていく。

 

「は、速い! くそっ! 疾風モードでも追い付けん!」

 

「テンソウデータヲダウンロードシマシタ……」

 

「どうした、ドッポ⁉」

 

「コウソクイドウモードニヘンケイシマス……」

 

 ドッポがバイクに変形した。ジンライは驚く。

 

「バ、バイクになった⁉ サイズがおかしいことになってないか⁉」

 

「コマカイコトハイイッコナシデス……サア、オノリクダサイ」

 

「よし! あのガイコツの後を追うぞ!」

 

 ジンライはドッポが変形したバイクに跨り、走り出した。



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第3話(4)金属の力

 レオイは赤レンガ倉庫が立ち並ぶ通りにやってきた。舞が状況を確認して呟く。

 

「ま、まさか……?」

 

「そのまさかだ。ここは函館でも有数の観光名所。君の祖父殿は函館の各所にNSPの石を分散させているね。その狙いが今一つ不明瞭ではあるのだが……」

 

「……名誉市民だとかなんだとかおだてられて、調子に乗ってバラまいたのよ」

 

「そ、そんなことがありうるのか?」

 

「ありうるわ。孫娘の私が言うんだもの」

 

「理解出来ないな……なんとかと天才は紙一重というが……」

 

「おじいちゃんは天才よ! ……エキセントリックではあるけど」

 

「……まあそれはどうでもいい。この地のNSPを回収させてもらう……あの石碑か……」

 

 レオイが馬を石碑に近づかせる。

 

「アンタたち、NSPをどうするつもりよ!」

 

「君が知る必要は無い。 !」

 

「きゃっ⁉」

 

 レオイが舞をドサッと石碑の側に置く。

 

「女性に手荒なことをして申し訳ない。その石碑の側で少し大人しくしていてくれ」

 

「う、動けない⁉」

 

「舞ちんになにしてくれてんの⁉ スケートオンアイス・テクニック! ダブルルッツ!」

 

「ふん!」

 

 駆け付けたファム・グラスは靴を切り替え、レオイに向かって飛びかかる。対するレオイは鞘から剣を抜き放ち、蹴りを受け止める。

 

「ちっ!」

 

「意外と速いご到着だったな……」

 

「ウチのスピードを舐めてもらっちゃ困るっつの!」

 

「先程も言ったが、君との戦いは毎度それほど面白くはない……」

 

「だろうね。いつもウチにボロ負けしているもんね~」

 

「! 認識のズレがあるようだな……負けてはいないし、単純に退屈なだけだ」

 

「そのわりにいつも声色は結構嬉しそうに聞こえるんだけどな~あ、もしかしてツンデレってやつ⁉ 意外とカワイイとこあるじゃん! ウケる~!」

 

「……そのことについての話は平行線を辿るだけだろう、時間の無駄だ……!」

 

 レオイは剣を構え、斬りかかる。

 

「サーペンタインステップ!」

 

 ファム・グラスはS字状に蛇行するステップを見せ、レオイの斬撃を軽やかに躱す。

 

「ちっ、相変わらずすばしっこい……」

 

「お馬さんに頼ったところでウチの動きにはついてこれないよ~」

 

「煩わしい……」

 

 レオイが舌打ちすると、ファム・グラスが笑う。

 

「それなら、ちょっぱやで終わらせてあげる! ショットガンスピン!」

 

 ファム・グラスは左足を前方に水平以上に持ちあげた状態で高速スピンを行う。それによって飛び散った氷がまさしくショットガンから放たれた弾丸のようにレオイに襲いかかる。

 

「くっ!」

 

「よしっ! 凍った! ……ってない⁉」

 

「ふん!」

 

 レオイが剣を振り、ファム・グラスの太もも辺りを斬りつける。

 

「ぐっ……そ、そんな、何故?」

 

 ファム・グラスが太もも辺りを抑えながら膝をつく。

 

「このガイコツ騎士は『ゾンビの鉄人』のステージボス……寒冷地域で志半ばに倒れ、ゾンビ化したという設定だ……よって君の氷系統の攻撃はほぼ無効化することが出来る……」

 

「そ、それ、ズルくない?」

 

「ズルくはない、対策をしっかりと練ってきたまでのこと……」

 

「くっ……」

 

「君との浅からぬ因縁もここまでだ……!」

 

 レオイがやや間を置いてから剣を振り下ろす。

 

「⁉ えっ⁉」

 

「何⁉」

 

「俺様を無視するな……はっ!」

 

 レオイの剣を疾風迅雷のキックが防ぎ、弾き返す。

 

「ちっ!」

 

「ジ、ジンライっち!」

 

「怪我をしたのなら無理をせず下がっていろ。後は俺様がやる」

 

「う、うん……」

 

 ファム・グラスが後退したのを確認して、疾風迅雷が構えをとってレオイに尋ねる。

 

「舞をさらったことから考えて、貴様らの狙いはNSPだな?」

 

「……そうだと言ったら? 何か不都合でも?」

 

「別にない……ただ、邪魔はさせてもらおう!」

 

「お~い、ジンライ君、盛り上がっているところ悪いのだけど……」

 

 間の抜けた声がして、ジンライはガクッとなる。視線を向けるとドローンが浮かんでいる。

 

「……大二郎、何の用だ?」

 

「今、データを転送したよ! 確認してくれ!」

 

「こ、これは⁉」

 

「選択してくれ! 意志表示するだけで良い!」

 

「!」

 

 疾風迅雷の体が光る。レオイが驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

 そこにはパワードスーツのカラーリングが銀色に変化した疾風迅雷がいた。

 

「これは……」

 

「それは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『メタルフォーム』だ!」

 

「メタルフォームだと?」

 

「ああ、様々なウェポンやマシンを駆使して戦うことに長けたフォームだ!」

 

「様々なウェポン、マシン……つまりドッポがバイクになったのも……」

 

「ご明察! まずはドッポにデータを送ったのだよ!」

 

「それで? どんなウェポンがあるんだ?」

 

「えっと……色々装備されて……される予定だよ!」

 

「予定ってなんだ⁉」

 

「いや、実装には結構時間がかかるのだよ……」

 

「まさか、手ぶらで戦えというわけではあるまいな!」

 

「ま、まさか! ……とりあえずデータを送ったから確認してくれ!」

 

「……普通、こういうものはテストを経てから実戦に使用するものだぞ!」

 

「ここは実戦兼テストということでひとつ!」

 

「何がひとつだ! 使用方法がなんとなくしか分からんぞ!」

 

「なんとなく分かるのなら大丈夫だよ! さすが超一流のヴィラン!」

 

「おだてるな! ……まあ、事実だが」

 

「後は持ち前のセンスでよろしく!」

 

 言うだけ言って、ドローンはその場を離れる。

 

「ちょ、ちょっと待て! よろしくするな!」

 

「漫才は終わりかな?」

 

 レオイが首を傾げる。ジンライはため息まじりで答える。

 

「……ネタ合わせの段階で相方が逃亡した」

 

「それは気の毒に……我々の邪魔をするというのなら容赦しない!」

 

 レオイが馬を走らせ、疾風迅雷に向けて突っ込んでくる。

 

「くっ! 速い!」

 

「終わりだ! 『氷剣乱舞』!」

 

「なにかないか、なにか!  ! これか! 『バーニングハンド』!」

 

「ぬおっ⁉ 氷が一瞬で溶かされた!」

 

 疾風迅雷の左腕から火炎が放射され、レオイの剣から生じた冷気を吹き飛ばした。

 

「もらった!」

 

「くっ!」

 

 レオイが馬を方向転換させ、その場から逃れようとする。

 

「ドッポ!」

 

「ハッ!」

 

 バイクに変形したままのドッポが近づき、疾風迅雷が跨って、レオイを追いかける。

 

「逃げる気か⁉ 騎士道の片隅にも置けない奴め!」

 

「! 言わせておけば!」

 

 レオイは再び馬を方向転換させて、バイクで突っ込んでくる疾風迅雷に向けて全速力で馬を走らせ、剣を構える。レオイは疾風迅雷の右側に走り込む。

 

「!」

 

「ネタ合わせを聞いたところ武装はまだまだ貧弱! 左腕の炎さえ気を付ければ!」

 

「安易な挑発に乗ったかと思ったら、意外と頭の回る奴だな!」

 

「伊達にプロフェッサーを名乗ってはいない! 『氷剣斬』!」

 

「『ライトニングブレイド』!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 馬とバイクのすれ違いざまに疾風迅雷の右腕から発生したレーザー状のブレイドがレオイの体を切り裂いた。レオイの振るった剣よりも速い剣さばきであった。ドッポが呟く。

 

「オミゴトデゴザイマス……」

 

 ジンライが振り返ると、レオイと馬の姿は消えていた。

 

「やったか⁉」

 

「……残念だけど、奴らの内、幹部連中は『特殊次元転移装置』って機械を使っている。恐らく逃げられたはずだよ……」

 

 疾風迅雷の近くに滑り寄ってきたファム・グラスが言い辛そうに口を開く。

 

「くっ、倒す手段は無いのか……?」

 

「あるとすれば、奴らの本体をどうにかして引き摺り出すことだね」

 

「それはまた厄介な連中だな……」

 

 疾風迅雷の火炎放射を利用し、石碑に縛り付けるように凍らされた舞を解放する。

 

「はあ、助かったわ……」

 

「NSP狙いで貴様の身柄を狙ってくるケースも増えてきそうだな」

 

「そ、それは嫌ね……」

 

「護身術の通信教育を増やしてみるのも手なんじゃないか?」

 

「……トレーニングに付き合ってくれるとか、そういう流れじゃないの?」

 

「? 何故俺様がそんなことをせねばならん?」

 

「別に! 言ってみただけよ!」

 

 舞は立ち上がると、その場からスタスタと歩いていく。ジンライは首を傾げる。

 

「? おかしな奴だな……」

 

「これは……わりとチャンスあるっぽい?」

 

 舞とジンライのやり取りを見ていたアイスが悪戯っぽく笑う。



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第4話(1)イベントに向かう

                  4

 

「ふ、二人とも、そんな怖い顔をしてどうしたのかな?」

 

 疾風宅の茶の間にてジンライと舞が険しい顔で大二郎を睨み付ける。

 

「……」

 

「おじいちゃん、本当に理由が分からない?」

 

「ええっと……?」

 

 大二郎はわざとらしく首を傾げる。ジンライがちゃぶ台を強めに叩く。

 

「単刀直入に聞く! NSPをどこにばら撒いた⁉」

 

「ば、ばら撒いたって……」

 

「NSPを狙う勢力が多いのは分かっているだろう! 何故一か所に保管していない⁉」

 

「ま、前も言ったけど、リスク分散の為にだね……」

 

「私、さらわれたんだけど⁉」

 

 舞が声を上げる。

 

「孫娘を思いっ切りリスクに晒してしまっているぞ」

 

「そ、それは大変だったけど、ジンライ君がいるから大丈夫だと信じていたよ」

 

「都合のいいことを……」

 

 舞が顔をしかめる。ジンライがいくらか冷静さを取り戻して尋ねる。

 

「百歩譲って、リスクを分散させるというのは理解出来なくもないとして……それをしっかりと管理出来なければ意味が無いだろう……」

 

「異常が発生した場合は通知が来るようにはしてあるよ。それにファム・グラスやクラブマンの様に、志あるヒーローやヒロインが駆けつけてくれるからね」

 

「……他力本願が過ぎないか?」

 

「その点については否定できないね」

 

「なんだって、赤レンガ通りなんて人が多く集まるところに石碑を設置するのよ?」

 

 舞が問う。

 

「NSPは設置場所や周囲の環境によってその力に変化が生まれるようなのだよ」

 

「ほう……?」

 

 ジンライは顎に手をやって呟く。舞が重ねて問う。

 

「それで? どういう変化が確認されたのよ?」

 

「えっと……」

 

「ヘンカ・エイキョウニツイテハ、モッカチョウサチュウデス……」

 

 口ごもる大二郎に代わって、ドッポが答える。

 

「なによそれ?」

 

「ショウサイハマダワカラナイトイウコトデス……」

 

「……これ以上一般の人に危険が及ぶようなことは避けるべきだわ。即刻、石碑等の撤去、回収をするべきよ」

 

「それは至極もっともな考えなのだけどね……」

 

「歯切れが悪いわね?」

 

「時間も費用も大分かかるからね……」

 

「どれだけばら撒いたのよ⁉」

 

「ざっと……函館だけでも50ヶ所くらいかな……」

 

「そ、そんなに⁉」

 

「う、うん……実験も兼ねて……」

 

「実験だと? なんの実験だ?」

 

 ジンライの眼光が鋭くなる。大二郎はしまったという風に口元を抑える。

 

「あ、ああ、それについてはまだ言えないのだよ……」

 

「なんで! どうしてよ⁉」

 

 舞は大二郎の肩を掴んで揺らす。

 

「こ、事はなるべく慎重に運びたいからね……」

 

 ジンライはドッポに視線を向ける。

 

「ドッポ……?」

 

「ワタシモシリマセン……」

 

「ふむ……リスク分散云々より、どうやら本命はその実験のようだな……」

 

「さ、さすがの洞察力だね……」

 

「NSPが解明されるのは俺様にとっても都合が良い……この件については終いだな」

 

「勝手に終わらせないでよ! 一般の人をさらに危険に晒すかもしれないのよ⁉」

 

「……と言っているが?」

 

「と、時が来たら伝えるよ、約束する。そ、それにこれは一般の人たちをむしろ守ることに繋がるはずなのだよ。僕の仮説が正しければだけど……」

 

「どう思う?」

 

 舞はジンライに尋ねる。ジンライは苦笑気味に答える。

 

「……一つの平和的発明が科学者の狂気じみた研究から生み出されるというのは、銀河中でありふれた皮肉ではあるな」

 

「ちょ、ちょっと! マッドサイエンティスト扱いかい⁉」

 

「限りなくそれに近いだろう。自覚なしか?」

 

「まあ、なくはないね……」

 

「本当に大丈夫なの⁉」

 

「舞、盲信しろとまでは言わんが、少しくらい信じてやれ……身内だろう」

 

「……分かったわ」

 

「ああ、と、とりあえず理解してくれて良かったよ、そうだ、これをあげよう」

 

 大二郎が複数枚のチケットを舞に差し出す。

 

「なによこれ?」

 

「今度、この近所の空き地で開催されるイベントのチケットだよ、お友達を誘うと良い、バックステージにも入ることが出来るよ。責任者とは顔見知りでね」

 

「ふ~ん……」

 

「興味深いな……」

 

 数日後、疾風宅の近所に設営された大きなテントの前に四人が立っていた。

 

「PACATF? なんて読むのかしら?」

 

「それよりも舞! 誘ってくれて嬉しいぞ!」

 

「ジッチョク、うるさい」

 

「俺にもまだ脈があるということだな⁉」

 

「ただ単にチケットが余っていたからよ……」

 

「ジンライっち、誘ってくれてどーもね♪」

 

 ジッチョクが舞にあしらわれている横で、アイスがジンライに声をかける。

 

「先日のゲームセンターはなかなか面白かったからな、その礼だ」

 

「……まさか、こっちがモーションをかける前に先手を打たれるとはね……」

 

 アイスは小声で呟く。

 

「? なにか言ったか?」

 

「うんにゃ、なにも」

 

「そうか、今日のこのイベントもそうだが、貴様に興味があってな……」

 

「うえっ⁉ な、なにっ⁉ 急展開過ぎない⁉」

 

 アイスは狼狽える。

 

「? 貴様に聞きたいことがあってだな……」

 

「き、聞きたいこと?」

 

「ああ、『多次元犯罪組織ミルアム』だとか、『プロフェッサーレオイ』だとか、どこかで見聞きした覚えがあるのだが……?」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「この星に来て間もない俺様が知っているのはどうもおかしい……と思ってな」

 

「ふ、ふ~ん……」

 

「最近、見ているものといえば、もっぱら漫画なのだが……」

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

 

 アイスは咳き込む。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……」

 

「疾風大二郎さんの関係者ね、お待たせしたわ!」

 

「あ、祖父がお世話になっています……ってええ⁉」

 

 挨拶をしようとした舞が驚いた。赤を基調とした派手な燕尾服を着た小柄な女性と身長2メートル以上ありそうな熊の顔をした男が現れたからである。



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第4話(2)ショーの終わりに

「初めまして、この団体の責任者、団長を務める坂田杏美(さかたあずみ)です」

 

 小柄な女性はシルクハットを取って、ジンライたちに恭しく礼をした。

 

「い、いや、く、熊!」

 

 舞は腰を抜かしそうになりながら、杏美と名乗った女性の後ろに立つ熊を指差す。

 

「ああ、アンタも挨拶なさい……」

 

「こ、こんにちは……」

 

「え、ひ、人……?」

 

「落ち着け、手足や衣服は人間のそれだろう……」

 

 ジンライがため息交じりに呟く。

 

「あ、ああ……」

 

「名前も名乗りなさいよ」

 

「あ、鮭延川光八(さけのべかわみつはち)です……」

 

「まさかの熊要素無し!」

 

「ごめんね、シャイな性格だから、ずっと熊のマスク被ってんの、試合でもないのに」

 

「試合?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「あら、知らなかった? うちは世界でも稀に見るプロレス団体兼サーカス団よ」

 

「プ、プロレス兼サーカス⁉」

 

「ず、随分とまた忙しそうな団体だね……」

 

 杏美の言葉にジッチョクとアイスが驚く。光八と名乗った男にジンライが話しかける。

 

「すると、貴様はレスラーでその奇抜な恰好はリングコスチュームというわけか」

 

「あ、は、はい、そうなります。リングネーム『ベアーマン』です、そのままですが」

 

「す、すみません……とんだ失礼を……」

 

 舞が体勢を直して、光八に頭を下げる。

 

「いえ、気にしないで下さい。慣れていますから」

 

 光八はリアル過ぎる熊のマスクから想像も出来ない程の柔和な声色で舞に答える。

 

「疾風博士……大二郎さんにはお世話になっているから……今日は楽しんでいってね」

 

「……失礼ながら、祖父とどういう関係なのですか?」

 

 舞が不思議そうに尋ねる。

 

「え?」

 

「団長さんはまだお若いようです。祖父とどこで接点があるのかなと思いまして……」

 

「え、えっと、先代の団長と仲が良かったのよ、私はその時まだ見習いだったけど」

 

「そうだったのですか……」

 

「じゅ、準備もあるから失礼するわ……公演後に楽屋に案内するから。行くわよ、光八」

 

「はい……」

 

 杏美はその場を去って行く。光八は舞たちに一礼して、その後に続く。

 

「おじいちゃん、意外な交友関係を持っていたのね……」

 

「それで納得するのか……」

 

「え? どういうことよ、ジンライ?」

 

「いや、別に構わん……そろそろ開演時間なのだろう? 席に行くぞ」

 

「……さあ、ピエロ二人によるパントマイムプロレスでした!」

 

「……一体何を見せられたのだ」

 

「パントマイムっていうよりも前衛的なダンスのようだったわね……」

 

 ジンライと舞が呆然とする。

 

「後は想像力で補えということだろう!」

 

「なんでジッチョク、ちょっと理解示しちゃっているの?」

 

 妙に感心した様子を見せるジッチョクにアイスが呆れる。

 

「……続きまして、人間ピラミッドチームマッチです!」

 

「……どういうルールだ?」

 

「見ていてもさっぱり分からないわ……」

 

 ジンライと舞が困惑する。

 

「要はどちらがより早く、ピラミッドを作れるかだ! 妨害も構わんということだ!」

 

「要約できるジッチョクが怖いよ……」

 

 興奮気味のジッチョクにアイスが冷めた視線を送る。

 

「……続きまして、空中ブランコタッグマッチです!」

 

「……空中ブランコの意味は?」

 

「私に聞かないでよ、分かると思う?」

 

 ジンライと舞が揃って首を傾げる。

 

「気が向いたら空中ブランコを使って技を繰り出しても良いということだろう!」

 

「なんで理解が追い付いているの?」

 

 うんうんと頷くジッチョクを見て、アイスは首を捻る。

 

「……最後は火の輪くぐりデスマッチです!」

 

「ひ、火の輪をくぐりながら戦えということか! これはまさしくデスマッチだな!」

 

「リング上に無数の火の輪が! 消防法とは⁉」

 

 ジンライと舞がともに驚く。

 

「これは……極めて難解だな」

 

「なんでこれは分かんないの⁉ 分かりやすい方ではあるでしょ⁉」

 

 首を傾げるジッチョクにアイスが驚く。

 

「……以上を持ちまして、全ての演目を終了しました。それでは団長の坂田杏美からご来場の皆さんにご挨拶をさせて頂きます」

 

 司会からマイクを受け取った杏美が話し出す。

 

「え~本日もメンバー、スタッフ全員が一生懸命頑張りました! 皆さん如何だったでしょうか? 良かったら拍手をお願いします!」

 

 観客席が拍手に包まれる。ジンライも拍手する。舞がからかい気味に声をかける。

 

「アンタも拍手とかするのね」

 

「なんだと思っている……意味不明な演目も多かったが、悪くはなかったぞ」

 

「まあ、団長さんのナイフ投げとかは見事だったわね」

 

「しかし、あの光八という男は良いところが無かったな」

 

「ヒール、いわゆる悪役というところでしょう? ああいう役回りも必要よ」

 

「そういうものか……」

 

 依然として拍手は鳴り止まない。立ち上がって拍手をするものもいた。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます! ……⁉」

 

 杏美は満面の笑みでそれに応えていたが、最前列でスタンディングオベーションをする男を見て、顔色を変えた。

 

「素晴らしかったよ……君らの最後の日に相応しい……」

 

「ア、アンタは! マスター・ハンザ!」

 

「別れというものは名残惜しいものだな……」

 

 ハンザと呼ばれた灰色の僧衣のようなものに身を包んだ短髪の男性は竪琴を奏でる。

 

「!」

 

 竪琴が奏でられると、巨大な爬虫類のような生物がテントに突っ込んでくる。

 

「怪獣⁉」

 

「怪獣だと⁉」

 

「プロレス隊、戦闘配置! サーカス隊はお客様の避難誘導を!」

 

 杏美がマイクで指示を飛ばし、団員たちは即座に動く。

 

「おい! カニ男!」

 

「クラブマンだ!」

 

 ジンライの言葉にジッチョクは言い返す。

 

「貴様も避難誘導をしろ!」

 

「わ、分かった!」

 

「アイスも頼む!」

 

「おっけー!」

 

「甲殻起動!」

 

「フリージング!」

 

 ジッチョクとアイスはそれぞれクラブマンとファム・グラスの姿になる。

 

「皆さん、出口はあちらです!」

 

「落ち着いて行動してね~!」

 

 クラブマンたちは避難誘導を始める。見知ったヒーローとヒロインの登場でパニック状態になっていた会場の観客たちも安堵したのか、冷静さを取り戻し、出口に向かう。その様子を見届けたジンライは前列に向かって走り出す。舞も思わず追いかける。

 

「ジンライ⁉ どうしたの⁉」

 

「ちっ! あのハンザとかいう奴、姿を消したか!」

 

「そこの二人! 避難を……間に合わないか! リングに上がって!」

 

「ええっ⁉」

 

 杏美の呼びかけに戸惑いながら、ジンライたちはリングに上がる。

 

「PACATFファイター、緊急発進!」

 

「はいっ⁉」

 

 リングが青い小型戦闘機に変形し、急浮上した。

 

「攻撃目標、巨大怪獣! 喰らえ!」

 

 戦闘機からミサイルが放たれる。至近距離で射撃を喰らった怪獣はややのけぞる。

 

「なっ、なっ⁉」

 

「反撃警戒! 一旦距離を取る! 二人ともシートに座って!」

 

 杏美は後ろに振り返って舞たちに声をかける。舞が尋ねる。

 

「こ、これはどういう状況ですか⁉」

 

「怪獣と戦闘中よ!」

 

「そ、それは分かりますが、プロレス団体兼サーカス団ではなかったのですか⁉」

 

「それは世を忍ぶ仮の姿よ!」

 

「……成程、『プロレス&サーカスは仮の姿』=『Professional wrestling And Circus Are Temporary Figure』……その頭文字を取ってPACATFか……」

 

「り、理解力が常識外れ過ぎるでしょ!」

 

「当然だ、なんてたって俺様だぞ?」

 

 舞の指摘にジンライはこれでもかと胸を張る。杏美が叫ぶ。

 

「怪獣が向かってくるわ! くっ、迎撃も通じない!」

 

「べべベアー‼」

 

「⁉」

 

 そこに巨大な熊の顔をした巨人が現れる。怪獣と戦闘機の間に割って入る。

 

「あ、あれはもしかして……」

 

「もしかしなくてもそうだろう……」

 

「そ、そうよね……」

 

「いつも助けにきてくれる謎の熊マスク巨人!」

 

「ええっ⁉」

 

 杏美の発言に舞たちは驚く。



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第4話(3)迷わず行けよ

「こちらがピンチの時に限っていつもタイミング良く駆け付けてくれるのよね~」

 

「えっと……団長さん、気付きません?」

 

「え、なにが?」

 

 舞の問いに杏美は首を傾げる。

 

「な、なにがって……あの奇抜なコスチュームとか……」

 

「え? 見当もつかないわね……コスチューム? ああいう地肌なんじゃないの?」

 

「そ、そんな! こ、股間だけシースルーな地肌ってなんですか⁉」

 

 舞は少し顔を赤らめながら声を上げる。

 

「もしかして……えっと、疾風……」

 

「舞です」

 

「舞さんはあのベアーマスクの正体を知っているの⁉」

 

「ベアーマスク?」

 

「我々が付けた呼称よ」

 

「そ、それはまた随分とそのままですね……」

 

「こういうのは分かりやすい方が良いのよ」

 

「……ちなみにPACATFは何と称しているのだ?」

 

 ジンライが口を挟む。

 

「え、なんだろ、パキャトフとかかな? パッキャット派もいるわね。面倒だからPAC、パックって皆言っているわ」

 

「呼称を統一していないんですか、そんなアバウトな……」

 

 杏美の返答に舞が戸惑う。

 

「各員の自主性を重んじているのよ」

 

「き、聞こえは良いですが、軍事行動をとる部隊なんですよね?」

 

「そうよ、主に怪獣撃退の任に当たっているわ」

 

「それならば、ある程度の規律は必要かと思うんですが……」

 

「でもあんまりガチガチに縛っちゃうとね、自主性を損なうとともに、創造性まで失ってしまって、プロレスやサーカスのパフォーマンスに悪影響が出ちゃうのよ」

 

「いや、プロレスやサーカスはあくまで世を忍ぶ仮の姿なんですよね⁉」

 

「う~ん、気が付いたら、プロレスやサーカスにもマジになってきちゃって、もはや自分たちが何の集団なのか分からなくなってきているフシがあるわね」

 

「そんなのおかしいでしょう!」

 

「笑っちゃうわよね~」

 

「そういう意味ではなく!」

 

「それ以上はやめておけ、舞」

 

 ジンライが会話を遮る。杏美が問う。

 

「それより、舞さん! ベアーマスクの正体は⁉」

 

「え、えっと……」

 

「団長! 前を見ろ!」

 

「え? おおっと!」

 

 戦闘機の目前に、二足歩行になったトカゲのような巨大怪獣が迫っていたため、杏美は慌てて操縦桿を倒し、怪獣を避けた。後を追いかけようとした巨大トカゲだったが、やや大きさで上回るベアーマスクがそれを阻止する。舞がほっと胸を撫で下ろす。

 

「あ、危なかった……」

 

「今は撃退に集中しろ」

 

「あ、貴方、随分と落ち着いているわね……」

 

 杏美はジンライの不遜な態度に怒るでもなく感心する。

 

「戦闘機での空中戦は散々経験してきたことだからな……もっともあのような巨大な生物と遭遇した機会はあまり無いが……」

 

「あまり……ってことはあるの? 倒し方のコツは?」

 

「俺様が遭遇したのはその惑星の野良生物みたいなものだからな……無理に倒す必要は無かった。よって、倒し方など知らん。むしろ教えて欲しいくらいだ」

 

 舞の問いにジンライは首を振りながら答える。

 

「そ、そんな……!」

 

 ベアーマスクと巨大トカゲが激しくぶつかり合う。巨大トカゲの敏捷性を活かした動きにベアーマスクは手こずっているようである。

 

「団長、援護してやれ」

 

「と、とは言っても、この戦闘機の武装ではあのトカゲに傷一つ付けられないわ!」

 

「生物である以上、どこか弱い部分はあるはずだ……」

 

「弱い部分……そうか!」

 

 杏美が操縦席のコントロールパネルを操作し、ミサイルを数発発射する。発射されたミサイルは全弾巨大トカゲの右眼に命中し、巨大トカゲの右眼は潰れる。舞が叫ぶ。

 

「き、効いた!」

 

「成程、銀河広しといえども、眼球が鋼のように硬いという生物は見たことも聞いたこともない……良い狙いだ。団長を任せられるだけはあるな」

 

「貴方の助言のお陰よ! 貴方、ルックスも悪くないし……どう? うちに入らない?」

 

「生憎、プロレスにもサーカスにも興味は無い……」

 

「多角経営に乗り出そうという話も出ているのよ、貴方に見合った業種もあるはずだわ」

 

「多角経営とは……集団として方向性を見失っていないか?」

 

「分かってないわね、進む方向こそがそのまま道となるのよ!」

 

「ほう……」

 

「なにちょっと感銘受けちゃってるのよ!」

 

 腕を組んで頷くジンライに舞が突っ込みを入れる。

 

「グオオオッ!」

 

「⁉」

 

 突然の雄叫びに驚き、ジンライたちが視線を向けると、ベアーマスクが巨大トカゲの長い尻尾を掴んで持ち上げて振り回し始めた。杏美が声を上げる。

 

「こ、これはまるでジャイアントスイング! そういえば過去の戦闘でも水平チョップやドロップキックを繰り出していたわね。ベアーマスク、薄々思ってはいたのだけど……」

 

「だけど?」

 

 舞がじっと耳を傾ける。

 

「プロレスにも精通しているのね! 親近感が湧くわ!」

 

「あ、あまりにも察しが悪い!」

 

「投げるぞ!」

 

 ジンライの叫びと同じタイミングでベアーマスクは巨大トカゲの尻尾を離した。投げ飛ばされる形となった巨大トカゲは地面に激しく打ち付けられ、動かなくなった。

 

「た、倒したの?」

 

「やったわ! ベアーマスク! いつもありがとう!」

 

「ふっ……そろそろこちらも我慢の限界だ……」

 

「えっ⁉」

 

「声だと……! 大声でもないのに脳内に響いてくるような感覚……!」

 

 戸惑う舞とジンライをよそに、杏美が声を上げる。

 

「マスター・ハンザね! アンタらの悪巧みにはこっちも飽き飽きしてんのよ!」

 

「……我らの崇高なる目的は所詮君たちには理解出来ないよ……」

 

「あ、あそこに人が!」

 

 舞が指差した方向に僧衣を身に纏った男が立っていた。男は竪琴を奏でる。

 

「やられっぱなしでは終わらない……倍の倍!」

 

「⁉」

 

 竪琴から不思議な音が奏でられたかと思うと、倒れ込んでいた巨大トカゲが立ち上がり、更に巨大化し、ベアーマスクを見下ろすほどの大きさになった。舞たちが驚く。

 

「なっ⁉ ベアーマスクより二回りは大きくなったわ!」

 

「こ、こんなことが……」

 

「団長! あのハンザとかいう奴のしわざだろう! 奴は一体何者だ⁉」

 

「秘密教団『ファーリ』の一員よ……」

 

「秘密教団?」

 

「ええ、超能力の類なのか、怪獣を操ることが出来る連中が集まっているの……独自の教義を掲げて活動しているわ」

 

「独自の教義?」

 

「詳しくは分からないけど、大部分の人類にとってはあまり受け入れられない考えね」

 

「超能力者が集まっているカルト教団か、厄介だな……」

 

「くっ、迂闊だったわ……まさか会場に潜入しているとは……全く気が付かなかったわ」

 

「……あの恰好で竪琴を持ち歩いている人に気付きませんか?」

 

「舞、この団体に多くを求めるな」

 

「そ、それにしてもね……」

 

「団長! あのハンザという男に接近してくれ!」

 

「わ、分かったわ!」

 

 杏美が戦闘機を旋回させ、ハンザの立っているところに近づく。舞が尋ねる。

 

「ジンライ! どうするつもり⁉」

 

「あいつが怪獣を操っているというのなら、先に始末すべきだ!」

 

「ど、どうやって⁉ あいつは妙な力を使うわよ!」

 

 杏美が大声を上げる。

 

「こうやってだ! 吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「⁉」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「あ、貴方、そ、その姿! ヒーローだったの⁉」

 

「搭乗口を開けろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 疾風迅雷が戦闘機から飛び降り、地面に着地し、ハンザと向かい合う。

 

「ふっ、只のヒーローが私に敵うとでも?」

 

「残念ながら、只のヒーローではない……」

 

「ん?」

 

「超一流のヒーローだ、メタルフォーム!」

 

「⁉ 色が変化した⁉」

 

「『ニーミサイル』!」

 

 疾風迅雷は片膝を突き、ミサイルを発射させた。至近距離からの砲撃がハンザに向かって勢いよく飛んでいき爆発する。

 

「!」

 

「ふん……躱しようがあるまい……何だと⁉」

 

 ジンライは目を疑った。ハンザが無傷で立っていたからである。

 

「ふっ、この防護盾の前では何をしても無駄だよ」

 

「強力なシールドを発生させることが出来るのか……どわっ!」

 

 強い揺れを感じ、ジンライが目をやると、そこには巨大トカゲによって倒されたベアーマスクの姿があった。

 

「さて……どうする? 超一流のヒーロー殿?」

 

 ハンザは不敵な笑みを浮かべる。



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第4話(4)巨人の力

「ぐっ……」

 

 ジンライに迷いが生じる。ハンザは小首を傾げ、その様子を眺める。

 

「……」

 

(どうする? ベアーマスクの援護にまわった方が良いか? このままでは巨大トカゲがNSP研究所に向かってしまう。恐らくこのファーリという教団の狙いもNSPなのだろう……だが、この小さな体で出来ることは限られている……メタルフォームにもウェポンがいくつか追加されているが、あの巨体に決定的ダメージを与えられるとはとても……)

 

「来ないのならこちらからいくよ、お返しだ」

 

「どわっ⁉」

 

 ハンザが右腕を掲げると、空中にいくつかの光弾が発生する。右腕を振り下ろすと、光弾が勢いよく疾風迅雷に向かって降りかかり、爆発する。派手な爆発だったが、疾風迅雷はなんとか耐え忍んだ。

 

「ほう……意外とタフだね」

 

「シールドと言い、面白い手品だな、サーカス団に入ったらどうだ? 紹介してやるぞ」

 

「手品などではない……これはギフテッド……選ばれし者にのみ授けられた力だよ」

 

「選ばれし者……」

 

「そう、これは宿命と言っても良いのかな。この力を用いて、私たちは混沌にまみれたこの世界を正しい方向へと導くのさ」

 

「その為にまず目障りなベアーマスクとパキャなんとかを潰すと……」

 

「そういうことだよ。私の力もようやく一段階上に覚醒した……」

 

「覚醒だと?」

 

「そう、ご覧の通り、巨大怪獣を更に大きくさせることが出来るようになった」

 

「NSPはどうするつもりだ?」

 

「あの未知なる力は君らの手には余る……私たちが預かったほうが安全だ……」

 

「より危険が増すだろう! バイオフォーム!」

 

「! ふん!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 バイオフォームにチェンジし、怪鳥モードとなった疾風迅雷は空中を飛んでハンザに襲いかかろうとしたが、ハンザはすぐさま光弾を放ち、疾風迅雷を撃墜する。光弾を喰らった疾風迅雷はあえなく地面に落下する。ハンザは笑う。

 

「また、違う色に変わった……しかも鳥のような姿になるとは、なかなか愉快な曲芸だ……君こそサーカス団に入ったらどうだい?」

 

「くっ……」

 

 疾風迅雷は俯いた体勢から寝返りをうち、仰向けになって空を仰ぐ。

 

「パフォーマンスは終わりかな? 君も邪魔だから消えてもらおうか」

 

「ちっ……ん? 大二郎から通信! これは!」

 

 疾風迅雷が立ち上がり、ハンザとは反対方向、巨大トカゲの方に向かって走り出す。

 

「! 逃がさないよ!」

 

「逃げではない! 面白い曲芸を見せてやる!」

 

「これ以上好きにさせるとでも⁉ なっ⁉」

 

 ハンザと疾風迅雷の間にクラブマンとファム・グラスが割って入ってくる。

 

「おい! 湿布賃貸!」

 

「疾風迅雷だ!」

 

「お客さんたちの避難誘導、完了したよ~♪」

 

「そうか、その男の足止めを頼む! 超能力を使うぞ、無理はするな!」

 

「分かった!」

 

「りょ!」

 

「意志を表示!」

 

「何⁉」

 

 疾風迅雷の体が光る。ハンザだけでなく、クラブマンたちも驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

「わ~お……」

 

 そこにはパワードスーツのカラーリングが赤・青・白のトリコロールに変化し、数十メートルの体に巨大化した疾風迅雷がいた。近くを飛行する戦闘機から舞の声がする。

 

「ジ、ジンライ、それは……⁉」

 

「これは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『ジャイアントフォーム』だ!」

 

「ジャ、ジャイアントフォーム?」

 

「ああ、ただ単純なパワーアップだけでなく、常識をはるかに超越した能力を発揮して戦うことが出来る! ……とのことだ!」

 

「常識を超越した……」

 

「とは言っても、例によってまだ限りがあるようだがな……まずはこれか!」

 

「⁉」

 

 疾風迅雷が手をかざすと、ベアーマスクが倍ほどの大きさになった。舞が驚く。

 

「そ、それは⁉」

 

「周囲の物体の大きさを変化させることが出来るようだ! 行くぞ、ベアーマスク! あのバカでかいトカゲを退治する!」

 

「グオッ!」

 

 ベアーマスクは力強く頷き、巨大トカゲに向かって突っ込む。まだ巨大トカゲの方が一回り以上大きいが、それでもベアーマスクには十分だった。ベアーマスクはジャンプして、巨大トカゲの頭部を叩く。そして前屈みになった巨大トカゲの頭部を自身の両足で正面から挟み、巨大トカゲの胴体部分を両腕で抱えて持ち上げながら後ろに尻餅をつくように倒れ込み、巨大トカゲの頭部を地面に激しく打ちつける。

 

「決まった! パイルドライバー!」

 

 杏美が歓声を上げる。巨大トカゲはそれでもなんとか立ち上がるが、脳天を打ちつけた為か、足元がフラフラとしている。

 

「ベアーマスク、下がっていろ! 後は俺様がやる!」

 

「ウガッ⁉」

 

「こういうことも出来るわけだ……!」

 

 疾風迅雷は崩れたテントの支柱を巨大化させて、自らの手に取ると、巨大トカゲに向かって勢いよく突っ込む。

 

「ギャア……!」

 

 支柱が巨大トカゲの胸を貫く。疾風迅雷はトカゲの目から光が失われたことを確認し、支柱を引き抜く。巨大トカゲはその場に崩れ落ちる。

 

「生物である以上、心臓、またはそれに近い器官はあるはずだ。正直当てずっぽうだったが、胸部を狙ってみて正解だったな……」

 

「くっ! これで勝ったと思うなよ!」

 

 ハンザの声にハッとなったジンライはファム・グラスたちに指示を送る。

 

「まさか復活させる気か⁉ その男に竪琴を奏でさせるな!」

 

「りょ! ショットガンスピン! なっ⁉」

 

 ファム・グラスの放った氷の塊は、ハンザのシールドに阻まれる。

 

「無駄だ! この防護盾は破れん!」

 

「うおりゃあ!」

 

「なっ⁉」

 

「はっ⁉」

 

 ハンザだけでなく、ジンライたちも驚いた。クラブマンがシールドをものともせずにハンザへ攻撃したからである。

 

「なっ……ど、どうやって防護盾を……」

 

「正面が駄目なら……横入りするまでだ!」

 

「そ、そんな……も、盲点だった……」

 

「いや、十分想像出来るでしょ……」

 

 ファム・グラスが呆れた声で呟く。

 

「くっ、カニ男め! 私の顔に傷を付けるとは! 覚えておけよ!」

 

「ぬおっ!」

 

「き、消えた……」

 

「……二人ともよくやってくれた」

 

 巨大化から通常のフォームに戻った疾風迅雷が声をかける。

 

「これくらいなんてことはない!」

 

「ジッチョク、相手に目を付けられちゃったみたいだけど……」

 

 アイスが心配そうに声をかける。

 

「仕方が無い! それもヒーローの宿命という奴だな」

 

「巨大怪獣で攻めて来られたらどうするの?」

 

「そ、それがどうした! 受けて立つまでだ!」

 

「声震えてんじゃん、意気込みは良いけどね……」

 

 アイスが苦笑する。

 

「……これからも移動しながら戦い続けるんですね?」

 

 戦いが終わり、怪獣の死体撤去作業などが忙しなく進む中、舞が杏美に問う。

 

「ファーリの拠点は各地にあると見られているからそこを調査しつつね」

 

「だ、団長~」

 

「あっ、光八! 今までどこに行っていたのよ! いつも肝心な時にいないんだから!」

 

「す、すみません……」

 

「……まあ良いわ、いつものようにトレーラーの運転、お願いね」

 

「あ、あの……」

 

「止めておけ、舞……」

 

 ジンライが舞を制する。

 

「で、でも……」

 

「知られたくないということだろう、放っておけ……」

 

 ジンライは運転席の方に回り、光八に近づく。それに気づいた光八が会釈する。

 

「あ、ど、どうも……」

 

「シャイな性格でずっとマスクを被っていてもほとんど違和感の無い場所……このプロレス団体兼サーカス団は貴様にとってちょうど良い隠れ蓑なわけだな」

 

「は、はい?」

 

 光八はとぼけた様子で首を傾げる。

 

「そのマスクがどうであれ、この連中ならば貴様のことを受け入れそうだがな……」

 

「!」

 

「独り言だ、気にするな……縁があればまた会おう」

 

「ただいまー!」

 

「ああ、お帰り……」

 

 家に戻った舞たちを大二郎が迎える。ジンライが怪訝そうな顔で尋ねる。

 

「どうした、浮かない顔だな、NSPを守ったのだぞ?」

 

「他の街のNSPが同時に危険信号を発していてね……まだ慌てる段階じゃないけど」

 

「はっ⁉ 他の街って、函館だけじゃないの⁉」

 

「い、いや、北海道各所に……言ってなかったっけ⁉」

 

「そ、それを早く言え!」

 

 衝撃の発言にジンライが大声を上げる。



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第5話(1)襟裳の春は何もない

                  5

 

「思えば遠くまできたものだ……」

 

 ジンライは海を眺めながら呟く。

 

「ジンライサマ……」

 

 トボトボと近づいてきたドッポに向かってジンライが振り向く。

 

「貴様がバイクだけでなく車両モードに変形出来るとはな」

 

「オツカレデハナイデスカ?」

 

「自動運転だったからな、シートの座り心地も悪くは無かった。大して疲れは無い」

 

「ソレハナニヨリデゴザイマス……」

 

「ただ……飛行機モードなどに変形は出来ないのか?」

 

「ハカセハイチオウカイハツチュウダトオッシャッテイマシタガ……」

 

「移動距離を考えるとすぐに欲しかったところだが……まあ、贅沢は言えんか」

 

 ジンライは首を傾げながら呟く。

 

「シカシ、ヨロシイノデスカ?」

 

「何がだ?」

 

「ショウジキニモウシアゲテ、ゲンザイノジンライサマハハカセノツカイパシリデス」

 

「随分と正直な物言いだな」

 

 ジンライは思わず苦笑する。

 

「ギンガイチノヴィランガ、イツマデモコノヨウナアツカイニアマンジテイルワケニイカナイノデハ……?」

 

「下手なことを言うのはやめておけ……」

 

「ゴシンパイナク……ゲンザイハカセトノツウシンハシャダンチュウデス、コノヤリトリガキカレルオソレハアリマセン」

 

「貴様自身も把握していない方法を使っているかもしれん……会話内容をメモリーしておくとかな……奇人変人ではあるが、なかなか侮れん奴だ」

 

「デスガ……ダレカニソウダンスルコトニヨッテ、カンガエヲセイリデキルトイウメリットモアルトオモワレマス……」

 

「貴様からの提案、心に留めておこう。その件についてはひとまず後回しだ」

 

「ハッ……」

 

 ジンライは海に視線を戻す。腕を組んで考える。

 

(NSPが一つの街だけでなく、この北海道というエリア全体に配置されているとは想定外だった……。表向きは大二郎の業績を讃える行政機関の要請に応えるという体で、その研究成果を様々な形で各所に設置しているとのことだが、実際の狙いは違うのだろう……。奴が少し口を滑らしたように別の目的があるはずだ……その目的を見極める為にも、ここはあえて奴の依頼を受け、各地を巡ってみようと思った。しかし……)

 

「寒いな!」

 

 ジンライはブルブルっと震える。

 

「キセツハスッカリハルデスガ、キョウハウミカゼガツヨイデスネ」

 

「ここはなんという街だったか?」

 

「エリモデス」

 

「そうだ、襟裳だ。しかし……何もないな」

 

「そりゃ、岬の先端部分にまで来ればね、どこだってこんなもんでしょ……」

 

 舞が目を細めながらジンライに語りかける。

 

「なんだ、調子が戻ったのか、トイレに駆け込んでいたが」

 

「洗面台を借りにね……吐き気がひどかったから」

 

「乗り物酔いとは情けない奴だな」

 

「むしろアンタがなんで平気なのよ」

 

「宇宙空間の飛行では多少の揺れがつきものだ」

 

「生憎だけど、宇宙に行った経験が無いもので」

 

「先が思いやられるな……」

 

 ジンライがため息をつく。

 

「酔い止め薬を買っておくわ。どこかで買えるでしょ」

 

「大体、貴様はなんでついてきたのだ?」

 

「学校が連休で休みだし」

 

「そういうことではない」

 

「アンタ、北海道の地理に不案内でしょう、ナビ役よ」

 

「必要ない、ドッポがいる」

 

「ドッポの調子が悪い時に困るでしょう」

 

「まず貴様が調子を崩しているだろう」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

 舞が口ごもる。

 

「まあ、側にいた方が守りやすくはあるか……」

 

「え?」

 

「いいか、極力俺様の側から離れるなよ」

 

「ええ?」

 

「もちろん俺様も離さん、必ず守ってやる」

 

「えええ?」

 

 舞の顔がみるみる赤くなる。ジンライが顔を近づける。

 

「どうした? 顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」

 

「べ、別に! 大丈夫よ! ⁉」

 

 その時、舞の腹がグウっと鳴る。

 

「……どこかで腹ごしらえでもするか……ドッポ」

 

「スコシモドッタトコロニキッサテンガアリマス」

 

「喫茶店……軽食も出しているだろうな。行くぞ、舞」

 

 ドッポを肩に乗せジンライが歩き出す。

 

「な、なんか、タイミング悪い! ……ような気がする! 今じゃないでしょ⁉」

 

 舞がポンポンと自らの腹を叩く。ジンライが不思議そうに見つめる。

 

「何をやっている?」

 

「何でもない! 自分の腹の虫に腹を立てていたの!」

 

「なんだそれは……」

 

 ジンライが首を捻りながら再び歩き出す。ドッポが呟く。

 

「ジンライサマモツミナオカタデスネ……」

 

「? まあ、舞の身柄を確保しておくに越したことはない。以前のようにNSPを狙う勢力にさらわれたりしてはかなわんからな。大二郎への牽制にもなる……」

 

「ソウイウイミデモウシアゲタノデハナイノデスガ……」

 

「ん?」

 

「イエ、ア、ミエテキマシタ、アノミセデス……」

 

 ジンライたちは店に入って、食事を済ませた。

 

「ごちそうさまでした……それで? これからどうするの?」

 

「……大二郎の説明によれば、NSPが危険信号を発したということはそのままの意味で危険を察知したということになるらしい」

 

「それは私も聞いたわ。ただ、危険を察知ってどういうこと? NSPは自らにとって、その察知した存在が安全か危険かどうか判断することが出来るの?」

 

「細かいメカニズムは俺様にも分からん……なにせ未知のエネルギーだからな」

 

 ジンライはわざとらしく両手を広げてみせる。

 

「函館を留守にしても良かったのかしら?」

 

「研究所の守備はアイスに頼んでおいた、一応カニ男にもな……」

 

「手回しが良いわね」

 

「とはいえ、心配ではあるな……こちらを片付けてさっさと函館に戻りたいところだが」

 

「おじいちゃんは慌てる段階ではないって言っていたけど」

 

「数か所ある中で、一番優先すべきなのがこの街だということでやってきた」

 

「ジンライはなにかが迫っていると確信しているの?」

 

「確信とまではいかないが、しばらく滞在していよう。しかし、本当に何もないな……」

 

「何もないとはご挨拶ね!」

 

 突然、ボサッとした茶髪でライダースジャケットにジーンズ姿の女性がジンライたちに話しかけてきた。

 

「……誰だ?」

 

 ジンライが怪訝そうに尋ねる。



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第5話(2)暑苦しい、鬱陶しい、騒々しい友達

「誰だと聞かれたら答えないわけにはいかないわね! アタシの名は茶畑唱(ちゃばたけうたい)、この襟裳が生んだスーパースターよ!」

 

「……」

 

「あ、コーヒー来た、ありがとうございます……」

 

「二杯目か、角砂糖を一つだったな……」

 

「あ、ありがとう」

 

「む、無視すんじゃないわよ!」

 

 唱と名乗った女性はジンライたちに突っ込みを入れる。

 

「無視以外の選択肢が無いだろう……」

 

「知らない人とはお話ししてはいけないよと祖父から言われていますから……」

 

「不審者扱い⁉」

 

「他になにがあるんだ……」

 

 ジンライはウンザリした目で唱を見つめる。整った目鼻立ちをしているが、なんとも気の強そうな性格がにじみ出ているなという感想を抱いた。

 

「スーパースターを目の前にして、その態度は無いでしょう!」

 

「スーパースター?」

 

 ジンライは舞に視線をやる。舞は申し訳なさそうに首を振る。

 

「えっと……ごめんなさい、私そういうのには疎くて……いわゆる迷惑系の動画は見ないようにしているというのもありますけど……」

 

「誰が炎上系動画配信者よ!」

 

「ドッポ、分かるか?」

 

 ジンライはテーブルにペタンと座るドッポに尋ねる。

 

「『チャバタケウタイ ジンメイ エリモ』デケンサク……ヤク186ケンヒット……」

 

「それはそれは……大したスーパースターだな」

 

「こ、これからなるのよ! なによその丸いのは⁉ 反則じゃない!」

 

「なにが反則だ、なにが……それで貴様、話でもあるのか? 暇潰しに聞いてやる」

 

「き、貴様! ひ、暇つぶし⁉」

 

 唱はジンライの尊大な物言いに目を丸くする。

 

「い、いただきます……」

 

 舞は関わり合いを避けるのが無難だと判断し、コーヒーカップに口を付ける。

 

「……アンタ、さっきなんて言った?」

 

「この襟裳という街には何もないと言ったな」

 

「て、丁寧に言い直さなくてもいいから!」

 

「いや、重要なことなのかと思ってな……」

 

「襟裳には立派な風景の岬があるわ!」

 

「さっき見てきた。ただ、地形のことを自らの手柄のように誇られてもな……」

 

「ぐっ……!」

 

「そもそも地形というものは、長い時間をかけて起こった地殻変動や水の流れなどの自然現象により、地表面が変形を受けることによって形成されるものであって……」

 

「こ、小難しい言葉並べて良い気にならないで!」

 

「いちいち叫ぶな、やかましい奴だな……」

 

 ジンライはうんざりした顔を浮かべる。

 

「と、とにかく、これからアタシが、いや、アタシたちがこの襟裳のレジェンドになるんだから! 何もないとは言わせないわ!」

 

「アタシたち? 貴様一人のようだが……」

 

「……これからイベントなんだけど……皆遅れているみたいね。おかしいわね、この店で待ち合わせって言ってたのに……」

 

「~~! とっくに着いていますわよ! 貴女が大遅刻をかましているんですの!」

 

 ジンライたちの隣のテーブルに座っていた、やや薄紫色で、ふわっとしたウェーブがかった長い髪をなびかせた女性がガバッと立ち上がり、唱を睨み付ける。

 

「あ、たのちん、おっつ~♪」

 

「おっつ~♪ではなくて、まず言うことがあるのではなくて⁉」

 

「そうだ! 今日のイベントは絶対成功させようね! このステージがアタシたちの伝説の幕開けになるんだから!」

 

 唱は女性の手を握り、顔をグイッと近づける。

 

「ち、近い! 暑苦しい! そういう意気込みの話ではなくて!」

 

「あ、この子は涼紫楽(すずむらさきたのし)ちゃん!」

 

「ちょ、ちょっと! あ、ど、どうも、初めまして……」

 

 楽と紹介された女性は姿勢を正し、ジンライたちに対して丁寧に頭を下げる。その仕草から育ちの良さが窺える。服装も白いシャツに寒色系のワンピースと清楚な恰好であり、ライダースを羽織った唱とは対照的である。タイプこそ異なるが、美人という点は共通している。舞がボソッと呟く。

 

「この人はどこかで見たことあるような……」

 

「わたくしたちはリハーサルを終えましたが、唱さん、貴女大丈夫なのですか?」

 

「まあ、未来のスーパースターは本番一発でこなしてみせるから!」

 

 唱は右手の親指をグイッと立てて頷く。楽はため息をこぼす。

 

「不安しかありませんわ……そもそも、唱さん? わたくしとしてもあまり偉ぶったことは言いたくはありませんが、真のプロフェッショナルというのは準備の段階から……」

 

「たのちん、悪いけど、今のアタシ、テンションガンガン上がってきているから、お説教されても、『蕎麦のつゆにティラミス』よ!」

 

「は、はあ⁉ な、何をおっしゃっておりますの⁉」

 

「それを言うなら、『馬の耳に念仏』……」

 

 カウンター席に座る、薄緑色のロングヘアーで眼鏡を掛けた長身女性が訂正を入れる。

 

「おっ、かなたん、そんな所にいたのね~♪ 今日のイベント、後世にまで長く語り継がれるものにしようね!」

 

「単なる地元の町おこしイベントに大袈裟な……鬱陶しい……っと!」

 

 唱は女性の座っている椅子をグルッと回転させ、ジンライたちの方に向ける。

 

「この子は新緑奏(しんりょくかなで)ちゃん!」

 

「ど、どうも……」

 

 奏と呼ばれた女性は端正な顔をしかめつつ、一応ジンライたちに頭を下げる。服装はカーディガンにチェックのロングスカートと落ち着いた格好であり、ライダースを羽織った唱とはこれまた対照的である。舞が首を傾げて呟く。

 

「この人も見たことあるような……」

 

「かなたん、緊張してない?」

 

「全然してない……集中したいから静かにして」

 

「流石♪ 頼もしいわね!」

 

「おっ! やっと来たか~唱」

 

 お手洗いから出てきた女性が唱に声をかける。やや小柄な体格で髪の毛がオレンジ色で、ストレートヘアーである。ルックスは整っているが、ファッションはダボッとしたシャツに膝丈ほどのガウチョパンツを着ている。やはり唱とは対照的である。

 

「おおっ! ひびぽん! 今日のイベントはガンガンド派手に! ババーンと大爆発しちゃうくらいの勢いで行こう!」

 

「はははっ! 騒々しいな~」

 

「この子は橙谷響(とうやひびき)ちゃん!」

 

「おおっ? なんだか分からんけど、よろしく~」

 

 響と呼ばれた女性は気さくにジンライたちに挨拶する。

 

「この人も知っている気がする……」

 

 舞が顎に手を当てて小声で呟く。

 

「この四人で今日、伝説を作るから! もう襟裳に何も無いとは言わせないわよ!」

 

「伝説とは大きく出たな、大丈夫か?」

 

「大丈夫よ、厚い信頼関係で結ばれているから!」

 

「暑苦しい、鬱陶しい、騒々しいと言われていたような気がするのだが……」

 

「とにかくしっかり見てなさい! えっと……そう言えば名前は?」

 

「俺様は疾風迅雷、こっちが疾風舞だ……」

 

「ん? 同じ名字?」

 

「夫婦だからな」

 

「ぶほっ⁉」

 

 舞は口に含んでいたコーヒーを噴き出す。

 

「ふ、夫婦⁉ ま、まだ若いのに……」

 

「ジ、ジンライ、アンタ、何を言ってんのよ⁉」

 

 汚れたテーブルを拭きながら、舞が声を上げる。

 

「もしかしてハネムーンってこと⁉ じゃあ、尚更イベントを見ていってちょうだい! きっと思い出に残るはずだから!」

 

「唱さん、そろそろ時間ですわ……」

 

「ホントだ! それじゃあ、お二人さん、近くに会場があるから、絶対見てね!」

 

 唱たち四人は店を出ていく。

 

「何だったのだ……」

 

「アンタねえ!」

 

「どうした?」

 

「ま、また、ふ、夫婦とか言って! 何を考えてんの⁉ 兄妹とかでいいでしょ⁉」

 

「余計な勘繰りをかわせるだろう」

 

「そ、そうかもしれないけど……」

 

「なにか不都合でもあるのか?」

 

「い、いや、そう言われると……別に無い……のかな?」

 

 舞は首を傾げる。

 

「ならばそれで良いだろう……やつの言っていたイベントとやらの見物に行くとしよう」

 

「……なんか、我ながら流されてしまっているような……」

 

 舞はブツブツと呟きながら席を立ち、ジンライとともに会計を済ませ、店を出る。

 

「あそこがイベント会場か」

 

「結構、人が集まっているわね」

 

 ジンライたちが会場に到着し、しばらくしてイベントが始まる。ステージ上ではトークショーやコメディーショーなどが次々と行われていく。司会の男性がマイクを手に取って、高らかに告げる。

 

「それでは皆様、お待ちかね! ここ襟裳の地に奇跡的に集まった、四人のスター……『カラーズ・カルテット』によるライブショーの始まりです!」

 

「‼」

 

 お揃いのステージ衣装に身を包んだ唱たち四人がステージ上に出てくると、詰めかけた観客からこの日一番の声援が巻き起こる。四人が所定の位置に着く。ジンライが呟く。

 

「これは……バンドというやつか?」

 

「そうみたいね」

 

 ドラムを担当する響がスティックを鳴らしてカウントをとる。

 

「ワン……トゥー……ワン、トゥー、スリー、フォー!」

 

「!」

 

 演奏が始まった。観客は早くも興奮のるつぼである。

 

「……あのボーカル、唱とかいう奴だったか? ……下手だな」

 

 ジンライは率直な感想を述べる。

 

「そ、そうね……」

 

「だが、不思議とどこか惹きつけられるものがある……他の三人の演奏はなかなかのものだ。しかし、ボーカルも負けていない。むしろ引っ張っていっている感じだ」

 

「あ! やっと思い出した!」

 

「何をだ?」

 

「ギターの彼女、東京の伝統芸能の家の出身でモデルや女優などで活躍していた人よ!」

 

「ほう……楽とかいっていたか……確かにステージングにどこか気品を感じるな」

 

「ベースの彼女は、仙台生まれで『杜の都の天才文学少女』として騒がれた人だわ!」

 

「奏とか言っていたか……天才文学少女?」

 

「そう、『小説家と化そう』という小説投稿サイトで注目を集めて、『転職したらレスラーだった件』、通称『転スラ』で一躍ヒット作家になったわ!」

 

「俺様の知っているものとは少し違う気がするが……成程、緻密な指さばきだな」

 

「ドラムの彼女は、静岡の沼津出身で、『さすらいの画家』として有名だわ!」

 

「画家だと?」

 

「そう、『東京メトロ百八十駅』とかスケールの大きな作品知らない?」

 

「スケールが大きいようで小さいような……とにかく、芸術性を感じるドラミングだな」

 

「三人ともどこかで見たことがあるかと思ったら……何故ここに……?」

 

「有名な連中が無名な女とバンドを組んでいるというのは興味深いな……」

 

「きゃああああ⁉」

 

 ライブも佳境に迫ったころ、女性客の悲鳴が響く。演奏が止まる。客席に白いタイツに全身を包んだ、怪しげな集団が乱入してくる。リーダー格らしき男が叫ぶ。

 

「罪深き人類どもめ、我々ソウダイが鉄槌を下してくれる!」

 

「な、なんだ⁉ あいつらは⁉」

 

「皆、逃げて! 三人とも行くわよ!」

 

 唱がステージ上から客に退避を呼びかけ、四人が横一列に並ぶ。ジンライが驚く。

 

「あいつ……!」

 

「カラーズ・カルテット、出動よ! レッツ!」

 

「「「「カラーリング!」」」」

 

「何⁉」

 

 ステージ上の四人が眩い光に包まれていくのをジンライは驚きの表情で見つめる。



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第5話(3)カルテット躍動

「!」

 

 ステージ上に色とりどりの特殊なスーツに身を包んだ四人が立っていた。

 

「勝利の凱歌を轟かす! シャウトブラウン!」

 

「栄光の姿を世に示す! メロディーパープル!」

 

「輝く未来を書き記す! リズムグリーン!」

 

「蔓延る悪を叩き伏す! ビートオレンジ!」

 

「四人揃って!」

 

「「「「カラーズ・カルテット」」」」

 

 四人が名乗りと共にポーズを決めると、その後方が爆発する。舞が驚く。

 

「ば、爆発した⁉」

 

「あ、大丈夫、安全面にはきちんと配慮しているから」

 

 ブラウンがポーズを取りながら横目で答える。

 

「は、配慮しているんですか……」

 

「それより唱さん……いえ、ブラウン!」

 

「なによ、たのちん……じゃなかった、パープル?」

 

「立ち位置がおかしいですわ! ちょっと真ん中に寄りすぎではありませんか⁉」

 

「え? いや、一応、アタシがリーダーなんだから、中央に立った方が良いでしょ?」

 

「い、いつ、貴女がリーダーになったのですか⁉」

 

「え、まあ、自然な流れで……」

 

「そんな流れ、どこにもありませんでしたわ!」

 

「なによ、パープル、ひょっとしてリーダーやりたいの?」

 

「そ、そういうわけでは……ま、まあ、どうしてもというなら……」

 

「……正直、ブラウンとパープルだとどちらも子供人気が出なそうだよね~」

 

「マジで、ひびぽん⁉ じゃなくて、オレンジ⁉」

 

「マジ、マジ、ここは間を取って、ボクがリーダーってことで……」

 

「なんの間ですか⁉」

 

「パープル、話がズレてる……結局何が言いたいの?」

 

「あ、し、失礼しましたわ! 奏さん……グリーン! えっと……わたくしが言いたいのは、四人なのだから、もっとバランスの取れた並び方をするべきだということですわ! これだと全体的に右寄りな気がいたしますわ!」

 

「ちょっと左側に余裕があった方が良いかなって気がして……」

 

「なんの余裕ですか、なんの⁉」

 

「まあ、その話は後で良くないかな?」

 

「オレンジの言う通り、この体勢を維持しているのはなかなか辛い……」

 

 グリーンが体をプルプルとさせながら呟く。

 

「よし! 皆行くわよ! ソウダイの連中を倒すのよ!」

 

「承知しましたわ!」

 

「さっさと終わらそう……」

 

「うおおっ!」

 

 四人がステージから勢いよく飛び降り、白いタイツの集団に突っ込む。

 

「せい!」

 

 ブラウンが相手を蹴り飛ばす。ジンライと舞がそれを見て呟く。

 

「ふむ、歌唱力はともかくとして、戦闘力は水準以上か……」

 

「オーソドックスな戦闘スタイルね」

 

「退きなさい、三下!」

 

 パープルが相手に向かって、弓矢を数本同時に放つ。そして、それを連射する。

 

「弓矢の斉射を連続で行うとは……相手は容易に近づけんな」

 

「ギターの弦を弾くようにスムーズだわ」

 

「ちくしょう! タココラッ!」

 

 グリーンがラリアットとエルボーで次々と相手を薙ぎ倒す。

 

「なっ⁉」

 

「ま、まさかのパワースタイルね……人が変わったみたい」

 

「ほい! ほい!」

 

 オレンジが二本のスティックを器用に使いこなし、相手を叩きのめす。

 

「こちらも近距離戦タイプか」

 

「ノリの良い攻撃ね」

 

 ジンライと舞が眺めている内に、白タイツ集団はほとんど倒されてしまった。

 

「そろそろ降参した方が良いわよ」

 

「ぐっ……な、なめるな! ぐはっ!」

 

 リーダー格らしき男がブラウンに向かって殴りかかるが、ブラウンにあっけなく返り討ちにあい、その場に崩れ落ちる。パープルが笑う。

 

「ふっ、他愛もないですわね……」

 

「おのれら……調子に乗るのもそこまでだ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 ブラウンが狼の顔をした男によって殴り倒される。

 

「ブラウン! がはっ!」

 

「はっ、スーパー油断してやがったな?」

 

 パープルが空から舞い降りた鷲の頭をした男の爪の攻撃を喰らい、倒れる。

 

「パープル! むっ⁉」

 

「おらあっ!」

 

 グリーンが低い位置から飛び込んできたカブトムシの頭をした男の頭突きを喰らい、足元から豪快にひっくり返される。

 

「グリーン! つうっ!」

 

「遅い!」

 

 オレンジが鮫の頭をした男に肩を噛み付かれ、倒れ込む。カラーズ・カルテットが次々と倒され、ジンライは戸惑う。

 

「な、なんだ⁉」

 

「幹部の皆様が来て下さった!」

 

 白タイツ集団が歓声を上げる。

 

「おのれら……後は俺たちに任せろ」

 

「ヤンク様! 誇り高き狼の獣人!」

 

「スーパーな戦いぶりを見せてやるよ」

 

「ポイズ様! 偉大なる鷲の鳥人!」

 

「格の違いを思い知れ……」

 

「ドラン様! 剛力無双のカブトムシの虫人!」

 

「貴女たちにかける言葉はありません……」

 

「キントキ様! 情け容赦のない鮫の魚人!」

 

「ふむ……人類とは違うのか?」

 

 ジンライの言葉にヤンクが振り返る。

 

「一緒にするな……俺たちは人類に裁きの鉄槌を下すものだ……」

 

「裁きの鉄槌?」

 

「俺たちの祖先はそれぞれ、忌々しい人類の連中によって住む場所を追われた……俺たち獣人は地の果てに追いやられ……」

 

「オレら鳥人は雲の上に……」

 

「ワシら虫人は山の奥に……」

 

「私たち魚人は海の底に……」

 

「それぞれじっと、息を潜めていた……」

 

「そうなのか……」

 

「近年、俺たちの間で行われている定期的な会合で……」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

「なんだ?」

 

 話の腰を折られ、ヤンクは不機嫌そうにジンライを見る。

 

「な、なんだ、定期的な会合って! それぞれじっと息を潜めていたのじゃないのか⁉」

 

「会合って言うとちょっと堅苦しいわな、要は飲み会だ」

 

 ポイズがジンライに向かってウィンクする。

 

「の、飲み会……⁉」

 

「とにかく、そこで具体的な話がまとまり……俺たちの『ソラ』と『ウミ』と『ダイチ』を取り戻す、『ソウダイ奪還同盟』が結成される運びとなった!」

 

「うおおっ!」

 

「……」

 

 拍手して、歓声を上げる白タイツ集団をヤンクが手で制す。ジンライが尋ねる。

 

「こいつらは? 見たところ人類のようだが?」

 

「人類の協力者だ……ソルジャーと呼んでいる。もの分かりの良い奴らとも言える……」

 

「彼らは腐った人類ではありません」

 

 キントキが口を開く。ドランが倒れている者も含めて、ソルジャーたちに声をかける。

 

「お前ら、まだくたばってないだろう!」

 

「ううっ……」

 

「こいつらの後始末はワシらがする。あくまで狙いはこの近くの灯台にあるNSPだ!」

 

「何⁉」

 

 ジンライが目を見開く。ドランが叫ぶ。

 

「命と志ある奴こそ灯台へ行け!」

 

「お、おおおっ!」

 

「先住民族と新たに勢力を伸ばした民族の内輪もめかと思い、静観しても構わんかと考えたが……NSPを狙うなら話は別だ! ……吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」 

 

「な、なんだ⁉」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 パワードスーツを纏ったジンライを見て、ヤンクたちだけでなくブラウンたちも驚く。

 

「ア、アンタ、ヒーローだったの⁉」

 

「バイオフォーム、『狂犬』モード!」

 

「どわあああっ!」

 

 ソルジャーたちを疾風迅雷があっという間に蹴散らし、ヤンクの喉元に迫る。

 

「ふん!」

 

「ぐはっ!」

 

 疾風迅雷が噛み付こうとしたが、ヤンクによって地面に叩き付けられる。

 

「犬が狼に勝てる道理が無えだろう!」

 

「ぐうっ……」

 

「みんな、耳を塞いで!」

 

「⁉」

 

 ブラウンがマイクを取り出し、思いっ切り叫ぶ。

 

「『ライブスペース、襟裳岬にようこそ‼』」

 

「ぬおっ⁉」

 

 ブラウンが発した声が凄まじい衝撃波となり、ヤンクたちがふっ飛ばされる。

 

「よし! カラーズ・カルテット! 反撃開始よ!」

 

 ブラウンが力強く叫ぶ。



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第5話(4)五色の力

「ぐっ……なんという大声だ……」

 

「三半規管に異常をきたしているのか? 足元がおぼつかねえ……」

 

「あのような攻撃方法を持っていようとは……」

 

 ポイズとキントキも苦い表情を浮かべる。

 

「方々! 情けないぞ! さっさと体勢を立て直せ!」

 

 ドランが檄を飛ばす。

 

「そ、そうは言ってもだな!」

 

「虫人には三半規管が無いのか、スーパー頼もしいね!」

 

「申し訳ないが何とか時間を稼いでもらいたい!」

 

「心得た! ん⁉」

 

 ドランの目の前に疾風迅雷が迫る。

 

「もらった!」

 

「スピードはなかなかだが、パワーでワシを制することが出来るつもりか⁉」

 

「こういうことが出来る! ジャイアントフォーム! ライトハンドリミテッド!」

 

「なっ⁉」

 

 疾風迅雷は右腕部分だけを巨大化させて、大きな握り拳をつくり、ドランに向かって思い切り叩き付ける。ドランは受け止め切れずに地面にめり込む。

 

「叩き潰したつもりだったが、意外と丈夫だな……」

 

「……? 続けざまに来ないのか?」

 

「……」

 

 ドランの問いに、ジンライは沈黙で答える。ドランは笑って立ち上がる。

 

「どうやら、連続では出来ないようだな! それならば付け入る隙がある!」

 

「……ふん!」

 

「なっ!」

 

 疾風迅雷が左手部分だけを巨大化させ、デコピンをする要領で迫ってきたドランを迎え撃った。不意を突かれたドランはヤンクたちとぶつかって転がり、一か所に固まる。

 

「ジンライ! チャンスじゃない!」

 

「ああ! 分かっている!」

 

 疾風迅雷が右足部分を大きくし、ひと固まりになって倒れ込んでいるソウダイの幹部を踏み潰そうと足を下ろした瞬間、右足が元の大きさに戻ってしまった。舞が驚く。

 

「こ、これはどういうこと⁉」

 

「ジャイアントフォームは一回の変身後は数日間、スランプに陥るそうだ……」

 

「ええっ⁉」

 

「……どうやら今日がその日だったようだ」

 

 疾風迅雷が体勢を崩す。ヤンクが声を上げる。

 

「へっ、驚かせやがって! それが貴様ら人類の限界だ!」

 

「あまり粋がらない方が良いわよ! まだアタシたちがいるわ!」

 

 カラーズ・カルテットが倒れ込むヤンクたちに迫る。

 

「ちっ!」

 

「ブラウン! もう一度、さっきの『デスボイス』で動きを止めて下さる⁉ そこをわたくしの弓矢がまとめて射抜きますわ! それで決まりです!」

 

「デ、デスボイスって! わ、分かった……行くよ!」

 

 ブラウンがマイクを手に取り、声を発しようとした次の瞬間……。

 

「くっ、この程度の相手に使うことになるとはな!」

 

「なっ⁉ き、消えた⁉」

 

 ヤンクたちの姿が忽然と消えたのである。ブラウンたちは困惑する。

 

「ど、どういうことですの⁉」

 

「グリーン、状況を説明出来る?」

 

「無茶言わないで、オレンジ。『事実は小説より奇なり』ってやつよ……」

 

「まさか、逃げたとか?」

 

「可能性はあるね……」

 

 オレンジとグリーンのやりとりを聞き、ブラウンは天を仰ぐ。

 

「なによ! 逃げたの? 口ほどにもな……ぶはっ!」

 

 ブラウンが突如吹き飛んだ。それとほぼ同時に三人も吹っ飛んだ。ジンライが驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

「……貴様ら人類の迫害から逃れるために苦心して開発した、ステルス機能だ」

 

「ス、ステルス機能ですって⁉」

 

 ヤンクの言葉にブラウンが困惑する。パープルが尋ねる。

 

「ブラウン、念の為にお尋ねしますけど、ステルスってご存知かしら?」

 

「台所とかの……」

 

「それはステンレス!」

 

 パープルは呆れながら突っ込みを入れる。

 

「分かんないよ~グリーン、どういうこと⁉」

 

「……説明がめんどい。要は『透明状態に近い』ってこと」

 

「と、透明⁉ そ、そんな……どうすれば!」

 

「ぐはっ!」

 

「オレンジ!」

 

「ちぃ……今度は奴らがボクらを追い詰めているってわけだ……」

 

「そ、そんな……」

 

 ブラウンたちは見えない敵に包囲され、先程とは逆に一か所に集まってしまう。

 

「ジ、ジンライ、彼女たちを助けないと! ……って、どうしたのよ、うずくまって⁉ ジャイアントフォームはそんなにエネルギーを消費するの⁉」

 

「それもあるが、急にデータが転送されてきてな……」

 

「データが?」

 

「説明しよう!」

 

「うわっ! おじいちゃん⁉ どこから喋っているの? ドッポから?」

 

 舞はドッポを拾い、覗き込む。

 

「そう、ドッポのマイクをお借りしているよ。ジンライ君、新しいフォームが先程調整完了した。早速で悪いが、試してみてくれないか?」

 

「例の如く、テスト兼実戦か……まあ、やるしかあるまい!」

 

「話が早くて助かるよ! 選択してくれ! 意志表示だけで良い!」

 

「!」

 

 疾風迅雷の体が光る。舞やブラウンたちが驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

 そこにはパワードスーツの色が赤・青・黄・緑・桃の五色に変化した疾風迅雷がいた。

 

「こ、これは……」

 

「それは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『カラフルフォーム』だ!」

 

「カラフルフォームだと?」

 

「ああ、五色の中からどれか一つの色を選ぶことで、人間の持つ五感の内の一つを最大限に引き出すことが出来るフォームなんだ!」

 

「ふむ……」

 

「物は試しだ! まずは黄色を選択してくれ!」

 

「ああ、『イエロー』モード!」

 

 疾風迅雷のパワードスーツの色がより濃い黄色になる。

 

「これは『味覚』を最大限に引き出すのだよ!」

 

「味覚……そうか!」

 

「ジ、ジンライ⁉」

 

 疾風迅雷はカラーズ・カルテットがステルス機能を使ったヤンクたちに包囲されているであろう地点に近づき、地面に這いつくばると、おもむろに地面を舐めはじめる。ブラウンはその姿に露骨に困惑する。

 

「ア、アンタ、何をやってんの⁉」

 

「奴らがどの辺りを移動しているか、味を調べることでつかめるはずだ……って! そもそも奴らの味を知らんぞ!」

 

「うん! この場合。黄色は必要なかったね!」

 

「じゃあ使わせるな! 『銀河一のヴィラン』が地べたを這いずりまわるなど……」

 

「ただ、今ので要領は分かったはずだよ!」

 

「ふん……! 『レッド』モード!」

 

 疾風迅雷のパワードスーツが今度は赤一色になる。舞が呟く。

 

「赤色……」

 

「潮の匂いがするな……オレンジ! 貴様を狙っているそ!」

 

「おっと!」

 

「な、何⁉」

 

 オレンジは自らに噛み付こうとしたキントキの口の中にスティックを突っ込む。キントキは口を閉じることが出来ない。

 

「それっ! 『スマッシュビート』!」

 

「ぐはっ!」

 

 オレンジによって、思い切り横っ面を殴られたキントキは倒れ込む。

 

「レッドは嗅覚か……『ピンク』モード!」

 

 疾風迅雷のスーツ色が今度はピンクになる。

 

「ピンク一色……意外と似合うかも……」

 

「先程交戦した感触と同じ感触を空気の振動から感じる……グリーン!」

 

「はっ!」

 

「くっ! どわっ!」

 

 グリーンはドランの触角の部分を両手で掴んで持ち上げる。自らの後方に倒れ込むようにして地面に叩き付ける。

 

「『フィッシャーマンズ・スープレックス』!」

 

「ぐおっ! ……ま、まさか、ワシがパワー負けするとは……」

 

 ドランはぐったりとしてしまう。

 

「ピンクは触覚……『グリーン』モード!」

 

 疾風迅雷の体の色が濃い緑になる。

 

「リズムグリーンさんより濃い緑ね」

 

「……これは翼の羽音! パープル! 10時の方向だ!」

 

「了解しましたわ!『花蝶扇射』‼」

 

「がっ⁉」

 

 扇状に放たれた弓矢がポイズの体を数か所、正確に射抜いてみせた。

 

「ちっ、音までは消せねえよ……」

 

 ポイズは力なく地面に落下する。

 

「グリーンは聴覚が研ぎ澄まされるのか……『ブルー』モード!」

 

 疾風迅雷が青一色になる。

 

「クールで良い感じね」

 

「……貴様の講評はなんなのだ? まあいい、残った五感は視覚! ……見えたぞ、ステルスも完璧ではないようだ! ブラウン、3時の方向だ!」

 

「え⁉ おやつの時間が何よ⁉」

 

 ブラウンは戸惑う。ジンライは即座に言い直す。

 

「……右真横に迫っているぞ!」

 

「最初からそう言ってよ! おりゃ!」

 

「ぐはっ……」

 

 ブラウンの放ったアッパーカットがヤンクの顎を捉えた。ヤンクは大の字に倒れ込む。

 

「や、やった!」

 

「まだだ!」

 

「⁉」

 

 リーダー格の男を中心にソルジャーたちがいつの間にか両手に爆弾をそれぞれ抱えていた。嫌な予感がしたブラウンは慌てる。

 

「ちょ、ちょっと、アンタたちの幹部もここにいるのよ⁉」

 

「なにかあった場合は投げ込めとの指令だ、投げろ!」

 

「おおっ⁉」

 

「うわっ⁉ ホントに投げてきた⁉」

 

「ジンライ君、カラフルフォーム専用ウェポンだ!」

 

「何⁉ ドッポ⁉」

 

 疾風迅雷の手元に飛んできたドッポがバズーカ砲の形に変化した。

 

「これでビームを発することが出来る!」

 

「相変わらずサイズ感を無視した変形を……」

 

「カラフルフォームのモードに合わせて、発射するビームは異なるよ!」

 

「ならばイエローで撃ってみる……発射! ⁉」

 

 放たれたビームは雷撃の属性を持っていて、爆弾を全て空中で霧消させた。

 

「ちっ! ここは撤退だ!」

 

「雷撃ビームは本人だけじゃなく、周囲一帯も痺れさせてしまうのが難点だね……」

 

「か、改良の余地ありだな……しまった、幹部連中まで逃してしまった……」

 

「と、とりあえず勝ったから良しとしましょう……」

 

 舞の言葉にジンライは痺れながら頷いた。

 

「……もう少しゆっくりして行けばいいのに」

 

 激闘の翌日、ジンライたちは出発しようとしていた。

 

「この地の脅威はひとまず去った。次の街に急がなければならない」

 

「そう……どう? あらためて襟裳の街は?」

 

「何もないというのは訂正しよう、貴様らがいるからな……」

 

「何もなかったはずのアタシたちの心にもビビビッと愛の稲妻が走ったよ……」

 

「ん? よく分からんが縁があったらまた会おう」

 

 走り去るジンライたちを見て、唱が三人に尋ねる。

 

「次のライブは函館で良いわよね?」

 

 三人は黙って頷いた。



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第6話(1)プリズナーハネムーン

                  6

 

「……これはどういう状況なの?」

 

「……」

 

 舞の問いかけにジンライは無言でいる。

 

「黙ってないでなんとか答えなさいよ」

 

「……なんとか」

 

「ふざけないで!」

 

「怒鳴るな……」

 

 ジンライはため息交じりに呟く。

 

「怒鳴りたくもなるわよ! なんなのよこの状況⁉」

 

 ある部屋の中で、ジンライと舞はそれぞれの両手を後ろ手に縛られ、さらにお互いの体を背中合わせの状態で、縄でまとめて縛られている。

 

「とらわれてしまったな……」

 

「しまったな……じゃないわよ! どうしてこんなことに? 私がうたた寝をしている間に一体何があったのよ⁉」

 

「……約5時間の睡眠はうたた寝とは言わんだろう、本格的な睡眠だ」

 

 ジンライは醒めた声で答える。

 

「い、いや、それは……」

 

「車は揺れが酷いとか言ってなかったか?」

 

「な、慣れって怖いわね。疲れもあったと思うけど、おじいちゃんと通信でやりとりした後、ぐっすりと眠ってしまったわ……」

 

「大体、ナビ役はどうした、ナビ役は? 役目を果たしていないぞ」

 

「眠ってしまったものは仕方がないでしょう!」

 

「開き直ったな」

 

「ごめんなさい! ほら、ちゃんと謝ったでしょ⁉」

 

「謝罪というものはもう少し申し訳なさそうにするものだ……」

 

「細かいわね! いいから状況を説明してよ!」

 

「ふむ……どこから説明したものか……」

 

「大体ここはどこよ⁉」

 

「網走だ」

 

「あ、目的地にはちゃんと着いたのね」

 

「ああ、北海道を縦断してな」

 

「着いたのなら起こしてくれたら良かったのに……」

 

「よく眠っていたからな、それに……」

 

「それに?」

 

 舞が首を傾げる。

 

「貴様の寝顔というのがなかなか新鮮でかつ魅力的だったからな」

 

「⁉ な、何を言ってんのよ⁉」

 

 舞の顔がボッと赤くなる。

 

「思ったことを言ったまでだが」

 

「そ、そういうことをいきなり言わないでよ!」

 

「? よく分からんやつだな」

 

「こ、こっちの台詞よ!」

 

「? ますます分からん」

 

「な、なんか、よくよく考えてみたら、思いっ切り寝顔を見られたのよね……今更ながら恥ずかしくなってきたわ……」

 

 舞が小声で呟く。

 

「? なんだ、ブツブツと?」

 

「な、なんでもない! それで?」

 

「敷地内にNSPが保管されているという網走刑務所の近くまで来たのだが……」

 

「……本当になんだって、刑務所に置いてあるのかしら?」

 

「さあな、そのことに関しては貴様の祖父に聞け。恐らくは……いや、なんでもない……それで刑務所付近をうろうろしていたのだが……」

 

「怪しい奴ら発見! って、私の勘がピーン! と来たのよ」

 

 部屋の中にショートボブの髪型に赤色のカチューシャを付けた女性がドカドカと入ってきた。黒のトップスに赤いフレアスカート、黒いストッキングを穿いている。長身でスレンダーな身体つきをしており、整った顔立ちをしている。

 

「ど、どなた……?」

 

 舞が怪訝そうな顔でその女性を見つめる。

 

「失礼! 私、こういうものよ!」

 

 女性が名刺を差し出してきたので、ジンライが受け取り、舞に見せる。舞はそれを声に出して読み上げる。

 

「えっと凸凹(でこぼこ)探偵事務所……代表……平……?」

 

平凸凹(たいらあい)よ! 皆デコボコっていうから、それで呼んでもらっても構わないわよ!」

 

「はあ……」

 

「平らなのか凸凹なのか、ややこしい奴だな……」

 

「いや~そんな褒められると照れるわね」

 

 デコボコは後頭部を掻く。

 

「全然褒めてはないぞ……」

 

「す、凄い名前ですね……」

 

「人生っていうのはデコボコ道、心して挑めよって意味が込められているのよ、多分」

 

「た、多分って……」

 

「聞いたことないから分かんないわ。私、細かいことは気にしない主義なの」

 

「探偵としてどうなんだそれは……」

 

 舞とジンライは呆れた顔でデコボコを見つめる。

 

「まあ、私のことはいいのよ……それより問題は貴方たちよ!」

 

 デコボコはジンライたちをビシッと指差す。

 

「……さっきも言ったが、俺様たちは怪しい者ではない。ただの新婚旅行中の夫婦だ」

 

「ちょ、ちょっと⁉」

 

 舞が戸惑いの視線をジンライに向ける。

 

「十分に怪しいわよ! 一体どこの世界にハネムーンで刑務所の周りをうろちょろとするカップルがいるっていうのよ⁉」

 

「世にも珍しいカップルがたまたまここにいた、それだけのことだ」

 

「それで納得すると思う⁉」

 

「え、えっと! 私は疾風舞と言います! こちらが疾風迅雷! ふ、夫婦というのはともかくとして、個人データを照会して頂ければ、怪しいものではないと分かるはずです」

 

 舞の言葉にデコボコは端末を取り出して、操作を始める。

 

「ちょっち待って……あ、あったわ……」

 

「確認が取れたのなら解放して下さい!」

 

「いや、まだ駄目よ!」

 

「な、なんでですか⁉」

 

「実は……『この網走刑務所にあるNSPを頂きに参上する』という予告状が届いたの」

 

「え⁉」

 

 舞が驚く。デコボコは説明を続ける。

 

「恐らくは奴らの仕業……そして貴方たちが奴らの変装とも限らないからね!」

 

「そ、そんな……」

 

「つまりは潔白が証明されんことには解放してはもらえんということか……」

 

「そうよ。まあ、『北日本の名探偵』と呼ばれている私の推理に間違いはないけどね」

 

「推理……さっきは勘がどうとか言っていたような気がするが」

 

「とにかく助けを呼んでも無駄よ、この刑務所は今、厳重に警戒されているから……⁉」

 

 そこに爆発音が響く。デコボコが端末を操作すると、叫び声が聞こえてくる。

 

「NSPが盗まれました!」

 

「⁉ な、なんですって⁉」

 

 デコボコは慌てて部屋を出ていく。

 

「潔白が証明されたが……NSPを奪還せねばならんな……」

 

 ジンライが面倒臭そうに呟く。



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第6話(2)ちょっとばかり凸凹を作り出せる

「どうするの?」

 

「決まっている、揉め事に首を突っ込む」

 

「そうは言っても……⁉」

 

「交換する名刺もないからな、あの女に返す」

 

 ジンライが名刺をピラピラとさせていることに舞が驚く。

 

「え⁉ 縄は⁉」

 

「とっくにほどいている……縛られた振りをしていただけだ」

 

「い、いつの間に……」

 

「普通に名刺を受け取った時点で気付け……」

 

「あ、余りにも自然な動きだったから……」

 

 舞の答えにジンライは首を左右に振りながらゆっくりと立ち上がる。

 

「あの女も相当ポンコツだな……名探偵と言っていたが、迷う方の迷探偵じゃないか?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 ジンライが舞の縄をほどいてやり、舞も立ち上がる。

 

「さて、ここは地下室の様だが……地上に上がらなければな」

 

「場所は分からないの?」

 

「ご丁寧に目隠しされて連れてこられたからな。まあ、斥候がやってくる頃合いだろう」

 

「斥候? ああ、ドッポ⁉」

 

「あの女もここの警備に当たっている連中も普通の車だろうと思って油断しているはずだからな……色々と情報を収集してきてくれるはずだ」

 

「その必要はありませんよ」

 

「⁉」

 

 ジンライたちが目をやると、部屋に小柄な少年が入ってきた。青色と白色を基調とした、独特な文様の衣装を身に纏っている。やや長い髪を後ろに一つにしばっている。

 

「貴様は……?」

 

「こういうものです」

 

 少年が名刺を差し出してきたので、ジンライはそれを受け取り、舞に読み上げさせる。

 

「えっと、凸凹探偵事務所……助手……無二瀬(むにせ)マコト?」

 

「助手?」

 

「ええ、うちの代表が大変失礼しました。悪い人ではないのですが……観察力・洞察力などに少々欠けているところがありまして……」

 

「探偵としては致命的だろう……」

 

「でも、そうですね……この時代風に言えば、『陽キャ』ですよ?」

 

「……明るいのは結構だが、それだけで探偵業は務まらんのではないか?」

 

「その辺をフォローするのがボクの仕事です」

 

「若い身空で大変なことだ……で? ドッポはどうした?」

 

「流石に取って食えはしなかったみたいで……お返しします」

 

 マコトと名乗った少年はポンとドッポを投げる。受け取った舞が驚く。

 

「ドッポ⁉ って、なに⁉ 濡れている⁉」

 

「こいつがじゃれついたみたいで……」

 

 マコトの右肩にリスのような小さい動物がちょこんと飛び乗る。舞が尋ねる。

 

「そ、その動物は?」

 

「これはテュロンです」

 

「リスちゃん?」

 

「いいえ、テュロンはテュロンだとしか答え様がありませんね……どうやら私の故郷近くにしか生息していないみたいですね」

 

「スミマセン、ジンライサマ……イキナリトビツカラレテ、ベロベロトシタデナメマワサレ、オモチャアツカイサレテシマイマシタ……」

 

「なんとなく卑猥な感じがする物言いは止めろ……自動乾燥機能があるだろう、さっさとそのまとわりついた唾液をなんとかしろ」

 

「カシコマリマシタ……」

 

「おおっ! 一瞬で乾いた!」

 

 驚いている舞をよそにジンライがマコトに尋ねる。

 

「……それで貴様は何者だ?」

 

「……ですから、極々普通の、探偵の助手です」

 

「図鑑にも載っていないような珍しい生物を連れている奴が極々普通か?」

 

「……希少種ですから。特に灰色のはね」

 

「……」

 

「今はボクの素性なんてどうでも良いでしょう、それよりも銀河一のヴィランと呼ばれる貴方のお力を借りたいのです。地上に案内します」

 

「こちらの素性を知られていることが居心地悪いのだが……まあいい、案内しろ」

 

「どうぞ、こちらです」

 

 マコトの案内でジンライらも地上に上がる。そこにはデコボコの姿があった。

 

「追いつめたわよ、怪盗! おとなしくお縄につきなさい!」

 

 デコボコがビシッと指差したその先には、やや長い赤髪で右目を隠し、露出の多い黒のボンテージスーツに身を包んだ女性が小さいアタッシュケースを持って立っている。

 

「まったく……いつもいつも邪魔しちゃってくれるわね、貴女……」

 

「私の推理力を見くびらないことね!」

 

「推理っていうか、ほぼほぼ本能で動いているでしょう。はあ……そろそろ逃げまわるのも面倒になってきたわ。お仕置きが必要なようね……」

 

「⁉」

 

 ジンライと舞が驚く。女の右腕が巨大化し、長く鋭い爪が生えたからである。

 

「この爪の餌食にしてあげる!」

 

 女がデコボコに向かって凄まじい勢いで走り出す。ジンライが叫ぶ。

 

「マズいぞ! あの迷探偵、丸腰じゃないか!」

 

「凸凹護身術!」

 

「えっ⁉」

 

 デコボコが地面を叩くと、彼女の周囲一帯の地面が隆起したり、沈下したりした。

 

「地面が凸凹に⁉」

 

「くっ⁉」

 

 女が突如出来た地面の窪みに足を取られ、体勢を崩す。

 

「かかったわね!」

 

「ちょっと地形変化出来た位で調子に乗らないで! 攻撃手段が無いでしょう!」

 

「甘いわね! こういうことも出来るのよ!」

 

「なっ⁉」

 

 デコボコが地面の隆起した部分を四つほど手に取って、縦一列に並べ、棒状にする。

 

「喰らいなさい!」

 

「ぐっ⁉」

 

 デコボコが棒で殴り、まともに受けた女は吹き飛ばされる。

 

「まだまだ! ⁉」

 

 デコボコは追撃を加えようとしたが、突如爆発が起こり、行く手を阻まれる。倒れている女の側にバイクが止まる。バイクにはやや長い青髪で左目を隠し、露出の多い黒のボンテージスーツに身を包んだ女性が座っている。顔が瓜二つである赤髪の女に尋ねる。

 

「……ブツは?」

 

「ちゃんとこのケースに入っているわ」

 

「……ならば遊んでないでさっさと撤退」

 

「はいはい!」

 

 赤髪の女がバイクに跨り、女たちはそこから走り去る。デコボコが叫ぶ。

 

「あ、逃げた!」

 

「デコボコさん!」

 

「マコト⁉」

 

「追いかけますよ! テュロン!」

 

「ええっ⁉」

 

 テュロンが大型の四足歩行の生物と化し、マコトとデコボコがそれに跨って走り出す。

 

「ど、どういうこと……」

 

「ボーっとするな、舞! 俺様たちも追いかけるぞ! ドッポ!」

 

 ドッポがバイクに変形し、ジンライと舞がそれに乗って、二組を追いかける。



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第6話(3)モフモフカワイイ

「そのテュロンって何なの⁉」

 

 ドッポのバイクに乗る舞が並走するテュロンに跨るマコトに尋ねる。

 

「何か気になることが?」

 

「リスくらいの大きさだったのに、超大型犬を一回り大きくしたくらいになったわよ⁉」

 

「ああ、色々と変化出来る系統のケモノなのですよ」

 

「どんな系統よ!」

 

「ちょっとばかり珍しいかもしれませんね」

 

「ちょっとどころじゃないでしょう⁉ バイクと同程度の速度で走れているし!」

 

「ケモノというかもはやバケモノの類だな……」

 

 ジンライがボソッと呟く。マコトが苦笑する。

 

「バケモノ扱いは酷いな~? 結構カワイイでしょう?」

 

「……それは否定しない。特にモフモフしているのが良いな」

 

「ジンライ⁉」

 

「このモフモフは譲らないわよ!」

 

「デコボコさん⁉ そ、そういう問題ではなくて……」

 

「じゃあ、どういう問題よ?」

 

 デコボコは舞の言葉に首を捻る。

 

「テュロンのこと、気にならないんですか?」

 

「え? なんで?」

 

「ど、どういう存在なのかとか……」

 

「頼れる助手が飼っているカワイイペットよ」

 

「そ、そういうことではなくて……」

 

「それ以外にある?」

 

「お、大きさが変わるんですよ? 不思議じゃないですか?」

 

「不思議といえば不思議だけど……まあ、いいんじゃない?」

 

「い、いいんですか⁉」

 

「細かいことを気にしていたら探偵稼業なんかやってられないわ」

 

「迷探偵だ、この人!」

 

「落ち着け舞、既に分かりきっていることを大声で叫ばなくてもいい……」

 

 ジンライが冷静に呟く。

 

「そ、そうは言っても!」

 

「そもそも探偵なのかどうかすら怪しい」

 

「酷い言われ様ですね」

 

 マコトは苦笑を浮かべる。ジンライはデコボコに尋ねる。

 

「デコボコ、貴様のあの能力はなんだ?」

 

「能力?」

 

「護身術とか言っていたやつだ……」

 

「ああ、あれはある日いきなり使えるようになったのよ」

 

「……突然変異型の異能力者か……」

 

「この時代にはまだ珍しい覚醒者ですね」

 

「この時代には、か……」

 

 マコトの呟きをジンライが繰り返す。デコボコが得意気に語る。

 

「暴漢を懲らしめたりするのに役立っているわね、推理を補ってくれているわ。おかげで事件をいくつも解決に導けているのよ」

 

「むしろ推理よりもそちらがメインになっているのではないか?」

 

「ねえ、最初に話を振っておいてなんだけど、こんなのんびりしていて大丈夫⁉」

 

 舞の叫びにマコトが落ち着いて答える。

 

「しっかり目で追えていますから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

 

「速度はそれなりに速いが、本気でこちらを振り切ろうとはしていないな……むしろ何かを探しているようだ……」

 

 ジンライの言葉にマコトは笑みを浮かべる。

 

「なかなかの洞察力ですね。そうです、探しているのですよ」

 

「何を探しているのだ?」

 

「そうですね、統一名称はありませんが……強いて言うなら時空の抜け穴ですかね……」

 

「時空の抜け穴だと? あの女どもは何者だ?」

 

「青髪がサリュウで、赤髪がウリュウ……時空賊『ラケーシュ』に属する双子です」

 

「時空賊?」

 

「タイムワープをして犯罪行為を働く連中ですよ」

 

「タ、タイムワープ⁉ それほどの科学技術を何故持っている⁉」

 

「未来人だからです」

 

「み、未来人……噂では聞いていたけど、本当にいたのね?」

 

「本当なわけがないでしょ! いい歳して、ちょっとアレな奴らなのよ」

 

 舞の言葉をデコボコは否定する。マコトが呟く。

 

「……デコボコさんは今の時代で言う、『中二病』の連中だと解釈しているようで……」

 

「だって、タイムワープなんてそんな常識外れなことあり得ないでしょ⁉」

 

「自分の能力のことは棚に上げているな……」

 

 ジンライが呟くと、双子は道路を外れ、山を登り始める。

 

「山道に入った! テュロン、追いかけて下さい!」

 

「ドッポ!」

 

「オフロードソウコウモモンダイアリマセン……」

 

 ジンライたちもそれに続き、山道を登り出す。さほど大きい山ではなかった為、すぐに山頂へついた赤髪の女、ウリュウが振り返ってジンライたちを見下ろしながら叫ぶ。

 

「ちぃっ! しつこいわね! サリュウ!」

 

「まだホールが開いていない……座標はあっているけど」

 

「やっぱりやるしかないか!」

 

 ウリュウがバイクから降りて腕を構える。右腕が巨大化する。マコトが叫ぶ。

 

「あの腕は危険です!」

 

「すぐさま懐に入る! ……吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「!」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 パワードスーツを装着したジンライがバイクから飛び上がる。ウリュウが驚く。

 

「なっ! 奴もヒーロー⁉」

 

「バイオフォーム、『怪鳥』モード!」

 

 鳥のように翼を広げた疾風迅雷が、あっという間にウリュウに接近する。

 

「しまった!」

 

「もらった!」

 

「……なんてね!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 ウリュウが右腕を振り下ろし、疾風迅雷が押さえつけられる。

 

「なかなかのスピードだったけど、それでは出し抜けないわよ!」

 

「ぐっ……な、なんだ、この怪力は⁉」

 

「竜の腕ですもの……並の力じゃないわ」

 

「りゅ、竜の腕だと⁉」

 

「このまま握り潰してあげる! 『握手』!」

 

「ぬおおっ!」

 

 ウリュウの圧倒的な怪力に疾風迅雷が握り潰されそうになる。

 

「はあっ!」

 

「くっ⁉」

 

 そこにマコトが短刀で斬りかかり、ウリュウの手の甲に傷を付ける。鋭い一撃にウリュウは手を引っ込め、疾風迅雷はその隙を突いて、一旦距離を取る。マコトが声をかける。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

「あ、ああ、なんとかな……しかし、こいつの腕は……」

 

「未来では竜など、幻の獣と思われる存在を実体化することに成功しました。ラケーシュはその技術を悪用し、幻獣の身体の一部を人に移植することを始めました。ある種の人体実験です。その実験の結果が彼女たちです……」

 

「な、なんということだ……」

 

「正面切って戦うのは不利です。NSPを取り戻して、撤退すべきです!」

 

「ふふっ、出来るものなら、やってごらんなさいよ!」

 

 ウリュウが笑いながら、左腕でアタッシュケースを持ち上げる。

 

「デコボコさん!」

 

「よしきた!」

 

 マコトの叫びに呼応して、デコボコが地面を叩くと、ウリュウの足下が隆起する。バランスを崩したウリュウはアタッシュケースを手放す。

 

「し、しまった!」

 

「よしっ! テュロン!」

 

 マコトがアタッシュケースを拾い、テュロンに飛び乗って、山を下る。

 

「同じような手に引っかかるとは……」

 

 サリュウが呆れた声を上げる。

 

「う、うるさいわね! 逃がしはしないわ!」

 

 ウリュウが右腕を思い切り振ると、爪から衝撃波のようなものが飛び、逃げるマコトたちの背中に向かって飛ぶ。ジンライが叫ぶ。

 

「危ない! 避けろ!」

 

「テュロン!」

 

「なに⁉」

 

 テュロンが大きなボードに変化し、マコトとデコボコはそれに乗って、さらに加速して、衝撃波を躱し、山を下っていく。舞が唖然とする。

 

「えっ、道具に変化した⁉ いよいよ何なのよ、あのテュロンは……」

 

「スピードは上がったかもしれないけど、動きはかえって読み易いわよ!」

 

 ウリュウが再び衝撃波を飛ばす。マコトが再度叫ぶ。

 

「デコボコさん!」

 

「ほいきた!」

 

「なっ⁉」

 

 デコボコが斜面に多数のこぶを作り出し、マコトはその上をボードで、スキーのモーグル競技の要領で下っていく。動きが直線的ではなくなった為、衝撃波が当たらない。

 

「よし! このまま逃げる!」

 

「……『拍手』!」

 

「どわっ⁉」

 

「なっ……!」

 

 突如爆発のようなものが起こり、マコトたちが倒れ込む。ジンライが振り返ると、そこには左腕が巨大化したサリュウの姿があった。サリュウが口を開く。

 

「……竜の腕なら、軽く手をうっただけで、爆発的な空気振動を起こせる……」

 

「でかしたわ、サリュウ! ケースを回収するわよ! ⁉」

 

 斜面を駆け下りようとしたウリュウたちの前に疾風迅雷が立つ。

 

「……やはりおとなしく逃げるよりは戦う方が俺様の性に合う!」



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第6話(4)古典の力

「ふふっ! 竜の力とまともに戦りあおうっていうの?」

 

「命知らずにも程がある……」

 

「ふん、ちょうど良いハンデだ」

 

「何ですって?」

 

「竜だかなんだか知らんが、所詮はケモノに過ぎん、俺様の敵ではない」

 

「はっ、言ってくれるじゃないの」

 

「大胆不敵か……ただのバカか……」

 

 ジンライの言葉を聞いて、ウリュウは笑い、サリュウは醒めた視線を送る。

 

「ジ、ジンライ……」

 

「下がっていろ、舞」

 

 心配そうに見つめる舞に声をかけながらジンライは考えを巡らす。

 

(バイオフォームでは竜のスピードを上回ることが出来なかった……ならばパワーで対抗するか? いや、ジャイアントフォームはスランプ期間で本調子ではない……それに、ここで下手に巨大化しては舞に危険が及ぶ……!)

 

「黙っているのなら、こっちから行くわよ!」

 

「ちぃ!」

 

 ウリュウが鋭い爪で襲いかかってきた。疾風迅雷はすかさず躱すものの、左肩あたりをわずかに引き裂かれる。

 

「へえ、よく躱したわね……」

 

 ジンライは肩を抑えながら内心舌打ちする。

 

(『銀河一のヴィラン』と呼ばれた俺様が女のことに気を取られて、傷を負うとは情けない……あの女のことなどどうでもいいではないか……!)

 

「もう一丁、行くよ!」

 

「くっ!」

 

 ウリュウの追い打ちを疾風迅雷は再び躱してみせる。

 

「ふん、なかなかしぶとい……」

 

(いや、NSPという未知なるエネルギーを解明する為には大二郎の頭脳が必要だ……。そして、大二郎への牽制の意味合いでも舞は手元に置いておきたい……)

 

「……ふふ、ふふふ……」

 

「な、何がおかしいの?」

 

 急に笑い始めたジンライに対し、ウリュウは顔をしかめる。

 

「いや、我ながらなかなか滑稽だと思ってな……」

 

「は?」

 

「こちらの話だ、気にするな」

 

「気にするなっていう、そういう妙に上からの物言いがさっきから癪に障るのよ!」

 

「実際上だからな。先程から頭が高いぞ、貴様ら」

 

「な、なんですって⁉」

 

「そうだ、一つ予言をしてやろう」

 

 ジンライが指を一本立てる。ウリュウが首を捻る。

 

「予言?」

 

「ああ、今から数分後、貴様らは俺様に対し、頭を垂れることになる」

 

 そう言って、ジンライは立てた指を地面に向ける。ウリュウたちの顔色が変わる。

 

「生意気な!」

 

「世迷い言を……」

 

「サリュウ、下がっていて! こいつはアタシが仕留める!」

 

 ウリュウが疾風迅雷に飛び掛かる。

 

(スピードがさらに上がった⁉)

 

「もらった!」

 

「カラフルフォーム! 『ブルー』モード!」

 

「なっ⁉」

 

「色が青に⁉」

 

「はっ!」

 

「ちっ! 三度目⁉」

 

(視覚が研ぎ澄まされている! 攻撃が見える!)

 

 疾風迅雷はウリュウの攻撃を三度躱した。すかさず後方に飛んで相手と距離を取る。

 

「おのれ!」

 

「落ち着け……! 接近戦にこだわるな……」

 

「! ふっ、それもそうね……」

 

 サリュウの声に冷静さを取り戻したウリュウは腕を大きく数度振る。

 

「衝撃波か!」

 

「これは躱せないでしょう⁉」

 

「『グリーン』モード!」

 

「ん⁉」

 

「今度は緑⁉」

 

(聴覚が鋭敏に! 風を切る音が聴こえる!)

 

 疾風迅雷は巧みに飛び跳ねて、衝撃波を躱してみせた。

 

「ぐっ……またしても……」

 

 唇を噛むウリュウに対し、ジンライが叫ぶ。

 

「今度はこっちから仕掛けるぞ! メタルフォーム!」

 

「⁉」

 

「銀色に⁉」

 

「ヘッドフラッシュ!」

 

「ぐっ⁉」

 

「ぬおっ⁉」

 

 疾風迅雷の頭部がピカッと光り、その余りの眩しさにウリュウたちは思わず目を閉じてしまう。疾風迅雷は相手との距離を詰める。

 

「どう使うのかと思っていた機能だが、存外役に立ったな!」

 

「し、しまっ!」

 

「もらった! 『ライトニングブレイド』!」

 

「調子に乗るな!」

 

「どわっ⁉」

 

 サリュウが連続で拍手し、爆発が起こって、疾風迅雷は吹き飛ばされる。

 

「ナ、ナイス、サリュウ……」

 

「数撃ちゃ当たる……」

 

 大の字になった疾風迅雷のバイザーに文字が表示される。

 

「ぬ……ん? これは……大二郎からのデータ転送! ……これで戦えというのか?」

 

「何をブツブツ言っているの?」

 

 ウリュウが覗き込もうとした次の瞬間、疾風迅雷が勢いよく立ち上がって叫ぶ。

 

「意志を表示!」

 

「何⁉」

 

 疾風迅雷の体が光る。ウリュウたちだけでなく、舞も驚く。

 

「な、なに⁉」

 

 そこにはパワードスーツの色が黒色と鈍色の二色に変わっただけでなく、スーツの形状も変わった疾風迅雷の姿があった。上半身が白色の着物で、下半身が黒色の袴姿なのである。離れて避難していた舞から驚きの声が漏れる。

 

「ジ、ジンライ、それは……⁉」

 

「これは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『クラシックフォーム』だ!」

 

「ク、クラシックフォーム?」

 

「ああ、大二郎が言うには、先人たちに学ぶことは多い! とのことだが、よその星からきた俺様に言われてもな……まあ、現状打破の為にはこれでやってみるか……」

 

 腰を低くして構えを取る疾風迅雷を見て、ウリュウが噴きだす。

 

「ふふっ、まさか本当にそんな古典的なスタイルで戦う気?」

 

「ああ、どこからでもかかってこい!」

 

「お望み通り、行ってあげるわ!」

 

「クラシックフォーム! 『サムライ』モード!」

 

「!」

 

「『居合い斬り』!」

 

「がはっ!」

 

 飛び掛かったウリュウだったが、疾風迅雷が腰につけた鞘から剣を素早く抜き放った抜刀術によって、すれ違い様に倒された。

 

「ウリュウ……!」

 

「次は貴様だ……」

 

「今のを見て接近戦をする馬鹿はいない! 拍手の爆発でケリをつけさせてもらう!」

 

「そう来るか……ならば、『ニンジャ』モード!」

 

「なっ! 色がまた黒に……スーツは微妙に異なるか?」

 

「『分身の術』!」

 

 疾風迅雷が十数体に分身し、サリュウを包囲し、襲いかかる。

 

「くっ、どれが本物か……手当たり次第に爆発させる!」

 

「ぐはっ!」

 

 次々と爆発して消えていく疾風迅雷の分身たちの中で、一体が屈み込んでいた。サリュウは思わず笑みを浮かべる。

 

「消えていない、貴様が本体だ! 爪で切り裂いてやる!」

 

 サリュウが爪を突き立てようとしたその時、ジンライがニヤっと笑う。

 

「かかったな……」

 

「なに⁉ はっ⁉」

 

 サリュウの背後にマコトが回り込んでいた。

 

「先程の爆破のお礼です!」

 

 マコトが小刀でサリュウを背後から切り付ける。

 

「ぐぬっ!」

 

 サリュウが前のめりに倒れ込む。ジンライが見下ろしながら呟く。

 

「ほらな、貴様ら仲良く頭を垂れただろう……」

 

「! まだだ!」

 

 サリュウが立ち上がる。

 

「浅いですか⁉ 畳みかけます!」

 

「そうはさせん!」

 

「どわっ⁉」

 

 爆発が起こり、追い打ちをかけようとしたマコトの足も止まる。

 

「くっ……はっ!」

 

 ウリュウを引き摺りながら、空間に発生した時空の抜け穴にサリュウは飛び込む。

 

「いつもの凸凹コンビだけでなく……疾風迅雷! 貴様にこの屈辱は必ず返す!」

 

 そう言って、穴は閉じた。パワードスーツを脱いだジンライは悔しそうに呟く。

 

「ちっ、逃がしたか……」

 

「あの傷……すぐには仕掛けてこないでしょうね」

 

「何故そう言い切れる?」

 

「あの二人がこの地域のラケーシュの主力ですから」

 

「成程、『時空キーパーズ』の隊員殿がそう言うなら、間違いないだろうな」

 

「ええ……って、えええ⁉」

 

 マコトがジンライに驚きの顔を向ける。

 

「何をそんなに驚くことがある?」

 

「ど、どこでそれを? 超機密情報ですよ‼・」

 

「時空賊というワードでドッポに検索させたら、関連ワードで出てきたぞ」

 

 ジンライはドッポを片手に呟く。マコトが頭を抱える。

 

「そ、そんな……」

 

「大した機密情報だな」

 

「た、ただ、ボクがその組織に関係あるということは証明出来ていません!」

 

「無二瀬マコト……」

 

「そう! その名前で検索してもらえば、ボクのきちんとした個人情報が出てくるはずです! ちゃんと、正真正銘この時代のね!」

 

「ムニセ マコト……」

 

「ん?」

 

「スキーが好きなのか?」

 

「ええっと! その話は良いでしょう。これ以上貴方に関係があるのですか?」

 

「俺様の素性を知られていて、気分が悪かったからな……意趣返しという奴だ」

 

「ず、随分とよい性格をしておられますね」

 

 マコトは引きつった笑顔で呟く。

 

「まあいい……NSPのケースはこれか、貴様ら、元のところへ戻しておいてくれ」

 

 ジンライはアタッシュケースを拾い、マコトに手渡す。

 

「どちらへ?」

 

「この地におけるNSPの脅威はひとまず去った。次の場所へ行く。ドッポ」

 

「リョウカイシマシタ、シャリョウモードニヘンケイシマス……」

 

 車になったドッポにジンライは乗り込む。

 

「行くぞ、舞! 舞?」

 

 ジンライが覗き込むと、テュロンに頬ずりしている舞の姿があった。

 

「あ~モフモフでカワイイ~♪ これは癖になってしまいそう~」

 

「……置いていくか、ドッポ、出せ」

 

「! ちょ、ちょっと待って! 本当に置いていかないでよ! 私も行く!」

 

 走り去っていくジンライたちを見て、デコボコが呟く。

 

「あの子たち、事件の匂いがプンプンするわ。また近い内に会いそうね……」

 

「デコボコさんのそういう推理というか、勘って当たりますよね……」

 

 去って行く車を見ながら、マコトは呟く。



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第7話(1)網走を発つわけだけれども

 


                  7

 

「……うん?」

 

「……うん、それじゃあよろしくね、おじいちゃん……」

 

 移動中の車内で仮眠をとっていたジンライが目を覚ますと、隣の席で舞がヒソヒソと小声で話していた。舞はそそくさと通信を切る。

 

「……大二郎はなんと?」

 

「わっ⁉ ジ、ジンライ、起きていたの? 停車したときに寝たと思ったのに……」

 

「ちょうど今起きたところだ」

 

 ジンライは目をこすりながら、シートから少し体を起こす。

 

「そ、そう……」

 

 舞は少し安心した様子を見せる。

 

「なんだ、俺様に聞かれたらマズい相談でもしていたのか?」

 

「べ、別に……」

 

「……怪しいな」

 

「そ、そんなことないわよ」

 

「車内の会話などは録音しているから再生しても良いのだが……」

 

「サキホドノツウワデータヲカクニン……サイセイシマスカ?」

 

 ドッポの声が車内に響く。舞が慌てる。

 

「ちょ、ちょっと! プライバシーの侵害じゃない!」

 

「俺様に寝顔を見られているというのに、今更だな」

 

「そ、それとこれとは話が別よ!」

 

「……イカガナサイマスカ?」

 

「いや、冗談だ、再生しなくていい……」

 

「カシコマリマシタ」

 

 ジンライはシートにもたれかかって、舞に問う。

 

「で?」

 

「え?」

 

「大二郎はなんと?」

 

「だ、だから、プライバシーの侵害よ」

 

「まさか、全てが全て、呑気にプライベートトークをしていたわけではあるまい……俺様が知っておくべき情報もあるはずだ、NSPを守る為にもな」

 

「あ、ああ、そういうことね……それなんだけど……」

 

「だけど?」

 

「特に今、伝えることは無いって言っていたわ」

 

「なに?」

 

 ジンライが顔をしかめる。

 

「緊急事態が起こったら、すぐに知らせると言っていたわ」

 

「ふむ……これから目指す場所については変更なしか?」

 

「ええ、ただ、発信信号を確認した限りではそんなに慌てなくてもいいって……」

 

「まあ、その点についてはこちらでも確認したが……」

 

「せっかくだから観光がてらどこかに寄っていく?」

 

「観光か……」

 

 ジンライは腕を組んで考え込む。舞は笑う。

 

「ふふっ……」

 

「なにがおかしい?」

 

「いや、てっきり『俺様は観光などに興味はない』とか言うのかと思ったから……」

 

「……ひょっとして、今のは俺様のマネをしたのか?」

 

「あ、分かった?」

 

 舞は悪戯っぽく舌を出す。ジンライは不機嫌そうに呟く。

 

「似ていない……」

 

「え~そうかな~? ドッポはどう思う?」

 

「ジンライサマノソンダイナブブンヲヨクヒョウゲンデキテイタカトオモイマス……」

 

「ほら、高評価よ」

 

 ドッポの回答に舞が胸を張る。ジンライが首を傾げる。

 

「なんだ、よく表現出来ていたとは……声の高低など、データを用いて判断しろ」

 

「データヨリモダイジナノハハートデス……」

 

「いや、データを軽視するな」

 

「良いこと言うわね、ドッポ」

 

「アリガトウゴザイマス」

 

「はあ……もういい」

 

 ジンライは軽く頭を抱える。舞が尋ねる。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「ご希望の観光よ、どこに行きたい?」

 

「方針変更だ。やはり観光などをしている場合ではない」

 

「ええ~? たまには息抜きも必要よ」

 

 ジンライの言葉に舞は唇を尖らせる。

 

「トキニハシンシンヲリフレッシュサセルコトモ、ニンムヲエンカツニススメルウエデモジュウヨウニナッテキマス……」

 

「ほら、ドッポもそう言っているわよ」

 

「……貴様が観光したいのではないか?」

 

「……バレた?」

 

「遊びにきたわけではない……大体ここは貴様の地元だろうが」

 

「そりゃあ銀河一のヴィラン様にとってはちっぽけかもしれないけど、私からすれば北海道は結構広いのよ? それに私は生粋の函館の女だから、この辺は来たことないのよ」

 

 舞が大袈裟に両手を広げる。ジンライはため息をつく。

 

「まあ、興味を引かれたポイントはあるな……」

 

「え、どこどこ?」

 

「場所というか……物だな」

 

「物?」

 

「ああ、『流氷』とやらを見てみたい」

 

「りゅ、流氷?」

 

 ジンライの言葉に舞が驚く。

 

「網走の街では、流氷を展示している建物や、流氷砕氷船などもあるらしいな」

 

「よ、よく知っているわね……」

 

「街のデータくらいしっかりと目を通す」

 

「で、でも今言われても……」

 

「無理か?」

 

「ええ、海とはもう反対方向に来ちゃっているし……大体流氷の時期ではないわ……」

 

「そうか、なら仕方がないな」

 

「いいの?」

 

「縁が無かったということだ」

 

「そう……って、このまま、目的地まで数時間ノンストップで行くつもり⁉」

 

「そのつもりだが……それがどうした?」

 

「い、いや、流石に退屈が過ぎるでしょ⁉」

 

「ドッポと楽しく会話をしていれば良いだろう」

 

「話のネタが無くなるわよ」

 

「俺様の悪口でも言い合ったらどうだ?」

 

 ジンライは笑いながら言う。舞は腕を組む。

 

「それでも時間の半分は余るわね……」

 

「ちょ、ちょっと待て! そんなに不満があるのか⁉」

 

「冗談よ、冗談……」

 

「ったく、うん……?」

 

「どうしたの?」

 

「退屈をしのげそうな存在が現れたぞ」

 

「え? ……ええっ⁉」

 

 ジンライの指差した先を見て、舞は大声を上げる。流氷のかけらに腰掛けながら、車をヒッチハイクしようとする日本刀を持った女性がいたからである。



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第7話(2)道央観光

「ドッポ、停めろ」

 

「ちょ、ちょっと、どうする気⁉」

 

「ヒッチハイクというやつだろう」

 

「ま、まさか、乗せる気なの⁉」

 

「退屈しのぎになるぞ」

 

「そういうのは望んでいないのよ!」

 

「テイシャシマス」

 

 ドッポがヒッチハイクする女性の近くに停車する。

 

「い、いや、こういうのはあまり乗せない方が良いわよ……」

 

「男ならともかく、女ならば危険度は少ない」

 

「日本刀が見えない⁉ 危険度抜群でしょ⁉」

 

「ファッションの一種だろう」

 

「どんなファッションよ!」

 

「ありがとうございます、助かりました~」

 

「もう乗ってきたし!」

 

 グレーのタートルネックにデニムのGジャンを羽織り、黒のロングスカートを着た、艶のある黒髪ストレートロングの美人が車の後部座席に乗り込んでくる。

 

「誰も停まってくれなくて困っていたのですよ~」

 

 女性は笑みを浮かべながら、穏やかな口調で話す。

 

「そりゃあ、誰も停まってくれないでしょうね……」

 

「何がマズかったのでしょうか~?」

 

 女性は刀を片手に首を傾げる。舞は呆れながら答える。

 

「まずその刀が理由だと思いますよ……」

 

「きちんと鞘に納刀していますが……」

 

「まず刀を持ち歩いてはいけないんですよ」

 

「ドッポ、出せ」

 

「いやいや、ちょっと待って!」

 

 舞は車が走り出すのを制止する。ジンライが首を捻る。

 

「何を待つことがある?」

 

「こう言っちゃなんだけど、怪しい女性を躊躇いなく乗せて発車しないでよ!」

 

「怪しいか?」

 

「トッテモビジンサンダトオモイマス」

 

「あら、お上手ですね、うふふ……」

 

「出せ」

 

「出すな! 美人だからってなんでもかんでもOKすんじゃないわよ!」

 

「ではどうしろと?」

 

「まず貴女のお名前は?」

 

「それが……思い出せないのです……」

 

「え?」

 

「はっと気が付いたら、流氷の欠片の側に倒れていて……」

 

「ど、どんな状況ですか、それ?」

 

「そのようにしか言い様がないのです」

 

「なんらかのショックで記憶喪失になったのか」

 

「ミタトコロ、メダッタガイショウハナイヨウデスガ……」

 

 ジンライとドッポが冷静に分析する。舞が重ねて質問する。

 

「身分証明書などは持っていないのですか?」

 

「……生憎、持ち合わせてはおりません」

 

「その状態で何故ヒッチハイクをしようと?」

 

「行かなくてはいけない場所があるのです……そんな気がします」

 

「それはどこですか?」

 

「う~ん、どこでしょう?」

 

 女性は首を傾げる。ジンライは頷いてドッポに告げる。

 

「よし、出せ」

 

「だから出すな! なにがよしなのよ、なにが!」

 

「……走っていればその内思い出すのではないか?」

 

「どういう理屈よ!」

 

「なんとなくですが……」

 

 女性が顎に手をやりながら呟く。舞が尋ねる。

 

「なんとなく?」

 

「この地方で最も~と言える場所に行きたいのではないかと思います」

 

「この地方って……北海道でですか?」

 

「ええ……」

 

「最も~というのは?」

 

「最大とか、最高とか、ですかね……」

 

「いや、それはまた随分と漠然としているような……」

 

「分かった、出せ」

 

「分かるな! ああ、走り出しちゃった!」

 

「多少の余裕があるとはいえ、これ以上時間をかけてはいられん」

 

「だったら、尚更この人を乗せる選択肢はないのよ!」

 

「賑やかな方が良いだろう」

 

「タビハミチヅレ、ヨハナサケデス……」

 

「そ、そうは言ってもね!」

 

「や、やはり、私、降りましょうか?」

 

 女性が申し訳なさそうに口を開く。

 

「気にするな、もう走り出した」

 

「気にするわよ!」

 

「大体、場所の見当は付いている」

 

「ええっ⁉」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 舞と女性は揃って驚く。

 

「ドッポ、これから指定する場所へ向かえ」

 

「カシコマリマシタ……」

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

 車は速度を上げ、数時間後、ある場所へ着いた。

 

「着いたぞ」

 

「こ、ここは……」

 

「大雪山だ」

 

「いや、それは知っているけど……」

 

「厳密に言えば、大雪山旭岳か」

 

「な、何故ここに?」

 

「北海道最高峰だからな」

 

「ああ、最高ってことね」

 

「ロープウェイに乗るか」

 

 ジンライたちはロープウェイに乗り、雄大な大雪山の風景を見下ろす。

 

「……この時期でもまだ雪が残っているわね」

 

「どうだ? なにか思い出すか?」

 

「……申し訳ありませんが、なにも……」

 

 ジンライの問いに女性は首を振る。

 

「そうか、では温泉に一泊してから旭川に行くか」

 

「旭川?」

 

 山を下りたジンライたちは一泊後、旭川に移動する。

 

「ここだ」

 

「ど、動物園?」

 

「そう、日本最北であり、北海道最盛の動物園だ……」

 

 ジンライたちは動物園を見物する。

 

「ふむ、動物の行動や生活を見せることに主眼を置いた『行動展示』か、興味深い……」

 

「なにか思い出しました?」

 

「い、いえ、動物さんたちはかわいいですけど……」

 

 舞の問いに女性が首を振る。

 

「よし、次だ、富良野に行くぞ」

 

「富良野?」

 

 ジンライたちは、今度は富良野へ移動する。

 

「ここだ、日本最大規模のラベンダー畑だ」

 

「なるほど、最大ね、でも……」

 

「お花が……」

 

「ラベンダーノカイカジキハモウスコシアトニナリマス……」

 

「そちらの温室ならラベンダーは見られるぞ」

 

 ジンライたちは温室へ入る。女性が呟く。

 

「うわあ……綺麗ですね」

 

「思い出したか?」

 

「い、いえ、これではないかと……」

 

「ふむ……では次に行くか」

 

「どこかに泊まるの?」

 

「何を言っている。そんな余裕は無い」

 

「昨日はのんびり温泉に泊まったような……」

 

「昨日は昨日、今日は今日だ」

 

「あ、そう……」

 

 舞はジンライのマイペースぶりに軽く呆れる。また移動を始める。

 

「昨日も聞こうと思ったのですが……」

 

 女性が口を開く。

 

「なんですか?」

 

「お名前は伺いましたが、お二人はどういうご関係なのでしょうか?」

 

「夫……ぐおっ!」

 

 例の如く、夫婦と答えようとしたジンライの脇腹を舞が小突き、小声で囁く。

 

「変な答えは止めなさいよ!」

 

「むう……」

 

「あの……」

 

「そうだな……互いの寝顔を知る仲だ」

 

「ええっ⁉」

 

「だから、言い方⁉」

 

「ま、まだお若いのに……進んでいらっしゃるのですね」

 

「いいえ! 一歩も進んでいません! 大変な誤解です!」

 

「やっぱり、私、お邪魔だったかしら?」

 

 女性が小さく笑う。

 

「そんなことはない。お陰で有意義な観光が出来た」

 

「ア、アンタ、人の不幸にかこつけて……」

 

「貴様も温泉では楽しそうにはしゃいでいたではないか……」

 

「な、なんで知っているのよ⁉」

 

「隣の湯に入っていたからな……嫌でも声が聞こえてくる」

 

「ドッポを使って、覗いたりしていないでしょうね⁉」

 

「なんでドッポの性能をそんなことに使わなければならない……」

 

「ふふふっ、仲がよろしいのですね……」

 

「な、なんでそうなるんですか⁉」

 

「ふん……着いたぞ……」

 

 ジンライたちは車を降りる。

 

「本来の私たちの目的地、夕張ね……どの辺が最も~なの?」

 

「この地域最上の映画ロケ地だな、強いて言うのならば」

 

「強いてって……あら?」

 

「ううっ……」

 

 女性が頭を抱えて膝をつく。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……少し思い出しました……」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ええ……ここで私は……⁉」

 

「きゃあー!」

 

「うわあああ⁉」

 

 人々の悲鳴が聞こえる。見てみると、豚の顔をした大柄な人型の生物が数匹、空間に開いた黒い穴から姿を現した。その生物は鎧のようなものを身に付けている。その中で一番立派な鎧を着た生物が叫ぶ。

 

「グへへ! とうとうこちらの世界への扉が本格的に開いた! てめえら、まずはこの辺りを制圧しちまえ!」

 

「な、なによ! あいつら⁉ ⁉」

 

「魔界『ツマクバ』のオークども……こちらまでやってきたわね……」

 

「ま、魔界⁉ オーク⁉」

 

 女性が刀を抜いて構える。

 

「向こうでは上手くやられたけど、こちらでは好きにはさせない! 『爆ぜろ剣』‼」

 

 女性が浅葱色のだんだら模様のドレス姿に変わる。それを見た生物が驚く。

 

「て、てめえは⁉」

 

「魔法少女新誠組(しんせいぐみ)副長、菱形十六夜(ひしがたいざよい)、参る!」



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第7話(3)善悪とは

 十六夜と名乗った女性が斬り掛かり、近くにいた生物を一匹斬り捨てる。

 

「グギャアア!」

 

 斬られた生物は悲鳴を上げて、たちまち消え失せる。残った生物たちが十六夜から距離を取りながら、各々武器を構える。舞が尋ねる。

 

「こ、この生物たちは?」

 

「オークという魔界で跳梁跋扈するモンスターです」

 

 十六夜は剣を構えながら冷静に答える。

 

「ま、魔界とは?」

 

「魔法が使える世界です。わかりやすく言えば、異世界ですね」

 

「い、異世界?」

 

「そうです。私は『ツマクバ』という魔界に召喚されました」

 

「しょ、召喚?」

 

「私は元々気の合う仲間たちと結成した映像クリエイター集団『新誠組』として活動していたのですが……夕張で撮影している時に、不思議な光に包まれて……」

 

「その世界に転移したというわけか」

 

「そうなります」

 

 ジンライの言葉に十六夜は頷く。ジンライが重ねて尋ねる。

 

「その恰好は?」

 

「どうやら私や仲間たちは魔法少女として、極めて高い適性があったようで……ツマクバの平穏を守るために魔法少女『ビルキラ』として治安維持活動をしていました」

 

「ビルキラ?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「邪悪な存在を滅殺する……エビルキラー……略してビルキラです」

 

「ええっ⁉」

 

 十六夜の解説に舞が驚く。

 

「そして、私たちは『邪悪・即座・滅殺』を合言葉に、日々活動に励んでいました」

 

「物騒!」

 

「当然です。殺るか殺られるかの世界でしたから……」

 

「殺伐としている!」

 

 舞が両手で頭を抑える。ジンライが尋ねる。

 

「その刀は?」

 

「武器ですが?」

 

「それは分かっている。ただ貴様は魔法少女と言っただろう……少女?」

 

 ジンライが自分で自分の発言に首を捻る。

 

「ちょ、ちょっと、失礼よ!」

 

 舞がジンライを注意する。十六夜は怒るでもなく淡々と語る。

 

「まあ、その辺りは自覚していますが、『自分ら、今日から魔法少女やから、一つよろしゅう頼んまっせ!』とある方から言われたもので……」

 

「だ、誰ですか! その人は⁉」

 

「人と言うか……私たちをその世界に召喚したフェアリーですね」

 

「フェアリー……妖精か。そいつの名前は?」

 

「名前は……そういえば、分かりませんね」

 

 ジンライの問いに十六夜が首を捻る。

 

「分からないのか?」

 

「『気軽にフェアリーのおやっさんって呼んでや!』と言われました。皆面倒なので、最終的には『フェアっさん』と呼んでいましたが……」

 

「略している!」

 

「……そのフェアっさんから魔法少女としての力を授けられたのだろう?」

 

「細かく言うと違いますが……まあ、そう考えてもらって差支えないと思います」

 

「話は戻るが、つまり魔法が使えるのだろう?」

 

「まあ、そうですね……はっ!」

 

「ウギャ!」

 

 十六夜が左手をかざすと、炎が放たれ、接近してきたオークが一瞬で炎に包まれる。それを見て、舞が驚きの声を上げる。

 

「す、すごい! ……あら?」

 

「だ、大丈夫か⁉」

 

「あ、ああ、なんとかな……」

 

 炎が消え、オークは体勢を立て直し、味方に無事をアピールする。

 

「……耐えられたぞ。多少は効いているようだが」

 

「はあ……そう、問題は……そこなのです!」

 

 ジンライの指摘に十六夜は軽くため息をつきながら、あらためて襲い掛かってきたオークを一刀の下に切り捨てる。

 

「ウギャアア!」

 

「魔法が当たり前の世界なので、モンスターもある程度の耐性がついてしまっていて……結局一番有効なのが、刀なのです」

 

 十六夜が刀をくるっと回す。

 

「魔法少女の適性が云々と言っていたのは……まあ近接武器が確実ではあるな……」

 

「くっ、キラソーンめ!」

 

「キラソーン?」

 

 オークの言葉にジンライが首を捻る。

 

「向こうでの私の別名……そうですね、ニックネームのようなものでしょうか。他の皆も『キラ~~』と呼ばれていました」

 

「ソーンとは?」

 

「茨の意味です。触れると怪我をするような危険な存在と思われていたようで……」

 

「ど、どんな存在ですか……」

 

 舞が戸惑い気味に呟く。一番立派な鎧を着たリーダー格と思われるオークが叫ぶ。

 

「お前らは負けたのだ! これ以上俺たち『シンクオーレ連合』の邪魔をするな!」

 

「負けたのか?」

 

「……それぞれの捉え方ですね」

 

 ジンライの問いに十六夜は落ち着いて答える。

 

「シンクオーレ連合とは奴らの勢力名か?」

 

「ええ、人ではなくモンスターを主体とした連中で、ツマクバの政権掌握を狙って暗躍していました。それを私たち新誠組が片っ端から切り捨てていたのですが……」

 

「ですが?」

 

「戦い自体は私たちが終始優勢に進めていました……しかし、元老院と貴族院を抑えた奴らが政権を握り、私たちは賊軍ということとなりました」

 

「ふん、搦め手を使って、クーデター成功……モンスターたちにしてやられたわけだ」

 

「そ、そんなことってあるの?」

 

 舞が呟く。十六夜が構え直す。

 

「しかし、まだ私は生きています。戦いは終わっていません!」

 

「諦めが悪いぞ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「黙れ! 奸賊ども! 貴方たちを一匹残らずこの刀の錆にしてくれるわ!」

 

「くっ……」

 

 十六夜の一喝にオークたちは怯む。リーダーが声をかける。

 

「お、お前ら、怯むな! 奴らにやられた同胞を思い出せ!」

 

「……思い出す必要はないわ。同じところに送ってあげるから……」

 

「! お、おのれ! お前らかかれ! NSPとやらの前にこいつを倒せ!」

 

「ど、どっちが正義なのかしら……」

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷、参上!」

 

「え⁉」

 

「貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 戸惑う舞の横でジンライが疾風迅雷となる。

 

「き、貴様らってことは……十六夜さんの味方につくの?」

 

「美人とモンスターなら誰だって美人を助けるだろう。全銀河共通の感情だ」

 

「は?」

 

「半分冗談だ! NSPを狙っているならそれを守るまでだ!」

 

 疾風迅雷がオークの群れに向かって駆け出す。



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第7話(4)魔法の力

「うおおっ!」

 

「グオアッ⁉」

 

「な、なんだ⁉」

 

「あ、貴方、その姿! ヒーローだったのですね⁉」

 

 オークを殴り倒す疾風迅雷を見て、十六夜が驚きの声を上げる。

 

「まあ、今はそういうことになる!」

 

「助太刀してくれるのですか?」

 

「そうだな、魔界の勢力争いには正直興味が無いが……こいつらがNSPを狙っているというのなら話は別だ!」 

 

「NSP……未知なるエネルギーのことですね」

 

「知っているのか?」

 

「ツマクバにも情報は流れていました……」

 

「こちらの情報がそちらにも?」

 

「ええ、行き来をするのは困難を極めるのですが、こちらの世界の様子をモニタリングすることは比較的容易でした。もちろん、100%完璧ではありませんが」

 

「なるほどな……」

 

 十六夜の説明にジンライは頷く。

 

「シンクオーレの連中もそれを狙っているようだという情報も掴んでいました」

 

「何故だ? 貴様に言うのもなんだが、魔界での大勢は決したのであろう?」

 

「……NSPを利用して、その支配を確固たるものにするため……あるいはこちらの世界への本格的侵略も考えているのかもしれませんね」

 

「尚更捨て置けんな! 『疾風』モード!」

 

「ウオアッ⁉」

 

 疾風迅雷がオーク数匹を瞬く間に撃破する。

 

「やりますね! はあ!」

 

 十六夜も刀を振り、オーク数匹を斬る。オークのリーダーが顔をしかめる。

 

「こ、こいつら!」

 

「ど、どうします⁉」

 

「第二陣、到着しました!」

 

 黒い穴からオークの群れが現れた。リーダーが頷く。

 

「よし、方針転換だ! 各自散開しろ! 第二陣は俺に続け! NSPとやらを獲る!」

 

 オークの群れは統制の取れた動きを見せ、元々いたオークは散開して、疾風迅雷たちを包囲するように位置取り、残りのオークはリーダーの後に続き、その場を去ろうとする。

 

「ちぃ!」

 

「ここは任せて! 貴方の優先任務はNSPの防衛でしょう?」

 

「ああ、すまん! クラシックフォーム! 『トルーパー』モード!」

 

 疾風迅雷が銀色の甲冑を纏ったような姿になる。手には大きなランスが備わっている。

 

「色や形状が変化した⁉」

 

 驚く十六夜をよそにジンライが槍を掲げて叫ぶ。

 

「ドッポ!」

 

「ハッ!」

 

 ドッポが馬の形に変形し、疾風迅雷はそれに飛び乗る。

 

「やつらを追え!」

 

「リョウカイ!」

 

 疾風迅雷はNSPを狙って、その場を離れたオークの群れにあっという間に追い付く。

 

「な、なに⁉」

 

「喰らえ!」

 

「グハッ!」

 

「き、騎兵だと⁉ いつの間に⁉」

 

「図体に似合わず、なかなか素早いようだが、機動力もこちらが上回ったぞ!」

 

「お、おのれ! 迎え撃て!」

 

 オークたちが踵を返し、武器を振りかざして、疾風迅雷に襲い掛かる。

 

「ドッポ、飛べ!」

 

「くっ⁉」

 

 勢いよく飛び上がった疾風迅雷はオークたちの攻撃を躱し、見下ろす。

 

「喰らえ、『乱れ突き』!」

 

 疾風迅雷は空中からランスを乱れ突く。

 

「ギャアア!」

 

 正確な突きを喰らったオークたちは悲鳴を上げて消え失せる。着地した疾風迅雷はランスをリーダーに向けて呟く。

 

「……残るは貴様だけだな」

 

「くっ! うおりゃ!」

 

「⁉」

 

 リーダーは持っていた斧を地面に叩き付け、土塊を疾風迅雷に向かって飛ばす。予期せぬ攻撃を受けた疾風迅雷は思わず顔を手で覆ってしまう。

 

「へっ! 今の内に逃げるぜ! って⁉」

 

 逃げようとしたリーダーの先に刀を紙で拭う十六夜の姿があった。

 

「まさか逃げられるとお思いですか?」

 

「キラスーン⁉ ま、まさか……」

 

「ご心配なく……皆さん一匹残らず成敗致しました」

 

「お、おのれ!」

 

「二対一だ、命運尽きたな」

 

「そうでしょうか?」

 

「⁉」

 

 疾風迅雷たちやリーダーの間に大きく黒い穴が発生し、その中から、小柄な人型の生物が現れる。頭部に二本の角が生えており、人とは異なった種族だということが分かる。

 

「キョ、キョウヤ様!」

 

「キョウヤですって⁉」

 

「これはこれはキラスーンさん、お噂はかねがね……こうしてお目に掛かるのは初めてになりますね。わたくしはキョウヤと申します」

 

 キョウヤは十六夜に向かって、恭しく礼をする。十六夜は舌打ちする。

 

「貴方の暗躍のお陰で辛酸を舐めさせられたわ……」

 

「こちらは勝利の美酒を味わえました……」

 

「まだ負けていないわ!」

 

 十六夜は剣を構える。キョウヤと名乗った者はため息をつく。

 

「諦めの悪い御方ですね……今日は偵察のつもりでしたが……」

 

 キョウヤはリーダーの方に振り返る。リーダーはやや怯えながら、尋ねる。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「わたくしはこの後、大事なパーティーに顔を出さなければなりません。服を汚したくはないのです。よってここは貴方に任せます」

 

「ご、ご加勢下さらないのですか?」

 

「力は貸しましょう……」

 

 キョウヤはリーダーの頭上に右手を掲げる。

 

「⁉ ウオオオッ!」

 

「な、なんだ⁉」

 

 雄叫びを上げたリーダーの体を暗い光が包む。十六夜が説明する。

 

「奴はオーガという種族……ほとんどが獰猛な連中だけど、キョウヤ、奴は例外です。味方の潜在能力を引き出すことが出来るのです」

 

「バフ効果とかいうやつか……」

 

 ジンライは漫画で得た知識を呟く。

 

「グオオッ!」

 

「! 速い!」

 

「フン!」

 

「どわっ⁉」

 

 リーダーは一瞬で距離を詰め、疾風迅雷に襲い掛かる。鋭く重い斧の攻撃を受け止めきれず、疾風迅雷は落馬する。

 

「ムン!」

 

(くっ! あばらをやられたか⁉ これでは躱せん!)

 

 相手が斧を振りかぶるが、ジンライは脇腹を抑えたまま、起き上がることが出来ない。

 

「オンッ!」

 

「ちっ⁉」

 

「『ヒーリング』!」

 

「⁉ おっと!」

 

「ヌッ⁉」

 

「こ、これは……体が動く、負傷箇所が直ったのか? 貴様の仕業か?」

 

 ジンライが視線を向けると、両手をかざした十六夜の姿があった。

 

「ええ、回復魔法です」

 

「か、回復魔法を使えるのか?」

 

「元々、私は組の中でも戦いは得意ではありません……ヒーラーポジションです」

 

「そ、そうか……とにかく助かった、礼を言う」

 

「ヌオオッ!」

 

「『サムライ』モード!」

 

「! ガ、ガハッ……」

 

 またも襲い掛かってきたリーダーを疾風迅雷はすれ違い様に斬る。

 

「な、なんて剣速……新誠組でも上位に匹敵するかも……」

 

 十六夜は感嘆の声を上げる。

 

「はっ!」

 

「ふん!」

 

「うおっ!」

 

 疾風迅雷はすぐさま、返す刀でキョウヤに斬り掛かるが、キョウヤが右手を掲げると、逆に吹き飛ばされてしまう。

 

「意表を突いたつもりですが甘いですよ……」

 

「な、なんだ、今のは……なにかに弾かれたような……」

 

「障壁魔法の応用形ですよ」

 

「バリアーを展開したのか?」

 

「バリアーなるものを存じ上げませんが……概ねその理解で合っているかと思います」

 

「ぐっ……」

 

 疾風迅雷が刀を杖代わりにして立ち上がる。キョウヤが首を傾げる。

 

「はて……貴方とわたくし、争う理由が無いと思うのですが……?」

 

「理由ならある! NSPは渡さん!」

 

「……ほいっ!」

 

「ごはっ!」

 

 疾風迅雷は再びキョウヤに斬り掛かろうとしたが、キョウヤは指を弾くと、疾風迅雷の体が爆発する。疾風迅雷は仰向けに倒れ込む。

 

「今のは爆発魔法の応用形ですね」

 

「う、噂以上の魔法の使い手……」

 

 十六夜の表情が畏怖に変わる。その時、疾風迅雷のバイザーに文字が表示される。

 

「ぬ……ん? これは……大二郎からのデータ転送!」

 

「何ですか?」

 

 キョウヤが近づこうとした次の瞬間、疾風迅雷が勢いよく立ち上がって叫ぶ。

 

「意志を表示!」

 

「何⁉」

 

 疾風迅雷の体が光る。キョウヤたちだけでなく、離れて様子を見守っていた舞も驚く。

 

「な、なに⁉」

 

 そこにはパワードスーツの色がエメラルドグリーンに変わっただけでなく、スーツの形状も変わった疾風迅雷の姿があった。スーツというか、スカート丈のやや短いドレス姿なのである。舞が驚きの声を上げる。

 

「ジ、ジンライ、なにその恰好は……⁉」

 

「これは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『マジカルフォーム』だ!」

 

「マ、マジカルフォーム?」

 

「ああ、このステッキが気になるのだろう?」

 

 ジンライはピンク色と金色の二色が混じったステッキをかざす。

 

「い、いや、むしろ、そのミニスカート……」

 

「聞こえない!」

 

「き、聞こえないって……」

 

「くっ、銀河一のヴィランがなんという恥ずかしい恰好を……さっさと終わらせる!」

 

「マジカル? 魔法で勝負になるとでも?」

 

「行くぞ! 『マジカル……」

 

 疾風迅雷がステッキを振りかざす。キョウヤの顔つきが変わる。

 

「急激な魔力の高まり⁉ どんな魔法でも対応してみせる! ⁉」

 

「……ストレート‼』」

 

「がはっ⁉」

 

 懐に入った疾風迅雷のパンチがキョウヤのボディに突き刺さる。

 

「「魔法は⁉」」

 

 舞と十六夜が思わず声を揃える。

 

「意外とボディががら空きだったもので……」

 

「魔力を拳に付与させたのですね、見事です……ここは退きましょう」

 

 キョウヤが姿を消した。

 

「見たか! これがマジカルフォームだ!」

 

 ジンライが使わなかったステッキを掲げて叫ぶ。



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第8話(1)念の為

                  8

 

「なんでステッキを使わなかったの?」

 

 移動中の車内で、舞がジンライに問う。目を閉じていたジンライが目を開けて呟く。

 

「……では、逆に聞こうか」

 

「な、何よ……」

 

「貴様は『今から魔法使うことが出来ますよ!』と言われて、『はい、そうですか、分かりました!』と、すぐに魔法を使うことが出来るか?」

 

「まあ、普通は戸惑うわね」

 

「そうだろう」

 

「銀河一のヴィラン様も魔法は初見だったってこと?」

 

「魔法というものの定義によるが、あまり見かける機会はなかった気がするな」

 

「そうなのね」

 

「その状態でいきなりステッキを持たされてもな……」

 

 ジンライが首をすくめる。

 

「でも、だからといってパンチは驚いたわよ」

 

「相手の意表を突けたから良いだろう」

 

「結果オーライって感じだったけどね……」

 

「あのキョウヤという奴が言っていただろう。魔力を拳に付与させてどうたらと」

 

「どうたらって」

 

「なんとなくではあるが、コツは掴めたような気がする。恐らく初歩中の初歩ではあるだろうがな。今後はもっと上手くやれるはずだ」

 

 ジンライは拳を軽く握る。

 

「また奴と戦うときはパンチをお見舞いするの?」

 

「流石に同じ手は通用せんだろう。ステッキを上手く使っていくということだ」

 

「ということは練習するの?」

 

「……あの恥ずかしい恰好にはなるべくなりたくない……」

 

「結構似合っていたわよ。ねえ、ドッポ?」

 

「エエ、トテモヨクオニアイデシタ」

 

「ほら、賛同者がいるわよ」

 

 舞がいたずらっぽく笑う。

 

「……やめろ」

 

「脚、結構キレイよね」

 

「やめろと言っている……」

 

「はいはい、冗談よ」

 

 舞がわざとらしく両手を広げる。ジンライが憮然とした表情で腕を組む。

 

「ったく……」

 

「それにしても魔界、異世界と得体の知れない連中まで絡んでくるとはね……あくまで噂レベルだと楽観視していたわ……」

 

「……奴らの侵攻の様子はどうだ?」

 

 ジンライの問いかけにドッポは僅かに間を空けて答える。

 

「……スウカショデカクニンデキマシタガ、アクマデテイサツダンカイノモヨウデス。カクチノジモトヒーローノカツヤクデヒトマズハゲキタイサレタヨウデス」

 

「そうか」

 

「十六夜さんは夕張に留まるって言っていたけど……」

 

「夕張から異世界に召喚されたというのなら、あの場所が異世界と繋がりやすいポイントなのではないか? 非科学的な話ではあるが……」

 

「一人で大丈夫かしら?」

 

「謙遜していたがそれなりに腕はたつ。さほど心配は要らんだろう。それに……」

 

「それに?」

 

「新誠組だったか? 仲間がいるという話だっただろう」

 

「ああ、そういえばそんなことを言っていたわね」

 

「その仲間たちと合流すれば、そうそう負けはしないはずだ。悪いが、こちらも一か所に留まっている時間的余裕はない」

 

「それもそうね……」

 

「全く、罪作りだな、NSPという存在は」

 

「ええっと、世界征服を目論む悪の秘密結社『レポルー』、多次元犯罪組織『ミルアム』、怪獣を操ることが出来る秘密教団『ファーリ』、人類から土地を取り戻そうとしている『ソウダイ奪還同盟』、タイムワープをして犯罪行為を働く時空賊『ラケーシュ』、そして、魔界の『シンクオーレ連合』……次から次へと、厄介な連中が湧いてくるわね」

 

「それに加えて……」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない……」

 

 ジンライは静かに首を振る。

 

「なんでもないってことはないでしょ」

 

「気にしなくていい」

 

「気になるでしょ、そんな言い方されちゃ……って、ちょっと?」

 

「なんだ? トイレか?」

 

「違うわよ。函館に帰るんじゃないの?」

 

「ああ、それだが……少し事情が変わってな」

 

「事情が変わった?」

 

 舞が怪訝な顔つきになる。

 

「寄るところがある」

 

「寄るところ? 時間的余裕は無いって自分で言っていたでしょ?」

 

「そう時間はかからん」

 

「どこに行くかくらい教えなさいよ」

 

「……札幌だ」

 

「札幌?」

 

 舞が首を傾げる。

 

「おかしいか?」

 

「確かに札幌にもNSPが数か所点在しているわ。ただ、危険信号は出ていなかったはずよ」

 

「分かっている、念の為だ」

 

「知っていると思うけど、札幌は北海道一の大都市よ。強力な地元ヒーローが何組もいるわ。万が一の事態が起こったとしても、十分対処可能よ」

 

「理論的にはな」

 

 舞の言葉にジンライは頷く。

 

「それよりも手薄な函館に早く戻るべきだわ」

 

「今のところ、大二郎から緊急の連絡は入っていない」

 

「そうだとしてもよ」

 

「焦るな……」

 

「焦りたくもなるわ」

 

「ここは俺様の判断に従ってくれ」

 

 ジンライがいつになく真剣な眼差しで舞を見つめる。舞は妙に照れ臭くなり、目を逸らす。

 

「……ま、まあ、勝手についてきたようなものだし、アンタに任せるわ」

 

「理解を得て嬉しく思う」

 

 車は札幌の街中に入る。舞がモニターを見ながら呟く。

 

「特に危険信号は出ていないみたいだけどね……」

 

「ドッポ、左折だ」

 

「カシコマリマシタ」

 

「え? 時計台や大通公園の様子を見るんじゃないの?」

 

「後で時間があったらな」

 

「い、いや、後でって……」

 

「よし、ここで停めろ」

 

 停車し、ジンライたちが降りる。舞が腕を組んで首を傾げる。

 

「ここは……アニメショップが一杯入っているビル?」

 

「ああ、今日ここで、大ヒットを連発している漫画ユニット、『シーズンズ』のトークショー&サイン会が行われる。ファンとしては絶対に逃せないイベントだ」

 

「はあっ⁉」

 

 舞が大声を上げる。



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第8話(2)ほぼ知らない人たちのイベントを観覧

「往来で大声を上げるな、迷惑だろう……」

 

「ヴィランに諭された!」

 

「とにかく入るぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「なんだ……」

 

 舞に腕を引っ張られたジンライはウンザリ気味に呟く。

 

「百歩譲って、イベント観覧はいいわ。でも誰よ、シーズンズって?」

 

「シーズンズを知らないだと?」

 

「生憎、ちっとも!」

 

「正気とは思えんな……」

 

 ジンライは信じられないと言った表情で舞を見る。

 

「そ、そこまで言われるほど⁉ 漫画はそれほど見ないのよ。代表作は?」

 

「……ドッポ、教えてやれ」

 

 ジンライは車から通常形態に戻って、自らの肩に乗ったドッポに説明を促す。

 

「サクヒンメイハ『キ』デハジマリ、ゴモジメガ『イ』デス」

 

「なによ、その微妙なヒントは……」

 

「ゲキジョウバンアニメモダイヒットシマシタネ」

 

「あ! 分かった! え? 『鬼○の刃』⁉」

 

「違う」

 

「違うの⁉」

 

 ジンライはやや呆れ気味に答えを言う。

 

「『季節の合間』だ」

 

「なにそれ⁉」

 

「人と人外の生物によって織り成される季節の合間を描いたハートウォーミングな作品だ」

 

「し、知らないわ!」

 

「アニメでは食卓シーンのハイクオリティな作画が話題を呼んだ……」

 

「ほ、本当に話題を呼んだの?」

 

「特にあの里芋の煮っころがしの作画は世界のSNSを席巻した……」

 

「クオリティ高めるところ間違っていない?」

 

「全く、季節の合間も知らんとは……」

 

 ジンライはため息をつく。

 

「ほ、他にはないの?」

 

「……ドッポ」

 

「サクヒンメイニ『ジュツ』ガハイリ、『カイセン』デオワリマス」

 

「また、クセのあるヒントの出し方ね……でも分かったわ! 『呪術○戦』ね!」

 

「……違う」

 

「え⁉」

 

「『手術海鮮』だ」

 

「はい? なによ、それ?」

 

「医者として手術をする二人が、オフの日には仲良く釣りを楽しむストーリーだ」

 

「し、知らない! ってか、どんなストーリーよ!」

 

「医療漫画としてだけでなく、釣り漫画、グルメ漫画の側面も併せ持つ贅沢な作品だな」

 

「コンセプトがぶれていない?」

 

「むしろそこが良いと評価されている」

 

「どこで評価されているのよ……」

 

「季節も手術も知らん奴がいるとはな……国民的少女漫画だぞ?」

 

 ジンライが軽く頭を抑える。

 

「え、少女漫画なの⁉」

 

「まあいい、そろそろ時間だ、店に入るぞ……」

 

 ジンライたちがビルに入り、イベントが行われる会場に着く。

 

「イベントのお客さん、99%女性ね……」

 

「良いものに性別など関係ない……いわんや星の違いもな」

 

「説得力ある物言いね……あ、そろそろ始まるみたいよ」

 

 司会者が壇上に上がり、イベントの開始を告げる。

 

「それではトークショーを始めさせて頂きます……シーズンズの皆さんです!」

 

「きゃあああー!」

 

 女性客から黄色い歓声が上がる。四人の端正なルックスの男性がステージに現れる。

 

「よ、四人組なのね……」

 

「複数連載を抱えているからな、一人二人ではなかなか大変なのだろう」

 

「ヨニンソレゾレノサッカテキキャラクター、パーソナリティヲツカイワケタサクフウニテイヒョウガアリマス」

 

「そ、そうなの……」

 

 ジンライとドッポの説明に舞が頷く。四人組が自己紹介を始める。

 

桜花青春(おうかせいしゅん)です! よろしく!」

 

 すらっとしたスタイルで、短い青髪の男性が挨拶する。

 

「その名の通り、青春を題材にした作品が多い。読者の間では『エモい』担当とされている」

 

「エモい担当……青春を題材……学園ものとか?」

 

「そうだな、後、スポーツものが多い、『苦虫マダム』とかな」

 

「どんなスポーツものよ……マダムとエモさはなかなか結びつかないでしょ……」

 

疾風朱夏(はやてしゅか)です……よろしくお願いします……」

 

 四人組の中では小柄な、少年と言ってもいいルックスの朱髪の男性が挨拶する。

 

「恋愛や日常ものが多い。担当は『尊い』だな。疾風というがもしや……」

 

「ああ、はとこよ、ほとんど会ったことはないけど、まさか漫画家になっていたとはね」

 

「ふむ、世間は意外と狭いものだな……代表作は『手洗いミューズの赤木さん』だ」

 

「どういう恋愛ものよ……」

 

佳月白秋(かげつはくしゅう)だ。よろしく頼む……」

 

 やや斜に構えた態度の白髪の男性が挨拶する。

 

「バトルや歴史ものを多く手掛けている。『エグい』担当だ」

 

「エグい担当って……」

 

「主に戦闘描写がな。それが良いという読者もいる。『文具のり』がヒットした」

 

「文具でどうエグさを出すのよ……」

 

吹雪玄冬(ふぶきげんとう)……よろしく……」

 

 四人の中では一番筋肉質で、黒髪の男性が挨拶する。

 

「『チルい』担当だな。見た目に反してエッセイ風やほのぼのギャグ作品が多い」

 

「チルい?」

 

「落ち着く作風ということだ。『今朝、なに食べたっけ?』とかな」

 

「どんな漫画よ……っていうか、さっきから一つも知らない漫画ばかりなんだけど」

 

 首を傾げる舞をよそに、司会者が話し始める。

 

「……さて、四人にご挨拶頂きました。まずはトークショーの方を始めさせて頂きます……」

 

「きゃあー⁉」

 

 女性の悲鳴が響き、ビルの窓が割れる。舞が驚く。

 

「な、なに⁉」

 

「! あれは……」

 

 窓に駆け寄り、外を見下ろしたジンライが目を見開く。そこには灰色のパワードスーツに身を包んだ者が数人、茶色のパワードスーツを着た者が一人いた。茶色のスーツが叫ぶ。

 

「我々はドイタール帝国第十三艦隊特殊独立部隊である! 突然だがこの都市は我々の支配下とする! 無駄な抵抗はしないことだ。さもないと……」

 

「!」

 

 茶色のスーツが周囲のビルの壁や窓ガラスに銃撃を加える。群衆はパニックに陥る。

 

「ジ、ジンライ!」

 

「奴らめ……ん⁉」

 

「行きますよ!」

 

「なっ⁉」

 

 朱髪の男性の掛け声でシーズンズの四人が窓から勢いよく飛び出し、ジンライは驚く。



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第8話(3)新連載開始

「「「「連載開始!」」」」

 

 飛び降りた四人が光に包まれ、一人の姿になって地上に着地した。青と朱と白と黒の四色が混ざり合ったカラーリングのパワードスーツを身に纏っている。

 

「「「「風花雪月(ふうかせつげつ)、見参!」」」」

 

「ヒ、ヒーローだったのね……四人の身体が一つになったわ」

 

「舞! 俺たちも下りるぞ!」

 

 舞に声をかけ、ジンライは階段を急いで駆け下りる。

 

「貴様らは……地元ヒーローとかいう存在か?」

 

 茶色のスーツが銃口を向けながら、風花雪月と名乗った者に尋ねる。

 

「そうです」「中身は全国的だ!」「大した存在ではない……」「周りが騒いでいるだけだ」

 

「⁉ ええい! な、なんだ⁉」

 

「どうかされましたか?」「怒っているな」「気に障ったならすまない……」「ふん……」

 

「! 四人で一斉にしゃべるな! 聞き取れん!」

 

「ああ!」「またやってしまったな!」「つい癖で……」「別に大したことは言っていない」

 

「だから!」

 

 茶色スーツは苛立った様子で地団太を踏む。店の外に出てきたジンライは呆れた表情でそのやりとりを見つめる。

 

「何をやっているのだ……」

 

「ちょ、ちょっとよろしいですか⁉ 皆さん!」

 

 風花雪月が右手を挙げる。

 

「なんだよ」「発言して構わない……」「大声を出さなくても聞こえる……」

 

「ここは代表して僕がしゃべっても良いでしょうか⁉」

 

「良いぜ!」「任せる」「だから大声を出すな、同じ身体なのだから……」

 

「ありがとうございます」

 

 右腕の動きに答えるように、左腕、右脚、左脚がそれぞれ違う方向に動き、顔も忙しなく左右に動く。そのなんとも奇妙な動作に、茶色スーツは思わず後ずさりする。

 

「な、なんなのだ……?」

 

「……ええっと、僕らは風花雪月と言います。ご察しの通り、この札幌を中心に活動させて頂いている地元ヒーローです」

 

「なぜ、そんな状態に?」

 

「細かい原因は不明なのですが、四人で一人の身体を共有するのが通常状態でして……」

 

「そ、それが通常なのか⁉」

 

「ええ、説明は省略させて頂きますが、この力を得たときからこういう状態でしたね」

 

「四人の人格が共存しているのか?」

 

「まあ、そのように考えてもらっても問題ないかと思います」

 

「他の三人の声が脳内に響いている状態で戦うのか? 大変ではないのか」

 

「正直言うと、最初の内は大変でしたね……後は慣れです」

 

「慣れか……」

 

「ご心配頂きありがとうございます」

 

「い、いやいや……」

 

 頭を下げる風花雪月に茶色スーツは持っていた銃を左右に振る。ジンライが呆れる。

 

「何を馴れ合っているのだ……」

 

「こ、これはどういう状況なの?」

 

 店の外に出てきた舞がジンライに尋ねる。ジンライが肩をすくめる。

 

「さあな、こちらが聞きたい……」

 

「ご挨拶も済んだところで……撃退させて頂きます!」

 

 風花雪月が構える。茶色スーツも銃を構え直す。

 

「ふん! やれるものならやってみろ!」

 

「朱夏っち!」

 

「……なんですか、花さん……」

 

「ああ、この場合は風って呼ぶのか。風、ここは俺に任せてくれ!」

 

「分かりました……『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が青色一色になる。茶色スーツが驚く。

 

「スーツの色が変わった⁉ お、お前ら、かかれ!」

 

 茶色スーツの指示に従い、灰色スーツの者たちが風花雪月に一斉に飛び掛かる。

 

「へへっ! エモい攻撃を見せてやるぜ!」

 

 風花雪月は短い棒のようなものを手に構える。

 

「馬鹿め! そのようなもので戦えるか!」

 

「『集中線』!」

 

「⁉」

 

 風花雪月を中心にして、周囲に無数の線状の帯が放たれ、群がった者たちは倒れ込む。

 

「なっ⁉ レーザー光線か⁉」

 

「違うな、効果線の一種だ」

 

「効果線? そ、その短剣から発したのか?」

 

「短剣? いいや、これは丸ペンだ!」

 

「丸ペン?」

 

「ああ、『ペンは剣よりも強し』っていうだろう!」

 

「わけの分からんことを!」

 

 茶色スーツは銃を発射しようとする。

 

「花さん! 僕が行きます!」

 

「任せた! 『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が今度は朱色一色になる。

 

「尊い気分にさせてあげます! 『トーン:柄』!」

 

「なっ⁉」

 

 茶色スーツの周りをキラキラとした球体がいくつも浮かび上がる。

 

「どうです!」

 

「こ、心が不思議な高揚感に包まれる……戦いなんて愚かな行為だ」

 

 茶色スーツが胸を抑え、自然と銃を投げ捨てる。風花雪月が笑う。

 

「どうやらここまでですね」

 

「い、いや! まだだ! おかしな能力を使いおって!」

 

 茶色スーツが首を激しく左右に振って、風花雪月に殴りかかろうとする。

 

「ふむ……隊長格だけあって、なかなかの精神力ですね」

 

「風、自分に変わってくれ」

 

「雪さん! お願いします! 『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が黒色一色の姿になる。

 

「これがチルい攻撃かどうか自分も分からんが……『吹き出し:モノローグ』!」

 

「どあっ⁉」

 

 風花雪月のペンから白い雲のような煙が吹き出る。飛び掛かろうとした茶色スーツは押し出されるように吹き飛ばされる。

 

「大声を出すのは苦手だ。周囲への影響も考えて、叫び声の吹き出しは極力使いたくない」

 

「ま、またもや妙な能力を!」

 

「いい加減しぶといな……雪、それがしに変われ」

 

「月か、任せた。『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が白色一色に染まり、ペンを掲げる。

 

「エグい攻撃を見せてやる……『効果音』……」

 

「⁉」

 

「『ゴキ』……」

 

「! がはっ……」

 

 鈍い音と同時に茶色スーツが力なく倒れ込み、動かなくなる。

 

「ふん……」

 

「あ、ああ……」「うわあ、流石に引くわ……」「奴らの狙いを聞きそびれた……」

 

「い、一斉にしゃべるな! お主らのやり方が手ぬるいからだ!」

 

「蛮族の星かと思っていたら……なかなか面白そうなやつがいるな……」

 

「⁉」「な、なんだ、タコが喋っている⁉」「異星人だな」「新手か、面倒だ……」

 

「私と遊んでもらおうか」

 

「アマザ⁉」

 

 ジンライが自らを陥れようとした元副官の姿を見て、怒りで目を見開く。



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第8話(4)漫画の力

「異星人……確かに人型ではあるな」

 

 風花雪月がアマザの姿を改めて見て呟く。

 

「月さん!」「ここは俺に任せろ!」「まずは出方をうかがうべきだ」

 

「だ、だから! 同時にしゃべるなというのに!」

 

 風花雪月が片手で頭を抑えながら左右に振る。アマザが不思議そうに首を捻る。

 

「忙しそうだな……ただ、あまり構っている時間もない、こちらから仕掛けるぞ」

 

「来ますよ!」「俺がやる!」「防御を優先だ」

 

「ここはそれがしで十分だ! 行くぞタコ人間!」

 

 風花雪月は騒がしい脳内会話を強引に打ち切り、ペンを構えようとする。

 

「む!」

 

「骨は少なさそうだな……刻むか、焼くか! ぐっ⁉」

 

 風花雪月が手首を抑えてうずくまる。それを見ていた舞が叫ぶ。

 

「きゅ、急にどうしたの⁉」

 

「け、腱鞘炎が……」

 

 風花雪月が苦しそうに呟く。

 

「腱鞘炎⁉」

 

「漫画家にとって職業病のようなものだな……」

 

 舞の隣でジンライがボソッと呟く。風花雪月が苦々し気に声を上げる。

 

「くっ……これではペンが握れん!」

 

「……先程少し見ていた限りでは、そのペンという筆記具を使わせると厄介なようだな」

 

「ぐっ⁉」

 

 アマザの身体から二本の長い触手が伸び、一本が風花雪月の腕を弾いてペンを飛ばし、もう一本が鞭のようにしなって、風花雪月の身体を激しく打ちつける。

 

「わっ!」「ぐっ!」「うおっ!」

 

 風花雪月は地面に這いつくばった状態になる。

 

「月さん! 頑張って!」「ペンを拾え!」「あの触手を躱せば……!」

 

「ぐっ……言われなくても!」

 

「そうはさせんよ」

 

 アマザの二本の触手が交互に風花雪月の身体を叩きつける。風花雪月はなんとか立ち上がったものの、防戦一方になる。

 

「ちぃ! 情けないが、今のそれがしでは役に立たない! 誰か代われ!」

 

「……」「……」「……」

 

「な、何故に三人とも無言になる!」

 

「少し眼精疲労が……」「今の攻撃で腰痛が……」「あまり言いたくない部分の痛みが……」

 

「ど、どいつもこいつも!」

 

「す、すみません!」「人のこと言えねえだろうが!」「連載を減らすべきかもな……」

 

「……盛り上がっているところ悪いが、終わりにさせてもらう。NSPとやらで忙しいのだ」

 

「⁉」

 

 アマザが二本の触手を上に振り上げ、勢いよく振り下ろそうとする。

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「!」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 疾風迅雷がアマザの触手を弾き飛ばし、ポーズを取る。

 

「その声は……ジンライか⁉」

 

「ジンライ様、だろう?」

 

「やはり生きていたか、まったくしぶとい奴め……」

 

 アマザが少し後退する。

 

「貴様らの詰めが甘いからな、お陰様で死に損なった」

 

「ふん、まさか地球にいるとはな……」

 

「……NSPの回収が主な目的か?」

 

「ああ、そうだ」

 

「俺様の始末は後回しにしていたというわけか……」

 

「そういうことになるな。だが、余計な手間が省けたというもの!」

 

「はっ、余計な手間とは……随分と強気になったものだな、アマザ!」

 

「がはっ⁉」

 

 疾風迅雷があっという間に距離を詰め、アマザの腹に強烈なパンチを入れる。

 

「遅いぞ!」

 

「お、おのれ!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 アマザが新たに伸ばした二本の触手を疾風迅雷があっさりと跳ねのける。

 

「相変わらずワンパターンな戦いぶりだな、成長のない奴だ」

 

「……お前の尊大さも変わらんな」

 

「凡愚の目にはそのように映るか……俺様の偉大さが分からんとは、いよいよ哀れだな」

 

「偉大? 笑わせる、反乱にも気が付かなかった間抜けが!」

 

「その間抜けを仕留め損なった貴様はなんだ? 大間抜けか?」

 

 ジンライがわざとらしく大袈裟に首を傾げる。

 

「黙れ!」

 

「むっ!」

 

 アマザが二本の腕を触手に変えて、疾風迅雷に向かって攻撃する。疾風迅雷は、一本は防ぐが、もう一本の攻撃を喰らってしまう。

 

「ははっ! どうした!」

 

「まぐれ当たりで調子に乗るな……」

 

「それ!」

 

「ちぃ!」

 

 アマザが六本の触手を自在に動かし、疾風迅雷に襲い掛かる。疾風迅雷も鋭い反応で攻撃を躱すが、それでも何本かの触手に当たってしまう。

 

「どうした、躱せていないぞ? まぐれでは無かったのか⁉」

 

「やかましい奴だな……大体、さっきから上官へ対する口の利き方がなっていないぞ」

 

「いつまで上官気取りだ! お前は行方不明扱いで、今は私が部隊長となっている!」

 

「俺様の行方は明らかになった。短い天下だったな」

 

「ふん、ここでお前を消せば良いだけのことだ!」

 

「出来るものならやってみろ!」

 

 疾風迅雷が触手を弾いて叫ぶ。アマザが攻撃の手を止め、嘲笑交じりに呟く。

 

「……戦闘中にそのように声を荒げるのも珍しいな、余裕がなくなってきているだろう」

 

「貴様も腕を触手に変えるなど、切り札を出しておきながら、俺様にトドメをさすことが出来ない体たらく……所詮は副官止まりの器だな」

 

「お前のその新しいパワードスーツを見極めていたまでだ。これで終わりだ!」

 

 アマザが六本の触手を同時に疾風迅雷に向かわせる。

 

「マジカルフォーム!」

 

「なにっ⁉」

 

「『トニトゥルス』!」

 

「ぐはっ!」

 

 疾風迅雷がステッキを掲げると、アマザの身体に雷が落ちる。

 

「威力はまだまだか……だが、ぶっつけ本番にしては上手くいった」

 

「くっ……な、なんだ、そのふざけた格好は……」

 

「わ、笑うな!」

 

「笑ってはいない、聞いているだけだ!」

 

「何も聞くな!」

 

 ジンライはミニスカートの裾を抑えながら叫ぶ。

 

「わ、訳が分からんが……まあいい、新型を試す!」

 

「新型だと⁉」

 

「こちらのポイントに来い!」

 

 アマザが叫ぶと、その数秒後、中型のドローンがその近くに飛来し、四本脚の付いたチェアのような形に変形し、アマザの身体にくっつく。アマザが椅子に座ったような体勢になったことに対してジンライが戸惑いながらも鼻で笑う。

 

「はっ、新型が聞いて笑わせる。ドッキング形式などむしろ古い流行ではないか」

 

「私の場合はこれがメリットとなる!」

 

「⁉」

 

 アマザの二本の脚が触手に変化し、長く伸びて疾風迅雷の身体を叩き付ける。

 

「どうだ! 脚が出来たことで、八本の触手を自由に使えるのだ!」

 

「ほ、本当にタコになった!」

 

 舞が思わず驚きの声を上げる。それを横目で見てジンライはふっと笑う。

 

「女受けは悪そうだぞ。デメリットの方が大きいのではないか?」

 

「減らず口を! 今度こそ終わりだ!」

 

「どわっ!」

 

 アマザが自由自在に繰り出す八本の触手を避けきれず、疾風迅雷は倒れ込む。

 

「お前との因縁もここまでのようだな……」

 

 アマザが勝利を確信する。その時、疾風迅雷のバイザーに文字が表示される。

 

「ぬ……ん? これは……大二郎からのデータ転送!」

 

「何だ?」

 

 アマザが近づこうとした次の瞬間、疾風迅雷が勢いよく立ち上がって叫ぶ。

 

「意志を表示!」

 

「何⁉」

 

 疾風迅雷の身体が光り、パワードスーツの色が明るいオレンジに変わった。舞が尋ねる。

 

「ジ、ジンライ、その恰好は……⁉」

 

「これは疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『マンガフォーム』だ!」

 

「マ、マンガだと? また訳の分からんことを!」

 

「行くぞ! マンガフォーム、『チャンプ』モード!」

 

「ぐっ⁉ しょ、触手が半分動かん⁉」

 

「今の俺様は無免許の天才薬師だ! 貴様の触手に麻酔薬を打ち込んだ!」

 

「な、なんだと⁉ だがまだ四本動く!」

 

「『ホリデー』モード!」

 

「な、何⁉ 空中に浮いた!」

 

「今の俺様は魔族型宇宙人だべさ! 喰らえ! 炎撃!」

 

「ぐはあっ!」

 

 疾風迅雷の指先から放たれた炎に包まれ、アマザは崩れ落ちる。

 

「今日のおやつはタコ焼きか……」

 

 地上に降り立った疾風迅雷がアマザにゆっくりと歩み寄り、右腕を振り上げる。

 

「く、くそ!」

 

「さらばだ! ⁉」

 

「……」

 

「き、貴様は⁉」

 

 ジンライは自らと同じ漆黒のパワードスーツを装着した者の出現に驚く。



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第9話(1)推し様がみてる

                  9

 

「ふん!」

 

「どおっ⁉」

 

 漆黒スーツから蹴りを受け、疾風迅雷が吹き飛ばされる。アマザが声を上げる。

 

「間に合ったか!」

 

「くっ……」

 

「その調子で畳み掛けろ!」

 

「ぬっ⁉」

 

 アマザの指示を受け、漆黒スーツが疾風迅雷にラッシュを仕掛ける。戸惑い気味の疾風迅雷は防戦一方を余儀なくされてしまう。その様子を見て、アマザが笑う。

 

「ふはははっ! どうしたジンライ!」

 

「な、何故、俺様と同じパワードスーツを⁉ 俺様専用タイプだったはず!」

 

「ふふ、ひそかに研究を進め、つい先頃、量産化に成功したのだ!」

 

「なんだと⁉ うおっ⁉」

 

 驚いた疾風迅雷は防御を一瞬緩めてしまい、漆黒スーツの攻撃をもろに喰らう。

 

「どうだ⁉ 『銀河一のヴィラン』と言われた自らと同様の攻撃を受ける気分は⁉」

 

「ふ、ふん……着用している奴が平凡な兵士ならば、せっかくの優れたスーツも宝の持ち腐れというものだ……」

 

「強がりを! しっかり効いているのが声色で分かるぞ!」

 

「強がってなどいない、事実を言っているまでだ……俺様だったら、二、三回の攻撃で相手を確実に仕留める。そのような無駄なラッシュをかける必要などない」

 

「⁉」

 

「戯言を! もういい! やってしまえ!」

 

 再度アマザの指示で、漆黒スーツが疾風迅雷との距離を詰める。かなりのスピードに疾風迅雷は防御の体勢を取るのが遅れてしまう。

 

「ちぃ!」

 

「『効果音』! 『ドゴーン』!」

 

「ぬおっ⁉」

 

 突然、漆黒スーツを爆発が襲い、体勢を崩す。

 

「き、貴様⁉」

 

 疾風迅雷が視線を向けると、腕を抑えながら、苦しそうにペンを掲げる白い風花雪月の姿があった。アマザが舌打ちする。

 

「おのれ、まだ動けたか!」

 

「月! 代われ!」

 

「『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が青色になり、再びペンを掲げる。

 

「『点描』!」

 

「どはっ!」

 

 細かい点の集合体が漆黒スーツを襲い、漆黒スーツはさらに体勢を崩す。風花雪月が疾風迅雷に声をかける。

 

「今だぜ! ファンのお兄さん!」

 

「⁉ 俺様のことを認知していたのか⁉」

 

「男性の方がイベントに来られるのは珍しいですから……」

 

「疾風朱夏……先生! 『手洗いミューズの赤木さん』のコラボ石鹸は予約したぞ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「悪いが、全員の回復までもうちょっと時間がかかる……この後は任せたぜ!」

 

「桜花青春……先生! 『苦虫マダム』の未亡人さんは良いヒールキャラだ!」

 

「あ、ああ、そうかい、結構マニアックだな……」

 

「加勢出来なくてすまない……」

 

「吹雪玄冬……先生! 『今朝、なに食べたっけ?』の実写映画も見たぞ! 良かった!」

 

「スタッフ、キャストに恵まれた……」

 

「美味しいところは譲ってやる……」

 

「佳月白秋……先生! 『文具のり』の映画続編も楽しみだ!」

 

「今回もオール海外ロケだ、期待しておけ」

 

「よし! 行くぞ!」

 

 ファンとしての思いをしっかりと伝えた疾風迅雷は立ち上がり、構えを取る。

 

「アマザ様!」

 

 茶色スーツ一人と灰色スーツ数人の部隊がその場に駆け付ける。

 

「おお、ようやく来たか! まずはあの目障りな黄色いパワードスーツを始末しろ!」

 

「はっ! 皆、かかれ!」

 

 部隊がすぐさま疾風迅雷に襲い掛かる。

 

「『疾風』モード!」

 

「ぐわあっ!」

 

 疾風迅雷が鋭い回し蹴りを繰り出し、群がる敵を一気に吹っ飛ばす。

 

「むうっ!」

 

「どうも兵の練兵がなっておらんな、アマザ様……」

 

 ジンライの嫌味にアマザが顔をしかめる。

 

「ま、まだ、このような力を残していたとは……」

 

「違うな」

 

「何?」

 

「残していたのではない、湧き上がってきたのだ」

 

「湧き上がってきただと?」

 

「そうだ」

 

「そ、そのような機能までそのスーツに備わっているのか⁉」

 

「それも違う……」

 

 ジンライは大きくため息をつく。

 

「な、なんだというのだ⁉」

 

「推しが見ているのだぞ? それも四人全員で!」

 

「は?」

 

「無様な戦いは出来んだろう!」

 

「な、何を言っているのか、さっぱり分からん!」

 

「だから貴様は副官止まりなのだ!」

 

「くっ、奴を止めろ!」

 

 アマザの指図を受け、体勢を立て直した漆黒スーツが疾風迅雷の前に立ちはだかる。

 

「どけ! 『迅雷』モード!」

 

「どわっ⁉」

 

 疾風迅雷の強烈なパンチを喰らい、漆黒スーツは力なく倒れ込む。

 

「くっ……まだ試験運用段階ではこの辺りが限界か……」

 

「言い訳は結構……例え万全ではなくても使いこなすのが良い将というものだ」

 

 アマザの苦々し気な呟きをジンライは一笑に付す。

 

「おのれ!」

 

「む!」

 

 アマザが猛スピードでその場を去る。ドッポがジンライに告げる。

 

「オオドオリコウエンホウメンニトウソウシマシタ」

 

「大通公園……NSPもあの辺りに……追うぞ、ドッポ!」

 

「リョウカイシマシタ」

 

 ドッポがバイクに変形し、疾風迅雷がそれに飛び乗って、アマザを追いかける。

 

「むっ……」

 

 アマザの脚は故障していた模様で、大通公園の中心辺りで止まる。

 

「ふん、貴様の悪運も尽きたな」

 

 すぐに追いついた疾風迅雷がバイクから降りて、アマザにゆっくりと近づく。

 

「お、おのれ……」

 

「今度こそ終わりだ!」

 

 疾風迅雷が蹴りを繰り出そうとすると、伸びてきた触手がその脚を弾く。

 

「そうはさせませんよ……」

 

「おおっ!」

 

「だ、誰だ⁉」

 

 疾風迅雷が驚いて視線を向けた先にはイカのような顔をした人型の者が立っていた。



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第9話(2)各々の企て

「おいおい、流石に焦ったぞ」

 

「ちっ、もう少し遅れても良かったか……わざと降下ポイントをずらした意味が……」

 

「ん?」

 

「いえ、何とか間に合って良かったです」

 

 アマザに対し、イカ頭が敬礼をして、アザマと疾風迅雷の間にさっと割って入る。

 

「くっ……貴様は?」

 

「お初にお目にかかります。この度、アマザ様の副官に任命されましたエツオレと申します。帝国でも名高い『銀河一のヴィラン』殿にお会い出来て光栄です」

 

 エツオレと名乗った者は、ジンライに対し、恭しく礼をする。

 

「ふん、今の攻撃……少しはやるようだな」

 

「お褒め頂きありがとうございます」

 

「私の優秀な副官だ」

 

「貴様にはもったいないほどだな」

 

「全くもってその通り……」

 

 ジンライの言葉にエツオレは小さく頷く。アマザが首を傾げる。

 

「うん?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 エツオレは首を左右に振る。

 

「アマザ様! エツオレ様!」

 

「!」

 

 十二人の新たな部隊がその場に到着する。エツオレがすぐに指示を出す。

 

「この黄色いパワードスーツを始末する……包囲しろ」

 

「はっ! 各自展開!」

 

 部隊は統制の取れた動きで素早く疾風迅雷を包囲する。

 

「ちっ……」

 

 ジンライは舌打ちする。エツオレは感心したように呟く。

 

「無理に仕掛けようとしない……流石ですね、一瞬で相手の力量を見極めるとは……」

 

「動きにほとんど無駄が無い……なかなかよく鍛えられているな」

 

「私にとって自慢の部下です」

 

「貴様の部下か、良い指導をしているな」

 

「またお褒め頂き、恐縮です」

 

 エツオレが軽く頭を下げる。アマザが若干顔をしかめて呟く。

 

「おい、エツオレよ、あまり馴れ合うな……」

 

「失礼……それではジンライ様、名残惜しくはありますが、ここら辺でご退場願います」

 

 エツオレが右腕を掲げると、ジンライを包囲した部隊が一斉に銃を向ける。

 

「くっ……」

 

「放……」

 

「待て!」

 

「⁉」

 

 声のした方にジンライとエツオレたちが目を向けると、そこには風花雪月が立っていた。

 

「貴様ら……」

 

「ようやっと回復したぜ! 今度は俺たちが助太刀する!」

 

「誰だ……?」

 

「この辺りを守る地元ヒーローなる者らしい。それなりに厄介な相手だぞ」

 

 アマザがエツオレに説明する。

 

「それなりにですか……なるほど、言われてみれば確かに」

 

「ああん⁉ 舐めたこと言っているな! タコ頭にイカ頭の分際で!」

 

「粗暴な物言い……いかにも蛮族らしいですね」

 

「なんだと⁉」

 

「プラン変更だ、あの青いのから始末しろ」

 

「了解!」

 

 疾風迅雷を包囲していた部隊が今度は一斉に風花雪月に銃口を向ける。

 

「むっ!」

 

「たった一人増えたところで、戦況は変わらない」

 

「一人と決めんなよ?」

 

「なに?」

 

「『増刊号』!」

 

「『風花』!」「『雪月』!」

 

「なっ⁉」

 

 エツオレたちだけでなく、ジンライも驚いた。風花雪月が二人に分裂したからである。一人は上半身が朱色で下半身が青色。もう一人は上半身が黒色で下半身が白色になった。

 

「別れただと?」

 

「行きますよ、花さん!」

 

「おう!」

 

「『トーン:網』!」

 

「『点描』!」

 

「ぐわっ!」

 

 風花と名乗った者が腕を振るうと、網が出現して、も三人の脚を絡め取って、転倒させる。さらに風花は脚を蹴り上げると、細かい点の集合体が部隊の内、もう三人を襲う。

 

「『吹き出し:叫び』!」

 

「『効果音』! 『ビューン』!」

 

「ぎゃあ!」

 

 雪月と名乗った者が腕を振るうと、ギザギザの形をした雲のようなものが飛び出して、部隊の三人を襲い、更に雪月が脚を蹴り上げると、風が吹いて、三人が吹っ飛ばされる。十二人いた部隊が全員、あっけなく倒された。その様子を見てエツオレが顔をしかめる。

 

「どうです!」「大したことはねえな……」

 

「こんなものか……」「もう少し数を集めるべきだったな……」

 

「な、なんだと⁉ ペンなる物を使わなくても、攻撃出来るのか⁉」

 

 驚くアマザに風花と雪月が答える。

 

「威力は大分劣りますが……」「そういうことだ」

 

「身体が覚えているという奴だな」「おのれらを相手にするには十分だ」

 

「ぐっ……」

 

「面白い……私が直々にお相手しましょう」

 

 エツオレが前にゆっくりと進み出る。花が声をかける。

 

「あのイカ頭、結構やるぞ! こちらも変更だ! 『転載』!」

 

「『風雪』!」「『花月』!」

 

「なんだと?」

 

 今度は一人が上半身朱色で下半身が黒色、もう一人が上半身青色で下半身が白色となってそれぞれ構えを取った。

 

「こういうことも出来ます!」「面食らっているようだな」

 

「一気に決めるぜ!」「それがし、いつも下半身なのだが……」

 

「ふん!」

 

 エツオレが口から液体を噴きつける。風雪と花月の身体が黒に染まる。

 

「どわっ⁉」「こ、これは⁉」

 

「く、黒い……墨⁉」「ホワイトで修正をかけなければ!」

 

「喰らえ!」

 

「どわっ⁉」「うおっ⁉」

 

「うわっ⁉」「うぐっ⁉」

 

 エツオレが四本の触手を伸ばし、風雪と花月を弾き飛ばす。

 

「……あまり調子に乗らないことです……」

 

「ううっ……」

 

 風雪と花月が倒れ込んでしまう。エツオレが疾風迅雷に視線を向ける。

 

「さて、次は貴方です……!」

 

 エツオレの鋭い触手が疾風迅雷を襲う。

 

「マンガフォーム、『ムック』モード!」

 

「なにっ⁉ 躱した⁉」

 

「今の俺様は名刑事の子孫だ! 貴様の攻撃パターンは大方解けた!」

 

「お、大方だと⁉ 全てではないのか、驚かすな!」

 

「『アップ』モード!」

 

「な、何⁉ 消えた! いや、こっちか!」

 

「今の俺様は超武闘派種族の生き残りだ! 喰らえ! 光波!」

 

「ぐはあっ!」

 

 疾風迅雷の指先から放たれた光弾を喰らい、エツオレは崩れ落ちる。

 

「さて……今度こそお礼をさせてもらおうか」

 

 疾風迅雷がアマザにゆっくりと歩み寄り、右腕を振り上げる。アマザが叫ぶ。

 

「く、くそ! ここで私を始末しても……第二、第三の私が出てくる! お前は相当恨みを買っているからな!」

 

「……遺言はそれで良いのか?」

 

「わ、私が単独で動いていると思っているのか⁉」

 

「何?」

 

「き、貴様の居場所は既に帝国内ではなくなっている! 貴様が大の苦手とする政治的活動によってな!」

 

「む……」

 

「ここで私を倒しても、大勢に影響はない! 実質お前の負けだ!」

 

「それはどうかな?」

 

「貴様⁉」

 

「⁉ お、お前は?」

 

 睨み合うジンライとアマザのすぐ側に、ドイタール帝国軍の制服に身を包んだ美しい顔立ちをした青年が現れた。ジンライと似たような姿形をしており、同じ種族ということが窺える。髪は白髪で、肩くらいまで伸ばしている。

 

「ムラクモ! 来てくれたか!」

 

「……」

 

 喜びの声を上げるジンライに対し、ムラクモと呼ばれた青年は微笑を浮かべる。

 

「はははっ! どうだ、アマザ!」

 

「お、おのれ……」

 

 ジンライはアマザの方を見て勝ち誇る。

 

「陛下の覚えもめでたく、貴族連中からの評判も大層良い、ムラクモが来たぞ! これで俺様にも復権の目が出てきた!」

 

「ぬぬぬ……」

 

「貴様、いや貴様らの企ては水泡に帰した! 俺様の勝ちだ……⁉」

 

 ジンライが驚く。ムラクモが剣で自分の脇腹を突き刺してきたからである

 

「奇遇だね、僕もちょうど企てていたんだ、まずは君を血祭りに上げてね」

 

「ば、馬鹿な……」

 

 ジンライが呆然とした顔でムラクモの顔を見つめる。



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第9話(3)衝撃

「ははっ、流石に驚いているね」

 

「ぐっ!」

 

「おっと」

 

 ジンライはムラクモを突き飛ばす。

 

「ドッポ!」

 

「オウキュウショチヲオコナイマス……イチオウシケツデキマシタ」

 

 ドッポがジンライの傷口を即治療する。それを見てムラクモが笑みを浮かべる。

 

「ほう、なかなか便利なものを連れているんだね」

 

「ど、どういうつもりだ⁉」

 

「どういうつもりって?」

 

 血の付いた剣先を見つめながらムラクモが不思議そうな声を上げる。

 

「貴様と俺とは士官学校の同期という間柄ではないか! 共に帝国の更なる繁栄に貢献する為、切磋琢磨してきたであろう!」

 

「そういうこともあったね……」

 

「そして、一緒に多くの危地をいくつもくぐり抜けてきたではないか! まさか忘れたのか? あの『カミノポッカ星の戦い』を!」

 

「忘れてないよ……あれはぶっちゃけヤバかったよね」

 

「『エンパラケッタ要塞攻略戦』を!」

 

「あれもまさに紙一重の戦いだったね……」

 

「何故戦友である俺様に対して刃を向ける⁉」

 

「ジンライ、君は一つ大きな勘違いをしているね……」

 

 ムラクモが剣先を懐紙で拭き取りながら呟く。

 

「何⁉」

 

「僕は帝国の更なる繁栄なんて、これっぽっちも望んでいないんだよ」

 

 ムラクモは指で砂粒をつまむような仕草を見せる。

 

「ど、どういうことだ⁉」

 

「う~ん、案外察しが悪いね。もうちょっと頭が切れると思っていたけど。まあ混乱しているだろうから無理もないか……」

 

「む……?」

 

「僕はドイタール帝国に対する忠誠心など持ち合わせていない」

 

「なっ……?」

 

「むしろ恨みを抱いている……」

 

「う、恨みだと……?」

 

「そうさ」

 

「つ、つまり、企てというのは……反乱を起こすということか?」

 

「お、冷静さが多少は戻ってきたかな?」

 

 微笑を浮かべるムラクモに対し、ジンライが戸惑いの声を上げる。

 

「そ、それにしても、恨みの原因が分からん!」

 

「……ウヨテマチョ公国という国家の名前に聞き覚えは?」

 

「や、約十年前まで帝国と友好な関係にあった国だな……」

 

「友好ね……」

 

「?」

 

「どうぞ、続けて」

 

 ムラクモが剣を軽く振って、ジンライに話の続きを促す。

 

「し、しかし、ある時、突如として、帝国への領土的野心を露にし、帝国領へのテロリズム紛いの攻撃を仕掛けてきた……」

 

「それで?」

 

「なんの罪もない一般民衆に多大な被害が及び、帝国内には怒りと怨嗟の声が高まり、義憤に駆られた帝国軍によって正義の鉄槌が下され、あえなく亡国の道を辿った……」

 

「流石だね、ある意味ではほぼ正確な歴史認識だね」

 

「ある意味?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「それは帝国が意図して流布したプロパガンダの上においての認識だ」

 

「プ、プロパガンダだと?」

 

「そう、公国には帝国と敵対する意志など微塵もなかった……自作自演のテロ事件を公国の犯行とでっち上げ、一方的な侵略を行ったんだ!」

 

「そ、そんな馬鹿な!」

 

「帝国の侵略は実に見事なものだったよ……周到に準備・計画され、実行に移された軍事作戦、その後の情報操作、歴史的事実の改竄も含めてね」

 

「な、なにを……」

 

「まるで見てきたかのように話すんだって? 当然だ、僕は公国で代々政治の重要なポストを担ってきた有力貴族の数少ない生き残りだからね」

 

「!」

 

「成す術も無く故郷を蹂躙され、望んでもいないのに亡国の民となった少年時代の僕は名前と身分を偽り、帝国に潜入した……」

 

「そ、そんなことが出来るはずが……」

 

「親が外交官だった僕には、帝国内にも色々とコネクションがあってね。帝国のIDを取得するのはそう難しいことでは無かったよ」

 

「……」

 

 言葉を失うジンライには構わず、ムラクモは話を続ける。

 

「約十年間の雌伏を経て……いよいよ恨みを晴らす時が来たのさ……」

 

「だ、だが!」

 

 黙っていたアマザが口を開く。ムラクモが興味の無さそうな視線を向ける。

 

「ああ、君、まだいたんだ……」

 

「た、確かにお前は強い戦士だ! しかし、帝国に反旗を翻すにはあまりにも無力だ!」

 

「ご心配なく……帝国を打倒する算段はついたよ」

 

「な、なんだ⁉ 反乱分子をまとめあげたとでもいうのか⁉」

 

「意外と鋭いね。全てではないが、ある程度はね」

 

「なっ⁉ そ、それでも帝国を倒せる力があるとは思えん!」

 

「力ならこの辺境の星で見つけたよ、NSPという未知なるエネルギーをね……」

 

「⁉」

 

「天よ、力を! 雲よ、群がれ!」

 

 右手に持つ剣を上に掲げて叫んだムラクモの身体を眩い光が包みこみ、青色と白色の二色のパワードスーツとなる。色は違うが、疾風迅雷のスーツとよく似た形状である。

 

「な、なっ⁉」

 

天ノ叢雲(あまのむらくも)、参上! 君たちは残らず覆い隠す!」

 

 名乗りを上げた天ノ叢雲は剣を片手にポーズを取る。ジンライが驚きの声を上げる。

 

「ま、まさか、それもNSPから生成したパワードスーツか⁉」

 

「そうだよ。この圧倒的な力があれば帝国なんて恐れるに足らない……とは言っても!」

 

「うおっ!」

 

 天ノ叢雲はアマザに猛然と襲い掛かる。

 

「現時点で帝国に報告されると面倒だ、ここで始末する!」

 

「アマザ様!」

 

「むっ⁉」

 

 倒れ込んでいたエツオレが触手を伸ばしてアマザを回収し、ムラクモから距離を取る。

 

「ここは一旦退きましょう!」

 

「くっ! おい、ジンライ!」

 

「!」

 

「お前のスーツが量産されたことの意味について考えてみろ!」

 

「?」

 

「はっ、分からんか? お前はもはや絶対的な存在ではないということ、帝国から見切りをつけられたのだ!」

 

「⁉ ば、馬鹿な……」

 

 エツオレがアマザを連れて手際よく撤退する。ムラクモが舌打ちする。

 

「ちっ、逃がしちゃったか……まあ、切り替えるとしよう。ジンライ、消えてもらうよ」

 

「ぐっ……」

 

 ジンライはなおも混乱しながら、ムラクモと対峙する。



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第9話(4)叢雲の力

「そらっ!」

 

「ちっ!」

 

 天ノ叢雲が鋭い踏み込みから剣を振るう。疾風迅雷は躱しきれず、左腕に傷を負う。

 

「今の程度の攻撃も躱せないなんて……鈍ったかい?」

 

「……」

 

「アマザの露骨な捨て台詞に対して、柄でもなく動揺しているってことかな?」

 

「う、うるさい!」

 

「動揺しているんだね」

 

「ぬっ……ドッポ!」

 

「ハッ……」

 

 ジンライの指示を受け、ドッポが負傷箇所を治療する。

 

「くっ……」

 

「マタモオウキュウショチレベルデスガ……」

 

「構わん、動けばそれでいい、下がっていろ」

 

「カシコマリマシタ」

 

 ドッポが下がるのをムラクモは黙って見つめる。

 

「……てっきり邪魔してくるかと思ったが」

 

「いいよ、別に、多少の回復くらい。ちょうど良いハンデみたいなものさ」

 

「ほう、大きく出たな、ムラクモ。まるで俺様が貴様に劣るとでも言いたげだ」

 

「言いたげじゃなくて、言いたいね」

 

「何だと?」

 

 ジンライは顔をしかめる。

 

「実はジンライ、君のここ最近の……つまりこの地球に降り立ってからの最初の戦闘をモニタリングさせてもらっていたんだ」

 

「なっ⁉」

 

「同じNSPから生成されたパワードスーツの着用者として、君は一体どのような戦い方を見せてくれるのかと思ってね……しかし……」

 

「しかし?」

 

「まったくの期待外れの出来だったね……」

 

「ば、馬鹿な⁉」

 

「おや、不服そうだね?」

 

 ムラクモが苦笑交じりに尋ねる。

 

「当然だ! 『銀河一のヴィラン』と呼ばれた俺様が着用したこのパワードスーツは非常に高い能力を備えている!」

 

「だから、その高い能力を全然引き出せていないんだよ」

 

「なっ……」

 

「悲しいかな、かっては『良きライバル』なんて呼ばれていた僕と君の間にも圧倒的な差がついてしまったようだね……」

 

 ムラクモは俯きながら首を左右に振る。

 

「ふん、大した自信だな」

 

「試してみるかい?」

 

「貴様と戦うのは気が進まんが、帝国に仇なす存在ならば捨て置けんな」

 

「帝国から見切られかかっているというのに、まだ帝国に忠誠を誓うのかい?」

 

「黙れ! 『疾風』モード! ⁉」

 

 疾風迅雷の素早いパンチを天ノ叢雲はあっさり躱してみせる。

 

「スピードに乗った良いパンチだ……まさに疾風だね」

 

「か、躱した?」

 

「ただ、遅すぎて欠伸が出るかと思ったよ……」

 

「くっ! 『迅雷』モード!」

 

 相手に接近していた疾風迅雷は鋭いかかと落としを繰り出した。

 

「……さっきのは多人数相手を想定したスピード特化モード、対して今のは一撃必殺に重点を置いたパワー特化モードと言ったところだね……」

 

「ば、馬鹿な、確実にこちらのキックが当たったはずだ……」

 

「受け流したんだよ……」

 

「受け流しただと? そんなことが……」

 

 ジンライが戸惑う。ムラクモが剣に手を添える。

 

「そろそろこちらの番かな?」

 

「⁉」

 

 ジンライが飛んで距離を取る。ムラクモが感心する。

 

「ほう、まだ勝負勘というのは衰えていないようだね」

 

「ノーマルフォームを抑えたくらいで調子に乗るなよ」

 

「うん?」

 

「知らんのか! 今の俺様には一つのフォームだけでなく複数の強力なフォームがある!」

 

「ほう……お手並み拝見といこうか」

 

「フォームチェンジ! 『バイオフォーム』!」

 

「色が薄緑色に変化した⁉」

 

「面食らっている暇はないぞ! 『狂犬』モード!」

 

 四足歩行になった疾風迅雷が天ノ叢雲に襲い掛かる。

 

「なっ! ……って驚くと思ったかい?」

 

「何⁉」

 

「フォームチェンジ! 『バイオフォーム』! 『獅子』モード!」

 

「がはっ⁉」

 

 疾風迅雷と同様にパワードスーツのカラーを変更した天ノ叢雲が四足歩行の姿勢になり、飛び掛かってきた疾風迅雷を跳ね飛ばした。横っ面を殴られた疾風迅雷は地面に転がる。

 

「狂犬ごときが獅子に勝てるはずもないよね……」

 

 ノーマルフォームに戻った天ノ叢雲が疾風迅雷を見下ろす。

 

「き、貴様もフォームチェンジが可能に?」

 

「同じNSPから作り出されたパワードスーツだ。その辺りにも考えが及びそうなものだけど……まさか思考能力まで鈍っちゃったの?」

 

 ムラクモが顎に手をやって首を傾げる。ジンライが立ち上がる。

 

「まだだ! 『メタルフォーム』! 『バーニングハンド』!」

 

「『メタルフォーム』!『フリージングハンド』!」

 

「炎を一瞬で凍らせた……!」

 

「火の用心はしっかりしないとね」

 

「なんの『ライトニングブレイド』!」

 

「『ブロウイングガン』!」

 

「がはっ……貴様、剣ではなく銃を……」

 

 疾風迅雷は撃たれた右手を抑えてうずくまる。天ノ叢雲が銃を片手に笑う。

 

「ははっ、別に剣士を気取った覚えはないけど……このメタルフォームというのは様々なウェポンやマシンを駆使するのに長けたフォームだ。ある物を使わない手はないだろう」

 

「ちっ、『ジャイアントフォーム』!」

 

「『ジャイアントフォーム』!」

 

 疾風迅雷と天ノ叢雲は大通公園の中央でともに数十メートルに巨大化する。

 

「喰らえ!」

 

 疾風迅雷が巨大化させた木を片手に殴りかかる。

 

「なんとも野蛮な戦い方だね……」

 

 天ノ叢雲が両手をかざすと、疾風迅雷の動きが止まり、苦しそうに呻く。

 

「! ぐっ……貴様、何を?」

 

「このジャイアントフォームはただ単純なパワーアップだけでなく、常識をはるかに超越した能力を発揮して戦うことが出来るんだよ……だから超能力を使ってみたよ。相手の動きを封じる念力というやつかな」

 

「ぐぐぐっ……ぐはっ!」

 

 疾風迅雷はフォームを解除し、元の大きさに戻る。

 

「なるほど、そういう逃げ方もあるのか。それは勉強になったよ」

 

 天ノ叢雲も元の大きさに戻る。ジンライは相手を睨みながら苦し気に呻く。

 

「そ、そのまま踏み潰してくるかと思ったぞ」

 

「そうやってしまうとちょっとつまらない。まあ、このフォームは燃費が悪いから多用したくないというのも本音だけどね」

 

「その余裕もここまでだ! 『カラフルフォーム』! 『ブルー』モード! ドッポ!」

 

「ハッ!」

 

 ドッポがバズーカ砲に変形し、青色のスーツに身を包んだ疾風迅雷が両手でそれを持つ。

 

「カラフルフォーム専用のウェポンを喰らえ! 発射!」

 

 凄まじい水の奔流が飛び出す。あまりの勢いに疾風迅雷が尻もちをつきそうになる。

 

「ジンライサマ、ダイジョウブデスカ?」

 

「思った以上の反動だったな……これで奴も吹っ飛んだか? ぐおっ⁉」

 

 疾風迅雷は前方に倒れ込む。後方から攻撃を受けたからである。疾風迅雷は体勢を立て直して、振り返ると、金色のスーツを着た天ノ叢雲が立っていた。

 

「凄いバズーカだ、喰らったらやばかったね」

 

「き、貴様、それは『カラフルフォーム』か? な、なんだ、その色は?」

 

「ん? 見た通りに『ゴールド』モードだけど?」

 

「そんな色があるのか?」

 

「あるんだよ、誰も五色限定とは言っていないからね」

 

「そ、そう言われると確かに……」

 

「ちなみにこの色だと、第六感が引き出される……急な砲撃にも対応することが出来たよ」

 

「な、ならば、『クラシックフォーム』! 『ニンジャ』モード!」

 

「!」

 

 忍者となった疾風迅雷が複数に分身し、天ノ叢雲に向かって、一斉に飛び掛かる。

 

「第六感でも分身は見極められんだろう!」

 

「それなら……こうするまでさ!」

 

「がはっ……」

 

「ざっと、こんなもんさ」

 

 西部劇の登場人物のような姿になった天ノ叢雲が拳銃を連射し、忍者の分身集団を一人ずつ撃ち抜いてみせた。膝を打ち抜かれた疾風迅雷はその場にうずくまる。天ノ叢雲は銃口から出ている煙をふっと吹いた。

 

「そ、その姿は……?」

 

「『クラシックフォーム』、『ガンマン』モードさ。分身を見極めるのが難しいのならば、まとめて撃ってしまえば良い……」

 

「な、なるほどな……」

 

「さて、そろそろ終わりかな?」

 

「まだだ! 『マジカルフォーム』! 『テンペスタース』!」

 

「⁉」

 

 疾風迅雷がステッキを振ると、嵐が巻き起こり、天ノ叢雲が上空に飛ばされる。

 

「ははっ! その勢いで飛ばされれば、着地もままなるまい! ⁉」

 

「『マジカルフォーム』! 『メテオリーテース』!」

 

 藍色のローブに身を包んだ天ノ叢雲が杖を振り下ろすと、いくつか隕石が発生し、疾風迅雷に向かって勢いよく落下していく。疾風迅雷は避けきれず、隕石を喰らってしまう。

 

「どはっ……」

 

「魔法というものにはまだ僕も慣れていないね……もっと大きな隕石も出せるはずだ……」

 

 ムラクモがゆっくりと地上に降り立つ。

 

「ぐっ……」

 

「おっ、あの隕石を喰らっても無事とは、流石にタフだね」

 

「気に入らん……」

 

「え?」

 

「なんで貴様はローブで、俺様はこ、こんな恥ずかしい恰好なんだ⁉」

 

「そ、それはなんとも……製作に携わった者の趣味じゃない?」

 

「くっ……大二郎め、後で見ていろ……!」

 

「残念ながら後はないよ、ここで決まる」

 

「奇遇だな! 俺様もここらで決めようと思っていたのだ!」

 

「ボロボロの身体でよく言うよ……」

 

「黙れ! 『マンガフォーム』! 『アップ』モード!」

 

 オレンジ色のスーツになった疾風迅雷は、一瞬で天ノ叢雲の背後に回る。

 

「⁉」

 

「もらった!」

 

「『コミックフォーム』! 『マーベラス』モード!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 強烈な重力がかかり、疾風迅雷の身体が地面にめり込む。

 

「マンガに対抗するなら、やはりコミックだね……」

 

「お、おのれ……」

 

 疾風迅雷は抵抗する力を奪われ、仰向けに倒れ込む。天ノ叢雲が肩を抑えて呟く。

 

「このフォームも結構、エネルギーを食うね……今後の課題としよう。さて……」

 

「ぐぬ……」

 

「残念ながらここでお別れだ、ジンライ」

 

 ノーマルフォームに戻ったムラクモはジンライに歩み寄り、剣を振り上げる。

 

「……」

 

「さよなら! ⁉」

 

 ムラクモは驚いた。自身の振り下ろした剣を3メートルほどの体長の持つロボットが受け止めていたからであり、その中心に女性が乗り込んでいたからである。

 

「大丈夫⁉ ジンライ⁉」

 

「ま、舞か⁉」

 

 思わぬ援軍の登場にジンライは驚きで目を見開く。



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第10話(1)やのあさって

                  10

 

「舞? もしや……?」

 

 ムラクモが怪訝そうな声で呟く。ジンライが身体を半分起こして尋ねる。

 

「そ、その搭乗型のロボットスーツ……まさか、大二郎が開発したものか?」

 

「ええ! ドッポのAIなどを流用して開発してもらった、『ランポ』よ!」

 

「ランポ……」

 

「昨日完成したっていうから、念の為にこちらに向かわせてってお願いしていたの!」

 

「何やらこそこそと話し合いをしていたのはそれを作っていた為だったのか……」

 

「そういうこと……よ!」

 

「ぐっ!」

 

 舞がランポの腕を操作し、天ノ叢雲の剣を押し返す。

 

「よし! 力ならそう劣ってはいない! イケるわ!」

 

「イケない! 危険だから下がっていろ!」

 

 ジンライが叫ぶ。それに対し、舞が不服そうな声を上げる。

 

「なんでよ!」

 

「なんでもだ!」

 

「以前のロボットスーツよりは遥かに高性能よ。こういうことだって出来るんだから!」

 

「!」

 

 ランポの長い腕がさらに伸びて、鋭い勢いで天ノ叢雲の身体に当たる。直撃を受けた天ノ叢雲が後方に吹き飛ばされる。舞は得意気な顔をジンライに向ける。

 

「見なさい! パンチのスピードもパワーも段違い、リーチだって自由自在よ!」

 

「余所見をするな! まだ決着はついていない!」

 

 舞が視線を戻すと、ゆっくりと立ち上がる天ノ叢雲の姿が見えた。

 

「ならばこれよ!」

 

 ランポの頭部から小型のミサイル数発が正確に天ノ叢雲に向かって飛んで行く。

 

「……!」

 

 ミサイルが爆発する。舞は快哉を叫ぶ。

 

「やったわ! ……なっ⁉」

 

 舞が驚く。ミサイルの直撃を受けたはずの天ノ叢雲が無傷のまま立っていたからである

 

「……」

 

「そ、そんな……市街地での戦闘を想定して、威力低めのミサイルだったとはいえ、全くの無傷だなんて……ありえない!」

 

「剣で斬ったのだろう……」

 

「え⁉」

 

「爆発をよく見ていなかったのか? 奴の左右が吹き飛んだ。ミサイルを全て真っ二つに切断して、直撃を避けたのだ」

 

「そ、そんな芸当が……」

 

「奴にとっては簡単なことだ……来るぞ!」

 

 天ノ叢雲が徐々に早足になってランポに迫ってくる。

 

「くっ! このランポはパンチを高速でラッシュ出来るわ! この連打の雨を躱せる⁉」

 

 ランポが左右の腕を素早く、連続で放つ。ムラクモは小さくため息をつく。

 

「はあ……」

 

「なっ⁉」

 

 舞は固まった。自らの鼻先に剣を突き付けられたからである。

 

「パンチスピードは確かに凄いけど、パターンとリズムが単調だから読み易い。躱すのは結構容易だよ。コンビネーションをもっと工夫しないと」

 

「ぐっ……」

 

「後、剥き出しのコックピットというのは感心しないね。万が一の事態を考えて、ガードをもっと固めておかないと」

 

「ぐぐぐ……」

 

「舞!」

 

「動かないでくれ、ジンライ。今、このお嬢さんの命運は僕が握っている」

 

 ムラクモは冷たい声色で告げる。

 

「お、おのれ……」

 

 ジンライはムラクモをキッと睨み付ける。まだ立ち上がれてはいない。しゃがみ込んだ中途半端な体勢のままである。ムラクモはそんなジンライを見て、フッと笑う。

 

「お願いするまでも無かったかな? ボロボロで満足に動けないんだね?」

 

「なにを!」

 

「おっと、待った! お嬢さんに危害を加えるつもりはないよ」

 

 立ち上がろうとするジンライをムラクモは制す。ジンライは首を傾げる。

 

「どういうつもりだ?」

 

「二つ理由がある」

 

「二つ?」

 

「ああ、まず一つ。僕も実は結構限界でね。このパワードスーツを着て戦うのは初めてに近い状態なのに調子に乗って飛ばし過ぎた……。来たるべき時の為に無理はしたくない」

 

「来たるべき時?」

 

「それは後で話そう……もう一つの理由は、このお嬢さん……疾風舞さんには極力危険な目には遭わせるな、とお願いされていてね……」

 

「お願い?」

 

「ああ、このパワードスーツを提供してくれた協力者たちだ」

 

 ムラクモがスーツを指差しながら淡々と話す。

 

「協力者たちだと? そいつらも地球の研究者か?」

 

「おっ、鋭いね。まあ、流石にそれくらいは見当がつくか……」

 

「誰だ、そいつらは?」

 

「それは内緒……と言いたいところだけど、別に秘密にしろとは言われていないからね……いいよ、教えてあげよう。天ノ川博士夫妻だよ」

 

「⁉ お父さんとお母さん⁉」

 

「なに⁉」

 

 舞の言葉にジンライが驚く。ムラクモが笑う。

 

「そうだよ、君は母君によく似て美人だね。父君に似なくて良かった」

 

「二人は今どこにいるの⁉」

 

「それは教えられない……というか、僕も直接顔を合わせたのは数えるほどだから分からない。ほとんどモニター越しのやりとりだしね」

 

 舞の問いにムラクモは肩を竦める。

 

「二人は一体何を企んでいるの⁉」

 

「……それも正確には分からない。あくまでお互いの利益や目的が一致したから手を組んでいるに過ぎないからね」

 

「互いの利益や目的?」

 

「こちらはNSPという強力なエネルギーを手にすること、あちらはそのNSPという未知なるエネルギーを解明すること……協力関係というよりはお互いの目的を果たすために利用しあっているという感じかな。僕にとっては面倒事が増えたしね」

 

「面倒事?」

 

 ジンライが首を捻る。

 

「そうだよ、君のパワードスーツを開発した疾風大二郎にNSPの鉱石を売ったのは他ならぬ天ノ川夫妻だからね。僕は反対したんだけど」

 

「⁉ な、なんだと……?」

 

「今日のところは退くとしよう。ジンライ、精々そのスーツのポテンシャルをもっと引き出せるようにしておくんだね……ある場所で来たるべき時に再び会いまみえるだろうから」

 

「ある場所だと?」

 

「函館だよ。正確に言えば五稜郭学園を襲撃する予定だ」

 

「⁉ そ、それで来たるべき時とはいつだ⁉」

 

「明々後日か弥の明後日かな」

 

「ば、漠然としているな⁉ そういう時は明日じゃないのか⁉」

 

「明日と明後日はどうしても都合が悪くてね……それまでに身体を休めるなり、準備をしておくんだね。勿論、逃げてもらっても構わないけど」

 

「誰が逃げるか!」

 

「……そう言うと思ったよ。まあ、三、四日後にまた会おう」

 

 そう言って、天ノ叢雲は姿を消した。



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第10話(2)洗い直し

「……ふう、文字通り生き返るようだな」

 

 ジンライの呟きにドッポが反応する。

 

「ゴランクダサイ、コノケシキモゼッケイデス」

 

「ふむ、半分が屋外で、半分が屋内という、いわゆる半露天風呂というやつか……」

 

「ハンロテンブロニツイテハメイカクナテイギハアイマイナヨウデスガ……」

 

「時にドッポよ……」

 

「ナンデショウ?」

 

「今更なのだが、湯に浸かっていても平気なのか?」

 

「ボウスイカコウヲハバッチリデス」

 

「そうか、おっと……」

 

「イカガシマシタカ?」

 

「湯気が天井からポタリと背中に当たってな、冷たいと感じた」

 

「ソレモフゼイトイウモノデス」

 

「ああ、こういうのも良いものだな」

 

「良くない!」

 

 舞が大声で叫ぶ。ジンライが顔をしかめる。

 

「なんだ、大きな声を出すな、マナー違反だぞ……」

 

「出したくもなるわよ! どういう状況よ、これは?」

 

「温泉に浸かっている」

 

「それは分かっているわ! どうしてこうなったかの確認よ」

 

「元々札幌から函館に戻る際に登別に立ち寄ろうとは思っていた……それにシーズンズからこの旅館の割引券も貰ったからな、利用しなければ勿体無い」

 

「そんな呑気なことで良いの⁉ 函館が襲撃されるっていう時に……」

 

「昼間、ムラクモがそう言っていたな、ただ、襲撃は早くても明々後日という話だ、まだ慌てるような段階ではない……」

 

 ジンライはお湯を顔に軽くかけながら呟く。

 

「そんな話を信用していいの⁉」

 

「襲撃予告の件、目を通していないのか?」

 

「え?」

 

「『みっかごかよっかごに、ごりょうかくがくえんをおそいます。ひせんとういんのかたやしゅうへんじゅうみんのかたはすみやかにたいひをおねがいします。ごめいわくをおかけしますが、もうしわけございません』」といったむねのよこくせいめいがだされました」

 

 ドッポと同じような球体に手足を伸ばした形態に変形したランポが舞に説明する。

 

「そ、そうなの……?」

 

「サンメートルホドノオオキサダッタノニ、ソレクライノオオキサ二ヘンケイスルトハ……ドウイウシクミナノデショウカ?」

 

「貴様に言われたくないと思うが……」

 

「マア、ソレハベツニイイノデスガ、キャラカブリガケネンサレマス……」

 

「そんなことを気にするのだな……」

 

「ごしんぱいなく、わたしのからーりんぐはぴんくいろ。ちょうかわいくない?とじょしうけまちがいなしです。そのてんひとつとっても、どっぽせんぱいとのきゃらかぶりはまったくのきゆうにすぎません」

 

「チョットマッテクダサイ。ワタシガジョシウケシテイナイトイイタイノデスカ?」

 

「そのようないとはありませんが、そのようにうけとられたのならすみません」

 

「……開発者が同じなのだ、仲良くしろ」

 

 ジンライはウンザリした声で呟く。

 

「は、話を戻すけど、その予告声明は信用出来るの?」

 

「ムラクモとは何度も共に戦った……奴は非戦闘員などを巻き込むことを嫌う。こういう類の退避勧告を出しているのは幾度となく見てきた。例え上官の命令に背くようなことになってもな。決して己の信条を曲げなかった……その点は信用しても構わないはずだ」

 

「親友みたいなものなのね……」

 

「……少なくとも俺様はそのように考えていたが、奴にとっては違ったようだな……」

 

 ジンライが少し残念そうに呟く。

 

「帝国の打倒がどうとか言っていたでしょ? 自己の信条を曲げる可能性は?」

 

「そういう考えも無くもないが、まあ、物理的に無理だろう」

 

「物理的に無理?」

 

「奴も俺様も多くのフォームを同時に使用した。それによっての身体的負担、体力消耗がかなりのものだ……例えば明日すぐに満足に動けるはずが無い」

 

「な、なるほど……」

 

「今は奴の言っていたように、身体を休めることが先決だ」

 

「も、もう一つ、聞きたいんだけど?」

 

「なんだ?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「な、なんで、アンタと私が一緒の湯に浸かっているのよ?」

 

「それは混浴だからな」

 

「だ、だからといっても!」

 

「工事中でこの湯しか空いてないというのだから仕方ないだろう」

 

「な、なんでこんなことに……」

 

「離れて入っているではないか……大体、嫌ならば入浴時間をずらせば済むことだ……」

 

「ア、アンタがのぼせたりしたら大変だから、仕方なく入っているのよ!」

 

「なんだそれは……まあいい、俺様は少し考えをまとめたい、話しかけてくれるな」

 

「考えをまとめる?」

 

 舞が首を傾げる。ジンライが呟く。

 

「各フォームについての洗い直しだ……ドッポ」

 

「ハイ、マズハ『ノーマルフォーム』デス」

 

「ノーマルフォーム……スピードに重きを置いた『疾風』モードと、パワーに重きを置いた『迅雷』モードがあるが、どちらも使用タイミングを間違えてしまうと、効果的ではない」

 

「バランスヲジュウシシテミテハ?」

 

「バランスか、結局そうなるか……次は『バイオフォーム』。々な生命体の能力を駆使して戦うことが出来るフォームだが、現状『狂犬』モードと『怪鳥』モードしかないな……」

 

「ソレデシタラ、コノトキノセントウガヒントニナルノデハ?」

 

 ドッポは映像データを再生する。ジンライはそれを見て頷く。

 

「ん? ふむ……確かにな、睡眠時に脳内にインプットさせる。データをまとめておけ」

 

「カシコマリマシタ」

 

「『メタルフォーム』、様々なウェポンやマシンを駆使して戦うことに長けたフォームだが……現状ウェポンの貧弱さが否めんな」

 

「マシンもドッポが変形したバイクだけね」

 

「口を挟むなというのに……」

 

「補足くらい良いでしょ?」

 

「はあ、全く……」

 

 舞の言葉にジンライがため息をつく。

 

「ソレニツイテハハカセカラコノヨウナデータガオクラレテキマシタ……」

 

「何? ! ほ、ほう……こ、これは……」

 

「どうしたの?」

 

 やや言葉を失ったジンライに舞が声をかける。

 

「い、いや、なんでもない……確かにこれならばウェポンの貧弱さとマシンの不足をある程度は解決できるが……思い切ったことを考えるな、大二郎も」

 

「よく分からないけど、逆転の発想ってやつ?」

 

「まあ、そう言えるかもな」

 

「さすが、天才科学者のおじいちゃんね」

 

「戦うのは俺様なのだが……このデータもまとめておいてくれ」

 

「ハッ」

 

「『ジャイアントフォーム』だが……単純なパワーアップ、巨大化だけでなく、常識をはるかに超越した能力を発揮して戦うことが出来るということだったが……」

 

「アマノムラクモハネンリキヲモチイテタタカッテイマシタ」

 

「悔しいが俺様はあそこまでには達していない、個人の向き不向きもあるのだろうが……」

 

「ん?」

 

 ジンライの使っていた桶がプカプカと宙に浮かび、舞の桶に重なった。

 

「これくらいしか出来ん……」

 

「いやいや、十分凄くない⁉」

 

 舞の驚きに満ちた声に対し、ジンライは首を振る。

 

「実戦レベルではない……このフォームは消耗も激しい、多用は避けた方が無難だな」

 

「デハ『カラフルフォーム』デスガ……」

 

「五色の中からどれか一つの色を選ぶことで、人間の持つ五感の内の一つを最大限に引き出すことが出来るフォーム……しかし、ムラクモが六色目を出してくるとはな……」

 

「アンタも出せばいいじゃない」

 

「簡単に言うな……第六感を研ぎ澄ませと言っているようなものだぞ、それが出来たら誰も苦労はしない」

 

「ハカセカラコノヨウナテイアンガアリマスガ?」

 

 ドッポがモニターに表示した文章を見て、ジンライが首を捻る。

 

「それは可能なのか?」

 

「リロンテキニハカノウダソウデス」

 

「そうか、ではそれも睡眠ラーニングデータにしておけ」

 

「リョウカイシマシタ」

 

「次は『クラシックフォーム』か。『サムライ』と『ニンジャ』と『トルーパー』があるが、ムラクモは『ガンマン』モードを使用してきた。接近するのは容易ではないな……」

 

「コウイウモードノテイジガアリマス」

 

「ふむ……なるほど、かえって虚を突けるかもしれんな」

 

 モニターを確認して、ジンライは笑みを浮かべる。舞が口を開く。

 

「お次は『マジカルフォーム』ね」

 

「それは別にいい」

 

「なんでよ?」

 

 舞が笑いながら尋ねる。ジンライはムッとした声で呟く。

 

「わざわざ洗い直す気になれん……ということを差し引いても魔法の術式というのはかなり複雑な仕組みだ。一朝一夕でどうにか出来るものではない」

 

「え~見たいのにな~あの恰好」

 

「見世物ではない……最後は『マンガフォーム』か」

 

「向こうは『コミックフォーム』を使っていたわね、どうするの?」

 

「コミックも勿論良いが、マンガが劣っているとは思わん。俺様は漫画の力を信じる」

 

「策はあるの?」

 

「一応な……さて、洗い直しはこんなところか、そろそろ上がるか」

 

「私も上がろうかしら……うん? ランポのモニターが……お母さんから通信⁉」

 

「何⁉」

 

 ジンライは舞の方に視線を向ける。



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第10話(3)母娘の会話

「やっほ~♪」

 

 モニターに白衣姿で眼鏡の女性が映る。髪型はショートボブだが、顔は舞と瓜二つである。

 

「お、お母さん! ど、どうやって……」

 

「お義父さん……おじいちゃんの使用しているサーバーをちょっと拝借して……そちらにアクセスしているわ」

 

「ふむ……舞の母親か、なるほど、確かに母娘よく似ているな」

 

 ジンライがモニターを覗き込んで呟く。

 

「あ、貴方がジンライ君ね? 初めまして、天ノ川翼(あまのがわつばさ)です。舞がお世話になっております」

 

 翼と名乗った女性が丁寧に頭を下げる。

 

「ああ、いつも世話してやっているぞ」

 

「ちょっと、嘘つかないでよ!」

 

「それにしても……」

 

「ん? 何かしら?」

 

「いや、舞に似て美人だなと思ってな」

 

「なっ、な……⁉」

 

「あら、お世辞でも嬉しいわね」

 

 戸惑う娘とは対照的に、翼は落ち着いて答える。

 

「俺様はつまらん世辞は言わん。本心を述べたまでだ」

 

「ふふっ、どうもありがとう」

 

「そ、それよりお母さん!」

 

「何?」

 

「何?はこっちの台詞よ! 急に連絡してきて、何の用⁉」

 

「いや……元気にしているかしらと思って」

 

「わざわざハッキングまでして聞くこと?」

 

「気になったからね」

 

「普通に電話すれば良いでしょ」

 

「電話よりこういう方が雰囲気出るじゃない?」

 

「なによ、雰囲気って……」

 

 舞が軽く頭を抑える。

 

「まあ、冗談はさておき……」

 

「やっぱり冗談だったんじゃない」

 

 柔和な笑顔を浮かべていた翼が真面目な顔つきになる。

 

「舞……例の件は承知しているわよね?」

 

「……ムラクモとかいう奴が五稜郭学園を襲撃するって話?」

 

「そう、明々後日か弥の明後日に」

 

「その辺曖昧なのが気になるのよね……」

 

「貴女も学園には近づかないようにしなさい。ムラクモ君は非戦闘員などには危害を加えないと言っているけど、万が一のことがあるからね」

 

「なんでムラクモと手を組んでいるの?」

 

「聞いていない? NSPというエネルギーを解明する為には、彼の協力が必要なの」

 

「おじいちゃんにNSPを渡したのは何故?」

 

「正直言うと専門外だったから……でもあのエネルギーには研究者としての心が大いにくすぐられたわ。それで、おじいちゃんならより詳しいことが分かると思ってね」

 

「だからって、ネットオークションに出品するなんて回り道過ぎない?」

 

「出品に関しては間違ったのよ……」

 

「間違った⁉」

 

「別の鉱石を出すつもりだったんだけど……徹夜続きで頭こんがらがっちゃって」

 

 翼はウィンクしながら舌をペロッと出す。舞は呆れる。

 

「そ、そんな……」

 

「でも、おじいちゃんが買ってくれて良かったわ、結果オーライってやつね。ただ……」

 

「ただ?」

 

「その発見を公表し、『NSP』と名付けて、大々的に発表するとは思わなかったわ。その手の功名心は持ち合わせていない人だと思ったから」

 

「自己防衛の一環では無いか?」

 

「……そうね、そう考えた方が良いのかも」

 

 ジンライの言葉に翼が頷く。舞が尋ねる。

 

「なんで、ムラクモが学園を襲うのよ?」

 

「……おじいちゃん、疾風大二郎博士が突然、函館の街中に点在させていたNSPを学園に集めさせ始めたからよ」

 

「ええっ⁉」

 

「何故そのようなことを?」

 

 驚く舞の代わりにジンライが尋ねる。翼は首を傾げる。

 

「分からない……NSPの解明になにかつながりがあるのではないかと見ているけど」

 

「作業が完了するあたりを見計らって、襲撃するというのがムラクモの計画か」

 

「そういうこと。あまり手荒なことはしたくないのだけど、これ以上、疾風大二郎博士を泳がしておくのは危険だと思い、ムラクモ君に同意したわ」

 

「つまり……おじいちゃんを利用したってこと?」

 

「言い方は悪いけど、そう捉えられても仕方ないわね」

 

 舞の問いに翼は淡々と答える。

 

「おじいちゃんは確かにエキセントリックな所もあるけど……平和の為、人々の暮らしが良くなる為、研究を行ってきたのはお母さんも知っているでしょう?」

 

「……そうね、尊敬できる方だわ」

 

「そんな人を利用するなんて許せない! おじいちゃんの研究成果を横取りなんてさせないわ! 私、学園で迎え撃つから!」

 

「バカな真似はやめなさい!」

 

「バカじゃない! 大真面目よ!」

 

「……はあ」

 

 舞の顔を見つめ、翼はため息をつく。舞は首を捻る。

 

「?」

 

「昔から一度言い出したら聞かない子だったわね……こうなったらムラクモ君には重々お願いするしかないわね」

 

「襲撃を取りやめるという選択肢は無いのね?」

 

「もう賽は投げられた状態よ。私たちも後戻りは出来ないの」

 

 翼は冷徹とも思える声色で告げる。

 

「そう……」

 

「心配は無用だ。この俺様がいる限り、舞には傷一つ付けさせん」

 

「ジ、ジンライ⁉」

 

「頼もしいわね。こういうことを言うのもあれなんだけど、舞のこと……貴方に頼むわね」

 

「ああ、頼まれた」

 

「い、いや、何勝手に話を進めているのよ!」

 

「これ以上はお邪魔だから切るわね……あ、貴方、今舞と話しているのよ。何か話す?」

 

「お、お父さん⁉ ちょ、ちょっと待って! 今入浴中だから! こっち来ないで!」

 

「来ないでって……あ~あ、お父さん傷ついているわよ」

 

「しょ、しょうがないでしょ⁉」

 

「どうせならジンライ君のことも紹介したかったのに……え? ジンライ君、舞のことを守ってくれる男の子よ。今、舞と仲良く入浴中なのよ」

 

「ご、誤解を招くような発言やめてよ! 事実ではあるけど⁉」

 

「寝顔を見せあった仲でもあるぞ」

 

「アンタも余計なこと言わないで!」

 

「あら? お父さんどうしたの、そんな鬼のような形相しちゃって……」

 

「お、お父さん、違うの! ……あら? 通信が切れた?」

 

「……今更だが、こうなると大二郎の腹も探る必要があるな……」

 

「~~~」

 

「どうした舞?」

 

「なんでアンタこんな近くに来てんのよ! 堂々と覗いてんじゃないわよ!」

 

「ごふぁ⁉」

 

 ジンライは舞の豪快なパンチを喰らってしまう。



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第10話(4)決戦の時来たる

「……もうすぐ函館ね」

 

「ちっ……」

 

 車での移動中にジンライが頭を抑えて軽く舌打ちする。舞が尋ねる。

 

「どうしたのよ?」

 

「せっかく身体を休めに行ったというのに、そこで新たに負傷してしまっては意味が無いではないか……」

 

「人の裸を見るからよ」

 

「それはお互い様だろう」

 

「いやいや、そこはイコールにはならないでしょう!」

 

「俺様が不覚にも気を失っている隙に、俺様の全てを見たのだろう?」

 

 ジンライが身をよじる。舞が声を上げる。

 

「その気味の悪い動きやめなさいよ!」

 

「油断も隙もないな……」

 

「だから見ていないわよ! 部屋にはドッポに運んでもらったんだから!」

 

「そうなのか?」

 

「ハイ、センエツナガラ……」

 

 ジンライの問いにドッポが答える。

 

「見ていないのか……」

 

「なんでちょっとがっかりしてんのよ!」

 

「『銀河一のヴィラン』の裸体だぞ?」

 

「だぞ?って言われても!」

 

「興味無いのか?」

 

「まったく無いわよ!」

 

「……まったくということはないだろう?」

 

「しつこいわね! 見て欲しかったの⁉」

 

「まあ……どちらかと言えば、な」

 

「な、じゃないのよ⁉ 性癖をカミングアウトしないでよ!」

 

「別に大して減るものでもないしな」

 

「私の心境的にはかなりのマイナスだわ!」

 

「いつか何かのきっかけでプラスに転じることも……」

 

「無いわよ!」

 

 そんな言い合いをしている間に、車は既に函館市内に入っていた。

 

「函館か、約一週間ぶりだが、妙に懐かしいな」

 

「まず家に戻りましょう」

 

「そうだな、ドッポ、疾風宅に向かってくれ」

 

「カシコマリマシタ」

 

「おかえり!」

 

 家に戻った舞とジンライを大二郎が玄関で迎え入れた。

 

「ただいま、おじいちゃん……」

 

「お腹が空いているだろう。食事を用意したよ。と言っても出前だけどね」

 

「悪いけど、私、ちょっと部屋で休んでくるわ。流石に疲れたし……」

 

 舞が自分の部屋に足早に向かう。

 

「そ、そうかい? ジンライ君はどうだい?」

 

「……いただくとしよう」

 

「おお、では手洗いを済ませたら居間においで」

 

 大二郎の言葉通り、ジンライは手洗いを済ませ、居間に入った。

 

「さあ、大盛りカツ丼だよ!」

 

「カツ丼?」

 

「そう、敵に勝つという意味でね!」

 

 大二郎はそう言ってウィンクする。

 

「……ゲン担ぎというやつか」

 

「す、少し、古臭いかな」

 

「ジンクスを気にするのは銀河のどこでも一緒だな」

 

 ジンライは笑みを浮かべながら食卓に座る。

 

「はははっ、やっぱりそうなんだ」

 

 大二郎も笑いながら食卓に座る。

 

「この場合、敵が誰かという話になるのだが……」

 

「え?」

 

 ジンライの呟きに大二郎が反応する。

 

「なんとかと天才は紙一重というが、貴様はどちらだろうな?」

 

「な、なんの話だい?」

 

「舞も学園防衛に当たると言っているぞ」

 

「!」

 

 大二郎がやや動揺した様子を見せる。

 

「大事な孫娘だろう?」

 

「……とっても大事な孫娘だよ」

 

「危険に晒すことになるぞ」

 

「止められないのかい?」

 

「どういう性格をしているかは貴様の方が承知しているだろう」

 

「そうか……」

 

「良識を信頼しても良いのだろうな?」

 

「ヴィランから良識という言葉が聞かれるとはね……」

 

「ふっ……確かにらしくもないか」

 

「言葉を返すようだけど、君のことも全面的に信頼して良いのかい?」

 

「……逆の立場なら信頼しないな。そもそもスーツを与えない」

 

「偶然の産物だけどね。緊急時にスーツへの適応値が高い君が来た。それだけだよ……」

 

「偶然か、まあそれでいいだろう」

 

「いいのかい?」

 

「訊問は得意ではない……ただ一つ、五稜郭学園にNSPを集めさせた意図は?」

 

「詳細はまだ話せない……NSPの力を引き出す上で必要な処置だと思ってくれ」

 

「ふむ、まあそれもいい……ムラクモの迎撃に集中するとしよう」

 

「こう言ってはなんだけど……勝てるのかい?」

 

「ストレートな疑問だな」

 

 ジンライが苦笑を浮かべる。

 

「ご、ごめん。でも、大事なことだから……」

 

「勝つ……俺様は同じ相手に二度も苦杯は舐めん」

 

「た、頼もしいね……」

 

「誰だと思っている? 『銀河一のヴィラン』、ジンライ様だぞ?」

 

「おおっ……」

 

「カツ丼を食べて、明日に備えるか……」

 

 ジンライは食事を始める。翌日五稜郭学園に設置された緊急指令室でドッポが報告する。

 

「ジンライサマ、ウヨマテチョコウコクノブタイヲカクニンシマシタ」

 

「襲撃は今日だったか……」

 

「ヘイスウハソレホドオオクハアリマセンガ……」

 

「とはいえ、ムラクモの部隊だ。練度は高いだろうな……」

 

「⁉ チョットオマチクダサイ!」

 

「どうした⁉」

 

「ナナカショデハンノウアリ! オソラクNSPヲネラッテイルカクセイリョクデス!」

 

「7ケ所同時だと⁉ ちっ、こんな時に面倒な……」

 

「ど、どうするの⁉」

 

 舞が心配そうな声を上げる。

 

「各個撃破しかあるまい!」

 

「む、無茶よ!」

 

「無茶でもやるしかあるまい!」

 

 ジンライは走り出す。

 

「ジンライサマ! キンキュウツウシンガ!」

 

「緊急だと⁉ お、お前らは……⁉」

 

 ドッポのモニターを見てジンライは驚く。



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第11話(1)縦横無尽

                  11

 

「いかが致しますか⁉ ドクターMAX様!」

 

 虹色の派手なタイツを着た、世界征服を目論む悪の秘密結社レポルーの戦闘員が白衣姿でショートボブの金髪にサングラスをかけた小柄な女性に問う。

 

「……どうやら他の連中も動いているみたいね。厄介だけど、むしろこれを幸運と捉えましょう。まずはこの半月堡に設置されたNSPを早急に回収するわよ!」

 

「はっ!」

 

 戦闘員たちは一の橋を渡って、半月堡に向かおうとする。半月堡とは,五稜郭の正面入口を守るために築かれた出塁である。五稜郭は、水堀で囲まれた五芒星型の堡塁と一ヶ所の半月堡からなっている。堡塁には土塁が築かれ、内側に建物が建てられている。半月堡は南西に位置する。五稜郭学園の学生や関係者が主に通行するのがここである。

 

「防備を固めているかと思ったけど、ほぼ手薄ね……私にも運が向いてきたかしらね」

 

 ドクターMAXは顎に手をやってニヤリと呟く。

 

「ここでNSPを確保出来れば大きいですな」

 

 戦闘員の隊長がドクターMAXに語りかける。

 

「ええ、我が組織は世界的には着実に成果を挙げている……ただ、その中にあってこの極東支部は長きに渡ってお荷物扱いされてきた……その汚名を返上することが出来るわ」

 

「な、長年の苦労が報われそうです……」

 

 隊長が顔を抑える。マスクで覆われていて分からないが、感極まったようである。

 

「泣くのはまだ早いわ。まずは作戦を成功させてからよ」

 

「はっ、これは失礼しました!」

 

 隊長が敬礼をして、戦闘員たちの後に続く。

 

「……私もこのまま失敗続きで終わるわけには行かないのよ……」

 

「ぐわっ!」

 

 戦闘員たちが数人倒れ込む。

 

「何事⁉」

 

 ドクターMAXが視線を向けると、橋の向こう側に赤茶色で短髪の少年が立っていた。

 

「だ、誰だ⁉」

 

「仁川実直だ! 俺の愛する五稜郭学園でこれ以上好きにはさせんぞ! 甲殻起動!」

 

 掛け声とともに少年は頭部がカニで、両腕が大きなハサミを持った姿になった。

 

「あ、あいつは……」

 

「この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! 『クラブマン』参上!」

 

「以前も邪魔してくれた奴ね。この道南エリアで頭角を現してきた地元ヒーロー……」

 

「そうだ! 頭角を現している! カニだけに!」

 

「そういうのいいから。ほら、あんた達、数では優っているわ! 冷静に対処なさい!」

 

 ドクターMAXが叱咤すると、隊長が指示を出す。

 

「そ、そうだ! 包囲しろ!」

 

 体勢を立て直した戦闘員たちがクラブマンを取り囲む。クラブマンがフッと笑う。

 

「取り囲んだくらいで良い気になるなよ?」

 

「何⁉」

 

「『高速縦横無尽歩き』!」

 

「なっ⁉」

 

 クラブマンは体の向きを器用に変え、縦横斜めに高速に動き回り、ハサミを繰り出す。

 

「喰らえ!」

 

「どわっ!」

 

 クラブマンの攻撃を受け、戦闘員たちが次々に倒れる。隊長が驚く。

 

「ば、馬鹿な! 横歩きしか出来ないのでは無かったのか⁉」

 

「ふっ、ある男の助言で、俺は生まれ変わった! どの方向にも高速で歩けるぞ!」

 

「な、なんだと……」

 

「お願いだから馬鹿馬鹿しいやりとりやめてくれる? 頭が痛くなるから……」

 

 ドクターMAXが頭を抑えながらゆっくりと前に進み出てくる。

 

「お、お前はレポルーの科学者的な女!」

 

「科学者的って、他になにがあるのよ……一応、我が組織のサイボーグ手術を受けているのよね、戦闘員たちの手には余るか……しょうがない、少し早いけどアンタの出番よ」

 

「⁉」

 

 ドクターMAXが指を鳴らすと、亀の顔をした怪人が現れる。

 

「怪人亀コーラ、ここに……」

 

「組織の裏切り者……でもないか、ええっと……はみ出し者を始末しなさい」

 

「了解……しました!」

 

「おっと!」

 

 亀コーラがクラブマンに勢いよく殴りかかる。クラブマンはなんとか横に躱す。

 

「ち……」

 

「あ、案外素早い動きだな! 亀の癖に!」

 

「カニ男には言われたくないな……」

 

「こちらから仕掛ける!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 クラブマンはハサミを繰り出すが、攻撃があっさりと弾かれてしまう。

 

「……その程度か?」

 

「な、なんという硬さ……」

 

「全身がこの背中の甲羅と同じ硬度を持っている。並大抵の攻撃は通用せんぞ」

 

「ぐっ……」

 

「……吹けよ、疾風! 轟け、迅雷!」

 

「!」

 

「疾風迅雷、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 パワードスーツを着用した疾風迅雷が駆け込んでくる。ドクターMAXが叫ぶ。

 

「さ、運命の君!」

 

「はっ⁉ じ、『迅雷』モード! 喰らえ!」

 

「ふんぬ!」

 

 疾風迅雷が蹴りを繰り出すが、亀コーラが事も無げに弾く。疾風迅雷が舌打ちする。

 

「ちっ! か、硬いな!」

 

「湿布完売! 来てくれたか!」

 

「疾風迅雷だ! 貴様だけではあまりにも心もとないのでな!」

 

「今の通りで並大抵の攻撃は通用しないぞ」

 

「並大抵か……」

 

 疾風迅雷がクラブマンをじっと見つめる。

 

「な、なんだ、どうした?」

 

「一か八か、試してみるか……『ジャイアントフォーム、適用』!」

 

「ええっ⁉」

 

 クラブマンが驚く。自らの両のハサミが巨大化したからである。疾風迅雷が頷く。

 

「よし、想定通りだ!」

 

「嘘をつけ! 一か八かとかなんとか言っていただろうが!」

 

「とにかくそのハサミなら硬い甲羅も挟み砕けるはずだ!」

 

「う、うう……お、重い!」

 

「ぐわあっ!」

 

 クラブマンが重さに耐えきれず、思わず振り下ろしたハサミが亀コーラを叩き潰した。

 

「は、挟め! 誰が叩き潰せと言った!」

 

「重すぎるんだ! どうせなら身体も大きくしろ!」

 

「まあいい、結果オーライだ! 後は任せたぞ!」

 

「ま、任せるって……」

 

「追って舞から指示がある! それに従え! 俺様は他にも行く所がある!」

 

 疾風迅雷はその場を走り去る。隊長がドクターMAXに指示を仰ぐ。

 

「か、亀コーラ様のコアは回収出来ましたが、どうしますか⁉」

 

「『キスかハグか、抱きしめてみるか』なんて……大胆な……そこがまた素敵……」

 

 ドクターMAXは赤面する顔を両手で抑える。

 

「な、何を言っているのですか⁉」

 

「おい、リップ塩梅! このハサミはどうやったら戻るんだ⁉」

 

 隊長とクラブマンの叫びが虚しく交差する。



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第11話(2)パワー!

「お、おい、やっぱ戻ろうぜ……」

 

「お前なに言ってんだよ! 戦闘の生配信……こんなバズるネタ、そうそうないぜ?」

 

 五稜郭学園の正面入口前にかかる二の橋付近で、二人の男子高校生が話している。

 

「で、でもよ……すげえ音聞こえてくるし……勧告通り退避した方が……」

 

「配信者としてこんなチャンス逃せねえんだよ! よし! あ、あれ?」

 

 ノリノリの男子が端末を構えるが、首を傾げる。及び腰の男子が尋ねる。

 

「ど、どうした?」

 

「い、いや、勝手にゲームアプリが起動してよ……う、うわっ⁉」

 

 端末が光り、画面から何体かのキャラクターが一斉に飛び出す。皆肌が薄緑色で頭部に二本の短い角が生えた異形の姿をしている。

 

「あ、あれは『グラクロ』の敵キャラ⁉ お前、何やったんだよ⁉」

 

「そ、そんなこと聞かれても分かんねえよ! ⁉」

 

「ふっ……場所はわりかし正確だったな……」

 

「ゲ、ゲエッ⁉」

 

「に、逃げろ⁉」

 

 甲冑を身に纏い長刀を手にした者の姿を見た高校生二人は慌ててその場から逃げ出す。

 

「ふむ……古の武人で軍神と謳われる者の姿か、悪くはないな……」

 

 武人の姿をした者は自身の姿を冷静に確認する。異形の者が尋ねる。

 

「プロフェッサーレオイ、指示を……」

 

「NSPの反応はこの先だ。兵士たちよ、速やかに橋を渡れ」

 

「はっ!」

 

 兵士たちがレオイの指示を受け、走り出す。レオイは呟く。

 

「様々な勢力がNSPを狙って動いているようだ……ここで後れをとってしまっては多次元犯罪組織ミルアムの名折れというもの……」

 

「ぐえっ⁉」

 

 兵士の叫び声が聞こえる。

 

「む……?」

 

「悪いけど、ここから先は通行禁止だから♪ ……ってか、寒っ!」

 

 ミニスカートで白髪の少女が身体を少し震わせながら立っている。

 

「誰かと思ったら香里愛衣子か……君もいい加減しつこいな」

 

「それはこっちの台詞だし。ってかさ……」

 

「ん?」

 

「その口調はもしかしてプロフェッサーレオイ? 随分可愛い声しているね、ウケる~」

 

 愛衣子がレオイを指差して笑う。そう、レオイは重々しい甲冑こそ身に着けているが、顔や身体つきなどは美少女のそれなのである。

 

「わ、笑うな!」

 

「いやいや、それは笑うでしょ」

 

「こういうキャラクターなのだから致し方ないだろう!」

 

「身体を借りるならさ、もうちょっとよく選んだら?」

 

「余計なお世話だ! お前ら、さっさと進め!」

 

 レオイは美少女ボイスで檄を飛ばす。兵士たちが進軍を再開する。

 

「そうはさせないよ! フリージング!」

 

 愛衣子が真っ白なドレス調のスーツに身を包む。

 

「!」

 

「ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

 ファム・グラスがポーズを取る。兵士たちがやや怯む。

 

「ぐぬっ!」

 

「『スケートオンアイス・テクニック』!」

 

 ファム・グラスの靴底に刃が出て、さらにファム・グラスの立つ周辺の橋が一瞬で凍りつき、ファム・グラスはそこを颯爽と滑り出す。まるでフィギュアスケートをこなすかのような動きで兵士たちの群れにあっという間に接近し、その中心に入り込む。

 

「むっ⁉」

 

「めんどいからちょっぱやでケリをつけるよ! キャメルスピン!」

 

「うおっ⁉」

 

 ファム・グラスは上半身を倒して、右足を腰より上の位置に上げ、T字になるようにして高速でスピンする。すると、巻き上がった氷が兵士たちの体を凍らせてしまった。

 

「一丁上がり! お次は誰⁉」

 

「む、むう……」

 

「因縁のある相手だが、無理に戦わなくても良い! とにかく対岸に渡れ!」

 

 レオイが指示する。兵士の一人が言い辛そうに答える。

 

「し、しかし、橋が凍って、通行が困難です……」

 

「頭を使え! 堀を泳いで渡るなど、いくらでもやりようはある!」

 

「な、なるほど!」

 

 兵士たちは橋から堀に飛び込む。

 

「オールフリージング!」

 

「⁉」

 

 ファム・グラスが手をかざすと、堀の水が一瞬で凍って、飛び込んだ兵士たちも動かなくなってしまった。ファム・グラスが笑う。

 

「こういうことも出来るんだよ? 大した頭の使い方だね? ひょっとしてウケ狙い?」

 

「ちっ……」

 

「さて、残りはアンタだけだけど、どうする? せっかくだから女子会でもする?」

 

「馬鹿にするな! 来い! 青兎!」

 

「なっ⁉」

 

 地面に落ちていた端末が光ったかと思うと、青鹿毛色をした見事な馬体の馬が勢いよく飛び出してくる。レオイはその馬に飛び乗り、走り出す。

 

「この程度の氷、飛び越えるまで!」

 

「し、しまった!」

 

 レオイが馬を跳躍させ、橋の凍っていた部分を軽々と飛び越えてみせる。

 

「君と遊んでいる暇はない! 目的を優先する!」

 

「くっ! 『スケートオンアイス・スピード』!」

 

「なにっ⁉」

 

 ファム・グラスの靴底に別の種類の刃が現れ、スピードスケートの様に滑り出して、あっという間にレオイの前方に回り込む。

 

「この先には行かせない!」

 

「手荒な真似はしたくないのだが!」

 

「きゃっ⁉」

 

 レオイが物凄い勢いで振り下ろした長刀が地面を抉る。なんとかそれを躱したファム・グラスだったが、その威力に驚嘆する。レオイが長刀を構え直し、淡々と呟く。

 

「姿形は美少女といえ、あまり侮るなよ、魂は軍神のそれだ……」

 

「くっ……」

 

「これで終わりだ!」

 

「そうはさせん!」

 

「なに⁉」

 

 レオイが振るった長刀を、駆け付けた疾風迅雷がキックで受け止める。

 

「ジ、ジンライっち⁉」

 

「お、お前は⁉」

 

「ミルアムの幹部か、妙な恰好をしているが……」

 

「『グランド・クロニクル』ってソシャゲの星5キャラだよ」

 

「厄介な相手ということか……」

 

 ファム・グラスの説明にジンライが頷く。

 

「ふん、一人増えたくらいで状況は変わらん! このパワーの差は埋められんだろう!」

 

「ふふっ、そうかしら?」

 

「なんだと?」

 

 ファム・グラスが不敵な笑みを浮かべる。

 

「『スケートオンアイス・パワー』!」

 

 ファム・グラスの靴底にまた別の種類の刃が現れ、上半身下半身とも、特殊なスーツが現れ、細い身体が倍くらいの大きさに膨れ上がる。ジンライが驚く。

 

「そ、その姿は⁉」

 

「アイスホッケーだよ! それ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 ファム・グラスが強烈な体当たりをかまし、馬が転倒し、レオイが地面に転がる。

 

「どうよ、うちのタックルは⁉ パワーの差も埋まったね!」

 

「くそっ! ならばこの長刀で始末する!」

 

 すぐさま立ち上がったレオイは長刀を振り回し、威嚇する。ジンライが呟く。

 

「くっ、迂闊には飛び込めんな……」

 

「ジンライっち! アドリブになるけど、ウチに合わせて!」

 

「策があるのか⁉ 分かった!」

 

「それ!」

 

 ファム・グラスが素早くレオイから見て右側に回り込む。疾風迅雷はそれを見て、反対側に回り込み、レオイを挟み込む形を取る。

 

「む!」

 

「行くよ!」

 

 ファム・グラスの手にスティックが現れ、さらに足元に黒い円盤が現れる。アイスホッケーで使用されるパックである。ファム・グラスはスティックを振り、パックを打ち込む。パックは物凄いスピードで疾風迅雷に向かって滑って行く。

 

「ふん……! 『カラーフォーム』! 『マゼンタ』モード!」

 

 疾風迅雷のパワードスーツが赤紫色になる。レオイが驚く。

 

「そ、それは⁉」

 

「視覚と触覚を研ぎ澄ました! 見える! そこだ!」

 

 疾風迅雷がパックをファム・グラスに向かって正確に蹴り返す。

 

「ナイス! 『バッティングショット』!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 ファム・グラスが打ち返したパックがレオイの身体に当たる。レオイは膝をつく。

 

「もらった!」

 

「おのれ!」

 

「なっ⁉」

 

 畳み掛けようと、ファム・グラスが迫ったが、レオイは馬とともに姿を消した。

 

「逃がしたか……『特殊次元転移装置』という奴だな……」

 

 疾風迅雷の近くに滑り寄ってきたファム・グラスが言い辛そうに口を開く。

 

「ごめん、助けにきたつもりが助けられちゃって……」

 

「気にするな、俺様は行く所がある! カニ男か、舞の援護を頼む!」

 

 ジンライは忙しく、その場から走り去る。

 

「ふふっ、挽回のチャンスはまだあるか……よっしゃ! 切り替えて行こう♪」

 

 ファム・グラスは元気よく滑り出す。



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第11話(3)悪戯な風

「ふむ……この辺りで良いか」

 

 灰色の僧衣に身を包んだ短髪の男性が五稜郭の真南に突き出た堡塁を見据える。

 

「~~!」

 

 遠くに派手な音が聞こえてくる。

 

「他の勢力とやらも動き出しているようだな……むしろ好都合というもの……さて……」

 

 男は竪琴を奏でようとする。

 

「待ちなさい!」

 

「!」

 

 シルクハットを被った赤色の派手な燕尾服を着た小柄な女性が男に声を掛ける。

 

「マスターハンザ! アンタの悪巧みもここまでよ!」

 

「これはこれは……PACATFの団長、坂田杏美嬢……よくここが分かったね?」

 

 ハンザと呼ばれた男は竪琴の琴線から一旦手を離し、女性の方に向き直る。

 

「先日、アンタたち秘密教団ファーリの支部を一つ制圧し、この計画を突き止めたわ!」

 

「……」

 

 そこに身長2メートル以上はありそうな熊の顔をした男が杏美の後ろに現れる。

 

「君は……」

 

「この鮭延川光八が良い仕事をしてくれたわ!」

 

「……恐縮です」

 

「証拠の類は全て隠滅したと聞いていたが、詰めが甘かったようだね」

 

「違うわね! 私たちが優秀なのよ!」

 

「……まあ、自信を持つのは良いことだ。もはやどちらでも良いがね!」

 

 ハンザが再び竪琴の琴線に手を伸ばす。光八が叫ぶ。

 

「団長! 音を奏でて、怪獣を呼ぶ気です!」

 

「そうはさせないわ!」

 

 杏美が懐からナイフを数本取り出し、ハンザに向かって投げつける。

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 ナイフはハンザの身体には届かず、手前でポトリと落ちる。

 

「ふっ、なかなか鋭い投擲だったけど、この防護盾の前では何をしても無駄だよ」

 

「くっ、ならばこれよ!」

 

 杏美が大袈裟にシルクハットを外す。

 

「何⁉」

 

「……クルッポー♪」

 

「……」

 

 逆さにしたシルクハットから白い鳩が出てきて、鳴き声を上げる。杏美が頭を抱える。

 

「し、しまった! 手品用のシルクハットを持ってきちゃった……」

 

「だ、団長……」

 

「ちょ、ちょっと身構えてしまった自分が情けない……これ以上付き合っていられん!」

 

「あっ!」

 

 ハンザが竪琴を奏でると、巨大なネズミが出現する。

 

「さあ、蹂躙しろ!」

 

「ぐっ!」

 

「ベベベアー‼」

 

「えっ⁉」

 

 そこに巨大な熊の顔をした巨人が出現する。怪獣と五稜郭の間に割って入る。

 

「あ、あれはもしかして……いつも助けにきてくれる謎の巨人、ベアーマスク!」

 

「ええっ⁉」

 

 杏美の発言にハンザが驚く。

 

「こちらがピンチの時に限っていつもタイミング良く駆け付けてくれるのよね~」

 

「ほ、本気で言っているのか?」

 

「こうしていられない! 援護しなきゃ!」

 

 杏美が物陰に向かって走り出す。しばらくすると、物陰から小型戦闘機が飛び立つ。

 

「ほ、ほったらかしにされたような気がするのが少し癪だが……今は目的を果たそう」

 

 ハンザがゆっくりと五稜郭に向かって歩き出す。

 

「ベアーマスク、援護射撃よ!」

 

「ギャッ!」

 

 杏美の放ったミサイルが巨大ネズミに命中する。

 

「ウオッ!」

 

「!」

 

 ネズミが怯んだところをベアーマスクがラリアットを喰らわせて薙ぎ倒す。

 

「やった! ナイス! そのまま極めちゃって!」

 

 回線をオープンにしている為、杏美の声が戦場に響く。ベアーマスクは戦闘機の方に向かい、右手の親指をサムズアップすると、すぐさまネズミを後方から羽交い絞めにする。

 

「よっしゃ! 落とせ!」

 

「やられっぱなしでは終わらない……倍の倍!」

 

「⁉」

 

 竪琴の音が響いたかと思うと、もう一匹のネズミが出現し、ベアーマスクを攻撃する。

 

「ネ、ネズミがもう一匹⁉ マスターハンザの仕業⁉ 大きさを変えるだけじゃなく、そんなことまで……やはり身柄を抑えておくべきだったわ! ……くっ! 見失った!」

 

 杏美がコックピットから見回すが、ハンザの姿を見つけることが出来ない。その悔しがる声を聞きながら、ハンザはほくそ笑む。

 

「判断ミスだね。私を抑えられると思えないけど……さて、二匹で熊を黙らせろ!」

 

 巨大ネズミが二匹揃って俊敏な動きを見せ、ベアーマスクを翻弄し、攻撃を加える。

 

「ドオアッ!」

 

 ネズミの鋭い爪を喰らったベアーマスクが膝を突く。ハンザが叫ぶ。

 

「さあ、とどめだ!」

 

「『マジカルフォーム』! 『マーグヌムトニトゥルス』!」

 

「ギャッ⁉」

 

 大きな雷が落ち、二匹の内の一匹に直撃し、ばったりと倒れる。ハンザが驚愕する。

 

「なっ⁉」

 

「なるほどな、ステッキの振り上げる角度で出力を調整出来るのか。何事もやってみねば分からんな……」

 

「お、お前は疾風迅雷! ……な、なんだ、その恰好は?」

 

 振り向いたハンザが怪訝な顔つきになる。ジンライは慌ててミニスカの裾を抑える。

 

「き、気にするな!」

 

「気にするなと言われてもね……」

 

「他意は無い!」

 

「あったらむしろこちらが困るよ」

 

「ムゥ……」

 

 ベアーマスクも不思議そうに疾風迅雷の姿を見つめる。

 

「い、良いから、貴様はさっさともう一匹のネズミを始末しろ!」

 

「グオオオッ!」

 

「ギャア!」

 

 ベアーマスクが呆然としているネズミとの距離を詰め、右腕を思い切り一振りする。鋭い爪がネズミの身体を切り裂く。ネズミは悲鳴を上げて倒れる。

 

「くっ! まだだよ!」

 

 ハンザが竪琴を構える。

 

「復活させる気か! そうはさせん! 『イグニース』!」

 

 疾風迅雷がステッキを振り上げると、炎が勢いよく噴き出る。

 

「無駄だ!」

 

 炎がハンザの手前で消える。疾風迅雷が舌打ちする。

 

「ちっ、シールドがあったか!」

 

「おおい、チップ損害!」

 

 そこにクラブマンが走ってくる。

 

「カニ男⁉ 舞の指示に従えと言っただろう!」

 

「その前にこの馬鹿デカくなったハサミはどうやったら戻るんだ⁉」

 

 クラブマンは巨大化したハサミを引き摺ってきていた。疾風迅雷が答える。

 

「ある程度時間が経てば戻るはずだ!」

 

「あのカニ男、私の顔に傷を付けた……!」

 

 ハンザの注意が逸れる。疾風迅雷がハッとする。

 

「そのシールドは横からの攻撃には弱いと聞いたぞ! 喰らえ!」

 

 疾風迅雷が再び炎の魔法を放つ。ハンザの側面を狙った攻撃だったが、炎は消える。

 

「ふん! 何の対策もしていないと思ったかい?」

 

「ちっ、横にもシールドを張れるのか、どうすれば……」

 

「まずはカニ男からだ!」

 

「どわっ⁉」

 

 ハンザが光弾を放ち、クラブマンは派手に吹っ飛ぶ。

 

「カ、カニ男!」

 

「さあ、次は君だ! ⁉」

 

「のわっ⁉」

 

 クラブマンが地上に落ちると、悪戯な風が吹き、ミニスカがめくれ、中身が露になる。

 

「ぐはっ⁉」

 

 ハンザは鼻血を出す。裾を慌てて抑えた疾風迅雷は戸惑う。

 

「な、なんだ⁉」

 

「くっ、厳しい修行を己に課したあまり、ただ単にスカートがめくれるというだけでも興奮を抑えきれない体質に……!」

 

「全然己を律しきれていないじゃないか!」

 

「ここは撤退する!」

 

「ま、待て! な、なんか恥ずかしい思いをしただけのような気がする……」

 

「……援護、助かりました」

 

「うわっ! き、貴様、驚かすな……」

 

 疾風迅雷の背後に、元の大きさに戻った光八が立っていた。

 

「すみません……」

 

「PACの団長はどうした?」

 

「怪獣の死体を始末するため、一旦拠点に戻りました。自分はどうすれば?」

 

「そこの気を失っているカニ男を担いで指定するポイントに向かってくれ。場所は……」

 

 ジンライは倒れているクラブマンに向かって顎をしゃくる。光八は頷く。

 

「……分かりました。あ、それと……す、すみません!」

 

「なんだ、何を謝る?」

 

「自分も見てしまいました、不可抗力で……ただ、個人の趣味だと思いますから……」

 

 光八はクラブマンを担いで走り出す。

 

「ま、待て! 誤解しているぞ! このフォームになると、下着まで自動的に変化してしまうのだ! 決して俺様の個人的趣味で着用しているわけではないぞ!」

 

 ジンライはミニスカの裾を抑えながら、必死に弁明するのであった。



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第11話(4)心からのシャウト

「は~るばる来たわ! 函館‼」

 

 ボサッとした茶髪でライダースにジーンズ姿の女性がワンボックスの車を降りるなり、まるで歌うように叫ぶ。

 

「うるさいですわ……いちいち叫ばないで下さる?」

 

「茶畑唱、函館に初、いや、子供の時を含めれば二度目! 叫ばないでいられる?」

 

「二度目なら尚更大人しくしていて下さい……」

 

 薄紫色でふわりウェーブがかった長髪の女性が唱と名乗った女性をジト目で見つめる。

 

「たのちん、ノリ悪いな~」

 

「ノリの良い、悪いではなくて……まず言うことがあるのではなくて⁉」

 

「え? そうだ! この函館のライブも絶対成功させようね! 今回のステージもアタシたちの伝説の一歩になるんだから!」

 

 唱はたのちんと呼んだ女性の手を握り、顔をグイッと近づける。

 

「ち、近い! 暑苦しい! だから、そういう意気込みの話ではなくて!」

 

 白いシャツに寒色系のワンピースと清楚な恰好をしている女性は唱から顔を離す。

 

「何故にして函館港からこの五稜郭までの短い距離で、こうまで車酔いになりそうな荒っぽい運転が出来るのか……しかも交通ルールをちゃんと守りつつ……理解不能……」

 

 薄緑色のロングヘアーで眼鏡を掛けた長身女性がぶつぶつ呟きながら車を降りる。

 

「おっ、かなたん~♪ 今回のライブも後世にまで語り継がれるものにしようね!」

 

「いつもながら単なるローカルライブに大袈裟な……鬱陶しい……っと!」

 

 唱はかなたんと呼んだ女性の肩をグイッと引き寄せ、五稜郭を指差す。

 

「ほら! これが今回の伝説となる場所だよ!」

 

「……正面入口ではない。むしろ港から一番遠い堡塁……」

 

 カーディガンにチェックのロングスカートと落ち着いた服装の女性は冷静に呟く。

 

「まあまあ、あんまり細かいことは気にしない、気にしない♪」

 

「ははっ! 唱は我が道を往くな~」

 

 最後に車から降りてきた女性が唱に声をかける。やや小柄な体格で髪がオレンジ色で、ストレートヘアーである。ダボッとしたシャツに膝丈ほどのガウチョパンツを着ている。

 

「おおっ! ひびぽん! 今日のライブもガンガンド派手に! ズバババーンと大爆発しちゃうくらいの勢いで行っちゃおう!」

 

「はははっ! 騒々しいな~」

 

 ひびぽんと呼ばれた女性は微笑む。唱が三人の腕を引っ張り、無理矢理に手を重ねる。

 

「この四人で今回、新たな伝説を作るから! 気合いを入れていこう!」

 

「気合いを入れたくても、この車酔い寸前の気分の悪さ……」

 

 眼鏡の女性が俯き加減で呟く。ウェーブヘアーの女性が頭を抱える。

 

「釧路、帯広、苫小牧、室蘭と回ってきて……皆機材車を運転しているのだからそろそろ貴女運転なさい! と言ったわたくしがまったく愚かでしたわ……」

 

「まっ、室蘭の港から再開に向けて準備中のカーフェリーに乗ることが出来たのは唱の大胆な交渉のお陰だけどね~。大分ショートカット出来たから」

 

 小柄な女性が笑う。唱も笑って胸を張る。

 

「予定を変更してまで、各地でライブしてきたからかな? 妙に度胸がついたよ」

 

「な、何故、お前らこんなところにいるんだ⁉」

 

 叫び声に四人が目をやると、白タイツを着た集団が立っていた。唱が天を仰ぐ。

 

「ま~た遭遇するとは、もしかしておっかけ? これもスターの宿命ってやつかな?」

 

「だ、誰が追っかけるか! おい、お前ら、こいつらを始末するぞ!」

 

 白タイツ集団が向かってくる。唱がニヤッと笑う。

 

「場所的に今一つ恰好付かないけど、メンバー紹介のリハーサルといこうか! まずは『東京の伝統が育んだ美人! ギター、涼紫楽!』」

 

「はっ!」

 

 楽と呼ばれたウェーブヘアーの女性が向かってきた白タイツを足払いして倒す。

 

「お次は『杜の都が生んだ才媛! ベース、新緑奏!』」

 

「ふん!」

 

 奏と呼ばれた眼鏡の女性が白タイツを投げ飛ばす。

 

「続いて『沼津の潮風が培った元気っ娘! ドラム、橙谷響!』」

 

「ほい!」

 

 響と呼ばれた女性が白タイツに軽く手刀を入れて倒す。響が声を上げる。

 

「最後は『なにもない襟裳が輩出してしまったお転婆娘! ボーカル、茶畑唱!』」

 

「せい! ……ねえ、やっぱりアタシだけ言われようひどくない?」

 

 唱は白タイツを殴り倒しながら首を傾げる。響が笑う。

 

「気のせいだって、気のせい」

 

「少しくらい違和感があった方がむしろちょうど良い……」

 

 奏が同調する。唱が首を傾げる。

 

「そ、そうかなぁ……」

 

「唱さん!」

 

 楽の言葉に唱が振り返ると、四人の亜人が立っている。

 

「⁉ ア、アンタたちは!」

 

「まったく……これで何度目だ。俺たちの邪魔をしてくれるのは……」

 

 狼の顔をした獣人が呆れ気味に呟く。

 

「そりゃ邪魔するでしょ! 私たちの地球は絶対に渡せない!」

 

「ふざけるな! おのれらのじゃない! この『ソラ』と『ウミ』と『ダイチ』は俺たち『ソウダイ奪還同盟』のものだ!」

 

 狼の獣人が声を荒げて叫ぶ。楽が目を細める。

 

「幹部揃い踏みとは少々厄介ですわね……釧路などでは何故か一人ずつでしたが……」

 

「スケジュールがどうしても合わなくてな」

 

 鷲の顔をした鳥人がウィンクする。楽が戸惑う。

 

「そ、そういうものなのですか?」

 

「おのれらとの因縁もそろそろ終わらせてやる!」

 

「ヤンク様! 誇り高き狼の獣人!」

 

「これまで以上にスーパーな戦いぶりを見せてやるよ」

 

「ポイズ様! 偉大なる鷲の鳥人!」

 

「精々格の違いを思い知れ……」

 

「ドラン様! 剛力無双のカブトムシの虫人!」

 

「もはや貴女たちにかける言葉はありません……」

 

「キントキ様! 情け容赦のない鮫の魚人!」

 

 四人の幹部の登場に白タイツ集団は歓声を上げる。対して唱たちも横一列に並ぶ。

 

「こっちも本気で行くわよ! カラーズ・カルテット、出動よ! レッツ!」

 

「「「「カラーリング!」」」」

 

 四人が眩い光に包まれて、色とりどりの特殊なスーツに身を包む。

 

「勝利の凱歌を轟かす! シャウトブラウン!」

 

「栄光の姿を世に示す! メロディーパープル!」

 

「輝く未来を書き記す! リズムグリーン!」

 

「蔓延る悪を叩き伏す! ビートオレンジ!」

 

「四人揃って!」

 

「「「「カラーズ・カルテット」」」」

 

 四人が名乗りと共にポーズを決めると、その後方が例の如く爆発する。

 

「唱さん……いえ、ブラウン!」

 

「なによ、たのちん……じゃなくてパープル?」

 

「例によって立ち位置がおかしいですわ! 真ん中に寄りすぎではありませんか⁉」

 

「ええ……とりあえず暫定リーダーはアタシで良いってことになったじゃん」

 

「……わたくしが言いたいのは、四人なのだから、もっとバランスの取れた並び方をするべきだということですわ! これだと全体的に右寄りな気がいたしますわ!」

 

「うん……ちょっと左側に余裕があった方が良いかなって気がして……」

 

「だから何なのですか⁉ その気がするっていうのは⁉」

 

「後々ね、後々……」

 

「後々って、一体何を言っているのですか⁉」

 

「まあ、その話は後で……奏、じゃないグリーンが体勢維持に辛そうだよ」

 

「響、いや、オレンジの言う通り、この体勢を維持するのは結構辛い……」

 

 グリーンが体をプルプルとさせながら呟く。ブラウンが声を上げる。

 

「よし! 皆行くわよ! 平和の為、ソウダイの連中を倒すのよ!」

 

 四人が勢いよく前に飛び出す。

 

「ソルジャーども、迎え撃て!」

 

「うおおおっ!」

 

 ヤンクの檄を受け、ソルジャーと呼ばれた白いタイツの集団も前進する。

 

「えい!」

 

 ブラウンが相手を蹴り飛ばす。

 

「そこを退きなさい、三下!」

 

 パープルが相手に向かって、弓矢を数本同時に連射する。

 

「こんちくしょう! タココラッ!」

 

 グリーンがラリアットとエルボーで次々と豪快に相手を薙ぎ倒す。

 

「ほい! ほいっと!」

 

 オレンジが二本のスティックを器用に使いこなし、相手を叩きのめす。

 

「ちっ、ソルジャーどもがあっという間に……」

 

「ふふっ! 腕を上げたアタシたちの敵じゃないわね!」

 

「あまり調子に乗るなよ……」

 

「なっ⁉ き、消えた⁉」

 

 ヤンクたちの姿が忽然と消えた為、オレンジが驚く。グリーンが冷静に分析する。

 

「ステルス機能を発動させた……」

 

「またそれですの⁉ 目で追えなくとも……耳を澄ませば……ぐはっ!」

 

 パープルが吹き飛ぶ。ほぼ同時にグリーンとオレンジも吹っ飛ぶ。ブラウンが驚く。

 

「み、みんな⁉」

 

「くっ……音楽をたしなむわたくしたちなら、移動音を聞き分けるくらい造作もないはず……でも全く音がしませんでしたわ……」

 

「……前回はそれで見破られたからな、その対策はしてきた……」

 

「無音で高速移動かよ!」

 

「本当に厄介……」

 

 オレンジとグリーンがそれぞれ顔をしかめる。

 

「貴様ら、耳を塞げ!」

 

「⁉」

 

 四人が叫び声のした先に視線をやると、そこには疾風迅雷が立っている。

 

「ブラウン、叫べ!」

 

 ブラウンがマイクを取り出し、思いっ切り叫ぶ。

 

「『ライブキャッスル、五稜郭にようこそ‼』」

 

「ぬおっ⁉」

 

 ブラウンが発した声が凄まじい衝撃波と化し、ヤンクたちがふっ飛ばされる。

 

「見えた! 『クラシックフォーム』! 『アーチャー』モード!」

 

 深緑色のローブに身を包んだ疾風迅雷が弓矢を立て続けに放つ。

 

「ぐおっ!」

 

 四人の幹部に矢が突き立てられる。疾風迅雷が叫ぶ。

 

「矢の羽根に色が付いている! それで場所が分かるはずだ!」

 

「よしっ! 『スマッシュビートダブル』!」

 

「ぐはっ!」

 

 オレンジによって、顔面を二度殴られたキントキは倒れ込む。

 

「はっ! 『ジャーマン・スープレックス』!」

 

「ぐおっ……」

 

 グリーンはドランの触角を掴んで持ち上げ地面に叩き付ける。ドランはぐったりする。

 

「頂きましたわ!『真・花蝶扇射』‼」

 

「がっ⁉」

 

 扇状に放たれた弓矢がポイズの体を数か所、正確に射抜いてみせ、ポイズは落下する。

 

「そこね! うおりゃ!」

 

「ぐはっ……」

 

 ブラウンの放った強烈な右フックがヤンクの顎を捉えた。ヤンクは大の字に倒れ込む。

 

「やったわ!」

 

「ちっ、NSPを前にしながらまたしても……ここは退くぞ!」

 

「あっ! くっ……逃がしたか」

 

「……それにしても以前より声量が増したのではないか?」

 

 近寄ってきた疾風迅雷が声をかける。ブラウンは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「ライブを重ねたからね……野外だし、気合い入っちゃった♪ 近所迷惑だったかな?」

 

「周辺住民も退避しているから、恐らくその心配は無いだろう……」

 

「この後はどうすれば良い?」

 

「舞から指示があるだろう、それに従って動いてくれ。俺様は別の場所に向かう」

 

「ちょ、ちょっと、プウジン君! 確認したいことがあるんだけど!」

 

「プ、プウジン⁉ 疾風迅雷の間を取るとは……ざ、斬新な発想だな……」

 

「あの舞さんと夫婦っていうのは、その場を誤魔化す為の嘘だったってことだよね?」

 

「? ま、まあ、そうなるな。それがどうした?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

「ほっと一安心ですわね……」

 

「これは間違いなく朗報……」

 

「へへっ、こりゃあモチベ上がってきたね、唱?」

 

「爆上がりだよ! それじゃあプウジン君、互いの健闘を祈る!」

 

「あ、ああ……」

 

 呆然とするジンライを置いて、カラーズ・カルテットは意気揚々と走り出していく。



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第12話(1)ノット正攻法

                  12

 

「へえ、わりと良い所に出られたわね……」

 

 何も無い空間に発生した小さい黒い穴から、やや長い赤髪で右目を隠し、露出の多い黒のボンテージスーツに身を包んだ女性が五稜郭の北東の堡塁付近に現れる。

 

「時空の流れが安定していた為と思われる……」

 

 赤髪の女の背後から、やや長い青髪で左目を隠し、露出の多い黒のボンテージスーツに身を包んだ女性が現れ、顔が自身と瓜二つである赤髪の女に考えを伝える。

 

「そういう時空の小難しいことは私には分からないわ」

 

「ウリュウ、時空賊の一員として、それは果たしてどうなのか……」

 

 青髪の女の呆れる声にウリュウと呼ばれた女は両手を大袈裟に広げて答える。

 

「良かないでしょうけど、成果を出せば問題ないでしょう?」

 

「まあ、それはそうだ……」

 

「そういうこと、じゃあ行きましょうか、サリュウ」

 

「一つ言っておくことがある……」

 

「何?」

 

「五稜郭内でもタイムホールの反応は見られるが、はっきりとしたポイントは分からない。そして、現在のこの状況だ……」

 

 サリュウと呼ばれた女が淡々と説明する間にも、周辺で激しい音が聞こえてくる。それを聞きながらウリュウが肩を竦める。

 

「他の勢力も動いている……状況がどのように変化するかは分からないってことね」

 

「そうだ。このポイントを覚えておけ。ここから入って、ここから撤退するという可能性が高い。恐らく五稜郭内部で悠長にタイムホールを探している余裕はないだろうからな」

 

「ふ~ん……」

 

「相手も他の勢力もここが勝負所だと見ている……油断するな」

 

「分かっているわよ。各地に点在していたNSPが一か所に集められたということ……確保に向けてこれ以上ないほどの好機だわ……ここで決めてみせる」

 

「ふむ、分かっているのならば良い……」

 

「NSPという未知なるエネルギーを手にすれば、私たちラケーシュが時空賊だなんて名乗らなくても良い世界線が生じる可能性がある……」

 

「ああ……」

 

 真剣な顔つきで呟くウリュウを見て、サリュウが頷く。

 

「防衛している連中が他勢力の奴らに気を取られている隙に、NSP頂くわよ!」

 

「そうはさせないわ!」

 

「⁉」

 

 ウリュウたちが視線を向けると、ショートボブの髪型に赤色のカチューシャを付け、黒のトップスに赤いフレアスカート、黒いストッキングを身に着けた長身かつスレンダーな体型の女性が立っている。サリュウが顔をしかめる。

 

「アンタは……」

 

「『北日本の名探偵』、平凸凹、愛称デコボコよ! おとなしくお縄につきなさい!」

 

「いつもの迷探偵か……それにしても、察しが良いな?」

 

「『この五稜郭にあるNSPを頂きに参上する』という予告状が届いたからよ!」

 

「ウリュウ、またか……」

 

 サリュウがウリュウを睨みつける。

 

「だ、黙って持ち去るのはコソ泥みたいで嫌なの! スタイリッシュに決めないと!」

 

「恰好にこだわっている場合か?」

 

「ミッションには多少のスリルも必要よ!」

 

「スリルねえ……」

 

「もっとも、あの迷探偵相手じゃあ、ちょっと拍子抜けだけど!」

 

「さっきからイントネーションが若干気になるんだけど⁉ 名探偵よ! 名探偵!」

 

 デコボコが唇を尖らせる。

 

「アンタと遊んでいるヒマは無いの!」

 

「!」 

 

 ウリュウの右腕が巨大化し、長く鋭い爪が生える。

 

「今度こそこの竜の爪の餌食にしてあげる!」

 

 ウリュウがデコボコに向かって走り出し、右腕を振りかざす。

 

「凸凹護身術!」

 

 デコボコが地面を叩くと、彼女の周囲一帯の地面が隆起したり、沈下したりする。

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 ウリュウが地面の隆起を利用し、高く飛び上がる。

 

「不思議な手品は一回見たら十分! さっさと退場して頂戴!」

 

「くっ⁉」

 

「貰った!」

 

「テュロン!」

 

「ぐっ⁉」

 

 高く飛んだウリュウの更に上から攻撃が加わる。攻撃を喰らって、体勢を崩したウリュウは地面に叩き付けられる。デコボコが叫ぶ。

 

「マコト!」

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

 青色と白色を基調とした、独特な文様の衣装を身に纏い、やや長い髪を後ろに一つにしばった小柄な少年が超大型犬を一回り大きくした位の灰色のケモノに跨って着地する。

 

「お前は……時空キーパーズの……」

 

「デ、凸凹探偵事務所所属の探偵助手、無二瀬マコトです! それ以外にありません!」

 

 サリュウの言葉を遮るように、マコトという少年は慌てて声を上げる。

 

「やってくれるじゃないの!」

 

「おっと!」

 

「なに⁉」

 

 倒れていたウリュウが起き上がり様に少年が跨っているケモノを狙って攻撃したが、ケモノは小さいリスほどの大きさになって、それを躱し、マコトの肩に乗る。

 

「偉いぞ、テュロン」

 

 マコトは自分の肩に乗ったテュロンという不思議なケモノを優しく撫でる。

 

「ちっ……」

 

「隙有り!」

 

「むっ!」

 

 デコボコが地面の隆起した部分を四つほど手に取って縦一列に並べ、棒状にし、ウリュウに殴りかかる。不意を突かれたかたちのウリュウは再び倒れ込む。

 

「よし! とどめ!」

 

「させん!」

 

「どわっ⁉」

 

 左腕を巨大化させたサリュウが手を叩くと、爆発的な空気振動が起こり、それを受けたデコボコが吹っ飛ぶ。マコトが叫ぶ。

 

「デコボコさん!」

 

「うっ……」

 

 デコボコが僅かながらも反応しことにマコトはホッとする。サリュウが舌打ちする。

 

「ちっ、しぶといな……ただ、動けんだろう。実質二対一だ、こちらが有利だな」

 

「くっ……」

 

「それはどうかな?」

 

「なっ⁉」

 

「その声はジンライさん!」

 

「『バイオフォーム』! 『奇蝶』モード!」

 

「ちょ、蝶⁉」

 

 ウリュウが驚く。蝶のような派手な羽根を背中に生やした疾風迅雷が飛び掛かってきたからである。ウリュウ同様、一瞬戸惑ったサリュウだったが、嘲笑交じりに叫ぶ。

 

「蝶が竜に敵うとでも思っているのか!」

 

「正攻法では無理だろうな!」

 

「なっ! 何よ、これは⁉」

 

「り、鱗粉か⁉」

 

 疾風迅雷が羽根をはためかせると、怪しげな色をした鱗粉がウリュウたちに掛かる。

 

「くっ、あ、足がふらつく……」

 

「お、恐らく、あの鱗粉によるものだ、あれを躱せ! ぐっ⁉」

 

「きゃっ⁉」

 

 ウリュウたちが足を踏み外して、五稜郭の堀に落ちる。疾風迅雷も堀に入る。

 

「な、なんだ⁉」

 

「『電鰻』モード!」

 

「うぎゃあっ!」

 

 鰻のようにヌルっとした肌質になった疾風迅雷が堀に電気を流し込み、ウリュウたちは感電し、悲鳴を上げる。

 

「お、おのれ!」

 

「む⁉」

 

 サリュウが下に向かって手を叩き、衝撃波を発生させて、水面から勢いよく飛び上がる。その際に左腕を伸ばし、ぐったりしているウリュウの身体を掴む。

 

「小賢しい真似を! 今度は覚えていろ!」

 

「流石に竜だな! 非常にタフだ!」

 

「蝶や鰻にやられてたまるか!」

 

「ならばこれならどうです……」

 

「しまった⁉」

 

「はっ!」

 

 飛んでいたマコトが両腕を交差しながら振り下ろす。炎がサリュウたちを包み込む。

 

「こ、これは……鳳凰の爪⁉ ま、まさか、お前も……」

 

「……ひょっとしたら立場が逆だったかもしれませんね」

 

「ぐうっ!」

 

 サリュウが手を叩いて、その反動でさらに吹っ飛ぶ。地面を転がるように着地すると、空間に開いた黒い穴にウリュウ共々飛び込む。穴はすぐに閉じた。

 

「……久々に使ったから、致命傷を与えるまではいきませんでしたか……」

 

 地面に降り立ったマコトは己の手を見つめつつ呟く。後ろからジンライが声を掛ける。

 

「色々訳ありのようだが……手を貸してもらえないか?」

 

「何かと立て込んでいるようですね……そうしたいのですが、デコボコさんが……」

 

「この地点に行けば治療出来る」

 

 ジンライが情報端末を取り出し、地図を表示する。

 

「そうですか、分かりました。体勢を立て直し次第、ご助力致します」

 

「頼むぞ。俺様は行くところがある」

 

 そう言ってジンライは忙しなく走り去る。

 

「テュロン! デコボコさんを運ぶぞ!」

 

 マコトも踵を返して歩き出す。



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第12話(2)オチ

「……!」

 

 何もない空間に黒い穴が開き、そこから豚のような頭をした、大柄な生物の集団が出現した。いわゆる『オーク』と呼ばれる種族である。オークの集団は皆、重々しい鎧を身に着けている。その中でも一番見栄えの良い鎧を着たオークが呟く。

 

「あれが五稜郭か……」

 

 オークたちは五稜郭の北西の堡塁近くに現れた。

 

「隊長、斥候からの報告ですが……」

 

 隊長と呼ばれた一番立派な鎧のオークが頷く。

 

「副官、報告しろ」

 

「この五稜郭各方面で、激しい戦闘が行われている模様です」

 

「ふむ……事前の調査通り、別の勢力も動いているようだな……」

 

「如何いたしましょうか?」

 

「現時点でいたずらに敵を増やす愚は避けたい。ここは目的を最優先だ」

 

「それでは斥候兵ですが……」

 

「別の勢力というものも気にはなるが……直ちに呼び戻せ」

 

「了解しました」

 

「斥候が合流次第、城郭に入るぞ」

 

「はっ! おい! 斥候に出た奴らを呼び戻せ!」

 

「……堀があるようだな、泳ぐとなると進軍にバラつきが出てしまうな」

 

「向こうに橋が見えます」

 

「やや遠回りになるが、橋を渡るとするか。確実性を取る」

 

 隊長が冷静に告げる。しばらく間があって新たな報告が入る。

 

「……斥候兵、合流しました」

 

「うむ、それでは進軍する!」

 

「お待ちなさい……」

 

 オークの集団が走り出そうとすると、その前にグレーのタートルネットにデニムのGジャンを羽織り、黒いロングスカートを着た、艶のある黒髪ストレートロングの美人女性が立ちはだかる。オークの隊長が怪訝な顔で見つめる。

 

「む……誰だ、お前は……?」

 

「衣服から判断するにこの世界の人間ではないでしょうか?」

 

 副官が呟く。

 

「この城郭周辺の住民は退避したのではないのか?」

 

「報告によるとそのはずなのですが……」

 

「ふっ……これを見ても分かりませんか?」

 

 女性が日本刀を鞘から抜いて構える。オークたちの目の色が変わる。

 

「そ、その特徴的な刀剣は⁉」

 

「魔界『ツマクバ』のオークどもめ……ご先祖様ゆかりのこの城郭で好きにはさせん……『爆ぜろ剣』‼」

 

 女性の衣服が浅葱色のだんだら模様のドレス姿に変わる。それを見たオークが驚く。

 

「き、貴様は⁉」

 

「魔法少女新誠組副長、菱形十六夜、参る! はっ!」

 

「グギャ!」

 

 十六夜と名乗った女性が、集団の先頭にいたオークを斬り捨てる。

 

「ビルキラか⁉」

 

「そ、そのようです!」

 

「誰だ!」

 

「貴方たちにはキラソーンと言った方が分かりやすいかしら?」

 

「お、鬼の副長! キラソーン!」

 

「魔物に鬼呼ばわりされるとはね……」

 

 十六夜が苦笑する。

 

「あ、数多の同胞をその凶刃にかけた、許しがたき敵! こんな所で遭遇するとは⁉」

 

「許しがたいならどうするの?」

 

「知れたこと! さっさと始末する!」

 

「はっ!」

 

「ウギャ!」

 

 襲いかかってきたオークを十六夜が簡単に切り捨てて笑みを浮かべる。

 

「『邪悪・即座・滅殺』を掲げた私たち新誠組の信条と合致するわね……」

 

「ぬっ……」

 

「馬鹿正直に一体ずつで挑むな! 数では優っているんだ、包囲しろ!」

 

「ははっ!」

 

 隊長の冷静な指示に従い、オークの集団は二重三重に十六夜を取り囲む。

 

「ふはははっ! 聞けば、必ず相手より多い人数で臨み、集団で取り囲んで襲撃するのが貴様らの常套手段であったようだな! 汚い手を使うものだ!」

 

「……そういうのを戦法というのよ。貴方たちの無駄に大きいだけで空っぽな頭では理解が難しいでしょうけど」

 

「ふん! その戦法とやらで倒されるというのも全く皮肉なものだな!」

 

 十六夜の言葉を隊長が笑う。副官が指示を飛ばす。

 

「焦るなよ! じっくりと距離を詰めろ!」

 

 各々武器を持ったオークたちが十六夜にじりじりと迫る。

 

「……はっ!」

 

「! ふん、どうした?」

 

 十六夜が左手をかざして、炎の魔法を副長に向けて放つ。しかし、副長は少し驚いただけで、その体勢を崩さなかった。十六夜はポーカーフェイスを保つが、内心舌打ちする。

 

(……ツマクバのモンスターどもが魔法に耐性があるとはいえ、それなりの出力で放った魔法でかすり傷一つつけられないとは⁉)

 

「包囲網を突破するつもりだったようだが、見込みが外れたな」

 

 隊長が嘲笑交じりで呟く。

 

(悔しいが当たっている……今まで戦ってきた連中よりも一段と統制のとれた動き……この状況は不味い、一匹でも斬り掛かってくれば、そこから突破口を見出すことが出来るのに……頭も決して悪くはない……厄介ね)

 

「ふふ……」

 

「せいっ!」

 

「フン!」

 

「ちいっ⁉」

 

 十六夜から斬り掛かったが、副官が冷静に受け止めて弾き返す。

 

「ふふっ、そんなものか⁉」

 

(ぐっ……数で負けているときは、その集団で一番強そうな奴を倒せば、その集団は瓦解するのがケンカのセオリーだけど、このオークはどうしてなかなか手ごわい……シンクオーレ連合め、この世界を征服する為に手練れの部隊を送り込んできたか……)

 

「どうする? 降伏するなら今の内だ」

 

「冗談も休み休み言いなさい……」

 

 十六夜が隊長を睨み付ける。

 

「はっ、この状況では何を言っても強がりにしか聞こえんぞ?」

 

「そう受け取ることしか出来ないなら、やはり知能が低いのね」

 

「⁉ そこをどけろ! こいつはやはり俺が直々にやる!」

 

 隊長が輪の中に近づいてきたのを見計らって、十六夜が刀を天にかざして叫ぶ。

 

「『空模様の子』!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 オークの集団に紫色の液体が降りかかる。その液体を浴びたオークたちは力を失ったように次々と倒れ込む。十六夜が刀をゆっくりと下ろして呟く。

 

「晴れ時々毒……濡れないように注意しましょう……もう手遅れのようだけど……」

 

「いやはや、見事なものですね」

 

「⁉」

 

 十六夜が振り返ると、そこには小柄な者がいた。頭に二本の角が生えている。

 

「面白いものを見せてもらえました」

 

「オーガのキョウヤ……!」

 

「ほう、覚えていて下さいましたか」

 

 キョウヤと呼ばれた者は笑みを浮かべる。人とは違うオーガという種族である。

 

「貴方まで来るとは……シンクオーレも本気ってことね」

 

「ええ、この世界への侵攻は我々の宿願と言ってもいいですからね。その為にはまずNSP……その未知なるエネルギーの確保が最優先事項です」

 

「そうはさせないわ!」

 

「別に貴女に許可を求めてはいませんよ!」

 

「がっ!」

 

 あっという間に距離を詰めたキョウヤの爪が十六夜の腹部に刺さる。

 

「……先程のは実に見事でした、魔法と卓越した剣技を組み合わせた術とは、オークたちにとっては防ぐのは容易なことではないでしょう……」

 

「がはっ……」

 

「しかし、まさか貴女が毒系魔法を使えるとは……」

 

「や、薬学の心得が多少あるからね……習得は比較的簡単だったわ」

 

「そうですか……初見ならわたくしとて危うかった」

 

「ぐっ!」

 

 十六夜がキョウヤを突き飛ばし、距離を取る。腹部を抑えながら刀を構える。

 

「しかし、それなりの魔力を消費するはず……連続では使えない。違いますか?」

 

「……」

 

「この場合の沈黙は肯定ということですね。もはや勝負は見えましたね」

 

「まだよ……!」

 

「頼れるお仲間ももういないのですよ?」

 

「なっ!」

 

「一人では限界では? 新誠組は滅んだのです」

 

「……少なくとも私が残っている、新誠組は負けていない!」

 

「往生際が悪い方ですね……ここで退場して貰いますよ!」

 

「!」

 

「何⁉」

 

「美女と鬼ならば……美女を助けるのがお約束だろう」

 

 キョウヤの爪が十六夜を襲うが、割って入った疾風迅雷が受け止める。

 

「貴方は先日の……殴られた恨みがありましたね」

 

「そうだったか? 生憎男の顔なぞすぐ忘れるのでな」

 

「面白いことを言う!」

 

 キョウヤが距離を取って構える。十六夜が叫ぶ。

 

「ま、魔法を使うつもりだわ!」

 

「『マンガフォーム』! 『デイリー』モード!」

 

 疾風迅雷がオレンジ色のスーツになる。キョウヤが戸惑う。

 

「見たことのない形態に⁉」

 

「宣言しよう……貴様は四秒後に落ちる」

 

「⁉ 何を! 予言者にでもなったつもりか!」

 

「起、貴様は指を弾いて爆発魔法を放つ」

 

「なっ⁉」

 

「承、俺様がその魔法を受け止めて吸収する」

 

 疾風迅雷が自身の言葉通り、キョウヤの放った魔法を受け止め、吸収したようになる。

 

「な、なんだと……⁉」

 

「転、驚いて後ずさりした貴様は何故かそこに落ちていたバナナの皮を踏んでしまう」

 

「うおっ⁉」

 

「結、滑って転んだ貴様は頭を強く打って気を失う」

 

 バナナの皮を踏んだキョウヤは思いっきり滑って転び、後頭部をしたたかに打って、動かなくなってしまう。十六夜が戸惑い気味に呟く。

 

「こ、これは……?」

 

「もう少し気の利いた時事ネタを織り込みたかったが、素人の即興ならこの程度か……」

 

 ジンライが自嘲気味に呟く。キョウヤの身体が地面に開いた黒い穴に吸い込まれる。

 

「はっ! くっ……自らに何かあった時の為に発動するようにしていたんだわ……」

 

「なるほど……用意の良いことだ」

 

 ジンライはノーマルフォームに戻る。十六夜が魔法を唱える。

 

「『ヒーリング』……」

 

 十六夜が自らの腹部の傷を治癒する。

 

「回復魔法か……相変わらず大したものだ」

 

「別に……」

 

「皆にもかけてやってくれないか」

 

「皆?」

 

 ジンライの言葉に俯いていた十六夜が顔を上げる。

 

「ああ、志をともにする者たちだ。同志と言った方が良いか?」

 

「同志……」

 

「貴様は一人ではないぞ」

 

「!」

 

「この地点に向かってくれ」

 

 ジンライは情報端末に表示された地図を十六夜に見せる。

 

「……分かりました」

 

「任せた、俺様は他に向かう!」

 

 そう言ってジンライは走り去る。

 

「急がなくては!」

 

 十六夜は瞳に凛とした力強さを取り戻し、走り出す。



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第12話(3)わりと皆エグい

「アマザ隊長、全隊の降下、完了しました」

 

「ふむ……では、エツオレ、先発隊の方は貴様が指示を執れ」

 

「了解しました……」

 

 エツオレと呼ばれたイカ頭の者が、アマザというタコ頭の者からの命令に頷く。

 

「ドイタール帝国第十三艦隊特殊独立部隊、作戦開始だ」

 

「はっ、速やかに行動を始めます」

 

 空を飛ぶ船から彼らは五稜郭南西の堡塁近くに降下した。多数の者が灰色のパワードスーツに、その他に数人、茶色のパワードスーツを着た者がいる。エツオレが指示をする。

 

「第一第二第三小隊は私に続け。第四第五第六小隊はアマザ隊長の指示に従え」

 

「はっ!」

 

 茶色のパワードスーツを着た者が敬礼して答える。彼らが小隊長のようである。

 

「上からも確認出来たが、様々な勢力が動いている。不測の事態も頭に入れて行動しろ」

 

「了解しました!」

 

「エツオレよ……今更だが、この頭数は少なくはないか?」

 

「迅速に行動を取るのならば、これくらいの数の方がかえって動き易いかと」

 

「そうか?」

 

「ええ、調査した所、この五稜郭自体ははるか昔に城郭として使われていたようですが、現在、戦闘機能は有しておりません。防衛戦力もそれほど多くはなく、しかも他の勢力の迎撃に割かれ、この規模の部隊でも十分優位に立てるかと」

 

「気になるのはその他の勢力の方だ……会敵した場合どうする?」

 

「……地球に降下する際に可能な限りのデータは収集し、分析は行いました。先夜の作戦会議でもご説明した通り、分析データを元にしたシミュレーションは各隊にそれぞれ何度も行わせております。万が一会敵した場合も混乱に陥る心配はありません」

 

「……それならばいいのだが、札幌の二の舞は御免だぞ?」

 

 エツオレの説明に対し、アマザは懐疑的な目を向ける。エツオレは軽く俯いて呟く。

 

「札幌での失態はそもそも貴様の油断が招いたことではないか……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いいえ、とにかく迅速な行動が肝心です。よろしいでしょうか?」

 

「ああ」

 

「……では先発隊、五稜郭へ侵入するぞ!」

 

「了解!」

 

 エツオレの指示通り、十数人のパワードスーツを着た部隊が五稜郭に向かう。

 

「睨んだ通り、この辺りの防備は手薄だな……そのまま進め!」

 

「はっ! どわっ!」

 

 先頭を進む灰色のスーツを着た者が四人の男に吹っ飛ばされる。エツオレが驚く。

 

「なんだ⁉」

 

「札幌では世話になったな!」

 

「思った通り、函館に現れましたね!」

 

「ふん、雑魚が群れをなしているな」

 

「数は多い……油断せず行こう……」

 

「き、貴様らは……?」

 

「おっと、名乗った方が良いかい? 桜花青春だ!」

 

 すらっとしたスタイルで、短い青髪の男性が声を上げる。

 

「疾風朱夏です」

 

 四人の中では小柄な、少年と言ってもいいルックスの朱髪の男性が口を開く。

 

「佳月白秋だ」

 

 やや斜に構えた態度の白髪の男性が呟く。

 

「吹雪玄冬……」

 

 四人の中では一番筋肉質で、黒髪の男性が名を名乗る。エツオレが端末を操作し、突然現れた四人の素性を探る。

 

「データを照合……人気漫画ユニット『シーズンズ』……?」

 

「そうだ!」

 

 青髪の男が答える。

 

「漫画とは確かこの星で人気のある趣味娯楽の一つ……」

 

「そうです。その漫画制作を手掛けています」

 

 朱髪の男が頷く。

 

「そんな奴らが何の用だ?」

 

「案外察しが悪いな。所詮は異星人か」

 

 白髪の男が呆れる。

 

「なんだと?」

 

「まあ……この姿を見せれば嫌でも思い出すだろう……」

 

 黒髪の男が呟く。そして、四人の男が横一列に並んで叫ぶ。

 

「「「「連載開始!」」」」

 

 四人が光に包まれ、一人の姿になる。青と朱と白と黒の四色が混ざり合ったカラーリングのパワードスーツを身に纏っている。

 

「「「「風花雪月、見参!」」」」

 

「⁉ さ、札幌の⁉ ちぃ、かかれ!」

 

 エツオレの指示で先発隊が風花雪月に襲い掛かる。

 

「まずは俺が行くぜ!」

 

 風花雪月の身体が青一色になる。

 

「⁉」

 

「『集中線』!」

 

「ぬおっ⁉」

 

 風花雪月を中心にして、周囲に無数の線状の帯が放たれ、群がった者たちは倒れ込む。

 

「レーザー光線か⁉」

 

「だから効果線だって言ってんだろ!」

 

「また勘違いされてしまいましたね」「線の引き方が甘いのでは?」「定規を使え」

 

「ええい! だから、同時に喋んなって!」

 

 風花雪月が頭を両手で抱える。エツオレが戸惑い気味の視線を向ける。

 

「そ、そういえば、四人が共存している、かなり奇妙奇天烈な奴との報告だったな……」

 

「奇妙奇天烈って! また随分な言われ様だな!」

 

「くっ、畳み掛けろ!」

 

「花さん! 変わりますよ!」

 

「頼んだぜ、風! 『ページチェンジ』!」

 

 今度は風花雪月の身体が朱色一色になる。

 

「『トーン:砂』!」

 

「なっ⁉」

 

 先発隊の足下にザラザラとした砂が流れ込み、吸い込まれる様に沈んでいく。

 

「どうです!」

 

「エ、エツオレ様! 足元が!」

 

「周りに木々があるだろう! それを伝ってあいつに近づけ!」

 

「は、はっ!」

 

 先発隊の残りが早速木に登り、上から風花雪月に襲い掛かろうとする。

 

「風、代われ……」

 

「お願いします、雪さん! 『ページチェンジ』!」

 

 続いては風花雪月の身体が黒色一色になる。

 

「飛んでいるのは逆に無防備だぞ……『吹き出し:叫び』!」

 

「どあっ⁉」

 

 風花雪月のペンからギザギザの形をした雲のようなものが飛び出し、飛び上がった先発隊の腕や脚を貫く。先発隊は悲鳴を上げて落下する。

 

「くっ……あのペンなる筆記具を用いて戦うとは聞いていたが、これほどとは……」

 

「まだ残っているな、雪、それがしに代われ」

 

「月、仕上げは任せた! 『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月の身体が白一色に変わる。

 

「とどめだ……『効果音』……『グチャ』……」

 

「! うぎゃあ……」

 

 耳を塞ぎたくなるような音と同時に、先発隊の残りが力なく倒れ込み、動かなくなる。

 

「ふん……」

 

「あ、ああ……」「うわあ、相変わらず引くわ……」「容赦がないのも考えものだな……」

 

「だ、だから、一斉にしゃべるな! それにお主らも結構エグかったぞ!」

 

「前回は分裂していたが、なるほど、合体していた方が戦闘力は高いのだな……」

 

 エツオレがゆっくりと前進してくる。

 

「⁉」「来るか、イカ野郎!」「油断するなよ」「言われなくても分かっている……」

 

「ただ、まだ数は我々の方が多い……! アマザ隊長! ……?」

 

「奴ならもういないぞ?」

 

 エツオレが振り向いた先には疾風迅雷が立っていた。

 

「ジ、ジンライ⁉」

 

「呑気に進んでいる横をちょっと突いたら、たちまち総崩れになった……情けないな」

 

「アマザ隊長は⁉」

 

「アマザ隊長殿は部下どもを盾にして、巧みにお逃げになられた……」

 

「ぐっ……」

 

「降伏するなら今の内だぞ。それとも逃げるか?」

 

 疾風迅雷がエツオレに向かって構える。エツオレは苦々しい声で呟く。

 

「二度続けて、何の戦果も得られずに終われば、その責任は私にも及ぶ……」

 

「帝国軍人も大変だな。その苦労、分かるぞ」

 

 疾風迅雷がうんうんと頷く。

 

「このままでは終わらん! ドローンよ! こちらのポイントに来い!」

 

 エツオレが叫ぶと、その数秒後、中型のドローンがその近くに飛来し、四本脚の付いたチェアのような形に変形し、エツオレの身体にくっつき、椅子に座るような体勢になる。

 

「そ、それはアマザも使っていた⁉」

 

「そうだ!」

 

「⁉」

 

 エツオレの二本の脚が触手に変化し、更に身体中から八本の触手が長く伸びる。

 

「これで、十本の触手を自由に使えるのだ! 喰らえ!」

 

「どわっ!」

 

「わっ!」「のわっ!」「うぐっ……」「ちぃっ!」

 

 エツオレが十本の触手を自由自在に振り回し、疾風迅雷と風花雪月を叩き伏せる。

 

「ふははっ! これが私の真の姿! この十本の触手があれば貴様らなど敵ではない!」

 

「風花雪月! 分裂しろ!」

 

「え⁉」

 

「早く!」

 

「ぞ、『増刊号』!」

 

 風花雪月の身体が二体に分裂する。上半身が朱色で下半身が青色の『風花』と上半身が黒色で下半身が白色の『雪月』になる。

 

「もっとだ!」

 

「ええっ⁉ 『増刊号』!」

 

 身体が朱色の『風』、青色の『花』、黒色の『雪』、白色の『月』になる。

 

「ふん、それでも五人! 十の半分だぞ!」

 

 エツオレが笑う。

 

「足りない分は増やすだけだ!」

 

「何⁉」

 

「『メタルフォーム』! 『3Dプリンタ』!」

 

 疾風迅雷が光を当てると、自らと四人がそれぞれ増え、計十人になった。

 

「ば、馬鹿な⁉」

 

「全員、触手を一本ずつ持て! 持ったな? 行くぞ……せーの!」

 

 十人がエツオレの身体を一斉に持ち上げて地面に叩き付ける。

 

「ぐはっ!」

 

「とどめだ!」

 

「くそっ!」

 

「ぬおっ⁉ イカスミで視界が……ちっ、逃がしたか」

 

 疾風迅雷の一瞬の隙を突き、エツオレは逃走した。

 

「あ、あの……」「これは……」「どうやって戻るのだ?」「落ち着かんぞ」

 

「……両手両足を重ね合わせるようにすれば戻る」

 

「あ」「マジだ」「良かった」「風花雪月に戻るぞ」

 

 月の言葉に三人は頷き、風花雪月に戻った。風が口を開く。

 

「疾風迅雷さん、大二郎おじさん……疾風博士の要請を受け、札幌から駆け付けました」

 

「助かる……とりあえずは周辺の敵性反応も落ち着いたようだ、一旦学園に戻ろう」

 

 疾風迅雷と風花雪月は五稜郭の中央にある五稜郭学園に向かう。

 

「あ、あそこに見えるのは……?」

 

「貴様ら同様に駆けつけてくれた地元ヒーローたちだ……なんだ⁉」

 

「変身が解けた⁉」

 

 ジンライとシーズンズだけでなく、学園の校舎前に集まっていた地元ヒーローたちの変身も解け、普通の姿になる。皆、一様に戸惑う。

 

「こ、これは……?」

 

「へえ、本当に効果があるんだね……」

 

 涼し気な声が五稜郭中に響く。ジンライが周囲を見回す。

 

「その声はムラクモか⁉ どこだ⁉」

 

「ここだよ」

 

「なっ⁉」

 

 ジンライは驚いた。五稜郭の南の空に浮かぶ戦艦があったからである。




※ここまでお読み頂いている方へ(2022年3月19日現在)

 『9話(2)各々の企て』で登場人物名を取り違えるミスをしてしまいました。気づいたので修正しました。話の流れには大きく変わりありませんが、気になる方は良かったら見直してみて下さい。

 これからはこのようなことが無いように注意致します。今後もよろしくお願いします。


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第12話(4)赤いボタンを押してくれ

「その戦艦は……!」

 

「ああ、つい最近就役したドイタール帝国の最新型だね。やや小さいが、大気圏内の戦闘も想定していたからちょうど良い。我々新生ウヨマテチョ公国の艦としてありがたく運用させてもらっているよ」

 

 五稜郭の南方の海上に浮かぶ戦艦はやや小さいとは言っても、五稜郭を囲む水堀の五分の一程は埋められそうな大きさである。ドッポの通信機能により、回線にアクセスすることが出来た為、ジンライは改めて問う。

 

「それをどうやって入手した?」

 

「帝国内にも協力者がいるという話は前にもしただろう? ちょっと融通してもらってね……他にもサイズや用途などは様々だが、今の所は全部で三十隻程か……立ち上げとしてはまずまず数が揃ったかな」

 

 モニターに映る白髪の青年、ムラクモは両手を大袈裟に広げながら答える。

 

「その軍服は……」

 

「ああ、これかい? ウヨマテチョ公国の由緒ある軍服だ。とは言ってもこれも帝国内の協力者に仕立ててもらったんだけどね」

 

 ムラクモはまだ真新しい軍服の胸元辺りを指先でつまみながら笑う。

 

「……本当に帝国に反旗を翻すつもりなのだな」

 

「ああ、そうだよ」

 

「勿論、今言った戦力が全てではないのだろうが……帝国を甘く見てはいないか?」

 

「兵力や戦力が多ければ良いわけではない……大事なのはそれを如何に運用するかだよ」

 

「運用……」

 

「そう、方法やタイミングなどを的確に見極めるのが何よりも重要なんだ」

 

 ムラクモが右手の人差し指を立てる。ジンライは目を細めて呟く。

 

「確かに帝国は戦線を拡大し過ぎている感が否めない……」

 

「否めないじゃなくてそうなんだよ」

 

「とは言っても、この辺境で兵を挙げても帝国本土からは遠いぞ」

 

「呼応してくれる者や協力者は各地にいるよ、上手い具合に帝国に対して楔を打ち込むことが出来るように周到に根回しはしてある。各地に戦力を分散してしまっている今の帝国ではそれを抑えきることは出来ないだろう」

 

「机上の空論だ」

 

「まあ、今の所はそう言われても仕方がないかな」

 

 ムラクモは苦笑を浮かべる。ジンライが声を上げる。

 

「かっての友として忠告する……今からでもやめるべきだ」

 

「今更やめられないよ、分かっているだろう?」

 

「しかし!」

 

「僕が今、ここで、動いた意味をよく考えてみてくれ」

 

「……NSPか?」

 

「その通りだ」

 

 ムラクモはジンライの答えにウィンクする。

 

「それほどまでなのか、NSPとは……?」

 

「未知なる部分が多いというのは認める。しかし、それだけで戦局を変え得ることが出来る可能性を持ったエネルギーだと考えているよ」

 

「ふむ……」

 

「どうだい、ジンライ? 僕と手を組まないかい?」

 

「何を言っている……?」

 

 ジンライは怪訝な顔つきになる。

 

「政治的活動を苦手とする君にとっては帝国内での復権はもはや絶望的だ」

 

「な、なにを……」

 

「アマザに反乱を起こされた意味をよく考えてみるんだ……君は敵を作り過ぎた」

 

「お、俺様は帝国の為に戦ってきただけだ!」

 

「それだけじゃ駄目なんだよ……」

 

「だ、駄目だと……?」

 

「古今東西、各地の歴史が証明している……強すぎる存在は時に邪魔になるんだ」

 

「そ、それこそNSPを手土産にすれば……」

 

「手土産と言っても、具体的にはどうするんだい?」

 

「む……」

 

「ただ手渡して、はいおしまい、じゃないんだよ? 有効な活用法をいくつか提示・模索しつつ、しかるべき研究機関や信頼出来る存在などに預ける必要がある」

 

「……」

 

 黙り込むジンライに対し、ムラクモが話を続ける。

 

「あのエネルギーはそれだけで一国内の微妙なパワーバランスを崩す危険性を秘めている……君がそのエネルギーを政争の具として上手に扱い、巧みに政権内での地位を新たに確立することが出来るとは……悪いがとても思えないね」

 

「むう……」

 

「もしかして僕のことを当てにしていたのかな? 確かに僕が手を貸せば、あるいはうまく行ったかもしれないね。ただ、残念ながら、僕は帝国を倒す側に回った。帝国内での権力争いにはもはや何の興味もない」

 

「ぐっ……」

 

 ジンライは唇を噛み締める。

 

「そこで、改めて提案だ。君も僕とともに来い」

 

「俺様の立場を忘れたのか……? 俺様は皇帝陛下の子だぞ?」

 

「と言っても養子だろう?」

 

「それはそうだが……」

 

「君は君自身のルーツを考えてみたことが無いのか?」

 

「なんだと?」

 

「まあ、僕がこれ以上色々言うのは野暮ってものか……話を戻そう。手を組もう」

 

 ムラクモがモニター越しに手を差し伸べる。

 

「……断る」

 

「なに?」

 

 ムラクモが顔をしかめる。

 

「聞こえなかったか? 断ると言ったのだ」

 

「……一応理由を聞こうか」

 

「その上から目線が気に食わん」

 

「え?」

 

「さっきから誰に物を言っている……俺様は『銀河一のヴィラン』、ジンライ様だぞ? 物事を頼むなら、跪いて頭を垂れろ」

 

「! ははっ……」

 

 ムラクモが乾いた笑いを浮かべる。

 

「なにがおかしい?」

 

「いや、ある意味君らしいかなと思ってね」

 

「要するに貴様は俺様と袂を分かつという結論を下したわけだ。それならば致し方ない……ただ、NSPは渡せんな」

 

「自分の状況を分かっているのかい? パワードスーツを脱いでしまっているよ」

 

「また着ればいい! ……何⁉」

 

 ジンライはポーズを取るが、パワードスーツが反応しない。ムラクモが笑う。

 

「ふふっ……」

 

「そういえば効果があるとかなんとか言っていたな! 何をした⁉」

 

「天ノ川夫妻の開発した『変身&エトセトラ封印装置』による照射を行っているよ」

 

「なっ⁉ 変身&エトセトラ封印装置だと⁉」

 

「これで君も含め、そこに集った地元ヒーローたちは全くの無力だ……」

 

「くっ……卑怯な手を!」

 

「せめて策略と言って貰いたいな。そこには天ノ川夫妻の娘さんもいるんだろう? 愛娘を巻き込みたくないという親心の表れだよ。僕としても無駄な戦闘は出来る限り避けたいのでね。ありがたく使わせてもらったよ」

 

「ぐっ……」

 

「さあ、悪いことは言わない、おとなしくそこから退避してくれ」

 

「お、おのれ……」

 

「NSPは渡さないよ!」

 

 大二郎の声が響き渡る。ジンライが驚く。

 

「大二郎⁉ どこにいる⁉ 学園の校舎か⁉」

 

「舞!」

 

 大二郎が近くにいると思われる舞に声をかける。

 

「えっと……この青いボタンを押せば良いの?」

 

「そう! 思い切ってやっちゃって!」

 

「わ、分かったわ! ええい!」

 

 ボタンが押された音がしたかと思うと、ゴゴゴっと音がして、地面が大きく揺れる。

 

「な、なんだ⁉ 地震か! いや、これは⁉」

 

 ジンライが目を見張った、地面が急浮上したからである。大二郎の声が再び響く。

 

「空中戦艦『五稜郭』発進!」

 

 五稜郭自体が浮上し、あっという間にムラクモの戦艦と同じ高度に達する。

 

「こ、これは……⁉」

 

「校舎外にいる皆、大丈夫かい⁉」

 

 大二郎がドッポのモニターに回線を繋ぎ、様子を聞いてくる。ジンライが聞き返す。

 

「大二郎、これはどういう状況だ!」

 

「前世紀末、五稜郭は都市防衛の一環として、空中戦艦としての機能を持たせる計画が進んでいたんだ……様々な事情が重なって、その計画は凍結されていたみたいだけど……NSPを活用することによって、その計画を再始動することが出来たよ!」

 

「こ、これが貴様の目的だったのか⁉」

 

「全てではないけど、そうだね! 五稜郭が空を飛ぶなんて、夢があるじゃないか!」

 

「キラキラした目で言うな! 飛んでどうする⁉」

 

「舞、その赤いボタンを押してみてくれ」

 

「えっと……これね。はい、押したわよ」

 

「主砲発射!」

 

「ええっ⁉」

 

 五稜郭から凄まじいエネルギーの奔流が流れ、ムラクモの戦艦の下部に直撃する。

 

「よし!」

 

「よし!じゃないわよ! 孫娘に何を撃たせてんのよ!」

 

「エネルギーはまだ十分ではないし、あの戦艦のあの辺りは誰もいない、無人で稼働するブロックだということはドッポによるデータハッキングで分かっていた。心配ないさ!」

 

「そ、そういう問題じゃないわよ!」

 

「ドッポめ、いつの間に……」

 

 ジンライがドッポを睨む。ドッポは悪びれず答える。

 

「ハカセカラノイライデ、テイコクノデータベースニアクセスヲココロミテイマシタ」

 

「貴様、どちらの味方だ?」

 

「……トニカク、ジンライサマニトッテモイイホウコウニコロガリマシタ」

 

「なんだと? こ、これは⁉」

 

「ヘンシン&エトセトラフウインソウチノハカイニセイコウシマシタ」

 

「!」

 

「「「「連載開始!」」」」

 

「「「「風花雪月、見参!」」」」

 

「函館の平和は」「俺たちが守る!」「航空戦艦と戦うのは初めてだな……」「腕が鳴る」

 

 青と朱と白と黒の四色が混ざったカラーのパワードスーツを着た風花雪月が現れる。

 

「『爆ぜろ剣』‼ 魔法少女新誠組副長、菱形十六夜、参る!」

 

 浅葱色のだんだら模様のドレス姿になった女性が刀を構える。

 

「テュロン! よし! 変化出来るな!」

 

「うん! 凸凹護身術がまた使えるわ!」

 

 大きくなったテュロンに跨ったマコトとデコボコが並び立つ。

 

「カラーズ・カルテット、出動よ! レッツ!」

 

「「「「カラーリング!」」」」

 

「勝利の凱歌を轟かす! シャウトブラウン!」

 

「栄光の姿を世に示す! メロディーパープル!」

 

「輝く未来を書き記す! リズムグリーン!」

 

「蔓延る悪を叩き伏す! ビートオレンジ!」

 

「四人揃って!」

 

「「「「カラーズ・カルテット」」」」

 

 色付きのスーツを着た四人が名乗りと共にポーズを決めると、後方が派手に爆発する。

 

「べべベアー‼」

 

 雄叫びとともに、巨大な熊の顔をした巨人が出現する。

 

「フリージング!ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

 真っ白なドレス調のスーツに身を包んだ女性が優雅にターンを決める。

 

「甲殻起動!この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! クラブマン参上!」

 

 掛け声とともに頭部がカニで、両腕が大きなハサミを持った男がポーズを決める。

 

「貴様ら……」

 

「ジンライ! 函館を守って!」

 

 舞の声が聞こえてくると、ジンライは力強く頷く。

 

「吹けよ、疾風!轟け、迅雷!疾風迅雷、参上!貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 パワードスーツを着用した疾風迅雷がポーズを取る。

 

「くっ……」

 

「ムラクモ! NSPは貴様には渡さん!」

 

 疾風迅雷が対面する戦艦に向かって指を差す。



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第13話   五稜郭最終決戦

                  13

 

「ふむ、こうなれば致し方ないね……」

 

「!」

 

 ムラクモが戦艦の甲板に姿を現し、右手に持った剣を上に掲げて叫ぶ。

 

「天よ、力を! 雲よ、群がれ! 天ノ叢雲、参上! 君たちは残らず覆い隠す!」

 

 青色と白色の二色のパワードスーツとなった天ノ叢雲が剣を片手にポーズを取る。

 

「来るか……!」

 

「はっ!」

 

 天ノ叢雲が飛び、手すりと足場のついた大型のドローンに飛び乗り、五稜郭へと真っ直ぐに向かって飛んできて、疾風迅雷たちの前に降り立つ。

 

「部下はどうした? まさか、たった一人で戦うつもりか?」

 

「正直、君たちを相手にするとなると兵士たちの手には余る」

 

「どうするつもりだ?」

 

「こうするつもりさ!」

 

「⁉」

 

 天ノ叢雲が八体に分裂する。ジンライが驚く。

 

「ふっ……」

 

「ぶ、分裂した⁉ どういうことだ⁉」

 

「簡単に言えば雲と同じことさ……さて、各個撃破といこうか!」

 

 八体の内、七体の天ノ叢雲が地元ヒーローたちに襲いかかる。ジンライは舌打ちする。

 

「ちっ!」

 

                  ☆

 

「まずはお前だ! クラブマン!」

 

 天ノ叢雲がクラブマンを襲う。

 

「ふん! この高速移動が捉えられるかな⁉」

 

 クラブマンが渾身の高速横移動を見せる。

 

「……」

 

「はははっ! 面食らっているな! それ! どうだ! 縦や斜めにも高速で動けるぞ!」

 

「『バイオフォーム』、『獅子』モード!」

 

「ぐはっ!」

 

 天ノ叢雲の鋭い爪がクラブマンの身体を引き裂く。

 

「……本気で蟹が獅子に勝てるとでも? ふざけているのかい?」

 

「お、俺はいつだって本気だ!」

 

 クラブマンが天ノ叢雲を見つめる。天ノ叢雲がややたじろぐ。

 

「! な、なんて真っ直ぐな目だ! 基本横歩きしか出来ないというのに……」

 

「方向を変えれば縦や斜めに、どこにだって行ける!」

 

「圧倒的な差を見ても、闘志は衰えていない……厄介だね、消えてもらう!」

 

「⁉」

 

「なっ⁉」

 

 天ノ叢雲が振り下ろした爪を疾風迅雷が受け止める。

 

「ぐっ……」

 

「ジ、ジンライ! むっ⁉ 君も分裂を⁉ ど、どうやって⁉」

 

 天ノ叢雲が周囲を見回しながら驚く。

 

「メタルフォームの3Dプリンタやクラシックフォームの忍者モードでの分身などをあわせて活用してみた……やってみたら出来た」

 

「なるほど、ただ、僕のとは少し違うね!」

 

「うおっ!」

 

 天ノ叢雲が疾風迅雷を押し返す。

 

「本体ほどの力は維持出来ていない……それで満足に戦えるとでも?」

 

「皆の援護くらいならば出来る!」

 

「面白い、やってみなよ!」

 

「『カラフルフォーム』!『ブラック』モード!」

 

「む⁉」

 

「見えた! そこだ!」

 

「ぐはっ!」

 

 疾風迅雷のパンチが天ノ叢雲の身体を捉え、天ノ叢雲はうずくまる。

 

「どうだ!」

 

「くっ……その色は?」

 

「カラフルフォームの五色を混ぜた色だ。これによって五感がより研ぎ澄まされる……」

 

「そ、そのようなモードが……」

 

「カニ男! この俺様では決定打に欠ける! 後は貴様に任せる!」

 

「し、しかし……」

 

 クラブマンが立ち上がると、足元から何かが落ちる。疾風迅雷がそれを拾う。

 

「これは……注射器か?」

 

「レポルーの残党を追い払った時、ドクターMAXが落としたので一応回収した……」

 

「『サイボーグ怪人強化用薬』と書いてあるな……ふふっ」

 

「な、なんだ、その、ふふって笑いは! ま、まさか、お前、止めろ!」

 

「『用法・用量を守って正しくお使い下さい』とも書いてある。任せろ」

 

「正しい用法知らんだろ!」

 

「貴様にはある程度の耐性があるはずだ、心配無用!」

 

「ま、待て! あっ!」

 

 疾風迅雷がクラブマンの腕にぷすっと注射を打つ。

 

「……どうだ?」

 

「……うおおっ! 身体中に力が漲る! それに!」

 

「おおっ!」

 

 クラブマンが真っ直ぐ正面に歩いたので、疾風迅雷は驚く。

 

「正面に歩ける! 真っ直ぐな俺の性格にピッタリだ!」

 

「よし! 倒れ込んでいる奴にとどめだ!」

 

「おおっ! 任せろ!」

 

 クラブマンが素早く正面に歩いて、天ノ叢雲との距離を詰める。疾風迅雷が呟く。

 

「ドーピングしている時点で真っ直ぐな性格からかけ離れているがな……」

 

「喰らえ!」

 

 クラブマンが両のハサミを交差しながら振り上げる。

 

                  ☆

 

「ファム・グラス、そろそろ覚悟してもらうよ……」

 

「覚悟も何もないっての! 『ショットガンスピン』!」

 

 ファム・グラスが地面に発生させた氷を足で弾いて飛ばす。

 

「『メタルフォーム』、『バーニングハンド』!」

 

「くっ、また氷が溶かされる……」

 

「火を起こすことの出来る能力を持った相手との相性は最悪だね」

 

「ぐっ……」

 

「スピードやパワー、そしてテクニックを使い分けた戦い方、そのスケーティングは実に見事だ……ただ、肝心の氷が溶かされてしまっては元も子もない」

 

「ぐぬぬ……」

 

「降参してもらえないかな、女性には手を挙げたくない」

 

「……そういう紳士的な物言いが逆に気持ち悪いから無理!」

 

 ファム・グラスは舌を出す。天ノ叢雲はやや顔をしかめる。

 

「気持ち悪いとは参ったな……少しお仕置きが必要だね」

 

 天ノ叢雲が右腕を掲げ、ファム・グラスに向かって炎を噴き出す。

 

「きゃっ⁉ ……えっ⁉」

 

「諦めたらそこで終わりだぞ!」

 

 疾風迅雷が両者の間に割って入り、炎を受け止めようとする。

 

「ジ、ジンライっち⁉」

 

「この炎に突っ込むとは、正気かい⁉ なっ⁉」

 

「効かんな!」

 

 平然とした様子で立ち尽くす疾風迅雷がいる。天ノ叢雲が戸惑う。

 

「な、何故、炎を浴びても平気なんだ⁉」

 

「これは『マンガフォーム』! 『ウィークリー』モード! 情熱が迸っている!」

 

「そ、それがどうした⁉」

 

「迸る情熱は、時には炎をも凌駕する!」

 

「い、いや、どういう理屈だい⁉」

 

「アイス! 俺様の手を取れ! 奴に攻撃だ!」

 

「で、でも、ウチの攻撃は氷主体だから、奴の炎に溶かされてしまうわ……」

 

「それがなんだ! 溶かされる前に溶かすくらいの勢いで行け!」

 

「ええっ⁉ よ、よく分からないけど分かった!」

 

 ファム・グラスが氷を足元一帯に発生させ、疾風迅雷の片手を掴み、疾風迅雷を中心にして、身体を水平に倒して円を描く。

 

「良いぞ!」

 

「もらったし!」

 

 勢いに乗ったファム・グラスが足を天ノ叢雲に向かって伸ばす。

 

                  ☆

 

「ふん、ベアーマスク、この程度かい……?」

 

「グヌゥ……」

 

 ベアーマスクの前にはジャイアントフォームで巨大化した天ノ叢雲が立っている。

 

「君のご自慢のプロレス技の数々、精度はなかなかだけど、躱すのは容易だね」

 

「ムゥ……」

 

 余裕綽綽な態度の天ノ叢雲に対し、ベアーマスクは既に息が上がっている。

 

「何故躱せるのか分かるかい? 君の技は予想通り過ぎて、面白味がないんだよ」

 

「ム⁉」

 

「決められた技をそつなくこなす……プロレスとしては正しいかもしれないけどね」

 

「グッ……」

 

「挑発されてももう反撃する気力が無いようだね……そろそろフィニッシュといこうか」

 

「ヌッ⁉」

 

「待て!」

 

「うん、ジンライか?」

 

「『メタルフォーム』! 『ボディローリング』!」

 

「なっ⁉ 自分の身体をバイクに変形させた⁉」

 

「『ジャイアントフォーム、適用』!」

 

 バイクになった疾風迅雷が巨大化する。天ノ叢雲たちが驚く。

 

「こ、これは……?」

 

「オオッ……?」

 

「ベアーマスク!」

 

「ウオッ⁉」

 

「ウオッ⁉じゃない! 俺様に跨れ!」

 

「ムムッ⁉」

 

「サーカス団員でもあるだろう! 技が通用しないなら、予測不可能な曲芸で勝負だ!」

 

「オオッ!」

 

「よし! 行くぞ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 ベアーマスクを乗せた疾風迅雷が前輪を上に上げる、いわゆる「ウィリー走法」で天ノ叢雲に突っ込む。虚を突かれた天ノ叢雲が膝をつく。

 

「良いぞ! フィニッシュだ、プロレス技で派手に決めてやれ!」

 

「オオオッ!」

 

 ベアーマスクがその巨体を宙に舞わす。

 

                  ☆

 

「ふむ……カラーズ・カルテットの諸君、その程度かな……?」

 

「そ、そんな……」

 

「攻撃がことごとく躱されてしまいましたわ……」

 

「摩訶不思議……」

 

「ど、どういうことだ?」

 

 愕然とするカラーズ・カルテットの四人に天ノ叢雲が説明する。

 

「『カラフルフォーム』、『ゴールド』モード、これは第六感を研ぎ澄ます形態……」

 

「な、なるほど……合点が行きましたわ」

 

「え? どういうことよ、パープル?」

 

「完全に理解した……」

 

「な、なにがよ、グリーン?」

 

「そういうことかよ……」

 

「いや、だから何がよ、オレンジ?」

 

 ブラウンが三人に尋ねる。パープルが苛立ち気味に答える。

 

「ええい! 暫定リーダーなら少しはご自分の頭で考えてみてごらんなさい!」

 

「そ、そんな怒鳴らなくても良いじゃん……」

 

「第六感……至極簡単に言えば、勘が異常に鋭くなっているということ」

 

 グリーンが淡々と呟く。

 

「う~ん……要するに伊達に金色じゃないってことね!」

 

「全然要してないけど、まあ、お前さんはあまり難しく考えるな、ブラウン」

 

 オレンジは苦笑しながらブラウンの肩を叩く。ブラウンは力強く頷く。

 

「分かった!」

 

「まだ、気持ちは折れていないようだけど、どうする? 力量差は理解したはずだ」

 

「まだだ!」

 

「プウジン君!」

 

「ジンライか……この形態の僕に触れることが出来るかな?」

 

「『クラシックフォーム』! 『カンフーマスター』モード!」

 

「上半身裸に⁉ ぐはっ⁉」

 

 疾風迅雷の正拳突きが天ノ叢雲の腹部にめり込み、身体がくの字に曲がる。

 

「どうだ!」

 

「ば、馬鹿な……なんというスピード……」

 

「カラーズ・カルテット!」

 

「!」

 

 疾風迅雷が振り向いて四人に告げる。

 

「感じた先に表現するべき音が見えるはずだ……」

 

「よくわかんないけど分かったよ!」

 

「分かったのですか⁉」

 

「理解が追い付かない……」

 

「ど、どうするんだ、ブラウン⁉」

 

「皆、耳を塞いで!」

 

「⁉」

 

 ブラウンはマイクを取り出して叫ぶ。

 

「『ライブアイランド、試される大地へようこそ』‼」

 

「うおっ⁉ な、なんという叫び声!」

 

 天ノ叢雲がその場に膝をつく。

 

「今だ! パープル、矢! グリーン、ブーツを! オレンジ、スティックを貸して!」

 

「ええ⁉」

 

「いいから早く!」

 

「意図が不明だけど……」

 

「とにかく任せたぜ、ブラウン!」

 

「アタシたちの伝説の一ページになりなさい!」

 

 三人から矢とブーツとスティックを借りたブラウンが天ノ叢雲に向かい勢いよく走る。

 

                  ☆

 

「ふむ、噂の凸凹コンビも大したことはないかな?」

 

「……大丈夫ですか、デコボコさん?」

 

「わざと外してくれたみたいね……でもあの射撃、迂闊に近づけないわね」

 

「テュロンも無事か?」

 

 テュロンはマコトの肩に飛び乗り、鳴き声を発して無事であることを示す。

 

「『クラシックフォーム』、『ガンマン』モード……今、そちらのお嬢さんがおっしゃったように、わざと外した。いわゆる威嚇射撃だ……白旗を上げるなら今の内だよ」

 

「折角のご提案ですが、却下します。生憎、持ち合わせが無いもので……」

 

 マコトの答えに天ノ叢雲が笑みを浮かべる。

 

「少年、大した度胸だ。相当の修羅場をくぐってきた様だね、ある意味年の功かな?」

 

「……余計なお喋りをするつもりはありません!」

 

「ふん!」

 

「ちっ!」

 

 マコトが動き出そうとしたその時、天ノ叢雲が三度発砲する。

 

「『プロイベーレ』!」

 

「!」

 

 次の瞬間、三発の弾丸がぽとりと地面に落下する。その近くにはステッキを持った疾風迅雷が立っている。マコトとデコボコが驚く。

 

「ジ、ジンライさん! そ、その恰好は?」

 

「か、恰好のことは気にするな!」

 

「いや、気になるでしょ。ミニスカって……でも、結構脚キレイね」

 

「言うな! 見るな! そういうフォローも良い!」

 

「ぐっ、ジンライ! 何をした⁉」

 

「時を止める魔法を少々……」

 

「なっ⁉ そんな高度な魔法をいつの間に……」

 

「我ながら自分の才能が怖い……」

 

「……君のことだ、人知れず相当な修練を積んだのだろう」

 

「貴様に隠し事は出来ぬか……ああ、短い期間だったが、かなりの集中力を持って修練に臨んだ。一刻も早く習得したかったからな」

 

「事は慎重に運ぶところがある君としては意外な考えだね」

 

「……修練の度に、この恰好にならねばならないのだぞ! 嫌でも急ぐだろう!」

 

 疾風迅雷はミニスカの裾をつまみながら叫ぶ。

 

「……魔力を相当消耗するはず、連続では使えないはずだ!」

 

「鋭い見立てだな、その通りだ! よってこちらから仕掛ける!」

 

「ぐっ!」

 

「『テンペスタース』!」

 

「しまった⁉」

 

 向かってくる疾風迅雷に対し、天ノ叢雲が銃を発砲して迎撃しようとしたが、疾風迅雷は嵐を巻き起こし、天ノ叢雲の身体は上に浮かぶ。疾風迅雷が振り向いて叫ぶ。

 

「後は任せたぞ!」

 

「デコボコさん!」

 

「はいよ! 凸凹護身術奥義!」

 

 デコボコが地面を叩くと、地面が大きく隆起し、登り坂のようなものが出来る。

 

「テュロン!」

 

 マコトの言葉に応じ、テュロンが大きなケモノの姿になる。マコトはそれに跨り、坂を一気に駆け上がり、天ノ叢雲に迫り、構えを取る。

 

「ぐっ⁉」

 

「銃弾は六発撃ち尽くした! 装填の隙は与えません!」

 

                  ☆

 

「魔法少女新誠組、鬼の副長、菱形十六夜……こんなものかい?」

 

「はあ……はあ……」

 

「おっと、『イグニース』!」

 

 天ノ叢雲が杖を振り、炎が噴き出る。十六夜がなんとか回避する。

 

「ちぃ……あ、貴方も魔法を?」

 

「このローブ姿は『マジカルフォーム』だからね。魔力の動きには敏感になる……今、君は『ヒーリング』で回復を図ろうとしたね? そうはさせないよ」

 

「くっ……」

 

「君の別名はキラソーン……茨のように触れると怪我をするような危険な存在だと聞いている……回復魔法持ちでもあるし、なかなか厄介だ、さっさとケリをつけさせてもらう」

 

 天ノ叢雲が杖を掲げる。十六夜は考えを巡らす。

 

(懐に入ることさえ出来れば、私の剣でも十分仕留められるはず……ほんの数秒で良いのだけど、先程の攻撃で膝を負傷してしまった……これでは全力で走れない……回復したいところだけど、その隙を与えてくれない。さて……どうするか?)

 

「考えはまとまったかい?」

 

「⁉」

 

「悪いが先手を譲るつもりはないよ!」

 

「待て!」

 

 両者の間に疾風迅雷が割り込んでくる。

 

「ジンライか……君が来たところで戦況は変わらないよ」

 

「ほう、試して……みるか!」

 

「接近戦はさせない! 『イグニース』! 何っ⁉」

 

 疾風迅雷が動いたのを見て、天ノ叢雲はすかさず炎を放つが、疾風迅雷の姿が忽然と消えた為、自らの目を疑う。

 

「……」

 

「な、なんだと⁉ 消えた! そんな馬鹿なことが……」

 

「『バイオフォーム』! 『転竜』モード!」

 

「! 地面の色に同化していたのか!」

 

 四足歩行の体勢で地面すれすれに走っていた疾風迅雷が再び姿を現し、長い舌を伸ばして、天ノ叢雲から杖を奪取し、投げ捨てて叫ぶ。

 

「今だ!」

 

「ちっ⁉」

 

「間合いに入ればこちらのもの!」

 

 天ノ叢雲との距離を詰めた十六夜が刀を振りかぶる。

 

                  ☆

 

「風花雪月! ペンさえ奪えば、君たちはほぼ無力だ!」

 

「ぐっ……」「無力だと!」「半分は当たっている」「後手に回ったな……」

 

 風花雪月が右肩を抑えながら苦しそうに呻く。天ノ叢雲が淡々と呟く。

 

「この『コミックフォーム』、『マーベラス』モードの圧倒的な力の前には君たちの卓越した画力も意味を成さない……漫画の負けだ」

 

「なっ……」「聞き捨てならねえな」「言われっぱなしは気分が悪いな」「反撃といくか」

 

「怒ったかい? 怒ったところでどうにもならないけどね……」

 

「俺がいく! 『集中線』!」

 

「なっ⁉」

 

 天ノ叢雲を中心にして、周囲に無数の線状の帯が発生し、天ノ叢雲に突き刺さる。

 

「どうだ!」

 

「ぺ、ペンが無ければその妙な能力も本領を発揮出来ないはずでは⁉」

 

「漫画家ってのはな、複数のペンを使い分けんだよ!」

 

 全身青色になった風花雪月が誇らしげにペンを掲げる。

 

「そ、それは?」

 

「Gペンだ!」

 

「ジ、Gペン?」

 

「細やかさなら丸ペンの方が良いですけどね」「人それぞれだな」「大雑把な花には合う」

 

「ええい! だから、一斉に脳内で喋んなって! 追い打ちと行くぜ!」

 

「させるか! このマーベラスモードは重力を操れる、押しつぶしてくれ……ぐはっ⁉」

 

「な、なんだ⁉ 巨人!」

 

「『ジャイアントフォーム』! 『ジャイアントスタンプ』!」

 

「疾風迅雷さん!」「よ、横文字使ったけど……」「シンプルに踏んだな」「悪くない」

 

「……ぐっ、おのれ、ジンライ!」

 

「おわっ⁉」

 

 疾風迅雷の巨大化が元に戻ってしまう。天ノ叢雲が笑みを浮かべる。

 

「ふん、巨大化が持続しなかったな! 運はこちらにある。『重力操作』!」

 

「ちっ⁉ ……?」

 

「……なに⁉ 能力が発動しないだと⁉ な、なんだ、この白い液体は!」

 

 天ノ叢雲の身体や手足に白い液体が付着する。白一色になった風花雪月が告げる。

 

「ホワイトだ……漫画でもコミックでも白い修正液で修正をかける……」

 

「そ、そんなもので能力を封じたというのか⁉」

 

「月さん! 良い感じで出ましたね!」「ドバっと出たな」「濃さもちょうど良い」

 

「な、なんか、変な言い方をやめんか、お主ら!」

 

「風花雪月! 畳み掛けろ!」

 

「はい!」「任せろ!」「借りは返す……」「思い知るがいい!」

 

 四色に戻った風花雪月が天ノ叢雲に向かって突っ込む。

 

                  ☆

 

「『クロスカッター』!」

 

 クラブマンが交差させたハサミを勢いよく振り下ろす。

 

「『デス・スパイラル』!」

 

 ファム・グラスが伸ばした足で蹴りつける。

 

「『ウオオオッ』!」

 

 ベアーマスクが豪華なドロップキックをかます。

 

「『カラーズ・ニーキック』!」

 

 ブラウンが強烈な膝蹴りを放つ。三人が「道具貸した意味は⁉」と同時に叫ぶ。

 

「『鳳凰の爪』!」

 

 マコトが両腕を交差しながら振り下ろす。炎が巻き上がる。

 

「『茨斬り』!」

 

 十六夜が刀を袈裟切りのような体勢で振り下ろす。

 

「『見開き必殺技』!」

 

 風花雪月が腕を組んだ状態から外側に両手を広げる。

 

「「「「「「「ぐはっ‼」」」」」」」

 

 八体に分裂していた内、七体の天ノ叢雲が地元ヒーローたちの攻撃を受け、霧消する。

 

「そ、そんな……」

 

「残りは貴様だけだな……」

 

 疾風迅雷がゆっくりと天ノ叢雲に近づく。

 

「ジンライ……」

 

「最後は一対一で勝負といこうじゃないか」

 

「ふはははっ! 忘れたのかい⁉ 札幌で僕に無様に負けたことを!」

 

「過去にはこだわらん……!」

 

 疾風迅雷はノーマルフォームのまま、飛び上がる。天ノ叢雲は冷静に分析する。

 

「力を消耗してノーマルフォームでしか動けないのか! それでは勝てないよ!」

 

「『ノーマルフォーム』! 『疾風迅雷』モード! 『疾風迅雷キック』!」

 

「どわっ⁉」

 

 疾風迅雷の飛び蹴りを喰らった天ノ叢雲が後ろに吹っ飛ぶ。

 

「……」

 

「ば、馬鹿な……『疾風』モードのスピードと、『迅雷』モードのパワーを両立させただと……? そ、それには極めて繊細かつ微妙なバランス感覚が求められるはず……」

 

「俺様を誰だと思っている? 銀河に名を轟かす『超一流のヴィラン』だぞ?」

 

「ふっ……」

 

「⁉ 雲が! ……ムラクモがいない! どこだ!」

 

「今日のところは退こう……この借りは必ず返すよ……」

 

 声のした方に視線を向けると、戦艦が急速転回し、その場から急速離脱した。

 

「……ちっ、逃がしたか……まあ良い……正直、これ以上は限界だったからな」

 

 疾風迅雷は変身を解き、地元ヒーローたちに声をかける。

 

「カニ男、薬の副作用はないか? まあ、貴様は少し位作用した方が良いのかもしれんが」

 

「一言多いな!」

 

「アイス、即席だが良いペアスケーティングが出来た、これも友情の成せる業だな」

 

「友情か~。まあ、まだ芽はあるかな?」

 

「ベアーマスク、良いプロレス技だったぞ。自信を持て」

 

「ありがとうございます」

 

「カラーズ・カルテット、五稜郭学園でライブをやるようだな、楽しみにしているぞ」

 

「え? それじゃあ君の為に唱っちゃおうかな~♪」

 

「ちょ、ちょっと、唱さん⁉ 抜け駆けは無しですわよ!」

 

「バンドの要はベース……」

 

「さり気なくアピールするね、奏……」

 

「凸凹コンビ、助かったぞ」

 

「なかなか刺激的だったわよ。『北日本の名探偵』に更なる実績が加わったわね」

 

「なにかお困りのことがありましたら、凸凹探偵事務所までお願いします」

 

「菱形十六夜、貴様の仲間たちはそんなにヤワなのか?」

 

「⁉ そうですね……彼女たちのことですもの、しぶとく生きているはずです」

 

「風花雪月……見事な白い液だった」

 

「言い方!」「下半身見ながら言うな!」「月の手柄だ……」「女性陣の視線が痛い!」

 

「大二郎!」

 

「ああ、戦艦五稜郭、元の場所に着陸するよ!」

 

 五稜郭はゆっくりと地上に戻る。その日の夜、ジンライと舞は函館山の頂上にいた。

 

「ほお、見事な夜景だな」

 

「函館自慢の夜景よ……ありがとう」

 

「? 何がありがとうなんだ?」

 

「貴方が守ってくれたからよ、私の好きな、この美しい街を」

 

 舞が夜景を見つめながら呟く。その横顔に一瞬見惚れたジンライは慌てて話を逸らす。

 

「べ、別に街のことなどどうでもいい! 俺様はNSPを守ったまでだ!」

 

「そうね……『なまらすごいパワー』をね……」

 

「はっ? 今、なんと言った?」

 

「え? 『なまらすごいパワー』よ」

 

「なんだ、その珍妙なフレーズは……」

 

「おじいちゃんが名付けた、NSPの正式名称よ」

 

「な、なんだと⁉」

 

「『なまら』っていうのは、『とても』とか『すごい』って意味の北海道の方言で……」

 

「それくらいは分かっている! それじゃあ、『すごいすごいパワー』って意味になるぞ⁉」

 

「おじいちゃんがノリで言ったら、そのまま採用になっちゃったんだって」

 

「な、なんか、今までの戦いが凄く馬鹿みたいなことをしていた気になってきたぞ……」

 

 ジンライが脱力したようにガックリと肩を落とす。

 

「そんなことないわ。とっても素敵で恰好良かったわよ」

 

「本当か?」

 

 ジンライがいきなり顔を上げる。舞が戸惑う。

 

「え、ええ、本当よ……」

 

「素敵で恰好良い……まあ、当然だな、なんと言っても『超一流のヴィラン』だからな」

 

「って、ていうか、顔、近くない?」

 

「……夜景も良いが、貴様の顔もじっくり見ておきたいと思ってな」

 

「い、いきなり何を言っているの⁉」

 

「……」

 

「な、何で黙るのよ! ……」

 

 舞はなんとなく目を閉じてみる。ジンライの顔がゆっくりと近づく。

 

「ジ、ジンライ君!」

 

「「⁉」」

 

 ジンライと舞が目をやると、ドッポがいた。モニター越しに大二郎の声が聞こえてくる。

 

「……なんだ?」

 

「最近、東北でMSPというエネルギーを発見したんだけど……それが狙われている!」

 

「はっ⁉」

 

「それを守ってくれないか?」

 

「な、なんで、俺様が……」

 

「NSP同様、悪用されると非常にマズい……」

 

「ジンライ、おじいちゃんの頼みを聞いてあげて」

 

「だからなんで、俺様が……」

 

「私からもお願い!」

 

 舞が真っ直ぐな瞳でジンライを見つめてくる。ジンライは半ばやけくそになって叫ぶ。

 

「~貴様らがどうしてもというならヒーローになってやらんこともない!」

 

                  ~第一部完~




※2022年3月21日

これで第一部完結になります。ここまでお読み頂きありがとうございます。第二部以降の構想もありますので、更新再開の際は良かったらまたご覧ください。


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チャプター2
第13.5話   突然の来訪者


                  13.5

 

「……やっぱり仙台は牛タン、山形は芋煮、福島は喜多方ラーメンかしら……」

 

「おい……」

 

「それで青森はせんべえ汁で、秋田は稲庭うどん、盛岡は冷麵……うん、我ながら完璧ね」

 

「おいと言っているのだが……」

 

「あ、ごめんごめん……もちろん、じゃじゃ麵とわんこそばもちゃんと抑えてあるわよ」

 

「そうか、それはなによりだ……って、違う! そういう話ではない!」

 

 若い男はちゃぶ台をドンと叩く。目の前に座っていた眼鏡で黒髪ロングの女の子が驚く。

 

「な、何をそんなに怒っているのよ……ジンライ」

 

 ジンライと呼ばれた男が顔をしかめながら尋ねる。

 

「貴様はさっきから端末を片手に何をぶつぶつと言っているのだ?」

 

「え? 何って、東北地方の名物よ。旅行に行くのならしっかり下調べをしておかないとね」

 

「は? 旅行だと?」

 

 ジンライがさらに顔をしかめる。女の子が小首を傾げる。

 

「ええ、MSPの件で東北に行く機会がこれからなにかと増えてくるでしょ?」

 

「舞、まさかと思うが貴様……俺様に同行するつもりではあるまいな?」

 

「え? まさかと思うけど私を同行させないつもり? 世間知らずのアンタ一人じゃどんな無用なトラブルを巻き起こすか分かったもんじゃないし……」

 

 舞と呼ばれた女の子が何を今さらといった感じで呆れたように首を左右に軽く振る。

 

「……誰が世間知らずだ、勝手に決めるな」

 

「勝手にって、それはこっちの台詞よ……⁉」

 

 突如庭から物凄い爆音が響いてくる。ジンライと舞が驚く。

 

「な、なんだ⁉ ドッポ、状況はどうなっている⁉」

 

 ジンライは手足が伸びて、目と口がついている、小型の銀色の球形ロボットに語りかける。

 

「……ポッドガキンキュウチャクリク……シキベツコードハウヨマテチョコウコクデス」

 

「なっ⁉ ウヨマテチョ公国だと⁉ ムラクモの奴か⁉ おのれ、性懲りもなく!」

 

 ジンライと舞は庭先に飛び出す。モクモクと白い煙が上がる中、丸いポッドが開く。

 

「ポ、ポッドが開くわ!」

 

「舞、危険だ! 下がっていろ! ……む?」

 

 ポッドの中から人が現れ、おもむろにヘルメットを取る。ジンライと舞たちと同年代の女の子である。女の子が赤色のミディアムヘアーをかき上げて、周囲を見回しながら呟く。

 

「えっと……座標的にはこの辺で合っていると思うんだけど……あ! 見つけた!」

 

「ん? 貴様はもしや……んんっ⁉」

 

 赤髪の女の子がジンライに勢いよく抱き付いたかと思うと熱いキスをする。

 

「な、なっ⁉」

 

 突然のことに舞が啞然とする。



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第14話(1)超カワイイヴィラン

                  14

 

「久しぶりだね」

 

「ああ、そうだな……」

 

「心配したんだよ? 連絡が全然取れなくなるし」

 

「そうか」

 

「一体なにがあったの?」

 

「話すと長くなるのだが……簡単に言えば、配下に裏切られた」

 

「ああ、人望ないもんね~」

 

「なっ⁉」

 

 ジンライが戸惑い気味の視線を赤色のミディアムヘアーの女の子に向ける。

 

「え? 自覚なかったの?」

 

「……全くないわけではないが、お前にまでそう言われると多少ショックだな」

 

「アタシの部隊に合流すれば良かったのに」

 

「当然、それを考えたが、この地球に不時着してな……」

 

「えっと、ここは……日本っていう国の北海道函館市だっけ?」

 

 女の子は端末を取り出し、情報を確認する。ジンライは頷く。

 

「ああ、そうだ」

 

「不時着の際、ケガでもしたの?」

 

「いいや」

 

「それじゃあ、すぐに飛び立てば良かったのに」

 

「船でクーデターを起こされ、脱出ポッドを利用したのだが……」

 

「壊れちゃったの?」

 

「こうなった……」

 

 ジンライは手足が伸びて、目と口がついている、小型の銀色の球形ロボットを指し示す。

 

「な、なにこれ?」

 

「ハジメマシテ、『ドッポ』トモウシマス。イゴオミシリオキヲ」

 

 ドッポは会釈する。女の子は困惑しながら答える。

 

「は、はあ、どうもご丁寧に……」

 

「ポッドがこうなってしまってな、動くに動けなくなってしまった……」

 

「ふ~ん?」

 

 女の子が頬杖をつく。ジンライが戸惑う。

 

「な、なんだ?」

 

「本当にそれだけが理由?」

 

「他になにがあるというのだ」

 

「嘘だね」

 

「う、嘘ではない」

 

「じゃあ……さっきから睨んでくるこの女は何?」

 

 女の子はちゃぶ台を挟んで自身の目の前に座る黒髪ロングで眼鏡を掛けた女の子を指差す。ジンライが答える。

 

「この『NSP研究所』の所長である疾風大二郎(はやてだいじろう)の孫娘、疾風舞(はやてまい)だ」

 

「ふ~ん……結構な美人ね」

 

「! ど、どうも……」

 

「まあ、アタシの足元にも及ばないけど」

 

「なっ⁉」

 

 舞が露骨にムッとする。舞の隣に座る白髪で豊かな髭を蓄え、よれよれの白衣を着た穏やかそうな初老の男性がそれをなだめる。

 

「まあまあ、舞。一応褒めてはくれているから……」

 

「おじいちゃん、そうは言ってもね……」

 

「そちらがこの研究所?の所長さん?」

 

「ああ、そうだよ。舞の祖父、疾風大二郎だ」

 

「あまり研究所っぽくないわね……見たところこの国の一般的な家屋に見えるのだけど」

 

 女の子が端末を確認しつつ周りを見まわす。大二郎が苦笑する。

 

「予算がなくてね……自宅兼研究所なんだ」

 

「……つまり、貴方は科学者ってことね?」

 

「そうだよ」

 

「この大二郎にポッドの修理を依頼したら、このドッポが出来上がったというわけだ……」

 

 ジンライが呆れ顔でドッポの頭をポンポンと叩く。大二郎が後頭部を掻く。

 

「いや~つい出来心で……」

 

「ふざけるなよ、お陰でこの星から脱出する術をなくしてしまったのだぞ……」

 

 ジンライが大二郎をにらみつける。女の子が笑う。

 

「まあ、いいじゃない。アタシのポッドは大丈夫だから。一緒に帰れるわよ」

 

「! そ、そうか……」

 

「何よ? 嬉しくないの?」

 

「い、いや……」

 

「じゃあ、そろそろお暇しましょう」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 舞が慌てて声を上げる。女の子が目を細める。

 

「……なによ?」

 

「あ、貴女、誰なのよ! ジンライをどこに連れていくつもり⁉」

 

「え? アタシはドトウ。ジンライお兄ちゃんの妹よ」

 

「い、妹⁉」

 

 ドトウと名乗った女の子の言葉に舞が驚く。ドトウが首を傾げる。

 

「なによ、そのリアクション? 妹が珍しいの?」

 

「い、いや、だ、だって、さ、さっき、キ、キ、キ、キスを⁉」

 

「別に普通でしょう? 親愛の情を示したの。地球ではやらないの?」

 

「きょ、兄妹なら、ほっぺたとかにでしょう! く、口づけだなんて!」

 

「ああ、アタシとお兄ちゃんは血の繋がりはないから、その辺も別に問題ないわ」

 

「ええっ⁉」

 

 舞の反応にドトウが軽く頭を抑える。

 

「いちいちやかましい女ね……まあ、いいわ。帰りましょう、お兄ちゃん」

 

「う、うむ……」

 

「ま、待って! ジンライを連れていかれちゃ困るのよ!」

 

「呼び捨てだなんて、馴れ馴れしいわね……」

 

 ドトウが端正なルックスの顔をしかめる。

 

「大体、どこに連れて帰るつもりよ⁉」

 

「決まっているでしょう。アタシたちの母国、『ドイタール帝国』よ」

 

「え? そ、その軍服みたいな服は……」

 

「みたいじゃなくて軍服よ。真紅のパワードスーツに身を包み、幾つもの堅固な宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた、ドイタール帝国第十三艦隊特別独立部隊部隊長、『超カワイイヴィラン』、ドトウとはアタシのことよ!」

 

 ドトウは立ち上がって叫ぶ。

 

「……」

 

「な、なによ、その薄いリアクションは⁉」

 

「いや、なんか凄いデジャヴが……」

 

「……ドトウ、この地球には我が帝国の威光は届いてない」

 

「えっ? どんな辺境よ……まあ、どうでもいいわ、そろそろ帰りましょう」

 

「う、うむう……」

 

「だから待ってよ!」

 

 ジンライの腕を引っ張るドトウを舞が立ち上がって制止する。ドトウが少し驚く。

 

「な、なんなのよ……」

 

「ジンライは連れていかせないわよ! 私たちの大事なヒーローなんだから!」

 

「は? ヒーロー?」

 

 ドトウがジンライに視線を向ける。ジンライが鼻の頭をこする。

 

「……成り行き上、そうなった」

 

「ちょっと待ってよ、漆黒のパワードスーツに身を包み、幾つもの堅固な宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた、ドイタール帝国第十三艦隊特殊独立部隊部隊長、『超一流のヴィラン』、ジンライお兄ちゃんがヒーローですって⁉」

 

「……それって必ず言わなきゃならないの?」

 

 舞が呆れ気味に呟く。ドトウがジンライに問う。

 

「成り行きってどういうことよ?」

 

「うむ……この地球、いや、この国のこの地方にはNSPという特殊なエネルギーを発している鉱石が多数ある。そのエネルギーを上手く活用すれば、この星のあらゆる問題が解決し、また科学分野の成長・拡大に繋がると見られている」

 

「ふ~ん」

 

 ジンライはドトウに耳打ちする。

 

「……恐らくだが、そのエネルギーを確保するのが帝国の狙いで、それで俺様をこの辺境の星へ派遣したのだろう。ところが、俺様はクーデターによって失脚してしまった。帝国で復権するためには、NSPの確保が必要不可欠だ」

 

「……ふむふむ」

 

 ジンライはドトウから離れ、再び普通の声量で話す。

 

「だが、NSPを狙う勢力はこの星にも多い……秘密結社に、巨大怪獣を操る軍団、異次元からの侵略者に魔界の住人、未来から来たとかいう奴らに古代文明人……現在確認出来ているだけでも、7つの勢力がこの研究所を虎視眈々と狙っている」

 

「ず、随分と大人気ね⁉」

 

 ドトウが驚く。ジンライが話を続ける。

 

「そして、この北海道地方から南にある、いわゆる東北地方に『MSP』というエネルギーの存在が確認された。俺様はそのエネルギーも守らなくてはならない」

 

「えっ⁉」

 

「? どうした?」

 

「い、いや、なんでもないわ……」

 

 ドトウが首を左右に振る。

 

「まあ、そういった理由で現在、ここから離れるわけにはいかない」

 

「そんな……⁉」

 

 警報が鳴り響く。舞が叫ぶ。

 

「『レポルー』の戦闘員連中が庭先に来たわ!」

 

「またか、まったく凝りもせず!」

 

 ジンライが飛び出す。虹色の派手なタイツに身を包んだ者たちがいる。ジンライがパワードスーツを取り出し、スイッチを押す。すると、ジンライは黄色いスーツに身を包まれ、目の部分にバイザーが付いた黄色いマスクを着用した姿になる。それを見たドトウが驚く。

 

「あ、あのパワードスーツは⁉」

 

「コードネーム、疾風迅雷(しっぷうじんらい)、参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 ジンライは派手にポーズを取る。

 

「かかれ!」

 

レポルーの戦闘員たちが飛びかかる。

 

「ふん!」

 

「ぐはあっ!」

 

「はあ!」

 

「うぎゃっ!」

 

 ジンライの繰り出すパンチとキックで戦闘員たちはあっけなく吹き飛ばされる。

 

「くっ……どうしますか、隊長⁉」

 

「て、撤退だ!」

 

「りょ、了解!」

 

 戦闘員たちはその場から去っていく。ジンライが呟く。

 

「戦闘員にしては、多少はタフだったが、偵察のようなものか、舐められたものだな……」

 

「ジンライ、大丈夫?」

 

「ああ、問題ない」

 

 駆け寄ってきた舞にジンライが答える。ドトウが尋ねる。

 

「……今の連中がNSPとやらを狙っている勢力?」

 

「ああ、世界征服を目論む悪の秘密結社『レポルー』の戦闘員たちだ」 

 

「NSPを狙っていつも庭先で好き勝手に暴れるの! もう日常茶飯事よ!」

 

「えっ、日常的に秘密結社が庭先に来るの⁉」

 

 舞の言葉にドトウが驚く。

 

「まあ、こんなわけで、今の俺様はヒーローをやっているのだ」

 

「……そのパワードスーツはNSPから生成したもの?」

 

「流石に察しが良いな、そうだ、元のパワードスーツでは、この環境下ではうまく能力を発揮出来ないようだからな。最近はもっぱらこのパワードスーツを使っている」

 

「そう……」

 

 ジンライが再びドトウに囁く。

 

「ドトウ、お前に頼みがあるのだが……」

 

「なに?」

 

「一旦帝国に戻って、義父上……皇帝陛下に俺様の無事を伝えてくれないか?」

 

「うん……」

 

 ドトウは自身が乗ってきたポッドに近づくと、ポッドをおもむろに破壊する。

 

「⁉」

 

「あ~手が滑っちゃった。ポッド壊れちゃった。これじゃ帰れないわね~。というわけで、アタシもこちらにお世話になるわ♪」

 

「「ええっ⁉」」

 

 笑顔で舌を出すドトウにジンライと舞が驚く。



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第14話(2)学園の地元ヒーロー集結!

「ふ~ん、ここが学校ね……」

 

 ドトウが校舎を見上げる。ジンライが頷く。

 

「ああ、そうだ。ここが俺様たちが通う『国立五稜郭学園』だ」

 

「宇宙広しといえども、五芒星型の堀に囲まれた学校はなかなか無いでしょうね」

 

「ふふん、それはそうでしょうね」

 

 ドトウの言葉に舞が得意げに胸を張る。ジンライが呟く。

 

「堀で囲んでいる時点であまり穏やかな話ではないのだがな……」

 

「って、アンタ、なんで着いてきたのよ?」

 

 舞がドトウに尋ねる。ドトウが首を傾げる。

 

「あら、いけなかった?」

 

「いけないっていうか……」

 

「どうせ家に居ても暇だし。貴女の私服、貸してくれてありがとう」

 

「別にいいけど……」

 

「ちょっとサイズがキツいけどね」

 

「一言余計なのよ。ってか、私服でウロウロしていたらすぐ見つかってつまみ出されるわよ」

 

「その辺に関してはぬかりないわ。学園のサイトにチョロチョロっと侵入して、本日の見学者だということにしたから」

 

「い、いつの間に……」

 

 舞に対してウインクするドトウにジンライは驚く。舞は肩をすくめる。

 

「まあいいわ……さっさと教室に行きましょう」

 

 ジンライたちは教室に着く。データをいじっているとはいっても、他の生徒にとってはあずかり知らぬところだ。クラスメイトたちの関心が早速ドトウに集まる。

 

「この子誰? カワイイ!」

 

「舞の知り合い?」

 

「ええっと……ジンライの妹さんよ」

 

 ここで嘘をついても仕方がないと思った舞は正直に話す。クラスメイトたちは驚く。

 

「ジンライ君の妹さん⁉」

 

「……ってことは、小姑さんだね!」

 

「……ちょっと待って、小姑ってどういうこと?」

 

 それまで当たり障りのない笑顔を浮かべていたドトウがすっと表情を変えてクラスメイトの1人に問う。問われたクラスメイトは戸惑い気味に答える。

 

「え? えっと……ジンライ君と舞は夫婦なわけだから……」

 

「はあっ⁉ 夫婦⁉」

 

 ドトウが素っ頓狂な声を上げ、ジンライに目をやる。ジンライは後頭部を掻く。

 

「……成り行き上、そうなった」

 

「どんな成り行きよ! アタシは認めないからね!」

 

 ドトウの言葉にクラスはざわつく。

 

「認めないだって……⁉」

 

「こ、これは修羅場の予感!」

 

「勝手に盛り上がらないでよ!」

 

 舞が声を上げる。

 

「おい、舞!」

 

 赤茶色で短髪の生徒が教室に駆け込んできた。舞が頭を抱える。

 

「また面倒な奴が来たわね……」

 

「小姑さんとトラブっているって本当か⁉」

 

「うるさい、ジッチョク! 大声でデマを叫ばないで!」

 

「まさか俺の母親や姉以外の奴と……」

 

「だからがっかりするな! それにまさかってなによ、まさかって!」

 

 赤茶色の生徒はガクッとうなだれる。ドトウが舞に尋ねる。

 

「誰? この一段とやかましい奴は?」

 

「隣のクラスの仁川実直(にかわさねなお)……皆ジッチョクって呼んでいるわ。悪い奴じゃないけど……」

 

「……話しぶりから判断するに、貴女に惚れているみたいじゃない。こっちになさいよ」

 

「そ、そんなこと、アンタが決めないでよ!」

 

「ゴホッ、ゴホッ……なんだか面白そうなことしてるじゃん、舞ちん」

 

 舞たちが視線を向けた先には白髪でスタイルの良い女子が立っている。

 

「アイス、今日は学校に来ていたのね。ってか、極度の寒がりなんだから、その校則ギリギリのミニスカートをいい加減に止めなさいよ。せめてストッキングを穿くとか……」

 

「生足ミニスカートでこそのギャルでしょ! そればかりは譲れない! ズズッ……」

 

「だから譲りなさいよ! 思いっきり鼻水が出ているわよ! あ~もう、せっかくのかわいい顔が台無しじゃないの……ほらっ、ティッシュ」

 

「あ、ありがと……」

 

「誰、そのかわいい子は?」

 

 ドトウが尋ねる。

 

「同じクラスの香里愛衣子(こおりあいこ)よ……体調悪くて休みがちなんだけどね。この白くて綺麗な髪がチャームポイントだから、皆アイスって呼んでいるわ」

 

「よろしくね~ジンライっちの妹さん」

 

 アイスは透き通るように綺麗な白い髪を揺らしながらドトウに手を振る。

 

「ジ、ジンライっちって! ……ちょっと待って、貴女どこかで見覚えがあるような……」

 

「え? き、気のせいじゃないかな?」

 

「いや、確かにどこかで……⁉」

 

 そこに警報が鳴り響く。校内放送が流れる。

 

「秘密結社レポルーが校内に侵入した模様です……皆さん、注意して下さい」

 

「なんですって⁉」

 

 思わぬ放送内容にドトウが驚く。ジンライが冷静に説明する。

 

「この学園の中庭にも、NSPの一部を用いた石碑がある。それを狙っているのだ」

 

「な、なるほど……」

 

「皆、落ち着いて、教室に入っていて!」

 

 舞がクラスメイトたちに呼びかけた後、ジンライたちとともに廊下に出る。

 

「どうするつもり?」

 

「もちろん、私たちが奴らを撃退するのよ! 私たちの学校ですもの!」

 

 後をついてきたドトウの問いに舞が力強く答える。ドトウが首を傾げる。

 

「私たち?」

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「甲殻機動! この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! クラブマン参上!」

 

「フリージング! ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

「えええっ⁉」

 

 ドトウが驚く。ジンライだけでなくジッチョクは頭部がカニで、両腕が大きなハサミを持った姿になり、アイスが真っ白なドレス調のスーツに身を包んで現れたからだ。舞が頷く。

 

「よし! 三人とも、頼んだわよ!」

 

「おう!」

 

 疾風迅雷たちが中庭に向かう。ドトウがあっけにとられる。

 

「あ、あれは……」

 

「地元ヒーローよ」

 

「じ、地元ヒーロー?」

 

「そう、その地域の平和を守る為に日夜働くの」

 

「……もしかして地域ごとにいるの?」

 

「よく分かったわね……この日本には数万のヒーローがいると言われているわ」

 

「そ、そんなにいるの⁉」

 

「ええ、強弱合わせてだけどね」

 

「強弱⁉ そこは大小合わせてじゃないの? 弱ってなによ、弱って。必要、それ?」

 

「日本は悪の勢力の標的になりやすいからね、ヒーローはいくらいても足りないのよ」

 

「そういうものなの……」

 

「さあ、私たちも中庭に向かうわよ!」

 

 舞たちが中庭に到着すると、多数のレポルー戦闘員たちがそこにはひしめいていた。

 

「こ、こんなに……⁉」

 

「気を付けてね! 三人とも!」

 

「問題ない! 『疾風モード』!」

 

 疾風迅雷は群がる戦闘員たちを一蹴する。舞がドトウに解説する。

 

「あれが一度に多人数の相手と戦う時に便利な『疾風』モードよ!」

 

「スピードに特化したモードってわけね」

 

「そういうこと。流石に察しがいいわね」

 

「うおおっ! 『高速横歩き』!」

 

 クラブマンが横歩きをする。ドトウが尋ねる。

 

「……あれは?」

 

「高速に横歩きが出来るのよ」

 

「それだけ?」

 

「まあ、そうね……」

 

「なんの意味があるのよ、それ……」

 

「私に聞かないでよ、ジッチョクにサイボーグ手術を施したレポルーに聞いてよ」

 

「え? あいつ、秘密結社側なの?」

 

「マインドコントロールも受けたらしいけど、回りくどい言い方が理解出来ないのが幸いしたのか、今はああしてヒーロー側ね」

 

「な、なにそれ……」

 

「うおおっ! 『ハサミ斬り』!」

 

 クラブマンのハサミによる攻撃で戦闘員たちはたじたじになる。舞が呟く。

 

「ご覧のとおり戦力としてはそれなりに頼りになるわ」

 

「ウチも負けてらんないね! 『スケートオンアイス・テクニック』!」

 

 ファム・グラスの周囲の地面が一瞬で凍りつき、彼女はそこを滑り出す。まるでフィギュアスケートをこなすかのような華麗な動きで戦闘員たちの群れに近づく。ドトウが驚く。

 

「く、靴の裏に刃が⁉」

 

「ステップシークエンス!」

 

 ファム・グラスは戦闘員たちの繰り出してくる攻撃を優雅なターンやステップを駆使して次々とかわしていく。ドトウが感嘆の声を上げる。

 

「凄い! 相手が全く捉えきれていない!」

 

「まとめてケリをつける! キャメルスピン!」

 

 ファム・グラスは上半身を倒し、右足を腰より上の位置に上げ、T字になるようにして高速でスピンする。すると、巻き上がった氷が戦闘員たちの体を凍らせてしまった。

 

「こ、凍った⁉」

 

「て、撤退だ!」

 

 戦闘員たちは一部を残してたまらず撤退する。

 

「これが我が五稜郭学園が誇る地元ヒーローたちよ!」

 

 舞がドトウに対し、誇らしげに胸を張ってみせる。



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第14話(3)公演の邪魔は許さない!

「ふむ……美味しいわね」

 

「そうでしょう? 函館に来たら、ここのハンバーガーは絶対に食べないとね~」

 

 ドトウの感想に舞は満足気に頷く。今、彼女たちは赤レンガ倉庫通りの近くにある海沿いのファストフード店にいる。

 

「すっかり函館観光になっているな……」

 

 ジンライが海を見ながら呟く。舞がドトウに尋ねる。

 

「次はどこに行きたい?」

 

「あそこは?」

 

 ドトウはある島を指差す。舞が答える。

 

「あ、あれは『緑の島』よ」

 

「さっきロープウェイで函館山に登って、山の上から見ていたときから気になっていたけど、随分とこう……四角い島よね」

 

「まあ、埋め立てて造った人工の島だからね。イベントとかがよく行われるわ」

 

「なにか準備しているみたいだけど、どんなイベントが行われるの?」

 

「え? あ、本当だ、なにか準備しているわね……なにをやるのかしら?」

 

「私たち、PACATFの公演があるのよ」

 

「ええっ⁉」

 

 ドトウが驚く。赤を基調とした派手な燕尾服を着た小柄な女性と身長2メートル以上ありそうな熊の顔をした男が隣の座席に座ったからである。舞が落ち着いて会釈する。

 

「団長、お久しぶりです」

 

「お久しぶり、疾風博士はお元気かしら?」

 

「ええ、ぼちぼちやっています」

 

「え、えっと……」

 

「ああ、こちらはドトウ、ジンライの妹です」

 

「へえ、妹さん……初めまして、PACATFの団長、坂田杏美(さかたあずみ)です」

 

「い、いや、く、熊! ケモノ⁉」

 

 ドトウが椅子からずれ落ちそうになりつつ、杏美の向かいに座る熊を指差す。

 

「ああ、ほら、アンタも挨拶なさい……」

 

「こ、こんにちは……」

 

「え、ひ、人なの……?」

 

「少し落ち着いて観察しろ。手足や衣服は人間のそれだろう……」

 

 ジンライがため息交じりに呟く。

 

「あ、ああ……」

 

「ちゃんと名前も名乗りなさいよ」

 

「あ、鮭延川光八(さけのべかわみつはち)です……」

 

「ごめんね、シャイな性格だから、ずっと熊のマスクを被ってんの、試合でもないのに」

 

「試合?」

 

 ドトウが首を傾げる。

 

「あら、知らなかった? うちは世界でも稀に見るプロレス団体兼サーカス団よ」

 

「プ、プロレス兼サーカス⁉ 銀河でも稀に見るわよ……」

 

 杏美の言葉にドトウが呆然とする。光八と名乗った男を指し示し、ジンライが説明する。

 

「この男はレスラーで、この奇抜な恰好はリングコスチュームというわけだ」

 

「あ、は、はい、そうです。リングネーム『ベアーマン』です、そのまんまですが」

 

「す、すみません……とんだ失礼を……」

 

 ドトウが体勢を直して、光八に頭を下げる。

 

「いいえ、気にしないで下さい。慣れていますから」

 

 光八はリアル過ぎる熊のマスクからは想像も出来ない程の柔和な声色でドトウに答える。

 

「……見たところ、サーカスのテントの他にステージも作っているようだが?」

 

「ああ、バンドによる音楽イベントも開催されるのよ」

 

 ジンライの問いに杏美が答える。

 

「バンド? 要はサーカス団の前座か……」

 

「前座とは随分とご挨拶ね!」

 

 ボサッとした茶髪でライダースジャケットにジーンズ姿の女性がジンライに話しかけてくる。ジンライが目を細める。

 

「お前は……」

 

「久しぶりね! 茶畑唱(ちゃばたけうたい)、襟裳が生んだスーパースターよ!」

 

「スーパースター?」

 

「あくまでも自称だ」

 

「ああ、ちょっと痛い人ね……」

 

 ジンライの言葉にドトウが頷く。唱がムッとする。

 

「失礼な! アタシたちはこれから伝説になるんだから!」

 

「アタシたち?」

 

「そういえば、お仲間はどうした?」

 

「……それなんだけど……皆遅れているみたいね。おかしいわね、この店で待ち合わせって言ってたのに……」

 

「~~とっくに着いていますわよ! 貴女が例の如く大遅刻をかましているんですの!」

 

 ジンライたちの隣のテーブルに座っていた、やや薄紫色で、ふわっとしたウェーブがかった長い髪をなびかせた女性がガバッと立ち上がり、唱を睨み付ける。

 

「ああ、たのちん、おっつ~♪」

 

「おっつ~♪ではなくて、先に言うことがあるのではなくて⁉」

 

「そうだ! 今日のイベントは絶対成功させようね! このステージがアタシたちの伝説の1ページになるんだから!」

 

 唱は女性の手を握り、顔をググッと近づける。

 

「ち、近い! 暑苦しい! だからそういう意気込みの話ではなくて!」

 

「あ、この子は涼紫楽(すずむらさきたのし)ちゃん!」

 

「ちょ、ちょっと! あ、ど、どうも、初めまして……」

 

 楽と紹介された女性は姿勢を正し、ドトウに対して丁寧に頭を下げる。その仕草から育ちの良さが窺える。服装も白いシャツに寒色系のワンピースと清楚な恰好であり、ライダースを羽織った唱とは実に対照的である。タイプこそ異なるが、美人という点は共通している。

 

「初めまして……」

 

「わたくしたちはリハーサルをしましたが、唱さん、貴女は大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫、未来のスーパースターは本番一発でしっかりこなしてみせるから!」

 

 唱は右手の親指をグイッと立てて頷く。楽はため息をこぼす。

 

「不安要素しかありませんわ……そもそも唱さん? 何度も同じようなことを言っていますが、真のプロフェッショナルというのは準備段階から……」

 

「たのちん、悪いけど、今のアタシ、テンションがガンガンにブチ上がってきているから、お説教されても、『カシオペアに隕石』よ!」

 

「は、はあ⁉ な、何をおっしゃっておりますの⁉」

 

「だからそれを言うなら、『馬の耳に念仏』……」

 

 楽の席に自分の注文した商品トレーを持ってきた薄緑色のロングヘアーで眼鏡を掛けた長身女性が訂正を入れる。

 

「おっ、かなたんも来てたんだね~♪ 今日のイベント、未来にまで長く語り継がれるものにしようね!」

 

「単なるローカルイベントに大袈裟な……鬱陶しい……っと!」

 

 唱は女性の肩をグイッと引き寄せ、ドトウに紹介する。

 

「この子は新緑奏(しんりょくかなで)ちゃん!」

 

「ど、どうも……」

 

 奏と呼ばれた女性は端正な顔をしかめながら、ドトウに頭を下げる。服装はカーディガンにチェックのロングスカートと落ち着いた格好であり、ライダースを羽織った唱とはこれまた対照的である。ルックスが良いのは共通している。ドトウが会釈する。

 

「どうも、初めまして……」

 

「かなたん、どう? 緊張してない?」

 

「全然してない……食事に集中したいから少し静かにして」

 

「流石♪ 頼もしい限りだね!」

 

「おっ! やっと来たか~唱!」

 

 お手洗いから出てきたと思われる女性が唱に声をかける。やや小柄な体格で髪の毛がオレンジ色で、ストレートヘアーである。ルックスは整っているが、ファッションはダボッとしたシャツに膝丈ほどのガウチョパンツを着ている。これまたやはり唱とは対照的である。

 

「おおっ! ひびぽん! 今日のイベントはガンガンド派手に! バババーンと大爆発しちゃうくらいの勢いで行こう!」

 

「はははっ! なんともまた騒々しいな~」

 

「この子は橙谷響(とうやひびき)ちゃん!」

 

「おおっ? なんだか分からんけど、よろしく~」

 

 響と呼ばれた女性は気さくにドトウに挨拶する。

 

「ど、どうも……」

 

「この四人で今日、新しい伝説を作るから! 前座だとは言わせないわよ!」

 

「伝説とはこれまた大きく出ましたね。満足にリハーサルもしていないのに」

 

 ドトウが少し意地悪に答える。

 

「大丈夫よ、アタシたちは厚い信頼関係で結ばれているから!」

 

「暑苦しい、鬱陶しい、騒々しいと散々な言われようだった気がするのですが……」

 

「とにかくしっかり見てなさい! えっと……そう言えば名前は?」

 

「ドトウです。こちらのジンライの妹です……」

 

「え⁉ 妹さん⁉」

 

「ええ」

 

「じゃあ、尚更イベントを見ていってちょうだい! きっと思い出に残るはずだから!」

 

「はあ……」

 

 約一時間後、ドトウたちは緑の島に移動する。司会が告げる。

 

「それでは皆様、お待ちかね! 襟裳発の四人組ガールズバンド……『カラーズ・カルテット』によるライブの始まりです!」

 

「わあああっ‼」

 

 お揃いのステージ衣装に身を包んだ唱たち四人がステージ上に出てくると、詰めかけた観客から大きな声援が巻き起こる。四人が所定の位置に着く。ドラムを担当する響がスティックを鳴らしてカウントをとる。

 

「ワン……トゥー……ワン、トゥー、スリー、フォー!」

 

 演奏が始まる。観客は早くも興奮のるつぼである。

 

「……あのボーカル、唱さんだっけ? ……下手ね」

 

 ドトウは素直な感想を述べる。舞が苦笑する。

 

「そ、そうね……」

 

「だけど、不思議とどこか惹きつけられるものがあるわね……他の三人の演奏もなかなかのものだし。でも、ボーカルも決して負けていない。むしろグイグイと引っ張っていっている感じ。それにしてもギターの彼女……楽さん? ステージングに気品を感じるわね」

 

「あ、分かる? 東京の伝統芸能の家の出身でモデルや女優などで活躍していた人よ」

 

「へえ……ベースの彼女は……奏さん? 指遣いが緻密ね」

 

「仙台生まれで『杜の都の天才文学少女』として騒がれた人よ」

 

「天才文学少女?」

 

「そう、『小説家と化そう』という小説投稿サイトで注目を集めたの。『転職したらレスラーだった件』、通称『転スラ』が代表作よ」

 

「ど、どんな小説よ……ドラムの彼女は……響さん? 芸術的なドラミングね」

 

「静岡の沼津出身で、『さすらいの画家』として有名。代表作は『東京メトロ百八十駅』よ」

 

「有名な子たちが無名な子とバンドを組んでいるというのはなかなか興味深いわね……」

 

「きゃああああ⁉」

 

 ライブも佳境に迫ったころ、女性客の悲鳴が響く。演奏が止まる。客席に白いタイツに全身を包んだ、怪しげな集団が乱入してくる。リーダー格らしき男が叫ぶ。

 

「罪深き人類どもめ、我々ソウダイが鉄槌を下してくれる!」

 

「な、何⁉ あいつらは⁉」

 

「皆、逃げて! ……三人とも行くわよ!」

 

 唱がステージ上から客に退避を呼びかけ、四人が横一列に並ぶ。ドトウが戸惑う。

 

「な、何をするつもり……⁉」

 

「カラーズ・カルテット、出動よ! レッツ!」

 

「「「「カラーリング!」」」」

 

 ステージ上の四人が眩い光に包まれていくのをドトウは驚きの表情で見つめる。

 

「!」

 

 ステージ上に色とりどりの特殊なスーツに身を包んだ四人が立っていた。

 

「勝利の凱歌を轟かす! シャウトブラウン!」

 

「栄光の姿を世に示す! メロディーパープル!」

 

「輝く未来を書き記す! リズムグリーン!」

 

「蔓延る悪を叩き伏す! ビートオレンジ!」

 

「四人揃って!」

 

「「「「カラーズ・カルテット」」」」

 

 四人が名乗りと共にポーズを決めると、その後方が爆発する。ドトウが驚く。

 

「ば、爆発した⁉」

 

「あ、大丈夫よ、安全面にはきちんと配慮はしているから」

 

 ブラウンがポーズを取りながら横目で答える。

 

「は、配慮しているの……結構な爆発だったけど……」

 

「それよりも唱さん……いえ、ブラウン!」

 

「なによ、たのちん……じゃなかった、パープル?」

 

「相変わらず立ち位置がおかしいですわ! 真ん中に寄りすぎではありませんか⁉」

 

「え? いや、一応、アタシがリーダーなんだから、中央に立った方が良いでしょ?」

 

「だ、だから! い、いつ、貴女がリーダーになったのですか⁉」

 

「パープル、それは今いいから……結局何が言いたいの?」

 

「あ、し、失礼しましたわ! 奏さん……ではなくて、グリーン! えっと……わたくしが言いたいのは、四人なのだから、もっとバランスの取れた並び方をするべきだということですわ! これだと全体的に右寄りですわ!」

 

「ちょっと左側に余裕を持たせた方が良いかなって気がして……」

 

「だからなんの余裕ですか⁉」

 

「まあ、その話は後で良くないかな?」

 

「オレンジの言う通り、この体勢を維持しているのはなかなか辛いものがある……」

 

 グリーンが体をプルプルとさせながら呟く。

 

「よし! 皆行くわよ! ソウダイの連中を倒すのよ!」

 

「承知しましたわ!」

 

「さっさと終わらせよう……」

 

「おおおっ!」

 

 四人がステージから勢いよく飛び降り、白タイツの集団に突っ込む。

 

「せい!」

 

 ブラウンが相手を蹴り飛ばす。ドトウがそれを見て呟く。

 

「ふむ、歌唱力はひとまずおいといて、戦闘力は水準以上ね……」

 

「お退きなさい、三下!」

 

 パープルが相手に向かって、弓矢を数本同時に放つ。そして、それを連射する。

 

「弓矢の斉射を連続で行うとは……あれでは相手は容易に近づけないわね」

 

「こんちくしょう! なんだ、タココラッ!」

 

 グリーンがラリアットとエルボーで次々と相手を薙ぎ倒す。

 

「ま、まさかのパワースタイルね……まるで人が変わったみたい」

 

「ほいっと! ほいっと!」

 

 オレンジが二本のスティックを器用に使いこなし、相手を叩きのめす。

 

「こちらも近距離戦タイプね」

 

 ドトウが眺めている内に、白タイツ集団はほとんど倒されてしまった。

 

「くっ、まだまだ!」

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷参上! 貴様らの邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「⁉ 疾風迅雷まで来たのか!」

 

「『迅雷モード』! そらあっ!」

 

「ぐわっ!」

 

「ふむ……あれはパワー特化モードってことね」

 

 疾風迅雷の戦いぶりにドトウが腕を組んで頷く。

 

「くっ、て、撤退だ!」

 

「あ、逃げた……幹部連中、今日は来なかったのね……ん⁉」

 

 海から巨大なロブスターのような怪獣が現れる。舞が叫ぶ。

 

「怪獣よ!」

 

「か、怪獣⁉」

 

「ここは私たちに任せて!」

 

 テントから戦闘機が飛び出して、怪獣に向かってミサイル攻撃を行う。

 

「あの声は……もしかしてさっきの女団長?」

 

「ええ、プロレスとサーカスは世を忍ぶ仮の姿よ」

 

 首を傾げるドトウに舞が答える。ドトウが頷く。

 

「……成程、『プロレス&サーカスは仮の姿』=『Professional wrestling And Circus Are Temporary Figure』……その頭文字を取ってPACATFというわけね……」

 

「きょ、兄妹揃って、並外れた理解力ね⁉」

 

「当然、だってアタシよ?」

 

 ドトウが舞に向かってどうだとばかりに胸を張る。

 

「べべベアー‼」

 

「⁉」

 

 そこに巨大な熊の顔をした巨人が現れ、怪獣と戦闘機の間に割って入る。

 

「あ、あれはもしかして……」

 

「もしかしなくてもそうよ……」

 

「そ、そうよね……」

 

「いつもここぞというときに助けにきてくれる謎の熊マスク巨人!」

 

「ええっ⁉」

 

 戦闘機から聞こえてくる杏美の言葉にドトウは驚く。

 

「フン!」

 

「強烈なドロップキック! これは決まった! ありがとう、『ベアーマスク』!」

 

 ベアーマスクのキックを喰らったロブスター怪獣は動かなくなる。

 

「倒した……凄いパワーね」

 

「ベアーマスク、カラーズカルテット……彼らもまた、北海道の頼れる地元ヒーローよ」

 

「色々と突っ込みどころがあるけど……まあ、気にしたら負けみたいね」

 

 舞の言葉にドトウはとりあえず頷いておく。



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第14話(4)疾風怒涛、参上

「なんだかんだでプロレスとやらも見てしまったわね……」

 

「どうだったかしら?」

 

「あの奏さん? 彼女が乱入したところの盛り上がりぶりがヤバかったわね」

 

「プロレス好きが高じてつい乱入しちゃったみたいね……気鋭の女性作家が、あんな見事な見事なバックドロップを決めたら、それは会場もヒートアップするわよね……」

 

 ドトウと会話しながら舞が思い出したように笑う。二人に挟まれたジンライが口を開く。

 

「……終わったことはいい! まだ着かないのか! 運転手! スピードを上げろ!」

 

「市電に無茶を言わないの……」

 

 舞が呆れる。ドトウが首を傾げる。

 

「お兄ちゃん、なにをそんなにイライラしているのよ?」

 

「イベントが始まってしまっているではないか!」

 

「イベント?」

 

「ああ、今日函館駅前で、大ヒットを連発している漫画ユニット、『シーズンズ』のトークショー&ライブドローイングが行われる。ファンとしては絶対に見逃せないイベントだ!」

 

「ま、漫画?」

 

「そうか、漫画を知らんか……」

 

「いや、この星で人気のある娯楽でしょう?」

 

「そうだ、シーズンズはその漫画の製作者だ」

 

「ある程度はリサーチしたつもりだけど、そういう名前は聞いたことがないのだけど……」

 

「人気少女漫画家だぞ?」

 

「しょ、少女漫画⁉ お兄ちゃん、少女漫画読むの?」

 

「なにか問題があるか?」

 

「い、いや……」

 

「……あ、これね、配信もやっているみたいよ」

 

 困惑するドトウの横で、舞が端末を確認する。

 

「なに! ……お、これか!」

 

「どれどれ……」

 

 ドトウがジンライのタブレットを覗き込む。司会者の男性が話し始める。

 

「それではトークショーを始めさせて頂きます……シーズンズの皆さんです!」

 

「きゃあああー!」

 

 女性客から黄色い歓声が上がる。四人の端正なルックスの男性が画面に映る。それを見てドトウが困惑する。

 

「よ、四人組なのね……」

 

「連載を複数抱えているからな、一人二人ではなかなか大変なのだろう」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 ジンライの説明にドトウが頷く。四人組が自己紹介を始める。

 

桜花青春(おうかせいしゅん)です! よろしく!」

 

 すらっとしたスタイルで、短い青髪の男性が挨拶する。

 

「その名の通り、青春を題材にした作品が多い。読者の間では『エモい』担当とされている。学園ものやスポーツものが多い、『苦虫マダム』とかな」

 

「どんなスポーツものよ……マダムとエモさはまず結びつかないでしょ……」

 

疾風朱夏(はやてしゅか)です……よろしくお願いします……」

 

 四人組の中では小柄な、少年と言ってもいいルックスの朱髪の男性が挨拶する。

 

「恋愛や日常ものが多い。担当は『尊い』だな」

 

「疾風ってまさか……?」

 

「ええ、はとこよ、ほとんど会ったことはないけど、漫画家になっていたとはね」

 

 ドトウの問いに舞が頷く。ジンライが説明を続ける。

 

「代表作は『手洗いミューズの赤木さん』だ」

 

「どんな恋愛ものよ……」

 

佳月白秋(かげつはくしゅう)だ。よろしく頼む……」

 

 やや斜に構えた態度の白髪の男性が挨拶する。

 

「バトルや歴史ものを多く手掛けている。『エグい』担当だ」

 

「エグい担当?」

 

「主に戦闘描写がな。それが良いという読者もいる。『文具のり』が代表作だ」

 

「文具でどうやってエグさを表現するのよ……」

 

吹雪玄冬(ふぶきげんとう)……よろしく……」

 

 四人の中では一番筋肉質で、黒髪の男性が挨拶する。

 

「『チルい』担当だな。その見た目に反してエッセイ風やほのぼのギャグ作品が多い」

 

「チルいってなに?」

 

「落ち着くような作風ということだ。『今朝、なに食べたっけ?』とかな」

 

「一体どんな漫画よ……っていうか、さっきから一つも知らない漫画ばかりなんだけど」

 

 首を傾げるドトウをよそに、司会者が話し始める。

 

「……皆様にご挨拶頂きました。それではトークショーの方を始めさせて頂きます……」

 

「きゃあー⁉」

 

 女性の悲鳴が響く。舞が驚く。

 

「な、なに⁉」

 

 画面には全身タイツの集団が現れる。観客が散り散りになる。ドトウが指を差す。

 

「こいつら、レポルーとかいう連中じゃない⁉」

 

「函館駅前にもNSPの石を用いたモニュメントがある。それを狙っているのだろう」

 

 ジンライが冷静に呟く。ドトウが問う。

 

「だ、大丈夫なの⁉」

 

「まあ、見ていろ……」

 

「行きますよ!」

 

「なっ⁉」

 

 朱髪の男性の掛け声でシーズンズの四人が前に進み出るのを見てドトウは驚く。

 

「「「「連載開始!」」」」

 

 四人が光に包まれ、一人の姿になる。青と朱と白と黒の四色が混ざり合ったカラーリングのパワードスーツを身に纏っている。

 

「「「「風花雪月(ふうかせつげつ)、見参!」」」」

 

「ヒ、ヒーローだったのね……四人の身体が一つになったわ」

 

「ひ、怯むな! かかれ!」

 

 レポルーの戦闘員たちが風花雪月に飛びかかろうとする。

 

「ページチェンジ!」

 

 風花雪月が青色一色になる。戦闘員たちが驚く。

 

「スーツの色が変わった⁉」

 

「へへっ! エモい攻撃を見せてやる!」

 

 風花雪月は短い棒のようなものを手に構える。

 

「ば、馬鹿め! そのようなもので戦えるか!」

 

「『集中線』!」

 

「⁉」

 

 風花雪月を中心にして、周囲に無数の線状の帯が放たれ、群がった者たちは倒れ込む。

 

「なっ⁉ レ、レーザー光線か⁉」

 

「違うな、これは効果線の一種だぜ」

 

「効果線だと? そ、その短剣から発したのか?」

 

「短剣? いいや、これは丸ペンだ! 『ペンは剣よりも強し』っていうだろう!」

 

「わ、訳の分からんことを! おい!」

 

 戦闘員の一人が銃を発射しようとする。

 

「花さん! 僕が行きます!」

 

「任せたぜ! 風! 『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が今度は朱色一色になる。

 

「尊い気分にさせてあげます! 『トーン:柄』!」

 

「なっ⁉」

 

 銃を構えた戦闘員の周りにキラキラとした球体がいくつも浮かび上がる。

 

「どうです⁉」

 

「こ、心が不思議な高揚感に包まれる……戦いなんて愚かな行為だ……」

 

 戦闘員が胸を抑え、銃を投げ捨てる。風花雪月が笑う。

 

「どうやらここまでのようですね」

 

「い、いや! まだだ! おかしな能力を使いやがって!」

 

 戦闘員のリーダー格が首を激しく左右に振って、風花雪月に殴りかかろうとする。

 

「ふむ……リーダー格だけあって、なかなかの精神力ですね」

 

「風、自分に変わってくれ」

 

「雪さん! お願いします! 『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が黒色一色の姿になる。

 

「これがチルい攻撃かどうか自分でも分からんが……『吹き出し:モノローグ』!」

 

「どあっ⁉」

 

 風花雪月のペンから白い雲のような煙が吹き出る。飛び掛かろうとした戦闘員は押し出されるように吹き飛ばされる。

 

「大声を出すのは苦手だ。周囲への迷惑も考えて、叫び声の吹き出しは極力使いたくない」

 

「ま、またしても妙な能力を!」

 

「いい加減しぶといな……雪、それがしに変われ」

 

「月か、任せた。『ページチェンジ』!」

 

 風花雪月が白色一色に染まり、ペンを掲げる。

 

「エグい攻撃を見せてやる……『効果音』……」

 

「⁉」

 

「『グキ』……」

 

「! がはっ……」

 

 鈍い音と同時に戦闘員が力なく倒れ込み、動かなくなる。

 

「ふん……」

 

「あ、ああ……」「うわあ、ちょっと引くわ……」「奴らの目的を聞きそびれた……」

 

「さ、三人で一斉にしゃべるな! お主らのやり方が生ぬるいからだ!」

 

「レポルーの戦闘員クラスではまるで相手にならんな」

 

 タブレットを眺めていたジンライが淡々と呟く。ドトウが尋ねる。

 

「これは……四人の人格が共存しているの?」

 

「そうだ、流石に察しが良いな」

 

「それで多彩な攻撃が可能ってわけね」

 

「……しばらく時間を置いて、イベントが再開されるだろう。間に合うな」

 

「いや、普通はイベント中止じゃない?」

 

 舞がもっともなことを言う。ジンライが困惑する。

 

「ちゅ、中止するというなら、主催者に抗議するぞ……ん?」

 

「……私の勘が正しければ、この函館の地にヒントがあるわ!」

 

「勘ですか……」

 

 ジンライたちとは少し離れた席に、ショートボブの髪に赤色のカチューシャを付け、黒のトップスに赤いフレアスカート、黒いストッキングを穿いている長身でスレンダーな身体つきの女性とグレーのタートルネックにデニムのGジャンを羽織り、黒のロングスカートを着た、艶のある黒髪ストレートロングの髪型の女性が並んで座っている。ドトウが呆れる。

 

「なによ、美人に鼻の下を長くして……」

 

「い、いや、違う、知り合いだ。貴様ら、何故ここにいる?」

 

「あら? 迅雷くんと舞さん?」

 

「……奇遇ですね」

 

「……そちらの可愛い子は?」

 

「こちらはドトウ、ジンライの妹です」

 

「へえ、妹さん……」

 

「……どなた?」

 

「これは失礼。私、こういうものよ」

 

 女性が名刺を差し出してきたので、ドトウが受け取る。

 

「えっと凸凹(でこぼこ)探偵事務所……代表……平……?」

 

平凸凹(たいらあい)よ。皆デコボコっていうから、それで呼んでもらっても構わないわ」

 

「はあ……」

 

「私は菱形十六夜(ひしがたいざよい)と言います……」

 

「どうも……」

 

「二人ともなんで函館に?」

 

「……私が仲間を探しているのはご存知ですよね?」

 

「ええ、同じ映像クリエイター集団の……」

 

 十六夜の言葉に舞が頷く。十六夜は隣のデコボコを指し示す。

 

「大学が一緒だったという縁もあり、デコボコさんに捜索を依頼したところ、函館が怪しいのではないかという話になりまして……」

 

「そうよ。『北日本の名探偵』と呼ばれている私の推理に間違いはないわ」

 

「さっき、勘とかなんとか言っていただろう……」

 

 胸を張るデコボコを見て、ジンライがため息をつく。十六夜が苦笑する。

 

「まあ、ご先祖様のお参りも出来たので良かったのですが……」

 

「これからどうされるんですか?」

 

「函館駅前のホテルに泊まります」

 

「……そういえば、いつになったら函館駅に着くのだ?」

 

「そろそろ着いても良い頃だけど……ええっ⁉」

 

 舞が窓の外を見て驚く。ジンライが尋ねる。

 

「ど、どうした⁉」

 

「なにかおかしいと思ったら、この電車、反対方向に進んでいるわ!」

 

「な、なんだと⁉ おい、運転手!」

 

「……皆さんを海の底へとご案内します」

 

 運転席から魚の顔をした人間が振り返る。舞が驚く。

 

「は、半魚人⁉」

 

「海の底って⁉」

 

「このままのスピードだと、線路を脱線して、海へと落ちる……!」

 

 ドトウの問いにジンライが答える。ドトウが慌てる。

 

「ど、どうにかしないと⁉」

 

「この電車を止める!」

 

「どうやって⁉」

 

「私に任せなさい! 『凸凹護身術』!」

 

 デコボコが床を叩くと、周囲一帯の地面が隆起したり、沈下したりした。

 

「じ、地面が凸凹に⁉」

 

「これでスピードが緩むはず……えっ⁉」

 

 デコボコは目を疑う。電車が地面の凸凹に対しても、全く速度を緩めなかったからである。半魚人が再び振り返って笑う。

 

「この乗り物自体が生き物と化しています。多少の地形変化も関係ありません」

 

「そ、そんな⁉」

 

「ここは私が……」

 

「なっ⁉ 十六夜ちゃん⁉」

 

 十六夜が腰に掛けていた鞘から刀を取り出す。

 

「『爆ぜろ剣』‼」

 

 十六夜が浅葱色のだんだら模様のドレス姿に変わる。それを見た半魚人が驚く。

 

「き、貴様は⁉」

 

「魔法少女新誠組(しんせいぐみ)副長、菱形十六夜、参る!」

 

「くっ! 疾風舞が狙いだったが、まさか『ビルキラ』が同乗していたとは!」

 

「はっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 十六夜が素早く半魚人の首を刎ねる。ドトウが困惑する。

 

「ど、どういうこと?」

 

「私のことを知っていたということは、あの半魚人は魔界『ツマクバ』の者でしょう」

 

「ま、魔界?」

 

「ええ、私たちはそこで魔法少女ビルキラとして、治安維持活動をしていました」

 

「へ、へえ、魔法少女……」

 

「そこで私たちは『邪悪・即座・滅殺』を合言葉に、日夜活動に励んでいました」

 

「物騒ね!」

 

「当然です。殺るか殺られるかの世界でしたから……」

 

「殺伐としている!」

 

「いやいや、十六夜ちゃん、魔界なんて、そんな非科学的なことあるわけないじゃない~」

 

 デコボコが笑い飛ばす。ドトウが突っ込む。

 

「い、いや、貴女のあの能力は何なのよ⁉」

 

「ドトウ、それはひとまず置いておけ……」

 

「で、でもお兄ちゃん!」

 

「この半魚人を始末すれば、この電車の暴走も止まる……そう考えたのだな?」

 

「ええ……術者を始末するのは基本です」

 

 ジンライの問いに十六夜が頷く。ジンライが首を傾げる。

 

「狙いは分かるが……スピードが緩まんな……」

 

「ま、まだ暴走している⁉ このままじゃ、本当に海に落下しちゃう!」

 

「落ち着け、舞。まずは貴様の身の安全を確保する」

 

「ど、どうやって⁉」

 

「……こうやってだ!」

 

「きゃあ⁉」

 

 ジンライが舞を抱きかかえながら、窓を開け、舞を電車の外に投げる。ドトウが驚く。

 

「な、何を⁉ あっ⁉」

 

 投げ出された舞の体を、青色と白色を基調とした、独特な文様の衣装を身に纏った、やや長い髪を後ろに一つにしばっている小柄な少年が受け止める。少年は超大型犬を一回り大きくしたくらいのリスのような灰色の生き物に跨っている。少年は苦笑する。

 

「……無茶をしますね、ジンライさん」

 

「テュロンに乗って並走している貴様のことは確認済だ」

 

「だ、誰?」

 

「初めましてドトウさん、凸凹探偵事務所の助手、無二瀬(むにせ)マコトです」

 

「な、なんでアタシの名前を⁉」

 

「独自の情報網がありまして……」

 

「こいつのことも今は放っておけ。それよりこの暴走電車だが……おい、迷探偵」

 

「え、私?」

 

「他に誰がいる」

 

「めいのイントネーションが若干引っかかるんだけど……」

 

「気にするな、それよりも貴様の珍妙な護身術の出番だ」

 

「珍妙って。どうするの?」

 

「この電車をとにかく殴りまくれ」

 

「! 分かったわ! うおおっ!」

 

「⁉」

 

 電車が急停止し、立ち上がったような姿勢になる。十六夜が頷く。

 

「なるほど……電車自体が生き物と化していると言っていましたね」

 

「そう。つまり腹の中を叩かれている状態というわけだ……」

 

「‼」

 

「むっ⁉」

 

 電車が空中に飛び上がる。舞が唖然とする。

 

「で、電車が飛んで行った……」

 

「函館駅の方ですね、追いかけましょう!」

 

 マコトがテュロンを別の方角に向けて走らせる。

 

「……どわっ⁉」

 

 電車が函館駅前に落下し、ジンライたちが外に投げ出される。風花雪月が驚く。

 

「な、なんですか⁉」「で、電車か?」「いや、あれはまるで竜だな……」「化け物か」

 

「くっ……電車自体を破壊しなければならないか……」

 

「行けますか?」

 

「今日はもう二回も変身した。正直エネルギー不足だ……」

 

 十六夜の問いにジンライが苦々しい表情で答える。

 

「……ここはアタシに任せて」

 

「ドトウ⁉」

 

「吹けよ、疾風! 迫れ、怒涛! 疾風怒涛(しっぷうどとう)、参上! 邪な野望はアタシがぶっ壊す‼」

 

 真っ赤なスーツに身を包み、真っ赤なマスクを被ったドトウを見て、ジンライが驚く。

 

「そ、そのスーツは……?」

 

「細かいことは気にしない、気にしない、はああっ!」

 

 疾風怒涛の強烈な一撃で化け物と化した電車は粉々に打ち砕かれる。

 

「あ、あのパワードスーツは……?」

 

 駅前にたどり着いた舞が疾風怒涛を見て困惑する。

 

「様々な勢力が入り乱れているということは昨日今日でよく分かったわ。MSP、本気を出して獲りに行かないといけないわね……」

 

 ドトウが淡々と呟く。



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第15話(1)マグロ、乞うご期待

                  15

 

「ふむ……風が心地いいな」

 

「まさか、津軽海峡をこういう形で渡るとはね……」

 

 舞が呟く。ジンライが笑う。

 

「漁船でも拝借するかと思ったが、手間が省けたな」

 

「拝借って、アンタの場合、限りなく強奪でしょう……」

 

「よく分かったな」

 

「そんなのダメよ、絶対」

 

「緊急事態だぞ?」

 

「それでもダメよ」

 

「ダメと言われると、やりたくなるのが銀河一のヴィランだ」

 

「銀河一の子供か」

 

「冗談だ。こうして平和的手段をとっただろう?」

 

「まさか、ドッポが船にも変形出来るとはね……」

 

 舞が自分の乗る船を見る。ドッポの電子音声が響く。

 

「ハカセガカイリョウヲクワエテクレマシタ」

 

「おじいちゃん凄いわね……ってか、根本的な大きさが変わっているような気が……」

 

「コマカイコトハイイッコナシデス」

 

「そうだ、あまり気にするな」

 

「まあ、いいけど……」

 

「しかし、思った以上に早く到着出来そうだな」

 

 ジンライが端末の時計を確認する。舞が問う。

 

「MSPの信号をキャッチしたんだっけ?」

 

「ああ、大二郎の研究仲間がMSPの鉱石に取り付けた装置が危険を察知すると、信号を発する仕組みだ。東北地方と新潟県の各エリアに散らばっている」

 

「一か所に固めておけば良いのに、散らばっているのはまた考えがあるのかしら?」

 

「ああ、恐らく良からぬな」

 

 ジンライが笑みを浮かべる。舞がため息をつく。

 

「研究仲間さんも似たもの同士ってことね……」

 

「だからお仲間なんだろうな」

 

「危険を察知したっていうのはどういうことかしら?」

 

「あくまで予測だが、MSPの持つ力を狙う勢力でも動いているんだろう」

 

「それは誰?」

 

「さあな、もう少し事態が動いてみないとどうにも分からん」

 

 ジンライが両手をわざとらしく広げ、首を左右に振る。

 

「それもそうね……」

 

「対岸に到着するまで、船室に戻っていよう」

 

「ええ」

 

「いや~ドッポ様様だね~コタツまで完備しているとは~」

 

 ジンライと舞が船室に戻ると、コタツに入ったアイスが笑顔で二人を出迎える。

 

「季節が真逆でしょう。どんだけ寒がりなのよ……理解に苦しむわ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 ジンライがアイスの近くに座っているドトウの頭に軽くチョップを入れる。ドトウが唇を尖らせる。

 

「痛いな~お兄ちゃん、何してんのよ?」

 

「だからそれもこっちの台詞だ……何故貴様までここにいる」

 

「今日、学校を休んだでしょう? それはなんて説明しているんだっけ?」

 

「素直にMSPの防衛に向かうというのも情報機密的に問題がありそうだしな……フィールドワークと伝えてある。レポートを提出すれば単位の問題はない」

 

「そのレポート作成のお手伝いよ」

 

「ドトウ、貴様、どういうつもりだ? 学校に編入するなどと言い出して……」

 

「しかも兄妹なのに、ちゃっかり同じクラスになっちゃったしね……」

 

 舞が首を傾げる。ドトウが笑う。

 

「その辺の個人データ改ざんなんてお手の物よ」

 

「俺様が聞きたいのはどういうつもりだということだ」

 

 ジンライが座って、ドトウに顔を近づける。

 

「なんていうか……地球を対象にした、フィールドワークよ」

 

「あのスーツはなんだ?」

 

「え?」

 

「俺様のスーツに似ている。俺様のスーツと同様に我が母星、ドイタール帝国の技術は用いられていない。あれを誰に用意してもらった?」

 

「う~ん、それは秘密かな~」

 

 問い詰めるジンライをドトウははぐらかす。ジンライはムッとする。

 

「秘密だと、ふざけるなよ……」

 

「女の子には秘密が一杯あるものだって、少女漫画読者なら分かるでしょう……フン!」

 

 アイスが鼻をかむ。ジンライが応える。

 

「そういうかわいらしい問題ではない……大体だな、本当になんで貴様がここにいる? 函館の防衛を頼んでいたはずだが……」

 

「ジッチョクに任せたよ」

 

「不安が残るな……」

 

「ウチもこっち方面に用事があるんだよ」

 

「用事? なんだ?」

 

「それは秘密」

 

「だからふざけるな……⁉」

 

 船が大きく揺れる。ドッポの音声が船室に響く。

 

「ナニモノカニヨルコウゲキヲウケテイマス!」

 

「なんだと⁉」

 

 ジンライたちが船室に出ると、大量のマグロが船に向かって体当たりしてきている。

 

「こ、これは……⁉」

 

「知っているのか、舞!」

 

「大間のマグロ! でもまだ時期じゃないはず……」

 

「いや、あれはマグロであって……ズズ……マグロじゃない……」

 

 アイスが鼻をすすりながら呟く。舞が尋ねる。

 

「アイス! どういうこと⁉」

 

「あれは人気ゲームに登場するマグロだよ」

 

「ゲ、ゲーム⁉」

 

「うん、『Maguro Grand Order (マグログランドオーダー)』、通称『MGO』の人気キャラクターだよ」

 

「は、初耳のゲーム! しかもそれならグランドオーダーの意味がない略称!」

 

「『マグロ、乞うご期待』ってCM知らない?」

 

「あ、あれってゲームの宣伝だったの⁉」

 

 アイスの説明に舞が困惑する。ジンライが呟く。

 

「ゲームのキャラクターを実体化させるということは、あいつらの仕業か……」

 

「そうみたいね」

 

 アイスが頷く。ドトウが尋ねる。

 

「お兄ちゃん、どうするの?」

 

「片っ端から釣って食べても良いんだが……」

 

「美味らしいわね、大間のマグロって」

 

「ただ、ゲームのキャラクターなら、食べられないだろうな……」

 

「なんだ、残念」

 

「まあ、それは対岸に着いてからだ。今は……」

 

「今は?」

 

「このうっとうしい連中を片付けるぞ!」

 

「分かった!」

 

 ジンライとドトウが並んでポーズを構える。

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷、参上! 邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「吹けよ、疾風! 迫れ、怒涛! 疾風怒涛、参上! 邪な野望はアタシがぶっ壊す‼」

 

 ジンライとドトウが変身し、船を包囲するマグロの大群と相対する。



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第15話(2)凍らせてみる

「『疾風モード』! はああっ!」

 

「『疾風モード』! ええいっ!」

 

 疾風迅雷と疾風怒涛が船の周りに群がるマグロを一掃する。舞が唸る。

 

「す、素早い攻撃……」

 

「……」

 

「なによ? お兄ちゃん、じっと見て」

 

 ドトウがジンライに尋ねる。ジンライが口を開く。

 

「一度に多数を相手にすることを想定したモードだな……」

 

「ええ、そうね」

 

「設計思想まで似通っているとは……ますますもって怪しいな」

 

「怪しいだなんて酷い言い草ね」

 

 ドトウが苦笑する。

 

「なにを企んでいる?」

 

「企んでなんていないわよ」

 

「百歩譲って、貴様が何も企んでいなかったとしても……貴様にそのスーツを与えた者が何やら怪しいな……」

 

「そう? お兄ちゃんの気のせいじゃない?」

 

「そんなわけがないだろうが……!」

 

 再びマグロの大群が現れ、船体にぶつかってくる。ドトウが叫ぶ。

 

「第二波ってこと⁉ 厄介ね!」

 

「何度でも追い払ってやる!」

 

 ドトウとジンライがマグロの大群に立ち向かう。

 

「本当のマグロだったら、漁師さんが血の涙を流して喜ぶだろうね」

 

「アイス、そんな呑気なことを言っている場合じゃないでしょう……」

 

 舞がアイスを冷ややかな目で見つめる。

 

「しかし、あの妹ちゃんもヒーローだとはね~」

 

「この場合はヒーローというか、パワードスーツ着用者と言った方が良いかしらね……」

 

「あのスーツもおじいちゃんの造ったものじゃないの?」

 

「確認したけど、知らないって言ってたわ」

 

「本当? こう言っちゃなんだけど、あのおじいちゃん、信用出来ないところがあまりにも多すぎるからな~」

 

「身内ながら、反論が出来ないわね……」

 

 舞が軽く頭を抑える。アイスが呟く。

 

「……まあ、とりあえずあの兄妹に任せておいて大丈夫っしょ」

 

「ちょ、ちょっと、アイス、どこに行くのよ?」

 

「船室に戻るよ、寒いから」

 

「マイペース過ぎるでしょう……」

 

 アイスと舞がそんなやり取りをしている間に、ジンライたちはマグロの第二波を追い払ってみせていた。ジンライが呼吸を整えながら呟く。

 

「はあ、はあ……ざっとこんなものだ……」

 

「はあ、はあ……お兄ちゃん、息が上がっていない?」

 

「そういう貴様はどうなんだ?」

 

「アタシにとってはちょうど良いウォーミングアップよ」

 

「ふん、抜かせ……」

 

 ジンライがドトウの言葉に苦笑いを浮かべる。

 

「そろそろ向こう岸に着くかしら……きゃっ⁉」

 

 船が再び揺れる。ドッポの音声が響く。

 

「サキホドヨリモタイリョウノマグロガムラガッテキテイマス!」

 

「ちいっ! しつこいな!」

 

「コレイジョウ、センタイニブツカラレルト、サスガニキケンデス!」

 

「だってよ、お兄ちゃん!」

 

「船の下に潜られると厄介だな! そこまでの水中戦は想定していない!」

 

「どうするの⁉」

 

「こうする! 『意思を表示』!」

 

 疾風迅雷の着るスーツのカラーリングが全身銀色に変化する。それを見たドトウは驚く。

 

「⁉ そ、それは⁉」

 

「疾風迅雷の数あるフォームの一つ、『メタルフォーム』だ!」

 

「メタルフォーム……」

 

「行くぞ! 『エレクトリカルダイブ』!」

 

「⁉」

 

 ジンライは海中に飛び込むと同時に、凄まじい電流が流れ、周囲一帯の海中から、大量のマグロが浮かんでくる。やや間を置いてジンライが船に上がってくる。

 

「……ざっとこんなものだ」

 

「ジンライサマ、タイヘンデス!」

 

「どうした?」

 

「タダイマノデンゲキノエイキョウデ、コチラノボディニシンコクナダメージガ……! コウコウヲツヅケルノガムズカシクナッテシマイマシタ……!」

 

「なんだと⁉」

 

「いや、大体予想つくでしょう……お兄ちゃん、アホなの?」

 

「ア、アホとはなんだ! アホとは!」

 

「素直な感想を述べたまでよ」

 

「サラニワルイシラセデス!」

 

「今度はなんだ⁉」

 

「マグロノタイグンガマタセマッテキテイマス!」

 

「ならばもう一度、エレクトリカルダイブを……!」

 

「その『ヘクトパスカルライブ』禁止!」

 

「エレクトリカルダイブだ!」

 

「どっちでもいいわ! ドッポが持たないでしょう⁉ お兄ちゃん、バカなの⁉」

 

「バ、バカとはなんだ、バカとは! このままでは沈められてしまうぞ!」

 

「ア、アイス! マズい状況よ!」

 

 舞がアイスに声をかける。

 

「う~ん、コタツから出たくない……」

 

「そんなこと言っている場合じゃないわよ! このままだと、皆で海にドボンよ!」

 

「! そりゃあ大事だね……」

 

「だからそう言っているでしょう!」

 

「仕方がないな~」

 

 アイスが船室の外に出てくる。舞が状況を説明する。

 

「マグロがさらに量を増やして襲ってきているのよ!」

 

「フリージング! ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

 アイスが変身する。ジンライが声を上げる。

 

「来たか! 手を貸してくれ!」

 

「言われなくても……!」

 

「どうする気なの⁉」

 

「こうする気! 『アイスリンク』!」

 

 ファム・グラスが両手をかざすと、周囲の海がたちまち凍り付く。ドトウが驚く。

 

「えっ⁉ う、海を凍らせた……⁉」

 

「この氷はしばらくしたら溶けるから……その間にゲームキャラのマグロは無力化するはず。今の内にさっさと渡っちゃおうよ」

 

「う、うむ、ドッポ!」

 

「シャリョウモードニヘンケイシマス……」

 

 四駆の車に変形したドッポに乗って、ジンライたちは対岸に到着する。

 

「な、なんとか着いたわね……」

 

 舞がホッと胸を撫で下ろす。ジンライが呟く。

 

「さて、目的地まではもう少しあるが……」

 

「そういえば目的地ってどこなの? アイスも一緒みたいだけど」

 

「恐山だ」

 

「お、恐山⁉ す、凄い響きね……」

 

 ジンライの答えにドトウは身構える。



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第15話(3)ちょっとしたオフ会

「モウスグ、オソレザンデス……」

 

「思ったよりはおどろおどろしい雰囲気じゃないわね」

 

 車窓から周囲を眺めてドトウが呟く。舞が苦笑する。

 

「偏ったイメージを抱きがちなのよ、日本人もそんなところあるけど……」

 

「……目的地ってここなの?」

 

 モニターを覗き込んだアイスがジンライに尋ねる。

 

「なんだ、今更」

 

「てっきり霊場の方かなって思って……」

 

「なにか問題があるのか?」

 

「いや、かえって都合が良いね。ウチもそちらに用事があるから」

 

「用事とはなんだ?」

 

「まあ、それはいいじゃん」

 

「……トウチャクシマシタ」

 

「ここは……学校?」

 

「ああ、『恐山学園』だ」

 

 ドトウの問いにジンライが答える。

 

「ここに学校があったとは……」

 

「城郭内の学校に通う人が驚くことじゃないでしょう」

 

「そう言われるとそうなんだけど……」

 

 ドトウの言葉に舞が苦笑いを浮かべる。ジンライが進む。

 

「ちょ、ちょっと待ってジンライ。もしや……」

 

「そのもしやだ。この学園の敷地内にMSPの石を使った石碑が建っている」

 

 舞の疑問にジンライが答える。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「どうやら俺様たちの方が先に着いたようだな……」

 

「そうね、怪しげな連中は見当たらないわ」

 

 ジンライとドトウが周囲を見回す。舞が首を傾げる。

 

「それならどうするの?」

 

「警戒が解かれるまではここにいた方が良いだろう」

 

「仕掛けてくるのを迎撃するって形になりそうね」

 

「ああ、だが、そんな気配が今の所微塵もないな……」

 

「……暇ね、お兄ちゃん」

 

「そうだな……ちょうど湖沿いだ。キャンプでもして待つか」

 

「学園の敷地内でそんなことしたら、私たちこそ怪しげな連中でしょう!」

 

 舞が声を上げる。ジンライが首を捻る。

 

「ふむ……だが、何故だ?」

 

「……それは結界さ張っているからです……」

 

「⁉ 誰だ⁉」

 

 ジンライたちが声の先に視線を向けると、セーラー服を着た三つ編みを二つ結びの髪型をした女の子が立っている。少し赤いほっぺたが特徴的である。アイスが首を傾げる。

 

「貴女はもしかして……」

 

「はい、わは峰重(みねしげ)りんごです」

 

「おおっ! りんごちゃん、会えて良かったよ~」

 

 アイスが抱き着く。りんごと呼ばれた女の子は嬉しそうだが、少し戸惑う。舞が問う。

 

「アイス、知り合い?」

 

「うん、SNSで知り合ってさ~。ファム・グラスのファンだって言うから……」

 

「え? アンタ、SNSやってんの?」

 

「地元ヒーローたるもの、情報発信は欠かせないよ~。人気も大事な要素だからね~」

 

「そ、そういうものなの……」

 

「で、DMをくれて、何度かやりとりしてたら仲良くなってね~じゃあ、会おうよって……ただ、りんごちゃん、本名でSNSをやるのはネットリテラシー的におススメしないよ~」

 

「貴様には言われたくないだろう……」

 

 ジンライが呆れる。ドトウがりんごに問う。

 

「ファム・グラスのどこが好きなの?」

 

「え? そ、そうですね……なんといっても凛々しいところですかね……」

 

「うん」

 

「後は優雅かつ強いところ……」

 

「うんうん」

 

「さらに、あのキャラクターが具現化したかと思わせるような外見……」

 

「あ~! ま、まあ、その辺にしておこうか~!」

 

 アイスがいきなり声を上げる。舞が首を傾げる。

 

「どうしたのよ?」

 

「な、なんでもないよ、ははっ……」

 

「……まあいい、結界とはつまりバリアの類か?」

 

「は、はい……邪な気持ちを持った者はこの学園の中さ入ってこれません……」

 

 ジンライの問いにりんごが答える。ドトウが笑みを浮かべて呟く。

 

「銀河一のヴィランさんが入ってこられているのにね、見かけ倒しかな~?」

 

「うるさいぞ、ドトウ……。そういうことなら、俺様が来るまでも無かったか……!」

 

 学校の校舎のサイレンが鳴る。そちらに視線をやると、武装した兵士が数十人、学園の校舎で暴れ始めている。りんごが驚く。

 

「あ、あいっしぇー⁉ ど、どうして⁉」

 

「あれは人気スマホゲームのザコキャラだね……学生のスマホから侵入したんだ」

 

「ゲームのキャラクターに乗り移れるとは、やはり奴らの仕業か……」

 

 ジンライの呟きにアイスが頷く。

 

「うん、様々な次元を移動することの出来る多次元犯罪組織、『ミルアム』だよ」

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷、参上! 邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

 ジンライが疾風迅雷に変身する。舞が叫ぶ。

 

「ど、どうするの⁉」

 

「一気にケリをつける! 『メタルフォーム』! 『ホーミングマシンガン』!」

 

 疾風迅雷がメタルフォームになると、マシンガンを発射する。多数の弾丸が飛ぶが、すべてが弧を描き、兵士たちを正確に射抜く。ドトウが感心する。

 

「全弾追尾機能付きのマシンガンとは……校舎を壊さずに、ザコを一掃したわね」

 

「ふん、ざっとこんなものだ……」

 

「誰かと思えば君達か……」

 

「⁉」

 

 校舎の上に重武装した兵士が立っている。アイスが声を上げる。

 

「その声はミルアムの幹部、プロフェッサーレオイ!」

 

「ここで出会うとはな……君との戦いも毎度それほど面白くはない……ご退場頂こう!」

 

 レオイがバズーカ砲を構える。アイスがポーズを取って叫ぶ。

 

「フリージング! ファム・グラス、参上! 愛すべきこの三次元の世界はウチが守る!」

 

 アイスがファム・グラスに変身する。レオイがそちらに向けてバズーカ砲を発射する。

 

「ふん!」

 

「なんの! 『アイスボール』!」

 

 ファム・グラスが手をかざすと、バズーカ砲の砲弾がたちまち凍り付く。

 

「むっ⁉」

 

「重火器類はウチとは相性が悪いよ~研究不足だね~」

 

「ふ、ふん、それならば、奥の手だ! 出でよ!」

 

「なっ⁉」

 

 学園に近い湖から巨大な竜が出現する。ジンライが舌打ちする。

 

「あまり詳しくはないが、あのゲームのボス級キャラか。手こずりそうだな……」

 

「……わに任せて下さい」

 

 りんごが前に進み出る。アイスが驚く。

 

「りんごちゃん⁉」

 

「変化!」

 

「‼」

 

 りんごが巫女装束のような恰好に変わったことにジンライたちは驚く。りんごが叫ぶ。

 

「『めんこいイタコ』参上! わに会ったら、そこでへばな!」



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第15話(4)次元を超えるイタコ

「いわゆる巫女さんの恰好とはまたちょっと違うような……」

 

「青い袴だしね」

 

 舞の言葉にアイスが頷く。りんごが頭を掻く。

 

「まあ、ちょっとしたオリジナリティっていうか……本当は袴もわざわざ穿かなくてもいいんすけど、雰囲気づくりの一環というが……」

 

「色々と工夫してるのね……」

 

「そうだよ~地元ヒーローは一日にしてならず!ってね~」

 

 舞が感心する横でアイスが腕を組んで頷く。ドトウが叫ぶ。

 

「そんなことより、アイツをどうするのよ!」

 

 ドトウが巨大な竜を指差す。レオイが笑う。

 

「まあ、レベルも初期の段階で、強ボスと遭遇してしまうのもよくある話だ……」

 

「そんな、ちょっと前のRPGじゃないんだから!」

 

 アイスが声を上げる。レオイが手を掲げて叫ぶ。

 

「喰らえ!」

 

 巨大な竜が大きな氷塊を吐き出す。

 

「ぐおっ⁉」

 

「お兄ちゃん⁉」

 

 ジンライが氷塊に弾き飛ばされる。

 

「う、打ち砕こうとしたが、硬いな……それにあのスピード……厄介だ」

 

「ははっ! どんどん行くぞ!」

 

 レオイの言葉通り、氷塊が次々と吐き出される。

 

「くっ! 受け止めようとするのは難しい、各自回避行動を取れ!」

 

「舞! りんごちゃん!」

 

「ドトウサマ!」

 

 アイスが舞とりんごを両脇に抱え、滑りながら氷塊の雨をかわす。ドトウもドッポに乗り込んで、一旦距離を取る。それでも氷塊は学園のグラウンドに降り注ぎ続ける。

 

「ちっ、どうするか……」

 

 氷塊を回避しながら、ジンライは舌打ちをする。

 

「吹けよ、疾風! 迫れ、怒涛! 疾風怒涛、参上! 邪な野望はアタシがぶっ壊す‼」

 

 ドトウが疾風怒涛に変身する。

 

「どうするつもりだ、ドトウ⁉」

 

「こうするつもりよ!」

 

「なっ⁉」

 

 疾風怒涛が降り注ぐ氷塊を足場代わりにして、器用にジャンプしていき、巨大な竜に迫る。

 

「う、うまい! 竜の懐に入れる!」

 

「アクションアールピージーノヨウリョウデスネ」

 

 舞とドッポが感心している内に、疾風怒涛が竜に接近する。

 

「生憎、巨大なモンスターを相手にした経験は少ないけど、生き物ならば喉元搔っ切ればそれで終いでしょう⁉」

 

「甘いな!」

 

「⁉」

 

 突然、猛吹雪が吹き、疾風怒涛はそれに押し流され、地面に落下する。ジンライが叫ぶ。

 

「ドトウ!」

 

「な、なんとか、大丈夫……」

 

 ドトウは倒れ込みながらも片手を挙げる。いつの間にか空が薄暗くなり、強い吹雪が吹き荒れている。舞が戸惑う。

 

「て、天気が急変した……」

 

「天候操作とか、なるほど、いよいよ強ボス感あるね……」

 

 アイスが苦笑する。レオイが不敵な笑みを浮かべる。

 

「この地の持つ独特な空気もこのキャラを具現化するのに適していたのかもな……」

 

「くっ、まずこの吹雪による視界の悪さをなんとかせねば……」

 

 ジンライが顔をしかめる。

 

「ここはわに任せて下さい!」

 

 めんこいイタコが進み出る。アイスが驚く。

 

「めんコちゃん⁉」

 

「もう略称で呼んでる⁉ ギャルの距離の詰め方!」

 

 愛の言葉をよそにジンライがめんこいイタコに尋ねる。

 

「どうするつもりだ?」

 

「こうします! 『二次元降霊』!」

 

「⁉」

 

 めんこいイタコがゲームの魔法使いのような恰好に変化し、手に持った杖を掲げる。

 

「『聖なる光』!」

 

 杖から発せられた眩い光が薄暗い空をあっという間に明るく照らす。光の熱によるものか、吹雪もすっかり止む。レオイが驚く。

 

「なっ⁉」

 

「あの恰好は国民的RPGでストーリーの途中で亡くなったヒロインのコスチューム……それに全く同じ魔法を使っていた……」

 

 アイスが信じられないといった表情でめんこいイタコを見る。めんこいイタコは衣服の裾をつまみながら照れ臭そうにする。

 

「ははっ、この恰好さ、露出が多くてめぐせ……」

 

「も、もしかして、めんコちゃん……」

 

「ふ、吹雪を止めたくらいで良い気になるなよ!」

 

「!」

 

「まだこれがある!」

 

 レオイが再び手を掲げると、竜がさらに大きな氷塊を吐き出した。グラウンドの半分以上を覆いつくすほどの大きさである。ドトウが驚く。アイスが頭を抱える。

 

「お、大きい!」

 

「あのサイズじゃ避け切れない!」

 

「ちっ……」

 

 ジンライが舌打ちする。そこに再びめんこいイタコが前に進み出る。

 

「ここもわに任せて!」

 

「‼」

 

 めんこいイタコがワイルドな服装の男性の姿に変化し、拳を突き出す。

 

「『火炎の拳』!」

 

「⁉」

 

 めんこいイタコの拳から巨大な火の玉が発生する。火の玉は氷塊を溶かし、さらに竜をも飲み込んでしまった。愛が呆然と呟く。

 

「す、すごい……」

 

「……形勢逆転か?」

 

「ま、まさか、あの竜を……ここは撤退しよう!」

 

 レオイが姿を消す。

 

「ふう……」

 

「! だ、大丈夫⁉」

 

 元の姿に戻ったりんごが倒れそうになったため、アイスが慌てて抱き留める。

 

「こ、この降霊は特に体力を消耗するので……」

 

「やっぱり……」

 

「アイス、どういうこと?」

 

 ドトウがアイスに問う。

 

「彼女は漫画やアニメやゲームの……いわゆる『二次元世界』の亡くなったキャラクターを降霊させることが出来るんだよ。そしてその力で戦えるんだ」

 

「さきほどの男は国民的漫画で死ぬキャラクターだったな」

 

「そ、そんなことが出来るの? イタコの方って……」

 

 ジンライが腕を組んで頷く横で、愛が戸惑う。りんごが呟く。

 

「近年、高まってきたニーズに応えるべく、一生懸命修行しました……」

 

「た、大変なのね……」

 

「時代の変化に適応せねばいけませんから……いごともあります。コスプレし放題です」

 

「ふっ、趣味と実益を兼ねた能力というわけか……」

 

 笑顔を浮かべるめんこいイタコに対し、ジンライが笑みを浮かべる。



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第16話(1)花巻へ

                  16

 

「ここが花巻か……」

 

「雰囲気の良い、落ち着いた街ね」

 

 舞がジンライの呟きに応える。

 

「……」

 

「どうかしたのか、ドトウ?」

 

「ええっと。MSPの反応があったということだけど……」

 

「ああ」

 

「質問したいことが三つほどあるわ」

 

 ドトウが右手の指を三本立てる。

 

「け、結構あるな……」

 

「いいかしら?」

 

「ああ」

 

「まず一つ……何故新幹線で移動?」

 

「え?」

 

「え?ってドッポで車移動も出来たわよね?」

 

「まあな……」

 

「どうして?」

 

「どうしてって、時間的な問題だ」

 

「時間的って飛行機もあるわよね?」

 

「単純に……」

 

「単純に?」

 

「乗ってみたかったのだ、新幹線に……」

 

 ジンライは鼻の頭をこする。

 

「乗ってみたかったって、そんな子供みたいな好奇心で……」

 

「好奇心ではない……」

 

「え?」

 

「探求心だ」

 

「は?」

 

「この地球という星の……日本の科学技術レベルを体感しておくに越したことはない」

 

「ふ~ん……」

 

 ドトウが首をすくめる。ドッポが声をかける。

 

「ドトウサマ、ワタシにナイゾウサレテイル、『ウソハッケンキ』ヲシヨウナサレマスカ?」

 

「そ、そんなのあるの?」

 

「ハイ」

 

「う~ん、まあいいや」

 

「リョウカイシマシタ……」

 

「どう? 日本の高速鉄道は?」

 

 舞がドトウに尋ねる。

 

「うん、なかなか良かったわ……特に……」

 

「特に?」

 

「駅弁が良かったわ」

 

「ああ~」

 

「美味しかったわ」

 

「色んな種類のお弁当が各駅にあるからね~」

 

「え? 各駅に⁉」

 

「そう、帰りは違うのを食べてみても良いんじゃないかしら?」

 

「そ、それは楽しみね……」

 

 ドトウは口元をハンカチで拭う。ジンライが呆れる。

 

「ドトウ、よだれをたらしたのか? だらしない……うおっ⁉」

 

 ドトウがジンライの頭を小突く。

 

「大声で言わないでよ、お兄ちゃん、デリカシー無さすぎ……」

 

「今のはジンライが悪い」

 

 舞がうんうんと頷く。

 

「くっ……」

 

「それでもう一つの質問なんだけど……」

 

「ああ」

 

「何故に花巻を選んだの?」

 

「うん?」

 

「街の規模なら盛岡でも良かったと思うんだけど……」

 

「余裕があれば帰りに寄ってもいいぞ?」

 

「え?」

 

「……『わんこそば』は、祖先から伝わる「おもてなしの心」から生まれたこの地独特の伝統食文化だ。宴席で 大勢の客をもてなすために考えられたと伝えられている。一口大の小分けにした蕎麦を様々な薬味と共にたっぷりと味わうことが出来る。店舗によっても異なるが、15杯前後で通常のもりそば一杯分だと言われている。食べられるなら百杯だって、何杯だって食べても構わん」

 

「な、何杯だって……」

 

 ドトウが顎に手を当てる。

 

「ああ、給仕との掛け合いも楽しめる、盛岡の代名詞とも言える食文化だ」

 

「私は『盛岡冷麺』を推すわ。小麦粉とでんぷんによる強いコシの麺が独特の歯ざわりを生み出しているの。スープは牛骨・鳥肉等を煮込んで味付けしており、 飲み心地良くコクもたっぷりでキムチの辛さとぴったり。辛いのが苦手な人もキムチの量で辛さを調節することができるし。そして、 ゆで卵、キュウリ、季節の果物などが盛りつけられることによって多彩な味を楽しめるわ」

 

「ほ、ほう……」

 

 舞の説明にドトウが頬をさする。

 

「『モリオカジャジャメン』モオススメデス。メントトクセイノミソヲマゼアワセ、オコノミデカクシュチョウミリョウヲクワエテタベテクダサイ。タベレバタベルホド、クセニナルアジワイデス」

 

「ご、ごくり……」

 

 ドッポの説明にドトウが唾を呑み込む。舞が笑う。

 

「ふふっ、なんだかドッポの説明が一番効果的みたいね」

 

「プレゼンハトクイデスカラ」

 

 ドッポが誇らしげに呟く。

 

「い、いや、それは良いのよ、だからなんで花巻に?」

 

「この岩手県は、日本の都道府県で北海道を除けば、一番広いエリアだ……」

 

「あ、ああ……」

 

「このエリアではMSPが各地で広く点在している。この花巻を拠点にしておくと、どこで異変が起こっても、一番駆け付けやすいだろうと判断した」

 

「ふむ……」

 

「盛岡には地元ヒーローが十分間に合っているという……そこまで焦る必要はないのだろうとも考えた」

 

「ああ……」

 

「納得いったか?」

 

「まあ……最後にもう一つ」

 

「まだあるのか?」

 

「楽しみだな~舞! お前との花巻デート! 目当てはやっぱり『キーマスープ』!」

 

 ジッチョクがこれ以上ない満面の笑みで舞に語りかける。

 

「……それを言うなら『イーハトーブ』でしょ?」

 

「ああ、それだそれ!」

 

「……言っておくけど、食べ物じゃないわよ」

 

「ええっ⁉」

 

「デートとかいうならキチンと下調べくらいしてきてよね……あ、まずホテルにチェックインしなきゃ……あっちね」

 

「そ、そんな……」

 

「……なんであいつまで呼んだのよ?」

 

 ドトウがガックリと膝を落とすジッチョクを指し示しながら問う。



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第16話(2)歓声の多い料理店

「ふむ……これでとりあえず花巻各地のMSPはひととおり確認したな……」

 

 花巻の市街地に戻ってきたジンライは車から降りて呟く。

 

「……コンゴハドウサレマスカ?」

 

 車から通常の形態に戻ったドッポが問う。

 

「……夕食には少し早いが、軽く食事でもとるか……どうだ?」

 

「いいわよ」

 

「ええ」

 

 舞とドトウが頷く。

 

「決まりだな」

 

「いや、俺にも聞けよ」

 

 ジッチョクが口を開く。

 

「なんだ、放っておけばなんでも食べるだろう、貴様は」

 

「酷い言われようだな」

 

「腹が減ってなくても、どこかで落ち着いて話をしておきたいと思ってな」

 

「ああ、そういうことか、構わないぜ」

 

「では、ドッポ……」

 

「ハイ、ケンサクシマス……コノジカンニエイギョウシテイルオミセハ……ココカラナントウニジュップンアルイタバショニアリマス」

 

 ドッポが空中に映し出した地図をジンライが見る。

 

「む、通り道にちょうど見落としていたMSPがあるな。確認がてら、この店にいくとするか……」

 

 ジンライたちは揃って歩き出す。

 

「美味しいのかしら?」

 

「コノアタリデハイチバンニンキノオミセデス」

 

 舞の問いにドッポが答える。

 

「へえ、それは楽しみね」

 

 ドトウが笑みを浮かべる。ジッチョクが尋ねる。

 

「なんていう名前の店だ?」

 

「『ヤマネコテイ』デス……」

 

「『山猫亭』?」

 

「ふふっ、なんだか注文が多そうね……」

 

 舞が微笑む。ジッチョクが首を傾げる。

 

「どういう意味だ、舞?」

 

「はあ、もうちょっと教養をつけなさいよ……」

 

 舞が呆れながら先を歩く。ジッチョクが焦る。

 

「マ、マズいぞ……舞のポイントが下がっている……!」

 

「そう焦らなくてもいいわ……」 

 

「え?」

 

 ジッチョクがドトウを見る。

 

「元々ポイントなんて貯まってないわよ」

 

「ええっ⁉」

 

「おい、さっさと行くぞ」

 

 愕然とするジッチョクにジンライが振り返って声をかける。

 

「トウチャクシマシタ……」

 

「ここが『山猫亭』か……」

 

「なるほど、素敵な雰囲気ね……」

 

「入るぞ」

 

「いらっしゃいませ♪」

 

 銀髪をセンター分けにした、長身のハンサムなルックスの青年が迎え入れる。

 

「4名だ」

 

「かしこまりました。こちらの窓際の席にどうぞ」

 

 銀髪の青年はジンライを席に案内する。

 

「……」

 

「こちらがメニューになります」

 

「……を頼む」

 

「かしこまりました。少々お待ちください……」

 

 青年は軽く一礼すると、カウンターに向かい、厨房に声をかける。厨房の椅子に腰かけていた、短髪の黒髪の青年が立ち上がる。精悍な顔つきをしているこの青年はコック帽を被り直し、注文を確認すると、料理にとりかかる。ほどなくして、料理が運ばれてきた。ジンライたちは料理を口にする。

 

「この『天の川パスタ』、美味しい~♪」

 

「ありがとうございます」

 

 銀髪の青年が頭を下げる。

 

「こんなに美味しいのに、期間限定なんですか?」

 

「はい、夏季のみです」

 

「どうして?」

 

「当店では季節ごとに見られる星座にちなんだメニューを提供しています。こちらは夏の星座の代表格である『夏の大三角形』を形成するベガとアルタイル……いわゆる七夕伝説から着想を得ています」

 

「へ~ロマンチック~」

 

 銀髪の青年の澱みのない説明に舞が感心したように頷く。

 

「……これは美味しいわね、シェフを呼んできてちょうだい」

 

 ドトウが銀髪の青年に声をかける。

 

「かしこまりました。お待ちください」

 

 青年が厨房に声をかける。シェフの青年がドトウの近くまできて、コック帽を取って頭を下げる。ドトウが尋ねる。

 

「『シェフの気まぐれ料理』を頼んだのだけど、何故こういう味付けに?」

 

「はい。失礼ながら、さきほど食された駅弁と食べてみたい駅弁の話をされていたのが耳に入ったので、それとは違った味付けにさせてもらいました」

 

「! そんなわずかな時間で……なかなかやるわね」

 

「駅弁に関しては頭に入っておりますので……ありがとうございます」

 

 シェフの青年があらためて頭を下げる。銀髪の青年が告げる。

 

「それでは引き続きお食事をお楽しみください」

 

「は~い」

 

「そうさせてもらうわ」

 

「ふん、気に入らんな……」

 

 ジンライが頬杖をつく。

 

「シットハミットモアリマセン」

 

「うるさい……」

 

 ジンライがドッポを小突く。ジッチョクが食事をすすめる。

 

「うん……このキーマスープカレー、美味いな!」

 

「……おい、ジッチョク」

 

「なんだ?」

 

「なんだ?じゃない、本当にレポルーがこの岩手県を狙っているのか?」

 

「ああ、間違いないぜ」

 

「あらためて確認するがどこでその情報を?」

 

「改造されたときの名残か、奴らの通信をたまたま傍受したんだよ、この数日間の内に岩手県のMSPに手を出すためにやってくるはずだ」

 

「きゃあ~!」

 

 女子高生たちが店に入ってきて、青年たちを見て黄色い声を上げる。

 

「……今のところ学校終わりの地元の女子高生しかやってきていないようだがな」

 

「イケメン二人がやっている店だからね、人気一番っていうのも納得だわ」

 

 ジンライが舞の言葉に面白くなさそうな反応をして、視線をカウンターに向ける。

 

「ふん、くだらん……ん? あの白衣とサングラスの女は……」

 

銀至仁(しろがねしじん)鉄鳴鐘(くろがねめいしょう)……東京の一流レストランに勤務していた伝説のイケメンウェイターとシェフ……まさかこんな所で会えるとは……東北での任務も悪くないわね……」

 

「ド、ドクターMAX⁉ レポルーの科学者がこんなところに⁉」



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第16話(3)再生と出発

「はっ⁉ さ、運命の君⁉」

 

 ドクターMAXは驚いた表情でジンライたちを見つめる。

 

「運命の君?」

 

 ジンライが首を傾げる。

 

「こ、これは違うんです……ある意味敵情視察というか……決して浮気とかそういうものではなくて……」

 

「な、何を言っているんだ?」

 

 慌てて釈明するドクターMAXをジンライが戸惑い気味に見つめる。

 

「レポルーの科学者的な女め! 尻尾を現したな!」

 

「科学者的じゃなくて、科学者なのよ!」

 

 ジッチョクの言葉にドクターMAXが反論する。

 

「とにかくお前らの好きはさせないぞ!」

 

「ちっ! お代はここに払っておきます! お釣りは結構です!」

 

 ドクターMAXが店をそそくさと出る。

 

「おい、ジンライ!」

 

「ああ! 舞、代金は払っておいてくれ!」

 

 ジッチョクとジンライ、そしてドトウが店を出て、ドクターMAXを追いかける。

 

「くっ……食事をして彼らの気をひいておくつもりが……」

 

「ド、ドクターMAX様、いかがされましたか⁉」

 

 虹色の派手なタイツを着た集団がドクターMAXに尋ねる。

 

「予定変更よ! あいつらを迎えうちなさい!」

 

 ドクターMAXが自らを追いかけてきたジンライたちを指し示す。

 

「りょ、了解しました!」

 

「戦闘員たちが来るぞ!」

 

「吹けよ、疾風! 轟け、迅雷! 疾風迅雷、参上! 邪な野望は俺様が打ち砕く‼」

 

「吹けよ、疾風! 迫れ、怒涛! 疾風怒涛、参上! 邪な野望はアタシがぶっ壊す‼」

 

「甲殻機動! この世の悪を挟み込み! 正義の心で切り刻む! クラブマン参上!」

 

 疾風迅雷たちが並び立つ。戦闘員たちが戸惑う。

 

「ほ、北海道の地元ヒーロー、こんなところまで……!」

 

「怯むな、数では勝っている!」

 

「お、おおっ!」

 

 戦闘員たちが疾風迅雷らを包囲する。

 

「ここはアタシに任せて! 『疾風』モード!」

 

「む!」

 

「はあっ!」

 

「ぐわあっ⁉」

 

 疾風怒涛の攻撃で、戦闘員たちはほとんど倒される。

 

「……ざっと、こんなものかしら?」

 

「すごいぞ、『切符泥棒』!」

 

「疾風怒涛よ!」

 

 疾風怒涛がクラブマンに向かって声を上げる。

 

「ド、ドクターMAX!」

 

「落ち着きなさい! アンタの出番よ!」

 

「ぴょーん!」

 

 ドクターMAXが指を鳴らすと、ウサギの頭をした怪人が飛び出してくる。

 

「怪人ウサギぴょん、ここに……」

 

「あいつらを退治なさい」

 

「了解しましたぴょん!」

 

「むっ⁉」

 

 ウサギぴょんがあっという間に疾風怒涛との距離を詰める。

 

「そらっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 ウサギぴょんの強烈な蹴りを食らい、疾風怒涛が後方に吹っ飛ぶ。

 

「ドトウ!」

 

「強烈な蹴りだな……」

 

「ふふっ、ウサギの脚力が成せる業だぴょん……それっ!」

 

「ぶふっ⁉」

 

 ウサギぴょんが高く飛び上がり、クラブマンの顔を踏みつけ、さらに高く飛び上がる。

 

「ふふっ、この高さにはついてこられないぴょん!」

 

「そうでもないぞ?」

 

「なっ⁉」

 

「『バイオフォーム』! 『怪鳥』モード!」

 

 疾風迅雷がパワードスーツのカラーリングを薄緑色に変化させ、さらに背中から翼を生やして、空に舞い上がる。ウサギぴょんが驚く。

 

「そ、そんなことが⁉」

 

「食らえ!」

 

「むうっ!」

 

 疾風迅雷が両手の鋭い爪でウサギぴょんの脇腹を切り裂く。ウサギぴょんは落下する。

 

「どうだ!」

 

「くっ……」

 

 ウサギぴょんは膝をつく。地面に降下した疾風迅雷が首をすくめる。

 

「ふん、こんなものか……」

 

「ちっ……」

 

「一気にケリをつける!」

 

 元のノーマルフォームに戻った疾風迅雷がウサギぴょんに迫る。

 

「ニャア!」

 

「‼」

 

「隙有りニャ……」

 

「き、貴様は……」

 

 猫の頭をした怪人、怪人ネコまんまが疾風迅雷の脇腹を突く。予期せぬ攻撃を食らった疾風迅雷が倒れ込む。

 

「ふん、いつぞやの借りを返すときニャ……」

 

「き、貴様は……爆発したはずでは?」

 

「コアを回収してもらったからニャ、ドクターMAXによって復活してもらったニャ」

 

「そ、そんなことが……」

 

「申し訳ありません……」

 

 ドクターMAXが疾風迅雷に向かって頭を下げる。ネコまんまが首を捻る。

 

「? 何故謝るのですかニャ?」

 

「な、なんでもないわ、さっさとこの先のMSPを回収するわよ」

 

「こいつらにトドメは刺さなくて良いんですかニャ?」

 

「それより回収が優先よ」

 

「了解しましたニャ。おい、ウサギぴょん」

 

「ああ……」

 

「戦闘員どもも続くニャ」

 

「は、はい!」

 

「ぐっ……」

 

「ちょっと待った……」

 

「それ以上好き勝手はさせん……」

 

 ドクターMAXたちを銀と鉄が呼び止める。疾風迅雷が驚く。

 

「⁉ あいつらは山猫亭の……?」

 

「ニャンだ、お前ら!」

 

「準備……」

 

「よし!」

 

「⁉」

 

 銀と鉄が互いの人差し指を交差させると、二人の体を光が包み、一体の銀色と黒色のカラーリングをした姿となった。

 

「『G‐EX』、平和の夢を運ぶため、出発進行‼」

 

 G‐EXが右手の人差し指をビシっと指差す。



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第16話(4)銀河鉄道翔ける

「むっ!」

 

「花巻の地元ヒーロー! やはり、あのレストランのイケメン二人だったのね!」

 

「ドクターMAX……」

 

「アンタたちにMSPを回収させている間、あの二人を軽妙なトークで引き付けておこうと思ったのだけど……」

 

「軽妙なトーク? そんな器用なこと出来るんですかニャ?」

 

「初耳だぴょん……」

 

 ネコまんまとウサギぴょんが揃って首を傾げる。

 

「ええい、うるさいわね! こうなったらあのG‐EXとやらを始末しなさい!」

 

「了解しましたニャ」

 

「任せて欲しいぴょん」

 

「さて、どうする? 鳴鐘……」

 

「北海道から来たヒーローたちは倒れている。彼らを当てには出来ん……」

 

「俺たちでやるしかないというか……まあ、その方がかえってやりやすいかもな」

 

「そういうことだ、至仁!」

 

「何を一人でぶつぶつ喋っているニャ!」

 

「戦闘員ども、叩きのめすぴょん!」

 

「うおおっ!」

 

「ふん!」

 

「どわあっ!」

 

 G‐EXが腕を振るい、あっという間に戦闘員たちを叩きのめす。

 

「大したことはないな……」

 

「前菜にもならん……」

 

「むむっ!」

 

「なかなかやるぴょんね~」

 

「感心していないで、アンタたちでかかりなさい!」

 

 ドクターMAXが声を上げる。

 

「はっ!」

 

「分かりましたぴょん!」

 

「それっ!」

 

「!」

 

 ネコまんまがG‐EXの背後に回る。

 

「スピードはその程度か! もらったニャ!」

 

「むん!」

 

「なっ⁉」

 

 G‐EXが掌を広げると、ネコまんまが吸い寄せられる。

 

「『銀河パンチ』!」

 

「ニャッ⁉」

 

 G‐EXの強烈なパンチがネコまんまの体に突き刺さる。

 

「……手応えあり」

 

「相変わらず良いパンチだ、鳴鐘」

 

「がっ……今の吸い込みは一体……」

 

「ブラックホール的なものを発生させ、あらゆる物体を引き寄せることが出来る……」

 

「ブ、ブラックホール的なもの⁉ ど、どういうことニャ⁉」

 

「……さあ?」

 

「俺らもよく分かっていないんだよ」

 

 G‐EXが首を傾げる。

 

「じ、自分でもよく分からんものを使っているのか⁉ ヤ、ヤバい奴ニャ!」

 

「いやあ……」

 

「照れるな……」

 

 G‐EXが自らの後頭部を撫でる。

 

「褒めてないニャア!」

 

「ふん、それならば吸い寄せなければいいだけぴょん!」

 

「ん?」

 

 ウサギぴょんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「これならそうそう吸い込めないぴょん!」

 

「へえ……よく考えたな」

 

「どうする? 至仁?」

 

「問題ない……!」

 

「むっ⁉」

 

 G‐EXがあっという間にウサギぴょんとの距離を詰め、懐に入る。

 

「『鉄道キック』!」

 

「ごはっ⁉」

 

 G‐EXの鋭いキックがウサギぴょんの体をくの字に曲げる。

 

「どんなもんだ」

 

「ナイスキックだ、至仁」

 

「ぐっ……なんだ、今の移動は……」

 

「鉄道のようにレールを敷いて移動出来るんだ」

 

「そ、そんなことが⁉」

 

「出来るんだからしょうがないな」

 

「くっ、ネコまんま!」

 

「おう!」

 

「おっ⁉」

 

 ウサギぴょんがネコまんまを抱え、高く飛び上がろうとする。

 

「そっちが二人で一人ならこっちも力を合わせるニャ!」

 

「そうぴょん! 空なら届かないだろうぴょん! ……うん? なんか重いぴょん……」

 

「え? ああっ⁉」

 

 ネコまんまが驚く。自分の尻尾にクラブマンがハサミで挟んでいたからである。

 

「す、少し大人しくしていろ……」

 

「むうっ⁉」

 

「その程度の高さなら十分だ!」

 

 G‐EXが空中にレールを敷き、その上を走って、ウサギぴょんたちに迫る。

 

「し、しまった!」

 

「『銀河鉄道アタック』!」

 

「⁉」

 

 G‐EXが勢いよく体当たりをかまし、ウサギぴょんとネコまんまの体を貫く。

 

「ニャア! せっかく復活したのに!」

 

 ネコまんまとウサギぴょんが爆発させる。二つの球体が戦闘員たちの前に転がる。

 

「ド、ドクターMAX! コアを回収しました!」

 

「よくやったわ! ここは撤退するわよ!」

 

 ドクターMAXたちは足早に撤退する。

 

「お、落ちる……⁉」

 

 落下するクラブマンをG‐EXが受け止め、地上に降り立つ。

 

「お陰で助かりました……クラブマンさん。お礼にデザートでもいかがですか?」

 

「は、はい、頂きます……」

 

 クラブマンは恍惚とした感じで頷く。

 

「……再生怪人は弱いと聞いていたが、そんなことは無かったな」

 

「……ええ、そうね」

 

「何をムッとしているのだ、舞?」

 

 ジンライが舞に尋ねる。

 

「運命の君だって、いつの間にか、敵の幹部とそんな爛れた関係に……」

 

「そ、それはあの女科学者が勝手に言っているだけだ!」

 

 舞の言葉にジンライが慌てる。

 

「素敵だったな、G‐EX……ああいう男になりたいものだ……」

 

「ジッチョク、お前……まあいい」

 

「はい、もう一杯! お姉さん! 555杯目! もうすぐ日本記録だよ!」

 

「むっ、むう……ね、ねえ、これってノンストップなの? どうやったら終わるの~⁉」

 

 帰りに立ち寄った盛岡のわんこそば屋にドトウの声が響く。



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