進撃の巨人二次創作短編集 (EKAWARI)
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道を通ってファルコに会いに行くエレンの話

やあ、ばんははろEKAWARIです。
ハーメルンでは久しぶりの投稿になりますが、楽しんでいただけたら幸いです。
エレンにとってライナーがもう一人の自分だとしたら、ファルコはこうなりたかったこうありたかった理想の自分なんじゃないかなと思った人間の作です。


 

 ―――ファルコ・グライスにとって、エレン・イェーガーとはとても複雑な思いを抱かせる存在だった。

 

 かつてファルコは生まれ故郷で、『クルーガー』と名乗る傷痍兵男性と仲良くしていた。 

 彼は左目と左足が無く、セミロング程の伸び晒した長い髪で残った右目も隠していた。

 軍人だったからなのだろう。

 広い肩幅に厚い胸板など、体つきはしっかりしており、生やされた無精ひげと目の下の隈が年齢をわかり辛くしていたが、おそらく一見した印象よりずっと若いのではないだろうかと、ファルコは思っていた。

「君はいい奴だ。長生きしてくれるなら嬉しいよ」

 そう彼に言われた時の声の温度を覚えている。

 本当に心からそう望んでいるようにいわれたものだから、ファルコはどうして自分が鎧を継ぎたいのかを、苦い弱音を吐露してしまった。

 そんなファルコに彼は言う。

「オレはここに来て毎日思う…何でこんなことになったんだろうって……心も体も蝕まれ徹底的に自由は奪われ自分自身も失う……こんなことになるなんて知っていれば誰も戦場なんか行かないだろう」

 そんなことはわかっていた。

 ファルコも、戦士候補生として既に戦場には出たことがあるのだから。

 だが、続く彼の言葉にはっとさせられたのだ。

「ただし自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ。その地獄の先にある何かを見ている。それは希望かもしれないしさらなる地獄かもしれない。それは……進み続けた者にしかわからない」

 そうだ、自分が何故鎧を継ぎたいのか。

 どうして兄が次の戦士に決まったのに、自身も戦士になりたいのか。

 それは彼女を……ガビを、好きな女の子を守りたいからじゃないのか。

 たとえその先が地獄だとしても。

 それでも彼女に幸せになって欲しいから、長生きして欲しいから、だからその為に進み続けるんだ。

 クルーガーと名乗る彼の言葉を聞いて、ファルコはそう思った。

 

 それからは毎日のように彼に会いに行った。

 慕っていた。

 尊敬していた。

 憧れていた。

 彼と会話するのは楽しかった。

 穏やかな声で「ファルコ」と呼ばれる、その声音が好きだった。

 そうして大分仲が良くなったと思った頃、彼に収容区外のポストから家族に手紙を投函してほしいと頼まれた。

「オレがここに無事にいるって伝えたいだけなんだ……」

 ……そう言って託された手紙をなんの疑いもなく受け取り、彼の望むまま届けたことを今のファルコは酷く後悔している。

 だって、彼は、クルーガーと名乗り慕っていたその傷痍兵だった筈の彼は、マーレに潜入していた明確な敵だったのだから。

 古い友人だというブラウン副長と話したいといわれ、ライナー・ブラウンをあの地下室に連れて行った時暴露されたその事実。

 膝から先はなかった筈の左足は目の前でみるみるうちに再生し、それは彼が巨人の継承者であることを明確に示していた。

 ヴィリー・タイバーの語る平和への反逆者、始祖の巨人をその身に宿すパラディ島の悪魔、それがエレン・イェーガー。

 ……ファルコが慕い続けていた男の正体だった。

 憎かった。

 許せなかった。

 悲しかった。

 辛かった。

 苦しかった。

 どうして、が溢れて胸がグチャグチャになった。

 裏切られたと思った。

 よりにもよって自分が届けた手紙が自分の故郷を焼く引き金になったのだ。

 ファルコはパラディ島勢力によるレベリオ区への襲撃に、知らず加担させられていたのだ。

 酷い、どうしてこんなことをと思った。

 慕っていた、尊敬していた、だからこそ好きだった分だけ余計に許せない。

 だけど、クルーガーさん……いや、エレン・イェーガーに泣きながら謝るブラウン副長を見てファルコは悟ったのだ。

 ああ、この人も同じ目にあったのか、と。

 ならば、これは報復だったのか?

 多分、そういうことなんだろう。

 それでも、「海の外も壁の中も同じなんだ」とそう語る彼は、ファルコが先日まで信じていた彼と確かに同じに見えた。

 哀愁を帯びた昏い目。

 低く落ち着いた声音。

 それは確かにファルコが知っている、彼が慕った男そのものだった。

 

 だが……実際に目の前で巨人に変わった彼を見て、副長に助けられ、焼かれゆく故郷で暴れる彼を見るとまたわからなくなった。

 長髪を振り乱し暴れ回る巨人姿の彼は、まるで本物の狂った悪魔のように見えたから。

 そこに自分が慕った男の面影は見えない。

 クルーガーさん。

 胸の内でそう呟けば、かつて親しんでいた時に楽しかった分だけ苦い感情がこみあげる。

 エレン・イェーガー。

 そう胸中で呟けば、故郷を蹂躙した悪魔と、それに対する怒りと悲しみが浮かぶ。

 この二人は同一人物だ。

 だけれど、ファルコにとっては同一にどうしてもならない。

 それに考えなければいけないことは他にも山ほどある。

 ガビのこと、パラディ島にきたこと、継承した顎のこと。

 色々、沢山。

 今は世界を滅ぼすエレン・イェーガーを止める為、オディハへと向かっていた。

 

 エレンを止める……つまりそれは、おそらく彼を殺すことになるのだろうとそう思っている。

 ……ファルコにとってエレン・イェーガーはとても複雑だ。

 彼の事を思う度、どうしてが渦巻く。

 世界を滅ぼす悪魔は、本当に自分が知っているクルーガーさんと一緒なのだろうか。

 あの慕った彼は本当に虚像で、どこにもいないのだろうか。

 そんなことを考えていた。

 その時だった。

 

「ファルコ」

 

 懐かしい声が耳朶を打つ。

 優しい、落ち着いた男の低音。

 さっきまで自分は眠っていた筈だ。

 じゃあ、これは夢なのか。

 否、違う事はすぐにわかった。

 ここは道だ。

 全ての道が交わる座標。

 ユミルの民がいつか還る場所。

 そこに男が1人立っていた。

 伸び晒しの男としては長い髪に無精ひげ、しっかりとした体躯の長身で、左目は白い包帯に覆われており、もう片方の目も長い前髪で半分隠れている。左足は……ない。その無い足を支えるように松葉杖をついている。着ているのはかつて見慣れたマーレの軍服。

 自分の記憶のままの姿で、クルーガー……否、エレン・イェーガーは佇んでいた。

 あの頃のように。

「クルーガーさん……いや、エレン・イェーガー」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、ファルコ」

 そうして彼はふっと口元だけ綻ばせるように微笑った。

 

 

 * * *

 

 

 道に時間という概念は無い。

 ここで何年過ごそうと外では一瞬だ。

 だから話を聞いてくれないかとエレンは言った。

 ……エレンは様々なことを語った。

 自分は未来を見た事、この地鳴らしにより世界の人口の八割が消えるだろうこと、勝利するのは自分ではない事、そしてミカサ・アッカーマンという女性の選択が巨人の力をこの世から消し去る事になること……今回会いに来たことは、始祖の力で一旦消して、全てが終わった後にまた思い出すであろうことを。

 そんな話をしていた。

 いつの間にか形成されたあの日のレベリオ収容区の病院を模した空間で、あの頃のように隣のベンチに腰掛けながら。

 ファルコは知らず嘆息した。

 

(この人は自分が死ぬことも知っている上で進んだのか)

 

 そう思えば、泣けばいいのか詰ればいいのか。

 狡い人だと思う。

 裏切られ、故郷を焼かれ、それだけでも本来ファルコはエレンを憎むのには十分な理由がある。

 しかもこれから8割の人間の命を奪うだろうなどと……とても人間に出来る所業ではない。悪魔そのものの行いだ。ここまでくると最早神話だ。桁が大きすぎて実感がわかない。災厄そのものだ。

 なのに……憎み切らせてくれない。

 ファルコには何が一体正解だったのかがわからない。

 きっと彼もそうだったのだろう。

 未来を見たといったときから、未来に縛られてしまったのだろうと思えば、きっと彼は可哀想な男だ。

 自由を誰よりも求めたのに、自由なんてどこにもない、雁字搦めの鳥籠の鳥。

 ……きっと、みんな被害者だった。

 そういうことだとファルコは飲み込んだ。

 ちらりと、彼の顔を伺う。

 それはかつて親しんだ時の彼と似ているようでどこか違う。

 でもこんな目をいつかどこかで知っている。

 そうして、気付いた。

 これは、エレンに断罪されることを待っていた時のライナー・ブラウンの目に似ているのだと。

 ふと、あの時、地下室での二人の会話が脳内でリフレインする。

『お前と同じだよ』

『やっぱりオレは……お前と同じだ』

 つまり彼は、断罪されるためにファルコに会いに来たのではないだろうか……?

(馬鹿だなあ)

 と、ファルコは思った。

(本当に貴方は、馬鹿ですよ、クルーガーさん)

 嗚呼、確かに彼はブラウン副長と鏡合わせの存在だったのだろう。

 

「クルーガーさん、いえ、エレン・イェーガー。オレはあなたを許しません」

「……そうか」

 そうだよな、ほっとしたようにエレンが呟く。

 そのことに少し腹を立てながら、ファルコは言葉をつづけた。

「あなたのせいでオレの街は焼かれた。あなたのせいでオレは友人たちの死に加担させられた。正直、恨んでいます。憎くないといえばうそになる」

「そうか」

 凪いだ瞳は穏やかで、死を待つだけの老人をどこか想起させた。

 そのことが少し悲しい。

 そうだ、自分は彼の事が好きだったのだ。

「だけど、あなたのおかげで巨人の継承問題で悩むこともなくなった」

 一瞬、隣に座る男の反応が止まる。

 何を言われたのだろうと、よくわからなかったかのようにパチパチと瞬きをする彼を見て、あんなに大人に見えたのに、存外幼かったんだなとファルコは思った。

 意外と大きな瞳に動揺を乗せて自分を見返すエレンの姿に、そういえば彼は兄と同じような年齢であることを思い起こす。

 兄コルトの死を想えば胸中に苦しみと悲しみが押し寄せる。

 彼はファルコの為に死んだのだ。

 全ては巨人というものがあったから、こうなったのだ。

 それもまた事実の一端だろう。

 そしてエレンは巨人の時代を終わらせるために、自分の死も承知の上で進んだのだというのなら、ならこれはファルコが伝えるべきことだろうと、そう思った。

 だから言った。

「ガビの寿命が縮むことも、オレがこの先、13年後の死に怯えることももうない。だからそのことについてはお礼を言わせてください。ありがとう」

「……何故オレに?」

 恨み言を言われる覚えこそあれ、まさかファルコに礼を言われると思ってなかったのだろう、戸惑うように綺麗な色をした瞳を揺らしながら動揺する、自身より年上の男に苦笑しながら少年は返す。

「あなたに酷いことをされたのも事実ですけど、あなたに救われたのも事実ですから」

 そのファルコの言葉に、エレンはくしゃりと顔を歪める。

 長い前髪で顔を隠して、けれどその肩は震えている。

「君は良い奴過ぎるよ……」

 声も震えている。

 それに、もしかしたら泣いているのかもしれないと、ファルコはぼんやり思った。

 

 

 * * *

 

 

 ゆらり、姿が変わる。

 気付けばもうそこは懐かしのレベリオ区の病院ではない。

 だけど、知っている。

 見覚えのある空間だ。

 ここはあの日、戦場になった街だ。

 パラディ島のシガンシナ区。

 エレン・イェーガーの故郷であり、ファルコが初めて巨人に変わった場所。兄が死んだ地。

 ファルコもエレンも既にマーレの軍服姿ではなく、ファルコは青いジャケットの私服姿で、エレンもまた長い髪を後頭部でハーフアップに結い上げ、紐シャツに黒のパーカーを羽織った私服姿で、兵団施設の屋上で相対するように立っていた。

 ファルコとしては見慣れない姿だ。

 前髪は後ろ髪ごと結い上げられているため、遮られることのない強い眼光を宿す瞳と眉は力強い印象を与え、見慣れた無精ひげは剃られてこざっぱりしており、こうしてみると本当に若いし、鼻筋も通った中々の色男だ。背も高くスタイルも良い。

 自分が知る彼とは、まるで別人みたいだった。

 これがエレン・イェーガー。これが彼の本当の姿なのだとしたら、本当にファルコは彼の事を知らなかったのだろう。

 そのことにきゅっと胸が締め付けられる。

 だけど……。

「ファルコ」

 彼が呼ぶから、その呼ぶ声はかつての彼と同じだったから、そこで漸くファルコは、ああ確かに彼はクルーガーさんと同じだったんだなとすとんと受け入れられた。

 彼が両手を広げる。

 まるでおいでというように。

 戸惑うように一歩ずつ、ファルコは近づく。

 エレンは少し泣きそうな顔で微笑みながら、そっと自身より随分小さな少年の体を抱きしめて言った。

「なあファルコ、お前はどの口でって思っちゃうのかもしれないけれど、それでも祈らせてくれないか?」

 まるで子守歌のような声で、神に誓願するかのように。

「君のこの先の人生が長く、幸福なものでありますように」

『君はいい奴だ。長生きしてくれるなら嬉しいよ』

「クルーガーさ……」

 あの日の幻想を見る。

 たとえどんなに見た目が変わろうとも、ああ確かにあの時のあの人はここにいるのだと。

 とても冷たそうな風貌なのに、その体温は火傷しそうなくらい熱くて温かい。反則だ。やっぱりこの人は狡い人だ。こんな声でそんな風に言われたら泣きたくなる。

「はい」

 ぽろりと、涙が一筋こぼれた気がしたのはきっと気のせいだ。

 

「もう時間だ」

 ポツリ。

 零すように呟かれた声を合図に、慈しむようなハグは終わりを告げた。

 見れば彼の顔に巨人痕が浮いている。

 普通の巨人痕と違って、頬の部分に斬り込み痕みたいなものと下唇の下の筋肉が薄く見えそうになっている部分もある。

 きっとこれが彼の終わりの姿なのだろう。

 エレンは微笑み、手を差し出す。

 そうやって笑った顔は、実年齢以上にどこか幼げで、優しく、慈愛に満ちたものだった。

 だから、ファルコも笑う。笑って出された手を握りしめる。

 この別れに涙は相応しくないから。

 

「さようなら、エレン・イェーガー。オレはあなたのことを一生許しません(忘れません)

「さようなら、ファルコ・グライス。君はオレの英雄だったよ」

 

 そうしてこの記憶は泡沫のように消えた。

 たとえ殺し合う事になったとしても、思い出すことはないだろう。

 この戦いの終わりを迎える日まで。

 

 

 了



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10年目の結婚前夜

ばんははろEKAWARIです。
こちらの作品は本編終了後のミカエレ前提のジャンミカの話で、アニメ進撃の巨人完結を記念してpixiv連載版より加筆修正してこちらにもアップすることにしました。
お楽しみいただけたら幸いです。


 

 

 ピュルル。

 甲高い鳴き声を立てて、トウゾクカモメが天を舞う。

 空は抜けるほどの快晴。

 あれほどの戦火を受けたというのに、今では街は元通り、否更に発展したと言っていいだろう。

 一人の男への信仰と爪痕を残して、けれど少しずつ街も人も傷を癒し続けている。

 それは寂しくも暖かい時間の記憶の経過。

 多くの犠牲と引き換えに巨人はもうこの世にいない。

 そう、天と地の戦いと呼ばれたあの日からもう7年の月日が過ぎた。

 

 

 

 

  10年目の結婚前夜

 

 

 

 俺がこうしてパラディ島に戻るのは、半年ぶりのことだった。

 

「よぉ。ミカサ久しぶりだな」

 ひらひらと手を振って、そんな軽い調子で、訓練兵時代から想ってきた女性の名を呼ぶ。

「……ジャン」

 落ち着いた声で彼女が俺の名を返す。

 ただそれだけで幸せになれる俺は、単純な男なのかもしれない。

 

「元気だったか?」

「いつも通り。特に変わりはない」

 そう答える声は昔よりやや柔らかい。

 兵士時代は短かった髪は大分長くなり、ミカサの表情は昔より随分と穏やかになったなとそう思う。

 女性らしくなったというべきか……昔から綺麗だったけれど、益々彼女は綺麗になった。

 ただ、その黒曜石のような瞳には仄かな寂しさも宿していて、見る度少し俺の心をざわつかせる。

 それは俺の胸にも覚えのある感覚だった。

 

 天と地の戦いから7年、あれから俺は連合国大使として連合国とエルディア国を行き来する生活を送っている。

 最初は緊張に包まれながら交渉をしたものだが、今では少しずつ民間の交流も増えてきている。

 エルディア国が拡大していた軍備も、平和が続くにつれ少しずつ縮小に向かっているようだ。

 このあたりは女王であるヒストリアと、アルミンの奴の頑張りが大きい。

 少しずつ変わってきている。よくも悪くも。

 

 ……どちらかがお互いを滅ぼさないと終わらないと思われた争いの終焉は、皮肉にも世界の8割を踏みつぶした世界一の大馬鹿野郎によってもたらされたと言える。 

 島外にとっては全てを滅ぼしかけた悪魔にして魔王、パラディ島にとっては神の如く崇める英雄……俺達が殺し、止めたエレン・イェーガーによって。 

 ただ、俺達は知っている。

 あいつは神でも悪魔でもなく、大切な人達の幸福を祈らずにはいられない、そんな人間だった事を。

 だからというわけではない。が、この島に戻る度、エレンの墓に見舞い、それからミカサを訪ねるのが俺のルーチンワークとなっていた。

 

「……それで、あの時はあいつがよ……」

「……懐かしい。ジャンとエレンはいつも喧嘩していた。止めるのは僕なんだから勘弁してよとアルミンがいつも愚痴ってた」

 ミカサが口元を綻ばせて、笑う。

 俺もきっと笑っている。

 

 大体はいつもこうだ。

 とりとめもない懐かしい思い出話を二人で共有する。

 話題になるのは、俺達の青春ともいえる訓練校時代の思い出が多い。

 次に調査兵団時代の思い出。

 話題の中心はいつもあの大馬鹿野郎についてだ。

 たまにマルコやサシャやコニー達が話の中心となることもあったが、大体は俺とミカサの共通の話題は、あの頃いけすかねえと思っていた死に急ぎ野郎(エレン・イェーガー)だった。

 

「ふふ、エレンらしい」

 ……こんな会話も最初はもっと痛みを覚えたものだ。

 失った痛みに、ぎこちなく胸を焦がした。

 けれど、いつしか痛みよりも懐かしさが勝り、あいつの話題を出しても、ミカサの中でも寂しさより喜びが勝るようになったのだと、その微笑みを見る度に実感する。

 ……俺は今年で26になった。

 心の中に住まう親友はいつまでも少年の姿のままで、俺を励ますように在り続ける。

 そしてあいつに至っても永遠の19歳だ。

 月日の流れは傷を癒す。

 それは俺だけじゃねえ、ミカサも一緒だった。

 そしてこの日のたわいない会話の終わりに彼女はポツリと、こうこぼした。

 

「……ジャンは、忘れるべきだと思う?」

 それが誰についての質問なのかなど、聞かなくとも一目瞭然だった。

 黒曜石のような黒い眼に寂しさを宿しながら、ミカサが続ける。

「私は忘れたくないと思った。『オレを忘れて、自由になってくれ』とそれがエレンの願いだとしても叶えたくないと……でも本当は叶えるべきだったのかな」

「なんだそりゃ」

 ……おいおい、エレンよ、お前そんなことをミカサに言ってたのかよ。

 格好つけめ。

 全く、随分と身勝手な話だ。

 でも同時にあの野郎らしいとも思った。

 

「忘れる必要なんてないだろう。いや、忘れるべきじゃねえ。あいつだけじゃない。マルコやハンナ、フランツ、サシャにエルヴィン団長、ハンジさんにピクシス司令……フロック……誰一人忘れるべきじゃねえ」

 名前を1人1人呼ぶたびに昔の思い出が脳裏をよぎる。

 大抵が碌な末路じゃなかったけど、それでも記憶の中の彼らはあの頃の笑顔のままだ。

 そしてそれでいいと思っている。

 きっとあの日俺達の前に現われたサシャのように、みんな俺たちを見守ってくれている。

 だから、それに応える為にも精一杯生き抜いていくだけだ。

 あの日の燃え滓に恥じぬように、過去を抱きしめ未来を向いて歩いて行く、それは生者である俺達にしか出来ない事なのだから。

 託された想いは確かにここにある……だから。

「それを覚えているのは、生き残った俺達だけだ、そうだろう? 忘れた時人は本当に死ぬ。俺たちが忘れなければ、あいつらはみんな俺達の中で生きている。だからミカサ……わざわざ忘れなくていいんだ。いや、忘れないでくれ」

 気付けば懇願するような音色になっていた。

 ミカサは迷うような瞳で俺を見ている。

 その目を真っ直ぐに見ながら俺は言葉を続ける。

「俺達は背負って生きていくしかねえんだ。それは生き残った俺達にしか出来ない。だけどな……ミカサ、俺はおまえの荷物を半分背負いたいと、そう思ってる」

「え?」

 彼女が目を見開く。

「ミカサ、俺は……お前のことが好きだ。ずっと昔から、お前のことが好きだった。だから俺にもお前の荷物を半分背負わせちゃくれねえか? 俺と家族になってほしい。俺と結婚してくれ」

 言った。

 とうとう言ってしまった。

 そう思いつつ後悔は微塵もなかった。

 ミカサはどこか戸惑いを覚えた表情をしながら、一呼吸おいて言葉を返す。

「ジャン、私は……今までジャンのことをそういう風に見たことがない」

「ああ……知ってる」

 いつだって、彼女の視線の先にいたのは奴だった。

 ミカサが誰を想っているかなんて、そんなことはずっと昔から知っていた。

 だからこそ俺はあの野郎を羨んだし、妬ましく思っていた。

 今はもう妬ましいと思う気持ちは殆どないけれど、それでも今だ彼女が誰を想っているかなんて聞かれなくても分かっている。

 それでも俺はミカサの事が好きだった。

 初めて会った時から、ずっと。

 あいつの事が好きなミカサが、その一途な愛情ごとまるごと、彼女の全てが好きだった。

「だから……待っててほしい。今はどう返せばいいのかわからない。だけど、必ず答えは出すから」

「ああ……急がなくていい。いつまでも待ってる」

 今は伝えられただけでも十分だ。

 

 

 * * *

 

 

 空が青い。

 トウゾクカモメが鳴いている。

 エルディア軍はいつの間にか更に縮小し、各国の緊迫した空気も無くなって等しい。

 まるで平和だった100年に戻ったかのように、島も落ち着きを見せている。

 それでいいと思う。

 このために俺達は命を賭して戦ったのだから。

 そのために……あいつも死んだのだから。

 あの日から……エレン・イェーガーの死から10年が経った。

 

「よぅエレン」

 俺は持ってきた上等の酒をエレンの墓石にかけながら、言った。

「俺さ、明日ミカサと結婚することになった。」

 きっと、これを聞いたら地団太を踏んで悔しがるに違いない……そんな想像をしながら、けれど穏やかに俺は報告を続けた。

「半年前に漸く2年ごしにプロポーズの返事がもらえてな。本当はもっと早く報告するべきだったんだろうけどよ。どうにもふんぎりがつかなくてよ……」

 ガリガリと頭をかきながら、俺は言葉を続ける。

「……なぁ、エレン……お前はさ、本当はお前もミカサの事、好きだったんだろ? そういう意味でよ」

 ……嗚呼、そうだ、俺は知っていた。 

 ミカサだけじゃない。

 俺はエレンの奴の事もずっと見てきたからだ。

 あの死に急ぎクソバカ野郎を、妬ましい羨ましいと思いながら見てきた理由は、あいつがミカサに好かれていた、それだけじゃねえ。かっこいいと思ってたからだ。

 認めたくなかったけれど、死ぬほどクソむかつくとそう思ったけれど、それでも俺はエレンの奴の事も好きだった。進撃を受け継いで13年の寿命を受け入れてもいいと思っていたほど。あれだけの虐殺を起こした奴に、死んで欲しくないと思うほど。

 奴の事をライバル視しながらも、目が離せなかった。

 ずっと見ていた。

 だから、わかっていた。

 お前も、ミカサの事がそういう意味で好きなことは……俺は、知ってたんだ。

「……本当にお前はバカ野郎だ……ッ、帰ってきたら、俺にミカサを取られることもなかったってのによ……ッ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 気付けば目じりが熱い。

 ぽたりと、涙が一筋こぼれた。

「いや、わかってるよ。お前には出来なかったんだよな。それに……どっちにしろあのままじゃ俺達に先はなかった。お前の寿命だって、そんなに残ってなかったもんな」

 涙で視界が霞む中、くしゃくしゃに歪む顔を笑顔に修正する。

 不格好なのはわかってた。

 それでもかつての恋敵に、泣き顔ではなく笑顔を手向けたかった。

「俺はさ、ミカサを幸せにする。ミカサだけじゃねえ、俺も、子供が出来たらその子供も。みんなで幸せになる。誰よりも長生きして、ああ良い人生だったって言って終わってやるから、覚悟しとけよ。そっちにいった時には沢山土産話用意しとくからよ」

 忘れない。

 忘れたくはない。

 俺もミカサもあいつを忘れないままに未来に歩いていく。

 だって、俺達は生きていた。

 この場所で、生きていた。

 俺達には未来があった。

 俺が名付けた死に急ぎ野郎のあだ名の通りに生き急ぎ死んだ、この世界で一番律儀なクソバカ野郎の願いの通りにきっと、長く幸福な人生を送る。

 きっと。

 そして話そう。

 いつかまた会えた日にはそれまでの人生の物語を。

「じゃあ、またなエレン」

 そう背を向ける俺の頭上を、一羽の鳥が見守る様に旋回していた。

 

 

 了

 

 



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カミサマ

原作終了15~16年後のパラディ島で流れた都市伝説の話。
pixiv版や掲示板投下版より若干加筆修正してます。


 

 

 その噂が世の中に出回り出したのは天と地の戦いから10年を少し過ぎたくらいだった。

 曰く、長い黒髪をしている。

 曰く、白い長衣を着ていた。

 男か女かすら定かではないそれは、迷っている幼子を親元まで導き庇護し、島に悪しき想いを抱いている輩は呪い祟るのだという。

 目撃者は年端のいかない子供達か、或いは頭のおかしくなった大人達だけで、証言も要領を得ない。

 目を輝かせる子供と、対照的に怯え発狂する大人から聞き取った調書に書かれた内容から、おそらくその2つの件で観測されたソレは同一のものだろうと推測出来るが、果たしてどこまで信用していいものか。

 けれど、この2つの事件で目撃された黒髪の長髪をした存在とは、もしやそれはエレン・イェーガーの亡霊ではないか、とそんな根も葉もない噂に等しい都市伝説だった。 

 

 その噂はある日身近に迫ってきた。

 その日、俺は5歳になる息子と喧嘩をした。

 なんてことはない、よくあるやつだ。

 ガキの我儘を叱って、息子がそれに反発して家を飛び出すなんて、どこの家庭でもよくあることだろう?

 ただ予想と違ったのは、夕方には帰ってくると思ってたのに、日が暮れても息子が帰って来なかったことだ。

 あまりの遅さに何か事故か事件にあったのではないかと、探しにいくべきなのではと嫁と話し合っているさなかに、はしゃぐように誰かと話している声と共に息子が帰ってきた。

 そうして外に出てみると、誰かと話している風だったのにも関わらず、実際には息子は一人だった。

 散々心配させたことを叱って、「無事で良かった」と抱きしめて、それから「誰と話していたんだ?」と尋ねると、息子は先ほどまでしゅんと沈んでいた顔を輝かせながら答えた。

「カミサマだよ!」

 曰く、巨大樹の森で迷っていたところ、ここまで送ってくれたんだという。

 その人にお礼をしたいから、どんな人だったのか教えてくれというと、息子は『長い黒髪で、白い服をきてた、緑の瞳の……多分、お兄ちゃん!』と答えた。

 俺の脳裏に彼の都市伝説が過る。

 そんな俺にまるでヒーローでも見つけたような瞳で息子は「あれはカミサマだったんだ!」と言った。

 ……そういう子供は多いらしい。

 それを、見たという子供はそれをカミサマと呼ぶのだという。

 ぼうと神々しく光っているからなんだと。

 それから、息子は度々、今日もカミサマに会ったんだ、っていうようになった。

 遊んでもらっているのだという。

 引っかかることはあったが、それをイマジナリーフレンドか何かだろうと、俺は自分に言い聞かせ納得させた。何、小さな子供にはよくあることだ。

 けれど、その日から約半年後のことだ。

 仕事が半休で終わり、家に早く帰ってきたその日、俺も見たんだ。

 息子とたまには一緒に遊んでやるかと、息子がいつも遊んでいるという森の中で、息子と手を繋ぎながら歩くそのボウと白く浮かび上がったソレを。

「あ、お父さん!!」

「……! エレ……」

 

 

 

 ……で、それはエレン・イェーガーだったのかって?

 いや、奴じゃなかったよ。

 

 

 長い黒髪に、白い長衣、確かに噂の通りだったよ。

 真っ直ぐな黒髪は腰まで届くほど長くて、まるであの戦いの最後で、最終的に奴がなった超大型巨人の姿を彷彿させた。

 白い長衣は我らが女王様が女王に即位する前、レイス家の地下洞窟で着ていた衣装とそっくりで、なるほど、噂で男か女かよくわからないといわれたのはこれが原因かと思った。

 そして、その顔立ちは確かに奴に……エレン・イェーガーにそっくりだったよ。

 

 だが、あれが奴なわけがねえ。

 だって、奴は振り向いたあの瞬間、俺を見ながら微笑ったんだ。

 生前の奴は悪人面が代名詞だったっていうのによ、険など欠片もない顔をして、優しく穏やかに笑ったんだ。

 

 そして消えた。

 ふっと、まるで最初っからそんな奴いなかったみたいに、俺と目があった直後に消えたんだ。

 あれが奴なわけがねえ。あいつが俺に、あんな風に笑いかけるわけがねえ。だから、あれはエレン・イェーガーなんかじゃねえんだ。

 あれがなんだったのかは未だにわからない。

 俺の目の前で、あれが消えて以来、息子はカミサマの名を口にしなくなった。

 二年も経てば完全にそんな出来事があったことすら忘れているくらいだ。これも島の子供にはよくあることらしい。

 カミサマを見るのは悪人か、或いは年端のいかない子供達だけだからな。

 だからこれは、ただの都市伝説だよ。

 

 

 終

 

 




あんまり書くと野暮になるのでハメ版では省略しますが、カミサマの正体や語り部が誰かなどの裏設定はpixiv版に載せてますので、もし気になる方がいましたらそちらでどうぞ。


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