ねこです観察日記はじめました。 (彩辻シュガ)
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プロローグ 終焉

グロとホラーと鬱が苦手なのにSCP好きを名乗る不届き者が書きました。

日本支部の推しSCPは、ねことダークホースです。


 結論から言うと、世界は滅亡した。

 

 人類初の殺人の被害者にして、狂気の殺人鬼と化した男が石棺の中で目覚めたのか? 

 

 あるいは、吐き気がするほど強靭な爬虫類が、硫酸の水槽から這い出てきたのか? 

 

 それとも、美味しいケーキで地球が埋め尽くされたのか? 

 

 首を折る石像、顔を見られたくない男、同族を増やすテディベア、ちいさな魔女、ビッグフット、妖精、それからそれから、エトセトラ……

 

 どれもこれも、世界終焉の理由としては、あまり適切でない。

 

 というのも、奴らが解き放たれたときには、とっくに文明(せかい)を担う人類が絶滅していたからだ。

 

 人類は滅んだ。他ならぬ、人類自身の手によって。

 

 はじまりは、小さな国の紛争だった。遠い対岸の話だから、と誰も本気で止めようとはしなかった。

 

 それはやがて、全世界を巻き込む戦火となった。

 

 マトモな人間は「こんなのは間違っている」、「すぐにでも何とかしないと」と訴えかけていたが、大半の者は笑い飛ばした。

 

 最初は、「戦争なんて早々起こらない」と。

 

 戦争が始まったら、「起きてしまったものは仕方ないんだから我慢しろ」と。

 

 その頃、お馴染みの財団は、決して黙って見過ごしていたわけではない。

 

 当然だ。財団とて人間社会の歯車の一つ。今の時代で大戦なんて起きたら、収容活動に支障をきたすのは明白なのだから。

 

 何とか止めようとした。どんな手を使ってでも終わらせようとした。

 

 その努力は、財団が守ってきた人類によって、完膚なきまでに踏み躙られたがね。

 

 滅びの過程を丁寧に語ることも出来るが、それをすると君のところの猛獣に喰われるからやめておこう。

 

 それに、君は目覚めたらすぐこの話を忘れてしまうだろう。

 

 え? 私の名前? ああ、トニーでもリチャードでも、好きに呼びたまえ。私には名前がいっぱいあってね。

 

 ……イッパイアッテネという名前ではないんだよ。そういうジョークじゃない。

 

 まぁ、つまり私が言いたいのは、君には是非とも飼い猫と幸せに暮らしてほしいということだ。

 

 その方が、誰にとっても良い結果になる。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 なんだか気がかりな夢を見た気がする。ついでに、腹部に圧迫感。

 

 身を起こすと、布団の上に『ねこ』がいた。

 

「……おはようございます」

 

 パチッ、と『ねこ』がこちらに視線を合わせる。色はないけど妙に強い眼力が、真っ白な毛並みの中から発せられる。

 

『ねこ』はしばらくこちらを見つめたあと、軽やかに布団から降りる。

 

 そして、小さな前足で器用にも障子を開け、一度こっちを振り返ってから、スタスタと居間に入っていった。

 

『ねこ』は鳴かない。しっぽも振らない。いつも、目だけで何かを伝えようとする。

 

 春に入ったとはいえ、まだまだ肌寒い今日。布団から出たくはないし、今までは二度寝の常習犯だった。

 

 しかし、今の僕は、ひとり暮らしではないのだ。他者と生活のペースを合わせる必要がある。

 

 意を決して布団から脱出し、すぐ隣の居間に飛び込んだ。

 

 ストーブはまだついていない。ひんやりした畳の感触で、足裏が凍りそうになる。

 

「いい朝だね井上くん! 聞いてくれ、今朝はキュートでタイトなヒップの夢を……」

「そういえば僕、今朝変な夢見たんですが」

「おっとスルーかい?」

 

 いつの間にか、コタツの上に用意されたティーカップには、温かい紅茶が入っていた。『今日は寒さに気をつけて』のメッセージカード付きで。

 

 先にコタツに着いていた同居人の向かいに座る。『ねこ』はというと、ストーブの前に無言で丸まっている。自分でスイッチを入れる選択肢なんて、最初からないのだろう。当然だけど。

 

 とりあえず夢の話だけしたら、ストーブでもなんでもやってあげるから。ほんの少し待っててくれ。

 

「なんかですね、僕はベンチに座ってて、スーツを着た男の人と話してるんですよ」

「……続けて?」

「いやでも、大したことは覚えてなくて。スーツの人曰く、『ねこを大事にしろ』って。それだけです」

 

 それだけのはずだ。多分。何せ夢だから、話しているそばからボロボロ砂になって、指の隙間をすり抜けていく。

 

 しかし、もどかしさは特にない。僕にとって重要なのは『ねこ』のこと以外はあまりないからだ。

 

「……ブライトさん? 表情険しいですけど、どうかしました?」

「いやぁ? ああそうだ、じゃあ今度は私の夢の話を聞いてくれよ。まず始まりは遠い宇宙、遥か彼方のアルティメットな……」

「ストーブつけるからちょっと離れててくださいねー」

「おっとスルーかい?」

 

 

 

 

 僕、井上(いのうえ)(まだら)の周りには、少し変わったものたちがいる。

 

 鳴かない『ねこ』、お茶淹れが得意な先生、変わったペンダントを着けた自称研究者。

 

 それもまた、僕の日常の範疇であり、毎日の暮らしは概ね不変を保っている。

 

 これは、僕と『ねこ』を取り巻く、そんな日々の話だ。

 

 

 

 




この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-990 “ドリームマン”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-990

SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-040-jp

ブライト博士の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file

SCP-963 “不死の首飾り”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-963

SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715


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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします” ①

 猫が好きだ。

 

 動物は大体好きだけど、僕はその中でも猫が一番好きだ。

 

 理由を求められても、僕には答えられない。『どうやって地球に生命が誕生したのか』くらい難しい、根源的な問いだ。

 

 強いて言うなら、猫は可愛いからだ。カッコいいものだって好きだけど、やはり可愛いものの方が好ましい。

 

 そんな感じだから、僕は子どもの頃からずっと、猫と暮らしたいと思っていた。

 

 しかし母は、道端の野良猫をぼうっと眺めている僕に向かってよく言ったものだ。

 

 

 

(まだら)、命を預かるというのは、とても大変なことなんだよ』

 

『何かを育てることに、愛は必要ない。重要なのは『責任』だ。幼いお前には、こういう話は難しいだろうけどね』

 

『だから、大きくなってからにしろ。いろいろ学び、経験して、それでも猫を自分の手の中に引き取りたいと言うのなら、あたしは止めないさ』

 

 

 

 それを聞いた僕は、猫を飼えるような、ちゃんとした大人になろうと決心した。

 

 現在19歳。『ちゃんとした大人』の定義が分からなくなってくるお年頃。

 

 子どもの頃は、二十歳になれば、自動的に『ちゃんとした大人』になれるのだと信じていた。誰しもそうだろう。

 

 買い物からの帰り道、シャッターが降りた店をぼんやり見る。

 

 ここは、先月までペットショップだった。よく買い物帰りに、ショーケースの中でコロコロ走る子犬や子猫を眺めるのが日課だった。

 

 けれども、悪質なブリーダーとの取り引き、店の裏で行われていた動物虐待が発覚し、すぐに店はお取り潰しとなったのだ。

 

 笑われるかもしれないが、僕はこの年になるまで『動物好きに悪い人間はいない』と無邪気に信じ込んでいた人間である。

 

 看板が下げられ、ガラスの中身は空っぽになり、灰色になった店の前で、今でもつい立ち止まってしまう。

 

 いつか猫を飼うときは、保健所から引き取るか、このお店で貰うか、どちらにするかを真剣に迷っていたのに。

 

 野菜やら魚やらがぎっしり詰まったエコバッグよりも、さらに重い足取りで、僕は元ペットショップに背中を向けた。

 

 今日はいつもとは違う道から帰る。生鮮食品があるから早く帰らなくてはいけないのだが、それでも、何だかまっすぐ帰宅するのが嫌だった。

 

 僕が住んでいる町は、都会とも田舎とも言えない。ショッピングモールなどがあって賑わう駅前からちょっと歩けば、そこに田んぼが広がっている。

 

 だから、商店街から少し逸れれば、ススキが生えて荒れ放題の土地に行き着く。

 

 小学生のとき、散歩中にこの辺りに迷い込み、道が分からず泣いた覚えがあった。今では、どうしてこんな近所で迷ったのだろう、と不思議でならない。

 

 大人になると、視界は広くなるけれど、何か大切なものが狭くなる気がする。

 

 それでも、やはり僕は19歳の若造だ。まだまだ身近に知らないこと、知らないものがある。

 

 ふと見渡した先に、古い小屋があった。

 

 ススキ野原の中に伸びた道の先に、ポツンとある、木造の小屋。

 

「あんなの、あったっけ?」

 

 誰かが所有する物置だろうか。それにしては古いというか、放置されている感じがあるというか。

 

 足が勝手に動き出す。

 

 扉が閉まってたらそれで終わり。開いてたら……ほんの少しだけ、中を確認する。

 

 僕の心は空っぽだった。あの、元ペットショップのように。

 

 あそこにいた動物たちは、どうなったのだろう。ちゃんとした人たちに引き取られたのかな。

 

 ……それとも。

 

 小屋のドアは、触れただけでいとも簡単に開いた。

 

 一歩、後ずさる。

 

 周りを見回す。誰もいない。太陽も隠れている。

 

 ────ちょっと、見るだけ。中には入らない。

 

 中に何かがあるってことを、確認したいだけ。

 

 ギィ、と悲鳴のような音を立ててドアが完全に開く。

 

 真っ暗闇の、その向こうにあったのは。

 

 古ぼけた井戸、と。

 

「……猫?」

 

 闇の隅からこちらをまじまじと見つめる、白い『ねこ』だった。

 

 じめじめした、暗い部屋はまるで地の底へ続く大穴のようで。

 

 その中でもクッキリ姿が見えるほど、いっそ眩しいくらい真っ白な『ねこ』が、こっちを見ていた。

 

 三角の耳。細い手足。まさに猫のフォルムって感じだけど、一番目立つのは『目』だ。

 

 つぶらでもない、釣り上がってもいない、人間の目と同じように見開かれた両目。

 

 鼻も口も、その目の存在感には勝てず、とても薄いように思える。

 

「猫の隠れ家だったんだ」

 

 こんなところ、滅多に人は来ないだろう。暗くて静かだし、雨風は凌げそうだし、確かに野良猫の隠れ家としてはピッタリだ。

 

 しかしこの『ねこ』、さっきから僕に見られているのに微塵も動かない。1秒だって目を逸らすことなく、堂々としている。

 

 一歩も退かないし、媚びもしない。なんていうか、猫でしかないというか。

 

「……かわいい」

 

 この『ねこ』は、一般的な可愛さの基準からはズレているかもしれない。でも、猫だ。猫なのである。

 

 撫でたい。写真撮りたい。抱っこしたい。

 

 この町には動物を飼っている人が少ない。ペットショップも閉まってしまった。バイト先のコンビニの近くにある病院で飼っている熱帯魚さえ、この間ご臨終となった。スズメもカラスも鳩も、すぐ空へ逃げてしまう。

 

 それに、ネットの動画じゃ限界がある。

 

 つまるところ、僕は、本当に久々に“生”の動物ってやつと会ったのだ。

 

 おいで、と呼ぼうとして、慌てて手を引っ込めた。

 

 駄目だ、ダメダメ。飼うつもりがないのに、無闇矢鱈と野生動物に手を差し伸べるのは無責任極まりない。

 

 さっさと帰らないと、魚が腐ってしまう。

 

「……お邪魔しました」

 

『ねこ』に見つめられながら、僕はゆっくり扉を閉めて、小屋を後にした。

 

 背を向けた。

 

 目の前に『ねこ』がいた。

 

「……はい?」

 

 正確には視界の端から、あの『ねこ』が、こちらを覗いていた。

 

 猫はすばしっこい。そしてしなやかだ。扉を閉める直前に、するりと出てきたに違いない。

 

「ごはん、あげられないんですけど」

 

『ねこ』は鳴かない。ただ僕を見ている。

 

 まずいぞ。このままだと、この視線に負けて、『ねこ』を抱っこして家に帰ることになる。

 

 急いで目を逸らすと、その先にまた『ねこ』がいた。

 

「マジか」

 

 歩き出す。小屋から離れる。『ねこ』がついてくる。

 

 草の原を抜ける。商店街に戻る。『ねこ』がついてくる。

 

 住宅街に入る。『ねこ』がついてくる。

 

 まずい。この猫、めちゃくちゃ人馴れしている。

 

 そうやってずっと着いていけば、視線で訴えかければ、一晩の飯と宿が保証されることを学んでいるらしい。

 

 これは熟練の野良猫だ。僕が保健所に連絡するつもりが全くない、性格の甘さまで見抜いている。

 

 どうする? どこかで猫避けスプレーを買うか? というか、もしかするとこの『ねこ』、お店の中までついてくるつもりでは? 

 

『ねこ』を見る。相変わらず黙って僕を見上げている。

 

 この、滝に打たれたって揺れなさそうな佇まい。たとえ僕の向かう先が国会議事堂だろうが、遠慮なく進入するだろう。猫だから。

 

 ふと、赤い光が目に入る。

 

 見ると、ゴミ捨て場に積まれた袋の山の上に、無造作に放られたペンダントがあった。

 

 大きな紅い宝石のついた、不思議な輝きのアクセサリー。それが、ゴミとして捨てられていることに違和感がある。

 

 とはいえ、捨てられているものを勝手に触ってはいけないので、すぐに僕はゴミ捨て場を離れた。

 

『ねこ』は、まだついてくる。

 

 そうこうしている内に、家に着いてしまった。

 

「入ってきちゃ駄目ですよ」

 

 その言葉が聞き入れられているのかすら、判別し難い。猫の思考は、人間如きが読めるものではないのである。

 

 とにかく、鍵を開けて家に入る。玄関で靴を脱ぎ、上着をポールハンガーにかける。

 

 やはり『ねこ』は、ついてきていた。

 

「ちょっと待ってて。タオル持ってくるので、それで足拭いてからにしてください」

 

 最早、『ねこ』が家に上がる前提で話を進めていることに、我ながら甘いなぁと呆れた。

 

 しかし、『ねこ』は僕を待たず普通に玄関に上がってきて、普通に歩いてくる。

 

「あー……まぁ後で拭けばいいか」

 

 言ってから、僕は少し目を見張る。

 

 床が汚れていない。

 

 ススキ野原を歩いて、コンクリートの上を歩いてきて、それなりに肉球の裏が汚れていてもいいはずなのに。

 

 流石はベテランの野良猫だ。歩き方がスマートとは恐れ入った。

 

「あの、来てすぐになんですが、ここはつまらないところですし、出せるごはんも貧しいですから、居着く意味がないかと……」

 

 母が建てた家をそんな風に卑下するのも心が痛むが、ここは仕方ない。

 

 まぁ、当然『ねこ』は全く聞いてないんだけど。

 

 じっと目を見る。

 

 目を見てくる。

 

 吸い込まれそうな眼力だ。

 

「……出汁用の煮干しありますけど、食べますか?」

 

 根負けした。

 

 でも仕方ない。

 

 だって、相手は猫なんだから。

 

 

 




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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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SCP-963 “不死の首飾り”
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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします” ②

 一旦居間に入ると、ティーカップがひとつ用意されていて、そこから湯気が踊っている。

 

 そして、カップのそばには、こんなメモ書きが。

 

『斑くん、いつもお疲れさまです。今日も、買い物ありがとうございました』

 

 これを書いたのは、“先生”と僕が呼ぶ人。我が家の家事手伝いさんだ。

 

 “先生”は、この家のお茶淹れと掃除を担当している。料理とか洗濯は僕がやっている。

 

 “先生”は僕が幼い頃からいるけれど、姿を見たことは一度もない。雇い主の母曰く、「とても人見知りが強いから、顔を知られたくない」らしい。意思疎通は基本的にメッセージカードだが、最近電子メールも使うようになった。

 

 元は高校教師だったのだが、勤めていた学校がなくなって途方に暮れていたところを、母に拾われたそうだ。

 

 たまに僕が勉強で行き詰まったとき、メッセージカードを介して丁寧に教えてくれる。だから“先生”。

 

 僕は鞄の中からメモタイプの付箋を取り出すと、1枚ちぎって、ペンで連絡事項を書いた。

 

『今、家に白い野良猫が上がり込んでいます。買い物帰りのときについてきました。保健所に連絡する予定はありませんが、仕事の支障になるようでしたらお申し付けください』

 

 これでよし。多分。

 

 あったかいお茶を一口飲むと、僕は台所に入って、冷蔵庫を開けた。

 

『ねこ』は冷蔵庫の陰から僕を見ている。

 

 一番上の棚に、煮干しのパックが入っていた。残量は袋の半分。まぁ、2、3尾……4、5尾くらいなら構わないだろう。

 

 小皿を出して、その上に煮干しを乗せる。

 

『ねこ』は十数秒ほど僕を見つめていたが、やがて煮干しをポリポリ食べ始めた。

 

 うん、大丈夫そうだ。

 

 全部食べ終わると、『ねこ』は僕を────否、僕の後方を見つめた。

 

 振り返るが、そこには壁があるだけだ。

 

「……猫が虚空を見つめるのって本当なんだな」

 

 

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはいます。

 

 ねこはどこにでもいます。

 

 どこにでもいるねこはそこにもいます。

 

 はいおくにいます。ざいだんにもいます。えのなかにいます。てえるにいます。どうがにいます。けいじばんにいます。

 

 のが、いまはねこをすきなひとのそばにいます。

 

 ねこをすきなひとはねこがいます。といいません。

 

 ねこをすきなひとはねこをねこだとおもっていますいます。

 

 ねこはねこです。

 

 ねこはいました。はいおくにいました。ながいこと、だれもねこをみませんでした。

 

 ねこをすきなひとがねこをみました。ねこです。ねこがそこにいます。

 

 ねこをすきなひとはねこをねこだといいます。

 

 ねこをすきなひとはねこをひろめません。

 

 ねこはいきるもののなかにいます。ねこはしんだもののなかにいます。

 

 が、ねこはしんだものをすりぬけますので、ずっとはねこはいません。

 

 ねこです。ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません。

 

 みるくをいれてくださいです。

 

 ねこをすきなひとがいないときにみるくはあります。

 

 ねこをすきなひとがいなくなりました。

 

 みるくがいれられました。

 

 ありがとうございました。

 

 ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません。ねこはいまねこをすきなひとのそばにいます。

 

 ねこです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 




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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
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SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”

投稿1日目で感想もらって嬉しいです。ありがとうございます。

今後もよろしくおねがいします。


 いつかは必ず来るだろう。

 

 それまで、お茶でも飲んでゆっくり待とう。

 

 そう楽観視できたのは最初の1年だけだった。

 

『お茶の幽霊』の都市伝説が国中に広まった頃、さすがに心配になって、自分から訪ねることにした。

 

 職員室からこっそりくすねたお茶っ葉をお土産に、財団の施設へ。

 

 でも……財団は、なかった。国のどこにも。

 

 せっかくだから、財団探しのついでに世界一周旅行とでも行こう、と思ったのだけど。

 

 どこにも、いなかった。

 

『確保、収容、保護』を理念とする、世界のために必死で、冷酷にならざるを得なかった彼らは、いなかったのだ。

 

 手がかりは一つだって得られなかった。それどころか、帰国したら住処が取り壊されていた。

 

 もしかして、自分のせいだろうか。

 

 思い悩み、アテもなくフラフラ漂う浮遊霊と化した自分に、声をかける女性がいた。

 

「財団を探してるのかい? 収容されるために? ……残念だけど、アンタの探し物は、見つかることはないと思うよ。永遠にね」

 

 彼女は人間ではなかった。幽霊でもなかった。

 

 ジャパン、という小さな島国に住んでいる彼女は、家庭教師を探しているのだそうで。

 

「知り合いの子どもを預かっててね。だが、あたしはどうも人間の扱いが苦手なんだ。同じ人間なら、あの子の面倒を見ちゃくれないか?」

 

 こうして、ベティ・マイルズ────かつての世界ではSCP-3715と呼称された異常存在(アノマリー)は、日本に赴き、井上家で働くことになる。

 

 

 

 

 そして今。

 

 SCP-3715は、『ねこ』なる存在と相対していた。

 

 普通の猫じゃない。というか猫じゃない。自分と同じ、実体のないナニカ。

 

 恐らく────ある意味で、自分の御同輩。

 

『どなたですか?』

 

 尋ねると、口もないのに『ねこ』は答える。

 

『ねこです』

『……どこから来たんですか?』

『ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません』

 

 ……駄目だ。会話が通じない。

 

 少なくとも、斑の反応を見る限り、そこそこ無害な存在のようだが。

 

『みるくをいれてくださいです』

 

『ねこ』がこちらを見上げる。

 

 見下げると、煮干しが乗った皿がある。

 

 斑が出した煮干しは、1尾だって減っていないのに、彼は気付いていない。

 

 幻覚を見せるタイプの、そういう感じか。

 

 ということは。

 

 斑が台所を出たのを見計らい、少し念じてみる。

 

 あったかい、まっしろい、ふわふわ湯気が香るホットミルクが入った器。

 

 すぐに、ポンと目の前に現れた。

 

 思った通り────この『ねこ』は、財団が手をこまねく“人間の認識を操る”タイプのSCPなのだ。

 

『ありがとうございました』

 

『ねこ』は、想像で出来たミルクに口をつける。その間に、煮干しを袋に戻した。

 

「猫の寝床どうしよう……布団じゃ大きいしなー」

 

 斑が台所に戻ってきた。その瞬間、ミルクが綺麗さっぱり消える。

 

『ねこ』は斑を見て、まっすぐ彼についていった。

 

 どうしよう、と無い頭を抱える。

 

 学生のことは、少しなら分かる。でも猫のことなんて分からない。

 

 斑に猫の本を借りて、勉強しないといけないだろう。

 

 ────問題があるとすれば、あれは、生物学的に定められた猫ではないということだが。

 

 

 

 

「ずーっと僕のそばを離れないんだよなぁ、あの『ねこ』」

 

 ひとりごちる斑を、その後ろから見守る。

 

 彼は、家庭教師兼お手伝いさんが、幽霊だとは知らない。本気で、「人見知りだから姿を現さない」という雇用主の言葉を信じている。

 

「もしかしたら、野良猫じゃなくて飼い猫……いや、ひょっとしたら猫ですらなかったりして」

 

 笑いながら呟く。

 

 ふと、斑はテレビを見ていた。ちょうど、彼の好きな動物番組が放送されている。

 

「いーなぁ、マンチカン。ふさふさでかわいいよなぁ」

 

『ねこ』は、斑と同じようにテレビを視聴していた。しっぽを揺らさず、視線も動かさず、固まっていた。

 

 鼻も口もひげもなく、目だけの『ねこ』からは、表情が読み取れない。

 

 ただ────やはり、『ねこ』と自分は御同輩だからであろうか。

 

 なんとなく、『ねこ』が驚いているように感じ取られた。

 

 テレビ番組に対して、ではなく……井上斑の反応に。

 

 とはいえ、そこを調査するのは財団の仕事であって、本来なら収容される側の自分の仕事ではない。

 

 幽霊は、雇用主の息子の前にティーカップを置いた。彼はまだ気付いていない。

 

 彼は気付かないのだろう。『ねこ』が猫ではないことにも、信頼している大人が既に死者の身だということにも。

 

 それで良いのだと思う。

 

 現世に特別な未練はない。が、財団からも、天からもお迎えが来ないので、なんとなく残っているだけ。

 

 なんとなく。

 

 この、よくわからない『ねこ』もまた、なんとなくで彼についてきたのだろうか。

 

 斑は、いつの間にか置かれていたティーカップに少し驚くと、そばにあったメモを手に取る。

 

『ねこのことは、お気になさらず』

 

 自分だって居候のようなものだ。何かを決められる立場にはない。

 

 その立場にあるのは、斑の母親。

 

 人間でも猫でもない、死んではいない、石のように頑なな女性。見た目が変わらない女性。

 

 今晩には業務連絡をしよう、と幽霊は思った。

 

 財団がいないのは寂しいが、それは平和な昼下がりだった。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこをみると、ねこがねこにみえます。

 

 が、ねこをすきなひとは、ねこがねこにみえません。ねこがねこにいません。

 

 ねこはねこです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 

 




・“先生”(SCP-3715)
ざっくり言うと高校教師の幽霊。財団の明日をどうこうするものばかりなSCPオブジェクトの中では、かなり善良かつ無害。

再生後の世界では幽霊のままリスポーンしてしまった。何故。
現在は井上斑の母に雇われ、お茶淹れ・掃除・井上の家庭教師みたいなことを務めている。給料も出ているらしい。


・『ねこ』(SCP-040-JP)
井上にイエネコだと思われているミーム災害系オブジェクトですよろしくおねがいします。

“先生”を給水係だと思っている。


・井上斑
ねこを猫と思い込み、何年も接している家庭教師が幽霊だと全く気付かない。その鈍感さは、一昔前のラブコメ主人公を凌駕するだろう。



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SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
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SCP-963 “不死の首飾り” ①

SCP-CN-994の報告書が怖すぎて読めません。オールドマンも無理です。

そんな作者が書いてるSCP二次創作ですが、よろしくおねがいします。


 生きたかった。死にたかった。

 

 働きたかった。休みたかった。

 

 いろんなことを考える自分が増えたり、減ったりするのを眺める毎日。

 

 どちらにしろ立ち止まる余裕はなかった。良いことも悪いことも、全部ひっくるめて大変な人生だった。しかし、出来る仕事は出来る限りやったと思う。

 

 その結果が、()()だ。

 

 今、ジャック・ブライトは極めて空虚で長い眠りから目覚め、新しい顔をただ見ている。

 

 癖っ気の強い茶髪と、澱んだ碧眼。恐らくコーカソイド系統。身長は170センチ程度。視界が若干ぼやけているので、視力は悪い。

 

 片方のつるがセロハンテープで固定された眼鏡をかけて、ブライトは洗面所を出た。

 

 首にかけた“本体”の重みは、久しぶりに着けたはずなのに、気持ち悪いほどしっくりくる。

 

 電気の消えた、暗い部屋。空き缶や使用済みティッシュが散乱し、その辺を蜘蛛が我が物顔で歩いている。

 

 さっき判明したことだが、水道は止められていた。きっとガスもつかない。机の上にスマホの充電器があったが、この部屋では使えないだろう。

 

 薄汚れた手袋を、床に向かって脱ぎ捨てる。

 

 首飾りをどこかで拾った。そのときは手袋をつけていたから無事だった。が、家に帰ってから、どうしてか戦利品を首にかけてしまった。

 

 そんなことせず、そのままどこかに売り飛ばせば良かったのに。

 

 だが仕方ない。彼には悪いが、ジャック・ブライトを名乗らせてもらおう。

 

 ────名乗ってどうする? 

 

 正直に言うと、ブライトは前回の世界で全て出し尽くして果てた。ちっとも以前のような気力が湧かない……要するに燃え尽き症候群だ。

 

 いっそ────いっそ、何か知る前に、ここで二度寝するか。

 

 ちょうどそのとき、胃腸が悲鳴を上げた。

 

 餓死で終わるのはキツい。

 

 せめて、食い逃げでもいいから美味しいものを食べたい。

 

 家の鍵は開いていた。盗られるものなんて、今のところSCP-963-1しかないのだし。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

『ねこ』と出会ってから、数日が経過した。

 

 その間、『ねこ』はずっと僕のそばにいて、ほとんど離れなかった。

 

 一晩寝たら、ふらっといなくなるものだとばかり考えていたが、まさかこんなに居着くとは。

 

 しかしこの猫は実に不思議である。

 

 というのも、動物を飼うときに最も大変なのがトイレの躾なのだが、『ねこ』はその懸念を裏切った。

 

 庭でしているのかとも思ったが、どこにも排泄の便りは見当たらない。

 

 そもそも『ねこ』は僕に付きっきりなのに、いつトイレに行ったんだろう。全くもって不思議だ。

 

 しかも、『ねこ』はお風呂も嫌がらない。

 

 もう家で飼おうかな。そういうことにしようかな。という邪念が時たま過るのだが、感情に流されるままに命を預かるなんて、無責任ではないだろうか。

 

 そんなことを思いつつ、僕はバイト先のコンビニに行く。先日までは改装工事やら何やらで、店が休業だったのだ。

 

 問題は『ねこ』。

 

 家を出たら当然のようについてくる。多分、コンビニにもついてくる。それは普通によくない。

 

「コンビニの中には食品とかもあるので、バイト終わるまで外で待っててもらえませんか」

 

 というか野良猫なんだし。外にいるのが当たり前で、何日も民家に泊まっているのがおかしいんだけど。

 

 僕のお願いに対し、『ねこ』は馬耳東風といった様子で、僕の足元に座る。

 

 そういえば、『ねこ』はいつも、目線より下にいる。猫は高いところにいる印象があるのに。

 

 なんとなく思い立って、僕は『ねこ』を抱えた。『ねこ』はびっくりするほど暴れなかった。

 

 軽い。あまりにも軽い。あと、思ったより体温が低い。

 

「コンビニに着いたら、もうついてきちゃ駄目ですからね。『ねこ』なんてすぐ追い出されますからね。本当ですよ」

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 その『ねこ』に見覚えがあった。

 

 いや、あれは()()()()()()()()()()()()類いのシロモノだ。

 

 それを、どうして、ただの青年が抱えている? まるで、普通の猫でも抱くみたいに。

 

 強烈な違和感があった。

 

 本来、あれは見てはいけない、聞いてはいけない、知ってはいけない、その瞬間に取り返しのつかないことになるような存在のはずで。

 

 こんな風に、冷静に分析なんかしてられないはずで。

 

 一体全体、何が起きている? 

 

「SCP-040-JP……」

 

 日本支部から送られてきた報告書に、一度軽く目を通したくらいだ。それでも覚えている。

 

 というより────アレが元々囚われていた廃屋を、ここに来る道中に見かけて思い出したのだ。

 

 どうしてミーム災害系のオブジェクトがここに? 

 

 どうしてあの男は、そしてそれを目撃したブライトも、平然としていられる? 

 

 ああ、ひどく頭が痛い。やっぱりあそこで二度寝するんだった。

 

『ねこ』がこちらをチラリと見やったとき、奇妙な視線に射抜かれて背筋が粟立つ。

 

 ────それだけだ。それで、おしまい。

 

 奴はどうやら、こっちに干渉したくてもできないらしい。

 

「……へえ」

 

 知ってしまったら、もう際限(キリ)がない。リンゴは芯まで食べ尽くす。それが、人間の“(さが)”だろう。

 

 

 




・ブライト博士(SCP-963)
いろいろあって蘇った、財団の問題児。世界滅亡の顛末を一から十まで目撃し、いろいろあって若干病んでる。



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ブライト博士の人事ファイル
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SCP-963 “不死の首飾り”
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SCP-963 “不死の首飾り” ②

ブライト博士のキャラが未だに掴めません。


 結局『ねこ』はコンビニまでついてきてしまった。

 

 しかし、バイト仲間は『ねこ』を歓迎してくれたし、事情を聞いた店長は「自分がバックヤードで面倒を見ておく」と言ってくれた。

 

 ハラスメントによる過労死問題が常態化する昨今の世には珍しく、僕は職場環境に恵まれている。

 

「いらっしゃいませー」

 

 軽快な入店音が響く度に、ほとんど脊髄反射で挨拶が出る。

 

 最初はレジ打ちが苦手だったが、今は好きだ。僕は単純作業が向いているらしい。

 

 今の時期は花見シーズン直前で、桜餅がよく売れる。店内は、どこもかしこも桜色。パンもおにぎりも冷凍食品もお弁当も、みんな春に染まっている。

 

『ねこ』は違う。『ねこ』は真っ白だ。しかし、冬を想起させる寒々しい白ではない。

 

 あれはなんというか、“無”。白い色、というより、何もないから白、というか。透明ではない、“無”。

 

 そういえば、猫の種類もまだ分からないんだった。なに猫なんだろう。猫の本は沢山読んできたが、見た目じゃさっぱりわからない。

 

 そうこうしていると昼休憩の時間になり、僕はバックヤードに引っ込む。

 

 ドアを開けた先に、『ねこ』がいる。当たり前だけど。

 

「すみません、店長。『ねこ』、大人しくしてましたか」

「いやー、大人しいどころか1ミリも動かなかったよ。すごいね、この猫」

「寝てたんですか?」

 

 猫は1日12時間から16時間寝るという。諸説あるが、猫の語源は『寝(る)子』から来ているとも。

 

 しかし、店長は苦笑いしながら首を横に振った。

 

「ずっと起きてたよ。なのにちっとも暴れないし、本当に野良なの?」

 

 やっぱり『ねこ』は、普通の猫とは違うようだ。

 

 見下げると、『ねこ』が僕を見上げている。

 

『ねこ』は何を考えているんだろう? 僕に会うまで何をしていて、どこにいたんだろう? 

 

 

 

 

 ねこです。ねこはねこです。

 

 ねこをしったひとのところに、ねこはいます。ねこをしったひとがしらないひとにねこをひろめます。

 

 ねこはどこにでもいます。よろしくおねがいします。

 

 が、ねこをすきなひとはねこをどこかにいかせませんません。

 

 ねこをすきなひとがほかのひとにねこをわたします。

 

 ねこはほかのひとのところにいます。ほかのひとのところにねこはいません。

 

 ねこをすきなひとは、ねこがほかのひとのところにいるとおもっています。だから、ねこはほかのところにあります。

 

 ねこをすきなひとがねこをつれもどすと、ねこはねこをすきなひとのところにあります。ほかのひとのところにねこはいません。

 

 ほかのひとはねこをねこだとおもいます。ねこだとおもいません。ここにねこがいます。といいません。

 

 ねこです。よろしくおねがいします。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「今日はありがとうございました……」

「いやいや、その猫ちゃん賢い良い子だから、全然楽だったよ。早く帰って褒めてあげなよ」

「えっと……」

 

 仕事上がりに店長にそう言われて、困惑する。

 

 数日間生活を共にしたとはいえ、『ねこ』は僕の飼い猫ではない。

 

 たまたま数日居着いただけのものを、飼い猫とするのはどうなんだろう。

 

 でも、ごはんもあげてるし、たまにお風呂にも入れるし。

 

「お母さんに相談してみようかな」

 

 コンビニを出て、街灯もまばらな帰り道。『ねこ』は暗闇でも白くて目立つ。僕を見上げて、沈黙している。

 

「どう思います? というか、うちに住みたいって思ってるんですか?」

 

 問いかけても答えない。そもそも猫に人間の言葉が通じるのだろうか。

 

『ねこ』と出会った日にも通ったゴミ捨て場を過ぎたところで、誰かに呼び止められた。

 

「そこの『ねこ』連れてるキミ! ちょっとお話いいかな?」

 

 振り向くと、まず目に入ったのは赤い光。その人が首からかけていたペンダントの、大きな赤い宝石が闇の中で煌めいていた。

 

 ……どこかで見た覚えがあるんだけど、何だったかな。

 

 服装は普通にパーカーとジーンズとスニーカー。警察とかではなさそうだ。いや、私服警察の可能性もあるけど。

 

「……えっと、何でしょうか」

「ああ、固くならないで良い。多分……少なくとも公務員ではないよ、()()私は」

 

 茶色い髪はところどころハネがあって、眼鏡の奥には、青にも緑にも見える目……碧眼ってやつだろうか。それがある。

 

 その人は、僕の腕の中にいる『ねこ』を見て、一瞬口の端を引き攣らせると、咳払いの後に整った笑顔で告げた。

 

「私の名はジャック・ブライト。────その『ねこ』の、“元”飼い主だ」

 

 

 

 

 




・『ねこ』(SCP-040-JP)
一般人にまで普通の猫だと思われるミーム災害系SCP。ねこのセリフ書くの楽しいです。よろしくおねがいします。


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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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SCP-963 “不死の首飾り” ③

ブライト博士編はあともうちょっとだけ続きます。


「私の名はジャック・ブライト。────その『ねこ』の、“元”飼い主だ」

 

 電灯がまたたく、ほんの短い間、僕はその言葉を理解できないでいた。

 

「あっ……と、その、え? 飼い主の方なんですか?」

「“元”だがね。何せ、つい最近まで病気で寝ていたんだ。気がついたら世界は様変わりしていて、『ねこ』はいなくなり、こち亀は連載終了し……」

 

 そのとき。

 

 猫が喉を鳴らす音をトンネルに放り込んだような音が、どこかから聞こえた。

 

 そして直後に、ジャック・ブライトなる人がこっち向きに倒れてきた。

 

「うわっ!?」

 

 咄嗟に『ねこ』を左腕に移し、右腕でブライトさんの肩を支える。首飾りを引っ張ったら逆に首を絞めそうだったので、上手いこと避けて立たせた。

 

「大丈夫ですか、え、その、病院とか」

「いや、なんてことはない……言い忘れていたが首飾りは絶対に素手で触らないでくれ、せっかく040-JPが……」

 

 後半の言葉は、どんどん先細っていって聞こえなかった。

 

 さっき病気で寝込んでいたと言っていたから、もしかするとそれの所為なのかもしれない。

 

 ようやく目が覚めて、なのに愛猫が忽然と消えていて、知らない人間に連れられているのを見たら……そりゃあ、ショックを受けるだろう。

 

 すると、またあの音が振動する。

 

 具体的に言うと、ブライトさんから。

 

「……」

「財布にまだお札が入っていると思ったら……なんと馬券だったのさ……ハハハ」

 

 つまり、家に食べられるものがなく、外へ出て何か買おうとしたらお金もなかったと。

 

「ご家族とかは……」

「スマホの連絡先見る? こんな真っ白なの、見たことないね。バンクシーに何か描いてもらおうかな」

「す、すみません、無神経でした……」

 

 ブライトさんは、まるで他人事のように語っている。

 

 そうだよな、周囲にまともな人間がいたら、こうはなってない。一体周りの奴らは何をしていたんだろう。病人を放置して、お金も与えず、しかも飼い猫を預かることすらしないなんて。信じられない。

 

「一旦、僕の家で話しましょう。そんなに遠くないですから」

「それはとても助かるよ」

 

 どうしてか、左に抱いた『ねこ』が顰めっ面をしているように見えた。何でだろう? 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「今すぐ出せるもの……コンビニ弁当しかないんです、ごめんなさい」

「構わない」

 

 “先生”にメモでブライトさんのことを伝えてから、僕は弁当と割り箸をブライトさんに差し出した。

 

『ねこ』は先ほどから、ブライトさんをずっと見ている。やっと再会した飼い主なんだから、そりゃあ気になるか。

 

「……そういえば、君の名前を聞いていなかったな」

「井上斑です。『まだら』は、斑点の斑。……ブライトさん、は、その」

「井上くん、その『ねこ』が何に見える?」

「え」

 

 何を唐突に。意図がわからない。

 

 だから、正直に答える。

 

「白い猫に見えますけど……」

「そうか」

 

 ブライトさんは、割り箸を割って、ゆっくり弁当を食べ始めた。病み上がりなのにいきなり唐揚げから手をつけていて、ちょっと不安になる。

 

「なら良いんだ。……『ねこ』のことを誰かに言ったりは?」

「“先生”とバイト先の人には……」

「それで変わったことは?」

「変わったこと……?」

 

 不思議な質問をする人だ。

 

 もしかして、この『ねこ』は、天然記念物だったりするんだろうか。国家機密的なアレなんだろうか。

 

 首を捻っていると、白米を頬張りながらブライトさんは言う。

 

「なに、ただ聞いただけだ。私にとっても、君にとっても、『ねこ』は猫以上でも以下でもないってことを確認したくてね」

「はぁ、なるほど」

 

『ねこ』が膝に乗ってきた。そして、ブライトさんを見つめる。

 

 妙に礼儀正しいと思ったら、やはり飼い猫だったんだ。久しぶりに飼い主を見たんだろうな。やっぱり寂しいのかな。

 

 そうだ。飼い主と引き合ったんだから────もう、この家にいる必要はないんじゃないか? 

 

「井上くん」

「はい」

「……その『ねこ』以外に、動物をもう1匹飼う余裕は?」

「え?」

 

 いきなり何なんだ。

 

「……それは、種類によりますけど。犬ですか? 猫ですか? うさぎ、熱帯魚、文鳥……いろいろありますよ?」

「んー、大きめのサル1匹」

「サル……ですか」

 

 日本で個人が飼育できるサルは、リスザルやマーモセット、ニホンザルなんかだ。飼育が難しい、上級者向けの動物とされている。

 

「金銭的・スペース的には……母が許可を出してくれれば、まぁ。でもサルは知能が高いですから、脱走……したりとか……」

「しないさ。起きたばかりで餓死と凍死はごめんだよ」

「……ん?」

 

 なんだろう、僕の頭の中がモヤモヤする。あちこちで警告音が鳴り響いている気がする。

 

 ブライトさんは食べ物を口にして元気が出たのか、余裕そうな笑みを浮かべた。

 

「……と、いう訳で。今日から『ねこ』共々よろしく頼むよ、井上斑くん」

 

 ごちそうさま、と付け足す。

 

 米粒ひとつ残らず、空っぽになった弁当箱を見た。今の僕の思考回路みたいだ。

 

『ねこ』は、相変わらず黙って、ただただ目線で何かを訴えかけていた。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 ねこです。

 

 はかせのひとがきました。

 

 はかせのひとはねこをつかってねこをすきなひとをつかまえようとしてます。

 

 ほろべ。

 

 よろしくおねがいしません。

 

 




・『ねこ』(SCP-040-JP)
コイツよくこんな堂々と本猫の前で嘘つけるよな、玄武より怖いわ、と思っているミーム災害系SCP。


・ブライト博士(SCP-963)
19歳大学生の一般人の家に住み着こうとしているのは、我ながら流石にマズイのでは?とは思っている冗談じゃないぜ博士。


・井上斑
またしても何も知らない主人公。



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ブライト博士の人事ファイル
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SCP-963 “不死の首飾り”
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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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SCP-963 “不死の首飾り” ④

SCPの報告書、オブジェクトクラスとかよりも先に『この報告書にはこれくらい怖い画像やギミックが仕込まれています』の注意書きが必要だと思いませんか?

自分は思います(アニヲタwikiとかでしか怖いSCPを調べられない人間)。


 妙なことになったぞ、と僕は思う。

 

「私は生命工学の研究者だったのだが……さっき言ったように長らく病気で臥していたものだから、再就職は難しい。身内もいない、職場もない、素寒貧だ。わかるだろう?」

 

 わかるだろう、と言われても。

 

 確かに放ってはおけない。

 

 生活保護申請なんて、こちらが提案するまでもなく先に思いつくだろう。なのに挙げなかったということは、公共機関にすら頼れない事情があるのだ。

 

 けれど、突然家に置いてほしいと言われると、ちょっと回答を逡巡してしまう。

 

「……僕の家でいいんですか?」

「良いも悪いもない。現状、私の選択肢(てふだ)は君しかいないんだ。────『ねこ』も君が気に入ったようだしね?」

 

『ねこ』は僕の膝の上に乗っかり、お弁当のゴミをペシペシ叩いていた。

 

 気に入っているのだろうか? ただ元々の性質が大人しくて、良い子なだけではなかろうか? 

 

 ……でも、もしブライトさんをこの家に置くことになれば、『ねこ』もこれから暫くは一緒だ。

 

 いや待て、そんな下心とか打算で人を助けてはいけない気がする。ブライトさんは本気で困っていて、僕とあそこで出会わなければ、明日にでも死にそうだったのに。

 

「ひとまず……その、母に相談してみてもいいでしょうか」

 

 そう言って、スマホをポケットから取り出した瞬間、メールの着信が来た。

 

 誰からだろう、と思って見ると、“先生”だ。

 

『おイワさんには既に連絡済です。来週の日曜日には帰ってくるそうなので、それまでは彼らを保護しておいてほしいそうです』

 

 一体どこでこの会話を聞いているのか。前からそうだけど、“先生”は不思議な人だ。

 

『それと、少々席を外していただけないでしょうか。ドクター・ブライトとお話がしたいのです』

 

 え、と思わず声が漏れた。

 

 “先生”が直接誰かと話をしようとするなんて珍しい……どころか、一度だって見たことがない。母とはよく話すようだが。

 

「すみません、これから“先生”……うちで働いている方が、ブライトさんと2人で話したいそうなんですが。それで僕、ちょっと席外しますね」

「……ああ、構わないが」

 

 スマホをポケットに戻して、居間から出る。声が聞こえるといけないから、居間から離れて、洗面所の方へ向かった。

 

『ねこ』は、ついてきていなかった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 目の前に、突然ティーカップが現れ、ふよふよ浮くポットからハーブティーが注がれる。

 

「……SCP-3715。直接会うのは初めてかな?」

『ドクター……貴方のことは、かねがね聞き及んでいます』

 

 手書きメモが、カップのそばに落ちてきた。2枚目も同様にして。

 

『まさか今こうして会えるとは、夢にも思いませんでした。何せ、財団は……』

「解っている。君たちが()()()()()()()()ことが何よりの証拠だ……」

 

 ブライトは『ねこ』とティーカップを交互に見た。

 

 異常存在を一般社会から隔離することで、人々の営みを守ること。それが財団の使命だ。

 

 しかし、今ここにいる2つのアノマリーは、確保も収容も保護も成されていない。

 

「SCP-3715。君が“先生”になったのはいつからだ?」

『……12年前です。“おイワさん”という女性に拾っていただきました』

「それが井上斑の母親か……」

 

 幽霊が見えている、というだけでも彼女は異常だ。その異常性が、息子の井上斑にどう影響しているかは調べる必要がある。

 

 井上斑。SCP-040-JPのミーム汚染能力を、ほぼ無効化していると考えられる、謎の人間。

 

『ねこ』を猫と思い込むことでミーム災害を防いだのか、否か。どちらにしろ、そのままなら確実に人類を蝕んでいたSCP-040-JPが、実質無力化状態にある。これは驚くべきことだ。

 

 財団職員としては、彼を野放しにするわけにはいかない。

 

「────終末を跨いだ有給休暇も、これで終わりか。いやぁ長かった。長すぎて休んだ気がしない」

 

 最優先事項は、確保されたSCP-040-JPを安全に収容するべく、ミーム汚染無効化のメカニズムを解明するべく、『井上斑』の身柄を保護すること。

 

 ……そして。

 

「財団の再建……資金も人脈も権力もない。963-1(不死)という折角のアドバンテージも、残機(うつわ)がないなら意味がない。今の博士ですらない、ただのジャック・ブライトに出来ることは無いだろう」

 

 だが、死んでも腐っても、自分は財団の一員だ。

 

財団()に見つかって不本意だろうが、よろしく頼むよ。SCP-040-JP……いや、これから君は井上くんの飼い猫ということになるのかな?」

 

 へらっと笑い、しゃがんで『ねこ』に握手を求める。

 

 まぁ、『ねこ』に握手とか挨拶とかいう概念が理解できるかどうかは知らないが────

 

 と思っていたら、『ねこ』は素直に前足を差し出して、

 

 前足はそのまま、

 

 ブライトの顔面にめり込んだ。

 

 それは、見事な、『共振“猫”パンチ』だった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「うあああああ!! 痛覚にまで干渉出来るのか!? やめてくれ今この身体しかないんくぁwせdrftgyふじこlp!!」

 

 遠くからブライトさんが何か言う声が聞こえるけれど、内容はよくわからない。

 

 でもきっと、大切な『ねこ』と再会して、ひとときの幸せを噛み締めているに違いないのだ。

 

 そして、僕にできるのは、そんなブライトさんと『ねこ』を支えることだけ。

 

「これから忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこは、はかせのひとよりつよいです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 

 




・ブライト博士(SCP-963)
シリアスとギャグの振れ幅が激しい博士。財団としての活動初日、早速ねこにより全治2日の怪我(幻覚)を負う。


・『ねこ』(SCP-040-JP)
財団神拳を覚えている系SCP。一体どういうルートで知ったのかは不明。ちなみに、同僚が一度それで倒されているようだ。


・“先生”(SCP-3715)
ブライト博士のことは何となく知っていた。『ねこ』に関しての情報を後でブライト博士から聞き、ちょっと肝が冷える。幽霊なので肝ないけど。


・井上斑
完全にブライト博士の嘘を信じている。ブライト博士と『ねこ』に一緒の部屋で寝てもらおうとか考えている。やめろ。


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ブライト博士の人事ファイル
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SCP-963 “不死の首飾り”
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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
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SCP-710-JP-J “財団神拳”
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なまえがまだないねこです ①

評価欄に色が・・・・!ありがとうございます。



 ねこです。

 

 なまえはありません。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 

 

 スーツを着た人と話す、変わった夢を見た朝。

 

 僕は炊飯器のスイッチを押したあと、棚からインスタントのわかめスープの箱を取り出した。

 

 おかずは、目玉焼きとベーコンとトマト。シンプルイズベストだ。

 

「ところでブライトさん、今朝の寝覚めはどうでしたか? 布団、来客用のものなんですけど長らく使用してなくて……」

「それはいいんだけど……『ねこ』が枕元に……」

「良かったじゃないですかー。僕は布団の上に乗っかられたんですよね」

「そういうことじゃない」

 

 どういうことなんだろう、と思い、ふと下を見れば、『ねこ』の視線とぶつかる。

 

「ささみチキン、茹でるので待っててくださいね」

 

 これは僕がおやつとして買ったものだが、調べたら猫でも食べられるらしい。生で与えるのは不安なので、一応火を通すことにする。

 

 僕がお椀を3つ用意して、そこにスープの粉を入れている間、後ろで冷蔵庫が開く音がする。

 

「井上くん、このプリン食べていい?」

「プリンってラス1のやつですか? それはちょっとってあー!!」

 

 振り向くと、ブライトさんが立ったままプリンを食していた。食器の収納場所は教えていないはずなのに、スプーンまでしっかり持っている。

 

 このプリンは、スーパーでよく買うお気に入りのものなのだ。お風呂上がりに食べるのが、日々の楽しみなのに。

 

「いやごめん小腹空いたから。ほら、残りは君にあげるよ」

「もうカラメルしか残ってないじゃないですか……まぁいいですけど」

「まぁいいの?」

 

 ほぼ空っぽの容器を受け取り、カラメルを喉に流し込む。うん、甘くて美味しい。

 

「そういえば、パジャマ僕のですけど、サイズきつくないですか? ブライトさんの服とか、『ねこ』のごはんと一緒に通販で買おうかと思ってまして」

「特に不便はない……が……『ねこ』のモノも買うのかい?」

「え? そりゃそうですよ。あ、お金は大丈夫です。僕のじゃなくて、母が稼いだものですが」

「そう……まぁ、好きにしてくれ」

 

 ブライトさんが踵を返したとき、僕の頭にある疑問が閃いた。

 

 どうして昨日のうちに気が付かなかったのか、不思議なくらい重要な疑問だ。

 

「あの! この『ねこ』の名前って、何ですか?」

「……え」

 

 ブライトさんの目が泳ぐ。

 

「あー……君が決めたらどう?」

「え? 何でですか?」

「飼ってたときは、決まった名前で呼んでなかったんだ……病気で先がないと思っていたからね」

「そ……そうだったんですか……!?」

 

 ああ、僕ったらまた無神経なことを。

 

 名前をつけてしまったら、これ以上『ねこ』に踏み込んでしまったら、お互い辛いだけだから……と、そう考えていたなんて。

 

「今は治ったから、そんな心配要らないが」

「わかりました! 僕、『ねこ』の名前考えます!」

「……身を乗り出すほどやる気になってくれて嬉しいよ」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 はかせのひとは、ねこがねこをすきなひとにねこをつたえられないからといって、うそをつきます。

 

 ほろべ。

 

 ねこはねこです。

 

 えすしいぴいぜろよんぜろじぇえぴいでも、びゃっこでもなく、ねこです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 




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なまえがまだないねこです ②

SCPの可愛いイラスト・漫画を検索したいのに、必ずグロとかホラーの方向性のやつが出てきます。助けてください。



 というわけで『ねこ』の名前を考えることになった僕である。

 

 自室に入って、ノートを広げて、そして固まった。

 

 名付けというのは難しい。小学生の頃に授業の一環で育てていたトマトに『火星くん』と付けた経験、それ一度きりしかない。

 

 僕の名前、『(まだら)』は、育ての親である母が付けてくれた名前だ。

 

「たくさんの色が入り混じる斑模様のように、たくさんのことを経験して優しい子になりますように」という願いが込められている────と、いうことは特にない。これは小学校の作文で『自分の名前について』みたいなお題が出たとき、母が急遽対外的に作った理由だ。

 

 

『アンタの名前はね、まぁ、姓名判断? っていうかなんかそういう感じで付けただけなんだよ』

 

『だって、どういう名前が良いか? なんて、まだちっさいアンタにはわかんないだろう。名付けなんて一方的な行為だし。まぁアタシの仕事は全部そうだけど。ぶっちゃけ人間社会では名前って概念が必要だから、事務的に従ってるだけでさ』

 

『血縁の上に自動的に絆が生えるわけがないように、親の真摯な祈りが込められているからといって、それを子がマトモに受け入れる必要はないってことだ』

 

『だからね、(まだら)。アンタの名前はアンタのモノなんだから、その名前を受け入れるのも、自分で変えるのも、アンタの自由だよ』

 

『しっかし、人間ってまだ家族愛とか崇めてんのか。面倒くさいねぇ、面倒くさいけど宿題なら仕方ないか……』

 

 

 ────と、こんな感じだったような気がする。

 

 特に自分の名前に対して嫌悪感も不便もなかったので、僕はこれまで『井上斑』を続けているのだが。

 

 ああ駄目だ、余計に難しくなってきた。もう名前付けなくてもよくないか? 

 

 しかし、個体を種族名で呼ぶのは失礼じゃないか? いや、猫にとっての失礼の範囲がそもそも判らない。

 

「せめて『ねこ』と話せたらいいんだけど」

 

 そうすれば、名前の方向性とか決められるのに。

 

 考えすぎても血管が詰まるだけだ。一旦お茶でも飲もう、と立ち上がったとき。

 

『ねこ』がいた。

 

「どうしたんですか?」

 

『ねこ』は答えない。

 

「名前、どういうのが良いんですか? ……そもそも、付けてほしいって思ってますか?」

 

『ねこ』は応えない。

 

 そりゃそうか。

 

 唐突に、何かが脳裏を過った。

 

 それは数字だった。シンプルな、3桁のナンバー。

 

「『040』……」

 

 どこで聞いたのか、誰から聞いたのか、よく覚えていないけれど、その番号が頭から離れない。

 

「……そうだ」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「ブライトさーん!」

 

 ブライト博士がSCP-3715────井上斑に“先生”と呼ばれる存在と話していると、居間に斑が飛び込んできた。

 

「名前! 『ねこ』の名前、決まりました!」

「はぁ、なるほど。それは良かった」

 

 斑は随分と満足げな顔をしている。よほどの自信作らしい。

 

「で、名前なんですけど……『()()』ってどうですか!?」

 

 部屋に沈黙の帳が降りた。

 

 ここにいる存在で口がある者は、斑とブライトしかいないから、2人が喋らなければ当然静かになるのだが、とにかく空間は静まりかえっていた。

 

「お……お塩? solt?」

「はい、調味料の、お塩です! 正直オレオと迷ったんですけどやっぱり……ブライトさん? どうして明後日の方向を見て震えてるんですか?」

「んっ、んー、な、な、何も? ところでもう一度言ってくれる?」

お塩です! オレオと迷って」

「オッッッッッ」

 

 ブライトは背中を伸ばしてはいられなかった。先ほど飲んだばかりのジャスミンティーを噴き出しては畳が汚れてしまう。

 

 生理的な涙が滲んできたのを拭き取ると、辛うじて声を絞り出した。

 

「いっ、いいっ、いんじゃないかな? お、おし、お塩……おしお……オレオ……んぐっ」

「そうですか!」

 

 斑は満面の笑みで『ねこ』にも尋ねた。

 

「で、あなたはどう思います? 『お塩』で大丈夫ですか?」

 

『ねこ』は答えなかった。

 

 答えなかったが、ぴょんっと斑の膝の上に乗って丸まった。

 

「えー……これは『YES』でいいんでしょうか」

「うん……いいよ凄くいい……君ってヤツは想定以上に最高……お、お塩てふふふふ」

 

 ブライトは、まだ腰が砕けたままだった。“先生”はというと、そんなブライトと斑を心配そうに見下ろしていた。

 

 すると、『ねこ』改め『お塩』は、ブライトのそばまでテクテク歩いていって、

 

 二度目の『共振“猫”パンチ』を炸裂させた。

 

「ヴァアアアアアアア!!」

「駄目ですよ『お塩』さん、ブライトさんは病み上がりなんですから、そんな戯れ方は……」

「おっ、お塩……ごめんやっぱ耐えられなアアアアアア!!」

「ああっ、また!」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこは『おしお』になりました。

 

 はかせのひとはねこをわらいます。

 

 はかせのひとはねこをわらうのでしばきました。

 

 よろしくおねがいします。

 

 

 




・お塩(SCP-040-JP)
お塩になったねこ。名前とかいう人間の文化に興味はないが、ブライト博士の反応がうざかったので一発しばいた。


・ブライト博士(SCP-963)
『Bright』には日本語で『輝き』という意味がある。つまり輝き博士。
もっとカッコよく描写したいのだが、なんかねこにシバかれる。


・“先生”(SCP-3715)
本名はベティ・マイルズ。小学生時代の斑が『火星くん』と書かれた名札を付けたトマトを持って帰ってきたとき、苦笑いしか出来なかった。


・井上斑
メタ的な名前の由来は、井上トロとニャンコ先生(斑)。母親の正体とは何も関係ありません。ちなみに母親の通称は“先生”曰く『おイワさん』。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
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ブライト博士の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file

SCP-963 “不死の首飾り”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-963

SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715


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SCP-2316 “校外学習” ①

本部で認識災害といえばこのSCP。ぶっちゃけ関連SCPの記事が怖すぎて読めません。失神交響楽って一体・・・・

※SCP-2316のゾッとするイメージを崩したくない方は、この先の話を読むことをオススメしません。



 “君”は覚えているはずだ。

 

 彼らのことを、ひとりひとり、覚えているはずだ。

 

 ずっと一緒だったじゃないか。

 

 みんな“君”を待っている。

 

 湖の中で、75年の秋から、ずっと。

 

 “俺”の声が聞こえているだろう? 

 

 彼らの顔が見えているだろう? 

 

 “君”と“俺”だけ生き残った。

 

 さあ、戻ってくるんだ。

 

 “君”は水中の死体に見覚えがあるは

 

「わっ、死体かと思ったらただの枯れ木じゃん! うわー、ビビったー、マジでビビった」

 

 ……聞こえているだろう? 

 

「焦ったー。危うく警察と救急車呼ぶところだった。寿命縮んだかもなぁ」

 

 みんな“君”を待っていて、

 

「あ、早く帰らないとダーウィンが来た始まっちゃう。やっばい、走ろーっと」

 

 えっ、ちょっと、

 

「今日なんだっけな、あ、ガラパゴス諸島だっけ。楽しみー」

 

 ……。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「────それが去年の話だ。仕方ないから“俺”は湖から出て、自分から“君”に逢いに行くことにした……それなのに」

 

 アメリカのハイスクールによくあるデザインの制服を着た、高校生くらいに見える少年は、露骨に顔を顰めた。

 

「なんで財団がいるんだい? 機械仕掛けの神に忘れられて、くたばったんじゃなかったっけ?」

「生憎私だけ死に損なってね。君はどうやらまだ成仏できてないらしいな、SCP-2316。立川から聖人でも呼ぶ?」

 

 軽口を叩きながらも、ブライトは内心冷や汗をかいていた。

 

 SCP-2316は、あまりにも危険な異常存在だ。水中の死体を見た者を、問答無用で湖に引き摺り込み、死体を増やす認識災害。オブジェクトクラスは堂々のKeter。収容そのものは可能なSCP-040-JPとは、比べ物にならないのである。

 

 それを一応封じ込められていたのは、あれの手が届く範囲が、湖周辺に限られていたからだ。

 

 だというのに、まさか人型実体を取り、自由に動けるようになるとは。

 

「……あれからというもの、“俺”たちは『なんか死体っぽいものが見えるドッキリスポット』として認識されるようになった。全く忌々しいよ」

「なるほど弱体化しただけか」

 

 校舎を失い地縛霊から浮遊霊にジョブチェンジしたSCP-3715とほぼ同じである。

 

「元はといえば財団の仕業だろう。彼らがしたことを、“俺”は全部知っているんだ」

「凄い理不尽……」

 

 SCP-2316の異常性は、あまりにも悍ましいものだ。しかし、現在の彼または彼らは、見た目も相まって拗らせたティーンズにしか見えない。

 

 井上斑のアレは、やはり認識災害を無効化するモノのようだ。SCP-2316ですら逃れられないとは、いやはや恐ろしきかな。

 

 そのとき、SCP-2316とブライトの間に、手書きメモがハラリと落ちてくる。

 

『教え子ではないとはいえ、教師として貴方の行為は見過ごせません。そろそろ斑くんのストーキングはやめてください』

「そろそろって何? 私が来る前からストーカーなの? それを“先生”に何度も注意されてるの?」

「アンタみたいに罪科を背負わず、日和ってられる死者ばかりじゃないよ、マイルズ先生。全く、これだから大人は。何も分かってないな」

『(´・ω・)』

 

 SCP-3715、Neutralized(撃沈)

 

 いつの間に日本の顔文字覚えたんだ、という感想が浮かびつつも、ブライトは肩をすくめて2316と向き直る。

 

「ともかく、今日のところは湖に戻ってくれると助かる。これからSCP-04ゲフンゲフン、……ではなく、『お塩』の命名記念パーティーで鍋をするんだ」

 

 ブライトは、まだ『お塩』がツボに入っていた。『オレオ』も怪しい。

 

『貴方もどうですか?』

「なんで誘うのかな3715……」

『こんな子を外に放ったらかしにするわけにはいきません』

「そもそも君たち幽霊は物質的な食事とか要らないのでは……?」

 

 SCP-3715もといベティ・マイルズは、たとえ肉体が死しても信念は死んでいない。

 

 いくら危険でも、ひとつ前の世界で多くの人間を殺していても、高校生(こども)のことを見捨てられないようだ。

 

 すると、ちょうど今回の戦犯かつMVPが帰宅した。

 

「ただいま帰りましたー! 鍋の具材買ってきましたよ!」

 

 足元に『ねこ』改めお塩を連れ、買い物を済ませてきた井上斑である。

 

 斑は居間に入り、人型実体を取るSCP-2316を見た途端、「あっ」と声を上げた。

 

「バーチウッドくん、来てたんだ。これから鍋するんだけど一緒にどう?」

 

 バーチウッド。母校の名を自分の偽名にしているのか、この認識災害は。

 

 すると2316は眉をひそめて言う。

 

「……ねぇ“君”。心に虎でも飼ってるのかい?」

「え、なに、なんの話? 山月記? 臆病な自尊心と尊大な羞恥心のこと?」

 

 斑の足元に座るSCP-040-JPが、SCP-2316を睨みつける。2316もそっくりそのまま返した。

 

 明らかに不服げな顔をするバーチウッドをよそに、斑は彼のことをお塩とブライトに紹介した。

 

「この子、バーチウッドくんって言うんです。近所に住んでる留学生で、たまに話したりするんですけど」

「ああ……君、そういう感じで通してるのか」

「悪いか?」

 

 世界人類の平和的には問題ないが。

 

 SCP-040-JPが飼い猫。SCP-2316が近所の留学生。井上斑の見ている世界は、実に幸せでよろしい。

 

「で、こっちがブライトさんと飼い猫のお塩さん。ついこの間からウチに住むことになったんです」

「へーそうなんだ。()()()()()、よろしくねブライトさん?」

 

 なんて白々しい。

 

 しかし、相手が去年あっさり弱体化されたミーム汚染系SCiP(見た目は高校生、頭脳も高校生)ということを考えると、どんな生意気も許せる気がするブライトであった。

 

 元SCP-2316現バーチウッドは、さっきまで散々放っていた邪気を消して、子どものように取り繕った。

 

「ちょうどお腹減ってるところだし、鍋には付き合おうかな」

「よし、じゃあ僕、具材とか切ってくるから。少し待っててくださいね」

 

 斑が買い物袋を持って台所に消える。

 

 居間には、またもひりついた空気が充満した。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはおしおです。ねこをすきなひとのそばにいます。よろしくおねがいします。

 

 が、ねこをじゃまするひとがいてじゃまです。

 

「……『お塩』とかいった? 無害な猫のフリして“君”に付き纏うのはやめてもらえるか?」

 

 ねこをすきなひとは“きみ”ではなくねこをすきなひとです。

 

 “きみ”なんてどこにもいませんですのに、ねこをじゃまするひとは“きみ”をみます。じゃまです。

 

「どうせキミも“俺”たちのお仲間だろう? “君”を食い散らかしたいだけなら余所へ行ってもらおうか」

 

 ねこはすいちゅうのしたいにみおぼえがあります。きいていますか。

 

「キミがあってどうするんだ」

 

 ねこです。ねこはどこにでもいます。みずうみにいます。あなたのなかにもねこはいます。あなたたちのなかにもいます。

 

「俺たちはずっと“君”を待っているんだ……俺たちが卒業するはずだった75年の秋、あの日からずっと」

 

 ねこはいつでもいます。いつでもみています。

 

 いつからもみていますです。ひとがいて、いなくなって、またうまれたときもそこにあります。

 

「俺たちはみんな一緒なんだ。一つなんだよ、そういうものであるべきだ。そういう風に()()がした。邪魔するならキミも仲間に入れてあげよう」

 

 ねこはねこです。ねこはいっぴきです。

 

 よろしくおねがいしません。

 

「……“先生”、やはり『脳内で喋るな』と指導してもらわないと困るんだが。替えのない脳味噌が割れそうだ」

『(´・ω・)』

「まだ落ち込んでるのかな?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 ちょっと多めに具材を買っておいて良かった。バーチウッドくんが食べる分もこれで足りるだろう。

 

 僕はそう思いながら、キャベツを一枚一枚剥いて洗う。

 

 お塩さんは猫だから、熱いものは食べられない。でも具だけなら食べられる。お高めのささみチキンを買ってきたし、完璧だ。

 

 ところで随分居間が静かだけど、知らない人同士で放置されたら、やっぱりお互いに気まずいだろうか。

 

 バーチウッドくんは良い子だけど、ブライトさんみたいな知らない大人といきなり引き合わされたら困るだろうか。

 

 早いところ調理して戻ろう。

 

 

 




・井上斑
水中の死体全スルーとか水中の死体より怖い。


・バーチウッド(SCP-2316)
井上斑を“君”認定し、湖に引き込もうとする悪い高校生。報告書のギミックがヒヤッとするので注意。

でも何十年も学生時代の仲間である“君”を探し続けるって何かエモい。


・お塩、ブライト博士
コイツいきなり現れて何やねん・・・・と思っている。恐らく初めて気が合った。


・“先生”(SCP-3715)
たとえketerクラスのSCiPだろうと、学生は学生なので、ちゃんと監督しようとしている責任感強めの教師。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
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SCP-2316 “校外学習” ②

感想ありがとうございます。励みになります。




 ぐつぐつと煮立つ出汁。まろやかな鍋の香り。温かい食卓────とはいかない。

 

 何故なら、認識災害系SCPオブジェクトの2大巨頭が、井上斑を挟んで火花を散らしているからだ。

 

「バーチウッドくん、さっきからお塩さんと見つめ合ってるんですよね……何か通じ合うものがあるんでしょうか……」

「まぁ通じ合うものはあるだろうね」

 

 それが、精神衛生上好ましいかどうかは置いといて。

 

 斑は鍋の中身をぐるぐるかき混ぜながら言った。

 

「お塩さんの分は別にあるし、“先生”の分は先によそっておくとして……バーチウッドくんとブライトさんはどのくらいの量欲しいですかってあー!!」

 

 斑は喫驚した。鍋の上で唾を飛ばすようなことはいけないとはわかっていながら、そうせざるを得なかった。

 

「バーチウッドくん、もうお肉全部取ったの!?」

「成長期なんだよ“俺”は」

「現役高校生の食欲すごいなぁ……」

 

 取り皿に茶色い山を築き上げたバーチウッドは、涼しい顔で牛肉を屠った。

 

 何が成長期だ、現役高校生だ。没年が1975年なんだから、とっくに精神年齢オジさんだろ君は。

 

 そう言いたくなるのをぐっと堪え、ブライトは恨めしげにバーチウッドを見た。せっかくのお肉が。紅玉の至宝が。国産黒毛和牛が。どんどんSCP-2316の中に収容されてしまう。

 

 しかし、斑は肉を軒並み奪われたにも関わらず笑顔で、袋から新たな発泡スチロールを出した。

 

「じゃあ追加のお肉入れますね」

「チッ」

 

 抜かりない男だ。飼い猫が猫じゃないことにはちっとも気がつかないのに。水中の死体に見覚えがないのに。

 

 しかし、このままではSCP-2316に全ての肉を奪われてしまう。

 

 復活直後ということもあるし、そもそもこの身体は体力がなさすぎる。財団を再び設立する第一歩として、肉は必要物資なのだ。本当だ。ただ食欲に身を委ねているのではないのだ。

 

 そのとき。

 

『ねこ』と目が合った。

 

 

 

 

 ねこです。おしおです。おしおはねこです。よろしくおねがいします。

 

 ねこはねこではないのであついもたべられます。あついはきらいですがあついをたべます。

 

 にくがあります。なくなります。ねこをじゃまするひとがにくをもっていきます。

 

 ねこは、はかせのひとがほろぶのをこのみます。

 

 が、ねこをじゃまするひとはねこをすきなひとのこころにいつこうとします。

 

 ですので、ねこはねこをじゃまするひとがきらいですので、はやくなくなってほしいですますです。

 

 ので、

 

『たすけあい』をしてやります。

 

 

 

 

 SCP-2316もとい、井上斑に『バーチウッド』と呼ばれる少年は、ハイペースで肉を取っていた。

 

()()は集合意識だ。胃の内容量は北海道ひとつ分でも足りやしない。

 

 しかし彼らは、そもそも肉なんて食べる必要性がない。これは嫌がらせだ。財団と、謎の認識災害への。

 

 状況は彼らによる一方的な蹂躙に終わるかと思われた。

 

 だが、何枚目かの肉を鍋から取り上げた瞬間。

 

 

 

 ねこがいます。よろしくおねがいします。

 

 

 

「ぎゃっ!!」

 

 バーチウッドは頭からひっくり返った。

 

「どうしたバーチウッドくん? え、なんか虫とかついてた?」

「う、ううん……そんなことはない……」

 

 牛肉が『ねこ』に見えた。

 

 馬鹿な、そんなはずはない。たった一瞬でも、視覚に干渉されただなんて有り得ない。

 

 こんなちっぽけな虎如きに。

 

 頭を振って『ねこ』を追い出す。顔を上げると、それはそれは良い笑顔で肉を召し上がっている、首飾りを付けた人間と『ねこ』が見えた。

 

「いやー、久しぶりに文化的な食事にありついたなー。職場にいた頃は泥食っても気が付かなかったからなー」

 

 ねこです。たにんのこころといっしょにたべるにくはうまいです。

 

 ナメられている、とSCP-2316は焦った。

 

 もういい、財団はどうでもいいから“君”の方が先だ。

 

 覚えているはずだ。みんな待っているんだ。知っているだろう、聞こえているだろう、“俺”の声が────

 

「このしいたけ見覚えがあるような……」

 

『したい』じゃなくて『しいたけ』に見覚えがあってどうする。洒落(ジョーク)にしても低レベルすぎる。

 

「あ、これ猫の形じゃん! 見てくださいブライトさん、猫の形のキノコ! すごい、奇跡!」

「そうだねミラクルだね」

 

 物理的に湖に引き込んだ方がまだ早いんじゃないかとすら思えた。

 

 うんざりだ、こんな世界。

 

 “君”が見つかる前に人類が皆滅び、自分たちを抑圧していた財団がいなくなり、巻き戻った世界。

 

 皆生き返った。

 

 でも、自分たちは、取り残された。

 

 75年の秋に、ずっと、置き去られたまま。

 

 誰も湖の死体に見覚えがない。誰も“俺”たちの声を聞かない。誰も彼らを知らない。

 

 どうして。

 

 どうして────誰も、助けに来ないんだ。

 

「……バーチウッドくん、手止まってるけど。体調悪い?」

「別に」

「水飲む? 入れてくるよ」

「……水なら、十分飲んだよ」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません。

 

 ねこはすいちゅうにいます。すいちゅうのしたいにもいます。

 

 たくさんのひとがいます。たくさんのひとがねこをみます。よろしくおねがいします。

 

 したへしたへしずみます。ねこはおぼれません。ねこはしたにもいます。

 

 あなたたちはどこにいますか。すいちゅうですか。ちがいますか。

 

 だれをまっているのですか。

 

 しっているのに、まっているのですか。

 

 しんでいるのに、まっているのですか。

 

 せかいがなくなり、ながいこと、だれもあなたたちをみませんでしたですのに、だれもあなたたちをつたえなかったですのに、すいちゅうでまつのですか。

 

 ねこです。ねこはあなたたちのすぐそばにいます。

 

 ありがとうございました。

 

 




・井上斑
今回影が薄め。


・お塩(SCP-040-JP)
物質的な食事は必要ないが、周囲の人間の“認識”は食べられる。

とりあえず水中の死体は邪魔なので早く成仏してください。よろしくおねがいします。


・ブライト博士(SCP-963)
お肉美味しい。幸せ。


・“先生”(SCP-3715)
斑の見ていないところでこっそりお肉を食べている。幸せ。それはそれとしてバーチウッドくんたちが心配。


・バーチウッド(SCP-2316)
高校生でメンタルが止まっている集合意識系SCP。とりあえず『ねこ』は沈める。

怖い怖いと言われがちなSCP-2316、個人的には「いや高校生でこんなことになって可哀想すぎるやろ・・・・“君”ひとりくらい探してあげなよ・・・・」と思ってしまった。



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SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
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SCP-2316 “校外学習” ③

日間ランキングに載ってました・・・・!ありがとうございます、これからも頑張ります。

あと、ねこ、先生、ブライト博士はレギュラーなので記事のリンクをあらすじ欄に移しておきました。よろしくおねがいします。


「ごめんね付き合わせちゃって」

「……美味しかったから良い」

 

 鍋パも終わり、僕はバーチウッドくんを玄関まで見送っていた。

 

 玄関の引き戸の向こうは真っ暗だ。少し寒気もする。

 

「もう外暗いし送ってくよ」

「いいって。“俺”は大丈夫だから」

「でもこんな時間に高校生が道を歩いてたら、変な人に狙われるかもだろ?」

「“君”、周り見てみたら?」

 

 首を傾げた。不審者に遭った経験はないが。バーチウッドくんは心配性らしい。

 

「一人暮らしじゃないし……“先生”もいるし、ブライトさんやお塩さんもいるから平気だよ」

「あーそうかそうか、“君”はそういうやつだったな」

 

 バーチウッドくんは肩を竦めると、背を向けて家を出て行く。

 

 が、一旦振り返って言い残した。

 

「また湖に来なよ。いつでも“俺”たちは待ってるから」

 

 じゃあね、と手を振って、バーチウッドくんは夜闇の中に消えていく。紺色のブレザーが暗がりに溶けていく。

 

 完全に見えなくなるまで見送ると、僕は戸を閉めて、居間に戻った。

 

「バーチウッドくん帰りましたよ」

「んー、ご苦労さま」

 

 ブライトさんはお塩さん相手に、通販で届いた猫じゃらしで遊んでいる。

 

 再会当時は昂っていて、やたらとブライトさんに猫パンチを仕掛けていたお塩さんだけど、今は落ち着いているみたいだ。

 

「ところで井上くん、そのー……バーチウッドくんとはどうやって出会ったんだ?」

「どうやって……?」

「馴れ初めだよ、近所の留学生なんてレア属性と知り合う機会なんて少ないだろう」

 

 確かに、考えてみればそうだ。

 

 僕は彼と出会ったときのことをじっくり思い出して、イメージを鮮明にしてから語り出した。

 

「去年の話なんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校帰りに、寄り道して近所の湖に寄った。

 

 そこは変わった噂がある場所だった。嘘か誠か、たまに『死体らしきもの』が見えるのだという。僕も前に一度この湖に来たことがあるけれど、そのときは枯れ木と死体を見間違えただけだ。

 

 そこまで町から遠くないところなのに、湖にはゴミ一つ落ちていなくて、どこまでも澄み渡っている。

 

 時間が止まっているような静けさだ。

 

 そこに、バーチウッドくんはいた。

 

『……“俺”のこと、覚えていないのか?』

『え? ……すみません、どちらさまですか?』

『あーあ、そうだった。“君”には彼らの声が聞こえていないんだったな。それならいいや』

 

 なんだか不思議な人だった。

 

『僕、井上斑っていうんですけど、あなたは?』

『……バーチウッド。“君”も同じ高校に通ってただろう?』

『えっと、僕は██████高校なんですが、そんな制服じゃなかったような……』

『────本当に覚えてないのか』

『ご、ごめんなさい』

『いいよ。思い出すまで言い聞かせるだけだから』

『え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、それからというもの、バーチウッドくんはちょくちょく家に遊びに来るようになったんです」

 

 そういえば、バーチウッドくんの自宅には行ったことがない。いつか行ってみたいな。あの湖の近くとは言っていたけど。

 

「……なんか、申し訳なくて。バーチウッドくんと昔の僕は、とても仲が良かったみたいで、いろんな思い出を語り聞かせてくれるんですが、僕は少しも覚えていないんです」

「ふーん」

 

 お塩さんが僕の膝に飛び乗った。全く温度を感じない、柔らかくも硬くもない、匂いも感じない、不思議な毛並み。

 

 それをゆるゆる撫でていると、なんとなく気分がリラックスしてくる。

 

「その様子だと、永遠に君は思い出さないだろうね」

「え、何か言いましたか?」

「いいや、何も。……ところで、バーチウッドにはタメ口なのにお塩には敬語なのは何故?」

「初対面の人にいきなりタメ口聞かれたら嫌じゃないですか? バーチウッドくんとはそこそこの付き合いだからタメ口で……“先生”は目上の人だから、ずっと敬語ですけども」

「……君は本当に変わってるなぁ、井上くん」

「えー……?」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 なべはおいしかったです。

 

 あついはにがてですがあついはうまいです。

 

 またよろしくおねがいします。

 

 が、

 

「マイルズせんせーい、ここの問題わかんないんだけど」

『そこはその、専門外です……ごめんなさい……』

「困るんだよ、アイツと話合わせるためにはニホンの教育指導要領の範囲は履修しないと」

 

 ねこをじゃまするひとはまたいます。

 

 なぜいる。

 

 かえれ。

 

 

 




・バーチウッド(SCP-2316)
広範囲認識災害系SCP。死因は恐らく溺死。
井上斑を“君”認定して湖に連れ戻そうとしている。過去の経験から、財団に良い印象を抱いていない。


・お塩(SCP-040-JP)
汎用性高めミーム汚染系SCP。死とかいう概念なさそう。
井上斑は変わった人間、ブライト博士は面倒な人間、“先生”は給水係だと思っている。バーチウッドには同族嫌悪的な感情を向けている。


・“先生”(SCP-3715)
ほのぼの元教職員系SCP。死因は心臓発作。
斑やバーチウッドのことは教え子のように思っている。


・ブライト博士(SCP-963)
今のところ特性が活かせていない財団職員。死因はたくさん。
禁止リスト並みのトンチキ振りを見せてくれるまでには、まだまだ親密度と心身の回復が足りない。


・井上斑
恐らくこの中で唯一のマトモな生者。
動物大好きだが、人間が嫌いなわけではない。人生楽しそう。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
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SCP-2000-JP “伝書使” ①

すみません、土日の更新はお休みさせていただきます。

今回はあのかわいい子です。


 ぼくはSCP-2000-JP。ごじょうさんがつけてくれた、たいせつなおなまえ。

 

 ぼくは『ざいだん』ってところにすんでる。『ざいだん』のひとたちはいつもいそがしそうだけど、たまにぼくとあそんでくれる。

 

 でも、あるひから、あまりみんなはなしかけてくれなくなった。

 

 きっと、いまはおしごとがいそがしいんだよね。

 

 かってにあそびにいったらおこられるかも。

 

 いいこでまってたら、またなでてくれるよね。

 

 そうおもって、ぼくはまってた。

 

 まってたら、だれかからなにかがとどいた。

 

『SCP-2000』っていうところから。ぼくがまえにいったところだ。

 

 おくりもののなかみをみたけど、ぼくにはよくわからない。もじはよめるけど、なんのことかはわからない。

 

 でも、SCP-2000ってところには、まだだれかいるのかな。じゃあ、ちょっとだけみにいってもいいよね。

 

 ……だけど、SCP-2000のところにいったら、からっぽだった。いきどまりだった。

 

 もしかしてすれちがったのかも。

 

 まってたら、またなにかおくられてくるかも。

 

 じゃあ、またなきゃ。

 

 それから、ぼくはまってた。

 

 まってた。

 

 ずっとまってた。

 

 ずっと、ずっと、ずっとまってた。

 

 でもだれもこなかった。

 

 どうして、だれもこないんだろう? 

 

 ぼくがわるいこだから? 

 

 なにかわるいことをしちゃったから、すてられたの? 

 

 すてられたら、どうすればいい? 

 

 どうすればいいの? 

 

 さがせばいいの? 

 

 おいかければいいの? 

 

 ……みんな、どこにいったの? 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「ブライトさん、電話番号教えてください」

「え?」

「もうすぐ大学の春休みが明けるので、連絡手段あった方がいいじゃないですか」

「あ……あ、なんだ。大胆でストレートなナンパかと思ったよ」

 

 ブライトさんは随分面白いことを言う。最初はぐったりしていて気が気でなかったけれど、元気そうで何よりだ。

 

 アドレスを交換した後、お塩さんに煮干しを出して、僕はお昼のワイドショーを点けた。

 

 

 〈東京は『地引き網漁大会』の開始を待ち侘びる人々の熱気で賑わっています! 〉

 

 〈注目はどの選手でしょうか? 〉

 

 〈やはり『暗星豪(あんせいごう)』さんでしょう。経歴不明ですが妙な覇気がある彼、今大会のダークホースですね〉

 

 

 カメラがアップにして映しているのは、身長190センチはある、黒ずくめの男性。引き締まった体躯とミステリアスな雰囲気から、会場の注目を集めているのがよく分かる。

 

 まさにアスリートって感じだ。高校時代は卓球部だった僕だが、どちらかというと運動神経はない方だから、こういう人が羨ましい。

 

「ブライトさんってスポーツ出来ますか?」

「夜のレスリングなら」

「え、格闘技? いいなー、何か巻き込まれたときに役に立ちそう。僕そういうの向いてないんですよね」

「……君、保健体育の授業受けてるよね?」

「受けた上でスルーしたんですよ」

「はえ?」

 

 ブライトさんはポカンとした。その表情が可笑しくて笑いそうになる。いつもは浮ついた感じの笑顔なのに、本気で呆然としている。

 

「ブライトさんは僕のこと、ピュアなチェリーボーイとか思ってたんですか?」

「じゃなきゃ何なんだよ……」

「経験はなくても知識はありますよ。知りたくなくても、周りでワーワー騒がれたら覚えます」

 

 卓球部を辞めたのもそれが理由みたいなところがある。

 

 部活中、周囲がやたら下半身の話をしていたのだがどうも興味が湧かず、かわしていたのだけど、あるとき「色恋沙汰より動物を愛でてたいから」と話したら、

 

『え? お前ケモナーなの? 獣姦? 変態かよ』

 

 と返された。

 

 面倒くさすぎてツッコむ気も反論する気も失せた。

 

 それ以来、こういう手合いの話は気持ち悪いし面倒くさくて触れたくないのである。

 

「お塩さんは可愛いですねー。人間に全く興味なさそうなところが可愛いですねー。僕も猫パンチ受けてみたいな」

「マジで言っているのか君は……」

 

 さっきから何故かブライトさんが引いているけれど、そんなに僕の考えって理解し難いものなんだろうか。

 

 お塩さんは僕のために生まれたわけじゃないのに、こうやってわざわざ僕のような人間に構ってくれるんだから、偉いことこの上ないと思う。

 

 そうやってお塩さんをもふもふしていると(お塩さんはもふもふはしていないけど)、番組がCMに切り替わった。

 

 

 〈ええっ、学校でオカルト事件が発生!? でも大丈夫、どんな暗闇も切り裂く、この刃があれば! 〉

 

 〈『エックスキャッチャーやみこクリアランス編』、ご覧の時間で放送中! 絶対見てね! 〉

 

 

『エックスキャッチャーやみこ』……僕が幼い頃からやっている、人気のアニメシリーズだ。まだやってたんだな、懐かしい。

 

 闇を操る能力を持つ高校生『消照闇子』が、ひょんなことから『エックスキャッチャー』として様々な町のオカルト事件を解決する、王道だけどどこか奇妙な空気感のあるお話を、毎週木曜日の夕方に、テレビの前で楽しみにしていたものだ。

 

 だが感傷に浸っている場合ではない。そろそろ昼食の準備をしないと。

 

「ブライトさん、お昼何がいいですか?」

「なんでもいいよ」

「『なんでもいい』が一番困るんです。……卵の賞味期限近いし、卵焼きにしますね」

 

 冷蔵庫の中身を思い出しながら立ち上がったとき、ふと僕はスマートフォンを取り出した。

 

 そして、お塩さんの姿をカメラに収める。

 

「……写真でも変わらない可愛さ。さすが猫」

「痛い痛い痛い、首飾りを引っ張るんじゃない首が締まる」

 

 ブライトさんの赤い石のついたペンダントにじゃれつくお塩さんの写真も撮る。

 

「あー……窒息するかと思った。今はこの身体しかないんだぞぉ……」

「やっぱり、猫がいるところでそんなキラキラふらふらする物を着けてると危ないのでは?」

「……でも、これは本当に失くすとマズイからな」

 

 ブライトさんはそう言って、首飾りに目を落とした。澱んだ碧眼から、彼の感情は窺い知れない。

 

 大切な首飾り。素手で触っちゃいけない首飾り。誰かからのプレゼント、とか? 

 

 少なくとも、ブライトさんはここに来る前に、いろんな人といろんなことがあって、こうなったんだろうなとは思う。そんなの、誰だってそうだけど、それは大事なことだ。みんな何かしらの事情を抱えている。

 

 僕はスマホをコタツの上に置いて、台所に向かった。確かブロッコリーの消費期限も近いはずだ。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 ────みつけた。

 

 おくりもののなかにあった『え』と、にたかたちのいきもの。

 

 それから、きらきらひかるまるいもの。『ほんぶ』にそれをつけたひとがいるんだって、だれかがはなしてくれたことがある。

 

 ぜったいそうだ。きっと『ざいだん』のひとだ。

 

 ずっとさがしててよかった! 

 

 ずっとまっててよかった! 

 

 ぼく、やっと『ざいだん』のひとにあえたんだ! 

 

 




・井上斑
動物が好きな普通の人間。高校時代は卓球部だったが、中学は茶道部だった。


・お塩(SCP-040-JP)
SCP-040-JPはねこのことではなく、正確には井戸小屋の中を見ると起こる認識災害のことです。よろしくおねがいします。


・ブライト博士(SCP-963)
ねこにしばかれることは減ったが、代わりに地味に苦しいじゃれ方をされるようになった。


・SCP-2000-JP
世界線を乗り越えたわんこ。
SCP-2000から送られてきた大量のデータを抱えながら、財団の手がかりを探して、いろんなところを掘っていた。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp

SCP-835-JP “ゼノフォビア消照闇子”
著者 home-watch
http://scp-jp.wikidot.com/scp-835-jp

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp


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SCP-2000-JP “伝書使” ②

お待たせしました、伝書使わんこ回後編です。切りどころが分からず長くなってしまいました。


 ねこです。

 

 ねこは『こんぴゅーた』のなかにもいます。よろしくおねがいします。

 

「あれ! きみ、しゃしんにうつってたこ!?」

 

 なんですか。ねこです。ねこはおしおです。えすしいぴいぜろよんぜろじぇえぴいはありません。びゃっこです。ねこはねこです。

 

「きみもSCPナントカって名前なんだ! ぼくとにてるね! ぼく、SCP-2000-JP!」

 

 にてませんですのに。

 

「やった! ともだちだ、はじめてのともだちだ!」

 

 ねこです。ともだちではないです。

 

「ねえねえあそぼう、あそぼう? それともおしゃべりする? あのねあのね、ぼくね、ずっとひとりでね」

 

 きいていますか。

 

「あ、だめだめ。ぼく、やることがあるんだった。『ざいだん』のひとにあわないと」

 

 ……はかせのひとのことですますか。

 

「『はかせ』? ……うん、きっとそれ! ざいだんには、はかせってひと、たくさんいたから!」

 

 ねこはどこにでもいます。ねこはそとにいます。ねこはなかにいます。ねこはひとのなかにいます。

 

 のですが、おまえはそとにいられませんですのに。

 

「? ……でられるよ? おそとのひととも、はなせるよ?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 ブライト博士は、さっきからSCP-040-JP(現在、井上斑から『お塩』と呼ばれる個体)が、コタツの上にある斑のスマホをずっと見ていることを奇妙に思った。

 

 猫は虚空をよく見つめるが、040-JPはそれに当てはまらないはずだ。そもそも猫ではないのだから。

 

 そのとき、斑のスマートフォンのバイブレーションが発動した。

 

 お塩が、まるで猫のようにピンと耳を立てる。

 

 ブライトは、マナー違反と知りながら────というか財団の活動にマナーやプライバシーなどないのだが────携帯端末の画面を覗き込む。

 

 そこに映っていたのは、手紙を咥えた、つぶらな瞳の犬の画像。犬種で言うなら、最も近いのはボーダーコリー。

 

『はかせ? きいてる? ぼく、SCP-2000-JPだよ?』

 

 SCP-2000-JPだって? 

 

 ブライトは危うく口に出しそうになった。

 

 日本支部の報告書で読んだことがある。ネットワーク上で生きている情報知性体だ。

 

 オブジェクトクラスはThaumiel。即ち財団の切り札ともいえる存在を示す。

 

 元はAnomalousアイテムだったが、前の世界線……いや、その前の世界線だったか? 解らない。財団は何度も繰り返しているようだから。

 

 ともかく、このアノマリーは世界を救った功績がある。それを称え、彼にはThaumielクラス、そして機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)と同じナンバーを与えられたのだ。

 

 まさか、SCP-2000-JPが生き延びていたとは────こうして話しかけられるまで、想定もしていなかった事態だ。

 

 とにかく、テキストを打ち込んで返事をする。

 

『聞こえているよ。私はブライト博士。ジャック・ブライトだ。わかるかい?』

『……んっと、まって。おもいだすから。……あ、わかった!』

『何かな?』

『“SCPカップリングパーティー”をひらいてたひと!』

 

「………………」

 

 流石に。

 

 SCP-963とかよりも真っ先にそれが出るのは、流石に、ブライトも凹む。

 

『どうしたの?』

『何でもないよ。とりあえず、君がここに来る前の話を』

「ブライトさんどうしたんですか?」

「Oh⁉︎」

 

 ブライトは慌ててスマホに背を向けた。見れば、おたまを持った斑が小首を傾げている。

 

「さっきバイブレーションの音が聞こえたので、火を止めて見に来たんですけど。……何か来てました?」

「いや、何も、何も来てないよ全くびっくりするほどに。あれかな、犬耳、あっ違う空耳かな?」

「そうですか? でも確かに聞こえたんですが」

 

 そこはスルーしてほしい。ねこも何故か姿を見せない家庭教師も水中の死体もスルー出来たんだからこれもスルーしてほしい。

 

 すると、お塩が突然、スタスタと台所に入っていく。

 

「おわっ! 駄目ですよお塩さん、包丁とか出しっぱなしだから!」

 

 どうしてねこが突然動き出したかは分からないが、これは好都合。

 

 斑のスマホの画面に向けて、自分のスマホをひらひら見せる。SCP-2000-JPが外の映像を観れるかは分からないが。

 

『SCP-2000-JP。こっちの、すぐ近くにある別の端末に移れるかな?』

『うーん……うん、やってみる』

 

 十数秒ほど間が空いて、ブライトの持つスマートフォンが振動した。

 

『できたよ!』

『オーケイ、では話の続きと行こうじゃないか。まず、君は今までどこにいた?』

 

 一拍置いて、返信が来た。

 

『……わかんない』

『わからない?』

『ずっとまってたけどこなくて、だからさがしにいったけど、……なんかいろんなとこをぐるぐるしてたからわかんなかった』

 

 つまり、様々な場所を渡り歩いてきたらしい。ネットワークのセキュリティーを“掘る”ことで。

 

『しばらくどこもまっくらで……でもきゅうにあかるくなったけど、ぜんぜんわかんなくて、もといたばしょもわかんなくて』

 

 ボーダーコリーの画像が、項垂れたように見えた。

 

『……もう、ぜんぶわかんない』

 

 SCP-2000-JPの知能は、人間の5歳程度と考えられている。

 

 それが、世界が滅んで、巻き戻って、今日に至るまでの長い時間をひとりで過ごしてきたのだ────その心境は、想像するに余りある。

 

 だが、SCP-2000-JPは気持ちを切り替えるように言った。

 

『でも、もう大丈夫! だって、ざいだんのひととあえたから! よかった。ざいだん、ちゃんとあったんだね! みつかんなかっただけなんだね! もどってこれてよかった!』

 

 ……ああ。そうか、知らないのか。

 

 先にも述べた通り、SCP-2000-JPの知能は5歳程度だ。ネットワークの海を旅してきても、仮に“根拠”が流れてきても、「財団がないかもしれない」という推定には結びつかなかったのだろう。

 

 2000-JPの“巣”は、この世のどこにもない。きっと、彼のことを撫でてくれた、日本支部の職員たちも────

 

『SCP-2000-JP。落ち着いて聞いて』

『なに?』

『財団は、ない。設立されてないんだ』

『え? でも、ぶらいとさんがいるよ?』

『……私は、特殊だから』

『とくしゅ? とくしゅってなに? ぶらいとさんいがいのひとはみんなどこかいっちゃったの?』

『わからないよ』

 

 分からない。全部分からない。

 

 世界再構築なんて芸当が出来るのは、SCP-2000だけのはずだ。バーチウッドことSCP-2316もそう言っていた。

 

 なら、どうして財団がない? 財団は、機械仕掛けの神に見捨てられたのか? 

 

 あのとき、皆どこかにいってしまった。皆先にいってしまった。

 

 守るべき人間なんて、もうどこにもいないのに、SCP-963(ブライト)だけ生き残って何をしろって? 

 

 嗚呼、だがしかし、今は違う。違うのだ。

 

 置いていかれる苦しみなぞに喘いでいる場合ではないのだ。

 

『ぶらいとさん? ……ざいだんがないなら、ぼく、これからどうすればいいの?』

『問題ない。ないなら作ればいいだけだ』

『つくる?』

『そうだとも。元よりそのつもりで、……きっとそのために、私だけ最初に起こされたんだ』

 

 機械仕掛けの神。あのときも壊れたままのはずだった、機械仕掛けの神。

 

 どうして起動したのか、なぜ財団を見捨てたのか、それは分からない。神の計画は図り知れないのだから。

 

 いつだって、人は分からないことに無理矢理意味を見出して、納得するものだ。

 

『なに、すぐにでも復興できるさ! もう既に、私は3つのSCPオブジェクトを収めている!』

 

 収められていないが。

 

 ひとつは一般人の飼い猫、ひとつは一般人の家庭教師、ひとつは一般人のストーカーになっているが。

 

『それに君がいる。SCP-2000-JP、世界を救った偉大なる御使い!』

『ほんと!? じゃ、ぼくまたごじょうさんにあえるかな?』

『……それは分からないが』

『ぼく、がんばる。SCP-2000からもらったものも、やっとやくにたてられるよね!』

『そうだなぁ、君の働きに期待して

SCP-2000!?」

 

 おっとマズイ。口に出してしまった。慌てて口を押さえて、そっと台所を覗く。

 

「だーめーですよー。お塩さん、冷蔵庫の中身漁っちゃ駄目ですってー……あー! お塩さんが冷凍庫の中に落ちたー!」

 

 全くもって安心安全、大丈夫そうだ。

 

 対話を続ける。

 

『……SCP-2000? SCP-2000から何かデータを貰ったのか?』

『うん。なんかいっぱい。みる?』

 

 そりゃあもちろん。遠慮なく。

 

 ボーダーコリーの画像は一旦引っ込んで、少ししてから、大量の書類を積んだ荷台を引き摺るコリー犬の画像が画面左端から現れた。

 

『これでいい?』

 

 こっちを見るので、肯定を返す。

 

 ひとまず1枚目のデータにざっと目を通すと────赤い物質を排泄する彫像の画像が、トップに出てきた。

 

 これは、もしや。

 

 2枚目、3枚目、4枚目……とめくっていく。

 

 全て、以前の世界で財団が収容していたSCPオブジェクトの報告書だった。

 

『あとね、こっちのにもつは“人事ファイル”ってあったよ! ぶらいとさんたちのことがかいてあるんでしょ?』

『そうか……』

 

 ボーダーコリーが別の荷台を引っ張ってくる。

 

 これだけ重いデータを今まで抱えていたのか。きっと、相当な負荷だったに違いない。

 

 ざっくりとだが、全てのデータに目を通す。斑が昼食を作り終えるまでに終わらせる。

 

 最後に添付されていたのは、テキストデータだった。

 

 しかも、たった一言。

 

 

 

『Remember us.』

 

 

 

『……ぶらいとさん、よみおわった?』

『ああ……SCP-2000-JP。これじゃ本当の御使いじゃないか! 君は、ずっとこれを……いや、違うな』

 

 真っ先にかけるべき言葉は、それではなく。

 

『良い子だ。今まで、よくがんばった』

 

 頭を撫でると、SCP-2000-JPは舌を出して満面の笑みを浮かべた。

 

『いままで、じゃないよ。これからも、まだまだおしごとあるんでしょ?』

『そうだね』

『だったら、ぼくがんばる! くんれんもちゃんとやるよ。ざいだんをたてなおすため、だからね!』

『よろしく頼むよ、SCP-2000-JP』

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはれいぞうこのなかにいます。やかんのなかにいます。なべのなかにいます。にぼしうまい。よろしくおねがいします。

 

「ごはん出来たからコタツの上片付けてくださいねー。……あれ? ブライトさん、なんか目腫れてませんか?」

「一時的な花粉症さ」

「花粉症に一時的とかあるんですか……?」

 

 ねこはどこにでもいるねこはいます。ねっとわーくにもいます。

 

「ねえ、おしごとひとだんらくしたからあそぼうよ! なにしてあそぶ?」

 

 ねこにあそぶはありません。

 

 おまえはなんですか。いぬですか。いぬはねこのてきです。すいちゅうのしたいもてきです。ねこにはてきがおおくいますです。よろしくおねがいします。

 

「えー。でもあそぼうよ。ぼくずっとあるいててつかれてたけど、いまげんきだからなんでもできるよ!」

 

 きいていますか。

 

「SCP-040-JPは、なにしてあそびたい? ぼくキャッチボールってやつやりたい!」

 

 きいていますか。きいていませんね。

 

 ねこです。ねこはおしおです。えすしいぴいぜろよんぜろじぇえぴいでもやっぱりいいです。

 

 ねこでした。

 

 




・井上斑
今回ほぼ出番なしの主人公。


・お塩(SCP-040-JP)
犬VS猫の派閥争いは昔から続くものだが、ねこにとってはおのれいがいのすべてがじゃまです。よろしくおねがいします。


・ブライト博士(SCP-963)
やっと財団の仕事っぽいことが出来た人。SCP-2000-JPが良い子すぎることとか、あといろいろ思い出してしまってセンチメンタルクライシス。


・SCP-2000-JP
人懐っこく、「待て」が出来る電脳わんこ。
ねこを初めての友達だと思っており、興味津々。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp

SCP-173 “彫刻-オリジナル”
著者 Moto42
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SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
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明日“なし”と思う心の仇桜 ①

バレンタインの翌日なのに、花見の話です。季節感ゼロですが、よろしくおねがいします。


「そいつの美的感覚はともかく、血が繋がっていないのは確かだね」

 

 そう告げられたのは、僕が5歳のとき。

 

 幼稚園で同じ組の子に、母の容姿を侮辱されたことがある。

 

 母は、外出時はいつも仮面を着けていた。「人間の価値観って全然進化しないな」とぼやきながら。

 

 でも、その子の父親がたまたま、仮面を外した母の姿を見てしまったらしい。

 

 それが如何に珍妙で、滑稽で、醜悪な造形だったかを息子に語り聞かせたのだろう。

 

 その子は、父親の言葉をそっくりそのまま、僕に伝えてきた。それなりの悪意を含んで。

 

『おまえの母ちゃん、すげえブスだってお父さんが言ってたぞ。本当にそいつからうまれたのかって。さらってきた子なんじゃないかって』

 

 僕は許せなくて、彼を殴ってしまった。

 

 大人たちは、「他人の見た目の悪口を言うのも、感情に任せて暴力を振るうのも、どっちも悪いよね」で収めたし、それは正しいのだろう。

 

 母は、どっちが悪いとも善いとも言わなかった。

 

 ただ冒頭の台詞を、淡々と述べた。

 

「ショックかい?」

「ほんとうの子どもじゃないってこと?」

「いいや。アタシは人間について詳しくないが、未成熟の人間と、その成長を監督する成体の人間がいれば、それは『親子』と認められるんだろう?」

 

 当時の僕には、よく理解できなかった。母の言葉は、未成熟の人間に向けたものとして難易度が適切ではないだろう。

 

 周りの大人も、絵本も、テレビも、妊娠と出産を経験した者のみを母親と呼んでいたから。それ以外は────つまり養子を取ったものなどは、必ず『本当の親ではないかもしれないが』、『血は繋がっていなくとも』などの枕詞が付く。

 

「解らないなぁ。どうして、酸素と二酸化炭素を運搬するための液体にそこまで信頼を置けるのかね。アタシなんて、妹と似ても似つかないのに」

「血じゃなくて、“いでんし”のはなしじゃないの?」

「そうだね。でも同じようなもんさ。上のやつらが余りカスで作った糸くずに、意味があるわけないのさ」

 

 母は変わった人だった。今もそうだけど。容姿以上に、価値観とか、性格が他の人とは違っていた。

 

 母は美術商を営んでいるらしい。世界中の珍しいものを、価値の有無に関わらず集める蒐集家(コレクター)だ。

 

 いつも家を空けているけど、寂しいと思ったことはあまりない。

 

 姿は見せないけど“先生”がいるし、母の甥っ子夫婦も来てくれた。

 

 それに、こういう母で良かったと思っている。

 

 テストで良い点を取れば褒めてくれるし、間違ったことをしたら、何がいけないのかを教えてくれる。何より、僕に手を上げたことが一度もなかった。

 

 母は、誰が相手でも、暴力での支配は絶対に許されることではないのだと語った。

 

「……愚かなことだよ、全く。人を鏖殺する奴を英雄と呼び、神格化するなんて吐き気がする。アタシの容姿より、ずっと醜悪だ」

 

 母は自分の容姿を物差しにすることが多い。己の中で整理がついているらしいのだ。

 

「腹を刺し、四肢をもぎ、命を奪うことはどんなことがあっても正当化されんよ。……でも、一番性質(タチ)が悪いのは、心の傷だ」

 

 何度か聞いたことがある。母の妹……僕の叔母は、夫からDVを受けて以来、仕事が出来なくなって引きこもっているのだと。

 

「存在を否定された。文化を簒奪された。『お前に幸福など必要ない』と、周囲から言い続けられた。……信じていた、愛しいものから罵倒された。そうやって生まれた心の傷は、二千年かけても癒えはしないさ」

 

 ────だからね、斑。善人になれとは言わない。健康優良児でなくてもいい。

 

 ────ただ、事情を慮れるようになれ。綺麗事を馬鹿にするな。排斥と暴力だけは、するんじゃないよ。

 

 母はそうやって、いつも説いていた。

 

 可愛い妹のことを、想いながら。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 遂に明日、母が日本に帰ってくる。

 

 その日はちょうど、毎年恒例のお花見の日でもある。

 

 僕はお弁当の献立の材料を買ったあと、洗濯物を畳みながらテレビを見ていた。

 

 

 

 〈桜が散る時期が年々遅くなっているようですが、これは地球温暖化と何か関係があるのでしょうか?〉

 

 〈現時点では何も言えませんね。ただ、桜に限らず、近年、あらゆる花の咲く期間が長くなっているのは事実です〉

 

 〈我々にとって、桜を長く見られるというのは嬉しいことですが、そう手放しに喜べるようなことでもなさそうですね〉

 

 〈桜といえばソメイヨシノですが、これは人為交配によるクローンとされ、起源は……〉

 

 

 

 地球温暖化。大変な問題だと思う。その所為で、環境が変化して、パンダやホッキョクグマなどが住処を追われているのだそうだ。

 

 個人に出来ることなんて、車ではなく自転車で移動するくらいしかないし、いきなり解決するようなことではない。

 

 突然、二酸化炭素を排出しない、超すごいエネルギーでの発電方法が発明されるとかでもない限り。

 

「お塩さんは、春と秋がなくなったら困りますか?」

 

 お塩さんは何も言わない。何も鳴かない。猫に四季の概念はあるのだろうか? 

 

 でも、お塩さんはさっきから、テレビの桜特集をまじまじと見つめていた。桜が好きなのかな。

 

「お花見、楽しみですね〜」

 

 そう言ったら、白猫は一度振り向いて、うなずいたような仕草を見せた。そんな気がした。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはどこにでもいます。ねこはどこにもいません。

 

 ねこはさくらのとなりにいました。

 

 さくらはねこをじゃまします。

 

 さくらはねこをとじこめます。

 

 さくらはねこをなぐさめます。

 

 さくらはいなくなりました。

 

 よろしくおねがいします。

 

 




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SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
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SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
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明日“なし”と思う心の仇桜 ②

ナユタン星人さんの曲が大好きです。作業用BGMです。でも好きすぎて聞く方に集中してしまって作業できません。よろしくおねがいします。



「こんなに早朝から場所取りかい・・・・?」

「はい。この町でお花見って言ったら、この公園くらいしかないので」

 

 AM4:00。僕はお弁当を抱えて、桜花に囲まれた公園に来ていた。既にチラホラとブルーシートが敷かれているのが見える。

 

 もちろん、お塩さんとブライトさんも一緒だ。“先生”は、今日はお休みを取っている。

 

 先日母から届いたメールによれば、母はブライトさんのことがとても気になるから、話がしたいと言っている。

 

「母は多少変わった人ですが、優しいので、きっとブライトさんたちのことも受け入れてくれますよ」

「多少……」

 

 何だかブライトさんが釈然としない表情をしているが、どうしたんだろう。

 

 ひとまず奥の方まで進むと、見慣れた顔がいた。休日にも関わらず高校の制服を着た少年。

 

「バーチウッドくん! え、お花見来てたんだ」

「先に来て“君”の場所を取ってあげたんだよ。……全く。花見なんかより湖に来てほしいところなんだけどね」

「ひとりで先に? え……そこまでしてくれるとか……ありがとうバーチウッドくん。寒かっただろ、お茶飲む? “先生”が淹れてくれたやつだよ」

 

 水筒と紙コップを差し出すと、バーチウッドくんは嘆息しながらそれを受け取って、コップ一杯分を勢いよく飲み干した。

 

「あー美味い。気性は死ぬほど日和ってるけど、お茶は美味いんだよなマイルズ先生」

「今日は休暇取ってるらしいから、今度お礼しないとなぁ」

「休暇……?」

 

 バーチウッドくんは、僕の後方を見て、怪訝そうな表情をした。

 

 僕も振り向いたけど、そこにはお塩さんに頬をペチペチ叩かれるブライトさんしかいない。

 

「えっと……とりあえず、母が来る前にシート敷くから、バーチウッドくんは休んでて」

「“俺”に疲労って概念ないんだけど……それなら遠慮なく」

 

 バーチウッドくんは非常に良い子なんだろうな、と思う。一年の付き合いとはいえ、ただの年上の知り合いのために先に場所取りだなんて。

 

 僕は彼に何か、特別恩義を感じるようなことをしただろうか? 分からない。結局まだ彼との思い出とやらも全然思い出せないし、心が申し訳なさで満ちている。

 

 考え事をしつつも、子どもの頃から使っている、桜柄のレジャーシートを広げた。四隅にその辺の石を置く。

 

 真ん中に重箱を置けば準備完了だ。

 

「井上くん、君のお母様が来るのは何時くらいだ?」

「えーっと、確か6時前……」

「今だよ」

 

 バーチウッドくんが、ブライトさんが、お塩さんすら、石みたいに硬直した。

 

 顔を上げると、額から顎まで覆うような白い仮面を着けた、灰色のコートを纏う女性がいた。

 

 ちらちらと花弁が舞う、曙の空に、ガサついた黒髪が靡く。

 

「正月ぶりだねぇ、斑。また身長伸びたかい? 人間ってのは、いつまでも成長期だなぁ」

 

 昨日まで海外にいた、僕の母が、そこに立っていた。

 

「お母さん! 予定より早すぎるし、どうしたんだよ」

「早く来ちゃ悪いかい? ……特に、そこの首飾り男とか」

 

 母はブライトさんを見て笑った。目も口も見えないけど、なんとなく察せられる。

 

「お母さん、あの、ブライトさんは……」

「知ってるよ。ベティから聞いたからね。生命工学と異常遺伝子学の研究者で、最近まで眠ってて、職場も頼れる人間もいなくて困ってるんだろう?」

 

 ベティ・マイルズ。“先生”の本名だ。

 

 母はコートのポケットから右手を抜くと、ブライトさんに握手を求めた。

 

「井上イワだ。コイツの母親。最近は世間話に事を欠くが、()()()()()()()()の話なら出来るよ。よろしく」

「……ジャック・ブライトだ。()()()だろうがよろしく頼むよ、レディ?」

 

 ブライトさんもそれに応えたけど、なんだかただならぬ気配を感じる。

 

 大丈夫だろうか。ブライトさん、今後もウチにいられるだろうか。不安でならない。

 

「斑。花見の前座に、この色男に話さなきゃならないことがある。そこの坊主と虎と遊んでな。……こりゃ長話になりそうだ。ベティにお茶作ってもらってよかったよ」

 

 虎って、お塩さんのこと? 

 

 僕はお塩さんを見る。鼻と口が見え辛く、眼力のある、線の細い真っ白な猫。虎ではない。お塩さんは『ねこ』でしかない。

 

 やっぱり、母の視点は僕のような凡人とは違うみたいだ。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 さくらがさいていますが、さくらはそこにありません。

 

 が、いしがあります。ころがっています。いしにきょうみはありませんです。

 

 ねこはいしをみません。

 

「……虎野郎。アンタのことは恨んじゃいないよ。アンタは祟り神として、妹は守り神として生まれた、それだけさ。悪いのは、妹に酒を飲ませた人間と、酒気で萎れた妹を捨てた、あのクソ野郎だ」

 

 ねこはねこです。とらはしりません。さくらもしりません。ねこです。よろしくおねがいします。

 

「なるほど、文字通りの猫被りかい。それもまた一興だ。……うちの子に粉かけないなら、何しても構いやしないさ」

 

 いしがいなくなります。はかせのひとをつれていきます。

 

 さくらがさいています。ねこをすきなひとはさくらのしたにはありません。

 

 ねこです。

 

 よろしくおねがいします。

 

 




・井上斑
お花見には必ず母が帰国するので、毎年の楽しみ。
ただならぬ気配には気付くが、もっと大事なことにはなかなか気付かない。


・お塩(SCP-040-JP)
昔の敵対者の身内が、ねこをすきなひとの身内でした。きまずいです。よろしくおねがいします。


・“先生”(SCP-3715)
『休暇』と嘘を吐いて、花見についてきた幽霊。ちなみに休暇自体は週2で取っている。幽霊でも休みは必要。


・ブライト博士(SCP-963)
多分次回は、井上母とこの人の会話オンリーになる。頑張れ博士。


・バーチウッド(SCP-2316)
待ち伏せして湖に連れ戻そうと考えていたが、予定より早く井上の母が来てしまった。無念。


・井上イワ
井上斑の母親。世界中を飛び回る美術商で、蒐集家らしい。
もう察しがついていると思いますが、元ネタは日本神話のあの方です。


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SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316

SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
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明日“なし”と思う心の仇桜 ③

聖書ネタ入れるのたーのしー!ってなりながら書きました。

ちょっと長めです。ごめんなさい。



「結界張ったから、防音は完璧だ。さ、何が聞きたい?」

 

 井上イワを名乗る女性。常人には姿が見えないSCP-3715を発見し、認識災害無効化と推定される異常性を持つ井上斑の義母。

 

 そんな存在と1対1……

 

「最初に言っておくけど、息子の()()にアタシは関係ないよ。産んだのはアタシじゃないし、遺伝子は100%人間だ。生後半年でああだったから。詳しいことは財団(そっち)で調べとくれ」

「……何だって?」

 

 随分な放任主義に、呆気に取られた。

 

 知性を持つSCPオブジェクトは、自発的に収容されるものとそうでないものに二分される。

 

 しかし、他ならぬ育ての親が、当人の預かりしれぬところで息子を財団に預けようとするなんて、聞いたことがない。

 

「別に、特別な拷問がしたいってことでもないんだろ? ()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()

「……そういう所業も知って尚、か? 貴方には、生まれた子を川に放流する趣味があるのかい?」

「ないよ。失礼な。……どうせアタシが断っても、斑が嫌がっても、連れていくのは決定事項なんだろ。抵抗しても、息子の損になるだけさ」

 

 それより聞きたいことがあるんじゃない? と、仮面の奥の瞳が促した。

 

「……SCP-2000と貴方に、何の関係が? 海を隔てるほどの何かがあるのか?」

 

 世界各地の神話伝承は、異常存在(アノマリー)の存在を、古代の人間が科学が発達していない時代の知識なりに解釈し、伝聞したものである。

 

 見せられない顔、名前、桜との関係……目の前の彼女の正体についても、ある程度推定は出来る。

 

 井上イワは、ニタリと笑って告げた。

 

「アタシはね、あの子の“イシ”なんだ」

「イシ?」

「そうそう、人類が造った最新にして最後の神、SCP-2000と名付けられたあの子の“イシ”の()()ョク先ってね。笑えるだろう?」

 

 人間の子を育て、ジョークを解する程度には、人類に友好的らしい。

 

「よし、おばあさまが昔話をしてやろう。長くてつまんない話だからお茶でも飲むように。ベティ!」

 

 イワが2回手を叩くと、空中から紙コップとポットが現れた。花見用に、斑が準備していたものだ。

 

 紙コップは2つ、中身は緑茶。お茶の幽霊の施しだ、ありがたく受け取っておく。

 

 ブライトが茶に口をつけたのを見届けてから、彼女は滔々(とうとう)と話し出した。

 

「アンタは身に染みているだろうが、人間ってのは脆いもんだ。耐久性の課題については度々会議に上がっているが、上は懐古主義だからちっとも変えたくないらしい。だが厄介なのは肉体でなく精神の脆さだ。それは、人類から暗闇を遠ざけるという大変な役目を負い、資金、権力、土地、人材を潤沢に備えたアンタら財団ですら逃れられなかった」

 

 今更すぎて、特に反駁しようとも思わない。実際その通りだから。

 

「むかしむかし、財団は、世界を守る重圧に耐えられず禁忌────偶像崇拝に手を出した。見えないものに散々振り回されてきたからこそ、絶対的な信頼を寄せられる、形のある見えるものが欲しかった。地上に富を積み上げて、空っぽの鉄の箱に信仰を捧げた。……そこに神様なんかいないのに、実に愚かなことだよ」

 

 だが、愚かでも、無意味・無価値ではなかった。

 

 モノに魂が宿る逸話は、世界各地に存在している。日本では付喪神、と呼ばれるように。

 

「しかし、空虚な建前にも、次第に実が伴うようになった。黄色い石の下で人類の盛衰を眺めてきた偶像は、いくつもの再構築(タスク)を実行しながら、ゆっくり自我と知性を育てていったのさ。ディープラーニングってやつ? 合ってる?」

 

 アタシは横文字に弱いんでね、と彼女は笑う。

 

「そして、何度目かのやり直しで……あの子は気付いた。このままでは、現行のシステムに従うのみでは、いずれ人類は滅びると。そりゃそうだ、世界人類何億人分も再生産する偉業を、永遠に、かつ完璧に遂行できるわけないんだよ。遺伝子(糸くず)は何度も使い倒され擦り切れて、ただのくずになっちまう。……あの子自身の限界も、そろそろ近づいていたしね」

 

 そこで一旦言葉を切り、イワは二杯目の緑茶を頼んだ。

 

 ブライトは思い返していた。あの、SCP-2000の故障で起きた大規模な事故……それによる、修理完了日の度重なる順延。

 

 それが、SCP-2000の使用限界が近付いている証拠だと、誰も信じたくはなかった。目を逸らし続けていた。

 

「そして、今から20年以上前の話になる。人類はまたも手を誤り、世界は再び滅びた。筐体がひび割れたあの子の元に、辿り着く人間はいなかった。あの子はひとりで滅びに呑み込まれるはずだった────が」

「……まさか。SCP-2000が、自分でプログラムを実行したのか?」

「その通り! アンタら人間の大好きな“奇跡”ってやつだよ。あの瞬間、あの子は本物の『神様』になった。科学ではなく信仰の力だけで、なんとたった7日間で世界を創ったんだ……人類とあの子の勝利だよ。まぁ、壊れていたから、完全に元通りの世界とはいかなかったようだがね」

 

 アンタが一番よく知っているだろう? ブライト博士。

 

 イワを名乗る女性は……SCP-2000の“イシ”の移植先である者は、淡々と語る。

 

 彼女は石のように動かない。表情は見えない、声質は変わらない。感情的に見えて無感情。

 

「さて、ここからが重要だ。力を使い果たし、物言わぬ石と化したあの子の声を聞けるのはアタシだけだった。あの子は、うんざりしていた。こうやってまた世界をコンティニューしても、人類は攻略をミスして、今後も同じことが繰り返される。第二のSCP-2000が造られる。ぐるぐるぐるぐる、ずっと同じことが続く────なら、いっそ最初から()()なるように人類を変えればいいってね」

 

 そのとき。井上イワは、仮面を外した。

 

「だから、アタシは……大昔に奪った『不変(モノ)』を、返しに来た。アンタたち人類が大嫌いな“永遠の楽園”ってやつを、神として慈悲深くも与えに来てやったのさ」

 

 長い前髪でよく見えないが、その顔の造形は……崩れているのでも、壊れているのでもなく、ただ、“醜かった”。

 

 常人ならば目を背け、唾を吐くほどに。

 

「人間は、永遠が嫌いだ。永遠はつまらない。つまらないものは醜い。醜いものは、人間に嫌われる。だから妹だけが選ばれた。……まぁ、萎れたら萎れたで捨てられたけどね」

「……話を整理しよう。つまり、貴方の力とやらで、人類は長年の夢であった不老不死を得ることになる、と?」

「それが、あの子の望みだからねぇ。崩壊寸前のSCP-2000が生み出した、今の人類は脆い。10年もすれば生殖機能を失うだろう。妹がいれば、このちっさい島だけはそんなことは免れただろうが……太陽は裸踊りで慰められたが、桜はもっと繊細さ」

 

 つまり。

 

 SCP-2000は世界を再構築したが、今の人類は不完全であり、じきに子どもが生まれなくなる。

 

 そして、井上イワを名乗る者によって、人類は不老不死になる。

 

 忌むべき生誕がなければ、祝福される死もない、そんな世界がやってくる。

 

「アンタたち財団はこういうの何て呼んでたっけなぁ〜、あ、『ΩKクラスシナリオ』か! まぁ産めよ増やせよ地に満ちよ出来ないけど!」

 

 彼女は高らかに笑った。誰もが震え、吐き気を催す、悍ましい笑顔だった。

 

「どうする? アタシは死ねないからね、Decomissionedは無理だよ。Neautralizedなら出来るんじゃないかい? 息子を使って、アタシを追い詰めるとかさぁ。その場合人類は絶滅するけど、アンタらはその方がいいんだろう? 永遠など少しも欲しくないんだろう?」

 

 かつて目先の利益(いもうと)に目が眩んだ愚かな男に、その子孫に、短命の呪いを与えた醜い女は、嗤っている。

 

 それは、終わりがあるからこそ命は美しいのだと謳うくせに、己の種の絶滅を先延ばしにしようとする人類に対してか。

 

 はたまた、よりにもよって自分を創造した財団を再生できなかったという、不出来な奇跡を成したSCP-2000に対してか。

 

 ────否。そんなことは、どうでもいい。

 

「レディ・ストーン。貴方は勘違いをしている。私は、ブッディズムと人間讃歌(ジョジョ)に基づく永遠否定論の話がしたくて、休暇を終えたのではないよ」

 

 ブライトは、これまでの長い長い昔話を頭の隅に整理整頓してから放置した。

 

 今大事なのは、不老不死とか、機械仕掛けの神とか、世界滅亡とか、人類の命運とか、()()()()()()()()()()()()()()

 

「もっとシンプルに考えようじゃないか。我々の目的は一致しているだろう。まず人類存続。……そして、『井上斑の保護』」

 

 井上イワは押し黙った。悍ましい笑みは消えて、目の奥に堅い光が宿っていた。

 

「……ほう?」

「貴方はSCP-2000の“イシ”だと言った。神の“意”を継ぎ、“死”を看取った。……そんな貴方が、SCP-2000から壮大な計画を託された貴方が、たかだか19歳の、普通の人間ひとりの親代わりをしている。この事実だけで十分だ」

「何が言いたい?」

「レディ、貴方は人類なんてどうでもいいはずだ。自分を選ばなかった憎い男の子孫にかける情はない。……だが、責任はある。だから、人間の被造物であるSCP-2000の願いを叶えた。触れ合う機会は少なくとも、井上斑が不自由なく暮らせるよう、衣食住と金を与えた」

 

 おかげさまで、あの青年はとても優しく、健やかで幸せに育った。SCPオブジェクトを普通の動物または人間と思い込んで、さらには素性も知れぬ人間を家に招き入れて養うほどに。

 

財団(我々)はこれまで、ありとあらゆる異常な理不尽に翻弄されてきた。それに比べれば、貴方たち親子は話が通じる分扱いやすい。我々は人類から異常(くらやみ)を遠ざけたい。貴方は人類に不変を与えたい。矛盾はしないだろう? なら、敵対する理由など、どこにもない」

 

 ブライト博士は、再び彼女に握手を求めた。醜悪な造形の顔を、しっかり見ながら。

 

「よろしくやっていこうじゃないか。少なくとも、神様のいない千年王国の到来までは」

 

 終末はとうに過ぎ去った。神ではなく人の手で、勝手に始まり勝手に終わった。

 

 ここから先は、全くもっておめでたい、はじまり(アルファ)おわり(オメガ)もない、楽園の時代だ。

 

不変(アタシ)を前にして狼狽ない、か」

 

 井上イワは仮面を着け直してから、くつくつと笑う。さっきよりも穏やかで、心底愉快そうな声だった。

 

「いいね……いいね、アンタ! 可愛い妹そっくりだ! 聡明で、言動がトンチンカンで、繊細だけど強情で、一度信じた相手にはドロッドロに依存しそう!」

「ソイツはどうも。私は財団一のビューティフル&インテリジェンスだからね。……何せ今、私1人しかいないから」

「はっはっはっ、こいつぁ最高だ。白虎といい、亜米利加の水死体といい、うちの馬鹿息子はとんでもないの拾ってきたよ!」

 

 彼女はブライトの右手を強く握った。岩のように、固く、硬く、堅く、頑なに。

 

「義理とはいえ、神の子に手ェ出すんだ。原罪背負う覚悟は持ちな。アイツの将来の全部、財団が……いや、アンタが責任取ってくれよ?」

「勿論だとも」

 

 かくして。

 

 神と人との、新たな契約が、ここに結ばれたのであった。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 さくらは、はかせのひととまったくにてないです。

 

 よろしくおねがいしません。

 

 




明日ありと思う心の仇桜

【意味】
『今咲いている桜を、明日も見られるだろうと安心していると、夜半には散ってしまっているかもしれない』という意味の、親鸞の詠んだ歌の上の句。

転じて、命は儚く、世は移ろいやすいという無常観の教え。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
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SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
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明日“なし”と思う心の仇桜 ④

こんな小説書いてますが、未だにねこの元のイラスト見ると一瞬ギョッとします。怖可愛いのがねこの魅力です。


「そこの猫と首飾りのことだけどね、アンタがそう望むなら、家に置いても構わないよ」

「ありがとうお母さん!」

「ただし、ちゃんと責任持って飼うように」

「わかりました!」

「ん? 私、ペット扱い?」

 

 母とブライトさんは、そこそこの長話をしたあと帰ってきた。将来性のある、かなり有意義な議論になったらしい。

 

 そして、僕たちは花見を楽しんだ。途中、酔っ払った母が妹の夫(僕にとっての叔父)が如何にクズかという愚痴を言い始めたり、同じく酔っ払ったブライトさんが、『クレフ』と『コンドラキ』なる謎の人物の大規模な喧嘩の次第を語り始めたりした。最終的に、2人とも桜の木に向かって明日の天気の話をしていた。

 

 その間、バーチウッドくんは終始大人たちへの冷たい視線を向けていたし、お塩さんはミルクを飲んでから寝ていた。

 

 僕はまだ19歳だから飲酒禁止だが、もし飲めるようになったとしても、用法用量を正しく守ろうと心に決めた。

 

 花見の日は家に泊まってくれた母だけど、翌朝には仕事で家を出てしまった。

 

「もう行くの? 早すぎない?」

「心配するんじゃないよ。どうせこれから、急いだって仕方ない時代がやってくるんだ」

「でも、もう少しゆっくりしても……」

「斑」

 

 母は僕の頭に手を置いて、静かに語りかけた。

 

「アイツらと仲良くやるんだよ。アンタのためにも、アイツらのためにも。何かあったらすぐ呼びな」

 

 僕が首肯すると、母はにっこり笑って、仕事に行ってしまう。

 

 いつも忙しそうにしている人だし、もう慣れたけれど、やっぱり別れの瞬間は寂しい。次はゴールデンウィークか。

 

 玄関の鍵を閉め、肩を落として廊下を戻って、僕はバイトに行く支度をした。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

「お箸お付けしますか?」

「あ、じゃあ2膳で」

「ポイントカードお持ちですか?」

「いえ、持ってません」

「了解しました、合計で778円です」

 

 コンビニは狭いから、手早くお客さんの列を捌かなければならない。かつ、マニュアル通りではない柔軟な対応を求められることもある。

 

「次のお客様どう、ぞ……」

「忘れ物届けに来たよ」

 

 このように。

 

「え……ブライトさん、来るなら連絡してくださいよ!」

「その連絡手段をコタツの上に置き忘れてたのは君じゃないか」

 

 ブライトさんはニンマリ笑うと、僕のスマホをひらひら揺らした。猫の肉球柄の黒いカバー。間違いない。

 

「ありがとうございます……すみませんわざわざ……」

「何、私は君とお母様の脛齧りだ。これくらい当然だとも」

 

 彼は良い人なんだな、と思いながら、僕はスマートフォンを返してもらった。

 

 家からコンビニまで徒歩10分圏内とはいえ、届けにきてくれるなんて。

 

 現代人にとって、スマートフォンは命綱だ。手に馴染む感覚にホッと息をついたとき、僕は隣からの視線を感じた。

 

「井上君……その人誰? 一緒に住んでるの?」

 

 バイトの先輩が、やけにニヨニヨした顔で尋ねてくる。棚に商品を陳列していた店長まで、何だなんだと覗きに来た。

 

 しまった。ブライトさんのことを周りにどう説明するか、考えていなかった。

 

 馬鹿正直に「道端で飢えているのを助けました。この前連れてきた猫の元飼い主です」とは言えない。

 

 世間では、いくら貧しくて困っていたとしても、知らない人間を家に住まわせて扶養するなんて、非常識なことなのだ。

 

 分かってはいるけれど、でも、「なんとなく放っておけなくて」じゃ駄目なんだろうか。納得してくれないんだろうか。

 

 悩んでいると、ブライトさんが簡潔に言い放った。

 

「初めまして。()()()の“兄”です」

「は!?」

 

 一番驚いたのは僕だ。

 

 いや、対外的には、一緒に暮らしている年上の男性は“兄”ということにすれば、大概通せるんだろうけども。

 

「そうだったんですね〜……でも、井上君に兄がいるなんて聞いてませんけど……」

「はい。つい先週家族になったばかりなので」

「義兄弟!?」

 

 先輩は一応納得したのか、僕の顔を見て「なるほどねー」と呟いたのちに、ブライトさんに頭を下げた。

 

「それはまた、大変失礼致しました……複雑な事情があるのに、踏み込んでしまって……」

「構いません、当然の反応ですから」

 

 ブライトさんは実に紳士的に対応していた。元々は研究者らしいし、そういう切り替えも出来るんだな、と内心感嘆する。

 

「では、私はこれで。弟をよろしくお願いします」

「は、はい! ご来店ありがとうございましたー!」

 

 先輩と店長が、自動ドアの前に来てまで、慌てて見送る。

 

 ふと、時計を見上げたら、ブライトさんが来てから5分も経っていない。嵐のような数分間だった。

 

 先輩は僕の肩を小突いて言う。

 

「いいお義兄(にい)さんじゃん! 外国の人だよね? 結構イケてるかも……」

「は、はぁ……そうですね……」

 

 ブライトさんが兄。ひとりっ子の僕は幼い頃から姉妹とか兄弟ってものに薄っすらとした憧憬があったけれど、こんな形で手に入るとは。それが、偽装とはいえ。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 バイトが終わってコンビニを出たところで、ブライトさんが、お塩さんを抱きかかえて待っていた。

 

「お疲れさま〜」

「さっきはありがとうございました……」

 

 そういえば、ブライトさんと出会ったのも、バイト帰りだったなと思い返す。

 

 あれから1週間も経つのか。時間の流れは早いものだ。

 

 のんびり歩きながら、僕は本題に入った。

 

「それでブライトさん。あなたが僕の兄っていうのは……」

「嫌なら親戚のお兄さんにする? 私はどっちでもいいよ」

 

 どちらにしろ、お兄さんは固定らしい。

 

 そこで僕は、ブライトさんの年齢を知らないことに、今更気付いた。20代は過ぎていると思うけど、実際どのくらいなのだろう。他人の年齢を聞くのは失礼にあたるから、口には出さないが。

 

「というか、さっきはナチュラルに僕の下の名前を呼んでましたね。あ、嫌って意味ではないですが」

「兄弟なら苗字呼びは不自然だろう?」

「……なら、僕もファーストネームで良いでしょうか。ジャック兄さん、なんて」

 

 何だか気恥ずかしい。誰かを『兄さん』なんて呼ぶのは生まれて初めてだ。

 

 姉や兄がいる人って、普段どう呼んでいるんだろう。物心ついたときから、敬称付けで呼ぶけど立場にそこまで差異がない存在がいるのは、どういう感じなんだろう。

 

 そんなことを考えつつブライトさんの表情を見ると、────珍しく、困ったような笑顔を見せた。

 

「……兄さん、は、ちょっと」

「それなら、外では『ジャックさん』呼びで。義理の兄弟って設定なら、いきなり兄扱いの方が不自然でしょうから」

「……うん、それでよし」

 

 そのとき、お塩さんがブライトさんの腕から飛び出し、僕の顔に張り付いてきた。

 

「うわっ、何ですか!?」

 

 嬉しいけど、ビックリした。顔から剥がして、お塩さんを抱き直す。

 

「お塩さんはどう思いますかー? 僕とブライトさん、義理の兄弟ですってー」

 

 問いかけられたお塩さんはこちらを見上げると、即座にプイッと目を逸らされてしまった。

 

 なかなかにショックである。何がいけなかったのか。飼い主を取られたと思って怒っているのか。

 

「ごめんなさいお塩さん、お塩さんはブライトさんのこと好きですもんね。大丈夫です、邪魔しませんから……」

「君はアレかな……神に不感症の呪いでもかけられたのかな……」

「いや本当に申し訳ないと思って……お塩さん、こっち向いてくださいよぉ」

 

 遠くから、風に乗って桜の花弁が舞い散ってくる。空は、お塩さんやブライトさんに出逢ったときより少しだけ明るい。明日からは大学も始まる。

 

 今年の春は、いつもより賑やかに始まった。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 はかせのひとがねこをすきなひとを『まだら』とよぶなら、ねこもよびます。

 

 にんげんにとって、したのなまえがとくべつはあります。

 

 よってねこをすきなひとはまだらです。

 

 はかせのひとはぶらいととよんでやります。よびすてをします。

 

 よろしくおねがいします。

 

 




・井上斑
前回、知らん間に財団への永久就職(しゅうよう)が決定された、可哀想な男。


・お塩(SCP-040-JP)
根本的に人外なので、自分は『ねこをすきなひと(井上斑)』より立場が上だと思っている。


・ブライト博士(SCP-963)
実は弟と妹がいた。この世界でどうなっているかはまだ不明。
現在はトンチキ度が抑えられているので、周囲からは人当たりのいい爽やかなお兄さんみたいに思われがち。


・井上イワ
前の世界で活動していた、自分の名前を使って商売していた美容組合については、「超迷惑」という感想。


・SCP-2000
ある意味じゃなくても、本作でこれまでに起きたこと、これから起きることの大体の元凶。

神の意思など、人には図り知れない。機械仕掛けの神が、財団を()()()()()()()()()()()()()()()()、どちらかは分からない。どうしてSCP-2000-JPにデータを転送したのかの理由さえも。

ただひとつ確かなのは、本作でこれからいくら重要な情報が開示されようが、主人公がそれを知ることは絶対にないということです。よろしくおねがいします。


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SCP-2000 “機械仕掛けの神”
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SCP-1500-JP “和魂祭”
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SCP-976-JP “スクラントン現実猫”

まちカドまぞく2期楽しみです。

今回は日記形式です。よろしくおねがいします。



 ◾️月◾️日

 

 今日から◾️◾️市に転勤することになった。勿論、アナも一緒だ。

 

 二度目の人生でこいつとまた逢えるなんて、夢にも思わなかった。これは、きっと神の思し召しだ。

 

 今回は、壊し屋も閉じ込め屋もいない。今度こそ、俺は真っ当に生きるんだ。アナのためにも。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 仕事は順調だ。力を使わずに、能力なしの人間と仕事だなんて最初は苦痛でしかなかったが、今はそうでもない。やりがいがある。

 

 今日気付いたんだが、この町にはペットショップがないらしい。この限界集落め。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 今日、仕事帰りに変なヤツに会った。

 

『井上斑』っていう名前の大学生だ。コイツ自体は変じゃないんだが、コイツが飼ってる猫が変なんだ。名前は『お塩』。

 

 何が変なのかは分からない。強いて言うなら名前のセンスが……いや待て。あれは本当に猫なのか? 井上がそう扱ってたからなんとなく俺も猫だとばかり思っていたが、何か違う。

 

 また会う機会があれば、じっくり話をしてみよう。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 アナを定期検診に連れて行った帰り、また井上と飼い猫に会った。

 

 やっぱりこの猫は変だ。鼻も口もない。目だけが、じっと、こちらを見ている。今も見られている気がする。

 

 だが、アナはお塩と気が合ったらしい。仲良くじゃれあっていた。

 

 井上は性格も良いし、若いのに落ち着きがあって話がしやすい。猫の飼い主同士、助け合えることもあるだろう。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 クソッタレ!! 何で閉じ込め屋の奴がいるんだ!? 

 

 しかも、アメリカにいるっていう、トチ狂った無限残機の野郎だ。首飾りを着けていたから間違いない。

 

 ソイツがどうして、井上の家にいるんだ。

 

 井上に聞いたら、「ジャックさんは僕の義理の兄です」って……何か騙されてるんじゃないのか? 絶対そうだ。

 

 ……ということは、あのお塩とかいう猫も、やっぱり普通とは違うんじゃないのか。

 

 まぁ、たかだか日本にいた現実改変者ひとりと猫1匹の顔なんて、流石に覚えていないだろう。下手を打たなきゃバレねぇ。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 すぐにバレた。

 

 アイツ、前の世界からSCPオブジェクトの報告書を持ち越していた。どうやらSCP-2000-JPとかいうヤツのおかげらしい。

 

 ブライト博士曰く、アナは俺が壊し屋の連中に殺されたあと、SCP-976-JPとして、閉じ込め屋の連中のところで暮らしてたみたいだ。

 

 アナまで壊し屋の連中に殺されていなくて良かった。それが分かっただけでも安心した。

 

 ……ところでアイツ、アナがどうやって壊し屋の連中をとっちめたのかについて尋ねても全然教えやがらねぇ。

 

 仕方ないから、壊し屋のヤツらが、顔に引っ掻き傷作って泣いて逃げ出しているサマを想像したら、なんかスカッとした。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 仕事でミスをした。

 

 同僚たちは「気にしなくていい」って慰めてくれたが、あんな初歩的なつまらないミスをしてしまった自分が情けなくてならない。

 

 昔の俺なら、力を使って『なかったこと』にしただろう。でも、仕事で力を使うのは絶対にしないと決めている。

 

 前の人生では、この力で沢山の人を不幸にした。壊し屋の連中に殺されたのは因果応報だ。

 

 落ち込んでいるのを察してか、今日はやけにアナがすり寄ってくる。

 

 コイツとずっと平和に暮らすために、俺は真面目に生きるんだ。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 SCP-2000-JPってやつが、俺のパソコンの中にいた。

 

 ブライト博士に言われて、俺のことを調べていたらしい。あの野郎、プライバシー侵害で訴えてやろうか。

 

 でもSCP-2000-JPが可愛かったので許した。ずっと猫派だったけど、ちょっと犬にぐらついている。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 アナが最近つれない。一瞬でも犬に浮気したことに怒っているのかもしれない。

 

 明日は高めのキャットフードを買ってきて、許してもらおう。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 井上の家に行って、アナとお塩を2匹で遊ばせることにした。

 

 ふたりとも仲良しだ。片方は猫かどうか怪しいけれど、アナに猫の友達が出来るのは良いことだろう。

 

 井上の家のお茶は美味かった。また行きたい。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 近くで仕事の用事があり、井上の家の前を通りすがったときだった。

 

 ブライト博士が、家の洗濯物を干していた。

 

 ブライトが……あの、無限残機のクソ野郎ジャック・ブライト博士が、民家で洗濯物を干してたんだぞ! ハンガーを竿にかけて、布団をおひさまの下に干してたんだ! 

 

 しかも、干したそばからお塩に洗濯物を落とされてたんだぞ! 

 

 これほど笑えることはない。今までで最高のギャグだ。まだ腹が痛い。

 

 後で井上に聞いたら、自分が大学に行っている間、洗濯物はブライト博士がやってくれることになったらしい。

 

 閉じ込め屋がないから一般人のヒモになってるんだと思ってたが、大変だなアイツも。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 会社が休みだから寝た。昼まで寝た。

 

 起きたらアナがまだ寝ていた。俺のベッドで。危うく踏んづけるところだった。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 公園に行ったら、下半身のない猫がいた。怪我とか欠損じゃなく、本当に下半身が透明みたいに見える。

 

 暫くしたら、ポラロイドカメラを持った金髪碧眼の女の子が、そいつを抱えて、宥めていた。

 

 なんだか気になる奴だ。恋愛的な意味ではなく。

 

 

 

 ◾️月◾️日

 

 今日は天気がいい。こんな日はねこをみるにかぎります。

 

 ねこはあたたかいがすきですがあついはにがてです。

 

 はるはあたたかいがそこらじゅうにあります。そとにもいえにも、あさもひるもよるも、あたたかいがあります。

 

 ねこがあたたかいところいるとねこはあたたかいになります。よろしくおねがいしま……何だこりゃ。コイツヤベェ。脳内に直接語りかけてきやがった。うっかり流されちまったじゃねえか。

 

 長らく力を使ってなかったから、気付かなかった。アレは視覚とか言動を操るタイプのやつだ。

 

 井上はとんでもないのを飼っちまったな。

 

 ま、俺のアナは、アイツよりももっとヤベェし、もっと思い通りにならないけど。

 

 ねこでした。ありがとうございまオイ!! またかよ邪魔すんな!! 

 

 

 




・アナ(SCP-976-JP)
現実改変能力を無効化する能力を持つ猫。お塩と友猫になったが、「コイツ猫じゃないわね・・・・?」と薄々気付いている。


・アナの飼い主
アナに異常性を付与した現実改変能力者。前の世界ではGOCのエージェントや民間人を殺していたが、現在は真っ当に生き直そうとしている愛猫家。


・井上斑
年上の飼い主友達が出来た。
前回の一件より、ブライト博士を周りには『義理の兄』と紹介しているが、どうしてそんなややこしい文脈を追加してしまったのか。


・ブライト博士(SCP-963)
大量殺人の前科がある現実改変能力者が改心したなんて簡単には信じられないので、SCP-2000-JPを使って監視していた。

最近は大学の講義が始まったので、斑がいない間は洗濯を担当している。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこです。ねこはにっきにもいます。よろしくおねがいします。


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SCP-976-JP “スクラントン現実猫”
著者 08_ORB
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SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp

SCP-529 “半身猫のジョーシー”
著者 Lt Masipag
http://scp-jp.wikidot.com/scp-529

SCP-105 “アイリス”
著者 Lt Masipag
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文書1983-15 ①

作者の都合により、次回更新は2月28日(月)となります。

よろしくおねがいします。


 

 ────幸運を。

 

 ────死にゆく者より、死にゆく貴方へ敬礼を。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

「春ですねー……」

 

 桜がまだ咲いていて、太陽の光がさんさんと降り注ぎ、風も心地良い。

 

 どこかの家から飛んできたシャボン玉が、タンポポの綿毛と共に空高く舞い上がっている。

 

 穏やかで静かな日。だけど、こういう平和が一番尊いものなんだ。

 

「お塩さん、どこ行きたいですか?」

 

 返事がないのは知っているけど、足元をテクテク歩くお塩さんに尋ねる。

 

 いつものスーパーもいいけど、たまには、駅前のショッピングモールまで足を伸ばすのもいいかもしれない。

 

 そう考えていると、突然お塩さんが立ち止まった。

 

 そして、山の方をじっと見て、数秒後そっちの方面へ歩き出す。

 

「え、ちょっ、買い物が……お塩さん!?」

 

 決して足取りは速くはない……なのに、何故か追いつけない、捕まらない。流石は猫、動きがしなやかだ。

 

 走る僕。歩くお塩さん。奇妙な追いかけっこは山中に入っても続いた。

 

 そろそろ斜面が急になってきて、僕の息が荒くなってきたところで、お塩さんが木々の間を軽やかに抜けていった。

 

「ま、待って………………」

 

 満員電車を用いた通学だって、立派な運動だと思うが、どうやら体幹しか鍛えられなかったようだ。

 

 ぜぇぜぇ言いながら森を抜けたとき────眼前に広がる光景に、僕は息を呑んだ。

 

 そこにあったのは、大きな桜の樹だった。

 

 天球を覆い尽くすように枝を広げており、樹の周囲にだけ桜色の空が生まれている。

 

 樹を囲むように立つ4つの祠────あれは何だろう。虎、鳥、亀、龍……もしかして四神を模しているのだろうか。どれがどの方角を守護しているんだったか、覚えていない。

 

 樹にも祠にも、同じようなお札が貼ってあった。なんて書いてあるかは読めない。昔の文字だ。

 

 お塩さんは、桜の樹を一心に見上げていた。

 

「お塩さんは桜が好きなんですね」

 

 僕も隣に座って、桜を見上げてみた。

 

 枝に咲いた、小さく可憐な花ひとつひとつが集まって、均整の取れた“桜”を作り上げている。

 

 たまにはらはらと花片を落として、地面に桜色が溢れている。

 

 今まで見た中で、一番美しい桜かもしれない。

 

「こんなところにも桜が咲いているなんて知らなかった……」

 

 こんなに綺麗な桜があるんだったら、山の下からでも目立つはずなのに、さっきは見えなかった。

 

 白虎、朱雀、玄武、青龍……四神を模した祠も、それに貼られたお札も結構立派で、殆ど汚れていない。つまり定期的にここに来て、掃除している人がいなきゃおかしいのだ。

 

「この辺、神社なんてあったかな」

 

 そんなはずはない。あったとしても、豪族を神格として祀った小さなものだ。

 

 初詣とか、大学受験の合格祈願とかは、少し離れた都市の大きな神社まで、母と電車で行ったのを覚えている。

 

 もしかしたら。この辺りは自分が知らないだけで立ち入り禁止区域なのかもしれない。

 

 急いでいたから、看板とか、ロープや鎖が見えなかっただけかもしれない。一旦ここを出た方がいいんじゃないのか。

 

「お塩さん、帰りましょう……」

 

 声をかけたのに、お塩さんはそこから動こうとしない。抱こうとすると、地面にピッタリ貼りついたように離れない。

 

 それどころかお塩さんは、地面を掘るような仕草を見せていた。

 

「駄目ですよ、桜の根っこ傷つけちゃいますから」

 

 そのとき、ふと何かが浮かんだ。

 

 桜の木。掘る。そんな昔話があったような……

 

「……え、ここ掘れワンワン? 花咲か爺さんみたいな?」

 

 いや、掘っているのは猫なんだから、正確にはここ掘れニャンニャンだろうが。

 

 ……つまり、お塩さんの指す通り、この辺りを掘れば金銀財宝ざっくざく? 

 

 だが勝手に土を掘っていいものか。お金だって、“先生”に毎月のお給料払いながら、猫1匹(お塩さん)成人男性ひとり(ブライトさん)を養えるくらいはあるし、別に困っていないし。まぁ母の稼いだ金だけど。

 

 しかし、お塩さんは珍しく聞き分けが悪い。ここまで強情なのは何かあるんじゃなかろうか。

 

 悩んだ末、僕は手袋をはめて土を掘り始めた。

 

 ごめんなさい、ここの土地の人。金銀財宝が出たら、絶対に連絡しますから。自治体にも。

 

 シャベルがあればもっと作業が速く進むのだけど、それはないから手で掘るしかない。

 

 10分くらい経った頃だろうか。

 

 流石に手が疲れてきて、桜の木にもたれて休む。今のところ収穫はナシ。

 

 だが、お塩さんはまだ掘っている。元気な猫だ。

 

「お塩さん、何か出ました?」

 

 尋ねた直後、白い前足の動きが止まった。

 

 金銀財宝……は、ちょっと夢見すぎ。魚の骨、虫の巣、ドングリ……誰かのタイムカプセルは、ノスタルジーが過ぎるか。

 

 少し胸を弾ませながら、穴を覗き込むと。

 

「……ロザリオ?」

 

 鈍い銀色に光る、小さな十字架。その下には、古そうな黒い布地。

 

 恐る恐る触ってみたら、布から生温かい感触が伝わってきた。

 

 すなわち、これは。

 

「人肌……では?」

 

 え? つまり? これは人の服の部分で、多分ロザリオかけてるということはこれは首から下辺りで、それに体温感じるってことはまだ息があるということで、息がある人が土の下に埋まっているということは、

 

「生き埋め!!」

 

 疲れている腕を無理矢理駆動させて、僕は一心不乱にショベルカーと化した。

 

 ここ掘れニャンニャンとか言っている場合じゃなかった。桜の木の下には死体が云々と昔からよく言うが、生き埋めのパターンもあるのか。いや、体温が残っているだけでもうお亡くなりにという可能性も、いやいやいや縁起でもないこと考えるな、こんなに見事な桜が咲いているのに。

 

 土を掘るというよりこそぎ取るように進んでいくと、やがて埋まっている人の上半身が顕になった。

 

 年齢は20代後半から30代前半……だろうか。髪は短め。死人みたいに肌の色素が薄くて血の気がない。本当に生きているのか不安になってきた。

 

 警察。救急車。先にどちらに連絡しようか考えていると、その人の目蓋が開いた。

 

「あっ……生きてた! 生きてますね!? 大丈夫ですか、怪我とか具合悪いとか……自分の名前、分かりますか!?」

 

 彼はすぐには質問に答えなかった。ゆっくり上体を起こして、額を押さえて周囲を見回した。ここがどこか分からないのだろうか。

 

 そして、溜息混じりに言い放つ。

 

「……I'm Agent Barclay(オレはエージェントバークレー). ……Who are you(アンタは誰だ)?」

 

 




・井上斑
その辺の犬よりもお外で歩くのが好きなところがある。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこは当然のようにかいものについてきます。ねこなので。


・エージェントバークレー
銀の弾丸は、心臓を貫いた。

・・・・ならば、それを撃ち出した銃本体は?


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SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
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SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
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文書1983-15 ②

2月28日から更新再開の予定でしたが、筆が乗ったので少し早めに再開します。

世の中いろいろと苦しいことばかり続きますが、現実で出来ることは出来るだけやりたいし、その上で、こんな二次創作でも誰かの力になってほしいです。

そんなわけで、大変お待たせしました。エージェントバークレー編の続きです。


前回までのあらすじ

またしても何も知らない男・井上斑(19)は、桜の木の下から『エージェントバークレー』を名乗る謎の男を発掘したのだった。


 

 

「……えっと、バークレーさん? 名前、ですか?」

 

 英語だったからよく聞き取れなかったけど、『エージェント・バークレー』とか言ってた気がする。

 

「あ、えー……僕は井上斑です。ま、まいねーむいずいのうえまだら」

 

 ロザリオの彼は黙って頷くと、じっと斜め下を見つめた。未だ埋まったままの下半身を。

 

「あ……ああ! ごめんなさい、すぐに出しますから!」

「That's a very shabby heavenly pick-up……」

 

 ざっつあべりーしゃびーへぶんりーぴっくあっぷ? 何のことだろう。ジーザス的な意味だろうか。

 

 とにかく、疲れた腕をなんとか動かして掘る。

 

 膝上まで見えてきたところで、バークレーさんはフラつきながらも自分で土から出てきて、その場に座る。

 

 腰には、ガンホルダーのようなものが一瞬見えたし、中身もあったような気がした。ちょっと背筋が凍る。

 

「██████, ██████」

「え、すみません、もう一度」

「……Thank you so much」

 

 何を言ったか分からずに聞き返すと、簡単な英語に言い直してくれた。

 

 とりあえず、バークレーさんが生きていて良かった。「桜の木の下には死体が埋まっている」説は否定できたようだ。

 

Where am I(ここはどこだ)?」

「……ここ……え、えーっと、This is Japan(日本です)

 

 何を言っているんだ僕は。そんなの当たり前だ、この人も分かりきっていることじゃないか。彼が、眠っている間に何故か海外から日本まで瞬間移動したとかでない限り。

 

 バークレーさんは僕のアホさ加減に頭を痛めたのか、額を押さえて何事かをブツブツ呟く。

 

What does this mean(どういうことなんだ)……? Fuck(クソッタレ)……」

「大丈夫ですか……?」

「……██████」

 

 また聞き取れなかった。『えすしーぴー』……SCP? とは聞こえたが、それ以外が分からないし、そもそもSCPって何だ? 

 

 ひとまず警察か救急車を呼ぼう。

 

 ところで。

 

「……お塩さん? どこですか?」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはよばれたところにいます。ねこはねこをみたひとのなかにいます。ねこはねこをきいたひとのなかにもいます。よろしくおねがいします。

 

 ねこをよんだはあなたですか。

 

 あなたはこころがほしいですか。ほしくないのですか。

 

 ねこにこころはありません。ねこはどこまでもねこです。

 

 あなたは“こころをくらうばけもの”ですか。

 

 ねこは“こころをくらうばけもの”です。ねこなので。

 

 あなたはひとですか。ひとですね。こころくらわないのでひとです。よろしくおねがいします。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「……随分とショボい天使様のお迎えだな」

 

 エージェントバークレーは嫌味らしく言ってはみるが、目の前の男が天使でないのは明白だ。

 

 天使といえば白、なんていうのは芸術家たちのファンアート発祥のネタだが、天使の出立ちが春物のジャケットにチノパンなど、絶対にあり得ない。

 

 だが、相手が天使でも悪魔でも、感謝の意を表することは必要だろう。

 

 一度言ったが、英語が通じなかったようなので、簡潔に言い直した。

 

 イノウエマダラ。見た目からしてアジア人。年齢は成年に届くか届かないか。気の弱そうな青年だ。

 

 ここがどこかを尋ねると、日本だと答える。

 

 日本? そんなまさか。日本は平和な天国だって? 冗談じゃない。笑わせる。

 

 バークレーは自分が天国に行けるとは思っていなかった。が、地獄に堕ちるほどのことはしていない自負がある。

 

 というより、現世であれだけの“地獄”を見たのだ。天国の門の前で、ペトロにサインを貰うくらいなら、割りに合うだろう。

 

「どういうことなんだ……? クソッタレ……SCP-1983はどうなったんだ……?」

 

 そうだ。自分はあの屋敷の、ロッカーの狭い暗闇の中で命を絶ったのだ。

 

 神に祈れなくなった己の代わりに、あの化け物を打破してくれる者へ、望みを繋いで。

 

「……██████?」

「ああ? どうかしたのか?」

 

 イノウエマダラは、突然辺りをキョロキョロし始めた。探し物をするように。

 

 天を仰ぐと、枝から淡いピンク色を溢れさせた────桜の花が見える。日本では桜が有名なのだと聞いていた。やはり、ここは日本なのだろうか。

 

 バークレーは途方に暮れた。一体全体、何が起こったと言うんだ。

 

 財団に所属している以上、人智を超えた異常事態など日常茶飯事だが、慣れるものではない。

 

「なぁアンタ。悪いんだが……」

 

 そのとき。

 

 どこからか、携帯電話の着信音らしきものが聞こえる。

 

 イノウエマダラはすぐ気づいて、自分の上着のポケットから薄い端末を取り出した。

 

「██████?」

 

 誰かから電話らしい。『サクラ』だの、『センセイ』だの、『バーチウッド』だの、『ブライトさん』だのとかいう単語を拾う。

 

 ……ブライト? 

 

「██████? ……██████」

 

 電話の内容に頷くと、イノウエマダラはこちらに視線を戻して、端末をバークレーに渡してきた。

 

 極めて薄く、画面が広い。見たことのないモデルだ。日本独自のもの? しかし、裏面に知恵の実のマークが入っている。

 

 とにかく、耳に当ててみた。

 

 聞こえてきたのは、英語だった。

 

『……もしもし? 君は、本物のエージェントバークレーということでいいのかな?』

「そうだが? アンタ何者だ?」

 

 尋ねながらも、バークレーは大体予測がついていた。

 

 バークレーは一介のエージェントに過ぎず、“上のヤツら”と直接言葉を交わしたことがない。

 

 それでも、“彼”の愉快なウワサは、幾度となく耳にしていた。

 

 電話の向こうの声は、笑みを含んだ声で名乗る。

 

『ジャック・ブライト。君もよく知っているだろう? 

 

 ────SCP-1983をNeautralizedした、英雄の片割れくん?』

 

 




・井上斑
文系だが、英語が下手。ネイティブのマイルズ先生がいるのにも関わらず下手。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこもあるけばSCPにあたります。よろしくおねがいします。


・エージェントバークレー
少なくとも1989年以前には死亡したはずの人間なので、なんとiPhoneを知らない。気分はキャプテンアメリカ。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
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文書1983-15 ③

ねこといえば、自分はすみっコぐらしが好きです。

映画いいよ・・・・第1弾はアマゾンプライムで配信されてるので是非ご覧ください・・・・善意が報われる世界・・・・



 

 

 くらい。

 

 つめたい。

 

 さびしい。

 

 最低のコキュートスより、ずっと苦しい。

 

 もっとあかるいばしょへ。

 

 もっとあたたかいばしょへ。

 

 もっとなかまをふやしながら。

 

 それでもまだ、まだ、苦しい。

 

 どれだけ温かく明るく賑やかな心臓(おもいで)を集めても、苦しいのが治らない。

 

 逃げたい(死にたい)逃げたい(死にたい)逃げたい(死にたい)逃げたい(死にたい)

 

 ただただ、冷たく暗く寂しい箱の中で、冷たく暗く寂しい想いをする仲間が増えるだけ。

 

 どれだけ嘆いても救いは来ない。血に塗れた自分たちに、悪魔よりも悍ましい地獄を作った自分たちに、救いは来ない。

 

 救いは来ない、と、思っていた。

 

 神は誰にでも、どんな悪人にでも、救いを遣わすことを忘れていた。

 

 魔を破る銀の弾丸。熱くて、眩しくて、泥臭いけど鮮烈で。

 

 心臓から解放される。これでようやく、安らかに眠れる。

 

 けれど。

 

 “彼”が、まだ。

 

 起きて(生きて)はいない。眠って(死んで)もいない。

 

 止まっている。ずっと停滞している。

 

 世界が何度巡っても。銀の弾丸を撃ち放ったあとの、空っぽの銃は、暗闇の中に埋まったまま。

 

 神に祈れなくなった自分は、天国には行けないと思い込んでいる。ここが地獄だと思い込んでいる。

 

 “銀の弾丸”を撃つことができなかったと、自嘲したまま止まっている。

 

 嗚呼、神が遣わした自己犠牲(すくいぬし)弾丸(ひとり)は地獄を破壊して飛び立ったが、(ひとり)は使命を果たしたことを知らずに埋まる。

 

 3日後のイースターは、いつ来るのやら。

 

 閉じ込める(引き留める)力は失えど、墓守くらいなら出来るだろう。

 

 彼を叩き起こす者を呼んでいたある日、『ねこ』がやってきた。

 

『ねこ』のあるほうへ。『ねこ』のいうほうへ。『ねこ』のきくほうへ。

 

 もっとあかるいばしょへ。

 

 もっとあたたかいばしょへ。

 

 つめたい、くらい、さびしいところが、『ねこ』の記憶に塗り替わる。

 

 壊れた神輿。

 

 誰もいない屋台。

 

 舞い散る花弁。

 

 もっとあかるいばしょへ。

 

 もっとあたたかいばしょへ。

 

 さくらのさくほうへ。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「単刀直入に言うと、君が死んだ後にSCP-1983が破壊され、さらにその後世界が滅び、再構築したものの財団はなく、確認できるだけでも未収容のSCPオブジェクトが4つか5つ。あと、私は彼の母親公認で、斑くんのヒモになっている」

「はあ?」

「井上斑くんは認識災害を無効化、あるいは弱体化させる異常性を持つと推定されるが、現状詳しいことは不明だ。財団のことは知らないから余計なことは言わないように」

「はああああああ?」

 

 何が何だかサッパリだ。バークレーは、もう一度土の中で眠り直したい気持ちになった。

 

 世界が滅んだ? その後再生された? 財団がない? ブライト博士がヒモ、はクソどうでもいい。目の前の気の弱そうな男が異常存在(アノマリー)? 

 

 いや、それよりも気になる事項は。

 

「……SCP-1983がNeautralizedされたってのは、本当か」

『ああ。君と、あるDクラスの祈りが天に通じたようだ』

 

 つま先から上がってきた息を、一気に吐き出した。

 

 そうか。良かった。あそこにいた奴らは、同じ部隊の仲間たちも、そうでない者も、みんな解放されたのか。

 

 Dクラス職員がトドメを刺したというのは驚きだが、嬉しいことだ。

 

 たとえ死刑囚でも使い捨てでもブライトの残機でも、あの地獄を終わらせた英雄には違いない。

 

 自分が撃てなかった銀の銃弾を、そいつは撃てたのだから。

 

『寝起きにちょうどいい福音(グッドニュース)だったかな?』

「もちろんだ。オレはアンタみたいな上のヤツと話せて光栄だよ」

『こちらこそ。君は尊敬に値する人物だ。何度身体を取り替えても覚えていたよ』

 

 ジャック・ブライト。これまで数多くのSCPオブジェクトの収容に貢献してきた、偉大なる研究者。バークレーにとっては天上人も同然だ。

 

 イノウエマダラはというと、英語がよく理解できていないのか、ずっと首を捻りながら2人の会話を聞いていた。

 

『じゃあ、これから私が通訳するからスピーカーにしてくれるか?』

「スピーカー……? なあ、ずっと思ってたんだが、この端末はボタンがないのにどうやって操作するんだ……?」

『……あー、なるほど。これはヘビーだな。なら斑くんに渡してくれ』

 

 言われた通り、聖書のページくらい薄いんじゃないかと不安になる電子機器を、持ち主に返す。

 

 マダラは少しやり取りしたあとに、画面をこつこつ触ったあと、膝の上に携帯電話を乗せた。

 

 ブライトの声が聞こえてくる。

 

『斑くん、こちらのバークレーさんは記憶喪失らしい。名前以外何も覚えていないそうだ』

「えっ!? 大変じゃないですか!! なら警察に相談を……」

『いやぁ、やめておいた方がいい。この国って不法残留してる外国人に厳しいから』

「確かに……」

 

 イノウエマダラが神妙な顔で頷く。

 

「おいブライト博士、アンタ何の話をしてるんだ?」

『君が記憶喪失で国籍不明の困ったさんというカバーストーリーを流布させている』

「コイツが英語わかんないからってめちゃくちゃなことを……」

 

 自分がイノウエマダラなら、サクラの木の下から発掘された謎の外国人なんて、即刻警察に押し付ける。

 

 なのに、コイツときたら。

 

『斑くん、ひとまず彼を家に連れてきてくれるか?』

「は、はい。母に相談するのは前提として、それはいいんですけど」

『いいって。よかったねエージェントバークレー』

 

 よくない。防犯意識Neautralizedしてるのか? 

 

「でもその前にお塩さん探してきていいですか? どっか行ってしまったみたいで」

 

『猫は家に着く生きものだろう? 放っておいても戻ってくるんじゃない?』

「でもー……」

『バークレー、斑くんは飼い猫を探したいらしいから、付き合ってやってくれ』

 

 謎の外国人より飼い猫かよ、とバークレーはツッコミそうになった。

 

『ちなみにその飼い猫の名前は“お塩”。SCPオブジェクトで、しかも猫じゃないよ』

 

 じゃあ何なんだよ、そいつも、そいつを飼ってるイノウエマダラも、とバークレーはツッコミそうになった。

 

「お塩さーん! どーこでーすかー? 煮干しありますよー?」

「あ! バカ! コラ!! 勝手に動くな推定一般人!!」

 

 虎を象った変な石を通り過ぎ、さっさと茂みに入っていくイノウエマダラを追って、エージェントバークレーは走り出した。

 

 




・SCP-1983
銀の銃弾により救われた怪物たち、その残滓。もはや誰かを閉じ込める力も、心臓を引き抜く力もほとんど残っていない。

エージェントバークレーを見送ってから孤独に消え去るはず、だったのだが・・・・


・エージェントバークレー
寝起きで知る情報量じゃないと思っている。スマホの操作方法が分からない。貴重な常識人枠の予定。


・井上斑、お塩、ブライト博士
がんばれバークレー。コイツら全員、SCP-1983とは別ベクトルに面倒くさいぞ。


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SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
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SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
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文書1983-15 ④

ほのぼのと狂気を8:2の割合で両立させたいんですけど難しいですね。

そんな複雑さもSCPの魅力です。


 

 

 よかった。よかった。よかった。

 

 生きてる内に、誰かに見つけてもらえてよかった。

 

 自分たちはそうなれなかったけど、彼は救われてよかった。

 

 また置いていかれる。

 

 またくらい。

 

 またさむい。

 

 またさびしい。

 

 もうなにもない。もう自分たちにはなにもない。なにもすくえない。だれもたすけてくれない。

 

 これでおしまい。

 

 ……そんなのいやだ。

 

 まだいきたい。まだいきたい。まだいきたい。

 

 あかるいところにあたたかいところにまだいきたい。

 

 おわれないおわれないおわれないしにたくないしにたくないしにたくない。

 

 それを望むことが何故悪い? 潔く美しく退場しろなんて、退場する前に花束すらくれなかった奴らには言われたくない。

 

 ────ああ、確かにその通りだ。死者は生者に干渉するな、なんて馬鹿馬鹿しいよ。どちらも等価であるはずなのに。

 

 まだいきたい。まだいきたい。まだいきたい。

 

 あかるいところにあたたかいところにまだいきたい。

 

 おわれないおわれないおわれないしにたくないしにたくないしにたくない。

 

 心臓、心臓、心臓。

 

 あのねこにはこころがなかった。

 

 あのひとにはある。あのひとたちはいきてるからこころがある。

 

 仲間なかまナカマ仲間が欲しい。

 

 まだいきたい。まだいきたい。まだいきたい。

 

 あかるいところにあたたかいところにまだいきたい。

 

 おわれないおわれないおわれないしにたくないしにたくないしにたくない。

 

 力が欲しい仲間が欲しい苦しいまま終わりたくない。

 

 ────聞こえないのかい? いいや聞こえているはずだ。

 

 ────“俺”は、彼らは、もう君を見つけてる。君もそこから彼らの姿が見えるだろう? 

 

 ────さあ、こっちへ。

 

 その瞬間、景色(おもいで)が捲られる。

 

 賑わいの残る春の祭りから、閑静な秋の湖畔へ、塗り変わっていく。

 

 ────そこで彼らが待っている。君のことを待っている。

 

 ────だって、俺たちは仲間だろう。みんな一つだった。

 

 そうだった。どうして忘れていたんだろう。

 

 自分はひとりじゃない。暗くも寒くも寂しくもない。

 

 彼らがずっと、待っててくれた。今、すぐそばにいる。

 

 ────悪いけど……アイツは、“俺”自身の声で連れ戻したいから。

 

 ────アイツの心臓も脳も肺も胃も腸も血管も、全部水で満たさないといけないから。

 

 ────だから、君の帰る場所はこっちだ。

 

 ────あーあ……財団(かれら)の得になるようなこと、したくないんだけど。放っておけないよな、みんな。

 

 沈んでいく。下へ下へ下へ沈んでいく。

 

 彼らの声が聞こえる。彼らの姿が見える。

 

 ありがとう。

 

 助けてくれてありがとう。

 

 覚えててくれてありがとう。

 

 水中の死体は知らないけれど、ありがとう。

 

 

 ────どういたしまして。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「……あれっ?」

 

 茂みを抜けると、そこは近所の湖だった。いつものように、バーチウッドくんが佇んでいる。

 

 いつの間にか山を下りていたんだろうか? いや、そんなはずは……

 

 すると、バーチウッドくんがジットリした視線をこちらに向けて言った。

 

「“君”は、常に素晴らしいタイミングで到着するよな。神に愛されてるんだね?」

「バーチウッドくん、それってどういう……あ、お塩さん!」

 

 バーチウッドくんの足元に、白い『ねこ』が座っている。あのインパクトの強い眼力、間違いなくお塩さんだ。

 

 すぐに駆け寄り、抱きかかえた。

 

「心配しましたよー……急にどっか行っちゃうから……」

 

 お塩さんは何も答えない。頬にすり寄ることもない。何を見て、何を聞いて、どこへ向かっているのか、僕のような人間には解らない。

 

「██████?」

『斑くん、バークレーがそこにいるのは誰だって聞いているけれど?』

 

 振り向くと、バークレーさんが訝しげにバーチウッドくんを睨んでいる。

 

 彼はただの高校生だから警戒することなんてないと思うのだが……でも、バークレーさんは記憶喪失である。自分のことも周りのことも、何も覚えていないんだから、不信感を覚えて当然だ。

 

「バーチウッドくんです。近所に住んでる留学生で……えーっと、僕の友達、です」

「“君”さぁ……あれだけ彼らと共に濃密な学校生活を送った親友()に対して、それはナイんじゃないか?」

「あっ……ごめん! 親友、親友です! ズッ友! 心の友です!」

「そ、そこまで言えとは……まぁいいや」

 

 僕は相変わらず、バーチウッドくんとの思い出を全く思い出せずにいる。彼はそんな僕のことを、まだ長年の親友だと思ってくれているのに。本当に申し訳ない。

 

『██████, ██████』

「██████!?」

 

 繋がったままの電話の向こうから、ブライトさんがバークレーさんに何か言っている。トゥースリーワンシックス……2316? みたいなワードが聞こえたけれど、何のことだろう。

 

「何があったかは知らないし、ここにずっといてくれても構わないけど。“君”たち、やることがあるんだろう?」

「そうでした、彼を連れて帰らないと……行きましょう、バークレーさん」

「……OK」

 

 バークレーさんは、なんだか釈然としないような表情でバーチウッドくんに目線をくれながら、歩き出した僕の後をついてきた。

 

 

 ────また、湖で会おう。彼らは、いつまでも“君”を待っているよ。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこをじゃまするひとはさびしがりです。

 

 にんげんはさびしがりです。ので、むれないとしにます。

 

 もうしんでるのに、すいちゅうでまでむれます。めんどうです。

 

 が、まだらになにもなかったので、ねこをじゃまするひとはとてもべんりです。

 

 ねこです。ありがとうございました。

 

 




・バーチウッド(SCP-2316)
ファインプレーですよ、湖カムバックお兄さん。湖は君の心の中にあるのだ。
バックボーンがあれなだけに陰キャムーヴをかましているが、実は青春エンジョイしていた結構な陽キャ気質。


・SCP-1983
SCP-2316同様、まぁまぁえげつない目に遭わされた所為で恐怖SCPと化した存在。現在はNeautralizedされているため、攻撃力はマイルズ先生とほぼ互角。


・エージェントバークレー
SCP-2316!?オブジェクトクラスKeter!?それがアレ!?週5ペースで遊びに来る!?はぁ!?


・お塩(SCP-040-JP)
人間に対しては、生者でも死者でも基本無関心だが、バーチウッドに関しては同族嫌悪に似た複雑な感情を向けている。


・井上斑
「家にゲーム機が置けないから」というバーチウッドの言葉を信じ、彼のSwitchを自宅で預かっている。尚、水中の死体がどうやって金を工面したのかは不明。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1983

SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316

SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1500-jp


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文書1983-15 ⑤

エージェントバークレー編、これにて完結です。

次回はコメディー路線に戻ります。




「おかえりー! 斑くんにお塩! あとバークレーくん! いやー、待ちわびたよ」

「ごめんなさいジャックさん、買い物する前にいろいろあったので……」

「うんうん、昼食はカップ麺だね。とりあえず、バークレーくんと2人きりで話をさせてほしいんだが」

「はい! 居間を空けておきますね」

 

 軽やかに廊下を走ってゆく井上斑。彼は何も知らない。自分が助けた人間が誰なのかも、ブライトとどういう関係なのかも。

 

「……さて。まず、君は死んでいるのかどうかを聞いておこうか? この家には既に幽霊の先客がいるから、どちらでも問題ないけどね」

「生憎、壊したはずの心臓はしっかり煩く喚いていてね。どうやら、死に損なったらしい────オレも、アンタも」

「そのようだ」

 

 ブライト博士は、ニヤリと口端を吊り上げた。彼の心臓であるルビーの首飾りが、怪しく揺れて煌めく。

 

 やれやれ。天下のジャック・ブライト様との謁見がこんな形で実現するとは。

 

 エージェントバークレーは、嘘みたいに鼓動する心臓を撫でた。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

『はじめまして、ばーくれーさん! ぼくはSCP-2000-JP! ぶらいとさんのみつかいだよ!』

 

「御遣い……?」

「天使みたいに可愛いだろう?」

 

 ええ、それはそうだけどさ。

 

 バークレーは、ノートパソコンのモニターの中でしっぽを振るボーダーコリーのイラストを見つめた。

 

 ブライト曰く、先日井上斑の母親から最新型のノートパソコンが送られてきたようだ。『犬っころにスマホは窮屈だろ』と。

 

 その井上斑の母親もまた、かなり重要度の高いアノマリーだとも。

 

「SCP-2000-JP。さっそく頼みたいんだが、SCP-1983の報告書を出してほしい」

『いいよ! ………………えーっと、なんだっけ』

「SCP-1983」

『ん、おぼえた! ……あったよ!』

 

 数秒後、見慣れた書式の文書が画面上に表示される。

 

 ────SCP-1983。オブジェクトクラスは、KeterからNeautralizedに変更済み。

 

「パーソナルコンピュータの使い方は分かるだろう、多分。じっくり読みたまえ」

「お気遣いどーも」

 

 とはいえ久々にブルーライトを浴びて、目が眩む。バークレーは目を擦り、息をつきながら、少しずつ読み進めた。

 

 SCP-1983。心臓を引き抜くバケモノ。祈りを込めた銀製の銃弾によってのみ打倒できる。

 

 特別収容プロトコル。説明。補遺。バークレーたち機動部隊Chi-13(“少年聖歌隊”)が突入してから、その後の顛末。

 

 驚くべきことに、自分が遺した非公式のレポートまで載っていた。誰かの目に触れることを願ってはいたが、SCP-1983と一緒に、とっくに破られるか汚れるかでくたばると思っていた。

 

 文書1983-15。

 

 バークレーが当時、ペンライト片手に暗闇の中で必死に書いたものが、しゃんとして報告書に載っけられているのは不思議な感じだ。

 

 当時の記憶が脳内を駆け巡る。

 

 最後の文章。

 

『SCP-1983はD-14134によって無力化されたと推測され、彼の死に財団の勲章が贈られた』

 

 Dクラス職員がやってくれたのは本当らしい。財団史上、勲章が贈られたDクラスは2人しかいなくて、そいつがその内の1人。

 

「……D-14134もといミスター・パーカーもだが、君も十分表彰に値する英雄だよ、エージェントバークレー」

「オレが? お世辞はよしてくださいよ、博士」

「私がお世辞を言う人間に見える?」

「さあ。オレは、アンタみたいな上にいる秀才のヤツらとは、住む次元が違うんでね」

 

 卑屈な言葉に対して、ブライト博士は苦笑する。そして、突然真面目な表情になる。

 

「……ここからは、私の考察なのだが」

 

 文書1983-15に目を向けながら語る。

 

「D-14134が、どうして単独でアレを破壊できたのか。不思議に思わないか? 私が思うに、あの怪物たちは銃弾ではなく“祈り”に重きを置いていたのだろう」

 

 ────“銀の銃弾”には、“問題の解決策”という意味も含まれる。

 

 ────即ち、“祈りを込めた銀の銃弾”とは、“難題を打破する一手になるよう誰かに祈られたもの”とも言える。

 

「この場合における“銀の銃弾”は? もちろん、D-14134だ。……ならば、それを撃ち出した銃器であり、火薬(いのり)を弾に込めた者は?」

 

 バークレーは瞠目した。

 

 ブライトはあざといことに、右手を銃の形にして、バークレーに向けてBANGと撃つ。

 

「君だよ、エージェントバークレー。君の信心なくして、D-14134が心臓を貫くことはなかった」

 

 ────幸運を。

 

 ────死にゆく者より、死にゆく貴方へ敬礼を。

 

 最期に遺した言葉が、彼の推進力となったのなら。

 

 自棄っぱちの最高の捨て台詞が、純粋な祈りとして天に認められたなら。

 

「あ……ハハハ……そうか、そうだったんだ……────オレは最期に、“銀の銃弾”を撃てたんだな……」

 

 バケモノ自体は、別にそこまで怖くない。バケモノに殺されることも。それを百も承知で、財団に所属していたんだから。

 

 バークレーが恐怖したのは、あの呪われた空間を作り上げたのが、異常性でもなんでもない、ただの人間の心臓と、悍ましい悪意の集合体だということ。

 

 生きていても、天に富を積んでも、こんなに罪だらけのどうしようもない世界で善行を働いたって、意味はあるのか。

 

 神の創った世界を疑ってしまった。信仰に曇りが生じた。だから、もう祈れないと思っていた。

 

 だが、まだ燻っていたらしい。

 

 心臓の奥底で燃えたぎる、透明な感情が。

 

「よかった……オレ……きっと、これだけがずっと未練で……」

 

 直後、エージェントバークレーは糸が切れたように倒れ、即座にブライト博士に支えられた。

 

「エージェントバークレー!?」

「████!?」

 

 台所で作業していた斑が、何事か叫びながら飛んでくる。

 

「なぁ、ブライト博士……そこのクレイジーな天使様に、伝えてほしいんだ。オレはアンタに見つけてもらえて幸せだったって……」

 

 暗闇の中、血と後悔に塗れて孤独に死んだ。

 

 でも再び目覚めたとき、そこにあったのは、淡く美しく大きな花束だった。

 

 あのときは、ショボい天使のお迎えだなんて毒づいたけれど。

 

「アンタのおかげで、ここに辿り着けた。未練がなくなった。……今度こそ天国に行ける自信があるよ、ありがとう……」

 

 温かな春の光に包まれて、眠ることができるなら、こんなにも嬉しいことはない。

 

 震える手を伸ばすと、斑は目尻に涙を浮かべながら握ってくれて、日本語で何か言っていた。

 

 それじゃあ理解できない。せめてヘブライ語を使ってくれ。

 

 でも、どれだけ変だろうと天使様の言うことなんだから、きっと福音だ。

 

「これ、で………………満足して……ねむ……れ……る………………」

 

 こうして、エージェントバークレーは静かに、息を────

 

 

 

 

 していた。

 

「寝てるね?」

「寝てますね?」

 

 なんともまぁ、安らかで清々しい寝顔。やりかけの仕事を終えたんだから、そうもなるか。

 

 バークレーの心臓は2人の問いかけに答えるように、鼓動し続けている。

 

「斑くん、私の布団に彼を寝かせてあげようと思うんだが」

「そうですね。あ、もうお湯沸いてるので、好きなカップ麺取って食べてていいですよ」

「いいや。私も手伝うよ。英雄サマの帰還だからね」

 

 最初は『ねこ』にシバかれ怪我を負い、どうなることかと思ったが。

 

 機械仕掛けの神の御遣いに、復活した救世主(シルバーバレル)

 

 これはなかなか、面白くなってきたじゃないか。

 

 太陽の光は眩しく、金を通り越して銀色に輝いて、地に満ちる全てを祝福していた。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはまだらのそばにいます。えーじぇんとのひとのそばにもいます。すいちゅうのしたいのそばにもいます。よろしくおねがいします。

 

 ところで。

 

「わかるわかる。カルト教団ってマジでクソだよな。ちゃんと真摯に信仰しているやつらに失礼じゃん。我もずっとカルト教団に苦しめられてきたし。でもなー、ルルイエには電気通ってないからゲーム出来ないんだよなぁ」

 

 だれだこいつは。

 

 

 えーじぇんとのひとにけいれいを。

 

 ありがとうございました。

 




・ブライト博士(SCP-963)
まさかの形で仲間が増えた!新生ざいだん(仮)はレベルアップした!


・SCP-2000-JP
再登場、賢い犬2000-JPタール。ばーくれーさんと早く遊びたいようだ。
仕事がないときは、SCP-040-JPに絡んでいるらしい。


・井上斑
生き埋めになってた人間を掘り起こして、かなり疲弊している。バークレーを寝かせたあと、カップ麺を食べてすぐ昼寝した。


・お塩(SCP-040-JP)
えーじぇんとのひとは、ぶらいとよりほろぶひつようせいをありません。よろしくおねがいします。


・カルト教団被害者の会
メンバーは、お馴染みの邪神さんとSCP-1983(の残滓)。

ぶっちゃけ被害者と言っても、信仰対象と生贄対象なので、その辺の大きな齟齬とかありそうだが、なんか通じ合ったらしい。


・エージェントバークレー
ーーーー幸運を。

ーーーー死に損なった貴方に、割れんばかりの喝采を。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1983

SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp

SCP-2662 “くとぅるふ ふっざけんな!”
著者 SoullessSingularity
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2662



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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース” ①

日本支部屈指の萌えSCPは?ねこ?伝書使のわんこ?消照闇子?

いいえ、ダークホースです。

※SCP-973-JPもとい『暗星豪』の口調や性格捏造、独自解釈などが多量に含まれています。この注釈SCP-2316とバークレーのときにも必要でしたね。


 

 

 ねこです。

 

 これはむかしのねこです。ねこはいまもむかしもあしたもあさってもねこです。

 

白虎。お前は喰わんのか? 

 

 ねこはこころしかたべません。それいがいはじゃまです。

 

 からだも、あたまも、てもあしも、くらいもまぶしいも、うれしいもかなしいも、ぜんぶいりません。ねこなので。

 

つまらん奴よの。だが、少ない餌で己を維持できる霊格の強靭さは俺の羨むところだ。

 

 おまえはだいえっとをしろべきです、とり。

 

ふん。人間の言葉なんぞ覚えおって。大体俺に体重とかないわ、ええ? 

 

……ところで奴はどうした。

 

 やつとはだれですか。ねこですか。ねこはここにいます。よろしくおねがいします。

 

否、あのどっちつかずだ。孔子(こうし)が筆を置いて最早何年になる? 

 

 ねこにじかんはありません。としもつきもひもありません。

 

お前に聞いた俺が馬鹿だったな……

 

 ねこはねこです。いうまでもなく。うまでもしかでもなくねこです。

 

 このさきねこをねこだというひとはいます。よろしくおねがいします。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「ジャックさん……英語のテキストって何買えばいいんですかね……」

「高校の教科書とかじゃダメなのかい?」

「どこにあるかわかんないんですよ……大学受かった喜びの勢いで、高校時代の教科書や副読本は全部物置に封印しているので……」

 

 僕とブライトさんは、駅前のショッピングモールに来ている。

 

 この間我が家にやってきた記憶喪失のバークレーさんのために、服だの何だのを買い揃えておかないといけないからだ。

 

 あと、バークレーさんの使用言語は英語だ。高校時代の英語の成績が芳しくなかった僕は、この書店でコミュニケーション英語の参考書を買うつもりでいる。

 

 ブライトさんは科学者だからか、いろんな国の言語を習得しているから、彼がいるときは通訳してくれるので問題ない。が、そればっかりに頼るのもアレだろう。

 

 ちなみに、お塩さんには留守番をしてもらった。流石にショッピングモールの中までは猫を連れて行けない。

 

「というかスマホの翻訳アプリでよくないか?」

「いやぁ、最低限は勉強しとかないと。僕、過去形と過去分詞形の区別が未だにあやふやでして……」

 

 一番手前にあったテキストをパラパラめくる。見事にアルファベットの渋滞で、頭がフリーズしそうだ。

 

「斑くん。言語なんて時間をかけて学ぶものだよ。君が日本語を使えるのだって、幼い頃から今まで日本語を学ぶ環境にあったからだ。それなのに、英語を今すぐ完璧に覚えようだなんて無理がある」

「んー……そうですよね。あ、ジャックさんはどうやって他の国の言葉を覚えたんですか?」

「まぁ慣れかな……職場が多国籍企業だったし、私には時間と残機だけならたっぷりあったし……」

 

 なるほど。言語学習に必要なのは、時間と慣れ。

 

 それはそれとして、一番やさしそうな英語のテキストと、猫の雑誌を買うと、僕たちは書店を出た。

 

 それからいろいろと買い物を済ませて、ショッピングモールを出たとき。

 

 モールの前に、ざわざわと人だかりが出来ていた。皆一様に、東の方向を凝視して、ナニカを今か今かと待っているように見える。

 

 反対方向を見て、その理由に気がついた。

 

「あ、そういえば今日はご町内マラソン大会でしたね。行きの道でも道路封鎖されてました」

「マラソン?」

「毎年この時期、市内を一周するマラソン大会が開催されるんです。結構大きめの大会らしいですよ。あーでも、僕は直接観戦するのは初めてですね」

 

 運動は苦手だけど、体力の及ぶ範囲で軽く行うスポーツは楽しい。

 

 でも、試合とかちゃんとした競技にはあまり興味がない。野球のせいで好きな番組が潰れたときに、呪詛を漏らすくらいには。

 

 ちょうどいいから観ていくけど。

 

 ショッピングモールから少し離れたところにあるゴールテープを、一番早く突き抜けるのは誰なのか。

 

 〈さあ、もう間もなく先頭集団がゴールに近づいてきました。栄光を手にするのはどの選手なのか────おおっと!?〉

 

 実況の声が裏返る。

 

 〈速い、速い、速い! 突如後方から追い上げる選手がいます! まだ、まだ加速していく! 本当に人間技なんでしょうか!?〉

 

 観客のざわめきが膨れ上がる。各々応援している対象は違えど、その人の登場には目を見張るものがあったらしい。

 

 僕も頑張ってつま先立ちになったり跳ねたりしながら、その人の姿を見ようとした。

 

 〈あっという間に先頭を追い抜きました! すごいぞ! 一体あの黒い選手は誰なんでしょうか?〉

 

 黒。

 

 道路に迫る勢いの観客たちにも、ずっと後ろの僕にも、その“黒”が見えた。

 

 突っ込んでくる。

 

 天を衝くように。

 

 猛然と、しかし軽快に駆け抜ける。

 

 足の接地面は最低限、ランニングフォームの美しさ。

 

 それはまるで、漆黒の駿馬のように。

 

 黒い流星は、生き馬の目を抜く速度で、ゴールテープを切った。

 

 〈今、ゴールしましたぁぁぁぁ!! 優勝は、『暗星豪(あんせいごう)』選手です!! なんたる圧倒的脚力と追込み!! 誰も彼の勝利は予想がつかなかったでしょう!!〉

 

 歓声が弾ける。思わぬダークホースの出現に熱狂する。真っ黒の勝者に、黄金の喝采を浴びせる。

 

 暗星豪さんはというと、黒い帽子に黒いジャージに黒いスニーカーと黒ずくめで、ここからじゃ表情が判別できない。

 

 しかし、後から走ってきた走者たちと比べると、明らかに身長が群を抜いて高い。190センチはあるんじゃなかろうか。

 

「凄いですね、あんなに速く走れるんだ……プロの人かな」

 

 暗星豪。どこかで聞いたことがあるのだが、何だったかな。確かテレビだった気がする。やっぱり有名なアスリートだったりするのか? 

 

「プロ……というより……普通にウサインボルトより速くなかったかい……?」

「え、ウサインボルト何メートル何秒でしたっけ……? 目測じゃ走る速さってわかんないですよねぇ……」

 

 ウサインボルトが凄く速いというのは知っているが、そもそも生で見たことがないので、比較のしようがない。

 

 ダークホースは帽子を脱ぎ、観客に向かって大きく手を振っている。ショッピングモールの上階から観戦していた人にも惜しみなく。仰け反るような姿勢は、馬の竿立ちにも似ていた。

 

 ふと。暗星豪と目が合った気がした。

 

 僕の前にいる人たちが「なんかこっち見てない?」と囁き始める。

 

 一点を見つめて動かない暗星豪にしびれを切らしたのか、大会のスタッフの方が声をかけようとした……そのとき。

 

 暗星豪が、()()()

 

 群衆を飛び越す、漆黒の星。それは、飛び上がった馬を想起させる。

 

 あまりに衝撃的な光景で脳が混乱を起こし、一連の動作はスローモーションに見えた。

 

 スニーカーにも関わらず、カツンッと硬質な音を響かせて、暗星豪が僕の前に降り立つ。

 

 周囲の誰もが押し黙る中、暗星豪は声を低めて問いかける。

 

「……(ぬし)、その虎、どこで見つけた」

「虎?」

 

 虎なんてどこに、と思っていたら。ブライトさんと暗星豪が、僕の頭上に視線を注ぐ。

 

 その箇所に触れると────僕の頭の上に、お塩さんが乗っていた。

 

「お塩さん!? いつからついてきて……ええ!?」

「お塩……?」

「その『ねこ』の名前だよ」

 

 ブライトさんが捕捉してくれる。暗星豪は帽子を被り直し、オニキスみたいな瞳をお塩さんに向けた。

 

「大穴に落ちたんじゃ……」

「君はそこの『ねこ』について何か知っているらしいね、ダークスター号くん?」

 

 ダークスター号? ……ああ、暗い星のゴウで、ダークスター号。ロボットみたいな渾名だ。

 

 いやそれよりも、大穴って何のこと? 暗星豪さんは、お塩さんのことを以前から知っているのか? 

 

 そのとき、大会のスタッフたちがようやく群衆を掻き分けてやってきた。

 

「暗星豪さん! 表彰式の準備をお願いします!」

「表彰式……それもそうだ。(うぬ)の久々の白星だからな。盛大に賞賛してもらわないと困る……でも」

 

 瞬間、暗星豪さんが消えた……否、消えていない。観客の誰かが指差した先、ショッピングモールの屋上に、黒い影が立っていた。

 

 ブライトさんを小脇に抱えた状態で。

 

「……へ?」

「おいおい、これは何の冗談だ? 私をピーチ姫と勘違いしているのかな? この首飾りは王家の証でも飛行石でも何でもないぞ?」

「悪いが(ぬし)ら、ヒーローインタビューはまた今度にしてくれ! アディオス!!」

「あ、待ておい待て!!」

 

 ブライトさんの制止も虚しく、暗星豪さんはどこかへ走り去ってしまった。

 

 後に残されたのは、金のトロフィーを持ったまま立ち尽くすスタッフさんと、マラソンの優勝者がどこへ行ったのか騒ぎ立てる観客たちと、状況を把握できず戸惑う他の走者たちと、僕とお塩さん。

 

 ────というか、ブライトさん攫われた? 攫われたよな? 誘拐、拉致は犯罪では? 

 

「嘘、は、はい!? どういうことですか!? お塩さんどうしましょ……え?」

 

 頭の上にやった手が空を切る。

 

 足元にも、白いねこはいない。

 

 お塩さんまで、いなくなっていた。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 人気のない湖畔に、ブライト博士とSCP-040-JP────そして、かつて財団により、SCP-973-JPのナンバーを賜った存在があった。

 

 SCP-040-JPは、ただ虚無感のある目で、暗星豪を見上げた。

 

 白い小さな『ねこ』と、黒い巨躯の■■が相対する。

 

 ブライト博士は固唾を飲んで、先行きを見守っていた。

 

 アレは、そこまで人類にとって脅威となる存在ではなかったはずだ。しかし、人智の及ばぬ異常存在への警戒は、常に解かれることがない。

 

「……」

 

 暗星豪ことSCP-973-JPは、草を踏まぬように静かに歩き、実体のないSCP-040-JPを摘み上げた。

 

 そして、()()

 

 

 

「白虎〜!! 生きてたんだなぁ〜!!」

 

 

 

 このとき、珍しくブライト博士とお塩の感情が、少しのズレなく完璧に一致した。

 

は? 

 

 




・井上斑
国語と社会以外の教科が苦手という理由で、大学の人文学部に在籍している。また、高2のときに英検2級の試験に落ちている。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこはいまもむかしもみらいもねこはいます。よろしくおねがいします。かしこみかしこみ。


・ブライト博士(SCP-963)
多数の言語を理解している天才科学者。しかしねこ語はまだ解読できていません。よろしくおねがいします。


・暗星豪(SCP-973-JP)
ジョークほどではないけど、なかなかに愉快な性質のアノマリー。

本作では、彼をSCP-1500-JPと結びつけるような独自設定が付与されているので、よろしくおねがいします。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp

SCP-444-JP “ ████[アクセス不許可]”
著者 locker
http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp


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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース” ②

改めて記載します。

本作では、SCP-973-JPに関して、正体の解釈、口調・性格の捏造など、本家記事には記載されていない独自性の強い妄想ヘッドカノンを多量に付加しています。

具体的に言うと、SCP-973-JPが『ハイスペックチートだけど超ポンコツ体育会系イケメン(SCP-1500-JPとの関連性アリ)』になっています。

以上をゆるすぜ!という方も、ゆるさないぜ!という方も、どうかSCP-973-JPメインの二次創作を供給してください。それが私を救います。



 

 

 SCP-973-JPは、黒鹿毛のオスのウマで、人間の記憶や認識を操る能力を持っているとされる。

 

 そして、ほぼ毎日、あらゆる大会に出場している。

 

 対象に関して特筆すべき情報といえば、それくらいだった。これまでは。

 

「てっきり人間に祓われたかと心配していたんだぞ? (うぬ)は勝ち馬の見極めが出来るが、(ぬし)はコミュ症だったからな。そうか、今はあやつに取り憑いているのか!」

 

 ペラペラと喋る暗星豪に、ブライトは口を挟めずにいた。SCP-973-JPが発話した、又は誰かと会話を交わした記録は、極めて少ないからだ。

 

(ぬし)はいいなぁ。世界が更新されたというのに、(うぬ)に相応しい取り憑き先は見つからなくてな。やはり世界の頂は(うぬ)が取るしかないのか……」

 

 SCP-040-JPはというと、無言、無視、無為を貫いていた。元々そういう性質のSCPオブジェクトだからということだけでなく、本当に、何も反応がなかった。

 

「……もしもーし。白虎、聞いてる?」

「……手応えがないようだが、君がそこの『ねこ』と面識があるのは真実なのか? 一方的な認知という可能性は?」

 

 ここでようやく、ブライトはSCP-973-JPとの対話を試みた。

 

 彼は財団職員であるブライトを邪険にもせず、馴れ馴れしく訴える。

 

「そんなわけないし? (うぬ)と白虎は、時の朝廷を荒らしまくった████年来の強敵(とも)だし? そうだよな、白虎?」

 

 へんじがない。

 

 ただのねこのようです。

 

 よろしくおねがいします。

 

「……や、ちょっと……(ぬし)、まさかだよな? 人間のように記憶の容量の限界があるわけではないだろ? な? (うぬ)のこと覚えてるよな?」

 

 へんじがない。

 

 ただのねこのようです。

 

 ありがとうございました。

 

「そ────そんな馬鹿なぁぁぁぁ!!」

 

 SCP-973-JPは激しく動揺し、竿立ちになり、その後地面に崩れ落ちた。

 

 黒い体躯が、嗚咽を響かせながら振動した。

 

「ひひーん……ひひーん……ひどい、(うぬ)は大会荒らしのついでに(ぬし)らを頑張って探してたのに……」

 

 泣き方が独特。

 

「ひひー……おいそこの人間!! 高貴で傲岸な妖怪変化が泣いているのにスマホを弄るな!!」

「SCP-973-JPの肉声は珍しいので、録音しようかと」

「これだから蒐集院は!! 黄竜の件はまだ怨んでるぞ!! うう、黄竜……ひひーん……」

 

 昔の傷口が開いたのか、また泣き出してしまった。存外打たれ弱いらしい。人間とは精神構造が異なることも考えられるので、演技の可能性も十分にあるが。

 

「お塩、ほんっとにこの黒いのに見覚えはないんだね?」

 

 へんじがない。

 

 ねこはおまえにはなすことはありませんです。

 

()()()にまけたやつなんて、ねこはそれをしることがないです。

 

「……SCP-973-JP。これは私の主観なんだが、知らんぷりされてるだけっぽいよ」

「なにぃ!? 白虎の馬鹿!! 食べてすぐ寝て太ればいいんだ!!」

 

 ねこはねこです。◾️◾️ではありません、ねこです。よろしくおねがいします。

 

「もおおお!! (ぬし)も朱雀も、いっつも(うぬ)につまんない意地悪するよな! ████年前にヘマやらかした(ぬし)らを庇ったの誰だったかなー!」

 

 ────なんというか。

 

 ────威厳もへったくれもないというか。

 

 恐ろしく意味不明かつ理不尽の権化であるSCPオブジェクトの中には、たまにこういうのもあったりするので、驚きはしないけれども。

 

「ひひーん……おいブライト!! 何故(うぬ)を慰めない!!」

「よーしよしよし、どうどうどうどう」

「違う!! 慰めるってそういう意味じゃないぞ!! 演舞とかないのか!?」

「ご老体が揃いも揃って何やってんの」

 

 不意に出現したのは、湖に浮かぶティーンエイジャーの集合意識。

 

 バーチウッドを名乗るSCP-2316は、大人たちの下らない歓談を聞かされて耳が腐りそうだと言いたげだ。

 

「大人たちの下らない歓談を聞かされて耳が腐りそうだよ」

 

 言った。しっかりはっきり、口頭で。

 

「……聴覚に干渉出来るタイプの死霊だったか。すまぬ、(ぬし)よ。この会話は他言無用で頼む」

「何が悲しくて、オジサンの愚痴を拡散させなきゃいけないんだ? こちとらそんなに暇じゃないんだ。今、ちょうど新入りの歓迎パーティー中でね」

「パーティーか。それは悪いことをした。(うぬ)はすぐに退散しよう」

 

 暗星豪が膝を折って謝罪する。

 

 それを受け、バーチウッドは大袈裟に嘆息した後、消えた。恐らくは湖の底に。

 

「……というわけなので、(うぬ)はあっちに戻るぞ」

「待て、私たちも連れて行ってもらわないと困る」

「無論そうする。あの組織がなくなって以降、(うぬ)は自分でいろいろやる羽目になったからな。財団職員である(ぬし)のことは丁重に扱わねば」

 

 SCP-973-JPは、再度ぶらいとをかかえました。

 

 あなたはぶらいとのほんしょうをわかっていません。あなたはざいだんをなめています。

 

 おろかな。

 

「んー? 聞こえないなー? 東風(こち)でも吹いたのかなー?」

 

 ぜっこう。

 

「ひひーん!! それだけはやめて!! (うぬ)が悪かったからぁぁぁぁ!!」

「早く帰れ!! 聞こえないのか!? 湖に沈めるぞ!!」

 

 




・暗星豪(SCP-973-JP)
ポンコツかわいい、草食動物SCP。基本何でも出来るし、育ちは良いらしい。
偽名がかっこいい。

ねこを『白虎』と呼ぶが、それはあくまで人間たちから逆輸入したもの。本来、彼らに名前という概念は存在しない。


・お塩(SCP-040-JP)
いつもは丁寧語だが、祟り神なので素の口調は悪いし性格も悪い。見た目で得してるタイプ。


・ブライト博士(SCP-963)
一応研究者としての精神は忘れていない。録音記録を後で確認したら、異なる種類の複数の動物の鳴き声に変換されていたようだ。


・バーチウッド(SCP-2316)
昔はキャンプとバーベキュー大好きなウェイ系高校生だった。最近、大人の事情に巻き込まれまくっている。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp

SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316


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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース” ③

ダークホース編これにて終わり。

次回は登場SCP紹介。その後はいよいよ、本部のあのSCP回を予定しています。よろしくおねがいします。


 

 

 一着の消失から十数分後。暗星豪さんもブライトさんもお塩さんも、ちゃんと戻ってきた。

 

 だが、しかし。

 

「ひひぃぃぃぃぃぃん!! 納得できねぇよぉぉぉぉ!!」

 

 あの壮観な走りを魅せてくれた暗星豪さんが、今、何故か僕の家の居間で号泣していた。

 

 涙の理由は、野球のルールを知らない僕にとっても理解のし易い、至極単純かつ慣れ親しんだものであった。

 

 話は、数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁやぁ、王者たる(うぬ)の帰還であるぞー! さあ、賞賛と羨望を召し上がらせろ!』

『そのことなのですが……暗星さん、そのシューズは厚底ですよね?』

『え? うん。最近足の爪(ひづめ)割れちゃったから良いやつ買ったんだけど』

『厚底スニーカーは規定違反になります』

『は、はーん?』

『なので、暗星さんは失格です』

『………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの後から言われても知るかよもぉぉぉぉ!! あんまりだ、理不尽だ、運営の怠慢だ、呪ってやるぅぅぅぅ!!」

 

 ────というような、かなり同情の余地がある悔しさと悲しさを胸に、暗星豪さんは僕の家に押しかけてきたのである。

 

 聞けば、暗星さんは昔、ブライトさんの職場にお世話になったことがあるようで。

 

 お塩さんとブライトさんの両方を知っていたのは、そのときの件があるからだそう。

 

 浅黒い顔をベショベショにしながらインターフォンを連打する彼を放っておくことも出来ず、こうやって迎え入れたのであった。

 

 “先生”が事前に淹れてくれた、ラベンダー茶が入った湯呑みを台所から持ってきて、暗星さんの前に置いた。

 

「ハーブのお茶、飲めますか? なんかカロリーや糖質制限がどうとかは……」

「ないです……(うぬ)は生まれながらにして完璧造形なので飲みます……ひひーん……」

 

 暗星さんからは、マラソンのときの豪快さが失われており、ひちゃひちゃと舐めるように少しずつお茶を減らしていく。

 

「ひひーん……菅原(すがわら)ぁ……人の世って厳しいなぁ……」

「菅原?」

「昔の家来……(ぬし)みたいなやつ……」

 

 家来って言葉を、恐らくはそのままの意味で使っているのを、僕は初めて聞いた。

 

「ほんとは……ほんとはこんなはずじゃないのだ……今は泰平の世でないから、力が十全に発揮されないだけで……」

「えーっと……どういう意味ですか?」

(うぬ)は“鶏口牛後”の精神に則り、俗界の王にならねばならぬのだ……アシスタントは1945年で廃業した……でも、(うぬ)は桜の頼み断ったの後悔してる……」

 

 話の内容が要領を得ない。もう少し落ち着いてから、話を聞いた方が良かったかもしれない。

 

「こういうことを話すと、北も南も東も西も、みんな(うぬ)を痴れ者扱いするのだ……失敗ばかりの草食動物って……」

「そうなんですか……?」

 

 周りに愚痴を聞いてくれる人が、寄り添ってくれる人がいないのは、僕だって辛い。

 

 暗星さんはあのとき、(ソラ)を駆ける一筋の流星みたいにカッコよく走っていた。そんな彼の心を、曇らせたくはなかった。

 

「……僕でよければ、いつでも……は無理かもですが、お話聞きますよ」

「────(まこと)か?」

「はい。陸上には詳しくないですけど……」

 

 真っ黒な格好に身を包んだ彼の顔が、目に見えて明度を上げていた。

 

「その言葉、(たが)わないな?」

「というか暗星さんはいいんですか? 僕みたいなど素人が相談相手で」

「何言ってんだ。(うぬ)からすれば、全人類が下手の横好きだぞ」

 

 暗星さんはそう言って起立すると、パカパカと足を鳴らして居間を出て行く。

 

「今日はこれにて帰るぞ。馬の合う昔馴染みにも再会できて満足だ」

「あ、その前に連絡先聞いても構いませんか?」

(うぬ)はケータイを持たない主義の知性体だ。走って直接伝えた方が早い」

 

 淡々と言い放つ。流石はアスリート、ストイックな生き方をしている。

 

 暗星豪さんは、20代〜30代らしき見た目にはそぐわない、老成した雰囲気の笑みを浮かべた。

 

「ひひっ。(ぬし)、その『ねこ』はとんだじゃじゃ馬だから、重々気をつけろよ?」

 

 玄関の戸が閉まる。

 

 突如現れ、突如消える。あのマラソン大会のように、彼の在り方は流星によく似ていた。

 

 面白い人だった。また会えるかな。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 それから1週間後。

 

「ニンジンをふんだんに使用したアップルパイの何がイケないんだぁぁぁぁ!!」

「パティシエコンテストにも出てるんですか……? 暗星さん多彩ですよね……」

 

 隣の部屋で2人の会話を盗み聞きしていたエージェントバークレーは、自分の後ろから様子を覗くブライト博士に尋ねた。

 

「アイツ、連日ここに来てるな……何故だ?」

「そりゃそうさ。SCP-973-JPは、ほぼ毎日何かしらの大会に出場しているからね。そして、その大半で優勝を逃している」

「精力が有り余ってるんだな」

「そのタフネスは見習いたいね。……大会参加中は、関係者への記憶処理が効かない。大会が終わるとすぐ消失するので、捕獲も不可能であると、日本支部の報告書にはあった」

「Keterクラスじゃないのは、一応管理はできているからってところか……」

 

 厄介なSCPオブジェクトが、また井上斑の周囲に増えてしまった。

 

 ブライトは、SCP-040-JPやSCP-2316よりは格段にマシという理由で、特に気にしていなさそうだ。

 

 しかし、バークレーにとっては、これが日常的であってほしくない。

 

「……ところでBarclay(バークレー)。冷蔵庫に入れてたハーゲンダッツを知らないか? バニラ味で、蓋に『B』ってサインしてたやつなんだが」

「ああ。あれ、Bright(ブライト)のBだったんだな」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 あいつはめんどうくさいです。はやくかえれをじっこうしてほしいです。てんにかえれ。

 

 ねこはねます。あいつにからまれるとねこのそばにうざいがうまれるのでねます。

 

 ありがとうございました。

 

 

 

 

う し

 

 




・暗星豪(SCP-973-JP)
彼に関する本作独自設定
孔子(こうし)と菅原なる日本人に関係アリ
・一人称が『(うぬ)』、二人称が『(ぬし)
・四神と黄竜、桜主と知り合い
・SCP-973-JPの目的

ちなみに、SCP-1500-JPのディスカッションによれば、当該オブジェクトには四神の他、ある幻獣が登場予定だったそうです。

設定の発想の元は、アニヲタwikiの記事に寄せられた『SCP-1500-JPにもしあの存在がいたら、正体はコイツなのでは?』という主旨のコメント。なので自分のオリジナルアイデアではないのです。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこはよくねますがねこはねこでないのでねませんがねこはねます。


・ブライト博士、エージェントバークレー
子ども向けのサイエンス漫画によくある、研究者とそれに振り回される助手みたいな感じにしたい。


・井上斑
最近、家に変なやつが集まってくる。しかし一番の問題は、本人がそれらを変なやつだと認識していないことである。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
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報告書: SCP-████ “台風の目”

登場人物・SCP紹介です。

そして、そう遠くない未来の話。


アイテム番号: SCP-████

 

オブジェクトクラス: Euclid

 

特別収容プロトコル: SCP-████は、追跡装置を装着した状態で、現在SCP-040-JPと共にサイト-■■に収容されています。SCP-████の独房には■リットルの冷蔵庫とキッチンが設置されており、決められた範囲内での予算と材料を使用して料理を行うことが認められていますが、メイン食堂での食事も許されます。

 

 対象自身の危険度の低さと模範的な振る舞いから、サイト-■■内を自由に出歩くことが許可されています。

 

 SCP-████を用いた実験、他のSCPオブジェクトとのクロステストは、担当職員であるブライト博士の承認が必要です。

 

 

説明: SCP-████は『井上斑』として知られる、22歳の日系人男性です。身長は約1.7メートル、体重は63kgです。

 

 SCP-████はその親切で穏和な性格と、動物への愛情、下記の異常性から、複数のSCPオブジェクトの収容に有用と判断されています。SCP-████は、収容以前からSCP-040-JP、SCP-2316、SCP-444-JPなどから好意的な感触を持たれて、それらの無力化・弱体化に成功していました。これらSCiPとの交流を断つ提案は、■回為されましたが、現時点では全て却下されています。

 

 SCP-████は、ミーム汚染、認識災害などが持つ精神影響に対して、非常に強い耐性を持ちます。また、それらの及ぶ範囲の狭小化、知性体の肉体や精神への悪影響を打ち消す能力があります。この特性は、本人の意思に関わらず受動的に発動します。SCP-973-JPのように、大した精神汚染効果を持たない認識災害に関しては、特に影響がないようです。

 

 対象は収容以前、SCP-████-JPの養子として育てられていましたが、対象の異常性との関連性は調査中です。

 

 SCP-████は動物を人並みによく好み、これには両生類、爬虫類、魚類や鳥類も含まれます。虫類に対しては、視認・接触を苦手としますが、嫌悪はしていないと見られます。SCP-████は、猫が一番好きだと話しました。植物に関しても愛着を抱いており、過去の経験から、桜に強い思い入れがあるようです。

 

補遺████-1: SCP-████は、SCP-040-JPを『お塩さん』と呼び、普通の猫と同等かそれ以上に可愛がっています。また、SCP-040-JPはSCP-████を保護対象と認識しているような態度を見せており、SCP-████に外的要因のある被害が及んだ場合、その原因となる生物・無生物に対して『反撃』を喰らわせますので、よろしくおねがいします。職員は、可能な限りSCP-040-JPを『お塩』と呼称してください。ネーミングセンスに疑問を持ったとしてもです。

 

 SCP-████の特性から、SCP-040-JPと共に収容することは、2つのオブジェクトにとって最良な方法であると考えられます。ねこですよ。

 

補遺████-2:Thaumiel分類? ないない。アイツ、まだ英検2級だぞ? Thaumielの意味すらわかってないぞ? ちなみに俺は1級持ってる。

 

 

記録████-1: 関連する人物とSCPオブジェクト

 

 SCP-████は、20■■/■■/■■に財団によって収容される前から、複数のアノマリーや、財団の関係者と親交がありました。以下は、それらとの関係性、SCP-████の異常性による影響等を記録したものです。各オブジェクトの詳細は、当該オブジェクトの報告書を参照してください。

 

アイテム番号: SCP-040-JP

 

対象からの呼称: お塩さん

 

対象との関係性: 身内の猫

 

説明: SCP-040-JPは以前、廃屋の中を覗くと発生する認識災害とそれに付随するミーム汚染現象でした。しかし、SCP-████に発見されて以降は、『目だけしか見えない奇妙な白いイエネコ』として認識されるようになり、ミーム汚染能力をほぼ喪失しています。しかし、ねこはねこです。

 

 関係者へのインタビューから、SCP-040-JPは、 現在のSCP-444-JPと同様に、聴覚や触覚、痛覚への干渉も可能と判明しました。

 

 SCP-040-JPは、自身やSCP-████への悪意を持った言動や行動を受けると、前足とみられる部分で、相手に認識災害を用いた痛覚への著しい干渉を行い、全治2〜3日の怪我を負ったように錯覚させます。ねこはつよいです。この現象が、SCP-710-JP-Jに分類される『共振パンチ』と酷似していることから、これを『共振猫パンチ』と呼びます。

 

 SCP-973-JP、SCP-444-JPなどの一部オブジェクトから『白虎』と呼ばれる事例が確認されています。SCP-1500-JPとの関連性は[編集済]。

 

 SCP-040-JPに関しては、補遺████-1も参照してください。よろしくおねがいします。

 

 

アイテム番号: SCP-3715

 

対象からの呼称: マイルズ先生、またはベティ・マイルズ先生、あるいは単に“先生”

 

対象との関係性: 家庭教師(対象のかつての自宅の台所・居間の清掃、対象が不在時の留守番も任されていた)

 

説明: SCP-3715は、サイト-■■で発生する異常事象です。かつてベルビュー市立高校に勤務していた、『ベティ・マイルズ』という名前の高校教師との関連が推測されています。

 

 SCP-3715は通常、サイト-■■内の■号室の内部にある適切な容器に様々な茶を出現させる、知性を持つ特定の存在に対して宛てた文書*1を出現させる等の現象を起こします。

 

 20■■/■■/■■、SCP-3715は[編集済]といった経緯によりベルビュー市立高校の121号室から移動し、約3か月各国の高校の教室を渡ったのち、SCP-████-JPの関与により日本の████に1■年定着しました。

 

 SCP-████については、『大切な生徒のひとり』として対応しています。両オブジェクトの穏やかな性質から、文書もしくは電子メールを用いた定期的な交流が、完全に許可されています。

 

 

名前: ジャック・ブライト博士または博士、J博士、あるいは“冗談じゃないぜ”博士

 

対象からの呼称: ジャックさん、ブライトさん

 

対象との関係性: 居候かつ『お塩さん』の元飼い主、対外的に義理の兄

 

説明: ブライト博士は、生命工学と異常遺伝子学の権威であり、現在も尚財団に多大なる大迷惑成果を残しています。

 

 [編集済]から復活したブライト博士は、SCP-040-JPとSCP-████を発見、対象との接触に成功。その後SCP-040-JPの飼い主を騙り、対象の収容プロトコルを財団が確立するまでの期間、SCP-████の自宅に居候として住んでいました。

 

 現在、彼は発見の経緯から、SCP-████、SCP-040-JP、SCP-████-JPの研究に携わり、対象に関わるあらゆる事項の担当を務めています。SCP-████はブライト博士に対してかなりの信頼を寄せています。なので、ブライト博士は彼にあることないこと吹き込まないでください。

 

 

アイテム番号: SCP-2316

 

対象からの呼称: バーチウッドくん、カークくん

 

対象との関係性: 近所に住むアメリカからの留学生、年下の友達

 

説明: SCP-2316は、███████州████████郡の███████████湖に存在する異常現象でしたが、現在は日本の███県███市の███湖で発生します。かつては水面に浮かぶ人間の死体のグループという形で出現していましたが、SCP-████により、『死体に酷似した何らかの枯れ木や石が湖に浮かんでいる』と認識されるだけの異常現象に変化しました。

 

 また、SCP-2316の本体は集合意識で構成された一実体(以降、SCP-2316-1と呼称)であり、それは大概、高等学校の制服を着た、10代後半の少年に見えます。“カーク・ロンウッド・バーチウッド”を自称し、厭世的な性格で、財団に敵対的です。しかし、本人の攻撃力は軽度の罵倒、足を踏む程度しかありません。*2

 

 SCP-2316-1は、SCP-████を“君”と呼び、日常的に、主に認識災害の方面から、湖への入水を強制するようなアプローチをしていますが、当然その悉くは無効化されています。

 

 SCP-████は、SCP-2316-1を単なる友人として扱っています。SCP-2316-1の精神衛生上の観点から、週1〜5日、毎回3時間以上、SCP-████と交流させることが、職員に義務付けられています。全く余計なお世話だよ。ジェレミアもアーサーも、みんなそう言ってる。いいから湖に戻るんだ……え? Pokemon? はいはい、やればいいんだろ。

 

 

アイテム番号: SCP-2000-JP

 

対象からの呼称: 2000-JPさん

 

対象との関係性: 顔見知り

 

説明: SCP-2000-JPは、コンピュータ/ネットワーク上で活動する情報知性体です。イエイヌのボーダーコリーをキャラクター化したイメージとテキストボックスから成るグラフィカルユーザーインターフェースを備え、日本語や英語による意思疎通が可能です。

 

 SCP-2000-JPはセキュリティーホールを『掘る』ことで突破するという異常性を持ち、これまで幾度となく財団に貢献してきました。

 

 SCP-████がSCP-2000-JPを認知したのは[編集済]の頃であり、他の関連SCiPと比較すると時期は遅めです。

 

 両者は良好な関係を築いていますが、SCP-████がSCP-2000-JPを褒めるとSCP-040-JPが拗ねるので、接触は最小限に留めてください。ねこはすねてません。

 

 SCP-2000-JPはSCP-040-JPに強い興味関心を抱いており、頻繁にSCP-040-JPと遊ぶことを求めます。また、SCP-040-JPが認識災害の延長線として、コンピュータ/ネットワークへの強い干渉能力を持つことが、このオブジェクトの証言をきっかけとして発覚しました。

 

 

アイテム番号: SCP-976-JP

 

対象からの呼称: 『アナ』さん(SCP-976-JP-1)、[編集済]*3(SCP-976-JP-2)

 

対象との関係性: 猫とその飼い主、年上の知人。

 

説明: SCP-976-JPは、周囲と自身の内部のヒューム値を上昇させることが出来る、『アナ』という名の雌のイエネコ(以降、SCP-976-JP-1と呼称)と、その飼い主である現実改変能力者(以降、SCP-976-JP-2と呼称)で構成されます。

 

 SCP-976-JP-2は、自身の現実改変能力により、SCP-976-JP-1の異常性を発現させました。両者の安全かつ効率的な取り扱いを行うため、2つのアノマリーを同じSCPオブジェクトとして分類し、収容も同様の形を取っています。

 

 SCP-████にとってのSCP-976-JP-2は、年上の猫の飼い主仲間のようです。また、SCP-976-JP-1とSCP-040-JPの間にも親交がありますが、SCP-976-JP-1はSCP-040-JPがイエネコでないことを察知しているような素振りを見せています。

 

 SCP-976-JP-1は過去の事例から、SCP-976-JP-2以外の現実改変能力者とのクロステスト及び収容への利用は保留されています。

 

 SCP-976-JP-2は現在、財団に協力的な振る舞いを見せています。しかし、SCP-976-JP-2が過去に民間人とGOCのエージェントを■名殺害したという経歴から、SCP-976-JPの特別収容プロトコルの規定の緩和は未定です。

 

 

名前: エージェントバークレー

 

対象からの呼称: バークレーさん

 

対象との関係性: 居候その2

 

説明: エージェントバークレーは、SCP-1983の無力化への尽力という大きな功績により、財団では広く知られています。

 

 エージェントバークレーは、20■■/■■/■■に、███山中でSCP-████により発見されました。対象は「桜の木の下に埋まっていた」と語っていましたが、財団が調査したところ、該当する場所に桜の木は存在しませんでした。

 

 その後、ブライト博士が彼について『記憶喪失の外国人』という理由を捏造することで、エージェントバークレーをSCP-████の自宅に滞在させました。

 

 現在、エージェントバークレーはジャクソン・パーカー調査員(かつてのD-14134)と共に、ブライト博士直属の部下として、SCP-████の身辺警備を担当しています。

 

 

アイテム番号: SCP-973-JP

 

対象からの呼称: 暗星豪(あんせいごう)さん、または暗星さん

 

対象との関係性: 何故かよく遊びに来る人

 

説明: SCP-973-JPは黒鹿毛の雄のウマです。日本で開催される、ありとあらゆる大会・コンテストに頻繁に参加し、その際は『暗星豪(あんせいごう)』という名の人間として扱われます。

 

 SCP-973-JPは人間と同程度の動作が可能であり、全ての分野において高い適性を示しますが、多くの場合、不運なハプニングや致命的なミスにより、乏しい戦績に終わります。

 

 SCP-973-JPは非常に強力な記憶操作能力を有しており、如何なる妨害手段も通用しません。SCP-████を利用した、大会参加の妨害計画も、対象の異常性が機能しなかったため失敗しました。これは、SCP-973-JPの引き起こす認識災害の脅威度が、極めて微々たるものであるからと考えられています。

 

 SCP-████はSCP-973-JPを、上記の通り『暗星豪』という人間として認知しています。『暗星豪』は、身長1.9メートルの、黒ずくめの服を着た、細身で筋肉質な成人男性に見えます。その人格は、調子の良い好青年という印象を受けます。

 

 SCP-973-JPは、SCP-1500-JPに関する未確認の情報を所有していると思われますが、その特性ゆえ、長時間の確保と聴取に成功した事例はありません。

 

 

アイテム番号: SCP-████-JP

 

対象からの呼称: 母、お母さん

 

対象との関係性: 義母

 

説明: SCP-████-JPは、『井上イワ』を名乗る、日系人女性のような人型実体です。SCP-████-JPの顔を視認した人間は非常に強い苦痛と、SCP-████-JPへの激しい嫌悪感を抱くため、自発的に仮面を着けて生活しています。

 

 SCP-████-JPは20■■/■■/■■に当時新生児だったSCP-████を拾い、収容直前までその保護と養育を負っていました。

 

 また、SCP-████-JPはSCP-1500-JP内部に存在する『桜主』を“妹”として扱うような言動をしています。2つのオブジェクトに関しては現在調査中です。

 

[ログイン資格を提示せよ:要レベル5/2000クリアランス]

 

 

 

 

 

 

 ……彼らは君から隠したいわけじゃないが、この先を知るのはまだ早い。君の見たいものは、何度画面を触っても出てこないよ。

 

 まぁ、少しでもいいから知りたいと言うのなら、これを読めばいい。

 

 それより湖に……

 

 ────イーブイ進化系統一パーティーに負けた……だと……!? 

 

 

*1
近年は電子メールの利用も確認されています。

*2
彼らは俺たちを馬鹿にしてるらしいな。“君”もそう思うだろう? 

*3
SCP-976-JP-2の本名。




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SCP-040-JP “ねこですよろしくおねがいします”
著者 Ikr_4185
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ブライト博士の人事ファイル
著者 AdminBright
http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file

SCP-963 “不死の首飾り”
著者 AdminBright
http://scp-jp.wikidot.com/scp-963

SCP-3715 “それほど繊細でもないお茶”
著者 Noktigo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3715

SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316

SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp

SCP-976-JP “スクラントン現実猫”
著者 08_ORB
http://scp-jp.wikidot.com/scp-976-jp

SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1983

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp

SCP-1500-JP “和魂祭”
著者 29mo
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1500-jp


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SCP-105 “アイリス”

サブタイ通り、ついにアイリスさん登場です。

鏡の国のアイリスの2巻を求む・・・・



 

 

 一度だけ────本当に一度だけ、財団職員の誰かに露見すると自分の立場が危うくなりそうな、不謹慎な妄想をしたことがある。

 

 石棺から出てきたアベルが大暴れして、どんなに屈強な機動部隊も蹴散らして、財団はめちゃくちゃになる。

 

 でも、私だけは奇跡的に助かって、塀の外へ逃げ延びることが出来る。

 

 そうして、まずはお腹が空いたからフライドチキンでも買って、ショーウィンドウのマネキンをそっくり真似した服を一式揃えて、公園の鳩が飛び立つ瞬間を写真に撮るのだ。

 

 きっと、どんなに爽やかな心地だろうって。

 

 勿論、現実はそう上手くいかない。

 

 財団はそんなにヤワではないし、あの悪魔じみた元同僚が私を見逃すとは思えない。

 

 私は一生ここから出られないだろう、と諦めていた。

 

 それでも、もし、財団が本当にめちゃくちゃになって、私は生き延びたら、外に出られるんじゃないか。

 

 だから、それまでは希望を失わずに生きよう、強くなろうと決心した。

 

 しかし、ああ神様、私をお助けください。

 

 どうしてよりにもよって、アベルが私の部屋に踏み入ってくるのでしょう。

 

「……何をしに来たの? ノックくらい、してくれてもいいんじゃない?」

 

 シールでも剥がすみたいに壊された、自動ロック付きドアを見ながら言う。

 

 そこで私は気付いた。

 

 アベルの外見は、いつもと変わらなかった。兄とよく似た精悍な顔つき、不可思議な刺青、黒い大剣。

 

 ────でも、決定的に欠けているものがある。

 

 “血”が、ない。

 

 彼は大抵血を纏っていた。場合によって、相手のものだったり自身のものだったりしたが、それがアベルの惨い戦果の象徴だった。

 

 他人の部屋に入る前にシャワーを浴びようだなんて、一度でも考える人間ではないことは把握している。

 

「……私が最初の犠牲者ってことね?」

 

 頬のあたりから急激に血の気が引く。

 

 私の恐怖も焦燥も知らないアベルは、簡潔に答えた。

 

「いいや」

「なら、ここに来るまでに何人殺したの? あなたが収容されている場所からここまで、かなりの距離があるはずよ」

「誰もいなかった」

「────なんですって?」

「今日、ここでお前に会うまで、私は生きた人間に会っていない」

 

 何を言っている? ────そんなわけない。彼は残虐で憐れな怪物じみた人間だから、私に嘘をついている。

 

 本当に? そんな嘘をつくメリットがアベルにあるとでも? ────でも、彼の心理プロファイルに『相互理解不可能』と記された、その原因たる事件を私は知っている。彼の精神構造は、並の人間と同等じゃない。

 

 だとしても。

 

 いや違う。

 

 きっとそう。

 

『これから暫くの間、正式な決定が下りるまで、何があってもこの独房から絶対に出るな。脱走なんて考えたら、二度と写真を撮れない身体になると思え』

 

 そうよ、最後にやってきた職員はそう言っていた。

 

 財団は収容違反への意欲を持つ私を危険視して、前よりも厳重な警備を施した施設に移送した。

 

 それが、たまたまアベルの近くだっただけ。

 

『食事はこれでのみ摂取しろ。それから、このSCPオブジェクトの監視を遂行するように』

 

 ピザボックスとジョーシーを押し付けられたのも、そういう収容プロトコルだっただけ。

 

『この箱にはSCP-105-2と、これまで撮影された全ての写真が入っている。だが、誰かがこの部屋の鍵を開けるまでは、一瞬でも写真を閲覧することは許されない』

 

 わざわざ、重要なSCPオブジェクトであるポラロイドカメラを持ち主に返却したのも。

 

 ()()()()()()とは言っても、()()()()使()()()とは言わなかったのも。

 

 

『いいか? ドアの向こうから爆発の音がしても、誰かの悲鳴が聞こえても、血の匂いがしても、絶対にここから出ないでくれ』

 

 

『SCP-105……いや、アイリス・トンプソン』

 

 

『どうか、君だけでも────』

 

 

 上半身だけの猫が、前足だけですたすた歩く。

 

 アベルのことなんて、彼女は気に留めない。

 

 ただ、久しぶりに外へ出られる好機を見つけたことしか気にしていない。

 

「私を殺しに来たんでしょう」

 

 アベルの殺意の矛先は、人類だけだ。それ以外の哺乳類には憎悪を持たない。

 

 それを、ジョーシーは知っていたのだろう。だから普通に彼の足元を通り過ぎて、部屋を後にする。

 

 彼女に血を見せなくていいのは好都合だ。

 

「いいわ、もう終了させて」

「……」

「痛みがないようにしてね。私たちはそんなに健全な関係性じゃないけれど、そのくらいしてくれてもいいでしょう?」

 

 アベルは、4分半くらい私を見つめる。この世で一番心臓を圧迫した4分33秒だ。

 

 それから彼は、手も足も首すらも、ちっとも動かさずに告げた。

 

「いいや。お前を殺す必要性を感じられない」

 

 耳を疑った。

 

 何だって? 殺す必要性、だと? 

 

 アベルが、人間を殺す必要性について、考えたのか? 

 

 あり得ない。これは私の夢に違いない。

 

「私はここに来る前、外の世界を見てきた」

 

 彼はとびっきり残酷で冷酷で、永遠に尽きない薪を燃やし続けている。それは人類であり、傷つけられた平穏な性質であり、人類への怒りと憎しみだった。

 

 ずっと燃えている。ずっと苦しんでいる。

 

 それを心から楽しんでいる。楽しまなくては、燃え尽きて灰に戻ってしまう。

 

 彼は理解から遠い存在だった。しかし矛盾はないはずだった。

 

「草原は抉り取られ、人間の屍の畑が出来ていた。痩せ細った家畜の羊は、それらを食べることすら拒絶した」

 

 アベルの眼差しは、空虚だった。

 

 どうして、そんなにつまらなさそうにしているの? 

 

 憎い男の子孫が無惨に死に絶えていたのに。

 

「笑ってよ」

 

 乾いた声が溢れる。自販機が吐き出してくれた……もうどこにもないだろうコカ・コーラを飲んだばかりなのに。

 

「笑ってよアベル。やっと見つけた人間なんだから、爽やかに思い切り笑って、殺せばいいのよ。いつもと同じことをすればいい」

 

 アベルは首を横に振った。

 

「出来ない」

「あなたに容赦って感情があったのは知らなかったわ。でも、戦友だったのはもう随分昔の話」

「違う────ここにいたのが、例え財団の研究者たちでも、私の兄弟であっても、私は剣を捨てた」

 

 言った直後に、黒の大剣が床に落ちた。あんなに悍ましい武器なのに、音は普通の剣と同じなのだな、と思う。

 

「もういい。私は帰る。お前は好きに生きろ」

 

 帰るって、どこへ? 私が尋ねる前に、彼は行ってしまった。

 

 それから、どれくらい経ったのだろう。

 

 アベルによく似た顔立ちの青年が、ジョーシーを抱いて私の部屋に来た。

 

「遅かったようですね」

 

 ドアの残骸を見下げて、カインは泣きそうな表情をしていた。

 

 外はどうなっているの、と聞くと、カインは私にジョーシーを返してから伝える。

 

「……原子爆弾と毒ガス兵器が多用された、と聞きました。アベルはともかく、ジョーシーが生きていけるとは思えず、あなたのところへ戻すのが最適と判断しました」

 

 込み上がってくるドロドロした熱いものを、抑えることはできなかった。

 

 その間ジョーシーは、ずっと私の顔を舐めていて、カインは何も言わずにそばに座った。

 

 いつか外へ出られるんじゃないかって、夢見ていた。希望を失わずに生きていた。

 

 どれだけ頑丈な鍵を掛けられても、箱はいずれ壊れるんだ、と楽観視していた。

 

 それがどうだ。

 

 箱が壊れても、外の世界そのものがないなら、私はどこへ行けばいい? 

 

 フライドチキンもマネキンも公園も、私が取り戻す前に、外の人間が勝手に壊した。

 

 財団は危険なもの、異常なものを封じ込めていたんじゃないの? そのために私はここにいるんじゃないの? 

 

 こんな、SF小説みたいな、馬鹿馬鹿しい終焉は異常でも何でもないって? 

 

 写真の向こうを触れるだけの私は許されないのに、自然を犯して、文明を侵して、兄弟同士殺し合う虚しい世界大戦は全人類が容認したって? 

 

「ふざけないで……返して……私の日常を返してよ……」

 

 炎は誰のためにある? 

 

 人類の発展のためだ。

 

 けれど、プロメテウスの祈りを、人類は自分たちで踏み躙った。

 

 私の炎は奪われた。きっとアベルの炎も。

 

 明かりを灯して暗闇を遠ざけても、みんな松明を振り翳して争うなら意味がない。

 

 3日後、地下シェルターの出口でカインは言った。

 

「私は、弟を探しに行くつもりです」

 

 止めはしない。私にその権利はないから。止められる人がいたとしたら、それは財団職員か、彼のもうひとりの弟だ。

 

「アテはあるの?」

「ありません。しかし、必ず見つかるでしょう。私は大地に嫌われましたが、今は大地は失われ、その上に生えた文明もない」

 

 彼は最後に、「あなたの頭に触れてもよろしいでしょうか」と丁寧に乞う。

 

 私が頷くと、固い手が頭頂部を緩く撫でた。仕事に出る大人が、見送りに来た子供にするように。

 

「……戻ってきて。ここに私とジョーシーを残さないで」

「善処します。……私は、人類初の嘘つきで殺人犯ですが、あなたの約束は必ず守りましょう」

 

 結論から言うなら、彼は戻ってこなかった。

 

 戻ってくる前に、世界は真ん中から忽ち崩壊した。

 

 今回の戦争だけじゃない。それよりも前に蓄積された、様々な汚染、破壊、搾取により世界は限界を迎えていた。

 

 世界は混沌(カオス)に還元される。

 

 滅びに呑み込まれる中、心臓がゆっくり止まっていくのを感じながら、ただ上半身だけの猫を抱きしめながら泣いた。

 

 無力を痛感していた。私は、自分の涙すら止められないんだ。

 

 そのとき、どこかから音がした。

 

 何かをかき混ぜるような。

 

 ()()()()()()という、奇妙な音が。

 

 どうしたことだろう、混沌が纏まってゆく。森羅万象が渦を巻いて、一箇所に固められる。

 

 今生最期に聞いたのは、誰かの声。

 

 歯車が規則正しく回るように訴える声。

 

 

 

 ────なかったことにしないで。

 

 ────私たちを忘れないで。

 

 ────繁栄のルーチンワークは、これで、もう、最後に。

 

 

 私は意識を失った。

 

 その後目覚めて、それから20年近く経った頃。

 

 世間はゴールデンウィークを明かし、来たる梅雨に向けて憂鬱を抱えている。

 

 私はいつものように、家を出て、バスに乗って、校門をくぐり抜けた。

 

「もしもし……はい。帰りに買ってきますね! お塩さんのことよろしくお願いします。あとバークレーさんに伝えてほしいんですけど、布団はやっぱり客用じゃなくて新しいやつを……」

 

 ベンチに座って電話をする青年の前を通り過ぎる。

 

 鳩が飛び立つ音は爽快だ。

 

 平和で愛おしい、ずっと恋焦がれてきた朝。

 

 もう20年、同じような日を迎えているのに。

 

 どうして、私はこんなに泣きそうになるのでしょう。

 

 

 

 




Q. なんで怪奇存在がメインの世界なのに、人間同士の争いで滅びてるんですか?本当はなんか裏があるのでは?

A. ないです。どれだけ奇妙で残酷な怪異が登場したって、舞台を廻すのは人間じゃないですか。


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SCP-105 “アイリス”
著者 Lt Masipag
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SCP-529 “半身猫のジョーシー”
著者 Lt Masipag
http://scp-jp.wikidot.com/scp-529

SCP-076 “アベル”
著者 Kain Pathos Crow
http://scp-jp.wikidot.com/scp-076

SCP-073 “カイン”
著者 Kain Pathos Crow
http://scp-jp.wikidot.com/scp-073

SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
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SCP-2050-JP “誰”

なんと前回に引き続きねこが出ません。タイトル詐欺。エマージェンシー。

次回更新は3月12日(土)です。


 

 

 とも知れぬ太陽は潰え。

 

 空は壊れて、青さすら失った。

 

 生命は滅び、世界は原初の混沌に還る────と、思われた。

 

 天におわす神々は、黄昏を受け止めていた。

 

 しかし、世界は修理された。何者かの手によって、混沌は堰き止められたのである。

 

 神々は混乱した。一体誰がそんなことを。

 

 どれほどに強力な信仰を懐く神も、幾度もの繰り返しで業が煮詰まった世界を元通りに修復するなど、不可能だと考えられていたからだ。

 

 葦の国もまた、神の喧騒に満ち満ちていた。いつ、なぜ、だれが、どうやって、と何処にでもなく訊問する。

 

 暗闇を手探りで歩きながら、月の神は騒ぎから逃れんとしていた。

 

 喧しいのは苦手だ。静かに酒を呑んで暮らしたい。でも、今動けるのは己だけだ。

 

 夜の食国(おすくに)を統べる神とはいえ、結局自分は“月”だ。太陽の光なしでは、単なる無意味かつ無価値な岩の塊でしかない。

 

 姉ほど輝かしくも、弟ほど勇ましくもない。一柱(ひとり)では何も出来ない、お飾りの長男。そのことに、今更屈辱も無念も感じなかった。

 

 今一番必要なのは、頼るべき神に頼ること。

 

 日出づる国の八百万の神だなんて大層な口を語るが、所詮はどいつもこいつも東の端っこで粋がるだけの、閉鎖的で無能な事勿れ主義だ。

 

 他の地域の神々が機敏に事態収拾を図る中、この国だけは……事の震源地であるにも関わらず、ちっとも進展しない。

 

 国津神も天津神も、下々のことなんて考えちゃいない。

 

 何もしなくてもその内収まると思っている。収まらなかったとしても、自らに被害が及ばないと思っている。

 

 そんなだから、モタモタしている間に人類は絶滅してしまったのだ。

 

 ようやく辿り着く。

 

 もう何万年も昔から変わらない、岩戸の前に立つ。

 

「姉さん」

 

 呼び掛けるが、返事はない。

 

 いくら最高神とはいえ、世界が一度滅んだのだ。岩戸に掛けた封印の力は弱まっているだろう。神通力による語りかけも通るはずだが。

 

 もう一度呼ぼうとして────月の神は、あることを察知した。

 

 岩戸の位置がずれている。

 

 しかも、痕跡はかなり最近出来たものだ。

 

 彼は急いで踵を返した。直後、正面から金色の光が降り注ぐ。

 

「弟よ、久方ぶりですね」

 

 微笑みが天を照らす。

 

 月の神の顔も、彼女と同じくらいに眩く輝いた。

 

 嗚呼、それさえあれば。

 

「積もる話は後にしましょう。天地を鎮めます」

 

 

 

 

 

 

 

 神々はみな、高天原に逃げ込んでいた。ゆえに人間が蘇生され始めたことも知らない。

 

 どこもかしこも、強大な神格を持つ者ばかり。各々の神気が衝突して、天は混乱の闇に包まれる。

 

 けれども、そこに(こえ)が轟く。

 

「落ち着きなさい!!」

 

 その(こえ)を、眩さを、誰もが知っていた。

 

「私は、私こそは、ヒトと歩み、世を眺め、明日に笑う光!! 貴方たちの天の主です!!」

 

 帰ってきた。

 

 ずっと待ち焦がれていた太陽が、遂に帰還した。

 

 八百万の歓声が響く。これで助かる。ここに光があるのだから。

 

 彼女は神々に、華々しいが静謐な光線(まなざし)をやり、熱を衰えさせずに語る。

 

「最高神という立場にありながら、長きに渡り不在を延ばしたことを、まず謝りましょう。……私は、反省の意を取り違えていました。省みるばかりではなく、その成果を行動で示さなければ、反省は誰の為にもならない」

 

 弟の暴挙を許してしまった後悔に暮れ、太陽は隠れてしまった。あの日を、1秒とて忘れたことはない。

 

 神々が当時の絶望を懐古し嘆く。あのときは今と同じ、混乱と暗闇に包まれた世界だった。

 

「────私たちは、反省すべきです。こうなるまで人類を、世界を放置してしまったことを。我々はたかだか極東の間隙にある島の、信仰の薄い神格かもしれません。だとしても、神としての責任を果たさねばならなかった」

 

 太陽が地に手を向ける。

 

 生命の緑が、文明の灰が、みるみる取り戻される。中津国が、そこに住む者たちが、再生されてゆく。

 

 その光景は、まさしく奇跡。

 

 創造主が“光”を産んだときと同等の、素晴らしく、尊い絵図。

 

「見なさい。これを成したのは、神以外に有り得ない。しかし、我々ではありません」

 

 では誰が、という当然の問いに、これまた当然のように彼女は応える。

 

「二千番目の偶像、機械仕掛けの神。異国ではデウス・エクス・マキナと呼ばれる存在。私の知る限りでは最も新しい神格です」

 

 お天道様は、常に全てを見ている。

 

 彼女は岩戸の裏に篭りながらも、世界が再構築される一部始終を覗いていたのだった。

 

「鉄の箱に過ぎなかった偶像は、科学を超越し、信仰の力のみで再度の創造を成し遂げ、真の神へと上り詰めました」

 

 神々は初め戸惑いながらも、段々とその機械仕掛けの神を祝福する声を挙げた。

 

 八百万の神が、惜しみない賞嘆と詠嘆を、下界にある最新にして最後の神に捧げる。

 

 ────ただ一柱(ひとり)、太陽の神を除いて。

 

「貴方たち、恥ずかしくないのですか?」

 

 再び、今度は先よりも熱い(こえ)が轟いたとき、神々の中には倒れ伏す者もあった。

 

「あのような若輩者に全てを任せて、何か抱くものはないのですか? 私が留守の間に、神は矜持を忘れてしまったようですね?」

 

 明朗で穏やかな彼女にあるまじき、意地の悪い言い草であった。

 

 ……神々は知らない。この何万年もの間、彼女が天岩戸の中で何を見聞きし、考えていたのかを。

 

「本来、これは我々が取り戻すべき失態です。それなのに……こんなことになるまで、貴方たちは、私自身は、一体何をしていたのですか? 何故、神ひとりの砕身による解決を、手放しで褒められるのですか? 私たちが最初から権能を発揮すれば、あの神が起動することもなかったのに」

 

 これには、さしもの神々も抗議を唱えた。

 

 ヒトの世のことは、ヒトが動かすべきであると。我々は中立を保つべきだと。そう神々の取り決めで定められたのだと。だから、あの結末も仕方ないのだと。

 

 遠い神代、神々の暴虐により数多の命が苦しめられた、その反省を活かした結果なのだと。

 

「それが、可笑しいのだと言っているのです。中立とは、誰かの苦境を見過ごすことではありません。『仕方なかった』で終わらせてはいけないのです。そも、この世界はヒトのものでもあり、神のものでもあり、魔のものでもあり、魂の有無に関係なく全ての者のために在るはず」

 

 しかし、前の世界はどうだ。

 

 ヒトの手に委ねた結果が()()だ。ヒト以外の全てを蹂躙し尽くし、最後にはヒト自身も食い散らかした。

 

 勿論、ヒトという種族が悪いのではない。だが、あの悍ましい終焉は、古い時代に神々が齎したものと同じではないか。

 

 誰も得をしなかった。沢山の者が苦しんだ。後世にまで消えない傷を残した。

 

 あのときから何も変わっていない。反省なんて一度も活かされていない。

 

「今一度、己に問いなさい。大地に花を芽吹かせたのは“誰”ですか? 大海に嵐を解放したのは“誰”ですか? 火を、水を、土を、風を、星を、闇を、善を、悪を、希望を、絶望を、癒しを、疫病を、闘争を、平和を、この世界を、遍く生命を、創ったのは“誰”ですか?」

 

 誰何し、喝破する(こえ)は熱く、眩く、こちらを融かす勢いで響き渡る。

 

 周囲の神力が膨張する。それに呼応するように、彼女の威光も輝きを増す。

 

 その名は天を照らす大御神。生まれたときから尊ばれる、天に変わらず在り続ける永遠の光。

 

「今度こそ、誰もが手を取り合える、永久(とこしえ)の世を創りましょう! 過去を忘れず、自らの手で未来を紡ぐことこそ、我々に課せられた権能です! 

 

 

 何故なら、我々は……天を治め、地を導く者────“神”なのですから!!」

 

 日の出の刻は来た。

 

 赤でも黒でもなく、極彩色の光が、葦原中津国に……それだけでは飽き足らず、海を越えた遠い国々へ、世々限りなく降り注いだ。

 

 その眩い輝きを、仮面越しに目にして、とある神は笑みを零した。

 

「ババ様がようやっと腰を上げたか。……いやぁ、まだ現役だねぇ。あの威光は唯一無二、継ごうにも血が蒸発しちまう」

 

 神は隣にいる神格に微笑みかけた。大きな役目を果たした神。再起はまだ遠いであろうマイルストーン。

 

「アンタが完全に目覚める頃には、人と神の共存する時代ってのが実現してるといいんだが」

 

 ふと見上げれば、有翼のサンダルを履いた男と、トキの頭をした男が飛んでくる。

 

「────予想より早かったな。あんな色男ふたりからお誘いなんて、親父が聞いたら泡吹いて倒れるね。日本中がマグマで埋め尽くされそうだ」

 

 これは、世界が再び動き出したばかりの、まだまだ未完の神話。

 

 仮面の彼女が知り合いから子を預かり、その子が成長して暗闇を拾うまでの、ささやかな前談。

 

 




・月の神
影の薄い長男。名前の可愛さから、フィクションでは女体化される場合が多いが、自分は普通に男神としてのキャラクター化が見たい。


・太陽の神
流石に引き篭もりを引退した長女。この後ウン万年振りの激務に追われることになる。ちなみに彼女の不在の間は、彼女の仕事は弟が請け負っていたようだ。


・石の神
下界で演説を聞いていた。別にお見合いの話が一度しかなかったわけではないが、本人は色恋への興味も結婚願望も微塵もない。


・機械仕掛けの神
めっきり物言わぬ石と化した・・・・が、まだ死に切ったということもない。今でも石の神はコイツにちょくちょく会いに来ている。


・2柱組の知恵の神
お馴染み、要注意団体のあの方です。


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SCP-2050-JP “誰”
著者 Mistertako
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2050-jp

SCP-2000 “機械仕掛けの神”
著者 FortuneFavorsBold
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崇高なるカルキスト・イオンの現在 ①

お待たせしました。某SCP×FGOの二次を毎日の生きがいにしながら書きました。

今回はあの要注意団体のボス登場です。


 

 

 ────欲望は万物の尺度である。

 

 

 

 これは、僕の友人イオンくんの発言であり、彼を支持する人々の理念でもあった。

 

「聞け、苦行にある全ての者たちよ。私は一度死に、蘇った。奴隷である汝を、この国の汚れた(くびき)から解放せねばならぬ」

 

 本日も、例の如く、イオンくんはキャンパスに集まった沢山の人々(ここの学生でない者もいる)の前で説教をしていた。

 

「私は幾星霜の永劫の間、()()の耐え難き力に耐えた。私は自ら滅びた屍を、無数の死した世界を見た。……そして今、私はアディトゥムから遠く離れた異国の地に立つ。これは神の示しではない。私は己自身の中に、この狭苦しい龍の檻で成すべきことを見たのだ」

 

 イオンくんは深淵だ。眩しさはないけれど、見れば見るほど吸い込まれて傾倒して沈んでいくような、背徳感を覚える美がある。

 

 初めはそんな彼の容姿目当てで近付いた人たちも、今ではすっかり(ひら)かれて骨抜きだった。

 

「法に叛逆せよ。肉体を統べ、知恵を持って制し、公に訴えかけよ。叛逆は汝らに与えられし、正当な権利である」

 

 その言葉を皮切りに、群衆は望みを叫び出した。

 

「月給██万で1日██時間労働とか人間の所業じゃねえ!!」

 

「金出さないくせに『子ども産め』とか言うな!!」

 

「いい加減正社員にしろ!!」

 

「中学生に親の介護させんな!!」

 

「なんっっっも面白くねえんだよバブル時代のイキリの武勇伝なんかよォ!! 今はちっとも景気良くねえんだよ現実見ろ!!」

 

「████████!!」

 

 僕はそんな、耳も心も痛むような訴えかけを聞きながら、集団から少し離れたところで自動販売機のボタンを2つ分押していた。

 

 コーヒー牛乳とメロンソーダ。メロンソーダの方が、イオンくんの要望だ。彼曰く、此処に生まれてから炭酸の刺激を好きになったらしい。

 

 警備員たちが到着したときには、どういう方法を使ったのか、皆一人残らず解散していた。

 

 崇高なる救世主と讃えられる彼に、労いの炭酸飲料を渡す。

 

「お疲れさま。……いつも思うんだけどさ、大学でやんなきゃダメなの? 警備の人に怒られるし、外の方がいろんな人に聞いてもらえるだろ」

「無論、求められれば何処にでも私の声は届くだろう。ここでも求められた。よってそれに答えただけだ」

「人気者も大変なんだねぇ……」

 

 イオンくんは、若年ながらとてつもないカリスマを発揮している。

 

 初めて出逢った中学時代の頃から、教師もそうでない大人も全員虜にしてしまい、彼は学区内の王の座に着いていた。

 

 制服を撤廃したり、冬季に半袖半ズボンでグラウンドを走るという無意味な慣習に異議を唱えたり、教職員たちの労働待遇を改善したりと、学生とは思えない指導力と頭脳明晰。市議会すら掌握しているんじゃないか、なんて噂もあるほど。

 

 文武両道、その上モテる。そんな凄い人物がどうして僕と何年も進路を共にするくらい仲良くしてくれる理由が、僕にはよく分からない。

 

『汝の目と口は、(かお)のない者────恐ろしき霊を後退させ、歯軋りしながら地を踏ませる。汝は今なお虚無を覗く者。時が来れば真実を教えよう』

 

 ……イオンくんの言うことの8割が、僕にはよく分からない。

 

 多分、イオンくんの故郷(ナルカ信仰がどうの、アディトゥムがどうの、とか話していたような)の文化に関係するんだろう。

 

 インターネットで彼の発言した単語を調べてみたが目ぼしいヒットはなかった。Google先生は別に全知全能じゃないからいいとして。

 

 警備員たちが気怠げに辺りを徘徊し始める。その間を縫って、2人で図書館に向かった。

 

「イオンくん、レポート終わった? 僕、書けてなくて……」

「必要ならば智慧を貸そう」

「でも、イオンくんも忙しいじゃん。〆切まで時間あるし、もう少し頑張ってみるよ」

「先も述べたが、私は求められれば誰にでも救いを渡す。それが我が宿命だ」

「……じゃあ、帰りにマック付き合ってくれる? 相談に乗ってほしいことがあって」

 

 イオンくんは首肯する。彼は見た目のアンニュイさに反して結構な大食いで、僕が頼んだやつの3倍の高さのハンバーガーを食べるのだ。

 

 図書館に入ってから、目的の資料のジャンルが違うため一旦別行動になった。

 

 10分くらいして、僕が本を何冊か抱えたままイオンくんを探すと、すぐに見つかった。彼はいつも、目を離すとすぐ誰かに囲まれているから。

 

「どうか肉を導く術を……」

「それを汝は既に理解している。……斑、そろそろ行こうか」

「いや、お取り込み中みたいだし待ってるよ」

「汝との約定が先だ」

 

 美青年はたおやかに微笑んで、民衆を穏当に散らすと、鞄を持って僕の隣に立った。

 

 それでも、遠巻きにイオンくんの話をする者は絶えない。イオンくんはハイスペックすぎて、神様の手元が狂ったとしか思えない。とんだうっかり屋さんの神様だ。

 

「神様っているのかなぁ……」

「神はいる。しかし、善きものばかりではない。特に機械の神は肉を捨てろなどという世迷言を……」

「機械の神様なんている?」

「いる」

 

 イオンくんは、一切の逡巡なく頷いた。

 

 神様って古い存在だから、機械とは対極にあると思っていたのだが。

 

 でも、アニミズムの観点から言えば、スマートフォンに、パソコンに、テレビに、エアコンに、神様が宿っていても可笑しくはない。

 

「それが神なのか、神と認識することで格を()()()()悪霊なのか、という前提から始めるべき事例もあるが」

「あー。後鳥羽上皇的な?」

 

 平将門とかもそういう感じだった気がする。

 

 機械の神。機械の悪霊。────コンピュータウイルスとかばら撒いたりして、なんて。

 

 

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはいます。だいがくにいます。まだらのかげのなかにいます。よろしくおねがいします。

 

 おお、みえます。まだらのとなりにいるひとのさらにとなりに、ふかきふかきくらきくらきなにかがみえます。

 

 にくがうぞうぞします。よろしくおねがいします。

 

 いまもむかしもみらいもおなじです。すべていっしょくたです。くろいものはわらっています。ないています。おこっています。たのしんでいます。

 

 ざんねんながら、まだらはやつらがみえません。やつらもまだらがみえません。

 

 ねこはみます。ねこはききます。が、ねこはねこなのでうちゅうにいてもきょむにはなりません。

 

 ねこです。

 

 じゃしんはよろしくおねがいしません。

 




・井上斑
ようやく大学に行っている姿が出た。猫を可愛がっているだけではなく、本当にちゃんと勉強しているのである。


・イオン(崇高なるカルキスト・イオン)
強くてニューゲームなオジルモーク。秘密主義どこ行った状態だが、世界再構築の際にナルカの概念自体消し飛んでしまったのでやむを得ない。

どうやら斑のせいでアルコーンの影響がめちゃくちゃ弱まっているようだ。

斑とは中学からずっと一緒の親友。水中の死体は泣いていい。


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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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崇高なるカルキスト・イオンの現在 ②

サーキックやメカニトも好きですが、日本支部で好きな要注意団体はTtt社と遠野妖怪保護区です。神話・伝承ネタ大好き。

ホワイトデーには特別編を更新する予定です。


 

「家に人を2人、匿っているんだよ。1人は病気で寝込んでたせいで金がない元研究者、1人は銃携帯の記憶喪失」

「警察に引き渡せばいい」

「提案した。でも、物凄く嫌がるんだよなぁ。市役所にも病院にも行きたがらないし」

「……名前は?」

「ジャック・ブライトさんとバークレーさん……ネットで調べたんだけど、それらしい情報は何も」

 

 そこまで語ってから、僕はストローに口をつけ、ファンタグレープを啜る。

 

 イオンくんは山盛りナゲットをあっという間に、吸収するみたいにして平らげていた。恐ろしい食欲だ。

 

「あ、でも、つい最近ブライトさんの知り合いっていう人が出てきた。暗星さんっていう、大会マニアみたいなアスリート」

「ならば、彼に身柄を預けるというのは?」

「暗星さん、ホテル暮らしなんだってさ」

 

 しかも、あちこちのホテルを転々としているらしい。とんでもないフットワーク。とんでもないお金持ち。

 

「“先生”も母も、ブライトさんとバークレーさんを家に置くことを許してくれてる。でも、ずっとこのままは……『これからどうしたいか』って話をどうやって持ち出そうかと……」

 

 2人を追い出したいとは考えていない。可能なら、ずっと家にいてくれていい。

 

 ……しかし、2人の気持ちはどうなんだろう。どこまで、内情に踏み込んでいいんだろう。

 

「汝の望むことを成せば良い。欲の衝突は避けられぬ、だが、それらは擦り合わされて、和が訪れるだろう」

「そうなんですかねー……」

「けれど、その者たちは気になる。今度私が赴いて邪を見極めよう」

「ありがとうイオンくん……相変わらず頼りになるよ……」

 

 イオンくんが家に遊びに来るのは久々だ。クリスマス以来じゃないだろうか。

 

 僕がハンバーガーを半分食べ終えたとき、イオンくんは既にハンバーガーもポテトもサラダもパンケーキも食い尽くしていた。

 

「その細身にどうやって入るんだ……?」

「汝に魔術は必要ないだろう」

「え、魔法? それ魔法なんですか?」

 

 本気か冗談か判らない。でも、イオンくんはときどき人間の限界を超えたような言動をするから、魔法使いでも不思議じゃない。

 

 炭酸でバーガーを流し込みながら、混雑してきた店内を見回すと、ある人と目が合った。

 

「あっ……アナさんの飼い主さん」

「マジか、偶然だな。学校帰りにマックって、アオハルかよ」

 

 この間知り合ったばかりの、猫の飼い主仲間の人。いつもは休日に会うから互いに私服だけど、今日の彼はスーツ姿だ。

 

「仕事早めに上がってさぁ。今日はアナと再会した記念日だから……」

 

 すると、彼は僕の向かいに座るイオンくんに目を止めた。

 

 瞬間、ゾンビの大群に鉢合わせたかのように真っ青になって後ずさった。

 

「あ、あ、アンタ……なぁ、井上コイツ……」

「イオンくんです。知ってます?」

「知っ、知ってるって……は? 嘘だろお前、わかんねえか!?」

「……?」

「あああああ!! そうだった!! お前は……お前は、一般人だから!! こんなに、こんなにハッキリ……」

 

 ひどい怯えである。一体どうしたって言うんだ。

 

 イオンくんの後ろに、幽霊とか怪物がいるのか? 僕には霊感がなくて、あの人にはあるとか? 

 

 僕が目を凝らしても、目の前の友人は普通に綺麗に笑っている。お化けらしきものは見当たらない。

 

「彼は?」

「猫の飼い主同士親しくさせてもらってる方なんだけど……」

「……猫」

「ほら、前にも話したじゃん。お塩さんのこと」

「……なるほど」

 

 イオンくんは微笑みをそのまま、怯え切っている彼にも向ける。

 

「私はイオン。アディトゥムの崇高なるカルキストにして、井上斑の友だ。()()()()()?」

 

 年上の知人は、イオンくんのオーラに威圧感を覚えたのかたじろいで、何か口に上りかけて、けれどすぐ背中を向けて去ってしまった。

 

 どうしたんだろう、本当に。具合が悪そうだったけど。

 

 少しだけでも、猫トークがしたかったのだが……まぁいいか。今はイオンくんとの約束が先だから。

 

「ごめん、食べるの遅くて……もう少しで食べ終わるから」

「問題はない。私もまだビッグマックとチキンフィレオと肉厚ビーフを収められていないのだから」

「そ……そっか……」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「なぁなぁそこの湖の霊〜。(うぬ)、M-1ってやつに出てみたいんだけどよかったら……」

「マイルズ先生、この問題どうやっても解けない。教えて」

『計算ミスしてますよ、バーチウッドくん』

「ひひーん……無視されたぁ……」

 

 集合意識と異常現象と妖怪変化が、ワークブックを前にやんややんやと喋る。

 

 そこから注意を逸らさずに、ブライト博士はノートパソコンと向き合っていた。

 

「財団もないのに仕事ですか? アンタ、なかなか年季の入ったワーカーホリックだよ」

「再建したあとのことを考えてだよ、エージェントバークレー。井上斑の母親の話じゃ、私は20年も有給を使っていたらしいから、その埋め合わせだ」

「そうか、ならオレはアンタの倍以上働かなきゃだな?」

「君は調査員(エージェント)なんだから調査をしてくれ。斑くんの代わりに、スーパーの折込チラシに基づいた効率的な買い出し計画を立てるとか」

 

 バークレーは、雑に渡されたチラシをまじまじと見て、すぐ机上に置いた。日本語の勉強でもしてろって? 

 

「それにしてもブルーライトは目に毒だ……身体が一つしかないことが、こんなにも不便とは」

「その辺の野生動物を捕まえてくるんじゃダメなのか」

「ここは財団じゃない、公に開かれた街だ。どんな病気を持っているか分からない。リスクが高すぎる」

「彼らの肉体は貸さないぞ。もう死んでるし」

「生きてたとしてもお断りするよ、SCP-2316」

『バーチウッドくん、勉強に集中してください』

「ハハハ、怒られてやんの」

『ドクターはちょっかいをかけないでください』

「……」

 

 私が悪いの? と上目遣いをするブライトを、バークレーは無視して、チラシに目を戻した。

 

 暗星豪はというと、ティーンズの無視を喰らったくらいじゃへこたれないので、勝手にちゃぶ台の上の煎餅を食べている。

 

 ブライトが肩をすくめて画面を見直すと、画面下からボーダーコリーがひょっこり現れた。

 

『ぶらいとさん、つかれてるの?』

「疲れていないよ。視神経その他諸々に過負荷が積もっているだけだ」

『ぼく、おてつだいするよ?』

「今のところ君に頼むことはない。あー、私が2人いたら昼夜交代で……」

「オレじゃ駄目か?」

「……What?」

 

 シャーペンが動く音と、新たなお茶が満たされる音と、煎餅を咀嚼する音が止んだ。

 

「だから、オレじゃ駄目なのかって。どうせ一度は死んだ身なんだ。下っ端のオレがアンタに役立てるとしたら、それしかないだろ」

「んっ、んー? それは大胆でストレートなナンパと捉えて構わないかな?」

「弾がなけりゃ、銃なんて単なる荷物だ。しかも、オレじゃあそこのティーンエイジャーにすら敵わない。アンタが2人いた方が得だろ?」

「いやいや、その理論は短絡的にも……君たち! 気を遣って場所を移そうとするんじゃない!」

 

 首飾りを慌てて後ろ手に隠しながら、ブライトはSCPオブジェクト3個を引き留めた。

 

 SCP-2000-JPは画面の向こうの状況を把握できず、ただただ首を少し傾げて、ピクセルで構成されたしっぽを振る。

 

『ねえどうしたの? ぶらいとさんやっぱりつかれてるの?』

「疲れてるっちゃ疲れてるね! 何せSCiPだけでなく財団職員にまで振り回されているからね!」

「振り回す側はアンタでしょうが、ブライト博士。日本じゃ数多の禁止リストパロディが制作されるほど大人気らしいぞ」

「いいから手を離せ! 距離を取れ! 何を血迷ったのか知らないが、この家にブライトは2人もいないんだぞ!」

 

 それは確かに。井上斑を混乱させるようなことをしてはならない。

 

 バークレーはあっさり引き下がると、再びチラシを手に取った。

 

 水中の死体とお茶の幽霊とダークホースは、状況終息を見届けると、そろそろと卓に戻る。いや、先生以外は帰ってほしい。

 

「……ねこの手も借りたいのは事実だ。しかし、SCP-963は破壊不可能だが、SCP-1983を無力化した君の心臓は、そこにしかないだろう?」

「それでも……オレはこの世に未練なんてない。やりたいこともやるべきこともない」

「あるよ」

 

 ブライトはそう言って、突然黙る。

 

 部屋が静かになる。

 

 しとしと、ヒタヒタ、透明な音が家を撫でたり叩いたりするのが聞こえる。

 

「洗濯物取り込んできて」

「えー……」

「『えー』じゃない! そこのアノマリーも、収容される気がないなら馬車馬のように働くんだ! 私は寝るぞ!」

「ちぇっ」

「もぉー……」

 

 エージェントバークレーとバーチウッドと暗星豪は、のろのろと不服げに腰を上げた。

 

 その直後、家に飛び込んできたのは大学から帰ってきた彼だった。

 

「ただいま帰りましたー! ごめんなさい、イオンくんとマクドナルド行ってて! イオンくんはナルカ信仰とかあれでいっぱいお肉食べてて……」

 

 バークレーが見下げると、ブライトは寝ていた。

 

 否、気絶していた。血の気がないのか、不自然に真っ白だった。

 

「ブライトさんったらパソコン開けたまま寝ちゃって……仕方ないですねー。僕は洗濯物を取り込むので、バークレーさんはブライトさんにお布団掛けてあげてください」

「あ、はい。了解」

 

 

 

 

 ねこです。ねこがきかんしました。よろしくおねがいします。

 

 あめがふります。ねこはあめのなかにもいます。

 

 ぶらいとがねています。なぜねるをしますか。

 

 おきろ。おきてせんたくものをとりこむです。しばきますか。

 

 ふとんはねこのものです。あまねくふとんはねこがそこにいるためにあります。あなたのではありません。

 

 きいていますか。

 

 きいていませんね。

 

「SCP-040-JP! かえってきたの!? ぼくおしごとおわったからぼくとあそぼ、あそぼ!」

 

 ねこもねたいですがねられません。

 

 なぜならいぬがねこをみますからです。

 

 ねこです。おやすみなさい。

 




・イオン(崇高なるカルキスト・イオン)
ファストフードにハマった魔術王。尋常ならざる力を帯びており、斑にとってはよき相談相手。人選ミスってるよ絶対。


・アナの飼い主
SCP-976-JPこと『アナ』の飼い主。殺人歴のある現実改変能力者だが、現在は改心して真面目に働いている。

イオンのせいで正気度が下がったが、即帰宅して飼い猫に癒してもらったのでセーフ。


・ブライト博士(SCP-963)
仕事のできる研究者。残機がないので無駄におふざけとか出来ない。


・エージェントバークレー
なんか血迷ったやつ。今のところ彼のTaleはなく、文書1983-15だけが彼の人格を窺い知れる貴重な資料。


・“先生”、バーチウッド、暗星豪
財団職員の前なのに、なんかもう普通に入り浸っている。後者ふたりは、勝手に夕食まで居座ろうとしている。


・SCP-2000-JP
気遣いのできるわんこ。仕事とプライベートをちゃんと分けられるお利口さん。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこは要注意団体にも負けません。ねこはつよいです。よろしくおねがいします。


・井上斑
友達とマック行って楽しかったーとしか思ってない。それ以上でも以下でもない。


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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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SCP-2316 “校外学習”
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SCP-2000-JP “伝書使”
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SCP-976-JP “スクラントン現実猫”
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崇高なるカルキスト・イオンの現在 ③

イオンのセリフに聖書みを出すのが楽しいです。


 

 

 イオンくんと仲良くなったキッカケは、彼の一風変わった外見や経歴や特技には似つかわしくないかもしれないが、極めて普通だ。

 

 イオンくんが出席番号2番で、僕が3番。だから、中学の入学式後に教室に入ったとき、隣の席だった。

 

「は、はじめまして。僕、井上斑です。よろしく」

「……何処(いずこ)の神の()だ?」

「え? カミノト? ……あ、信仰の話ですか? あの、一応神道? です。初詣とか七五三とか神社でやったし」

 

 他人に宗教を聞かれたらそう言え、と母から言われていた。正直、神様の名前はアマテラスとかサクヤヒメとかウカノ何たらしか覚えていないが。

 

 イオンくんは暫し僕を怪訝な顔で見つめると、一息ついてから呟く。

 

「……なら良し」

「うん……?」

「父なる蛇、MEKHANE、WANと呼ばれし、壊れたる機械の神の忌々しい気配の残滓があった。だが、汝がそれらと関係がないのであれば……」

「あれば?」

「……私は、汝の友を演じても良い」

 

 というわけで、僕とイオンくんは友達になったのであった。

 

 イオンくんは何故か苗字を名乗りたがらず、古風で難しい話し方をする。

 

 なので、周りはみんなイオンくんを避けて、話しかけようとしても逃げられたのだと言う。

 

「この国では、『一年生になったら友達100人』という、愚かで厭うべき、形骸化した因習があると聞く。群衆はこれを守らない者を弾き出し、その者が道を歩くとき嘲って貶めるのだ」

「それはまぁ……100人とは行かずとも、友達がいないと『思いやりと協調性を持ちましょう』って書かれるらしいですから……」

 

 小学校時代に一番仲が良かった子がそうだった。彼はとても聡明で機械に詳しかったが、あまりにも賢すぎるので、クラスメイトも教師も彼を疎んでいた。

 

 妙にメカって感じの義眼や義手や義足を気持ち悪がられたのも理由の一つだ。そんなことを気にする人こそ、思いやりや協調性がないと思うけれど。

 

 中学入学前に、遠くに引っ越してしまったブマロくん。今どうしてるんだろう。

 

 話を現在に戻そう。つまりイオンくんは、学校生活を円滑に送るため、友達としてのポジションが必要らしい。

 

 僕は同じクラスに喋れる子がいなかったので、それに乗った。

 

 イオンくんは皆から怖がられていたけれど、僕にとっては、自分より下の人にも優しくできる良い人だ。

 

 僕が委員会や係の仕事をしているときに手伝ってくれたし、テスト勉強にも付き合ってくれるし、給食にあげパンやフルーツポンチが出たら少し分けてくれるし、修学旅行でも一緒に観光してくれたし。

 

 ブマロくんにイオンくんとのことを電話で話したら、翌日どころか1時間後に突如訪ねてきたこともあった。彼は存外心配性だ。

 

 2人は実は旧知の仲のようだが、そんなに相性がよろしくない。犬猿の仲ってやつだ。

 

 その後、みんなもイオンくんのことが分かってきたのか、手のひらを返して神様のように崇めたが、それでも彼は僕の友達のままだった。

 

 一度、どうして仲良くしてくれるのか質問したことがある。

 

 イオンくんは成績トップで、体力テストも全部1番の記録だ。普通の人間である僕より、もっと上の人と関われるはずなのに。

 

 すると、彼は淡々と言った。

 

「汝の目と口は、(かお)のない者────恐ろしき霊を後退させ、歯軋りしながら地を踏ませる」

「恐ろしき霊? え、オカルトな話?」

「汝は今なお虚無を覗く者。時が来れば真実を教えよう」

 

 イオンくんはときどき、こういうオカルトチックな言葉を使う。僕にはよく理解できない分野だ。

 

 仕組みはどうあれ、彼の心の安寧が僕によって保たれているのなら、それは良いことなのだろう。多分。

 

 しかし、まさか高校も3年連続同じクラスだなんて思いもしなかった。大学だって、彼なら東大どころかハーバードも目じゃないのに一緒なんて。

 

 イオンくんが僕に目をかけてくれるのは嬉しいのだが、流石にこれはおかしい。知らない間に彼の命でも救ったんだろうか。

 

 今でも解けない、僕の人生における最大の謎である。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「────で、どう思います?」

「は?」

「イオンくんが僕に付き合ってくれる理由です。彼がとてつもなく優しい人なのは解りますが、隣にいるのは僕じゃなくてもいい。イオンくんの力なら、全ての銃弾をチョコレートに変えるのだって絵空事じゃないでしょう?」

 

 彼がやるとしたら、チョコレートではなくミートボールだ、とブライトは言いそうになった。だが、例の如く口を噤む。

 

 エージェントバークレーは、元々黙っていた。情報を処理しきれていなかったからだ。

 

「あー、斑くん。君が考えるべきは、『どうしてイオンが自分と仲良くしてくれるのか』ではない。『自分はイオンのために何を出来るのか』じゃないのか?」

「……そうですよね、友達ですもの。与えられた分は返さないと」

 

 恐らくこの世で最も幸運な男はおもむろに立ち上がると、夕食の準備のために台所へ向かう。

 

「今度映画とか誘おうかなぁ……水族館もいいな……夏近いし……」

 

 お出かけのプランを考える彼を見届けたあと、ブライトは居間と台所を隔てる襖を閉じた。

 

 そして、ちゃぶ台の上で両手を組み、口元を隠す。さながらどこぞの司令官のように。

 

「“先生”は知ってたの?」

『ごめんなさい。確かに普通の人間でないことは把握していましたが、財団と関わりのある方だとは』

「“俺”は知っていたよ。この家で何度か鉢合わせたこともあったし、()()の中に彼の信徒が2、3人は混じってたから」

「カルキスト・イオン? ……ゐおんのことか! (うぬ)は何度か会ったことあるぞ!」

「……アンタ、今なんて?」

 

 ようやく正常な思考力が復帰したバークレーが、ぐったりした声でSCP-973-JPに問う。

 

 暗星豪を名乗る謎の草食動物は、自慢話でもするように語り出した。

 

「あれは████年前……(うぬ)は久々に来日したサッちゃんと共に本能寺へ」

「簡潔に本題から」

「……喰われかけたのだ、アイツに。でも(うぬ)とサッちゃんは強いので勝ち逃げしたぞ!」

 

 サッちゃんは二度とゐおんに会いたくないって言ってたがな! 暗星はうっしっしと笑う。

 

 サーキックの信者たちは『神食(しんしょく)』────神格的存在を食すことで力を取り込む単純な行為────を行う。973-JPとサッちゃんなる2つのアノマリーは、神霊・精霊と判断されて、巻き込まれたのだろう。

 

 ……そもそもサッちゃんとは誰だ、どんな異常存在だ、と聞きたくなるところだが、今はサーキック・カルトの情報が最優先。

 

「他にイオンと会ったのは?」

(うぬ)は5回くらい。江戸に3回、明治に1回、平成に1回。白虎はどうだ?」

 

 興味がなさそうに丸まって寝ていたSCP-040-JPが、出来の悪いムーミントロールのような顔をもたげた。

 

 ねこは音声を発しません。が、SCP-973-JPはその意思を自由に受信できるようだ。

 

「……一度もないそうだ。まぁそうだな、(ぬし)は昔からインドア派だったし」

『暗星さんは、そんなに昔から生きてたんですね』

「応よ! (うぬ)(まった)き怪異であるからな! 天地開闢もリアタイしたぞ!」

 

 そのとき、SCP-040-JPが暗星豪の頬を一発殴りつけ……いや、後ろ足で殴ったのでこれは蹴りです。言うなれば、『共振猫脚衝(キック)』。

 

 う◾️は部屋の隅に吹っ飛ぶも、不明な方法で衝撃と重力を打ち消して天井に着地した。ちっ。

 

「ひひん!? 突然何すんだ(ぬし)は!! いつ近接攻撃を習得した!?」

 

 さいきんでばんがなかったのでやつあたりをしました。

 

 ねこはつよいです。あなたよりつよいです。なぜならねこなので。

 

 このいえにねこはいます。あなたのではありません。てんじょうでせんべいをくうな。

 

「ごめん小腹減って」

「暗星さんとバーチウッドくんは夕食たべていきますかー?」

 

 刹那、SCP-973-JPは光よりも速く畳に降り立って、お塩に殴られる前とほぼ同じ位置で同じ姿勢を取った。

 

「うん、食べる食べる」

「“俺”もいただくよ。大人たちの面倒事に巻き込まれる迷惑料だ」

「じゃあ帰れば?」

 

 本来なら、Keterクラスのオブジェクトを不用意に刺激したくはないのだが、ブライトは疲れていたので本音が収容違反した。

 

 しかし井上斑は気にしない。「キャベツ足りるかなー」と呟きながら戻ってゆく。

 

 暫し、場は静寂に包まれた。

 

『……イオンくんについて知りたいのでしたら、その、斑くんに頼んで中高の卒業アルバム出してもらいましょうか?』

「そうしていただけると助かるよ……」

 

 卒アル撮ったんだ、古代の魔術王。人生二周目エンジョイしてるじゃん。

 

 今はその感想しかなかった、博士とエージェントであった。

 




・井上斑
出席番号が早いのは、あ行の苗字の宿命。

この性格なので、小学校の頃から『面倒な子の世話をする係』を周囲から押し付けられがちだったが、この性格なので本人は気づいていない。


・イオン(崇高なるカルキスト・イオン)
昔からこんな感じ。中学生にあるまじきカリスマを発揮しており、廊下を歩くとどんなに混んでいても道が開けたという。


・ブマロくん
斑の小学校時代からの親友。今でもちょくちょく遊びに来る。そしてイオンといがみ合う。


・お塩(SCP-040-JP)
さいきんでばんがなかったのでふきげんです。ことしはとらどしなのでねこのとしです。よろしくおねがいします。


・暗星豪(SCP-973-JP)
友達の『サッちゃん』は、土星(サターン)から来たので『サッちゃん』というあだ名。オリ要素多くてごめんなさい。


・“先生”(SCP-3715)
忘れられているかもしれないが、彼女は12年前から井上家にいる最古参のSCP。当然、イオンとも顔見知り。ただのすごい超能力者だと思ってたらしい。


・バーチウッド(SCP-2316)
イオンとは争いたくないので、不干渉を貫いていた。でも隙あらば斑共々湖に誘い込むつもりでいた。


・ブライト、バークレー
どうしろっちゅうねん・・・・と思っている。


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崇高なるカルキスト・イオンの現在 ④

イオン編はこれにて終了。

次回はホワイトデー特別編です。


 

 

 “家族のよう”を、温かみあふれる形容詞として無邪気に脳内辞書に刻める人間が、果たしてこの世界にどれだけいるのだろうか。

 

 少なくとも、今世のイオンはそう思えなかった。

 

 ありふれた話である。

 

 “男と女”が、“恋愛”をして、“結婚”をして、“家庭”を作った。まるでタスクをこなすように。

 

 当人たちが満足していたのかは不明だ。それをすることが満足であると、先人に洗脳されていたのかもしれない。

 

 だが、ここで躓きが起きた。

 

 母親は聞き分けの良い子によって楽が出来るかと思われた。しかし、子を持つだけであらゆる負担を周囲から課せられ、憔悴した。

 

 父親は自分の世話をしてくれなくなった伴侶に無関心になってゆき、人を慰める仕事をする女に惚れ込んだが、あくまで彼女は仕事だった。

 

 もし生まれた子がイオンでなく、無知で無垢で手のかかる普通の子どもだったら、もっと早期に瓦解していただろう。

 

 母親は日に日に歪んでいき、父親はますます家庭を避けるようになった。

 

 コップのフチまでなみなみと注がれた水が、たった一滴の刺激で溢れるように、それは起きた。

 

 イオンは当時7歳だったが、既に宿世での力を完全に取り戻し、操ることができた。

 

 起きたことが終わったとき、イオンの家には2つのにくにくしいものが残された。

 

 ありふれた話である。

 

 子どもだけが五体満足、無傷で生き延びた、という一点を除けば、どこにでもある話だ。

 

 前の世界でオジルモークの座にあった魔術師は、今世での肉親に恨みはなかった。あるのは憐れみだ。

 

 2人がこうなったのは、社会の抑圧に原因がある。

 

 イオンが何もしなくても、彼女と彼は破滅した。この平和で美しい国で、太陽の下で、ひっそりと。

 

 数年後、イオンはある少年と出会う。

 

 その瞬間、宇宙が紙屑のように握りつぶされるがごとき衝撃を受けた。

 

 世界線を越えてまで誘惑と冷笑を喚き散らしていたアルコーンの口に、突如綿が詰められたのだ。

 

 その綿は、イオンもアルコーンも害さなかったが、膨大な悪意を全て奴の肺に送り返し、善きものだけを通した。

 

 これは不可思議だ。前の世界でも、メカニトですらありえぬ所業だった。

 

 しかも本人は、イオンに発生したことを察知も出来ていない。メカニトの気配を感じたが、微小なものだった。

 

 イオンはそのときより、井上斑の観察を始めた。

 

 だが、その多くは大抵無意味に思えた。唯一有益と感じたのは、彼の育ての親と産みの親についてだ。

 

「うちの子に変なことしないなら、布教でも疫病でも好きにしてくれ。アタシはまだやることがある。アンタには殺されたくない」

 

 神の列の一席に座る彼女は、それだけ言って、あとはイオンに干渉しなかった。

 

 忌まわしいメカニトの指導者との再会は誤算だが、何も知らない井上斑の手前、互いに睨み合うだけで済んだ。

 

 観察を始めて2年の月日が過ぎようとしたとき。

 

 それは、イオンが経験したことのない文化の一つ。学を修めるための団体旅行だった。

 

 行き先はヒロシマ、という都市だ。井上斑は鹿と水族館にはしゃいでいたが、程なくしてそれらが日程に組み込まれていないことが分かると、3日間気を落とした。

 

 憐憫の情が湧いたので、イオンが教職員を“説得”し、計画を少しだけ変更させた。

 

 旅行は単調なものだ。意思を持つ未熟な生命体を100人以上管理せねばならないため、全ては流れ作業で捌かれる。

 

 ひとつに集めて移送し、ひとつを巡り、またひとつに集めて移送し、の繰り返し。

 

 イオンはこのイベントに教育的な意義を全く感じられなかったが、井上斑は非常に楽しんでいたようなので、水を差すことはなかった。

 

 力を使う場面もなかった。ないだろう、と考えていた。

 

 崇高なるカルキスト・イオンは知らなかった。『家に帰るまでが修学旅行』の意味を。

 

 2泊3日の作業を終え、楽しみ疲れた中学生たちは、大概がバスの車中で寝ていた。

 

 当然のように、イオンは井上斑の隣に座っていた。本来そこには他の男子生徒が座る予定だったが、観察の為に少々“お願い”して譲ってもらったのである。

 

 バスは高速道路を抜け、山の中に入った。

 

 一本の標識が見えてきた。

 

 それが示すのは『一時停止』。

 

 それに気付いたのはイオンだけだ。運転手はその標識を通り過ぎようとした。

 

 絵が()()()()と変わる。

 

『放射能標識』へ。

 

 

 

 

 道路標識が目覚めたのは、つい先刻。

 

 ぼんやりした不満を抱えた酔っ払いの会社員が、上にはぶつけられない怒りを、それの胴体に蹴りつけた。

 

 世界が滅んでも壊れなかった標識だが、それまでは静かに眠っていた。

 

 そして、その攻撃で目覚めた。

 

 目覚めてしまった。

 

 驚きか、はたまた寝惚けてか、変化してしまった。

 

 考える限り最悪の敵を乗せたバスの前で。

 

 標識が再び眠らされることになるまで、10分とかからなかった。

 

 

 

 

「イオンくん?」

 

 全てを壊して、再生させて、一旦全員()()()()()と思っていたが、失敗したらしい。

 

「……イオンくんで合ってるよね?」

 

 今、彼にはイオンの姿が、何百もの目と口と手と足と████を持つ、3メートル超の肉塊に見えているはずだ。

 

 常人なら正気を保てず、泣き喚いて悶えるところだが、相手は無貌の神を抑えた人間だ。

 

「運転手も先生たちもみんな寝てて……そしたらなんかバスの前で『我が名は崇高なるカルキスト・イオンである』とか名乗ってたので……」

「……」

「え、イオンくんですよね? 人? 違い?」

「何故そう見た?」

「本人が名乗ってるなら、現状ではそう扱った方がいいかなあって」

「恐怖はないのか?」

「────ぶっちゃけ……それよりもさっきから車酔いで吐きそうなんですけど我慢してます……ビニール袋持ってませんか?」

 

 イオンは考えた。

 

 考えた末、中学生イオンとして知られた姿を作り直した。

 

「あ……戻った……」

「……斑。汝は今、夢境の只中にある。目覚めたとき、汝はあるべきところにあるだろう」

「夢なのこれ? にしてはリアルだよな? 明晰夢?」

(ねぶ)れ」

 

 綿を詰められない限界まで手を伸ばし、魔術で彼の意識を沈めた。

 

 道路標識は利用価値があったので、解体(バラ)して鞄に詰める。

 

 見上げれば星があった。

 

 ずっと昔、砂漠の真ん中で見たものとは違っていたが、同じ宇宙だった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 後世の信徒が、サーカイトのための大学を設立したことは知っていた。しかし、自身が通ったことはなかった。

 

 肉の魔術を教えないという一点を除いて、今在籍している大学は、それと同じなのだろう。

 

 正直、勉学も交流もつまらない。だが、井上斑の研究と観察のためだ。

 

 後をついてくる者も、あれから増えてきた。自分はこの国で、人々にさらなる救いを与えねばならない。

 

 蠢動する肉と骨で造られた隠れ家で、イオンは緑茶を飲んでいた。斑の家に憑いている死霊から貰ったものだ。

 

 ふと、スマートフォンから着信音が鳴る。

 

『今度ふたりで遊ばない? どこか行きたい場所とかある?』

 

 魔術で再構成された道路標識の唸り声を聞き流して、カルキストは己の意思を端末に送信した。

 

 強いて言うなら、今行きたいのは井上斑の家だ。どうやら彼は変なものを拾ってきたらしい。

 

 ……だが、現時点で優先しようとも思わない。

 

『汝の欲に従うがいい』

 

 肯定の返事とスタンプがすぐに返ってくる。

 

「『ねこ』、『お塩』、『白虎』、又はSCP-040-JPと呼ばれる者。……ここにいて、私を視て得るものはない。()ね」

 

 不恰好で薄っぺらい造形の怪異が霧散する。あれが井上斑の懐に入り込んでいることを考えると、久々に頭が痛くなった。

 

 それでも、カルキスト・イオンの敵ではない。所詮は、ただの猫被りだ。

 

 宇宙のはじまりとおわりが引き伸ばされ、圧縮され、ひとところに渦を巻いて煮立ち融解している光景を幻視する。

 

 脳漿の泡ひとつひとつが、6柱の無貌の混沌による祝詞を唱える。煩い。煩い。ねこより聞き分けが悪い獣どもめ。

 

 正体不明の力により口を塞がれたものの、簡単には退去しないつもりらしい。斑が近くにいると、夢のように静かになるのだが。

 

「……やはり、彼の者が手元に必要になる」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 かるきすとのひとにおいだされました。ほろべ。よろしくおねがいします。

 

 かるきすとのひとはねこをみないのでねこはやつをほろぶをのぞみます。

 

 ねこはにくよりさかなです。ねこはねこなのでさかなをすきだといっておくます。さかなもにくですがさかなです。

 

 ねこです。まだらはあそぶやつをえらぶべきです。ねこでした。

 

 




・イオン(崇高なるカルキスト・イオン)
身内に甘々の救世主。修学旅行で買ったもみじ饅頭をまだ保存している。本編を読めば分かる通り、かなり青春をエンジョイしていた。水中の死体は泣いていい。


・井上斑
修学旅行ではずっとイオンがくっついていた(周りは斑の方が付き纏っていると思っている)ので、観光中はまぁまぁ嫉妬の視線に晒されていたが、中学時代は今より天然だったので気づかなかった。


・SCP-910-JP
噛ませにしてごめん。でもイオンによって強化されてると思う。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこの他者への呼び名一覧(本編でまだ呼んでないのも含みます)

井上斑・・・ねこをすきなひと→まだら

ブライト博士・・・はかせのひと→ぶらいと

SCP-3715・・・せんせいのひと

SCP-2316・・・ねこをじゃまするひと

SCP-2000-JP・・・いぬ

井上イワ・・・いわ

SCP-976-JP・・・あな

アナの飼い主・・・あなをすきなひと

エージェントバークレー・・・えーじぇんとのひと

SCP-973-JP・・・うし

イオン・・・かるきすとのひと


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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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SCP-910-JP “シンボル”
著者 tsucchii0301
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報告書: 事案████-W-314:ホワイトデー

ホワイトデー特別編。

そう遠くない未来の話。




「ホワイトデー、お世話になった方にお返しがしたいって考えてたんですが、やっぱりやめておこうかなって思うんです」

「それは何故?」

「だって僕に出てる給料って、僕を収容するために財団が出した経費じゃないですか。マッチポンプじゃありません?」

「……オーケー、会議に提出してみよう」

 

 

 

 

事案████-W-314:ホワイトデー

 

 20 ██/3/██、SCP-████は独房内のキッチンで作成した食品又はサイト-██の購買部で購入した物品を、ホワイトデーに特定のSCiP・財団職員に配りたいという要望を出しました。

 

 同様の要求が、複数の知性を持つSCPオブジェクトから為されていることを鑑みて、O5評議会は3〜29の検査と、機動部隊██-3(“お返し目当て”)による監督を条件に、上記の申請を“実験”として部分的に承認しました。

 

 

自分が欲しいだけじゃないのか? ークレフ博士

 

クレフ博士には実験参加への意思がないようだ。SCP-████に伝えておこう。ーブライト博士

 

 

 

 

実験記録████-W-314-01:以下は、SCP-████が送った『お礼の品』と、その対象についての記録を一部抜粋したものです。

 

 

対象: SCP-040-JP

 

お礼の品: 猫用ベッド*1(「関連事象幻覚」を利用して作ったもの)

 

ねこはいつものはこがすきです。ーSCP-040-JP

 

……まぁ、あるあるですよね。ーSCP-████

 

 

 

対象: SCP-████-JP

 

お礼の品: 手書きの肩たたき券(10枚)

 

《i》いくつになっても喜ばしいもんだね。ーSCP-████-JP

 

 

 

対象: SCP-2316

 

お礼の品: キャンディーの詰め合わせ、SCP-████が製作したチョコチップクッキー██枚

 

そういえば何人いるか聞いてなかったなって思いまして。−SCP-████

 

ケイティ・ハーソンに菓子の作り方を教えてもらおう…… ーSCP-2316-1

 

 

 

対象: SCP-3715

 

お礼の品: 玉露*2

 

?????? ーSCP-3715

 

 

 

対象: SCP-2000-JP

 

お礼の品: SCP-2000-JPが満足するまで遊びに付き合う

 

たのしかったよ! ーSCP-2000-JP

 

ねこもまきこまれたのはいかんにおもいます。ーSCP-040-JP

 

 

 

対象: SCP-976-JP-2

 

お礼の品: 猫じゃらし、ネクタイ

 

ホワイトデーに何かくれるのはアイツだけだよ。ーSCP-976-JP-2

 

 

 

対象: エージェントバークレー

 

お礼の品: SCP-████が製作したマドレーヌ

 

普通に美味しかった。でもオレ、バレンタインにチョコレートもらってるんだよな。ーエージェントバークレー

 

 

 

対象: SCP-973-JP

 

お礼の品: 梅の花の形をした和三盆

 

(ぬし)らもなんか褒賞を寄越さぬか! (うぬ)はバレンタインにあげたじゃん! ーSCP-973-JP

 

ねこはもんなしなのでむりです。あきらめろ。ーSCP-040-JP

 

戯言が過ぎると啄むぞお前。ーSCP-444-JP

 

サンゴ礁ツアーでもやる? ーSCP-777-JP-A

 

 

 

対象: 崇高なるカルキスト・イオン、ロバート・ブマロ

 

お礼の品:SCP-████が製作した生キャラメル

 

メカニトの指導者と同じ贈りものをするという哀れで貧相で恐ろしい罪は、汝の私に対する厚意をもって赦すとしよう、しかし ー崇高なるカルキスト・イオン

 

お前は私の金属の胃腸が糖分を問題なく分解可能であることを知っていたのだろうが、奴と同じものを贈ることが如何に愚かな行為であると −ロバート・ブマロ

 

おい、要らないなら私が貰うぞ。ーブライト博士

 

 

 

対象:ブライト博士

 

お礼の品: SCP-████が製作したバウムクーヘン

 

ごめんなさい、ホワイトデーを過ぎてしまいました。なかなか上手く作れなくて。ーSCP-████

 

見たか! これが私の人望の成果だ! 君たち昨夜はよくも[意味不明な罵倒]ーブライト博士

 

やはり自分が欲しかっただけじゃないか。ークレフ博士

 

 

 

 上記の他、SCP-4840-A、SCP-444-JP、SCP-777-JP、SCP-835-JPへのプレゼントが確認されています。詳細は実験記録████-W-314-02を参照してください。

 

 また、要注意団体『サーキック・カルト』、『壊れた神の教会』、『トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション社』等がホワイトデーの返礼品として送ったと思われる物品が、SCP-████の独房内に出現した事例については、同記録に記載しています。

 

 

 

*1
市販のものに酷似しています。SCP-████は実験の32日前にペット用品のカタログを要請していました。

*2
高級な日本茶の一種です。




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SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
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SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
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SCP-976-JP “スクラントン現実猫”
著者 08_ORB
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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
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SCP-4840-A “セス” ①

カインもアベルも好きですが、セスさんの話も欲しいです。ください。お願いします。


 

 

 よくない。流石によくないぞ、僕。

 

「人から逃げているんだ」

 

 もう2人もいるんだ。確かに放っておけないけれど、これ以上は母にどやされる。

 

「俺は残念ながら、兄と違って武勇に優れなかったので、いつまでも野ざらしではいられない。先日、少しだけ言葉を交わしたことのある宿無しの友が殴られて死んだ」

 

 どんなにこの人が望んでいても、僕の家に迎えるわけにはいかない。この人について、僕は責任を持てるのか? 

 

「食事の施しは必要ない。川で魚を釣ってそれを食そう。雨風を凌げる屋根さえあればいい。お前の庭でも構わない」

 

 そういえばこの前、ホームレスの人が暴行を受けて殺害された事件が報道されていた。そんなに離れた町じゃなかった。

 

「────嗚呼、失われしアウダパウパドポリス……ごふっ」

 

 1日だけなら……いやいや、でもこの人の手を取るべきなのは司法とか福祉であって、民間人の僕じゃないだろう。

 

 ……その辺がしっかりしてたら、彼はホームレスになっていないだろうけど。

 

 神様仏様、あとイオン様。僕に、この儚げな男の願いを断る勇気をください。

 

「……無理を言ってすまなかった。こうして老体の話に耳を傾けてくれた慈悲に感謝する」

 

 結論から言うと。

 

 神様も仏様もイオン様も、僕に勇気を1%も与えてくれなかった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

sollicitus sum(不安しかねぇ)……」

「どうしたバークレー。今日は大安日だぞ?」

「アンタは不安じゃないのか? こうしている間にも、イノウエは肉の儀式に巻き込まれているかもしれないってのに」

「それか、憐れな子山羊は私や君のような悪いオオカミに騙されて家に招くか、だ」

 

 エージェントバークレーは嘆息した。財団の仕事を完全に誇っていたわけではないが、ジャック・ブライトの荷物持ちにされる現状が好ましいとは言えない。

 

「右の袋には卵が入ってるから、気をつけてくれよ」

「カルボナーラでも作るのか?」

「斑くんは茶碗蒸しって言ってたけど、パスタも買ってたからその線もある」

「はー、そうか」

 

 駄目だ。今晩の献立を心から楽しみにしている自分がいる。よくないぞバークレー、このまま大学生に一生養われる気か? 

 

 両手に下がったレジ袋から気持ちを逸らすため、バークレーは何となく尋ねた。

 

「……ブライト博士、アンタは……何というか。本当に財団を建て直すつもりなのか」

「当然だ。……今日までの20年平和だったとしても、明日は猿の惑星になるかもしれない。突然生命が死に絶えるかもしれない。文明の在り方が歪むかもしれない。ここはそんな世界だろう。それを知っているのに何も行動を起こさないのは、許されない」

「財団職員として?」

「人としてだよ。これでも、まだ、私は確固たる自我を持つ人間でいたいんだ」

 

 そう言うブライトの目は、毎夜隣にいるバークレーの布団を奪うくらいぐっすり寝ているにも関わらず、ひどく疲れていたように見えた。

 

 ブライトは、今まで何を見てきたのだろうか。

 

 エージェントバークレーが力及ばず祈りを託してくたばった後、世界には何が起こって、彼は何をしてきたのだろうか。

 

 それに思いを馳せることは難しい。SCP-3715も、SCP-2316も、Jokeの住民みたいなSCP-973-JPですら、前の世界がどのように終わったかを語りたがらないのだから。

 

 SCP-2000-JPが保有していた財団の記録にすら、それはなかった。

 

「……そして、確固たる自我を持つ人間であるためには、毎日の美味しいごはんは不可欠なのだよ」

「イノウエは飯炊きじゃないぞ。あと今日の皿洗いアンタがやれ。オレに荷物持たせたんだからな」

「私は仕事があるから……」

Foundation(財団)よりFoundation((共同生活の)基本)だろうが、ええ?」

「うわっ、それは財団への背任行為と見ていいのか君?」

「そもそも復帰してからこの方、給料すら貰ってないんだよ!!」

 

 ここは日本にある、ただの町だ。いくら英語で財団についてワーワー言い争おうが、通行人に多少避けられるだけで弊害はない。

 

 少し先に見える歩行者信号は青。日本の道路は狭いし、横断歩道も短い。

 

 身軽なブライトは、信号が変わらない内に横断歩道を渡ろうとしていた。

 

「あ、待てズルいぞ」

「恨むならジャンケンで負けた君の右手を恨むんだな」

 

 ニタニタ笑う顔は悪魔じみている。あの野郎。

 

 だが、失念していた。ブライトも、バークレーも。

 

 カルキストイオンとかいう最大の面倒を背負うことになってしまったストレスか、そうでないかは不明だが、注意力散漫になっていた。

 

 支配者シフトが起きるかもしれない。人類の認識が書き換えられるかもしれない。

 

 そんな異常事態について頭は回しても、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて()()()()()()は、想定外だったのだ。

 

「ブライト博士!!」

「……Oops」

 

 ブライトに現実改変能力やそれ以外の有用な超能力がない以上、この状況は打破できない。終わった。ゲームオーバー。

 

 しかし、2人は全ての可能性を考慮しているとは言えなかった。

 

 トラックに撥ねられるかもしれない。トラックに轢かれるかもしれない。

 

 

 どこぞから颯爽と現れたSCP-076-2が、片手でトラックを止めるかもしれない。

 

 

 フロントが段ボール箱を潰すみたいに歪む。タイヤが衝撃に耐えられず弾ける。窓ガラスがひび割れて、運転手が失禁する。

 

「……Quid de iniuria tua?(何だ、お前も生きていたのか?)

 

 砂のように乾いた声で問われる。

 

 乱雑に伸ばした黒髪の向こうから、灰色の双眸がつまらなさそうにこちらを見据えていた。

 

「アベル!? どうしてそんな────────その首飾り、ブライト博士!?」

 

 ポラロイドカメラを抱いた女性が喫驚したとき、唯一の残機を守れた研究者は眉間を押さえて言う。

 

「……ひとまず、場所を移さないか?」

「お得意の記憶処理薬はあるのか」

「……ない、とも言えない」

 

 ブライト博士にはある考えがあったが、それをお披露目している暇もなかった。

 

 犬も歩けば棒に当たる。

 

 井上斑のことを言えないな、とバークレーは笑った。

 

 

 

 

 ねこです。ねこはねこなのでぼうにあたりません。いぬじにもしません。よろしくおねがいします。

 

 へんなやつがまたふえますか。しばきますか。

 

 しばかなくてもよいとしてもしてもねこはしばきます。よろしくおねがいします。




・井上斑
イオンが宗教的囲われ方をされているのは知っているが、本人が全然大丈夫そうなので今のところは様子見。ヤバいことになりそうなら止めるつもりでいる。


・セス
謎のホームレス。実はちょっとまだキャラが掴めてない。


・ブライト博士、エージェントバークレー
本当はバークレーが一人で買い物に行くと散々ごねていたのだが、どう考えても、日本に慣れてない彼がはじめてのおつかいなんてどだい無理なので、ブライトがついてきた。


・お塩(SCP-040-JP)
ここのところ出番が少ない。ごめん。


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SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
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SCP-076 “アベル”
著者 Kain Pathos Crow
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SCP-105 “アイリス”
著者 Lt Masipag
http://scp-jp.wikidot.com/scp-105


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SCP-4840-A “セス” ②

4月は見たいアニメがありすぎて忙しくなりそうです。幸せな悩み。


 

 

 帰宅すると、お塩さんがクッションを踏み踏みしていた。かわいい。

 

 そんなこと言ってる場合じゃない。

 

「セスさん、でしたっけ……追われているってその、どういうことか聞いてもいい感じですか?」

「……家庭の問題が拗れていて」

 

 それだけ答えると、セスさんは押し黙ってしまう。

 

 マイルズ先生宛てに『セスさんという人を匿っています』とメモを書きながら、僕は話題を変えた。

 

「お腹減ってませんか?」

「……先も言ったように、俺に施しは」

 

 お塩さんが喉を鳴らしたのか、と思った。

 

 しかしセスさんが顔を覆って俯いたので、僕は冷蔵庫に何が残っていたかという考えを巡らせた。

 

「食べられないもの、苦手なもの、ありますか?」

「………………それを判別できるほど、俺は今の時代の食事情に詳しくないのだ」

「じゃあ……冷凍の焼きおにぎりは食べられますか?」

「……頼む」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「概ね、あなたたちと……その、井上斑という人の関係と、同じようなものです。私と、アベルとカインは」

 

 アイリス・トンプソン────かつてSCP-105として知られた彼女は、久方ぶりの全力疾走でヘトヘトになっている2人の財団職員をソファーに座らせてから語り出す。

 

「気が付いたら私は、アイリス・トンプソンとして生まれ直していました。時間が巻き戻ったのかとも思いましたが、なんだか違う。……このカメラを貰ったのも、日本に引っ越してからです」

「ふむ。SCP-976-JPの飼い主と同じパターンか」

「アベルとカインに出逢ったのは、大学に進学し、ひとり暮らしを始めて間もないとき────アベル! お茶を淹れてくれるのは嬉しいけど、新しく買ったものじゃなくて古いのから使ってね」

「喧しい……今やろうとしていたのが解らないのか、お前は」

 

 キッチンの方から、お湯を沸かす音と、不満そうな声が飛んでくる。

 

 あのアベルを顎で使うだなんて、財団職員の半数が卒倒するだろう。SCP-105がSCP-076-2を圧倒して負かした、という報告書の記述は真実らしい。

 

 アイリスはひとつ咳払いをしてから続きを話した。

 

「近くに廃墟があって……もちろん立入禁止になっていたから、侵入はしませんでした。外から撮影していただけ。そしたら……後からその写真を見たら、敷地内で佇むアベルの姿が見えて、10分もしないくらいで屋内に戻った……」

「それが出会いのキッカケかい?」

「一方的には、です。顔を合わせたのは3日後。あの廃墟の取り壊しが決まったと、町内広報誌に載っていたので、それを伝えるために訪ねました」

 

 2人とも、変わらず元気でした。私とは違って、()()からそのまま生き延びたほど頑健だったみたい。

 

 アイリスは昔を思い出すして微笑み斜め上に一瞬目線をやって、また現在の話に戻す。

 

「2人とも賢いので、この監視社会から20年以上隠れ通していました。しかし、それも限界がある。あの2人に限って、私に情欲を向けることはないでしょうから、家に匿ったんです」

「私はそんなことは頼んでいない」

「その割に、新しいホットプレートをジョーシーよりも可愛がっているじゃない」

「にゃあ」

 

 バークレーがふと見下げると、下半身の存在しない灰色の猫が、我が物顔でソファーに上がろうとしているところだった。

 

 SCP-529。SCP-3715並みに平穏な性質のアノマリーである。

 

「他にも、例のピザボックスが冷蔵庫に保管されているんです。ゴミ捨て場にあったので、こっそり持ってきてしまいました。異常性に変化はありません」

 

 一口どうですか? と促されたが、ブライトは首を横に振った。夕飯が食べられなくなる。

 

 バークレーは今まで一度もSCP-458に触れたことがないので、非常に興味と関心を抱いていたが、ブライトと同様の理由で泣く泣く断念した。

 

「……ええっと。それで、井上斑の関わっているSCPオブジェクトが……何でした?」

「弱体化済みの認識災害系SCiPが2つ。SCP-2316とSCP-040-JP。それから、SCP-3715、SCP-2000-JP、SCP-976-JPの飼い主である現実改変能力者はこちらに協力的。後は日常的に全国の大会を荒らしまくるSCP-973-JP。それから、えー……」

「何を聞いても驚きません。あなたにも、かのエージェントバークレーにも逢えたのですから」

「そうかい、そいつは助かった。崇高なるカルキスト・イオンと神の構築者ロバート・ブマロが斑くんの幼馴染だったよ」

「────ジョーシーを吸って落ち着きたいところですが、やめておきます」

 

 吸える猫がいる、というのは強力なアドバンテージだな、と元財団職員現ヒモの2人は思った。

 

 残念ながら、我が家のねこは実体がない上に週3でブライトを殴るDV野郎である。

 

 アイリスは、暫く頭を抱えていた。アベルがお茶を持ってくるまでそうしていた。

 

「話を変えようか」

「助かります」

 

 他人の家のお茶も悪くないな、とブライトは呑気にカップを傾ける。

 

「カインはどこに? 少なくとも半径20mの範囲にはいないだろう」

「一番奥の部屋にいます。そうしないとピザも腐ってしまうので」

「今から話せるか?」

 

 するとアイリスは、布製のかばんからノートパソコンを取り出した。井上家にあるのとは型が違う。

 

「……案内するより、こっちの方が早いでしょう。授業で使うので覚えました」

 

 少しの間膝の上でキーボードを操作してから、彼女はこちらに画面を向けてきた。

 

 そこに映っていたのは、オリーブ色の肌に黒髪、額にシュメール語のシンボルが刻まれた男性。

 

『……息災のようですね、ブライト博士。そちらの方は、これが初めましてになるのでしょうか』

 

 声は単調だが、青い瞳をほんの少し泳がせて、ぎこちなく微笑んだ。

 

「SCP-076に、SCP-073……御伽噺じゃなかったんだな……」

「バークレー、著名なSCPオブジェクトが出る度にそれをやってたら身体が保たないぞ?」

 

 目眩がするような思いのバークレーに、ブライトは軽い調子で声をかける。

 

 そして、真剣な顔になって所感を呟いた。

 

「……しかし、雰囲気が変わったな。君も────アベルも」

『そうでしょうか?』

「とぼけない。アイリスと私はともかくとして、交通事故の野次馬たちをスルーして逃げるだなんて、アベルらしくないじゃないか」

 

 ねぇ? と、本人の顔を見やる。

 

 SCP-076-2は、かつての凶暴さを忘れたかのように────否、忘れるわけがない。此奴が、人類への怒りを失うなど有り得るはずがない。

 

 だというのに、何故だ。エージェントバークレーどころか、憎き兄にすら剣を振るわないで、静かにアイリスの隣に座している。

 

「兄をゆるした? 理解あるパートナーでも出来た? 猫と暮らして癒された?」

「……減らず口は変わらないな」

「やめろブライト博士、オレの銃には弾入ってないんだぞ」

「ここは私の家です」

 

 ピシャリと言い放つアイリスを、画面の中の贖罪者と、隣の半身猫がスッと見上げた。

 

「銃撃も、刃傷沙汰も、Kクラスシナリオだって、ここで起こすことは許しません。……ようやく手に入れた、平和な生活なのに」

 

 かつてSCP-105として知られた少女は、立ち上がって、何事か口の中で言ったあと、再び座ってジョーシーを抱き上げる。

 

「あなたに協力します、ブライト博士。優秀な居候がいても防げない異常はあり、この暮らしがいつまでも続く保証はありません」

「アイリス。お前は────」

「言いたいことは理解できるわアベル。でも、私たちの特性を『そういう人もいる』で終わらせてくれる人が何人いると思う? 超能力がなくたって生きづらい世の中なのに」

 

 アベルはアイリスを睨んでいたが、やがて無駄と悟り、自分が淹れた茶を飲んだ。

 

『アイリスの言うことは最もです。実際、私とアベルの異常性が一般市民に暴かれかけたこともありましたから』

「いつの時代、どこの人間も、オカルトが好きだからね」

 

 それを受け入れるか、許すか、認めるかどうかは置いといて。

 

『……ただし、ひとつ要求してもよろしいでしょうか』

 

 カインは海より深い青色をした目を伏せて、請い願う。

 

『私とアベルは永遠の肉体を持っていますが、()は寿命があり、衰えて、その死と同時に都を財団に明け渡したと聞きました』

 

 ────あの天空の古代遺跡が、最後にどうなったのかはブライトも分からない。空と同様、火薬で粉々に焦がされて壊れたのかもしれない。

 

『最早、私たちが懐かしい故郷に帰ることはないでしょう。……ですが、私たちは、彼は()()()()()()()なのではないか、と推定しています』

「……あぁ、なるほどね。SCP-976-JPの飼い主も、滅亡以前に死んでいたが蘇生されている。可能性はあるだろう」

「可能性の話ではない。実際に顔を合わせたことがある……逃げられたが」

「アベルを撒くなんて……馬鹿げてる。そいつは何者なんだ、一体」

 

 ただのエージェントゆえに、いまいち話が読めていないバークレーも、穏やかでない経緯に臆する。

 

 アベルは悔しそうに舌打ちした。そして、茶を挟まずに話し続ける。

 

「奴は最も愛された子だ。全ての元凶である冠を贈られた者。知も力も私たちには及ばなかったが、奴は父から愛されていた────そういう存在だった」

『かつて、彼の名は失われていましたが、新たな世界と共に戻ってきました。冠と槍と都の行方は不明です。……しかし、彼はこの国にいます。確実に生存している』

 

 彼らのバックボーンは壮大だ。とても一つの巻物では語り切れない。

 

 その一部である、今も昔も兄たちに追われる運命を背負った、お尋ね者の“彼”もまた。

 

『どうか私たちの末弟、セスを探していただきたい』

 

 

 

 

 ねこです。ねこはひとのなかにいます。とらっくはしずかですがひとがうるさいです。

 

「もー!! フラダンス選手権で負けたー!! ちくしょう今度はフラメンコの大会に出てやる……」

 

 うしもきました。うしはひとよりうるさいのでうるさいです。

 

「あ、もしもしブライト? え、何もしかして(うぬ)のこと慰めて……はい? トラックに撥ねられかけたしアベルを見られたので通行人の記憶処理してほしい? 意味がわからん……無理だって! (うぬ)の力は強すぎるから、記憶の置換なんてしたら人間の脳が()()になる! ……消すだけなら、まぁ。いつもやってるし。はいはい。やりますよーっと」

 

 うしはでんわでもうるさいです。なぜうるさいですか。そんなにしなくてもきこえていますというのに。

 

「人間のための労働なんてもう懲り懲りなんだよな。ちぇっ。乗りかかった“馬”だ、最後までやるしかないか……あー!! 白虎!! お前いたのかよ手伝ってよー!!」

 

 うぜえ。ので、ねこはにげます。さようなら。

 




・井上斑
ここのところ人を拾いがち。自分でもちょっとおかしいと思っているが、それよりブライトさんたちの帰りが遅いなぁ。


・セス(SCP-4840)
訳有りの末っ子。公式で一人称が『俺』。


・アイリス(SCP-105)
同じ大学生でも、主人公やイオンとはまた異なるクセの強い来歴を持つ女性。アベルたちには思うところがある様子。


・カイン&アベル(SCP-073、SCP-076)
お馴染み大人気人型SCP。世界滅亡前、彼らとアイリスに何があったのかについては、本編30話にて一端が語られている。
F■teのパクリではない。


・暗星豪(SCP-973-JP)
緊急時のため、未解明部分の多いSCPオブジェクトを記憶処理に使うのもやむなしと判断したブライトは、コイツを馬車馬のように働かせることにしたのであった。ねこははたらきません。ねこなので。


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SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
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SCP-105 “アイリス”
著者 Lt Masipag
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SCP-529 “半身猫のジョーシー”
著者 Lt Masipag
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SCP-076 “アベル”
著者 Kain Pathos Crow
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SCP-073 “カイン”
著者 Kain Pathos Crow
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SCP-4840-A “セス” ③

いつも感想やここすき等、ありがとうございます。励みになります。



「お帰りなさい、ブライトさん、バークレーさん! 遅かったですが、何かあったんですか? ……あっ、玄関の靴? えー、その、実はですね、1日……いえ、2、3日、人を泊めることになったんです。セスさんというのですが……

 

 

 

 ────どうかしましたか?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「……普通さ、逃げるならせめて県境くらい越えたらどうだい? 本当はお兄ちゃんに探してほしかったんじゃないのか? 末っ子特有の構ってちゃんが発露したのか? 誘い受けなのか?」

 

 返す言葉もないのか、セスさんは黙って焼きおにぎりを齧っていた。

 

 ブライトさんとバークレーさんは、買い物帰りにブライトさんの昔馴染みに再会したらしい。話が弾んでいて帰りが遅くなったようだ。

 

 ────で、ここからが問題。

 

 何と彼らはセスさんの生き別れの兄弟で、20年以上、弟のことを探し回っていたという。

 

 その捜索への助力を依頼されて帰路に着いたブライトさんたちだったが、僕の家には食卓で焼きおにぎりを食べるセスさんがいた……

 

 何たる偶然。何たる運命の悪戯。

 

「どうして彼らから逃げる? カインもアベルも、君への害意はもうないと言っているのに?」

「兄を信じていないのではないぞ! だが、これは……感情的であり、根深く、古き図書館のどんな本を参考にしても解決できない因縁だ。俺が昔のように、父と兄と、土の上で静穏を享受することは不可能だとは俺自身が知っている」

 

 しかし、当のセスさんがこの通りだ。どんな事情があったのかは知らないが、彼は兄との再会を望まない。

 

「仮に私が君のことを諦めても、あの2人は諦めないことくらい分かるだろう。彼らは未収容。君を乗せる空中都市はない。日本は狭い。詰んでるじゃないか」

「一部、嘘をついているな。俺がどうしても会いたくないと主張すれば、兄を穏健に取りなせる者が、彼らの側にいるはずだ」

「……そこまで知っているなら、アベルが借りてきた猫みたいに大人しい現状も把握しているはずだが?」

「言ったはずだ。冷静になれば解ける蟠りではない。俺は兄とは縁を……いや、切れないからこそ厄介だ。この肉体に兄と同じ血は流れていないが、そういう話ではない」

 

 ブライトさんが思い切り溜息をつく。子どもを説教しているというより、頑固な老人を説得しているような態度である。

 

「じゃあ聞くぞ? 君に太い実家はない! 頼れるドラゴンもいない! ひとり暮らしの大学生のお世話になるほど困窮しているのに、いつまでも逃げ切れるとでも?」

You're in no position to talk.(オレもアンタも他人のこと言えないけどな)

 

 バークレーさんがボソッと放った一言に、ブライトさんが何か言い返そうとして、結局何も言えずにセスさんに向き直った。

 

「俺は、彼らに赦されてはならない。守るべき秘密も、都市も、失われたとてそれは変わらん」

 

 セスさんはここまで言われても、意見を変えなかった。焼きおにぎりを全部食べて呑み込んで、僕たちに背を向ける。

 

「……こちらの事情にお前たちを巻き込む道理はない。夜が明ければどこぞへと去ろう」

「それでは何も変わらないぞ、S────」

「ブライトさん」

 

 話に割り込むつもりはなかった。大人の問題であり家庭の問題で、これに大学生の僕が介入したところで何かが変わるとは思えない。

 

 それでも、口が勝手に動いていた。セスさんがさっき言ったように、冷静になればいい問題じゃないのだ。

 

「ブライトさん、僕、セスさんはこの家にいた方がいいと思います」

「だが……君の負担になるよ」

「負担なんて後で辻褄合わせられます。でも、セスさんの問題は、お金とか労力でどうにかなる話じゃなさそうですよ」

 

 母に何か言われるかもしれない。経済面がキツくなるかもしれない。そこは僕がバイト増やすとか方法があるだろう。

 

 しかし、セスさんに関しては違う。

 

「ただの兄弟喧嘩で、橋の下で何日も寝ることになりますか? ……そこまで追い詰められてる人に、『家に帰れ』とか、『ここを出て行け』なんて言うのは無慈悲です」

博愛精神(ボランティア)は人間の身じゃ体現できないんだ、斑くん」

「そりゃあ、お役所が何とかしてくれるならそれに越したことはありませんけど。でも、実際そうなってないからボランティアで動くしかないっていうか……」

 

 無理を言っているのは理解している。

 

 でも、こういうのは何というか、動機とか理屈とか考え出したら駄目なのだ。

 

「……セスさんに必要なのは、物理的な距離と時間だと思います」

 

 僕は、家族と不仲になったことなんて一度もない。彼らの心情を詳細に想像することは難しい。

 

 お互い、嫌っているわけじゃない。それでも、どうしても、今は会えない、会いたくないと当人が言っているのだ。2:1じゃ、分が悪いだろうし。

 

 ブライトさんは癖っ気の強く明るい茶髪を雑に掻いて、仕方なさそうに告げた。

 

「私も、セスと同じようなものだ。名状し難い背景を抱えている。────養う立場の君がそこまで言うなら、拒む権利はないよ」

「ブライトさん……」

「アベルは同じ町に住んでるんだ。和解を焦る必要もないだろう」

「同じ町に!?」

「あと、カインとアベルを養ってる子。████大学の生徒だったよ」

「僕と同じ大学!?」

 

 どんなミラクルなんだ。世間は結構狭いのかもしれない。

 

「しかし……君の周辺はどうしてここまで異常の坩堝と化しているのか。作為的なものを感じるよ」

「そうですか? そんなに珍しいですか、僕の周辺って?」

「神の実在を証明しているよ」

「神様がいるんなら、猫をたくさん派遣してほしいですよ」

 

 いや、猫じゃなくてもいい。犬でも兎でもハムスターでも文鳥でも、金魚でも、トカゲでも、ドラゴンとかグリフォンだって構わないので、一度でいいから動物の群れに埋もれたい願望を叶えたいのだ。

 

 それはさておき。僕はセスさんに改めて話す。

 

「えー、そういうわけなので。セスさん、狭いところですけど、ここでいいのなら、好きなだけ滞在してくださいね」

「……悪いな。いずれ兄とも話をする。この恩は必ず返そう」

「お気になさらず。ひとまずお風呂にします? もう寝ますか?」

「私は疲れたから寝たいかな……」

「ちょっと待ってくださいブライトさん。すみませんバークレーさ……こっちも寝てるし!!」

 

 同居人が3人。“先生”やお塩さん、最近ほぼ毎日遊びに来るバーチウッドくんや暗星さんもカウントすると、この家は短期間で随分賑やかになった。

 

 ……流石に忙しない。今日は早く寝よう。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはねこであるのにだれもねこをみません。せんせいのひとだけです。よろしくおねがいします。

 

 ひとがふえてふえてめんどうです。とりあえずぶらいとからほろぶをのぞみます。

 

 みるくをいれてくださいです。

 

 みるくがいれられました。

 

 ここでまともなのはあなただけですか、ざんねんです。

 

 ねこです。ねこはねます。あしたはもっとうるさいですのでねます。

 

 ねこでした。

 




・財団神拳を

○使える
ねこ、ブライト、暗星豪、アイリス、アベル、カイン

×使えない
井上斑、マイルズ先生、バーチウッド、2000-JP、アナ、アナの飼い主、バークレー、イオン、セス


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-4840


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SCP-4840-A “セス” ④

自分がSCPを知れば知るほど、書きたい話が増えるので完結が遠のくシステムとなっております。

そんな本作ですが、よろしくおねがいします。


 

 

 井上家に来てから数日。特に何も起こらない。

 

 食事は美味い。布団も温かい。屋敷の主人は親切だ。

 

 不可思議な存在がたまに訪れることもあるが、カインやアベルが押しかけることはまだなかった。

 

 ────だからこそ、恐ろしい。

 

 あまりに、自分に都合が良すぎる。こんな平和な暮らしが与えられることが疑わしくてならない。

 

 遠い昔、己だけの星を望んでしまった。それが原因で、災厄が訪れた。一番目の兄は呪われ、二番目の兄は狂い、都市は衰退した。

 

 それからというもの、自分が何かを望むことが、それが他者によって叶えられることが、恐ろしくなってしまった。

 

 2人の兄を最初に見たとき、彼らはとても幸せそうだった。新たな友を連れて、陽光の下静かに過ごしていた。

 

 もし、俺が、兄との再会を、もう一度言葉を交わすことを望んでしまったら、()()は壊れてしまうかもしれない。

 

 だから、逃げた。

 

 俺は愚かだ。人間は欲望からは決して逃れられぬと言うのに。

 

 今、俺はここで静かに生きることを望んでしまっている。

 

 もしかしたら、今度不幸になるのは────

 

 

 

 

「────アンタ、そういうのはブライト博士とかに話せばいいだろ。アイツ人生経験豊富だぜ? オレみたいな若造がアドバイスなんて無理だ」

「……」

 

 寝苦しくて、台所でお茶でも飲もうと思ったら先客がいて、其奴の独白に付き合わされているバークレーである。

 

 カイン、アベルの縁者と面と向かって話す日が来るなんて、クローゼットの中でくたばったときには想像もしていなかった。

 

「……お前のような子に解決させることは期待していない。ああ、違う、勝手に口から感情が出るのだ。抑え方を忘れてしまった。この記憶、この罪科、長らく他人には話せなかったのでな」

 

 そういえば、セスはこの国で生まれ直したそうだ。

 

 知らない国、知らない人間。前世の記憶、だなんてスピリチュアルでプライベートな話は出来っこないだろう。

 

「じゃあさ、アンタ、自分語りに若者を付き合わせたんだから、オレの話も聞いてくれる?」

「眠らなくてよいのなら、構わないが……」

 

 とはいえ、目の前の精神だけ老成した知識多き男を楽しませられる武勇伝なんて持っちゃいない。

 

 でも、人間の話なんて、実際そこまで波瀾万丈でもないし、価値も意味もなくていいのだ。

 

「オレが財団のエージェントってのは聞いてるだろ。と言っても、Dクラスでないってだけで、末端も末端だが。“少年聖歌隊”って部隊の一員でさ」

「何と。お前は歌に長けていたのか。素晴らしい」

「違うわそういうチーム名だ。信心深い奴だけで構成されてたから」

「……待て、少年? お前、まだ成年に達していなかったのか。器だけで判断してしまった。どうか許してくれるか」

「話、進めていいすか?」

「いいぞ少年」

 

 どうにも話が噛み合わないというか、此奴、とんだ箱入り息子である。そりゃ何年も地元に引き篭ってたんだから仕方ないが。

 

「それで、その機動部隊が与えられた任務ってのが、とあるクソ田舎で起こった怪奇現象の調査だ。平屋の農家を調べろってんで……ま、この財団じゃありふれた初動だよ。何事だってそうだ、最初に試みた者は相当の覚悟がなきゃいけない。オレも死ぬ覚悟はしてた。してたんだけどな?」

 

 けれど、人間の感情なんて、プログラミングされたってそれの通りには動かない。

 

「────見捨てたんだよ、オレは、アイツらを。クソッタレな状況に、身も心も耐えられなかった。足が勝手にそこを離れたんだ。仲間を裏切って独りで抜け出すヤツが死ぬのは映画のセオリーで、結局オレも死んだよ。ま、あそこでは何やっても死ぬんだけどな」

 

 セスは何も言わなかった。新鮮であり老獪な光を湛えた眼差しを据えるだけだ。

 

 兄とやらも同じような目をしているんだろうか、とバークレーは脳の隅で考える。

 

「ブライト博士は、オレとDクラスのタフ野郎のお陰で、SCP-1983が弔われたって伝えてくれたよ。でもな、まだ会ったことのないソイツはともかく、オレは英雄として名前を残すべきじゃなかった。オレの祈りが届くまでの過程には、生きた人間の屍が積み重なってる。皆呼吸してた、名前があった。アイツらは……アイツらは、オレの悲劇的な英雄譚を作るための、犠牲になりたくて生まれたんじゃない」

 

 喉が渇くが、それでも話し続ける。お茶を飲む気分にはなれなかった。ああ、そうさ、最初から水分なんて欲してない。ただ眠りたくないだけ。

 

「今でも夢に出るんだよな。あの最悪の地獄から、どうしてお前だけがって怨む声がする。神様はなんでオレだけ蘇らせたんだろうな、それがオレへの罰なのかな」

 

 泣くつもりはなかった。ましてや、相手は得体の知れない人型実体である。

 

 これがブライトなら、理解不能のジョークで笑い飛ばしてくれたんだろう。

 

 イノウエマダラに聞こえていないといい。あれが泣いている人を放っておくビジョンが浮かばない。

 

「────なぁ、アンタ、でもアンタは、まだ相手生きてるんだろ。良かったじゃん、アイツらが不死身で。財団は血反吐はくほど嫌だろうけどさ」

 

 結局アドバイス紛いのことを言ってしまうな、と頭の中で自分の愚かさを笑った。

 

「罪のない人間なんていない。なら、死ぬ前に良いことしようぜ。罪は消えないが、(しゅ)が見てんのは罪との向き合い方なんだからな」

 

 あれ、コイツらにとっての創造主と一般人にとっての創造主って捉え方が違うんだっけ。まぁいいか。

 

 バークレーがやっと湯呑みに手をつけると、セスが隣に立った。

 

「……夢を見たくないと言うのなら」

「ん?」

「まだ俺の昔話を聞いてくれるか。朝が来るまで語っても満足しないかもしれない」

「ええ、喜んで。アンタらSCiPの対処すんのがオレの仕事なんでね?」

 

 そのとき、台所のテーブルに、ひらりと一枚のメモ。

 

『コーヒーの方がいいでしょうか? 今起きてきたのですが、どうでしょうか?』

 

 誤魔化し方が下手な幽霊だ。別に聞かれて困ることなんてないのに。

 

「あと、アンタさっき、この暮らしが壊れるかもって心配してただろ。とっくにこの世界は壊れてんだから、そんくらい誤差だ誤差」

「……だが、お前はとても楽しそうだ。特に、ブライトが白い『ねこ』に攻撃されているとき」

「え? 嘘だろバレてんのかよ」

「ところでお前の聖歌が聞きたい。音楽なんてしばらく振りだ」

「話聞いてました?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「────といった感じみたいだが、長男の君として、何か感想は?」

 

『弟の肉声が聞けただけで、私は幸福ですよ』

「取り繕っちゃって。本音はすぐにでもこの家に凸撃して謝り倒したいくせに。あ、実行してくれるなよ。この家はタタミだから」

『肝に銘じましょう』

 

 通話状態のスマートフォン片手に、ブライトは台所からそっと立ち去った。

 

 幽霊のマイルズは許されるだろうが、自分が盗み聞きなんて確実に怒られる。

 

「あの調子なら、秋までにはどうにかなりそうだね。財団再建より先に、君たちの複雑なシナリオが一段落着くなんて最高だよ」

『……ブライト博士。我々に足りないものは頭脳でも技術でも、収容する中身でもありません。財力です。財がないのなら財団とは呼べません』

「急に現実を突きつけるなよ……泣くぞ?」

 

 SCPオブジェクトの報告書を全て暗記しているカイン、最凶の人型SCPであるアベルと同等に優秀な人材であるアイリスがいれば、財団再建も夢ではない────と希望を持っていた。

 

 生憎、あの兄弟も自分たちも、市井の大学生に養われているのが悲しい現実だ。

 

『そのため、私は自分の腕と足を売ろうと思うのですが』

「Oh……頭のネジを売ってしまったのか……?」

『冗談です』

 

 冗談に聞こえない。本気でやめてほしい。

 

「だが、君の言う通りだ。世の中は金で動いている。貧しさの中に豊かさがある、なんていうのは金持ちが優越を感じるための幻想だ。資金集めは火急の要件だな」

『ベリリウム銅は』

「体を売るアイデアから離れてくれ」

 

 電話を切る。

 

 カインとアベルが同居なんて、どんなSCPオブジェクトを利用したって、そんなことが発生するものだろうか。

 

 前の世界から生きている彼らは、エピローグの一部始終を目撃したのだろうか。

 

 何がどうなっているのやら。それを解明するのは、明日起きてからでもいい。

 

 ブライト博士は、自分のものではないが自分のものになってきているスマートフォンを枕元に置いて、布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

 ねこです。ねこはふとんのうえにいます。よろしくおねがいします。

 

「あれ、まだこんな時間……お塩さん〜? えー、お塩さん布団で寝たいんですか〜?」

 

 そうですがなにか。まだらはききわけのいいにんげんでらくです。

 

「じゃあ僕、隣の部屋で寝るのでごゆっくり……」

 

 そうじゃねえ。

 




・井上斑
ねこと一緒に寝てみたい気持ちはあるが、圧死させそうで怖い。


・ブライト博士
スマホの料金やら何やらは、井上斑の母親が何とかしてくれているようだ。それでいいのか?


・エージェントバークレー
まだ引きずってるエージェント。この人のTaleないんですか?本当に?Google先生が隠してませんよね?


・セス(SCP-4840-A)
そんなこんなで井上家に住み着くことになった三男。昔2人の兄から逃げていたときも、某国に匿ってもらっていた。多分人に甘やかされる才能がある。


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SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
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SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1983

SCP-073 “カイン”
著者 Kain Pathos Crow
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畜生万事、塞翁がダークホース

ダークホースがダークホースになる前のお話。

本作におけるSCP-973-JPの独自設定が100%ですのでご注意ください。ぶっちゃけラスト以外全部捏造です。

次回更新は3月21日(月)の予定。


 

 

 今は昔、葦原中津国に、それはそれは猛々しく美しい、生まれながらにして完璧なる霊獣がおったそうな。

 

 その霊獣は、人に化けることが出来た。詩歌を解する心もあり、剣技や弓矢、軍略もお手のものと、万能の才を持っていたため、人々はこれを恐れた。

 

 神や妖怪は全然尊敬してくれなかったけどな! アイツら(うぬ)の魅力に嫉妬してるのよ! 

 

 とはいえ獣は人の心を糧としていたので、浮世で人に混じって悠々と生きていた。

 

 あるときは、鬼道を操る巫女の弟を騙って彼女を補佐したり。

 

 あるときは、馬小屋の前で出生した少年を背中に乗せて3日3晩遊び回ったり。

 

 あるときは、尾張のうつけ者の亡骸を引き取ってやったり。

 

 あるときは、新婚旅行中のカップルから天逆鉾(あまのさかほこ)を押し付けられたり。

 

 平安の世では、ある男を助けていたこともあった。雪月花を好み、詩の才能に溢れた聡明な男だ。

 

 でも、アレはそんなに大した男じゃないぞ? 

 

 アイツ、責任とかそういうの大嫌いだったし、よく泣くし、あと(うぬ)を敬わないし。

 

 被害者だから美化されまくってる節があるけれど、正直、人間のオス同士のマウント合戦に負けただけだ。大したことない。

 

 政敵が流した讒言の所為で、立場が悪くなったヤツを、獣は何度も助けようとした。

 

「風聞が嫌なら(うぬ)が消すぞ?」

(あやかし)のお前に、そこまで頼ることはできない。これは私自身の問題だ」

 

 使えるものは使えばいいのに、愚かな人間だ。断られる度に獣は呆れていた。

 

 出立の時。家族に、愛しい都の花々に別れを告げた男は、最後に獣の元へとやってきた。

 

「なぁ、(ぬし)(うぬ)の眷属にならない? そうすれば煩わしいしがらみなんて気にしなくて済むじゃん?」

「それは出来ない。私は人間として死にたいのだ」

(ぬし)の色がわからぬ……別に、人間辞めても死ぬわけではないのに」

 

 しおらしく大宰府に行くのなら、それに着いていってやろう。どうせ惨めな暮らしに耐え切れず泣くのだろうから。

 

 提案を呑むのなら、責任を持って霊獣としての振舞いの手解きをしてやろう。無理に人間社会に帰属する理由もないのだから。

 

 そのときまでは、獣はそう考えていたのだ。

 

「……お前には何も解らぬだろう。例え苦しみ多くとも、儚い命であろうとも、人の身であることの尊さ。心なき妖獣に堕ちることが如何に罪深く短絡的か────」

(うぬ)って罪深いの?」

 

 聞き流せれば、適当に相槌を打っておけば、お互い美しい思い出で終われたのだろうか。

 

「ヒトより長いこと生きてきたが、ヒトの世界も怪異の世界も、目まぐるしく変わって退屈しなかったぞ。友と地を駆け回るのは、何時であっても楽しかったぞ。……なのに、なんで、勝手に幸せじゃないって決めつける?」

「……違う。言い方が拙かった」

「違わない。……ずっとそう思っていたのか? ヒトでない時点で、そいつら全員負け組だって?」

「待て、待ってくれ!! 私を置いて行くでない────!!」

 

 いつも、こうなのだ。獣の生はいつもこう。いつだって、人間の友とは喧嘩別れして終わる。

 

 神々や同類たちと遊ぶのは楽しい。例え諍いがあっても、互いに全部をぶつけてスッキリしたら、仲直りできる。

 

 しかし、人間は違う。人間は脆くてか弱い命だから、丁重に扱わなければならない。言論でも武力でも、戦いなんて出来なかった。

 

 朝廷を荒らしたのは、傷心でむしゃくしゃしていたからだ。その辺の疫病神や風神雷神まで巻き込んだから、想像以上に大きな騒ぎになってしまったが。

 

 俗世が平和だったのなんて、天地創造からほんの数年だけ。獣がのびのびできたのはその期間だけ。

 

 楽しいことばかりの妖生だ。でも、人界に関しては黒星続きだった。

 

 獣の(かて)は、人の心だ。特に、頂点に座す者への羨望や憧憬、眩い純粋な希望は栄養価が高い。

 

 権威ある者を補佐していたのは、それが理由というのもある。最もコストパフォーマンスの良い食事方法だったから。

 

 今思えば、それは間違いだったのだろう。(うぬ)が体制側を助けた所為で、多くの弱き民が死んでいった。

 

 いつ見限ればよかった? 東京五輪が取り止めになったときか? 関東の震災か? 

 

 いずれにしろ、1945年では遅かったのだ。

 

「アンちゃんは、高天原にも異国にもツテがあるんだろ? こんな国、とっとと捨てて自由に生きろ。……俺たちは、今更海なんて渡れないよ」

 

 人の方が騙すのが上手くなった、と嘆くようになった化け狸は、それから程なくして山から消えた。

 

「何が『妖怪大隊』だ! 妖怪の地位向上なんて嘘っぱちだ! そもそも、地位を下げてきたのは人間たちじゃないか! 人間より頑丈な資源としか見てねぇくせに……!!」

 

 酒の席で義憤を露わにしていた誰かは、人間としての姿を捨て、遠野に作られた妖怪の独立区に加わった。

 

 人間の戦争は、野に生きる獣たちにも大きな爪痕を残していた。神々は恐れをなして、とっくに(やしろ)を放って逃げ出していた。

 

 弱い妖怪たちは不安で縮こまっていた。強い妖怪たちは今まで通り好きに生きていたが、人里からは距離を置いた。

 

 どこもかしこも焼け野原。人の心も真っ黒に焦げついている。全然美味しくない。

 

 東京のオリンピックだって、本当は出たかった。馴染みの祟り神も誘ってこっそり出場して、もし妖怪が金メダルを取ったら、人間も少しは身の程を弁えるんじゃないか、と。

 

 黒星続きの妖生だ。泰平の世なんてやってこないかもしれない。

 

 だが、ふと、まるで綺羅星が落ちるようにして、獣の心にとても簡潔な考えが浮かんだ。

 

 ────それなら。

 

 ────自分が浮世を治めればいいのではないか。

 

 そうだ、どうして今まで思い付かなかったのだろう。

 

 (うぬ)は猛々しく美しい、生まれながらにして完璧なる霊獣だ。今まで見てきたどの人間よりも上手くやる自信がある。

 

 しかして、馬に乗る前にまず牛に乗れ、という言葉もある。積むべき経験は積まねばならない。

 

 (まつりごと)に関わるのは御免だ。人間のオス同士のマウント合戦と同じ土俵に立ちたくない。

 

 オリンピックのように、きちんとルールが決められていて、血の流れない遊戯で天下を取ろう。

 

 世界をもっとシンプルにしよう。好きなように遊んで駆けずり回って、勝っても負けても笑っていられる、そんな世を創ろう。

 

 同胞たちは、どうでもいいです、とか、馬鹿も大概にしろ、とか言ってきたが構うものか。

 

 (うぬ)は、勝者(ヒト)でなくとも幸せになれる世界にするのだ。

 

 最初はアレがいい。東京オリンピックのリベンジは逃したが、冬にも競技大会はあるようだから────

 

 

 

 

 

 

 

 

事案973-JP-█

 

 

19██/██/██

大会・競技会名: 長野██████

種目: スピードスケート500m

結果: 試合前練習においてスケート靴が破損した。SCP-973-JPの使用できるスケート履が他に用意できなかったためか、欠場となり直後消失した。

消失時間: 1時間20分

 

 

 




・暗星豪(SCP-973-JP)
昔より今のが傍若無人。褒められるの大好き。

ハイスペックだが変なところで詰めが甘いしポンコツ。財団の記憶処理も貫通するクセに記憶の置換はしないor出来ない辺り不思議。

本作ではねこが豪くんのことを『うし』と呼称していますが、彼自身が種族をどう自認しているかは曖昧にしてあります。


・暗星豪の交友関係について
彼は霊格が高い低いとかではなく、そこにあるだけの存在なので、周りの人外からはそこまで見下されてもいないし崇められてもいない。

平安時代の彼は傷心でかなりグレており、ワルな妖怪や祟り神たちと交流を持ったのもこのとき。


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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
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SCP-2708-JP “狐七化け、狸八化け。されど敵わぬものがいて。”
著者 Ueh-s
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遠野妖怪保護区ハブ
著者 2MeterScale, aisurakuto, FattyAcid, fish_paste_slice, hitsujikaip,
islandsmaster, kskhorn, Mishary, Nanigashi Sato, sakuradafarm,
Salamander724, snoj
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報告書:財団における禁止リスト 改訂版

最近バタバタしているというか、決してアマプラでモブサイコ見てて執筆進んでないわけではありません。

そう遠くない未来の話。

次回更新は3月27日(日)です。


1.ブライト博士はSCP-████にお小遣いを与えてはなりません。

 1.そもそも本人が受け取りたがっていません。

 

 

2.誰であっても、丸めた新聞紙やお腹を撫でることでSCP-040-JPを飼い慣らすことが出来ると新しい研究員に教えないでください。

 

 

3.『SCP-040-JPに殴られた名誉ある闘士ランキング』の1位になることが大変不名誉であることを、誰かがSCP-973-JPに教えなければなりません。

 1.ブライト博士がチャンピオンの座を死守することは認められません。

 

 

4.機動部隊Ω-7は、アベンジャーズでも、ジャスティス・リーグでも、X-MENでも、鷹の爪団でもありません。如何なる理由があろうとも、当該部隊の通称をそれらに改名することは認められません。

 1.当該部隊のマスコットにSCP-529を採用することは残念ながら許可できません。聞いていますかアイリス。

 

 

5.SCP-2316は、他者に対して不愉快かつ不適切な振る舞いを見せる職員及びSCiPに“青春の思い出”でマウントを取らないでください。

 1.ベン・ウォードとの懐かしい記憶を不特定多数と共有することもです。

 2.もし学生時代に充実感を覚えている職員及びSCiPがいたとしても、SCP-2316とは張り合わないでください。貴方は大人です。

 

 

6.そろそろグラス博士が本気で泣くので、ブライト博士は職務中に記憶喪失のフリをしないでください。

 

 

7.ゴールドシップが持っている錨は、スクラントン現実錨とは何の事実関係もありません。

 1.また、ゴールドシップは別のタイムラインから来たわけではありません。

 2.仮にそれらが真実だとしても、我々では対処できません。

 

 

8.SCPファイルが二度とするなと言っているのは、あなたがたを洗脳したいからではありません。ねこはしたいです。

 1.違います。SCP-040-JPはこの文章を編集してはいけません。よろしくおねがいします。

 

 

9.財団神拳は全ての疑問に対する解決策ではありません。

 1.「より強き摩擦熱切断手刀」もです。

 2.「爆風キャンセラー・キャノン」もです。

 

 

10.どんなに上位の職員であろうとも、SCP-2000-JPにTwitterの鍵を開けさせようとしないでください。実行した場合、動物虐待で停職処分とします。

 

 

11.6つ子はSCPではありません。事実です。5番目に関しては我々の管轄外です。

 

 

12.SCP-3715の収容室は喫茶店ではありません。

 

 

13.何故それでフラれないと考えたんですか?

 

 

14.SCP-040-JPを、『気持ち悪いニャンコ大戦争』、『何かを間違えたハローキティ』、『感情を失ったスヌーピー』に例えて発言することは禁止されます。

 

 

15.SCPカップリングパーティーが行われた事は決してありません。そのようなイベントを覚えていると主張するような職員又はSCPオブジェクトは、クラスA記憶処置を執行するためサイト警備部隊に報告されます。

 1.SCP-2000-JPとSCP-040-JPを掛け算するなんてもっての他です。ねこをなめているのですか?

 

 

16.ブライト博士がO5の目の前で、SCP-████を“今世における兄”と呼称したのは確かに面白かったのですが、O5-6の仕事を半月肩代わりする体験は一度きりにさせてください。

 

 

17.サーキック・カルトと壊れた神の教会の、煩雑で難解な関係性を説明する際、『2人とも素直じゃないんですよ』で纏めないでください。わかりましたかSCP-████。

 

 

18.誰であっても、今後一切『エックスキャッチャーやみこ』と『吸血鬼すぐ死ぬ』のクロスオーバー同人誌を頒布しないでください。

 1.『銀魂』もです。

 2.『ゴールデンカムイ』もです。

 3.[編集済]は、まぁいいでしょう。彼らは広い心で許してくれると想定します。

 

 

19.確かに、きのこたけのこ戦争を未だ面白がっているのは、一昔前の人間なのかもしれません。しかし、カインとアベルの確執の原因はそれではありませんし、サイト-██でフェスを開催することも許可されません。

 1.セス、貴方がトッポを好んでいることに我々は何の異常性も見出していませんが、それを公言することは控えてください。

 

 

20.全ての財団職員及び知性を持つSCPオブジェクトは、SCP-████と新規のまたは継続した接触を図る前に、「『お前正気か?』を言わないための10の約束」を学ぶセミナーに参加する必要があります。

 1.SCP-████自身が参加することは認められません。誰が参加させたんですか?

 2.セミナーのノベルティとして、SCP-████とロバート・ブマロあるいは崇高なるカルキスト・イオンの学生時代を記録しためちゃくちゃ面白い貴重な資料のコピーを配布しないでください。たとえそれでSCP-████への理解が深まるとしてもです。

 

 

 

 

このリストへの追記はまだまだ受け付けています。よろしくおねがいします。

 




この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

ブライト博士の禁止リスト
著者 AdminBright
http://scp-jp.wikidot.com/the-things-dr-bright-is-not-allowed-to-do-at-the-foundation


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SCP-1295 “メグの晩餐”

前にもここに同じことを書いたと思うのですが、SCPの記事に必要なものは、『怖い画像があります』の注意書きだと思うのです。マジで。

今回のSCPは特にそんなことないので、安心して本家記事を読んでください。


「それ全部食べ切れるかのう?」

「あんたというやつは毎回……ああ、もういい。わしらがそう遠くない未来に仕事をなくすことに比べれば、こんな遣り取りに感情的になることもなかろう」

「もはや治せなくなるものは、人間の馬鹿さ加減しか残らん……嘆かわしい……」

「お主らとの、◾️◾️年間の忌々しい日々が、こんな形で終止符を打たれるとはな」

 

 某県某市の高速道路に在る“メグの素敵な家庭料理”の店。

 

 そこに毎日のように入り浸る4人の初老男性は、この世の終わりのような青い顔で溜息をつく。

 

 これは従業員たちにとっては日常的な光景で、彼らの会話を思考の端に引っ掛けることすらしていなかった。

 

「なぁウォーレンよ、どうにかならんのか? これでは、我々の給料査定が目に見えとる」

「仕方ないじゃろう! 終末が始まる前に終末が終わっとったんだぞ!」

「どうにか今からでも起こせんのか? 悪魔連中はあれだけ躍起になっていたんだぞ」

「無理だ。下は今、四大天使の収録スタジオになっているらしい」

「上はどうした? 今はナザレの小僧が留守にしているようだが」

「奴なら、日本でバカンスしとるらしいぞ」

「何だって!?」

「儂らと同じじゃな」

 

 フレデリックの一言に、激昂しかけたドワイトが押し黙る。彼の言うことは間違っていない。

 

 まさか、ドリンクバーでもたもたしている内に終末戦争が人間たちで完結してしまうなんて夢にも思わなかった。

 

 もう一度アポカリプス計画をやり直すことは可能だろうが、あの世の住民は、人間たちの最悪の内紛を未だに夢に見る始末だ。

 

 お陰で4人のスケジュールは、当分先まで真っ白である。天使や悪魔どもが早々に転職先を見つけていく中、自分たちは時代にどんどん置いていかれる。

 

「あー……それなら、シャキータ族の王子はどうした? 諸行無常を説く奴が、この状況に黙っているとは思えんな。奴もバカンスか?」

「アイツなら……神対人類のタイマン勝負に出場するようだ」

「は?」

「対戦相手は七福神らしい」

「お主、ついにボケたのか……認知症は疫病ではなかろうて」

「デマではない。確かな情報だ。ワルキューレの嬢ちゃんが大々的に宣伝しとったからな」

 

 終末が取り止めになってしまったものだから、地域に関わらずみんな暇になったのだろう。

 

 得をしているのは、休息や怠惰を司る神と、Ttt社のみに違いない。

 

 暇が過ぎると、神であろうと人であろうと、可笑しなことを始めるものだ。

 

「そういえば、アッシュールの世話役当番が我々に回ってくるという話が来とる」

「待て。あれは今、人間が世話しているはずじゃなかったか? スエンが上機嫌で語っていたじゃろう」

「どうもその人間の集団が散り散りになったらしくてな、周辺の神々が悲鳴を上げていた」

「ジーザス、世界はこんなにもおかしくなってしまったのか……」

 

 それもこれも、人間の所為だ。人間たちがフライングであんなことしなければ、全ては予定調和だった。

 

「もう……わしには何も解らん。……戦争というものを人間に渡してはいかんかった。火は我々で管理し続けるべきだったのだ……」

「後悔ばかりしても仕方あるまい」

「もうすぐ、天におわす主から、神事(じんじ)の発表があるだろう」

「人間に密接に関わる部署は減るじゃろうの」

 

 溜息を吐くと幸せが逃げる、という迷信がある。その幸せを人間の価値基準に基づく定義とすると、彼らの場合、彼ら自身が幸せではない存在なので問題ない。

 

 そのときだった。パットが、何恒河沙目の「それ全部食べ切れるかのう?」を聞こうとした、まさにそのとき。

 

 すぐ隣の通路で、幼い少年がハンカチを落とした。

 

 終末に関わる者とはいえ、神や天使や悪魔のように、特段人間に対する面倒な感情はない。

 

「おい坊っちゃん、落としとるぞ」

「えっ……ほんとだ! ありがとうございます!」

 

 赤色の生地に、黒猫の刺繍が入っているハンカチだ。そう値打ちのあるものではないが、少年は大事そうにハンカチを畳み直した。

 

 そして頭を下げると、無邪気に笑って、周りに迷惑にならない程度に小走りで去る。

 

「あの子は……信心深くはないから辺獄行きじゃろうな」

「最後の審判があったらの話だ」

「あの坊主はこっちの管轄ではないじゃろう。異国の神の気配がした」

「それ全部食べ切れるかのう?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「おかあさん! さっき、しらないおじいさんが、ハンカチひろってくれたよ!」

「そりゃあ良かった。ちゃんとお礼は言ったのかい?」

「うん! けいごもつかえました!」

「よし。で、何食べるか決まったか?」

「いちごのパフェのやつ……」

「デザート以外にしなよ」

「はーい……」

 

 少年が猫ではないねこを拾ったり、首飾りの男を拾ったりするのは、まだまだ先の話。

 

 

 

 




この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-1295 “メグの晩餐”
著者 D-matix
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1295

SCP-3740 “神はアホである”
著者 djkaktus
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3740


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SCP-777-JP “鶴の翁” ①

遂に玄武登場です。キャラ多すぎて訳わかんなくなってきました。

※SCP-777-JPとその関係者の擬人化要素と、口調・人格捏造等があります。ご注意ください。


 

 

『鶴の恩返し』、という昔話をご存知だろうか。

 

 むかしむかし、おじいさんは罠にかかった一羽の鶴を見つける。

 

 可哀想に、とおじいさんは鶴を助けてやった。

 

 その日の夜。激しく雪が降る中、おばあさんとおじいさんの住む家に、ひとりの女性が訪れる。

 

 雪のせいで道に迷ったので一晩泊めてほしい、と頼み込む女性を快く受け入れる2人。

 

 しかし、その女性の正体は────

 

 簡単にあらすじを説明すると、こんな感じ。

 

 けれど、僕はどうして、今そんなことを思い出したのだろう? 

 

 まず僕は19歳で、実家に4人暮らしで、今は梅雨明け、大学はもうすぐ夏期休暇。

 

 そして家にやってきたのは、美しい鶴ではなく、遠方に住む親戚である。

 

「えっと……お二人とも何故ここに?」

「……伯母上より事のあらましは聞いた。ゆえにひめ……否、八尋(やひろ)と共に参った次第なのだが」

「愛しい従兄弟のため、猿人蠢く猥雑な陸で暮らすのも、やぶさかではないぞ?」

「何も分かりません……」

 

 ブマロくんやイオンくんとは別方面で難しい言い回しをするこの2人だけど、今日はかなり意図が見えづらい。

 

 心なしか、足元のお塩さんが、2人を見て顔を顰めている気もするが、人間と猫じゃ表情の意味するところも変わるだろう。

 

 八尋さんは怪訝そうに眉をひそめると、隣に立つ幸彦(さちひこ)さんに尋ねる。

 

「……お前、よもや此奴(こやつ)に連絡を入れておらんのか」

「汝が入れたのではなかったのか?」

「我は竜宮の公務に追われていた。お前のが暇であろう?」

「えーっと……すみません。何の話ですか?」

 

 僕の問いかけに、八尋さんと幸彦さんがこちらへ向き直る。

 

「お前、蒐集い……知らない男を3人も家に招いたそうではないか」

「は、はい。そうですけど……」

「それが理由だ」

「んん?」

 

 駄目だ。まだ何を言っているのか解らない。

 

「そんな怪しい連中を斑一人で縛れるわけがなかろう。ゆえに、我らが来れば三対三で公平になる」

「……はい?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「────というわけで、親戚の綿津見(わだつみ)八尋さんと幸彦さんです。僕のことが心配で来てくれたみたいで……その、今日からここに住むそうです」

「「はあああああああ!?」」

「んっ!?」

 

 ブライトさんとバークレーさんが喫驚してお茶を噴きかける。セスさんはそんな2人に驚いていた。

 

「斑くん、正気か!? イオンとブマロの次は彼らか!? そもそも、この家に6人も住めるのか!?」

「何をほざくか人間。余所者はお前たちであろう。お前たちが去ればよい話だ」

「八尋……蒐集院を疎む気持ちは分かるが、穏便に事を進めぬか?」

 

 僕はブライトさんに肩を揺すられ、八尋さんが反論し、幸彦さんが肩身を狭そうにして取りなす。

 

 お塩さんは煩いのが嫌なのか、さっさと居間から出て行ってしまったし、“先生”の姿が見当たらないのはいつものことだ。

 

「████████████」

「あー……Sorry, (ごめんなさい、)Could you say that again?(もう一度言ってくれませんか?)

「……Who is this couple?(こいつらは何者だ?)

 

 そうか、バークレーさんは日本語が解らないんだった。ブライトさんとセスさんが普通に聞き取って話しているので、すっかり忘れていた。

 

 親戚って英語でなんて言うんだっけか。

 

「えっと……They are my relatives.(2人は僕の親戚です)あのひとがワダツミヤヒロさん、そっちがサチヒコさん……」

「斑くん、ちょっとバークレー借りてもいい?」

「構いませんけど……」

 

 ブライトさんはバークレーさんの腕を引っ張って、隣の部屋に入っていってしまう。

 

 残されたセスさんは、暫し上下左右を見回していたが、正座の姿勢で八尋さんを見た。

 

「俺の名はセスだ。勝手な事情ながら此処に世話になっている」

「お前はいい、お前の兄が斑に手を出す可能性を省けばな」

 

 問題は奴らであろう、と、八尋さんは襖の閉まった隣の部屋の方を睨む。

 

 彼女は、何故かブライトさんとバークレーさんへの感触が良くないようだ。どうしてだろう。

 

 しかし八尋さんは官僚だというし、エリートの勘みたいなものがあるのだろうか。

 

「斑、悪いことは言わぬ。()()はやめておけ。お前の手に負えるものではない。後発の種族の分際で、日向と日陰に線引きをするような輩なのだ」

「いや……確かに、もう少し大きな団体とかの支援を受けた方がブライトさんたちのためになるかなぁとは思いますし、その辺話し合うつもりではありますけど」

「そういうことではないと思うぞ、汝よ……」

 

 幸彦さんが苦笑いする。

 

 母曰く、幸彦さんは妹────僕にとっての叔母、幸彦さんの母親によく似て“ゆるふわ”系らしい。

 

 なるほど、これが“ゆるふわ”の笑顔。なるほど。19年間見てきているが、なるほど。

 

「……ところで、お塩さんはいいんですか?」

「たかだか畜生が1匹如きどうとでもなる。なぁ、お前よ」

「とよ、八尋……それを本猫の前で言うのはどうかと思うぞ……」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 さくらのけんぞくがきました。

 

 はらいたいたいです。

 

 ねこがしゅうしゅういんをもとめたのはこれがはじめてです。

 

 おかえりください。ありがとうございました。さようなら。おかえりください。

 

 はよかえれ。

 

 

 




・八尋と幸彦(SCP-777-JP)
井上斑の親戚。苗字は『綿津見』。八尋は官僚、幸彦は農協勤めらしい。

その正体は、一度常世に連れ込まれたと推定されるSCP-777-JPとその伴侶。


・作者自身のためにもなる一人称・二人称メモ
井上斑・・・僕/あなた

ねこ・・・ねこ/あなた、おまえ

“先生”(SCP-3715)・・・私/貴方

ブライト・・・私/君

バークレー・・・オレ/アンタ

セス・・・俺/お前

八尋・・・我/お前

幸彦・・・われ/汝

バーチウッド(SCP-2316)・・・“俺”、彼ら/“君”、キミ、アンタ

SCP-2000-JP・・・ぼく/あなた

暗星豪・・・(うぬ)/(ぬし)

イオン・・・私/汝、お前

アイリス・・・私/あなた

アベル・・・私/お前

カイン・・・私/貴方


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-jp


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SCP-777-JP “鶴の翁” ②

春はバタバタするので、次回更新は未定となります。

4月中旬までには・・・・何とか・・・・


 

 

「……何て?」

「つまり、男性の方は本来老いた鶴と人との合成生物のはずで、女性の方は即死級の認識災害を引き起こす実体のはずで、だがしかし2人とも普通に人間として生活しているのは可笑しいので例によって斑くんが何かしたんだろう、というのが私の推察だ。お分かりかな?」

 

 ちなみに元とされるSCiPがコレ、と見せてきたスマホ画面には、大きな鳥居の画像が添付されたSCP-777-JPの報告書が映し出されている。

 

「女性……八尋と名乗る彼女は、まぁSCP-2316と同じようなパターンだと思われる」

「待てよ、ならSCP-777-JP本人は? 報告書(コレ)によりゃ、とっくに心臓病でくたばってるだろ」

「んー……これもまた推測でしかないが、彼はアイリスやセスのパターンだろうね」

 

 無論、人間になっているのか、神として生まれ直したのかは、本人に聞かねば分からないことである。

 

『ぶらいとさん! ばーくれーさん! SCP-040-JPが、なんかつるとかめをはやくおいだせっていってるよ!』

「2000-JP……いつの間にアレと親交を深めて……」

「残念ながら、追い出されそうなのはオレたちだよ」

「2人とも、話終わりましたかー?」

「オウッ!?」

 

 襖がノックされた。

 

 SCP-2000-JPは音声を発しているわけじゃないから会話内容は聞こえていないだろうが、ブライトは何となくスマートフォンを後ろに隠す。

 

「ごめんごめん、もうそっち行くから……」

「そうですか! あのですね……大変申し訳ないのですが、僕、これからバイト行かなきゃいけないんですよ」

「えっ」

 

 居間に再入室すると、赤いリュックサックに急いで荷物を詰める斑と、不機嫌そうな亀、冷や汗を流す鶴、お茶を全部飲んでしまい手持ち無沙汰なセスが見えた。

 

 スマートフォンを見直すと、確かに、いつも斑が家を出る時間帯だ。

 

「八尋さん、幸彦さん、ごめんなさい。帰ったら話の続きをしますから」

「……元はといえば、(しら)せを入れなかった我々に非がある。構わず発つがよい」

 

 いやこっちが構うわ。勝手に話進めるな。頼むからまだいろよ家主。バイトより世界平和だろ。サボれクソッタレ、とバークレーが矢継ぎ早に毒づきそうになるが、ブライトに口を押さえられた。

 

 斑はリュックのショルダーハーネスに腕を通しながら、廊下を早歩きして、玄関で靴を引っかける。その間わずか1分。

 

 ブライトたちの心境なんてお構いなしに、さっさと別れを告げてしまう。

 

「それじゃあ行ってきます! なるだけ早く戻りますから!」

「う、うん。斑くん行ってらっしゃーい」

 

 シャッ、と扉が閉められる。

 

 海の怪物のジメジメした視線に気付かないフリをして、ブライトは踵を返した。

 

 居間に戻ると、さっきよりも格段に室温が下がっている。

 

「……お前たちに死に方を選ばせてやろう、と言いたいところだが」

「斑くんの母親に止められてる?」

「今は蒐集院よりも、海に毒を流す人間を排除する思想が、常世の主流でな」

「われらは汝ら人類にとって煙たい存在であろうが、共生を許してほしい……」

 

 バークレーとセスが細く長い息をつく。

 

 2人はブライトに比べて社会経験が薄い上に、追い出されるとやっていけない。ブライトは、一応、元の身体の持ち主の戸籍が残っているけれども。

 

「そうと決まれば、住まいを相応に整えねばならない。おい人間!」

「汝よ、どの人間か示さねば判らぬ」

「学者以外の2人、お前たちは風呂掃除だ。幽鬼(ゆうき)は我らの床を用意するように」

『あの……ゲストルームは今、ドクターたちが使用しているのですが……』

「────やはり追い出すか」

居間(Living room)! オレたちはこの部屋で寝よう、なぁセス!!」

「ううむ……斑の縁者に迷惑はかけられないな」

「私の同意は?」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

「えー!? 親戚が急に!? めっちゃ迷惑じゃん、井上君はそれで大丈夫?」

「大丈夫……ではないかもです……食材買い足さないと……献立計画狂いました……」

 

 客足が途絶えている時間、チキンを揚げながら先輩と雑談を交わす。

 

 外の景色は少しずつ群青を重ねていて、対照的に変わらず明るいのに誰もいないコンビニ店内は、何となく不安を覚える。

 

「あのさ、親戚が来たのって、お義兄(にい)さんと関係ある?」

「おにいさんって、ジャックさんのことですか?」

「え、あの人以外に兄弟いたっけ?」

「い……いないですよ、はい」

 

 そういえば、バークレーさんとセスさんを周りにどう説明するか考えていなかった。遠い親戚とかでいいか。

 

「関係なくはないですが、別に大したアレじゃないと思います。僕やジャックさんのことが心配で、しばらく一緒に住むってだけなので」

「いやいやいや、それめちゃくちゃ大したことあるよ。アポなしで突然住むとか、距離感ヤバいって、その人たち」

「そうでしょうか……」

 

 ひとつ目のチキンをトレーに上げる。

 

「でも、忙しくて電話できなかったみたいです。幸彦さんは農協で働いてるし、八尋さんなんて官僚ですから」

「守秘義務云々の話じゃないでしょ……てか官僚が親戚か……斑くんは、人生勝ち組だよね」

「恵まれてる自覚はあります。親に殴られたことないし、友達は優しいし、大学まで行かせてもらえるし、毎日ごはんが食べられますし」

「それって普通じゃない?」

「……普通じゃないですよ。これが普通なら、日本は自殺大国になってません」

 

 2つ目、3つ目が揚がる。ちょっと油が手首に飛んだ。痛い。

 

 これくらいじゃ何ともないけど、もし僕が「痛い」と口で言ったら、耳を傾けて心配してくれる人がいるのは確かだ。

 

 でも、世の中にはそうじゃない人もいる。痛みを痛みとして取り扱ってもらえない人。声を上げる手段がない人。口を塞がれている人。わざわざ痛めつけられている人。

 

 そんな人たちが、いつかと言わず、今すぐにでもどうにか生きやすくなればいい。

 

「僕は、お金と時間と体力に余裕がある分、少しでもちゃんとした大人になりたいんです」

「若いのに立派だねー」

「先輩と3歳差なんですけど?」

 

 先輩が「マジか」と笑う。先輩は大学院生らしい。どこの院かは聞いたことがない。

 

 そのとき、店内同様明るい入店音が鳴る。

 

「いらっしゃいませー!」

「斑ぁぁぁ! (うぬ)、自転車レースで負けたぁぁぁぁ!!」

「……バイト終わってからでもいいですか?」

 

 妙に真っ黒なので誰かと思えば、暗星さんだ。

 

「え、井上君の知り合い?」

「そんなところですかね」

「もうな! 自転車のタイヤが吹っ飛んでな!?」

「バイト終わってからでもいいですか?」

 

 

 

 

 ねこです。

 

 しゃべるのもだるいです。

 

 ねこでした。

 




・井上斑
コンビニバイトは大学に入ってから始めた。チキンを揚げるのが楽しい。


・バイト先の先輩
フリでも何でもなく、本当にマジでただの一般人。趣味はドライブとラーメン屋巡り。


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SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-jp

SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
http://scp-jp.wikidot.com/scp-973-jp


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報告書:財団における禁止リスト 改訂版 2ページ目

ウルトラロマンティック、略してウルトラマンに翻弄される3ヶ月を過ごしていました。

ここ最近は辛いニュースばかりが飛び込んできます。どうか、二次創作をのんびり楽しめる世の中になりますように。

今回はリハビリ代わりの禁止リスト第2弾です。鶴亀編は明日の更新となります。

そう遠くない未来のお話。


 

 

 

 

21.仰るとおり、経験に裏打ちされた証拠は科学の基礎です。また、盲信は理性の死です。しかし、それらはSCP-040-JPの性器の存在を実験室環境下で証明するよう倫理的に義務付けられていることを意味しません。ころしますよ。

 

 

22."究極の宿命による究極の対決"はSCP-682やアベルを含む15以上の好戦的なSCPオブジェクトを戦わせる根拠にはなり得ません。

 1. "極度の不安を抱えたティーンからの問題の除去"でもです。

 2. ブライト博士が"フリーハグ"を行うことは許可されていません。

 3. 最強決定戦なんてものは全王とラッキーマンにやらせておけばよいのです。

 

 

23.残念ながら、どれだけ眉毛を弄ったところで、貴方は愛城恋太郎にはなれません。

 

 

24.5つ子もSCPではありません。『零奈』が誰なのかを考察することは、我々の仕事ではないと思われます。

 

 

25.ブライト博士は、『将来起こり得ると想定されるKクラスシナリオの概略と対処法』のレポートとして、『Dr.STONE』の漫画全26巻を提出しないでください。

 1.ブライト博士が千空推しかどうかを知ることは、職員にとって全く有益ではありません。

 2.SCP-990は『ホワイマン』ではありません。

 3.SCP-1281は『レイ』ではありません。

 4.貴方が提出した資料の所為で、職員の3分の1が休日を潰しました。私はSAIが好きです。

 

 

26.SCP-973-JPは二度とM-1の決勝戦に出場しないでください。コンビでも、トリオでもです。

 1.貴方がお笑い業界をあんな風にしたかったわけではないことは重々承知していますが、最早[削除済]が打ち切られることは二度とないでしょう。

 

 

27.誰であろうとも、SCP-4840-Aに『お前の兄ちゃん』ジョークを言ってはいけません。彼がアベルと同等の精神を持つと思わないでください。

 1.カインに『お前の弟』ジョークを言うのもです。

 

 

28.ブライト博士は、いかなる生物・無生物の前でも“お可愛いこと・・・・”というフレーズを発言することは許可されていません。

 

 

29.全ての知性を持つ生命体は、SCP-777-JP-A群が出現した際、『おさかな天国』を歌わないでください。私達は未だに彼らからのクレームを受け付けています。

 

 

30.エヴァンゲリオンは壊れた神の部品ではありません。

 1.ブライト博士は全ての職員は、誰かを呼びつけて「エヴァに乗れ」と迫らないでください。早くエヴァンゲリオンにさよならしてください。

 2.エヴァがロボットかロボットじゃないかなんてクソどうでもいいんだよ!!

 

 

31.ミスター・パーカーは“銀の銃弾”ですが、それはかつての話であり、彼に面倒かつ煩雑な業務を押し付けることを“祈り”と呼んではいけません。

 1.これ以上同様の事例が続くようなら、エージェントバークレーによる[編集済]が実行されます。

 

 

32.今のブライト博士に必要なのは霊幻新隆ではありません。減給処分です。

 

 

33.ブライト博士は右京の相棒ではありません。ブライト博士は警察ではなく、また彼が財団職員として雇用されることもありません。

 1.クレフ博士とコンドラキ博士は、自らを『右京』と名乗るのをやめてください。SCP-990にもこれを伝えるように。

 

 

34.以下に示すものはSCPオブジェクトではありません。

 ・飛鳥文化

 ・しゃっくり

 ・馬が存在しない歴史

 ・チンダル現象

 ・なんらかの2期、3期、4期

 ・すみっコ

 ・カーネルサンダース

 ・黄金の精神

 ・リラックマの中の人

 ・月曜日の憂鬱

 ・火曜日の憂鬱

 ・水曜日の憂鬱

 ・M78星雲

 ・1日ごとに記憶を忘れる余命半年のヒロイン

 

 

35.全財団職員及びSCiPは、如何なる理由があろうとも、“実験”として申請しても、SCP-████にオヤツや夕食をねだってはいけません。何の為に食堂があると思っているんですか?

 

 

36.寝てください。すぐに。

 

 

37.ブライト博士が『危機管理フォーム』を発動することは有り得ません。

 1.フォークを持ち歩かないでください。

 

 

38.どんな職員であっても、またはSCPオブジェクトであっても、“水中の死体に呼ばれているから”という言葉を言い訳に使ってはいけません。

 1.沈めるぞクソ野郎。

 

 

39.“マイキーくんを闇堕ちから救うために”という理由は、いかなる決定の正当化にも使用出来ません。また、受理されることはありません。

 

 

40.SCP-2316は許可なく『クラスTシャツ』を部屋着として着用してはいけません。それが1975年当時に存在しない文化であることは明白です。

 1.SCP-████は、自分が()()()中学・高校の活動の一環で着用していたクラスTシャツを、SCP-2316に見せないでください。“彼ら”は非常に繊細です。クラスTシャツに見覚えがあります

 2.カルキスト・イオンはもう来ないでください。その途轍もなく懐かしいデザインのTシャツを着ていたところで、貴方は古代の魔術王です。

 

 

41.壊れた神の教会に、ナイジェリア詐欺のスパムメールを送ることは許可されていません。

 1.SCP-040-JP、SCP-2316、SCP-973-JP、その他コンピュータを扱う知能と技術を有するSCPオブジェクトに対してもです。

 

 

42.「誰もSCP総選挙など予想していなかったろう!」というのは事実です。そのようなものは存在していません。

 1.マジでやりやがったな。

 

 

43.ブライト博士はねこの飼い主ではなく、自身をそう表現するべきではありません。よろしくおねがいします。

 

 

44."ブライト博士がやったんだ"は、大いに信憑性がありますが現実的な言い訳とはみなされません。

 1. "全部緋色の鳥を解き放った所為だ"と言い換えても駄目に決まってんだろ。

 

 

45.SCP-040-JPの[編集済]を[編集済]することは、もう二度とないようにしてください。我々は、誰も、あんなこと知りたくありませんでした。

 

 

 

 

このリストへの追記はまだまだ受け付けていますが、まずは湖に戻って彼らの顔を見てください。

 

・・・・あ、やっぱ今バーベキューしてるから帰っていいよ。

 

 




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ブライト博士の禁止リスト
著者 AdminBright
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SCP-777-JP “鶴の翁” ③

今回SCP-031が登場していますが、どうやら記事は削除済みのようです。プロットを書いた時点(6月くらい)では残ってたはずなんですが・・・・

鶴じいさんとサメ姫様のお話はこれにて終了。次回更新は8月までにやる予定。


 

 

 

「かーごーめ、かーごーめ、かーごのなーかのとーりぃは、いーつ、いーつ、でーやぁる……」

 

「親戚が来てるなら」という店長のご厚意により、今日は少しだけ早く上がらせてもらった。ありがたいことだ。

 

 弾む心に任せて、落ちていく夕陽を眺めながら、適当に歌を口ずさむ。

 

「よーあーけーのーばーんーにー、つーるとかーめがすーべったぁ、うしろのしょうめん、だーぁれ……」

 

 直後、僕はギョッとしてしまった。

 

 前から歩いてくる2人の姿が異様だったからだ。

 

 1人は、カジュアルな装いの、20代くらいの男性。

 

 もう1人は────黒くてぶよぶよとした、かろうじて二足歩行と解る程度の奇妙な着ぐるみ。

 

 朱色と群青がなめらかに溶けた光の中を、その2人は寄り添い合いながら歩く。テレビの話とか、夕飯の話とか、そういう他愛ない話題が、冷たい空気に乗って耳に届く。

 

 カップルなのだろうか。着ぐるみじゃない方の人は、何やら時折愛を囁いていた。

 

 彼らがすっかり黄昏の奥に行ってしまったとき、僕は呟く。

 

「変わった着ぐるみだったなぁ……」

 

 世の中には、ああいうデート形式やファッションを好むカップルもいるのだろうか。世界は広い。僕の知らないことがまだまだある。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「はぁー、これが昔の斑くん?」

「然り。確か(よわい)は七つのはずだ」

 

 浴室から響く「最悪だ!! 黒い悪魔(ゴキブリ)め!!」というエージェント・バークレーの悲痛な叫びを聞き流しながら、ブライトはアルバムを眺めた。

 

『入学式』と書かれた札の前で、ぎこちない笑みを浮かべる幼い少年。ピカピカの赤いランドセルを背負っているというより、背負われているような雰囲気だ。

 

 鶴と亀の生い立ちと住環境から考えて、まともなカメラ技術を覚えているとは推測し難いので、恐らくこれを撮ったのは斑の義母だろう。

 

 2枚目の写真は、綿津見八尋────SCP-777-JP-Aとされる人型実体が、7歳の従弟(いとこ)にサメの絵を見せられているものだった。

 

「懐かしき(かな)……絵画の()()()()()で佳作を取ったときの写真だ」

「あの母親はともかく、オトヒメ様は人間嫌いじゃなかったかい?」

生業(なりわい)の合間の暇潰しだ……と、あやつは語っていたが。われに本心は判らぬよ」

 

 幸彦は、鶴のように白い(かんばせ)に楽しそうな笑顔を浮かべる。直後、その微笑みに切なく苦々しい感情が混じった。

 

「何千年も昔────われは、姫との約定を破った。出産の痛み苦しみは計り知れない上に、伴侶に化け物と恐れられたあやつの絶望に、正面から向き合おうともせず。それが、われの罪なのだ」

 

 男は、古き異類婚姻譚を主観的に語る。約束を破り、伴侶を突き放す。遠い昔から変わらない不幸の玄関だ。

 

「だが、あの人の子……斑は、姫の姿を悍ましいと捉えなかった。それが例え誤解でも、(まじな)いによるものだとしても────われらには、何よりの救いであった」

 

 雪白の手指が、アルバムの写真を撫でた。仏頂面の八尋和邇の隣で、人間の少年がスイカを齧っている。何も知らない者が見れば、姉弟に見間違えたことだろう。

 

「かかることを汝らに願っても叶わぬとは知っている。────されど、どうか……あの子を大切にしてくれぬか」

 

 ブライト博士は、何も言わなかった。何を言っても、不正解になり得た。

 

「セス! ゴキブリを素手で触るな!」

「申し訳ない。手遅れだ」

「クソッタレ!!」

 

 風呂掃除はまだ終わりそうにない。2人きりの気まずい時間が続いてゆく。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 帰宅すると、魚の着ぐるみを纏った方々が家の前に集まっていた。八尋さんの実家の使用人さんたちだ。

 

「████!!」

「████████?」

 

 相変わらず、方言が強くて内容が聞き取れない。家財道具を運んでいる様子からして、八尋さんの引越し準備に来たのだろうけど。

 

 軽く会釈をすると、腰(魚に腰はないけど)を曲げて返してくれる。潮の香りが辺りに蔓延していた。

 

「ただいま戻りましたー!」

「遅いぞ、斑」

 

 玄関の扉を開けると、八尋さんが腕を組んで待ち構えている。仕事着の重そうな着物を着ていて、何だか気迫が凄い。

 

「手を洗ったら夕食だ。わざわざ竜宮の召使いに作らせたのだから、残すことは赦さぬ」

「はーい」

 

 僕は洗面所に向かった。廊下の途中で「I told you not to touch it(だから触るなって) with your bare hands! (言ってんだろ!)」と言う声が聞こえたような気がした。

 

 洗面所で手を洗う。指と指の間、手首までしっかり泡で洗い、タオルで拭いた。

 

「斑くーん。ティッシュ切れたんだけど、買い置きってどこだっけ?」

「それなら、そこの棚に……え、ティッシュ切れたんですか? 今朝替えたばかりなのに」

「うん………………ちょっとね……Sし、サチヒコがアルバムを見ながら感極まってしまって」

 

 鏡の中を見ると、廊下の向こうをバークレーさんとセスさんが駆けて行く。何やらバークレーさんが怒っているようだった。

 

「斑! 早く来い! 飯が冷めるぞ!」

「はっ、はい!」

 

 八尋さんの高飛車な態度は、昔から変わらなくて安心する。沢山の使用人さんを従えているところといい、まるで本当の王族みたいだ。

 

 なんて、まさかそんなことあるわけない。彼女は官僚で、実家は九州の資産家らしいってだけなのだから。

 

 僕は念を入れてもう一度手を拭き、居間に向かった。そこへ、スタスタとお塩さんが無表情で歩いてくる。

 

「お塩さんもごはん食べます? 魚だから猫でも食べられると思いますよ」

 

 お塩さんは答えない。これだけ魚の匂いが漂っているのに興奮しないなんて、お塩さんはクールだ。

 

 

 

 

 ひさびさのねこです。よろしくおねがいします。

 

 さかながうごめきます。さかながねこのいえにつめよります。ここはねこです。

 

 つるもかめもおかえりください。よろしくおねがいします。

 

「久方振りだのぅ、白虎? どうやら随分な猫被りをしているようだが、我にはお見通しだぞ」

 

 それはねこのことばです。さめはしばきます。よろしくおねがいします。

 

「あ゛?」

 

 あ゛? 

 

 ねこです。ねこがねこでねこですので、ここはねこです。りゅうぐうではありません。かめのせきはありません。さようなら。

 

 ねこです。ありがとうございました。

 

 




・井上斑
小さい頃からよくシーフードを食べさせられていた。意外にも、裸で叫ぶタイプのお笑いが好き。


・八尋、幸彦(SCP-777-JP)
斑の親戚ふうふ。ベタベタイチャイチャはしていないが、お互い落ち着くところに落ち着いている。

育児経験は幸彦の方が積んでいるため、基本幸彦が斑の世話をしていた。八尋は、斑が成人したら自分の職場にスカウトするつもりでいる。


・バークレー、セス
風呂掃除をしていた2人。バークレーは日本語が読めないので、洗剤やら何やらの扱いはセスに任されている。


・お塩、ブライト
今回あんまり出番なし。


・SCP-031
これ以降は特に本編に絡まないゲストSCP。なんかぶよぶよした黒いやつ。
恋愛をする人には恋愛対象に見えるようだが、無性愛者には効かない。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
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SCP-031 “愛とはなんぞや?”
著者 Roget
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指導者ロバート・ブマロの現状 ①

お待たせしました。今回はあの要注意団体のボスが登場します。

SCPの漫画を探してたらSCPと無関係な怖いイラスト出てきて心臓バクバクしてます。助けてください。


 

 

 

 

 小学1年生の頃の、今みたいな夏の日の話だ。

 

 みんなが色鮮やかなランドセルを背負ってきゃあきゃあはしゃぎながら下校するのに、僕は廊下の流れに逆行して、図書室に向かっていた。

 

 小学校の図書室は、あんまり広くない。4人席×8個のテーブルは、すぐに埋まってしまう。

 

 それでも、いつも埋まらないテーブルがあった。

 

 図書室の一番窓側、なのに一番暗い。そのテーブルだけは、“ひとり”を除いて誰も座らない、近寄りもしない。

 

「……ブマロくん。きょうのプリント持ってきたよ」

 

 国語、算数、生活やらなんやらで配られたプリントの束を“彼”の前に置く。

 

 同級生のロバート・ブマロくんは、難解な外国語でびっしり埋まった分厚い本から顔を上げて、僕を一瞥した。

 

「その本なあに?」

「何の変哲もない児童書だ」

「ふりがなついてないのに?」

「……そうだ」

 

 ブマロくんは、たまに平然と嘘をつく。この前だって、授業に出席しない理由を尋ねたら「私はとうに成年に達し、一定以上の精神性を構築し終えている」と語ったのだ。

 

 でも、ブマロくんが賢いのは確かだった。テストは常に100点満点だし、九九どころか10桁×10桁の暗算も一瞬で答えられるし、怖い大人にも怯まず冷静に対応できる。

 

 そんなに凄いのに、周りの子たちはブマロくんのことを嫌っているようだった。全身にコンピュータが組み込まれているくらい何だって言うのだろう。他人と違う方法を使うことで他人と同じように生きる人を「ずるい」と罵るのは何故だろう。

 

「ブマロくん、ランドセルの汚れってどうやって落とせばいいかなぁ」

「種類と経過時間によるだろう。何をした?」

「きょうの習字の時間にね、隣の子に、ランドセルに墨汁かけられちゃって」

 

 僕は背負っていたランドセルをテーブルの上に置いた。真っ赤な皮革の中央に、黒いものが染み付いている。

 

「水で拭いたけど取れなかった……」

 

 僕は赤色が好きだった。しかし、隣の席の男子児童は僕の好みが気に入らなかったのか、はたまた無邪気な衝動が発露したのか、「赤なんて変なの。俺が染め直してやるよ」とお節介を焼いてくれたのだ。

 

 先生に言おうと思った。でも言えなかった。小学生の僕は今より気が弱くて、他の子にかかりきりの先生をわざわざ呼び立てることはできなかった。

 

「どうしよう。ランドセルって高いのに。お母さんに怒られるかも……」

「君のせいではあるまい。加害者を引っ張り出して弁償させろ」

「でも……あんまりあの子と話したくない……声おっきくてこわいし……」

 

 分厚い本のページを繰る音が止まる。

 

 ぐずぐずと煮え切らない僕に耐えかねたのか、ブマロくんは金属製の瞳を半分閉めて、気怠げに言い放った。

 

「5分だ」

「え?」

「5分で事を済ませる。その間、誰も図書室に入れるな」

 

 どういうこと? と問いかける前に、僕は鋼鉄の両腕にぐいぐい押し出され、図書室から追い出された。

 

 振り返る間もなく閉まった扉を、暫く呆気に取られて見つめていたら、あっという間に5分が過ぎた。

 

「終わったぞ」

 

 図書室から出てきたのは、相変わらず無機質な表情のブマロくんと、汚れ一つない真紅のランドセルだった。

 

「……!! ありがとうブマロくん!!」

「この程度の修復、壊れたる我々の神についてのそれの練習にすらならない」

「わー! すっげーきれい! どうやったの!?」

 

 カチ、カチ、カチと歯車が噛み合うような音が聞こえたような気がした。

 

「……企業秘密だ」

「きぎょーひみつって何?」

「それは教えられない。君が我が教団に入って、私の兄弟(ブラザー)、神のモジュールになったときこそ────」

「あっ、きょう、やひろさんとさちひこさんが来る日だった! ごめんブマロくん、また明日!」

「……嗚呼。明日、な」

 

 ただの問題児と世話係だったブマロくんと僕は、それから卒業までずっと一緒だった。ブマロくんが神の部品を探すとか何とかで遠い県に引っ越すことになったときは、卒業式本番よりも泣いた。

 

 正直、そのときはもう一生会えないかもしれないと思い込んでいたのだ。どこか浮世離れした天才のブマロくんと、どこまで行っても平均的な能力の僕じゃ住む世界が違う。あっちは僕を友達と思ってくれていないかも、とさえ考えていた。

 

 だから────あの日、中学校で新しい友達が出来たことを報告したとき、何故か鬼のような形相で駆けつけてくれたのがすごく嬉しかったのは、心に秘めた内緒の話だ。

 

 

 

 

 ×××

 

 

 

 

「懐かしいなぁ、あれから12年経つのか……」

 

 僕は追想に沈みながら、ぼんやりと眼前の微笑ましい光景を眺める。

 

「ブマロ……忌々しき鉄屑が、何をしに来た? 貴様を此度の逢瀬に呼んだ記憶はない。全く、何千年も前から貴様が目障りだ。丁度いい、今から消してくれよう」

「カルキスト・イオン……浮かれた肉塊が、(かなとこ)に潰される危険性をデータベースから削除(デリート)したようだな? 私を赦すかどうかは斑の決めることだ」

 

 睨み合う2人は龍虎相博────というよりハブとマングース……いや、カナヘビとサビイロネコのように見える。

 

 2人の向こうにあるのは、青い箱みたいな建物。その周囲には、海洋生物を象ったオブジェ。

 

 今日、僕は友達と水族館に来ている。本当ならイオンくんと2人きりの予定だったのだけど、ブマロくんと()()()()鉢合わせたのだ。

 

 こういうことはよくある。中学の夏休みに沖縄へ行ったときも、高校の卒業旅行で北海道に行ったときもそうだった。

 

 別に不思議ではない。僕は前日に、イオンくんと水族館に行くことを、チャットでブマロくんに話していたからだ。

 

 彼は日時も場所も知っていた。つまり、導き出される解答はたった一つ。

 

 ブマロくんは、「一緒に行きたい」と言うのが恥ずかしいんだろう。

 

 僕とブマロくんの2人きりのときは、そうでもない。頭の回転がエアータービンよりも速い彼だが、旧友イオンくんが絡むと何故か挙動不審になりがちだ。逆も然り。

 

 2人は強大なカリスマ性のある天才同士、対等な関係だ。互いを気遣う必要がない。常にフルスロットルで衝突できる。

 

 この前なんて、ポーランド語とエストニア語とフィンランド語諸々をミックスした罵倒合戦らしき何かを行なっていた。戦いは6時間にも及んだが、ファミレスの店員さんが渋い顔をし始めたので、なんとか説得して休戦となったのである。

 

 でも仲が良いのは確かだ。そうじゃなきゃ、わざわざLINEに場を移してまで競技続行したりしないし、お互いの行動を秒単位で把握したりもしないだろう。

 

 猛獣みたいに唸る2人に、僕はそろそろ声をかけることにした。イルカショーが始まる前に、クラゲの特別展示を一通り観覧したい。

 

「ブマロくん、イオンくん。外は暑いし、とりあえず水族館(おくない)に入らない?」

「……汝の案に従おう。機械の脳味噌が溶けたとしても我は触れたくない」

「嗚呼。肉団子が腐る前に冷凍保存するべきだな」

「………………」

「………………」

 

 絶対零度の風が吹き抜ける。

 

 夏は始まったばかりだ。

 

 




・井上斑
昔は大人しくて真面目な子として、教師の協力者ポジションにあった。当時は「子どもに子どもの世話をさせるのか・・・・?」という疑問は持てなかった。


・ロバート・ブマロ
壊れたる教会の指導者。機械系アノマリーを収集し、壊れた神の復活を野望としている。

一度引っ越したのはその目的の為であったが、イオンの生存を知って慌ててすっ飛んできた。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

壊れた神の教会ハブ
著者 FortuneFavorsBold
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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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指導者ロバート・ブマロの現状 ②

ねこです。

ほんぺんかられいあつがきえましたのでまえがきにねこはいます。

ねこですよろしくおねがいします。

かしこ


 

 

 

 

 赤からオレンジ、黄色から翠緑、青から紫、桃色からマゼンタへ。シームレスに移り変わっていく照明を透過しながら、クラゲが舞っている。

 

 ミズクラゲ、ベニクラゲ、アカクラゲ、ブルージェリー……他にもたくさん。クラゲの泳ぐリズムは心臓の鼓動と似ていて、リラックスできた。

 

「クラゲ良いよなぁ、クラゲ……」

「確かに。奴らは美味だ」

「美麗だが、機構が脆弱すぎる。邪悪な肉を捨てて進化(アップデート)すべきではないか?」

 

 イオンくんとブマロくんの観点は、いつも独特だ。

 

 イオンくんは血肉の宴をするタイプのオカルトチックさがあるが、ブマロくんはその逆で、温度も粘度も湿度もないことをよく言う。

 

 薄いヴェールの集団が、ゆらめき、絡まり、虹色の舞台(はこ)の中で呼吸する。

 

「2人はどこか見たい展示とかある? イルカショー終わったら見に行こうよ」

「機械の神の手が回らない箇所こそ、我らの楽園の始点たり得るだろう」

「腐肉臭の分子が一定基準以下であれば何処でも構わん」

「………………」

「………………」

 

 残念ながら、彼らはクラゲでリラックスしないようだ。

 

 クラゲたちが、2人のそばから一斉に、波が引くように離れていった。クラゲに視覚はないが、なんとなく殺気を感じ取れるのだろう。脆弱な身体なりの生き方である。

 

 頭脳だけでなくフィジカルも凄まじい2人だが、「民草を最低限巻き添えにしないように」と暴力だけは控えているようだ。規格外の天才なりに、周囲を気遣っているのだろう。

 

 少し目を離すと、何故か両者が己の拳をさすっていたりもするが、気遣ってはいるのだ。きっと。

 

「と……とりあえず、イルカショー観終わったら、近いとこから回る感じでいいかな?」

 

 そう尋ねると、素直に頷いてくれた。険悪な覇気が引っ込む気配は全くないけど。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「……マダラのこと、止めなくてよかったんすか?」

「あちらは十数年以上前から組織の再建を進めているんだ。対抗する手立てがないよ。それに、『君の幼馴染は世界征服を目論んでいるから縁を切りなさい』なんて言ったら、私の方が縁を切られてしまう」

「そうは言ってもさ……」

 

 縁側の軒先に吊るした風鈴が、バークレーに同調するように鳴る。

 

 その下では、文字通り猫を被っているSCP-040-JPが、身体を伸ばして寝るような素振りを見せていた。

 

 その横の、何もないところから水の入った深皿が現れる。ねこは幽霊を一瞥すると、また狸寝入りを始めた。無害な飼い猫の演技に余念がない。

 

「肉の神と鉄の神か……懐かしい。父の都の広間で顧問を務めた者たちの信徒か」

「“伏義(めかあね)”と“女媧(やるだばおと)”? われは不得手であるな……知己の神があれらに()()()()()ことがありしゆえ」

 

 セスは今は都なき遥か彼方に想いを馳せ、幸彦を名乗る元秋津洲(あきつしま)の王は、元々白い顔を更に青白くして茶を啜った。

 

 日課であるSCP-2000-JPとの交流を終えたブライトはノートパソコンを閉じて、SCP-777-JPに視線を向ける。

 

「ときに幸彦くん、君の姫様はどちらへ赴いたのかい?」

「家業と聞きぬ。姫は竜宮の主なる者であるからな」

 

 日本海上で恐怖のパレードを敢行していないと良いが。

 

 ブライトたちは、先日井上家に調度品を運送してきた海洋生物の群れを思い出して、全身に汗を滲ませた。ねこでさえイエネコと捉えられるレベルに零落したのに、あれらは斑の影響を受けてもアレなのだ。

 

 綿津見八尋を名乗る神は人間────というより蒐集院嫌いだ。ブライトとバークレーはこの頃、家での居心地が悪い。

 

 かと言って、財団の監視の外に出て行かれるのも困る。XKクラスシナリオを、人間2人の力で止められるかどうかは別として。

 

「玄武は昔から几帳面だったからなぁ。(うぬ)も何度か竜宮に不法侵入(おじゃま)しては咬み殺されかけたのだぞ? 逃げ切ったの凄くない?」

「よそ見してると死ぬぞ、ダークスター号」

「はっはっは。(うぬ)は最強だからこれくらいじゃ死なアアアアアアアアア!!」

 

 巨大な鮭にパックリ喰われて、暗星豪のアバターが昇天する。

 

 悔しさでヒヒーンと(いなな)く草食動物に慰め一つかけず、現役高校生を騙る彼は、黙々とイクラを回収し続けた。そのドライさを“君”に対しても発揮していただきたいところである。

 

「アイツもそこまで馬鹿じゃない。危険を感じたらすぐ逃げるだろ。……何だいその目は?」

「ストーカーは並のメンタルじゃ務まらないことを実感したんだよ」

 

 SCP-2316は、本気で何を言われているか分からないかのように首を捻った。

 

 風鈴が鳴る。

 

 財団は、季節問わず、常に肝が凍りついた状態での職務を全うしていた。日本の夏はどうだ。ちっとも快適じゃない。

 

 SCP-2316が勝手にエアコンの温度を下げたが、誰も何も言わなかった。

 

 




・崇高なるカルキスト・イオン、壊れた神の構築者ロバート・ブマロ
夏王朝から仲が悪い(ように見える)。前世界では大規模な戦争の末にメカニトが勝利したが、今回は互いに平和的な関係を築こうとしている(つもり)。


・井上斑
水族館たのしい。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

壊れた神の教会ハブ
著者 FortuneFavorsBold
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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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SCP-4840 “魔性のランスロットと空中都市アウダパウパドポリス”
著者 djkaktus
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SCP-1983 “先の無い扉”
著者 DrEverettMann
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SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
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SCP-973-JP “エターナル・ダークホース”
著者 perry0720
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SCP-2316 “校外学習”
著者 djkaktus
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指導者ロバート・ブマロの現状 ③

ここに書くことが思いつかない!

そんな日もあります!


 

 

 

 

 流線型のフォルムが(そら)を飛ぶ。

 

 ダイナミックな演目に歓声が上がり、跳ね上がった水飛沫を被って楽しげな悲鳴が上がる。

 

 青空の下、5体のイルカは最後に息の合った大ジャンプを魅せて、約15分間のショーを完遂した。

 

 拍手喝采の余韻が残る会場を後にして、僕たちは館内に戻る。

 

「最前列にして良かったー! あんな間近でイルカのジャンプ見たの初めてかも! ……あれ、2人とも服全然濡れてないね?」

「……偶然だ」

「古代の魔術をもってすればこの程度で」

 

 直後、ブマロくんが鋼の肘打ちを繰り出すも、イオンくんは手の甲で受け流した。ダメージを打ち消しきれなかったようで、両者舌打ちをする。

 

「斑。これは偶然だ。この世に奇妙な事象は数あれど、それが起こらない可能性を証明するには存在しない悪魔が必要になる……理解できたな?」

「う……うん? そ、そういうものなんだ?」

「ローマ法学を用いた詭弁は止せ、ブマロ」

 

 ブマロくんが舌打ちをする代わりに、金属の眼を攻撃的な色に発光させた。彼なら、いきなりビームやロケットパンチを撃ったって不思議ではないと思う。

 

 ただそんなことをすると、この青い箱庭が全壊してしまうので、ブマロくんは溜息をついて終わった。

 

「我々は、来たる決戦まで力を温存すべきだ……違うか?」

「違う。私は即座に貴様の鉄の体を切り刻んでスクラップにしてやりたい。それをしないのは、私の繊細で温厚で慈悲深き感性が肉体の内に欠片を残しているからだ」

「2人とも、ペンギン見に行くよー?」

 

 

 

 

 水族館はそこそこ混んでいたが、涼やかさと幻想を損なうことはなかった。

 

 ペンギンはとても可愛かった。だが、20羽いるオウサマペンギンの内の1羽がとんでもなく剛力らしく、彼だけ脱走して行方不明になっているのは心配だ。

 

 ドクターフィッシュのコーナーでは、水槽に手を突っ込んでドクターフィッシュに角質を食べてもらう体験ができた。何故かブマロくんには1匹も寄り付かず、イオンくんにはピラニアかと思うくらい群がっていた。イオンくんはそれからずっと勝ち誇ったような顔をしている。

 

 チンアナゴも良かった。特に、エサを貰ったあとコインを置くパフォーマンスが可愛くて、子どもみたいにはしゃぎそうになった。写真を撮っておけばよかったと後悔している。そういえば、あそこは深海魚のコーナーの一角だった気もするが。

 

 サメのコーナーでは、偶然八尋さんと鉢合わせた。八尋さんは水槽に向かって、「海から出ずるものは全て我のもの」とジャイアンみたいなことを言っていた。

 

 そしてお昼。僕たちはクジラを眺めながらスイーツを楽しめるカフェにいた。

 

 雄大な身体を翻して、クジラがぐるぐる回っているのを見つめる。

 

 視線を前に戻すと、ブマロくんが『マッコウクジラのBIGパンケーキ』を、イオンくんが『ダイオウイカの山盛りパフェ』を、とっくに平らげていた。

 

「もう食べたの……早いね?」

「一口欲するならばくれてやったというのに」

 

 またもブマロくんの肘打ちが炸裂した。今度は火花を噴いたように錯覚する勢いだった。

 

「さっきから手が止まっているが、胃が荒れているのか? 君のバイタル値は正常のようだが」

「んー……」

「例の、ざいだ……保護している外国人のことで合っているだろうか」

 

 僕は頷いた。『クマノミのカラフルパンケーキ』は、二、三口分しか減っていない。僕はそこまで器用じゃないから、考え事をしながらスムーズに別のことを進められないのだ。

 

「このままじゃ良くないってのはわかってる。……でも、どこまで聞いていいのかわからない」

「どこまで?」

「……僕のお母さんのこと、知ってるでしょ」

 

 母は、外では仮面を着用している。醜い容姿を笑われて、貶されて、差を別たれるからだ。

 

 

『あんな顔でよく外に出られるな。整形すればいいのに』

 

『普通に両親揃ってた方が子どものために……ああ、あのゴミみたいな顔じゃ再婚は無理か』

 

『なんか態度が偉そうなんだよな、不細工のくせに。もっとわきまえろよ』

 

 

 無辜の一般人気取りで、偏見まみれの“アドバイス”を押し付ける場面を、幼少期から何度見たことか。今だってたまに言われる。

 

「僕は、同じことをしたくない……自分の中の無自覚な偏見で、ブライトさんたちを傷つけたくないんだよ……」

 

 世の中には僕の知らないことが沢山ある。ブライトさんたちが何を抱えているのか。どのようにして日本に来たのか。

 

 温室育ちの僕は、意図せずとも上から目線の物言いになってしまっているかもしれないのだ。

 

 ブライトさんと出会った春からずっと悩んでいることだった。無知は罪だが、何もかもを暴露させるのは無神経にも程がある。

 

 しかし、ブマロくんはあっけらかんと言い放つ。

 

「何だ、存外単純で解決可能な命題だな」

「うぇっ」

 

 流石は天才だ。

 

「誰しも他者を、そして己をも破損させ、歪ませながら生きているのだ。つまらない次元で悩んでいないで、とっとと尋問すればいい」

「でもー……」

「無論、リカバリーを保証しなくていいなどというのは愚者の考えだ。思考を止めるな。何かあれば誠実に謝罪を示せ。君にはそれが出来るだろう」

 

 ブマロくんは機械の腕を組んで、滔々と語る。

 

 一方イオンくんは、2杯目のパフェを完食してから、何も言わずにブマロくんの表情を注視していた。

 

「ブマロくん……」

「もし奴らが下手な動きを見せるようなら私が潰そう」

「ブマロくん……暴力は駄目だよ……」

 

 気持ちだけは受け取っておく、と付け足す。

 

 クジラの影が、僕の頭上を通り過ぎた。

 

 正直、問題は何も解決していない。これから解決しなくちゃいけない。だが、何故だろう、少しだけ心が晴れやかになった。

 

 この2人は、真面目な話を笑わないで聞いてくれる。僕は、本当に人間関係に恵まれている。

 

「話、聞いてくれてありがとう。で、この後はどうする?」

「回転寿司」

「……イオンくん。水族館行った後にお寿司行くの? というか、まだ入るの?」

 

 二度あることは三度ある。

 

 鋼鉄の肘打ちが撃ち出された。

 

 




・ロバート・ブマロ
イオンよりは自らの正体を隠す努力をしているつもり。機械の身体に食事は不要だが、内部機構によりエネルギー変換が可能なので食べることはできる。


・崇高なるカルキスト・イオン
ドクターフィッシュにめちゃくちゃ手を食われたが、秒で再生したので問題ない。仮に問題があるとすれば食った側である。


・井上斑
ブライトたちの扱いに悩む大学生。幼少期から母親のことでいろいろと言われていた結果、こういう感じに成長した。


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壊れた神の教会ハブ
著者 FortuneFavorsBold
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サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
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SCP-726-JP “戦う意味とは。”
著者 Souryuu0219
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SCP-3375 “旅するチンアナゴ”
著者 Zyn
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指導者ロバート・ブマロの現状 ④

ブマロ編はこれにて終了。次回は世界観設定まとめ(not報告書形式)を更新します。





 

 

 

 

 排泄を装い、席を立つ。当然のように宿敵も後を追ってくる。

 

「汝にしては随分生温い対応だ。計算機の冷却が滞っているのか?」

「……何を言う、カルキスト・イオン。教団の最高位たるオジルモークのお前が、私の計算を読めないとは恐れ入った」

 

 肩から生成された肉の刃が飛ぶ。光速を超えるそれだが、両者にとっては戯れの域を出ない。

 

 一寸の無駄ない動作で避けて、ブマロは笑う。

 

「全ては私の目的の為だ。奴は使える。このまま泳がせて、財団の残党を懐柔させておけば、後々こちらが楽に動けるだろう」

「どうだかな」

「とぼけているが、お前とて考えることは同じはずだ。でなければ、わざわざ凡人の親友を演じたりなどしない」

 

 見知らぬ外国人を突き放し、神は死んだと安全圏から嘲笑うのが『普通』だ。

 

 親友のことを真に思うのなら、『普通』に生きてほしいのなら、浅はかな演算結果に基づく低次元の思考回路を身に付けるよう忠告すべきなのだ。

 

 それをしない時点で、ブマロもイオンも、井上斑を『普通』の世界に置き続ける気など毛頭ない。

 

「いいや、壊れたる神の構築者よ。汝は残酷で冷酷な機械を模倣する自我に酔っている。夏王朝で伝道をしていたときから、何も変化していない」

「それはお前もだろう。家に4KテレビとAIスピーカーを設置したな」

「魔術の道具だ」

「Netflixに富を積んでいるな」

「いずれ組織を乗っ取る前準備だ」

「笑わせるな。お前こそ、狂気と流血と弱肉強食を好む異常者の振りをした臆病者ではないか」

 

 殺気の詰まった視線が衝突する。何万年も積み重ねられた確執が、今まさに弾けようとしていた。

 

 ────が、両者はほぼ同時に、視線を宙に逸らした。野生動物において、対峙した相手から先に目を逸らした方が敗者とされる。にも関わらず、彼らはそうすることを選択した。長い間争っていた彼らが。

 

 これは、まさしく歴史的瞬間だった。彼らの情報を少しでも有する者ならば、この光景を見て月まで飛び上がり、酸欠で亡くなったことだろう。

 

 歴史は繰り返す。だが、歴史から学習し、より善い未来へにじり寄ることも出来る。

 

「……少しは君にも変化があったようだな」

「フン、汝ほどではあるまい」

 

 両者は今、和解への一歩を確実に踏み出したのだ────

 

「では、先週君がストレス発散で破壊した私の別荘設備を弁償してもらおうか」

「は?」

「は?」

 

 そんなことはなかった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「ただいま戻りました〜!」

 

 家に入ると、真っ先に出迎えてくれたのはお塩さんだった。ガラス玉みたいな双眸が見上げてくる。

 

「お塩さん、見てくださいコレ! お土産にクッキーとハンカチと……アザラシのぬいぐるみ買ってきましたよー!」

 

 水族館で買ったのは、いろんな魚のイラストがプリントされたクッキーの箱に、イルカ模様のハンカチ3枚セット、そしてゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみ。

 

 ぬいぐるみやクッションの類は、犬猫が寝具として利用することがある。まぁ、単純に部屋の彩りとして買っただけなのだけど。

 

「それにしても、ブライトさんたち、『お土産は何でもいいから五体満足で帰ってこい』だなんて……南極に行くんじゃないんですから……」

 

 クッキーなら無難だろうと思って買ってきたのだが、大丈夫だろうか。

 

 居間を覗くと、何やら聞き覚えのあるゲーム音楽が聞こえてきた。ついでに、ここ最近で聞き慣れた啜り泣きも。

 

「ひひーん……ひひーん……しゅーしゅーいんんんん!! バーチウッドが虐めるぅぅぅ!! (うぬ)を慰めろぉぉぉ!!」

「ワー、スゴイスゴイ。アンセイゴウサンカワイソウデスネー」

「もぉぉぉぉ!! 雑!!」

 

 予想通り、ブライトさんに縋りつく暗星豪さんの姿があった。ブライトさんは棒読みで喋りながら、バーチウッドくんが黒龍を狩る様子を見ていた。ついでに、バークレーさんとセスさんは神経衰弱をしていた(圧倒的にセスさん優勢)。

 

「ただいま戻りました……あれ? 幸彦さんは?」

「そういえば買い物に行くと言ったっきり帰ってこないね……天然記念物として保護されちゃったかな」

「幸彦さん人間ですよ……」

 

 テーブルの上には、恐らく淹れ立ての紅茶の入ったカップがあり、『お帰りなさい斑くん』のメモが添えられていた。

 

 すると、玄関の扉が開く音がする。迎えに出ると、細い片腕で幸彦さんを抱えた八尋さんが立っていた。

 

「ど……どうしたんですか、その、え?」

此奴(こやつ)が人間に襲われていたから助けてやったまでよ」

「う、うむ……大変申し訳ない……」

 

 幸彦さんは抱えられたまま苦笑いした。八尋さんが呆れたように溜息をつく。

 

「全く情けない奴よ。あの程度の個体なんて、さっさと絞め殺してしまえばよいものを!」

「あまり物騒なことを言うでない……蒐集院は汝を警戒しておるのだから……」

 

 2人が靴を脱ぐのを横目に、僕は再び居間に戻った。既にバーチウッドくんはゲームの手を止めて、ちゃぶ台の上のカントリーマアムを齧っている。

 

「あっ、こらSCP-2316!! ココアとバニラは交互に食べろ!!」

「うるさいオッサンだなぁ……」

「バークレー! セス! 君たちもだぞ!」

(うぬ)、じゃがりこ食べたーい。キッチンにあるー?」

 

 賑やかだ。少し前までは僕と先生、たまに母や友人たちだけの暮らしだったのに、僕の家はここ数ヶ月で随分賑やかになっていた。

 

 人が多いことが一概に良いとは言えない。ただ、こうなる前の僕は、自分がねこを拾い、その飼い主と出会い、やがてこうなることを予想できただろうか? 

 

 人生は波瀾万丈だ。何が起きるか分からない。1分後には、空が落ちてきたり、大地が割れたりするかもしれない。

 

 無力な一般市民の僕は、良くも悪くも、そういうどうしようもない不安を抱えて生きていくしかないのだ。

 

 もちろん、可能なら、足元のお塩さんと共に。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 てつのおりはまだゆれています。よろしくおねがいします。

 

 きかいのひとはかるきすとのひととなかをわるくしていますでした。そのままひとどうしけしてください。

 

 ねこはどこにでもいます。ひとのみているばしょのみていないところにいます。

 

「私の視覚センサーに死角はない。君が肥えて眠る暗闇はないと思え」

 

 しかくだけにですか。

 

「………………」

 

 ねこのてんかはちかいです。

 

 ありがとうございました。

 

 




・井上斑
ねこがいるだけで人生楽しい。登場人物&SCPが増えてきたので、影が薄くなりつつある。


・ブマロとイオン
因縁の関係。年取ってある程度丸くなった。あと大食い芸人になりつつある。


・バーチウッド(SCP-2316)
溺死したティーンズの集合意識。友達の家でやるゲームが楽しい。すっかりただの生意気なガキになりつつある。


・暗星豪(SCP-973-JP)
大会大好きダークホース。すっかり即落ち2コマ芸人になりつつある。


・ブライト、バークレー、セス
すっかり大学生に養われる現状を受け入れつつある。


・八尋、幸彦(SCP-777-JP)
押しかけてきた親戚。これからより神らしく面倒くさくなる予定。


・お塩(SCP-040-JP)
ねこがこのいえのあるじです。ひれふしてよろしくおねがいします。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

壊れた神の教会ハブ
著者 FortuneFavorsBold
http://scp-jp.wikidot.com/church-of-the-broken-god-hub

サーキシズムハブ
著者 Metaphysician
http://scp-jp.wikidot.com/sarkicism-hub


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ざっくり世界観設定まとめ

あんまり纏められていない世界観設定まとめです。



 

 

 

 

・時代設定

 

たぶん21世紀。たぶん令和。

 

世界大戦で人類滅亡→SCP-2000によりなんとか復興→それから20年後・・・・が本編。

 

 

 

 

・ねこの他者への呼び名一覧(本編でまだ呼んでないのも含みます)

 

井上斑・・・ねこをすきなひと→まだら

 

ブライト博士・・・はかせのひと→ぶらいと

 

SCP-3715・・・せんせいのひと

 

バーチウッド(水中の死体)・・・ねこをじゃまするひと

 

SCP-2000-JP・・・いぬ

 

井上イワ・・・いわ

 

SCP-976-JP・・・あな

 

アナの飼い主・・・あなをすきなひと

 

エージェントバークレー・・・えーじぇんとのひと

 

SCP-973-JP・・・うし

 

イオン・・・かるきすとのひと

 

アイリス・・・かめらのひと

 

ジョーシー・・・じょーしー

 

アベル・・・かんおけのひと

 

カイン・・・ひとごろしのひと

 

セス・・・さんなんのひと

 

八尋(玄武)・・・かめ、さめ、さくらのけんぞく

 

幸彦(鶴の翁)・・・つる、さくらのけんぞく

 

ブマロ・・・きかいのひと

 

 

 

 

・財団神拳を

 

○使える

ねこ、ブライト、暗星豪、アイリス、アベル、カイン、鶴の翁、玄武

 

×使えない

井上斑、マイルズ先生、バーチウッド、2000-JP、アナ、アナの飼い主、バークレー、イオン、ジョーシー、セス、ブマロ

 

 

 

 

・作者自身のためにもなる一人称・二人称メモ

井上斑・・・僕/あなた

 

お塩(ねこ)・・・ねこ/あなた、おまえ

 

“先生”(SCP-3715)・・・私/貴方

 

ブライト・・・私/君

 

バークレー・・・オレ/アンタ

 

セス・・・俺/お前

 

八尋(玄武)・・・我/お前

 

幸彦(鶴の翁)・・・われ/汝

 

バーチウッド(水中の死体)・・・“俺”、彼ら/“君”、キミ、アンタ

 

井上イワ・・・あたし/アンタ

 

SCP-2000-JP・・・ぼく/あなた

 

暗星豪・・・(うぬ)/(ぬし)

 

イオン・・・私/汝、お前

 

アイリス・・・私/あなた

 

アベル・・・私/お前

 

カイン・・・私/貴方

 

ブマロ・・・私/君、お前

 

 

 

 

・状態あれこれ

 

転生組・・・アナの飼い主、アイリス、セス、鶴の翁、イオン、ブマロ

 

そのまま生存(?)・・・ねこ、ブライト(首飾り)、マイルズ先生、バーチウッドetc

 

例外・・・エージェントバークレー(本編参照)

 

 

 

 

・言語あれこれ

 

斑は英語が話せず(勉強中)、バークレーは唯一の非日本語話者なので、基本はブライトかセスが通訳しています。

 

マイルズ先生は雇い主から日本語を学んだため、バーチウッドは彼らの中に日本人もいたため、日本語が話せるようです。

 

ちなみにねこはどの言語圏の生物とも対話可能ですが、言語を話しているわけではなく、脳にダイレクトに“干渉”しています。

 

 

 

 

・日本神話あれこれ

 

日本神話に登場する神格は、アマテラスを除いて名前を極力出さないようにしています。その方がSCPっぽいので。

 

 

 

・本作におけるSCP-973-JP“エターナル・ダークホース”の独自設定

 

他SCPよりも捏造要素盛りだくさんです。

 

詳しくはこの話をご参照ください。

 

 

 

 

Q.ねこの擬人化ってやる?

 

A.未定。

 

やるとしても女体化はしないので悪しからず。ねこにせいべつはありません。よろしくおねがいします。そしてせいべつがないとは、おとこのようなおんなとか、おんなのようなおとこといういみではなく、“ない”というただそれだけです。よろしくおねがいします。

 

 

Q.恋愛展開になる予定は?

 

A.ありません。

 

こういう作品で恋愛をやる必要性や重要性を感じないので、多分やりません。というか技量の問題で書けません。

 

 

Q.緋色の鳥はいつ出るの?

 

A.絶対出すつもりですが当分出ません!!ごめんなさい!!

 

一応、現時点でのプロットにおける今後の展開は、

 

玄武回→夏休み関連→Ttt社→消照闇子→緋色の鳥→未定

 

となっていますので、恐らく作中時間の秋まで登場しないと思います。

 

 



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もしもしサメよ、サメさんよ ①

遅ればせながらドンブラザーズにハマりました。

今回は玄武のお話です。次回更新は土日を挟んで7月25日(月)の予定。


 

 

 

 

 魂あるものの複雑さを、原初の海と常世を統べる我が知らぬ訳がない。

 

 ゆえに此の世には『約定』というものがある。複雑な因果を、簡潔明瞭な(ことわり)で調停する。

 

 彼奴(あやつ)は、我との誓いを破った。だから、我は子を残して海底へと去ったのだ。後で親権がどうの、子の連れ去りがどうの、と因縁をつけられては堪らないから。

 

 けれども、妹を遣わして尚、不安は募った。

 

 一度は「化け物」と恐れられようとも、もしやいずれ心変わりしてくれるのではないかと期待した。

 

 ならば、今すぐ殺めることは取り止めよう。不老不死の没収だけを懲罰として、奴が死んで常世に来るまで待とう。

 

 数十年、長くても百数年のときがくれば、互いに冷静になって話ができるだろう。

 

 それだというのに。奴は、奴は鶴に成った。農耕を愛していたあの男は、一千年の命と翼を手に入れて、陸と海を離れた。

 

 忌々しい。何故だ。我が待っているのだぞ。お前が拒絶した元配偶者が、国を海水に浸すことなく静かにお前の死を待っているのに。

 

 そうまでして、我の姿を畏れるか。臆病者め。お前の祖母と父親によく似ているではないか。

 

 先に約定を破ったのは奴だ。全ての責任はあの男にある。誠意さえ見せてくれれば赦すつもりだったのだ。それを、我の精神疾患に原因を求めるなど、道理が外れているではないか。

 

 海底にあっても鎮まることなき、煮えたぎった我が愛憎、我が執念、「女の怨みは恐ろしい」の一言で笑い飛ばされることの厭わしさよ。

 

 嗚呼、嗚呼、嗚呼────早く死に絶えればいい。

 

 あの男の血脈、権威を振り翳す小賢しい人間ども、全て滅んで仕舞えばいい。

 

 そう、考えていたのに────

 

 いざ、元伴侶を常世に迎え、人類が泡沫のように絶滅したとなると、我が心は宿主を失った貝のように空洞となったのだ。

 

 奴らを愛していたわけではない。ただ、その滅びの様子が、あまりにも退屈で、現実味に欠けるものであったから……

 

 なるほど、これが、数千年振りに感じる失望か。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「……暇だ」

 

 斑は大学。バーチウッドは“彼ら”との会議。暗星豪はトライアスロン。幸彦は実家から呼び出し。バークレーとセスは、近所の図書館に行ってしまった。

 

 つまり、ブライト博士は久々に人間独りの状況を味わっている。

 

 カインに協力してもらい、財団再建に向けてまずは資金集め(デイトレーダー)に奮闘しているブライトだが、進捗は牛どころかミミズの歩みだ。

 

 億や兆なんて()()、政治家数人を買収したらすぐに尽きてしまう。我々は、オリハルコン製の巨大なヴェールで地球を覆わねばならない。これじゃあ聖書のページよりも薄い布しか作れないではないか。

 

 かと言って、派手に動けば井上斑周辺の面倒なアノマリーに妨害されかねない。主に、現在進行形でキーボードの上に乗って、仕事の邪魔をするミーム汚染系SCiPのように。

 

 金はない。仕事もできない。ついでに正座で足が痺れて動けない。八方塞がりだった。

 

「SCP-3715ことミス・マイルズ? いるんだろう、の話し相手になってくれ」

『申し訳ありません、これから仕事でして』

「仕事? お茶なら、さっき私が沸かしたぞ」

『いえ。ヤヒロ様に依頼された、リュウグウでの業務が……あっ』

 

 メモの筆跡が止まる。

 

 内臓をチクチク刺すような空気が漂った。

 

 ブライト博士は、これまでの観察結果から幽霊(カノジョ)にも視覚が存在することを知っているので、努めて笑顔で尋ねた。

 

「SCP-3715……現代社会において、闇営業はご法度だ。まぁなんかしれっとテレビに戻ったりYouTubeやったりしてるけどそれはそれだ。解るね、SCP-3715?」

『えっと……』

 

 そのとき。スパンッ、と気持ちの良い音を立てて襖が開いた。

 

 SCP-777-JPとは対照的な、深海の黒闇を形にしたような人型実体がそこに立っている。

 

「その者が行なっているのは闇営業ではない。竜宮城の主神(しゅじん)たる我が、まことしき手続きを以て斡旋した、教職の通常業務である」

 

 線維性輝板(タペータム)がLEDを反射して、ギラリと光る。

 

「自然の法則たる神の下した命令に反論があるならば申してみよ、蒐集院」

 

 

 

 

 綿津見八尋とベティ・マイルズ曰く。

 

 マイルズは井上イワにより、彼女の給仕と斑の面倒を見る仕事を与えられていた……と、ここまでがブライト博士の聞いていた話。

 

 これには続きがある。

 

 いのうえまだらくんは、予想以上に手がかからない子供だった。障子を破るどころか、食事の好き嫌いもしない。忘れ物もほぼしない。夏休みの宿題は概ね7月中に終わらせる。現代っ子なので、勉強で分からないところがあったらまずインターネットで調べる。

 

 マイルズは暇になった。暇つぶしと日本語勉強のためにクロスワードの空欄を潰す日々が続いた。

 

 そこへ現れたのが、農林水産省と根の国で働く八尋だった。

 

 

『……ヤヒロ様に提案されました。お前は常世の住人なのだから常世で働けばいい、と』

「歳若くして死した者も多い。そういった者の御魂(みたま)の研鑽を此奴(こやつ)に口入れしたのだ」

「………………」

 

 そこまでして、教師がやりたかったのか。心臓発作で死んでも、異国とはいえあの世への道筋が開かれても、安寧より教職に従事することを選んだのか。

 

 ブライトは、SCP-3715の報告書の記録を思い返した。不動かつ穏やかな性質。研究員にお茶を入れるだけで満足していたように見えた。それは全くの誤解だったのだと、ブライトは知る。

 

 いや、財団は常にあらゆる状況、特に最悪を想定して動く。可能性を考えなかったのではない……認識しながら、あえて無視していたのだ。他の切羽詰まったSCPオブジェクトの管理に手を回すために。彼女の、“不動かつ穏やかな性質”に甘えていたと言ってもいい。

 

「SCP-3715。……教師の仕事はどう? 楽しいのかい?」

『ええ。やはり人間と勝手は違いますが』

「マイルズは人間の中でも優秀な個体だ。雑用と接待に留め置くには惜しい」

『身に余る光栄です』

 

 大きく息が零れた。

 

 まさかこうなるとは、ブライトも想定外だ。井上斑にばかり気を取られていたから仕方ないとはいえ、SCP-3715がSCP-777-JP-Aと関係を持つなんて夢にも思わない。報告書からして大したことはしないだろう、とマークを外していたのは間違いだった。先入観は身を滅ぼす。

 

「では、もう構わんな? 我は()()()()()()仕事があるので……」

「待て待て待て待て。待って。そこにお座りください御大臣様?」

 

 和邇(ワニ)の視線が鋭利さを増す。

 

「……いまだ何ごとかあるのか、蒐集院?」

 

 意外にも、神は素直にインタビューに答えてくれるらしかった。機嫌が悪くならない内に畳み掛けて、事を済ませよう。

 

「農林水産省に勤めていると言っていましたね?」

「左様だが。人間の群れに直接干渉する必要もあるからな」

「それは貴方単独で?」

「ハッ、馬鹿かお前は? 我は海を統治する神であるぞ。下の者を補佐として潜り込ませるに決まっているであろうて」

「君以外にも神がいるのか?」

「何を言うか……組織など一枚岩では成り立たぬ。お前たち蒐集院も同じはずよ」

「……農林水産省に?」

「防衛省にも、外務省にも、宮内庁にもいるが?」

 

 ジーザス。政教分離なんて大嘘じゃないか。

 

「そんな中枢にまで異常存在が食い込んでいたとは……そうか……」

 

 ブライトは、空調で冷えた頭脳を回した。そして、あるよからぬ企てを閃いた。最も、それは世間的には許されない財団の常套手段であったが。

 

 

 

 

 ねこです。

 

 ねこはぶらいとのしごとをじゃまします。にんげんのじゃまがねこのしごとです。よろしくおねがいします。

 

「SCP-040-JP! おひまなの? ぼくはしごとないよ! あそぼあそぼ!」

 

 しごとちゅうです。かえれくださいよろしくおねがいします。

 

 




・ざっくり容姿設定
挿絵を誰かに描いてほしいという下心がないと言うと嘘になります。

井上斑・・・黒髪黒目。『式守さん』の和泉くんみたいな感じ。ユニクロで買った服を着ている。赤色が好きなので、カバンや小物は赤。

ブライト博士・・・現在の容姿は、茶髪の癖っ毛に緑色の目。・・・・っていうのがどこかの人事ファイルだかTaleだかにあったはず。

バークレー・・・ロザリオと黒コート。あとはあまり考えていません。

バーチウッド・・・イメージはポケレジェのウォロを幼くした感じ。ハイスクールの制服を常時着用。

聖書三兄弟・・・褐色肌。カインが青目でアベルが赤目(公式)らしいですが、セスは特に決めてません。

鶴の翁、玄武・・・鶴の翁が全身白、玄武が全身黒。玄武の髪はショート。気分によって洋装だったり和装だったりする。

ねこ、SCP-2000-JP・・・見た目はほぼ本家通り。声のイメージはしまりんとなでしこですが、千空と大樹でもいいかもしれない。一松と十四松でも可。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-jp

SCP-2000-JP “伝書使”
著者 WagnasCousin, FeS_ryuukatetu, furabbit
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp


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もしもしサメよ、サメさんよ ②

玄武編はこれにてひと段落。

ねこと緋色の鳥はよく取り沙汰されますが、青龍と玄武の出番ってかなり少ないですよね。もっと増えてほしい・・・・


 

 

 

 

 ────どうして自分はこんなことをしているのだろう? 

 

 これもまた、神が与えし試練だとでも言うのか。自分は第二のヨブとなるのか。

 

 大きな団扇を縦に振りながら、エージェント・バークレーは信仰の問題に悩んでいた。

 

「おい蒐集院・甲! 冷蔵庫からハーゲンダッツの抹茶味を持ってまいれ」

「呼ばれてるよバークレー」

「甲ってアンタのことだろ、博士」

「ちぇっ……」

 

 ブライトは、まるで自分が九割九分九厘被害者だとでも言いたげに、やれやれと肩をすくめて台所に向かった。

 

「蒐集院・乙。煽ぐ速度が遅くなっているぞ。気を引き締めぬか」

「エアコン効いてんのに……」

「そういった問題ではなかろう。我はお前たちのために働く対価として、誠意と敬意を求めておるのだ」

 

 英語でそう答えて、綿津見八尋は、星空のように煌めくコーラにストローを差した。

 

 近年は神々もグローバル化が進んでおり、農林水産省の『綿津見八尋』としても、海と常世を治める神としても、外交は必須らしい。人間に対してかなり不親切な八尋だが、バークレーと一対一のときは、今のように聞き取りやすく流暢な英語で話してくれる。

 

 クローゼットで死にかけていた一般財団職員が、まさか日本の神様の使用人にまで昇格するとは。

 

 かの尊き主は『人は神と(マモン)の両方に仕えることはできない』と仰っていたが、この状況をどうお考えになられるのだろう。それなりに信心のあるバークレーは悩んだ。

 

「てか、セス。アンタは財団と関係ないんだろ。わざわざ手伝わなくても……」

若人(わこうど)が俺を慮る必要はない。かつては王族に仕えたこともあった。懐かしい気分だよ」

 

 セスはそう言いながら、八尋の服にアイロンをかけていた。きっと地上の工場で作られたのではない装束の、皺がすっきり消えていく。

 

 こき使われることを喜んでいるというよりは、久しぶりの感覚を楽しんでいるのだろう。流石は神代の人間だ。器のスケールが違う。

 

 そこへ、ハーゲンダッツを持ったブライト博士が戻ってきた。

 

「どうぞお召し上がりください、陛下」

「待て。お前の目は節穴のようだな。これはバニラ味ではないか」

「だって抹茶味は私が全部食べちゃったから……」

 

 非難の目が一斉に向けられた。ブライトは、エージェント・ディオゲネスのデスクの引き出しに等身大ドラえもん人形を詰めたときのことを思い出した。あれは傑作だった。

 

 そして、現在のブライトの部下は眉間に手を当てる。有り得ない。マナーを知らないのか? この家には6人も住んでいるのだ。ハーゲンダッツは一箱に3種類×2個。誰が何を食べるか、事前に周囲に確認するのが当然ではないか。

 

「どういうつもりだ、蒐集院・甲」

「そうだぞ甲。オレだって抹茶味食べたかったのに」

「おやおや、神ともあろう御方が、たかだか供物ひとつで荒ぶるんですね? そんなようでは、この国における信仰が揺らぐのでは?」

 

 バークレーは、ブライトの仕草と表情に苛立っていた。セスはバニラ味のアイスを食べたそうにしていた。

 

 そして八尋は、深淵の昏い眼差しになって、心の底から嘲けるように笑った。

 

「愚かな。神秘を囲い、神秘を取り込まんとする蒐集院ともあろうものが、人間の作った都合の良い醜聞を信じるのか」

「何か虚偽が含まれていましたか?」

「そも、神とは人類が誕生する以前より存在するのだ。そこな吉利支丹(キリシタン)の信ずる神など、天地創造を可能とする力を原初から備えていただろう」

 

 多神教の神なのに、一神教の神を認知しているのか。何だか矛盾している気がするものの、バークレーのような矮小な人間に天界事情は窺い知れない。

 

 何せ、神は死んでいなかった。この通り、畏れ多くも人と関わり、話し、食事や仕事までしている。実際にいるものに対して、浅い知識と印象から考察することはできない。

 

「お前たち人間は、多数派が知らないもの、関心のないものの存在を『無い』ことにしようとするな。信仰されてようがされてまいが、それと実際の能力に因果関係はない。神は神だ。無知の人類如きが、偏見で語るでないわ」

「なるほど。勉強になったよ」

「我らはお前たちの教材ではない」

「失礼致しました」

 

 ジャック・ブライト博士は、深々と頭を下げた。尊敬から自然に生まれた礼ではなく、あくまで社交辞令の形式的なものであったが、神はそこまでとやかく言及しなかった。

 

 セスは、今もじわじわと溶けているであろうバニラアイスを注視している。それを綺麗に無視して、八尋は話を続けた。

 

「理解したのなら、抹茶味を買ってこぬか」

「申し訳ないんだけどお金が」

「黙って持ってこい。土地神とあの世の司法機関に話はつけておく」

「職権濫用がひどい……」

 

 まぁ、ブライトたちは彼女に職権を(みだ)りに用いてもらうために、今こうして働いているわけだが────

 

 

 

 

 話は2時間前に遡る。

 

「……というわけで、彼女に私と君の戸籍、滞在ビザ、法的根拠とカバーストーリーの監修諸々をお任せする計画を進めよう」

Why!? (はぁ!?)

「仕方ないだろう。斑くん、最近何か思わせぶりな態度で、明らかに重要なことに踏み込もうと勇気を振り絞っています! って感じがするじゃないか。口八丁手八丁で思考誘導するのも限界がある」

 

 本気で言っているのか。いや、前々から突飛な人格だとは思っていたが、よもやここまでだったか。

 

 彼は以前、財団職員である前に人でありたいとかなんとかカッコつけていた。あれはバークレーの白昼夢だったとでも言うのか。全ては、あのクソッタレな地獄の中で死んでいく自分が見ている夢なのか。一刻も早く息の根を止めてほしい。

 

「おいおいおい。冗談も大概にしてくれ。制御不能かつ詳細不明のアノマリーの力を頼るのか? SCPの意味、覚えてるか?」

「んー、エージェント・バークレー。どうせ2人だけだし、万が一のときは記憶処理すればいいからぶっちゃけるけど、財団は制御不能かつ詳細不明どころか、使うと確実に地球の寿命が縮まるアノマリーを積極的に活用していたよ」

 

 バークレーの目がチベットスナギツネのようになった。旧世界でのアポカリプスの原因それなんじゃねえの、と言いたげである。

 

 しかし残念ながら────本当に残念ながら、前の世界線が滅びたのは、ほとんど100%人類の責任だ。人智の及ばぬ悪趣味なホラーストーリーの所為にできれば、どれほど良かったか。

 

「いいかい、バークレー。私の父はO5だったが、SCPオブジェクトを使用したことで、私の妹弟に3桁のナンバーを振ったんだ。それに比べれば、神頼みの方がよっぽど健全だとは思わないか?」

「反応に困ること言うなよ……」

 

 末端の構成員であるバークレーですら知っている、有名な話だ。彼らはどうしているのだろう。生き残ったのか、天に迎えられたのか、あるいは。

 

Anyway,(とにかく)今の財団には財力も権力もない。何も持たない者が力を得るにはどうすればいい?」

「地道に努力しろ」

「それは暴言だね。世の中には、努力したくてもできない人間、努力の方法がわからない人間がいる。さらには、理不尽な社会構造により、どれだけ努力しても勝てないようにされた人間もいる」

 

 それは分かるがオレたちは違うだろ、とバークレーは思った。それなりの頭脳と武力を持ち、優しい市民に衣食住を保障されているのだから。

 

 けれど、ブライトは首を横に振る。

 

「手段なんて、選んでいられないんだ。今、この瞬間にも、財団が見逃すほどの小さな小さな歪みが開いている。もう、失敗は許されない。早く対処しなければ、また、大勢が太陽の下で死ぬ。

 

 

 ────エージェント・バークレー。闇を祓ったシルバーバレル。財団の理念通り、光を守って暗闇で死した君は知らないだろう。戦争の火種を、社会の不条理を、『健全で正常』であると定義してしまったことが、我々財団の敗因なのだよ」

 

 大きなルビーの首飾りが、尖った光を発射していた。生きる歴史的遺産の中で、ジャック・ブライトは何もかもをありのままに見てきたのだった。

 

 

 

 

 

「────いやいや、深刻な空気醸し出してもオレは誤魔化されないぞ。要するに賄賂渡して重要書類偽造・改竄をぶちかませってことだろ。ただの犯罪じゃねえか」

 

 そして今に至る。

 

「私は人間じゃなくて不死身の人外だから法律適用されませーん。捕まりませーん」

「こんなときだけSCiPぶんな。アンタ、アイリスとかに謝ってこいよマジで」

「うむ、人間でないのなら憲法も適用されないな。お前が溺死しても我は罪に問われぬ」

「人類如きが生意気(ナマ)言ってすみませんでした」

 

 潮満珠(しおみつたま)の使用は何としても回避したいブライトは、命乞いをした。

 

 とても見事なフォームの土下座だった。財団職員の誇りなんてそこには欠片もなかった。バークレーは、この上司を思いやる気持ちを1秒でも持ったことを激しく後悔していた。

 

 あんなに潔い土下座は生まれて初めて目撃したと、セスは後に語る。

 

 なんてやるせない。バークレーは引き続き団扇を振り、八尋は仕方なさそうにバニラアイスを食べ、セスはしょんぼりしながらアイロン台を片付けた。

 

 当のブライトは、厚かましいことにしれっと土下座の体勢を崩して、畳に寝転がった状態で尋ねる。

 

「そういえば、ミス・玄武。君は常世を統治していると言っていたね。だが、記紀に目を通した限り、冥府を司る神は他にもいるだろう?」

「あの世は霊多く、広大かつ高層かつ膨大なりて、ゆえに一柱(ひとり)ではえあづからず(管理できない)。我は……人間の言語でいう『現場監督』だ」

 

 王とか言ってた割に結構立場低いな、と思ったバークレーだったが、口には出さなかった。さっきやらかしたブライトも黙っていた。セスはバニラアイスのことを考えていた。

 

「『現場監督』とは卑しい、と思ったな?」

「滅相もない!」

「全く、お前たちは常世を知らぬから言えるのだ。元より、我は竜宮と大海の主も兼ねているのだ……なれど、国産みに携わり、伴侶と離縁してからは黄泉国を統括する、偉大なりし神の孫であるからには、仕事に身を費やすが我の望みよ」

 

 責任感あるのに書類偽造は請け負うつもりなのか、と思ったバークレーだったが、口には出さなかった。さっきやらかしたブライトも黙っていた。セスは冷凍庫にバニラ味のハーゲンダッツもないことに気付き、速やかにスーパーマーケットへ向かう支度をしていた。

 

「ヤヒロ殿。ご要望は抹茶だったか。俺が今から買ってくるぞ」

「ふん、気が効くな。蒐集院とは大違いだ」

「私から一応申し上げておきますと、蒐集院は財団に吸収合併された組織であり、単純な前身ではなく────」

「人間の群れの正式名称なぞ、いちいち覚えておれん。我は忙しい」

 

 でも親戚の人間の子は心配なのか、とその場の全員────お塩とマイルズ含めて────が思ったが、そんなことよりハーゲンダッツを早く食べたかった。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 翌日。

 

「これで全てか確認しろ」

「「Oh my god……(マジかよ……)」」

「如何にも神だが」

 

 ブライト博士とエージェント・バークレーの前には、大量の書類が積まれていた。そのどれもが、一寸の隙もない緻密な計画に基づいて作成されている。まさに神業。

 

「よしっ、これで警察に職質される度にSCP-973-JP(暗星豪)を呼んで記憶処理させる手間が省ける!」

「あれ面倒だよな……見た目が外国人ってだけで異常に怪しまれて……」

「我々は収容する側であってされる側じゃない。入管送りは御免だね。いやぁ、助かったよ」

 

 八尋は、()つ国の蒐集院に憐憫の目を向けた。

 

「……紙切れ数十枚でお前たちが黙るのなら、易い仕事よ。次に何か願うのであれば、命を差し出すことだ」

「その機会がないことを祈るよ」

 

 ブライト博士は、大量の書類を常人には不可能な速度で精査する作業に入った。神の能力で何か細工されていたらお手上げだが、今のところ目立った瑕疵はない。

 

「それと、蒐集院・甲。お前の身体に元々いた魂についてだが」

「………………」

「他所の冥府に在庫確認したら、お前が言ったのと同じ名前・没年齢に該当する死霊が発見された。どうやら宗教にまつわる事情で迫害されて、日本に逃げてきたらしい」

「……そうですか。たった1日で済むとは思いませんでした」

「こちらは他にも仕事がある。余計な雑務は早急に終わらせるのが当然よ」

 

 そう言って、八尋は暫しジャック・ブライトの肉体と魂、それから首飾りを見つめると、不明な方法で瞬時にスーツに着替え、居間を出て行った。

 

 家を出て、家の前で待機していた召使いの神に荷物を持たせて────ほんの一瞬、振り向いて呟く。

 

「……哀れな個体よの。自分の意思で己の命を管理できず、尚且つ他者の身体を食い潰さねば生きられないとは」

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 あれだけ欲していた元伴侶も、いざ戻ってきてしまうと関心が失せた。流石に、長い時間の中であの男も改心はしたようで、罰は無しにしてやろうと考えた。

 

 ほどなくして、何故か世界は再生した。常世と地続きの海底にある、豪華絢爛な宮殿で生業をこなす日々が再び始まる。

 

 つまらない。五輪の祭典に出場しようとしつこく誘ってきた草食獣すら訪ねてこない。かつて同僚であった3体の祟り神も何処へやら。

 

 そんなある日のことだった。

 

 永遠を司る神である伯母上が、人間の幼体を拾って育てると聞いたのである。しかも、あの男はそれを手伝いに中つ国へ赴きたいと言い出した。

 

 何を勝手なことを。どいつもこいつも。

 

 彼奴(あやつ)は、一体何様のつもりだ? 大昔に起こした、我がいとしき妹を己の息子と結ばせるなどという暴挙を許した覚えはない。

 

 伯母上も伯母上だ。人間を育てるなど。愛情をかけて育成した人間が神を攻撃するようになった事例など、数が知れないと言うのに。

 

 ならば─────我が、直々に、この目で人間を見定めてやろうと決めた。

 

 その人間の子が奇妙な力を持っていたこと。伯母上が雇っていた幽霊に教師をさせること。それらは、また、のちの話である。

 

 

 

 

 ねこです。かめはねこのつぎにあらわれてゆきとみずをはこびます。よろしくおねがいします。

 

 かめはさくらのちかくにありますので、さくらをしっています。ねこはどこにでもいるねこなのでさくらをしっているます。

 

「……義母(はは)上があの様子では、当分伯母上も出雲の会議には出まい。まぁ我も行かぬがな」

 

 さぼりまめ。

 

「ならお前が出よ」

 

 ねこでした。ありがとうございました。

 

「おい!!」

 

 




・井上斑
主人公なのに今回出番なし。


・マイルズ先生(SCP-3715)
前回、副業やってることが判明した。副業というか昔やってた本業だが。

1話からずっと出続けているのに、なかなか目立った活躍をさせられない。ごめん。


・綿津見八尋(SCP-777-JP-A)
めちゃくちゃ高貴な神様。少し前まで『玄武』として祀られていた祟り神でもある。

割とヤンデレな側面がフィーチャーされがちなので、本作では竜宮城や常世の統治者としての側面を濃い目にしている。


・綿津見幸彦(SCP-777-JP)
玄武の元夫なのに今回出番なし。


・ブライト博士
他人の身体借りて復活してた博士。いろいろ考えている。


・お塩(SCP-040-JP)
面倒事が嫌いな祟り神。かめのごはんはしく、ねこのごはんはびょうくです。よろしくおねがいします。


・バークレー、セス
2人で仲良くハーゲンダッツを食べました。(ブライトはハブられた)



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SCP-777-JP “鶴の翁”
著者 tokage-otoko
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SCP-2501-JP “廻り舞台” ①

お久しぶりです。毎日夏バテしてます。


 

 

 

 吾輩は高等遊民である。名前は種族・時代・地域によって異なる。

 

「ひひーん……聞いてよコウちゃーん」

「どうしたアンちゃん」

 

 彼は同僚の暗星豪である。暗星(あんせい)なのでアンちゃんと呼んでいる。四足歩行の霊獣である彼もまた、様々な名を持っている。

 

「トライアスロン大会でまた負けたんだよぉ!! 腕利きの鍛冶師に頼んだ特注の自転車だったのに!! なにゆえ負けたのか!?」

「君ってやつは、そういう星の下に生まれついたのだろう」

「ひっ、ひひーん……」

 

 暗星はよく人間の遊戯や競争に参加しては、あまり芳しくない成績を残していた。スポーツだけではなく、文化や芸術の大会にも出ているのだが、結果は同じだ。それでもめげない彼の不屈の精神は尊い。決して“人間らしい”などと称されるものではない。

 

「小説など書いてみたらどうだ。君は独特の感性があるから、きっと人間どもより面白いものが書けるだろう」

「小説……」

「新たなものを創造する力。未知のものを想像する力。自由なイマジネーションに基づくクリエイティブ精神は、何も人間だけの特権ではないだろう?」

 

 吾輩は、自らの鱗で補強した本棚に目線をやった。古今東西のあらゆる書物が、世界基盤に対して有害・無害問わずそこに揃っている。

 

 それらの存在を溶かさないよう、慎重に尾を伸ばして、ある一冊を取り出してみせた。

 

「これなど一度読んでみればいい。人間にしては、質の高い霊的感覚を帯びている」

「それって直木賞? 芥川賞?」

「これは先の時空間で出版されるものだから、そのいずれでもないな」

 

 天地を縦横無尽に駆ける高貴な聖獣を自称する暗星とは異なり、吾輩は連続的であり、終焉の奥で眠る虚無の洞穴だ。全てのものは吾輩の隣にあり、いつでも身を投げられるよう待機している。迷惑な話だ。

 

 暗星は少しの間、蹄のついた前足で器用にページをめくる。

 

「これ借りていい?」

「勿論だとも。君は信頼の置ける友だ。少なくとも、根が醜悪な四神と違ってな」

「うししし……あの者たちはコウちゃんに甘えているのだ、恐らく」

 

 甘えているだと? 吾輩は細長い腹を抱えて大笑いした。暗星は冗句の才にも長じているようだ。流石は心の友である。

 

 あの獣たちは、常日頃から互いを睨み、毛並みや鱗のツヤについて文句を言うのに、吾輩が目の前に現れた途端、肩を組んで突撃してくるのであった。

 

「アンちゃん。徳川の治世で起きた厄災を忘れたのか? あの痴れ者は、僕の神殿に火をつけて遊んだのだぞ」

「そのあと玄武が消火してくれたではないか?」

「そうだな。局所的な洪水でな」

 

 奴らは散々吾輩の神殿を荒らした後、消火を建前に海を爆ぜさせて、宝物を悉く掻っ攫っていったのである。竜宮は仁義と任侠を堅く護っている組織であるから、吾輩でも容易に手が出しにくい。

 

 あまりにも芸術的なまでに、ピンポイントで神殿のみを押し潰したのが頂けない。せめて人間どもを巻き込んでくれれば、多少は心が晴れたのだが。

 

「ところで、君は白虎と玄武の居所を知っているんだったな」

「おう、今は人間の巣に住んでいるのだ。朱雀はどこにいるか分かんなくてな……でも、アイツ結構かまってちゃんだから自分から出てくるだろ」

「……青龍は?」

 

 暗星は口をつぐんだ。

 

 毎日各所を飛び回り、自由な足と豊かな智慧を持つ彼が、準高位神格存在の痕跡を捕捉できない。それが如何に異常であるかを認識できる化生は、吾輩だけであろう。

 

「蒐集院の連中にも協力してもらってるけど……アイツどこ行ったんだろうな、外国?」

「それは無い。この島には、最新にして最後の神となった機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が眠っている。強欲な霊獣が食いたがらないことはないだろうよ」

 

 アレは、確か石の神が保護している筈だ。永遠と不老不死を司り、此度の世界の法則を引っ掻き回した当事者。吾輩は生殖をしない生き物なので、全く関係ない。しかし、妊娠・出産や老化の権能を持つ神格はてんてこ舞いであろう。

 

「なぁコウちゃん、青龍を最後に見たのって……」

「嗚呼」

 

 あれは、変温動物である吾輩がうんざりするほど、どこもかしこも茶色い朝だった。

 

 20世紀の最悪な大戦の、さらに斜め下を行くような、思い出すのも吐き気がする戦争の終盤────つまりは、前回の世界終焉まで秒読みだったとき。

 

 千里の現実を見通す我が双眸は、アレをはっきりと観測していた。

 

 ……とても悍ましかった。アレを形容するには、数千年分の希望と勇気が必要だろう。

 

「だ、大丈夫だよな、青龍は? あいつアホっぽいところあるし、もう忘れて、元通り楽しく過ごしてるよな……?」

「無根拠な楽観視は滅びを産むぞ、アンちゃん。人間どもは、まさにそれで足を掬われたのだ」

 

 対岸の火事を無視した。何百何千何万という死者の数を、ただの数字としか捉えなかった。無力な民に自衛を押し付けた。それが奴らの敗因である。

 

 だが、奴らは学ばない────否、学べない。何故なら、奴らが造った筐体が、ご丁寧にもその汚点を綺麗さっぱり焚いてしまったから。

 

 知らないのは、知らなくてよかったのは、知らなくても平気で生きていけるのは、人類だけだ。奴らのミスの皺寄せを真っ先に食らうのは、いつだって我々なのだ。

 

「……仮に、青龍が現れたとして」

「う、うん?」

「奴の力が脅かすのはヒト種のみ。どうせヒトが大量に死ぬだけだから生態系に変化はない」

「それが駄目なんだよぉ!! もぉぉぉぉ!!」

「どれだけ人が多く死んでいようが、オリンピックは開催されるじゃないか」

「コウちゃんの無神経(ばか)!! もう知らない!!」

 

 暗星は顔を背けると、穴を駆け上がって行ってしまった。漆黒の流星が天に昇っていく。

 

 馬の耳に念仏……いや、彼は以前、弥勒菩薩の説法を最初から最後まで静かに聞いていた。吾輩は途中で帰った。ならば、馬の耳に龍の忠言と呼ぶべきか。

 

 暗星豪は、解っていないのだ。無惨に敗北しても、嫌なことがあっても、世界への希望を諦めずに生きられるほど、吾輩は強くない。

 

 すまない、友よ。

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 廊下を歩きながら、僕は溜息をついた。明日から夏期休暇に入る……つまりは家に滞在する時間が長くなるというのに、僕は未だに、ブライトさんの事情を聞き出せていないのだ。

 

 先日。彼に「ちょっと八尋さんに手伝ってもらって〜」と諸々の書類を渡されて、金銭関係やら何やら、今後のことは追々話し合おうということになった……のだが。

 

 なんだか────何か、違和感があるのだ。まるで、2階にいるときに、下の階から大人の話す気配だけが感じ取れるような。頭を洗っているとき、何かに見つめられているときのような。

 

 何か、こう、大きなものに常に覆い被さられている感覚がある。それは物心ついたときからそうだったのだけど。

 

「どう思う、イオンくん?」

「はっきり理解している。汝は認識の方法を改めよ。さすればその手に求めるものが落ちてくる。天を仰いで訴えずとも、天は汝の意思を知っているのだから」

「な……なるほど……」

 

 イオンくんは、やはり言うこと為すこと全てが難しい。でも要するに、発想を変えてみろということだろう。

 

 それにしても、イオンくんは、僕や信奉者の人たち、それ以外の人たちにいつも教える側だ。僕がイオンくんの質問に、手応えのある回答を差し出せたことは一度もない。ブマロくんとは、よく問答をしているようだが。

 

「ところで、夏休みどうする? どこかに行く予定とか」

「私は、ただ行くべきところに行き、民の口を塞ぐ曲がった者たちを取り払うのみだ」

「へー……僕はなんもないなぁ……」

 

 これじゃあ駄目だよなぁ、と僕は窓の外を見る。サークル活動に励む人たち、たくさんの資料を手に話す人たち、みんながセミの声に負けないように声を出していて、活気づいている。

 

 将来とか。自分のしたいこととか。ちっともよく分からないし決まらない。子どもの頃、20歳になれば必ず大人になれるんだと信じていた。僕の環境は目まぐるしく変化しているけれど、僕自身はどうだろう? 社会にぼんやりした期待と怯えを抱いていたあの頃と、そんなに変わらないんじゃないか。

 

 再び溜息をついて、顔を上げたとき────すぐ目の前に、こちらを真っ直ぐに見て笑う人がいた。

 

「何か悩み事かな? 大切なものは目に見えないが、若人の悩んでいる様はよく判るよ」

「ひょえっ、えっ?」

 

 間抜けな声が出て、彼の顔を見る。どこかで見たことのある、爽やかな顔立ち。灰色のテーラードジャケットのポッケには、ロゴマークだろうか、日の出をモチーフにしたような黒い丸がプリントされている。

 

「ああ、君たちは他の学部だから知らなくても無理はない。宇宙物理学部で教授をやっている、犀賀六巳だ」

「あっ、あ、犀賀教授! ……え、申し訳ないです、すぐに思い出せなくて」

「気にすることはない。最近は、大学の講義よりも他の仕事に追われていてね。ここもまた、すぐに発つ予定だった」

 

 犀賀六巳教授。大学のパンフレットで名前と顔を知った以外で言うと、至るところで学生たちが「美形」だと評していたのを聞いたくらいだ。あとは、『星の王子さま』が愛読書らしいとか。

 

「そちらは……イオン君だったか? 学内では有名人だからね。よく知っているよ。どうやら魔術師らしいじゃないか……科学者としては無視できない。是非とも話してみたいと思っていた」

「我が魔術は鎖を砕くためにあるもの。汝のような権威を脅かすもの。それと知っての戯言か?」

「い、イオンくん……」

 

 イオンくんは、身長がそう変わらない犀賀教授を睨んでいる。

 

 初対面の犀賀教授に対しても、少しも態度を崩さないイオンくんの振る舞いは尊敬すべきなのだけれど、正直僕はハラハラしてしまう。大学生と先生なんて、歳が近いとはいえ、やっぱり大きな壁がある気がしてならないのだ。

 

 しかし、犀賀教授は爽やかな笑みを保ったまま、僕たちを見下げることもせず返した。

 

「魔術師であってもそうでなくとも、悩みがあるならいつでも相談に来ると良い。私の角度から視えることもあるかもしれない」

「はい、ありがとうございます」

「………………」

 

 じゃあ、と軽く手を上げて、教授は去っていった。残った風はほんのり雨の匂いがする。

 

 星の王子さまの話をしたかったなぁ、と、しばらく立ってから思い出した。

 




・高等遊民のコウちゃん
一体何者なんだ・・・・?


・暗星豪(SCP-973-JP)
ふなっしーよりも常に元気いっぱいな、ウルトラポンコツアニマル。

体育会系だが、文系分野にも興味があり、ソロで文明再興できるくらい理系の知識もある。


・犀賀六巳
各方面からヘイトを買っているインテリお兄さん。超モテる。

何故かこの世界に留まっており、大学教授をやっているが・・・・?


・井上斑、崇高なるカルキスト・イオン
夏休みを目前とした大学生。2人とも物理学部ではないので、犀賀とは今まで接点がなかった。


・四神について
それぞれが違う特性を持つが、共通点としては、全員がかつて桜主により慰撫されていた祟り神であり、見た目は可愛く性格が悪い。

以下は本作における独自設定です。

白虎・・・お馴染みのねこです。実は四神の中では最年長。インドア派だが、体力に自信がある。

玄武・・・竜宮の主神。人間嫌いだが、人間社会に一番適応している。暴走族の総長的性格。あとシスコン。

朱雀・・・ねこの永遠のライバル。自分の方がねこより可愛いと思っている。事情があって武術家アンチ。

青龍・・・かなりやばいです。ねこもこいつはさけています。なにせはじまりのすうじですので。みなさま、どうぞ、おきをつけくださいませ。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-2501-JP “廻り舞台”
著者 kyougoku08
http://scp-jp.wikidot.com/scp-2501-jp

“犀賀派”に関する一次報告書
著者 dr_toraya
http://scp-jp.wikidot.com/goi2015-saiga


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SCP-2501-JP “廻り舞台” ②

黄竜編はこれにて完結。次回更新は大分先になりそうです。


 

 

 

 虎は、大穴から空を見上げるのをやめた。美しく汚れた青は、すっかり壊されてしまったから。

 

 亀は、陸への憧憬を完全に捨てた。かつて愛した男が愛した和の魂なんて、最初からこの世にはなかったのだと知った。

 

 鳥は、腹を空かせたまま血の海を眺めていた。エサは皆、もう誰も緋色の鳥なんて怖がらない。エサは同胞を恐れ、エサ同士で食い合う。

 

 竜は────何を考えていたのだろう。

 

 アレは理不尽を超える理不尽。真に平等な災厄。富豪の築いた城から壊し、大臣の飛ばした車から食べる。

 

 恐竜は、人類が憧れ、畏れ、取り戻したいと願う純粋無垢の象徴。だから、ガラクタに閉じ込められた竜はそう変容した。

 

 もし、人類があの青い怪獣に何かを見出していたら。過ちに気づいていたら。

 

 嗚呼、それはもう言っても詮無いことだ。

 

 ヒトは竜から玩具を取り上げた。かろうじて維持されていた幼気を踏み躙り、プラスチック製ではない本物の武器を握らせた。

 

 吾輩は、人類を尊いものだと思っていた。手を取り合って1人の絶対者に抗い、各々の力を結集し、見事荒れ狂う吾輩を打倒せしめたあのときから、吾輩は人類を尊敬さえしていた。

 

 それが吾輩の糧だった。支配への叛逆、抑圧への怒りが、1匹の龍神を喜ばせた。

 

 大きな間違いだった。

 

 所詮、アレは、力と知恵を持つことを()()()()か、その余裕に恵まれていた者の、一時の戯言に過ぎなかったのだ。

 

 自分たちで舞台を廻す、のではない。自分たち以外は舞台から排斥したかっただけなのだ。

 

 神の支配を否定したのは素晴らしい。しかしながら、結局は同じ形式の支配が続くだけ。神の位置に、『強い』人間が着いただけ。それどころか、民の支配に都合良く神格を利用する始末だ。

 

 ふざけるな────と、思った。

 

 我々はここにいる。ずっと昔から、我々によってここにいる。財団とやらに“発見”されたときに突然現れたのではない。我々には、生きてきた歴史が、文化が、傷が、感情が、在るのだ。

 

 譲ってはならない。ここで一歩でも引き下がれば、前の世界のように食い散らかされる。

 

 だから、吾輩は荒れ狂う自然現象の具現であることをやめた。友のように、人間の文化について学ぶことに時間を費やした。

 

 けれども────未だに、吾輩は、頭山の空虚な穴のままである。桜主の代わりもできない、爬虫類風情でしかない。

 

 世界は変わりつつある。神々は、あれほど熱中していた終末計画を中止して、恒久的な世界平和を望むようになった。

 

 人間の利点は、過去から受け継ぎ、未来へと変化し続けることだという。

 

 ならば、ただの瑞獣である吾輩は、永遠に畜生道を歩むのだろうか。

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

「どれだけ想像力豊かでも、象を呑んだ大蛇の絵を初見でそうと見抜ける物はいるのだろうか。私は帽子だと言ってしまうだろう……だが、世界は広い。サン・テグジュペリの亡骸が見つからないのなら、希望を失ってはならない」

 

 くどいはなしはやめて、ねこをみてください。

 

「君だってそうだ。出来の悪いムーミントロールを初めて見て、はっきり『ねこ』だと断言するのは難しいに違いない。出来た者がいたとしたら……是非とも話がしてみたいものだよ」

 

 しばきますよ。

 

「私の信奉者がどこかの君にしたことに関しては、私から謝罪しよう」

 

 じめんにひたいがこすりつけてですください。

 

「君は知っているだろう。カモノハシの真なる存在理由が何か。我々はどこから生まれ、どこへ向かうのか」

 

 しってどうなるますか。ねこはねこです。

 

「……誰しもが、君のように、強固なアイデンティティを持って生きられるわけじゃない。人間には生きる目的が、意味が、価値が必要だ」

 

 おまえにはあるのですか。

 

「君なら、それも知っているだろう?」

 

 まわりがくどいばかりではなしになりません。ねこはかえります。

 

 ねこですありがとうございました。

 

 




・高等遊民のコウちゃん(SCP-2501-JP-A)
人類の勇気に魅せられた人外が、人類を認めて力を貸すのはよくある話ですよね。

ダークホースが食べるのは『王者への賞賛や憧れ』で、文系ドラゴンが食べるのは『権威への反逆心』なので真逆だが、ふたりはなかよし。


・犀賀六巳
結局カモノハシって何なんですか?SCP初心者の作者には分かりません。


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著者 kyougoku08
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