魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 (ラナ・テスタメント)
しおりを挟む

プロローグ1「世界終焉の約束の日に」

はじめまして。はじめてじゃない人は、こんにちは。ラナ・テスタメントと申します。テスタメントでもテスたけでも呼んでやって下さい。
さて、今作、オーフェン第四部最終巻を読んだので我慢出来ず書いてしまいました……プロローグだけでなんだこの長さ(笑)
主人公はオーフェンと達也の二人となります。俺の書いてるやつそんなんばっかな……。
ともあれ、ゆるりとお楽しみ下さい。では、どぞー。


 

「はろー」

 

 新生、キルスタン・ウッズで開拓公社の一社員――サラリーマンとして仕事を終えた、元魔王であり、スウェーデンボリー魔法学校元校長であるオーフェン・フィンランディが、我が家に帰って来た時、家族団欒の場であるテーブルに座っていたのは一人の少女だった。

 髪は黒。やたら美人で、風が吹けば折れそうな華奢な身。脳天気に手をヒラヒラと振って来るその少女に、とりあえずオーフェンは手を振り返してやり、対面に座る。妻は、キッチンで料理中のようだ。

 娘達は部屋か。あれらの客と思ったのだが、どうも違うらしい。なら、妻の客か。

 

「あー……おい? この娘さんは、お前の客か?」

「何言ってるの、あなたでしょ」

 

 こちらに振り向くのも面倒なのか、妻は料理を続けたままだ。しかし、自分の客とは、どう言う事か。

 

「責任取って貰いに来たんですって。何やらかしたの、また」

「……は?」

 

 責任――そう言われて思い浮かべるのは、開拓村での仕事の事だった。村民といろいろあって……そう、いろいろあって、一緒に連れて来た元魔術戦士の部下と村民を硬く尖った拳で小突いた事だった。

 二人共血まみれだった気がするがセーフだったはずだ。その二人にしても独身だった筈。他に責任と言われても、思い浮かべるのは大概そんな出来事だった。まぁ、いつもの事だ。なら、何だと言うのか。

 

「ダメだ、分からねぇ。君は一体何なんだ?」

 

 そう茶を飲みながら――妻は料理に掛かり切りで注いでくれそうにないので自分で注いだ――まぁ飲みながら聞いてみる。すると少女はこれ見よがしに不満そうな顔をした。

 

「うわ、最悪ー。奥さん、この人、こんな可愛らしい娘の人生台なしにしといて、全く覚えてないとか言ってますよ」

「そうねぇ、その人はいつもそんな感じだからねぇ」

「……待て。誰が誰の人生台なしにしたって?」

「当時十七の令嬢を借金取り立ての旅に付き合わせた元祖借金取り魔術士、現サラリーマン」

「うっわ……ないわー」

「やかましいわ! そもそも、あの旅も、お前無理矢理着いて来たんだろーが」

「やぁね、歳取ったから……もうボケが」

「俺はまだ四十五だ!」

 

 最近、ちょっと気にしてる歳の事を言われ、流石に怒鳴るが、妻は相手にしない。完全にあしらわれている。口喧嘩で勝てた試しは無いため諦め、椅子に深く座り直す。対面の少女を睨み直した。

 

「で、結局君は本当に誰なんだ。どう考えても、心当たりは一切無いんだが」

「え、マジで? 本当に無い? こう、目を閉じたらリンパ線経由でルヒタニ様が教えてくれたりとか」

「ないない」

「えーマジでー」

 

 ちぇーと唇を尖らせる少女をマジマジと見るが、一切合財心当たりは無い。

 ……いや、容姿に見覚えがなくもないが――あれは、どこだったか。

 

「あーあ、折角現出してみたらスウェーデンボリーのクソ野郎はなんか手が出せない事になってるし、世界終焉の約束は何か村の真ん中で岩みたいに転がってるような奴にぶん取られるし、なんなのこれ? 世界舐めてんの?」

「……おい? おーい、お嬢ちゃん戻ってこーい、床にノの字なんて書かずにこっちこっち、こっち視線、よしそうそうこっち向いて、そうそう今なんて言った!?」

 

 とりあえず立ち直らせ、こっちにはいスマイルと言った所で、オーフェンは全力でツッコミを入れた。

 今、この少女は現出と言わなかったか? それに、台詞からすると。

 

「君は、まさか」

「ふっふっふ、そう、新章になってようやく出て来るとヤキモキさせた――」

「ぽいもの?」

「誰がぽいものかー!?」

 

 今度は逆に少女からツッコミを入れられる……あいつらの割には、やたらとノリが良い。それだけに、オーフェンは信じられ無かった。

 少女の言が正しいとすれば、彼女は――。

 

運命(ウィールド)三女神(シスターズ)……その末妹、スクルド!」

「その通りー! えっへん!」

 

 椅子から立ち上がって薄い胸を張る少女、神人種族、スクルド。

 スウェーデンボリーが語る所による終焉の女神。それが。

 

「これか――!?」

「あ、何よ敬意が足りないわよ。これでも女神よ、女神。しかもこう破滅とか終焉とか司る感じの偉い女神様なんだから敬いなさいよ!」

「いや、そう言われてもだな……」

 

 見た目、十三、四歳の少女が腰に手を当てて偉ぶっても――としか言いようが無い。まぁ、何はともあれ。

 

「飯にしないか?」

「…………うん」

 

 きゅうと鳴ったお腹の音と共に、少女は大人しく座った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神人種族の少女、スクルドは良く食べた。食べまくった、と言っても過言では無い。妻が用意した料理の殆どを平らげてしまった。

 長女ラッツベインはブーブーと不平を漏らし、次女エッジはあからさまな不信の目を少女に向け、三女ラチェットはと言うと少女の存在を無視して犬と戯れていた。いつもの事だが。

 ともあれ話しをせねばならない。食後の茶を飲みつつ、緩んでいる(そうとしか表現出来ない顔ではあった)スクルドに、オーフェンは居住まいを正した。

 

「さて、ひとごこちもついたようだし――本題に入っていいか?」

「えー? 明日にしようよ明日。もう、私眠ーい」

「却下だ。……スクルド、でいいんだな? 神人種族の」

「だからさっきからそう言ってるじゃん。本当にボケた?」

 

 いつの間にやらソファーの一角を占拠しつつ寝る準備なんぞを整えている少女にぐっとツッコミを入れるのを我慢しつつ、オーフェンは睨めつける。

 その視線が鬱陶しくなったか、ようやくスクルドは座り直した。

 

「全く……育ち盛りの女の子をなんだと思ってるのやら」

「神人種族にそんなもんあるか。……さて、スクルド。君がそうだとして――敵対の意思は無いのか?」

 

 改めて問うた質問の意味は分かりやす過ぎるものであった。君を壊滅災害とするか否か、だ。もし敵対するならば、”勝てないと分かっていても”、オーフェンは対峙せねばならない。

 スウェーデンボリーが予言した、破滅そのものとも言える女神。彼自身が絶対に勝てないと断じた存在だ。

 オーフェンは、かつてデグラジウスと言う神人を魔王術で消去しているが、その代償は街一つを永久に生物が踏み込めない土地にする事だった。

 あのような偶然が(奇跡とは呼びたく無かった)成功するとは思えないが……。

 

「現出する前だったら、何とも言えなかったけど、その意味はあれに持ってかれちゃったし」

 

 肩を竦めてスクルドが視線を移す。その先にあるのは新築した家の庭と、そこに転がる究極の物体だった。

 ――シマス・ヴァンパイアが至った完全なるドラゴンと、その中に封ぜられた魔王の鋏、そしてスウェーデンボリーそのもの。

 いつか世界を滅ぼす存在だ。世界の寿命そのものとも言えるだろう。……それまでは、ただの岩同然だが。

 

「まさか、あんな風になっちゃうなんてね……どうしてくれんの、人の存在理由」

「知るか。そもそも、その決断をしたのは俺じゃない」

 

 あっさりと言ってやる。鋏を手放し、誰も彼もが勝ってはいけない戦いを負けさせた決定をしたのは、自分を無価値と言った一人の少女だった。そして、彼女を始めとした新しい世代達。自分は、彼女達に託しただけだ。

 なのに、何故スクルドは自分の元に来たのか。

 

「まぁ、いいけどね……全世界質量降臨(ミズカルズソルムルウロボロス)なんて、最初からやるつもり無かったし」

「一応聞くが、君は出来るのか?」

「当たり前でしょ。じゃなきゃスクルドなんて名乗って無いって。もう意味無いけど」

 

 全世界質量に、いつか必ず至れる存在が転がる庭を見て、少女はため息を吐く。やるつもりは無かったとスクルドは言うが、それでも自分の存在理由を持っていかれたのは複雑な気持ちなのだろう。内心こっそりと同情しながら、オーフェンは本命の質問に移る。

 

「じゃあ何しに来た。わざわざ飯食べに来ただけじゃないんだろ? もしそうなら大歓迎だが」

「もちろん違うわよ。ちゃんと、貴方に会いに来た理由はあるもの。……貴方がやり残した事を告げにね」

「……なんだと?」

「貴方は、もう役を降りたつもりだろうけど、役所が一つ残ってる。分からない?」

 

 悪戯めいた笑いを浮かべるスクルドに、オーフェンはつと考える。やり残した事と彼女は言ったが、そんなものは山とあるのだ。自分がやる必要が無いだけで。

 なら、自分が必ずやらねばならない事となるが……それが分からなかった。庭のアレが大体の問題を馬鹿らしくした筈なのだが――。

 

(いや、待て……?)

 

 そう言えば、一つだけ自分は約束を持っていた。庭のドラゴンの内に在る魔王と交わした約束。かの存在を、魔王術で消去する……つまり神化を強制的に行うと言う約束を。

 

「そう。スウェーデンボリーのクソ野郎との約束。それが、貴方にはあった筈よね?」

「まぁ、そうだが……ところでクソ野郎は絶対つける必要あるのか?」

「うん」

 

 即答され、オーフェンは苦笑する。どれだけ嫌われていると言うのか。いや、運命の女神達姉妹からしたら当然の話しではある。

 ともあれ、スウェーデンボリーの消去ならば確かに約束はした。だが、肝心の魔王は誰も手が出せない完全不可能の塊の中だ。

 当然、恐怖していた目の前の少女も何も出来ない。スウェーデンボリーからしても万々歳と思ったのだが。

 

「違うんだな?」

「うん。あいつは、神化を望んでる。この世界全てを見捨てる為に。その為に、あの中でまた始めた」

「何を?」

「神話を思い出してみなよ」

 

 言われ、頭に浮かんだのは神話の一部だった。虚空にただ在った巨人(じぶん)達、それを神々が殺し尽くし、遺骸が積み重なって世界が作られた――”巨き過ぎて殺せなかった巨人である、とぐろを巻いた蛇(ドラゴン)の内側に”。

 

「……つまり、そう言う事か?」

「そう。その歪みが、スクルド(私)を現出させた」

「…………」

 

 ふぅ――と、オーフェンは長く息を吐く。つまりはこうだ。スウェーデンボリーは、”シマス・ヴァンパイアの内に”新たな世界を構築し始めたのである。自分が神化する為、それだけの為に。新しい魔王を生み出す為に。

 オーフェンはその全てを悟り、明確に舌打ちした。

 

「折角誰も手が出せなくなったんだ。大人しくしてりゃいいのに」

「あいつはいっつもそうじゃない。分かりきってた事でしょ?」

 

 違いない。それだけは口に出さずに頷く。そして、オーフェンはスクルドが彼に何を頼みに来たのかを悟った。

 

(スウェーデンボリーを消去(スタッブ)してくれ――か)

 

 確かに、これは誰に任せる事も出来ない。オーフェンがやらなければならない事である。

 

「言いたい事は分かった。俺のはぐれ旅はまだ終わっていない……か」

「そう言う事」

「それは分かったんだが、アレの中にどうやって入るんだ? 完全物質に至ったアレは、魔王術だろうと開く事も出来ないぞ。もちろん君の力でもだ」

「そうね、全世界質量降臨かました所で、あれだけは残るでしょうね。全く忌々しい」

 

 そう言いながらこちらを睨んでくるスクルドに苦笑してやる。忌々しいのは、何も庭のドラゴンだけではないと言う事だ。

 しかし、今はそれを置いて貰わなければならない。先を促す。

 

「方法はあるんだろ?」

「まぁね……教えて欲しい?」

「いや、何となく察しはつく。やりたくはないけどな」

 

 そう言って再び庭へと視線を向ける。完全不可能性の塊となった世界中心核、シマス・ヴァンパイアのドラゴン。

 それを何とかするには魔王術でも全世界質量降臨でも不可能だ。だが、世界創造に純粋可能性と完全不可能性を混ぜ合わせたように、全く対極の力、天使と悪魔なら不可能ではない。つまり……。

 

「俺の魔王術と君の全世界質量降臨を、ぶつけ合う……か」

「あたり。あれも天使と悪魔だからね。まぁ、代わりに私達は共に消えちゃうでしょうけど」

 

 それだけならいいんだがな――胸中、そう思いながらオーフェンは嘆息する。

 庭のアレを開く為には、それこそデグラジウスを消去した時以上の魔王術を放たなければならない。もちろん、スクルドも手加減抜きの――全世界質量降臨に加減もへったくれもないだろうが――それをする必要がある。

 どちらかの制御が外れれば、あるいは少しでも均衡が崩れたら、世界が消え去るのは間違いない。

 

「そこまでしてやる必要があるのか?」

「勿論、私にはね。あの野郎をぶっ殺す理由がある。貴方達も、貴方達で必要はあるわよ? このままじゃ姉様達も来るわ」

「現在(ヴェルザンディ)の女神と、過去(ウルズ)の女神か」

「私ならともかく、あの二人が全世界質量降臨を躊躇うとも思えないけどね」

 

 どちらにせよ、事態を放置すれば壊滅災害はやってくるらしい。なら、こちらの方がまだ救いはある。少なくとも、スクルドには世界を終わらせる積もりはないらしい。選択肢はもう残っていなさそうだった。

 

「俺達は共に消去されると言ったな?」

「擬似的にだけどね。質量ゼロ、単なる情報にまで質量をなくして、開いたアレの中に入るわ。その後は、情報からネットワークで私達を再構成する」

「それじゃ俺達も現出する事になるな……」

「擬似的な神化――世界離脱者みたいなものだしね。ま、いいんじゃない?」

 

 スクルドが苦笑して見えたのは気のせいか……オーフェンは、不意に天井を見上げる。

 魔王と呼ばれなくなって早数年。娘達も就職し、この新しくなった家にも慣れて来た。その全てを、手放さなければならないとは。いつかのスウェーデンボリーの言葉が思い出される。

 君は誰より失うのが得意なんだ――そして、いつか取り返しの無い喪失が待つ、と。

 

「……分かった。今からやろう」

「え」

「なんだその返事。君から言い出した事だろうに」

「いやだって、あまりに即決だったから……明日にしない?」

「いや、明日に回すと決心が鈍りそうだ」

「そう言う人の決心は鈍んないのよ全く……」

 

 ああ、ふかふかの寝床がとスクルドは名残惜し気にソファーから離れる。

 そして共に庭に出た。目の前にあるのは、ちょっとした小高い山にも見えるドラゴンだ。スウェーデンボリーも中にいる。

 

「家族には伝えなくていいの? もう寝ちゃってるけど」

「構わない。いつ帰って来れるか分からないしな……分かってくれるだろ」

「駆け落ちしたって思われないかな?」

「君と俺がか? ないなー」

「あ、むかー。レディにそう言った態度は無いでしょ!」

「レディって外見じゃ――いや、なんでもない。さぁ、始めるぞー!」

 

 言いかけた所で、スクルドがいい笑顔で拳を固めたので、オーフェンはさっさと歩いていく。分かりし頃の妻との旅で身につけた対応力だった――そこで気付く、このスクルドの性格が、旅をしていた時の妻、クリーオウにそっくりだと。

 

(まぁ、だからと言って、どうだって話しだけどな)

 

 少しだけ笑い、スクルドとドラゴンを挟む形になる。少しだけ息を吸い、吐く。自然に構成が空間に投影された。

 偽典構成、ひとつひとつは意味を持たない色の粒をちりばめ、意味を持った絵を描く。そこになんの一貫性も妥当性も見出だせぬ、しかし緻密な構成をオーフェンは仕組んでいく。呪文が、口から零れた。魔王の声音で。

 

「遥けき彼方に。明日の陽浴びて潰れる羽の痛みよ」

 

 ぞくりと、いつものように悪寒が身体を這いずる。その悪寒こそが、魔王術を使う実感を与える。怖いのは、この悪寒が無くなった時だ。

 

「沈む空に堕ちる祈り。宇は鎖し。宙は泣く。誰も聞くものはいない――お前の声を聞くものはいない!」

 

 同時、スクルドから猛烈な圧力が膨れ上がるのを感じる。そっと掲げられた掌に、莫大な存在が顕現するのを確信した。

 これは初めて見る。当たり前だ。一度でも使われたなら、世界はとっくに消えている。

 どうせなら、そうなれば良かったのに。そう、思わない時が無かったかと言われると、否定出来無い。だが、その時が訪れる事は無かった。その事については、紛れも無く感謝しなければならないだろう。

 オーフェンの魔王術と、スクルドの全世界質量降臨が、完成する――!

 

「軋み壊せ、永劫回帰の輪廻螺旋! 終焉の始まりを告げろ! 始源の終わりを鐘鳴らし!」

 

 次の瞬間、オーフェンとスクルドが両手を突き出したのは、全くの同時だった。

 同質にして正逆。そして、共に極限の力とも呼べない何かはぶつかり合い、喰らい合い、弾け合う。

 それを見ながら、オーフェンは己の身が消失していくのを自覚した。スクルドも、足先から消えている。いつかの姉と一緒だ。ここまでのものだと、その制御だけで存在を消される。だが、この消失もまた想定内。むしろ身体は邪魔だった。ドラゴンの中の世界に行く為には。

 やがて混ざり合った両極は、未だ微動だにしないドラゴンに突き刺さる。すると、花でも開くように中央から割れた。中は肉が見える筈が、ただ光が溢れている。直後、二人の身体は完全に消失し、ただ情報だけが残された。二人の情報体は、すぐさま内へと飛び込む!

 そして、即座にドラゴンの身は閉じ。まるで何も無かったかのように、世界は平穏を取り戻した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 チャイルドマンも、こんな気分だったのかもしれない――オーフェンは、空気の臭いを嗅ぎ取り、目を閉じたままで、そう思う。

 現出は一瞬で成った。少なくとも、体感はそうだった。なら、ここがそうだと言うのか。

 

「着いたよ」

 

 隣で聞こえてくるのは案の定、女神の少女の声だった。覚悟して、オーフェンは目を見開く。そこに、異世界が展開していた。

 明るい。夜なのに、街中は――何となしに確信した――明るい光が灯っている。まるで、魔術で作り出した鬼火のように。

 勿論、光は違った。そもそも魔術では無い。これは、電球だ。

 そして、まるで塔のようにどこまでも続く高い建物達。アパートと思うのだが、自分が知っているものとは規模が違い過ぎる。それこそ、『牙の塔』を連想させた。それが無数に並んでいるのだ。

 オーフェンはかぶりを振り、自らを納得させる。ここは異世界だ。間違いない、と。

 

「ここが、ドラゴンの内か……」

「そうね。文明レベルが随分外より進んでるけど――時間の流れが違うのかも」

 

 一人うんうんと頷くスクルドに、オーフェンは軽く息を吐いた。認めなければならない。それを自分に繰り返す。

 

「とりあえず、ここどこだ?」

「さぁ、さすがに分からないわよ」

「ここは地球と呼ばれる世界の、日本と言う国ですな。暦は西暦2093年、春となります」

「へぇ、随分詳しいな――」

 

 そこまで言った所で、オーフェンはぴしりと固まった。肺が呼吸を停止し、血が止まり、心臓すらもが鼓動をやめる。しかし、何故か首だけが、ぎりっ、ぎりっと動いた。

 第三者からの声。それに聞き覚えがある――を飛び越して、慣れ親しんだ声であった。十数年ぶりなのに、その声を忘れた事は無い。忘れるものか、全力で忘れたかったが!

 首が完全に振り向く。そこに居たのは、いつかのようにタキシードを着たオールバックの銀髪。痩身長躯の、二十歳程の男だった。記憶が正しければ、自分とそう変わらない歳の筈だったが、そもそもこの男が歳を取った姿と言うのが、まず想像出来ない。

 相変わらず表面上は礼儀正しい、そう、表面上はだ! そんな彼に、オーフェンはぷるぷると震える指を突き付ける。彼は……! 心臓が動き出し、血が流れ、呼吸が再開し、オーフェンは叫んだ。毎度の構成を反射的に編みながら!

 

「キィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!?」

 

 気付けば、光熱波を全力で叩き込んでいた。大気が放電し、熱波が渦巻く。スクルドが唖然としていたが、どうでもいい。

 ああ、どうでもいい。銀髪の執事、キースはやはりと言うか、当たり前のように、にゅと起き上がった。

 

「何故です?」

「てんめ、この……! なんでここに居る、どうしてここに居る、てか死んでなかったのか、いや期待しちゃいなかったが!」

 

 一気にまくし立てながら、オーフェンは伝説の船乗り、キース・ロイヤルの最後について思い出していた。

 キエサルヒマ島と原大陸の間に、決して消えない氷海を作り出した、神人種族メイソンフォーリーン。彼女と合見えたのが、当時スクルド号の船長だったキースだった。オーフェンも、よく分からないのだが、キースとメイソンフォーリーンは相打ちとなり、共に行方不明となっていた筈だ。それから十数年間、誰も姿を見たものはいない。それが、どうして。

 

「黒魔術士殿っ!」

 

 さっと手を差し出して制止して来る。オーフェンはとっさに息を吐いて落ち着いた。そんな彼を確認して、キースは頷く。

 

「お久しぶりでございますな、黒魔術士殿」

「……お前にそう言われるのも随分久しぶりだな。それで、どうやって脈絡なく現れやがった。いや、もう何で生きてたかは、この際どうでもいいから」

「黒魔術士殿。理論的に考えれば、答えは自ずから出るものではありませんか?」

「ほう?」

 

 なんか、このやり取りも前にやったような気がしなくもないが。とりあえずは頷いてやる。キースは、こちらを確認して続けた。

 

「そう、世の中全ては理論的に答えが出せるものなのです」

「……で、どうやってここに来た?」

「黒魔術士殿――」

 

 ふっと、遠くに目をやる。そうしながら、ゆっくりと諭すかのようにキースは言った。

 

「秘技、次元背面跳びと言うのを、ご存知ですかな?」

「お・の・れ・と・言・う・や・つ・は――!」

 

 案の定、平然と物理法則やら他いろいろを台なしにするキースに、オーフェンは胸倉を掴み上げながら呻いた。

 この理不尽っぷり。もう間違いなく本物である。どうしようも無く認めつつ首をがっくんがっくん揺すっていると、蚊帳の外だったスクルドが慌てて縋って来た。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、知り合い!?」

「認めたくはないが……まぁ、知り合ってしまった事自体は別に俺の責任じゃないし」

「そんなっ! 忘れてしまわれたのですか黒魔術士殿!? 私と貴方の輝かしい友情の日々を!」

「そんなもんがいつあった!?」

 

 ようやく首を離して、オーフェンは額を抑えながら呻くと、スクルドに簡潔に説明してやる事にした。振り向く。

 

「……キース・ロイヤル。執事のような、執事ぽい、執事かもしれない、執事かな? な謎生命体だ」

「全然分かんないんだけど!? そもそも人間?」

「怪しい所だな」

「何をおっしゃるのです黒魔術士殿! この私が、何に見えると言うのですか!」

「神人種族の可能性も疑ってたりするんだけどな……」

 

 半眼で見るが、キースは何も答えない。つまり謎のままだ。まぁ、解明したいとも思わないが。それはともあれ。

 

「お前が何の脈絡無く現れるのは、もういいとして――」

「良くないわよどうやったのよ!」

「――もういいとして! お前、まさかここで暮らしてるのか?」

 

 スクルドは喚くが、どれだけ騒ごうと意味は無い。どうやって、ドラゴンの内に入ったかなど、聞くだけ無駄だからだ。どうせまともな答えは返って来ない。その内慣れる。

 ともあれ、キースは頷くと、高らかに吠えた。

 

「そう……! あれは三年前の事でした……!」

「また出鱈目じゃねぇだろうな」

「第四十六代婚約者メイソンフォーリーンと、婚前旅行に、ふらっと次元背面泳ぎを共にやっていた時に悲劇は起きました……!」

 

 ツッコミたい所は山程あったが、ぐっと堪える。代わりにツッコミを入れんとしたスクルドの口を抑えた。もごもごもごー! と叫んでいるのが分かるが、今はこれでいい。キースの話しは続く。

 

「つい時空震の高波を見つけ、海でインストラクターをやっていた血が騒ぎ、サーフィンに興じてしまったのが運の尽き! 一千億年に一度あるかないかのビッグウェーブに乗ってしまい、気付けばこの世界に流れついてしまったのです……! 私は途方に暮れました。途中で作った借金の保証人をメイソンフォーリーンにしてしまい、私だけがこの世界に流れついた事に……」

「まぁ、お前がいいんなら何も言わんが」

「もがもがもがもが!」

 

 私は文句あるわよとスクルドが声無き声で叫ぶが、二人はきっぱりと無視。話しを続ける。

 

「そんな私に手を差し延べてくれた、幼い少女がいました……私は決めました。一度は背を向けた道ながら、再び彼女の執事になろうと!」

「つまり、こっちの世界で、どっかの金持ちの家に、執事として働いてるんだな? ――哀れな」

「もがもが……」

 

 キースが仕えている家とやらに全力で同情する。何故か、スクルドまで頷いていた。

 まぁ、それはともかく状況は分かった。ここでキースに会えたのは……決して認めたくは無いが、運が良かったと言える。こちとら何も分からず、何も持たずに異世界に放り込まれたのだ。ここで暮らす知り合いと言うだけで助かる。

 早速、オーフェンはキースに働き口に関して口を利いて貰わんとした所で。

 

「キース――? どこにいるのー?」

「おや? マユミお嬢様、こちらにございます」

 

 一人の少女が、オーフェン達の前に現れたのだった。

 

 

(プロローグ2に続く)




はい、プロローグ1でした。
ええ、プロローグ2に続きますまたか(笑)
まぁ、テスタメントですんで暖かい目で見て頂ければと思います。さて、初見の方に分かりやすいように、キャラ紹介を。
まずは主人公オーフェンから。

 オーフェン・フィンランディ。

 元魔王と呼ばれた男。現サラリーマンな魔術士。
 年齢45歳→? キエサルヒマ大陸『牙の塔』出身の黒魔術士。チャイルドマン教室と言う『牙の塔』において最エリートの教室で、訓練を受けていた魔術士。師であるチャイルドマンからは、特に暗殺技能を叩き込まれ、『鋼の後継』もしくは『アーティスティック・バトルアスリート』の二つ名で呼ばれていた。
 後に魔王の力を継承し、キエサルヒマ大陸のアイルマンカー結界を外し、魔王と呼ばれ、犯罪者と呼ばれる。
 その後、キエサルヒマを脱出し、原大陸に到着。権力闘争や襲い来る神人種族による壊滅災害、もしくは人が抱える厄介な病、ヴァンパイアライズに頭を悩ませながら、原大陸一の権力を持つようになる。
 しかし、事態の悪化に伴い裏切りに合い、結局全ての権力を失い、一介のサラリーマンとなった。
 戦闘能力は極めて高く、自分が手塩に掛けて育てた魔術戦士の強力な部下達をたった一人で殺さずに無力化する程の能力を持つ。
 魔術においては特に制御能力に定評があり、第三部からは魔王術と言う万能の力としての魔法、その一種を使うようになった。本人曰く、「魔王術なんてものに誰より通じてしまった」との事。

 まぁ、簡潔にこんなもんで。では、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ2「異世界邂逅」

はい、プロローグ2であります。……長いわい。
ええ、プロローグなのでかなりはしょった筈なのですが、八千文字超え。
あれれ、おかしいぞ(汗)
ともあれ、プロローグ2、どぞー。


 

 七草真由美は、国立魔法大学附属第一高校の一年生……になる予定の少女だ。既に合格はしており、後三日程で入学式を迎える。

 新入生総代を勤める事も決まっており、これからの学校生活を華々しく送る事を約束されているような、そんな娘であった。

 だが、だからと言って悩みが無い訳では無い。それは家の事もそうだし、魔法についてもそうだ。そして、目下最大の悩みは、執事キース・ロイヤルの事だった。

 明らかに外国人然としたこの青年は、三年前にふと現れた。雨の中でぽつねんと立つ彼を、そのままでは風邪を引くと家に連れて行ったのは、他でも無い、真由美だ。

 そこまでは良かったのだ。問題は、その後だった。

 何故か父、七草弘一と意気投合し、何故か自分専属の執事になり、何故か外出時には付き従うようになり、何故かその度に理不尽な事態を引き起こしてくれた。いや、本当に何故なのか、全く分からないのだが。

 ともあれ、そんな手を焼きまくる執事でも有能な事には違いなく(意外な事に、執事として間違いなく有能だった)、今日もショッピングに出掛ける際に、運転手兼執事として付いて来ていた。

 しかし帰る時に限って、何故か案の定姿を眩ませたのだ。ただ行方不明なだけならいいのだが、相手はキースである。何を仕出かすのか分かったものではない。

 そんな訳で、真由美は携帯端末でコールしつつも彼を探していた。すると、応える声があったので、ホッと安堵しながら街路を曲がる。今回は、果して何を仕出かしたのか――。

 

「……え?」

 

 そしてアパートに挟まれた路地に入った真由美が見たものは、キースとやたら目付きの悪い”青年”だった。キースと同じくらいの歳に見える。そして、”彼に背後から口を塞がれた中学生くらいの少女”。

 はたから見ても――否、どう見てもそれは少女を誘拐しようとする光景に見えた。青年の表情が引き攣るのが、良く分かる。

 

「き、キース? 何をしてるの……?」

「あ、いやこれは――」

「危ないっ! お嬢様ぁぁぁぁぁ――!」

 

 唐突にキースが叫ぶと、青年とこちらの間に入って両手を広げる。まるで盾になるようにだ。すかさず、言ってくる。

 

「お嬢様、危ない所でありました!」

「キース? どう言う事?」

「はっ、つい席を外してふらりと、この路地に入ったのですが――そこな黒づくめの目付きの悪い、チンピラっぽい、チンピラ的な、むしろギリギリチンピラそうな男が、少女を誘拐している現場にあいまして! 私は彼女を救おうとしたのですが……!」

「て、こら待て誰がチンピラだっ!」

 

 少女の口を離して青年が叫ぶ。しかし、キースは一片も表情を変えずに向き直った。

 

「おや? 私は黒魔術士殿がチンピラなどとは言ってはおりませんが?」

「いや、それはそうだが、言ったも同じだろ」

「言い訳はいりませんっ!」

 

 ばっとポージングを決めると、キースは目を拭う。芝居がかった仕種で、黒魔術士殿と呼んだ青年に訴えはじめた。

 

「私は恥ずかしいです……! 黒魔術士殿! 友と認めた貴方が、よもやいたいけな未成熟な身体に発情し、我慢出来ずに襲い掛かろうとするなんてっ!」

「そ、そんなっ! なら――」

「人聞きの悪い事言ってんじゃねぇ!」

 

 真由美の怯えの混じった視線に、青年は叫ぶがキースは止まらない。この執事は、面白いと思った事を理不尽とノリで物理法則その他諸々を無視して行うと言う悪癖がある。

 つまり、今回も行く所まで行く積もりだった。強烈なツッコミが入らない限りは。

 

「ああ、見て下さいマユミお嬢様! あの少女も怯えております!」

「ねぇ、オーフェン。彼って……」

「言うな、何も言ってくれるな頼むから」

 

 青年、オーフェンと言ったか。彼に解放された少女はジト目で言うが、オーフェンは切実にお願いし、息を吸い始めた。ここらが頃合いだからだ。ツッコミの。

 

「まさしく天をも恐れぬ所業! ああ、神よ。何故こんなチンピラを世に解き放ったのか――!」

「チンピラって言ってんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 直後、真由美は信じられないものを見た。オーフェンが突き出した右手から、光と熱が溢れ、解き放たれたのだ。これは、フォノン・メーザー? しかし、彼はCADを持っているようには見えない。無論、なくても魔法は使えるが、彼は永唱等を一切使わずに魔法を行使したのである。

 オーフェンが放った光熱波は容赦なくキースにぶち込まれ、吹き飛ばす。しかし、次の瞬間にはあっさりと元居た位置に戻っていた。

 

「さて、冗談はここまでにいたしましょう。ご紹介します、黒魔術士殿。こちら、現在私が仕えさせて頂いている主、七草マユミ様と申されます」

「ねぇ、オーフェン」

「さっきも言ったけど、こー言う奴なんだ」

「……うん、何となく分かった」

 

 まるで何事も無かったかのように、素知らぬ顔で紹介するキースに、早くも何かを悟ったのか、少女は頷き、青年は嘆息する。そんな彼等を真由美は見て。

 

「ええっと、とりあえず私にも紹介して貰えます? あと、状況も教えて貰えると」

 

 そんな、とても正しい事を言ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一同は七草家の車――やたらでかいリムジンだ――に乗り込み、キース運転の元で自己紹介を兼ねた説明を始めた。

 まぁ、車に乗る際にも一悶着(青年が車に驚き、キースが引っかき回して、ツッコミの魔法)あったのだが、それはまた別の話しである。

 

「つまり、貴方――オーフェンさんは、キースのご友人と言う事ですか?」

「あ、ああ。その、友人のような、友人ぽい、友人かな? な関係だ」

「黒魔術士殿……恥ずかしがらずに、無二の親友と言ってくだされば」

「誰が認めても俺が認めるかそんなもん!」

 

 友人と言うのに激しく抵抗を感じているらしいオーフェンに、真由美は無理も無いと頷きつつ、彼の横に座る――リムジンは対面式だった――少女に目を向ける。彼女も一つ頷いた。

 

「私はスクルド。オーフェン……兄さんの妹です」

「は? お前何痛ぇ!?」

 

 オーフェンに最後まで言わせずに、スクルドが横の足を踏み抜く。凄まじい音が鳴ったのは気のせいか。彼女はにっこりと、真由美に微笑んだ。

 

「普段はオーフェンと呼び捨てで呼んでるんです」

「そうなんですか? 変わってますね」

「兄とか妹だと記号的でよろしくないと言う家風でして」

 

 全く表情を変えずに、しれっと嘘をつくスクルドに、オーフェンは顔が引き攣ってるのを悟らせないように横、窓を見る。

 景色が、次々と流れていく。それは、今乗っているものが、かなり高速だと言う事だった。車と言ったか。

 

(俺らの世界と数百年単位で技術レベルが違うんじゃねぇか、ひょっとして)

 

 ひょっとして、ではなく間違いなくそうなのだろう。ドラゴンの中にあるこの世界は、時間の速度が相当速いのかも知れない。

 しかし、元居た世界の、さらに内にあるのは確かだった。何故なら”魔術が発動したから”。

 オーフェンが使う魔術は、世界と密接に繋がっている。

 常世界法則と言う世界最原理を欺瞞し、錯覚を起こさせ、一時的に自分の理想を限定化された空間に投影する能力だ。オーフェン達人間種族の魔術士は、これを音声を媒体にして行っている。音声魔術と言うものだ。

 つまり、本来世界が完全に変われば、オーフェンが魔術を使える筈が無い。少なくとも、全く違う世界ならば。

 

「そう言えば、オーフェンさん。ちょっと聞きたい事があるんですけど」

「ん、何だ?」

 

 段々とこの少女の口調が砕けたものになりつつあるのを認識しつつ、オーフェンは頷いてやる。

 自覚があるのか無いのか、真由美は頷いて問いを寄越した。

 

「先程の魔法なんですが、どうやってやったんですか? CADも持っていないようですし、今思い出したんですが、想子(サイオン)に干渉もしていなかったような……」

(……ん?)

 

 まずオーフェンが疑問に思ったのは、魔法と言うものだった。

 もちろん、彼が使ったのは魔法ではない。魔術だ。魔王術ならいざ知らず、魔術は魔法――万能の力では無い。

 ついで、全く覚えの無い固有名詞だ。CAD? 想子? どれも聞き覚えが無い。そもそも。

 

「……魔法、使えるのか?」

「え? ええ、私は魔法師の卵みたいなものですから。七草家と言えば、結構有名と言う自負があったのですけど」

「家? 血筋が関係するのか?」

「ち、血筋と言うか、演算領域の才能が――」

「魔法はどう言った手順で行使出来る? さっきCADとか想子とか言ってたが、関係は?」

「え、ええっと」

「黒魔術士殿」

 

 と――運転席から、キースの声が掛かり、オーフェンは息を詰めた。つい熱くなっていた事を自覚する。

 

「魔法に関してや、”ここ”の説明は、後で私から。マユミお嬢様の手を患わせないで頂ければと」

「……頼めるか?」

「承知。それとマユミお嬢様、そろそろお屋敷に到着致しますが、彼等も中に入れて良いでしょうか?」

「そうね。キースのご友人なら問題無いでしょう。家の者には連絡を?」

「既に行っております。彼等の身の保証は私が致します」

 

 真面目なキースと言うのは、大変珍しい気もするが、今回ばっかりは助かった。オーフェンは息を吐き出すと、車がゆっくりと減速していくのを知覚する。

 やがて、車は随分と大きな邸宅に到着した。大邸宅と呼んで差し支えない、その家も興味をそそられるものではあったが、オーフェンは沈黙を守った。

 かくして、オーフェンとスクルドは七草家へと到着したのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 七草家当主、七草弘一をオーフェンが見て率直に思い出したのは、元部下であるクレイリー・ベルムだった。印象は真逆なのに、何故か同じイメージを受ける。

 そんな彼と、真由美の下の妹である双子を紹介され(兄が二人いるそうだが、仕事で出ているらしい)、オーフェンとスクルドは七草家に一泊する事となった。執事の友人と言うだけで、ここまでもてなしてくれるのは正直に言って驚いたが。

 とにかく、これで時間が持てた訳だ。キースと話す時間を。

 

「お待たせしました、黒魔術士殿、スクルド様」

「ああ、随分と遅かったな」

 

 キースが自室に――どうやら住み込みで働いているしい――戻って来たのは、夜も更けた頃だった。

 家事他諸々をする必要は無いとの事だが、どうも秘書のまね事もしているらしい。一介の執事の部屋にしては広い部屋の椅子に腰掛け、オーフェンはキースに頷く。横ではスクルドが眠そうに目を擦っていた。神人なのに外見通りらしい。まぁ、だからといってどうだと言う話しではあるのだが。

 

「さて、約束した通り教えてくれるんだろうな?」

「もちろんです黒魔術士殿。では早速――」

「ああ、ちなみにもうギャグもおふざけもいらんからな」

 

 にっこりと笑いながら編み上げた攻城戦術級レベルの魔術構成規模を見て取ってか、キースは一瞬だけ固まる。……どうやら、かます気だったらしい。

 自分の性格的に、ツッコむ為ならば他人の家でも容赦しない事を悟ってか、キースは息を呑む。

 

「黒魔術士殿……私が真面目で無かった時がありましたか!?」

「そうだな、真面目にフザけてただけだよな?」

「黒魔術士殿――」

 

 こちらの言い分に幾分か傷付いた表情を見せるキース。しかし、オーフェンはジト目で見るだけ。なんとなく、オチが見えていたから。

 

「真面目にバカにしているが抜けておりますよ?」

「どやかましいわ!? いいからさっさと話しやがれ!」

「黒魔術士殿……短気……早○……」

「今とんでもない事言わなかったか!?」

「いいから、さっさと話し始めなさいよ。私眠いんだからー」

「どいつもこいつも……」

 

 他人事だとさっさと話しを進めようとするスクルドに、オーフェンは頭を抱える。

 ともあれ、キースは頷くとようやく本題に入り始めた。

 

「さて、どこから話すべきでしょうか。次元背面跳びから?」

「それはもういい。……そうだな、この世界の魔法の成り立ちから、まず聞こうか。んで、この世界の常識辺りを聞かせてくれ――誇張や嘘は抜きで」

「何故、一文を追加したかは聞きませんが。了解しました。では」

 

 そう言って、キースはとつとつと語り始めたのであった。

 

 

 

 

 魔法――この世界では、伝説やお伽話とさていた力が、現実の”技術”になったのは、近代になってからだった。

 二十世紀末に、とある預言者の預言を実行しようとした狂信者集団達による核兵器――戦略レベルの反応兵器の事だ――テロを、特殊な能力を持った警察官が解決した事が、近代以降に魔法が確認された事例となる。

 それ以降、研究が各有力国家により進められ、魔法の再現がなされるようになった。

 当然、”才能”は必要であったが、それはどんな分野でも同じ事である。ともあれ魔法は技能になり、世界に広まっていった。兵器として、また力として。

 その技術として生まれたのが、先の固有名詞だった。

 個別情報体――エイドス。

 情報体次元――イデア。

 起動式。

 想子――サイオン。

 霊子――プシオン。

 術式補助演算機――CAD。

 それらを使用する魔法技能師、魔法師。これらが、この世界における魔法の基礎だった。

 

 

 

 ――固有名詞の詳しい説明や、魔法の手順、必要とされる才能、その他諸々を聞いて、オーフェンはふぅと息を吐く。隣のスクルドはもう寝ていた。まぁ、無理もないが。

 それはともかく、オーフェンはこの世界の魔法について納得する。つまり、自分達の世界における魔法(ソーサルロウ)、”常世界法則を直接操作し、世界を根本から書き換える”、言わば万能全能の力とは全く別の、むしろ魔術に近いものだと言う事が良く分かった。

 

 

「……やれやれ、どうやらこれも奴が関わってる可能性大か」

「スウェーデンボリーですか。私はついぞ会った事がありませんでしたが」

「そういやあいつ、お前と会うのは徹底して避けてたな」

 

 こちらの事情もついでに説明したキースに、オーフェンは頷く。

 芸風が違うとか、私でも理解不能とか、なんか無茶苦茶言ってたような気はするが。

 

「さて、然るに黒魔術士殿。奴を探し出すのが目的と思われますが――心当たりは?」

「あるわけねぇだろンなもん。まだ一日経ってねぇんだぞ」

「それもそうですな。では、衣食住、全てがお困りなのでは?」

「それも問題なんだよな……」

 

 キースの説明が確かなら、この世界の身分証明はしっかり管理されているらしい。戸籍も何も無いオーフェンは、言ってしまえば浮浪者みたいなものだった。

 当然、働き口なぞ望める筈も無く、則ち金も稼げない。いつかの時代に逆戻りだ。

 

(まぁ、はぐれ者ってことなんだろうが)

 

「では、黒魔術士殿。いっそ、ここで働きませんか?」

「は……?」

 

 唐突に齎されたキースの提案に、オーフェンは間の抜けた声を漏らした事を自覚する。しかし、キースは構わず続けた。

 

「マユミお嬢様の護衛――若いボディーガードを近々雇おうと、旦那様が考えていたもので。力量的に黒魔術士殿ならば、問題無いかと」

「キース――」

 

 思わず、彼の名を呼ぶ。キースは、微笑んで頷き。

 

「で、本音は?」

「ボーナス二倍はおいしいのです。黒魔術士殿」

 

 とても分かりやすい理由をキースは白状した。まぁ、そんなもんだろう。

 しかし、悪い条件ではない。元々適当に仕事を紹介して貰うつもりではあったのだ。

 

「ボディーガードねぇ……ここ、相当な家柄なのか?」

「この国における最強を意味する魔法師集団たる十師族、その代表格の一つとなりますな」

 

 ……思ったよりも、相当な家であったらしい。さすがにオーフェンは苦笑する。まさか偶然に、こんな所に流れつき、偶然キースと再会するとは。

 自分にしては運が良すぎるような気もするが、そこは気にしても仕方ない。

 

「よし、ボディーガードの件、口聞き頼めるか?」

「勿論です。私と黒魔術士殿との仲ではありませんか――謝礼は、給料の半分で宜しいですね?」

「宜しいわけがあるか!?」

 

 とりあえずブン殴って床にキースを沈めて息を吐く。全く――と、そう思った所で何か違和感を感じた。

 先程のキースの台詞、何かおかしく無かっただろうか……”若い”ボディーガード?

 

「……おい、キース。若いってのは、どー言う事だ?」

「おや? お気づきになられてないのですか? ちなみに黒魔術士殿、今の年齢は何歳で?」

「四十五だ」

「そうですか、ではこちらをどうぞ」

 

 言うなりどっから取り出したのか、観音開きのやたらでかい鏡をキースはオーフェンの前で開いた。そこに映るのは自分の姿だ。

 黒髪黒目、やたら角度が鋭い、言ってしまえば悪い目つき。皮肉気な容貌は、相変わらずだった――そう、相変わらずだ、”二十年前くらいと”。

 オーフェンはしばらく絶句し、若返った自分の顔に触れる。二十年の激務は相応に自分を老けさせていた筈だが、その象徴たる皺が無い。

 やがて、ギギっと眠ったスクルドを振り向くと、キースが起こしている最中だった。彼女は欠伸を一つして。

 

「ああ、うん。私、中年趣味じゃないから」

「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 オーフェンは全力で叫び、七草家の執事の部屋に声がこだましたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あの後、寝ぼけつつスクルドが説明したのを信じるならば、どうもネットワークから再構成の最中に、若い頃――二十歳くらいに年齢を設定して再構成したらしい。

 余計な事をしやがってと文句を言ったが、既に後の祭りだ。しかし、確かに若い事に越した事は無いのだ。外よりこちらは遥かに時間速度は速いらしいし、就職するにも中年よりは青年の方がいい。スタミナもある。なので、あまり強くも言えず、オーフェンは嘆息するしか無かった。

 

「……で、何がどうなって、こうなってんだろうな」

 

 ふ……と周りを見渡す。そこは有り体に言うと、競技室のような部屋だった。『牙の塔』――オーフェンのかつての母校だ――の体技室に似ている。

 そこで、オーフェンは初老の男と向き合っていた。確か名前は、名倉三郎と言ったか。実直そうな男である。さて、何故彼と対峙しているかと言うと。

 

「キース殿のご紹介とは言え、お嬢様のボディーガードを望まれるなら、まず実力を見せて頂かねば……」

 

 まぁ、こう言う事だった。

 キースが、七草弘一にオーフェンの事を持ち出したのは、朝食が終わった後の事である。

 何故、そこまで信頼されているのか不可解だが、弘一はすぐにオーフェンを雇う事を決定した。身分も何も明らかにしていないのにだ。

 しかも真由美まで激しく賛同する始末。あのお嬢様の目は、確かにこう言っていた。キースの相手をお願いねと。

 しかし、反対が無かった訳でも無い。その筆頭が、真由美のボディーガードである名倉であった。

 

(ま、そりゃそうだよな)

 

 いきなりどことも知れぬ馬の骨が、自分を押し退けてボディーガードの座に着こうと言うのだ。こうなる事は自明の理である。

 しかし、オーフェンとて譲る訳にはいかない。折角、即座に就職先が決まりそうなのに、ここで無くなると後が面倒だ。そこで腕試しと相成った訳である。

 

「準備はよろしいですか? オーフェン殿」

「ええ、いつでも」

 

 頷き、渡されたCAD――特化型CADと言うらしい銃型のそれを振る。これが一種の魔法起動に必要な装備である事は理解した。

 理解はしたのだが……。

 

(どうやって使えばいいんだろうな、これ)

 

 案の定使い方が分からず、オーフェンは手の中でCADを弄んだ。銃の使い方は熟知しているが、外見が似ているだけのものだ。使用方法が全く分からない。そもそもこの世界の魔法を自分は使えるのか――。

 

(ま、いいさ。使い方なんぞいくらでもある)

「では、はじめ――」

 

 審判役のキースが号令をかけると、名倉は即座に自分のCADをオーフェンへと差し向ける。

 起動式読み込み、変数追加、魔法演算領域に転送、魔法式構築、『ルート』に転送し『ゲート』から『イデア』に出力し、座標指定、エイドスに干渉し、事象の書き換えを行う。これらを半秒にも満たぬ時間で終わらせ、名倉が見たものは、唐突に顔面へと迫り来る物体だった。これは、CAD!

 

「なん!?」

 

 驚愕しながら、反射的に自らのCADで叩き落とす。金属製の甲高い音と共に、CADは床に転がった。

 これは間違いなく、オーフェンに渡したCADだ。しかし、何故それが自分の元に飛んで来たのか――決まっている。投げられたからだ。何の挙動も無く。

 いつ放たれたかも分からなかった事に悪寒を覚えつつ、やはり何故と思う。彼は魔法師ではないのかと。

 それは当たりだった。彼は魔法師では無い。魔術士だった。

 空間に投影されるは、最も使いなれた構成。魔術士が、世界を欺瞞すべく作られた設計図だ。そう言う意味では、魔法式と似ているかもしれない。

 

「我は放つ――」

 

 幾何学模様で編まれた構成は、それこそ半秒どころか刹那に魔力を注ぎ込まれ、存在感を獲得する。紡ぎ出された声を媒介に、解き放たれる!

 

「光の白刃!」

 

 叫びと共に光熱波が光速で放たれ、唖然とする名倉へと突き進む。それは、投げつけられたCADを右に弾いた為、そちらへと振るわれた名倉のCADを容赦無く飲み込み、爆裂した。当然、名倉を巻き込んで。

 吹き飛ばされ、しっちゃかめっちゃかになった初老の元に向かうと、オーフェンは意識が無い事を確認。ふぅと息を吐いた。

 

「とりあえず勝ったが――これでいいのかね?」

「いいのでは無いでしょうか」

 

 ぱたぱたと何故かちっさい旗を、オーフェンに振りながら、キースは頷く。

 名倉三郎に勝利。オーフェンは見事、真由美のボディーガードを勝ち取る事になった。

 ……しかし、オーフェンは知らなかった。自分が倒した相手が、エクストラ・ナンバーズ、『数落ち』と言われる者であった事を。

 その相手にあっさり勝つと言う事が、どのような意味を持つか、彼はまだ知らなかった。

 ――そして、舞台は二年後の春に移る。

 

 

(第一話に続く)

 




はい、プロローグ2でした。次回から入学編なのですが、オーフェン、真由美のボディーガードなので魔法科高校となんの関係も無いと言う、この事実。ああ、無情……しかし、オーフェンの代わりにもう一人が学校には入る予定ですんで、ご安心下さい(笑)

 さて、キャラ紹介その2。今回は、スクルドです。ある意味オリキャラなのです。

 スクルド・フィンランディ(オーフェンの妹として通しているので、フィンランディ性を名乗っている)
 外見年齢、12〜13歳。

 神人種族、運命の女神の末妹、未来の女神である。
 スウェーデンボリーが、かつて設定した世界の終末そのものであり、その力は強大(神人種族が、無限の力から一つ足りない程度の力と言われる)。
 オーフェンも第四部時点で勝てないと断言していた。単身で世界を滅ぼせる程の力を有する。
 しかし、現出した彼女は基本脳天気であり、今の所人類と敵対するつもりは無い模様。オーフェンと共に、劣等生の世界に来た。
 目的はスウェーデンボリーを抹殺する事らしく、それが何故なのかは語られていない。

こんな所でしょうか。外見イメージは、ああ女神様のスクルドをイメージして頂ければと思います。
さて、次回からようやく本編開始! ようやく登場だ達也さん、深雪さん、しかしキースのキャラが濃すぎて困る。でも出したい……なんだこれ。
そんな訳で、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編
入学編第一話「あんたは一体なんなんだ?」(By司波達也)


ようやく出来ました。第一話をお届けします。サブタイトルは無謀編リスペクト(笑)
入学編の一話なので、前回から二年経ってますが、ご了承の程を。
では、第一話。どぞー。


 

 西暦2095年、4月初頭。つつうららかな春の日差しが射す中、七草家の庭で、オーフェンは新聞を読んで、ため息を吐いた。

 一面にはこうある――『天世界(オーロラ)の門(サークル)、またもや暴走か!?』『魔法師、テロ活動!?』『俺の税金返せ――』……とりあえず、税金で運用されてはいないと、内心では思う事をした。それだけだが。

 

「やり過ぎたかね……」

 

 呻くように呟く。天世界の門、一年前の事件でオーフェン達が立ち上げた組織だ。数十年来の仇敵たるカーロッタ・マウセンの組織名を使ったのは、皮肉を込めてだった。しかし組織のボスたるスクルドが気に入ってしまい、正式決定してしまった。

 そんな天世界の門。活動内容は、魔法至上主義組織たる『賢者会議(ワイズメン・グループ)』に対抗する為だったのだが、その活動内容は極秘となる為、下手に被害を出すとこのようにテロ組織呼ばわりされる事となる。

 とりわけ、昨日は街中に被害を出したので、こうして一面に乗る事になったのだが。

 

「あ、いたいたオーフェン。マユミー、オーフェンいたよー」

「本当? あー、またこんな所でサボって」

 

 そんな風に黄昏れていると、まばゆい白の制服に身を包み、少女二人が駆けて来る。

 一人は小柄ながら、出る所は出ているグラマーなスタイル。輝かしいばかりの笑顔と魅力を振り撒いている、現オーフェンの主たるお嬢様、七草真由美。

 そしてもう一人は、真由美より更に小柄で、スタイルも良いとは言えない、有り体に言うと幼児体型。しかし、あまりに人間離れした、女神のような――女神そのものなのだが――まぁ、そのような美しい顔立ちの少女、オーフェンの妹となっている、スクルド・フィンランディ。

 二人が着ている制服を見て、オーフェンは苦笑すると立ち上がった。ちなみにオーフェンはと言うと、黒のシャツに紺のジーンズと言うありきたりな格好だ。

 

「あー、今日が入学式だっけか?」

「やっぱり忘れてた! 可愛い妹の晴れ舞台をなんだと思ってんの?」

「可愛い妹、ねぇ」

「ダメよオーフェン。折角、スーちゃんが一校の制服着て見せてるんだから。ほら、感想言ってあげて」

「……そうだな。可愛いぞー我が妹よー」

「うわ、全く気持ち入ってないし、なんかキモい」

「どないせーってんだ」

 

 本来年齢47の男に、何を期待してるのか。そう言えば娘達が学校に入学した際にも、何か言ったが普通に怒られた気がする。三女に至っては蹴りを入れられた。

 ようは、その辺のセンスがゼロなのだろう。今更どうでも良くはあるが。

 

「もう出る時間か? まだ余裕あると思ったが」

「今日は入学式があるから、準備があるの。スーちゃんも軽く案内してあげたいし」

「へぇー、そういやマユミの時もそうだったな」

 

 思い出すは二年前の入学式。自分達が、この世界に来てまだ間も無い頃だ。

 ボディーガードに無事就任したオーフェンは、真由美の初登校に付き従ったのだが……キースも着いて来たのが、悲劇だった。いや、はたから見たら喜劇だったろうが。

 ふと思い出し、あの時も大変だったなと感慨に耽る。そう、大変だった、去年も――。

 

「キースの野郎は?」

「昨日のうちに物理的にも魔法的にも完全に封印したわ。腕の良い魔法師のレスキューでも救出に三日は掛かる筈よ」

 

 悲壮な表情で真由美は言って来る。……無理も無い。二年続けて巻き起こされたあの騒動を考えれば、むしろ軽すぎるくらいだ。スクルドも、うんうんと頷く。

 

「去年まではげらげら笑っていられたけど、他人事じゃなくなると必死になるよね」

「スーちゃん、大人になるって悲しい事なの」

 

 それはまた別の事のような気もするが。まぁいいかと、オーフェンは思い直す。一つだけ伸びをした。

 

「そんじゃ行くとするか……奴が出て来ない内に」

「ええ、早く行きましょう……彼が来ない事を祈って」

「うん。早く行って帰って来よう……封印かけ直したいし」

「そうですな。速やかに参りましょう。お嬢様、スクルド様、台車を用意いたしました。ささ、どうぞ――」

「オーフェン、やっちゃって!」

「よし来た、我は放つ光の白刃っ!」

 

 案の定、出て来たキースに寸秒も迷わず真由美が命令を下す。

 オーフェンもすぐさま光熱波を叩き込むが、しかしやはりと言うか、あっさり躱された。

 

「何をなさいます黒魔術士殿!」

「何もくそもあるかっ! てめぇ、どうやって封印を――聞くだけ無駄か」

「ふ、さすが我が親友……言わずとしれた、つまりツーカーですな!?」

「きっぱりと違うわドアホウ!」

 

 叫びつつ魔術を連打するが、キースはひょいひょいと躱しまくる。

 

「マユミお嬢様……! この私はただ、新入生達を心から弄び……じゃなかった、もてなしたいだけなのです!」

「今本音が出たわね!? 何をする気なのよ!」

 

 真由美自身もCADを起動し、サイオンの弾丸を撃ちまくるが、普通に当たらない。スクルドはもはや諦めたのか、肩を竦めていた。

 

「こうなると思ったよもぅ……はい、やめやめ。マユミもオーフェンもストップ。キースなんだから、何やっても無駄よ」

「さすがスクルド様、分かっていらっしゃいます。あ、これはほんの気持ちです」

 

 そう言いながら、つつっと近寄ったかと思うと、手の平に飴玉を落としていく。

 スクルドは頬を引き攣らせたが、ぐっと我慢して飴をポケットにしまった。

 

「ありがと。ほら二人共、行こう」

「ああ、もう。キース!? 大人しくしてなさいよ!」

「御意。勿論ですとも、マユミ様。私が大人しくしなかった事がありましたか?」

「ほぼ毎日ツッコミ入れられる奴の台詞じゃねぇ……」

 

 グッタリと呻くオーフェンは嘆息を一つだけ深く吐いて。諦めたのか、七草家の門に向かって歩き始めた。三人もまた、一緒に行く。

 春の風が吹く中、国立魔法大学附属第一高校、通称魔法科高校の入学式がいよいよ始まらんとしていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 本日、第一高校に入学する予定の司波達也は、総代を代わろうとする妹を宥めて、ベンチのある中庭を見つけた。

 まだ開場まで時間があるので、その時間を潰す為に携帯端末を開き、書籍サイトにアクセスする。

 しばらくすると、在校生だろうか? 入学式の準備に駆り出されているのだろう生徒達の、声がやって来る。

 

 ――新入生か……こんな早くに、哀れな。

 

 ――ああ、もうすぐ来る頃合いよね? 今日は何しでかすのやら。

 

 ――もう俺慣れたよ……慣れたくなかったのに。

 

「……?」

 

 何故か、こう生暖かな視線を感じる。それは二科生――ありきたりに言うと、劣等生を哀れみ蔑む視線ではなく。これから起こる悲劇に遭うであろう人物に向けられる視線であった。と――。

 

「おや、珍しいですな?」

「……!?」

 

 不意に、本当に気配も何も感じさせずに影が射した。自分に全く気付かせずに現れた人物に、達也は目を丸くする。

 その人物は一言で言うと執事であった。日本人ではまずなかろう銀髪に、長身をタキシードで包んでいる。

 何故、執事がここに……と思いつつも、達也は明確に警戒した。何者なのか。

 

「スクリーン型の携帯端末をお使いになられているとは、通であられる」

「あの、あなたは?」

「ああ、失礼。私はキース。さる令嬢の執事をしております」

 

 いや、その執事が何故に校内に居るのかを聞きたかったのだが……それを告げる前に、キースと言った執事は、どこからともなく取り出したクラッカーを鳴らした。

 ポンっと軽い音が鳴り、キースははらはらと涙を流す。

 

「おめでとうございます、新入生殿。あなたは、百番目となられました!」

「百番目?」

「ええ、百番目」

「何の?」

「百番目は、百番目であるからして、百番目なのです」

「いや、もういいです」

 

 この男は危険だ。様々な意味でそう思いながら、達也は立ち上がると、すぐに男に背を向けて歩き始めた。触らぬ神に祟り無しだ。すると。

 

「新入生殿ぉぉぉぉぉぉぉ――――!?」

(!?)

 

 背筋を悪寒が突き抜け、振り返る。同時、両手を挟むように勢い良く重ねた。

 はしっ、と白刃取りの要領で受け止めたのは、斧だった。かなり大きめの。

 冷や汗混じりに、それを放った人物、キースを睨む。すると、彼は首を横に振った。

 

「ああ、なんと言う事でしょう。人の話しを聞かずに、去ろうとする新入生殿に私は深く傷付きました……」

「俺は今死ぬ所でしたが!?」

「そんな……! こんな斧で脳天かち割られようと、私の心の傷に比べたら、ちょっと血が出るくらいなのに」

「そんな訳ありますか!」

 

 珍しく自分が声を大にして叫んでいる事を自覚しつつ、達也は斧を奪い取ると、横に捨てた。キースを睨みつける。

 

「どう言うつもりですか……?」

「どう言うつもりなのかと言われると、百番目ですからと」

「まだこだわりますか」

「百番目ですので」

「……いや、もういいです。何の用ですか?」

 

 何かを我慢し、会話にならない事を察して、達也は先を促した。無視すれば、何らかの攻撃を受けそうだと理解した為である。警察はどうしたと思わなくも無いが、何となく、この執事には意味が無いような気がした。何となくだが。

 

「ついては新入生殿、百番目を記念して、あなたにちょっとしたサプライズを用意しております」

「サプライズ?」

「ささ、これをどうぞ」

 

 そう言って、キースが何かを手渡して来る。それは、封筒だった。中に何か入っているようにも見える。これは?

 

「つかぬ事を聞きますが、これは何です?」

「写真です」

「写真?」

「はい、第一高校の生徒会長であり、我が主であるマユミお嬢様の写真です……着替えの」

「…………」

 

 達也は無言で、封筒をキースに突っ返した。さらりと、致死必死な真似をしてくれる。つくづく厄介な男だ。

 

「おや? いらないので?」

「犯罪者になりたくないので」

「そうですか……おおっと、手が滑ったぁ!」

 

 しかし次の瞬間、わざとらしい台詞と共に封筒を破いたかと思うと、写真をこちらに投げつけて来た。

 さしもの達也も、一瞬だけ思考が停止する。ばらまかれた写真は、若干肌色が見えて――。

 

(これはマズい!)

 

 先程以上にぞっとしながら、達也はあわてて下がる。しかし、既にサイ(写真)は投げられた。達也の足元には落着を完了した、写真がばらまかれている。

 

「あら、キース? こんな所にいたの?」

「おお、マユミお嬢様」

 

 更に件のお嬢様も登場し、達也は凄まじく珍しい事に、混乱する。

 現状、現れたお嬢様の着替えの写真とやらが足元に散乱し、自分がそこにいる。キースはと言えば、どうやったのか、自分の数メートル離れた距離に、すでに移動していた。なんなのかあの男は。

 ともあれ理解したのは、ここに居ては、高校入学の日に変態扱いされるか、悪ければ逮捕されかねない状況と言う事だった。故に、迷わず撤退を開始しようとして。

 

「とぉ!」

「うぉ!?」

 

 またもや数メートルの距離を何の挙動も無くキースが飛び掛かり、タックルの要領で引き倒された。

 鍛え抜いた身体を持つ達也だが、さすがに勢いのある重量物にしがみつかれてはどうにも出来ず、地面に転がる。

 

「何のつもりだ!?」

「何をとおっしゃられましても、百番目ですので写真を拾って頂かなければ」

 

 敬語すらも外れた達也の叫びに、しれっと言ってくる。まだ言うかと、達也は罵倒を飛ばしたくなるが、そんな場合で無い事に気付いた。お嬢様が、地面に落ちた写真を拾ったからである。見る見る内に顔が真っ赤になる――。

 

「こ、これ……!?」

(ああ、終わった)

 

 何が終わったかと言うと様々なものがとしか言いようが無いが、達也は流せるものなら涙を流したかった。

 ろくな事が無かった人生を振り返りつつ、覚悟を決める。お嬢様はこちらを引き攣った顔で振り向き。

 

「不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!」

 

 ビンタを一発、自分とキースに叩き込んだのだった。

 キースもはたかれた事にだけは、達也も内心でホッとした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ご、ごめんなさい!」

「いえ、仕方ないですよ……」

 

 あの後、写真の件がキースの仕業だと発覚し、かの執事が逃亡を図ってしまったので、お嬢様から達也は手当を受けていた。

 正直に言うと、いらないのだが、さすがに達也もそれを言い出す程空気が読めなくもない。

 濡らしたハンカチで自分が引っぱたいた箇所を冷やしつつ、お嬢様がため息を吐く。

 

「まったく、キースったら、ろくな事しないんだから」

「一応確認までに。あの人は、あなたの?」

「ええ、キース・ロイヤル。私専属の執事です。あ、私も自己紹介がまだでしたね。七草真由美、第一高校の生徒会長を務めてます。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」

 

 にっこり笑って告げられる。彼女のルックスと相まって、非常に蠱惑的な雰囲気だった。

 しかし、達也はと言うと思わず顔をしかめそうになる。それは、彼女の姓を聞いたから。

 

(数字付き(ナンバーズ)……それも七草か)

 

 日本の魔法師を代表する十師族。その中でも、特に最有力とされる二つの家の一つ、それが七草だった。

 おそらく彼女はその直系だ。そして第一高校の生徒会長。つまり、エリート中のエリートだ。自分とは正反対とすら言える。

 ともあれ、名乗られたからには名乗り返すが礼儀だ。達也は複雑な気持ちをなんとか胸にしまい、名乗り返した。

 

「俺は、いえ、自分は、司波達也です」

「司波達也くん……ああ、あなたが、あの司波くんなのね」

 

 驚きの表情となりながらも、真由美が頷く。何故キースが彼に絡んだのか、ちょっと分かったからだ。いや、ノリの可能性もなくは無いが。

 

「入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均的が七十点に満たないのに、両教科とも小論文含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」

 

 随分と手放しに褒めちぎられたような気がするが、きっと気のせいだろうと、達也は思う。するりと反論が口に出た。

 

「所詮ペーパーテストの成績です。実技はからきしでしたから」

 

 魔法科高校は評価として優先されるのは、当たり前だが実技だ。所詮はペーパーテストの成績。それは、達也自身も納得の言葉だった。

 勿論、それを生徒会長たる彼女が知らない筈が無い。しかし、真由美は緩やかに首を振った。

 

「そう? 私は立派な成績だと思うわ。とてもじゃないけど、私には出来ないもの。それに、実技もただの評価の一つに過ぎないと思うし」

「問題発言じゃないですか?」

「そうね、ちょっと自覚してる」

 

 ある意味、魔法科高校に対する強烈なアンチテーゼと言えなくもないが、真由美はすっぱりと言い切る。達也はそんな彼女に苦笑した。どちらにせよ、現状はそうなのだろうと。そう言おうとした所で、不意に真由美が視線を移す。

 

「あ、スーちゃん、オーフェン」

 

 微笑みながら真由美が立ち上がったので、つられて達也も一緒に立ち上がる。そして、こちらへと共に歩いて来る少女と青年を見た。

 少女は、真由美より更に小柄だった。体型も、控え目で中学生程度にしか見えない。しかし、容姿は抜群だった。達也は深雪と言う絶世の美少女を妹に持つが、彼女に勝るとも劣らぬ美少女である。

 黒の髪をツーテールにしており、活発な印象がある為か、深雪とは正反対の印象も受けたが。

 そして青年。こちらは言ってしまうと、皮肉気な印象を受けた。少女と同じ黒髪黒眼、体格も普通ならば、容姿も普通。だが、目つきがひたすら悪い。チンピラやヤクザと間違われても仕方ないかもしれない。

 そんな二人を見て、達也は一瞬、何か強烈な違和感を覚える。何を、と言われても困るのだが。

 

「マユミー、どこ行ったのかと思ったよ」

「ごめんね。キースがまた、ね……」

「……何があったかは聞かない方が良さそうだな?」

「うん、そうして」

 

 ふっと、疲れきった表情を見せながら、真由美が頷く。少女と青年は得心がいったように苦笑した。

 

「それで? ボディーガードとしちゃ、横の少年の事も聞いときたいとこなんだが」

「あ、ゴメン。紹介するね。司波達也くん。さっき、キースに絡まれてた子なんだけど」

「ああ、成る程な……君、災難だったな」

 

 青年から肩をポンと叩かれつつ、マジな同情を受けて、思わず頷きそうになるのをぐっと我慢する。青年もそこらを理解してくれたのか、再び苦笑してすぐに離してくれた。

 

「俺はオーフェン。オーフェン・フィンランディ。マユミのボディーガードだ。こっちは妹のスクルド」

「同級生だね。よろしく!」

「司波達也です。よろしく」

 

 兄妹だったのかと一人ごちながら、二人と順に挨拶する。その際、ちらりとスクルドの左胸ポケットが見えた。そこには達也同様、八枚花弁のエンブレムが無い。つまり、彼女も二科生と言う事になる。彼の視線に気付いてか、スクルドは肩を竦めた。

 

「魔法は苦手なのよ。いちいち細かいって言うか」

「細かいって」

「もっと大雑把にやれない? て思うのよね。こう、バーンって」

「お前がバーンってやった日にはいろいろ困るだろうが」

 

 後ろから嘆息混じりにオーフェンから小突かれ、スクルドがむくれる。

 言ってる意味は良く分からないが微笑ましい事に変わりなく、達也は笑みを浮かべた。

 

「さて、そろそろ開場の時間ね。入学式が始まるわ……聖戦の始まりが」

「は?」

「そうだな。そう言った意味じゃあ、野郎を逃がしたのは痛手すぎる」

「あの?」

「どっちにしても逃げてたと思うよ。キースだし」

「……何の話しですか?」

『『聞きたい?/か?』』

 

 一気に無表情となった三人から一斉に聞かれ、達也は気圧されたように息を飲む。三人が纏う悲壮感が、あまりに本気過ぎたから。しかし、怯む達也に、オーフェンは肩をがしっと捕まえて来た。

 

「聞きたいか? 聞きたいんだな? 仕方ない、そんなに聞かれたんじゃあ話すしかないな! ちなみに聞いたら、君も仲間だ! 何故なら聞いたから!」

「何故に!?」

 

 どっかの姉のような暴論をオーフェンは吐き、達也は聞き返すが、彼はしっかりそれを無視してのけた。

 しかも、脇を真由美とスクルドに抑えられる。彼女達の表情は語っていた、逃がすものかと。

 

「実はだ。この第一高校、二年前の入学式から、ある伝統がある」

「二年で伝統って、なんか斬新ですね」

 

 もはや諦め、ぐったりと言ってやるが、我が意を得たりとオーフェン達は頷く。もうどうでもいいやと、達也は大人しく聞く事にした。

 

「最初の一年目の入学式の時、マユミが新入生総代をやったんだが――その時、奴はやってくれた」

「奴? それに、やってくれた?」

「キースよ……」

 

 何故か表情に影を落としながら、真由美が呻くように呟く。オーフェンは哀れみの視線を彼女に向け、続けた。

 

「総代で呼ばれたマユミの代わりに、どうやって潜り込んだか知らんが、保護者席から立ち上がり、奴は壇上に立った。そして、やったんだ」

「……何をですか?」

「木の上うっぷん男。旅情編」

「……………………は?」

 

 たっぷり数秒はかけて、達也は思わず問い直す。しかし、オーフェンは頭を振り、再び繰り返した。

 

「だから木の上うっぷん男。旅情編だよ」

「いや、繰り返されましても。なんです、その恥ずかしい名前」

「一応劇らしいんだけどな。内容は聞くな、夢に見るぞ」

 

 逆に聞きたくなるような……そう思いつつも、あえて聞かない事にしておく。ともあれ、なんかの劇をやったらしい。そこまで達也が理解した事を確認して、オーフェンは続けた。

 

「奴は木の役でかつ一人演技を最後までやってのけた。そして、沸き上がる観客達。スタンディングオベーションが鳴り響く中、奴は大声で叫んだ――『マユミお嬢様! 七草マユミお嬢様をこれからよろしくお願いします! 木の上うっぷん男の主、七草マユミお嬢様です!』」

「自殺を真剣に考えたわ」

「それは……なんと言うか……」

 

 涙は流せないが、もし泣けたなら、達也は同情の涙を流しただろう。酷すぎる。色んな意味で。オーフェンも頷いた。

 

「そして、奴は次の入学式もやらかした」

「また、その――劇を?」

「木の上うっぷん男だ。言ってみろ」

「すみません、勘弁して下さい」

 

 真剣にお願いする。さすがに、それを言うのは恥ずかし過ぎた。

 

「まぁいいか。ともかく、次の年、去年も再び入学式で奴はやらかした。俺も特別に学校から魔法使用の許可を得て、対抗したんだが……防ぎきれなかった」

「去年は、何を?」

「『チキチキ! 地下大迷宮脱出大作戦!』よ」

「……その名称、誰がつけてるんです?」

「キースだよ。一応、やらかす前に言ってるの」

 

 もう何と言っていいのやら。頭に頭痛を覚えつつ、先を促す。

 

「で、それは一体どんな?」

「講堂全体に落とし穴を仕掛けてな。そこに、新入生も在校生も、ついでに保護者の区別無く落とされた。そして、そこには、どうやって作ったか全く不明だが、地下大迷宮が広がっていたんだ……」

「大迷宮て」

「脱出に一週間掛かったわ」

 

 もはや絶句するしか無い。まさか魔法が使えなかった訳でも無いだろうが、それでも一週間。何を、どうやったら、そんな真似が出来るのか。

 余談だが、この地下大迷宮脱出で、一科生、二科生問わずにエライ目に合い、力を合わせてクリアしたおかげで、在校生の中では、一科生、二科生と言う差別意識は、相当に薄くなっている。キースがそこまで考えたかどうかは定かでは無いのだが……閑話休題。

 

「とまぁ、この通り二年連続で奴はやらかしてる。今年は何もしないってのは、楽観過ぎだな」

「それなら出入り禁止にしたらどうなんですか?」

「去年してないと思う? 意味無いよ」

「いや、結界とか――」

「意味無いよ、キースだから」

「…………」

 

 何か聞けば聞くだけ、先程会った執事は何者なのかと思わずにはいられない。

 

「そんな訳でだ。司波タツヤ――タツヤでいいか?」

「ええ、構いません」

「よし、いい返事だ。今年こそは、奴を止めたい。タツヤ、手伝ってくれるな?」

「それは構いませんが、俺はこの通りですよ?」

 

 そう言って、エンブレムが無い左胸ポケットをオーフェンに差し示す。しかし、彼は苦笑のみを漏らした。

 

「所詮は学校の成績だろ、そんなもんはどうでもいい。使えそうな所に使うだけさ」

 

 学校外の人物とは言え、こうもあっさり言われては立つ瀬がない。苦笑し、達也は頷こうとして。

 

「それに、もっと別の役割があるからな」

「別の?」

「ああ」

「それは、何です?」

「…………」

「…………」

「劣等生、ばりあー」

「帰ります」

 

 くるりと踵を返すが、その前にオーフェンから捕まった。やたらにこやかな顔で言ってくる。

 

「なんだよ、冗談じゃねぇか。本気にするなよ」

「ちなみに、去年はマユミを盾にしたよ」

「優等生ばりあーって言われた日には、殺意を覚えたなぁ……」

「やっぱり帰ります」

「まぁ待て落ちつけって。な? 安心しろ。マユミも二回までは耐えた。お前なら、四回はいけるって」

「そのどこに安心する要素があるんですか!」

 

 ついには怒鳴るも、はっはっはと笑うオーフェンは離してくれそうに無かった。

 ……まぁ、自分はともかく、妹の輝かしい入学式をぶち壊されるのは、本意では無い。しぶしぶ、達也は協力する事にした。

 

 これより、私立魔法大学附属第一高校入学式を守る戦いが始まる――!

 

 

(第二話に続く)

 




はい、第一話でした。キースがはっちゃけ過ぎる……!(笑)
ちなみに二年の間にいろいろあり、オーフェン達は天世界の門なる組織を作っております。
スポンサーは七草。リーダーはスクルドです。
具体的には一年前に、ちょっとした事件があり、組織を作らざるを得なくなったと。
賢者会議については、名前から察して頂けると(笑)
さて、次回もお楽しみに。ではではー。

PS:お気に入りとUAがめっちゃ増えててびっくりしました(笑)
どうもありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第二話「私のお兄様を巻き込まないで!」(By司波深雪)

 お待たせしました。入学編第二話をお届けします。
 今回もサブタイは無謀編からのリスペクトとなっとります。では、キース大暴れの第二話。どうぞー。


 

 あの後、オーフェン達と別れ――どちらにせよ、キースが現れるまで何の対処も出来ないからだ――達也は、入学式が執り行われる講堂に入った。

 既に席は半分以上が埋まっている。そして、新入生の席は、あからさまな規則性があった。

 前半分が一科生、後ろ半分が二科生だ。在校生はと言うと、クラス別ではあるが、そのような事になっていない。

 新入生の間では、そういった意識がある証拠だ。一科生にしろ、二科生にしろ。どちらが悪いと言う訳でもないが。

 

(どうでもいいか)

 

 一々逆らうつもりもなく、達也は中央に近い空き席に着く。ここは、二科生が集まる席では壇上にもっとも近い。何かあったらすぐに行ける筈だ。

 そう思いながら、達也はオーフェンから聞いたキースの説明の通り一遍を思い出す。

 

(キース・ロイヤル。七草家、直系の長女である会長の専属執事)

 

 そう、執事だ。執事のはずだ――多分執事。ちょっと自信が無いが、それは仕方ない。

 

(身元不明出身地不明。そもそも人間かどうか、生物かどうかも不明。考えるな、感じろ。全くもって意味不明の論理で生きてるせいか、次パターンが読めるようでいて、読めない。唐突にどんな武器を出してくるか分かったものでも無ければ、どんな技を隠してるかもようと知れない。ノリで魔法まで使った事もある。とにかく、自分がちょっとでも面白いと感じたなら、あらゆる常識、物理法則、世界最原則を無視して、それを実現させてくる。ここから導き出される、答えは――)

 

 考えて、考えて……達也は泣きたくなった。いや、泣けないけども。

 なんだこの理解不能生物。それが、なんでこの世にいるのか。いや、何故執事をしているのか!

 

(真面目に考えるのはやめよう。壊れる)

 

 早くも悟りの境地に入りつつ、優先すべき事を考える事にする。つまり対策だ。

 いくら何でも無敵と言う事は無いだろう。多分。しかし、講堂内で魔法は使えない。CADの持ち込みまでは、さすがに許可されていないからだ。なら、素手で取り押さえなければならないが、そちらは幸い得意分野なので問題無い。後は、いつ現れるかが全てだ。

 

(オーフェンさんや会長は、今まで対象は新入生総代が答辞のタイミングで介入して来たと言っていた)

 

 これは二年続けて必ずらしい。なら、まず間違いなく今年もその筈だ。出来るなら壇上に上がらず、舞台裏で決着をつけたい所である。目立つ訳にはいかないのだから。なら、放置すれば良いかと言えば、それも違う。

 今年の新入生総代は、司波深雪。自分の妹なのだから。

 オーフェンとスクルドは舞台裏でスタンバイしているらしいし、生徒会長である真由美もCADを準備している。くわえて、二人は魔法使用の許可まで取っていた。全ては、初撃で決める為。

 

(深雪の答辞の邪魔はさせない)

 

 決心を固め、ちらりと壁の時計を見る。式開始まで、後二十分。

 

「あの、お隣は空いてますか?」

(ん……?)

 

 戦闘準備をする心地でいると、唐突に声が掛けられた。見ると、一人の女生徒がいる。おそらく同じ二科生の新入生か。

 

「どうぞ」

 

 断る理由も特に無いので、すぐに頷く。すると礼を言い、彼女に続いて三人の少女が腰を下ろした。

 どうやら四人で座れる場所を探していたらしい。確かに、自分の隣は席が空いていたが。

 友人かと訝しむが、どうでもいいかと思い直す。それより今は、来るべき決戦に備え、精神集中するべきだ。そう思い、彼女達に対する興味を失った所で、隣の少女から声が掛かった。

 

「あの……私、柴田美月といいます。よろしくお願いします」

 

 いきなり自己紹介され、達也は怪訝に思う。眼鏡を掛けた、見るからに大人し気な少女なのだが……。

 

(誰かから、何か言われたか?)

 

 見えないように小さく苦笑し、彼女に向き直る。理由はどうあれ、勇気を振り絞って挨拶してくれたのだ。なら、応えるのが礼と言うものである。

 

「司波達也です。こちらこそ、よろしく」

 

 なるたけ意識して、柔らかな態度で挨拶を返す。すると、少女――美月は、見るからにホッとした。

 そんな彼女の眼鏡を見て、達也はふむと頷く。この御時世、眼鏡を掛けていると言う事は、ファッションか――。

 

(霊子放射光過敏症か……)

 

 見え過ぎ病とも呼ばれる体質の事だ。言ってしまえば感覚が鋭過ぎるだけのものなのだが、精神の均衡を崩しやすい傾向にあるので、その対処として、特殊なレンズを使った眼鏡を掛けているのだろう。

 しかし、常時眼鏡で霊子放射光を遮断しなければならない程のものは、さすがに珍しい。もし感受性が極端に高いものならば――自分にとって困った事になる。

 司波達也には、秘密がある。彼女の目は、それを白日の元に晒しかねない。

 

(……彼女の前では、いつも以上に注意しておくか)

 

 気を揉んでいても仕方ないので、心に留めるだけにした。

 

「美月も紹介したなら、あたしもしないとね。千葉エリカ。よろしく、司波くん」

「ああ、こちらこそ」

 

 達也の思考は、美月の向こう側に座っている少女に中断された。闊達そうに笑いながら、挨拶して来る。

 達也はそちらにも頷いて、表情に出さずに訝しんだ。

 千葉。その性に覚えがあったから。数字付き(ナンバーズ)、百家の千葉――。

 

(あの千葉にエリカと言う名の娘はいなかったと思うが)

 

 しかし、傍系の可能性もある。当の彼女は、自分達の性が、何だか語呂合わせみたいと笑っていたが。

 そして、残り二人の自己紹介と、ちょっとした雑談を経た所で時間となった。達也も、自然と気を引き締める。

 2095年度、第一高校の入学式が始まる。それは、キースの到来が間近である事を予感させた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 つつがなく、入学式は始まり、校長挨拶、在校生代表の送辞と続く。祝辞は、やはりと言うか、真由美であった。プログラムでは、次が本命である。

 

(行くか)

「ちょっとすまない。席を外す」

「司波くん?」

「なに? トイレ?」

 

 不思議そうな顔をする美月の向こうでエリカが意地の悪そうな顔で言ってくる。それには適当に答え、体勢を低くしながら後ろに抜ける。そして、今度は袖から前へ。

 舞台裏に行くと、そこではスクルドがちょこんと座っていた。

 

「タツヤ、遅い」

「……? 新入生総代の答辞には間に合ってるが?」

「ちがーう、暇だったの。オーフェンは向こうにいるし」

 

 言われて視線を向けると、オーフェンが反対側に居た。影になるように控え、こちらを確認し、手を振って来る。ちなみに、彼女は最初からこちらを下の名前で呼んで来ていた。

 

「いい? 作戦言うよ。まずキースが現れたらオーフェンが仕掛けて、次にマユミ。そして私が直接取り押さえに飛び掛かる。タツヤは最後」

「……なんか、俺おまけみたいだな」

「ううん、むしろ本命だよ。私までは読まれてると思うから」

 

 そう言えば、この三人はキースの身内みたいなものである。三段攻撃までは確かに読まれてる公算が高い。だからこそ、オーフェンはああまで、自分に協力させようとしたのか。

 

(食えない人だな)

 

 苦笑して、スクルドの横に屈む。真由美の祝辞が終わろうとしていた。次は、いよいよ深雪の出番だ。

 

「参考までに、一昨年は聞いたけど、去年はどうやって対象は現れたんだ?」

「去年は床から」

「……床?」

「うん、床。思えば、そこで気づくべきだったよねー」

 

 そう言えば、去年は落とし穴トラップからの地下大迷宮だったか。なるほど、確かに伏線になっている。

 

「今年はどうくると思う?」

「無理だよ。予想なんてつけらんないってば。キースだもの。壁ブチ抜いて来ようが、飛んで来ようが、ワープして来ようが、驚かないよ」

「…………」

 

 つくづく自分が何と対峙しようとしてるんだろうと、悩んでしまう。しかし、そんな時間もなさそうだった。真由美の祝辞が終わり、舞台袖に下がり――オーフェンと合流したのが、ここから見えた――司会が、新入生総代の答辞を告げる。そして、深雪が呼ばれ、壇上に上がった。その瞬間!

 

『は――はっはっはっはっはっはっ!』

「……来た!」

「ああ」

 

 スクルドに頷きつつも、内心で舌打ちする。どうやら、派手に壇上に登場するつもりらしい。こうなっては、目立たず取り押さえるのは不可能だ。

 願わくば、スクルドまでで捕まえられたらベストだが。

 オーフェンと真由美も反対側で、それぞれ構えるのが見えた。後は、どこから来るか。そして、次の瞬間――達也は限りなく珍しく呆然とする事になった。我を忘れたと言ってもいい。何故なら。

 

「……タツヤ、ごめん。驚かないって言ったけど。あれ撤回するね」

 

 スクルドが何か言って来るが、それも聞こえていない。当たり前だ。”講堂の天井が瞬時に消えたのに”、どう反応を返せと言うのか。

 講堂には、春の日差しと抜けるような青い空が見えている。

 

「……あれ、何したんだ」

「変形させたんじゃない?」

「変形て」

「キースだから」

 

 いや、それだけで片付けられても困るのだが。ともあれ、天井が消失した事に、新入生達は見るからに動揺しているのがここからでも分かる。在校生はと言うと、何故か全員諦めの境地のような顔をしていた。

 そして、ついにキースがその姿を現す。開いた空から。

 ばさばさばさと羽を羽ばたかせるような音を鳴らして、あの執事が腕組しつつ舞い降りるのが見えた。落下地点は、案の定壇上! 達也は明確に舌打ちする。深雪に逃げろと叫ぼうとするが、それよりキースはなお速い。

 羽? をしまったかと思うと、体勢を変更。くるくると身を丸くして回転開始。そして、急速度で壇上へと――真っ逆さまに頭から落ちた。

 ごぎっ! と凄惨な音がなり、壇上に頭から突き刺さるキース。某犬神家を連想させる光景だ。

 

『『…………』』

 

 誰も彼もが沈黙。あれは、死んだのでは? とさすがに思った所で、やはりと言うか、キースがにゅっと立ち上がった。

 

「はじめまして! もしくはお久しぶりでございます! 第一高校の皆様! 私は七草家執事の、キースと申します!」

「…………おい」

「キースだから」

 

 スクルドは即座に回答。いや、答えになってはいないが、それで納得するしか無いらしい。

 

「一昨年、去年に引き続き、今年もまたお祝いのサプライズをお届けに参りました。さぁ、ご覧あれ――」

「我は放つ光の白刃!」

 

 皆まで言わせずに、オーフェンが開いた手から光熱波を叩き込む! 一瞬それを見て、達也は怪訝そうな表情となった。彼の腕には汎用CADがあるが、”今、それを使ったか”?

 だが、それを疑問に思う暇は無い。オーフェンから放たれた光熱波を、しかしキースはくるりと身を翻して躱してのけた。空で一回転し、再び壇上に立つ。

 

「おや、これは黒魔術士殿。どうなされたので?」

「どうも何もあるかこのくそたわけ! 今年こそは、お前を止めてやる!」

「そんな……!」

 

 言われた台詞に見るからに動揺の表情を見せるキース。彼はわなわなと震え、いかにも芝居がかった仕草で天を仰いだ。

 

「ああ、まさか我が友にして兄弟と呼んでも差し支えない。むしろ兄弟である我等に、かような裏切りがあろうとは!」

「誰が兄弟か不名誉な!」

「お兄ちゃーんと呼んで下さい」

「俺の魂にかけて断るっ!」

 

 最後の一声で、再び放たれたる光熱波――やはりだ、彼の魔法は何かおかしい。何故、”空間に術式を投影しているのか”? しかし、放たれた光熱波は、やはりキースに躱される……光速で転移する熱衝撃波をどうやって回避してるかは謎だが、やはりキースだからなのだろう。

 だが、今度はそこに真由美が飛び込んだ。左腕に装着したブレスレット、汎用CADに滑らかに指を滑らせ、即座に魔法式を起動する。

 魔弾の射手、起動――キースを複数の銃座が包囲する!

 

「キース……! この五年、いろいろありまくった諸々を含めて覚悟っ!」

「そんなマユミお嬢様! この私めが一体何をしたと言うのですっ!?」

「自分の胸に手を当てて考えてみなさいっ!」

 

 それ以上話すつもりも無いのか、全包囲からドライアイスの塊を亜音速の弾丸にして、キースへと撃つ。これだけの包囲だ、回避はさすがに不可能……な筈なのだが、キースは首をひょいひょいと動かすだけで避けて見せた。

 

「はっはっはっは! お嬢様もまだまだ未熟っ!」

「あなたがきっぱりと人外なだけよ――!」

 

 全くもって同意である。混乱する新入生と保護者を除いて全員がうんうんと頷く中、オーフェンからも何かしらの魔法が放たれるが、そちらも含めて回避される始末だ。

 達也としては間近で唖然としている深雪を何としてでも下がらせたいのだが、生憎呼びかける事も出来ない。

 ぐっと我慢した所で、ついにスクルドが動いた。

 音も無く、全く挙動を見せずにキースへと一気に飛び掛かる。魔法は使っていない。だが、それにこそ、達也は目を丸くした。

 あるいは自分と互する程の、見事な体移動だ。あれに不意を打たれれば、対応出来るのは師匠である八雲だけだったろう。

 しかし、そこに一人加わる。何とキースは、後ろから突っ込んで来るスクルドを、どうやってか後方一回転で捌いてのけた。

 空を回転するキースの下を、スクルドが通り過ぎていく。やはり、スクルドまでは読まれていたか。

 

(だが、ここまでだ!)

 

 スクルドに遅れること半秒で、達也も彼女に負けず劣らずの速度でキースへと迫る。

 彼は空から回転を終了し、壇上に降り立つ所だった。そこを捕まえる!

 

「お兄様!?」

 

 こちらに気付いた深雪が叫ぶが、今は応えてやれない。

 キースの腕を捩り上げ、頭をわし掴みにすると壇上へと引き倒す。

 全ては一瞬の出来事。四段重ねの奇襲は、見事キースを無力化した。

 

「先程の借りはこれで返した」

「新入生殿……! まさか、あなたが協力しようとは! 先程の友情はどこにいったのですか!?」

「そんなものがいつあった、いつ」

 

 思わずツッコミを入れながら、嘆息する。横で「お兄様がツッコミを……!」を驚愕している妹はさて置くとする。

 捕まえる事に成功したキースを見てか、真由美達もこちらに近付いて来た。

 

「よくやったわ、達也君!」

「いえ……達也?」

「どうやらここまでのようだなぁ、キース?」

「く……! 私めはただ、第一高校に入学する新入生の皆様達に、思い出を提供したいだけですのに! 何が悪いと言うのですかっ!?」

「もーいい何も言うな黙れ」

「絶対自覚あるよねー、これー」

 

 捕らえられたキースを囲む一同。壇上の下では何があったのかと、新入生達がポカンとしており、在校生達は喝采を上げていた。

 ――と、そこで唐突に地響きが鳴り始める。これは……?

 

「お兄様……?」

「ああ、聞こえてる。なんだ、これは」

「おい、キース?」

 

 怪訝な顔となる深雪に達也と頷き、オーフェンは真由美とスクルドと共に引き攣った顔を、キースに向ける。すると、かの迷惑執事はおおっと声を上げ。

 

「これはつい忘れておりました。前回は迷宮でしたので、今回は『驚愕! 巨大ロボット襲撃! 君は、生き残る事が出来るか……?』なんぞを企画してみたのですが。到着したようですな」

『『企画すんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!』』

 

 講堂にいる全ての人間から総ツッコミが入り、同時に開いた天井からそれは顔を覗かせた。

 ついに、今年度入学式におけるキース渾身のもてなしが姿を現す――!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 最初に達也が見たのは、巨大な影だった。濃密な影だ……いびつな巨人を思わせる。

 それは正しかった。影の主は巨人だったからだ。無骨と呼ぶには、やたら四角めいたシルエット。愛嬌を感じられないことも無いが、あまりに生物感は無い、分かりやすく言うと、ドラム缶のような体型。そこに、適当にくっつけられた、どう考えても重量を支えられる筈の無い細い手足。手に至っては、ペンチを思わせる造形のものがくっついていた。

 あまりに現実味の無い――当たり前だ――な存在を前に、絶句する一同へと、取り押さえられたままのキースが言う。

 

「キーガシリーズ第二弾にして量産型……ビッグキースと名付けました」

「なんだ第二弾て。あんなのに第一弾があったのか?」

「おや、黒魔術士殿、覚えていらっしゃらないのですか? ほら、ヴォイム――」

「うう、そんなよく分からないぽいものっぽいぽいなぽい固有名詞を言われても分からないものは分からないぜ……」

「実は分かってるでしょ、オーフェン」

「そんな事はないっ!」

 

 きっぱりとオーフェンは言う。ともあれ、今回のキースの仕掛けはアレであるらしい。ビッグキースとか言ったか。明らかに物理法則に全力で反している形状をしているが、達也はもう気にしない事にした。

 あれを、キースはどうするつもりだったと言うのか。

 

「とりあえず、私の指示が五分以上無い場合は、適当に生徒を襲うようにプログラムしてあります」

『『すんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!』』

 

 またもや総ツッコミが入り、タイミングを見計らったように目をキランっと光らせ、ビッグキースが動き出した。すかさず、何人かが立ち上がる。

 

「総員待避! 保護者の方と、新入生を優先して講堂から避難しろ!」

 

 わぁっ! と男子生徒の指示に従い、避難が始まる。さすがは魔法科高校と言う事か、もしくはキースの騒動で鍛えられているのか、在校生達はすぐさま魔法をCAD無しで発動させ、迎撃せんと動き始め、または避難誘導を始める。そこに一科生、二科生の区別は無い。

 ビッグキースがそのあまりに大きな質量で講堂にのしかかり始め、建物が軋む音が鳴り始めた。これは、まずい。

 

「オーフェン!」

「ああ、まずい。俺達も一度脱出するぞ! タツヤ、キースを逃がすなよ――」

 

 そこでオーフェンが止まる。皆も、達也もだ。何故なら、先程までは確かに捕まえていたキースがどこにもいなくなっていたから。

 自分に全く気付かせもせずに、どうやって抜けだしたのか。

 

「はぁーはっはっはっはっ! まだまだ甘いようですな、黒魔術士殿、新入生殿!」

「ちちぃ、そこか!」

 

 叫び声が響き、オーフェンが振り向く。声は、ビッグキースの頭上から来ていた。そこに、執事はポージングなぞをしながら居た。どこをどうやって一瞬であそこに移動したのかは……考えない方が幸せになれると達也は確信した。

 

「お兄様、あの方は一体……?」

「深雪、この世には知らない方が幸せな事があるんだ。お前が知る事は無い。こんな……理不尽」

「タツヤが何か悟ってるよ、オーフェン」

「気にすんな、誰もが通る道だ」

「達也くん……」

 

 真由美が同情の視線を向けて来るが放っておいて欲しい。

 とにかく、状況は最悪だった。キースには逃げられ、ビッグキースなるロボは自分達に襲い掛かろうとしている。あの質量だけでも、十分凶悪だ。下手をすると、死傷者が出かねない。

 

「ああ、ご安心を。このビッグキース、人命最優先ですので、死人は出しません」

「……はぁ」

「代わりに、ちょっと攻撃します」

「そのどこに安心する要素がある!?」

 

 すかさずツッコミを入れるが、はた迷惑執事は聞いていない。はっはっはと笑い、ビッグキースが目を再び光らせる。

 

「お見せしましょう! ビッグキースに搭載された、108の機能の一つ! キースビィィィィィィムゥゥゥゥゥゥゥっ!」

『『っ!?』』

 

 かっ! と一際目が光り輝いたかと思うと、そこからみょんみょんみょんとアレでソレな感じのビームが放たれる。

 それは、避難していた新入生と誘導していた在校生を飲み込んだ。

 

「て――てめぇ! どこが人命最優先だっ!」

「いえ、誰も怪我などしておりませんよ? ただ脱がすだけです」

『『……は?』』

 

 脱がす? と、怪訝そうに一同はビームが直撃した辺りに視線を巡らせる。

 そこに居た皆は、確かに怪我も何もしているようには見えない――そう、”あらわになった肌には怪我一つ見えない”。一瞬の空白を挟んで、悲鳴が轟いた。

 

『『きゃああああああああああああ――――!』』

 

 脱がされた女子達が、悲鳴を上げながらしゃがみ込む。周りに居た男達も脱がされてはいるのだが、こちらはさすがに何も言わない。ただ、さっと視線を外しただけだ。

 

「ふ……言った筈です、人命最優先と。つまり、それ以外なら何でもオッケーと言う事!」

「んなワケあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 オーフェンの叫ぶが、勿論意に介した様子は無い。ビッグキースは、無差別にビームを連射し始めた。怒号と悲鳴が連続する。

 

「くっそー、いちいち下らん真似をやりやがる」

「どうするんですか? 死人も怪我人も出そうにないですが」

「そりゃそうだが、放置も出来んだろ」

「ならアレを壊しますか」

「そうしたいとこだが――見ろ」

 

 言って、オーフェンが指差す。そこは、ビッグキースの胴体だった。在校生が放つ魔法が直撃している。しかし、凹みが出来ているくらいで全くこたえた様子が無い。

 

「どうやら、やたらめったら頑丈に出来てるらしいな。あの野郎程じゃないにしても、厄介だ」

「待って下さい。それだと、あの執事がロボより頑丈だと言う事になります」

「疑う余地なくそうだろ」

 

 オーフェンは迷い無く断言する。達也は一瞬何か言いたそうな表情をして、だが諦めたように首を振った。

 

「オーフェン、ここからアレを破壊出来ない?」

「出来ん事も無いがな、ンな大規模な術を使うと、ここら辺ろくな事にならないぞ」

 

 真由美に問われ、答えるオーフェンに、出来るのかと達也は見えないように苦笑する。どうやら彼は、傑出した魔法師らしい。しかし、名を聞いた事も無いのだが。

 

「なら、とれる手段は一つしかありませんね」

「内部に侵入――だね。誰が行く?」

 

 外からダメなら中から潰す。単純明快な答えだ。

 オーフェンもそれは考えていたのだろう。こちらへと視線を向ける。

 

「タツヤ。お前、機械には強いほうか?」

「人並よりは多少」

「上等だ。なら、俺とお前で行く。障害は俺がブチ壊すから、お前がアレを止めろ」

「待って下さい……!」

 

 そこまで言った所で、今まで黙っていた深雪が遮った。オーフェンをきっと睨む。

 

「何故、お兄様をそんな……兄を巻き込まないで下さい!」

「と言ってもな。彼も、もう立派な当事者だ。勿論、タツヤが嫌がるなら、無理にとは言わない」

「やります」

「お兄様!」

 

 即答した自分に、深雪が責めるように見る。しかし、達也は微笑した。

 

「言ったろ深雪。俺は、お前の晴れの姿を楽しみにしてたんだ。それをこうまで台なしにされたんだ。仕返しもしたくなる」

「ですが……」

「大丈夫だ。”お前が心配しているような事にはならないさ”」

 

 ハッと、深雪が我に返ったように目を見開く。それは、自分の意図が正しく伝わった証。達也は頷いてやると、オーフェンの前に進み出た。

 

「いいんだな?」

「はい。行きます」

 

 オーフェンに答え、二人はビームを連射するビッグキースに向き直る。そして、示し合わす事も無く二人揃って駆け出した。

 

 

(第三話に続く)

 




 はい、第二話でした。まだ終わらぬ入学式……これぞ入学編(違っ
 ええ、決着は次回に持ち越しです。
 しかし、キースははっちゃけ過ぎるとろくでもなさ過ぎると言う……(笑)
 では、次回もお楽しみにー。

PS:たくさんの感想やお気に入り登録ありがとうございます! 一瞬現実かしら? と目を疑いましたが(笑)
とても嬉しいです。重ね重ね、感謝を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第三話「いいからいっぺん死んでこい!」(Byオーフェン)

 お待たせしました。入学編第三話をお届けします。
 あれ……思ったよりギャグにならないだと……? と、テスタメントが不思議に思った通り、若干真面目です。多分(笑)
 しかしいつになったら終わるんだ入学式……長い、長いよ(笑)
 そんな第三話、楽しんで頂けたなら幸いです。
 では、どぞー。


 

 壇上から外にいるビッグキースに辿り着くには、普通なら数十秒程度で事足りただろう。しかし、未だ混乱の坩堝にある講堂は、容易く走り抜けられるものでは無かった。

 その中を縫うように駆けながら、達也は薄く笑う。それは、共に走り抜けるオーフェンを見てだ。

 これだけの状況で、自分と同程度の速度で駆け抜けられる。それは、最低でも自分と同格の体捌きが出来る事に他ならない。

 ひょっとしたら、妹であるスクルドに体術を教えているのは、彼かも知れなかった。

 

(今は、関係ないか)

 

 達也は笑みを消すと、前を見る。ビッグキースまではまだ遠い。かのふざけたロボはみょんみょんと、妙なビームを撃ちまくり、その度に悲鳴が響き、肌色が乱舞する――後で深雪に何も言われない事を達也は折に願った。

 そんな自分へと、今回の騒動の主犯であり、超絶迷惑執事、キースから視線が来たのを悟る。

 

「いらっしゃいましたか、黒魔術士殿! 新入生殿!」

「ちっ、やっぱ見つかったか」

「マークされていたでしょうしね」

 

 さもありなんと達也は頷く。オーフェンも、そこは理解していた筈だ。問題はここから……キースが何をしてくるのか。

 

「お見せしましょう……! ビッグキース108の機能の一つ! いでよ、小キース軍団!」

「「小キース軍団!?」」

 

 思わずオーフェンと共に叫んでしまう。すると、ビッグキースは、キースからの命令に従い、それを出した。

 ドラム缶のようなボディの一部が展開し、そこから何かが飛んで来る。それも一体じゃない――数十体も!

 

「あ、あれが噂に聞く小キースか……!」

「あれを知ってるんですか、オーフェンさん」

「いや、そんなもんがあってもおかしかないなと」

「……そうですか」

 

 もはやツッコムまい。そう心に決め、達也は呻くだけに留めた。とにかく小キースは、言ってしまうとキースをデフォルメしたロボであった。さほど大きくは無い。だが、あくまでさほどだ。当然、自分達と同じくらいの大きさではある。

 着地するなり小キースは目をきゅぴーんと光らせた。

 

「我は紡ぐ光輪の鎧!」

 

 何か感じるものがあったのか、即座にオーフェンが例の空間に術式を展開する妙な魔法を使った。

 その術式を達也はよく見る。それは、まるで術式を用いて作られた幾何学模様の紋章にも見えた。

 読み取れるイメージは、光、熱、それに固定の複合。それが複雑に混ぜ合わされ、緻密に構成されている。音声認識でもあるのか、オーフェンの叫びに応え、魔法が実体化した。

 光で編まれた鎖による網を思わせるものが、彼の指定する座標に瞬時に展開。同時、小キースから放たれるは例のビーム。

 光鎖の網は、見事ビームを防いでのけた。一連の状況を見て、達也は頷く。

 

(やはりCADを使っているようにも、そもそもサイオンに干渉しているようにも見えない。それに、速い!)

 

 魔法式展開から発動までが異常な速さだ。殆ど無意識に展開しているとしか思えない。それでいて、どこまでも精密に術式は制御されていた。むしろ、その制御力にこそ達也は内心で称賛する。あそこまでのものは、妹にも……自分にも無理だ。

 

「くっそ、こいつも脱げビーム使いやがるか」

「脱げビームと言う名称はともあれ、マズイですね。被害が拡大する」

 

 障壁の内で、素知らぬ顔をしながらオーフェンに達也は言う。小キースは、自分達だけで無く、周囲へと散らばっていたからだ。あれでは、皆が襲われる。だが、オーフェンは苦笑のみを寄越した。

 

「まぁ、あれなら大丈夫だろうよ、と!」

 

 障壁を解除と同時に、先程も見た光熱波――術式は、やはり光、熱、加速の複合か。それを小キースに叩き込みながら、オーフェンは言う。小キースはまともに食らい、爆散した。こいつらは、さほど頑丈でもない。

 

「お前も知ってる筈だ。ここは魔法科高校だぜ? あの程度の奴らに遅れはとらないさ」

 

 そう言って、オーフェンは本日何度目かになる光熱波を、次の小キースへと放った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くそ……!」

 

 本日入学した……入学式はまだ途中だが、一科生の森崎駿は、苛立っていた。

 全く訳の分からない事態が起き――変な執事やら巨大ロボやら――避難の最中である。入学式にCADの持ち込みは許可されていないので、何も出来ずにこうやってすごすごと避難しなければならない。それがまず一つ。くわえて、自分達を誘導しているのが、二年生であるとは言え二科生。つまり、雑草(ウィード)である事が、もう一つだった。

 森崎は一科生である事を誇りに思っている。当たり前だ。魔法科高校に入学して、一科生になれたと言う事は、相応の実力があると認められた証だ。

 それが何故、”自分より下の奴に”指示されなければならないのか。

 

「おい君、早く。後ろが――」

「……くそっ」

 

 まさか目の前で一応の先輩に文句を言う訳にもいかない。森崎は短く悪態をつき、前に行こうとして。

 

「おい、あれ!」

「何あれ!?」

 

 後ろから悲鳴じみた声が来た。思わず振り向く。そこには、空から舞い降りた例の執事をデフォルメしたようなロボが着地する所だった。

 目がきらんと光るなり、そこからビームは放たれた。ビームは迷い無く、近くの女子生徒、森崎と同じ一科生の新入生に向かう。しかし、そこに遮るものが居た。先程の二科生の先輩だ。無能なくせに何をしようと言うのか。

 彼はCADも無く、魔法を発動させようとしていた。既に詠唱を完了して、魔法式を待機させていたのだろう。障壁が作り出され、ビームを弾く。

 

(だが、それで終わりだろ?)

 

 所詮は二科生だ。障壁は長続きしないし、今から攻撃の魔法式を組むには遅すぎる。案の定、障壁が消えた。そこに例のロボは目を光らせる。ビームを撃つつもりだ。

 これで、あの先輩も脱げるだろう。格好つけておいてこれだ――そう、森崎が思った瞬間、驚くべき光景が展開された。

 何と、ロボの体が揺らいだのだ。ビームは明後日の方向に逸れる。それを成したのは、別の二科生の女子だった。

 

「ナイスだ壬生!」

 

 それを見て、二科生の先輩は喝采を上げるなり、ロボに突撃。飛び蹴りを食らわせると、床に蹴倒した。そこに、周囲から二科生、一科生問わずに避難誘導に当たっていた先輩達が集い、スタンピングをロボに連打する。

 すぐさま、ロボはスクラップと化した。

 

「魔法は使いよう。距離によっちゃあ、こかして踏み付けた方がなんぼかマシ――二科生、特別講師の指導の賜物でな。雑草(ウィード)の先輩も馬鹿にしたもんじゃないだろう? 生意気な後輩共」

『『――――』』

 

 唖然に取られていた事も含めて見透かされていた事に、森崎を始め一同が息を飲む。

 そんな彼等に一瞥だけ残し、彼はロボにタックルを仕掛けた二科生の女子の元に行く。確か、壬生とか言ったか。

 

「お見事。さすが、剣道部期待の星だな壬生」

「止めてよ丸田君。そこまで大した活躍してないよ、私」

「いやいや、いいタイミングだったと思うぜ俺は。壬生だけだろ、あれに反応出来るの」

「……桐原君、それ皮肉? 剣術部ホープの貴方ならなんとか出来たでしょ?」

「魔法が使えりゃな。CADも無いんだ。そんな仮定言っても仕方ないだろ? 褒め言葉は素直に受けとっておけって」

「もう!」

 

 ぷーと膨れる壬生に、一同が笑う。そこに一科生や二科生の区別は一切ない。

 何故あんな風に出来るのか。相手は、雑草なのに。

 

「さて、いつまでも笑ってるな。避難誘導続けるぞ。例のロボもまだ居る。後方警戒を怠るな!」

「おう。そこの一年坊主共もさっさと行け!」

「く……!」

 

 この惨めさは、一体何なのか。正体が掴めないまま、森崎は皆と共に講堂から避難する。

 彼等には、まだ。その気持ちが何なのかを理解する事が出来なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 降って来た小キースを、千葉エリカは伸縮警棒――に見せかけたCADで一撃する。直撃の瞬間のみ発生させた硬化により、警棒は強度を持ち、小キースの頭部を容赦無く砕いた。首から上を失い、小キースが倒れていく。

 

「ふふーん。大した事無いわね、こいつら」

「エリカちゃん、すごいね」

 

 彼女の後ろに居た柴田美月が、目を丸くして称賛してくる。エリカは苦笑を一つ漏らして、警棒を一振りした。

 このCAD、勿論講堂に持ち込んだのは校則違反だ。ならなんで持ち込んだのかと言うと、入学式の噂を聞いていたからである。曰く、妙な執事が妙な真似をやらかすと言う噂がまことしやかに囁かれていたのだ。

 

(案の定だったわね)

 

 見る先には、触れたものを脱がすと言うふざけたビームを連射する巨大ロボもどきがいる。

 去年は地下迷宮だったらしいので、出来ればそちらが良かったのだが。

 

「ま、これも悪くないわね!」

 

 振り向きざまに、またもや来た小キースへと警棒を横薙ぎに叩き込む。

 この程度なら、美月とクラスメートも一人で守れそうだ。何なら、あちらで大元のビッグキースに向かう妙な男と、先程見知った少年の援護に向かってもいい――。

 

「エリカちゃん!」

「なに? みづ……っ!?」

 

 美月が唐突に叫び、疑問符を浮かべてエリカは振り返る。そして、彼女の悲鳴の意味を悟った。

 先程までは散発的だった小キースが、四体一気に自分達を囲ったからだ。

 

(しまった……!)

 

 声には出さず、エリカは息を飲む。二体までは瞬時に倒せる。しかし残り二体が、どうしても倒すのに一呼吸遅れる。これでは、自分はともかく仲間が脱がされる!

 

「く――っ!」

 

 警棒を振りかざしながら、美月達にせめてしゃがむように言おうとする。

 最短で、二体を倒し、返す刀で残る二体を倒す。それしか無い。そう思った、瞬間。

 

「パンツァァ――!」

 

 雄叫びと共に、大柄な男子生徒が飛び込んで来た。エリカとすれ違う形で拳を小キースに叩き込み、粉砕。さらに、もう一体も蹴りの一打でスクラップにする。

 その頃には、エリカも二体の小キースを仕留めていた。

 

「あんた……」

「おい。助けてやったのに、あんた呼ばわりは無いだろうが」

 

 呆然と呟くエリカに、その男子生徒は憮然と言って来る。何故か、その口調がカンに触った。

 

「あーら、助けて欲しいなんて言った覚えは無いわよ? 勝手に出て来て厚かましいわね」

「てんめ、あのままじゃ脱がされてたろうがよ!」

「何言ってんの、あんなの余裕よ余裕!」

「言ってろ。あからさまに顔色変えてやがったくせに」

「……あんた、いい度胸ね。やろうっての?」

「俺は構わねぇぜ。泣かせてやろうか?」

「ふ、二人とも待って、待って!」

「そうそう、ストップストップ!」

「仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」

「「こんなの仲間じゃない!」」

 

 きっぱりと二人は互いを指差して叫ぶ。そしてまた睨み合いに。エリカは悟る――こいつは、不倶戴天の敵だと。

 しばらくそうしていると、小キースが互いの背後に現れた。二人は迷い無く、眼前の小キースへと互いの武器を叩き込む。小キース二体は、即座に破壊された。

 

「……貸し1ね」

「はぁ? てめぇの後ろのは俺が潰したろうがよ!」

「あんなのすぐに倒せてたわよ! あんたは余計な事しただけ!」

「この……! 可愛くねぇ!」

「なんですってぇ!」

「なんだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉。二人はヒートアップしながら、しかしCADを振るい、周囲の小キースをぶち壊しまくる。息があってないようで、完璧に合いまくっていた。

 

「……なにあれ」

「仲が良いって、証拠かな?」

「そうよねー」

 

 クラスメートと美月は苦笑する。その間にも、二人が喧嘩する周りには、小キースのスクラップが増産されていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 叫び、光熱波が小キースを三体まとめて消し飛ばす。その間にも、オーフェンと達也には何体もの小キースが襲い掛かって来ていた。

 しかし、達也はこの小キース達と戦闘は一切していない。何故なら。

 

「っ――」

 

 鋭く呼気を吐くと同時、オーフェンが前に進み出る。脱げビームを放たんとした正面の小キースに音も無く接近し、足を踏み砕く。

 バランスを崩したそれの胴体に、更に蹴りを叩き込むと、そこを基点に飛び上がり、別の小キースの頭部に蹴りを入れ、小さく跳躍。

 すると、横の小キースの脱げビームの射角から微妙に外れた。直後にビームが放たれるが、当然当たらない。

 オーフェンは着地すると、その小キースの足を払い転倒させ、素早く立ち上がる。頭部を踏み砕いて、身を翻す。そこには、足を砕かれたものと、バランスを崩した二体の小キースが居る。

 

「我導くは死呼ぶ椋鳥!」

 

 ヴンっと、耳障りな音を立てて、破壊振動波が小キース二体に集束する。すでに回避するタイミングも逸して、小キースはばらばらに散らされた――そして、オーフェンは止まらない。瞬時に構成を編み上げ、解き放つ。

 

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 

 頭上に掲げるようにして持ち上げられた手。その先にある、頭上から奇襲を掛けんとした五体の小キースを、散弾の如く弾けた衝撃波が襲う!

 やがて、こちらもばらばらにされた小キース達の部品が、雨となって降って来た。

 全ては一瞬の出来事。それだけで、オーフェンは八体の小キースを撃破した。

 達也は何もしていない。ただ見ていただけだ。元より、オーフェンはこう言っていたから。障害は全て、俺がブチ壊す、と。

 

(まさか、本気とは)

 

 苦笑してそう思う。そんな達也を知ってか知らずか、オーフェンは前を見て、げんなりとした表情を見せた――わらわらと群がる小キース達の群れを見て。

 

「だぁー、キリがねぇぞおい!」

「容積量、どうなってるんでしょうね、アレ」

 

 未だ小キースを排出し続けるビッグキースを見て、達也は言う。明らかに内容量を超えた数を出しているのだが。

 それ以前に、あれだけのロボを作り出せる資材と設備はどうやったのか。

 

「やいキース! これ、どうやって用意した!?」

「これは異な事を、黒魔術士殿。答えは明らかではありませんか」

「まさか、七草家の資金を横領したとかいわねぇだろうな」

「そんな……今更」

「今更なのか」

「ちょっとこらー! 聞こえたわよキース――――!」

 

 どうやら聞き咎めたか、小キースを一体撃破しながら真由美が叫ぶ。だが、キースは当然の如く聞いてはいなかった。答えもまた無かったが。

 

「さて、黒魔術士殿。いくら貴方でも、これだけの小キースを突破出来ますかな?」

「それ自体は難しかねぇんだがな――」

 

 言って、オーフェンがこちらをちらりと見る。少しだけ迷うそぶりを見せた後、意を決したように尋ねて来た。

 

「タツヤ。お前、口は固いほうか?」

「……人並み程度には」

「そうか。なら、これから見るものは一切他言無用にしてくれ。ちょっとした裏技使うから」

 

 ふむ、と口には出さず達也はオーフェンの台詞の意味を考える。他言無用と言う事は、つまり他人にあまり知られたくないものを使うつもりなのだろう。

 自分も覚えがある。しかし――達也は珍しく、ちょっとした悪戯をしてみたくなった。

 

「無用心ですね。もし、俺が他人に話したらどうするつもりです」

「そうだな。酷い目に遭わせよう」

「どんな?」

「キースをお前の家に常駐させる」

「死んでも秘密は守ります」

 

 びしっと気をつけから敬礼までして、達也はオーフェンに誓った。生まれて初めてかもしれない、冷や汗と言うものが背中を流れていくのを感じる。

 

(何と言う……恐ろしい事を!)

 

 あの執事が我が家に常駐? ダメだ、三日保たない。確実に僅かながら残った精神が逝く。これは確定だった。

 素直になった達也に、オーフェンはうんうんと頷くと、手を真っ直ぐに差し延べた。複雑な構成を瞬時に編み上げる。

 

「我は繋ぐ――」

 

 編み上げた構成は慣れ親しんだ光熱波。呪文を唱えながら、オーフェンはかつての弟子の事を思い出す。

 これは、その弟子が作り出した構成の一形態だった。自分が、使い道ねぇだろと言ったものである。今更になって思うが、意外に使える構成なのかも知れない。そう苦笑しながら、魔術を解き放つ!

 

「虹の秘宝!」

 

 次の瞬間、達也は掛けねなしに絶句した。オーフェンが放った術、そして空間に投影されたままの構成を見て。

 まず、最初に編み上げられた通りの構成に従い、光熱波が放たれ、”直後に構成を編み変える”。

 光熱波の次は火炎だった。幾体の小キースを飲み込んだ光が火へと姿を変え、広範囲に小キースを飲み込む。そこで再び構成を編み変えた。次は稲妻だ。火が雷光へと姿を変え、倍する範囲を襲う。

 密集していた小キースを巻き込めるだけ巻き込み、三度目の編み変え! 今度は極低温だった。一気に、小キース達をまとめて凍りつかせる。最後に再び編み変え、光熱波に戻った構成は、正しく熱と光を進ませ、講堂の壁に直撃。容赦無く貫き、大穴を開けた。

 そして、自分達の前に小キースはいない。今ので、殆どの小キースを破壊したのだ。

 ふぅと息を吐いたオーフェンに我に返ると、達也は先程の構成を思い浮かべる。しかし、すぐに苦い顔で頭を振る羽目になった。

 

(術式を展開したまま、リアルタイムで変数を追加し、魔法式を変化させた? いや、違う。そんな事は不可能だ。ループ・キャストでも、全く違う魔法を変化させて発動させてはいられない。なら――)

 

 と、そこで達也は思い至る。彼が使っているのは、本当に術式か? そもそも魔法か? 全く違う、未知のものではないのか?

 それならば、現代魔法で不可能な事象も起こせるのも納得出来る。だが、それは一体何だと言うのか。

 だが思考はそこまでだった。オーフェンがいきなり自分の襟首をとっ捕まえたからだ。そして、またもや達也はぎょっとする。それは、オーフェンが展開した構成を正確に読み取ったから。

 

(質量軽減――それも限り無くゼロにして、加速――亜光速だと!? 無茶苦茶だ!)

「オーフェンさん、これは……!」

「我は踊る――」

 

 若干慌てたような呼び掛けにも、オーフェンは答えない。達也はぞっとする。彼がやろうとしているのは、言ってしまえば単純な移動魔法だ。六工程で済む程度のものである。しかし一つ一つの工程が、途方も無い程の極限を目指しており、かつやはり一つ一つに気が遠くなる程の制御を必要とするものだった。それが一つでも失敗すれば、全身の細胞が沸騰し、蒸発する羽目となる。だが、意図は分かった。すなわち、超速度での移動!

 

「天の楼閣!」

 

 そして叫びと共に、二人は架空の光速に飛び込んだ。一瞬だけ、自分が無くなったと確信し、同時に復元されたと知る。気付けば、開いた大穴を抜け、ビッグキースの真下にいた。

 

「今……のは……」

「さてな。何か見たのか?」

 

 平然として、オーフェンは言う。つまり、先の約束の延長で、見なかった事にしろと言う事か。

 達也はオーフェンの意図を察すると、ただ頷いた。今は、気にしても仕方ない。

 

「いえ、何も」

「そうか。なら、ついでに後二つ程魔術使うが、お前はそれも見ていない。いいな?」

 

 達也は一瞬だけ硬直し、しかしすぐに頷く。オーフェンは苦笑して、再び構成を編んだ。今度のものは、先程よりぶっそうでは無い。有り触れたものと言っていいだろう。精度と制御が桁外れだったが。

 重力減衰――否、重力中和。後、加速や減速に加え、気流にも干渉。それらをまとめて制御し、一つの術にする。これは重力制御による飛行術。

 自分が現在試行を重ねている常駐型重力制御による飛行術式とはまた違う、かなり強引な重力制御術だ。だが、それを制御出来た場合、どうなるのか。達也は身をもって知る。

 

「我は駆ける天の銀嶺!」

 

 どんっ! と、まるでロケットのように二人の身体が、重力を逆さにしたように、空へと落ちる。中和どころか逆転させ、しかも加速している証だ。慣れていないと内臓に負担が掛かりそうでもある。

 だが、効果は覿面だった。初速から異常な速さを加えられた飛行術は、二人をビッグキースの頭頂に押し上げた。そこで、オーフェンが構成を変化させたのを達也は理解する。何をしようとしているのかも。

 

「オーフェンさん、先に言っておきます」

「なんだ?」

「あんた最悪です」

 

 次の瞬間、達也は砲弾の如く発射された。重力制御を変化させ、自分のみを真横に突っ込ませたのだ。

 進行方向にいるのは、当然キース! 減速がかけられた事と重力制御が外れた事には安堵しつつ、キースへと襲い掛かる。

 踏み込み、懐に飛び込んで左の掌底打ちを放つ。だが、キースは前進しながら肘で掌底を受け止め、そこを基点に回転。膝をかち上げて来た。このままでは脇腹に貰う。

 意識外で確信を得つつ、達也は右に半歩踏み込んで躱した。空を切った膝で、キースは体勢を崩すはず。そこを逃さず打撃するつもりだった。

 

「詰めが甘くいらっしゃる……」

「っ」

 

 しかし、呟きながらキースの身体が軽々と回る。そこから繰り出された回し蹴りに、達也は打撃のタイミングを狂わされた。そして、交差するようにすれ違う。

 

「……最近の執事は、体術も一流なのか?」

「勿論、我が学び舎たる『岬の楼閣』。この程度の体術、身につけられぬ筈があるますまい」

「岬の楼閣?」

「執事養成学校でございます」

「…………」

 

 執事養成学校で学んだ体術と互角な自分の体術に、達也は自信を喪失しそうになった。

 忍術使い、九重八雲の指導を受けておいて、執事養成学校の体術と互角とは……まだまだ未熟という事か。

 再び両者は踏み込むと、いくつかの打撃を交換して、すれ違う。

 互いにダメージは無い。しかし、それはどちらも決定打に欠けると言う事でもあった。だが、これでいい。

 

「我が契約により――」

 

 キースが驚いたように目を見開く。それを見ながら、内心達也も驚愕していた。

 オーフェンだ。自分をキースへと発射した後、ずっと術式を編み上げていたのである。

 背後に展開された例の術式は、理解不能なまでに複雑な構成をしていた。辛うじて分かるのは、意味と言う曖昧なものだけ。

 

「させませんよ、黒魔術士殿――」

「おっと」

 

 この距離から何かしらの妨害をしようとしたキースに先んじて、達也が掌打を放つ。鼻先を掠めて通り過ぎる一撃に、キースも後退した。

 

「させると思うか?」

「新入生殿……! そこをどいて下さると、何かそこはかとなく幸せになれますよ!?」

「意味が分からない」

「聖戦よ終われ!」

 

 後ろで光が弾ける。オーフェンがビッグキースに何かをしたのだろう。キースを警戒したまま、ちらりと見ると、オーフェンの足元。ビッグキースの頭部の一部が、ごっそり消され、穴が開けられていた。

 確認するまでも無く、達也は後方に跳躍。キースがすぐに追いすがろうとするも、即座に飛んだ光熱波に止められた。達也はオーフェンの元にまで、後退を完了する。

 

「こっから中見たが、どうも中はコントロールルームになってるらしいな」

「了解です。停止させてみます」

「任せた。俺は、あの野郎を何とかする」

 

 達也は頷くと、穴からビッグキースの中へと入る。それを見届けて、オーフェンはキースへと不敵に笑った。

 

「さって、迷惑執事。そろそろ、決着つけようか?」

 

 

(第四話に続く)

 




 はい、入学編第三話でした。小キース登場でますます地獄絵図となる入学式! 人は言う……何故こうなった!?
 A、キースですから。
 とまぁ、お約束やりつつ、ちょっと謝罪を。前話で送辞と書いてありましたが、ありゃ祝辞ですな(笑)
 訂正しておきました。ご指摘ありがとうございます。
 そして今話決着とならずに申し訳ない。まだもうちょっとだけ続くんじゃよ、とか言いつつ、次回もお楽しみにー。ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第四話「あきれてものも言えないわ……」(By七草真由美)

はい、お待たせしました。入学編第四話をお送りします。
波瀾万丈の入学式もクライマックス! ……自分で書いてて思ったんですが、なんだ波瀾万丈の入学式て。色んな意味で、有り得なさ過ぎる。
では、どぞー。


 

 ビッグキースの中に降り立ち、達也が見たものはオーフェンが言う通り、コントロールルームに見えた。

 色とりどりのパネルと、操作盤がそこかしこに配置されている。ぶっちゃけ、一世紀前にあたる昭和ロボアニメのやたら広いコクピットを、そこは連想させた。いや、達也も見た事は無いが。

 

(とにかく停止させなければ。これは……)

 

 気を取り直し、まず正面の操作盤。やたらでかいスイッチを押して見る。すると、空中にモニターが展開し、キースのドアップが現れた。

 

《ようこそお出で下さいました!》

「…………」

 

 ツッこまない。そう心に決め、達也は辛抱強く堪える。

 モニターの中のキースは何故か優雅に正座で日本茶なんぞを啜っていたが。そうやって、しばらく待っていると。

 

《ちなみに音声認識ですので、ツッコミが無いとシステムは進みませんよ?》

「マジか?」

《ええ、マジです》

 

 本当にその通りなのか、返事を返して来た。よほど高性能なAIでも積んでいるのか……達也は本日何度目になるか、数えたくなくなる頭痛を覚えながらも、律儀に尋ねる事にした。

 

「……じゃあ、このビッグキースの停止方法を教えてくれないか?」

《発音がなっておりませんな、ビッグっ! キースっ! です。はいどうぞ》

「……言えと?」

《りぴーとあふたーみー》

 

 泣いてはダメだ。達也は自分に言い聞かせる。どれだけ理不尽だろうと、耐えねばならない時はある。幼少期の諸々を思い出せ。そう考えれば、出来ない事では無い。

 

「び、ビッグっ キースっ」

《声量が足りません、はいもう一度》

「ビッグっ! キースっ!」

《声に魂がのっておりませぬよ? もっと! もっと燃えるのですっ!》

「ビィィッグ! キィィィィ――――スっ!》

 

 叫びは、コントロールルームに長く、長く響き渡った。もう、何年ぶりだろうと言うか生まれてはじめてかもしれない程の声を出した達也が感じたのは、一つの満足感だった。

 声を大きく出すのも悪く無い。そう、それは間違いなく、悪くない。

 ぱむぱむと、モニターの中でキースが拍手をする。

 

《で、何をそんなに叫んでおられるのですか? 恥ずかしい》

 

 げしっ、と達也は即座に蹴りを操作盤に叩き込んだ。

 無言でそれを繰り返し、荒くなった息のまま、据わった目で呟く。

 

「次は壊す……!」

《さて、では本題に入りましょう。本機ビッグキースを停止させたいとか》

「ああ」

 

 ようやくかと一人ごちて、達也は頷く。いろいろ辛い事はあったが、これでようやくこの騒動も止められる――が。

 

《それは無理です》

「……何だと?」

《それは無理、と言いました。システム的に不可能です》

 

 モニターの中のキースは繰り返す。まるで、本当に残念ですと言わんばかりだ。

 このままでは、中に入った意味も無くなってしまう。達也は、何故かと聞こうとして。

 

《自分で自分を停止するコマンドなど、あるわけないでしょう》

 

 きっぱりと正論を言われ、固まった。

 しばし硬直して、開いた穴から空を見上げる。そこからは、オーフェンが魔法を連打しているのか、派手な音が鳴り響いていた。

 空は抜けるように青い。その青さに切なさを覚え出した頃に、ようやく達也は現実逃避をやめた。

 

「そ、それもそうだな」

《でしょう? いやぁ、分かって貰えたようで何よりです》

 

 はっはっはっはと、笑い、達也もまた笑う――笑うしか無かった。どうしろと言うのだ、ここから。そして。

 

《まぁ、停止コマンドはなくても停止させる方法はあるのですがね》

「先に言え……!」

 

 再び操作盤を蹴りつけ、深いため息を吐くのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「我は放つ光の白刃っ!」

 

 毎度お馴染みの光熱波が放たれる。それは、迷惑執事たるキースへと容赦なく突き進み、案の定躱された。

 

「はっはっはっは! まだまだですな! 黒魔術士殿!」

「くそ……相変わらず無駄にすばしっこいな、てめぇ!」

 

 変換鎖状構成による連続魔術や擬似球電まで放っているのに、全て躱された。光速で転移する光熱波や擬似球電をどうやって回避しているのかは、まぁ毎度気にしても仕方ないとして。

 

「擬似空間転移攻撃も空間支配打撃も躱しやがって、この人外魔境執事が」

「ふ……黒魔術士殿も芸が多くなりましたが、所詮は小細工。基本がなっていないのですよ」

「ほぅ」

 

 ちっち、と指を一本立てて言ってくるキースに、オーフェンはとりあえず頷いてやる。キースはもってまわった言い回しをもって続けた。

 

「前は黒魔術士殿の攻撃は直線的と言いましたが、今は逆に小手先の技にこだわり過ぎて、直接攻撃を多用し過ぎているのです。その手の攻撃は防御不可能な代わりに、構成から座標を読み取られると、途端に回避されやすくなるのですよ」

「……成る程」

 

 一理ある――と、オーフェンは頷きつつも即座に構成を編み上げ、放つ!

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 呪文に応え、光熱波が真っ直ぐにキースへと突き進み――そこで、オーフェンは構成を変化。光熱波を分裂させ、全方位から叩き込む。

 フェイントも織り交ぜた包囲攻撃だ。これは回避不能な筈である。だが、しかし!

 キースは飛び上がると、襲い掛かる全ての光熱波を、どう言う原理かひょいひょいと避けきって見せた。着地し、オーフェンとしばし見合う。

 

「と、まぁこの通り誰にでも」

「出来てたまるか超次元突破理不尽型執事が! よーし、こうなったら遠慮無しだ。俺も全力でやってやる――」

「ほぅ、本気になられると」

 

 オーフェンの宣言に、キースはキリっとした顔となる(表情は変わっていないのだが)。それを見て、オーフェンも心持ち気合いを入れようとして。

 唐突に、キースがふっと遠くに視線をやり、かぶりを振った。

 

「やめましょう、黒魔術士殿。痛いのヤですし」

「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 直後、オーフェンの最大火力の光熱波が放たれ、キースは盛大に吹き飛ばされた。「また会いましょう! はぁっはっはっはっは――っ!」とか聞こえたのは幻聴の筈も無い。

 オーフェンはため息を吐き、そして、はっと気付く。

 

 

「しまった……逃げられた」

 

 未だ脱げビームを撃ちまくるビッグキースの頭頂部で、オーフェンは途方に暮れた表情となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 七草真由美はドライアイスの弾丸を魔弾の射手で、小キースに連続で撃ち込みながら、ふぅと息を吐く。

 オーフェンと達也がビッグキースに突入して、数分足らず。その間にも小キースは増え、被害(脱衣させられた)も増えて来た。

 このままでは、自分達も遠からず脱がされそうである。自分の横には、司波深雪と生徒会役員の市原鈴音、中条あずさもいる。彼女達もCADが無いながらも、魔法を行使し、小キースの脱げビームを避け続けていた。そして自分達のエースはと言うと。

 

「うりゃっ!」

 

 小キースを転ばし、踏み砕きつつ、もう一体の小キースを盛大に投げ飛ばしていた。スクルドだ。

 彼女はオーフェン譲りの体術を駆使し(オーフェン曰く、教えたのは基礎だけで、むしろ姉の体術に似ているとか)、小キースの群れをちぎっては投げと八面六臂の活躍をしている。その顔は、見るからに生き生きとしていた。

 

「もぅ、スーちゃん。調子乗りすぎちゃダメよ」

「へーきへーき、こいつら弱っちいし」

 

 そう言いながら、どこをどうやったのか小キースを掌打の一撃で吹っ飛ばす。あの小柄な体のどこにあれ程の膂力があるのか、横の深雪やあずさも目を丸くしていた。

 

「あの娘すごいですね……会長、お知り合いなんですか?」

「そっか、あーちゃんは初めてだったわね。オーフェンの妹のスクルドちゃんよ」

「オーフェンさんって言うと、あの?」

 

 名前を聞くなり、あずさが身を固くして、真由美はくすりと微苦笑する。

 人見知りな彼女は、特に目付きの悪いあのボディーガードを苦手としていた。

 

「正確には、スクルド・フィンランディ。本日入学した二科生です」

「て、リンちゃんは知ってるでしょ」

「けじめです。会長」

「でも、本当にすごいです。お兄様と良い勝負をなさるかもしれませんね」

 

 相変わらずの無表情で言う鈴音に、相槌を打つように深雪が頷く。それは、深雪にとって掛値なしに称賛の言葉であった。まさか、同年代にあそこまで出来る娘がいようとは。

 

「でも二科生と言う事は……」

「うん。スーちゃんは魔法師としてはちょっとね」

 

 紋無しの制服がそれを物語っている。もちろん、使えない訳ではないのだが――使えなかったら、そもそも入学出来ていない――ちょっと”特別過ぎて”、下手に使えないのが実情であった。

 彼女達も互いに知らぬ事ではあるが、そう言った意味では達也とスクルドは似た存在とも言える。

 

「まぁ、スーちゃんは心配無用よ。それより現状はどう?」

「現在、保護者、新入生の殆どは避難完了しています。一部の新入生が無断で持ち込んだCADで戦っていますが、彼等の処置は一時的に置いておくとして、追加で現れている敵に対しては、十文字会頭と渡辺風紀委員長が指揮する部活連と風紀委員が対処にあたっています」

「そう。小キースが増えたと思ったけど、状況は良くなっているのね」

「はい、こちらはスクルドさんが頑張ってくれていますので、こうして話す余裕もありますが――」

 

 と、そこで一同の頭上に影が射した。雲かとも思ったが、違う。それより確かなものが上にあると理解して、顔を上げる。

 そこには、直接真由美達を狙って来た小キース数体が居た。頭を潰しに(脱衣させに)来たらしい。脱げビームを発射せんと、目に光が点っている。

 

(今なら迎撃出来る……!)

 

 真由美はCADがあるし、鈴音、あずさ、深雪もそれぞれ傑出した魔法師だ。

 この程度なら何とでもなる。しかし、真由美はハっと気付くと、視線を横に移した。

 

「ダメよ、スーちゃん――」

 

 叫ぼうとして、それより早く、強く、言葉が走る。それは、その場にいる一同全員に聞こえた。

 

「砕きなさい。”バジリコック”」

 

 彼女のものとは思えない、冷たい声。それと共に、深雪達の頭上を”巨大な手”が走り抜けた。

 五指を大きく広げた手は、小キース達をまとめて握りしめ、砕く。そしてその全てを塵へと変え、消えた。

 

(今のは……なに?)

「ごめーん、マユミ。やっちゃった」

「もぅ、スーちゃんったら」

 

 深雪達も真由美が見ている先、スクルドに視線を向ける。彼女は、たははと笑いながら手を差し延べていた。その手から、あれを出したのか。

 

「彼女は、何を……」

「スクルドさんは、BS魔法師の一種でして。今のは、その一つです」

「BS魔法師……!?」

 

 BS魔法師――ボーン・スペシャライズド、BS能力者、或いは先天的特異能力者、先天的特異魔法技能者とも呼ばれる者達の事だ。

 彼等彼女達は現代魔法では技術可が困難な魔法を行使し得るが、大抵普通の魔法行使に支障がある場合が多く、BSの一つ覚えと揶揄される事もある。

 深雪とあずさが驚きの表情でスクルドを見ているのを横で眺めながら、真由美は鈴音に微笑する。フォローしてくれてありがとうと。

 

(本当は魔法でも無いしね)

 

 

 魔法なんかでは無い、彼女の力は。一年前に、それを真由美と鈴音は知った。思い知らされたと言うべきか。

 ともあれ、これで当座の危機は脱した。スクルドは再び小キースをどつきに向かい、自分達も彼女を援護する。後は。

 

(オーフェン、早めに決着つけてよね)

 

 ビッグキースに突入した筈のボディーガードと後輩を思い浮かべて、真由美は魔弾の射手を再び展開した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「タツヤ」

「オーフェンさん」

 

 意味消失で作った穴から、オーフェンはビッグキースの中に飛び込み、先に中に入った達也へ呼び掛ける。

 彼は、モニターに移るキースからこちらへと視線を寄越して来た。

 

「悪い、キースの野郎逃がした」

「そうですか……彼は、あなたでも捕らえる事は難しいのですか?」

「奴とはもう結構な付き合いだがな――付き合いたくもなかったが。まぁ、まともに捕まえられた記憶はそうないな。そっちはどうだ?」

「ええ……難儀してます」

 

 頷き、苦笑して達也は席を譲る。そこにいるキースが何らかのヘルプとなっているのか。

 

「停止手段は?」

「まだ見つかっていません。はぐらかされまして」

「……これに?」

「ええ、これに」

 

 そうしてモニターを見て、二人は同時に嘆息する。

 モニターに映るキースは何故かムーンウォークなぞをやっていた。何をどうすれば、こうなるのか全く不明なのだが。

 

「これが言う所によると、直接停止を行えるコマンドは無いとの事ですが、停止する手段はあると」

「そこらにスイッチやらキーボードあるようにも見えるが、使えないのか?」

「配置も何も訳分かりませんから。なので、これに停止手段を聞いている所です」

 

 ふむと頷き、再びモニターへ。そこで今度はタップダンスをやっているキースに、今度はオーフェンから問いを放つ。

 

「おいこら。踊ってないで、さっさと停止する方法を教えやがれ」

《気の短いお方ですな。このダンスを最後まで見てからでも遅くはないでしょうに》

「早い遅いの問題じゃねぇからな。いいからさっさと教えろ」

《と、言われましても、停止コマンドなどありませんし》

「なら、どうやったら止まるんだ?」

《それを教えるためにも、このビッグキース108の機能の一つ、キースダンスを見てからと言う事で》

「いらんゆーに」

 

 堂々巡り過ぎる。このダンスを見終わらない限り、停止方法は教えられないのか――と、達也はそこでふと思い付く。このビッグキース、108の機能とやらは、こちらで指示出来るのではないのか?

 

「……オーダー、108の機能からキースジェット展開」

《了解です! キィィィィスっ! ジェェェェット!》

 

 シャキーンと、妙な効果音が背後から鳴る。多分、キースジェットとやらが背中から出たのだろう。

 オーフェンと顔を見合わせる。これは……。

 

「おい、タツヤ。今のは?」

「さっき、これに停止手段を聞いている最中に、やたら108の機能を提示されました。今のは、その一つなんですが」

 

 このキースは確かにこう言った。停止手段はあると。なら、108の機能の中に、それがあるのではないか。

 

「おい、キースもどき。108の機能とやら、全部教えろ」

「いえ必要ありません。さっき一度、名称は全部聞いてます」

「……全部覚えてるのか?」

「ええ――覚えたくありませんでしたが」

 

 一度聞いただけで全て覚えたと言う達也の台詞に、オーフェンは純粋に驚きを示すが、達也はと言うと、何故か遠い目であさっての方を見ていた。

 

「名称のみでも、端的に機能を表しているものが多数なのですが、いくつか分からないものがありまして」

「どれだ?」

「キース・ビッグ・ファイナル。キース・モカモカ・スレイヤー。キース・ザ・ポチョムキン、です」

「モカモカとポチョムキンは外そう」

「……何でです?」

「何でもだ」

 

 きっぱりと言いながらも、オーフェンは頭を抱えそうになる。

 どれも意味不明っぷりは変わらないが、モカモカとポチョムキンは凄まじく嫌な予感しかしない。この二つはダメだ。トラウマが世界に現出し、神人を生み出しても驚かない。

 となると、キース・ビッグ・ファイナルとやらしか無いのだが。

 

「……これもこれで嫌な予感がするな。爆発的な意味で」

「爆発的ですか」

「ああ」

 

 キースの性格からして、自爆装置を積んでいる可能性が高い。何故そんなものをと聞かれたら、やはりキースだからとしか言いようが無い。

 なら穏当な方法でと言うと、すぐ復帰したりしそうではある。例えばキースジェットとかだと、数分後に台風と大八車を引き連れて帰って来そうだ。

 どうするかを、オーフェンと達也はしばし悩んでいると。

 

《ところで侵入者殿。ここで一つ報告が》

「ん? なんだ?」

《実はこのビッグキース、そろそろエネルギーが尽きる頃合いでして》

「エネルギーとかあったんだな……」

 

 永久機関を積んでても不思議では無かったが、まだ多少は現実っぽかったらしい。何の動力機関なのかは精神の平穏の為に聞かない事にするとして。

 

「これは渡りに船ですね、オーフェンさん」

「そだな。なら、もう止まるのか」

《はい。なので最後の抵抗に、キース・ビッグ・ファイナルを起動します。しました》

「「……はぁ!?」」

 

 何だ、します、しましたとは。いや、即座に起動したと言う事なのだろうが、こちらは堪ったものでは無い。慌てて、モニターへと二人して迫る。

 

「おい! そのなんたらファイナル止めろ!」

《無理です。自爆まで、後三分。ご機嫌よう、ご機嫌よう》

「三分って……!」

 

 やはりと言うか何と言うか、案の定自爆らしい。

 これだけのロボが爆発となると、被害も馬鹿になるまい。

 

「くそ、どうせキースの仕掛けだから死人は出さないだろうが、ろくな事になりそうもないな」

「それもそれで大概凄い事なんですがね……」

 

 呻くように言うオーフェンに、達也もぐったりと頷く。最後の最後にやってくれた。どう考えても、自爆は防げそうにない――いや、オーフェンも達也も、それぞれビッグキースごと消去する方法は無いでも無いのだが、人目のある所で使える筈も無い。なら防げないのと同義であった。

 三分では避難もままならないだろう。もはやこれまでか……。

 

「いや、ちょっと待って下さい」

「タツヤ?」

 

 カウントするキースを見て、何か引っ掛かるものを感じ、タツヤは呟く。オーフェンが怪訝そうな顔をしているが、それに構わず、モニターを注視した。

 その中では、キースがカウントし、横にビッグキースの現状況が映し出されている。”キース・ジェットを展開した”ビッグキースが!

 

「キース・ジェット噴射開始! この場から離脱しろ!」

「その手があったか!」

 

 叫ぶように命令する達也に、意図を理解したのか、オーフェンも指を鳴らして頷いた。

 後は、二つ以上の機能をビッグキースが出来るか否か。果して、モニターの中のキースは答えを出した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 光熱波でビッグキースの内側をブチ貫き、オーフェンと達也は、重力制御でビッグキースから飛び降りた。

 小キース全てを撃破したのか、在校生一同が二人を迎えてくれる。講堂の床に降り立つと、二人は皆と一緒にビッグキースを見上げる。今、まさに飛び立たんとする、はた迷惑なロボを。

 キース・ジェットはいかな推進力があるのか、見る見る内にビッグキースを空高く押し上げていく。

 

「タツヤ、自爆するまで、後どれくらいだ?」

「ちょうど十秒です。カウントしますか?」

「いや、いい。ビッグキースの最後だ……」

 

 入学式に参加した皆が、これを見ている。そう確信しながら、オーフェンは苦笑した。

 今年もはちゃめちゃだった魔法科第一高校の入学式。それも、終わってみれば何と清々しいのだろうと。

 やがて十秒が過ぎ、ビッグキースが夕暮れの空に華となって散る――大歓声が、皆から上がった。

 

「終わったか」

「はい、終わりました」

「ええ、ビッグキースの脅威は去りました――」

 

 ……そこまで聞いて、オーフェンは達也と共に一歩下がると、その場に居る全員に手配する。

 全員が全員、心得たとばかりに、取りに行ったのだろうか、CADを構えた。達也も、妹の深雪から特化型CAD二丁を受け取っている。

 もちろん、オーフェンも考えうる限りの最大威力の構成を編み上げた。

 

「しかし油断はなりません、黒魔術士殿。そして第一高校の皆々様。またいつの日にか、第二、第三のビッグキースが……!」

『『おのれが言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?』』

 

 そうして、入学式最後にして最大の大爆発が、第一高校の講堂に容赦なく炸裂したのであった。

 

 なおこれは余談だが、見る影も無くなった講堂は、オーフェンの不眠不休の努力により直され(キースは逃げた)、翌日晴れて、深雪の答辞が行われたのであったとさ。

 

 

(入学編第五話に続く)

 




はい、入学編第四話でした。つい、いつものカッコの部分に、入学編完と書きそうになった俺を誰が責められようか……!
キース・モカモカ・スレイヤーと、キース・ザ・ポチョムキンは何なのかは聞いてはいけません、ええ。
次回からは、ようやく劣等生本編となります。導入長ぇよ。ではでは。

 オーフェン専門用語解説。

 変換鎖状構成。

 オーフェンの弟子、マジクが編み出した特殊術。構成に余裕を持たせて編み上げ、放ち、術を発動しながら構成を編み変えると言う荒業。オーフェンからは、使い道ないと一蹴された構成だが、意外に使用されている。

 擬似球電。

 オーフェンのかつての切り札の一つ。呪文は「我は描く光刃の軌跡」。光球(擬似的な球電)を生み出し、目標へ光速で転移させる構成。これに触れた対象は、激しく燃え盛るので、問答無用に殺しかねない構成でもある。でもキースは避けた。

 擬似空間転移。

 オーフェンがかつて学び舎としていた牙の塔、チャイルドマン教室の最秘奥構成の一つ。自分の質量を擬似的にゼロとし、爆発的な加速(架空の光速と表現される)を掛ける事で、転移したがごとく瞬間的に移動する構成。超難度の構成で、制御に失敗すると、全身の細胞が沸騰する羽目になる。実質的には空間転移している訳では無く、実体を保ったまま移動しているので、遮蔽物があった場合、超速度でぶつかる事になる為、やはり即死は必死。だが、逆にこれを逆手に取り、物体を擬似空間転移で飛ばす事で、亜光速弾として使える。なお、やはり対象を容赦なく殺しかねない。やはりキースには避けられた。

 空間支配打撃。

 オーフェンの甥(血縁は無いが)、マヨール・マクレディが開発した、空間支配術による構成。空間爆砕の際にまず起こす歪みを、利用した術で、歪みを歪みのままにして制御する方法で、これを使って打撃のみを内臓に叩き込むのが、空間支配打撃。今回のものは、マヨールの構成をオーフェンが真似た。
 マヨール曰く、空間支配を思うように出来れば、空間の選別や転移も可能となる万能術となるらしい。案の定、キースには避けられた。
 これを魔法で再現し、常駐型重力制御と合わせて考えると……?

 とりあえず、今回はこんな所で。ではでは、また次回ー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第五話「夜に賢者は集いて」

はい、テスタメントです。
入学編第五話をお届けします。タイトルで分かると思いますが、今回は真面目な話しです。ギャグがなんとほとんど無い……! ど、どうしたテスタメント!
まぁ、はぐれ旅のノリで見ていただければと。
では、どぞー。


 

 そこは墓所だった。まごう事なき、暗い室内はどこまでも外界との繋がりを拒絶し、ただ部屋の明かりのみがそこを照らす。

 その部屋に居るもの達は墓所にあるに相応しき腐臭を漂わせていた。不死の、腐臭を。

 彼等は世界最初の魔法遣い達にして、魔術士。伝説にすらない賢者達、ドラゴンの名を継ぎしもの――賢者会議。

 

「天世界の門。外世界より訪れし、異界人三人。たびたび邪魔をしてくれたが、そろそろ鬱陶しくなってきたな?」

 

 鉄を思わせる偉丈夫の男。彼は、他の賢者達を見渡して言う。

 魔法世界を統べるドラゴンが一つ。

 破滅の獣、スレイプニルの”始祖魔法士”、マシュマフラ。

 それが彼の名だった。マシュマフラに同意するように、こちらは痩身の、やけに印象の薄い男が頷く。

 苛烈の獣、バーサーカーの始祖魔法士、ガリアニ。

 彼は不吉な笑みを浮かべて、マシュマフラに同意した。

 

「厄介な奴らではある。だが、それだけだ。我等が手を下すまでもない……それが、一番厄介なのだが」

「そうですな。いっそ全戦力を持って潰せるのならば、躊躇もないものを」

 

 こちらは、やけに太っちょの巨漢だ。彼は、腹の肉を揺らしながらほっほと笑う。

 不死の獣、トロールの始祖魔法士、パフ。

 だが、その隣に居る赤毛の、小柄な女性は、気の強そうな態度を隠しもせずにうんざりと半眼で彼等を見る。

 

「ウザい……結局、誰も戦いたくないんでしょ? 女神も魔王も、不死の私達を殺せるものね?」

 

 平和の獣、ヴァルキリーの始祖魔法士、プリシラ。

 不機嫌さを隠そうともしない彼女の隣で、こちらは無愛想な戦士然とした男はただ沈黙を貫く。もっとも、彼がまともに話す所は滅多に見ないのだが。

 静寂の獣、フェンリルの始祖魔法士、レンハスニーヌ。

 プリシラが身じろぎすらしない彼に、フンと鼻を鳴らした所で、賢者会議最後の一人が、眉を潜めて窘めた。

 

「そう言うものでは無いわ、プリシラ。分かるでしょう?」

「……ふん」

 

 ぷいっと顔を背けたプリシラに、緑色の髪の、大人しめな外見の女性が苦笑する。

 もし戦えば自分達が勝つ。それは分かっている。しかし、必ず何人かは殺される筈だ。彼女は、それを示していた。

 沈黙の獣、ノルニルの始祖魔法士、オーリオウル。

 六人の獣王(ドラゴン)の名を継ぎし、”人間”達、彼等こそが賢者会議と呼ばれしもの達だった――いや、あと一人。議長たる彼を含めて。

 

「まさか彼が、よりにもよって未来の女神と来るとは思わなかったな」

「どうなさるのです? 議長」

「君達が手を下すまでも無いさ。未来の女神の力は、彼自身が封印した。一年前にな。なら君達に対抗し得るのは、彼だけとなる」

「ですが――」

「ああ、君達の不安も分かる。だから、手の内を調べようではないか。新たな盟友にやってもらおう」

 

 六人の賢者達。この世界の魔法の根源たる、始祖魔法士達を見遣って彼は頷く。

 彼こそは、外世界より現れし真なる始祖魔術士(アイルマンカー)、世界創造主。魔王と言われし、神人種族。

 魔王、スウェーデンボリー。

 賢者会議を統べし、”魔法を使えない魔法使い”は、鷹揚に、傲慢に、こう告げた。

 

「彼等……盟友の組織は何と言ったかな?」

「”ブランシュ”です。議長」

「ああ、そうだったな。反魔法国際政治団体だったか」

 

 彼等の名と、理念を思い出し、スウェーデンボリーは嘲笑する。

 原初の魔法遣い達による組織である賢者会議は、魔法至上主義を掲げるとされる。そんな自分達と盟友になった反魔法至上主義である彼等へと、それは向けられていた。

 そもそも魔法を否定してどうすると言うのか。この世界は、魔法により構築されたも同じだと言うのに。

 こちらを利用するつもりなのだろうが、それには失笑すら覚える。まぁ、愚者はどこの組織でも、そんなものだろう。

 

「盟友に協力は、こちらから申し出ておいてくれ。すぐに飛びつくだろう」

「はい。それとブランシュを動かすエサが必要ですね」

「それなら心配ない」

「は?」

 

 六人全員が不思議そうにこちらを見る。それが可笑しくて、スウェーデンボリーは肩を竦めた。

 

「愚者と言うのはな、力を持てば誰かに噛み付かずにはいられないのさ。確か、近くに魔法科学校があったな?」

「はい。魔法科大学附属第一高校です」

「なら、勝手にそちらに手を出してくれるだろう。それで問題ない」

「ですが……」

「大丈夫さ。盟友とは契約をしてある。もし何かあっても、手の内を見る事くらいは出来るだろう」

 

 そこまで言って、スウェーデンボリーは皆へ視線を巡らせた。誰も反対のものはいない。当たり前だ。これで破滅が確定するのは、そのブランシュとやらだけなのだから。

 

「では、いいな。ブランシュへの協力を、賢者会議の決定とする」

 

 スウェーデンボリーの宣言に、六人全員が合意し、今回の会議はそれで終了となった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ちちちっと言う鳥の囀りと共に、オーフェンは目を覚ました。寝不足の為に、いつも以上に悪くなった目つきで部屋をぐるりと見回す。やがて、自分の身体へと。その上で色気もへったくれもなく、大の字になっている何故か制服姿のスクルドを見て、疑問に思うより先に、布団を引いて転がし、ベッドから落とした。「うにゃ!?」と言う声が聞こえたが無視する。

 布団にくるまり、再び寝直そうとした所で、身を翻す。一瞬前に体があった場所に、スクルドが拳を撃ち込んでいた。

 

「……なんのつもりだ」

「それこっちの台詞! 落とさないでよもー!」

「それ以前に、ここは俺の部屋だろうが……」

 

 ぐったりと呻くように――眠いのだ――返事し、オーフェンはベッドから這い出る。ふくれ面となったスクルドに向き直った。

 

「で、キースの野郎の後始末で寝不足なお兄様の上に、なんで妹様は寝転がってらっしゃったんでしょうかねぇ?」

「トイレ行ったら寝ぼけて、部屋間違えたの。いいじゃん、実害あるわけじゃなし」

「俺にあるわい。睡眠の邪魔だ邪魔」

 

 しっしっと手で追い払う。一応、外見は年頃の娘だと言う認識が、この女神にあるのか、まれに不安になる。ごくたまにだが、このようにじゃれついて来た時などには、特に。

 

(ま、そんな人間の機微はまだ分からないのかもな)

 

 スクルドが現出してから、まだ二年だ。分かれと言う方が無理があるだろう。この女神の兄、もしくは父代わりの自分にとっては、何とも複雑なものがあったが。

 

「キースの後片付けで思い出したけど、講堂直し終えたの?」

「ああ、夜中まで掛かったぞ。あの野郎、逃げやがるし」

「キースだしねぇ」

 

 波乱の入学式が終わったのがつい昨日だ。講堂は直し終えたので、今日に新入生総代の答辞から続きをやるらしい。そもそも、IDカードの交付すらやってない筈だった。

 さすがのキースも二日続けて騒動は起こさないだろう……そうだといいなと希望的観測を抱きつつ、スクルドに頷いてやる。

 

「それじゃ、今日オーフェンも皆の前で挨拶だね」

「……そういやそうなるのか。やれやれだ」

 

 もう一つの難事を思い出し、オーフェンは気が重くなった事を自覚した。

 一年前から、オーフェンは第一高校のある仕事を請け負っている。学校側からの理由は人手が足りないから。オーフェン側の理由は、昼間は暇だから――だ。しかし、去年の挨拶でやらかしている為、彼としても気は重い。

 

「マユミも言ってたもんねー、オーフェン意外に政治家向きじゃないかって」

「……扇動家の才能があるとは、散々言われてたよ。確かに」

 

 これは、オーフェンの体感で二十年以上前から言われていた事だ。去年の挨拶でも確かにやらかした。

 結果は風紀委員と部活連、生徒会の激務が更に増えた所で察して貰いたい。

 

「でも、キースの騒動に続いて、それで一科生と二科生の溝は結構埋まったんでしょー?」

「まぁな。だからと言って、今年はやりたくない。魔法大戦争のような騒動を起こすのは一度で十分だ」

「えー」

「何残念そうな声出してんだ」

「ちょっと面白そうだったから」

 

 これを本気で言ってるから、この女神は怖い。苦笑し、スクルドの頭をぽんぽんと叩いてやる。

 

「ま、今年は無難に行くさ。さて、寝直すから、お前も部屋戻れ」

「え、それは無理だと思うよー?」

「何でだよ」

「じ・か・ん」

 

 そう言って、スクルドはベッドの横の目覚まし時計を指で指す。針は、既に8時を示していた。

 

「……うぉう」

「早くしないと遅刻しちゃうよー?」

「お前が制服姿だった理由はそれか……」

 

 つまり、スクルドは二度寝だったのだ。そして主である七草真由美の朝は早い。もう家を出る時間になりそうであった。

 

「どうする? 寝る?」

「そーしたいとは、常々思ってるよ。叶えられた試しはないけどな。マユミに、すぐ行くから待ってろと言っとけ」

 

 伝言を任せてスクルドを追い出すと、オーフェンは着替えを始める。……挨拶する初日くらいはスーツを着るべきだろうが。

 

(準備してないしな……ん?)

 

 仕方なくいつもの格好にしようとすると、やはり一年前に買ったスーツが出されているのが、目に止まった。しかし、自分は出した覚えが無い。と言う事は。

 

「……言えば礼くらいしてやるのに」

 

 苦笑して、妹である女神様が用意してくれたスーツを、オーフェンは手に取った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 入学式の続きは、昨日と違いあっけ無く終わった。キースの乱入は無く(と言っても、オーフェンが荒縄で縛り上げて、いつでも魔術を叩き込めるようにした上での事だが)、司波深雪の答辞もつづかなく終わっている。

 ……内容は、まぁ在校生はともかく新入生には際どい事を言っていたが。

 入学式が終わればIDカード交付だ。そこで、昨日に続いて集まる事となった一同は、クラス分けに一喜一憂した。

 

「司波くん、何組?」

「E組だ」

「やたっ、同じだね」

「私も同じクラスです」

「あー、あたしF組」

「あたしはGだぁ」

 

 どうやら二人は残念ながらクラスは別だったらしい。エリカと美月に惜しむように手を振った後、それぞれのクラスに向かう。

 

「やほ、タツヤー。私もEだから、よろしくね」

 

 そうしてると、スクルドがてくてくと歩いて朗らかに笑って来た。達也は薄く微笑してやる。すると、横からひょっこりとエリカと美月が彼女の顔を覗き込んだ。

 

「この娘、昨日の……?」

「ああ、昨日説明したと思うけど、俺にあの執事捕縛の協力を頼んだ内の一人が彼女だ」

「スクルド・フィンランディ。スクルドでいいよー、よろしくね」

 

 にぱっと笑って、スクルドはエリカと美月に手を振る。二人も笑顔を浮かべて、彼女を迎え入れた。

 ちなみに、昨日自分が壇上に乱入した事やら、オーフェンと共にビッグキースに突入した件は、最後まで講堂に残っていたエリカや美月、在校生一同には知られていた。

 だが、エリカや美月には事情をぼかして達也が説明し、在校生にはオーフェンと真由美から説明が入っていた。

 何故か、即座に在校生は納得していたようだが、あれは何なのだろうか。

 

「それじゃ、クラス行こうか」

「……いや、ちょっと待ってくれるか?」

 

 早速、自分のクラスに行こうとする三人を達也が手で制す。本来、入学式が終われば自由参加型のホームルームがあり、そこに参加するかどうかで解散かどうかを決めるのだが、何せ昨日の騒動で一日ダメにしている。

 なので、入学式の後にオリエンテーションを行う事になっていた。しかし、達也は来賓(昨日の今日で良く来たなとは思うのだが)やら生徒会の挨拶やらを済ませた妹を労うつもりだった。

 こんな事でへこたれる妹では無いが、それとこれとは話しが別である。

 

「すまない、妹とちょっと話しておきたい。いいか?」

「もちろんいいけど、司波くん、妹さんいるんだ? 美人さん?」

 

 オリエンテーションまではまだ余裕があるせいもあるのか、俄然と興味をそそられたエリカが身を乗り出して聞いてくる。

 そんな彼女に達也は苦笑していると、美月がきょとんとした表情で、追加の問いを寄越した。

 

「妹さんって、新入生総代の司波深雪さんじゃないですか?」

「え? そうなの?」

 

 これは意外だったのだろう、エリカが目を丸くする。まぁ、妹と似ているとは自分も思わないので、達也も何も言わずに頷いた。

 

「そうなんだ……ひょっとして双子?」

「いや、よく聞かれるけど双子じゃない。俺が四月生まれで、深雪が三月生まれなんだ」

 

 へぇーと三人が三人とも軽く驚いたような声を漏らす。確かに、あまり聞く話しでも無い。そう思っていると、廊下の向こうから見慣れた、しかし美しい少女の姿が見えた。深雪だ。

 彼女は真っ直ぐにこちらへ来ると、エリカ、美月、スクルドを見た上で、微笑した。

 

「お兄様、お待たせ致しました」

「ああ、深雪お疲れ様。よく頑張ったね」

 

 そう言って、頬に触れ、撫でながら肩に手をやり、叩いてやる。それだけで、深雪が嬉しそうな表情となった――なりながら、ついっと視線を移す。

 そこに居る、三人に……何故か、エリカと美月は顔を赤らめていたが、それはともあれ、彼女達に向き直った。

 

「お兄様、この方々は……」

「こちらが柴田美月さん、そしてこちらが千葉エリカさん。スクルドは……昨日、会ってるな。同じクラスなんだ」

「そうでしたか……お兄様ったら、早くもこんな可愛い娘、三人も連れてデートですか?」

 

 にっこりと笑いながら、首をちょっとだけ傾げて、冗談を言ってるように聞いてくる。だが達也は、深雪の目が笑っていない事に気付いていた。これは、ストレスが若干溜まっているらしい。やれやれと思いつつも、微笑してやる。そんな妹も、彼には可愛いく見えた。

 

「そんな言い方は失礼だよ、深雪。三人はお前を待つ俺に付き合ってくれたんだ」

 

 軽く言いながら、ちょっとだけ視線に非難を込める。それで、深雪も表情には出さないまでも、ハっと気付いてくれた。すぐに、三人に頭を下げる。

 

「大変申し訳ありません。ちょっとした冗談だったんですが……自己紹介がまだでした、司波深雪と申します。これから兄共々何卒よろしくお願いします」

「いいよ、そんな事気にしてないって。よろしくね。あたしはエリカでいいわ。あなたの事も深雪って呼ばせてもらっていい?」

「私も美月って呼んでください。よろしくお願いしますね」

「今更だけど、スクルドでいいからー」

「ええ、もちろん。苗字だとお兄様と区別しにくいですものね。よろしく、エリカ、美月、スクルド。美月も、私の事は深雪と呼んで下さい」

 

 四人は自己紹介と挨拶もそこそこに、すぐに仲良くなったようだった。さすがにこれだけの美少女四人の傍にいると、自分の影が薄くなったようにも思える――いや、なんか妙な視線を感じないでもないが。

 それはともあれ、もうそろそろオリエンテーションの時間になりそうだったので、四人に呼び掛ける事にした。

 

「話しが盛り上がってる所すまないが、もう時間だ」

「え、ホント? まだ余裕あるように思ったのにな」

「司波くんの言うとおり、後五分ほどしかありませんね……」

「楽しい時間って、すぐ過ぎちゃうよねー」

「ああ……せっかく三人と仲良くなれましたのに、それにまたお兄様と離れ離れになるかと思うと……!」

「深雪、冗談がちょっと過ぎるぞ」

 

 実は、妹のまぎれもない本心だとは気付きつつも、達也は苦笑して受け流しつつ、髪を撫でてやった。

 

「すぐに会えるさ。オリエンテーションが終わったら、一緒に帰るって約束したろ?」

「それはもちろんです……お待ち、していますね」

「ああ。俺も楽しみにしてるよ」

 

 そう言ってやりながら、深雪の髪から指を滑らせ、離す。互いにちょっと寂しそうにしながら身を離れると、本当に時間が無い為、挨拶もそこそこに五人は別れ、それぞれの教室に向かう。

 走らず、早歩きで移動しながら、しかし左右からエリカとスクルドに意地の悪い表情で言われる。

 

「司波くんって、シスコンだね」

「何を根拠に、そんな事を?」

「むしろシスコン以外の何? て感じだよ」

「そうか? オーフェンさんだって、スクルドにはあんな風にしないか?」

「今日なんてベッドから落とされたよ。上で寝てただけなのに」

「上って……」

 

 スクルドのそれもどうなのかと言う議論は後にする事にして、四人は一年E組の教室に入った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はぁー緊張しますねぇー」

(どうだかな)

 

 共に廊下を歩きながら、オーフェンは隣の女性を疑うように見た。

 小野遥。この第一高校の総合カウンセラーである女性職員だ。そして、オーフェンが何故彼女と共に歩いているのかと言うと、もちろん理由がある。

 二科生特別講師、オーフェン・フィンランディ。それが、彼の第一高校での立場であった。

 非常勤の講師と言う立場だが、公的には事務員と言う事にもなっている。これは何故かと言うと、オーフェンが魔法師の資格を何一つとして持っていない為であった。つまりは、モグリの魔法師だ。

 二科生には魔法実技の個別指導を受ける権利が無い。これは、魔法師の講師の絶対数が少ない為に起きた必然であった。しかし、そこにモグリとは言え、明らかに強力な魔法師がいたならば?

 どうせ、独力ではたかが知れている。ならダメで元々任せてみるか――と、経緯はこんなものだったらしい。

 個人的に人に教えるのに向いていないと思っていたオーフェンではあったが、真由美の入学から一年間。様々な意味で諦めた二科生達を見て苛立ちを覚えた事もあり、ちょっと活を入れてやるかと引き受けたのである。結果、大好評を果たしたのだ――色んな意味で。

 とりあえずオーフェンがやった事は、意識の壁を取っ払う事だった。後は、勝手に伸びる奴は伸びる。ちょっとした助言程度なら出来ない事も無いので、そうしたのだが。

 困った事に、本当に伸びる奴は伸びてしまったのである。さすがにこれはマズイと思ったのだが、後の祭だった。

 そして、何人かの二科生の成績が一科生に追い付くに当たって、当然の如く衝突が起こった。結局、生徒会、風紀委員、部活連主導の元、サバイバル方式の魔法戦が行われたのであった。何故か途中で、キースがいたらん事をいたらんタイミングでやらかしたので、勝敗はうやむやになったのだが。

 この事件をきっかけに、一科生の間でも二科生だろうとやる奴はやると言う風潮が生まれ、二科生も努力すれば一科生に追い付けない事もないと意識が変わった。そして、今の状況だ。まぁ、それはいい。

 結局、二科生を成長させる事に成功してしまったオーフェンは、このように今年も二科生の特別講師をやる事になった訳である。

 

「それにしても、フィンランディ先生は大したものですよ。ひょっとしたら、カウンセラー向いてるんじゃありません?」

「それは無いですね」

「? 何でです?」

「俺は扇動家らしいので。カウンセラーとは、また別でしょう?」

「ああー……」

 

 言わんとした事を察してくれたのか、遥は深く頷く。

 きっと、自分は自分でも気付かない内に相手を誘導しようとしかねない。それはカウンセラーとは呼べないだろう。

 そうこう言ってる内に、一年E組の教室についた。自分の挨拶は、一つの教室から卓上端末を通じて、全一年二科生の教室に行き渡るようになっている。E組になったのは、ただの偶然だろうか。ちなみに、遥が一緒に来ている理由は不明だ。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 遥が挨拶しながら教室内に入ると、幾人かがぎょっと目を丸くしていた。

 今の時代、教師が教壇に立つ事はまず無いらしい。授業を卓上端末越しに、オンラインで行うのだとか。よほど異例の事態がなければ……と言うセオリーらしい。生徒達の反応に無理も無いと苦笑しながらも、まぁ、セオリーは覆されるものだし、とオーフェンは思う事にした。

 遥が教壇に立ち、オーフェンはその横に立つ。

 

「はい、欠席者はいないようですね。それでは皆さん、入学、おめでとうございます」

 

 ぺこりとお辞儀する遥に、つられて頭を下げる生徒が何人もいる。素直に子達だなと、オーフェンも頷く。

 そうして、遥が自己紹介し、カウンセラーである事とどのような事をするのかを生真面目に告げていく。もう一人の柳と言うカウンセラーは普通に卓上端末から挨拶していた。

 やがて説明が終わると、遥は真面目な表情を止め、にこりと笑う。

 

「……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」

(へぇ……)

 

 思わずオーフェンは感心してしまった。今の遥の演出は、若干固まった教室の空気を一気に柔らかくしたからだ。この手腕なら、言いだしにくい事もぽろりと話してしまうかもしれない。

 

「では、次はフィンランディ特別講師から挨拶です。フィンランディ先生、よろしくお願いします」

「はい」

 

 頷き、遥の代わりに教壇に立つ。瞬間、思い出したのは、かつてスウェーデンボリー魔術学校で教鞭を取った事だった。校長自らなどと散々言われたが――認めるしかない、自分は人に教えるのが好きなのだろう。

 

「二科生の特別講師を務める、オーフェン・フィンランディだ。よろしく頼む。さて、最初に言っておくが、俺はモグリだ。世間的には魔法師では無い。そこを踏まえて、君達に聞かなければならない事がある――」

 

 モグリの魔法師である事を告白した自分に、教室中から、他の教室の生徒も驚いているのが分かる。

 よく見ると、生徒の中には見知った顔がいた。スクルド、そして司波達也だ。彼等に視線を少しだけ向け、真っ直ぐに戻す。全員を視線で射抜いて、告げる。

 

「君達にとって、魔法とはなんだ?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 最初にオーフェンが感じたのは、戸惑いだった。明らかに、生徒達全員が戸惑いを感じているのが見て取れる。こっそり盗み見ると、遥でさえ怪訝な顔をしていた。

 スクルドはと言うと苦笑している。まぁ、彼女に魔法云々言うのは、この国で言う所の、釈迦に説法どころの話しでは無いので、別にどうでもいい。

 達也は――何故か、目を見開いているようにも見えた。気のせいかもしれなかったが。どちらにせよ、それもいい。オーフェンは適当な生徒に聞いてみる。

 

「君……西城レオンハルト、か。君にとって、魔法とは何か、聞いていいか?」

「お、俺ですか? ま、参ったな……」

 

 今の教育現場では、このように指示をする事もまず無いだろう。だが、あえてオーフェンはやる。

 西城は、戸惑いの表情のままどう答えたらいいのか、迷っているようだった。やがて、意を決して話し出す。

 

「その、魔法は力です。俺は、そう思います」

「そうか。どんな力だ?」

「ど、どんな? そ、それは魔法式で、事象変移を起こして――」

「そう言った理論を聞いてるんじゃない。西城、君は魔法を如何様な力と考える? そう聞いているのさ」

 

 そこまで言うと、西城は途方に暮れた顔となった。何と言ったらいいか、分からなかったのだろう。他の生徒も同様だ。中には二科生だからふざけられたと憤っている生徒も見受けられた。

 

「ありがとう西城。もういいぞ」

「は、はい」

「さて君達。彼は、今とても良い事を言った。魔法は、力だと。俺もそう思う。魔法は力だ――そして、力でしかない。他の何物でもない。この意味が、分かるか?」

 

 問う。だが、誰も何も言わない。言えないのだ、言葉だけは分かっても、意味を理解出来ていないから。

 

「そうだな……千葉エリカ、君に聞こう。例えば、剣を使うとして、それは力か?」

「ええ? えっと、それは、そうです」

「よし、吉田ミキヒコ。なら、走るのがとても速い奴がいるとしよう。それは、力か?」

「……質問の意図が分かりません!」

「答えたくなけりゃそれでいい。別の奴に聞くだけだ――」

「っ……力だと思います!」

「別にいいと言ったぞ。負けず嫌いな奴だな。では……司波タツヤ。腕の良いエンジニアがいたとして、彼の技術は、力か?」

「はい」

 

 即答だった。そして、彼の瞳に思わず力が入っているのを見て、おや? と思う。まるで挑まんとするような目だ。ひょっとして、達也は自分を試しているのかも知れない。それを面白いと思いつつ、他の何人かにも質問する。その答えに逐次頷いて、やがてオーフェンは質問を終わりにした。

 

「さて、魔法は力。そう言ったな? で、今の質問な訳だが、全て力だと君達は答えた。なら、”魔法と他のものに違いがあると思うか?”」

 

 そこで、生徒達が一斉にゾっとするような表情となった事を、オーフェンは確信する、

 彼等も、ようやくオーフェンが言わんとしている事を理解したのだ。だから、彼は迷い無く続ける。

 

「そう、魔法は”特別な力なんかじゃない”。ただの才能だ。人より剣を使うのが上手い、人より走るのが速い、人より機械を使うのが上手い――その程度のものなんだ。違いなんてどこにもない」

「……でも!」

「ああ、言いたい事は分かる。だから落ち着け」

 

 立ち上がりかけた生徒を、さっと手で制す。彼が座るのを待ってから、オーフェンは続けた。

 

「しかし、魔法は強大な力だ。一個人が持ちうる火力としちゃ最大のものだろう。だがな、それは特別な事か? 他の何かと比べて、特別視されなければならない事か?」

「実際されてるじゃないですか……!」

「違うな。勘違いするな。魔法が重要視されてるんじゃない。魔法によって齎される結果が重要視されてるんだ。社会的にな。そんなものは、他と比べられるようなものじゃない。魔法なんて回りくどい手を使わずに、同じ結果が出せたなら、単純評価は変わらないだろうさ」

 

 魔法は特別なものではない。ましてや、それだけで人間の価値を決められるようなものでも無い。オーフェンは、辛抱強く繰り返した。

 

「その上でだ。君達に最初に聞いた事が生きて来る。君達にとって、魔法とは何なのか? これはな、答えが無い質問なんだ。君達は答えられなかったが、そんなものは当たり前なのさ。何故なら、君達はまだ魔法を覚えたての半人前に過ぎないのだから」

 

 未熟だからこそ、魔法科高校に入ったのだろう。魔法を、自らの才能を伸ばす為に。故に、自分達にとって魔法とは何なのかと言う質問は、答えられなくて当たり前なのだ。

 だが、いつか答えられるようになって欲しい。今でなくても、いつかはきっと。

 

「俺はな。魔法を半身だと思ってる」

「半身……?」

「ああ、魔法師として、魔法は半身そのものだ。なくなれば、もう魔法師としては生きていけない」

「だったら、魔法はやっぱり特別なんじゃ……?」

「君にとって、君の身体は特別か? 常に意識している必要のあるものか?」

「そんなの、詭弁じゃないですか。魔法は身体とは違う!」

「どこが違う? 魔法は才能と言ったよな。なら手足や身体の一部と、どう違うんだ?」

 

 反論していた生徒はそこで押し黙った。納得してはいないのだろう、だが反論出来る材料が無くなってしまったのだ。オーフェンはすっと手を差し延べる。

 

「魔法は身体の一部だ。だが、下手に強大なものだから、制御(あつかい)が難しい。君達は、魔法師を目指すにあたって、この厄介な身体を制御出来るようにならなければならない。そして、それはいつか出来て当たり前なんだ。そうだろ? だって身体の一部なんだから。そして、それは特別な事なんかじゃない。どんな魔法を使えても、それはどこまでも自分の一部――個性でしかないのだから」

 

 そこまで言って、オーフェンは一度言葉を切り、教室中を見渡した。誰も彼もがオーフェンの言葉に納得した訳では無いのだろう、だが真摯にこちらを見つめている。だからこそ、オーフェンはこの挨拶の最後を告げた。

 

「いいか? 最後にこれだけは言っておく。君達は半人前だ。半人前の、ありふれた一個人として、誰からも等しく学べ。先生が誰か、なんてえり好みする必要は無い。君達は、どこまでも半人前なんだ――俺と同じくな。学ぶべき相手を見つけたら、学べ。以上だ」

 

 

(入学編第六話に続く)

 




はい、入学編第五話でした。オーフェン、長い挨拶をするの巻。
オーフェンの思想は特別なものなんかは無い。特別な力なんてない。ましてや、その力による運命なんて無い、と言う考えです。
これはかなり達観した考えだと思うのですよね。でも、真実でもある。
ちなみに、一年前にやらかしたオーフェンの挨拶はもっと過激でした(笑)
なので、今回相当抑えていたり(笑)
では、次回またあいましょう。ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第六話「自分が嫌にならないの?」(By千葉エリカ)

はい、入学編第六話をお届けします。今回も無謀編リスペクトなタイトルですが、ギャグが……ない……?(涙)
あれ、おかしいなぁ……。
ともあれ、第六話。どぞー。


 

 朝、オーフェンの起床は、主に二つの人物達によって方法が分かれる。

 一つは妹であるスクルド・フィンランディがそこそこまともに(たまにおかしな)。もう一つは、七草家住み込み故にいる七草の双子姉妹によってだ。

 七草香澄と七草泉美。この二人は、オーフェンにとって厄介な嵐のような存在だった――具体的に言うと、自分の娘達的な。

 そして本日。中学三年生の七草の双子は、オーフェンの部屋にこれでもかとニンマリと笑いながら入ってきた。オーフェンは部屋の鍵を基本的に閉めない為、何のひねりもなく侵入に成功する。

 

「……ふっふっふ、オーフェン相変わらず寝ぼすけだね」

「……ダメよ香澄ちゃん。こう言う時は静かにするものですわ」

 

 頷き合うと、抜き差し差し足でベッドへと近付く。そして、布団をむんずと掴むと、二人で一気に引き上げた。

 

「オーフェン覚悟――て、あれ?」

「いませんわね?」

 

 いつもならば上半身裸で惰眠を貪るチンピラ然とした男がいる筈なのだが、何故かどこにも居なかった。ただ、空のベッドがあるだけである。

 

「おっかしいな……今日こそは、奇襲成功すると思ってたのに」

「ほー……何か嫌な予感したと思ったら、そう言う事か」

 

 ぎくり、と背後から聞こえた声に二人は身を竦ませる。そろりと振り向くと、そこには寝起きだったのだろう、シャツにジーパンだけを身につけたオーフェンが居た。にやりと皮肉げな容貌を歪ませている。

 全く音も気配もしなかったのは、いつもの事だ。このボディーガードは、いつも音も気配も消して近付く。本人は無意識に行っているようではあったが。

 

「で? こんな早朝に、お前ら何しに来た」

「ええと……」

「起こして差し上げようと思いまして……」

「ほぅ、人を起こすのにお前達はCADを着けるわけだ?」

「「う……!」

 

 二人の左腕に鈍く光るは汎用型CADだ。そこに展開されている起動式から、なんとなくオーフェンは構成を読み取る。

 準備されている魔法はサイオン弾だ。二人が二人ともそれを用意している。とりあえずそのままと言う訳にもいかないので、オーフェンは即座に構成を編んだ。

 

「我抱き止めるじゃじゃ馬の舞」

 

 破裂したような幻聴と共に、二人の魔法が無効化される。この魔術構成を中和する構成は、この世界における高レベルの対抗魔法に匹敵する威力を有していた。

 オーフェンは起動式や魔法式を構成として読めるので、中和はさほど苦にならない。魔術構成と比べると、起動式はそれ程複雑でもない。

 

「全く、この嵐を呼ぶお転婆姉妹共め。贅沢は言わないから、もうちょっとおしとやかになってくれると助からんでもないぞ」

「ちょっと、お転婆って……!」

「心外ですわ!」

 

 そこまで言われて、流石に二人はオーフェンに詰め寄る。だが、彼は半目のままだ。ぎゃいぎゃいと五月蝿い二人を無視して、空を仰ぐ。まだ日も上らぬ空は薄暗いままだ。それを見て、なんとなしに予感する。

 

(今日も一日、静かに過ごせそうにないな。こりゃ)

 

 それは、昨日の挨拶の段階で既に分かりきってる事ではあった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 双子に起こされ、十分後。オーフェンは七草邸の庭で、その双子と向き合っていた。

 真由美の専属ボディーガードであるオーフェンだが、それとは別に七草家当主の弘一から、娘達の家庭教師も頼まれていた……実戦形式のものをだ。

 真由美は夕方から。そして双子は主に朝に稽古を付けている。戦闘訓練と言う程に激しいものでは無いが、実戦形式の稽古となると、オーフェンが採れるものは二つだ。魔法制御訓練と、魔法を使用した模擬戦だ。そして今は後者の時間だった。

 

「よし来い」

「言われなくても!」

 

 香澄が声を大にして言ってくるが、いちいち答える必要は無いだろうにとオーフェンは苦笑する。

 腰を落とし、重心を下げた。それだけ、それだけがオーフェンの戦闘姿勢だ。両手はフリーにする。

 それを見て取ってか、香澄が一気に高速で突っ込んで来た。移動、加速の複合魔法だ。

 中和構成で高速移動をキャンセルしてやる事も可能だが、あえてオーフェンはそれをしない。突っ込んで来た香澄の右掌を、左手で素早く捌き、後退する――しながら瞬時に構成を編み上げ、解き放った。

 

「我が指先に琥珀の盾」

 

 呪文の通りに、オーフェンが指し示す先の空気が硬質化する。それは香澄の足止めとなる。そして、言葉通り盾にも。

 香澄が後ろに下がると同時に、動かなかった泉美が魔法を放って来た。風の系統魔法か。しかし、硬質化した空気は風の打撃を防いでのける。

 この双子は、香澄が前へ、泉美が後ろと言うスタイルがある程度出来ている。七草は苦手な魔法が無いと言う特徴があるのだが、この双子も例に漏れず得意、不得意は無い筈だ。

 それにも関わらずこのスタイルなのは、単純に本人達の気質だろう。

 オーフェンは後退を止め、魔術を停止させる。それを見計らったように香澄が再びの高速移動。だが、今度はオーフェンも前に出た。香澄は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに打撃を放って来る。

 しかし、オーフェンの防御は崩せなかった。掌は捌かれ、肘は受け止められ、蹴りはなんなく躱される。接近戦における技量差はどう考えても明らかだった。

 しかもオーフェンは、攻撃を放っていない。この模擬戦において、オーフェンは一切の打撃と、致命的な攻撃を自ら封じている。双子はそんなハンデは要らないと訴えるのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

 それを証明するように、香澄の打撃は尽く凌がれる。泉美の援護すらも適度に放った防御魔術が防いでいた。

 次第に焦れた香澄は、一気に後退する――と見せかけて、再び高速で迫った。フェイントだ。これで、オーフェンの防御を抜けるつもりだった。

 そんな香澄に彼は苦笑すると、足元から小さな石を蹴り上げた。それはちょうど、彼女の高速移動魔法の終了座標へと飛ぶ。慌てたのは香澄だ。思わず、目の前に現れた石を掴んでしまう。

 しまった――そんな顔をした彼女に、オーフェンは体を落とす。

 高速移動からの近接攻撃は、奇襲が主な目的だ。だが、このようにタイミングを逸らされた場合どうなるか。香澄は身を持って、その答えを示す。

 香澄の着地点を狙って放たれた足払いは、彼女を鮮やかに宙に舞わせた。それを見届けもせずに後方に小さく跳躍する。

 

(威力は最小、範囲も最低、構成を余裕を持って編み上げる――)

「我導くは死呼ぶ椋鳥」

 

 ぶあっと、オーフェンが指差した先から破壊振動波が香澄へと収束する。

 本来なら致命的な一撃ともなる振動波だが、当然オーフェンは威力を最低にして編んでいた。直撃しても、せいぜい衝撃で吹き飛ぶくらいか。

 転倒した香澄にこれを防御も回避もする手段はない。だが、振動波は寸前で防がれた。これは領域障壁か。

 

「香澄ちゃん!」

 

 叫び、障壁を展開した泉美が香澄へと駆けて来る。受け身をとった――そのくらいは当たり前だが――香澄はさっと立ち上がった。

 

「サンクス、泉美。やられちゃうかと思ったよ」

「ええ、でもまだ――」

 

 と、そこで双子はぎょっと、前に振り返った。そこには当然、オーフェンが居る。着地した彼は、悠々と構成を編み上げ、両手を天へと掲げていた。

 

(……三秒。こんなもんか)

 

 実はオーフェン、双子に黙っているのだが、後もう一つの制限を自分に課していた。

 それは魔術を連続で使う際、三秒程待つと言うものだ。

 魔法実技試験でも明らかだが、魔法式の出力プロセスはおよそ半秒以下が実用レベルとなる。オーフェンはこれより遥かに速く魔術構成を編み上げる事が出来るが、学生レベルだと次の魔法行使まで(どの魔法を使うかの思考時間含む)、ある程度時間が掛かるのだ。それがオーフェンの体感で、大体三秒程。まぁちょっとしたハンデである。双子には怖くて言えないが。

 三秒と言う時間をたっぷり掛けて編み上げた構成を、オーフェンは容赦なく叩きつける。

 

「我打ち放つ巨神の鉄槌!」

 

 直後、ドーム状に展開された障壁が確かに凹んだ。巨大な重力フィールドが上空から押し寄せ、障壁を押し潰さんとしているのである。さしもの双子も、これには絶句した。

 障壁はぎしぎしと軋みを上げている。いつ破られるか分かったものではない。

 二人は顔を見合わせ、すぐに頷いた。これを破り、勝利する為には切り札を使う必要がある。

 

「泉美!」

「ええ、やりましょう」

 

 だが、その決心はあまりに遅すぎた。オーフェンはなるたけ遅く、一、二、三と数える。右手を軽く上げた。

 

「ボクがシュート」

「わたくしがブースト」

「じゃあ――」

「ああ、二人とも。これは忠告だが、端っこに寄ってろ」

「「?」」

 

 唐突なオーフェンの忠告とやらに二人は怪訝な顔となる。しかし構わず、彼は手を振り上げた。

 

「真ん中、ぶった斬るから」

「「つ――――!?」」

 

 その言葉にようやく彼が何をしようとしているか悟り、二人は障壁の端に逃げる。同時に、オーフェンは手を地面に沿って振り放った。

 

「我撫でる――獅子の鬣!」

 

 手の動きに従うように地面を衝撃波の刃が走る! それは迷い無く、障壁も重力フィールドも真っ二つに斬って炸裂した。

 どぉぉぉぉん、と重い音と共に爆風が立ち込める。その中をオーフェンはふっと哀愁漂う顔で頷いた。

 

「勝利とて……虚しいものだ」

「「ひーとーごーろーしー……!」」

 

 そこはかとなくアンニュイな雰囲気を出していると、土煙りの中を、薄汚れた双子がよろよろと歩いて出て来た。こちらを恨めしそうに見る二人に、オーフェンはさも心外と肩を竦める。

 

「おいおい人聞きの悪い事言うなよ。怪我一つ無い筈だろ?」

「そう言った問題じゃなーい!」

 

 ついに堪忍袋の緒を切ったのか、香澄が怒鳴り声を上げた。泉美でさえも、睨みつけて来る。

 

「もうちょっと手加減してくれてもいいじゃない! こんなボロボロにしてさ!」

「今日は平日ですのに、こんなに汚すなんて、ひどいですわ……!」

「あのな、汚れた程度で済むくらいに手加減してるんだぞ、こっちは」

 

 苦笑し、怒り続ける双子を宥める。しかし、あまり効果はありそうに無かったので、続けようとして。

 

「大体だな、俺が手加減抜きでやったら――」

「おはようございます黒魔術士殿ォォォォォォォォ――――!」

「我は放つ光の白刃!」

 

 聞こえて来た声に咄嗟に編み上げた光熱波を叩き込む! 本日二度目の爆発が、庭を震わせた。

 手加減抜きの魔術を見せられ、双子が冷や汗を流す中、にょきっと直撃した筈のキースが無傷で起き上がった。

 

「何故です?」

「ああ……俺はまた無駄な事を……」

 

 この執事に光熱波なぞ食らわせてもダメージ無しと分かっていながらも、放たざるを得ないこのジレンマ。

 ともあれ気を取り直すと、オーフェンは双子と共に迷惑執事の名を欲しいままにするキースに向き直った。

 

「で、何の用だ?」

「いえ、朝のご挨拶を申し上げただけでございます」

「……カスミとイズミにはいいのか?」

「お二人は、先程挨拶をさせて頂いております。……黒魔術士殿の部屋に、お二人が入る直前に」

「止めんかい!」

 

 やっぱりかと思わなくも無いが、どちらにせよどうしようも無い。オーフェンは頭痛を隠して、キースに問い直す。

 

「他には?」

「ご当主がお呼びになられております。例の件でしょうな」

「……またか。懲りないな、コウイチも」

「我が主の性でしょう。で、いかがしますか?」

「すぐに行くと伝えといてくれ」

「承知しました。では」

 

 言うなり、キースが羽ばたくかのような音を鳴らして空へ舞い上がる。……重力中和の構成が見えなかったのは、魔術を使ってないからだろうが、だからどうやって飛んだのか、については気にしない方がいいのだろう。

 それに、弘一の呼び出しとなると、さらに頭痛が酷くなりそうだった。朝一から厄介な事である。

 

「さて、じゃあ本日はここまで。さっさとシャワー浴びて制服に着替えな」

「「は〜〜い」」

 

 最早怒る気も失ったのか……キースが来るとそうならざるを得ないのだが、双子はとぼとぼと七草邸に入っていく。それを見送りながら、オーフェンは嘆息を漏らした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やぁ、オーフェン。よく来てくれた。娘達の世話を見てくれて、疲れたろうに――」

 

 部屋に入るなり、労いの言葉を掛けて来る。一見、エリートサラリーマンのような外見の壮年の男性だ。

 この時代には珍しい眼鏡を掛けているが、これは義眼を誤魔化す為らしい。ともあれ、オーフェンは部屋に入ると頭を下げた。

 

「おはようございます。ご当主――」

「やめてくれ、オーフェン。君に敬語を使われるとむず痒くなる」

「……対外的に敬語を使う練習くらいはさせろよ」

「それは余所でやってくれ」

 

 七草弘一。七草家当主の男だ。オーフェンの雇い主でもある。そして、もう一つ。

 

「で、どっちの用件だ?」

「まずは娘達の家庭教師としてからで行こう。香澄と泉美は、どんな仕上がりだ?」

「年齢を考えれば上等だろうな。同年代であの二人と対等にやれるのは日本国内じゃ十師族くらいなもんだろ」

「だが、何事も例外はある――そうだな?」

「否定はしない」

 

 十師族は最強たれ。その思想は理解出来なくもないが、あまりに閉塞過ぎる考えでもある。まだまだ魔法は黎明期で発展途上だ。今からそれでは先が思いやられると言うものだ。

 

「出来るなら真由美同様、君の魔術構成を翻訳した術式を二人に与えて欲しいのだがな」

「却下だ。あの二人にはまだ早い。そもそも、翻訳に成功した魔術構成はまだ多くもない。天世界の門の報告に毎度上げてる筈だが?」

 

 黒魔術をこちらの世界の魔法で再現する。それは、天世界の門として一つの活動事項でもあった。

 翻訳に成功したのは、光熱波と空間振動波。それにいくつかの魔術構成だ。

 そして真由美には魔術的な制御法と共に、最難度構成を一つ伝授している。まぁ、これは秘密なのだが。

 

(まさか、それを知っててと言う訳じゃないだろうな)

 

 分からない。だが、どちらにせよ知るつもりはオーフェンに無かった。弘一はいかにも演技臭く、頭を振って見せる。

 

「君が提供した魔術構成をこちらでも翻訳しているが、流石に複雑過ぎる。よくあんなものを平然と編めるものだ」

「慣れだな。それより、主題はそれじゃないんだろ?」

 

 さっさと本題に入れ。言外にオーフェンは言い放ち、弘一がフっと笑う。

 建前が長いのは、やはり部下のクレイリーを連想させた。しかし、上辺は似ていても本質は真逆である事も理解していたが。

 

「ああ、君の魔術と呼ばれる能力を、我が家は欲しい」

「……やっぱり、その話しか」

「真由美は気に入らないか? なんなら香澄か泉美でも構わないが」

「ふざけるな、と言っておこうか」

 

 うんざりとして、オーフェンは弘一にそれ以上言わせない事にした。

 先程オーフェン自身が言った通り、魔法師は未だ発展途上にある。そして、魔法の才能は遺伝する。これは数十年前から明らかになっている事だった。

 ならば、七草としてオーフェンの遺伝子を求めるのは至極当然と言えた。

 つまりこの男は、オーフェンを三人の娘と結婚させようとした訳だ。本来、自分の娘より年下の娘達と。流石に冗談ではない。

 

「俺は既婚者だ。これは前も言ったぞ」

「種だけでも構わない、とも言ったが?」

「だから、ふざけるなと今、言ってるんだ。俺にその気は無い」

 

 きっぱりと拒絶を告げる。この件については、如何なる条件を齎されようと首を縦に振るつもりは無かった。

 そんな気になれないのも一つだが、後もう一つ切実な理由がある。オーフェンは魔術士だ。当然、その血には天人、ウィールドドラゴン・ノルニルの血が混ざっている。その血を、この世界に残すつもりはさらさら無い。

 翻意する気が無いオーフェンに、弘一は大袈裟に肩を竦めて見せる。

 

「まぁ、気長に待つとしようか。さて、では次だ」

「今度はそっちか」

「七草の当主として、”天世界の門の最スポンサーとして”、だ。分かるな?」

 

 分かりたくも無かったが、頷くしかない。スポンサーが組織運営にどれだけ大事かは、オーフェンも二十年来で身に染みている。

 現在、七草は天世界の門の最大のスポンサーとなっているのだ。資金提供と、装備面での協力の見返りは、先にも言った魔術構成をこちらでも使えるようにする魔法式の開発。そして。

 

「我等が天世界の門は、一年前から賢者会議と紛争中にあるが――遺産は、手に入らないか」

「あれ程の大物、そう簡単に入手出来てたまるかよ」

 

 一年前。偶然、賢者会議の存在を知ったオーフェンは、当時の敵を打ち倒し、遺産を手に入れている。

 ノルニルの遺産。天人種族の沈黙魔術兵装だ。それはオーフェンにより魔術文字の解析が完了し、情報は七草に提供されている。

 だがそれ以来、沈黙魔術兵装はとんと見られ無かった。オーフェンが日曜大工のノリでいくつか再現したものはあったし、現在の科学技術と沈黙魔術の再現によって生み出された”鎧”もあるにはあるのだが。

 

「あの鎧も、君以外には使いこなせないのがな……もっと使いやすくは出来ないのか?」

「それは量産を考えてる、て事か?」

「無論、そうだ。あれ程の代物、試作品一つでは勿体無いだろう」

「コウイチ。何故、そんなに力を求める?」

 

 唐突に、オーフェンは話題の転換を図った。弘一の眉がぴくりと動いたのを確認しつつ、続ける。

 

「そんなにも四葉と対峙したいのか?」

「四葉? 彼女達なぞ意識してすらいないさ。七草には、君とスクルド”様”と言う絶対の切り札がある――」

「天世界の門は、七草の私兵じゃない」

 

 ぴしゃりと言ってやる。そもそも彼等ではなく彼女達と言ってる時点で、意識してないは強がりに過ぎない。

 

「七草は確かにスポンサーだ。だが、それだけでしか無いのも理解しておけよ」

「もちろん、理解しているさ。しかし、君達は七草に火が及べば力になってくれるのだろう?」

「七草に正当な理由と、専守防衛に限るのならな。後は知った事か」

 

 あくまでも七草と天世界の門は、利害の一致を見た関係に過ぎない。私兵になるつもりは、毛頭無かった。

 

「俺達は誰も支配しないし、誰にも支配されない。それが、天世界の門としての最後の責任だ」

「そんな無垢が、いつまで通じるかな?」

「通じる所までは通じさせるさ。無理矢理でもな」

 

 そこまで言って、ようやくこの話しは終わりとなったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 入学式から三日目、司波達也は早くも行動を共にするグループが出来上がりつつあるのを理解していた。

 自分、司波達也と千葉エリカ、柴田美月、スクルド・フィンランディ。そして、オリエンテーション前に友人となった西城レオンハルト。この五人で固まって行動する事が多くなっていたのである。

 さて、そんな五人が専門過程の見学を終えた放課後。達也は目の前の光景に嘆息する事となった。

 

「お兄様……」

 

 妹である司波深雪が、困惑と不安を視線に混じらせて自分を見る。そんな彼女に達也は、静かに頷いた。

 

「謝ったりするなよ、深雪。これは、お前のせいじゃないんだから……誰のせい、と言われても困るけどな」

「はい……」

 

 それでも申し訳なさそうな顔をする事は、止められない。

 達也は元気づける為に肩をポンと叩いてやり、前を見る事にした。深雪も、そちらに向き直る。

 兄妹が見る先では、一触即発の雰囲気で睨み合う新入生の一団が居た。片方は、深雪のクラスメイト。そしてもう片方は、言うまでもなく、美月、エリカ、レオだった。

 達也は思う――何故、こうなったのかと。いくつかの要因は、この事件の前にもいくらかあったが――。

 

「いい加減にして下さい。深雪さんは、達也さんと一緒に帰ると言ってるじゃありませんか。あなた達が文句を言う事じゃないでしょう?」

 

 

 兄妹で帰る事の何が悪い? そんなごく当たり前の事を、険しい表情の美月は懇切丁寧に言う。それは逆に、そんな当たり前の事も分からないのかと言外に告げていた。

 深雪のクラスメイトも、それが分からないでもないのだろう。だが、一度言い出した我が儘は、子供じみた意地で引っ込みがつかない。それが、見下している二科生(ウィード)に言われたとあっては尚更だった。

 

「僕達は、彼女に相談があるんだ!」

 

 声を大にして男子生徒が叫ぶ。しかし、それはあまりにも理由になっていなかった。

 さて、何故こうなったのかと言うと、それは放課後、深雪を待っていた達也と三人(スクルドは真由美とオーフェンと待ち合わせがあるらしく、放課後に別れていた)に、深雪にくっついて来たクラスメイトが難癖を付けたのが発端だった。

 要約すれば深雪は自分達と一緒に帰るべきだ。例え兄妹と友人と言えど、雑草と居るべきでは無い――だ。

 この時点で、達也は彼等から意識を除外し、深雪のご機嫌取りに走った。そうしなければ、ここら一帯が凍り付きかねないからだったのだが、そうこうしている内に、気付けば、対立は深刻な状況となっていたのである。

 どこから間違っていたのかを考えてみるが、むしろ必然かもしれない。一科生と二科生。在校生ならともかく、新入生にまだその差は、明確な区別となって現れていた。

 

「相談だ? そんなもんは自活中にやれよ。そんな事も出来ないのか、お前ら」

 

 呆れたように男子生徒の言い分を西城レオンハルトこと、レオが笑い飛ばす。

 それに便乗してか、やれやれと分かりやす過ぎるジェスチャーをエリカは見せた。

 

「そもそも、深雪の同意とったの? まさか、自分達の言い分は百パーセント聞いてくれるとか思ってないわよね? 高校生にもなって。そう言うの、何て言うか知ってる? ……自分勝手って言うのよ。良かったわね、勉強になって」

 

 一切の容赦が無い皮肉は、挑発となってクラスメイト全員に告げられた。流石に、これにはカチンと来たのか、男子生徒が見るからに顔を真っ赤にしている。あれは、そろそろマズイ。

 

「うるさい! ウィードごときが……! お前ら、アレだろ? 特別講師とやらの挨拶で、ちょっと調子に乗ってるんだろ? 勘違いするなよ、立場を弁えろよ劣等生!」

 

 すっと、エリカの目が据わる。レオも肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべはじめた。

 エリカとレオは、オーフェンの挨拶に懐疑的であった。言ってる事は分かるが、あまりに無茶な言い分だと。

 達也は、オーフェンが何を言いたかったのかを裏の意味も含めて正確に理解したので、そうでも無かったが、それでも何か感じ入る所はあったのだろう。二人は静かに怒りはじめていた。そしてもう一人、オーフェンの挨拶に感銘を受けていた少女が爆発した。

 

「勘違いって何ですか……? オーフェン先生が何を言ったのかも知らない癖に!」

「はぁ? 知るかよそんなもの。どうせ、一科生(ブルーム)に負けるなとか、そんなんだろ? 出来る訳が無いのに――」

「違います! オーフェン先生は、魔法は特別なものじゃないって、それだけが全てじゃないって言ったんです。それに、魔法は自分の半身だって、だから扱えるようになって当たり前だって言ったんです……!」

 

 そっと、眼鏡に美月は触れる。霊子放射光過敏症。その体質と向き合う為に魔法科高校に入学した美月は、オーフェンの挨拶に感激した。それは、彼女にとって天啓とも言えるもの。そして、彼はこうも言っていた。

 

「同じ新入生じゃないですか……! 同じ半人前じゃないですか! あなた達と私達に、学校の成績以上の違いがどこにありますか!?」

 

 君達はどこまで言っても半人前なのだと。半人前だからこそ、立場も関係無しに、学べる所から学べと。そこに、たかだか成績の違いなんて無いのだと。そう、言っていたのだから。

 だが、美月の訴えは新入生の一科生にとって、受け入れ難いものだった。決して、認められないものだった。

 自分達は一科生だ。魔法科高校と言う社会に認められた、言わばエリート。つまり、彼女達より明確に上なのだ。そんな下の奴らが、自分達と同じなぞ、認められる訳が無い。

 そう、”思い込んだ”彼等は、最早自分達を止められなかった。明らかにキレたのだ。男子生徒が怒りの形相で静かに呟く。

 

「同じだと? 俺達と、お前達が? ふざけるな! なら、その違いを見せてやる――!」

 

 叫ぶなり、男子生徒がCADを素早く抜き放つ。銃型のCAD、特化型だ。それをよりにもよって美月へと差し向ける。これに、レオがまず動いた。横合いから美月の前に出て、向けられたCADを素手で掴み取ろうとする。

 

「お兄様!」

 

 深雪が叫ぶ前に、達也は右手を伸ばしていた。一瞬だけ、想子の光が灯り――だが、すぐ消えた。必要無かったからだ。何故なら。

 

「――ダサ」

 

 本気で失望したような声と共に、光が一閃する。それは、男子生徒のCADをこれ以上無い程に、鮮やかに弾き飛ばした。

 呆然とする男子生徒とレオの前で伸縮警棒を振り抜いた姿勢でいるのはエリカだった。彼女は、どこまでも冷たい視線を男子生徒に贈る。

 

「呆れたわ、いくらなんでも。こいつや、あたしならともかく、美月に魔法使おうだなんて。あんた男の風上にも置けないわね。いっぺん、生まれ変わって来たら? 何なら手伝ってあげる」

「……っ!」

 

 先とは違う、凍りつくような殺気を向けられて、男子生徒が声にならない悲鳴を上げ、呆然となった。

 振り抜いた伸縮警棒の先で、レオが何か言いたそうな顔をしていたが(警棒はCADを掴もうとした彼の手の寸前で止まっていた)、空気を読んだか、何も言わない。そして――。

 

「お待ち下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 ……全てを台なしにする声を、その場全ての人物が聞いたのだった。

 

 

(入学編第七話に続く)

 




キースゥゥゥゥ! なラストを叫びたくなる第六話終了です。
おい、緊張感ラストで吹き飛んだぞ……?
恐るべしキース。次回、何をやらかすか、お楽しみにです。
ではでは、次回またお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第七話「はっきり言って、迷惑です!」(By柴田美月)

はい、入学編第七話です。
キース再びと書くと、怪人再びを思い出して仕方ないですが、ギャグパートのあの方みたいなもんですし、まぁいいかなと(笑)
では、どぞー。


 

「お待ち下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 ぱぱぱぱー! と、ファンファーレが高らかに鳴り、銀髪のタキシード姿の男が姿を現す。両手に、何故か『千』と『森』と書かれた旗をぱたぱたと振っていた。

 魔法科第一高校が誇る(審議中)、七草真由美の名物執事、キースだ。彼を見るなり、達也は夕暮れの空を見上げる。

 ああ、春の夕暮れは少しばかり肌寒い。けど、何故心に来るのだろう。

 

「あの、お兄様? 何故唐突に空を?」

「深雪……俺もな。現実を受け入れられない時はあるんだ。そんな時、つい逃避したくなる」

「はぁ」

 

 あまり理解出来なかったらしく、曖昧な返事を返す深雪。そんな愛すべき妹に、達也は染まっていないと安堵した。

 それはともかく、現実逃避も続けてはいられないので前を見る。キースは、エリカとCADを弾き飛ばされた男子生徒の中間に到着していた。

 ところで大分前から気付いてはいたが、あの男子生徒は森崎家の男ではなかろうか。確か、森崎駿。

 エリカと彼は、今まで敵対していただろうに、全く同じ表情を浮かべていた。明確な警戒だ。

 

「お、お前入学式の時の……!」

「また何かしようっての!?」

「いえいえ、ただ私は判定をしに来ただけの事です」

「判定?」

「はい」

 

 あの旗の意味はそう言う意味だったのかと、達也は諦めて悟った。いちいちツッコミを入れていては保たない。その確信がある。

 

「あの、お兄様。あの方なのですが、どうやってファンファーレを鳴らしていたのでしょう?」

 

 ……そう言えば、キースは一人である。誰も連れて来てはいない。そして、両手は旗を持っていた。録音機器でもない限りは、あんなもの鳴らせはしない。

 

「小キースじゃないだろうか?」

「え? あのロボットがまた?」

「いや、あの執事が似たようなものを出したのかと」

「やだもう、お兄様ったら、こんな時に冗談を」

 

 冗談じゃなく半ば本気なんだ、とは流石に達也も言い出せ無かった。

 そんな兄妹の微笑ましい会話(?)の最中、キースはエリカと森崎を難しい顔で交互に見て、ついに片方の旗を振り上げた。そこに描かれていたのは、『千』の一文字!

 

「判定! 千葉エリカ様!」

 

 次の瞬間、何の脈絡も無しに森崎が立っていた石畳が、ばたんっと開いた。当然、上に居た彼は落下を開始する。

 

「うぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 ――悲鳴は、長く、長く続いた。そして開いた時と同様、やはり前触れなく閉まる。

 一同無言の中、ただキースだけがはらはらと涙を流しつつ、旗を振ってエリカへと近づいた。

 

「おめでとうを言わせて下さい千葉エリカ様……」

「い、いや待って、待ちなさい。あの落とし穴、どうやって作ったの? それにさっきの奴は?」

「敗者のモブ……そう、モブ崎様などに構う必要はありません」

「モブ崎って、ひどいなあんた」

 

 レオがツッコむが、キースは相手にしない。モブ崎のクラスメイトが「森崎ィィィィィィィィ!」と叫んでいようと、無視して話しを進めようとする。

 

「おっと、最初の質問の回答がまだでしたな。実は、この第一高校。私が作り上げたトラップ満載でして」

「トラップ満載って……冗談でしょ?」

「おや、お疑いになられる? では、証明しましょう」

 

 バタンっ!

 

「わひぃぃぃぃ!?」

「おいおい!?」

 

 今度はエリカの足元で落とし穴が開くが、危うい所でレオが掴み上げた。

 落とし穴の中を見るが、底はどう見ても見えない。どんだけ深いのか。

 

「とまぁ、このように」

「こ、このよーにじゃないわよ! 殺す気!?」

「そんな……! 私はただ、退屈な学校生活にちょっとしたスリリングをお届けしようとしただけですのに!」

「どこがちょっとだどこが」

「ぽちっとな」

「ぬぉわぁ!?」

 

 次はレオの番だった。しかし、エリカの事もあって、なんとか縁に掴まる事に成功する。そんな彼を見て、一同はぞっとキースを見た。

 

「まさか、この辺落とし穴ばっかとか」

「はっはっは、まさか。そんなに落とし穴を作れる訳が無いでしょう?」

「そ、そうだよな? は、ははは」

「そうですとも。後は、超爆裂最終トラップ地雷が埋め込んであるだけです」

『『余計タチ悪いわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』』

 

 何と言う恐ろしい執事なのか。他人のフリを決め込んでいた達也もついツッコミを入れてしまい(深雪は例のごとく、「お、お兄様が、お兄様が!」とか言っていたが)、直後に後悔する。何故なら、キースが一瞬こちらを見た気がしたから。

 

(ま、まずいか?)

「さて、では話しを戻しましょう。千葉エリカ様。勝者として、一つご相談がありまして」

「そ、相談?」

「ええ」

 

 にこやかに頷くキースとは対称に、いかにも関わりたくないと、エリカがじりじり下がる。しかし、一向に距離が開かない。キースが何気に爪先で近寄っている。

 

「こ、断ったら?」

「その場合は特典として、私が一週間ばかり貴女の執事となりましょう」

「聞くわ! 今すぐ聞く。何でも言って!」

 

 あの勝ち気なエリカが二つ返事で頷かされるとは、恐るべしキース。しかし、そこで意味ありげに彼はこちらを見て来た。これは、ヤバい……!

 

「……じゃあ深雪、そろそろ帰ろうか」

「え? お兄様?」

「つきましては、そのご友人の新入生殿改め司波タツヤ殿に代わって頂くと言う手も」

「司波くん! 貴方に託すわ!」

「千葉さん、俺を売ったな……!」

 

 思わず呻くが後の祭りである。キースはこちらへと何の挙動もなく近付いていた。

 

「では、司波タツヤ殿。ご相談をさせて頂きます」

「今日も明日も明後日も、ついでに三年間みっちり忙しいので断ります。さ、行くぞ深雪」

 

 そういって、踵を返すと皆を置いて帰ろうとする。エリカが縋るような目を向けていたが、こればっかりは致し方無いだろう。許せよと心の中で謝り、歩きだそうとした所で。

 キースがどこから取り出したのか、ウクレレなんぞを持ち出した。

 

「うらぎりものの〜〜♪ うらぎり〜〜♪ うらぎっちゃうのですね〜〜♪」

 

 ウクレレを掻き鳴らしながら妙な歌を唄う。それはどんな原理か、校内放送をあっさり乗っ取ってどこまでも響いて来た。

 達也が立ち止まり、ぷるぷると震える。それを見て、はっと気付いたとばかりにエリカも唄いだした。

 

「うらぎりもの〜〜♪ 司波くんが〜〜うらぎり〜〜♪」

「お、おい?」

「エリカちゃん?」

「ばかっ、気付かないの? ここで司波くん逃がしたら、どうなるか……?」

 

 そこで、レオと美月もエリカの意図を理解する。ここで達也を逃がせば、必然この執事は自分達へと厄介ごとを回して来ると。

 だが、友人となったばかりの達也一人に果してこの迷惑執事を押し付けていいのか? 二人は――否、その場の新入生は一瞬悩み。しかし、ウクレレをついに激しくじゃんかじゃんかと鳴らしまくりだしたキースを見て、覚悟を決めた。世に人はこう言う。背に腹は変えられないと。

 

『『司波くん、うらぎっちゃうの♪ うらぎっちゃうの♪ うらぎっちゃうの♪』』

 

 ぎりぎりと達也が歯ぎしりする。自分にチャンスでも与える心地で、ついに達也は振り向いた。そこを逃さず、皆が大合唱する。今ここに、一科生、二科生の区別は無い。あるのはただ一つ。キースに関わりたくないと言う、切なる願い!

 

『『うっらっぎっり♪ うっらっぎっり♪ 司波くんの、うっらっぎっり♪ あと〜〜もの〜〜♪』』

「あ――! もう、分かった! 分かったからその歌止めてくれ!」

 

 ようやく達也がツッコミを入れ、皆はぴたりと唄うのを止めた。達也は真っ直ぐにキースへと駆けると、胸倉をぐらしっと掴み上げる。

 

「こう言うのは反則だろう? そう言うものだろ……!?」

「だって」

 

 そんな達也に辛いものを見るように目を逸らし、キースはぽつりと呟いた。

 

「裏切ったくせに」

『『裏切ったくせに――――!』』

「外野うるさいぞ! くそ、こうなったらもういろいろ知った事か。俺の力全てを使って抗ってやる……! 決着付けるぞ、執事さん!」

「決着、ですか?」

 

 ついに愛用のCAD、『トライデント』二丁を取り出して構える達也に、キースの目がすっと細まる。

 ついに本気を出すのか、と達也のみならず、皆が息を呑んだ――所で、ふっとキースはかぶりを振った。

 

「やめましょう、タツヤ殿。だって痛いの怖いですし」

「あ・ん・た・と・言・う人はぁぁぁぁ……!」

 

 がっくりと、全員が肩を落とす。中にはコケている者も居たが、構わず再び達也はキースに詰め寄った。

 

「楽しいか!? 人の決意やら決心やらを、グダグダにするのがそんなに!?」

「そうは申されましても……裏切ったし」

「くそ、殺したい」

 

 このトライデントで『分解』かましてやれたら、どんなに気が楽か。しかし、先程は思わず使っても構わない気でいたが、本来は軍事機密の魔法だ。こんなつまらない事に使っては言い訳も出来ない。

 長く、長く息を吐いて、達也は自分を落ち着かせると、トライデントを制服下のホルスターにしまった。そうしながら、ちらりと横を見る。

 

「……ところで深雪、なんで、お前まで唄っていたんだ?」

「い、いえあの……『お兄様の裏切り者』と唄い出すと、何故か止まらなくなってしまいまして……」

 

 申し訳ありませんと頭を下げる妹に、達也は深々と嘆息した。何か、深雪にストレスを溜めるような事をしたかなと思うが、ちょっと心当たりは無い。

 まぁいいかと思い直し、達也はキースへと向き直る。

 

「……で? 相談とやらは一体何だ」

「おお、率先して聞いて頂けるとは! これぞ、友情が築かれた証ですな」

「いや、さっさと済ませたいだけだが」

「実は――」

「聞いてないし」

 

 軽やかにスルーして、キースは話しを始める。重ねて否定したいが、無視されるのが分かりきっていたので、黙っている事にした。

 

「実はつい先日、マユミお嬢様の盗撮写真が校内に出回りまして」

「盗撮写真?」

「ええ、着替え写真が数点となります」

 

 盗撮と聞き、女子達が見るからに眉の角度を上げる。思春期の彼女達にとって、盗撮犯とはそれだけで許しがたい存在だろう。

 しかし達也はと言うと、着替え写真の所で、入学式前に、キースと会った時の事を思い出していた。

 あの時、百番目とか何とか言って、こちらに渡そうとした写真。今、彼が言っているのは、きっとあれの事だろう――猛烈に、嫌な予感がした。

 

「先日、全てを没収したのですが、ちょっとした手違いで落としてしまいまして。すぐに回収致しましたが、一枚のみ、どうしても見付からないのです」

「その時に、誰かが拾ったと言う事ですか?」

「ええ、私はそう睨んでおります。例えば、”落とした現場に居合わせ、かつそこに転倒した生徒の胸ポケットなんかに”入っているのではないかと」

「……何か、やけに具体的だな?」

「いえいえ、単なる例えですとも」

 

 レオが疑わしそうな視線を向け、キースが涼し気に首を振る。そして、達也はそれどころでは無かった。

 その条件、完璧に一致するのは自分しかいない。『目』を使って、誰にも気付かれぬように自分の制服の胸ポケットの辺りを確認する。そこに、それはあった。写真と思わしきものが!

 

(バカな……! 朝までは――いや、さっきまで、こんなものは無かった筈だ!)

 

 自分に気付かせずに、忍び込ませたとでも言うのか。

 容疑者は決まっている。目の前の愉快犯執事に違いなかった。そして、その愉快犯執事はいけしゃあしゃあと、今思い出しましたとばかりにこちらを見た。

 

「そう言えばタツヤ殿は、写真を落とした現場に居合わせておりましたな」

「――お兄様?」

 

 すかさず深雪が疑問符付きで振り返る。他の皆もだ。ぞっと、嫌な汗が流れるのを自覚した。

 

「いや、待ってくれ。確かに俺はあの時居たが、だからと言って、犯人が俺と決まった訳じゃ無いだろう?」

「では、少々確認させて下さい。何、ポケットを探るだけです」

 

 やはりそう来たか。キースの返事に、達也は小さく呻く。そんな自分にキースは即座に寄ると、手を伸ばして来た。後ろに小さく後退し、手を避ける。

 

「おや? 何故避けるので?」

「――おにいさま?」

 

 深雪の表情に何故か影が差して行く。目が怖かった。他の皆も、こちらを疑うような目つきで見ている。

 

「いや、そんな急に来られたら、困るだろう?」

「ならブレザーを渡して下されば。確認いたしますので」

「断る!」

「……オニイサマ?」

 

 深雪がひたすら怖い。既に、彼女の周りは凍りつかんばかりに冷えはじめていた。

 他の皆も、CADを持つものは構えている。エリカは半目でこちらを見ているし、レオもやれやれと肩を竦めていた。美月すらも責めるような視線を向けている。

 そして、キースが大袈裟に両手で仰いで見せた。この世の終わりとばかりに。

 

「これで決まりましたな! 犯人が、誰なのか」

「わざとらしい……! 皆、聞いてくれ! 俺じゃないんだ!」

「犯人は皆そう言うのです! さぁ皆様、手を取り合い、巨悪を討つのです!」

「皆、だめ……!」

 

 キースの掛け声をきっかけに、皆が動き出そうとした所で、一科生の女子が彼等に向かって叫んだ。同時に、左手のCADが起動式を展開する。

 

(攻性術式――だが、ただの閃光系の、目くらましだ)

 

 『目』で観て、達也は即座に起動式を読み取った。

 大した魔法では無いが、こんな所での魔法使用は、校則違反どこらか法律違反に成り兼ねない。自分を庇ってくれようとしてくれているのは嬉しいが、このままではマズイ。達也は、対抗魔法を使おうとして。

 ぎょっと、明後日の方へ視線を向けた。その先で観たものは、凄まじい規模の魔法式だった。空間に投影された、魔法式。まるで空一面を覆うかのような、莫大な術式だ。

 しかし、肝心の記述は無茶苦茶だった。全く意味が分からない。まるで無意味で、荒唐無稽な記号の羅列にしか見えなかった。こんなものでは、魔法は発動しない筈――。

 

「我は流す天使の息吹」

 

 だが次の瞬間、凄まじい風圧の嵐が解き放たれる。

 台風そのものを召喚したかのような、無茶苦茶な風圧だ。こんなものを間近で受ければ、自分はともかく、他の皆も、何より妹がただでは済まない。

 達也は無理矢理深雪を捕まえると引き寄せ、胸に掻き抱きながら地に伏せた。

 彼女だけでも、守る。そう決意した直後、”全ては元に戻った”。

 キースは目の前に居るし、他の皆も吹き飛ばされてなんかいない。もちろん、自分達も無事だ。それどころか、桜の花びらすらも吹き飛んでいなかった。これは、どう言う事か。

 

「やれやれ……おいこらキース、何してやがる」

「やっほー、皆、大丈夫?」

 

 そう言って来るのは、案の定オーフェンとスクルドの兄妹だった。そして、その後ろで苦笑しながら二人の女子生徒が進み出る。

 一人はオーフェンの主にして、第一高校の生徒会長、七草真由美。そしてもう一人、ショートの髪の、凛々しい女子生徒。彼女は腕章を引っ張り、皆に示しながら高らかに叫ぶ。

 

「風紀委員だ! 事情を聞かせて貰います……全員動くな!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 抱きしめた深雪を離す達也に、よく通るハスキーな声での宣告。それを叫んだ、恐らく先輩だろう女子生徒は、きろりと周りを見渡す。視線はやがて、迷惑執事のキースへと固定された。

 

「またあんたか……! 入学式からまだ二日だぞ? もう少し大人しく出来ないのか」

「これは異な事を。私は七草の執事としての職務を全うしようとしたまででございます。風紀委員長、渡辺マリ様」

「……との事だが、真由美?」

「私に聞かないでよ。キースのやる事なんて、流石に分からないわ」

 

 どうやら風紀委員長だったらしい。渡辺摩利と言ったか、彼女は真由美に視線を向けると、キースの主である所の生徒会長は首を振った。

 そこでオーフェンとスクルドが、前に進み出る。

 

「いいんだ、マリ」

「オーフェン師……?」

「そこにキースがいたら、大体はキースが事態の元凶って決まってるよー、ね?」

 

 にっこりと笑いながら、オーフェンの後をスクルドが続ける。達也はすぐに頷こうとしたが、キースが再び声を上げた。

 

「なんと……! 黒魔術士殿とスクルド様は、私を疑っていると!?」

「今まで、お前が居て原因じゃなかった事があったか?」

「それは大いなる誤解です! 今回、私は奪われた主の写真を取り返そうとしたまで! その写真を持っているのが、そこのタツヤ殿なのです!」

 

 げ……と、唸るが既に遅い。キースの台詞に、オーフェン達もこちらを見て来た。

 

「タツヤ殿もまだ若い……! あのあられもないマユミお嬢様の写真を盗んだとして、誰が責められましょうか!?」

「写真……? あ、あの時の!」

「そうでございます、マユミお嬢様! あの時、写真を私めが拾い――」

「私が全部拾ったわよ。達也くんには、ちょっと余所向いて貰って。貴方、逃げたじゃない」

 

 ぴしり、とキースが固まる。そう言えばあの時、キースは逃げ出しており、写真は全て本人が拾っていた。その後、真由美に叩かれた頬を冷やして貰ったのだが――当たり前だが、写真を拾うような暇は無い。ここに証人は出来た。

 

「つまり、だ。お前はその時、写真を一枚くすねて、誰かをおちょくる材料にしようとした訳だ? お誂えむきに、タツヤをダシにしてな。誤算だったのが、マユミがその後もタツヤと共に居たって事だな」

「分かりやすいねー」

「……キース?」

「……話しを聞かせて貰おうか?」

「許しません……!」

 

 全ての事情を悟り、皆が一斉にキースを囲む。特に深雪が、凄まじい怒りと共に冷気を放射していた。達也を陥れられたのだ、その怒りは半端ではない。

 それら全てを見遣って、やがてキースはふっと笑う。

 

「おおっと、もうこんな時間ですな! 家の用事がありますので、私はこれにて」

『『逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』』

 

 わざとらしい言い訳と共に、キースが高速で逃げ出す。そこへ、オーフェンをはじめとした皆が魔法をぶちかますも、全てひょいひょいと避けらてしまった。そして、その姿は遥か彼方へと消える。

 

「あー……くそ、あの野郎。マリ、キースの野郎、当分新入生をダシに遊ぶ気満々だろうから気をつけろ」

「我々はオーフェン師を頼りにしてます……!」

「人に押し付けんな!」

「それは良いとして。摩利、こっちも」

「ああ、そうだったな。君達……災難だったな。だが、魔法行使について、あの執事に使ったもの以外、話しを聞かせて貰わなければならない。そう、君だ」

 

 摩利に視線を向けられ、びくっと女子生徒が身を震わせる。そう、彼女は達也を庇おうとして、皆に魔法を使おうとしていた。そこを見咎められたのだろう。

 見るからに怯える彼女に、達也は少しだけ息を吐いた。

 女子生徒が魔法を使おうとしたのは事実だ。それは否定出来ない。だが、自分を庇おうとしてそうしたのも事実だ。なら、達也は彼女に借りがある事になる。借りっぱなしと言うのは、正直嫌だった。だから。

 

「では、ちょっと来て貰おうか――」

「待って下さい」

「ん?」

 

 皆が何も出来ずに固まる中で、達也のみ前に出る。摩利は怪訝な表情で、女子生徒からこちらへと視線を移した。現状、どうすればいいのか、考えを纏める。

 

「彼女は、キースとか言う執事に扇動された皆を止める為に、魔法を使おうとしてくれました。俺を庇ってです。許して頂けませんか?」

「それはそうだが……無断での魔法行使は、違反行為だ。あの執事に対しては大概、正当防衛が成立するので構わないが」

「なら、彼に扇動された彼等に対して使われたものも、そう解釈出来ませんか?」

「……いや、攻性の魔法を使おうとしたのは事実だ。キースでは無く、彼等へとな。これは明確な危険行為だぞ? 解釈は難しい」

「それなら大丈夫です。彼女が使おうとしたのは、単なる閃光魔法。目くらまし程度のものでしたから」

 

 そこで、摩利が驚いたように目を見開いた。まじまじとこちらの顔、いや目を見てくる。周りの皆からも、息を呑む気配が聞こえた。

 

「まさか、展開された起動式を読み取ったのか?」

 

 摩利の質問に、達也は小さく苦笑しながら頷く。

 起動式は、それ単体では膨大なデータの塊に過ぎない。その情報量は、展開した魔法師自身すら、無意識領域で半ば自動的に処理する事しか出来ないのだ。

 それを読み取ると言うのは、画像データを記述する文字の羅列から、画像そのものを頭の中で再現するようなもの。意識して理解する事など、普通は出来ない筈だった。だが、達也はそれが出来る『目』を持っている。とは言え。

 

(オーフェンさんの魔法は魔法式も読み取れ無かったが)

「ええ、実技は苦手ですが……分析は得意です」

「ふむ――オーフェン師?」

「ああ、タツヤの言ってる事に間違い無いな。確かに、閃光魔法の構成だった」

 

 今度は、こちらが驚く番だった。思わず摩利からオーフェンへと振り向く。彼は苦笑しながら、ひらひらと手を振って来た。

 

「それにマリ。ここに居るのは、あいつに慣れてない新入生だ。キースの扇動に引っ掛かるのは、仕方ない部分もあるだろう。これは、解釈可能だと思うぜ」

「慣れてない、ですか?」

「ああそうだ。今回は大目に見てやれよ」

「やれやれ……」

 

 オーフェンの提言に摩利はため息を吐く。今度は微笑を浮かべた。そして、真由美へと振り向く。彼女も一つ頷き、纏めに入った。

 

「今回はキースに扇動されたと言う事もありますが、魔法の行使は起動するだけでも、細かな制限と規則があります。これは、一学期の授業で教わる内容なので、それが済むまでは安易に魔法を使わないように注意して下さい」

「ま、生徒会長もこう言ってる事ではあるし、今回は不問にします。以後、気をつけるように」

『『はい』』

 

 それぞれホッとしながらも一斉に頭を下げる。それに苦笑しながら、摩利は真由美と連れ立って踵を返そうとして、しかし一歩踏み出した所で顔のみをこちらに向けた。

 

「そう言えば聞くのを忘れていたな。君、名前は?」

「……一年E組の司波達也です」

「司波達也か。いいだろう、覚えておく」

 

 そう言って、今度こそは歩きだした。オーフェンとスクルドも、こちらに手だけを振って去っていく。

 それを見届けて、ようやく達也達は完全に安堵した。

 

「いやー、一時はどうなる事かと思ったわね」

「本当だぜ。達也、ナイスだったな」

「先輩方に一歩も引かない司波くん、素敵でした」

「……いくら褒められても、今回の事は忘れないからな?」

 

 あはははと、冷や汗混じりに笑う三人に、ジト目で言ってやる。ついでに、妹にも。

 

「まさか、深雪にも疑われるとは思わなかったな……」

「も、申し訳ありません、お兄様!」

 

 すぐに深雪は深々と頭を下げて来た。まぁ、あの状況証拠揃いまくりな状況で、自分を信じろとも言えなかったので、肩を竦めて話しを終わらせようとする。だが、そんな達也に他の皆、一科生の生徒達が並んだ。どうするつもりなのかと訝しんでいると、彼等は揃って頭を下げた。

 

「済まない、司波――ええと」

「深雪と被るから呼び捨てで構わない。で、いきなりどうした?」

「その、さっきまでの事とか全部含めて、まず謝ろうと思ってな。あんな事を俺達は言ったのに、お前は俺達のクラスメイトを守ってくれたから」

 

 ああ、そう言う事かと達也は納得した。別に彼女を擁護したのは借りを返す為であって、他意があった訳じゃなかったのだが。

 謝罪は謝罪として受け取り、そして一応は言っておく。

 

「彼女も、俺を庇おうとしてくれた。なら、これでおあいこだ。そして謝ってくれたなら、それでいいさ」

「そうか、ありがとう」

 

 随分と素直になったものだ。これも、キースのお陰かもしれないと思うと、やや複雑ではあったが。

 だからと言う訳では無いが、達也は深雪を伴って帰ろうとする。エリカ、レオ、美月もそれに続こうとした所で、件の女子生徒が前に立っていた。

 彼女はもじもじとしていたが、隣の友人だろうか? 別の女子に小突かれて、口を開く。

 

「あ、あの、さっきはありがとうございました。庇ってくれて……」

「いや、お互い様だよ。君こそ、俺を助けようとしてくれただろ? 嬉しかったよ、ありがとう」

 

 微笑つきでそう言うと、彼女はやや赤面して頷いた。ややあって、にこっと笑う。

 

「光井ほのかです。お兄さん、よろしくお願いします」

「ああ、うん。よろしく。でも、お兄さんは止めてほしいな。これでも君と同じ一年生だ」

「そ、そうですね。なら、なんとお呼びすれば……?」

「達也でいいさ」

「し、下の名前ですか?」

 

 達也の提案にびっくりしたように、女子生徒――ほのかは聞いて来る。それに、頷いて見せた。

 

「さっきも言ったが、司波だと何かと深雪と被るだろ? だから、達也でいい……嫌なら、別の呼び方でも」

「い、いえっ! なら達也さんで!」

 

 つっかえつっかえではあるが、ほのかはすぐに言って来た。それに微笑を苦笑へと達也は変える。

 

「それでいい。千葉さんも柴田さんも、達也で構わないぞ?」

「ならそうさせて貰おうかな? 達也くんでいいよね? 私も下の名前でいいから」

「はい、私も光井さんと一緒で達也さんと。私もエリカちゃんと同じで、美月と呼んで下さい」

「あ、わ、私も、ほのかで!」

「……北山雫。私も達也さんでいいかな? 雫って呼んでくれていいから」

 

 慌てて、ほのかも付き足してくる。ついでに、彼女の隣に居た、先程小突いた友人も追加で言って来た。

 まさか、こんなに多くの女子から唐突に名前呼びを要求されようとは。参ったなと思っていると、深雪がにっこりと笑ってくる。

 

「よかったですね、お兄様。こんなにいっぱいの女子からおモテになって」

 

 ただし、目が笑っていなかった。これは後がとても大変そうな気がするが、今は置いておく事にした。

 そのまま、彼女達も達也達に並んで来たので、一緒に帰るつもりらしい。まさか断る事も無いので、何も言わない事にしたが、こうなったらついでとばかりに置いてきぼりになりそうだった、他の一科生に振り向く。

 

「お前達も一緒に帰らないか?」

「……いいのか?」

「ああ、旅は道連れ世は情け、だ」

「帰り道ですけどね」

 

 深雪が優しくツッコミを入れてくれる。それを聞いて顔を見合わせると、彼等もこちらに追いついて来た。一緒に帰る気になってくれたらしい。

 

「しかし千葉さん、凄かったな。起動中のCADをあっさりと」

「まぁね。あんなの軽い軽い」

「凄いね……それ、そう言えばCAD?」

「西城も、無茶するよな。起動中のCAD掴もうとしてたろ?」

「まぁな。魔法実技が苦手な分、頑丈さには自信があってよ」

「鍛えてそうですもんね。憧れちゃうなー」

「じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」

「達也さん、魔工師志望と聞いていましたけど、凄いですね」

 

 わいわいがやがやと、十数人で帰路に就く。その様子は、先程まで険悪だったとは、到底思えない程だった。

 一科生と二科生。そのごくごく一部だけとは言え、こうも仲良くなれるとは。意外に、幸先良い高校生活のスタートが切れたかもしれないと、達也は内心で思った。それは、これからにも期待が持てると言う事。

 いくつか気になる事はある。特にオーフェンだ。彼が使った魔法。それに、ひょっとしたら自分と同じ『目』を持っているかもしれない事などだ。しかし、今はそれを気にしても仕方ない。高校生らしく、青春を謳歌しようと気を取り直した――所で、ふと気付く。誰かを忘れている事に。

 

「……ところで、森崎はどうした?」

 

 ぴたり、と皆がその場に止まった。そう言えば、最初に落とし穴に落ちてから見ていない。今の今まで、すっかり忘れていた。

 汗を全員揃って一つだけ流し、やがて――男子生徒有志――は、拳を握る。そして涙(嘘)を流しながら、天に吠えた。

 

『『モブ崎ィィィィィィィィィィィィ――――――――――!!』』

 

 いや、せめて森崎と呼んでやれよと言うツッコミは、残念ながら誰も入れなかったと言う。

 なお、これは後日の話しとなるが、森崎は落とし穴から脱出後、モブ崎と言われた事にショックを受けるも、それをバネに成長。『一高のスピードトリガー』とまで呼れるようになったとか、ならなかったとか言われたそうな。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 校舎に入って階段を上がった後、オーフェンは何気なく外を見る。そこでは、達也達が慌てて戻って来ている所だった。

 何やってんだあいつらと苦笑しながら、つい前を行く三人に聞いてみる。

 

「あいつ、一体何者なんだろうな?」

「うん? それは司波達也の事ですか、オーフェン師」

「ああ、少し気になってな?」

「まさか、オーフェンって、そんな趣味?」

「アホか。そんな訳無いだろ」

「じゃあ、どう言う意味ー?」

 

 三人が振り向いて興味あり気に見て来る。なので、順番に聞いてみる事にした。

 

「マリ。さっきのだけど、お前にしちゃ結構あっさり認めたな?」

「え? ええ、問題ありました?」

「いや――」

 

 ”問題が無いのが問題なんだ”。それは声に出さずに、次は真由美へと視線を移す。

 

「マユミ。お前も、妙にあいつに馴れ馴れしいよな。……何でだ?」

「え? ええと。ほら、達也くん、弟っぽいから」

「スクルド。お前は?」

「んー、タツヤ自身はどうとも。だけど、なんか妙な感じではあるよね。気付いたら、タツヤの思惑通りにいってるような」

「…………」

 

 それにはオーフェンも無言。また外を見る。そこでは、落とし穴に落ちた森崎を、ようやく救助に成功していた。

 指揮を執っていたのは深雪だが、明らかに達也が助力していた。それが、ここからでも分かる。

 しばらく彼等を見て、オーフェンは真由美達を置いて歩き出した。

 

「まさか、な」

 

 その呟きは、誰に聞こえるでもなく校舎に響いた。

 

(入学編第八話に続く)

 




はい、入学編第七話でした。キースやらかしまくるの図。劣等生原作沿いの筈なのに、そう見えないのは何故かしら?(笑)
ちなみに、今回オーフェンが使ったのは偽典構成を用いた魔術となります。詳しい説明は下でー。

 偽典構成。

 魔王術の根幹を成す、”魔術を使って編まれた構成”の事。その構成は一見複雑怪奇であり、第三者が見ても、莫大量の構成でありながら、どう見ても意味不明、荒唐無稽な記号の羅列にしか見えず、一切の妥協も一貫性も見いだす事が出来ないのが特徴。
 イメージは、「出鱈目な文字列を使って、意味の通じる詩を即興で作る」もしくは「ひとつひとつは意味を持たない色の粒をちりばめ、意味を持った絵を描く」と言う書くだけで頭が痛くなりそうなもの。
 この偽典構成は通常術(普通の黒魔術)とは比較にならない難度であり、しかも魔王術の反動を抑える為の構成も同時に仕組まなければならないので、倍以上の構成を要求される。今回の偽典構成でさえ、達也の目には空をも覆う莫大量の構成として映っている。
 魔王術を使う為の構成であるが、逆にこれを使った通常術の行使も可能。今回使ったのは、それである。ただし、「莫大な力を用い巨大な混沌を引き起こしながら、結果はなにも起こさない」と言う事象となる為、ぶっちゃける、使い所がほとんど無い構成だったりする。せいぜい、脅かすくらいか。

とまぁ、こんな風になります。まぁ、怪我もさせずに頭を冷やさせる程度の役目はある術ですな(笑)
ちなみに、今回結構な伏線を仕組んでます。そう書くと偽典構成みたいで、何か楽しい(笑)
劣等生原作読んでて、ずっと思ってたんですが。

俺SUGEEEEEEEEEEも行き過ぎると、立派な伏線に成り得るよね、と。

やたらと濃いオーフェンファンの皆様なら、この伏線に気付くと思われます。テスタメントからのクイズだぜ……(笑)
ではでは、次回をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第八話「スカウトの日に」(前編)

ども、テスタメントです。
く、更新遅れた……! いや、すみません。リアルが少しばかり忙しくなりまして。主に、メグリンとか、メグリンとか(笑)
あ、メグリンとは秋田先生の新作で巡ル結魂者と言う小説です。某異世界来訪物に、某ISのような設定なんですが、そこはやはり秋田先生。冴え渡る秋田節のおかげで、全くそうは見えない。どう言う事だ(笑)
そんなこんなで更新遅かった上に、今回ギャグが無く申し訳ありませぬ(汗)
では、第八話(前編)、どぞー。


 

 ボディーガード兼第一高校特別講師である所の、オーフェン・フィンランディの通勤は、七草真由美、そしてスクルド・フィンランディと共に行われる。

 キャビネットと呼ばれる二人乗り、もしく四人乗りのリニア式小型車両によってだ。なお、基本的に一応真由美の専属執事のキース・ロイヤルは置いていかれる。……まぁ、必ず追いつかれるのだが。

 そんなキャビネットでお喋りに興じるスクルドと真由美を尻目に、オーフェンはくぁっと欠伸を噛み殺した。このキャビネットもそうなのだが、二年でこの世界の利便さに慣れた事に、オーフェンは苦笑する。これでは元の世界に戻った時が大変そうだ。いや、いっそ再現する手もなくは無いが……。

 

「ねぇ、オーフェンもそう思わない?」

 

 そんな風に取り留めもない思案に耽っていると、唐突に真由美から問いを投げ掛けられた。スクルドもこちらを見ている。どうも、先程のお喋りには自分も頭数に入れられていたらしい。とは言え、全く聞いていなかったので返事のしようがないのだが。

 

「あー……悪い、聞いて無かった。何の話だ?」

「もぅ、ちゃんと聞いててよね。今年の生徒会に誰を入れようかって話よ」

「そんなの新入生総代でいいだろ。タツヤの妹の、ミユキって言ったか?」

「でも、もう一人候補が居るんだよねー?」

「もう一人?」

「当の達也くんよ」

 

 小さくため息を吐いて、真由美は言う。タツヤ? と一瞬、オーフェンは疑問符を浮かべ掛けるが、司波達也の入試成績をすぐに思い出した。成る程と納得する。

 

「そう言う事か」

「そうなの。今までの慣例からすると、深雪さんにお願いするのだけど、達也くんの成績が飛び抜けてるのよね……」

「でも、タツヤって二科生だよね? 確か、生徒会は一科生しかなれないんじゃなかったっけー?」

「ううん。去年、私が生徒会長になったと同時に行った生徒総会で、制度改定したから大丈夫よ。達也くんを生徒会に入れるのに問題ないわ。……けど、ねぇ」

「反発はあるだろうな」

 

 すかさず続きをオーフェンが言ってやると、真由美が私は頭痛がしますとばかりに額を抑えた。慣例に従うなら深雪だろうが、達也も捨て難いのだろう。だが、達也を生徒会に入れるには反発がある。いくら一科生と二科生の間で差別意識が薄れているとは言え、無くなった訳では無い。特に、新入生達にとっては。

 それが無ければ、二人共に生徒会入りしてもらうと言う手も無くは無いのだが。

 

「せめて達也くんの成績を公表出来たらねぇ」

「……一応言っておくが、入試成績は本来部外秘だからな。どこから仕入れたか知らんが」

「だから悩んでるんじゃない」

 

 ぶーと、膨れたように拗ねる真由美に、オーフェンは肩を竦める。新入生総代は、総合成績最優秀の者が行う。これだけで、司波深雪は誰もが納得出来る実績があるが、司波達也のそれは示せないのだ。これで達也を入れては公私混同と取られても仕方ない。

 

「どうしたらいいものかしら」

「今回はタツヤは諦めた方がいいんじゃないか?」

「んー、惜しいけど、それしか無いかも」

 

 二兎を追って一兎も得られ無いのでは話にならない。深雪だけでも、相当なのだ。達也に関しては、次回以降と言う手もある。

 半ば自分でも結論は出していただろうが、オーフェンに話した事で決定したのだろう。真由美は一人頷いた。それを見て、ふと思い出す。

 

「そういやスクルド。お前はどうするんだ?」

「私? どこにも入んないよー」

「そうなのか?」

「うん。これでも、天世界の門の代表ですからー?」

 

 片目を閉じて、やれやれとばかりに言って来る。そんな彼女に罰の悪そうな顔となって、オーフェンは目を逸らした。

 一年前に天世界の門を設立した際、代表をスクルドとしたのは、オーフェンとキースだ。それは、彼女の正体をスポンサーである七草弘一に知られてしまった事。そして、彼がスクルドの信奉者となったのが原因だった。まぁ、後者に関しては建前だ――が、戦略級魔法師を遥かに凌駕する神そのものであるスクルドを、彼が代表にと求めるのは至極当然ではあった。

 七草家は秘密裏にではあるが、スクルドの後見人である事を自認している。事実上、十師族のコミュニティとは別に、彼女の支配下に収まっているとすら言えた。

 そんな彼女は、帰ってからも意外に忙しいのだ。オーフェンとしては、若干の申し訳なさを感じる。

 

「オーフェンが代表を代行してくれたら、部活に入ったりも考えるのになー?」

「無理言うな。頼むから」

 

 流石にオーフェンも反論する。現在、天世界の門は、代表スクルド、渉外役キース、そして実行部隊隊長オーフェン――正メンバーはこの三人しかいないので、実質オーフェン一人――と、なっている。これで代表までさせられた日には、とても持ちそうに無い。そこはスクルドも分かっているので、ふふんと笑うだけに留めてくれたが。

 そうこう言ってる内に、キャビネットが駅に到着する。三人は連れ立って、車両から降りた。

 

「さて、それじゃあ校門で達也くんと深雪さんを待つかな。オーフェンとスーちゃんはどうするの?」

「……本職はお前のボディーガードなんだが、最近忘れてないか、マユミ?」

「もちろん忘れてないわ、ただ聞いてみただけよ。スーちゃんはどうする?」

「マユミもオーフェンも待つなら、一緒にいるよー。タツヤとミユキとも話したいし」

 

 生徒会入りの件もあるのか、校門で待とうとする真由美に、オーフェンとスクルドも共に居る事にする。しばらくそのまま待っていると、見慣れた一団が見えた。

 

「タツヤ達だな。一緒に居るのは、同じクラスの奴らか」

「うん。昨日と同じメンバーね。それじゃあ早速……達也く〜〜ん!」

 

 目当ての人物を発見して、真由美が悪戯めいた笑みを一瞬浮かべると、彼の元へとスクルドを伴って駆けていく。それを見ながら、オーフェンは後ろから歩いて追い付く事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 昼休み。オーフェンは今頃、あいつら話しをしてる頃かなと思いつつ、身体を半歩分ズラして前に出た。その眼前を拳が通り抜けていく。

 拳を放ったと言う事は身を開いたと言う事であり、それは急所を晒すと言う事でもある。なのでオーフェンも例に漏れず、半歩進んだ勢いと体重を、開いた左掌に乗せて目の前の人物に撃ち込んだ。

 くぐもった悲鳴と共にその人物、男はぐらついて後退する。鳩尾に一撃貰ったにも関わらず立っていられるのは、受け身を何とか取ったからか。にやりと笑ってやりながら、ぐるりと身を回して肘を後方へと投げ込む。そこに今まさに放たれたであろう蹴りを迎撃する為だ。

 オーフェンの五感は構成を展開するが如く空間に指を伸ばし、冴え渡っている。かの万物の暗殺者、レッドドラゴン・バーサーカーの奇襲すらも捌いてのけた感覚だ。後ろからの攻撃だろうと、今更受けるわけが無い。

 

(まぁ、それだけと言えばそれだけなんだがな)

 

 苦笑を内心に押し込めながら、更に前進。蹴りを受け止めた肘の力点を変え、蹴りの威力自体を加速に使う。後ろから打撃を打って来た男の顔が見えた、と思った時には肩を身体の中心に触れさせ、突き上げている。

 それだけ。それだけで、男は景気良く転倒した。本来なら、ここで踏み付ける所だが、肩を竦めるに留めてやる。

 

「ハンゾー、カツトは受け身を取ったぜ?」

「精進、します……!」

 

 酸素を求めて喘ぎながら、倒された男、第一高校生徒会副会長、服部刑部少丞範蔵は弱々しく言った。

 そしてオーフェンはゆるりと振り返る。そこには先程、受け身を取った大柄の男子がいる。彼は、ようやく息を整え終わっていた所だった。

 第一高校部活連会頭、十文字克人。十師族次期当主と言われる生徒だ。彼は油断なくこちらの隙を探っている。オーフェンは構えすら取っておらず、静かに立っているだけなのだが、もちろん隙を晒したりはしない。だが、そのせいで攻めあぐねて硬直状態にもなっている。それを解すと言う訳でもないが、少し聞いてやる事にした。

 

「カツト、今日本にいる中で超一級と呼んでいい魔法師の名前を何人言える?」

「……?」

 

 こちらの意図が分からなかったのだろう。克人が訝し気な顔となる。まぁ、気まぐれなので分かる訳が無いのだが。

 ともあれ答える気になったのか、克人は少しだけ思案し、思い付く限りの名前を並べ始めた。

 

「まず、それぞれの十師族当主の方々に、師補十八家を含めた二十八家当主。そして、百家の当主の方々――彼らを別とするならば、当然老師、九島烈。一条家の長男にして次期当主であるクリムゾン・プリンス、一条将輝――」

「まだいけるか?」

「あと百人は余裕です」

「多いな、三人でいい」

「では先程の彼らを含めて、自分が知る限り最強の三人を。極東の魔王、夜の女王、四葉真夜。戦略級魔法師、十三使徒である五輪澪……そしてオーフェン・フィンランディ。魔法遣いではない、魔法使い」

「魔法師限定の積もりだったんだがな。俺は魔術士だぞ」

 

 軽く訂正だけして、オーフェンは満足したように頷いた。そして軽く手を振って、言ってやる。

 

「十文字カツト。その中でなら、お前は五本の指に入るよ。謙遜抜きでな。だからまぁ、萎縮せずに掛かって来い」

 

 言われて、カツトが身を震わせたのが分かった。硬直していたのが自分でも分かったからだろう。少しだけ息を吸って、吐く――それで覚悟を決めた。滑るように前進しながらカツトの呟きが聞こえた。

 

「いきます」

「ああ」

 

 直後、二人の影は交差し、決着は付けられた。

 

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんだろ」

 

 オーフェンはぐるりと息を吐くと二人に振り返った。そこにはたった今、床へと這わせた範蔵と克人がいた。

 オーフェンは二科生特別講師ではあるのだが、それとは別に顧問としての仕事もしていた。生徒会、風紀委員、部活連の代表達の希望者に、戦闘訓練を行うと言うものだ。そして、この昼休みにも腹ごなしを兼ねて魔法抜きの体技を行っており、相手は彼等二人だった。

 急所を打たれ、簡単に立ち上がれる筈も無いが、範蔵と克人を見渡して、オーフェンは続ける。

 

「カツトもハンゾーも動きは良くなってる。この分だと、俺の教えられる事は殆ど無くなるな」

「だが、二人掛かりで我々はこのざまだ……そうは、とても思えません」

 

 息も絶え絶えで克人が呻くように言う。範蔵も悔しそうに俯いていた。彼等が何を言いたいのか、分からないでも無い。だが、オーフェンはあっさりと否定してやる。

 

「そりゃそうだろ。簡単に追いつかれたら、俺の立つ瀬が無いだろうが。お前らを圧倒出来たのは、ただ単に経験の差だ。戦闘技術と言う点では、二人とも完成に近くなってるだろうさ」

 

 そうは言ってやるのだが、二人は明らかに納得していなさそうだった。……まぁ、無理も無い。自分も彼等と同年代の時は、師匠であるチャイルドマンにそう思っていたものだったから。

 そもそも二人が二人とも、自分とは要求されるスキルもスタイルも違うし、魔法を使わない戦闘訓練は、言わば余技だ――こと現代魔法戦闘においては。なので気にする必要は無いのだが。

 

「ほれ、そろそろ立てるだろ? 起きろよ」

「は、はい……!」

 

 それぞれ身に力を入れて、無理矢理起き上がる。

 大柄な克人はともかく、痩身の範蔵は辛そうだった。特に手加減して突いていないので、当たり前なのだが。

 

「じゃあ今日はここまで」

「いえ、自分はまだ――」

「……おいおい、まだやるとか言うなよ? 俺も若くないんだ。身体持たねぇよ。この辺で勘弁しろ」

 

 範蔵が食い下がろうとするが、流石にオーフェンは苦笑して拒否する。範蔵が納得していないのは分かっていたが、反論を許さない内に背を向けた。

 克人がフっと笑い、力を抜くのを見て、範蔵もため息を吐いて、ようやく休憩に入る。それぞれ持ち込んでいた自前のスポーツドリンクを飲み始めた。オーフェンも二人に倣ってドリンクを手に取る。そこで、ふと時計に目を遣る。昼休みも、もう半分以上過ぎようとしていた。

 

「そろそろか。マユミは上手くやれたかね」

「何の話しですか?」

 

 小さく呟いたつもりだったが、どうやら聞こえたらしく範蔵が聞いて来た。克人もこちらを見ている。それにやれやれと嘆息しつつ教えてやる。

 

「マユミがな。新入生を生徒会にスカウトしている頃合いなのさ。ハンゾー、聞いてないか?」

「……そう言えば、今日でしたね。会長は二人の内どちらにするか決めたのでしょうか?」

「その話しも聞いていたのか。一応、新入生総代であるミユキにするつもりだそうだ。タツヤだと、反発がな」

「そうですか……惜しいな」

「ん?」

 

 範蔵の台詞の後半部分に、思わず聞き返してしまった。それに、彼は小さく苦笑する。

 

「司波達也……司波深雪さんの兄で、入学式の時、オーフェン師とあの執事を取り押さえた新入生でしょう?」

「なんだ、覚えてたのか」

「ええ。あの執事を一度とは言え、捕らえた体術を見ましたから」

「確かに、あれは見事だった」

「……今日、体技のみの組み手にこだわったのは、それが理由かお前ら」

 

 半眼で聞いてやると、二人とも目を逸らした。つまり、図星と言う事だ。まぁそれはいいとして、なら惜しいとは。

 

「ハンゾーは、タツヤを生徒会に入れるのを希望していたのか?」

「ええ。二科生と言う事は魔法実技が苦手なのでしょうが、入試成績は抜群でしたし。……それとは無関係に、ちょっと試したくもあります」

「試す?」

「彼の実力です。オーフェン師が随分と買っている様子でしたから」

 

 にやりと笑って言う。そんな範蔵の台詞に、オーフェンはそう言う事かと納得した。

 範蔵はこの一年いろいろあったせいで、半ば自分を理想化しつつある。克人も若干ではあるが、その節はあった。そんな自分が使った――つまり実力を認めた達也に興味が湧かない筈も無い。

 元の世界での弟子といい、こちらでの彼等といい、そう言った目で見られるのは、オーフェンとしても苦いものがあったが、さりとて止めろとも言えない。自分に出来るのは、彼等が間違った時に止めてやる事くらいだろう。

 

「司波達也か……生徒会が駄目なら、部活連で引き取りたいものだが」

「渡辺風紀委員長も狙っていそうですが」

「……お前ら、一応先輩なんだ。ほどほどにしとけよ」

 

 司波達也争奪戦に成りかねない空気に、とりあえず言う事だけは言ってやり、オーフェンはその場を後にする事にした。

 そして直後に、案の定摩利が達也を風紀委員にスカウトしたと言う話しを聞いて、苦笑と共に肩を竦めたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 午後からのオーフェンの予定は、一年二科生が合同で行う実習の監督だった。本来ならば端末越しに行うのが普通らしいが、オーフェンは基本的に同じ部屋に居る事にしている。

 理由としては、オーフェンが教鞭を取っていた時の癖がまだある――端末越しでは教えている気にならない――事と、もう一つ、構成、この世界では起動式と魔法式を見る事であった。

 特に後者は重要で、どちらの式も構成と見る事により、問題をある程度把握出来る。例えば、個人個人によって、魔法の得意、不得意分野が存在するが、CADにより起動式を取り込んで魔法式を展開すると言う方式に従うならば、これは少しばかりおかしい。

 ほぼ全てを自動化し、汎用性を上げているのにも関わらず、個性により差別化が行われているのだ。おそらく無意識領域で知らぬ内に、個々人の特性が出ていると見ているのだが。

 

(……しかしな)

 

 内心でふむと頷き、手元の端末にオーフェンは結果と構成の問題点を入力する。

 一年生最初の授業は、壁面モニターに表示される操作手順に従い、据置型の教育用CADを操作。三十センチほどの小さな台車をレールの端から端まで連続で三往復させるものだった。単なる実習用CADの操作に慣れる事を目的としたものだが、オーフェンはここで大体の力量――現代の魔法基準に従ったもの、を判断する。それとこっそり、それぞれの構成の展開を。

 おおよそ構成には個性が反映されるので、この程度の魔法でも、ある程度は見れる。

 今、台車を動かした生徒の展開された魔法式は、若干の歪さがあった。確か、吉田幹比古と言ったか。構成を展開するまで、妙にもたついているようにも見えたが。

 

(CADの扱いに慣れてない……だけじゃないな、これは。構成に余分が過ぎる?)

「あの」

「ん?」

 

 幹比古の構成を思い浮かべながら、その構成を再現しつつ問題点をイメージしていると、声を掛けられた。当人からだ。彼は、眉を寄せてこちらを見ている。

 

「何か、僕の魔法に問題がありましたか? 難しい顔をしていましたが」

「ま、問題と言えば問題だな。最初の授業なんだ、当たり前だろ。それがどうした?」

「いえ……良かったら、お聞きしたいなと」

「悪いが、他の生徒の邪魔になる。後にしろ」

 

 きっぱりと言ってオーフェンは彼は追い返そうとする。しかし、幹比古は顔を歪めていた。納得出来てない訳では無いのだろうが……オーフェンはため息を吐いて、とりあえず言ってやる。

 

「台車を動かすだけにしちゃ構成に余分が見受けられた。こんなもんは、全員同じだがな。お前は特にそれがある。もっと構成を絞れ。これでいいか?」

「え?」

「特別扱いは二度も無いぞ。さっさと戻れ」

「は、はい!」

 

 頷いて足早に幹比古が駆けて行く。その間にも何人かの生徒が台車を動かしていたが、オーフェンはもちろん構成を見ていた。だが、生徒にそんなものが分かる訳では無く、少しの非難の視線を感じる。小さく嘆息し、オーフェンは黙って監督を続ける。次は、千葉エリカの番だった。すうっと息を吸い、一拍置いて、想子の波動が彼女から放たれる。起動式と魔法式を発動する際に、使い切れ無かった余分な想子の光だ。つまり、台車を動かすと言う構成に対して、それだけ余分な想子を出していると言う事でもあるが、一年生ならこんなものだろう。

 展開された魔法式の構成もまずまずだ。台車が走り出し、折り返して戻る。これを三回繰り返して、彼女が小さくガッツポーズを取ったのが見えたが、それは見てないフリをして、オーフェンはエリカの構成を思い浮かべる。少しばかり加速に傾倒した構成だが、悪くは無い。

 ふむと頷き、次の生徒を見て、オーフェンはにやりと笑う。達也だ。彼はいつものポーカーフェイスで、CADを支える脚の高さを調節していた。そして、パネルに掌を押し当て、想子を流す――。

 

(……ん?)

 

 直後、オーフェンが見たのは歪と言う言葉すらおこがましい構成だった。明らかに展開速度が遅い。だが、魔法式自体は一種、異様な程に整い過ぎている。”余分が一切無い程に”。これはどう言う事か。

 

「司波タツヤ、ちょっといいか?」

「……なんでしょう」

 

 台車を戻し終え、戻ろうとする達也を呼び止める。彼は振り向くが、少しばかり身を引いていた。

 警戒されているようにも見える。だが、オーフェンはそれについては何も言わず、聞くべき事を聞く事にした。

 

「お前、今のは本気か?」

「ええ。そうですが、何か?」

「……いや、ならいいんだ。悪かったな――」

 

 そこまで言った所で、オーフェンは試しにとびっきり凶悪な構成、空間爆砕の構成を瞬時に編み上げて見た。すると、達也が右手を上げかけて、すぐに下げる。

 やはりそうだ。今、達也は”魔法式を直接展開し掛けた”。

 

「……ひっかけですか?」

「それが分かるって事は、お前やっぱり俺の構成が見えるんだな」

「…………」

「ま、今のについちゃ黙っといてやる。何らかの事情がありそうだしな」

 

 そう言うと、オーフェンは元の位置に戻った。そして、達也の先程展開仕掛けた魔法式を思い浮かべる。こちらの構成にアドリブで対処しようとした魔法式だ。イメージは「分解」。

 

(……あいつ、俺の構成を分解する魔法式を展開しやがった)

 

 あの一瞬でだ。魔法については、オーフェンが知るものでは無い。だが、やはり彼は何かおかしい。それが良く分かった。端末には今の事は入力せず、続きを生徒に促す。

 そして、それから数十人分の結果を見て、午後の実習は終わりとなった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第八話(前編)でした。原作のオーフェンサイドみたいなお話しですな。
ちなみに某ハンゾー君ですが、オーフェンのせいでアレな感じになってます。大体分かってくれる筈(オイ)。
次回は放課後のお話し、どうなるかお楽しみにです。では、第八話後編でお会いしましょう。ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第八話「スカウトの日に」(後編)

はい、入学編第八話後編をお届けします。達也と範蔵がついに会いますが……オーフェンとキースの影響で無駄に鍛えられた範蔵が、どう達也と話すのか、お楽しみにです。
では、どぞー。


 

 何故、こうなった――司波達也は、本日幾度と無く繰り返した自問を再び行いながら、廊下を重い足取りで歩く。

 時間はついに放課後。午後の実習も終わり、達也は深雪と共に生徒会室へと向かっていた。

 昼休みになんやかんやあり、気付けば風紀委員へとスカウトされたのだ。

 元は生徒会が達也か深雪を入れようとしたのだが、生徒達の反発が予想される為、深雪のみが生徒会へと望まれた。これに妹は抗弁、達也を生徒会に入れる必要性を説いた。

 達也が若干焦ったのは、生徒会長である七草真由美が説得されそうになった事である。まぁ、もちろんフリではあったのだろうが、自分としてはこれ以上目立ちたくは無い。なので、どうにか諦めて貰ったのだが、そこに代案が待ち受けていた。

 そう、風紀委員である。入学式や翌日の揉め事で見せてしまった目の一端。それらを理由に上げられて、生徒会推薦枠で風紀委員にスカウトされたのだ。無論、反対した――したのだが、深雪から目を潤まされて「ダメですか?」と言われた日には、達也も簡単に拒め無かった。

 そして放課後、半ば決定しているような気がするのだが、続きを話そうと言う事で、再び生徒会室へと足を運ぶ事となっていた。後ろから深雪が心配そうにしながらも、嬉しさを隠し切れない表情で着いて来ている。そんな顔をされては何も言えないじゃないか……とは、流石に口に出さなかったが。

 

(いろいろ考える必要があるんだがな……)

 

 頭痛を覚え、コメカミを指で押さえながら達也は独りごちる。その最たるものは、やはりオーフェンだ。

 彼に、目の事を知られてしまった。そして、疑念を持たれた。

 あの一瞬、彼が空間に投影した例の魔法式を見て、達也は反射的に「分解」を使いかけた。それ程に、凄まじい威力の魔法だと判断したのである。

 魔法式のイメージは、空間に歪曲。恐ろしく大規模に展開されたそれは、発動したならば実習室どころか階を丸ごと破壊しかねないものだった。冷静に考えるまでも無く、そんなものを何の理由も無く発動させる訳が無いのだが、下手に目で見てしまったのが災いした。

 よく体術の師である九重八雲から「目に頼りすぎるのは良くないよ」と言われるが、それを今日程痛感した事は無い。まさか、見えすぎる事を逆手に取られるとは。

 

(俺も、まだまだ未熟だな)

「お兄様?」

「ん? おっと」

 

 どうやら思案に暮れすぎていたらしい。気付けば、生徒会室の前に来ていた。

 自分にしてはこうまでボーとしているのも珍しいので、深雪が本気の心配顔をしている。それには優しく微笑んで安心させてやりながら、既にIDカードを登録”させられて”しまったので(犯人は言うまでもなく生徒会長&風紀委員長だ)、そのまま中に入る。

 そこで、達也と深雪は初めて見る人物に訝し気な表情で迎えられた。細身の、整ってはいるが、これと言って特徴は無い容貌の少年だ。しかし、彼から発っせられている微弱な想子の輝きは、彼の魔法力を物語っている。そして、何よりも隙が無かった。達也は表情にこそ出さないものの、感嘆を覚える。

 

「ああ、君達がそうか。司波達也くんだな。はじめまして、副会長の服部刑部です」

「あなたが――これは失礼しました。司波達也です。こちらが司波深雪」

「はじめまして」

「ああ、こちらこそはじめまして。よろしく」

 

 そう深雪に微笑んで、服部と言ったか、彼は頷く。そして再び達也へ。自分に何かあるのだろうかと思っていると、彼はフっと笑って見せた。

 

「成る程、こう見ると分かるものだな」

「何がでしょうか?」

「君の事だよ、司波達也くん……全く隙が無い」

「服部副会長も、人の事は言えないでしょう?」

 

 言い返してやると、服部副会長は苦笑した。互いに互いを値踏みしていた訳だ。そして、視線を達也から深雪に移す。

 

「会長に話は聞いています。司波深雪さん――司波さんでいいかな? 生徒会にようこそ。歓迎します。君は、司波でいいか?」

「もちろんです。こちらこそ。よろしくお願いします」

「俺も、呼び捨てで結構です」

「そうか。では司波、君の事も歓迎しよう。俺としては、君も生徒会に欲しかったが」

「……会長もそうでしたが、いくらなんでもアグレッシブ過ぎませんか? この生徒会。俺は二科生ですよ」

「関係無いさ……この第一高校、特に生徒会や風紀委員、部活連に所属すれば、嫌でもそんな偏見は消し飛ぶ」

「それはどう言う事なのでしょうか?」

 

 服部のある種諦観でも混じってそうな口調に、深雪が不思議そうな顔となって聞く。それは達也も同様だ。彼はそんな二人に何故か遠い目となる。

 

「……私達は、率先して学内の治安を守らなければならない。それは、分かるね?」

「ええ……」

「それには例の執事の騒動も含まれる」

「失礼しました。生徒会と風紀委員入りの件は忘れます。ではさようなら――」

「逃がすと思うか?」

 

 ぐわしっと見た目からは全く分からない握力でもって、退室しようとした達也の肩を掴んで止めて来た。何か、必死な感じがしなくもない。

 

「悪いが、あの執事の相手が務まると分かった以上、絶対に手離さないぞ司波……! これは決定だ!」

「そんな横暴な! 新入生に任せていいと思ってるんですか!?」

「俺なんて胃薬を常備してるんだぞ! 何回穴が開くと思った事か!」

「同情はしますが知ったこっちゃありません! 離さないと、実力に訴えますよ!」

「やってみろ新入生!」

「あ、あの、お二人とも……?」

「「はっ!」」

 

 取っ組み合いになりかけた所で深雪からおずおずと声を掛けられ、二人は正気に戻る。咳ばらいをして服部は達也を離した――逃がさないように、いつでも捕まえんと手を広げてはいたが。

 

「と、とりあえず、そんな事情もあると言う事だ。何、あの執事に泣かされるのは、一、二回くらいのものだよ……週に」

「ぐっと入る気が失せました」

「お兄様……私と一緒では嫌なのですか?」

「いや、そう言った事じゃない――」

「ならオッケーと言う事だな! 司波、君のような人材を待っていたんだ!」

「そう言った意味じゃありませんよ……!」

「何だ何だ、騒がしいな」

「みんな、遅れてごめんね。達也くん、深雪さん、いらっしゃい」

 

 またもや言い合いになりかけた所で、風紀委員長の渡辺摩利と生徒会長の七草真由美が、入って来た。

 騒いでいた三人に、揃って微苦笑している。

 

「こんにちは、はんぞーくん」

「……はい、こんにちは会長。ところで新入生も入って来た所ですし、そろそろ、それは止めて欲しいのですが……」

「何だ。いいじゃないか、服部刑部少丞範蔵副会長」

「渡辺先輩、フルネームは止めて下さいとあれ程! あれ程!」

「そうよ摩利。はんぞーくんは、はんぞーくんじゃない」

「俺は泣いてない……泣いてなんかいないんだからな……!」

「服部くん、しっかり! しっかり!」

 

 部屋の隅っこで、のを書かんばかりに小さくなった服部こと範蔵に、中条あずさがすがりつくように慰める。達也の記憶が確かなら、彼女も「あーちゃん」と呼ばれていたので、抵抗して欲しいのだろう。

 それよりまさか「はんぞー」が本名だったとは……世の中分からないものである。

 そんな騒がしい生徒会メンバー+風紀委員長をよそに、一人会計の市原鈴音が溜息を吐いていた。案外、ここで一番の苦労性は彼女かもしれない。

 

「何か?」

「いえ、何でもありません」

「そうですか。では会長、そろそろ」

「あ、そうね。ごめんなさい。あーちゃん、深雪さんにお仕事の説明して上げて」

「……はい」

 

 やはり呼び名を変える事は出来ないらしい。それを悟ったか、あずさは諦めたように頷き、深雪を壁際の端末へと案内した。

 

「さて、ではあたしらも移動するか」

「どちらへ?」

 

 そしてこちらも、摩利が振り向いて来た。もはや逃げられ無いと悟り、達也は彼女に着いて行く事にする。摩利はそんな達也に満足気に頷いた。

 

「風紀委員会本部だ。色々見て貰ったほうが手っ取り早い。この真下の部屋だ――と言っても中で繋がってるんだけどね」

 

 そう言って摩利が指差すのは、部屋の奥だった。普通なら非常階段が設置されている場所に、直通の階段があるらしい。

 一瞬、消防法は無視かと思わなくも無いが、ここは天下の魔法科高校生徒会室だ。いざとなれば、重力軽減で飛んで降りられるだろう。

 やれやれと肩を竦め、彼女に伴われながら風紀委員会本部に向かおうとした所で。

 

「ああ、待って下さい渡辺先輩。司波に、ちょっと用事があります」

「何……?」

 

 今まで部屋の隅でうずくまっていた範蔵が立ち上がって、摩利に制止を掛ける。彼女は怪訝な表情となるが、彼は構わない。こちらに近付いて来た。

 

「やはり、風紀委員になるなら実力を見たい――そうは思いませんか?」

「はんぞーくん?」

「……何が言いたい?」

「彼と模擬戦がしたい。魔法戦をメインとしたものをです」

 

 にやりと笑って範蔵は言うと、達也のみならず皆が目を見張った。実力の程は、先程彼自身が手離さないと言った(キース用ではあるが)通り、知っている筈だ。それを何故、今更確かめようとするのか。

 

「彼の体術は見た。そして、目の事も。起動式が読めるらしいな、司波?」

「……ええ、まぁ」

 

 やはり昨日の事は迂闊だったかと気付かれないように嘆息する。まるでそれを見計らったように、彼は頷いた。

 

「だが、君は二科生だ。それは魔法力が著しく劣っている事を意味する――が、正直俺はそれが信じられなくてな」

「……入試の実技試験結果はご存知の筈では?」

「あんなものは国際基準に従った、ただの指標だ。あてにならない」

「自分は、ただの劣等生です」

「そうか? ……司波さん」

「は、はい!?」

 

 唐突に呼ばれ、深雪が目を丸くして返事をする。範蔵は苦笑を少しだけ零して、そのまま聞いて来た。

 

「率直に聞かせて欲しい。彼は魔法師として劣等生と思うか?」

「服部副会長!」

「黙ってろ司波。俺は司波さんに聞いている。どうだろうか?」

「…………」

 

 深雪は沈黙。達也はやられたと表情を歪めていた。

 深雪とて達也が目立つ事を良しとしないのは分かっている。だが、それ以上に評価されない事を嫌がるのだ。そんな彼女が自分の事を聞かれて、何と答えるか――達也は祈る心地で深雪を見る。だが、妹は小さく唇だけで「申し訳ありません」と達也に詫びた。そして毅然と範蔵に答える。

 

「私見ではありますが、お兄様の実力は私などとは比較にならない程、高いものです。風紀委員としても立派に活躍されると確信しております」

「だが、彼は二科生だ。それはどう説明するんだ?」

「それは、試験の評価がお兄様の実力を測るものに適さないだけです。実戦ならば、お兄様は誰にも負けません」

「……だ、そうだぞ司波?」

 

 深雪の返答に頭を抱えた達也へと範蔵は聞いて来る。それにはもう返事を返せ無い。どう返せと言うのだ。

 そんな自分に少しばかり罰の悪そうな顔――彼もあまり良い手段と思っていなかったと言う事だ――で、範蔵は言って来る。

 

「さっきも言ったが、俺は君の風紀委員入りを歓迎している。ただ実力を見たいだけなんだ。彼女の言った事も試したい。それとも、妹さんを嘘つきだとする気か?」

 

 それはあからさまな挑発だと分かっていた。達也は冷静に状況を理解している。だが、それ故にこそ否定出来ないものもあった。深雪を嘘つき等とは、言わせない。彼女の言葉を証明する。

 

「いいでしょう、服部副会長。貴方の挑戦を受けます。模擬戦を行いましょう」

 

 そう達也が頷き、ここに生徒会、風紀委員承認の元、正式な模擬戦を達也と範蔵は行う事となったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なんで、こうなった――生徒会室に向かう時より、なお重い面持ちで達也は嘆息する。まだ入学してから一週間も経っていないのに、早くもこれだ。

 生徒会長印を捺された許可証と、引き換えに受け取って来たCADのケースを持ち直して、模擬戦を行う予定の第三演習室の前で深々と息を吐く達也に、後ろから泣きそうな声が来た。

 

「お兄様、申し訳ありません……私が、ちゃんと黙っていれば」

「お前が謝る事じゃないさ、深雪。服部副会長の挑戦を受けたのは俺だ。……ただ、もうちょっと考えて欲しかったけどね」

「か、重ねて申し訳ありません……!」

 

 これで何度目になるだろうか、また頭を下げようとする深雪に苦笑し、達也は振り返ると、軽く身を寄せて頭に手を置き、優しく撫でてやった。

 

「そんなに謝らないでくれ。俺の方が謝りたくなってしまうよ、深雪。俺が今欲しいのは別の言葉だ」

「……はい、頑張って下さいお兄様」

 

 ようやく笑顔で深雪が言ってくれた。それにやはり笑顔で頷き、演習室に入る。そこには、既に生徒会メンバー+摩利が揃っている。そして、もう二人。

 

「……オーフェンさん?」

「よう、タツヤ。それにミユキだったか?」

「やほー、二人とも」

 

 軽く手を振って来るオーフェンと横でにこやかに笑うスクルド。そんな二人に、達也は軽く驚く。何故、この二人がここに居るのか。

 思わず視線を摩利に向けると、彼女は肩を竦める。

 

「オーフェン師は、生徒会の顧問でもあるんだ。今回の件を教えて、監督をして貰う事になった」

「監督?」

「例え模擬戦だろうが、監督する義務はあるって事さ。ま、当然の話だけどな」

 

 オーフェンが摩利の言葉を継いで教えてくれる。確かに、よく考えなくても教師の一人くらいは監督せねばなるまい。スクルドはただ単に着いて来ただけだろう。

 二人がここに居る理由は分かった。分かったのだが――。

 

(これは、あまり手の内を見せられないな)

 

 先程の実習の事もある。下手に力は使えまい。まさか「再成」まで見切られるとは思わないが、用心に越した事は無い。

 

(初撃で決めるしかない)

 

 それが一番ベストだ。手っ取り早く、かつ手を晒さない。なら、それしか無い。

 方針を決めながらCADのケースを開ける。黒いアタッシュケースの中には銀色に輝く拳銃形態のCAD、つまり特化型CAD二丁が収められていた。達也専用のCAD「トライデント」である。その一つを取り出すと、弾倉部分のストレージを交換する。そして、ゆるりと振り向いた先には範蔵が、オーソドックスな腕輪型の汎用CADを装着して待ち受けている。微笑してくるその佇まいには、一切の油断も気負いも無い。

 

(油断してくれると助かったんだが……)

 

 これは中々難儀しそうだ――そう内心で思いながら、開始線に立った。互いに五メートルを挟んだ距離である。二人を見て、審判役の摩利がフムと頷いた。

 

「では、ルールを説明するぞ。直接攻撃、間接攻撃を問わず、相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障害を与える術式もだ。相手の肉体を直接損壊する術式も禁止する。ただし、捻挫以上の負傷を与えない程度の直接攻撃は許可だ。武器の使用は禁止、素手は可とする。蹴り技を使いたければ、今ここで靴を脱いで学校指定のソフトシューズに履きかえる事。勝敗は、どちらかが負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。双方、開始線から始め、合図があるまでCADを起動しない事。このルールに反した場合、問答無用で反則負けで、ちょっとした罰を受けて貰おう。オーフェン師?」

「ああ、ちょっと本気目の熱衝撃波を叩き込んでやるよ。安心しろ、尖った拳でブン殴られる程度だ」

「それは全く安心出来ません……」

 

 範蔵がぽつりと呟いた台詞に、達也はおや? と疑問符を浮かべる。まるで何度か受けた事があるかのような感じだが……。

 しかし、それを気にしてる暇は無い。模擬戦はいよいよ始まろうとしていた。

 達也はCADを握る右手を床に向けて、範蔵は左腕のCADに右手を添える。後は、摩利の合図だけだ。

 場が静まり、静寂が支配した――次の瞬間。

 

「始め!」

 

 凜とした摩利の合図と共に、模擬戦は始まりを告げた。

 達也は一瞬だけ動きを止め、範蔵を見る。彼はセオリー通り、魔法を起動せんと右手でCADのキーを叩いていた。その動作は滑らかで自然とさえ言える。だが、”五メートルだろうと瞬間で踏破出来る”達也からすると、まだまだ甘い。起動式が展開した所まで見て、彼は動き出す。

 起動式の座標はそこで外れた。高速での移動は、それを可能とする。範蔵が使用しようとした術式は基礎単一系統の移動魔法だが、座標が外された魔法は意味を成さない。

 達也は一瞬後には、範蔵の後ろを取らんとし、危うく我を忘れかけた。

 当の範蔵が、自ら後ろに素早く跳躍していたからだ。それだけでは無い、起動式を発動したままで左手を伸ばして来ている。これは。

 

(フェイントか!?)

 

 範蔵は最初から魔法を使うつもりは無かったのだ。起動式はただの見せ物。達也の目を知っていたが故の、簡単な騙し討ちである。

 しまったと思う間も無く、範蔵の左手は達也の肩口を掴む。そして後ろに跳躍した勢いに引かれ、体勢を崩した。逆に着地した彼の足は、そのまま踏み出しを完了している。右腕が畳まれ、開いた掌がコンパクトに打ち出された。

 ごがんっと凄まじい音が鳴り響き、達也が盛大に転がる。

 

「お兄様!?」

 

 まさかの光景に、深雪の悲鳴が鳴り響く。それを聞きながら、達也は転がる勢いを利用して起き上がった。だが、腹を押さえる。そこを打たれたのだ。それは、彼も。

 

「ぐ……!」

 

 呻きを一つ零し、範蔵が片膝を着く。彼も腹部を押さえていた――達也が、打たれると同時にカウンターで掌打を放ったのだ。結果、自分は吹き飛ばされ、彼はくずおれた。相打ちだ。

 

「あの状況で、返してくるか……!」

「服部副会長こそ、これは魔法戦メインの模擬戦ではありませんでしたか?」

「人の事が言えた義理か。何だ、あの踏み込みの速度は」

「……まぁ、お互い様と言う事で」

「そうだな」

 

 苦笑し合い、互いに距離を取ったまま隙を探る。そんな二人を見て、オーフェンはふむと今の攻防を評価した。

 

「6:4でハンゾーが上手だったな。威力はタツヤの打撃のが上だったが」

「あの……?」

「ん? 何だミユキ――そう言や、お前と話すのはこれが始めてか。改めて、はじめましてだな。オーフェンだ」

「あ……申し訳ありません。はじめまして、司波深雪と申します。あの、オーフェン先生と?」

「ああ、それでいい。で、何か聞きたい事があるんだろ?」

 

 改めて挨拶を交わし、深雪に問い直す。それに頷き返して、再び聞く。

 

「服部副会長の今の体術、お見事でした。まさか、お兄様が一撃を受けるなんて……あの人は、接近戦が得意なのですか?」

「いえ、前は苦手だったわ。はんぞーくんを、ああ仕上げたのは、この人の仕業よ」

「……まぁ、否定はしないけどよ」

 

 代わりに真由美が返答し、オーフェンは渋々認めた。

 彼達が話している間にも、戦いは進んでいる。今度は、互いに牽制を目的とした打撃の応酬と、やはり単純な魔法を使用しての牽制。そして、再び数メートルの位置に。

 達也が攻めにくそうにしている。その事実にこそ、深雪は驚愕していた。

 達也は忍術使い、九重八雲に師事を受け、体術は超一流のレベルなのだ。それが防御主体とは言え、正面から打ち合えるとは。

 

「オーフェン先生が?」

「うん、そうだよー。でも、オーフェンの技とはまた別なんだよね?」

「ま、あいつの性格上な」

 

 今度はスクルドが答え、オーフェンは肩を竦める。

 範蔵にオーフェンが仕込んだのは、自分の体術では無い。むしろ姉、レティシャの技に近いものを教えていた。

 自分の専門は暗殺技能だが、レティシャの正面から敵を打ちのめす技法も、ある程度は通じている。なので、性格的に似ているなと範蔵には彼女の技を教えたのだが、見事にハマってしまったのだ。もちろん戦闘スタイル的な意味で。

 達也の体術における戦闘スタイルは仕掛ける技法だが、範蔵は防ぐ技法に特化していると言える。攻め難そうなのも、さもありなん。

 

「体術であれを崩すには、ちょっとした賭けに出る必要がある……どうする? タツヤ」

 

 その声が聞こえた訳では無いが、達也は範蔵が三度仕掛けた単一系統の移動魔法の座標を高速移動で外しながら、無表情に、しかし内心は複雑な心境でいた。

 純粋に範蔵の技術に驚嘆を覚え、また彼を初撃で倒せる等と、見くびっていた自分に軽い苛立ちを覚える。

 分かっていた事では無いか、彼が実力者であろうと言う事は。もはや初撃で決めるプランは捨てた。出来るなら、実力は隠したいが、そうもいかないだろう。

 なら、”どれ”を開陳するか、と考えた所で、範蔵が再び起動式を展開する。それは、単一系統の移動魔法では無い。

 

(空気を圧縮、加速――エア・ブリットか)

 

 圧縮空気を弾丸として放つポピュラーな魔法である。有効性は折り紙付き、そして魔法師としても傑出している範蔵がそれを使えばどうなるか。答えはすぐに示された。

 手元と言わず、周囲から発生した複数の圧縮弾。それが、達也を取り囲むように放たれる。これは回避不可能だ。このままではいくつかをまともに食らう。

 それを予想して、達也は対抗手段を取る事にした。こちらならば、見られても問題無い――実力の一端くらいはくれてやる。

 「トライデント」を構え、起動式展開、照準、莫大な想子が膨れ上がり、塊となって、突き進んで来たエア・ブリットの尽くを撃ち晴らした。

 無系統対抗魔法「術式解体(グラム・デモリッション)」。

 想子の光が粉となって降る向こうに、範蔵の唖然とした顔を見ると、一気に達也は飛び出した。

 向かう先は、彼の眼前だ。範蔵が我を取り戻した時には、既に達也は接近を完了していた。

 

(防御を、崩す!)

 

 慌てて放たれた掌打を開いた左手で打ち払い、足を素早く刈る。範蔵は転倒こそしなかったが、もろに体勢を崩した。そこに踏み込みながら「トライデント」を宙に置くように放ると、達也は両の掌を腰深く構えた。

 足から腰へ、そして肩を経由し、掌へと全身の力が波動となって流れて行くのを感じ、それを放つ!

 双掌打。しかし、知るものがあれば、それはこう呼んだだろう。発勁、と。

 まるで鉄骨を叩き付けあったような、凄まじい音が鳴り響く。それが人体から響いた音などと誰が分かろうものか。

 範蔵が空を舞う。だが、達也は顔をしかめていた。

 渾身の発勁は、確かに直撃した。したが、範蔵はあの一瞬で対抗して見せたのである。

 自己に達也へと放っていた移動魔法を仕掛け、飛ばしたのだ。結果、あんな風に範蔵は空高く打ち上げられていた。もちろん痛打を与えていない筈が無いが気絶させる程では無い。

 だが、これはチャンスに違い無かった。達也は放った「トライデント」を掴むなり、範蔵へと向ける。使用するのは、初撃で決める際に放つ積もりだった基礎単一系統魔法の振動だ。

 しかし範蔵も諦めてはいなかった。エア・ブリットを放たんと起動式を展開している。だが、達也は構わず魔法式を構築し、放つ。振動は想子の波動を生み出し、それが三つ連続で範蔵へと迫る。

 一瞬早く発動した想子の波により、範蔵は見るからに顔を歪めた。まともに食らい、酔ったのだ。しかし、それでもなお彼は、エア・ブリットを一発のみとは言え、発動に成功する。それは、真っ直ぐに達也へと放たれた。

 

(これは、避けられないな)

 

 術式解体も、回避も間に合わない。それを察し、覚悟を決める。

 直後に衝撃は来た。それでも何とか後方へと身を飛ばそうとしたお陰で、意識だけは持っていかれずに済む。

 

【自己修復術式、オートスタート――】

 

 と、そこで自動に発動しかかった「再成」を無理矢理キャンセルした。

 危うい所だったと冷や汗を流し、後ろに吹っ飛びながらも、どうにか倒れずに着地した達也は、意識を失った範蔵が床へと”優しく”落ちる光景を見た。

 即座に振り向くと、オーフェンが肩を竦めている。重力制御で助けたのだろう。フッと安堵の息を漏らすと同時に、摩利が告げた。

 

「勝者、司波達也――」

 

 

(入学編第九話に続く)

 




はい、入学編第八話(後編)でした。
原作だと見事なまでの噛ませで終わり、活躍もそこそこしか無かった範蔵も、達也にダメージを与えられるくらいには頑張って頂きました(笑)
こちらで書いた通り、範蔵の戦闘スタイルはティッシのそれに近かったり。
魔法スタイルは逆にオーフェンよりなんですけどね。制御に特化していると言うか。
さて、ようやくスカウトも終わり、一巻部分もトリになりつつあります。うん、部活勧誘のアレですアレ。キースが来るか、はたまた真面目か……!
さぁ、どっちだ(笑)
ではでは、次回もお楽しみにです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第九話「これはいろいろマズイだろ……!」(By司波達也)(前編)

はい、約二週間ぶりとなります。テスタメントです。
皆様、長らくお待たせしました……! いや本当に。
言い訳させて頂きたい! このマスマチュリアの闘犬の弟をかつての二つ名としていたテスタメントですが、寄る年波に勝てず、暑さにダウンしてしまたたのです……!(意訳:暑さでへばってたら体調崩して風邪引きました、すんません)
とまぁ、そんな理由で執筆が上手くいかず二週間ばっかり更新出来ずにおりました(汗)
今回も短いのですが、後編は長くいければなと思います。
では、入学編第九話(前編)またお前か……! と達也と共に叫びつつ、お楽しみ下さい。ではどぞー。


 

 風紀委員にめでたくなった(本人にとっては、めでたくない)司波達也は夕食後、地下室を改造した作業室で溜息を吐いて頭を抱えていた。

 風紀委員になった事が原因ではない……いや、なくもないが、それより切羽詰まった事態が、達也をこうも悩ませていた。

 その原因は、作業机の上に裏にされて置かれた一枚の写真だった。

 そう、昨日にあの迷惑千万理不尽型執事たるキースによって忍ばされた七草真由美の盗撮写真である。

 これに気付いたのは、昨日帰宅した後だった。つい返すのをすっかり忘れていたのだ。今日即座に返すつもり(もちろん秘密裏に)だったのだが、深雪の生徒会入り&自分の風紀委員入りの騒動で、またもや返しそびれていた。

 そして今、昨日と同じく頭を抱える羽目となっているのだが。

 

「……どうやって返すか」

 

 これを自分が所持していると言うだけで、とんでもなくマズイ。まず考えられる率直な危機は当然、妹である深雪だ。こんなものが見付かれば、にっこりと微笑みながら一週間程度、絶対零度で氷の彫像にされかねない。

 凍らされた自分に「まだおしおきです」と笑い掛ける、一世代前のスラングにおけるヤンなんたらな妹を想像してゾクリと身を震わせる。

 なんと言うか、リアルに想像出来過ぎて、また妹がハマり過ぎて恐すぎる。

 次の危機は、学校関連だ。風紀委員に就任した自分がこんなものを持っていた事が判明した場合、おそらく停学になり、三年間「変態」と言われ続けるだろう。嫌過ぎる学校生活だ。

 更に、生徒会&風紀委員の女性陣がただでは済ませまい。

 それらのシュミレーションを瞬時に行い、達也は心に決める。これを返却か、破棄せねばと。出来るなら後者を選びたい――「分解」を使えば、跡形も無く消せる――のだが、それはそれで深雪にバレそうな気配があった。

 ならどうするかと言うと、やはり真由美に返却が一番だろう。どうしようもなくなったら自宅以外で分解すればいい。そう、心に決めると控えめなノックが響いた。

 達也はギクリとしながらも、自然な動作で写真をポケットに捩込み、いつものポーカーフェイスで振り向いた。同時に、扉が開かれる。

 

「失礼します、お兄様」

「ああ、いらっしゃい深雪。どうかしたのか?」

 

 出迎えた達也に、病院の検査着のようなガウンを身につけた深雪がこくりと頷く。そして、携帯端末形状のCADを差し出して来た。

 

「CADの調整をお願いしたいのですが――」

 

 そう言ってくる妹に怪訝な顔を返しつつ、達也は写真の対処を明日確実にする事を決め、一時的に忘れる事にする。

 それがどんな事になるか等、あのキースが弱みを握ったまま放置する等有り得ないと、達也が知るのは、次の日の昼休みであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おはようございます」

 

 朝。教室の入口で深雪が挨拶すると、それだけでざわわと皆が振り返って来た。

 一年A組で、彼女が教室に入ると毎度こんな感じであった。そして、自分の席に着くと幾人かの男子生徒が近付いて来ようとする。これもいつもの事。

 しかし、今日は早目に来ていた友人がすぐに来てくれた。光井ほのかと、北山雫だ。彼女達は、男子達より早く声を掛けてくれる。

 

「深雪、おはよう」

「おはよう」

「ええ。ほのか、雫、おはよう」

 

 まだ入学して四日だが、既に彼女達とは気軽に挨拶出来る間柄になっていた。こちらに寄ろうとしていた男子が羨ましそうな顔をしていたが、深雪からすると彼等とそのような関係になるつもりは一切無い。

 クラスメイトではあるが、友人以上には絶対にならないのは間違い無かった。まぁ、そんな彼等はいいとして。

 

「昨日、生徒会どうだった?」

「正直、覚える事が沢山で大変そうだったわ。でも、やり甲斐はあると思う。お兄様も風紀委員になられたのだし、頑張るつもりよ」

「達也さん、風紀委員になったんだ。すごいね」

 

 ほのかの質問に答えると、雫が兄の事を聞いてくれた。深雪は微笑んで――本当に嬉しそうに微笑んで頷く。

 

「そうなの。お兄様、服部副会長と模擬戦もしたのだけど、見事に勝利して下さったわ」

「副会長と!? 確か、二年生で最強の人だって聞いたよ?」

「ええ。服部副会長も、とても強かったわ……けど、その分お兄様の実力も示されたの。流石、お兄様だったわ」

 

 驚くほのかに、我が事のように頷く深雪。雫も声には出さないものの、目を見開いていた。

 深雪にとって、兄を認められると言うのは、それだけで価値があるものだ。出来るなら事細かに話して自慢しまくりたいが、流石にそれは引かれそうなので、何とか自重する。代わりに、別の話しに切り替えようとした所で。

 

「こちらに、司波ミユキ様はいらっしゃいますかな?」

 

 入り口から聞き覚えのある声が来た。この声は……と驚きながらも振り向くと、既に彼は間近に居た。

 七草真由美の執事にして、入学式、それに一昨日に騒動を散々に引き起こした迷惑執事、キースだ。彼はやけににこやかな表情で、こちらに笑顔を見せていた。

 

「貴方は……!」

「おや、こちらにおられましたか。直接話すのは、初めてになりますかな? 七草家執事の、キース・ロイヤルと申します」

 

 明確に警戒を飛ばす深雪に、しかしあくまでも穏やかにキースは接しようとする。ほのかや雫も、警戒心を滲ませていたが、全く斟酌する事なく、彼は深雪に告げて来た。

 

「実は、一つ耳寄りな情報がございまして」

「……また嘘をおっしゃるつもりですか? 今度は逃がしませんよ」

「いえいえ。このキース、嘘は決して申しません……嘘ですが」

「嘘なんじゃないですか!?」

「嘘同盟員ですので、嘘はつきませんと」

「……嘘同盟員って」

「そんなのあるの?」

「当然です。いや、嘘ですが」

『『…………』』

 

 うぁ、ブン殴りたい――三人は全く一緒に思うが、このキースが構う筈もない。にこやかなままで続ける。

 

「一昨日、ミユキ様の兄上、タツヤ殿の懐に忍ばせたマユミ様の写真を、とんと回収し忘れまして」

「あれ、嘘ついたって認めるんだ」

「嘘同盟員ですので。それでご存知ないか、聞きに来た次第でございます」

 

 雫のツッコミもさらりと躱すキースだが、三人の視線は限りなく冷たい。特にミユキは視線だけでなく、物理的に冷気を放射しはじめていた。無意識に魔法が漏れ出しているのだ……怒りで。

 

「貴方は、お兄様がそんな不埒な写真を持っていると。そうおっしゃる訳ですか?」

「返却されていないのならば、当然かと」

「貴方が、また私達を騙していないと言う保障は?」

「ありませんな」

「そうですか――度重なるお兄様への愚弄。許しません」

 

 次の瞬間、深雪から冷気が一気にキースへと襲い掛かる。無意識に発動された凍結魔法は、迷惑執事を凍らせんと迫り、しかし彼は、すっと手を差し伸ばした。

 

「ミスフィード」

 

 ぴしり、と冷気が止まる。そして、そのまま冷気は消え失せた。魔術による中和構成だ。

 深雪が目を丸くして固まる中、優雅にキースは一礼する。

 

「今のは……」

「執事としての嗜みにございます。それはそれとして、ミユキ様。私を信用なされないのは仕方ありませんが、どうか兄上殿に聞いてみるだけでも、検討して貰えませんか?」

 

 魔法を無効化されて呆然となった深雪に、キースは言い募る。そんな彼をじっと彼女は見つめた。

 キースの言い分を認めるつもりは深雪に無い。兄、達也がそんな写真を持っていないと確信してるからだ。

 そもそも、このキースは前回も今回も自分を騙している。彼自身が言った通り、信用出来る筈が無い。しかし、そう言えば一昨日も昨日も、達也は真由美に写真を返していた覚えが無いのも確かだった。なら、ひょっとして、万分の一か、億分の一の確率で、忘れていると言う事は無いだろうか? あの完璧な兄と言えど、それくらいは有り得るかも知れない……。

 

「……分かりました。お昼休みに、お兄様に聞いてみます。忘れたままでポケットに入れている可能性もありますので」

「おお……! 有り難い。感謝致します、ミユキ様。これは、その印にございます」

 

 そう言って、キースがそそくさと渡して来たものは、何故かゲイバーの、ストリップ劇場の入場券だった。それに気付くと、深雪は軽く悲鳴を上げて、その場に投げ捨てる。

 

「こ、こんなものを渡さないで下さい!」

「おや、お気に召しませんでしたか? 私のかつての婚約者と元主は、このような場所に出入りしておりましたが」

「どんな婚約者と主ですか!」

「まぁ、それはそれとして。では、よろしくお願い致します」

 

 なお、元主であるボニー・マギーにそんな趣味は無かったので悪しからず。

 ともあれ、そう言って再び一礼すると、ぱかりと教室の床が開き、キースは消えた。

 あんまりにも、あんまりな退場の仕方に、三人どころかクラスの皆は絶句する。

 

「……ここにも、落とし穴あったんだ」

「ひょっとして、本当にここって、あの人のトラップだらけなんじゃ」

 

 雫とほのかが揃って顔を青くする。それを尻目に、深雪は一人頷いて決心した。まず、兄に確認する。そして対処を決めようと。きっと持っていないか、忘れただけの筈だ。

 しかし、もし、”そうじゃなかったら”――どうしてあげようかしら?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 魔法科高校も、基本的には普通の学校と変わりない。それは、昼休みもそうだった。四限目の数学を終え、達也は席を立つ。

 隣の美月や前のレオ。こちらに近付いて来たエリカへと視線を向けると、彼女達も笑って来た。

 

「また生徒会室? 昨日に引き続き、今日も熱心だね、達也くん」

「からかうなよ、エリカ。それに、今日はちょっと用事もあるんだ」

「そうなんですか? でも、達也くんって、毎回用事があるような……」

「そりゃ言えてるな。何か、毎度忙しそうにしてるイメージがあるよな」

「……そんなに落ち着いていないように見えてるのか、俺は」

「そう言う意味じゃなくて……ほら、休んでる所をイメージ出来ないと言うか」

 

 美月、レオ、エリカに交互に言われ、そんな事はないぞと達也は思うのだが、ここに入学して以来、あちこちで騒動に巻き込まれているのも確かである。

 その半分は、あのキース絡みと言う所がまた泣ける。そう言えば、一日置きにキースは絡んで来ていた。今日も、あるいは……。

 胸ポケットの写真も早々に対処すべきだろう。そう結論し、三人に手を振って歩き出そうとした所で。

 

「失礼致します。こちらに、お兄様はいらっしゃるでしょうか?」

 

 入口から、凜とした声が届いた。そちらに目を向けると、深雪がそこに居る。彼女は達也を見付けると、一礼するなり教室に入って来た。

 昨日もそうだったが、今日も達也は彼女と待ち合わせて生徒会に行く予定だった――もちろん写真は返して――のだが、まさか彼女がここに来るとは。

 どう言う事なのかと訝しんだ所で、深雪が前に到着するなり率直に聞いて来た。

 

「お兄様、一昨日の写真なのですが、ひょっとして、まだお持ちになっておられませんか?」

 

 達也は一瞬、何を言われたのかと呆然となる。何故、深雪がそれを知っているのかと。

 達也は相変わらずの無表情に見えるが、深雪は僅かな気配の変化に気付いた。警戒にも近い気配が僅かながら、兄からする。

 

「……お兄様?」

「ああ。いや、確かに持っているよ。今から会長に返そうとしていた所でね」

「……お兄様? 写真の事を知っておられたのですか?」

「ああ、それが」

 

 どうかしたのか、と達也は続けようとして、出来なかった。何故なら、微笑む深雪から急激な冷気が放出されたから。

 一瞬で春のうららかな空気がロシアの永久凍土を思わせる寒さへと変わる。

 

「み、深雪?」

「お兄様、もう一度確認致します。”写真を持っていたと知っていられたのですね?” 今の今まで、忘れた訳でもなく。――つまり、”持っていたかった”、と」

「待て! その発想の飛躍はおかしい! おかしいぞ深雪!?」

 

 それは流石に理不尽過ぎるだろと達也は叫びたくなると言うか叫んでいたが、深雪はその全てを無視した。

 可憐な微笑は、より可愛いさを増す。それに比例するように、猛烈なプレッシャーが迫り来ていた。

 

「信じていたのに……お兄様が、まさかそんな不埒な写真を持っていたかったなんて、思わなかったのに……ウラギリマシタネ?」

 

 もはや何を言っても無駄。それを悟り、達也は一時離脱を図るべく、凄まじい体捌きで教室の真ん中から窓へと疾走すると、身を踊らせた。

 ガラスを自身の身体で叩き割りつつも、飛び降りた。

 実に鮮やかな逃げっぷりである。だが、教室の誰もが唖然とする中、深雪だけは冷たい視線のままに呟いた。

 

「お兄様。私から、逃げられるとお思いですか?」

 

 ふふふふ、と聞こえた笑い声は決して幻聴ではあるまい。そして、深雪は教室から出ていった。それを皆は見送って。

 

「……何だったんだ?」

「さぁ……?」

 

 レオの疑問に答えられる筈もなく、エリカと美月は首を傾げた。

 しかし、彼等はまだ知らない。騒動の始まりは、まさにこれからだと言う事を。それを知るまで、後数秒後――。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(どう言う事なんだ……!?)

 

 中庭を異様な速度で駆け抜けながら、達也は内心で叫ぶ。その疑問は当然、深雪であった。

 何故、写真の事を知っていたのか。そして、何故あれ程の怒っているのか。いや、怒るのは分かるのだが、さっきの深雪は尋常では無かった。

 果して、朝別れてから彼女に何があったと言うのか。

 

(とりあえず、さっさと七草会長に写真返してしまおう)

 

 生徒会室へと向かいながら、そう思う。最悪の場合は「分解」してしまえばいい。

 だが、そんな達也をオーフェンが見たらきっとこう言っただろう。「最悪と言うのは、考えてた以上に最悪ってのがあるもんだよ。奴が絡むと特に」と。その最悪は、すぐに来た。

 

《第一高校の皆様、三日ぶりにございます。七草家執事の、キース・ロイヤルにございます》

 

 唐突に聞こえた校内放送に、達也は吹き出しかけた。声の主は、あのキースだったから。

 どうやって校内放送を乗っ取ったのかは謎だが、それより遥かに気に掛かる事がある。理由だ。

 何の為に、校内放送を乗っ取ったと言うのか――嫌な予感がする、と言うか、それしかしない。それは大正解だった。

 

《今回、校内放送を使わせて頂いたのは、一つのお願いがあるのです。実はつい先日。我が主、七草マユミ様の盗撮写真が校内に出回り、それを回収したのですが……一枚だけ、回収を忘れた写真がありました。それを是非とも、皆様に回収して頂きたいのです! 何、タダとは申しません。写真には賞金を掛けましょう……部費に使うもよし、個人で使うもよしであります!》

「あ、あ、あの執事……!」

 

 全ての事情を悟り、達也は走りながら頭を抱えた。深雪の件も、これで理解した。全ては、あの執事の仕業だったのだ!

 達也は自分が甘く見ていた事を後悔する。あの執事が用意した以上、この写真はヤバい代物だったと。

 

《加えて、その写真を進呈してもいい……マユミ様ファンクラブの方々の協定は、一時的に凍結。写真に関して、一切の制限は無しとさせて頂きます!》

 

 何だ、ファンクラブって。あるのか、そんなものが。いやあるのだろうが……達也はげんなりとしながら、走る速度を上げた。あの執事が次に何を言い出すか、分かりきっていたからだ。つまり。

 

《なお、写真を持っているのは、一年E組、司波タツヤ殿であられます……では、皆様、ご武運を!》

『『見付けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』』

 

 次の瞬間、走る達也を見てか、次々に生徒達がこちらを指差して来た。同時に、何人かが追ってくる。

 案の定、顔を知られているらしい事に涙したくなりつつ、達也は走る速度を更に上げた。

 だが、その前にずざざと土煙を上げながら立ち塞がる者達がいた。彼等はCAD無しで、一斉に魔法式を展開しようとする。

 

「我等、七草会長ファンクラブ、『もっと(M)もっと(M)マユミ(M)様』のナンバー三十二、溝口巧!」

「同じく、ファンクラブのナンバー二十一、新井紡!」

「そして栄えあるナンバー七、二十日矢来! 司波達也、大人しく写真を――」

「自己紹介が長い!」

『『な、何ぃ!』』

 

 決めポーズまで取ろうとするMMMとやらを、達也は一気にジャンプし、全員を踏み付けて飛び上がった。

 そのまま窓の縁に指を掛け、身体を引っ張り上げる。窓は開いていたので、すぐに身を校内へと滑り込ませた。

 

『『お、俺達を踏み台にしただと……!』』

 

 これ以上コントに付き合ってやる義理も無い。なので直ぐさま、達也は走り去る。そして生徒会室へと続くルートを頭の中で思い描き、絶望した。

 どう考えても、辿り着く前に捕まる。生徒達に捕まる分にはまだいいが、深雪に捕まると目も当てられない。

 なので最終手段を取る事にした。つまり、「分解」による写真の抹消! モノが無くなれば、この騒動もまだマシになる筈だ。

 走りながら写真を取り出すと、直ぐに「分解」を発動。原子単位で消し去ろうとして――愕然とした。

 たかが写真である。その写真が、「分解」を弾いたのである。「目」は、これがただの写真だと訴えている。なのに、これはどう言う事なのか……。

 

「おいタツヤ!」

「っ……! お、オーフェンさんでしたか」

 

 声を掛けられ、びくっとなりつつ――つまり、それだけ驚愕で我を忘れていた――達也は振り向く。そこには案の定、どこか皮肉気な容貌の特別講師兼ボディーガード(本来は逆)、オーフェンが居た。

 

「お前、またキースに絡まれてるようだな。よくもまぁ……」

「俺が望んだ事ではありません!」

「そりゃ分かるが……写真はお前が持ってるのか?」

「ええ、これです」

 

 動揺を何とか隠しつつ、達也はオーフェンに写真を手渡す。表では、真由美の下着姿が写っていたが、オーフェンは全く気にも止めず写真をためつすがめつ、よく見る。

 もちろん、助平な根性を発揮した訳ではない。何か仕掛けられていないか、確認しているのだ。やがて思いっきり顔をしかめると、達也へと視線を向ける。

 

「あ、あの野郎……おいタツヤ、これ、本当にキースに渡されたものなんだな?」

「忍びこまされたが正解ですが……はい」

「これ、燃やそうとか切り刻もうとか、何でもいい、何かしようとしたか?」

「はい、たった今消そうとしました。ですが、何故か出来なくて」

「だろうよ。魔法師でも魔術士でも不可能だからな」

「は……?」

 

 深い、深ーいため息を吐くオーフェンに、達也が疑問符を浮かべる。それは、一体どう言う事なのかと。

 オーフェンはそんな達也に額に手をやり、頭痛を抑えるようにして、答えた。

 

「これは人間の魔法の産物じゃない」

「……は?」

「”精霊魔術の媒介”……契約書だよ、これはな」

 

 ひらひらと写真を振りながら、オーフェンは達也に告げる。

 平和の獣、フェアリードラゴン・ヴァルキリーの精霊魔術。”その再現術”であると、彼は告げたのだった。

 

 

(入学編第九話後編に続く)

 




はい、入学編第九話(前編)でした。
キース……お前何でもありすぎだろうと言うか、精霊魔術を再現とかお前どうやった!?
ええ、答えは一つでございます読者様方。
「キースだから」
よし、オチた(嘘)
しかしまたかキース……と言うか、もはや学校中に精霊魔術使ってないだろうなと怪しい事この上ないのですが、まぁキースですんで(笑)
あ、MMMの元ネタは分かる人は分かる筈と信じてます(笑)
しかし、深雪と被りそう……そこらはどうなるのか。
では、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第九話「これはいろいろマズイだろ……!」(By司波達也)(後編)

はい、二週間ぶりです! テスタメントです!
いやぁ、お待たせしました。入学編第九話(後編)をお届けします。
後編にもなってあれなんですが、話しの落着点に苦労しまして……。
キースも深雪も散々暴走してくれたおかげで……ええ(笑)
ああ、深雪が今回よりクラスチェンジを果たすのでお楽しみに(笑)
ではでは、第九話(後編)どぞー。


 

 精霊魔術。それは、平和の獣、フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリーの魔術だ。

 簡潔に説明すると、契約によって意思ある自然現象「精霊」を生み出し、それを使役する魔術である。これだけ聞くと、この世界の精霊魔法と同じに見えるが、実質は全くの別物だ。まず、この世界の精霊――プシオンで構成された非物質存在とは概念からして違う。

 フェアリー・ドラゴンが生み出す精霊は、全自然のエネルギーを仮定の上で擬人化したもので、このエネルギーは他の魔術と比べても桁外れに強力だ。そもそも一個体の持つエネルギーと全自然のエネルギーを比べる事自体に無理がある訳だが……それはさておき、これだけでも根本から違うものだと分かる。

 また使役する方法も違う。精霊魔法は魔法式により精霊を駆使するが、精霊魔術は契約によって使役される。契約そのものが魔術発動の媒体となるのだ。

 その為、精霊は契約に絶対に従うし、契約に無い事は起こせないし、起こりえない。例えば、精霊魔術で攻撃の契約をした場合、対象を殺傷するか否かを契約の内容に入れない限り、精霊は対象を殺傷しないのだ。つまり攻撃しても怪我一つ起こさないと言う現象にしかならない。

 逆に対象を……例えば自分を殺す契約なんてものをしてしまうと、もうどう足掻こうが、必ず殺される。有効範囲に空間や時間は一切関係が無いのも特徴と言えよう。

 

「……と、まぁ大雑把に説明したが、そんなもんだと思え」

「成る程」

 

 オーフェンは真由美の下着姿の写真をぷらぷら振って締めくくり、達也も頷いた。

 重要な所はかなりぼかして説明したのだが、即座に頷いたあたり、そこら辺も理解したのか。やはりこいつは油断ならないなと苦笑して、オーフェンは写真に目を落とす。

 この写真が、今説明した精霊魔術の契約書であった。契約自体を形に残さねばならないのも精霊魔術の特徴なのだが、いくらなんでもこれは無いだろう。そもそもどうやったら、契約をこれに出来るのか。

 

「あの野郎……出鱈目は毎度の事だが。最近、更に窮まって来やがったな」

「出鱈目が窮まるって意味分かりませんが」

「その辺はニュアンスで理解しろよ」

 

 自分でも無理あるなと思いつつも、オーフェンは写真を達也に返す。彼は嫌そうな顔を一瞬浮かべたものの、拒否せず受け取った。

 写真自体がアレなのもだが、そんな訳が分からないものを持っていたくないのだろう。いや、そもそも。

 

「これ、契約書と言いましたが、どこにそんな記述があるんでしょうか?」

「ああ、構せ――魔法式な。分からないか?」

「はい」

 

 達也は頷きながら「目」で、じっと写真を見る。しかし、やはり分からない。どこも魔法式らしい部分が無いのだ。

 オーフェンの話しからすると、契約書自体が一種の魔法式と考えられるのだが。

 ちなみに「分解」出来なかった理由も、そこに原因があった。魔法式の情報を理解していなければ「分解」出来ないのだ。あれは、完全に把握出来て、はじめて可能な魔法だから。

 オーフェンは達也の返答に再度苦笑して、写真を――偶然、真由美の顔のあたりだった――指差す。

 

「お前、目に頼り過ぎとか言われるだろ? 見え過ぎるのも考えものだな……」

「どう言う意味でしょうか」

「そのまんまの意味だよ。その契約書だが、写真じゃない」

「……は?」

「それ、文字絵だ」

 

 ばっと、達也は写真を目一杯に引き寄せて見る。そして、オーフェンが言ってる意味を理解した。

 これは写真では無い。絵を全て文字で表した、文字絵であった。よく見ると、全ての輪郭が文字で形成されている。

 

「正確には、写真の上から輪郭を極小の文字でなぞってる感じだな。米粒に文字書くより細かいぞこれ」

「な、なんて無駄な……」

 

 オーフェンの補足に達也は思わず頭を抱えそうになった。

 「目」が写真であると分析したのも当然。そして、達也もただの写真と「分解」をした。もちろん出来る訳が無い。

 オーフェンも、ややげんなりとしながら頷く。

 

「最初に言ったと思うが――あの野郎、ちょっとでも自分が面白いと思ったら、どんな理不尽やらかしてでも達成しようとしやがるからな」

「その努力をもっと別な所に向けられないんですか、あの執事は」

「そんな有り得ない事言うなよ」

「そこまで言いますか……」

 

 達観したようなオーフェンの口ぶりに達也もため息を吐きながら、改めて見る。

 文字は凄まじい量であり、しかも理解不能な記述であった。少なくとも、魔法式の記述とは別物だ。

 これでは「分解」は不可能だろう。しかもこれ自体が魔法式なので、物理的手段で破壊も出来ない。術式解体も、物理には効かないので意味が無い。様々な意味でお手上げだった。

 

「まぁ、まだ発動してないのが救いだな。あの野郎が、どんな契約内容にしたかなんて考えたくもないが」

「全くです」

 

 二人は深く頷く。これでこの精霊魔術が発動した日には、目も当てられない。どんな災厄が引き起こるのか、想像すらしたくなかった。

 

「おっと、そうでした。忘れておりましたな。では、ぽちっとな」

 

 次の瞬間、音も無くキースが開いた天井から逆さまに現れるなり、達也が持った契約書を指で押す。そして、再び開いた床へと消えた――。

 

『『……ああ――――――――――――!?』』

 

 一瞬の沈黙を挟んで、オーフェンと達也は悲鳴を上げるが、時既に遅し、契約書は光り輝きはじめていた。文字が光っているのだ。

 そして、光はすぐに消えた……が、二人は顔色を真っ青に変える。言うまでもなく、精霊魔術が発動したのが分かったからだ。

 オーフェンはすぐさま、キースが消えた床へと手を開いて向ける。

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 意識するまでもなく瞬時に編み上げた構成が、叫びにより実体化し、光熱波となって熱と衝撃波をぶち撒ける。

 魔法科高校ならではの耐衝撃構造を持った床は、光熱波の一撃に穿たれ、大穴を開けた。そこからすぐにオーフェンは顔を覗かせ、下の階を見るがキースの姿は案の定、どこにも無かった。

 

「くそっ! 遅かったか……!」

「オーフェンさん、床ぶち抜いて大丈夫なんですか!?」

「後で直しとくから問題ねぇよ。それよりタツヤ、なんともないか?」

「はい、今の所は何とも――」

 

 そう言った所で、達也の顔が強張る。それは契約書を摘んだ指を見てだ。

 やがて契約書の上面を掴むと、無理矢理引っこ抜こうとする。しかし、うんともすんとも言わなかった。

 

「何やってんだ、お前」

「……オーフェンさん、重要な事実が判明しました」

「は?」

「写真から指が離れません……!」

「…………」

 

 必死な表情で右手の写真を取ろうとする達也だが、契約書は取れる気配が無い。

 それを見て、オーフェンは遠くへと視線をやる。そこでは、リンパ線で交信できるとまことしやかに謳われるルヒタニ様をはじめとした精霊と妖精が、お花畑で舞っている。

 オーフェンは見た事もない穏やかな顔で、そこに踏み出した。お花畑は、きっと、こんな酷い現実なんてないに違いない。さぁ、今行くよ――。

 

「どこに行く気ですか、オーフェンさん……!?」

「ちっ!」

 

 現実逃避しつつも、その場から逃げ出そうと言う華麗な計画を即座に看破され、舌打ちする。

 達也はジト目でこっちを見据えて来ていた。

 

「真面目に考えて下さい! どうすればいいんですか、これ!?」

「どうしたらと言われてもな……もう、どうしようも無いとしか言いようが無いんだが」

 

 どこをどうやったかは知らないが、間違いなく、これが精霊魔術の契約内容に違いなかった。

 触れた部分から離れなくすると言う契約らしい。

 そして発動したからには、もう解術の方法は無いに等しかった。

 

「精霊魔術はさっきも言ったが、一旦発動すると、どうしようも無い。まぁ大抵期限付きだから、後は強く生きろ。それじゃあな」

「見捨てる気ですか! そうはさせませんよ!」

「あ、てめぇこら! 離しやがれ!」

「断固として断ります! 離してほしければ、何とか――」

「お兄様♪」

 

 ……唐突に、周囲の温度が真冬のそれへと変化した。同時に響き渡るは、聞き慣れしも美しい声音。だが、達也は凄まじい寒気を感じていた。

 何故かオーフェンまでも、真っ青になりながら、二人して振り向く。そこには、優しく微笑む美しい般若がいた。

 

「み、深雪、さん……?」

「お二人とも、随分仲がよろしいですね♪ 深雪は嬉しく思います。……こんな往来で、破廉恥な写真を披露するなんて♪」

 

 

 語尾に音符マークがついてるような上機嫌に聞こえるが、あれは違うと二人は直感する。

 その証拠に辺りが霜を通り越して、完全に凍り付き始めていた。

 

「待て! これには深い、深い訳があるんだ深雪!」

「深い訳、ですか?」

「ああ! 実は――『こんな風に破廉恥な写真をおっぴろげるのが大好きなんだ俺は』……!?」

 

 自分は今何を言ったのか。達也はものの見事に絶句する。オーフェンすらも、顔を引き攣らせていた。

 訳を説明しようとしたら、全く違うと言うか無茶苦茶な台詞が自分の口から飛び出していた。これは……!?

 

「お、オーフェンさん?」

「……これも、契約っぽい」

「あの執事ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――!」

 

 絶叫するが、無論意味などあろう筈が無い。それは、もちろん目の前の鬼にも意味が無いどころか、火にTNT爆薬をトンレベルでくべる事を意味していた。

 深雪は、達也ですらも見た事が無い程の、透明な微笑みを浮かべて。

 

「オニイサマ♪」

「……なんでしょうか、深雪さん」

「カクゴハヨロシイデスネ♪」

 

 そして、明らかに絶対零度の冷気が押し寄せる! 「分解」したい所だが、間に合わないだろう。

 ああ、なんか人生上手くいって無かったなと、最後の涙を流しそうになった所で、オーフェンが構成を編み上げた。

 

「我は踊る天の楼閣!」

 

 直後、達也の視界が一変する。校内の廊下にいた筈だが、その真横の中庭に変わっていた。

 これは、あの時の亜光速移動――擬似空間転移か。しかし、今回は壁越しに転移していた。あの魔法式では、障害物は通り抜けない筈だが……?

 

(いや……違う。あの時の魔法式に、もう一つ記述が足されていた……?)

「我は閉ざす境界の縁!」

 

 更にオーフェンは窓に向かって手を翳して叫ぶ。がくん、と窓が細かく揺れた。封印用の構成である。これで、この窓は簡単には動かなくなった筈だ。そして、すぐさまオーフェンは次の構成を解き放つ。

 

「我は誘う贖罪の眠り!」

 

 こちらも封印用の構成――しかも、凍結させて物理的に封印する構成だ。

 今度は窓どころか、校舎が丸ごと凍り付いた。そこまでやって、ようやくオーフェンは安堵したように息を吐いた。

 

「ここまでやったら、あの魔神と言えど簡単に出てこれないだろ……!」

「人の妹をそこまで言いますか」

「お前は何も分かっちゃいない」

 

 オーフェンは嘆くように首を横に振る。そして先程の深雪と自分の姉達のイメージが重なり、身をぶるりと震わせた。

 あの手の姉妹は一旦ああなると、もうどうしようも無い。死ぬ気で抵抗せねば命がピンチだった。

 

「女ってのはな、いくらでも鬼にも悪魔にもなれる存在なんだ……! 特に姉とか妹とかはな!」

「実感こもり過ぎてて怖いんですが」

「すぐに分かるさ、すぐに――」

「お兄様? オーフェン先生?」

 

 台詞の途中で、いきなり深雪の声が来た。二人とも息を詰まらせ、ぎぎっと窓へ視線を向ける。そこには、深雪のシルエットが映っていた。向こう側から話しかけているのか。

 二人揃って冷や汗を流す中、彼女の声だけがただ届いた。

 

「逃げようなんて、お考えにならないで下さいませね? すぐに、そちらに参りますから」

 

 ぴしり、と封印した凍結が剥がされる。CADも無しに、解除されている証だ。

 二人は顔を見合わせると、頷く事すらせずに逃げ出す事にした。

 

「すぐに、ここも魔境になる」

「ええ、急ぎましょう。ひたすら速く」

 

 ふふふふふ、と笑い声が聞こえたのは気のせいか。そうであって欲しいと天に祈りつつ、二人はただ走り続けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 とにもかくにも、まず契約内容を把握しなければ話しにならない。

 達也とオーフェンはそう結論した。契約期間も、契約破棄の条件にしても、内容を知らなければ手の打ちようがないからだ。

 校舎を迂回するように駆け抜け、中庭を横断する。

 今の所、分かっている契約内容は、1、契約時に触れていた場所が離れなくなる。2、契約内容を話そうとすると、突拍子の無いものにしかならない。そして新たに判明した、3、写真を隠蔽しようとすると妨害が入る、だ。

 いくらなんでも真由美の下着姿を晒し続ける訳にいかないと手を講じたら、全て衝撃波で弾かれたり、突風が吹いたり、猫の集団に襲われたりと、ろくな目に合わなかったのだ。

 そんな訳で現在契約書は、達也の右手指に固定されたまま、内容を露出した形である。そんな写真を手に駆ける二人。言うまでもなく変態だった。

 そしてこれも当たり前だが、深雪以外にも写真を狙っての襲撃は続いた。

 

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 

 オーフェンの叫びと共に、衝撃波が周囲にばら撒かれる。それは、押し寄せんとする男子生徒達を容赦無く吹き飛ばした。

 MMMの一団である。彼等は犠牲(死んでない)をものともしない。厄介に、厄介な奴らだった。

 衝撃波を耐えたかどうにかしたのか、幾人かの生徒が苦痛も何のそのと押し寄せる。

 しかし、そんな彼等を待っていたのは、達也の打撃だった。

 

「ぐふっ!」

「げはぁ!?」

 

 一人目の顎を掌打で打ち抜き、続く二人目のこめかみを蹴りで貫く。

 普段はやや手加減をするのだが、今回は達也も加減せずに叩き伏せていた。ここぞとばかりに鬱憤を晴らしているのか、ようは八つ当たりだ。

 

「写真を寄越せぇぇぇぇ――――!」

「ええい、しつこい!」

「はぐっ!?」

 

 迫って来た二年一科生の男子の頭頂部をどついて昏倒させる。

 ついにオーフェンまでもが、魔術ではなく打撃で撃退するまでになってしまった事に、達也は舌打ちした。

 MMMの連中を全員退けるのは問題無いが、このままでは間違い無く魔神(深雪)に追いつかれる。そうしたら、待つ未来はただ一つ。永久に凍り漬けだけだ。

 いくら愛する妹と言えど、こんな詰まらない出来事で命を失いたくは無い。

 

「オーフェンさん!」

「分かってる、一旦逃げるぞ! 我は流す天使の息吹!」

『『どわぁ!?』』

 

 即座に編み上げ、放たれた構成は突風を巻き起こし、押し寄せた連中を纏めて薙ぎ倒す。

 その機会を逃さず、達也はオーフェンにしがみつくと、即座に次の構成が展開された。

 

「我は駆ける天の銀嶺!」

 

 どん! と、天地逆さまにしたように猛烈な速度で、二人は空へとすっ飛ぶ。重力操作による飛行術だ。

 あっとMMMの連中が止める間も無く、二人は屋上へと着地する。

 

「よし、これで時間は稼げる筈――」

「そうはいかないのよ、これがね」

「な……!」

 

 ふぅと安堵の息を吐こうとした所で、響いた声に二人してギョっとする。

 そこには、写真に写った少女と、その仲間達がいた。

 七草真由美を始めとした生徒会メンバー+渡辺摩利、そしてスクルドだ。

 鈴音とあずさ以外は、それはそれは素敵な笑みを浮かべていた。

 

「……達也君? その手に持ってる写真、いつまで晒してるつもりかしら」

「…………」

「あー、マユミ、話せば長くなんだが、今ちょっとタツヤは説明出来ない状況なんだ。キースのせいなんだが……」

「そんな事は分かってるの。キースが絡んでて、原因じゃなかった事なんてないんだから。それより、いつまでそうしてるかって聞いてるのよ」

 

 沈黙せざるを得ない達也に代わって話すオーフェンに、真由美が間髪入れずに答えと問いを寄越した。

 状況は何とかなく分かってるが、何でさっさと解決しないのかと言いたいらしい。しかし、達也とオーフェンからすると、それこそすぐに解決出来る問題では無かった。

 

「オーフェン師……我々もあの執事が原因と言う事は分かります。しかし、司波と貴方が騒動を拡大してるようにも見えるのもまた事実。生徒会も風紀委員も早急な解決を望んでいるのです」

「そりゃ俺達も出来るならさっさとしてるさ、マリ。だが、そう簡単に出来たらこんな苦労してないんだよ」

「んー? その写真、どうにか出来ないの?」

「まぁな。スクルド、精霊魔術の契約書って言ったら、これが何なのか分かるだろ?」

「……あー、そういう」

 

 ようやく得心がいったとスクルドが頷く。つまり、契約の関係で達也はあんな状況だと言う事だと。

 真由美達がこちらに説明して欲しそうな顔をしているが、スクルドは困った表情を浮かべた。

 オーフェンと達也が説明に窮した意味を理解したのだ。今からそれをするのも長すぎる。

 

「んーとね、今タツヤが持ってる写真。なんかの魔術道具の一種なんだよ」

「”魔術”道具? て事は、”あの”?」

「んーん、それとはまた別の魔術」

 

 簡単に言うスクルドに、ようやくあずさ以外の三人は理解の色を示す。それが何なのかは分からずとも、厄介な状況だとは理解したと言う事だ。ただ一人、あずさだけは困惑していたが、真由美は構わずオーフェンに視線を戻す。

 

「オーフェン、達也君はどんな状況なの?」

「指を写真から離せない。状況の説明を出来ない。写真を隠せない。おまけに、写真を破損も出来ない。ついでに、今俺達は魔神に追っかけられてる」

「魔神って?」

「深雪の事です」

「え? 深雪さん?」

 

 ようやく話す事が出来た達也から名を聞いて、真由美達は戸惑う。まだ、深雪が生徒会入りして間も無いので、彼女が達也に関していろいろあった場合、どうなるのかを知らないのだ。

 

「ぶっちゃけだな、今あいつ相当キレてるんだよ。狙われてるのは、タツヤと何故か俺だ」

「……なんでオーフェンまで?」

「知るか!」

 

 本当に何で俺までとオーフェンは思うが、関わったのが運の尽きと諦めるより他無い。達也もげんなりとしていた。

 そんな二人に真由美と鈴音、あずさは目を合わせ一様に申し訳なさそうな顔となった。

 

「……えっとね、オーフェン、達也君。深雪さんに追われてるのよね?」

「だからさっきからそう言ってるだろ」

「居場所知られるとまずかったりする?」

「そりゃな。封印まで掛けて撒いたんだ。今追いつかれたら命がヤバい」

「そっか。うん、ゴメン」

「何を謝って――」

 

 そこまで言った所で、真由美が携帯端末のメールを二人に見る。それは深雪へのメールだった。内容は「二人が屋上に来たわ。深雪さん、すぐ来て」

 

「……タツヤ!」

「はい、すぐに!」

「すぐに、どこへ行かれるお積もりですか?」

 

 頷き合い、屋上から飛び降りようとした所で、声が来た。誰の声か確かめるまでも無い。

 続いて、ぺたり、ぺたりと奇妙な音が響き、やがてそれが現れる。

 まず一同が見たのは、顔を覆い隠すように垂れ下がった前髪。そして、身体中に粘液を纏った妙な修道服だった。そこから触手がうじゃうじゃと伸び、尻尾まで生えてるように見えた。

 あまりにあまりな姿に皆は絶句。様々な条件で、それが誰かを分かってる筈の達也でさえ口をあんぐりと開いていた。

 

「さ、サマンサ……!?」

 

 そしてオーフェンは、その見覚えのあると言うか一生忘れられる筈の無い姿におののいたように呻く。

 司波深雪、彼女の姿はかつてトトカンタで金貸しを営んでいた際の元締めの姿をしていたのだ。トトカンタ怪人七人衆とオーフェンが勝手に呼んでいた(ちなみにキースもそこに入る)のだが、まさか異世界で見る事になろうとは。

 やがて粘液で周囲を濡らしながら、深雪は屋上へと完全に上がって来た。

 

「ふふ、苦労しました。お二人とも、鬼ごっこがお得意なのですね?」

「み、み、深雪、さん? それは……?」

「私は、あの執事さんを誤解しておりました。お兄様の悪行を教えて頂いたばかりか、こんなものを提供して頂けるなんて」

「また奴か――――!」

 

 ついには頭を抱える達也に、一同は憐憫の目を向ける。

 だが、すぐにオーフェンが、はっと気付いたように顔を上げた。達也へ振り向く。

 

「おい、タツヤ! うなだれてるんじゃねぇ!」

「ですが、オーフェンさん……深雪が、あんな、あんな」

「気持ちは分かるが、ありゃただの服らしいから今は置いとけ! それより、キースがあれをミユキに渡したって事は――」

 

 そこまで言われて、ようやく達也も気付く。深雪にアレを渡したと言う事は、キースは間近に居る筈だと。

 すぐに「目」を最大範囲で展開。すると物質を透過し、イデアから直接情報が目に送られる。そして達也はついに、それを見付けた。

 足元、屋上の真下の教室に潜む執事の姿を。

 

「オーフェンさん、下です!」

「我は放つ光の白刃!」

 

 達也の指示に即座に応え、毎度お馴染みである光熱波の構成を編み上げると、すぐにぶっ放した。それは屋上に容赦無く大穴を開け、下の教室にまで達した。

 

「ちょ、ちょっとオーフェン……!?」

「穴を開けて逃げる積もりですか? させませんよ」

 

 悲鳴じみた問いを寄越す真由美と、あくまで冷たくにじり寄る深雪。しかし、その二人の声を達也とオーフェンは無視した。

 穴をじっと見る。やがて熱波と煙を引き裂くようにして、空中三回転に捻りを加えつつ、誰かが飛び上がって来る。

 それはやはりと言うか、キースだった。彼は、すっと深雪の横にポージングを決めて降り立つ。

 

「ふ……よくぞ私を引っ張り出しましたな、タツヤ殿、黒魔術士殿……!?」

「どやかましいわ! てめぇ、洒落にならん事を次々しでかしやがって……!」

「とりあえずこれの解除条件か期限を教えろ! 今なら、命だけは保証してやる」

 

 わめくようにして、二人はキースへと詰め寄る。ようやく見付けた手掛かりだ。何としてでも、ここで終わらせなければなるまい。

 しかし、そんな二人の前に立つ者が居た。サマンサスーツを着た深雪だ。

 彼女は赤光を放つ目をぎらりと向ける。

 

「ふふふ、オーフェン先生もお兄様も。今は深雪の相手をして下さいませんと」

「ええぃ、この魔神め……! 俺達の前に立ちはだかるか!?」

「当然です。執事さんは、この素敵スーツを下さった方。貴方達に手は出させません」

(気に入ったのかそれ……!?)

 

 ずるぺたと粘液を撒き散らしながら這い寄る深雪に、達也は愕然とする。

 まさか最愛の妹に、こんな特殊な嗜好があろうとは。出来れば、知りたく無かった事実である。だが、今は彼女をどうにかしなければならない。

 ぐっと息を呑み、覚悟を決めると、達也はサマンサ深雪(オーフェン命名)に優しい顔で近付いた。

 

「お兄様……?」

「深雪、どうか分かってくれないか。そのスーツを着て、素敵になったお前を、俺もオーフェンさんも攻撃したくないんだ」

「そんな、お兄様、素敵だなんて」

 

 唐突な達也の台詞に、深雪はいやいやをするように身体を揺さぶる……その度に粘液が撒き散らかされて女性陣が引きまくっていたが、それは置いておくとする。

 達也を愛してると公言して憚らない深雪は、彼に褒められると弱い。ぶっちゃけジゴロと言うか卑劣なのだが、今は手段にこだわっている場合では無かった。

 やがて至近距離まで近付くと、達也は深雪の頬に手をやる――その際にねちょりと粘液が手に付いたが、気合いで顔に出さない事に成功した。

 

「深雪、信じて欲しい。俺はお前を裏切ってなんかいない。事情の説明は出来ないが――いいね?」

「お兄様……分かりました」

「いい子だ」

 

 ようやくヤンモードから落ち着いた深雪に心の底から安堵しつつ、背後のオーフェンにちらりと視線をやる。彼は呆れたように半眼になっていたが、頷いて見せた。

 

「さーて、キース。覚悟はいいな?」

「く……! まさか裏切られようとは!」

「その前に貴方、私の執事でしょ? 毎回裏切ってるの貴方じゃない」

「そんな些細な事はいいのです!」

「些細かなぁー?」

 

 いけしゃあしゃあとほざくキースに、スクルドが当たり前のように疑問符を浮かべるが、普通に無視された。歎くように天を仰いで、大袈裟に言う。

 

「もはや一人……。ふ、真なる執事は孤高なもの。そう言う事なのですね?」

「執事が孤高じゃダメだと思うが」

「オーフェンさん、そんなどうでもいい事は置いておいて、今は」

「おっとそうだった。やいキース! とっととこの契約内容吐きやがれ」

「やれやれ、仕方ありませんな」

 

 これ見よがせに肩を竦めるキースに、ぎりっと一同は歯を軋ませるも何とか我慢。とりあえず説明させるだけさせる事にする。ぶっ飛ばすのは、その後でいい。

 やがてキースは指を一つずつ立てて契約内容を話しだした。

 

「まずは一つ、魔術発動時に契約書に触れた部位を固定化します」

「おかげでえらい目に会った……」

「次に二つ目、内容を誰かに話そうとするとランダムで適当な言葉になります」

「やたら悪意があったように思えたがな」

「三つ、写真の内容を決して隠す事が出来なくなります」

「……キース、後で話しがあるわ。いいわね?」

「もちろんですとも、マユミ様。そして四つ目は以上の契約を三十分に渡り継続する事――」

「三十分? て事は」

 

 期限を聞いて、オーフェンは腕時計に目を落とす。

 キースが精霊魔術を発動してから既に三十分近く経とうとしていた。つまり後数秒で契約は切れるらしい。

 達也や皆も時間を確認して安堵の息を吐く。これで、ようやく終わりだと。だが。

 

「――なお、契約期限が切れた際に爆発を起こす。以上が契約内容にございますな。では、さようなら」

『『へ?』』

 

 ひょい、とキースが穴から身を踊らせる。直後、契約書が再び光り輝く! これは……!

 

「ああ、ご安心下さい。死にはしません死には。では」

『『安心出来る訳があるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』』

 

 全員が一斉に絶叫を上げ、直後に契約書が大爆発が起こし、皆を纏めて飲み込んだのだった……。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(くっ、見失ったか……!)

 

 MMMのファンナンバー2にして副リーダーである服部刑部少丞範蔵は、くっと呻く。

 例の執事からの放送で、彼も真由美の写真を狙っていた。しかし、MMMの皆も写真奪取の為に動いており、彼は単独で手に入れるべく別行動をしていたのである。

 だが結局オーフェンと達也を見失ってしまい、こうしてさ迷う羽目になっていた。

 先程、校舎の屋上で爆音が鳴ったようだったが。

 

(会長の写真……いやいや、いやらしい目的で手に入れる訳じゃないぞ! ちゃんと額縁に入れて、毎日拝むし!)

 

 そう言った問題じゃねぇだろと思わなくもないが、誰がツッコミを入れるでも無い。

 ともあれ、そんな風にぶつぶつと呟きながら範蔵は歩いていく――と、不意に妙な感覚を覚えて視線を横に向けた。

 そこにキラリと光る何かを感じたのだ。自分でも変な予感を覚え、ふらりと向かう。そして、思わず声を上げかけた。そこにあったものは。

 

「こ、これは、会長の写真!?」

 

 間違いない。それは、敬愛する七草真由美の着替え中の写真だった。範蔵はそれを理解するなり凄まじい速度で周囲を確認する。

 誰もいない。自分以外は、誰も! ならば――。

 

(い、いただいても問題無い。い、いや、そうだ保管! 落とし物を保管するだけだから――!)

 

 誰に対するでも無い言い訳を重ねて、写真へと手を伸ばす。そして、しっかりと掴んだ。

 

 ……その後に繰り返された悲劇については、多くを語るまい。

 

 

(入学編第十話に続く)

 




はい、第九話(後編)でした。
さん、はい、服部――――――!(笑)
ええ、範蔵くんがオチ要因(笑)
ちなみに文字数の関係でカットしましたが、本当はモブ崎も出る予定でした。達也に理不尽に蹴り飛ばされる予定でしたが(笑)
そして原作のイメージもなんのその。汚れ系ヒロインとしてクラスチェンジを果たした深雪の明日はどっちだ(笑)
サマンサのスーツだか外皮をなんでキースが持っていたのかは――まぁトトカンタから出る際に貰ったんでしょうと言うか、そう言う事にしときましょう(笑)
ちなみに最後の爆発の時も、深雪だけ脱皮して焦げて無かったり(笑)
さて、次回よりついにシリアス入ります。やっとまともに原作進めるか……!(笑)
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十話「艱難辛苦な風紀委員初日」(前編)

はい、ども、テスタメントです。
まずはお詫びを……いや、本当すみませんでした。
まさかここまで遅くなろうとは(汗)
しかも案の定前後編ですし。く、足りねぇ。
ともあれ、入学編第十話、お楽しみにです。では、どぞー。


 

「さて、皆、集まったな?」

 

 昼休みの件で制服を焦がしたせいか、シャツとスパッツと言う出で立ちで渡辺摩利はじろりと周りを見回す。

 放課後の風紀委員本部だ。そこで、達也も機嫌が悪そうな表情をしていた。

 さにあらん。あの後、服部副会長も騒動を起こし、達也以上の事態になった挙句、それにも巻き込まれたからだ。もちろん最後には爆発が待っており、警戒していたのに巻き込まれた。なお、深雪のサマンサスーツは達也がホスト並の美麗字句を並び立てて没収したのだが。

 

「では、諸君。今年も例によって例の感じで馬鹿騒ぎの一週間が来た」

 

 若干投げやりな言葉遣いで摩利は言う。それに集まった風紀委員の皆も頷いた。しかし誰も気負った様子は無い。

 部活勧誘期間における騒動が予想される週間である。だが例の執事のせいで、皆はこのように落ち着いていた。彼が巻き起こす騒動は、大抵この週より酷いものだからなのだが。

 達也は何となくそれを理解しつつ、正面からのきつい視線を無視する。

 一年A組の森崎駿。深雪と同じクラスの男子生徒だ。一昨日の放課後にいちゃもんをつけて来た少年でもある。

 

(通称、モブ崎――)

「今、お前なんか失礼な事思わなかったか!?」

「何をバカな。俺の目を見てみろ」

 

 いつものポーカーフェイスで第六感ばりに感付いた森崎の問いを躱す。しかし森崎は全く納得していなさそうな表情をしていた……まぁ、失礼な事を思ったのは事実だが。

 

「こら、一年坊主ども騒ぐな!」

『『はい!』』

 

 ぎろりと睨まれ、二人は即座に返事をする。会議中の私語だ、摩利の対応は当たり前であった。彼女はやれやれと嘆息する。

 

「全く……まぁちょうどいいと言えばいいか。新しく入った新入生を紹介しよう。二人とも、立て」

 

 言われ、達也と森崎は揃って立ち上がる。すると、幾つかの視線が集中した。自分を見る目が若干値踏みしているようなのは、執事の騒動のせいだろうか。

 森崎は緊張を隠せず、達也は逆に緊張を全く見せずに、視線に晒される。全員が彼等を見た事を確認して、摩利は頷いた。

 

「1−Aの森崎駿と、1−Eの司波達也だ。森崎は、あの森崎家の長男と言えば分かるな? そして司波はあの執事絡みの騒動で知ってる者も多い筈だ」

「待って下さい」

 

 摩利の紹介に、達也が即座に抗議する。いやいや、周りの先輩方もうんうん頷かないで欲しい。

 

「俺の紹介、おかしくないでしょうか?」

「いや、少しもおかしくなんてないぞ? 何故なら君には対執事として存分に働いて貰うつもりだからな」

「歓迎するぞ司波!」

「お前のような逸材を俺達は待っていた!」

「…………」

 

 もう何を言っても無駄らしい事を悟り、達也は天井を見上げる。その先の空はきっと青いのだろう。そうやっていないと、何か目から汗が零れそうだった。

 

「……調子に乗るなよ」

 

 森崎からぽそりと声が漏れ聞こえる。そう思うなら是非とも変わって欲しい。まぁ、無理だろうが。

 ともあれ、全員の反応を見遣って摩利はようやく続ける。

 

「そんな訳で、今日から早速彼等にもパトロールに加わってもらう」

「誰と組ませるんですか?」

「それについては――」

 

 岡田と言ったか、二年の男子生徒の問いに摩利が答えようとした所で、がらりと扉が開く。全員がそちらに視線をやると、開いた扉から皮肉気な容貌の講師がおっと、と苦笑いして入って来た。

 オーフェンだ。確か、生徒会、風紀委員兼任で顧問をしているのだったか。

 

「話しの途中だったか、悪いな」

「いえ、ちょうどいい所でした、オーフェン師。今、新入生二人を誰と組ませるか話しをしていた所でして」

「ああ、その話しか。俺に案があると言っておいたんだったな」

 

 そう言って、黒のジャージ(やはり二回も爆発に巻き込まれたせいでスーツが焦げた)姿のオーフェンは摩利の後ろに来るとパイプ椅子を引っ張って座り、こちらをじろりと見た。

 

「タツヤと、モブ崎――」

「森崎です!」

「そうだったか? 悪い、キースの騒動を聞いた時にそっちで覚えててな。いや、俺もおかしいとは思ってたんだが」

「それよりオーフェン師、話しの続きを」

「ああ。タツヤと森崎――めんどくさいな、シュン。二人には組んでパトロールしてもらう」

「はぁ!?」

「…………」

 

 

 オーフェンが告げて来た指示に森崎があからさまな驚愕を、達也も叫びこそしなかったが目尻をぴくりと動かした。

 そんな二人の反応、特に森崎の叫び声に摩利が叱責を飛ばそうとするが、オーフェンが片手を上げて制する。この程度でいちいち怒っていては、それこそ話しが進まない。

 

「一科生と二科生とは言え、同じ風紀委員だ。連携が求められる事もある。だが、お前達はお世辞にも仲良しとは言い難いと思ってな。別に仲良しこよしになれとは言わないが、しこりを残さない程度にはなって貰う」

「ですが、こいつは……!」

「ウィードか? 二科生か? どっちでもいいが、風紀委員になったからには関係ないと思え。いいな、これは命令だ」

「了解しました」

「な、この……! 分かりました……」

 

 上からの命令は絶対。それを理解してるが故に、即座に了解する達也に文句を言おうとして、しかし無駄であると分かったのだろう。いかにも不承不承とばかりに森崎も頷く。それにオーフェンは肩を竦めて摩利へと目で先を促した。

 

「新入生についてはこれで決まりだ。他に何か聞きたい者は?」

「例の執事が出て来た場合はどうしますか?」

「その場合はオーフェン師に――」

「待てマリ、何で速効で俺なんだ」

「達也君は風紀委員としてまず仕事を覚えて貰わないといけませんから。なら必然、オーフェン師が適任となります」

「……風紀委員が仕事丸投げでいいと思ってんのか」

「オーフェン師、この国には良い言葉があります。適材適所」

「…………」

 

 有無を言わさぬ摩利に、オーフェンはついに頭を抱えて黙り込む。そんな彼を見て、達也は同情の念を禁じえなかった。……まぁ、後に自分もそちら側となるのは確定そうなので、これも一瞬だけだろうが。

 

「よし、他にはいないな。では最終打ち合わせを行う。巡回要領については前回までの打ち合わせ通り。いいな?」

 

 即座に自分と森崎以外が頷く。ここで前回までの打ち合わせ内容を自分達に伝えないのは後で説明するからだろう。森崎は何か言いたそうだったが、目配せして制した。文句を後で言われそうだが、その程度ならどうでもいい。

 

「よろしい。早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波、森崎両名には私から説明する。以上だ。では、出動!」

 

 全員一斉に立ち上がると踵を揃えて、握った右手で左胸を叩いた。後々に聞いた所によると、代々風紀委員会が採用している敬礼らしい。ちなみに挨拶は時間を問わず「おはよう」だったりする等、細々としたルールもあるが今は関係ない。

 風紀委員六名は次々と本部室を出て行く。その際、前日で知り合いとなった辰巳鋼太郎と沢木碧が声を掛けてくれた。それを黙って見送っていると、横から森崎のきつめの視線を感じ、分からないように嘆息する。そんな事だから組まされる羽目になったのだろうにと。

 

「さて二人とも、こっちに来い」

 

 全員が外に出た事を確認し、摩利が呼ぶ。達也と森崎は頷き、彼女の前に並んだ。すると、腕章と薄型のビデオレコーダーを手渡してくる。

 

「今渡したのは、風紀委員必須の装備だ。パトロール中は必ず携帯するように。レコーダーは胸ポケットに入れておけ。レンズ部分が外に出る大きさになってるからな。スイッチは右側面のボタンだ。確認してみろ」

 

 言われた通りに胸ポケットに入れ、確認すると、その通りになっていた。森崎も問題無いようなのを確認して、摩利が頷く。

 

「違反行為を見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。ただし撮影を意識する必要は無い。風紀委員の証言は原則として証拠に採用される。念の為、くらいに考えてくれればいい」

「分かりました」

「了解です」

 

 即座に頷く。いちいち睨んでくる視線が鬱陶しいが、流石に天下の風紀委員長の前で文句を言う程、分別が無い訳でも無いらしく森崎もすぐに頷いた。その返答を待って、摩利は自分の携帯端末を出すと自分達にも出すように指示する。

 

「委員会用の通信コードを送信するぞ。確認してくれ」

「届きました」

「よし、報告の際は必ずこのコードを使用する事。こちらからの連絡もこのコードを使うので、確認してくれ。最後はCADについてだ。風紀委員はCADの学内携行を許可されている。使用についても、指示を受ける必要は無い。だが不正使用が判明した場合は、それなりに覚悟しろ。委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる。一昨年はそれで退学になった奴もいるからな……いいな?」

「は、はい!」

 

 きろり、と睨まれ、文字通りに森崎が震え上がる。まぁつい先日にやらかしているのだから当たり前か。

 達也はそれについては構わず、オーフェンへと目を向ける。この間も今日の昼もだが、彼は気軽に魔法をぶっ放していたのだが。

 

「ん? なんだ?」

「いえ、オーフェンさん――師は、魔法使用の許可があるのかと」

「ああ、キース絡みと言うか不法侵入者に対しては無制限で魔法使用が許可されるんだよ。これはお前らもだから覚えとけ」

「……不法侵入者だったんですか、あの執事」

「そうなんだよ、実は」

 

 頭が痛いと摩利も嘆息しながら答える。その割には毎度侵入され過ぎな気もするが、やはりあの執事だからなのだろう。細かい理由については気にしない方が幸せだと納得する。

 

「それより、お前らも師呼ばわりは止めろ」

「何故です?」

「単に柄じゃないからだ。呼ぶなら先生にしとけ。マリ、お前もだ」

「私の場合は直接師事してるじゃないですか。オーフェン師と呼ばせて頂きます」

「……何度言ってもこれだ」

 

 やれやれと頭を振るオーフェンに小さく苦笑して、達也は棚に向かう。そして委員会の備品扱いとなっている汎用型CADを二つ手に取った。

 

「ん? 達也君、君はそちらを使うのか?」

「ええ。このCADはエキスパート仕様の高級品ですよ。俺のCADは特化型に過ぎて自由度に欠けますから。こちらを使わせて頂きます。モブ崎が使うのは特化型でしょうし――」

「さらりとモブ崎呼ばわりするな!」

「悪い、何故か語呂が良すぎてな。森崎は特化型だろう?」

「……まぁな」

 

 不承不承な顔で森崎はホルスターに納まっているCADを見せる。早撃ち(クイックドロウ)に特化したCADに頷き、達也は摩利に視線を戻した。

 

「では、この二機をお借りします」

「二機か……面白い。いいだろう」

 

 にやりと笑う摩利に肩を竦め、達也は左右の腕に汎用型CADを装着する。そんな彼に森崎はふんと鼻で笑うように息を吐き、二人は揃って先輩達に倣い敬礼をした。

 

 

 

 

「よろしいんですか? あの二人を組ませて」

 

 達也と森崎が揃って出て行った扉を眺めながら、摩利は窓際に座るオーフェンに聞く。すると、彼は苦笑を返して来た。

 

「ああ、あの手の奴らは早目に組ませた方がいい」

「相性がいいようには見えませんでしたが。特にモブ……じゃなかった、森崎は」

「そりゃあんな事があったんだ。ぎくしゃくもするだろうよ。一科生と二科生と言うこだわりもある。これはシュンだけじゃなくタツヤもだな」

 

 森崎を間違えて呼びそうになる摩利に苦笑を微笑に変えて、オーフェンは答える。

 森崎も一科生にこだわっていたように見えたが、それは達也にも同じ事が言えるとオーフェンは見ていた。恐らく彼は自己評価が凄まじく低い。森崎に若干ながら苦手意識を持つ程度にはだ。そこらはまだ若いなと思う。

 

(俺とハーティアのようには、まぁならないとしてもな)

 

 かつての自分とよく組まされていた一個年上の相棒を思い出す。チャイルドマン教室に入って最初に組まされた時はどんなだったかと思っても、もうぼんやりとしか思い出せない。まぁ、あまり仲は良く無かったのだけは覚えているが。

 

「男ってのはな。最初に多少仲が悪い程度の方が相棒には向いてるのさ」

「そう言うものですか」

「そう言うもんだよ」

 

 不思議そうな顔をする摩利に、にやりと笑みを返し、オーフェンは立ち上がる。顧問を受け持っているのは何も風紀委員だけでは無い。生徒会もだ。そちらの様子を見ておかねばなるまい。

 

「後は任せた。俺は生徒会に詰めてるから、こっちは頼む」

「はい。代わりに執事が出た場合はよろしくお願いします」

「……そっちで対処するとかは?」

「不許可です。では」

 

 こうもきっぱりと言われればもうどうにも出来まい。それを悟り、嘆息しながらオーフェンは風紀委員本部を後にしたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「なんでお前がここにいる!」

「なんであんたがいるのよ?」

「…………」

 

 やっぱりこうなったか、と達也は諦観を込めたため息を吐きながら、睨み合う二人を見る。

 部活勧誘で人がごった返している校庭、そこで待ち合わせしていた千葉エリカ(なお待ち合わせ場所とは違う場所で見付けた)と森崎は出会い頭に、前述の台詞をぶつけ合ったのだ。とは言え、唐突に激昂した森崎に比べると、エリカは呆れと嘲りを半々で混ぜた表情ではあった。

 多分こうなるとは知りつつも、待ち合わせをしていた彼女との約束を一方的に破るのに抵抗があったので睨んで来る森崎を無視する形でここに来たのだが……やっぱり失敗だったのかも知れない。

 

「おい、司波! どう言うつもりだ!?」

「私も聞きたいわね。どう言うつもり?」

「……二人とも落ち着け。順番に説明させてくれ。まず、エリカを探していた理由は待ち合わせをしていたからだ。待ち合わせ場所は違ったけどな」

「あぅ……それは、ごめん」

「いや、俺も遅刻したから同罪だ。で、モ――森崎と来た理由は」

「おい、なんで言い直した」

「気にするな。森崎と来た理由は委員会からの指示だ。新人同士組んでわだかまりを無くせって事らしい」

「はぁ? こいつとー?」

「指差すな!」

 

 明らかに馬鹿にしたようなエリカの態度に森崎は更にボルテージを上げる。だが、ふふんと笑いつつも視線を鋭くした彼女に、うっと呻いて引く。一昨日の事を思い出したのだろう。こほんと咳ばらいすると、再びこちらを睨みつけて来る。

 

「どう言うつもりだ、司波?」

「理由はさっき説明しなかったか」

「ボケたの?」

「違う! 聞きたいのはそうじゃない! 風紀委員のパトロールに女連れってのはどう言うつもりかって聞いてるんだ!」

 

 喚くように叫ぶ森崎に達也は成る程とようやく理解する。なんだ、そんな事かと。エリカは視線の内嘲りの度合いを増やしていたが、何も言わない内はほっとく事にした。

 

「森崎、委員のパトロール中に他の生徒と連れ立って行ってはいけないと言われていない」

「はぁ!? お前何言ってるんだ、俺達は――」

「風紀委員よね、ただの」

「……それは」

 

 冷静に言って来る二人にようやく頭が冷えたのか、森崎の声が小さくなる。エリカが追撃しようとするのを察して前に出ながら制すると、達也は苦笑して見せた。

 

「確かに俺達は風紀委員だが、一生徒でもあるんだ。そうギチギチに固く考える事も無いと思うぞ」

「ウィ――二科生ごときが僕に指図するのか」

「指図する積もりは無い、提案だ。どうしてもと言うなら彼女とはここで別れよう。埋め合わせもしなくてはならないが、何、お前が気にする必要は無い。時間も金も掛かるだろうが、心を痛める必要は無いとも」

「脅すつもりか!?」

「まさか。で、どうする?」

「く……!」

 

 呻き、エリカと自分を交互に見る。やがて歯ぎしりせんばかりにに強く噛み締め、睨みながら森崎は告げた。

 

「……同行を認めてやる」

「すまない。さっきのお前の声で、耳が痺れてよく聞こえない。なんだって?」

「同行を認めるって言ったんだ! 早く行くぞ!」

 

 惚けた達也の台詞に半ギレしながら吠えると、森崎はずんずんと前に進んだ。それを見て、やれやれと肩を竦める。

 

「と、そうだった。エリカ、森崎も一緒に行く事になるがいいか?」

「別にいいわよ、もう。……それより達也君、性格悪いって言われるでしょ?」

「まさか。人が悪いや、悪い人やら悪魔とか言われた事はあっても性格悪いなんて酷い事を言われたのは、エリカが初めてだぞ?」

「そっちのが悪いよ! 絶対、性格悪いって!」

「実はそうなんだ」

「ここで!?」

 

 まさかのボケ倒しに、がっくりとエリカがうなだれるのを見て、達也はニヤリと笑うのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その後、部活勧誘の荒波に合って一悶着ありつつも(色々あってエリカが脱げたあげく、達也は脛に蹴りを、森崎は頬にビンタを貰う羽目になった。なお、森崎は「差別だ!」と喚いていた)、三人は体育館に到着する。

 校庭は例の如く人で溢れかえっているので一時避難した形だ。そこも警邏範囲に含まれているのだ。

 外から人目が入らない体育館等の室内は、騒動が起きやすい。実際、先程もバレー部とバスケ部で一悶着起きた連絡が来ていた。今は、剣道部のデモンストレーションの時間の筈だが。

 

「剣道部と剣術部、合同でやるのか?」

「そうらしいな」

 

 先程、エリカに剣道部と剣術部の違いについてレクチャーを受けた達也は、森崎の少し驚いたような台詞に頷く。

 魔法競技系統のクラブと非魔法競技系統のクラブの合同試合。それが、今行われているものだった。

 剣術部は、一部の殺傷設定以外の魔法使用を許可されての試合。一方的な試合になると思いきや、意外に剣道部と勝敗は五分五分だ。これにはエリカも目を見開いて驚いていた。

 

「いくらスポーツの試合だからって、これはびっくりね」

「そうなのか?」

「あれ、達也君意外じゃないの?」

「いい動きをしているとは思うが。剣道部員は剣術部員に魔法を使わせない戦い方をしているように思うな」

「そうなのよ。対魔法戦の訓練を受けてるような動きなのよね。ほら、また一本取った」

 

 自己加速術式を発動しようとした剣術部員より一足速く接近し、竹刀を打ち払う。それだけで汎用型CADを操作しようとした剣術部員の竹刀はすっ飛び、間髪入れずに面が叩き込まれる。

 鮮やかな一本に、観客となる生徒(主に新入生)がどよめいた。

 魔法科高校であるが故に、魔法使用が有利に働くと言う前提があるからだろう。それは達也にも分かる。だが逆に言えば、魔法師は魔法を使わない対魔法技術も求められるものだ。特に現場においてはそれが顕著になる。

 剣道部は主にその技術を重点的に鍛えているように達也には見えた。剣術部は逆に魔法を使用しての実戦的な技術を鍛えているように見える。これは競技として似ていても、将来的は全く別の技術と言える。

 剣道部は、例えば警察等の魔法犯罪を取り締まる側の技術を。剣術部は魔法を使用しての実戦、兵士としての技術だ。

 魔法を使わない技術を一級品として持つ達也は、何故魔法科高校にこの二つのクラブがあるのかを理解する。将来的に求められる技術の違いで、どちらかに分かれているのだろう。実際、ここから見ると剣道部員と剣術部員は和気あいあいとしている。実質、二つのクラブは同じクラブと言えた。

 

「特に、あのポニーテールの先輩が凄いな」

「お、達也君、お目が高いですな。彼女は、壬生紗耶香。二年前に全中で二位になった実力者よ。マスコミは剣道小町とか呼んでたけど」

「二位? 一位じゃないのかよ?」

「……一位の娘は、ルックスがね。分かんなさいよモブ崎」

「モブ崎言うんじゃねぇよ! 喧嘩売ってんのか!?」

「ちなみに森崎、CADを先に使ったら不正使用の現行犯だぞ」

「……お前ら嫌いだ」

 

 ついにはふて腐れたようにそっぽを向く森崎に苦笑する――しながら、なんやかんやと彼ともそこそこ会話出来る自分に、少し驚いた。存外、人付き合いと言うのはやってみなければ分からないものらしい。

 まぁ、まだ森崎とコンビを組んで数十分程度では何とも言い難いが。と。

 

「……何かあったか」

「ん、ちょっと揉めてる?」

「何?」

 

 こちらの声を聞いたか、森崎も視線を戻す。自分達がいるのは二階部分で上から見下ろす形となる。そこでは、例の壬生紗耶香が一人の男子生徒に食ってかかっていた。

 

「桐原君、貴方全然本気出してないじゃない!」

「壬生、落ち着け! 俺は本気でやった! それで負けたんだぞ?」

「あれが本気? 笑わせないで!」

 

 桐原と言う男子生徒と壬生紗耶香の試合は、合同試合でかなり白熱したように見えたが、彼女はお気に召さなかったらしい。確か、あの試合は。

 

「……桐原と言う先輩が、振動魔法を使って体勢を崩し、壬生先輩に打ち込んで――」

「逆に打ち込まれたのよね。確かに、一瞬迷ったように見えたけど」

 

 エリカが難しそうな顔で言う。自分もそう見えたのだが、彼女の見立てなら間違いはあるまい。

 更に激しくなる二人の言い合いに、どうしたものかと両部の人間も対処に困っているようにも見える。これは、少しマズイかもしれない。

 

「森崎、下に降りるぞ」

「摘発するのか?」

「いや、今の段階では何とも言い難いな。風紀委員は、あくまでも魔法使用について摘発するものの筈だ」

「……分かった。お前は余計な真似をするなよ。もし何かあったら、俺が取り押さえる」

「あんたね……!」

「いいんだ、エリカ。……森崎の早撃ち、期待させて貰う」

「フン、格の違いを見せてやるよ」

 

 鼻で笑うように言うだけ言って、森崎が階段に向かう。文句を言いたそうなエリカに微苦笑だけをして、達也もそれを追い掛けた。

 森崎はすでに一階に降り、風紀委員の腕章を見せて、人混みの中を進んでいた。一応とは言え、相方がああしているならば自分も続くしかない。達也もポケットの腕章に腕を通すと、森崎を追う。

 するとすぐに野次馬達もこちらを通してくれた。ちゃっかりとエリカも着いて来ているのはご愛嬌だが。そして、ようやく一番前で森崎に並ぶ。

 

「状況はどうだ?」

「……一触即発って感じだな」

「へぇ、面白くなって来たじゃない」

「お前な」

「エリカ……」

 

 いかにもワクワクといった風情のエリカに不謹慎なと、森崎と達也は同時に思う。彼女の危なかっかしい性格は一昨日で存分に知ってはいるが、何もこんな時にと思わずにもいられない。

 そんなエリカに呆れつつも二人はレコーダーのスイッチを入れ、視線を戻す。そこでは、ついに二人が竹刀を突き付けあっていた。

 

「いい加減にしろ壬生! 言っていい事と悪い事があるだろう!?」

「何よ、私が悪いって言うの!? 本当の事を言っただけじゃない! 貴方達は真剣勝負を謡ってるけど、本気も出さずに負けるなんて、舐めてる証拠だわ! 貴方達の剣は真剣じゃない!」

「壬生、お前……!」

 

 桐原がついに顔色を変える。それに、壬生はフンと嘲るように笑った――ように見えた。

 

(いや、違う? 壬生先輩は嘲ってなんかいない。怯えてる? だが、実際にはそう見える――)

 

 そこではたと気付いた。気付いて、絶句した。今、この体育館を凄まじい規模の魔法式が覆っている事を理解したから。これは……!

 

(精神干渉系の系統外魔法? いや、この干渉レベルはそれでは済まない。これでは、”精神支配”のレベルだ)

 

 洗脳が一番近いが、今体育館を覆っている魔法式はそれでは済まない規模と干渉力だった。ここまでのものは、そう見れないだろう。

 そこで再び気付く。体育館を丸ごと覆う規模の魔法式と言う事は。

 

「森崎! エリカ!」

 

 並ぶ二人に振り向くと、森崎はCADを取り出さんとしている所だった。エリカも、何かを構えるように手を差し延べている。なのに、二人とも目が虚ろ。いや、二人だけでは無い。体育館に居る全員が、思い思いに戦闘体勢に入ろうとしていた――と、そこで気付く。自分も、汎用型CADに指を伸ばそうとしている事に。いつの間にか、自分も干渉を受けていたか。ならば。

 

【自己修復術式、オートスタート】

【コア・エイドス・バックアップよりリード】

【魔法式ロード――完了。自己修復術式――完了】

 

 「再成」が即座に成り、達也は精神支配されていない自分を取り戻す。そしてすぐに森崎とエリカへと手を伸ばし「再成」。二人も、はっと己を取り戻した。

 

「い、今のは、何だ!? 俺は何をしていた!?」

「た、達也君!?」

「……術式は、完全には読み取れないか」

 

 復帰したものの、訳が分からないと目を白黒させる二人は達也へと問うが、彼はそれに構わず周りを睨みつけていた。

 「精霊の目」、そう呼称される特異な能力を使って、達也は魔法式を読み取るが、あまりに膨大な魔法式にすぐに読み取り切れなかったのだ。これでは対処療法的に「再成」を使い続けなければならない。それも自分を含めた三人程度ならともかく、体育館に存在する全員となると、さしもの達也でも無理があった。

 

「く、何これ……!」

「う、く……!」

 

 再び二人が精神支配されかける。それにはすぐに「再成」で復帰させつつ、必死に達也は術式を解読する。魔法式を把握さえ出来れば、「分解」で魔法式を分解出来るのだ。だが、時間があまりに足りない。そして。

 

「壬生――――!」

「きゃ……!?」

 

 ついに桐原が左腕のCADを起動させ、魔法を発動し、壬生に切り掛かる。同時にガラスを引っ掻いたような不快な騒音が鳴りはじめた。

 振動系・近接戦闘用魔法「高周波ブレード」。その斬撃を壬生は躱すが、胴を掠めていた。そこには一線の切り傷が走っている。高周波ブレードは、切れ味を大幅に上げるBランクの殺傷性の高い魔法だ。壬生は初撃こそ避けたが次も回避出来るか分からない。だから達也は解読を一旦中止し、前に出る。同時にCADを着けた左右の腕を軽く交差させ、想子を送り込んだ。

 非接触型スイッチによる操作で、CADが起動式を出力し、複雑にパターン化された想子波動そのものである無系統魔法が放たれた。

 それは精神支配されていようと効果があったか、見物人に口を押さえる者が現れ、更に倒れる者も出る。しかし、代わりに高周波音が消えていた。

 高周波ブレードが停止していたのである。そこを逃さず、達也は叫ぼうとして、その意味が無い事を悟った。

 次の瞬間、桐原の竹刀が吹き飛ばされる。今のは服部も使っていたエア・ブリットか。

 

「余計な真似をするなと言っただろうが……!」

「流石だな、森崎」

 

 いつの間に魔法を発動したのか、森崎は自前の特化型CADを桐原に向けていた。もちろん達也は「精霊の目」で起動式を感知したから叫ぶのが無駄と理解したのだが、それでも惚れ惚れとするくらいの早撃ちだった。

 これで桐原は無力化出来たが――しかし。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 エリカが顔を青ざめさせて、飛び出したこちらに来る。何故なのかを達也は聞くまでも無かった。

 一度は達也の魔法で倒れた見物人や、剣道部、剣術部の者達も幽鬼さながらの無表情でこちらに近付いて来ていたから。やはり、あれでは精神支配は解けないか。

 

「何なんだ、この状況……!」

「謎の精神干渉系魔法の攻撃だ。ここに居る全員、精神支配に晒されている」

「精神干渉系!? 馬鹿な、そんな事は」

「現実見なさいよモブ崎! この状況見たら、達也君が嘘ついてない事くらい分かるでしょ!?」

「モブ崎じゃねぇ! くそ、こんなの!」

「無駄口を叩くな。来るぞ……」

 

 達也がそう言った直後、その場にいる全員が一斉に彼等へと殺到したのであった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、入学編第十話(前編)でした。
まさかのモブ崎と達也を組ませるオーフェン。けど、新入生が風紀委員に入って速攻一人で警邏っておかしくね? と言う考えと仲悪いままなのどうなのよ? そして原作だと一巻でライバル感出しまくりだったのが嘘のようなモブ崎に愛の手を、と言う事でこうなりました。暫くは、達也とモブ崎は風紀委員でコンビを組む事となります。
 さて、オーフェンのせいで大体仲良くなってた壬生と桐原ですが、そうは問屋が卸さないとばかりに精神支配下に。どうやってこんな事が起きたのかは次回後編をお楽しみにです。……オーフェンもちょっとだけ出るよ。ほんのちょっとね!(笑)
キース? 論外です。シリアス終わるじゃない(笑)
では、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十話「艱難辛苦な風紀委員初日」(後編)

……言い訳はすますまい。どうも、テスタメントです。
半年以上も更新せず申し訳ありません。理由は勿論ありますが、プライベート過ぎる理由ですのでただ謝るしかありませぬ。
本当に申し訳ない。しかも今回鬱回ですし(汗)
ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。ではでは。


 幽鬼さながらに無表情のまま、体育館にいた生徒達が一斉に襲い掛かる。達也は小さく舌打ちし、両腕のCADを重ねる。すると再び想子波動が放たれ、ばたばたと一番前の生徒達が倒れた。

 精神支配下にある人間にも、この無系統魔法、キャスト・ジャミングは通用するらしい。精神支配が解けた様子は無いので、ただ単に副次効果が通常より効いてるだけだろうが。

 しかし、キャスト・ジャミングが通用するのはそこまで。倒れた生徒を踏み越えて後ろの生徒が襲い来る。次のキャスト・ジャミングまでは数秒程のタイムラグが生まれる。それまでは。

 

「森崎、エリカ」

「うん!」

「だから僕に指図するなと――くそっ」

 

 達也の呼び掛けにエリカは頷くと落ちていた竹刀を拾いあげるなり、先頭の生徒を打ち据えた。それに一呼吸遅れるようにして、森崎の特化型CADから無系統の振動魔法が放たれ、さらに幾人かが倒れる。フロントを女子に頼っている状況はいかがなものかと思いつつも、再び達也がキャスト・ジャミングを発動。連鎖する如く、生徒が波のように倒れていく。

 それに合わせるようにエリカと森崎が後ろに下がる。突破するにしろ何にしろ、こちらも体勢を整える必要があった。何せ、それぞれの現状すら把握していないのだから。

 

「二人とも、少し待て」

「っ、またか!」

「達也君、これどうやってるの?」

「悪い、話せないんだ。それより森崎、エリカ、現状を整理するぞ」

 

 「再成」で三度精神支配から復帰させるも、二人の問いに達也は答えられない。

 この魔法は秘匿せねばならないものであるし、あまり知られたくも無い。森崎はあからさまに不信な目を向け、エリカでさえ不満そうに見て来る。無理もないが、今は承知してもらうしかない。

 

「まず俺は両腕の汎用型CADと、いくつかの術式。それと――制限付きだが、キャスト・ジャミングが使える」

「キャスト・ジャミングだと!? お前ごときウィー……二科生が!?」

「キャスト・ジャミングって……?」

 

 森崎が目を剥くように、エリカが不思議そうに見て来る。流石に森崎は知っていたか。達也は説明を省いて、ただ頷いた。

 キャスト・ジャミング。アンティナイトと言う稀少鉱物に想子を流し込む事により、無意味なサイオンノイズを波形として放出し、魔法発動を妨害するジャミングだ。これを達也は、特定魔法に対するキャスト・ジャミングとして再現していた。

 本来のキャスト・ジャミングと違い、副次的に強い不快感を齎す波長を出すのも特徴で、今回はこちらこそが本命であった。

 詳しい説明が欲しそうな森崎と、キャスト・ジャミングの説明をそもそもして欲しそうなエリカ、二人の視線を達也は無視する。講義ならば後で何時間でもしてやればいい。

 

「森崎、お前は?」

「……僕はこの特化型CAD一丁と、対人用の術式をいくつか」

「エリカは……CADも持っていないか」

「うん、でもこれあるし」

 

 笑って、肩に竹刀を預けるエリカ。達也は頷き、現状を判断する。

 実質誰も被害を出さず――これは、襲って来ている生徒も含む――突破は不可能。最低でも何人かは怪我を免れない。

 もちろん自分がその気で対処すれば容易に突破は可能だ。しかし、それは秘匿しておきたい魔法を晒すと言う事であるし、同時に精神支配をかけられた者達の虐殺を意味する。流石に達也も躊躇われた。

 なら、どうするか。精神支配された者達が、再び囲んで来る。次は凌ぎきれるか――凌ぎきれなければどうするか。その時の覚悟を決めようとした、瞬間。

 

『聞こえ――じゃないな。”見えるか”、タツヤ』

 

 達也の目が、誰かの声を観てとったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は三十分程遡る。

 第一高校生徒会室。その席上で、オーフェンはぼーと仕事をする生徒会一同を見ていた。

 部活の顧問と違い、生徒会の顧問は基本的にやる事が無い。仕事は生徒がやるのが当然であるし、彼女達は誰しもが有能。とくればオーフェンにやる事も無く、のんびりとあくびをかく事しか出来ない。珍しく家でやる事も無いのかスクルドも居るが、彼女も暇そうにしていた。

 

「……スクルド、お前暇そうだな」

「オーフェンこそ、暇そうだよねー。ずっと見てるだけじゃない」

「俺は顧問として監督の仕事を全うとしてるんだ。見てるだけが仕事なんだ……金になればいいのに」

「顧問って、手当出ないんだっけ?」

「他の所は知らないが、ウチはそうだな」

 

 しかもオーフェンの場合、非常勤(本来は事務員扱い)なのだ。なんとボーナスも出ない。かと言って魔法師の資格を取ろうとすれば、それなりに苦労する事になる。

 まぁ、元の世界で校長やら戦術騎士団の外部顧問兼最高指揮者なんぞをやっていた時に比べれば、天国のような労働環境であるのだが。

 そうしてまったりとしていると、深雪がお茶を炒れて来たのでありがたく頂く。皆も(風紀委員の見回りで応援に出ている梓以外)、一段落着いたのか、そのまま休憩となった。

 

「オーフェンもスーちゃんも、暇なら見回りに出ればいいのに」

「向こうはマリがいるし、今は生徒会顧問の時間なんでな」

「私は生徒会でも風紀委員でもないしー。でも、そろそろ帰るよ。手伝える事なさそうだし」

 

 半眼で軽く睨んで来る真由美に、兄妹二人してはぐらかす。なんだかんだ言って、部活勧誘でごった返す中を帰りたくは無いのだ。ついでと言うか本職なのだが、真由美のボディーガードもある。

 

「しかし、我々が仕事してる中、だらけられるのも困ります」

「いや、まぁそりゃそうだろうが」

「第一、お兄様達が頑張っているのです。スクルドはともかく、オーフェン先生もお仕事をなされたらいかがでしょうか?」

「見るだけが仕事なのもあるんだぞ? 俺の出番があるのは、緊急の――そうだな、例えばキースの野郎が唐突に出て来たりとか」

「お呼びになりましたか黒魔術士殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「我は放つ光の白刃!」

 

 かっと、意識する事すら無く編み上げた構成を解き放ち、振り向き様に光熱波を叩き込む。それは窓から今まさに侵入を果たそうとしたキースに容赦無く直撃した。

 唖然とする一同に、一瞬の沈黙。そして、黒焦げとなった筈のキースは案の定、にゅっと起き上がった。

 

「何故です?」

「ああ……俺はまた無駄な事を……まぁいいや。てめぇ、昼にあれ程の真似やらかしといて、よくもまぁ、数時間と経たずに姿見せやがったな?」

「お待ち下さい、黒魔術士殿。あれには理由があったのです」

「ほぅ?」

 

 もうオチが見えているので最大規模の構成を編む。それに気づいて無い筈は無いのだが、キースは素知らぬ顔で続けた。

 

「あれは私がマユミ様の執事になる前の事でした」

「こっち来てからすぐにマユミに拾われてたとか言ってなかったか?」

「そう、その直前ですな。よく分からない所に来てしまい、路地裏に迷い込んだ私を、日本の裏社会は見逃しはしませんでした……! チンピラ然とした、つまり黒魔術士殿っぽいこんなやたら目つきの悪い連中に絡まれる私! そう、命がピンチでした……!」

「オーフェン師、あんな事言われていますが、よろしいのですか?」

「……とりあえず、最後まで聞いてからブチかます事にする。あ、そこ物どかしとけよ。後で直すの面倒くせぇから」

「壊すの前提なんだ?」

「ああ、また生徒会室が爆発したとか言われるのね……」

「生徒会も大変なのですね」

「深雪さん。爆発するのがまたとか言われるのは間違いなくウチだけです」

 

 なんか後ろで生徒会女子+αに好き勝手言われているような気もするが、あえて無視する。キースの戯言も無視したかったが、無視したら無視したらでろくな事をしない上に必ず尻拭いをやらされるのが目に見えていたので、オーフェンは我慢我慢と自分に言い聞かせつつ、話しを聞く。キースはと言うと真由美達をこちらも無視して続けていた。

 

「そんな大ピンチだった私を、しかし助けるものがおりました。彼と彼女は一瞥でチンピラを追い払うと、私に対してヒラリと何かを渡したのです! それは、私を守ろうと発動しました……!」

「……は?」

「そう、それこそがあの写真の元になった魔法陣だったのです!」

「待てコラ! て事は、あれだ。お前、奴らに会ったって事か!?」

 

 流石に聞き流せない情報に、オーフェンは立ち上がると襟首を引っ掴んでガクガク揺する。キースはさらりと頷いた。

 

「その時はこんな事になるとは思っていませんでしたので」

「そりゃそうだろうが……何で今になってンな事教えたんだ?」

「今まで聞かれませんでしたし」

 

 それはそうだろうよと頭を抱える。スクルドも真由美も呆れ顔となっていた。鈴音は変わらず無表情で深雪は何が何だか分からないといった顔をしていたが。それはともあれ。

 

「で、何で今回のような真似仕出かしたんだ?」

「黒魔術士殿が沈黙魔術の再現をやっているので、私は精霊魔術の再現をやってみました所、何故か上手くいきましたので、ちょっと実験を」

「すんな!」

 

 結局どついて床にキースを沈め、オーフェンはため息を吐く。何と言うしょうもない理由なのか。いや、キースの時点で分かっていた事だが。

 そんなオーフェンを見て取った訳でもあるまいが、キースは床からバネ仕掛けのように起き上がるとふむと首を傾げる。

 

「さして有力な情報にはなりませんでしたか」

「いやまぁ、精霊魔術の再現が出来たのはびっくりだがな」

 

 奴らの内、二人は五年前に日本に来ていたのも気にはなる。一瞥うんぬんと精霊魔術の魔法陣を使った事から(キースの言葉を信じるなら)、来たのはレンハスニーヌとプリシラ――ディープドラゴンとフェアリードラゴンか。出来れば外見等を聞きたい所だが。

 

「では差し迫った情報を二つ」

「差し迫った情報だ?」

「はい。一つは昨日、七草家の資産の一部を使った事が主にバレまして。しばらくボーナス無しとなりました。そんな訳で元借金取りの経験を生かし、お金を貸して下さい返されない方の」

「それを聞いて誰が貸すか!?」

 

 思い出したくない過去を掘り起こされ、流石に怒鳴る。後ろで生徒会女子+αが再び冷たい視線を寄越して来ている気もするが、あえて無視した。再びキース胸倉を掴む。

 

「後一つはなんだ? さっさと言え。そしたら、いつものように吹っ飛ばして終わりにしてやる」

「嫌な宣告ですな」

「いいから、はよ言え!」

「では――ネットワークに感ありです。およそ数Km内で、敵性体による魔法攻撃の可能性大と」

「……なに?」

「この場所は学校内ですな」

 

 ひそめた声で教えて来たキースに一瞬、唖然としてオーフェンはすぐに理解する。自分やスクルドでは到底無理だが、キースはネットワークによる情報の習得をある程度可能とする。それこそ解決者ほどでは無いが……今はどうでもいい。こちらも後ろに聞かれぬように声を小さくして聞き直す。

 

「場所は?」

「そこまでは。ただ魔術では無く、魔法による攻撃とネットワークは判断しました」

「学校には?」

「連絡しておりません。魔法攻撃ですが、”こちら側”の案件とも判断しましたので」

 

 そこまで聞くと、オーフェンはキースを離し窓から身を乗り出す。そして賑やかな校庭の向こう側に、大規模な構成を見て取った。あれは。

 

(白魔術……? いや、キースは魔法と断定していた。なら)

「……お兄様?」

 

 すると、それまでこちらを伺うように見ていた深雪から声が来る。振り向くと、学校内の監視モニターの一つが消えていた。深雪はそれを見て、声を漏らしたのか。オーフェンはすぐに近づく。

 

「タツヤに何かあったのか?」

「え? ええ、正確にはお兄様と森崎君の二人が居た体育館のモニターが……」

 

 深雪の返答を最後まで聞かず、オーフェンは学校の地図を思い浮かべる。体育館は、校庭の向こう側だ。

 

「タツヤとシュンが巻き込まれている……?」

「っ……!? オーフェン先生、今なんと!?」

 

 がばりと席から立ち上がるなり深雪が必死な形相で聞いて来る。周りの真由美も鈴音も、そしてスクルドもオーフェンへと視線を集めるが、彼はその一切を無視した。

 

(さっきの構成からすると、体育館丸ごとやられてる。精神干渉系の魔法か……? だが、あまりにも白魔術の構成に似過ぎてた。て事は)

「オーフェン先生!」

「ミユキ、タツヤはそこに居たんだな?」

「え? ええ、ですがそれより……!」

「いいから早く答えろ! タツヤは確実にそこに居るんだな!?」

 

 逆に怒鳴られ、深雪がびくっと身を震わせる。しかしオーフェンは構わない。睨みつけるように見られ、深雪はこくりと頷いた。すぐにキースに向き直る。

 

「キース、一つだけ聞く。タツヤは」

「見れるようですな。恐らくですが」

 

 主語を抜いた言葉で返され、オーフェンは口ごもる。自分より遥かに、キースはこの世界のネットワーク、”イデア”に精通している。だからこその確認であった。

 後ろで、それを聞いていた深雪が驚きに目を見張っていたが、オーフェンは気付かず、考えを纏める。

 オーフェンがここから体育館まで向かうには時間が掛かる。空間転移は論外。なら、達也か森崎に解決を任せた方が手早い。しかし森崎がこれを何とか出来るとは思えない。なら達也はどうか?

 達也は、この世界のネットワークを見れる。そして恐らくだが干渉出来る。その干渉を用いて、構成を分解出来る。ただし、それは構成を正しく理解しなくてはならない。

 魔術はこちら側の常世界法則と、法則を異とするものの為、構成を完全に理解するのに時間が掛かる。またドラゴン種族の魔術は思考形態の別から構成を理解出来ない事がある。

 今回の精神干渉系魔法による攻撃は白魔術の構成と似ている。達也でさえ、構成の読み取りには時間が掛かる可能性が高い。なら、魔術の構成を読み取れる者の目を達也が借りられたなら。

 

「……同調術しかないか」

「正気ですか」

 

 ぽつりと呟いたオーフェンにキースが即座に問うて来た。同調術、ネットワークを使った術の一つで、ネットワークの交信を深く行う事により同調すると言う術だ。

 七草の双子の術に近いが、こちらはより厳密なものと言える。もちろん、危険性も遥かに高い。

 だが、オーフェンが今から体育館に行くよりも時間を掛けずに済む。それは、それだけ被害を抑えられると言う事でもあった。

 

「加減はするさ。俺の目を貸すぐらいだ。一瞬で済む」

「左様ですか。黒魔術士殿ならば間違いはありますまいが……万が一、億が一、タツヤ殿が黒魔術士殿風な感じになられますと……!」

「なると?」

「大変面白――いえ、大変愉快な事になりますな」

「それ、どっちも同じ意味だよね?」

「スクルド様、面白いと愉快ではレベルが違いますレベルが」

「もーいい、黙れ」

 

 戯言をほざく執事に溜め息を一つ吐くとオーフェンは目を閉じた。かつての戦術騎士団では軽い同調術を連絡方法として使用していたものだが……もちろん、それでさえ自我の混同の可能性はある。

 今回はそれをもう少し進めたものだ。つまり、より混同の度合いが深まる事を意味する。

 

(必要な事とは言え、ぞっとしない話ではあるな)

 

 苦笑しつつも魔王術の要領で(正確には白魔術の範囲である同調術は魔王術の初歩とも言えるのだが)偽典構成を展開していく。これにほぼ初見の深雪が息を飲んだ。構成――術式の、あまりの緻密さを見て取ったから。しかし幾何学模様を思わせるそれは、全く意味が理解出来ない。

 

「これは……? オーフェン先生は何を?」

 

 深雪は皆を見回すが、誰も何も言わない。ただ真由美が首を横に振って微笑してくれるだけ。

 

「大丈夫よ、深雪さん」

「ですが……!」

「大丈夫」

 

 ただそれだけを繰り返す。今、オーフェンがやろうとしている事は難度はともかく危険性がかなり高い術だ。それを説明して納得させられる自信は、真由美には無い。他の皆も同じであった。

 再び深雪はオーフェンへと視線を戻す。その時には既に構成は完了していた。そして迷わず彼は構成を解き放ち、ネットワークへと自我を飛ばした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 瞬間、声を視た達也は絶句した。イデアの景色を視る目――精霊の目。それが伝えて来たものに柄にもなく我を忘れたのだ。

 イデアはエイドスの全てを記録する情報次元だ。故に、そこに直接アクセスする手段があれば連絡手段にする事は出来なくは無いのだろう。だが、だからと言ってそこに自我を丸々投影するなんて真似が出来るのか。どうやったのか、まるで検討が付かない。

 そんな混乱しかける達也に、声は構わず告げて来た。

 

(問題なく視えるようだな。安心したよ)

(……オーフェン、さん?)

(ああ、もう交信が出来る程度には交わりはじめたか)

 

 苦笑混じりの声に達也は息を呑む。やはりこれはオーフェンの仕業だったらしい。しかし、何故と思う間も無く達也はオーフェンの意図を理解した。まるで最初から知っていたように。

 

(目を――いや、構成を読み取る感覚を、貸す?)

(……早いな。説明の手間が省けるのはいいが)

(イデアを通じての自我の交換、いや混同。正気ですか?)

(至ってな。俺もお前と完全に混じり合う積もりは無い。さっさと済ますぞ)

 

 にべも無い。どうやったのか等の説明は一切する積もりは無いらしかった。しかし、達也も何も言わない。これがかなり危険なものだと理解したからだ。

 イデアを通じて、オーフェンの感覚を借りる……自我を混じり合わせて。最悪、どちらも廃人になりかね無い。だが、一瞬達也は思いつく。これは上手く使えば、感覚だけでなく様々なものを借り受けられるのでは無いか。”例えば、彼の構成すらも”。

 

(正解だが……試そうなんて思うなよ)

(はい)

 

 即座の釘刺しに、達也も即答する。そこまで混ざってしまうと、それこそ戻れなくなるだろう。「再成」が使えるかどうかも定かでは無い。頭の片隅に可能性だけはあると覚えておくかと思った瞬間、達也の視界が急にクリアになった。自分の目にオーフェンの感覚が混じった証拠だ。

 体育館全域を包む術式、構成がはっきりと理解出来る。同時に、達也もオーフェンも”それ”を理解した。

 

(今すぐ俺がそこに行く。お前は何もするな)

 

 すぐさま言ってくるオーフェンに、達也は何も答えない。いや、何をするかは決定している。だからこそ、彼は即座に言って来たのだ。だが、達也は無視して右手を掲げた。

 

(貴方が来る必要はありません。俺が対処します)

(おい)

(こう言うのは慣れてます。分かりますよね?)

(…………)

 

 同調術の混同で、達也の思考をオーフェンも理解した筈だ。自分と同じく。彼は自分を利用して、”それ”を始末させる事を考えたのだ。確実に対処する方法はこれがベストだから。

 達也も全く異論が無い。それが必要ならば、そうする――オーフェンはそう言った人物であり、自分もそうなのだから。やがて溜め息を吐くように、彼は頷いた。

 

(頼む)

 

 それだけを言い残し、オーフェンの意思が遠ざかる。もはや構成は理解したのだ、彼の目は必要無い。

 

「森崎、エリカ。この術式を破るぞ」

「は!? 何を言ってるんだお前!?」

「達也君、どう言う事……!?」

 

 二人して振り返って来るが、達也は構わない。掲げた右手のCADに想子を集中。一瞬秒も立たずして達也は「再成」と並ぶもう一つの術を行使し、体育館の構成を丸ごと消し去った――構成と、それを。

 達也は何の感慨も抱かない。ただ結果の確認を行うと、同時に精神支配を掛けられた皆が一斉に倒れた。

 術が解けたからだろう。絶句し、固まる森崎とエリカを尻目に、達也は報告を始めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 体育館より少し離れた雑木林の中で、それは蠢く。それは苦しみ、痛み、泣いていた。嘆き、絶望していた――何より、その全てが浮かんでは消えていた。

 それは、無くなりつつある身体を明滅させながら前にゆっくりと動く。まるで逃げ出すように。だが、その前に立ちはだかるものがあった。

 オーフェン、そしてスクルド。二人は達也が精神支配の構成と、それを「分解」したと同時に、ここに駆けて来たのか。それは彼等を見上げる。既に、無くなってしまった感情と共に。

 それをスクルドはいつになく冷淡な表情で見下ろし、オーフェンはひたすら無表情で見つめていた。

 

「これ、あいつらの刺客か何か? くだらないものを寄越すよね」

 

 いつものスクルドと違い、間延びした喋り方でも無い。これが本来のスクルド、未来の女神である彼女であった。

 スクルドはすっと手を伸ばし、それを消し去ろうとして、しかしオーフェンが伸ばした手で制された。

 

「オーフェン?」

「…………」

 

 怪訝そうなスクルドに、オーフェンは何も言わない。ただ、それに近付き屈んだ。そして、長い――長い、溜め息を吐くとぽつりと呟いた

 

「……精神化(ゴースタライズ)、か」

 

 精神化――白魔術士が魔術を極める過程で、肉体を完全に喪失させ、全て精神だけのものとする事で莫大な力を得るものだ。

 質量をゼロにする事で、その質量分だけを力にする技術と言えば分かりやすいか。巨人化の対となるものであり、長じれば質量をマイナスにして神化に通じるものでもある。勿論、精神化と神化には途方も無い程の隔たりはあるのだが、今重要なのはそこでは無い。

 重要なのは、精神化を果たした存在、精神士が今回の事件を起こしたものだと言う事、そして、その精神士が”第一高校の生徒”だと言う事だった。

 そう、オーフェンは彼に見覚えがある。確か、今年二年になった生徒だ。進級してから一度も学校に来ていなかった。それも無理もない理由で。

 

(……お、れは……お、れ……)

「誰が君をこんな風にした?」

 

 譫言のように言葉を漏らす彼にオーフェンは静かに問う。正直、答えは期待していなかった。しかし、こちらの存在を感じてか、彼は呻くように声を漏らしはじめる。

 

(力が……欲しかっ、た。力が……あんな思いは、もう嫌だった……そしたら、力をくれる、て……あの人が……)

「あの人?」

(……気付いたら……もう、こうなってた……おれは、なにもみえなかった、なにもきこえなかった、なにもわからなかった、なにも、なにも!)

 

 叫び。消耗仕切った精神士にとって、それは自殺行為に等しい。精神士は全てに力を使わされる。ただ在るだけですらもだ。

 意味無くば存在出来ない。無意味に存在出来るのは、肉体だけだ。だが、それでも彼は叫ぶ。オーフェンも止めようとは思わなかった。これは、この生徒の――遺言だ。

 

(あそこを……おそえば……もとに……もどして……くれる……て……)

「……そうか」

(あなた……は……おー……ふぇん……?)

「ああ」

 

 次に何を言われるか、それを理解しながらも頷く。彼は、消滅寸前でありながらも笑った。目の前の存在が何かを理解して。

 

(あ・な・た・が・い・な・け・れ・ば)

 

 そして精神士は……精神士とされてしまった生徒は唐突に消えた。全ての怨嗟を、吐き出して。

 一瞬だけオーフェンは目を閉じ、怨嗟を飲み込む。ずっと、ずっとそうして来たように。原大陸で並ぶ墓の前でそうしたように。

 

「何よ、あれ」

 

 後ろから憮然としたスクルドの声が来る。どうやら怒っているらしい。だが、オーフェンは少しだけ笑ってやると携帯端末を取り出した。繋げるのは、主である真由美だ。

 

『オーフェン? そっちは片付いたの?』

「ああ。それよりマユミ、聞きたい事がある。今年二年になった生徒で、”一科生から二科生に落ちた生徒”だが、名前分かるか?」

『え? それは分かるけど、不登校になってるし。でも、関係あるの?』

「頼む」

 

 理由を告げず、ただ頼むオーフェンに、訝しみながも真由美が携帯端末ごしに名前を告げる。その名を、オーフェンは胸中に刻みつけた。

 

「オーフェン……?」

「二科生の生徒が一科生に上がるって事は、一科生の生徒が二科生に落ちる事を意味する」

 

 当たり前だ。元々、定員が決まっているのだから。だが、今まではそんな事は起きなかっただけだ――オーフェンが来るまでは。

 そして二科生落ちをした生徒はああなった。それだけの話である。

 

「……自分の行動が、良い結果だけを招くとは限らない。分かってた筈なんだけどな」

 

 無表情にそれだけを言って、オーフェンはその場から立ち去る。慌てて、スクルドもそれに続いた。

 考える事は山とある。誰が彼を精神化したのか、それもこの世界の魔法師をだ。

 ただし手段については心当たりがある。それはかつて、キエサルヒマのキムラックて見た絶望の光景。「見ないで」その言葉と、一振りの剣。

 

(因縁かね)

 

 バルトアンデルスの剣――その剣の名を、心の中だけで呟いて、オーフェンは生徒会室へと戻ったのだった。

 

 

(第十一話に続く)

 




はい、予告通り、シリアスなお話しでした。いや、昔の俺を知る人次第では「まだ甘い」と言われかねませんが。
原作で達也たちが二年になった際に某ミッキーさんが一科生になったのですが、定員制じゃなかったっけ? と思いまして、今回のネタに走った次第です。
オーフェンがやった事は良い側面も齎しましたが、確実にそれで不幸になったものもいる。これはオーフェンシリーズで、キエサルヒマから原大陸まで一貫して書かれている事でして。劣等生世界でも例外ではありません。
某領主様曰く「打ち勝つとは必要な代償を払った上で前に進むと言う事だ」
至言だと思いまする。
ではでは、第十一話でまたお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十一話「前兆」(前編)

はい、どうもテスタメントです。
第二巻突入です。ですが、ええ、シリアスです。シリアスオンリーです(笑)
と言うか、入学編終わりまではシリアスとなるので御容赦を。
それと半年以上ぶりの更新なのに感想やらメッセージありがとうございます。
ちょっとすぐに書きはじめたので返信出来ていませんが(汗)
返して行きますので平に御容赦を。
では、第十一話。どうぞー。


 

「……以上です」

 

 第一高校生徒会室。普段は、生徒会長である七草真由美の人柄もあってか、明るい雰囲気がある筈のそこに、暗い沈黙が落ちていた。事態の深刻さ故に。

 生徒会室に並ぶのは、生徒会メンバーに風紀委員長の渡辺摩利。そして部活連会頭にして真由美と同じく十師族の一人である十文字克人。第一高校が誇る三巨頭が勢揃いしていた。彼等が並ぶだけでプレッシャーを感じる……達也自身は涼しい顔をしていたが(隣の森崎は冷や汗を流していた)。

 全ての報告を終えた達也と森崎に、三人は頷き合い、こちらに向き直った。

 

「まずは礼を言おう。司波、森崎、よくやってくれた。君達の活躍もあって重大な事態にならずに済んだ」

 

 死人も重傷人も出なかった、と告げる克人に二人も頷く。精神支配が掛けられた者達は、それぞれ病院へと運ばれ、入院となったものの影響は最小限で済んだらしい。エリカも森崎も手加減していたか。

 しかし、実の所死人は一人出ている。当の精神支配を行った魔法師だ。彼は達也の「分解」によって消し去られている。それを知るのは自分と、皆の横に控えるオーフェンのみ。だが、彼は何故かその事を皆には告げていなかった。

 自分は魔法の秘匿やら何やらもあるので話すつもりは無いのだが、オーフェンにはそんな理由も無い。何故、話さないのか――とは思うが、逆に問われても困るので、達也も彼を問いつめる積もりは無かった。

 

「さて、今回の襲撃についてなんだけど……」

「ああ。結局、どこの誰の仕業かは分からず仕舞だな。オーフェン師は、何か掴めましたか?」

「いや、残念だが何も分かって無いも同然だな。襲撃犯は無力化したが、背後関係は全くだ」

「……無力化した襲撃犯は?」

「二度と現れる事は無いだろ」

 

 摩利の質問に、遠回しな結果だけをオーフェンは告げる。これ以上は何も言わないと分かり、三人はため息を吐く。そして今度は達也へと視線を移した。

 

「達也君、森崎君、本当にありがとう。ご苦労様。下がっていいわよ」

「はい」

「深雪さんも、今日は上がっていいわ」

「ですが……」

「いいのいいの。初日から大変だったでしょう? 達也君についてあげて」

 

 にっこりと笑って告げる真由美に、深雪はしばし迷い。ややあって頷いた。

 生徒会としての仕事は大事だが、深雪としては達也の方が遥かに優先度は高い。それに、今日の一件について二人だけで話しておきたいと言うのもあった。

 ちらりと兄の顔を見るが、彼は表情に何も表さない。それを確認して深雪は席を立った。

 

「それでは、私達はこれで」

「失礼します」

「はい、お疲れ様。あーちゃん、見送ってあげて」

「あ、はい!」

 

 追い出したな――と、オーフェンは表情には出さずに悟る。あずさは深雪を別とするなら、唯一オーフェン達の事情を知らない。その為の配慮だ。

 つまり、ここからの話しは第一高校としての話しでは無く、十師族と天世界の門としての話しと言う事だ。それを確信しながら、生徒会から出ていく四人を見送る。扉が閉まり、足音が遠ざかる――それを確認して、一同は一気にオーフェンへと視線を向けた。

 

「……オーフェン」

 

 半眼で睨んで来る真由美に肩を竦める。彼女が、いや彼女達が何を言いたいのかは重々承知していた。

 今回の一件、そして達也の事だ。自分の態度が曖昧な事を彼女達は責めているのだろう。オーフェンは嘆息し、端的な結果だけを告げる事にした。

 

「今回の事態を引き起こしたのは精神士――精神のみとなった魔法師の仕業だ」

「精神士……?」

「幽霊みたいなもんになった魔法師とでも思っとけ」

 

 あまりに杜撰なオーフェンの説明に一同は眉を潜める。だが、どうやってもここに居る全員に理解させようとすれば話しが長くなるのは確実だ。

 外世界の白魔術から、存在質量の喪失。果ては神化まで説明する必要が出て来る。流石に講義するような時間は無かったし、必要でも無い。なので不満そうな一同を置いて、オーフェンは話しを続ける。

 

「精神士は自分の肉体を丸々魔法に変えてる。だから、今回のような事態も起こせるが、力を行使すればするだけ消滅に繋がるのが精神士だ。今回の奴も、制御が甘かったせいか余分に力を使い過ぎて消えちまったよ」

「……森崎君の報告とはちょっと違うようだけど?」

「そこまで知るかよ。俺は達也に目を貸して、すぐ戻ったからな。達也が何をしたかは知らねぇ」

「じゃあもう一つ。さっきの電話は今回の件と関係があるの?」

「いや? ちょっと気に掛かっただけさ」

「ふぅん、そう。……貴方の嘘、下手だから嫌いだわ」

 

 不機嫌そうな真由美に、流石にオーフェンも苦笑する。どうも自分が嘘を吐いた場合、女性に見抜かれなかった試しが無いのだが……妻にもしょっちゅう怒られていた。たまに物も飛んで来たが。

 オーフェンはあくまで話す気が無い。それを見てとってか、真由美の機嫌が更に悪くなっているのを理解しながらも、オーフェンは話しを進める。

 

「さっきも言った通り背後関係は全く分からんままだ。一応キースの野郎がネットワークから情報を習得しているらしいが……ま、期待するだけ無駄だな」

「それは、あの執事だからですか?」

「いや、俺達の案件だからだよ」

 

 範蔵の問いにあっさりとオーフェンは答える。その内容こそに一同は表情を曇らせた。

 彼等の、つまりは天世界の門の案件。それは賢者会議絡みだと言う事を意味する。

 魔法至上主義組織、賢者会議。その実態はひたすら謎に包まれている。組織の構成員全てが正体不明、ただ「ドラゴン」の名を冠する者達であると言う事。そして彼等に関わった者全てが例外無く破滅している事しか分かっていない。

 「大漢の絶望」――中華大陸にあった国である大漢が、”人、物、土地、問わず一日で丸ごと消え去った”事件――に関与しているとも噂されているが、流石に眉唾だろう。ともあれ、そんな賢者会議に天世界の門はテロ屋呼ばわりされながらも敵対している。そして、今回もそうだと言う事だと、オーフェンは言ったのだった。

 

「第一高校は巻き込まれた、と?」

「さてな。何とも言えない。ただ……奴らだとするなら、ちとやり口が直接的すぎる」

「と言うと?」

「始祖魔法士共はともかく、賢者会議のてっぺんは性格最悪のクソ野郎でな。こんな直接的な行動を取るとは思えない。何より精神士ぶつけて来たくらいで俺やスクルドをどうにか出来ると思う訳が無い」

 

 精神士、と言うより精神を操る者にとってオーフェンは天敵であるし、神人種族たるスクルドは言わずもがなだ。なら、これはどう言う事か……まぁ、大体察しはつくのだが。

 

「またぞろ盟友とか言って妙な条件つけて魔術兵装やら何やら他の組織に渡して遊んでる……って所だろ。どうせ」

 

 魔王、スウェーデンボリーの常套手段だ。他者を利用し尽くし、最終的な目的を遂げる。大体、その誘惑に乗ったものを破滅に追い込んでいる悪魔の誘惑だ。

 嘆息するオーフェンに、一同も顔をしかめる。彼は言った、遊びだと。それは賢者会議やその長にとって、今回も一年前の事件も、全く本気では無いどころか、ただのゲーム程度と言う事を意味する。

 

「どうするのです?」

「んなもんは決まってるよ、スズネ。やる事はいつもと一緒さ。その組織を叩き潰して魔術兵装を奪うか壊す。ついでに賢者会議の情報を得る……可能なら、な」

 

 どうやっても尻尾を出さないと分かり切っていて、あえてオーフェンはそう言う。

 原大陸でもそうだったが、基本根本的な解決は難しい。対処療法的に処置していくしか無いのだ。まぁ、巨人化やら神人種族やらの案件に比べればまだマシと言えなくもない。だが、こちらの思惑と向こう、そして”彼”は別だ。なので、オーフェンはそちらに向き直る。

 

「カツト。十文字家として――そして、十師族としてはどう動くつもりだ?」

「七草には聞かないのですか?」

「質問に質問で返すなよ……まぁいいか。分かってるだろうが、お前以外は全員こっち側でな」

 

 苦笑するオーフェンに、真由美をはじめ、皆も済まなそうな顔となる。日本に居る魔法師として十師族は上となるものだ。だが、彼等は――天世界の門は”十師族の七草すらも含めて”、それから外れている。

 七草の当主である弘一自身が非公式とは言え、それを認めている立場なのだ。また真由美、摩利、範蔵、鈴音は正式には違うと言えど、天世界の門の一員となっている。一年前の、あの事件から。

 克人もまた、あの事件に関わっていた一人であるが、彼は次期十文字家当主であり、その立場を蔑ろには出来ない。だから、この場でオーフェンは彼を十師族の代表として扱っていた。

 克人は皆を見渡し、嘆息する。オーフェン達の事情、賢者会議の正体。それらを知った者として十師族の立場は窮屈にも思える。敵となる事すらも視野に入れなければならないのだ。そして、今回はまさしくその条件に合致する。

 

「我々は日本の魔法師として、また十師族として、今回の一件に対処しようと考えます。……貴方達とは、別に」

「ああ」

「今回の事件を起こした組織を潰し、魔術兵装の回収と賢者会議との接触を望むつもりです」

 

 それはつまり、天世界の門と敵対とは言わないまでも一切協動せずに成果を全て得る、と言う事を意味する。オーフェンはそれを聞いて、だろうなと頷いた。真由美達も息を呑んだが、誰も何も言わない。

 今回襲撃を受けたのは”オーフェン達では無い”のだ。あくまでも第一高校なのである。そして第一高校と、そこに所属するものは全て日本の者達、つまり彼等の管轄だった。

 いくら関連性が見出だされようと、今の段階で天世界の門は今回の件と無関係でしかない。故に克人はこう続けるしか無かった。

 

「”十文字家当主”として、天世界の門には活動の自重をお願いする。今回の件は、我々が片付けます」

「拒否した場合は?」

「全力で敵対します……十文字家が、俺の代で消える事になろうとも」

 

 静かな覚悟と共に克人は答える。彼とて分かっているのだ。天世界の門と敵対すれば、どうなるのか。だが、十師族の代表としてこれは譲れない。

 これは彼等の義務であり、責務であり――最後の権利なのだから。

 

「出来うるならば、俺の首一つでお願いしたい」

「下らねぇ事言うんじゃねぇよ。こんな事で俺達が、お前を殺すつもりはねぇのは分かるだろ」

「その覚悟がある、と言う事です」

 

 オーフェンは額に手を当ててため息を吐く。克人のこれは考え過ぎにしても、必要とあるならば彼を叩き潰さなければならないのは確かだった。

 十師族に――否、天世界の門以外の国や組織に魔術兵装を奪われる訳にはいかないのだから。

 この世界の沈黙魔術の兵装は、オーフェンが作り上げた物以外、全てノルニルの始祖魔法士、オーリオウルの手によるものなのだ。その力は、外の世界にあったものとは比較にならない。加えて、大概はオーバーテクノロジーの産物とすら言えるのだ。

 スポンサーの七草に対してすら、安全と判断した技術しか成果として上げていないのである。しかもオーフェンの見当が正しければ、今回の魔術兵装は、おそらくあの剣……バルトアンデルスの剣に違い無い。尚更、渡せなかった。

 バルトアンデルスの剣、月の紋章の剣とも言われ、意味は「いつでも、他の、何か」。その能力は「変化」だ。

 剣で傷付けたものを単なる情報体にまで分解。その後、剣を扱った者のイメージ通りに再構築する、と言う能力を有する。この世界に於いて錬金術、つまり原子変換は否定されて久しいが、この剣は原子変換どころか情報変換を可能とするのだ。

 はっきり言って、この剣がどこかの国か組織に渡り、使い方が分かれば禄な事にはなるまい。ましてや魔術文字が解明などされた日には、世界情勢が一変する……スウェーデンボリー辺りが、画策しそうな事だった。

 克人とて剣は知らなくても魔術兵装の危険は十二分に理解している。だからこそ、自分達が回収したいのだろう。

 オーフェンは心配そうにこちらを見てくる真由美達に苦笑し、再び克人へと視線をやる。

 

「天世界の門は今の所、十師族と争うつもりは無い。また確たる証拠が無い限り、表立って動く事も無い」

「では――」

「敵が賢者会議と関わっている証拠が無い限りは、動かない事を約束する」

 

 つまり、本当のギリギリまでは動かないと言う事だ。天世界の門は、世間一般にはテロ屋同然。日本に居を構えてる限り、表立って十師族と争う意味が無いのだ。……だが、オーフェンは暗にこうも告げている。魔術兵装の類があれば、その限りでは無いと。

 もし克人が魔術兵装を奪った日には容赦なく敵対すると告げたのである。これがオーフェンの、天世界の門の最大限の譲歩だった。

 

「競争だぜ、カツト。俺達はこれから情報の収集に全力で走る。そこで証拠が出れば、動く」

「…………」

「欲しけりゃ上手く俺達を出し抜く事だ。俺を、じゃねぇぞ。俺達を、だ」

「肝に、命じます」

 

 はじめて、克人がオーフェンに不敵な笑みを浮かべる。それは一つの挑戦だった。

 天世界の門と十文字家による魔術兵装争奪戦。それが、今ここから始まろうとしていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暫くは厄介な事になるかも知れないと、達也も思ってはいた。いたが、流石にこれはどうなのかと全力で走りながら思わずを得ない。

 新入部員勧誘週間四日目。体育館での騒動から三日だ。その三日で、達也は全校生徒にほぼ知られる事となっていた。

 顔と、その実力を。そしてこの第一高校は二年三年に、一科、二科の区別はほぼ無い。ならどうなるか? つまり――。

 

「司波ぁぁぁぁぁぁ! どこだぁぁぁぁぁ!?」

「何としてでも捕まえるのよ! 魔法使わなければオッケー! 無理矢理でも入部届けにサインさせるの!」

「勝ちか負けか、じゃない! 勝ちしか俺達には認められていないっ! いいな!」

 

 ――こう言う事だった。皆が皆、こぞって達也を自分の部にと、血眼になって追っかけて来たのである。なお、早々にモブ崎ならぬ森崎は潰されていた(踏み付けられて)のはご愛嬌か。

 この惨状を麗しき委員長様に報告した所、「魔法使われてないのだから問題ない。頑張れ」との有り難い言葉を頂戴し、思わず携帯端末を放り投げたくなったのもむべなるかな。しかも達也が風紀委員である事を利用し、魔法を使って自分達を捕らえさせ、足止めする者までいる――もちろん少数ではあったが――始末である。

 つくづく思うのだが、この第一高校、教育機関としてちょっと、いやかなり、相当おかしくないだろうか? まぁ多分、いろいろあったせいなのだろう。執事とか執事とか、あと執事とか。

 そんな風に思う自分がアレに慣れた事にも気付き絶望したくなったが、まぁそれはともあれ。

 

「……撒いたか?」

 

 ようやく人ごこちつき、達也は息を吐く。簡単に呼吸を乱すような柔な鍛え方はしていないのだが、なんと言うか精神的に疲れた。このような形で追っかられると言うのは初めてだからだろう。だから――少しだけ、油断した。

 

「っ……」

 

 次の瞬間、足元に魔法干渉の兆候が現れる。これは移動系の魔法か。達也は一瞬だけ息を呑み、しかし即座に対応する。

 両のCADを重ね、キャスト・ジャミング発動。想子の波が広がり、魔法の発動がキャンセルされる。

 見事な対応力。だが、達也は苦々しいものを飲み込みながら振り返った。学校内とは言え、油断が過ぎた。まさか奇襲を許そうとは。

 しかし達也の目は既に襲撃者がどこから自分を狙ったのかを掴んでいる。ここから十メートルも離れていない。なので一気に捕まえようとして――絶句した。

 襲撃者の周囲を妙な魔法式が包んでいたのだ。自分が、記述を全く理解出来ないものを。

 思い出すのは、執事がやらかした精霊魔術の契約書だ。今回のこれも似たものを感じる。

 そこまで考えるなり、達也は矢の如く駆け出した。本来秘匿すべき手段すら使って自己加速術式を発動。凄まじい速度で駆けて行く。

 しかし、相手の方が早かった。魔法式は達也が校舎の角を曲がって、姿を見る前に発動した。そして、襲撃者の姿が消える。

 達也はすぐに目で精査するが、無駄だった。襲撃者は近辺のどこにも無い。まるで本当に消えたようにだ。これは――。

 

(……空間を渡った? いや、まさか)

 

 有り得ない、と達也は頭を振る。魔法にもいくらか不可能な事象が存在する。その中でもワープ、空間転移はポピュラーなものだった。アインシュタインの特殊相対性理論を例に出すまでも無い。擬似、と呼ばれるものは数あれど本物は無い筈――だが。

 

「可能性を捨て切れないのは、どう言う事なんだろうな……」

 

 ぼやくような心地で達也は嘆息する。それは、どっかの執事の理不尽のせいか。もしくは、オーフェンの構成を幾度も見たせいか。どちらも有り得そうだなと苦笑して、達也は襲撃者が消える瞬間を思い出す。ほんの僅かであったが見えたものに。

 それは第一高校の制服であり、そして右手に着けていた赤と青の線で縁取られた白いリストバンドだった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第十一話、前編でした。
話しが長ぇ!(笑)
いや、あれですよ。どうしても現状確認と交渉ごとやると話しが長くなるのです。て言うかかなりはしょってあれです(笑)
ちなみに八巻の番外編である「大漢の崩壊」が、こちらでは「大漢の絶望」になってます。
とても分かりやすく言うとあの事件に賢者会議の魔王と始祖魔法士が介入。全て破滅し尽くした事件となります。
この辺、四葉の皆さんが利用されまくったり大漢のお偉いさんどころか、罪の無い一般人まで蹂躙され尽くした地獄な事件なのですが――まぁ、書くとR18確定ですんで、ええ。主にパフのせいで。
端的に言うとショタ、ロリ、幼児ならなんでもあり。性欲と食欲が合体。これで想像頂けると。
ではでは後編でまた会いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十一話「前兆」(後編)

はい、テスタメントです。入学編、第十一話(後編)です。今回は基本会話のみと言うか、現状確認が基本となる回。劣等生本編でもそうでしたが、嵐の前の静けさ的回となります。
なので日常会として見て頂ければ。あ、一つだけあるとすれば甘さ控え目程度のコーヒーをお供にする事を進めます。
では、どぞー。


 

 風紀委員なのに何故か追っかけ回されると言うある意味地獄の一週間を潜り抜け、達也は息を大きく吐き出した。

 夕刻の司波家である。妹の深雪と二人暮らしである家で、達也は珍しくリビングのソファに沈むように座り込んだ。

 

「お兄様。だ、大丈夫ですか……?」

「ああ。いや、済まない。大丈夫だよ。体力面で疲れてる訳じゃないから」

 

 隣に座って心配そうに見てくる妹に微笑して頷く。体力面では。つまり精神面で参っていると言う事なのだが、それも今日で終わりな筈だ。

 流石にこれ以上追いかけられると言う事もあるまい。そしたら風紀委員として通常業務を――。

 

 

「…………」

「お兄様!? 何故、頭を抱えて……!」

「いや、辛い現実が立ちはだかってる事を思い出してしまっただけさ。……一生忘れていたかったが」

 

 風紀委員の通常業務と言う事は、必然、あの執事絡みと言う事である。それを思い出したのだ。

 何故か盗撮写真の一件以降全く姿を見せないので忘れていたのだが……このまま出て来ないとは考えられない。考えたくはないが。

 まぁ、あれについては考えても無駄。神にでも祈るしかないと思いつつ別件について思考を巡らせる事にする。

 達也が抱える問題は数あれど、対処が急がれるものは二つある。一つは当然、校内の襲撃の件だ。

 二回に渡る襲撃は程度の差はあれど、無関係な訳が無いのは明らかだ。しかも二回目は達也個人を狙って来た。一回目の精神支配の一件から自分を標的にしたと思うのだが……しかし、それにしては軽すぎる。

 あの時使われた魔法は移動系魔法。ただ、足元の土を移動させるだけのものだったのだ。勿論、放っておけば達也は空いた穴に転落していただろうが、それだけだ。

 だとするならば、あれは達也を試しただけと考えられる。あのタイミングでの奇襲を、自分がどう対処するかの。そう言った意味ではしてやられたとも言えた。

 だが、向こうもいくつか達也に情報を与えている。一つは、襲撃者は生徒だと言う事。そしてあのリストバンドだ。確証も何も無いが、達也の脳裏に何故かあれが焼き付いていた。

 ここ数日、まともに調べられなかったが、本腰を上げて調べるべきだろう。

 そしてもう一つ、オーフェンだ。元々、彼は警戒していた。「目」を見抜かれてるフシが幾度もあったし、試された時に達也は「分解」を使いかけたと言うのもある。しかし、一回目の襲撃でさらに知られる事となったのだ。

 深雪の話しによれば、あの執事共々、「目」については確実に見破られている。性能は別にしても、大体の性質を見抜かれてると見るべきだった。

 そして、あの同調だ。オーフェンの意識から拾い上げた情報が正しければ、同調術か。まさかイデアを介して互いの精神を混同させるような真似が出来ようとは。あれのおかげで、達也もオーフェンの思考を僅かではあるが理解したが、向こうも理解した筈だった。少なくとも「分解」は掴まれた。

 あの後から達也と深雪は意識してオーフェンを避けている。彼もまた二人に構っている場合では無いと全く接触して来ないが――それはそれで不気味だった。

 

「深雪、あの後からオーフェン先生は?」

「生徒会には顔を出す程度で、すぐに出ていってしまわれます。どうも、お忙しそうですが……」

 

 まぁ、曲がりなりにも教師だ。校内でテロがあったので対処やら何やらで奔走していてもおかしくは無いが……しかし、妙に引っ掛かる。何故かと言われても困るのだが。

 達也はこちらも調べるかと決め、心配そうに見ていた深雪に頷いてやる。とりあえず今日はゆっくりする事に決めた。まずは。

 

 

「深雪、今日の夕ご飯は何かな?」

「ふふ、お兄様ったら。後のお楽しみですよ」

「そうか。お前の料理だからどれも美味しいんだろうが、楽しみにしてる」

「まぁっ、お世辞言って! そんな事をしても出せるのはサマンサスーツくらいですよ♪」

「……深雪、ちょっと話し合おうか。あれは俺の部屋にあった筈だな……!?」

 

 しばしの家族の団欒(?)を楽しむ事にしたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふむ……」

 

 その頃、七草家の庭の一画ではオーフェンと真由美が向き合っていた。二人きりで、そんな所にとなると誤解されそうなシチュエーションだが、全く色気めいた雰囲気は無い。

 当然だ、何故なら二人は魔法制御訓練の真っ最中だったからである。

 CAD無しで真由美に魔法式を編ませ、オーフェンはその構成を見る、と言うものである。一見なんだその程度と思われかね無いが、CADの補助が無い状態で魔法式を展開すると言うのは、相当の集中力を要求される。

 CADは起動式を魔法師に提供するもの。それは大前提であるが、無論それだけでは無い。特化型は照準補助が組み込まれているし、起動式に制御の記述は当たり前にある。

 だがそれ故に、オーフェンから見ればこちらの魔法師の制御は甘いと言うか、余裕が無い。柔軟性が無いとも言える。それは応用が効かなくなると言う意味であるし、こと天世界の門としては致命的な問題と成り兼ねなかった。だからこその、この訓練である。

 オーフェンは展開したままの魔法式をためつすがめつ眺め、やがて頷いた。

 

「ま、及第点だろ。”擬似空間転移”の構成を、これだけ制御出来る構成編めりゃ大したもんだ」

「本当? 行けるの?」

「ああ。一メートル程度なら、まぁ大丈夫だろ」

「て、短いじゃない!?」

 

 思わず叫ぶと集中力が切れたのか、魔法式が消えた。それを半眼で見ながら、オーフェンは言ってやる。

 

「お前ね……俺の先生が編み出した最秘奥構成の一つだぞこれ。簡単に何十メートルも出来てたまるか」

「そ、それはそうだけど……ちなみに、オーフェンならどれくらい?」

「調子良けりゃ数百メートル程度ってとこか。千メートル以上は、はっきり言って自信ねぇな」

 

 あっさりと答えるが、これはオーフェンが魔王術なんぞと言う通常術とは桁が違うものを制御する必要にかられ、制御術を極めたが故のものだ。普通ならまず制御にしくじって、発動した瞬間に蒸発がオチである。

 そう言う意味では、まさしく真由美は及第点だった。おそらく制御力と言う点では十師族当主に匹敵するレベルになっている。

 複雑そうな顔をしている真由美にはあえて告げずに、オーフェンは苦笑した。増長させるのは良く無いが、褒めるべき所は褒めるかと。

 

「誇れよ。たかだか一年で、この構成をCAD無しで制御出来る所まで来たんだ。制御についちゃ、もう問題ねぇよ」

「……全く本心に聞こえないわ」

「おいおい、嘘なんて吐いてねぇって」

「なら、貴方くらいになるまでどのくらい掛かる?」

「高望みし過ぎだろ」

 

 冗談とは分かっているので軽くツッコミを入れ、オーフェンは立ち上がる。真由美も合わせて立った。

 これで今日の彼女の訓練は終わりだ。次は、オーフェン自身の番だった。

 真由美を視線で促し、CADを装着させる。そして数メートル程度離れて向かいあった。

 

「よし。んじゃいつも通り魔弾の射手を最大数展開して囲んでくれ」

「……ねぇオーフェン。これ、いつも言ってる事なんだけど、もうちょっと安全な方法とかないの? その、無防備な貴方に撃つの、結構抵抗あるのだけど」

「それじゃ訓練にならんだろ。それに、”今まで一発でも当たった事があったか?”」

「う……無いけど」

「ならいいじゃねぇか」

 

 あっさりと拒否され、真由美が口を尖らせるのが見え、オーフェンは苦笑する。このやり取りは毎度の事なのだが、中々真由美が慣れないのだ。オーフェンの感覚からすると、別に当たった所で死ぬ訳でもあるまいしと思うのだが。

 ともあれ視線で再度促すと流石に諦めたのか、真由美はため息を吐き、腕輪型の汎用型CADに指を走らせた。滑らかな動作で起動式を呼び出し、取り込む。そして魔法式展開。同時に、オーフェンの周囲を魔法式が囲んだ。

 系統魔法、魔弾の射手。七草が開発した魔法式であり、任意の座標に銃座を作る魔法だ。そこからドライアイスを弾丸にし、最大で音速超過で飛ばすのである。

 勿論、速度を控えめにするなりなんなりで殺傷力をコントロールする事も可能で、更に次の魔法に繋げられる利便性すらある。オーフェンも、この魔法を見た時は流石に唸ったものだ。見事だと。

 その魔弾の射手全てが、彼に狙いを定めている。後は真由美次第で、魔弾がオーフェンを襲うだろう。真由美はこくりと喉を鳴らし、彼を睨みつけた。

 

「……行くわよ」

「魔術と違って声に出す必要ねぇんだ。来いよ」

 

 言われ、真由美は一気に魔弾を撃ち放った。それは防御の構成すら編もうとしないオーフェンを全周から強襲し、その威力を叩き付けんとする。

 だが、放たれた魔弾は、着弾しなかった。彼を掠めるようにして逸れたのである――”全弾が”。

 その結果に真由美はほっとしたような、苦いものを噛み締めたような顔となり、オーフェンはと言うと無表情で腕なぞ組んでいる。先と変わらぬ無防備だ。そこに再び魔弾が襲い掛かった。今度は全ての弾速を変えて緩急を付け、一部の銃座からは連発で放ってもいる。その全てはオーフェンに殺到し、しかし何故か全て当たらなかった。魔弾は空を切り、地面に落ちるのみ。

 正面、側面、足元、頭上、死角。意味が無い。魔弾は、ただオーフェンの横を抜ける。まるで、彼を突き抜けてるような錯覚すら覚えそうだった。やがて、数百発を数えるくらいで真由美の限界が来た。息を大きく吐き、魔法式が消える。それにオーフェンはふむと頷いた。

 

「ま、こんなもんか」

「何が、こんなもんか、よ……自信ボロボロだわ」

 

 満足そうなオーフェンにぼやくように呟く。この訓練をやり始めてからかなり経つが、毎回魔法の自信を木っ端微塵にされてる気分であった。この結果は、端的な実力差を明確に表すものでもあったから。

 つまり自分は魔法戦において、全力を振り絞ってもオーフェンに掠らせる事すら出来ないと言う事。そんな彼女にこそオーフェンは苦笑した。

 どうも落ち込んでいるようだが……まだまだこんなもんでは無いんだがなと。

 今のはただのウォーミングアップに過ぎない。訓練と言うよりは確認だ。本題は、これからである。

 

「よし、んじゃ次行くか」

「え……?」

 

 言うなり、オーフェンは足元の石を三つ拾い上げると一つをキョトンとした真由美へと軽く投げ渡す。訝しむような顔をして、彼女は受け取った。

 それを確認し、オーフェンは残った一つを空高くに放り、素早く最後の一つを掲げるように差し向けた。即座に構成を編み、解き放つ。

 

「我は踊る天の楼閣」

 

 瞬間、手の中の石は架空の亜光速に突入し、消失する。そして再び現れた場所は空だった。”放った石を突き抜ける軌道”の。

 直後、石は双方砕けると同時に大爆砕が七草の庭を震わせた。凄まじい衝撃波が炸裂する。それを最後まで見届け、唖然とした真由美に振り返る。

 

「今のが、擬似空間転移を利用した俺の”元”切り札の一つだ。擬似空間転移は文字通り擬似――実際には現実に在るままで仮定の上で質量をゼロにして、重力制御で架空の光速に至る――まぁ、そんな構成だ。だから障害物が途中にあれば、亜光速で衝突する羽目になる。これは説明したよな?」

「え、ええ」

「それを利用したのが今のだ。つまり”架空の光速度の弾丸”として使えるんだよ。まぁ、人間にゃ使えねぇがな。どんな防御構成も意味が無い。問答無用に殺しかね無いからな」

「そうなの」

「でだ。マユミ、今からそれを俺に撃ち込め」

「はぁ……はぁ!?」

 

 空返事を繰り返していた真由美だが、流石に最後のは聞き咎めた。今、オーフェン自身が説明していたでは無いか、防御を許さず殺す攻撃だと。それを何故、自分に撃てと言うのか。彼は肩を竦め、あっさりと言ってくる。

 

「さっきの要領で俺は防ぐ。いいな?」

「いいわけないでしょう!? あ、貴方自分が何言って……!」

「俺以上に俺が何言ったか分からねぇ訳ねぇだろうが」

「だったら! 自分が死ぬかもって、分かるでしょう!?」

「ああ」

 

 軽く頷く。真由美は、くらりと意識が遠退きそうになった。いくらなんでも、これは無茶だ。しかも、オーフェン自身はさも当然と言う顔をしている。それが何より怖かった。

 死ぬかも知れない。それが分かっているのに、何も感じ無いのかと。そんな真由美の心情を察してか、オーフェンは笑ってみせる。

 

「心配すんなよ。五分五分で成功する見込みはあるから」

「半分しか無いんじゃない! もし、失敗したら……」

「ま、死ぬだろうな」

 

 さらりと言う。絶句する彼女に、そのままオーフェンは続けた。

 

「マユミ。俺にとってみれば、魔術や魔法の訓練ってのはこんなもんだよ。自分の命を賭ける程度なら――まだ安い」

「安い、て」

「魔王術は知ってるな? 一年前に見せたきりだが。あれの訓練には”世界を賭けた”」

 

 オーフェンが何を言ってるのか、すぐに理解出来ず、やがてそれが広がり、真由美はぞっと悪寒を覚えた。

 魔王術。世界を作り替えて、自分の望む世界に世界そのものを変える事で結果とする術。オーフェン曰く真なる魔法、万能全能の力。それを使えるようにする為に、どれだけ世界を賭けに出したと言うのか。

 一度でもしくじれば、世界が変わる。比喩じゃなく、全くの別物になる。

 

「実際には優秀かつ腹立つ助言者が居たせいで、結構短い期間で実用レベルにもっていけたんだけどな」

「…………」

「だから、まぁ何だ。気負わず撃って来いよ。失敗しても何とかするから」

 

 そこまで聞いて、真由美は長く、長く嘆息した。根本的に、自分達とオーフェンでは魔法に対するスタンスにズレがある。

 自分達にとっては魔法は当たり前にあって、当たり前に使えたもの。だから、命やそれ以上を賭けるなど考えられなかった。

 だがオーフェンは違う。彼にとって、魔術は手足と同じ半身でありながら、致命的な存在だった。だから、制御出来ねば生きていけない。その訓練に命を賭けるのは、当たり前の事だったのだ。

 きっと真由美が拒めば、オーフェンも言っては来まい。だが、きっと彼は別の方法で同じような事をしようとするだろう。それが分かった。だから。

 

「……何とかする事」

「ん?」

「失敗しても何とかする事! オーフェンなら、出来るでしょう? それが、条件よ」

 

 睨みながら言って来る真由美に、オーフェンは苦笑。しかし黙って頷いた。

 構成を展開して見せる。それは、中和構成だった。もし失敗してもこれなら擬似空間転移の構成を中和して消せる。それを確認して頷き、彼女は再びCADに指を走らせた。既に擬似空間転移の起動式はこの中にある。それを取り込み、自力で編むより正確な、精緻な魔法式が真由美から伸びた。照準は手の中の石。それを移動魔法の要領で、オーフェンへと放つイメージを明確に抱く。

 オーフェンも、ゆっくりと手を差し延べた。真由美へと、真っ直ぐ。まるで、魔術を放つように。

 一瞬だけ沈黙が七草の庭に落ち、真由美は覚悟を決めた。オーフェンなら、きっと大丈夫と。

 

「我は、踊る――」

 

 そんな必要は無い。それを分かっていながら、しかし真由美は呪文を紡ぐ。オーフェンの魔術構成を使う時、必ず彼女は声に出す事にしていた。何故か、よりイメージが出来る気がして。そして、構成が解き放たれる――瞬間。

 

「天の楼閣……!?」

 

 真由美は見た。オーフェンが中和構成を消す光景を。

 既に擬似空間転移の魔法式は発動したのだ。一瞬に満たない刹那で、オーフェンを貫く。駄目と思う時間すらも無く、結果は無慈悲に現れる。手の中の石は消失し――そして。

 ぱしり、とオーフェンは伸ばした手で、軽く石を掴み取っていた。

 

「よしよし、上手くいったな。さすがに緊張したが」

「…………」

 

 朗らかに笑うオーフェンを見ながら、へなへなと真由美は崩れ落ちた。呆然と彼を見続ける。それに気付き、オーフェンが歩いて来た。

 

「おいおい、どうした? 大丈夫か」

「…………」

「おーい」

 

 直後、大きく見開いた真由美の瞳から涙が零れはじめた。止まらない、次々と頬を伝って落ちる。

 

「お、おい!?」

 

 さすがに顔を引き攣らせ、オーフェンも屈み込む。見た限りでは制御は完璧だったので反動は無い筈。あとは防がれたのにショックを受けたのかとも思ったが、これは無いだろう。だとしたら、何だと言うのか。うろたえるオーフェンに、真由美から声が漏れる。

 

「……かったん、だから……!」

「ん?」

「怖かったんだからぁ!」

「うぉ!?」

 

 がばりと顔を上げるなり、襟首をがしっと掴まれ引き寄せられる。間近で見据え、一気に真由美はオーフェンに吠えた。

 

「何で中和構成消しちゃったのよバカなの!? あれだけ危ない危ない言ってたくせに、肝心の時はあんな事して! もし死んだらどうするつもりなのよ! もし、私が殺しちゃったらどうすれば良かったのよ! 貴方生き返られるの!? られないでしょう!?」

「あ、ああ、まぁ死んだ事無いから知らんが、無理だろうな」

「だったら途中で構成消したりしないでよ! ほ、本当に怖かったんだから! オーフェンなら失敗しても何とか出来るって思ってたのに、それも消しちゃって! 私がどんな気持ちになったか分かるの!?」

「あ――マユミ、分かった。分かったから。落ち着け」

「これが落ち着いていられる訳が無いでしょう!? いつもいつも……! あの魔弾の射手の訓練だって嫌って言ってたのにやらせるし、訓練は容赦無いし、いつも子供扱いするし、キースは毎回良く分からない事するし!」

「……キースは関係無くないか?」

「関係無くないっ! この程度だって思ってる? まだ山ほど文句はあるわよ、全部聞いて貰うからね――」

 

 ……やがて、数十分か、数時間か。二時間は超えていないと思うが、オーフェンは真由美の怒声を聞き続け(たまに理不尽が混ざっていたが、まぁそんなものだろう)、息が続かなかったか、ようやく止まった。それでも最後に念押しとばかりに、キロリと睨んで告げる。

 

「今後、こんな事しない事! いいわね!?」

「……おう」

「返事はハイ!」

「……はいよ」

 

 ぐったりとなりつつ、オーフェンはため息を吐き出す。まさかここまで怒らせる事になろうとは。姉やら妻も怒らせると酷い目にあったものだが……世界が違えど、こう言うのは変わらんものだなと立ち上がる。とにかく訓練はこれで終わりだ。後は屋敷に帰るだけ、なのだが。

 

「……マユミ?」

 

 何故か立ち上がらない教え子兼主に疑問符を浮かべる。彼女は何故か顔を赤くして俯いていた。どうしたと言うのか。と、そこで両手が伸ばされ広げられる。そしてポツリと呟いた。

 

「……おんぶ」

「は?」

「おんぶ! 腰が抜けて立てないの!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……まさか、この歳になっておんぶする事になろうとは」

「いいから黙って進むの!」

「へいへい」

 

 背に真由美の重さと感触を覚えつつ、オーフェンは呻く。七草邸はかなり広い。庭から正面玄関まで、散歩が出来る程度にはだ。

 今日は月が明るいなと思いながら、二人の影はゆっくりと進む。ここ久しく無い、ゆっくりとした時間だった。しばらく黙ったまま歩いていると、真由美が肩に顎を乗せて来る。

 

「ねぇ、オーフェン」

「んだよ。黙ってるんじゃなかったか?」

「いちいち揚げ足取らないでよ。……オーフェンって、今何歳だった?」

「四十七だ。言っとくが、お前の親父より年上だからな」

 

 外見年齢二十歳前後が言っても、全く説得力が無い。しかし、真由美はそっかと頷いた。オーフェン、そしてスクルドの事情は一年前にあらかた聞いていた。だが、それはあらましだけだった。だから、ちょっと深く聞いてみたくなった。きゅっとオーフェンの首に回した腕に少しだけ力がこもる。

 

「オーフェンって奥さん居るのよね。どんな人?」

「唐突だな。まぁいいが。どんな人、ねぇ。至って普通だぞ? 普通の主婦だ」

「普通の主婦って……オーフェンの奥さんなのに?」

「ああ。魔術士でもねぇし。家庭ヒエラルキーのトップに居るのは間違いないがな」

 

 ふぅんと背から声がするが、真由美はきっと分かっていない。オーフェンは苦笑した。

 経歴やらはどうあれ――魔王のボディーガードやら呼ばれ、最大の仇敵の片腕を叩き斬った――だ、妻、クリーオウは普通の主婦だった。少なくとも、オーフェンにとっては。

 それがとてつもなく有り難く。彼をギリギリの所で繋いでくれた。世界をいつでも好き放題変えられた自分が、何とか踏み止まっていられたのは、結局妻が身の程を常に教えてくれていたからなのだろう。魔王と呼ばれている術者だろうが、原大陸一の権力を持っていようが、所詮はただの人間だと。

 

「奥さんとは、どんな風に出会ったの?」

「見合いだよ。顔を合わせたのも、アレが初だな」

「そうなの? 本当に普通なのね」

「ああ。見合い相手は姉の方で、実はこっちは結婚詐欺をやらかされていたりもしたが、普通だろ?」

「……前言撤回。それ、どう言う状況なの」

 

 と言っても、全部本当の事なので仕方ない。妻との出会いが契機で旅を再開したんだっけなと懐かしみながら、そう言えばと思い出す。

 

「あいつも名家の次女だったが……考えてみれば、お前と立場似てるな」

「そうなの?」

「ああ。結局、家を出て行かせて、帰らせる事も出来なくなっちまったが」

「奥さん、後悔とか無かったのかしら」

「さてな。それこそ聞いても仕方ない事だろうよ。あいつが自分で決めて、ついて来たんだ……話し聞いたら、結構勢いと言うか、その場の偶然みたいなのはあったみたいだがな」

「もし――」

 

 再び腕に力がこもる。オーフェンの背に、より身体が密着した。だが、少なくとも彼から動揺の気配は無い。それこそ、娘を相手にするようにだ。

 真由美は少し笑い、耳元に小さく、本当に小さく呟いた。

 

「もし、ね。戻れなかったら、どうする?」

「考えてみた事もねぇかな。十分有り得る事だが、正直考えても仕方ねぇと思ってるよ」

「なんで?」

「数年か、数十年掛かるか分からねぇが。賢者会議――いや、スウェーデンボリーとやり合わなきゃならねぇからな。どうなるか、分からん。だから戻れるかどうかなんてのは、どうしても二の次になる」

「その、奥さんと……娘さんもいるんだっけ? 会いたいと思わないの?」

「思ってるよ。家族なんだ。そう思わない訳が無いだろ」

 

 オーフェンは真由美の問いに答えながら、いつ以来か、敵であり友であった魔王の言葉を思い出していた。

 君は失うことがなにより得意なんだ。生まれ育った環境を捨て、家族を捨て、キエサルヒマの秩序を捨て――最後は、全能の魔王に近付いていく、と。

 そして、結局家族を置いて、こんな所に居る。全く忌ま忌ましい程に、アレの言う通りだった。

 

「失うことの、意味か」

「オーフェン?」

「ああ、なんでもねぇよ。ほら、着いたぞ」

 

 ようやく正面玄関に着き、オーフェンは振り返る。下りろ、とばかりに。

 それに気付いたのか、真由美が悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「このまま部屋まで送ってくれてもいいのよ?」

「俺は別に構わねぇが、部屋が汚れてて恥かくのは、お前だぞ」

「よ、汚れてなんかいないわよ!」

「そうじゃなくても恥ずかしいだろって話しだよ。娘なんか、部屋にノック無しで入った日には物質崩壊叩き込まれそうになったもんだぞ」

「……時々、無性にオーフェンの家を直接見たくなるわ」

 

 元々本気では無く、からかい目的だったのだろうが、あっさりいなされ、真由美はぶつぶつ言いながら下りる。そして向き直った。

 

「ありがと」

「ああ。それじゃ、ゆっくり休めよ」

「うん。オーフェンこそ、毎日忙しそうにしてるんだから、ちゃんと休むのよ」

「可能ならな。じゃあ、また明日な」

「うん。おやすみ」

 

 そう言って、真由美は自室へと戻って行く。それを見送って、オーフェンも歩き出した。向かう先は自室――では無い。まだ、今日は終わりでは無いのだ。

 数分の後、着いたのは七草家当主の書斎。つまり、弘一の部屋だった。ノックし、「どうぞ」の声と共に入る。

 

「やぁ、オーフェン。娘の家庭教師、ご苦労様だ」

「ああ。それより、その格好は何だ?」

 

 書斎の椅子に座るのは執事兼ボディーガードの名倉を従えた、弘一。しかし、その服装は普段着でも、ましてやスーツでも無かった。

 黒の戦闘服――オーフェンが、「牙の塔」時代に使っていたものを参考にして作った――ものを装備していたのである。もちろん、この戦闘服はただの戦闘服では無い。これは、オーフェンがこちらに来て作った「鎧」の、量産試作型であった。

 

「黒竜人(ギガス)の鎧、か。それはキースの野郎が?」

「ああ。君の黒竜皇(ドラグーン)の鎧の劣化性能版だそうだが。……彼は、良い仕事をしてくれる」

「余計な仕事もたらふくしてくれるがな」

「それは仕方ない」

 

 つい先日資産を使い込まれた割には、あっさりと弘一は言う。それに呆れながら、オーフェンは机に置かれたケースを開いた。そこには、一つの文字が浮いている。沈黙魔術による文字だ。それを手に取り、己の胸に当てると一瞬で「鎧」は装着された。

 黒竜皇の鎧。それもまた、「牙の塔」時代の戦闘服を彷彿とさせる。オーフェンが再現した沈黙魔術と、こちらの魔法技術、科学技術からなるハイブリットの「鎧」だった。

 気味が悪いくらいにフィットしたそれに苦笑し、オーフェンは弘一に向き直る。

 

「状況は?」

「キースの話しによれば、数分後には東京壊滅してもおかしく無いとか」

「……つくづく思うが、毎度毎度規模が無駄にでけぇな。厄介な」

「それも仕方ない。何せ、君達の世界でも最悪の厄ネタだったのだろう? ……巨人とは」

 

 違いない。そう認められなくても、オーフェンは認めるしか無かった。巨人、ヴァンパイアライズ。こちらの世界では、”自然には決しておこらない現象”。つまり、裏で手を引く奴が居る筈なのだが……それが誰なのか、はっきりと分かっていながら対処出来ない。向こうも、ネットワークを押さえている。

 嘆息し、しかしオーフェンは覚悟を決める。最後にケース内に収めていた沈黙魔術の兵装――こちらは本物だ――を、腰に鞘ごと取り付けた。そして立ち上がった弘一に頷く。

 

「天世界の門の”クプファニッケル”は、これより行動を開始する。いくぞ”マンイーター”」

「了解だ。クプファニッケル……そろそろ、私も正式に団員にしてくれても良くないか?」

「却下だ。お前は最後の最後で裏切る。そんな顔してる」

「顔か。最悪の理由だな」

 

 苦笑しながらも弘一は後ろに着いて来る。これから空間転移で事態の中心に飛び、巨人を解消する。全ては瞬間で終わらせなければならなかった。この日常を、守る為には。

 

 では――手っ取り早く、世界を救って来よう。

 

 

(入学編第十二話に続く)

 




はい、第十一話(後編)でした。
今回は真由美さんでちょっと萌えようじゃないか、的なお話でした(笑)
ええ、お嬢さまがああなるのとかテスタメント大好きです(笑)
まぁ、初っ端から奥さんと娘さんがいるオーフェンなのでフラグは立った瞬間に壊れるのが確定しているのですが(笑)
なお、オーフェンが何をやったのかについては、第四部を見れば大体分かる仕様です。しかし、オーフェンファンの皆さんにはネタバレ禁止の方向でお願いしたい(笑)
ええ、後々盛大にやるので是非に。無駄ですか、くそぅ(笑)
なお、ラストにあった通りにこの世界でも巨人化は起きています。天世界の門の、もう一つの活動事項ですな。ただ自然発生は有り得ず、またシマス程の強化も無いです。クリーチャーのが近いかも。
天世界の門は、ノリ的には絶賛アニメ放送中の某血○戦線のラ○ブラ的ノリとなります。「週間世界の危機」に対処と言うか(笑)
ではでは、いよいよ事態が動き出す第十二話で、またお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十二話「ブランシュの影」(前編)

はい、一週間ぶりです。テスタメントです。
ようやく第十二話、話も大分前に進んでおります。
今回オリ要素入りまくりですが、一応原作沿いの筈。筈だよね?(笑)
では第十二話(前編)どうぞー。


 

 深夜においても、この街は明るい。東京は、良くも悪くも光で溢れてる。

 それはまるで、夜を怖がるように、闇を拒むように星になって灯る。しかし、そんな東京の一角にも闇はある。……いや、光が濃ければ濃いほど小さな闇は深くなる。その闇に、ソレは居た。一見するとソレは人に見えた――形だけは。だがそれは、全てが銀色の紐で形成されている物体を人と呼べたらの話しだった。しかし、それは確かに人だった。元、では無い、人のままだ。

 巨人化(ヴァンパイアライズ)。人間種族、いや”巨人種族”が本来の能力として無限に進化成長し続ける特性を発揮した姿がソレだった。シマス・ヴァンパイアが完全物質に至り、完全不可能性の塊にして世界中心核、そしてこの世界そのものになったおかげで、もはや巨人化は無制限力では無くなり、この世界では自然発生もしなくなった。

 だが、それは完全にいなくなった事を意味しない。干渉次第では、巨人化が起こる可能性は常に在るのだ。そして、この東京の一角でソレは起こったと言うだけの事。

 巨人がその形を崩し、紐を伸ばす。紐は東京中に伸び、人をあらかた食い尽くすのは目に見えていた。そう、”彼等がいなければ”。

 伸びた紐の周囲に、魔法式が展開。七草の十八番、魔弾の射手だ。しかし、そこから放たれるのはドライアイスの弾では無かった。

 火線。灼熱の業火が、魔弾の射手より放たれ、紐の尽くを燃やし尽くす。しかし、紐は即座に再生を開始する。巨人化した人間には、この程度の攻撃は、ただの足止めにしかならない。

 

「相変わらずタフだな」

 

 そうぼやくのは七草弘一、七草家当主である。そして天世界の門においてはマンイーターのコードネームを持つ非公式構成員。彼は魔法式を次々展開し、魔弾の射手を連続で放ち続ける。巨人は彼に気付いたか、燃やされたままで紐を彼に伸ばす。しかし、弘一は紐が自身に届く前に全てを終えていた。

 魔弾の射手変成、神代古式魔法式追加、「黒竜人の鎧」、情報演算補助モード。

 魔弾の射手が巨人の周囲に五つ配置され、その全てに古式魔法式が魔術文字の補正を持って強制追加された。五行をなぞらえ、魔弾の射手を火車に見立てる。その全てから火線が伸び、中央の巨人に炸裂し――まだ終わりでは無い。

 火線は複雑な文字を描き、銃座を巡る。それは巨大な魔法陣、ひいては魔法式となった。

 

「西遊記の紅孩児、彼はこの真なる火を用いて、孫悟空一行を幾度も退けたと言う。……存分に味わっていけ」

 

 直後、物理法則上有り得ぬ現象が、魔法陣の中で引き起きた。数億、数兆度と言う火が現れたのだ。その温度は、それこそ核融合を超える。

 神代古式魔法、三味真火(さんまいしんか)。”火の概念、直接召喚”は、この世の物質全てを焼却する。一瞬のみの顕現で真火は消え、確実に巨人を燃やし尽くした――筈だった。

 だが、真火が消えた後に蠢くものがあった。巨人だ。真火の火力ですら、燃え尽き無かったのか、急速に再生していく。それを見ながら、弘一は眼鏡を指で押して整える。

 

「流石だ。全ては予測の範囲内か。クプファニッケル」

「……問う意味も、答える意味も、お前は持たない。ああ、四肢をもがれた哀れな獣、許しは得られず、諦めを得よ、臓腑をも貪る我らが貪欲に!」

 

 終わりとばかりに。そして見上げる上空ではクプファニッケル、オーフェンがまるで四肢を拘束する翼の如き構成を展開していた。一貫して妥協も許容も許さぬ意味が全く分からない記述の構成――偽典構成だ。

 「黒竜皇の鎧」、情報演算処理最大モードにて制御補助。介入最大。

 「鎧」の補助を受け、オーフェンは消去の魔王術の構成を更に絞り、限界まで窮める。それは魔法で世界を完全に作り直すも同然の作業だった。そして、突き出した手から捩れるように魔王術が解き放たれる。真上から放たれた魔王術を、焼かれ、急速再生中の巨人は躱す事も出来ず直撃した。一気に存在が縮小する。

 いや、違う。正確には二つに分かたれ、片方のみが縮小していく。やがて縮小した片方は、片足の竜の紋章となって地面に落ちる。もう片方は……人間に戻って倒れていた。

 それを確認し、ほっと胸を撫で下ろしながらオーフェンは降下すると、竜の紋章を拾い上げた。それは「牙の塔」の紋章と全く同一の形、しかしそれは巨人の特性のみを封印したものだった。

 巨人化の解消。外の世界では、完全に消去するしか無かったものだが、巨人化、魔王術双方が無制限力では無くなった事により、可能となったのが今の封印だった。紋章自体に巨人の名前が彫られている。これを破壊しない限りは巨人の力は解き放たれないが、紋章自体が巨人の力そのものである為、ほぼ破壊不可能と来ている。

 オーフェンは嘆息しながら、紋章を封印用の小さいケースに収めた。そして視線を弘一に移す。

 

「そいつの容態は?」

「気を失っているだけだ、案じる必要は無い。すぐ名倉に運ばせよう……しかし、相変わらず見事なものだな」

 

 弘一は全裸で倒れた男の脈を確認し、言ってくる。それにオーフェンは肩を竦めて苦笑した。

 

「半ば鎧のおかげだよ。より制御が出来るようになったからな。それに、娘が前に一度成功している構成だ」

「それを実用化レベルに持っていける君に感嘆しているんだが……」

「それも含めて、大した事はじゃないと言ってるんだよ俺は。俺の立場になれば、誰だって出来るようになる」

「クプファニッケル――いやオーフェン。私は君より年下だが、これは切なる忠告だ。謙遜も過ぎると厭味になって、ぶっちゃけムカつくから、やめてくれると嬉しい」

「……そこまで言うか」

「そこまで言うとも」

 

 苦笑交じりとは言え、弘一の目は真剣だった。なのでオーフェンも頷く事にする。そしてケースに収められた竜の紋章と、巨人となっていた人物を見る。

 この紋章が破られぬ限り、彼は二度と巨人化する事は無い。だが同時に彼が元の生活に戻れるかと言うと、それも無かった。巨人化の反動からか大抵は精神にも重篤な障害を被るので、そのリハビリが必要だからだ。そして巨人化を引き起こしている者についても聞かなければならない。

 どうもここ半年ばかり、週一の頻度で巨人化による事件が発生している。確実に裏で手を引いているのはスウェーデンボリーに違い無い――巨人化を引き起こせそうなのはアレしかいない――のだが、同時に彼に協力している存在が日本に居ると見るべきだった。あるいは、第一高校を襲撃した者とも関連があると見るべきか。ともあれ考えても仕方ないとオーフェンは思考を打ち切り、弘一を伴って撤収する事にした。「鎧」を解除し、あらかじめ用意していた車に乗り込む。運転席に居るのは、案の定キースだった。

 

「お疲れでございます。主、黒魔術士殿」

「……何でか、お前が運転する車に乗るとひたすら不安になるんだが……」

「はっはっは、これは異な事を。これでもかつて『夜風の銀狐』と呼ばれた事もあります。我が腕前、存分にお見せしましょうとも」

「「見せんでいい見せんでいい」」

「おいしいのに」

「何故に味」

「……君達のやり取りはたまに色々なものを超越するな。見てる分には楽しいが」

 

 うるさいよと弘一に目で答えながら、オーフェンは後部席に身を任せる。カモフラージュの意味合いも兼ねて、車は普通のファミリーカーだが、内装はそこそこ凝っているらしい。無駄に柔らかい席に苦笑し、先のやり取りが嘘のようにスムーズにキースが発車させるのを待ってから、声を掛ける。

 

「お前が来たって事は、何か掴んだって事か」

「はい……と言っても動くに足る情報はありませんでしたが」

「構わねぇよ。ちょうどコウイチも居るしな。聞かせろよ」

「では。第一高校より僅か数Km離れた所で、妙な人の流れを掴みました」

「……随分近いな」

「ええ。ある特定の者達が集会を開いているようで。その内、何名か行方不明になっております」

「ほう。特定の人物か……大体察しはつくな」

「今ので察しはつくって事は、その集会に見当はついてるって事だぜ、コウイチ。お前、調べてやがったろ?」

「否定はしないさ。何せ、娘が通ってる学校の周辺だからな。念入りに調査くらいはする」

「……これは経験論だが、あまりやり過ぎると娘からウザがられるぞ」

「実感がこもってるな。気をつけよう」

 

 あまり本気ではない口調で答え、笑う。それにオーフェンはため息を吐きつつも視線で先を促した。弘一は頷き、答えを告げる。

 

「反魔法主義者。そうだろう?」

「正解です」

「反魔法主義者、ねぇ」

 

 答えを聞き、キースは肯定をし、オーフェンは面倒臭そうな表情となった。

 反魔法主義者、もしくは反魔法勢力とも呼ばれる、魔法能力による社会差別を根絶する事を目的としている者達である。外世界で散々にそういった奴らと対決して来た経験からすると、オーフェンは彼らの言い分は真っ当であり、また真っ当ではないと言う考え方になってしまう。

 魔法を使えない者はどうやっても魔法師の心境も苦悩も理解出来ないし、魔法を使えるものは彼らを見下し嫉妬を蔑む。これは人間が人間である以上どうしようも無いものだ。それをどうにかしようとするなら、どちらかを滅ぼすしか無い。

 オーフェンの脳裏に受かんだのは、魔術学校時代のある記憶。食堂の塩の瓶が減った事で、食堂のテーブルが塩瓶があるないの島が出来、魔術士とそうでない学生で分けられてしまい、回り回って魔術士撲滅のビラまで配られる事になった一件だった。ちなみに食堂業者の人間を問い詰めた所、出た理由は「だって塩瓶は使ったら洗って日干ししなきゃならないんです」、オーフェンは笑った。笑うしかなく、その業者をクビにした。

 

「国内だけでいくつあるか知らんけど、テロ紛いの事も最近のはするのか」

「まぁ、公安に目をつけられてる組織だけでも、そこそこにはあると答えておこうか。……君達の世界でも、あったのだろう?」

「まぁな」

 

 まさかそれで世界破滅の危機やらが起こりかけてたとは言えず、肩を竦める。たまに弘一はこうして外の事を聞きたがる事があった。詳しい事を教える訳にもいかないので、大概はぐらかしてはいるのだが。それに弘一はふむとだけ頷いて、脱線した話しを戻す意味合いも兼ねて視線を前に戻した。

 

「第一高校の数Km圏内にあって、そこそこの規模の反魔法勢力と言うと、一つしかないな?」

「はい。目と鼻の先にあるが故に狙われたのでしょうな。都合が良かっただけかもしれませんが」

「で、そいつらの名前は?」

 

 オーフェンの問いに、キースは相変わらずの無表情で頷き、そして答えを告げる。

 

「反魔法国際政治団体、ブランシュ。その日本支部となりますな」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 まさかここで、とはな――そう内心呟きながら、達也は若干の居心地の悪さを覚える。それは対面の二年女子先輩にではなく、隣に座るオーフェンに対してのものだった。

 放課後に妹の深雪とさぁ帰ろうかと言うタイミングで、ある二年女子に声を掛けられ、お礼と話しをしたいからとカフェで待ち合わせをしていたのだが……そこに居たのは、その二年女子、壬生紗耶香とオーフェン・フィンランディだったのである。

 紗耶香はともかくとして、今あらゆる意味で警戒せねばならない相手と同席せねばならないと言うのは、色んな感情を無くした自分にすらストレスを覚える。だが、隣のオーフェンはと言うと素知らぬ顔でメロンソーダ(アイス入り)を呑気に飲んでいた。

 

「ゴメンね、司波くん。フィンランディ先生も、わざわざお越し頂いてありがとうございます」

 

 各自、飲み物を一口飲んで場が落ち着いたと見てか、紗耶香が謝る。それに達也は頷き、オーフェンは気にすんなと手をヒラヒラと振る。

 

「壬生先輩。なぜ、オーフェン先生が?」

「……相談したい事があったの。あ、司波くんにはお礼を、なんだけど。フィンランディ先生が、相談にも貴方を噛ませろって」

「……オーフェン先生?」

「まずは彼女の話しからだろ。サヤカ?」

「あ、はい。えっと、気を取り直して、っと。司波くん、改めてこの間はありがとうございました。貴方のおかげで大事に至らずに済みました」

 

 居住まいを正して一礼する紗耶香に、達也も頷き、当たり障りの無い返答をする――しながら、意識の大部分をオーフェンへと集中し、考えを纏めていた。何故、彼がここに居るのかと。しかし、それは結局分からないまま紗耶香のお礼と入院した時のあれこれ等の世間話しで場は進んだ。

 達也にしては珍しく焦れた辺りで、唐突にオーフェンの目がこちらを向き微苦笑して来る。

 

「タツヤ、お前サヤカが必死に話してるのに、こっちばっかり気にするなよ。気まずい顔してるだろうが」

「あ……、すみませんでした、壬生先輩」

「ううん、いいよ。ゴメンね、私の話しつまらなくて」

「いえ……」

「それよりだ。そろそろ本題に入ろうぜ、サヤカ。相談があるんだろ?」

 

 しまったと思う間も無く、オーフェンはさっさと話しを進める。しかし確かに世間話しを長々とするつもりは達也にも無い。また紗耶香も、いつ相談とやらを切り出すか迷っていたのだろう。頷き、真剣な顔となった。

 

「実は……剣道部と剣術部の事なの」

「剣道部と剣術部、ですか?」

「うん。先週の一件で皆入院しちゃったんだけど、私が退院したように皆も退院出来て。その……桐原くんも謝ってくれてね」

「はぁ」

 

 顔を少し赤く染めた紗耶香に、達也は生返事をする。まさか惚気られるとは思わなかったが。オーフェンも苦笑している。二人の反応に我に帰ったか、コホンと小さく咳ばらいをして、気を取り直すと話しを続けた。

 

「で、学校に来て、双方謝って部活を再開しようとしたんだけど……少ないの」

「少ない? それは、部員がですか?」

「うん。剣道部、剣術部ともに。もう退院してる筈なのに、学校にも来てなくて……」

「それはただの偶然では」

「偶然で、二つの部から半分も?」

 

 まさか半分もの部員がとは思っていなかったので、達也は小さく驚く。ちらりとオーフェンを見ると、彼はじっと紗耶香を見ていた。先を促すようにだ。だから、彼女も小さく頷いて続ける。

 

「でね。連絡も取れないから心配になって、家まで行ってみたの。でも、皆会いたくないって断られて。そしたら司主将が――あ、剣道部(ウチ)の主将ね。司甲(つかさきのえ)主将。彼が心配無いって言って」

「……続きを」

「うん。でも、どうしても心配だったから、私夜にもう一回、仲がいい剣道部の娘の家に行ってみたの。そしたら、司主将が居て、彼女を連れ出してて……」

「後を尾けた訳ですか」

「……うん」

 

 見失っちゃったんだけどね、と締める紗耶香に、成る程と達也は内心で頷いた。壬生紗耶香。思った以上に正義感が強いらしい。あるいは無鉄砲なだけか……ともあれ状況は分かった。その司主将とやらが、この一件に関わっているらしい。問題は、何故オーフェンがこれを自分に相談させたのかだが。

 

「サヤカ、それはここから見て、あっちの方面じゃなかったか?」

「え? は、はい。そうです。よく分かりましたね?」

「こっちでも先週の件でいろいろ調べててな。成る程、人の流れね……」

 

 学外の方向を指差し、頷いた紗耶香にオーフェンも頷き返す。やはり、先週の件で動き回っていたらしい。それを確認した達也に、オーフェンの目が移る。

 

「タツヤ。お前にこの件を聞いて貰いたかった理由だが、まずブランシュって知ってるか?」

「……反魔法国際政治団体ですね」

「その支部が、どうもあそこにあるらしいんだよ」

 

 これには、流石に達也も目を丸くする。紗耶香に至っては固まっていた。

 ブランシュは、知名度こそ高いものの、一般にはテロ紛いの組織扱いされている団体だ。それも反魔法を掲げる、である。そんな組織の支部が、こんな近辺にあろうとは。

 

「司についちゃあ、こっちでも調べはするが、場合によっては、お前の力を借りる事になりそうだと思ってな」

「俺を? 何故ですか?」

「言っていいんなら言うぞ」

 

 つまり、自分の「目」を使う可能性を考えていると言う事か。来る前に深雪に言われた事を思い出しつつ嘆息する。厄介な事になったと。だが。

 

「……今はまだ情報収集している段階ですか」

「ああ。だが、ある程度目星はついた。サヤカに感謝だな」

「い、いえ……! 私は、ただ相談をしただけですし」

「謙遜すんなって」

「もし――もし、俺が協力を拒めば、どうしますか?」

 

 二人のやり取りを聞きながら、達也はぽつりと告げる。もし、強制的に従わせるつもりなら敵対する事もある、と暗に秘めた問いであった。しかし、オーフェンはあっさりと軽く手を振って答える。

 

「そん時はそん時だよ。どうにかするさ。手間は掛かるが、アテもある」

「そうですか……分かりました」

「協力する気になったか?」

「いえ、全く。俺は俺で動きたいと思います……貴方とは、別に」

 

 まるで挑戦するような口ぶりだな、と己の台詞を鑑みて達也は苦笑をなんとか無表情に押し込める。

 火の粉が深雪や自分に降り懸かる可能性がある以上、今回の件を放置するつもりは無い。だが、彼に使われるつもりもまた無かった……いや、出来得るなら出し抜きたい。自分らしからぬ感情の発露に戸惑いながらも、達也は続ける。

 

「今回の件、貴方は幾つも隠し事を持って動いている。信用出来ません。貴方の関係者もです」

「つまりマユミ達もか」

「ええ、俺は独自に動きます」

 

 きっぱりと告げて席を立つと状況についていけずにキョトンとした紗耶香に一礼し、オーフェンへと再び視線を移す。彼は不敵な笑みを浮かべて見上げていた――やってみろと言わんばかりに。それには気付かないフリを通し、彼にも頭を下げて足早にカフェから出ていく。

 情報は二つ。今回の件に、司甲が絡んでいる事。また、ブランシュの支部がこの近辺にある事だ。より確度の高い情報を得るには、彼に協力を仰がねばなるまい。そろそろ頼んでいた件についても分かる頃合いだ。今日辺りにでも行くかと思案し、深雪と合流すべく待ち合わせ場所に向かっていく。

 そんな達也の背中を見送りつつ、オーフェンは苦笑してメロンソーダの残りを啜った。

 

「あの、あれで良かったんですか?」

「ん? タツヤの事か? ああ。あれで十分だ。あれで、あいつはこの件で本格的に動きを見せる」

「はぁ」

「何だ、不満そうだな」

「だってフィンランディ先生、わざと彼を煽ってませんでした?」

「まぁな」

 

 達也も気付いてはいただろう。かなりわざとらしかったと言う自覚はある。達也の「目」を使いたいのは確かだが、賢者会議とブランシュが接触した確たる証拠が無い限り天世界の門は動けないのだ。そして彼の「目」が証拠になるかと言うと、全くならない。あれについては自分達も検証の段階でしか無く、調べるには更なる手間と時間を必要とする。流石にそんなものはどこにも無かった。

 

「味方より敵にしといた方が、動かしやすい時もある。今回はそうだったって事さ」

「……フィンランディ先生って、よく悪人とか言われません?」

「散々言われたよ。それ以上にもな。さてサヤカ、もう一個の相談なんだが――流石に、助っ人呼んでいいか? 桐原にどう接したらいいかの相談なんざ正直分からんし」

「きゃ――! 先生、声! 声!」

「……お前の方がでけぇよ声」

 

 紗耶香の声でウンザリとしつつカフェ奢りくらいで大丈夫かなと、早速オーフェンは携帯端末で助っ人(生徒会女子)を呼び出す事にしたのだった。

 

 

(第十二話後編に続く)

 




はい、第十二話(前編)でした。弘一さん、はっちゃけ過ぎです。絶対人生楽しんでるよこの人(笑)
大人組の話しで半分使うわ、紗耶香の話しは改変されまくりだわでどこが原作沿いじゃと言われそうですが、きっと原作沿いな筈(笑)
神代古式魔法、略して神式魔法は原作にないテスタメントが勝手に作った魔法ですんで、深くツッコミは無しで(笑)
無しでよろしくお願いします(笑)
いや、よく考えたら原作最新刊まだ買ってなかったけど(汗)
魔王術による封印については、無制限力では無くなった為、より制御可能になったとお思い頂ければ。ここらは神人の現出に似てるかも。全能より一つ劣り、零知より一つ優ったと。
これは巨人化もまた該当します。
ではでは、後編もお楽しみにです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十二話「ブランシュの影」(後編)

はい、テスタメントです。よし、なんとか日曜日に間に合った(笑)
第十二話(後編)です。
原作沿いです。ええ、しつこいようですが原作沿いですとも!(笑)
今回もバトルがねぇ(涙)
おおぅ、どうしたテスタメント……でも良く考えなくても入学編って全然バトル無かったよそういや(笑)
オーフェンがかなり悪どい後編。お楽しみにです。ではどうぞー。


 

 紗耶香とオーフェン、二人と会話した日の夜、達也は深雪を伴って、買ったばかりの電動二輪を走らせていた。

 行き先はある寺。達也の体術の師でもある九重八雲の寺である。今回、彼の元に赴くのは修練の為――では無い。前回行った際に依頼していた件と、新たに欲しい情報を得る為だった。

 やがて、十分程の道程を経て到着する。門を潜ると大抵、門人による熱い歓迎(襲撃)があるのだが、今回はそれは無い。先に述べた通り、今回の訪問は修練では無く、またアポイントも取ってある。その為、さっさと二人は境内を抜けて庫裏へ向かった。

 八雲の庫裏には電気の明かりが全く無い。まさかこの時間から寝入っていると言う事もあるまいし、そもそも前述の通り約束は取り付けてある。なので、これは八雲の趣味なのだろう。達也は苦笑し、不安そうな表情となっていた深雪に袖を掴ませて安堵させながら、玄関に着く。このご時世にテレビホンどころか呼び鈴すらない庫裏の引き戸を開けようとした所で、声が唐突に掛けられた。

 

「達也くん、こっちだよ」

 

 気配が全く無かった縁側から。達也は慣れもあり平然としていたが、深雪が思わずびくっとしたのを掴まれた袖から感じる。

 わざわざ気配を消してまで人を化かそうとするなど、いかにも大人げないが、その辺りも含めて八雲の性格が伺えた。本音はさっさと回れ右したい気持ちを抑え、達也は深雪と共に縁側へと回っる。

 そこには月見と洒落込む坊主頭の僧侶がいた。見た目三十代。しかし実年齢は五十を超えている筈の痩躯の僧侶にして、本人曰く忍(忍者とは呼ばれたくないらしい)。そして達也の師、それが彼、九重八雲その人だった。

 

「今晩は、師匠。お月見ですか?」

「ああ。今日は月が綺麗だからね。君達を待っている間、少し昔を思い出しながら、のんびりとしていたのさ」

「昔……?」

「苦い思い出だよ」

 

 そう言って見上げる月に何を思うのか。それは達也にも分からない。そもそも忍びを自称する彼が、何故僧侶をやっているのか。過去に何があったのかを知らないのだ。また知る必要も無いと思っている。深雪も挨拶し、それに嬉しそうに頷いて自分達を眺めて来た。

 

「それにしても、月明かりに良く映えるね。君達の霊気は」

「霊気、ですか」

「ああ。君達には霊子放射光と言った方がいいか。全く対極なのに、それがより鮮明に映しだしている。その繋がりも――」

「師匠」

 

 そこから先は言わせない、とばかりに達也が遮る。それに八雲はああと頷き、済まなそうに苦笑した。

 

「済まない。禁句だったね」

「いえ。こちらこそ、師匠に対し失礼を」

「いやいや構わないさ。……さて、今日の用件は先日の依頼かな?」

「それもありますが、もう一つ追加でお願いしたい事がありまして」

「おや? 君にしては珍しいね。そこまで僕の力に頼るとは」

 

 意地の悪い顔をする八雲に、達也も申し訳なさそうな顔となる。本来、彼に頼み事をするのは筋違いなのだ。達也の”所属”を頼るのが正しいのだが、それは身内の問題で難しい。故に、達也がより確度の高い情報を得ようとするならば、彼しかいなかった。

 その辺は察してくれているのか、無言で先を八雲は促し、達也は司甲とブランシュの事をかい摘まんで説明した。

 

「今回の一件、間違いなく彼とブランシュは繋がっています。それについて調べて欲しいんです」

「ブランシュねぇ。確かに日本支部の拠点が近くにはあったけど、まさかそこまできな臭くなってるとはね。……これはひょっとして、ひょっとするかな?」

「……?」

「ああ、済まない。今のはただの独り言。さて、彼についてなら、実はもう調べてある、と言ったらどうする?」

「……驚きはしませんが、師匠? プライベートと言う言葉を一度辞書で引いてみては」

「なに、よほどの事が無い限り僕の心中に閉まっておくから大丈夫さ。で、前回の件と、彼の件、どちらから話そうか?」

「では、司甲とブランシュから先に」

 

 もう一つの依頼については話しが長くなる。そんな予感を覚え、まずはこちらから聞く事にした。八雲は頷き、そらんじるように話し始める。

 

「司甲。旧姓、鴨野甲。賀茂氏の傍系を遠い祖先に持つ普通の家庭出身だ。しかし、特殊な『目』を持っている」

「それは――」

「ああ、心配しなくていい。君の『目』には程遠いよ。クラスメイトの柴田さんと言ったかな? 彼女にすら劣るだろうね」

 

 ……どうも美月の事も調べ上げていたらしい。この分だと、第一高校に所属する全員の情報は既に掴んであると見るべきか。無表情を通そうとする達也に笑いかけ、八雲は続ける。

 

「話しを戻そう。司甲の母君は数年前に再婚してる。その連れ子、つまり義理のお兄さんがブランシュ日本支部のリーダーだ。名は司一(はじめ)。表、裏含めて仕切っているリーダーだよ」

「司一が、司甲を使って事件を起こさせたと?」

「その可能性は十分だね。だが、一つ気掛かりがある。剣道部と剣術部の部員を、司甲が連れ出している件だ。しかし、行方不明と言う訳でも無い。彼等は家に戻されている」

「……洗脳によるトロイの木馬ですか」

「だろうね」

 

 察しが良すぎる達也の台詞に、八雲が苦笑する。彼等は揃って精神支配を受けた人物達だ。退院したとは言え、精神の防壁は万全とは言い難い。なら洗脳は容易く、また学校に復帰させれば中から魔法で暴れさせられる。それは相応の混乱を生むだろう。その間に、本命を突っ込ませて来る――ありがちな作戦ではあった。

 

「本来は、もっと手間を掛けた別の作戦だったんだろうけど、何か別の要素があったんだろうね。……それこそ強攻策に出れるような、介入が」

「それは、他国からの介入でしょうか?」

「それならまだいいけどね。それ以外だった時が怖い」

「それ以外?」

「ああ。ま、それは考えても仕方ない。では次に行こう。先日頼まれた件、オーフェン・フィンランディとスクルド・フィンランディについてだ」

 

 司甲とブランシュについついての話しを終わらせ、もう一つの依頼――オーフェン達についての話しを八雲はしようとする。しかし、達也は首を傾げた。依頼はあと一人あった筈なのだが。

 

「……執事、キース・ロイヤルについては?」

「済まないが、あれは管轄外だ。調べれば調べるほど、自分が正気か分からなくなってね。いやー、SAN値がヤバいというか」

「分かります……! 師匠」

「あの、お兄様、先生? キースさんは、それ程悪い人ではありませんよ? たまにメールしていますが、よく相談に乗って頂いてます」

「……ちなみにどんな相談だ?」

「お兄様の部屋の鍵を開けるにはどうしたらよろしいでしょうか? などですが――」

「よし深雪。後で携帯端末を貸してくれ。あの執事の情報消した上で拒否登録しておくから」

「お兄様!?」

 

 いやそんな驚愕されても。どうりでセキュリティがかなり高めな自分の部屋に侵入された訳である。とりあえず、鍵は付け替えようと決心し、また深雪とキースは何が何でも引き離そうと心に決めた。

 

「脱線してしまったね。続けても?」

「はい」

「では、まずはオーフェン・フィンランディからと行こう。七草家のボディーガードに二年前に就任。妹のスクルド・フィンランディと共に、そのまま七草邸に住み込みをしている。それ以前の経歴は一切不明だ」

「……一切不明、ですか?」

「そう、白紙なんだ。もちろん表向き用の経歴はあるが、隠すつもりも無く偽造だねこれは。欧州出身の宮廷魔術士希望だったが落ちぶれてモグリの金貸しやってる最中に日本に来たとか、人を舐めてるのかと思ったくらいさ」

「はぁ」

 

 だが何故だろう、達也はそのへん半ば真相が混じってるような気がしなくも無かった。深雪も「そう言えば元借金取りとか言ってたような……?」とか呟いている。まぁ、それはどうでもいいとして。

 

「師匠、他には?」

「これ以上は、まだだね。なんせ、七草のガードが固すぎる」

「七草が情報隠蔽しているんですか? ただのボディーガードに?」

「”ただのでは無い”からだろうね。これはスクルド・フィンランディにも言えるが、一種異常な程、七草は二人の情報を徹底的に隠している。彼等が七草邸に帰った後、その足取りが全く掴めなくなる程に――ね。ただ、彼等では無く、七草にはある噂がある」

「噂?」

「天世界の門(オーロラ・サークル)。彼等と関わっている、と」

 

 すっ――と、達也が目を細める。深雪も目を丸くしたのが、後ろでも分かった。

 天世界の門。最近、近辺を騒がせている連中だ。ここ一年で、かなりの頻度で突如として現れ、周辺地域に甚大な破壊を齎した後、これまたいきなり消える。そんな連中である。目的は不明。また何故なのかの理由も、何と敵対しているのかも不明。一説には人外の者達と人知れず戦っているのだとかの噂もあるが、定かでは無い。ともあれ七草が天世界の門と関わりがあるのならば、オーフェンとスクルドとも関わりが無い筈が無い。

 

「……オーフェン先生とスクルドが、天世界の門と?」

「もし七草が本当に関わりがあるとすればね。中心人物なのは間違いない。おっと、スクルド・フィンランディについては、オーフェン・フィンランディとさほど変わりは無い情報だった。けど、天世界の門の代表は『女神』と言うらしいよ」

「『女神』……北欧神話の運命を司る女神の一人で、未来が確か」

「スクルド、だね。これはちょっと面白い符丁だと思わないかい?」

 

 ふむ、と達也は考える。これは、ひょっとするとひょっとするかも知れないと思いながら。スクルドがBS魔法師であり、入学式の騒動で砂の手を出した事は深雪から聞いていた。小キースの集団を纏めて塵にした、と。オーフェンだけでなく、彼女も天世界の門だとするならば。

 

「……師匠。師匠の事ですから、七草と天世界の門についてもある程度調べてあるのでは?」

「否定はしないよ。七草は確かに妙な動きをしている。これは十師族から離れた動きだと、僕は思うね。これが事実なら、七草は十師族を抜ける気かもしれない」

「七草が? そんな事をして、何になると」

「さて、そればっかりは分からない。七草は四葉と並ぶ十師族最有力の家だ。そこから抜けるとなったら――日本で覇権を狙うとか、かな」

 

 まさか本気では無いのだろう。八雲の口調も冗談混じりだ。しかし有り得なくも無い話しではあるのだ。魔法師は、人間兵器として力を求められている。社会進出がかなり進んでいるとは言え、一般的にはそちらが普通だ。それをどうにかしようとするならば、社会にそれこそ日常として魔法を浸透させるか――魔法の力でもって、全てを支配するしか無い。そしてリスクを考え無いのであれば、支配の方が手早く済んでしまうのである。その代償は凄まじいものとなるであろうが。

 

「ブランシュに天世界の門、十師族。いやぁ日本も大分キナ臭くなってきたものだね。これは、いよいよ本格的にマズイかもしれないよ、達也君」

「……どう言う事ですか?」

「天世界の門で、たった一つだけ分かった事がある。彼等が襲撃している相手だがね……これが相当にヤバい相手なんだ。かなりの厄ネタだよ」

「師匠がそこまで言いますか……その相手とは、一体?」

「賢者会議(ワイズメン・グループ)」

 

 ぴたり、空気が凍ったと達也は感じた。深雪も身じろぎ一つせず固まってしまう。それはそうだろう、賢者会議なぞと言う名を聞かされれば。伝説とすら言われる、その存在の名を聞けば。そして”四葉にあって禁忌”と言われた名が出たならば。

 

「気をつける事だ。達也君、深雪君。君達ですら、彼等には及ばないかもしれない」

「何故、そうだと?」

「僕は一度彼等と会った事がある……苦い記憶さ」

 

 達也達から視線を月に移す。思い出すのは、数十年前。まだ自分が現役だった頃。九重が、未だ諜報としてあり、家族や仲間、部下と共に賢者会議の情報を得ようと動いた、月夜の晩。

 音一つ無く自分達の背後に現れ、緑の視線で居竦められた、あの瞬間。そして家族が、仲間が、部下が消滅させられた一瞬だった。八雲が生き延びたのはただの偶然だった。そして帰れたのは奇跡だった。二度と彼等の前には立つまい――そう決めるには十分過ぎる苦い記憶。

 もし、オーフェンが八雲の話しを聞いたならば、その正体を断言した事だろう。

 六種ある獣王が一つ、静寂の獣、ディープ・ドラゴン=フェンリルだと。

 

「心する事だ、達也君。君は、生まれて初めて、真なる意味で君を凌駕する者と戦うかもしれない」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 次の日の朝は、普通の朝だった。日が昇る頃合いに七草の双子に稽古をつけてやり、スクルドと朝飯を取り合い、真由美と合流してキースを置いてきぼりにしつつ、学校に向かう。そんないつもの時間。

 だがオーフェンは、真由美とスクルドとキャビネットに乗り込み、開口一番で二人に告げた。

 

「恐らく、今日あたり襲撃がある」

「「は……?」」

 

 唐突過ぎるオーフェンの台詞に、二人揃って唖然とする。だが彼は構う事無く、淡々と続ける。

 

「ブランシュの件についちゃあ昨日話したな? あいつらが今日攻めて来るだろうって話しだよ」

「いや、そうじゃなくて何を根拠に!?」

「……オーフェン、前々から思ってたんだけど、色々唐突だよねー。ちゃんと分かるように説明してよ」

「前にネットワークでタツヤと同調術使った時に、”紐”つけといたんだよ。あいつの『目』を誤魔化すのに大概苦労したがな。んで、昨日ようやくあいつを動かす事が出来て、情報を出歯亀した」

「「…………」」

 

 二人はオーフェンの説明に心底嫌そうな顔をする。まぁ無理もない。真由美もスクルドも、天世界の門関連で、オーフェンとネットワークで通話したのは一度や二度では無いのだから。もしや自分達にも――と怪しむ二人に、オーフェンは半眼で告げてやる。

 

「……言っとくが、ネットワークもそれ程使える訳じゃねぇんだ。小娘を盗聴するのに使う程の余裕はどこにもねぇよ」

「むかっ……それはそれで」

「うん、なんか……ムカつくよねー」

「どないせーちゅーんじゃ」

 

 いきなりぶーたれる二人に呆れ果て、オーフェンは無視する事にした。いちいち構っていては日が暮れる。なのでとっとと続ける。

 

「タツヤ経由で得た情報では、司甲はやっぱ黒。アニキがブランシュ日本支部のリーダーなんだと。んで推測だと、剣道部と剣術部の登校拒否してる生徒を洗脳して、学校に来させて暴れさせる算段らしい。後はブランシュ本隊を学校に突っ込ませて本懐を遂げるって所か」

「本懐って?」

「そいつは知らね。締め上げて聞くしかねぇな」

「……で、何で今日なのー?」

 

 スクルドが不思議そうな顔で聞く。今の話しが本当だとして、いつ攻めて来るか分からなそうなのだが……オーフェンはふっと笑うと人差し指を立て、自慢気に言ってみせた。

 

「証拠をテーブルに並べて、知性を呼び起こし、洞察すれば自ずと――」

「「……で?」」

 

 そんなオーフェンに白けたきった白い目で真由美とスクルドは見る。オーフェンは固まり、しばらくしてから言い直した。

 

「……登校拒否生徒の自宅に電話したら、全員登校したと答えがあった」

「最初からそう言えばいいのに」

「オーフェンって、たまに見栄張りたがるよねー。おっさんみたい」

「だー、うっせうっせ! ともかく全員一斉にって所がみそだな。今日中に、やらかすつもりだろ」

 

 誤魔化しつつオーフェンは纏める。真由美とスクルドはそれ以上は何も言わずに、思考を巡らせはじめた。

 まさか今日に攻め込んで来ようとは。確かに前回の襲撃から、また第一高校を狙って来るとは思っていたのだが――こちらは全く準備が整っていない。天世界の門としてでなく、第一高校生徒会としてだ。

 出来れば風紀委員、部活連と情報を共有し、事にあたりたい。また生徒をどうするかと言う問題もある。まさか今からテロがあるからなんて言って、学校を休校させられる訳も無い。後一日あれば何とか出来たが、時間はどこまでも無かった。

 

「オーフェン、せめて昨日の内に話してくれたらよかったのに……」

「無茶言うな。こっちはタツヤから得た情報の確認を朝までやってたんだ。キースにネットワーク使わせてな。流石に不確定の情報伝えられるか」

「あ、それで若干不機嫌そうなんだ? 目の下に隈あるしー」

「……寝たかったが、寝ると遅刻確定しそうだったからな」

 

 寝不足故の機嫌の悪さを隠そうともせずに、オーフェンは嘆息する。まぁ自分の寝不足はこの際どうでもいい。問題は襲撃をどう凌ぐかだ。このままでは確実に生徒に被害が出る。

 

「せめて一箇所に生徒集められたらいいんだがなぁ」

「うーん、そんな方法あるのー?」

「あるわよ」

 

 へ? と、これはフィンランディ兄妹ともに真由美をぽかんと見つめる。それに、彼女はふふっとコケティッシュな笑いを浮かべ、ウインクしてみせた。

 

「全校集会を開くの。緊急のね」

「おい、全校集会って、お前」

「ええ。全校集会は生徒会選挙のみが基本よ。でもね、何事も例外はあるの。今回はそうだって話しよ」

「とは言ってもだな。理由はいるだろ?」

「それは簡単よ。オーフェンが言った通り」

「……おい」

 

 真由美のその一言で、彼女が何をしようとしているのかを察する。しかし、彼女は悪びれるつもりも無く続けた。

 

「前回の体育館での事件。あれの説明と、ブランシュが攻め込もうとしてると言うのをそのまま使うのよ」

「情報の出所についちゃどうする?」

「七草(ウチ)からって事にしましょう。これなら、学校も黙らせられるわ」

「マユミが、家の力使おうとするのって珍しいねー……」

「あら? すーちゃん、私は使えるものは使うわよ? ただ必要でない時に使いたくないだけ」

 

 あっさりと答えるが、それは真由美自身、家の名を出す必要に迫られていると言う事を意味する。使わなければ、最悪生徒から死人が出ると。オーフェンはそれを理解した上で、真由美に頷いた。

 

「……頼む」

「うん。で、トロイの木馬ならぬトロイの生徒はこっちに任せて。オーフェンは――」

「ああ。攻めて来るブランシュ共を叩き潰す。……多分、『変化』させられてるだろうしな」

「それは、巨人?」

「正確にはクリーチャーだろ。ここ最近出た奴は実験だったと考えるならな」

 

 ここ半年で出現した巨人達。これはブランシュの仕業だと、半ばオーフェンは確信していた。よく考えればスウェーデンボリーの関与を最低限にして、巨人を生み出す方法はあったのだ。ブランシュがバルトアンデルスの剣を手に入れたのならば、『変化』で事は済んでしまう。キースのネットワークもこれを認めていた。

 

「『変化』された奴らが出たら、ブランシュが賢者会議と関与した証拠になる。一気にブランシュの日本支部まで叩けるってもんだ」

「一石二鳥って訳ね。……うん、この作戦で行きましょう。詳しい話しは、摩利やみんなと合流してからだけど――スーちゃん」

「うん」

 

 真由美に促され、スクルドがすっと立ち上がる。そしてゆっくりと手を伸ばして、戦いの女神の如く睥睨した。告げる――。

 

「天世界の門、代表スクルドの名に於いて命じます。賢者会議の介入に対し、全力で対処します。我々の機能を果たしなさい! 賢者会議に対し、私達がなにをするのか。ただ一つ、”容赦なし”よ!」

 

 ――宣戦を。

 これより天世界の門は第一高校生徒会、風紀委員としてブランシュの襲撃に対し、迎撃を開始する。

 

 

(第十三話に続く)

 




はい、第十二話(後編)です。オーフェン、達也を盗聴するの巻。犯罪や(笑)
しかしよく考えなくても、あの兄妹のダダ甘な生活を聞いてた訳で――よく大丈夫だったなオーフェンと(笑)
普通なら砂糖吐いて死んでますええ(笑)
八雲師匠については、サブエピソード扱いでディープ・ドラゴンの始祖魔法士、レンハスニーヌに追っかけ回された過去があったり(笑)
仲間や家族が視線一発で消し飛ばされる中、なんとか逃げ出すて言う凄まじい状況でした。うん、そりゃ隠居するよと(笑)
また四葉もアンタッチャブル編で大漢の絶望になった通り、賢者会議に一度接触してます。まぁ、その結果はあれの名を出すなってくらいなのでお察しですが(笑)

さて、次回の題名は決まっております。入学編第十三話「魔法科高校の攻防」。ここからノンストップのバトル連続となりますので、こうお楽しみに。ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十三話「魔法科高校の攻防」(前編)

はい、どうもテスタメントです。どうした俺……と言わんばかりに更新です(笑)
今回、ようやくブランシュ襲撃。オーフェンも本領発揮です。ようやくバトル書けるぞー!(笑)
では、どぞー。


 

「――以上が、今回のあらましとなります」

 

 第一高校生徒会室下にある風紀委員室で、市原鈴音が纏めるように言う。それを聞いて、部屋にいる者達、生徒会、風紀委員、並びに部活連からは会頭が顔をしかめるのを、オーフェンは見る。キャビネットのやり取りからすぐに彼等に集合をかけ、今回の事態とそれに対する作戦を鈴音から説明して貰ったのである。

 彼等の反応は一部を除いて同じだ。苦虫を噛み潰したような表情をしている。まさか、この第一高校に堂々とテロを行おうとするものがいるとは。

 同時に、また納得もしていた。例の体育館の一件が誰の仕業かようやく分かったのである。今回の件を凌げば、ブランシュの日本での活動は潰せる筈だ。と、そこで手が上がる。部活連会頭の十文字克人だ。

 

「質問がある。いいだろうか?」

「どうぞ、十文字君」

「この情報の出所は、どこからだろうか? 俺も調査はしていたのだが」

「それについては、私から。七草(ウチ)からの情報となります。お父様が前回の事件から独自に調べ、得た情報です」

 

 鈴音に代わり、真由美が答える。しかし克人の視線は彼女を向いていなかった。明らかにオーフェンへと視線は固定されている。それには苦笑してやりながら、オーフェンは克人の内心を図る。

 おそらく、してやられたと考えているだろう。今回、克人は十文字家として動いていた。天世界の門を介入させない為にだ。しかし事ここに至って、ブランシュの襲撃があると言う。これで賢者会議と接触したと言う証拠が出るのはまず確定だ。そうなれば天世界の門は容赦なく介入する。克人は結局、自分達を出し抜け無かったと言う事だ……ただ。

 

(……何考えてやがる? タツヤ)

 

 司波達也。昨晩、オーフェンに情報を奪われた筈の彼は、いつものような無表情のままだった。目には驚愕も怒りも、何も感じられ無い。元々確かに感情は薄かったが、これは異常だった。まるで、ここまでの流れが読めていたようにも見える。

 まさかなと思い、視線を戻すと克人が着席している所だった。そして幾人かの挙手と質問が上がる。「具体的な襲撃の時間は?」「位置取りは?」「取り押さえるべき生徒は?」等だ。

 それに逐次答えていくと、勢いよく上げられる手があった。一年A組、森崎駿である。彼もまたギロっとこちらを睨んで立ち上がる。

 

 

「今回の襲撃で、本隊を迎撃するのは、そこのフィンランディ講師だけと聞きましたが」

「特別講師な。俺はモグリだぞ」

「そんな事はどうでもいいんです! 何故、一人で迎撃させるんですか!? それも二科の講師なんかに――」

「答えは簡単だよ、シュン。そっちのが手っ取り早いからさ。お前らはむしろ邪魔だ」

「邪魔、って……!」

「一人の方が気兼ねなく火力を出せる。それにこう言っちゃなんだが、お前らは本来”守られる側”の生徒なんだ。教師が対応するのが、当たり前なんだよ」

 

 今回の襲撃で他の教師達は事務室と実験棟、図書館のガードに集中して貰っている。これは事務室には数多くの貴重品がある事、実験棟と図書館には重要な魔法装置、試料、文献がある為だ。まぁ巨人となって襲い来るであろうブランシュの連中と戦わせたく無いのが本音なのだが。

 ともあれ理由付けとしてはかなり無理があるのは分かっているものの、それが可能な実力があるのは散々に見せて来た。だからこそ誰も何も言わないのだが、そこは一年生である森崎に分かる訳も無い。悔しそうに歯噛みする森崎に笑ってやりながら手を振る。

 

「心配してくれるのはありがたいが、ただのチンピラ崩れにやられる程間抜けでもねぇさ。お前達は洗脳されてる奴らに専念しろ。いいな?」

「……分かりました」

 

 いかにも不承不承と言ったていで着席する森崎に、若いなと苦笑しながらオーフェンは視線を移す。挙手している者は他にいないかと。それはすぐに見つかった。森崎の隣に、妹と共に座っていた達也だ。彼は一度だけこちらを見ると、鈴音に促され立ち上がる。

 

「質問では無く、提案を一つ行いたいのですが……よろしいでしょうか」

「構いません。どうぞ」

「では。我々風紀委員だけで無く、一部の信頼がおける生徒にもCADの所持を許可出来ないでしょうか」

「それは――この場にいる者だけでは、心許ないと?」

「いえ。洗脳されているとおぼしき剣道、剣術部員は精々二十人程度。問題は無いと俺も思います……が」

「それは不測の事態が起きなければ、と?」

「そう言う事です」

 

 鈴音がちらりとこちらを見たのを確認し、ふむと考える。正直、ブランシュに事前に悟られたくないので一般の生徒にCADを持ち込ませたくは無い。が、確かに不測の事態が起きないとは限らないのだ。もしこちら側で何かあった場合、生徒達に犠牲が出る。それは最悪だった。なら達也が言う通りに風紀委員から推薦と言う形でCADを持たせ、援護を頼むのは悪く無い。オーフェンはそう結論し、鈴音や真由美、摩利に頷いて見せる。それを見て三人もまた頷き合い、達也に向き直った。

 

「いいでしょう。CAD持ち込みの許可はこちらで取ります。各風紀委員は、それぞれ二、三人見繕っておくように、お願いします。司波君、これでよろしいですか」

「はい。ありがとうございます」

 

 達也もまた一礼し、着席する。オーフェンはその姿になんとなしに嫌な予感を覚えつつも、まさか聞ける筈も無い。そしてブリーフィングは終了となる。

 全校集会の予定は、ブランシュに時間を与えない意味も込めて、始業からすぐ。緊急の案件で行う事となった。

 ブリーフィング終了と同時に解散し、それぞれ持ち場へと散る。その中で達也は立ち上がると、深雪を伴ってオーフェン達に気取られぬように、ごく自然に歩をある人物へと向けた。彼が風紀委員室から出た所で捕まえる。

 

「十文字会頭。少しよろしいですか?」

「……司波兄妹か。構わない。どうした?」

 

 克人を振り向かせ、達也はちらりともう一度風紀委員室を「観る」。オーフェンや真由美、摩利達は打ち合わせをやっているようだった。今しか無い、”紐はもう切ってある”。

 

(後は彼を説得出来るかだな)

「十文字会頭。オーフェン先生――いや、天世界の門を出し抜きたくはありませんか?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一時限目のチャイムが鳴る。それは各教室で授業が開始される音だが、今回はそれを意味しない。

 一時限目より全校集会。それも内容は、前回の体育館襲撃についてのものだった。内容と、犯人が特定出来たと。司甲がブランシュと連絡を取り合っているとするなら、一網打尽に出来るチャンスを向こうも使おうとする筈。こう読んだオーフェンだが、その読みが見事的中した証拠が迫り来るのを見ていた。

 偽装しているつもりか配達用のトラックが三台、猛スピードで校門を突っ切り、こちらへと来ている。本来なら警備部が出入りのチェックをするのだが、今回に限り彼等には外れて貰っていた。なので、容赦無く三台のトラックは突っ込んで来る。

 

「俺を轢き殺して、そのまま事務室、実験棟、図書館に突入するつもりか。まぁ何と言うか……」

 

 苦笑し、片手を上げる。突っ込んで来る三台のトラックを纏めて停止させる為に、最大規模の光熱波でもぶち込んでやろうかとした所で、唐突に横に気配を感じた。すると何故かそこには、スプーンのような三又に分かれた穂先の槍を構えるキースが居た。

 

「おい」

「やや、これは黒魔術士殿……どうかなされましたかな?」

「今まさに俺に向かって槍を投げようとしてる癖に、いい度胸してやがるとは思わんでも無いぞ。で? 何を食らいたい? 物質崩壊か、意味消失か、はたまた使う機会がまるで無い波動停滞を使ってもいいぞ」

「おや、そのような危険な魔術を使わずとも、あれらを消し飛ばすなぞ余裕でございましょう?」

「お前にブチかますつもりなんだが……」

「そんな黒魔術士殿。照れずともようございますよ?」

「いつ照れたいつ!?」

「まぁ、それは置いておきましょう。しかし黒魔術士殿。いきなり魔術を使ってトラック消し飛ばそうとするなぞ、良くありません。まずは説得をするべきかと」

 

 いけしゃあしゃあと話題を変え、”中庭”に到達したトラックを見ながらキースは告げる。それにうんざりとしながら、オーフェンは答えた。

 

「そりゃ話し合いで済むならそれに越した事はないがな。無理だろ、あれ」

「そのように諦めて暴力に訴えるからいけないのです黒魔術士殿! 時代は平和主義! 平和的に解決するのが世界的流行なのです! そのような事だから日夜チンピラだのヤクザだの人生裏街道まっしぐらだの言われるのです!」

「……お前を今から消し去る方が、俺にとって何より平和な気はずっとしてるぞ。二十年以上前から」

「ともあれ、暴力はいけません黒魔術士殿」

「否定しないんかい」

 

 中庭を抜ければ、もうトラックは目前だった。スピードを落とす気配は全く無い。そんなトラックを前に、キースはうんうんと頷き――。

 

「暴力はいけません暴力は……それ以外でいきましょう」

 

 ――次の瞬間、トラックが真下から爆発し、盛大に宙を舞った。面白いくらいにくるくる回り、中庭に落下する。それを最後まで見届けて、オーフェンはやけに爽やかな顔のキースにツッコミを入れた。

 

「地雷はいーのか地雷は」

「正確には超爆裂最終トラップ地雷ですな。いや、前回タツヤ殿達に使わず置いておいた甲斐があったと言うものです」

 

 ちなみにキースが言う前回とは、中庭で起きた騒動、モブ崎誕生の時の話しである。まさかまさかでそんなトラップが役立つ事があろうとは、とオーフェンは頭を抱えそうになるのを何とか堪える。どうせ、あの地雷では誰も死んではいないのだろうし、早急に迎撃が必要だった。案の定、トラックから異形が這い出て来ている。

 

「敵の勢いが削げた事は確かか。それについちゃあ感謝してやる」

「お礼は来月の黒魔術士殿の給料で――」

 

 そこまで聞いて、側頭部に拳を叩き込んではっ倒す。そして改めて異形、ブランシュが作り出した巨人達に向き直ると片手を突き出した。

 編み上げる構成は、最も使い慣れた単純なもの、しかし最も強大なもの、言葉より速やかに滑り出て来るもの、則ち。

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 直後、光熱の刃が文字通り巨人達を撫で切るように打ち倒す。そして戦いは始まった。

 

 

 

 

「我は放つ、光の白刃!」

 

 駆けながら、二発目の光熱波を叩き込む。現れた巨人は、相変わらず均一性が無い。巨人は元々予測不可能な現象なので、これには驚かない。むしろそこそこまともだなと思ったくらいである。光熱波は、半人半蛇のような巨人を打ち倒す。だが大したダメージも無いのか、倒れたままうねる。ちょっとトラウマになりそうなグロさだが、オーフェンは構わない。両脇から爪を伸ばして来た巨人と、角を放つ巨人を躱し、倒れた半人半蛇に肉薄。顔を蹴り飛ばし、仰向けに転がして鳩尾に靴底を叩き込む。そして開いた口に指先を向けた。

 

「我導くは死呼ぶ椋鳥」

 

 ぶぁっと指先から破壊振動波が放たれ、開いた口から直撃を受けた半人半蛇がびくっと体を震わせてぐったりとなった。脳震盪だ――殺そうと思えば出来るが、あいにく精神支配の被害者である可能性がある以上、簡単には殺せない。これは他の巨人も同様だった。一体目を無力化しながらオーフェンは止まらない。次の構成を解き放つ。

 

「我掲げるは降魔の剣――」

 

 呟く言葉は呪文となり、右手に不可視の剣が握られた感覚が来る。超磁場で形成された刃を作る構成だ。オーフェンはそれを形成するなり、振り向き様に後方へと振り下ろす。そこには先程の爪と角の巨人が自らの獲物を放って来る所だった。だが不可視の刃が、それを撫で斬りにする。死角からの攻撃に対応された上に、それぞれの武器を失って狼狽する。その隙を逃さずにオーフェンは肉薄すると、まず爪の巨人のくるぶしを鉄骨入りブーツで叩き折る。悲鳴を上げて倒れるそれは置いておいて、今度は殴り掛かって来る角の巨人に向き直り、カウンターで拳を放つ。もちろん巨人化した人間にはこんなものは効かない。だが、機を逸らす事は出来た。驚き、角の巨人が後ろに下がる――のを見計らって次の構成を放つ。

 

(魔術士相手に下がってどうする)

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 

 衝撃波が叫ぶオーフェンを中心に撒き散らされる。それは後ろに下がった角の巨人と倒れてもがく爪の巨人へと、したたかに打ちつけた。これで三体無力化――だが、オーフェンは止まる事無くすぐに構成を編み上げる。

 空間に差し延べられた彼の感覚は、真後ろから飛び掛かる数体の巨人を認識していた。刹那にも満たない時間で編まれた構成は、意識せず、しかしどこまでも意識して制御されていた。

 

「我は踊る天の楼閣」

 

 ふっ――と、オーフェンは架空の光速に飛び込み、即座に現実に復帰する。擬似空間転移した先は、真後ろに2メートル程。そこに五体だったか、巨人が互いに衝突し合い混乱しているのが見えた。余裕すら見せながら構成は編まれ、放たれる。

 

「我は見る混沌の姫!」

 

 五体の巨人を重力の渦が、それこそ姫の腕に抱かれるように包み込む。本来ならこれで叩き潰す所だが、あえて加減をしてある。その代わり構成を絞り、変化させてあった。オーフェンが手を右に移動させると、同期するように重力渦も移動する。座標変更の制御を構成の中に先んじて仕組んであったのだ。まるでハンマーのようにオーフェンは振り回し、別のトラックから飛んで(比喩では無い)来た巨人二体を巻き込む。さらに倒れていた半人半蛇と、爪、角の巨人を拾い、倒した巨人を纏めて小山のようにすると、重力渦を解除し、即座に構成を展開する。それは、封印用の構成だった。

 

「我誘うは、贖罪の眠り!」

 

 空間に皹が入ったような音と共に、纏められた巨人が凍りつく。封印用のこの構成ならば、一部例外を除けば(誰とは言うまい)、長時間停止させられる筈であった。

 襲撃開始から僅か数秒足らず、それだけでオーフェンは十体もの巨人の拘束に成功していた。他のトラックから出た巨人――こちらに来た奴らに任せて、別の場所を襲おうとしたのだろう――も、固まったようにこちらを見ていた。まさか、この短時間にこれだけやられるとは思っていなかったに違いない……だが。

 

(一つのトラックに十五って所か。思ったより多いな……いつも見込みが甘いんだ、俺は)

「先に言っておく。お前らが他に行こうとしたなら、俺は軽々と背後を取れるぞ」

 

 巨人達は、もはや全員が足を止めている。中にはこちらの世界の銃火器やCADを装備しているものまでいた。先の十体を倒したのは奇襲込み。ここからが本番だなと、オーフェンは覚悟を決める。

 

「来いよ、巨人。相手になってやる――」

 

 直後、弾かれたように巨人達が殺到する。機関銃や、サイオンの光もここから見えた。それら全てに対し、オーフェンは迎え撃つ為の構成を解き放った。

 魔法科第一高校にて、ブランシュとの抗争開始。オーフェンは巨人との戦いに飛び込む。だが、彼もまた知らなかった。全校集会をやっている講堂で何が起きているのかを。そして、達也と克人が自分を今まさに出し抜く算段をつけていた事など、まだ知らなかったのだった。

 

 

(第十三話中編に続く)

 




オーフェン無双(笑)
いやもう前編はこれしか言えませぬ(笑)
まぁ外世界の巨人に比べると制御されてる分、こちらの巨人の方が強度は下ですので、火器やら魔法使われない限り、オーフェンが負ける筈もありません。
あ、あとキースがやらかしました(笑)
超爆裂最終トラップ地雷を覚えてる方は何人いたことでしょう……(笑)
さて、次回はさすおにの時間帯、全校集会中の講堂の話しとなります。
お楽しみに。ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十三話「魔法科高校の攻防」(中編)

はい、どうもーテスタメントです。
第十三話中編をお届けします。はい、中編。中編でございます。
……いや、すみません。て言うか申し訳ない(汗)
書いてる内に一万四千文字以上が確実となったので分ける事にしました(汗)
テスタメントならよくある事だぜっ! と長い目で見て頂けると。
ではでは、どぞー。


 

 オーフェンがブランシュと戦い始める数分前――。

 

 入学式以来となる講堂の席に着き、達也は妙な懐かしさを覚えていた。あの時は、キースが散々に暴れてくれた。そして初対面なのにやけに気が合ったオーフェンと共に対処した。二週間も経っていない出来事なのに、何故か遠く感じる。それはいろいろありすぎたせいか、もしくは。

 

(オーフェン先生が遠ざかったせいか)

 

 既に達也は明確にオーフェンを警戒している。敵性であると判断する一歩手前の状態だ。天世界の門……一種のテロ屋である事を、達也は確信している。それは、イデアを介して繋がれた紐を認識した時にだ。

 気付いたのは、壬生紗耶香と会った直後である。オーフェンのあまりに挑発的な態度に何かあると思い、「目」で徹底的に調べたのだ。そして、深雪と自分の霊的繋がりに隠れるようにして伸びた紐を発見した。イデアを介したバックドアである。そんな事が出来るのはオーフェン以外に考えられない。しかも霊的繋がりに誤魔化すように隠蔽するなどと言う非常識な緻密な真似までしていたのだ。この時点でオーフェンは敵と判断するに十分に足る。昨日、八雲も深雪と自分の繋がりを見た時に気付いていた。これは達也が遮ったのだが。

 ただ……何故ここまでするのかが理解出来なかった。確かに、自分は自分と妹を利用する存在を許さない。だが、オーフェンは達也からブランシュ関連の情報を得る以外何もやっていないのだ。……繋がりに気付いたのはつい昨日。調べようと思えば、イデアから自分のエイドスを遡り、”本当の経歴”を知る事も容易かった筈だ。だがバックドアを作って置きながら、達也自身のエイドスを調べた痕跡は無かった。

 味方では無い。ここまでやられたのだ。今更、そうは思え無い。だが確実な敵とも……言い難かった。

 

(あるいは、そう思いたいだけか)

 

 あのオーフェンを敵だと思いたく無いのか、感情を無くした、自分が。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 と、そこで隣から声を掛けられ、達也はそちらに視線だけを移す。そこに座るのは千葉エリカだ。彼女の隣には柴田美月、西城レオンハルトの順に並んでいる。美月もレオもこちらを見ていた。

 

「ほんとーに、襲撃なんてあるの?」

「ああ、間違いないだろう。けど小声で頼む」

「気をつけろよ。奴らに気付かれたらヤバいってのくらい分かるだろ」

「うっさいわね。そんなの分かってるって。で、外から来る奴らはオーフェン先生が一人で相手するって、マジ?」

「マジだ」

 

 続くレオの小言も鼻を鳴らして突っぱね、エリカが聞いてきたので即答してやる。それに「本当なんだ……」と、彼女も、美月もレオも顔を引き攣らせる。まぁ確実に武装しているであろうテロリストの集団に、一人で立ち向かう等と正気の沙汰では無い。それには内心こっそり同意しながら、そう言えばと視線を巡らせる。

 最近は達也から避けていたが、このグループにはもう一人居る筈の者がいない。オーフェンの妹であり、天世界の門と関わりがありそうな少女、スクルド・フィンランディが。

 自分達以外と居た所もあまり見なかったのだが、どこに居るのか。しばらく探すも見つからない。いっそ「目」を使うかとも思ったが、流石に大袈裟に過ぎる。やがて諦めると同時にチャイムが鳴った。

 全校集会の始まりだ。壇上には真由美が上がり、生徒会の皆も揃っている。もちろん深雪もだ。彼女は、こちらに小さく頷いた――直後に、爆音と震動が講堂を襲う。これは。

 

「外からか」

 

 またいきなりだ。この爆発の感じからして、校舎に食らった訳ではなさそうだが……しかし外を心配する余裕は達也にも無かった。爆発と同時に立ち上がるものがあったから。それは剣道部、剣術部の面々。彼等は唖然とする周りを置いて、本来持ち込み禁止のCADを操作する。やはり思った通り、彼等はトロイの木馬か。しかし、ここまでは想定内。既に待機していた各風紀委員が取り押さえに掛かる。予定通りの襲撃だ。対応もまた早い。なので達也も間近の一人の元に向かおうとして。

 

「やぁぁぁぁぁぁ――!」

 

 気迫の声と共に上から降って来た攻撃に足を止める。

 攻撃は鼻先を掠めて通り過ぎる。スタンバトンだ。そして、それを持って2階から飛び降りて来たのは。

 

「壬生先輩」

 

 壬生紗耶香。つい昨日、カフェでお礼がしたいと誘って来た少女。体育館での騒動で自分が助けた一人。それが攻撃して来たのである。だが、達也は驚いていない。やはりか、と納得していた。

 昨日、紗耶香は司甲と連れ出された部活の同輩を尾けたと言っていた――見失ったとも。もし、ブランシュが彼女の存在に気付いていたのなら何もしない訳が無い。彼女は再び洗脳されていた。

 

「壬生……!」

 

 上から声がする。桐原武明だ。どうも近くに座っていたらしい。左手をよく見ると汎用型CADを着けている。誰かの要請でCAD持ち込みを許可されていたか。だが、まさか彼女がとは思っていなかったらしい。そして彼の声は彼女に届いていなかった。バトンを翻し、素早く打ち込んで来る。

 

(早い……なんだ、この速度は)

 

 異常な剣速で放たれたバトンを、達也は半身で躱す。しかし、紗耶香はやはり凄まじい速度で切り返して来た。この速度、あるいは自分すらも上回る。

 跳ね上がったバトンを横からの掌底で逸らし、距離を取る。

 

「達也くん!」

「達也!」

 

 同時に、後ろから声が来た。エリカとレオか。しかし達也は構わない。紗耶香から視線を逸らさなかった。

 洗脳によって肉体的なリミッターを外されている可能性はある。あるが、それでも異常な速度だった。この身体能力は、何かある。そこで再び紗耶香がバトンを正面から放って来た。それを見切り、達也は懐に飛び込む。いくら身体能力が高かろうと技術で達也は上回っていた。鳩尾に掌底打ちを放ち、意識を刈り取らんとする。

 カウンター気味となった一撃は確かに紗耶香へと叩き込まれた。しかし、達也の目が大きく見開かれる。そして彼女は急所を打たれたにも関わらず、そのままバトンの柄をコメカミへと放つ。が、その時には達也は離れていた。

 一瞬生まれる空白。その中で達也は先程の感触を思い出す。鳩尾へと埋め込まれた自分の右掌、そこから得た感触は”人間のものでは無かった”。

 

(薬物で強化されている? いや、そんな生易しいものじゃない。これは――)

 

 そこで気付いた。この強化、もし紗耶香だけでは無いとしたら。ちらりと講堂を見渡すと、案の定取り押さえようとした洗脳された生徒に、逆に跳ね飛ばされている風紀委員メンバーが見えた。やはり、全員がこれを施されている……!

 

「達也、前!」

「っ……」

 

 油断していた訳では無い。だがレオの声で視線を戻した時には、紗耶香は目前に居た。バトンを振りかぶり、打ち込んで来る。達也は躱そうとして、その必要が無い事に気付いた。

 

「あまーい!」

 

 戟っと言う音と共に、バトンは明後日の方向に弾かれる。そして達也と紗耶香の間に入るようにして、彼女は前に立った。

 エリカ。彼女は不敵に笑い、達也に要請されて持ち込んだ警棒型のCADを構える。

 

「まさか壬生紗耶香とやり合えるなんてね。達也くんさまさまだよ」

「エリカ、気をつけろ」

「分かってる。それより達也くんは、やる事があるんでしょ? ここは任せて」

 

 振り返る事無くエリカは言う。気付けば、講堂は騒然としていた。人外の力を振るい、魔法すらも使って暴れる洗脳された生徒達、そして対抗せんと魔法を放つ風紀委員メンバーと彼等に要請された生徒達。講堂はまさに混乱の坩堝になっていた。その中でまず壇上を見る。妹の安否を確認する為にだ。

 最優先で狙っていたのだろう。三人程、壇上に向かおうとするのが目に入る――が、彼等は唐突に吹き飛ばれた。それを成したのは、姿が見えなかったスクルドだった。どうも生徒会メンバーのガードにでもついていたか。いつもの脳天気さは鳴りを潜め、異様な冷たさの表情で右手を掲げている。そう言えば、深雪は彼女が伸ばした手から何かを出したと言っていた。

 ともあれあちらは大丈夫と判断し、当初の目標を探す。それは一目散に講堂から出ようと出口に走っていた。司甲だ。

 

「エリカ、それにレオ。任せる」

「え」

「おう! ……て何嫌そうな顔してんだてめぇ!」

 

 エリカと並ぶようにして、手甲型のCADを構えて立つレオ。彼女はそれを見て、嫌そうな顔をし、彼は文句を言う。その様子に大丈夫そうだなと走ろうとすると、上から人が降って来た。桐原だ。彼は刃引きがされた刀を持っている。

 

「邪魔だ一年坊主ども。壬生は俺が相手する」

「はァ?」

「なんだよ、あんた」

「二年の桐原だ。壬生とは……その、アレだ。ともかく俺がやるからお前らは」

「無理です桐原先輩。エリカとレオもだ」

 

 いきなり人が増えた事で警戒しているのか、紗耶香はまだ襲って来ない。隙を伺っているようにも見える。それを確認しながら達也は告げた。

 

「今の壬生先輩は、何かおかしい。侮らない方がいいでしょう。エリカもレオも、プライドに触るだろうが、三人で確実に抑えろ」

「……そこまでヤバいのか、今の壬生は」

「人間の強度ではありませんでした」

 

 

 ぎりっと桐原が歯を噛み締め、軋む音がここまで聞こえる。話しからの推測だが、桐原と紗耶香はお互いを意識している様子だった。好意を持つ相手がこのようにされれば、怒りもしよう。もし深雪が同じ目に合ったら自分も冷静ではいられ無い。

 しかし、達也の忠告で一人でやろうとは考えなくなったのだろう。桐原は、エリカとレオに並ぶ。二人も、達也の感想に気を引き締めた。後は。

 

(美月は……大丈夫そうだな)

 

 既にクラスメートに連れられ、安全そうな位置まで下がっている。あれは、確か吉田幹比古だったか。こちらをちらりと見る彼女に笑ってやり、改めて達也は走り出した。司甲は、二人の風紀委員メンバーに追い掛けられながらも、まだ取り押さえられていない。彼もこの状態になっていると見るべきか。逃がす訳にはいかない。

 

「ここで、確実に捕らえる」

 

 呟き、達也は矢の如く弾けたように駆けた。この場を、三人に任せながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 バジリコックを使った右手を下げながら、スクルドは小さく嘆息する。先程、壇上へと突っ込んで来た生徒を跳ね飛ばした一撃、それを放ってだ。彼女は力を使うと必ず失望する。それは、神人種族として現出した自分をどうしても突き付けられてしまうから。

 元々、現出した常世界法則そのものであるスクルドの力は、今のような”あって無いようなか細いもの”では無い。無限に限り無く近い力そのものが生物として降臨したのが彼女だ。……いや、それすらも狂気に陥る程に腹立たしいのだが。それでも、かつてはネットワークを万全に使え、力を振るえば始祖魔法士共のドラゴンすらも絶望させられるくらいのものがあった。

 だが今は到底、そこまでの力を使え無い。オーフェンが魔王術で封印した為だ。かつての力は、その時初めて施された封印術で竜の紋章とされ、スクルドの首から下げられていた。……恥ずかしいので、服の下に入れてるが。

 

(オーフェンも、竜の紋章を私に持たせるとか、趣味悪いよね)

 

 一度言ってみた事がある。もっと可愛い形にしてよと、真由美と共に見ていた雑誌に気に入ったのがあったので、見せながら頼んだ事が。それを見たオーフェンは笑いながら「ガキが色気づいても仕方なくないか?」などとほざいたので蹴りをブチ込んだ。ともあれ、上澄みのさらに残りカスのような力しか今は振るえない。それはどうしようも無いものだと分かっていながらも、失望を無くせない。ジレンマだ。これは現出した時にも言える……生まれてしまった、ジレンマとでも言うか。

 

「スーちゃん、大丈夫?」

「ん、へーきへーき。私があんなのにやられる訳ないよ。それより、みんな」

 

 失望を真由美に悟られないように表情に隠し――まるで人間みたいだ――振り返る。講堂のステージ上では、生徒会メンバーが揃っている。七草真由美、服部刑部少丞範蔵、市原鈴音、中条あずさ……と、そこで気付いた。一人、いない。

 

「あれ、ミユキどこ?」

「え? 深雪さん?」

 

 司波深雪、彼女の姿がどこにも無い。真由美達も今気付いたようだ。キョロキョロと周りを見渡すと、彼女はすぐ見付かった。既にステージから下り、一目散に駆けている。意外に速い。兄である達也の体術があれだったので、彼女もそこそこには鍛えていたか。向かう先は、入口へと走る達也の元だった。兄を心配して、向かっているのか……。

 

(でも、いくらミユキがアレだからって、おかしくない?)

 

 彼女は達也の実力に全幅の信頼を置いていた。今更心配する訳も無い。微妙な違和感を感じ、首を傾げながらも今はいいかと思い直す。別に生徒会メンバーは壇上から動くなと言った訳でも無い。気を取り直すと、スクルドは話すべき事を話す。

 

「マユミ、こいつらなんだけど」

「ええ、分かってる。……私も、オーフェンも迂闊だったわ」

「ど、どう言う事です?」

 

 あずさが青い顔で聞いて来る。襲撃があるとは聞いていたが、こんな状態になるとは予想していなかったのだ。即座に取り押さえて終わりだと、誰もがそう思っていた。もちろん自分達もだ。スクルドは、鈴音、範蔵に目くばせすると、二人も頷く。分かっていると言わんばかりに。一年前に彼女達も、これと対峙した事があるから。

 

(軽々度のヴァンパイア症……)

 

 巨人化の最初期状態。それが、洗脳された生徒達に施されていたのである。巨人化は、何も最初の段階から異形になる訳では無い。一番最初の状態だと、身体能力の向上程度に収まるのだ。無論、それとて相当な強化とはなるのだが、強度の進んだ巨人程では無い。今回の問題は、よりによって生徒の中からこれが出た事にある。下手をすれば巨人化の情報が世に出てしまう――。

 

「とにかくマユミ、早く片付けた方がいいよ。これ、長引かせるとヤバい事になると思う……強度が進むと、誤魔化しきれなくなっちゃう」

「……そうね。なら、私達も行きましょう。りんちゃんと、はんぞーくんは、左手側からお願い。あーちゃんは生徒の避難を誘導してあげて」

「「はい」」

「え!? あ、は、はい……」

 

 即座に二人が頷く中で、説明して貰えると思っていたのだろう。あずさが困惑を隠しきれずに、しかし慌てたように頷く。それに真由美は微笑んだ。大丈夫、と言うように。

 

「私は、スーちゃんと右手側から行くわ。みんな、気をつけて」

「そして、私達の役目を忘れないでね。容赦なし、だよ」

「て、手加減はしてあげてね?」

 

 スクルドのあまりにアレな言葉に、ちょっとうろたえて真由美が付け加える。それには鈴音も範蔵も苦笑して頷き、生徒達の誘導を任されたあずさを伴ってステージから下りる。鎮圧の援護と共に、あずさを纏まった生徒達の元に届ける為にだ。三人を見送って、スクルドと真由美は頷き合うとこちらもステージから飛び下りる。先程の三人の内、一人は風紀委員のメンバーが捕まえたようだが、二人は魔法を放ちながら抵抗している。膂力もとんでも無いので、取り押さえるのも難儀しているようだった。

 

「マユミ、お願い」

「ええ」

 

 すぐに応え、真由美は腕輪型の汎用CADのスイッチを叩く。サイオンの光が一瞬だけ点り、魔法式が放たれた。

 魔弾の射手。七草家の十八番たる魔法でもって、暴れる二人の生徒の真上に銃座が展開。即座にドライアイスの弾丸が雨霰と生徒二人に降り注ぐ。これにはたまらず足を止めるも、やはり最初期とは言え巨人化した人間はこの程度では倒れ無い。なんとか堪えていた――だが。

 

「甘いよ」

 

 弾丸が切れると、すぐそこにはスクルドが居た。一切の気配を感じさせない踏み込みで懐に飛び込んだのだ。唖然とする一人に飛び掛かり、スクルドは即座に背後に回ると首に腕を回す。

 最初期の巨人は確かに身体能力が向上しているが、逆に言うとそこまででしか無いのだ。人間の生理はそのまま残っている。つまり、脳への血流が止まると落ちるのもそのまま、と言う事だ。まるで蛇のように滑らかに回された腕は、一瞬後には大蛇のような締め付けをもって頸動脈を圧迫する。

 すぐに、その生徒は白目を剥いて倒れた。そしてもう一人の生徒は相方がやられたのに驚愕してか、目の前のスクルドに襲い掛かって来ない。だが、それでも何とか動き出そうとして。それも遅かった。

 真由美がCADを操作し、二回目の魔弾の射手を展開。再びドライアイスの雨に晒され、硬直する。その隙を逃さずにスクルドは失神した生徒から手を離すと身を縮こませ、床へと投げ出す。それは魔弾の射手の射線から外れた位置だった。そしてそこにあるのは、生徒の足だ。それを取ると裏刈挟みを仕掛け、引きずり倒す。足を膝に巻き付け、関節を極めた。これにはさしもの巨人化を施された人間と言えど激痛で悶える。だが、そこは神人種族であるスクルドは並の力をしていなかった。なけなし(本人にとってはだ)の力をもって、引きちぎらんばかりに足を締め付ける。関節がぐしゅりと言う音を立てて破壊され、痛みで生徒が失神するまでにさほどの時間は掛からなかった。

 

「よっと」

 

 失神した生徒を脇にどかし、スクルドはぴょこんと立ち上がると、制服を手で叩く。床に転げたので埃を気にした為だ。真由美も二人の生徒が確実に無力化されたのを確認して、スクルドの元に来る。

 

「スーちゃんお見事。それも、オーフェンから?」

「んーん。オーフェンが教えるの、なんかえぐい攻撃ばっかだもん。漫画で覚えた関節技」

「……スーちゃんのも大概だと思うけど」

 

 ちなみにスクルドが参考にしたのは、某千年不敗の格闘術の漫画だった。数十年前のもので、もはや古典扱いだったが、今だに人気のある格闘漫画である。

 ともあれ、これで二人は無力化した。残るは、風紀委員メンバーの活躍もあって十人ちょっと。スクルドと真由美はそれを確認すると、まずは渡辺摩利と合流すべく、そちらへと走り出した。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第十三話中編でした。おい、さすおにタイムはどーした、てか壬生先輩――!(笑)
ちなみに、彼女が洗脳&巨人化が施されたのはオーフェン達と話した後、帰りに司甲に誘拐された形となります。
次回、桐原との濡れ場にこうご期待! ……こんな事やるから文字数増えるんですよねー(笑)
そしてスクルドですが、本人の独白通りめちゃくちゃ弱体化してます。オーフェンの封印は神人種族としての特性を殆ど封印してしまってる状況です。それでもバジリコックの一部を召喚したり、身体能力が桁外れだったりと、いろいろおかしいんですが。
ちなみにスクルドが今回使った締めと極めは、某月マガの格闘漫画から。テスタメントの愛読書で、おかげで無駄に格闘描写に力を。だから文字数が(ry
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十三話「魔法科高校の攻防」(後編)

はい、テスタメントです。よっしゃ、GW中に第十三話終わった(笑)
今回さすおにタイムですよさすおに。よーやく書けたわー(笑)
てか後編長いよ! 大人しく前編もうちょっと書いてりゃよかった(笑)
そんな訳で、第十三話後編どうぞー。


 鼻先を斬撃が通り抜ける。それを見ながら、千葉エリカは再度加速した。サイオンの光が一瞬だけ彼女を照らし、霞むような速度で飛び出す。だが、相手はそれに付いて来た――魔法も使わずに。

 

(無茶苦茶ね……!)

 

 相手、壬生紗耶香は赤光を放つ目でエリカを捕らえ、ストンバトンを切り返して来た。今度は避けられない、それを悟りエリカも警棒型のCADを振り放つ。

 バトンと警棒がぶつかり合い、激烈な音が鳴り響いた。衝撃が空気を震わせる。それに構わず二人は打ち合った。衝撃を突っ切るようにして警棒とバトンが幾度も打ち鳴らされる。

 それも足を止めてでは無い。二人は目まぐるしく動き回りながら、互いの獲物を身体に叩き込まんとしていた。まるでダンスのように立ち位置を入れ替えての剣戟。その中でエリカは歓喜しながらも冷静に考える。このままではマズい、と。

 速度は互角だ。いや自己加速術式に”特化した”自分と互角と言うのは悔しいが、それは認めるしか無い事だった。続いて技量、これは自分の方が上手だった。間合いの取り方、打ち込みや切り返し、全て上回っている。しかし力、これは大幅に紗耶香が上回っていた。単純な力で技量を抑え込んでいるのである。そして技量と力のぶつかり合いで互しているなら、スタミナの削り合いとなる。これについては確かめるまでもなく、負けていた。

 繊細な作業を続けるエリカと、技量で劣っていても単純な作業を力技で押せる紗耶香、どちらに分があるかは火を見るより明らかだった。やがてエリカは押され始める。直撃こそ無いものの、息が上がり、手数が落ちていた。

 そして、ついに根負けしたように警棒が弾かれ、外に流された。紗耶香がバトンを振り上げる。あの膂力で頭を打たれたら――そう思った直後、エリカの前に出て来た影があった。機を狙っていたのだろう。大柄の影は、割り込みながら叫ぶ。

 

「パンツァァ――!」

 

 大柄の影は西城レオンハルト、通称レオだった。彼へとバトンが頭に真っすぐにぶち込まれる。しかし、それより一瞬早く発動した硬化魔法が彼の身を守った。硬化魔法は分子の絶対座標を狭いエリアに固定する魔法だ。強化されていようと、一撃では貫けない。一撃では。

 紗耶香はくるりと回転しながらレオの全身へと怒涛のようにバトンを打ち込む。レオも反撃しようとしたが、打撃は五分の見切りであっさり躱され、したたかに小手を打たれた。そして留めの突きが喉を貫くかのように埋め込まれる。

 常人なら確実に死んでいるであろう連撃。だが、レオは持ち前の頑丈さと硬化魔法も相まって耐えて見せた。咳込みながらもバトンを掴み、にぃと笑う。その隙を逃さずに背後から紗耶香を捕まえようと伸びる手があった。桐原武明だ。自己加速術式を使っているのか、相当な速度で迫る。バトンは掴まれ、背後からの強襲。だが、今の紗耶香は尋常では無かった。バトンを掴むレオの手をたおやかな指で掴み取ると、桐原へとブン投げたのだ。

 

「が……!?」

「ぐ……み、ぶ!」

 

 投げられたレオと桐原はぶつかり、もみ合うようにして倒れた。衝突の衝撃で二人とも動けずにいる。紗耶香は倒れる二人に留めを刺さんとして。

 

「――わたしを忘れるんじゃないわよ」

 

 声を聞いた、と思った直後には腹へと警棒が叩き込まれていた。一切の手加減なし、人を殺せるレベルの打ち込みだ。肋骨が数本折れる音を聞きながら、打撃の主、エリカは振り抜く。加速と慣性制御を最大にした一撃だ。たまらず紗耶香は吹き飛び、座席を薙ぎ倒しながら沈んだ。

 

「壬生……! てめぇ!」

「うるっさいわよ。手加減出来る余裕なんて無かったんだから仕方ないでしょう!?」

 

 なんとか立ち上がった桐原の文句に真っ向から怒鳴り返す。殺しの技をこんな形で使わされるとは思っていなかったのだ。

 

(千葉の娘に本気出させるなんてね。……ホント、凄いわ)

「しかも終わってないし」

「何……!?」

 

 エリカの言葉に桐原は息を呑み、紗耶香へと視線を戻す。そこで見たものは彼女があっさりと立ち上がっている所だった。片側の肋骨の殆どを砕いた為か苦痛を滲ませているが、まだ動くようだった。……あるいは、もう動けるレベルまで回復したか。

 

「ホント、尋常じゃないわ」

「ってぇ……クソっ」

 

 桐原に続きレオも復帰したか、痛みに呻きながらも立っている。常識で考えれば彼が一番ヤバい状態の筈だが、何故か一番元気に見えた。タフどころの話しでは無い。彼は血の混じった唾を吐きだし、プロテクターを兼ねたCADを構える。

 

「やっこさん、まだやる気のようだな。無茶苦茶だぜ」

「暗示もあるんでしょうけど、元々高かった技量に、あの身体能力だもんね。反則だわ、あれ」

「壬生……」

 

 桐原がぐっと何かを我慢するように歯噛みして呟く。それをちらっと見ながら、エリカも警棒を構えた。

 今の所、桐原はまともな攻撃をしていない。いや、あのレベルの速さに追いつけ無かったのもあるだろうが、彼自身彼女を傷付けたくないのだろうと言う事は察しがついた。だが、今の彼女相手では命取りになる。だから、エリカは言ってやる。

 

「アンタ、もうちょっとやる気出しなさいよ。ふざけてんの?」

「何?」

「やる気が無いなら失せろって言ってんのよ、分かるでしょ」

 

 痛烈なエリカの台詞に桐原は二の句が告げずに押し黙る。彼も分かっていた証拠だ。得意の高周波ブレードも使っていない。

 

「壬生先輩も、今のアンタ見てると幻滅するわよ。うだうだ何迷ってんのよ、てね」

「てめぇ……!」

「迷ってるなら失せなさい! 戦うなら、ちゃんとやりなさいよ! 体育館でのやり取り、忘れた訳じゃないでしょ!?」

 

 はっ――と、桐原は我を忘れたように目を丸くする。あの時は、自分達は奇妙な状態だった。それでも、壬生の台詞は覚えている。貴方達は、真剣じゃないじゃない、と。

 いよいよ回復したのか紗耶香はバトンを構え直す。その赤く点る目の光、その中に叫ぶ彼女を桐原は見た。幻視かもしれない、ただ言い訳が欲しかっただけかもしれない。だが、確かに見たのだ。だから。

 

「そうか、そうだよな」

 

 腕に装備していた汎用型CADに指を走らせる。そして魔法式展開、サイオンの光が刀を包み、魔法が発動した。

 常駐型振動系の系統魔法。魔法剣とも揶揄される、殺傷性ランクBに該当する魔法――人を殺せる魔法だ。高周波ブレード。それを構える。

 

「壬生は、俺が止める」

「上等よ。……次で決めるわ、いいわね?」

「おう! 同輩と戦うのは、懲り懲りだしな」

 

 最後のレオの台詞は意味が分からなかったが、今はどうでもいい。ここで決着をつける事を三人は決める。どちらにせよ、次で決めなかれば負けは確定なのだから。

 紗耶香もぴくりと目尻を動かし、バトンを居合の要領で構え直した。最速の一撃を見舞うつもりか。一瞬の空白――そして、全てが決着に向けて動き出した。

 

「パンツァァ――!」

 

 異常な速度で突っ込んで来た紗耶香に、これまた三人の中で誰より速く踏み込んだのはレオだった。

 硬化魔法をかけたプロテクターで紗耶香の居合い打ちを真っ向から防いでのける。しかし、その威力に身体が泳ぎ弾き飛ばされた。空を舞うレオの身体、その下をエリカは駆け抜ける。最大の自己加速と慣性制御を持って一気に懐に飛び込まんとして、だが紗耶香はレオへと打ち込んだ一撃を基にして後ろに跳躍していた。

 間合いが空く――これでは、エリカより紗耶香の切り返しが速い。だが、彼女は笑っていた。それは己と同程度の速度を持って走る影に気付いていたから。

 桐原。彼も凄まじい踏み込みで駆け抜けて来ていたか。切り返す紗耶香のバトンへと、高周波ブレードを走らせる。

 

「おぉおおお――っ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた斬撃は、バトンを一閃の元に叩き切った。そして我を失ったように呆然となった紗耶香に、今度こそはエリカが追い付く。

 

「……おやすみ」

 

 こんっと警棒が優しく、ただし鋭さを持って紗耶香の顎を掠めた。くらりと、彼女が崩れ落ちる。それを、刀を投げ捨てた(高周波ブレードはその時点で消えた)桐原が抱きすくめた。

 

「壬生……!」

 

 呼び掛ける。が、彼女は応えない。既に目を閉じ、意識を失っていた。エリカの一閃は綺麗に紗耶香の意識を刈り取っていたのだ。当分は目を覚ますまい。

 ふぅと息を吐き、エリカは肩を竦めてレオを見る。彼も肩を竦めていた。はいはい、ごちそうさま、と言わんばかりである。とりあえず、ここは片付いた。後は。

 

(達也くんと合流して、”次”、ね)

「待てよ」

 

 レオと頷き合い、達也の元に行こうとした所で桐原から呼び止められる。視線を戻すと、彼は紗耶香を床に優しく横たえている所だった。そっと彼女の頬に触れてやり、こちらに向き直る。その目には怒りと決意が漲っていた。

 

「お前ら、司波兄と何かやらかすつもりだろ? 俺も混ぜろよ」

「……何で、そう思うの?」

「あいつ、動きがおかしかった。風紀委員として動くなら、壬生を俺達だけに任せる訳がねぇ。なのに、あいつはすぐに入り口に向かったな? よく見ると十文字会頭もだ。何かやろうとしてると見るには十分だろ……後は、勘だ」

 

 エリカは思わず舌を巻いた。確かに最初から達也はエリカとレオにこの場を任せ、入口を確保する算段だった。次に繋げるためにだ。それを半ば決めつけとは言え、見抜かれようとは。まいったなーとレオを見ると、苦笑して頷いて来た。ここまで分かっているなら、いっそ巻き込んだ方がよさそうだと。エリカも頷き返し、桐原を見る。

 

「じゃあついて来て。達也くんの所に行きながら説明するから」

「ああ、しかし本当に何するつもりだお前ら」

「簡単よ。わたし達は、自分でケリつけたいのよ。どっかの誰かより前に、てね」

「……そんな話しだったっけか?」

「いいのよ、そんなもんで」

 

 ぼやくレオにウィンクを一つして、軽やかにエリカは駆ける。向かう先は講堂入口。そして、その先にあるもの。決着を自分達でつけるために、彼女達はそこへと向かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 洗脳された生徒達は、いかな手段によってか常人を遥かに超えた強化を施されている。対し、各風紀委員メンバーと彼らに選ばれた生徒は魔法を持って抑え込んでいた。だが、それだけだ。一人に対し、二人あるいは三人で確保に向かっているのにも関わらず手間取っている。

 

(だが、それも時間の問題か)

 

 生徒会メンバー達と渡辺摩利。そしてスクルド・フィンランディが凄まじ過ぎる。一騎当千とばかりに洗脳された生徒を軽々と畳んでいっているのがここからでも分かった。

 エースは服部刑部少丞範蔵副会長だ。彼は、レパートリーの多い魔法を高レベルの制御力で放ち、次々と敵を無力化している。雷撃系の魔法は神経を麻痺させる効果もあってか、強化された生徒にことの他効いているようだった。さらに合流した摩利、七草真由美、スクルドのトリオが、ほぼ初撃で敵を沈めているのが見えた。この三人、明らかに連携しなれている。時間は、そうなさそうだと達也は悟った。精々、後5分か。

 

(十文字会頭は、上手くやってくれているな)

 

 彼は、五人もの敵に集中攻撃を受けながらも、鉄壁と揶揄される防御力で凌ぎきり、それだけでなく一人一人的確に沈めていく――手加減しながら。

 そう、達也は次に繋げる為に一つ彼に頼んでいたのだ。敵を、こっちに引っ張って来るようにと。今の所、全ては順調。後はエリカ達と、自分だ。

 司甲、彼をここで打ち倒す。そうすれば、敵はどのように動くか、大体想像がついていた。遅過ぎても早過ぎてもいけない。そのタイミングを見計らっていたのだ。

 

「お兄様」

「深雪か」

 

 ちょうどタイミング良く、隣から声を掛けられた。妹の深雪である。彼女にも、騒動が始まってすぐにこちらに来るように伝えてあったのだ。魔法を使っているのか、スケートのように足を滑らせている。

 二人は頷き合うと前を見る。その先では司甲が風紀委員の二人、辰巳鋼太郎と沢木碧とやり合っている。辰巳はスピードで撹乱しながら魔法と打撃を放ち、沢木は得意のマーシャル・マジック・アーツを用いた重い打撃と、加速させた拳による衝撃波――後に聞いた名前はマッハパンチと言う名らしい――を打ち込んでいる。二人の技量と魔法力に達也は感嘆するが、それでも沈まない司甲が脅威だった。と言うより、司甲だったものと言う方が正しい。彼は、既に2メートル近い長身となり、身体中の筋肉が膨張していたのだから。

 鬼、と言われれば素直に信じてしまえそうな巨躯。頭に角でも生えていないか幻視してしまいそうだった。しかも。

 

(「目」まで強化されているな……二人の攻撃を見切りはじめている)

 

 大雑把に見えるが、その実、的確に攻撃を捌いている。辰巳と沢木は焦れるように攻撃を放ち続けるも全く効果が上がっていない。あれは厄介だ。

 

「深雪、目を潰す。援護を」

「はい、お兄様」

 

 しとやかに微笑むと、深雪はCADを滑らかに操作。サイオンの光が彼女を満たす。そして、司甲の足がガクンっと止まった。

 一瞬にして膝まで凍り付いていたのだ。深雪の十八番である凍結魔法である。そして前のめりにつんのめった隙を逃さずに達也は自己加速術式を裏技込みで瞬時に発動し、一気に肉薄する。

 司甲も気付いたか、子供の胴程にもなった両腕を振り回す。だが九重八雲を師に持ち、古式の体術を修めた達也にとって、そんな苦しまぎれの打撃は意味が無かった。あっさりかい潜ると、懐に入る。そして伸ばした貫手が司甲の眼鏡を弾き、左目の網膜の一部を抉って抜けた。

 

「ぎ、あぁぁああああああ――!?」

 

 悲鳴を上げる司甲に、達也は構わない。そのまますれ違うように身を躱す。同時に辰巳と沢木が驚いたような表情でこちらを見て来たので、そちらに頷いてやる。それだけで二人はチャンスを悟り、一気に魔法を叩き込んだ。が、それでも沈まない。そんな事は達也にも分かっている。だから、既に行動を始めていた。

 この時初めて、達也はCADを取り出す。特化型CAD、「トライデント」だ。そして放つは基礎単一系統の振動魔法三連。風紀委員入りの模擬戦最後に範蔵に放った魔法だ。サイオンの振動は司甲を大いに揺さぶり、酔わす。それでも、なお倒れない。だがそれで良かった。隙さえ作れれば、それで。

 

「司先輩。これで終わりです」

 

 冷たくも美しい声が背後から司甲に届く。その時には、膝までだった凍結範囲が一気に胸まで押し上げられていた。深雪である。彼女の強烈な事象干渉力により、魔法師としての防御は剥がされ、氷づけにされていく。それでも司甲は抵抗しようとして――直後、側頭部に一撃を貰って目を回した。今のは、エアブリットか。

 

「司波! お前、こんな所で何してる!?」

「やるなモブ――森崎」

「お前な……モブ崎と呼ぶなと散々言ったろうが!」

 

 特化型CADを構えながらも喚く彼に達也は苦笑する。最後の一発は彼の手柄だった。もしかしたら、司甲は最後の足掻きで氷を破っていたかもしれない。そして彼は、今度こそ氷の彫像となって固まった。それを確認し、深雪もこちらに来る。褒める代わりに頭を撫でてやると、嬉しそうににっこりと笑った。

 それを見て辰巳、沢木、森崎がげんなりとしているのを見つつ、達也は状況の推移を確かめる。

 既に講堂内に残る敵は僅か五人。その全てが一瞬動きを止めたかと思うと、ぐりんと首を回してこちらへと突っ込んで来た。やはりだ。指揮系統を失った彼等は後催眠の応用で、次の命令を刷り込まれていたのだろう。……この場を脱出し、外と合流するようにと。”これを待っていた”。

 突っ込んで来る五人の内二人は、範蔵と鈴音、真由美と摩利、スクルドの組に足止めされる。もう三人は凄まじい速度で迫るも、一人は達也が放った基礎単一系統の振動魔法三連で酔わし、足止めした。そこに森崎が留めを刺しに行く。残り二人、彼等は全ての迎撃を潜り抜け、入口から飛び出していった。

 

「しまった!?」

「くそ、追い掛けましょう――」

「待て」

 

 焦った表情で追い掛けようとした辰巳と沢木に重厚な声が掛けられる。部活連会頭、十文字克人その人だ。彼はこちらを一瞬だけ見て、続ける。

 

「あの二人は俺が追おう。お前達は、森崎を手伝ってやれ」

「しかし会頭」

「一人で行くとは言っていない。司波兄妹、ついて来い」

「お供させて頂きます」

「はい。……会頭、ちょうど俺の同級生も来たようですので、彼等も」

「ああ」

 

 タイミング良く――と言うか見計らわせた――エリカ達が来る。何故か桐原も居たが、表情を見る限り大体の事情は理解したのだろう。頷き、事前の打ち合わせ通りに二人を追う。これで真由美達を置いて外に出れた。と同時に克人は左手のCADを操作し、振り下ろす。直後、悲鳴が二人分上がった。確認するまでも無く外に出た二人だろう。克人は”最初からこう出来たのだ”。やろうと思えば、すぐに。それは隣を走る深雪にも言える。それをしなかったのは、外に出る口実を得る為だった。

 

「深雪、念のために二人を凍らせてくれ」

「実は、既にやってまして」

 

 ちょっと舌を出して可愛く深雪が言う。どうも克人が潰した直後に凍らせたらしい。表情は可愛らしいが、達也と克人以外はドン引きしていた。これで学内は片付いた――正確にはブランシュの本隊がまだオーフェンと戦っている筈だが、達也は彼が勝つ事を確信している。だが派手な音が鳴っているあたり、まだ戦闘中のようだった。これも好機だ。

 

「会頭、車は」

「家の者に連絡し、既に用意させてある」

「……しっかし、まさかブランシュの本拠地に直接殴り込みに行こうなんてな。司波兄、お前も大概だな」

「あーら? 何、怖くなったの?」

「んな訳ねぇだろ。――嬉しいのさ。これで奴らを堂々とぶった斬れる」

 

 剣呑な表情で物騒な事を言う桐原に一堂は苦笑する。これが達也が立てた、オーフェンを出し抜く為の手であった。つまり、学内をオーフェンとその繋がりがある者に任せ、自分達は彼等に先んじてブランシュに殴り込みに行くと言う作戦だ。オーフェンは、達也がバックドアに気付いた事をまだ知らない。だからこその作戦だった。後はオーフェンが来る前に、ブランシュを潰せばいい。

 

「会頭。約束はお願いします」

「ああ。だが……知れば、お前も戻れなくなるかも知れんぞ」

 

 にやりと笑って来る克人に、苦笑する。達也が取り付けた約束とは、克人が知る限りのオーフェン達、つまり天世界の門の情報だった。ブランシュを叩き潰すのは最初から決めていたが、こちらも手に入れておきたい。彼等が、いや彼が何を思い、何と戦っているのか、是が非でも知りたかったのだ。深雪を見ると彼女も頷いてくれる。それに頷き返し、達也は前を向いた。

 

「ブランシュ日本支部の場所は分かるのか、司波」

「分かってる人を呼び出してます。ほら、彼女です」

 

 裏口前。本来、厳重に施錠されてしかるべき門は開かれている。そこにあるのは一台のオフロードタイプの大型車。そして、ブランシュ日本支部の詳しい場所を知っているであろう人、カウンセラー兼”警察省公安丁の秘密捜査官”、小野遥。彼女は困ったような顔をして、そこに居た。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 2メートルを超えた巨躯の巨人を、オーフェン・フィンランディは”踏み潰す”。重力制御の魔術で飛び上がり、さらに重力を増加させて踏み潰したのだ。鉄骨を仕込んだブーツの分だけ頭をへこませ、巨人が目を回す。

 そこを狙って割と人型を保っている巨人達が機関銃を乱射して来た。が、オーフェンはすぐに潰した巨人の影に入る。これだけの躯に巨人の頑丈さだ。いくつかの弾丸が叩き込まれるも、貫通する様子は無い。だが、このまま見殺しも後味が悪いので、彼に手を当て、そっと呟く。

 

「我は弾く硝子の雹」

 

 直後、巨躯の巨人は弾かれたように前へと飛んだ。念動力で対象を飛ばす構成である。これには慌てて機関銃を乱射していた巨人達も身を翻した。

 横を巨躯が抜ける。それを確認し、巨人達はすぐさまオーフェンが居た位置へと銃口を向け――いない事に気付いた。そう、そこにはいない。彼がいるのは真横、巨躯の身体の上であった。飛ばした時に掴まっていたのか。

 ハッと気付いた時には既に遅い。オーフェンは重いブーツを延髄に叩き込み、一撃で失神させる。もう一人の巨人もそこで気付いたらしいが、オーフェンは右手を挙げ、構成を解き放っていた。

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 煌っと熱波を伴った光の刃が巨人の足元に突き刺さり、爆裂する。それを見届ける事無く、足元の機関銃を拾い上げると、簡単なチェックだけを済ませ、振り返り様に乱射した。そこでは、これまたまだ人型の巨人が特化型のCADをこちらに向けようとしている所だった。だが、適当に放たれた銃弾によりたたらを踏んだ形になる。同時に機関銃の弾が空となったので、オーフェンは重力制御と風を合わせた構成で機関銃をブン投げた。ようやく我に返った巨人は顔面に直撃を貰い、ひっくり返る。

 

(後、五人……)

 

 戦闘開始から二十分足らず。それだけで、三十五を数えたブランシュの巨人を、オーフェンは沈黙させていた。

 残り五人はうろたえながらも、何とかオーフェンを討たんと手にそれぞれ武器を持ち攻めて来る。だが、それは遅すぎた。あるいはオーフェンが早過ぎた。構成を編む速度が。

 

(一気に終わらせる!)

「我は砕く、原始の静寂!」

 

 叫び、呪文に応えるように一堂の頭上の空間が波紋のように歪み切る。それは一瞬で元に戻されるも、反動による強烈なエネルギーはある現象を引き起こした。爆発である。

 空間爆砕と呼ばれる構成だ。単に破壊力を求めた場合、最大となる大爆発が頭上に引き起こった。これにはたまらず、巨人達は衝撃で吹き飛ぶ。そこを見計らってオーフェンは空間爆砕の構成を絞り、変化。一気に凝縮させる。

 空間支配術の一種だ。乱暴に纏められた巨人達が混乱の極みに陥るのを確認し、オーフェンは容赦なく叩き潰す。文字通りの構成を持って。

 

「我打ち放つ、巨神の鉄槌!」

 

 ぐしゃりと言う音が聞こえたのは、果して気のせいではあるまい。そして気付けば中庭には四十五の巨人が、誰一人殺される事無く転がると言う光景があった。それを確認し、オーフェンはふぅと息を吐く。そこそこ疲れたなと思いながら、携帯端末でマンイータ――七草弘一に連絡を取った。ここに居る巨人の回収の為にだ。

 それをすぐに済ますと、全校集会ならぬ洗脳された生徒達と交戦している筈の講堂に目を向けた。

 

「まだマユミ達、片付けてねぇかな」

「どうでしょうな。先程からやけに静かではあります――あ、黒魔術士殿、お疲れでございます。これは差し入れです」

「ほう」

 

 いつの間にやら近寄っていたキースから渡された水筒の蓋を全開にすると、オーフェンは地面へと逆さにする。すると何の変哲も無い水に見えたそれは、地面に落ちるなりどす黒い緑色に変色させ、蒸気を発生させた。とりあえず水筒を足元に叩き付け、キースの胸倉を掴み上げる。するとわざとらしく、彼は目尻に涙を浮かべて見せた。

 

「ああ……っ、我が盟友ティナ様自信作であるところの、『おしおき水マークオメガ』を、黒魔術士殿がぞんざいに扱うなんて」

「くそやかましいわ! てかあれと知り合いだったのかてめぇだとか、これ何年物だとか、色々言いたいが、とりあえず殺す気か!?」

「黒魔術士殿……女性からの送り物は無条件で受け取らねばならぬと言う世界最原則に逆らうお積りですか!?」

「この世界の誰が認めても俺が認めるかンなもん!」

 

 はたきのめして地面へとキースを叩き付けると、オーフェンは長いため息を吐いた。ぐったりと疲れが増した気分である。

 

「ただでさえ魔術連打して疲れてるってのにこのボケは……」

「オ――フェ――ン!」

「お?」

 

 と、そこで階段を下りて来る者を見付ける。スクルドと真由美だ。どうやら講堂も片付いたらしい。それに安堵しつつも苦笑してやる。

 

「おい、お前ら。そんな慌てて走って来なくてもいいだろ? 転ぶぞー」

「子供か私達! て、それ所じゃないのオーフェン!」

「何だよ、ブランシュに殴り込みなら、ちょいと休んでから――」

「達也君と十文字君達がいないの!」

 

 ぴたり、とオーフェンが硬直する。その二人の取り合わせに何か凄まじく不穏な気配を感じる――いや、真由美は達といった。なら複数人と言う事か。つまり手数を連れて、二人が向かう所と行ったら。

 

「おい、まさか?」

「多分、そうよ。彼等は先に行ってる、ブランシュの所に。これ完全に計画的だわ。……オーフェン、ひょっとして」

「ンな馬鹿な。達也には――」

 

 と、そこで気付いた。ネットワーク上で達也に繋いだ紐が無い事に。完全に途切れている。それは、気付かれ対処されたと言う証拠であった。オーフェンは思わず頭を抱える。

 

「――やられた。完全にタツヤを見くびってた……」

「どう言う事? タツヤが何かしたの?」

「あいつ、俺からネットワーク術の扱いを覚えやがったんだ。まだ拙いだろうが、ある程度の真似が出来ると考えた方がいい」

 

 まさかこの短期間にネットワークの扱いを知るとは、流石に予想外過ぎた。いや考えたく無かったのかもしれない。達也がアレであると。もしそうなら、後々厄介な事になると分かりきっていたから。

 そう、ネットワークから生まれた者、”解決者”なら扱いを短期間で覚えるのは当たり前の事だったのだ。何故なら、よりネットワークと密接に繋がっているのだから。

 だが、これはマズイ。もし達也がブランシュの元に辿り着いた場合、奴らに知られる可能性がある。賢者会議に、解決者の存在を。それで無くてもブランシュ日本支部のリーダー、司一は賢者会議と繋がっているのが明白なのにだ。

 やがてオーフェンは苛立ちを地面に叩きつけて、凶悪な形相を歪めて叫び声を上げた。空に。

 

「あンの馬鹿どもがぁぁぁぁぁ――――!」

 

 司波達也一行がブランシュ日本支部に突入。それに遅れる事、数十分後にオーフェンは彼等の後を追う羽目となったのだった。

 

 

(第十四話に続く)

 




はい、第十三話、オーフェン出し抜かれるの巻。達也が鬼です(笑)
魔術連打で疲労してるのを見計らってる訳ですな。おおぅ、さすおにだぜ(笑)
さて、こっからはノンストップで入学編完結まで参りましょう。どうぞ、お付き合い下さいな。
あ、ちなみに「おしおき水マークオメガ」なんつぅ物騒なもん作った女性、ティナさんは優しくも厳しい保母さんですよ?(にっこり)
ただ、預かった子供をナンバーで呼んだり、事あるごとにおしおき水を飲ませようとするのが玉に傷。なお、目つきはイっちゃってます。
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十四話「名前には意味があると信じて」(前編)

はい、ノリにノリノリのテスタメントです。まさかの連続更新だぜヒャッハー!(笑)
……いえね? 戦闘描写になると途端に元気になるみたいで(笑)
ついつい全力で書きまくってました(笑)
あ、ちゃんと寝てますからご安心を(笑)
ではでは、まさかの第十四話前編どうぞー。


 

 解決者。あるいは合成人間とも言われる存在。それはネットワーク(こちらではイデア)に蓄積された過去の情報が人の無意識下にある記憶と結び付き、生じるゴーストと呼ばれる現象、それを利用して生成された「実体のあるゴースト」の事である。ネットワークそのものと肉体が直結している為、極めてネットワークを操作する能力に長けており、知覚の速度が時間の速さを超える事すらある――つまり未来予測を可能とする。また、その存在は実体を持ちながらもゴーストが本質である為、基本的に永久不滅であり、他者の理想を己として具現化する為、自然に他者を支配してしまう。ただし、解決者は白魔術に極めて長けた存在であれば、近似の存在として生まれ得る。

 オーフェンの末娘、ラチェットがそうであった。ただ……。

 

(タツヤがそうだとしても、だ。何か足りない気がする――)

 

 つい先程達也に出し抜かれたオーフェンは、装備一式を持って来ている弘一を苛々と待ちながらも考える。

 司波達也。ネットワークを見る「目」を持つ少年。しかもネットワークに干渉して万物の構造を把握し「分解」する事が出来る能力を持つ。オーフェンが知る達也の情報はこんな所だ。いや、ネットワークで彼を調べるにあたって他にも知り得た事はあったが、今はどうでもい。ただ、オーフェンが感じた違和感は、解決者としての能力にいくつか足りない部分があると思ったら、別の能力が備わっている点についてだ。「分解」がまさしくそれである。しかし、他者の理想を現実化している点については半ばしか出来ていないようにも見えた。……いや、オーフェン自身もう一つの仮説は持っている。達也が自然発生の”劣等型解決者”だとすれば、それを元に人工で”優等型解決者”を生み出せなくはないかと――巨人化すら利用してだ。今の所、それは兆しも見せないが……。

 

「オーフェン、また何か難しい事考えてる?」

「ん……まぁな」

 

 唐突にスクルドから話しかけられ、オーフェンは思考を中断する。彼女はいつかのように苦笑して額を指差した。

 

「ここ、シワ寄ってたよ」

「……それな。外でいろいろあった時から言われてたよ。考えが行き詰まるとそうなるってな」

「オッサンっぽいし、やめとこうよ。考え過ぎても仕方なくない?」

「そう言う訳にはいかないさ。ちと厄介な状況だからな」

 

 軽い口調ではあるが、スクルドは自分を慰めようとしている。それはオーフェンにも分かっている事だった。だが、今回ばかりは流石に迂闊だったと思う事を、やめる事は出来ない。

 解決者相手にネットワーク術を長々と仕掛けるなぞ、教科書を広げてテストさせるようなものである。倫理的にも問題だ。だが、倫理とはもっとも縁遠い生活を二十年以上やっていたせいか、それを疎かにしてしまう悪癖が残ってしまっている。これは直さんとなと自嘲して、オーフェンは改めて時計を見た。先程からもうすぐ十五分、そろそろ着きそうなものだが、と思った所で校門からトラックが見えた。間違いなく七草の会社のものである。ようやくかと苦笑した彼の前でトラックは止まり、座席から眼鏡を掛けた壮年の男が下りて来る。

 七草弘一、十師族の七草家当主にして天世界の門ではマンイーターのコードネームを持つ男が。彼は下りて来るなり、跪いた。娘が見ているにも関わらずだ。その先にはスクルドが居る。

 

「遅れてしまい、まことに申し訳ありません。我が女神よ。どうか、慈悲を賜れますよう――」

「コウイチ、そー言うのはいいから」

「……そうですか。なら、早速作業に入らせましょう」

 

 現金なもので、弘一はさっさと立ち上がるなり、共に下りて来た名倉に視線で合図を送る。すると、彼は手早く連れて来た作業者に指示を出しはじめた。それを尻目に、オーフェンは半眼で弘一を見遣る。

 

「……お前ね。その演出好き、どうにかならんのか」

「そうは言われても、これが私の性分だからな」

「お父様ったら……」

 

 額に手を当てて、真由美が嘆息する。つい数年前までは父がこんな性格をしていると思ってもいなかったのだ。しかも、黒竜人の鎧まで着込んでいる(上にコートを着ていたが)始末である。そんなに自分は天世界の門だと主張したいのか。いや、入れないけども。

 

「とにかく、学校内の巨人は頼む。『剣』を回収したら、『変化』させて戻すから」

「少々勿体ない気もするな。生徒達の方は最初期の巨人化で済んでいるのだろう? そのままには出来ないか?」

「無理だな。調整体魔法師ならともかく、急激な『変化』で巨人化させられた奴らは一気に異形化しかね無い。……と言うより司甲はしたらしい」

「そうか……残念だな。とにかく了解だ、クプファニッケル」

 

 あっさりと頷き、弘一は手に持った銀色のケースを渡して来る。それに苦笑してオーフェンは受け取るとすぐに中を開けた。

 そこに並ぶのは、オーフェン――いやクプファニッケル専用の装備である。ケースの中央に納められた魔術文字を手に取ると、胸に当てる。するとすぐさま鎧は装着された。黒竜皇の鎧である。続けてケース内に入れられた短剣を手に取り、腰に差す。そして鎧の首元から口元に指を這わすと、その部分がぴったりとしたマスクに覆われた。情報認識疎外がこれで掛けられ、許可した人物以外顔を認識出来ない筈であった……一部を除いて。そして鎧の各部にスローイングダガーと暗器が装備されているのを確かめ、オーフェンは頷いた。

 

「よし、準備完了だ」

「成果を期待しているよ。スポンサーとしてもな」

「ああ」

 

 弘一に頷き、振り返る。その先では、ちょっとばっかり不機嫌そうなスクルドと表情のすぐれない真由美が居た。言葉にはせず――しても聞かないからだ――態度で文句を言って来るあたり何だかなと笑って、オーフェンは一応弁解をする事にする。

 

「一人で行くのは、俺一人で大丈夫だからだ。分かるだろ?」

「別に、なんにも言ってないし」

「ならふて腐れた顔するなよ。マユミも、あんまり心配するな」

「だって、オーフェン一人で行くって……」

「ガキ共とっ捕まえて、敵の使いっぱしりからカツアゲするだけだ。人手なんかいるか?」

 

 あえておどけた表現をするオーフェンに、二人は少しだけ顔色を明るくする。完全にでは無いものの、ちょっとは不安を取り除けたか。そんな彼に小さくため息を吐いて、スクルドが告げてくる。

 

「オーフェン、分かってると思うけど、第一に自分の命が最優先だからね。オーフェンがやられると全部終わりだよ」

「……俺は、お前こそがそうだと思うけどな」

「そう? だとしても言ったもの勝ちだよ」

 

 つと、今のやり取りに既視感を覚え、オーフェンは苦笑した。外の世界でリベレイターとやり合った時のクレイリーとの会話そのままであったから。違うのは、クレイリー側が自分だと言う事。立場の違いを認識する……もっとも、あの時も公式には、はぐれ魔術士だったのだが。

 

「分かった。気をつける」

「うん」

「あー、それからマユミ。タツヤ達は、ある程度痛い目に合わすが構わないか?」

「……体罰を行うなんて先生、最近いないわよ」

「古臭い教師なもんでね」

 

 ようやく、ようやく真由美の表情から険が取れた。そして悪戯めいた笑いを浮かべ、頷く。

 

「いいわ。第一高校生徒会会長として認めます。存分にやっちゃって……それから、オーフェン自身も無理しないで」

「了解。どのみち説教しねぇとな。最近の若い奴らは堪えが無いってな」

「オーフェン、やっぱりおっさん臭い」

「悪かったな。じゃ、行ってくる」

 

 スクルドの最後の台詞には憮然として、オーフェンは鎧の魔術文字に起動を命じる。

 情報演算処理モードにて、制御介入補助。ネットワークに接続開始。

 続けざまに鎧から剥離し、燐光の如く周囲を回る魔術文字達。同時にオーフェンは偽典構成を展開していく。空間に描写される莫大量の構成と共に、オーフェンの周囲を巡る魔術文字は量を倍々に増していった。まるで、魔王の力を従えた時のように。当たり前だ。あれを元にこの鎧を作ったのだから。

 黒竜皇の鎧――その力は、沈黙魔術による情報干渉能力である。より簡単に言うと、情報干渉を万能にして行うものだ。万物を情報として捉え、それに介入する能力と思えば分かりやすい。

 これを作ったきっかけは、この世界の魔法に於ける情報強化を知ったからだ。それをより高度なレベルで制御して使えないかと、オーフェンが試行錯誤を凝らし、現代技術に沈黙魔術を加えた結果、生まれたのがこの鎧であった。

 緋魔王の鎧や緑宝石の鎧のように強力な能力では無い。だが、一切の限定が無い万能性がこの鎧にはあった。情報介入を行う事によって、演算処理強化を行い、干渉、領域、処理を大幅に強化させたり、身体能力を情報介入により強化させたり、と言った具合にだ。それを幾つかの機能(モード)で選べるようにしている。

 だが欠点が無い訳では無い。いや、致命的な欠点がこの鎧にはあった。制御がひたすら難しいのだ。実験で七草のスタッフに使わせた事があったが、まともに制御出来た試しが無い。魔法を使わせても魔法式に魔術文字の情報介入が制限なく行われたり、身体能力を強化させてみれば体が持たなかったりだ。よって、この鎧は制御力を極めたオーフェン専用となっていた。

 文字数は十万八千文字。大意は「其が名に我は意味をつける」だ。ちなみに量産を見据えた黒竜人の鎧は文字数を半分に削り、モードを制限させている。加えて、情報干渉強度もかなり抑えてあった。

 オーフェンは全身から溢れた魔術文字を、展開した偽典構成に乗せ、さらに制御の構成を仕組む。凄まじい記述量の構成は、絵画と言うよりは建築にもはや近い。それを持って、空間転移を発動する。行く先は、ブランシュ日本支部。やがてオーフェンの口から魔王の声音で呪文が解き放たれ、瞬間的に彼はこの世界から消えたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 染み渡るように感覚から、そして肉体が現実に復帰する。空間転移の直後は必ずそうなった。それは、世界の原則を破った技故なのか――空間の移動は、様々な意味で法則を打ち破る。

 この世界から消え、また現れた自分は果たして前の自分のままなのか。確率は五分五分だ。それを確かめる者は誰もいない。シュレディンガーの猫とやらの話しを一度聞いた事があるが、あの猫ならそれに答えられるだろうか? そんな益体もない疑問に苦笑し、自分を皮肉ってオーフェンは目を開けた。

 ブランシュ日本支部は街外れの丘陵地帯にあるバイオ燃料の廃工場にあった。閉鎖された工場は電気を最小限にされている為か昼間にも関わらず薄暗い。しかし、その一部から光が差し込んでいた。その先には一台の大型車、オフローダーがある。どうも突っ込んで来たらしい。車にダメージが無いのは硬化魔法でも使ったか。移動中の車が工場に突っ込む瞬間に硬化魔法を掛けるとは。かなり高レベルの運用法の筈だ。なかなかやるなと一人ごちて、それを使ったであろう男子生徒と話している女子生徒を見る。

 西城レオンハルトと千葉エリカ。達也と友人であり、真由美達の報告通り講堂から出ていった二人であった。

 

「……おい、何分経った?」

「二十分かそこらじゃない? て言うか、あんた落ち着きなさいよ」

「そうは言うけどよ。達也たち、心配じゃねぇのかよ」

「あんたじゃあるまいし、達也くんと深雪なら大丈夫よ。桐原先輩も十文字先輩と一緒だし、あんたが心配するなんて千年早いでしょ」

「お前な――」

 

 と、そこでオーフェンは黒竜皇の鎧を起動。情報干渉を身体強化モードに設定する。鎧各部の魔術文字が今度は離れずに、鎧上で光った。同時に滑るように駆け出す。

 これに最初に気付いたのはレオだった。ハッとするなり、プロテクターを兼ねたCADを構える。だが起動式すらオーフェンは展開を許さなかった。するりと懐に滑り込むと、息が掛かる距離まで踏み込む。そして、ポンっと脇腹に拳を添えた。これにレオは反射的に押し返そうとして――火薬を爆裂させたかのような音が、オーフェンの踏み込んだ足から響き渡る。

 寸打。あるいは重心打ちと最近では呼称される打法だ。拳は存分にレオの脇腹から肋骨を叩き折った感触を寄越した。だが、その感触を受けながらオーフェンは理解する。レオの身体強度は人間のものでは無い――。

 

(軽度のヴァンパイア症……調整体魔法師ってやつか)

 

 弘一に聞いた事がある。遺伝子操作により生まれた魔法師がいると。それが調整体魔法師だった。遺伝子操作は、そのまま巨人化の引き金となる。もちろん、この世界では軽度のものとなるだろうが、それでも巨人化の強度は常人を軽く超えるものだった。

 案の定、レオは苦痛を飲み込むと右手を伸ばして来る。寸打に耐えるとは、見事だが……苦痛が倍増するだけだぞと、声には出さず忠告してやり、オーフェンは身を翻す。レオの手をかい潜り、摺り抜けるように背中に回ると、アキレス腱を狙って踵のエッジを打ち込んだ。

 軸足のアキレス腱は巨人化の強度を持ってしても耐えられない。ぶちぶちと音を立てて、引きちぎれる。これには流石に悲鳴を上げて倒れるレオに、オーフェンは容赦なく側頭部に肘を叩き込んだ。

 快音一発。ついにレオの巨体が崩れる。そしてオーフェンが見たものは、倒れる彼に動揺も見せず自己加速術式を発動し、警棒を構えるエリカの姿だった。

 躊躇もしねぇのかと苦笑するオーフェンへと、エリカが視認すら霞む速度で迫る。だが、二人の間には崩れるレオがいた。いくら警棒があっても彼が居てはオーフェンまで届かない。さて、どうする? と思っていると、エリカは驚くべき行動に出た。こちらに後二メートルといった所で踏み切ったのである。飛び上がる彼女は容赦なくレオの頭を踏み、こちらへと形のいい足で蹴りを放って来た。

 

(思いっきり良すぎだろ)

 

 かつての妻を彷彿とさせるエリカの行動に懐かしさを覚えつつも、情報干渉で強化された筋力でオーフェンは蹴り足をあっさり掴み、捕らえた。これで後は床にでも叩きつければ終わり――だと思ったがエリカの判断はそれを超える。掴まれた慣性を利用して警棒を頭上から打ち込んで来たのだ。さしものオーフェンもこれは予想外で手を離さざるを得ない。慌てて屈むと、頭の上を風切り音が響く。

 エリカは打撃の勢いを利用して、その場で半身の宙返りを捻り付きで行い、オーフェンは屈んだ姿勢から地面を蹴ってその場から離れる。開いた間合いは、そのまま空白の時間を生んだ。

 

「……あんた、何者?」

 

 訝しむような問い。だがオーフェンは答えない。答える意味が無いからだ。彼女は生徒である……そして今は敵だ。

 彼が答えないと見てか、エリカは再び自己加速術式で踏み込んで来た。流石に警棒と素手でやり合う愚は避けて、オーフェンは腰から短剣を抜く。それは黒い刃の短剣だった。どこからどこまでも、隙の無い漆黒の剣。まるで黒曜石から削り出されたような光沢の刃が、薄暗い照明の光すらも吸い込む。そして凄まじい速度で踏み込んで来たエリカの警棒を真っ向から受け止めた。弾かれる両者の獲物。エリカは構わず、自己加速術式と慣性制御を全開にして回り込みながら一撃を見舞う。だが、オーフェンはそれに即座に対応してのけた。短剣の刃が、警棒をエリカごと弾き飛ばす。オーフェンの空間把握力は、それこそ空間に触覚を伸ばすが如く冴え渡っているのだ。いくら早くても、防ぐだけなら容易い。そして防ぎ弾いたならば隙が出来る。再び開く間合いに、オーフェンは止まらない。届かない筈の短剣を振るう――次の瞬間、エリカが吹き飛んだ。

 ごろんごろんと転がり、くはっと息を吐く。それを見ながら、オーフェンは手の短剣に視線を落とした。その刃が伸びていた……いや、違う。黒い短剣は柄だけが握られていた。刀身は複雑なジグソーパズルのピースのように、ばらばらになって宙に浮いている。まるで元々組み合わさっていた形を間延びさせているようだった。

 星の紋章の剣――ムールドアウルの剣。それが、その短剣の名だった。かつて外世界で死の教師であり、最強の敵の一人でもあったクオ・ヴァディス・パテルが所持していた一振り。そして一年前の事件で、自分達の前に現れた賢者会議からの暗殺者が持っていたものだった。今はオーフェンの愛剣である。何せクオが好んで使っていただけあり、使い勝手がいい。弘一が是が非でも量産出来ないか? と聞く程度には上等な業物であった。ちなみに何本かオーフェンは作って、天世界の門の成果として上げている。

 その星の紋章の剣を、オーフェンは引き戻しながらエリカを見る。今の一撃は、あえて防御させた。流石に自分の教え子を、このジグザグの刃で切り刻む趣味は無い――激烈に痛いのだ――し、性差廃絶主義者を自認する自分だろうと、傷跡を好き好んでつけたくは無かった。

 

「……起きろ。寝たフリは意味が無い」

「あはっ、バレてた?」

 

 快活に笑って、ひょっこりとエリカが起き上がる。この娘、ある意味妻より猟奇的な性格かも知れない。その笑顔にそう思いながら、彼女が警棒を構えるのを待つ。

 

「その剣、魔法道具の一種? サイオンも使ってないけど」

「答える意味が無い」

「そうね。……あんたをぶっ倒して手に入れればいっか」

 

 笑顔だけなら魅力的だが、発言はあまりに物騒だった。次が決着になるなとなんとなしに悟りながら、オーフェンは短剣を構え直す。それに目を爛々と輝かせて、エリカが襲い掛かって来た。先程よりなお早く、なお鋭い踏み込み。あるいはオーフェンの迎撃をその一撃は抜けられたかもしれない。だが、彼は最初から剣で勝負する積もりは無かった。

 

「我は生む小さき精霊」

 

 ぽつりと呟き、差し出された手からエリカの眼前に凄まじい光が生み出された。明かりを作る、それだけの構成だ。しかし光量を最大にすれば目くらましにもなる。まして薄暗い工場の中だ。不意をつかれたエリカに、これは覿面(てきめん)に効いた。

 目を灼かれ、その場につんのめる。しかし、転倒はしなかった。だが、オーフェンの姿は見失ってしまった……。

 

(どこ?)

 

 ちかちかする視界で、それでも必死にエリカは黒ずくめの姿を探す。だが、どこにも無い――当たり前だ、彼は”天井に逆さになって居た”から。あの一瞬で重力制御術を使い、飛び上がったのだ。

 混乱する彼女を見ながら、音も無くオーフェンは舞い降りる。そして、エリカの頭頂部に迷わず拳を叩き込んだ。鈍い音が鳴り、エリカはそのまま床に倒れる。頭頂部の急所を打たれ、意識は景気良く飛んでいた。

 気絶したレオとエリカを見て、オーフェンはやれやれと肩を竦める。今年の一年坊主共は個性的過ぎるだろうと。ちなみに、情報干渉により呪文は全く意味の無い言葉に聞こえた筈である。二人が当分目を覚ましそうに無い事を確認してから、手をまずはレオへと差し伸ばす。

 

「我は癒す斜陽の傷痕」

 

 黒竜皇の鎧を情報演算処理モードで制御補助し、レオの全身を治療する。本来なら骨折を完全に治癒する事は不可能だが、鎧を使えば可能だった。続けてエリカも治癒させてから、置きっぱなしになっているオフローダーに二人して投げ込む。第三者から見ると、誤解を受けそうな形で折り重なる二人に苦笑し、さてとオーフェンはネットワークによる思念通話を飛ばそうとして。

 

「……いや、あんたに頼めば話しは早いか」

「おっと気付かれていたか」

 

 そう言ってオーフェンが向ける視線の先に、闇から染み出すように人が現れた。先程までは陰も形も無かった筈なのにだ。だが、オーフェンの感覚は確かに彼を捉えていた。気配ではなく、存在を。

 

「初見で見抜かれたのはちょっと記憶に無いよ。ショックだなぁ」

「抜かせ。笑い顔のままのくせしやがって。……あんた、タツヤの関係者だろ? ネットワークで見覚えがある……」

「ああ、あの紐は君だったか」

 

 彼にも気付かれていたか。オーフェンは嘆息し、どっちがショックだとぼやく。そして睨むようにして彼を見据えた。

 

「一応聞いておこうか、あんた名前は?」

「九重八雲。通りすがりの忍びさ」

 

 そう笑いながら、九重八雲――達也の体術の師にして忍び兼僧侶。そして、現状存在する中でただ一人、賢者会議と接触した事のある者。彼は、にやりと人の悪い笑みをオーフェンへと向けたのであった。

 

 

(中編に続く)

 




はい、またかテスタメント中編か(笑)とか言われそうですが自重しませんええ(笑)
オーフェン、レオとエリカをボコるの巻。エリカはともかくレオが酷い(笑)いや治したけども(笑)
さて、テスタメントがブランシュ編で何がしたいか、この時点で何をしたいか分かる方々も結構いるでしょう(笑)
まさか一巻の内容でやるのかお前と。しかし、ガチで行かせて貰います。
イメージは某Zeroラストバトル(笑)
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十四話「名前には意味があると信じて」(中編)

はい、テスタメントです。何とか書けた――!
GW最終日……を3時間ばっかし超えてお届けです。
今回は中編。いよいよ魔境ブランシュに突入と相成ります。お楽しみにー。
ではでは、第十四話中編どうぞー。


 

 にやにやと笑う坊主に、オーフェンは訝しむような表情を向け――とりあえず、試してみる事にした。鎧の機能を使わず、飛び掛かる。

 

「おいおい」

 

 いきなり襲われ、八雲が苦笑するのが見えたがそれは無視。真っ直ぐ突っ込む、と見せ掛けて特殊な足捌きでそれとわからぬような速度で持ってジグザグに踏み込みながら左の拳を突き出す。八雲は身を翻し、あっさりと躱すも直線では無い軌道の踏み込みでオーフェンに回り込まれる。この時、初めて彼の表情から笑みが消えた。

 

「と……!」

 

 大きく振りかぶられて放たれた右の拳を、八雲は掌で捌く。サイオンの光が見えたので魔法を兼用したか。だが、オーフェンの本命は最初から拳では無い。防御の為に残った軸足へと凄まじい勢いで踵を叩き込む。が、これをどう察したのか、八雲はオーフェンの右拳を掴み、重心を移動させた。それだけで姿勢が崩れ、狙いが外れる。ついでとばかりに投げを仕掛けて来るが、流石にそこまでオーフェンは甘くなく脇腹へと拳を触れさせた。

 これに接触を嫌ったか、八雲は身を離そうとする。しかし、それこそが狙いだった。オーフェンは後ろへと下がる八雲の懐へ先の倍の速度を持って潜り込んだ。そして肩を鳩尾へ接触させると突き上げる。これも寸打の応用だ。急所へと抉り込まれた一撃は八雲を悶絶させるに足る――筈だったが、瞬間、八雲の身をサイオンが照らす。同時、オーフェンは彼の重みが消失した事を悟った。

 

(自重を消したか)

「恐ろしいね、君……間一髪だったよ」

「ふざけんな。余裕で躱したろ、あんた」

 

 小さく後方に飛び退いた八雲が先程の笑みを取り戻した事に嘆息し、ジト目で見る。まさかあれが本気ではあるまい。それはこちらもだが、今ので試しは終えた。オフローダーに乗る二人を任せても、問題無さそうだと。

 オーフェンは呼気を吐き出して戦闘体勢を解いた。

 

「九重ヤクモ……あんた、そう言ったな? 確かミユキが言っていた忍術使いとか言う」

「そう。ついでに言うと、達也くん達に体術の手ほどきをしてるのも僕だ。今は仏門だけどね」

「その生臭坊主がこんな所に何しに来た」

「忍びが簡単に己の目的を明かすと思うかい?」

「今の続きをやってもいいって言うなら好きにしろ」

「いやぁ、それは困る。今度はただじゃあ済まなそうだしね」

 

 快活に笑う胡散臭い坊主に、うんざりとしながらもオーフェンは油断はしない。彼は鼻歌混じりに心臓を抉り出せるタイプの人間だ。ある意味、自分と戦闘スタイルが似ていると言える――つまり暗殺技能者と言う事だが。そんな相手に油断なぞ出来よう筈も無かった。やがて肩を竦めると、八雲は言って来る。

 

「ここに来たのは達也くん達を止めにだ。今回、かなりヤバい存在が絡んでいる事が分かったからね」

「賢者会議か」

「そう。そして君達もだ、天世界の門のクプファニッケル殿――悪魔の銅とは洒落た名だね」

 

 自分がクプファニッケルだと分かっていて接触して来たのか。オーフェンは視線の温度を少しばかり下げる。そんな彼に慌てたように(もちろん見た目だけだ)八雲は手を振った。

 

「おいおい、もう僕は君とやり合うつもりは無いって」

「なら発言には気をつけろ。必要なら口を封じるのはやぶさかじゃないぞ――物理的にな」

「それは困る。これでも僧侶なものでね」

「さっさと本題に入れよ。タツヤを止めに来たって? あいつは賢者会議の介入を」

「そう、知らない。仄めかしはしたんだけどね。だから介入を許さず叩くつもりだったんだろう。まさか、僕も最初から賢者会議とどっぷりとは思わなかったし」

 

 まぁ、それについては無理も無い。今回、オーフェンがブランシュと賢者会議に繋がりがあると見たのは、自身の経験故だ。賢者会議自体、滅多に出て来る存在でも無い。それを達也に求めるのは、流石に酷であった。

 

「今回の賢者会議の介入は君達のせいと見ても?」

「どうだろうな。半分はそうで、半分は遊びと見てるが」

「つまり、今回『ドラゴン』は――」

「来てない。来てたら俺達と全面抗争開始だ。折角揃えた奴らを生きるか死ぬかの賭けに出す程、可愛い性格してねぇよ。奴らのトップはな」

「ふむ……」

 

 八雲はそこまで聞いて考え込む仕種をした。実際はどうなのかは知らない。だが、すぐに彼は頷いて見せた。

 

「君も達也くん達を止めに来た立場と見ていいのかな?」

「そうなる。もちろん、痛い目を見て貰ってな。痛みを伴わない教訓に意味は無いってのは至言と思わないか?」

「全く同感だが、同意はしたくないねぇ。……よし、分かった。ならここの状況を君に伝えよう。彼等を頼みたい」

「……後者は元よりそのつもりだが。なんだ、ここの状況って」

「実はここ、ブランシュ日本支部はまともじゃない」

「なに?」

「各部屋毎の空間が組み替えられているようなんだ。僕も先程達也くんを追っていったが、再びここに戻って来てしまった」

 

 どうも一つ一つの部屋が空間的に分離しており、転移装置で組み替えられているらしい。オーフェンはそれを一度見た事があった。キエサルヒマの聖域、あの施設がこの構造をしていた。つまり――。

 

「連中は仲良く迷子の最中って訳か」

「モンスターに襲われながらね。あれ、動作が人間的に見えたけど、君達は正体を知っていたりするのかな?」

「さぁな」

 

 そこまで情報をくれてやるつもりは無いのでオーフェンはしらばっくれる。それに気を悪くもせず、八雲は肩を竦めて苦笑した。

 

「中々ガードが固い。まぁ、それはおいおい聞いていこうか」

「まるでこの後も会うような口ぶりだな」

「それはそうさ。君も気になっているんだろ? 僕は『ドラゴン』の一人と接触した事がある」

 

 やはりそれを出して来たか。明確に舌打ちする。昨夜、彼等の会話を紐から盗聴した時に、八雲が始祖魔法士の一人……おそらくディープドラゴン=フェンリル、レンハスニーヌと邂逅した事をオーフェンも聞いていた。その情報は確かに是が非でも欲しい――この世界では始祖魔法士と接触した存在は誰もいないのだ。いや、キースは居たが、あれの情報はあまり参考にならない。だとすると、こちらも情報をちらつかせて上手く交渉して行くしかない。こっちでもそんな事をやらなければならないのかと、内心げんなりとしながら、オーフェンは八雲に頷いた。

 

「……分かった。そっちは、今回の件が終わったら話し合おう」

「そうしてくれると助かるね。ところでそれはクプファニッケルとしてかい?」

「ああ、そうなる」

「了解だ、クプファニッケル。さて、後は彼等の件だが。先程君が言った通り、護衛は任されよう。存分に行って来るといい」

 

 そう言って首をしゃくるようにオフローダーを示す。残った懸念もこれで無くなり、オーフェンは頷き、正面を向いた。

 聖域と同じ状態なら、ネットワークと繋がる事で空間の連結状況は把握出来る筈だ。そこから空間転移すればいい。問題は、やはり達也だ。

 

(あいつの「目」はネットワークに繋がってる。空間の連結なんざ、全く苦にしないか)

「ああ、ちなみに彼等は二組に別れて中に入ってるよ。達也くん、深雪くんペアと、十文字家当主殿と桐原くんと言う先輩ペアだ」

「ご丁寧にどーも」

 

 投げやりに礼を言って、オーフェンは鎧の機能を演算処理モードで起動し、ネットワークに接続した。すると、ここから先の空間状況が良く分かる。そして、中の人の状態も。

 案の定、達也たちはずんずんと先を進んでいる。どうも、人目につかないので「分解」を全力で使ってブランシュ製の巨人の尽くを潰しているらしい。巨人は天然で魔法に対する防御――領域を持つので、そこそこ苦労しているようではあった。だが、克人たちはそれどころではなさそうだった。と言うより、戦力の殆どを集中されている。こちらは、かなりマズイ。

 

(まずはカツト達からだな)

 

 そう決めると、オーフェンは演算処理モードを最大にしながら構成を編み上げた。偽典構成だ。再びの空間転移、座標は克人達の元である。八雲が展開される偽典構成に、ほぅと息を漏らすのが聞こえたが構わない。構成を極めると直ぐにそれを解き放ち、再度オーフェンは世界から消失した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 桐原武明は、ぜぇと息を荒げながらも高周波ブレードを展開した刀を振り切る。その先には芋虫を巨大化したような、名状しがたい何かが居た。刀が胴を薙ぎ斬り、緑色の血がしぶく。吐き気を催しながらも桐原は止まる事が出来ない。止まれば死ぬ。それが分かったから。

 転倒するように後ろに下がった桐原の眼前を、何か細いものが通り抜ける。それを放ったのも化け物だった。全身から太い針を生やしている。あれを飛ばしたのか。

 

(冗談じゃねぇぞ……化け物屋敷かここは!?)

「桐原、下がれ!」

 

 叫び声が背後から聞こえたと思ったら、針を生やした化け物が上から潰される。荷重系の魔法だ。それを放ったのは、十文字克人。彼は持ち前の魔法力で十文字家の秘術、ファランクスを展開し、化け物共十数体を同時に相手していた。正直、彼が居なければとっくに桐原は殺されていただろう。それくらいに、ここの化け物は厄介であった。

 泡をくったように慌てて下がる後輩に頷き、克人はファランクスを攻撃に転化。障壁を連続打撃として使い、化け物――巨人達を壁に減り込ませる。しかし、そこまでだった。異形化した巨人達は圧倒的な防御力を発揮し、耐えてのける。これには表情には出さないものの、克人は内心でぞっとした。

 異形化した巨人を克人が見たのは一年前だ。あの時は、オーフェンが全て薙ぎ払った。別にあれを真似出来ると思った訳でも無いのだが、まさかここまで頑丈とは。

 

(オーフェン師から、もっと話しを聞くべきだったな)

 

 今の所、こちらは無傷だ。桐原も大したダメージは無い。だが、決定力に欠ける状況なのも確かだった。このままでは、遠からずオーフェンが来る。そして、全ての成果を持っていってしまうだろう。流石に彼に勝てると思いあがる事は出来なかった。

 

「会頭、すみません」

「気にするな。それより桐原、突出し過ぎだ」

「ですが、俺の高周波ブレードなら――」

「だから、合わせろと言っている。俺が奴らを抑えよう。お前は尽く斬り倒せ」

 

 克人は一気にこの場の片をつける事に決める。ファランクスでひしめく巨人を全て抑え込み、桐原に斬り殺させる事を。元より手加減出来る状況でも無い。オーフェンに追い付かれる事を警戒し、そう決めた克人だったが、その焦りはこの場に於いて致命的だった。

 空間把握力に長ける彼でも、焦りがそれを妨げる。ましてや巨人は予測不可能な現象だ。つまり――。

 

「ぐ……っ!?」

「会頭!?」

 

 唐突に克人が顔を苦痛に歪める。桐原が振り返って来るが応える余裕は無い。痛みは足から来ていた。視線を落とすと、右足を”床から伸びた手”が掴んでいるのが見える。だが、ただの手では無い。まるでゴリラのような分厚く巨大な手に、しかも指の一本一本にキッチンナイフのような細長い刃が取り付けられていた。それが、克人の足に埋め込まれている。また、掴んでいる手も尋常で無い握力をしていた。冗談では無く、足が握り潰されかね無い。

 桐原が気付き、刀を突き込むと、それは床に溶けるように消えた。克人が崩れる。足はあの一瞬で骨折していた。

 

「会頭、これは……!」

「俺に構わず前を見ろ桐原! 来るぞ!」

 

 今の手による攻撃で集中力が乱され、ファランクスが途切れてしまった。その好機を逃さず、巨人達が殺到して来る。直ぐファランクスを再展開するが、何体かは間に合わ無い。桐原も相当な使い手だが、異形化した巨人はそれこそ化け物の如き身体能力をしている。真っ正面からでは、二、三体斬った所で囲まれ惨殺がオチだ。自分の落ち度に毒づきながら、克人は痛む足を無視し、ファランクスを攻撃から防御にシフトさせ、桐原を守ろうとした所で。

 

「我は放つ光の白刃」

 

 声を聞いた。だが、いつも聞いている筈のその呪文は、今は意味不明なものにしか聞こえない。だが、放たれた光熱波は見間違いようが無かった。

 空気を帯電させる程の光熱波は巨人数体に直撃し、爆散させる。そしてそれを放った存在が二人の前にふっと現れた。

 全身を真っ黒な戦闘服と思しきものに包んだ青年。彼はちらりとこちらを見て、巨人達へと視線をやる。その装備は見た事が無いが、誰なのかは見当がついた。

 オーフェン・フィンランディ。または天世界の門のクプファニッケル。彼はまるで睥睨するかのように、巨人達の前にたちはだったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(ギリギリだったな)

 

 内心冷や汗を掻いたのは何も克人と桐原だけでは無い。オーフェンもぞっとしていた。後少し遅れていれば、最悪桐原は死んでいた。

 

「あんたは……?」

 

 いきなり現れたオーフェンに、誰か分からず――認識阻害が掛かっているので当たり前だ――桐原が尋ねて来る。だが、それを無視してオーフェンはひょいとその場で飛び上がった。すると足があった位置を手が掴む。

 これにオーフェンは見覚えがあった。ある意味最初に戦った巨人にして、クリーチャー。その一体である。確かに名はケンクリムだったか。前は克人と同じく奇襲を受けたものだが、今更喰らう訳も無い。空振りした手に対し、指を差し向ける。

 

「我導くは死呼ぶ椋鳥――」

 

 放たれるは破壊振動波。それは手が床に沈む暇を与えず、一瞬で砕いてのける。同時に再び突っ込んで来た巨人達に、オーフェンは心が冷えていくのを自覚した。巨人達相手に後ろの二人を守りながら、殺さずに済ます。それは不可能だ。だから決心した、巨人達を鏖殺する事を。

 腰の星の紋章の剣を抜きながら、まずは先頭の槍のようなものを突き出して来る蛙のような巨人を見る。その槍自体、体から生み出したものだろう。穂先が濡れているのは毒に違いない。それに全く慌てず、オーフェンは構成を編み上げ、放った。

 

「我は築く太陽の尖塔」

 

 直後、一瞬で蛙の巨人が火に包まれた。即座に炭化し、燃え尽きる。そしてオーフェンは炭となったそれを蹴倒しながら、次へと素早く視線を巡らせた。横だ。今度は円盤のような形の巨人である。やたら滑らかな質感を持つが、もはや原形である人型ですらも無い。それが円盤を高速回転させて突っ込んで来ていた。オーフェンは、自身を両断せんとする円盤を星の紋章の剣を縦にして受け、下から蹴飛ばす。この手のものは側面からの衝撃に弱い。案の定、ろくな抵抗をせず倒れ、オーフェンは躊躇なくそれに光熱波を叩き込んで止めを刺した。そして止まらず、星の紋章の剣を発動。文字列の刃を伸ばし、上から襲おうとしていた蜘蛛のような巨人を貫く。悲鳴を上げるそれに構わず、星の紋章の剣を薙ぎ、いくつかの巨人を巻き込んで引き倒した。そこを逃さず、構成を放つ。

 

「我は見る混沌の姫」

 

 校庭の時のように手加減はしなかった。巨人数体を一気に凝縮し、引き潰す。断末魔の声が部屋に響き渡る中、やはりオーフェンは惨殺を止めない。続いて再びのケンクリム型の接近を察知し、星の紋章の剣を床に突き立て、持ち上げた。手の中央を貫かれた手は二の腕でぶつ切りにされ、そこから伸びたチューブに脳がついている。オーフェンは星の紋章の剣を戻すなり脳を掴むと握り潰した。

 血と脳漿に塗れた右手をすっと伸ばし、瞬間的に編み上げた構成が魔術を発動させる。

 

「我は放つ光の白刃」

 

 光熱波が容赦無く巨人の一体に炸裂し――そこで終わらない。鎖状変換構成で、複数に散らばった光熱波が、後ろの巨人をさらに数体纏めて屠った。そして、逆側から襲って来た半人半蛇の巨人――クリーチャーの時はキュキュイームだったか――は口を開いた瞬間を逃さずに伸ばした星の紋章の剣で、脳を穿つ。そしてラスト、鎧に鋼線を伸ばして来る巨人――アクセルだった筈――三体に対し、スローイングダガーを同数抜くと投げ、同時に構成を解き放つ。

 

「我は踊る天の楼閣」

 

 たちまち、スローイングダガーは亜光速の弾丸と化した。一瞬で鎧をぶち抜き、エネルギーを解き放つと爆裂する。そして……それを最後に、巨人はもういなくなっていた。全て、オーフェンが殺し切ったのである。

 桐原と克人は二の句も告げずに立ち尽くす。どうしろと言うのだ、こんなものを見せられて。だが、とりあえず敵では無いと判断して桐原は声を掛けようとし――直後、振り向いたオーフェンに殴り飛ばされる。

 

「が……!? く、てめぇ!」

 

 何をしやがる。と、桐原は言いたかったのかも知れない。違うのかも知れない。だが、オーフェンは構わなかった。滑るように下がる桐原へ踏み込むと、拳を放つ。それは吸い込まれるように鳩尾へと埋め込まれた。意識を一瞬で奪われる。

 克人は倒れる桐原とこちらを見て来るオーフェンに理解する。彼は今回、味方では無い事を。最初からそう言っていたでは無いか。

 

(勝てるか、俺に――)

 

 いや、勝たなくてはならない。十師族、十文字家として。そう決意し、克人は痛む足を無視してファランクスを最大数展開してオーフェンへと放った。

 いくら彼と言えど、一気にこれを破る事は出来まい。絶え間なく紡ぎ出される連続障壁はオーフェンを倒すまでいかなくとも、攻撃を寄せつけなくは出来る。後は繰り返し、それをするだけだ。そう、克人はオーフェンの足止に徹する事を決めたのである。別動隊の達也たちに後を任せて。

 放たれたファランクスを目前に、オーフェンがゆっくりと手を上げる。ここからは我慢比べだ。そう、克人は思っていた。だが、オーフェンは違う。彼は一瞬で決着をつけるつもりだった。その構成を放つ。

 

「我は歌う破壊の聖音」

 

 次の瞬間、ファランクスの一枚目が砕け――それを皮切りに、波のように連鎖し、ファランクスが砕かれ切る。

 自壊連鎖。あるいは、連鎖する自壊と呼ばれる構成だ。最も難度が高い構成の一つでもある。これは、対象を強制的に自壊させ、それに隣接するものも巻き込んで自壊を波のように広げると言う構成である。つまり、ファランクスの天敵となる構成であった。もちろん、克人は見た事が無い。見せ無かったのだ、オーフェンが。

 ついに自壊連鎖は克人の元に辿りつき、伸ばしたCADを装着した左手を巻き込む。ぐしゃりと、凄惨な音が響いた。

 

「がぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」

 

 さしもの克人と言えど、これには絶叫する。左手がぐしゃぐしゃに潰されたのだ。だが、そこで自壊連鎖は終了する。オーフェンが制御し、強制的に霧散させたか。脂汗を滲ませ、それだけでショック死しかねない痛みに喘ぎながらも、克人は何とか意識を保つ。それを見遣り、はぁとため息を吐いて、彼は腕を下ろしてこちらへと来た。手を口元に当てるとマスクが消える。すると顔が認識出来るようになった。その顔を見ながら、にぃと克人は笑う。

 

「……オーフェン師、お見事でした」

「馬鹿が。加減出来なかったろうが」

 

 苛立ちを隠そうともせずに彼は言い放ち、オーフェンは克人を冷たく見据えた。そして鎧を演算処理モードで起動し、治癒魔術を掛けてやる。

 

「我は癒す斜陽の傷痕」

「ぐ……!」

 

 強制的に治癒され、戻される苦痛に克人から声が漏れる。だが、オーフェンの治癒魔術は克人の傷を癒してのけた。手の巨人にやられた足の傷も合わせて消えている。それを眺めながら、オーフェンは言ってやる。

 

「それに、今は天世界の門のクプファニッケルとして来てる。この意味は分かるな?」

「……はい」

「なら桐原連れて帰れ。空間転移させて、入口まで送ってやる」

「しかし」

「俺は失せろと言ったんだ。三度は無いぞ」

「……はい」

 

 もはや頷くしか無く、克人はうなだれる。そして桐原の元に歩き、気絶した彼を担いだのを見計らって、鎧を起動し、オーフェンは偽典構成を展開していく。

 

「オーフェン師、それは」

「今はクプファニッケルだと言っただろうが。もちろん、これも教えん」

 

 もう語る事は無い。説教は後回しだ。オーフェンは偽典構成が完成するなり、桐原と克人を入口まで飛ばした。それを確認し、重いため息を吐く。教え子を叩きのめす機会はそこそこあるのだが、今だ慣れんなと。だが、まだだ。後一組いる。

 司波達也、司波深雪。二人は、最早施設の最深部間際に居た。襲い来る巨人全てを片付けたらしい。

 恐ろしい一年共だなと苦笑し、オーフェンは再び偽典構成を展開していく。

 これは、予感だ。予測でも予定でも無い。だが確信として言える事。達也は言葉では止まらない。

 そう、オーフェンは予感していたのだ。多分、入学式の時からずっと。

 やがて偽典構成が完成し、オーフェンは空間転移を発動しながら、呟いた。

 

 ――タツヤと戦う事を、きっと俺は予感していた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第十四話中編でした。
……なんだ、この緊張感に満ちた終わり(笑)
次回は、ガチバージョンお兄様たる達也VSこちらもこちらで本気モード大人気ないオーフェンとなります。
ええ、ガチ殺し状態の達也とタイマンすると言うそれは一巻でやる内容じゃねぇだろ! と思われそうですが、そこはテスタメント。やります(笑)
そんな訳で、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十四話「名前には意味があると信じて」(後編)

はい、テスタメントです。
第十四話後編をお届けします。
達也VSオーフェン。テスタメントが入学編で書きたかったのはこれじゃー! と言うお話しです(笑)
模擬戦でも無い、ガチな実戦での戦い。どうなるか、お楽しみにです。では、どうぞー。


 

(……どう言う技術だろうな。これは)

 

 達也は独りごちながら通路の連結を待ち、深雪を伴って次の部屋に入った――入ると同時に、右手に構えた達也専用の特化型CAD「トライデント」の引き金を引く。同時、部屋からくぐもった声が漏れた。

 術式解散(グラム・ディスパージョン)。「分解」の応用で起動式、魔法式、そして領域、情報強化を「分解」する魔法だ。これにより部屋に潜んでいた何かの領域干渉を消し去る。今の声は、それにより動揺したものだ。そして、後ろに控えていた深雪が手早く汎用型CADを操作し、魔法式を発動させる。声は悲鳴に変わり、即座に消えた。

 精霊の目で中の何かを無力化した事を確認し、深雪に頷きながら中に入る。そこには氷漬けとなった三体の異形が並んでいた。深雪がうっと呻くのを、達也は聞く。

 

(無理も無いか。これではな)

 

 氷漬けとなった異形は、形容しがたい形をしていた。触手を身体中から生やしているのはまだマシで、上半身が丸ごと顎になっているもの。全体が薄く伸びた顔のようなものすらある。まともな形のものは一つとして無い。

 ――だが、達也はこれらを直接殺害しなかった。確かに領域干渉を何故か天然で持っており、「分解」単発では倒せないのも確かだが、それでは無い。理由は、彼等の遺伝子構造にあった。「目」が見たエイドスは、100%人間であると断定していたのである。ここまで、違っているのに。

 人間をここまで改造出来る技術なぞ、聞いた事も無い。そしてこの施設だ。部屋毎に空間で仕分けられ、タイミングを理解して正しい道筋で通らない限りまともに進めない、と言う一種悪趣味な構造。空間を弄れる程の魔法技術は、今だこの世には存在しない。ここにあるのは、どれもこれもオーバーテクノロジーの産物だった。そんなものを、何故テロリスト紛いの奴らが持っているのか。

 

「これは、失敗したのかもしれないな」

「お兄様、そんな事は……!」

 

 つい呟いてしまった言葉に深雪が反応し、言ってくる。それには苦笑だけを返した。

 失敗したかのかもしれない……そう思ったのは、オーフェンの意図をようやく理解し始めたからだ。彼は、学生にこれらと接触させたくなかったのだろう。十文字克人の言葉が思い出される。「知れば、戻れなくなるかも知れないぞ」。確かに、その通りだった。そして。

 

(接触をこれ以上させたくないのなら、彼が取る手段は一つだ)

「あれは……?」

 

 妹の訝しむような声に達也は返事をしない。もう、「目」は彼をとっくの昔に捉えていたから。この部屋を抜ければ、後は最深部である。その手前に、薄暗い部屋と同化するような黒の戦闘服を纏って、彼はそこに居た。

 顔は分からない。何らかの認識阻害を掛けているのだろう。だが、達也の「目」はこの上なく、誰かを見切っている。気配を隠さなかったのは威嚇か、優しさか。恐らく両方だ。

 オーフェン・フィンランディ。彼は冷たい視線を向けながら、司波兄妹の前に立っていた。

 何も話し掛けてこないのは、話し合いが無駄だと理解しているからだろう。達也は理解する。彼は、最初から戦う気だと。同時に自嘲した。これは入学してからだが……自分は、彼をずっと仮想敵としていた事に今更気付いたから。

 

「……皮肉だな」

「お兄様、あれはブランシュの?」

「下がっていろ、深雪。彼は俺が相手をする」

「いえ、私が――」

「”俺の敵だ”。いいね?」

 

 びくりと妹が震えたのに、自分が思わず強い口調で言ってしまった事を理解し、続く言葉を殊更優しくする。深雪は困惑しながらも頷いた。そして達也は「トライデント」を構えながら、彼へと歩く。

 

「一応、誰だ? くらいは聞いておきます」

「俺が誰かなんて、お前はとっくに知ってるだろ。だが、俺は”名前には意味があると信じて”いてな。だから、今はこう告げよう」

 

 口元のマスクのせいで、表情は分からない。だが達也は彼が笑ったように見えた。苦笑ではない。まるで懐かしむような、思い出となってしまった悔恨を嘲るように。そして言ってくる。彼の、今の名を。

 

「天世界(オーロラ)の門(サークル)のクプファニッケル。これが、今の俺だ」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それ以上言葉は要らなかった。オーフェンは鎧を演算処理モードで起動。情報介入を、ネットワークからの介入防御に充てる。同時に達也が「トライデント」の引き金を引くのが見えた。サイオンがオーフェンを包み、直接介入してエイドスを変更しようとする。狙いは各急所を「分解」し、戦闘不能にするものだった。

 彼は苦笑する。最初から殺しに来なかったのが意外だったのだ。

 

(だが、それだけじゃ意味がないぞ)

 

 ついに駆け出したオーフェンに、「分解」が容赦なく襲い掛かり――しかし、霧散した。これには達也も目を丸くする。絶対の矛たる「分解」、それが容易く弾かれたのだ。驚愕もしよう。そしてオーフェンはその隙を逃さない。鎧を身体強化モードに設定変更。周囲に浮かんでいた魔術文字が鎧の表面に戻る。踏み込みの速度が爆発的に上がった。これに達也は驚愕から立ち直る暇すらなく、しかし身体は迎撃に動く。掌打をカウンターで放って来た。が、オーフェンは迫る掌打を片手で打ち払うと懐に潜り込む。そして反対の拳を身体に触れさせた。

 

「……っ」

 

 寸打を達也は理解したのか。彼は咄嗟に動き止める。しかし、オーフェンは頭で彼の胸を押した。反射的に達也は押し返して来る。それを見切って爆発音の如き踏み込みと共に、拳を突き出した。

 強化された筋力での寸打は擬似的なカウンターとなり、肋骨をまともに砕き、内臓を抉る感触を齎す。そして達也は勢いよく後ろに倒れた――所を逃さず、オーフェンは更に前進して顎を踏み砕く。

 ごぎり、と言う鈍い音と共に顎が砕かれ、骨が喉に突き刺さった。

 

「お兄様!?」

(見極める)

 

 深雪の悲鳴が聞こえるがオーフェンは無視。後ろに飛びのくと達也を観察した。そして瞬間的に、彼の身体へとネットワークからバックアップが入ったのを理解する。過去データを検索し、24時間以内にある”万全”の自分のエイドスを、今の自分のエイドスに上書きする。それは即座の回復を意味していた。

 

「やっぱりか」

 

 頷き、周囲を魔術文字が展開するのと、達也が引き金を引くのは全く同時だった。再び、「分解」が弾かれる。

 

「無駄だ。それ単体じゃあ、鎧の防御は抜けない」

「……それも、俺達が知らないものの一つ、ですか」

 

 のそりと達也が立ち上がる。血の跡すらも残っていない。完全に前の自分を取り戻していた。

 達也とオーフェンは今の攻防と共に、それぞれの情報を交換し合っていた。

 オーフェンは達也が合成人間特有の再生――こちら側の仕様とはなっていたが――を、達也は鎧の能力をだ。こちらを静かに見据えながら、彼は告げる。

 

 

「その鎧、とか言いましたか。能力は情報介入。それも、従来の魔法を確実に凌駕するレベルのものです。エイドスの直接介入を、情報介入で防ぎましたね?」

「お前の分解と概念は変わらないよ。他者か自己か、くらいのもんだ」

「そして、その鎧は、あなたの魔法とは別物だ」

 

 それには、オーフェンは答えなかった。だが、達也は確信する。鎧の機能は魔法だが、オーフェンは発動を命令しているだけだと言う事に。つまり、あの鎧は予め魔法式を保管されている。

 

「俺達に見せたくないのは、それですか」

「そうだ」

 

 存外、オーフェンはあっさりと認めた。達也はやはりかと頷く。そして十文字克人が何故、自分達の策に乗ったのかを理解した。これが欲しかったのだ。今の世界を丸ごと覆す程の、異質なテクノロジーを。知った達也とて、これを知れば喉から手が出る程に欲しくなる。何故なら魔法式の保管を可能とすれば、今の魔法社会は凄まじい変容を遂げるからだ。無意識領域の演算速度? サイオンの保有量? 劣等生? 優等生? 魔法師? ”全てが関係無くなる”。

 

「そうか」

 

 達也から敬語が外れる――そして、彼は深雪へと視線を移した。二人の会話を半分程しか理解出来なかったのだろう。戸惑う妹に、優しく微笑む。

 

「深雪。すまないが、先に行ってくれないか」

「ですが、お兄様!」

「心配しなくていい。俺が、お前の兄が、誰かに負けると思うか?」

 

 その台詞に、深雪が息を止める。理解したからだ、兄の言葉の意味を。彼は、何者にも負けない。深雪の兄として、彼女の守護者たらんとする為に。それを瞬間的に理解して、深雪は頷く。

 

「お兄様、存分に」

「ああ」

「そもそも、俺が行かせると思うのか――」

 

 深雪が魔法式を足元に展開すると、オーフェンが腰の短剣を抜いて前に出る。……会話を聞いていたのは、ただ単に二人が退く可能性を期待したからだ。深雪が説得するとも考えていた。だが、まさかあっさりと頷くとは。この二人の信頼関係は依存とか言うレベルのものでは無いと、オーフェンは今更理解した。

 こちらへと足を滑らせて走り抜くつもりか。深雪の魔法を理解し、まずこちらから叩くかと思った直後、言い知れぬ予感に身体を震わせ、慌てて後退する。同時に達也が引き金を引いていた。そして、元いた場所を分解が襲う――”三連もの”、それが。

 

「……お前」

「行け、深雪」

「はい」

 

 達也の指示に、深雪はオーフェンの横を一気に駆け抜ける。手は出さなかった。出せば、今の一撃を躱せない。達也は「トライデント」を静かに構えている。銃口にあたるスリットを見ながら、オーフェンは慄然と彼が何をしたのかを反芻していた。

 

(領域干渉、情報強化、そして構造、三連分解――こいつ、鎧の情報介入を分解しやがった……!)

「その鎧の機能までは分解出来ない。だが、情報介入自体なら分解出来る」

 

 静かな、静かな言葉。つまり、達也は魔術文字を分解するのでは無く、魔術文字によって行われる情報介入を分解したのだ。一瞬だけの効果しか無いが、それで十分なのである。三連の分解魔法「トライデント」は、確実に彼を貫く。

 

(タツヤ、お前……決めたな?)

 

 静かな、静かな視線。そこに紛れもなく込められた決意を、オーフェンは悟る。外れた敬語は別離だ。達也は彼に別離を告げていたのだった。そう、彼は。

 

「クプファニッケル――オーフェンさん」

(”俺を殺す事を”)

「さよなら」

 

 次の瞬間、再びの「トライデント」がオーフェンへと放たれたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「我は踊る天の楼閣!」

 

 「トライデント」の分解三連の内、一発目の領域干渉を分解された所で、オーフェンは何とか擬似空間転移の構成を発動させられた。二発目以降の分解は空振りに終わり、オーフェンは後方3メートルで現実に復帰する。

 鎧はすぐに領域干渉を復旧させようとして、そのそばから分解された。達也の「トライデント」が速過ぎる!

 

「お前、普段の授業でそれ出せよ!」

「その言葉はそっくり返そう」

 

 互いに実力を隠して来たもの同士だ。これにはぐぅの音も出せずに、オーフェンは鎧を身体強化モードで発動し、異常な速度でバク転。続く「トライデント」の連続発動が容赦なく攻め立てる。領域干渉は、最早復旧すら出来なくなっていた。復旧したはしから分解されるのだ。そして次は。

 

(情報介入が分解される……!)

 

 これが分解されると、鎧の機能は一瞬なりダウンする。そうしたら終わりだ。最後の分解は、確実にオーフェンを分解し尽くす。つまり、殺される。

 

(まさか異世界とは言え、学生に殺されそうになるとはな!)

 

 有り得ないとまでは思わなかったが、こと魔術、魔法戦で学生に遅れを取るとは予想外だった。達也をまだまだ甘く見ていた事を痛感せざるを得ない。

 バク転から床を蹴り、横に飛ぶも引っ切りなしに「トライデント」が襲い掛かる。達也は動かない、動く必要が無いのだ。しかし、オーフェンは「トライデント」の猛威を何とか潜り抜ける。そして、擬似空間転移の構成を発動しようとして。

 

「手が足りないか。なら、もう一つ加えよう」

 

 そう呟いた達也が懐からもう一つの特化型CADを取り出すのを見た。二丁目の「トライデント」だ。それは同じ名を冠する魔法が倍の数となる事を意味する。

 

(こいつ、CAD同時操作で魔法の同時発動が出来るのか)

 

 理屈では可能だとオーフェンも知っている。だが、理論と実践は別だ。実戦レベルで行使しようと思うならば、相応の鍛練を必要とする。そして擬似空間転移の構成が分解された事を悟り、オーフェンは舌打ちした。簡単に構成を把握出来るとは思え無かったが、考えて見れば達也には幾度もこの構成を見せている。

 

(二度以上見せた構成は掴まれていると見るべきだ)

 

 頭の中でいくつかの構成に×印を付けながら、オーフェンは強化された身体能力で「トライデント」を回避し続ける。だが、それも限界があった。達也の「目」である。精霊の目は、オーフェンの動きを見切りつつあった。知覚が時間の速度を超える。そこまでは達していないようだが、結果は同じだ。このままではじり貧である。

 

(賭に、出るか!)

 

 そう決めるなり、オーフェンは身体強化モードから演算処理モードへと機能をシフトさせる。再び魔術文字が周囲に浮かぶと同時に、最大速度で構成を編み上げた。達也が「トライデント」を二つのCADから放つ――。

 

「我は踊る天の楼閣!」

 

 間一髪、オーフェンが構成を解き放つ方が速かった。「トライデント」を躱し、オーフェンは1メートル横に転移し、そこから連続で更に転移する。

 変換鎖状構成による連続擬似空間転移だ。もちろん制御の難度は普通の擬似空間転移より桁が違うものを求められるが、鎧の情報介入が補佐してくれる。そして「トライデント」を潜り抜け、達也の眼前に現れるなり、オーフェンは短剣を叩きつけた。

 

「っ……!」

 

 これに達也は身を翻して躱すも、間に合わずに胸を浅く切り裂かれる。瞬間的に短剣を分解しようとしたが、弾かれたのである。その分、対応が遅れた。

 そう、この短剣は魔術文字による兵装の一つ。構成を理解出来ねば、分解は出来ない。後退する達也へと、オーフェンは追撃を仕掛ける。

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 演算処理モードで補助された構成は、ただでさえ速いオーフェンの魔術発動を倍速にする。これには達也も分解を攻撃ではなく防御に回さざるを得なかった。光速で迫るであろう光熱波の構成を寸でで分解し切る。だが、直後に脇腹に熱いものが広がった。見ると、そこに刃が埋まっている――オーフェンが構えた短剣の刃が、分割し、伸びて。

 

「ムールドアウル……星の紋章の剣だ。覚えとけ!」

(「再成」を――!)

 

 達也が思った時には、既に発動している。コアエイドスデータからバックアップ、エイドス上書き、数分前の、全快だった自分を取り戻す。だが、その時にはオーフェンは次の構成を編み上げ終わっていた。

 

「我は見る混沌の姫!」

 

 再成が完了した達也を中心に重力渦が巻き上がる。達也が初めて見る構成で、すぐに分解は出来ない。

 だが、精霊の目は潰されいく身体でも構成の情報を達也に寄越した。「トライデント」の引き金を引く。ぱんっと弾けるように構成を分解した。重力渦が消える。だが、達也が見たものはオーフェンが編み上げる初見の構成。いくつ手札が、彼にはあるのか。

 

(いっそ無視するか……!)

「我は築く太陽の尖塔!」

 

 達也を火柱が包む――一気に燃やされながら、防御は再成任せにして、達也は三連の分解「トライデント」を再びオーフェンへと放つ。これには、流石にオーフェンも唖然とした。

 

「正気か……!」

(狂ってはいない――あるいは、最初から狂っている!)

 

 司波達也と言う存在そのものが、最初から狂っている。なら逆にこの行動は意味が通る。火で死に掛けようとも再成が彼を死なせない。それを前提とした戦いだ。ああ、確かにふざけている。だが、必要とあらばそうする。それが司波達也の本性だった。

 再成で己を復帰させながら、達也は再び「トライデント」をオーフェンに連発する。彼は、何とか擬似空間転移を発動して躱すも、再び領域干渉を分解された。更に「トライデント」が迫る。

 

「く……!」

 

 擬似空間転移が終了した所で、「トライデント」がまともにオーフェンを直撃した。領域干渉だけでなく情報介入が完璧に分解され、オーフェン自身も――と言った所で、無理矢理躱す事に成功した。

 擬似空間転移先を読まれていた。ついに達也の目が、オーフェンの擬似空間転移構成の制御を見切り始めた証拠でもある。まずい、と思った時には「トライデント」が連続で放たれている。鎧は一時的に機能をダウン。だが、オーフェンはやけくそになる心地で変換鎖状構成を編み上げてのけた。発動する。

 

「我は踊る天の楼閣!」

 

 変換鎖状構成による擬似空間転移。鎧の補助も無しに発動されたそれは、オーフェンにとっても生きた心地がしなかったものの、どうにか制御し切り、「トライデント」を振り切る。しかし、転移終了先には既に達也が照準を定めていた。

 「トライデント」が放たれ、だがオーフェンは実体化すると同時に再び架空の光速に飛び込む。先と同じ、連続の擬似空間転移だ。これは達也の「目」でも追い切れない。

 

(だが、捉えてみせる)

 

 変換鎖状構成は、そのあまりの複雑さに直接分解出来ない。だが、その記述を「目」で読み取りながら座標に照準を合わせ「トライデント」を放つ。擬似空間転移と三連分解の壮絶な追いかけっこが始まった。

 次々と転移するオーフェンに追い掛けるように続けて達也が「トライデント」を仕掛ける。オーフェンは接近しようとするも、したはしから「トライデント」で追い立てられ、攻撃に続けられなかった。オーフェンか達也か、どちらかの集中が切れた時に決着はつく。だが、この追いかけっこはオーフェンに圧倒的に不利だった。何故なら、より消費されるのは彼なのだから。

 

(このままじゃ負ける)

 

 そうオーフェンは結論づける。この追いかけっこは、確実に自分が負けると。どだい消費が違い過ぎるのだ。次の瞬間には分解されても驚かない。

 ならば、もう一度賭に出るしか無い。幸い、達也に見せていない切り札はまだある。それを開陳する事を決心した。

 

(タツヤ、俺がお前に勝っていると断言出来るものが二つだけある)

 

 擬似空間転移で「トライデント」を躱す。しかし掠めたか、一瞬ラグのようにオーフェンの身体がブレた。復旧した情報介入と領域干渉が容赦なく分解されたのだ――時間が無い。オーフェンは擬似空間転移の構成を鎧の補助無しに極める。そして、この戦いの最後となるであろう擬似空間転移を再度発動した。

 

(それを見せてやるよ!)

 

 そして転移したオーフェンに、達也は行き先を悟る。真っ正面、自分と触れる程の近距離だ。刺し違えるつもりか、だが自分には再成がある。どうやっても自分の勝ちは揺るぎない。

 

(いや、待て……?)

 

 刺し違える事は有り得ない。達也の再成はそれを許さないから。だが、そんな事はオーフェンとて百も承知の筈だ――それを理解して、達也は悪寒に総毛立つ。今、オーフェンが展開した擬似空間転移の構成は、”本当にそのままか?”

 

(違う、正面では無い!)

 

 瞬間的に思い出されたのは、師である九重八雲とオーフェン自身の言葉、「目に頼り過ぎる」だった。だから、達也は生まれて初めて「目」を裏切る事にした。片方のトライデントを正面に、もう片方のトライデントを”背後へと向ける”。すると居た。オーフェンがそこに、拳を構え背後に!

 彼が何をしたのかを達也は察する。オーフェンは、構成を誤魔化したのだ。騙しの記述を構成に仕組み、達也の「目」を欺いて見せたのである。構成を誤魔化した暗号術。そんな真似が出来ようとは、やはり目の前の存在は世界でも最高位の術者であると確信する。だが、自分はそれを殺す。

 勿体ない。そんな気持ちはあった。初めて、人から物を教わりたくなったのだ。今、達也は思う。彼を殺した後に自分は後悔するだろう。きっと、後悔するだろう。

 戦闘は様々なものを封じ込める。それを理解しながらも、達也は引き金を引き――直後に絶句した。同時に、オーフェンが言って来る。死んだ筈の、分解されて消えてしかるべき筈の、彼から!

 

「一つは、経験」

 

 何の事を言っているか理解出来なかった。だが、達也はオーフェンに何をされたか理解出来ずとも、ようやく想像をつける事に成功する。彼は――!

 

(奪った、のか? ”魔法の、制御を!?”)

「もう一つは”制御力”だ」

 

 次の瞬間、背に凄まじい衝撃がぶちかまされた。背骨が折れ、身体が真っ二つに引き裂かれ掛ける。それが、オーフェンの打撃によるものだと気付いた時には、宙を盛大に吹き飛んでいた。

 達也は知らなかったが、それこそはオーフェンがただ一人、未だ最強と思う絶望した暗殺者の一打だった。名を「崩しの拳」。根本的には寸打と変わらない一撃だが、無理矢理復旧した情報介入を身体強化モードにした彼の身体能力が、かの暗殺者、ジャック・フリズビーの拳を再現してのけたのである。

 吹き飛んで行く達也に、しかしオーフェンは容赦しない。ここで決着をつける。

 

(死ぬなよ、タツヤ!)

「我は砕く、原始の静寂!」

 

 編み上げた構成は空間爆砕。達也の周囲の空間が歪み切る。吹き飛びながらも、達也は分解しようとするが、それは無理だった。オーフェンは再び構成を誤魔化した暗号術を仕込んでいたから。そして――凶悪な爆裂が達也へと叩き込まれた。全身を引き裂かれ、四肢は明後日の方向に飛び、内臓がバラ撒かれる。やがて”小さくなった”達也は、ようやく壁に衝突した。

 それでも即死しなかったのは、奇跡だったかも知れない。短い人生でいろいろあったが、ここまでボロボロになったのは生まれて初であった。だが、即死でなければ再成は彼を生かす。今回も、オートでエイドスデータの上書きが始まった。しかし……達也は悟る。ここまでの損傷を受けてのオート再成は、一瞬以上の時間が掛かると。そしてオーフェンがそれを見逃さないのも理解していた。

 やがて再成が完了し、目を開けると、そこには達也が理解出来ない複雑さを持った構成を展開したオーフェンが居た。あれが放たれれば、自分は死ぬ。それを達也は理解する。

 

「オーフェン、さん」

「クプファニッケルだ――が、この馬鹿野郎が。ようやく止まりやがったな」

 

 マスクを外したオーフェンが苦笑し、達也は頷く。これがそうなのか。胸の奥に沸く、どうしようもない感情、苛立ち、嫌悪、諦観、絶望。だが、あまりにすっきりとした思いを達也は抱く。そう、自分は――。

 

「俺の、負けです」

 

 ――敗北したのだと。

 

 そう、認めて、達也は笑った。

 

 

(第十五話に続く)

 




はい、第十四話後編でありました。
ふぅ、書いた書いためっちゃ満足……(笑)
オーフェン勝利――ですが、めちゃくちゃ追い込まれての勝利です(笑)
まぁ達也も封印解かれてませんしなー。そう言った意味では本気同士とはちょっと言えないのが残念無念(笑)
ガチ殺しに掛かる達也とか、かなりヤバいです。トライデント連発とか鬼か(笑)
今回の勝因は経験と鍛練で培った制御力の差。こればっかりは時間掛けて修業するしかありません。
なので、達也も今回得られたものはあります(笑)
さて次回、ついにブランシュの黒幕登場……てか深雪先行ってるじゃんヤバいじゃん。
ご安心下さい。達也がキレかけるリョナ展開が彼女を待つ(嘘)
ではでは、次回、入学編第十五話「我が名に従え愚者」でお会いしましょう。ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十五話「我が名に従え愚者」(前編)

はい、テスタメントです。ちょっとお待たせしました。第十五話です。
達也VSオーフェンも終わり、いよいよ入学編クライマックスです。
え? あとは司一倒して終わりだろ? もちろんその通りですよ。ええ、司一を倒して終わりです。俺は嘘を言っていないっ(断言)
では、第十五話前編どうぞー。


 

 通路を抜けると、そこは一転明るい場所だった。まるで神殿の祭壇を思わせるような、白一色の場所。ブランシュ日本支部、その最奥である。病的に白い部屋は病院を思わせた。

 白い床を司波深雪はCADをいつでも操作出来るように手に下げながら歩く。目標は、視線の先に居た。

 司一。司甲の義兄弟にしてブランシュ日本支部のリーダーだ。やや痩せぎすな身体を仕立てのいいスーツで包み、いかにも学士然とした眼鏡を掛けて、こちらをにやにやと見ている。いっそこのまま氷漬けにしてやりたくもあったが、深雪は我慢して彼の間近まで迫った。そして、司一が言ってくる。

 

「ようこそ! ブランシュ日本支部へ! 君は、第一高校一年A組の司波深雪くんだね?」

「……よくお調べになっているのですね。テロリスト如きに名を覚えられているとは、思いもよりませんでした」

 

 不気味なくらいに明るい司一に、深雪はあくまでも冷たく告げる。だが、そんな事は関係無いのだろう。じろじろと彼女の身体に視線を這わせた。

 

「それは当然さ。力ある魔法師は、須らく知っていないとね」

「そうですか。では、私の力はご存知の事と思います」

「もちろん。だが、君の魔法力より君にこそ興味はあるねぇ」

 

 その視線に吐き出したくなる程の寒気を覚えながら、深雪は告げる。同時に彼女の周囲が凍りつき始めた。感情の高ぶりが魔法力を溢れさせている証拠である。しかし、司一はそんな事はどうと言う事もないとばかりに動じない。深雪は一瞬だけ訝しむが、すぐに気を取り直した。兄のような精霊の目こそは持たないが、彼女も人を見る目くらいはある。この男も魔法師のようだが、魔法力は大した事が無い。事象干渉力も無意識領域の演算速度も、サイオン保有量も、全てが並以下だ。自分が魔法を放てばそれで事足る――だが、それでも深雪は辛抱強く我慢した。

 魔法師としての彼は三流だ。それは確かなのだが、嫌な予感を覚えたのだ。しかし、そんな深雪に構わず彼は軽快に近寄って来る。

 

「ああ、見れば見る程に美しい。まるで人間でないようだ。くふふ、”人間以上に人間”と言ったほうがいいのかな」

「……貴方が何をおっしゃっているのか、私には分かりません」

「分かる必要は無いさ。さて、では次のお客様が来る前に君を手に入れてしまおうか」

 

 そう言って手を差し延べて来る司一に、ついに深雪は躊躇を捨てた。CADを手早く操作し、起動式を展開。取り込み、瞬時に魔法式がこの世に実体を得る。

 彼女の無意識領域の演算速度は人の限界にまで迫ると言われる。加えて、兄が手により調整されたCADは一切の違和無く起動式をスマートに提供した。そして領域干渉力はそれこそ人の最高峰レベルである。故に展開された魔法式は司一に一切の抵抗をさせずに氷塊へと変じさせうるものだった。

 振動減速系広域魔法「ニブルヘイム」。司一の周りの空気が瞬時に絶対零度へと変わる。そして、あっさりと砕け散った。

 

 ”深雪の魔法が”。

 

「……な」

「く、ふふふ、くふふふふふふふふ! あははははははは!」

 

 何が起こったのか分からず呆然となる深雪へ、司一は哄笑する。これだ、これが見たかったのだと。

 一流の魔法師? 人間の限界に迫った無意識領域の演算速度? 最高レベルの干渉力? そんなものに頼り切った魔法師が、無力となる瞬間を。

 

「どうだ、魔法師? 自分の魔法が一切通じない気分は? 無力にまで落ちた気分はどうだい!?」

「く……!」

 

 呻き、深雪は再度CADを操作。思い付く限りの魔法式を展開し、司一へと浴びせる……無駄だった。全て、魔法式ごと砕ける。

 

(ひょっとして、術式解体(グラムデモリッション)? いえ、有り得ない。この男にそんなものは使えない。そもそも魔法を使っていないのに!)

「貴方は、一体……!?」

「魔法師が無価値化する時が来たのさ。無意味化と言っていい。君達は”魔法に隷属すべき”なんだよ。ただの道具であればいい。そもそもが、兵器として存在するべきものだろう?」

「お前も、魔法師でしょうに!」

「いや違う。僕は魔法師じゃ無い。何故なら、魔法師として認められなかったからね。そう、認め無かったんだ、世界は僕を! なら誰が僕を魔法師だと決める!?」

 

 整っているはずの顔を狂相に歪め、司一は叫ぶ。魔法師として認められなかった。それが、彼の始まりだったか。挫折を乗り越えられず、歪んだ想い。それを吐き出し、彼はぎろりと目を向ける。誰よりも魔法師たる存在、深雪へと。

 

「だから、僕は魔法師じゃない。そうだろう? 魔法科高校の優等生様?」

「っ――! この!」

 

 魔法が効かないなら、と深雪は覚悟を決めて司一の懐に潜り込んだ。放つは掌打の一撃。彼女もまた、九重八雲に手ほどきを受けているのである。兄程では無いが、そこらの男達程度ならダース単位で片付けられるだけの技量があった。

 だが、彼女は目を見張る。確かに掌打は司一の鳩尾へと叩き込まれている。しかし、感触が違った。これは”人のものでは無い”。

 

「これ、は?」

「では終わりだ」

 

 そう言って司一はどこから取り出したのか、一振りの剣を見せて来た。一見してアンティーク然とした剣である。刀身は一メートルを越えており、鍔は竜と宝玉で飾りつけられている。そして、剣の先から根本までを光る文字が踊っていた。文字の大意は「はじまりにして終わり、其は時の魔物、いつでも他の何か」。

 そして深雪が我に返る前に、華奢な身体へと剣は深々と埋め込まれたのであった――。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 達也の敗北宣言を聞き、オーフェンは展開した偽典構成を霧散させた。最悪、達也の全能力を封印する事まで考えたのである。だが、どうにかそうならずに済んだ。嘆息し、手を差し出す。達也は苦笑すると手を取り、立ち上がった。

 

「全く、手こずらせやがって。盗み聞きした俺も悪いっちゃ悪いが、話し聞いてから行けよ、お前ら」

「……悪いと言う自覚はあったんですね」

「まぁな。で、殺しかけて気は済んだか?」

「殺されかけて、の間違いでは……」

「何か言ったか」

「いえ何も」

 

 先程まで殺し合っていたと言うのに、二人に蟠(わだかま)りは無い。むしろ互いにすっきりとした感情を持っていた。達也の無表情にもそれを悟って、オーフェンは苦笑する。そして表情を改めた。

 言いたい事も聞きたい事もあるが、今はその時では無いから。だから単刀直入に言う。

 

「今回の件な。賢者会議が絡んでる」

「……やはり、そうでしたか」

「いつ気付いた?」

「この通路を見た時に、おそらくと。しかし、たかだか反魔法勢力のテロリスト紛いにここまで手を貸すとは思っていませんでした。彼等はいつもこんな感じなのですか?」

 

 やはりか、と達也は頷く。先の通路で失敗したかもしれないと思ったのは、これだった。あれだけのオーバーテクノロジー、ブランシュ如きが手に入れられよう筈もない。賢者会議、彼等が関わっていると考えるのはごく当たり前だった。

 

「今回はちと手の入れようが違うが、まぁ大体な。さて、ここまで言ったら分かると思うが、お前らは帰れ。ミユキの所に合流し次第、空間転移させてやる」

「……そんな真似も出来たんですか。どうりで」

「返事は?」

「了解しました」

 

 キロリと睨まれ、達也は直ぐさま頷く。流石にさっきの戦いを再開する気にはなれなかった。ここにあるものに興味が無いと言えば嘘になるが、それ以上に今回得られたものはあったのだ。それで充分だった。

 だから言われた通り、深雪に合流したら帰るつもりだった……次の瞬間までは。

 

「――深雪!?」

 

 いきなりだ。何の前触れもなく達也が叫び、オーフェンはぎょっとする。

 一部例外を除いて感情をあらわにしない達也が目を剥き、凄まじい形相を見せたのである。流石にオーフェンも目を丸くしていると、構わず達也は走り出した。向かうのは、ブランシュ日本支部の最深部。

 

「おい、タツヤ! 何があった!?」

「深雪が危険な状態になっています……! くそ、先に行かせたのは失敗だった」

 

 いつに無く焦りを見せる達也に、オーフェンは事情を悟る。確かに、彼と彼女には妙な繋がりがネットワーク上に存在していた。あれで互いの状況を理解していたのだろう。そして、今回は深雪の危険を知ったと言う事だ。

 疾走する達也へと鎧の情報介入を身体強化にシフトし、オーフェンも追う。

 

「タツヤ、おい待て!」

 

 叫ぶが、無視された。達也は一気に通路を駆け抜ける。オーフェンは明確に舌打ちし、とりあえず追い付く事に専念する。どちらにせよ、深雪と合流するまでは達也も連れていくつもりだったのだ。予定を前倒ししたに過ぎない、が。

 

(まさか、妹の事になるとここまで取り乱すとはな……!)

 

 完全に誤算だった。先の戦いでも感情を見せなかっただけに、達也を見誤っていた。苦々しく認めながら、通路を抜け、ブランシュ最深部へと入る。そこで達也は立ち止まっていた。オーフェンもその横に並び、そして見た。彼が見るものを。

 

「お兄様……」

「み、ゆき」

 

 呆然と達也が見る先。そこに深雪は居た。一メートルはある長剣に、身体を貫かれて。オーフェンの脳裏に様々な記憶が蘇る。

 「見ないで」、15歳の時、姉であるアザリーが化け物の姿へと「変化」する過程を見た時。

 「見ないで」、20歳の時、やはりアザリーがキムラックで女神と天人種族の始祖魔術士、オーリオウルを前に精神士へと「変化」した時。

 「バルトアンデルスの剣」、月の紋章の剣。

 因縁だ――そう思えてしまうくらいには、あの剣を見てしまっている。出来れば、二度と見たく無かったのに。

 

「タツヤ、止まれ」

「っ……!」

 

 溢れた記憶を消しながら、オーフェンは達也が上げ掛けた右手。正確には、特化型CAD「トライデント」を掴んで止める。直後に凄まじい眼光で彼が睨んで来るが、オーフェンは首を横に振った。今はダメだと。そして、合わせるように哄笑が響き渡った。

 

「そうだ。止めたまえよ、第一高校一年E組の司波達也くん。そこの彼の言う通りだ」

 

 そう言って、深雪の背後から彼女を刺している男がにやにやと笑う。司一、ブランシュ日本支部のリーダー。彼がそうだと、達也とオーフェンは同時に悟った。そして幾分か落ち着きを取り戻した――それでも殺気が滲んでいた――声で、達也はオーフェンへと問う。

 

「何故、止めたんです。深雪が刺されているんですよ……!?」

「今は大丈夫だ。剣が発動してるからな。だから落ち着け。下手な真似をするとミユキが変化させられるぞ」

「変化……?」

「あの剣は、俺の鎧や短剣と同じだ。ある魔術が保存されてる。切った対象を情報体に分解、再構成し、何にでも変えてしまうって言う魔術だ! あいつの思考一つでミユキは蛙にもパフェでも変化させられる――お前のあれでも戻せるとは限らないんだ! 冷静になれ!」

 

 一気にまくし立てられ、達也は絶句する。オーフェンが告げた内容は、物質変換をあの剣が行えると言うものだったのだ。同時に理解もした。ここで遭遇した化け物達や全校集会での壬生紗耶香達、そして最初の襲撃で精神支配で攻撃して来た存在。あれは全て、あの剣で変化させられたものだったのである。深雪がああなる……それを想像し、達也はぞっとした。

 

「ついでに僕が意識を失ったり、例えば死ぬと、これはただの剣になる。君の妹の命運は僕にあるって言う訳だ。下手な真似は止すんだね」

「……バルトアンデルスの剣、お前それをどこで手に入れた?」

「大体は分かるだろ? 教える必要を感じないな。それより、二人とも武器を捨てて貰おうか。もちろん、CADもね」

「お兄様、いけません……! 深雪に構わず!」

 

 にべもなく告げる司一に、深雪が叫ぶ。それに達也は迷う。「分解」で司一を消し去ると、あれはただの剣になると言う。剣は、今も深雪の心臓を貫いていた。あれが剣に戻ったとして深雪が即死しないかは――五分五分だろう。しかも彼の「分解」と剣の「変化」、どちらが速いかと言う問題もある。もし「変化」が速ければ、深雪がどうなるか分かったものでは無い。それに、最大の問題がある。確かに剣の力は凄まじいが、あれだけで深雪を倒せるものか? 深雪の魔法力ならば、司一如き瞬時に氷漬け出来るだろう。なら。

 

「……司一、何をまだ持っている」

「さぁ? 何だと思う――」

「魔術文字を直接身体に刻んでるんだろ。バカな真似をしたもんだ」

 

 と、唐突にオーフェンが言う。ぴたりと司一の表情が固まった。だが、彼は構わず続ける。

 

「大方、魔術、魔法式の構成を中和する魔術文字を貰ったんだろう。他にもいくつか身体に刻んでるな。俺達がミユキを見殺しにする可能性、考えてない訳じゃないんだろ。だが、そうなってもいいと思ってるんだ、お前は」

「……貴様」

「図星か。分かりやすい奴だな――」

(タツヤ、聞こえるか)

 

 直後、いきなり声が”観えて”、達也はぎくりとした。それに、覚えがあったからだ――イデアを介した思念通話! 誰からを問うまでも無い。それは、オーフェンからだった。彼は司一を挑発し、煽りながら、達也へと語り掛ける。

 

(賭けに出る。こうなった以上、お前にも手伝って貰う。いいな?)

(深雪が人質に取られているんです。最初からその積もりですよ。ですが、可能なんですか)

(ああ……正直、使いたくは無いが、まぁ、こんな時の力だ)

 

 最後の意味だけは分から無かったが、ともあれ達也はイデアの思念だけで頷きを送った。オーフェンがにやりと笑う。そして、挑発の締めくくりを放った。

 

「お前は無力だ! 現に、それだけ魔術文字を使っても、俺達に危害も加えられない! 必要とあらば、俺は彼女を見捨てるぞ――」

「は、ははははっ! 面白い事を言う。確かに、彼女は君にとっては人質にならないか。だが、心外だな。僕の力が、剣と身体の文字だけと思うのかい?」

「ああ、お前には何も無い。ただ他人の力の上澄みでいい気になってる虎の威を借りる狐だ。何も怖くないね」

「これを見ても、そんな事が言えるか……!?」

 

 我慢の限界に達したか、司一は引き攣った笑みのまま髪をかき上げ、目を光らせる。同時に、左手のCADから起動式が展開したのを達也は見た。邪眼(イビルアイ)――意識干渉型系統外魔法、とは名ばかりの催眠効果を狙った光波振動系魔法だ。しかも、それは発動すらしなかった。何故なら即座に達也が術式を直接分解したから。術式解散(グラムディスパージョン)、起動式が完全にかき消えた。

 

「き、貴様……!」

 

 司一がこちらを睨んで来る。何をされたかは分からなくとも、誰がしたのかを理解したのだろう。当然だ。わざわざCADを構えたのだから。そんな必要は、本来無いのに。

 そして、司一が注意を達也に向けると同時に、オーフェンは”目を閉じる”と鎧を演算処理モードで起動。情報介入を最大にし、自分を補助させる。魔術文字が一斉に展開すると同時に、偽典構成が瞬時に編み上げられた。そのあまりの規模と速度に、思わず達也が振り返りそうになる程に。

 オーフェンが目を開ける――気のせいだろうか、達也にはその目の色が違って見えた。異変に気付き、司一が振り返ろうとした時には全てが終わっていた。オーフェンが叫び、全てが。

 

「な、ん、え?」

 

 状況が理解出来ないのか、司一がキョロキョロと周りを見渡す。だが、そこには誰もいない。そう、剣に貫かれた深雪はもうそこに居なかった。彼女はあるべき場所に戻っていたのだから。達也の、腕の中に。

 

「え? お、おにい、さま? ど、どういう」

「深雪……」

 

 彼女も混乱しながら、また達也に抱かれていると言う状況に焦りながらあわたたとする。そんな彼女に心底安堵して、達也は息を吐きながら彼女を抱きしめる力を強くした。深雪がさらに慌てるが、知った事では無い。そうしながら、彼はオーフェンが何をしたかを理解していた。そう、イデアで繋がっていた達也だけが、彼が何をしたのかを分かったのである。それは。

 

(空間、転移……目茶苦茶だ……)

 

 擬似空間転移では無い。本物の、空間転移だ。オーフェン本人は使えると確かに言っていた。言っていたが、まさか瞬間で使えるとは思わなかった。こんな状況でなければ絶句している所である。

 そして司一にはそれをしている暇すら与えられなかった。オーフェンがそれを許さなかったのである。

 どすっと言う音が鳴り、続いて跳ねる金属音が響く。

 

「え? え!? ええええええ――――!?」

 

 司一の左手。月の紋章の剣を握っていたその手首を、文字列の刃が貫いていた。それは、オーフェンが構えた柄から伸びている――星の紋章の剣。

 

「どうだ? 剣で刺される気分はよ。もっとも、こっちは実体だかな」

「ひ、ひぃあ! ああぁあぁあああああ――!」

 

 激痛と噴水のように溢れる血に、司一が絶叫する。月の紋章の剣は、今の一撃で下に落ちていた。それを拾おうともせずに彼は懐から何かを取り出す。何の変哲も無い、黒い小箱だ。だが、オーフェンはその箱を見るなり地面を蹴って走る。慌てて、司一は指を小箱に走らせると文字が空中に浮かび、そこまでだった。オーフェンが突如飛び上がると、顔面に重いブーツの底を叩きつけたのだ。

 ぐしゃりと形のいい鼻が潰れた音と眼鏡が割れた音が、達也達の元まで聞こえた。

 

「へ、へぎぃぃぃぃぃ……!?」

「空間転移の箱か。こんなもんまで持たされてるとはな――我が腕に入れよ子ら」

 

 仰向けに倒れた司一に構わず、オーフェンは小箱を回収すると月の紋章の剣に手を伸ばし、構成を発動する。すると一人でに剣が浮かび上がり、オーフェンの手に収まった。そして小箱を脇に抱えながら、指を刀身に走らせる。燐光の如く、魔術文字が淡く輝き始めた。

 

「さて、お待ちかねの質問タイムだ。俺もこの剣の使い方は知ってる。意味は分かるな?」

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 司一は悲鳴を上げるが、オーフェンは構わない。剣を身体に突き立てた。

 

「じゃあいろいろ聞いていこうか。まず――」

『それは叶わない願いだな。旧友よ』

 

 唐突に、唐突に声が響いた。その場にいない筈の、誰かの声が。達也にも、深雪にも聞き覚えの無い声。だが、オーフェンには聞き覚えがあった。二十年、彼を苛み続けた声――忘れる筈の無い声!

 

「お、まえは……!」

『盟友よ。失敗したな? その時のリスクは説明したと思う』

「待っへ、いやだ……ほくは、ちゃんと、ちゃんと……!」

 

 鼻が折れているからか、ちゃんと喋れないのだろう。だが、司一の紛れもない悲痛な悲鳴は達也達にも知れた。涙を流し、何かに懇願している。

 

「まっへ、まっへくれ……! ちゃんすを! ほくに。ひひを!」

『残念だ盟友よ。本当に残念だ。何より、私の思い通りになり過ぎて、つまらないのが特に』

「っ……! ちっ!」

 

 直後、オーフェンが舌打ちし剣を引き抜く。だが、剣の魔術文字は一足遅く転移していた。……司一の身体へと。そして、変化が。今の今まで、散々周りの人間を変えて来た変化が、彼を襲う。

 

『意識はそのままだ。生きたまま、”人形になる自分”を見るといい』

「いやだぁぁあぁぁぁぁ―――! たふけて、たふけて、たふけて!」

 

 やがて――司一は人間では無くなってしまった。

 人間らしい柔らかさを持った肉は須らく樹脂を思わせる何かに変えられ、骨も、神経も、尽く人間でない何かに変えられている。人形。達也は直感する。あれは、人形だと。深雪がショックでえずくのを背をさすってやりながら彼もショックを受けていた。

 そして、オーフェンは深々と嘆息していた。長く、重い、数十年の息を。

 

「……確かに、久しぶりだ。二度と会いたいとも思わなかったがな」

『だが、私に会いに来た。そうだろう?』

「ああ、そうだな」

 

 頷き、人形とオーフェンは対峙する。その人形も、彼は知っていた。殺人人形(キリングドール)。魔術文字を内蔵された、対魔術士用の兵器。そして、その人形の背後に霊のように浮かぶ存在に。

 ただ思念を投影しているのだろう。それは分かる。だが、オーフェンはそこに居ないと分かっていながら睨み据えた。告げる、彼の名を。

 

「魔王、スウェーデンボリー……」

『本当に久しぶりだ。魔王、オーフェン』

 

 二人の魔王。旧き魔王と新しき魔王は、異世界で再会を果たしたのであった。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第十五話前編でした。
まさかのラスボス登場。あれですよ、一巻からラスボス登場するのは基本です(スレイヤーズ感)
さて、司一が人形になるのは読めてもまさかのボリーさん登場に、おいおいってな感じでしょうが、このまま突っ走ります。ではでは、中編もお楽しみに……て、三部構成なの? マジで?
ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十五話「我が名に従え愚者」(中編)

はい、テスタメントです。
第十五話中編です。ついにボリーさん登場。今話、情報量がえらい事になりますが、仕方ないよねボリーさんだもの(笑)
なお、劣等生最新巻のネタバレも多少含まれますので注意を。では、第十五話中編どぞー。
なお、後書きにてちょっとした解説&補説をします。


 

「きゃは、きゃはははは、きゃはははははははははははっ!?」

 

 笑う。司一”だった”ものが。のっぺりとした人形の顔で、けたたましく。それは何かが壊れてしまった笑いだった。彼は笑い続け、背に投影された男。スウェーデンボリーへと振り向く。

 

「これは、なんだ? この力は!? 最高じゃないか! きゃはは!? 人間だった事が馬鹿らしくなる……素晴らしい!」

『お気にめしたかね。盟友――いや殺人人形』

「もちろんだ……いや、違うか。もちろんです、我が主」

『ならば、我が名において命じよう。彼らの、抹殺を』

「――我は主命を受諾するのみ」

 

 

 にやり、と笑って人形がついにこちらへ振り返る。それを眺めながら、オーフェンは星の紋章の剣を引き抜き、構えた。切っ先を人形へ、そしてスウェーデンボリーに向ける。

 

「茶番は、もう済んだか?」

『建前は大事だ。君も覚えがあるだろうに』

「どっちも馬鹿らしい事には違いないが、一緒にすんな」

『ふむ……まぁ、認めよう。そもそも、今回全てが茶番である事も含めてな』

「……そう言う事か」

 

 ようやくオーフェンはこの件における賢者会議、いやスウェーデンボリーの意図を悟った。彼らの狙いは自分の試しであった事に。

 やたら巨人やら沈黙魔術の兵装やらをブランシュ、と言うよりは司一に提供したのは自分を引っ張り出す為だったのだ。賢者会議の関与があれば、どうあってもオーフェンは動く。そう見越していた訳だ。

 

「わざわざ俺に会う――と言うか、話す為だけにここまでしたのか。暇人め」

『百数十億もの年月を引きこもれば、たまにはちょっかいも出したくなる。暇人では……まぁ、あるな。さて改めて言おうか、久しぶりだ旧友よ』

「その旧友ってのは止めろ。鬱陶しい奴らを思い出して仕方ない」

『だとしても、我々の関係を端的に示すのはそれだろう?』

 

 確かに、それは認めざるを得ない。オーフェンにとってこの魔王は、長年の友とも言えた。友情を感じた事が無いと言えば、嘘になるだろう。その友情が、ただの一度も油断出来ないものであったにしてもだ。

 友である……認めよう。

 一種の共犯だ……正しい。

 だが、徹底的なまでに苛まれ続けた厄介者だ。

 そんな厄介者であるスウェーデンボリーの背後に唖然とした達也と深雪を見て、オーフェンは舌打ちを堪えた。まさか魔王がこんな形で現れる事になろうとは予想していなかった。二人を逃がそうとしても、もう遅すぎる。司一であった殺人人形は、彼等にも気を配っていた。

 

(最悪だな……これ以上は無い事を祈るしかない)

 

 恐らくこれで終わりでは無いと知っていながら、オーフェンは一人ごちる。それを分かった訳でも無いだろうに、スウェーデンボリーは薄く笑って来た。

 

『互いの定義も決まった事ではあるし、本題に入ろう。旧友よ、面白い玩具を作成したようだが……まさか、それだけでは無いだろう?』

「何の事だ」

『一年前』

 

 これ以上は無い程、端的に魔王は告げる。一年前……その言葉に、オーフェンは顔を明確にしかめた。表情に出さずに我慢も出来たが、意味が無い。スウェーデンボリーもそれを理解してか、鷹揚に頷く。

 

『そう、一年前だ。彼女は暴走したな? 終焉の力を存分に発揮した。元より神人種族は己が抱える矛盾で発狂しているのが常だが……あれは唐突に過ぎた。何故だ?』

「さぁな。ウチの女神は気まぐれなんだ。どっかの姉妹のように、たまに訳も無く理不尽に暴れたくなったんだろ」

『なら何故、君は彼女を封印出来た?』

 

 ぴたり、とオーフェンは口をつぐむ。スウェーデンボリーは相変わらず笑ったままだ。超然とした、魔王の笑み。そのままに続ける。

 

『彼女を解消せず、力のみを封印? これ以上無い程完全に? まさか、たまたまや偶然とは言うまいな?』

「なら奇跡だろ」

『奇跡なぞ無い事は君が世界の誰よりも知っていると思っていたが』

「ならそれに近い何かか。どちらにしろ答える義務は無い」

『義理はある。と受け取れそうな回答だな、旧友』

 

 もう答える積もりも無く、オーフェンは星の紋章の剣を差し向けながら月の紋章の剣を捨て、隠しポケットからスローイングダガーを二つ取り出す。知る限りではあるが、殺人人形の身体にさほど強度は無い。身体の魔術文字を削れば、それだけ戦闘能力は落ちていく。

 スウェーデンボリーは肩を竦め、殺人人形は笑みのまま細い指を空へと走らせ始め――オーフェンは叫んだ。魔王達の後ろで、特化型CAD、トライデントを向ける達也に。

 

「止めろ! 魔法は使うな――」

 

 次の瞬間、達也の右手が消えた。青白い炎だけが一瞬上がり、トライデントが床に落ちる。驚愕に目を見開く彼は表情こそ歪めるが、悲鳴は上げなかった。しかし、腕に抱かれていた深雪が小さく声を漏らす。

 

「お兄様!?」

 

 殺人人形の視線がそちらに移る前に、オーフェンも動いた。スローイングダガーを一息で放ち、星の紋章の剣を持つ右手を掲げる。編み上げるは最速の構成。それも構成を誤魔化した暗号術だ。同時に鎧を演算処理モードで制御を補佐させて、発動する。

 

「我は描く光刃の軌跡!」

 

 鎧の補正により倍速で発動した構成により、オーフェンの周囲に七つの光球が現れた。

 擬似球電。術者の意思で操作出来、光速で対象に転移して接触と同時に激しく燃え盛ると言う構成である。人間レベルではまず防御不可能で、確実に殺しかね無い構成だ。

 オーフェンは殺人人形へと七つの擬似球電全てを転移させ、全周囲から襲わせた。だが、狙いは全て外れ、殺人人形の周りを燃やすに留まる。うち二つは放ったスローイングダガーへと転移”させられた”。

 

(これでも、ダメか……!)

『前よりも制御の手並みはマシになったな。鎧の補正もある』

「その”制御を丸ごと奪っておいて”言う台詞か」

「制御を奪った……?」

 

 深雪が呆然と呟き、達也がぐっと息を飲む。それを聞き、オーフェンは頷いた。

 スウェーデンボリーの十八番、制御の奪取。魔術の王たる彼は、その制御力において他者の追随を許さない。構成を奪う程度は余裕でやってのけるのだ。しかも、それだけでは無い。

 殺人人形がようやく描き終わった魔術文字を、魔王がちらりと見る。それだけで、空中に描かれた文字が倍々に増えた。構成を奪い、改竄し、強化したのだ。スウェーデンボリーは自力では魔術も魔法も使えない。だが、彼こそは魔術、魔法を統べる王であった。故に、魔王。

 神殺しと言われた魔王。神人種族。スウェーデンボリー!

 

『では、お手並み拝見だ。旧友よ』

「くそったれ!」

 

 魔術文字が一気にオーフェンへと放たれる。構成は理解出来た。破壊の文字だ。接触すれば、オーフェンの身体は壊される。鎧を身体強化モードに設定し、矢のように飛び出した。一瞬先まで居た場所を魔術文字が通過していく。

 

(魔王術を使うしか無い。だが、その時間があるか……!?)

 

 それが絶望的な試みだと、オーフェンは理解する。魔王術ならば、制御を奪われる事は無い。だが、スウェーデンボリーがそれを許す筈も無かった。展開された魔術文字が引っ切り無しに襲い掛かって来る。最悪、”最後の手段”を使わざるを得ないか――と、直後に声が来た。

 

(オーフェン先生、文字の構成を!)

「っ――!?」

 

 聞こえて来たのは、ネットワークによる思念通話。達也に繋げたままだったものだ。それを介して、彼が深く繋がって来るのを理解する。同調術――達也の目と、オーフェンの感覚が同調した。

 馬鹿野郎と叫びたくなるが、達也は止まらない。再成を終えた手で再びトライデントを構えると魔術文字へと差し向けた。それをスウェーデンボリーが一瞥する。

 

(させるか……!)

 

 今日何度目かの賭けをオーフェンは迷う事なく行う。鎧を演算処理モードに変更し、達也の分解をオーフェンが制御を奪い取った上で、スウェーデンボリーの制御と奪い合う!

 制御の奪い合いは一瞬だけ拮抗してのけた。そして、達也には一瞬で充分だった。

 術式解散。飛翔する魔術文字が全て、分解される。

 

『ほぅ……』

「っ……!」

 

 感心するスウェーデンボリーへと達也は止まらずにCADを向け、三連分解魔法「トライデント」を殺人人形へと放とうとする。だが、それは魔王が視線を向けただけで魔法式ごと消された。オーフェンが補助してすら、制御を奪われたのだ。

 人形となった司一。その背後霊の如く、空中に投影されている男。オーフェンの言葉を借りるなら、スウェーデンボリーと言ったか。達也は苦々しくも認めた。この男は、誰よりも魔法に通じている。

 つい昨日の八雲の言葉を思い出す。「心する事だ、達也君。君は、生まれて初めて、真なる意味で君を凌駕する者と戦うかもしれない」――。

 

『先程のネットワーク・イデアからのバックアップで気にはなっていたのだが……成る程』

「スウェーデンボリー! お前の相手は俺の筈だ!」

『旧友よ。そう急く必要も無いだろう? それとも彼等を私に見せたくないのか? それならば杞憂と言っておこう』

「……何?」

『”彼等の事は知っている”。そう言ったのさ』

 

 知っている。そう告げたスウェーデンボリーに、オーフェンは眉を潜め、達也と深雪を見る。彼等はありありと驚愕していた。二人はスウェーデンボリーの事を何も知らない。だが、魔王は知っている。

 

「どう言う、事だ?」

『君の名前は……知らないな。だが、そうだな。”ミヤとマヤは息災か?”』

 

 思わず尋ねた達也に、スウェーデンボリーは、はぐらかすかのように問いを重ねる。だが、その名前に達也は内心で呻いた。深雪は……言うまでもなく、驚愕から立ち直れていない。だからと言う訳でも無いが、達也は答える。

 

「……母は――深夜は、死んだ」

『そうか。まぁ、あの様子では長くは持たなかったろう。ネットワーク・イデアから直接合成人間をデザイン出来る稀有な能力は惜しかったが』

「何を、言っている……?」

『分からないと言う事はあるまい? そうだな、昔語りをしてやるのも悪くは無いか――』

「止めろ。タツヤ、聞くな……!」

『旧友よ。それは無理と言うものだ。人は、誰しも自らのルーツを得たくなるもの。良かれにせよ悪しかれにせよな。殺人人形、少しばかり彼の相手を任せよう』

「――我は主命を受諾するのみ」

 

 スウェーデンボリーの命に人形が応え、彼の支配下から脱すると、一気にオーフェンへと襲い掛かった。右手首から短い刃が伸び、左手は魔術文字を描き始める。

 

「少しばかり付き合ってもらおう! 先程の借りもあるしなぁ!」

「この……!」

 

 咄嗟に魔術を放ち、迎撃しようとするが、急に声が出なくなった。見れば魔王がどこから取り出したのか、一つの魔術文字をこちらに掲げている。魔術文字による音声封じ、音声魔術封じだ。仕方なく、オーフェンは星の紋章の剣で突き込まれた人形の一撃を叩き落とす。だが、同時に人形の沈黙魔術も完成していた。

 文字が猛烈に回転し、真空の刃を生み出しながら突っ込んで来る。それを星の紋章の剣を横にして受けるも真空の刃が掠め、身体のそこかしこに傷が走った。ついでに鎧の文字にもダメージを負う。

 

(鎧は自己修復も出来るが……くそ)

 

 明らかに時間稼ぎをされている。それが分かっていながらどうしようも無い。しかも、同調術まで切られていた。ご丁寧にネットワークを遮断したか。

 

『さて、では語ろう。君達のルーツを。まずは……そうだな。君達が何者であるか、から告げようか。少年よ、少女よ』

 

 オーフェンを封じ、超然とした笑みのままスウェーデンボリーは達也と深雪を見る。オーフェンの言う通り、こんな事をしている場合では無いのだろう。魔法は使えないが、今なら離脱も難しく無い。なのに達也も深雪も、まるで空間に縫い止められたように身動きしなかった。しようとすら思わなかった。

 二人は知らない。悟れない。スウェーデンボリーが悟らせないから。それはネットワークを介して行われる精神干渉……いや、精神支配。そうとすら気付かせず、魔王は二人を支配していた。

 そして告げる。彼等のルーツの、最初となる言葉を。

 

『君達は四葉の希望と絶望、狂気からデザインされた合成人間だ』

 

 合成人間。その単語に、達也と深雪は息を詰まらせる。その不穏な呼び名にだ。一瞬、調整魔法師を指しているかと思ったが、わざわざ分ける必要は無い。なら何だと言うのか。

 

『合成人間とは、ネットワーク――イデアからデザインされ、生み出された存在の事だ。君達はイデアから直接生み出された存在とも言える』

「イデアから、直接?」

『大漢の絶望、そう呼ばれる事件は知っているな? 四葉も絡んだあの事件。あれには私達、賢者会議も介入していた。その時だ。私はある双子の姉妹に出会った――四葉のな』

「四葉の、双子……まさか」

『四葉の姉妹。名を、四葉ミヤ、四葉マヤと言った』

 

 確定だ……声には出さず、達也は内心で認めた。スウェーデンボリー、この男は自分達の出生に関わっている。深雪は青ざめ、口元を押さえていた。吐き出しそうなのだろう、達也も同じだ。凄まじい気持ち悪さを胸に覚えていた。そんな二人に構わず、魔王は続ける。

 

『二人の魔法資質。その特性については今更説明の必要も無いだろう。特にミヤの魔法資質は見事なものだった。精神構造干渉能力。他者の精神へと干渉し、構造を変化させる力。だがこの能力の本質は、イデアを介して行われる事にあった。イデアを通じ、精神のエイドスを改変してしまう事にな。そして胎児へと精神構造干渉を行い続ける事により、母の、叔母の、四葉の「理想」をイデアから生み出した訳だ。……尤も、君達はそれぞれ別の意図を持ってデザインされているようだがな』

「何で、そんな事が分かる……!」

『決まっているだろう? ”その方法を教えたのが私だからだ”』

 

 ずるり、と達也の手からついにCADが落ちる。……確定だ。そう思いたくなくとも、認めざるを得なかった。

 四葉の合成人間。イデアから直接生み出された存在。それが、自分達だと。

 

『ミヤとマヤに会ったのは、彼女達が”壊れた”後だった。四葉の他者はどうだか知らなかったが、彼女達は揃って望んでいたよ。世界の破滅を、世界への復讐を、世界の崩壊を。私は彼女達の望みを叶える為に、合成人間の作り方を教えた、と言う訳だ。まさか、ここでその成果を見る事になるとは思っても見なかったが……だが、ミヤにも躊躇いはあったか』

「躊躇い……? なんだ、それは」

『君達の能力は限定的過ぎる。それぞれ片方づつに合成人間の特性――解決者たる能力を振り分けたようにな。これでは解決者とは呼べまい。ふむ……そうだな。今、ここで君達を定義しよう』

 

 何がそんなに嬉しいのか、殊更にこやかに魔王は笑う。そして、二人へと新たな呼び名を与えた。解決者足り得ず、しかしネットワークに根差した存在としての名を。それは。

 

『「解答者」。この世界に於ける魔法の解答たる存在。そう、君達を私は定義しよう』

 

 解答者。解決者成らざるイデアに根差した超越なる者。達也と深雪がそうだと、スウェーデンボリーは告げたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 これ以上はダメだ。そうオーフェンは覚悟を決め、真空を生み出し続ける魔術文字を掴んだ。右手がずたずたになるが構わない。鎧の情報介入を最大にし、沈黙魔術の制御を奪う。これにはニタニタ笑っていた殺人人形が目を剥いた。

 

「貴様、私の魔法を……!?」

(お前の、じゃないだろう)

 

 声が出せないので、オーフェンは心の中だけで言ってやりながら、魔術文字を投げ返す。殺人人形は両手を挙げ、これを受け止めた。両手の掌に魔術文字が浮かんでいるのが見える。あれで構成を中和しているに違いない。

 ともあれ時間を得たオーフェンは、振り返るなり星の紋章の剣を投げ付けた。魔術文字の機能は奪われる可能性を捨てきれず、使わない――代わりに直接投げたのである。狙いは魔王、その手にある魔術文字。

 果たして、回転しながら突き進んだ星の紋章の剣は魔術文字へと直撃した。これで声が出せる――見れば、達也と深雪は揃ってぼんやりとしていた。精神支配だ。

 人形はもうすぐ復帰し、魔王はこちらへと視線を戻し、達也と深雪は精神支配に掛けられている。

 最悪の更新はいくらでもあると分かっていたが、状況の悪化は次々と起こってくれる。このままではろくな事にならないと悟り、オーフェンは”使う”事を決めた。今、現状の全てをひっくり返す為の、力の行使を。

 目を閉じ、己の内面へとオーフェンは意識を沈める。そこにあるものを、引っ張り出す。

 それは起きるなり暴れ始めた。身体を突き破り、全てを晒け出し、解放せんとする。だが、その全てをオーフェンは押さえ付け、纏め上げ、制御していく。自制に自制を重ね、構成へとそれを転化し、改変し、望む形へと作り上げる。

 たった一つ。一つの事しか望んでは”ならない”。思考の全ては、現実を改竄しかねない。規模は最小限に、寒気が背中を凍らせる。

 

「小さき宇宙へ、大きな量子へ、巡る巡る、その一欠けら。腐る世界を、空だけが見る――」

 

 展開するのは、偽典構成。一切の妥協も、妥当性も許さない、まるで黒のような何ものにも染まらない構成。魔術を持って編まれる構成だ。それが、魔王の声音で世界へと生み出されていく。だが、それは常のものとは違っていた。スウェーデンボリーが目を見開く。

 

『旧友よ、それは……まさか――』

(構うな)

 

 世界の全てを遮断し、ただ己の作業のみに没頭する。構成は莫大量のものだった。それが、瞬時に編まれていく。あまりにも規模も時間も違う偽典構成。オーフェンは先のスウェーデンボリーの声に、歓喜が混ざっていた事を認めた。

 

「痛む声は、誰もが応え、望む全てを叶えない。お前は何も得られない。何を望んでも、得られない!」

 

 偽典構成をオーフェンはただ窮め続ける。目を見開いた。同時に構成が世界を書き換えていく――!

 

「時の檻に囲まれて、苦悶の時代を眺め続けよ! 小さき量子の、大きな宇宙の中で!」

 

 右手を振り放ち、それを解放する。世界が法則から丸ごと書き変わっていくのを、オーフェンは理解した。それを最小限度に収めなければならない。

 魔王術。常世界法則そのものを改竄する。魔術で再現された魔法。だが、オーフェンが放ったのは魔王術”では無かった”。

 やがて世界が組み替えられ、望む配置へと置き換えられる。空間転移も兼ねたのか、オーフェンの背後に達也たちが居た。精神支配も解けている。彼等が我に返っているのを理解した。

 

「オーフェン先生、今のは……!?」

「え? お兄様、オーフェン先生がこの方?」

 

 ……そう言えば、深雪には自分の事を教えていなかった。苦笑したくなったが、止める。そして、前を向いた。呆然とした、魔王と殺人人形へと。

 

『は――は、ははは。ははははははははは!? そうか、そう言う事だったのか、旧友よ! 今、全てが分かった! 一年前、何故彼女が暴走したのか! 何故彼女を封印出来たのか! 何故封印したままなのか! そうか、”ようやく”か! 二十年、奪い返さなかった甲斐は、ようやく結実したか……!』

「……ああ、そうだ」

 

 認める。認めるしか、無かった。忸怩たる思いと共に、それを。

 やがて笑い続けた魔王は、オーフェンへと手を開いて頷いた。歓喜を抑えられず、まだ全身から溢れさせている。そして見た、オーフェンの開かれた目を。

 

『巨人化(ヴァンパイアライズ)……それが、君の巨人化だ。私が望み続け、叶えられた、超克だ。そうだろう? オーフェン・フィンランディ・”スウェーデンボリー”』

 

 一説にはこうある。魔王、スウェーデンボリーの瞳は青色であったと。

 オーフェンの目は、”澄んだ青色”の光を湛えていた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第十五話中編でした。
おい、これはどう言う事だと言うかはよ追憶編やれよとか言われそうですが、スティです。ええ、お待ち下さい。
さて、今回達也と深雪の出生について一年後くらいにやるであろうネタバレをかますボリーさん。
さすボリと呼んで上げて下さい。
てか、ボリーさん書いて思うんですが、一番ヤバいのは制御奪う事でも何でもなく、精神性だと思います。こいつはぁ、凶悪だ……。
さて、達也が合成人間となった訳ですが、これは劣等生最新巻の達也、深雪出生に、オーフェン世界の合成人間作成を混ぜた考察となっております。
ようは深夜の精神構造干渉によりネットワークから達也を生み出した、と思えば。ただし、元よりあった胎児をデザインし直した為、達也は真性の解決者では無く、深雪と機能半々にした形となります。
なので、解答者とボリーさんには名付けられました。
さて、最後のオーフェンのあれに、え? 魔王の力は鋏にしてたよね? て思った方は正解です。その辺は次話で。
さぁ、盛り上がって参りました。次回、ついにブランシュ戦決着です。
これ終わった後もエピローグがあるけどね。
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十五話「我が名に従え愚者」(後編)

はい、テスタメントです。なんとか、五月までに第十五話を終えられました……! く、難産だったぜ(笑)
達也の人生難易度が跳ね上がりまくりな今作。よく考えなくても、いろいろヤバいですが、ええ頑張って頂きましょう。
では、入学編クライマックスの第十五話(後編)どうぞー。
なお、後書きでキャラ紹介3と、補説があります。



 

「スーちゃん」

 

 第一高校中庭。そこで佇む小柄な少女、スクルド・フィンランディに七草真由美は声を掛ける。つい先程、父である弘一が撤収し、校内も落ち着いて来た所だ。

 洗脳されていた剣道、剣術部の生徒と、オーフェンが沈黙させたブランシュの巨人も連れて行っている。彼等はそれぞれ巨人化解消の後に、入院、リハビリと言う事になるだろう。ともあれ事後処理の目処が立った所でスクルドが居ない事に気付き、真由美は生徒会メンバーに後を頼んで彼女を探しに来たのだった。

 スクルドを探した理由は勿論ある。彼女がブランシュに向かわないか――暴走しないか心配だったのだ。賢者会議が絡む以上、その可能性は念頭に入れなければならない。だがスクルドがそうなっていない事に真由美は安堵の息を吐いた。微笑み、ぼんやりとした彼女へと近付く。

 

「スーちゃん、突然いなくなるんだもの、心配したわ。どうかした?」

「オーフェンが”魔王化”したのが分かったから」

「……え?」

「ここなら、もうちょっと状況分かるかなって。今は殆ど使えないけど、ちょっとくらいなら私もネットワークに繋げられるし」

 

 淡々と……それこそ平時の彼女では有り得ない程、淡々とスクルドは告げる。真由美はそれを聞いて、目に見えて狼狽した。

 ああなったオーフェンを見た事は、一度しか無い。だが、それでも分かっている事はある。一年前、何故スクルドが突如暴走したのか。その原因、それがオーフェンの魔王化だった。故に、真由美は息を呑む。スクルドが今にも、”あの”状態にならないかと危惧したのだ。

 神人種族、運命の三女神が末妹、未来の女神に彼女が傾いた場合、オーフェンがいない状況では”日本が無くなってもおかしくない”。

 

「大丈夫だよ」

 

 しかし、そんな真由美にスクルドは微笑みを返す。透明な笑み、超越者の笑みだ。それはスウェーデンボリーと同種の笑みでもある。それを浮かべながらスクルドは制服の胸元から一つのペンダントを取り出した。ドラゴンの紋章のペンダント、オーフェンが魔王術で封じたスクルドの力だ。

 

「神人種族としての特性はこれに封じられてるから、私が理に還る側に傾く事は、そう無いよ。だから、そんなに怖がらなくて大丈夫」

「っ――! スーちゃん違うわ! 私は……!」

「誤魔化さなくていいよ。むしろ当然だもん。あの私を怖がるのは、巨人種族としてフツーだよ」

 

 真由美の反論を、スクルドは首を振って封じる。彼女はそれに否と告げようとして……出来なかった。なんと言えばいいか、全く分からなかったから。何をどうしようと、彼女が神人種族――現出した常世界法則そのものであり、実在してしまった神である事に違いは無いのだから。

 口をつぐんだ真由美に、スクルドは目を前へと戻しながら思い出す。一年前、オーフェンがああなった時の事を。そして自分が、暴走してしまった事を。

 神人種族は理に還る事、つまり死ぬ事と、一度得た生命を全うとする事、生きる事に執着してしまう。これは神人が生命として得てしまった矛盾だ。結果、彼等は常に発狂してしまっている。「神々の現出」、それ自体が矛盾を孕んでいるのだから。

 歪みきった狂った空間に、黄塵の砂が吹き荒れた終末の光景。そして対峙する女神と魔王。スクルドは未だに覚えている。自分を見据える、青い瞳を。そして彼に告げた言葉を。

 

「スーちゃん」

「戻ろ、マユミ。お仕事、まだあるんだよねー?」

「……生徒会の仕事はね。天世界の門としては撤収し終わってるし、何もしなくても大丈夫よ」

「いいのいいの。手伝わせてよ。どーせ暇だしー」

 

 いつもの脳天気な口調に戻り、スクルドはにこやかに笑いながら校舎へと戻る。そうしながら、ぽつりと聞こえないように一言を呟いた。いつかの、言葉を。

 

「……奪うのも、奪われるのも、望んだ人以外は嫌だよ」

 

 ね、オーフェン。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 司波達也は目を見開き、絶句していた。腕に抱く深雪がこちらに聞きたそうな顔をしているが、それも目に入らない。

 今、達也の目、「精霊の目(エレメンタル・サイト)」は、信じられない光景を映しだしていたから。

 オーフェン・フィンランディ。自分達の前に立つ青年が、ただ在るだけで世界を書き換え続けている光景を、イデアを通じて達也は見ていた。

 魔法とは世界を欺瞞し、一時的にエイドスを上書きして自らの望む事象を表すものだ。だが、これは違う。オーフェンが行う改竄は根源から世界を書き換えてしまっているのだ。世界改変……いや、世界改竄! これが恐らく真の魔法――!

 

『魔王術は、魔術で魔法を擬似的に再現する術だった……だが、真なる魔法とは魔術をそもそもとして”介さない”。思考そのものが構成であり、世界を書き換える存在力を持っている。そう、魔法とは則ち常世界法則そのものだ』

「……黙れよ」

 

 押し殺したオーフェンの声。しかし、それはあまりにも力の無い声だった。

 ”暴れ回る魔法を、魔王術で無理矢理制御している”のだ。制御には失敗出来ない。もし失敗すれば、”自身が常世界法則化する”。真由美相手に制御訓練をしていたのは、これが理由だった。一年前からオーフェンが抱えてしまった病。巨人化、魔王化と言う病だ。

 そして自身の力を何とかして抑え込もうと必死なオーフェンに構わず、スウェーデンボリーは続ける。

 

『二十年。君は、私の力を内包し続けた。魔王の力をな。召喚器で鋏にして厄介払いしたつもりだったのだろうが……失敗したな。ネットワークからこの世界への現出も原因の一つだろう。ともあれ、君は既に魔王の力を生み出すまでになってしまった訳だ』

 

 それが、君の巨人化だ――。

 

 興奮しているのだろう。スウェーデンボリーは矢継ぎ早に言う。この時を彼は待ち続けたのだから。

 魔王の力を返そうとするオーフェンを突っぱね、魔王術を伝授し、常に変化を見守り続けた。そう、彼が後継足り得るように。”自身に成り代わらせる為に”。その結果が、今のオーフェンだった。彼は歯を軋む程に食いしばり、ようやく魔法を抑え込む。瞳が青から黒へと戻った。

 

「……俺は、お前の望むようになるつもりは無い」

『もう遅い。彼女が襲い掛かったのがいい例だ。君は、すでに私と同様、魔術の根源となっている。これで、私は解放される……』

「お前が生み出した世界だろうが! 捨てていいと思ってんのか!?」

『詭弁だな、旧友よ。確かに世界を創造したのは私だが、だからと言って縛り続けられなければならない道理があるのか? いい加減、私も楽になりたいのさ』

「……親は、どこまで行っても親さ。自分が生み出したものから逃れる事なんて出来るものか。どこをどうやっても、事実は付き纏う」

『平行線だな』

 

 互いの言葉は出し尽くした。尽くして尚、言い分は変わらなかった。それだけがオーフェンとスウェーデンボリーが出した結論だ。

 最早語る事も無いと、スウェーデンボリーの意思に応え、司一だった殺人人形が迫る。それを見て、オーフェンは決めた。背後の達也と深雪を巻き込む事を。魔術と魔王術の連発に加え、先の魔王化で疲労は限界に達している。今、スウェーデンボリーと殺人人形を相手にして勝てると思う程、オーフェンは楽観出来なかったのだ。間違っても負ける訳にはいかない。なら、最低の手段と分かっていても、二人を使わない訳にはいかない。

 

(タツヤ、大丈夫か?)

(……はい)

 

 再びネットワークで繋いだ思念に達也が答える。それに頷いて、オーフェンは先の魔法で戻しておいた手中の短剣、星の紋章の剣を後ろの彼に投げ渡す。精神支配は達也も消耗させていたが、危なげなく受け取った。

 

(同調術で使い方を教える。俺達で奴を潰すぞ)

(魔法は――)

(使えない。使えたとしても一回、一瞬こっきりだ。それだけしか、奴の制御と渡り合えない)

(オーフェン先生……貴方は、一体何者なのですか。さっきの会話も、力も……!)

 

 思念での問いにオーフェンは沈黙する。それに達也は意外な程に苛立ちを覚えた。何故、何も答えないのか……再び問う前に、オーフェンから思念が来る。

 

(感傷だよ。ただのな)

(どう言う事ですか)

(既にお前は当事者の一人だ。放っておいても、奴はお前を付け狙う。全部――全部だ。説明してやるべきだとは思っている)

(なら、何故?)

(言ったろ。感傷だ……言葉にしちまうと、認めざるを得ないものってのもある。それをしたくない。それだけさ)

 

 達也はオーフェンの思念を観て、頭を振る。彼が何を伝えたいのか、理解出来なかったから。しかし、それは当たり前だった。オーフェンは感傷と告げた。利己的な、センチメンタルな理由だと。そんなものを理解出来る筈が無い……だが同時に悟った事もある。彼は、本当に自分達を巻き込みたくは無かったのだ。同調術の影響か、達也はオーフェンの後悔を感じていた。

 

(俺は納得出来ません。貴方の行動も、何もかもが理解出来ない)

(……そうか)

(ですから――いつか話して下さい)

 

 達也は腕の深雪に優しく微笑み、腕から下ろす。まださっきのショックが残っているのか、彼女は目に見えて青ざめていた。しかし達也の目を見て、こくりと頷く。混乱もしているだろう、疑問も尽きていないに違いない。だが彼女はそれら全てを置いて、自分を信じてくれたのだ。

 一度だけ髪を撫でると、達也は前に出て、オーフェンの横に並ぶ。そして星の紋章の剣を構えた。剣技には明るくないがナイフの扱いは訓練している。この短剣なら、その応用でなんとかなる筈だった。そして、最後は言葉でオーフェンに告げる。

 

「俺達の出生にも関わる問題だ。必ず、全てを教えて下さい」

「……ああ」

 

 少しの沈黙を経て、オーフェンは頷く。納得も何もしてはいない。だが、今はそれで良かった。

 達也は短く頷き返し、オーフェンに先がけて走り出す。殺人人形、そしてスウェーデンボリーへと。彼等は揃って笑いながら迎え討った。

 

「来るか!? 司波達也くん! 今の私を君が倒せると思っているのか!?」

 

 明らかな嘲りに達也は不思議と懐かしい気持ちになりながら、古流体術の一つ、縮地で殺人人形の内へと踏み込む。哄笑する人形は、右手を達也へと差し向け、”発射”した。

 

「っ……!」

 

 流石にそれには驚くものの、達也の目は飛んで来る右拳を見切ってみせた。踏み込みを延長させ、地面すれすれまで屈むと星の紋章の剣を跳ね上げる。狙いは手首に繋がったワイヤーだった。だが、元の素材は人間なのにも関わらず、ワイヤーは短剣の一撃に耐えてのけた。切れない! しかし勢いは削がれたのだろう。遅れて来たオーフェンが、拳を蹴り飛ばす。

 

「タツヤ、ちょっとでいい――時間を稼げ!」

 

 無言で頷き、達也はそのまま殺人人形へと踊り掛かる。しかし、殺人人形は残る左手で右肩の文字をなぞっていた。そして内蔵された沈黙魔術が発動する。文字は光の筋を生み出し、それら全てが光の矢へと変化した。数百――いや、スウェーデンボリーが一瞥するだけで数千へと変化する!

 

『解答者はこの程度では死なないだろう? だがまぁ削らせてもらおう』

「っ……!」

 

 狙いはここにいる全員! させるものかと達也は短剣を翻し、人形へと叩きつけた。だが、どのようなギミックをしているのか手首から生えたナイフで刃を受け止められる。更に膝がばくんと開くと、そこから細い手が伸びて来た。隠し腕――まずいと思う間もなく、腕が差し込まれる。

 

「……っ」

「お兄様!?」

 

 腹筋を突き破り、隠し腕が腹を存分に抉る。深雪が悲鳴を上げた――同時に光矢が放たれる。だが、直後にオーフェンから思念が来た。

 

(タツヤ、分解を――)

「っ……」

 

 ここで使うのかと思わなくも無いが、絶体絶命なのは確かだった。だから、達也は分解を行使する。スウェーデンボリーが制御を奪いに来るが、オーフェンがそれに抗った。

 制御の奪い合い。その隙に達也はオーフェンとの同調で魔術文字の構成の知識を得て、精霊の目により記述を把握する。直ぐさま特化型CADトライデントを抜くと、分解を放った。対象は光矢を生み出した魔術文字! 光矢は全てに着弾する事無く、文字の分解により消え去った。

 

「おのれ! 劣等生風情が……!?」

 

 殺人人形が顔を歪め、吠える――だが、突如として腹から突き出した刃に目を剥いた。それは人形の背中側から刺された剣だった。バルトアンデルスの剣、オーフェンだった。彼はこれを拾いに行っていたのか。

 

「さっきは星の紋章の剣を戻すのに手いっぱいだったんでな。もちろん、発動させてない」

『ふむ、単純な物理攻撃では私も如何とはしがたいな。だが旧友よ、甘く見すぎだ』

「何を――」

 

 スウェーデンボリーの言葉に見上げ、オーフェンは絶句する。魔王の右手があるものを持っていたから。それは魔術文字だった。それも殺人人形が持つ中で最大の威力を持つ文字!

 

『魔術を確かに私は使えないが、既にある文字なら容易いのだよ』

「お前、思念だけをここにやってる筈じゃ……!?」

『確かにその通りだが、文字をなぞる程度の存在力は持たせてあるさ。先の音声封じ――あれを、私がどうやって使っていたと思う?』

「くそ!」

「ちっ!」

 

 オーフェンが毒吐き、再成を終えた達也が舌打ちをする。そして、すぐに互いの獲物を引き抜くとスウェーデンボリーへと目掛けて放った。だが、彼は余裕すら持って一言を呟く。

 

『殺人人形』

「我は……! 主命を受諾するのみ!」

 

 叫び、殺人人形が動く。彼は自分の身体を持って、主を守った。オーフェンと達也の一撃を両手を犠牲にして受け止める。

 

「させないさ……! 私の、僕の、これは意地だ!」

 

 これには二人も息を呑む。まさか人形になった彼がここまでやるとは思っていなかったのだ。戸惑いは隙となる。そしてスウェーデンボリーが魔術文字を掲げた。

 

『終わりだ。旧友よ、解答者よ――』

「そうか? お前も殺人人形も迂闊だろ。このメンツで一番凶悪なのを忘れるなんてよ」

 

 殺人人形に刺さったままの剣を引き抜けないまま、オーフェンがにやりと笑う。唐突な言葉にスウェーデンボリーが眉を訝しげに潜めた瞬間、それは起こった。

 魔術文字がいきなり凍りついたのである。魔王の両手ごと! ニブルヘイム――振動・減速の系統魔法だ。それを行ったのは、ただ一人元の場所に立つ少女だった。司波深雪。彼女は、オーフェンの台詞に憮然として叫ぶ。

 

「オーフェン先生! 誰が一番凶悪ですかっ!」

『成る程、そう言う事か』

 

 魔王が嘆息すると同時にニブルヘイムの制御が奪われる。だが、その隙を二人は逃さなかった。オーフェンは蹴りを殺人人形の肩に叩き込み、達也は手刀を肘へと放つ。ちぎれかけていた右肩と左肘が、それで脱落した。そして、くるりと反転すると正面と背中からそれぞれ交差するように剣を突き込む! 二つの剣は、それぞれ文字を発動させていた。星の紋章の剣は文字列の刃を延長させ、月の紋章の剣は光の文字を溢れさせる。それは人形の身体へと抵抗なく突き立った。

 

「「弾けろ――っ!」」

 

 二人の声が唱和する。同時に、月の紋章の剣は発動し、星の紋章の剣越しに分解を行使する。そして、殺人人形の身体は容赦なく紙吹雪と元素に変じられたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ごとんっと、人形の首が落ちる。最後の抵抗でそれだけが残ったのか。それを見ながら、オーフェンと達也はその場にくずおれた。二人共息が上がっている。

 

「くそ……手こずらせやがって」

「オーフェン先生、それはまるで悪役の台詞です」

「お兄様! オーフェン先生!」

 

 深雪が走って来ると達也へと縋り付く。本当は刺された時にでも駆け寄って来たかったのだろう。だが彼女はそれを抑えて、起死回生のチャンスを狙ってくれていたのだ。

 以心伝心。よくやってくれたと、達也は抱きつかれた深雪の背をぽんぽんと叩く。オーフェンが白い目で見ていたが、構わなかった。

 

『これは、正直やられたものだな。勝てるとも思っていなかったが……』

「まだいやがったか」

 

 ため息を吐いて、オーフェンがきろりと声がした方を睨む。そこに転がるのは殺人人形の首。その上に投影されている魔王の姿だった。どうも頭に魔術文字があるらしい。

 オーフェンは月の紋章の剣を手に、ゆっくりと立ち上がった。人形の首へと歩み寄る。

 

「いい加減、鬱陶しいから消えろよお前」

『私からいろいろ聞き出すものと思っていたが?』

「尋問出来る状況か。そもそも、お前が話すとも思えない」

『ふむ、確かに――だが、やられっぱなしと言うのも気に入らないな。なので一つお土産だ旧友』

「っ……この期に及んで、まだ何かするつもりか!?」

『”もうした”が正しいな。上を見るといい』

 

 言われ、三人は揃って上を見る。そして絶句した。天井すれすれに魔術文字が漂っていたから。あの文字は、スウェーデンボリーが発動させんとしていた魔術文字!

 

『あの文字は私が最大限強化してある。逃げるなら今の内だ』

「この……クソ野郎がぁ!」

 

 暴言を吐いて、思いっきり人形の首を蹴飛ばすと、オーフェンは達也と深雪に近寄るなり襟首を捕まえた。

 

「空間転移する! 逃げるぞ!」

「待って下さい! 大丈夫なんですか?」

 

 達也が至極当然の事を聞いて来る。それに、オーフェンは歯噛みした。無論、大丈夫じゃないからだ。

 既に体力は底を尽き、鎧の内側では大量の油汗が流れている。とてもでは無いが、魔王術を使える状態では無かった。だがやらねば全員ここで死亡確定である。流石にこんな所で死にたくは無かった。

 

「やるしかねぇだろ。他に手があるか!?」

「ですが――」

「あの、オーフェン先生、あれは?」

 

 口論しかけた二人を留め、深雪が指差す。そこにぽつりと一つの小箱が落ちていた。あれは、オーフェンが殺人人形との戦いのはじめに月の紋章の剣と共に放り出した、空間転移の小箱。そう言えば、あれがあったのだと今更オーフェンは思い出した。

 

「ミユキ、ナイスだ。あれでとっとと逃げるぞ!」

「あの小箱、何なんです?」

「空間転移の魔術文字を内蔵した箱だよ。使い方は、確か――」

 

 うろ覚えながら、姉アザリーがこれを使っていた記憶を引っ張り出し、また刻まれた文字を解読しながら、なぞっていく。

 上手くいったのか魔術文字が光となって浮かび上がった。同時に小箱の重さが増す――この小箱は距離に応じて重さが増えると言うものであった。と言っても今回転移するのは、この廃工事の入口だ。そこで待機している全員と合流し、ロードローラーで逃げ出せばいい。文字が次々と浮かび上がり、三人を包み込む。

 

『今回はここまで。次はもう少し、体裁を整えるとしよう――』

 

 鬱陶しい魔王の声はまだ続いていた。苛々させられるが、流石に手が出せない。覚えてやがれよと毒吐きながら、オーフェンは文字をなぞる手を止めない。達也も深雪も不快そうな顔をしていた。二人もしっかりあの魔王の事を嫌いになったらしい。……まぁ、スウェーデンボリーに関わった人間は大抵そうなるのだが。

 

『次は国を動かそうか? USNA? 新ソビエト連邦? 大亜細連合? それとも全てか? 楽しみにしていてくれ、旧友よ、解答者達よ。趣向を懲らして、楽しもうではないか。……ああ、肉体があると、たまにこうした期待が持てる。実に――』

 

 ついに魔術文字が完成し、三人の姿が薄れる。空間転移だ。その間際に、魔王が叫んだ。それは、はっきりと聞こえる声音で、一同へと叩きつけられる。

 

『忌まわしいよ!』

 

 次の瞬間、三人の姿は消えたのだった――。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は入口に転移するなり、そこで待たせてあった克人と八雲――エリカ、レオ、桐原はまだ気絶中だった――と合流するなり、さっさとロードローラーに乗り込んだ。達也と深雪は八雲の姿に驚いていたが、今はどうでもいい。

 猛スピードで入って来た穴から飛び出るなり、ついに魔王が残した沈黙魔術は発動した。ぶわっ――と気流が渦巻くと凄まじい竜巻が立ち上がったのである。それも無数の竜巻が林立するようにだ。

 廃工事がそれこそ冗談のようにひきちぎられて崩壊し、空へと舞い上がった。これは気流ではなく、エネルギーの渦だと逃げ出す一同は理解する。

 

「こんなものを、あいつは俺達に使おうとしていたんですか……」

「大袈裟な奴なんだよ、いつもな――来るぞ」

 

 後部座席で達也へと答え、オーフェンは告げる。直後、全く音も無く、しかし強烈な爆発が起きた。

 エネルギーが炸裂し、廃工事があった地点をあらかた飲み込んでいく。

 規模こそ戦術級だろうが、範囲を限定しなければ戦略級にも達しかねない威力がその爆発にはあった。ぞっとする一同に、オーフェンは嘆息しながらぽつりと呟く。

 

「殺人人形一体でこれだ……くそったれめ」

「それは、どう言う……?」

「殺人人形の材料は人間だ――逆を言えば、人間なら誰でも人形に出来るって事でもある」

 

 ぴたりと誰もが口をつぐむ。オーフェンが何を言っているのか、理解したからだ。

 確かに現在世界人口は、二十一世紀初頭に比べて30億人と激減している。だが、30億人”も”いるとも言えるのだ。材料は山とある。

 

「賢者会議。予想以上に厄介かもな」

 

 オーフェンは嘆息し、スウェーデンボリーの言葉を思い出していた。次は、国を動かすと言う言葉を。まさかなとは思いたいが、楽観は出来ない。

 しかも、それで終わりでは無いのだ――頭を抱えそうになるのを我慢して、オーフェンはぐったりと座席に身を預けたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……終わったか」

 

 司一、正確には殺人人形とのリンクが途切れ、やれやれと青年が肩を竦める。魔王、スウェーデンボリー。彼はにやりと笑うと身を翻した。そこに一人の女が控えている。

 ウィールド・ドラゴン=ノルニルが始祖魔法士、オーリオウル。彼女は緑色の瞳を潤ませて、スウェーデンボリーへとかしづいた。

 

「スウェーデンボリー様……どうか、御自愛下さいませ。貴方が出向かわなくとも、私達に言って下されば」

「別に出向いたと言う程でもない。ただ遊んだだけだ、オーリオウル」

 

 御自愛下さい。その言葉に嫌悪を滲ませ、スウェーデンボリーは彼女を置き去りにする。縋り付くようにして、オーリオウルは立ち上がった。

 

「申し訳ございません! ですが、私は……!」

「愛している、か? 有り体に言おうか、オーリオウル。その愛とやら――私には、鬱陶しくて仕方ない。二度と言う事を禁じる」

「そんな、ああ、でも、私は――」

 

 何故か恍惚とするオーリオウルに、スウェーデンボリーはついに付き合っていられないと無視する事にした。

 やれやれと歩いていくと、今度はやたら太っちょの巨漢に出くわす。ミスト・ドラゴン=トロールの始祖魔法士、パフだ。

 

「ほっほっほ、議長。随分楽しまれたようですな?」

「ふむ……久しぶりに旧友と会えたのでな。確かに楽しんだと言えなくもない」

「それは良い事ですな。出来れば、私も連れて行って頂きたかったものです」

「……言っておくが、彼女とは会っていないので、君の期待には応えられない」

「なんとっ! 女神様とお会いにならなかったと……! そんな、ついにスクルド様のお姿を見られると楽しみにしていたのに――」

 

 女神性愛者――まぁ、つまりそう言う性趣向を持つ巨漢に、スウェーデンボリーはやはり嘆息する。追いつき、涙を流して「どうか、どうか、私に罰をっ!」とか言って来るオーリオウルもそうなのだが、元は”巨人種族”なせいか、彼等は誰も彼も個性的――とてもとても控えめな表現でだ――で、あった。

 

「他の者達は?」

「皆、席に着いてるわよ、議長」

「君も居たのか、プリシラ」

「まぁね」

 

 パフの背後から現れたのは赤毛の勝ち気そうな少女だった。瞳はやはり緑色だ。

 フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリーの始祖魔法士、プリシラ。彼女は面倒臭そうに、オーリオウルとパフを眺めた。

 

「議長? この二人はまともに相手しない方がいいわよ。変態だから」

「プリシラ!? なんて事を言うの、貴女は――」

「まぁ、そんな事は分かっているのだが」

「スウェーデンボリー様!?」

「ほっほっほ」

 

 悲鳴を上げるオーリオウルに、否定すらしないパフ。二人を無視して、スウェーデンボリーは歩き出す。三人もそれに付き従った。

 

「なんか嬉しそうね、議長。楽しめたの?」

「それなりにと言った所か。想像以上の成果はあったな」

「へぇ、報告が楽しみね」

 

 言葉に反して、彼女はそっぽを向く。そんな気まぐれな所も猫のようだった。スウェーデンボリーは知らないが、彼女のそんな所は、達也のあるクラスメイトにそっくりでもある。魔王は苦笑し、とある一室に入る。そこには円卓が置かれていた。そして残る三人が席に座っている。

 レッド・ドラゴン=バーサーカーが始祖魔法士、ガリアニ。

 ディープ・ドラゴン=フェンリルが始祖魔法士、レンハスニーヌ。

 ウォー・ドラゴン=スレイプニルが始祖魔法士、マシュマフラ。

 彼等を睥睨し、スウェーデンボリーは席に着く。着いて来た三人も己が席へと座った。六種の獣王達、彼等に頷き、スウェーデンボリーは告げる。

 

「さて、では今回の件について話すとしようか」

「その前に、議長。通信が入っております」

「ほぅ? 私にか?」

「はい。どう致しましょう?」

「ふむ――」

 

 ガリアニからの問いにスウェーデンボリーは少し考えるそぶりを見せ、やがて薄く微笑むと頷いた。それを見て、ガリアニはネットワークとあるシステムを繋げる。フリズスキャルヴ――エシェロンⅢの拡張パック、そのバックドアを用いてしかここには繋げられない。やがて、円卓の卓上へと空間に映像が投影された。それは一人の女性、一見して二十代にも三十代の初めにも見える女性だ。だが、スウェーデンボリーは知っている。彼女の歳が四十を過ぎている事を。オーリオウルが目を吊り上げているのをよそに、彼はにこやかに微笑んだ。

 

「やぁ、久しぶりだ、”四葉マヤ”」

『あら、”おじ様?” 私の事をいつからそんなに他人行儀に呼ぶ事になったのかしら?』

「それは済まないな、マヤ――」

 

 甘えるように、悪戯めいた笑みを浮かべる彼女にスウェーデンボリーは苦笑を浮かべる。

 四葉真夜――十師族四葉家当主は、そんな彼に嫣然と頷くのだった。

 

 

(入学編第十六話に続く)

 




はい、第十五話後編でした。
いろいろ不穏過ぎる……これはあれか、お兄様イジメか。しかしアンチでもヘイトでも無い。うん、新手の嫌がらせか。
 さて、キャラ紹介3と参りましょう。劣等生から入った方と、はぐれ旅四部を知らない方用に、今作ラスボスっぽい彼を。
では、どぞー。

魔王、スウェーデンボリー。
種族:神人種族。
年齢:32(外見年齢が32歳。実年齢は不明。軽く数百億年はあると思われる)。
概要。蛇の中庭を想像した世界主にして創造神。唯一のアイルマンカーとも呼ばれる。異名は他にも「神殺しの魔王」「仙人」とも。
その実態は旧世界に於いて悟りの極致に至り、世界を捨て去った世界離脱者(ウォーカー)。常世界法則と一体化し、真の意味で神となった存在でもある。
彼は完全不可能性と無限可能性を混ぜ合わせて世界を創造した(これを持って同質にして正逆の天使と悪魔とも呼ぶ)。これが蛇の中庭と呼ばれる世界(オーフェン世界)である。その後、ドラゴン種族が常世界法則を制御する術――則ち、魔術を誕生する事により、他の神々同様、世界に現出してしまった。
その際、他の神人がドラゴン種族と魔術を根絶する事により常世界法則を正常化しようとした事に対して、彼は全ての神人種族を滅ぼす事により常世界法則を正常化出来ると考え、それを実行に移す。当時、自分達と共に現出した自分達の肉体とも言える巨人種族(つまり人間)を利用し、神と争わせたと言われる。
紆余曲折の果てにオーフェンを己の後継と見定め、散々弄んた後にあっさりと見捨てたが、カーロッタにより取り込まれ、それもシマスにより喰われて、彼はドラゴンと一体化してしまう。……だが、どこをどうやったのか、再びドラゴンの内側に現出した。この際、世界を現出したかどうかは不明。この世界が劣等生世界である。
スクルドの言葉を信じ、今話の内容から、やはり神化、常世界法則との一体化を目論んでいると思われる。
人物としては、神人種族としては例外的に人間に対して好意的な存在。望みを叶える事すらもある。
ただし、彼自身は人間に対して生死にこだわる事も他人に思い入れを持つ事も理解出来ない。その為、願いを叶えたとしても、大概ろくな事にはならず不幸な目に合わせる。
また神人種族として現出してしまった為に、生きている、と言う事自体に不快感を持っており、神化への悟りを無くしてしまい、至れない事に絶望もしている。
そして神化するにあたり、オーフェンに目をつけ、今話でようやくその成果を果し、狂喜した。
彼が劣等生世界で何をやらかすのか、知る者は誰もいない。

こんな所で。まぁつまりコルゴンを百倍厄介にしたような野郎と思えば分かりやすいかもしれません。
四部でまさかああなるとはテスタメントも思わなかったんだぜ。そして補説、オーフェンの巨人化について。
彼の巨人化は、言わば魔王の力(魔法)を己の内に生み出してでも内包する、と言うものです。かつて四部においても抱えっぱなしではありましたが、ネットワークからの現出をきっかけにして表出せんとし初めました。これは下手すれば、オーフェン自身を常世界法則化しかねないもので、万能全能の力でありながら制御をほとんど受け付けない、と言う厄介なものです。
オーフェンは魔王術で無理矢理制御している状況となります。またスウェーデンボリーが目指した、己と成り代わる、と言う状況(魔術、魔法の根源となる)も達成してしまい、案の定魔王歓喜な事になってしまいました。
あれ、オーフェンにとっても人生難易度跳ね上がってね? いや、四部はもっと酷かった筈。
そんな訳で次回、第十六話は入学編エピローグとなります。
ではでは、また次回ー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十六話――エピローグ#Ⅰ――「彼女はただ叫んで」(前編)

はい、テスタメントです。
気付いたらエピローグが一万文字を超えていた――いや、びっくりするくらいな筆のノリようにテスタメント自身がびっくりです(笑)
そんな訳で入学編エピローグ前編どぞー。


 

「つまりお前達はこう言いたい訳だ――」

 

 ブランシュによる第一高校襲撃、並びにブランシュ日本支部決戦(命名スクルド)の翌日、第一高校特別講師である所のオーフェン・フィンランディは、数人の生徒を生徒指導室に呼び出し、机をこつこつと苛立たし気に指で叩いていた。

 呼び出された生徒は、十文字克人、桐原武明、千葉エリカ、西城レオンハルト、そして司波達也と妹の深雪、以上六名である。彼等はブランシュ日本支部に無断で殴り込みを掛けた事について、出頭を命じられたのであった。

 ちなみに机の上には新聞が一部置かれている。一面には「ブランシュ、天世界の門と抗争の末に壊滅か!?」と、でかでかと文字が載っていた。そしてブランシュ日本支部であった廃工場跡の写真が添えられている。

 事件の後始末は十文字家を持ってしても不可能だった――当然だ。学内の騒動だけならともかく、ブランシュ日本支部が吹っ飛んだ爆発はどうやっても隠蔽不可能である。結局、天世界の門がブランシュと抗争し、あの爆発が引き起きたと言う事実のみをリークする事にしたのだった。……世間の評判は、地に落ちる所か減り込む勢いな天世界の門だが、まぁそれはいい、今更だ。問題は勝手にブランシュに攻め入った生徒達である。彼等を止めたのはオーフェン自身ではあるが、正体を隠している立場上、一教師として行動しなければならない。本来、十師族である十文字克人に文句を言える教師なぞ、いはしないのだが、オーフェンは唯一の例外であった。

 そんな訳で絶賛説教タイムである。オーフェンはいかにも俺は頭痛がしてると、こめかみを指で叩く。

 

「愛校心溢れるお前らは正義に則って悪辣卑劣な襲撃を仕掛けたブランシュに報復に行きました。でも天世界の門の構成員に全員やられましたと」

「はい」

「そうかそうか、素晴らしいなオイ。それが何を意味するか勿論分かってるよな? 今回、天世界の門の介入が無かったらお前らはここに居ない。全員あの世行きだった訳だが――それは自覚してるな?」

(茶番だな……無理も無いが)

 

 激怒している。ようにオーフェンが見せ掛けているのを、克人と達也、深雪は分かっていた。三人は天世界の門の構成員が彼自身である事を知っていたから。だからと言って反省の態度を示さない訳にもいかず、消沈したようには見せていたが。ちらりと横目を向けると、エリカとレオは少し顔を引き攣らせている。桐原も顔を青ざめさせていた。それだけ、オーフェンの迫力が半端では無い。……意外に、怒っている振りが上手いせいか、それとも本当に怒っているのか。

 

「しかもそれだけじゃない。お前達がやったのは立派な犯罪だ。傷害容疑、魔法の無免許使用、ブタ箱入りになるのが普通だ。……そこのデカブツのおかげでどうにかなったようだが」

 

 キロリとオーフェンが睨むと、克人が身を竦ませる。ただでさえ悪い目つきが、それこそヤバい色を湛えていた。そして一同をゆっくり見渡して、何度目かの溜息を吐く。

 

「司法からはお咎めなし。学校からもペナルティー無しと言う事だったが、俺が却下した。そんな訳で罰を受けて貰う」

「あの……オーフェン先生?」

「なんだミユキ」

「先生は非常勤で、本来は講師でも無い筈では……?」

「何故か知らんが、生徒指導員的な役割も俺なんだよ一年前から……なんの事は無い、クソ生意気なガキ共を叩きのめしただけだがな。ともあれ、この件に於いて俺は全権を任されてる。十師族だろうが百家だろうが、容赦しない」

 

 断定口調で告げられ、深雪はこくこくと頷く。かなり怖いのだろう。後で慰めようと達也は自然と決め、目線を上げる。するとオーフェンと目が合った。彼は自分にだけ分かるように苦笑した。

 

「放課後の一週間、校舎全部のトイレ掃除+毎日反省文を十枚提出。いいな?」

 

 うっ……と、これは達也も表情を少し引き攣らせる。言うまでも無い事だが、第一高校の校舎はかなり広大だ。普段はオートメーションで清掃が成されている。それを人の手で、となると手間と言うより面倒と言う感情が出てしまう。加えて、やたら古臭い罰だと言う事にげんなりとしたのだ。二十一世紀初頭でも絶滅危惧な罰であろう。なんとか達也は声に出さない事に成功したが、隣の同級生達はそうは行かなかった。いかにも不服そうに、ぽつりと呟く。

 

「今時、トイレ掃除って」

「古いよなぁ」

(……バカ)

 

 エリカとレオ、二人の呟きに達也は内心で告げる。そんなわざわざ自分達から地雷源に飛び込むような真似をしなくてもいいだろうにと。案の定聞き咎めたのか、オーフェンがにっこりと笑った。

 

「そうかそうか。千葉、西城、お前達は斬新な罰がいいんだな? なら、遠慮無しだ。キィィィィスっ!」

「お呼びになりましたか、黒魔術士殿っ!」

 

 めこっと唐突に壁から現れるは第一高校及び七草が世界に誇る迷惑厄介型執事、キース・ロイヤル。……どうやら前面に塗料を塗って指導室の壁に潜んでいたらしい。彼の身体にぴったり合うような型が壁にあった。久しぶりな意味不明さに、達也は遠い目になる。同時に隣で狼狽するクラスメイト二人にエールを心の中で送った――元気でいろよ、と。

 

「キース。マユミとコウイチには俺が言っておくから、今から一週間、千葉と西城の家に行け」

「「はぁ!?」」

「つまり――好きにして、よろしいと?」

「え、ちょ……!?」

「ま、待った……!」

 

 キースの瞳がキラリと光る。エリカとレオは二人揃って顔を青くするが、最早遅い。達也は見えぬように二人の為に十字を切ってやった。よく見れば桐原も手を合わせており、克人も祈りを捧げるような仕草をしている。深雪だけは「あ、それは良いですね」とか言っていたが、ひたすら聞こえないフリを通す。そして二人に裁断を下すように、オーフェンが鷹揚に頷いた。

 

「一切の制限無しだ。お前の好きにしろ」

「では、早速このよーなものをっ!」

「「ぶっ!?」」

 

 オーフェンの宣言を聞いて、キースが取り出したのは、これまた新聞だった。ただし校内新聞である。そこにででんと乗せられた写真は車に折り重なるように眠るレオとエリカだった。見出しはこうだ――「熱愛発覚!? 一年最速カップル、車内で不純異性交遊か!?」……よく見ると、その車内はブランシュ日本支部に突っ込んだロードローラーであった。つまりこの執事もさりげにあそこに居たと言う事だが……気にしない方が幸せになれると達也は確信した。

 

「では私はこれを校内に配って参ります!」

「待って、待って――――!」

「おい、冗談じゃねぇぞ!」

「その後は、お二人の家に仕えさせて頂きます。ふふふ、かつてマギー家を幽霊屋敷に変えた手並み、存分に発揮致しましょうとも!」

「「ぎゃあああああああああっ!?」」

 

 なんと恐ろしいのか……幽霊うんぬんも、この執事だとやらかしそうで怖い。達也はようやくオーフェンがガチで怒っている事を理解した。エリカとレオはキースを一旦置いて――どうしようも無いと分かったからだ――オーフェンをキッと睨む。

 

「先生! 今の命令を撤回して下さい!」

「何でだ。斬新な罰のがいいんだろ?」

「斬新過ぎるだろ!? 頼むから――」

「それよりお前ら、罰を受ける身でありながら逆らったな? キース、二週間に延長だ」

「「どえええええええっ!?」」

 

 それを聞くなり、キースは例の校内新聞を手に飛び出した。学校中にバラ撒くつもりだろう。しかも、置き土産に声を大にして行く――「さぁ、お二方の家に挨拶に参りませんとっ! 具体的に言うなら荷車を引き回しながら巨鳥カゲスズミノコギリコバトを従えて台風と共に馳せ参じましょう!」と。

 

「いやぁぁぁぁっ! このままだと、私の家が――っ!」

「俺ん家もだよ! くそっ追うぞ!」

「うん、腕づくでも止めないと!」

 

 二人は頷き合うと、キースを追ってドタバタと出て行った。それを最後まで見送って達也は思う。きっと、多分無駄なんだろうなと。とりあえず。

 

「……あの執事、台風呼べるんですか? 春なのに」

「前は無理だったが、今はどーだろうな」

「そうですか。……オーフェン先生、土下座でもなんでもするので、今の罰だけは金輪際勘弁して下さい」

「分かりゃあいいんだよ、分かりゃあな」

 

 平伏する達也と何故か克人、桐原に、オーフェンはさにあらんと苦笑したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それから一週間、下校時間間際まで全校舎のトイレ清掃と反省文の提出と言うなかなかの苦行はあったものの、概ね平和な学校生活を達也は過ごした――エリカとレオが、「さんだーすとろんがー、さんだーすとろんがー姫が……」だの「白い首なし暴走かぼちゃ戦車、なんなんだアレ……」だのとのたまうのは別として(余談だが、達也は二人に黙祷を送った)、ようやくまともな学生らしい環境となったのではと言える。

 そしてゴールデンウィークを間近に控え、達也はブランシュの一件を思い浮かべていた。

 結局、オーフェンからは話しを聞けず仕舞いだった。自分からいつか話してくれと言ったので問い詰める事も出来ない。一年前の出来事とやらも、全く謎だ。

 そしてスウェーデンボリー。賢者会議の一員と思われ、自分と妹の出生にも関わり、四葉家当主、四葉真夜との繋がりをも匂わせた、あの男。歴史上、スウェーデンボリー等と言う魔法師は存在した形跡は無い。達也は師匠である八雲にも聞いたのだが、彼は首を横に振るだけだった。

 

「おそらく、そのスウェーデンボリーについて知るのは、天世界の門だけだろうね。彼等が賢者会議と対立しているのも、そこに理由があると僕は見ている」

 

 クプファニッケル――オーフェンだが、どこをどうやったのか知らないが、彼と交渉を持てるようになったらしく、そこから情報を引き出してみようと、八雲は達也に言った。だが、正直オーフェンがまともに教えてくれるかと言うと、あまり頼りにも出来そうに無い。

 クラスメイトのスクルド・フィンランディ、表向きオーフェンの妹も、事件の前後で態度が変わると言う事も無く、キースの暴虐で心に深い傷を負ったと思われるエリカをよしよしと慰めていた。

 だが気のせいか、彼女はたまに透明な笑みを自分に見せる時があった。スウェーデンボリーと同じ、超越者の笑みを。ぞっとした次の瞬間には脳天気な彼女に戻っているので、深くは聞けないのだが。

 考える事は山とある。天世界の門、賢者会議、自分達のルーツ、そしてオーフェン達の過去。しかし、それはそれとして達也は事件を経て、やりたい事を一つ見つけていた。それは――。

 

「オーフェン先生」

「ん?」

 

 一週間ラストのトイレ掃除を終え、反省文を提出した達也は、それを眺めるオーフェンへと声を掛けた。

 春とは言え、まだ日は長い。この後打ち上げを行う予定もある。エリカとレオも、ようやくキースから解放されると(二週間に延長はオーフェンに散々土下座して許して貰えた)、万歳三唱して喜んでいた。最近行き着けの喫茶店「アイネブリーゼ」に、早々と二人は美月を伴って行っている。達也を待ちたいと言った深雪と光井ほのか、北山雫も先に行かせた。

 十文字克人、桐原武明も反省文の提出を終わらせ、帰宅している。桐原は誰かの見舞いをしているらしく、オーフェンに弄られていたが。

 ともあれ、今日は達也が最後だ。斜陽が差す生徒指導室に二人は差し向かいでいる。やがて反省文を読み終え、彼は苦笑しながら目線を達也に戻した。

 

「よし、いいだろ。これで晴れてお前もお勤め終了だ。で、何か用か」

「……いえ」

「そうか。なら、もういいぞ。ところで、今から話すのは独り言だ。お前は何も聞いていない」

「…………」

 

 その台詞を聞いて、達也は口をつぐんだ。オーフェンが何を言おうとしているのか、悟ったからだ。彼は気にしていないように話し出す。

 

「この宇宙の外にはまた別の世界がある。そう言われて、信じる事が出来るか?」

「……異世界の存在は、理論上、肯定されています」

「そうだな。それは俺も知ってる。だが、俺が言いたいのは世界の中に世界がある、と言う状態さ」

「量子論……ですか?」

「いや、そんなに難しいもんじゃないさ。……そうだな、これは一つの神話だ」

 

 そう言って、オーフェンは立ち上がると用意してあったのだろう。缶コーヒーを手に取り、一つを達也へと投げ渡した。そして自分もブルトップを開け、ちびりと飲む。

 

「かつて、世界はただそれだった。世界は世界であるだけで、それ以上でもそれ以下でもなく、世界に存在する物のために何を用意する必要も無かった。その頃、世界に住んでいたのは、不死の巨人達だけだった。巨人――ユミール。彼等は大地がなくとも、海がなくとも、風がなくとも、星が太陽がなくとも、永劫を生きる力を持っていた。彼等こそは世界そのものであり、虚無だったから。だが、それに変化が起きる。虚無が満たされてしまったんだ。くまなく満たしたもの、それが神々だった」

「……?」

 

 唐突にオーフェンが語り出したその内容は、ありふれた内容のように達也には思えた。創世神話だ。よくあるお伽話。だが……何故だろう、その話しを気付けば真剣に聞いている。手に持つ缶コーヒーがぬるくなる事すら、忘れる程に。

 

「神々は巨人を殺し尽くし、その遺骸を持って大地を作った。だが、たった一つ、最大の巨人を殺す事は出来なかった。その巨人は蛇であり、あまりに巨き過ぎたから。仕方なく神は、とぐろを巻く蛇の内側に世界を作った。「蛇の中庭(ミズカルズ)」、その世界はそう呼ばれた」

 

 そこで一旦オーフェンは言葉を切る。何かを思い出すように、悔いるように、懐かしむように。達也はその姿を、まるで老人のようだと思った。疲れ果て、死ぬ間際に思いを巡らせる、そんな老人だと。

 ゆっくりと息を吐いて、オーフェンは達也へと視線を戻す。

 

「それが、この世界だとしたら――どう思う?」

「……神話でしょう?」

「そうだな。だが、神話が真実じゃないと、誰に言える? 俺も、そう思っていた口さ。確かに神話は神話だった。だが、真実はそう言ったものにこそ隠されてると、俺は思い知ったよ」

「貴方は……」

 

 貴方は、一体何者なんですか? 幾度、そう思ったか分からない問いを、達也はぶつけそうになる。

 オーフェン・フィンランディ。七草真由美のボディーガードにして、第一高校特別講師――よくよく考えなくても、学校内を支配しつつあるように思える――そして天世界の門の構成員、賢者会議の中心人物に旧友と呼ばれる。考えれば考える程に訳の分からない人物だ。ことここに至って、達也はオーフェンを不気味に思った。入学式に初めて会った時の違和感がぶり返す。そして、彼はにやりと笑うと、問うてもいないのに答えた。達也の聞きたかった問いに。

 

「俺は異邦人さ。はぐれ者だよ。はぐれ魔術士だ」

「はぐれ?」

「そう。どっかのクソ野郎に言わせれば、全てを見限る薄情者って事なんだろうな。……故郷を捨て、家族を捨て、名前を捨て。そうやって、はぐれ続けて来た」

「……貴方の経歴を、師匠に頼んで調べて貰いました。二年以上前の経歴が、真っ白だと」

「ああ」

「貴方は」

「分かるだろ」

 

 それ以上、オーフェンは答えない。だが、それで全てだった。達也は直感的に悟った。”彼はこの世界の人間ではない”と。

 つまり、それが答え。達也が疑問に思っていた全ての答えだ。彼が行使する魔法、謎の体系の魔法技術、知識、経験。それら全てが、別の世界で培われたもの。”異世界のもの”だ。

 達也は自分が我知らずに興奮していた事に気付き、ゆっくりと息を吸い、吐く。そうして、もう語り終えたとコーヒーの残りを飲むオーフェンを見据えた。

 

「何故、ここに来たのか――聞いても教えては貰えませんか」

「分かり切った事は聞くべきじゃないな」

「そうですか。なら、俺からも一つ、聞いて欲しい事があります」

「何だ?」

「俺には成し遂げたい事があります。重力制御型熱核融合炉――恒星炉の実現。これが、俺のやりたい事です」

 

 唐突な達也の台詞に、オーフェンは意外性を突かれたのか、目を見開いた。

 重力制御型熱核融合炉の実現は、汎用的飛行魔法の実現、慣性無限化による擬似永久機関の実現と並んで、加重系魔法の技術的三大難問の一つと呼ばれる。オーフェンが元居た世界、先程の会話で出した蛇の中庭に置いては蒸気機関による発電が精一杯で、この世界の発電技術に唸ったものだ。まさか、彼はそれよりもう一段階先の技術実現を目指していようとは。

 オーフェンも恒星炉が実現するまでの問題はいくつか指摘出来る。……その解決法もだ。だが、今はそれを言わない。じっと見ていると、達也は続きを告げた。

 

「正直理論上だけなら、もう実現出来る見込みは立ててます」

「……マジか」

「ええ。ですが、実用ベースには至っていない。今考えられるものでは、魔法師が二十四時間魔法を掛け続けなければなりません。それも高レベルの魔法師が、です。俺が目指すのは、それじゃない。俺が目指すのは魔法師が不可欠でも、パーツとはならないものです」

 

 それを聞いてオーフェンが思い出したのは、ある魔術士の話しだった。比喩では無く、死ぬような思いで魔術の制御法を会得した魔術士が、なんやかんやあって得た職が氷を作る、というものだった話し。

 自分の人生はなんなんだろうと真剣に悩んだとか。まぁ、これはしょうもない例えだ。達也が言いたいのは、魔法師を生活に不可欠な存在へとしたいと言う事だろう。今の魔法師の立場を変えたい――その為の方法だ。だが、それが部品であってはならないと言う事だ。

 しかし先の魔術士でもあるまいが、それはそれで問題が出そうではある。魔法師と非魔法師の立場がそれだ。下手をすれば逆転する。それは後々の火種となるだろう。魔法師と非魔法師の戦争の火種だ。

 だから、達也の考えを聞いてオーフェンが思ったのは、たった一つの感想だった――若いな、と。

 それが理想であるのは誰でも分かる。だが理想が実現した後に待つのは、大量の失望だ。そして絶望だ。散々それを思い知っているオーフェンは、それでも達也に何も言えない。言えるものか。若者の理想を壊すような真似が、誰に。

 

「その問題の解決方法の一つに、”魔法式の保存”があります」

「……つまり、俺に教えろと?」

「はい」

「ダメだ」

 

 即答でオーフェンは却下する。達也はこう言ったのだ、沈黙魔術を教えてくれと。先程、オーフェンが恒星炉の問題の解決法に思い付いたのも、沈黙魔術であった。あれならば、例え非魔法師であっても魔術文字を刻む事により発動出来る。問題点を大幅にクリア出来るだろう。だが、それとこれとは話しが別であった。

 達也が信用出来ない――と言う訳では無い。あれは魔術だ。しかも賢者会議に居るであろう、始祖魔法士を介した魔術である。

 オーフェン達、天世界の門は、いつか彼女も打倒するつもりでいる。そうすれば、沈黙魔術は使えなくなるのだから。無論、オーフェンは始祖魔術士を設定する事も出来るが、やるつもりは皆無である。だから。

 

「……あれは天世界の門の極秘技術だ。簡単に教えられるものじゃない」

 

 オーフェンとしては、こう答えざるを得なかった。まぁ嘘は言っていない。達也も期待していなかったのだろう。あっさりと頷き、しかしそのまま告げて来た。

 

「では、こうしませんか。俺はある同好会を作りたいと思っています。その顧問になって下さい」

「……断るつもりだが、一応聞いておく。なんの同好会だ?」

「魔法研究会、と言うのはどうでしょう」

 

 この第一高校、と言うか魔法科高校に於いて、魔法の研究は当たり前のものだ。毎年論文コンペに各校は参加している所からも分かる通り、盛んに行われている。同好会を設立する意味がどこにあるのか――と思った所で達也の狙いを理解した。

 

「お前、俺から教わるのが前提だろそれ」

「はい。二科の生徒に限らずですが、自分の魔法を使いこなせていない生徒は意外に多い――」

 

 特に一年生はそうだ。一科生の生徒はスペック頼りの強引な魔法を使うものが多く、二科生はスペックが足りないか、そもそも使い方を知らない。オーフェンが去年より指導した二科生の生徒の成績が急に伸びたのはこれも一つの原因だった。彼は魔法式を構成として読み取れる。そこから問題点を把握し、指導に当てたのは精霊の目で同じ事が出来る――より簡潔にだ――達也にも理解出来た。

 なので、この研究会はそれを授業よりはっきりと行うものと考えればいい。オーフェンと言えども授業はカリキュラムがあるのだから、突き詰めた指導は出来ていない。それはこの一週間足らずの実習授業で達也が感じた事だった。

 

「勿体ないとは思いませんか? 貴方の立場なら、その辺は特に」

「否定はしないが、今の俺の立場を考えろよ。生徒会、風紀委員顧問に、生徒指導員。非常勤の講師如きが、なんの冗談かってくらいに役職持ちだ。他の講師から恨みをこれ以上は買いたくない」

「いっそ、第一高校を支配したらどうですか。やりやすくなる」

「俺の先生がそんな立場だったし、一時期俺もそうしていた事もあるさ。二度と御免だがな。やってられるか」

「でしたら、尚更です。たかが同好会の顧問ですよ?」

「……言いたくは無いがな。俺がその手の顧問をやるって段階で、二、三年生が詰めかけて来るのが目に見えてんだよ。まずカツトとマリが即入りそうだし」

 

 オーフェンがいかな手段を用いてか、去年の二科生の成績を伸ばしたのは周知の事実だ。これだけでも殺到確実なのに、日頃魔法訓練を受けたいと言って憚らない克人は確実に入りたがるだろう。そうしたら、まず学校内最大部員数に成るのは確定だった。想像して、オーフェンはげんなりとする。達也はふむとそんなオーフェンに考え、無表情を笑みに少し変えた。

 

「なら、こうしましょう。入会は一年生限定、でどうでしょうか?」

「一年生限定? まぁ、それだと大分削れるだろうが」

「はい。それに部活では無く同好会と言う扱いでいけます。これなら、オーフェン先生の立場はそう変動しないのでは?」

 

 ……確かに、そうオーフェンは思い、はっとする。ついつい達也に乗せられていたと自覚したからだ。顧問になるのが前提で話しが進んでいた気がする。

 こいつ、詐欺師の才能もありやがるなと冷や汗をかきつつ、もう一度断ろうとして。

 

「俺は、貴方から魔法を教わりたい」

 

 達也の、そんな一言に沈黙した。彼は真摯にこちらを見ている。その目には覚えがあった。かつての弟子、マジクと同じ目だ。達也の目に彼と同じものをオーフェンは見て取った。

 

「俺は、第一高校に。ひいては魔法科高校そのものに、教育機関としては期待していませんでした。……いえ、今でも正直、そう思っています。魔法大学系列のみ閲覧出来る非公開文献の閲覧資格と、魔法科高校卒業資格だけを望んでいた」

 

 それは今月初めに入学した新入生としては、あまりに夢が無いものだった。かつての二年、三年の二科生が、諦観と失望の先に行き着く思考である。だが、彼は最初からそう思っていたと言う。学校から学ぶものは、何一つ存在していなかったと。だが――。

 

「ですが、貴方が居た」

 

 そこにオーフェンが居た。八雲が言う所の、自分を真に超える存在が、そこに。

 スペックだけなら、自分が勝っているだろう。その自覚はある。二度目に戦う機会があれば、勝てる見込みを達也は持っていた。だが、それと同じくらい勝てる気がしない。

 ブランシュ日本支部での戦い。あの時、彼は自分を殺すつもりでは無かった筈だから。次、そうなるとは限らない。そして、あの戦いで彼が見せた魔法の可能性。彼曰く、魔術だったか。達也の見立てでは十分過ぎる程にあれは魔法に転用が利く。そこから広がる可能性は、魔法と言うものの限界を、大雑把にも見極めたと思っていた達也には軽いショックだった。そしてまた、世界が広がる感覚を自分は得ていた。知りたいと、そう思ったのだ。

 

「魔法は、まだまだ未発達。ですが、それはこれから如何様にも成長すると言う事でもある。俺は貴方と戦って、まだまだだと思い知りました」

「…………」

 

 オーフェンは何も言わない。ただ、自分をじっと見ている。達也は気付けば熱弁を奮っていた。自分の気持ちを、ぶつけていた。そんな事をしたのはいつ以来だろうかと考えて、深雪にすらした事が無かったと苦笑した。

 だから、これは多分、生まれて初めての本音。

 

「どうか、俺に魔法を教えて下さい」

 

 そう締めくくり、達也は頭を下げる。それを見て、オーフェンは息を吐いた。

 彼はこう言った、俺にと。俺達にでは無くだ。同好会設立も全部建前だろう。つまり達也は本当に教わりたいだけなのだと、オーフェンは理解する。

 何も教わる事が無いと、諦めていた少年がだ。それはオーフェンに複雑な思いを抱かせた。後悔が混じる思いだ。だが……そんな少年の言葉を否定するものを、オーフェンは持っていなかった。かつての少年として、今は大人の自分は持ち合わせていなかったのだ。だから。

 

「……いいだろう」

 

 そう応えた。達也が顔を上げる。無表情の中に紛れも無い歓喜が混ざっているのを見て、オーフェンは苦笑した。

 

「俺が教えられる範囲でなら、構わない。だが、一つだけ条件を出そうか」

「条件?」

 

 一体何を――そう達也が思いを巡らせる前に、オーフェンは挑むような不敵な笑いへと苦笑を変えた。そして告げる。かつて諦めた事を、彼へと。

 

「”俺を超えろ”。いつかでいい、必ずだ。そうで無かったら、教える意味が無いだろ。いいな?」

 

 後継者となれと、言外にオーフェンは達也へと告げた。それに彼は唖然とし――しかし、オーフェンと同種の笑みを浮かべる。

 

「はい。いつか、必ず」

 

 そして、はっきりと頷いて見せたのだった。

 

 

(第十六話後編に続く)

 




はい、入学編エピローグ前編でした。達也とオーフェンずっと語るの巻(笑)
正直、これで入学編終わってもいいんじゃねと言うくらい綺麗に終わりましたが、まだだ、まだ終わらんよとばかりに後編やります。
ちなみに千葉家と西城家は魔境と化しました……エリカとレオの立場や如何に(笑)
そういや久しぶりにキースが出ましたが、今回はまだまだ控えめです。メインじゃないしね(笑)
さて、次回でようやく入学編終わり、つまり一部完結となります。長かったなー。
ではでは、次回もお楽しみにー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学編第十六話――エピローグ#Ⅰ――「彼女はただ叫んで」(後編)

はい、テスタメントです。入学ラストとなる今話……ええ文字数が。
いや、あれですよ。ここまでなるとか思ってませんでした。
おっかしいな……プロット立てた時は、一万くらいだったのに(汗)
さて、そんな訳で入学完結です。しかし最初に言っておくと前編的な爽やかさは後編にはありません。
その辺、どうかお覚悟の程を。ではでは、入学編第十六話エピローグ後編、どうぞー。


 

「ふぅ……」

 

 夜、司波達也は自宅のソファに息を吐きながら身を沈める。深雪が苦笑しながら横に座った。

 あの後、急いで向かった打ち上げ先――喫茶店アイネブリーゼで、エリカとレオが早々にテンションをぶち上げており、酒でも飲んでいるんではなかろうかと言う騒ぎっぷりを見せたのだ。

 まぁ達也が人知れずに貸し切りにしていたおかげか、他の客の迷惑になると言う事は無かったのだが、しかし流石にあのテンションの二人には疲れさせられた。おかげで同好会設立の件は全く話せていない始末である。達也としては、あの打ち上げに参加したメンバーに入って貰いたかったのだが。

 ちなみにと言うか当たり前なのだが、深雪はこの話しを聞いた段階で既に参加が決定している。兄ある所自分あり。流石のブラコンっぷりであった。

 ともあれ、ようやく人心地つく事ができ、達也は安堵の息を吐く。これからいろいろ手続きに奔走する事にはなるだろうが、それは言い出しっぺの責務だろう。

 

「お兄様、前もこんな事がありましたね」

「ん……ああ、部活勧誘期間が終わった時か。あの時はまさかこんな事になるとは思っていなかったよ」

「そうですね。でも、深雪は嬉しく思います。お兄様が、楽しそうになされているように見えましたから」

「楽しそう? 俺が?」

「はい」

 

 微笑みながら頷く深雪に、達也はふむと考えを巡らせる。

 叔母が提案し、母が実行した実験により、自分は妹に向ける以外の感情は、フォーマットされたと言える。激情を抱けなくなったのだ。感情は喪失した訳では無い。だが、表に出せないと言う意味では大した違いは無いだろう。それが楽しそうに見えたと深雪は言った。

 理性はそれを否定する。だが、第一高校に入学して以来、確かに全く経験が無い事ばかりが起きた。それを自分は楽しいと感じていたのか……達也に判断は出来ない。

 

「正直に言うと、私は不安だったのです。お兄様は、私の為に無理をしていないかと。お兄様の実力なら高校に通う必要なんてありません。それを蔑まれてまで通う事に、苦心されていないかと……」

「…………」

 

 深雪の言葉に思い出すのは、つい数時間前にオーフェンへと告げた台詞だ。

 第一高校に教育機関としてのそれは期待していなかったと言うもの。深雪にも、それは見抜かれていた。だけど、彼女はそんな兄に微笑み続ける。

 

「でも、今はそう思っておりません。友達とのたわいないやり取りも、風紀委員としての勤めも、オーフェン先生との掛け合いも、キースさんの騒動すら楽しんでる。そう、深雪は思います」

「……最後のだけは同意しかねるな」

 

 そう言って苦笑し、達也は思い浮かべる。そしてようやく認めた。自分は楽しかったのだ、まだ三週間にも満たない、このドタバタとした日常が。

 まぁ、あの執事の件は別としてもだ。この学校生活に、やり甲斐を見出だしつつあるのは確かだった。慈愛の笑みを浮かべている深雪に表情にこそ出さないものの、小恥ずかしい感覚を覚え、達也は肩を竦める。

 

「……そうだな。楽しんでいるのかも知れないな」

「はい」

 

 嬉しそうにする深雪に達也も微笑む。そんな兄に満足気に頷いて、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

「お兄様、お疲れになったでしょうし、コーヒーは如何でしょうか」

「そうだな。頼むよ」

 

 二つ返事で請け負い深雪の姿がキッチンへと消える。後ろ姿を見届けて、彼女が戻るまでの間、暫くボーとしていたくなり目を閉じた――ところでヴィジホンの呼び出し音にそれを中断させられた。

 少々煩わしかったが無視する訳にもいかない。深雪がキッチンからリビングに戻って来ようとするが、手を上げて制止するとターミナルへと歩き、操作しようとして――息を飲んだ。表示された名前にだ。先の空気が全て吹き飛ぶ。

 長く……だが実際は数秒ほどの時間を持って、達也はターミナルを操作し、ディスプレイを展開する。そしてその向こうに現れた人物に改まって頭を下げたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 天世界の門は訓練に、七草が用意した地下の訓練施設を使う。そこには他にオーフェンが沈黙魔術の研究と、その成果である魔術文字が刻まれた兵装が並ぶ、言わば研究所があった。

 オーフェンはここ二年ですっかり馴染んだ端末を操作し、データ取りを行う。その相手は渡辺摩利だった。彼女は一つの長剣を手に取っている。だが、その剣は鞘に納められたままだった。

 

「オーフェン師、発動してもいいですか?」

「厳密にはもう発動してるんだがな。ああ、展開を命じてみろ。それだけで鞘から抜ける」

 

 言われ、摩利はその剣――魔剣を掲げる。剣に発動の命令を送る必要は無い。ただ自分がこの剣を使用しているという自覚があればいい。剣は既に働いているのだから。それさえ間違わなければ、剣は作用する。

 オーフェンが最近作り上げた、沈黙魔術の剣、蟲の紋章(コルクト)の剣だ。ざぁっ、と虫の羽音にも似た響きと共に何かが広がっていく。同時に剣が白く輝く刀身を顕した。

 蟲の紋章の剣。かつてオーフェンの兄弟子であり、元部下である所のエド・サンクタムと因縁のある剣だ。月の紋章の剣と同じく感傷を喚起させられる剣でもある。だがそれはそれだ。オーフェンは端末に表示された蟲の紋章の剣が、機能を十全に発揮しているか、データに目を通す。

 この剣の銘の由来は、その機能から来ている。本体は剣では無く鞘だ。鞘は人の目には捉えられないほど極少の虫の集合体で――この虫は魔術文字そのものだ――機能状態では分離して使用者の周囲に展開しており、鞘から抜かれた刀身は虫を操る中枢、言わばアンテナの役割を持っている。そして虫だ。これは相互に干渉して特殊な力場を線状に発生させる。二つの虫で一本の力場を、三つの虫で三本の力場、四つなら六本、五つで十本、このように力場を増やしていく。ちなみに鞘が一体何体の虫に分離しているかは、作った当のオーフェンですらうんざりとする数であると言う所で察して頂きたい。

 オーフェンが見る端末では展開した虫の分布が表示されていた。摩利の周囲を覆っている。虫達は互いに近い距離にいるほど力場も強くなり、中央に位置する使用者は刀身で守られるので、たとえ魔術を跳ね返す程に強まった力場の中にいても動く事が出来る。また大雑把にではあるが、力場も自在に動かす事も可能で、効果範囲は数十メートルから百メートル以下だ。防御型ではあるが、おおよそ隙の無い万能兵器である。

 オーフェンは摩利に視線を戻し、手を上げる。彼女がそれを見て頷いたと同時に構成を瞬時に発動させた。

 

「我は放つ光の白刃」

 

 熱衝撃波が手より放たれ、摩利へと直撃する――事も無く虫により弾かれ、明後日の方向に着弾する。更に擬似球電、重力渦、極冷気、おまけに空間爆砕を仕掛けるも全て弾いたのを確認し、オーフェンはふむふむと頷いた。

 

「よし、もういいぞマリ」

「は、はい」

 

 立て続けに殺傷性抜群の魔術に晒されたせいか、若干びくつくようにして摩利は剣の機能を終了させる。虫が鞘へと瞬時に戻った。

 防御に関して、オリジナルと寸分違わぬ性能を発揮した事はこれで証明された。後は攻撃だ。本来の蟲の紋章の剣も展開した力場による攻撃が可能だったが、オーフェンはこれにCADと掛け合わせ、魔法を兼用する事も目論んでいる。摩利の”あの”魔法と掛け合わせれば、非常に強力な攻撃手段となる事が予想された。だがまぁ今日の所はここまで。今日取ったデータから調整して試すべきだろう。……この調整が実は苦手で、出来ればその辺を任せられるエンジニアが欲しい所なのだが――。

 

「お疲れさん。いいデータが取れた」

「いえ、しかし改めて強力ですね。この剣……」

「そりゃあな」

 

 摩利から蟲の紋章の剣を受け取り、脇に置いてあった封印用のケースに納める。そうしながら笑ってみせた。

 

「俺達の世界の魔術。ドラゴン種族の魔術でも一、二を争うレベルの強力さだからな。いや、精霊魔術のような例外もあるが」

「そう言えば聞いていませんでしたが、ドラゴン達が扱う魔術はどれが一番強力なのですか?」

「……ドラゴン種族ともなると、魔術の強弱だけじゃ計れないんだがな。まぁ最強の魔術と言うと、ウォー・ドラゴン=スレイプニルの破壊魔術と言われているな」

「言われて?」

「実際には見た事無いんだよ。唯一見ていない魔術と言えるか……よく考えなくても、全ドラゴン種族に会った事があるの、俺だけなのか」

「それは……凄い事なんでしょうか?」

「今生きてるのが不思議ってレベルだ。いや、本当によく生きてるな俺……」

 

 二十年前にキエサルヒマを横断する旅で、オーフェンはほぼ全てのドラゴン種族と会っている。三種のドラゴン種族は始祖魔術士しか会ってはいないのだが、ある意味偉業と言えなくも無かった。だとしてもオーフェンからすると、「厄介事ばっかりな旅路」となる訳だが。一瞬俺の人生何でこんなんばっかなのかと落ち込みそうになったが、深く考える事を止め、話しを戻す。

 

「破壊魔術は、ただ破壊だけを行う魔術と言われているな。それだけしか出来ないんだと。ただし威力は強力無比だろう。媒体も……まぁ大体は予想している」

「媒体――サイオンみたいなものですか」

「そうだ。俺が音声を媒体とするように、魔術発動の媒体はその魔術と密接に繋がる。ドラゴン種族は生来の強靭さで本能的に構成を編めて、制御出来るからな。人間の魔術士とは、比べものにならない」

「……ちなみに、そのスレイプニルとか言うドラゴンはどのような媒体とオーフェン師は予想しているのですか?」

「意思……だろうな」

「意思?」

「そうだ。破壊を念じれば、その意思が媒体となって破壊の魔術が行使されると俺は見てる。正面から勝てる存在は、まぁいないだろうな」

 

 神人種族と言う例外を除いて、と内心ではつけ加え、オーフェンは肩を竦めた。賢者会議の始祖魔法士――この世界の魔法士を巨人化させて作り上げられたアイルマンカーだが、いくつかは倒せる算段をオーフェンは持っている。だが問題はこのスレイプニルともう一体のドラゴン種族だ。ディープ・ドラゴン=フェンリル。スレイプニルがドラゴン種族の王で、ノルニルが女王だとするなら、フェンリルは戦士だ。ドラゴン種族の戦士。その力は二十年前にも散々味わった。

 この二種の獣王だけは、未だ勝てる見込みをオーフェンは持てなかった。いや、どのドラゴン種族も厄介な事に変わりは無いが。

 

「……と、これ以上は話しが長くなるな。マリ、今日はもう上がりだ」

「はい。オーフェン師はこの後、調整に?」

「ああ。出来れば今月中には仕上げておきたい。……来週頭から、”アレ”があるしな」

「ああ……」

 

 嫌そーな顔をするオーフェンに、これまた嫌そーな顔で頷く摩利。今年もやって来たのだ、アレが。

 去年はいろいろ情報が漏れたせいで新入生の大半を逃してしまい、二、三年生も強制参加となったアレ……オリエンテーションが。だが単なるオリエンテーションでは勿論無い。有り得ない。具体的には何も言えないが……。

 

「……今回も、そうなんですか?」

「あの野郎、妙に校長のウケが良いらしくてな。今年も是非にと頼まれたそうだ。引率は勿論俺だ――教頭以下から泣いて頼まれたぞ」

「ところで前から気になっていたのですが、あの場所は地球上なんでしょうか?」

「気にするな。気にしたら負けだと俺は悟ったぞ」

 

 諦めきった台詞に、それでいいのかとばかりに摩利が見て来るが、あれに関しては考えるだけ無駄だ。ある意味巨人化のようなものである。予想が一切つかないと言う所が特に。

 納得いっていなさそうな彼女に手を振って再度上がるよう指示すると、摩利は大人しく一礼して引き上げた。シャワー室にでも向かったのだろう。今なら先に訓練を終えた真由美、鈴音、スクルドとも合流出来る筈だった。しかし……。

 

(娘の時も散々思ったが、なんで女は汗を流すだけであんなに時間掛かるかね)

 

 と言ってもオーフェンが居た世界ではシャワーも無かったのだが。あんな便利なものがあって何で時間が掛かるのか、微妙に理解出来ない。首を捻りながら蟲の紋章の剣を納めたケースを手に取り、研究室へと戻ろうとした所で携帯端末から着信音が響いた。ポケットから取り出し、誰からの着信かを見る。着信は司波達也からであった。もう21時になろうと言うのに何の用なのか。

 

「……まさか早々と同好会の準備が出来ましたとか言わんだろうな」

 

 ちょっと有り得そうではある。ともあれ、オーフェンは操作すると携帯端末を耳に当てた。

 

「もしもし、タツヤか?」

『オーフェン先生。夜分申し訳ありません』

「構わねぇよ。で、何の用だ? 同好会の件なら週が明けてから――は無理か。その後にしろよ」

『……何で無理なのかひたすら気になるんですが』

「タツヤ、気にしても仕方ない事はある。諦めろ」

『何かあるんですね?』

「諦めろと言ったぞ」

 

 勘の鋭い奴だなとオーフェンは苦笑し、”作戦を考える”。達也には最低でも十師族クラスを充てるべきだろう。克人とかが最適か。その上で魔術文字の縄あたりも用意しておくか。

 

『……何か、物騒な事を考えてませんか』

「いや別に。ただ学校を休む事があったら、キースを見舞いにでもやろうと思ってな」

『脅迫ですか……!?』

「人聞きの悪い事を言う奴だなぁ。例え話だよ例え話」

 

 はっはっはと朗らかに笑うオーフェンに、携帯端末越しでも分かる程に達也が不信がっているのが分かる。だが間違っても逃がす訳には行かない――去年の二の舞を演じて二、三年生に恨まれたくは無かった。

 やがて嘆息し、達也は気を取り直したのか、本題に入った。

 

『今から少し時間を貰えますか? 外に出て欲しいんですが』

「今からか? 別に構わんが本格的に何の用件なんだ」

『オーフェン先生に会いたいと言う人がいまして』

「……俺に?」

『はい』

 

 誰だと言外に告げるが、達也はあえて無視した事をオーフェンは悟る。同時に厄介な事になっているとも理解した。そうでなければ会わせたい人物を隠す必要が無い。

 暫く考え、やがてオーフェンはため息を吐く。どうして厄介事は何もしなくても自分の所に来るのかと思いながら。

 

「待ち合わせ場所はどこだ?」

 

 そう達也に告げたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 たまたまキースの身が空いていたので、とっ捕まえて車を出させ(オーフェンは免許の類を一切持っていない)、オーフェンは待ち合わせ場所へと到着した。

 第一高校にほど近い公園だ。そこそこ大きいその公園の入口に立つ達也と深雪を、オーフェンは見た。車から降り、二人の傍まで歩くと兄妹は揃って頭を下げた。

 

「急な呼び出しに応えて頂いてありがとうございます」

「別に、やる事が無い訳じゃないが……まぁ前倒しの罪滅ぼしみたいなもんだ。気にすんな」

「本当に週始めに何があるんですか一体」

「タツヤ……」

 

 そこでオーフェンはぽんと達也の肩を叩くと真剣な顔となった。そして言ってやる。色んな経験を積んだ自分が至った、真理を。

 

「世の中な、諦めと許容が大事なんだ。そうしたら人生楽になれる」

「……悟ってどうするんですか」

 

 ジト目で見てくる達也を誤魔化すように笑いながら、オーフェンは横を抜ける。どうせ週が明けたら嫌でも知る事になるのだ。その時に存分に悟ればいい。

 そして公園へと入ろうとすると、ぽつりと彼は呟いて来た。

 

「気をつけて下さい」

「……何にだ?」

「行けば分かります。ただ――俺も先に謝っておきます。すみません」

 

 そう言って再び頭を下げる達也。深雪も申し訳なさそうに目を伏せていた。

 訝しむように彼等を見ながら謝罪の意味を聞こうとして、止めた。言えない何らかの理由があるのは、先にも分かっていた事だからだ。下げ続けられている達也の頭を叩いてやり、オーフェンは公園の中に入る。暫く歩いていくと、開けた場所に出た。中央に噴水が設えてある。そこに一人の女性が居た。

 外見は二十後半から三十代前半を思わせる、凄まじい美女だ。入口にいる深雪とはまた別の、異様に妖艶な美しさを持つ女性である。夜をイメージさせる黒のドレスに身を包み、怪しく微笑んでこちらを見ていた。

 ……何となく直感する、彼女の正体を。それは顔に出さず、オーフェンは近くまで歩み寄った。

 

「いい夜だな、とでも言えばいいんだかな。あんたが俺を呼び付けた相手でいいんだよな?」

「ええ、その通りです……貴方は敬語を使わないのですね」

「必要ある相手なら使うが、あんたに必要だとは思えない。だからあんたも使わなくていい」

「あんた、なんて呼ばれた事自体初めてなので新鮮だけれども……そうね、敬語は必要無いでしょう。でも、そろそろ名前で呼んで欲しいわ。自己紹介をしましょうか?」

 

 にこやかに問うて来る美女にオーフェンは首を横に振る。これは経験論だが……大体美女と言う奴は、自分にろくな話しを持って来ないのだ。彼女もきっとそうなのだろうと半ば確信しながら、名前を告げてやった。

 

「四葉マヤ。はじめましてと言っておこうか」

「ええ、オーフェン・フィンランデイ。はじめまして」

 

 にっこりと童女のように笑って、彼女、十師族が一つ、四葉家当主、四葉真夜は頷いたのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 話しに聞く所によれば、彼女の歳は四十を超えている筈だ――彼女とかつて婚約していたと言う七草弘一と同世代なのだから。

 だが見た目は明らかにそれより若い。薄いドレスは彼女の身体を浮き出しているが見事なプロポーションを見せている。

 今更そんなものにどきまぎすると言う事も無く、オーフェンは冷めた視線を彼女に送った。スウェーデンボリーの話しを信じるなら、達也と深雪を合成人間にして作り上げた張本人の一人だ。もう一人、実の母は死亡したとの事だが。

 

(考えてみれば二者面談なのかこれ)

 

 そんな愚にもつかない事を思いながらも、オーフェンは口を開く。

 

「引き篭りだと聞いたがな。十年以上篭りきりとか言う話しじゃ無かったか?」

「ええ。前回の師族会議以来かしら? 外に出るのは久しぶりよ。こんないい夜なのは、日頃の行いが良いからかも知れないわね」

「……自分で言ってて寒くないかそれ」

「……貴方も貴方で、女性に対する礼儀を知るべきだと思うのだけれども」

 

 拗ねたように軽く睨んで来る彼女に、オーフェンはふんと息を吐いた。どうでもいいと言わんばかりにだ。そんな態度を取られる事自体初めてなのか、真夜は少しだけ困惑の表情を見せる。だがオーフェンは構わず、ぞんざいに手を振った。

 

「世間話をしに来たって訳でも無いだろ。単刀直入に聞く。何しに来た?」

「ええ……そうね。正直、用件があると言う訳では無いの。貴方の顔を見たかっただけ」

 

 笑みを消して、じっと夜色の瞳を向ける真夜に、しかしオーフェンは全く動じ無かった。嘆息してキロリと睨む。

 

「何の用も無いのに俺を呼び出したと。しかも、引き篭りのあんたが? 馬鹿も休み休み言え」

「事実なのだから仕方ないでしょう。……ところで貴方、目付き怖いわよ」

「やかましい。元々――じゃあ、まぁないが、一応天然ものだ。今更どうこう出来るか」

「どんな人生歩んだらそんな風に目が吊り上がるのかしら……可哀相に」

 

 マジな哀れみを送る真夜に、オーフェンはこめかみが引き攣るのを感じる。しまいには魔術でも叩き込んでやろうかと思った所で、ぷっと唐突に彼女が吹き出した。そしてクスクスと笑い始める。

 

「……あんたな」

「あは……ご、ゴメンなさい。こんな風なやり取り初めてで、面白くって……!」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭いながらも、彼女は笑い転げる。そんな彼女に今度はオーフェンが惑うような表情となってため息を吐いた。何と言うか……毒気が抜かれた。だからと言う訳でも無いが、彼女の笑いが治まるまで大人しく待つ事にする。勿論、半眼付きではあったが。

 暫くしてハンカチでもう一度目尻を拭い、ようやく落ち着いたのか、居住まいを正した。

 

「失礼したわ」

「本当だよ。で、そろそろ本題に入ってくれるか」

「と言っても本当に顔を見に来ただけなのだけれども。……そうね、おじ様が言うより顔立ちは整っているのかしら」

「……おじ様?」

「ええ。貴方にはこう言った方がいいでしょう。スウェーデンボリー……彼を私はおじ様と呼ばせて貰ってます」

 

 半ば予想はしていた。してはいたのだが、まさか真正直に告げられるとは思ってもおらず、オーフェンは口を引き攣らせる。思い出すのはブランシュ日本支部でスウェーデンボリーが達也と深雪に告げた言葉だ。つまり、彼女はまだ――。

 

「スウェーデンボリーと繋がりを持ってる、て訳か」

「個人的にね。四葉は彼に関与していません。何故なら、四葉の魔法師の大半を、彼は破滅させたのだから」

「大漢の絶望……」

「そう、私を引き金にしたあの事件。大漢に復讐しようとした四葉におじ様は接触して来たのよ。結果は知ってのとおり、大漢は崩壊したわ。けど四葉の大半も破滅したの」

 

 それ以来、四葉は賢者会議を徹底的に忌避するようになった。アンタッチャブルと呼ばれる四葉が、皮肉にも賢者会議に触れるべからざると決めたのである。だが、その中でたった一人だけ彼と接触を持ち続けたのが、これまた皮肉にも当主である彼女であった。真夜は夢見る乙女のように手を組んで、歌でもそらんじるように言って来た。

 

「おじ様は私にとって恩人なのよ。私の願いを叶えてくれた――いいえ、叶える方法を教えてくれた」

 

 オーフェンは何も答えない。ただ頭を過ぎったのはやはりスウェーデンボリーの言葉だった。彼女達は世界の破滅を望んでいた――。

 

「そう」

 

 目を潤ませながら頷く。当の魔王から話しでも聞いていたのか、こちらの返答を待たずして続けて来た。

 

「達也さん。あの子を世界の破壊者として生み出す方法を、おじ様は教えてくれたのよ」

「合成人間……」

「貴方達は解決者と呼ぶんですってね? イデアからデザインされ、人の肉に直接産み落とした存在。彼等は一つの事項を自らの存在目的にする――貴方も知っている事よね」

 

 知っている。認めたくなくても、オーフェンはそれを嫌と言うほど知っていた。

 アルマゲスト・ベティスリーサ。彼はキエサルヒマ大陸における全ての人民の生命を護る事を。

 ロッテーシャ・クリューブスター。彼女は召喚機を起動させる事を。二人は意識的にせよ無意識的にせよ、存在目的としていた。

 偶発的に生み出されたマルカジットと言う合成人間でさえ、複雑化した世界を仕切り直す事を存在目的にしていた。なら、達也は。

 

「達也さんの存在目的は、世界の破壊」

 

 思い出すのは数時間前の達也の表情。

 

「この世界への報復――私から過去と未来と、ささやかな幸せを奪った残酷で理不尽な世界への復讐」

 

 自分の感情に戸惑いながらも、自分へと教えを願った純粋な少年の、無表情の中にあった、確かな想い。

 

「私が願い、姉さんが形にしてくれた、憎悪の願望。私の祈りは姉さんの魔法を通じて、あの子をイデアから生み出した。ふふ、素敵だと思わない?」

 

 自分を超えろと言う条件に、いつか必ずと笑いながら誓った目。

 その全てを、彼女は知らないままに否定した。オーフェンの顔から表情が消える。だが真夜は気付かぬままに続けた。

 

「けど姉さんはあの子がそうして生まれた存在だと言う事を知っていたのね。だから深雪さんと言うストッパーを作り上げた」

「ストッパー? ミユキが?」

「そう。深雪さんもまた合成人間――ある意味、真のね。その存在目的は達也さんを止める事。あの子が存在する限り、達也さんは世界を破壊しない。代わりに深雪さんが消えれば、達也さんは世界を破壊するでしょう」

 

 ちらりと真夜が視線を移す。その先ではガーディアンの代役として指名した達也と、付き添いの名目で同行した深雪が居た。あの二人は兄妹以上の絆で結ばれている――合成人間と言う機能による絆を。それは一見美しく見えるが、実際はひどく機械的な悍ましい代物だった。あの二人が仲陸つまじくしている。それだけで、真夜は世界への溜飲を下げられた。

 

「正直に言うと、どちらでも良いの。達也さんが世界を破壊するのも、そうでないのも。達也さんが世界を破壊した時、私は復讐を成し遂げられる。そして、達也さんが深雪さんにより止められ続けたなら、別の意味でも復讐が出来る」

「……成る程な」

 

 満足気に語り尽くした真夜に、何故彼女が自分に会いに来たのかをオーフェンは悟った。真夜は自分に親近感を持ったのだ。

 世界の破壊者。全てをぶち壊したいと言う願望を持っていると、復讐したいと願っていると、自分と同類だと、そう思ったのだろう。おそらくスウェーデンボリーから自分の事を聞きかじったか。

 心に広がるのは一つの納得と、諦観だった。真夜を見る。彼女は生まれて初めて出来た友達を見る目で自分を見ていた。期待に満ち満ちた目、その目を、オーフェンは。

 

「下らない」

 

 迷わず裏切った。

 

 真夜が呆然としている。期待に輝いていた目が困惑に揺れていた。だがオーフェンはその一切を捨てる。

 

「そんな下らない事に、子供を使ったのか」

「くだらない……?」

「ああ、下らない。……なあマヤ。お前、”本当は世界への復讐なんて考えてなかったろ”」

 

 その言葉を聞いて、真夜が絶句する。だがオーフェンは彼女の全てを無視した。

 

「世界への復讐の為にタツヤをデザインさせたと言ったな? 世界を破壊させる為に」

「そう……そうよ! 私が、そうさせたの! 貴方だって――!」

「そうだな。そっちの勘違いから、まず否定しようか。確かに、俺は何もかんもをぶち壊したさ。当時のキエサルヒマの在りようをな。だが、お前とは違う」

「何が違うの!?」

「俺はただ、誰か一人が世界をどうにか出来ると言う逃避を認め無かっただけだ」

 

 オーフェンが決めたのは、それだけだ。誰が望むのでも無い、だがやらなければならない事。それをしただけだ。そして、全ての人類にリスクを振り撒いた。確かな絶対の守りと言う矛盾を破壊して、それを押し付けた。

 それは世界への復讐などでは無い。世界へと、また突き付けただけだ。俺はこうしたぞ? お前はどうする? 絶望のみを答えとした世界に他の答えもあるだろうと問い直した。それが……破壊だと言われたなら、肯定せざるを得ない。だが彼女とは違う。真っ直ぐに真夜の瞳を射抜いて、オーフェンは続ける。

 

「俺とお前は同類じゃない。そして、お前もまた俺と一緒じゃない。世界の破壊なんて、本当は望んじゃいない」

「なんで、そんな……」

「なんで? ”なら何故ミユキが居るんだ”」

 

 オーフェンが突き付けた問いに、真夜が息を飲んだ。

 いろいろ理由を付けていたが、世界に対する憎しみを、世界に対する復讐を、世界に対する報復を願っていたなら、むしろ深雪の存在は邪魔でしか無い。なのに当時既に当主に就いていた真夜は、姉の深夜が深雪を生み出す事に反対しなかったのだ。むしろ望んだ。破壊に対する制止が復讐の代わりになると思い込むように。

 オーフェンはゆっくりと、しかし確かに、真夜の願望を解体していく。矛盾を突き付ける。誰もきっとしなかったに違い無い事を、自分がする。

 

「おかしいだろ。世界を壊したいなら、タツヤだけで十分だ。俺は知らないが――あいつにはそれが可能な力があるんだろう?」

「そう、そうよ。だから深雪さんと言うストッパーが」

「”世界への憎悪しか頭にないなら、そんな事はそもそも思い付かないんだよ”」

 

 ようやく見付けた自己矛盾の逃げ道を、しかし容赦無くオーフェンは潰す。彼は知らない事だが……真夜がそうなったのは無理からぬ事だった。何故なら、世界への憎悪となる源泉の体験を、記録へと変換されていたから。事件直後に、姉の深夜によって。

 憎悪しか無い? それはありえない。むしろ憎悪すら消された。悲しみも苦しみも絶望も記録にされてしまったから。

 だから、思い込むしか無かった。自分は世界に復讐しなくてはと。それが願望なのだと、刻み込むしか無かった。そうして、必死に見ないフリをした。

 だが、その努力を。少女が自分を保つ為に自分に重ねた嘘を、オーフェンが無理矢理直視させる。

 

「お前は矛盾だらけだ、マヤ」

「……なんで?」

 

 なんでと繰り返して真夜は呟く。なんで、なんでなのかと。オーフェンはもうそれに答え無かった。ただ真夜をじっと見る。

 

「私は本当に願ったの。こんな理不尽で、甲斐の無い世界なんて、壊れてって。それがいけない事なの?」

「……そんなもんは誰に決められるものじゃないさ。お前が本当にそう願うなら、お前自身の手で行うべきだった。誰かに委ねるでも、托すでもなく、自分が復讐するべきだった」

「だって、私には世界を壊す力なんて無いもの」

「だとしてもだ。他人に任せて、復讐の主体性を預けるなんて言うのは……もう復讐じゃないだろ」

「……お友達になれると思ったのに」

 

 呟かれる言葉は、それだけ彼女が期待したと言う事。本当にそう願ったと言う事。オーフェンはそれを聞いて、そうだなと内心頷いた。

 

「残念だったな」

 

 そして、口で否定する。次の瞬間、真夜が動いた。

 サイオンが彼女の身体を包み、魔法式を展開する。それは一瞬で「夜」を形成した。

 「流星群(ミーティア・ライン)」。空間の光分布に作用する収束系の系統魔法である。そして四葉真夜を極東の魔王、夜の女王と言わしめる所以となった魔法だった。

 光の分布を偏らせることで光が百パーセント透過するラインを作り出し、有機、無機、硬度、可塑性、弾力性、耐熱性と言った全ての妨害物を問わず、対象物に光が通り抜けられる穴を穿つと言う魔法である。

 この魔法は光を介して間接的に物質の構造に干渉し、熱や圧力によらず固体、液体を気化させる――つまり気体へと分解する分解魔法の一種とも言え、光子を反射、屈折、遮断させる障壁は意味を成さない。則ち、絶対の貫通性を持つ魔法と言える。十文字家のファランクスですら、これを防ぐ事は出来ないのだ。その「夜」が、オーフェンへと殺到する。だが、もう彼は構成を編み上げ終えていた。変換鎖状構成を持って編まれた構成は、姉レティシャのある魔術だった。

 

「我は開き入る異界の扉」

 

 直後、全ての感覚が消えた。実在との接点を失い、質量、方向、座標の全てから離脱する魔術。平たく言えば、この世から一時的に消え失せると言う構成だ。

 これにより消えた術者は、あらゆる物理的な影響を受けなくなる。究極の防御術の一つだ。長じれば空間支配術ともなる――それを擬似空間転移の構成へと編み変える。結果、オーフェンは「夜」の光、そして真夜自身を突き抜けて、その背後へと転移した。マジクが開発した新式の擬似空間転移構成だ。もちろん制御が難しい上に使い所があんまり無いと言う結構残念な構成でもある。だが、今は役立ってくれた。方向も擬似空間転移で変えた為、真夜の背後に正面から立つ格好になっている。このまま手を伸ばし、華奢な首を折るのに半秒も掛かるまい。だがオーフェンはそうせず、ただ彼女の首に指を添えるだけにした。それだけで結果は十分だった。

 

「私を、殺すの?」

「……いや」

 

 勝敗は決まった。そして話す事も話した。なので用も無いと、オーフェンは彼女の首から指を離した。そのまま背を向けて歩き出す。真夜が振り返ったのを気配で感じたが、それも無視した。

 

「貴方は、許さない――」

 

 背後から来るのは怨嗟の声だった。復讐を奪われた、見たくもない現実を突き付けられた、哀れな”少女”の声。オーフェンは振り返らない。

 

「絶対に、絶対に貴方に復讐する。もう世界なんてどうでもいい……私を否定した。折角お友達になれそうだったのに、裏切った貴方を許さない……!」

 

 声には激情が込められていた。恐怖、畏怖、不理解、理解、そう言った激情が。オーフェンは歩を止めない。ただ歩き続ける。

 

「こっちを見る必要も無いって言うの!?」

 

 話さない。話す必要が無いから。

 

「なんでよ……!」

 

 見ない。見る必要が無いから。

 

「なんでよ――――――!」

 

 応えない。応える必要が無いから。

 ……応えてしまえば、きっと同情してしまうから。だから、オーフェンは最後まで彼女を見捨ててその場を去る。

 そして、ただ彼女は叫んだのだった――。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「オーフェン先生……!」

 

 達也と深雪が走って来る。恐らく真夜の魔法を感知した為だろう。二人に苦笑して、オーフェンは真夜が泣き叫んでいるであろう噴水を指で示した。

 

「しばらく泣かせてやれ」

「何をしたんですか、一体」

「誰も言わなかったであろう事を言ってやっただけだ……まぁ、恨まれたな。いつもの事だが」

 

 肩を竦めると、オーフェンは二人に手を振って置き去りにする。呑気に会話する気には、どうしてもなれなかった。引き止めるかどうか、達也も深雪も迷っているようだったが、まさか真夜を放置する訳にもいかず、立ち尽くす。責めるような視線を浴びながら、入口へと辿り着いた。キースは――案の定待っていなかった。

 

(これも天罰かね。女を泣かせたから)

 

 そう独りごち、オーフェンは七草邸へと歩を向ける。キースを呼び出す気にはなれなかった。いや、正確には一人で歩いていたかった。たまに、こうして孤独である事を望む時がある。ままならない事があったりした時などは、特に。

 センチメンタルだなと苦笑して、歩き続ける。七草邸に着く頃には日付も変わっているだろう。こんな風に、世界は思い通りにはいかない。だがそれは当たり前だった。確かな未来なんてものは無いのだから。

 どれだけ嫌みで甲斐が無かろうと、それが現実だ。そんな世界で生きている。そんな世界だからこそ、生きていられる。

 そう心に刻み、オーフェンは歩き続けた。自分は超越でも、超人でも無いのだと、そう信じながら。

 

 

(入学編、完――)

 




はい、エピローグ後編でした。
オーフェン、真夜を泣かせるの巻。いやあれですよ、長期休載の前に、もうこのプロットは立ててたんですが、いや思った以上に重くなってしまいました。
真夜の復讐は単なる現実逃避だろ、と言うのが今回のオーフェンの弁。いえ原作だとアレだったんですが、テスタメント的にどうもしっくり来ないなと。
世界の復讐を望んでいながら、一方でそれとは別に復讐心が満たされるのを待ち望んでいる。どちらかと言うと後者のが真夜には重要なんじゃないかなーと思いました。
なのでオーフェン先生ばっさりと(笑)
真に世界に復讐したいなら、何故深雪が必要だったのか? と思ってしまいまして。まぁなので真夜の本命は、きっと深雪を達也が守り切る事なんだろうなと思った次第です。
さて、今回の件で、真夜とフラグが立ったような――敵対フラグなのかどうなのかは読者の皆さんの感想にお任せします。
さて、次回は無謀編。ええ、今話の作中で散々描写したオリエンテーションのお話となります。なお、ギャグです。今話が嘘のようなガチギャグとなります。空気読めよテスタメント……(笑)
ではでは、次回もお楽しみにー。
そして何とか入学編を終えられました。応援して頂いた方々に全力のお礼を!
ありがとうございました――――!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無謀オリエンテーション編
オリエンテーション編「そんなに地獄を見せたいんだな……!?(By司波達也)」①


はい、テスタメントです。
まずは更新遅れてしまい、申し訳ありません……社会人は辛いよ(涙)
さて、今回、あえてオリエンテーション編としています。……まぁぶっちゃけ長くなるなと(笑)
今回はオリエンテーション編のプロローグみたいな感じで一つ(笑)
では、オリエンテーション編①、どうぞー。


 

 週明け、つまる所月曜日。万人がとりあえず来んなと声を大にして叫びたがる曜日である。

 だが、その月曜日が来なければ給料日は来ず、好きな雑誌は発売されず、アニメの続きは見れない。まぁそんな事は一切関係無いのだが、司波達也は自分の席に座るなり頭を抱えた。

 先週の金曜日の夜に、叔母である四葉真夜の唐突な訪問とオーフェンの邂逅と言う凄まじいイベントがあった訳だが、結果は有り体に言って最低のものだった。オーフェンが何を言ったかは定かでは無いが真夜は泣き叫び、執事の葉山が来るまで一言も話そうとしなくなったのである。

 そして彼に連れられ、車に乗せられる際、燃えるような瞳に憎悪をたぎらせ、一言を呟いたのだ。「このままじゃすまさない」と。あれ程静かな感情の発露を、達也は初めて知った。深雪も顔を青ざめさせていた程だ。

 ともあれ真夜は帰り、土日はつつがなく過ごせた。そして月曜日――登校の直前に、ようやく達也は思い出したのである。オーフェン曰く週初めに何かある、と言うものを。

 今更どうにか出来る筈も無く、また休んだ時のリスクが恐すぎて――ブランシュの一件による罰で、心に深いトラウマを負った級友二人の姿が即座に過ぎった――こうして席に座っている訳だが。

 

(一体、何があるんだ……?)

 

 オーフェンがああ言った以上、何かあるのは確実だ。後は、それにどう対処するかである。そう考えると、ブランシュ日本支部で実力を見せたのは失敗だった。オーフェンの事だ。絶対に事前に対策している筈である。彼の策が読めれば、まだ何とかなるのに。いや、そもそも何があるか分かれば、まだしも――。

 

「おう、おはよう皆、席に着けよ」

 

 と、始業のチャイムと同時に件のオーフェンが教室に入って来た。この二科生特別講師は、何故か日替わりで朝教室に来て出席を取ると言うアナクロな事をしていた。相変わらず目付きが悪い。顔はそう悪くは無い筈なのだが、皮肉気に吊り上がった目が全てを台なしにしていた。

 初日に来ていたスーツでは無く、黒のシャツにこれまた黒のジーパンだ。ちゃんとしていたのは数日だけで、先週から適当な服装で授業に来ていた。酷い時は黒のジャージだった時もある。しかし毎回黒づくめなのはあれか、単なる趣味なのか、それとも何らかの理由があるのか――。

 

(いかん、現実逃避しているな)

 

 首を軽く横に振る。どうも警戒のあまり、ちょっと思考を余所にやっていたか。改めて、じっとオーフェンを見る。まさか視線に気付いていない筈もあるまいが、オーフェンは淡々と出席を取っていた。やがてそれが終わると、持って来たものか小冊子を配り始める。メールでいいだろうに紙媒体なのも、やはりオーフェンらしかった。達也は前の席のレオから受け取り、一冊を机に置いて後ろに渡す。そうしながらもその小冊子を穴が空く程に見た。そこにはこう書いてある、「オリエンテーションのお知らせ」と。

 高校入学後、団結を深める為に行われるのがオリエンテーションだ。この第一高校でも行われているらしい。達也は背に緊張が走ったのを自覚した。これだ――直感が叫び声を全力で上げる。オーフェンが言っていたのは間違いなく、このオリエンテーションだ。

 

「よし、全員に配り終わったな。おっとまだ開けるなよ。他のクラスもだ」

 

 どうも別クラスもモニターで繋いでいるらしく、釘を刺して来た。クラスの皆は怪訝そうな顔をするも、達也は呻きそうになる。さりげなくオーフェンからイデア経由で「目」に妨害が入ったのを察知したからだ。こんな真似も出来たのかと感心したくもあったが、そんな場合でも無い。彼がここまでしてくるオリエンテーション。一体何があるのか、ひたすら不気味である。

 

(オリエンテーションを名目に何をさせるつもりなんだ……?)

「さて、じゃあちょっとした説明だ。毎年この時期に、一年へオリエンテーションを実施する事になっている。二泊三日、自然に囲まれた環境で協調性を養う、と言うのが主な目的だな」

「お泊りだって。ちょっと楽しみね」

「ふふ、そうだね」

 

 エリカと美月が囁くように笑いあう。他のクラスメイトもだ。お気楽な林間学校みたいなものと言う認識である。達也もそう思いたかった。思いたかったが、先週末からのオーフェンの態度が不穏過ぎた。

 

「よし、じゃあ一ページ目を各員開けてくれ」

 

 言われ、一斉に小冊子を開けるクラスメイト。達也もすぐに開き――数秒、間違いなく気を失った。

 これは確信を持って言えるが、一年生全員(深雪除く)がそうだったろう。何故なら、一ページの最初にどでかくこう書かれてあったから。

 

 責任者:キース・ロイヤル。

 

「みんな、これは罠だ――」

「かかれぇ――――――――――!」

 

 誰よりも最初に気を取り直した達也が机を叩いて立ち上がると同時に、オーフェンが号令を掛ける。

 直後、一斉に教室へと生徒が雪崩込んで来た。これは二年と三年生! 彼等は唖然としたクラスメイトを手早く捕らえ、即座に縛り上げていった。

 

「く……! まさか上級生を潜ませていたのか!?」

「達也、これどう言うごはぁ!?」

「……すまんな」

 

 慌てて振り返って来たレオが真上からまるで吊り天井を喰らったように床へと叩きつけられる。

 まさかと視線を向けると、そこには部活連会頭にして十師族、十文字家次期当主――建て前上は――の十文字克人が威風堂々と立っていた。そして、汎用型CADを操作すると次々にクラスメイト達を床へと這わせていく。

 

「こ、これが噂に聞くファランクス――こんなしょうもない所で使いますか!?」

「しょうもなかろうが何だろうが、これには我々全員の将来が掛かっているのだ。司波、お前には分かるまい。あの悲劇を我々は繰り返す訳にはいかぬのだ!」

「そんな風に言われましても!」

 

 もはや語るまい。そう言わんばかりに、克人が次々にファランクスを発動させてこちらへと放って来る。多重障壁による連続打撃――まずい、と達也は悟る。この魔法は分解と殊更相性が悪い。いくら分解しても連続で生み出し続けられる障壁は途切れる事が無い。しかも今はCADすら無いのだ。

 誰か援軍をと周りを見渡すと、エリカが風紀委員長、渡辺摩利に捕まっていた。

 

「この女……!」

「許せエリカ。シュウの妹と言えど、こればっかりは譲れないんだ!」

「意味分かんないわよバカ――――!」

 

 涙目となってじたばた暴れるエリカを、摩利はふん縛っていく。ちょっと楽しそうに見えたのは気のせいか。

 最早、一年E組で残るは自分一人――ファランクス相手に何とか逃げ回っているが、それも時間の問題だ。いっそ床を分解して逃げるか。そう決心した瞬間、声が響いた。

 

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

「っ――――!?」

 

 ついに来たかと言う思いと頭上に衝撃波が炸裂したのは同時だった。達也は素早く伏せ、やり過ごす。そうしながら見る先にはオーフェンがにやりと笑って立っていた。その横にスクルドが並んでいる。にこやかにこちらを見て来る彼女を見て、達也は悟った。スクルドは向こう側だと。

 

「オーフェン先生……! スクルド!」

「我は踊る天の楼閣!」

 

 呼び声に応える事無くオーフェンはスクルドの肩に手を置いて、構成を解き放つ。擬似空間転移、それも特殊な構成を用いたものだ。

 ファランクスを突き抜けて、二人は伏せる自分の前へと転移する。そして踏み付けて来るオーフェンの靴底を転がって回避しながら勢いを利用して立ち上がった。そこにスクルドが襲い掛かって来る。

 

「何故だ、スクルド!」

「ごめんねー、でもほら、私オーフェンの妹だし」

 

 全然申し訳なさそうには見えないが、謝りながら打ち込んで来た存外重い拳をなんとか捌き、続けて放たれた肘を膝を上げて防ぐ。流石の体術だが、打撃戦では自分に分があると達也は感じた。彼女だけならば、どうにかなる――だが敵は他に二人も居た。それも厄介なのが二人も。

 肘打ちを防がれたと見るや、下がるスクルドを援護するようにファランクスの一撃が迫る。これを受ければ捕縛は必至だ。なので、ファランクスに囲まれた狭い空間を縫うようにして達也は駆けた。

 脇を寸でで障壁の一打が抜ける。しかし、そこに待ち構えていたのはオーフェンだった。彼にしては珍しく右の拳を大振りしている。それを疑問に思うが構う暇は無く、達也は屈むようにして拳を避けた。それこそが、オーフェンの狙いだった。

 

「な……!?」

 

 オーフェンの横を通り抜けようとした達也が驚愕の声を上げる。何故なら、その体に縄が絡みついていたから。よく見れば、その縄の終端をオーフェンが握っている。最初からこれが狙いだったか。

 広がる縄に自分から飛び込むように入ってしまう達也を、抱きしめるように縄が絡んで来る。即座に抜けようとしたが、その隙をスクルドが見過ごす筈も無く、飛び蹴りを敢行して来た。何とか腕を十字にしてガードするも、苦虫を噛み潰した表情となる。これが絶対の隙になると理解したからだ。それは正解だった。

 オーフェンが振り返るなり、達也の背中へと肩を抉るように突き込んで来た。衝撃で息を詰まらせ、転倒する。

 そして素早くオーフェンがこちらの身を抑え込んだ。詰みだ――無念そうに呻く達也。そんな自分を、彼は手際良く縛り上げた。

 

「よし、これでE組はクリアだ。タツヤが最大の懸念だったからな」

「こんぷりーとだねー」

「お見事です、オーフェン師」

「ああ、お前等も良くやってくれた。後は……」

 

 携帯端末を取り出し、オーフェンはどこぞに繋げる。すると次々に「G組クリア!」「B組制圧!」「F組完了です」「C組、後数分お待ち下さい」と声が飛び出す。これは、まさか。

 

「一年全クラスを同時に襲ったんですか……!?」

「まぁな。前回の反省を活かして今回は問答無用にとっ捕まえる事にしたんだ」

「どう言う事です! たかだかオリエンテーションでしょう!?」

「そうだ。たかがオリエンテーションだ。しかし、こいつが仕切っててな……」

 

 いかにも頭痛を押さえる仕草で、オーフェンは例の小冊子を見せて来る。その一ページ目に変わらず――変わって欲しいと祈ったがダメだった――記載された責任者:キース・ロイヤルの名前に達也はぐっと息を飲んだ。

 恐らく去年も奴が責任者だったのだろう。そして当時の一年生は逃げ出した、と言う訳だ。しかし何故今年は二、三年生が襲い掛かるのか。そんな問いが達也の頭を過ぎると同時に、オーフェンが二ページ目を開ける。そこにはこう書かれていた――「なお一年生の半分がボイコットした場合、責任を取って全校生徒強制参加とする」。

 

「去年、結局全校生徒強制参加になってなぁ。そりゃあもうえらい事になったもんだ」

「我々は、あの悪夢を忘れない。司波、お前達には済まないと思う――」

「ならこの縄を外して下さい十文字会頭! 十師族として誇りある選択を! 会頭!」

「しかし、それは出来んのだ! 二度もあそこに行く気は無い!」

「あそこってどこだ――――!」

「どーせ後で知るんだ。今知る事も無いだろ」

 

 絶叫する達也へ吐き捨てるようにオーフェンは答え、携帯端末から各戦果を聞く。やがてA組クリアの報告を聞き、達也は目を見開いた。そう、一年全クラスを襲撃したと言う事は則ち深雪も襲われたと言う事だ。まさか彼女も捕われたと言うのか。

 

「オーフェン先生……まさか、深雪に手荒い真似を」

「出来る訳が無いだろうが。もしするなら俺が出向いてるさ」

 

 一瞬殺気混じりの視線を達也が寄越すが、オーフェンは肩を竦めてあっさり流した。そしてきょとんとする彼に同情めいた苦笑を送り、携帯端末からA組教室のモニターを連動して見せる。そこにはこんな場面が映っていた。

 

『まぁっ、では今回のオリエンテーションは”キースさんの故郷”で行うのですね』

『はい。我が郷里、首狩り族の森――単なる秘境ですが、きっと一年の皆様にも良い思い出となって頂けると確信しております』

 

 一年A組。そこでは先の連絡通り、クラスのほぼ全員が縛り上げられていた――たった一人を除いて。その例外は達也の愛妹、深雪であった。何故彼女は縛られていないのか、その理由を達也は知る。それは会話しているあの超絶厄介型迷惑変態執事であるキースにあった。

 達也は悟る。深雪は何故かあの執事を気に入っており、奴が深雪を騙くらかしているのだと。

 

『でもでも、クラスの皆を縛るのは流石にやり過ぎなのでは……?』

『これは森に入るにあたりイニシェーション。一種の儀式でありましてな。それに、皆様縛られて嬉しそうにしていらっしゃるのが分かりますかな? ……これが、最近の流行なのです』

『そ、そうなの? ほのか、雫?』

『もがもがもが――! もが――!(訳:騙されちゃダメ――っ! 深雪――!)』

『もがもが………(訳:無駄だと思うよ、ほのか)』

 

 達也の目は光井ほのかと北山雫が何と言ったのか正確に理解していたが、深雪にそれを求めるのは酷であろう。案の定、そうかも? と言う顔になっている。更にキースはモニター越しにも関わらず達也に微笑して見せ、駄目押しとばかりに告げる。

 

『ほら、ご友人A、B殿も喜んでおられます……それはタツヤ殿も例外ではありません』

『……お、お兄様も? もし深雪が縛っても喜んで頂けるでしょうか……?』

『もちろんです。このように麗しい妹君に縛られるのは兄として至福でしょうな。もしよろしければ縛り方のレクチャーして差し上げますが』

『で、ではちょっとだけ――』

「深雪――――――! あの執事ィィィィィィィィィ!」

 

 モニターがブラックアウトすると同時に達也が断末魔もかくやとばかりに叫ぶ。オーフェン達はそんな彼へと、ただ同情の視線を送った。ああ、帰った後が大変そうだなこいつ、と。

 ともあれ、これで一年全クラスは制圧完了である。オーフェンは一つ頷くと、校内放送に携帯端末を繋げ、全校放送を開始した。

 

『あーテステス、マイクテス……こほん。あー、たった今、一年生全員の確保を完了した。二年、三年、今年は良くやり遂げた。喜べ、これで去年の悲劇は防げたぞ』

 

 おおおおっ! と、教室が震えるかのような歓声が響き渡った。間違いなく上級生達である。こんだけ彼等が喜ぶとは、このオリエンテーション、どれだけヤバいと言うのか。

 達也は縄に分解を掛けるも上手くいかず(この時点で例の魔術絡みの物だと分かった)、何とか縄抜けを試すが、オーフェンの縛りは完璧だった。これはもう半身を分解するくらいしか抜ける方法はあるまい。しかしそうやって抜ける事を考えてか、オーフェンは達也から離れようとしなかった。

 

『ついては一年達に連絡だ。本日たった今からオリエンテーションに出発する』

「「今!?」」

 

 クラスメイト全員が異口同音に愕然と叫ぶ。オーフェンはオリエンテーションのお知らせのページをまためくった。そこに書かれた開始日は明らかに今日の日付であった。

 やがて校内に次々と大型車が入って来た――大型車。しかし、それは運転席の他に立派な荷台が取り付けられていた。それだけしか無いが。

 

「……オーフェン先生、あのトラックは?」

「おお、来たな。あれが、お前らが行き帰りで乗るバスだ」

「待って下さい……! あれは明らかにトラックですよね!?」

「細かい奴だなぁ。ちょっと待ってろ」

 

 うるさそうにこちらを見て、携帯端末を繋げると何事かを指示する。すると運転手が手にスプレーのペンキを持って下りて来るなり、荷台にこう書いて行く。バスですと。

 

「よし、これで文句ないだろ」

「……いや、もういいです」

 

 既に諦めの境地に入ったのか、達也はツッコミを放棄する。そんな彼にレオやエリカが「諦めるな、達也、立つんだ!」「達也くんだけが、頼りなのよ!?」と呼び掛けるが、知った事では無い。達也が抵抗を諦めた事を理解してうんうんとオーフェンは頷くと、再度全校放送で呼び掛ける。

 

『それじゃあ一年共を積み込めー。出発するぞー』

「「一年生は出荷よ――――――!」」

 

 どこにだよと言うツッコミは多分きっと無駄なんだろうなと達也はそれだけで解脱出来そうな程に悟りながら、克人にレオ共々担がれていく。やがて一年生全員をバス(と言う名のトラック)は積み込み、無事出発したのだった――なお深雪のみ荷台ではなく助手席だったと記載しておく。

 

 

(オリエンテーション編②に続く)

 




はい、オリエンテーション編①でした。
責任者:キース・ロイヤル
この一文だけで恐怖過ぎる(笑)
てか出発だけでここまでなるとか思ってませんでしたよ……これもお兄様が無駄な抵抗するから(笑)
多分、⑤くらいで終わるかなと思います。今回で悟りきったかのようなお兄様はまだ甘い(笑)
ではでは、次回をお楽しみに――。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリエンテーション編「そんなに地獄を見せたいんだな……!?(By司波達也)」②

……はい、どうもテスタメントです。とりあえず一言。
つ、疲れた。と言うか、なんでこんな事になるんかいな(涙)
いや、もう心折れんばかりにいろいろありまして。
つーか一回心折れました。キース並の理不尽が極稀に起こるからリアルって怖いです。
そんな訳で三ヶ月もお待たせしましたが、ようやくオリエンテーション編続きです。では、どぞー。


 

「ここはどこだ……?」

 

 司波達也は呆然と呟く。その目の前には、日本では決してお目に掛かれない事請け合いのナイアガラの滝もかくやと言う大滝が広がっていた。

 あれから2時間程、バスと言う名のトラックに積み込まれ、どなどなどーなどーなーとばかりに連れて来られた先には謎の秘境があった。

 何やら異様にでかい怪鳥――鳥と言うには何か爬虫類っぽいが鳥であると信じたい――が軽やかに飛翔し、地響きを立てて奇妙な咆哮を上げているン十mの獣――どこかで見た有名過ぎる最大の肉食動物では無い筈だと心に願う――が闊歩している。

 そこまで必死に現実逃避をして、達也は深々と溜息を吐き、ようやく認めた。と言うか認めざるを得なかった。ここはヤバい所だと。

 トラックから下ろされた同級生達も顔を青ざめさせ、引き攣らせている。まぁ、無理も無い。

 

「……キース。去年、ここは大峡谷じゃなかったか?」

 

 そんな達也たちを尻目に、一同の後ろからようやく現れたオーフェンが横のキースをじろりと睨む。銀髪の執事は、相も変わらぬ無表情で彼に頷いた。

 

「それが昨今、リニューアルしまして」

「リニューアル?」

「ええ、大峡谷だと殺風景で客が入らないと父っぽい母のよーな男が」

「いや、もういい」

 

 大峡谷をどこをどうやったら大滝に出来るか等聞いてはいけない。どーせまともな答えは返って来はしまい。

 一度だけ深ーく溜息を吐き、オーフェンは気を取り直すと振り向いた。そしてキースにさっさと行けと手をしっしっとする。それに頷くと執事は何故か腰ミノをいつの間にか巻きつけて森の中へと入っていった。今から始まるオリエンテーションの準備の為にだ。

 

(……今年は何で来るか)

 

 去年の事をつい思い出しそうになり、首を振って止める。どうせ去年の経験なぞ当てにはならないのだ。苦い思い出をわざわざ掘り起こす事もあるまい。

 

「オーフェン、一年生達集まったわよ」

「ん、おう。ハンゾー、点呼は?」

「完了してます。全員、集合確認しました」

 

 そんな風に思っていると、七草真由美と服部刑部少丞範蔵から集合の報告を告げられた。市原鈴音と中条あずさも集まっている。

 今回のオリエンテーションに当たり、生徒会メンバーも進行を手伝う事になっていたのだ。もちろん真由美を始め全員が抗議したのだが、生徒会顧問の権限でオーフェンが却下した。いくら何でもオリエンテーションをキースと自分+現地協力者で進めるのはぞっとしない。明らかに不満そうなのは真由美とあずさ、基本的に従順なのが範蔵、全く無表情なのが鈴音である。まぁ無理を言って来て貰ったのは確かなので、後で埋め合わせをせねばなるまい。

 

(ま、今はこっちが優先だ)

 

 そう内心で呟き、こほんと咳ばらいすると整列した一年生達に向き直った。

 

「さて、長旅ご苦労だったな。今からオリエンテーションを始める。まず――」

「その前に質問が……!」

「却下だ」

「は? い、いや、あの」

「却下だ。どーせここはどこですかとか聞きたいんだろーが、俺も知らんからな。名前は首狩り族の森らしいが」

「……日本国内なんですよね?」

「ばかだなぁ」

 

 最後に聞いたのは達也だ。そんな彼の問いにオーフェンはふっと遠くを見る。ああ、遠くまで来たもんだとか思いながら答えた。

 

「国外どころが世界外でも驚かんぞ俺は」

「……どうやって来たんですか一体」

「さぁな。道路を普通に走ってたら、いつの間にか着いてたんだ。間違っても何故とか聞くなよ」

 

 キースだからとしか答えようが無いから、と言外に含めた台詞に、達也のみならず生徒一同はげんなりとした顔となる。もう少し、ほんの少しでいいから物理法則を守って欲しいと全員(一部除く)が思うが、それこそ無駄であろう。オーフェンは同情の視線を向けながら、改めて説明を始めた。

 

「話しを戻すぞ。今からオリエンテーションを始めるに当たっての説明だ。まず、三人で班を作って貰う。この三人でオリエンテーション中はチームとなる。チーム分けは好きにしろ。クラス、一科、二科も関係無い」

 

 淡々とした説明に生徒達は少しざわつく。オリエンテーションは班で行うのが確かに基本だが、三人で一班と言うのはかなり小人数だ。しかもクラスや科別の制限も無いと言う。

 

(だが、クラスの生徒以外と班を組む生徒は居ないだろうな)

 

 達也はオーフェンの意図に半ば気付きつつ、そう思う。達也自身、レオと後一人を適当に選んで組むつもりだった。

 しばらくオーフェンは生徒達の反応を見て、手を上げる。それで皆も黙った。

 

「説明を続けるぞ。班を組み終わったらオリエンテーション開始だ。各自チェックポイントを通過して森を抜けて貰う。罠の類は一切無いが、この森ならではの天然トラップ満載なので注意するように。なお、自衛の為にCADの所持を許可する。魔法の使用も制限無しだ。ただし、例外を除いて生徒同士には使用を禁じる」

「例外とは?」

「禁を破って魔法で攻撃された場合は迎撃で使用を認める。また、禁を破った生徒は後で説教&処罰するからな。E組の千葉と西城がどんな目に合ったか――説明は要らんだろ」

 

 生徒一同即座に頷く。大切な事なので二回しっかりとだ。達也なぞ念の為三回は頷くべきだと声高に主張すべきか、少し迷った程だ。オーフェンも満足そうに皆を見遣った。

 

「またチェックポイントでは生徒同士の魔法戦も有り得る。それも例外とする」

「……魔法戦、ですか?」

「制限付きのな。言い忘れたが、各チェックポイントではそれぞれ課題がある。それをクリアしない限り通過出来ないから、その積もりでな」

 

 この説明を聞いて反応は二種類に分かれた。片や喜びに、片や悲嘆にだ。言うまでも無いがそれは一科生と二科生に分かれている。前者は一科生、後者は二科生だ。もちろん例外もいる――達也や深雪がそうだった。

 

(魔法戦だけじゃないだろうな、オーフェン先生の事だ)

 

 去年、二科生の成績を上げた実績を持つ彼の事である。おそらく魔法戦や実技の課題だけではあるまい。視線を感じ、ちらりと見るとA組からモブ崎――じゃない森崎がふふんと嘲笑してこちらを見ていた。それに達也は苦笑する。お前、その分だとオーフェン先生の狙い通りだぞと。

 

「また今回オリエンテーションはキャンプを行う予定だ。チェックポイントを通過する毎にテントや食材、飲料等を配布する……が、これは必要数の半分しか用意していなくてな。ま、早いもの勝ちだ」

「あの、取れなかったら、どうなるんですか?」

「そりゃお前、野宿だろ。食料、飲料も自前で調達だな」

 

 これは流石にショックだったのか、不利な二科生だけで無く一科生も息を飲んだ。まさか、そこまで厳しいとは想像していなかったのである。今はまだ春、当然夜は肌寒い。四月も終わりとは言え、野宿は嫌だった。

 そんな生徒達を見て頷くと、最後にオーフェンは説明を締めくくる。

 

「また最後尾から今回の責任者である問答無用超絶はた迷惑執事ことキース・ロイヤルが追っ掛けて来る予定だ。野宿でもいいから適当にしようなんて考えてるとエライ目に合うからな」

「あ、あの執事が……!?」

「ちなみに去年は大量の着ぐるみを強制着用させられた上にオリエンテーションが終わるまで脱げないと言う罰だったな」

「あれは見ていて地味にきつそうだったわ……」

 

 遠い目をして呟く真由美の声を聞いてか、うっと呻く一同。派手さは無いが、確かに嫌な罰である。

 では今年は、と思い至った直後、地響きが鳴り始めた。これは――?

 

「……オーフェン先生?」

「地響きだと? あの野郎、今年は何を」

 

 オーフェンも知らないのか眉を寄せる。果たして、あの執事は何を用意したと言うのか、そう固唾を飲んだ一同の前に、にゅっとそれは現れた。

 小屋、と言うには幾分大きめの家である。それは、確かに家だった。家の筈だ。

 ……手足がくっついたモノを家と呼べるなら、だが。

 唖然とした皆を前に、屋根に立つ言わずと知れた銀髪執事はいつもの無表情で一礼した。

 

「お待たせいたしました、黒魔術士殿」

「あー、うん、まぁ、なんだ。全然待っちゃいないし、むしろ来ないで欲しいくらいだったが」

「またまた、そんな照れ隠しなぞしなくても」

「誰が照れてるか!? いや、それはいい。それよりキース、それは何だ?」

「よくぞ聞いて下さいました黒魔術士殿。これこそが、今回のオリエンテーションで皆様を追わせて頂きますシリーズ第二弾でございます」

「そんなシリーズは初耳だが……まず、その家はなんだ」

「おや、覚えが無いと? まぁ百聞は一見に如かずと申します。黒魔術士殿、とりあえず一度中に御招待しましょう――」

 

 直後、オーフェンは言い知れぬ壮絶な悪寒を覚えた。反射的に隣にいた範蔵の襟首をむんずと掴み、有無を言わさず前に突き出す!

 

「は!?」

「影薄副会長バリア――――!」

 

 そして凄まじい速度で何かが駆け抜け、副会長バリアーこと範蔵が捕まった。手だ。家から突き出た手が、恐ろしい勢いで範蔵を掴んだのである。そして、開いた家の中にポイと投げ込んだ――次の瞬間。

 

『も、もかもかァァァァァァァァァァァァァ――――――!?』

 

 悲鳴が響いた。断末魔っぽい、アレでソレな感じの、悲鳴が。その内容に覚えがあったオーフェンは油汗を滲ませ、表情を引き攣らせる。まさか、あの家は、まさか。

 

『あ、あ、ああああああ! く、来るな来るな来るな来るな――! 嫌だ、ここは嫌なんだ! 黒い、ごわごわしてる! 助けて、助けて下さい! 誰か、誰でもいいから誰か――――――! あ、あ、あ、あ、あ……』

 

 誰もが沈黙する中、やがてチーンと音が鳴ると、ぺいっと範蔵が排出された。真っ白になり、ミイラもかくやとばかりになった彼が。

 誰かがごくりと息を飲んだ音が聞こえ、オーフェンが恐々とキースを振り返る。すると執事はにっこりと笑って告げた。

 

「もかもか室です。久しぶりでございましょう?」

「て、てめぇ! よりにもよってソレを持ち出しやがったのか! よくもハンゾーをあんな目に!」

「……オーフェン、それ言って胸痛くならない?」

「ハンゾーは犠牲になったんだ――キースの理不尽と言う犠牲そのものにな……!」

 

 全く悪びれないオーフェンに、生徒一同も流石に白い目で見るが、そんなものは何するものぞと完全に無視した。とりあえずバリアーは後何個あるかなと考えていると、即座に真由美を始め生徒会メンバーが距離を取ったのを見て舌打ちする。

 

「マユミ、何で離れるんだ。近くに居ろよ」

「嫌よ! 去年の事、私忘れてないからね!」

 

 そう言えばバリアーにされたとか入学式の時に聞いたなと達也は現実逃避込みで思い出す。まさかマジだったとは。それにしても、範蔵をああまでするもかもか室とは、一体何なのか。オーフェンは知っているようだが……誰もが思うとキースが懐から何やら大きめのファイルを取り出すとこちらに見せて来た。そこには大きく写真が載っている。そう、写真だ。複数の男性の写真。ただし全員、どえらい量の胸毛を蓄えていた。一人の老人なぞ身体が見えてすらいない、まるで胸毛の雪だるまのようになっている。

 もかもか室と言う名前、そしてファイルの胸毛の男達。まさか……! と達也が震撼すると同時に、執事が頷く。

 

「我が故郷、『モグモゲラ村』の胸毛ランキングトップ20に協力願いました」

「……あの中に?」

「ええ、半裸でひしめき合っております」

 

 最悪だ……! 感情が失せた達也でさえも顔を青ざめさせる。もかもか室――あれはダメだ、あってはいけない、存在してはならない。もしあの中に入れられようものなら、確実に逝く!

 思わず無意識的に分解をもかもか室に叩き込むが、あっさり霧散された。しっかりと自分対策を施しているらしい。この分では深雪の魔法を持ってすら無効化しそうだった。

 生徒一同が理解した事を反応を見て確認し、キースは恭しく一礼した。

 

「では、お早く班を組んで頂きますよう。でないと、このもかもか室……勝手に動き出すかもと言うか動きます」

「40秒で班を決めろ――――!」

 

 オーフェンの叫びにそんな無茶なとは誰も言わず、率先して生徒達は班を組み始めたのだった。

 

 

(オリエンテーション編③に続く)

 




はい、オリエンテーション編②でした。
キース……お前は何てもんを持ち出すんだ……(汗)
ゴメン、前書きに書いたキース並の理不尽は嘘です。こんな理不尽リアルにねぇ(笑)
そんな訳でオリエンテーション開始となります。説明回の筈……筈なんですが、何このカオス。
果たして達也たちはもかもか室から抜け出せるのか。そしてモブ崎はいつもかもか室に入るのか……(オイ
次回もお楽しみにです。
次は早く更新出来ればいいな……
ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリエンテーション編「そんなに地獄を見せたいんだな……!?(By司波達也)」③

はい、テスタメントです。
再び半年程空いてしまいました……いやリハビリでガンダムの小説とか書いていましたが(汗)
申し訳ありません(汗)
再び見て貰えると幸いです。
ではオリエンテーション編その③
サブサブタイトル「だからお前はモブ崎なのだ」をお楽しみ下さい(笑)
ではでは――。


 

 キースともかもか室の脅威のせいもあり、班決めを一年生全員は急いで行う。だが、やはり達也の予想通り、別クラスと班を組む生徒は居なかった。

 無理も無い。ただでさえクラスと言う枠があるのに一科と二科なる大別もあるのだ。”まだ”入学して一ヶ月に満たない新入生ではこれが常識だろう。達也もそうだ。もっとも、自分の場合はただ単に目立ちたく無いだけであるが。

 班決めの初っ端からこちらに来た深雪にもこれは伝えてある。彼女は、ほのかと雫と班を組んでいた。……その上でこちらを恨めし気に見て来たので、肩を竦めるしか無いが。エリカも美月、そしてスクルドと班を組んでいる。後は――。

 

「タツヤ、後一人どうする?」

 

 レオに言われ、達也は振り向く。彼とは早々に班を組んだ。親しいと言うのが理由だが、もし親しくなくとも彼の身体能力を考えれば是非組んで起きたい。そして後一人だ。この一人が問題だった。

 達也は周りを見渡すも、クラスメイト達は即座に班を組み終わっている。キースともかもか室の件もあってか、殆どが迷わずに班を決めていたのである。最後の一人は適当に決めればいいと思っていたのだが。

 

(出来れば後の事も考えて男子生徒と組みたい所だ)

 

 そうでなくても女子と班を組んだら深雪がサマンサ化しそうで怖い。ちなみに例のサマンサスーツだが、彼の知らない内に部屋から消えていた。深雪に問い詰めたのだが、彼女は知らぬ存ぜぬを貫いている。そんなにアレが気に入ったと言うのか――閑話休題。

 時間もさほどある訳でも無いので達也は改めて周りを見渡す。今回のオリエンテーションのルール上、男子生徒はどの班でも人気だ。それを考えればあまり贅沢も言ってられないが、とそんな風に考えていると一人の男子生徒がこちらへと歩いて来ていた。中肉中背、どちらかと言えば痩せ型の体格をしている少年だ。目元の黒子が印象的である。確か、彼は。

 

「やぁ、司波君と西城君」

「ああ、吉田」

「……名前、覚えてくれてたのか」

 

 挨拶を交わした生徒、吉田幹比古がちょっと驚いて目を見開く。それに達也は微笑した。

 

「吉田も俺やレオの名前を覚えているだろう?」

「君達は目立つからね。それにエリカと仲良くしてるようだし」

「……? エリカと関係あるのか」

「まぁちょっとね。それより、良かったら僕と班を組んでくれないかな。あぶれてしまったんだ」

 

 ちょっと苦笑しながらそう誘ってくる彼に、達也が思い出したのはつい先程の光景だ。彼は他の男子にも女子にも班に誘われていた筈である。だからこっちに来た時意外だったのだが。

 

(最初から俺達と班を組むつもりだったか)

「どうかな。ダメだろうか?」

「いや、渡りに舟だ。よろしく頼む」

 

 吉田の意図は図りかねるが、どうでもいいと達也はあっさり彼の提案を飲んだ。今はオリエンテーションが優先である。そんな達也の考えに気付いてか気付いてないのか、吉田は表情には出さずに頷く。

 

「よろしく、司波君。西城君」

「おう、それと俺はレオでいいぜ。苗字で呼ばれるの堅苦しいからな」

「うん。分かったよ、レオ。僕も幹比古でいいから」

「なら俺も名前で呼んでくれ。司波だと妹と被るしな」

「分かった。達也も僕は名前で」

 

 三人はまるで決まっていたかのように互いに名前で呼び合う。それを確認して達也は頷いた。これで班は決まった。後は、ちょっとした打ち合わせをしたい所だが……。

 

「大体班は決まったな。残っている奴はいないか?」

(そんな時間は無いか)

 

 オーフェンがもかもか室なる手足の生えた家屋をちらちらと気にしながら、急くように問う。無理も無い。もかもか室は今にも動き出さんと手足を微妙に震わせていたから。

 キースが止めるとも思えない。すぐ襲い掛かって来ても不思議は無かった。

 オーフェンはぐるりと見渡すと頷き、続けて小冊子を配分した。この森の地図らしい。中を見てみると、チェックポイントが記入してあった。

 

「不帰の砂漠に獅子千尋の谷、魔霊の廃墟って……」

「オーフェン先生質問が――」

「不帰の砂漠には大砂虫がいて獅子千尋の谷には巨大怪鳥がいて魔霊の廃墟は致死性の毒ガスが出てる。他に質問は? 無いな。では開始!」

 

 ツッコミ所満載の答えを返し質問を無理矢理終えるなり、オーフェンは後ろへと一気に飛びすさった。そこをもかもか室の手が通過する。ちっ――と舌打ちが聞こえたのは気のせいか。

 

「てめぇキース! やっぱり俺を狙ってやがったな!?」

「それは誤解です、黒魔術士殿! このもかもか室は勝手に動いているのです! ああ、もかもか室が、勝手に! 勝手に!」

「ならさっきの舌打ちはなんだ!?」

「いえ単に惜しいなと」

「こ・い・つ・はぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 ずしん、ずしんと迫るもかもか室にオーフェンは恨み節全開の叫びを上げながら全力で走る。その先には案の定と言うか、真由美が居た。

 

「ちょっと、こっち来ないでよオーフェン!」

「反対側行くと俺が捕まるだろーが!」

「だからって何でこっちに……! また盾にする気ね!?」

「そんな訳無いだろ」

「ほ、本当に?」

 

 疑うような真由美の問いにオーフェンはやけにいい笑顔で頷いた。そして。

 

「ただ偶然足が引っ掛かって偶然お前が転んで捕まって、偶然時間稼ぎになったらいいなとか考えてない事も無い」

「嘘付くならもっと信じられる嘘付いてよ――!」

 

 台無しなオーフェンの台詞に、悲痛に真由美は訴えるも、彼ははっはっはと笑うだけである。しかも目が笑っていなかった。あれは、マジだ。

 

「大体嫁入り前の娘があんな所に入れられるのを分かってて良心が痛まないの!?」

「良心で生き残れたら世話無いわい! 言っとくがな、あん中に入れられたらガチで死にかけるんだからな!? お前こそ年長者を敬って率先して尊い犠牲になろうとか生徒会長として思わないのか!」

「死んでも嫌よ! オーフェンこそ元々私のボディーガードでしょ!? なら貴方こそ盾になるべきよ!」

「ボディーガードの仕事にあれから庇うなんざ入るか! それに――」

 

 罵り合いながら駆けるオーフェンと真由美。そして二人を追い掛けるもかもか室を唖然として見ていると、唐突にぴたりともかもか室が止まった。同時に、ぽんとキースが手を叩く。

 

「おっと。つい黒魔術士殿とマユミお嬢様を追い掛けるのに夢中になってしまいましたな」

「てめぇ、やっぱわざとか!?」

「キース本当に後で酷いからね!」

「そうおっしゃらずに。仕事はこなしますとも」

 

 言うなり、もかもか室がくるりと反転する。意外に小回りが利くなと思った瞬間、生徒一同は我に帰った。あれの本来の目的は――。

 

「では、参ります」

『『逃げろ――――――――――!!』』

 

 誰かが叫ぶと同時にわっと皆が全速力で走り出し、もかもか室も地響きを上げて追い掛け出す。

 ついに、今年度新入生オリエンテーションが開始されたのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一斉に駆けて行く生徒達の中で達也はレオと幹比古と離れず固まって走る。もかもか室はさほど速く無いのか、まだ誰も捕まっていない。だが、チェックポイント等を考えるとそれ程余裕は無さそうだった。

 

「で、どうするんだい達也。このまま行くのかい?」

 

 息切れしないように適度なペースを保ち、幹比古が問う。何気ない風な問いだが、その目に試すような光を見て苦笑した。

 

「このペースを保てば、あれに捕まる事は無い――だが、あの執事だからな……」

 

 このままで済む筈が無い。そう確信し、達也は首を振る。あの執事の事だ、何らかをやらかすのは確実であった。

 ならチェックポイントを素早く抜ける必要がある。そこで問題となるのがオーフェン曰くの課題だ。どのようなものを用意しているかは知らないが、まずまともな課題では無いだろう。ついでにキャンプ用品やら食料、飲料も確保しておきたい。いくら達也と言えど、こんな訳の分からない所で食料やら飲料を調達したくは無かった。しかし、達也たちの班は魔法力に問題がある全員二科生だ。いくらオーフェンと言えど、魔法力を試さない課題が無いと言う事はありえまい。ならどうするか? 答えは簡単、”ルールの裏をかけばいい”。

 

(元々オーフェン先生もその積もりだったろうしな)

 

 苦笑し、今ごろ真由美とぎゃいぎゃいやりあいながらチェックポイントに転移でもしているのだろうなと見当を付け、達也は周囲に目を配る。自分と同じ事をしそうな者は――やはりと言うかいなさそうだった。

 

「レオ、幹比古、ちょっと耳を貸してくれ。頼みたい事がある」

「おう、いいぜ」

「頼みたい事か……うん、いいよ」

 

 二つ返事でレオが。ちょっとだけ考えて幹比古が頷く。それを確認し、達也は周囲に聞こえないように小声で自分の作戦と頼みを二人に伝える――それを聞いた二人は、揃って感心したような、呆れたような顔となったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 この森――首狩りだがなんだか知らないが、異様に広大な森――をずっと走り続けるのは無理がある。例のもかもか室も大きさの為か、こちらを追うペースが遅くなっているようだった。他の生徒も走りから速足程度にまで速度を落としている。達也も合流したレオ、幹比古と共に速足でチェックポイントに向かっていた。

 さりげなく『目』で確認した所、現在、中の上程度の順位であった。目立たず、しかし課題クリアの報酬を受け取れる順位だ。

 

(このペースを維持したい所だな)

 

 あくまで達也は自分のスタンスを崩さない――まぁ余程の、例えば執事がやらかしたりしない限りは――目立た無い事を第一に考えていた。と、そこで見る先に生徒達の列が見えた。あれは――?

 

「はい。こちらの班の勝利です。こちらをどうぞ」

「よっしゃぁ!」

「……」

 

 喝采を上げる班、一科生の班だ――に、負けたのだろう。二科生の班が諦めたような顔をする。そして勝敗を告げたのは生徒会会計、市原鈴音だった。どうやらここがチェックポイントだったか。見ると、いつかの魔法実技の授業で使った機材が置いてあり、そこに班の代表が、それぞれ進み出て、魔法起動速度を競っていた。

 どうやらここは試合形式の課題らしい。辿りついた時点でチェックポイントは通過出来るようだが、勝敗の結果でキャンプ用品の報酬が受け取れるかどうか決まるようだった。そして。

 

「待っていたぞ、司波!」

「…………」

 

 何となくそうだろうなとは思っていたが、やはり待っていたらしいモブ――じゃない森崎に、顔に出さずにげんなりとする。

 レオと幹比古が怪訝そうに見て来たが、そちらには構わず森崎の相手をする事にする。無視しても良かったが、それはそれでろくな事にならない予感があった。

 

「モ……森崎。何の用だ?」

「おい今何で噛んだ」

「気にするな。それで?」

「……まぁいい。用件は一つだ、司波。俺と勝負しろ!」

 

 ああやっぱりかと達也は小さく嘆息。まぁ予想していたと言うか確信していたので、別にいいのだが――こうも予想通りだと、逆に脱力してしまう。まぁ、どちらにせよ誰かと競わなければならないのは確かなので渡りに船ではあった。

 

「分かった。受けよう」

「……?」

 

 やけにあっさり頷いた達也に、森崎が訝しむような顔となるも、すぐにふふんと嘲るような顔となる。諦めたとでも思ったらしい。そんな彼に、達也は胸中で十字を切ってやった。そして両者は機材の前に並び――。

 

「ほえ面かかせてやるよ! 司波ぁぁぁぁ!」

「はい。よろしくお願いしますね、森崎君」

 

 勝ち誇った顔で振り向いた先には素晴らしい美貌で優しく優しく微笑む司波深雪が居たのだった。

 

 

(オリエンテーション編④に続く)




さん、はい。モブ崎――――――――!(咆哮)
ええ、皆で叫びましょう(笑)
何故ああなった……かは、次回にて(笑)
達也君のいやらしいいやらしい策略が展開します
こいつルールに違反してなけりゃ何やってもいいと思ってやがる……(真理)
ではオリエンテーション④でまたお会いしましょう。
ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリエンテーション編「そんなに地獄を見せたいんだな……!?(By司波達也)」④

はい、どもーテスタメントです。半年待たせたのに感想ありがとうございます……!
まだちょっと返信できてませんが、次書く前には必ず(汗)
では、オリエンテーション編④。お楽しみ下さい。
ではどぞー。


 

『――と、深雪さんから要求がありました。よろしいでしょうか、オーフェン師』

 

 そう来たか……市原鈴音からネットワークで知らされた内容にオーフェンは苦笑する。それはつい先程、第一チェックポイントに到着した司波深雪から、ある事をしたいとお願いがあったと言うものだ。深雪から、との事だが十中八九、達也の考えだろう。こう、重箱の隅をつつくようないやらしい策略である。無論、オーフェンもそれを考えていなかった訳では無いが。

 

(考えついても実行に移すかね、普通)

『オーフェン師?』

『ああ、すまん。認めると伝えてくれ。ただし、条件付きでな』

 

 苦笑しながら条件を言い、鈴音の『承知しました』の返答を聞いて、オーフェンはネットワークを切る。そして肩を竦めた。

 

「リンちゃんから?」

「ああ。ミユキからある要求があったんだと」

 

 第3チェックポイントで隣に座る――先程、一緒に転移して来た――真由美に頷く。ついさっきまでぎゃあぎゃあやり合ってはいたが、流石に疲れたらしい。真由美は息を長く吐いて落ち着きを取り戻していた。そんな彼女に苦笑しながらオーフェンはまだ誰も来ていないチェックポイントの名簿部分に追記を入れる。それを身体をくっつけるようにして覗いた真由美が目を丸くした。

 

「……これ、本当に深雪さんから?」

「と、本人は言ってるがな」

 

 言外に答えた内容に、あ、やっぱり? と彼女は小首を傾げる。こう言う仕種を思春期の異性が見ると、ついときめきそうだが、もはや娘を三人持つ五十路前(外見二十代)のオーフェンは全く動じない。暑苦しそうにしっしっと追い払う彼に、ちょっと不満そうにしながらも、真由美は離れた。

 

「……なんて言うか、リアクション薄いわよね、オーフェンって」

「娘より年下にくっつかれてもな。例えば、小学生の男にくっつかれて、お前ドキっとするか?」

「……しないけど」

「それと同じだ同じ。俺からすれば子供にくっつかれてるのと変わらんよ」

 

 子供扱いされてむくれる真由美にオーフェンはそれ以上構わず名簿に目を落とす――フリをしながら、ちょっとだけ頭を悩ませた。真由美も流石に年頃だ。なのにこう言った挑発がいかに男にとって理性的な意味でダメージを与えるか分かっていない。相手が自分だから如何様にもいなせるが、これが他の奴となるとエライ事になるのは必死であった。ラッツベイン、エッジ、ラチェットの娘達のそう言った部分の教育は妻に丸投げだったので、いざ真由美にそれを伝えようにもどうしたものか分からない。

 

(いっそ挑発に乗ったフリをして怖がらせるかね――いや、やめとこう)

 

 ちょっと想像して絶対ロクな事にならないと確信し、オーフェンは首を振る。もしそんな事をしたら即座に弘一が現れて既成事実を押し付けられ、さらにスクルドにロリコン扱いされるのが目に見えていた。無論、次の日にはキースが学校どころか魔法協会にまで号外を配っているところまで明確にイメージ出来る。

 

「ままならんもんだなぁ」

「……何の事?」

「いや妻の力は偉大だとな」

 

 帰ったら何かプレゼントしよう。そう決め、とりあえず化粧水の瓶に水入れて贈るのは今度で最後にしようと頷くオーフェンに、真由美は不思議そうな顔となるのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 司波深雪の微笑みに見とれながら、森崎駿は思う。ああ、いつ見ても司波さんは見目麗しいと。

 彼女は全てが完璧な少女だった。学業、運動能力、魔法力、そして容姿、性格。ありとあらゆる全てが最高の存在、第一高校において、一科の象徴とも言える。そんな少女に憧れと共に淡い恋心を抱く事を誰が止められようか。

 ああ、いつか彼女と恋仲になりたい。この完璧な少女とお付き合いしたい――と。無論、それが叶う可能性は無量大数分の一とか何億乗分の一の確率とか、まぁぶっちゃけ現実見ろよ? と言われるものではあったが、想いを抱くのは勝手だ。

 そして、そんな彼女の微笑に言われるまま従い、機材に手を置く。これは基礎単一系魔法の魔法式を、どれだけ速くコンパイルして発動するか、と言う課題だ。深雪と並んでそれを行える事に感激しつつ、発動する。ぴっ――と、速度が表示された。

 

 森崎駿:350ms。

 司波深雪:210ms。

 

 負けた――それも圧倒的に。だが、それは仕方ないと森崎は頷く。何せ、彼女は完璧だからだ。司波深雪に負けるのは恥でも何でも無い。至極当然の事。そう、自分を納得させ――。

 

「て、待てぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!?」

 

 ようやく、森崎はツッコミを入れた。その先には達也が居る。彼は戻って来た妹の髪を撫で、褒めちぎっている所だった。

 

「よく頑張ったね、深雪。流石だ」

「そんなお兄様……! 深雪は、お兄様の考え通りに動いただけです。むしろ、お兄様の方こそ――」

「待て待て待て待て! 司波、お前……!」

「はい? 何でしょう、森崎君」

「いや、あの司波さんじゃなくてですね。司波に言いたい事が」

「私も司波ですよ?」

「いや、あの……なら深雪さ」

 

 次の瞬間、深雪から絶対零度の視線が森崎に突き刺さる。その目は明確にこう伝えていた――「馴れ馴れしく名前で呼ばないで頂けますか?」と。

 固まってしまった森崎から視線を外し、達也は深雪の戦利品を受け取った。

 水、2リットルのペットボトル×18本である。”三班分”のこれは流石に重量がある為、自分、レオ、幹比古でそれぞれ分け、ザックに積み込んだ。

 

「いやぁ、流石ね深雪。私達の分もありがと」

「ううん、次の課題は貴女に頼む事になるかもしれないから。おあいこよ、エリカ」

 

 にっこり笑う千葉エリカに、微笑んで頷く深雪。そして周りに集まる柴田美月、光井ほのか、北山雫、スクルド・フィンランディに、達也は苦笑する。

 ともあれ、これでチェックポイントはオッケーだ。戦利品も手に入れた事だし、執事が来ない内にさっさと行かんとした所で、森崎が復活した。

 

「いや、ちょっと待て司――ええと」

「すまないな、妹が。で、何だ森崎」

 

 同情めいた思いで達也が苦笑しながら答える。それにやっと調子を取り戻したか、森崎が睨んで来た。

 

「何だじゃないだろ! お前が何で戦利品得てるんだよ! それにお前達も!」

「お前お前って女の子に言う? アンタデリカシー無いって言われるでしょ?」

「う、うるさいな! それよりどうして――」

「彼女達の班とは協力体制を結んだんだよ」

「――は?」

 

 言葉の途中であっさり回答を言われ、間が抜けた顔となる森崎。無理も無いなと苦笑して達也は繰り返した。

 

「深雪達の班とエリカ達の班、そして俺達で所謂同盟を結んだ。で、今回だと深雪に課題をやって貰って三班分得たと言う訳だ」

「だって、お前、そんなの――」

「許可は得たさ」

 

 呆然とした森崎――今気付いたが、彼と同じ班の男子二人も――チェックポイントに座る鈴音に目を向ける。彼女は相変わらずの無表情で頷いた。

 

「問題ありません。オーフェン師が条件付きの許可を出しましたので」

「条件って……?」

「三班で協力するなら課題は三班分行う事。また全ての課題を終わるまで三班全員はチェックポイント通過は認めません」

 

 つまり、達也たちは協力体制である限りチェックポイントで三倍の時間を取られる事となる。だが、協力するメリットは計りしれない。つまり、各自が苦手とする分野ではそれぞれにお任せする事が出来るのだ。唖然とする森崎に達也は言ってやる。

 

「オーフェン先生は確かに三人で一班を作れ、とは言ったが、班同士で協力してはならないとは言っていなかったからな」

 

 確かに、オーフェンの言いようでは班同士の競い合いを助長する話し方だった。課題の報酬であるキャンプ用品が半分ずつしか用意されておらず、早い者勝ちとまで言っている。だが、逆を言えばそれまでしか言っていないのだ。

 今回のルールの正解は、一科、二科、クラスの枠に囚われず各得意な分野の班員を集める事である。

 そしてもう一つの正解がこれであった。もちろん考えつく人間は相当捻くれた人間であろうが。

 

(オーフェン先生がこれを考えつかなかった訳がない。わざとだろうな)

 

 やはり彼も相当屈折した変人と言う事だ。達也は苦笑していると、それを嘲りと受け取ったか、森崎はぎりっと歯軋りをしてこちらを睨み付けた。もちろん、彼の班員二人もだ。くそっと舌打ちすると、森崎は指を突き付けながら吠える。

 

「卑怯な手を使いやがって……!」

「魔法師にとってそれは褒め言葉だぞ、森崎」

「うるさい! 次だ、次は必ずお前が出ろ! 叩きのめしてやる……!」

 

 そう吠えると踵を返して走り出した。自分と勝負するつもりなら、どっちにしろ次のチェックポイントで待たなければならないのだが。

 

「負け犬の遠吠えね」

「いやー、でもこれはモブ崎の気持ちも分かるよー、こんなの考えつくのタツヤだけだって」

「さらりとモブ崎って呼んだなスクルド」

「えっ、モブ崎じゃないの?」

「……森崎な、森崎。泣くからちゃんと覚えるように」

 

 自分もちょっと間違いそうになるのを棚に上げて達也は言う。そしてスクルドがうむむと首を傾げたのを尻目に皆を見渡し、頷いた。

 

「次でモブ崎も待ってるらしいし、あの執事がいつ来るかも分からないしな。そろそろ行こうか」

「達也、モブ崎言ってる言ってる」

「おっと」

 

 いかん、これ語呂が良すぎるなと再び苦笑し、ようやく出発する。ちょっと時間を食った為、現在順位は中の中といった所か。これからは森も険しくなるだろうし、訳の分からん場所もある。何より、次のチェックポイントで森崎に負ける訳にはいかない。そう気を引き締め、達也たちは進む足を速めたのだった。

 

 ――なお、次のチェックポイントの課題は。

 

「は、はい。司波くん、魔法工学、魔法理論の小論文三班分、合格です。その、森崎くんは……」

「ぐ、ぐぬぬ!」

 

 達也の得意分野だった模様であったとさ。

 

 

(オリエンテーション編⑤に続く)

 




はい、達也卑怯だ……!
卑怯だが、くそぅな回(笑)
目立たず、しかししっかり戦利品は全部頂く気満々です。ああ、そういやモブ崎の班は水と次のキャンプ用品も得られない訳ですが……彼等の明日はどっちだ。もかもか室か(笑)
ではオリエンテーション編⑤をお楽しみにです。次で、ようやくオリエンテーションまで終わってキャンプ行けるかな?
ではではー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリエンテーション編「そんなに地獄を見せたいんだな……!?」(By司波達也)⑤

めちゃめちゃお待たせして申し訳ありません
テスタメントです。
スマホに変えて書かなくなっていたのですが、オーフェンアニメ化の報を聞きまして
続きを書いてみようと慣れぬスマホでの執筆と相成りました
慣れぬ執筆で文章もおかしいかもですが、良かったらまたお付き合い下さいませ
ではオリエンテーション編⑤どうぞー♪


「おーほっほっほ! 無様ねモブ!」

「くくぅ……!」

 

 せめて崎はつけてやれ――そう思いつつ、達也は四つ目のチェックポイントにおける結果を眺める。

 お嬢様もかくやとばかりに(と言うかお嬢様なのだが)、頬に手を添えて高笑いを上げるは千葉エリカ。そしてその前に屈するは我等がモブ崎ならぬ森崎駿である。チェックポイントの前で待ち伏せされ、挑まれるもこれで四回。その全てで達也たちは彼等の班に勝利していた。

 しかし、と達也はちらりと今回の戦利品を眺める。水が入ったペットボトルに、サバイバルセット、薪と炭、そして今回の米俵10kg。本来は一人頭1kgなのだろうが、分けるのが面倒との事で米俵で渡されている。言うまでもないが、もうこの段階で大荷物だ。しかも協力体制故に三回チェックポイントの課題を行う必要がある為、どうしても足が遅くなっている。幸い他も足が鈍っているので順位に変動は無いが……。

 

(やはりオーフェン先生も捻くれてるな)

 

 これも彼の狙いだとなんとなしに悟り、苦笑する。チェックポイントで勝てば勝つ程荷物が増え、結果として遅くなるようにオーフェンは仕向けていたのである。幸い達也たちは協力して荷物を小分けにしているので何とかなっているが、他の班はそうも行くまい。実際、最初のほうで上位だった班は既に”いなくなって”いた。

 足が鈍った所をやられたのだろう。今頃もかもか――――! と叫んでいるのが目に浮かび、達也は心底同情した。

 

「お兄様? あの、何故十字を切って……?」

「ん? ああ、済まない。ついな」

 

 心の中だけで十字を切っている積もりだったが、実際やっていたらしい。きょとんとした深雪に微苦笑していると、戦利品を得たエリカが荷物持ち(レオ&幹比古)を連れて悠々と凱旋して来ていた。

 

「よくやってくれたな、エリカ」

「ふっふーん♪ どんなもんよ!」

 

 褒める達也にピースしながら胸を張る。今回の課題は障害物競争……と言う名の天然アスレチックで、木から木へと飛び移りながら進むと言うものだった。そしてエリカはモブ……では無かった森崎含む他の班二人にストレート勝ちを納めたのである。流石、千葉家の娘と言うべきか。

 

「さて、後チェックポイントはいくつあるか……」

「貰った地図にはチェックポイントは記されてないのかい?」

 

 荷をレオと担いで来た幹比古の問いに達也は首を振る。地図はルートがおおざっぱに書き込んでいるだけであり、チェックポイント等は特に記されていなかったのである。

 

(だが、問題はここからか)

「……達也、俺の見間違いじゃなけりゃあなんだが、こっから先って」

「ああ、オーフェン先生が言っていたポイントがある」

 

 ここからしばらく進むと道が三つに分かれており、そこはそれぞれ不帰の砂漠、獅子千尋の谷、魔霊の廃墟と名が付いていた。確か砂漠には大砂虫、谷には怪鳥、廃墟には致死性の毒ガスが吹き出しているとか。

 

「……どれも禄なルートじゃないな」

「じゃあどうする? いっそ外れる?」

「いや、それは止めておこう。絶対ろくでもない事になるから」

 

 エリカの提案を即座に却下する。恐らくと言うか確信を持って言えるが、ルートから外れた場合二度とこの森から抜け出せないとかも十分に有り得る。そうして戻って来たらもかもか室行きだ。

 

「ならどうするんだ? こんな大荷物持って砂漠超えとか勘弁だぞ」

「本格的に砂漠超えるならこんなものじゃ済まないだろうけどな」

 

 レオに苦笑し、彼とは逆の理由で砂漠は却下する。もし砂漠超えするなら水、食料他の準備が圧倒的に足りない。まぁオリエンテーションで超えられる砂漠等、砂丘くらいとは思うが……。

 

(いや、オーフェン先生ならともかくあの執事絡みの場所だ。それも期待出来ないな)

 

 どの道砂漠は無理と判断する。後あるのは獅子千尋の谷と魔霊の廃墟か。

 

「レオ。この荷物背負って谷を超えるのは大丈夫か?」

「俺は問題無いけどな……」

 

 ちらりと他のメンバーを見る。いくら魔法を併用したとしても、この荷を持って谷を超えるのは体力が持ちそうに無い。特に美月が危険か。スクルドやエリカは平然しているが、ほのか、雫、深雪も心配である。谷をただ超えるだけならともかく、チェックポイントとついでに怪鳥が襲って来るとか言っていたので、やはり避けた方が無難か。だとするなら残るルートは一つ。

 

「廃墟しか無いな」

「いや、廃墟って達也くん。そこって毒ガス出てるんでしょ? 致死性の」

 

 さらりと決めた達也にエリカがすかさず突っ込む。まさかオリエンテーションでそんな危ないものをと思いたいが、やはりあの執事だ。全く油断出来ない。スクルドを見ると、呆れ顔で頷いて見せた。だが……。

 

「相手が毒ガスなら問題無いさ。深雪、頼めるか?」

「もちろんです。お兄様」

 

 達也の頼みに、にっこりと頷く深雪。このオリエンテーションは魔法を使用可なのだ。なら毒ガス程度、深雪にはなんら問題とならない。自慢の妹に頷き返し、さて決まったなと思った所で。

 

「廃墟だな! よし、そこのチェックポイントで決着付けてやる……!」

 

 意気揚々と吠える森崎が居た。四連敗もしてまだ懲りてないのか、いやと言うより。

 

「……わざわざ待ってたのかモブ?」

「せめて崎はつけろぉぉぉぉぉ!」

「すまん、心から本当に」

「マジに謝るなよそろそろ泣くぞちくしょう!」

 

 泣くのかモブ崎、それでいいのかと内心突っ込みつつ、達也は呆れるような視線を向ける。

 彼の班員も「もう止めようぜ」「モブ崎、勘弁してくれ」と訴えていたが彼は聞き入れようとしない。ある意味根性が入っていると言えた。

 

「……まぁ、好きにするといいが」

「そのスカし顔を吠え面かかせてやるぜ司波ぁ!」

 

 ……そんな自分は自分でも見たい気がする。そう達也は心の中で思った、その瞬間!

 

「ではお見せしましょぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!」

 

 聞き覚えがありすぎる声が聞こえ、同時に“降って来た”ものに、あんぐりと吠え面をかくのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一瞬、その場に居た全員が確かに我を失っていた。降って来たものを見てだ。言うまでもなく、それはもかもか室、そして超時空はた迷惑執事たるキース……! いっそ優雅とも言える手つきで彼はこちらを指し示し、もかもか室の手が広がってーー。

 

「みんな、逃げるよーーーー!」

 

 叫び声が間近で聞こえ達也たちは、はたと我を取り戻す。同時にもかもか室の手が襲いかかって来た。

 

「っーー!」

 

 間一髪しゃがみ込み、回避する。頭上をもかもか室の手が通り過ぎ、それは別の生徒、森崎と同じ班の男子生徒を捕らえた。

 

「ひっ……いやだ、いやだいやだ! た、助けて……!」

「こ、小林! 待ってろ今助け」

「ダメだ森崎。もう……」

「うるさい!」

 

 もう一人の班の生徒から静止されるも聞かず森崎はエア・ブリットを発動。手を無数空気弾が打ち付けるが一向に堪えない。そのままもかもか室は小林なる生徒を飲み込み。

 

「も、もかもかーーーーーーーー!?」

 

 直後、悲鳴が上がった。あれでそれな感じの、断末魔が。

 

「小林ーー!」

「ふ、まずはお一人です」

「貴様……!」

 

 もかもか室の屋根に立つキースを森崎は睨みCADを構える。だがそれを達也が引き止めた。

 

「やめろ森崎。無駄だ」

「ぐ、司波……!」

「あれに生半可な魔法が効かないのは解るだろう? それより今は逃げるべきだ。彼の犠牲を無駄にするな……!」

「く……っ!」

 

 よりにもよって達也からの忠告である。当然森崎はくって掛かろうとするが、ちーんと言う音と共に排出され、真っ白になった小林氏を見て呻くに留めてくれた。流石にあれを見ては思う所があったのかくるりと振り返り駆け出す。達也もすぐに走り出した。深雪たちはもう前を走っており、かなり先まで進んでいた。よく見るとスクルドがほのかと美月を抱えて誰よりも前を走っている。

 

(いや、そもそも最初に叫んだのは彼女だ。……流石だな)

 

 伊達に同居はしていない。突発的なキースにも見事に対応してくれる。そしてもかもか室は逃げ遅れた生徒たちを飲み込み終わり、ようやく動きはじめようとしていた。その上で座布団敷いて正座し、茶なんぞを啜っている執事を苦々しく思いながらも、達也は足を早めた。

この先は森の切れ目、ついに最終チェックポイントである魔霊の廃墟なる毒ガス地帯に突入するーー!

 

 

 




はい、オリエンテーション編⑤でした。次終わるとはなんだったのか(汗)
申し訳ない。次回こそ終わる予定であります。
そして二年もお待たせした事に改めてお詫びを(汗)
申し訳ありませんでした。
また読んでいただければ幸いです。
ではでは、また次回をお楽しみにです


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。