6人目の仙衆夜叉 (貮式)
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キャラクター設定資料集・久劫

久劫の設定資料集となっております。

序盤は原作原神のようにステータスやらモチーフ武器やらを載せてますので、ボイス内容やストーリーだけを閲覧したい方は真ん中あたりから始まりますので。


※2022 3/14 ご指摘を頂き、一番最初のプロフィールがスマホ版だと正常に表示されないのを修正。

※2023 1/9 久劫のキャラクターボイス『味方HP低下』時の台詞を追加。また、『キャラクターストーリー1』を追加。

※2023 1/29 命ノ星座第4重、不絶連撃のテキストに「効果が発動しなかった際、次回の発動確率+10%」の記述を追加。

同日 命ノ星座第6重、極神殺技の効果を発動した際に出現する氷の追従者の継続時間を5秒に変更。また、氷の追従者が消滅した際の久劫の通常攻撃の会心ダメージアップ効果を継続時間13秒に変更。

同日 久劫のステータス表記を改善。

同日 久劫の固有天賦、次代へ繋ぐのテキストを「妖滅剣術・祓魔彝照終了時、6秒間継続する不死鳥の羽を獲得し、継続時間終了時、チーム全員(久劫自身を除く)の攻撃力を30%アップさせ、HPを久劫のHP上限の30%分回復させる。に変更

※2023 12/17  久劫のボイス一覧にナヒーダとフリーナについての記述を追加。


◆プロフィール◆

 

名前:久劫(くごう)

神の目:氷

武器:両手剣

誕生日:9月5日

命の星座:訪招凞王座

所属:璃月仙人

説明:岩王帝君が存在を秘匿した、かつての璃月で最強と謳われた仙人。帰終のかつての部下でもある。  

 

 

◆モチーフ武器◆

 

 

不倶戴天

両手剣           

基礎攻撃力        542

会心率        44.1%

★★★★★

L v . 9 0 / 9 0   ✦✦✦✦✦✦

精錬ランク5

悉皆成仏

・攻撃力+40%、元素スキル及び元素

爆発を発動すると、「仇敵の殲滅」の

効果を発動する。この武器を装備した

キャラクターの元素攻撃ダメージ+30

%、継続時間14秒、最大4層まで。仇

敵の殲滅の効果が2/3/4層有する時、

通常攻撃速度+5/14/20%。

水色に輝く祓魔の両手剣。その中にはかつての

契約や約束が詰まっており、握るたびにその情

景が目に浮かぶ。

  切り替え       強化  

 

 

 

◆天賦◆

 

 

・通常攻撃

 

         戦闘天賦         

    通常攻撃・妖滅剣術・必照導来

          Lv.10

   天賦紹介    ステータス詳細  

 

 通常攻撃

 最大5段の連続攻撃を行う。

 

 重撃

 持続的にスタミナを消費し、素早い連続攻撃を発動

 する。

 重撃が終了した時に、更に強力な攻撃を1回放つ。

 

 落下攻撃

 空中から落下し地面に衝撃を与える。経路上の敵を

 攻撃し、落下時に範囲ダメージを与える。

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

         戦闘天賦         

    通常攻撃・妖滅剣術・必照導来

          Lv.13

   天賦紹介    ステータス詳細  

 1段ダメージ           170.2%

 2段ダメージ           182.3%

 3段ダメージ           159.8%

 4段ダメージ           167.0%

 5段ダメージ           170.2%

 連続重撃ダメージ         128.5%

 重撃終了ダメージ         214.9%

 重撃スタミナ消費          毎秒40.0

 最大継続時間             5.0秒

 落下期間のダメージ         134.7%

 低空/高空落下攻撃ダメージ   302.4%/378.9%

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

 

 

 

・元素スキル

 

         戦闘天賦         

      妖滅剣術・妖魔悉滅

          Lv.13

   天賦紹介    ステータス詳細  

 天賦Lv.+3

 絶対零度の剣を振るい、前方の敵へ氷元素ダメージ

 を与える。

 初期使用可能回数3回。

 

 空中で発動した場合、剣を前方の空気へ叩きつけ、

 瞬間的に凍らせて反動で飛び上がる。

 このとき、氷元素範囲ダメージを与える。

 

 璃月の伝説では、猛威を振るっていた妖魔たちが

 突如一振りの剣の元に全て凍り付いたという記述

 がある。久劫の剣筋はもはや絶対零度を越え、敵

 が凍るとともにたちどころに崩壊してしまう。

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

         戦闘天賦         

      妖滅剣術・妖魔悉滅

          Lv.13

   天賦紹介    ステータス詳細  

 スキルダメージ          504.2%

 空中発動時ダメージ         552.3%

 クールタイム              9秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

 

 

 

・元素爆発

 

         戦闘天賦         

      妖滅剣術・祓魔彝照

          Lv.14

   天賦紹介    ステータス詳細  

 天賦Lv.+4

 久劫が最強たる所以の力を開放する。

 立ちはだかる強敵全てを氷像へと変える絶対零度

 一太刀を繰り出し、氷元素範囲ダメージを与える

 。その後一定時間内、「約束の彝面」を使用して

 戦う。

 

 氷像

 氷像状態の敵は行動不能となり、両手剣、氷元素

 炎元素から受けるダメージが増加する。

 

 約束の彝面

 ・久劫の通常攻撃モーションが変化する。この状

 態の通常攻撃、重撃、落下攻撃のダメージは、元

 素付与によって他の元素に変化しない氷元素ダメ

 ージへと変わる。この状態の久劫は元素エネルギ

 ーを激しく消耗するため、継続時間中はエネルギ

 ーを溜められない。

 

 この効果は久劫が退場する時に解除される。

 

 「半分魔神の血」と言うのを侮ってはならない。

 確かに魔神本来の力には到底及ぶことはないが、

 久劫のこの状態に限ってはあらゆる魔神も冷や汗

 を流し、思わず後退りをしてしまうだろう。

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

         戦闘天賦         

      妖滅剣術・祓魔彝照

          Lv.14

   天賦紹介    ステータス詳細  

 スキルダメージ          1242.5%

 1段ダメージ           236.2%

 2段ダメージ           274.3%

 3段ダメージ           264.8%

 4段ダメージ           274.0%

 5段ダメージ           298.2%

 連続重撃ダメージ         228.5%

 重撃終了ダメージ         309.9%

 重撃スタミナ消費          毎秒40.0

 最大継続時間             5.0秒

 落下期間のダメージ        199.7%

 低空/高空落下攻撃ダメージ   412.4%/488.9%

 氷像化時間               5.6秒

 約束の彝面継続時間          13.0秒

 元素エネルギー            80

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

 

 

 

・固有天賦

 

         固有天賦         

        次代へ繋ぐ

           Lv.1

   天賦紹介             

 

 妖滅剣術・祓魔彝照終了時、6秒間継続する不死鳥

 の羽を獲得し、継続時間終了時、チーム全員(久劫

 自身を除く)の攻撃力を30%アップさせ、HPを久劫

 のHP上限の30%分回復させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

         固有天賦         

        燃ゆる氷炎

           Lv.1

   天賦紹介             

 

 妖滅剣術・妖魔悉滅で会心を発生すると、25%の

 確率でクールタイムを1つ分リセットし、次に発動

 する妖滅剣術・妖魔悉滅のダメージ+30%。

 効果が重複することはない。継続時間2秒、クール

 タイム4秒。発動後、効果はリセットされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

         固有天賦         

         奥義開花

           Lv.1

   天賦紹介             

 

 チーム内の自身のキャラクター全員の元素爆発Lv.

 +1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     Lv.MAXに到達しました    

 

 

 

◆ステータス◆

※Lv.90、モチーフ武器は装備、聖遺物は装備なし

 

基本ステータス

・HP上限
12,588 +0   

・攻撃力
897 +359 

・防御力
773 +0   

・元素熟知
0    

・スタミナ上限
240    

 

高級ステータス

・会心率
49.1%    

・会心ダメージ
50.0%    

・与える治療効果
0.0%    

・受ける治療効果
0.0%    

・元素チャージ効率
100.0%    

・クールタイム短縮
0.0%    

・シールド強化
0.0%    

 

元素ステータス

・炎元素ダメージ
0.0%    

・炎元素耐性
0.0%    

・水元素ダメージ
0.0%    

・水元素耐性
0.0%    

・草元素ダメージ
0.0%    

・草元素耐性
0.0%    

・雷元素ダメージ
0.0%    

・雷元素耐性
0.0%    

・風元素ダメージ
0.0%    

・風元素耐性
0.0%    

・氷元素ダメージ
28.8%    

・氷元素耐性
0.0%    

・岩元素ダメージ
0.0%    

・岩元素耐性
0.0%    

・物理ダメージ
0.0%    

・物理耐性
0.0%    

 

 

 

 

◆命ノ星座◆
          

 呑夢両断           

 命ノ星座 第1

 妖滅剣術・妖魔悉滅の使用回数+1。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

       アンロック済

         

 氷獄傀儡           

 命ノ星座 第2

 妖滅剣術・祓魔彝照の継続時間+5秒。

 さらに氷像効果の継続時間+5秒。この

 時、氷像効果を受けた敵の防御力50%

 を無視する。

 

 

 

――――――――――――――――

       アンロック済

 

 零凍刀身           

 命ノ星座 第3

 妖滅剣術・妖魔悉滅スキルLv.+3。

 最大Lv.15まで。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

       アンロック済

 

 不絶連撃           

 命ノ星座 第4

 妖滅剣術・妖魔悉滅会心時、さらに15

 %の確率で2秒間クールタイム関係なく

 妖魔悉滅を発動できる。この時、久劫

 氷元素ダメージ+50%。効果が発動

 しなかった際、次回の発動確率+10%。

 

 

 

――――――――――――――――

       アンロック済

 

 祓魔宣誓           

 命ノ星座 第5

 妖滅剣術・祓魔彝照のスキルLv.+3。

 最大Lv.+15まで。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

       アンロック済

 

 極神殺技           

 命ノ星座 第6

 妖滅剣術・祓魔彝照発動時、追加で

 本来のダメージの50%分のダメージ

 を与える氷の追従者を二人召喚する

 。継続時間5秒。氷の追従者が消滅

 した際、久劫の通常攻撃の会心ダメ

 ージ+80%。継続時間13秒。

 

――――――――――――――――

       アンロック済

 

 

 

 

 

◆キャラクターボイス◆

 

▶初めまして…

『三眼五顕仙人』、『妖滅夜叉』、『羅刹大聖』。大層な呼び名はそれこそ山のようにあるが、久劫と呼んでもらえればすぐに駆け付けよう。尤も、本音を言ってしまえば、君についていって昔とは変わったテイワットを見てみたいだけだがな。

 

 

▶世間話・平和

ぼーっと景色を眺めていても妖魔に襲われない……。平和とは、実に尊いものだな。

 

 

▶世間話・手入れ

武器の手入れは、剣士にとっては呼吸と同じくらい大切なことなんだ。怠れば……。

 

 

▶世間話・七国

モンド、璃月、稲妻、スメール、フォンテーヌ、ナタ、スネージナヤ。君が望むなら、どこまでも行こう。

 

 

▶雨の日…

肌を突き刺さない優しい雨……え、早くこっちに来て雨宿りだって? 心配性だな。

 

 

▶雪の日…

くれぐれも体を冷やすなよ。

 

 

▶晴れの日…

日光は反射してやれば簡易的な目くらましに使える。不意打ち、反撃、逃走。格上の相手には多少の小細工は必要だ。

 

 

▶暴風の日…

うん、心地よいそよ風だ……あれ、そうか、空中を飛び回るほど君もこの風を心地よいと感じているのか。

 

 

▶おはよう…

あぁ、おはよう。朝ごはんなら既に用意してある。食べて英気を養うと良い。

 

 

▶こんにちは…

ご飯を食べて動かなければ体が鈍るぞ……そうだ、僕が君の運動の監督をしてやろう。まず手始めに、絶雲の間の山頂までの道のりを500往復して、っておい!? どこへ行くんだ!?

 

 

▶こんばんは…

夜の時間帯は妖魔どもの動きが特に活発になる。それらから民人を守るのが我々夜叉の使命だ。もしついてくるというのなら……止めはしないが、経験がなければ一晩中寝られないことになるからお勧めはしないな。

 

 

▶おやすみ…

君たちが明日の朝日を無事に迎えられるよう、僕たちは頑張ろう。おやすみ。

 

 

▶久劫自身について・強さ

どうやら僕は最強、最強と呼ばれているようだが、あの頃の若蛇龍王にはただの一度も勝てたことはない。それほどまでに半分まで薄められた魔神の力は弱い……だが、僕はあの両親をもって後悔したことは皆無だ。誰かを守る力、人を思いやる心、どちらか一方が欠如していれば僕はあっという間に淘汰されていただろうし、ここまで素晴らしい人々に出会うこともなかった。僕の「強さ」は、多分そこにあると思う。

 

 

▶久劫自身について・璃月

1000年前とはまるで違う風景を見て、最初こそ驚きはしたが、それでも「璃月はここにある」って分かって安心したな。どんなに景色が移ろいで行っても、僕の帰るべき場所はやはりあの港にあったんだ。

 

 

▶魔神について…

オセル、ダンタリオン、跋掣、それらの魔神は璃月を襲ったが、その全てが悪意に満ちているわけではない。残り一つの食べ物を取り合うように、互いに譲れない思いがあったからこそ、ああして戦争と言うものが起きてしまったんだ。

 

 

▶当時について…

肉体を穿つ雨が降り、鎌鼬の如く刃と化した暴風が吹き荒れ、岩の礫が飛び交い、化身となった魔神が街を焼きに来る……今の時代では到底考えつかないような地獄が広がっていた。

 

 

▶封印について…

何もない。文字通りの意味だ。音も聞こえない、何も見えない、何も感じない、自身も分からなくなる暗闇の中、僕は唯一『使命』として残っていた『魔神を抑える』という行動だけでずっとあの虚無空間で戦い続けた。自分が何をしているのか分からなくなって精神が壊れそうになったことも何度かあったな。それでも、僕は璃月を裏から守る『妖滅夜叉』だ。契約は絶対に破らなかった。

 

 

▶「神の目」について・違い

ん? なぜ僕は不死鳥なのに氷元素なのか……と? ふっ、そんなの……僕が聞きたいな。

 

 

▶「神の目」について・補助

魔神の力の全てを引き出せない僕にとっては、神の目はとても助かる代物だ。これがなければ、僕は「祓魔彝照」を唱えると同時にエネルギー切れでたちまち粒子となって消えていただろうからな。

 

 

▶シェアしたいこと…

近頃の「元素機器」と言うものは凄まじくてな。いつもはあちこち回りながらではないと出来なかった料理がとても楽になった。それ以外にも、風元素を使った「掃除機」なるものや炎元素と氷元素を使った「エアコン」など、フォンテーヌの技術革新は凄まじい!!

 

 

▶興味のあること…

朝市と夜市の使い分けをしなければ、その日の食事にかかる費用を無駄に使ってしまう。どの食材が新鮮か、どの食材が安くなっているか、店員の目線、到着した貨物船、仕入れてる品物の量に仕入れ先の経済状況……。市は小さな戦場だ。いつでも警戒は怠ってはならない。

 

 

▶甘雨について・仲間

僕たち仙人の中で、甘雨程腕の立つ狙撃手はいないだろう。精度、威力、どれもが一級品以上の腕前で、並大抵の魔物なら何が起きたのか分からぬうちに死んでしまうな。

 

 

▶甘雨について・伴侶

「行ってらっしゃい」と送り出されてから、実に1000年も甘雨を待たせてしまった。以前から甘雨が兄妹の垣根を越えた感情を抱いているのは知っていた。だからこれは、気付かない振りをした僕の責任。1000年も待たせた寂しさを、出来る限り共にいる時間を増やして埋めていきたいな。

 

 

▶魈について…

魈は人間の心は分からないと言い張っているが……実は本人が気づいていないだけで、意外と感情豊かだったりする。あの日、魈が僕にとびかかってきたのがいい例だな。今度、昔話をしながら魈の手伝いをするか。

 

 

▶申鶴について…

生い立ちこそ普通の凡人とは一線を画す存在だが、もはや申鶴は璃月で過ごす一般人。あとは、璃月の喧騒が申鶴の激情を少しずつ薄めてくれるのを待つだけ……だな。

 

 

▶刻晴について…

以前市場へ出かけた時、帝君の置物を抱えた刻晴殿と出会ってな。普段の堅物な印象の刻晴殿とはかけ離れた表情と声で、「この話は秘密に――」と、しまった。話してしまった。

 

 

▶胡桃について…

僕へ往生堂の仕事を斡旋してくれた胡桃には、感謝してもし足りないな。それはそうと、最近胡桃がコーヒーを飲み始めたのだが、何か心境の変化があったのだろうか……?

 

 

▶七七について…

僕が封印される数年前の赤ん坊の時から交流があった。元は明るくて活発で、感情の起伏が激しい両親思いのいい子だったが……仙人の力というのは、時に残酷だという事を知った一例だ。それでも、僕の事を覚えてくれている以上、僕は七七の元へ通い続けるだろう。

 

 

▶香菱について…

香菱には料理の事で世話になった。今僕がこうしてご飯を作れているのも、単に香菱のお陰と言えるだろう。香菱がいなければ、僕は君たちにただ具材を切って炒めただけの料理を出していただろうな。

 

 

▶タルタリヤについて…

スネージナヤの組織の最高幹部の一角だと聞いたが、まだまだ粗削りだな。……ただ、あの強さには目を見張るものがある。このまま僕が鍛え続ければ、いずれは凡人では辿り着けない神域に到達できるだろう。

 

 

▶帰終について…

帰終様は戦闘能力こそないが、その頭脳から溢れ出る様々な戦術やアイデアは、テイワットで勝るものは殆どいないだろう。もし戦争の時、僕が王宮におらず帰終様が一人だったらと考えると……ぞっとする。

 

 

▶ウェンティについて…

ウェンティのライアーの弾き語りだけは、冗談抜きでずっと聞いていられると心の底から思う。あの音を奏でられるのは、悠久の時を生きて来たウェンティしかいない。……まぁ、それを打ち消すほどの酒癖の悪さが目立つが、僕も言えた義理ではないからな。同罪だ。

 

 

▶モラクスについて・忠誠

帝君は、僕の第二の父と言っても過言ではない。僕をここまで鍛え上げ、誰かを思いやり、誰かを守れるようにしてくれたのは紛れもなく帝君だからだ。僕ら仙人は帝君がただ強いから従っているのではない。帝君の人柄の良さに直接触れて来たからこそ、僕たちは忠誠を誓っている。

 

 

▶モラクスについて・後悔

僕は僕自身の恩に従って行動してきた。しかし、帝君はそのことをずっと気にしていたらしい。それでダンタリオンに操られていたというのだから、無事だったとはいえ後悔は募るばかりだ。

 

 

▶影について…

七神の飲み会の時、テーブルに置かれた甘味を美味しそうに見つめていたな。同じ影武者として端の方で一緒に甘味を食べて、手合わせをして、他愛もない話をして……披露宴の時に久々に話をしたが、影ちゃんもいい方向に変わり始めてて安心した。

 

 

▶ナヒーダについて…

僕が封印されている間に代替わりした草神とはまだ会えていないが、近いうちに会ってみたいとは思っている。…何? 草神は教令院の手によって封印されている…? 知恵の国の賢者たちは、知恵を失ってしまったのか…?

 

 

▶ナヒーダについて…

己の国のために力を使い果たしたのにも関わらず、守った民によって500年も身動きが取れないでいた…か。神の権能を持ってして民草とは意思疎通を図れたとは言え、彼女の心情は推し量れないものだ。彼女は今、僕達の記憶をなくしているのだろう?ならば、今度菓子折りを持ってスメールに遊びに行くとしよう。

 

 

▶フリーナについて…

ただの凡人が500年間も虚栄を張り、神を演じ続けた。それは普通の人間では到底成すことの出来ない偉業だ。この世界の理を欺くこと決して簡単なことじゃない。何せ「天理」は文字通りテイワットの全てを管理しているからね。正直、フォカロルスのしたことは全部聞いても発想がぶっ飛んでるとしか言いようがないし、それに500年も付き合いきった彼女もぶっ飛んでると言わざるを得ない。今度、フォンテーヌの最新マシーンを見に行くついでに、「同じ凡人として」、彼女が脚本を書いた劇でも見に行こうか。

 

 

▶久劫を知る・1

僕の事……? 別に構わないが、対して面白い話はできないな。

 

 

▶久劫を知る・2

僕の父親は魔神でな。『(ほむら)の魔神 フェネクス』という不死鳥の姿をした灼熱の魔神だった。でも性格自体は熱血ではなく温厚そのもので、僕と母に対してはそれはそれは甘かったのを覚えている。母親は普通の人間で、元は山菜を採って生計を立てている貧しい家出身だったらしい。二人の馴れ初めは……確か、父の一目惚れだったか。母は最初は恐れ多いと断っていたそうだが、母が父に惚れ始めていたのと父の押しに負けて結婚したそうだ。僕は、この二人の元に生まれてきて本当に良かったと思ってる。

 

 

▶久劫を知る・3

僕が幼い時、両親は僕の前から姿を消した。捨てられた訳ではない。涙ながらに僕を抱きしめ、二人は僕を帝君と帰終様に預けて去っていった。願うのならば、もう一度両親に会いたい。ただ、なんとなく、もう両親には会えないような気がする。それが事実だと確認できるまで、僕はこの父がくれた翼と母がくれた心を大切にしながら探し続ける。

 

 

▶久劫を知る・4

君といると、なんだか不思議な気分になるな。帝君と共に戦っている時とも、甘雨と共に過ごしている時とも違った感情だ。神だろうが仙人だろうが人間だろうが、君は一体何人の人々を誑かしてきたんだ?

 

 

▶久劫を知る・5

僕はいろんな人々に囲まれて生きてきたが、戦場では常に孤独だった。日常の孤独は甘雨が埋めてくれたが……戦場の孤独と背中は、君に託してもいいかと思う。

 

 

▶久劫の趣味…

甘雨は調味料の比率を少し変えただけでどこが変わったのか気付いてくれるからな。僕の中で好きだった料理が更に好きになった。使う野菜の種類を変えたり、調理方法を工夫したり、様々な手法を施して甘雨のあの笑顔を引き出させるのが最近の趣味になった。……今日は、何を作ろうか。

 

 

▶久劫の悩み…

最近寝不足でな……仕事に支障はないが、考え物だな。む? 何故寝不足かって? ……君も、伴侶と共に暮らしてみれば嫌でも分かることになる。

 

 

▶突破した感想・起

ふむ、力が漲ってくる。

 

 

▶突破した感想・承

父上……母上……必ず見つけ出して見せます。

 

 

▶突破した感想・転

なるほど、これが父上の……

 

 

▶突破した感想・結

旅人、ありがとう。君がいたから僕はここまで来れた。父の魔神の力、まだ完全に使いこなせる訳ではないが、いずれ全てを自らのものとして君の役に立つように努力しよう。

 

 

 

 

 

 

▶元素スキル・1

凍結。

 

 

▶元素スキル・2

氷塊。

 

 

▶元素スキル・3

ふんっ。

 

 

▶元素スキル・4

疾っ!

 

 

▶元素スキル・5

飛翔。

 

 

▶元素スキル・6

とうっ。

 

 

▶元素爆発・1

祓魔彝照。

 

 

▶元素爆発・2

落日震魔。

 

 

▶元素爆発・3

『契約』……履行……!

 

 

▶宝箱を開ける・1

ふむ……これは使えるな。

 

 

▶宝箱を開ける・2

半額を気にしないで買い物ができる……

 

 

▶宝箱を開ける・3

一体だれがこんなところに……?

 

 

▶HP低下・1

っ……、やるな。

 

 

▶HP低下・2

しくじったか……

 

 

▶HP低下・3

僕は……負けるわけには……

 

 

▶味方HP低下・1

僕が前に出よう。

 

 

▶味方HP低下・2

僕の仲間に、一体何をしようと言うんだい?

 

 

▶戦闘不能・1

皆……約束……守れなかった……

 

 

▶戦闘不能・2

甘雨、ごめん……また……帰れなくなった……

 

 

▶戦闘不能・3

僕には、まだ……やることが……

 

 

▶ダメージを受ける・1

っ、なるほど

 

 

▶ダメージを受ける・2

クソッ……!

 

 

▶重ダメージを受ける・1

弱くなったか……?

 

 

▶重ダメージを受ける・2

へぇ、中々っ!

 

 

▶チーム加入・1

『妖滅夜叉』、馳せ参じた。

 

 

▶チーム加入・2

何でも言ってくれ。

 

 

▶チーム加入・3

僕が全ての魔を祓おう。

 

 

 

◆キャラクターストーリー◆

 

キャラクター詳細

1000年もの長き封印から目覚め、早くも現代の璃月に馴染み始めた久劫の印象は、璃月の埠頭でよく話をする主婦たちからすれば「愛妻家の好青年」そのものだろう。ほぼ毎日妻である甘雨の事を考えながら食材や献立を考える姿は、璃月の人々の家庭事情に少なからず影響を与えた。

 

だが、埠頭の主婦たちは久劫がかつての璃月で「最強」の名を冠していた夜叉であることを知らない。魔神と人間の混血で、母親が人間である久劫は人としての感性を十分に備えており、端から見ればただの人間にしか見えない。聞き上手で話し上手、さりとて自身の妻の自慢もかかさない、底抜けに明るい久劫の性格は、あっという間に埠頭に一つのコミュニティを生み出した。

 

そして、仙人たちが久劫に抱く印象もさほど変わらない。だからこそ、1000年前に久劫が封印された際は誰もが悲しみに明け暮れ、久劫より実力が劣っていた者は己の非力を恨み、久劫より上に立っていた者は己の采配の下手さに失望した。久劫が封印されていた1000年の間にこの世界を旅だった仙人たちは、きっと久劫の復活を知れば是が非でももう一度この世に生を受けようとするだろう。

 

久劫は今日も今日とて三つの顔を使い分ける。

往生堂にて死者をあの世へ送り出す厳かな雰囲気を醸し出すミステリアスな従業員、市場で買い物をする主婦や店員たちの会話の主軸である青年、そして甘雨にしか見せない顔で笑う夫。結論から言ってしまえば、久劫の中で特に大切にされているのは三つ目である。それは往生堂の従業員や市場の人々全員が知っている前提知識であり、久劫も無意識のうちに認めているものだ。

 

その夫婦のあり方は市場へ買い物へ来ている客や店員の憧れとなっており、二人の与り知れないところで璃月のプチブームとなっている。

 

 

キャラクターストーリー1

自身の体内に流れる魔神の血というのがどれほど強大なモノかということを、久劫はしっかりと理解している。この世の摂理を作り上げることができる魔神の血は、例え半分人間の血が混じっていようとある程度の制限時間こそあれ純血の魔神に匹敵するほどの力の行使ができる。

 

その力を用いて久劫は夜叉の頂点に立つ妖滅夜叉として数多の業障や妖魔を切り刻み、時には不意を突いて襲ってきた魔神とほんの数分間とはいえ互角の戦いを繰り広げたりしてきた。久劫に流れているのは『(ほむら)の魔神 フェネクス』の血で、焔と名がついてはいるがその実戦いに向いた能力ではなく、自身や仲間を治療する『不死の炎』を操る能力を有する魔神だった。

 

だからと言って弱かったかと言われればそうではない。傷を治す摩訶不思議な炎を操る魔神の臣下が軟弱なはずもなく、敵の兵士がボロボロになっていく中でフェネクスの軍隊だけは無傷で兵を迎撃し続けたそうだ。そのためかつてはかなり広大な領土を持っていたそうだが、ある時急に領土と民、そして唯一無二の宝である久劫を親友であった岩王帝君に託し、妻と共に突如として消えて行ってしまった。

 

両親が突如として消えて言った理由を、久劫はおろか、彼らからすべてを託された岩王帝君ですら知らない。全てを放棄して夫婦でどこかに行きたかっただとも、天理の怒りに触れたからだとも、世界の禁忌を知ってしまったからとも言われているが真相はいずれも闇の中である。

 

久劫の願いは、幼い時に何処かへ行ってしまった両親と再び会う事である。

何故急にいなくなってしまったのか、どこへ行っていたのか、何を見て来たのか。聞きたいことは山のようにあるが、まずは自身の人生を彩ってくれる最愛のパートナーを見つけることができたという事をまず真っ先に報告したいと久劫は思っている。朧気ながらも自身をこの世界に産み落とし、愛を持って育ててくれた両親にもう一度会い、感謝を伝えたいと思っているのだ。

 

家族皆で笑って過ごせる日々を夢見て、久劫は今日も過ごす。

 

 

キャラクターストーリー2

Coming Soon...

 

 

キャラクターストーリー3

Coming Soon...

 

 

キャラクターストーリー4

Coming Soon...

 

 

キャラクターストーリー5

Coming Soon...

 

 

約束

Coming Soon...

 

 

神の目

Coming Soon...




キャラクターストーリーはぼちぼち更新していけたら。





「裏話」
Q.久劫の天賦などはどうやって決めた?

A.魈や甘雨と組んだ時に二人が引き立つように色々調整した。氷像効果も氷元素が通るようにしたし、元素爆発終了時のバフと回復も「久劫元素爆発→魈元素爆発」でつなげられるようにした。


Q.久劫のステータスはどうやって決めた?

A.「最強」の二文字を背負うに相応しいように、アタッカーとバッファー両方できるようにした。(バッファーはおまけ程度だが)
しかし素の攻撃力は魈より弱く設定しているし、ステータスで攻撃が1200近くも攻撃力があるのは完凸のモチーフ武器を装備しているからな模様。


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訪招凞王の章 第一幕
1.咆哮


2.6実装の層岩巨淵のイメージ画像が好きすぎて勢いで書いた。

え、仙人関係ないじゃんって?



……そうだね。


 

――層岩巨淵・地下の坑道

 

 近年、異変が続いているこの地では、人の姿は確認できない。

 かつては大勢の労働者がこの地で働き、賃金を貰っていたが、今は見る影すらなくなっていた。

 

 張り巡らされた坑道の至る所に『遺跡サーペント』と呼ばれる遺跡機械が蔓延り、整備されていた坑道は彼らが掘り進めたであろう横穴や洞穴で滅茶苦茶になってしまっている。

 

 ()()の凶兆から逃れるために()()からやってきた彼らだったが、その内の一機が坑道を掘り進めていた際、あるものを掘り出した。

 

 

 キュイィィィィィン、と遺跡機械特有の音が無音の坑道に鳴り響く。

 

 掘り出した正体不明のものをサーチし、自身に害をなすものであれば排除する。それが彼らに備わっている『基本機能』であり、創造者から放たれた『命令』であるからだ。

 

 どくん。と、掘り出したものから心臓の鼓動が検出された。

 生物なのだとしたら、排除対象の可能性があるため、遺跡サーペントはすぐさま迎撃モードに切り替わった。

 

 心臓の拍動が微かに聞こえるだけで、それが起き上がることはない。

 遺跡サーペントがそれを排除対象から外したその時、からん、とそれを掘り出した場所から何かが落ちてきた。それは、岩に埋まっていたというのに水色に発光する大剣で、遺跡サーペントがそれを認識して観察を始めたその瞬間。

 

 

 

 

 バチバチッ……ガコンッ……

 

 

 

 正十二面体のようなキューブで構成された遺跡サーペントが、突如バラバラになった。体全体に張り巡らされていた回路が絶たれ、ショートして電気を放つ。巨体が崩れ落ち、砂埃を上げる。

 

 無論、自然現象な訳がない。それをやったのは、遺跡サーペントが掘り出した謎の人物であった。

 右手には後から落下してきた水色に発光する大剣が握られており、その手は、否、全身は微かに震えていた。

 

 

「アア……アアアアァアアァアァァァアッ!!

 

 

 

 

 

 

 

アアアァアアァァァアアァァアアァァアアッッッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 狂った男の声が、層岩巨淵の坑道に響き渡る。

 その声は坑道に存在するすべての魔物をおびき寄せてしまい、彼のいる場所へと漏れなくすべてが殺到した。

 

 

 仲間の停止を認識した遺跡機械が、層岩巨淵に住み着き始めていたヒルチャールが、元素結晶で生まれたスライムが、深淵より現れたアビスが。

 

 

 彼を危険人物とみなし、排除しようと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、数分もしないうちに、彼がいた場所には機械の残骸と死体の山が築かれた。

 

 ただただ『契約』に従い敵を穿つ。例え自身の身が滅びようとも、力が枯れ果てても、『神』に課せられた『契約』だけが残ってしまっている彼に、歯止めなどは存在しなかった。

 

 

「アア……アアアァアァァァアア……」

 

 

 フォンテーヌに伝わる空想上の魔物、『ゾンビ』のような声と挙動をしながら、彼は歩いていく。目的地などはもちろんない。

 機械のように歩き続け、そしてその道中に『契約』の内容に合致する魔物がいれば、殺戮の限りを尽くす。

 

 それが、主への恩を返す事に繋がり、自身への贖罪になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諸悪を滅するために岩王帝君が招集した5人の『仙衆夜叉』。表向きにはそういわれているが、実際のところは違う。

 

 降魔大聖はその役職から、滅多に人前へ姿を現さなかった為、一般的な認知度は低い傾向にある。しかし、伝承に伝わっているために「名前くらいなら知っている」という璃月人は多いだろう。

 

 しかし彼は……『羅刹大聖』は違う。

 夜叉の中でも飛びぬけて魔神に迫る実力があったために、俺が頼んで()()()()()()()()()()()()()()()()退()()を頼んだんだ。

 

 魔神の怨嗟は、勿論封印された魔神本体から発せられる。離れれば霧散して元の強さほどではなくなるが、それが本体付近だとそうもいかなくなる。何せ、本体が真下に眠っているのだからな。

 

 人々を安心させるため、俺は敢えて彼の存在を公にはしなかった。魔神の残滓が特に強い場所がある、なんて伝えれば、人々はそれらにおびえて暮らさなくてはならないからな。

 

 しかし、今の降魔大聖を見てもらえれば分かるだろう。

 魔神の怨嗟というものは、たとえ散らばっていても量を増やせば巨大になる。それに呑まれれば、恐怖に支配され、発狂し、悲惨な運命を辿る。

 

 それが、魔神の本体付近から発せられた妖魔だというのなら尚のことだ。

 

 

 ……俺は、彼の最期を見ることすらできなかった。

 

 

 ある日、今でいう層岩巨淵付近で封印した魔神の怨嗟によって生じた妖魔を退治するために向かった彼は、そのまま戻ってこなかった。

 

 彼が向かった場所へ行けば、そこには激しい戦闘の痕跡が残っていた。

 山は削れ、地面は抉れ、草木に鮮血が舞っていた。

 

 

 その場に残っていたのは、薄れゆく()()()()()()()だけだった。

 

 

 

「彼は……きっと俺を許してはくれないだろう。

 ……すまないなパイモン。少しばかり暗い話になってしまった」

 

「鍾離……いや、いいんだ! オイラは気にしてないからな! オイラがこのお面について聞いちゃったからでもあるしな!」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 

 稲妻での冒険が終わり、間もなく開催される海灯祭に行くために璃月へ赴き、時間があるからと璃月を歩き回っていた際、層岩巨淵にてたまたま発見した、土に埋もれた水色のお面。

 

 俺はそれから魈がつけていたお面と似たものを感じ、すぐに魈を呼んだが、彼はこのお面を見た途端に急に険しい顔つきになり、

 

『我ではなく、他を当たれ。()()は、己の弱さの象徴だ』

 

 とすぐに帰ってしまった。

 基本的に簡単な質疑応答なら許してくれる魈だが、こんなに一方的に突っぱねられるのは珍しかったため、仕方がなく絶雲の間にいる留雲借風真君に聞くか、恐らく璃月港にいるであろう鍾離に聞こうかパイモンと相談した結果、話の長さ的に鍾離の方がいいだろうという結論に至り、今の話を聞いたというわけだ。

 

 

「ところで、一つ提案なのだが……」

 

 

 鍾離の視線が俺とパイモンから、手に持った水色のお面へと移る。その行動から、これから鍾離が言おうとしていることがある程度想像できた。

 

「この『彝面(いめん)』は、旅人、お前らが持っていてはくれないか?」

 

「やっぱり」

 

「ははっ。やはり気付かれていたか。

 ……『彝』という字には、『人の常に守るべき不変の道』という意味がある。俺はすでに岩王帝君ではない。これを持つべきはただの一般人の俺より、お前の方が相応しい。それに、なんとなくだが、そのお面が近い未来、お前の助けとなる場面が来るだろうという予感がする。ははっ、何、年寄りの戯言だ。気にしないでもらっても構わない。

 

 ふむ? すまない旅人。そろそろ時間のようだ。俺はこれで失礼する」

 

 

 往生堂の制服を着た女性に耳打ちをされて、鍾離はその人とともに去っていく。

 

 残されたのは、俺とパイモンと、三杯酔のテーブルに残された水色の『彝面』のみ。

 

 

 なんだか重い話になってしまったな、とパイモンと顔を見合わせ、鍾離から託された彝面をバッグに仕舞い、気分転換に璃月港をぶらぶらと歩くことにした。

 

 

 どこかで、誰かが叫んだような気がした。




遺跡サーペントが蔓延ってるとか言ってたけど、層岩巨淵で遺跡サーペントがフィールドボスとして実装されてもこの小説ではこのままでいきます。

フィールドボスがそこら中にいるとか、それはそれでカオスだな()


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2.始帰

原神の小説を書くだけで原神の世界観について詳しくなれるよ!!
……マジで細かい設定とか小ネタとか多すぎてびっくりしてます。

スネージナヤ辺りが実装されたら、淑女の逆行転生ものとか書いてみたいですね。

え、あと四年後だって? そんなぁ……(´・ω・`)


 

「鍾離のあんな表情、初めてみたな……オイラ、なんだか悪いことしちゃった気分だぞ」

 

「長い時間生きていると、そういうこともある」

 

 

 璃月港の埠頭をパイモンと歩きながら、先ほど鍾離から聞いた話を思い返す。

 

 胡桃と一緒に笑っている鍾離、契約を目の前で破られて怒っている鍾離、強敵相手にシールドを展開して飄々と戦っている鍾離と、今まで鍾離の様々な面を見てきたが、あんなに複雑そうな顔をする鍾離は初めて見た。

 

 数千年という長い時間を生きている以上、それは仕方ないのかもしれない。

 しかし、その話を掘り返してしまったのは自分である以上、お詫びに鍾離に何かをしてあげたいというのは、俺とパイモンの共通の見解だった。あと、一度お面について聞いてしまった魈にも。

 

「他の仙人には、なるべく話さないようにしよう。

 魈と鍾離があんな様子じゃ、誰に話しても同じような反応だと思うしな」

 

 留雲借風真君、理水畳山真君、削月築陽真君、ピンばあやに甘雨、一応煙緋にも言わないようにしよう。

 

「それじゃあ、二人に何をするか考えようぜ!

 うーん、そうだなぁ、魈とかは素材とか持って行っても使わなそうだし、無難に好きな料理とか持っていくか?」

 

「そうだね。ずっと手元に残るものより、消費できるものの方がいいかも」

 

 魈の好きな食べ物は……確か杏仁豆腐だったか。

 『かつての『夢』の味に似ている』と言っていたが、これについてもあまり掘り下げない方がやはり懸命だろう。善意の行動が、却って他人を傷つけてしまうことはよくある。

 

 

 ……稲妻での淑女の最期が、ふと脳裏に過る。

 

 

――――私をッ!! 『魔女』と呼ぶなァッ!!

 

 

 苦しんでいる稲妻の人々を救いたかった。ファデュイの魔の手が及んでいる抵抗軍を助けたかった。そして御前試合をした結果、間接的に一人の人間を殺した。

 

 

 彼女はウェンティから神の心を奪い、それ以前に、数々の罪を犯してきたファデュイの執行官だ。

 

 それでも結局、彼女には『そうならなければならない過去』が実際あって、それには今自分が関わってきた人たちも十二分に関わってしまっている。

 

 やめよう。過ぎたことを考えるだけ無駄だ。

 

 彼女は雷電将軍によって裁かれた。それでいいじゃないか。

 

 

「空……? おーい、どうした? 心ここにあらずって感じだぞ?」

 

「ごめん。少し考え事を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら……?」

 

 

 埠頭の欄干に立って弧雲閣を見つめている俺たちに、一人の女性が近づいてきていた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「ぎょ、凝光様! 刻晴様! 大変ですっ!」

 

 

 先の迎撃戦で群玉閣を放棄してしばらく。

 群玉閣という自身の執務室を失ってしまい、代わりに他の七星が職務を行っている玉京台に建てられた建物内に臨時の執務室が置かれた凝光の部屋へ、甘雨が血相を変えて飛び込んできた。

 

「どうかしたのかしら、甘雨。

 私たちは群玉閣の再建と、この後行われる海灯祭の準備で忙しいのだけれど?」

 

「ノックもせずに飛び込んでくるなんて、珍しいわね。一体何なの? 甘雨」

 

 計画書や予算のすり合わせなどを行っていた二人は、璃月で行われるビッグイベントとこれから訪れる()()への対応で若干のストレスを溜めていた。

 そのため少しばかりイラついた声が出てしまったが、流石にそこは璃月の頂点に立って民衆を導くプロの仕事人。公私混同は決して許さず、甘雨の息が整うのを静かに待っていた。

 

 

「はぁ、はぁ、先ほど千岩軍の層岩巨淵の見張り部隊が一名だけ逃げ帰ってきて、「層岩巨淵より、信じられないほど大規模な魔物の侵攻が始まった」と!」

 

 

「なんですって!?」

 

 

 刻晴が声を荒げる。

 層岩巨淵の異変は璃月港でも大打撃となった事件だ。多くの労働者が路頭に迷う羽目になり、当時の璃月の失業者の惨状は見るに堪えなかった。

 

 だから異変の根源を刺激しないように慎重に事を進めていたのだが、どうやら向こう側はそうはいかないらしかった。

 

 

「ヒルチャール、アビス、スライム、そのどれもが例にもれず凄まじい速度で璃月港に向かっているとのこと、至急対応しなければ、璃月港がっ!」

 

「参ったわね。ただでさえ、こちらは『渦の余威』への対応で手いっぱいだというのに……

 甘雨。確か、旅人が璃月へ帰ってきていると言っていたわよね。彼らには申し訳ないけど、この異常事態を千岩軍だけで対処しきるのは困難だわ。彼らを探して助力を申し出てきて頂戴。

 

 刻晴、あなたはすぐに千岩軍を集められるだけ集めて頂戴。早くしないと、璃月港が人の時代から、魔物の時代へと移り変わってしまうわ!」

 

「わっ、わかりました!」

「了解!」

 

 

「…………仙人への助力も申し出たいところだけれど、それをしてしまえば彼らからの信頼を失ってしまう。面倒なことになったわね」

 

 

 

 凝光も二人に続いて部屋から出て、数日前から物資をありったけ船に詰め込んでいる『南十字武装戦艦・死兆星号』の船長、北斗との接触を図りに行く。

 

 

「璃月港を、魔物なんかに奪われるわけにはいかないわ……!」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「懐かしい気配を感じて来てみたのだけれど、あなたはもしかして、件の旅人?」

 

「ん……? お前は誰だ?」

 

 

 俺たちに話しかけてきたのは、白桃色の髪の毛にぶかぶかな着物を着た女性。真面目そうな顔をしているが、顔が童顔な為に幼い印象を受ける。

 

 

「ああ、ごめんなさい。人に名を訪ねる前に、まずは自身の名を名乗らなくてはいけなかったわね。

 初めまして、空さん、パイモンさん、()から話は聞いているわ。わたしの名前は『始帰(シキ)』。元岩王帝君、()()()()よ」

 

「おう! そうだったのか! 鍾離のつ……ま……?

 

 って、えええええええええええ!!!?

 

「鍾離って奥さんいたんですか!?」

 

「あら? もしかして夫から聞いていないのかしら?

 ふふ、まぁ、あの人とそんな話になる場面なんて、想像できないからあり得そうね」

 

 

 くつくつと笑う始帰さんに驚きを隠せない俺とパイモン。

 そして、始帰さんが鍾離の奥さんだとしたら、この人はもしかして……

 

 

「そうよ。わたしの本当の名前は『塵の魔神 ハーゲントゥス』。璃月人でも分かりやすい名前でいうなら、『帰終』ね」

 

「何も言ってないけど、聞きたかった事に返してくれたぞ……」

 

「ふふ。これでも昔は『技術と知恵』を売り文句に夫を口説いたのよ? 人の心を読むなんて容易いわ。流石に、スメールの知恵の神様には劣るけれどね」

 

 

 こんなに幼く見えても、やはり魔神なんだなと感じていると、本題を思い出した始帰さんが「そうだ」と話を始める。

 

 

「あなたたち、今『面白いお面』を持っているでしょう? 少し、わたしに見せてくれないかしら。

 あぁそれと、わたしのことは始帰って呼んでもらって構わないわ」

 

「おう! じゃあオイラたちの事も呼び捨てで読んでもいいぞ!」

 

「ふふ。じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわね。パイモン。……空、ありがとう」

 

 

 バッグから取り出した『彝面』を始帰に渡すと、彼女はそれを優しく受け取り、その顔を哀愁に染めながらそっと胸に抱いた。

 

 

「あぁ、訪凞(ホウキ)……あなたの力の残滓だけでも、こうしてもう一度あなたに会えて良かった……

 もう二度と、この手に感じることができないかと思っていたわ……」

 

 

「やっぱり始帰も、羅刹大聖の事を知っているのか?」

 

「…………えぇ。

 訪凞はもともと、私の直属の配下だったの。私と夫が結ばれて、支配権は夫に移ったけれどね。

 わたしの、最初で最後の、それでいて最高の配下だったわ……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 今回は向こうから求められたとはいえ、やはりこのお面を前にすると仙人たちは皆暗くなってしまう。

 そうなると、いよいよ本格的に璃月にいる間はこのお面の事について触れない方がいいだろう。

 

 

「空、ありがとうね。このお面は返すわ。

 

 ……と、おや? こちらに向かって走ってくるのは、甘雨……?」

 

 

 始帰の視線の先へ目を向けると、そこには切羽詰まった様子で辺りを見渡しながら走ってくる甘雨がいた。

 

 そして甘雨はこちらを認識すると、一目散にこちらへ走ってきた。

 

 

「空さん! パイモンさん! それに始帰さんも?

 えっと、取り敢えず今は緊急事態なんです! すぐに天衡山まで来てもらえませ――――っ、そ、それは……!」

 

「まっ、まずいぞ空!」

 

 

 何やら焦っていた甘雨だったが、俺の手に握られている『彝面』を見た途端に苦虫を噛み潰したような表情へ一変してしまった。

 

 が、しかし、甘雨はそれを振り払うと、「とっ、とにかく急ぎましょう!」と俺とパイモンの手を掴んで走り出した。

 

 

 

 

 

 

「…………? 何やら不穏な気配が迫っているけれど、ここで仙人が口をはさむのも野暮ってものよね。

 さて、わたしは買い物の続きをしなくちゃね」

 

 

 

 始帰は、二人と出会う前の目的を果たすために、埠頭を歩き出した。




はい、原作死亡キャラ生存タグが立ちました。帰終×鍾離をすこれ。

ちなみに帰終さんの姿は、よくTwitterとかで出てくる帰終の姿で書いてます。ファンメイドにしてはクオリティが高い帰終様、実装待ってます。


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3.邂逅

沢山の人にお気に入り登録してもらってウレシイ、ウレシイ……

評価をしてくださった方もありがとうございます! この場を借りてお礼を……


 

 天衡山に到着した俺とパイモンと甘雨の下に広がっていたのは、数百人規模の千岩軍の軍勢と、その千岩軍と同等か、それ以上の規模を誇る魔物の軍勢の戦闘だった。

 

 

「お、おい! いったい何が起きてるんだ!?」

 

「近年、層岩巨淵にて異常事態が発生していたのは、お二人もご存じですよね」

 

「うん。璃月港でも失業者の人を沢山みたからね」

 

「それが原因かは定かではないのですが、層岩巨淵から今見ていただいている通り、大勢の魔物が璃月港に向かって攻めてきているのです。

 急なお願いであることは承知です。空さん、どうかご助力願えないでしょうか?」

 

 弓矢に氷元素の力を込めて、魔物の軍勢のちょうど真ん中辺りに打ち込みながら甘雨は俺たちにそう聞いてきた。

 

 甘雨がいるのなら、仙人を呼ぶことは容易いはずだ。

 しかし、この場には甘雨以外の仙人はいない。つまるところ、この魔物の侵攻は是が非でも人類のみの力で撃退したいということだろう。

 

 岩王帝君が事実上死に、凝光が『人の時代』を宣言した一年後に「すみません助けてください」では、璃月人、特に七星は仙人に愛想を尽かされてしまい、その立場を失ってしまう。

 

 

 ……そして何より、

 

 

「璃月港を守るためだ! オイラたちは喜んで協力するぜ! な、空!」

「うん!」

 

「ありがとうございます。 空さん、パイモンさん!」

 

 

 狙撃手として天衡山から狙い撃つ甘雨から感謝の言葉を受け取り、パイモンと頷きあって俺は今まさに璃月港の命運をかけた戦いが巻き起こっている戦場へと飛び降りた。

 

 

 

(空さんが持っていたお面……やはり、久劫(クゴウ)兄さまの『彝面』……でしたよね……)

 

 

 

 ちらりと後ろを振り返った時、やはり甘雨は思いつめたような表情をしていた。

 

 

 羅刹大聖、訪凞、彝面。

 

――――層岩巨淵付近で封印した魔神の怨嗟によって生じた妖魔を退治するために向かった彼は、そのまま戻ってこなかった――――

 

 

 何か予感めいたものを感じざるを得ないが、その事について深く考えるのは今目の前で起きている問題を処理した後。

 

 大丈夫。ヒルチャールやアビスたちなら既に一年以上続いている旅の途中で何度も何度も倒している敵だ。時には仲間に助けられたときもあったけれど、若干だが力を取り戻しつつある俺なら、このくらい大丈夫なはず!

 

 

「空、来たぞ! 目の前からヒルチャール暴徒だ!」

 

「うん、わかってる!」

 

 

 普通のヒルチャールより体格は大きいが、ヒルチャール岩兜の王よりは小さい。粗悪で無骨な大きい斧を手にしたヒルチャールは、ヒルチャール暴徒に他ならない。

 

 ヒルチャール暴徒は、普通のヒルチャールより筋力は遥かに上だが、その筋力を殆ど巨大な斧を振り回すことに使ってしまっているので、斧の攻撃さえ対処できてしまえば対応は簡単だ。

 しかし、攻撃タイミングを一手でも読み間違えればあっという間に重症患者になってしまうだろう。

 

 慎重に見極めて、安全に倒――――って、え……?

 

 

「おい! このままじゃ真っすぐ璃月港に行っちゃうぞ!」

 

「まっ、待てっ!」

 

 

 俺に攻撃を仕掛けるかとばかり思っていたヒルチャールは、吸い寄せられるように璃月港へと向かって行ってしまう。

 

 璃月港に巨大な地脈鎮石でも現れたのか? それともアビス教団が裏で糸を引いているのか?

 

 疑問は尽きないが、取り敢えずこのヒルチャール暴徒を倒すことが最優先だ。

 自分に背中を見せているのなら、斃すことは容易だ。がら空きの首筋に刃を当てて斬るだけでヒルチャール暴徒は物言わぬ死体へと成った。本当に、呆気なく。まるで抵抗の意思も見せず。

 

 

 この感情はなんだ?

 

 ヒルチャール暴徒を倒したことによる安心感? 達成感? いや、違う。

 

 

 これは、違和感だ。

 

 

 

 戦場を見れば、こちらに向かってくる魔物の殆どが目の前にいる千岩軍を無視して璃月港の方角へ突っ込んできている。

 

 それはヒルチャールだけに留まらず、スライムに、裏で糸を引いているのではないかと思っていたアビスまで、例に漏れず千岩軍を無視して一直線に突っ込んでくる。

 

 

くっ、邪魔だ! どけっ!

 

「っ! させないっ!」

 

 

 ヒルチャールを止めていた千岩軍に、アビスの魔術師が攻撃しようとしていたので、それを横から止める。

 こちらの対処をせざるを得なくなったアビスは、千岩軍へ向けようとしていた攻撃を、俺が突き出していた剣先へ向ける。

 

 俺の剣がアビスの魔術師の放った攻撃を打ち消し、その切っ先はアビスを守っていたシールドを破壊する。アビスは「ふぎゃ」という情けない声とともに地表へ投げ出された。

 

 ……この違和感の正体を突き止めるには、このアビスの魔術師に聞くのがいいだろう。

 

 

「この魔物の軍勢を率いてきたのは、アビス教団か?」

 

違う! 我々はただ逃げてきただけだ! 我々の拠点に突如謎の魔物が現れ、仲間も、地下に蔓延っていた掘削機もすべて切り捨てられた!

 我々はその魔物に斬られぬように、ここまで逃げてきただけだというのに、そしたら今度は人間からも挟み撃ちだ!

 

「それはお前らの普段の悪行のせいだろ!」

 

くっ……私が最後に振り返った時、()()はもう地上へ出て来ていた!

 直にここにも――――っ!! うわあああああっ!! 来たっ、来たぁぁぁぁっっ!

 

「そんな演技をしても無駄だぞ! 今からオイラたちがこの軍勢をすぐに倒し…………え?」

 

 

 俺たちが尋問していたアビスの魔術師の首が、いきなり切り離された。

 

 先ほどまでつながっていた首からは血がドパドパと溢れ、いい日差しを浴びて育っていた草木を赤黒く染め上げていく。

 

 

「ひっ、ひぃぃぃっ!!?」

 

 

 数々の戦闘をともにこなして、多少なり死体に耐性が付き始めたであろうパイモンが完全に腰を抜かしてしまっていた。

 

 

 

 見れば、先ほどまで千岩軍が相手をしていたヒルチャールやスライムたちも、全て死体となって地面に転がっていた。

 

 数百、もしかしたら千匹以上はいたであろう魔物の軍勢が、ものの数秒で全て死体に変わってしまった光景は、はっきり言って異常と言う他ない。

 

 

「お、おい……」

「あれは……一体……?」

 

 

 ざわつく千岩軍。

 誰かがあれは何だと指をさし、畏怖の視線を送り、恐怖の余り武器を向ける。

 

 

 

「アアアァァアァァァァァアァァ……」

 

 

 

 それは、到底『言語』とは呼べない、うめき声だった。

 

 魔物の返り血で真っ赤に染まってしまった衣服を身に纏い、恐らく美しい白髪であったであろう髪の毛も同じく赤黒く染められている。

 紺碧の瞳は赤く充血し、その整った顔には古びた民家のガラスのように(ヒビ)が入ってしまっていた。

 

「かっ、構えろっ!!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

 千岩軍の、恐らくリーダーの人がそう命令すると、数百人近くいる千岩軍が一人残らずその人物を取り囲むように槍を構えた。

 

 

 ふら、ふら、と不規則に揺れながら歩く彼(?)の姿は、誰がどう見ても魔物のそれにしか見えず、千岩軍が彼(?)に槍を突き刺すのは時間の問題だろう。

 

 ふと、バッグの中で何かが揺れていることに気が付いた。

 と同時に、鍾離から言われたことを思い出す。

 

 

 そのお面が近い未来、お前の助けとなる場面が来るだろうという予感がする――――

 

 

「空……? はっ、もしかしてあれって……!!」

 

 

 バッグから取り出した『彝面』が、微かに震えている。

 層岩巨淵、羅刹大聖、行方不明、鍾離から聞いた話がここで全て繋がった。

 

 

「あれが恐らく、『羅刹大聖』……!」

 

 

 俺が『彝面』を持って彼に近づこうとした、その時。

 

 

 

「久劫兄さまっ!!」

 

 

 

 甘雨の悲痛な叫び声が、沈黙を貫いていた平原に木霊した。




ここいらで夜叉くんプロフィール

名前:久劫
誕生日:9月5日
所属:璃月仙人
神の目:氷
命の星座:訪招凞王座

岩王帝君が存在を秘匿した、かつての璃月で最強と謳われた仙人。帰終のかつての部下でもある。


別名:訪凞、羅刹大聖、妖滅夜叉


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4.慟哭

一部璃月キャラ(主に仙人)に曇らせ描写がありますが、この小説の結末はハッピーエンドですのでご安心ください。

あと、お気に入り登録者数が100人行きました!
こんな作者の趣味全開の拙い小説を読んで、更にはお気に入りまでしてくださった読者の皆様には頭が上がりません……。

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。


 

「久劫兄さまっ!!」

 

 

 平原の傍にある、少しだけ切り立った崖の上にいた甘雨は、そう叫ぶや否や軽い身のこなしで岩肌を滑るように降りた後、千岩軍に囲まれている『羅刹大聖』と思しき人物へ駆け寄っていく。

 

「甘雨さん! 危険です!」

 

 千岩軍の兵士の一人が制止しようとするも、甘雨はそんなの気にしないとばかりに千岩軍の間を縫うようにして走り、どんどんと近づいていく。

 

 

「アアァアアァァア……?」

 

 

 走ってくる甘雨に漸く意識が向いた彼は、手にしている自身の身の丈程もある水色に輝く大剣を、木の棒を振り回すかの如く軽々と持ち上げ、そして地面へ突き刺した。

 

 地面へ剣を突き刺す、という行為は大体の場合自らの戦意がないことや、戦いが終わった後、両手を自由に使うために刺すことが多い。まるで自我がないかのような立ち振る舞いをしていた彼が初めて見せた行動だったが、この一年間の旅を通して少しずつ磨かれた旅人としての勘が、その行動に凄まじい勢いで警鐘を鳴らしていた。

 

 取り出していたお面が、先ほどよりも強く揺れている。

 

 

――――まるで、何かの危機を伝えるように。

 

 

……ッ!! 甘雨ッ!! それ以上近づいちゃダメだっ!!

 

 

 それに気づけたのは、半ば奇跡に近かった。

 

 稲妻にて、対雷電将軍戦に備えてと鳴神大社の八重神子に鍛えてもらった動体視力と反射。

 雷は凄まじく速い。「攻撃が来た」と認識してから回避に移るのでは到底避けることなど不可能である。それに、技を放ってくるのは現役で七神を務めている雷神本人。雷の速さも通常とは比べ物にならないほどに()()()()

 

 その雷神と対峙するために、八重神子は俺を鍛えてくれた。

 

 

 だから、彼が地面に刺した大剣の柄を強く握ったのが()()()

 

 

 あれは、戦意がないとか、休息のためとか、そんな理由じゃない。

 

 

――――あれは、近づいてきた甘雨を油断させて攻撃するための『技』である。

 

 

 

 

 

  ザンッ

 

 

 

 俺の声に気が付き、少しだけ躊躇った甘雨の前を、水色の軌道が通り過ぎていく。

 土が巻き上げられ、剣先が通ってきた道筋を現すように水色を装飾していく。

 

 血走った瞳が、何が起きたか分かっていない甘雨を貫き、そして開きっぱなしになっていた口が、言葉を発するように動いた。

 

 何を言ったのかは分からない。そもそも何も言っていないのかもしれない。

 

 

 だが、何であろうと甘雨を攻撃しようとしたのは事実。俺は茫然としているパイモンをその場に残して、甘雨と彼の間に割って入り剣を構えた。彼が追撃をしてこないとも限らない。

 

 後ろで座り込んでしまっている甘雨を起こし、少しずつ後退していく。

 甘雨は小刻みに震えていた。それが恐怖によるものなのか、それとも別の感情なのかは分からないが、今の俺には関係ない。とにかく、目の前の脅威をどう対処するべきか考えなくてはならない。

 

 

「ア……アァアアァッァアァア……」

 

 

 彼は、やはり言葉は発しない。

 先ほどのは見間違いだったのだろうか。

 

「…………っ」

 

 剣を握る力が自然と強くなる。こんな不気味な威圧感は、オセルや雷電将軍と対峙した時以来かもしれない。

 

 そういえば、『羅刹大聖』は魔神に迫る力を有していた、と鍾離が言っていた。だとすればこの肝が冷える感覚は決して勘違いではなく、下手をすれば自らが死ぬ危険性があることを体が本能的に察知していることからくるものだろう。

 

 

 

「ガ……ンウ……」

 

「っ……!? 今……!」

 

 

 

「オオ……きク……ナ゛……た、なァ゛……」

 

 

「――――っ!!! 久劫兄さ「援軍到着! 凝光様に刻晴様、北斗様も来たぞ!」

 

 

 

 彼が言葉を発した。

 

 目は多少充血しているが、本来のものと思しき紺碧の瞳にはハイライトが灯り、その顔には笑みを浮かべていた。そして、彼が甘雨の頭へ手を伸ばそうとしたその瞬間。璃月港から千岩軍の増援と、北斗の一味を連れた凝光が現場へと現れた。

 

 

 そして、彼の表情が、瞳が、全てがもとに戻ってしまった。

 

 

「兄さま……? っ、兄さま! どこへ行くのですかっ! 兄さまっ!!」

 

 

 直後、俺たちに背を向けた彼は、魈と同じか、それ以上の跳躍力と速度でこの場から立ち去って行ってしまった。

 

 後ろの甘雨が急いで追いかけようとするも、あっという間に姿をくらましてしまった彼を追いかけることなどできず、甘雨はその場で膝から崩れ落ちてしまった。

 

 

「これは一体、どういう状況かしら?」

 

「はっ。層岩巨淵から侵攻してきた魔物の軍勢は、突如現れた謎の人型の魔物によって殲滅され――――「久劫兄さまは魔物なんかじゃありませんっ!!」

 

 

 後方で行われていた報告に、甘雨が聞いたこともないような声で怒鳴った。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、比喩抜きで触れたら壊れてしまう、そんな感じがした。

 

 

「兄さまはぁ……兄さまは魔物な゛んかじゃないです……う゛ぅ……」

 

「甘雨、落ち着きなさい。私たちがいない間に、とても悲しいことがあったのね。

 とにかく、今は戻って、詳しい話を聞かせてくれるかしら。あなたの様子を見れば、私たちが最後に見たあの方が悪い人ではないことくらい、一目でわかるわ」

 

 凝光の腕の中で子供のように泣きじゃくる甘雨を見ていると、凝光から「あなたも来てもらえるかしら」と問われる。

 

 

 特に予定もないし、甘雨をこのまま放っておくわけにもいかないので、俺はこの問いに「はい」と即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

『久劫、頼めるか』

 

『久劫、任せた』

 

『ふむ、また現れたか……。久劫、今回もお前に任せる』

 

 

「…………ーぇ? し……り…い! しょーりせんせぇーっ!!

 

「っ! あぁ、すまない堂主……少し、考え事をしていた……」

 

 

 『彼』が俺たちの前から姿を消して、俺たちが彼にいかに依存し、いかに彼に負担を掛けていたかを知った。

 

 あの日から、彼の事を悔やまなかった日はない。

 

 彼を兄貴分として慕っていた魈が、彼に遊んでもらって楽しそうに笑っていた甘雨が、彼を一番の配下だと自慢していた帰終が、あの凶報とともに『その一面』を封印してしまったのを知った時から、俺は俺を許せなくなっていた。

 

 

「珍しいね。鍾離先生がそんなに思いつめた顔するなんて」

 

「そんな、表情を、していたのか? 俺は……」

 

 

 俺はテイワット大陸一の武神だと言われていたのではないのか。強い魔神は、と聞かれた際に、『戦争』を掲げる炎神より先に名前が出てくる神ではなかったのか。

 

 それなのに、俺は仙人に任せると戦闘を放棄し、結果として体調も思いやることも、敵の勢力を知ることも教えることもできず、俺は彼を殺した。

 

 夜叉たちから師匠と呼べる存在を奪った。

 甘雨から兄と呼べる存在を奪った。

 仙人から気を許せる同胞を奪った。

 帰終から誇れる配下を奪った。

 

 

――――俺は、誰からも赦されることはないだろう。

 

 

「先生、顔色がすっごく悪いよ? さすがに変だよ。今日は帰って、ゆっくり休んで?」

 

「…………すまない。そうさせてもらう」

 

 

 

 ……久劫、どうか、もう一度だけ姿を現してくれはしないだろうか。

 

 そうして、あの馬鹿げた『契約』を取り消して、魈や甘雨、帰終の『封印された一面』を、解き放ってはくれないだろうか。

 

 俺の事は許さなくてもいい。だから、どうか、もう一度、仙人たちに本物の笑顔を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタッ

 

 

「…………? 先生? 鍾離先生!?」




夜叉くん死んで一番責任感じて曇ってるのはやっぱり先生でしょ、ということで()()先生に倒れてもらいました。

一応言っておきますが、夜叉くんは鍾離やほかの仙人の事を恨んだりとか全くしてないです。むしろ「こんなところで死んで、帝君たちに迷惑がかかってしまうな」と責任を感じていたり。


ちなみに「夜叉くんいっぱい名前あってどれで呼べばわからなーい」という人のために、夜叉くんのそれぞれの名前の意味とかをば。

久劫→岩王帝君につけられた名前。(永久、永劫から一文字ずつとった)
訪凞→帰終につけられた名前。(凞には「やわらぐ」や「たのしむ」という意味がある)
羅刹大聖→夜叉くんに対する尊称(尚、一般人にこの名前を言っても誰の事だかわからない)
妖滅夜叉→役職(4割魔神である封印した魔神本体付近に現れる妖魔の退治)


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5.兄上

評価バーが赤くなり、お気に入り登録者数が約2倍以上に……

恐悦至極、戦々恐々、作者、震えております……


頂いた評価や応援は是非とも『完結』という形で返させて頂きますので、なにとぞ応援の程よろしくお願いします<(_ _)>


【追記】
あとがきにアンケート追加しました。
投票していただけるとありがたいです。


「兄さま……」

 

 

 背負った甘雨から、そう言葉が漏れる。

 

 あの後凝光に背中を摩ってもらった甘雨は、泣き疲れて、普段の業務の疲れも少しは溜まっていたのか眠ってしまった。

 

 もうすぐ璃月港に到着する頃合いだが、甘雨が俺に背負われて帰っている間、少なくとも10回以上は甘雨の口から「兄さま」と彼の名前が漏れている。

 

 彼……もうこの際久劫と呼んでしまうが、久劫という存在が甘雨の中でどれほど大きい存在だったのかが伺える。

 少なくとも、千岩軍の発言に対して過剰なほど声を荒げてしまうほどには。

 

 

 あの時どこかへ行ってしまった久劫。今は凝光が急遽編成した千岩軍の捜索チームが懸命な捜索を行っているが、正直言って見つかる可能性の方が低いであろうことは想像に容易い。

 

 魈のように腰から下げた『彝面』が、歩く度にかちゃりと音を立てる。

 持ち主が存命であることが確認できた以上、これ以上俺が持ち歩く訳にもいかない。早いところ久劫を見つけ出して、これを返却し、そして久劫を正常な状態に戻して仙人たちに会わせる。

 

 

 ……戻す、と簡単に言ってはみたが、一体どうすれば久劫は正常な状態に戻るのだろうか。

 

 

 甘雨に話しかけたあの一瞬、久劫は何故かそこで正気を取り戻し、凝光たちを認識した瞬間に再び理性のない姿に回帰してどこかへ立ち去ってしまった。

 

 うーむ、分からない。

 あの一瞬の『本物の久劫』が、何が原因でああなったのかが。

 

 自分の意思なのか、それとも何か条件があるのか。

 

 少なくともそれを分かっていないと久劫を見つけられても先ほどと全く同じ展開になることは目に見えて明らかだ。

 

 

「璃月港が見えてきたわ。旅人、すぐにでもあの仙人を探しに行きたい気持ちは分かるわ。

 けれど、あんな大きな出来事の報告を先延ばしにすることもできないの。……付いてきてくれるかしら」

 

「うん。分かってる。パイモンもそれでいいよね?」

 

「おう。それに、今は甘雨の事も心配だしな」

 

「……二人とも、感謝するわ」

 

 

 俺たちの行く先が困難であることを示すかの如く、空には分厚い雲が覆い始めていた。

 この様子では、恐らく軽策荘辺りではもうすでに降り始めているくらいだろうか。

 

 

「……久劫……兄、さま……」

 

 

 背中の甘雨の目から、またしても涙が零れて俺の背中を少し濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 望舒旅館付近、ヒルチャールの拠点。

 

 

 魔神の残滓は、今なお極小ではあるが大陸に蔓延る魔物に取り憑き、魔物の潜在能力を引き出させて人を襲わせている。

 

 通常の魔物であれば一般の冒険者であれば対処できるが、魔神の残滓に少しでも取り憑かれた魔物は一筋縄ではいかなくなる。

 

 だから、そんな存在はすぐにでも排除しなければならないし、ましてやモンドからの商人が璃月へ行くのに必ず通る帰離原に、そのような魔物は存在してはいけなかった。

 

 

――――妖魔を滅し、人々を守れ。

 

 

 それが岩王帝君より賜った『契約』。だからこそ『護法夜叉』は、その契約に従い存命の夜叉が自分しかいなくなってもなお、その使命を全うしていた。

 

 しかし、いつもであれば洗練された戦闘は、今日に限っては粗が目立っていた。

 

 

「この程度では、まだ兄上には追い付けない……ッ!」

 

 

 彼もまた、久劫(呪い)に魘される仙人であった。

 

 仙獣の中でも位が高く、人の世で言うところの『貴族』に当たるのが、俗世では『夜叉』と呼ばれる者である。

 2000年以上前に、そんな夜叉の両親の元で生まれた魈は、必然的に魔神戦争へと巻き込まれることになり、戦い方を覚えた。

 

 だが、とある魔神に体の自由を奪われ、人々だけでなく仙人や仙獣などまでも無差別に殺していた時期もあった。そんな魈をその魔神の元から救い出し、魈という名前を授けてくれたのが岩王帝君である。

 

 魈はその時から岩王帝君に忠誠を誓い、この魔神の元でなら命が尽きるまで戦ってもいい、そう感じた。

 

 

 しかし、「殺生は我に任せろ」と魈が岩王帝君に申し出た時、岩王帝君は難しい顔をした。その真意を問えば、岩王帝君はこう言った。

 

 

――――どうも、お前より昔から仲間にいる夜叉と比べてしまってな。

 

 

 魈はその言葉に顔には出さなかったものの不満を募らせた。

 その言葉は遠回しに、魈の実力では足りないと言っていたようなものだったからである。

 

 自惚れではないが、魈は自身の実力に自信を持っていた。それを真正面から否定されたような気がして、魈は無性に腹が立っていた。

 

 

 ……その噂の夜叉に、直接戦いを挑もうとするくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我はその時の兄上の強さを忘れはしないだろう。

 

 風を扱う我と、氷を扱う兄上。槍を扱う我と、大剣を扱う兄上。

 

 こちらが不意を突かれたり、相手が予想以上の強敵でない以上、『速さ』とは即ち『武器』となる。

 

 舐めているのか、我はそう兄上に言ったが、兄上はその柔和な笑顔を絶やさずに舐めていないよ、と言う。その余裕そうな態度と表情が、若かった我を益々怒り狂わせた。

 

 

 風を纏って高速で妖魔を突き刺す『風輪両立』を行使し、兄上の腹を貫く。そういう腹積もりで攻撃したはずだったのだが、我のその一撃は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、気づけば我は岩山にめり込みながら血を噴き、そして地に伏した。

 自身が反撃されたと気づいたのは、気を失った我が帝君の居城で目を覚ました後だった。

 

 

『思ったより強くやりすぎてしまったようだ。すまない。詫びと言ってはなんだが、君のお願いを一つだけ聞こう』

 

 

 我が目を覚ました寝床の隣で、椅子に腰かけた兄上がそんなことを言ってきた。

 その余裕綽々な態度を見て再び腸が煮えた我は、兄上に向かって拳を振りぬいたが、病み上がりの貧弱な攻撃では兄上に受け止めて貰うことすらできず、ほんの少しだけ体の軸をずらされて回避されてしまった。

 

 

 そこから、我は兄上によく勝負を挑むようになった。

 この『兄上』呼びも、その過程で我から提案したものだ。不思議と、兄上からは言葉には言えぬが『兄弟』のようなものを感じた。

 

 我が兄上に挑み、強くなった我を「流石だ」と褒め、そしてそのあとに我を上回る圧倒的な力を以て我を倒す。それが、『あの時代』の日常だった。

 

 

 

 

 ……我は、同じ夜叉だというのに、兄上の耐え難い苦痛に気が付くことができなかった。

 

 魔神の気配が凄まじく濃く残る残滓は、我が一度吸えば『靖妖儺舞』に匹敵するほどの苦痛を伴った。

 

 兄上は、その苦痛を何度も何度も味わい続け、そして我ら夜叉や仙人に悟らせないようにそれをひた隠しにして笑顔でふるまっていたのだ。

 

 雑魚の魔物を倒して苦しんでいた我に、恥を知れと叫びたくなった。

 あの耐え難い苦痛を、兄上は1000年以上も身内に悟られることなく耐えていたのだ。きっと、誰も与り知れないところで呻いていたに違いない。恐怖に支配されていたに違いない。――――助けを、求めていたのかもしれない。

 

 

 我は、兄上の弱いところを曝け出すに足りる器ではなかったのだ。

 

 

 

 兄上がいなくなって、璃月では一時期魔物や妖魔が大量に発生した。

 本来ならば、それらは兄上が一人で処理していたものだったらしい。数多の妖魔たちを滅してきた我ら夜叉からしても、その数は()()だった。

 

 

 我らは、兄上に頼りすぎていたのだ。

 

 帝君が、そう嘆いていた。

 

 

 否、誰もがそう嘆いていた。我も、そうであった。

 

 だから我は、ひたすらに妖魔を滅した。

 自分の罪から逃れたかったから、兄上の代わりになろうとしたから。兄上が自身の苦痛を徹底的に隠しながらも愛し、守った璃月のために。

 

 

 

 

 

――――それでも、我の動きは記憶の中の兄上には、到底及ばない。

 

 

 何から何まで、全ての挙動が兄上の劣化。

 

 

 

 

「…………ちっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の片隅から、空から見せられた『彝面』が離れてくれなかった。

 

 

 




どうやら夜叉くんには周囲の方々をブラコンにさせる特殊能力があるようです。


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6.膝枕

連日のシリアス回から一転、なんも事情を知らないとある方が、行方不明の夜叉くんを見つけてしまい、シリアスを正面からぶっ壊してしまう……



※日刊ランキングを見てたら30位くらいにこの作品がいてリアルに「ふぁ」って声が出ました。ありがとうございます。

そのおかげでUAとお気に入りと評価数がめっちゃ増えまして。ほんと、重ね重ねお礼申し上げます。


※昨日アンケートの設置をミスって、投稿してしばらくしてから設置ということになってしまったので、アンケートの締め切りを翌日まで延ばしたいと思います。

皆さま是非とも投票をお願いします!


 璃月北西部、絶雲の間。

 

 

 岩王帝君が直接形作った弧雲閣とは違い、この地は岩王帝君の元素力に反応したのかどうかは定かではないが、切り立った岩山が無数に存在する場所である。

 

 そして同時に、この地は璃月人からは『仙人が住まう場所』として認識されており、迂闊に近づけば不敬とみなされて反撃されたり、場合によっては琥珀の中に封印されてしまうこともある危険な場所だ。

 

 

 そんな場所を一人、白い髪を後ろで編み込んだ女性が周囲を特に警戒する訳でもなく、優雅に歩いていた。

 

 

 彼女の名は、申鶴。

 数十年前に魔物に身を捧げられ、襲い来る魔物に抵抗していたところを璃月の仙人である留雲借風真君に助け出された陰陽師の血を引く人物である。

 

 仙人の厳しい修行を行い、魔を払う陰陽術に加えて仙術までも使いこなせるようになった彼女は、近く行われる群玉閣の再建に必要な素材の一つである仙家呪符を璃月にいる凝光へ渡すために山を下っていた。

 

 

(『人の世に戻れ』……か)

 

 

 山を下る途中で見つけた清心を渋い顔をしてもしゃもしゃと食べながら、申鶴は出立する前に留雲借風真君に言われたことを思い返す。

 

 申鶴は別に留雲借風真君と離れることが嫌なわけではない。幼少期から仙人の暮らしを営んできた彼女にとっては、出会いも別れも生きている中で確実に起こるものであり、仕方のないことであると割り切っているがために別れに悲しみはあまり感じないが、彼女が危惧しているのは生活の方だった。

 

 先ほども言ったが、申鶴は人間の子であるとはいえ幼少期から仙人の生活をしてきた。

 彼女は自身が仙人といるよりも人といる方が良いと考えている留雲借風真君の真意は理解はしているが、『人としての常識』がいささか欠如しているのを自覚している申鶴は、人の世でまっとうに暮らしていけるのか不安に思っていた。

 

 それでも時間は流れる以上、それも仕方のないことだと彼女なりに折り合いはつけたものの、やはり不安は残るものらしい。申鶴の顔にはそれが顕著に……否、育ちが悪い清心を食べて顔をゆがませているだけであった。

 

 

(む? あれは……なんだ?)

 

 

 山を半ばまで下り、岩山と岩山の間にかけられた吊り橋を臆することなく渡っていた申鶴は、一つの不思議な物体に気付く。

 

 かつて仙人たちが行っていたとされる『天の試練』と『地の試練』。

 そのうちの一つである『地の試練』が行われていたとされる秘境、『太山府』のすぐそばの泉に、不自然に光り輝く物体と、申鶴の師匠である留雲借風真君と似た気配を放つ青年が横たわっていた。

 

 

――――我々の役目は、璃月の民を守ること。

 

 

 幼いころより教えられた璃月の仙人の役目。自身は仙人でなくとも、そういう考えの人物たちと共に育ってきた申鶴に、見捨てるという考えはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「息は……ある。だが、凄まじい邪気に憑りつかれているな」

 

 口元に手を当てて息があるのを確認した申鶴は、その人物――――久劫が凄まじい邪気に憑りつかれていることに気付く。

 

 

(我一人の力で払うのは……不可能だな。あまりにも邪気が大きすぎる。だが、何もしないよりかはマシか)

 

 

 久劫と久劫の武器をひょいと女性とは思えない怪力で担ぐと、申鶴はどこか落ち着ける場所はないかと歩き出した。

 

 申鶴一人で完全に邪気を払うことはできなくとも、少しばかり久劫にのしかかっている邪気を払うことができる。少しでもできるのなら、やった方がいいだろう。

 

 と考えながら歩いていると、丁度よく岩壁に動物が掘ったと思しき洞穴が空いており、申鶴はそこへ久劫を担いで入っていった。

 

 

 幸い、洞穴の中には誰もいなかった。

 野生動物がいたとしても仙人として修行を積んだ申鶴であれば軽々と撃退できるが、面倒ごとが減ったと申鶴は担いでいた久劫を優しく寝かせ、改めてその顔を見て驚く。

 

(顔に、ヒビが……!?)

 

 恐ろしく整った端整な顔には、それらを無に帰すかの如くヒビが入っていた。

 

 

 稲妻の地下には、かつて栄えた古国が眠っている。その名は白夜国。

 そこには未知の元素力に飢えたヴィシャップの始種であるアビサルヴィシャップが闊歩しており、その特殊な水弾を受けると元素力を吸われてしまう。

 

 そして、元素力が無くなった状態でそれを受ければ、今度は代わりに生命力を吸われる。

 

 生命力を完全に吸われてしまえば、その人間は空に返る。つまり死ぬ。

 

 

 久劫の体は、生命力を完全に使い尽くし、空に返る直前に復活するということを()()()繰り返していたがために、いつの間にか体の一部だけが空に返ってしまい、その部分だけヒビ割れたように黒くなってしまっているのだ。

 

 

 しかし、それを知っていようが知っていまいが、申鶴の為すべきことはすでに決まっていた。

 

 

「『払魔滅殺』、『命心療気』、急急如律令」

 

 

 仙術と陰陽術を掛け合わせたものを、申鶴はてきぱきと久劫へ施していく。

 久劫から感じる邪気自体は先ほどとはほとんど変わらないが、僅かに久劫の表情が苦痛に歪んだものから楽なものへと変わっていた。

 

 

(ふむ……効果があったようで何より……だが、我の術でできるのはこのくらいが限度だろう……。

 そういえば、師匠の昔話に出てくる帰終様は、帝君の疲れを癒すために“ひざまくら”なるものをしていたと言っていたか……)

 

 

 表情が和らいだ久劫の顔を見ながら、申鶴はそんなことを考える。

 人の常識が欠如している申鶴にとって、()()()()をする対象や意味などは理解できていない。……そして、ついでの如く鍾離と始帰の惚気話が暴露された。

 

 

(“ひざまくら”……“ヒザマクラ”……“膝枕”か……?

 ふむ、ならばこうして足を畳んで、ここに乗せるのか……? しかし、これでは“太もも枕”ではないのか……?)

 

 

 申鶴の無意識の暴走を止めるものは、残念ながらこの場所には存在しない。

 あっという間に洞穴内で正座した申鶴は、久劫の頭を自らの足の上へ乗せた。

 

 

(これで本当に彼の疲れは癒えているのだろうか……? 疑問は尽きぬが……うむ。

 ……やはり、人肌というのは暖かいもの……だな)

 

 

 申鶴は物心ついた時から仙人のところへいた訳ではない。漸く物心がつき始め、この世のすべてに興味を抱いていた時期に、彼女は父親のほんのひと時の静かな発狂によって居場所を失った。

 

 仙人に引き取られてから、申鶴は人肌に触れていない。

 だから、久劫から感じる人体の暖かさに、彼女は記憶の片隅の片隅、そのまた片隅にある村で生活していた時のことを思い出した。

 

 

(“膝枕”というのは、悪くないものだな……)

 

 

 申鶴の口元から、笑みが零れる。年相応の儚い笑みは、御伽噺に出てくる神女のように美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ところで……これはいつまで続ければよいのだろうか……?)

 

 

 師匠の話の通りに始めてみたものはいいものの、終え方が分からず困惑する申鶴であった。




申鶴の俗世を知らないが故のポン、可愛くない?

まぁ、作者申鶴持ってないんですけど。


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7.過去

遂に来てしまった0評価……ぐおおお……。
同じような話が続いて飽きてしまうのは承知してますが、ルート分岐だったり伏線だったりを張るのに必要だったのです。お慈悲ィお慈悲ィ……

しかしご安心を。今回から完結に向けて動いていきますので。


いややっぱつれぇわ……
少なくとも0評価食らいまくって評価が緑くらいまで落ちる悪夢を見るくらいには精神的にキツかったです……何気に今まで小説書いてて0評価食らったの初めてだったので……。




そして気づいたら日刊11位とかにいましたわこれ(今はランク外)。


もう作者大混乱ですよ。

評価バーが赤色になっただけで荒らぶっていたのに、ランキング上位に載ってるなんて、ほんとにもう、ありがとうございます。ほんとに。


 

「かつて、降魔大聖がとある魔神に操られていた話は、既に彼から聞いていますか?」

 

 

 璃月港に到着し、普段は七星が会議に使っている広い部屋に通された後、眠っていた甘雨が目を覚まし、凝光との約束通り久劫について話し始めた。

 

 なぜそこで魈の話が出てくるのは分からなかったが、これから甘雨が話す内容に直結するものなのだろうと考え、少し前に魈から聞いたと素直に答える。

 

 

「彼を操っていたのは、『夢の魔神 ダンタリオン』。人の潜在意識の中に入り込み、仙人でさえもその支配下に置いてしまう恐ろしい魔神です」

 

 

 甘雨の口から放たれたのは、また新たな魔神の名前だった。

 これまで岩や暴風、渦に塩といった自然現象の名を冠する魔神の名は聞いたことはあったり実際見たりもしてきたが、『夢』という自然現象ではない、明らかに対人の能力を司る魔神の名に少しばかり戦慄する。

 

 

「夢の魔神の能力はあくまでも精神的なもので、本人の攻撃力自体については殆どありません。

 言ってしまえば、逃げることを選んだ塩の魔神よりも弱いと言って差支えはないと思います」

 

 

 塩の魔神 へウリア。

 かつて鍾離と共に遺跡を巡った思い出がある。心優しい魔神で、故に戦いの知恵も何も持っていなかったために最後は自らの民の計らいによって死を受け入れた魔神。

 

 そんな魔神より弱いと断言できる魔神が、どうして今話題になっているのかは話の流れ的に理解できる。

 

 

「つまり、そいつが支配下に置いた仙人たちが強かった、ってことか?」

 

「えぇ。夢の魔神の支配下に置かれた人たちは、その秘めたる潜在能力を極限まで引き出させられて戦わされます。ただの子供が、大岩を片手で持ち上げ大空へ投げ飛ばすことができるようになるくらいには、夢の魔神の権能の効果は凄まじいものでした」

 

 

 そしてそのような人々が何百人、何千人と夢の魔神の元に居り、中には降魔大聖のように力を無理やり出させられて戦わされる仙人もいた。

 

 と甘雨は続けて語る。

 

 魔神そのものが強いのではなく、魔神の影響を受けた人たちが強くなり、主を守る。

 支配下に置かれた人々は決して主には逆らえないから、その力を無理やり使わされる外ない。よくできた能力だ。

 

 しかし、魈は岩王帝君によって解放され、今その夢の魔神の名前を聞かないということは……

 

 

「はい。空さんが考えている通り、夢の魔神は岩王帝君によって封印され、夢の魔神の支配下に置かれていた人々も解放され岩王帝君の庇護を受けるために帝君の元へ下りました」

 

「おう、それは良かった……けど、今その話をする意味ってなんだ?」

 

 

 パイモンが甘雨の話の本質を問う。

 鍾離から聞いた話からだいたいの推察はできる。恐らく……

 

 

「夢の魔神は封印された……当時、誰もがそう思っていました。帝君も、帰終様も、龍王も、仙人も、私も、そして久劫兄さまも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久劫兄さま、その、帰って来たら、す、少しお話が……』

 

 

 任務の出立に向けて準備を進めていた兄さまに、私はそう言いました。

 

 幼い頃よりずっと私と一緒にいてくれた兄さまに、私は兄妹愛とはまた少し違った感情を抱き始めていたのです。

 

 

 兄さまと共に暮らしたい、兄さまと共にありたい。それは、小さい頃からの私の夢でした。

 

 

『そうか。なら、僕も早めに帰らなければな』

 

 

 兄さまはきっと私の気持ちには気付いていないのでしょう。事もなげにその大きな手で私の頭を撫でると、以前私が持とうとしたときは重すぎて持ち上がらなかった水色の大剣を片手で軽々と持ちあげて、『行ってくる』と残してあっという間に去って行ってしまいました。

 『行ってらっしゃい』という私の言葉は、果たして彼に聞こえていたのでしょうか。

 

 

 璃月港が出来た、魔神を封印して降魔大聖含めた数多くの仙人を味方にできた、この地で戦争を続けていた魔神は全て封印したか外海へ追いやった、久劫兄さまは妖魔などすぐに払って帰還する。

 

 それは、当時の仙人たちが『当たり前の事』だと認識していたことです。

 降魔大聖だけは少しばかり危惧していたようでしたが、彼もそれを殆ど信じていました。

 

 

 

 

 ……ですがその日、いつになっても久劫兄さまが帰ってくることはありませんでした。

 

 

 

 

 仙人たちが何事だと焦り始めた夕刻、真っ青な顔をした一人の仙人が私たちが暮らしていた場所へ飛び込んできたのです。

 

 

 曰く、『人知れず復活していた魔神が、蓄えた力を全て一人の夜叉へ向け、それに反撃した夜叉と相打ちになって死んだ』と。

 

 

 そして、同時に帝君が玉座から急に立ち上がり、少しばかり震えている声で小さく、

 

 

 

『……消え、始めている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「復活を遂げていたのは封印したと思い込んでいた夢の魔神で、夢の魔神は帝君に悟られないように蓄えた力を少しずつ璃月にばらまき、我々仙人ですら激しい戦いに気付けないほどに感覚を鈍らせていたのです」

 

「そんな……」

 

 

 パイモンが小さく声を上げる。

 璃月を統治していた最強の魔神をも欺き、その魔神の元から最高戦力を一人奪っていった夢の魔神の実力は、相当高いとみて間違いはなさそうだ。

 

 

「でも、彼は生きてると分かったわ」

 

 話を聞いていた凝光がそう言うと、甘雨は何故か顔の向きを少し下げた。

 

「ええ。そうですね。なのでまず、久劫兄さまに会ったら我々仙人は兄さまに謝罪をしなければなりません。

 龍王が仰っていました。『ヤツを殺したのは、ヤツの強さに胡坐をかき、ヤツを死地へと追いやった我々仙人の傲慢である』と。私たちは、彼の言葉に何も反論できなかったのを覚えています。だから兄さまに会ったら、まずは謝らなければなりません」

 

 

 甘雨はそう言って唇を噛み締めるが、

 

 

「いいえ、それは違うわ」

 

 

 刻晴が、その甘雨の言葉を否定した。

 

 

「あなたがその久劫にかけてあげる言葉は謝罪なんかではないわ。きっと彼も、可愛がっていたあなたに久々に会って謝られたくなんかないはずよ。私だって、そんなのは嫌。

 

 

 だから、甘雨。あなたが彼にかけてあげる言葉は()()()()()()()()()よ。

 

 

 『行ってらっしゃい』と送り出されたのであれば、きっと彼が待ち望んでいる言葉は『おかえりなさい』。出立の時、あなたに見送られたのならなおさらよ」

 

 

 刻晴はそう言って、甘雨に笑いかける。

 甘雨も最初は驚いた顔をしていたが、刻晴の言葉に「はい」と笑顔で答えた。

 

 

「彼を見つけて、この話がひと段落ついたら、璃月の民に彼の事について公表しましょう」

 

 

 そう提案したのは凝光だ。

 

 

「かつて帝君は、民を不安にさせないために強力な妖魔を退治する彼の存在を公にしなかった。そうだったわよね、甘雨?」

 

「ええ」

 

「なら、もうその脅威は璃月にはない。古の璃月を陰から守ってくれた仙人を、いい加減労ってあげるべきよ」

 

 

 凝光の言葉に、俺とパイモンは賛同するように頷く。凝光と視線を合わせた刻晴も頷き、遅れて甘雨もゆっくりと頷いた。

 

 

「旅人、あなたには悪いのだけれど、このまま彼の捜索に力を貸してくれないかしら」

 

 

 その問いに無論だと答えようとしたところで、何やら廊下が騒がしいことに気付いた。

 部屋にいたみんなもそれに気づいたようで、扉の方へ視線を向ける。

 

 

 直後、すごい勢いで開かれた扉と共に部屋に入ってきたのは、切羽詰まった様子の胡桃だった。

 

 

「旅人!! すぐに来てほしいの! 鍾離先生が急に倒れて、今医者に診てもらってるけど、とても苦しそうで……!!」

 

「おい! 七星の建物に許可なく入るとは、いくら往生堂の堂主だとしても許されないぞ! すぐに連行して―――」

 

 

「いいわ。そんなことしなくて」

 

 

 千岩軍に連れていかれそうになっている胡桃を凝光が止める。

 「しかし」と困惑する千岩軍に凝光は睨みを利かせると、千岩軍はとたんに大人しくなる。

 

 

「旅人、すぐに行ってあげなさい。堂主さん、報告感謝するわ」

 

 

「天権さん、ありがとう!」

 

 

 

 付いてきてと先行する胡桃の後を、パイモンと共に駆けていく。

 

 鍾離先生は岩神である。その実力は神の心を渡してもなお健在であり、それが嘘ではないことは彼の高い戦闘技術と、神の心なしに稲妻を統治していた雷電将軍の存在が肯定している。

 

 

 

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということは、()()()()()()()()()()が起きようとしている合図に他ならなかった。




アンケートに答えてくださった方々、本当にありがとうございました!

結果、50%以上の方が『甘雨とほのぼの√』を選んだので、本編のエンドはその方向で行かせていただきたいと思います!

そう、あくまで『本編の』エンドは。

てことで、まだ本編も完結してない段階ですが、選択肢にあったものは全てif番外としてお送りする予定ですので、甘雨√以外を選んだ方も安心して気長に待ってもらえると嬉しいです。


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8.復活

ととと、投票者数43!!? お気に入り660件!!?


前回更新から一体何があった……




※あとがきに今後について載せてあるのでぜひ一読していただけると幸いです。


 

 

「鍾離……!」

 

「空、パイモン、来てくれたのね」

 

「はい。胡桃が伝えに来てくれたので」

 

 

 胡桃に案内された鍾離先生の自宅。

 そこの寝室のベッドの上で先生は力なく横たわっており、始帰が彼の手を優しく握っていた。しかし先生はその手を握り返す余裕もないのか、手に力は籠っておらず、だらりと開いたままであった。

 

 始帰とは反対の方に医者がおり、先生の容態を詳しく検査しているようだが、難航しているのか表情は険しいままだ。

 

 

「……先生に()()()ありません」

 

 

 そして険しい表情のままの医者からそう伝えられ、『異常はない』と診断されつつもパイモンを除いた全員は医者が言わんとしていることが予測できたのか表情を少し暗くした。

 

 

「異常がないのか? なら、大丈夫だな!」

 

「ええ。しかし、それが問題なのです」

 

「え? どういうことだ?」

 

 

 状況を理解できていないパイモンが医者に尋ねる。

 かくいう俺も、蛍と長い間旅をしていなければ理解はできなかっただろう。

 

 

「何の前触れもなく急に倒れたのであれば、体のどこかに異常があるはずです。

 脳、心臓、その他どこかの臓器……。しかし検査の結果、先生の体にはどこに異常が見られない。

 

 はっきり言って、()()()()()()()()()()なのです。ですのでこれは、彼の精神的な問題。あるいは――――」

 

 

 

 

 

 

 ――――医療的な視点からではどうにもならない『未知の力』が働いている可能性があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お役に立てず、申し訳ない」

 

「いいえ。そんなことはありません。来ていただきありがとうございました」

 

 

 医者は申し訳なさそうに頭を下げると、先生の自宅を後にした。

 彼は水元素を巧みに使って患者の内傷や外傷を見極め治療するという璃月随一の医者なのだが、その彼でもどうにもならなかったことを考えると、彼が最後に言った二つの可能性が鍾離先生が倒れた原因である可能性が極めて高い。

 

 

「空、あなたにしか頼めない事を今から話すわ」

 

 

 と、そこへ鍾離先生の手を握っていた始帰が、神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。

 

 どうやら、胡桃に俺の事を呼ばせたのは俺にこのことを話すためらしい。

 

 

「決して一般人には話せない内容になるから、貴方に託すわ。あぁ、堂主さんは大丈夫かしらね」

 

「それは私への信頼と取っていいのか、それとも別の意味になるのか……」

 

 

 ジト目で見つめる胡桃に、始帰は「ふふふ」と蠱惑的な笑みを浮かべて、そして俺へ向き直った。

 

 

「夫のこの症状。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、この症状が出ていたのは――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 

 ここまで言えば、ちょっとだけ察しの悪いパイモンでも分かるわよね、と始帰は言う。

 パイモンも「おい!」と言っていたが、流石に始帰の言葉を理解できたようで、「じゃあ、それってつまり……」とこれから璃月に訪れようとしている最悪の事実を脳内で結論付けたようで、顔を青くしていた。

 

 

「始帰さん。それってつまり、その『夢の魔神』が私たちの知らないところで復活して、鍾離先生に能力を使ってる……ってことでいい?」

 

「ええ。当たりよ堂主さん。

 ……わたしには、戦う力がない。ずっと昔から『誰かを倒すこと』よりも『誰かを倒す方法を考えること』の方が秀でていたから。

 

 

 空、わたしは貴方に無限の可能性を感じているわ。それこそ、あの時夫に感じた可能性よりも。

 

 

 だから、お願い……わたしの夫を……助けてくれないかしら……!!」

 

 

 始帰の瞳から、涙が溢れ出す。

 きっとこのままでは、鍾離先生はその夢の魔神に操られて、そのまま眷属として璃月に攻撃を仕掛けさせられてしまうだろう。

 

 甘雨の話を聞いた限り、夢の魔神は岩王帝君に一度敗れ、そしてその後に岩王帝君の眷属である久劫にも敗れている。であるならば、その岩王帝君が作った街を滅ぼそうという結論になるだろうということは想像に容易い。

 

 ……いや、だとしなくても、俺たちの結論はとうに決まっている。

 

「あったりまえだ! 鍾離にはオイラたちは何度も世話になってるからな!

 それに、オイラたちは何度も魔神やファデュイの執行官と戦ってるんだぞ! 今更魔神なんて怖くないぞ!」

 

「戦ってるのはパイモンじゃなくて俺だけどね。

 でも、先生にお世話になっているのは変わりありません。俺たちしか頼れないなら、俺たちが全力で先生を助け出して見せます……!」

 

「私も行く。旅人と比べたら見劣りしちゃうかもだけど、鍾離先生にお世話になっているから、このまま見ているだけだなんてできっこない」

 

「パイモン、空、堂主さん……ありがとう」

 

 

 「始帰は鍾離の手を握るっていう大事な役目があるからな!」と言ったパイモンに始帰は「そうね」と笑顔で返したところで、俺たちは先生の家を後にする。

 

 

 

 ……なんのヒントもない。

 

 

 

 夢の魔神がどこで復活したのか、どんな容姿をしているのか、どんな声をしているのか、何も分からない。

 

 けれども、やるしかない。

 

 

 そして、このタイミングで復活した夢の魔神が鍾離先生と関わっている以上、同じタイミングで戻ってきたと思われる久劫にも大いに関連性はあるはず。

 

 

 だから恐らく、どちらかを見つければ、どちらかが見つかる。なんとなくだが、そんな気がする。

 

 

 何もない以上、勘だろうが何だろうが頼らなければならない。

 

 

 璃月のために、やるしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おや……?)

 

 

 未だに膝枕のやめるタイミングが分からない申鶴は、膝の上に乗せている久劫の邪気が恐ろしく減少していることに気が付いた。

 

 自身の術は対して効果がなかったはず。ならば、膝枕が本当に効いたのだろうか?

 

 と考えた申鶴は、ここらが潮時だと思ったのか久劫の体を優しく地面へと下ろした。そしてふと洞穴の外へ目を向けた時、不自然に揺らめく人影があることに気が付く。

 

 

(少なくとも先ほどまで人の気配はなかった。そして、輪郭が不気味に揺らいでいる……魔物ではなく妖魔の類か)

 

 

 自らの得物である『息災』を構えた申鶴は、洞穴から出て璃月港方向へ向かうその不気味な人影に向かって攻撃をしようとしたが、

 

 

「――――ッ!!?」

 

 

 洞穴のすぐ横で待ち伏せするように待機していたヒルチャールの攻撃をうまく受け流せずに、申鶴はそのまま横へ吹っ飛ばされてしまう。

 

 それは明らかに普通のヒルチャールとは違う、凄まじい威力の一撃だった。

 

 

ye ika mi biat ye kundala!!!

 

「っ!」

 

 

 仙人の修行をこなして、戦闘技術に於いても一流である申鶴ですら反応するのがやっとの速度で様子のおかしいヒルチャールが肉薄する。

 

 なんとかギリギリのところで反応できた申鶴は『息災』を使って受け流そうとするも、攻撃の速度が速すぎて上手く捌けず、殺しきれなかった勢いがそのまま申鶴の腕にビリビリと伝わる。

 

 

「……ッ! 氷像っ!」

 

 

 質で劣るなら数だと、何とか隙をついて氷像を生み出した申鶴だったが、

 

 

「なんだとっ!?」

 

 

 生成された氷像はヒルチャールが棍棒を一振りしただけで呆気なく壊され、氷片となって地面に転がった。

 

 驚いてしまった申鶴に一瞬生じてしまった隙。ヒルチャールは容赦なくそこを突き、がら空きになった申鶴の頭を棍棒で殴ろうとして――――

 

 

 

 

 

 

ye……?

 

 

 

 

 

――――振りかぶっていた棍棒が、何か強い力に止められて動かないことに気付いた。

 

 

「! 主は……!」

 

 

 血で染まった白い髪、元素枯渇と復活を繰り返したことによって定着してしまった顔の罅、そして紺碧の瞳。

 

 申鶴は見たことがある。否、見たことがあるどころか、先ほどこの地で救出し、術を施した張本人――――

 

 

 

 

 

 

 

「数千年もしぶとい魔神だ……

 

 

 お嬢さん、怪我は……しているようだな。

 

 僕としたことが、あの時仕留め損ねていたとは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――羅刹大聖妖滅夜叉訪凞こと久劫、その人であった。




魔神復活で璃月民不安よな。夜叉、動きます。

そして胡桃の言動を考えるのが難しいんじゃぁ……





【今後について】

この小説を投稿開始&毎日連載を始めてから一週間が経過いたしまして。

投稿開始時はまさかこんなにも多くの方に読んでいただけるとは思ってもおらず、赤評価がついたり、お気に入りが100を越えたりした時は何かの間違いなんかじゃないかと嬉しさよりも怖さが勝った瞬間があったのは事実です。

それでも評価してくださっている方々がおり、沢山の声援を頂き、作者のモチベーションは従来予想していたものより遥かに高い状態を維持できております。

読んでくださっている方々、本当にありがとうございます!


さて、作者的には本編は折り返しを迎えまして、残り一週間で完結まで持っていけるように現在プロットを調整中であります。

本編完結後は、アフターストーリーだったり『甘雨とほのぼの√』ではない場合のifだったり、今後も来る原神のイベントだったり、メインストーリーだったりに夜叉くんを絡ませたいと言った感じで進めさせていただきたいと思っております。
(本編のヒロインが甘雨なので、ストーリーとかに絡ませる場合は大体甘雨と一緒になってしまうかと思いますが……)

無論、作者が学生であるためにテスト期間などはお休みを頂く場面もあるかと思いますが、どうぞ今後とも「6人目の『仙衆夜叉』」をよろしくお願いいたします。







……これ、本編完結時に言うことじゃね? とここまで書いて気付いたのは内緒です。


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9.魔神

投票者が50人を越えまして、評価バーに余りが無くなりました……!! 本っ当にありがとうございます!

お気に入りも前回の投稿から一気に100名も増えまして……。本当にモチベーションが下がるどころか上がりっぱなしでございます!


「む……? どうやら奴も復活仕立てで力の制御が出来ていないらしいな……

 僕としても、あまり生物を甚振る趣味もない……殺すか」

 

 

 棍棒を掴まれたヒルチャールが抵抗すると、それを掴んでいた久劫の腕も大きく揺れた。

 

 そのことが少し以外だったのか、久劫は地面に突き刺していた大剣を()()()()()()()引き抜くと、そのまま振りぬいてヒルチャールの首を断ち切った。

 

 血が飛び散る――――かと思われたが、両断された傷口は凍り付いて霜を放っており、そこから血が噴き出ることはなかった。

 

 

「女性に血を付けるわけにはいかぬしな……少しばかり配慮させて貰った。

 さてとお嬢さん、立てるかい?」

 

「ああ。心配はいらぬ。それと助かった。感謝する」

 

「何、魔物に襲われている人間がいれば助ける。僕のような仙人でなくとも当たり前の行動だ」

 

 

 『僕のような仙人』の言葉に、申鶴はやはりそうだったかと一人納得する。

 

 しかし、このような姿の仙人の話をあのお喋りな師匠から聞いたことがあったかと申鶴は考える。

 数々の仙人の話を聞いてきたが、久劫のような容姿の仙人の話は一度も聞いたことがなかったような……とそこまで考えたところで、かつて一度だけ、本当に僅かだが留雲借風真君がそれっぽい容姿の人物について語ったことがあったことを思い出した。

 

 夜叉の中でも高い実力を持ち、帝君直々に特殊な役職を与えられた『隠されし仙衆夜叉』の話。

 

 

「……もしや汝、名は久劫というのか?」

 

「僕はお嬢さんに名前を教えた覚えはないが……そうだな。僕の名は確かに久劫という」

 

「そうか、であれば――――」

 

 

「それより、ヤツを仕留めなければ不味い。僕とヤツが眠りについてから何年経ったかは分からぬが、どちらにせよヤツは生かしておけば大きな災いを引き起こす。

 厄介ごとを起こされる前に、ヤツを仕留めに行く」

 

 

 『生きていれば、帰終と共に茶でも飲みながら穏やかに話したいものだ』という留雲借風真君の話を思い出した申鶴がそれを伝えようとするが、久劫に被せられてしまう。

 

 揺らめく謎の黒い人影はどうやら早く処理しなければならない程の大物であるらしく、先ほどのヒルチャールの件もあり、申鶴もそちらに意識を切り替えた。

 

 

「ヤツ自身はそこまで強くはない。せいぜいそこらの魔物よりかは強い程度だろう。

 だが、問題なのはヤツの異常な精神力と眷属の強さにある。

 

 ……ともかく、ヤツに眷属を増やさせてはいけない。ヤツが一人でふらふらとそこを歩いている今が好機だ」

 

 

 その言葉には、暗に『お前も手伝ってくれ』と伺えるニュアンスが含まれており、そのことに気が付いた申鶴は「承知した」と一言返して人影に向かっていった久劫に続く形で人影へ近づいていく。

 

 

チィッ!! 忌々しい夜叉がぁぁっっ!! 行けぇ! お前らっ!

 

 

 その言葉は酷く歪で、憔悴しきっていて、まるで()()()()()()()()()()()()()、そんな声だった。

 

 謎の人影――――夢の魔神 ダンタリオン――――の声に反応して、集落ごとダンタリオンに乗っ取られたヒルチャールたちが久劫と申鶴に一斉に襲い掛かる。

 

 

「既に手は打ってあったか……こうなると厄介だ……!」

 

 

 久劫の動きは()()。一般人の基準からすれば護法夜叉より圧倒的に速く動いてはいるが、それでもあの時魔物を一瞬で蹴散らしたとは思えないほどには、久劫の動きは遅くなっていた。

 

 

「加勢する……! 『煉気化神』!」

 

 

 少し遅れて来た申鶴が氷で作られた札を取り出して術を唱える。

 自身にかけられた術が何なのかを直感的に判断した久劫は、武器と神の目を共鳴させて大剣に氷を纏わせる。

 

 

 

 

 

「――――閃」

 

 

 

 

 

 横薙ぎ一閃。

 

 水色の閃光が横一文字に空間を穿ち、久劫を取り囲んでいたヒルチャールを蹴散らす。

 

 10体近くいたヒルチャールのうち、4体ほどはその攻撃で屍となったが、一部の上位個体や盾を持って戦うことを覚えた個体は吹っ飛ばされたり、後退りしたりしたものの、殆ど傷を負うことなく再び久劫の元へ迫ってきていた。

 

 

「やはり、少しばかり力を奪われているな……」

 

 

 かつての久劫であれば、この場にいるヒルチャールを全てとは言わずとも、少なくとも上位個体以外は全て蹴散らせた。

 しかし、申鶴の助力を受けたうえで盾持ちの下位個体を生かしてしまう状況を見れば、久劫自身から見れば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのは妥当であった。

 

 

 元より久劫は魔神と人間の混血である。

 

 

 半分は魔物ですら倒すのがやっとな凡人ではあるが、裏を返せば半分は世界を支配しうる力を持つ魔神の血を引いている人物なのだ。

 

 幼い頃に行方不明となった両親に帰終と鍾離の下へ託された久劫。その時から岩王帝君に仕えてきたが、久劫自身、自分が魔神の血を引いていることは理解している。

 

 だからこそ、久劫は若干の焦りを見せ始めていた。

 

 

「僅かとはいえ、ヤツ自身が力を手にしてしまえばもはや誰にも止められなくなる。

 まだヤツが力の制御が出来ていないうちに止めなければ……!」

 

 

 盾を持って突進してきたヒルチャール暴徒を横に飛んで回避すれば、今度は回避した方から別のヒルチャール暴徒の斧の一撃が飛んでくる。

 

 その一撃を大剣で受け止めている隙に、盾を持ったヒルチャールが隙をついて棍棒で殴りかかろうしたところを、申鶴の氷像が割って入って受け止める。

 ダンタリオンの配下の魔物の数が多くなったために、個々のヒルチャールの強化度合いが少し下がり、申鶴の氷像が壊れることはなくなったようだった。

 

 

「氷像が壊されない……?」

 

「恐らく、配下が増えているのだろうな」

 

 

 そのことに気付いた久劫は、この場にいるヒルチャールを殲滅するべく攻勢に出る。

 

 

 ヒルチャールがその膂力に任せて斧を振り上げた一瞬の隙をついて、久劫は大剣をバットのように振りかぶってヒルチャールの胴体を両断する。

 

 そしてその回転の勢いを殺さずに、真後ろで盾を構えていた暴徒へ大剣を投げつけると、久劫は高く跳躍して暴徒の真上をとった。

 大剣をガードしたことによって視界が狭まったヒルチャール暴徒は真上にいる久劫に気付かない。

 

 

「! 命ずる!」

 

 

 久劫が空中で氷柱を生み出していたのを見て、申鶴は再び氷の札を取り出して久劫をアシストする。

 

 

「『霜零突針』」

 

 

 生み出された氷柱は未だに久劫を見つけられていないヒルチャール暴徒の脳天に突き刺さり、そしてヒルチャール暴徒は絶命した。

 

 盾から引き抜いた大剣で、棍棒で殴りかかろうとしていたヒルチャールの腕を切り落とし、そのままの勢いで地面に刺して、刺した大剣を軸に久劫自身が飛びあがり腕を切り落としたヒルチャールを空高く蹴り上げる。

 

 そして着地したと同時に、今度はその勢いそのままに大剣を引き抜き、後ろから迫っていたヒルチャールを縦に切り裂く。

 

 最後に空から落ちてきたヒルチャールを今度は地を裂くようにして振り上げた大剣で真っ二つにする。

 

 

 久劫が申鶴の方を見れば、多少苦戦こそしているものの、氷像と二人三脚で残った二体を処理していた。

 

 

 

「…………さて」

 

「これは……厄介だな」

 

 

 

 ヒルチャールを処理し終えた久劫と申鶴が周りを見渡せば、そこには増援と思しきスライム、アビス、ヒルチャールが大量に二人を囲んでいた。

 

 

 

 

くははははっ!! 夜叉よっ! 貴様は手強い相手だったが、直に全てが終わる……!!

 

 

 ただの揺らめく人影であったダンタリオンは、だんだんとはっきりとした輪郭を取り戻しつつあった。

 

 そして、戻りつつある表情を不気味に歪ませながら、この地にある全てを嘲笑うかの如くニタリと笑う。

 

 

何せ、璃月などという忌々しい都市が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「貴様……まさか!」

 

 

くはは……! 全ては、我の『夢』の為……

 

 

 

 久劫は歯をギリと噛み締めながら、大剣の柄を強く握りしめた。




ダンタリオンさんの小物臭がすっごい……
そして戦闘描写は苦手侍でござる……





作品Q&A


Q.オリキャラ多くね?

A.実は作者、『オリキャラ』の基準がよくわかってないんですよね。『帰終』も『夢の魔神(魈を操っていた魔神)』も設定上は存在しているので、作者はオリキャラ扱いしてなかったのですが……。
夢の魔神はともかく、帰終は『浮世の錠』のストーリーで実際喋っていたりするし……。

作者の基準だと『オリキャラ』は創作者が設定を一から考えたキャラクターで、『原作キャラ』は原作に設定が一つ以上出ているキャラクターとなっているので、今回のこの質問に関しては完全に私と質問者の価値観の違いとしか言いようがないですね……。申し訳ない。



Q.主人公持ち上げられすぎ。主人公の過去話や苦労話が読者視点ないので俺TUEEE感が否めないです。

A.それについては本当に申し訳ないです。作者の実力不足です。
 主人公の設定って、物語で誰かが語ったりする方が良いのでしょうか? それともあとがきで一気に出したり、設定集を作ってゲームのように『キャラクターストーリー』みたいな感じでダインに説明してもらう方が良いのでしょうか? 絶賛迷ってます。



Q.申鶴のイメージが違う。

A.この質問を頂きまして、魔神任務間章を見返してきました。
 ……全然違いましたね。本当にすみません。『キャラ崩壊』タグ入れときます。


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10.共闘

10話まで来てようやく夜叉くん視点で話が進むという……。


 

 

「……くっ」

 

「はぁ、すまぬ……。はぁ、はぁ、助かった」

 

「巻き込んだのは僕だ。共に戦ってくれている以上、怪我をさせるわけにはいかぬ」

 

 

 名も知らぬ仙術と陰陽術使いの少女と共に戦い始めてから既に三時間以上は経とうとしていた。

 

 あの魔神の眷属は今この瞬間も増え続けているらしく、むしろ戦い始めた時より増えているといっても過言ではない。

 

 個々の力が弱まってはいるから対処ができないわけではない。

 ただ、何度も言うが問題なのはその尋常ではない『数』だ。

 

 現に術使いの少女の息は上がり、術の精度も落ち始めてきている。このままでは不意を突かれて殺されてしまうのがオチであろうことは簡単に想像がつく。

 

 

 彼女を戦いに巻き込んでしまったのは僕だ。

 

 今回の戦で彼女が怪我、最悪死んでしまった場合、僕は残してきた仲間たちに示しがつかなくなってしまう。

 

 

 あの時、あの魔神を始末できていれば、今この瞬間彼女は苦しまずに済んだはずだ。

 

 

 僕が止めを刺そうとして気が緩んだ一瞬、ヤツは()()()()()()()()()()

 人の精神に影響を与える魔神が、そんな芸当できないわけがないことをすっかり失念していたのだ。

 

 何年間格闘していたのかは分からない。気が遠くなるような時間の中、僕とヤツは精神世界で戦い続けたのだ。父から授かった魔神の肉体や能力ではどうにもならない、延々と精神を蝕まれるような激痛と怨嗟の声に耐え続け、ようやく見えた光。

 

 魔神本体が憑依しており、光が見えている状態でも魔神は精神世界で僕の事を攻撃し続け、体は思うようには動かなかったが、それでも体は『契約』だけを履行し続けた。

 

 

 あの時、甘雨の声に反応してまたしても魔神の前で気を許してしまったのは一生の不覚だろう。

 

 

 体の支配権を一時的に奪われ、危うく甘雨を両断してしまうところだった。あの時甘雨に声をかけたあの人物には一生感謝してもし足りないだろう。

 

 

 

 ……そして、少女が施した浄化の術が僕を完全に支配しようとしていたヤツの最後の侵入を妨げ、僕の体を乗っ取るのを諦めて外へ出た。

 

 

 恐らくも何も、こうして眷属を増やして僕に向けさせているのは十中八九僕を消すためだろうが、――――ここから一気に片を付ける方法はあるにはある。

 

 

 既に肩で激しく息をしている彼女を戦わせるのは無茶であることは明白。これ以上彼女を戦わせれば多かれ少なかれ彼女は弱ったところを蹂躙されて死ぬ。

 

 だから、確実にヤツを仕留められるようにと温存しておいた切り札を切るしかない。

 

 ここで僕も彼女も死んでしまえば本末転倒。

 

 ()()を恐れて出し惜しみをするなど、夜叉の風上にも置けない腰抜け野郎になってしまう。

 

 

 

 

 そんなの、お前が許すわけないよな……!

 

 

 

 

 

――――『我らは魔を滅するだけ。そこに個人の苦しみや痛みなど存在しない』

 

 

 

 

 

 

 

  斬ッ――――

 

 

 

「っ……!!」

 

 

 背後、密集していた仮面をかぶった魔物が突如複数吹き飛んだ。

 

 

 草木を揺らすのは、彼が得意とする刃風。

 魔を滅するのは、彼が生み出した風の槍。

 妖魔が恐れるのは、悍ましい形相をした面。

 

 

 僕を兄上と呼び慕ってくれていた、僕の自慢の弟子。

 

 

「……魈っ!!」

 

「兄上……聞きたいことは山の如くあるが、今はそう悠長な与太話をしている暇はないだろう。我も加勢する」

 

 

 相変わらず、自身の感情を表に出すのが苦手なのは変わっていないようだった。

 

 魈は自身の儺面を付け、静かに一言――――

 

 

 

「『靖妖儺舞』……!!」

 

 

 

 その術は、自らに絶大な力を与える反面、強烈な痛みを伴うもの。心身を激しく摩耗し、魈も余程のことがなければ敵地で見せることのなかった代物。

 

 

「僕も、魈の期待に応えなければな」

 

 

 自分の弟子がこうして痛みを伴って加勢に来てくれているのに、僕一人がただその様子を見ているだけでは魈の師匠として立つ瀬がない。

 

 痛み? 苦しみ? そんなのどうした。

 僕がいない間も璃月を守っていた魈の方がそれをよく知っている。僕のこの程度の苦しみなど、魈のものと比べたら砂粒の如く軽い……!!

 

 

「……『祓魔彝照(ふつまいしょう)』」

 

 

 息が上がり切っていた彼女に『そこを動くな』と僕と魈の間で休ませ、僕は氷元素の力と自身に流れる魔神の力を最大出力で放出する。

 

 耐え難い激痛が、苦痛が、鈍痛が、頭痛が僕を襲う。

 

 

 ……考えるな。何も感じるな。『契約』を履行せよ。魔を滅せ。

 

 

 この世に存在するありとあらゆる魔を祓い、常に守るべき人としての不変の道を照らし出せ。

 

 

 

「行くぞ、魈」

 

「承知した。兄上」

 

 

 

 魈が天高く跳躍するとともに得物へ風元素を集約し、僕は自身の得物を構えると同時に氷元素と魔神の力を載せる。

 

 

 魈の『和璞鳶』が緑色に力強く発光し、僕の『不倶戴天』が水色に勇ましく発光する。

 

 

 

「ここだ!」

 

「ぬんッ!」

 

 

 

 背後にいる魈の事はこれ以上気にかけてはいられないが、恐らく相当な数の魔物が風の槍に貫かれて絶命していることだろう。

 あれだけ密集しているのであれば効果は絶大であること間違いなしだ。恐らく一撃で20以上が魈の風の槍でその命を散らしている。

 

 僕は氷元素と魔神の力を纏わせた『不倶戴天』を、激痛を伴いつつ底上げした力で素早く振り、周囲に氷元素の攻撃を振りまくと同時に魔神の力によって生じた衝撃波が経路上の魔物の命を刈り取っていく。

 

 一振りするだけで魔物が蹴散らされ、見ていて気持ちがいいがそれ以上に襲い掛かる激痛に思わず倒れてしまいそうになる。

 

 

 長くても持って30秒が限界だろう。

 

 だからそれよりも前にここにいる魔物どもを蹴散らしてヤツの後を追跡しなければならない。

 

 

 ここは場所から見て絶雲の間にある『太山府』付近。ヤツが歩いて璃月港に着くまでにざっと5時間ほどくらいしか猶予はない。

 

 

 ヤツがこの場所を発ってから既に3時間。

 僕が余力を残したうえでヤツに追いつけるほどに体力を温存するとなると、『祓魔彝照』を使える時間はあと残り10秒前後。その残り時間でここにいるすべての魔物を斃せるか……?

 

 

 

「追加の眷属が……くっ……いな……い……?」

 

 

 

 発生した衝撃波で蹴散らされた魔物の奥に、増援は確認できなかった。

 

 つまり、ここにいる魔物たちだけで最後ということになる。ならば、予測残り時間いっぱい使えば、全て倒せる。ペースを上げるか。

 

 

 ギリ、と苦痛に悶えながら『不倶戴天』の柄を握り締め、攻撃の速度を上げる。

 

 

 魔物が吹っ飛び、血が飛び散り、肉片が飛び交う。

 

 

 最後の魔物を切り伏せて僕が『祓魔彝照』を解除するのと、魈が最後の魔物の群れへ向けて跳躍するのはほぼ同時だった。

 『祓魔彝照』の反動で体のあちこちが痛み、思わず膝がついてしまうのを見た術使いの少女が「大丈夫か」と近寄ってくるが、心配はいらないと返す。

 

 

 それより、こんなところで膝をついているよりも早くヤツを追わなくては。

 

 

 少女と同じく近寄ってくる魈にも同じことを伝え、いざ追いかけようとした時、

 

 

 

 

 璃月港がある方から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ということは恐らく、向こうでヤツとの正面衝突が始まったということ。

 そしてこちら側に魔物が来なくなったのは、璃月港へすべての戦力を向けるため。

 

 

「急がないと不味いな……魈、余力はあるか?」

 

「当たり前だ。兄上が消えてからも鍛錬をしなかった日などない」

 

 

 魈へ確認を取り、いざ璃月港へ……の前に、

 

 

 

「――お嬢さん、貴女がいなければ、僕は恐らくあの場で肉体も精神もヤツに支配されていたはずだ。

 僕を助け出してくれたこと、共に戦ってくれたこと、礼を言おう」

 

 

「申鶴。ここからは仙術を修めたとはいえ凡人であるお前が出られる幕ではなくなる。兄上の看病、ご苦労だった。行くぞ、兄上」

 

 

「申鶴……そうか、申鶴というのか。感謝する申鶴。全てが終わった後、また会おう」

 

 

「! 待っ――――! ……行ってしまったか」

 

 

 術使いの少女、申鶴へ別れの挨拶と感謝を告げ、僕と魈は戦地へと赴く。

 

 1000年以上にも渡る我々岩王帝君勢力との確執に、いい加減蹴りを付けるために。




とりあえず全部のキャラのルートへ行くための分岐地点は書き終えました。
あとは完結に向かってラストの『夢の魔神戦』を突き進むだけ……!!


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11.強襲

評価人数60人突破、お気に入り登録者数850人突破、感想20件突破、ありがとうございます!

作者はもう驚いたり震えたりしません。










……いや、やっぱ嘘です(ガクブル)


 璃月港では、逃げ惑う人々と慌ただしく魔物の迎撃へと向かう千岩軍が入り乱れていた。

 

 日は限りなく傾き、あと少しもすれば璃月には夜が訪れる。

 北の方角からやってきていた雨雲は間もなく璃月港へ訪れ、雨を降らす。

 

 西側、北側の道は魔物によって完全に塞がれ、璃月の民は自宅に籠るか海路を伝って国外へ逃げるかの選択を迫られていた。

 

 

 突如として始まった二度目の魔物の侵攻は、今度は『逃亡』が目的ではなく、明確な『敵意』を持って襲い掛かってくる。

 

 総ては、一柱の魔神の意思。岩王帝君勢力に二度も敗北を喫し、恨みを募らせた厄災。

 

 生きとし生けるものの精神を狂わせ、操り、傀儡のように手中に収める。傀儡に考える力はあれど、体を動かす権限は剥奪され、自身の秘めたる力を乱暴に使われ、そして捨て駒の如く動かされ散っていく。

 

 

 その魔神は、『夢』を見ている。

 

 

 6000年も昔から、『夢』を見続けている。

 

 『夢』を実現させるためであれば、他人の夢を踏みにじり、その『夢』を誰かに強制させることなど平気で行う。

 

 

 自分の意思で動く駒など信用に値しない。

 全て自身で動かしてこそ、動かされてこそ価値がある。

 

 それこそ、ダンタリオンが望んだ『理想』。

 

 支配するすべてが自らの意思によって行動を決定する『理想』の都市。誰が何を見て笑うのか、何を見て失望するのか、何をして喜ぶのか、その全てが自分の手中に収まってこそ、それを人は『支配』と呼ぶ。

 

 

 

 彼の『夢』は『支配』。それこそダンタリオンが望む『理想』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡桃!」

 

「こっちは大丈夫! ほんっとーに数が多い……! このままこれが続けば、璃月から魔物が消えちゃうんじゃない!?」

 

 

 始帰から『夢の魔神』の打倒を頼まれてから三時間ほど。俺たちの魔神探しは難航していた。

 

 層岩巨淵の魔物の逃亡のような生易しいものではなく、明らかに敵意を持った魔物の大軍勢が突如璃月を襲い始めたからである。

 しかも、その一体一体が普通の魔物よりも明らかに強くなっており、璃月を守るために戦っている千岩軍も既に何十人もやられてしまっている。

 

 さらに言ってしまえば、数も異常だ。

 

 胡桃が言っている通り、本当に璃月から魔物が消えてしまうのではないかと思うほどの大軍勢。右を見ても左を見ても正面を見てもスライムやヒルチャール、アビスの群れで埋め尽くされていた。

 

 

「撃てッ――――!!」

 

 

 ドン、ドン、と魔物の群れの中に爆発が巻き起こる。一撃で十数体の魔物が吹き飛び、起き上がる個体もいたが命中した魔物の殆どがそのまま倒れて動かなくなる。

 

 後ろを見れば、璃月のオセル防衛戦で見た『帰終機』に木製のタイヤを取り付けた移動式の弩砲を転がす千岩軍の姿が。

 そしてその後ろには、凝光と刻晴、北斗と万葉がいた。

 

 よく見れば、帰終機に乗って構えてる人の中に南十字の乗組員もいる。

 

 

「本当は既に別の場所へ置いてあったのだけれど、北斗に無理を言って持ってきてもらったわ。

 ……旅人、甘雨からの伝言よ。

 

 『この襲撃は、まず間違いなく『夢の魔神』の仕業。この戦場のどこかに必ず本体がいる。貴方にはそれを叩いてもらいたい』だそうよ。

 

 ここの魔物たちは私たちに任せて頂戴。これは、貴方にしかできないことよ」

 

「フン、アンタの強さはこのアタシが保証してやる。

 アンタらは少数。アタシらは多数。どっちが誰の相手をするかなんて、明らかだろ?」

 

「ここは拙者たちに任せるでござる。稲妻でのお主の活躍は未だに脳裏に焼き付いている。

 きっとお主なら、またしても魔神を倒すことができるであろう」

 

「旅人、早く行きなさい。

 既に璃月で神の目を持つ人たちも戦っているわ。プレッシャーをかけるわけではないのだけれど、みんな貴方を信じている」

 

 

 よく周りを見てみれば、千岩軍に交じって行秋や重雲に香菱、辛炎や煙緋などが元素を使って魔物を蹴散らしていた。

 

 水の剣の雨が降り注ぎ、氷の剣が魔物を凍てつかせ、小さな魔神が火を噴きつつ、戦場に激しいリズムが響き渡り、それを彩るように爆炎が吹き荒れる。

 

 

「旅人、行こう! 道は私が切り開く!」

 

「行くぞ空! 鍾離の為にも、璃月の為にも!」

 

「うん!」

 

 

 

「装填完了! 撃て――――!!」

 

「邪魔! みんな纏めてあの世行きだね……ッ!! 散!!」

 

 

 帰終機から放たれた弾が敵を散らし轟音を立てる。

 

 魔物の群れに突っ込む胡桃は槍に炎を纏わせて、先ほどとは比べ物にならない速度で道を一直線に作っていく。

 

 甘雨の話によれば、夢の魔神は自身で戦う術を持っていない。だとするならば、前線に出てくることはまずないだろう。だからと言って一番後ろに待機するのもあり得ない。回り込まれれば背後から討ち取られて終わりだということは夢の魔神も理解しているはずだ。

 何せ相手は鍾離先生や久劫を相手に敗北こそしたものの、しぶとく生き残って見せた狡猾な魔神。だから、いるとすればこの軍勢の中心。

 

 

「どいたどいたー!!」

 

 

 生きている魔物も死んでいる魔物も等しくあの世へ送る胡桃の死の突撃が、容赦なく攻めてくる魔物に襲い掛かる。

 

 

「いいぞ胡桃! どんどん行けぇー!」

 

 

 パイモンが空中で手足をバタつかせながら胡桃を応援する。

 俺は横から攻撃しようとしてくる魔物を度々いなしながら胡桃の後を付いていく。

 

 

 

――――前方、500mほど先辺りで、魔物たちが何かによって打ち上げられたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた、最後尾だ! 魈、行くぞ」

 

「承知……」

 

 

 その言葉と共に面を付けた魈が魔物の群れへ突撃していく。

 

 風の槍が魔物を蹴散らし、血肉と鮮血が舞う。

 

 

 僕たちの事を認識した最後尾付近の魔物たちの顔が一斉にこちらへ向き、それぞれの武器や元素を翳しながら僕たちへ向かって蹂躙しようと向かってくる。

 

 だけど……

 

 

「蹂躙されるのがどちらなのか、分かっていないようだね――――ッ!」

 

 

 まだ『祓魔彝照』は使わない。あれをこの場で使ってしまえばヤツを倒せなくなってしまうから。だが、僅かな解放程度ならば出来ないことはない。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 自分の体の全てを最大強化させる『祓魔彝照』とは違い、今回は強化の対象を腕のみに限定する。そうすれば『祓魔彝照』には遠く及ばないが少ないリスクで素早く敵を散らせる。

 

 『不倶戴天』を振るえば、斬られた魔物は傷口から凍傷を引き起こし、即死できなくてもやがて死に至る。

 僕の氷元素は付着してしまえばそう簡単に溶けはしない。元素反応が起きてももう一度反応を起こせるくらいには残り続ける。

 

 

「Uhe!!」

「Gsha……」

「Voe……」

 

 

 僕の氷と魈の風の影響でだんだんと周囲の気温が下がってくる。僕と魈は動き続けているから平気だが、こちらを認識して害を与えようとしているだけの魔物たちにとってはだんだんと動き辛くなる劣悪な環境。

 

 

「ん……?」

 

 

 一瞬、頬を撫でる極寒の中に炎元素の熱波を感じた。

 

 一度襲い来る魔物を『不倶戴天』をぶん回すことで距離を空け、少しの間できた余裕で辺りを見渡す。

 

 すると、僕たちが目指している璃月港側からこちらの方へ突っ込んでくる炎元素の奔流が見えた。

 魔物の軍勢を掻き分けてわざわざ最後尾を目指しに来たのか? だとするならばこの軍勢の大本を叩きに来ようとしている可能性が高い。

 

 

 しかし、あの炎元素の奔流を生み出している少女が被っているのは、もしや璃月に伝わる葬儀屋のものではないだろうか。あれから何年経ったのかは分からないが、今代の堂主は相当な武力派らしい。

 

 

 そして、その後ろについているのは――――

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

 ヤツに支配されかけていた僕の前に出てこようとした甘雨を止めた、異国の旅人。

 

 

 

「あれ……!? 『降魔大聖』と……ら、『羅刹大聖』っ!!?」

 

「む? 僕の事を知っているのか……?」

 

 

「やっと見つけた……! その、体調は大丈夫なんですか?」

 

 

 

 何故この少女が僕の存在を知っているのか、とか、この旅人がなぜ僕の事を探していたのか、とか、取り敢えず話したいことは沢山あるが、今はそうも言ってられない。

 

 だが、僕の『彝面』を持っていることから察するに、どうやらこの旅人たちと少なからず意見を交換した方が得策だろう。

 

 

「ああ。今は平気だ。あの時は甘雨を助けてくれてありがとう。

 だが今は悠長に話している時間はない。異国の旅人よ、戦いながら喋るという器用なことはできるかな……!?」

 

「はい……! 大丈夫です!」

 

 

 迫る魔物を『不倶戴天』でぶった切って笑みを浮かべながら旅人にそう問えば、旅人も持っていた剣を構えて頷いた後に魔物に応戦し始めた。

 

 

――――『可能性』を感じる。

 

 

 きっと帰終様なら、彼の事をそう評するだろう。




そういえば第9話での『久劫の設定はどうする』というアンケートの結果ですが、『今のまま小出し程度でいい』という声が多かったので、現状まとめを作ったりはしません。

今は作りませんが、前日譚や後日談などで設定が膨大になってきたらゲームのプロフィールみたいなのを作ろうと思ってます。


という形で収まりました。投票していただいた皆さん、ありがとうございました。


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12.支配

お気に入り登録者数900名突破! ありがとうございます!

作者念願の1000人まであと100名……!!



それはそうと遂にver2.5来ましたね。

私は八重神子をもとから引くつもりでしたので色々準備をしていたのですが、今になって経験値本が170冊しかないことに気が付いて絶望してます。

そして八重神子引き終わったら、次は2.6の綾人へ向けて石貯めだ……!!


 

 

「――――そこで僕たちは足止めを食らったけど、ヤツがここへ向かったから来た。って感じだね」

 

 

 久劫の話を聞いて、やはり夢の魔神の本体がこの戦場のどこかにいることを確信する。

 

 夢の魔神の本体は一度久劫たちの前に現れた。しかしそこでも自らが戦うような真似はせず、ヒルチャールたちを使役することによって時間を稼いだ。

 本人は「力を僅かに奪われた可能性がある」と言っていたが、自身が表立って行動していないことから察するに、誤差のようなものだろうと推測する。

 

 

「俺たちは――――」

 

 

 久劫の説明が一通り終わったのを見計らって、襲い来る魔物たちを避けたり斬ったりしながらこれまでの経緯を話す。

 

 甘雨から久劫の過去の事について聞いたこと、璃月へ久劫の存在が公表されること、そして胡桃に聞こえないくらいの声で岩王帝君が操られそうになっていることを告げる。

 

 鍾離先生の件について久劫へ告げると、久劫はやはりというべきか顔を顰める。

 

 

「ヤツが言っていたのは、やはりはったりではなかったか。

 ……恐らく、帝君がヤツの術中にはまったのは僕のせいだろうな」

 

「……? どういうことだ?」

 

 

 久劫の言葉の意味を理解できず、パイモンが彼に問う。

 すると久劫は自嘲するように「ハッ」と笑いながら答えた。

 

 

「ヤツの術にかかる要因として大まかに二つ挙げられる。一つはヤツの振りまいた能力の霧を体内へ取り入れてしまっていること、もう一つはその霧が体内に存在するときに『心の弱さ』を露呈してしまうことだ」

 

「心の……弱さ?」

 

「あぁ。きっと僕が中途半端なところで魔神に敗れ共に地下深くに幽閉されたことで、恐らく帝君は僕が死んだと思い込んだ。

 

 帝君は堅物感は否めないが帰終様と同じく心の優しい方だ。自惚れではないが、『僕を魔神へ差し向けてしまったこと』を悔やんだに違いない。

 

 そしてそのことはいつしか帝君の中で決して消えない『心の弱さ』として残り、ヤツの霧を吸い込んだのちに何かがきっかけでそれが爆ぜた。それが操られそうになっている帝君の現状だろう」

 

 

 ……仮に久劫の仮設が本当だとするならば、俺たち二人はとんでもないミスをしているということになる。

 

 

「な、なぁ空、そ、それってもしかしてあの時の……」

 

 

 パイモンもその事実に気が付いたようで、顔を真っ青にしている。

 

 

「凡そ、君たちが僕の面を持っていることから察するに、帝君に面を持って行って「これはなんだ」と尋ねたのだろう」

 

「ひぇぇぇっ!! 気付かれてたーっ!!」

 

「何、別に君たちを責めたりはしないさ。君たちはそのことについて知らなかった。意図的にやったのでないのなら、僕も帝君も目くじらを立てて怒ることはない」

 

 

 魔物をぶった切りながら笑顔で言われてもあまり説得力がないが、とりあえず俺たちに責任を押し付けるような人ではなくて安心する。

 まぁ甘雨が惚れてしまうような人格者なのだから、当然と言えば当然か。

 

 

 

「――――ここからは、敵の情報も何も関係ない、僕個人が気になる話なのだが……」

 

 

 

 久劫の纏う雰囲気が、少しだけ変わった。

 

 ギラつくような闘争心剥き出しの感じから、何かを憂うような物悲しい感じへ。

 

 

「甘雨は、君とはうまくやれているか……?」

 

 

 久劫は、甘雨の事を妹のように可愛がっていたことはあの時の甘雨の話から推測できる。

 だからこの質問は、可愛がっていた甘雨の事を心配しての質問なのだろう。

 

 甘雨は冒険でとても助かっている存在だ。氷元素が拡散する強力な重撃は見事と言う他なく、彼女を怒らせたことは……誤って一度角を触ってしまったときくらいしかない。それも怒るというよりかは注意といった感じだったので、彼女との仲は良好と言えるだろう。

 

 

「うん。彼女は、かけがえのない存在だ」

 

「……そうか。なら、よかった」

 

 

 鍾離先生程はあるであろう久劫の背中が、いやに小さく見えた気がする。

 

 きっと久劫なりに思うところがあるのだろう。俺と蛍のように目の前で連れ去られた訳ではなく、甘雨の前から突然消えてしまったのだから。

 

 

 

 

――――お兄ちゃん!!

 

 

 

 

 

「……残された方は、そのような表情になってしまうのだな」

 

「ごめん。不幸自慢をするつもりは……」

 

「気にするな。さて、情報交換も済んだ。後はこの魔物どもを蹴散らしてヤツを仕留めるだけだ……!!」

 

 

 久劫が大剣を構えなおし、俺も大詰めだと剣を握りなおす。

 

 

「はは、全てが終わった後、君と共に旅をしてみるのも悪くはないのかもしれないな」

 

「心強い味方は、いつでも歓迎……!」

 

 

 久劫と俺は、ようやく数が減り始めて終わりが見えてきた魔物の群れへ向かって同時に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ……うぅ……」

 

「大丈夫よ、あなた。空たちが戦ってくれているわ。アイツなんかに負けないで……!」

 

 

 雨が屋根を叩きつける音と、外で未だ繰り広げられる迎撃戦の轟音が鳴り続ける璃月のとある一軒家で、始帰は鍾離の手を握り続けていた。

 

 6000年という『長い』という言葉では片づけられない程に永い年月を寄り添い続けた伴侶の額には、止めどなく汗が流れており、用意していたタオルは既に一枚が汗でぐしょぐしょになってしまっていた。

 

 もうじき結婚3000年を迎える超超超熟年夫婦だが、二人の熱は新婚の頃より変わらない。

 互いを必要とし、互いに助け合い、互いに困難を乗り越えてきた二人。鍾離が『浮世の錠』を解錠してしまったときは婚約する覚悟でいた始帰も驚いてしまったが、二人は配下全員から祝福されて晴れて夫婦となったのだ。

 

 だからこそ、こんな形で夫を失うなんてことあってはならないと、始帰は握る手の力を強めた。

 

 絶対に、喪う訳にはいかない。

 

 

――――コン、コン、コン。

 

 

 こんな危機的状況で、あるはずのない来客。

 

 冷静な始帰であれば、普通この場で出たりはしないが、愛しい旦那の緊急事態とあって冷静な判断ができなくなってしまっていた始帰は、その扉を開けてしまった。

 

 

 

「どちら様――――ッ!!」

 

 

 ドカァッ、と無遠慮に入ってきたその人物によって家具はなぎ倒され、中に入っていたものが散乱する。

 

 扉を開けた始帰はその首をがっしりと掴まれ、壁に押し付けられて足をバタバタとさせていた。

 

 

「ぐっ、うぐぅっ……!!」

 

 

くはは……いいねぇ、少し奪っただけでこの強化度合い……!

 

 

「あ、なた……は……!!」

 

 

久しぶりだなァ、クソアマ。暫く見ねぇウチに旦那様と惚気て弱ったか? くははっ!!

 

 

 

 久劫と対峙した時とは違い、家へ押し入ってきた不審者――――ダンタリオンは明らかに人体と呼べる肉体を有しており、その表情もくっきりと分かる。

 

 口が裂けているのではないかと思うほど口角を吊り上げ、かつて単独で出会ったら逃げるしか道がなかった『塵の魔神』相手に優位に立てていることに優越感を覚えているのか、その目は凶悪と言っていいほどに歪んでいた。

 

 

だが、今回の我の目的は貴様のような貧弱なアマじゃァねェ

 

 

 ダンタリオンは首を掴んでいた始帰を乱暴に部屋の中へ投げ捨てると、ベッドの上で苦しそうに眠っている鍾離へ舌なめずりしながら視線を向ける。

 

 

「やめ……て……!」

 

 

 投げられた衝撃と先ほどまで息が出来ていなかったことにより立てない始帰が、這いつくばってでも鍾離を奪われまいと手を伸ばす。

 

 

さて……そろそろ頃合いか? ――――『起きろ』

 

 

 だが、始帰の願いは届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

くははっ……!! くはははははっ!!! くははははははははっっ!!!

 

 くっははははははははっっ!!! 」

 

 

 

 

 

 ダンタリオンの言葉に従うように、今まで眠っていた鍾離が嘘のように目を開き、ベッドから起き上がる。

 その目にハイライトは宿っておらず、さながらダンタリオンに操られるためだけに生まれてきた人形のような、形容しがたい不気味な感覚が始帰へ襲い掛かった。

 

 

「あな……た……」

 

 

くははっ、いいのかァ? 優しい優しい奥様が、お前の事を呼んでるぜ?

 

 

 始帰の悲壮に満ちた声にも、ダンタリオンの質問にも、鍾離は答えない。鍾離はただただ次の命令を待つだけの機械に成り下がってしまったのだ。

 

 

 

 

 

さァ、行こうぜ岩王帝君!!

 

 

 

 テメェが作った(オモチャ)は、テメェで片づけねェとなァッ!!

 

 

 

 

 

 

――――刹那、

 

 

 

 

 

 

ウォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!

 

 

 

 

 

 かつてこの地に天啓を齎していた龍の咆哮が、悍ましい絶望の咆哮へと変わり璃月全体へ響き渡る。

 

 雨雲などは一切が霧散し、夜空に輝く満月が全てを見定めるように輝いていた。

 

 

 

 

「あれは……」

 

「まさか……!!」

 

「嘘だろ……!?」

 

 

 

 

 

 

「帝君!?」

 

「遅かったか……!」

 

「どどど、どうするんだ空!」

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……不味いでござるよ姉君!」

 

 

 

 環境の変化に敏い万葉が、否、それは上空を見上げていた誰しもが気付いた。

 

 月明りに照らされ、無数に浮かぶ先端のとがった棒状の巨大な何か。

 

 

 それは、かつて『弧雲閣』という巨大な島を作り上げた岩王帝君の最大にして最強の武器。魔神オセルを海底へ封じ込め、地形そのものを作り上げた自然の驚異そのもの。

 

 

 

――――岩の槍の雨。

 

 

 

 

 

 

くはは……さァ、リセットだ。帝君さんよ

 

 

 

 

 

 その全てが、降り注いだ。




――――岩王帝君、闇落ち……!!

▶ダンタリオンさんのフォントが『源界明朝』に昇格しました。


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13.岩神

今回と次回はちょっと長め。


 ゴオオオオ!!!と凄まじい轟音を上げながら無数の岩の槍が空から降り注いでくる。

 

 

 あんなのが落下してしまえば、璃月など簡単に地下へ埋まってしまうだろう。

 

 

 今の鍾離先生は、少なく見積もってもかつての岩王帝君に匹敵するほど強化されていると言っていい。

 夢の魔神の潜在能力を引き出す力、あれが最大限発動していると考えるならば今の鍾離先生は下手をすれば全盛期より大幅に強化されてしまっている恐れがある。だとすれば、そんな最強生物にどう立ち向かえばいいのか……?

 

 今まで立ち向かってきた敵とは比べ物にならない敵のスケールの大きさに、俺はただ茫然と空を見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

「面を寄越せ」

 

 

 

 

 重そうな大剣を片手で振り回して魔物たちを牽制しつつ、久劫はこちらへ空いている片手を伸ばして俺が持っている『彝面』を寄越すように要求してきた。

 

 頭が真っ白になりすぎて一瞬思考が停止しかけたが、久劫の言うことに従って腰につけていた『彝面』を久劫へ手渡した。

 

 

「――これには、『約束』が詰まってる」

 

 

 久劫は『彝面』を一度撫でると、覚悟を決めたように「ふぅー」と息を吐いてから『彝面』を顔へ付けた。

 

 魈が付けている『儺面』が”恐ろしいモノ”を表現しているのであれば、久劫が付けている『彝面』は”勇ましいモノ”になるのだろう。

 

 

 

「決して『契約』ではない、ただ皆と口で交わしただけの『約束』だ。

 仙人だけではない。僕が一般人に扮して街に出かけた時に、当時の民とした全ての『約束』が、これには詰まっている」

 

 

 久劫は、『彝面』を通してどこか遠くを見つめていた。

 

 目の前に広がる絶望でも、海を一望できる()()綺麗な景色でもない。それは、長い年月を生きている人にしか見れない『過去』の情景。きっとそれらは、久劫にとってとても大切な何かなのであろうことはすぐにわかった。

 

 

「『ずっと璃月を守る』。僕はある時小さな女の子とそう『約束』した。

 だが、僕はその『約束』を破った。夢の魔神にしてやられ、『ずっと』守ることができなかった」

 

 

 久劫の体から、次々に力が溢れ出すのが感覚的に分かる。

 

 体の一部が明らかに人ではない何かに変化しだし、纏う力も氷元素の他に見たこともない未知の元素を纏い始める。

 

 

「『約束』は『契約』ではないからと言って、破っていい理由にはならない。

 だから、その『約束』を破ったことが僕が一生抱え続ける『罪』で、僕にはそれを償わなくてはいけない相手が、まだいる」

 

 

 久劫の持つ大剣が、力強く水色に発光し始める。何かを反射しているとか、淡く光っているとか、そんな次元じゃない。

 

 太陽のように激しく光り、まるで早く力を振るう相手を欲しているかのような激情を、久劫の大剣からひしひしと感じる。

 

 『長年愛情を注いできた得物には稀に自我が宿ることがある』。ただの迷信だと思っていた。けれど、目の前のこの光景を見せられては否定など到底できない。

 

 

 

「璃月港は、お前のその崇高な『夢』なんかの為に壊されていい場所じゃない……!!

 

 

 

 

 

 

――――『祓魔彝照』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 そう唱えるや否や、久劫はその場から跳躍した。踏ん張った地面が軽く陥没を起こすほどの大ジャンプ。

 

 一度の跳躍で何十、何百メートルも飛んだ久劫は、鍾離先生が生み出した岩槍が落下している場所ピッタリの位置で滞空を始めると、稲妻で見た雷電将軍の『無想の一太刀』のような水色の巨大な大剣を横で構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 相当な重量があの空色の大剣にあるのか、それとも体に膨大な負荷がかかっているのか、はたまたそのどちらもか。

 

 

 空で雄たけびを上げながら、久劫は巨大な空色の剣を横薙ぎに一閃して、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――斬ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、横一文字に断ち切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 璃月へと降りかかろうとしていた全ての岩槍が真横にスッパリと断絶され、そして数舜遅れてやってきた力の余波によって断片は跡形もなく消し飛んだ。

 

 

 当然、地上にいる俺たちにもその影響は及び、モンド城をトワリンが襲った時よりも凄まじい暴風が吹き荒れる。

 

 

 砂礫が砂漠のように吹き荒れ、平原に立っていた俺たちは吹き飛ばされてしまいそうになるのを必死で耐える。少し視線を上げてみれば、今の一撃で岩王帝君の硬すぎる鱗もある程度貫けたのか、こちらの方へ向かって落下してくる龍の姿が見えた。

 

 

 

 ドザアアアアと岩王帝君が平原へ墜落し、恐らく帝君の上に乗っていたであろうこの事件の元凶、夢の魔神ダンタリオンも情けない姿で投げ出されていた。

 

 空へ飛びあがっていた久劫が着地し、強化状態を解いたと思えば口から大量の血を噴いて膝をついてしまった。

 

 

「久劫っ!!」

「兄上!」

 

 

 

僕に構うなッ!!

 

 

 

 

 久劫は自身に近寄ろうとした人々全員に聞こえるようにそう叫び、息も絶え絶えになりながら「状況を考えろ」と諭す。

 

 

今は僕より、倒すべき敵がそこにいる……ゼェ、ゼェ、アレをもう一度やられたら、もう防ぐ算段はほぼない。ゴホッゴホッ……ヤツに戦う力は、ゼェ、殆どない……! 岩王帝君が動けないうちに叩かないと、ゼェ、ゼェ、今度こそ終わるぞ……!!

 

 

 その言葉にシンと静まり返った戦場だったが、一人の兵士が「かかれぇぇぇ!」と声を上げたことにより千岩軍が一気にダンタリオンへ突撃していく。

 

 

 

クソッ、クソッ、クソックソックソッ!! どこまでも邪魔をしてくれるなァァァッッ!! 夜叉ァァァァ!! お前ら!! 我を守れェェェッッ!!

 

 

 

 最速、威厳など全くもって感じられない声。

 

 だがその声は戦場で生き残っていた全ての魔物に働きかけ、別の場所にいた魔物も一斉にダンタリオンを守るために立ち塞がった。

 

 

「空! どうしよう……アイツ、すごい重症だぞ!?」

 

「……いや、俺たちは千岩軍に加勢しよう」

 

「どうしてだ!!? あんなに苦しそうなのに放っておけるか!!」

 

「久劫の言う通りだ。ここでダンタリオンを殺せなければ、今度こそ璃月が終わる。それに、久劫には魈がサポートに入ったしね」

 

「えっ、あっ、ホントだ! よし、じゃあオイラたちは向こうに加勢しよう!」

 

 

 パイモンと短い会話を終え、魈に肩を貸されながら歩いていく久劫を横目にダンタリオンを仕留めるべく駆けていく。

 

 ヒルチャールやスライムたちの群れを掻き分けて、奥へ奥へと進む。荘厳な茶色の龍と黒い人影が見えるが、まだまだ距離は詰まらない。前から横から、魔物が次々に湧いて出てきて中々前へ進めないのだ。

 

 

「クソッ……!」

 

 

 いちいちアビスやヒルチャールを相手にしていたらみすみすダンタリオンを逃してしまう。だんだんと苛立ちを募らせながら魔物を斬っていると、

 

 

 

「――――風の赴くままに!」

 

「炭になるがいいッ!!」

 

 

 

 

 目の前の魔物たちが蹴散らされていく。

 

 北斗の乱打撃によって魔物は次々に叩き切られ、万葉の風元素の吸い込み攻撃によってまるで竜巻の如く魔物たちが吸い込まれていく。

 

 

 

「行くでござる旅人! ここは拙者たちが引き受けた!」

 

「さァ、早く行け! アタシたちが魔物を蹴散らす!」

 

 

 

 二人の援護によって暫く前は魔物がいなくなり、俺たちはそこを駆けていく。しかし、またすぐ走れば魔物の群れが命令を守るべく立ちはだかり、足止めを強いられてしまう。

 

 

 

「ロックの時間だぞ!」

 

「炎喰いの刑!」

 

「師匠の技を食らいなさーいっ!」

 

「古華奥義……!!」

 

「妖魔め、立ち去れッ!!」

 

 

 

 だが、更に来てくれた辛炎、煙緋、香菱、行秋、重雲の援護によってさらに道が開けて、どんどんとダンタリオンとの距離も迫ってくる。

 

 

「アタイが最高の音楽で応援してやるぜ――!!」

 

「この場所が無くなると、顧客がいなくなるのでな」

 

「お願い旅人! 璃月を守って!」

 

「空、ここは僕たちに任せてほしい」

 

「さぁ、行け旅人!」

 

 

 五人が一斉に駆けつけてくれたことによって、ダンタリオンを守る魔物の壁はあと僅かになるが、このくらいあとは自分の力で――――

 

 

「我が剣よ、影に従え――――!!」

 

「その命、頂いたわ」

 

「燎原の蝶!!」

 

 

 と思ったが、その前に三つの影が俺たちの前へ割って入り、魔物たちを殲滅していく。雷の影が剣の舞を踊り、必殺の礫が魔物へ炸裂し、炎を纏った幽霊がぶん回される。

 

 

「旅人、敵はすぐそこよ!」

 

「旅人、貴方に託したわ。この璃月を」

 

「璃月がなくなったら、恨むよ?」

 

 

 正面を守る魔物がいなくなったことで横側から補填のための魔物が押し寄せるが、刻晴、凝光、胡桃がそれを許さない。俺たちに近づく魔物は雷の剣と岩の礫と炎の蝶が命を容赦なく刈り取っていく。

 

 

 

 

 

 

 そして、遂にダンタリオンを眼前に捉えることができた。その顔は苛立ちと悔しさが入り混じった表情をしており、歯をむき出しにしてギリギリと歯をこすり合わせる不快な音が響いていた。

 

 

「夢の魔神! お前もここまでだぞ!」

 

「璃月は滅ぼさせない!」

 

 

 

クソが……!! 厄介なのはあの夜叉だけじゃないのか……!! もううんざりだッ!!

 

 

 

 ダンタリオンが続けざまに俺に向かって恨み節を吐いてくるが、そんなことは知ったことではない。これから死に行く魔神の言葉など、聞くに堪えない戯言なのだから。

 

 

 

畜生、折角ここまで、来たというのに……ッ!!

 

 

 

 動かない岩王帝君、悔しそうに歯を食いしばるダンタリオン。

 

 俺はダンタリオンへ向けて剣を向け、その首を切り落とすために剣を振ろうとして――――

 

 

 

 

 

 

 

くくっ、なぁーんてな。『飛べ』

 

 

 

 

 

 

 その刃は空を切った。

 

 ダンタリオンがいた位置には既に空気しかなく、岩王帝君に乗ったダンタリオンは既に空へ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

くははははははははっっ!! 希望に満ちた空気から絶望へ変わる瞬間はどうだ!!? さぁ、帝君。このまだ勝てると思い込んでいる哀れな虫けら共に制裁を加えてやろう

 

 

 

 空を飛んでいる岩王帝君の周囲に、遠くから見ても凝光の飛ばす礫ほどの大きさの岩が漂い始める。

 

 その光景を見て恐怖する者、逃げ出す者、果敢に立ち向かおうとする者、実に様々だが、そこに共通してあったのは『絶望』だった。

 

 パイモンの顔も真っ青を通り越して真っ白になりかけているし、かくいう俺も心の中で呟いたつもりが「まずい……!」と声に出てしまっていた。

 

 

さぁ、『やれ』

 

 

 ダンタリオンがそう呟くや否や、漂っていた無数の礫……もはや岩石と言って差し支えない大きさのものが俺らの元へ殺到した。

 

 凄まじい勢いで飛来した岩石は俺たち人間なんて簡単に数人は潰せる大きさで、直撃してしまった人たちはもう既に帰らぬ人になっているのは明らかだった。

 

 

 魔物ではなく、人々が蹂躙されていく。

 

 

「ぐぅぅぅぅぅぅっ……!!!」

 

 

 飛んできた岩石の一つを力ずくで止める。だが、その圧倒的な速度と重量に耐えきれなくなり、弾けなかった岩石は後ろにいた千岩軍へと飛んでいく。

 

 

「危ないぞ!!」

 

 

 パイモンが叫んだが、兵士とて人間。すぐに行動できるわけもない。飛来する岩石を直視したまま、岩石に潰される――――前に、魈が割って入ったことで岩石は粉々に砕け散り、千岩軍の人たちはギリギリ難を逃れることができた。

 

 

「魈、何かアイツを止める方法は――「ない」……え?」

 

 

「兄上も動けず、岩王帝君が復活してしまった今、我々にできることはもうない。

 仙人を呼んで帰終機を動かそうが、無駄だ。岩王帝君はオセルとは違って小柄で動きが速い。撃っても当たらん。

 

 

 ……認めたくはないが、ここが璃月の――――終焉だ」

 

「そ、そんな……で、でも、それじゃあ……」

 

「我々は国外へ逃亡するか、ヤツの支配下に置かれるか、璃月と共に土に還るか。この選択肢しか、既に残されてない」

 

 

 飛んでくる岩々を破壊しながら、魈は淡々と告げていく。しかし、その声はどこか納得のいっていない、悲しさや悔しさが滲んだ声だった。

 

 久劫の方を見る。先ほどの一撃で殆どの力を使ってしまったのだろう。少し時間が経っているにも関わらず息は絶え絶えで、咳き込んでいる。あの状態で戦えという方が困難であることは分かり切っていた。

 

 

 

くはははは!! そこの夜叉が言う通り。もう我の勝利は確実となった……!! ならば、最後に一つ。勝利の勝鬨を上げなければなァ?

 

 

 

 魈の言葉に反応したダンタリオンが、岩王帝君に乗って天高く上昇していく。雲に届くほど高く飛んで行ったダンタリオンを見上げていると、だんだんと黒い何かが大きくなっていくのが分かった。

 

 

 

「お、おい、あれってまさか……」

 

「あれ全部……岩王帝君が生み出した……岩!?」

 

 

 

 

 頭上に広がるデカい何か。それは璃月港どころかその周辺すらも呑み込み、落下してしまえば隣国のスメールやモンドなどにも莫大な被害が出ることが予想できる、巨大すぎる岩。

 

 それはもはや『槍』と形容するよりも『島』と形容した方が良いほどには巨大だった。

 

 

 

 

 

くははははは!! じゃあな『契約』の璃月。これからは、『理想』の時代だ

 

 

 

 

 ダンタリオンが、岩王帝君に命令してその巨大な岩を落下させようとしたその時、口から血反吐を吐きながら、久劫が「まだ、策はある」と俺の肩を強く握ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪、ゴフッ……僕が死ぬかもしれないけど……やるしか、ない……!!」

 

「で、でも! それじゃあ!」

 

 

 

「僕の、命一つで! 璃月を救えるのなら……それは、本望、だ」

 

 

 

 

 そう語る久劫の瞳に、躊躇などという言葉は存在しなかった。




次回最終話、その次エピローグ。


甘雨ヒロインなのに全然出てこないじゃんって?

……メインヒロインは、最後に全部かっさらっていくのですよ。


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14.「おかえり」

決着。


 

 

 本当は、兄さまの姿を見つけた瞬間に駆け寄っていきたかった。

 

 帝君の岩槍を全て断ち切って倒れてしまったとき、今すぐに治療をしたかった。

 

 

 でも、兄さまは私が戦場へ姿を現すことを望んではいません。兄さまは私を信じて、私を希望としてくれましたから。だから、兄さまも、帝君も、璃月も、全部助けます。

 

 

 帝君が私に賜った弓を握り、私はあの時一瞬のうちに告げられた『不意を突け』という言葉を実行するべく矢を一本弦につがえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 吐き気がする、眩暈がする、足元が覚束ない。

 

 苦しい、痛い、死んでしまいそうだ。

 

 

 だから、何だというのだ。

 

 

 既に死者は出てしまっている。僕が苦しかろうが痛かろうが、もっと悲惨でつらい思いをしていた人々は沢山いるのだ。ここが正念場だ。これが失敗すれば、僕らの命どころか璃月という国が終わってしまう。

 

 

 

「――――夢の魔神は、旅人。君がやってくれ」

 

 

 

 会って間もない、性格も目的も分からない旅人に悲願を託す。

 

 ただ不思議と、頭の中に漠然とこの旅人なら任せられると、そう思えてしまう魅力が確かに存在している。

 

 

 未だにぐらつく視界の中、僕は立ち上がり、旅人と魈もそれに続いて立ち上がる。

 

 

 平原に押し寄せていた魔物ももうすぐ殲滅できると認識できるほどに数を減らし、兵士や有志たちが璃月を守るために抵抗を続けている。

 

 この作戦は、僕たち()()でしか為すことのできない作戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

――――だろう? 甘雨。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。久劫兄さま』

 

 

 

 

 

 

「行くぞ――――!」

 

 

 魈が、僕と旅人を抱えて飛び上がる。

 

 少し見ない間に凄く強くなっていた魈の跳躍力は目を見張るものがあり、少し僕が驚いている間に空にいる岩王帝君たちと相対するように向き合っていた。

 

 

 帝君の瞳には生気が宿っていない。ヤツに言われるがままに動き、命令を履行するだけの操り人形になってしまっていた。……こんなの、許されるわけがない。

 

 

 頂点に立つ者には必ず『責任』がついて回る。璃月という国の頂点に立っていた者として、そして『契約』という一番『責任』を重んじる理念を掲げる神として、帝君は常にそれを受け止めていた。

 

 不変のものはない。永遠など存在しない。

 『永遠』を掲げる雷神でさえ、かつてそう言っていたのを覚えている。風神に酒を飲まされふにゃふにゃになっている雷神の姿は今でも脳裏に焼き付いているから間違いはない。

 

 『摩耗』は常に森羅万象に付きまとうものだ。

 

 人が記憶を忘れるように、一種類の生物が環境の変化で姿を消すように、――――自身の『理想』の正体を忘れ、暴挙に出るように。

 

 

 時代はいつの日か移り変わり、変化を遂げていく。だがそれは『摩耗』ではないと人々は言う。

 

 

 削れた訳ではない。総てが消えてなくなってしまう前に、新しい礎を用意したんだ。と。

 

 

 『万物は流転し、変化を続けるものもあればやがて元に戻ってくるものもある。

 だからこそ『永遠』は貴いように見えて実は身近なものであり、実はあなたの身にも既にあるのかもしれませんよ』

 

 

 酔い覚ましに外の風に当たっていた雷神に水を持って行ったとき、そう教えられた。

 

 

 『しかし、変化の最中はとても脆く、人間が少しでも触れただけで壊れてしまいます。

 変化と変化がぶつかり合い、互いに影響を及ぼしてしまうこともあります』

 

 

 

今更戦おうってのか? くははっ!! いいだろう賞賛してやる。まァ、勝てないだろうがな

 

 

 

 きっと、彼らは変化の途中だったのだ。

 

 

 帝君は僕から、そしてダンタリオンはきっとその理念に影響を及ぼす何かから、変化している最中だったのだ。

 

 

 そしてそれらが複雑に絡み合い、帝君の『責任』は限界を迎え壊れ、ダンタリオンは全てを破壊する暴君へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 結局、全ては抗えぬ『摩耗』で、目の前の二人はただ『摩耗』に呑まれてしまった被害者なのだ。

 

 

 

 

 

いいぜ! 来いよ! 今の我は戦える。二人がかりで来ようが負けはしないっ!!

 

 

 

 僕は空中で本来の仙獣(不死鳥)の姿を開放し、翼を広げる。

 

 旅人には無限の可能性を感じた。だから僕と魈が旅人に力を分け与えて帝君を足止めさせ、その間に僕か魈がダンタリオンを撃破するのでもよかった。

 

 

 だが、帝君の摩耗し続ける心の器を、完全に交換することはできなくとも、これ以上僕の事で心を摩耗させないように削れた心を僅かでも戻すことができるのは僕しかいない、と魈に言われた。

 

 全くもって無茶を言ってくれる。

 けれど、帝君が……否、()()()()が僕と交わした『契約』で心を摩耗させているのだとするならば、僕はそれはもうすがすがしい程までにぶん殴った方がモラクスの為になるだろう。

 

 そんなことができれば、の話ではあるが。

 

 

 璃月上空の島のような岩は落下しかけていたところを一時停止し、零れ落ちた砂塵や礫がパラパラと地面へ落下していく。

 

 

「旅人、行くぞ――――!!」

 

「ああ!」

 

 

さぁ迎え撃てモラクスッッ!! 希望なんざないってことを、こいつらに叩き込んでやれッ!!

 

 

 

 

「グォォォォォォォォォアアアァァァァァッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 モラクスの咆哮が、空気を激しく揺らす。

 

 旅人は耳を抑えていただろうか。僕はそうもいかない。先ほど無理やり力を酷使したせいで体のあちこちが痛むが、耳鳴りが聞こえるのと僕の耳から生暖かい感触が伝わってくるのは、きっと今の咆哮のせいだろう。

 

 外の世界の音が何一つとして聞こえなくなるが、構わない。怪我を追わずに目標を達成できると思っているほど僕たちはこの状況を楽観視していない。むしろ耳が聞こえなくなる程度で済んだのは不幸中の幸いだ。

 

 

 

――――!!(くははっ!!) ―――――――!(『やっちまえ』!) ―――――!!(モラクスッ!!)

 

 

 

 ダンタリオンが何を言ってるのか分からない。だが、モラクスの動きでダンタリオンが何を命令したのかは容易に想像ができる。

 

 

 万物を切り裂く凶悪な爪に、更に鋭い岩を纏わせてモラクスが突撃してくる。

 

 

 旅人がそれに応えるように剣を取り出し、応戦する――――()()をする。

 

 

 旅人は僕の上へ立っている。少なくとも視線は旅人を乗せている僕より迎撃する姿勢を見せている旅人に向けられるはずだ。それで、下方向は十分死角になる。

 

 子供だましのような単純な作戦だが、それでも自我を失っているモラクスとそのモラクスで真下が見えず、目前に迫った勝利を手繰り寄せようと必死なダンタリオンには見事にぶっ刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――今だけ攻撃する無礼をお許しください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如真下から突き上げてきて、眼前で爆ぜたその氷の塊に、モラクスの体が大きく揺らいだ。

 

 攻撃を宙を斬り、上に乗っていたダンタリオンが大きく体勢を崩した。

 

 

 

「行けッ!!」

 

―――!(はいっ!)

 

 

 

 落下こそしなかったものの、モラクスの上で体勢を崩したダンタリオンに旅人が迫っていく。その間、流石は岩神といったところか、モラクスはすぐに体勢を立て直して再び爪へ岩を纏いながら僕へ突撃してきた。

 

 だが、その瞳にはほんの僅かではあるが、感情がこもっているようにも見えた。

 

 

 

「僕は貴方に仕えたこと、契約を交わしたこと、共に過ごしたこと、そのどれにも不満などなかったのですが……、

 

 

 

 貴方が望むというのなら! 今、この場で断罪するっ!!

 

 

 

 獣化状態を解除して『不倶戴天』を握る。僕の感情に呼応し、『不倶戴天』もやる気を出しているようだ。

 

 モラクスの爪がいよいよ振りかざされ、僕もそれに応戦するように『不倶戴天』を振るう。自身についている力のリミッターを解除し、ぶっ壊し、二度と力の開放ができなくなる覚悟でモラクスの爪を迎撃しに行く。

 

 

 そこまでの事をしなければ、この岩王帝君という男には到底及ばないからだ。

 

 モラクスは僕にとって第二の父だ。

 慈悲深く、優しく、物知りで丁寧。だけど時々帰終様を困らせてしまうほどのポンコツ具合を発動させるときもあれば、思わず背筋が凍り付いてしまうほどの怒気を放つときもある。

 

 

 ……いや、でも本当は分かっていた。

 

 

 リミッターなんか解除しなくてもいい。無論ぶっ壊さなくても。むしろ振るうものが武器でなくともいい。

 

 

 

「――――っっ!!」

 

 

―――(これは)―――――――(自身への贖罪だ)――――――(迷惑をかけたな)――(久劫)

 

 

 

 その爪が『不倶戴天』と激突する寸前、モラクスは手を瞬時に引っ込めた。

 

 

 それが、主君の望みとあるならば、配下である僕は従順に従うのみ。

 

 

 

「……っく!! うおおおおおおおおおおおっっっ!!

 

 

 

 僕は歯を食いしばりながら『不倶戴天』を握る力を強め、そして力を開放していない状態の僕が出せるありったけの力を込めて、

 

 

 ――――帝君の顔面を『不倶戴天』の腹でぶん殴った。

 

 

 

 

 そして、それとほぼ同時に、

 

 

 

 

 

 璃月の上空を漂っていた島のような大きさの岩と、数千年間蓄積してきた数多の『夢』が、空へ散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空を感じる。

 

 

 張りつめていた糸が切れてしまったのか、もう力を出すという感覚すら麻痺してしまっていた。

 

 

 飛んできた魈が、僕へ手を伸ばした。

 

 

 だが、あと少しの所で届かず、魈がどんどん離れていく。

 

 

 お前は旅人と帝君を助けてやればいい。僕の事は気にしなくても平気だ。

 

 

 だって、こうして力を入れればすぐに力が解放できて……、あれ、力ってどうやって出すんだっけ。

 

 

 あ、不味い。だんだんと意識が薄れてくる。

 

 

 まだ全部終わっていないのに安心しきってしまったせいだ。本当に、詰めが甘いのは昔から直せていないようだ。

 

 

 僕、このままどうなるんだろうか。

 

 

 このまま死んでも、それはそれでいいのかもしれない。皆の顔を見れて、みんなとの璃月を守るという『約束』も今果たせた。

 

 

 

 ……『約束』か、そういえば、璃月を守るっていう約束に、一人だけ『ずっと』という条件を付けてたっけ。

 

 

 泣き虫で、コロコロしてて、でもある時から急に何かを意識しだしたのか、どんどんと美人になっていって……

 

 

 結局、『帰って来たらする話』というのは、一体何だったのだろうか。

 

 

 

 ……なるほど、これが『走馬灯』というヤツなのかもしれない。

 

 

 

 耳のように強制的にシャットアウトしたような感覚ではなく、だんだんと浮遊していくような感覚。

 

 

 これに身を任せれば、きっとどこか遠い場所へ行ける――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ガバっと、横から誰かに抱えられた。

 

 胸に当たる感触からして、それは恐らく女性であることが伺える。ひらりと靡く水色の頭髪に、懐かしい香りが機能を失いかけていた鼻孔を擽った。

 

 

 

 急に変わりだした頃から、妹よりも一人の女性として意識してしまうようになってしまった人。

 

 それは、年齢の差を考えても、兄のように慕ってくれている彼女の気持ちを考えても、決してあってはならない事だった。

 

 

 故に、僕はその感情をひた隠しにしてきた。

 

 

 だけど、ふと考えてしまう時があった。

 

 

 

 もし、彼女が僕の帰る家にいて、僕が家へ帰ると「おかえり」と言ってくれる存在だったら。

 

 

 

 ……死に瀕して、少しだけ感情が爆発してしまったようだ。

 

 

 こんなこと、あってはならないんだ。僕と君は年の離れた兄妹で、異性として『恋』という感情も『愛』という感情も抱いてはいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

「兄さま……ひっぐ、無事でよがっだです……よがった、本当に……無事で……」

 

 

 

 

 

 

 僕は決して鈍感ではない。彼女が、甘雨が僕に対して抱いてはいけない感情を抱いてしまっていることは既に気付いている。

 

 

 

 だから僕の為に、僕を求めないでほしい。

 これ以上は、僕の兄としての決心が揺らいでしまいそうだから。

 

 

 

 

「甘雨」

 

 

「ひっぐ……あ゛う、久劫、兄さまぁ」

 

 

 

 

 でも、まずは最初に、甘雨に言わなくちゃいけないことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ、いま。甘雨。早めに、終わらせられなかった」

 

 

「いい゛え……! おかえりなざい! 久劫兄さま゛ぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――長い間、待たせてゴメンな。




次回、エピローグ


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15.講談

エピローグ。本編最終話となります。


 璃月港に夢の魔神が襲来してから、一週間が経った。

 

 二度の魔神襲来を経験してもなお璃月港はその姿かたちを保ち続けており、今も沢山の人々で賑わっていた。

 

 

 あの事件以降の璃月港で起きたことと言えば、もうすぐ行われる海灯祭の準備で一般人から七星まで毎日忙しそうにしているのと、凝光が群玉閣を再建すると発表して璃月港の商人たちが海灯祭など比じゃないくらいに慌てふためいていることくらいか。

 

 ()()()()()によって放たれた岩の下敷きとなり、死んでしまった千岩軍の追悼式なども行われたりしたが、今はもう暗い雰囲気から一変して明るい雰囲気へと戻っている。

 

 

 それはそうと、あの時夢の魔神と共に璃月港を襲った岩王帝君は偽物だと璃月の人々は思っている。

 まぁ、岩王帝君は事実上死んでいる認識であり、かつ帝君が璃月を襲撃なんてしないからそう思われるのは当然と言えば当然だろう。

 

 

 あぁ、それと、久劫の存在が七星によって璃月へ公開されたのも一応事件ではあるかもしれない。

 

 

 太古の璃月を影から守り続けた夜叉にして、魔神の血筋、更には今回の魔神撃破にも一役買っている、と何も知らない一般人からすればひっくり返ってしまうような情報が一挙にどかーんと出されたものだから、講談師や劇なんかはこぞって久劫の話しかしないほどの一大ブームとなっている。

 

 

「あはは、何か、自分の話を人に話されているのを聞くと、やはり少しこそばゆい気がするな」

 

「今の講談を否定しないの、オイラ少し怖いぞ……」

 

「多少の脚色は入って入るが、あれは紛れもない事実だ。確かに、アイツは強かったしな」

 

 

 あれから、久劫は璃月港で暮らし始めた。どうやら仙人たちと久々に再会を果たし、話し合った結果の事らしい。

 確か今は甘雨の家に居候をしているんだったっけ。

 

 この一週間で何度か久劫を冒険に呼んで一緒に戦ってみたりしたが、やはり璃月最強の仙人の名は伊達ではなかった。

 

 俺たちがスライムを倒したと思えば、後ろから遺跡守衛が倒れる音が聞こえた時はびっくりしたものだ。それも三体も。

 当人は事もなげな顔をしていたが、俺とパイモンは開いた口がふさがらなかった。まぁそれも、何度も繰り返すうちに慣れてしまったが。

 

 

「……やはり、街は暖かいな」

 

「ん? 今日はちょっと肌寒いと思うぞ?」

 

「いや、そうではない。

 あの頃の璃月は、皆が魔物や妖魔の脅威に怯えて暮らしていた。仙人が守っているとは知っていても、どこか張りつめた表情をしていて、今のような活気はなかった」

 

 

 久劫は、取り出した『彝面』を眺めながら優しい笑みを浮かべた。

 きっとそれは、常に戦闘が巻き起こっていたかつての時代では見られないものなのだろう。

 

 

「……あの後、帝君との『契約』を破棄した。それが()()()()の望みだったから、僕は何も言わずにそれに従った。

 だけど、あの『契約』を履行し続けたことは決して苦ではなかった。むしろ、こうして人々の笑顔を守ることができて誇りに思っている。

 

 いつの時代にも、結局のところ『帰る家』というのは必要だ。僕は、『契約』の最後に大勢の人々の『帰る家』を守れて良かったと思う。

 

 それに、あの二人とは『契約』なんてなくとも大切な『友』であることに変わりはないしな」

 

 

 璃月の埠頭を眺めながら、久劫はそう語る。

 

 日は直に山の向こう側へと消えていき、周辺の民家から鼻孔を擽るいい香りが漂ってくる。

 

 璃月港に間もなく夜が訪れようとしていた。

 かつての久劫たちなら、警戒を強めて常に気を張り巡らせていた時間帯。だけど、今の久劫にとっては――――

 

 

 

「――――兄さま」

 

 

 

 俺たちの後ろから声をかけてきたのは、甘雨だった。

 

 最近の甘雨は、頻繁に笑顔を見せるようになった。以前も見せてはいたが、その頻度が比べ物にならないくらい上昇しているのだ。

 

 それに、『仕事』をすることに対して()()()()を見出すようになったのか、ただ仕事をするだけじゃなくて、その先にある何かを見据えて仕事に取り組むようになった、と刻晴が呆れたような顔で言っていた。

 

 

「仕事終わりか? お疲れ様。空、僕はここで失礼する。また機会があれば共に歩こう。

 ……今日の夕食は何にする? 甘雨が食べたいものなら何でも作ろう」

 

「私は兄さまが作った料理なら何でも食べたいです

 あっ、でもお肉はちょっと……」

 

「それくらい分かってるさ。……そうだな、久々に清心でも使った料理を作るか」

 

「はい! では、帰りましょう♪」

 

 

 年の離れた兄妹、少し前までそのような認識だったのだが、ここ最近でそのイメージががらりと変わった。

 

 

「あれじゃあ、まるで新婚夫婦だぞ……」

 

「あはは……」

 

 

 パイモンがジト目で群衆に消えていく久劫と甘雨を見つめてそう漏らすのも納得できる。特に甘雨のデレ具合が凄まじいというか。

 

 一緒に冒険へ出かけても隙あらば久劫の話をするし、あの様子だと刻晴や凝光にもしているのだろう。刻晴が呆れた顔をしていたのも恐らくそのせいだ。

 

 

 

 太陽の光が消え始め、人口の光が目立ち始める。

 

 

 

 思い返せば、激動の一日だった。

 

 不思議なお面を拾って、鍾離先生に奥さんがいることを初めて知ったと思えば、魔物の襲撃から璃月を守るために甘雨に引っ張られ、そこで暴走した久劫と出会い、甘雨が取り乱したと思ったら、久劫が仙人たちと特にかかわりの深い凄まじい人物だったと知り、先生が倒れて、また魔物が襲撃してきて、と思えば急に夢の魔神なるものが現れて先生を操り、璃月が滅びかけた。

 

 久劫、魈、鍾離先生、甘雨、刻晴、凝光、胡桃、北斗、万葉、煙緋、辛炎、行秋、重雲、香菱。

 

 きっと、誰か一人でもいなかったら今璃月はなかっただろう。

 

 

「ん? おい、あれ、鍾離と始帰じゃないか?」

 

「本当だ。行ってみよう」

 

 

 久劫と甘雨がいなくなり、どうしようか悩んでいたところへ三杯酔のテーブルで始帰と共に酒を嗜んでいる鍾離先生を見つけた。

 

 

「おーい、鍾離ー! 始帰ー!」

 

「む? 旅人とパイモンか。丁度いいところに来たな。今から講談が始まるんだ。お前らもどうだ」

 

「本当は二人っきりで食事を楽しみたかったのだけれど……二人なら歓迎だわ」

 

「おう! お邪魔するぜ!」

「失礼します」

 

 

 鍾離先生が追加で料理を注文し、それらが俺たちの前へ運ばれてくる。もうすぐ夕飯の時間なだけあって、目の前に運ばれてきた料理が全て胃袋に入ってしまいそうなほど美味しそうに見える。

 

 

「あっ、鍾離、それよりモラは……」

 

「今日は持ってきている。流石に、いつまでも妻に金を支払わせる情けない旦那ではいたくはないからな」

 

「しょ、鍾離の財布……! オイラ初めて見たぞ!!」

 

 

 懐から財布を取り出した鍾離先生を見て、パイモンが目を見開いて驚く。

 俺もパイモンほどではないが驚き、始帰も「ふふっ」と笑ってはいるが少し驚いているのが伝わってくる。

 

 鍾離先生は俺たちの様子が不服なのか、口を開いて反論しようとしたが、そこへ講談師の声が三杯酔の席へ響き、鍾離先生は声を発する前に口を閉じた。

 

 

 

「さて、今宵語るは巷で話題。太古の昔より璃月を守護した一人の夜叉の話」

 

 

 

 今日一日璃月を歩いてきたが、やはりこの人の話し方は他の講談師とは違って入ってきやすいというか、なんというか、こう、言葉には表せない凄みがあるのだ。

 

 

 

 

――――魔神が封印され、その怨嗟が妖魔を生み出し、璃月を襲いました。

 

 

 岩王帝君はその妖魔を退治するべく、仙人である夜叉を招集しました。

 

 仙人の中でも戦闘に特化した夜叉は帝君の命に従い、妖魔を退治していきます。

 

 しかし、ただの夜叉ではどうにもならない妖魔が現れたのです。

 

 

 

 

 

 鍾離先生も始帰も、講談師の話を食事を片手間に真剣に聞いていた。

 彼らからすれば、自分の息子のような存在の話などいくらでも聞きたいもののはずだ。

 

 

 

 

 

――――魔神の怨嗟の根源と言っても過言ではない凶悪な妖魔は、夜叉たちを倒し、璃月を襲おうとしました。

 

 そこで帝君は、とある一人の夜叉へと声をかけたのです。

 

 帝君の友であった魔神の血を引き、子供のように愛情深く育てた百戦錬磨の最強の仙人。

 

 帝君はその夜叉に『羅刹大聖』という尊称を与え、妖魔退治の最高位である『妖滅夜叉』の位を授けました。

 

 

 

 

 

 

 俺からしても、自分の仲間がこうして語られるのは悪い気分はしない。

 本人は気恥ずかしそうにしていたが、俺としては久劫の過去の話はずっと聞いていられるほどに色々ありすぎるのだ。

 

 

 

 

 

――――『妖滅夜叉』の活躍は凄まじいものでした!

 

 今まで普通の夜叉を何人と殺した凶悪な妖魔を、一瞬のうちに蹴散らしてしまったのです!

 

 疾風迅雷、一刀両断、風のように素早く動き、瞬きのうちに妖魔を両断する『妖滅夜叉』の姿は圧巻の一言。

 

 しかし、強大な妖魔の存在を民衆に知られては、きっと夜も眠れないだろうと判断した帝君は、凶悪な妖魔と『妖滅夜叉』の存在を秘匿しました。

 

 

 

 

 

 

 

 きっとそれは、これからずっと璃月で語られ続けることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

――――影よりずっと璃月を守り、妖魔を滅し続けた『妖滅夜叉』は、仙人たちの間ではこう呼ばれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何千年も璃月を守ってきた夜叉の物語なんて、誰もが聞きたがるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

――――「6人目の『仙衆夜叉』」と。




訪招凞王の章 第一幕 完了
彝訓の夢
――――――――――――――――
任務完了



つづく




















という訳で、本編『訪招凞王の章』が完結しました!

二週間という短い期間でしたが、完結まで走り抜けられて本当に良かったです。

一週間前のあとがきでも触れましたが、まさかここまで登録者や評価が増えると思っておらず、当初は震えていた夜もありました。

しかし、暖かい激励コメントや評価などに励まされ、何とかここまでたどり着くことができました。本当にありがとうございます!


……とは言っても、この「6人目の『仙衆夜叉』」がここで終わるわけではなく、前々からお話していたif番外編や、これからも更新が続く原作原神のアプデ内容などにも久劫は絡ませていく予定であります。

ネタが思いつけば本編『訪招凞王の章』の第二幕を更新することがあるかもしれません。


とりあえず、本編は完結いたしましたので、明日は一日だけお休みを頂いて、月曜日からはもう旬が過ぎてしまいましたが、原神ver2.4『流るる星霜、華咲きて』編を後日談として進めていく予定です。

甘雨とのいちゃつきを楽しみにしていただいている読者さんたちをぶっ倒す勢いで執筆していきますので、何卒これからもよろしくお願いします。


それでは、また月曜日! ありがとうございました!


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後日談 / 流るる星霜、華咲きて 編
1.朝の一幕


皆さま一日ぶりです。すめーらないです。

日曜日にお休みを頂いている間にまたもやランキングに載ったらしく、お気に入り登録者数がついに1000名を突破しました!! ありがとうございます!

評価者数も70名を突破し、驚くことに9評価のバーに色まで付くという作者史上類を見ない伸び方をして驚いております……!!


今回から『後日談 / 流るる星霜、華咲きて』編をお送りしていきますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

渦の余威戦までは甘雨といちゃいちゃほのぼのしたり、間章に首を突っ込んだりと平和な感じが続きます。

ifルートは後日談編(これも15話程度)が終わり次第上げていければと思っております。


※2022 2/22 ウェンティについて言及していたシーンを一部修正。ウェンティは5000年前にはまだ精霊でした。

※同日 雷電眞の掲げる『永遠』の理念が久劫の例えと一致していなかったため該当箇所を削除。

詳細についてはコメント欄で詳しく解説してくださった方がいるのでそちらへ。


「……おはようございます、兄さま。ふわぁ……」

 

「おはよう甘雨。

 はい、これ今日のお弁当だ。それと朝ごはんはそっちに準備してある」

 

「ありがとうございます兄さま。……いただきます」

 

 

 帝君との『契約』もなくなり、魔神の脅威が過ぎ去ったからと言って僕の朝が遅くなるわけではない。

 

 甘雨の話によれば1000年以上もダンタリオンと共に封印されていた僕だが、体に染みついた生活習慣というものは変わらないために朝は日の出より前に目覚める。

 

 それに、近いうちに行われる海灯祭の準備と、オセルが封印されたことに腹を立てたあの『跋掣(厄介な嫁)』が襲来してくるとあり、甘雨たちは朝早くから出勤して対策などを立てているということもあり、僕がこうして朝だけでも手助けをしようとご飯などの家事を行っているというのもある。

 

 平和になったというのに朝早くから起きなければならないということに、最初こそ僕の中で不満が溜まっていくと思われたが、別にそんなことはなかった。

 

 

「んふ……やはり兄さまの作る料理はとても美味しいです♪」

 

「そうか。ありがとう……いただきます」

 

 

 僕の作ったご飯を食べてほにゃっと表情を綻ばせる甘雨を見ていれば、不満など溜まるわけもなく。むしろ毎日朝早く起きたいという願望までもが芽生えてしまった。

 

 ……甘雨の為ならば何でもできる、という気になってしまうのは、空とパイモンがこそこそと話していた『惚れた弱み』というやつなのだろうか。

 

 どちらにせよ、何でもできるというのは事実に変わりはないのでそういうことにしておこう。

 

 

「あ、そうでした兄さま」

 

「ん? どうした?」

 

「海灯祭、留雲借風真君の所へ行った後、一緒に回りませんか?

 昔みたいに、一緒に回りたいです」

 

「そうだな。僕の感覚だとそんな昔じゃないけど、1000年も経ってるしな。一緒に行こうか」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 

 まぁ、夜叉の視点から言ってしまえば海灯祭はそんなに好きではない。むしろ嫌いな傾向にある。

 こればかりは仕方のないことだが、岩王帝君の作った街でお祭りなんかが行われていれば、封印されていても外の様子がなんとなく分かる魔神共は良く思わない。

 

 その感情が外へあふれて妖魔や魔物が活発に動き回るのだ。

 

 我々夜叉はその対応に追われて、祭りの期間中は四六時中敵と殺し合わなければなくなる。海灯祭は岩王帝君が生み出した祭りではないからか、魈の当たりが特に強かったなという印象だ。

 

 

 甘雨と一緒に回って甘雨が眠りについたら魈の手伝いに行くことも視野に入れておこう。

 1000年も経って、もう残っている夜叉は魈だけとなったと聞いた時は驚いた。一人でずっと璃月を守ってきた魈に、祭りの期間中の大変な時期くらいは楽をさせてやるべきだろう。

 

 

「そうそう、甘雨、お前は本は読むか?」

 

「いえ……普段はあまりそのような時間が取れないので……ごめんなさい」

 

「そうか。いや、謝ってほしい訳ではなくてな。以前に本屋に行ったときに稲妻から輸入された本を見つけたんだ。

 稲妻が鎖国してるから珍しいよ、なんて店の人が言うから買ってきたんだが、」

 

「む、『八重堂』……? もしかして、神子さんの出版社?」

 

「……? その神子っていう人が僕には分からないが、それより稲妻が鎖国してるって聞いて驚いてな……眞さんはどこかに頭でもぶつけたのか……?」

 

 

 『小さなものでも変化があることで、永遠は保たれる』という事を語っていた雷神が他国の文化の一切を否定して鎖国を行っているとは考えにくいことだが、まぁ、彼女も『変わった』のだろう。

 

 

「あっ、兄さまにはまだ話してませんでしたっけ……先代の雷神は既に亡くなっています……」

 

「っ……! そうか……つまり、今の雷神は……影ちゃんになるのか……?」

 

「空さん曰く、そうらしいです。少し前までは『目狩り令』を行って民衆から神の目を徴収したりしていたそうですが、空さんが解決したらしいです」

 

「本当に何者なんだ空は……でも、そうか……眞さんは亡くなったのか……」

 

 

 せめて最期に一目でも見ておきたかったが、それももう出来ないとの事。

 僕が稲妻へ赴いた時に良くしてもらったり、璃月へ来たときはよく話をしたりしてくれたいい人だった。

 

 そして、今の雷神は妹の影ちゃんに変わったと。

 

 確かに、性格も姿も殆どが似通っていた双子ではあったが、掲げる『永遠』の形がいつも眞さんと相反していたから、将軍の座について鎖国やその『目狩り令』を行っていたのも頷ける。

 

 今度空に頼んで稲妻に連れて行ってもらうのもいいかもしれない。

 

 1000年ぶりに影ちゃんに挨拶とかもしたいしな。

あぁいや稲妻には確か……だが顔くらいは見せるべきか。仕方ない。

 

 

 ちなみにだが、風神とはもう会ってきている。初めて酒を片手に璃月へ突撃してきた時から変わらないようで安心したというか不安になるというか、複雑な気分だったが、僕の姿を見て心底安心したような顔を見せたのを見てパイモンが驚いていたのは記憶に新しい。

 

 ……結局あの後二人で酔い潰れるまで飲んで、甘雨に連れ帰ってもらったんだっけか。本当に甘雨には頭が上がらないな……。

 

 

「兄さま? やはり眞さんが亡くなったのは気の毒ですが、そう俯かないでください」

 

「え……? あ、あぁ、そうだな。心配かけてごめんな」

 

 

 恥ずかしさで顔が赤くなってしまいそうだったので顔を俯かせたが、甘雨には違う意味で認識されたようだ。確かに眞さんが亡くなったのは悲しいけれど、なんか、こう、まだ若干気配があるというかなんというか。

 

 

 

 

「あ、もうそろそろ時間ですね。お仕事に行ってきます」

 

 

 

 食事が終わって後片付けをしていると、時計を見た甘雨が出勤の準備を始める。

 

 荷物の入った鞄を肩にかけ、甘雨は玄関の扉を出る――――

 

 

 

「はい、兄さま」

 

 

 

――――前に、扉の前で両腕を開いて前へ突き出してきた。

 

 

 僕が甘雨の家に居候することになってから、彼女が家を出る際に毎回行っている習慣。

 

 

 

「ん、行ってきますね。兄さま」

 

「うん。行ってらっしゃい。甘雨」

 

 

 

 腕を差し出した甘雨を、更に覆うようにして抱き締める。甘雨の腕がそれに応えるように僕の背中に手をまわしてぎゅっと僕を自分の方へ抱き寄せ、僕も甘雨の頭を二、三度ポンポンと撫でる。

 

 

 帰終様と帝君との『契約』を破棄した僕は、甘雨と新しい『契約』を結んだ。

 それは『恋人になる』だとか、『夫婦になる』だとか互いの気持ちを無視した一方的なものではなく、単純に『兄妹のように思う感情を捨てる』というもの。

 

 僕と甘雨の気持ち次第で、どのような関係にもなれる契約。

 

 けれど多分、口には恥ずかしくて出せないが僕の気持ちが変わることはないだろう。

 

 

「夕刻までには終わらせられるように頑張ってきますね」

 

「じゃあ、晩御飯を作って待ってよう。頑張ってな」

 

 

「はい!」

 

 

 

 二コリと微笑んで甘雨は家を後にする。

 

 さてと、と一言僕しかいなくなった部屋で呟いてから、部屋の掃除を始める。

 家を貸してもらっている身なのだから、家主がいない間にできることを尽くすのは当然の事である。

 

 またしても前に空とパイモンがこそこそ「主夫だ、主夫だ」と言っていたのを僕の夜叉耳が聞き取っていたが、何とでもいうがいい。

 

 これは僕が勝手にやっていることで、それで甘雨が喜んでくれているから毎日やっているに過ぎない。

 

 

 

――――僕は、甘雨が好きだ。

 

 

 

 だが、いかに数千年生きていようが色恋の一つも経験していない僕にとっては、これを甘雨に伝えるべきなのか伝えないべきなのか分からなかった。

 

 これに関してはどんな妖魔よりも厄介な問題なのだ。

 

 

 以前にこのことを帰終様……いや、今は始帰様か、始帰様に相談した時はひとしきり笑われた後に「わたしの時は色々と特殊だったから言えることはあまりないわ」と言われた。なんだか一方的に辱めを受けた気がするが、気にしないでおくことにした。

 

 

 だが、最後に「思いを告げるには、雰囲気が大切よ」という言葉を残してくれた。

 

 始帰様はそれ以上ヒントを与えてしまったら貴方のためにならない、と言ってそれ以上は語らなかったが、その『雰囲気』があれば甘雨へ気持ちを伝えてもよいという僕の疑問への答えは得られた。

 

 

 『雰囲気』というのが一体どんなタイミングでどんな時に現れるものなのかは分からないが、ともかく気長に待つのが一番だろう。

 

 

 

 

 

 

「今日でこの部屋を片付ける……!!」

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら、僕は普段仕事で家に帰る機会が少なかった甘雨の家の部屋の一つである『仕事部屋(ブラックボックス)』を今日で倒すと覚悟を決めた。




寝起きのふにゃふにゃ甘雨を公式が出すのをずっと待ってます。


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2.昼の一幕 上

前話で風神について触れた時にとんでもねぇミスしてたり、前代雷神の理念を全く汲み取れていなかったりして凹んでいる作者です。

あとY〇utubeのおすすめで何故かリークが出てきて萎えてます。サムネでネタバレすんのやめてくれ……


 

 昼下がりの家に、一人の来訪者がやってきた。

 

 甘雨の仕事部屋の整理整頓や掃除がある程度終わり、ようやく床の木目が見え始めたあたり。コンコンと扉を叩く音が聞こえた僕は「はーい」と答えながら戸を開けた。

 

 

「やっほ! 元気にしてた?」

 

「これは、堂……胡桃」

 

「ふふん、よろしい。あっ、そうそう、悪いんだけど今時間ある……?」

 

 

 戸の前に立っていたのは『往生堂』の堂主、胡桃。

 あの事件以降、空と共に冒険へ何度か共に出かけたことがあり、つい先日までは敬語で恭しい態度だったが、空曰くだんだんと普通の胡桃になっているとのこと。……いや、これでまだ『普通』じゃないって一体……?

 

 とりあえず時間は空いていたので部屋へ通し、来客用のお茶を椅子へ座った胡桃の前のテーブルへ出した。

 

 

「ほうほう……ここが二人の愛の巣……」

 

「僕と甘雨はまだそんな関係じゃないが」

 

「『まだ』でしょ~? 今後その気になるのが透けて見えるねぇ」

 

「うっ……と、ところで、今日はなぜウチに?」

 

 

 痛いところを突かれた、というよりかは心のどこかで甘雨にそのような劣情を抱いてしまっていることに若干の自己嫌悪に陥ったので話題を逸らす。

 

 胡桃は目を細めてニヤニヤと笑いながらも、今日ここへ訪ねて来た理由を話してくれた。

 

 

「実はね、今の往生堂って人手が足りてないんだよね~。

 層岩巨淵の失業に追い打ちをかける岩神死亡によって璃月経済の悪化、それによる自殺事件や殺人事件の横行、渦の魔神襲来、加えて今度は夢の魔神まで襲来してきた。

 

 それらの事件によって死亡者が大勢出ちゃってね……私としてはお客が増えていいんだけど、それでも人手が足りなくて葬儀もままならなくて。

 

 追悼式とかもやったけど、やっぱり家族としては個人のお別れもしたいみたいでさ……」

 

 

 今の璃月は、表にはあまりなっていないだけで過去に例を見ない程に衰弱してしまっているという。

 現在の七星である凝光や刻晴という人たちの働きによってそんな雰囲気は出ていないが、いつ人々が経済状況の安定している国へ逃げ出すか分からない、というのが現状であった。

 

 そして、それらの事件で増えた死人を供養するために、今璃月の葬儀屋はどこもかしこも大忙しなのだという。

 

 中でも璃月最大手の往生堂は引っ張りだこらしく、毎日毎日働きづめで職員たちの方が本格的に棺桶に入ってしまいそうな死屍累々の過酷な現場になり果てているらしい。

 

 

「そこでっ!! 甘雨ちゃんのヒモになってしまった百人力仙人であるあなたをっ! 往生堂へスカウトしに来たわけ!」

 

「ふむ……断る」

 

「いやいやぁ、そんな簡単に引き受けない方が……え゛っ!!?」

 

 

 まさか僕に断られる想定をしていなかったというのか……普通に今の話聞いてたら断ると思うのだが。

 

 というか普通にヒモ扱いされたのが心に来てる。甘雨には「家の事をしてくださっているのに、お仕事なんてさせられません!」と言われたが、いざ他人に面と向かって言われると来るものがある。

 

 

 それに……

 

 

「今、僕にいろんな場所からスカウトが来ていてな。

 万民堂、不卜廬、飛雲商会、陰陽師、法律家、戦艦の船員、ろっくみゅーじしゃん?にゆーへんの秘書?っていうのと、手合わせの相手?ってのもあったな」

 

「多すぎでしょ! 下手したら私より引っ張りだこ……?」

 

「そのどれもが色々優遇してくれたり、サービスするとか言ってくれたりしてな。

 僕としては正直どれでもいいんだが、出来れば甘雨にあまり知られたくないというか……」

 

(穏やかな顔して、夜叉を尻に敷き始めてるの……? あの人……)

 

 

 やはりというべきか、僕の所へ来た人たちは皆あの戦場にいた神の目を持った人たちで、僕の戦いっぷりや夜叉の身体能力を間近で見ていた人が、それを見込んで仕事内容を提示してくることが多かった。

 万民堂は普通に僕の手料理のおいしさを見込んでの事だったので素直にうれしかったが。

 

 ろっくみゅーじしゃん?に至っては、彼女が演奏者だというので僕が楽器の類は扱え無いということを話せば、「アンタと一緒にいればサイッコーにロックになれるから十分だぜ!」と返ってきて訳が分からなくなった。僕は飾りなのか。

 

 

 うーむ。あの中だとやはり一番僕にとって都合がいいのは『手合わせの相手』というヤツだろう。

 

 提案してきた橙色の髪の男はなかなかに実力のありそうな人物だったし、何より彼は「鍾離先生の伝手」と言っていた。帝君の知り合いならば信頼できるだろうし、何より夜叉とはいえ適度な運動は必要だ。

 いざという時に動けなければ甘雨も空も守れない。万民堂で腕を磨きたいのもあるが、やはり手合わせが一番好都合だろう。

 

 

「んー、じゃあさ」

 

 

 と、それまで腕を組んでうんうんと考えていた胡桃が、妙案を思いついたとばかりにニヤリと笑い、

 

 

 

「往生堂って、客卿として鍾離先生と始帰さんを迎えているんだけど、あなたが来てくれたら、きっと喜ぶだろうな~?」

 

 

 

「ふむ、して、往生堂は幾らほどの給金が出る?」

 

うへへ……チョロ……えっとねー! だいたい時給1200モラくらいかなー! あなたなら特別配給でボーナスも弾んじゃおうかなーっ!!」

 

 

 

 け、決して二人の喜ぶ顔がみたいだとか、そんな理由では、だ、断じてない。

 いや、あの二人が夫婦でほっこりしている所はいつ見ても心が和むから完全にないと言えばうそになるが、決してそれだけが理由ではない!

 

 ……しかし、甘雨に隠し事はあまりしたくはないな。

 

 こういうお金とか将来に関わることはちゃんと二人で話し合って決めた方が良いだろう。

 

 

「分かった。とりあえず他の候補は後で断りに行く。往生堂で務める方向で考えよう」

 

「!! 本当に!?」

 

「あぁ。だが、少しだけ時間が欲しい。これは、僕だけじゃなくて甘雨と二人で決めるべき問題だと思うから」

 

「……っ、そ、そっか。そうだよね。流石に二人で考えないとね!」

 

 

 

 じゃあ、返事待ってるよと言い残し、胡桃はこの後すぐに入っているらしい仕事のために少し慌てながら家を後にしていった。

 

 

 台風のように騒がしく、すぐに去って行ってしまう人物

 きっと彼女と時間を共にする人は、それは忙しくてたまらないだろうなと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本人に会ってないのに、なんだか負けちゃった気分だなー)

 

 

 往生堂七十七代目堂主、胡桃には人には言えない秘密がある。

 

 皆が命がけで璃月を守るために戦っている最中、とある一人の人物へ一目惚れしてしまったのだ。

 

 決してあの現場だったから、という訳ではなく、胡桃は『彼』とある旅人を通して交流するたびにその好意は膨れがって行った。

 

 

 しかし、現実というのはいつも非情である。

 

 

 彼には既に将来を約束したも同然な伴侶がおり、しかも人間では考えつかないような長い年月を共に過ごしてきているという。

 

 

(やっぱり一週間程度じゃ、数百年以上も一緒にいた半奥さんには勝てないよね)

 

 

 あわよくば、とは思っていた。

 伴侶の人には悪いが、横から掻っ攫うことができればどんなに良いかと胡桃は思ったが、そんな胡桃の妄想を蹴散らすように彼は毅然とした態度で「彼女と二人で決める」と言った。

 

 自分の事など眼中にまるでない、伴侶との将来しか見据えていないその瞳に、胡桃のその浅はかな考えなどどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

(けど、実際に人手不足だし、入ってくれたら入ってくれたでありがたいかなー)

 

 

 で、あるならば。

 

 彼と親密な関係になるのではなく、彼の友人として、二人の今後を見守っていくのも一種の『愛』ではないかと自分に言い聞かせながら、胡桃は璃月の街を歩く。

 

 

 

 

 

――――昔、出鱈目なほどに強い妖魔を払った夜叉に、儂らの祖先が求婚したことがあった。

 

 

 だが、その夜叉には既に意中の人がおったらしくな。その願いは叶わなかった。

 

 

 そこから暫くして、また夜叉に求婚した先祖がいたが、これもまた叶わなかった。

 

 

 また、また、それを何度か繰り返し、儂らの記録にその夜叉が現れることはなくなった。

 

 

 ざっと、1000年くらい前かのぅ。往生堂の女傑共は、皆同じ夜叉に恋をし続けてきたんじゃ。

 

 

 ある一人が、運よく夜叉の名前を聞くことができた。

 

 

 夜叉の尊称は『羅刹大聖』。水色の面に、水色の大剣。絹のように美しい白髪を持った、心優しい夜叉じゃと。

 

 

 もしかしたら、桃も会えるかもしれんな。

 

 

 

 

 

 胡桃は過去に祖父から聞いた話を思い出し、ふふっと笑みが零れた。

 

 

 

 

(ご先祖様、また負けちゃったよ……)

 

 

 

 

 往生堂の女性は、またしても一人の仙女に勝つことはできなかった。




本編『訪招凞王の章 第一幕 11.強襲』の久劫と胡桃の初対面の地味ぃな伏線の回収。

過去から久劫と交流があったので、久劫も往生堂の帽子では?となった(この小説ではあの帽子は代々受け継がれているものとしてます)し、胡桃も特徴から名前を導き出せたって感じですね。


誤字報告や設定のガバなど、ご指摘がありましたらどんどんご報告いただけると幸いです。


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3.昼の一幕 下

前回の内容が完全に胡桃ファンを敵に回すような内容だったため、コメント欄が阿鼻叫喚でした。申し訳ない。

ちなみに本作品は甘雨一筋なので他キャラとのCPはifでしようと思います。

距離の近い女友達みたいな感じで胡桃は今後も出てくるので、ふ、胡桃ファンの皆様、こっ、殺さないでっ!(懇願)


 

 胡桃が帰ってから数時間。

 

 何やら外が騒がしくなったので一旦掃除を終わりにして外の様子をうかがうために家の外へ出る。

 

 

 路地を抜けて大通りへ出れば、一部の人があっちへ走ったりこっちへ走ったりととても忙しそうにしていた。見る限り、一般人は何が起きているのかさっぱり分からないという表情をしていることから、走り回っているのは商人の人たちだろうか。

 

 

「あっ、久劫さーん!」

 

「む? 香菱か。……この騒ぎは一体なんだ?」

 

「えっとね、凝光さんが群玉閣の再建の大詰めに必要な素材を発表したらしくて、それを持ってきた人たちは凝光さんになんでも一つ質問できる権利が与えられるから、みんなそれを手に入れようと急いでるって感じかな」

 

「なるほど。璃月の経済の実権を握っているも同然な凝光殿になんでも質問をしていい、か。

 それは商人からすれば何億モラよりも価値のあるものかもしれないな。やはり、人の扱い方が上手いな。あの人は」

 

 

 聞けば、凝光殿は最初はただのしがない路上販売人だったらしい。そこから七星に上り詰めるには、かなり、否、凄まじい努力が必要だったことは容易に想像できる。

 そして今や璃月の経済にはなくてはならない人物となった。

 

 何億モラも経費から落とすことなく、自身の経験から来る答えを言うといっただけで素材が勝手に集まってくる。この荒業は凝光殿にしかできないものだろう。

 

 

「して、香菱は僕に何か用が?」

 

「あ、ううん。実は新しい料理を作ろうと色々試行錯誤してたら失敗しちゃって……

 そのせいでちょっと火傷しちゃったから、今から不卜廬に行こうと思ってたんだ」

 

 

 不卜廬、と聞いたところで夕飯に入れようと考えていた瑠璃袋がなかったことを思い出した。

 あそこは薬屋だが、瑠璃袋を取り扱っている場所はあそこしかないため、買う際はあそこへ行くのだ。

 

 店長もそれを理解しているために処方箋がなくても僕と甘雨には清心や瑠璃袋を販売してくれる。

 

 

「僕もついていこう。丁度夕飯に入れようとしていた瑠璃袋を買わなくちゃいけなくてな。

 ついでに、香菱から新作レシピについて色々訪ねたいこともあるしな」

 

「瑠璃袋を料理に……じゃあ今度、甘雨さんにも食べられる瑠璃袋を使った料理を考えてみる!」

 

「それは有難いな。では行くとするか。マルコ……グゥオパー、ほれ」

 

 

 そこらへんを走り回っていたグゥオパーは、僕が手を差し出せば身軽そうにステップした後に僕の頭へ器用に乗る。

 

 ここら辺の性格はあの時と変わっていないなと思いつつ、香菱と共に不卜廬へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 グゥオパーと戯れつつ香菱と料理について話し合いながら歩くこと十数分。

 璃月の北側にある睡蓮の広場を抜けた先にある高台に建てられた豪華な薬屋、不卜廬が見えてきた。

 

 

「あっ! ししょー!!」

 

 

 と、隣を歩いていた香菱が玉京台の方にいたピンを見つけ、不卜廬へ続く階段ではない方の階段を駆け上がっていった。火傷は大丈夫なのだろうか。

 

 

「あたしは師匠に挨拶してくるから、久劫さんは先に行ってていいよー!」

 

 

 と階段を半ばまで登った香菱が大声でそういったので、僕は「じゃあね」と香菱に手を振って歩き出す。

 

 

 不卜廬へ続く長い階段を登っていけば、店の入り口……なのだが、店の中から何やら凄く大きな声で話し合う人の声が聞こえた。

 他の客へ迷惑なのでは、と思ったが、その声に心当たりがあることに気付く。

 

 若干低めの男の子の声、特徴的な高い声、そして凛と透き通る女性の声。

 

 

「ふむ、やはり空たちだったか」

 

「あっ、久劫! どうしてここに?」

 

 

 僕がここへいることが不思議だったのだろう。パイモンは顎に手を当てて疑問を浮かべる。

 

 

「今日の夕ご飯に使う瑠璃袋の調達にな」

 

「そうだったのか! あっ、でも……」

 

 

 別に隠すことでもないので正直に伝えると、パイモンは視線を泳がせながら隣で立っていた申鶴へ目をやった。

 彼女の口元から漂う薬剤の匂い、カウンターに広がっている薬剤がのっていたであろう紙。それらを見ればパイモンが何を言いたいのかはある程度予測ができた。

 

 

「久しいな、申鶴。あの時以来か」

 

「ああ。主があの夜叉だと知ったときは驚いたが、同時に納得した。

 そして……その、すまない。ここの清心は我が殆ど食してしまった……」

 

「ふむ、そうか。謝る必要はない。僕が野外で調達してくれば済む話だからな」

 

 

 僕が璃月港に来る前に仙人たちと会ったとき、留雲借風真君が言っていた弟子というのは、もしかしなくとも申鶴で間違いないだろう。

 

 大方、港に来てまで凡人である彼女が薬剤に拘るのは、本当に璃月港に永住するか決めかねているからだろう。

 

 しかし、これに関しては僕が口をはさむことではないだろう。

 第一、昔から身分を隠して璃月港で暮らしていた僕の助言などしても無駄だろうし、本当に彼女がそう思っているのかも分からない。

 

 

「久劫と親しげに話してるぞ! やっぱり仙人なんだ!」

 

 

 パイモンが何やら勘違いしてそうだったので、正してやろうと口を開きかけたが、

 

 

「店の外から何やら話し合う声が聞こえると思ったら、あなたたちでしたか」

 

 

 店の外から僕たちと同じように入ってきたのは、店主の白朮。

 ……しかし、傍らに連れていると思っていた七七の姿はなく、どうやら彼一人で外出していたらしい。

 

 曰く、凝光殿から大量の傷薬を仕入れてほしいと依頼があったらしく、今から出発するところらしい。なぜ傷薬が必要なのかは明かしておらず、顧客の事情に深追いはしない白朮もそれ以上は詮索しないようだ。

 

 

 十中八九、あの渦の余威(厄介な嫁)の関係だろう。

 

 

 僕はもう直接甘雨からそのことについて知らされている。

 しかも、凝光殿からの伝言で僕と甘雨は決して戦闘には手を出さず、遠巻きに見守っていてほしいとのこと。

 

 理由は聞かなくても分かる。璃月の仙人たちに人だけでもどうにかなる、という事を知らしめるためだろう。

 

 しかし本当に璃月が滅びそうになれば大人しく負けを認め、仙人へ助力を求め、璃月の実権を仙人へ引き渡す。言わずもがな、その時白羽の矢が立つのは僕か留雲借風真君であることも甘雨から聞いている。

 

 

「白朮殿、七七の姿が見当たらないようだが?」

 

「おや久劫殿。それがですね、凝光殿が私から七七を借りていきましてね。ですので、今現在不卜廬はかなりの人手不足でして……。

 どうです久劫殿、それに旅人さんたち。ここで働いていきませんか?」

 

「あぁー、悪いな白朮、オイラたちは他にやることがあるんだ。

 そうだ! 白朮、久劫、お前らは「鳴霞浮生石」って聞いたことあるか? っていうか、久劫は仙人だから知ってるよな?」

 

 

 パイモンが露骨に話題を逸らした。

 しかしそうか、七七はいないのか。ここへ来るたびにトコトコと寄ってきて可愛がっていたのだが、仕方がない。

 

 

「群玉閣の再建に必要なものでしょうか? 確か、古い文献に記されている空を飛ぶ巨大な岩石でしたね……。

 しかし、書物が確かならもうそのほとんどが採掘され、ほぼ残っていないと思います。これに関しては、飛雲商会、否、ここにいる仙人様の方が詳しいかもしれませんね」

 

 

 白朮がこちらへ話を振ってくる。確かに、そんな摩訶不思議な岩石を求めるのなら、僕に話を振るのが正解と言えよう。

 

 実際、僕の洞天に二つほど使われていないものがあったはずだ。

 かつてまだ僕の名が隠されていなかった太古の時代、洞天を形作るために『鳴海栖霞真君(なるみせいかしんくん)』と共に探し当てた三つの『鳴霞浮生石』。そのうち二つは彼女の善意により僕の洞天へ。そしてもう一つはコレクターだった彼女が引き取った。

 

 空たちを僕の洞天へ導くのは簡単だ。

 

 何せ、この一週間のうちにそこへ行ってきた際にはどこも荒らされた形跡もなく現存していたから。

 魔物も住み着いておらず、仕掛けた装置から何まで全てが当時のまま残されていた僕の洞天は、彼らにとってとても都合のいいものだが。

 

 

 

 

 

「僕からは、口を噤ませてもらう。

 仙人が簡単に協力してしまえば、凝光殿が目指す『人の時代』には到底辿り着かないだろうからな

 

 ……何とでも言ってもらって構わない。だけど僕は、一般人として暮らし、仙人としては見守るだけと決めたんだ」

 

 

 

 

 

 

 そんな僕にパイモンは、不満や暴言を吐き捨てるわけでもなく「そうだよな……オイラたち、頑張るぞ!」と空と自らを鼓舞した。

 

 

「じゃあ、申鶴にも頼るわけにはいかないよな。じゃあな申鶴! またどこかで会おうぜ!」

 

 

 が、誤解を解くのを忘れていた。

 

 申鶴はなぜ置いていかれようとしているのか分からず、困惑の表情を浮かべている。

 

 

 

「あー、パイモン。申鶴は仙人ではなくて、仙術を学んだ凡人だ」

 

 

 

「そうか! なら一緒に行こう……って、ええええええええっ!!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 治りかけていた鼓膜が、再び破れそうになった。




やっと不卜廬の二人を出せる!!

ちなみに七七と久劫との接点を作り出すために、七七が封印された時期をズラすことになりますので、よろしくお願いします。




if編のアンケートを設置してますのでご回答よろしくお願いします!
投票数の多かったキャラクターからifを投稿しようと思ってます。


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4.夕方の一幕

どうも、胡桃ファンクラブの方々からボコボコにされて全身複雑骨折の作者です。

本編第一話の時点で負けヒロイン誰にしようかずっと考えてて、一目惚れ胡桃とかいいなぁって、作者の性癖に従って書いたらちょっととんでもねぇことになりましたと言い訳しておきます。

ifではどろっどろのでれっでれにしますので、お慈悲を……


 

「よっと……よし、これだけあれば暫くは困らないか」

 

 

 璃月中の崖を巡って瑠璃袋を調達すること1時間。時刻は4時を回り、すぐに璃月港の埠頭で買い物をしなければ甘雨の帰宅時間に合わせて料理を完成させるのが難しくなる時間帯となってきた。

 

 30本ほどの瑠璃袋を袋に詰め、崖から飛び降りて着地したら素早く璃月港へ帰る。

 ……自慢ではないが、今のを凡人がやろうとしたらまず間違いなく落下死するだろうな。強い体に生んでくれた父と母に感謝である。

 

 

――――モラクス、我が息子を頼んだ。

 

 

――――帰終様、どうか私の子を頼みます……。

 

 

 両親がなぜ突然僕の目の前から姿を消したのかは分からない。

 両親は最後まで僕の事を愛してくれていた……と思う。何せ、別れ際に泣きながら僕の事を二人で抱き締めてくれたから。

 

 いや。もう考えても分からないことだ。

 

 昔の事で頭を悩ませるより、今の事で悩もう。

 モラ、ある。バッグの空き、ある。家の鍵、ある。よし、璃月港へ突撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安いよー! 仕入れたての魚が安いよー!」

「見てらっしゃい! モンド産の上手いお酒はここでしか買えないよ!」

「スメール直送! 野菜がお得だぜー!」

 

 

 璃月中の主婦たちが買い物に集まる時間帯の埠頭。

 様々な露店から多種多様な掛け声が響き、それにつられて客も右往左往する。

 

 あの獣肉が上手そうだ、いやあっちが安そうだ、こっちの魚肉も捨てがたい、やはり豪華にワインを買うべきか。

 

 大方、ここに集まっている客たちの脳内はそんな思考で埋め尽くされているのだろう。だが、僕は違う。偶にはワインもいいかもしれないが、……恐らく今日()()だろうというのにワインなど飲んでいられないだろう。

 

 一直線に向かっていくのはここ最近世話になり始めた野菜の販売店。

 モンドの風に当たって育ったみずみずしい野菜に、スメールの肥えた土地で育ったデカい野菜、スネージナヤの厳しい環境下で育った甘い野菜と、実に多くの種類を(こしら)えている販売店で、味も保証されている。

 

 

「お、兄ちゃん、今日も来てくれたのか! 今日はどれにする?」

 

「そうだな……じゃあ、今日はスネージナヤのキャベツとニンジン、スメールの大根とモンドのミントを頂こうか」

 

「毎度あり! いつもと同じ全部2袋ずつで860モラだ!」

 

「……はい、助かった」

 

「おう! また来てくれよ!」

 

 

 顎鬚の生えた男性に指定されたモラを渡し、商品を受け取る。やはりいつ来ても鮮度が抜群だ。彼は一体何者なんだろうか。どうやら他の店にはこれらと同一の商品は売られていないようだし、余程人望がある人物なのだろうか。民の生活は分かっても商人の生活は分からないことが多いな。今度勉強してみるのもいいかもしれない。

 

 

 買い物袋を片手に、ふと海を見る。

 

 さざ波が璃月の港へぶつかり、音を立てる。カモメがクァー、クァー、と鳴き、人々の喧騒がそれを上書きする。

 

 潮風が埠頭へ吹き抜け、「()()()()」と今まで見ていた美しい景色が掻き消えてしまうような錯覚に陥る。

 

 

 風というものは全てを運ぶ。

 風神がそういうものに敏感だったからなのだろうかは分からないが、いいモノも悪いモノも全部運ぶ。

 

 

 潮風に乗ってやってくるのは、テイワット大陸に存在する全てを恨む悪意。

 

 魔神戦争終結時に外海へ逃げた魔神共の残穢。

 特に今強く感じるのは夫を奪われた恨みと憎しみ。そして並々ならぬ害意と敵意。

 

 

 今はまだ潜んでいるようだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であろう気配が、璃月近海から漂っていた。

 

 

 だが、手は出さないと決めた。

 これは甘雨と二人で決めたことで、璃月の将来の為でもある。

 

 止めていた足を再び動かして、家へと向かおうとした時、ふと見覚えのある小さな背中が璃月の埠頭を歩いていた。

 

 

 

「おーい、七七!」

 

「……? あっ、くー兄!」

 

 

 僕の存在に気が付いた七七は無表情ながらもトコトコと近づいてきて、僕の胸へ飛び込んできた。

 1000年前とは違いその小さな体に温もりは感じられないが、久方ぶりに会ったときに記憶を失いながらも僕の名前を呼んでくれた時は涙が出そうになった。

 

 かつて凡人の少女であった七七がなぜ仙人の気配を纏い、死体となりながらも生きているのかはその間ダンタリオンと共に封印されていた僕にはわからない。

 

 だが、かつて笑いあった人物がこうして一人でも多くいることがとにかく嬉しかった。

 

 

「七七はなぜここに?」

 

「海辺は、危険。凝光が言ってた。だから人を避難させるため、七七に頼んだ」

 

 

 不卜廬で白朮殿が言っていた「凝光殿が七七を借りた」というのはこのことだったのか。

 

 うーむ、だとしたら相当な人選ミスとしか言いようがない。どうして見た目幼い少女である七七をわざわざ指名して避難誘導をさせようとしたのだろうか。

 

 

「でも、誰も七七のいう事を聞いてくれない……。七七、ここを守ることしかできない……」

 

 

 無表情でも、雰囲気ですごく落ち込んでいるのが伝わってくる。

 小さな子供に仕事を押し付けるとは、凝光殿もなかなかいい腕を持っているようで……!

 

 

「もし、危なくなったら、七七が前に出て、みんなを守る」

 

 

 健気だ。

 不思議と父性が擽られ、庇護欲がかき立たされる。きっと僕と甘雨に子供が出来たら、僕はこんな風に猫かわいがりしてしま――――っ!!

 

 

 

「……? くー兄、顔赤い。熱?」

 

「いや、何でもない。七七、お仕事お疲れ様。後でココナッツミルクを買ってあげよう」

 

「……! 本当?」

 

「ああ。だから今は、凝光殿から与えられた仕事をしっかりこなすんだ」

 

「分かった!」

 

 

 珍しく抑揚のある声で七七が言うと、僕の元からトコトコと離れて埠頭にいる人々に警告をしに行った。

 ……七七には悪いが、僕にはその様子を見届けることはできない。

 

 

 とにかく今は、このリンゴ顔負けなほどに赤くなっているであろう顔を人に見せないように家に帰ることが最優先だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バタン

 

 

「……っ、ふぅー……」

 

 

 できる限り人と目が合わないように、速足で俯いて帰宅すると、僕は扉を閉めてすぐに深く息を吐いた。

 

 

 ……僕は、あの時何を考えた?

 

 

 甘雨との子供? 馬鹿か。僕と甘雨は夫婦でもなければ恋人ですらない。今の僕はただの居候で、まだ互いの思いすら告げていない、仲のいい友人程度の関係だ。

 

 

 それなのに、いろんな過程を飛躍して子供? 僕の頭はついにおかしくなってしまったのだろうか。

 

 

 ともかく、甘雨に好意を抱いているとはいえ、こんな下劣な感情は抱くべきではない。……はずだ。

 

 

 しっかりと互いの思いを告げ、晴れてそ、そういう関係になったときに、そういうことを考える……べき……な、気がする……。

 

 

 凡人たちは、何千年もこんなことをしてきていたのか。

 

 

 色恋に関しては、やはり仙人より凡人の方が優れていると言っていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……作るか」

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯を。

 

 

 

 

 扉の前からキッチンへ向かい、先ほど買ってきたばかりの野菜を取り出し、必要な分だけ取り出して残りは床下の収納へ保管しておく。

 

 バッグから取り出した瑠璃袋も同様にして使う分だけ残しておき、残りはしまっておく。

 

 

 『祓魔彝照』を使ったわけでもないのに、心臓が音を立てて跳ねているのが分かる。どうしてだろうか、どれだけ落ち着こうとしても落ち着いてくれる気配がない。

 

 

 ……こんな情けない姿を、帰ってきた甘雨に見せるわけにはいかない。

 

 

 僕は何度も深呼吸を繰り返しながら、疲れて帰ってくるであろう甘雨を癒すための料理を作っていく。

 

 ニンジンの皮を剥いて千切りにし、キャベツをちぎり、瑠璃袋を細かく砕いてまぶす。

 

 

 僕が冷静になれないのは、もうじき訪れる渦の余威のせいで、決して僕や甘雨のせいではない。

 

 

 

 決して、そう、決して……!!!




久劫、自滅――――!!


久劫くんは璃月最強の仙人ではありますが、恋愛面はその辺の童貞と同レベルです。

そりゃあ数千年も初恋拗らせたらそうなりますわなって。

むしろ結ばれた後の反動が書いてる自分ですら怖くなるほどにヤバそう。3年で3人くらい拵えそうですね(殴)


えっ、胡桃?
本筋ルートでも不幸にはなってないので許して。


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5.夜の一幕

ンンンンン難産ッ!!

平日の学校帰りの睡魔と戦いながらいつも執筆しているのですが、昨日(2/22)は特に辛く、今日引き継いで作業をしていたのですが……


どっどどど童貞の学生に同棲中の仙人(ほぼ)カップルの話なんてかけるかァッ!!(睡魔関係なし)

現実離れしすぎてるわボケェ!!(至極真っ当な八つ当たり)


 日が完全に落ちきり、璃月港へ夜が訪れる。

 外から聞こえていた商人たちの喧騒も鳴りを潜め、近隣からは家族団らんの声がよく聞こえ始めていた。

 

 

「……ふむ。面白かったが、よくこんなタイトルと内容のものの出版を影ちゃんが許可したな」

 

 

 今朝に甘雨との話の話題に出した本を閉じ、表紙とタイトルを改めてみてみる。

 

 あの凛としていた影ちゃんの姿とはかけ離れた、快活そうな表情をした『雷電将軍』が表紙のど真ん中で決めポーズをしながら夢想の一太刀を構えている絵の上には『雷電将軍に転生したら、天下無敵になった』と、不敬罪もびっくりなほど七神に対して不敬なタイトルが陣取っている。

 

 

 今朝の甘雨の様子から見て、この『八重堂』という出版社の偉い人はどうやら影ちゃんにどうにか言われても何とかすることができる能力や地位を有しているのだろう。

 

 でなければこんなタイトルの娯楽小説など出版できるわけがない。

 

 

 ちなみにだが、璃月で同じことをしようとすれば七星……特に刻晴殿辺りが激昂しながら執筆者をズタズタに切り裂いてしまうだろう。

 

 風神は……笑いながら続きを催促してきそうだ。

 

 

 と、

 

 

 

「ただいま帰りました~」

 

 

 玄関の扉がガチャリと開き、甘雨が帰宅する。

 

 

「お疲れ様。鞄、持つよ」

 

「ありがとうございます。……わぁ、今日も美味しそうですね!」

 

 

 甘雨から預かった鞄をラックへかけていると、卓の上に並べられた夕飯を見て甘雨が目を輝かせていた。相も変わらず、昔から食に目がない女の子である。

 手を洗ってきますね、と風呂場の方へ消えていった甘雨を尻目に、僕は先に椅子へ座っておく。

 

 

 甘雨の家に居候を始めて、最初こそ暫く料理などしていなかったためにできるか不安だったが、いざやってみれば意外と順調にできた。

 

 僕は仕事柄、子供と接する機会なんて滅多になかった。見るのは敵意を隠そうともせずに襲い掛かってくる魔物や魔神で、この先も僕には戦いしかないのだろうと考えていた。

 そんな矢先に飛び込んできた、知り合いの仙人の吉報。 

 

 幼い子供と接する機会など滅多になかったし、璃月港へ出向くよりも簡単に行ける場所に甘雨の家はあったので、頻繁に赴くようになった。

 

 その過程で甘雨のお母さんに料理を教えてもらったり、甘雨の遊び相手になってあげたりしているうちに、いつしか甘雨の元へ行くのが楽しみになっていった。

 

 

「何か嬉しいことでもあったのですか?」

 

「いや……そういえば今は『行く』ではなくて『帰る』だったな、と」

 

「ふふ……いつの日か、私が「おかえりなさい」と兄さまに言ってあげたいです。

 ? 兄さま? 顔が赤いですよ?」

 

「えっ!? あっ、いや、な、何でもない……そ、それより! 食べよう! いただきます!」

 

「……? いただきます」

 

 

 かかか、甘雨が僕に向かって「おかえりなさい」という事は、つっ、つまり甘雨が七星の秘書の仕事ができない程の()()がないといけないわけで……

 

 甘雨なら怪我をしてでも仕事をしそうなのに対し、どうしても仕事を休まなければいけない事情なんて、そ、そんなこと――――っ!!

 

 

 

 ぶんぶん、と頭を振ってこの邪な考えをかき消す。

 

 先ほどもそうだったが、まだ恋仲にすらなっていない甘雨を妄想の中とはいえ()()()()()をさせてしまうとは、夜叉として、そもそも男として恥じるべきだ。

 

 

「おかしな兄さま……。あっ、このポテトサラダ、とっても美味しいです!」

 

「そ、そうか……なら、また作ろう」

 

「はい♪」

 

 

 とにかく、今はこの屈託のない笑顔を見せる甘雨の期待に応えられるように、また香菱の元で料理を鍛えよう。うん。そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「往生堂……ですか?」

 

「ああ。甘雨は働かなくても良いと言ってくれたが、やはり甘雨の兄として、そして一人の男として、せめて仕事だけはさせてほしい」

 

 

 食事も終わり、使っていた食器も洗い終わってひと段落ついたところで、昼間の話を切り出す。

 

 まんまと胡桃に乗せられてしまった感じがするが、やはりほかの仕事よりも往生堂が一番いいと思ったので僕としては異論はない。

 それに、往生堂には何度も世話になっているというのもある。

 

 僕は、基本的に祓うべき相手が妖魔かそうでないか、祓うか祓わないかの判断しかできない。だから時には害を及ぼす気のない霊を断ち切ってしまったりしてしまうことがあった。

 

 しかし、往生堂の堂主たちは代々死者の『そういうところ』に敏感で、害意の有無、戦闘力の有無を一目で見分けることができる。

 

 この霊は祓わなくても大丈夫、この霊は危ないけれどまだ戻せる、この霊はもう既に手遅れ。

 

 妖魔を祓っている中で出会った往生堂の堂主たちは、それらを判断してから改めて僕に退治を依頼したり、祓わないで退却してほしいと言ってきた。……そして、女性の場合はその殆どが僕に求婚してきた。なんでだ。

 

 その時には特別意識はしていなかったが、心のどこかで既に甘雨の事が気になっていたらしく、それとなく躱していたのだが……

 

 

(もしや今日の胡桃も……いや、流石に考えすぎか)

 

 

 そもそも当人の性格からして恋愛には疎そうだし、今日の様子を見てもそんな感情があるように思えなかった。

 

 

 話が逸れたが、僕には往生堂には十分に借りとはいかなくとも少なからず世話にはなっているのだ。それらを働いて返すのは理由としては十分だろう。

 

 

 

「……兄さまが言うのでしたら、私に異論はありません」

 

 

 甘雨の表情が少し暗い。

 僕に仕事をさせるのがそんなに嫌なのだろうか。

 

 

「ですが、私は、兄さまに平和になった璃月で、自由に暮らしてほしいんです」

 

 

 僕の年齢は5700と少し。

 岩王帝君と帰終様に育てられ、親の血筋の影響か、僕の身体能力は普通の仙人よりも遥かに高く、龍王と共に帝君の側近として、数多の魔神共と軍を率いて戦っていた。

 

 そんな戦争まみれの生活に、自由なんてものは殆どなく。

 

 璃月港が建設され、他の魔神が闇の外海へ逃げ出すまでの間は、とにかく戦い続きだった。

 

 

「やっと戦いから、任務から、仕事から解放された兄さまを、何も気負わせることなく過ごさせてあげたいんです……」

 

 

 一週間前、僕は帝君との『契約』を破棄し、実質自由となった。

 

 この世界に生を受けてから4000年以上戦ってきた僕に、甘雨は楽をしてほしいのだという。

 

 

 けれど、それは違う。少なくとも僕はそう感じていた。

 

 

「仕事もせずに、家の事だけして他の事は甘雨に頼りっぱなし。僕は、そんな生活は嫌だな。

 

 確かに、戦いから解放されて璃月港を自由に歩き回りたいっていうのはあるが、でもそれだけじゃ僕の心は満たされない」

 

 

 本当に璃月で何もすることなく暮らすだけなら、それは僕に大切なものが何もないときだろう。

 喜怒哀楽を共にする人が誰にもおらず、『契約』もない僕ならば、甘雨に言われなくともそうしていただろう。でも、この状況の僕は違う。

 

 

 共に笑い合ったり、怒られたり、悲しんだり、楽しんだりした人が、甘雨がここにいるから。

 

 

「僕は、甘雨と一緒に支え合って暮らしていきたいんだ。僕が一方的に享受するだけの生活なんて、するつもりはない。

 少なくとも僕は、ずっと二人で生活していきたいと思ってる。だから、許してほしい」

 

 

 思っていることをそのまま口にする。

 

 一方的に甘雨に施されるがままの生活なんてするつもりはないと。互いに支え合っていきたいんだと。ずっと二人で暮らしていきたい……ん……だと……あれ?

 

 

「に、兄さま……」

 

 

 僕、もしかしたら甘雨にとんでもないこと言わなかったか……!?

 

 

「わあああああっ!!! す、すまない甘雨っ!! 今の発言の最後の方だけ記憶から消してくれっ!!」

 

 

「――――ふふっ」

 

 

 わたわたと慌てる僕を見て、甘雨がふわりと笑う。

 

 慈愛に満ちた表情。聖母のような微笑み。総てを包み込んでくれるような笑顔だった。

 

 

「兄さまは普段頼りになりますが、こういうところだけおっちょこちょいですね。

 

 

 

 

 

 

 ――――っ、私も、兄さまとずっと一緒に暮らしたい……です。

 なので、一緒に支え合っていきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で僕は往生堂へ務めることが確定し、就寝時に甘雨が「きょ、今日は一緒に、ね、寝ません……か?」と頬を赤く染めながら聞いてきたので断るわけもなく迎え入れ、共に眠って夜を明かした。

 

 

 

 べっ、別にやましいことは何もしてないからな!!




※本当に何もしてません。ただ抱き合って寝ただけです。……してんな。


渦の余威戦は久劫兄さまは関わらないのでちゃちゃっとキング・クリムゾンしつつ、その後の海灯祭で今まで溜まっていた分の、それはもうイッチャイッチャのデッレデレをやってやろうじゃないか。

書いてる私ですら「早くくっつけ」って思いながら書いてます。あと2、3話の辛抱だッ……!!


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6.馬鹿げている

日常でもなく、大きなイベントの最中でもなく、その繋ぎの回が一番手間取る。




それはそうと武器ガチャ60連しても神楽の真意が出ないので割とキレそう。


 

 

 

 甘雨曰く、空の助力もあり群玉閣の再建は今日か明日中には終わる。らしい。

 

 跋掣は自身の夫が何によって再度封印されてしまったのか知っている。既に璃月周辺に陣取って機を窺っているヤツは、空に浮かぶという目立つ群玉閣を見ればたちまち怒り狂い攻撃を仕掛けるだろう。

 

 そしてそうなれば必然的に戦争がはじまり――――甘雨たちは真正面から立ち向かわなくてはならなくなる。

 

 

 僕や絶雲の間にいる仙人、そして魈は凝光殿たっての希望でこの戦いには参加しない。璃月が人間の時代になったというのに、荒事は仙人にまかせっきりというのは示しがつかない。という凝光殿……否、七星及び璃月中枢のプライド的な問題だ。

 

 だが、長きに渡って璃月七星の秘書として勤めてきた甘雨は、仙人として参加しないのではなく、共に璃月港を支える人間として戦いに参加する。

 

 

 凝光殿には申し訳ないが、はっきり言って勝算があるようには思えない。

 

 魔神と人間との力の差は決して埋まることはない。

 どれだけ人が束になっても、魔神は息をするように手足を動かせばそれらを全て虐殺することができる。

 

 人類が魔神に抵抗する力を持っていたとしたら、歴史に語られる『魔神戦争』はただの『戦争』になっていただろう。

 

 何のために魔神たちが民を率いて代表として戦い、血を流し、民を守ってきたというのか。

 

 全ては守るべき民が力を持たなかったからだ。

 

 

 しかし、いつだって例外は存在する。

 

 十中八九僕たち仙人が跋掣の討伐に赴くことになるだろうが、本当に極限の危機に陥るまでは家でおとなしくしていよう。

 

 

 

「気を付けて。いってらっしゃい」

 

「行ってきます。必ず……帰ってきます」

 

 

 

 二人で共にした夜はとてもじゃないが世間一般で言う『甘い雰囲気』にはならず、起きた後も、朝食をとっている最中も、常にどこか張り詰めたような空気が流れていた。

 

 魔神の圧倒的な能力というのは僕と甘雨はよく知っている。

 人智を超越した自然災害そのものと言っても差し支えない魔神の攻撃は、僕だろうが真正面から食らえば死ぬだろう。

 

 

 それが、渦……水の力ともなれば威力は計り知れない。

 

 

 水は元より、不規則に揺らめく質量の塊のようなもので、それを意図して操る奴らは大抵攻撃の度に凄まじい被害を出す。

 

 水の力は、魔神の力が伴わなくてもいとも容易く生物の命を刈り取る。

 人間側からの攻撃を受けた跋掣が反撃をしないわけがない。恐らく、津波の一つや二つ、簡単に発生させるだろう。そして、前線に出ている人たちでそれを対処しなければならない。

 

 甘雨の弓の一撃程度で止められるほど魔神の発生させる津波は軟ではない。

 

 それらを対処できなければ、十中八九……否、確実に璃月は津波に飲み込まれて再起不能の廃都となるだろう。

 

 

 

 ――――パタン。

 

 

 

 甘雨が出ていった玄関の扉が閉まる。

 

 だけど僕は、先ほども言った通りこの家で待つしかない。

 

 不安は残る。というより元から不安しかない。

 僕の知らない1000年の間で人類が凄まじい進歩を遂げて人間の力のみで魔神に対抗できるようになっているかもしれない。いや、そうでなくては困る。

 

 

 キッチンの戸棚から茶葉を取り出し、急須へ三回摘んで入れる。

 フォンテーヌ製の『元素機器』と呼ばれるポットからお湯を出し、急須の中へ注いでいく。

 

 少しもしないうちにお茶のいい香りが部屋の中を包み込み、僕は湯飲みを取り出してその中へお茶を注いでいく。

 

 

 

 と、そこへ玄関の外へ急に気配が現れた。

 それは明らかに人の気配ではなく、雰囲気だけでも強い人物だと推測できた。

 

 そして、この気配の持ち主を僕は一人しか知らなかった。

 

 

「……兄上、朝早くからすまない」

 

「魈……とにかく、朝は寒い。家へ上がれ」

 

 

 戸を叩かれるより先に僕が戸を開けると、若干驚いた表情の魈がそこに立っており、申し訳なさそうな表情で朝から訪ねて来た非礼を詫びた。

 

 僕としては朝だろうが夜だろうが、友人が訪ねてくることに負の感情はない。

 

 立ち話もなんだからと魈を家へ招き、僕は玄関の戸を閉じる。

 立ちっぱなしの魈へ椅子へ座るように促し、茶は飲むかと尋ねれば、「構わん」と一言。

 

 先ほど僕が座っていた、魈とテーブルを挟んで反対側の椅子に腰かけ、魈が訪ねて来た理由を問う。

 

 

「今日はなぜ僕の所へ? この時期に、ただの雑談をしに来たって訳じゃないだろう?」

 

「ああ……。跋掣の事だ。兄上は、凡人たちだけで跋掣を迎撃することについて、どう思う?」

 

 

 やはりというべきか、魈が訪ねてきた理由はヤツの事だった。

 同じ璃月を守ってきた仙人として、夜叉として、そして師弟として、僕にその質問を投げかけるのは至極当然と言える。

 

 

「僕は、恐らく失敗すると思ってる。

 魔神の力を甘く見てはいけない。前回……オセルを封印できた時だって、恐らくは仙人の助力があったのだろう?

 

 いくら人類が帰終機を扱えたところで、その力関係が逆転することはないと思う。きっと今回も、成功したとしてもそのどこかには仙人は必ず絡んでくるだろう」

 

 

 それが、僕の出した結論。

 

 きっと、この先もこの結果が覆ることはない。どれだけ人間があがこうとも、人智を超えた存在への勝利には必ず人智を超えた何かが勝因に絡んでくるのだ。素の実力での勝負なら確実に魔神側に軍配が上がる。

 

 

「そうか……我も今しがた、同じ結論を出したところだ。

 仙人の力を借りない……それは直接的なことであって、間接的なものであれば悉く利用していくだろう。

 

 凡人共を悪く言うつもりはないが、結局のところ璃月には仙人の力は必要不可欠ということだ」

 

 

 『人間の時代』が『完全に人間の力のみで璃月を統治する』事ではないのは理解している。

 

 しかし、だからと言ってその理屈で自身の力を使われる仙人たちは決して納得しないだろう。

 仮に今回無事に勝利を収めることが出来ても、最高点は及第点どまりで、満点を取ることなど決してできない。

 

 大見えを張って『人間の時代』と宣言したからには、満点を取るには『人類の力のみで、跋掣を完封する』以外にない。だが、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ることはない。むしろ天地をひっくり返す方が簡単だろう。

 

 

 

「あぁ、そうだ。既に空から渡されているとは思うが、岩お……鍾離先生からこれを預かっている」

 

「すまない。後で礼を言っておいてくれ」

 

 

 以前帝く……鍾離先生に会ったときに「渡してくれるか」と頼まれた粉末状の霊薬を魈に手渡す。

 空にも手渡していため、既に同じものを持っているか、既に飲んだかはしているだろうが、だからと言って渡さないわけにはいかない。

 

 

「そういえば……兄上は、その、業障は平気なのか……?」

 

「いや、今でも時々魘されることはある。それもまぁ、魈のに比べたら大したものじゃないがな。

 それでも、しょ……いや合ってるか。鍾離先生がくれた薬があるから、昔と比べたら断然楽だな」

 

「そうか。ならばよかった」

 

「すまないな。魈ばかりに厄介ごとを押し付ける形になってしまって。

 落葉(らくよう)(きょう)獅猵(しへん)汪凱(おうがい)、散っていった他の夜叉……。

 

 僕が居たら、救えただろうか」

 

 

 それは、一種の現実逃避だ。

 いくらたらればを言ったところで、既に歴史に刻まれてしまったものは戻ってはこない。

 

 僕が不覚を取って1000年も眠っていたことによる罪悪感を、僕は魈へそのたらればを向けることで払拭しようとしているのだ。……なんとも、情けない話である。

 

 

 

「土台無理な話だな。馬鹿げている。例えあの場に兄上がいたとしても、奴らは救えなかった。

 兄上は強いが、それに自惚れてしまえば我より弱くなる。

 

 ありもしない「もしも」を話すくらい落ちぶれたのであれば、我は兄上の弟子を名乗ることは金輪際なくなる。

 

 ……だから兄上。兄上は、今守れる存在を守ればいい。決して過去拘ることなく、目の前の守るべきものを全力で守る兄上の姿に、我は魅入られたのだ」

 

 

 

 魈は、どこまでも強い夜叉だった。

 

 そして僕は、弟子に気付かされるという師匠失格の恥を晒した。

 

 

 ……だが、卑屈になるのは今日までだ。

 

 

 僕が今守ることができる存在を、全身全霊を以て守り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、魈と共に雑談に花を咲かせること数時間。

 

 

 

 ――――ザアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 

 凄まじい雨が璃月を襲い、海が荒れ狂い、そしてその存在は己の伴侶を封印した忌まわしい空中要塞を木端微塵にすべく、雄たけびを上げた。

 

 

 

 

 

 ”渦の余威 跋掣”

 

 

 

 

 ここ一年で三度目となる、璃月の対魔神防衛戦が幕を上げた。




多分ほぼダイジェストになるから次回かその次くらいで終わると思うで(鼻ほじ)


アンケートは日曜日の昼くらいに締め切らせてもらいます。
まだ未投票の人は是非自分の見たいルートを選択して投票ボタンをポチー


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7.渦の余威

七七が一人で埠頭にいた理由をいくら考えても、これしか考えられなかった。


 

 

 火蓋が切られた対跋掣防衛戦を、魈と二人家から眺める。

 

 万が一人間が跋掣を止めきれなかったときに備え、それぞれ不倶戴天と和璞鳶を壁へと立てかけておきながら。

 

 

 跋掣に対して先手をとれたのは評価点だろう。魔神に先手を取られればいくら策を積もうが人間に勝ち筋はなくなる。波に呑まれて、璃月がそのまま海底都市へ成るだけだ。

 

 群玉閣からは凝光殿の岩元素の攻撃が、弧雲閣の島々と南十字船隊から改良型帰終機の砲撃が、それぞれ出鼻をくじかれた跋掣へ襲い掛かる。

 

 旦那を再度封印した憎き天空要塞である群玉閣の姿を確認した跋掣は、怒りに身を任せて璃月へその姿を現した。

 跋掣の怒りを利用した初動の集中砲火は、悪くない策ではあるだろう。

 

 結果として跋掣を怯ませることに成功しているのだから、効果は絶大だったと言える。

 

 

 ……だが、その程度で倒れてくれるほど魔神というものは甘くはない。

 

 

 帰終機の装填の隙を見計らって、跋掣が身じろぎを始める。反撃に出ようとしている合図だ。装填が完了した帰終機が続けて弾を放つが、全ての砲台から放たれた集中攻撃ではないために跋掣を止めるには叶わなかった。

 

 

 

 

 

――――グオオオオオオオオオオッッ!!!

 

 

 

 

 

 耳を劈くような咆哮が轟き、跋掣の周りを囲むように20メートルは超える波の壁がせりあがった。

 

 果たして、あの大津波を防ぐ手立てが人間側にあるのだろうか。はっきり言って、僕にはないと断言できる。それこそ、仙人の力でも使わない限りあれを止めることはほぼ不可能だ。

 

 

 だから凝光殿は、そのために七七を埠頭の警戒に当たらせた。

 凝光殿からすれば、七七は甘雨のように仙人であって仙人に非ずの半仙の存在だ。

 

 しかも、おあつらえ向きに氷元素の神の目を保有し、七七が元素爆発を最大威力で解放した時の氷の威力は絶大。周囲一帯が瞬く間に凍り付き、味方には回復の希望を与え、敵には凍死の絶望を与える。

 

 恐らく凝光殿は、空との冒険で七七と行動を共にした際にそれを知った。彼女としては、僕や魈と言った完全なる仙人ではない七七の存在はどうしても必要だったと言えよう。

 

 反撃される前に倒すのが七星にとって一番最良の結果であることに間違いはない。しかし、そんなことは万に一つもあり得ない。

 

 

 案の定、跋掣は反撃に出て、今まさに巨大な津波が璃月を襲おうとしている。

 

 

 その防御を、凝光殿は七七一人に任せたのだ。

 

 持てる戦力は全て跋掣にぶつけ、防ぐことが出来そうな人物のみを守護に回す。確かに、何もできない人物をここに置いていくよりかは理にかなっているが、まだ幼い七七一人に璃月の命運を託すなど、僕には正気の沙汰とは思えない。

 

 

 けれど、七七は一人でやろうとしている。

 

 基本的に、キョンシーとなってしまった七七は与えられた勅令は自身で解除することはできない。

 ただ与えられた役割を「はい」と言って受け、それが終わるまでその命令を遂行し続ける。それが、子供ながらにして仙人の力を一身に受けてしまった代償であり、七七を今の時代まで生かす活力なのだ。

 

 

 一般人が見れば、この世の終わりのような光景が広がっていることだろう。

 

 激しいという言葉では足りない雷雨がバタバタと家の屋根や壁に打ち付け、窓の外を見れば凄まじく高い津波が街へ向かって進んで生きているのだから。

 

 

「兄上、どうする?」

 

「僕たちは手を出さないと決めた。七七を信じるしかない。それでもダメだったら、その時は出る他ない」

 

 

 津波ばかりに目が行っていたが、跋掣の方でも新たな動きが幾つもあった。

 

 攻撃をした直後の硬直を好機と見たのか、それとも本体を倒せば津波も収まると思ったのか、空が剣を持って群玉閣から跋掣へ向かって飛び出した。

 

 

 あまりにも無謀。

 空は未だその底力を計り知れない異邦人だ。しかし、出力できる力にリミッターがかかっているらしく、持てる力を全ては出せない。

 

 だが、力を持っていた頃の感覚というものは力自体にリミッターがかかっていたとしても消えるわけではない。空は、それを忘れていたのだろう。

 

 

 

 

 

――――ドォォォォォォォン!!

 

 

 

 

 

 

 跋掣の口から放たれた極太のブレスが空を真正面から吹き飛ばし、弧雲閣の山へぶつかる。あっという間に戦闘不能に陥った空は同じく群玉閣から飛び出してきた誰かに抱えられて弧雲閣へと消えていった。

 背丈と体格からして、パイモンではないのは確実だ。

 

 

 港の方へ目を向ければ、七七が幾つもの呪符を氷元素で創り出していた。

 

 

 普段は呪符一枚で放っていた元素爆発を、呪符を何十枚も重ねがけして発動するつもりなのだろう。

 

 七七の体内の力の保有量がどの程度なのかは知らないが、恐らくそこまでないだろう。

 もともとが普通の人間の女の子なのだから、少ないのは確実だ。

 

 無事に元素爆発を発動し、津波を止められたとしても、七七自身の元素が枯渇して僕みたいに体が崩れかけかねない。

 

 神の目の保有者が一番気にしなければならないのは、自身が保有する元素の量だ。保有量を越えた量を出力すればあっという間に体が朽ち果ててしまう。

 そして、七七はそういうことを命令されていないからか、どんどんと呪符を作り出している。

 

 恐らくこのままでは、七七は元素爆発を使用した直後に元素が枯渇して体力を全て持っていかれ、そして死んでしまうだろう。

 

 

 七七はすでに死んでいるから大丈夫、という訳ではなく、体力で補えない分は人体から補われる。体が元素オーブと化し、それが多量となれば体はあっという間に全てオーブとなってこの世から消滅してしまう。

 

 

 

「……兄上」

 

 

「っ……手は、出さない」

 

 

 

 僕の脳裏に一瞬浮かんだ、昔の七七の姿。

 1000年の時を経て、大部分の記憶を失っても、僕の事を七七は覚えていてくれた。

 

 このままでは……だが、ここで僕が手を出してしまえば、凝光殿の計画が全て台無しになってしまう。

 

 無表情で呪符を作り出す七七を見ながら、気づけば僕は掌から出血してしまうのではないかと言うほどに拳を握っていた。

 

 

 

 そして、作り上げた呪符を全て開放し、七七が元素爆発を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――前に、弧雲閣から飛び出した氷の奔流が、荒れ狂う波を全て凍てつかせた。

 

 

 

 前に進もうとしていた波は急に止まったことで内部のエネルギーを放出することが出来ず、瓦解していく。

 

 跋掣を中心に同心円状に広がっていた津波は悉くすべてが凍り付き、そして崩れていった。

 

 氷の奔流の出所は、先ほど空を抱えた何者かが着地した場所だった。

 一瞬、甘雨の可能性も考えたが、甘雨は群玉閣ではなく弧雲閣の島で刻晴殿と一緒に千岩軍の指揮を執っていたはず。つまり、甘雨ではない。

 

 となると、この作戦に参加できて、仙人に少しだけ劣る威力の氷元素の渦を生み出せる人物。

 

 

「申鶴……か」

 

「なるほど。アイツなら納得がいく」

 

 

 ダンタリオンを討伐する際に出会った、仙術と陰陽術を極めた少女。あの時はこのような力を見ることはなかったが、恐らくは『目覚めた』のだろう。

 

 生物が、何かをきっかけに覚醒し、本来出すことのできないような力を出すことがたまにある。

 

 

 空から聞いた話では、南十字船隊の乗組員である万葉という人物も稲妻で同じようなことをやって見せたらしい。

 

 

 一先ず、危機は脱した。

 己の攻撃を止められたことが予想外だったのか、跋掣は呆気にとられ、その隙を突かれて装填の完了した帰終機から集中砲火を食らう。

 

 

 分が悪いと悟った跋掣は海の中へと引き返していき、申鶴と空がそれを追撃するように渦の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

「七七」

 

「あっ、くー兄。どうして?」

 

「七七……よかった」

 

「……? 七七は、ここにいるよ」

 

 

 七七の小さな体を抱きとめる。その体には体温と呼べるものはなく、雷雨に晒され続けたこともあり冷たくなった七七の頭を撫で続けた。

 

 

 

『くー兄! 七七ね、七七ね、くー兄の為にお花を摘んできたの!』

 

『おお、それはいい。ありがとうな、七七』

 

『えへへ……』

 

 

 

 それは、かつての七七の記憶。

 

 まだ七七が()()()()()()の、とりとめもない日常の一幕。

 

 そして、この時代に於いて、僕だけが覚えている、何の変哲もない出来事。

 

 

 

 

 

 それから程なくして、璃月へ叩きつけていた雷雨は現れた時と同じく突如として消え、荒れ狂っていた海は穏やかさを取り戻した。

 

 

 空たちが、勝利を収めたのだ。




でぃす いず だいじぇすと?



やっぱ凝光から見た七七の優れている所って、明らかに『仙人の力を扱えること』だと思うんですよ。
そして、それを考慮するなら魔神任務で津波が起きた時にムービーではみんな一目散に逃げ出していたけど、凝光がそれについて何も考えていないわけがなく、となると七七の力で津波を凍らせようと考えていたんじゃないかなーって思ったんでそういうことにしました。




アンケートに答えてくださった方々、ありがとうございました!
一番人気はやはり胡桃という事で、ifの一番最初は胡桃のものからお届けしたいと思います。


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8.戦いを終えて

今回ギリギリで仕上げたので誤字とか目立つかも。



……え、いつも目立つって? はい、すんません。


 

 

 渦の余威は璃月海域から姿を消し、海原の奥地へ消えていった。

 

 海の底で共に戦っていた申鶴と一緒に弧雲閣の島へと降り立ち、肩で息をしている申鶴へと声をかける。

 

 

「大丈夫?」

 

「ああ。少し力を使いすぎてしまっただけだ。問題はない」

 

 

 体をこちらへとむけて、大丈夫だと示すように笑顔を向けた。

 あの威力の技を「少し力を使いすぎてしまった」で済ましていいのかはさておき、どうやら申鶴にとっては俺がついてくるのは予想外だったらしく、本当ならば申鶴一人で跋掣と対峙しようとしていたらしい。

 

 そして、俺たちによって深手で負わされた跋掣がこの地に近づいてくることはこの先なくなったらしい。

 

 

「――――先ほど、海の底で一体何が?」

 

 

 そこへ、千岩軍や群玉閣を撤退させた凝光が俺たちの元へやってきた。

 

 海の底での決戦だったからか、空の上や地上からは水中の様子は見えなかったらしく、俺たちは申鶴の功績をたんと語ってやろうと思っていたのだが、

 

 

「すでに解決した。水中にもぐる前から傷を負っていた故、我もあまり手を焼かずに済んだ」

 

 

 申鶴は事のあらましを説明する訳でもなく、淡々と結果だけを述べた。

 俺としては毒気を抜かれた気分だが、まぁ、申鶴の性格からすれば語ることの程ではないのだろう。

 

 そして凝光はその返答に「そう」と答え、安心した表情で礼がしたいと申鶴を群玉閣へ招いた。一瞬ちらりとこちらへ向いた双眸は、暗に俺たちも招待するから安心しろと語っていた。

 

 

「凝光様」

 

「……あら、随分と早かったわね。状況は?」

 

「はい―――」

 

 

 凝光の後ろからやってきた、一般的な千岩軍の制服より少し豪華な隊服を着た、恐らく隊長格であろう千岩軍が、凝光と状況の確認を行い始めた。

 

 水の魔物は弧雲閣一体から去り、周辺海域は正常な状態へ戻ったこと、予め準備していた薬と刻晴の指揮のお陰で負傷者は少数で済み、被害が最小限に済んだこと。

 

 

「勿論、助けに来てくれたこの方にも感謝を。千岩軍を代表して、心よりお礼申し上げます」

 

 

 急に話を振られたことで、申鶴はキョトンとした顔を見せる。

 申鶴にとっては、自らが望んでやったことであり、別に助けるとかそういう感情はひとかけらもなかったのだろう。

 

 

「申鶴が、みんなを守ったんだ」

 

「そうか……それなら何よりだ。雲先生の劇を観た時、彼女へ送られる称賛を素直に受け取れるようになるかもしれぬな」

 

 

 『その少女は語られているほどに勇敢ではなかったように思う』と、かつての自分を思い出しながら神妙な面持ちで語っていた申鶴と同一人物なのか疑うほどに、今の申鶴の表情は晴れ渡っていた。

 あの戦いの中、申鶴の中で彼女の心の中の扉を開くきっかけがあったのだろう。

 

 

「ただ……我は英雄になりたかったのではなく……主を守りたかっただけだ」

 

 

 仙人に育てられた影響か、申鶴は世情に疎い。それに人ではなく仙人と接してきた時間が長いため、人間の感情にも疎い。さらに留雲借風真君の話も加味すれば、彼女は自身の感情ですら理解できていない。

 

 女性に守られるとは、男としてなんたる不覚。

 思わず顔を赤くして俯くと、パイモンが「あはは……」と苦笑いしていた。うぅ、パイモン……。

 

 

 凝光は、後ろに控えていた千岩軍にまだ警戒はしておくことと兵士に休息をとらせるように命令すると、徐に腕を組んで弧雲閣の切り立った山を見上げた。

 

 

「長いこと影から見ていたようですが……何か結論は出ましたか?」

 

 

 凝光の言葉と視線に釣られて山の上を見てみれば、そこには留雲借風真君の姿があった。昨日からずっと見ていたらしい。

 

 

 

 

「ふっ、妾()()の意見を聞いておるのか?」

 

「……『たち』?」

 

 

 

 

 しかし、凝光に問われた留雲借風真君から返ってきた答えに違和感を持ったのか、凝光が再び訪ねた。

 

 

 

 

「――――どうやら、僕の存在は気付かれていなかったようだな」

 

 

 

 

 留雲借風真君が立っていた岩山の根本。それに背中を預けるようにして腕を組んでいた久劫の存在に、声を出されてから気が付く。これには凝光も驚いているようだった。

 

 

「以前に留雲と会ったときに、見るのならば二つの観点から点数を付けた方が良いと話し合ってな。

 留雲は弧雲閣から、僕は璃月港から君たちに戦いを観察させてもらった」

 

「……言っておくが、妾と久劫の採点は厳しいぞ。お前らが望む結果は出ないことを予め言っておく」

 

「ええ。それも承知の上です。例え満点でなくとも、あなた方が私たち七星なら璃月港を任せてもいいという最低基準に達していればいいですから」

 

 

 しかし、いつまでも驚いている凝光ではない。すぐにいつも通りに戻ると、留雲借風真君と久劫に結論を求めた。

 

 

「そうだな。……もし今回の戦に申鶴がいなければ、此度はそう簡単に事は運ばなかっただろう」

 

「否定はしません。しかし、彼女がこの場にいなくとも、最終的には我々が勝利を収めていたでしょう。……無論、戦いは苛烈を極めていたとは思いますが」

 

「跋掣はオセルと同じく荒れ狂う波を手中に収め、それを武器として扱ってくる。

 もし今回申鶴の活躍がなければ、璃月港へ襲来していた可能性が極めて高かった。その対策として七七を港に置いていたようだが、指示が曖昧過ぎた。

 

 ……もう少し申鶴が来るのが遅ければ、今頃七七はキョンシーではなく正真正銘の死体となっていただろう」

 

 

 久劫が語った事実に、俺たちは目を丸くする。

 彼から発せられる空気が、明らかに冷たいものとなっている。久劫は七七の事を娘のように溺愛しているのは俺たちにとって周知の事実。そればかりは一度久劫と七七と共に冒険へ出かけたことのある凝光も知っているはずだ。

 

 

「策としては十分だ。津波が来ればただ見上げることしかできない兵士を攻撃へと充て、迎撃できる七七のみを港に残す。

 だが、僕の顔を見てもらえれば分かるが、これは僕が封印している最中に元素枯渇によって何度も死にかけたことによって生まれた罅だ。

 

 僕は運よく生き残れたが、元素力を一定以上使いすぎれば体中からエネルギーを吸い取られて文字通り塵となる。『璃月港を守る』という勅令のみが与えられた七七は、自身の元素使用可能量を遥かに超えた爆発を発動しようとしていた。

 

 ……先程も言ったが、申鶴がいなければ今頃七七は塵となっていた」

 

「それは……申し訳ありません」

 

 

 凝光が頭を下げる。

 久劫は片手をヒラヒラと振りながら、「要改善点だな」と言っていた。

 

 

 そしてその後も、仙人たちの講評は続いていく。

 

 帰終機の改良の評価点、攻撃が襲ってきたときの対処、跋掣が怯んでからの対応、等々。

 

 

「……前回から、大分進歩したようだ」

 

「オセルの戦争を僕は見た訳じゃないが、まぁ、仙人の圧倒的な力を抜きにした戦いにしてはよくできた方だろう。

 尤も、岩王帝君の圧倒的な蹂躙を見て来た僕らにとっては、ちと物足りないくらいだったが」

 

 

 ……なんだか、久劫の口調が昨日と少し違う気がする。何か気になることでもあるのだろうか。

 

 

「今回は及第点としておこう。これからも数多と試練が訪れるであろう。妾たちはずっと見ておるぞ」

 

「天権の座にいる限り、璃月の平和は私が守ります」

 

 

 凝光が力強い目線で留雲借風真君にそう宣言する。

 二人の仙人は軽く頷き、そして留雲借風真君は申鶴の方へと顔を向けた。

 

 

「数年前、お前がこっそりと山を下り、悲しみに満ちた表情をして戻ってきたのを見た。

 

 ……今回、お主の中で何か変わったか?」

 

 

 留雲借風真君は、申鶴を人間社会へ戻すのだと語っていた。

 仙人に育てられたとはいえ、申鶴は人間。いつまでも仙人の傍にいるのではなく、寿命も同じ程度の人間の街へ帰るのが好ましいという判断の元らしい。

 

 

「ああ。変わった……しかし、うまく言葉にはできない」

 

 

 申鶴は胸に手を当てながら、俺とパイモン、そして久劫に目をやりながら首を振った。

 

 

「なら良い。旅人、申鶴の事は任せたぞ。

 

 

 

 

 

 ……ふむ、話をしていたら、申鶴の子供の時の話を思い出したな」

 

 

 

 あ、不味い。こうなった留雲借風真君はペラペラと語りだし止まらなくなるのだ。

 

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 

 しかし、それを止めたのは申鶴本人でも凝光でもなく、ましてやパイモンでもない、留雲借風真君と共に今回の戦いの批評を行っていた久劫だった。

 

 

 

 

 

 

「……その、だな、甘雨は今……どこにいる?」

 

 

 

 

 

 

 顔には現れていないが、口調が恋愛初心のそれだった。

 

 

 

「ぷふっ……」

「ふふっ」

「ははははっ!!」

「……?」

「はぁ……」

 

 

 吹き出すパイモン、お淑やかに笑う凝光、隠すことなく大笑いする留雲借風真君、なぜみんなが笑っているのか理解できていない申鶴、ため息を吐く俺。

 

 

 良くも悪くも、戦いの直後で力が抜けきっていない俺たちの凝り切った肩をほぐすには、久劫のそれはちょうどよかった。




久劫の口調が変わってたのは甘雨に早く会いたくて仕方がなかったからだよ!
決して作者が口調迷子になったわけじゃないよ! 本当だよ!! 信じて!!


漸く次あたりから本格的に甘雨といっちゃいっちゃどっろどろできる……長かった……。


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9.神聖な岩山の泉

月初めで五回ガチャ引けるぞ……!!(63連)

星五演出来た! 神楽来い神楽来い……!!

デェーン!
盤 岩 結 緑

はぁ……(あと二連残ってるし、引くか)

二連目で星五確定演出(軌定マックス状態)

デェーン!
神 楽 の 真 意

!!!!!?!!?!??!?!?!?!?!? ←今ここ


背後から刺されるレベルの神引きして震えてる……


 渦の余威が璃月を襲ってから既に一週間。

 

 璃月人は二度の魔神襲来をものともせずに逞しく暮らしており、他国との貿易も未だに健在だ。

 

 

 それに、魔神襲来で璃月が衰弱していないことを各国にも知らしめるために、今まさに海灯祭が行われている真っ最中であるのも大きな要因の一つだろう。

 

 

「甘雨、準備できたか?」

 

「はい、大丈夫です。出発しましょう」

 

 

 そして僕たちは、そんな海灯祭を楽しむべく家を出る――――のではなく、祭りに行く前に絶雲の間にいるであろう仙人たちへ会いに行くべく家を出る。

 

 僕の脚力を行使すればあっという間に絶雲の間に辿り着くことができるだろうが、それでは風情がない。

 甘雨と共に璃月の街を歩き、そしてゆっくりと絶雲の間に向かっていく。

 

 

「こうして兄さまと一緒に歩くのは、とても久しぶりな気がします」

 

「そうだな。少なくとも、僕がこの時代に蘇ってからはない気がする」

 

 

 璃月の街並みはもう後ろの方へ広がっており、甘雨と僕の頬を少し涼しい風が撫でる。

 

 跋掣が襲来する前日の夜の出来事以来、甘雨の僕への態度が一層軟化したように思う。なんというか、全体的に僕との距離が近くなった。

 

 それはそれで嬉しいことに変わりはないのだが、いかんせん未だ思いを告げていないのにまるでこ、恋人のように近づかれるのは、い、いけないと思う……。

 

 

「留雲真君に会いに行くのもそうですが、私は兄さまと海灯祭に行くのが一番の楽しみです」

 

「っ、そ、そうか。なら良かった」

 

 

 それに、こういう風に僕の不意を突いて心臓に悪いことを言う回数も増えた気がする。このままでは夜叉の威厳だとかそういうのがガラガラと音を立てて瓦解していくような気がしてならない。もっとしっかりしなくては。

 

 

「僕も、海灯祭は前から大切な人と行きたいと思っていた」

 

「――――えっ……っ!!」

 

 

 璃月を守護する夜叉は、魔物を活性化させる海灯祭を快くは思っていない。

 だが、祭り自体が嫌いなわけではないのだ。

 

 本音を言えば任務など放り出して祭りに行きたかったし、大切な人――――帝君や帰終様、甘雨に魈などと楽しみたかったのだ。

 

 無論、そんなことをしてしまえば帝君との『契約』に反してしまうし、もっと言えば璃月は海灯祭などやっている暇などない程の魔物の侵攻を受けてしまうので、任務を放棄する訳にはいかなかった。

 

 しかし今は魔神の残滓も1000年の時を経てさらに薄まり、祭りの夜に活性化する魔物の質も千岩軍の一般兵士が対処できるほどに下がった。

 

 だから『契約』もなくなった僕はその大切な人に含まれる甘雨と楽しく過ごせる……そう思って言葉を紡いだのだが、甘雨は僕から顔を逸らして俯いてしまった。

 

 ……何か不味いことでも言ってしまったのだろうか。

 

 

「甘雨……?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「? ……顔が赤いぞ? 大丈夫か?」

 

 

「へ……? 意図して言ったわけじゃなかったのですか……だ、大丈夫です」

 

 

 僕の耳が甘雨の小声も聞き取ってしまったが、どういう意味か分からない。何を『意図して』言うのだろうか。まぁ、こういう時は余計な詮索はしない方が良いと始帰様も仰っていたし、深くは追及しないでおこう。

 

 

 

 日はまだ東側に傾いている。

 

 僕と甘雨の前には、切り立つ山々が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶雲の間の一番奥。奥蔵山の山頂付近にある神秘的な泉が、留雲借風真君の洞府だ。

 

 そこへ至る山道は、普通の人間ではまず息を切らして途中で断念するほどには嶮しい。何せ、絶雲の間の切り立った山々を登るのは仙人の修行にも使われるほどに過酷なものだからだ。

 

 

 しかし、僕と甘雨は普通の人間とは違う仙人である。

 絶雲の間の山道は魔神戦争を経験した僕たちにとっては、この山道は修行で必ず300往復はした道であり、一度登るだけではしんどいなどという感情は湧かない。むしろ懐かしさに感動するくらいだ。

 

 まぁ、復活して二度もここへ足を運んでいるのでそこまで感動はないが。

 

 

「甘雨、そこの足場が不安定になってる。気を付けろ」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 

 僕が前を歩き、甘雨がその後ろから続く。

 今回ここを通るのは修行が目的ではなく、あくまでも留雲へ顔を見せに行くことが目的だ。

 

 半仙とはいえ女性をエスコートするのは男である僕の役目である。

 

 

 そうして二人で山道を登り切ると、泉の広がる広い空間へと出る。そしてお目当ての人物……鶴物はそこにいた。

 

 

「留雲」

 

「む……久劫に、甘雨。

 祭りが近いというのに、なぜ妾の元へ? 総務司は今頃忙しいはずだが……もしや甘雨、身籠ったか?」

 

「えっ……いやいやいや! 違いますっ!

 海灯祭が近いからこそ、休みを取って兄さまと共に真君へ会いに来ただけですっ!」

 

「はぁ、僕たちに何を期待していたかは知らないが、そういうことだ」

 

 

 留雲の予想を僕たちが否定すると、留雲は目に見えて残念そうな表情を浮かべる。こいつは本当に何を期待しているんだ……。

 

 第一、ま、まだ婚儀も執り行っていない恋人未満の男女でこっ、子供など……。

 

 

「はははっ、二人とも、顔が赤くなっておるぞ。

 流石、二人とも人の血が半分流れているだけはある」

 

「もう、揶揄わないでください! ……ところで、削月築陽真君と、理水畳山真君の姿が見えないようですが?」

 

 

 甘雨はともかく、僕まで顔を赤くしていたらしい。

 くっ、僕より年下の留雲に揶揄われるなど、一生の不覚……っ!!

 

 そして、話題を変えようと甘雨が今のこの場にいない二人の仙人をきょろきょろとあたりを見渡しながら探す。

 

 ……アイツらからは「内密に頼む」と言われたが、どうしようか。

 

 

「あやつらは……ふん……」

 

 

 留雲の表情からして、アイツらは本当の目的を伝えないで絶雲の間を出たのだろう。

 

 先ほど留雲には揶揄われたので、アイツらの真の目的は敢えて言わないでおこう。……ん?

 

 

 

 足音が二つ、僕らの後ろの方から聞こえる。

 振り返れば、そこには空とパイモン、そして刻晴殿が僕らの方へ歩いてきていた。

 

 

「旅人じゃないか。それに玉衡も。珍しい客だ」

 

「みんなー! 元気にしてたかー?」

 

「久しぶり」

 

「真君、ご無沙汰しております。甘雨もここにいたのね」

 

 

「まさか、刻晴さんがいらっしゃるなんて」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 

 よもやこんな場所で出会うとは、全くもって予想外だ。刻晴殿がここにいるという事は、空とパイモンはそれに付き添っているという感じだろうか。

 

 それにしても、デカい筒だ。見ただけで精巧に作られた絡繰りだというのが伺える。大方、留雲への贈り物だろう。

 

 

「もうすぐ佳節を迎えますので、七星を代表して挨拶に参りました。ささやかなものですが、どうぞお受け取りください」

 

「ふむ。海灯祭で多忙を極める七星が自ら出向いてくるとは、ご苦労であった」

 

 

 そして、刻晴殿が持ってきた装置の説明を始める。

 刻晴殿の説明を聞きながらも留雲は装置の内部をくまなく観察しており、事あるごとに目を見開いたり「ほう」とつぶやいていた。

 

 その様子を見ながら刻晴殿も何やら色々考えているようで、腕を組んだり解いたり、腰に手を当てたりと落ち着かない様子だ。まぁ、留雲は人間が璃月を統治することに対して一応賛成こそしたものの、どちらかと言えば反対に近い立ち位置だ。少しでも対応を間違えれば留雲の七星に対する信頼は地に落ちる。刻晴殿はそれが心配なのだろう。

 

 

 ……だが、心配はあまりいらないだろう。

 

 

「ふむ……ほう、面白い」

 

 

 興味津々という言葉以上に装置に興味を抱いている留雲の態度がそれを示している。

 

 

「よかろう。この装置は妾が遠慮なく受け取るとしよう」

 

 

 僕からすれば目に見えて上機嫌となった留雲がそう言うと、刻晴殿はほっと胸をなでおろした。そして、次に僕の姿を見て「あっ」と声を上げると、持ってきていた鞄の中から瓶を三本取り出すと、僕の方へ持ってきた。

 

 

「羅刹大聖にはこれを。以前お会いした時に、スネージナヤの『炎水』を思わせる言葉を口にしていたので、お持ちいたしました」

 

「ふむ。あの短い会話の中で僕の好きな酒を見抜くとは……ありがたく頂こう。

 炎水……久々に飲むな。夕食の後に嗜むとするか」

 

 

 一年中凍えるような寒さが包むスネージナヤならではの、体を燃やすようなアルコールの強さを誇る炎水。

 昔は体を滾らせるのによく飲んでいたが、気づけば私生活でも飲むようになり、いつだかこれを買いに行くためにこっそりスネージナヤへ足を運んだこともあった。

 

 優しく歓迎してくれた氷神の姿が、ふと過る。

 ……確か今は、冷徹無慈悲な氷の女皇となっているのだっけか。

 

 

 それはそうと、僕の中の刻晴殿の株が凄まじい勢いで上昇していくのが分かる。仕事だけでなく、人の心を掴むのも上手い。ただその家系に生まれたから七星を務めているのではなく、しっかりと責務以上の事を全うしているらしい。

 

 ふと隣を見ると、甘雨が少しばかり不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。

 

 その姿が愛おしくて、思わず甘雨の頭を二、三度撫でると、甘雨は嬉しそうに目を細めて笑った。

 

 

 

 

 

「はぁ、お主ら……」

 

 

 

 

 

 

 そして、生暖かい視線を向ける四人に気付き、僕たちは我に返った。




この二人が恋人未満ってマ?


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10.風に当たりながら

本気でギリギリに完成したので粗が目立つかも……

テストで時間が取れなくて……もし誤字等ございましたら是非とも教えていただけると幸いです。


あ、お気に入り登録者1100人突破ありがとうございます!!!


 

 兄さまと二人で顔を赤くして俯きます。

 年齢と場所を考えずに、兄さまが刻晴さんに目移りしていたのを見て嫉妬してしまった私の責任ではあるのですが、な、何もこんな場所で頭を撫でなくても……

 

 でも、兄さまの大きな手で撫でられるのはとても落ち着いて、気分が穏やかになるのは本当です。

 

 さっきも、撫でられた途端に周りに人がいることを忘れてしまったのですから。

 

 

「こほん……ところで、先ほど甘雨が削月築陽真君と理水畳山真君に会いたがっていたな。

 ただ残念なことに、時期が合わなかったようだ」

 

 

 留雲真君がわざとらしく咳払いをして話題を変えました。いつもであれば根掘り葉掘り聞かれそうな雰囲気でしたが、難は逃れたようです。

 

 

「ん? いないのか? オイラたちもその仙人たちを訪ねに来たんだけど……」

 

「あの二人の老い耄れは……ふんっ」

 

 

 留雲真君は、絶雲の間に住まう仙人の中でも最年少です。悠久の時を生きる仙人たちに年下も年上もあってないようなものですが……。

 

 そこから、留雲真君は二人が今ここにいない経緯を話し始めました。

 

 削月築陽真君は璃月港の事が心配だからと観察しようとしたそうなのですが、留雲真君が説得した結果、今は散策に行くと言ってどこかへ行ってしまったそうです。

 

 理水畳山真君は山門の守護の為に目新しい何かを探しに行くと言い残して絶雲の間を発ったそうです。

 

 

 ……先ほどから隣の兄さまが肩を若干震わせているのですが、何かあったのでしょうか?

 

 

「そういう訳で、あやつらは外出しており、未だ知らせの一つも寄越さない……いや待てよ? よもやあの二人、それらを言い訳にして遊びに行ったのではないか!?」

 

ぷふっ……

 

 

 兄さまが小さく吹き出しました。確実に何かを知っていそうです。

 普段なら聞き出すところですが、いつも留雲真君に人の前で辱めを受けさせられている意趣返しとして、ここは黙っておいてあげましょう。

 

 

「うむ……? こんなに賑やかだとは」

 

 

 そこへ、空さんたちとはまた違う来客の声が聞こえてきました。少なくとも、私は聞いたことのない声です。

 

 声のした方向へ目線を向けると、そこには背筋をしっかりと伸ばした白髪の美しい女性が食べ物の沢山入ったバスケットをいっぱい持って私たちのいる洞府へと歩いてきていました。

 

 容姿、佇まい、口調……恐らく、この方は以前留雲真君が仰っていた申鶴さんなのでしょう。

 

 

「その声……申鶴? 申鶴なのか?」

 

「あれ、申鶴も留雲借風真君を訪ねに来たのか?」

 

「申鶴……最後に会ったのは確か、一週間前か」

 

 

「皆もいたのか」

 

 

 やはり、私の予想は間違っていなかったようです。……しかし、兄さま? 申鶴さんに会ったことがあるとはどういうことなのでしょうか。私は会ったことないのに、兄さまがあったことある? むぅ。

 

 

「久劫、また主は……まぁよい。申鶴、こやつは甘雨だ。聞いたことあるだろう」

 

 

「こんにちは。甘雨と申します。今は玉京台に務めております。近頃申鶴さんが璃月港へと移り住んだとお聞きしました。

 何か困ったことがあれば、いつでも()()()()いらしてくださいね」

 

 

「承知した。感謝する」

 

 

 申鶴さんはどうやら、私みたいな邪な感情は持ち合わせてはいないようです。今の私の言葉を素直に受け取れたという事は、そういうことなのでしょう。

 

 私は兄さまに対して色々な感情を抱いていますが、申鶴さんはどこまでも真っすぐで、不純なものが何一つ混じっていない瞳をしていました。……兄さまは、申鶴さんのような人が好みなのでしょうか。二人で逢引きするほど仲が良いのでしょうか。

 

 

「口にできるものを城内より持参した。聞けば、璃月人は海灯祭の時は食べ物を知り合いに贈るらしい。だから、我もここまで来た」

 

 

 それに、気遣いもしっかりできています。

 私はただ留雲真君に顔を見せに来ただけだというのに、申鶴さんはちゃんと留雲真君に贈り物を持ってきていました。

 

 どんどんと、兄さまの意識が私ではなく申鶴さんに寄って行ってしまっているような錯覚に陥ります。

 

 

「ふむ。璃月港に行ってたった数日でここまで気配りができるようになったとは。感謝するぞ申鶴。この菓子は妾が責任をもって食べよう」

 

 

 後ろの刻晴さんが何故かため息を吐いていますが、今の私には気に掛ける余裕もありません。

 

 思えば、今日ここへ来る途中も私は兄さまの後ろをついていって、危ない場所を教えてもらって、時には手も貸してもらって、兄さまに頼りっぱなしでした。

 兄さまは、たった数日で璃月港に溶け込めるような逞しく美しい女性の方が好みに決まっています。私なんかでは、到底釣り合わない……。

 

 

「ところで、魈がどこにいるか知ってる?」

 

 

 空さんが話題を変えました。

 それにつられて全員の顔がそちらに向きますが、私の顔は未だに俯いたままです。

 

 不意に、私の右手が何か暖かいものに握られました。ぽかぽかしてて、暖かくて、包まれるようなその温もりを、私はよく知っています。

 

 この繋いだ手を皆さんから見えないように立ち位置を調節した兄さまが、私の手を握り締めながら空さんの質問に答えます。

 

 

「魈なら恐らく、いつもの旅館にいるはずだ。

 そこにいなければ、祭りで殺気立っている魔物の退治に行っているはずだ。その時は帰還するまで待つか、旅館のロビーに荷物を渡しておけばいい」

 

 

「はぁ……つまり、この祭りの日に、妾だけが絶雲の間に残っておったという事か」

 

 

 留雲真君がため息を吐きながら他二人の仙人に対して愚痴を吐くようにそう零しました。

 兄さまの顔を見上げてみれば、穏やかな笑みを浮かべて私を見ていました……その笑顔は、少しばかりずるいです。

 

 

「甘雨と久劫が来ていなければ、今頃仕掛けの術について黙々と研究していただろう」

 

「お邪魔してしまい、申し訳ありません……」

 

 

 留雲真君たちの意識がこちらへ向いた以上、これ以上兄さまと手をつないでいてはまたあの視線を向けられてしまいます。名残惜しいですが手を離し、真君の研究の邪魔をしてしまったことを詫びます。

 

 

「ははっ、急によそよそしくするでない。

 妾の邪魔をするのも、これが初めてという訳ではなかろうに」

 

 

 ……なんだか、雲行きが怪しくなってきました。

 

 

「お前は小さい時から、妾が仕掛けを作っていると、部屋で走り回るのが好きだった。

 それに、妾の作ったあれを久劫の元へ持っていき、一緒に遊ぶのが好きだったな。思えばその頃から……」

 

 

 わああ!! 事実ですけど、事実ですけど! その話を皆さんにされるのはとても困ります! 私も兄さまも!!

 

 

「あ、あっ! りゅ、留雲真君! 私、まだ仕事の用事がありましたので、お先に失礼します!」

 

「ぼ、僕は素早く甘雨を璃月港に送り届ける。ではな留雲!」

 

 

 私は兄さまと結託して絶雲の間を去ろうとしますが、ただただ昔話をしたいだけの留雲真君にとっては、目の前に刻晴さんがいるのに璃月港へ帰る私たちが不思議に映ったのでしょう。仕事があるなら直接言えば良いと言って足止めをしてきます。こ、このままでは私と兄さまが皆さんの前で辱めを受けてしまいますっ……!!

 

 

「わっ、私と凝光で受け持つ仕事が違うので、私に伝えても意味がないんです!

 甘雨は七星の秘書ですから、普段より玉京台に舞い込んできた仕事をそれぞれ違った責任者に報告しているんです。

 た、大変ですよね……」

 

 

 刻晴さんが、わ、私たちをかばっている……!

 

 

「はい! ですので、申し訳ございませんが、その……皆さん、お先に失礼いたします!

 兄さま、お願いできますか?」

 

「ああ。任せとけ。飛ばすぞ」

 

「え……にっ、兄さま! これでは話をされるのとさほど変わりが――――ぴゃっ!」

 

 

 兄さまも兄さまで、留雲真君に昔話をされるのが嫌で早いところこの場を抜け出そうと必死だったのでしょう。

 

 私を連れてこの場を素早く去るという選択肢しか残らなかった兄さまは、突如私を皆さんの前で横抱きにし、普通の人では目に見えないような速度かつ、私に負担がかからないように走り始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫か」

 

「……あっ、はい……そうですね」

 

 

 横抱きにされつつ兄さまの横顔をぼーっと眺めていた私は、兄さまに声を掛けられて漸く我に返りました。

 

 まだ絶雲の間は抜けきっていないですが、ここまで離れればもう大丈夫でしょう。

 

 

 岩山の上に兄さまと一緒に降り立ち、私たちは倒れてしまった木の幹に腰を下ろします。

 

 璃月の海からやってきた潮風が途中の山々で勢いを弱められここまで届き、私たちの体を涼しく包み込んでくれます。

 

 

 

 手を握られ、横抱きにされ、それだけで先ほどまでの申鶴さんに対する劣等感は全て吹き飛び、再び兄さまの全てが愛おしく感じるようになりました。

 

 

――――やはり、この人を好きになってよかった。

 

 

 あわよくば、まだただの同居人である彼が、私の伴侶として生涯一緒にいてくれるように、私も彼にとって相応しい人物にならなければなりません。

 

 

 

「甘雨……?」

 

「えへへ……もう少しだけ、このままでいさせてください」

 

 

 

 少しくらい甘えても、いいですよね?

 

 兄さまの肩はとっても逞しく、安心感がありました。

 そして、兄さまは寄りかかる私をさらに抱き寄せるように左手を私の肩へと回します。

 

 

 

 今までこんなことをされたらうるさい位に心臓が悲鳴をあげましたが、なぜか今だけはやけに落ち着いていて、ずっとこの時間を堪能していたいと思うように、私はさらに兄さまに体を寄せました。

 

 

 

――――ずっと二人で

 

 

 

 ……私も、ずっとそう思い続けますよ。兄さま。




ガチで21:00ピッタリに仕上がった……


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11.気付いて、気付かされて

後日談も佳境ですぞよ。


ちなみにver2.5は介在の余地がないので本作では見送ります。裏で原作通り空がなんとかします。

……ほんとは甘雨との日常編とif番外書きたかったとか、そんなんじゃないよ。ほんとだよ。


 

 

「準備できたか、甘雨」

 

「はい。では行きましょう」

 

 

 二人で絶雲の間から景色を眺めて暫く。

 日は完全に落ちきり、満月が東の方角から顔を覗かせていた。

 

 北の方の海には既に明霄が灯っており、夜の海を照らし出している。いつもとは違う璃月の風景に、夜になるまでは決して外を見ないようにしていた僕たちは「わあ」と声を漏らす。

 

 久しく見ていなかった『祭り』の雰囲気に、僕は思わず笑ってしまう。

 以前は来れても、ほんのわずかな時間食べ物を少しだけ食べて殺気立つ妖魔を滅しに行っていたから、そこまで祭りを楽しめなかった。むしろ、祭りなどなければこんな面倒なことしなくてもよくなるのに、と嫌悪感すら抱いていた。

 

 ただ、こうして甘雨と共に街を歩いているだけで、心の底から幸せなのだと感じる。祭りというのは、本当に不思議だ。

 

 

 璃月の街の至る所に屋台が立ち並び、そしてそれを覆い隠すように国内外から訪れた人が璃月の歩道を埋め尽くしていた。

 

 少しでも足元を見誤れば、たちまち人の足を踏んずけてしまうだろう。

 普段より歩幅を小さくして、甘雨とはぐれないように甘雨の手を掴む。人々の熱気に当てられたのか、甘雨の顔が赤くなっているが、次第になれるだろう。

 

 

 唐揚げに、ポテトに、焼き鳥。かすてら、なる未知の食べ物も食べてみたが、中々に美味い。しかし喉が渇いてしまうのが難点か。

 

 食べ物だけではなく、昔はなかった屋台遊戯も充実している。

 射的、くじ引き、グッピー掬い。正直グッピーなぞそこらへんの水辺でとれるからやる意味ないだろうと思っていたが、これも『祭り』の影響なのか、普通の釣りとは一風変わった器具を使ってグッピーを捕獲するのはなかなか楽しかった。隣で甘雨もやっていたが、一匹目で器具の膜が破れてしまってしょんぼりしていた。

 

 

「兄さま、この焼きそば、すごく美味しいですよ。食べてみます?」

 

「うん? じゃあ遠慮なく」

 

 

 甘雨がこちらに向けて焼きそばを掴んだ箸を差し出していたので、遠慮なく焼きそばを口の中へ迎え入れる。

 

 ふむ。僕は味付けが薄めの方が好みなのだが、存外濃いのも悪くはない。今度試しに作ってみるのもいいかもしれない。

 

 

「美味いな。……む?」

 

 

 僕たちが座っているのは人々が歩く屋台通りから少し外れた、休憩用のベンチだ。

 既に一時間ほど歩いたし、買ってきたものを座って消化しつつ休憩しようと思い共に座ったのだが、なぜか通りすぎる人々の目線が気になる。

 

 ……なんだか、むずがゆくなるような視線だ。

 

 

「んんっ……このポテト、さっぱりしてて美味しいですっ!」

 

「そうか。これも食べてみるか?」

 

「それは?」

 

「かすてら、って書いてあったな。少々口の中の水分を持っていかれるが、一つくらいなら問題ないはずだ。ほれ」

 

「ありがとうございます♪ はむっ……ほんのり甘くて美味しいです~」

 

 

 口をもぐもぐとさせながら幸せそうに甘雨が顔を綻ばせる。

 

 それはそうと、さっきまで少し多いくらいあった屋台の食べ物の殆どがなくなっているのだが……肉が入っているものは全部こちらに回ってきてはいるが、それでも確かに量があったはずだ。

 

 まぁ、こういう日くらいは遠慮せず食べてもらうか。

 甘雨がたくさん食べて美味しさに顔を綻ばせるのを見ているだけで、僕としてはお腹がいっぱいになる。今日この日を迎えられてよかったと思える。

 

 

「さて、そろそろまた歩くか。行こう、甘雨」

 

「ぇ……はい!」

 

 

 食べ物も大方片付いたので、再びあの人込みに入り込もうと立ち上がる。

 はぐれないように差し出した左手に、甘雨が勢いよく右手を差し出して握ると、出たごみを『ゴミはこちらへ』と書かれた袋の中へと入れ、歩き出す。

 

 

 海灯祭には、まだまだ楽しんでいないものがかなり残されている。

 

 祭り自体はあと三日ほど続くが、甘雨が三日も仕事を休めば、玉京台の仕事が回らなくなってしまう都合上、堪能できるのは今日しかない。

 それに、僕も一人璃月に襲い掛かろうとする魔物を祓っている魈の手伝いに行きたいというのもある。

 

 

 璃月の真ん中にある、二つの料亭に挟まれた広い階段を下っていけば、そこは潮風が肌を撫でる埠頭へと出る。

 

 家から見た時も十分綺麗だったが、近くで見ると明霄の灯がさらに美しく神秘的に見えた。

 

 

「綺麗ですね……」

 

「ああ」

 

 

 上の屋台が立ち並ぶ通りと比べて、こちらは人が疎らだ。とは言っても、いつもの璃月の数倍以上は人がいるが。

 祭りのメインである花火が上がるまではまだかなり時間がある。この埠頭は輝く明霄と共に花火を見る絶好のスポットのため、早くからフォンテーヌで開発された『カメラ』を片手に待っている人もいるにはいるが、その間に祭りを楽しもうと上へ向かう人の方が圧倒的に多い。

 

 ただ、人が少ないとはいえ人通りがある場所のど真ん中で突っ立ていると邪魔になるので、甘雨と共に端の方へ避ける。

 

 

 余程気に入ったのか、道中また買ってきた清心を粉々にしてふりかけたポテトをもしゃもしゃと食べている甘雨を見ていると、不意にどこかから声を掛けられる。

 

 

「おーい、久劫ー! 甘雨ー!」

 

 

「もぐっ!? んぐぐぐぐっ……ごくんっ!」

 

「そんな焦らなくても……」

 

「く、食い意地を張っていると思われたくないので……」

 

 

 パイモンが声をかけて来たという事は、空もやってきているのだろう。

 隣にいた甘雨がとても焦ったようにポテトを飲み込み、ポテトが入った袋を後ろへ隠した。

 

 僕の前だと気にしないで食べるのに、空の前だと取り繕うようにして『普通の』女の子をする。

 

 

 ……なんだか、心がざわついて落ち着かない。戦ってもいないのに、空に負けた気分になる。

 

 

 

 

 

「……ぁ。ふふっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のだらしないところを見ていいのは、兄さまだけですので……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っっ!!」

 

 

「二人ともー、何やって――――「パイモン! 邪魔しちゃ悪いよ!」――――もごーっ!! もがもがっ!?」

 

 

 

 甘雨の耳打ちが、まるで猛毒のように全身を侵していく。あたかも感電してしまったかの如く体の自由が奪われ、甘雨が浮かべている蠱惑的な笑みに引きずり込まれていく。

 

 心臓の高鳴りが外まで漏れ出て聞こえてしまうのではないかと思うほどに脈動し、体中を駆け巡る溶岩のように煮え滾る血液を制御しきれず、全身が炎のように熱くなる。

 

 

 近づいてきていた空とパイモンの事などとうに考えられなくなり、ただただ目の前にいる甘雨に魅了される。

 

 

 ……そして、気付いた。

 

 

 甘雨と結んだ『兄妹のように思う感情を捨てる』という契約。しかし僕は、今日の今日まで心のどこかでまだ甘雨の事を妹として見ていた。

 

 だからなのか、少しばかり甘雨と話が合わない時も何度かあった。

 

 

 でも、気付いた、いや、気付かされた。

 

 

 甘雨のそれは、決して友愛や兄妹愛では出てくることのないもの。

 

 僕がまだ少しでも甘雨の事を妹として見ていてしまっていたことを知ってか知らずか、甘雨は強引に、されどさりげなく自身が本気だと示した。

 

 

 そしてそれを見て、僕もどうしようもなく甘雨の事が好きなのだと自覚させられた。

 

 

 情けない話だ。

 

 

 

「行きましょうっ、兄さま」

 

「……ぁっ、あぁ」

 

 

 

 左手をぐいっと引っ張られて、僕と甘雨は璃月の埠頭へと入っていく。

 

 どこかにいたはずの空とパイモンは気付けばいなくなっており、探すのを諦めた僕は立場が逆転して僕を先導する甘雨の顔を見る。

 

 その顔はとても満足気で、楽しそうで――――

 

 

 

 

 

――――()()を、期待しているような気がした。

 

 

 

 

 

 

(ここまでされて言葉を紡げない男なんて、男として失格だな)

 

 

 

 ただの同居人、兄妹、師弟、そんな関係は今日で終わりにさせる。

 

 その関係の壁を僕が飛び越えてくるのを、向こう側で手を広げて待ってくれている人がいる。

 

 飛び越えようとしている僕の背中を、押してくれる人たちがいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな筒を大量に乗せた帆船が、璃月の船着き場から大勢出航していく。

 

 

「……花火、楽しみだな」

 

「はいっ」

 

 

 埠頭の喧騒が、次第に大きくなっていった。




エンダーからのドナりますよォっ!


この作品書いてて思ったけど、八重神子引かないで甘雨引いときゃよかったなぁって。
でも神子も欲しかったし、ううむ……。

私の甘雨は作品の中にいるからヨシッ!


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12.ずっと一緒に

予約投稿の日時を一日間違えてました……申し訳ねぇ……


 

 

 それは、ある日の任務の帰りだった。

 

 僕の事をよく気にかけてくれる先輩仙人の麒麟が、僕が任務から帰ってくるのを見るなり自宅へと半ば強引に連れて行った。

 

 

 当時の僕は、今の魈も驚くほど寡黙だった。

 基本的に話す相手は帝君か帰終様だけ。それも一言二言任務の事のみ。私的なことは何一つ話さず、必要な事のみその舌を使って端的に告げて去っていく。

 

 そんな僕を帝君たちと同じくらい気にかけてくれていたのが、僕より昔から帝君に仕えていた麒麟の仙人。

 

 事あるごとに人間の姿になって僕を街へと連れ出し、喋らない僕にずっと一人で喋りかけていた。正直、鬱陶しいと思う時もあった。面倒くさいからやめてくれとも思った。

 

 その時は、僕は両親から捨てられたと思っていたし、面倒を見てくれる人たちに報いるために戦っているようなものだったから。そこに私情はいらないし、特別な感情もいらない。

 

 

 

『うぎゃぁ、うぎゃぁっ!』

 

『久劫、俺の娘だ。名を甘雨という。是非、抱いてあげてくれないか』

 

 

 

 初めて見た赤ん坊に、今まで押さえつけていた感情が少しだけ漏れ出た。

 毎日重たい大剣を担いで任務に出ている僕からすればその赤ん坊は小さな花の花弁よりも軽く、夜叉として鍛え上げた僕が少しでも力を込めてしまえば容易く潰れてしまうような脆い命。

 

 

『うみゃ……きゃはは、きゃはは!』

 

『抱いただけで甘雨が笑った……やっぱり、久劫は心優しい仙人だな』

 

『……分からない』

 

 

 ただ、僕に抱き上げられて笑顔を見せる角の生えた赤ん坊を、理由は分からずとも『守りたい』と思ったのはその時からで、僕の口から任務の報告以外の言葉が発せられるようになったのもその時からだ。

 

 

 

 

 

 

 

『にーさま、にーさま』

 

『……どうした、甘雨』

 

『りゅーうんしんくんのとこから、もってきた』

 

 

 そう言って甘雨が差し出したのは、留雲が作ったであろう明らかに複雑な造りをした絡繰り。

 最近仙人の修行を終えたばかりの留雲は、その時から甘雨の修行監督を請け負っていた。そして、甘雨は事あるごとに留雲の洞府からこうして絡繰りを持ち帰ってくる。

 

 そして、それに気付いた留雲が今とは似ても似つかない口調でぷんすこと怒りながら回収に来るのだ。

 

 しかしまぁ、留雲も僕も、幼子の屈託のない笑顔と純粋な『快』と『不快』でしか物事を判断できない素直な性格にあっという間に絆されて、本来叱らなければならないのにそれが出来なかった。

 

 

 

『にーさまと、これであそぶの!』

 

『……仕方ないな』

 

 

 

『もうっ、妾の洞府で暴れた挙句、仕掛けまで取るとは何事っ! さぁ甘雨! その仕掛けを――――』

 

『りゅーうんしんくん、これね、とってもおもしろかったの! またにーさまとあそぶ! りゅーうんしんくんも、あそぶ?』

 

『……し、仕掛けのテストができたし、よ、よいぞ』

 

 

 結局、そのあと甘雨がつかれて眠るまで三人で遊ぶのは、もはや日課となりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『兄さま――――わああああああぁぁぁぁっ!!?』

 

『甘雨……うごぉっ!!?』

 

 

 甘雨は他の誰かに自身の昔話をされるのが嫌いな傾向にある。それは単純に、『太る』という単語では片づけられない程に丸々としていたからだ。

 

 野菜しか食べていなくても、食べ過ぎれば太ってしまうという事を体現しているいい例だったように思う。

 

 留雲の洞府から帰る道中で山道を転がり、僕と衝突するという事件は今思いかえすと一週間に一度程度はあったはずだ。

 

 僕らが油断して甘雨が獣に食べられ丸のみされたとき、あまりにも丸かった甘雨が呑み込めず喉に詰まり、そのまま獣が窒息死した時は流石に焦ったが笑う他なかった。

 

 

『兄さまは、意中の人はいないのですか?』

 

『いないな。……強いて言うならば、僕と一緒に戦場で背中を預けられる人がいい……かな』

 

 

 その時放ったのは、嘘偽りない僕の真意だった。

 僕は戦場でいつも一人だ。その時には既に僕の動きついてこれる夜叉はおらず、僕は常に戦場で孤立していた。

 

 孤独は嫌だ、という僕の感情の現れの一つであったともいえるし、何より僕と同じくらいの動きができる女性など、どうあがいてもいるわけがない。だからそれは、一種の諦めも含んでいたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おかえりなさい、兄さま』

 

『っ……ただいま、甘雨』

 

 

 甘雨が変わり始めたのは、多分そのあたりからだったように思う。

 

 坂道を転がり落ちるくらい丸かった甘雨が、今や街を歩けば十人中十人が振り返るような別嬪に変貌を遂げていた。前の甘雨も愛らしかったが、そこへ美しさが加味され、街では丸い頃の甘雨と姿を一致させることのできない人たちが困惑の面持ちで甘雨の事を見ていた。

 

 細くスラっと伸びた白い足に、きめ細やかな五指、全てが出ていた時とは違い、出るところは出て、引くところは引いた美しい胴に、可憐な表情。

 

 

 ……そこで、僕の悪い癖が出たんだと思う。

 

 

 危うく甘雨に抱きかけた感情を、僕はかつてのように押さえつけた。

 

 血は繋がっていなくとも、僕は甘雨を妹のように可愛がっていたから。兄妹間の恋愛はいけないことだと書物に記してあったから。

 

 甘雨と出会って改善された感情の抑圧が、皮肉にも甘雨によって無意識のうちに再発していたのだ。

 ……この言い方だと、甘雨が悪者のようになってしまうな。

 

 決して、甘雨が悪い訳じゃない。素直になれなかった僕が悪いのだ。

 

 その時からしっかりと感情を自覚して、甘雨と向き合い、一切の雑念がないままにダンタリオンと刃を交えていれさえしたら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――僕は1000年もの間甘雨を待たせることもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ドーン、ドンドン。

 

 

 あまりに人が多すぎる埠頭を離れて、僕たちは玉京台の展望へと来ていた。

 

 璃月の海の上で輝いていた明霄が、花火に照らされてさらに色とりどりに輝く。

 

 

 かつて稲妻でも見たことがあったが、やはり祖国で見ると一味も二味も違うのが分かる。

 

 

 もともと璃月の戦時中の連絡手段として用いられていた爆竹が稲妻に伝わり、稲妻でそれが色とりどりに輝く夜空の華となって、璃月へ帰ってくる。

 

 

 赤い光が、青い光が、黄色い光が、緑の光が、花火を見上げる僕の目に訴えかけてくる。

 

 

 

――――雰囲気は、作り出してやった、と。

 

 

 

 あとは、僕が今まで甘雨との間にあった壁を飛び越えればいいだけ。

 

 けど、その壁が恐ろしく高い。

 

 甘雨は向こう側で待っていてくれている……と思う。だからこれは、僕自身の問題だ。僕自身が飛び越えるのを躊躇っているうちは、決してこれを越えることなどできはしない。

 

 

 大丈夫。思いを告げると決めた時から、色々言葉を考えたのだ。

 

 だからそれを、すぐ隣にいる甘雨へ告げればいいだけの話。

 

 

 

……ドーン。

 

 

 

かっ、甘雨……

 

 

 

 奥歯が震える。喉から出される僕の声が、羽虫の羽音の如く小さなものへとなってしまう。

 もし、飛び越えた先で甘雨に拒絶されたら? そのことが僕の中でいつまでも反芻して離れてくれなかった。僅かでもその可能性がある限り、その低確率の可能性を掴んでしまうのではないかと考えてしまって、一向に言葉が紡げない。

 

 

 ……僕は、ここまで情けなかったのか。

 

 

 

「兄さま」

 

 

 

 僕の小さな声は僕の耳にすら薄く聞こえたのに、甘雨の声はすぅっと吸い込まれるように入ってくる。

 

 

 

「来年も一緒に、来ましょうか」

 

 

 

 笑顔ではにかむ甘雨を見て、僕の中に蔓延っていた不安も、焦燥も、考えていた言葉も――――等しく全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「甘雨っ」

 

 

 

 

 

 

 

「僕はっ、ずっと前から、あなたの事が好きです。大好きです。愛しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘雨の気持ちも、僕自身の気持ちも気付かないふりをして、1000年も待たせてしまうような男だけどっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖はなかった。

 壁の上から、手を差し伸べてくれていたのだから。

 

 そこまでされないと越える気にならない僕に嫌気がさすが、せめて壁を登るのは僕自身の力でないといけない。

 

 

 

 だから、僕は跳んだ。

 

 

 

 手を差し伸べた甘雨を抱きかかえて、そのまま向こう側へ落ちる勢いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――僕とずっと一緒に、共に生きてくれませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――っっ!! はいっ……!! 貴方の隣を、歩かせてくださいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の耳から、花火の音が聞こえなくなる。

 

 

 

 五感の全てが甘雨から離れなくなった。

 

 

 

 目の前で目尻に涙を浮かべていた甘雨を、優しく抱きとめる。

 

 

 

 顔を上げた甘雨と目が合って、甘雨は何かを求めるように――――目を閉じた。

 

 

 

 

 

 甘雨が何を求めているかなんて、考えて答えを出すまでもない。

 

 

 

 

 

 

 目を閉じた甘雨にそっと顔を近づけ、

 

 

 

 

 

 そのやわらかい唇に、

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そっと、僕の唇を被せた。



























(恋愛もの初めて書いたから色々拙くなったけど許して……)


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13.甘い雨を、絶やすことなく

エッッッッッッッッッッッッッッッッッッピローグです。

他意はありません。本当です。


 

 

――――一応、そのあとの話でもしておこうか。

 

 

 僕が甘雨に思いを告げた海灯祭の夜から数日後、鍾離先生へ頼んで僕たちの新たな『契約』を作成してもらった。

 共に訪れた僕と甘雨を見て、鍾離先生も始帰様も終始笑顔だったのが印象に残っている。

 

 そして、元々はモラや仕事の都合で婚儀を上げるつもりはなかったのだが、どうやら空が既に裏で手を回していたらしく、それ用に装飾まで済ませた空の塵歌壺にて僕と甘雨の婚儀を執り行った。

 

 璃月の伝統的な衣装ではなく、時代の流れを汲んだ甘雨のウェディングドレス姿は間違いなく僕の記憶の中で永遠に残り続けるだろう程には美しく、それでいて清楚で可憐だった。

 

 空の根回しはそれはそれはすごく、準備されていた料理も装飾も、全て自身が持てる伝手を使って準備したものらしい。驚くことに、それらに使われていた素材は全て空とパイモンが一日中テイワット大陸を駆けまわって集めたものだというのだ。本当に頭が上がらない。

 

 

 そういえば、久々にテイワット東部三国の神々が揃っていたっけ。

 

 

 始帰様含め魔神たちは皆明らかに一つだけ豪華なテーブル席を用意されていたが、風神とそりが合わなすぎる影ちゃんは終始始帰様にべったりとひっついていた。

 

 影ちゃんは空と出会ってから自身の『永遠』について色々考えなおした結果、眞さんと同じような『永遠』を目指すことを決めたらしく、稲妻の鎖国は解除したそうだ。

 

 かつては『七神の用心棒』として互いに切磋琢磨していたが、流石に本物の七神となった今の影ちゃんには勝てるビジョンが思い浮かばない。

 それでも、かつての絆が消えることはないので、絶雲の間の三仙人と甘雨が話し込んでいるのを横目に僕は神々が座すテーブルへと椅子を持っていき、しばし昔話に花を咲かせた。

 

 

 

『うぇへへ~い、くごー! 今日はお祝いだよ、もっと飲もうよ~』

 

『……帰終ちゃん、私やっぱりあの人苦手だわ』

 

『ふふっ。私はあの人の自由奔放なところは嫌いじゃないわ。影ちゃんは固くなりすぎよ。旧友の結婚式くらい、羽目を外すくらいじゃないとね』

 

『うむ……やはり度数が足りないな……ウェンティ、ここに以前貰った『炎水』がある。……飲むか?』

 

『久劫、やめておけ。収拾がつかなくなるぞ』

 

 

 

 ……いや、ただ単に神々でバカ騒ぎしていただけだったような気もする。特に風神と僕が。

 

 あぁでも、炎水を飲んだウェンティがバタンキューしてたっけ。もっと飲みたかった僕としては風神にダウンされると少し困ったのだが、流石に僕も結婚式で酔い潰れるわけにもいかず、そのあとは普通のお酒を嗜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その楽しかった式も、今や思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……兄さま、お早うございます♪」

 

「んあぁ、おはよう、甘雨」

 

 

 僕が以前使っていた部屋は、既に片付いている。

 寝室は一つで十分だと甘雨に言われて、休みの日に二人で片づけて、元々広かった甘雨の寝室に二人分の家具やらが置かれた。

 

 

 互いに生まれたままの姿で、朝のキスを交わす。

 

 

 今日は互いに仕事が休みだ。でなければ二人してこんな昼間に目を覚ますなんてことはしない。眠りについたのが共に朝だったので仕方がないことである。うん、そう。仕方がないのだ。

 

 

 ……そして、このままだと折角の休みを丸一日無駄にしかねないので、むすっとした表情の甘雨を説得して先に風呂場へ入れ、僕は上裸で朝食(時間的には昼食)の準備に取り掛かる。

 

 そういえば、先月から僕は往生堂へ正式に勤め始めた。

 昔に往生堂の葬儀を何度見たことがあるので、簡単に出来るなどと思っていたら大間違いで、細かな所作や言葉遣いなどを胡桃に厳しく指導された。

 

 死した人の命を扱う仕事の関係上、未だこの世に残っている魂と残された遺族に失礼のないようにしなければならない。

 

 胡桃に指導されたことを徹底的に頭に叩き込み、一週間足らずでものにしてみれば、胡桃は大層喜んでくれた。「楽が出っ……仕事の効率が上がるよ~」……前半部分は聞かなかったことにした。

 

 楽ができるとは言っても、胡桃のそれは一般人が思うようなただ怠けることではない。

 胡桃は僕が今まで見て来た往生堂の堂主の中でも……否、璃月の神の目を貰った戦士の中でも飛びぬけて戦闘能力が高い。

 

 それ故に空に頼まれて戦闘へ出かける機会が多く、いつも疲れたような顔をしていた。

 

 

 それが最近、鍾離先生が「いつもの溌剌とした堂主が戻ってきた」というほどには元気が戻ってきているらしい。

 

 

 僕に職を斡旋してくれた胡桃が、かつてのように元気に過ごせるのならば僕も頑張って仕事を覚えた甲斐があるってものだ。

 

 

 

――――ジュゥゥ……

 

 

 

 程よく柔らかい目玉焼きの黄身を見ながら、僕の料理の腕も上達したなぁとしみじみ感じる。

 

 初めて料理をした時など、包丁の扱い方すらままならず切った具材も太さがバラバラで、味付けも濃く、とてもじゃないが食べられたものではなかった。

 

 ここまで僕の料理の腕を上げてくれた万民堂の卯師匠と香菱には感謝だな。

 

 

 

 

「――――兄さま♡

 

 

「――――――――っっ」

 

 

 

 

 料理の盛り付けが終わって一息ついたところで、甘雨の吐息と僕の心臓を鷲掴みにするような甘い声が、耳を伝って全身をゾクッと震わせた。

 

 

「ふふっ。料理をする兄さまの後ろ姿を見たら、思わずやってみたくなっちゃいました」

 

「……っ、って、その恰好で歩き回るなよ」

 

 

 バスタオル一枚の甘雨の髪は全然乾いてなく、なんならところどころ水が滴っているのを見る限り、まともにタオルで水分を拭き取っていないのだろう。

 

 湯浴みで上気した甘雨から程よい熱気が伝わってきて、僕の理性を壊さんと誘惑してくる。

 恐らく甘雨は、ここで僕が襲い掛かったとしても笑顔で受け入れるだろう。というより、それを望んでいるような顔をしている。

 

 しかしここで僕が耐えられなければ、折角の休みが丸々無駄になってしまい、料理も冷めてしまうだろう。

 

 

 頭の中に酔っ払って不可思議なダンスを踊りながらライアーを奏でる風神を浮かべて、精神を落ち着かせる。

 

 

 ……あぁっ、ダメだ! この風神が奏でてる歌、前に知らずに聞かされて一日中甘雨と獣のような「自主規制」をさせられた発情の歌じゃねぇか!

 

 

 僕に味方はいないのか。

 このままでは僕の理性が何処か遠くへ消えてしまう。

 

 何か、何かないのかっ……!

 

 

 

『ほぉ~う、流石は鍾離先生一押しの仙人様だ。俺も久しぶりに本気を出してみようか』

 

 

 

『いいだろう。お前ら執行官が本当に氷神の懐刀足りえるか、僕が直々に見定めてやる』

 

 

 

『言ってくれるじゃないか。だが、俺も相棒と戦った時以上に昂っている。手加減はナシだぜ? 先輩』

 

 

 

 

 

「僕もっ、湯浴みにっ、行ってくる!」

 

 

 ありがとう執行官。おかげで僕の理性は保たれた。やはり戦いの記憶は偉大であることがここで証明された。

 

 据え膳食わぬは云々など言ってられるか。休みの一日をただ甘雨とベッドの上で過ごす……のも悪くはないが、たまには共に璃月を歩き回りたいのだ。

 

 

 

 勢いよく浴室の扉を閉め、湯で全身を洗い流して湯船につかり、一息つく。昨日の夜からの疲れが一気に流れ出していくのが分かる。

 

 

 甘雨の意思なのか、それともあの世話焼きの留雲の入れ知恵なのか、最近の甘雨はよく()()()()()ようになった。

 

 それはそれで嬉しいのだが、流石に休日くらいデートというものをしたい僕にとっては少しばかり不満が募る。……結局、その不満も甘雨を見るたびに吹き飛んでしまうのだから、僕はとことん甘雨に対して甘すぎるらしいが。

 

「兄さま、入ります」

「ん~」

 

 全身を伸ばして体をほぐす。パキ、パキ、と腕やら背中やらから骨の音が鳴り、どれだけ体が固まっていたのかが伺える。

 

「お疲れですか?」

「ん~」

 

 最近めっきりと空に呼ばれる機会が減ったような気がするが、恐らく空も僕たちの事を慮っての事だろう。少し魔物をぶっ飛ばして体を解さなければいけないかもしれない。

 

 

「上、失礼しますね」

 

 

「ん~……うん?」

 

 

 

 ……そういえば、さっきから僕は誰と会話をしているのだろうか。

 この家で僕と会話する人物なんて甘雨くらいしか心当たりが――――

 

 

 

「うん!? 甘雨!?」

 

「はい。兄さまの甘雨です」

 

 

 

 いつの間にか甘雨が僕に背中を預けるようにして僕の足の間に座っていた。

 

 しくじった。あまりにも安心しすぎて別の所へ意識を集中させていたのがいけなかった。

 

 このままだといつのものように流されてしまう……!

 

 

「むぅ、私は兄さまの嫌がることはしません」

 

 

 と、思ったが、そんなことはなかった。

 

 

「……ごめん。僕が勘違いして避けてたみたいだ」

 

「? いえ? シたいのは事実ですよ?」

 

「……」

 

「ですが、それで兄さまの気分が悪くなってしまうのならば、私はシたくはありません。

 ……ですので、今日は一日、ゆっくりと過ごしましょう」

 

 

 寄りかかっていた甘雨を、後ろから抱き締める。

 

 甘雨は、僕にとことん尽くしてくれている。そして僕は、今日に至るまで甘雨の気遣いに気付けなかった。

 

 

 優しくて、敏くて、愛おしい。

 

 

「……兄さま」

 

「……甘雨」

 

 

 暫く湯船に二人で浸かった後、少しばかり冷めてしまった昼餉を平らげ、甘雨と共に久々に璃月の街を歩く。

 

 

 ついこの間までは繋いでいなかった僕の左手と甘雨の右手が、絡まるようにして繋がっている。

 

 

 決して、繋がった僕たちの関係が離されることはない。

 

 そう考えて甘雨を握る手の力を少し強めれば、甘雨も応えるように強く握ってくれる。

 

 

 

 

 次はどこへ行こうか。

 

 僕と甘雨ならば、きっとどこへだって行けるだろう。

 

 

 確証はないが、なぜかそう思った。








これにて『後日談 / 流るる星霜、華咲きて』編は完結です。ありがとうございました。

今後は本編のあとがきでも書いたように、原作バージョンアップに沿って二人を介入させたり、日常や番外編を投稿していければと思っています。

そして、話の内容的に毎日更新は厳しくなってくると思うので、今日を以て毎日投稿は終了させていただきます。

私がネタを思いつき次第投稿していければと思っているので、どうぞ気長にお待ちください。

では、以上作者からでした。

また次回。


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日常編
愛の音


麒麟の角、不死鳥の翼。

それは、持ち主が信頼に値すると決めた相手にしか触れることの許されない、信用の証。

手入れを任されるとなれば、信頼し、一生愛すると決めた相手にしか許されない、謂わば『愛情の形』である。



布が擦れる音と、羽を掻き分ける音は、二人の家では消えることのない愛情を意味するだろう。


 

 

「んふふ~」

 

「ご機嫌だな」

 

 

 夜。

 大体の人々が眠りにつき始めるであろう時間帯。

 

 僕と甘雨が寝室でただイチャついている……訳ではなく、甘雨の角を僕が丁寧に磨いてあげている。

 

 麒麟が自身の角を他人に触らせるのは、信頼の証だという。そして触らせるだけでなく手入れをさせてもらうとなると、信頼以上の関係が必要になってくるらしいのだが、まぁ、その、甘雨に認めて貰えているようで良かった。

 

 

 後ろ姿だけでも、その声と無意識なのか両足をパタパタとさせている様子からご機嫌なのが伺える。

 

 

 磨くと言っても、宝石のようにブラシなどを使っては傷がついてしまうのは明白。

 なので僕の給料の八割近くを使って購入した最高級のきめ細やかなタオルを使って丁寧に、汚れを残さないように拭きあげていく。

 

 

「兄さまの角磨きは、とても繊細で優しいので好きです♪」

 

「なら良かった…………ほい、終わったぞ」

 

「ふふっ、いつもありがとうございますっ♪」

 

 

 ちなみにだが、この甘雨の角磨きは日課である。

 今までは甘雨が鏡を見ながら一人で行っていたり、仕事が立て込んで忙しい時はしていなかったのだが、結婚して夫婦になったという事で甘雨にお願いされて以降、毎日欠かさずやっている。

 

 最初こそ割れ物を扱うかのように慎重に丁寧にやっていたが、流石に数か月も毎日同じことをしていれば甘雨がどんな力加減が好みなのかも、どこが汚れやすいのかも学習する。

 

 ……とはいえ、なぜ今日に限って甘雨が上機嫌なのかは甚だ疑問なのだが。

 

 

「兄さま、少し後ろを向いていてくれませんか?」

 

「む? 構わないが……」

 

 

 ウキウキとした声で僕にそう促した甘雨の方から、ガサガサと袋を漁る音が聞こえてくる。

 

 何かのサプライズだろうか。しかし、今日は何かの記念日ではなかったはずだ。……僕が忘れているだけだとしたら、その時は全力で詫びよう。

 

 

「いいですよ」

 

 

 そう声がかかったので振り向くと、甘雨の手には見ただけで『高い』と分かる木製の櫛が握られていた。

 

 僕が買ったタオルもなかなか値が張ったが、これはそれ以上に値が張るものだろう。装飾、色合い、形、全てが最高級に相応しい風格を放っている。

 

 

「……うむ? それは何に?」

 

 

 しかし、甘雨の意図が読めない。

 夫婦となって暫く経ち、甘雨の考えていることが言葉にしなくとも大体分かるようになってきたが、こればかりは流石に分からなかった。この櫛を使って髪を梳いてほしいということだろうか。

 

 確かに、甘雨は愛らしさを残す癖毛ではあるが、気になるほどではない。むしろ『甘雨』という人物を語る上で欠かせない可愛らしい要素の一つだ。

 

 本人が梳いてくれと頼んだら勿論喜んでやるが、あまり気が進まない。

 

 なんにせよ、甘雨が何の目的でこの櫛を購入したのか聞かない事には行動のしようがないのだから、僕は甘雨の返答を待った。

 

 

「えっと……兄さまがいつも私の角を磨いてくれているので、お礼に、兄さまの翼のお手入れをしようかと思って……」

 

「……天使か」

 

 

 若干頬を赤く染めながらふわりと笑顔を見せてそう言ってのけた甘雨が、天使に見えて仕方がない。

 

 角を磨いてくれたお礼?

 いやいや、甘雨が僕の嫁として隣にいてくれるだけで、いつもお礼を貰っているようなものなのだ。……というか、変に気遣わせてしまっていたのか。

 

 

「嬉しい言葉ですが、それに甘えて何もしない訳にはいきません。

 共に支え合う夫婦として、私が兄さまに何かをしてあげたいと思ったので、こうしてお手入れをしたいとお願いしています」

 

 

 どこまでも健気で、どこまでも素直で、どこまでも優しい甘雨。

 

 せっかくの優しさを、僕の都合で無碍にする訳にはいかない。

 かつて僕の母親に手入れされたきり、一度も手入れをしていなかった翼を展開させて、「じゃあ、よろしく」と甘雨と一緒にベッドに座りながら右翼を預けた。

 

 

「では、失礼します」

 

「ああ」

 

 

 ふわり、と甘雨の手が僕の翼に添えられ、櫛の先端が僕の羽を掻き分けて入ってくるのを感じる。

 

 そのまま優しく一方向に誘導され、散らかっていた僕の羽は甘雨に大人しく従うように真っすぐになっていく。

 

 

 初めて僕の翼の手入れをしたとは、到底思えない手付きだった。

 

 

 少なくとも初めてやったのならばここまで上手くできない。もう既に記憶が曖昧だが、僕の母親と同じくらいに梳くのが上手だ。

 

 どこかで練習したのだろうか。

 それとも、単純に甘雨の手先が器用なだけなのだろうか。

 

 

「ふふっ。

 兄さまの翼は、やはりいつ見ても美しいです。それの手入れができるなんて、私は幸せ者かもしれません」

 

「……どこかで練習したのか?

 その、初めてとは思えない程に上手いと思うのだが……?」

 

「秘密です……と言いたいところですが、始帰さんに聞きました。

 始帰さん自身は兄さまの翼の手入れをする機会は終ぞ訪れなかった、と嘆いていましたが、兄さまのお母さまから手入れの仕方を教わっていたそうで、私にそれを教えてくださいました」

 

 

 なるほど、母が始帰様に教えていたのか。

 

 不死鳥の一族……だけでなく、僕たちのように翼を持ち空を飛ぶ種族は翼が命だ。安易に触らせていいものではない。それこそ、麒麟における角のように大事なものだ。

 

 だから例えそれが自身の仕える主君であっても、心から気を許した相手出なければ触らせはしない。

 始帰様には申し訳ないが、これは僕の中で未だ残っている種族としての矜持なのだ。

 

 そして今、その命ともいえる翼を、甘雨に任せている。

 

 あの戦争の時代の僕には、考えつかなかった未来。自分が心の底から愛している女性が、自身の翼の手入れをしてくれるなんて、想像したことすらなかった。

 

 

 ……だが、聞いただけにしては些か上手すぎるのではないのだろうか。

 

 

「本当に聞いただけなのか……?」

 

「はい。後は……兄さまの妻としての直感です。

 確証も何もないのですが……兄さまなら、ここを梳かれると気持ちいいかなと直感的に分かるんです」

 

 

 慈母のような笑顔を見せながらゆっくりと僕の翼の手入れを続ける甘雨。

 

 そこにあるのは、結局『愛』だった。

 

 

 

「……僕の事をこんなに考えてくれる妻がいるなんて、僕は幸せ者だな」

 

「私もです……兄さま」

 

 

 

 

 

 虫の声が窓の外から聞こえてくる、静かな夜。

 

 薄い灯だけが灯る僕と甘雨の寝室に、僕たちだけが感じられる幸せの音が響いていた。




日常編はこんな感じでほのぼののんびりやっていければ。

ifはまだかって?
前話で甘雨と結ばれたばっかなのに他の女性とくっつく話が私にかけると思ってるのか!! そんなん書いてるこっちからすればNTRもいいところだぞ!!

……まぁ、既に書き終わってるんですけどね。

もう少ししたら上げる予定ですので、しばし待たれよ。


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久劫の隠し事

3月14日の今日この日、久劫は数日前から甘雨に隠し事をしていたようです。

甘雨は隠し事をしている久劫に愛想を尽かされたのではと心配になるが……?


 

――――ここ数日、兄さまが何やら隠し事をしているようです。

 

 私が家に入ろうとすると家の中からバタバタと何かを急いで片づけるような音が聞こえて、私がそれについて尋ねても「聞き間違いではないか」の一点張りです。

 

 こっそり外から覗こうにも、兄さまの察知能力が高すぎて私ではどうにもならず、私の心にはどんどんと不満が募っていきました。

 

 

 私と兄さまの間に隠し事はないはずではないのか、兄さまは私に教えられないことがあるのか。

 

 

 夫婦として互いに支えていくと決めたのに、兄さまは私に何も教えてくださいません。

 

 私では兄さまの力にはなれないのでしょうか。兄さまに「お前などいらない」と言われているようで、私の表情は次第に暗くなっていってしまいました。

 

 

 

「甘雨……?」

 

「……」

 

「甘雨っ!!」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

「もう、しっかりして頂戴。秘書の貴方がそんな様子じゃ、仕事が回らないわよ」

 

「も、申し訳ございませんっ!」

 

 

 

 その結果、仕事にまで影響が出てしまい、刻晴さんに注意されてしまいました。

 公私混同は極力抑えるべきだと兄さまと一緒に決めましたが、流石に今の私には守ることが厳しいルールになっています。

 

 兄さまがどうして私に隠し事をするのか、そもそも何を隠しているのか、仕事場でプライベートの話をするのはご法度だと分かってはいましたが、もはやそれどころではなくなっていた私は思わず刻晴さんに尋ねてしまいました。

 

 

「刻晴さん……兄さまが、近頃私に隠し事をしているようなんです。……何か心当たりはありませんか?」

 

「久劫さんが? うーん……そうね……」

 

 

 普段ならこんな話を持ち出した時点で「今は仕事が優先よ」と断っていたはずですが、余程私の心情が表情に出てしまっていたのか、刻晴さんは顎に手を当てて真剣に考えてくださいます。

 

 そして、何かに思い当たったのか手帳を取り出すと、「なるほど……」と零して手帳を閉じました。何かわかったのでしょうか?

 

 

「甘雨……残念だけど、私には分からないわ」

 

「へっ??」

 

 

 そして、刻晴さんの返答は私の待っていた言葉とは真逆のものでした。

 明らかに何か分かったような言葉を漏らし、納得したような表情をしていたというのに、刻晴さんは「分からない」と答えました。一瞬、私の耳がおかしくなったのではないかと疑ってしまったほどに鮮やかな掌返しでした。

 

 

「……でも、彼が近いうちに貴女にその秘密を打ち明けてくれる……そんな気がするわ」

 

「……???」

 

 

 刻晴さんの言葉に私はさらに混乱してしまいます。

 その口ぶりから察するに、刻晴さんはなぜ兄さまが隠し事をするのか知っていると思われます。しかし、刻晴さんは『答え』を言いたくはないようです。どうしてでしょうか? そもそもなぜ答えを導き出せたのでしょうか? ……疑問は残るばかりです。

 

 

「それじゃ、仕事に戻りましょ。まだまだやるべきことは沢山あるわ」

 

「えっ? あっ、はい……」

 

 

 刻晴さんは半ば強引に話を切り上げると、私の手元にあった刻晴さん用の書類を全て持って執務室へと消えて行ってしまいました。

 しばし呆けていた私ですが、少しして刻晴さんが言った言葉の意味を考えながら残った資料を担当者の元へ届けに行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘雨ちゃん?」

 

「ぁっ、始帰さん」

 

 

 私の様子を見かねた刻晴さんが、午後の仕事を全て引き受けてくださり、私は太陽が真上から照らす璃月を歩いていました。

 そこで、少々丈のあっていない美しい着物を着た、白桃色の髪の毛をした夫人、始帰さんと出会います。

 

 始帰さんの本当の名前は『帰終』で、今は『鍾離』と名乗っている岩王帝君の奥さんであり、テイワットの機械産業の第一人者という凄まじい肩書を持つお方です。

 

 

 もしかしたら、始帰さんなら兄さまが隠していることを教えてくださるかもしれない――――

 

 

 そんな事を考えていた私の事を知ってか知らず果は分かりませんが、「お茶でもいかがかしら?」と朗らかな笑顔を浮かべて、始帰さんは私を近くにある茶屋へと誘いました。

 

 

 

 

 

「訪凞が隠し事……ね」

 

「はい……私が尋ねてもはぐらかされてしまいまして……」

 

 

 普段は絶対に飲めないであろう高級なお茶も、今は私の心の中に燻っているもやもやのせいであまり味を感じることができません。

 

 ススッ、と丁寧な所作でお茶を嗜んだ始帰さんは、しばし目を閉じて思慮したのち、「甘雨ちゃん」と私の名前を呼びました。

 

 

「そんな言葉が聞きたいわけじゃないと怒るかもしれないけれど、一応言っておくわ。

 

 訪凞なら大丈夫。彼は貴女を裏切るようなことは絶対にしないし、貴女を悲しませるようなこともしない人よ。

 

 わたしがここで貴女に答えを言ってしまうのは、赤子の手をひねるより簡単なことよ。

 

 でも、それをしてしまったら、後悔するのはきっと甘雨ちゃんの方。だから、心配しないで訪凞を待ってあげて」

 

 

 私の目を真っすぐと見据えて、心に直接語り掛けてくるように始帰さんはそう言いました。

 これが魔神の力なのか、それとも始帰さんの長年の経験から来る話術なのかは定かではありませんが、その言葉は私の心にストンと落ち着いて、燻っていたもやもやも少し晴れた気がしました。

 

 

「さて、今日はわたしの奢りよ。気になった茶でも菓子でも、好きなだけ注文して頂戴」

 

 

 真面目な雰囲気から一転してにっこりと笑顔を浮かべた始帰さんに促されて、テーブルの上に置かれていたお品書きから食べたいものを注文しようとして――――

 

 

「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、……ごっ、5万6000モラ!? たっ、高すぎますっ! 流石に頼めませんっ!!」

 

「あら、そう? なら私が決めちゃうわね……すみません、この『繁煎丹』を二つと――――」

 

 

 メニューに並んでいた、どの商品も決して4桁になることがないお茶とお茶菓子を、始帰さんは次々に注文していきます。

 

 以前料亭へ共に言った鍾離さんと同じ頼み方をされていますが、も、もしかして始帰さんも鍾離さん同様にモラを持っていなかったり……?

 

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、足りそうね」

 

 

 そんなことはありませんでした。ジャラジャラとモラが入った袋の口からはとんでもない量のモラが顔を覗かせています。テイワットの機械産業を担う第一人者の財力はとんでもないものだという事を知ることが出来ました。

 

 ちなみに、次々に運ばれて生きた高級茶菓子とお茶はそれはそれは美味しく、思わずパクパクと口に茶菓子を運んでいる私を見て始帰さんがにこやかにしているのを見てしまい、顔から火が出る程恥ずかしい思いをしました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ジャァァァァ、ガシャガシャ、バタン、ドタン!

 

 

 ……そして、今日も私が家の前に来ると、家の中から慌ただしく何かを片付ける音が聞こえてきます。

 

 始帰さんに「心配しないで待ってあげて」と言われてもやもやが多少晴れましたが、やはりここへ来ると「兄さまが隠し事をしている」という事実が浮き彫りになってしまい、心の中にもやもやとした感情が生まれてしまいます。

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえり、甘雨」

 

 

 いつも通りの優しい笑顔。

 ですが、そのいつも通りが逆に怖くなってしまいます。それを演じることによって、私に何かを悟らせないようにしているのではないかと勘繰ってしまいます。

 

 部屋の匂いを消すようにあからさまに撒かれたミントの香りも、その心配を助長させます。

 

 

「まだご飯ができてないんだ。先にお風呂入ってきて」

 

「分かり……ました……」

 

 

 それに、最近お風呂にも一緒に入ってくれなくなってしまいました。

 以前なら互いに体を洗い合ったり、共に湯船に浸かって疲れをとっていたりしていたのですが、最近はそれすらもなく、私に一人で入るように促してくることが増えました。

 

 そして、私がお風呂に入っている間に、またしても何かをしているのです。

 

 

 

 ぶくぶくぶく……

 

 

 

 湯船に顔の半分くらいまで浸かり、口から息を吐きます。

 こうすることに特に意味はないのですが、兄さまと共に湯船に浸かることを覚えてしまったせいで、一人で入ると何をすればいいのか分からなくなってしまい、こうして適当に暇をつぶしているのです。

 

 

 ――――……?

 

 

 いつもであれば脱衣所の向こう側から兄さまが何かをしている音が聞こえるのですが、今日は普通に料理をしている音しか聞こえてきません。

 

 料理をしている傍らで何かをしているのかもしれませんが、兄さまが私に隠している『何か』をやめたというのは私の心に大きな安心を齎しました。

 

 

 湯船から上がり、脱衣所で体を拭いて、風元素(内部機構に炎と氷も)の元素機器『ドライヤー』で髪の毛を乾かして食卓に出ると、そこには既に椅子に座っている兄さまと夕食が用意してありました。

 

 

「お待たせしました」

 

「食べようか」

 

 

「「いただきます」」

 

 

 夕ご飯を食べながら何気なく兄さまの顔を見てみると、最近何か焦ったような顔をしていた兄さまの顔が、気が抜けたような、自然体の笑みを浮かべています。

 

 『彼が近いうちに貴女にその秘密を打ち明けてくれる』という刻晴さんの言葉が不意に思い出され、私自身の中でそのタイミングがもうすぐなのだと結論付けます。

 

 

「ん? どうした、甘雨?」

 

「いえ。何でもありません」

 

 

 始帰さんの言葉通りであれば、きっとそれは「良いこと」なのでしょう。

 それが何なのかは私には図りかねますが、自然と私の箸の速度は上がっており、あっという間に夕食を片付けてしまいました。

 

 

 

 

 

 

「電気消すよ」

 

「あ、はい」

 

 寝室の電気が消され、兄さまが私と同じ布団の中に入ってきます。

 いつも通り私の角磨きと兄さまの翼の手入れを終えて、共に眠る。しかし今日は、兄さまが少しばかり私の方へ寄ってきて、そのままぎゅっとハグをしてから床に就きました。

 

 ……どうせならば抱き締められたまま眠りたかったですが、それでは互いに睡眠の邪魔をしてしまうことは明白です。

 

 ですので、私は兄さまが隠し事をしているのを知って悶々としているものとは、また違った意味で悶々としながら眠りにつきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむぅ……ぅぅん…………ふわぁ……」

 

 

 翌朝、寝起きで半開きの目をこすりながら隣を見ると、兄さまの姿はありませんでした。

 寝室の扉の向こう側から音が聞こえるので、どうやら私の方が少しばかり寝坊をしてしまったようです。

 

 しかし、時計を見やると時刻はいつも私が起床している時間と同じなので、そのことから兄さまがいつもより早起きをしているのだと推察して、私は寝間着姿のまま寝室の扉を開けました。

 

 

「あ、おはよう。甘雨」

 

「ぉはようございますぅ、兄さま」

 

 

 卓にはまだ料理は並べられておらず、キッチンからいい匂いがするので、まだ完成していないのでしょう。

 

 洗面所で顔を洗い、未だ眠ろうとしている顔を覚醒させます。

 

 タオルで顔を拭いて、洗面所から出ると、「甘雨」と兄さまから声を掛けられました。

 

 

 

 

 

 

 

「甘雨、これ、先月のバレンタインのお返し。気付かれないようにこっそり作ってたんだが、心配かけたようで申し訳ない」

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

 

 兄さまから手渡されたのは、ラッピングされたチョコレートでした。

 

 突然の事で私は思わず固まってしまいますが、そういえばと家にかけられたカレンダーに目をやります。

 

 

 本日の日付は『3月14日』。空さんが以前に仰っていた、「バレンタインデーのお返しをする日」に相当する日です。

 

 

「チョコミントをベースに、清心を使ったチョコとか、瑠璃袋を使ったチョコとか、色々作ろうって決めたんだが、思ったより大変でな……

 甘雨が帰ってくるギリギリまで試作をしてたんだ。そしたら、甘雨が思いつめたような顔をしているって鍾離先生から言われて……ごめん。甘雨」

 

 

 私に向かって頭を下げる兄さま。

 いいえ、違います。頭を下げるべきは兄さまを疑ってしまった私なのです。そう言いたかったのですが、私の口は嬉しさと動揺から口をパクパクさせるだけで、言葉は紡げませんでした。

 

 

「その、口に合わなかったら全然捨てて――――うおっ!? 甘雨?」

 

 

 兄さまに、その次の言葉を言わせてはいけないと体が反応し、気付けた私は兄さまに抱き着いていました。

 

 

「絶対に、捨てるなんてしません。兄さまが作った料理に不味いものなんてありませんから。

 

 ですので……ありがとうございます。兄さま」

 

 

「あぁ、よかった」

 

 

 

 『教えられたら後悔する』『バタバタと何かを片付ける音』『部屋の中に漂うミントの香り』

 

 その三つ全てが結びつきました。

 兄さまのサプライズを事前に私が知ってしまったら、私はここまで喜ぶことはなかったでしょう。

 

 私はバレンタインデーの日に手作りとはいえ一日で簡単に仕上げたものを渡したというのに、兄さまはそれを何倍にもして返してくれました。

 

 

 やはり、兄さま……いえ、私の旦那様は優しくて、カッコよくて、素敵な方です。

 

 

 

 

 朝ごはんはちょっとだけ焦げてしまいましたが、兄さまからもらったチョコレートはとっても美味しく、ミントの清涼感が前日まで燻っていた私のもやもやを全て取り払ってくれました。

 

 

 願うなら、来年も、再来年も、そのまた次も、そして、将来生まれてくるであろう私たちの子供にも、同じものを食べさせてあげたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はいつもより倍以上仕事が多い日だったのですが、いつもの半分ほどの時間で全て終わらせてしまい、刻晴さんに呆れた顔をされてしまったのはまた別のお話です。




ちなみに作者は貰ってないので隠し事以前の問題にぶち当たりました。


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挨拶

皆さま、あけましておめでとうございます(今更)

そして、お久しぶりです(半年ぶり)


久劫の誕生日(九月五日)にも、甘雨の誕生日(十二月二日)にも、クリスマスにも大晦日にも元旦にも投稿せずに大変申し訳ありませんでした……。

筆自体は執っていたのですが、マジで創作意欲がわかなくて、推しなのに書けないのか? と自分自身を攻めた結果更に意欲がなくなって、と悪循環に陥り……。

約束していた番外編もかけておらず、X指定版は構想時点で頓挫してしまい白紙に戻り、日常も投稿の一つすらあらず、と本当にさんざんな結果ですね。


今年こそはちまちまと書けたらいいなと思っているので、どうぞ応援の程宜しくお願いします……。


それでは本編の方どうぞ。


 

 

 スメールでの波乱に満ちた冒険を終えて、年明け。

 

 教令院の陰謀や長きに渡る信仰宗教の対立、新たに作られようとした神との戦い……そして、新たに増えた旅の仲間たち。

 

 

 そんなスメールを一旦離れて俺たちがやってきているのは璃月。理由は言わずもがな、この時期に毎年行われる海灯祭に参加するためだ。

 

 

 璃月港は既にお祭り一色で、祭りの期間中に飾り付けるための小道具や畳んだ屋台などが至る所に散見される。

 

 香菱に挨拶をしに万民堂へ赴いた時も、国内外から沢山やってくるお客さんの為に普段は倉庫の中に仕舞ってあるという机や椅子が外に出され、埃を落とすために水洗いでもしたのか濡れてピカピカになったものが干されてあった。

 

 逆に、白朮や七七がいる不卜廬では祭りの熱気に浮かされて酒を浴びるように飲んだり、食べ過ぎで気分が悪くなったりする人のための薬などの準備に奔走していた。

 

 

 客が増える、と言う意味では同じだけれど、店舗の種類によってその意味がまるで変ってしまうのも海灯祭ならではなのだろう。

 

 

 

「――――……なるほど、スメールでそんなことがあったのか。

 七神で遊戯を……か。ははっ、実に彼女らしい提案だ」

 

 

「うん。鍾離先生は表向きの事とかあるから、また塵歌壺の中でみんなで集まるのはどうかなって」

 

「みんなで集まれば、きっとナヒーダも喜んでくれるぞ!」

 

 

 そして今は、いつものように三杯酔でお茶を嗜みながら講談を聞いていた鍾離先生と、スメールでの出来事を話していた。

 

 ウェンティは基本どこにいるか分からないし、影は立場上そう簡単に会えないし、やっぱりこういう旅の話をするときは鍾離先生が一番落ち着くというか。なんというか、聞き上手なのだ。

 

 

「願わくば、フォンテーヌやナタ、スネージナヤの神とももう一度酒席を共にしたいが……彼女たちは自国の情勢的に厳しいだろう」

 

「うっ、全部これから行こうとしている国……!!」

 

 

「ははっ、きっとお前なら乗り越えられるさ。本来お前がいなければ、モンドも、璃月も、稲妻も、スメールも、こんな話をしている場合ではなかったのだからな」

 

 

「うぇへへ、そうだよなぁ?」

 

「なんでパイモンが嬉しそうなの」

 

 

 そうだ、俺たちならきっと大丈夫。旅の終点に辿り着かなければ、()との再会は望めないのだから。

 

 

「ふむ、すまない旅人。そろそろ時間のようだ。まだ挨拶に行く人はいるのか?」

 

「あ、はい。あと久劫と甘雨のところに」

 

「そうか。では、俺はこれで失礼する」

 

 

 懐から取り出した財布からモラを置いてその場を立ち去っていく鍾離先生。……えっ、財布!? 鍾離先生いつの間に財布持ち歩くようになったの!? っていうか全然足りないし!!

 

 

「鍾離のヤツ、やっと財布を持ち歩くようになったかと思えば……相変わらずモラに無頓着すぎるぞ!」

 

 

 結局俺のポケットマネーでお会計を済ませて、パイモンの鍾離先生への愚痴を聞き流しながらあいさつ回りの最後の目的地である久劫と甘雨の家へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「空ー! 早く来いよー!」

 

「はいはい、焦らない焦らない」

 

 

 群玉閣にいた凝光曰く、今日は甘雨は珍しいことに休みをもらっているらしく自宅にいるらしい。そして胡桃曰く、久劫も今日は非番で仕事は休みだという事なので、折角の夫婦水入らず日にお邪魔してしまう事へ多少の罪悪感を覚えつつ、急かすパイモンの後を付いていく。

 

 璃月港にある他の住宅と何ら変わらない一軒家。そこが久劫と甘雨の住む家。

 

 

 玄関前でこちらへ向かって手を振るパイモンに追いつき、玄関の戸を三回ほどノックする。

 

 

―――コン、コン、コン。

 

 

 木製の扉にノックの音が響き、中から「はーい」と二人分の声が重なって聞こえてくる。うん、相変わらず仲がいいようだ。

 

 やがてスタスタとこちらへ歩いてくる足音が聞こえてきて、玄関の扉が開かれる。

 

 

「どちら様―――……っと、空とパイモンか」

 

 

 出てきたのはエプロン姿の長身イケメンこと久劫。「主夫だ、主夫」とパイモンと耳打ちし合っていれば、「聞こえてるよ」と久劫が笑顔で返す。以前はスルーしていたが、やはり目の前で言うのとそうでないのとでは違うのだろう。

 

 

「あ、あけましておめでとう。久劫」

 

「あぁ、あけましておめでとう。さぁ、中に入って」

 

 

 新年のあいさつを済ませて、家の中に入る。パイモンが「ふぅ~、やっぱり家の中は温かいぞ~」ととっとと家の中に入っていき、そして空中で急ブレーキをかけて両目をまん丸に見開いた。

 

 ……? いったい何があったのか。家の中にいるとすれば久劫の妻である甘雨だが……。

 

 

「空さん、パイモンさん、あけましておめでとうございます。ようこそいらしてくれましたね。ゆっくりとくつろいでいってください」

 

「あ~、う~」

 

 

 久劫の後ろの方から聞こえて来た甘雨の声。そして、明らかに俺でもパイモンでも久劫でも甘雨でもない赤ん坊の声。

 

 一瞬思考が停止し、そしてほぼほぼ反射で家の中へ上がってパイモンとほぼ同じ位置で立ち止まって目を見開く。

 

 

「う~?」

 

 

 私服姿の甘雨の腕の中に居たのは、まだ1歳になっていないのではないかというほどの赤ん坊。

 

 さらさらの髪の毛、大きな目、ぷにぷにの頬、ずんぐりとした体格。その全てが目の前の生物を人の赤ん坊だと物語っている。

 

 

 久劫と? 甘雨の?? 赤ん坊??? 一体いつ???

 

 

 

「えぇっと、オイラたちが最後に久劫たちと会ったのが去年の三月くらいだったから……ええっと、うわああ!! オイラもう分からないぞ!」

 

 

「せ、仙人の赤ちゃんって生まれるのが滅茶苦茶早いのか??? いや、去年のあの時点で甘雨が妊娠してた??? いや、それだと時期とか合わないし……ぐわああ!! 俺も分からない!!」

 

 

 

 互いに互いの肩をぐわんぐわんと揺らして熟考する俺たちを他所に、久劫と甘雨は若干の苦笑いを浮かべている。

 

 

「あー、どうやら結構な思い違いをしてるようだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……っていう訳で、僕の同僚から一時的に預かってるんだ」

 

 

「なんだぁ―――……そう言う事なら早く言ってくれてよな!」

 

「まぁ取り敢えず、妊娠報告も出産報告もされない程嫌われてるわけじゃなくてよかったというべきか……」

 

 

 新年早々騒がしい二人組に訳を説明して落ち着かせる。

 ちなみにこの子は肩を揺さぶり合う二人を見て大爆笑してたので、まぁ止めなくてもよかったわけだが、これ以上変な憶測がエスカレートしたらどんな爆弾発言をされるか分かった者じゃないからやっぱり止めて正解だったな。

 

 

「オイラてっきり、お前らに子供ができたのかと本気で思ったんだからな!」

 

 

 パイモンが空中で地団駄を踏みながらそう訴えるも、そりゃアポなしで突然来るなんて思わないから、むしろ事前に報告しておけと言う方が無理があるだろう。という言葉は飲み込んだ。

 

 

「もうじき海灯祭ですからね。空さんたちがそろそろ璃月に訪れる頃合いだという事をすっかり失念してました」

 

 

 僕が説明している間にぐっすりと眠ってしまった赤ん坊を、暖かい毛布やらタオルケットやらを敷いたソファの上に寝かせて甘雨が少し申し訳なさそうな表情で二人を見る。

 

 以前に何度も知り合いの赤ん坊を世話してきたこともあってかその動きは手慣れており、普通に「この子の母親です」と言っても信じてもらえそうなほどに動作が身に沁みついていた。

 

 

「? ……ふふっ」

 

「……久劫、本当に久劫たちの子じゃないんだよね……?」

 

「ああ……そうなんだが……いや、何か僕も不安になってくるな……」

 

 

 僕の視線に気づいた甘雨が聖母の如く慈愛に満ちた笑みをこちらに送ってきたことにより、解けたはずの誤解がまた生みだされそうになっている。

 

 かくいう僕も、本当に甘雨が一児の母ではない、という事に確信を持てなくなりつつある。本当に自分の子供を持ったことないんだよな、甘雨。

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんなこんなあって、「長居すると悪いから」「今日はあくまでも挨拶に来ただけ」と足早に退散してしまった二人を玄関先で姿が見えなくなるまで見送り、家の中に入った後にソファの上でまだすやすやと寝ている赤ん坊と、それを優しく見守る甘雨を見つめる。

 

 

 ……いつか、あそこに眠る赤ん坊が他人の子供ではなく、自分たちの子供になる時は来るのだろうか。

 

 

 僕たち半仙は、半分仙人の血を引いているため寿命が長い。

 それに、神の目による魔力だけでなく、仙力や呪術、陰陽術といった多種多様な術を使いこなすことができるため生存戦略にも優れている。

 

 

 まぁ、端的に言ってしまえば繁殖の必要性がなく、僕と甘雨との間に子供ができる可能性はかなり低いのだ。

 

 

 共に半分人間の血が流れているとはいえ、僕も甘雨も共に5000年以上生きていることからも『半分人間』という言葉が僕らの外見にしかほとんど作用していないことは明白だろう。

 

 

 

 そうして、じぃっと二人を見つめていた僕の感情を読み取ったのか、甘雨は顔を破顔させてにへらと笑った。

 

 

「私も、気持ちは同じです。まだまだ時間はいっぱいありますから、一緒に()()()()()()()()()()()、兄さま……いや、旦那様♡」

 

 

 ぐっ、その顔にその台詞は色々と不味い……!

 

 預かった赤ん坊がいなければ今すぐにでも襲い掛かってしまうところだった。

 

 

 

「……まぁ、その通りだな。焦る必要はない……か」

 

 

「はい―――……もしかしたら、案外もうすぐかもしれませんしね……?」

 

 

「――――っ、どのタイミングでも、僕は全力で喜ぶよ」

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 

 ―――今年も一年、良いめぐり逢いがありますように。




久々に書いたからどこか違和感とかあったら教えていただけるとありがたいです……。


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結婚記念日 一周年

この小説の初投稿からもう一年経ったのか……早いですね……。


番外編と国外キャラ交流編は気の赴くままに書いてるので、超不定期更新になってますがお許しください。


 

 

「胡桃、こっちは終わったぞ」

 

「うえっ!? 早くない!? え、あの量を……? こ、これが愛の力……」

 

 

 例年通り行われている海灯祭。

 

 その終わりも見えて来たという頃には、往生堂は普段の忙しさを取り戻し始めていた。

 

 

 ちらり、と壁にかけられた時計を見れば、まだ定時まで1時間ほど時間が余ってしまっている。胡桃を含めた往生堂の従業員たちからは驚愕の視線を感じ、なんだか少し気恥ずかしくなる。

 

 

 このまま終業時間まで棒立ちしているわけにもいかず、胡桃に追加の仕事を貰いに行こうとするが、

 

 

「んー……いいや、今日はもう上がっていいよ。()()()()()にいつまでも旦那さんを拘束するのも悪いしね」

 

「そうか……すまない」

 

 

 ニタァと笑みを浮かべて断られてしまった。

 

 

 ……そう、今日は僕と甘雨の結婚記念日。

 

 プロポーズしたのはもう少し前だが、帝君に『契約』を作成してもらって空の壺で婚儀を執り行ったのが今日なのだ。

 

 ちなみにプロポーズした日の方は家で甘雨とちょっとばかり豪華な食事やお酒を嗜んで二人の時間を過ごした。尤も、甘雨はお酒は飲めないので酒を飲んでいたのは僕だけだったが。

 

 

 そして今日は、海灯祭の運営で忙しかった甘雨が七星たちの計らいによって僕の定時の時間に上がらせてくれる事になったので、甘雨と共に海灯祭デートである。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「ほいよ~、甘雨さんによろしくねー!」

 

「ああ」

 

 

 胡桃に見送られて往生堂を出る。

 

 定時の一時間前という事もあってか、冬場にも拘らずまだ日が出ている。しかしもう少しすればあっという間に沈んでしまうだろう。

 

 

 ……というか、一時間も何をすればいいのだろうか。

 

 

 胡桃の好意に甘えさせてもらったものの、甘雨が来るまでの一時間は僕は特にすることがないので暇になってしまうという事を失念していた。

 

 

 通りの方から、色んな人の声が聞こえてくる。

 

 先に一人で軽く回るのもアリかもしれないな、と考えて歩き出そうとして、

 

 

「――――……! 兄さま!」

 

「……っ甘雨! どうしてここに……?」

 

 

 往生堂の入り口の前に設置されているベンチに座っていた甘雨が、ニコニコしながら手を振り、僕の方へ歩いてくる。可愛い。

 

 しかし、甘雨はこの時間はまだ仕事をしているはずなのでは? 幾ら七星が気を使ったとはいえ、甘雨という人材をそう早い時間に手放したくないはずだ。

 

 

「えっと……その……兄さまに早く会いたくて……仕事が早く終わりすぎちゃったので……」

 

「っ……き、奇遇だな……実は僕も、そうなんだ」

 

 

「へっ……!? ―――……ふふっ、なら、お揃いですね」

 

 

 モジモジと頬を赤らめながらそう告げる甘雨に、思わず僕の心臓が跳ね上がる。

 

 結婚して一年が経つとはいえ、数千年も拗らせて来た僕にとっては甘雨のこういったしぐさの一つ一つが心臓に悪いのだ。

 

 

「……じゃあ、行こうか?」

 

「はいっ」

 

 

 前に立つ甘雨へ僕の右手を差し出し、甘雨の左手がそれを掴む。

 

 

 こうして、予定よりも一時間ほど早く、僕と甘雨は祭りで賑わう璃月へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ここの焼きそば屋さん、去年も食べましたよね?」

 

「ん? あぁ、そうだったな。今年も食べるか」

 

 

「ん……? おぉ! 噂のお二人さんじゃないですかい! 買ってくなら、サービスするよ?」

 

 

「じゃあ一つ頼む」

 

「あいよ!」

 

 

 明らかに量の多い焼きそばを受け取り、代金を渡す。快活な笑顔を向ける屋台の男性に会釈してその場を離れ、再び甘雨と一緒に歩いていく。

 

 

 去年も、こうして二人で歩いていたっけ。

 

 

 以前はぎこちなく手を握っていたが、今はただただ幸せなだけだ。

 

 街の熱気ではなく、甘雨のぽかぽかとした温かさが直に伝わってきて心地が良い。

 

 

 またさらに道中でカステラを買って甘雨と食べながら歩いていると、璃月の中心にある大通りの階段の向こう側から大音量の音楽が聞こえ始める。

 

 

 その音を聞いて「そういえば今年は『海灯音楽祭』なるものをやっていたな」と思い出して、甘雨に「見に行こう」と言って歩き出す。

 

 この音楽祭の提案者は昔、ピンばあやに命を救われたフォンテーヌの音楽家の末裔らしく、珍しくばあやが張り切って琴の練習をしていたのが記憶に新しい。その様子を見て触発された始帰様も楽器の練習をしていたっけか。

 

 

 埠頭へと着くと、そこには璃月の天才ロックミュージシャンである辛炎と、璃月の天才璃月劇座長である雲菫がコラボして音楽を奏でていた。

 

 

「……胡桃のスカウトがなければ、僕があそこに立っていた未来があったのかもな」

 

「兄さまは人気者でしたからね」

 

 

 ギターをかき鳴らして音楽を奏でる辛炎を見て、彼女にスカウトされたときの事を思い返す。置物でもいいから一緒にやってくれと遠回しに言われたときは少しばかり困惑したものだ。

 

 

「……それにしても、海灯祭も変わっていないように見えてかなり進化しているんだな」

 

「えぇ。運営に携わってきて、毎年私もそれを実感しています」

 

 

「去年は久々の海灯祭と、甘雨へのプロポーズもあってそれどころじゃなかったからな。でもこうして、また甘雨と祭りに来れたこと、嬉しく思う」

 

「私もです、兄さま」

 

 

 互いに目線を合わせて、微笑み合う。

 

 そんなことをしていれば、知らない間に演目は終わっていて、辛炎と雲菫がもうじき花火が上がることを予告していた。

 

 

 

「じゃあ、あの場所、行こうか」

 

 

 

 甘雨の手を引き、花火が良く見える玉京台へ歩き出す。

 

 

 僕たちにとっての思い出の地。

 

 いや、甘雨にとっては職場にほど近い展望台くらいの認識なのかもしれないが。

 

 

 左手には、まだ温かい焼きそばに、中身の減ったカステラなどが入った袋を提げ、右手で甘雨の手を握りながら歩く。

 

 甘雨の右手には、一匹も取れなかった去年とは違い、二匹とることができたグッピーの入った袋が提げられている。勿論左手は僕の右手と繋がっている。

 

 

 いくつかの階段を登り、『いつメン』で出かけていて不在のばあやの定位置を横目に、玉京台の方へ歩を進める。

 

 

 

 

 

―――……ドーン。

 

 

 

 

 

「始まったな」

 

「そうみたいですね」

 

 

 そして、僕たちが玉京台の展望に着く少し前に、花火の音が聞こえてきた。少し間に合わなかったようだが、玉京台にあったベンチに甘雨と共に腰かけて空に打ちあがる花火を眺める。

 

 

 

「「綺麗だな(ですね)」」

 

「「……」」

 

 

「ははっ」

「ふふっ」

 

 

 

 出て来た感想がほぼ同じで、そしてほぼ同じタイミングだったことに、顔を見合わせて思わず笑ってしまう。

 

 

 それはきっと、小さな幸せかもしれない。けれど、こんな小さなことでも甘雨と心が一つになっているという事実がとても嬉しくて。

 

 

 

「……………甘雨」

 

 

「なんでしょう、兄さま」

 

 

 

 だから、ずっと、こんな小さな幸せが続けばいいなと。

 

 

 

「一緒に、ずっと、幸せでいような」

 

「はい、勿論です」

 

 

 

 こつん、と甘雨の頭が僕の肩に乗せられる。

 

 さらさらとした髪の毛の感触が少しくすぐったくて、つるつるとした角の感触も心地よいけれど、それ以上に、幸せだった。

 

 

 

「――――……兄さま」

 

「ん? ……あぁ、分かった。  ――――――……んっ」

 

 

「んむっ……」

 

 

 

 僕の肩から、僕の顔を見上げて来た甘雨の唇に、去年と同じように僕の唇を重ねる。

 

 

 

ぷはっぁ……兄さま、今年も、来年も、その次も、ずーっと、大好きです」

 

「うん。僕も、ずっと、大好きだ」

 

 

 

 玉京台にも多少の人の目はあるため気恥ずかしさこそあったものの、そんなものは甘雨との時間に比べたら小さなものだ。

 

 

 

 僕ら仙人の人生の道は、これからも果てしなく続いていく。

 

 

 その道を、僕らは二人で歩いていく。

 

 

 例えその過程で共に歩む人が三人になっても、四人になっても、五人になっても、僕は甘雨の隣を歩き続ける。

 

 

 

 

「……だから、その……えーっと……」

 

「……………?」

 

 

 

 

 甘雨の視線が少し泳いだ。

 

 僕の手を握る右手の力が少しだけ強くなって―――……。

 

 

 

 

 

「その気持ちを、……()()()()()()()()()()()()、嬉しい……です」

 

 

 

「――――……へっ……!?」

 

 

 

 

 

 僕の手を握っていない方の手で、甘雨は自らの腹部を優しく撫でながら、にへらと破顔してそう告げた。

 

 

 

 

 早速、僕らと共に歩む人が一人、増えたようだった。




色々賛否は分かれると思いますが、これこそ二次創作の醍醐味だと個人的には思ってます。

前話『挨拶』での「子供が出来る可能性はかなり低い」とかいうのはどっか行きました。愛です。愛の力です。


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番外編
無名夜叉の覚悟


層岩巨淵の魔神任務!? そんなん関わらせるしかないやん! って思ったけどあのストーリーに久劫ぶりこむと途端にクソつまらなくなるから、こんな感じになりました。


……あとクソお久しぶりです(三か月ぶり)


 

 

「……人、どこへ行っていた」

 

 

 光も届かぬ地下深く。

 

 入口を完全に封印したために出る事も叶わなくなった深淵に、仄暗い蝋燭の灯だけが残された一人の人間と一人の夜叉を照らし出していた。

 

 

「はぁ……夜叉の兄弟よ。何度言えば俺の名を覚える。

 俺の名前は”伯陽”。お前と共に層岩で戦った術師だ」

 

 

 目の前に座る四本腕の無名夜叉にため息を吐きながらも、伯陽は繰り返し自分の名前を聞かせ続ける。

 

 術師とはいえ、ただの凡人である伯陽に目の前の夜叉が『業障』に侵されて静かに発狂し、記憶が混濁していることなど分からない。

 

 

 それでも、伯陽は目の前の夜叉が自らの名を覚えるまで何度も自分の名を名乗った。

 

 

「伯陽……伯陽?

 貴様が伯陽と言うのならば、我は一体何なのだ……?」

 

「ははっ……俺も、名前で呼びたいのだがな。共に死地を生き抜き、共に生涯を終えようとしているのに、名前すら分からないなんて残念だよ」

 

「ここに残ると……? ならん! お主だけでも外へ出ろ!」

 

 

 夜叉はこの場所が既に封印されていることも忘れ、”契約”を守るために民を外へ逃がそうとする意思を見せる。

 

 しかしそれは、土台無理な話であった。

 

 

「今更後悔するなよ。封印は解けないからな」

 

 

「封印……? あぁ……そうか、我は戦うために来た夜叉……」

 

 

 『業障』に囚われ自我を失いながらも、濃密な『血』の匂いと『死』の気配に引き付けられて夜叉は馳せたのだ。

 

 

 二人の覚悟は、とうに決まっていた。

 

 

 

 

 

「ごふっ……」

 

「おい、大丈夫か兄弟! 死ぬな!」

 

「この傷を見ろ。我はもう長くはない」

 

 

 ほとんどの力を使い果たし、人智を越える力を有す夜叉の体は、傷の修復もできない程にボロボロになっていた。

 

 

「……今日、家族の幻影を見た。俺ももう、狂い始めたのかもしれない」

 

 

 妻子の姿を地下で幻視した伯陽の顔は、地下に入った時より大分やつれていた。頬は痩せこけ、もはや押せば倒れてしまうような体格。しかしその瞳には、変わらぬ覚悟が宿っていた。

 

 

「伯陽……お前は、家が恋しいか?」

 

 

 その覚悟が、少しだけ揺らぐ。

 

 

 

 

「弟を地上に残すと決めた……ッ!! だが……そんなの……ッ!!

 

 

 恋しいに……決まっている……ッ!」

 

 

 

 

 

 伯陽の瞳が力なく揺れる。己が愛し、心の底から共に居たいと願った家族とは、もう二度と会えない。そんな現実を再び直視し、伯陽は掌から血が出る程拳を握る。

 

 

「――――……我にも、”家族”は、いるのだろうか」

 

「……いるんじゃないのか。兄妹とかか?」

 

 

「兄妹……ぐっ……我は一体何者で、家族は――――」

 

 

 ドサリ、と夜叉の巨体が地に倒れる。

 徐々に生気を失いつつある夜叉に、伯陽は「死ぬな」と声をかけ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……浮舎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……訪凞の大兄貴……?」

 

「……? 誰が訪凞だ。まだ覚えていないのか、俺の名前は――――」

 

 

「そこに、いるのか……?」

 

 

「兄弟……? どうした?」

 

 

 

 伯陽に力なくもたれかかっていた夜叉が、岩壁に向かって歩み始める。伯陽が少し目を凝らしてみれば、確かにそこは、ほんのりと水色の何かが輝いているようにも見えた。

 

 

 

「大兄貴……! ずっと、ずっとお探ししておりましたッ!! 数百年間、こんな薄暗い地下深くで、よくぞ……」

 

「兄弟!? そんなに力を加えては、落盤するぞ!!」

 

 

 

 ありったけの力を込めて岩壁に殴りかかる夜叉を、伯陽が慌てて止めにかかる。

 

 

 

「ああ、皆、助力に来てくれたのだな。大兄貴が、ここにいるぞ……!」

 

「やめろ兄弟! それは幻影だ! 気持ちは分かるが、一度落ち着け!」

 

 

「幻影……? そう……か……これは、幻影、なのか……」

 

 

 

 我に返った夜叉が、血まみれの拳をだらりと下げて力を抜く。岩壁に移るのは四人の人影で、夜叉にはその全てに見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……王手」

 

「ぐぅっ!? ま、参りました……やはり、いつまで経っても訪凞殿には勝てないですね」

 

()ぃ、すごいっ!」

 

 

 我の脳内へ流れるのは、過ぎ去りし過去の思い出だった。

 

 誰もかれもが笑顔を浮かべて時には和気藹々とし、時には切磋琢磨し合った、仲間……否、家族との思い出。

 

 

 

「伐難もやるか?」

 

「う……()は遠慮する……」

 

 

 帝君がいらっしゃって、帰終様がいらっしゃって、龍王殿がいて、我ら『仙衆夜叉』五人がいて、他の仙人は夜叉がいて、そしてその中心にはいつも大兄貴がいた。

 

 

「あら訪凞。面白い遊びをしているのね。私も混ぜてくれないかしら」

 

「え゛っ、き、帰終様が……? よし伐難、甘雨のところ行くぞ」

 

 

「んんー、ダメ! たまには兄ぃに負けてもらわないと」

 

 

「ははっ、そうですよ。いつも私ばかり負けを被るのは御免です」

 

 

「み、皆さん、兄者が困っていらっしゃいますよ……?」

 

 

「ははっ! いいじゃないか。大兄貴にも負けを知ってもらわないと、我々の立つ瀬がなくなる!」

 

 

 

「……」

 

 

 

 帰終様にボロボロに負けて、悶絶しながら大の字に倒れた大兄貴を見てみなで笑った思い出。

 

 

 

 

 

 

 

「浮舎、追加の墨持ってきたぞ」

 

「流石は大兄貴! やはり言葉を交わさずとも考えていることは同じなのですね!」

 

 

「金鵬の兄者、どんな反応するんだろう」

 

「そうですね。きっと静かに槍を持って追いかけっこを始めるのではないでしょうか」

 

「ちょ、ちょっとお二人とも! や、やりすぎですわ!」

 

 

 そのあと、静かな殺気を滾らせた金鵬に追い回され、大兄貴と共に笑いながら逃げた思い出。

 

 

 

 

 

 

 

「民を守る夜叉として、姿を現す際には正装をしてくださいと言っているでしょう」

 

「服など着ていては、戦う時に邪魔になる!」

 

 

「兄ぃ、()ぇ、また浮舎の兄者と弥怒の兄者が服で揉めてる」

 

「どっちも両極端に振り切っているからな。あれは避けられないもめ事だが……」

 

「ふふっ。いつも通りって感じですわね」

 

 

「……ああ」

 

「……」

 

 

「だーかーらー、何もいつも戦っているという訳ではないでしょう! せめて人前に出るときは――――」

 

「急に妖魔が現れる時もあるだろう! その時、いちいち服を脱いでいては――――」

 

 

 我と弥怒の口論を、他の皆が止めるでもなく笑顔で眺めていた思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやああああっっ!! いやああああああああああああ!!」

 

 

「助げでよ兄ぃいいいいいいいいいいっっ!!!」

 

 

「ああああああっっ!! やりやがったな伐難んんっっっ!!!」

 

 

 

「くっ、行くぞ浮舎!! ()()はもう妖魔だっ!!」

 

「あ……ああああ……」

 

 

「浮舎っ!!!」

 

 

 

 

――――僕たちで、璃月を永遠に守るんだ。

 

 

 

 

「助けてくれよ……大兄貴……」

 

 

 

 

 瓦解なんて、あっという間だった。

 

 

 大兄貴がいなくなって、一年も持たなかった。

 

 

 皆大兄貴が受けるはずだった業障に飲まれて、身を滅ぼした。

 

 

 どこに行ってしまったんだ大兄貴。我らで、永遠に街を守るのではなかったのか。

 

 

 

 

「ああ……ああああああ……あああああ……」

 

 

 

「浮舎……? おい浮舎!! 気をしっかり持て! 飲まれるな!!」

 

 

 

 

 我らハ、夜叉。

 

 

 りー月ヲ守る、岩オウてい君の、懐刀デアる。

 

 

 

 

 

――――リーゆエって、何ダッケ?

 

 

 

 

――――ガンオうていクんっテ、だレだっけ?

 

 

 

 

――――ワカラナい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、飲まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!」

 

 

 

 

「浮――――っ!? くっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――家族との、最期の思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいだろう。ここにお前と俺の”契約”を結ぶ』

 

 

 

 

――――浮生は散り、万般を舎す。

 

 

 

 

『今日より、お前の名は”浮舎”だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浮舎……そうか、お前は浮舎というのだな」

 

 

「……生命の鼓動を感じる。伯陽。ほんの一時でいい。ほんの数刻だけ結界を解いてくれはしないか」

 

 

 我の頼みに、伯陽はひどく驚いていた。命を懸けてここへ閉じこもったのに、最後の最後に命が惜しくなったかと攻め立てられた。

 

 しかし、そうではない。

 

 

「この岩壁の奥深くに、璃月にいなくてはならない人物が眠っている。

 我の魂全てをもってして、岩盤ごと全てを上にあげる。何十年、何百年かかってもよい。いずれ彼は息を吹き返し、我らの代わりに璃月へ永遠の安寧を齎す」

 

 

 その際、大兄貴の中へ眠る邪悪な気配も共に目を覚ましてしまうだろうが、ここで誰にも気づかれぬまま存在そのものが朽ち果てるまで魔神と戦い続けさせるなんてことは、我にはできなかった。

 

 

「分かった。……恐らく、俺もお前も、力を使い果たして死ぬだろうな」

 

「構わん。ここで大兄貴を地上へ近づけさせることにどれだけの意味があることか、あの世でとくとみるがよい」

 

 

 伯陽が盤を手に取り、全身全霊を以て力を流し込む。そして我も、魂そのものを削り取って大兄貴が眠る岩盤ごと動かす雷極を作り出す。

 

 

 

 

 

 地面が激しく揺れ、洞窟のあちこちが凄まじい音を立てて崩れ始める。

 

 

 退路は断たれ、もはや引き返すことなどできないが、もとより我らに引き返す道など最初から存在しない。

 

 

 

 

 

――――大兄貴、どうか、地上で一人苦しんでいる金鵬を、助けてやってください。

 

 

 

――――我らはこの誰にも見つからぬ地下空間で、あなた方を見守り続けます。

 

 

 

 

――――どうか、ご達者で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岩盤が崩落し、二つの命が地脈へ還る。

 

 

 地盤が上昇し、一つの命が未来へ託された。

 

 

 

 

 

 千年の激闘の最中、彼は気付くことなく一人の家族の死を見送っていた。



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if.もしも胡桃の恋が成就していたら

胡桃のキャラ崩壊しすぎてもはや誰やねん状態。

もはや胡桃の皮をかぶったオリキャラと化していますので、本当に注意。

恐らく胡桃ガチファンが怒り狂うレベルかもしれない……。


それでもいい方はどうぞ。





























 往生堂七十七代目堂主、胡桃はかつてないほどに気分が良かった。

 

 胡桃の様子が以前と違うことに気が付いた鍾離がそれとなく訪ねてみたものの、答えをはぐらかされて思うような回答は得られなかったという。

 

 

 『もしかしたら、桃も会えるかもしれんな』

 

 

 せいぜい、「そんな人がいたんだ」程度の認識だった。

 その仙人に関する記述が1000年も前に途切れているのならば、璃月人の与り知れぬところですでに死んでいるに違いない。だから関わることもないだろう。

 

 そう思っていた胡桃だったが、やはり己の血に刻まれたかつての女傑たちの意思は『彼』を見た瞬間にありありと反応を示した。

 

 

 『人間と婚約をした仙人はいるにはいる。だが、人間と仙人の寿命の差はどうあがいても埋められない。

  大切な人が己より早く年を取って死ぬのは、彼ら仙人にとっては耐えられない苦痛なんじゃ。

 

  だから、彼は決して首を縦には降らなかった。そういう仙人たちを、数多く見て来たからじゃろう』

 

 

 既にあの世へと旅立った胡桃の祖父が言っていたことは、()()()()()()()()()。正解も正解。大正解だったのである。

 

 

 何故、それが正だと分かるのか? その話が冒頭の胡桃の機嫌が良い理由に繋がってくる。

 

 

 

()()()()()()!」

 

「――――おかえり、胡桃。 っおぉっと、いきなり飛びついてくるなよ。危ないだろ?」

 

「うへへ~。疲れたから癒してよ~」

 

「はぁ……仕方がないヤツだ」

 

 

 

 仕事終え、一早く帰った胡桃の執務室には既に先客――――久劫がおり、胡桃はその姿を見るなり久劫へ飛びついた。

 

 にへらと破顔する胡桃の頭を、久劫は優しく慈しむようにポンポンと撫でる。

 

 

 お分かりいただけるだろうが、久劫と胡桃は恋仲である。

 まだ誰にも言っていない、二人だけの秘密。

 

 多くの者が命を賭して戦っていたあの戦場で、二人は恋に落ちた。謂わば一目惚れと言うヤツである。

 

 戦争が終わってひと段落ついたのち、璃月郊外で一人暮らしを営んでいた久劫へ胡桃が猛アプローチを仕掛け、そして遂に久劫を仕留めたのだ。

 

 

 もともと胡桃に好意を抱き始めていた久劫は、始めこそ人と仙人が付き合うことに対して悩んでいたが、胡桃の積極性に根負けして交際に踏み切ったのである。

 

 

 

 基本的には久劫も胡桃も公私は分けるタイプであったので、人前ではこうした行動は絶対にしないが、二人きりの空間となるとまるで人が変わったように二人でイチャイチャしだすのだ。

 

 いつも胡桃にちょっかいを仕掛ける幽霊も、この二人の空間に入るのは憚られるらしく、二人きりの時は滅多に顔を出さない。

 

 

「んー! ありがと! お茶にしよっか!」

 

「そうだな。手伝おう」

 

「いーよいーよ、座ってて」

 

 

 胡桃にそう言われて、久劫は椅子から離れかけた腰を再び下ろす。

 トコトコと執務室に備え付けられた台所へと向かう胡桃の後ろ姿を見て、久劫はふっと頬を綻ばせる。

 

 不思議な女性、というのが胡桃に対する久劫の第一印象だった。のほほんとして適当な女性かと思えば、生死に対する倫理観などに対しては人一倍しっかりとしているし、今でこそでろっでろに甘えているが、仕事や戦闘となれば人が変わったように真面目になる。

 

 あれが胡桃の『素』なのかは久劫はまだ出会ってからひと月程しか経っていないので未だに測りかねているが、少なくとも、胡桃が『素』を曝け出して自分を頼ってくれるような存在にはなりたいと思っていた。

 

 

 

「お待たせっ、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 

 

 カップを二つ持った胡桃が台所から戻り、久劫の前に紅茶の入ったそれを置く。

 

 カップに口を付けて中身を呷れば、ほどよい清涼感とレモンの酸味が久劫の口の中を駆けていく。

 

 

「うん、いつ飲んでも美味いな」

 

「へへ……ありがと」

 

 

 純粋な誉め言葉に胡桃の頬が思わず紅潮する。

 その愛らしい姿に思わず久劫が胡桃の頭を撫でると、年相応の少女と言った表情を浮かべて羞恥に顔を染めた胡桃がぽつりと語りだす。

 

 

「私ね、不安だったの」

 

 

 それは、まだ精神的に育ち切っていない年齢で一つの企業を任されることになった一人の少女の独白。

 

 

「おじい様が亡くなって、両親も昔に死んじゃってて、私が往生堂を継ぐしかなくて、最初は戸惑ってばかりだった」

 

 

 葬儀の所作や手順は祖父に完璧に叩き込まれただけに、周囲から胡桃に向けられる期待の眼差しはそれは大きなものだった。

 胡桃は往生堂の尊厳を守るために、自身の弱い面は決しておくびにも出さなかったが、それでも心のどこかでは『寂しさ』や『悲しさ』という感情は燻り続けた。

 

 

「自分を隠すように明るく振舞って、時には残酷になって……でも、心のどこかでずっとそれを感じていたんだ」

 

 

 「でもね」と胡桃は続ける。久劫は静かに続きを待った。

 

 

「久劫と出会ってから、全部変わった。あの時、あの場で久劫を見つけた時から、『私の心の隙間を埋めてくれるのがこの人なんじゃないかな』って思ったの」

 

 

 胡桃の星型の瞳が久劫をとらえる。

 懇願するような感情を感じる瞳に、思わず久劫の心臓がはねた。――――胡桃は、本気で久劫を求めている。

 

 

「ねえ。私の『素』は、久劫がいつも見ているみたいな明るい私じゃないの。

 もっと重たくて、暗くて、高望みしちゃうような子なの。それでも、久劫は私の事を――――んむっ!?」

 

 

 ――――言われなくとも、元からそうするつもりだ。

 

 

 そう言うかのように、久劫は胡桃の口を自身の口で塞いだ。

 驚いていた胡桃の目がとろんと蕩け、ただ触れるだけのキスを10秒程度続けたところで、久劫が離れた。

 

 胡桃は名残惜しそうに久劫の唇を眺める。

 

 

「たとえ胡桃がどんな子でも、僕は()()()()()好きになった。

 今更嫌いになるはずなんてない。そもそもここで嫌いになるようだったら、元から交際の許可なんて出さない。

 

 だから、期待に応えられないかもしれないが、寂しくなったら、悲しくなったら、遠慮なく僕の胸へ飛び込んで来い。僕はいつでも、胡桃を迎える」

 

 

 

 

 久劫の言葉に暫く呆けていた胡桃だったが、数秒して再起動したのか、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

 

「な~んてねっ!

 これは久劫がちゃんと私の事を愛してくれるかのテストでした~! だ~まさ~れて~んの~!」

 

 

「んなっ!? また僕を揶揄ってたのか……」

 

 

 

 久劫が胡桃に揶揄われたのはこれが初めてではない。

 

 このひと月の間で久劫は何度も胡桃に悪戯をされたりしてきたのだ。「さっきの真面目な返答を返せ……」とでも言いたげな顔を浮かべる久劫に、胡桃がまたしてもガバっと抱き着く。

 

 

 

「でもね、重たい女の子っていうのは、ほんとだよ?

 だからね、寂しい時に抱き締めてくれなかったら、どうしよっかな~?」

 

 

 

 その時の胡桃の顔を表すのであれば、『ニヤニヤ』が正解だろう。

 

 ただ、その『ニヤニヤ』が悪戯を思いついたものからくるものなのか、それとも単なる照れ隠しなのかは、本人しか知りえない事である。

 

 

「その時は、僕が誠心誠意謝ろう」

 

「ふ~ん? どうやって?」

 

「そうだな……じゃあ、こうしよう」

 

「わぷっ……!? んにゅっぅ……!? れろっ……んふぅ……」

 

 

 久劫は、今この目の前にいる愛くるしい生命体をどうしてくれようか考えるので精いっぱいだった。

 

 揶揄われた意趣返しにと胡桃の口内に舌を侵入させてみたりしたが……どうやら逆効果だったらしい。

 

 

「くぅ、ごぉ……」

 

「――――っ」

 

「うへへぇ~、ねぇ、わたし、もうがまんできないよ?」

 

 

「ちょ、胡桃! ここ職場! ぐわあああああっ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日から、ほんの少しやつれた久劫と、満面の笑みで久劫と腕を組む胡桃のラブラブ(?)カップルが目撃されるようになったとかなってないとか。








これ久劫じゃなくてもよくね? って書いてるときに思ったのは内緒。


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