RETURN TO NIGHTMARE (デーニッツ)
しおりを挟む

はじまり
ある娘の原点 


だから君、血を受け入れたまえよ






~ある狩人の記憶より~


 荒い息遣いが聞こえる。血の飛び散った装束は重く、息苦しい。しかし、狩らねば。夢から覚めるにはそれしかない。獣へ鉈を振り下ろす。飛び散った血が頬を温めた。

 

 

 

 

 

 村娘は目を覚ます。酷い夢だった。あんな夢は早く忘れるに限る。ベッドから降り、水瓶から水を汲み口をすすいで顔を洗う。両親は既に起き出しており、朝の準備を終えてしまっていた。

 

「おはよう。良く眠れた?」

 

「うん。」

 

母の言葉に頷く。悪夢を見た等と言えば心配する。ただでさえ、この辺りは貧乏だ。それは土地が痩せているだとか、不作の年だからではなく開墾村の宿命として何もかもが足りていないからだった。

 

「今日はお祭りの準備だ。朝ご飯を食べて力をつけなきゃな?」

 

「うん。」

 

「明日はご馳走よ?」

 

明日は豊穣祭だ。地母神へ感謝を捧げ、そして次の豊穣の祈りを捧げる日。貧乏な開墾村でも、ご馳走が食べられ酒が振る舞われる。そして、夜を通して踊りを踊るのだ。

 

「今年は晴れると良いな…。」

 

小さく呟き、席に着く。昨年の豊穣祭は雨だった。その為、簡易祭壇で祈るだけで終わってしまった。娯楽が少ない村では数少ないハレの日は村娘にとっても少ない楽しみだった。

 

 

 

 昼、村の男達が祭壇を組み上げ、夜を照らす為の焚き火を灯す焚火台の設営が一段落した頃。男達は女達が用意した昼食を囲んで談笑していた。村娘はそこから少し離れた所にいた。

先程まで母親や他の女達に混じって、男達へ食事を配る手伝いをしていたのだ。そちらも一段落したので、大人達の話し声を聞きながら幼馴染みとパンに齧りつく。

 

「明日は晴れそうだな。」

 

隣で、パンを食みながらスープを飲む彼。幼馴染みが呟いた。彼もまた、大人達に混じって祭りの準備を手伝っていた。最近男らしく声が低くなり始め、狩人である父親の仕事も手伝い始めた彼が誰ともなくそんな事を呟いた。

 

「なに?いきなり。」

 

「いやさ。去年は雨が降っただろ?でも、今年は晴れそうだなって。」

 

少し照れたように頭をかきながら、要領の得ない答えを寄越してきた。

 

「なにそれ?」

 

「山のさ、機嫌がすごく良かったんだよ。昨日は獲物も獲れたし、茸や山菜も採れた。だから明日はきっと晴れるさ。」

 

村娘にとって彼とは生まれた時からの付き合いだ。喧嘩もしたが仲良くやってる方だというのが彼女の認識であった。だからこそ、昨年の村娘の落ち込み様を知っていた彼はそんな事を言ったのだろう。二人はただの幼馴染みではなく男女の関係でもあった。親達に言った事はないが恐らく気付かれているだろう。二人きりでいる時に声を掛けられる事はあまりない。

つまりは、幼馴染みなりに村娘へ気づかったと言うものか。

 

「そ、そんなことより。お前はどうなんだ?今年の舞はお前だったろ?」

 

舞、と言っても神殿の巫女や神官が踊るような本格的なものではない。あくまで神殿のある隣村から呼び寄せた神官の祝詞に合わせて踊るというものだ。つまり、祭りの余興としてのものであり、神への祈祷の意味合いは薄いものであった。

 

「ほちぼち、かなぁ。」

 

「何だよソレ?」

 

「ぼちぼちはぼちぼちだよ。」

 

村娘からすれば自分は見せ物になるのだ。それが悪いとも思わないが積極的にそうなりたいものでもない。村娘はそこまで目立ちたがりではなかった。ただ、そういう持ち回りだったと言うだけ。形骸化した踊りに深い意味はあまり見出だせないだけなのだ。

もちろんその様な意味だけでなく、立派な意味合いもあって、ある種いい加減とも言える信仰のための舞ではなかった。しかし、対して代を重ねた訳ではなくとも苦難を乗り越えるためには固い信仰や団結だけでなく、生きる楽しみが必要だった故に。

 

「ま、楽しみにしててよ。貴方が言うならきっと明日は晴れるから。」

 

「ん。そうする。」

 

明日は晴れる。少年と少女は変わらぬ特別を信じて今日を生きる。例え足元が定かではなくとも、大地が裂ける心配をして歩く者がないように。

 

 

 やがて夜が来る。それは村娘にとって馴染みあるもの。そして全てを思い出す暗闇の世界。何時だって彼女にとって始まりは夜からなのだ。

始まりの夜は足音も立てず、村娘の背後まで近寄ってきていた。

 

 

 

 




何か書いてる?ウマ娘?書かなきゃね…

次の話でゴブリンが出てきます。
やったね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして夜が来た (1)

ただ、獣を狩れば良い。それが君の目的を叶える事にもなる。




~とある助言者の言葉~


 狩りの夜だ。緑の肌を持った怪物。四方世界最弱のそれらはニヤリと嗤う。奴らは食い物を溜め込んだ。腹一杯食える。女共は孕み袋にして楽しもう。俺達はずっと虐げられる側だった。今度は俺達が奪う番だ。

卑しく、矮小な小鬼ーゴブリンー共は夜の村へ忍び寄った。

 

 

 

 

 最初に異変に気付いたのは狩人の親子だった。ここのところ、山の獣が姿を見せない。否、見せない事は珍しくもない。問題は小鳥や栗鼠の様な小動物の姿が、異様な程に少ないのだ。山で異変が起きている。そして、狩人達は痕跡を見つける。子供ほどの小さな足跡。しかして、悪意に満ちた残虐な小動物の死骸。食べる為に殺されたのではない。楽しむためだけに殺されたそれは山の生き物ではあり得ない。

 

 痕跡を持ち帰り、村の大人衆で話し合う。しかし、議題も結論も決まっていた。ゴブリンだ。四方世界最弱の魔物。あれらがどこかに潜んでいる。そんな奴らに襲撃等されては堪らない。故に殺しつくしてしまえと。

 しかし、それが出来ない理由がある。"元"冒険者と"元"兵士、現役の狩人がいる。しかし、あれらをよく知るからこそ村を空ける事は出来ない。奴らは間抜けだが馬鹿ではない。学ぶ存在だ。そして、只人のように数と知識を武器にする。最も知恵者な小鬼とて所詮はゴブリンでしかないのだが。しかし、上位種のいる群れが相手となるとあまりにも心許なく、冒険者を雇うだけの金を集めれば冬を越す事が出来なくなる。

 結局のところ、その日の暮らしの為に働く必要のある開墾村で、余計な事に費やす金も時間も労働力も無いということだ。

最悪の未来を予想出来ていても現状維持以上は望めないのであった。それがこの村の不幸であり、何処にでもあるよく聞く不幸な話の一つでしかなかった。

 

 

 夜になり村の周囲には小鬼どもが集まる。只人にとっては眠る時間。小鬼にとっては真昼の時間だ。

そこからは早かった。蹂躙し、破壊し、犯し、略奪し、弄ぶ。

 

「ゴブ、ゴブゴブ!」

 

「ゴブゥ!」

 

戦利品で彼等は楽しんでいた。ずっと暗く、湿った地の底で忍耐を強いられて来たのだ、孕み袋を一つ先に楽しんだとて罰は当たるまい。彼等は力に酔い、血に酔い、快楽に酔っていた。だから彼等は最期の時まで、自分達は狩る側であり狩られる側ではないと信じたまま矮小な生を終えた。

 

 弄ばれていた女は全てを諦めたその瞳で、小鬼どもが血を噴き出しながら倒れていくのを無感動に見ていた。そして気を失う前に見たのは死神の鎌であった。

 

 

 静かな夜だ。祭りの前の夜。明日に備えて皆、寝てしまった。それは村娘の一家にとっても同じである。村娘を除いて。

彼女は悪夢を見る。見たこともない服装で、見たこともない街の中を歩く。そして、お伽噺の中でしか聞いたことのない狼人間の様な化物を血祭りに上げていく。無感動に、作業的に、しかし無駄に苦しめる事なく。そして大きな聖堂に辿り着く。司祭と思われる女性が何か呟いている。声をかけようとした。女司祭はこちらを振り向き、化物へと変貌していく。元の身体の何倍もの体躯を持つ獣に成り終わった時、正にぶつかり合う直前に目が覚めた。

 

 目が覚めて異変に気付く。村が騒がしい。寝室からは父と母の気配が消えている。悪夢から目覚めて直ぐの異変に、未だ悪夢を見ているのかとも思う。開きかけた扉から外が見えた。緑肌の化物達が地獄を創っていた。

声が出そうになる。声を出してはいけない。咄嗟に口に手をあて、声を殺す。しかし足音を立ててしまった。

ゴブリン達が獲物の気配に嫌らしい笑みを浮かべ、音の方へ歩き出したのを見た。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。逃げる。しかし、逃げ場がない。ゴブリン達が扉を破り、家の中へ踏みいってきた。

 

「ゴブ?」

 

「ゴブゴブ。」

 

下卑た笑みを浮かべたまま、ゴブリン達が父母の寝室へ入って行くのを見た。まだ、見つかってはいない。今の内だと村娘は部屋を飛び出し、家を飛び出した。ゴブリンに追い付かれるより早く逃げる。ただそれだけを考え懸命に脚を動かした。

 

 村娘の不運は周りを見るよりも逃げる事に集中していたこと。そして幸運もまたそうであったことが彼女の首を絞める事になった。

なんの事はない。ただ、つまづいただけ。それが致命的であり、彼女の命運を決めた。

立ち上がり際に彼女はつまづいた物を見た。見てしまった。ソレは光の消えた瞳で彼女を見つめていた。しかし、有るべき筈の身体が無い。生首。それは父だ。そして母と思しき肉の塊が近くに横たわっていた。

 

「ッ…。ッ…。」

 

声にならぬ悲鳴と、惨すぎる現実。気付けばゴブリン達が追い付き、更に増え囲まれていた。

 

「嫌っ、いやぁッ!来ないで!来ないでぇ!」

 

村娘は半狂乱になりながら喚き、近くに有った棒を振り回した。それが人間の腕である事に気付かず。

ゴブリン達はニヤニヤと笑いながら、半狂乱の村娘を見つめる。最早獲物を追い詰めたと言わんばかりに、村娘へ一匹が飛び掛かる。しかし、偶然にも村娘の振り回す腕に殴られる形となってしまった。

 

「ゴブ、ゴブゴブwww」

 

周囲のゴブリン達が失敗した一匹を嗤う。そう嗤った。

嗤われたゴブリンはゴブリンとしては気位が高いそれだった。「こいつせいで」、ゴブリンは苛立ち腰に挿していた、猛毒のナイフを村娘の腹へ突き立てた。

 

「ああっ、あ"あ"あ"あ"っ!」

 

あまりの激痛に、獣のように声を上げながらのたうち回る。村娘は何もなさぬまま、その意識を暗闇へと落としていった。

 

 




長くなるので分けます。
最近やっとブラボをクリアしました。

エルデンリングは(持って)ないです…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして夜が来た(2) 

狩人が、獣が怖いのかい?だがそれで良い。恐れを忘れた狩人と獣に、何の違いが有るもんさね…。



~鴉羽の狩人の言葉より~


 白い花が咲き乱れている。小さな黒い家は扉が開きそこから光が漏れている。そして、背の高い人形が来訪者を出迎える。

 

「狩人様」

 

そこで夢は終わった。

 

 

 

 

 村娘が目覚めた時、先程までの事は悪い夢だったのだと思った。しかし、それは勘違いであり、また夢で見た場所に立っていると知った。

 

「何なのよ…。私…。なんで…。」

 

村娘は泣き崩れた。ゴブリンに腹を刺された時の事を覚えている。あの痛みは夢ではなかった。父母は殺され、恋人はどうなったか分からない。全てただの悪夢なら良かった。しかし、違うのだ。

そして、今いる場所は天国とは思えない。悪夢で見たここはその細部までが夢で見た物と変わらない。

何もかもが理解の外側の事で、少女を追い詰めるには十分だった。だから、泣くしかなかった。それが村娘に許された抵抗であったから。

 

「狩人様。」

 

不意に声をかけられる。理性ある"人"の声。しかし村娘は知っている。それは人などではない事を。悪夢で何度なく見て、聞いたその存在を"知って"いる。

 

「良い夢は見られましたでしょうか。」

 

「誰よ、あなた。」

 

「忘れてしまわれたのですね。狩人様。

私は人形です。ずっと貴女と共にありました。」

 

人形。白く、大きく、灰色の髪を持つ人形。悪夢の中で幾度となく現れたそれが目の前に立っていた。

 

「…あなたなんて知らない。私を帰してよぉ…。」

 

「お寒いでしょう狩人様。貴女はまた、目覚めたばかりなのですから。」

 

どこからか取り出したローブを掛けられる。母が子にする様に。村娘は人形に抱き締められた。そこで全てを思い出す。

 

「う"っ、あ"っ…。」

 

記憶の奔流が脳髄へ流れ込む。直接、頭の中を弄くり回され、目茶苦茶にかき混ぜられる様な気持ち悪さと頭痛が収まった時、そこに有ったのは少女ではなく狩人だった。

 

「行かなくちゃ。」

 

「思い出しましたか…?」

 

「全て。」

 

「では…、また目覚めるのですね。」

 

何も言わず、一つの墓石へ歩いていく。墓石に触れ、夢から覚める。夢から覚め、新たな夢の中へ覚める。

 

「狩人様、貴方の目覚めが有意なものでありますように…。」

 

人形の呟きか、祈りか、それが狩人として目覚めた少女に届いたのかは分からない。

 

 

 狩人が目覚めた時、そこは先程自分が害された場所と何も変わりがなかった。しかし、突然現れた狩人にゴブリン達が何事か喚いている。それも当然だろう。先程、死んだ筈の女が消えていて、代わりに闇に溶ける黒を纏った何かが立っていたのだから。

 

 村娘、否、女狩人は何事が喚く小鬼共を見て五月蝿い奴らだと思う。先程まではこんな塵以下の連中に無様を晒したのかと。しかし、心は波立たず、ただ狩りの獲物を狩る為に腕を振るう。その度に小鬼の首が飛ぶ。これならあの獣共の方が余程固い。ぎゃいぎゃいと喚きながら跳び、襲いかかってくる。また、逃げ出す奴らもいる。

 面倒だと思うと同時に手にした武器を変形させ、大鎌を振るう。それだけで一度に複数のゴブリン共の首が、手足が、胴が、当たった場所から吹き飛びそこに血の池を作る。

粗方殺し終え、周囲の惨状を観察する余裕が出来る。

慰み物にされていたと思しき女が横たわっていた。

よく見れば、何かと世話を焼いてくれた近所に住む年上のお姉さんだ。

それを見ても心は波立たず、それが悲しく思えた。

せめて身体についた汚物を拭ってやりたいところだが、生憎とそんな物は無かった。

 

「…。」

 

無言で見つめ、それでも何も出来ず背を向ける。まだ、足を止める訳にはいかない。幼馴染みの、狩人の息子が見つかっていない。一縷の望みをかけて夜へ駆け出した。

 




前書きの鴉の字は、誤字ではなくわざとです。
かっこいいからね。仕方ないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜明け前

 貴公…、良い狩人だ。残酷で、無慈悲で、そして血に酔っている。

~灰狼の古狩人~


 村の中を走り、向かってくる小鬼をバラバラの肉塊へ変えていく。広くはない村だ。それは直ぐに見つかった。親玉と言うべきそれは村の中心で一人の狩人と対峙していた。

 女狩人は急ぐ。何事も成せず、成さず、遅れ続けた。今回だけは間に合わせて見せると…。

 

 

 

 少年は、女狩人の幼馴染みは、たった一人で立ち向かっていた。父や、元兵士や元冒険者の大人達は小鬼を殺しながら村の子供だけはと外へ逃げていた。そして、誰よりも足の早い父が助けを求め、隣村へ走る事になっていた。

少年が村に残った理由はただ、恋人の村娘の為だけであった。 

ゴブリンを時に殺し、時にやり過ごし、村娘を探し続けていた。そして、ゴブリン共に見つかってしまった。それも群れの親玉と思しき奴もいる集団にだ。だから、父からもらったナイフを構え対峙していた。みっともなく逃げ出してしまいたかった。でも逃げられない。逃げてはいけない。

既に何度か打ち合っている。何発か切り傷を与えたがそれだけだ。それは致命傷になりはしない。取り巻き共は下卑た笑い声を上げながら、只人には分からぬゴブリンの言葉で何事か喚いている。大方、野次の類いだろう。やがて目の前のゴブリンの親玉が余裕たっぷりな顔で腕を振りかぶる。あの一撃を貰えば死ぬ。どう避けるかが運命の分かれ目だ。神のサイコロは残酷な結果を出したようだ。避けようと前に出たのは良かった。だが、その後が続かない。足をつかえさせた。あの棍棒で殴られれば血の染みとなっておしまい。

 少年は己の未熟と、そして神を呪った。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁ!」

 

 声が響き、落雷の音にも似た音響が響いた時、周りを囲っていたゴブリンの一部が首を失い倒れる。ゴブリンの親玉は落雷の音の原因となった短銃の一撃に致命的な隙を晒す。その全てが一瞬の内に起き、その全てが成った時、少年の前に立っていたのは黒い影だった。

 

 

 

 女狩人は息を荒げながら少年の前に立つ。今度は間に合った。しかし、状況が好転した訳でもない。周囲のゴブリン達も、目の前の大物も、先程までとは違い、新たな脅威に殺気を滲ませる。

 

「早く立って。」

 

「な、お前…。」

 

「そんなのは後、あいつを狩る。周りは頼むわよ。」

 

少年を無理矢理立たせ、獲物へ向き直る。あれだけの惨状にも平静を保っていた心が荒ぶっている。あいつを殺せと心が騒ぐ。"幼馴染みだけは失う訳にはいかない。"、"幼馴染みを痛ぶって楽しんでいた"、"許さない!!"。それを押さえ付けながら"アレ"を見つめる。お楽しみを邪魔されたという怒り。目の前の黒い影は雌だという下衆な考え。それらが入り交じった瞳をしている。

 

「GOB、GOBGOB!」

 

獣以下の言葉など理解出来よう筈もない。しかし、女狩人には、その後ろに立つ少年にすらその意味が理解できた。

 

"手を出すな、こいつらは俺が仕留める"

 

大方そんな事を言ったのだろう。

その証拠に先程までとはうって変わり、周囲の下卑た笑みを浮かべた小鬼達は手を出してくる気配はない。

好都合だ。まずは一匹。女狩人は武器を構える。




次話でゴブリン狩りの夜は明けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜明け

 ありがとう獣狩りさん。お母さんとお父さんと、お爺ちゃんの次に大好きよ。

~とある少女の言葉~


 そのゴブリン、田舎者と呼ばれるそれは今日は良き日だと思っていた。何せ、村を一つ奪ったのだ。腹一杯食えて、女を犯せる。最高の夜だ。だから、いつもなら目障りなだけの只人のガキとの、決闘を楽しむ余裕もあった。上手くやれる奴なら"慈悲"を与える用意もあった。

 楽しみの最中に乱入者があった。そいつは、群れの何匹かを殺し、この俺様に何かを放った。それで不覚を取ったが、何、次は上手くやる。それにその乱入者は女だ。顔を隠しているが、好みの顔をしていれば孕み袋にして楽しんでやる。気に入らなければあの小僧の前で痛ぶってから食ってしまおう。そんな未来を妄想しながら。武器を振り上げ突進する。その妄想は叶うことなく、ゴブリンはその何の意味もない生を終えた。

そのゴブリンは確かにゴブリンの中では強者であったが、同時にやはり愚かなゴブリンでしかなかった。

 

 

 

醜悪な顔を更に歪め、ゴブリンが下卑た笑みを浮かべている。奴は何を見ていたのだろうか。群れの数匹を殺し、奴の一撃を銃撃でもって止めた。にも関わらず、奴は勝った後の事を考えている。今を見ていない。獣以下の思考だ。

一瞬で終わる。終わらせる。

手に持つ棍棒を大きく振りかぶりながら突進してくる。

恐怖は感じない。獣狩りの下男や、残酷な守り人のそれよりも遅く、殺気の籠らない攻撃に遅れを取る理由はない。

狙うは振り下ろしの時の僅かな隙。一瞬の油断が生まれるその時のみ。

 女狩人にはゴブリンの動きがスローモーションの様に見えていた。突進の勢いが少し弱まる。攻撃の前兆。僅かに振りかぶった。

 

「そこ」

 

左手の短銃を持ち上げる。照準は必要ない。この手の敵の撃つべき場所など分かりきっている。引き金を引く。爆音と共に女狩人の血の混ぜられた"水銀弾"が翔んでいく。

見事にその胸に直撃し、致命的な隙が生まれる。

女狩人は、弾が飛んでいくと同時に前に飛び出していた。

右手を奴の臟腑に突き刺す。狙うは心臓。

掴み取り、握り潰しながら引き抜く。

それで全てが終わった。ホブゴブリンは絶命し、残るは汚物が詰まった肉塊だ。

 

周囲のゴブリン達はその光景に、呆気にとられて黙り混む。一瞬の後、蜂の巣でもつついたかの様に騒ぎだした。逃げ出すもの、命乞いをするもの様々だったが、そんな雑音を無視し、女狩人は振り向く。

 

「終わったわ。」

 

「…でも…、ゴブリンはまだいるぞ…。」

 

「なら、皆殺しね。手伝ってくれる?」

 

少年は一瞬、迷った。迷った後、その手を取る。

 

「ああ。あいつらは許せない。」

 

好機と見たか、一匹のゴブリンが二人へ飛びかかってきた。そちらを見ることなく、女狩人は短銃を撃ち、それを処理した。 

 

そこからはただ、殺戮が繰り広げられた。

命乞いをするものには慈悲なく死を与えた。逃げるものは脚を撃ち、動けなくしてからその心臓を抉った。死んだ振りでやり過ごそうとするものがいた。二度と目覚める事の無いよう、その首を断ち切った。勇敢にも立ち向かってくるものには容赦なく武器を振るい命を奪った。

ゴブリン達はその命をもって積み上げた因果に報いを受けた。

 

殺しに殺し、血に塗れた二人が気付いた時、夜が明けていた。二人は阿呆の様に、ただ、昇る太陽を見つめていた。

 

 どこかで鶏の鳴く声が聞こえた頃、少年の父親が冒険者を連れて戻ってきた。血塗れの二人を見て驚き立ち止まった少年の父は、それが息子と、その恋人だとみとめると二人を抱き締め"すまなかった"と繰り返した。

冒険者達や、着いてきた他村の者達から様々な言葉をかけられた。

 しかし、二人は答えない。答えられない。二人は平穏を失った。少年は村での暮らしを、女狩人は文字通りの全てを。言葉など無い。ただ、その夜に起きた事に決着をつけた。それ以外に、何も無かった。

 

 その日、何処にでも有る一つの開墾村は廃村となった。

 




 私はいつだって間違っていたし、いつだって間に合わなかった。それでも、こんな人生でも何か意味が有ると信じたかった。だから、あの子のお願いだけは何とかしてあげたかった。
結局、希望は最悪な形で砕かれた。

~ある狩人の回想~


ここまでがプロローグです。
ゴブスレさん達との絡みは次から…かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺す者達
森人の森の狩人


 あぁ狩人様、お寒いでしょう。


~ある狩人の回想~


 辺境の街のギルドにて、とある冒険者が名指しの依頼について説明を聞いていた。

 

「魔神王の軍勢が森の周囲に潜伏している可能性がある。」

 

そんな言葉から始まった依頼の内容を要約すれば、混沌の軍勢に伍する獣人或いはそれに類する存在が見られるようになった。それに前後して奇妙な信仰を掲げる集団が彷徨くのだと言う。

 

「これは貴女にしか頼めない依頼だ。それに、付近でも大規模なゴブリンの群れが確認されている。悩みの種は少しでも早く減らしたい。」

 

「私の他に適任がいる。」

 

異邦の黒い装束に身を包み、羽根飾りの付いた帽子の女狩人が言う。ぶっきらぼうな物言いに、森人の使者は顔をしかめる。

 

「私は群れを相手にはしない。ただ一匹を狩るのみだ。」

 

「だが、獣狩りとして名を馳せる銀等級だ。かつて恐ろしき獣すら狩ったと聞くが?」

 

「それはそれ、これはこれだ。貴公の話を聞く限り、群れと邪教の者共が敵となるだろう。ならば貴公らが誇る森人の狩人達と戦士達に任せれば良い。何よりそこは貴公ら森人の領域だろう。なぜ自身らで対処しない。」

 

恐らく依頼目標の"敵"は、追い続けている"上位者"が絡む。冒険者となってから自らに起きた奇跡を解明するために追い続けた者共…。

しかし、女狩人は問わずにはいられない。敵の規模が大きい。更に巷を騒がす魔神王の軍勢が絡んだ依頼だ。似た内容の依頼は何度かこなしてきたが、祈らぬ者の中でも一等悪辣な集団相手に一人は荷が重い。

 

「銀等級だからこその依頼だ。我々の里にて合議が開かれる。」

 

「森人の…か?」

 

「否だ。魔神王に抗する者達の長が集まるものだ。」

 

「尚更、私などより"辺境最高"にすべき依頼だろう…。」

 

厄介な事だと女狩人は思う。幼馴染み兼恋人は他の一党にいる。助けを求めようにも長期の依頼で辺境の街を離れてしまっている。そして失敗すれば自身も含む、祈る者達の敗北に繋がる。

失敗が許されない依頼に私情を持ち込んで依頼を受けるほど、彼女は愚かにはなれなかった。

 

「その彼等から貴女を紹介されたのだ。貴女とて銀等級ならこの様な事は良くあることだろう。何が不満なのだ?」

 

「…、不満は無い。が、迅速にという訳にはいかない。相応に時間を掛ける。それでも良いか?」

 

「時間なら有る。しかし、定命の者達からすれば有限だ。祈る者達にとっても。」

 

事、ここに至っては拒否するという選択肢は恐らく無い。

断ってしまえば、それは"辺境最高"の名に泥を塗ることになる。面子よりも何よりも"信用"がモノを言う稼業だが、ある程度の等級になればこそ"面子"も重要なのだ。

無論、だからと言って安請け合いするつもりもないのだが…。

 

「…、最善を尽くそう。」

 

女狩人は決断した。

 

 

 

 

 

 数刻後、女狩人は街道で馬を走らせていた。森人の森へ急ぐ。

ゴブリンの群れについては"ゴブリンスレイヤー"が対処に当たる。と聞かされた。ならば、問題は無いだろう。

 森人の里が近付いてくる。恐らく、平時は荘厳かつ美麗な全て"樹"が自ら形を変えた彼等の住居が迎えるのだろう。しかし、合議が開かれるのも有ろうが、森人の戦士や狩人と思しき格好の者達があちらこちらに立ち、物々しい雰囲気であった。

 

「止まれ!」

 

森人の衛兵に止められる。

 

「何用でここへ来た!」

 

共通語で問いかけられた。

 

「依頼で来た。これを見せれば良いと言われている。」

 

女狩人は懐から楓の葉で作られた、掌大のひも飾りをかざた。

 

「しばし待たれよ。」

 

先程までの警戒された様子から僅かに空気が弛緩する。だが、それまでとはまた別種の緊張が辺りから昇って来た。

 

「こちらへ」

 

衛兵に連れられ、里へと足を踏み入れる。

太陽が沈み始め、夜の気配が迫ってくる里の中を歩く。狩りの始まりを前に、女狩人は昂りを抑えつつ案内される先へ行く。




尻切れトンボですが長くなりすぎるので一旦区切ります。
次話から本格的に狩りを始めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁域の森

すなわちビルゲンワースは、ヤーナムを聖地たらしめたはじまりの場所ですが、今はもう棄てられ、深い森に埋もれていると聞いています。
・・・それに、ビルゲンワースは医療教会の禁域にも指定されています。
 
~血族狩りの狩人の言葉~


 衛兵に連れられ、一際豪華に見える森人の住居へ足を踏み入れる。迎えたのは森人は森人でも、上森人であった。

 

「遠路はるばるよく来てくれた。ギルファロス。」

 

「貴殿らのからの依頼で参上した。拝謁の栄誉を頂き感謝する。」

 

最低限の礼儀に則り、挨拶を返す。その後の話は辺境の街で聞いたのと同じ内容であったが、一部、新たな情報が伝えられた。それは女狩人にとっては悪夢の再来であった。

 

「さて、貴公への依頼の内容はこんなところだ。が、ここに来るまで話す訳にはいかなかった情報が一つ。」

 

「…。情報とは?」

 

「我らが森に見慣れぬ遺跡が出現した。」

 

「"出現"した?」

 

「うむ。ある日突然現れたのだ。森は移ろいゆくものだ。不変は無い。しかし、かの遺跡は突然現れた。それからなのだ。邪教の者が姿を見せる様になったのは。」

 

「…。この事を他種族の王達は?」

 

「内々には。表向きは知らない事になっている。」

 

「"銀"ではなく"金"の仕事だな…?」

 

「金は腰が重い。故に銀なのだ。」

 

エルフが言うには含蓄が有るという皮肉は口にせず、女狩人は話を先へ進める事にした。

 

「しかし、森人ですら見慣れぬとなれば普通の遺跡ではない事は間違い無いだろう。もう少し情報はないのか?」

 

「里の者達を幾人か見に行かせた。が、貴殿の様な秘術を使う者に襲われた。それ以来、警戒の為の偵察を送りはしても足を踏み入れる事はしていない。」

 

女狩人にとって、その情報は正に求めた手がかりだ。そこで森人を襲った者も。が、語らう事の出来る相手ではないだろう。

 

「最期に一つ。教えて頂きたい。分かる限りで良い。かの遺跡には"何"が有った?」

 

「我等も知らぬ文字が載る書物と目玉が転がっていたと。」

 

「化物は?」

 

「出くわしたのは貴殿と似た術を使う者だけと…。」

 

「感謝する。上の森人。森人の長。この依頼は必ず達成すると誓おう。」

 

「…。貴殿の狩りの成就を祈る。異郷の狩人…、月光の狩人よ…。」

 

女狩人は一礼し、森へくり出した。

 

「異郷の者よ…。そなたの行く道には何が有るのだろうな…?」

 

上森人の呟きは誰にも聞かれることは無く、一日の終わりを告げる夕陽の輝きの中へと消えていった。

 

 

 

 

 得物を両手に女狩人は森を進む。既に何匹かの獣を仕留めていた為、狩りの武器は血にまみれている。そのどれもが、かの忌まわしき悪夢の中で屠った病の罹患者と同じであった。しかし、邪教の者はまだ見ない。

 道なき道を進み、森人の里で聞いた道順通りに進めているか時折確認する。闇夜の中で読む地図は常で有れば読む事は叶わないだろうが、月明かりに照らされたこの森ではそれが叶う。そして、何度目かの中継点を過ぎ、休憩を挟みながら歩き続けると有る種見慣れた景色が目の前に広がる。

 

 湖畔に建てられた学舎の一角。狩人の全てが始まった地。忌まわしき悪夢の根元、その源がそこに有った。

 

女狩人は辺りを警戒しながら歩く。あのおぞましい化物の成り損ないや、気色悪い長虫はいない。しかし脅威が無い訳でも無いだろう。それを裏付ける様に森を歩くには不釣り合いな学生服であろうローブをまとった者達が現れる。

 

「噂の邪教とは貴公らの事か?」

 

「殺せ」

 

リーダー格なのだろう一人が呟くと、残りの二人と共に襲いかかってきた。

 

三名共、獣狩りの「仕込み杖」をその手に持っている。しかし、右手に銃を持っているのは一人だけだ。数の上では不利だが、銃持ちが少ないのは幸運か…。

銃を持った一人が何発か撃ってくるが、これをかわす。そこへ変形前状態の杖を振りかぶって来る学徒。三人目の姿を見失うが構わず「獣狩りの短銃」を撃ち放つ。吸い込まれる様に水銀弾が学徒の胸を貫く。のけ反り、致命的な隙をさらす二人目の臓腑を引き抜くべく右手を学徒の身体へ突き刺し内臓を抉る。

 

「ぐわっ」

 

まだ死なない。まずはこの一人。

そこへ蛇腹剣の一撃が飛んでくる。攻撃を貰ってしまうが、浅い。そのまま、前にステップを踏む。下がれば銃撃が飛んでくる。前へ。ただ前へ。

 

三人目の変形攻撃も掻い潜り、致命の一撃を叩き込んだ一人に肉薄し「ノコギリ鉈」を振るう。縦に横に、袈裟斬りに。体力の続く限りに振るう。たまらず下がる学徒。追撃の為に、武器を変形させリーチの長い鉈で更に兜割りの要領で縦に切り裂く。怯み、足を止めたところへノコギリへ戻しつつ踏み込み更にラッシュを叩き込んだ。

仲間へ攻撃が当たる事を厭う残りの二人は攻めあぐねている。これならまだ、獣達の方が手強い。女狩人は最後の一撃を叩き込み、一人を屠る。

 

「次はどちらだ?」

 

 

 

 

 二人の学徒は問うてくる女狩人の姿に、自身らがあい見える事を望む"上位者"の姿を幻視する。

そんな事があり得る筈がない。有っていい筈がない。志を同じくする彼女が教えてくれた神秘は今まで秘されてきたものだ。それを、たかが冒険者風情にあばかれるなどと。

 二人の間違いは、その傲慢さ、そして浅はかさ。いかに森人達が知らぬ神秘であっても、人の身でそれに見え、半分の同志が狂死する神秘などまともなモノである筈もなく。ましてや知らぬ事であったとは言え、目の前にいるのは狩人なのだ。獣を狩り、上位者を狩り、遂に上位者へと至った、人の成れの果て、或いは血に塗れた好奇にみいられた狂人達の夢の体現者なのだ。成り立てですらなく、その初歩の初歩へ触れたのみの"只人"などが殺せる存在ではないのだ。

 

二人は女狩人を殺す為、武器を振るった。その内の何発かはその身体へ当たるが、それは死神の足音を遠ざけるのみ。何とか連携を以て、女狩人の攻撃をしぼらせず仕込み杖の本懐である間合いの外からの攻撃と銃撃によって女狩人を押し返して行く。

 

ー勝てるー

 

それは戦いの中で二人が共有した結論であった。

余裕は必要だ。気の弛みも。問題はそれを出すべきではない相手が目の前にいる事を認識出来ていなかった事だ。

 

気の弛みを見いだした女狩人は銃持ちの一人へ対象をしぼる。前衛の学徒の脇を抜け肉薄、そのまま首を落とした。

 

「二つ目」

 

一人になった学徒は破れかぶれに突撃する。最早、勝てる等とは思えない。しかし、諦める事は出来ない。最後のあがき。その一撃は確かに女狩人を捉らえた。

 

ーやった!ー

 

それが彼の最後の意識となった。

確かにその一撃は女狩人を捉えていた。しかし、それは女狩人からしても同じこと。一撃を貰う代わりに確実にその命を奪ったのだ。

 

人の命を奪った事に何の感慨も抱くことはなく、女狩人は始まりの学舎へ足を踏み入れる。秘匿された神秘を白日の元に曝し滅ぼす為に。

その先に待つであろう最後の学び手を滅ぼす為に。

 




スッゲェ長くなりましたね。
まぁ、戦闘シーンだからね。

冒頭部分のギルファロスは、ネットの海を漁って探してきたエルフ語の命名表からでっち上げました。
エルフの里へ行くんだからエルフ語っぽいのを出したかった。それだけです。

さて、何となく先の展開が読めてしまうでしょうが、秘匿は破られます。

蜘蛛は皆殺しだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。