機動戦士ガンダムSEED Illusion (ファルクラム)
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登場人物

 

 

キラ・ヒビキ  

コーディネイター   

16歳     男

 

表向きはヘリオポリスの学生だが、正体は潜伏中のテロリスト。自分の人生にある種の諦念のような物を抱いている。原作におけるキラ・ヤマトをオリジナル化。

 

 

 

 

 

エスト・リーランド   

ナチュラル   

14歳     女

 

大西洋連邦軍特務機関所属、曹長。若輩ながら大人顔負けの戦闘力と技術力を持つ。キラを追ってヘリオポリスに現れた。物静かで、感情の起伏に乏しい。

 

 

 

 

 

リリア・クラウディス   

コーディネイター

16歳     女

 

ヘリオポリス工業カレッジの学生で、キラの学友。機械工学専行。面倒見がよく、積極的な性格。

 

 

 

 

 

ライア・ハーネット   

コーディネイター

15歳     女

 

ザフト軍クルーゼ隊所属のパイロット。アスラン等の後輩に当たる。明るい性格で、部隊のマスコット的な存在。

 

 

 

 

 

クライブ・ラオス

コーディネイター

34歳     男

 

ザフト軍ラオス隊隊長で、クルーゼとは縁があり、ともに行動する事が多い。狡猾で容赦が無い性格。キラとは因縁がある。

 

 

 

 

 

ユウキ・ミナカミ

ナチュラル

26歳      男

 

キサカと共に、カガリの護衛を務めている青年。実直で人当たりの良い性格。カガリとは、兄妹と言うより、歳の離れた友人のような関係。

 

 

 

 

 

ジュウロウ・トウゴウ

ナチュラル

68歳      男

 

オーブ海軍准将でウズミの古い友人。カガリの事を孫のように可愛がっている。

 

 

 

 

 

ケン・シュトランゼン

ナチュラル

26歳      男

 

オーブ海軍情報部員。飄々として型にはまらない性格。

 



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メカニック設定

 

 

 

シルフィード

 

武装

57ミリ ビームライフル×1

7・5メートル 高周波振動ブレード×1

ビームサーベル×2

75ミリ イーゲルシュテルン×2

アーマーシュナイダー×2

アンチビームシールド×1

 

パイロット:キラ・ヒビキ

 

備考

ストライクらと同時期にヘリオポリスで開発されたXナンバーの1機。ザフト軍のディンに手を焼いた地球連合軍が、制空権奪回を目的として造り上げた機体。空戦を意識した大型スタビライザーと高出力エンジンを搭載。欠点としては軽量化を目指した結果、間接等に強度不足を抱えている事。主武装である高周波ブレードは、PS装甲以外ならあらゆる物を切り裂ける性能を与えられている。

 

 

 

 

 

クライブ専用シグー

 

武装

ビームライフル×1

ビームサーベル×2

ビームガトリング×1

アンチビームシールド×1

 

パイロット:クライブ・ラオス

 

備考

エンジン回りを徹底的に改修し、Xナンバーに追随できるほどの機動力を持っている事に加え、先行試作されたビーム兵器も搭載した機体。その為、従来のシグーよりも稼働時間が低下したが、元々クライブ自身が強襲を得意とするパイロットである為、あまり問題視していなかった。

 



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メカニック設定(PHASE-22以降)

 

イリュージョン

 

武装

290ミリ長距離狙撃砲×1

ビームガトリング×2

対艦刀ティルフィング×1

ルプスビームライフル×1

ラケルタビームサーベル×2

バッセルビームブーメラン×2

試製ビームシールド×1

封印武装 

 

パイロット

キラ・ヒビキ(メイン)

エスト・リーランド(オペレーター)

 

備考

フリーダム、ジャスティス、プロヴィデンスと同時期にザフトが開発したNジャマーキャンセラー搭載の機体。あらゆるレンジに対応した武装を装備し、死角を極力減らした機体。同時に超高速演算システムの搭載により短期未来予測まで可能となった。その代わり、演算システムの処理のため複座式となった。ラクスの手によって、キラ、エストの両人に渡される。

 

 

 

 

 

アヴェンジャー

 

武装

ゴルゴーンレールガン×2

プラズマ収束砲×2

複列位相砲スキュラ×1

ヒュドラインパルス砲×2

 

パイロット:フレイ・アルスター

 

備考

地球連合軍がカラミティ、フォビドゥン、レイダーと同時期に開発した機体。通常のモビルスーツよりも一回り大きく、一見すると鈍重なイメージが強いが、機体各所に設けられたスラスターにより、屈指の機動力を誇る。フレイ・アルスターが乗り込む。

 

 

 

 

 

トルネード

 

武装

ビームソード×2

ビームガン×2

アンチビームスモールシールド×2

 

パイロット:フレイ・アルスター

 

備考

アヴェンジャーの外装を取り払った状態。武装を減らし、装甲も強化プラスチックを採用するなど、極限まで防御力を落とし、比類ない機動力を確保した機体。その機動力は、核動力機すら凌駕する。反面、防御力は紙同然であり、ビーム攻撃どころか、歩兵用の携行ロケットランチャーでも、当たり所によっては大破を免れない。

 

 

 

 

 

シルフィードダガー

 

武装

ビームライフル×1

ビームサーベル×1

75ミリ対空バルカン砲塔システムイーゲルシュテルン×2

 

備考

シルフィードの先頭データを元にして、ストライクダガーと同時期に地球連合軍が量産に成功したモビルスーツ。基本性能はストライクダガーと同じだが、大型のスタビライザーを装備しており、機動力に置いてはザフト軍の主力空戦モビルスーツ ディンと互角以上の性能を持つ。

 

 

 

 

 

大和

 

全長:450メートル

武装

235センチ3連装砲×3

110センチ3連装レールキャノン×2

75ミリ対空自動バルカン砲塔システムイーゲルシュテルン×20

艦首固定砲バスターローエングリン×1

 

艦長:ジュウロウ・トウゴウ

副長:ユウキ・ミナカミ

 

備考

オーブ海軍が発令した長期国防計画「八八艦隊計画」の一環として建造された大型宇宙戦艦。大気圏内外での航行が可能。同時期に各国で建造された戦艦に比べると、火力、装甲の面に優れている。機関をオーバーブーストまで高める事により、単独で大気圏離脱が可能となった。ただし、この機構はエンジンや船体に負荷が強過ぎるとして、以後の同型艦の設計では搭載を見合わせている

 

 

 

 

 

ストライク・ヴァイオレット

 

武装

オリジナルストライクと同じ。

 

パイロット:シン・アスカ

 

備考

オーブが修理したストライクのデータと、余剰のパーツ、更に新開発のパワーエクステンダーを搭載して完成させた機体。形状や武装は通常のストライクと同じだが、PS装甲の色は薄紫になり、機動力は1.5倍以上になった。CE71年時におけるストライク級機動兵器としては最高に近い性能を誇る。オーブ戦争で保護された民間人の志願兵、シン・アスカに与えられ、同盟軍主力の一角を担う事になる。

 

 

 

 

 

フォーヴィア

 

武装

大型破砕腕ギガス×2

超大型ビームクロー×10

320ミリ複列位相砲スキュラ×3

パラエーナプラズマビーム砲×2

クスィフィアスレールガン×2

ビームサーベル ラケルタ×2

ビームライフル ルプス×1

76ミリ機関砲×2

 

パイロット:クライブ・ラオス

 

備考

イリュージョン、フリーダム、ジャスティス、プロヴィデンスと同時期に開発された、Nジャマーキャンセラーを搭載した機体。背部に巨大な禍々しい腕を装備し、その腕を使った近接攻撃は強烈。掌部にはスキュラを装備し、フリーダム以上の砲撃力も実現している。クライブ・ラオスに与えられる。ヤキンドゥーエ攻防戦に投入され、地球連合軍やL4同盟軍に多大な損害を与える。

 



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PHASE-01「天空の大地で」

 炎が視界全てを覆う。

 

 圧倒的な物量と戦力差を前にしては、多少の個人技量などさしたる気休めにもなりはしないだろう。

 

「逃げろ!!」

 

 手にした武器は、迫る兵士の群れを前にしては竹槍程度の威力しか期待できない。

 

 閃光が瞬く度に、仲間達が吹き飛ばされていく。

 

 涙さえ、降りしきる炎の前に乾ききる。

 

「逃げろ!!」

 

 誰かが叫んでいるのに、ようやく気付く。

 

 見渡せば1人、周りには誰も居ない。

 

 そこへ、施設の間を縫って現れる無数の敵兵。

 

 死神にも似たその姿と目が合う。

 

 恐怖は、感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-01「その少年、過去あり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コズミック・イラ70

 

 血のバレンタインの悲劇によって、地球、プラント間の緊張は、一気に交戦状態へと突入した。

 

 誰もが疑わなかった、数で勝る地球軍の勝利。

 

 しかし戦線は膠着したまま、既に11ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 

「こ~ら、起きなさい!!」

 

 耳元で思いっきり怒鳴られて、意識は一気に覚醒した。

 

 耳が痛い。少しは加減して欲しいと思う。

 

 不機嫌たっぷりな顔を上げると、そこにはそれ以上な不機嫌顔があり、思わず苦笑を洩らしてしまう。

 

 その笑いが面白くなかったのか、相手の顔の不機嫌度合いがさらに増すのが判る。

 

 大きな瞳に、サイドに纏めた緑色の髪が目を引く少女の顔は、呆れたようにこちらに向けられていた。

 

「起きた? まったく、教場に行ってもいないと思ったらこんな所で寝てるんだから」

 

 怒ったような声は、キラ・ヒビキの意識を徐々に覚醒させて行く。

 

 ここはヘリオポリスにある工業カレッジ。

 

 どうやら頼まれた仕事をこなしている内に、眠り込んでしまったらしい。

 

「や、おはようリリア」

 

 腰に手を当てて仁王立ちしている目の前のリリア・クラウディスに、取り合えず挨拶する。

 

 同じゼミの彼女が、どうやら探しに来てくれたという事は、寝ぼけた頭でも理解する事ができた。

 

「『おはよう』じゃないでしょ。サイ達が呼んでたわよッ」

「ああ、ごめんごめん。何しろ昨夜は徹夜だったから」

 

 そう言って、鞄の中からディスクを掲げてみせる。

 

 担当教授のカトウに頼まれた仕事が、ここの所連続して頼まれているのだ。その為キラは、眠れない日々が続いていた。

 

「また? まったく、あの教授も・・・・・・」

 

 今に始まった事でもないので、リリアも呆れ気味に言った。

 

 同期の中でも飛びぬけて成績の良いキラは、しばしばこうして、担当教授であるカトウから助手のように扱われる。ついこの間も訳の判らないOSシステムの改定を頼まれたばかりである。

 

「あのさあキラ。ちょっとは断ろうよ。そんな事してたらあんた、体壊すわよ」

「うん、まあ、そうなんだけどね」

 

 曖昧に返事をするキラを、諦めにも似た視線で見るリリア。

 

 このちょっと優柔不断気味の少年が、この手の他人からの頼みを断れない事を知っている為、既に忠言する事も疲れてきていた。

 

 その時、点けっ放しにしていた端末のテレビから、ニュースの状況が伝えられてきた。

 

 瓦礫の中に立つリポーターの後ろで、砲撃を行いながら歩いていく巨人の姿が見える。

 

《・・・・・・未明から始まったザフト軍の総攻撃により、華南(かおしゅん)宇宙基地の7キロ手前では激戦が続けられ・・・・・・》

 

「うわ~、これって1週間前の映像だよね」

「うん、今頃華南は陥ちているかも」

 

 リアルタイムではないものの、戦況はそれなりに把握している。

 

 華南と言うのは東アジア共和国が保有するマスドライバー基地であり、宇宙と地球を結ぶ大切な補給路である。ここを抑えられると、いかに物量を誇る地球軍と言えど、補給に窮して戦線を維持できない事が始まる

 

 ザフト軍が実施した「ウロボロス作戦」は順調に進行し、各戦線で地球軍は押されているようだ。

 

 もっとも、それを知ったからと言って、ある意味ヘリオポリスで「隠棲」しているに等しい今のキラには、何も出来ないのだが。

 

「この分だと、本土も危ないかな?」

「まさか、オーブが戦場になるなんて在り得ないよ」

 

 苦笑しつつ答えるキラ。

 

 現状オーブ連合首長国は永世中立を掲げており、今次大戦には不干渉を決め込んでいた。その為、連合とザフトの戦いの戦火が及ぶ可能性は少ないだろうと言われている。

 

 まあ、だからこそキラはこの土地を選んだわけだが。

 

 端末を閉じ、鞄に入れる。

 

 その時、キラの腕が横から取られた。

 

「わっ!?」

 

 思わず崩しそうになるバランスを、リリアが腕を引っ張って支えた。

 

「ほらほら、早く行こうよ。みんな待ってるんだから」

 

 そう言うと、笑顔を浮かべて走り出すリリア。

 

 それに釣られて、キラの足も勝手に速くなってしまう。

 

 幾多の学生達の波を押し分けながら、2人は駆けて行く。

 

 まったく、この強引さは、彼女の美点であると思う。おかげで、まだ越して来て日の浅いキラも、退屈せずに済んでいた。

 

 先を走るリリアの背中を見ながら、キラはフッと目を細める。

 

 ここは、本当に平和だ。

 

 だが、

 

 キラはスッと目を細める。

 

 気の無い振りをしている心算なのだろうが、キラの鋭い勘は、既にその存在を感知していた。

 

 後方、たった今通り過ぎた建物の影から、こちらを伺うようにする視線を感じる。

 

 深く溜息を吐く。どうやら、外の世界よりも先に、キラの平和は終わりを告げたのだと言うのを感じた。

 

「ごめんリリア」

 

 キラは持っていたパソコンをリリアに預けると、踵を返して駆け出した。

 

「ちょ、ちょっとキラ、どこ行くのよ!?」

「ごめん、ちょっと用事思い出したから、先に行ってて」

 

 それだけ告げるとキラは、抗議の声を上げるリリアを残して、建物の中に駆け込んでいった。

 

 

 

 

 

 深遠の中に浮かび上がるように滲む色は青と緑。

 

 独特の形をしたそれらから突き出る黒々とした砲身が、その存在が武装艦である事を示している。

 

 ナスカ級高速戦艦ヴェサリウス、ローラシア級戦闘母艦ガモフ。

 

 いずれもザフト軍に所属する艦である。

 

旗艦ヴェサリウスの艦橋にあって、仮面を付けた男が写真を片手に指揮板を睨んでいる。

 

 その傍らに立つ男は、帽子の下からやや不満げな顔を覗かせている。

 

 それを見てラウ・ル・クルーゼは、苦笑気味に口を開いた。

 

「そう難しい顔をするなアデス」

「ハッ」

 

 フレデリック・アデスは上官に窘められながらも、それでも元来の性格から来ているのか、謹厳な表情を崩そうとしない。

 

 彼自身、今回の作戦には心から賛同している訳ではない。ただ、目の前にいる仮面の上官が、これまで判断をミスした事がない事から、従っておいて損は無いと考えている。

 

「評議会からの返答を待ってからでも遅くは無かったのでは?」

「遅いな。私の勘が告げている。今ここで見過せば、その代価、いずれ我等の命で購う事となるぞ」

 

 間髪いれずにアデスの主張を切り捨て、ラウが返しながら投げて遣した写真には、機動兵器の物と思しき頭部が映されている。

 

 これが今回の作戦の目的であり、目標である。

 

「地球軍の機動兵器、動き出す前に我等の手で奪取する」

 

 ニヤリと笑うラウ。

 

 その仮面の奥の瞳は、モニターに映し出されたヘリオポリスをしっかりと捉えていた。

 

 

 

 

 

 リリアが教場に入ると、既に数人の友人達が集まっていた。

 

「お、やっと来た」

「遅いわよ」

 

 早速、トール・ケーニッヒとミリアリア・ハウの両名が挨拶してくる。だが、両名ともすぐに、本来ならあるべき人物の影が見えない事に、怪訝そうな顔を作った。

 

「てっ、あれ、キラは?」

「知らないわよ、全くもう」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てると、キラから預かったノートパソコンを乱暴に教卓の上に置いた。

 

 まったく、せっかく呼びに行ってあげたと言うのに、それをすっぽかすとは。

 

「信じられないわよ、あいつ」

 

 キラの顔を思い出しただけで、血管が浮き立ちそうになる。

 

「まあまあ、落ち着けって」

 

 そんなリリアの様子を見かねて、眼鏡を掛けた少年が苦笑気味に声を掛けてくる。サイ・アーガイルと言う子の少年は、このゼミではリーダー的な役割を担う場合が多い。

 

 そんなサイの言葉に、リリアはようやく少し落ち着きを取り戻す。

 

 そこでふと、この場にいるはずの、もう1人の仲間がいない事に気付いた。

 

「あれ、そう言えばカズイは?」

 

 友人の1人であるカズイ・バスカークは、本来なら既にこの場に来ているはずだが、

 

 その時、たった今キラ達が入ってきた扉が開き、当のカズイ本人が入ってくる。その手に大量の缶ジュースを抱えて。

 

「た、ただいま・・・・・・」

「お、ご苦労さん」

 

 どうやらジャンケンか何かで負けて、罰ゲームを受けていたらしい。その結果が、彼の抱えているジュースの山である。

 

「そんじゃ、リリアも来た事だし、もう1回頼むな」

「そんな!?」

 

 トールの言葉に対し、悲鳴を上げるカズイの姿を見て苦笑するリリア。

 

「い、いや、別に私はいいよ」

「もちろん冗談だけどな」

 

 言ったトールは、満足そうに胸を逸らす。

 

 そのトールの頭を小突くミリアリアの様子を見ながら、リリアが席に座ろうとした時だった。

 

 部屋の隅の壁に寄り掛かっている人物がいる事に、ようやく気付いた。

 

「・・・・・・誰?」

「さあ、何でも、教授にお客さんらしいけど・・・・・・」

 

 尋ねられたサイもよく判っていないらしく、曖昧に答える。

 

 小柄な体をした、(恐らく)少年。目深に被った帽子のせいで表情は見えないが、その淵から金髪が零れているのが見えた。

 

「ふうん」

 

 興味はあるが、教授に来たお客さんなら、気にしても仕方がないだろう。

 

 リリアはそれ以上その人物に興味を失い、自分の作業の準備に入った。

 

 

 

 

 

 周囲に人の気配がなくなったところで、キラは足を止めた。

 

 ここに足を向けた理由は2つ。1つは一般人の巻き添えを極力減らす事。そしてもう1つは、人目を避けること。

 

 瞬間、キラは床を転がった。

 

 一瞬の間を置いて、足元を兆弾が跳ねる。

 

「ッ!?」

 

 転がりながら鞄を投げ捨て、手は腰裏に回す。引き抜かれると同時に、手の中には黒光りするハンドガンが握られていた。

 

「警告無しで撃ってくるなんて、僕も有名になった証拠かな」

 

 軽口と共にキラは軽く唇を湿らせてから、相手の気配を探る。

 

 果たして何人来ている? 

 

 6・・・いや7人。まあ、そこら辺だろう。

 

 溜息は、自然と口から出た。同時に脳裏には、このヘリオポリスでの暮らしがフラッシュバックのように思い出された。

 

「・・・・・・居心地の良い場所だったんだけどな」

 

 1年も住んでいれば、どんな土地でもそれなりに愛着も湧いてくる。こんな事さえなければ、このままずっと住んでいたいくらいだった。

 

 だが、そんな感傷すら相手は、否、自分の境遇は許してはくれないらしい。

 

 飛び出ると同時に、照準そっちのけで発砲する。何をするにしても、牽制は必要だった。

 

 たちまち反撃の銃弾が飛んでくるが、キラ自身が命中を期待せず動いている為、向こうの命中率も悪い。

 

 だが、キラには別の狙いがあった。

 

 コーディネイターとして、ナチュラルの成人男性よりも高い能力を持つキラ。それは身体能力のみならず、五感にも作用している。

 

 優れた動体視力が、発砲された方向、場所、弾道を瞬時に割り出す。

 

 瞬間、キラはハンドガンを構えて、狙った場所へ発砲する。

 

 くぐもった悲鳴が響き、狙い通りに銃弾が命中した事を物語っていた。

 

 これで1人。

 

 再び、壁を背にしてキラはハンドガンを構え直す。

 

 自分を相手にするには、数が少ないのが気になる。まさか、この程度の数で、本当に自分の相手をする気なのだろうか? この程度なら、勝てないまでも逃走は充分可能である。

 

 僅かに顔を影から出し、向こうを伺う。

 

 スーツを着た数人の男が、同じように物陰からこちらを伺っているのが見える。

 

 やはり、数が少ない。一体、何を考えている?

 

 そこまで考えた瞬間、再び銃撃が始まり、慌てて首を引っ込めた。

 

「さて、どう行こうか・・・・・・」

 

 手持ちの弾丸は、ハンドガンに装填されている物のみ。予備のマガジンは持ってきていない。数発は撃ってしまったので、残りの弾丸だけでケリを着けなければならない。

 

 こちらの反撃が無いと判断したのか、少しずつ距離を詰めてくる気配がある。

 

 3歩・・・2歩・・・1歩

 

 次の瞬間、キラは物陰から躍り出て、空中を跳びながらハンドガンを放つ。

 

 放った弾丸は、的確に黒服の男達を撃ち抜き、戦闘不能に追い込んでいく。

 

 その時だった。

 

 突然、キラを追撃するように銃弾の嵐が吹き荒れる。

 

「クッ!?」

 

 慌てて新たな物影に転がり込むキラ。

 

「サブマシンガン? カレッジの構内で?」

 

 いつ人が来るかも判らない状況で、そんな物を使う相手の神経が判らなかった。最早自分を殺すなり捕縛するなりに、形振りは構わなくなったと言う事か? たかがテロリスト1人に大仰な話と苦笑して良いのか呆れて良いのか。

 

 僅かに首を出し、相手を確認する。

 

 相手は撃ち尽くしたマガジンを交換している所だった。

 

 その姿に、思わず息を呑んだ。

 

「・・・・・・目標捕捉、コードネーム『ヴァイオレット・フォックス』と確認。これより、対象の抹殺行動に入ります」

 

 ひどく抑揚の抑えられた言葉を発したのは、恐らくはキラよりも年下と思われる少女であった。

 

 同時に、手にしたサブマシンガンの銃口が、真っ直ぐに向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の出来事に、管制官達がパニック寸前に陥る。

 

 先程から付近宙域を航行していたザフト艦の存在は察知していたが、まさかこうまで露骨な行動に出るとは思っても見なかった。

 

《接近中のザフト艦に告げる。貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである。直ちに停船されたし!!》

 

 オーブ連合首長国は今次大戦に厳正中立を貫いている。にも拘らず2隻のザフト艦は構わず接近して来る。これは明らかに条約違反だ。

 

 狂ったような声も、まるで宇宙の暗闇に溶けるかのように空しく消えて行く。

 

 ナスカ級とローラシア級1隻ずつのザフト艦は、ゆっくりとヘリオポリスへ向かって来る。

 

 疑いようの無い領域侵犯。

 

 そしてその事は直ちに、駐留していたもう1つの陣営にも知られる事となった。

 

 ムウ・ラ・フラガ大尉は慌しく愛機に駆け寄ると、コックピットに滑り込んだ。

 

 「エンデュミオンの鷹」と言う異名で呼ばれるこの青年は、敗勢にある地球連合軍の中にあって、トップクラスを誇るエースである。

 

「敵は!?」

 

 モニターに映った輸送艦の艦長に向かって怒鳴る。

 

 油断していた感は否めない。しかし中立コロニーに向けて攻撃を仕掛けてくるなど、誰が予測しえただろう。

 

 モニターに映る艦長の顔も、緊張に引き攣っている。

 

《2隻だ。ナスカ級とローラシア級、電波干渉の後、モビルスーツの発進を確認した》

「ひよっこどもは?」

《もうモルゲンレーテに着いている頃だろう》

「せめてもの幸いですな」

 

 新型機動兵器のパイロットに選ばれた5人のトップガン達。彼等を護衛してきた身としては、その事が最大の心配事でもあった。

 

「ルークとゲイルはメビウスにて待機、まだ出すなよ!」

 

 部下2人に指示を出し、自身は発進の準備を進める。

 

 地球連合軍の宇宙における主力機動兵器であるモビルアーマー。その中でも、4つの樽をくっつけた外観を持つメビウスゼロを操れるパイロットは、現状ではこの男しかいない。

 

 射出される機体。

 

 そのモニターに、頭に鶏冠を付けた人型の鉄騎兵が映る。

 

 モビルスーツ ジン。

 

 物量的には圧倒的に不利なザフト軍の戦線を支え、今尚拮抗を許している、現状の地球圏における最強の機動兵器である。

 

 たとえムウとメビウスゼロの組み合わせを持ってしても、容易に倒せる機体ではない。

 

「行くぜ!!」

 

 鷹はひと啼きすると、鋭く飛び掛った。

 

 

 

 

 

 まさか、ここまで苦戦させられるとは。

 

 飛んでくる銃弾の嵐を避けながら、キラは軽く舌打ちする。いかに不利な状況とは言え、ここまで追い込まれるとは思っても見なかった。

 

 しかも、先程少女が言った「ヴァイオレット・フォックス」と言う言葉。まさか、自分の素性が連邦当局に漏れていると言う事か。

 

 あり得ない話ではない。組織が壊滅した時、メンバーの情報が漏れていたとしても何ら不思議は無かった。

 

 もっともキラにとっては、そんな過去の事よりも今のこの状況をどうするかが重要であった。

 

 少女の攻撃は、ますます苛烈さを増してきている。なかなか、反撃の隙が掴めなかった。

 

 コーディネイターである自分をここまで追い込むとは、相手の実力は相当な物であると推察できる。ひょっとしたら、傭兵でも雇い入れたのかもしれない。

 

「・・・・・・手の込んだ事を」

 

 舌打ち交じりの言葉。しかしこれで、相手が少数であった理由が判った。こんな隠し玉があるなら確かに大人数は必要無い。そして事実として、キラは追い込まれている。

 

「どうする?」

 

 残弾は少ない。加えて件の少女だけでなく、他の敵もキラの包囲網を狭めてきている。袋叩きにされるのは時間の問題だった。

 

 残る手段は、包囲網の薄い場所を突破する以外に無い。

 

 何か、きっかけがあれば。

 

 その時だった。

 

 轟音と共に、足元が大きく揺れた。

 

「な、何だ!?」

 

 突然の事態に、たじろく黒服達。だが、その瞬間を逃さずにキラは動いた。

 

 飛び出すと同時に発砲、少女の両脇にいた男2人を倒す。そこで弾丸は切れた。

 

 少女はキラの行動に虚を突かれながらも、サブマシンガンを向けてくる。

 

 だが、

 

「遅い!!」

 

 弾切れを起こしたハンドガンを、少女に向かって投げ付ける。

 

 それが、相手の意表を突く事が出来たようだ。

 

 銃口がキラから逸れる。その隙に距離を詰めたキラは、少女の腕を鋭く蹴り上げ、その手からマシンガンを弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

手首を押さえながらも、どうにかキラの追撃を振り切り、体勢を立て直す少女。

 

 得物を失った2人が、互いに睨み合いながら対峙する。こうなると、元々の身体能力が高いキラの方が有利になるが、そのキラにしても、相手の応援が来る前に逃げなければならない手前、決して有利とは言えない。

 

「・・・・・・ここで退いてくれると、僕としてはありがたいんだけど?」

 

 無駄と承知として、取り合えず相手の気を逸らす為に話しかけて見る。

 

 結果は、全くの予想通りだった。

 

「論外ですね」

 

 間髪と言う言葉すらどこかに置き忘れて、少女は言い捨てた。

 

「S級指定広域特別指名手配犯、コードネーム『ヴァイオレット・フォックス』。あなたにはデッド・オア・アライブ指定が出ています。大人しく抵抗を放棄するなら生命は保証します。しかし、抵抗した場合は射殺の許可が下りています」

「僕も偉くなったね」

 

 デッド・オア・アライブ。生死は問わず。予想通り、形振り構わない手で来たようだ。

 

 話しているうちにも、キラは次の手を模索する。

 

 そう言えば、先程の振動は何だったのだろう?

 

 そう思った瞬間、再び振動が襲った。

 

「クッ!?」

 

 予想外の事態にも、体が動く。

 

 転がっていたサブマシンガンを拾って構えるのと、少女がサイドアームのハンドガンを引き抜くのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 その一団を一言で表すなら「奇妙」以外の何者でもないだろう。

 

 全員が緑か赤のスーツに身を包み、何かから隠れるようにして岩塊の陰に身を潜めている。

 

 その眼下では、何かを運び出す作業が成されている。

 

「隊長の言った通りだな」

「つけば慌てて巣穴から出てくるってか?」

 

 イザーク・ジュールの言葉に、ディアッカ・エルスマンが笑みを噛み殺しながら同意する。

 

 本隊に先駆けてヘリオポリス潜入を果たしたこの特殊部隊こそが、今回の作戦の主役となる。

 

 その目標が今、間抜けな姿を晒して眼下を移動している。

 

 目標となるトレーラーは3台である。

 

 しかし、

 

「おかしいな。たしか情報では6機のはずだが?」

「搬出に手間取ってるんだろう。そっちは俺とラスティで行く」

 

 イザークの言葉に冷静な声が返る。

 

 手にしたアサルトライフルをチェックしながら答えたアスラン・ザラは、静かに見据える瞳の中に、既に戦闘に対する意思を宿している。

 

「OK、任せよう」

 

 特殊部隊は2班に別れる事となった。

 

 1隊はアスラン・ザラとラスティ・マッケンジーを中心とした隊。

 

 もう1隊の中心はイザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、そして、

 

「熱くならないようにねアスラン」

 

 乾いたような女の声。

 

 アスラン達と同じ赤いパイロットスーツに身を包んだ少女は、彼等よりも若干年下に見える。

 

「判っているさ、ライア」

 

 ライア・ハーネットに対し、アスランは振り返らずに答える。

 

 対してライアも、それ以上アスランの事は気にせずに出る準備をする。

 

「時間だ」

 

 イザークの声と供に、工場区や港湾施設から爆炎があがった。予め仕掛けておいた時限式の爆薬が炸裂したのだ。

 

 そして破壊されたメインハッチを潜り、陽動を兼ねた本隊のジンがコロニー内に進入してきた。

 

 

 

 

 

 振動は、カトウゼミのラボにも伝わり、サイ達は一斉によろける。

 

「な、何だ!?」

「爆発だろうか?」

 

 かなりの振動だった。もし爆発だとするのなら、ここも危ないかもしれない。

 

 振動で尻餅をついていたミリアリアを、サイが助け起こしている。トールも着ていたパワードスーツを脱いで、不安そうな顔を見せていた。

 

「と、とにかく、ここは危ないかもしれないから、一応、外に避難しよう」

 

 サイの言葉に頷くと、一同は廊下に通じるドアに向かう。

 

 と、その時、リリアは先程の人物が何を思ったのか、ラボの奥へと走っていくのを見た。

 

「ちょっと、あなた!!」

 

 ここに居ては危険である事を理解していないのか?

 

 少し躊躇ってから、リリアは後を追いかける。

 

「おい、リリア!!」

「ごめん、先行ってて!!」

 

 呼び止めるトールにそう告げると、リリアも奥へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 逃げて撃つ。追って撃つ。

 

 両者はそれを繰り返しながら、いつしかラボの奥の奥へと進んでいた。

 

 その間にも振動は続き、どうやら異常事態を察知したコロニー管理局が、避難警報を出しているらしい。

 

 更に先程、すぐ至近のブロックで爆発があり、一帯が吹き飛んでしまった。

 

 事故かそれとも別の何かかは判らない。しかしここでこうしていると、こちらも危ない可能性がある。

 

 キラは、ゆっくりと相手の様子を伺う。手にある奪ったマシンガンの残弾は少ないが、それでも少女以外の敵を倒す事には、既に成功していた。

 

 つまり、後はあの少女さえかわす事ができれば、逃げ切れるはずだ。

 

 一方で、少女の方も残弾が乏しいのか、積極的な射撃は控えるようになっていた。

 

 このままなら逃げ切れる可能性も出て来ている。

 

 光が見える。数メートル先には開けた空間があるようだ。

 

「あそこまで行ければ・・・・・・」

 

 僅かな可能性に賭けて、キラは走る。牽制の為に背後にマシンガンを撃ちながら。

 

 追撃の発砲が来るが、命中は無い。そのまま全力で走って、外に出た。

 

 そこは大型の工廠になった場所の、キャットウォークの上だった。開けた空間の下には眼下の光景が見える。

 

「え!?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 視線の先に、眠るように横たわる大きな影が3つ。

 

「モビルスーツ・・・・・・」

 

 ザフト軍が主力兵器とした正式採用している、人型の機動兵器。寡兵であるザフトをして、圧倒的物量を誇る連合相手に膠着状態を作り出している源。

 

 だが、キラの記憶にあるどのモビルスーツとも、眼下の3機はフォルムが一致しなかった。

 

「・・・・・・オーブの、新型?」

 

 そう考えるのが妥当だろうが、しかしそれなら、本国で開発すればいいのに、なぜわざわざ、輸送の手間が掛る辺境のヘリオポリスで開発しているのだろう?

 

 思考を巡らすキラだったが、鳴り響く銃声が現実に引き戻した。

 

 見れば、眼下でも銃撃戦が繰り広げられている。

 

 つなぎを着た整備兵と、後は緑や赤のパイロットスーツを着た兵士。ザフト軍である。

 

 ならば、この騒動はザフト軍の襲撃と言う事になる。しかし、

 

「なぜ、ザフトがこんな所に?」

 

 意味が判らない事だらけだったが、その思考は唐突に断ち切られた。

 

「お父様の裏切り者!?」

 

 横合いからの叫び声。

 

 見れば、手摺に縋るようにして眼下を見ている人物がいる。恐らくはキラと同年代と思われるその人物は、肩口で揃えた金髪を震わせて泣いている。

 

「女の子!?」

 

 キラはとっさに少女に駆け寄ると、その腕を取った。

 

「な、何を!?」

「泣いてちゃ駄目だ。走って!!」

 

 相手の意見を遮断して、キラは走る。

 

 追っ手の少女もキラの姿を見てハンドガンを向けてくるが、既に弾切れを起こしており、撃てないようだ。

 

 そのうちにキラはシェルターの入り口に辿り着く。

 

「入れてください!!」

 

 通話ボタンのスイッチを叩きつけるように入れてから、相手の返事を聞かずに叫ぶ。

 

 ややあって、返事があった。

 

《こっちはもう一杯だ。反対側のブロックへは行けないか?》

「あっちはもう、ドアもありません!!」

 

 先程の爆発で、シェルターブロックごと吹き飛ばされてしまっている。シェルターその物が万が一無事でも、もう入る事はできない。

 

 キラは諦めずに告げる。

 

「なら、1人だけ。女の子なんです!!」

《・・・・・・判った。すまん》

 

 それを聞くと同時に、キラは少女の体を引っ張ってドアの中に押し込む。

 

「お、おい、お前!!」

 

 えらく乱暴なしゃべり方の女の子だとは思ったが、今はそんな事を気にしている時ではなかった。

 

「良いから入れッ 僕は別の場所を探す!!」

 

 更に少女は何かを言おうとしたが、その前にシャッターが下りて、何も聞こえなくなった。

 

 これで良し。後は、自分自身をどうするかだ。

 

 そう、思考した時、

 

 ナイフの一閃が掠める。

 

 どうやら、先程から交戦していた少女に追いつかれたらしい。

 

 少女が放った白刃の一閃を、とっさにマシンガンの銃身で受け止めるキラ。

 

 だが、とっさの事で力が入らず、マシンガンは跳ね飛ばされて床を転がった。

 

「クッ!?」

 

 後退しながら、体を眼下に躍らせる。

 

 丸腰で身体能力が同等の敵を相手に、これ以上付き合う謂れはない。

 

 では、どうする? どうやって逃げる?

 

 一瞬で判断を下した。

 

 横たわる3機のうち、1機の胸に降り立つキラ。

 

 既にラボ内の戦闘も終盤のようで、作業員もザフトも、双方共に1人ずつ生き残っているのみである。

 

 その時、

 

 赤いパイロットスーツを着た、最後のザフト兵と目があった。

 

「え!?」

 

 思わず、声を漏らした。

 

 相手も同様に、動きを止めてこちらを見ている。

 

「キラ・・・ヒビキ?」

「アス、ラン?」

 

 硬直は一瞬、しかしすぐに我に返ったキラは、開いていたコクピットに飛び込み、機体を起動させていく。

 

 次々と灯が入り、モニターにOS起動を示すサインが出る。

 

G eneral

U nilateral

N euro - link

D ispersive

A utonomic

M aneuver

___Synthesis System

 

 踊る視界の中で、その文字が鮮明に浮かび上がった。

 

「ガン、ダム?」

 

 知らずの内にキラは、そう呟いていた。

 

 同時に爆炎が、ラボ内部を覆いつくした。

 

 吹き上がる炎を背景に、鉄騎は立ち上がった。

 

 

 

 

 

PHASE―01「天空の大地で」      終わり

 



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PHASE-02「大地が消える時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何と言う機体だ。

 

 早速だがキラは、天を仰ぎたくなった。

 

 機体は完成、武装は実装済み。今すぐに動かしても何ら問題は無い。

 

 ただ一点、OSがお粗末である事を除けば。

 

 これが問題だった。

 

 未完成と言う言葉すら遠い。まるで子供が適当に数値を組み合わせただけのような滅茶苦茶な代物が、この機体には積まれていた。

 

 シルフィード。

 

 疾風の名を持つ機体はしかし、それが理由で地面を這うように歩く事しか今は出来ない。

 

「無茶苦茶だ、こんな物!!」

 

 思わず悪態をつくが、事態は不平を漏らしている場合で無い事を如実に告げる。

 

 モニター越しに近付いてくる機体が見える。

 

 人型の頭部に鳥の鶏冠のようなアンテナユニットを装着した機体は、ザフト軍正式採用機動兵器ジン。手には、重突撃銃が握られ、その銃口はシルフィードに向けられている。

 

「クッ!?」

 

 ほとんど本能に従って機体を操作するキラ。

 

飛んできた銃弾を、よろけるようにして回避するシルフィード。バランス制御がお粗末で、危うく傍らの建物に突っ込みそうになった。

 

 早いところ何とかしないと、ただの的でしかない。

 

 と、その時、爆炎の中からシルフィードと一緒に飛び出してきた2機の機体が見えた。

 

「あれは、さっきの・・・・・・」

 

 シルフィードと共に並んで横たわっていた2機である。

 

 1機は引き絞ったような細い四肢を持ち、1機は未完成なのか武装が極端に少ない。

 

 その内、前者の1機は、ジンの背後に立つと機体色が灰色から赤へと変貌した。もう1機はと言うと、シルフィードと同様の事態らしく、よろめくように歩くのが精一杯のようだ。

 

「あれは・・・・・・」

 

 機体の色が変わった理由に思い至ったキラは、探るようにOSを操作。すぐに武装面からそれを発見する。

 

 それとほぼ同時に、ジンは再び重突撃銃を構えた。

 

「クッ!?」

 

 キラがスイッチを押すのは、ほぼ同時だった。

 

機体が灰色から、目の冷めるような青へと変貌する。同時に、ジンの砲撃が着弾した。

 

しかし、着弾を受けたシルフィードは若干よろめく程度で、傷一つ負わない。

 

「フェイズ・シフト装甲。噂には聞いていたけど、これが・・・・・・」

 

 インパクトの瞬間に電流を走らせ、衝撃を相転移させる事で、物理攻撃を完全に無効化する装甲が開発中であると言う噂は聞いていたが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。

 

 呟いたその時、ジンの背後にいた赤い機体が飛び去っていくのが見える。

 

 前後の状況から推察すると、あれはザフト軍が奪取したように思える。と言う事は、単純な引き算で、あれには旧知の知り合いが乗っていた可能性が高い。

 

「アスラン・ザラ・・・・・・君なのか?」

 

 独白はしかし、余韻に浸っている余裕すら無い。

 

 銃撃が利かないと判断したジンは、重斬刀を抜いて切り込んでくる。

 

 キラは舌打ちと同時に、頭部のバルカンを放って時間稼ぎをはじめる。とにかく、このままでは埒が明かない。どうにかこの機体を物にできるレベルまで引き上げないと、脱出もままならないだろう。

 

 キーボードを引き出し、指は高速でタイピングを始める。

 

 その間に、シルフィードの弾幕を突破したジンが斬り込んで来る。モビルスーツに搭載できる程度のバルカンでは、モビルスーツの装甲を貫くことは出来ない。

 

 だが動きを鈍らせる事には成功したようだ。その一瞬の間隙を突いてキラは機体を後退、ジンの斬撃を回避する。

 

 その間にも、キラの指は高速でキーボードを叩いていく。

 

「キャリブレーションを取りつつゼロ・モーメントおよびCPGを再設定・・・・・・チッ、なら擬似皮質の分子イオンポンプに制御モジュールを直結、」

 

 ジンの攻撃を巧みに捌きながらの高速タイピング。傍らで見ている人間がいれば、ほとんど神業に見えた事だろう。

 

 対してジンは、今度こそとばかりに急接近して斬り込んで来る。

 

「運動ルーチン接続、システムオンライン、ブーストトラップ起動!!」

 

 間一髪、振り下ろされる直前に準備が完了する。

 

 迫る刃。

 

 しかしその顔面に、クロスカウンター気味にシルフィードの拳が入った。

 

 弾き飛ばされるジン。そのまま背中から地面に倒れる。

 

 ジンのパイロットはとっさに突撃銃を放つが、キラの操るシルフィードは先程とは打って変わった鋭い機動で弾丸を回避して飛び上がる。

 

 突然の機動の変化に、ジンのパイロットは戸惑いながらも、攻撃を修正しようとしてくる。

 

 相手は戦い慣れたパイロットである事が伺えた。

 

 だが、

 

「今なら、僕の方が速い!!」

 

 弾幕を殆ど至近距離で回避しながら、距離を詰めにかかる。

 

 慌てて距離を置こうとするジン。

 

 だがその前にキラは、シルフィードの右腕に装着された大剣を展開した。

 

 途端に、凄まじい振動音が大気中に鳴り響く。高周波振動ブレードと呼ばれるこの武装は、刀身を超高速で極振動させる事により、鋼鉄すら紙のように切り裂く威力を持たせる事ができる。

 

 慌てるジン。

 

 次の瞬間、振り上げられた剣はジンの胴体に食い込んだ。

 

 分厚い装甲が貫かれ、火花を散らす。

 

 直前で脱出するパイロット。

 

同時にキラもその意味を察し、シルフィードを後退させる。

 

 次の瞬間、ジンは内側から膨れるようにして光に飲み込まれ、爆風がモニターを埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 自分が不利な状況に立たされている事を自覚しつつも、それを打破できない現状にムウ・ラ・フラガは焦りを感じていた。

 

 僚機は既に全滅。乗ってきた母艦も攻撃を受けて沈み、ムウは孤独な戦いを強いられている。

 

 それでも相手が普通のパイロットなら、ここまで苦戦する事は無かったのだ。

 

 だが不幸な事に、今対峙している相手は普通のカテゴリから逸脱していた。

 

 ザフト軍特務隊所属、ラウ・ル・クルーゼ。

 

 因縁とも言える相手を前にして、緊張は度合いを増す。

 

 奴と会ったのはグリマルディ戦線での1回きり。だが、それでも判る。確認の必要すら感じなかった。

 

「クソッ!?」

 

 主武装とも言えるガンバレルを潰され舌打ちする。

 

 戦闘の舞台は既にヘリオポリスのシャフト内に移行している。

 

 モビルアーマーのパイロットとしては間違い無くトップクラスであるムウも、この狭い戦場ではその実力を発揮しきれない。対するラウの方は、自在に接近してきてはムウの攻撃力を徐々に削いでいく。閉鎖空間であるこの場にあっては、間違い無くムウの方が不利である。

 

「お前はいつでも邪魔だな、ムウ・ラ・フラガ。もっとも、お前にも私がご同様かな?」

 

 嘲りとも苛立ちとも取れる言葉と共に、ラウの操るシグーがメビウスに迫ってくる。

 

 とっさにガンバレルを展開して迎撃しようとするムウ。しかし、その砲撃はラウの巧みな操縦技術によってあっさりと回避され、逆にバレルを破壊される体たらくだった。

 

 2人の戦闘はいつしくコロニー内壁に近付こうとしていた。

 

 

 

 

 

 足元のベンチには、連合の女性士官が、意識を失ったまま横たわっている。

 

 その様子を見ながらリリアは、その傍らについている少女に声を掛けた。

 

「どう、様子は?」

「大事ありません。出血も止まりました。少し休めば、意識も戻るかと」

 

 リリアよりも年下と思われる少女は、抑揚を抑えられた口調で返事を返した。

 

 その言葉を聞いて、リリアは胸を撫で下ろした。

 

 視線を巡らせれば、再び灰色に戻った機体に、トール達が興味剥き出しのまま取り付いているのが見えた。

 

 あの後、ラボの奥に走っていった少女を追って、リリアも銃撃戦の現場に出くわしてしまった。そこで見つけた新型の機動兵器。

 

 直後に起こった爆発によって、あわやこれまでかと思った時、目の前の少女に救われ、そのままなし崩し的にコックピットに放り込まれ、炎上するラボから脱出する事に成功した。

 

 その後、どうにか機体を安全な場所にまで運んできた所で、偶然にも逃げ遅れていたサイ達と合流し、現在に至る訳である。

 

 銃撃戦で負傷していた女性士官は、そのまま気を失ってしまい、途方に暮れてしまったが、幸いな事に目の前の少女が的確に応急処置を施し、事無きを得ていた。

 

「そう言えば、まだ名前、聞いてなかったね」

 

 思い出したように、リリアが口を開いた。ラボ脱出からここまで、あまりにも事態が急すぎて、落ち着いて話す事すらできなかったのだ。

 

「あたしはリリア。リリア・クラウディス。よろしくね」

「・・・・・・エスト・リーランドです」

 

 小さな声でそう告げると、エストは再び女性士官の容態を診始めた。

 

 その時、

 

「ん・・・・・・」

 

女性士官は軽い呻きを発した。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 相手を刺激しないように、リリアは恐る恐る声を掛けてみる。

 

 その声に反応するように、薄っすらと目を明ける女性士官。視界に飛び込んで来る少女2人の顔が、先程、自分と一緒にモビルスーツで脱出した子供のそれであると判ると、安堵の溜息を漏らした。どうやらお互い、無事であったようだ。

 

 同時に、打たれた肩から痛みが蘇って来る。

 

「ッ!?」

「あ、まだ動いちゃ駄目です」

 

 慌ててリリアが支える。エストも、反対側から介添えするように、女性士官の背を支えた。

 

 現状を認識して、女性士官は寝かされていたベンチに座り込んだ。

 

 その時、正面に膝を突く機体の方から、声が聞こえてきた。

 

「スゲーな。これ、ほんとにリリア達が動かしていたのか?」

「ストライク、って言うのか?」

「おいお前等、あんまり勝手な事するなよ」

「そうよ、壊したらどうすんの」

 

 コックピットに座ったトールとカズイが適当にレバーを動かし、その下に立ったサイとミリアリアが注意を促していた。

 

 その様子に、マリューの脳が一気に覚醒する。同時に、右手は銃を握っていた。

 

 威嚇の発砲。それだけで少年達の注意を引くには充分だった。

 

「機体から離れろ!!」

 

 その女性の行動と銃声に、思わずリリアは息を呑んでしまった。突然の事態に、呆気に取られる。

 

 だがすぐに我に代えるとリリアの口からは、抗議の声が飛んだ。

 

「何をするんです。気を失ったあなたを運んでくれたのは、ここにいるみんななんですよ!?」

 

 だが、その鼻先に、女性は銃を突きつけられる。

 

 生まれて初めて銃口を向けられると言う行為に、リリアは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

 そんなリリアの様子に頓着せず、女性は強い口調で告げる。

 

「全員壁際へ、一列に並んで」

 

 言われるままにリリア達は壁に向かう。その間にも、女性は油断無く銃を構えている。

 

 女性としては本気で撃つ気は無いのだが、それでも自分が本気であると言う意思表示はしておく必要があった。

 

「1人ずつ、名乗りなさい」

 

 それぞれに不満はあるが、それでも銃を突きつけられては従わざるを得なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・サイ・アーガイル」

「ミリアリア・ハウ」

「・・・カズイ・バスカーク」

「リリア・クラウディス・・・・・・」

「トール・ケーニッヒ」

 

 仲間達がそれぞれ名乗り、最後に女性はエストに銃口を向けた。

 

 既にエストは、女性士官に発砲の意思が無い事は判っていた。その心算なら、とうの昔に自分達の少なくとも半分は頭を撃ち抜かれているだろう。そうしないと言う事は、何か別の目的があると言う事だ。

 

 同時に、相手が連合の士官である以上、黙っている事は出来なかった。

 

 踵を揃えると、エストは指を揃えて掌を額に付け、敬礼を向けた。

 

「大西洋連邦軍特務機関所属、エスト・リーランド曹長であります」

 

 その言葉に、女性士官は驚いたように目を見開いた。

 

 何しろエストは、少年兵と言うにしても若過ぎる。恐らくは、まだ10代前半であろう。見た感じ、サイ達よりも更に若い。そんな子供が、軍属としてここにいる事が信じられなかった。

 

「軍属? あなたが?」

「はい。特務につき、ヘリオポリスに潜入しておりました」

 

 女性仕官は納得しかねる様子だったが、先に自分の務めを果たす為に会話を打ち切ると、再びリリア達に向き直った。

 

「私は地球連合軍大尉、マリュー・ラミアス。申し訳無いけど、あなた達をこのまま解散させることが出来なくなりました。事情はどうあれ、軍の機密であるこの機体に触れてしまった以上、あなた達を拘束せざるを得ません。しかるべき所と連絡が取れ、処遇が決定するまで、私と行動を共にしてもらいます」

 

 軍事機密に触れてしまった以上、たとえそれが偶発的な事故であったとしてもただで帰す訳にはいかない。軍隊とは、そう言う硬い構造をした組織なのだ。

 

 だが、それを理解していない5人からは、当然の如く抗議の声が上がる。

 

「何でですか!?」

「横暴です。そんなこと許されるはずが無い!!」

「僕達はヘリオポリスの民間人です。軍の事なんて関係ありません!!」

 

 口々に不平を鳴らす横で、エストは冷めた目でマリューを見ている。

 

 そんな彼らを前にしてマリューは、空に向かってもう1発威嚇発砲した。

 

「黙りなさい。中立だと、関係ないと言っていれば今でも無関係でいられる。まさか本当にそう思っているわけではないでしょう!? これがあなた達を取り巻く現実です。外の世界では戦争をしているのよ!!」

 

 厳然と現実を突きつけるマリューを前にして、少年達は反論すべき言葉を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 その頃ヘリオポリス港口では、初撃の奇襲によって生き埋めにされた連合軍が、脱出の為の準備に入りつつあった。

 

 瓦礫の中に埋もれたままであるにも拘らず、その船は持ち前の頑強さ故に軽微な損傷で難を逃れていた。

 

 地球連合軍機動特装艦アークエンジェル。

 

 6機のG兵器の母艦として建造されたこの艦は、同時にモビルスーツの運用、及び対戦闘を意識した次世代型の戦艦であった。その新機軸の設計も相まって、ザフト軍の奇襲にあっても軽微な損傷で難を逃れていた。

 

「この人員で艦を発進させるなど無理です!!」

 

 アーノルド・ノイマン曹長は艦長席に座したナタル・バジルール少尉に食って掛かるが、返事は硬質的な声と共に返される。

 

 艦の被害こそ少なかったものの、人的被害は深刻であった。艦長以下、主だった幹部は全滅。更に、戦力化の暁にはG兵器のパイロットになる予定だった人材まで失ってしまった。

 

「そんな事を言っている間に、やるにはどうすれば良いか考えろ」

 

 そう答えるナタル自身、内面では焦りにも似た感情を覚えている。この段になって、既にナタルには敵の意図が読めている。

 

 港に対する攻撃は、駐留する連合軍の無力化であると同時に、陽動をも兼ねている。真の目的は恐らくモルゲンレーテ。そして完成したG兵器の奪取、乃至破壊にある。自分達は、まんまと嵌められ、身動きが取れずにいた。

 

 ノイマンの泣き言は、本当を言えばナタル自身も吐きたい心境である。何しろ今のアークエンジェルは、艦長を含めて主だったクルーが全滅し、残っているのは主計課や整備班、警備兵が殆どである。

 

 正しく、壊滅状態と言う言葉が相応しい。

 

 だが今は、何としてもここから脱出して、救援に行く必要があった。

 

 その時、ブリッジ後部の扉が開いて、数人の兵士が入ってくるのが見えた。

 

「ご命令通り、手の空いている者を全て連れてきました」

「よし、それぞれ席に着け。コンピュータの手順に従って操作すれば良い」

 

 そう言って、ナタル自身も艦長席に腰を下ろす。

 

「外にはまだザフト艦がいます。戦闘などできませんよ」

「判っている」

 

 尚も不安な表情を崩さないノイマンの言葉に答える。

 

 最低限の人員で艦を動かす以上、必ず手の足りない部署が出てくる。勿論兵器類の大半は自動で動かす事ができるが、それだけでできる事はたかが知れている。

 

 それでも、やるしかなかった。

 

 

 

 

 

 サイ達によって、ストライクが格納されていた倉庫からトレーラーが運ばれて来た。

 

 その間にエストは、ザッとOSからマニュアルを読み取っていた。

 

 ザフト軍のモビルスーツに対抗する為に造られたストライクは、革新的な技術がふんだんに使われていた。

 

 物理攻撃を完全に無効化するPS装甲に、小型化して取り回しの良くなったビーム兵器等がそれに当たる。またあらゆるレンジに対応する為に武装が換装可能となっていた。

 

 ストライカーパックと呼ばれる3種類の武装を使い分ける事で、ストライクは様々な戦況に対応できるようになり、またストライカーパック自体もバッテリーを搭載している為、他の5機に比べて活動時間が長く取れるという強みもあった。

 

 だが、問題も多い。

 

「どう、物になりそう?」

 

 背後から覗き込むようにして、マリューが尋ねてくる。まだ付近にはザフト軍が待ち構えている可能性が高い以上、マリュー達としては唯一手元に残った戦力であるストライクを早急に戦力化する必要が迫られていたのだが、

 

「駄目です。OSの書き換え自体は私でも可能ですが、作業には数時間を要する見通しであると推察できます」

 

 エストは淡々と告げた。

 

 ストライクのOSは他の5機同様まだ未完成で、とても戦闘に耐え得る状態ではない。幸いにしてエストには電子工学関係の技能があるらしく、書き換え自体は可能との事だったが、

 

「今のままでは、固定砲台以上の活躍は期待できません」

 

 エストはキッパリと告げた。その言葉には、マリューも沈黙で答えるしかない。

 

 その時、トレーラーを運んできたサイから声が掛かった。

 

「これで良いんですか!?」

「そう、お願い!!」

 

 マリューの指示通り、ストライクが背中を向けた場所にトレーラーを止めてハッチを開いた。このトレーラーの中には、ストライクの予備武装が入っている。いずれ戦う必要がある以上、武装は確保しておかねばならなかった。

 

 その時だった。

 

 頭上で爆発が起こる。

 

「えっ!?」

 

 振り仰ぐ視界の先で、炎が躍っているのが見える。同時にその中から2つの機体が躍り出た。クルーゼのシグーとムウのメビウスゼロである。

 

 既に全てのガンバレルを失ったムウは、残ったレールがんで反撃しようとするが、クルーゼは巧みに機体を射線から逸らして、ムウの攻撃を回避していく。

 

 そして一瞬の隙を突いて、シグーの剣がメビウスゼロの最後の武装であるレールガンを斬り飛ばした。

 

「クソッ!?」

 

 悪態を吐くムウ。これで、攻撃用の武装は全て失ってしまった。

 

 それを見ていたマリューは、すぐに傍らのエストに向き直った。

 

「すぐ、コックピットに」

 

 小さく頷き、コックピットに走るエスト。

 

 一方のクルーゼはムウのメビウスを戦闘不能に追い込むと、地上に座するストライクを発見して機体を反転させた。

 

「奪取し損ねた機体か!!」

 

 奪取できないのなら、ここで破壊する必要がある。

 

 クルーゼは突撃銃を取り出し、ストライクに向けて発射する。

 

 対してエストは、一瞬早くランチャー・ストライカーを装着。PS装甲を再起動して弾丸を防御した。

 

 その様子に舌打ちするクルーゼ。

 

「強化APSV弾でもビクともしないか。ならば!!」

 

 重斬刀を抜き放ち、肉薄していく。

 

 だがそれよりも早く、エストは武装を展開、320ミリ超高インパルス砲アグニを構える。

 

「そう何度も、チャンスは与えません!!」

 

 ロックオンと同時に、トリガーを引く。

 

 だが、

 

「待って、その武装は!!」

 

 地上のマリューが叫ぶが、もう遅い。

 

 閃光が砲門から迸り、一気に駆け抜ける。

 

「チィッ!?」

 

 迫る危険を察し、クルーゼは機体を翻し回避する。やはり、地上に固定して動けないままでは、正確な照準は望めない。

 

 しかも閃光はそこで留まらなかった。

 

 吹き上がる炎の光は威力を衰えさせず直進、そのままコロニーの内壁を突き破ったのだ。

 

 舌打ちするクルーゼ。

 

「これ程の火力を1機のモビルスーツに持たせるとは!?」

 

 やはり、見過ごす訳にはいかない。何としてもここで破壊せねば。

 

 再び旋回し、ストライクに斬り掛かって行く。今度は、射撃の間は与えない。

 

 対してエストは、どうにか第二射を放とうとするが、ほんの僅か照準を修正する作業にも今のストライクはもたついてしまう。

 

 その間にも、シグーは接近してくる。

 

「クッ!?」

 

 衝撃に備えて身構えるエスト。

 

 その時、

 

 上空から高速で接近した存在が、一瞬でシグーの背後に回りこんだ。

 

「何ッ!?」

「あれは!?」

 

 クルーゼとエストは、ほぼ同時に声を上げる。

 

 それは大振りなスタビライザーを広げた、青い機体。シルフィードである。

 

 シルフィードは右腕に装着された高周波ブレードを展開すると、シグーに向かって斬りつけた。

 

「チィッ!?」

 

 とっさに回避するクルーゼのシグー。しかし一瞬遅く、一閃によって剣を持った右腕が斬り落とされた。

 

「もう1機だと!?」

 

 追撃の剣を、後退する事で辛うじて回避するクルーゼ。だが、銃撃が効かない上に、片腕を失った以上、これ以上の戦闘は不可能である。

 

 それと同時に、何か大きな物が接近してくる事をセンサーが告げていることに気付いた。

 

 目を転じると、白亜の装甲を持つ奇妙な形の戦艦が向かってくるのが見える。

 

「戦艦、コロニーの中にだと!?」

 

 白亜の巨艦。地球連合軍の最新鋭戦艦アークエンジェルが、真っ直ぐこちらに向かってくる。どうやら、港の脱出に成功したようだ。

 

 アークエンジェルはゆっくりと回頭しながら、後部のミサイル発射管から対空ミサイルを放ってくる。

 

 孤を描きながら飛来する複数のミサイルを、辛うじて回避するクルーゼ。しかし、状況は控えめに言っても不利だった。

 

「仕方が無い、後退する」

 

 後ろ髪を引かれる思いを断ち切りながら、機体を反転させるクルーゼ。

 

 一方でシルフィードを操るキラも、追撃する余裕が無かった。

 

 荒い息を整えると同時に、機体の色が青から灰色に戻っていく。どうやら今ので、僅かに残っていたバッテリーが切れてしまったようだ。

 

「ここまで、か」

 

 どのみち、この機体で逃げ切るには無理があったようだ。

 

 自分の運命に見切りを付け、キラはシートに深く身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルーゼ隊の第一次攻撃隊を退ける事には成功したものの、被害は目を覆いたくなる物だった。

 

 シャフト、内壁、外壁を損傷し港湾施設、及びモルゲンレーテの工廠が壊滅状態のヘリオポリスは、警戒レベルが最大限に上昇し、シェルターは閉鎖されている。

 

 更に駐留していた地球連合軍からすれば、頭を抱えたくなる。何しろ、ロールアウト寸前だった6機の新型機動兵器のうち、実に4機までもがザフト軍に奪取されてしまったのだから。そのうえ、アークエンジェルのクルーは艦内にいた最低限の人員を除き、艦長を含めてほぼ全滅に近かった。

 

 しかも、更に厄介な事に戦いはまだ終わったわけではない。コロニーの外には戦艦2隻を中心としたクルーゼ隊が未だに網を張っているのだ。再攻撃は時間の問題と言えるだろう。

 

 とにかく、どうにか現状を打破して包囲網を突破する必要がある。生き残った地球軍は2機の機動兵器を含めて戦艦アークエンジェルに合流、後事を策する事となった。

 

「テロリストねえ・・・あんな子供が」

 

 一通りの説明を受けたムウ・ラ・フラガ大尉は、溜息とも苦笑とも付かない呟きを漏らした。

 

 今ここにいるのは彼の他には、マリュー・ラミアス大尉、アークエンジェルを港から脱出させたナタル・バジルール少尉。そしてエスト・リーランド曹長の3人がいた。

 

 その話題は、シルフィードを動かしていたキラ・ヒビキと言う少年の事になっていた。

 

「彼がその・・・本当にあの、ヴァイオレットフォックスなの?」

「間違いありません。DNA、及び頭部骨格パターンのデータも98パーセント以上の一致を見ています」

 

 淡々とした声で答えたのは、エストだった。

 

 ヴァイオレットフォックス。それは、地球連合、特に大西洋連邦にとっては忌むべき名前の最たる物だった。

 

 反大西洋連邦テロリスト集団「レッド・クロウ」に所属するテロリストで、ここ数年で確認されているだけで10件以上のテロ行為に加担していると言われているS級指定広域指名手配犯。

 

レッド・クロウ自体は2年前に、軍と連邦当局の合同による大規模な掃討作戦に遭い壊滅したのだが、まさか組織の実行部隊員の中でも、特に危険視されていたヴァイオレットフォックスが生き残っていたと言う話は初耳だった。しかもその正体が、あんな年端も行かない少年だったとは。

 

「更に約1年半前、極秘裏にヴァイオレットフォックスの居所を突き止めた当局は特殊部隊による強襲チームを編成しアジトを強襲。しかしこの作戦はチーム全滅と言う結果と共に失敗。以後、ヴァイオレットフォックスの足取りは途絶えたまま今日に至っていました」

「それが最近になって、このヘリオポリスに潜伏している事を掴んだ訳ね」

 

 マリューの質問に、エストは無言のまま頷いた。

 

 あの戦闘のあと、バッテリー切れを起こした機体から降りてきたキラは、逃げ場が無い事に観念したのか、大人しく武装解除して投降する道を選んだ。今は駆けつけた警備班に拘束され、アークエンジェルの独房に収監されていた。

 

 部隊全滅と言う憂き目にはあったが、エストは一応、任務を達成した事になる。もっとも、ザフト軍の包囲を突破しない限り、まだ安全は保障されないのだが。

 

「あの少年の正体は判りましたが、今の我々には先にやらなければならないことがあります」

 

 水を差すように、ナタルが話しに割って入った。

 

 彼女の言う通りである。キラの正体が何であれ、その処遇をどうするのであれ、まずは現状を打破しない事には話しにならなかった。

 

「ストライク、行ける?」

「無理です」

 

 間髪入れずにエストは、マリューの質問に返事を返した。

 

「現在、マードック軍曹以下、整備班の方がOS書き換えに全力を傾注していらっしゃいますが、やはり通常の方法では困難だそうです。おそらく、私が作業に加わったとしても、結果は大きくは変わらないと思われます」

「では、シルフィードの方は? あれの書き換えは終わっているのだろう」

 

 ナタルの質問に、しかしエストは首を横に振った。

 

「あちらは逆に高性能過ぎて使い物になりません。反応速度のレベルを落とし、OSの補正レベルを上げれば可能ですが、これをやるとなると、更に時間が掛かります。個人的な私見ですが、ストライクの整備を優先した方が早いと思われます」

「どちらにしても、時間は掛かるって事か」

 

 正真正銘、溜息を吐くムウ。

 

 時間。何に付けても、それさえあれば問題は解決する。しかし今や、唯一欲しいその時間が、アークエンジェルには無かった。

 

「大尉は、どうにかなりませんか?」

 

 縋るような視線で、ナタルはムウを見る。

 

 ムウもメビウス・ゼロをクルーゼに大破され、次の出撃には間に合いそうも無い。だが彼は「エンデュミオンの鷹」と異名を取る、連合きってのエースパイロット。ムウなら何とかしてくれるのではと言う想いがある。

 

 だが、ナタルの質問に対して、ムウは肩を竦めた。

 

「俺も例の坊主が書き換えたってOSは見せてもらったが、どう考えても無理だ。あれはナチュラルに扱えるような代物じゃねえよ」

「では、元に戻させて・・・」

「そんでノロクサ出てって的になれってか? 俺は嫌だぜ」

 

 こう質問をぶつけるナタル自身、既に判っている。ストライクは戦力化の見通しが立たず、シルフィードはパイロットの能力が追いつかない。OSの書き換えも事実上不可能。

 

 ならば、残る選択肢は1つしか無い。

 

 しかし、地球連合の軍人として、その選択だけ出来なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・良いわ」

 

 ややあって、低く声を発したマリューに、3対の視線が集まった。

 

「責任は私が取ります。彼を、」

 

 同時に、迷っている暇も無かった。

 

 ただ一言、

 

「・・・・・・・・・・・・不愉快です」

 

 一同の気持ちを代弁するように、エストはそれだけ呟いた。

 

 

 

 

 

「ミゲルがこれを持ち帰ってきてくれてよかった」

 

 自嘲気味の声は、ラウの口から漏れる。

 

「そうでなかったら、機体を損ねた私は無能者の烙印を押されていた事だろう」

 

 その手にはストライクと交戦したミゲル・アイマンが持ち帰ったデータが握られている。

 

 6機のG兵器の内、奪取した4機はOSの調整が粗雑で、とてもではないがまともに動くとは思えなかった。ただそんな中で唯一、奪取に失敗した機体は高い機動力を持ってミゲル・アイマンの機体を撃墜してのけたのだった。

 

 指揮卓を囲むのはヴェサリウス艦長のアデスの他にミゲル、オロール、マシュー、そしてアスラン・ザラのパイロット4人である。

 

「なぜ、この機体だけがこうも動けたのかは判らん。だが、このまま野放しにすることも出来まい」

 

 第二次攻撃の要有り。それがクルーゼの考えであった。

 

 そんな中でアスランは、先程の事が脳裏から離れなかった。

 

 あの格納庫で対峙した少年。あれは間違い無くキラだった。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 月の中立都市コペルニクスにある幼年学校で、暫くの間一緒に過ごした幼馴染である。

 

 当時、妙に陰りのある少年であったキラを、アスランは積極的に遊びに誘ったのを覚えている。初めの内は遠慮がちだったキラも、アスランの積極さに次第に態度を軟化させて行った。

 

 だが、そんな幼き日々も、唐突に終わりを告げた。

 

 ある日を境に、キラはプッツリと姿を現さなくなったのだ。

 

 そう、あれは今でも覚えている。あの年は確か、コペルニクスで大規模な事故があった年だ。一部では反体制派ゲリラのテロであるとも報じられたこの事件は、市街地の高級ホテルが爆発炎上、宿泊客を含む数10数名の死傷者を出した痛ましい事件であった。

 

 その直後であった気がする。キラが姿を消したのは。

 

 そのキラが、今頃姿を現すとは。

 

「ミゲル、オロール、マシューは出撃準備を、再度仕掛けるぞ」

 

 アデスの声で我に返った。

 

「隊長、私も、」

 

 確かめたかった。あれが本当に、あのキラなのかを。

 

 その言葉に驚いたように、仮面の顔を向けてくるクルーゼ。

 

「君には機体がないだろう、アスラン」

 

 今回の特殊任務でのアスランの役割は、あくまで連合の機動兵器奪取であった為、愛機は置いてきている。

 

「しかし、」

「今回は譲れ、アスラン。ミゲル達の悔しさもお前と変わらん」

 

 そんなアスランに、アデスが諭すように声を掛ける。

 

 その言葉には、アスランも引き下がらざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 X207ブリッツ。

 

 自分が奪取してきた機体のコックピットに座り、ライア・ハーネットはキーボードを叩いていく。

 

 OSの調整は早めに済ませてしまいたかった。何しろ機体を奪取した時は必要最低限で済ませた為、手間の掛かる部分の調整が後回しになってしまった。

 

「あ、間違えた」

 

 舌打ちしつつ、間違った箇所から修正していく。一箇所間違えば、そこから続く箇所が全て間違っていくため、修正が面倒くさい。

 

「ん~・・・・・・あ、これか」

 

 ようやく間違った箇所を見つけて修正していく。

 

 それにしても、地球軍が作ったOSと言うものには、呆れを通り越して哀れみすら覚えてしまう。こんなものでよくザフトに対抗しようなどと思い立ったものである。

 

 ライアの手が、忙しなくキーボードの上を走る。

 

 この作業が終われば、この機体も実戦レベルで使用可能となる。奪取した責任者として、いつでも出れるように準備をしておきたかった。

 

 その時、開いているハッチの向こう側で、ジンが発進準備をしているのが見えた。

 

「再攻撃、ヘリオポリスに?」

 

 身を乗り出して格納庫内を見渡せば、数機の機体が出撃準備を進めているのが見えた。しかもそれらの手には例外無く、過剰とも言える装備が施されていた。

 

「あっちゃ~、要塞攻略用の大型装備、て事は・・・こりゃ隊長も、かなり本気みたいね」

 

 その言葉が終えると同時に、最初のジンが発進位置へと向かっていく。

 

 ヘリオポリスへの第二次攻撃が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 二度目ともなると、機体の立ち上げも比較的スムーズに行った。

 

 点滅しながら立ち上がっていく計器類を眺めながら、キラは己が運命の皮肉さに苦笑せざるを得なかった。

 

 キラは再びシルフィードのコックピットにいる。ザフト軍の第二次攻撃隊が接近しているのだ。

 

 マリューの下した決断は、実に際どい類の物であった。

 

 ムウのメビウスは損傷して出撃不能。ストライクはOSの未調整で出撃不能。シルフィードは他に扱えるパイロットがいないと来れば、今現在、アークエンジェルにあって迎撃に出られるのはキラとシルフィードの組み合わせだけだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自嘲と言うには足りない。皮肉と言ってもまだ遠い。まさかこの自分が、連合軍の新型機動兵器に乗り、彼等の為に戦う事になるとは。

 

 勿論、こうなるまでにはマリュー達の苦い逡巡が会った。何しろ相手は、子供とは言えS級指定の反連合テロリストである。そのテロリストに、たった2機残った機動兵器の内の1機を預けるなど、正気の沙汰ではない。ましてかキラはコーディネイター。そのまま裏切ってザフト軍に寝返る事も考えられる。

 

 そこで、なおも納得の行かないナタルは、最悪の事態を考えて二重三重に保険を掛ける事にした。

 

 まず、シルフィードのバッテリーは規定の7割に留めて出撃する。これなら、絶対に遠くへは行けない。

 

 次に、シルフィードに積まれている自爆コードをアークエンジェルから遠隔操作できるようにした。Nジャマーの影響で通常の電波通信は使えない為、レーザー通信による打電で特定のキーワードを受信した場合、シルフィードは自爆するように仕向けられた。

 

 キラ自身には発信機を携帯させ、非戦闘時、艦内のどこにいても判るようにした。万が一、何らかの理由で携帯を怠った場合、無警告で射殺する権限が警備兵には与えられている。勿論、機関室や兵器庫、更には必要ない場合でのモビルスーツデッキへの侵入は厳禁である。

 

 そして最後、キラの首には、先程までは無かった銀色の首飾りが下げられている。一種の質素な輝きを放つその飾りは、しかしその中に爆薬が仕込まれており、コードを受信するか、あるいは無理に外そうとすると爆発する仕掛けになっていた。

 

 これだけ一方的、かつ理不尽な条件を突きつけられて尚、キラが出撃を了承した事には理由があった。

 

 実はキラのカレッジの友人であるサイ、トール、カズイ、ミリアリア、リリアの5人は今、アークエンジェルに収容されていた。と言うのも、コロニーの警戒レベルが上がり、シェルターがロックされた事で、彼等は行き場を失ってしまったのだ。

 

 彼等5人を軍の手で保護する。それが、キラの出した条件である。そしてマリューはそれを受け入れた。苦しいのはお互い様と言うわけである。

 

 整備兵が退避して行く。どうやら、出撃準備が整ったようだ。同時に、ブリッジから通信が入った。

 

《準備はどう?》

「大丈夫です。すぐに出れます」

 

 相手はマリューだった。

 

《敵の戦力は要塞攻略用に武装したジンが3機。それにX303、イージスが来ているわ。気をつけて》

「イージス・・・・・・」

 

 キラはマリューには聞こえないように、そっと呟いた。

 

 イージスとは、あの時目の前で後退して言った赤い機体の事だ。そして、

 

「アスラン・・・君が来ているのか?」

 

 問い掛けに、答えを持っているものはいない。

 

 そうしている内に、シルフィードはデッキへと運ばれていく。

 

 リニアカタパルトに灯が入り、出撃の準備は整った。

 

 今や連合の囚われ人となったテロリストの少年が、眦を決して顔を上げる。

 

「キラ・ヒビキ、ガンダム、行きます!!」

 

 打ち出されると同時にスタビライザーを展開、同時に機体の色が青に染め上がった。

 

 

 

 

 

 ミゲル、オロール、マシューの3人が操るジンは、その手に大型ミサイルや重粒子砲を手に、ヘリオポリス内を進んでいく。

 

 その視界の先に白と赤で塗装されたアークエンジェルが見えて来る。

 

 どうやら迎え撃つ心算らしい。上甲板の対空砲が起動するのが見えた。同時に2基の主砲が旋回し、射撃位置に入っている。

 

 そのアークエンジェルから青い機体が飛んで来るのが見える。奪取し損ねた2機のうちの片割れであり、先程ミゲル機を撃墜してくれた機体だった。

 

「オロールとマシューは戦艦をやれ。アスラン、無理やり付いてきた実力、見せてもらうぞ」

「ああ・・・・・・」

 

 あの後、アスランは命令を無視して、独断で出撃し攻撃隊に加わった。どうしても確かめたかったのだ。あれが本当に、かつて親友であったキラ・ヒビキなのかどうかを。

 

 ミゲルの命令を受けて、二手に分かれる。

 

 オロール機とマシュー機は迂回してアークエンジェルへ。アスランは増速するミゲル機に続いた。

 

 それと同時に、開戦のベルが鳴った。

 

 アークエンジェルが対空ミサイルを放ってくるのに対して各機は散開して回避、外れたミサイルはヘリオポリスのシャフトを直撃する。

 

「誘導、厳に!! コロニーを傷つけないように慎重にやって!!」

「そんな事言ったって・・・」

「照準、マニュアルでこちらに回せ!!」

 

 アークエンジェルのブリッジは、慣れない実戦にクルー達は戸惑いを隠せずにいる。機体が損傷して出撃できないムウまでがCICに入って火器管制をしている有様である。

 

 マシューとオロールは巧みにアークエンジェルの砲火をよけながら接近、手にした対艦兵器を放とうとする。

 

 一方で出撃したキラは、主武装である高周波ブレードを展開し、ミゲル機と対峙する。

 

「さっきの借りを返すぜ!!」

 

 言い放つと同時にミゲルは重粒子砲を放つ。

 

 ミゲルは「黄昏の魔弾」と言う異名を持つザフト軍のエースで、本来はオレンジ色に塗装した専用機を持っているのだが、先日の戦闘で損傷してしまい、今回は予備機での出撃だった。

 

「喰らえ!!」

 

 ミゲルはシルフィードに向けて重粒子砲を放つ。

 

 対してキラはシールドでビームを防ぎ、そのまま接近する。

 

 その視界の端には、赤い機体が映っている。間違い無くあれは、あの時アスランが奪っていったもう1機の機体である。と言う事は、あれに乗っているのはあのアスラン・ザラなのだろうか?

 

迷っている内にもミゲルの猛攻は続く。

 

だが一撃で要塞の外壁をも抉る閃光は、舞うように戦うシルフィードを捉えるには至らない。ザフト軍が正式採用しているビーム兵器は、技術的な問題で、どれも大出力かつ大型の物ばかりである。本来であるなら対艦、及び対要塞戦に使われるべき代物であり、連射も効かない。それでも無理に持ってきたのは、相手が物理衝撃を完全無効化するPS装甲を有している故なのだが。

 

「この!!」

 

 焦るように重粒子砲を放つミゲル。

 

 だが、ほとんど至近距離であるにも拘らず、キラはミゲルの攻撃をあっさりと回避してのける。重粒子砲は、モビルスーツのような小型の物を狙うには、あまりにも取り回しが悪すぎるのだ。

 

 乗ってから殆ど時間が経っていないにも拘らず、シルフィードはキラの思う通りに動いてみせる。操縦桿も、モニターも、ペダルも、まるで誂えたかのようにキラの思う通りの反応を見せた。

 

 次の瞬間、キラは動いた。

 

 重粒子を掻い潜るように機体を沈み込ませ、そのまま距離を詰めにかかる。

 

「何ッ!?」

 

 思わず息を呑むミゲル。

 

 ジンは重量武装を保持しているせいで、シルフィードの素早い動きに対応できない。

 

 掲げる白刃。

 

 とっさミゲルは回避しようとするが、最早間に合わない。

 

 ブレードがジンの装甲に食い込み、そのままエンジン部分まで貫いた。

 

「ミゲル!?」

 

 絶叫するアスランの前で爆発、四散するミゲルのジン。

 

黄昏の魔弾という異名を持つエースパイロットにとって、あまりにも呆気ない最後であった。もしミゲルが自分専用の機体を持ってきていたのなら、あるいはこの結末はまた、違った物になっていたのかもしれない。

 

 だが今のキラに、そんな感傷めいた想いは無い。ただ脳裏に「1機撃墜」と言う情報を加えたのみである。これで残るはイージスを含めて3機である。

 

 その時、キラの進路を塞ぐように、赤い機体が舞い降りる。

 

「ッ!?」

 

 イージスの姿を視認すると同時に、キラは高周波ブレードを構える。だが、

 

「キラ・・・・・・キラ・ヒビキか?」

 

 イージスから送られてきた通信により、自分の考えが間違っていない事を悟った。

 

 あの機体に乗っているのは、

 

「アスラン・・・ザラ・・・・・・」

 

 かつての幼馴染の名前を、僅かな感慨に乗せて呟く。

 

 アスランの方でも、手に持ったライフルを下ろしてシルフィードと対峙する。

 

 その口から紡がれる言葉は、当惑と若干の非難が混じっているように思える。

 

「どうして、君が地球軍に・・・モビルスーツなんかに乗っているんだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 どうして、か。そんな事はこっちが聞きたいくらいだ。

 

 自嘲気味の言葉は、口を突いて出ることはない。

 

 その間にもマシューとオロールは、執拗にアークエンジェルへの攻撃を続行する。

 

 連合軍が期待を込めて建造した最新鋭戦艦だけあって、要塞戦用の攻撃にも辛うじて耐え抜いているが、外れ弾の一部はコロニーの内壁に深刻な損害を及ぼしていく。

 

「シルフィード、何をしている。こちらの援護をしろ!!」

 

 ナタルの悲痛な声がスピーカーから流れてくる。コロニー内での戦闘と言う事で、おいそれと大火力が使えないアークエンジェルは苦戦を免れない。

 

 キラは意を決してブレードを構え直した。

 

「そこをどいて、アスラン」

「キラ!?」

 

 かつての友人が発した驚くほど冷めた口調に、驚き声を上げるアスラン。

 

 同時にかつての親友から発せられる殺気に、イージスの機体はたじろくように身を引く。だが、それでもその場を動かずに尚も対峙する。

 

 ブレードを振り被るキラ。

 

「警告は一度だけだよ」

「キラ・・・お前・・・・・・」

 

 次の瞬間、返事を待たずにキラは動いた。

 

 イージス目掛けて剣を振り被り、

 

 横からの衝撃にバランスを崩した。

 

「うわっ!?」

 

 何とか姿勢制御するキラ。

 

 そのモニターには、先程まではいなかったはずの黒い機体が、ワイヤー付きの武装で襲い掛かってきていた。

 

「X207・・・ブリッツ!?」

 

 突然現れた新手に、キラは訝る。センサーの類には、直前まで反応は無かったはず。一体、どうやってブリッツは現れたのか?

 

 飛んで来るビームを避けつつ、キラは新手の敵から距離を置く。

 

「アスラン、動きが鈍いわよ。どうしたの!?」

 

 ブリッツを操る少女、ライア・ハーネットからの通信に、アスランは我に返った。

 

「あ、ああ・・・すまない。助かったよライア」

 

 そう告げてから、再びシルフィードに向き直った。

 

 一方でキラも体勢を立て直し、2対1と言う状況の変化にどう対応するか思案していた。

 

 だが、そうしているうちにも、彼等の周囲では状況が悪化の一途を辿っていく。

 

 要塞攻撃用の重火力や戦艦の攻撃を受けたヘリオポリスの内部には、既に深刻なレベルでダメージが蓄積されていた。

 

 地表部分を含む内壁はボロボロになり、構造を支える背骨とも言うべきシャフトには無数の亀裂が走っている。

 

 そして、避け得ない運命のまま、ソレは起こってしまった。

 

 シャフトの一部が吹き飛び、崩壊。同時に、構造を維持できないと判断したコロニーを管理するメインコンピュータが、シェルター内に退避した民間人の生命を優先すべく全隔壁を開放、外壁と内壁が同時に開いていく。

 

 ヘリオポリス。

 

 キラが逃亡の末に掴んだ安息の地が今、目の前で崩壊していくのが見えた。

 

 瓦礫が舞い上げられ、漆黒の宇宙空間が顔を覗かせる。

 

 同時に、比較的低高度にいたシルフィードの機体も、急減圧によって外界へと吸い出されていく。スラスターを全開まで吹かそうとするが機動兵器の馬力で敵うはずも無く、機体は木の葉のように飛ばされていく。

 

「キラ!!」

 

 アスランが呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それに答えるだけの余裕は、キラには無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-02「大地が消える時」  終わり

 



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PHASE-03「静寂なる包囲網」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを見た人間は、どう思うだろうか?

 

 悲劇を連想するか? あるいは単にデブリの集合体と思うか?

 

 だが、判る人間には判る。ほんの数時間前までは、この地にも平和な生活が営まれ、当たり前の光景があったのだ。

 

「これが・・・・・・」

 

 宇宙空間に放り出されたシルフィードのコックピットに座しながら、キラは言葉も無く呟いた。

 

 ゲリラに身を置き、今まで悲惨な光景を何度も見てきたキラだが、これはレベルも違えば次元も違う。まさに、世界の崩壊に匹敵するかのような光景だった。

 

 ヘリオポリスと言う世界の終りが、今、キラの目の前に広がっていた。

 

 唯一の救いは、避難警報発令から実際の崩壊まで間があった為、多くの民間人が退避を完了していたと思われる事だった。

 

 だが、ヘリオポリスの住民達が自分達の住処を失い、路頭に放り出された事は事実であり、今後の彼等の行く末に一抹以上の影を落としているのは間違いなかった。

 

 キラは溜息を吐きながら、シートに深く身を沈めた。

 

 結局守れなかった。と言う徒労感から来るやるせ無さに全身を包まれる。

 

 そこでふと、気付いた。

 

 計器に目を向けると、バッテリー残量が3割以下になっている。元々7割での出撃であるから、こうなる事は予想していたが。

 

「成る程、これじゃあ逃げるに逃げれない、か」

 

 別に逃げる気はないが、言っても誰も信じないだろうし、連合の軍人からすれば当然の措置だろう。

 

 その時、通信機に反応がある事に気付いた。

 

《X109シルフィード・・・X109シルフィード、キラ・ヒビキ、聞こえるか、返事をしろ!!》

 

 怒鳴るようなナタルの声が聞こえてくる。それだけ必死だと言う事だろう。

 

 ここは喜ぶべきところだろうか? いや、彼女が心配なのはパイロットである自分ではなく、この機体なのだろうから、別に気を使う必要も無いわけで、

 

 そんな事を考えながら、スイッチを入れた。

 

「こちらX109シルフィード、キラ・ヒビキです」

《無事か。誘導ビーコンを出す。こちらに戻れるか?》

「大丈夫です。何とか」

 

 バッテリーは心許ないが、戻る分には問題無いだろう。

 

《よし、ではただちに帰還しろ。すぐに脱出するぞ》

「了解です」

 

 そう言って通信機を切った。

 

 その時、モニター越しにキラの目に映る物があった。

 

「あれは・・・脱出ポッド?」

 

 コロニーから射出された脱出ポッドのようだが、何か様子がおかしい。

 

 キラは操縦桿を操ると、慎重にポッドに機体を近付けた。

 

 

 

 

 

 着艦を終えコックピットから出ると共に、キラは警備兵によって拘束された。このまま自室へ連行される事になる。

 

 これも条件の1つだった。手錠を掛けない事、独房に入れない事が数少ない救いと言えば救いだが、これからはこの窮屈感と同居しなくてはいけないと考えると、戦闘での疲労が乗算されていくようだった。

 

 ともかくライフルを持つ警備兵2名に後ろに着かれて歩きながら、キラは僅かに視線を巡らした。

 

 シルフィードの隣には、整備を急ぐストライクが、更にその向こうには修理が完了しつつあるメビウスゼロの姿が見て取れた。

 

 キラの目は、更にその向こうの光景に止まる。

 

 そこでは先程回収したポッドから、乗っていた民間人が救出されている光景があった。

 

 そのポッドを回収するか否かで、ブリッジと一悶着あった事を思い出す。

 

 回収しようとするキラと、機密保持の観点から拒否しようとするナタルとの間で押し問答があったが、最終的にはマリューの采配で収容が決定された。

 

 まったく。民間人救助を主張するテロリストと、それを拒絶する正規軍人。これでは立場が逆ではないか。

 

 そんなボヤキを声に出さずした時、ポッドのハッチから出てきた赤い髪の少女に目を留めた。

 

「あれは・・・・・・」

 

 見覚えがあった。確か1年下の後輩で、サイとは婚約者同士の、

 

「フレイ・アルスター?」

 

 確か、そんな名前だった。

 

 そう考えていると、当のサイが現れ、フレイに近付いて行く光景が見えた。

 

 そのまま両者は、互いの名を呼び合って抱擁を交わす。

 

どうやら、自分の行動が、全くの無駄ではなかった事が判り、キラはホッと溜息を吐いた。

 

 と、廊下に出た時、こちらを見て佇む影がある事に気付いた。

 

 少年達はキラが出てくると、一斉に振り返った。

 

「キラ!?」

「トール、ミリィにリリアも・・・・・・」

 

 友人達の登場に、少しだけ驚く。だが、よくよく考えれば、ろくに説明もしていなかった事を今更ながら思い出した。

 

「お前、これは一体どういう事なんだよ?」

「そうよ、何でキラがモビルスーツなんかに乗ってるの?」

 

 食ってかかって来る一同を見ながら、思案を巡らす。どうやら表面上の事情は聞かされているが、詳しい事は知らないと言ったところか。

 

 と、そこでトールが、キラの背後でライフルを突きつけている警備兵に気付いた。

 

「おい、何だよそれ!?」

「トール・・・・・・」

「何でそんな事してんだよ!?」

 

 キラの控えめな静止も聞かず、整備兵に食って掛かるトール。

 

「キラがコーディネイターだからって、そんな事するのかよ!? こいつが敵じゃないって事くらい判るだろうが!!」

 

 トールの主張に対して、警備兵も少し困ったような顔を作る。彼等としても、情報の伝達が成されていない事に戸惑っているようだ。

 

 そんな友人の様子に微笑を洩らし、キラはやんわりと間に入って制した。

 

「トール、良いよ別に」

「良くないだろッ お前も、どうして平気な顔してるんだよ?」

 

 傍目には煮え切らないような態度を取るキラに、トールも訳が判らず困惑する。

 

そんなトールの様子を見ながら、キラは冷静を装いつつ、それでも心の中に暖かい物を感じる。

 

 と、そんなトールの横から、リリアが前に進み出て、口を開いた。

 

「ねえキラ、話して。どうしてこんな事になってるの? 一体、何があったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彼等は、自分を心配して出迎えに来てくれたのだ。ならば、このまま何も話さない訳にもいかない。

 

「ごめんねみんな・・・・・・」

「キラ?」

「僕はね」

 

 ポツリと言った。

 

「・・・・・・テロリスト、なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火による崩壊が生み出したデブリ。

 

 悲劇と嘆きの象徴であるはずの残骸の群れが、皮肉な事に現在、アークエンジェルを隠すカーテンの役割を果たしていた。

 

 無数に浮かぶデブリとNジャマーの影響によって、レーダーは全く役に立たず、残骸の中には熱を持つ物もあり、熱紋センサーでも探知できない。

 

 取り合えず、時間は稼げる。あとは、今後の方針を決めて動くだけである。

 

「敵の位置の補足は出来る?」

「無理です。こうデブリが多くては」

 

 マリューの質問に、ナタルは渋い顔で返す。

 

 こちらの位置も気取られない反面、敵の位置も判らない。このデブリのカーテンも互いに痛し痒しと言ったところか。

 

 一同は深刻な表情のまま、考え込む。もっともただ1人、エストだけは何を考えているのか判らない無表情で佇んでいるが。

 

 だが、相手もこちらを探している以上、いつまでもここでこうしている訳にも行かない。

 

「・・・・・・今、攻撃を受けたら、こちらに勝ち目は薄いですね」

「だな、こっちの戦力は俺のボロボロのゼロに、調整が終わってないストライク、そしてシルフィードだけだ」

 

 ムウの言葉に、一同は更に深刻な表情で考え込む。

 

 足りないのは戦力だけではない。補給物資、特に水と弾薬が不足気味だった。最終的に月の軌道艦隊司令部に行くにしても、途中で不足するのは明白だった。

 

「最大戦速で振り切るか? かなりの高速艦なんだろ、この船?」

「敵にも高速のナスカ級がいます。振り切れる保障はありません」

 

 ムウの質問に、溜息交じりのマリューの返事が返る。動きたくとも動くに動けない。というのが現在の状況である。

 

「・・・・・・艦長」

 

 ややあって、ナタルが口を開いた。

 

「私はアルテミスに向かう事を提案いたします」

 

 その言葉に、3人の視線がナタルに向いた。

 

「アルテミスって、傘のアルテミスか?」

「はい。現状で考えれば、あそこが最も近い友軍です」

 

 宇宙要塞アルテミス。ヘリオポリスから比較的近場にある地球連合軍所属の宇宙基地である。そこは光波防御帯と言う特殊な防御フィールドを形成するシステムを備えている為、鉄壁の護りを誇っていた。その防御帯を広げた姿を通称で「アルテミスの傘」と呼ばれている。

 

 友軍であるのは間違いない。だが同時に、いくつか問題も抱えていた。

 

「でも、この艦も機体も、公式発表はおろか、友軍識別コードも無いのよ」

 

 下手をすると、接近した瞬間に撃たれる可能性もある。

 

 それに、

 

「仮に撃たれなかったとしても、すんなり入れてくれるかね?」

 

 こちらの方が、より深刻と言えた。

 

 地球連合軍と一口で言っても、確固とした国同士の信頼関係が築かれているわけではない。特に、大国である大西洋連邦とユーラシア連邦は互いにいがみ合い、隙あらば相手を出し抜こうと、虎視眈々と狙っているのだ。ザフト、ひいてはコーディネイターと言う共通の敵があって初めて成立する協調体制。それが地球連合軍の実情である。

 

 そしてこれが問題の最も深刻な部分であるが、アークエンジェルと6機のG開発計画は大西洋連邦が独自に進めたもの。そしてアルテミスは本来、ユーラシア連邦軍の所属であり、現在駐留しているのもユーラシア軍である。

 

 ユーラシア軍としては、大西洋連邦に一歩出しぬかれた形となる為、当然、面白くはないだろう。

 

「しかし、このまま月へすんなり行けるとは、まさかお思いではないでしょう? いずれにしても早急な物資の補給は必要です」

 

 ナタルの言う通り。今のアークエンジェルは、正に「着の身着のまま」の状態なのだ。

 

 他に、選択肢は無いようだ

 

「判りました。それで行きましょう」

 

 そう言って、今度はエストに向き直る。

 

「ストライク、行ける?」

「マードック軍曹から報告を受けています。あと60:00以内には作業が完了するそうです」

 

 正味1時間。それくらいなら、仮に捕捉されるにしても、足で時間は稼げると、マリューは素早く頭の中で計算した。

 

「判りました。本艦はこれより、アルテミス宇宙要塞へ進路を取ります」

 

 マリューの一言で、方針が議決された。

 

 

 

 

 

 途方に暮れているのは、ザフト軍も同様であった。

 

 周囲の残骸群を見ながら、クルーゼは溜息混じりに呟いた。

 

「まさか、こんな事になるとはな」

 

 もっとも、この表情を見せない人物が言うと、全く深刻そうに聞こえないのだが。

 

 むしろ心配そうに焦りを見せているのはヴェサリウス艦長のアデスだった。

 

「中立国のコロニーを破壊したとなると、問題になります。評議会には何と?」

「地球軍のモビルスーツを開発していたコロニーの、どこが中立なんだ? それに住民の殆どは脱出している。『血のバレンタイン』に比べたら大した事ではないさ」

 

 嘯くクルーゼは、尚も冷静さを崩そうとしない。

 

 対してアデスは、帽子を目深に被り直しながら沈黙する。

 

 開戦の火種となった「血のバレンタイン事件」。地球軍が、本国にある農業プラントの1基「ユニウス7」に核ミサイルを撃ち込み崩壊させた事による悲劇は、プラントの人間にとっては、あまりに生々しい記憶となって残っている。

 

 その悲劇を奇禍として、ザフト軍は核分裂を阻害し使用不能にするNジャマーを実戦に投入、今日の戦線膠着の一因を作り上げている。

 

 確かに、あれと比べればまだマシかもしれないが、それでも程度の差でしかないように思える。

 

 だが、そんな事は全く意に介さずに、クルーゼは先を見据えて話を続けた。

 

「アデス、例の新型艦の位置は掴めるか?」

「まだ追う心算ですか? しかし最早、こちらにも戦力が」

 

 目下、打ち洩らしたアークエンジェルと2機のモビルスーツ捕捉は、ザフト軍にとっても急務である。

 

 しかし、「黄昏の魔弾」ミゲル・アイマンを始め、既に多くのエース級パイロットが機体と共に永遠に失われてしまっている。ザフト最強と謳われるクルーゼ隊と言えど、これ以上の戦闘は不可能に思えた。

 

 だが、そんなアデスの疑問を、クルーゼは一笑と共に払拭した。

 

「あるじゃないか、4機も」

 

 4機、と言う数字を言われて、それを思い出さないはずはなかった。

 

「・・・・・・地球軍の機体を使うお心算で?」

「データの吸い出しが完了しているなら問題は無いさ。問題は、奴等がどこに隠れていて、どこに向かうかだ」

 

 クルーゼは仮面に隠れた目で宙図を睨む。

 

 ヘリオポリスの残骸は意外に邪魔で、ここで捕捉できなければ取り逃がす可能性がある。とは言え、先程のアデスの言葉はある意味で正しい。半数以上の戦力を失ったのは事実であり、広範囲に索敵を掛ける事はできない。

 

 注意深く宙図を睨むクルーゼの目が、一点で留まった。

 

「・・・・・・・・・・・・網を張るか」

「網、でありますか?」

 

 アデスの言葉に頷き、クルーゼの指は一転を指した。

 

 そこには、地球軍の要塞がある事を示している。

 

「ヴェサリウスは先行しここで敵艦を待つ。ガモフは迂回コースを取らせ、索敵を密にして後続させろ」

「アルテミスに、敵が逃げ込むと?」

 

 確かにこれなら、うまく行けば敵を挟み撃ちにできる。だが、もし予測が外れた場合は、賭けの失敗を意味する。

 

 そう思った時、オペレーターが振り返って報告してきた。

 

「大型の熱量を感知。戦艦と思われます。コースは地球スイングバイにて、月面大西洋連邦軍プトレマイオス基地!!」

 

 その報告を聞き、アデスは再びクルーゼを見る。今の報告では、敵艦はアルテミスへは行かない事になる。彼の予測は外れではないか?

 

 だがクルーゼは、より笑みを深めて言った。

 

「今ので私は確信したよ。敵はアルテミスへ向かう。当初の作戦通り行く。ヴェサリウス発進だ。ガモフを呼び出せ」

 

 ザフト軍の名将には既に、アークエンジェルの動きが筒抜けになっていた。

 

 そうとはまだ知らず、アークエンジェルは友軍との合流を目指して、行動を開始していた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは現在、動力の一切を切ったまま、無重力空間における惰性を利用して航行している。サイレント・ランニングと呼ばれるこの航法を使えばスラスター噴射による熱を発することも無くなり、光の差さない宇宙空間においてアークエンジェルは、そこらを漂うデブリと等しくなり、通常のレーダーでは探知できなくなる。

 

 そんな中にあって、不安は伝染病のように居住区に蔓延していた。

 

 キラの手によって回収され、収容された民間人達は肩を寄せ合い、皆が皆怯えた顔を覗かせている。

 

 住む場所を失い、現在の居場所も尚、危険を孕んでいるのだ。不安がるなと言うほうが無理である。

 

 その渦中に、トール達もいた。

 

「俺達、どうなっちゃうんだろうな?」

 

 カズイがポツリと漏らした言葉が、一同の心を代弁していた。

 

 本当に、どうなるんだろう? マリューは自分達を拘束すると言ったが、それはいつまで続くんだろう?

 

 そんな思いが交錯する。

 

「キラも、どうなっちゃうんだろう?」

 

 リリアの言葉に、一同はハッとしたように顔を上げた。

 

 この場にいない友人は今、1人で別の部屋に軟禁されている。その理由も、既に聞いていた。

 

「テロリスト・・・・・・だったんだよな。あいつ・・・・・・」

「うん、それも、すごい犯罪者だったって」

 

 S級指名手配犯。デッドオアアライブ指定の重罪人。そんな人間が自分達と1年間も友人として過ごしてきたかと思うと、今更ながらに恐ろしい物を感じてしまう。

 

 一体、何が目的だったのか? 築けたと思っていた友情は、自分達だけが見ていた幻だったのか?

 

 気持ちは空回り、マイナスの方向へと引き寄せられる。

 

「ね、誰の事?」

 

 そんな中で1人、フレイ・アルスターが会話に着いて行けず、傍らのサイに尋ねた。

 

 訳の判らないままシェルターに押し込まれ、気が付けば戦艦に収容されていたフレイには、未だに事情が飲み込めていないようだ。

 

「キラって、居るだろ。ほら、同じゼミの。あいつの事」

「ああ、あの教授によく扱き使われているコーディネイターの子?」

 

 フレイにとっては、そう言う認識だったのか。と、半ば呆れてしまう。まあ、扱き使われていたのもコーディネイターである事も事実なのだが。

 

「あいつ、テロリストだったんだ」

「え? 嘘!?」

 

 カズイの説明に、フレイは甲高い声で驚く。

 

 その、少し過剰とも思える驚きに、さすがに一同も鼻白む。そのコーディネイターのテロリストが自分を救った事を、果たしてフレイは認識しているのだろうか?

 

「カズイ、そんな言い方無いだろ」

 

 トールに強い口調で言われ、カズイは少し後ろめたさを感じて顔を背けた。

 

 相手の正体が誰であろうと、つい先刻までは確かに存在していた友情を穢したくは無かった。

 

 キラと初めて会った時、彼は自分がコーディネイターであると告げた。その時も確かに驚いたが、今回のそれは、あの時の衝撃を上回っている。

 

 だが、

 

「でもさ、」

 

 そんな一同の軌道を修正するかのように、リリアが口を開いた。

 

「あいつ、何であの時戻ってきたんだろう?」

 

 言われて思い出す。

 

 あの半壊したモルゲンレーテの敷地内、ザフトのモビルスーツに襲われて絶体絶命を感じた時、キラは全てを省みずに助けに来てくれた。

 

 戻れば捕まるかもしれない事は、キラには判っていたはずだ。そのまま逃げた方が得な事も。

 

 それでもキラは戻ってきた。

 

 自分達が、あそこにいたから。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一同は沈黙したまま、互いを見る。事情に疎いフレイも、空気を感じ取ったのか、サイの腕を掴んだまま沈黙している。

 

 ややあって、最初に立ち上がったのはトールだった。

 

「俺、決めたよ」

 

 そして、その想いは、他の皆も同じだった。

 

 

 

 

 

 キラはベッドに腰掛けたまま、何も無い壁を見詰めていた。

 

 一応、士官用の個室を軟禁場所として選んだらしく、生活に必要な物は一通り揃っていた。

 

 そっと触れる首には、見えずとも確かに指先に感触を伝える銀の装飾がある。

 

 爆薬入りの首輪。キラという狂犬を飼い馴らす為のアイテム。

 

 いっそ引き千切ってしまおうか? そうすれば中にある爆薬は瞬時に炸裂し、その瞬間キラの命を奪い去るだろう。

 

 心のどこかで、そう叫ぶ自分がおり、手は自然に首輪を握る。

 

 だが、出来ない。

 

 我に返り、手を離す。

 

 奴隷戦士、と言う言葉がある。

 

 奴隷の中で強力な武力を誇る者が、特定の条件を呑んで戦場に立つ。そうして出来上がるのが奴隷戦士だ。

 

 自分の出した条件。サイ、トール、カズイ、ミリアリア、リリアの生命、安全の確保。それが保障されるなら、自分はシルフィードに乗って戦う。

 

 この条件を満たされる限り、自分は生きて戦わねばならない運命にあるのだ。

 

 今のキラは正しく、古代に存在したと言う奴隷戦士と言っても良いだろう。

 

 そこまで考えた時、扉が開いて室内に小柄な少女が入ってきた。

 

「食事をお持ちしました」

 

 入ってきたエストは素っ気無い態度のまま、食事の入ったトレイを机の上に置いた。

 

 一方でキラは、そんなエストの姿に呆気にとられていた。

 

「・・・・・・どうしました?」

 

 目を丸くしてこちらを見ているキラに気付き、エストは尋ねる。

 

「い、いや、まさか君が運んで来てくれるとは思わなかったから・・・・・・」

 

 何しろ、数刻前に生身で銃撃戦を繰り広げた間柄である。そんな相手が自分の給仕をやっていて、度肝を抜かれない方がおかしい。

 

 対してエストは、淡々とした口調を崩さずに言った。

 

「他の方は自分の作業で忙しいので、たまたま手持ち無沙汰だった私に係が回ってきただけです。それに、あなたを連行するのが私の任務ですから。勝手に飢え死にでもされたら困ります」

「あ、そう」

 

 素っ気無い口調と態度は、取り付く島も無い。

 

「ま、とにかくありがとう」

「礼には及びません。任務ですから」

 

 自分の給仕をするのが任務なのか、と突っ込もうとしたが、その前にエストは出て行ってしまった。

 

 仕方なくキラは、トレイに目をやる。

 

 ごく平均的な艦内食である。特に不審な点、例えば食材が腐ってる等の様子は無い。

 

「・・・・・・毒入り、って事は、まさか無いか」

 

 言っておいて、自分で否定する。殺す心算なら囚われた時点で撃ち殺されているだろう。それをしないと言う事は、自分を殺す事よりも連行する事の方が任務の優先度が高いと言う事だ。

 

 そもそも、今更惜しむ命でもないし。

 

 自分の中に生じた疑念を払拭すると、キラは早速テーブルに向き合った。何しろ捕らえられてから数時間。その間、水以外は口にしていない。好い加減、胃が悲鳴を上げそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい警報は、最悪の事態を告げると同時に、皆が抱いていた不安を加速させる一助となる。

 

 沈黙は喧騒に変わり、ある者は怯え、ある者は自分達の持ち場へと走る。

 

「大型の熱量感知。戦艦クラスと思われます。距離200、イエロー3317、マーク02チャーリー、進路、ゼロシフトゼロ!!」

「気付かれたの!?」

 

 問い掛けてから、マリューは即座に否定する。それにしては距離が遠い。

 

「目標はかなりの高速で移動中。横軸で本艦を追い抜きます。艦特定、ナスカ級です!!」

「もう1隻居るだろう。ローラシア級はどうした!?」

「本艦後方300。追尾してきます。いつの間に!?」

 

 その報告に、一同は絶望に肩を掴まれた気がした。

 

 これで挟まれた。慌てて逃げようとエンジンを吹かせば、その瞬間にナスカ級が反転してくる。さりとてこのまま無音航行を続けていたら、背後から来たローラシア級に捕捉される。

 

「クソッ、読まれていたかッ」

 

 ムウが舌打ちしながら呟いた。

 

 逃げても地獄。座しても地獄。である。

 

 万事休す。残る手段は一つしかない。

 

「・・・・・・警備兵に連絡、彼を、キラ・ヒビキをシルフィードへ、」

「お待ちください艦長」

 

 言い差したマリューを、硬い声でナタルが制した。

 

「既にストライクの調整とゼロの修復が終わっています。ここは大尉とリーランド曹長のみで迎え撃つべきです」

 

 冷たい口調のまま、ナタルは告げた。

 

 言いたい事はわかる。何しろ相手は、コーディネイターのテロリストだ。保険を重ね掛けしたとは言え安心はできない。もし、ここで彼がザフトに寝返りでもしたら、シルフィードが失われるだけではなく、アークエンジェル自体危険に晒す事になりかねない。

 

 客観的に見て、ナタルの言っている事は正しい。

 

「・・・・・・判ったわ」

 

 マリューは頷き、決断した。

 

「これより本艦は迎撃体勢に入ります。大尉、お願いできますか?」

「まあ、任せとけ。取り合えず敵艦のデータと宙域図を持ってきてくれ」

 

 まともにぶつかっては勝てない。歴戦の兵士であるムウにはそれが判っている。だからこそ、策を練る必要があった。

 

 幸いな事に今回は、複数の機動兵器が使える。勝率は、前よりも高かった。

 

 

 

 

 

 ラウ・ル・クルーゼの策は図に当たりつつあった。

 

 先行するヴェサリウスはアルテミス手前で反転、稼動可能な唯一の艦載機であるイージスを発進させる。

 

 同時に、後方から追随するガモフからデュエル、バスター、ブリッツが発進した。

 

 既にガモフから、敵艦発見の報告が成されている。

 

 今や完全に、アークエンジェルは袋の鼠であった。

 

 イージスのコックピットに座し、虚空を駆けながらアスランは、今敵艦に乗っているであろうかつての友人に思いを馳せた。

 

 既にラウには、あのシルフィードに乗っているのが知り合いである事は話している。その上でラウは改めてアスランに問い掛けてきた。

 

 「彼が君の敵に回ったらどうするのか?」と。

 

 脳裏には、幼年学校時代のキラが浮かぶ。

 

 いつも周囲から浮いて、寂しそうにしていたキラ。手を引くと、黙って自分に着いて来てくれた気弱な友人。

 

 あいつが地球軍に居るなど、何かの間違いだ。きっと何か、利用されているに違いない。

 

 ほとんど確信めいた想いのまま、アスランは赤い機体を進ませる。もっとも、その想いは、彼の与り知らぬ所で紛れもなく真実ではあるのだが。

 

 ザフトの作戦は敵の新型機動兵器の鹵獲、乃至破壊、そして敵艦の撃沈にある。

 

 ならば、うまく立ち回ればキラを無傷で捉える事も出来るはずだ。

 

 もし、できなければ、

 

 その時は、自分はキラを撃たねばならない。

 

 その時、センサーが巨大な熱源を感知する。

 

「例の戦艦か!?」

 

 『足付き』と言うコードネームが与えられた地球軍の新型戦艦が、その存在を露にして兵装を展開していた。

 

 同時に、その後方から小型の熱紋3つが接近してくるのを感知する。どうやら、ガモフから発進したイザーク達も、同時に戦場に到着したらしい。これで、理想的な挟撃体勢が整った。

 

「行くぞ!!」

 

 叫ぶと同時に、アスランはイージスを加速させた。

 

 

 

 

 

 ストライクのコックピットに座し、エストは出撃準備を整えていく。

 

 計器を立ち上げながら、作戦をもう一度、頭の中でシュミレートする。

 

 まずムウのゼロが先行し、前方の敵艦を叩く。

 

 その間に自分は、アークエンジェルの支援を行いつつ時間を稼ぐ。

 

 そしてムウが敵艦を叩いたら全速で戦場を離脱。そのままアルテミスの防空圏に逃げ込むのだ。

 

 鍵は、自分がどれだけ時間を稼げるかにある。

 

 モビルスーツに乗るのはこれで3度目だが、本格的な戦闘はこれが始めてである。だが、何としても守り通さねばならなかった。本来の任務を達成する為にも。

 

《えっと、エスト》

 

 ブリッジから通信が入ると、見覚えのある少女の姿があった。確かヴァイオレットフォックスのヘリオポリスでの友人で、名前は、ミリアリア・ハウと言ったか?

 

 なぜ彼女が? と言う疑問は取り合えず置いておいて、モニターに向き直る。

 

《これからは私がモビルスーツ、及びモビルアーマーの発進管制を行います。よろしくね》

《よろしくお願いします。だよ》

 

 砕けた調子のミリアリアを嗜める声も聞こえてくる。

 

 そんなブリッジの様子を意に介さず、エストは発進準備を進めていく。

 

《気を付けて、敵はイージス、ブリッツ、デュエル、バスターの4機よ》

 

 その言葉にエストは僅かに、無表情の上にある目を細めた。

 

 Xナンバーが4機。敵は鹵獲した機体を、早くも実戦投入してきたと言う事か。

 

 揺るがない瞳の裏で、エストはリスクを計算していく。Xナンバー4機と言う事は、最低限ストライクと同程度の性能を有する機体4機を相手にしなければならないと言う事だ。戦力比は単純に考えて4倍。否、相手のパイロットがコーディネイターである事を考えれば差は更に開く。

 

 圧倒的に不利。だが、エストは瞳に感情を滲ませる事はない。それが任務である限り。

 

「了解しました。これより出撃。敵を迎撃します」

 

 装備はエールストライカーを選択。武装は他2つに比べて貧弱だが、その分機動性に優れている。相手が多数であるなら、この装備が最も有効であると判断した。

 

 ハッチが開き、リニアカタパルトに灯が入る。

 

「エスト・リーランド、ストライク出ます」

 

 淡々とした口調で告げると同時に、エストの操るストライクは虚空へと打ち出された。

 

 

 

 

 

PHASE―03「静寂なる包囲網」   終わり

 



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PHASE-04「友と君と戦場で」

 

 

 

 

 

 

 

 アスランと呼応するように、ガモフから発艦したイザーク、ディアッカ、ライアの3人もそれぞれ、機体を駆って背後からアークエンジェルへと接近しつつあった。

 

 その前方には、着々と迎撃準備を整えつつあるアークエンジェルの姿がある。

 

「目標発見。そうそう逃げられると思うなよ!!」

「ヴェサリウスからはアスランも出る。奴に遅れるなよ!!」

 

 ディアッカは軽く、イザークは少し気負った感じで告げると、白亜の巨艦に向けて加速する。

 

 そんな2人に着いて加速しながら、ライアは先に交戦した青いモビルスーツ、シルフィードに想いを馳せる。

 

 あのミゲルを討ち取り、アスランとも互角に渡り合うほどの機体とパイロットだ。そんな相手に、自分はどれだけ戦えるだろうか? 考えただけで期待に胸が膨らむ想いがある。

 

「さあ、始めよっか!!」

 

 加速するブリッツ。

 

 その視界の中に、こちらに向かってくるトリコロールの機体が目に入った。

 

「もう1機、確か、ストライクとか言う奴よね」

 

 出撃してきた敵機のデータを、即座に思い出す。

 

 シルフィードは? とセンサーで走査してみるが、それ以外の反応は見当たらない。

 

 その状況に、ライアはコックピット内で露骨に舌打ちした。

 

「出し惜しみって訳? 随分余裕あるじゃない!!」

 

 言い放つと同時に、ブリッツは右腕に装備した複合防盾トリケロスからビームを発射する。

 

 ブリッツの武装は、殆どこのトリケロスに集中している。これ1つで、サーベル、ライフル、実体弾攻撃全てを賄えるのだ。

 

 対して、ストライクを駆るエストは、反射的にシールドをかざして初撃を防ぐと、すかさずライフルを構えようとする。

 

 しかし、

 

「頭上がガラ空きってね!!」

 

 天頂方向から接近したディアッカのバスターが、両手に持ったガンランチャーを放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 二方向からの同時攻撃に、エストは堪らずストライクを後退させる。

 

 そこへ、斬り込みを駆けるイザーク。

 

「ナチュラルのモビルスーツ如きがノコノコ出てくるから!!」

 

 振り翳されるサーベルをシールドで防ぎつつ、ストライクもビームサーベルを抜いてデュエルへ切り込む。

 

 だが、その前に新手の攻撃が進路を阻む。

 

 戦場に到着したアスランのイージスが、牽制の攻撃を行ったのだ。

 

 腕のビームソードを展開したイージスが、ストライクに斬りかかって来るのを、エストは辛うじて後退する事で回避してのけた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま機体を操るエスト。

 

 しかし、焦慮は時間を追うごとに増していく。

 

 4対1と言う事以外に、エストを消耗させる原因があった。

 

 それは、ストライクの操縦その物。戦闘機やモビルアーマーの操縦経験ならあるが、モビルスーツでの戦闘は初めてである。その為、思うに任せずにコックピットの中で苦心せざるを得ない。

 

「クッ!?」

 

 呻きながら、再び攻撃してくるデュエルのサーベルをシールドで防いだ。

 

 戦闘と操縦。外と内の要素が重なり合い、容赦なくエストの精神を削り取っていく。

 

 それでもエストは飛んでくる火線をよけ、斬り込みをかわし、4機のXナンバーを牽制する事に苦心する。

 

 とにかく、何としてもムウがヴェサリウスを叩くまで時間を稼ぐ必要があった。

 

 

 

 

 

 独房替わりの個室の壁に頭を付けながら、キラは伝わってくる振動を感じている。

 

 先程聞いた警報と、艦の加速、更に扉の外から伝わってくる喧騒と、断続的に続く爆発音。これらから推察できる事態は1つしかあり得ない。

 

「戦闘中、か」

 

 ならば自分にお呼びが掛かっても良いと思うのだが、未だにその気配が無い。

 

 何の事はない。テロリストの助けなどいらない。そう言う事なのだろう。

 

 だがそうなると、誰か別の人間が迎撃に出ていることになる。

 

 まず思い当たるのが、あのムウ・ラ・フラガ大尉だ。月のグリマルディ戦線で活躍した「エンデュミオンの鷹」がヘリオポリスに居た事は予想外だったが、彼の機体の修復が完了しているのなら、間違い無く迎撃に出ているだろう。

 

 だが、彼は所詮モビルアーマー乗りだ。モビルスーツ主体のザフト軍を押さえるには、いかにも力不足である。どうしても、もう一手、必要なはずだ。

 

 シルフィードは自分以外に動かせないし、OSもちょっとやそっとでは弄れないようにしてしまっている。ならば動いているのはもう1機、ストライクのほうだろう。

 

 すると自ずから、考えられる答えは1つしかなかった。

 

「出てるのかな、あの娘が・・・・・・」

 

 自分を捕らえた少女の無表情が思い浮かばれる。

 

 キラを無事に連行するのが任務だと言っていた少女が、今度は自分から危険に飛び込んでいっている。

 

 果たしてあの娘は、自分自身も矛盾に気付いているのだろうか?

 

 そんな事をぼんやりと考えながら、キラは戦闘の起こす振動に身を任せた。

 

 

 

 

 

 状況は一合毎に悪い方向へと流れていく気がする。

 

 ストライクのコックピットに座すエストはその事に気付きながらも、逆転の一手を模索できずに居た。

 

 今はイージスとデュエルがストライクに向かって来ており、ブリッツとバスターはアークエンジェルへ攻撃を行っている。

 

 見た目通り感情が希薄なエストだが、それでも内面では、何とかしなければと言う気持ちは空回る。

 

 分断されて各個に拘束される。4機全てを押さえられるとは始めから思っていなかったが、これでは完全に敵の掌の上で踊らされているようなものだ。

 

 イージスのサーベルを辛うじて回避するエスト。

 

 だがそこへ、すかさずデュエルがライフルを放ってくる。

 

 回避が間に合わず、僅かに装甲を掠めていく。

 

 一方でアークエンジェルの方も、徐々に追い詰められつつあった。主砲とレールガン、ミサイル、対空砲を総動員で迎撃してはいるが、モビルスーツの機動性には追随できずに居る。

 

 モビルスーツ運用、及び対戦闘を考慮に入れた設計がなされているアークエンジェルも、クルーの技量不足と相まって、その性能をフルに発揮しきれずにいる。

 

 火線の網を縫って接近したバスターとブリッツは、アークエンジェルの装甲に砲火を浴びせていく。さすがに数発喰らったくらいで戦艦の装甲は破れないが、いつまで保つか判らない。

 

 そして、それはストライクも同じだった。

 

 このまま追い込まれれば、いずれはジリ貧になる。

 

 その具体的な瞬間は、もうすぐ傍まで近付いている。バッテリーのゲージが、徐々に磨り減って着ていることに事に、エストはまだ気付いていなかった。

 

 唯一の望みは、進路前方を塞ぐ敵艦に奇襲を掛ける為に先行したムウの存在だ。彼の作戦が成功すれば、逆転の目もある。

 

 だがそれが成らずザフト軍の包囲網が完成してしまったら、その時は自分達の終わりだった。

 

 

 

 

 

 エストの危惧は、まさに現実の物となっていた。

 

 前にヴェサリウス、後ろにガモフ、懐には4機のXナンバーと囲まれているアークエンジェル。その袋の口が、徐々に閉じようとしている。

 

「照準レーザー検知。前方の敵艦からです!!」

 

 その報告に、マリュー達は息を呑む。それはすなわち、敵艦の射程距離内にアークエンジェルが捉えられた事を意味している。

 

「ローエングリン、照準!!」

 

 すかさずナタルが叫ぶ。最早待てなかった。敵の包囲が完成する前に、先制攻撃で活路を見出すべきである。

 

 だが、その声にマリューが待ったをかける。

 

「駄目よ。まだフラガ大尉が先行しています!!」

「しかし、このままでは撃たれます!!」

 

 アークエンジェル最大の武器である陽電子砲破城砲ローエングリンを放てば、敵艦を撃つ事はできるかもしれないが、それでは先行しているムウのゼロも巻き込む可能性がある。

 

「とにかく撃つ事はできません。回避を!!」

 

 そう命令を下すマリューにも、切羽詰っている事は認識できている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 こうしている間にも4機のXナンバーの攻撃で、アークエンジェルとストライクは追い詰められていく。

 

 時間が無いのも、また事実。

 

 ここが、ジョーカーの切り時だった。

 

 逡巡したのは一瞬。

 

 マリューは決断を下した。

 

「警備兵に連絡を!!」

 

 

 

 

 

 出し抜けに、ラウは自分の中に鳥肌の立つような感覚が浮かぶのを感じた。

 

 ほとんど反射的に叫ぶ。

 

「アデス、機関最大、艦首上げろ、ピッチ角60!!」

 

 だが、突然の上官の言葉に、アデスを始め誰も反応する事が出来ない。

 

 ラウが舌打ちする間に、オペレーターから報告が入った。

 

「本艦艦底方向より接近する熱源1、モビルアーマーです!!」

 

 その報告に、ようやく事態を理解したアデスが指示を飛ばす。

 

 しかし、高速で一気に接近したモビルアーマーのスピードに戦艦が勝てるはずも無く、ムウの放ったレールガンとガンバレルが、ヴェサリウスのスラスターを撃ち抜く。

 

 一瞬の激震と共に、ヴェサリウスの速度が急激に低下するのが判った。

 

「クッ、ムウめ、やるな!?」

 

 憎悪と称賛の念が入り混じった言葉を吐き出すラウ。

 

 まさか、守るべき艦と機体を囮にして奇襲を掛けて来ようとは、流石の彼にも思い及ばなかった。

 

 おかげでヴェサリウスはスラスターが損傷して速度が低下。更に主砲の照準も外されてしまった。

 

 ラウをして、己の好敵手の手腕に舌を巻かざるを得ない。

 

 更にそこへ、ダメ押しとも言うべき一撃が見舞われる。

 

「前方より高エネルギー反応、足付きの艦砲射撃です!!」

「回避、機関最大。取り舵!!」

 

 だが、損傷の為に半歩遅く、アークエンジェルの放ったローエングリンが右舷艦体を掠め、吹き飛ばす。

 

 装甲が弾け、内部構造が抉り取られる。

 

 機関も損傷した今、撃沈こそ免れるであろうが、ヴェサリウスは完全に戦闘不能となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦成功。これで包囲網の一角が崩れた。

 

 湧き上がるアークエンジェルのブリッジ。

 

 しかし、依然として危機を脱したわけではない。

 

 今も後方からはガモフが迫り、4機のXナンバーが執拗に食いついてきている。

 

 更に悪い事に、ストライクのバッテリーが危険領域に近付きつつあった。

 

 バッテリーが切れ、PS装甲が落ちれば、ストライクは身動きの出来ないまま撃破されてしまう。

 

「エスト、エスト、戻って!!」

 

 ミリアリアが必死に叫ぶが、デュエルとイージスに拘束されたストライクは離脱できずにいる。

 

 その間にもタイムリミットが迫ってくる。

 

 時間は刻々と流れ、焦慮は否応なく増していく。

 

 その時、格納庫から連絡が入った。

 

 シルフィードの発進準備が整ったのだ。

 

 すぐにマリューは、コックピットとの回線を開いた。

 

「状況は理解している?」

《はい》

 

 既に出撃準備を終えたキラの声に、ブリッジ居る少年達は複雑な思いで聞き入る。

 

 だが、今は戦闘中。感傷に浸っている暇はない。

 

「既に敵艦は叩いたわ。あとはストライクを回収できれば離脱できる。その時間を稼いで」

《了解しました。では、僕が出たらすぐに、ストライクの追加武装を射出してください》

 

 ストライクの3種の武装にはそれぞれ、独立したバッテリーが積まれている。その為、うまく使い分ける事ができれば、ストライクは他の5機よりも長い稼働時間を得られるのだ。

 

 先に出撃したストライクの稼動限界が近付いている事は聞いているが、ドッキングに成功すれば、そのストライクを復活させる事ができる。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード、行きます!!」

 

 発進シークエンスに従い、シルフィードは虚空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 そのころになってようやく、エストはバッテリーが残り僅かだと言う事に気付いた。

 

 既にメーターはレッドゾーンに入り、今すぐに切れてもおかしくはない。

 

 だが、戻れない。イージスとデュエルに前後を挟まれ、身動きできずに居る。

 

 やはり、初めてのモビルスーツ戦。しかも同クラスの機体に1対4と言う状況下での不利を覆す事は出来なかった。

 

 そして、考えられる限り最悪の事態がエストに降りかかった。

 

 トリコロールに色付いていた装甲が突如、水を引くように灰色に戻っていく。

 

 フェイズ・シフト・ダウン。

 

 Xナンバーの象徴とも言うべき、守りの要が失われてしまった。

 

「今だ!!」

 

 その瞬間を、アスランは逃がさない。

 

 モビルアーマー形態となってクローを展開すると、その内側にストライクを掴み込んだ。

 

「クッ!?」

 

 軽く呻くエスト。既に振り切るだけのパワーは、ストライクには無い。

 

《よくやった、アスラン。後は任せて、お前はそいつをガモフに連れて行け!!》

 

 イザークの言葉に、アスランは僅かに身じろぎする。

 

 まだ、あの機体、キラが乗っているであろうシルフィードは出てきていない。ここで退いてしまったら、キラを説得する機会も失われてしまう。

 

 だが、ストライクをこのまま放してしまうと言う選択肢も無い。

 

 バッテリーゲージに目をやる。

 

 メモリはまだ半分近くあり、ヴェサリウスに戻って再出撃しても間に合う気がした。

 

「・・・・・・仕方が無い」

 

 急いで戻って急いで再出撃しよう。そう考えて機首を巡らせた時だった。

 

 突如、イージスの進路を遮るように数発のビームが飛来した。

 

「クッ!?」

 

 とっさに進路を変更するアスラン。

 

 だが、襲撃者はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 

 アスランから見て上方から急接近したシルフィードは、その勢いのままモビルアーマー形態のイージスを蹴りつけた。

 

「クッ!?」

 

 激震がイージスのコックピットを襲う。

 

 同時に。ロックされていたクローも解除され、灰色のストライクが開放される。

 

「あれは・・・・・・」

 

 思いも掛けない援軍に、僅かに瞳を揺るがせるエスト。だが、続いて入ってきた鋭い口調が、意識を現実に引き戻した。

 

《急いで戻れ!!》

「え?」

《アークエンジェルが追加武装を射出する。それとドッキングするんだッ 早く!!》

 

 言いながらキラのシルフィードは、ビームライフルでイージスを牽制する。

 

 事態の変化に気付いたイザークも、デュエルを駆って戻ってくる。

 

「何をやっている、貴様!?」

 

 せっかく捕らえた敵機を逃がされた腹立ちを、そのままライフルに乗せて撃ってくるのを、キラは舞うように回避していく。

 

 キラもモビルスーツの操縦経験は浅いが、その技量は、既に並みのザフト兵を凌駕しつつあった。

 

 だが、そんなキラの進路を遮るように、アスランのイージスが立ちはだかる。

 

 ストライクは逃がしてしまったが、これで当初からの目的であるキラとの接触の場が持てる。

 

《もうやめろ、キラ!!》

「アスラン!?」

 

 とっさにビームサーベルを抜くキラ。対してアスランも、腕のサーベルを展開してシルフィードと対峙する。

 

《コーディネイターの君が、なぜ地球軍にいる!? なぜ俺達と戦わなくちゃいけない!?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 さて、どうにも、返答に窮する質問だ。

 

 「成り行きで」と言う答えは間違いではないが、この場合適当には思えない。向こうはこちらの事情も知らないのだから。

 

 そんなキラの少しズレた思案を他所に、アスランは距離を詰めて来る。

 

《俺と一緒に来るんだ、キラ。お前はこちら側にいるべきだ》

 

 こちら側。つまり自分もザフトに、いや、プラントに来い、と言う事だろう。

 

 その言葉に、キラは僅かに目を細める。

 

 アスラン・ザラ。月の幼年学校で唯一の友人だった彼が、手を差し伸べている光景を容易に想像する事ができる。

 

《血のバレンタインで母は死んだ。俺はもう、大事な人達を失いたくない!!》

「アスラン・・・・・・」

 

 キラが何かを告げようとした。

 

 だが、その前に接近してくる存在がある。

 

《敵を前にして何をモタモタしている、アスラン!!》

 

 動きを止めているシルフィードに、デュエルが斬り掛かる。

 

 振るわれる光の剣をシールドで受け流すキラ。

 

 イザークは舌打ちしながら流れた機体を反転させ、再度シルフィードに斬りかかろうとした。

 

 その時だった。

 

 出し抜けに奔った閃光が、デュエルに襲い掛かった。

 

「なッ!?」

 

 とっさに回避しようとするが間に合わず、サーベルを持つ右腕が閃光にもぎ取られる。

 

 バランサーの狂ったデュエルは、そのまま流されるようにシルフィードの間合いから外れていく。

 

「何だ!?」

 

 転じる視線の先。

 

 そこには、先程まで撃墜一歩手前まで追い込んでいた筈の機体があった。

 

 ランチャーストライカーを装備したストライクは、320ミリ超高インパルス砲アグニを構えて再度砲撃を加えてくる。

 

「チィッ!?」

 

 何とかバランサーを調整し、回避するデュエル。その間にも、ストライクの砲撃が襲ってくる。

 

 それはイージスも同様で、太い閃光を回避することに専念している。

 

 そこへ、更なる援軍が到着する。

 

「俺を忘れるなよ!!」

 

 ヴェサリウスを攻撃して戻ってきたムウのゼロが戦線に加わる。

 

 ガンバレルを展開してムウは、アークエンジェルに砲撃を加えているバスターに襲い掛かった。

 

 その奇襲を前にして、ディアッカは砲撃の手を止めて防御に専念する。

 

 形勢は逆転しつつあった。

 

 数的には未だに3対4とザフト側が有利だが、デュエルが損傷、高火力のバスターもバッテリーが危険域に差し掛かっているのに対し、地球軍側は体勢の立て直しに成功した為、全機全力発揮可能となっている。

 

 実質は3対2。加えて旗艦ヴェサリウスが損傷した為、完全にザフト側が不利となっている。

 

「アスラン」

 

 対峙したシルフィードから、イージスに通信が入った。

 

「悪いんだけど、僕はザフトには行けない」

《キラ・・・・・・》

「今は、それしか言えない」

 

 そう言うとキラは、ライフルの銃口をイージスに向ける。

 

「この場は見逃す。このまま退いてくれ」

《クッ・・・・・・》

 

 この不利な状況で、他に選択肢は無い。

 

 アスランは唇を噛みながら、機首を巡らせる。それに倣うように、残る3機も続いた。

 

 そんな中で1機。ブリッツを駆るライア・ハーネットは、一瞬だけチラッと、すれ違う瞬間に、シルフィードにカメラを向けた。

 

 最初、その機影が見えなかった時にはガックリ来たが、更に遅れてきた事に落胆した。初めから出てきていたら、他を押しのけてでも自分が相手をしたのに。

 

「来るのが遅いよ、もう」

 

 取り合えず、消せぬフラストレーションを僅かでも緩和する為に独白を流す。

 

 願わくば、次に出会う時は砲火を交える機会に恵まれますように。

 

 そう願いつつ、機首をガモフへと向けた。

 

 

 

 

 

 コックピットを下りると、また警備兵に銃を突きつけられるのかと思ったが、今回は違った。

 

 代わって、見慣れた顔が開いたハッチから覗き込んできていた。

 

「キラ、お疲れ」

「リリア?」

 

 意外な顔の登場に、一瞬と惑うキラ。しかも、意外なのは顔だけではなかった。

 

それは、彼女の格好にある。

 

「その、格好は?」

 

 リリアは他の整備兵と同じ、黄色と白のツナギを着ていた。

 

「ああ、これ? あたしは整備の見習いを担当する事になったの。みんなと一緒にブリッジに入っても良かったんだけど、あっちは足りてるみたいだし、それに、あたしはこっちの方が得意だしね」

 

 そう言って、手を差し伸べてくる。

 

「そんな訳で、よろしくね、これから。 って言うか、これからも」

「う、うん・・・・・・」

 

 そんなリリアの手を取りつつも、キラの戸惑いは更に強くなる。

 

 つい先程、キラは自分の正体を彼女達に明かしたばかりである。つまり、自分が彼女達を騙していたのだと言う事実を。

 

 その事を問い質そうとしたとき、キラの目は格納庫の一角で止まった。

 

 何やら、整備兵達が一箇所に集まっている。

 

「?」

 

 何の気なしに、キラとリリアもそちらに向かってみる。

 

 それは、ストライクのコックピット前だった。

 

「どうしたんですか?」

 

 取り合えず、野次馬に混ざっていたムウに尋ねてみた。

 

「ん、ああ、坊主か。いやな、嬢ちゃんが降りてこないんだよ」

「え?」

 

 嬢ちゃん、とは例の彼女、エストの事なのだろう。

 

 首を傾げて、顔を見合わせるキラとリリア。

 

 ややあって外部のレバーが引かれ、ハッチが強制的に開放される。

 

 覗き込む一同。その複数の視線の中で、エストは操縦桿を握ったまま微動だにせずに前を向いていた。

 

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

 

 ムウの問いかけにも全く反応せず、瞬きを忘れたかのような瞳は真っ直ぐに前を見詰め続けている。

 

 その姿に、キラは納得した。

 

 初めて銃を持って戦場に立ち、そして生き残った時、キラも同じような状態になったものだ。長時間に渡る極度な緊張を強いられ、それが開放された瞬間と言うのは、得てしてそんな物である。

 

 身を乗り出すとキラは、そっとエストの手を包み込んだ。

 

 そこでようやく、エストは顔を上げる。

 

「もう終わったよ。大丈夫、みんな無事だから」

「あ・・・・・・」

 

 ゆっくりと、キラは操縦桿からエストの指をはがしていった。

 

「ね」

 

 そんなエストに、キラは優しく笑いかけた。

 

 

 

 

 

PHASE-04「友と君と戦場で」      終わり

 



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PHASE-05「疾風VS電撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の幕を前にして、アークエンジェルはゆっくりと反転していく。

 

 クルーゼ隊の追撃を振り切ったアークエンジェルは、ようやく味方の拠点である宇宙要塞アルテミスへの入港が許され、その身を光の幕の中へと沈めていく。

 

 当初に危惧されていた識別コードの未発行から来る混乱も無く、アルテミス側は入港許可を求めてきたアークエンジェルに対し、僅か数分のやり取りのみで受け入れ受諾の意を送ってきた。

 

 アルテミスは光波防御帯と呼ばれる防御フィールドで全体を覆われている。この防御フィールドは実体弾もビームも通さず、鉄壁の防御力を誇っている。「アルテミスの傘」と言う通称で呼ばれる、この鉄壁のカーテンがあるからこそ、アルテミスは開戦から11ヶ月経った現在も、ザフト軍の攻撃に対して難攻不落を誇っていた。

 

 もっともそれは、辺境航路に位置するアルテミスには、大して戦略的価値が無い為に、捨て置かれている事も原因ではあるのだが。

 

 何はともあれ、アークエンジェルはようやく一息つけた感じである。

 

 やがてアルテミス側から、入港上の手続きを行う為にユーラシアの士官が訪れる。

 

 異変は、アークエンジェルが船体を固定した時に起こった。

 

 ハッチが開くと同時に、銃を持った兵士が艦内に駆け込んでくる。そして兵達はクルーや民間人達に銃口を向けてきた。

 

「これはどういう事ですか!?」

 

 自らも銃を向けられ戸惑いながら、マリューは声の抗議を上げる。

 

 対してユーラシア軍の仕官は、冷めた目をマリューに向けてくる。

 

「一応の措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただく。仕方ないでしょう。貴艦は船籍登録も無ければ我が軍の識別コードも無い。状況から判断して入港は許可しましたが、貴艦はまだ友軍と認められた訳ではありません」

 

 白々しい言葉が、鼓膜を撫で付ける。

 

 まさかこんな事になるとは。

 

 マリューは何が起こっているのかわからないまま、ただ困惑した瞳で成り行きを見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 そろそろ食事の時間だろうか?

 

 監禁されているとそれくらいしか娯楽が無い為、キラはそんな事を考えている。

 

 せめて携帯端末でもあれば良い暇つぶしが出来るのだが、そう言った類の物は一切遠ざけられていた。まあ、ハッキングの可能性がある以上、携帯端末など頼んでも用意してくれる事はないだろうが。

 

「・・・・・・そう言えば」

 

 ハッキングで思い出したが、先の戦闘のあと、ムウはキラとエストを呼びつけて妙な事を言ったものである。

 

 何でもシルフィードとストライクのOSにロックを掛けろとの事。

 

 何でそんな必要があるのか、キラには理解できなかったが、取り合えず言われた通りにした。もっともストライクの方は作業に時間が掛かるため、キラが手伝ったのだが。

 

 お陰で現在、シルフィードとストライクは簡単には起動できないようになっている。もしこれで、敵が来たらどうする心算なのだろうか?

 

 正直なところキラは、アルテミスの光波防御帯に過剰な期待感は抱いていなかった。

 

 確かに、事が防御力においては、この傘を上回る物は地球圏に存在しない、最強の盾であると言える。だが、その力が強ければ強いほど、人間はそれに依存する心もまた強くなる。「もし万が一、破られたら」と言う事を考えられなくなるのだ。

 

 光波防御帯が破れる時。それは、アルテミスが陥落する時だろうと。キラは考えている。願わくば、そこに巻き込まれたくはないものであるが。

 

 そんな事を考えていると、急に廊下が騒がしくなったような気がした。

 

「何だろう?」

 

 扉に寄って開閉の操作をしてみると、扉はあっさりと開いた。

 

「あれ?」

 

 随分と杜撰である。この艦のセキュリティは、一体どうなっているのだろう?

 

 そんな事を考えた時だった。

 

「おい、そこのお前!!」

 

 振り返る。

 

 と、同時に、目の前にライフルの銃口を突きつけられた。

 

「はい?」

 

 思わず目を丸くするキラに対し、ライフルを構えた兵士は居丈高に命ずる。

 

「大人しくこちらの指示に従え!!」

 

 対してキラは、戸惑いながらも手を上げて、その言葉に従うしか無かった。

 

 

 

 

 プラント本国からラウ・ル・クルーゼに帰還命令が下ったのは、先の戦闘の直後であった。

 

 どのみち激闘の末、部隊の半数近くを失い、旗艦ヴェサリウスも中破に相当する被害を受けた為、一度帰還せざるを得ないのは確かだった。

 

 加えて中立国所有のコロニーであるヘリオポリスを崩壊させた一件がある。その事で、恐らく所有国であるオーブ連合首長国から抗議が来たのだろう。当事者であるクルーゼが召還されるのは至極当然な流れであった。

 

 そこでクルーゼは、どうにか航行可能な程度に応急修理を施したヴェサリウスに、アスランとイージスを伴って帰国の途に着いた。

 

 そこで残った戦闘母艦ガモフは、残った機動兵器であるデュエル、バスター、ブリッツと共に引き続き「足付き」追撃の任務に就いたのだが、時既に遅く、アークエンジェルはアルテミスに入港済みで、ガモフは要塞の周囲を周回する以外に手が無かった。

 

「知っての通り、光波防御帯はビームも実体弾も通さない。それ故に、今まで放置されてきたのだ。まあ、それは向こうからも同じなわけだが」

「だから攻撃もしてこないって事? 馬鹿みたいな話だね」

 

 ガモフ艦長ゼルマンの説明に、ディアッカは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

 実際、両者共に攻撃可能な圏内に相手を捉えているのに手出しできないなど、傍から見れば間抜けの極みでしかない。

 

「なら、どうする? このまま何もしないで黙って見てる?」

 

 おどけた調子で話すディアッカを、イザークがキッと睨み付けた。

 

「ふざけるなよディアッカ。お前は隊長が用を終えて戻られた時、何もできませんでしたと報告したいのか?」

 

 そう告げるイザークとしては、逸る気持ちが大きかった。

 

 配属されたばかりの頃から、何かに付けてアスランをライバル視する事の多いイザークとしては、アスランが戦線を離れたこの隙に差を付けたい所であった。

 

 何とかあの忌々しい光の幕を破って、足付きとその艦載機を沈める。ついでに要塞を陥とす事ができれば、かなりの大戦果だ。ライバルを一気に引き離すチャンスである。

 

 そんな2人のやり取りを他所に、要塞の構造図を眺めていたライアは、不意に顔を上げた。

 

「あの傘って、常に展開されているの?」

「いや、敵が居ないときは閉じている。さすがにアレだけの代物だ。電力も馬鹿にならんだろうからな。だが、閉じている所を見計らって接近しても、すぐに展開されてしまう」

 

 ゼルマンの説明を聞いて、ライアは「フム」と鼻を鳴らした。次いで、笑みを浮かべる。

 

「なら、何とかなるかも」

 

 ようは、あの光波防御帯さえ何とかすれば良い。それさえ出来れば、後はあの程度の要塞1つ、何とでもなるだろう。

 

 集中する周囲の視線を浴びながら、ライアは1人で自分の考え付いた作戦を検討していた。

 

 

 

 

 

 艦を掌握された後、マリュー、ムウ、ナタルの3人のみ司令官室へと連行されてきた。

 

 アルテミスの司令官はジェラード・ガルシア准将と言い、かつてはムウと同じ月のグリマルディ戦線で戦った事もある人物であった。

 

 だが3人を前にしたガルシアは、まるで値踏みでもするような視線を向け、口には笑みを浮かべている。

 

「ようこそ、アルテミスへ。歓迎するよ。君等のIDは見せてもらったが、確かに大西洋連邦の物のようだ」

「お手間を取らせて申し訳ありません」

 

 慇懃に答えるムウに、ガルシアは視線を向けた。

 

「噂に高い『エンデュミオンの鷹』に会えるとは、光栄の極みだよ。しかし、何故君が、あんな艦と共にここに現れたのかね?」

「特務につき、お答えできません」

 

 答えるムウには既に、ガルシアの腹の内が読めていた。

 

 この男がアークエンジェルを受け入れてから拘束したのは、Xナンバーの奪取、と言うより、正しく横取りを目的としている事は明白だった。だからこそムウは、前もってシルフィードとストライクのOSをロックさせたのだ。今頃格納庫では、乗り込んできた技術者が2機のコックピットに張り付いて、アレコレと弄り回している頃合だろう。

 

大西洋連邦が開発したザフト軍にも対抗可能な機動兵器ともなると喉から手が出るほど欲しいだろう。ユーラシアも、そして出世が掛かっているこの男自身も。

 

 だが、事情が飲み込めていないナタルは、当たり前の要請を口にする。

 

「なるべく早く、補給と整備をお願いします。我々は一刻も早く月の司令部へ行かねばなりませんので。それに、ザフト軍の追っ手もありますし」

「ザフト? これかね」

 

 ナタルの言葉を遮ってガルシアが点けたモニターには、アルテミスの周りを航行するガモフの様子が映し出された。

 

「ローラシア級!?」

「先程から要塞の周りをウロウロしとるよ。これでは補給を受けても出られまい」

「しかし、連中は我々を追ってきたわけですし」

 

 無駄と知りつつも、ムウは抗弁してみる。

 

「このまま居座っていては、アルテミスにも被害を及ぼす事になりかねません」

「被害? 被害かね?」

 

 さも、おかしな話でも聞いたかのように、ガルシアは笑い声を立てる。

 

 唖然とする3人を眺めながら、ひとしきり笑い終えると、ガルシアは再びねめつけるような視線を向けてくる。

 

「馬鹿馬鹿しい。奴らはこの要塞の恐ろしさをよく知っている。その内に去る事になるだろうさ。いつものように、何も出来ずにな」

 

 自らの要塞に一片の疑いも持たずに、ガルシアは言い切った。

 

「奴等が去れば月本部との連絡も付けられる。それまでは、ゆっくりしていたまえ」

 

 要するに、体の良い監禁と言うわけである。

 

 ムウはスッと目を細めて、ガルシアを見た。

 

「アルテミスは、それほど安全ですかね?」

「ああ、安全だとも。まるで母親の腕の中に居るようにな」

 

 そう言うとガルシアはせせら笑うように笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 作戦は大きく分けて二段階で展開させる事になった。

 

 一段目はガモフがアルテミスの索敵圏外に退避してみせる。

 

 そして二段目。敵が警戒を解除して光波防御隊を収納した時を見計らい、ブリッツを先鋒として突入戦を仕掛ける。

 

 ブリッツは元々、強襲用に開発された機体であり、その為の装備も実装している。まさに今回の任務にはうってつけであった。

 

 ガモフが充分に距離を取ったところで、ブリッツはカタパルトデッキから密かに発進していく。

 

 同時にコックピットに座したライアは、件の装備を起動させる。

 

「ミラージュコロイド、生成開始・・・・・・使用限界は80分か。まあ、それくらいあればね」

 

 呟く傍らから、ブリッツの姿は闇に溶けて消えていき、やがて全く見えなくなってしまった。

 

 これがミラージュコロイド。従来のステルスシステムを大幅に上回り、各種センサーは勿論、肉眼ですら捉える事が不可能となるシステムである。

 

 ライアがこのミラージュコロイドを使うのは、これで2度目。1度目はヘリオポリスでアスランのイージスと共にシルフィードと対峙した時である。あの時、キラがセンサーでブリッツを捉えていなかったのは、このシステムの影響であった。

 

 闇に潜行するブリッツ。

 

 その見えない姿を、イザークとディアッカは待機所のモニターで見送る。

 

「しかし、地球軍も姑息な物を作るよな」

「だが良い気味じゃないか。その地球軍の造った兵器が奴らを破滅させると思えばな」

「確かにね」

 

 彼等の目には既に、炎に包まれる要塞の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 拘束されたクルー達は、全て食堂に集められていた。

 

 その中には、訳の判らないまま連れてこられたキラも居る。

 

 周囲を見回せばサイやトールを初めヘリオポリスの学生達やブリッジクルーに整備兵、武装解除された警備兵も居る。

 

 そんな中にあってキラは、あえて見知った少女の隣に腰を下ろした。

 

「・・・・・・説明してもらいたいんだけど?」

 

 キラに話しかけられ、エストは僅かに振り返る。

 

「・・・・・・標準時間14:37。アークエンジェルは入港を認められ、宇宙要塞アルテミスに入りました。それより約420秒後、ユーラシア連邦軍の警備兵が艦内へ突入、ブリッジ、機関区、格納庫、全区画を占拠、クルーを拘束の上、現在に至る。以上です」

「・・・・・・いや、僕が聞きたいのは、そうなった理由なんだけど?」

 

 あまりにもズレたエストの返事に呆れつつ、キラは更なる質問をする。対してエストは、相変わらず感情を滲ませない口調で続ける。

 

「不明です。現在までに推察される理由は味方識別コードの不所持から来る警戒と見るのが妥当かと思われます」

 

 エストの答に、キラは僅かに考え込む。

 

 成る程、有り得ない話ではないだろう。識別コードが無い為、一時的に拘束するというのは一応筋が通ってはいる。だが、それにしてはいくつか矛盾してくる点がある。

 

 まず、先程の戦闘の事はモニターしていたはず。ならば、アークエンジェルがザフト軍と交戦していたのは知っているはずだ。所属はともかく敵か味方かは判別できている筈だから、IDを確認するにしても拘束は短時間でいいはず。

 

 第二に、ここまで過剰な戦力は必要とは思えない。一時的に拘束するにしても、艦内全てを制圧する必要は無く、主要区画のみで問題は無いはず。これでは正しく「拿捕」と呼んでも良い感じがある。

 

 つまり、現在の状況はどう見ても過剰であると言わざるを得ない。

 

「結局、コードが無い事がまずいんだよなあ」

 

 2人の会話を聞いていたのか、通信担当のパル伍長がぼやくが聞こえてくる。

 

 だが、問題なのはそこではないのだろう。

 

 そこまで考えた時、数人の兵士を連れた士官が入って来た。恰幅の良い禿頭のその仕官はガルシアである。

 

 入ってくるなりガルシアは、一同を見回して告げた。

 

「君達に訪ねたい事がある。搭載されているモビルスーツのパイロットは誰かね? 2人居るはずだが」

 

 その言葉で、キラの中で完成までリーチが掛かっていたパズルがガチッと組み合った。

 

 味方識別コードの不所持や艦の制圧は全て建前。本当の狙いはシルフィードとストライクの奪取にあるようだ。恐らくムウは、この事を見越してOSのロックを命じたのだろう。奪取しようとしても、簡単には起動できないように。

 

 それにしても、

 

 キラは気付かれないように溜息を吐いた。

 

 大西洋連邦とユーラシア連邦の不仲振りは、一応の社会情勢として知ってはいたが、まさかここまで露骨な真似をするとは。協調すべき相手の足を引っ張ってどうするのだろう? そりゃ、ザフト軍のモビルスーツを上回る新兵器を前にすれば喉から手が出るほど欲しいのは判らないでもないが。

 

彼等は戦争に勝ちたいのか、それとも戦争ゴッコを楽しみたいだけなのか。正直、キラには理解が苦しむ事だった。

 

 と、そんな事を考えていると、隣に座ったエストが立ち上がろうとするのを見て、とっさにキラは、机の下で少女の腕を掴んで引き戻した。

 

 無表情のまま、視線だけをキラに向けてくるエスト。どうやら、彼女なりにキラの行動に納得が行かずに抗議しているのだろう。

 

 対してキラは、そんなエストに視線を黙殺して、手は離さない。どうやら名乗り出る心算だったようだが、今彼女がストライクのパイロットであると名乗り出るのは、正直得策とは言いがたい。

 

 どうやら向かいに座った、操舵手のノイマン曹長も同じ考えだったらしく、目配せすると頷きを返して口を開いた。

 

「フラガ大尉ですよ。お話を聞きたいのなら大尉にどうぞ」

 

 だが、そんなノイマンの言葉を、ガルシアは鼻で笑う。

 

「先程の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを操れるのは大尉だけだと言う事も判っている。それに、仮にそうだとしても、まさか2機とも大尉が操っていたわけではあるまい?」

 

 そう言うとガルシアは、口元に粘着質のような笑みを浮かべる。と同時に腕を伸ばし、傍らに居たリリアの腕を掴んで捻り上げた。

 

「キャッ!?」

 

 突然の事に悲鳴を上げるリリア。

 

 何をするのかと、今度はキラが立ち上がりかけるが、そこは辛うじて自制心で押さえた。その代わり、殺気すら滲ませる視線をガルシアに向ける。

 

 そんなキラの殺気に気付く様子も無く、ガルシアは暢気にしゃべり続ける。

 

「まさか女がパイロットと言う事もあるまいが、この艦は艦長も女性である事だしな」

 

 好い加減名乗り出るべきか。

 

 キラが逡巡した、その一瞬先にガルシアに向かっていく人物があった。サイである。

 

「やめてくださいよ!!」

 

 仲間内でもリーダー格にあるサイには、このような横暴は見過ごせなかった。

 

 だが、所詮は学生と軍人。その膂力の前には大きな差がある。

 

「うるさい!!」

 

 サイは殴り飛ばされ、床に転がった。

 

「サイ!!」

 

 キラは叫びながら、立ち上がる。

 

 同時に、転んだサイに駆け寄る影があった。

 

 フレイは自分の婚約者に駆け寄ると、慌てて縋りつく。

 

「サイ、大丈夫!? もうやめてよ、パイロットならその子よ。それに、そっちの娘も!!」

 

 そう言って指差す先には、立ち尽くしているキラと、黙って座っているエストがいた。

 

 対してガルシアは鼻で笑い飛ばす。

 

「お嬢さん。お友達を助けたいと思う気持ちは判らないでもないがね。あんな子供がパイロットな訳が無いだろう。馬鹿も休み休み言いたまえ」

 

 その手がフレイの胸倉を掴もうとして、

 

 横から伸びた手に逆に掴まれた。

 

「何ッ!?」

 

 振り向くガルシアの目に飛び込む、線の細い少年。キラである。

 

 自分でエストを止めておいて何だが、好い加減我慢も限界だった。

 

 キラはそのままガルシアの腕を背中側に捻り上げる。

 

「グオォッ!?」

 

 状況が掴めず、無様に悲鳴を上げるガルシア。慌てて兵士達が銃を向けようとしたが、キラはその前に、彼等に向かってガルシアの体を蹴り飛ばした。

 

 突然蹴り飛ばされたガルシアを受け止めるには体勢が悪く、さりとてよけるわけにも行かない兵士達は、そのままもつれ合いながら床に転がった。

 

 それを見計らっていたかのように、フレイは再び口を開いた。

 

「本当よッ だってこの子、コーディネイターだもの!!」

 

 決定的な一言を口にしてしまった。

 

 思わず溜息を吐くキラ。マードック軍曹やノイマン曹長も額に手を当てて首を振っている。

 

 どうにもここの所、事態は悪い方向にしか流れていない気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 仕方無しにキラは、両手を上げた。

 

 

 

 

 

 数分後、キラとエストは警備兵数名に銃を突きつけられたまま、格納庫のシルフィードとストライクの前に連れて来られた。

 

「それで、OSのロックを外せばいいんですか?」

 

 向けられた銃口をうんざりと見やりながら、背後のガルシアへ尋ねる。

 

 そのガルシアはと言うと、先程の事を警戒しているのか、警備兵の後ろに立ったままキラに近付こうとしない。

 

 何の事はない。どうやらキラが掛けたOSのロックを突破することが出来ず、その為にわざわざあんな騒ぎを起こしたと言う事だった。

 

「それは勿論だが、君にはもっと他の事もできるだろう?」

 

 拘束できた事で気持ちが大きくなったのだろう。ガルシアは口元に笑みを見せながら高圧的に言ってくる。

 

「たとえば、こいつの構造を解析して同じ物を造るとか、逆に対抗可能な兵器を造るとか」

「それをやれと?」

 

 どんどん大きくなっていく話に、キラは少しうんざりし始める。今のキラの目には、ガルシアは宝箱を前にした盗賊にしか見えない。

 

 そんなキラの態度にも気付かず、ガルシアは暢気に告げる。

 

「君は裏切り者のコーディネイターだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「地球軍に味方するコーディネイターと言うのは貴重だよ。君は歓迎されるだろう。ユーラシアでもね」

 

 「裏切り者のコーディネイター」

 

 まあ。間違いではないだろう。多分に、色眼鏡越しに見られている事を主張したいが。

 

 最早言い返す気にもなれないキラは、黙ってシルフィードのコックピットへ向かう。

 

 一方で、そんなキラの背中を、エストは立ち尽くしたまま見送る。

 

 そのエストの様子に気付いたガルシアが、不振そうに見ながら口を開く。

 

「どうした? 君も早く行きたまえ」

 

 対してエストは、ゆっくりと振り返る。

 

「申し訳ありません准将閣下。私ではOSのロックを解除する事はできません」

「どういう事だ? 君はあの機体のパイロットではないのか?」

「パイロットには間違いありませんが、私はコーディネイターではありません。ナチュラルです」

 

 淡々と告げるその返事に、ガルシアは訳が判らないと言った風に首をかしげた。

 

 モビルスーツを操縦できるのはコーディネイターと相場が決まっている。だが、彼女自身は自分がナチュラルだと主張している。

 

 その言葉が意味する内容を考え、やがて合点が言ったように手を叩いた。

 

「そうか、貴様は『人形』か」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 人形、と言われた瞬間、エストの細い肩が僅かに震えた気がした。

 

 その様子を、キラは少し離れて見詰めている。

 

 人形、と言う言葉が引っかかっていた。

 

「しかも、こんな艦に乗っているところを見ると、出来損ないの類と言う事か」

 

 ガルシアの顔には、明らかな侮蔑が現れている。最早、エストに対する興味も失せたとばかりに、視線を逸らす。

 

「あ~、ほらほら、何をしとる。君は早く作業に入りたまえ」

 

 立ち尽くしているキラの姿を見て、追い立てるように手を振ってくる。

 

 そんなガルシアの後ろで、エストは所在無げに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、アルテミスの管制室では、遠ざかっていくガモフの姿を確認していた。

 

 既に充分な距離があり、艦砲の射程から離れている。

 

「よし、もう良いだろう。傘を解除しろ。警戒レベルも通常シフトにダウン」

「了解」

 

 当直仕官がそう判断したのも、無理からぬ事である。

 

 ガモフの姿は、今や遠距離センサーで辛うじて捉えられる程度。今から反転してきたとしても、艦砲の射程に入る前に傘を再展開する事は充分可能である。

 

 ならば、電力消費の多い傘を無理に開いておく理由は無い。

 

 電力の供給を切られ、アルテミスの傘は徐々にすぼめられて行く。

 

 だが、彼等は知らない。

 

 その懐の内には既に、黒雷を携えた暗殺者が忍び込んでいる事を。

 

「目標消滅を確認。それじゃ、ボチボチ始めましょうか」

 

 音も無くアルテミス地表に降り立ったブリッツのコックピットで、ライアは呟くと、ミラージュコロイドを解除し、PS装甲を起動する。

 

 黒く染まる電撃の名を持つ機体。

 

 その右腕に装着したトリケロスのライフルが火を吹いた。

 

 要塞表面からは排熱口や採光装置など、宇宙施設に必要な物が設置されているが、ライアはその中で、自分の目的の物だけを破壊していく。

 

 光波防御帯の発生装置。それさえ破壊してしまえば、後続するイザーク達が外部から進入する事ができる。

 

 ライアは更にビームサーベルを展開すると、次々と発生器を斬り飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 技術者達は皆、目を丸くして見守っている。

 

 その目の前でキラは目にも止まらないスピードで指を動かし、キーボードを叩いていく。

 

 技術者数人掛かり薄皮一枚剥がす事ができなかったOSのロックを、キラはあっさりと解除していく。

 

 その様子を、少し離れた所からエストも見守っていた。

 

 だが瞳は、何か別の物を見ているかのように揺らいでいる。

 

 人形。

 

 先程、ガルシアに言われた言葉が、なおも脳内に反響しているのが判った。

 

 軽く頭を振るう。

 

 考えるな。自分はただ、任務に忠実であればいい。それ以外の事など必要無い。

 

 その時、

 

突如として格納庫を振動が襲った。

 

「な、何事だ!?」

 

 突然の事でよろけたガルシアは、何とか通信機に取り付きながら怒鳴る。

 

「一体、何が起こっている!?」

《不明です。周囲に敵影無し!!》

「馬鹿を言うな。これは爆発の振動だろうが!!」

 

 要領を得ないオペレーターの回答に、ガルシアは苛立ちを直接ぶつける。

 

 ややあって、ようやく返事があった。

 

《防御エリア内にモビルスーツを確認!!》

「何だと、接近を許したと言うのか。見張りは何をやっていた!?」

 

 光波防御帯の防御力を絶対視し、過信しすぎたツケが回ってきていた。キラの危惧は正しかったのだ。

 

 OSロックの解除に成功したその瞬間、キラはコックピットハッチに乗っていた技術者数名を蹴り飛ばした。

 

「な、何をする気だ小僧!?」

 

 その様子に慌てたガルシアが声を上げるが、その間にキラはハッチを閉じ、機体を強引に起動させる。

 

《敵が来ますよ》

 

 外部スピーカーを入れて、それだけ告げるキラ。

 

「何だと!?」

《こんな事してる場合じゃないでしょう》

 

 そう告げると、内部からカタパルトデッキのハッチを開き、シルフィードを進ませる。

 

 基本武装であるシールドとライフルを受け取ると、カタパルトのコントロールを掌握し、機体を発進させた。

 

 

 

 

 

 ハッチを突き破ると、ライアはブリッツをアルテミスの港口に突入させた。

 

 すぐに進入に気付いたメビウスやミストラルが、スクランブルし向かってくるが、それらが近付く前に、ブリッツはライフルを放って撃ち落していく。

 

 弱い。てんで相手にならない。他の戦線で戦った敵の方が、まだ歯応えがあった気がする。

 

 結局の所、こんな辺境にある無敵の要塞と言う、平たく言えば暇なポストが彼等の緊張感を削ぎ、腕を劣化させたのだろう。加えて光波防御帯と言う、ハードウェアに対する信仰も根深かったに違いない。その二つの要素が、アルテミス守備隊の技量低下に繋がっていた。

 

 ものの1分強で向かってきた敵を全滅させると、ライアは更に奥へとブリッツを飛ばす。

 

 自分の相手はこいつらじゃない。こんなつまらない奴らを相手にする為に、ここまで来たんじゃない。

 

 目指す相手は、すぐに見付かった。

 

 奇妙な形をした白亜の巨艦。コードネーム「足付き」だ。

 

 そして、まさにタイミングを計ったように、特徴的な片足―カタパルトデッキから青い機体がスタビライザーを広げて飛び出してきた。

 

 その様子に、思わず笑みが零れるのを止められない。

 

「こう言うの、なんて言うんだっけッ!?」

 

 機体をそちらに向かわせながら、ライアは叫ぶ。

 

「そうそう、『ここで会ったが100年目』だったっけかッ!?」

 

 言い放つと同時に左腕に装備したピアサーロック「グレイプニール」を放った。

 

 対してキラも、自分に向かってくる敵の存在に気付いた。

 

「ブリッツ!?」

 

 黒い機体は自分に敵意を示し、真っ直ぐに向かってくる。

 

 放たれるグレイプニールを、沈み込むことによって回避する。

 

 そこへすかさず、今度はランサーダートを放つブリッツ。

 

「クッ!?」

 

 対してシルフィードはライフルを放って、飛んで来る3本の杭を迎え撃った。

 

 1本目と2本目は、ビームに弾かれて飛散するが、残った1本が真っ直ぐシルフィードに向かってきた。

 

「あたるか!!」

 

 キラはとっさにライフルを仕舞い、高周波ブレードを展開してランサーダートを斬り飛ばした。

 

 そのままスラスターを吹かせてブリッツに急接近、勢いのままに斬り付ける。

 

 とっさにライアの防御が間に合わず、ブリッツはシルフィードの刃を胸部装甲で受け止めた。

 

 だが、刃を受けた場所には掠り傷一つ負っていない。鋼鉄ですら紙のように切り裂く高周波ブレードも、物理衝撃を相転移させる事で無効化するPS装甲には歯が立たないのだ。

 

「チィッ!?」

 

 攻め手を誤った事を悟ったキラは、舌打ちしつつ一時後退、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 だが、それをみすみす見逃すライアではない。

 

「逃がすか!!」

 

 距離を置いたシルフィードに対して、ライフルを放ってくる。

 

 対してキラは、とっさに旋回しながらブリッツの攻撃をかわしていく。

 

 壁沿いを這うように飛行しつつ、辛うじてビーム攻撃をかわしていくシルフィード。

 

 それを追うライアは、盛んにビームを放つ。

 

 アルテミスの内壁には、逃げるシルフィードを追うように小爆発を繰り返す。

 

 キラは、僅かながら焦りを感じていた。

 

 シルフィードは元々、ザフト軍の空戦用モビルスーツ「ディン」に対抗する為に高い機動力を与えられている。対してブリッツは隠密行動、奇襲作戦と言った特殊任務を主眼にしている為に接近戦にメインを置いた武装をしている。

 

 このような閉鎖空間での戦闘は、相手を自分の間合いに捉え易い分ブリッツに分がある。

 

 対して、シルフィードのように高機動型の機体にとっては、逆に戦い難い環境と言える。何しろ、持ち前のスピードが発揮できない。速度を上げれば旋回率が落ちて壁に激突するし、さりとて速度を落せば狙い撃ちにされる。

 

 自由に動き回れる空間を確保できてこその高機動。疾風と電撃の対決は、電撃の方が有利に進んでいるようだった。

 

 そしてその事は、攻めるライアにも判っている。

 

「ここは攻め時ってね!!」

 

 ビームライフルを速射。シルフィードの動きを拘束しに掛かる。

 

 狙い通り、ビームの檻によって行動を制限されたシルフィードは動きを止める。

 

 そこへ、ライフルを放ちながら、接近するライア。

 

「貰ったわよ!!」

 

 その突撃の勢いのまま、トリケロス内蔵のビームサーベルを繰り出す。ライフルの銃口とサーベルの発振口が同一方向であるからできる力技である。

 

 その切っ先が、真っ直ぐにシルフィードのコックピットを目指した。

 

 しかし、

 

 次の瞬間、キラはブリッツの動きを見定め機体を急上昇、同時に、その頭部を蹴りつける。

 

「んなっ!?」

 

 その動きに、予測していなかったライアは、完全に虚を突かれてつんのめり、機体の体勢を崩す。

 

 その一瞬の隙に背後に回ったシルフィードは、勢いに任せてビームサーベルを、斬り上げるように振るった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに回避しようとするライア。

 

 だが、間に合わない。

 

 次の瞬間、ブリッツの右腕は斬り落されて宙に舞った。

 

「クッ、そんな!?」

 

 最前まで押していたと言うのに、まさかの逆転。攻め時を焦ったのがまずかった。

 

 ブリッツは武装の大半が右腕のトリケロスに集中している為、それを失えばほとんど攻撃手段がなくなってしまう。

 

 それにしても、あの追い詰められた状況から、あのようなトリッキーな動きを見せた敵のパイロットに、舌を巻かざるを得なかった。

 

「覚えてろー!! って、これじゃあたしが悪役みたいじゃん」

 

 そう言いながらミラージュコロイドを展開、唯一残ったグレイプニールで鉄骨を掴みながら、シルフィードの間合いから離脱した。

 

 その頃には既に、後続したデュエルとバスター、更にガモフの艦砲射撃によって、傘の護りを失ったアルテミスは炎に包まれていた。

 

 一瞬ブリッツを追おうかと思ったキラだが、その炎に阻まれて果たせず、機体を後退させる。

 

 折り良く、アークエンジェルから通信が入った。

 

《キラ、脱出するわよ。戻って!!》

 

 ミリアリアからだった。どうやら艦のコントロールを奪還する事に成功したらしい。動き出しているところを見ると、艦長達とも合流できたのだろう。

 

 キラは機体を反転させると、炎から逃れるように発進するアークエンジェルへと向かう。

 

 その横目には、炎に包まれていく港の姿が映る。

 

 無敵を誇った要塞はこの日、朱に彩られながら難攻不落の4文字を返上する事となった。

 

 

 

 

 

PHASE―05「疾風VS電撃」      終わり

 



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PHASE-06「迷い込んだ蝶」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆気に取られる、とはこんな状況を言うのだろう。

 

 目の前に座するピンク色の髪をした少女に同席する3人、マリュー、ムウ、ナタルの3人は別の意味で圧倒される思いであった。

 

 少女は柔らかい表情を見せたまま、3人の不躾な視線をやんわりと受け止めている。

 

「ポッドを拾っていただき、ありがとうございます。わたくしはラクス・クライン。この子はお友達のハロです」

《ハロハロ、ラクス》

 

 主人の調子に合わせるように、手の中の球形ペットロボットが間抜けな音声を発する。

 

 どうにも、主従揃って人の意表を突く事に慣れた人種であるらしい。いや、ロボットに人種はおかしいか。

 

 いやいやいや、話が脱線してしまっている。

 

 ともかく、この少女の事が今は問題である。

 

 ふとある事に気付き、ムウが口を開いた。

 

「クラインって言うと、確か現プラント最高評議会議長はシーゲル・クラインって言った筈だが・・・・・・」

「あら、シーゲル・クラインはわたくしの父ですわ。ご存知ですの?」

 

 間髪入れない返答に、質問したムウは反応に窮した。ここは相手の言葉に驚くべきだろうか? それとも、そんな訳無いだろうと突っ込みを入れるべきか?

 

 ともあれここで重要なのは、ラクスがムウの言葉を否定しなかったと言う事だ。

 

 固まってしまったムウに代わり、今度はマリューが口を開いた。

 

「そのような方が、どうしてこんな場所で漂流していたのですか?」

「ええ、わたくし達はユニウスセブン追悼慰霊団の事前調査に来ておりましたの」

 

 どうやら、ようやく話が進んだようで、見ていたナタルとムウはそっと溜息を洩らす。

 

「そこで地球軍の船と遭遇いたしました。先方が臨検すると言うのでお受けしたのですが、どうも地球軍の方にはわたくし達の船の目的が置きに召さなかったようで、些細な諍いから、船内はひどい揉め事に・・・・・・わたくしは周りの者にポッドに入れられたのですが、あの後、どうなったか・・・・・・地球軍の方々がお気を静めてくださっていれば良いのですが」

 

 沈痛なラクスに、3人は掛ける言葉が無い。

 

 何はともあれ、扱いに困るカードが舞い込んで来てしまった事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 話は若干遡る。

 

 アルテミスに入港、そして脱出と、めまぐるしい事態の変化を迎えながらも、アークエンジェルは取り合えずまだ、無事に航行を続けていた。

 

 しかし表面上無事でも、根本となる解決策は未だに見出されていない。

 

 アルテミスでは味方に足を引っ張られたせいもあって、全く補給ができなかった。その為、早くも艦内では弊害が現れ始めていたのだ。

 

「み、水~!! 水~!!」

 

 食事をしていたトールが突然、苦しそうに胸を叩きながら叫ぶ。どうやら、食べていた物を喉に詰まらせてしまったらしい。

 

 向かいに座っていたミリアリアが、慌ててコップに半分ほど残った水を差し出す。

 

 それを一気に飲み下すトール。だが、どうやら足りなかったらしい。

 

「水!! もっと水を~!!」

「やめなよ、そう言うギャグ」

 

 食事を運んできたサイが、冷めた目でトールを見据える。

 

 と、そんなトールの前にまだ口の付けてないコップが置かれた。

 

「はい、ゆっくりね」

 

 そう言ってキラは、コップを差し出す。

 

 その水を受け取り、半分ほど飲み下しすと、トールはようやく落ち着いた。

 

「サンキュー、キラ。助かったぜ」

「大げさねえ」

 

 ミリアリアが苦笑を向けてくる。

 

 そんな2人の脇に、キラは腰を下ろした。サイはキラの向かいに座る。

 

 と、そんなキラの脇にもう1人、小柄な人影が腰を下ろす。エストである。

 

 アルテミス戦以降、キラに対する警戒レベルは若干引き下げられている。食事に関してもその一環であった。

 

 キラは確かに護送中の重罪人ではあるが、同時に艦の守りの要でもある。常にベストのコンディションを維持する為に、メンタルサポートは必要不可欠だった。

 

 そんな訳で、エスト・リーランドの監視下であるなら、艦内をある程度自由に歩きまわれる事になった。

 

 勿論、重要区画への立ち入りは厳禁であるが。ただし、状況に応じて機体に触れる事ができるようになったのは、キラとしてもあり難い事である。多少慣れてきたとはいえ、シルフィードはまだ、キラにとっても未知の部分が多すぎる。ザフト軍との戦いがまだまだ続く以上、もっと機体に慣れる必要があった。

 

 キラの横に腰を下ろしたエストは、黙々と食事を口に運んでいく。そんなエストを横目に見ながら、キラも食事に入った。

 

「お前は良いのかよキラ、水」

 

 食べ終えたトールが、さすがに心配そうに尋ねてくる。一度の食事辺りに飲める水の量には制限がある。その僅かな水をトールに与えてしまった以上、キラはもう水を飲めないことになる。

 

 そんなトールに、キラは食事の手を止めて微笑む。

 

「僕は良いよ。こう言うの、慣れてるから」

 

 元々テロリストとしてゲリラ作戦に従事する事もあったキラは、もっと苛酷な環境を、補給無しで何週間も過ごした事がある。それに比べれば、食べられる分だけ今の方がよほどましだった。

 

「本当に、そうなんだ・・・・・・」

 

 そう話すキラに対し、ミリアリアが少し悲しそうに言った。

 

 本当に、キラはテロリストだったんだ。ミリアリアはそう言いたいのだろう。

 

「・・・・・・ごめん、今まで隠してて」

 

 それに対してキラは、謝る以外に道を思いつかない。結局自分は彼等を騙し、隠れ蓑に利用していただけなのだから。

 

 だが、

 

「良いよ、もう」

 

 意外な程柔らかい言葉が耳に入り、キラは思わず顔を上げた。

 

「え?」

「どうせもう、過ぎた事だろ。今更謝んなくても良いよ」

 

 そう言って、サイは微笑を見せる。

 

「でも、僕は、」

「キラ」

 

 そんなキラの言葉を遮って、今度はトールが口を開いた。

 

「実はさ、俺、お前に黙ってた事があるんだ」

「な、何?」

 

 突然の申し出に、キラは困惑した表情を浮かべる。

 

 対してトールは、まるで面白い物でも見るかのような瞳をキラに向けている。

 

「この間、お前が教授に頼まれて書いたレポートで、何か計算が変な風にまちがってるトコ無かったか?」

「あった、けど・・・・・・」

 

 それはいつものように教授に頼まれた、と言うよりも押し付けられたレポートで、ちゃんと計算したはずなのに、いつの間にか僅かにずれていた箇所があった。幸い、提出前に気付いたから事無きを得たが。

 

「実はさ、あれ、俺がやったんだ」

「ええ!?」

 

 そうだったのか。と言うより、トールは何が言いたいんだ? 訳が判らず、キラは更に混乱する。

 

「ちょっとカズイと賭けしてさ。お前が提出前に気付くかどうかって。結局負けちまったけどさ」

 

 と言う事は、トールはキラが気付かないほうに賭けたのだろう。

 

 だが、しかし、

 

「あ、あの、それが?」

「だから、俺だってお前に隠してた事くらい、幾らでもあるって事だよ」

 

 そう言いながら、今度はミリアリアに目を向ける。

 

「それに、ミリィなんか、この間、『最近太り気味だ~』とか言ってたし」

「ちょ、ちょっとトール!!」

 

 恥ずかしい秘密を暴露され、ミリアリアは、顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

 その様子に、見ていたサイは堪えきれずに吹き出した。

 

「まあ、要するに、誰だって秘密の1つや2つはある。だから気にするなって事さ」

「そんな、それじゃただの屁理屈じゃないか」

「良いだろ、それで俺達が納得してるんだから」

「でも!!」

 

 尚も納得が行かないキラは食い下がった。

 

「・・・・・・僕は、みんなを傷付けるかもしれないんだよ?」

「大丈夫です」

 

 そう言ったのは、それまで黙々と食事に専念していたエストだった。それほど早く食べていた訳でもないのに、既にトレイは空になっている。

 

「そうなった時は、私があなたを撃ち殺しますので」

「いや、あのね・・・・・・」

 

 そんな事をサラッと言われても困る。

 

 だが、そんなキラの様子などお構い無しとばかりに、エストは口元を拭う。

 

「食事、早く済ませてください」

 

 淡々としたマイペースを崩さないエストに、キラは開いた口が塞がらない思いである。

 

 そんなキラの間の抜けた様子に、サイ、トール、ミリアリアの3人は堪え切れずに笑い出した。

 

 3人の笑い声を聞きながら、キラは少しむくれたようにそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

『レノア・ザラ     CE33~CE70』

 

 そう刻まれた墓石の前に立ち、アスランは花を手向けた。

 

 この下に、母の遺体は無い。ただ冷たい石とそこに刻まれた文字だけが、個人を偲ぶ証となっている。

 

 ユニウスセブンを焼いた核の炎。

 

 開戦の引き金となった「血のバレンタイン事件」の犠牲となった母は、今も宇宙空間の中を冷たくなってさまよっている事だろう。

 

 ラウに伴われてプラントに帰還したアスランは、そのまま最高評議会に出廷。ヘリオポリス崩壊事件の際の証言をした。

 

 やはりと言うか、最高評議会は継戦派が主流を占めている。そしてその急先鋒は、他でもない、アスランの父である国防委員長パトリック・ザラだった。

 

 継戦の意思に、アスランも異論は無い。母の墓を前にしては、尚更その思いは強くなる。

 

 だがそれでも脳裏にチラつくのは、先日、戦場で再開したばかりの友の姿であった。

 

「キラ・・・お前は一体・・・・・・」

 

 再開した友人はしかし、刃を持ってアスランに向かってきた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま首を振る。

 

 判らない。一体何故、キラが地球軍に居るのか? そして何故、自分の手を振り払ったのか。

 

 せめてもう一度、しっかりと会って話す事が出来れば違うのかもしれない。

 

 そこまで考えた時、非常呼集を告げるシグナルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 シルフィードのコックピットに端末を繋ぎ、機体の状況をチェックしていく。

 

 さすがの地球連合軍期待の最新兵器Xナンバーの1機と言えど、緻密な整備を行わなければ本来の戦闘能力を発揮できない。

 

 機体各部に常備されたチェックシステムが、端末に状況を映し出していく。

 

「よう、どんな感じだ?」

 

 それを背後から、コジロー・マードック軍曹が覗き込んだ。

 

「あ、はい、異常は無いと思います」

 

 整備兵見習いとして志願してからはリリアは、コジローの下に付いて手伝いをする事が多かった。これには、学生であるリリアの経験不足を補い、なおかつ有効利用する為の措置である。

 

「ただ、やっぱり・・・・・・」

「弾薬か?」

 

 マードックの言葉に、リリアは頷いた。

 

 イーゲルシュテルン用の75ミリAP弾。ランチャーストライカーやアークエンジェルの各種ミサイル類、ガトリング用120ミリ弾、各種エネルギー・バッテリーなどなど、足りない物は目白押しである。

 

「このままだと、あと2~3回の戦闘が限界だろうな」

「それくらいしか駄目なんですか?」

「ああ、艦の方も武装が消耗してってるからな。好い加減、補給を何とかしねぇと干上がっちまうぜ」

 

 そう言いながら、リリアの手から端末を受け取る。その画面に目を落とすと、マードックは眉間に皺を寄せた。

 

「ん、おいこらッ」

 

 リリアの頭を軽く叩いて振り向かせる。

 

「何ですか?」

 

 叩かれた頭をさすりながら振り返るリリアに、マードックは端末のモニターを突きつけた。

 

「ここ、間違ってんぞ」

「え?」

 

 言われて、慌てて覗き込む。

 

「ほら、ここと、ここ。しっかりしろよ」

「は、はい。すいませんッ」

 

 そう言うと、慌ててチェックをやり直す。

 

 そんなリリアの様子を、マードックは溜息を混じりに見詰めていた。

 

 その時だった。

 

 ブリッジから手空きのクルーに招集が掛かったのは。

 

 

 

 

 

 食堂におけるキラ達の会話。そして格納庫でのリリアとマードックとのやり取りは、正しく今、アークエンジェルを蝕んでいる危機の象徴と言えた。

 

 当然の事だが、人は食わねば生きられない。燃料が無ければ機械は動かない。

 

 このままではアークエンジェルは物資不足から、早晩、深遠の宇宙空間で漂流する事になりかねない。

 

 しかし、そんな状況もムウが放った一言が、解決に導こうとしていた。

 

「不可能を可能にする男かな、俺は」

 

 その言葉に導かれるように、船外作業艇に乗り込んだクルー達はデブリ帯の中へと入っていった。

 

 現在アークエンジェルは、デブリ帯の手前まで進出している。

 

 ムウの発案とは、漂流するデブリの中から補給物資を求めると言うものであった。

 

 宇宙空間を浮遊する物質が、地球の引力に引かれて形成されたデブリベルトの中には難破した宇宙船や撃沈された艦艇なども存在し、その中には手付かずの物資が残っている可能性もある。それらを見付ける事が出来れば、補給の問題も解決する。

 

 船外作業にはサイ達ヘリオポリスの学生も参加していた。

 

 話を聞かされた当初は、墓荒らし的な行為に嫌悪感を示していた彼等だが、結局の所、効果的な代案があるわけではなく、最後はマリューの説得に応じる形で作業に参加した。

 

 そして彼らは程無く、「それ」を見付けた。

 

 「それ」は一面に広がる銀の世界。

 

 一種、幻想的な「それ」は無機質な漆黒の空に浮かぶ、伝説の浮遊大陸のような印象を受ける。

 

 しかし、「それ」が何なのか判らない人間は、この中には居ないだろう。

 

 ユニウスセブン。

 

 悲劇の元凶であり、「血のバレンタイン事件」の舞台となった始まりの地。

 

 その哀しいまでに美しい光景を前にして、一同は声を立てることすら忘れて見入っていた。

 

 

 

 

 

「あそこから、水を補給するって、それ、本気ですか!?」

 

 肩を怒らせて声を上げたのはリリアだった。

 

 一通り周辺の調査を終えて戻った後、マリュー達が下した結論は「ユニウスセブンで凍り付いている水を確保する」と言うものであった。

 

 彼女自身、先程まで船外作業に従事し、ユニウスセブンをモニター越しに目にしている。

 

 あそこには「血のバレンタイン事件」で散った多くの命が、今も埋葬されるアテも無く眠っている。まして、リリアはコーディネイターである。ユニウスセブンに対する思い入れは他の一同とは次元が違ってくる。

 

 勿論、誰もが抵抗が無いわけではない。現に、リリアほどではないにしても消極的な者が何人か見られる。そしてその多くが、ヘリオポリスの学生達だった。

 

「だが、あそこには1億トン近い水が凍っている。他に手が無い以上、やるしかないだろう」

 

 断定的な口調で告げたのはナタルだった。

 

 彼女の中でも、物資の充足は最優先課題である。ましてかユニウスセブンは元々、農業用の食料プラントで、水だけでなく食料も豊富に残っている可能性が高い。それを考えれば、逃す手は無かった。

 

「でもッ」

 

 尚も言い募ろうとするリリア。しかしそれを、マリューは目で制し、口を開いた。

 

「水は、本当にアレしか見付からなかったの?」

 

 その質問に、誰もが首を振った。

 

 他に見付かっていれば話は早かったのだが、生憎、調べた限りでは近辺に他に水は無い。

 

「誰だって、あそこに踏み込みたくは無いさ」

 

 少し諦めの入った口調でムウが言った。

 

「だが、俺達は生きてるんだ。 って事は、これからも生きなきゃいけないって事なんだ。そこのところを考えてみてくれ」

 

 諭すようなその言葉に、誰もが反論できない。

 

 結局、その一言が結論となった。

 

 

 

 

 

「ポイントG-7、クリア。作業を開始してください」

《了解だ》

 

 エールを装備したストライクは。作業班に先行して哨戒任務に就いている。

 

 コックピットに座すエストは、障害物の存在によって大幅に能力を制限されたセンサーを頼りに、ゆっくりとデブリの中を進んでいく。

 

 デブリの中には細かい物もあり、その存在がセンサーの探知能力を落している。その中を、モニターを睨みながら索敵に勤めるのは容易な事ではない

 

 ストライクの背後からは20隻近い作業艇が従い、氷の切り出し作業に入っていた。

 

 当初は作業に対して消極的だったサイ達も、初めての船外作業体験と言う事で、徐々に墓荒らし行為から来る背徳感よりも、宝探しのゲーム感覚のような高揚感が勝り始めていた。

 

 そんな作業艇の間を、エストのストライクは警戒しながら移動する。

 

 ここは地球寄りの宙域にあるとは言え、宇宙それ自体がザフト軍の庭と言っても過言で無い以上、警戒を怠る事は出来なかった。

 

 ちなみに今回、キラの出番は無い。戦闘以外の事でキラを使う気は、さすがのマリューも無いようだった。

 

 目の前をカズイ達が乗る作業艇が通過していく。

 

 それを見送りながら、エストはふと、現在の自分の状況を省みていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何とも、奇妙な事になったものである。

 

 オーブ連合首長国所有の資源衛星ヘリオポリスに潜伏中のテロリスト「ヴァイオレット・フォックス」の捕縛、あるいは抹殺。その為に特殊部隊に加わって潜入したというのに、何がどうなったのか、今はモビルスーツのパイロットをやっている。

 

 いや、エストとて現状は判っている。現在使えるモビルスーツは2機。うち、パイロットとして戦場に立てるのは、自分と、当のヴァイオレット・フォックスしかいない。

 

 その事に、何ら不満があるわけではないのだ。

 

 ただ、

 

『そうか、貴様は「人形」か』

 

 アルテミスで言われた、ガルシアのあの言葉が、脳裏を掠めていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう、自分は人形。戦う為に作り出され、そして戦場で死ぬ事を運命付けられた、タダの人形でしかない。

 

 だが、ならばなぜ、あのような言葉が胸に突っかかるのか?

 

 ガルシアは本当の事を言っただけだ。何も気にする必要は無いと言うのに。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 突如、警報がコックピット内に鳴り響く。

 

「えっ!?」

 

 ハッと我に返り、モニターに目を走らせる。

 

 そこに映し出されている、黒い鉄騎の姿。

 

「強行偵察型ジン!!」

 

 索敵、偵察を目的に作られた複座のジン。隠密行動と長距離移動を視野に入れた戦闘偵察機型の機体である。まさか、ここで出くわすとは。しかも、その手にある長いライフルは、既に構えられている。

 

 その銃口の先にあるのは、カズイ達の乗った作業艇が。

 

「クッ!!」

 

 思わず、自分の迂闊さを呪うように、ビームライフルを掲げる。

 

 だが、その前にジンのライフルが放たれた。

 

 作業艇の左舷を砲弾が掠め、余波を食らって吹き飛ばされる。

 

 尚も追撃しようとするジン。

 

 だが、その前にストライクの放ったビームがジンのコックピットを正確に撃ち抜いた。

 

 一瞬、ぎこちないように後退するジン。すぐに熱が電送系を犯し発火、そのまま爆散して消えた。

 

《た、助かった・・・・・・》

《すまん、リーランド曹長》

「いえ・・・・・・」

 

 カズイと、同乗していたノイマンに返事を返すと、エストは通信機を切った。

 

 何を馬鹿な事を考えていたのか。自分は人形。戦うだけの人形。それで良いではないか。それ以外の事を考える必要など無い筈だ。

 

 そう思った時だった。

 

 センサーが、僅かな救難信号をキャッチした。

 

 カメラを転じるとそこには、1人乗り用の救命ポッドが浮いているのが見える。

 

「・・・・・・中に、人が?」

 

 訝るように呟くと、エストはストライクを慎重にポッドに近づけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発の準備を終え港に行くと、完全に修理が完了した戦艦ヴェサリウスが、新品同然の艦体を誇るようにして、出港の時を待っていた。

 

 無重力状態の空間を泳ぎながら艦に向かうアスランは、少しだけ疑問を持て余している。

 

 本来、ヴェサリウス出航までには、まだ少々時間があったはず。それが急に呼び出されて出航すると言うのには、一体どんな理由があるのか?

 

 聞けば、同時に出撃する予定だったラコーニ隊とポルト隊の艦は、まだ出撃準備が整っておらず、戦力不足のヴェサリウスは、臨時に別部隊から戦力を補充しての慌しい出撃になるとか。

 

 アスランでなくても、何かあると思うのは当然であった。

 

 艦が近付いてくる。

 

 既に、アスランの愛機として認定されたイージスの搬入も終わっているはずだった。

 

 と、ハッチの前に見知った顔が2つある事に気付いた。

 

 ひとつは隊長のラウ・ル・クルーゼ。そしてもう1人は、

 

「父上?」

 

 プラント国防委員長を務め、対連合最強硬派筆頭としても知られる父、パトリック・ザラの姿がそこにあった。

 

 とは言え、今は軍人と政治家と言う公の立場を尊重せねばならない。

 

 アスランは敬礼したまま、2人の横を通り抜けようとした。

 

 だが、

 

「アスラン」

 

 ラウに呼び止められ、アスランは足を止めた。

 

「ラクス嬢の事は聞いているかね?」

「ラクス・・・いえ?」

 

 なぜここで、その名前が出てくるのか疑問だった。

 

 ラクス・クラインは、プラントを代表する歌姫であり、同時にアスランの婚約者でもある。もっとも今は、ユニウスセブン追悼慰霊式典の下見の為にデブリベルトに行っている為、帰還したアスランとは入れ違いになってしまった。それを密かに残念に思っていた矢先である。

 

 だが、次の瞬間、パトリックが言った言葉に思わず息を呑んだ。

 

「実はなアスラン、ユニウスセブンを下見にいった船が消息を絶ったのだ」

「何ですって・・・・・・」

 

 足元が歪んだ気がした。

 

 ラクスが行方不明? そんな、何で?

 

 そこで、飛びかけた意識が、頭の中で未完成のパズルを組み合わせる。

 

 予定を繰り上げての急な出航、そして、今の話。

 

「では、ヴェサリウスが出航するのは、」

「そう言う事だ、アスラン。ラクス嬢とお前が婚約者なのはプラント中が知っている。彼女が行方不明なのに、お前の部隊が休暇を満喫しているわけにもいかんだろう」

「それは、確かに・・・・・・」

 

 体裁的にもそうだろうが、アスラン個人としても見過ごしてはおけない。

 

 そんな風に逸るアスランに、ラウは続ける。

 

「既に捜索に向かった、ユンロー隊のジンが消息を絶った。それに今、ユニウスセブンは地球の重力に退かれてデブリベルトの中にある。嫌な位置だよ」

 

 確かに。デブリベルトは地球に近い。万が一、地球連合軍に捕捉されていたら厄介である。

 

「ラクス嬢の事、頼んだぞアスラン、クルーゼ」

 

 重々しく告げるパトリックに、敬礼を返す2人。

 

 それを見届けてから、パトリックはハッチから離れていった。

 

「彼女を助けて、ヒーローのように帰還しろ。そう言う事ですか?」

 

 父の背中を見送りながら、少し皮肉を利かせて尋ねるアスラン。要するに、この事をプロパガンダとして、最大限利用しようという父の意図が透けて見えていた。

 

 それに対してはクルーゼも同感のようで、その皮肉を受け止めて返す。

 

「あるいは、その亡骸を号泣しながら抱いて戻れ。という事だ」

 

 ラウの冷徹な一言に、アスランはハッとする。確かに、その可能性も充分に考えられるのだ。

 

「何にしても、君が行かないと話にならないと考えているのさ。君の御父上は」

 

 そう言ってラウは艦内へと入っていくのを、アスランは僅かに目を細めて見送る。

 

 その時、背後から近付いてくる気配に気付いて振り返った。

 

「ほう、あんたがアスラン・ザラか?」

 

 振り返るとそこには、大柄な男が立っていた。

 

 無精髭を生やし、日焼けで褐色に染まったその容貌は、いかにも歴戦の戦士といった感じである。

 

 もっとも、先進科学の塊であるプラントにいるよりも、何処かの紛争地域で銃を握っている方が似合いそうな男ではあるが。

 

「あの、あなたは?」

「おっと、これは失礼。俺はクライブ・ラオス。国防委員からの命令で、今回の任務に同行する事になった。よろしくな」

「はあ」

 

 差し出された手を握り返すアスラン。そのごつごつした手は力強く、容貌と相まって軍人と言うよりも傭兵と言う印象が強かった。

 

 だが同時にアスランは、ラオスと言う名前に聞き覚えがあった。

 

「クライブ・ラオスと言えば、あの、ラオス隊隊長の?」

 

 その言葉に、クライブは肩を竦めて苦笑した。

 

「やれやれ、俺も有名になったものだ」

 

 クライブ・ラオスは開戦初期からザフト軍の前線に立ち、グリマルディ戦線や新星攻防戦など、数々の激戦で名を上げてきた勇士である。そんな人物が、今回の任務に同行するとは。

 

「間抜けな事に、先日の小競り合いで乗艦を撃沈されてね。それで同乗させてもらおうって訳さ」

 

 そう言うと、クライブは意味ありげに笑った。

 

「そう言う、あんたの噂も聞いているぞ。士官学校始まって以来の秀才。クルーゼ隊きってのエースパイロット。あんたの実力は、いずれ戦場で見せてもらおう」

「ハッ」

 

 踵を揃えて敬礼するアスランの肩を叩き、クライブはヴェサリウスの艦内に入っていく。

 

 その後姿を見詰めるアスラン。

 

 握られた手を、ジッと見詰める。

 

 妙な違和感が、アスランを包んだ。

 

 物腰こそ穏やかだったが、あのクライブという隊長に、アスランは何か異質な物を感じるかのようだった。

 

 

 

 

 

 そこでやっと、冒頭のシーンに戻る。

 

 エストが拾ってきたポッドから出てきたのは、間抜けな顔のピンク色のペットロボットと、そしてペットと同じ色の髪を持った少女であった。

 

 しかも、その正体はラクス・クライン。

 

 現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの1人娘で、自身もユニウスセブン追悼慰霊団の団長を務め、その可憐な容姿と天使のような美声から「プラントの歌姫」と呼ばれ親しまれている少女である。

 

 思いもかけず、強力なジョーカーが手元に舞い込んできてしまった。

 

 ともかく、可愛らしい少女の漂流者が収容されたのだ。民間人も多く乗っている艦内で、話題にならないはずもない。

 

 そして並列する形で、問題もまた必然的に起こっていた。

 

「嫌よッ 絶対に嫌ッ!!」

 

 着替えとシャワーを終えたエストが食堂の前を通り掛った時、中からそんな声が聞こえてきた。

 

 覗き込んでみると、ミリアリアとフレイが何やら口論しているのが見えた。

 

「どうかしましたか?」

 

 傍らには、ちょうど良くカズイが佇んでいた為、尋ねてみた。

 

「あのラクスって娘の食事。ミリィがフレイに持って行けって言ったら、フレイが嫌だって。それでああなったの」

 

 カズイが説明する間も、少女2人はなおも口論を続けている。

 

「大体、コーディネイターの娘の所になんて行けるわけないでしょッ 何されるか判らないじゃない」

「でも、あの娘は、君に飛び掛ったりはしないと思うけど?」

 

 横から口を挟んだカズイに、フレイはキッと視線を向けて睨みつける。

 

「そんなの判らないわよ。コーディネイターなんだものッ」

 

 取り付く島がなかった。

 

 ブルーコスモスと言う組織がある。コーディネイターの排斥を唱える集団で、タカ派に至ってはテロ行為に走る者も少なくない。

 

 フレイの言動は、正にそのブルーコスモスを連想させた。

 

 その時だった。

 

「あら、誰が、誰に飛び掛かるんですの?」

 

 ボヤッとした言葉遣いの声が傍らから発せられ、エストは不覚にも身構えてしまった。

 

 そこには噂の当人、ラクス・クラインがニコニコとした表情で立っていたのだ。

 

《ハロハロ~、オマエモナ~》

 

 その足元では、ピンク色の丸い物体が相変わらず能天気な音声を発している。

 

 言葉を失う一同を前にして、ラクスはあくまでマイペースのまま食堂に入ってきた。

 

「あら、驚かせてしまったようで、すみません。わたくし少し、喉が渇いてしまったので。それに、笑わないでくださいね。少し、おなかが空いてしまいましたの」

 

 そこまで言われて、一同はようやく我に返った。

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

「か、鍵とかって、してないわけ?」

「やだぁ、何でザフトの子が勝手に出歩いているのよ」

 

 カズイとミリアリアが驚愕の声を、フレイが嫌悪以外に取りようが無い声を発した。

 

 そんな中でエストは無言のまま佇む。しかし、やはり警戒するように身構えている。

 

 部屋には確かにロックを掛けてあったはず。一体彼女はなぜ、どうやってこの場に現れたのか?

 

 自身に視線が集中する中で、ラクス1人が悠々と佇んでいる。

 

「あら、勝手にではありませんわ。ちゃんと、お断りしました。それに、ザフトと言うのは軍の名称であって正式には、ゾディアック・アライブアンス、」

「何だって一緒よ。コーディネイターなんだから!!」

 

 ラクスの言葉を遮って、フレイが叫んだ。

 

 だが、ヒートアップするフレイに対して、ラクスはあくまでマイペースを崩さない。まるで、激高しているフレイのほうが追い詰められているかのようだ。

 

「一緒ではありませんわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」

 

 そう言うとラクスは、フレイに右手を差し出す。

 

「あなたも、軍の方ではないのでしょう。でしたら、わたくしとあなたは一緒ですわ」

 

 ふんわりした雰囲気は、周囲の人間を和ませる力があるようだ。きっとそれゆえにラクスは、歌姫としてプラントの人間から慕われているのだろう。

 

 だがフレイは、差し出されたラクスの手を、汚らわしいものでも見るかのように睨む。

 

「ちょっと、やだッ やめてよ。なんであたしがアンタなんかと握手しなくちゃいけないのよ?」

 

 そして、決定的な一言を言い放った。

 

「コーディネイターの癖に、慣れ慣れしくしないでよッ!!」

 

 その瞬間、2人の間には何か、決して開く事のない扉が閉ざされた。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 エストに導かれて、ラクスは自室へと戻ってきた。

 

「また、ここにいなくてはいけませんの?」

「はい、規則ですので」

 

 抗議、と言うほどではないにしろ、不満を述べるラクスに、立場を弁えて欲しい。とはさすがに言わなかった。

 

 そのエストの手には、ラクスの食事が乗ったトレイがある。結局エストが運ぶ事で、あの場を収めたのだ。

 

「退屈です。わたくしもあちらで、皆さんとお話しながら頂きたいですわ」

「・・・・・・立場を弁えてください」

 

 結局言ってしまった。

 

 そんなエストの言葉に、ラクスは目に見えて落胆したように肩を落とした。

 

「残念ですわ」

 

 だが、すぐに顔を上げてエストを見る。

 

「でも、あなたは優しいですのね」

「え?」

 

 予期していなかった突然の言葉に、エストは返す言葉がとっさに出てこない。

 

「・・・・・・任務ですから」

 

 突然言われた事もあり、それだけしか返す事が出来なかった。別に、ラクスの食事を運ぶ事はエストの任務ではないのだが、それでもあのまま、彼女を食堂に置いておく訳には行かなかったので、仕方なく引き受けただけである。

 

「・・・・・・そうですか」

 

 ややあって、ラクスは静かに頷いた。

 

 面白みの無い発言で、落胆させてしまっただろうか。

 

 そう思って顔を上げたエストだが、その予想に反してラクスは笑顔を浮かべていた。

 

「でも、あなたが優しいのには、変わりないと思いますよ」

「私は、別に・・・・・・」

 

 言葉に詰まるエスト。

 

 そんなエストを見て、ラクスは言った。

 

「お名前を、教えていただけますか?」

 

 その言葉に、なぜか口はすんなりと開いた。

 

「エスト・・・・・・エスト・リーランドです」

「そう、ありがとう、エストさん」

 

 そう言うとラクスは、エストの手を優しく握った。

 

 

 

 

 

 ラクスの部屋を出て数歩進むと、中から歌声が聞こえてきた。

 

 澄み渡るような、空気に溶ける声。

 

 思わずエストは足を止めて、たった今出てきたドアに向き直った。

 

 プラントの歌姫。その名に相応しい、聞く者の心を癒すような歌声だ。

 

 流れを止めた水の上に、静かに身を横たえているかのような、そんな心地よい感覚に包まれ、思わず聞き入ってしまう。

 

「綺麗だね」

 

 不意に、背後から声を掛けられた。

 

「そう、ですね」

 

 あまり意識せずに答え、

 

 そして、

 

「えっ!?」

 

 慌てて振り返る。

 

 そこには、同じように歌に聞き入っているキラが立っていた。

 

「・・・・・・何で部屋を出ているのですか?」

 

 この男と言いラクスと言い、コーディネイターは随分と人の意表を突いてくれる。

 

 そんな事を内心で考えているエストを見ながら、キラは少し困ったように笑顔を見せた。

 

「何でって・・・・・・」

 

 ややあって、言った。

 

「僕、お腹空いたんだけど?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 そこでようやく、キラの食事を忘れていた事に気付いた。

 

 そんな2人の気まずい間を象徴するかのように、キラの腹の虫が情けなく鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦内が喧騒に包まれたのは、食堂での騒ぎが収束してから暫く経った頃の事だった。

 

 通信手を務めているロメロ・パル伍長が、アークエンジェルを呼び出す通信を傍受したのだ。

 

 解析を進めると、大西洋連邦宇宙軍第8艦隊所属の先遣艦隊である事が判明した。

 

 その情報を聞いた艦内は沸き立った。

 

 何しろ、ヘリオポリスを脱出して以来、ザフト軍の影に怯えながら孤独な航海を続けてきたアークエンジェルである。ここでの味方との邂逅は、まさに天の助けだった。

 

 更に、フレイには喜ぶべき事に、その艦隊には彼女の身を案じるあまり、居ても立ってもいられなかったであろう父、ジョージ・アルスター大西洋連邦事務次官が乗船しているとの事だった。どうやら、娘の消息が心配で、いても立ってもいられず艦隊に同行して来たらしい。

 

 その事はすぐに、婚約者であるサイの口からフレイに伝えられ、彼女を喜ばせていた。

 

 第8艦隊は、開戦以来常に前線にあって奮戦を続けてきた歴戦の部隊で、司令官たるドゥエイン・ハルバートン准将は、その水際立った戦術指揮能力と的確な戦略眼から、敵味方を問わず「智将」の名を冠せられていた。

 

 何より、ハルバートン准将はG開発計画の発案責任者。すなわち、マリューやナタルの直接的な上官に当たる。それ故に、孤軍奮闘するアークエンジェルを救うべく捜索を続けていたのだろう。

 

 

 

 

 

 一方で、その先遣隊の背後から、不吉の鐘を鳴らす存在が忍び寄っている事には、まだ地球軍側は誰も気付いてはいなかった。

 

 仮面の下の目を細めながら、クルーゼは訝るように頷いた。

 

 映し出されたモニターの先には、少数で航行する地球軍の艦隊が見える。

 

 戦艦1隻、護衛艦2隻の小規模な艦隊だ。

 

 しかし、

 

「地球軍の艦隊が、こんな所で何を?」

 

 アデスの言葉を聞きながら、ラウは徐々に自分の頭の中で考えを纏めていく。

 

「・・・・・・『足付き』がアルテミスから月に向かうとすれば、どうするかな?」

「では、あれは、あの艦と合流する予定であると?」

「その可能性はある」

 

 ラウの口元に笑みが浮かんだ。

 

「ラコーニとポルトの隊の合流が予定よりも遅れている。もしあれが『足付き』に物資を届ける為の部隊なら見過ごしてはおけん」

「仕掛けるのですか? しかし、我々はラクス嬢を、」

 

 反論したのは、同席していたアスランである。婚約者の存在を軽んじるかのようなラウの発言に対し、抗議しているようだ。

 

 対してラウは、笑みをアスランに向ける。

 

「我々は軍人なのだよアスラン。確かにラクス嬢の捜索は我々に課せられた任務だが、たった1人の少女の為に、『足付き』を見逃すわけには行くまい。私も、後世の歴史家に笑われたくないしな」

 

 その一言が、運命を決した。

 

 

 

 

 

「レーダーに艦影捕捉。戦艦モントゴメリ、護衛艦バーナード、ローです」

 

 モニターには、正面から接近してくる友軍の艦が映し出されている。

 

 同時に通信可能領域に入った為、双方の回線が開かれる。

 

《本艦隊の到着予定は予定通り。合流しだい、アークエンジェルは本艦の指揮下に入り、月本隊との合流地点へ向かう。あとわずかだ。がんばってくれ》

 

 旗艦モントゴメリ艦長で先遣隊の指揮官であるコープマンが、励ましの言葉を掛けてくる。

 

 そこで、その傍らに座した男性が口を開いた。軍服ではなくスーツを着込んだ身形のよいこの男が、恐らくフレイの父親であるジョージ・アルスターなのだろう。

 

《大西洋連邦事務次官ジョージ・アルスターだ。まずは民間人の救助に尽力してくれた事に礼を言いたい》

 

 そこら辺は、キラの機転のお陰だった。今後のアークエンジェルに対する評価を考えれば、おかしな話かもしれないが彼には感謝したい気分である。

 

 そんな事をマリューが考えていると、ジョージは更に続けて口を開いた。

 

《あー、その、乗員名簿の中に我が娘フレイの名があったのだが、できれば顔を見せていただけるとありがたい》

 

 その言葉には、さすがの一同も当惑せざるを得なかった。明らかに公私混同である。

 

 向こうでも同じらしく、コープマンの嗜める声が聞こえてくる。

 

 そんな中で1人、CICに座っているサイだけが、含み笑いを浮かべている。

 

「こう言う人なんですよ。フレイの父さんって」

 

 娘を溺愛する良き父。それ故にこそ、職権乱用を覚悟の上で、こうして捜索隊に加わって来たのだろう。

 

 コープマンが、続けて何か話そうとした。

 

 その時だった。

 

 それまで鮮明に映し出されていた映像が乱れ、あっという間に砂嵐に包まれる。

 

「どうしたの!?」

 

 突然の事に、驚愕がブリッジを包む。

 

「これは・・・・・・ジャマーです。エリア一帯に干渉しています!!」

 

 パルの声が、悲鳴のように響く。

 

 何が来たかなど、今更考えるまでも無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-06「迷い込んだ蝶」      終わり

 



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PHASE-07「零れ落ちる希望」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、このタイミングで。

 

 誰もが、その可能性を予測していなかった。

 

 先遣隊の背後から接近する熱源に気付いた時には、既に戦闘は避け得ない距離にまで詰め寄られていた。

 

「熱源5、急速接近。モビルスーツです!! ジン4、シグー1、そして・・・・・・」

 

 上ずった声で、最後の1機の名を告げるオペレーター。

 

「イージス・・・・・・X303、イージスです!!」

 

 その言葉に、旗艦モントゴメリの艦橋は騒然となった。

 

 奪われたXナンバー。本来なら自軍の強力な味方になる筈だった機体が襲ってくる恐怖を、彼等は初めて体験する事となる。

 

「急速回頭、迎撃戦準備!! モビルアーマー隊、発進急げ!!」

 

 コープマンの声も上擦っている。まさかの奇襲に彼自身、対応が完全に後手に回っていた。

 

 しかしそれでも、やるべき事はやらねばならない。

 

「アークエンジェルに打電ッ 《直ちにこの宙域より離脱せよ》!!」

 

 その言葉を聞いて、隣に座るジョージ・アルスターが呻いた。

 

「な、何だと、それではここまで来た意味が無いではないか!!」

「あの艦が落とされるような事があったら、もっと意味が無いです!!」

 

 怒鳴り返すコープマンも必死である。

 

 一方で、その様子は、アークエンジェルのほうでも確認していた。

 

 既に、モントゴメリから離脱命令が来ており、マリューとしては艦の安全保持のためにも、直ちに反転離脱するべきなのだが、なかなかその決断が下せずに居た。

 

 先遣隊とアークエンジェルとの距離は微妙な関係にあり、全速で赴けば間に合う可能性もある。しかし、それではアークエンジェル自身も危険に晒す可能性がある。

 

「迷う事はありません。反転しましょう艦長!!」

「でも、あれにはフレイの父さんが!!」

 

 叩きつけるようなナタルの言葉に、サイの反論が交錯する。

 

 マリューも、理性の内では反転すべきだと考えている。それが命令であり、論理的に言って正しい事も判っている。

 

 しかし、それでも危険を承知で捜索に来てくれた先遣隊を見捨てる事が、マリューには出来ない。更に現実的な問題として、先遣隊には恐らく、アークエンジェルに配属される補充要員も乗っている事だろう。それを考えれば、退くに退けない。

 

 決断し、顔を上げた。

 

「今から反転しても、逃げ切れると言う保証はないわ・・・・・・全艦第一戦闘配備!! アークエンジェルはこれより、先遣隊の援護に向かいます。フラガ大尉、リーランド曹長、それにキラ君は、各々の搭乗機へ!!」

 

 

 

 

 

 警報が鳴ると同時にキラは、支給された軍服の上着を掴んで部屋を出た。警報が鳴った瞬間には、既に即応するように立ち上がっていた。この辺りは、戦場で鍛えた勘が劣化していない事を思わせる。

 

 扉を開けて飛びだすと、部屋のすぐ横にはまるで誂えたかのようにエストが待ち構えている。

 

 並んで駆け出す2人。既に事態は逼迫している。交わす言葉もそこそこだ。拙速をこそ狡知よりも尊ぶべき状況である。

 

「状況は?」

「現在より約360秒前、合流予定にあった先遣隊との間に繋がれた音信が、ジャミングにより切断、その後、熱紋照合によりザフト軍1個部隊の襲撃を受けている事が判明しました。なお、熱紋照合の結果、敵モビルスーツのうち、1機はX303イージスと確認されています」

「イージス・・・・・・」

 

 となれば、パイロットはアスラン。またも、あの部隊と言う事だ。

 

 続けてキラが何かを言おうとした時、

 

 すぐ脇にあった扉が唐突に開いた。そこは、ラクスが軟禁されている部屋である。

 

「あれ?」

「・・・・・・またですか」

 

 驚き駆ける足を止める2人の前に、ラクスはヒョッコリ顔を出した。

 

「何ですの? 急に賑やかに・・・・・・」

「戦闘配備です。危険ですので、あなたは中に入ってください」

 

 そう言うとエストは、ラクスを押し留める。

 

 その足元では、相変わらずハロが間抜けな声を上げている。

 

「せんとうはいび、と言う事は、戦いになるのですか?」

「いや、もうなってるし」

「お2人も、戦われるのですか?」

 

 相変わらず能天気なラクスのズレた質問に、2人はどうにも調子が狂う思いだった。

 

 とは言え、今はこうしている場合ではない。

 

「・・・・・・とにかく、中に入ってください。良いですね」

 

 そう言うとエストは、ラクスを中に押し込んで扉を閉めた。

 

 と、

 

「キラ!! エスト!!」

 

 今度は廊下の端から呼ばれ、2人は再度振り返る。

 

 そこには、不安そうな顔で駆けて来るフレイの姿があった。

 

「戦闘配備ってどういうこと? パパの船は?」

 

 パパの船、と言う言葉の意味が判らず、キラは戸惑った瞳をエストに向ける。

 

 その視線に吊られたのか、フレイの手は、エストの肩を掴んだ。

 

「ねえ、パパの乗った船は大丈夫よね? 沈んだりしないわよね?」

「確約は、致しかねます。戦場では何が起こるか・・・・・・」

「駄目よ!!」

 

 思わず傍らのキラが震えるほどの声が、エストの言葉を遮ってフレイの口から発せられた。同時に、エストの肩には痛いぐらいの握力が加えられる。

 

「大丈夫って言って・・・・・・パパの船は大丈夫だって・・・・・・」

 

 かなり精神的に追い詰められているのが判る。目は大きく見開かれ、唇は歪み、絶叫を必死で堪えているのが判る。掴んだ手は、そのままエストの首を絞めそうな勢いだ。

 

 思わず、掴まれているエストは、痛みの為に顔を歪める。

 

 そんなフレイの腕を、横からキラがそっと掴んだ。

 

「大丈夫だよ。僕達も行くから」

「・・・・・・ほんとう?」

「うん、だから」

 

 キラは優しく言いながら、そっとフレイの手をエストから離すと、力強く頷いて見せた。

 

 少し苦しそうにしているエストの背中を叩くと、縋るようなフレイの瞳を見詰め返して、待機所へと駆け出す。

 

「・・・・・・なぜ、あのような事を?」

 

 少し非難の色を込めたエストの質問に対し、キラはそう言って苦笑を浮かべた。確約できない事を軽々しく言った事に対し、非難をしているようだ。

 

「ああでも言わないと、放してくれなかったでしょ、彼女」

 

 時間が惜しい現在、嘘も方便と割り切るしかなかった。

 

 あとは、その嘘を真実にできるかどうかが鍵であった。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスから出撃した機体は5機。対して3隻の連合軍艦からは、その3倍以上のメビウスが出撃している。

 

 しかし、地球圏最強機動兵器を前にして、「たかが」3倍の物量差など、あって無きに等しい。

 

 先頭を行くシグーから、各機に命令が飛ぶ。

 

「アスラン、さっそくだが、そいつの性能と君の腕前、見せてもらうぞ」

《了解です》

 

 短いアスランの返事を聞くと、クライブ・ラオスは愛機を一気に加速させた。

 

 彼の愛機は一般的なシグーで、武装に関しては他の機体と同じである。だが、エンジンだけはチューンナップを施し、限界ギリギリまで馬力と速度性能を上げてある。

 

 そのシグーのコックピットの中で、

 

「さて・・・・・・」

 

 クライブは自身を豹変させる。

 

 アスランに接した時のような紳士然とした物腰を消し、戦う為の獣へと変貌した。

 

「きやがったな、連合の豚共が!!」

 

 重突撃銃を構え、向かって来るメビウスを見据える。

 

 既に戦闘態勢に入り、メビウスはザフト軍を包囲しようと迫ってくる。

 

 だが、

 

「ハッ、遅いんだよ。蝿が止まるぜ!!」

 

 接近するメビウスに、クライブの先制攻撃が入った。

 

 その一撃で、包囲しようとしていたメビウスの内、1機が撃墜されて、そこだけ陣形に穴が空く。

 

 そこへ、クライブは機体を割り込ませた。

 

 突然、陣列の中に入り込まれ、メビウス隊は混乱を来たす。

 

 ただの1機として、クライブのシグーを捕捉できるメビウスはいない。

 

 それを嘲笑うかのように、クライブは混乱するメビウスに砲弾を叩き込んでいく。

 

「ハッハーッ 豚は豚らしく地面を這いつくばってやがれ!!」

 

 接近すると、銃を使わずに蹴り飛ばす。それだけでメビウスはフレームがひしゃげ、火球へと変じた。

 

 通常のモビルアーマーや戦闘機には決して真似できない芸当。手足を持ち、人間に近い形をしたモビルスーツのみに許された荒業と言える。

 

 その間に、アスラン達も攻撃を開始している。

 

 他のメビウスに攻撃を仕掛け、撃墜し、見る見るうちに連合軍側の兵力は減っていく。

 

 アスランはイージスをモビルアーマーに変形させ、最大の武装である580ミリ複列位相砲スキュラを放った。

 

 赤い火線が駆け抜ける先には、盛んに対空砲を打ち上げながら回避行動を取ろうとしている護衛艦バーナードの姿がある。

 

 迸る太い閃光は、狙い違わずバーナードの舷側に命中する。

 

 戦艦の主砲をも上回る威力を持つ砲撃は、その一撃で持って護衛艦の薄い装甲を突き破り、内部の弾薬庫を直撃した。

 

 船体は真っ二つに引き裂かれ、噴き上がった巨大な火球が、護衛艦を飲み込んでいく。

 

 それを見届けると、アスランは次なる目標を目指す。

 

「護衛艦バーナード、轟沈!!」

「X303イージス、護衛艦ローへ向かいます!!」

 

 刻々と悪化する戦況が、戦艦モントゴメリのブリッジにリアルタイムで伝わってくる。

 

 司令官席の隣に座ったアルスター外務次官は、まるで悪夢でも見るかのように呆然と呟く。

 

「奪われた機体に攻撃される・・・・・・そんな馬鹿な話があってたまるものか・・・・・・」

 

 気持ちは分かる。

 

 だが、どんなに視線を逸らそうとも、現実は彼の目の前から消えてくれない。

 

 モントゴメリにも、メビウスを撃墜したクライブのシグーが迫ってくる。その驚異的な技量と性能を前にしては、必死に敵の進行を防ごうとするモビルアーマーなど、蚊トンボ以下にしか見えない。

 

「そらそらそらッ 逃げろ逃げろッ 早く逃げないと落としちまうぞ!!」

 

 圧倒的な機動力で迫って来るシグーに対し、慌てたように旋回するモントゴメリの主砲。

 

 しかし、

 

「は~い、ざーんねーん!!」

 

 その前に急接近したシグーの銃が、モントゴメリの主砲を貫いて吹き飛ばした。

 

「第1砲塔、損傷!!」

 

 振動と同時に発せられるオペレーターの悲痛な叫び。

 

 その間にクライブは、対空砲火を突破してモントゴメリの中枢へ迫った。

 

 開戦から11ヶ月。対モビルスーツ戦闘の戦訓を考慮し、モントゴメリもイーゲルシュテルンの増設により近接防空能力を強化してあるが、所詮は付け焼刃。歴戦のザフト兵士が操るモビルスーツの進軍を止め得るものではない。

 

「あばよ。ナチュラルのノロマさん!! 次は亀にでも生まれ変わってくださいってか!!」

 

 雄叫びと哄笑が響く。

 

 構えられる銃。

 

 その射線上には、モントゴメリのブリッジがある。

 

 ニヤリと笑みを浮かべるクライブ。

 

 トリガーに掛った指に力が入る。

 

 だが次の瞬間、

 

 出し抜けに駆け抜けた閃光がその進路を遮った。

 

「何ッ!?」

 

 予期せぬ事態に、思わず機体を翻し後退するクライブ。

 

 備え付けられたセンサーには、こちらに向かって急速に接近する機体の存在を映し出していた。

 

 水平のスタビライザーを広げた青い機体。

 

 シルフィードを駆るキラは、間一髪のところで間に合った。モニターには、再度モントゴメリに取り付こうとしているクライブ機の姿がある。

 

「させるか!!」

 

 叫ぶと同時に最加速。その勢いのまま、右腕のブレードを展開、シグーに斬りかかる。

 

「チッ、ようやく来やがったか!?」

 

 文字通り疾風の如き斬り込みを、辛うじて回避するクライブ。

 

 更にシルフィードの後ろからは、メビウス・ゼロにエール装備のストライク、そしてアークエンジェルが後続している。

 

「ば、馬鹿な、何故来たのだ!?」

「た、助かった・・・・・・」

 

 コープマンとアルスターは、同時に対照的な声を発した。

 

 キラはライフルでクライブのシグーを牽制すると、まずはモントゴメリの安全を確保する。

 

 既にムウとエストも、それぞれジンと交戦状態に入っていた。

 

 一方でアスランはと言うと、護衛艦ローのスラスターを潰して航行不能状態に陥れた時点で状況の変化に気付き、機体を反転させて戻ってきた。

 

「あれは、キラ!!」

 

 ある意味で予定通りの邂逅に、アスランは逸る気持ちをどうにか抑えようとする。

 

 シルフィードに向かって駆けるイージス。

 

 だが、その前にトリコロール色の機体が立ちはだかった。ストライクである。

 

「あなたの相手は私です」

 

 小さな声で囁くと同時に、ビームサーベルを抜き放ってエストは斬り込んだ。

 

 対してアスランも、イージスの腕からビームソードを展開して迎え撃つ。

 

 切り下ろされる剣を、互いのシールドで弾く。

 

「邪魔だ!!」

 

 弾くと同時に機体を上昇、勢いを付けて再び斬り込む。

 

「ッ!?」

 

 対してエストは、シールドでアスランの斬撃をかわしつつ、カウンターの隙を伺う。

 

 アスランは単調な攻めを避け、幻惑するような剣捌きでストライクを攻め立てる。その鋭い攻撃は、徐々にエストの行動半径を狭め、追い込んでいく。

 

 アスランは数回乗っただけで既に、この新型機の特性を自分の物にしていた。

 

 一方、ムウもジン相手に善戦していた。

 

 4基のガンバレルを展開し、オールレンジで砲撃を行う。

 

 そのトリッキーな攻撃を前にして、1機のジンが腕部を破壊されて後退を余儀なくされる。

 

 だが、直後に、並走するようにしてジンに取り付かれてしまった。

 

「クソッ!!」

 

 とっさにガンバレルを1基呼び戻し砲撃を行う。しかし、殆ど同時にジンも、手にしたバズーカでゼロを攻撃した。

 

 閃光が、両機をほぼ同時に吹き飛ばす。

 

 結果、相打ち。ジンも戦闘不能で離脱したが、ゼロも判定中破の損傷を受けてしまった。

 

「これじゃ、立つ瀬無いでしょ俺」

 

 愚痴るような言葉を吐きながらも、これ以上の戦闘が不可能なのは明白である。唇を噛みつつ、損傷した機体をアークエンジェルへと向けるしかなかった。

 

 後は、2人の子供達に期待するしかない。

 

 だが既に、状況は更に悪化していた。

 

 距離を詰めた戦艦ヴェサリウスの攻撃によって、航行不能状態で漂流していた護衛艦ローが撃沈。クルーゼは、その砲門をモントゴメリに向けようとしていた。

 

 その頃キラは、クライブのシグーに動きを拘束されていた。

 

 前述の通り、エンジンにフルチューンを施したクライブ機は、機動性だけは高かった。

 

「クッ、何だ、このシグーは!?」

 

 機体性能だけなら、以前に戦ったクルーゼ機以上である。

 

 それでも辛うじて、シルフィードの機動力をフルに活かして追随する。

 

「ハッハー!! どうしたどうした!? 上手いのは猿真似だけかナチュラルさんよ!?」

 

 隙を見て、重斬刀で斬り込むクライブ。

 

 一瞬の方向転換に、思わずキラの行動が遅れた。

 

 剣先がコックピットを掠める。

 

 だが、PS装甲を前にして、実体剣の刃は通らない。

 

 その事を思い出し、クライブは舌打ちする。

 

 一瞬の間を置かずに、キラの反撃が来る。

 

 横薙ぎに振るわれた高周波振動ブレードを、クライブは辛うじて後退する事で回避。両者は再び剣先を向けて対峙する。

 

「・・・・・・そう言や、効かねえんだったな」

 

 呟いてから、ニヤリと笑う。

 

「だが、無限って訳じゃ、無いんだろ!?」

 

 言うと同時に、抜き打ちに近い速さで突撃銃を構え、シルフィードを狙い打つ。

 

「クッ!?」

 

 対応が一瞬間に合わず、数発の直撃を受けよろめくシルフィード。それでも持ち前の高機動で機体を翻し、追撃の砲弾はキッチリと回避してのける。

 

 反撃とばかりにキラもビームライフルを放つが、その攻撃はクライブ機を捉えるには至らない。

 

「クハハ!! そんなもんかよ地球軍の新型!! それじゃガキの玩具と変わらんな!!」

 

 言いながら、砲撃の手は止めない。

 

 まるでキラの逃げる場所がわかっているかのように、クライブは的確な砲撃でシルフィードを追い詰めていく。

 

 直撃は少ないが、素早くシュミレートするキラの脳裏では、徐々に逃げ道が潰されていっているのが理解できる。

 

「そらそら、どこまで耐えられるかな、お人形遊びのナチュラルさんよ!? それとも、中の人間が先にくたばるか!?」

 

 愉悦に満ちた言葉のまま、クライブは翻弄されるシルフィードを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルブリッジにも、刻々と戦況が伝わってくる。

 

 既にバーナードとローが撃沈され、今また最後のメビウスも火球へと変じた。これで、モントゴメリを護る者は居なくなった。

 

 そんな折、通路のドアが開き、フレイが入ってきた事に気付いた者は1人も居なかった。

 

 そんなフレイの耳にも、不吉な声が飛び込んでくる。

 

「敵機、モントゴメリへ攻撃を開始しました!!」

「敵ナスカ級、急速接近中!!」

「メビウス・ゼロ被弾、帰投します!!」

 

 そんな声を聞きながら、フレイはフラフラとした足取りでモニターの方へと歩んでいく。

 

「パパ・・・・・・パパの船は、どうなったの?」

 

 その声に、ようやくフレイの存在に気付いたのだろう、マリューが振り返った。

 

「今は戦闘中ですッ 民間人はブリッジの外へ出て!!」

 

 だが、そんな声も耳に入らないらしく、フレイは前へと進もうとする。

 

 見かねたCICのサイがブリッジに上がり、フレイを外へと連れ出した。

 

 だが、それでもフレイは暴れだす。

 

「イヤ、離して!! パパは、パパはどうなったの!?」

「落ち着くんだ、フレイ!!」

 

 なだめようと必死になるサイだが、フレイはそれすら耳に入っていない。手足をばたつかせて暴れ周り、とてもではないがサイでは抑えきれない。

 

「キラは・・・・・・エストは・・・・・・あの子達は何やっているの!?」

 

 縋るように問い掛ける。

 

 そんなフレイの両肩を力一杯掴み、サイは自分に振り向かせる。

 

「必死に戦ってるよ。でも向こうにもイージスが居て、簡単にはいかないんだッ」

「でも、大丈夫って言ったのよ。僕達も行くから大丈夫って!!」

 

 その言葉が、戦場においてどれだけアテになるのか、フレイはまったく理解していない。無理も無いだろう。今まで上流階級の令嬢として過ごし、日なたの人生を過ごしてきたフレイにとって、戦場とは簡単に人が死ぬ場所である事など、理解の範囲外の事だった。

 

 と、その時、

 

 締め切られた部屋の中から、澄んだ歌声が聞こえてきた。

 

 手を止めるフレイとサイ。

 

 やがて、何かを決断したようにフレイは歩き出した。

 

 

 

 

 

 クライブは悪態を吐きたい心境だった。

 

 既に並みのモビルスーツなら、3機はスクラップにしているであろう命中弾を得ていると言うのに、シルフィードは未だに大した傷を負っていない。

 

「クソッ、何だってんだよ!?」

 

 既に、手持ちの弾丸は心許なくなって来ている。これが無くなれば、後は剣を抜いて白兵戦しかないのだが、そうなると密着してしまう関係から、クライブ機のアドバンテージとも言うべき高機動の魔力が発揮できなくなってしまう。

 

「だが、そろそろテメェも限界か?」

 

 クライブは見抜いていた。シルフィードの動きが徐々に鈍くなって来ているのを。

 

 いかに無敵の装甲を作ろうと、中にいる人間には限界があると言うことである。

 

 事実としてこの時、キラは度重なる被弾と空振る攻撃によって、機動に精彩を欠きつつあった。

 

 その様を見て、クライブはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「所詮はナチュラルってこったな。お人形遊びは、もっと大きくなってからしましょうね、いや、もっと小さい頃にか? ま、どっちでも良いがなッ」

 

 その間にも、砲弾は容赦なくシルフィードに襲い掛かる。

 

 コックピットの中でキラは、疲労と共に焦りを感じ始めていた。集中力も低下し、先程から被弾する確率も上がっていた。

 

 量産機にすぎないシグーに拘束されて身動きが出来ないでいる現状が、キラの苛立ちを深刻なレベルで募らせていた。

 

 その間にザフト軍の残りはモントゴメリに攻撃を集中している。

 

 既に武装の大半を破壊されたモントゴメリは、機関も損傷しているらしく動きが極端に鈍い。大型火器は全て潰され、最早、辛うじて生き残っている対空砲が散発的に火線を上げている程度である。

 

 援護無しでは、もう幾らも持たないであろう事は明白であった。

 

 一方、アスランのイージスを相手にしているエストも、苦戦を強いられていた。

 

 元々、機体制御の半分近くをOSで補正する事で、ようやくストライクの操縦が可能となっているエストである。全ての動きを自分で制御し、スピーディな機動を可能とするアスランには及ばないものがある。

 

 接近しての鋭い斬撃を前にして、徐々に動きが鈍り始める。

 

「クッ、このままでは・・・・・・」

 

 焦るのはエストも、キラと同じである。

 

 そして、焦りは一瞬の判断ミスを生む。

 

 横薙ぎに振るわれたストライクのサーベルが、虚しく虚空を薙いだ。

 

 対してアスランは、機体を沈み込ませてエストの攻撃をかわし、反撃に打って出る。

 

 急接近するイージス。

 

「クッ!?」

 

 それに対して、エストの対応は追いつかない。

 

 次の瞬間、振るわれた光刃は、ストライクの左腕と頭部を同時に斬り飛ばした。

 

「ッ!? そんな・・・・・・」

 

 コックピットのモニターが損傷を示す赤に変わり、頭部と左腕が欠損している事を伝えてくる。

 

 損傷と共に、バランスが崩れて流されるストライク。

 

 それを見届けてアスランは、機体を翻した。

 

 彼の狙いはストライクには無い。今クライブと戦っているシルフィードこそ、彼の本命と言えた。

 

 

 

 

 

「ストライク損傷、帰投します!!」

 

 その報告に、マリュー達は息を呑んだ。

 

 ついに使える機動兵器はシルフィード1機のみとなった。加えて先程、モントゴメリから航行不能の通信が入っていた。

 

 状況は極地まで切迫し、刻一刻と破滅へ突き進んでいる。

 

「シルフィード、キラ君は!?」

「敵隊長機と交戦中。イージスもそちらに向かっています!!」

 

 状況は最悪だ。

 

 アークエンジェルはヴェサリウスに砲撃を集中しているが、ヴェサリウスのアデス艦長は、巧みにデブリを利用して砲撃を回避しつつ、徐々にモントゴメリとの距離を詰めていく。

 

 そして、生き残っているキラの命運も今や危うい。敵隊長機に加えてイージスも参戦しては、いかにキラでも支えきれないだろう。

 

 その時だった。

 

 再びブリッジの扉が開いた。

 

 またか、と思い振り返ると、そこには予想通りフレイが立っている。

 

 注意しようと重い口を開きかけ、そのまま硬直してしまった。

 

フレイは、今度は1人ではなかった。

 

 その手は、ラクス・クラインの腕をきつく掴んでいる。

 

 「何を」と尋ねる前に、フレイは音階を踏み外した声で口を開いた。

 

「この子を殺すわッ」

「え?」

 

 一瞬何を言っているのか判らず、ブリッジに居る全員が訝った。だが、すぐに言いたい事に思い至り、凍り付く。

 

「パパの船を撃ったらこの子を殺すって・・・・・・あいつらに言って!!」

 

 その言葉に、フレイを追ってきたサイも凍りついた。

 

 フレイの精神は、今や信念に続く崖の上に、意図一本でかろうじて立ているに等しい。

 

 父は「まだ」生きている。それだけが、フレイを支えている全てであった。

 

「言ってよォォォォォォ!!」

 

 絶叫するフレイ。

 

 だが、

 

 死神は、

 

 容赦なく、

 

 鎌を振り下ろした。

 

「ナスカ級、モントゴメリを捉えました!!」

 

 ハッとする一同。

 

 モニターに振り返るのと、ヴェサリウスの主砲が火を噴くのは同時だった。

 

 太い閃光が、既に損傷して脆くなった戦艦の装甲を容易く突き破り、その内部に破壊を齎していく。

 

 炎に包まれる戦艦。

 

 モニターの前の一同は、ただそれを見守る事しかできない。

 

「ああ・・・あああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・」

 

 最早フレイの声は、言葉にすらならない。

 

 彼女の目の前で、彼女の父親が乗った船が炎の中に沈んでいくのだ。

 

 崩れ落ちるフレイの体を、サイがとっさに支える。が、支えきれずにサイもまた床に座り込む。

 

 誰もが息を呑み、誰もが動きを止めた。

 

 ほんの1時間前、誰がこの結末を予測し得ただろう?

 

 直撃を受けたモントゴメリは轟沈。そのまま巨大な火球へと変じた。生存者など、考えるだけ労力の無駄だった。

 

 先遣隊全滅。

 

 希望の光が、彼等の目の前で消えていこうとしている。

 

 しかも、戦いはまだ終わっていない。クルーゼ隊の残存戦力とヴェサリウスが、アークエンジェルに向かって来ているのだ。しかもアークエンジェル側の戦力は、最早シルフィード1機のみ。そのシルフィードも2機の敵に挟まれ、身動きが取れない。

 

 その時、CICで指揮を取っていたナタルが弾かれたように駆け上がり、通信手席のカズイからインカムをひったくった。

 

「ナタル、何を!?」

 

 驚くマリューを制するように、ナタルは叩きつけるように言った。

 

「接近中のザフト軍に告ぐ!! こちらは地球連合軍戦艦アークエンジェル。本艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインが令嬢、ラクス・クラインを保護している!!」

 

 その声は、アークエンジェルに舳先を向けたヴェサリウスでも受信した。同時に、ブリッジに佇むラクスの映像も送られる。

 

「偶発的に救命ボートを発見し、人道的な立場から保護したものであるが、以降、当艦への攻撃が加えられた場合、それは貴軍のラクス嬢に対する責任放棄とみなし、当方は自由意志でこの件を処理する事をお伝えするッ」

 

 その言葉を聞き終えて、ラウはやれやれといった調子に苦笑を浮かべた。

 

「格好の悪い事だな。助けに来て、不利になったらこれか」

「隊長」

 

 決断を迫るアデスの言葉に、手を上げる。向こうの出方はどうあれ、ラクスを見殺しにするわけにはいかないのもまた事実だ。

 

「判っている。全軍に攻撃中止命令を出せ」

 

 その通信を聞いていたキラ、アスラン、クライブも戦闘を止めていた。

 

《卑怯な!!》

 

 怒気をそのまま言葉に乗せたアスランの声が、キラに聞こえてくる。

 

《保護した民間人を盾にする。それがお前の正義か!?》

「・・・・・・・・・・・・別に」

 

 対してキラは、淡々とした調子で返した。

 

「ここは戦場だよアスラン。生き残る事が最優先だ」

《その為なら、こんな汚い事もすると言うのか!?》

《よせよせ、アスラン。こいつらも必死なのさ。みっともなくあがいて、もがいて、そんで地べたを這い回る以外に生きていけない豚共だ。そう責めてやるのも酷ってもんだろ》

 

 冷静な中にも侮蔑を含む口調を込めて言うと、クライブは機体を反転させた。

 

 それに従い、アスランも僅かに睨みつけるような態度で続く。

 

《彼女は取り戻す。必ずな》

 

 捨て台詞を残して遠ざかっていく2つの機影を、キラは見送る事しかできない。

 

 確かに、自分で言った通り、戦場にある以上、生き残る為に手は尽くさねばならない。

 

 だが、良い気分でないのもまた、確かな話であった。

 

 後には、惨めな敗北者が1人、取り残されただけだった。

 

 

 

 

 

PHASE-07「零れ落ちる希望」     終わり

 



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PHASE-08「さらば友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体をメンテナンスベッドに固定し、コックピットを開く。

 

 そこには、見慣れた友人の顔が出迎えてくれていた。

 

「キラ、お疲れ」

 

 告げるリリアの声は、どことなく暗い物がある。どうやら彼女も、事情に関しては聞き及んでいるのだろう。その声には、いつもの快活さが感じられなかった。

 

 対してキラは無言で頷く。アスランにはああ言ったが、やはりやり切れる物ではない。勿論キラは、これまで幾度か汚い作戦に従事した事もある。しかし、世の中の全てのテロリストが喜んで手を汚しているかと言えば、決してそうではない。

 

無論、それを言い訳にする気はないのだが。

 

 目を転じれば、左腕と頭部カメラを失ったストライクと、側面装甲のひしゃげたメビウスゼロが見える。

 

 物心ともに失う物ばかり多く、得る物の何も無い戦いだった。

 

「キラ・・・・・・」

 

 そんなキラを気遣うように、リリアは濡れタオルを差し出した。

 

「ありがとう」

 

 微妙な笑みを浮かべてそれを受け取るとキラは、待機所の方へと歩き出した。

 

 ちょうどそこで、疲れた調子で肩を落としているムウと行き合った。

 

 こちらも難しい顔をしている。その度合いから行けば、キラ以上に疲労しているように見える。連合の軍人として戦うムウとしては、このような卑怯な振る舞いを許容できるはずも無い。それでも黙っているのは、それしか方法が無かったからだ。

 

「こうなってしまったのも、僕達が弱いから・・・・・・なんでしょうね」

「ああ、実際情けねえよ、俺も」

 

 そう言って肩を落とす。機体損傷と引き換えにジン2機撃破の戦果を上げたムウだが、それを誇る気には到底なれなかった。

 

 キラも同様である。敵隊長機との戦いに拘束されて、味方の救援どころではなかった。それが敗北の一因となった以上、尚更の話である。

 

 結果は無惨。先遣隊は全滅、生存者無し。アークエンジェル側も、ストライク、メビウスゼロ中破の被害を蒙っていた。

 

 あそこでナタルの機転が無かったら、確実に全滅していたであろう。

 

 それは判っている。

 

 だが、判っていても、やり切れない。

 

 重苦しい雰囲気だけが、艦内を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 着替えて、廊下を歩いていると、エストと行き会った。

 

 相変わらずの無表情ではあるが、心なしか彼女にも疲労感が見て取れる。無理も無い、ストライクは判定中破の損傷を受けて、当面は出撃不能となっている。あのアスランと切り結んで、この程度の損傷だったのは、むしろ幸いであった。

 

 どうやらキラを連れて行く為に待っていたようだ。

 

 2人は無言のまま、肩を並べて歩き出す。だが、エストの足取りは重く、ふとすればキラの方が行き過ぎて歩調を合わせねばならなかった。

 

 仕方なくキラは、ゆっくり歩く事でエストに合わせてやる。

 

 とにもかくにも休息が必要である。特にエストには、相変わらず表情には出ていないが、今回の戦いはショックが大きすぎたのだろう。

 

 その時だった。

 

 ふと通り掛った部屋の中から、少女がすすり泣く声が聞こえてきた。見れば、入り口の辺りでミリアリアが立ち尽くしているのが見えた。

 

 ミリアリアは歩いてくる2人の姿を見ると、少し驚いたように慌ててみせる。

 

 覗き込んでみるとそこには、サイの胸で泣き崩れるフレイの姿があった。

 

 嗚咽を洩らす少女に胸を貸した、サイの表情もまた暗い。入ってきたキラとエストに、何と声を掛けたら良いのか判らない様子だ。

 

 堪りかねたキラが、声を掛けようとした。

 

 その瞬間、フレイが顔を上げて涙に濡れた瞳を向けてきた。

 

「嘘つき!!」

 

 純粋な怨嗟と憎悪に彩られた言葉が、容赦なくぶつけられる。

 

 向けられた瞳は夜叉の如く変貌し、口を突いて出る言葉の鋭鋒は鈍る事を知らない。

 

「嘘つきッ 『僕達も行くから大丈夫』って言ったくせに!!」

「フレイ、キラ達だって必死に・・・・・・」

 

 見かねたミリアリアが割って入ろうとするが、フレイの言葉は留まらない。

 

「あんた達が・・・・・・」

 

 吐き出される憎悪は、とめどなく溢れ出てくる。

 

「あんた達が死ねば良かったよ」

「フレイ!!」

 

 さすがにサイも嗜めようとするが、それをフレイは凄まじい力で振り払った。

 

「あんた達が死ねば良かったのよ!! パパの代わりに!!」

 

 それだけ言うとフレイは、再びサイの胸に顔を埋めて泣き出した。

 

 そんなフレイに抗弁しようと、エストは一歩踏み出す。だが、その細い肩を、キラの手がそっと引き止めた。

 

 顔を向けるエストに、キラは無言のまま首を横に振る。

 

 フレイの言い方はともかく、自分達が彼女の父親を救えなかったのは紛れもない事実である。ならば、ここで幾ら抗弁したとしても状況は変わらないだろう。少なくとも、フレイを相手にしては。

 

 何か言いたそうなエストだったが、やがて諦めたのか、キラの背中を追ってその場を去っていった。

 

 確かに、ここに居てもできる事は何も無いだろう。

 

 ただ、少女が洩らす嗚咽の声だけが、エストの小さな背中に突き刺さるようだった。

 

 

 

 

 

 先に歩いていたキラを追いかけると、展望デッキに佇む彼を見つけた。

 

 視界一杯に広がる宇宙空間を見詰めるキラの瞳は、どこか哀しげに翳っているようにも見える。

 

 気付いていないのかと思い、背後から近付いてみたが、意外にもキラの方から声が掛かった。

 

「綺麗だよね」

「え?」

 

 キラは振り返らずに続ける。

 

「信じられる? 僕達のさっきまで戦っていた戦場は、こんなにも綺麗なんだよ。僕は今まで、こんな綺麗な戦場を見た事は無い」

 

 地上での戦場は、いつも悲惨だった。血と炎、そして瓦礫。

 

 そこには綺麗などと言う感情が入り込む余地は、僅かも存在し得ない。ただ只管の絶望があるのみであった。

 

 そして、感情を持ち込もうとした者は大地に躯を晒し、絶望を糧にし泥を啜った者だけが生き残る事のできる世界。それが戦場である。

 

「でも、僕達は間違い無く、あの場所で戦っていた。そしてフレイのお父さんを助けられなかった。それは事実なんだ」

 

 物事はすべからく結果が重視される。それが刹那の間に命をやり取りする戦場であるなら尚更である。

 

 先遣隊は全滅し、フレイの父親を救えなかった。それが、今のキラ達にとっての「結果」である。

 

 その時だった。

 

「もう戦いは終わりましたの?」

 

 その場の空気にあまりにもそぐわない、柔らかい声が2人の背後から聞こえてきた。

 

 振り返るとそこには、ピンク色の髪を持つ少女が、同じ色の丸い物体を従えて佇んでいた。

 

 一瞬呆気に取られたのは、2人一緒だった。

 

 そんな2人に、ラクスは優しく微笑んでいる。

 

「いや、あのさ・・・・・・」

「何度も申し上げましたが、勝手に出歩かれては困ります。あなたは、少しは御自分の立場を弁えてください」

 

 どう言って良いのか判らないキラを押しのけて、エストが抗議するが、ラクスはそれをふんわりと受け止めた。

 

「でも、このピンクちゃんはお散歩が好きで、鍵が掛かっていると、勝手に開けて出て行ってしまいますの」

 

 そう言っているラクスの足元で、事の主犯である丸い物体は、「テヤンデ~」などと能天気に言いながら跳ね回っていた。

 

 キラとエストは、同時に溜息を吐いた。何はともあれ、これで密室の謎が解けた。

 

 ハロを床で遊ばせながら、ラクスは2人に歩み寄った。

 

「戦いは、終わりましたのですね?」

「ええ、あなたのお陰で」

 

 繰り返されて質問に、キラは苦笑気味の返事を返した、実際、自分達は何も出来なかった。ラクスがいてくれたからこそ、少なくとも現在のところ、アークエンジェルは無事な姿をとどめているのだ。

 

 答えたキラに、次いで、その横に佇むエストに、ラクスは交互に目を向ける。

 

「でも、あなた方は悲しそうなお顔をなさっていますわね」

「え?」

 

 言われてから、互いに顔を見合わせた。

 

 それをどう解釈したのかは知らないが、ラクスは言葉を続けた。

 

「あなた方は、きっと優しい方なのでしょうね。まるで、わたくしの婚約者のように」

「婚約者?」

 

 驚きの声を上げるが、ラクス・クラインほどの立場と声望をもつ存在ならば、既にそのような存在がいたとしてもおかしくは無い。

 

 だが、ラクスの次の言葉が、キラを驚愕させた。

 

「ええ、アスラン・ザラと言いまして、不器用なのですが、わたくしには優しくしてくださるのです。今はザフトに入っておいでですので、ひょっとしたら、お2人もお会いになる機会があるかもしれませんわね」

 

 この場合、「お会いになる」時は、互いに殺し合いを演じる場であるのだが、

 

 相変わらずの少しズレたラクスの台詞に、キラは思わず苦笑を返した。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 今突っ込むべきところは、そこではないだろう。

 

 あまりにも自然に出てきた為、よく知った固有名詞を危うく聞き逃すところだった。

 

「アスラン・ザラを知っている、て言うか、婚約者!?」

「はい?」

「何を慌てているのですか、あなたは?」

 

 突然うろたえたキラに、ラクスとエストは怪訝な顔を向ける。だが、そんな2人の様子も目に入らないほど、キラは動揺していた。

 

「まさか、アスランが・・・・・・」

 

 人の縁とは、本当に不思議だと感じる。

 

 キラはアスランと自分の関係を話し、また、現在彼がイージスに乗ってアークエンジェルを追撃してきている事を話すと、2人も驚いたような顔をした。

 

「不思議ですわね」

 

 ラクスはそう言って微笑むと、色々とアスランとの思い出を語った。

 

 親同士が決めた許婚である事。メカに詳しいアスランが、ラクスのお気に入りのペットロボットを修理してくれた事。それが縁で、ハロを作って送ってくれた事。少々調子に乗って作りすぎ、今やラクスの家にはたくさんのハロが居る事。

 

 キラは笑った。

 

 アスランは変わっていない。コペルニクスで彼と過ごせたのは短い期間だったが、それでも一番の親友だったのだから判る。

 

 だからこそ、

 

 こうして敵同士になって砲火を交え、彼の大切な人を人質に取っている状況が、キラには歯がゆく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛いのは、連合もザフトとも同じと言う事である。

 

 現在ヴェサリウスは、一定の距離を保ちながら、逃走するアークエンジェルを追尾している。

 

 捜索対象と攻撃目標が同時に見付かったわけであるから、最大限ポジティブな見方をすれば、手間が省け一石二鳥と言えなくも無い。

 

 しかし、それを手放しに喜べよう筈も無く、ブリッジに集まった面々は隊長であるラウを始め、皆渋い顔をしている。

 

「さて、どうしたものか」

 

 発するラウの声も苦い。

 

 ラクスを人質に取られた以上、下手な手出しはできない。こちらが妙な動きをすれば、即座に先程の繰り返し、地球軍はラクスの頭に銃を突きつけて交渉してくるだろう。

 

 こちらから手を出す事はできない。よって現状は、惰性として後に着いて行く以外に無かった。

 

 せめてもう少し戦力があれば、足止めして包囲するという手段もあるのだが。

 

「せめてガモフがいればな」

 

 ガモフをはじめ、合流予定にある艦は全て、未だヴェサリウスから1日以上の距離にあり、早急な連携は難しいだろう。こうなると、性急に接触した事が仇になってしまった感があった。

 

 その時。

 

「何を悩んでいるのかね、キミタチは」

 

 嘲弄とも取れる声が、背後から上がった。

 

 壁に背をもたれたクライブがニヤついた顔で、悩む一同を眺め渡している。

 

「このまま全力出撃して、足付きを沈める。それで全ておしまいだ。向こうは戦力が減ってる。今ならやれるだろ。厄介事も厄介な敵も、それでぜ~んぶ、お終い」

 

 事も無げに告げるクライブに、動揺の視線が集中する。

 

 この男はたった今、一同の前で禁断の果実を事も無げにもぎ取り、見せ付けるように舐めて見せたのだ。

 

 どうだ、簡単だろう。この程度の計算すら、お前等は解けないのかよ?

 

 嘲弄に満ちた視線は、そう語っている。

 

「馬鹿な、そんな事できるわけが無い!!」

 

 言い放ったのはアスランである。婚約者もろとも敵艦を撃沈しようと言うクライブの言葉に、彼は激高していた。

 

「あの船には、ラクス嬢が乗っているのですよ。それを、」

「あ~そいつはご愁傷様。名誉の殉職って事でOK?」

 

 ヘラヘラと笑いながら、クライブは肩をすくめる。

 

 その仕草に怒りを覚え、なおも詰め寄ろうとするアスランを挑発するかのように、クライブは更に言う。

 

「大体にして、こんな危ない所までノコノコ来るくらいだ。ハナッからこうなる事くらい、奴さんだって了承済みだろうよ。あとはせいぜい派手に国葬でもやってやれば、本国の連中も満足するんじゃねえの?」

 

 その言葉に、アスランの忍耐が切れるよりも一瞬早く、背後からラウの制止する声が入った。

 

「やめたまえ。不毛な議論は時間の無駄だ」

「しかし隊長!!」

 

 こんな事を言われて黙っているのか?

 

 今にも食って掛かりそうなアスランに笑みを見せながら、ラウの仮面に隠れた瞳はクライブに向いた。

 

「まあ、そう性急に結論を出す事もあるまい。まだ足付きが地球軍の勢力圏に逃げ込むまでには時間もある。それまでに方針を決めればいいさ」

 

 少し間を置いて、付け加える。

 

「最悪の決断も含めて、な」

 

 その言葉に、アスランは不承不承ながら引き下がる。対してクライブは、大きく欠伸をして立ち上がった。

 

「どこへ行くのかね?」

「退屈だから寝る。何か変化があったら起こしてくれよ」

 

 心の底からどうでも良さそうに言いながら、クライブはブリッジを出て行く。

 

 だが、その一瞬、アスランと視線を合わせる。

 

『甘ちゃんが』

 

 そう侮蔑を込めた視線を、アスランはやるせない怒りを湛えた視線で睨み返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 寝返りを打ちながら、キラは寝苦しい夜に身を委ねる。

 

 落ち着けば落ち着くほどに、釈然としない気持ちが込み上げてくるのが判る。

 

 目に浮かぶのは、ピンクの髪を持つ可憐な少女の姿。

 

 プラントの歌姫であり、現最高評議会議長の娘であり、現在は拘留中の身であり、そして、旧友の婚約者である少女。

 

 間にアスランを挟むとは言え、キラにとっても縁浅からぬ存在であると言える。

 

 どうにもすっきりしない気持ちを持て余し、ベッドの上で寝返りを打つ。

 

 必要とあれば汚い手段を使う事も厭わないキラではあるが、決してそれが気分の良い物ではない。それが今回、人間関係も相まって最悪な気分に貶められていた。

 

 もう一度、寝返りを打つ。

 

 そうしているうちにも、キラの中にある考えが急速に形を成してくる。

 

 しかし、それを行うには、キラと言えど勇気が必要であった。最悪の場合、自分の命を投げ出す覚悟も必要だろう。

 

 天秤は、然程時間を置かずに片方へと傾いた。

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱり、ちょっと納得できないな」

 

 そう呟くと、ベッドから起きあがった。

 

 ドアを開き、周囲に人影が無い事を確認すると、足音を殺しながら廊下を進む。目指す部屋はすぐそこである。

 

 扉を開く。同時に、光を感知したハロが、喜ぶように騒ぎ出した。

 

「う、う~ん・・・・・・ハロ?」

 

 ベッドの上で身じろぎしながら、眠っていたラクスが目を覚ました。

 

 正直、傍から見ると夜這いを掛けに来たように見えなくも無いが、キラは真剣な表情のままラクスに向き直った。

 

「キラ様?」

「黙って。静かに着替えて、僕について来てください」

 

 言われるままに、眠い目を擦りながら従うラクス。その間にキラは、周囲を確認しながら人の気配を探る。

 

 人手が足りない事はこの際、幸いと言うべきだった。お陰で、周囲に人の気配はない。

 

「お待たせいたしました」

 

 そう言って、ハロを抱いてラクスが出てきた。

 

 その時だった。

 

「何をしているのですか?」

 

 ギョッとなって振り返る、前に、後頭部に硬い物体を押し付けられた。

 

 一瞬で銃だと判断したそれは、華奢な少女の手に握られて、キラの頭に押し付けられている。

 

「あなたらしくないですね。何を焦っているのですか?」

 

 こうも簡単に背後を取れた事を指摘しつつ、視線を逸らしたエストは、ラクスと目が合った。

 

 意味の判っていないのか、ラクスはニコニコと微笑みながらエストを見ている。

 

 一方でキラは、既に次の行動を模索していた。

 

 エストの初撃をどうかわすか。エストに発砲の意思があれば、既にキラの頭は石榴と化している筈。ならば、このまま不穏な動きをしなければ撃つ事はないはず。そこを突ければ、勝機は充分にある。

 

 行動を起こそうと、脳が筋肉に伝達を送った。

 

 次の瞬間、

 

 エストはフッと手を緩め、そのまま銃を引いた。

 

「・・・・・・・・・・・・何の心算?」

 

 ゆっくりと振り返るが、エストは再び銃を構える様子も無くラクスに歩み寄ると、その手を取って廊下を歩き出した。

 

「行きましょう、時間がありません」

「はい?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

 キラは2人の後を、慌てて追いかける。

 

 エストの足は格納庫へと向かっている。その行動から、彼女の意思もラクスを逃がす事にあると悟る。

 

 しかし、何故彼女が?

 

 先を行くエストは無言のまま、ラクスの手を引いて歩いていた。

 

 

 

 

 

 脱出プランはシンプルだった。

 

 使える機体はシルフィードのみであるので、キラが受け渡し役になる。

 

 発艦後キラは、国際救難チャンネルにアクセスし、追跡してくるナスカ級戦艦にラクス解放を伝える。同時に条件として、ナスカ級の機関停止と受取人としてアスランを指定する。

 

 それが一連の行動だった。

 

 当然、受け渡しは宇宙空間で行われる事になる。

 

 そこで、ラクスには宇宙服を着てもらう事になった。

 

 ロッカーを開けて予備の宇宙服を取り出したキラは、はたと思い至った。

 

 ラクスは裾の長いロングスカートを着用している為、体にフィットするような宇宙服は着辛い。よって、着替えてもらわねばならないのだが、

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 迷うキラの視線の意味に気付いたラクスは、いそいそとその場でロングスカートを脱ぎ始めた。

 

 その姿に、キラはとっさに視線を逸らしつつも、頬を赤くする。

 

 ロングスカートを取り払ったラクスのスカートは、それでもミニスカート状の部分が残るのだが、その裾からピンク色の布地が見え、

 

「あなたは向こうを向いてください」

 

 グリッ ゴキンッ

 

「グッ!?」

 

 いきなりエストの手によって、強引に首を捻じ曲げられた。

 

 その痛みに、思わずキラは息を詰まらせた。虚を突かれた事もあるが、骨が折れなかったのが奇跡に思える。

 

 着替えを終えたラクスは、脱いだスカートを宇宙服の腹部に格納した為、まるで妊婦のような外観になっていた。

 

 そのまま3人は気配に気を配りながら、格納庫へと辿り着いた。

 

 周囲を見回すが、折り良くマードック達もいないようだ。

 

 3人は低重力を泳ぎながら、シルフィードのコックピットへと辿り着く。

 

 コックピットに滑り込み、手早く機体を立ち上げていく。そのコックピットにラクスを座らせるエスト。

 

 目が合うと、ラクスは微笑む。

 

「ありがとうございました。また、お会いしましょうね」

「さあ・・・・・・それは、どうでしょう」

 

 無表情のまま返すエスト。

 

 自分は連合の兵士。彼女はプラントの歌姫。ここまで立場の違う人間の人生が、今後、交錯するとは思えない。

 

「無理があると思います」

「そうですか・・・・・・」

 

 エストの拒絶の言葉に、少し曇ったように瞳を潤ませるラクスだったが、すぐに笑顔に戻って見せた。

 

「では、お元気で」

「はい」

 

 頷いてからエストは、視線をキラに向けた。

 

「あなたは、戻ってきてくださいね。さもないと、すぐにこの機体を自爆させます」

 

 先の戦いで損傷したストライクだが、起動自体には問題ない。OSさえ動けば、そこからレーザー通信を発してシルフィードの自爆装置を作動させる事が出来る。

 

 一瞬キラは、立ち上げる手を止めてエストと向かい合う。

 

 交錯する瞳と共に張り詰められた沈黙はしかし、キラが浮かべた微笑によってすぐに霧散した。

 

「大丈夫、僕はザフトには行かないよ」

「そう願ってます」

 

 テロリストの言葉など信用できないが、それでも今は信じるしかない。何より、ここには彼が守るべき存在がいる。ある意味でそれが、キラとアークエンジェルを結び付ける細い糸であるように思えた。

 

 エストが離れるのを確認してから、キラはコックピットハッチを閉じシルフィードを前へと進ませる。

 

 その頃になって、ようやく事態に気付いたマードック達が格納庫に駆け込んでくるが、既に遅い。

 

 カタパルトデッキへと機体を進ませライフルとシールドを受け取ると、発進シークエンスをスタートさせる。

 

「行きます、しっかり掴まってて」

「オマエモナ~」

 

 ハロの間の抜けた返事と共に、シルフィードは虚空へと打ち出される。

 

 一方で、勝手に発進したシルフィードに、格納庫内は大混乱に陥る。

 

 どうにか発進を止めようとするが、既にカタパルト側のハッチは閉じられてしまっている。こうなると、事実上、発進を止める事は不可能だ。

 

 その騒然とした中で、キャットウォーク上に立ち尽くしたエストは、シルフィードの背中が消えたハッチを、静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 報せを受けてアスランがブリッジに上がったとき、既に主要なメンバーは揃っていた。

 

 食い入るように見守るモニターには、光学センサーで捉えた青い機体がこちらに向かって来る様子が映し出されている。

 

「キラ・・・・・・」

 

 親友の愛機がヴェサリウスに向かってくる理由は、既に聞いている。どうやらラクスを解放すると言う事なのだが。

 

 半信半疑のまま、アスランはモニターの中の機体を見る。

 

 他の人間ならば、罠と言う可能性も考えられる。しかし、あの機体を駆っているのはキラなのだ。ならば、きっとラクスを解放してくれるはずだ。

 

 そう思うのは、所詮はアスランの願望に過ぎないのかもしれない。しかしそれでも今は、そう信じたかった。

 

 アークエンジェルとの中間宙域で停止したシルフィードから、サウンドオンリーで通信が入ったとき、その声が親友の物であると再確認した。

 

《こちらは、地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、シルフィード。ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す。ただし、ナスカ級戦艦は機関を停止しその場にて待機、イージスのパイロットが1人で来る事が条件だ。この条件が守られない場合、彼女の身柄は・・・・・・保証しない》

 

 最後の部分だけ、僅かに苦悩を滲ませて言った。

 

 国際救難チャンネルで発した音声は、当然、アークエンジェルでも受信している。

 

「艦長、奴が勝手に言っている事です。今すぐ攻撃を!!」

「そんな事したら、今度はシルフィードがこっちを撃ってくるぜ。多分な」

 

 ナタルの強硬な主張に対し、ムウが軽く返す。彼としても、民間人の少女を人質に取ると言う現状に不満を感じていた為、このキラ達の行動には溜飲が下がる思いであった。勿論、軍人としての彼は、そのような想いは微塵も出さないのだが。

 

 既に、同様に加担したエスト・リーランドは警備兵によって拘束し収監している。

 

 アークエンジェル側としては、最早ザフトの出方を見守る以外にする事が無かった。

 

 それから暫くしてからヴェサリウスのハッチが開き、中からイージスが発進してくる。

 

 両者の機体が至近まで接近した時、キラはライフルを掲げてイージスを停止させた。

 

「・・・・・・アスラン・ザラか?」

《・・・・・・ああ》

 

 硬さが印象的な返事がではあるが、それは間違い無く親友の声である。

 

「ハッチを開け」

 

 指示通りに開かれたイージスのコックピットハッチから、ヘリオポリスで見た紅いパイロットスーツ姿のアスランが確認できる。

 

 キラはラクスに向き直った。

 

「話して」

「え?」

「向こうにも、偽者じゃない事を確認させる必要があるから」

 

 それで得心が言ったのか、ラクスはイージスに向かって手を振って見せた。

 

「こんにちはアスラン、お久しぶりですわね」

「ハロハロ~オマエモナ~」

 

 ラクスの柔らかい言葉と、ハロの能天気な声を聞き、アスランは微笑んだ。どうやら、間違いは無いようだ。

 

 確認した事を伝えると、キラはラクスの背中をイージスの方へと押し出す。

 

 特に暴行を受けた様子も無い事に、アスランはホッと息を吐いた。

 

 流れてきたラクスを受け止めると、2人してキラに向き直った。

 

《ありがとうございました、キラ様。エスト様にも、お礼を言って置いてください》

 

 そう告げて、手を振るラクス。その横でアスランは唇を噛み締め、決意を固めた。

 

 今だ。今しかチャンスは無い。

 

 手は自然に、前へと伸ばされる。

 

《キラ、お前も一緒に来い!!》

 

 これが最後のチャンスだ。これを逃せば、キラを引き戻す機会は巡ってこない。

 

 そう思えばこそ、アスランも必死になって手を伸ばす。

 

《お前が地球軍にいる理由がどこにある!?》

 

 キラはコーディネイターだ。ならば自分達と一緒に居るべきなのだ。

 

 そんな親友の様子を微笑みながら見詰め、

 

 キラは首を横に振った。

 

「ありがとう、アスラン。けど、僕はザフトには行かない。これは前にも言ったはずだよ」

《キラ!?》

 

 そのまま姿勢制御用のスラスターを逆噴射し、シルフィードはイージスから離れていく。

 

「さようならアスラン。次に会った時は、容赦しない。僕が君を撃つ」

《何故だキラ!? 何故なんだ!?》

 

 静かな、しかし明確な拒絶に、アスランは戸惑うしかない。

 

 そんなアスランの耳に、通信を斬る直前、キラの囁くような声が届いた。

 

「地球軍に居る理由は無いけど、ザフトに行けない理由ならある」

 

 それっきりキラは、相手の返事を待たずに通信を切り遠ざかっていく。

 

 これ以上何かを言われたら、本当に心が揺らいでしまいそうだ。

 

『キラ、お前も一緒に来い!!』

『お前が地球軍にいる理由がどこにある!?』

 

 確かにその通りだ。しかもその言葉が、かつての親友の口から発せられると、何と甘美に聞こえる事か。

 

 だが、キラはザフトに、いや、プラントへは行けない。行けない理由があるのだ。

 

 あの船には、サイが、トールが、カズイが、ミリアリアが。リリアがいる。彼等を置いて行く事は、キラにはできなかった。

 

 機体を反転させ、帰途に着くキラ。

 

 だが、まだ終わってはいなかった。

 

「機関始動だアデス。クライブ!!」

《おう!!》

 

 ヴェサリウスの機関に灯が入り、同時にカタパルトが点灯、待機していたクライブのシグーが打ち出される。

 

 キラからの通信があった時点で、ラウはここまで計算していたのだ。アークエンジェルが停止し、ラクスが解放される瞬間を。そして、そのタイミングで奇襲を掛ける作戦を立てていたのだ。

 

 イージスとシグーが、高速ですれ違う。

 

《よくやったぜアスラン。お手柄だな!!》

「ラオス隊長!!」

 

 口調こそ褒めているが、その声音には多分に侮蔑の色がある。最期まで利用されるだけだったピエロに過ぎない少年。本当に、よく踊ってくれた。

 

 今やクライブの目の前には、無防備に背中を晒すシルフィードと、間抜けな顔で停止している足付きがいる。

 

「貰ったぜ!!」

 

 突撃銃を構える。

 

 だが、次の瞬間、

 

 一閃された光と共に、シグーの右腕が肘から吹き飛ばされた。

 

「何だと!?」

 

 衝撃で流れる機体を制御しつつ、舌打ちするクライブ。その目には、ライフルを構えたシルフィードが居る。

 

《僕がそれを読んでなかったと思うかッ!?》

「クソッ!?」

 

 残った左手で重斬刀を抜こうとするが、それもライフルの一撃によって阻まれてしまった。

 

「野郎、よくも!!」

 

 両腕を失ったシグーが後退する。

 

 その時、通信が入った。

 

《やめてください、クライブ・ラオス隊長。追悼慰霊団代表のわたくしがいるこの場所を戦場にする心算ですか?》

 

 後方にいるイージスからの通信である。ラクスは普段の温和な雰囲気からは想像もつかないような、強い口調で告げる。

 

 意思の篭った両眼は、鋭くクライブを射抜く。

 

《すぐに戦闘行動を中止してください。聞こえませんか?》

 

 クライブは舌打ちする。

 

 ガキが、状況が判っていないにも程がある。これ程のチャンスを手放せと言うのか?

 

 だが、現実問題として、彼のシグーは両腕を失い戦闘不能となっている。どの道退かなきゃいけないことには変わりなかった。

 

「判りました、了~解でーす」

 

 投げやりに答えると、機体を反転させる。

 

 口惜しいが、今はあの小娘に従う以外に無かった。

 

 残ったキラは、ゆっくりとライフルを下ろした。どうやら、危機は去ったようだった。

 

 あれだけラクスが睨みを効かせてくれれば、取り合えずナスカ級がすぐに追ってくる事も無いだろう。

 

 深く息を吐いた。

 

 かなり危うい綱渡りではあったが、何とか成功したようだった。

 

もっとも、これから艦に戻るキラからすれば、まだ話は終わっていないのだが。それはまた、別の話と割り切って笑みを浮かべた。

 

 まあ、どの道、半ば以上捨てている人生だ。なるようになる時はなるようになるし。そうでない時は、終わる時だ。

 

 さばさばした思考のキラを乗せたまま、シルフィードは機体を反転させた。

 

 

 

 

 

 

PHASE-08「さらば友よ」      終わり

 



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PHASE-09「萌芽の刻」

 

 

 

 

 

 驚く事はない。負け戦なんてものは、いつもこんな感じだ。

 

 泥濘と爆炎が肌を撫で、鼻に飛び込む火薬と血糊の匂いが混じった臭気。視界の中には死体、死体、また死体。

 

 一緒に戦って来た戦友達は、1人、また1人と泥の中に倒れ、圧倒的な軍靴の下に踏み躙られて行く。

 

 自分の周りに居る味方も最早、両手の指で足りる程度でしかない。

 

 それでも必死になって、手にしたライフルを撃ちまくる。

 

 だが、その返礼は、100倍近い銃弾の嵐によって返される。

 

 最早、ここも数分と持たないだろう。そして、それはまた自分達の命も同義である。その事は、この場に居る誰もが理解している事であった。

 

 死にたくない。

 

 こんな所で、まだ死にたくない。

 

 飛んでくる銃弾が顔を掠め、頬を切って鮮血を撒き散らす。

 

 溢れ出る血を袖で拭い、構わずトリガーを引き続ける。

 

 殺しても殺しても、死体の山を踏み越えて襲ってくる敵は、無限とも思える物量を持って、自分達を押しつぶそうとしている。

 

 僅かに転じる視界には、やはり必死に応戦する味方が映る。

 

 死なせたくない。

 

 大切な仲間だ。絶対に死なせたくない。

 

 そう思った時、

 

 

 

 

 

 何かが弾けた気がした。

 

 

 

 

 

 頭の中がクリアになり、視界が気持ち悪いほど開ける。

 

 数を数えたわけでないのに、向かって来る兵士の数が判る。彼等が誰を狙い、次にどう行動し、どう動けば対処可能であるか、それが今の自分には手に取るように判る。

 

 それだけの事が、一瞬の何百分の一の時間で理解できた。

 

 次の瞬間、立ち上がる。

 

 味方が制止する声が聞こえるが、今はそれすらどうでも言い。

 

 飛んでくる銃弾を全て知覚する事すら、今なら造作無くできる。

 

 遮蔽物を飛び越え、銃弾の海へと飛び込む。

 

 敵兵達が、嘲笑を浮かべるのがハッキリと見えた。わざわざ飛び出した自分が間抜けに見えて仕方ないのだろう。

 

 だがその表情が驚愕に変わるまでに、数秒も掛からない。

 

 飛んでくる銃弾を、跳ね、駆け、伏せてかわしていく。

 

 いつしか、敵陣は目の前にある。

 

 ライフルをフルオートにして発射。ここまで近付けば、照準も必要ない。

 

 血しぶきが、自分の服を、顔を紅く染めていく。勿論、その血は自分の物ではなく、周囲の敵兵の物である。

 

 悲鳴と絶叫を上げながら、周囲の敵兵が殲滅されるのに、1分も掛からなかったろう。

 

 後には、弾切れのライフルを手にした少年が立ち尽くすのみ。

 

 その朱に染まった華奢な姿を、味方ですら慄きに満ちた瞳で見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モップとバケツを手に、キラは己の「戦果」を見渡すと、満足げに頷いた。

 

 生理的に嫌な物があるが、やってみると意外に楽しいものである。

 

 まあ、こんな事に慣れて行く自分はちょっと嫌だが。

 

 そう考えると、複雑な思いを胸に1人で笑みを浮かべてしまう。

 

 とにかく、これで今日の分は完了だ。

 

 掃除用具をロッカーにしまうと、外に出た。

 

 ちょうど時を同じくして、隣の部屋からエストが出てくるのが見えた。

 

「お待たせしました」

「いや、僕も今終わったところだよ」

 

 相変わらず抑揚の欠いたエストの言葉に、キラは手を振りながら答える。

 

 この会話だけ聞くと、何やらデートの待ち合わせみたいだな。と、キラは場違いにも考え、再びエストに視線を戻した。

 

 その格好は、いつも着ているピンク色の軍服の上からエプロンを身につけ、頭には三角巾を巻いている。

 

 普段の彼女を知る立場からすれば苦笑を浮かべたい格好ではあるが、今のキラには彼女を笑う資格は無い。なぜなら、軍服の違いがあるだけで、キラも同じ格好をしているからである。

 

 そして、2人がたった今出てきた部屋は、それぞれ、紳士用と婦人用のトイレであった。

 

 話は数日前に遡る。

 

 誰もが予想しなかった、ラクス・クラインを巡る騒動がひと段落し、ザフト軍の追撃を振り切る事に成功したアークエンジェル。

 

 艦内は落ち着きを取り戻し、誰もが未曾有の危機を乗り切った事に一息入れ・・・・・・・・・・・・るかと思いきや、そうする事ができない面々がいた。

 

 現在、艦の首脳を臨時的に形成している3人、マリュー、ムウ、ナタルの3仕官がそうである。

 

 事態は収束し、ラクス嬢は無事にザフトに保護され、自分達も(先遣隊全滅の上ではあるが)無事に済んだ。これでめでたしめでたし、と行かないのが軍の複雑な所である。

 

 無断でのラクス・クライン解放。その主犯たる2人には、何らかの厳罰を科さないと、組織として成り立たない。

 

 テロリストであるキラは無論の事、軍属でありながら捕虜逃亡を幇助したエストにも、当然罰則が科せられるべきだった。

 

 とは言え、アークエンジェル最強の戦力である2人の事。未だザフトの勢力圏を抜けない状況下にあって、2人にあまり重い罰を課しすぎて、戦力の低下を来たしては元も子もない。さりとて、何のお咎め無とする事もできない。

 

 処分を決める3人としては、何とも落とし処に悩む懸案だった。

 

 2人の身体、及びメンタルに負担を与える事無く、且つ厳罰となり得る物。

 

 散々悩んだ挙句、キラとエストに与えられた罰則は「第8艦隊との合流までの期間、艦内全てのトイレ掃除」であった。

 

 そんな訳で、戦闘もないここ数日、キラ、エストの両エースは、仲良くトイレ掃除に勤しんでいたわけである。

 

「ねえ、一つ聞いていいかな?」

 

 廊下を歩く2人の周囲には、他には誰もいない。それを幸いと思ったわけではないのだが、キラは兼ねてから胸の内に秘めていた疑問を、この際口にしてみた。

 

「何でしょう?」

「何であの時、彼女の事を助けようとか思ったの?」

 

 その事が、ザフト軍を振り切ってからの数日、キラの中で蟠っていた。

 

 地球軍所属のエストからすれば、ラクスを逃がす事に関するメリットは完全無欠にゼロであるのに対し、デメリットは計り知れない。下手をすれば極刑すら覚悟しなければならない。現にこうして、極刑こそ免れたものの罰則を受ける身となっている。

 

 背後から銃を突き付けられたあの時、キラはエストと一戦交える事を覚悟した。だがそうはならず、エストは何を思ったのかキラに協力してラクスを逃がす道を選んだ。

 

 助かったと言えば助かったのだが、なにか釈然としない気持ちを抱え込んでしまったのは確かだった。あの時のエストの立場からすれば、逃亡幇助罪でキラを射殺した方が早かったはずだ。勿論、キラとしても無抵抗に殺されてやる気は無く、あの時点で片手の指程度には反撃の手段を構築していたのだが、結局、予想外のエストの行動によって無駄な努力に終わってしまった。

 

「・・・・・・別に。ただの気紛れです」

 

 ややあって返って来たエストの無機質な返答はしかし、キラの好奇心を満足させるには到底容量が足りていなかった。

 

「気紛れ、ね」

 

 幾分か、皮肉を混ぜたキラの言葉を無視して、エストは無言のまま歩き続ける。

 

 常に無機質な声で、正確精緻な言葉を紡ぐ少女の横顔は、相変わらず人形めいたように無表情を決め込んでいる。

 

 そんなエストの口から「気紛れ」などと言われても、納得の行くものではない。

 

 しかし、鉄壁のような意思で塗り固められたあどけない横顔は、それ以上の追求を拒否するかのように真っ直ぐと前に向けられたまま、振り返ろうとはしなかった。

 

 横の通路かに立ち尽くしている少女に目が留まったのは、そんな時だった。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 少女も、2人の存在に気付き声を上げる。

 

 フレイ・アルスターは、この場で2人を待っていたのだ。

 

 通路の反対側には、キラとエストが並んで立っている。エプロンに三角巾と言う、少々家庭じみた出で立ちのテロリストと特務部隊員と言う組み合わせの2人だが、こうして並んで立つと、何やら歳の近い兄妹を連想させられる。

 

 だが、脳裏の夢想を放り投げ、フレイはゆっくりした足取りで2人に近付いた。

 

 近付いてくるフレイを見て、キラとエストは早鐘のような鼓動に従い、無意識の内に身構えた。何しろ先日の戦闘では、彼女の父親を守ることができず、その事で罵声を浴びせられたのは記憶に新しく、かつ生々しい。

 

 そんな事があり、人間関係に対して殊更無頓着なエストはともかく、キラはここ数日、意図的にフレイと接触するのを避けていた。顔を合わせてもろくな事にならないのは、明々白々だったからである。

 

 だが、意外な事にフレイは歩み寄ると、自分から2人の手を取ってきた。

 

「キラ、エスト・・・・・・この間は、その、ごめんなさい」

「え?」

「?」

 

 当然、恨み言を言われるであろうと覚悟していた2人は、フレイの口から出た言葉に、思わず顔を見合わせた。

 

 そんな2人に、フレイは伏せ目勝ちに言葉を紡いでいく。

 

「あたし、パニックになっちゃって・・・・・・この間は、2人にひどい事を言っちゃった」

 

 僅かに挙げられたフレイの目には、涙が浮かんでいるのが見える。

 

「2人は、あたし達を守る為に戦ってくれた。それなに、あたし・・・・・・あたしにも判ってるの。あなた達が一生懸命戦ってくれてるって」

「フレイ、そんな・・・・・・良いんだよ、そんなの」

「結果が全てです」

 

 言葉に詰まるキラ。エストも、戸惑うようにそれだけ口にする。

 

 そんな2人を抱きしめながら、フレイは消え入りそうな声で呟いた。

 

「戦争ってイヤよね・・・・・・早く終わればいいのに」

 

 その通りだ。

 

 戦争など所詮、合法化された人殺しでしかない。そんな物を好むのは、よほどの狂人か、自殺志願者くらいだろう。幸か不幸かキラは、まだ自分はそこまで行ってはいないと思っている。

 

 だが、キラもエストも気付いてはいなかった。

 

 その台詞を口にした少女の瞳は、何かを貪るかのように貪欲な光を湛えている事に。

 

 

 

 

 

 救出したラクス・クラインを友軍に預ける為、一時的に後退したヴェサリウスに代わり、追撃戦の前線に立ったのはガモフであった。

 

 奪ったXナンバー、デュエル、バスター、ブリッツとそのパイロットを傘下に収めるローラシア級戦闘空母は、量的な面ではともかく、質的には本隊を上回っている。その事実があるからこそ部隊の、分けても一時的に指揮権を預けられたイザーク・ジュールの士気は高かった。

 

 そんな彼等が宇宙要塞アルテミス襲撃後、与えられた情報を元に捜査し、アークエンジェルを捕捉できたのは、先の戦闘から数日経った時の事だった。

 

 しかし、そこにはある微妙な問題を内包していた。

 

「戦闘開始から10分が限界、か」

 

 ライアは難しい顔を宙図に向けつつ、周囲の人間を見やる。

 

 イザーク・ジュールにディアッカ・エルスマン、そしてガモフ艦長のゼルマン。彼等、特にパイロットであるイザーク、ディアッカの両名は強気の表情を崩そうとしない。

 

「やっぱさ、これはまずいんじゃない? 月艦隊に捕捉されれば、いくらあたし達でも多勢に無勢よ」

「10分はあるって事だろ」

「臆病者は黙っているんだな」

 

 最近までロストしていたアークエンジェルを、ギリギリの地点とは言え捕捉する事に成功したとあって、両名は鼻息も荒く言い放つ。

 

 だが、イザークが発した嘲りの言葉に対し、ライアはムッとした顔を向ける。

 

 この中で最年少のライアだが、故にこそ自尊心は強い。「臆病者」呼ばわりされて黙っている事などできるはずもない。鋭い視線を、笑みを張り付かせたイザークの顔面に突き刺した。

 

「あたしはリスクとリターンを天秤に掛けただけ。それを理解しない阿呆と話す口は無いわね」

「・・・・・・何だと?」

 

 あからさまなライアの挑発に、イザークの声にも冷気が宿る。それに対峙するライアも、一歩も退かずに睨み返す

 

 イザークはこの中ではリーダー格として扱われているが、だからと言ってライアに遠慮する気は無い。場合によっては殴り飛ばす覚悟はある。

 

 そんな2人の間に、苦笑気味に割って入ったのはディアッカであった。

 

「奇襲の成否は、その実働時間で決まるわけじゃない。違うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、ライアも自分の熱が冷めていくのを感じる。同時に、ディアッカの言葉に対して計算を進める。

 

 確かに、奇襲する側にとって「時間」は味方にはなり得ない。時間が経てば経つほど、相手は体勢を立て直して来る為、奇襲した側が不利になるからである。故に、短時間に全力で強襲を掛ける事こそが、勝利への最短の道となり得る。

 

 しかし、ライアが懸念するのは、それでもなお、今回は時間が少ない事である。10分では、射程内に捕捉し、敵側の機動兵器を排除するまでに、控えめに見積もっても1分から2分は経過してしまうだろう。そこから更に、アークエンジェルの防御砲火を突破し、艦体に取り付くまでに時間が掛かる。加えて、月艦隊の補足までに撤収する時間を考慮すれば、アークエンジェルに直接攻撃を掛けていられる時間は、事実上1分を切る可能性すらある。果たしてそれまでに、アークエンジェルに致命傷を与え得るかどうか、ライアには疑問に思えた。

 

 だが有権者3人のうち、2人までが賛成しているとなると、ライア1人が反対したところで意味は無い。

 

 結局の所、多数決と言う古来から存在する厳然な決議方法によって、作戦は決行される事になった。

 

「ヴェサリウスはすぐに戻ってくる。それまでに何としても、俺達の手で『足付き』を沈めるぞ」

 

 結局の所、そこか。

 

 ライアは言った本人であるイザークを、溜息と共に軽く睨む。

 

 イザークとしては、ライバルであるアスランが一時的に戦線を離れている隙に、功績を上げておきたいのだろう。

 

 彼のこう言う性格は嫌いではない。だが、今回は勇み足ではないだろうか?

 

 漠然とした不安を、ライアは、結局出撃時まで払拭する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報が発せられたのは、キラが夕食の為に食堂に行こうと思い立ったときの事だった。

 

 あと少しで第8艦隊との合流地点と言う事もあり、艦内には楽観的な雰囲気が蔓延しつつある事は否めなかった。キラ自身、あと僅かということもあって、徐々にではあるが緊張の糸が緩みつつあるのは自覚していた。

 

 その矢先の攻撃には、誰もが虚を突かれた想いだった。

 

 とは言え、実際に敵が来ている以上、迎撃に出ない訳にはいかない。

 

 キラは食事を諦めると、上着を羽織って部屋の外へ飛び出す。

 

 だが、その時、偶然扉の前に居た女の事と激突してしまった。

 

 悲鳴を上げて倒れる女の子はまだ幼く、誰か避難民の子供である事が伺える。

 

「ごめんッ 大丈夫!?」

 

 慌てて助け起こそうとするキラ。

 

 だが、少女の後ろから駆けて来たフレイが、キラよりも先に女の子を助け起こした。

 

「ごめんね、このお兄ちゃん、急いでるから」

 

 フレイは微笑を浮かべ、女の子の髪を優しく撫でる。

 

「また戦争になるけど、このお兄ちゃん達が戦って守ってくれるからね」

「ほんとう?」

 

 涙目で問い掛ける女の子に、フレイは優しく頷いてキラに向き直った。

 

「うん。悪い奴らを、みんなやっつけてくれるから」

「・・・・・・」

 

 その言葉に、キラは僅かに無言のまま頷くと、踵を返して駆け去っていく。時間が無い以上、女の子の事はフレイに任せた方が良いだろう。

 

 その背中を見詰めるフレイ。

 

 だが、その顔を見た人間は、ゾッとするような感情に囚われる事だろう。

 

 見つめるフレイの瞳には、闇のように暗い光があり、口には不気味な笑みが浮かべられている。まるで闇の中にたたずみ、男の心を惑わす闇の女神であるかのようだ。

 

「そうよ・・・・・・みいんな、やっつけてもらわないと・・・・・・」

 

 絞り出された呟きが、不気味な音を響かせる。

 

 フレイはいつしか、無意識の内に、掴んだ女の子の手を強く握り締めていた。

 

 女の子が悲鳴を上げて駆けていく。

 

 それを、見送る事もせず、フレイはキラの背中をいつまでも見続けていた。

 

 

 

 

 

《APU起動、オンライン、カタパルト接続。ストライカーパックは、ソードを装備します!!》

 

 手馴れた物だ。

 

 シルフィードのコックピットに座したまま、キラは感心したようにミリアリアの声を聞いていた。

 

 ミリアリアだけではない。サイ達も皆、見る見るうちに艦の操作に慣れ、自分の役割を問題なくこなしている。今や彼等は、このアークエンジェルにとって、無くてはならない存在にまで成長していた。

 

 ストライクが発進した事が告げられ、次いでシルフィードの番が来る。

 

 いつも通り、バッテリーの補充量は7割での出撃。

 

 限られた時間に、通常よりも短いリミット。

 

 その制限された手札の中で、キラは勝負を掛けねばならない。

 

 だが、

 

「分の悪い戦いには、僕も慣れている」

 

 シルフィードをデッキに進めながら、キラは呟く。

 

 そう、限られた装備に、少ない味方。圧倒的不利な戦況。

 

 死は、物心着いた時から既に、キラと共にあり、キラと共に生活の一部としてあり続けてきた。

 

 故にキラは、どんな状況であっても生き残れると言う自信が身に着いていた。

 

カタパルトに灯が入る。

 

 眦を上げた。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード行きます!!」

 

 虚空に打ち出されると同時にスタビライザーを展開、同時に目が覚めるような蒼が、機体装甲を覆った。

 

 既にムウのメビウスゼロ、エストのソードストライクが発進し、直衛位置に着いている。

 

 接近してくるのは、デュエル、バスター、ブリッツの3機。しかし、その3機は密着してデルタを組むと言う、奇妙な陣形で向かって来る。

 

 いったいどう言う心算だろう?

 

 見慣れない陣形に、地球軍側は訝った。

 

 一同が、ザフトの出方を見守る。

 

 次の瞬間、3機は花弁が開くように一斉に散開、同時に、後方に待機していたガモフが主砲を一斉に発射、その太い閃光はキラ達の中央を突き抜け、アークエンジェルを直撃した。

 

 作戦を立案したイザークに抜かりは無い。制限時間が心許ない事を承知の上で、最も効率の高い戦法を選択したのだ。

 

 奇襲に続く先制攻撃で敵を撹乱し、その隙を突いて前線を突破。一気に敵中枢を叩く。正に、教科書通りの奇襲作戦である。

 

 ガモフの主砲攻撃によって、キラ達の陣形も乱される。

 

 その隙に、デュエルとブリッツがすり抜けた。

 

「クッ 行かせるか!!」

 

 機体を反転させようとするキラ達。

 

 だがそこへ、バスターが対装甲散弾砲を打ち込んできた。

 

「クッ!?」

 

 狙われたのはストライクとメビウスゼロである。

 

 2機は飛んでくる散弾ビームを辛うじて旋回して回避したものの、更に致命的な時間のロスを生んでしまった。

 

 その間に、デュエルとブリッツはアークエンジェルへと接近していく。

 

 アークエンジェルも慌てたように対空砲を打ち上げるが、2機はその弾幕をすり抜けながら接近していく。

 

 それに対し、最も早く反応する事に成功したのは、キラのシルフィードであった。

 

 キラはビームライフルを抜き放ち、先を行くデュエルとブリッツを追いかける。

 

 続いてストライクとゼロも反転しようとするが、それを牽制するような砲撃が飛んでくる。

 

「おっと、そう簡単には行かせないってね!!」

 

 対装甲散弾砲を構えたバスターが、2機に砲門を向けてくる。

 

 同時に肩部に備えられたミサイルポッドを解放、一斉発射を仕掛けてくる。

 

「舐めるな!!」

 

 対して、立ちはだかったムウのメビウスゼロは4基のガンバレルを展開、向かって来るミサイルを撃ち落していく。

 

 メビウス零が攻撃を行って、バスターの目を引き付けている隙に、エストはストライクを駆って前へ出る。

 

「間合いさえ詰めれば」

 

 背中から15・78メートル対艦刀「シュベルトゲベール」を抜き放ち、斬り込んでいく。

 

「クゥッ!?」

 

 一閃が、バスターを掠める。

 

 モビルスーツの全長よりも長大な刀を振るわれ、慌てたように、バスターを後退させるディアッカ。

 

 しかし、ディアッカも歴戦のザフト兵士である。やられっぱなしではいない。機体を後退させると同時に散弾砲を分解、両手に砲を構えて砲撃を繰り返し、大剣を構えるストライクを牽制しにかかる。

 

「素早い!?」

 

 一気に距離を離される高機動に、エストは反応しきれない。

 

 ディアッカは機体を後退させながら、間断無い砲撃によってストライクの接近を許さない。一定の距離を置いた戦闘では、接近戦用の武装を装備したストライクの不利は否めない。

 

「ッ!?」

 

 辛うじて安全圏に機体を逃しながら、切り込む隙を伺うエスト。

 

 その隙に、今度はムウが前に出た。

 

 4基のガンバレルを展開しての、オールレンジ包囲攻撃。これには、直線的な砲撃しかできないバスターも溜まらず、後退して安全圏に退避する。

 

 その間にも両者は砲撃を続け、瞬間的に激しい応酬が両者の間に交わされる。

 

「このッ ナチュラルなんかに!!」

「舐めんなよ!!」

 

 互いに機体を突撃させながら砲撃するムウとディアッカ。

 

 圧倒的な機体性能に、コーディネイターとしての身体能力を上乗せして圧倒するディアッカ。対するムウも長い実戦で培われた経験則をフルに活かして追随する。

 

 殆どガンマンの早撃ちに近い両者の攻撃。

 

 互角に近い両者の撃ち合いを、

 

 僅差で競り勝ったのはディアッカだった。

 

 バスターの放ったビームが、ゼロのガンバレルを1基吹き飛ばす。

 

 機体のバランスを崩しに掛かるムウ。しかし、すぐに補正を掛けて修正する。

 

「まだまだ!!」

 

 残る3基のガンバレルを再展開、更に機首のレールガンを放っていく。

 

 そこへ、好機と捉えたエストが斬り込みを掛けた。

 

「そこ!!」

 

 大上段から振り下ろされるシュベルトゲベール。

 

 間合いは広いとは言え、長大な刀身は動きを鈍らせる要因となる。ディアッカの反応速度を持ってすれば回避に難は無い。しかしそれでも、回避運動中は攻撃を中断せざるを得ない。

 

「大尉!!」

《おう!!》

 

 エストの声に導かれ、ムウは4門に減った砲を総動員して砲撃、ディアッカに立て直す機会を与えない。

 

 ムウとエストが急造した、遠距離攻撃と接近戦を組み合わせた見事な連携に、圧倒的な能力差を有するディアッカといえど、反撃の手を封じられて苦戦は免れない。

 

 3者の戦いは膠着したまま推移し、その間にアークエンジェルにより近い場所での戦闘が激化していた。

 

 

 

 

 

 背後から迫るシルフィードの攻撃をかわしながら、デュエルとブリッツはアークエンジェルへと急接近していく。

 

 作戦は成功。敵の陣形を乱し、その間に本丸を突くと言うイザークの作戦は功を奏し、今やアークエンジェルまでの道は完全に開かれていた。

 

「ライア、奴は俺が相手をする。お前は『足付き』をやれ!!」

《判った!!》

 

 対空砲を放つアークエンジェルに向けて、飛び去るブリッツを見送りながら、イザークはデュエルを反転させた。

 

 接近するシルフィードの前に、デュエルは立ちはだかる。

 

「ここは行かせんッ 貴様の相手は俺だ!!」

 

 デュエルもまたビームライフルを抜き放ち、シルフィードの前に立ちはだかる。

 

 高速で接近しながらの攻撃ゆえに、両者の照準は激しくブレる。

 

 急接近する2機の鉄騎。

 

 しかし、互いが放つ閃光は、目標を捕らえる事叶わない。

 

 すれ違う一瞬。

 

 殆ど近距離から放っているにも拘らず、互いの高機動ゆえにビームは虚しく目標を逸れる。

 

「「チィッ!?」」

 

 両者舌打ちと同時に後退、照準を修正と同時に発砲する。

 

 僅かに早く撃ったのは、イザークであった。

 

 デュエルのビームライフルが火を噴き、シルフィードへ向かう。

 

「クッ!?」

 

 対してキラは攻撃を諦め、シールドを掲げて防御した。

 

 そこへイザークが畳み掛ける。

 

 ザフトの軍人として長くモビルスーツに乗って戦って来たイザークは、いかにテロリストで実戦経験もあるとは言え、モビルスーツ操縦の経験が薄いキラに対して一日のリードがある。

 

 そのまま動きを封じ込めるように、イザークはわざと照準を散らしながらビームによる檻を形成し、その中にシルフィードを閉じ込めていく。

 

「これでも喰らえ!!」

 

 そして動きを止めたシルフィードに対し、ビームライフルに付随したグレネードランチャーを放った。

 

 その攻撃を、機動に制限を加えられていたキラはかわす事ができない。

 

 勿論、PS装甲がある以上、物理攻撃は通用しない。しかし、そんな事はイザークも承知の上だった。

 

 着弾と同時にグレネードが爆発。その衝撃により、シルフィードの機体は大きく傾いだ。

 

「ウワァァァッ!?」

 

 激しく吹き飛ばされるシルフィードのコックピットで、キラはどうにか機体のコントロールを取り戻そうと苦心する。

 

 その瞬間を、イザークは見逃さない。

 

「貰ったぞ!!」

 

 一気に急接近しながら、ビームサーベルを抜き放つデュエル。

 

 気付いたキラもビームサーベルを抜くが、とっさの事で受け太刀に回ってしまう。

 

 距離を詰めたデュエルの猛攻を前に、辛うじてシールドを掲げながら防御し、どうにか体勢を戻そうとするが、イザークはそれを許さず、ピッタリと張り付いたままシルフィードに鋭い斬撃を浴びせようとする。

 

それをあるいは避け、あるいはシールドで弾くキラ。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 デュエルはサーベルを突き立てるようにして振るう。

 

 光刃はシルフィードの胴を僅かに掠め、装甲を焦がす。

 

「クッ、このままでは!?」

 

 ムウとエストはバスターの相手に拘束され、キラ自身もデュエルに翻弄され、身動きが取れない。このままでは、先行したブリッツにより、アークエンジェルが危険に晒される事になりかねない。

 

 焦燥がキラの中で、徐々に募っていく。

 

 そして、最悪の事態は寸暇を置かずに現実となった。

 

《キラ、戻ってッ ブリッツに取り付かれたわ!!》

 

 通信機からミリアリアの悲鳴のような声が響く。

 

 この時、イーゲルシュテルンの弾幕を突破したブリッツが、防御砲火の内側に取り付き、ゼロ距離から、アークエンジェルの装甲に砲撃を加えていた。

 

 アークエンジェルはラミネート装甲と呼ばれる熱エネルギーを吸収、排熱する新型装甲を採用しているが、それでも処理が追いつかない攻撃を加えられた場合、装甲は破られる事になる。

 

「アークエンジェルが!?」

 

 この距離からでも、甲板に不自然な光が纏わり着いているのがわかる。

 

 既に装甲の一部が破壊され、被害は艦内部にまで及んでいる。

 

 事は一刻を争う。だと言うのに、支援に戻れる機体がいない。

 

 このままでは・・・・・・

 

 このままでは・・・・・・

 

 その瞬間、

 

 

 

 

 

何かが弾けた。

 

 

 

 

 

 すぐに、キラは気付いた。

 

 「アレ」が来たのだと。

 

 いつの頃からは判らないが、キラは自分に奇妙な癖がある事に気付いていた。

 

 それは「スイッチが入る」とでも表現すれば良いのか。

 

 何らかの極限状態に追い込まれた時、あらゆる感覚の探知範囲が広がり、まるで空間その物が自分の制御下に置かれたかのような錯覚を感じるのだ。

 

 それが今、この瞬間に来ていた。

 

 接近してくるデュエル。振るわれるサーベル。後方ではストライクとゼロ、そしてバスターが交戦中。その様子はほぼ1秒単位で把握する事ができる。

 

 そしてアークエンジェル。その後部デッキ付近に取り付いたブリッツが、砲撃を加えているのが見える。

 

 今なら、

 

 やれる!!

 

「アークエンジェルは・・・・・・」

 

 デュエルがサーベルを振るう。それはもう至近だ。

 

「やらせない!!」

 

 光刃が迫る。

 

 だが、

 

 デュエルの剣は虚しく空を切った。

 

「何ィッ!?」

 

 突然目標を見失い、イザークは焦ってセンサーに目を向ける。

 

 衝撃はその瞬間に来た。

 

 突然の振動。コックピット外壁のPS装甲が損傷している。

 

 僅か一瞬の内に背後に回りこんだシルフィード。その手にあるビームサーベルがデュエルの腹部装甲を切り裂いたのだ。

 

「馬鹿なァッ!?」

 

 突然の事で動きを止めるイザーク。その間にキラは間合いの外に離脱し、アークエンジェルへと向かう。

 

 イザークもすぐに後を追いながらライフルを放つが、放たれる閃光はその全てが空しく虚空に飲まれるのみで効果を成さない。

 

「馬鹿な!? なぜ、当たらん!?」

 

 まるで背中に目が着いているかのような的確且つ高速なシルフィードの機動に、イザークは愕然として見詰める。

 

 一方で、キラの意識は既にデュエルには無い。

 

 その目標へ向けてスラスターを全開にし、急接近する。

 

 その様子に、アークエンジェル攻撃中のライアも気付いた。

 

「シルフィード!?」

 

 間合いに入ると同時にビームサーベルを振るうキラ。

 

 とっさに攻撃中止を判断したライアは、一瞬早くその場を離れる。

 

 しかし、キラは追い討ちを掛けるようにして、ブリッツにシルフィードの膝を叩き込んだ。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 衝撃に揺さぶられ、ライアは悲鳴を上げる。

 

 その一撃でブリッツは大きくバランスを崩し、対空砲火の外側へと蹴りだされてしまった。

 

 その様子に、激高したイザークが撃ち上げてくるアークエンジェルの砲火も構わずに突撃し、剣の間合いに再度シルフィードを捉えた。

 

「貴様、よくも!!」

 

 振り翳されるサーベル。

 

 しかし、今度はキラの反応の方が速い。

 

 とっさに腿部のラックを開き、右手でアーマーシュナイダーを引き抜き損傷したデュエルの腹部に突き刺す。

 

 破れたPS装甲の隙間に突きこまれた刃は、内部に深刻な被害を及ぼし、それはコックピットにまで波及した。

 

「イザーク!!」

 

 体勢を立て直したライアは、バランスを失って流れていくデュエルに取り付き、曳航していく。

 

「イザークッ しっかりして!!」

 

 ライアの声に対して、イザークの返事は無い。

 

 ただ、呻くような声だけがマイクを通して聞こえてくる。

 

《イタイ・・・・・・イタイ、イタイイタイイタイィッ!!》

 

 この時イザークは、電路の急激なフィードバックによって破損したコックピットの内壁が顔を掠め、顔面を斜めに切り裂かれる重傷を負っていた。

 

 そんなイザークの様子にただならぬ物を感じたライアが撤退を決断するのに、数秒と掛からなかった。

 

 元々彼女は、今回の作戦にはあまり乗り気ではなかった。加えて既に、制限時間の10分は過ぎようとしている。グズグズしていれば、地球艦隊の攻撃圏内に捉われてしまう。

 

「ディアッカ、撤退するわよ!!」

 

 通信機に叩きつけるように叫ぶと、動けないデュエルを抱えて機体を後退させる。

 

 それを見ていたディアッカも、牽制の砲撃を放ちながらバスターを後退させる。

 

「チッ、何だってこんな事になったのさ!?」

 

 苛立ちを悪態に代えて吐き出すが、既にディアッカにも潮時だと言う事は理解できていた。

 

 だが、一方がそれで良くても、他方もそれで満足しているかと言えば、決してそうではなかった。

 

 ディアッカ達が退勢に入ったと見るや、動き出した影があった。

 

「ただでは返しませんよ」

 

 エストが駆るストライクである。

 

 ディアッカの死角から一気に間合いに入ると、シュベルトゲベールを翳して斬りこんだ。

 

「チィッ!?」

 

 その様子にディアッカも気付き迎え撃とうとするが、既に遅い。

 

 一瞬早く振り下ろされた大剣を前に、バスターの手に持った対装甲散弾砲は真っ二つに切り裂かれ爆発した。

 

「クソッ!?」

 

 武装の全てを失ったバスターは、最早戦力とはなりえない。

 

 これ以上の戦闘は無理と判断したディアッカは、スラスターを限界一杯まで吹かして離脱を図る。

 

 そのあまりのスピードには、さしものストライクも追いつく事叶わず、エストは遠ざかるバスターを見送る事しかできなかった。

 

 かくして戦いは、アークエンジェル側の勝利に終わり、仕掛けたザフト側には何ら実りの無い結果に終わったのだった。

 

 そして、戦いを終えたアークエンジェルに、彼方からゆっくりと接近してくる光がある。

 

 それこそが、智将デュエイン・ハルバートン准将に率いられた、地球連合軍第8軌道艦隊の雄姿に他ならなかった。

 

 アークエンジェルは、ようやくここまで来たのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-09「萌芽の刻」      終わり

 



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PHASE-10「低軌道会戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクスをプラントへ後送する算段が整ったため、アスランは彼女が宛がわれた部屋へと向かっていた。

 

 現在ヴェサリウスは、アークエンジェル追跡を打ち切った後、後続部隊との合流を急いでいた。

 

 勿論、ラウにアークエンジェルを見逃す心算は無い。既に偵察機を多数放ち、その動向を掴んでいる。仮にここで一時アークエンジェルを取り逃がしたとしても、地球へ逃げ込まれる前に捕捉する事は充分可能であった。

 

「入りますよ」

 

 アスランがそう言って、扉を開いた時だった。

 

「ハロハロ、アスラーン!!」

 

 陽気な声と共にピンク色のボールが飛んできた。

 

 危うく顔面にぶつかりそうになったそれを寸前でキャッチすると、主人である少女もまた、こちらに向かって来るのが見える。

 

「ハロがはしゃいでいますわ。久しぶりにあなたに会えて嬉しいのでしょう」

「ハロにそんな感情のような物はありませんよ」

 

 己の婚約者の、相変わらず少々ズレた様子に、苦笑すると同時に安堵の溜息が漏れた。どうやら、暫く会わなかったからと言って、彼女のありように変化があると言う事は無かったようだ。

 

 ハロをラクスの手に返しながら、少し躊躇いがちに彼女の顔を眺めて来る。

 

 そんな婚約者の不振な様子に、ラクスも小首を傾げる。

 

「何か?」

「あ、いやー、ご気分は如何ですか? 人質にされたり、色々とありましたから」

 

 不器用に尋ねるアスランに、ラクスは合点が行ったように、微笑を浮かべながら口を開いた。

 

「わたくしは元気ですわ。あちらの船でも、皆さん良くしてくださいましたし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アスランは相手に判らない程度に一瞬、己の身を震わせた。

 

 ラクスに良くしてくれた「皆さん」の中には、きっと彼もいるのだろう。

 

 キラ・ヒビキ

 

 かつて運命を知らぬまま、同じ時の中で過ごした親友。そして今は、敵と味方に別れてしまった遠き存在。

 

『悪いけど、僕はザフトには行けない』

『さようならアスラン。今度会った時は容赦しない、僕が君を撃つ』

 

 考えれば考えるほど判らない。

 

 一体キラは、何を考え、そしてなぜあのような事を言ったのか。そもそも、コーディネイターであるキラが、なぜ地球軍にいるのか。考えれば考える程に、アスランには理解できなかった。

 

 軍人である以上、互いに戦場で出会った時には、戦わねばならない。だが、いざと言うときにキラに対して引き鉄を引く踏ん切りが、アスランにはまだできていない。

 

「辛そうなお顔ばかりですのね。このごろのあなたは」

「ニコニコ笑って、戦争はできませんよ」

 

 心配そうに尋ねて来るラクスに対しても、素っ気なくそう答える事しかできない。

 

 そうしている内に、2人の足は連絡艇の待つ格納庫に着く。そこには既に、クルーゼ以下ヴェサリウスのクルー達が見送りの為に集まっていた。

 

「クルーゼ隊長にも、お世話になりました」

 

 先日はラクスの機転によって、策を一つ潰された身である。腹の虫が良かろう筈もないが、それでもラウは仮面の下に笑みを見せた。

 

「お身柄はラコーニが責任を持ってお届けいたします」

「ヴェサリウスは、追悼式典には戻られますの?」

「さあ、それは判りかねますが」

 

 ラウの言葉にラクスは短く、そうですか、と返して更に口を開いた。

 

「戦果も重要でしょうが、犠牲になる者の事も、どうかお忘れなきように」

「肝に銘じておきましょう」

 

 歴戦の隊長たるラウを相手に、ラクスは一歩も退かぬまま対峙している。

 

 そんなラクスの様子に、アスランは戸惑いを隠せなかった。人質受け渡しのときもそうだったが、この少女は普段の天然的な性格の底に、何か強固な意志のような物を持っている気がした。

 

「何と戦わねばならないのか。戦争は難しいですわね」

 

 そう言うとラクスは、もう一度アスランに向き直った。

 

「それでは、またお会いしましょうね」

 

 それだけ告げると、ラクスは機上の人となった。

 

 

 

 

 

「『またお会いしましょうね、アスラン』ってか?」

 

 廊下を歩いていると聞こえてきた揶揄するような声に、アスランは顔を顰めつつ振り返る。

 

 壁に寄りかかったままクライブは、アスランに薄笑いを見せている。

 

「いや~良いね~、若いってのはよ。どんな事をしても許されると思ってやがる。作戦を妨害しようが。自分を救う為に、何人犠牲になろうが」

「・・・・・・どういう意味ですか?」

 

 ラクスの処遇を決める一件以来、アスランはクライブに対していい感情は持っていない。自然、対応する口調にも棘ができる。

 

「判らねえか? お前の婚約者である所の馬鹿女さえいなければ、俺達はあそこで足付きを撃沈して晴れて凱旋と相成っていたって訳さ。だが、あの女のせいで最大のチャンスを逸した。そしてやらでもがなの追撃戦だ」

 

 そう言うと、クライブはグッとアスランに顔を近づけた。

 

「さて問題です。これから起きる戦いで、何人の人間が死ぬ事になるでしょう、か?」

「ッ!?」

 

 その言葉に、アスランは言葉を詰まらせる。

 

 先の戦いでクルーゼ隊は、終始ラクスの存在に翻弄され続けた。確かに、彼女さえいなければ、アークエンジェルを撃沈する事は容易かったはずだ。

 

 だが作戦は失敗し、ヴェサリウスはなおもアークエンジェル追撃を続行している。そして、ラウの決断しだいでは、再び戦いになるだろう。

 

 だがアークエンジェルは今、地球軍第8軌道艦隊と合流している。戦うと言っても今度は、今までのように簡単にはいかないだろう。ザフト側にも犠牲も多く出る事が予想できる。

 

 本来ならば、必要無い筈の犠牲である。クライブの主張は、言い方こそ鼻に付くが正論には違いなかった。

 

「しかし、彼女はッ」

「邪魔者だったんだよ、あの女は。存在自体が迷惑そのものだな」

 

 そう言うと、挑発するようにアスランの頬を軽く叩く。

 

「お前も婚約者なら、首輪でも付けて鎖に繋いでおけよ。何なら、物理的にな」

 

 それだけ言うと、クライブは笑みを浮かべたまま歩き去っていく。

 

 アスランはその背中を、顔を顰めながら見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 胸に付く苛立ちを僅かに払い、クライブはアスランの非難する視線を無視して歩き去る。

 

 実際、クライブにとってはラクスの存在は鬱陶しい限りであった。戦場に博愛主義を持ち出す輩など、クライブに言わせれば唾棄すべき存在でしかない。そんな物は、どこか自分のいない場所でやれと言いたい。

 

 そんな博愛主義の塊のような女に、作戦を妨害され大魚を逸してしまった事で、腸が煮えくり返りそうだった。叶うならば今すぐ、ラクスを乗艦ごと粉微塵にしてやりたいくらいであった。

 

 腹立たしい事と言えば、もうひとつある。あのシルフィードとか言う地球軍のもビルスーツの事だった。

 

 後一手で詰む所まで駒を進めたというのに、その肝心の一手をあいつに阻止されてしまった。

 

 ラクスと言い、シルフィードのパイロットと言い、可能なら存在その物を抹消してやりたいくらいである。

 

 だが、ふと、思い立って、足を止めた。

 

 思い出されるのは、あの時、不意を突かれて対峙したシルフィードから聞こえてきた声。

 

『僕がそれを予想していなかったと思うか!?』

 

 若々しく張りのある、恐らくはまだ少年と思われる人間の声。

 

 だが、その声にクライブは、妙な違和感を感じずに入られなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかな」

 

 考えても答は出ない。

 

 しこりが残る感覚は拭えないが、それの正体が何なのか、結局クライブには判らず仕舞いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒や青などの色をした軍艦の中にあって、白い装甲はそれだけで映えてみせる。

 

 地球連合軍、第8軌道艦隊。

 

 智将と名高いデュエイン・ハルバートン准将指揮の下、開戦以来、優勢なザフト軍を相手に一歩も退かず善戦を続けており、連合宇宙軍最強部隊として名高い。

 

 その第8艦隊旗艦であるアガメムノン級戦艦メネラオスの横に、アークエンジェルは静止していた。

 

 ハルバートンはXナンバー開発計画の推進者でもある。その自分の成果を、間近で見たいとの欲求もあったのだろうし、人格者で知られる当人の事、死線を潜り抜けて来た部下達を労う意味もあったのだろう。その証拠に、アークエンジェルの停止を確認すると、すぐさま連絡艇で乗り込んできた。

 

 出迎えるマリューを初めクルー達と言葉を交わし、その労を労い、更にサイを初め、乗り合わせたヘリオポリスの学生達に、彼等の家族の無事を伝えていた。

 

 だが、その中に、最大の功労者とも言うべき少年の姿は無かった。

 

 その頃キラは、私室を出て居住区の方を適当に歩いていた。

 

 収容されている避難民達は皆、離艦する為に荷物を纏め始めている。

 

 ヘリオポリスはオーブ所有のコロニーだっただけあって、避難民のほぼ全員がオーブ国民である。彼等はこの後、旗艦メネラオスに移り、そこからシャトルに移乗して地上に下ろされる事になっていた。

 

 長かった逃亡生活もこれで終わり、ようやく彼らにも平穏な日々が戻ってくるのだ。

 

 これで良い。

 

 キラは口に出さずに呟く。

 

 少なくとも自分がやってきた事は、無駄ではなかったようだ。それを実感できただけでも、罪の重さで朽ち掛けたこの命にも価値があったと思える。

 

 皆、一様に明るい表情をしている。彼等の未来には、きっと希望が待っている事だろう。

 

 もう未来が無い自分なんかと違って。

 

 そこまで考えて、居住区を出ようとした時、ふと、足を止めた。

 

 フレイがいる。

 

 それは良いのだが、気になったのは、彼女が誰かと一緒にいると言う事だった。

 

 身形の良いスーツを着た男性だと言う事は、この位置からでも判った。だがキラは、その男性に見覚えがなかった。

 

 ヘリオポリスの難民ではない。かと言って、第8艦隊の軍人にも見えない。

 

 だが、離れているキラからも、フレイの顔が綻んでいるのが見て取れた。と言う事は、彼女の知り合いなのだろう。

 

 他人の会話にそれ以上踏み込む事は躊躇われる為、そのまま立ち去ろうとしたその時、弱い力で袖を引かれるのを感じて、ふと振り返った。

 

 そこには、先日の出撃の時にぶつかってしまった少女が、キラに笑顔を向けている。

 

 彼女もここで船を降りるようで、身支度を整えていた。

 

 キラは腰を落とし、少女と同じ視線の高さに合わせる。

 

「何、かな?」

「はい、これ」

 

 そう言って差し出されたのは、紙で折られた小さな花だった。

 

「これ、は?」

 

 受け取ると、少女はニコッと笑みを見せる。

 

「まもってくれてありがとう」

 

 どこかまだ舌足らずな口調でそう言うと、待っている母親のほうに向かって走って行った。

 

 キラは無言のまま、渡された花を見詰める。

 

 所々、歪になっているその花は、お世辞にも出来が良いとは言えない。しかしそれでも、あの女の子はキラに渡そうと、一生懸命折ったのだろう。その気持ちが伝わってくるようだった。

 

 何やら暖かいようなくすぐったいような、そんな気持ちになり、フッと笑みを浮かべた。

 

 と、

 

「何をニヤニヤしているのですか、あなたは?」

 

 全く空気を読もうとしない一言が背後から発せられ、キラは溜息をついた。

 

 振り返るとそこには、相変わらず無表情を張り付かせたエストが立っていた。どうやら、ハルバートン准将の出迎えは終わったらしい。

 

「なぜ、来なかったのですか?」

「え、何が?」

 

 折り花を胸ポケットに入れながら、キラはエストに問い返す。彼女の質問の意図は何となく察していたが、一応すっとぼけてみる。

 

 勿論、そんな事でエストが諦める事は無かったが。

 

「ハルバートン准将の出迎えです。クルー、及びそれに順ずる者の中で、来なかったのはあなただけです」

「いや、それは・・・・・・」

 

 予想通りの質問に、苦笑を浮かべる。

 

「僕があの場にいてはまずいでしょ」

「クルー全員の集合が掛けられていましたが?」

「テロリストの僕も?」

 

 相手は地球連合軍実戦部隊の重責。言わばキラとは対極の位置にあり仇敵どうし。そんな人間と顔を合わせるのは遠慮したかった。

 

「准将の方は、あなたに会いたがっていましたが?」

「それはまた、物好きだね」

 

 こちらは会う気は無いが、と心の中で付け加えた。

 

「あと、サイ・アーガイル、トール・ケーニッヒ、カズイ・バスカーク、ミリアリア・ハウ、リリア・クラウディスの5名には除隊許可証が発行されました。これにより彼等は軍へ協力した事を不問に付され、避難民と一緒に退艦する事ができます」

「・・・・・・そっか、良かった」

 

 エストの報告を聞き、キラは胸の痞えが取れた気がした。自分にとっての最大の懸案事項は、彼等5人の身の安全の確保にあった。それが成された以上、自分の役目は終わったと言って良い。

 

 だが、同時にそれは、キラ自身の運命も旦夕に迫っている事を表わしていた。

 

「それで、今後の僕の処遇はどうなるわけ?」

 

 ここまでキラはパイロットとして戦う事を条件に、艦内ではある程度の自由を許されてきた。しかしアークエンジェルが地球に降下し、司令部であるアラスカに行く以上、最早パイロットとしてのキラは必要なくなる事になる。よって、こうして自由に行動する権利も、同時に無くなるだろう。

 

 そしてその後は、再び拘束されて収監されるであろう事は目に見えていた。

 

「あなたの事はアラスカ本部到着後、当局に引き渡すことになっています。その後、軍事法廷で裁判に掛けられる事になります」

 

 そしてその後は、処刑台に送られる、か。相変わらず言い難い事を淡々と言う娘である。

 

 エストの言葉を自嘲気味に引き継ぎ、キラは苦笑を浮かべた。

 

 まあ、ここまで来たんだ。見苦しい真似はせず運命に従うだけだ。

 

「・・・・・・ひとつ、聞きたい事があります」

「何?」

 

 振り返るキラに、エストは少し思案するようにしてから口を開いた。

 

「あなたはなぜ、あの時行かなかったのですか?」

「あの時って?」

「ラクス・クラインをザフトに返還した時です。あの時あなたは、逃げようと思えば逃げれたはずです。なぜ?」

「それを君が言う? 僕の首に鎖を付けて放ったのは君だったと思うけど」

 

 そう言って、首に付けられた爆薬入りの首輪を指で弄んで見せる。

 

 揶揄するようなキラの返事に、エストは気付かれない程度に目を細めた。

 

 はぐらかした心算のようだが、エストには判っている。あの時キラは、逃げようと思えば逃げれたはずだ。確かに自爆装置の起動装置はエストが握っていたが、それでも一時的にキラがフリーハンドを得ていたのは事実である。それで実行しなかったと言う事は、キラには初めから逃亡する意思は無かったとしか思えない。

 

 尚も言い募ろうとしたエストを、キラは手を上げて制する。

 

「この前も言ったかもしれないけど、僕はザフトには行かないよ。行けない理由があるんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エストはそれ以上、言葉を続ける気が削がれた。

 

 最後に付け加えられた一言が、何となく今のキラの本質を言い表しているような気がしたのだ。

 

 だが、キラはそれ以上の事は告げる事無く、エストに背を向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 第8艦隊の護衛の下、ゆっくりと降下コースへと向かうアークエンジェルを見ながら、ラウは次に打つべき一手を模索していた。

 

「月本部に行くと思っていたが、奴ら『足付き』をそのまま地球に下ろす心算のようだ」

「目標は、アラスカでしょうか?」

 

 現状、後続してきた戦艦ツィーグラーと合流、更に先行していたガモフとも合流し戦力はヘリオポリス強襲時よりも充実している。

 

 しかしそれでも、1個艦隊を相手にするとなると、戦力比は微妙な所であった。

 

 加えて、報告にあったイザークの負傷が痛かった。

 

 彼の愛機であるデュエルは、Xナンバーの中で最も武装が貧弱である。それ故、本国は優先的に追加武装を開発し、それを搬入したばかりである。だと言うのに、肝心のイザークが負傷していては話にならない。

 

「何とか、こちらの庭にいるうちに片を付けたかったのだが」

 

 クルーゼは思い悩むように、声を低くして呟く。

 

 艦隊戦力は10倍、機動兵器も5倍以上の戦力差を付けられている。勿論、質の面ではクルーゼ隊の方が圧倒的に優位であるが、しかし、やはり数は脅威であると言える。

 

 彼我戦力を計る天秤は、微妙な位置のバランスで静止している。

 

「ツィーグラーにジンが6機、こちらはイージスとシグーが1機、ジン4機が出れます。ガモフからもブリッツとバスターが出れるでしょうから」

 

 戦力を天秤に掛ける。

 

 ここが、仕掛ける最後のチャンスだ。賭けるだけの価値はある。

 

「・・・・・・智将ハルバートン、ここらで退場願おうか」

 

 ラウの口が不敵な笑みを刻んだ。

 

 

 

 

 

 なぜ、ここに足が向いてしまったのかは判らないが、気が付けばキラは、こいつの前に立っていた。

 

 この逃亡生活の中で、最早自分の体の一部と化して機体の前へ。

 

 鉄灰色の装甲で佇むシルフィードは、無言のまま眠ったような瞳をキラに向けている。

 

 本来であるならキラは、格納庫へ1人で出入りする事を許されてはいない。しかし今は人の目も無く、咎める者はいない。

 

 キラとシルフィード。互いに無言のまま瞳を交し合う。

 

 現状、間違い無く地球軍最強の戦力。しかし、キラとシルフィード、どちらかが欠けても、その関係は成立しない。この組み合わせがあったからこそ、アークエンジェルはここまで来る事ができたと言える。

 

 これは、キラにとって最も厳しい目を向け続けているナタルですら、認めざるを得ない事実である。

 

 やがて地球軍は、シルフィードやストライク、そしてアークエンジェルの実戦によって培われたデータを元に新型機を開発し、ザフトを圧倒し始めるだろう。それは、ほぼ確定した未来として、キラは脳裏に思い浮かべる事ができた。

 

 今の地球軍に足りない物は、質だけである。ならば逆に、その質さえ補ってしまえば、精鋭であっても少数でしかないザフト軍は無力に等しい。

 

 だが、まあ、そんな事はキラにはどうでも良いのかもしれない。その頃にはキラは、処刑台の露と消えているだろうから。

 

 自嘲気味に笑った時だった。

 

「降りるとなると、名残惜しいかね?」

 

 背後から声を掛けられ振り返ると、そこには地球軍の軍服に身を包んだ、見慣れぬ男性が立っている。

 

 落ち着いた雰囲気を持つその男性は、軍人と言うよりも、英国貴族のような高貴な雰囲気を持っている。

 

 胸に着けた階級章から、将官である事が伺える。となると、今この宙域に、該当する人物は1人しかいなかった。

 

「ハルバートン、准将?」

「そう言う君は、キラ・ヒビキ君だね。ラミアス大尉から報告を受けているよ」

 

 そう言うとハルバートンは、優しく微笑みながらキラの横に立った。

 

 そのままキラと同じように、シルフィードを見上げた。

 

「ザフトのモビルスーツにせめて対抗しようと計画を推し進めたが、君たちが扱うと、とんでもない怪物になってしまうな、こいつも」

 

 そう言って苦笑する。

 

 Xナンバー開発、正式名称「G開発計画」の発案推進者であるハルバートンからすれば、開発した機体の半分以上を敵に奪われたこの状況は、臍を噛みたくなる物だろう。だからこそ、僅か2機とは言え、アークエンジェルが機体を持ち帰ってくれた事を素直に喜んでいるように見えた。

 

「・・・・・・報告を受けた、と言う事は、僕の正体は?」

 

 気になっていた事を、キラは尋ねてみた。

 

 正直な話、今すぐにでも会話を打ち切ってこの場から立ち去りたかった。だが、相手の穏やかな雰囲気に飲み込まれ、何となく立ち去りがたい空気に侵されていた。

 

 ややあって、ハルバートンの方から口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・君自身は、どうなのかね?」

「どうって・・・・・・」

 

 問い返そうとするキラを、ハルバートンは真っ直ぐに見詰めた。

 

 同年代の少年よりもやや華奢で幼いな印象のキラに対して、若い頃から軍で鍛えているハルバートンは、見下ろすような形になる。

 

「実際、この艦で長く生活してみて、どう思ったのかね?」

「それは・・・・・・」

 

 キラの手は知らずの内に、ポケットに添えられる。そこには、先程女の子から貰った折花が入っている。

 

 キラがここに来るまで戦って来た理由は、全て勝つためであり、仲間を守るためでもあった。そして、それ以外の事を顧みた事は無かったし、その余裕も無かった。

 

 それは現在に限らず、過去に渡り歩いた戦場に置いても同様だった。

 

 元々、キラが所属していたテロ組織レッド・クロウとは、ブルーコスモスを始めとするナチュラル組織の過激なコーディネイター排斥運動に対し、同胞保護を目的として発足した組織である。しかし、徐々に抗争が激化する中にあって、ついには反動的なテロリズムにまで及ぶに至り、ついには両勢力が武装しての血みどろの戦いにまで発展するに至った。

 

 そんな中でキラは常に仲間を守り、味方の勝利に貢献する為に戦い続けて来た。

 

 しかしこの艦に乗って、初めてそれ以外の何か、力の無い者を守る為に戦った事になる。

 

 その証が、この不器用に折られた紙の花だった。

 

 答えられずに返答に窮しているキラに、ハルバートンは教え導く教師のように、更に口を開いた。

 

「生き方を変えれば、見方も変わる。変えるのは君自身であり、きっかけはほんの少しの勇気である、と私は思うがね」

「勇気?」

「そう、勇気だ。今までの自分を捨てるのは、誰だって怖いし、大抵は必要にすら思わないだろう。だがもし、今の君が変わりたいと願っているのなら、勇気を出して欲しいと私は思っている」

「それで、過去が消えるとは思えませんが。それが憎しみ合った結果の過去なら尚更の事なんじゃ」

「その通り、悲しいが、それが人間だ」

 

 そう言ってから、ハルバートンはそっとキラの肩に手を置く。

 

 厚い皮膚の下から伝わる、仄かな温もり。それが、この初老の提督の人柄を表わしている気がした。

 

「しかし、君のような若い者には、そんな過去や憎しみを乗り越えた先にあるものを見つけて欲しいと思うのだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ま、こんな物は老人の戯言なのかもしれないがね」

 

 まさか地球軍の提督からそのような事を言われるとは、思っても見なかったキラは、そのまま絶句してしまう。

 

 ちょうどその時、キャットウォークを連合軍の兵士が走ってくるのが見えた。

 

 その表情はどこか硬く、一目で、何か異常事態があったと察する事ができた。

 

「提督、至急メネラオスにお戻りください」

「うむ、判った」

 

 頷いてから、最後にもう一度キラに向き直った。

 

「ではな。私の言った事を戯言と思ってくれても構わない。だが、少しでも君の興味に触れたのなら、考えてみてくれ」

 

 それだけ言うと、ハルバートンは兵士を連れて去っていく。

 

 後には、立ち尽すキラだけが、その場に残されていた。

 

 

 

 

 

「奴等め、やはり来たか」

 

 メネラオスの艦橋に入ると、開口一番、ハルバートンは副官のホフマン大佐に尋ねた。

 

「はい、戦艦3隻を中心に、まっすぐこちらに向かってきます」

「このまま行かせてくれるかと思ったが、さすがはラウ・ル・クルーゼ。噂通りのしつこさだ」

 

 アークエンジェル合流前から、ハルバートンはザフト艦隊の接近に気付いており、監視の網を掛けていた。しかし既に、大気圏も間近に迫っている事もあり、仕掛けてくることは無いと考えていたのだが。

 

「それだけ、アークエンジェルを逃がしたくないと言う事か」

「迷惑な話です」

 

 フンッと鼻を鳴らすホフマンを一瞥しつつ、智将はその頭脳を鋭く回転させる。

 

 ホフマンの言う通りであったとしても、向かって来る以上は迎え撃たねばならない。

 

 問題なのは時間である。アークエンジェルの降下予定地点まで時間を稼ぐ事ができれば戦略的には第8艦隊の勝利であるし、そうなれば目標を失ったザフト軍が撤退する事も期待できる。敵もわざわざ、大気圏に落下する危険を冒してまで追っては来るまい。

 

 全ては時間との勝負であると言える。

 

 既にアークエンジェルが運んで来た避難民は、メネラオスに収容完了している。後顧の憂いは無かった。

 

 決断と共に、ハルバートンは司令官席から立ち上がった。

 

「全艦、第一戦闘配備。密集隊形を取りつつザフト軍を迎え撃つ。火力を集中して奴等を近づけるな。モビルアーマー隊は直ちに発進!!」

 

 ハルバートンの指示に従い、第8艦隊が動き出す。

 

 高機動重武装のモビルスーツを相手に、戦艦は鈍足な的でしかない。ならば、唯一勝る火力で圧倒するしかない。回避運動を無視して艦と艦の間隔をあえて狭め、濃密な対空砲火を形成する事で、敵機の接近を防ぐのだ。

 

 同時に各艦に搭載されたメビウスが発進し、艦隊の前面に展開していく。

 

「アークエンジェルは、如何致しますか?」

「本艦の後方に着かせろ。このまま降下完了まで守り通す」

 

 その返事に、ホフマンはやや不満げな顔を返した。彼としてはアークエンジェルの戦力も戦線に投入し、被害の極限を図りたいのだろう。

 

 しかし敵の狙いがアークエンジェルとシルフィード、ストライクである以上、今ここで彼等を失う危険性を冒す事はできない。戦術的勝利に拘って大局を見失う愚は犯せなかった。

 

 数の上では第8艦隊が圧倒的に優位。しかし、キルレシオを考えれば決して楽観できる状況ではない。

 

「限界ポイントまでの数10分。果たして耐えられるか」

 

 悲壮な覚悟の元、ハルバートンは眦を上げた。

 

 

 

 

 

 ハルバートンが交戦意思を固め、迎撃準備を始めた頃、クルーゼ隊も決戦に向けて動き始めていた。

 

 艦隊火力を集中した総力戦で挑む第8艦隊に対し、クルーゼ隊の戦法は至ってシンプルに、これまで通りモビルスーツを繰り出しての機動戦となる。

 

 ただ今回の戦場は、大気圏間近の低軌道と言うかなり特殊な場所での戦いになる為、モビルスーツの特性である、縦横な機動力を発揮できない環境にある。かなり慎重な戦力運用が必要となる状況だった。

 

 次々と発進していく遼機を見ながら、クライブも愛機であるシグーを立ち上げていく。

 

 気になるのはやはり、あのシルフィードのパイロットだ。あいつが何なのか、どうにも気になって仕方が無い。

 

「うまく出会えれば良いんだがな、ま、出てこないなら、炙り出すまでだけどな」

 

 1機ずつ、あるいは1隻ずつ地球軍の戦力を嬲り殺しにしていけば、奴等も切り札を出さざるを得なくなる。そうなればチャンスは幾らでもあるはずだ。幸いにして1個艦隊が相手ともなると的には困らない。

 

「さて、」

 

 リニアカタパルトに灯が入る。

 

 目の前には地球。吸い込まれるような蒼が広がる。

 

「クライブ・ラオス、出るぞ!!」

 

 一気に加わる加速感と共に、シグーはヴェサリウスを飛び出した。

 

「さあ、お遊戯タイムだぜナチュラル!!」

 

 野獣は舌なめずりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツの性能で押すザフト軍と、物量と総合火力で応戦する第8艦隊。

 

 そのベクトルの違う戦力の均衡を利用して時間を稼ぐと言うのが、ハルバートンの、ひいては第8艦隊の狙いである。

 

 だが、その均衡が崩れたのは、戦闘開始後僅か数分の事であった。

 

 陣形を緊密に組んだ艦隊の火力がモビルスーツにとっても脅威なのは、ラウにも判っている。だからこそ、ラウはXナンバー4機を先鋒としてぶつけ、第8艦隊の陣形外郭に穴を開ける作戦に出た。

 

 従来のモビルスーツの常識を覆すほどの能力を有するXナンバー。これらを前にしては、さしもの歴戦の第8艦隊と言えど、抗しきれるものではない。

 

 こうして開いてしまった陣形の穴は、すぐには塞ぐ事ができない。そして、その穴目掛けて、ラウは全戦力を叩きつけた。

 

 中でも目覚しい活躍を見せているのが、デュエルの存在である。

 

 デュエルは、先にシルフィードから受けた損傷は既に修復し、追加武装であるアサルトシュラウドを装備しての出撃だった。

 

 だが、機体が強化されても、パイロットはそうは行かない。機材の破片によって、顔面を斜めに切り裂かれる重傷を負ったイザークは、傷口こそ塞がった物の、未だ安静が必要な身である。

 

 それを押しての出撃は、自分に屈辱の傷を追わせた相手への復讐の念故であった。

 

 群がるメビウスを蹴散らしながら、デュエルは瞬く間に第8艦隊の前衛部隊に取り付いた。

 

「邪魔だ、落ちろ!!」

 

 アサルトシュラウドはデュエルの機体を取り巻く追加装甲であり、左右の両肩にはそれぞれ115ミリレールガン「シヴァ」と、5連装ミサイル発射管が取り付けられている。更に重くなった機体重量を補う為の追加スラスターも充実し、機動性の向上も図られている。

 

 イザークはシヴァとビームライフルを構えると、目標をドレイク級護衛艦に定めて砲火を開く。

 

 当然、ドレイク級からも対空砲が打ち上げられるが、機動性を強化されたデュエルにはかすりもしない。やがて、ビームと砲弾によって装甲を食い破られた護衛艦は内部から破裂するように爆発し火球へと変じた。

 

 時をほぼ同じくして、イージスに狙われた護衛艦はスキュラの強力な火線によって主砲を吹き飛ばされ、それがフィードバックして搭載弾薬が誘爆、戦闘不能となり隊列を離れる。

 

 ブリッツはミラージュコロイドによって戦線を密かに突破、前衛部隊旗艦に取り付くと、グレイプニールを射出して艦橋を破壊、首脳陣を抹殺された旗艦は漂流するように隊列を離れる。

 

 バスターは両手のライフルを連結、超高インパルス長射程ライフルを構えて発射する。目標にされた護衛艦は、一撃で装甲を貫かれて轟沈した。

 

「セレウコス被弾、戦闘不能!!」

「カサンドロス、沈黙!!」

「アンティゴノス、音信途絶!!」

「プトレマイオス、撃沈!!」

 

 その報告に、ハルバートンは苦しげに唸った。

 

「戦闘開始、僅か6分で4隻もか・・・・・・」

 

 推進者の自分が言うのも何だが、恐ろしい性能である。返す返すも奪われたのが口惜しい。

 

 旗艦を脱落させられた事で、前衛部隊は混乱状態に陥っている。

 

 その間にラウはヴェサリウス、ツィーグラー、ガモフを前進させて主砲の射撃準備を整えた。

 

 狙われたのはアンティゴノスとカサンドロス。先程、イージスとブリッツの攻撃によって戦闘不能になり、戦列から離脱中の艦である。

 

 ヴェサリウスとガモフの主砲が火を噴き、2隻を撃沈する。

 

 その様子に、ハルバートンはシートのアームを握り締めて呻く。

 

「離脱中の艦を撃つとは・・・・・・おのれ、クルーゼ・・・・・・」

 

 クルーゼのやり方は軍人として、否、人として唾棄すべき行為である。

 

 対してラウは、仮面の下に薄く笑みを浮かべて満足げに頷いた。

 

「アスランとライアは甘い。人を残せば、そいつはまた武器を手に来るぞ」

 

 第8艦隊の前衛部隊は既に壊滅状態に陥り、事態は掃討戦に移っている。

 

 だが、旗艦メネラオスを中心とした本隊には、未だ動きは無かった。その様子に、ラウは僅かに顔を顰める。

 

「ハルバートンは、どうあってもアレを地球に下ろす気のようだ。大事に仕舞いこんで何もさせぬとは」

「こちらはお陰で楽ですな。ストライクもシルフィードも出て来ないとなりますと」

 

 アデスの言葉を聞きながら、ラウは口の端を吊り上げた。

 

「戦艦とモビルアーマーだけではもはや我等に勝てぬと知っている。良将と言うべきだ。アレを造らせたのも彼だと言うし」

 

 仮面の下の瞳が、残酷に光った。

 

「ならばせめて、この戦闘で自説を証明して差し上げようではないか」

 

 

 

 

 

 ハルバートンの当初の作戦通り、アークエンジェルはメネラオス後方に位置したまま、戦闘には全く加入していない。

 

 それでも万が一に備え、大気圏突入準備に並行して、戦闘準備も整え、パイロット達も各々の搭乗機にて待機していた。

 

 キラの扱いに関しては、マリュー達も微妙に持て余し気味であったが、今回に限ってはなぜか本人の強い希望もあり、これまでと同様に出撃準備をしたまま待機してもらっていた。

 

 しかし、肝心の出撃命令がなかなか降りない。

 

 言うならば、弓の弦を限界まで引っ張って張り詰めたまま、長時間に渡って保持しているような物だ。当然、徐々にストレスは溜まっていく。

 

 戦況だけはリアルタイムで伝わってくる。ザフト軍の猛攻により、既に前衛部隊が壊滅した事も把握していた。その事で更にパイロット達の苛立ちが募っている。

 

 その状態に耐えかねたのだろう。メビウスゼロで待機中のムウが、艦橋へ強引に回線を繋いできた。

 

《おい、何で俺達は発進待機なんだ!?》

「フラガ大尉・・・・・・」

 

 ブリッジとの通信が繋がるなり、開口一番、ムウが怒鳴り込む。顔こそ出さないが、他の2名も同様に苛立ちを募らせているであろう事は想像に難くない。

 

 だが命令が降りない以上、現状ではマリューにもどうにもできない。

 

「本艦への出撃指示はまだありません。引き続き待機をお願いします!!」

 

 それだけ言うと、マリューは一方的に通信を切ってしまった。

 

 苛立っているのはマリューも同じである。

 

 アークエンジェルは現状打破の鍵である。切り札と言っても良い。故にこそ、ハルバートンも切り所を計っている最中なのだろう。しかし、刻一刻と入ってくる戦況は、予断を許していない。

 

 このままでは降下予想地点まで戦線を保持できないのは明白だった。

 

 決断するなら、今しかない。

 

 マリューは顔を上げた。

 

 

 

 

 

 Xナンバー4機の攻撃力を前面に押し出し、前衛部隊を壊滅に追いやったザフト軍は、そのままの勢いで第8艦隊の本隊へと砲門を開く。

 

 さすがに本隊の数と火力は前衛部隊の比ではなく、圧倒的な火線の洗礼がモビルスーツを迎え撃つ。

 

 大質量の砲撃を前にしては、流石のモビルスーツでも、これまでのように電撃的進行と言う訳にも行かなかった。

 

 それでも4機のXナンバーは、それら致死量の砲撃を巧みに避けながら攻撃を加え、徐々に、しかし確実に第8艦隊の戦力を削り取っていく。

 

 そんな中で、Xナンバーに負けていないのは、クライブのシグーである。

 

 彼もまた、迎撃網の最も厚い場所に機体を飛び込ませ、次々と敵を屠っていく。

 

 群がるようにして寄って来る敵機を、クライブは歯牙にも掛けずに屠っていく。既に幾多の戦線でこの機体を相手にしてきたクライブにとって、その存在は足元の蟻の如きでしかない。

 

 文字通り踏み潰し、蹴散らしていく。

 

 突撃銃を構える。目標は、必死になって対空砲火を吹き上げるネルソン級戦艦。既にいくつかの火砲は潰され、接近するクライブのシグーにも気付いていない様子である。

 

 ニヤリと、唇が上がる。

 

 同時に放たれた弾丸は、戦艦のスラスターへと吸い込まれる。

 

 断続に放たれた砲弾はネルソン級戦艦のスラスターを粉砕。更にその奥にあるエンジンまで直撃した。

 

 エンジンに集中していたエネルギーが回路を通じてフィードバックし、艦内は炎と爆発によって彩られていく。

 

 やがて搭載していた弾薬が一斉に誘爆、装甲が膨れるようにして爆散した。

 

 その光景に背を向けながら、クライブのギラつく双眸は、遥か彼方に佇む白亜の巨艦を見据える。

 

 アークエンジェルに動きは、まだ無い。

 

 その様子に、盛大に舌打ちする。

 

「いつまで待たせんだよ、おいッ」

 

 ギラギラとした闘争本能を掌の上で転がすように、クライブは苛立たしげに吐き捨てる。

 

 既にクライブにとって、メビウスや戦艦は敵と言う認識すらない。たんなる進路上の障害物でしか無かった。

 

 クライブが求める敵は1つ。

 

「さっさと出て来いよ、シルフィード!!」

 

 言いながら、重斬刀でメビウスを無造作に斬り捨てた。

 

 尚も懲りずに向かって来るメビウスを薙ぎ払いながら、更に機体を陣形中央に向けて進ませる。

 

 その時だった、それまで動かなかったアークエンジェルに変化が生じたのは。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは急速に第8艦隊の隊列を離れ、降下していく。

 

 マリューはこここそが、ジョーカーの切り場所と踏んでいた。

 

 すなわち、大気圏へ向けて降下する。敵がアークエンジェルを追ってきた以上、ここでその目標を追尾できなくなれば、これ以上の戦闘を控える可能性もある。

 

 現状で、地球連合軍本部のあるアラスカへの直接の降下は望めない。しかしそれでも、連合の勢力圏へ降りられる計算であった。

 

 マリューの意を受けたハルバートンは、その作戦案を了承。ただちに陣形を再編して援護の体勢を整えつつあった。

 

 一方で、ザフト軍も慌てたように猛攻を加えだした。

 

 さしものラウも、この状況でアークエンジェルが降下を開始するとは思ってもみなかったのだ。

 

 その勢いはこれまで以上に凄まじい出力で持って、強引に攻め立てて来る。

 

 今までどうにか戦線を支えていた第8艦隊の迎撃網はあっという間に切り裂かれ、旗艦メネラオス周辺にも砲火が及び始めていた。

 

 このままではアークエンジェルの地球降下まで持たない可能性がある。

 

 誰かが殿に出る必要がある。

 

 大気圏突入までの僅かな時間。裏を返せば、タイミングを間違うと地球の重力に引き込まれかねない危険な戦場に、マリューは断腸の思いながら、機動兵器を発進させる決断を下した。

 

 現在、降下シークエンスはフェイズ1、実際に突入するフェイズ3までに戻らなければ、大気圏に引き込まれてしまう。

 

 カタログスペック上、Xナンバーは単独での大気圏突入が可能となっている。しかし、機体が良くても中の人間が無事とは限らないのだ。また、カタログスペックは、あくまで机上の計算に過ぎない。実際にやってみないと、どんな問題があるのか誰にも判らないのだ。

 

 ムウのメビウスゼロと、エストのストライクが先行して発進していく。

 

 今回、第8艦隊から補給を受けた結果、シルフィードは追加装備を使用可能となった。

 

 バック・ウェポン・システム(BWS)と呼ばれるこの装備は、ビーム砲と高出力スラスターが一体となっており、シルフィードに不足している砲撃力を補いつつ、機動力を高める設計となっている。ストライクのストライカーパックのように背部バックパックに追加装着される形式の物で、コンパクトな設計ながら、高いポテンシャルをシルフィードに与えていた。

 

 リニアカタパルトに灯が入り、発進準備が整った。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード行きます!!」

 

 勢い良く射出される機体。同時にPS装甲が起動し、装甲が青く染まる。

 

 だが次の瞬間、これまでに無いような振動が機体を襲う。

 

「クッ、重力に引かれて!?」

 

 ペダルを踏み込み、スラスターの噴射力を高める。背部に畳まれている砲身の中途部分にも、追加スラスターが存在している。それらを目一杯吹かし、どうにか重力の縛鎖から逃れる。

 

 だがその時、すぐ目の前をビームの閃光が掠めて行った。

 

 その方向に目を向けると、ライフルを掲げてこちらに向かって来るデュエルの姿があった。その外観はキラの記憶の中の物よりもだいぶ変わっているのが遠目にも判った。

 

「あっちも、装備が追加されたのかッ!?」

 

 すぐにキラも、ライフルを放って応戦する。

 

「見つけたぞ、シルフィード!!」

 

 顔面に斜めの傷を残すイザークは、機体を突っ込ませながら全火力を解放する。

 

 ビームライフル、右肩のレールガン、左肩のミサイルが一斉に放たれる。

 

 対してキラは、先程の経験を踏まえてスラスターを気持ち強めに吹かして回避、そのまま飛んでくるミサイルを掻い潜ると、デュエルに対して距離を詰めにかかる。

 

「このっ!!」

 

 剣を抜いている暇は無い。

 

 キラは勢いのままデュエルに蹴りを加える。

 

 僅かにバランスを崩すデュエル。その隙にキラは、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 その様をイザークは、殺気の篭った瞳で睨みつける。

 

「疼くんだよ。貴様を見ると、傷がなァァァァァァ!!」

 

 憎しみはダイレクトに、殺気へと変わる。

 

 その想いは剣を伝って具現化する。

 

 イザークの殺気をそのままぶつける斬撃を、キラは辛うじて回避した。

 

 機体が沈み込んでいるのが判る。比喩でも何でもなく、地球に引き込まれているのだ。

 

 だが、そのような事は意に介さず、2体の鉄騎は互いの剣をシールドで弾くと、再び距離を置く。

 

 キラはすかさずBWSの砲身を展開する。

 

 肩越しから前方を狙うように展開された砲身は、ランチャーストライカーのアグニと同じインパルス砲になっている。それが両肩に回すように2門。同時に発射された。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら放たれた閃光を回避すると、イザークは再び切り込んでいく。

 

 それに対抗するように、キラもサーベルを構え直す。

 

 足元から伝わる恐怖を黙殺して、シルフィードはデュエルと切り結んだ。

 

 

 

 

 

 しかしその出撃は、聊か遅すぎた。

 

ザフト軍の猛攻の前に、いよいよ第8艦隊の戦線は崩壊しつつある。メビウス隊は数機を残して全滅。艦隊戦力も60パーセント以上が宇宙の塵と化していた。

 

 旗艦メネラオス以下、主力戦艦部隊が前線に出て砲撃を加え、必死に阻止線を形成しているが、その抵抗も僅かに敵の侵攻を遅らせるぐらいの効果しかない。

 

 今また、メネラオスの直掩についていた戦艦が攻撃に耐え切れず、エンジンが爆発して果てた。

 

「ベルグラーノ、撃沈!!」

「降下時間までは!?」

「あと、5分です!!」

 

 報告を聞きながら、ハルバートンは達観した面持ちで状況を見ている。既に最悪の事態をも考慮に入れるべき段階が来た事を悟っていた。

 

 覚悟はある。この命尽きるとも、明日の将兵達に一分の勝機を残せるのならば悔いは無かった。部下達に貧乏籤を引かせてしまった事は心苦しい限りではあるが。それを嘆くのは今更である。彼らも軍人である以上、いつかはこうなる事が必定である。あとは自分達の死が無駄にならない事を祈るだけである。

 

 アークエンジェルから発進した機動兵器が援護に回ってくれているが、それも勢いのあるザフト軍を押し留めるほどの力は無い。それでも、何とか必要な時間は稼げるだろう。

 

 その時だった。それまでに無い太さの閃光が、メネラオスの甲板を駆け抜けていく。

 

 見れば、1隻のローラシア級戦艦が主砲を撃ちながら向かって来るのが見える。ガモフである。

 

 1隻だけ突出しての攻撃は、特攻に近い。

 

 艦長のゼルマンは、一連の戦いでアークエンジェルを仕留め損ない続けた事に重い責任を感じていた。だからこそ、このような無謀な行動に出たのだ。

 

 当然、生き残っている第8艦隊の戦艦群から集中砲火を受け、ガモフも傷付いていくが、それでも足を止めようとしない。

 

 間に入ろうとしたドレイク級護衛艦を屠り、尚もメネラオス目指して前進をやめないガモフ。

 

 その様を見て、ハルバートンは素早く決断を下した。

 

「避難民を乗せたシャトルを脱出させろ。今ここでやられるわけにはいかん!!」

 

 たとえ自分達が犠牲になっても、民間人に犠牲を出す事はできない。それが戦争の最低限のルールである。だからこそハルバートンは、アークエンジェルから引き受けていた民間人を、先に脱出させる決断をしたのだ。

 

 命令に従い、シャトルが発進する。アークエンジェル同様、このままではオーブ領へ降下することはできないが、連合の勢力圏へは降りられる。後は地上の連中に任せるしかない。

 

 その間にもガモフは急速に接近し、ついにはメネラオスを主砲の射程距離に捉えた。

 

 2隻の戦艦は、互いに激しい砲火を交える。

 

 既に高度は大気圏ギリギリの地点まで降下し、徐々に装甲が赤く染まっていく。

 

 メネラオスもガモフも大気圏突入ができるようには設計されていない。このまま突入すれば、2隻とも大気摩擦で崩壊し、撃沈は免れないだろう。

 

 それでも両者は相争う獣のように、一歩も引かずにビームの牙を相手の体に突きたて続ける。勿論摩擦熱も容赦無く襲い、それに伴い2隻は徐々にその装甲を削り削られ、抉られていく。

 

 その様子は、徐々に高度を落としていくアークエンジェルからも視認する事ができた。

 

「メネラオスが・・・・・・」

「ハルバートン准将・・・・・・」

 

 自分達を逃がす為に、最後まで踏み止まって戦っているのだ。その想い、何としても無駄にするわけには行かない。

 

「突入シークエンス、フェイズ3に入りました。限界まであと2分!!」

 

 その報告に、マリューは頷いた。

 

 もう充分だ。これ以上の戦闘に意味は無い。

 

「ゼロ、ストライク、シルフィードを呼び戻せ!!」

 

 ナタルの反応も素早い。すぐに撤退命令が発振され、3機の機動兵器に通達された。

 

 

 

 

 

 命令受諾と同時に、エストは機体を反転させた。

 

 既に機体装甲は紅く染まっている。フェイズ・シフトでなければ、とっくに融解が始まっているレベルだ。

 

 戦闘終盤からの参戦であったが、エストもジン1機撃破の戦果を上げている。

 

 本来であるなら、ストライクもシルフィード同様に受領した追加武装を装備して出撃できるはずだったのだが、シルフィードの物と比べてかなり大掛かりであった為、調整が間に合わず、今回は通常通りエールでの出撃となった。

 

 だから、と言うわけではないが、結局この出撃で得た物は少なかった。

 

 地球連合宇宙軍最強部隊である第8艦隊は壊滅。辛うじて自分達が逃げるので精一杯であった。

 

 だが、今は悔やむ時ではない。彼等の犠牲を無駄にしない為にも、ここを生き延びる。それがエスト達に課せられた使命なのだ。

 

 機体を反転させた。

 

 その瞬間だった。

 

 背部から、強烈な衝撃が襲ってきた。

 

「グッ!?」

 

 出し抜けの一撃に、思わず意識を持って行かれそうになった。

 

 目を向けようと反転させるストライクに、更に追撃が来る。

 

 その全てがPS装甲によって阻まれるが、大気との摩擦になぶられ、機体が不気味に振動する。

 

「ようやく追いついたぜ。子猫ちゃぁん!!」

 

 第8艦隊の陣形を突破したクライブが、今にも離脱しようとしているストライクに追いついたのだ。

 

「まだ、来る!?」

 

 とっさにビームライフルを掲げようとするエスト。

 

 だが、その前に接近したシグーは、ストライクのライフルを蹴り飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 腕から離れたライフルは、そのまま大気の摩擦により一瞬で融解、爆発する。

 

「お~怖い怖い。そんなモン向けちゃヤだぜ~!!」

 

 嘲笑を加えて言いながら、クライブは突撃銃のフルオートを容赦なくストライクに叩き込む。

 

 一方のエストは、機体に異常が発生している事に気付いた。

 

 先程クライブが先制した一撃は、エールのスラスター噴射口を直撃していた。物理衝撃に対して無敵の強度を誇るPS装甲と言えど、噴射口まではガードできない。そのせいでストライクは制御を失い、大気圏に引き摺られ始めていた。

 

 そこへ、容赦の無いクライブの砲撃が加えられる。

 

 その振動によって、ストライクは更に大気圏へと押し込まれていく。

 

「そ~らそら、どうしたどうした、逃げないのか? 早く何とかしないと死んじゃうぜ~!!」

 

 相手が抵抗できないのをいい事に、好き放題に砲弾を叩き込む。こうなるとPS装甲も嬲り殺しの道具に過ぎない。

 

「クッ、このっ!!」

 

 なけなしの反撃に頭部のイーゲルシュテルンを放つが、安定しない機体では照準も望めない。加えてストライクのイーゲルシュテルンでは、まぐれで命中したとしてもモビルスーツに対しては掠り傷を付ける程度の威力しか望めない。

 

「さあ、ノーロープバンジーまで後何分かな!? この高さだと世界記録だなオイ。ギネスに乗るぜ。嬉しいだろ、えぇ!?」

 

 更にマガジンを代えて砲弾を叩き込もうとした、その瞬間だった。

 

「やめろォォォォォォ!!」

 

 その一瞬の隙を突いて、間に入る機体。キラのシルフィードである。

 

 イザークのデュエルの猛攻を振り切り、帰還途中にこの場に出くわしたのだ。

 

 振るわれる高周波振動ブレードは、しかし間一髪のところでクライブは回避する。

 

「ようッ 会いたかったぜ、ハニー!! やっと会いに来てくれたかよ!!」

 

 後退しつつ重斬刀を構える。

 

 強化されたスラスターは、この高度でもまだ充分な機動性を確保できている。

 

 だが、それはシルフィードも同じである。追加されたスラスターも含めて、これでも尚、高機動を確保していた。

 

 一息の間にクライブ機を間合いに捉えると、キラは高周波振動ブレードを振り翳した。

 

「でぇぇぇぇぇぇい!!」

「クッ!?」

 

 一閃と共に翳された斬撃は、シグーの突撃銃を斬り飛ばす。

 

 爆発する突撃銃を投げ捨てると、クライブは重斬刀とガトリング砲を構え直した。

 

 対してキラは急旋回しながら、シグーへと接近していく。

 

「いつまで逃げ回る心算だ、腰抜けッ おら、掛かって来いよ!!」

 

 放たれる砲弾を回避し続けるシルフィード。

 

 だが、一瞬の隙を突いて斬り込んでいく。

 

 それを迎え撃つクライブ。

 

 両者の機体は激しく接触し、軋みを上げる。

 

「もう止めろ!!」

 

 機体が触れ合った事で接触回線が使用可能となり、キラは思わず叫んでいた。

 

「退けッ これ以上の戦闘は無理だと言う事が判らないのか!!」

《何っ!?》

 

 突然の言葉に、クライブは思わず眼を剥いた。

 

 だが同時に、またあの違和感が湧き上がるのを感じる。何か、心の奥から滲み出てくるように、急速に埋まり、形を成していくのが判る。

 

「僕達がこれ以上戦っても意味は無い。ここは退くんだ!!」

 

 尚も言い募るキラ。

 

 だが、それに対してクライブは答えない。ただじっと黙ったまま、キラの言葉を聞き入っている。

 

 その間にも、2人の機体は重力に引かれて落ちて行く。

 

「聞いているのか!? 早くッ」

《ああ、聞いているよ・・・・・・》

 

 キラの声を遮るように、クライブは殊更低い声で答えた。

 

 先程から耳障りに喚く声が、神経を逆撫でする。

 

 うるせえ奴だ。「相変わらず」な。

 

《・・・・・・・・・・・・クックックックックックッ》

「っ!?」

 

 スピーカーから響いてくる笑い声に、キラは眉を顰める。

 

 まるで、その光景すら判っているかのように、笑い声は一層強まった。

 

「な、何が可笑しい!?」

《可笑しいさッ ああ、可笑しいとも!!》

 

 クライブは思った。こいつは笑劇だ。それも飛びっきり最高級のな。

 

《こいつは驚いたッ テメェ、ひょっとして「キラ」か!?》

「え!?」

 

 今度はキラが驚愕する番だった。なぜ、相手のパイロットは自分の名前を知っている?

 

 アスランに聞いたか? 否、それはあるまい。そうであるなら、わざわざ確認するような言い方はしないはずだ。

 

「誰だ、あなたは一体!?」

《つれねえ事言うなよ、キラ~。ところで「親父」は元気か? 「ジョン」は? 「モイダート」は? 「マリー」は? 「コリンズ」は? みんな元気でやってるか? あの世でな!!》

「ッ!?」

 

 それらの言葉を聞き、キラの胸のうちには動揺が走る。そして同時に、通信機の向こう側にいる悪意の存在に向けて、記憶の像が繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き上がる炎が味方ゲリラの村を覆う。

 

 そこら中に転がるのは、親しい戦友達の死体。

 

 その全てが、無抵抗のまま殺された事が判る。

 

 向こうでは尚も戦っているのか、断続的に銃声が聞こえる。

 

 そして、

 

 炎を背に、不敵な笑みを浮かべて立ち尽す、男。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたはまさか、クライブ・ラオスか!?」

《おおー、思い出してくれたか。嬉しいぜ!!》

 

 言いながら、クライブはシルフィードを大気圏側に投げ飛ばす。

 

《テメェがまさか生きてやがったとはなッ!! 他の奴等はみんな死んだのに、随分な悪運じゃねえかッ ええ!?》

「何をッ みんなを死に追いやったのは、あなただろう!!」

 

 激昂して斬り込むキラ。

 

 その攻撃を、クライブのシグーは、後退しながら回避する。

 

《何の事か判らねえなッ 被害妄想すんのは自意識が過剰なんじゃないのかッ!?》

「ふざけるなッ」

 

 せせら笑うクライブの声が、キラの癇を必要以上に逆なでして行く。

 

 こいつが、

 

 この男が、仲間の仇なのだッ

 

 そう思うと、キラは湧きあがって来る感情を止められなかった。

 

《ハッハー どっちにしろ、連中を守れなかったのはテメェだッ なら、せいぜい派手に散って親父たちの所に行くんだな!!》

「クライブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 キラの絶叫と共に、高周波ブレードを構え、斬り込もうとするシルフィード。

 

 だが、既にかなりの低高度まで降下しているせいもあり、その動きは呆れるほどに遅い。

 

《あばよ、キラッ あの世で親父たちに宜しくなッ!!》

 

 そう言うと、ガトリング砲を構え、照準をシルフィードに合わせる。

 

 だが、その引き金を引こうとした瞬間、両者の間に割り込む影があった。

 

 それは、メネラオスから発進したシャトルであった。

 

 舌打ちするクライブ。今ので必中のタイミングを逃してしまった。

 

「チッ 邪魔しやがってっ」

 

 シルフィードとの間には既に距離が開きすぎてしまい、大気摩擦で激しく揺れる状況では必中も帰しがたい。加えて、そろそろ離脱しないと、シグーの装甲が持たなくなってきていた。

 

「ケッ、命拾いしたな、キラよォ!!」

 

 言いながら、再度ガトリング砲を構える。だが、今度の狙いはシルフィードではない。

 

 砲門は、地球に向かって降下していくシャトルに向けられている。

 

「ハッ、腰抜け兵士が生きてく程、世の中甘くねえんだよ。さっさと退場しろっての、糞豚共が!!」

 

 それを悟ったキラが、慌てて機体を翻す。

 

 しかし、既に重力圏に捕まってしまったシルフィードの動きは、胃がねじ切れる程遅い。

 

「やめろォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 既に接触回線は絶たれ、キラの声はクライブには届かない。そして、仮に届いたとしても、発砲をやめるような男ではない事もキラには判っていた。

 

 だが、それでも叫ばずにはいられない。

 

 なぜなら、あれには・・・・・・

 

 放たれる弾丸。

 

 瞬間的に、シャトルの外壁に弾痕が刻まれる。

 

 キラの脳裏に、あの折花をくれた少女の笑顔が過ぎる。

 

 あの笑顔が、炎と共に消えていく。

 

 伸ばす手は、シャトルに届かない。

 

 無情にも、キラの目の前でシャトルは大気熱に焼かれ、内側から膨らむようにして弾けとんだ。

 

 その様子に、クライブは先程の溜飲を僅かに下げると、視線は落下して行くシルフィードを追った。

 

「あばよ、キラ。せいぜいローストになんねえようにがんばんな」

 

 それだけ言うと、スラスターを全開まで吹かして離脱に掛かった。

 

 一方で、キラも、悲しんでいる場合ではなかった。

 

 既にシルフィードは重力と大気摩擦によって、制御を失いつつある。それでも推力を保持しているのはBWSの追加スラスターのお陰であった。

 

「クッ、やるしかない!!」

 

 いよいよ時間がなくなって来た。

 

 既にアークエンジェルも降下体勢に入っている。

 

 一方で、大気圏ギリギリまで砲火を交わしていたメネラオスとガモフの姿は、既に無い。

 

 ガモフは集中砲火を浴び、エネルギー回路を暴走させて爆発し撃沈。そしてメネラオスも、その僅か数分後、大気の摩擦に耐え切れずに崩壊していた。

 

 だが、今のキラにはそれらを気にかけている余裕は無い。

 

 既に機体外部の温度は、無視し得ないレベルにまで上昇している。最早、是非もなかった。

 

 シールドを掲げ、降下体勢に入るキラ。後は、運を天に任せるしかない。

 

 視界の中に信じられない物が飛び込んできたのは、正にその時だった。

 

「あれは!?」

 

 驚愕に目を見開いた。

 

 クライブによって痛めつけられたストライクが、力が抜けたように落下して行く光景が見える。中のエストがどうなっているかは判らないが、少なくとも動いているようには見えない。

 

 このままでは、大変危険な状態である。

 

「クッ、世話の焼ける!!」

 

 キラはシールドを避けると、スラスターを全開まで吹かし、フリーダイブの要領でストライクを追いかける。

 

 最早時間は無い。ストライクのエールの翼は、摩擦熱で溶け落ち、融解が始まっている。

 

 キラは落下を続けるストライクを、必死になって追いかける。

 

「何をしているんだ。姿勢を戻せ!!」

 

 国際救難チャンネルの回線を開いて叫ぶが、その声が届いていないのかのように、ストライクに変化は見られない。

 

 この時エストは、大気圏突入のショックと急激なコックピット内温度上昇により、気を失っていた。その為、スピーカーから聞こえてくるキラの声に気付いていなかったのだ。

 

 キラは更に機体を加速させる。

 

 伸ばされた手が、間もなく届く。

 

「シルフィードの手を取るんだ。早く!!」

 

 だが、尚もストライクは動こうとしない。

 

 間もなく、限界高度を越える。そうなると、その先どうなるかは想像もできない。

 

 一拍の間を置いて、キラは叫んだ。

 

「しっかりするんだ・・・・・・エスト!!」

《ッ!?》

 

 その声に弾かれたかのように、エストは目を見開く。

 

 朦朧とする意識。視界はぼやけて、周囲の状況を把握する事ができない。

 

 それでも、自分に向かって手を伸ばすシルフィードの姿だけは、しっかりと見えていた。

 

 殆ど制御の利かない機体を操り、手を伸ばすエスト。

 

 その手を、シルフィードは、キラはしっかりと掴み取る。

 

 そのまま引き寄せると、ストライクを右腕で抱きかかえるようにして、左手に装備した盾を掲げる。

 

 最早、後戻りはできない。

 

 2人を乗せた機体は、灼熱の大気の中へと急速落下して行った。

 

 

 

 

 

PHASE-10「低軌道会戦」      終わり

 



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PHASE-11「熱砂の猛獣」

 

 

 

 

 

 放たれる銃撃は、容赦なく掠めていく。

 

 そこには慈悲も無く、妥協も無い。

 

 ただ只管、こちらの命を奪おうとする意思が存在しているだけだ。

 

 一緒にいた仲間も、皆、姿が見えない。

 

 その生存が既に絶望的である事は、火を見るよりも明らかであった。

 

 そして、再びの轟音。

 

 砲弾がすぐ近くで炸裂し、体は空中に投げだされる。

 

 背中から地面に叩きつけられる衝撃。

 

 意識が大きく削られ、激痛は脳髄を焼く。

 

 絶望。

 

 たった二文字の言葉が、何とも重苦しくのしかかって来ている。

 

 ノロノロと、体を起こす。

 

 状況に相反して、体はまだ動いてくれた。

 

 爆炎と衝撃が躍る戦場を、それでも一歩一歩、傷ついた体を引き摺って歩き始める。

 

 まだ生きろッ

 

 お前は死ぬなッ

 

 心の中で、誰かが叫んでいる。

 

 その言葉に突き動かされ、足はひたすら前に進み始めていた。

 

 

 

 

 

 冷たい水の中で、半分だけ開いた目が、朦朧とした覚醒を促している。

 

「定格レベル、62パーセント下降!!」

「生体電流、出力低下!!」

「反射神経、伝達途絶!!」

「身体機能に異常発生!!」

「意識、回復しません!!」

 

 次々と告げられる言葉は、朦朧とした意識に僅かずつ入ってくる。

 

 だが、意味までは判らない。

 

 また、半分沈みかけた意識は、知る必要性も感じてはいない。

 

 冷たい水の中に浮かぶ幼い体には、無数の電極が貼り付けられ、必要に応じて電流が流される。

 

 投薬は今日だけで、既に3回。多分、これからまだ続けられる。

 

 もうやめて!!

 

 心の中で、誰かが叫んでいるのが判る。

 

 だが、

 

 最早それすらも、どうでも良いと思える。

 

 そして、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、大丈夫なんですか?」

 

 うなされるキラの様子を見詰めて、心配顔のサイが軍医に詰め寄る。

 

 今も低い唸りを上げ、傍に付いているリリアが心配そうに水を替えている。

 

 その隣のベッドにはエストが横たわり、同じようにミリアリアがついて看病しているが、こちらは穏やかに目を閉じて眠りについている。

 

 人類初のモビルスーツでの大気圏突入と言う快挙、と言うより暴挙を敢行した2人は、取りあえず助かったものの、回収された後に意識を失い、眠りに着いていた。

 

「だから、コーディネイターってのはさ、私達と違って丈夫にできてるんだよ。現にうなされてるように見えるけど、特に外傷はないし、ウィルス検査でも異常は無かった。単に疲労が溜まっているだけなんだよ。そっちの女の子も、助かった理由はよく判らないけど、精神状態は安定している。直にケロッとした顔で目を覚ますよ」

「それは、判りますけど」

 

 サイにも判っている。医者が「大丈夫」と言った以上、本当に大丈夫なのだろう。だが、やはりこうして苦しんでいる友人を見ていると、何もしてやれず、こうして見ている事しかできない自分達に対するもどかしさが拭えなかった。

 

 現在、アークエンジェルがいるのはアフリカ大陸北部。アフリカ共同体と呼ばれる勢力の圏内である。

 

 悪いことに、アフリカ共同体はプラントの友好国でもある。

 

 低軌道会戦のあと、大気圏を降下するシルフィードとストライクは、僅かに効果予定ポイントがずれ、アークエンジェルとは別々に落下を始めていた。そのままでは遭難の危険性が出ると判断したマリューは、2機を回収する為にあえて進路を変更したのだ。

 

 その結果、ザフト勢力圏の真ん中に降下する事となってしまったのだから、状況としては痛し痒しと言ったところである。

 

 そこでアークエンジェルは現在、機関を停止して、状況を確認する為に砂漠に足を下ろしている。まずは周囲の状況を探り、その上で慎重に行動する必要があった。

 

 そんな中にあって、辛うじて回収に成功した2人のパイロットの治療に専念していた。

 

「撃たれりゃ死ぬし、たまに熱出す事もあるけどさ。そう言うリスクは俺達よりも低いんだ。これくらいなら、どうって事無いよ」

 

 軍医の暢気な言葉を聞きながら、トールとサイは看病をしている2人の少女に歩み寄った。

 

「ミリィ、交代するよ。寝てないだろ」

「リリアも、ほら」

 

 この2人は、降下してからずっとキラとエストに付きっ切りで看病している為、相当疲れているはずだ。強がってはいるが、今も時々舟を漕ぐような仕草をする為、込み上げる眠気を我慢しているのが判る。 

 

「でも・・・・・・」

 

 心配するようにリリアがエストの顔を見るが、その肩をサイが叩く。

 

「キラ達が起きても、それで2人が倒れちゃったら意味無いだろ。良いから、少し休んで来いって」

「・・・・・・うん、それじゃあ、ちょっとだけお願いね」

 

 サイの説得に応じたリリアとミリアリアの2人はそう言うと、並んで医務室を出て行く。

 

 代わって看病についたサイとトールが、ベッドの脇に座る。

 

「なあ、大丈夫だよな、2人とも」

「当たり前だろ」

 

 トールの不安そうな声に強気で答えるサイ。

 

 しかし当のサイも、自分の言葉が何処まで当てになるか自信が無かった。

 

 ただ、今は2人の回復を祈って、できる事をする以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 溜息をついている暇くらいは、取り合えずあるようだ。

 

 だが、それは目下の所、問題解決には1ミリグラムも寄与してはいないようである。

 

 ムウとマリューは、艦長室で互いに難しい顔を突き合わせていた。

 

「ここがアラスカ・・・・・・」

 

 ムウの指が地図を指す。そこは太平洋の北部、北米大陸の西端。

 

亡きハルバートンの裁量により、ムウやマリューを初め、クルー達は一階級昇進を果たしている。それに伴い、志願して軍務についたヘリオポリスの子供達も、二等兵待遇で戦時任官されている。しかし何と言っても驚いたのは、キラにも階級が与えられている事だ。しかもパイロット待遇と言う事で少尉任官だった。

 

 テロリストのキラにまで階級が与えられたことに、いったいどのような意味があるのか?

 

 ハルバートンに如何なる思惑があったのかは、彼が戦艦メネラオスと共に大気圏の露と消えた以上、推察に委ねるしかないが、それでも一応、軍としての体裁は整った事になる。

 

「そんで、ここが現在位置・・・・・・」

 

 指が止まったのは、アフリカ大陸の北部砂漠地帯。

 

「嫌な所に降りちまったねえ。見事に敵の勢力圏内だ」

「仕方ありません。あそこでストライクとシルフィードを見失うわけにはいきませんでしたから」

 

 そう言って、マリューは沈痛な表情を作る。自分でも、幾分か言い訳じみているという自覚はあるのかもしれない。結果から見れば、尚もクルー達を危険に晒している事に変わりはないのだから。

 

 この女性の双肩に掛かっている重圧を考えれば、ムウにとっても辛い物がある。

 

 マリューはまだ若いし、実戦経験も多くない。にも拘らず、敵に包囲されたこの状況下を、艦長として、戦艦1隻率いて脱出しなければならないのだ。

 

 しかも、最短距離である大西洋横断のルートは使えない。

 

 ヨーロッパ地方の西端にあるジブラルタルは現在、ザフトに占領されて敵の一大拠点と化している。それに伴い、東大西洋の制海権はほぼザフト軍に握られていた。のこのこ出て行けば、喜び勇んで群がってくるザフト軍に袋叩きにされるのは明白だった。

 

 残るルートは反対側、地球をグルッと回り、インド洋、東南アジア、太平洋と抜けるコースを取らねばならない。こちらは中立地帯が多く点在してるため、少なくとも大西洋ルートよりは安全である。しかし当然、コースが長くなればその分、敵に捕捉される確率も高くなるし、長い距離を航行するわけだから、充分な量の補給も必要になる。

 

 しかもオーストラリア大陸北端には、地上におけるザフト最大の拠点カーペンタリアやユーラシア大陸南東部には占領された華南基地がある。こちらも安全とは言い切れない。

 

 勿論、こんな敵地のど真ん中では援軍も期待できない。アークエンジェルは自力で脱出し、敵中を横断しなければならないのだ。

 

 しかしマリューは、あの大気圏突入時の決断が間違っていたとは思っていない。あそこで幼い2人の命を見捨てる事ができなかったのだ。

 

「ともかく、本艦の目的、及び目的地に変更はありません」

 

 そこに何があろうとも、アークエンジェルは敵の勢力圏を中央突破してアラスカを目指す事が求められているのだ。

 

 強気に話すマリューの顔を、ムウは覗き込む。

 

「大丈夫か?」

 

 穏やかな目と口調に、マリューもムウを見返す。

 

「副長さんとも?」

 

 不意の質問に、マリューは僅かに身じろぎした。

 

 正直、問題は外ばかりではない。

 

 ここのところ、マリューはナタルとの間に深い溝を感じる事が多くなっていた。

 

 ナタルの事は嫌いではないし、判断や指示は的確だ。少々規律に厳しいところはあるが、彼女のおかげでアークエンジェルは秩序を保っていられるのだ。自分には過ぎた副官であるとも思っている。だがそれが故に、性格的におおらかで、規律や規則よりも、クルーのメンタル面を重視しがちのマリューとは、意見が衝突してしまう場面が多いのも確かだった。それがまた、マリューのストレスとなっている。

 

「大丈夫よ・・・・・・」

 

 幾分、低い声で答えるマリュー。ムウもその事に気付きながらも「そうか」と答えるに留めた。

 

「まあ、ハルバートン准将から受領した新兵器もある。俺達もいるんだ。どうにかなるさ。何たって俺は、不可能を可能にする男だからな」

 

 そうやっておどけるムウの姿に、マリューはようやく少しだけ微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、比例するかのように瞼が押し上がって行く。

 

「ん・・・・・・」

 

 自分の口から軽く上がったうめき声。同時に、脇で人の気配が動いた。

 

「お、気が付いたか?」

 

 ぼやけていた視界が回復すると、眼鏡を掛けた少年が安堵の笑顔を見せているのが判った。

 

「・・・・・・サイ・アーガイル?」

 

 掠れた声で、エストは目の前の少年の名前を呼ぶ。

 

 少女がいつも通りの淡白な言葉遣いをした事で、サイの口からは苦笑が漏れた。

 

「良かった。具合が悪いところ無いか? それとも、何か欲しいか?」

 

 尋ねてくるサイを無視して、ようやく活動を始めたばかりの脳を回転させる。

 

 記憶は低軌道会戦の終盤で途切れている。

 

 大気圏を落下して行くストライク。

 

 コックピットの中で熱と衝撃で気を失った自分。

 

 その時、誰かが名前を呼び、手を伸ばしてくれた。

 

 あれは、確か・・・・・・

 

 そこまで考えて、ふと、首を横に動かした。

 

 その視線の先で手を振るトール。そしてトールとの間にベッドがあり、そこに誰かが眠っている事に気付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・ヴァイオレット・フォックス」

 

 呟きを洩らすエストの視線の先では、今は落ち着いてきたのか、静かな寝息を発するキラの姿があった。

 

 そうだ、あの時自分の名前を呼び、手を伸ばしてくれたのは彼だ。では、自分が今こうして無事でいるのは、このテロリストのお陰、と言う事になるのだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 なぜ、彼がこんな事をしたのか、エストには理解できない。自分はこの少年を捕縛する事が任務であり、殺そうとした事もある。自分で言うのも何だが、見殺しにした方がキラには利点が大きいはずだ。

 

 だがすぐに、回転を始めた思考は別の事を考え始めた。

 

 キラの事は、とりあえず後回しでもいいだろう。そんなことよりも今は、優先してやらなくてはいけない事がある。差し当たり、自分達がどうなったのかを知る必要があった。

 

「現状の説明を、お願いします」

 

 そう告げたエストの様子は、これまでと変わらない物となっていた。

 

 

 

 

 

 その頃、砂漠に接地したまま息を潜めているアークエンジェルから距離を置き、密かに監視する目があった。

 

 コーヒーカップを手にしたその男を一言で言い表すなら、「精悍」に尽きるだろう。

 

 程よく引き締まった肉体はしなやかさと力強さを同居させ、瞳は獲物を狙う肉食獣のように釣りあがっている。口元に浮かべた不定な笑みは、見る者に絶大な安心感を与えてくれる。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 ザフト軍アフリカ方面軍司令官にして、猛き陸戦の王者。人は彼を「砂漠の虎」と称する。

 

「隊長、依然、動きはありません」

「Nジャマーの影響で、噂の大天使は未だにスヤスヤとお眠り中、か」

 

 副官のマーチン・ダコスタの報告に答えた直後、バルトフェルドは何かに気付いたように呻いた。

 

「ん!?」

「ど、どうしましたッ!?」

 

 慌てて双眼鏡に目を当てるダコスタ。だが、

 

「今回はモカマタリを5パーセント減らしてみたんだが、こりゃ良いな」

 

 飲んでいたコーヒーの感想と知り、ダコスタは思わず脱力した。

 

 ザフト地上軍の名将とまで呼ばれるこの男、実はコーヒーのオリジナルブレンドと言う密かな趣味を持っているのだが、何もこんな時に意味深に言わなくてもいいと思う。

 

 次のブレンド計画を口ずさみながら歩いていく上官の後を慌てて追うダコスタ。

 

 その視線の先には、待機している部隊の姿がある。

 

 伏せた犬にも似た4速歩行型モビルスーツの名はバクゥ。精強なユーラシア連邦軍戦車部隊に手を焼いたザフトが開発した地上戦用の機体である。モビルスーツならではの機動性と、荒れ地をいとも簡単に乗り越える走破性。そして、戦車では実現しえない装甲と火力。この機体が登場したことにより、ザフト軍は地上における覇権を確たる物としたのだ。

 

 その他にも指揮車両や多数の攻撃ヘリが待機している。

 

 飲み終わったカップをダコスタに投げ渡したバルトフェルドは、待機していた兵士達の前に立った。

 

「ではこれより、地球連合軍新造戦艦アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は敵艦及び搭載機体に対する戦力評価である」

「倒してはいけないのでありますか?」

 

 1人の兵士が、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。彼らは皆、この過酷なアフリカ戦線において戦い抜いてきた猛者である。その実績が彼等の自信となって現れているのだ。

 

 対してバルトフェルドも、少しおどけたように考えた素振りを見せてから口を開く。

 

「まあ、その時はその時だが、あれはクルーゼ隊が総力を挙げて仕留めることができず、あのハルバートンの第8艦隊が、その身を犠牲にしてまで地上に下ろした艦である。その事を忘れるな。一応な」

 

 最後に付け加えられた言葉が、兵士達の自信に拍車をかける。士気は否が応でも高まった。

 

 次々と愛機へと駆けて行く兵士達を見送りながら、バルトフェルド自身もダコスタの運転する指揮車両に乗り込む。

 

「コーヒーが美味いと気分が良い」

 

 そう告げたあとに開かれた目には、既に闘争心の炎が揺らめいていた。

 

「さあ、戦争に行くぞ」

 

 

 

 

 

 出し抜けに起こる警報が、眠りの粉を一斉に吹き飛ばす。

 

 仮眠を取っていたムウやマリューも慌てて飛び起き、身支度を整えると、自分達の持ち場へと走った。

 

 アークエンジェルを捉えた照準波が、接近する敵の存在を如実に示している。

 

 まだ本格的な攻撃が開始されていないので、警戒段階であるが、攻撃が来るのも時間の問題と言わざるを得ない。

 

《第二戦闘配備発令ッ 第二戦闘配備発令ッ》

 

 その警報を、エストはようやく戻る事ができた自室で聞いていた。

 

 ちょうどサイから聞いた情報を整理しようと端末を開きかけた、その矢先の警報発令であった。

 

 同時に脳が高速で回転し、現状を一気に整理する。

 

 キラは未だに目覚めず、ムウは受領した地上用戦闘機の調整が終わっていない為、戦うことができない。更に言えば、エンジンを停止していたアークエンジェルもすぐには動く事ができない。

 

 つまり、今この艦で使える機動戦力は、エストのストライクのみと言う事である。

 

 そこまでの事を3秒で纏めると、開きかけた端末を放り投げて駆け出した。

 

 エストが格納庫に到達する頃には既に攻撃が開始され、ザフト軍が放ったミサイルを、アークエンジェルのイーゲルシュテルンが迎撃しているところであった。

 

 今のところ被害は無い。飛来したミサイルは、全て対空砲によって撃ち落とされている。しかし相手がザフト軍なら、遠隔攻撃だけでお茶を濁すはずがない。必ず第二派攻撃として、モビルスーツを出してくる。そうなると、動けないアークエンジェルは、四方から囲まれて嬲り殺しになる。

 

 ムウが何とか出撃しようと、マードックと言い争いをしているが、どう考えても無茶な要求である。

 

 ハルバートンから支給された地上用戦闘機スカイグラスパーは、高い機動性もさることながら、ストライカーパックの装備も可能としている。これにより、従来の戦闘機を上回る機動性と火力が備わったことに加え、戦場での換装がよりスムーズになり、ストライクの運用性が飛躍的に向上する事になる。

 

 しかし、現状で使えない以上は仕方が無い。

 

 エストに出撃命令が出る。敵の影は未だに見えないが、とにかく出撃して、今の内にベストのポジションを確保しようと言うのだ。

 

 機体をカタパルトデッキに進めるエスト。

 

 装備はランチャーを選択。とにかく遠距離攻撃に徹して敵の出方を見るのが目的だ。それに射程の長いランチャーなら、いざというときにアークエンジェルの援護に入れるという狙いもある。

 

 カタパルトに灯が入る。

 

 見える視界の先は戦場。エストにとって初めてとなる地上戦である。

 

「エスト・リーランド、ストライク出ます」

 

 静かな声と共に、ストライクは射出された。

 

 

 

 

 

 砂地にストライクの足がつく。同時に、体勢が崩れるのを感じた。

 

「なっ!?」

 

 思わずバランスを取ろうとするが、機体は勝手に流れていく。

 

 足元が砂地であるため、ストライクの重量を支えきれず、流れる砂に足が取られてしまっているのだ。

 

《ストライク、戦闘ヘリを排除しろッ 重力を忘れるな!!》

 

 CICから戦闘指揮を取るナタルの声に、モニターを走らせる。

 

 そこには、アークエンジェルに向かって来る多数の攻撃ヘリの姿がある。

 

「クッ!!」

 

 どうにか機体を立ち上がらせようとするが、細かい砂に足が取られて、ストライクはまたもバランスを崩す。

 

 そこへ、戦闘ヘリは一斉にミサイルを発射した。

 

 飛来したミサイルが、立て続けに機体を直撃する。

 

 だが間一髪でPS装甲の起動が間に合い、ストライクは物理攻撃をシャットアウトする。これで、とりあえず物理攻撃に関しては脅威ではなくなった。

 

 エストは素早く320ミリ超高インパルス砲アグニを振り翳すも、その時には既にヘリは射線外へと退避してしまっていた。

 

 どうにか追おうとするが、その度にストライクは砂に足を取られてバランスを崩すのみである。本来持っている機動性を、まったく発揮することができない。

 

 ならばと、エストはストライクをジャンプさせヘリを追撃するが、ヘリは巧みに後退をかけるため、照準が合せられない。射程距離に入る前にストライクは落下してしまう。

 

 そして着地した先では、またもバランスを崩してしまう。

 

 まさに、悪循環であった。

 

 その時だった。

 

 甲高いキャタピラの駆動音が接近してくるのを察知した。

 

 とっさに音のする方向にカメラを向ける。

 

 そこへ、砂丘を乗り越えて飛びかかってくる影があった。

 

 速いッ

 

 エストが視認した瞬間には、ストライクはそいつに蹴り飛ばされていた。

 

 大きく吹き飛び、砂地を転がるストライク。

 

 どうにか大勢を立て直して立ち上がろうとするが、そんな動作にすら、今のストライクはもたついてしまう。

 

 ストライクを蹴り飛ばした後、敵機は反転して再び向かってくる。

 

 OSはすぐに相手を識別、解析する。回答は一瞬で出た。

 

「ザフト軍、地上戦用モビルスーツ バクゥ・・・・・・」

 

 局地での戦闘を考慮し、二足歩行型よりもバランスの良い四足型を選択したバクゥ。この砂地の戦闘では、ストライクにはひどく分が悪いと言わざるを得なかった。

 

 一斉に攻撃を開始するバクゥを相手に、エストはアグニを振り翳して反撃を試みる。

 

 しかし、砲身を持ち上げたとき、それよりも遥かに早く飛んできたミサイルやレールガンが、容赦なくストライクを直撃していく。

 

「クッ・・・・・・この、程度!!」

 

 とっさにジャンプしながらアグニを放つも、巧みに砂地を蹴って回避するバクゥの機動力の前に、虚しく空振りを繰り返す。そして着地した先でバランスを崩し、体勢を立て直している隙に、またも集中攻撃を喰らう。

 

 この繰り返しに、エストとストライクは無為な消耗を繰り返していった。

 

 

 

 

 

 背中から伝わってくる振動に、意識は覚醒レベルまでの浮上を強要される。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 キラが第一声を発すると、それに反応するように、傍らで動く気配があった。

 

「キラッ 良かった。起きたのね!?」

 

 覗き込んできたのは、作業着姿のリリアだった。戦闘が始まったので、繰艦の補助をしなければならないトールと再び交代したのだ。

 

「リリア、一体何が・・・・・・ここは何処? 僕は、どうなった?」

 

一息に聞こうとするキラを、リリアは慌てて制する。

 

「落ち着いて、キラ。ここはアークエンジェルの医務室よ。あんたは助かったの」

「たす・・・かった?」

 

 まだ混乱しているキラに、リリアは噛んで含めるように話す。

 

「危なかったんだから。大気圏降下中のあんたとエストが軌道からずれちゃってさ、何とか艦の方で捕まえたまでは良かったんだけど、そのせいで敵の勢力圏に落ちちゃって」

 

 リリアが説明している間にも、衝撃と轟音は続いている。それは、単独で出撃したエストが、敵の攻撃を抑え切れていない事を意味している。

 

「敵の・・・・・・攻撃が、来てるんだね」

 

 言いながら、身を起こそうとするキラ。だが、体が軋んでうまく動かない。

 

 そんなキラを、リリアは慌てて支える。

 

「何処行くのキラ!?」

「シルフィードへ・・・・・・僕も出ないと」

「駄目よッ そんな体で何ができるって言うの!?」

 

 病み上がりとも言えるキラの体は、自分でも思うとおりに動かすことができないでいる。

 

 数時間も休めば普通に動けるくらいには回復するだろうが、今はまともに機体の乗れるかどうかも怪しい。

 

 それが判っているだけに、キラにももどかしく感じる。

 

 敵がどの程度来ているのか判らないが、キラ無しで戦線を支えきれるのは難しい。かと言って、今の自分が出ても役に立たないことは明白だ。

 

「クッ」

 

 苛立って唇を噛むキラ。

 

 やがて、何かを悟ったように顔を上げた。

 

「それならリリア、僕の頼みを聞いて欲しい」

 

 キラは真っ直ぐな瞳を、リリアに向けて言った。

 

 

 

 

 

 モニターの中では、苦戦を続けるストライクの姿が映し出されている。

 

 エストは機動力に勝るバクゥに完全に翻弄され、効果的な反撃を行えないでいる。

 

 巨大な砲を振り翳すストライクを嘲笑うかのように、バクゥは高速で走り回って波状攻撃を繰り返す。

 

 バクゥの攻撃はすべて実体弾である為、PS装甲のお陰で今のところ被害は無いが、中にいるエストにとっては堪った物ではない。

 

 衝撃は断続的にコックピットを襲い、エストの体力を容赦なく削り取っていく。

 

 アークエンジェルからも援護の為にミサイルを発射するも、バクゥを捉える事は叶わず、却ってエストの足を引っ張る結果にしかならなかった。

 

「何とかならないの!?」

 

 悲鳴に近いミリアリアの声は、ブリッジにいる全員の声を代弁している。

 

 せめてもう1機、援護の機体を出せれば状況も立て直せるのだが、キラは療養中、スカイグラスパーは武装が間に合わない状況では、どうしようもない。

 

 エストはジャンプしながらアグニを撃つという戦法を繰り返している。今のところ、それが最も有効な手段であると気付いたのだろう。しかし、それでも状況を逆転するには至らない。

 

 機動力を発揮でいない上に多勢に無勢である為、着地したところを袋叩きにされる事の繰り返しであった。

 

 もどかしさだけが募っていく。

 

 そんな時だった。CICの扉が開き、リリアに支えられたキラが入ってきたのは。

 

「キラ・ヒビキ!?」

「キラ!?」

 

 ナタルやサイが驚きの声を上げる。起きたのは勿論だが、CICに入ってきた事も意外であった。

 

 自分に集まる視線を無視して、キラは遠慮なく室内に入ってくる。

 

「・・・・・・状況は、どうなっています?」

 

 まだ本調子でないのか、荒い息で尋ねるキラ。

 

 モニター上には、苦戦を続けるストライクの姿があった。

 

 今もジャンプしながら砲撃を繰り返しているが、攻撃は当たらず、却って着地の際にバランスを崩して動きを止めてしまう。そこへ集中攻撃を喰らう有様だ。

 

 だが、それを見て、キラの目は光った。

 

「貸してッ」

 

 キラはミリアリアの席を強引に奪うと、そこにある端末に手を伸ばし、指を高速で動かしてタイピングを始めた。

 

「何をする気だ!?」

 

 訝るナタル。彼女としては、自分の管轄下にある機材をテロリストであるキラに触らせたくないのだろう。

 

 だが、

 

「やらせてあげてッ」

 

 階上から、マリューの声が響く。この状況を逆転できるとしたら、それはキラ以外にはいない。マリューはそのように判断したのだ。

 

 艦長がそう判断した以上。ナタルとしては従うしかなかった。勿論、内心では納得できるものではなかったが。

 

 そんなやり取りを背中にしながら、キラの指は高速で動いていく。

 

「・・・・・・接地圧が逃げるんなら、それを合わせれば良い。逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定!!」

 

 画面がキラの想定した数値をたたき出す。

 

「システムアップデート、転送開始!!」

 

 設定した数値が、レーザー通信に乗ってストライクのOSへと送られる。

 

 同時に、苦戦を続けるエストの視界の隅で、キラからのデータを受け取ったストライクが、OSの書き換えを始めている。

 

 ストライクが足を付く。だが、これまでのように無様にバランスが崩れる事は無い。

 

「これはっ!?」

 

 理由は判らないが、状況は理解できる。反撃のチャンスだ。

 

 そこへ、これまで同様にバクゥが飛び掛かってくる。

 

 今回も、蹴り飛ばされ、無様に地面に転がる地球軍のモビルスーツの光景が、バクゥのパイロットの脳裏には浮かべられている。

 

 その瞬間、

 

 不用意に近づいてきたバクゥを、ストライクはカウンター気味に蹴り飛ばした。

 

 仰向けに倒れ込むバクゥ。とっさの事でパイロットも思考が追いつかない。

 

 どうにか身を起こそうとする。だが、その前にストライクはバクゥの腹を足で強引に踏みつけた。

 

 そしてアグニをゼロ距離から斉射。吹き飛ばす。

 

 1機撃破の報告に湧き帰るアークエンジェル艦内。

 

 更に別のバクゥが背後から襲いかかろうとするのを、ストライクはアグニの銃把で殴り飛ばす。

 

 そこには、先ほどまでのように、無様に転げまわる姿はない。完璧なまで絵に本来の性能を取り戻したストライクの姿があった。

 

 急に動きの良くなったストライクに、ザフト軍の間に戸惑いが走る。

 

 その間にエストは肩部のバルカンを起動。ヘリが放つミサイルを片っ端から叩き落していく。

 

 CICに居座っているキラもまた、黙ってはいない。

 

「水平角27度、仰角5度に主砲を向けてください!!」

「え!?」

「何だと!?」

 

 キラの突然の言葉に戸惑う一同。

 

「早く!!」

 

 急かされ、慌てて言われた通りに2番砲塔を旋回させる。

 

 その先では、今にもストライクめがけて飛びかかろうとするバクゥの機影がある。

 

「今!!」

 

 キラの号令と共にゴットフリートが斉射される。

 

 バクゥのパイロットは全く予想していなかったのだろう。その一撃によって閃光に吹き飛ばされる。

 

 ここに来てアークエンジェル側は、ようやく戦線を立て直しはじめている。

 

 接地圧パラメータのアップデートによって、本来の性能を発揮できるようになったストライクは、複数のザフト機を相手に善戦し、打って変わってザフト軍はストライクとの性能差の前に、先程までの整然とした連携に齟齬が生じ始めている。

 

 このままなら押し返せる。誰もがそう思い始めたときだった。

 

「南西より熱源接近、艦砲射撃です!!」

 

 その一言に、再び緊張が走る。敵は機動兵器だけでなく、戦艦も繰り出してきていたのだ。

 

 報告を受けると、マリューは素早く決断する。

 

「離床、緊急回避!!」

 

 既にエンジンは、動ける程度にまで圧が上がっている。

 

 ゆっくりと上昇するアークエンジェル。

 

 飛んできた砲弾は、一部はイーゲルシュテルンによって撃ち落され、他は地面へ落ちて砂塵を上げる。

 

 だが、攻撃はそこで止まらない。すぐに第二陣、第三陣が向かって来る。

 

 対してアークエンジェルは迎撃以外の手段が取れない。相手の位置が判らない為、効果的な反撃ができないのだ。

 

 そこへ、格納庫で待機していたムウから連絡が入った。

 

《俺が行く!!》

 

 叩きつけるように叫ぶムウ。

 

《俺がスカイグラスパーで出てレーザーデジネーターを照射する。それを目標にミサイルを撃ち込め!!》

「しかし、今から索敵しても間に合いません!!」

 

 既に敵の総攻撃は開始されている。今から出撃しても、こちらが被害を受ける前に敵艦を捕捉できる可能性は低い。

 

《それでもやるしかねえだろ!!》

 

 そう告げると、ムウは地上における新たな愛機となった戦闘機へと駆け寄る。

 

 第8艦隊から受領したスカイグラスパーは3機。そのうちの1号機は、ようやく飛行可能なレベルに調整が終わっていた。もっとも、ミサイルやバルカン等の武装は、まだ未搭載であるが。

 

 射出されるスカイグラスパー。

 

 だが、その間にも砲撃は続く。

 

「直撃、来ます!!」

 

 トノムラの悲鳴に近い警告の直後、激しい衝撃が艦内を襲った。

 

 

 

 

 

「アークエンジェル!?」

 

 未知の敵から攻撃を受けるアークエンジェルの姿は、エストにも確認できた。

 

 そこへ襲ってくるバクゥ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちと同時に、トリガーを絞る。

 

 アグニから放たれた閃光により、バクゥは吹き飛ばされる。

 

 その間にも、アークエンジェルに向かって飛ぶ砲弾。

 

 それに対してエストは、バルカンでバクゥを牽制しながら、射程の長いアグニで飛来する砲弾を迎撃していく。

 

 的確に砲弾を撃ち落していくストライク。

 

 だが、そんな戦い方が長続きするわけも無かった。殊に大出力のアグニはエネルギー消費が激しい。

 

 気が付けば、バッテリーが危険領域に近付きつつあった。

 

「このままでは・・・・・・」

 

 エストは呻き声を発する。

 

 まだ敵は、当初の半分以上が残存している。残ったバッテリー量から逆算しても、全てを倒すのが不可能である事は明白である。

 

 迷うエスト。それを見透かしたかのように、包囲を狭めてくるザフト軍。

 

 その時だった。

 

 1機のヘリが、出し抜けに爆発を起こして撃墜する。

 

「えッ!?」

 

 驚くエスト。

 

 そこへ砂丘を乗り越え、数台の戦闘バギーが飛び出してくるのが見えた。

 

 バギーに乗っている者達は、次々と手にした大型のランチャーを放ち、飛んでいるヘリを撃ち落していく。

 

 さしものザフト軍も、横合いからの奇襲攻撃には対応できないでいる。

 

 その時、ストライクの足元に1台のバギーが止まり、通信用のワイヤーケーブルを接触させてきた。

 

《そこのモビルスーツのパイロット、死にたくなければこちらの指示に従え!!》

 

 シートに座った金髪の少女が、張りのある声で支持を送ってくる。

 

 同時に転送されてきた地形モニターの一角に、何かの点が打たれるのを確認した。

 

《そのポイントにトラップが仕掛けられている。そこまでバクゥを誘導するんだ!!》

 

 その声の後に、通信は途切れる。

 

 相手が何者か判らない以上、無闇に従うのは危険だ。だが、このまま手を拱いていても、バッテリー切れで撃破されるのがオチである。

 

 今はまだしも、可能性の高い方に賭けるしかなかった。

 

 ストライクをジャンプさせる。

 

 後から現れた勢力が何者であるかはわからないが、少なくともザフト軍に攻撃していた以上、敵と言う事もないだろう。

 

 エストはストライクの進路を指定されたポイントへと向ける。

 

 残り3機になったバクゥも、背後から追随して来るのが判る。

 

「あそこ・・・・・・」

 

 ポイントを目視する。

 

 着地。同時にバッテリーが危険域に入り、PS装甲がダウンする。

 

 これ以上、ストライクは戦うことができない。あとは任せるしかない。

 

 追って来たバクゥの前肢が迫る。

 

 その一瞬を見切り、最後のバッテリーを使ってジャンプし、その場を飛びのくストライク。

 

 それと入れ替わるように、着地するバクゥ。

 

 その瞬間を待っていたかのように、周囲から一斉に火柱が上がった。

 

 一瞬のことで、バクゥのパイロット達は、思わず次の動作を忘れて呆然とする。

 

 その一瞬の判断ロスが、致命傷となった。

 

 沸き起こる爆発。

 

 先ほどの爆発の数倍の規模を誇る火柱は、バクゥ3機を完全に呑み込み、粉砕する。

 

 この地方の地下には、莫大な天然地下資源が眠っている。そこに強力な地雷を仕掛け、誘爆を起こしたのだ。

 

 いかなモビルスーツでも、これにはひとたまりも無かった。

 

 膝を突くストライク。

 

 同時にエストは、ヘルメットを脱いで汗を拭った。

 

 長い髪も、汗でべとべとになっている。短い時間の戦闘であったにもかかわらず、それがエストにとってかなりの負担になっていたのは明白だった。

 

 どうにか、勝つ事ができた。すでにバッテリーは底を尽き、ストライクはこの場から動くことすらかなわない。

 

 しかし、

 

 指は、そっとOSのモニターを撫でる。

 

 あの一瞬、遠隔でOSを書き換えるという離れ業をやった人間。そんな事ができる者は1人しかいない。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 その存在は、エストにとってますます謎に包まれようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-11「熱砂の猛獣」     終わり

 



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PHASE-12「勇気の代償」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの闇が去り、陽は地に影を落とす。これから徐々に気温は上がり、焼けるような暑さが襲う事になる。

 

 戦いを終えたアークエンジェルは大地に羽を下ろしていた。

 

 ザフト軍の指揮官が、名将アンドリュー・バルトフェルドである事が判明した時点で、マリューは交戦を断念。同時に、索敵に出ていたムウも、機首を翻して帰還した。

 

 ストライクのバッテリー残量も限界を迎えており、それ以上の作戦行動は不可能と判断した事に加え、相手は地上戦の名指揮官。下手に深追いして、薮蛇になるのは避けるべきだった。

 

 マリューは艦内から出て、砂地の上を歩いていく。付き従うのはムウとキラの2人。アークエンジェルの傍らには、待機状態のストライクも立ち、警戒状態にある。

 

 視線の先には、先の戦闘で援護に入ってくれたゲリラメンバー達が立っている。

 

「どう、思います?」

「さてな、取り合えず、銃は向けられていないみたいだが」

 

 マリューに尋ねられたムウも、歯切れ悪く応える。

 

 見たところ、こちらに攻撃してくる兆候は無いように思えるが、相手の正体が判明しない以上、油断は出来ない。敵地のど真ん中にいる現状、「敵の敵は味方」と断定できないのは辛い所である。

 

 病み上がりのキラをわざわざ連れて来たのは、いざと言う時の戦闘力を期待しているからである。

 

 やがて、両者は対峙した。

 

 ゲリラ側からも代表者と思しき男が前に出る。口ひげを蓄えた、体格の良い凄みのある男である。長年にわたって様々な物と戦い続けて来た一種の貫禄のような物が見て取れた。

 

 男の存在感にやや圧倒されながらも、マリューはその前に立つ。

 

「助けていただいた事、ありがとう。と、お礼を言うべきなんでしょうね。地球連合軍第8艦隊所属、マリュー・ラミアスです」

「あれ、第8艦隊ってのは、壊滅したんじゃなかったっけ?」

 

 男の傍らにいた少年の嘲るような言葉に、マリューは一瞬顔を顰める。ハルバートンが自分達の身を犠牲にしてまでアークエンジェルを逃してくれた事は、まだ記憶に新しい。そして、結果的とは言え、自分達が助かる為にハルバートンと第8艦隊を見殺しにしてしまったと言う負い目もあった。

 

「アフメド」

 

 そんなマリューの様子を察したように、リーダーの男は厳しい口調で少年を嗜め、マリューに向き直った。

 

「俺達は『明けの砂漠』だ。俺はサイーブ・アシュマン。礼なんざいい。判っているんだろ、別にあんた達を助けたわけじゃねえ。こっちも、こっちの敵を討っただけでね」

 

 どうやら、取り合えず敵ではないと断定できるようで、マリューは密かに胸を撫で下ろした。

 

 サイーブは、マリューからムウに視線を向けた。

 

「あんたの顔には見覚えがあるな」

 

 その言葉に、ムウはおどけたように肩を竦める。

 

「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に知り合いはいないはずなんだがな?」

 

 軽い調子で言ったムウの言葉に、サイーブは納得したように深く頷きを返した。

 

「有名な『エンデュミオンの鷹』に、こんな場所で会えるとはな」

 

 マリュー達は、少し驚いたように目を見開いた。ムウの存在と異名は連合軍の宣伝効果もあり、それなりに知れ渡って入るのだが、それにしてもこんな局地にまで知っている人間がいるとは思わなかった。単に噂程度のレベルなのか、それともサイーブが情報に精通しているのかは判然としないが。

 

 いずれにせよ、このサイーブという男が詳しい情報に精通しているようなのは確かだった。

 

 サイーブは、更に視線をキラに向けた時、今度はサイーブ自身が驚く番だった。

 

「お前は・・・・・・」

 

 目が合ったキラは、マリューの前に出てサイーブを見た。

 

「お久しぶりです、サイーブさん。3年ぶり、くらいですか?」

「・・・・・・ヴァイオレット・フォックス、なぜお前が地球軍と一緒にいる?」

 

 驚愕するサイーブと、苦笑するキラ。

 

 思わず、ムウとマリューは、両者の顔を見比べてしまう。まさか、こっちは本当に知り合いだったとは。確かにキラはゲリラとして世界中を転戦した経験を持っているので、あちこちに知り合いがいてもおかしくはないのだが。それにしても、偶然降り立った先で知り合いに出会うとは・・・・・・

 

「まあ、こちらも色々ありまして。今はこの人達に協力している身分です」

 

 そう言って、苦笑気味に頬をかくキラ。

 

 その時だった、

 

「おい、お前ッ!!」

 

 突然、1人の少女が割り込むようにして前に出てきた為、会話が中断されてしまう。

 

 割り込んできたのは、あの爆破作戦の指揮を取っていた金髪の少女である。だが、その少女の顔は、まるで戦闘中であるかのように厳しく引き攣られていた。

 

 少女はキラの前に立つと何を思ったのか、突然殴りかかってきた。

 

「お前が何故、こんな所にいる!?」

「わッ!?」

 

 少女の拳を首を傾げながらかわし、とっさにその手首を掴むキラ。同時に、苛立ちに満ちた少女の顔が、自身の記憶の中にある1つと一致するのが判った。

 

「あれ、君、確か、ヘリオポリスにいた・・・・・・」

 

 ザフトに襲撃を受けたヘリオポリスのラボで助け、脱出ポッドに押し込んだ少女だった。

 

 あのときはほんの僅かな邂逅であったが、あまりにも印象が強烈だったため覚えていたのだ。

 

 あれから、まだ一月しかたっていないのに、ずいぶんと立場が変わってしまったものだと、思わず感慨に耽ってしまう。

 

 それにしても、ヘリオポリスで助けた少女が、なぜこんな場所にいるのか?

 

 と、そんなキラの感慨を振り払うように、少女は暴れる。

 

「放せ、馬鹿ッ!!」

 

 少女はキラの手を振り払うと、お返しとばかりに頬を殴りつけてくる。

 

 そんな一連の様子を、大人達は呆気に取られて見詰めていた。

 

 

 

 

 

 岩陰に設けられた明けの砂漠の前線基地に、ゆっくりと降り立つアークエンジェル。

 

 着地体勢に入った巨体を見上げるゲリラの戦士達が、呆気にとられている様子が見える。

 

 とにもかくにも敵地の真ん中に下りてしまったアークエンジェルとしては、何もかもが足りない。武器、弾薬、食糧、医薬品、燃料、そして何より情報。それらを確保する為に、現地ゲリラと協力するのは最善であった。

 

 艦を停止すると、早速、マリュー、ムウ、ナタルの3人がゲリラ側との折衝に赴き、その間にキラ達は、艦の上部を偽装ネットで覆う作業を命じられた。

 

 シルフィードで大掛かりなネットを拡げながら、キラは何とも奇妙な感覚に囚われていた。

 

 地球連合軍第八艦隊所属、キラ・ヒビキ少尉。それが、今のキラの立場である。

 

 どうやら、ハルバートンの差し金だという事は話に聞いたが、テロリストの自分に階級を与えるなど、あの老提督は何を考えているのか。

 

「・・・・・・過去を乗り越えろ、か」

 

 宇宙で一度だけ会った初老の提督は、キラにそう語った。

 

 随分と、面倒な宿題を押しつけて逝ってくれたものだ。と思う。そもそも言う方は簡単だが、実行する方は堪ったものではない。それを承知で言ったのだ、あの老提督は。ならばこの措置も、その為の一環なのだろうか。

 

 過去はそう簡単に捨てきれるものではない。テロリストとして、あるいはゲリラとして長くナチュラルと戦ってきたキラには、それが嫌と言うほどわかる。

 

 過去は過去として、まるで忌み嫌う影のようにどこまでも付いて回るものである。

 

 その過去を、ハルバートンは乗り越えろという。

 

「ほんと、簡単に言ってくれるよね」

 

 溜息混じりに呟きながら、作業を進めていく。

 

 やがて偽装作業も終わり、キラはコクピットから出て、甲板に降り立った。

 

 既に陽は中天に上り、砂漠特有の容赦ない日差しが降り注ぐ。一瞬で肌が焼けそうな光に、キラは思わずむせるような感覚を味わった。

 

 キラが階級を貰ったのと同様に、マリューを初めとしたクルーも、それぞれ昇進し、マリューとムウは少佐に、ナタルは中尉、エストは准尉になっている。

 

 そして、サイ、トール、ミリアリア、カズイ、リリアの5人も、それぞれ二等兵となった。キラのみ、パイロット待遇と言う事で少尉となっている。

 

 フレイはいない。

 

 後でサイに聞いた話では、第八艦隊と合流した時、亡くなったアルスター外務次官の秘書だとの名乗るものが現れ、戦闘開始前に専用シャトルで離脱したのだと言う。

 

 そう言えば、艦隊との合流直後、フレイが見知らぬ男性と話しているのを見ていた。恐らく、あれがそうなのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彼女の事を考えると、キラは胸が痛むのを止められない。

 

 自分達の力が足りなかったせいで、彼女は父親を失った。これからフレイが、どのような人生を歩んでいくのか、想像する事もできない。

 

 それに、サイの事もある。

 

 仕方のない状況とはいえ、婚約者と離れ離れになってしまった事は彼にとっても辛いだろう。だが、サイはそんな様子は一切感じさせずに、いつものように柔らかく笑って皆のまとめ役としてふるまっている。だが、僅かに肩を落としているように見えたのは、キラの見間違いではないだろう。

 

 フレイだけではない。キラが助けた一般人や、紙の折花をくれた少女。彼女達もまた、結局守ることが出来なかった。

 

 クライブの攻撃により、目の前で爆散するシャトルの光景は今も目の奥に焼きついている。

 

「クッ」

 

 痛みを堪えようと、軽く首を振った。

 

 許されざる男。

 

 クライブ・ラオスという男の事を思い出すたびに、キラは灼熱にも似た怒りにとらわれるのを抑えられない。

 

 今回の事もそして過去の事も、キラには決して癒えぬ傷となって血を流し続けている。

 

 クライブは、必ずまた自分たちの前に立ちはだかるだろう。それは願望でもなんでもなく、キラの中に確かに存在している確信だった。そういう男なのだ。付き合いの長いキラには、それが手に取るようにわかる。

 

 あの男にはいずれ相応の報いを受けさせる。そう固く心に誓っていた。

 

 その時、背後から人が近付いてくる気配がありキラが振り返ると、そこには先程の金髪少女が、ばつが悪そうな顔で立っていた。

 

 カガリ・ユラと名乗ったその少女は、少し躊躇うような顔をしている。

 

 先程の事もあり、キラとしては彼女が直情的な性格の持ち主である事を察していた。もう、あんな事は無いだろうが、それでも身構えずにはいられない。

 

 やがて、カガリは躊躇いがちに口を開いた。

 

「・・・・・・さっきは、その、殴って悪かったな」

 

 キラを睨みつけるようにしながら、カガリはボソッと呟いた。

 

「殴るつもりはなった・・・・・・訳じゃないんだが、あれははずみだ。許せ」

 

 その物言いが妙におかしかったので、キラは思わず噴き出してしまった。

 

「何が可笑しい!?」

「いや、ごめん」

 

 そう言いながらも笑うのをやめないキラ。先ほどあんなに激昂していたのに、今は借りてきた猫のように大人しくなっている事が、妙にほほえましくて笑ってしまったのだ。

 

 結局その後、調子に乗って笑いすぎたせいで、顔を真っ赤にしたカガリにもう1発殴られてしまった。

 

「・・・・・・あれから、お前がどうなったのか、ずっと気になっていたんだ」

 

 並んで甲板に座り、カガリは話し出す。

 

 キラは再び殴られた頬を摩りながら、カガリの言葉に聞き入っている。

 

 あの時、脱出ポットに入る事が出来たのは1人だけ。だが、キラは迷わずカガリを押し込んだ。本来なら、彼女を押しのけてでも自分が入るべきだったのかもしれない、と思わない事もない。そうすれば、エストの追撃を断つ事も出来たし、今こんな場所で苦労する事もなかったはずだ。

 

 だがそれでも、キラはあの時の決断には微塵も後悔していなかった。きっと、場所を変えて同じような状況になったとしても、キラはまた、同じ決断をするだろう。

 

 そんなキラの様子を見ながら、カガリは話題を変えてきた。

 

「そう言えばお前、サイーブ達とは知り合いだったのか?」

「うん、まあね」

 

 3年ほど前、ユーラシア連邦の警察組織に追われたキラ達の組織は、それまで活動拠点にしていた欧州を脱出し、アフリカ地方へと落ち延びてきた。その時、敗残のキラ達を匿ってくれたのが、サイーブの住むタッシルの街の住人だったのだ。

 

 そこから一時期、レッド・クロウの面々はタッシルで暮らしていた事もある。その為、キラとサイーブは顔見知りであったのだ。

 

 反大西洋連邦の筆頭ともいうべきキラが、まさか地球軍の戦艦に乗って現れるとは、サイーブとしては思ってもみなかったことだろう。

 

「お前が、ヴァイオレット・フォックスって言うのは、本当なのか?」

「ハハ、まあ、世間じゃ、そんな風に言われてるみたいだね」

 

 乾いた笑みを見せるキラを、カガリは意外そうな面持ちで見詰める。

 

 「大量殺戮の使徒」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「連邦に仇成す者」・・・・・・、・フォックスに関する不吉な異名は数々ある。そんな凶悪なテロリストが、まさか自分と同年代の子供だったとは驚きであった。

 

「天下の凶悪テロリストが、今度は連合のパイロットか。いったいどうなってるんだ、お前?」

「いや、僕に聞かれても・・・・・・」

 

 その質問には、苦笑で返すしかない。何しろ、キラですら何でこんな事になってしまったのか、把握しきれないからだ。

 

 そんなカガリに、今度は逆にキラが問い返す。

 

「そう言えば、君はどうしてこんな所にいるの? オーブの子じゃなかったの? それとも、元々こっちの人だったの?」

「あ、いや、それは・・・・・」

 

 妙に口ごもるカガリ。何か聞きづらい事でも聞いたのだろうかと、キラは首をかしげる。

 

 その時、1人のゲリラ戦士が近付いてきた。

 

 砂漠の民にしては妙に色白な、線の細い華奢な印象のある青年だ。格好こそ砂漠用迷彩を纏っているが、どこか違う土地の人間であるように思える。

 

「カガリ、キサカさんが呼んでるよ。武装のチェックは終わったか、だってさ」

 

 穏やかな口調で語る青年は、そのまま視線をキラに向けた。

 

「やあ、君がヒビキ少尉だね。俺はユウキ・ミナカミ。よろしく」

「は、はあ、どうも」

 

 妙に気さくな物言いで、右手を差し出すユウキ。その手を、キラも戸惑いがちに握り返す。

 

 瞬間、キラは僅かに目を細めた。

 

 握手と言うのは存外、するだけで相手の正体の表面くらいは探る事が出来る。それは挨拶と言う行為と供に、相手の事を知ろうとする意思が介在しているからなのだが、今、ユウキは絶妙な力加減で、キラに探りを入れてきていた。

 

 それにその掌。一見するとユウキは、砂漠に似つかわしくない優男にしか見えないが、その実、鍛え込まれたように硬い感触があった。間違いなく素人ではない。

 

 そんなキラにユウキは構わず笑みを向け、もう一度カガリに向き直った。その顔には、面白いネタを見付けたような笑みが張りつけられている。

 

 カガリは思わず、言葉に詰まった。ユウキがこう言う顔をする時は、大抵はろくな事を考えていない時だ。

 

「それにしても、カガリも隅には置けないね」

「な、何がだ?」

「初めて会ったばかりの男の子を、もう口説きにかかるなんてさ」

「なっ!?」

 

 カガリは仰天し、次いで顔を真っ赤にして立ち上がる。

 

「そんな訳あるか!! それにこいつとは初対面じゃない。前に一度会ってる!!」

「あ、じゃあ、再会して、また狙いを定めたって感じかな?」

「そう言う話じゃない!!」

 

 『遊ばれてるな』と、キラは思うと同時に、密かに笑みがこぼれるのを止められなかった。

 

 肩を怒らせて怒るカガリに、巧にかわしながら逃げまくるユウキの光景が、どうにも可笑しい。

 

「そ、そんな事より、キサカが呼んでるんだろ。あいつはどこにいるんだ!?」

「あ、バギーの格納庫。そんじゃキラ、また後で」

 

 そう言いながら、カガリとユウキは去っていく。

 

 尚も笑いが止まらないユウキの向こう脛を、カガリが思いっきり蹴り飛ばす所が、最後にちょっとだけ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦レセップスは、バルトフェルドが旗艦にしている、レセップス級陸上戦艦の一番艦である。大型の艦体に多数の火砲を搭載し、スケイルモーターの採用により巨大な艦体にも拘らず、高い機動性を誇る。そして、次世代機動戦力であるモビルスーツの整備、運用能力を持つ。まさに陸の移動要塞とも言うべき存在である。

 

 昨夜の戦いで接触したムウが交戦を断念して帰投した事からも、その存在の強大さが伺えた。

 

 ノックして艦長室のドアを開けると、ダコスタの鼻腔に強烈な匂いが吹き込んできた。

 

 ムッとするような空気に思わず鼻と口を手で押さえ、匂いの主に抗議の声を上げる。

 

「隊長、換気くらいしません?」

「そんな事をわざわざ言いに来たの?」

 

 バルトフェルトは楽しそうにコーヒーをブレンドしながら尋ねてくる。

 

 そんな上官の様子に、諦めの溜め息を吐きながら告げる。この上官の趣味には艦内の誰もが辟易しているのだが、下手に突くとやぶへびになると言う事は、これまでの経験で判っているので、ダコスタはそれ以上何もいわない。

 

「あ、いえ、出撃の準備が整いました」

「はい」

 

 コーヒーをカップに注ぎながら、バルトフェルドはその香気を吸い込み、心地よく呼吸をする。出撃準備が整い、命令を待っている部下を前にしてもマイペースを崩さないのは流石と言うべきか何と言うべきか。

 

「うん、良いね。今度のはハワイコナを少し足してみたんだ」

「はあ・・・・・・」

 

 ここでうっかり「それはどんな豆なのですか?」などと尋ねてはいけない。そんな事をしたら、この後、延々と薀蓄を聞かされる事になりかねない。今は作戦前なのだ。そんな事を聞いている余裕は無い。

 

 淡白な反応の副官を無視して、バルトフェルドは差し向かいに座った人物に向き直った。

 

「君はどう思う? 意見を聞かせて欲しいんだが」

 

 目の前には、赤服を纏った少女が座っている。手には、バルトフェルドに勧められたカップを、両手で包むようにして持っている。

 

「はあ・・・・・・まあ・・・・・・美味しいんじゃないですかね?」

 

 微妙な表情と受け答えをしながら、ライア・ハーネットはカップから口を離した。

 

 正直、淹れられたコーヒーは濃すぎて、とても飲めたものではない。そもそも、コーヒー自体あまり飲んだ事のないライアには、あまりにも強烈過ぎた。これがコーヒーという代物であるなら、一生飲まないでもいいのでは、とさえ思ってしまう。

 

「おや、君にはまだ早かったかな?」

 

 そんなライアの表情を見て、バルトフェルドは可笑しそうに微笑を浮かべる。どうやら自分の淹れたコーヒーで悦に浸っているようなので、ライアとしても、そこに水を差す気はないが。

 

 あの低軌道会戦で第八艦隊の防御陣を突破したライアのブリッツは、逃げるアークエンジェルを追撃した。

 

 その結果、深追いしすぎて脱出不可能となり、そのまま降下する羽目になってしまったのだ。

 

 幸い、落ちた先はザフトの勢力圏内であり、数時間後には味方の偵察隊に救助されたのだが、ブリッツは大気圏突入の際に負荷がかかりすぎた為に動かす事ができず、砂漠戦仕様への回収も含めて、現在はバルトフェルド指揮下の整備班に預けている。

 

 しかし、

 

 ライアは、バルトフェルドをチラッと見据える。

 

 アフリカ方面軍司令官アンドリュー・バルトフェルド。名将だとは聞いていたが、これではただの変人にしか見えない。

 

 しかし、飄々とした態度とは裏腹に、開戦初期のスエズ攻防戦においては、ユーラシア連邦軍の大戦車部隊を相手に、当初の劣勢を跳ね返して逆転勝利を飾った事はあまりにも有名である。

 

 そんなライアに笑みを向けながら、バルトフェルドは立ち上がると、艦長室を出た。

 

 それに慌てて付いていくライアとダコスタ。

 

 甲板上には、既に3機のバクゥが出撃準備を整えて待機していた。

 

「それではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う。昨夜は少々おいたがすぎた。悪い子にはきっちりお仕置きしてやらんとな」

 

 兵士達の笑いを誘う。こう言うユーモアを基にした士気の上げ方は、クルーゼ隊には無かった物だ。長く、エリート部隊特有の堅苦しい雰囲気に包まれて戦ってきたライアには、それがとても新鮮に思えた。

 

「目標はタッシル。総員搭乗!!」

 

 バルトフェルドの号令と供に、パイロット達は愛機へと駆けて行く。

 

 その様子を見ながら、バルトフェルドはライアに向き直った。

 

「さて、君も来るかい? こっちの戦い方を教えてやるよ」

「はい!!」

 

 そう返事をすると、ライアはバルトフェルドと供に、ダコスタの運転するジープへ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 夜陰。

 

 タッシル近郊で車を止めると、バルトフェルド達は眼下の街を見下ろした。

 

 さほど大きな街ではない。バルトフェルドが拠点にしているバナディーヤに比べれば、半分ほどの規模ではないだろうか。深夜と言う事もあって灯りは全て落とされ、人が動く気配もない。

 

「もう、寝静まる頃ですしね」

「そのまま永遠の眠りについてもらう・・・・・・」

 

 冷酷な言葉を発するバルトフェルドに、後部座席に座ったライアは息を飲む。逆らう者は皆殺し。全てを焼き尽くして前へと進む。この冷酷さが「砂漠の虎」が名将たる所以なのだろう。

 

 ライアの隊長であるクルーゼも冷酷さでは人語に落ちないが、どうやらバルトフェルドも、自身に楯突いた者に見せる寛容さは持ち合わせていないようだ。全てを焼きつくし、己が力を誇示する為の見せしめとする心算なのだ。

 

 と、思った瞬間、

 

「なんて事は、僕は言わないよ」

 

 気の抜けるような言葉に、ライアは思わずその場でコケそうになった。

 

「や、やらないんですか?」

「だって、それじゃ僕が虐殺者になっちゃうじゃないか。嫌いなんだよね、そう言うの」

 

 驚愕の表情を浮かべるライアに対し、飄々と応えながらバルトフェルドはダコスタに向き直る。

 

「警告から15分後に攻撃を開始する」

「は?」

 

 ダコスタも意味がわからないのか、怪訝な顔で上官を見ている。

 

 長くバルトフェルドの副官を務めているダコスタですら、上官の真意を測りかねている様子である。昨日今日会ったばかりのライアに、彼の胸の内が理解できるはずもなかった。

 

 だが、そんなダコスタを、バルトフェルドは急かす。

 

「ほら、早く言って来て」

「は、はい!!」

 

 慌てて走っていくダコスタの背中が、闇の中に消える。

 

 それを待っていてバルトフェルドは、隣で呆気にとられているライアに口を開いた。

 

「意外かね?」

「え?」

 

 突然の問い掛けに戸惑うライアに、バルトフェルドは続ける。

 

「クルーゼ隊では、作戦の為には民間人も犠牲にしていたのかい?」

「・・・・・・それは」

 

 崩壊したヘリオポリスの件を考えれば、否とはいえない。理由があったとは言え、中立国の民間コロニーに攻撃を仕掛けたのは事実なのだから。

 

 バルトフェルドは、それ以上何も言わずに、ただ黙って時間が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 それが起こったのは、一部の者を除いて全員が眠りに入ろうとしていた時だった。

 

 レジスタンスの基地は、騒然に包まれた。

 

 サイーブが司令室から飛び出し、それに続いてマリューとムウも走り出てくる。対ザフトに向けて連携を組む事となったアークエンジェルと明けの砂漠は、細部の作戦について詰めている矢先の騒ぎだったのだ。

 

「空が、空が燃えている!!」

「タッシルの方角だ!!」

 

 その報告に、サイーブは顔色を変える。

 

 タッシルは彼の街である。あそこにはサイーブの妻と2人の子供が暮らしている。それだけではない。住む者達とは皆、家族同然の付き合いだ。そして明の砂漠に所属するレジスタンスの大半もまた、タッシル出身者で占められている。

 

 そのタッシルが燃えている。

 

 既に通信も途絶し、状況は全くわからない。

 

「弾薬をッ 早く!!」

「お袋が!! お袋は病気なんだ!!」

「早く乗れッ 置いてくぞ!!」

「そこッ もたもたすんじゃねえ!!」

 

 ゲリラ戦士達は皆、色めき立ち、今にも飛び出していきそうな雰囲気だ。

 

 対して、リーダーであるサイーブは、まだ冷静な方であった。ここでリーダーまで度を失っては、組織としての秩序が崩壊する。それだけは避ける必要があった。無論、可及的速やかに状況を確認する必要があるが。

 

「待てッ 慌てるんじゃない!!」

「サイーブ、放っとけって言うのか!?」

「そうじゃない、落ち着けッ 別働隊がいるかもしれないから、半分は残れと言っている!!」

 

 これが陽動である可能性は、充分にある。1隊で持ってタッシルを襲い、その隙に別働隊がこの基地を襲う。元々タッシルにはろくな戦力が置かれていない。襲撃するなら少数の部隊で済む。その上で余剰戦力をこちらに向けてくる事は充分にあり得る。そう考えれば確かに、ここを手薄にするべきではなかった。

 

 そんな様子を見ながら、マリューは傍らのムウに話し掛ける。

 

「どう、思います?」

「う~ん、砂漠の虎は残虐非道、なんて話は聞いた事ないけどな」

 

 確かに、アンドリュー・バルトフェルドは戦場の勇士ではあっても、非道な真似をするという話は聞いたことがなかった。

 

 だが、現実に攻撃を受けて街は燃えている。万が一のことを考えれば、こちらからも戦力を出すべきだった。

 

「サイーブさんの言う通り、別働隊の可能性を考えればアークエンジェルを動かすわけにはいきません。少佐、行って頂けますか?」

「俺が?」

 

 意外そうな顔をするムウに、マリューは微笑みながら続ける。

 

「スカイグラスパーが、一番速いでしょう。援護にリーランド准尉も付けますから」

「了解、そんじゃいっちょ、行って来ますか」

 

 おどけ気味にそう言うと、肩を回しながらムウはアークエンジェルへと向かう。

 

「私達にできる事は救援です。バギーでも、医師と何人か行かせますから」

 

 マリューの言葉に片手を上げて答えながら、ムウは艦内に入っていく。

 

 見れば、レジスタンスのメンバー達も出撃する所であった。

 

 サイーブを先頭に次々とバギーが走り出す。

 

 カガリもまた、アフメド達と同じバギーに乗り込んでいる。後部座席にはキサカと名乗る巨漢の戦士も乗っていた。

 

 それを見届けてから、マリューも警戒態勢をとる為にアークエンジェルに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダコスタがバルトフェルドとライアが乗る車に戻る頃には、タッシルの街は完全に火の海に飲み込まれていた。

 

 だが、事前警告が功を奏し、焼かれたのは街だけで済んだはずだ。

 

「終わったか?」

「はい」

 

 それまで瞑っていた目を開き尋ねるバルトフェルド。その視界には、炎に染められるタッシルの街が映っている。

 

「双方の人的被害は?」

「はぁ?」

 

 何か常識外の事を聞いたように、ダコスタは問い返す。相手は無抵抗の民間人。対してこちらはモビルスーツ3機を投入しての殲滅戦である。被害が出るはずもなかった。

 

「あるわけないですよ。戦闘をしたわけじゃないんですから」

「『双方』と言ったんだぞ」

 

 訂正したバルトフェルドの言葉に、ダコスタはようやく上官の意図を察した。ようするに味方ではなく、敵の心配をしているのだ。

 

 昨夜の報復の為に、街を焼き払うような事はしても、住民に被害は極力出さない。それは人道的精神から来ているのではなく、あくまで戦略家としての合理性が元になっている。良くも悪くも、戦場において砂漠の虎は、無駄な事はしない主義なのだ。

 

「そりゃあ、まあ、街の連中には転んだだの、火傷しただのはあるでしょうが」

 

 その答えに満足したのか、バルトフェルドは身を起こした。

 

「それじゃあ、引き上げるぞ。グズグズしていたらダンナ方が帰ってきてしまうからな」

「え、それを待って迎え撃つんじゃ?」

 

 てっきりそうだと思っていたライアが、意外そうに口を挟む。少なくともライアが指揮官なら、この好機を無駄にはしない。救援に来たレジスタンスを補足して殲滅すべきと考えたのだ。

 

 そんなライアの反応が可笑しかったのか、バルトフェルドは笑みを見せながら振り返る。

 

「おいおい、それじゃ卑怯だろ。僕がそんな事をするように見えるのかい?」

「あ、いえ・・・・・・」

 

 見えるも何も、会って1日とちょっとの人間を、どう判断しろと言うのか?

 

 戸惑うライアに肩を竦めて見せて、バルトフェルドは改めて命じた。

 

「ここでの目的は達した。帰投する!!」

 

 そう告げるバルトフェルドの背中に、ライアは戸惑いの視線を投げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 2機のスカイグラスパーが、轟音と供にタッシル上空に達したのは、ザフト軍が立ち去って数分が経過した後であった。

 

 赤々と燃える炎は遠方からでも視認できた。それだけに住人の安否に関しては絶望的な気分にもなる。

 

《ああ・・・・・・ひでぇな、全滅かな、こりゃ・・・・・・》

 

 1号機を操縦するムウが、苦い響きと供に呟く。

 

 2号機を駆るエストも同じ考えであった。見たところ、街の95パーセントが焼失。全滅を通り越して、消滅と呼んで差支えがないレベルだ。火は勢いを衰える気配を見せない。残った部分も、いずれは炎にまかれてしまうだろう。

 

 ゆっくりと機首を回すエスト。

 

 と、その時、視界の端に何かが映り込んだ。

 

「少佐、10時方向を見てください」

《ん?》

 

 エストに倣って機首を回すムウ。その視界には、街の外れにある小高い丘があった。その上に、多くの人間が集まっている。状況から察して街の住人であろう事は予想できる、が。中には、こちらへ向けて手を振っている者までいる。

 

 しかし、気になる事があった。

 

《おいおい、なんか、多くねえか?》

「視界難につき確定は困難。推定ですが、100人は下らないと思われます」

 

 街は壊滅し、今も炎を吹き上げている。簡単に考えれば、生存者は絶望的。いたとしても数人くらいではないだろうかと思われた。

 

 しかし、現実として眼下には、無数の人々がいて、こちらに手を振っている。

 

 ぎりぎりの距離まで近付いて旋回すると、こちらを見上げてくる住民達の姿が見て取れる。

 

 戸惑いながらも、取りあえずは報告をと思い、フラガは無線のスイッチを入れた。

 

《こちらフラガ、生存者を確認》

《そう、良かったわ》

 

 通信機の向うのマリューからは、ホッとした様な声が漏れる。だが、そこへフラガの報告は続く。

 

《と言うか、どうも、ほとんどの皆さんが無事みたいだぜ》

《え?》

 

 スピーカーからはマリューの戸惑う声。

 

 その間にエストは、機体を大きく旋回させながら索敵を掛ける。まだ近くにザフト軍が潜んでいる可能性は否定できない。

 

 だが、どれ程飛んでも、砲撃を受ける気配も、動き出す熱源も存在しなかった。どうやら、攻撃したザフト軍は本当に撤収してしまったようだ。

 

《こいつは、どういう事なんだ?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エストにもその答は出ない。

 

 そうしている内に、彼方の砂丘から幾つかの光が近付いて来るのが見える。レジスタンスの車両が追いついてきたのだ。

 

《着陸するぞ。とりあえず、状況を見てみない事には何とも言えん》

「了解」

 

 そう言うと、エストとムウは近くの砂地にスカイグラスパーを着陸させた。

 

 ほどなく、レジスタンスの車も到着し、飛び降りたゲリラ戦士達が、口々に家族の名前を呼んで駆け寄っていく光景が見える。

 

 レジスタンスに混じってアークエンジェルのバギーも到着した。

 

 責任者として乗り込んでいたナタルが、足早に近付いて来るのが見える。

 

「少佐、これは一体?」

 

 到着したばかりのナタルも、周囲の状況を眺め渡して、戸惑いを隠せずにいる。

 

 もといた人数がどの程度だったかは判らないが、街が全滅するほどの攻撃を受けて、これだけ生き残っていると言うのは理解できなかった。

 

「怪我人はこっちに運べ!! 動ける者は手を貸せ!!」

 

 サイーブが矢継ぎ早に指示を下していく。

 

 そんな中で、カガリも車から降りて駆け寄っていく。

 

「ヤルー、長老!!」

 

 1人の少年が、老人に寄り添っているのが見える。その少年に、サイーブが近付いていく。少年の方もサイーブに気付いたのだろう、険しかった表情が、少し安堵したように穏やかになる。

 

対するサイーブの顔にも、普段には無い優しさが滲んでいる。どうやら、少年がサイーブの息子であるらしい事が判る。

 

「無事だったか、ヤルー。母さんと、ネネは?」

「シャムセディンの爺様が、逃げる時に転んで怪我したから、そっちに着いている」

「そうか」

 

 まだ幼い息子を頼もしく見詰めながら、サイーブは長老のほうに向き直った。

 

「何人やられた?」

 

 その問いに、長老は苦々しそうに顔をゆがめながら口を開いた。

 

「・・・・・・死んだ者はおらん」

「どういう事だッ?」

 

 傍らのカガリが、驚いて声を上げる。

 

 驚くと同時にムウやエストの脳裏に湧き上ったのは「やはり」と言う感情。これだけの惨事にも関わらず、これだけ多くの者が生き残っているのだ。何か事情があったのは間違いない。

 

「最初に警告があった。『今から街を焼く、逃げろ』、とな。警告の後、バクゥが来た。そして焼かれた。家も、食料、燃料、弾薬、全てな」

 

 長老の言葉に、怒りが混じる。

 

「確かに、死んだ者はおらん。じゃが、全てを焼かれ、明日からどうやって生きていけば良いのじゃ?」

「ふざけた真似をッ どういう心算だ、虎め!!」

 

 自分の街を焼かれ、サイーブの声も荒い。

 

 だが、そんな中でムウが落ち着いた調子で言った。

 

「だが、方法はあるだろう。生きてさえすれば」

「何ッ!?」

 

 突然の言葉に、怒りの矛先が一斉に変わる。それに構わず、ムウは続ける。

 

「虎はどうやら、あんた達と本気で戦う心算はないらしいな」

「どういう事だ?」

「こいつは昨夜の一件に対する報復、って言うよりもお仕置きだろう。こんな事くらいで済ましてくれたんだ。虎って、案外優しいんじゃないの?」

「何だとッ!?」

 

 その言葉に強く反応したのは、サイーブではなく、その傍らにいたカガリだった。

 

「『こんな事』だと!? 街を焼かれたのが『こんな事』か!?」

 

 その勢いに押され、思わずムウは後じさりながらも、どうにか反論に出る。

 

「気に障ったんなら謝るがね、けど、あっちは正規軍だぜ。本気でやったら、こんな物じゃ済まないって事くらい、あんた達にだって判るだろ」

 

 ザフトが本気になれば、こんな街くらい小一時間で壊滅させ、住民を全滅させる事もできただろう。そしてそうなれば、先の事を考える余裕すら無かったはずだ。

 

 ムウとしてはその事を教えた心算だった。が、それが却って相手の怒りに油を注いでしまったようだ。

 

「あいつは卑怯な臆病者だッ 我々の留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!? 我々はいつだって勇敢に戦ってきッ 昨日だってバクゥを倒したんだ!! だからあいつは、こんなやり方でしか仕返しできないんだ。何が『砂漠の虎』だ!!」

 

 タジタジになりながら、ムウは助けを求めるように周囲を見回す。が、レジスタンスメンバーや街の住民たちは、敵愾心の篭った瞳でムウを見ている。

 

 心なしか、ナタルとエストの目も冷たい。

 

『少佐、あなたって人は・・・・・・』

『空気くらい読んでください』

 

 味方であるはずの女性陣からもそんな言葉を無言で投げかけられ、ムウはばつが悪そうに頬をかく。

 

 そんな中にあって、サイーブの鋭い声が響いた。

 

「お前等、何処へ行く心算だ!?」

 

 見れば、何人かのゲリラ戦士達が、バギーに乗り込み、出撃の準備を進めているのが見える。それぞれが武装を担いでいるところを見ると、どうやら、ザフト軍を追撃する心算のようだ。

 

「奴等は街を出て、そう経っていない。今なら追いつける!!」

 

 そんな彼等の様子に、ムウは呆れ返るのを止められなかった。

 

 カガリは、自分達がバクゥを倒したと言ったたが、あれは相手がストライクに気を取られていた事、足元の罠に気づいていなかった事が大きい。正面から渡り合えば、結果は自明の理である。

 

 しかし、今にも噛み付いてきそうなカガリの顔に、自案を引っ込めてへりくだる。

 

「いや~、あ~、嫌な奴だな、虎は」

「あんたもな!!」

 

 最後に怒鳴りつけると、カガリは肩を怒らせてバギーの方へ去っていった。

 

 ゲリラ戦士たちの怒りも、もはや抑えがたいレベルにまで達している。この中で辛うじて理性を保っているのはリーダーであるサイーブと、キサカと呼ばれていた大柄な戦士くらいだろう。

 

「街を襲った直後なら、奴等の弾薬も底を突いているはず!!」

「馬鹿な事を言うな。そんな事をするくらいなら、怪我人の手当てをしろ!! 女房や子供に着いていてやれ!!」

 

 だが、もはやサイーブの言葉すら、今の男達には届かない。

 

「何でそうなる!? 見ろ、タッシルはもう終わりさ!! 家も食料も全て焼かれて、女房や子供と泣いていろっていうのか!?」

「まさか俺達に、虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな、サイーブ!!」

 

 まるで街を燃やす炎と同化したような彼らの激情を、押し留めることは不可能に近いだろう。

 

 言い放つと、男たちを乗せて、次々とバギーが走り出す。

 

 その様子を、苛立ちげに見据えてから、サイーブも自分も出撃する為にバギーに乗り込む。理性は無謀な攻撃に反対しているが、それでも指揮官である以上、彼らを見殺しにはできない。せめて統制できる人間が必要だった。

 

「サイーブ、私も!!」

 

 それに続いてカガリも乗り込もうとするが、それをサイーブは荒々しく払い除ける。

 

「お前は残れ!!」

 

 そう言うと、バギーを発車させる。

 

 1人取り残されたカガリは、恨めしげにそれを見送るが、すぐその脇に別のバギーが停車する。

 

「カガリ、乗れ!!」

 

 アフメドの運転するバギーである。後部座席にはキサカの姿もある。

 

 それにカガリが飛び乗ると、バギーは走り出した。

 

 その様子を、ムウは溜息と共に眺める。

 

「何とまあ、人も風も熱いお土地柄なのね」

「何を暢気な。全滅しますよ、あんな装備で」

 

 ムウの言葉に反論するナタルだが、彼女にしろムウにしろ、現状で打てる手を持っているわけではない。

 

「だよねえ」

 

 どうしたものか、と思案する。

 

 案の定と言うか、報告を入れたマリューも、驚愕の声を上げた。

 

《何ですって、どうして止めなかったんです、少佐!?》

「止めたら、こっちと戦争になりそうだったの。それより、どうする? 街も、これじゃ早速、食料や何より水の問題もある。これだけの人数だし、怪我人も多い」

 

 見れば、エストやナタルも怪我人の間を走り回って手当てをしている。

 

 ナタルは腕を怪我して泣きやまない男の子の隣に腰を下ろすと、優しく声を掛けている。

 

「ああ、どうした、痛いのか?」

 

 男の子は、ナタルの声にも気付かずに泣き続けている。

 

 そこでふと、ナタルは軍服のポケットの中に入っている物を思い出して取り出した。

 

「そうだ、これをやろう、ほら」

 

 それは携帯用のスナック菓子だった。

 

 普段の堅苦しいイメージが強いナタルからすれば意外な光景だったが、なかなかどうして、子供の相手も様になっている感がある。

 

「どうした、うまいぞ」

 

 そう言って、スナックを差し出すナタル。

 

 男の子は暫く、それを不思議そうに眺めていたが、やがてむさぼるように食べ始めた。

 

 そんな男の子を、微笑みながら見詰めるナタル。

 

 だが、ふと自分の周囲を見回してギョッとした。

 

 いつのまにか、ナタルの周りは子供達に包囲されていた。どうやら、同様のスナック菓子をねだりに来たようだ。

 

「あ、いや、そんなには、無いんだが・・・・・・」

 

 焦りながら、ポケットをまさぐるナタル。取り敢えず3~4本は出て来たが、数は到底足りない。

 

 そんなナタルを苦笑しながら眺めつつ、視線を別の場所に移してみる。

 

 エストはと言えば、

 

「そちらを固定してください」

「は、はい」

「こちらは包帯を、間も無く軍医が痛み止めを持ってきますので、それを打てば多少楽になります。それまで辛抱を」

「ど、どうも・・・・・・」

 

 的確な指示なのはいいが、何とも機械的な対応で、患者からは却って怖がられている。

 

 そんな様子を見ながら、再度、無線機に耳を傾ける。

 

《仕方ありません、ヒビキ少尉を救援に向かわせましょう。あと、水と食料を車両に乗せてそちらに向かわせます》

 

 助かる、と思いながらもムウは、思わず舌を巻くような想いであった。

 

 戦争において、物資の有無は大きい。これだけの難民を抱えたアークエンジェルとレジスタンスは、暫く身動きが取れなくなる。

 

 もし、こちらの補給線に負担を掛ける事が砂漠の虎の狙いだとするならば、恐るべき敵と言うべきだった。

 

 加えて、サイーブ達が出て行ってからだいぶ時間が過ぎている。シルフィードのスピードを持ってしても、間に合うかどうかは微妙なところである。

 

 かと言って、最低限の装備しか持っていないスカイグラスパーで自分達が出て行っても大した援護にはならない。

 

 もはやムウにできる事は、キラが間に合ってくれる事を願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上りきった太陽の陽光が、気温を容赦なく引き上げる。

 

 そんな中、タッシルを壊滅させたバルトフェルド達はゆっくりと砂の上を帰路に着いている。

 

「隊長、もう少し急ぎませんか?」

 

 うだるような暑さの中、ダコスタがうんざりしたように言う。バクゥの影になるようにして入るが、それでも気温は容赦なく上がっていく。

 

 正直、ライアもダコスタに同意見だった。こんな環境で日焼けなどしたくないし、それでなくても、この気温は容赦なく体温を奪っていく。さっさと帰ってシャワーでも浴びたいというのが、偽らざる本音だった。

 

「そんなに早く帰りたいのかね?」

 

 対してバルトフェルドは、のらりくらりとした調子を崩さない。

 

「じゃなくて、追撃されますよ、このままじゃッ」

「そうですよ。味方の消耗だってあるんですから」

 

 後部座席のライアも、ダコスタと一緒になって抗議する。

 

 レジスタンスの車両が来るくらいなら、ライアも慌てたりはしない。バギーなど何台来たところでバクゥの前では塵と同じだろう。しかし、万が一アークエンジェルの機動兵器が出て来る可能性もある。そうなると、3機のバクゥしかない状況では心許ない。

 

 実際にストライクやシルフィードと戦闘の経験があるライアからすれば焦燥も強い。

 

 手元に愛機があればまた違ったのかもしれないが、ブリッツは今、修理と砂漠戦仕様への改造を含めて動かす事ができない。

 

「運命の分かれ道だな」

「え?」

 

 突然の意味不明な言葉に、ライアとダコスタはキョトンとしてバルトフェルドを見る。

 

「自走砲とバクゥじゃ喧嘩にもならん。『死んだ方がマシ』って言葉があるが、本当にそうなのかねえ?」

 

 誰に問い掛けるでもないバルトフェルドの言葉に、ライアとダコスタは互いに顔を合わせて首を傾げる。

 

 その時、最後尾を歩いていたバクゥのパイロットがスピーカーを鳴らした。

 

《隊長、後方から接近してくる車両があります。数は、6、いや、8、レジスタンスです!!》

 

 その報告に、バルトフェルドはゆっくり目を開いた。その視線は憂いとも闘志とも着かないような色を放っている。

 

 そこでようやく、ライア達はバルトフェルドの真意を悟った。

 

 これが狙いだったのだ。無駄な虐殺はせず、待ち伏せして、街の救援に来た敵を狙い打つような卑怯な真似もせず、それでいて向かって来る敵はきっちりと殲滅する。

 

 一切の無駄を省いた、見事な戦略といえた。

 

 この結果を生んだのは、彼らレジスタンス自身だ。自分達の実力を弁えず、貧弱な装備で圧倒的な戦力差のバクゥに向かって来るという選択をした。

 

 これから起こるのは、戦いじゃない。一方的な虐殺だ。

 

「やっぱり、死んだ方がマシなのかねえ?」

 

 静かに告げるバルトフェルドの声が、妙に剣呑に聞こえたのは、はたしてライアの聞き間違いだったのだろうか?

 

 

 

 

 

「カガリ、アフメド、駄目だ、戻れ!!」

 

 バギーを並走させながら、サイーブが叫ぶ。その視界の先には、得意げにバギーを走らせるアフメドと、その助手席に座るカガリの姿がある。

 

 2人とも不敵に笑いながら、手にしたバズーカを掲げてみせる。

 

「こないだバクゥを倒したのは誰だ? 俺達だろ!!」

「こっちには地下の仕掛けは無いッ 戻るんだ!!」

 

 自分達の手持ちの武器でバクゥに立ち向かうなど、素手でライオンに挑むようなものだ。それが判っているからこそ、サイーブはカガリ達を残そうとしたのだが、着いてきてしまっては何の意味も無い。

 

 だが、それが子供達には伝わらない。

 

「サイーブ、アンタはいつから臆病者になったんだ!?」

「仕掛けが無くても、戦いようはある!!」

「そう言うこと!!」

 

 駄目だ。「自分達がバクゥを倒した」と言う事実だけが一人歩きしている2人には、何を言っても無駄だった。

 

 そのままスピードを上げるアフメド。その後部座席に座る巨漢の男と目が合った。

 

「キサカ!!」

 

 名前を呼ばれた男はサイーブに、全て判っている、と無言の頷きを返した。

 

 ここでカガリを死なせる事はできない。命に代えてでも守り抜かねばならなければ、「あの人」に対し申し訳が立たない。その想いはキサカとサイーブに共通するところであった。

 

 スピードを上げて戦闘域に突入するサイーブのバギー。

 

 既に先行したゲリラ戦士達が戦闘を開始している。

 

 発射されたバズーカがバクゥに命中するが、戦車をも上回る装甲を前にしては大した効果を望めない。事実、バクゥは何事も無かったように動き続けている。

 

 だが、そのバクゥが足元で守るようにしている1台の車両を見逃さない。それに誰が乗っているかなど、考えるまでもなかった。

 

「ジープだ、ジープを狙え。虎を殺すんだ!!」

 

 狙いはバルトフェルド本人。指揮官さえ倒せれば、一発勝利は間違いない。

 

 だが、その事はザフト軍も先刻承知している。

 

 ランチャーやバズーカが次々とジープを狙うが、その前にバクゥが立ちはだかって盾となる。

 

 その間にジープは、ダコスタの運転の元、安全域へと逃れていった。

 

 多くのレジスタンスが舌打ちしつつも、素早く戦術を切り替える。一発勝利が狙えないなら、通常攻撃を行うまでである。

 

 アフメドが車をバクゥの腹の下へもぐりこませると、カガリとキサカがその下からランチャーで攻撃する。

 

 そのうちの一発がバクゥの関節部に命中、ジョイントに不具合が起きたバクゥは、その場に蹲るようにして停止した。

 

 ラッキーヒットである。これであのバクゥは、暫く動く事ができない筈。

 

「やった!!」

「続けて行け!!」

 

 喝采を上げるゲリラ戦士達。

 

 だが、彼等の善戦もそこまでだった。

 

 反撃はすぐに来た。

 

 残る2機のバクゥが速度を上げて襲い掛かってくる。

 

 飛び上がると同時に、4足歩行からキャタピラ走行に切り替えたバクゥが、手始めに直下にいたバギーを踏み潰した。

 

 こうなると、戦闘は一方的な物になる。

 

 速力、機動力、火力、装甲、質量、全てにおいて勝るバクゥは、次々とバギーをひき潰して行く。

 

 それに対するレジスタンスは、あまりにも無力だった。彼らはか細い抵抗を僅かに示したのち、次々と鋼鉄の獣にひき潰されていった。

 

 カガリ達のバギーも例外ではない。あっという間に、背後から追いすがられる。

 

 巨大な鋼鉄の獣が、背後から迫ってくる。

 

 対して、ハンドルを握るアフメドは、全開までアクセルを踏み込むが、既に振り切ることは不可能な距離にまで迫っていた。

 

 それを見据え、キサカは叫ぶ。

 

「跳べ!!」

 

 とっさにキサカがカガリを抱えて飛び上がる。

 

 だが、ハンドルを握っていたアフメドは一瞬遅れた。

 

 次の瞬間、バクゥの前肢がアフメドが残ったバギーを、いともあっさりと蹴り飛ばした。

 

「アフメド・・・・・・」

 

 キサカに抱かれて地面を転がりながら、カガリは見た。

 

 バギーが粉々に粉砕され、少年の細い体が宙に舞う光景を。

 

 それが、どこか別の世界の出来事のように映る。

 

「アフメドォォォォォォ!!」

 

 アフメドを殺したバクゥが、こちらに向き直る。その姿を見ながら、カガリを引き摺って逃げるキサカ。

 

 そのバクゥの肩口に、サイーブが放ったミサイルが命中した。

 

 サイーブは2丁のランチャーを手にしてバクゥに攻撃を仕掛ける。1丁でも重いランチャーを2丁同時に操る辺り、サイーブ・アシュマンが戦士としていかに優秀か覗う事ができる。が、それらも全て、バクゥの装甲に弾かれて、虚しく炎を上げるだけに留まる。最初の1機を撃破したのは、僥倖に助けられたからに過ぎない。人間の手で持てる武装では、やはりモビルスーツに対抗する事はできないのだ。

 

 新たな目標に向き直り、バクゥがサイーブの乗るバギーへと迫る。

 

「ちくしょう・・・・・・」

 

 歯を食いしばり、新たなランチャーを構えるサイーブ。しかし、いくら撃った所で、バクゥを倒す事など不可能に近い。

 

 ここまでか、と自らの運命を悟るサイーブ。

 

 疾風が戦場を駆け抜けたのは、その瞬間だった。

 

 バクゥの鼻先を掠めるようにしてビームが砂地に着弾する。

 

 カガリはハッとして、上空を見上げた。

 

 照り返す太陽を包むような、どこまでも広がる青い空。

 

 そこには水平のスタビライザーを広げた、蒼い機体が真っ直ぐに向かって来る姿が見える。

 

「シルフィード!?」

 

 その遅すぎた援軍に、僅かな希望の光が灯っていた。

 

 

 

 

 

 放ったビームが、不自然に逸れた事に、キラは首を傾げた。

 

 一射目、二射目、共にビームは妙な曲線を描いて着弾している。

 

 その原因にも、すぐに気付いた

 

「そうか、砂漠の熱対流で・・・・・・」

 

 砂地から発する熱によって、大気が激しく対流している。それがビームに影響し、目標を不自然に逸らしていたのだ。

 

 キラはキーボードを取り出すと、素早くパラメータをOSに書き込み、修正を加える。

 

 再びライフルを発射。今度は目標から逸れる事は無く、標的にしたミサイルポッドのみを吹き飛ばした。

 

「よし!!」

 

 空中を翔けながら、キラは素早く戦場に目を走らせる。

 

 動いているバクゥは2機。少し離れた場所には、蹲ったまま動けないでいるバクゥもいる。

 

「敵は3機。でも、うち1機は動けない」

 

 ならば、当面の敵は2機のみと見ていいだろう。

 

 更にカメラを動かす。

 

 そこに映り込んだのは、倒れたアフメドを抱き起こすカガリの姿だった。

 

「クッ・・・・・・」

 

 苦い物が込み上げる。

 

 もう少し早く来ていたら、間に合ったかもしれないのに。

 

 そんなキラの視界に、向かって来る2機のバクゥが映り込む。

 

 シルフィードの背部に装備したBWSを展開すると、キラは一気に急降下をかけた。

 

 

 

 

 

 その様子は、少し離れた場所にジープを止めたバルトフェルド達からも見えた。

 

「あれがシルフィードです。あたしも、何度か交戦した経験があります」

「ほう、あれが、ねえ。さしずめ、空戦タイプ、高機動戦闘用といった所かな」

 

 ライアの報告に答えながら、バルトフェルドは感心したように目を細める。

 

 最初の2発のビーム攻撃と、それ以後の攻撃では、照準に大きな違いがある。恐らくは熱対流のパラメータを入力したのだろうが、それを戦闘中にやってのけるとは、思いも拠らなかった。

 

「しかし、なぜ、地球軍がレジスタンスの救援に?」

「さてな、だが・・・・・・」

 

 バルトフェルドは、不敵に口元を吊り上げる。

 

 あいつの目的なぞどうでも良い。問題なのは、あの機体の戦闘力。そして、コックピットに座る人間の正体だ。

 

 戦闘中にパラメータの書き換えを行うなど、その技量は尋常ではない事が伺える。

 

 もっと知りたい。実際に戦ってみたい。

 

 今でこそアフリカ方面軍司令などと言う立場にあるが、本来のバルトフェルドは戦士であり、モビルスーツのパイロットだ。そのパイロットとしての血が、強敵の存在を前にして沸き立つのを押さえられなかった。

 

 その時、レジスタンスの攻撃で行動不能に陥っていたバクゥが、コントロールを取り戻して立ち上がるのが見えた。

 

 それを見て、バルトフェルドはマイクを取った。

 

「カークウッド、俺と代われ!!」

《はい?》

 

 突然の言葉に、言われたバクゥのパイロットは怪訝な声で問い返す。

 

 そこへバルトフェルドは、更に勢い込んで言った。

 

「バクゥの操縦を代われと言っている!!」

「隊長!!」

 

 上官の意図を察したダコスタが声を上げるが、対してバルトフェルドは不敵な笑みを見せる。

 

「実際に撃ち合って見ないと、判らない事だってある」

 

 

 

 

 

 戦いは、キラの優位に進んでいた。

 

 高空を自在に飛び回り、盛んに攻撃を仕掛けてくるシルフィードを前にしては、さしものバクゥも敵わない。

 

 今なら、行ける。敵を倒せる。

 

 キラは勝負を掛けるべく、右腕の高周波振動ブレードを展開、一気に低高度まで舞い降りて背後からバクゥに迫る。

 

 得意の接近戦で、勝負を仕掛けようというのだ。

 

 だが、次の瞬間、横合いから飛んできたミサイルによってシルフィードはバランスを崩し、そのまま砂地に突っ込んでしまった。

 

「うわァッ!?」

 

 とっさにバーニアを吹かし、シルフィードの体勢を立て直すキラ。

 

 その目には、3機編成になって突っ込んでくるバクゥの姿があった。

 

「3機目、まだ動けたのか!?」

 

 予想外の展開に、思わず唇を噛むキラ。相手が損傷していたからと言って、3期目の存在を今の今まで完全に失念していたのだ。

 

 そこへ、3機のバクゥが突っ込んでくる。

 

 とっさに避けようとスタビライザーを展開するが、その前に先頭の1機が繰り出した前肢に蹴り飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、背後からBWSを放つが、その前にバクゥは散開して回避、今度は三方向からシルフィードに接近し、レールガンやミサイルで攻撃してくる。

 

 避けようとするが、その前に攻撃が着弾する。

 

 既にシルフィードにも、ストライクと同じように接地圧のパラメータを組み込んであるが、それでも嵐のような攻撃を前にしてはバランスを取る事すら難しい。

 

 加えて、PS装甲の電圧の問題もある。装甲に電流を流し、物理衝撃を相転移する事で無効化するPS装甲は、敵弾が着弾する毎に電力を消費している。そしてバッテリーが切れた瞬間、装甲は無効化される。そうなれば、

 

『やられる・・・・・・』

 

 息を尽かさぬ攻撃に翻弄され、シルフィードは反撃できずにいる。このままでは遠からずPS装甲はダウンしてしまう。

 

「そうは・・・・・・いかない!!」

 

 叫んだ瞬間だった。

 

 キラの視界が、一気にクリアになる。

 

 戦場のあらゆる事象が同時に認識される。

 

 バクゥの機動、ミサイルの軌跡、砲弾の飛翔音。それだけではない、風の風向や風速、太陽の微妙な照り返しすら認識できる。

 

 眦を上げる。

 

 そこへ飛んで来る、数十発のミサイル。

 

 対してキラは、機体を急制動させて回避。爆発したミサイルが砂埃を舞い上げて、カメラを暫くの間、不能にする。

 

 目標を見失い、動きを止めるバクゥ。

 

 だが、キラには相手が見えていた。

 

 視界は効かずとも、相手のシルエットがキラには手に取るようにわかる。

 

 照準を合わせ、BWSを連射。そのうちの一発が、1機のバクゥを捕らえて右前肢を吹き飛ばす。

 

 前のめりに倒れるバクゥ。

 

 その瞬間を逃さず、キラはブレードを展開、低空から急接近して、動きを止めたバクゥを、真っ向から真っ二つに切り裂いた。

 

 体勢を立て直し、攻勢に出るシルフィード。

 

 対して、完全に統制の乱れたバクゥは、既に先程までのような編隊行動もできなくなっている。

 

 それでも、1機のバクゥがレールガンを放ちながら向かって来る。

 

 だが、キラはもう慌てない。フォーメーションが崩れた以上、それはもう何ほどの脅威でもない。

 

 振動ブレードの一撃が、バクゥの翼を斬り飛ばした。

 

 時間差を置いて、最後の1機が向かって来る。

 

 その1機も、すれ違い様に後肢を斬り飛ばされる。

 

 それが最後だった。

 

 どうやら、ザフト軍の指揮官も状況不利と判断したのだろう。残ったバクゥとジープが撤退していく。

 

 キラも、敢えてそれを追おうとは思わなかった。とりあえず目標であるレジスタンスの救援には成功した。これ以上の深追いは無意味だった。

 

 

 

 

 

 シルフィードを地面に下ろし、キラがコックピットから降りていくと、生き残ったゲリラ戦士達はばつが悪そうに顔を逸らした。

 

 冷静になり、仲間達の死体が地面に転がるのを見て、ようやく現実と、自分達が如何に無謀だったかを悟ったようだ。

 

 そんな彼らを見てキラは、必要以上に冷めた口調で口を開いた。

 

「死にたいんですか?」

 

 バギーやランチャーでモビルスーツに勝てるわけが無い。それはちょっと冷静に考えれば判る事だ。そんな事も考えずに無謀な戦いを仕掛けたレジスタンスが、キラにはひどく滑稽に見えた。

 

「こんな所で、こんな戦いで命を落として、何の意味も無いじゃないですか」

 

 最後は殆ど、吐き捨てるように言った。今この時、彼らの心情に対して斟酌する必要性を、キラは一切認めていなかった。

 

 この結果は必然だった。起こるべくして起こったのだ。

 

 キラのその言葉に、誰よりも反応したのはカガリだった。

 

「よくも、そんな事が言えるな!!」

 

 カガリはそのままキラに掴みかかる。

 

「見ろッ 彼らは皆、必死に戦ったッ 戦ってるんだ!! 大切な人や大切な物を守る為に必死に戦ってるんだ!! そんな人たちを前に、よくそんな事が言えたな!!」

 

 キラを焼き殺しそうな勢いで嚙み付くカガリ。

 

 だがキラは、そんなカガリを素気無く振り払うと、返す手でその頬を殴り飛ばした。

 

「どんなにがんばった所で、結果が残らなければ無駄死には無駄死にだ」

 

 叩かれた頬を押さえ、カガリは呆然とキラを見詰める。

 

「・・・・・・気持ちだけじゃ、誰も、何も守れないって事だよ」

 

 そう告げるキラの声が、この無謀を極めた戦いの終局となった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「勇気の代償」      終わり

 



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PHASE-13「虎の街」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その街は、一目見ただけで賑わっている事が判る。

 

 行き交う人々の顔は活気に満ち、露天に並ぶ様々な商品が行く人の目を楽しませている。

 

 そのメインストリートに、キラ達は降り立った。

 

「では、4時間後にな」

 

 ジープからキサカが、いかつい声でカガリに告げる。

 

 先のタッシル追撃戦において、大量の難民を抱える事となったアークエンジェル・レジスタンス連合軍は、必要な物資を求めて、ここ、バナディーヤへと足を運んでいた。

 

 必要な物と言うよりは、今は何もかもが足りない。食料品、飲用水、医薬品、燃料、その他生活必需品、更には戦闘に必要な弾丸やレーダーサイト。それらの物を早急に補充する必要に迫られている。

 

 このバナディーヤはオアシスで発展し、近隣では最も裕福な街である。この街で手に入らない物はない。勿論、非合法な品物には相応のリスクを伴うが。

 

「気を付けろ」

「判ってる。そっちも、アル・ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ」

 

 キサカ達がこれから会うのは、このバナディーヤのトップに君臨する人物だ。その男に頼めば、この街で手に入らないものはないとされている。勿論、そのような人物である為、一癖もふた癖もあるという事は、カガリも噂で聞いて知っていた。

 

 カガリの言葉にキサカが頷くと、ジープが走り出した。

 

 その背後を見送ると、カガリは背後に向き直った。

 

 そこには、ボウッとしたまま町並みを眺めている2人、キラともう1人、エストがいる。

 

 2人とも周囲の物が珍しいかのように、周囲に視線を巡らしている。傍から見ると、都会から旅行に来た兄妹といった感じに見える。

 

 そんな2人の様子に、カガリは腰に手を当てて呆れ気味に言った。

 

「おい、なにボケッとしてるんだ。お前達は一応、護衛なんだろ」

 

 そう言われて、2人は振り返る。

 

 いつもの軍服ではなく、借り物の私服に着替えた2人は、どう見ても連合の兵士には見えない。今回2人は、カガリの護衛という名目でバナディーヤに来ていた。もっとも、エストの方は、カガリの護衛役を務めるキラの、そのまた監視役と言う側面もあるのだが。

 

 そんな2人を引っ張るように、カガリは歩き出す。

 

「ここはアンドリュー・バルトフェルドの本拠地と聞いていますが?」

 

 歩きながら、エストが尋ねる。

 

 もっと、路地と言う路地には銃を構えた兵士が監視に立ち、目に付く場所にはモビルスーツや戦車が居並ぶような、殺伐とした雰囲気を予想してきたのだが、実際に足を踏み入れてみれば全くそのようなことはなく、むしろその活気に圧倒される想いだった。

 

 どうやらキラも同様らしく、先程から落ち着かない視線を彷徨わせている。

 

「前に来た時と、あまり変わっていないね。虎は統治はしていないの?」

 

 そんな2人の反応に僅かに顔を顰めると、カガリは「着いて来い」と顎をしゃくった。

 

 3人の前を、遊んでいる子供達が駆け抜けていく。

 

 その向こう側には、明らかに爆撃の物と判る地面が抉れた痕がある。

 

「平和そうに見えたって、そんな物はまやかしだ。見ろ」

 

 そして、その更に向こう、日干し煉瓦の建物の影にから見える、巨大な戦艦。

 

 バルトフェルド隊旗艦レセップスが、静かに鎮座しているのが見えた。

 

「あれが、この街の本当の支配者だ。ここはザフトの、『砂漠の虎』の物なんだ」

 

 そう吐き捨てるように言うと、カガリはさっさと歩き出した。

 

 その後に続くキラとエスト。

 

 そして、

 

 そんな3人を不敵に睨む視線があることには、その場の誰もが気付かなかった。

 

 

 

 

 

「へえ、キラ君とエストちゃんがカガリの護衛か」

 

 物資のチェックを済ませたユウキが、チェックボードをサイに渡しながら言った。

 

 今は、2人で残余の物資をチェックしているところである。何しろ、難民を抱えて一挙に大所帯になってしまったレジスタンスである。今や水の一滴、米の一粒まで貴重な資源である。チェックは入念にする必要があった。

 

「そりゃ今頃、2人とも苦労しているかもね」

「え、何でですか?」

 

 さも可笑しそうなユウキの声に、サイは首を傾げながら尋ねる。

 

「カガリは何しろ、あんな感じの気性だからね。言い出したら止まらない所があるんだ。だから、誰かが傍にいてブレーキをかけてやらなきゃならないんだけど、これが大変でね。普段は俺やキサカさんがその役なんだけど」

「はあ」

 

 一応、カガリの護衛と言う事で外出した2人だが、なにやらユウキの言葉を聞いていると、今頃は余計な苦労を背負い込んでいそうな気がしてきて、内心でサイはキラ達に同情する。

 

「そう言えば、」

 

 ユウキが話題を変えたので、サイは再び顔を上げる。

 

「君達はヘリオポリスの学生だったんだってな」

「ええ、そうですよ」

 

 頷きながらもサイは、自分の意識がどこか別の場所へと飛んでいくような感覚に囚われた。ここに来るまでに、何とも変遷した人生を歩んでしまったものである。

 

 今の自分の滑稽さは、あるいは必然の結果足るべきなのだろうか?

 

 そんなサイの肩を、ユウキはポンッと叩く。

 

「ここまで辛かったよな。実際、君達は良くがんばったよ」

 

 その一言が、どれほどの安らぎを与えたか。それは、当事者以外には判り得ない事であった。

 

 少しだけ振り返るユウキ。

 

 そのユウキの目には、サイの肩が僅かに震えているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの買い物を終え、3人がカフェに入る頃には、既に日は中天にまで昇っていた。

 

 唯一の男と言うことで、荷物持ちをやらされた上に散々街中を連れまわされたキラは、カフェに入るなり、ドッと体を椅子に投げ出した。

 

 その右隣にはエストが、向かいにはカガリが座る。

 

「これで大体のところは揃ったな。後の物は、ちょっと手に入らないかもしれないから、諦めてもらうしかないだろ」

 

 日用雑貨品担当の3人の周りには、買った物を満載した紙袋がいくつも置かれている。これら全てを、キラ1人で運んできたのである。因みに少女2人は、さも当然と言わんばかりに何も持ってはいなかった。いきおい、キラの疲労はイヤでも増すというものである。

 

 女の買い物が疲れる。と言う話は聞いた事がある。が、これはちょっと違う気がした。

 

 早く帰りたい。と言うのがキラの偽らざる本音である。

 

 そんな3人の前にお茶と料理が運ばれてきた。ドネル・ケバブと呼ばれる地方独特の料理は、美味そうな匂いを放ち、疲弊したキラに、食欲と言う原初の欲求を呼び起こす。

 

「何ですか、これ?」

 

 物珍しそうにケバブを突つきながら、エストが尋ねる。こんな地方に来た事がない彼女にとって、見た事の無い食物である事は間違いない。瞳の色は暗に「喰えるのか?」と尋ねている。

 

 そんなエストに、カガリは微笑を浮かべる。

 

「ドネル・ケバブさ。腹減っただろ、お前らも食えよ。こうやって、チリソースをかけてだな・・・・・・」

 

 カガリが2本あるソースの、赤い方に手を伸ばした。

 

 その時、

 

「あいや待ったッ ちょっと待った!!」

 

 突然響く声。3人は思わず、その方向へ向き直る。

 

 そして、絶句した。

 

 そこには派手なアロハシャツにカンカン帽、怪しげなサングラスを掛けた、「何かを致命的に間違ってしまった旅行者」のような男が立っていた。

 

 はっきり言って、かなり胡散臭い。

 

 思わず唖然とする子供達を他所に、男は彼らのテーブルに近寄ると、カガリが取ったのとは別の、白いソースを手に取った。

 

「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ。ここは、このヨーグルトソースをかけるのが常識だろう!!」

 

 何やら、かけるソースについて熱く語り始めた。

 

 カガリが「はぁ?」と問い返すが、男は更に持論をオーバーヒートさせる。

 

「いや、常識と言うよりももっとこう・・・・・・そうッ ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!!」

「何なんだお前は!?」

 

 言いながら、カガリはこれ見よがしにケバブにチリソースをかけて見せる。

 

「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いは無い!!」

 

 そう言い放つと、チリソースの掛かったケバブをあんぐりと頬張った。

 

「あー、うっまーい!!」

「ああ、何と言う・・・・・・」

 

 見せ付けるように食べるカガリに、本気で打ちひしがれる男。

 

 何とも低次元なレベルの戦いである。見ているキラとエストとしては、呆れるしかない。

 

「何だろ、これ?」

「しょーもないです」

 

 何でも良いから早く食わせて欲しい。

 

 そんな2人に、カガリがチリソースを掲げてみせる。

 

「ほら、お前達も」

「ああ、待ちたまえ。彼等まで邪道に落とす気か!?」

 

 そう言ってヨーグルトソースを掲げる男。

 

「何を言う。ケバブにはチリソースが当たり前だ!!」

「いいや、ヨーグルトソース以外にありえない!!」

 

 テーブルの上で押し合い圧し合いする2人。

 

 そして、

 

 悲劇は起こった。

 

 2つのソースは、皿の上に大量にぶちまけられた。

 

 エストの皿の上に。

 

 溜息交じりでその光景を見るキラ。

 

 ばつが悪そうなカガリと男。

 

 エストは一口、茶を啜り、

 

「それで、わたしの食事はどうなるのでしょう?」

 

 

 

 

 

「いや~悪かったな」

 

 そう言って、男はキラに詫びる。

 

 何となく以上に理不尽さを感じずにはいられないキラだが、たかが食事でこれ以上もめるのも面倒なので、ここは黙って、何とも面妖な味と化したケバブを口に運んでいた。

 

 結局、エストのケバブは口の付いていないキラの物と交換する事で解決した。

 

「いえ、まあ、ミックスもなかなか・・・・・・」

 

 口いっぱいに広がるソースの味。不味くはないのだが、はっきり言って、料理本来の味は完全に消滅していた。

 

 茶を口に運ぶキラは、隣で淡々と食事をしているエストに恨みがましい視線を向ける。

 

 そんなキラの視線を、そ知らぬ風に無視して、エストはケバブを口に運んでいた。

 

「しかし、すごい買い物の量だね。パーティでもやるの?」

 

 いつの間にか椅子を持ってきて座り込んでいる男に、カガリはつっけんどんな口調で返す。

 

「余計なお世話だ。だいたいお前、さっきから何だ!? 誰もお前なんか招待していないぞ!!」

「まあまあ・・・・・・」

 

 そう言って、カガリを宥める男。

 

 その視線が、僅かに光る。

 

 同時にキラも、その雰囲気に気付き、次いでケバブを咥えたままのエストが身構えた。

 

 カガリは尚も文句を言っている。そのせいか、場に満ちる緊張感には気づいていない様子だ。

 

 その瞬間、

 

「伏せろ!!」

 

 男が叫び様に、テーブルを蹴り上げる。同時にキラはカガリの腕を掴み、エストは料理を被りながらもシャツの裏に手を突っ込み、背中に装備したホルスターから銃を抜き放った。

 

 同時に飛来するロケット弾が、店内に命中し大音響を上げる。

 

 砂埃が舞い、視界が急激に低下する。

 

 しかしテーブルを盾にしたお陰で怪我はない。

 

「無事か!?」

「はい!!」

 

 テーブルの陰に隠れながら、男の声に返事を返すキラ。エストとカガリが盛大に料理を頭から引っかぶった以外は、被害らしい被害もない。

 

 そんな男の手には、いつの間にか黒い拳銃が握られている。

 

 驚く間にも、キラの体は動く。

 

 テーブルの陰から僅かに覗くと、ライフルを手にこちらに向かって来る数人の男が見えた。

 

「死ね、コーディネイター!! ソラの化け物!!」

「青き清浄なる世界の為に!!」

 

 その文句には聞き覚えがあった。

 

 コーディネイターを「人外」と断じ、その排斥を訴える集団。過激派ともなると、こうしたテロ行為にまで平気で手を染める事がある。

 

「ブルーコスモスのようですね」

 

 同じように様子を伺うエストに、頷きを返すキラ。

 

 その間にも銃撃は続く。

 

 調子に乗ったブルーコスモス構成員達が、距離を詰めてくる。こちらが反撃しないのを見て、一気に勝負をつける気なのだ。

 

 すると、奇妙な事が起こった。同じようにカフェにいた客達が、次々と銃を手に反撃を始めたのだ。

 

「構わん、全員排除しろ!!」

 

 同じように銃を撃ちながら命令するアロハ男の言葉を聞きながら、客達は的確な射撃で襲撃者たちを排除していく。

 

「これは、一体・・・・・・」

 

 その光景に、キラ達3人は唖然としたまま見詰める。

 

 そうしている内にも、襲撃者達は倒されていく。戦力差は圧倒的であり、襲撃者たちは空しく路上に打ち倒されていく。

 

 その時、キラの視界に、ビルの陰から銃口を向ける別の襲撃者の影が映る。

 

 襲撃者達は、万が一奇襲に失敗した時の事を考え、次善の策を用意していたのだ。

 

 背後からアロハ男を狙ったその銃口に、狙われている本人は気付いていない。

 

「クッ!!」

「あっ!?」

 

 キラはとっさに、傍らのエストから銃をもぎ取ると、抗議する声を無視して物陰から飛び出す。

 

 襲撃者は既に照準を合わせている。今から銃を構えて照準していたのでは遅い。

 

「でぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 サイドスローの要領で腕を一閃、手にしたハンドガンを投げ付ける。

 

 その一撃が襲撃者の手元に当たり、照準がぶれた。その隙に距離を詰めたキラが顎に蹴りを入れ、襲撃者は昏倒した。

 

 どうやら、今ので最後だったらしい。気が付けば銃声は止んでおり、路上には襲撃者達の死体が転がっている。

 

「銃の撃ち方も忘れましたか、ヴァイオレット・フォックス?」

 

 皮肉交じりに言葉を吐きながら、エストはキラに投げられた銃を拾って具合を確かめる。しかし、頭からケバブのソースを被った姿で言われても、迫力は全く無く、却って笑いを引き起こされてしまう。

 

 そんな中、野戦服を着た赤毛の男がアロハ男に近付いてきた。

 

「大丈夫ですか、隊長?」

「ああ、彼のおかげでね」

 

 そう言いながら、帽子とサングラスを取るアロハ男。

 

 その下から現れた、精悍な男の顔を見て、カガリが息を呑むのが判った。

 

「アンドリュー・・・・・・バルトフェルド・・・・・・」

 

 絞り出される言葉が、カガリの口から発せられる。

 

 まさかと思いつつも、向ける視線には、照り付ける砂漠の太陽よりもなお鮮烈な印象の笑みが返される。

 

「砂漠の、虎・・・・・・」

 

 カガリの言葉が、何処か遠くで言われたかのように、キラには感じられた。

 

 

 

 

 

「キラ君達が戻らないですって!?」

 

 モニターの中で渋い顔をするキサカに、マリューは思わず問い返した。

 

 向こうは既に必要な物資を買い揃え、こちらに戻る途中であったようだ。しかし、そこで日用品を買いに出たはずの子供達が戻らないと言うのだ。

 

《ああ、時間になっても姿を現さん。サイーブ達はそっちに戻ったか?》

「いいえ、まだよ」

《市街ではブルーコスモスのテロもあったようだ。状況は錯綜しているようだ》

 

 その言葉に、マリューは息を呑まずに入られない。

 

 コーディネイター排斥を訴えるブルーコスモスのテロ。ヴァイオレット・フォックスの素性は一般には殆ど伝わってはいないはずなので、標的がキラである可能性は低いと言えるが、それでも巻き込まれている可能性はゼロではない。

 

 そこへ、ブリッジの扉が開き、砂漠迷彩服を着込んだ男が駆け込んできた。ユウキである。報せを聞いて駆け付けたのだ。

 

 その姿は、モニターの向こうのキサカにも見えたのだろう。マリューから視線を外し、そちらを向いた。

 

 ユウキはマリューに頷きを見せ、モニターに目をやる。キサカに言われて、マリューが呼びにやったのだ。

 

「キサカさん、話は聞きました」

 

 口を開くユウキの口調も、緊張に満ちている。いつもの軽い調子は鳴りを潜めている。

 

《お前の持つ情報網で、行方を探る事はできるか?》

「難しいですね、バナディーヤでの情報網は完璧とは言いがたい。遠隔での捜索には限界があります」

 

 一言置いてから、ユウキは続ける。

 

「俺がそちらに行きます。直接指揮すれば何とかなるかもしれない」

《判った、頼む。サイーブ達が戻ったら、入れ替えで来てくれ》

 

 そう言って、通信が切れる。

 

「ラミアス艦長、バギーを貸してください。途中まで出向いてサイーブと合流し、バナディーヤに行って来ます」

「判ったわ」

 

 この、砂漠に似つかわしくない色白の青年が行ったとして、現状でどのような役に立つのかは判らないが、今は藁にも縋りたいのが心境だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃キラ達はダコスタが用意したジープに乗せられ、ザフト軍が仮設司令部にしている高級ホテルへと招待されていた。

 

 庭には砂漠仕様のジンが立ち、兵士が訓練している様子が見て取れる。

 

 ここはキラ達にとって、紛う事無き「敵地」であった。

 

「あ、あの、僕等、ほんとに良いですから」

 

 改めてお茶に招待すると言うバルトフェルドの言葉を、キラは遠慮している風を装いながらも、内心で冷や汗をかいて謝辞する。

 

 ここは敵の本拠地。もし自分達の正体がばれたら命の保障は無い。

 

 ここは穏便に断り、怪しまれないうちに帰るのが得策だろう。

 

 傍らではカガリが首を必死に縦に振り、エストは我関せずとばかりにそっぽを向いている。2人とも頭からソースを被り、何とも滑稽な装いをしているが。

 

 だが、そんなキラ達の思惑を他所に、バルトフェルドはあくまでマイペースを崩さない。

 

「ダメダメ、お茶を台無しにした上に、こっちは命まで救われたんだよ。このまま帰すわけには行かないよ。だいたい彼女達の服、ぐちゃぐちゃじゃない。せめてそれだけでも何とかさせてよ、ねえ」

「い、いや、私達はぜんぜん平気だから。なあ」

「多少の不快感はありますが、問題はありません」

 

 カガリとエストも必死に首を振るが、

 

「それじゃあ、僕の気が済まないよ」

 

 そう言って、おどけるようにして歩き出すバルトフェルド。

 

 そんな背中を見て、3人は途方に暮れたように顔を見合わせた。

 

 これ以上断れば、却って不審に思われるかもしれない。

 

 仕方なく、3人はジープを降り、バルトフェルドに倣ってホテルの敷地へと入っていった。

 

 流石に観光地の高級ホテルだけあり、内装も格調高い造りになっている。

 

 そんな廊下を歩いていると、前の方から私服姿の女性が歩いてくるのが見えた。スラリと背が高く、どこか異世界の住人を思わせる妖しさを持った女性だ。

 

 その頬には柔らかい笑みが浮かべられ、優しい瞳がこちらに向けられている。

 

「アンディ、お帰りなさい」

 

 そう言って首に手を回す女性を、バルトフェルドは優しく抱き寄せて唇を重ねる。

 

「ただいま、アイシャ」

 

 その様子を、キラ達は三者三様の反応を示す。キラは息を吐いてそっぽを向き、カガリは顔を紅くして僅かに俯き、エストは意味が判らないと言った風に小首を傾げて眺めている。

 

 それぞれに、2人の関係を類推している。

 

 奥さん、には見えない。と言う事は愛人か何かだろうか? いずれにしてもこの男は、戦場に女連れで来ているらしい。

 

 そんな3人に、アイシャと呼ばれた女性は視線を向け、その口元に妖艶な笑みを見せる。

 

「この子達ですの、アンディ?」

 

 舌足らずの口調でそう言いながら、全身にソースを被ったエストとカガリを見やる。

 

「ああ、何とかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、それにお茶まで被っちゃったんだ」

「あらあら、ケバブね。さ、いらっしゃい」

 

 そう言うと、2人の手を引いて歩き出す。

 

 慌ててその後を追おうとするキラをだが、そんなキラをアイシャは悪戯っぽく制した。

 

「駄目よ、レディの着替えに着いて来ちゃ。すぐ済むから、アンディと2人で待っててね」

 

 それに併せるように、部屋の中からバルトフェルドに呼ばれる。

 

 逡巡するキラに、エストが視線を向けてくる。どうやら「こちらは任せろ」と言っているようだ。

 

 仕方ない。心配なのは変わりないが、確かに女の子の着替えを覗くわけにも行かないだろう。

 

 仕方無しに、キラは部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 廊下同様、部屋の中も贅沢な調度品に埋め尽くされている。

 

 そんな中で、バルトフェルドは自分専用のサイフォンを弄っている。

 

「まあ、掛けたまえ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」

 

 それは無理です。と言う言葉を辛うじて飲み込み、キラは進められるままにソファへ腰を下ろす。

 

 視線を巡らせるキラ。

 

 部屋の内装もまた豪華で、掃除が行き届いている清潔感がただよっている

 

 見まわす視界に、それだけ明らかに違う雰囲気を持った調度品を見つけ、キラは歩み寄った。

 

 何かの生物の化石を模したレプリカで、魚を奇形化したような形をしている。

 

 それはファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが、木製探査から持ち帰った未確認生物の化石で、地球外生命体の存在が証明された証拠として有名な物である。エヴィデンス01、羽クジラ、もしくはクジラ石の名で呼ばれるその化石は、本物はプラントの首都、アプリリウス1に最高評議会ビルに展示されている。

 

「本物を見た事は?」

 

 振り返ると、マグカップを二つ手にしたバルトフェルドが背後に立っている。

 

 その片方を受け取りながら、キラは首を横に振った。プラントに行った事は無いので、流石に本物のクジラ石を見た事は無かった。

 

 そんなキラに、バルトフェルドはコーヒーを飲みながら続ける。

 

「何で、これを『クジラ石』って呼ぶのかねえ?」

「え?」

 

 突然の質問の意味が判らず首を傾げるキラに、バルトフェルドは石を指差しながら続ける。

 

「ここのこれ、どう見ても羽根でしょ。普通、くじらに羽根は無いんじゃない?」

 

 まあ、言われてみれば確かに、羽根に見えない事も無い。しかし、全体として見た場合、クジラのほうが近いのだが、どうも目の前の男には、その答えが不満であるらしい。

 

「それは、今この場で言っても仕方ないんじゃないですか?」

「うん?」

 

 キラの言葉も興味が惹かれたように、バルトフェルドはカップを運ぶ手を止める。

 

「これを見つけた人がクジラと言ったんですから、命名の権利が発見者に帰される事を考えれば、これはクジラと見るべきです」

 

 そもそも、実際にクジラであると言う保証もない。正に「未確認」生物なのだ。それをあーだこーだと言っても仕方ないだろう。

 

 しかし、それでも納得しないかのように、バルトフェルドは難しそうに首を傾げる。

 

「うーん、僕が言いたいのは、何で、これがクジラなのかってことなんだよ」

「なら、何ならいいんですか?」

 

 キラの切り返しに、バルトフェルドは更に首をかしげた。

 

「何ならっていわれてもな・・・鳥、でもないし、うーん・・・・・・あ、それよりも、どうだい、コーヒーは?」

 

 突然言われて、自分が手に持っているものがコーヒーである事を思い出す。先程から香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、心が落ち着くのが判る。

 

 その満たされた漆黒の液体に軽く口を付け、

 

「っ!?」

 

 上げかけた悲鳴を、とっさ飲み込んだ。

 

 苦い。

 

 元々コーヒーはあまり飲む方ではなかったが、これはかなり強烈だ。通常のブラックコーヒーを2~3倍に深くしたような苦味に、キラは何とも異様な顔で苦味を噛み締めるしかない。

 

 そんなキラの反応を見て、バルトフェルドは笑みを浮かべた。

 

「おや、君にはまだ早かったかい?」

 

 そう言う問題じゃない。と言い返してやりたかったが、のどが焼けそうなほどの苦味に、それどころではなかった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、エストとカガリは、アイシャに連れられて風呂にやってきていた。まずは身に被ったソースを洗い落とさない事には話が始まらない。

 

 2人の少女は着ていた物を脱ぐと、生まれたままの姿となって、浴場へと入った。

 

「しかし、何でこんな事になるんだ?」

 

 現状を鑑み、カガリは呆れたように声を発した。

 

 今日一日の行動を整理してみる。

 

 街に買い物に来て、食事をして、宿敵に会い、襲撃されて、風呂に入っている。

 

 おかしい。特に最後の部分が。

 

 何か、ひどく納得の行かない物を感じずにいられない。

 

 そんなカガリを放っておいて、エストはさっさと体を洗うと、立ち上がって出て行こうとする。

 

 しかし、そんなエストの腕をカガリが捕らえた。

 

「こら、待て」

「何ですか?」

 

 抗議するような視線を送るエスト。しかしカガリは、構わずその腕を引っ張る。

 

「まだしっかり洗ってないだろ。汚れが残っていたらどうするんだ?」

「平気です」

「そんな訳あるか。ちょっと座れ」

 

 そう言うと、強引に自分の前に座らせた。

 

 不満そうに顔を振り返ろうとするエストを無理やり前向かせ、その頭に容赦なく大量のシャンプーをぶっ掛ける。

 

「必要無いと思います」

「いいから、頭下げて目ぇ瞑ってろ」

 

 そう言いながら、乱暴な手付きでエストの頭を洗っていく。

 

「砂漠じゃ、風呂に入れる機会なんて滅多にないんだから、入れるときにしっかり洗っておけ」

 

 エストの頭を泡まみれにしながら、カガリは説教くさく告げる。

 

 一通り洗ってからシャンプーの泡をシャワーで洗い流すと、癖の無い長い髪が現れた。

 

「ほら、これで良いぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に対して、エストは無言のまま前を見ている。

 

 その姿に、カガリは妙な気分になる。まるで、聞き分けの無い妹を風呂に入れているかのようだ。

 

「まったく、お前も一応女だろう。髪の手入れには気を使えよな」

「問題ありません。許容は満たしています」

「いや、そういう問題じゃなくて、次にいつ入れるか判んないから言ってるんだ」

 

 無機質なエストの声を聞きながら、カガリは自分でも似合わない事を言ったと言う自覚はあった。何しろ、自分ほど身だしなみに気を使わない女も珍しいのだから。しかし、このエストの場合、「汚くなければオッケー」と言う思考があるようだ。髪はただでさえ痛み易い。見えない汚れまで充分に落とさないと、すぐに荒れてしまうと言うのに。

 

 こんなに可愛いのに、勿体無い。と、カガリは内心で思う。

 

 その時、風呂場の戸が開き、アイシャが入ってきた。

 

「あらあら、随分楽しそうね」

 

 そう言って笑うアイシャに、2人は振り返る。どうやら着替えを持ってきてくれたらしい。

 

「着替え、ここに置いておくから。それと、」

 

 悪戯っぽい笑みと共に、アイシャは指を掲げてみせる。

 

「あっ!?」

 

 それを見て、思わずエストは声を上げた。

 

 アイシャの細く綺麗な指先には、エストの拳銃が引っ掛けられていたのだ。

 

「駄目よ、女の子がこんな物持ち歩いてちゃ。これは、帰りまで預かっておくわね」

 

 そう言うと、アイシャは出て行く。

 

 その姿を、エストは唇を噛んで見送る。

 

 迂闊だった。一応警戒して、銃は服の下に隠しておいたのだが、当然、所持品をチェックされると考えておくべきだった。

 

 おかげで、敵のど真ん中で丸腰になってしまった。

 

「おい、どうする?」

 

 事態の切迫に、カガリも不安そうに声を掛ける。

 

 しかし、実際問題として、完全に反撃の手を封じられてしまった事になる。後はもう、これから先、何も無い事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 結局、それ以上コーヒーに口を付ける気にもなれず、キラはソファーに座ってバルトフェルドと適当な雑談を交わしていると、扉が開いてアイシャが入ってくるのが見えた。

 

「準備できたわよ」

 

 奇妙な物言いに、キラは首を傾げる。ただ着替えるだけのはずなのに、いったい何の「準備」があると言うのか?

 

 そんなアイシャの背後に、人の気配があることがすぐに判った。

 

「あれ?」

「ほら、なに恥ずかしがってるの」

 

 そう言うとアイシャは、背に隠れていた少女を引っ張り出す。

 

 思わずキラは、ポカンと口を開いた。

 

 そこにはカガリがいた。ただし、先程まで来ていた私服姿ではなく、薄緑のロングドレスを身に纏い、セミロングの髪はアップに纏められている。

 

 どこか良家の令嬢めいた、楚々とした印象が出ている。とても、ロケット砲片手にゲリラをやっている少女には見えない。

 

 人間、変わればここまで変わるものなのか、と言う実物大見本がそこにいた。

 

 思わず呆けたまま、口が開く。

 

「女の子・・・・・・」

 

 そのキラの一言に、カガリの導火線に火が着いた。

 

「てっめえ!!」

 

 それで一転、先程までの清楚な雰囲気をかなぐり捨てて素に戻るカガリに、キラは慌てて手を振る。

 

「いや、『だったんだよね』って言おうとしたんだよ」

「同じだろうが!!」

 

 確かにそうだ。

 

 苦笑するキラの視界に、更にもう1人の少女が入ってくるのが見えた。

 

 カガリよりも更に小柄なその少女は、またカガリとは違った意味で普段とは一転した印象を与えてくる。

 

 エストが着ているのは漆黒のゴシックロリータ調のドレスだが、丈はやや短く、バレリーナの衣装のように、周囲に大きく広がる構造をしている。長い髪は1本に纏められ、頭の上には赤いリボンが着けられ、手袋も黒になっていた。黒でほぼ統一したせいで、元々白い肌の色が、余計に強調される仕様となっている。

 

 エスト本人も、着慣れない服を着ているせいか、少し戸惑い気味に自分の格好を見ている。

 

 そんな彼女に、キラは笑いかける。

 

「可愛いよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その一言にエストは、ハッとしてキラを見て、次いで不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

 そんな子供達の様子を、バルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑って眺めていた。

 

 役者は揃ったと言うことで、取りあえずお茶会は再開となった。

 

 バルトフェルドが淹れ直したコーヒーに口をつけるカガリとエストは、2人とも何でもないといった風に飲み干していく。

 

 ためしにキラも、再度チャレンジしてみると、なるほど、先程に比べれば飲み易くなってはいる。僅かではあるが。もっとも、さっきの強烈な一撃を先に喰らっていなければ、これも飲む事が出来なかっただろうが。

 

 取りあえず、お茶請けのお菓子をかじりながら、話に耳を傾けることにした。

 

「さっきまでの服も良いけど、ドレスもよく似合うね。特に、そっちの金髪の彼女、まるで、そう言う服に着慣れているみたいだ」

 

 からかうような口調で少女達を褒め称えるバルトフェルド。それに対してカガリは、不機嫌そうにコーヒーを口に運ぶ。

 

「勝手に言ってろ」

「喋らなければ完璧」

 

 そんなカガリの様子に、バルトフェルドはまったく堪えた様子が無く喋り続ける。

 

 一方でエストは、黙々と菓子を頬張り続けている。どうやら気に入ったようだ。

 

 そんなバルトフェルドの態度に辟易したのか、今度はカガリの方から口を開いた。

 

「人にこんな服を着せて、一体どういう心算なんだ? そもそも、お前は本当に《砂漠の虎》か? それとも、これも毎度のお遊びのひとつか?」

 

 そんなカガリの切り返しに、バルトフェルドは首をかしげて見せながらも、面白そうに受ける。

 

「服を選んだのはアイシャだし・・・『毎度のお遊び』とは?」

「変装して街をフラフラしてみたり、住民だけ逃がして街を焼いてみたり、て事だよ」

 

 その一言に、思わずキラとエストは緊張が走るのを止められなかった。キラは辛うじて腰が浮くのを押さえ、エストは菓子を頬張る手を止める。

 

 不用意にも程があるカガリの一言。先日の戦闘の件で頭に血が上っているとは言え、ここが何処なのか、そして自分達が何なのか考えて欲しい。自分達は今、文字通り丸腰で、敵地のど真ん中にいるのだ。

 

 対してバルトフェルドは、笑みを絶やさず、それでいて僅かに目を細めながら口を開く。

 

「君、良い目だねえ」

 

 その声を聞きながら、キラは自分の背筋に冷たいものが奔るのを感じる。まるで、本物の虎を相手にしているかのような緊張感があった。

 

 エストも同様らしく、いつでも動けるような体勢に入っているのがわかった。

 

「実に良い目だ」

「ふざけるな!!」

 

 はぐらかすようなバルトフェルドの言葉に、カガリはとうとう激高する。

 

 そんなカガリを押さえようと、傍らのキラが腕を掴む。

 

 そして、気付く。

 

 バルトフェルドの瞳が、先程とはうって変わって、冷たい光を放っている事を。

 

「・・・・・・君も、『死んだ方がマシ』なくちかな?」

「ッ!?」

 

 もはや是非もなかった。

 

 鍛え抜かれたテロリストとしての勘が告げている。既に自分達の正体は、目の前の男に悟られている。ならば、これ以上の韜晦は却って危険。これ以上状況が悪化する前に、先制攻撃を仕掛けるしかない。

 

 キラがバルトフェルドに飛びかかろうと腰を浮かせた。

 

 その瞬間、

 

 キラでさえ知覚出来ない速度で動いたバルトフェルドの右手には、いつの間に抜いたのか、大型の拳銃が握られていた。

 

 銃口は真っ直ぐにキラの額にポイントし、動きを封じている。これでは動くことができない。

 

 カガリが息を飲み、エストは浮かしかけた腰を中途で止めている。

 

「やめたほうが良い。暴れて、ここから無事に脱出できる保障は、僕にもできないよ」

「クッ」

「そっちの彼女も、動かないほうが良い」

 

 何らかの反撃手段を講じていたらしいエストも、身を強張らせて動きを止める。カガリもまた、状況の急転に着いて行けずに目を見開いている。

 

 一方でキラは、如何にしてこの状況を逆転するか考えている。

 

 目の前の銃を奪うか? いや、それよりもバルトフェルドを人質にしたほうが得策かもしれない。いずれにしてもここはザフトの基地。ここにいる兵士全てがコーディネイターである以上、脱出は容易ではない。キラとエストならば何とか脱出もできるだろうが、カガリは難しい。

 

 そんな事を考えていると、真っ直ぐに視線をキラに向けたバルトフェルドが口を開いた。

 

「君に聞きたい事がある」

「・・・・・・何ですか?」

 

 この状況で何を聴きたいのか知らないが、少しでも相手の気を逸らせるなら越したことは無い為、キラは身を強張らせながら会話に応じる。

 

 バルトフェルドの口から出た質問は、意外なものだった。

 

「どうすれば、戦争は終わると思う?」

「・・・・・・・・・・・・」

「モビルスーツのパイロットとしては?」

「お前、なぜそれを!?」

 

 驚くキラの代わりに、カガリが思わず口を開いていた。

 

 途端に、バルトフェルドは笑い出した。

 

「おいおい、正直すぎるのも考え物だぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、内心で舌打ちする。カマを掛けられたのだ。それにカガリは、まんまと乗せられてしまったことになる。

 

 完全に相手のペースに呑まれていた。こちらは3人もいるのに、目の前の男1人を相手に圧倒されているのだ。

 

 笑いながら、バルトフェルドは先ほどの話題を続ける。

 

「戦争には制限時間も得点も無い。スポーツやゲームのようにね。なら、どうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすれば良い?」

 

 額に込められた圧力が、少し強まったような気がした。

 

「敵である者を、全て滅ぼして、かね?」

 

 その質問に、キラも、エストも、カガリも答える術を持たない。

 

 互いに口を開かず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 やがて、室内を満たしていた空気がフッと和らいだ。

 

 同時に、キラの額に向けられていた銃口がどけられる。

 

「やっぱり、どちらかが滅びなければならないのかな? なあ、ヴァイオレット・フォックス君」

「えっ!?」

 

 なぜ、一般には知られていない筈のキラの異名を知っているのか?

 

 と、そこで思い出す。

 

 先程のカフェで襲撃を受けたとき、エストが自分を異名で呼んでいた事を。どうやら、それを聞かれてしまったらしい。

 

「噂に聞く凶悪テロリストが君のような少年だとは驚きだ。けど、そんな君でも、この問いには答を出せないか」

 

 そう言って、バルトフェルドはキラ達に背を向けた。

 

「まあ、今日の君は命の恩人だし、ここは戦場じゃない」

 

 そのまま背を向けて、窓際まで歩いていくと、振り返らずに言った。

 

「帰りたまえ。話せて楽しかったよ。良かったかどうかは知らないがね」

 

 先程まで感じられた殺気は、一切感じられない。ただ泰然としたまま外を眺めるバルトフェルドの背中に、それ以上掛ける言葉が見付からず、そのまま立ち上がる。

 

 だが、最後にキラが部屋を出ようとした直前、

 

「また、戦場でな」

 

 そう掛けられた声には、どこか寂しさのような物を感じたのは、キラの錯覚だったのだろうか?

 

 部屋を出ると、アイシャが待っていた。その手には、綺麗にたたまれたカガリとエストの服を持っている。どうやらお茶会が終わるのを見越して待っていたようだ。

 

「あなたたちの服、返すわね。それと、これ」

 

 そう言って差し出したのは、エストの拳銃だった。調べてみれば、何か細工をした形跡は無い。ただ、弾丸は抜かれていた。

 

「あ、じゃあ、ドレス」

 

 慌てるカガリを、微笑みながらアイシャは制する。

 

「良いの、あなた達にあげるわ」

「でも、」

「本当に良いの。私よりも似合う人がいる服なんて、もういらないから」

 

 そう告げるアイシャの声も、どこか寂しげである。

 

「さあ、お行きなさい。他の人は、まだあなた達の事を知らないわ」

 

 急きたてるように、アイシャが背中を押してくる。

 

 その声に促されるまま、3人は背を向けて歩き出す。

 

 ホテルの館外に出て、敷地を横断する間、不審げなザフト兵達の視線が気になったが、外見上は平静を装ったまま外を目指す。

 

 やがて、門の所まで来ると、一台のバギーが停まっているのが見えた。

 

「カガリ!!」

「みんな、大丈夫か?」

 

 バギーから降りてくる、キサカとユウキの姿があった。どうやら、ずっと3人を探していたらしい。

 

 2人とも、カガリとエストの格好に驚いていたが、とにかく無事な姿を見れて安堵しているようだった。

 

 ようやく味方と合流できて、緊張から息を吐く。

 

 そこでふと、キラはもう一度だけ、敷地の方に振り返った。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。砂漠の虎。色々な意味で印象深い相手だった。

 

 次に会う時は、彼が言った通り戦場。それも、決戦の場となるだろう。それはすなわち、どちらかが命を落とす事を意味している。

 

 彼の人となりを知り、言葉を交わし、

 

 それで果たして、戦う事ができるだろうか?

 

 今のキラには、判らなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「虎の街」   終わり

 



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PHASE-14「砂塵の決着」

 色とりどりのハロ達を庭に放つと、ラクスはテラスへと戻ってきた。

 

 そこで待っていたのは2人の少年。

 

 1人は彼女の婚約者であるアスラン・ザラ。

 

 そしてもう1人、緑色の髪をした少年がいる。

 

 彼の名はニコル・アマルフィ。プラントでも有名な少年ピアニストとして知られ、ラクスとも何度か共演している。

 

 アスランともラクスを介して知り合い、今ではすっかり良い友人になっている。

 

「楽しそうですね」

 

 庭で飛び跳ねるハロ達を見て、二コルは言う。

 

「確かにな」

 

 それには、アスランも苦笑交じりに同意する。

 

 あのペットロボットには感情などという機能はないはずだが、確かに風景だけを見れば、楽しそうに遊んでいるように見える。

 

 2人と対面になる場所に腰かけ、ラクスも自分のカップを手に取った。

 

「戦争が、大きくなっている気がします」

 

 そう告げるラクスの目は、悲しげに沈んでいる。

 

「そうですね。僕の周りからも、志願する者が増えていますよ」

「皆さんが、仲良くして行ける世界ならいいのですが」

 

 ニコルの言葉に頷きながら、ラクスは言う。

 

「アークエンジェルにいた時に私を助けてくれたキラ様やエスト様のように、誰もが手を携える世界が来れば、戦争など起こりませんのに」

「確かに、そうですね」

 

 言ってから、軍人の自分が肯定すべきせりふじゃないな、とアスランは苦笑を洩らす。

 

 ラクスの言葉は、優しい彼女だからこその理想論だ。すでに引き金は引かれてしまった。あとは、互いの弾丸が胸を貫くまで銃火が止む事は無い。

 

 そして何より、アスラン自身、引き金を引いた側の人間なのだと言う事を自覚せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト、アフリカ方面軍司令官アンドリュー・バルトフェルドは、常に余裕を湛えたこの男にしては珍しく、不機嫌の極地にあった。

 

 間もなく、アークエンジェル・レジスタンス連合軍との決戦が始まろうとしている。しかし、バルトフェルド隊はこれまでの戦いで主力となるモビルスーツを多く消耗しており、作戦遂行に支障が出始めていたのだ。その為、決戦に当たり兵力補充の申請をザフト、ヨーロッパ方面軍の本部が置かれているジブラルタル基地に出し、その戦力が先程届いたのだが、

 

「どうしてザウートなんかよこすかね? バクゥは品切れか?」

「はあ、これ以上は、回せないとの事です」

 

 ダコスタも困ったように言葉を濁す。

 

 バルトフェルドは、できればバクゥをもう5~6機回すように申請したのだが、持ち込まれたのは、重砲撃型の可変モビルスーツ ザウートだった。バクゥの前に陸戦の主力を務めたモビルスーツであるザウートは人型形態とタンク形態に変形可能で、高い火力と装甲を誇るのだが、いかんせん、機動性は極端に鈍い。良く言って移動砲台と言ったところだ。

 

 高速機動戦術を好むバルトフェルドとしては、正直、お荷物をよこされたに等しいのだが、この際、バルトフェルドには現有戦力をうまく運用する事が求められる。敵は少数とはいえ精鋭。大軍で当たったとしても油断できる相手ではない。

 

 その時、指令室のドアが開き、小柄な少女が入ってきて敬礼した。

 

「バルトフェルド隊長、ブリッツの整備、完了しました」

 

 ライアだった。既にその小柄な体は赤いパイロットスーツに包まれ、出撃の時を待っていた。

 

 今回、彼女のブリッツは、砂漠戦仕様に調整され投入される事になっている。戦力的に優位のように見えて、その実はギリギリの戦いを強いられるバルトフェルド隊である。使える物は何でも使わねばならない。ましてや最新鋭機動兵器であるGATシリーズ。使わない手は無い。

 

「ご苦労さん。何とか間に合ってくれて何よりだ」

 

 そう言って、ライアを労う。彼女もまた最終調整で明け方近くまで頑張っていたのだ。それから少しだけ休んで出撃準備に入ったのだ。若い体には隠しきれない疲労も残っている事だろう。

 

「調子はどうかな?」

「はい、ありがとうございます。大丈夫です」

 

 答える返事にも張りがある。疲労はあるかもしれないが、それを押し込めるくらいの余裕はあるらしい。それどころか、因縁の敵を相手に戦意は高いようだ。

 

 彼女の機体が間に合ってくれた事だけが、現状で唯一の明るい材料と言える。

 

 使える戦力は、戦艦3隻、モビルスーツ20機。後はヘリ等の航空戦力となる。

 

 作戦書類を机の上に投げ出し、バルトフェルドは大きく伸びをすると、テーブルの上で手を組み直した。

 

「少々気に食わんが、これでこちらの体勢は整ったと言う事にしよう」

 

 鋭く光る瞳は、これから始まる「狩り」を待ちわびている獣その物と言える。

 

 剣呑さと共に感じられる、この上ない頼もしさ。絶対的なカリスマに寄せられる。

 

 これこそが砂漠の虎。

 

 これこそがアンドリュー・バルトフェルドなのだ。

 

 艦内通信機が呼び出し音を発したのは、その時だった。

 

《隊長、レジスタンスの基地に動きがありました。基地を出た後、東へ向けて進行中です》

 

 その報告を聞いて、バルトフェルドは頭の中で地図を思い浮かべる。この地方の地形データは、全て頭の中に入っている。そこからレジスタンスの進撃予想路を割り出す。

 

「タルパティア工場区跡地へ向かっているか。まあ、そうだろうな。僕が彼らでも、そこを目指すだろうし」

「どんな場所なんですか?」

「元はレアメタル採掘用の工場だったんだが、今は閉鎖されて放置されている。地形的に複雑なせいで、ゲリラ戦向きの場所と言えるだろうね」

 

 尋ねたライアに、ダコスタが答えた。

 

「もっとも、それは彼等にだけ許された特権ってわけじゃないんだけどね」

 

 後を継いだバルトフェルドの言葉が、低く指令室の中に響いた。

 

 

 

 

 

 食べる事ができるうちは、まだ大丈夫。とは父の教えである。

 

 もっとも、本当の父ではなく育ての親なのだが。

 

 ケバブを片手にしながら、キラは鮮烈すぎた父の事を思い出していた。

 

 キラは本当の両親の事は何も知らない。まだ赤ん坊の頃に、乗っていた飛行機が墜落した為に死んだと聞かされている。

 

 その事故はひどい物で、キラ以外の生存者は誰もいなかったらしい。キラが助かったのも奇跡と言われている。

 

 もし父が、その時既に大西洋連邦相手に活動していた養父が、たまたま事故現場近くを通りかからなければ、幼いキラの命もまた失われていた事だろう。

 

 ケバブを口に運ぶ。これが戦闘前の最後の食事となるだろう。後は帰って来てからと言う事になる。

 

 無論、帰って来れればの話だが。

 

 傍らでは、準備を整えたエストが同じようにケバブを口に運んでいる。

 

 現在、走るバギーを眼下に従えて、アークエンジェルは戦場へと向かっている。格納庫内は、マードック曹長を中心に、機体の整備に余念が無い。

 

 こちらの戦力は、シルフィードとストライク。そして3機のスカイグラスパーとなる。

 

 キラの考えでは、まともな戦力と考えていいのは、この5機だけだ。カガリやサイーブ達には悪いが、レジスタンスの戦力などあてにはできないだろう。

 

 戦力比を計算した上で、キラは自分の中で採り得る作戦を検討していく。

 

 やはり基本は、機動力の確保。いかに素早く、敵のバクゥを殲滅できるかがカギと言えた。

 

 そこで、ケバブを口に含む。

 

「・・・・・・あれ?」

「どうしました?」

 

 傍らでドリンクに口を付けていたエストが、突然のキラの声に振り返る。

 

 そのキラはと言うと、手の中にある食べかけのケバブを不思議そうに眺めている。

 

「いや、ヨーグルトソースも、なかなかおいしいね」

「・・・・・・虎に毒されましたか?」

 

 

 

 

 

 バギーに揺られながら、カガリは胸に下げた首飾りを眺める。

 

 これは出撃前に、死んだアフメドの母親がカガリに手渡した物だった。

 

「綺麗な石だね」

 

 傍らでライフルを持つユウキが、覗き込むようにして言った。

 

「アフメドが、私にって」

「・・・・・・そっか」

 

 アフメドの名前を聞いて、ユウキも言葉を濁した。

 

 あの元気で勇敢な少年は、もういない。ザフトの攻撃を受けて死んでしまった。

 

 しかし、彼の想いは、今もこうしてカガリを守り続けている。

 

 天を振り仰ぐユウキ。届かずとも、祈らずにはいられない。

 

 願わくば、これから始まる凄惨な戦いから、我等の女神を守りたまえ。

 

 異変が起きたのは、主戦場であるタルパティア工場区跡地まで、あと2時間ほどという地点まで来た時だった。

 

 突然、轟音と共に、地平線に火の手が上がったのだ。

 

「止まれ!!」

 

 先頭を行くサイーブが手を上げて、部隊を停止させる。

 

 炎は地平線を埋め尽くすほどの規模を誇っている。しかし、その火がこちらまで飛び火してくる事はなさそうだ。

 

 だが、

 

「うろたえるな。攻撃を受けたわけじゃないぞ!!」

 

 遠方に立ち上る炎の壁を、誰もが呆然と眺めている。

 

 確かに攻撃を受けたわけじゃない。だが、同時に何が爆発したのか、その場にいた全員が理解していた。

 

 地雷である。レジスタンスがタルパティアを戦場にしようとした理由は、地形の複雑さもさることながら、そこに仕掛けられた大量の地雷の存在が大きかった。それを利用しない手は無いと考えたのだ。

 

 しかし、その作戦は虎に読まれていた。バルトフェルドは先手を打って、邪魔な地雷の除去を行ったのだ。

 

 炎の規模から言って、地雷原は全滅とみて良いだろう。

 

 連合軍は完璧な形で先制攻撃を食らってしまった。

 

 勿論、地雷など無くても戦いようはある。しかし、レジスタンスにとっては最大の武器とも言える地雷を失った事による心理的ショックは計り知れなかった。地雷無しでモビルスーツと戦う無謀さは、彼等も先日の戦いでイヤと言う程に知っていた。

 

「虎もいよいよ、本気で牙を剥いて来たな」

 

 サイーブの言葉が、沈黙の中にハッキリと響いた。

 

 確かにそうだ。これまでバルトフェルドは、戦いながらもどこか手を抜いたような対応をする事が目立っていた。しかし、今回は違う。予めこちらの有利となる要素をつぶし、自分のテリトリーの中で戦おうとしている。

 

 これまでのようには行かないかもしれない。

 

 しかし、

 

 カガリは手にしたライフルに力を込めて握る。

 

 良いだろう。望む所だ。今日はとことんまでやってやる。

 

 

 

 

 

「だから、1号機にランチャー、2号機にはソード、3号機には例の新型だって言ってるだろ。何でって・・・換装するより、俺が直接乗り換えた方が速いからだよ!!」

 

 艦内通信機相手にムウが怒鳴っている。どうやら、スカイグラスパーの武装に関して整備班に注文を入れているらしい。

 

 ストライカーパックを装備可能なスカイグラスパー3機は、整備が完了し、このほどようやく全力発揮が可能となった。

 

 本体であるストライクを操るエストは、初期装備としてエールストライカーを選んだため、残るはランチャーと、ソード、そして合せて整備完了した新型と言う事になる。

 

 そこでムウは、いちいち換装を行うよりも、自分が艦に着艦して機体を乗り換える案を出したのだ。

 

 指示を終えたムウは、キラとエストに向き直った。こちらも既に出撃準備は万端である。

 

「連中には悪いが、レジスタンスの戦力なんか当てにならないだろう」

 

 その意見にはキラとエストも同じなので、黙して頷きを返す。

 

 そんな2人の肩を、ムウは笑って叩く。

 

「お前等も踏ん張れよ。まあ、お前達なら大丈夫な気もするがね」

 

 ムウがそう言った時だった。

 

「あの~、これで、良いでしょうか?」

 

 躊躇いがちに顔をのぞかせたのは、リリア・クラウディスだった。しかし、整備班に所属し、本来なら今頃、各機体の最終チェックに携わっている筈の彼女が、なぜかパイロットスーツを着て立っていた。

 

 そんなリリアに、エストが近付き、不備が無いかチェックする。

 

「問題ありません。機密漏れなどもありませんし」

「そう、良かった」

 

 彼女はこれから、キラ達と一緒に出撃する事になる。

 

 先日の事だ。機体と共に艦に持ち込まれたスカイグラスパーのシュミレーターが完成したので、皆で「試乗」してみる事になった。

 

 何しろ、ここまで娯楽らしい娯楽が全く無い状態だったのである。皆、ゲーム感覚でシュミレーターにかじりつき、一喜一憂しながら見守っていた。

 

 その結果、上位3人は、1位がカガリ、2位がリリア、3位がトールとなったのだが、この中から1人、正式にスカイグラスパーのサブパイロットにしようと言う意見が出たのだ。

 

 戦力不足のアークエンジェルとしては、藁にもすがりたい気持であったのだ。

 

 まず、1位のカガリは、トップを独走している状態であったが、部外者と言う事で除外、3位のトールも艦の副操舵士として重要な役割があると言う事で候補から外れた為、自然、リリアがパイロットとして戦場に出る事となった。

 

 そんなリリアを、キラは優しく肩をたたく。

 

「大丈夫。戦場では僕達もフォローするし。リリアは、絶対ムウさんから離れないようにしているんだよ」

「う、うん」

「君には2号機に乗ってもらう事になる。2号機はソードストライカーを装備しているが、あまり性能を過信しすぎないように。まずは自分の身を守る事を第一に考え、要請があり次第、可能なら支援に回るようにするんだ」

「は、はい」

 

 ムウからも声を掛けられ、上ずったように返事を返すリリア。

 

 見るからに危なっかしいが、一線兵力にも事欠いているアークエンジェルとしては、こうした窮余の一策も止む終え無い処置だった。

 

 そんなやり取りを横目に見ながら、キラは戦場の先で待っている相手に想いを馳せる。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。砂漠の虎。

 

 あのバナディーヤでの一時だけで、キラ達に強烈な印象を植え付けていった相手。今度は確実に、あの人が出てくる事だろう。

 

 倒さねばならない。倒さねば、先に進む事ができない。

 

 ふとすれば迷いそうになる気持ちを、キラは頭を振って振り払う。

 

 迷うな。主力の一翼を担う自分が迷えば、戦線は維持できない。

 

 その時、スピーカーからミリアリアの声が聞こえて来た。

 

《フラガ少佐、ヒビキ少尉、リーランド准尉、クラウディス二等兵は、搭乗機にて待機してください》

 

 一同は、それぞれの目を見て頷き合う。

 

 いよいよ、決戦の幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レセップスからバクゥが次々と発艦していく。

 

 4足でキャタピラ走行するこの陸戦型モビルスーツが、今回の戦いでもバルトフェルド隊の主力となる。

 

 他にも支援用の航空兵力が上部甲板から飛び立っていく。

 

 ただし、ザウートやデザートジンと言った機動性に難のある機体は、全て甲板上に配置して、地面には下ろさない方針である。どのみち、アークエンジェル側も航空戦力を拡充させている情報は掴んでいる。単独で出しても、爆撃で食われるのがおちである。

 

 それでも絶対的な量においてはバルトフェルド隊が大きく上回っている。これならば勝てるはずだ。

 

 既にレジスタンス側の切り札である地雷原は、文字通り根こそぎ潰してある。となると、レジスタンスの戦力は考慮の外に置いても良いだろう。残る脅威は、アークエンジェルとその艦載機だけだった。

 

「向こうの準備の方はどうだい?」

 

 バルトフェルド自身も虎柄のパイロットスーツに身を固め、出撃の時を待っている。総力戦となる今回は、彼自身も出撃するのだ。既に専用機の出撃準備も整っている。

 

 更に今回は、力押しだけではない。レジスタンスは意気揚々と、バルトフェルドが張り巡らした罠の中に飛び込んで来るのだ。

 

 ここに来た瞬間、彼等は「砂漠の虎」の異名が、単なるパイロットの腕を指しての身言う言葉ではないと知るだろう。

 

《既に配置が完了しているとの事です。ご命令があり次第、行動を開始できます》

「ご苦労さん。そのまま待機って伝えといて」

 

 通信を切ると、バルトフェルドは振り返った。

 

 そこにはバクゥと同タイプの機体が鎮座している。ただし、デザインはバクゥよりも鋭角的で、よりシャープな外観をしている。

 

 バルトフェルドのパーソナルカラーであるオレンジに塗装されたこの機体は、口部にビームサーベルを装備し、背部には連装ビームランチャーを備えている。奪取したXナンバーの技術を転用したのだ。

 

 TMF/A803「ラゴゥ」。バクゥをベースに強化し、指揮官専用にカスタマイズされた新型機である。

 

 見上げて惚れ惚れする。元々バルトフェルドは、バクゥという機体に惚れ込んでいる。このラゴゥは、そんなバルトフェルド自身の美意識を完全に満足させていた。

 

 勿論、外見が良いだけではない。現状の技術力でギリギリまで強化改造が施されており、その高性能ゆえに、この機体を完璧に使いこなせるのは、4足型モビルスーツの扱いに習熟したバルトフェルドだけと言われている。

 

「アンディ」

 

 聞き慣れた耳に心地よい声に誘われ振り返ると、同じようにパイロットスーツを着込んだアイシャが歩いてくるのが見えた。彼女はサブパイロットとしてラゴゥに乗り込み砲撃手を務める。

 

「あの子達、出てくるのかしらね?」

「間違いなく、な」

 

 バルトフェルドの脳裏には、先日、お茶の席を共にした子供達が思い浮かべられた。

 

 本当に、眩しいぐらい真っ直ぐな気性と瞳を持った少女。

 

 無風に舞う蝶のように穏やかかと思えば、その内面に蜂よりも鋭い針を持つ少女。

 

 そして、

 

 忌まわしき大量殺戮者。狡猾かつ残忍なテロリスト。しかし、そんな事を全く感じさせないような弱々しさを持つ少年。

 

 皆が皆、年齢相応の危うさと、初々しさを持つ者達だった。

 

 そんな彼等と、自分は今から戦わねばならないのだ。

 

「・・・・・・肩入れし過ぎているかな?」

「いいえ、でも、敵よ」

 

 アイシャの微笑の籠った指摘に、バルトフェルドは「ああ、そうだな」と苦笑交じりに返した。

 

 そう、戦うのが嫌なら、あの時捕まえて、監禁でもしておけばよかったのだ。だが、バルトフェルドは彼等を帰してしまった。帰せばこうなる事が判っていたにも関わらずだ。

 

 ならば、今日のこの日は間違いなく、バルトフェルド自身が望んだ必然である。

 

 ならばこそ、悔いが残らない結果を目指そうではないか。

 

「さて、行こうか」

「ええ」

 

 2人は頷き合うと、鎮座するラゴゥへと足を向ける。

 

 心なしか、魂を持たない筈の鉄の獣が、歓喜の咆哮を上げた気がした。

 

 

 

 

 

 BWSを搭載したシルフィードが、スタビライザーを広げて上空へ飛び立つ。

 

 既にスカイグラスパー2機とストライクは先行して発進している。

 

 両軍は間もなく接触し、戦端が開かれる事になる。

 

 モニターには、接近してくるザフト軍の姿が映し出されている。その布陣を確認しながら、キラは当初の作戦通りに行動に移す。

 

「バクゥは・・・・・・6、7機か!!」

 

 まずは、これを殲滅する。そうすれば、戦況を優位に進める事ができる筈。

 

 ビームライフルを構え、キラはシルフィードのスピードを上げる。

 

 接近すると同時に、向かってくる火線が増大する。

 

 キラは迷わずに、機体をその中へ飛び込ませた。

 

 アークエンジェルもまた、全火力を開放して向かってくる敵戦艦へと砲撃を行っている。

 

 敵艦は2隻。レセップスと、それよりも小型の、ピートリー級と呼ばれる中型陸上戦艦である。

 

 隻数、火力においては連合軍が劣っている。キラ達はどうにか、早い段階で敵の機動兵器を殲滅し、アークエンジェルの援護をしなくてはならない。加えて、地上で戦うレジスタンスの援護も並行して行わなくてはならないのだ。

 

「ゴットフリート、撃てェ!!」

 

 マリューの命令と共に、4門の主砲を放つアークエンジェル。

 

 対抗するように、レセップスも主砲を放つ。

 

 レセップスの主砲はアークエンジェルとは違い、実弾を用いている。重量の問題等があり、一見すると非効率のようにも見えるが、大気による威力減殺が無い分、大気圏内ではむしろこちらの方が効率が良い。

 

 激しい砲撃がアークエンジェルの装甲を叩き、きしみを上げる。

 

 勿論、アークエンジェルからの砲撃も、レセップスに命中していく。

 

 互いに身を削るような砲撃。

 

 だがアークエンジェルもレセップスも、1歩も下がらずに砲撃を続行する。

 

「ECM、ECCM強度、17パーセントまで上がります!!」

「バリアント、砲身内温度、危険域に入ります!!」

 

その報告を受けて、CICを預かるナタルが叫ぶ。

 

「艦長、ローエングリンの使用許可を!!」

 

 陽電子破城砲を使って薙ぎ払えば、敵艦を一撃で沈める事ができる。しかし、それとは別に問題がある。

 

「ダメよ。あれは地表への汚染被害が大きすぎるわ!!」

「しかし!!」

「ゴットフリートと、バリアントのチャージサイクルで対応して!!」

 

 この命令に、ナタルは納得がいかない。汚染がどうの言う前に艦が沈んでしまっては元も子もないではないか。

 

 それでも命令である以上、ナタルとしては手持ちの兵器のみで戦う事が求められた。

 

 逡巡と不満を一瞬で抑え込み、ナタルは砲戦の指揮を続行する。今はともかく、戦術論議などをしている場合では無い。

 

 その間にも両軍は激しい砲火を繰り返している。

 

 地上を走行するバクゥが、レジスタンスの車両を追いかけまわしている。

 

 レジスタンス達は必死に砲撃を繰り返しているが、迫撃砲やロケット弾を命中させた所で、バクゥの装甲相手には蚊に差された程度の威力も期待できない。その間にも圧倒的なスピードで距離を詰めるバクゥ。

 

 あわや轢き殺されるか。そう思った時、

 

 シルフィードは高速で舞い降りると、手にしたビームライフルでバクゥを背部から撃ち抜いた。

 

 背中をビームで貫通され走行を保てなくなったバクゥは、急停止するようにしてうずくまると、そのまま爆発四散した。

 

 この時点で既に、キラが3機、エストが1機、バクゥを仕留めている。

 

 既に地上戦に慣れている2人の圧倒的な戦闘力は、数と経験で勝るザフト軍を相手に互角以上の戦いを見せていた。

 

 更にキラは、シルフィードを飛翔させる。

 

 同時に、右腕の高周波振動ブレードを展開、すれ違いざまにバクゥの機体を真っ二つに斬り捨てた。

 

 残ったバクゥは、シルフィードを強敵と見たのか、集中的に攻撃を仕掛けてくる。

 

 しかし、それは背後を疎かにするという事を意味している。

 

 砲撃を仕掛けるバクゥの背後から、エストのストライクが高速で接近すると、すれ違いざまにビームサーベルを突き刺し、そのまま上空へ舞い上がる。

 

 一拍の間を置いて爆発するバクゥ。

 

 残りは1機。

 

 シルフィードはビームライフルを抜いて突撃する。

 

 対抗するように、口部のサーベルを展開するバクゥ。

 

 振るわれる光刃。

 

 しかし、それよりも一瞬速く、キラはいなすように機体を急上昇させると、バクゥの首を蹴り飛ばした。

 

 カメラを失い迷走するバクゥ。そのエンジン部めがけてライフルを放った。

 

 ややあって、エンジン部分を打ち抜かれたバクゥは、大爆発を起こして炎上する。

 

 その様子は、シルフィードのコックピットに座するキラからも見て取れた。

 

「これで、7機!!」

 

 これまでの経験から、キラとエストの技量は格段に上がっている。もはや、ザフトのエース級と比肩しても遜色無いほどであった。

 

 バクゥは全滅。これで敵機動戦力の主力は掃討した。

 

 後は敵艦に総攻撃を掛けるだけ。誰もが、そう思っていた。

 

 後方で戦況を見守っていたバルトフェルドの口から、罠を閉じる命令が下されるまでは。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の戦線を始めに突破したのは、ムウとリリアであった。

 

 速度に物を言わせて強引に敵艦に肉薄した2人は、戦艦ピートリーへと機首を向ける。

 

《行くぞ、お嬢ちゃん。遅れるなよ!!》

「は、はい!!」

 

 ムウの叱咤を耳にしながら、リリアは遅れないようにスロットルを上げる。

 

 ピートリーは盛んに対空砲火を吹き上げ、スカイグラスパーの接近を阻もうとするが、2機は高い機動力で持ってそれを掻い潜る。

 

《喰らえ!!》

 

 鋭い叫びと共に、ムウは急降下の体勢から装備したアグニを放つ。

 

「行きます!!」

 

 同時にリリアもソードストライカーのアンカーを射出。更にシュベルトゲベールを展開して斬り込んだ。

 

 ピートリーは主砲をリリアによって切り裂かれ、更に機関部に砲撃を受けて速度が大幅に低下した。

 

《よっしゃ!!》

 

 煙を噴き上げ落後していくピートリーを見て、ムウは喝采を上げた。

 

 同時に、リリアはホッと息をついた。初めての実戦に、全身から嫌な汗が噴き出るのを止められないでいる。

 

 キラやエストは、いつもこんな世界にいるのか。と、今更ながらに恐怖感が湧いて来た。

 

 手が震える。足が震える。しっかりと操縦しなきゃ墜落すると言うのに、体が言う事を効かなかった。

 

 その時、

 

《リリア!!》

 

 ついさっきまで聞いていたはずなのに、ひどく懐かしさを感じる声が耳に聞こえて来た。

 

「キラ?」

《無事みたいだね。良かった》

 

 本当に安堵したような声。この声によって、自分がどれほど救われたか。

 

 不意に流れる涙を止められない。

 

《・・・リリア、どうしたの?》

 

 黙ったままのリリアが心配になったのだろう。キラがさらに尋ねてくる。

 

「・・・・・・じゃない」

《え、何? 聞こえないんだけど・・・・・・》

「無事な訳無いじゃない!!」

 

 溜め込んだ物を吐きだすように、リリアは大声でわめいた。

 

 これまでに溜めこまれた、あらゆるストレスが言葉となって流れ出て来る。

 

「いきなり戦闘機に乗せられて、いきなり戦わされて。それのいったい、どこが無事だっていうのよ!?」

《リリア・・・・・・》

「私達、ついこの間まで、ヘリオポリスにいたのよ。普通に学校行って、普通に勉強して、普通に友達と遊んで・・・・・・それなのに、それなのに・・・・・・」

 

 愚痴に近いリリアの言葉を聞いていたキラ。

 

 しかし不意に、その視線が鋭くアークエンジェルの方に向いた。

 

《ごめん、リリア。どうやら、悠長に話している場合じゃないみたい》

「え・・・・・・」

 

 リリアの視界の先で、レセップスに向かっていたシルフィードが身を翻すのが見えた。

 

 釣られたように、リリアもアークエンジェルへ視線を向けた。

 

 そこには・・・・・・

 

 

 

 

 

 突然の砲撃に、アークエンジェルの艦体は大きく傾いだ。

 

 主操舵士のノイマンが必死に立て直しを図るが、一度慣性のついた艦体は高度を維持できず、そのまま工場跡地へと流れていく。

 

「6時の方向に、新たな敵影!!」

 

 レーダーを見ていたトノムラの声が、冷水となってブリッジクルーの背中を打つ。

 

 モニターには、断崖の影から突如として現われた巨影が映し出されている。

 

 バルトフェルド隊に所属する、もう1隻のピートリー級戦艦が、アークエンジェルの背後に回り込む形で姿を現わしていた。

 

「まさか、もう1隻伏せていたの!?」

 

 マリューが驚愕と共に叫ぶ。

 

 これがバルトフェルドの作戦だった。レセップスを含む本隊で敵主力を引き付け、その間に別働隊が母艦を叩く。その為に、航空戦力の6割を別働隊に割いていた。

 

 Nジャマーの影響と、戦闘の喧騒により、連合軍側は誰もバルトフェルドの作戦に気付かなかった。虎はこの場所を、完全に自分の「巣」に造り替えていたのだ。

 

 背後からの攻撃に、アークエンジェルは成す術も無いままその巨体を工場跡地に突っ込んでしまった。

 

 そこへ、レセップスからの砲撃も加わり集中される。

 

 これで、アークエンジェルは前後を敵に挟まれた形となってしまった。

 

「砲撃、来ます!!」

「回避!!」

「撃ち落とせ!!」

 

 マリューとナタルが同時に命令を下すが、そのどちらも実行不可能だった。

 

 身動きも取れず、防御火器も射線が取れないでいる。

 

 2隻の戦艦から放たれる砲撃は、防ぐ術の無いアークエンジェルへと直撃して行く。

 

 その様子は、前線にいる機動部隊でも確認できた。

 

《くそっ、急いで戻るぞ!!》

 

 ムウの命令を聞くまでも無く、既にキラ達は来た道を戻り始めている。

 

 エストもまた、ストライクの機首を返して戻り始めている。

 

 とにかく、今は一刻も早くアークエンジェル援護へ赴かねばならなかった。

 

 だが、その様子を虎視眈々と狙う目があった。

 

「ふうん、残念。掛かったのはあんたか。まあ、良いけど。華は隊長に持たせましょう」

 

 エストには聞こえない呟きは、ライアから発せられたものだ。

 

 次の瞬間、自身を隠す幻影をはぎ取った黒い電撃が、砂塵を走った。

 

 その存在にエストが気付いたのは、相手が足元に迫ってからだった。

 

「あれはっ!?」

 

 視界の端に映った黒い機体。それは、宇宙で何度も遭遇し、砲火を交えた因縁の機体。

 

「ブリッツ!?」

「貰ったわよ!!」

 

 ブリッツは戦闘の初期からその場にあり、罠の発動までミラージュコロイドを展開して伏せていたのだ。母艦が挟み撃ちにあえば、必ず機動兵器が救援に動く。そこを突く為にだ。

 

 ブリッツはミラージュコロイドを解除、同時にPS装甲を展開して飛び上がると、ストライクの背後に出た。

 

「クッ!?」

 

 とっさに機体を捻るように操るエスト。

 

 しかし、遅い。

 

 ビームサーベルを展開したブリッツの一撃により、エールの右翼が切り裂かれた。

 

 バランスを失い、砂地に突っ込むストライク。

 

 そこへ、今だ空中にあるブリッツは、ライフルで攻撃を仕掛ける。

 

「ッ!?」

 

 とっさにスラスターを全開、バランスを無視して射線から逃れるストライク。

 

 そこへブリッツから、容赦無い追撃が来る。

 

 構えようとしたライフルは、それよりも早く放たれたブリッツのビーム攻撃によって破壊される。

 

 ストライクはシールドを掲げて防ごうとするが、その間にブリッツは距離を詰めに掛かる。

 

 とっさにサーベルを抜き放って迎え撃つストライク。

 

 互いの剣が、砂塵の上で交錯した。

 

 

 

 

 

 一方、キラもまた、横合いからの攻撃に、アークエンジェル救援を断念せざるを得ない状況にあった。

 

 砂塵を掻き分けて迫る機体は、鋭い軌道を描きながら向かって来る。

 

「バクゥ、いや違う・・・・・・指揮官機。あの人か!?」

 

 バクゥよりも精悍な印象のある4足歩行型モビルスーツ。

 

 明らかにバクゥとは一線を画す、カスタマイズが施された機体。まるで鋼鉄製の虎のような機体に乗っている人物が誰であるか、悟るのにキラは半瞬の時間もいらなかった。

 

 ラゴゥのコックピットの中で、バルトフェルドは機体を操りながら、ようやく強敵と対等な条件で対峙できた事に、無上とも言える喜びを感じていた。

 

 この前戦った時は自分の専用機ではなく、数も3対1だった。だが、今日は違う。完全なる1対1。しかも向こうも、そして自分も専用機での戦いである。これで高揚するなと言う方が無理だ。

 

「なるほど、良い腕ね」

 

 砲手席のアイシャが、冷静な声で伝えてくる。それを聞いたバルトフェルドは、まるで自慢の玩具をほめられたように嬉しい気分になった。

 

「だろう。今日は落ち着いて戦っているが、この前は、もっと凄かった」

 

 本当に楽しい。自分が全力を出せる相手など、否、全力を出しても勝てるか判らない相手など初めてのことだった。

 

 そんなバルトフェルドを見ながら、アイシャは不思議そうに口を開く。

 

「どうして、嬉しそうなの?」

「何?」

「辛いわね、アンディ。ああいう子、好きでしょうに」

 

 その言葉に対して、バルトフェルドは何も言い返す事ができなかった。それは、アイシャの言葉が図星を突いているからに他ならない。

 

 そうだ、バルトフェルドは確かに、あの子供達に好感を抱いている。できるなら、別の形で出会いたかったと思うほどにだ。

 

 しかし、それは最早、叶わぬ事であった。

 

 自分達は戦場で、異なる陣営の者として出会ってしまった。ならば後は、砲火を持って交えるしか道は残されていない。

 

 右腕のブレードを展開して向かってくるシルフィードに対し、バルトフェルドもラゴゥを走らせる。

 

 既に、互いに退けぬ所まで来てしまっているのだ。

 

 ラゴゥの口部に装備したビームサーベルを展開、自身も突撃する。

 

 その間にも、アイシャが背部のビームランチャーを放つ。複座機の強みはここにある。1人が操縦と格闘戦に集中し、もう1人が砲撃を行う。まさに、隙のない攻撃だった。

 

 対してシルフィードもBWS展開し応射するが、その間に機体は停止せざるを得ない為、そこに集中攻撃を食らってしまう。当然、まともな照準は望めない。

 

「クッ!!」

 

 キラはシルフィードを上空へ飛びあがらせると、ビームライフルを放つが、対抗するようにラゴゥも跳躍、サーベルで斬り掛って来る。

 

 キラの放ったビームを全て回避し、ラゴゥはシルフィードへと迫る。

 

 とっさにブレードを展開するシルフィード。

 

 しかし、

 

「遅いぞ、少年!!」

 

 ラゴゥの鋭い一撃と共に、高周波振動ブレードは、刀身の半ばから断ち切られた。

 

「クッ!!」

 

 とっさに後退しながら、ライフルとBWSで応戦するキラ。しかし、後退しながらの攻撃なので、ラゴゥには掠りもしない。

 

 その間に体勢を整えたバルトフェルドは、地上でラゴゥを安定させる。そこへ、アイシャが遠距離から狙撃し、シルフィードのビームライフルを破壊した。

 

「チィッ!!」

 

 またたく間に主武装2つを破壊されながらも、どうにか体勢を立て直したキラは、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 額に、汗が流れるのを感じた。

 

 強い。

 

 これまでに戦ったどのパイロットよりも、それこそアスラン達よりも強いかもしれない。

 

 だが、ここで負けられないのはキラも同じである。

 

 スラスターを全開にして突撃。

 

 振るわれる刃が交錯するが、互いにダメージを与えられないままにすれ違う。

 

「クッ!?」

「チィッ!?」

 

 互いに舌打ちしながら、相手を見る。

 

 バルトフェルドが機体を走らせながら、アイシャが砲撃を行う。

 

 対してキラも急旋回しながら射線をかわし、隙を見て斬り込みを掛ける。

 

 互いに1歩も譲らない。

 

 応酬は幾度となく続けられた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルへの攻撃は、いよいよ激しくなり始める。

 

 装甲が軋みを上げ、衝撃は艦内にも及んでいる。

 

 それに対する反撃は、沈黙を余儀なくされている。翼端が廃工場に引っ掛かったせいで身動きが取れず、主砲の射線を確保できないのだ。

 

「スラスター上昇!!」

「やってます。けど・・・・・・」

 

 ノイマンはどうにか艦を上昇させようと奮闘しているが、スラスターは鈍い唸りを上げるだけで、艦体が浮きあがる気配は無い。

 

 その様子は、地上で奮戦するレジスタンスからも見て取れた。

 

「アークエンジェルが!!」

 

 まるで悲鳴を上げているかのような巨艦の様子に、カガリが声を上げた。

 

 手持ちの弾薬を撃ち尽くし補給に戻る途中だったのだが、その途中での惨状である。

 

「エンジンをやられたのか。このままでは狙い撃ちだ!!」

 

 キサカの言葉を聞いてカガリは舌打ちした。

 

 キラ達は敵のエース級に阻まれて身動きとれないでいる。何とかしないといけない。

 

「くそっ!!」

 

 カガリはバギーを飛び出すと走り出した。

 

 後ろでキサカとユウキが制止しようと叫んでいるが、カガリは構わずアークエンジェルへと向かう。

 

 目指したのは格納庫。あそこに行けば「アレ」がある筈だ。

 

 格納庫内は混乱の極みにあった。

 

 手隙のクルーは皆、ダメージコントロールに回っているが、残った者はマードック曹長を中心に整備に奔走している。

 

 そうしたクルー達の間をすり抜けて、カガリは目的の物の場所までやってきた。

 

 スカイグラスパー3号機。新兵装を装備したこの機体は、乗り手がいないまま無為に出撃の時を待っている状態だった。

 

 そのコックピットに、カガリは潜り込む。

 

 マードックが事態に気付いたのは、エンジンがスタートしてからだった。

 

「お、おい、誰が乗ってやがるんだ!?」

 

 戸惑う整備班の前で、スカイグラスパーは推力を上げていく。

 

「何やってんだ、おい、嬢ちゃん!!」

「機体を遊ばせておける状況か!! 私がこいつで出る!!」

「な、何だってェ!?」

 

 マードックは仰天した。いきなり来て何を言いだすかと思えば。

 

 しかし、そうしている内にも、スカイグラスパーのエンジン音は上がって行く。

 

「ハッチ開けろ。でないと吹き飛ばすぞ!!」

「ああ~~~もう!! 今時のガキはァァァァァァ!!」

 

 頭をグシャグシャに掻くマードック。しかし、相手はどう言っても引いてくれそうにない。ぐずぐずしていたら、本当にハッチを吹き飛ばしかねない勢いだ。

 

「ハッチ開けてやれ!!」

 

 マードックの命令を受けて、ハッチが開かれる。

 

 それを確認すると、カガリはスカイグラスパーを発進デッキへと進ませる。

 

「壊したら承知しねえぞ!!」

 

 その後ろ姿に、マードックの叫びが空しくこだました。

 

 そんなマードックを尻目に、カガリは機体を飛び立たせた。

 

 強烈なGと共に、スカイグラスパー3号機は上空へ飛び立った。今頃アークエンジェルは、新たな頭痛の種に悩んでいるだろうが、今更そんな事を気にしても始まらない。

 

 鋭く機首を返すと、アークエンジェルを背後から攻撃しているピートリー級戦艦ヘンリー・カーターへと向かう。

 

 その前に、多数のザフト軍航空戦力が立ちふさがるが、カガリはそれに構わず機体を突っ込ませる。

 

 正面からバルカン砲による攻撃を仕掛け、向かってくる敵機を撃ち落とす。数では劣っているが、機動性が段違いである為、群がってきた所で敵ではない。

 

「行けェェェェェェ!!」

 

 強引に戦線を突破したカガリは、両側に装備したレールガンを発射する。

 

 ミサイルランチャーに直撃を受けたヘンリー・カーターは、誘爆を起こして炎上する。

 

 更にカガリはミサイルを放ち、尚も生きている武装を破壊していく。

 

《良いぞ、お嬢ちゃん!!》

 

 その後方から響く、頼もしい声。

 

 既に先行して攻撃を開始していたムウが操縦するスカイグラスパー1号機は、接近すると同時にアグニを放った。

 

 太い閃光はヘンリー・カーターの装甲を難なく貫き、その奥にある主砲弾薬庫を直撃した。

 

 内部から膨張したエネルギーによって、ヘンリー・カーターは膨れ上がるようにして爆発する。致命傷である。

 

 いかに巨大な戦艦でも、内部から爆破されてはひとたまりも無い。

 

 その後、尚も暫く惰性で動いていたヘンリー・カーターだが、やがて力尽きたように停止した。

 

 砲撃の密度が低下したのを見計らい、リリアはスカイグラスパー2号機を低空へ舞い下ろす。この隙に、アークエンジェルを救い出すのだ。

 

 シュベルトゲベールを展開、翼に引っ掛かっている瓦礫を慎重に目指す。

 

「進路良し、推力と操縦桿を固定して慎重に・・・・・・」

 

 緊張で、指が滑りそうになるのを堪えながら、慎重に機体を操る。

 

 そもそも飛行機と言う物は、上へ上がるように設計されている。天井がある場所を飛ぶにははなはだ向かない乗り物である。

 

 しかし、そんな緊張感溢れるアクロバット飛行を、初心者であるリリアはやり遂げた。

 

 本来なら戦艦の装甲をも切り裂く事を前提に設計された大剣は、瓦礫を見事に断ち切ったのだ。

 

 その事は、アークエンジェルのブリッジでも確認できた。

 

「はずれた!!」

 

 ノイマンの歓喜に満ちた声。

 

 すかさずマリューは叫ぶ。

 

「面舵60!! ナタル!!」

 

 艦が回頭する。

 

 同時にCICのナタルも動いた。

 

「ゴットフリート、照準、目標、レセップス!!」

 

 再び浮き上がった大天使。その上甲板に供えられた巨大な2基の主砲が旋回する。

 

 距離は間近。もはや、エネルギー減衰の心配もいらない。

 

「撃てェェェェェェ!!」

 

 ナタルの号令一下、放たれた4門の主砲がレセップスの巨体を貫いた。

 

 

 

 

 

 ランサーダートの直撃を受け、シールドが吹き飛ばされた。

 

 崩れそうになるバランスを保ちながら、エストはストライクを走らせる。

 

 手持ちの武装は、既にビームサーベルと、頭部の75ミリ イーゲルシュテルンのみ。イーゲルシュテルンは対モビルスーツ戦闘では全くの無力と言って良い。実質、使えるのはサーベル1本のみ。それも、バッテリーが危険域に入っている以上、いつまで持つか判らない。

 

「このままでは・・・・・・」

 

 焦燥が首をもたげ始めた。

 

 その時、

 

「これで、とどめよ!!」

 

 サーベルを振り翳して斬り掛って来るブリッツ。

 

 その足元に、砲弾が直撃した。

 

「えっ!?」

「くっ、いきなり何よ!?」

 

 ライアはとっさに機体を後退させる。

 

 その上空を、スカイグラスパーが旋回した。先程の攻撃は、スカイグラスパーからの物であった。

 

「あれは・・・・・・」

 

 スカイグラスパーは、まっすぐにこちらに向かってくる。それは、待機していた筈の3号機である。

 

《エスト、これを使え!!》

「カガリ・ユラ?」

 

 何故彼女が? と言う疑問が持ち上がりそうになるのを、辛うじて封じる。今はそんな事を考えているわけではない。

 

 モニターには「Docking Standby」の文字。

 

 それを見て、エストは殆ど反射的に動く。

 

 残った推力を使って上空へジャンプ、同時に換装シークエンスへと入る。

 

 損傷したエールストライカーをパージ、カガリが持参した装備とドッキングする。

 

 エールの翼とシールド、そのシールドに装着されたブーメランとガトリング砲。そして右手のライフル。ソードの物よりやや短い対艦刀が2本。肩部から突きだした長大な砲身を持つレールガン。

 

 IWSP、正式名称はIntegrated Weapons Striker Pack。統合兵装ストライカーパックの名称で呼ばれるこの装備は、その名の通り、エール、ランチャー、ソードの各装備を統合した最強のストライカーパックである。

 

「クッ、これは、まずいかな?」

 

 見た事も無い新型の装備に換装したストライクを見て、状況の逆転を悟り後退しようとするライア。

 

 しかし、エストは、それを許さずに猛ダッシュ。同時に両腰の対艦刀を抜き放った。

 

 レーザーの刃が走り、高速で振るわれる。

 

「クッ!?」

 

 とっさにトリケロスを掲げて防ごうとするライア。

 

 そこへ、2本の剣が叩きつけられる。

 

 振るわれた剣がシールドとぶつかり合い、異音を立てる。

 

 ブリッツは辛うじて防御が間に合ったものの、大きく後退を余儀なくされた。

 

「このっ!!」

 

 ブリッツは後退しながら左手のピアサーロック グレイプニルを放つ。

 

 対抗するようにストライクも、シールドに供えられたビームブーメラン マイダスメッサーを取って投げつける。

 

 ぶつかり合うワイヤーとブーメラン。

 

 それが弾かれると同時に、2体の鉄騎は再び激突した。

 

 

 

 

 

 戦況は、アークエンジェル・レジスタンス連合軍に優位に進みつつあった。

 

 バルトフェルド隊は、バクゥは全滅。航空兵力も混乱している。指揮下の戦艦3隻は全て損傷し戦闘続行はほぼ不可能だ。

 

 頼みのブリッツも、こうなっては逆にストライクに拘束されて身動きが取れない状態にある。

 

 大勢は決しつつある。圧倒的な戦力差を覆されようとしていた。

 

「まずいわよ、アンディ!!」

 

 アイシャに言われるまでも無く、状況は完全に不利。今やまともな戦力はラゴゥだけである。

 

 その時、完全に停止状態にあるレセップスから通信が入った。

 

 アークエンジェルの主砲を直撃されたレセップスは、既に艦内も火の海と化し、次々と誘爆を引き起こしている。沈没も時間の問題であった。

 

《隊長。申し訳ありません。艦は大破。部隊も壊滅状態です》

 

 前線に出たバルトフェルドの代わりに部隊の指揮を取っていたダコスタからの報告も、予想と違わず最悪を極めていた。

 

 ひとつ、息を吐く。

 

大勢は既に決した。味方の負けだ。

 

 だが・・・・・・・・・・・・

 

「退艦したまえ、ダコスタ君」

《隊長!?》

 

 驚いたようなダコスタの声が響いてくる。

 

 彼は待っていたのだ。この戦局を逆転する妙手を。

 

 彼の上官は「砂漠の虎」なのだ。比類無き陸戦の名手。ザフト最高の智将にして、陸の王者。

 

 アンドリュー・バルトフェルドが負ける筈が無い。そんな事はあり得ない。今もダコスタの中では、それが堅固たる事実として根付いている筈だ。

 

 だが、現実に部隊は壊滅、追い詰められている。

 

「勝敗は決した。残存する兵力をまとめてバナディーヤに戻り、ジブラルタルに連絡を取るんだ」

《そんな、隊ちょ》

 

 ダコスタが尚も何か言おうとするが、バルトフェルドは構わず通信機を切った。

 

「君も脱出しろ、アイシャ」

 

 自分でも驚くほど、平坦な口調で告げるバルトフェルド。

 

 対してアイシャは、ただ微笑を作って答える。

 

「そんな事するくらいなら、『死んだ方がマシ』ね」

 

 その返事に、一瞬呆気にとられるバルトフェルド。だが、すぐに苦笑が閃く。

 

「馬鹿だな、君も」

「何とでも」

 

 目を見開く。

 

 そこには既に、先程まで感じていた悲壮感は無い。あるのはギラギラした闘争本能のみである。

 

「なら、付き合ってくれ!!」

 

 言い放つと同時に、ラゴゥを発進させる。

 

 ビーム砲を放ち、口部のサーベルを展開する。

 

 対峙するシルフィードも、サーベルを抜いて構えた。

 

 キラの視界の中では、ビームキャノンを放ちながら突撃してくるラゴゥが見える。

 

「バルトフェルドさん!!」

《まだだぞ、少年!!》

 

 通信機に叫んだ声に、返事が返った。

 

 その間にも、ビームによる応酬が続く。

 

 シルフィードも、背部のBWSを展開、盛んに応戦する。

 

 交錯する光線の嵐。

 

 シルフィードの放った一撃が、ラゴゥのビームキャノンを破壊する。

 

 しかし、バルトフェルドは突撃をやめない。

 

 振るわれる光刃。

 

 同時にシルフィードもサーベルを振るう。

 

 左のBWSの砲身、その先端部分が斬り飛ばされた。

 

 だが、シルフィードの一撃も、ラゴゥの前肢の片方を叩き斬った。

 

「もう勝敗は決しました。降伏を!!」

 

 3足になりながらも、ラゴゥは巧みにバランスを保ちながら転倒を避けている。そればかりではなく、その状態で再び斬り込んで来る気だ。

 

《言った筈だぞ。戦争に明確なルールなど無いと!!》

 

 向かってくるラゴゥに対して、キラも応戦せざるを得ない。

 

 ラゴゥのサーベルがシルフィードのスタビライザーを切り裂く。

 

 シルフィードの光剣も、ラゴゥの片翼を切り飛ばした。

 

《戦うしか無かろう! 互いが敵である限り、どちらかが滅びるまで!!》

 

 互いに満身創痍。

 

 だが、ここでキラには予想外の事が起こった。

 

 それまで蒼く色づいていた装甲が、鉄灰色に落ちて行くのだ。同時に手にしたビームサーベルも刃を失ってただの細長い筒と化す。

 

 フェイズシフト・ダウン。

 

 見れば、バッテリーが既に危険域に入っている。PS装甲が維持できなくなったのだ。

 

 元々、通常の7割しか無いバッテリー量である。加えて今日1日の戦闘時間は、これまでよりも長かった事で、エネルギーを使いきってしまったのだ。

 

 再びシルフィード目がけて、向かってくるラゴゥ。

 

 そうだ、敵であるならば、撃たねばならない。

 

 自分がこれまで、そうして来たように。

 

 

 

 

 

 何かが、弾ける。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、シルフィードは損傷したBWSをパージ、更にシールドも投げ捨てると、腿部からアーマーシュナイダーを抜き放ち、砂地を駆ける。

 

 飛びかかる、猛虎。

 

 迎え撃つ、紫狐。

 

 両者の機体がぶつかり合う。

 

 そこを逃さず、キラはラゴゥのエンジン部めがけてアーマーシュナイダーを突き刺した。

 

 次の瞬間、

 

 ラゴゥのコックピットの中で、バルトフェルドは弾かれたようにシートから立ち上がる。同時にアイシャも立ち上がる。

 

 2人が固く抱き合った瞬間、ラゴゥの機体は閃光に包まれた。

 

 その様子を、キラは動力の完全に停止したシルフィードのコックピットで見つめる。

 

 爆発を起こしたラゴゥ。

 

 中にいた人間が、脱出できたとは思えない。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 あの鮮烈すぎるほど鮮烈な印象を、キラ達に与えた敵将。

 

 そのバルトフェルドが、死んだ。キラが殺した。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・殺したくなかった。できるなら」

 

 ポツリと囁かれた言葉。

 

 炎は尚も、猛り狂っている。

 

 キラは思う。

 

 いつか自分も、あの炎の中に沈む時が来る。それだけの事を、自分はして来たのだ。

 

 これまでも、

 

 そして、今も。

 

 キラの頬に一筋、涙が零れたのを見た者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-14「砂塵の決着」   終わり

 



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PHASE-15「空に、海に」

 固定された機体のコックピットに座り、アスランは先日の事を思い出している

 

 ようやくの非番の際に、久しぶりにラクスの家に言った時の事だ。

 

 そこに、ニコルがいた事には驚いた。

 

 プラントでは名前の知れた天才少年ピアニスト。その人気は、ラクス・クラインと二分するほどである。アスランとはラクスを介して知り合い、それ以後友好が続いている。

 

 久しぶりに婚約者や友人と語らう事ができ、楽しい時を過ごせた事で、戦場での殺伐さを忘れる事ができた。

 

 そんな中で、ラクスが地球軍に捕らわれていた時の話になった。

 

 彼女を助けてくれたのは2人。そのうちの1人は、アスランの旧友である。

 

「キラ・・・・・・」

 

 今は地球軍のパイロットをしている、かつての親友。

 

 彼がなぜ、地球軍に協力しているのか、今のアスランには判らない。

 

 だが、今度立ちふさがるなら、アスランとしても手加減する訳にはいかない。

 

《ジブラルタルサービス、晴れ。気温12、湿度45》

 

 ジブラルタルの気象情報が伝わって来る。

 

 これからアスランは、地球へと降りる。

 

 間もなく地球軍との最後の決戦が始まる。その為にザフト軍は、本土防衛軍を除く全部隊が集結しており、アスランもそこに加わる事になる。

 

 別の降下ポッドでは、イザークとディアッカも降下の準備に入っている。

 

 先に地上に降りているライアも、既にジブラルタルへ到着しているとの事であるので、久々にクルーゼ隊の面々が集う事になる。

 

 戦いはいよいよ、佳境に入りつつある。

 

 現在、ザフト軍が計画中の「オペレーション・スピットブレイク」は、ウロボロス作戦の総仕上げであり、地球軍が保有する最後のマスドライバー基地パナマを攻略すべく、最高評議会は可決を急いでいる。

 

 そして、その議決は9割方、作戦決行で固まりつつあった。

 

 現プラント最高評議会議長、シーゲル・クライン。ラクスの父でもある壮年の男性は温厚な性格で知られ、作戦決行にも慎重論を主張している。シーゲルとしては、決戦を急ぐ事によって必要以上に連合を刺激してしまう事を懸念しているのだろう。

 

 しかし今一方の勢力である強硬派は、そんなシーゲルの態度を「弱腰」と断じ、あくまで作戦決行を目指していた。

 

 無理も無い、とアスランは思う。

 

 今、慎重論を展開した所で、プラントは得る物よりも失う物の方が大きい。地球連合宇宙軍は尚も強大な勢力を誇っており油断ならない相手だ。そこにマスドライバーが生き残っていては、地球にある無尽蔵の物資を、いつでも月基地に送れると言う事を意味する。

 

 講和のテーブルに着くのは、地球軍が宇宙での作戦行動力を失ってからでなくてはならない。最低限そうでなくては、プラントの安全は保障できなかった。

 

 だが、アスランにとって頭の痛い事は、他にあった。

 

 強硬派、すなわちシーゲルの政策に反対している者達の筆頭は、現国防委員長にして彼の父、パトリック・ザラである。つまり、自分の父親と婚約者であるラクスの父親が政敵として争っている事になる。

 

 窓からは、同様に降下準備に入るポッドが見える。

 

 間もなく、最高評議会議長選出選挙がある。恐らく父も出馬するだろう。現在、強硬派は勢いがある。政治に疎いアスランにも父の優勢は目に見えていた。

 

 オペレーション・スピットブレイクが成功すれば、確かに地球軍は大打撃を受け、地球に閉じ込められる。

 

 だが、それで本当に戦争は終わるのか?

 

 もし、それで終わらなかったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 損傷の激しい機体を見上げながら、コジロー・マードック軍曹は盛大にため息をついた。

 

「こいつはダメだな」

「ダメ、ですか?」

 

 キラも途方に暮れた感じで、自分の機体を見上げる。

 

 先日の戦いでアンドリュー・バルトフェルドと戦ったキラのシルフィードは、機体の内外が激しく損傷し、徹底的な整備が必要となっている。

 

 もっとも、キラとマードックが気に病んでいるのは、機体その物ではない。少々時間はかかるが、機体の方は完璧な整備が艦内でもできる。

 

 問題は、武装だった。

 

 目の前には、シルフィード本体から取り外した高周波振動ブレードがある。

 

 ラゴゥの一撃によって半ばから断ち折られた刀身は、内部のシステムがむき出しになっている。

 

「こいつの刀身の外殻にはレアメタルが使われてるんだがよ、こいつは希少価値が高い上に精製も困難と来た」

「つまり、材料が手に入り難い上に、手に入ったとしても、この艦の中じゃ修復は出来ないって事ですか」

「まあな」

 

 困った。主武装である高周波振動ブレードが使えないとなると、シルフィードの戦力は大幅に低下してしまう。

 

 ここから、目的地であるアラスカはまだ遠い。正直、今からこれでは先が思いやられる。

 

「どうにもなんねえよ。他に手を打つしかねえ」

「他ですか・・・・・・何かあります?」

「まあな、こいつを見ろ」

 

 そう言うと、マードックは携帯端末を操作してキラに見せる。

 

 そこには、一振りの剣が映っている。ストライクのシュベルトゲベールに似ているが、向こうはレーザー仕様の刃であるのに対してこちらは実体剣だ。柄の部分が折り畳める構造になっており、収納性にも考慮されている。

 

「こいつは元々、ストライク用に作られた剣だ。見ての通りデカすぎるってんで、お蔵入りになったんだが、物のついでって事で積み込まれたんだ。こいつをシルフィード用に改良して使ってみようと思ってる」

 

 その剣は片刃で構成され、大振りなペーパーナイフのようにも見える。

 

 もう一度、振動ブレードを見上げる。

 

 今までキラの戦いを支えてきた剣。だが、それも折れてしまった。これからのキラには、新たな剣を使いこなす技量が求められるのだった。

 

 

 

 

 

 視界が開けると、一面に青い海原が広がっていた。

 

 それまで全身を包んでいたうだるような暑さは消え、吹き抜ける涼しい風によって、心も体も癒されていくようだ。

 

「うわ、気持ち良い!!」

「地球の海って、すげぇ久しぶりだな」

 

 早速甲板に出た子供達が、はしゃぎまわっている。

 

 砂漠を出たアークエンジェルは、太平洋回りでアラスカ地球連合軍本部を目指すべく、今は紅海を進んでいる。

 

 先日までの砂漠での生活から一転、心地よい海風が甲板を撫でて行く。

 

 そんな中で、エスト・リーランドもまた甲板に出ていた。

 

 長い黒髪を、風が靡かせる。

 

 アフリカを出たとはいえ、ここはまだ赤道近く。暑さは鬱陶しいくらいだが、それでも先日に比べれば吹き抜ける海風がある分、季節が夏から春へ逆転したと思えるくらいだ。

 

 甲板の反対側では、ミリアリアとトールが、何やらカズィをからかっているのが見える。どうやら、海が珍しいらしい。

 

 手すりに寄り掛り、眼下を見下ろす。

 

 そんなに珍しい物なのか、と首をかしげたくなる。エストに言わせれば、海など単なる塩水の溜まりでしかない。気にする事と言えばせいぜい、この逃げ場の無い海上で敵の襲撃を受けた場合をシュミレートする事くらいだろう。

 

 だが、そんな海面から、エストは目を放せない。

 

 別に、海を見ているわけではない。

 

 思い出されるのは、あの砂漠に倒れた男の事だ。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 彼はキラと戦い。そして、死んだ。

 

 彼は、満足して死ねたのだろうか?

 

 おかしな事もある物だ。

 

 これまでのエストならば、敵が死んだとしても、否、たとえ味方が死んだとしても、こんな事を考える事など無かった筈だ。

 

 いったい、自分はどうしてしまったと言うのか?

 

 おかしくなったのは自分なのか? それとも、周りがおかしいから自分もそれに染まったのか?

 

 溜息をつく。

 

 こんな事で悩む事自体、自分がどうかしてしまった証拠に思えてならなかった。

 

 と、背後に人の気配がして振り返った。

 

「どうしたの、こんな所で?」

 

 振り返ると、リリア・クラウディスが、怪訝そうな顔で立っていた。

 

 先日の戦いで味方の勝利に貢献した、このパイロット兼整備士見習いの少女は、流石に暑いのか、作業用のつなぎの上半分を肌蹴た状態で着ている。

 

 上に着ているのはTシャツ1枚のみなのだが、こうして見ると、なかなかに大きく育った胸が強調されている。

 

「クラウディス二等兵、何か用ですか?」

「ん、別に」

 

 そう言うと、リリアはエストの横に背中を預けて寄り掛る。

 

「たださ、」

「ただ?」

 

 リリアは真っ直ぐにエストを見て、優しく言う。

 

「何だか、エストが寂しそうにしていたから」

 

 その言葉を聞いた途端、エストは思わず不思議な物を見るような目をリリアに向けた。

 

 寂しそう?

 

 自分が?

 

 まさか、と思う。兵器として調節された自分に、そんな意味の無い感情が生まれるとは到底思えなかった。

 

 しかし、

 

 バルトフェルドの、あの強烈過ぎた個性を思い出すたびに、これまでに無い感情が掠めるのを感じるのは確かだった。

 

 この感情はいったい何なのか? もしかしたら、これがリリアの言う「寂しい」という感情なのだろうか?

 

 スッと、目を伏せる。

 

 自分は本当に、寂しいと思っているのか? あの、砂漠の虎が死んだ事に対して?

 

 そこまで考えた時、不意に頭を引っ張られた。

 

「あ・・・・・・」

 

 気付いた時には、リリアの胸に抱かれていた。

 

「・・・・・・何を?」

「エストが何を思っているのか、あたしには判らない。けどさ、寂しい時は、頼ってくれても良いんだよ。あたし達は仲間じゃん」

 

 仲間。と言う言葉に、妙な新鮮さをエストは感じる。これまでのエストにとって、仲間とは単に一緒に仕事をする人間の事を定義していた。しかし今、リリアが言った「仲間」とは、それとは違う気がした。

 

 リリアの手が、優しくエストの頭を撫でる。

 

 その仕草が、妙に心地よく感じられた。

 

 だが、そんな優しい時間も、唐突に終わりを告げた。

 

「・・・・・・・・・・・・お前等、何やってるんだ?」

 

 呆れを滲ませた声に、思わずリリアはエストを抱いたまま振り返る。

 

 そこには、野戦服姿のカガリ・ユラが立っていた。

 

 出港前の事だ。カガリは半ば強引に「自分も連れて行け」などと言い出したのだ。初めは難色を示したマリュー達だったが、強引な態度のカガリに辟易し、ついには乗艦を許可した。

 

 護衛役だったキサカとユウキの2人も同行者として乗り込んでいる。

 

 いったい彼女達が何を目論んで船に乗り込んで来たのか。真偽のほどは定かではなかったが、とにもかくにも、アークエンジェルには奇妙な同乗者が増える結果となった。

 

「お前等2人とも、整備長が呼んでたぞ。ストライクの点検は終わったのか、だってさ」

「あ、いっけない。そう言えばまだだった」

「・・・・・・それを先に言ってください」

 

 今まで自分をハグしていた少女を見上げ、エストは冷やかな視線を送る。こんな事をしている場合ではないだろう、と。

 

 格納庫に向かおうとするエスト。

 

 その手を、リリアが強引に掴んだ。

 

「ほら、急ご!!」

 

 そう言うと、弾かれたように走りだす。

 

 自然、エストの足も遅れないように速くなった。

 

 

 

 

 

 

「あいつを追わせてください、隊長!!」

 

 先に降りていたラウ・ル・クルーゼに会うなり、開口一番でイザーク・ジュールが言ったのは、その言葉だった。

 

 周りにはディアッカ・エルスマンやライア・ハーネット、そして本日の最終便で地球に降下してきたアスランの姿もあった。

 

 ジブラルタルは現在、決戦に向けて兵力と物資の集中を行っており、そこら中がごったがえしている。何も無ければ、数日中にはアスラン達も出撃する事になる。現状で、質的にザフト軍最強部隊であるクルーゼ隊は、最前線で戦う事を求められているのだ。

 

 しかし、そんな中でイザークは、クルーゼに出撃許可を求めている。

 

 顔に斜めに入った傷は、痛々しさと共に猛々しさを醸し出しており、一種、切れ味の鋭いナイフのような雰囲気になっていた。

 

 何の事を言っているのかは判っている。「足付き」の事だろう。あの艦も地球に降りている事は知っている。イザークはそれを追わせてくれと言っているのだ。

 

「あの艦の追撃には、既にカーペンタリアからモラシム隊が出撃しているし、その増援としてラオス隊も合流しているのだが・・・・・・」

「我々の仕事です!! 隊長、あいつは我々の手で!!」

 

 クルーゼの言い掛けた言葉を、イザークは被せるようにして遮った。

 

 その時、それまでソファーに座っていた少女が顔を上げた。

 

「あたしからもお願いします、隊長。足付きを追わせてください」

「ライア?」

 

 アスランは驚いた。この年下の少女が、こんな積極策を進言するとは思わなかったのだ。

 

「いろいろあったのよ、あたしも」

 

 低く抑えられた言葉からは、アークエンジェルに対する恨みのような物が見て取れる気がした。

 

 砂漠での戦いの事は、アスランも聞いている。バルトフェルド隊の一員として参加したライアだが、結局部隊は全滅。隊長も戦死すると言う大敗を喫した。雪辱と言う意味では、この中の誰よりも強いのかもしれない。

 

 クルーゼは仮面の奥で思案するとやがて、イザークとライアを交互に眺めてから顔を上げた。

 

「そこまで言うのなら、いっその事、君達だけでやってみるか?」

 

 その言葉に、誰もが言葉を失った。

 

 自分達だけ、などとクルーゼは簡単に言うが、それはすなわち自分達だけで部隊を編成して見ないかと言っているのだ。ザフト軍では1つの責任を持つ事を意味している。連合軍なら1個師団を任されるにも等しいのだ。

 

 加えてモビルスーツ隊の隊長と言えば、ザフト軍人なら誰もが憧れる花形ポストだ。モビルスーツのパイロットをしている人間なら、皆が隊長になることを夢見ていると言っても過言ではない。

 

 4人は期せずして息を呑むのを互いに感じ、クルーゼの言葉を待った。

 

「私はスピットブレイクの準備で忙しいが、カーペンタリアで母艦を受領できるように手配しておこう。君達4人で1個部隊を組んで、『足付き』追撃の任に着きたまえ。指揮は・・・・・・そうだな、アスラン、君が取りたまえ」

「え、私が、ですか?」

 

 アスランは戸惑いの声を上げた。隊長が必要なのは確かだが、まさか自分が指名されるとは思っていなかった。言いだしたのはイザークなのだから、当然、イザークが指名されると思っていたのだ。

 

 当のイザークもそのつもりだったのだろう。その言葉を受けて、明らかに快く思っていない様が見て取れる。忌々しさを感じさせる瞳でアスランを睨みつけて来る。

 

 見れば、ディアッカもあからさまでないにしろ、不満がある様子でアスランを睨んでいる。好意的なのはライアくらいではないだろうか。

 

 もっとも、それが隊長の命令である以上、イザークもディアッカも逆らう心算は無いようだ。

 

「色々と因縁のある艦だ。難しいだろうが、君に期待する。アスラン」

 

 クルーゼは、アスランがシルフィードのパイロットと縁がある事を知っている。その事を言っているのだ。そうまで言われたのなら、断る事も出来ない。

 

「判りました。お引き受けします」

 

 そう言って頭を下げるアスランに、イザークとディアッカは鼻を鳴らす。

 

「『ザラ隊』ね」

「ま、お手並み拝見だな」

 

 そう吐き捨てて出て行く2人。

 

 それを見送った後、クルーゼはアスランに向き直った。

 

「アスラン、判っているだろうな」

「はい・・・・・・」

 

 判っている。クルーゼが何が言いたいか。

 

「なら良い。シルフィード、撃たねば、次に撃たれるのは君かもしれないぞ」

 

 その言葉が、アスランの胸に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の面積の7割は海で占められている。よって、地上における輸送手段で最も効率が良いのは海上輸送であるのは、旧世紀からC・Eの今に至るまで変わる事は無い。

 

 ボズゴロフ級潜水空母は、開戦初期からザフト軍が海洋戦線に投入した大型潜水母艦である。

 

 その性能は、機動力、輸送力、打撃力、全てにおいて既存の連合軍潜水艦を凌駕しており、数的劣勢のザフト軍の戦線を支える一翼を担っている。

 

 潜水空母は、海中に身を隠しながら、獲物の存在をその至近距離に捕捉していた。

 

 艦長席に腰を下ろした男は、豊かな口ひげをたくわえ、いかにも海の男然とした、日焼けした肌をしている。鋭さを持つ瞳は、モニターに映し出された白亜の巨艦を真っ直ぐに見詰めている。

 

「成程、情報通りだな」

 

 マルコ・モラシムは、低い声で呟いた。

 

 ザフト海軍のエースと呼ばれるこの男は、開戦初期におけるカサブランカ沖海戦において、地球連合軍の洋上艦隊を相手に一方的な大勝利を演出し、「紅海の鯱」と言う異名で呼ばれている。

 

 アフリカを脱出したアークエンジェルを追撃する為に、モラシムは自分の隊を率いてこの場所に網を張っていたのだ。

 

 ザフト軍きっての海中戦の名手は、神業的な読みで大天使をその網に捕えていた。

 

 そして、潜水艦に同乗しているのはモラシム隊だけでは無かった。

 

「さっすが。相変わらず、執念はたいしたもんだな」

 

 クライブ・ラオスは、仲間からも獰猛と呼ばれるその目を細めてモラシムに笑って見せた。

 

 低軌道会戦においてキラのシルフィードを取り逃がしたクライブは、クルーゼ隊の撤収に便乗していちどプラント本国に戻り、そこで部隊を再編成した後、オペレーション・スピットブレイクに参加する部隊に便乗して、大洋州連合北部に設けられたザフト地上軍本部カーペンタリア基地へと降り立ったのだ。

 

 本当はバルトフェルド隊の戦闘に参加する予定だったのだが、受領予定の潜水艦が地球連合軍の攻撃によって撃沈された為に移動ができず、こうして「足付き」追撃任務についたモラシム隊に同乗してやって来たわけである。

 

「お前がどうしてもと言うから同乗を許したが、お前は海の戦いでは素人だ。せいぜい足を引っ張るなよ」

 

 鋭い視線をクライブへと送って来る。

 

 対してクライブは、口の端を釣り上げて、ヘラヘラと笑って見せた。

 

「へいへい、判ってるよ。あんたはせいぜいがんばんな。でないと、また差を付けられちまうぜ」

 

 そう言って手を振って見せるクライブに対し、モラシムはいら立つように顔を顰めるが、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。

 

 その足音を聞きながら、クライブはやれやれとばかりに肩をすくめた。

 

「肩肘張っちゃってまあ。大変だねぇ、ライバルが大物だと」

 

 クライブの言葉は、モラシムの心情を揶揄したものである。

 

 モラシムがクルーゼに対してライバル意識を抱いている事は知っていた。クルーゼはザフトきっての名将だが、モラシムもまたザフト海軍の名将として名を馳せている。両者に差は無いように見える。

 

 しかし、片やパトリック・ザラ国防委員長に憶えめでたく、大作戦の総指揮官に任命され、片やその配下に組み込まれる事が確定している。と、立場に明確な差が出始めている。

 

 モラシムは焦っているのだ。ここで大きな戦功を立てないと、これからのザフト軍で立場を失いかねない。だが、クルーゼ隊が取り逃がし、バルトフェルド隊を壊滅に追いやった「足付き」を撃沈できれば、この上ない大戦果となる。だからこそ、「足付き」は自分のテリトリーにいるうちに沈めてしまおうと考えているのだ。

 

 その時、扉が開いて2人の男が部屋の中に入って来た。

 

 その容姿は、かなり個性的と言える。

 

 1人は燃えるような赤い髪をドレッド風に纏めており、もう1人は年若い背恰好をした、痩せ形の男だ。

 

 それぞれ特徴も出で立ちも異なる2人だが、共通点として、人を食ったような笑みを顔に張り付かせている、と言う事がある。

 

「隊長、機体の準備できたっすよ」

「いつでも出撃できますぜ」

「ああ、ご苦労さん」

 

 2人はクライブの前にそれぞれ腰掛けた。

 

「調子はどうだ、お前等?」

「もう、バッチリっすよ。まあ、地球の重力って奴のせいで、足の裏がムズムズする気がしますがね」

 

 赤髪の男はジュート・ランディット、優男の方はハリソン・グラムシェルと言った。2人は、元々ラオス隊に所属していたパイロットであり、クライブが特に目を掛けていたパイロットであり、長くラオス隊の一員として戦ってきた間柄だ。

 

 常に前線で戦って来たラオス隊は、人員の入れ替わりが激しい。そんな中で長く生き残っているのだから、2人がパイロットとしていかに優秀であるかが窺える。

 

「しかし隊長、本当にいいんですか? あんな奴に先陣任せちまって」

 

 ハリソンが、モラシムが出ていった扉を睨みつけて言う。

 

「俺も同感ですね。あんな奴等に頼らんでも、俺達だけでもやれるっしょ」

 

 血気逸る部下2人。彼等としては、モラシムに自分達の狙っている得物を「横取り」される事を懸念しているのだ。

 

 そんな2人の言葉に対して、クライブは肉食獣のような顔に満足げな笑みを浮かべる。

 

「まあ、そう吠えるなって。心配しなくても、たかだか水の中ではしゃいでいる程度の魚に、狐は狩れねえよ」

 

 それを聞いた瞬間、ジュートとハリソンは、上官の意図を理解してそれぞれに笑みを浮かべた。

 

「強い獲物は、噛ませ犬をぶつけて弱らせねえとな。あのオッサンにはその役割をきっちりとやってもらうさ。それ以上の事は期待しちゃいねえさ」

 

 そう言うと、ソファに頭を預ける。

 

 そう、相手があのキラなら、モラシム如きが敵う筈が無い。だが、モラシムもザフトでは名の知れた戦士なら、ある程度の手傷を負わせる事くらいは期待しても良いだろう。そうして弱った相手の背中から撃てば、楽に勝つ事ができる。逆にモラシムが勝つならそれも良し。余計な手間が省けずに煩い敵が消えてくれる事になる。どちらに転んでもクライブに損は無かった。

 

 

 

 

 

「確かに赤道連合はまだ中立のはずだが・・・・・・」

 

 言いながら、キサカは振り返る。

 

 カガリと共に艦に乗り込んで来たこの巨漢は、そのゴツイ見た目とは裏腹に、理知的で落ち着いた雰囲気を持ってブリッジクルーの中に溶け込んでいた。

 

「呆れたものだな、地球軍も。自力でアラスカまで来いと言っておいて、補給もよこさないとは」

 

 痛い所を突かれ、マリューは苦笑せざるを得なかった。

 

 補給に関してはバナディーヤで積み込んだ分があるので当面の心配は無いが、それでもアークエンジェルが敵の勢力圏で孤立している事には変わりが無い。

 

 地球軍にとってアークエンジェル、そしてシルフィードとストライクは、今後の戦局を占う大事な切り札である。無事にアラスカに送り届けなくてはならない。せめて僅かなりとも救援を差し向けてくれても良いのではと思う。

 

 地球軍本部は、自分達をさほど重要視していないのではないのだろうか?

 

 そんな風にさえ思ってしまう。

 

「極力、戦闘を避ける必要があるだろう」

 

 キサカは海図を見ながら続ける。

 

「だが、海のど真ん中を行くと言うのは厳しいぞ。いざという時に逃げ込める場所が無い」

「な~に、ザフトは領土拡大戦争をやってるわけじゃないんだ。見つかり難い分、海上の方がまだ安全だよ」

 

 そう言って気楽に肩を竦めたのはムウだった。

 

 ムウの言うとおり、領土の拡大が目的では無いザフト軍は、戦に着全てに兵を配備している訳ではない。加えてザフトには寡兵と言う弱みもある。そこを突けば、極力戦闘を回避する事も難しくないはずだった。

 

「ま、あとは運だな」

 

 そう言って肩を竦めるムウ。

 

 その仕草にはマリューのみならず、キサカも苦笑を浮かべた。

 

 確かにアークエンジェルはこれまで、多くの危機に直面し、その度にそれを乗り越えて来た。

 

 願わくば、その運がこれからも続いてほしい物である。

 

 その願いが泡沫よりも儚い物であるとマリューが思い知るのは、それから僅か10分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦内に走った警報。

 

 同時に、足元が持ち上がるような浮遊感に艦内が蹴とばされる。

 

 敵の攻撃、その第一波が魚雷によって行われたのを、アークエンジェルは離水上昇する事で回避したのだ。

 

 だが、攻撃はそこで終わらない。

 

「れ、レーダーに反応!!」

 

 観測席に座るカズイの上ずった声。そこへ、更に覆いかぶせるように声がブリッジに響く。

 

「未確認機、急速接近!! 撹乱酷く確認は取れませんが、民間機ではありません!!」

 

 センサーに目を凝らしていたパルから緊張に満ちた叫び。それが、緊迫した事態を告げている。

 

「総員、第二戦闘配備!!」

 

 上空からは、ザフト軍の主力空専用モビルスーツ ディンが迫っていた。引き絞ったようなスリムなボディに、4枚の薄い羽根が特徴の機体。一見すると頼りないようにも見えるが、開戦初期からザフトの空を守り続けている名機である。

 

 更に、攻撃は空だけではない。

 

「水中に反応!! 数は3、いや、4!!」

「ザフト軍、水中用モビルスーツ グーンです!!」

 

 こちらは水中での機動性を重視しており、ずんぐりとしたマンタのような外観をしているが、それだけに、水中戦では驚くべき機動性を発揮する。

 

 海と空からの同時攻撃。

 

 これに対処すべく、アークエンジェル側も迎撃を開始していた。

 

 ゴットフリート、バリアント、イーゲルシュテルンが起動、後部ミサイル発射管にはヘルダートが装填される。

 

 更に、格納庫では各機動兵器が出撃準備を整えていた。

 

 3機のスカイグラスパー。そして、シルフィードとストライク。

 

 このうち、ストライクは水中用モビルスーツへの対処の為、甲板上で迎撃戦を展開。シルフィードとスカイグラスパーが直俺として出る事になったのだが、スカイグラスパーのパイロットとして期待できるのはムウのみであり、残り2機のスカイグラスパーは待機と言う事になった。

 

 

 

 

 

 機体が射出されると同時に、キラはスラスターを目いっぱい吹かせる。

 

 今回の戦闘は海上戦となる。今までのように足場がある訳ではないので、落下はすなわち海へ落ちる事を意味していた。

 

 速度を上げるシルフィード。既にセンサーは、接近する3機のディンを捉えていた。

 

 望む所である。元々シルフィードは、ディンに対抗する為に開発された機体だ。まさに好敵手と言える。

 

 キラはマニピュレーターを操作し、腰部に追加されたハードポイントから、一振りの剣を抜きだした。

 

 長い。その刀身はモビルスーツの全長すら上回っている。

 

 グランドスラムと名付けられたこの剣は、元々はストライクの追加装備として開発されたのだが、対艦刀には、より汎用性の高いシュベルトゲベールが採用された為、お蔵入りとなったのである。

 

 失った高周波振動ブレードの代わりに、マードックが引っ張り出して来たのがこの巨大な剣である。実体剣なので、エネルギーの消費も少ない。規約により7割のバッテリーでの出撃を余儀なくされているシルフィードにはうってつけと言えた。ただ、この剣の搭載に合わせて、シールドも小型の物に代えている。グランドスラムは両手用の剣なので、従来型の大型シールドでは、取り回しにくいのだ。

 

 剣を腰に構えるようにして、シルフィードは突撃する。

 

 迫るディンは、両手に持った実弾ライフルを放ってくる。

 

 しかし、遅い。

 

 キラは機体を上昇させるようにして攻撃を回避。同時に急降下してグランドスラムを振り下ろす。

 

 その一撃だけで、ディンの機体は真っ二つに切り裂かれた。

 

 その切れ味に驚く。鋼鉄製のモビルスーツが、バターよりも簡単に切れた。

 

「行ける!!」

 

 呟きながら、尚も向かってくる敵機に視線を向ける。

 

 そこへ切り込みを掛けるシルフィード。

 

 2機のディンが慌てたようにライフルを放ってくるが、今のキラにはその動きすら止まって見えるようだった。

 

 

 

 

 

 グーンは時折、海面から顔を出しては、フォノンメーザー砲を放ってくる。

 

 このフォノンメーザー砲は、超音波に指向性を持たせた、所謂、音のレーザー砲であり、本来なら水中でこそ威力を発揮する武器なのだが、威力の減殺を無視すれば、こうして大気中でも使う事のできる。

 

 これに対してアークエンジェルは、翻弄されるがままになっている。

 

 水中や下方に対する有効な武器が少ないアークエンジェルは、敵機に対して手も足も出せないでいる。

 

 敵機が頭を出した時には下部イーゲルシュテルンで、水中にいる時にはバリアントで攻撃するが、どちらも射角が取れずに、水中を自在に動き回っているグーンを捉えられない。

 

 それは、甲板上でライフルを構えているストライクも同じだった。

 

 ビームは水中まで届かない。更に、甲板の上と言う死角に立っている事から、アークエンジェル同様に、真下に対して充分な射角を取れないのが難点だった。

 

 このままではまずい。アークエンジェルは水中からの攻撃に、なぶり殺しにされてしまう。

 

 打つべき手は一つ。

 

 エストが決断するのに、時間はかからなかった。

 

 通信機のスイッチを入れると、すぐに格納庫を呼び出した。

 

「マードック曹長、ソードストライカーの準備を。それから、第8艦隊の補給で受け取ったバズーカ、あれをください」

《ああ? どうしようってんだよ?》

「このままでは埒が明きません。私が直接水中に入り、敵機を駆逐します」

 

 レーザーを切れば、シュベルトゲベールは実体剣として使う事ができる。更に、実態弾を使用したバズーカなら水中での使用も問題は無い。

 

 とにかくグーンを倒す事ができれば、後の敵は空中のディンのみとなる。それなら、キラが押さえてくれるだろう。悔しいが、あの「ヴァイオレットフォックス」の能力だけは信用に値すると、エストは思っている。

 

 だが、エストは気付いていなかった。

 

 グーンの背後から、巨大で不気味な影が迫っている事を。

 

 

 

 

 

 水中に踊り込むと同時に、センサーの全てが、水に包まれた周りの状況を伝えて来た。

 

 視界は良好であり、海上の戦闘音もここまでは聞こえてこない。僅かに差す陽光が海底を照らし出し、幻想的な光景を創り出している。

 

 しかし、その光景に見とれるつもりも余裕もエストには無い。

 

 センサーに反応がある。

 

 こちらに向かってくる敵機は2機。グーンである。

 

 とっさにバズーカを構えて発射。砲弾がバズーカから勢いよく発射される。

 

 しかし、発射された砲弾の勢いは水の抵抗に殺され、思うように前へ進まない。

 

 対してグーンは、まるで小石でも避けるようにあっさりと砲弾を回避、そのまま突っ込んで来てストライクに体当たりを仕掛けた。

 

「クッ!?」

 

 衝撃に歯を食いしばるエスト。

 

 やはり、水中では機動力で劣るストライクは不利である。

 

 2機のグーンは、再び反転して向かってくる。その様子はさながら、俊敏な魚のようだ。

 

 対してストライクは、背中からシュベルトゲベールを抜き放った。遠距離攻撃が効かないのなら、直接斬りつけるまでである。

 

 レーザーを発振しないまま、大剣を槍のように構えるストライク。その先端部は実体剣となっており、モビルスーツを串刺しにできるだけの威力を持っている。

 

 推進装置を全開まで押しこむ。

 

 加速するストライク。そのままグーンを差し貫くかと思われた時、

 

 横合いから放たれた魚雷が、ストライクを弾き飛ばした。

 

 PS装甲のおかげでダメージは無い。だが、まるで車にはね飛ばされたような衝撃が機内を襲った。

 

「ッ!?」

 

 それでも、どうにか体勢を立て直すエスト。同時にセンサーを走らせ、相手の正体を探る。

 

 グーンではない。相手はもっと大型である。

 

 ずんぐりとした胴体に、大振りな腕部。頭部は、その胴体部分にめり込むように装着されている。反対に両脚部は不要とばかりに小型化されている。まるでオラウータンのような外観の機体だ。

 

 ザフト軍の新型水中機動兵器ゾノ。水中での格闘戦を重視したザフト軍期待の新型機である。胴体部の魚雷発射管に加えて両手掌部にフォノンメーザー砲を装備、その両手には格闘用の鉤爪も装備し、接近戦にも考慮を入れた強力な機体である。操るのは紅海の鯱、マルコ・モラシム。

 

「お前達は『足付き』を叩け。こいつの相手は俺がする!!」

 

 部下2人の操るグーンを先行させ、モラシムはストライクへと向き直る。

 

 ストライクを操るエストもまた、大剣を構え直して対峙する。相手が新型であり、油断できない相手である事を瞬時に悟ったのだ。

 

 そこへ突撃するゾノ。

 

 対してストライクは左腕のロケットアンカー パンツァーアイゼンを射出、ゾノを掴み取ろうとする。

 

 しかしゾノは、ワイヤーを左腕で簡単に払いのけ、そのまま突撃する。

 

「なッ!?」

 

 とっさに回避しようとするが、海中では機体が思うように動かない。

 

 ゾノが持つ水中推進用の絶大なパワーを直接叩きつけるような体当たりを受け、ストライクの機体は水の中で木の葉のように振り回された。

 

 そのままストライクの機体を抑えつけようとするゾノ。

 

 しかし、その前にストライクはスラスターを全開まで吹かして辛うじて退避に成功、左手でバズーカを構えて放つ。

 

 水中を進む砲弾。

 

 だが、あまりにものろのろと飛んで来る砲弾をゾノはあっさりと回避して、逆に次々と魚雷を放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 向かって来た魚雷をどうにか回避し、あるいは大剣で斬り払うストライク。勝手の違う水中での戦闘に、エストは思うように機体を動かせないもどかしさを払えないでいた。

 

 しかし、その間にもゾノは向かってくる。

 

 水中用に特化した機体の圧倒的な機動力の前に、苦戦を免れないでいるストライク。

 

 しだいに追い込まれるのを、エストは自覚していた。

 

 

 

 

 

 出撃準備を終えたムウは、ランチャーストライカーを装備したスカイグラスパーのコックピットに乗り込み、エンジンをスタートさせようとした。

 

 彼は今、特務を担って出撃しようとしていた。

 

 こんな海上のど真ん中に、敵が忽然と現れるわけが無い。かといって、陸上から直通で来れるとも思えない。と言う事は、この近くに敵の母艦がいると言う事を意味している。

 

 ムウの任務はその母艦を探し出して叩く事だった。母艦への攻撃と言う最大限の効果を期待できる策を、何も敵の専売特許にしておく手は無かった。

 

 計器類をチェックして、イグニッションボタンを押そうとした時、戦いの物とは違う喧騒が聞こえて来て手を止めた。

 

 そちらに目を向けると、1人の少女がマードックに食ってかかっていた。

 

「だから、何で機体を遊ばせておくんだ!? 私は乗れるんだぞ!!」

 

 マードックに詰め寄っているのはカガリだった。彼女は先の戦いでもスカイグラスパー1機を操り勝利に大きく貢献している。

 

 どうやら、今回も出撃させろと、マードックに噛みついているらしい。

 

 今回は緊急出撃と言う事で、リリアの出撃準備は間に合わなかった。そこでムウとしても単独出撃せざるを得ないと思っていたのだ。

 

 とは言え、カガリは地球軍の兵士ですら無い部外者だ。マードックで無くても大事な機体を預けるには躊躇いを覚える所だろう。

 

 だが、そんな事はお構いなしにカガリは語調を強める。

 

「アークエンジェルが沈められたら全部終わりだろ!! なのに何もさせないで、それでもし沈んだら化けて出てやるぞ!!」

 

 激しいカガリの舌鋒に、マードックはただ怯むしかない。

 

 その様子を見て、ムウは吹き出した。

 

「お嬢ちゃんの勝ちだな曹長。3号機、準備してやれよ!!」

「いや、少佐!!」

 

 勘弁してくれと言わんばかりに、マードックは肩を落とす。

 

 対してムウは、笑顔のまま肩をすくめてみせる。実際問題として、単独出撃と言う状況に不安があるのも確かである。僚機がついて来てくれるなら、多少は心強かった。

 

「母艦をやりに行くんだ。火力は多い方がいい」

 

 そう言うと、今度は真剣な顔をしてカガリに向き直った。

 

「だが、遊びじゃないんだぞ。判ってるだろうな、お嬢ちゃん」

「『カガリ』だ。判ってるさ!!」

 

 叩きつけるように言いながらカガリはスカイグラスパー3号機へと足を向けた。

 

 予備機の必要性があるとは思えなかったので、今回は1号機以外は追加武装を装備していない。よってカガリの乗る3号機はミサイルとバルカンのみの基本装備で出撃となる。

 

 ただちに、グーンからの攻撃の合間を縫って2機のスカイグラスパーが射出された。

 

 その間にも、アークエンジェルは纏わりつく敵機に対して応戦を繰り広げている。

 

 グーンは初期の作戦通り、海面を隠れ蓑にして顔を出して攻撃しては潜り、潜ってはまた顔を出して攻撃すると言う行動を繰り返している。

 

 一撃で大損害を食らうと言う事は無いが、アークエンジェルとしては鬱陶しいことこの上なかった。

 

 対してアークエンジェルはバリアントと下部のイーゲルシュテルンで応戦するも、死角からの攻撃になかなか命中が得られない。

 

 まるでモグラ叩きである。

 

「クッ、ストライクは、何をしている!?」

 

 いら立ったナタルの叫びがCICから聞こえてくる。ストライクが先程海中に潜った事は確認しているが、その後の音沙汰が何もない。しかし、こうして敵の攻撃がやまない事からも、迎撃が成功したとは思えなかった。

 

「クソッ、せめて、ゴッドフリートの射線が取れれば!!」

 

 サイの毒づく声は、この場にいる全員の心を代弁していた。

 

 アークエンジェルの主砲である、225センチ高エネルギー収束砲ゴッドフリートさえ使えれば、敵機を一撃で撃破する事も不可能ではない。しかし、ゴッドフリートは上甲板に備え付けられている為、真下の海面に向けて発射する事は出来ないのだ。

 

 マリューは、しばし考えてから顔を上げた。

 

「ノイマン少尉、一度でいい、艦をバレルロールさせて!!」

「えっ!?」

 

 その言葉には、言われたノイマンのみならず、その場にいた全員が思わずマリューを振り返ったほどである。

 

 バレルロールとは、その名の通り樽が転がるように、空中で捻り込むように360度横回転する事で、本来は機動性の高い戦闘機が行うアクロバット技である。間違っても、質量何1000万トンの宇宙戦艦がこなす技術ではない。

 

 しかし無論、マリューも冗談を言っているつもりは微塵も無い。

 

「ゴッドフリートの射線を取る。チャンスは一度よ、やれるわねナタル!!」

「はっ・・・わ、判りました」

 

 マリューの叩きつけるような声に、ナタルは若干気圧されながらも返事を返す。しかし、すぐに表情を引き締めて決断する。やれるかどうかではなく、やるのだ。それ以外に状況を打破する手段は無い。

 

《本艦はこれより、360度バレルロールに入る。総員、衝撃に備えよ!!》

 

 パルの声がスピーカーから響くと、艦内は上へ下への大騒ぎになる。

 

 とにかく手近な物に掴まる者、慌てて電気系統をカットする者、物を固定する者。特に格納庫は大騒ぎである。何しろ大掛かりな機材がたくさんある上に、待機中のスカイグラスパー2号機もある。それらがひっくり返りでもしたら大参事は免れない。

 

 そうした小パニックを経て、準備は整って行く。

 

「グーン2機、来ます!!」

「ゴットフリート照準、良いか!?」

 

 マリューは尋ねながら、自分の体をシートに固定する。それを見て、他のクルー達も慌ててベルトを引き出す。

 

「行きますよ!!」

 

 ノイマンが叫ぶと同時にスラスターを操作して操縦桿を引きながら回して行く。

 

 艦が回転し、一気に傾いていく。

 

「うわぁ!?」

 

 観測席に座るカズイが声を上げる。他の者も、大なり小なり似たような反応をしている。

 

 そんな事はお構いなしに回転する白亜の巨艦。艦内はまるで、スローモーションのジェットコースターだ。

 

 とうとう、頭上に海面が来た。

 

 まさにその瞬間、グーンが海面から顔を出した。しかし、想像を絶する光景に、流石のザフトパイロットたちも度肝を抜かれたように攻撃を躊躇っている。

 

 その瞬間を逃さず、ナタルが叫んだ。

 

「ゴッドフリート、撃てェェェェェェ!!」

 

 火を噴く4門の主砲。

 

 その攻撃は、動きを止めていたグーンを、正確に粉砕してのける。

 

 敵機が爆炎を上げるのを確認した瞬間、ブリッジ内では逆さまのまま歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 水中での死闘は続いていた。

 

 流石は紅海の鯱と言うべきか、水中戦では負け無しのモラシムを相手に、最新鋭機であるとはいえ、水中戦を想定していないストライクは苦戦を強いられていた。

 

 離れればフォノンメーザー砲と魚雷が襲い、近付こうとすれば体当たりが掛けられる。

 

 エストとて、ヘリオポリスからここに至るまでを戦い抜き、今や歴戦のパイロットと言っても過言でない実力を兼ね備えるに至っているが、それでも勝手の違う水中戦では、モラシムとゾノのコンビには敵わなかった。

 

「クッ!!」

 

 エストは弾丸を撃ち切ったバスーカを捨て、再びシュベルトゲベールを構える。完全に相手のペースだ。追い込まれるのも時間の問題だろう。

 

 魚雷を放ちながら突っ込んで来るゾノ。

 

 対してストライクは、突き出すようにシュベルトゲベールを構える。

 

 ゾノを加速させようと、モラシムがスロットルを握る手に力を込めた。

 

 その瞬間だった。

 

 出し抜けに、海面付近で大爆発が起こり、その衝撃がゾノの機体を大きく揺るがした。

 

「な、何だ!?」

 

 衝撃に思わず顔を顰めるモラシム。

 

 海上では今、部下達が「足付き」を攻撃している筈である。そこで何かあったのだろうか?

 

 モラシムは知る由も無かったが、今まさに、バレルロールから主砲を発射したアークエンジェルによって、彼の部下が操る2機のグーンは撃破されたのだった。

 

 動きを止めるゾノ。

 

 そして、その瞬間をエストは見逃さなかった。

 

「今っ!!」

 

 鋭く言い放つと同時に、槍のようにシュベルトゲベールを構えて突撃する。

 

 高速で接近してくるストライクにモラシムも気付いたが、もう遅い。

 

 突き出されたシュベルトゲベールの長い刀身は、次の瞬間、ゾノのエンジン部分を深々と刺し貫いた。

 

「グッ!?」

 

 自身も致命傷を負い、意識を朦朧とさせるモラシム。シュベルトゲベールの刃は、僅かにコックピットをも掠めたのだ。破壊された機材の一部がモラシムの体に突き刺さり、致命傷を負わせていた。

 

 その目には、まだ生きているモニターの中で離脱しようとしているストライクの姿が映った。

 

「・・・さ、せるかァァァァァァ!!」

 

 殆ど本能的に手が動いた。

 

 海の男の執念が、最後の力を機体に与える。

 

 ゾノはその長大な鉤爪で、ストライクに掴みかかった。

 

「なっ!?」

 

 機体が突然引き戻されるように停止し、目を剥くエスト。

 

 次の瞬間、ゾノはストライクを巻き込んで爆発した。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルを発進したムウとカガリのスカイグラスパーは、洋上を飛行しつつ、敵母艦を目指している。

 

 敵母艦さえ叩く事ができれば、この苦境を脱する事も不可能ではない。

 

《さあ、どこにいるんだ、子猫ちゃん》

「子猫ちゃん?」

 

 ムウの言葉に、カガリは眉を顰める。無骨な印象のある敵の母艦を差して「子猫ちゃん」は無いような気がするのだが。

 

 そうしている内に、周囲の視界を覆っていた雲も晴れる。

 

 次の瞬間、レーダーが海面下にいる巨大な金属反応を捉えた。

 

《見つけたぜ、行くぞお嬢ちゃん!!》

「カガリだ!!」

 

 ムウの声に怒鳴り返しながら、カガリは先行するスカイグラスパー1号機に追随する。

 

 2機は海面に向けて急降下を掛けながら、下部のハッチを開き、捕えた反応に向けて対艦ミサイルを発射した。

 

 ミサイルは海面に着弾すると同時に、巨大な水柱を突き立てた。間違いなく、命中した証拠である。

 

《さあ、出てくるぞ!! 良いか!?》

「ああ!!」

 

 ムウの言葉に、カガリは操縦桿を握る手を強めながら頷きを返す。

 

 直撃弾を受けた潜水艦は、浸水を食い止める為に浮上せざるを得ない。そこへ集中砲撃を加えるのだ。

 

 やがて、巨大な緑色の艦体が海面に姿を現した。間違いなく、ザフト軍主力潜水空母ボズゴロフ級である。

 

 2人が発見したボズゴロフ級もまた、突如現れた戦闘機相手に迎撃戦を展開すべく、上部ハッチを開き、艦載機の発進体勢に入る。

 

「やらせるか!!」

 

 カガリは血気逸るように、敵艦へ突撃を仕掛ける。

 

 しかし、敵艦ばかりに目をやっており、計器を見るのを忘れていた。

 

《おい、海面に近付き過ぎるな。潮を被るぞ!!》

「あっ、うわっ!?」

 

 慌てて機首を上げるカガリ。潮が当たれば、それだけで機体は海に突っ込みかねない。それでなくても戦闘機は精密機械の塊である。海水を被って細かい機器が故障する事も考えられる。

 

 そこへ、浮上した敵艦の余波が掛りそうになり、カガリは間一髪で安全圏へと逃れた。

 

《馬鹿、だから言わんこっちゃない!!》

「馬鹿とは何だ!!」

 

 2人のどこか間の抜けたやり取りの間にも、ボズオロフ級の迎撃準備は進められる。

 

 開いた上部ハッチから、ディンが発進してくるのが見える。

 

《そうはさせるか!!》

 

 すかさず、ムウは装備した320ミリ超高インパルス砲アグニを発射して、ディンが発進する前に射出口を叩きつぶそうとする。

 

 320ミリの太い閃光がハッチ付近に突き刺さる。

 

「やったか!?」

 

 カガリが身を乗り出すように叫ぶ。

 

 しかし、狙いは僅かに外れたらしく、ディンは破壊されたハッチから羽を広げて飛び立ってしまった。

 

 そこへ上空から攻撃を仕掛けようとするムウ。

 

 しかし、同時にカガリも下から接近した為、両機の軌道が交錯するような形となり、カガリの3号機がムウの攻撃を遮ってしまった。

 

 急増の連携である為、意思の疎通が取れていないのは明白だった。ムウとしては、自分が攻撃している間、カガリには自分の背中を守ってもらう役をしてもらいたかったのだが、血気に逸るカガリは、自分も母艦攻撃を行おうと躍起になっている様子だ。

 

《ちょろちょろするな、俺が撃っちゃうじゃないか!!》

 

 邪魔者扱いされて、激昂しかけるカガリ。

 

「何を!?」

 

 しかし、抗議の声を上げようとした瞬間、機体に鈍い衝撃が走った。

 

 いつの間にか背後に回り込んでいたディンの攻撃によって、後部に被弾したのだ。

 

 機体が不気味に振動し、煙を上げる。

 

 どうにか墜落するレベルではないが、機動力は大幅に落ちている。

 

《大丈夫か!?》

「ナヴィゲーションモジュールをやられただけだ。大丈夫!!」

 

 カガリが強気で応えると、ムウは安堵と共に命じて来た。

 

《自力で帰投できるな。こっちは任せて、お前は戻るんだ!!》

「大丈夫だ、まだ、」

《フラフラ飛ばれても邪魔なだけなんだよ。それくらいの事も判らんか!?》

 

 屈辱的な物言いだが、こうなった責任が自分にある以上、カガリはそれ以上何も言えない。

 

「・・・・・・判ったよ」

 

 悔しさを滲ませて機首を反転させた。

 

 

 

 

 

 カガリは煙を吹く機体を宥めながら、アークエンジェルへと目指して後退していた。

 

 その内面は、やるせない気持ちでいっぱいであった。

 

 カガリも決して愚鈍な娘では無い為、ムウの言葉が正しいのは頭では理解している。しかし、このまま帰るのは納得がいかなかった。これではほんとうにただの役立たずだ。

 

 溜息をつく。

 

 そんな事言った所で、今更引き返すわけにもいかない。エンジンが半分止まったスカイグラスパーで戦場に引き返した所で、本当に足手まといにしかならないだろう。それどころか最悪、撃墜されてしまう可能性もある。

 

 ここは大人しく帰っておくほうが無難だろう。

 

 そう考えて操縦桿を倒した。

 

 その時だった。

 

 雲間に、何か飛んでいるのが見える。鳥では無い。何か人工物だ。

 

 ずんぐりした胴体に取り付けられた大振りな翼。

 

 ザフト軍で正式採用されている小型輸送機だ。

 

「敵っ!? 増援か!!」

 

 カガリは半分死んだエンジンの出力を上げ、突撃を仕掛ける。

 

 増援ならば、敵が合流する前に叩かないといけない。

 

 突撃しながらバルカンを放つ。

 

 突然の襲撃に焦ったのだろう、輸送機の方からも反撃してくるが、その火線は弱く、損傷した機体でも簡単に回避できた。

 

 一航過する間に、数発の命中弾を得た。

 

「よしっ!!」

 

 煙を吹く輸送機を見て、カガリは喝采を上げた。

 

 その時、輸送機の後部ハッチが開くのが見えた。そこから、機体が1機吐き出されるのが見える。この輸送機は、モビルスーツを輸送中だったのだ。

 

「クソッ!!」

 

 舌を打ちながら、カガリは機体を反転させて再度突撃しようとする。どうやら敵は、積み込んだ機体を破壊されるのを恐れ、先にパージしたの。

 

 しかし、その一瞬の隙を突かれて、輸送機の銃撃がスカイグラスパーを捉えた。

 

「しまった!?」

 

 気付いた時には既に手遅れだった。止まりかけのエンジンは完全に停止し、機体は大きく振動しながら高度を下げて行く。

 

 カガリは必死に体勢を立て直そうとするが、それは無駄な努力でしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グランドスラムを振るう。

 

 その一撃で、ディンの機体は袈裟掛けに斬り飛ばされ爆散した。

 

 散って行く煙を見ながら、キラはシルフィードのコックピットで息を吐いた。

 

「新しい反応は・・・・・・無い」

 

 今のが最後のディンだったようだ。

 

 グランドスラムをハードポイントに収める。

 

 他の戦場がどうなったかは判らないが、取り敢えず空に限っては敵の進行を防ぐ事に成功したようだ。

 

 ならば、これ以上の敵の襲撃に備える為にも、一旦帰還するべきだろう。

 

 そう思ったキラは、帰投すべく機体を翻した。

 

 その時だった。

 

《ハッハー!! お早いお帰りですなァァァ!!》

 

 オープン回線で放たれた叫び。

 

 次いで、雲から湧き出るように3機の機体が飛びだしてきた。

 

 その内2機は、先程まで交戦していた機体と同じディンである。

 

 そしてもう1機、

 

「あの、シグーは!?」

 

 特に特徴がある訳ではない、通常デザインのシグー。こちらは大気圏飛行能力が無い為、ザフト軍が正式採用している支援飛行メカ グゥルに搭乗している。しかしキラには、先程聞こえた声と相まって、猛烈に嫌な予感がした。

 

《久しぶりだなー、ヴァイオレットフォックス!! てっきり今頃は虎の胃の中かと思ってたんだが、テメェのまずい肉じゃ、虎の餌にもならなかったか!?》

「やっぱり、あなたは、クライブ・ラオスか!?」

 

 宿命の仇敵が、再びキラの前に立ちはだかったのだ。

 

 クライブのシグーは、手に持ったライフルを構えた。

 

 防御を、と思いシールドを掲げるシルフィード。

 

 次の瞬間、

 

 銃口より放たれた閃光が翼端を掠めた。

 

「ビーム兵器!?」

 

 まさか、と思う。シグーの装備は全て実体系で統一されていた筈。そもそもザフト軍はこれまで、携帯型の小型ビーム兵器は開発できなかった。

 

 考えるまでも無く、その答えは決まっている。

 

《ギャハハハ!! テメェの玩具を盗られたからって拗ねるなよ!! よく言うだろうが、テメェの物は俺の物ってな!!》

 

 ザフト軍は奪ったXナンバーの技術を転用し、小型携行用ビーム兵器の開発、量産に成功したのだ。

 

 放たれるビームを盾で防ぎながら後退するシルフィード。

 

 そこへ、左右から包み込むように2機のディンが迫って来る。

 

 その手に持ったライフルから放たれるビーム。

 

「クッ、こっちもか!!」

 

 ビームライフルとBWSで応戦しようとするキラ。しかし、3方向からの攻撃に、なかなか照準が定まらない。

 

《ほ~らほら、あんよはお上手か? うまく避けないと当てちまうぞ!!》

 

 ジュートとハリソンのディンがシルフィードの動きを牽制しつつ、クライブのシグーがビームライフルで攻撃する。

 

 息の合った連携攻撃に、シルフィードは後退せざるを得ない。

 

 だが、そんなキラの行動が、クライブの嘲笑を招く。

 

《テメェは亀かキラ!? いつまでそうやって甲羅の中に首を突っ込んでいる気だ!!》

「クッ!?」

 

 挑発的な言葉にも、しかしキラは乗らない。

 

 昔から付き合いのあるこの男が、こう言う性格である事は充分に承知している。それに安易に乗れば手ひどい目に会う事も。

 

 だからキラはシールドを掲げつつ、ひたすら後退する。その場に留まっていたのでは、3機に包囲される事になる。

 

 3機から放たれるビーム攻撃。それを小型のシールドのみで防ぐ。

 

《どうした、キラ!? 仲間の仇も撃てずに、こんな所でくたばるのかよ!》

「ッ!?」

 

 その一言で、キラの脳裏にスパークが起きる。

 

 炎に巻かれ、倒れていく仲間達。

 

 そして、大気圏の炎の中で燃え尽きた、ヘリオポリスの人達と、あの紙花をくれた女の子。

 

 それを、

 

 この男が、殺した!!

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 突撃するシルフィード。

 

 手には長大な対艦刀グランドスラム。

 

 いかに大気圏内飛行が可能とは言え、グゥル付きのシグーやエンジン回りが通常仕様のディンなど機動力においてシルフィードの敵ではない。

 

 いったん沈み込むような機動を取りながら、斬り込みを掛ける。

 

 グゥルはモビルスーツの足裏を支える形になる為、下方は完全な死角となる。

 

 いかにクライブと言えども、その法則からは逃れられない筈である。

 

 振り上げられた大剣。

 

 その一撃が、一瞬で身をかわしたシグーを掠め。ビームライフルを切断した。

 

「浅いっ!?」

《バーカ》

 

 キラが呻くのと、クライブが不敵に笑うのは同時だった。

 

 次の瞬間、クライブのシグーはその手に、光を発する剣を抜き放った。

 

「ビームサーベルまで!?」

 

 その正体を知り、愕然とするキラに、クライブは残忍な笑いで返した。

 

《そら、胴がガラ空きだ!!》

 

 振るわれる光刃。

 

 サーベルがシルフィードに迫る。

 

 直撃するコースにある光刃。既に、回避が可能な距離では無い。

 

 しかし、次の瞬間、キラの無我夢中の操縦でシルフィードが振り上げた足が、偶然シグーを乗せたグゥルの機首を掠めた。

 

 その一撃により、バランスを崩して、シグーのサーベルは空ぶった。

 

《チィッ!?》

 

 舌を打つクライブ。

 

 その間にシルフィードは体勢を立て直し、再びグランドスラムを構えている。

 

 だが、まだ3対1と言う優位性は崩れていない。このまま戦えば勝てる筈。

 

 そう思った矢先だった。

 

《隊長、母艦からの信号が途絶えました。どうやら撃沈されたようです》

《おいおい・・・・・・マジかよ。使えねえ奴等だな》

 

 ジュートからの報告を聞いて、自軍の不甲斐なさに、心の底から舌打ちする。せめて、あと5分持ちこたえられなかったのかよ?

 

《この分だと、モラシムのおっさんも今頃は水葬済みだろうな。まあ、あんまり期待はして無かったが、思ったよりも呆気なかったな》

 

 味方の隊長に対する侮蔑を、隠そうともしないクライブ。

 

 とは言えモビルスーツのバッテリーは有限である。母艦がやられた以上、長居は無用だった。

 

《シュート、ハリソン、プランC6に変更して撤退するぞ。狐の小僧との遊びは終わりだ》

《了解!!》

《了~解》

「逃がすか!!」

 

 オープン回線の声を聞きながら、相手の意図を悟ったキラがライフルに持ち替えて攻撃するも、3機は巧みな機動でシルフィードの攻撃を回避すると、あっさりと射程圏外に消えていった。

 

「クソッ・・・・・・」

 

 銃を下ろすシルフィード。これ以上の追撃は無意味だった。

 

 敵の撃退は出来た。自分自身も生き残った。

 

 しかし、キラの中では苦い敗北感が消えずにいた。

 

 機体を反転させる。とにかく今は、皆の無事を確認したい心境だった。

 

 

 

 

 

PHASE-15「空に、海に」    終わり

 



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PHASE-16「2人の夜」

 洋上を航行するアークエンジェルに、黄昏の日が陰る。

 

 その光景に象徴されるかのように、沈痛な空気は艦全体を支配していた。

 

 先のモラシム隊との戦いで、辛うじて勝利を収めたアークエンジェルだが、その損害は大きかった。

 

 出撃した機動兵器は4機。うち、帰還したのは2機。

 

 戦闘が終わって艦に戻って来たのはシルフィードとスカイグラスパー1号機のみ。ストライクとスカイグラスパー2号機は、ついに戻らなかった。そのパイロットであるエストとカガリと共に。

 

 損耗率5割。戦慄すべき数字だ。

 

 勿論、本当に失われているのならば、と言う話である。

 

「MIAと、認定なさいますか艦長?」

 

 尋ねるナタルの声も必要以上に難く感じられる。

 

「何です、そのMIAって?」

「ミッシング・イン・アクションの略。戦闘中行方不明の事。『確認は出来なけど、戦死でしょう』って事」

 

 声を顰めて尋ねるサイに、トノムラがやはり小声で話す。

 

 戦い。それも混戦の時はよくある話だ。行方不明になった、それも戦死している可能性の高い味方を探している余裕は無い。死体一つ収容する為に、部隊全体を危機に晒すわけにはいかないのである。

 

 そこで「推定戦死」と言う意味で用いられるのがMIAである。実際の話、そう認定された人間が生きて戻った例は少ない。

 

 問われたマリューは、ナタルに一瞥しながら口を開いた。

 

「それは早計ね、バジルール中尉。撃墜は確認されていないわ」

 

 その瞳は既に決意が固まっており、自分の意志を曲げるつもりは無い事を意味していた。

 

 パルへと向き直るマリュー。

 

「日没までの時間は?」

「約2時間です」

 

 計算を始めるマリューに、ナタルは慌てて抗議の声を上げた。

 

「まさか、捜索なさるおつもりですか? ここはザフトの勢力圏なのですよ!!」

 

 あまりにも危険すぎる。慎重かつ現実派のナタルはそう訴える。先の敵は撃退できたが、また別の敵が来ないとも限らない。しかもそうなると今度は、消耗した戦力で迎え撃たねばならないのだ。

 

 戦死している可能性が高い人間の捜索などに、時間を割いている暇は無い筈だった。

 

 だが、そんなナタルを無視して、マリューは考え込む。

 

「まだ時間があるわね。少佐とキラ君で先に上空を探ってもらって、それでダメなら海中も捜索しましょう」

「艦長!!」

 

 尚も抗議しようと詰めかけるナタル。その彼女に、マリューも強い調子で振り返った。

 

「報告書でも何でも、好きに書きなさい!!」

 

 既にここに至るまで、「生き残る為」とは言えいくつか命令違反も侵している。最高機密である新型機を民間人どころかテロリストの手に委ね、現地ゲリラに機密情報の一部開示まで行っている。軍法会議に出れば立派な有罪だ。

 

 ナタルの言いたい事も判る。僅かな可能性にすがって艦全体を危険にさらす等、軍人にあるまじき行為と言える。

 

 しかしそれてもマリューは、その「僅かな可能性」を見捨てたくは無かった。

 

 

 

 

 

 シルフィードのコックピットに座りながら、キラはシステムのチェックをしていく。

 

 今回の目的は戦闘ではないのでBWSは持っていかない。バックパックと武装が1体となった追加装備は、機動性は向上するものの、燃費は極端に悪くなると言うマイナス面を持っている。

 

 今回はなるべく長く稼働時間を確保する必要がある。通常通り7割のバッテリーで出撃するシルフィードには無用の長物と言えた。同様の理由で、デッドウェイトになるグランドスラムも置いていく。万が一、敵と遭遇したらビームサーベルとライフル、アーマーシュナイダーのみで戦うつもりだった。

 

 既にムウのスカイグラスパーは先行して発進している。次はキラの番だった。

 

《良いか、あまり無茶すんじゃねえぞ。連戦続きで、その機体もあちこちガタが来てる。最悪、飛行中に機体が停止するなんて事も考えられるからな》

「判りました」

 

 マードックの声に頷くと、ヘルメットのバイザーを閉める。

 

 これからキラは、帰還しなかったストライクとスカイグラスパーの捜索に出る。

 

 もっとも、機体なんてキラにとってはどうでもよかった。

 

 そこに乗った、2人の少女を思い浮かべる。

 

 カガリと出会ったのは、あの崩壊するヘリオポリスでだ。あの時に、まさに自分の運命が決まったと言っても良い。それ以来、砂漠で再会するまで互いの無事も確かめられなかったのだが、無事な姿を見た時は内心でホッとしたものである。それほど思い出が深いわけでもないのに、一緒にいると何となく安心できる少女だった。

 

 そしてエスト。彼女は元々、自分の敵だ。出会った場所こそカガリと同じヘリオポリスだが、彼女は潜伏中のキラを殺す為にやってきたのだ。共に肩を並べて戦う今も、決してキラに対する警戒心を解いてはいないだろう。しかし、戦闘時以外の彼女が持つ危うさや儚さは、カガリとは逆に放っておけない未熟さを感じさせる。

 

 2人とも死んでほしくない。生きていてほしい。それがキラの偽らざる本音である。

 

 リニアカタパルトに灯が入る。

 

 今、キラは殺す為ではなく、救うために出撃する。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード、行きます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カガリは両手を後ろ手に縛られて、地面に転がされていた。

 

 発見したザフト軍の輸送機を襲撃、大打撃を与えた所までは良かったが、その一瞬の隙に自分まで撃墜されてしまったのは失敗だった。

 

 墜落寸前に何とか体勢を立て直し、どうにか手近な島の海岸に不時着できたのは幸いだったが、上陸の際に高波に逢い、持ってきた食糧や水を入れた荷物を無くしてしまったのは痛かった。

 

 どうにか食料を確保しようと島の中をさまよっている内に、大変な物に遭遇してしまった。

 

 カガリが撃墜した輸送機が積んでいたモビルスーツ。撃墜される直前にパージされた機体が、事もあろうに同じ島に不時着していたのだ。

 

 パイロットを見付け、先制攻撃を仕掛けたカガリ。

 

 しかし相手は身体能力に優るコーディネイター。それも百戦錬磨のザフト兵である。

 

 銃器も使わないままあっという間に組伏せられ、そして現在に至る訳である。

 

「お前、本当に地球軍の兵士か? 認識票も無いみたいだし。随分とおかしな奴だな」

 

 呆れたような声が、ザフト兵から投げかけられた。

 

「悪かったな」

 

 芋虫のように転がりながら、カガリは悪態をついた。

 

 組伏せられた時に体を触られたせいで、既にカガリの性別は相手に知られていた。もっとも、それがあったから、カガリは殺されずに縛られただけと言えなくもない。そうでなかったら、今頃はザフト兵のナイフで喉元を切り裂かれていただろう。

 

 そんなカガリの態度に、アスランは苦笑した。

 

 カガリを捉えたのはアスランだった。彼は母艦受領の為にカーペンタリアに向かう途中、カガリのスカイグラスパーと遭遇、大破した輸送機からイージスごとパージされたのだ。

 

 しかし、そこにまさか自分の乗った輸送機を撃墜した地球軍の戦闘機まで落ちてくるとは思わなかった。

 

「所属部隊は? なぜ、あんな場所を単機で飛んでいた?」

「私は軍人じゃない!!」

 

 カガリは抗議しながら身を起こす。

 

「所属部隊なんかないさ。こんな所だって、来たくて、うわっ!?」

 

 手足を縛られている為、カガリはバランスを崩して無様に転がってしまった。

 

 そんなカガリの姿に、アスランは思わず噴き出す。何だか面白く思えて来た。

 

 カガリに背を向けるアスラン。

 

 その背中に、カガリは刺す様な声で話しかけた。

 

「お前、あの時、ヘリオポリスを襲った奴の1人だろう」

 

 その言葉に、アスランは足を止めた。

 

 カガリにしてみれば、駐機してあるイージスの外観には嫌と言うほど見覚えがあった。味方として戦って来たシルフィードやストライクに酷似しているし、何より、あの時ファクトリーのラボで、実際に起動前のイージスを彼女は見ている。

 

「私もあの時いたんだよ。お前達がぶっ壊したヘリオポリスのな!!」

 

 憎しみをこめたカガリの視線から逃れるように、アスランはイージスへ歩いて行く。

 

 ヘリオポリスの件は、アスランにとっても悔恨の一事となっている。

 

 破壊する必要のないコロニー。ただ地球軍が開発した機動兵器を奪取できればよかった作戦。

 

 しかし、アスラン達の攻撃でヘリオポリスが崩壊したという事実は、今や動かしようのない現実だった。

 

 

 

 

 

 黄昏の空にシルフィードの翼で駆けながら、キラはセンサーの僅かな反応も逃すまいと目を走らせる。

 

 バッテリーの消費を最小限に抑え、既に3時間近く飛行している。いかに身体能力に優れるコーディネイターとはいえ、昼間に戦闘をこなした後である。体力の消費は著しい。

 

「どこだ・・・・・・くそっ、どこなんだ!?」

 

 焦りは時間の経過に比例して募って行く。

 

 通常の機体には、部隊とはぐれた場合に発する救難信号と言う物がある。この信号をキャッチできれば救助もできるのだが、Nジャマーの影響で電波状況は最悪を極め、よほど発信源の近くまで接近しないとキャッチは出来ない。

 

 バッテリー的にも、そろそろ一度戻って補給を受けなければならない。その前に、何としても痕跡を見付けださないと。

 

 ここは敵の勢力圏。もし弱った所に敵襲を受ければ、いかにシルフィードと言えどひとたまりもないだろう。

 

 加えて、昼間取り逃がしたクライブの事も気になっている。あの野獣のような男がまだこの近くにいるかもしれない事を考えると、一刻も早く2人を見付けたかった。

 

 機体を旋回させる。

 

 そろそろ決断する必要がある。いったんアークエンジェルに戻って補給を受けてから出直すか、それとももう少し頑張ってみるか。

 

「・・・・・・・・・・・・賭けてみようかな?」

 

 ここらで戻る必要があるのは、キラも理解している。深入りして、自分までMIAになったのでは間抜けにも程がある。

 

 しかし、戻る前にやってみたい事があった。動力のギリギリまでセンサーに回し、一時的にオーバーブースト状態にして探知範囲を広げるのだ。システムに多大な負荷が掛る為、本来なら使うべきではないのだが、それでも今は試してみたかった。

 

 キラはキーボードを引き出すと、高速でタイピングを始める。

 

「装甲エネルギー、武装用エネルギー、カット。光学センサー、レーダー、ソナー用エネルギー全カット、熱紋センサー停止、滞空に必要な最低限のエネルギーのみを残して、全エネルギーを受信センサーへ。探知範囲拡大、精度上昇・・・・・・」

 

 機体を滞空させたまま、キラの指は正確かつ高速にキーを打つ。

 

 やがてシルフィードの両腕はガクリと落ち、同時にPS装甲もダウンして機体が鉄灰色になる。全天視モニターも灯が消え、コックピットの中は一部の表示を除いて全ての明かりが消えうせる。全ての動力を切って、余剰エネルギーを全て受信センサーに回したのだ。

 

 センサーが一瞬、力強く明滅した。

 

 これまでに比べて4倍近く探知範囲が広がり、より鮮明な表示がなされる。

 

 キラは固唾をのみ、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 これでダメなら、殆ど絶望的かもしれない。

 

 やがて、

 

「あっ!?」

 

 モニターの端に、光点が結んだ。間違いなく、味方機の救難信号である。

 

 すぐさま全動力を回復。エンジンにエネルギーを送り、スラスターを吹かせると、反応があった方向に機体を向けた。

 

 進むにつれて、反応がより鮮明になって行く。

 

「もう少し・・・・・・もう少しだ」

 

 気持ちがはやる。信号を受信できたと言う事は、生存していると言う事だ。

 

 どちらが? もしかしたら両方が?

 

 だが、焦りはキラから、精密な判断力を奪っていた。

 

 目標の島が確認できた。

 

 そう思った瞬間、

 

 突如、シルフィードの機体はガクッと、不自然に高度を落としたのだ。

 

「何っ!?」

 

 焦って計器類をチェックする。

 

 OSが一斉にエラー表示を示していた。

 

 出撃前にマードックに言われた事を、キラは完全に失念していた。先程の探知範囲拡大で一気に負荷が掛ったシルフィードのシステムはオーバーヒートを起こしたのだ。

 

 気付いた時には既に手遅れ。

 

 シルフィードはキラを乗せたまま、急激に地面へと迫って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですって、今度はキラ君が帰らない!?」

 

 マリューの声と共に、驚愕が広がる。

 

 シルフィードからの連絡が途切れたと言う情報に、アークエンジェル艦内は悄然となった。

 

 エスト、カガリに続いて彼までが消息を絶ってしまったのだ。

 

「連絡を絶った場所は判る?」

「・・・・・・ダメです。撹乱酷く、大まかな方角程度しか」

 

 パルの悲痛な声が、状況を何より物語っている。

 

「逃げた可能性は無いか?」

 

 冷や水を浴びせるような声は、ナタルから発せられた。

 

 その言葉に、一同は今更ながら、キラがS級指定の広域指名手配テロリストである事を思い出す。

 

 ヴァイオレットフォックスの名は、大西洋連邦に所属する人間にとって恐怖の対象でしかない。

 

 類を見ない狡猾さ。全てを食い千切るかのような残忍さ。ずば抜けた戦闘センス。普段のキラを見ているとつい忘れがちになるが、テロリスト ヴァイオレットフォックスとはそういう存在なのだ。

 

「その可能性はありません。たとえシルフィードのバッテリーをギリギリまで切り詰めても、一番近い陸地までは届きませんよ」

「だが、どこかの島にでも降りて、そこで仲間に連絡を取る可能性もある」

 

 ナタルは冷たく言い捨て、マリューに向き直った。

 

「この撹乱状況では、自爆コードを送る事も出来ません。艦長、我々は野獣を1匹、野に解き放ったのではないですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皮肉その物と言えるナタルの言葉に、マリューは言い返す事ができない。

 

 ただ今は、3人の子供達が無事に戻ってきてくれるのを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 体を包む、縛るような痛みに、キラは目を覚ました。

 

 うっすらと開く眼に、土色の天井が見えた。

 

 気だるさと痛みを感じる体に力を入れて起こす。どうやら、体に大きな負傷は無いらしい。

 

「えっと、確か、僕は・・・・・・」

 

 シルフィードでカガリとエストを捜索していたのは憶えている。だが、途中でOSがダウンし・・・・・・

 

「墜落、か」

「間抜けですね」

 

 乾いた声が聞こえて来た。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、MIAになったはずのエストがいた。

 

 無事だったのか、

 

 そう言おうとして、絶句した。

 

 エストは下着姿だった。水色の少し大きめのTシャツの裾からは、白いパンツが見えている。下着から伸びる細い四肢は眩しいぐらいに白い。左の大腿部の付け根付近には、怪我をしたのか包帯が巻かれている。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 顔を背けるキラ。見れば、自分もパイロットスーツを脱がされてTシャツとトランクス姿になっている。

 

「パイロットスーツのままでは休憩するのに難がありましたので、勝手ながら脱がしました。何か問題でも?」

「いや、問題って言うか・・・・・・」

 

 下着姿の女の子を見て平静でいられるほど、キラは大物になったつもりは無かった。

 

 羞恥心ぐらい無いのか? と激しく突っ込みたい心境を必死で抑える。何となく、突っ込んだら負けな気がした。

 

 微妙に目を逸らしながら、キラは話を続ける。

 

「あの、救難信号は、君だったんだ」

「はい。敵の隊長機を撃墜したまでは良かったのですが、その際の爆発に巻き込まれて機体は操縦不能になりました。幸い、戦場がこの島の傍だった事もあり、衝撃で押し流されて浜に打ち上げられました。機体の駆動系に多大なダメージがあり、再起動は不可能だったのですが、辛うじて残存バッテリーで救難信号の発振装置を動かす事は出来たので」

 

 流れるような状況説明を受けて、キラは成程と納得する。

 

「それで、シルフィードの方は?」

「あちらは完全にOSが停止しており、いちどオーバーホールが必要なようです」

 

 そう言うと、エストは歩き出した。

 

 その背中に着いて行くキラ。

 

 外に出ると、既に日は水平線に沈もうとしていた。

 

 そこでキラは、今まで自分達がいた場所が、自然にできた洞窟のような場所である事に気付いた。どうやら偶然あったこの場所に、エストはキラを運んできたようだ。

 

 シルフィードとストライクは、その洞窟からほど遠からぬ場所に寄り添うようにして停止していた。どちらもPS装甲が落ち、鉄灰色の表面を露わにしている。

 

「再起動は出来そう?」

「先程も言いましたが、ストライクは駆動系が死んでおり、シルフィードはOSが完全にダウンしています。客観的に見て、どちらも動かすのは難しいです」

 

 そこまで言って、エストはわざとらしく溜息をついた。

 

「まったく、どんな無茶な操縦をしたら、OSがあのような過負荷状態になるのですか? あれではいっそ完全にリニューアルした方が早いように思えます」

「いや、まあ、あはは」

「何を笑って誤魔化そうとしているのですか?」

 

 実際には、キラはエスト達を探し出す為にオーバーブーストの使用に踏み切ったのだが、それを使うに当たって、マードックからの注意を失念していた事を思い出したのだ。

 

 以下に緊急時だったとはいえ、間抜けと言われても反論のしようがない。

 

「・・・・・・逃げようとは、思わなかったのですか?」

「え?」

 

 突然の質問に、キラはキョトンとした顔でエストを見た。

 

 それに対しエストはいつも通りの無機質な、それでいて、どこか惑うような瞳をキラに向けていた。

 

「あなたは一時的とはいえフリーになった。逃げるには絶好の機会だとは思わなかったのですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 若干の沈黙。

 

 そして、

 

「・・・・・・あ」

 

 「そう言えばそうだったね」と言わんばかりに手を打つキラ。

 

 間抜けと言えばあまりにも間抜けな宿敵の姿に、エストは今度こそ呆れかえった。

 

「・・・・・・・・・・・・あなたについて、ひとつ判った事があります」

「何かな?」

「連邦を震撼させた凶悪テロリスト、ヴァイオレットフォックスは、実は途轍もない『馬鹿』なのだと言う事です」

 

 ひどい言われようなのだが、今のキラに反論する資格は無い。

 

 事実、捜索中、キラには「逃げよう」などという概念は存在しなかった。あるのはただひとえに、2人の少女を一刻も早く見つけたいと言う焦りだけだった。

 

 別段、キラ自身は不思議には思っていない。ゲリラ時代から、キラは仲間を見捨てて自分の安全をはかろうと考えた事は一度も無い。勿論、助けようとした人間全てを助けられた訳ではないが、それでも救える可能性のある命を諦めた事は一度も無い。それがたとえ、自分の身を危険にさらす事に繋がってもである。

 

「でも、結果的に良かったと僕は思っているよ?」

 

 あっけらかんとしたキラの言葉に、エストは眉をひそめて振り返る。

 

 そんな彼女に、キラは笑い掛ける。

 

「だって、だからこそ、君をこうして見付ける事ができたじゃないか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キラの言葉に、エストは二の句を告げられず、ただ相手の顔を見る。

 

 キラはどこまでも本気で言っているのだ。かつて自分の命を狙った女を相手に、本気で命を心配して助けに来てくれたのだ。

 

「さて、それじゃあ、アークエンジェルが僕達を見付けてくれるまで、少し休んでよう」

 

 そう言って、洞窟の方へ歩き出す。

 

 その背中を、エストは不思議そうな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 無言のまま、時間だけが過ぎて行った。

 

 キラとエストは互いに向かい合うようにして壁に寄りかかり、焚いた火を見つめている。

 

 既に日は落ち、発する言葉の無いまま、火が爆ぜる音だけが聞こえていた。

 

 キラは顔を上げ、エストの顔を見た。

 

 思い出されるのは、先程のやり取りである。

 

 確かに、エストの言うとおり、彼女達を見捨てて逃げると言う選択肢がキラにはあった。

 

 だが、不思議な事に、そんな事は微塵も脳裏に浮かぶ事は無かった。

 

 フッと笑う。

 

 きっと彼女の言うとおり、自分は馬鹿なのだろう。本来なら、自分の身の安全を考えなければならないと言うのに。気が付けば仇敵の命を救うために奔走していた。

 

 考える程に間の抜けた話である。

 

「何をニヤニヤしてるんですか?」

 

 エストの皮肉交じりの声に、キラは思考を止めて振り返った。

 

「おかしな人ですね、あなたは」

「そうかな?」

「自覚が無いのは認知症の表れでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 誤魔化そうとして失敗したキラは黙り込むしかない。

 

 エストは膝を抱え直すようにして、淡々と続ける。

 

「今のあなたは矛盾の塊です。コーディネイターでありながらナチュラルの艦に乗り、テロリストでありながら軍に協力している。これがおかしいと言わずに何ですか?」

「あはは・・・・・・」

 

 一部の反論の隙も見いだせない言葉に対し、苦笑と共に鼻の頭をかくキラ。その紫の瞳は、優しげな色を湛えてエストを見た。

 

「でもね、別に、そう難しい事じゃないと思うよ」

「・・・・・・」

「アークエンジェルには、僕の友達が乗っている。付き合いは短いけど、彼等はヘリオポリスに潜伏していた時に僕に良くしてくれた。そして、真実を知った後も、変わらずに僕と友達でいてくれている。彼等の為だったら、僕は幾らでもこの命を張れる」

 

 そう告げるキラの瞳は真っ直ぐに伸び、一片の迷いさえ含んでいない。

 

「それに、ラミアス艦長やフラガ少佐、ちょっときついけどバジルール中尉も、何だかんだ言って、みんなを守る為に動いてくれている。それに、」

 

 フッと柔らかく笑うキラ。その笑顔にエストは、何かは判らないが鼻に付くような感覚を覚えた。

 

「君も、ね」

「え?」

「君が背中を守ってくれるから、僕は戦う事ができる。今じゃ君も、僕にとってはかけがえのない存在だよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何を言ってるのだ、この男は。

 

 頭が痛くなってきた。

 

 敵は殺せ。自分以外の者は決して信用するな。

 

 そう教わって来たエストには、キラの考えは理解できない事だった。

 

 敵である者を信用するなど、エストにはできない事だった。

 

「やっぱり・・・・・・あなたは、おかしな、人です・・・・・・」

「エスト?」

 

 少女の声が急に小さくなっていくのに気付いたキラは、怪訝そうにエストを見る。

 

 エスト自身、自分の声が徐々に小さくなっているのには気づいていた。

 

 大きな声を出そうとするのだが、できない。

 

 壁に寄りかかったまま、エストの体は地面に横倒しになった。

 

「エスト!!」

 

 慌てて駆け寄るキラ。

 

 抱き起こした少女の体は、まるで水に浸かったように冷たかった。

 

「これはっ!?」

 

 ハッとして、少女の太ももを見る。

 

 そこに巻かれた包帯からは、赤い血が滲んでいる。恐らくは墜落時に負った傷がそこにはある。

 

「まさかっ!?」

 

 大急ぎで包帯を解くキラ。

 

 そこには縫合もされておらず、適当に手当てしただけで開いた傷口があった。恐らくこの傷口から雑菌が入り、感染症を引き起こしたのだ。

 

「チッ!!」

 

 キラはそっとエストを地面に寝かせると、急いで外へ飛び出し、海岸に擱座しているシルフィードに向かった。

 

 万が一に備え、機体には救急キットが入っている。激しい戦闘で負傷した場合の応急手当て用である。

 

 洞窟に戻ったキラは、ひっくり返す勢いでキットの蓋を開く。

 

「包帯に、縫合セット、消毒薬、それに、抗生物質・・・・・・あった!!」

 

 必要な物が全て揃っている事を確認すると、急いで洞窟へ戻る。

 

 エストは吐く息も荒く、いかにも苦しそうだ。

 

 キラはその横に腰を下ろすと、キットを開き、消毒薬と縫合セットを取り出す。

 

「ちょっとの間だけ、我慢してね」

 

 苦しそうに息を吐くエストに囁くように告げるとまず、自分のシャツを脱いで、それを力任せに引き割くと、エストの口に当てる。

 

 まず無針注射を取り出して、それをエストの白い太ももに押し当てた。中身はモルヒネである。取り扱いには注意が必要な薬品だが、手っ取り早い麻酔薬として、戦場では重宝されている。

 

次いで、消毒薬の瓶を取った。

 

 ふたを開くと、独特の匂いが鼻孔に入って来る瓶を、そのままエストの傷口に勢いよく振りかけた。

 

「んぐゥゥゥァァァァァァッ!?」

 

 まだ完全にはモルヒネが効いていないのか、布を噛ませた口からくぐもった悲鳴が吐き出される。もし口を塞いでなかったら、舌を噛んでいたかもしれない。

 

「がんばってッ すぐ楽になるから!!」

 

 暴れるエストを押さえながら、声を掛けるキラ。

 

 傷口の雑菌はこれで洗い流した。次は傷口を塞ぐ必要がある。その後で抗生物質を打ち、体内を滅菌するのだ。

 

 ゲリラとして各地の戦場渡り歩いたキラは、このように緊急的な手術を何度かこなした事がある。勿論、大抵の場合はこのような贅沢な救急キットは無く、あり合わせの物を使って粗雑な処置をするのがせいぜいだった。

 

 救急キットから縫合用の針と糸を取り出し、エストを見る。

 

 先程に比べると息も落ち着いている。モルヒネの麻酔効果が出始めているのだ。やがて、完全に息が落ち着き、眠るように静かになる。

 

 それを待って、キラはエストの傷口に針を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が鼻孔をくすぐるのを感じ、エストは瞼をゆっくりと開いた。

 

 どのくらい眠っていたのだろう? あれだけあった身体の倦怠感が完全に抜けているのが判る。体が暖かい感触に包まれているのが判る。

 

 首を巡らして、状況を確認しようとする。

 

 そこで、

 

「ッ!?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 すぐ目の前に、キラの顔があった。眼を閉じ、静かに寝息を立てているその顔は穏やかで、とても凶悪テロリストのようには思えない。

 

 更に驚いたのは、キラの恰好。上半身が裸だった。自分は記憶にある通り、Tシャツに白パンツと言う飾りっ気のない下着姿である。

 

 キラはエストの小さい体を抱きしめるような格好で、静かな寝息を立てていた。

 

 まさか、自分が気を失っている間に、この男に何かされたのだろうか?

 

 そう考える、が、すぐに考えるのをやめた。この男に、気を失っている女に手を出す度胸は無いだろう。

 

 それにしても、

 

 エストは、目の前で眠る男が本気で何を考えているのか判らなくなっていた。

 

 瀕死の仇敵を助けたのみならず、その相手を一晩中抱きしめるなど、まるで殺してくれと言わんばかりだ。

 

 エストは視線を巡らせる。

 

 拳銃は荷物と一緒に枕元に置かれている。それを取って引き金を引くだけで、この最凶最悪のテロリストを葬る事ができる。

 

 だが、

 

 何だか、それをするのも気が引けた。だいいち、こんな男でも貴重な戦力だ。わざわざここで殺す事も無いだろう。

 

 言い訳めいた思考を打ち切って、エストは視線をキラに向ける。

 

 それにしても、

 

 キラの寝顔を見続けるうちに、エストは何だか頬の辺りが熱くなるのを感じていた。

 

 あどけなさを感じさせる寝顔からは凶悪テロリストのイメージは全く浮かんでこない。本当に、ただの学生にしか見えない少年がそこにはいる。

 

 ふと、他愛のない考えがエストの中に浮かんできた。

 

 もし、自分とこの年上の少年が、敵味方でなくもっと別の出会い方をしていたら、どんな関係になっていただろう?

 

 兄妹? 友達? それともただの知り合い?

 

『それとも・・・・・・』

 

 その先を考えようとした時、キラが鼻を鳴らすように小さく呻いた。どうやら、意識が覚醒するようだ。

 

 慌てて眼をつぶり、眠っているふりをする。

 

 入れ替わるようにして、キラが身を起こした。

 

「・・・・・・痛っ、さすがに地面に寝たのは久しぶりだから、凝っちゃったな」

 

 硬くなった体をほぐしながら、キラは立ち上がると、傍らでタヌキ寝入りをしているエストに目をやると、額に手を当てた。

 

「・・・・・・うん、もう、大丈夫みたいだね」

 

 ひんやりしたキラの手の感触が伝わって来ると、先程から鳴っている心臓の音が更に大きくなった気がした。

 

「あれ、何か、まだ熱いな。まだ治ってないのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 訝るキラの声にも、エストは黙って寝たふりをしている。

 

 キラはエストの体調を確認すると、洞窟の外へと出て行った。それを見届けてから、エストも身を起こす。

 

 まったく、本当に何を考えているのか。この一晩だけで、彼には脱出のチャンスは何度もあった筈だ。それをこんなにも簡単に棒に振るとは。

 

 つくづく、意味が判らなお男だった。

 

 と、足音が聞こえ、キラが戻って来る気配を感じた。

 

「あれ、起きて大丈夫なの?」

「問題ありません。既に支障が無いレベルまで体は回復しています」

「ふうん。まあ、あまり無茶はしないでね」

 

 そう言うと、キラは機体から運び出してきた荷物を下ろした。中身は食料の類である。

 

「救助が来る気配は、まだ無いですか?」

「そうみたい。もう少し、がんばるしかないかも」

 

 キラは答えながら、食事の用意をしていく。

 

 もう暫くこのままでいなくてはならないのだろうか?

 

 エストは、チラッとキラに向き直る。と言う事は、もう暫く、このテロリストの男と2人っきりと言う事になるのだろうか。

 

 そう考えるとまた、意味も判らず勝手に動悸が早くなるのを感じた。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 食事の用意をしていたキラが、手を止めて顔を上げた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、これは・・・・・・」

 

 何かに気付いたように呟いたキラは、食事を放り出して洞窟の外へと駆けだした。

 

 訝りながらも後を追うエスト。

 

 外に出ると、キラは空を仰いで何かを見ていた。

 

 そこで、エストも見た。

 

 甲高いエンジン音を響かせ、蒼穹の天を切り裂くように、1機の戦闘機が飛んで来るのを。

 

 白と青の大型戦闘機。スカイグラスパーである。ストライクから発せられる救難信号をキャッチして来てくれたのだ。

 

 向こうでもこちらの姿を確認したのか、上空をゆっくりと旋回している。

 

「どうやら、何とか生き残れたみたいだね」

「そうですね」

 

 淡泊にそう言うと、エストは海岸の方へと歩き出した。

 

「行きましょう、キラ。救助が来るなら機体で待っていた方が良いです」

「・・・・・・う、うん」

 

 頷きつつもキラは、なぜか足を止めてエストを見ている。

 

「どうかしましたか?」

「いや・・・・・・」

 

 訝るエストに、キラは笑って言った。

 

「初めてだね。君が僕の名前を呼んでくれたの」

「・・・・・・っ!?」

 

 思い出して、訳も判らず頬を熱くするエスト。そのまま踵を返すと、心無し速い足取りでストライクへと歩いて行く。

 

 その後ろ姿を追って、キラもシルフィードへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

PHASE-16「2人の夜」     終わり

 



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PHASE-17「翼の向く先」

 

 

 

 

 

 

「ほら、きりきりやれ!! そこ、まだ汚れてるぞ!!」

 

 ナタルの声に叱咤されながら、3人の子供達は手を動かす。

 

 ここは士官用のトイレ。ここで今、キラ、エスト、カガリの3人はトイレ掃除に勤しんでいた。

 

 先日の戦いで、3人は危うくMIA認定を受ける所であった。

 

 幸いにして、キラとエストが、それから少し遅れてカガリも発見、救助され事無きを得たのだが。

 

 しかし、艦に戻った3人を待っていたのは、ナタル達の大目玉だった。

 

 機体を損傷させた3人には、罰としてトイレ掃除が命じられ、ナタルがその監督役をしているのだった。

 

 艦はインド洋での激戦を辛くも突破し、南太平洋に達している。

 

 位置的にはパプアニューギニアの東。南には大洋州連合を臨み、東に進路を取れば、崩壊したヘリオポリスの所有国であるオーブ連合首長国が存在する。

 

 道は既に半ばを過ぎている。中部太平洋までたどり着く事ができれば、ザフトの勢力圏を抜ける事ができる。そうすれば一息つける筈だ。

 

 もっとも、今も各々の持ち場に付いているであろうサイ達からすれば、もどかしい事この上ないだろう。彼等からすれば、ほんの少し進むだけで故郷に手が掛ると言う位置を素通りしてしまうのだから。

 

 とはいえ、今が最も危険な時である事は変わりない。

 

 大洋州連合にはザフト軍の地上最大の基地、カーペンタリアが控えている。つまり、アークエンジェルは今、地球上で最も危険な海域を航行していると言っても過言ではない。加えて、超期間の航海と度重なる戦闘でアークエンジェルの損耗も著しい。今、ザフト軍の精鋭部隊に捕捉されれば逃げ切れないかもしれない。

 

 そんな危険極まりない状況の中で、キラ達は罰掃除に勤しんでいた。

 

「・・・・・・理不尽です」

 

 モップを動かしながら呟いたのはエストである。

 

 いつもながらの無表情は、幾分か膨れ、見る者が見れば怒っていると言うのが判る。

 

「なぜ、私までこのような事をしなくてはならないのですか?」

 

 エストとしては、別に過失で機体を損傷させたわけではないので、このように罰則を科せられるのは不本意以外の何物でもなかった。

 

 それに追従する形で、キラも口を開く。

 

「それで言うんだったら、僕だって。整備不良の機体で出ざるをえなかったんだから、少しはそこら辺を汲んでほしいんですけど」

「お前等、薄情だぞ!!」

 

 叫んだのはカガリである。

 

 彼女だけは強引に出撃した上に撃墜されると言う、情状酌量の一切無い立場にあった。

 

 そのままギャーギャーと騒ぎ始める3人。

 

「煩いぞ、お前達。口を動かしてないで手を動かせ!!」

 

 ナタルの雷は、騒ぐ3人の頭上に容赦なく落とされた。

 

 仕方なく、やる気のない調子で掃除を再開する3人を、ナタルは容赦なく睨みつける。

 

「まったく・・・・・・お前達は反省と言う事を知らんのか? 何でこうなったと思ってるんだ?」

 

 きつい言葉と視線で、3人を問い詰めるナタル。

 

 その視線にたじろきながらも、キラ達は互いに顔を見合わせ、

 

 口を揃えて、

 

「「「ザフト軍のせいです(だ)」」」

 

 人のせいにした。

 

「こ・・・こいつら・・・・・・」

 

 その返答に頭痛を憶え、ナタルは頭を押さえる。

 

 流石にまずいと思ったのか、慌てて手を動かす子供達。

 

 そこへ、クスクスと笑う声が聞こえて来た。

 

「やっているわね」

 

 勤務時間が明けて様子を見に来たマリューは、苦笑しながら覗き込む。

 

「艦長・・・・・・」

 

 敬礼をするナタル。しかし、マリューに向けられたその目には、複雑な色がある。

 

 つい先日、エスト、カガリの捜索にナタルは反対の意を具申したのに対し、マリューの決定により、敵の勢力圏下で捜索は行われた。結果的に2人は生きていて、捜索に出て二次遭難にあったキラともども、無事に艦に戻る事ができた。

 

 結果だけ見ればマリューは正しく、ナタルが間違っていた事になる。しかし、ナタルは自分の行動が間違っていたとは思わない。一歩間違えば自分達はストライク、シルフィードを失うだけではなく、アークエンジェルも撃沈されていた可能性すらあるのだ。

 

 だが、睨むような視線を向けられているとうのマリューは、ナタルに向けて柔らかい微笑みを返して来ている。まるで、蟠りなど何もないと言わんばかりだ。その笑顔に、ナタルは複雑な想いを抱かざるを得ない。

 

「みんな、真面目にやってる?」

 

 マリューに目を向けられ、3人は慌てたようにモップを動かす。

 

 その姿に、ナタルは溜息をついた。

 

「艦長、やはりこいつらには、もっと重い罰を与えた方が良かったのでは?」

「まあまあ、そうきつくしてもしょうがないわよ」

 

 マリューは柔らかく笑うと、3人に「しっかりね」と言い置いて、その場を去ろうとした。

 

 その時だった。

 

 警報が艦内を鳴り響く。

 

 まずキラが、そしてナタルが、エストが、マリューが、カガリが反応する。

 

「艦長!!」

「ええ!!」

 

 気持ちの切り替えも手早く、マリューとナタルは急ぎ足でブリッジへと向かう。それを追うようにして、キラ達も掃除用具を投げ出した。

 

 

 

 

 

 蒼穹を切り裂くように、4つの影が海上を疾走していく。

 

 イージス、ブリッツ、デュエル、バスターから成るザフト軍ザラ隊は、前方低空を航行中のアークエンジェルを目視で確認すると、グゥルの速度を上げて距離を詰めに掛かる。

 

 アークエンジェルの方でもアスラン達の接近に気付き、速度を上げて退避しに掛っているが、戦艦ではモビルスーツの速度には敵わない上に、機関が損傷しているせいで加速力も悪い。徐々に距離が縮まっていく。

 

《「足付き」め、今日こそ沈めてやるぞ!!》

《いい加減、終わらせようぜ!!》

 

 イザークとディアッカは、逸る心を押さえずに機体を加速させていく。

 

《いいの、勝手にさせて?》

「構わないさ」

 

 ライアの問いに、アスランは静かな言葉で返す。

 

 どのみち、あの2人が自分の命令に従うとは思えない。ならば、あの2人には好きにやらせて、そこに自分達が合せた方がうまくいくだろう。

 

 バスターはアークエンジェルの背後から砲撃する体勢を取り、デュエルは右舷側に回り込みつつある。それを踏まえて上で、アスランは作戦を立てる。

 

「行くぞライア。俺達は左舷側から回り込む!!」

《了解!!》

 

 そう言うと、イージスとブリッツもまた、速度を上げてアークエンジェルへと接近していく。

 

 一方、アークエンジェル側は、背後から迫るザラ隊に対し、110センチ単装リニアカノン バリアントを放って応戦するが、先行するデュエルは、その攻撃を難なく掻い潜って、艦体に取り付きに掛る。

 

「遅いぞ!!」

 

 充分に接近した所で、ライフルを構えるデュエル。

 

 甲板上のイーゲルシュテルンが盛んに弾幕を張ろうとしてくるが、それらを回避する事はイザークには苦にならない。

 

 ライフルが発射されようとした、正にその時、

 

 前方から真っ直ぐに接近してくる機影に気付き、イザークはとっさに機体を翻す。

 

 そこへ、グランドスラムを構えたシルフィードが突っ込んで来た。

 

 間一髪。

 

 横なぎに振るわれた大剣を、デュエルは上昇する事で回避する。

 

「来たな、シルフィード!!」

「デュエルか!!」

 

 互いのコックピットの中で、キラとイザークが叫ぶ。

 

 放れようとするデュエルに向かったBWSを放つシルフィード。しかし、シルフィードからの砲撃は、回避行動を取るデュエルを捉えるには至らない。

 

 シルフィードの砲撃を回避しながら、加速して接近するデュエル。

 

「今日こそ、お前を!!」

 

 イザークの叫ぶとともに、ビームライフルを乱射する。

 

「ちっ!!」

 

 イザークは距離を詰めながらライフルを放ったため、徐々に正確さを増す攻撃を前に、キラも回避に専念せざるを得ない。

 

 その間にも、各戦線で砲火が交えられる。

 

 遠距離から直接アークエンジェルに攻撃を仕掛けようと、超高インパルス長射程ライフルを構えるバスター。

 

 しかし、巨大な砲門が火を吹く事は無かった。

 

 上空から舞い降りた影が、バスターの射線を遮るように降下する。

 

 青と白の戦闘機。ムウの操るスカイグラスパー1号機は、320ミリ超高インパルス砲アグニを装備している。

 

「やらせるかよ!!」

 

 《エンデュミオンの鷹》の異名の通り、猛禽のように鋭い瞳を、バランスを崩しながら後退するバスターへ向けるムウ。

 

 スカイグラスパーの機首を反転させると同時にアグニを放つ。

 

 太い火線が迸る。が、命中前にディアッカはグゥルを操り、アグニの射線から逃れる。

 

「このっ、邪魔すんなよ!!」

 

 苛立った叫びと共に、ディアッカはバスターの手にあるライフルを分解して射撃を仕掛ける。

 

 間一髪、ムウは錐揉みをするような機動で回避し、バスターとすれ違った。

 

 防衛線をすり抜け、ブリッツがアークエンジェルに接近していく。

 

 アークエンジェルも、前部甲板に備え付けられたゴッドフリートで応戦するものの、巧みな機動で接近するブリッツを捉える事は出来ず、火線は虚しく空を切る。

 

 その間にブリッツは射程距離まで接近し、右腕に装備したトリケロスを構える。

 

「喰らいなさい!!」

 

 ライアはランサーダートを放つ。

 

 しかし、巨大な棘は、白亜の装甲に貫く前に撃ち落とされる。

 

 甲板上に待機していたストライクが、ビームライフルで撃ち落としたのだ。

 

「やらせない」

 

 静かな声を発しながら、エストはストライクのビームライフルを構える。

 

 対抗するようにブリッツもビームライフルを放って牽制する。

 

 

 

 

 

 拮抗する連合軍とザフト軍。

 

 互いに死力を尽くす戦場は、一進一退のまま変化が無い。

 

 否。機動兵器の迎撃網をすり抜けてイージスが上空からアークエンジェルへと迫る。

 

 飛んで来る砲弾をものともせず、アスランは僅かな機動で全てを回避し、有効射程距離に入るとライフルを構える。

 

 エンジンの出力が弱まっているアークエンジェルには、機敏な機動を期待する事は出来ない。

 

 アスランは上空から接近すると、ビームライフルを2連射してアークエンジェルのバリアントを破壊、艦後方への火力を弱体化させた。

 

 アークエンジェルはイーゲルシュテルンの弾幕射撃によってイージスの接近を阻もうとするが、機動力において勝るイージスを捉える事ができない。

 

「よしっ!!」

 

 アスランはイージスを変形させ、スキュラによる攻撃を仕掛けようとする。

 

 が、その前に踊りかかる影がある。

 

「やらせない!!」

 

 デュエルを振り切ったキラのシルフィードが、間一髪のところでビームサーベルを振るい、イージスを阻止する。

 

 回避はしたものの、体勢を崩すイージス。

 

 その間にキラはシルフィードを割り込ませる。

 

「クッ・・・キラ!!」

「やらせないぞ、アスラン!!」

 

 互いにサーベルを振り翳して激突する。

 

 キラはイージスのビームサーベルをシールドでいなし、反対に自身も斬りかかる。

 

 シルフィードの斬撃を後退する事で回避するアスラン。

 

 切っ先は、僅かにイージスを捉えない。

 

「ッ!?」

 

 舌を打つキラ。

 

 そこへ、今度はデュエルが突っ込んで来る。

 

「貴様の相手は俺だァァァ!!」

 

 イザークの狂気が混じったような叫びと共に、デュエルはグゥルから飛び立つ。

 

 デュエルの手に光るビームサーベル。

 

 対抗するようにシルフィードも、背中のウェッポンラックからグランドスラムを抜き放つ。

 

 翻る光剣と打ち下ろされる大剣。

 

 2体の鉄騎が交錯する。

 

 すれ違った瞬間、デュエルのサーベルは根元の発振部分から斬り飛ばされていた。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 イザークは驚愕に声も出せない。

 

 ただでさえ扱いが難しい大剣を使って、ビームサーベルの柄の先端部分のみを斬り飛ばすという離れ業をやってのけるなど、もはや曲芸にも近い。

 

 呆然として、思わず操縦を忘れるイザーク。

 

 その一瞬の隙を突き、キラはデュエルを海面に向けて蹴り飛ばした。

 

 グゥルから離れた為、成す術も無く墜落していくデュエル。

 

 キラは更にスラスターを吹かし、今度はストライクと交戦中のブリッツへ向かう。

 

 その一切の無駄のない動きは、アスランですら対応が遅れて追いつけないほどである。

 

「クッ!?」

 

 背後からのシルフィードの接近に気付き、とっさに機体を振り返らせようとするライア。

 

 しかし、一瞬早く、シルフィードのグランドスラムが襲った。

 

 フルスイングの要領で振るわれるグランドスラム。

 

 とっさにトリケロスを掲げるブリッツだったが、シルフィードの大剣はシールドを分断してブリッツの機体に叩きつけられた。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 グゥルから弾き飛ばされたブリッツは、ライアの悲鳴と共に海面へと落下していく。

 

 グランドスラムが実体剣だったから良かったものの、ビーム刃だったら一刀両断していた程の一撃だ。

 

 ブリッツの無力化を確認したキラは、次の目標に向けてスラスターを吹かした。

 

 

 

 

 

《ご覧頂いている映像は、撮影、編集された物ではありません。今現在、我が国の領海で行われている戦闘のライブ映像です。政府は不測の事態に備え、既に国防軍に出動待機命令を発動。また、カーペンタリアのザフト軍本部、および、アラスカの地球連合軍本部へ強い抗議を送り、両軍の即時撤退を・・・・・・》

 

 映像の中では両軍が激しく砲火を交わし、アナウンサーは興奮気味に状況を伝えている。

 

 その映像を、ワインレッドのスーツに身を包んだ男達が見守っている。

 

 ここはオーブ連合首長国。首都オロファスにある行政府。居並ぶ者達は皆、オーブの行政を司る各州の首長達、及びその側近たちだ。

 

テーブルの端に、1人の男が座してモニターを見ている。

 

 年齢的には壮年と言うべきだが、醸し出す貫禄には他者を寄せ付けぬ強靭さと、愛すべき全てを包み込む深い優しさを備えているように見える。

 

 男の名はウズミ・ナラ・アスハ。先のオーブ代表首長であり、ヘリオポリスを巡る一連の事件によって責任を取る形で退任したものの、未だに国内に厳然たる影響力を持っている人物でもある。

 

 険しい表情のまま、ウズミはモニターから目を放さずに見詰めている。

 

 戦闘は正に、オーブの領海ギリギリの場所で行われている。

 

 念の為、既に海軍には艦隊の派遣を命じ、更に外交官を通じて地球軍、ザフト軍双方に抗議を送っている。

 

「ウズミ様・・・・・・」

 

 声を掛けて来た男を目で制しながら、ウズミはいかつい顔を動かす。

 

「許可なく我が国の領海に侵入しようとする武装艦に対する措置に、例外はありますまい。ホムラ代表」

 

 ウズミに声をかけた男は、現オーブ代表首長のホムラだが、そんな彼ですらウズミには逆らえない。それほどまでの影響力と政治力、そしてカリスマを備えた存在なのだ、ウズミは。

 

 ウズミは、更に画面を見ながら続ける

 

「テレビ中継は、あまりありがたくないですな」

 

 このような危険な映像は、いたずらに人心に不安を呼び起こす。それでなくても、このような映像を公開するマスコミの気が知れなかった。

 

 とは言え、

 

 ウズミの目は、画面の中央に映る白亜の巨艦に目をやる。

 

 送られてきた情報によれば、あの船には『あの子』も乗っている筈。それを追い返すと言うのは、為政者としてはともかく、人の親としてはじれったい物があった。

 

 

 

 

 

 姿勢を保てず傾斜した艦内を頼りない足取りで駆け、カガリはブリッジへ向かっている。

 

 アークエンジェルはザフト軍からの激しい攻撃によって、徐々に戦闘力が落ちて行っている。

 

 キラ達は頑張っているようだが、損傷したアークエンジェルは足を引っ張るように航行している為、なかなか攻撃圏外に逃れられないのだ。

 

 先程チラッと見た外の風景の中で、見覚えのある機体が飛んでいるのが見えた。

 

 ほんの数日前、奇妙な縁の下で出会ったザフト軍の少年。別れ際に名乗ってくれた名前はアスラン・ザラと言っていた。

 

 敵味方と言う立場ながら僅か一晩、一緒にいただけの存在。しかし、その存在はカガリの中で強く印象付けられていた。

 

 知り合いの少年が操る機体が、自分の乗る艦を攻撃している。そんな理不尽な事態に対抗する為にカガリは走っていた。

 

 その肩を、力強く掴まれる。

 

「待てカガリ。どうするつもりだ!?」

 

 たくましい腕で少女を引き止めたキサカは、厳しい口調で問いただす。その後ろには、やはり心配顔のユウキの姿もあった。

 

「放せっ、このままじゃ沈む! オーブが、すぐ傍だって言うのにっ」

「気持ちは判るけど、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかっ、私はっ・・・・・・」

 

 後は声にならない。

 

 あの夜、少年が寝静まるのを待って、カガリはアスランから銃を奪った。

 

 強迫とも言える確信の中、カガリには判っていた。目の前の少年を放置すれば、必ず自分達に災いを齎すと。

 

 しかし、それでもカガリはアスランを撃つ事ができなかった。

 

 果たして、カガリの予感は現実となり、アークエンジェルは既に判定大破とも言える損害を受け、青息吐息の状態だ。今はまだ辛うじて動いているが、主砲以外の武器の大半を喪失し、エンジンも半分近くが死んでいる。

 

 あの時自分が撃っていれば、今日のこの事態は避けられたはずなのに。

 

 扉が開いた先のブリッジでも、緊迫した状況が呈されている。

 

 デュエルとブリッツはシルフィードが落としたものの、残るイージスとバスターが猛攻を仕掛けてくる。2機の攻撃は的確で、徐々にアークエンジェルは追い詰められていく。

 

 装甲はあちこち被弾し、黒煙を上げてのたうっている。

 

 指揮を取るマリューとナタルの顔にも、焦燥の色が濃い。

 

 キラ達が奮戦してくれてはいるが、それでも全ての攻撃を防ぎ切れていないのが現状だ。

 

 ダメかもしれない。

 

 誰もがそう思い始めていた。その時、

 

「領海線上にオーブ艦隊!!」

 

 チャンドラの報告に、全員がモニターに目をやる。

 

 そこには領海線上に単縦陣を敷いて航行しているオーブ艦隊の姿があった。

 

 この時、領海線警護の為に出撃してきたのは、オーブ海軍第2護衛艦隊。対艦戦闘を主任務とする高速水上砲戦部隊である。

 

「た、助かった・・・・・・」

 

 カズイが思わずため息を漏らした。

 

 オーブ出身の彼としては、自国の軍隊が救援に来てくれたと思うのも無理は無い。

 

 しかし、その幻想を、マリューは厳然と撃ち砕く。

 

「領海に寄りすぎてるわ。離れて。取り舵15!!」

「し、しかしっ!?」

 

 その命令には、舵を握るノイマンも思わず抗議の声を上げる。しかし、マリューに命令を撤回する意思は無い。

 

「これ以上近付けば撃たれるわ!!」

「そんな・・・・・・」

 

 カズイの絶望に満ちた声にも、斟酌している余裕は無い。

 

 オーブは確かに、彼等にとっては祖国に違いない。しかし、アークエンジェルと言う戦艦にとってはまぎれも無い他国。それも、この戦争においてはどの国にも属さない中立である。オーブ側からしてみれば厄介事が飛んで来たようなものだ。

 

 だが、そんな中にカガリは割って入った。

 

「構わん、このまま突っ込め!! オーブには私が話す!!」

「な、カガリさん、あなた、何をっ!?」

 

 突然の事にマリューは、部外者がブリッジに入ってきている事も忘れる。

 

 それを制するように、警告の通信が飛んできた。

 

《こちらは、オーブ海軍、第2護衛艦隊である。接近中の地球軍艦艇、並びにザフト軍に告げる。貴軍等はオーブの領海に接近しつつある。ただちに進路を変更されたし。中立国である我が国は、武装艦船、並びに機動兵器の領海、領空侵犯を一切認めない。ただちに変針せよ》

 

 モニターに映ったオーブ艦隊指揮官の無情とも言える警告に、サイ、カズイ、トール、ミリアリアは暗澹とし、マリュー達は唇をかみしめる。

 

《繰り返す。ただちに変針せよ。この警告が守られない場合、当艦隊は自衛権を行使し、攻撃を行う権限を与えられている》

「そんなっ!?」

「攻撃って、俺達もっ!?」

「何が中立だよ。アークエンジェルはオーブ製だぜ」

 

 絶望的な声を上げるトール達に対し、ノイマン達は憤然とした声を上げる。

 

 そんな中で、1人気を吐くのはカガリだった。

 

「構わん。そのまま領海に突っ込め!!」

 

 叩きつけるように言うと、カガリはカズイからインカムをひったくって怒鳴りつけた。

 

「この状況を見て、よくそんな事が言ってられるな!!」

《なっ!?》

 

 突然乱入した無作法な声に、オーブ艦隊指揮官がモニターの中でたじろく。

 

 対してカガリは、まくし立てるように勝手な言葉を続ける。

 

「良いか、アークエンジェルは今からオーブ領海に入る。だが、攻撃はするな!!」

《な、何だお前は!?》

「お前こそ何だ!? お前では判断できんと言うなら、行政府につなげ!! 父を・・・・・・」

 

 僅かな躊躇いの後、カガリは言った。

 

「ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!! 私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!」

 

 その言葉にブリッジクルー一同、特にトール達、学生組一同は唖然とした。

 

 ウズミ・ナラ・アスハの名前を知らない者はオーブにはいない。

 

 先の代表首長であり、「オーブの獅子」の異名で呼ばれる人物。その人物を父と呼ぶカガリはすなわち、代表首長家の娘。つまるところ、真正の「姫君」である事を意味している。

 

 この場にキラかエストがいたら、かつて「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドと対面した時の事を思い出した事だろう。彼はドレス姿のカガリを見て「着なれている」と評した。その評価は間違いではなかったのだ。

 

 振り返れば、キサカは粛然として目をつぶり、ユウキはやれやれとばかりに肩を竦めている。この2人の反応を見る限り、どうやら真実であるらしい。

 

 とは言え、そんな無鉄砲な要求がこの場で効果がある筈も無かった。

 

《ば、馬鹿な。姫様がそのような艦に乗っている筈が無かろうッ 仮に真実であったとして、そんな要求が呑めるものか!!》

 

 至極まっとうな返事と共に通信が一方的に切られる。

 

 無理も無い。彼等には彼等の使命があり、役割がある。仮にカガリの言っている事が真実であったとして、更に確たる証拠があったとしても、そんなルールを無視するような要求を受け入れる訳が無かった。

 

 カガリは唇を噛むが、この場合はどう考えても仕方が無い。

 

 そこへ、アークエンジェルの後方から、防御砲火を掻い潜ったバスターが対装甲散弾砲を構えた。

 

 シルフィードが砲撃阻止すべく高速で接近、グランドスラムを振り翳す。

 

 しかし一手遅く、バスターの放った散弾ビームは、生き残っていたアークエンジェルのエンジンの、更に半分を吹き飛ばした。

 

 バスター自体はシルフィードの攻撃を受けて後退したが、既に後の祭りである。

 

 推力を維持できなくなったアークエンジェルは、よろけるようにして傾き、高度を下げて行く。

 

「1番、2番エンジン被弾。推力落ちます!!」

「48から55ブロックまで隔壁閉鎖!!」

「高度、維持できません!!」

 

 次々と成される絶望的な報告に、マリューは絶望的な想いに捕らわれる。

 

 ノイマンとトールは必死に推力を維持しようとしているが、エンジンを失った以上は無駄な努力でしかない。

 

 だが、不意に落ち着いた声が発せられた。

 

「これで、領海に落ちても仕方あるまい?」

 

 声はキサカの物だった。この絶望的な状況の中にあって、彼は落ち着き払っている。

 

 見ればカガリの肩を優しく叩くユウキの顔にも、安堵の微笑がある。

 

「安心していい。第2護衛艦隊の砲手は皆、優秀だ。上手くやってくれるさ」

 

 その言葉を聞いて、マリューもキサカの考えを理解した。つまり、うまく偽装できると言う事だ。

 

「ノイマン少尉。操艦不能を装って、艦をオーブ領海へ向けて」

 

 意図的に入るのは容認されないが、やむなく入ってしまったものは仕方が無い。と言う事だ。

 

 やがて、着水したアークエンジェルの周囲に、砲弾が落下し、水柱を吹き上げて行った。

 

 

 

 

 

 水柱に包まれるアークエンジェル様子は、イージスを操るアスランからも見て取れた。

 

 オーブ艦隊の激しい攻撃に晒され、アークエンジェルの姿は殆ど確認できない。

 

 だが、自分も近づこうとする、オーブ軍の艦載機が行く手を遮って来る。

 

 これ以上の侵入は許さないと言う、明確な意思表示だった。これでは手出しする事は出来ない。

 

 仕方なく、機体を後退させる。流石に一個部隊で一国家を相手にする愚は侵せなかった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 先程の戦闘の事を思い出し、溜息をつく。

 

 キラの戦闘力があそこまで上がっているとは、正直予想外だった。

 

 4機のXナンバー。性能的にはキラのシルフィードと大差無い筈だ。それが4機で掛かって、3機までがあしらわれるとは。

 

 正直、恐ろしいほどの成長速度だ。アスランですら、1対1で勝てるかどうか。

 

 脳裏では、かつてクルーゼに言われた言葉が思い出される。

 

『撃たなければ、次に撃たれるのは君かもしれないぞ』

 

 確かにそうだ。既にキラの存在は、看過できないレベルにまでなっている。

 

 それに、アスランにはもう一つ気がかりな事があった。

 

 先程の通信で傍受した少女の声。それに、あの名前。間違いなく、数日前、無人島で一夜を過ごした少女の物だった。

 

 まさか、お姫様だったとは。あの時は、全くそのような印象を受ける事は無かったと言うのに。

 

 苦笑しつつ、機体を反転させる。

 

 感傷は無意味だ。自分もザフトの軍人なら、何としても彼等を撃たなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛艦に先導され、アークエンジェルは傷付いた体をゆっくりと港の中へと進めていく。

 

 ドッグの入り口は岸壁に偽装され、外から眺めただけでは判らないようにされている。

 

 エンジンの大半を失ったアークエンジェルだが、幸いな事にエンジンはまだいくつか生きており、辛うじて自力水上航行が可能な状態であった。

 

 反転させ、後進でドッグへその身を入れるアークエンジェル。

 

 戦闘後、第2護衛艦隊に包囲される形になったアークエンジェルだが、暫くして『後続せよ』との通信を受け、オーブ群島の一角にある島へと連れて来られた。どうやら軍施設であるらしい港には、数隻の護衛艦が停泊しているのが見える。現主力護衛艦の一世代前の艦で、名前は確かクラオミカミ級と言った筈だ。

 

「オノゴロは軍とモルゲンレーテの島だ。衛星を使っても、ここの施設を発見する事は出来ないだろう」

 

 案内役のような立ち位置になったキサカが説明してくれるのに対し、マリューは警戒しながら問いかけた。

 

「あなた達も、そろそろ正体を明かしてくれるのかしら?」

 

 問われるとキサカと、その背後に立っていたユウキはそれぞれ苦笑し、踵を揃えて敬礼する。

 

「オーブ陸軍第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐だ」

「同じく、オーブ海軍情報部対外5課特務班所属、ユウキ・ミナカミ一尉です」

 

 「これでも護衛でね」と苦笑するキサカ。

 

 ユウキは一尉、と言う事は地球軍における階級は大尉に相当し、マリューやムウの1個下の階級と言う事になる。一方のキサカは一佐であるからは大佐相当になり、この艦の誰よりも階級が上と言う事になる。更に、オーブ軍の階級制度は、少し特殊な構造をしている。

 

 オーブ軍の将官の種類は、准将の上に普通はある筈の、少将、中将、大将が無く、将軍と言う階級があるのみである。更にその上の大元帥は、国家元首である代表首長へ与えられる名誉職のような物である。

 

 つまり、オーブ軍一佐とは事実上、他国における将官クラスに相当し、海軍の艦隊指揮官や陸軍師団長など、事実上戦闘部隊単位のトップや、主席参謀などの上位幕僚級の役職が任じられる物である。

 

 自然、マリューの口調も改まった物になるのは、普段からの習慣である。

 

「それで、私達はこの処置を、どう受け取ったらよいのでしょう?」

「それは、これから会う方に直接お聞きになった方がよろしかろう。《オーブの獅子》ウズミ・ナラ・アスハ様にな」

 

 その言葉に、マリューと、その傍らに立ったナタルは顔を見合わせた。

 

 つまり、オーブの実質的な国家元首が、自分達に会うと言う事なのだ。

 

 

 

 

 

 ボズゴロフ級潜水母艦クストーの中では、ザラ隊の面々が顔を突き合わせて議論を交わしている。

 

 特に舌鋒鋭いのは、強硬派のイザークである。彼らにしてみれば、あと一歩で仕留められた獲物を余計な邪魔で取り逃がしたのだから当然であろう。

 

 一方で、隊長のアスランは、あくまで冷静さを崩さないまま状況を見ている。

 

「こんな発表を素直に信じろと言うのか!!」

 

 イザークは叫びながら、冷めぬ苛立ちを叩きつける。その苛立ちの下は、先程オーブ政府から発せられた正式な回答が原因だった。

 

「『足付き』はオーブから離脱しました。だってさ。そんなもの本気で信じるとでも? やっぱ隊長が若いから、俺達馬鹿にされてるのかね?」

 

 ディアッカも皮肉交じりに言葉を投げる。

 

 ライアはディアッカを睨みつけてから、アスランに向き直った。

 

「アスラン、こいつ等の言い方はアレだけど、今回はあたしも同意見よ。こんな回答、鵜呑みにはできない」

 

 普段なら割とアスラン支持に回るライアも、納得できない調子でアスランを見ている。

 

 対してアスランは壁に寄り掛って腕を組んだまま、あくまでも慎重な姿勢を崩さない。

 

「だが、これがオーブの正式回答である以上、ここで俺達が『嘘だ』と喚いた所で、どうにもならん」

「流石に冷静だなアスラン。いや、ザラ隊長」

「それで、はいそうですかって、馬鹿みたいに引き下がるわけ?」

 

 イザークとディアッカの皮肉を込めた言葉を受け流し、アスランは自分の意見を口にする。

 

「カーペンタリアから圧力を掛けて貰うが、それでだめなようなら、潜入する」

 

 その言葉に一同は唖然とした。今の今まで慎重的な意見を言っていたアスランが、このような大胆不敵な案を出してくるとは思わなかった。

 

「相手は仮にも一国家だ。確証も無いまま、俺達の独断で不用意な事は出来ない」

「突破して行きゃ、『足付き』がいるさ。それで良いじゃないっ」

 

 尚も諦めきれない様子のディアッカだが、アスランは鋭い眼をして応じる。

 

「ヘリオポリスとは違うぞ。軍の規模もな」

 

 その言葉に、ディアッカも声を詰まらせた。

 

 自分達の攻撃で崩壊したヘリオポリス。いかに理由があったとはいえ、民間コロニーを破壊してしまったと言う事に罪悪感を覚えないほど、ディアッカも腐ってはいない。加えて、ヘリオポリスは宇宙空間の辺境に浮かぶコロニー。軍の規模も、せいぜい地方守備隊程度であったのに対し、こちらはオーブ本国。地球連合軍も警戒を置くオーブ正規軍が控えている。いかにXナンバーがあるとはいえ、1部隊で突っ込んで勝てる相手ではない。

 

 正論を突かれ、ディアッカも黙るしかない。

 

 ややあって、イザークが口を開いた

 

「OK、従おう。案外、潜入ってのも面白いかもしれない」

 

 最後に一言、皮肉を言うのも忘れない。

 

「案外、奴等、シルフィードやストライクのパイロットの顔も拝めるかもしれないしな」

 

 シルフィード、と言う単語が出た瞬間、アスランが僅かに顔を顰めたのを見た者は誰もいなかった。

 

 出て行くイザークと、未だに不満そうな顔をしているディアッカ。

 

 2人の背中を見送ったライアは、心配そうにアスランを見るが、結局何も言う事ができなかった。

 

 

 

 

 

 マリュー、ナタル、ムウの3人が、会談を行う為に上陸した後、残った一同は暇を持て余したまま待機状態に置かれていた。

 

 ヘリオポリスの学生組も、何をするでもなく食堂に集まると、食事の乗ったトレイを持って一つのテーブルに集まっていた。

 

「まさか、こんな形でオーブに来るなんてなあ」

 

 ミリアリアが溜息混じりにそう呟く。

 

 複雑さを内包した少女の言葉には、居並ぶサイ、トール、リリア、カズイも同意する。

 

「あの、さ、こういう場合って、どうなるのかな?」

 

 躊躇うように言葉を発したのはカズイだった。

 

「やっぱり、降りたりって、できないのかな」

「いや、私達はもう志願しちゃったんだから、除隊はできない筈でしょ」

 

 今更のように終わった議論を蒸し返すカズイに、リリアは呆れたように言葉を返す。対してカズイは慌てたように手を振った。

 

「い、いや、そうじゃなくて、えーっと、休暇、とか」

「可能性はあるな」

 

 答えたのは、隣のテーブルで食事をしていたノイマンだった。

 

「どのみち、修理が終わるまで艦は動かせないんだし」

「で、ですよね」

「だが、実際は艦長達次第だな。ここは結構、複雑な国でね。こうして入港させてくれただけでも奇跡に近いんだ」

 

 一瞬、喜色を浮かべるカズイに、ノイマンはすぐに表情を引き締めて釘をさす。

 

 実際、アークエンジェルの入港に当たって、相当複雑な事態に直面しているであろう事は想像に難くない。下手に出歩いたりして、アークエンジェルの入港が外部に漏れ出もしたら、受け入れてくれたオーブ政府の立場も無くなってしまう。

 

 そう簡単に転がる話は無いと言う事である。

 

「父さんや母さん、いるんだもんね」

 

 ミリアリアの言葉と共に、沈黙が降り立つ。

 

 ヘリオポリス崩壊に巻き込まれた民間人は、大半が本国へと移り住んでいる。ヘリオポリス崩壊は、大惨事ではあったものの、避難が迅速に行われた為、人的損害は最小限に抑えられている。当然、彼女達の両親もこの国にいる筈だった。

 

「会いたいか?」

 

 優しく問いかけるノイマンに、一同は無言で返す。問われるまでも無い質問であった。

 

「会えると良いな」

 

 この国の出身ではないノイマンだが、それでも彼等の事は本当の弟や妹のように大事に思っている。できるなら、彼らの願いを叶えてやりたかった。

 

 

 

 

 

 一言で言えば、「圧倒される」であろうか?

 

 上陸を許可されたムウ、マリュー、ナタルの3人は、連れて来られた国防総省の一室で、ある人物と対面していた。

 

 厳しさと優しさを備えたようなその人物は、《オーブの獅子》。ウズミ・ナラ・アスハ。代表首長の座こそ引いたものの、今持って誰もが認める「オーブの顔役」である。

 

 口を開いたウズミは、印象通りに、穏やかながら厳しい口調で言った。

 

「知っての通り、我が国は中立だ。公式発表では、貴艦は我が軍に追われ、領海の外へと離脱した事になっている。その事を、お忘れなきように願いたい」

「判っております。ご厚意には、感謝しております」

 

 代表として頭を下げるマリュー。だが、その心根の内では、目の前の人物の真意を測りかねていた。

 

 オーブを代表する政治家であるウズミ。そのウズミが、危険を承知でアークエンジェルの入港を認めた以上、そこには何らかの裏があると思うべきだった。

 

 そこに探りを入れるように、ムウが口を開いた。

 

「助けて下さったのは、まさか、お嬢様が乗っていたから、では、ないですよね?」

 

 カガリの事は、当然ウズミも知っているだろう。その点を突いて見たのだ。

 

 軽めに放ったムウの質問に対し、ウズミは苦笑しながらも、しかしはっきりした調子で返す。

 

「国の命運と、甘ったれた馬鹿娘1人の命。秤に掛けると思いか?」

「これは・・・・・・失礼いたしました」

 

 飄々とするムウの態度を咎めるでもなく、ウズミはむしろ穏やかに言葉を続ける。

 

「そのような事情であったなら、いっそ判り易くて良かったのだがな」

 

 ウズミは独り言のように続ける。

 

「ヘリオポリスの件。巻き込まれ、志願兵になった子供達の事、聞き及ぶ、戦場でのXナンバーの活躍。人命のみを救い、あの艦とモビルスーツはこのまま沈めてしまった方が良かったのではないかと、だいぶ迷ったよ」

 

 ナタルは衝撃を受けたように身じろぎし、ムウは険しい表情を作り、マリューは申し訳なさそうに俯く。

 

「今でも、これで良かったのか、判らん」

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供達の件、私などが言える事ではありませんが、一個人としては、大変申し訳なく思っております」

 

 頭を下げるマリューに対し、ウズミは優しく笑い掛ける。

 

「良い、あなた方を責めようと言うのではない。あれは、こちらにも非がある事。知っての通り、我が国は中立を掲げている。それは、ナチュラルとコーディネイター、どちらも敵には回したくないからだ。しかし、力無くば意思を押しとおす事も出来ず、さりとて、力を持てば、それもまた狙われる」

 

 この時代、小国が独立を保つ事は難しい。力が無ければ、主張を押し通す事も出来ず、だが力を持てば危険視される。ヘリオポリスの件が良い例だろう。

 

 大国は大国のルールに従い、力を持たない、あるいはこれから持とうとする小国を、一方的に弾劾し裁こうとする。古くからある、それは世界の公式とも言うべき難題であった。

 

 ウズミは3人を見まわし、フッと笑う。

 

「軍人である君達には、いらぬ話であるがな」

「いえ、ウズミ様のおっしゃる事も判ります」

 

 マリューに優しい目を向けた後、ウズミは一転して厳しい目と口調で口を開いた。

 

「とは言え、こちらも、貴艦を沈めなかった本当の理由を話さねばなるまい」

 

 「来た」と、3人は心の中で呟いた。

 

 オーブとて、善意だけでアークエンジェルを助けたわけでないのは、先程のウズミの言葉からも明らかだ。

 

 そんな彼らに、ウズミは鋭い目で見詰めながら言った。

 

「シルフィードとストライクの戦闘データの供出、そして、パイロットであるキラ・ヒビキ、エスト・リーランド両名のモルゲンレーテへの技術協力を、我が国は希望している」

 

 ウズミの言葉に、3人は言葉に詰まって黙り込む。予想はしていたが、かなり厳しい条件だ。

 

 そんな彼らに、ウズミは淡々とした調子で告げる。

 

「叶うなら、こちらとしてもかなりの便宜を貴艦に図れるのだが」

 

 選択肢を狭められるように告げられた言葉に、3人は言葉なく黙り込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 他国とはいえ、庇護下におかれると言うのがこれほど落ち着くものだと、アークエンジェルのクルー達は再確認していた。

 

 何しろ、あれほど激しい戦闘を行い、あわや撃沈と言う所まで追い詰められた後である。気が緩むのも無理からぬことであった。

 

 キラは食事を終えると、自室へ戻ろうと廊下に出た。

 

 そこで、着替えを終えたエストを見かけ、小走りで近寄った。

 

「お疲れ様、エスト」

 

 突然声を掛けられて驚いたような顔をしたエストだが、すぐにいつもの無表情に戻った。

 

「お疲れ様です、キラ」

 

 淡々と挨拶を返すエストの横に並んで、キラは歩き出す。

 

 あの無人島での一夜以来、エストはキラを名前で呼ぶようになったが、その事をキラは純粋に嬉しく思っていた。

 

 自分でも奇妙な事だと言う事は判っている。かつては自分の命を狙って来た少女と仲良くする事が、いったい何になると言うのか?

 

 全くの無駄である。それは、誰よりもキラ自身が良く判っている。しかし、それでも、その「無駄」な事が、何より今のキラにとって心地よかった。

 

 そんな事を考えたまま、2人は一言もしゃべらないまま居住ブロックまで歩いて来ていた。

 

 エストは相変わらず無表情のままだが、キラを邪険にしたり、鬱陶しそうな態度を取る事は無かった。

 

 その時だった。

 

 ある部屋の前まで来た時、中から何かをぶちまけるような大きな音が聞こえ、2人は思わず足を止めた。

 

「な、なに?」

「さあ・・・・・・」

 

 互いに顔を見合わせ、尚も騒音をまき散らすドアを見詰める。

 

 騒音は暫く続いたが、やがて唐突に止んだ。

 

 2人は尚も硬直したまま、ドアの前で逡巡する。

 

 果たして、開けるべきか否か?

 

 迷っている内に、扉の方から勝手に開いた。

 

 中から出て来た人物を見て、思わずキラは息を呑んだ。

 

 カガリが、年配の女性に手を引かれて歩いて来た。

 

 だが、少女の姿は見慣れたゲリラ兵士時代の服ではなく、薄い緑色をしたドレスを着ており、髪もセットされ、顔には薄く化粧までされていた。

 

 がさつその物の外見だったゲリラ兵士は、見事なまでに「お姫様」に変身を遂げていた。

 

 その転身振りに、キラは目を逸らす事も忘れて見惚れてしまう。

 

 向こうも2人に気付いたらしく、目を見開く。

 

「き、キラ・・・・・・エスト・・・・・・」

「や、やあ、カガリ・・・・・・」

 

 思わず間抜けな挨拶をしてしまう。

 

 微妙な空気を感じ取ったのだろう、頬を僅かに赤くしてカガリは俯く。

 

「そ、そんなに、見詰めるな。恥ずかしいだろ」

「う、うん、ごめん」

 

 そう言って、互いに目を逸らせる。

 

 一方で、そうした空気の機微を読み取らない者もいる。

 

「綺麗です」

「お前も、あまりそう言う事は言うな」

 

 本気なのか社交辞令なのか判らないエストの言葉に、カガリは素のままに突っ込みを入れる。

 

「さ、姫様、参りましょう」

 

 そんなカガリの手を、傍らの女性が優しく、それでいて有無を言わさない調子で引っ張る。

 

 マーナと言うこの女性は、幼い頃からカガリの世話係を務めている。母親のいないカガリにとっては、まさに母その物のような女性であり、父と並んで、頭の上がらない人物の1人である。

 

「自分で歩けるっ」

「ダメでございます」

 

 カガリの主張をピシャリと却下して、マーナは歩き出す。

 

 後には、完全に呆気にとられたキラとエストだけが取り残される形となった。

 

 

 

 

 

 朝靄の中で釣りをする客は、それほど珍しい物ではない。

 

 だが、その釣り人は、先程から1匹の獲物も釣っていない。そもそも、彼は釣りしにこの場所へきたわけではないのだ。

 

 彼が釣り糸を垂れる目の前の海面が泡立ったと思うと、海の中から潜水服を着た4人の人間が上陸してきた。

 

 先頭に立った男は彼の前に来ると、ゴーグルを外した。

 

「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」

 

 アスランの言葉に、彼は頷きながら口元に笑みを見せる。

 

「ようこそ、平和の国へ」

 

 

 

 

 

 1人の若い男は、ビルの一室に掛け込むと、中にいた男に持っていた手紙を渡した。

 

 住宅街の裏通りは日も差さず、ジメジメとした感がある。

 

 その一角は更に人通りも少なく、訪れる者も少ない。

 

 まさに、潜伏するにはもってこいと言えた。

 

 男は、渡された手紙を見ると、ニヤリと笑みを見せた。

 

「そうか、あいつら、こんな所に来やがったか。こいつは僥倖だ。やっぱ、日ごろの行いが良いからかねえ?」

 

 その瞳は、「平和の国」の中にあっては、不必要かつ異常なまでにギラギラとした光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-17「翼の向く先」   終わり

 



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PHASE-18「守護の魔剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い室内にあって、ウズミは1人、黙然と執務机に向かっている。

 

 頭にあるのは先日、ザフト軍に追われて領海内に逃げ込んで来た地球連合軍の戦艦について。

 

 遠くアフリカにまで家出していた娘を運んできてくれた戦艦。

 

 勿論、感謝の念はある。

 

 しかし、それ以上に複雑な念を、ウズミは自覚せずにはいられなかった。

 

「・・・・・・まさか、生きていたとはな」

 

 手の中にある写真を眺める。

 

 映っている若い女性の腕には、女性の子供らしき、茶色い髪と金色の髪をした2人の赤ん坊が抱かれている。

 

 過ぎ去りし日々。

 

 救えなかったと思っていた小さな命。

 

 消えぬ後悔。

 

 しかし、

 

「・・・・・・生きていてくれたとは」

 

 溜息が、重い口から洩れる。

 

 これはあるいは、天の配剤か、それとも運命のいたずらか。

 

 神ならぬ身のウズミには、判別する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 誘導されて入ったモルゲンレーテの工場で、キラとエストは機体を固定してコックピットから降り立った。

 

 ドッグ同様、工廠施設も岩盤に偽装された入口から入る事ができ、内部は地下にも繋がって、驚くほどの広さを持っている。

 

 そこにある光景に、2人は圧倒されていた。

 

 壁に並んで固定されている人型機動兵器。

 

 赤、白、黒のカラーリングが特徴的な機体が、ズラリと並んでいた。

 

 型はストライクやシルフィードなど、Xナンバーに良く似ているが、そのフレームや構造は簡略化されており、間違いなく量産を前提にして開発がすすめられている事が判る。

 

「これが、中立国オーブの本当の姿だ」

 

 声がしたので振り返ると、昨夜、素敵なドレスを着て艦を下りていった少女が、見慣れたTシャツにカーゴパンツ姿で立っていた。

 

「そう、驚く事も無いじゃない。あなた達の機体もヘリオポリスにあったんだから。あそこもオーブでしょ」

 

 驚く子供達に面白そうに言ったのは、ここまで案内してきた30代ほどの女性だった。エリカ・シモンズと名乗ったこの女性は、このモルゲンレーテで技術開発主任を務めているそうだ。

 

「これはM1『アストレイ』。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」

 

 機体を見ながら、エリカが説明してくれる。

 

 額のツインアンテナや、顔を構成するツインアイなど、外見はXナンバーに酷似しており、背中に背負っているバックパックなどは、ストライクのエールストライカーに似ている。

 

「オーブの護りだ、これは」

 

 エリカの後を引き継ぐように、カガリが話し始める。

 

「お前達も知っているだろう。オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして他国の戦争に介入しない。これは、その為の力だ。いや、そのはずだった」

 

 語尾の方は震えるように絞り出される。

 

 そこでふと、キラはカガリの左頬が、誰かに殴られたように赤く染まっている事に気付いた。

 

「オーブはそう言う国だ。いや、そう言う国だった筈だ。父上が裏切るまではな」

「え?」

 

 カガリの言葉の審議が計りかね、キラは掛ける言葉が浮かばない。ウズミ前代表が裏切ったと言うのはどういう事なのか?

 

 キラが困惑していると、エリカはやれやれといった調子にカガリを見て行った。

 

「あら、まーだそんな事をおっしゃっているのですか。そうではないと、何度も申しあげたでしょう。ヘリオポリスで地球軍の機動兵器を開発しているなんて、ウズミ様は知らなかったのだと」

「黙れっ。そんな言い訳が通る訳が無いだろう。国の最高責任者が!! 知らなかったからと言ったところで、それもまた罪だ!!」

 

 厳しい言葉だが、カガリの言にも一理ある。国家元首が、国の不利益になる事を「知らなかった」では済まされないのだ。

 

『お父様の裏切り者!!』

 

 カガリがかつて、ヘリオポリスのラボで叫んだ言葉が、キラの脳裏に浮かんだ。

 

 カガリとエリカは、尚も口論(と言っても、構図的にはカガリが噛み付き、エリカがあしらうと言う物)を続けている。

 

「ですから、責任はお取りになったでしょう」

「叔父上に政権を譲った所で、結局口を出すのだから、何も変わっていないじゃないか!!」

 

 いい加減、うんざりしてきたエリカは溜息をついた。

 

「まったく、あれだけ可愛がっておられたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわね。確かに、ほっぺのひとつも叩かれますわ」

 

 どうやら、彼女の頬はウズミに殴られた物であるらしい。

 

 エリカはそんなカガリに当てつけるように、キラ達へ振り返った。

 

「さ、こんなお馬鹿さんは放っておいて、あなた達に見せたいものがあるの。ついてきて」

 

 そう言うと、エリカは先に立って歩き出す。その後へついて行くキラとエスト。不承不承と言った感じに、カガリもその後に続いた。

 

 既にキラとエストも、マリュー達から今回の件について説明を受けている。機体や艦の整備をモルゲンレーテで行う対価として、これまでの戦闘データの提供と、技術開発への協力を行うように、と。

 

 この申し出には、当然、反対の声もあった。Xナンバーのデータは地球軍にとっては機密事項に属する。それを供出するなど以ての外であると。

 

 しかし、結局のところ、その「貴重な」データを欲したからこそ、オーブはアークエンジェルの入港を認めたわけであるから、初めからこちらには選択する余地は無かったのである。

 

 連れて来られたラボでは、3機のM1が並んで立っているのが見えた。

 

 3人を強化ガラスの前まで連れて来ると、エリカはマイクを取った。

 

「アサギ、ジュリ、マユラ」

《は~い》

 

 名前を呼ばれると、マイクから3人の女の子が返事を返した。

 

 アサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツは、それぞれオーブ陸軍の所属する兵士であり、このM1開発の為、テストパイロットとして出向している身である。

 

《あー、カガリ様だ!!》

《あら、本当ッ》

《なぁに~、帰ってきてたの?》

「悪かったな」

 

 3人娘に、ブスッとした調子で応えるカガリ。余計な事を言うと弄られるだけだと言うのは本人も判っているので、それ以上は何も言わない。

 

《隣の男の子、何!?》

《家出かと思っていたけど、もしかして駆け落ち? カガリ様、やるぅ!!》

「馬鹿、そんなんじゃない!!」

 

 ムキになるカガリと、それを見て苦笑するキラ。エストは我関せずとばかりにそっぽを向いている。

 

《ムキになる所が却って怪しい~》

《いいな~、あたしも素敵な彼氏が欲しい~》

《でも、コブ付きで駆け落ちも無いんじゃない?》

《いや、でもありかもよ、そっちの女の子も可愛いし~》

「お前等、いい加減にしろ!!」

 

 癇癪を起こしかけて怒鳴るカガリ。

 

 流石に見かねたのか、エリカがやんわりと割って入った。

 

「そうね、再会の挨拶は、あとでゆっくりと続きをやってもらうとして、お客さんもいる事だし、そろそろ始めて」

《は~い》

 

 エリカの指示を受けて、3機のM1は動き出した。

 

 しかし、その動きはあまりにも遅い。

 

 恐らく中国拳法か何かをしているつもりなのかもしれないが、あまりに動きが遅い為、よく言って、「できそこないの太極拳」と言った所だ。

 

 期待はしていなかったが、ある意味で予想通り過ぎる結果に、カガリはガックリと肩を落とした。

 

「・・・・・・相変わらずだな」

「あれでも、新型のOSに切り替えて、倍以上速くなったんですよ」

 

 エリカの説明に、今度はキラが愕然とする。これで倍のスピードと言う事は、以前はもっと遅かったと言う事か。

 

 てっきり、わざとゆっくりやっているのだろうと思っていたキラは、内心で呆れる思いであった。

 

「実用以下ですね。標的の大量生産でもしたかったのですか?」

 

 空気を読まないエストの言葉も、なかなか痛々しい。

 

 耳が痛いわね、と苦笑するエリカの横で、カガリは盛大にため息をつく。

 

「これじゃあ、あっという間にやられるぞ何の役にも立ちはしない」

《あっ、ひっど~い》

《こっちの苦労も知らないくせに!!》

「敵だって知っちゃくれないさ、そんなもん!!」

 

 カガリの言う事はいちいちもっともだ。こちらの苦労を知ったからと言って、戦場で手加減してくれる敵はいない。

 

「こう、もうちょっとテキパキと動けないのか? せめて蝿が止まらない程度にさ」

《蝿なんて止まってないもん!!》

「ここに蝿がいないからだろうが」

《何よッ 自分は乗れもしない癖に!!》

「言ったなッ だったら代わってみせろ!!」

「はいはいはい、やめやめ」

 

 マイク越しに果てしなく口喧嘩を続けそうな少女達を制し、エリカが割って入ると、キラとエストを見て言った。

 

「カガリ様の言う事ももっともな事よ。だから、私達はあれをもっと強くしたいの。あなた達のシルフィードやストライクのようにね」

「つまり、僕達が協力するのは、OS開発と言う事ですね」

「そう言う事、話が早くて助かるわ」

 

 そう言って、エリカは柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海洋国家であるオーブにとって、海軍とはまさに国防の要であると言ってよい。自国の交易路を守る為には必要不可欠な存在なのである。

 

 技術大国オーブは近年、海軍の拡張に力を注ぎ、質においては列強各国に比肩しうる強力な海軍の整備を行っていた。

 

 勿論、ハード面ばかりを追求しているわけではない。その証拠に、優秀な情報部員の育成にも力を注ぎ、今やオーブ海軍のエージェントは世界中に散らばるまでに至っている。

 

 海軍情報部対外課特務班とは、敵性国家への隠密潜入を目的とした部署であり、構成員にはあらゆる分野でのエキスパートである事が求められる。

 

 ユウキ・ミナカミ一尉もまた、そうしたエージェントの1人である。

 

 久方ぶりに来たオフィスは、何も変わっておらず、相変わらずの顔振りを呈していた。

 

 それは自分の机のまわりも同じ事で、行く前と同じ、否、それ以上の惨状を創り出していた。

 

「・・・・・・何で、俺の机に他人の荷物が山みたいに置かれてるんだ?」

「あれ、ミナカミ、お前、帰って来たの?」

 

 応じたのは、隣の机に席を持つケン・シュトランゼン一尉であった。ユウキとは士官学校の同期生であり、共に情報の道を歩いて来た友人でもある。

 

 しかし、見れば、机を占領している荷物の大半がケンの物であると判る。

 

「何で俺の机が、お前の荷物に占領されているんだ?」

「いや~、悪い悪い、お前、当分帰ってこないと思ったからさ」

 

 だからって、人の机を物置にするのはどうだろう。と突っ込みたかったが、面倒くさいのでやめておいた。

 

 取り敢えず、持ってきた荷物は、ここだけは無事だった椅子の上へと置く。

 

「それで、どうだった、お姫様の護衛は?」

「どうって、まあ、相変わらずだったよ」

 

 そう言って、ユウキは苦笑する。

 

 実際、カガリに関する事で苦労するのは、今回が初めてではない。

 

 ミナカミの家は、代々アスハ家に仕える身分であり、ユウキは幼い頃からカガリの護衛役として様々な技術を叩き込まれてきた。

 

 護衛役、と言っても、幼い頃はそんな殺伐としたものではなく、せいぜいが年の離れた友達と言った感じであった。カガリは昔から活発な性格であり、ユウキはいつも、そんなカガリに振り回されていた。

 

 今回、カガリの出奔に際し、ユウキが護衛役に任命されたのは、そうした経歴を考慮された結果であった。

 

「さて」

 

 荷物を置くと、ユウキは踵を返した。

 

「ん、どっか行くのか?」

「ああ、課長に任務完了の報告。これで、暫くは骨休めに入れるよ」

「そりゃ良い御身分で」

 

 からかうようなケンの口調に背中越しに手を振ると、ユウキは課長室へと向かった。

 

 自分の甘い考えが撃ち砕かれるのをユウキが悟るのは、それから僅か数分後の事だった。

 

 

 

 

 

 青天の霹靂と言うのは、こう言う事態の事なのだろう。とユウキは、自分の上司である課長を前にして考え込む。

 

 そう考えるに至った経緯としては、今、ユウキが手にしている1枚の書類が原因だった。

 

「艦隊勤務、俺がですか?」

 

 ユウキは渡された辞令書を眺め、怪訝そうにな声を上げた。

 

 手にした書類には、こう書かれていた。

 

『ユウキ・ミナカミ海軍一尉

上の者、壱號艦、副長乗り組みを命ずる』

 

 その下には現代表首長であるホムラの名前と、国防大臣、国防軍総司令官、艦隊司令長官、人事部部長の署名があり、書類が本物である事を示している。

 

「何だ、不満か?」

「いや、不満って言うか・・・・・・」

 

 課長の言葉に、ユウキは言葉を詰まらせる。

 

 艦隊勤務とは言葉通り、艦艇に乗り組み、国防の最前線を担う海軍の花形部署である。多くの民間人が「軍人=前戦部隊」と言う認識を持っている事からも判る通り、人気の高い部署である事は間違いない。

 

 しかし、ユウキは今まで情報畑一本で歩んできた身である。今更艦隊勤務と言われても困る。

 

「まあ、聞け」

 

 課長は困惑するユウキを落ち着かせるように、ゆっくりと話す。

 

「八八艦隊計画は知ってるか?」

「・・・・・・はい。長期国防計画の一環だって。まあ、俺程度の身分だと、名前と大まかな内容くらいの情報しか見れませんけど」

 

 それはオーブが数年前から進めている艦隊建造計画である。

 

 戦艦8隻、航空母艦8隻を中心とした大規模な艦隊整備計画である。同時並行して進められている「宇宙軍整備計画」との兼ね合いもあり、一部の艦は大気圏の内外で共有できるような設計を成されているとか。

 

 既に完成し、運用が始まっているイズモ級宇宙戦艦2隻も、この計画によって建造された艦である。そして、ユウキが乗り組みを命じられた壱號艦も、その一環によって建造された戦艦である。

 

「その計画に従って、優秀な人材の引き抜きが始まってる。そこで、うちではお前に白羽の矢が立ったってわけだ」

「事情は判りましたけど、何で俺なんですか?」

 

 ユウキは不満そうに言う。「優秀な人材」なら、他に幾らでも居る。たとえば、先程のケンにした所で、ユウキ自身、一目置くほど、優秀な軍人だ。

 

「まあ、聞け。お前だって、いつまでも情報部の一部員でいるつもりは無いだろう。いや、そんな顔するな、たとえお前自身はそのつもりでも、海軍としてはそれじゃ困るんだよ。いずれは海軍その物を引っ張って行ってくれるような、そんな人材になってくれないと困る。その為の艦隊勤務だ。まあ、出世していく上じゃ、誰もが通る道だよ」

 

 そう言って笑う課長に、ユウキは複雑な表情を返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 モルゲンレーテの工場に入り浸るのが、最近のカガリの日課となっているような気がするが、本人は特に気にした様子も無く、自分のパスを使って自由に出入りしていた。

 

 帰って来てからと言うもの、父との不仲は続いている。もっとも、それはカガリが一方的にウズミを避けているだけの話なのだが。

 

 そんな事もあって家に居づらいカガリは、ますますモルゲンレーテに入り浸るようになっていた。

 

 今、モルゲンレーテのドッグではアークエンジェルが、ラボではシルフィードとストライクの整備が急ピッチで行われている。

 

 そのシルフィードが安置されている場所まで来てコックピットを覗き込むと、中に乗っている人物が凄まじい勢いでタイピングを行っているのを見付けた。

 

「うわっ、お前、凄いな」

 

 そのあまりの速さに思わず声を上げると、相手も顔を上げる。だが、それはよく見知った顔の少年だった。

 

「カガリ?」

「何だ、キラだったのか」

 

 キラはいつもの軍服姿ではなく、オレンジ色の整備兵の服装をしている。軍服では目立つ為、整備兵の恰好をするように言われたのだ。

 

 コックピットから上がって来ると、キラは苦笑をカガリに向けた。

 

「君も変わったお姫様だね。こんな所にいたりして」

「悪かったな。それから姫とか言うな」

 

 むっとした表情のカガリに、キラは思わず堪え切れずに噴き出した。

 

 今こうしている姿からして、深窓の令嬢と言った雰囲気では無い。当初の野生児めいた印象こそ薄れたものの、控え目に言って「不良少女」と言った感じだ。

 

「けど、やっと判ったよ。あの時、カガリが何でモルゲンレーテにいたのか」

「ああ、モルゲンレーテがヘリオポリスで地球軍の機動兵器を作っているって言う噂を聞いてな。父に話しても全く信じてくれないから、それで自分の目で確かめようと思ったら、あの騒ぎだ」

 

 ヘリオポリスは崩壊し、その事が元で彼女の父、ウズミは政権を返上する事になった。

 

 だが、それでも目の前の娘は、父の「背信」を許す事ができず、今も反攻しているのだ

 

 しかし、

 

「父を、信じていたのに」

 

 ポツリと囁かれた言葉が、カガリが今でもウズミの事を信じたがっている事を如実に表している。

 

 と、2人が話していると、ストライクのOS整備を終えたエストが歩いてくるのが見えた。

 

 エストもまたキラと同様に整備兵の作業服を着ているが、サイズが合った物が無く、やむなく、最小サイズの服の裾を折って着ていた。

 

 エストは2人の傍らまで歩いてくると、カガリを見て言った。

 

「姫、また来ていたのですか」

「だから、お前も姫とか言うな」

 

 カガリはエストに、容赦無くヘッドロックを掛ける。

 

 何だか最近、エストの言動に変化があるように思える。今のように冗談のような事もたびたび口にするようになった。もっとも、本人が無表情なので、本当に冗談なのかどうかは判断が難しい所であるが。

 

「ところで、」

 

 ようやく解放されたエストは、乱れた髪を直しながらキラに向き直った。

 

「先程、整備士の方がぼやいていました。あまりにもシルフィードの駆動系の摩耗が酷過ぎると」

「あんまり、無茶な事をしすぎたからだろ」

 

 エストの言葉に、カガリがからかうように続ける。しかし、キラはそれには乗らず、俯いた表情をする。

 

「それでも、守れなかった物はたくさんある」

 

 キラの中で、これまで犠牲になった人々が蘇って来る。

 

 先遣隊と一緒に沈んだフレイの父親。アークエンジェルを守る為に盾となったハルバートン提督と、第8艦隊の将兵。そして、クライブの非道によって低軌道に儚く散った少女と、ヘリオポリスの難民たち。

 

 そのどれもが、キラの悔恨となって心をむしばんでいる。

 

 落ち込むキラを察するように、カガリは強く肩を叩く。

 

「ああ、何か、腹が減ったな。昼飯でも食べに行こうぜ」

「・・・・・・そうだね」

 

 キラも気を取り直したように笑顔を浮かべると立ち上がる。

 

 3人は連れだって歩き出す。

 

「ところで姫、昼食は姫の奢りで宜しいでしょうか?」

「調子に乗るな。あと姫はやめろ」

 

 カガリはエストの頭を軽く小突いた。

 

 

 

 

 

 制服とは、それを着ているだけで異邦の者を、ありきたりな風景の中へ溶け込ませる事ができる。

 

 オーブへの潜入を果たしたザラ隊の4人は、現地で接触した工作員からモルゲンレーテ作業員の制服を借りると二手に分かれて情報収集を開始した。

 

 イザークとディアッカ。そしてアスランはライアと共に街の中を歩いて行く。

 

「どこかにいるとは思うけど・・・・・・」

 

 街並みのデータを眺めながら、ライアは傍らを歩くアスランを見る。

 

 アスランはライアの言葉を聞きながらも、どこか注意散漫な調子で歩いている。

 

 そんなアスランの横顔を、ライアは黙って見詰める。

 

 今回の潜入作戦、慎重派のアスランにしては妙に大胆すぎるような気がする。そこに彼の焦りのような物を感じていた。

 

「軍港に停泊しているとは思えないし、本命はやっぱりドッグかな? でも、あそこに入るにはあたし達のIDじゃ無理よ」

「別に艦その物を見付ける必要は無い。その証拠があれば良いんだ。必要な物資、乗組員、住民の噂程度でも充分な証拠になる」

 

 乗組員と言った瞬間、アスランの脳裏に浮かんだのは言うまでも無くキラの事だった。

 

 「足付き」がこの地にいるなら、彼もまたここにいるのだろう。

 

 もし、遭遇したら、自分は彼にどのように接すれば良いだろう?

 

 キラは今まで、多くのザフト軍兵士を葬ってきている。アスランとも何度も刃を交え、手加減する気配すら無い。

 

 かつての親友は、今や地球軍最強のパイロットとなって、アスランの前に立ちはだかっていた。

 

「・・・・・・行こう。ゆっくりしている時間は無い」

「そうだね」

 

 そう言うと、2人は連れだって歩き出した。物見遊山で来たわけではない。こうして潜入していられる時間も限られているのだ。

 

 

 

 

 

 工廠を出てすぐのレストランに入り、それぞれ注文した品が運ばれてくると、暫くは無言のままにそれぞれの食事を口に運んでいた。

 

 メニューはそれぞれ、キラが洋食、カガリがチキンカレー、エストは和食の定食を頼んでいた。

 

「ふむ」

 

 手にしたお椀を置くと、エストは満足そうに中身を見て頷いた。

 

「これが噂に聞くミソスープですか。何とも、不思議な味ですね。コーンスープとも違いますし」

「何だ、和食は初めてか?」

「そもそも、東洋の文化圏に来た事がありませんので」

 

 エストは物珍しそうに言いながら、今度は野菜炒めに挑戦する。

 

 だが、箸の使い方に慣れていないせいか、さっきからボロボロと取り落としている。

 

「あ~ほら、何やってるんだ、だらしないな」

 

 カガリは呆れたようにいながら、エストの口の周りをナプキンで拭ってやる。

 

 何とも微笑ましい光景に、キラは食事をする手を止めて微笑を浮かべる。

 

 どうにも、砂漠での戦いからこっち、カガリはエストを妹分として見ている節があり、何かにつけて世話を焼こうとしているようだ。同様の事はリリアにも当て嵌まり、あちらも何かにつけてエストに構おうとしているのが判る。

 

 きっとエストのキャラクターのせいだろう。本性はともかく、普段は茫洋とし、どこか人形めいた印象を持つエストだが、同時に見る者をハラハラさせる危うさを持っている。それが2人の保護欲を刺激しているのだろう。

 

 そんな事を考えていると、

 

「痛っ」

 

 テーブルの下で、向こうずねを思いっきり蹴られた。

 

「笑い方がいやらしいです」

 

 淡々と理不尽な事を告げる加害者の少女を、キラは涙目になりながら睨みつける。

 

「何だ、キラ。お前、変な事でも考えてたんじゃないだろうな?」

「いや、変な事って、別に僕は・・・・・・」

「慌てて否定すると言う事は、肯定の証です。語るに落ちましたねヴァイオレット・フォックス」

「気を付けろ、エスト、男はみんな羊の皮を被った狼だって、前にマーナが言っていたからな」

「・・・・・・もう、好きにして」

 

 少女2人に弄り倒されて、キラはガックリと肩を落とした。

 

 そんな事を話している内に、3人は食事を終えて店を出る。

 

 もっとも、キラだけは、先程のダメージが効いているのか、1人疲れたような足取りだが、

 

 と、気の無い調子で歩いていたキラは、店を出ようとした瞬間、逆に入って来る人物と肩がぶつかってしまった。

 

「あっ」

「うわっ!?」

 

 互いにどうにか転倒するだけは免れたが、大きくよろけてしまった。

 

「あ、すいません」

「いや、僕の方こそ、ちょっとボーっとしてて」

 

 互いに謝る2人の少年。キラは顔を上げて、相手を見た。

 

 印象的な紅い瞳を持つ少年である。年の頃はエストと同じくらいではないだろうか? 幼いながらにして、強そうな意思が宿っているのように思える。

 

「お兄ちゃん、早くー!!」

「判ってる! じゃあ、俺、行くんで」

「うん、ほんと、ごめんね」

 

 家族に呼ばれて店に入って行く少年を見送ると、キラも先に出ていた2人に駆け寄る。

 

「どうした?」

「いや、何でも無いよ。さあ、戻ろう」

 

 キラが促すと、3人は連れだって歩き出した。

 

 木漏れ日がこぼれる、オーブでの昼下がり。

 

 だが、その日溜まりに影を落とす不吉が、この時既に彼等の背後に迫っている事は、だれも気付いていなかった。

 

 連れ立って歩く3人。

 

 その様子を、冷やかに見詰める一対の瞳があった。

 

「ビンゴ・・・・・・」

 

 口調に歓喜が漏れ、殺気は嫌が上でも体内に宿る。

 

 まさにたった今、彼の標的が目の前を呑気に歩き去った所だった。

 

 折よく、携帯電話が振動によって着信を伝えて来る。

 

「おう、俺だ」

《隊長、そっちはどうですか?》

 

 報告を聞き、男の口元には凄みのある笑みが浮かんだ。並みの人間ならば見ただけで震えあがりそうな笑みの元、男は話を進める。

 

「こっちもたった今確認した所だ。例の奴、準備できてるか?」

《ばっちりです。整備も完ぺきにやっときましたよ》

 

 ニヤリ、と笑みを強める。

 

 これで準備は整った。後は、花火を上げるだけだ。

 

「そんじゃ、おっぱじめるとしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて工廠に帰るとキラとエストは、今度はOS開発の仕事があると言って別れた為、手持無沙汰になったカガリは再び工廠内をぶらぶらと歩いていた。

 

 そんな時だった、背後からの呼び声に振り返ったのは。

 

「お久しぶりですな、カガリ様」

 

 カガリの背後に、軍服に身を包んだ男性が立っていた。

 

 年は既に60を越えているであろうか。初老のその人物は、鍛え上げた身を海軍の軍服に包み、いかにも海の男然とした引きしまった容貌をしている。しかし、その表情は柔和であり、カガリを見詰める瞳も孫を見るかのように優しげである。

 

「爺や、久しぶりだな!!」

 

 カガリもまた、その人物に笑顔で駆けよった。

 

「何だ、爺や、こんな所で何をしているんだ?」

「いや、モルゲンレーテの方に少しばかり用がありましてな、ついでにカガリ様が来ていると聞きまして、探していた次第です」

「何だ、わたしはついでなのか?」

 

 冗談めかして言う男に、カガリも冗談で返す。

 

 カガリと親しく話す初老の海軍軍人の名は、ジュウロウ・トウゴウ海軍准将と言い、現在でこそ待命状態であるが、本来は現場一筋の叩き上げの軍人であり、幾度かの領海紛争にも参加した名将でもある。

 

 カガリは「爺や」などと呼んでいるが、本来ならば、そのような無礼が許されるような相手ではない。しかし、子供のころから定着した呼び名を、目の前の老提督が咎めた事は一度も無かった。

 

 カガリの父、ウズミとは旧知の仲であり、カガリの事は幼い頃から本当の孫のように可愛がってくれた人物である。

 

「カガリ様、今回はまた、随分と遠くまで冒険をなされたとか」

「何だ、爺までお説教するのか?」

 

 カガリは渋い顔でトウゴウを見る。

 

 厳しい面もある父やマーナと違い、このトウゴウはカガリにはとかく甘い一面がある。そのトウゴウまで自分を責めるのかと思うと、カガリとしては面白くなかった。

 

「いえいえ、そうではないのです。ただ、カガリ様が世界を回って見て来た事を、この爺にも教えていただけないかと思いましてな」

「・・・・・・世界を回った、か」

 

 トウゴウの言葉に、カガリは少しだけ俯いたようにして語りだす。

 

「今、世界中が戦っている。どこでも。私が行った砂漠でも、皆が皆、武器を持って戦っていた。なのにオーブは、」

 

 カガリはちらりと、視線を奥のラボへと向ける。

 

 視線の先には、引っ張り出されて調整を受けるM1が鎮座していた。

 

「なあ、爺や。これだけの力があり、地球軍相手にあれだけの事をやったと言うのに、未だに地球にもプラントにも良い顔をしようとする。それってずるくないか?」

 

 カガリの率直な言葉に、トウゴウは「ふむ」と顎に手を当てる。

 

「成程。カガリ様は、今こそオーブは、苦しめられた人々を助ける為に立ちあがるべきだとおっしゃりたい訳ですね」

「そうだ。それをやってこそ、初めて『中立』って言えるんじゃないのか」

 

 カガリの言葉に、トウゴウはしばし黙考する。

 

 幼いと言ってしまえば、あまりにも幼い意見だ。「人の善意」と「国の善意」は違う。人の善意は良心に従い、困っている人々に手を差し伸べればいい。しかし国の善意は、まず第一に、自分達の利益を考えなければならない。他国の人々を助ける為に、自国の民を飢えさせたのでは本末転倒である。

 

 カガリはまだ、その事が判っていない。仮に、戦火にあえいでいる人々を救う為に軍の派遣を行ったとして、それで戦い、傷付き倒れて行くのはオーブの兵士、オーブの民なのだ。

 

 だが、

 

「国と言うのは、複雑な物でしてな」

 

 トウゴウは、諭すように優しく言葉を紡いだ。

 

「その中には多くの国民が暮らしているにもかかわらず、まるでそれがひとつの生命体であるかのように、意思を持って動く時があるのです。それを制御するのが、国家元首の仕事です」

「だが、父は失敗した!!」

「そうです。それ故、ウズミ様は苦悩されているのですよ。責任は取らなければならない。しかし、この舵取りが難しい時期に国の首班を明け渡す事の危険さを誰よりも知っているのは彼でしょうから。ですから、今のこの状況は、ウズミ様にとっては、窮余の一策とも言える『落とし処』なのですよ」

 

 カガリはようやく、トウゴウが自分とウズミの仲を修復する為に来たのだと言う事を理解していた。

 

 口をとがらせて、そっぽを向く。

 

 何と言われようが、今のカガリには、父が裏切ったように見えて仕方が無く、また、それを許す気になれないのも事実だった。

 

 そんなカガリを見て、トウゴウは苦笑を洩らす。

 

「今は、まだ迷う時期なのでしょうな」

「爺や・・・・・・」

「迷いなさい。答までの道に、初めから近道などありませんし、初めから近道を探すような人間に、真の道を見付ける事などできはしませんよ」

 

 そう言うと、トウゴウはカガリの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 1日歩きまわり、ほとんど成果の無いまま、アスラン達は合流する事となった。

 

 4人の間には、徒労感が漂っている。

 

 目立つような場所にいるとは、流石に思っていない。それでも何らかの証拠の欠片が欲しかったが、しかし、現実として、「足付き」に関する情報は全くと言っていいほど集まらなかったのだ。

 

「そっちはどうだ?」

 

 アスランの問いに、イザークは傷の入った顔を横に振り、ディアッカは肩を竦める。

 

「そりゃ、軍港に堂々といるとは思わないけどさ」

「あのクラスの船だ。そう易々と隠せるとは思えないが・・・・・・」

 

 2人にも徒労感が強い。いるかどうかも判らない相手を探そうと言うのだから、無理も無かった。

 

「欲しいのは証拠だ。いるならいる。いないならいないという、な」

「でも、この調子でやってたら、どれくらいかかるか・・・・・・」

 

 ライアも、気弱な事を言って俯く。こちらは女の子、それもこの中で最年少だ。疲労の色は誰よりも濃かった。

 

 その時、4人の目の前に大型のトレーラーが止まり、中からドライバーが顔を出した。

 

 とっさに、被った帽子で顔を隠すアスラン達に、ドライバーの男は話しかけた。

 

「すいませーん、第2ドックっでどこですか?」

 

 イザークは舌打ちしたが、アスランはそれを手で制して口を開いた。

 

「すいません、俺達新人なんで、詳しい事は判らないんです」

「あー、そうかい。そいつは悪かったな」

「いえ、こっちこそ」

 

 答えるアスランに手を振ると、トレーラーは走り去っていった。

 

「仕方が無い、もう少し情報を探ってみましょう」

「しょうがないか」

「やれやれ」

 

 疲れた体で、立ち上がる3人。

 

 だが、アスランだけは立ち上がらず、走り去ったトレーラーを見続けている。

 

「どうしたの、アスラン?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 声を掛けたライアに振り返らず、視線は真っ直ぐにトレーラーを追う。

 

「あのトレーラー・・・・・・」

「?」

 

 ライアも視線を向けるが、既に角を曲がったトレーラーの姿を確認する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラボの中では、先日と同じようにM1の作動デモンストレーションが行われていた。

 

 ただし、違う点があるとすれば、先日とはうって変わって、機敏な動きをしている点だった。

 

「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40パーセント向上させ、一般的なナチュラルの神経接合を適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」

 

 強化ガラスの向こう側で、M1が滑らかな動きをしているのが見える。

 

 その光景はエリカを始め、モルゲンレーテの関係者を瞠目させるには充分な光景だった。

 

 何しろ、プロの技術者が数人がかりでも進展させる事ができなかったOS開発を、たった2人の子供が、数日のうちに成し遂げてしまったのだから。

 

「凄いわ、よくこんな短期間で完成させてくれたわね」

 

 エリカの目は信じられないと言わんばかりに見開かれている。

 

 冷やかしにやって来たムウも、面白そうに目の前の光景を見ている。

 

「俺が乗っても、あれくらい動くのかね」

「勿論ですよ、少佐」

 

 パイロットとしての食指が動くのだろう。いかにも乗りたそうな表情で見ている。

 

 驚きの声を上げる大人達を尻目に、キラはここ数日、共に作業を行っていた少女に振り返った。

 

「お疲れ。今回は助かったよ、色々と手伝ってくれて」

 

 優しく声を掛ける。が、当のエストは、まるで不満だと言わんばかりに、キラを睨み返して来る。

 

「理不尽です」

「え、何が?」

「あのプログラムの殆どは、あなたが組んだ物です。私がやった事と言えば、完成後、シュミレーターを使用して、試運転をした程度。同じように技術開発の支援要請を受けたのに、これでは私が無能者のようです」

 

 相変わらずの無表情で発せられるエストの愚痴に、キラは思わず噴き出す。

 

 要するに、自分とキラとの技術力の差を認識して腐っていたのだ。

 

 キラはエストの頭に手を置くと、髪を掬うように撫でる。

 

「いや、でも助かったのは本当だよ。君がシュミレーションをこなしてくれたから、僕としては手間が省けたしね」

「・・・・・・フンッ」

 

 エストはキラの手から逃れるように身を引いた。

 

 その様子に、キラは少し拍子抜けしたように少女を見る。てっきり、いつものように二言三言、皮肉を返してくると思ったのだが。

 

 なんにしても、これで自分達の役割は終わった。後はアークエンジェルとシルフィード、ストライクの修理さえ完了すればアークエンジェルは出港できる。

 

 その時だった。

 

 入口の方でけたたましい音が鳴り響き、ラボにいた全員がそちらの方へと振り返った。

 

 振り返れば、入り口に大型のトレーラーが突っ込んでいるのが見えた。

 

「何でしょう?」

「事故みたい、だね」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

 キラとエスト、それにムウが他人事のように入口の様子を眺める一方、エリカを始め、モルゲンレーテの関係者は慌てふためいている。

 

 作業員の1人が、トレーラーの運転席へと近づいていく。

 

「おいおい、馬鹿野郎ッ どんな運転したらこうなるんだ? 酔っ払ってたのか?」

「あ~、すみませんね~」

 

 運転席の男は、顔を出さずに言ってくる。

 

「大丈夫かッ?」

「あ~、大丈夫大丈夫」

 

 そう言うと、ハンドルの隣にあるボタンを押しこんだ。

 

「何しろ、お楽しみはここからだからね」

 

 言った瞬間、トレーラーの荷台が大きく開いた。

 

 中から現れた物。

 

 それを見た瞬間、

 

 その場にいた全員が凍りついた。

 

 荷台から出て来た物。それは、大型のパワードスーツ。

 

 本来は作業等に使用される機材であり、現われた物はかなりの大型で、恐らくは土木作業用と思われた。モビルスーツの半分程の大きさだが、腕はM1等に比べれば倍近く太く、相当なパワーがある事が窺える。

 

 その腕が一閃される。

 

 一撃で、ラボのドアが吹き飛んだ。

 

 轟音と衝撃が、ラボの中を駆け巡る。

 

「クソッ、何だってんだよ!?」

 

 2人の子供達を庇いながら、ムウが悪態をつく。

 

 予期しえない突然のテロリズムに、キラは皮肉な物を感じていた。まさかテロリストの自分がテロに巻き込まれる事になろうとは思わなかった。

 

 だが、次の瞬間、キラは自分の目を疑った。

 

 パワードスーツは操縦桿やペダルで操縦するモビルスーツと違い、パワーアシストと言う機能が搭載され、コックピットの中で実際に手足を動かす事で操縦するのだが、そのコックピットはガラス張りになっており、その内部が見えるようになっている。

 

 キラの視線は、コックピットにいる人物に注がれていた。

 

 その人物の顔。

 

 その顔を、キラはこの場にいる誰よりも熟知していた。イヤと言う程に。

 

「クライブ・ラオス!?」

 

 自身の仇敵にして、ザフト軍の隊長格を務めるあの男が、なぜこの場に現われたのか?

 

 考えている間にも、パワードスーツは暴れ回り、並んでいる機材を片っ端から叩き壊していく。

 

《はぁ~い、ど~も~、平和ボケしたオーブのみなさ~ん、知ってますか~? お外には、こ~んなに危ないおじさんがたくさんいるんですよ~。だから、お外に出るのはやめましょう~、もっとも、もう遅いけどな!!》

 

 からかうような口調と共に、パワードスーツの腕を振るうクライブ。それだけでラボの内壁が吹き飛び、大穴があく。

 

 更に旋回するように腕を振るえば、高価な整備用機材が宙を舞い、床に叩きつけられてスクラップと化す。

 

《ギャハハハハハハ、ほらほら逃げろ逃げろ~ 踏みつぶしちまうぞ~》

 

 パワードスーツの猛襲から逃げ惑う人々。殆ど、暴れる巨像から逃げ回るような光景だ。

 

 そんな中で、キラ、ムウ、エストの3人は物影から様子を覗う。

 

「本当か? 本当にザフトの兵士なのか?」

「間違いないです。前に戦った事のある相手ですから」

 

 答えるキラも、猛威を振るうパワードスーツを見やる。

 

 モルゲンレーテの社員達は、負傷者を連れて後方に下がろうとしている。幸いまだ死者は出ていないようだが、それも時間の問題であると言える。

 

 そんな中でクライブの駆るパワードスーツは、我が物顔で暴れ回っている。

 

 エストはキラの顔を見ている。

 

 何故彼は、乗っている人間がザフトの兵士だと判ったのだろう? 前にイージスのパイロットが幼馴染だと言っていたが、それと同じように、知り合いか何かだろうか?

 

 しかし、

 

 今も暴れ回っているパワードスーツを見やる。

 

 同じテロリストとは言え、とても、あんな下品そうな言葉を使う人物と、目の前の年上の少年が、馬が合うようには見えないのだが。

 

 だが、事態はのんびり構えている時間も無いほどに逼迫している。

 

 破壊された瓦礫は、3人が潜んでいる場所にまで降り注ぐようになってきていた。このままではがれきに押しつぶされるか、パワードスーツに捕まって握りつぶされるかの、悲惨な二者択一しかない。

 

「くそっ、滅茶苦茶だな。どうにかしないと」

「それなら、まずはあのパワードスーツをどうにかしないと」

「とはいっても・・・・・・」

 

 生身で立ち向かうには、あまりにも危険すぎる相手だ。せめてこちらにもモビルスーツがあれば良かったのだが、生憎シルフィードもストライクも整備中だ。

 

「いや、待てよ・・・・・・」

 

 「それ」の存在に思い至ったのは、ムウだった。

 

「あるじゃないか」

 

 指を1つ鳴らすムウを、キラとエストは不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 クライブ・ラオスはインド洋の戦いで母艦を失った後、部下2人を伴っていったん、中立国である赤道連合へと渡り、そこで非公式の運搬船を購入して機体を乗せると、海路でカーペンタリアへの帰還を目指したのだ。

 

 途中、立ち寄ったこのオーブで、出港間際になって突然の戦闘に巻き込まれ、出入国管理局から出港の差し止めを言い渡されていたのだが、まさか極上の獲物が自分達から飛び込んでくるとは思わなかった。

 

 すぐに強襲の準備を整えるべく、急いで機材の調達に走った。と言っても、オーブ国内でザフトの機体を使う訳にも行かず、さりとて中立国のオーブでは、中古のモビルスーツを手に入れる事も難しい。そこで目を付けたのが、比較的入手しやすい土木作業用の大型パワードスーツである。これなら武装はともかく、パワー面ではモビルスーツに引けを取らないし、何よりモビルスーツに比べるとコンパクトである為、ドッグなどの閉鎖空間内では、むしろ使い勝手が良い。

 

「さてと、」

 

 一連の破壊活動の成果を満足げに眺める。

 

 パワードスーツによって、ラボ入り口付近は完全に破壊し尽くされ、見る影も無くなっている。

 

 元々、こうした強襲は、クライブの得意分野である。

 

 既にモルゲンレーテの職員達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていた。

 

「ケッ 詰まんねえ奴等だな。所詮クズの集まりってか。余計な事に突っ込むから、大事な大事なお命まで失う事になるんだよ」

 

 剣呑な言葉を吐きながら、クライブはパワードスーツを進める。

 

 彼の目的は、別にモルゲンレーテの破壊にある訳ではない。

 

 目的は「足付き」の撃沈。そして、シルフィードとストライクのパイロットの抹殺。既に街中でキラを見かけたことで、このラボにキラがいる事は掴んでいる。

 

 暗い笑みが、口元に灯る。

 

 この日をどんなに待った事か。あのすかした小僧を、今日こそこの手で捕まえて握り潰してやり。

 

 そう思った時だった。

 

「クライブ・ラオス。そこまでだ!!」

 

 切り裂くような声に引かれ、顔を上げる。

 

 そこには、拳銃を構えた少年が真っ直ぐにこちらを見ている。

 

 茶色い髪に、幼さの残る顔立ち。そして、特徴的な紫の瞳。

 

 見間違える筈もない。キラ・ヒビキだ。

 

《見つけたぜぇ、ヴァイオレット・フォックス!!》

 

 歓喜に満ち溢れた言葉と共に、クライブはパワードスーツを前進させる。

 

 対してキラは手にした銃で応戦するが、弾丸は装甲に跳ね返って転がる。

 

 クライブはリーチの範囲内にキラを捉えると、容赦無く腕をふるった。

 

「クッ!?」

 

 殴りかかって来るパワードスーツの腕を、辛うじて回避するキラ。

 

 その様子に、クライブは失笑を漏らす。

 

《テメェはどこまで馬鹿だ、キラ? パワードスーツに生身で向かってくるとはよ。あれか? 竹槍精神って奴か? 恰好良いねえ。良いからもう、そのまま死んじまえよ》

 

 振るわれる腕をかわし、瓦礫を楯にしながら逃げ回るキラ。時折反撃に銃を撃つが、全て装甲に跳ね返される。コックピットのガラスも防弾の物を使用しているらしく、ハンドガン程度では貫く事は出来ない。

 

 狭いラボの中である、追い込まれるのは時間の問題である。

 

 ついに、キラの背中は壁に付いてしまった。

 

《ギャハハハ、どうしたのかな~、もう逃げないのかな~?》

 

 いたぶるように、クライブはゆっくりと近づいてくる。

 

 パワードスーツの腕が、身動きの取れないキラの目の前で振り上げられる。

 

《あばよ、キラ。あの世で親父に宜しくな》

 

 腕が振り下ろされる。

 

 キラの体は、無惨にも作業用アームに押し潰されるか。

 

 そう思われた時、

 

 横からパワードスーツの腕を掴む者があった。

 

 薄暗い闇の中で鋭く光るツインアイ。引き絞ったような細い四肢。赤と白と黒の装甲。

 

 オーブの剣、M1アストレイが、その雄姿を持ってパワードスーツの腕を取り押さえていた。

 

《何だ、テメェは!?》

 

 とっさに振り払おうと、腕に力を込める。

 

 しかし、できない。

 

 M1は凄まじいパワーで、パワードスーツを押さえつけに掛かる。

 

《くっ、舐めんなよ、雑魚の分際で!!》

 

 とっさにフルパワーでM1の腕を払い後退するクライブ。

 

 一方、M1のコックピットでは、エストが、体勢を整えるパワードスーツを見詰めている。

 

「起動確認。全てにおいて問題無し。ただし、バッテリー残量僅かに付き、稼働時間は03:00が限界」

 

 エストが乗っているのは、先程デモンストレーションに使っていたM1である。

 

 キラが組んだOSは確実に作動し、M1は調整前のぎこちなさを残しながらも、エストの思い描いた通りに動いて見せる

 

 元々、デモンストレーション用に用意した機体。万全には程遠い事は理解している。

 

 だが、どうにか作戦通りに行った。

 

 敵のパイロットに因縁があるキラが囮役を引き受けている内に、エストはM1を起動し、ムウは避難誘導を行うと言う、連携パターンだった。

 

 デモ用の機体には、武装は実装されていない。ライフルやバルカン、サーベルはおろかシールドすら無い。

 

 だがそれでも、エストには充分な勝算があった。

 

 前傾姿勢のまま、前へと踏み込むM1。

 

 対抗するように腕を振り上げるパワードスーツ。

 

 互いの腕が交錯し、またガードによって弾かれる。

 

《ハッ ピカピカの玩具を壊されたくなかったら、とっととおうちに帰るんだな!!》

「・・・・・・いちいち煩いですね」

 

 クライブの言葉に、エストは冷静に返す。

 

《あん?》

「しゃべらなければ戦う事も出来ないのですか?」

 

 言いながら、もう一本の腕を繰り出すも、それもパワードスーツに受け止められる。

 

 2つの機体はがっぷりと四つに組んだまま硬直する。

 

《おしゃべりは嫌いかい、お嬢ちゃん?》

 

 先程の会話から、目の前の機体を操縦するのが女であると察したのだろう。

 

《いかんなあ、猿じゃないんだから、言葉くらいしゃべらんと》

「・・・・・・・・・・・・」

《と言う訳で、とっとと退場してくれよ、猿女ちゃん!!》

 

 言いながら、腕を引きに掛る。

 

 M1の拘束を抜けたパワードスーツは、そのままM1に殴りかかる。

 

 しかし、次の瞬間、強烈な蹴りがパワードスーツを襲った。

 

「うおぉ!?」

 

 壁際まで吹き飛ばされるパワードスーツ。

 

 パワーにおいてはモビルスーツと遜色ないパワードスーツも、機動力は雲泥の差である。

 

 M1の強烈な蹴りを食らって、パワードスーツは壁に叩きつけられた。

 

「クソッ!?」

 

 すぐに体勢を立て直そうとするが、今の一撃で駆動系がやられたらしく、パワードスーツは低い唸り声を上げるだけで全く動かなくなってしまった。

 

「くそっ、この役立たずが!!」

 

 悪態をつくと同時に、クライブはコックピットを飛び出して逃走に掛かる。

 

「逃がしませ、っ!?」

 

 エストが言い掛けた所で、M1はガクンと項垂れるように動きを止めた。どうやら、バッテリーが切れたようだ。

 

「クッ!?」

 

 動かなくなってしまったものは仕方が無い。元々、長時間の稼働はできない状況だったのだから。そのうえ、調整前の無理な機動である。敵機を倒せただけでも十分と考えるべきだった。

 

 仕方なく、緊急用バッテリーでコックピットハッチを開くと、飛び降りて駆けだした。

 

 

 

 

 

 クライブはラボの外に飛び出すと、一目散に敷地の外へと向かう。

 

 作戦が失敗した以上、長居は無用だった。元々、大した準備も無しに行った作戦である。失敗しても惜しくは無かった。

 

 心配しなくても、いずれチャンスはある。今は一刻も早くこの国を出て、

 

 そう思った瞬間、足元に銃弾が跳ね返った。

 

 足を止めるクライブ。

 

 そこへ、鋭い声が放たれる。

 

「動くな!!」

 

 振り返らずとも、声だけで相手が誰だか判った。

 

 キラは真っ直ぐにハンドガンを構え、クライブの背中をポイントしている。

 

「動くと撃つ。じきに警備兵が来る。それまで大人しくしてるんだね」

「クックックッ、おまえにそんな度胸がある訳ねえだろ、臆病者のくせに」

 

 あざ笑いながら、振り返る。

 

 交錯する視線。

 

 かつての同志。そして、奪った者と奪われた者は、真っ直ぐに対峙した。

 

「こうして顔合わすのは2年振りか、お前は相変わらずみたいで何よりだよ」

「クライブ・・・・・・」

 

 肩をすくめてみせるクライブに、キラは銃口を逸らさず、その紫の瞳は普段に無いくらいの憎悪を込めて睨みつける。

 

「父さん達の仇だ。大人しくしろ」

「フッ」

 

 銃口を向けて来るキラに対し、クライブはつまらなそうに鼻を鳴らして見せた。

 

「だから、お前は臆病者だって言ってんだよ」

「何っ!?」

 

 詰め寄ろうとするキラ。

 

 だが、その一瞬、鋭い殺気を感じ、とっさに身を翻した。

 

 次の瞬間、今までキラが立っていた場所に、銃弾がさく裂した。

 

「クッ!?」

 

 射手の姿は見えない。恐らく遠距離からの狙撃である。

 

 さらに放たれる追撃の弾丸を回避するキラ。だが、大勢は大きく崩れてしまう。

 

 その間にクライブは走って来た車に飛び乗ってしまった。

 

「あばよキラ。せいぜい地べたを這いずって泣きわめいてろ」

 

 捨て台詞を放つクライブに、キラは銃を向けるも、それよりも一瞬早く車は走り去ってしまった。

 

「くそっ・・・・・・」

 

 走り去る車を見送り、キラは舌打ちする。自分の甘さを、呪い殺したくなる。

 

 捕縛など考えずに、クライブに銃を向けた時、躊躇わず引き金を引いていたなら仇を取れていたかもしれないと言うのに。

 

 脳裏には、炎に巻かれながら、逃げまどい、撃ち殺されていく仲間達の姿が浮かぶ。

 

 下ろした銃のセーフティを掛け直すと、寂寥感が湧きだす。

 

「父さん、みんな・・・・・・ごめん・・・・・・」

 

 悔しかった。仇を取り逃がした事が。それをなせなかった自分が。

 

 苛立ちを叩きつけるように、足元の地面を力任せに蹴りあげる。

 

 後から来たエストは、その背中に掛ける言葉も見つからないまま立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 その様子を、物陰から見ていたアスランは、言葉も出なかった。

 

 破壊された、モルゲンレーテのラボ。

 

 それをなした、顔見知りのザフト兵。

 

 オーブが完成させたであろう、新型モビルスーツ。

 

 そして、

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 眼差しの先で立ち尽くす旧友の姿を、アスランは黙然と見続けていた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「守護の魔剣」     終わり

 



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PHASE-19「終末の閃光」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 カガリは身の回りの荷物をまとめている。

 

 服装は、砂漠で戦っていた時と同じ、野戦服で、用意したバッグには着替えを詰め、傍らには愛用の拳銃も弾を込めた状態で置いてある。

 

 アークエンジェルの修理は数日前に終了し補給も滞りなく完了した為、ついに出港する事となったのだ。

 

 カガリは、アークエンジェルについていこうとしていた。

 

 理由はキラ、そしてエスト。あの2人だ。

 

 僅かな期間とはいえ、同じ船に乗って触れ合った一組の少年少女は、あまりにも儚く、あまりにも脆い存在のようにカガリには見えた。

 

 キラは確かに強い。ゲリラ兵士として、そしてテロリストとしてカガリとは比較にならないほどの凄惨な戦場を駆け抜けて来た彼は、どんな屈強な兵士よりも強く、強かだ。だが、その立場は天秤の上の振り子よりも危うい物となっている。このままではいつか必ず振り子は倒れ、そして立ち上がれなくなるだろう。

 

 危ういのは、エストも同じ。いや、ある意味でキラ以上に危うい存在である。どうも彼女は、自分の行動にリスクと言う物を考えていないような気がしてならない。単純に言えば、彼女は自分の命を軽視し過ぎているのではと思う事がある。

 

 テロリストと、それを捕縛した連邦のエージェント。正しく対極に立つ筈の2人だが、その根幹は驚くほどに似通っている。誰かが傍にいて守ってやらなければ、2人はいつか必ず潰れてしまう。そんな気がしてならなかった。

 

 必要な荷物を揃えて、チェックをした時だった。

 

 ドアがノックされ、父、ウズミが部屋の中に入って来た。

 

 ウズミは冷めて目で娘を、そして散らばった荷物を見ると口を開いた。

 

「あの艦と共に行くつもりか?」

「はい」

 

 カガリは硬い調子で返事を開けした。止めても無駄だと言う事を態度で表す。

 

 これまで、カガリにとってウズミは尊敬し、憧れ、そして何よりも大切な家族である筈だった。しかしヘリオポリスでの一件以来、彼女の中には不信感が蔓延し、ウズミの言葉が全て虚飾に思えてならなかった。

 

 エリカやトウゴウはウズミの擁護をしていたが、カガリはそれでも父を信じる事ができなかった。

 

「では、地球軍の兵士として戦うのか?」

 

 皮肉の混じったウズミの言葉に、カガリは反射的に振り返る。

 

「違いますっ!!」

「では何だ?」

「彼等を助けたいのです。そして、戦争を早く終わらせたい!!」

「お前が戦えば、戦争は終わるのか?」

「それは、私1人の力では・・・でも・・・」

 

 口ごもるカガリ。

 

 なまじ、生身で戦場に立った経験から、1人の人間が持つ力の頼りなさを、カガリは身を持って体験している。だからこそ、ウズミの問いには沈黙せざるを得なかった。

 

 反撃の言葉も見つからないままのカガリに、ウズミは更に口調を強める。

 

「お前が誰かの夫を撃てば、その妻はお前を恨むだろう。お前が誰かの息子を撃てば、その母はお前を恨むだろう。そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを恨むだろう。こんな簡単な連鎖がなぜ判らんっ!?」

 

 もはや怒号に近いウズミの問いは、カガリを激しく打ち据える。

 

 僅かに逸らした視界には、ホルスターに収まったままの拳銃がある。

 

 自分が誰かを撃ち、その家族に恨まれる。考えてみれば単純すぎる理屈に、なぜ今まで気付かなかったのだろう。

 

 よろけるカガリを支えるように、父の大きな手が肩に添えられる。

 

「銃を取るばかりが戦争ではない。戦争の根を学ぶのだ」

「お父様・・・・・・」

 

 見上げる父の顔。そこには深い知性と共に、娘を想う愛情が滲み出ていた。

 

「撃ちあっていては、何も変わらん」

 

 その言葉が、カガリの心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 海風が、僅かにはだけた首筋をなでていく。

 

 目を転じれば、パイプを伸ばす補給艦の姿が映る。カーペンタリアにアスランが要請して来てもらったのだ。現在、クストーに補給を行っている。

 

 甲板に腰掛けながら、アスランは先日の事を思い出していた。

 

 アスランが主張したオーブ北方海上にて「足付き」を待ち伏せ、捕捉撃沈する案に対して、当然ながら部隊内からは非難の声が上がった。

 

 「足付き」、アークエンジェルはオーブにいる。しかし、それを証明する手段はアスランには無い。敵モビルスーツ、シルフィードのパイロットであるキラの顔を知っているのはアスランだけなのだから。

 

 イザークやディアッカはおろか、この件に関してはライアですら否定的な意見を持っている。

 

 3人は口を揃えて、一度カーペンタリアへ帰還する事を提案したが、アスランは隊長の権限で押し通した。

 

「キラ・・・・・・」

 

 月面都市コペルニクス時代、幼年学校で出会った親友。

 

 転校してきて、そしていつの間にか消えていた少年。

 

 そして、再会した時には、地球軍のパイロットになっていた。

 

 差し伸べた手は振り払われ、今も彼と自分は刃を交え続けている。

 

『僕はザフトにはいけない』

 

 かつてキラが言った言葉の意味は、今でもアスランには判らない。だが、説得が難しい以上、戦わなければならなかった。

 

 だが、勝てるのか? 先の戦いでは、イザークとライアが殆ど抗する事も出来ずにやられている。

 

 幼年学校からいなくなって以後、キラが何をしていたかは知らないが、少なくともモビルスーツに乗るような生活をしていたとは思えない。にも拘らず、歴戦のザフト兵を相手に、苦もなく勝利してしまう程の腕を持つに至っている。

 

 この短期間で驚くほどの成長速度だ。いや、もしかしたら、今こうしている間にも成長を続けているかもしれない。だとすると、自分ですら敵わないかもしれない。

 

 その時、

 

「な~に黄昏てんのよ」

 

 いきなり、後頭部を小突かれた。

 

 振り返れば、腰に手を当てたライア・ハーネットがアスランの顔を覗きこんでいる。

 

「お前な・・・・・・」

 

 痛む頭を押さえながら、何か文句を言ってやろうとするアスランを制してライアは口を開く。

 

「どうせまた、イザーク達とやりあった事、ウジウジと悩んでいたんでしょ。良いのよ、あんなの言わせておけば。あんたは隊長なんだから、もっとどっしり構えてなさいよ」

「・・・・・・君は、俺の意見に反対じゃなかったのか?」

 

 意外そうな顔でアスランは聞く。先の作戦会議においても、ライアの態度は「消極的否定」と言う感じであった。だが、今の彼女は、まるでアスランをけしかけるような言動をしている。

 

「勿論、今でも反対よ」

 

 ライアはあっさりと言った。

 

「けどさ、あんたには何らかの確信がある。『足付き』がオーブにいるってさ。あたし達には判らない何かが、あんたには判っている。違う?」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、あんたは隊長らしく、どーんと命令だけしてくれればいいのよ」

 

 アスランは答えない。ただ黙ってライアを見詰め、そしてフッと笑う。

 

「そうだな」

 

 アスランは立ち上がる。

 

 ライアの心配事は的外れなのだが、確かに悩んでも答が出る訳ではない。あとはキラ自身に直接ぶつけるだけだった。

 

 立ち去ろうとして、ふと立ち止まって振り返る。

 

「ああ、そうだ、ライア」

「ん?」

「見えてるぞ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて指差す先を見下ろすと、アスランの指はライアのスカートを差していた。

 

 意味を理解し、一気に顔を真っ赤に染めるライア。

 

「こっの、セクハラ隊長!!」

 

 殴りかかって来るライアをかわしながら、アスランは艦内へと一目散に逃げていった。

 

 

 

 

 

 朝霧と共に出港したアークエンジェルは、領海線まで護衛してくれたオーブ軍護衛艦と別れると、艦首を北へと向けた。

 

 航行する速度は速い。

 

 オーブ近海は未だにザフト軍の行動圏内であるが、北回帰線を越えれば、目指すアラスカ本部はすぐそこである。

 

 つまり、ここ数日が正念場と言えた。

 

 そんな中、いち早くパイロットスーツに着替えたキラは、キャットウォークを歩き、シルフィードのコックピットへと滑り込む。

 

 敵が来ると判っている以上、待機しておくにこした事は無かった。

 

 スイッチを弾きながら、システムをチェックしていく。

 

 そこへ、隣に固定されたストライクから通信が入った。

 

《キラ》

「エスト、そっちはどう?」

《準備完了です。あとは命令があり次第出撃可能です、が、》

 

 エストは無表情のまま、視線を真っ直ぐにキラへと向けて言う。

 

《敵は本当に来るのですか?》

「うん、間違いなくね」

 

 答えるキラは、先日のオーブでの騒動を思い出す。

 

 襲撃してきたザフト兵。それは、キラにとって因縁深い相手だった。

 

 クライブ・ラオス。

 

 かつて、同じゲリラ組織に所属していた兵士で、キラとも何度か肩を並べて戦った事もある。

 

 驚くほど強く、キラですら敵わない技能を持ち、タフな精神力と知略に長けた男。

 

 ゲリラ内の誰もがクライブを信頼し、キラの養父であった部隊長も、彼に全幅の心配を置いていた。

 

 しかしただ1人、キラだけは一度としてクライブに心を許した事は無かった。

 

 目が笑っていないのだ。

 

 普通、どんな兵士であっても、戦闘での勝利や困難な状況を脱すれば、それなりの表情をするものである。

 

 しかしクライブは違った。あの男は一度として、キラ達の前で気を緩めた事は無かった。まるで、いつかは裏切る事を前提としているかのように。

 

 そして、その予感は杞憂ではなかった。

 

 あの日、キラは補給物資の調達交渉の為に、隣の村まで足を運んでいた。

 

 隣村と言っても、直線距離にしたら100キロ以上あるような場所である。当然、徒歩ではなくバイクを使って往復し、伝票と料金を渡して後日、配送してもらうのが通例だった。

 

 予想よりも時間が掛り、帰って来た時には既に夕刻に差しかかっていた。

 

 そこで見た光景を、キラは一生忘れないだろう。

 

 燃え上がる村を、包囲する大西洋連邦軍。

 

 みんな死んでしまった。

 

 偵察要員で、面倒見の良かったジョン。

 

 寡黙なスナイパーとして、皆から信頼されていたモイダート。

 

 高い戦闘力と、女らしい気配りで隊内でも人気が高かったマリー

 

 陽気な性格で、部隊のムードメーカーだったコリンズ。

 

 そして、厳格ながらも、隊員全員を家族のように愛していた養父。

 

 皆死に、生き残ったのはキラだけだった。

 

 燃え盛る炎を背景に立つクライブ。

 

 一瞬で理解した。誰が裏切り者で、誰が連邦軍を呼び込んだのか。

 

 その後、地下に潜伏したキラは自分の能力をフルに活用し、クライブの経歴を調べ上げた。

 

 驚いた事にクライブは、大小9カ国以上の国に国籍を持ち、特定の小国では軍事教官まで勤めていたほどである。更には大西洋連邦とプラントと言う、敵対国にまで籍を持っている事だった。

 

 だが、先の大西洋連邦軍によるレッド・クロウ壊滅作戦の詳細を調べて行くうちに、更に驚くべき事実に突き当たった。

 

 作戦を実行したのは連邦軍だが、そうするように仕向けたのは、思想的には味方である筈のプラントだったと言う事。軍部強硬派の意思を受けたクライブが情報をリークしたのだと言う事が判ったのだ。

 

 だから、キラは決してプラントへは行かない。親友のアスランからの誘いを幾度も断って来たのは、サイ達の事もあるが半分はそういった事情からだった。

 

 この事はサイ達も知らない。知っているのはエストだけである。流石に先日の事件の後、問い詰められて話す羽目になった。

 

 警報によって思考が中断されたのは、そこまで考えた時だった。

 

《レーダーにアンノウン捕捉。数、3・・・いや、4!!》

 

 キラは顔を上げる。

 

 ついに来たか。

 

 だが、次の報告は、キラを驚かせる物だった。

 

《機種特定、イージス、ブリッツ、バスター、デュエルです!!》

 

 思わず、計器を調整する手を止めた。

 

「アスラン? クライブじゃない?」

 

 意外だった。てっきり、オーブで接触したクライブが現れると思っていたのだが。

 

 だが、どちらにしても敵襲である事には変わりない。

 

《対潜、対モビルスーツ戦闘用意!!》

 

 マリューの緊張に満ちた声が聞こえてくる。

 

 静かに目を閉じる。

 

 いつも通りだ。いつも通り戦い、またここに帰って来ればいい。

 

 ゆっくりと目を開いた。

 

 今は戦おう。たとえ相手が親友でも。自分達の行く手を阻むなら、疾風の剣を持ちて切り裂くのみ。

 

 闘志の籠った紫の瞳を開き、キラは今や自分の分身とも言えるほどに馴染んだ機体を、カタパルトデッキへ進ませた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのオーブ領海線脱出を見越して襲撃したザフト軍ザラ隊の作戦はシンプルだった。オーブを出た後、アークエンジェルは必ずアラスカを目指して北方に進路を取る。ならばオーブ北方に母艦を配置して待ち伏せれば良い。

 

 対してアークエンジェル側は、第一に逃げ切る事を前提に作戦を組む。出撃機動兵器は、過去最多の5機。シルフィード、ストライク、そして3機のスカイグラスパー。

 

 スカイグラスパーのパイロットは、1号機のムウの他に、2号機には砂漠戦での経験を買われてリリアが搭乗し、以前カガリが乗った3号機には、シュミレーター3位のトールが乗り込む事となった。

 

 ストライカーパックは、初期装備としてストライクがランチャー、1号機がエール、2号機がソード、3号機がIWSPとなっている。

 

 煙幕を展張し、光学センサーを無力化した状態から、ストライクは甲板上に配置し、アークエンジェルからのデータをもとにして照準を補正して遠距離狙撃。その間、残る4機は上空に張り付いて直俺を行う手筈になっている。

 

 接近するアスラン達からは、煙幕に包まれたアークエンジェルを視認する事はできない。

 

 と、次の瞬間、白煙を割って、一条の閃光が跳び抜けた。

 

 とっさに回避する4機のモビルスーツ。

 

 艦にエネルギーケーブルを接続したストライクが、アグニで狙撃したのだ。

 

 更に追い打ちを掛けるように、アークエンジェルはゴッドフリート、ヴァリアント、ウォンバットを放つ。

 

 ザラ隊の陣形が乱れた一瞬、

 

 煙幕から飛び出す影があった。

 

 グランドスラムを構えたシルフィードである。

 

 すぐさま、デュエルとバスターが反撃に転じるが、空中戦を想定したシルフィードは難なく攻撃をかわして接近してくる。

 

 振るわれる大剣は、一撃でデュエルの乗ったグゥルを叩き斬った。

 

「イザーク!!」

 

 落ちていくデュエルを見て、ディアッカが声を上げる。

 

 が、それも長く続かない。

 

 煙幕の中から飛び出してきたスカイグラスパー1号機が、バスターに狙いを定めて急襲したのだ。

 

 グゥルを上昇させてかわしつつ、反撃するバスター。

 

 対して1号機も、機体の翼を翻し、容易には取り付かせようとしない。

 

 その間にシルフィードは、残る2機、イージスとブリッツへと向かってくる。

 

 イージスとブリッツは、とっさにビームライフルとトリケロスを放ち、シルフィードの接近を阻もうとするが、シルフィードはまるで小石でも避けるかのような調子で機体を操り、飛んで来るビームや杭を容易に避けていく。

 

 そして大剣を背中に戻すと、腰からビームサーベルを抜き放った。

 

「この!!」

 

 左腕のグレイプニールを射出するブリッツ。

 

 だが、ワイヤーを引いて伸びるグレイプニールは、シルフィードの剣であっさりと斬り飛ばされてしまう。

 

「クッ そんな!!」

 

 ライアの叫びと共に、ブリッツがトリケロスからビームサーベルを発振し振り翳す。

 

 しかし、シルフィードは、ブリッツの斬撃を完璧に読み切って回避すると、下から斬り上げるような一撃で、ブリッツの右腕を一刀のもとに切り飛ばしてしまった。

 

「ああっ!?」

 

 右腕のトリケロスには、ライフル、サーベル、ダートの3種類の武装が集中している。先に失ったグレイプニールと合わせて、これがブリッツの武装の全てとなる。

 

 武装を全て失い、一瞬自失するライア。

 

 その隙を逃さず、シルフィードはブリッツを蹴り飛ばして海面に叩きつけた。

 

 その光景に、アスランは息を呑む。

 

 この短時間に2機。ザフトのトップエース。隊長クラスでさえ、こうも鮮やかな操縦技術を持つ者は5人といないだろう。

 

 だが、やるしかない。

 

 イージスは右手首に装備したサーベルを発振して、シルフィードへと向かう。

 

 対してシルフィードも、向かってくる深紅の機体を迎え撃つべく、サーベルとシールドを構えた。

 

 ぶつかり合う、青と赤の機体。

 

 互いに振り下ろした剣を、縦で防ぎ、勢いで後退する。

 

「そこをどいてくれ、アスラン!!」

 

 再び斬り込むタイミングを計りつつ、キラが叫ぶ。

 

 対してアスランは、冷徹に返す。

 

《何を言う。撃てばいいだろう。そう言ったのは、お前だ!!》

 

 ビームサーベルを振りかざし、斬り込んで来るイージスに対し、シルフィードは上昇して回避、同時に抜いたライフルを構える。

 

 ライフルを構えたのはイージスも同時だった。

 

 2条の閃光が互いを掠める。しかし、直撃はしない。

 

 キラは舌を巻く思いだった。

 

 元々、空戦用に作られたシルフィードと違い、イージスは宇宙戦闘をメインに置いた設計がなされている。モビルアーマー形態への変形機構がその証拠である。

 

 当然、大気圏内戦闘ではシルフィードの方が有利の筈なのだが、アスランはその戦力差を感じさせないほど、鮮やかな機体捌きでシルフィードへと迫って来る。

 

「強いっ!?」

 

 突撃して来る紅い機体を見据えながら、キラは知らずの内に呟いていた。

 

 光線が、互いに交錯する。

 

 シルフィードの一撃は、グゥルを貫く。

 

 イージスの一撃は、シルフィードのライフルを破壊した。

 

「クッ!!」

 

 とっさに跳び上がり、グゥルの爆発から逃れるイージス。

 

 バーニアを吹かしながら体勢を整えるイージスに対し、シルフィードはビームサーベルを抜いて向かってくる。

 

 自身もサーベルを発振、迎え撃つイージス。

 

 ぶつかり合う2機。

 

 シルフィードとイージスは、互いにもつれるようにして近くの小島へと落下していった。

 

 

 

 

 

 戦局は、アークエンジェル有利に働いていた。

 

 既に敵機2機を戦線から引き離し、うち1機には中破に相当する損害を与えている。

 

 エストはアグニをケーブルから外す。

 

 キラのシルフィードは、イージスと交戦し、フラガは尚もバスターと対峙している。

 

 アークエンジェルには、エストのストライクの他に、トールとリリアが操るスカイグラスパーも張り付いている。不意の襲撃にも備える事が可能なはずだ。

 

《エスト、今のうちに、こっちに交換しておけ》

「了解」

 

 トールからの通信を受け、エストは武装換装の準備に入る。確かに、戦闘が推移した以上、甲板からの狙撃機会が再びあるとは思えない。それよりもIWSPを装備し、空中戦に備えた方が良い。

 

 ランチャー・ストライカーを甲板上にパージし、ドッキング体勢に入る。

 

 スカイグラスパー3号機がパージしたIWSPとドッキングする。

 

 視界の先では尚も、シルフィードとイージスが激しい戦いが繰り広げられている。

 

 ここで改めてストライクが戦線に加われば、勝利は確実だろう。

 

 しかし、そうなると艦を守るのは実戦経験の浅い2人が操る戦闘機2機のみと言う事になる。これでは不測の事態に対処できない。

 

 再び甲板に足を下ろすストライク。

 

 次の瞬間だった。

 

《何、あれ?》

 

 不意に聞こえた、リリアの訝るような声。

 

 何事かと問おうとした瞬間、彼女の機体は下からの閃光に主翼を打ち抜かれた。

 

《キャァァァァァァァァァァァァ!!》

《リリア!!》

 

 リリアの悲鳴と、トールの叫びが重なる。

 

 撃ち抜かれた2号機はアークエンジェルの後甲板に突っ込み、ブリッジに激突するようにして停止した。幸い、胴体から落ちた為、偶然にも不時着のような状態になったようだ。あれなら生存の可能性は充分にある。

 

 しかし、いったい何が?

 

 センサーを走らせ、状況を確認する。

 

 すると突然、背後に3機の機体が現れた。

 

《敵機確認、シグー1、ディン2!!》

 

 ロメロの声と、新たな衝撃が重なる。

 

 ザフト軍の攻撃がアークエンジェルのメインエンジンを直撃、2基の噴射ノズルを吹き飛ばしたのだ。

 

 推力が一気に低下するアークエンジェル。

 

「クッ!!」

 

 衝撃を殺しながら、エストはストライクを反転して迫る3機のザフト機へと向かい合った。

 

 そのシグーのコックピット内。

 

 キラが本来想定していた敵、クライブ・ラオスは肩頬を釣り上げて笑みを見せた。

 

「ガキどもに露払いをさせた甲斐があったな。これで俺達は獲物を独り占めできるってもんだ」

 

 元々、ザラ隊が罠を張っていたのは知っている。クライブはそれを利用してアークエンジェル襲撃計画を立てていたのだ。

 

「このまま復隊したんじゃ、割に合わないんでな。ちょっとばかり、箔をつけさせてもらうぜ!!」

 

 言いながらライフルを構えるシグー。

 

 その前に、IWSPを装備したストライクが立ちはだかる。

 

「やらせない」

 

 エストの低い呟きと共にライフルを放つストライク。

 

 しかし、クライブは巧みにグゥルを操り、ストライクの射線から逃れる。

 

「はっ、当たるかよ、そんなもんに!!」

 

 振り翳されるビームサーベル。

 

 その一撃を、エストはシールドを掲げて防ぐ。

 

 だが、そこへ、背後からの攻撃が迫る。

 

 回り込んだジュートとハリソンのディンが、ストライクに向けてライフルを放って来ているのだ。

 

「クッ!?」

 

 それらの攻撃を回避しながら反撃の隙を探る。

 

 だが、状況が不利になりつつあるのは間違いない。IWSPは元々試作の意味合いが強く、ひとつのパックに武装を詰め込み過ぎた結果、長時間の稼働が不可能なのだ。実戦配備に当たって改良はくわえられているが、それでも他の3種パックに比べると、稼働時間の短さは否めない。

 

 キラは前線でイージスと対峙し、バスターはムウが押さえている。トールは戦闘に出るのが初めてである以上、艦の護りは事実上エストの細い双肩に掛かっていると言っても過言ではない。

 

 2本の対艦刀を抜き放ち、クライブのシグーへと斬りかかるエスト。

 

 対してクライブは、コックピットの中でニヤリと笑う。

 

「はっ、そう来たか。ワンパターンすぎて欠伸が出るぜ!!」

 

 言いながら、シールドに内蔵されたビームガトリングを放つ。

 

 向かってくる光の射線を、巧みに回避して接近するストライク。

 

 間合いに入った瞬間、エストは対艦刀を振りかぶって斬りかかった。

 

「ハァァァァァァ!!」

 

 迫る2本の刃。

 

 その攻撃を、片方をシールドで弾き、他方を回避するシグー。

 

「遅ェ やる気あんのかッ!?」

 

 クライブの嘲笑に満ちた叫びと共に、手にしたビームサーベルをで斬りかかるシグー。

 

 その一撃は、ストライクの左に持った対艦刀を捉えて、刀身を半ばから斬り飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 エストはとっさに距離を置こうとするも、シグーは機動力を活かして食らいついてくる。

 

「だから、遅ェ つってんだろ!!」

 

 更に、ジュートとハリソンは、エストがシグーに拘束されている隙にアークエンジェルへと接近し攻撃を行う。

 

 アークエンジェルは盛んに対空砲を放って迎撃しようとするが、エンジンを強化されたディンの機動には付いて行けず、砲火は虚しく空を切る。

 

 オーブのドッグで修理してもらった艦体が、次々と破壊されていく。

 

「クッ、このままではッ!?」

 

 エストの中で、焦りが見え始める。

 

 艦の護りを任されたと言うのに、敵を阻止できないでいる。

 

 一瞬、気が反れた。

 

「おいおい、」

 

 そこに付け入るクライブ。

 

「よそ見するとは、随分余裕じゃねえか!!」

「ッ!?」

 

 接近するシグーに気付き、とっさにビームガトリングを向けようとしたが、既に遅い。

 

 振るわれたシグーの光刃によって、ストライクの左腕はシールドごと斬り飛ばされた。

 

「あっ!?」

 

 シールドを失い、更にバランスまで崩したストライク。

 

 そこへ、サーベルを掲げたシグーが迫る。

 

「これで、ジ・エンド。地獄への片道切符。ご乗車ありがとうございましたってな!!」

 

 ビームサーベルの切っ先は真っ直ぐにストライクのコックピットへと向けられる。

 

「これで・・・・・・終わり?」

 

 コックピットの中で、エストは呟く。

 

 シグーはもはや至近にまで迫っている。回避は不可能だし、シールドを失ったストライクには防御の手段が無い。

 

 やけにゆっくりと迫る刃を凝視しながらも、その脳裏には、アークエンジェルに乗り込んでから、最も接する機会の多かった少年の顔が浮かんでいた。

 

「キラ・・・・・・」

 

 自分が死んだら、彼は悲しむだろうか。

 

 きっと悲しむに違いない。

 

 あの最凶最悪とまで言われながら、ちっともテロリストらしくない少年の事だ。きっと、誰よりも悲しむに違いない。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 誰に向けるでもない、謝罪の言葉。

 

 次の瞬間、

 

 数条の閃光が、ストライクとシグーの間を駆け抜けた。

 

「チッ!?」

 

 舌を打つクライブ。シグーの剣尖は僅かに反れ、ストライクの肩口に食い込んだ。

 

 そのまま、深々と斬り下げられる。

 

 動力は停止し、PS装甲の灯が落ちて機体は鉄灰色に変じる。

 

 戦闘力を失ったストライクは、真っ逆さまに地上へと落下し、叩きつけられると同時に爆炎を発した。

 

「エストォォォォォォ!!」

 

 どうにかイージスを振り切って駆け付けたキラが見た物は、シグーのサーベルによって切り捨てられ、炎を上げるストライクの姿だった。

 

 とっさに放ったBWSの牽制は間にあわなかった。

 

 ストライクにとどめを刺したシグーが振り返る。

 

《よう、キラ、遅かったじゃねえか》

 

 スピーカーから聞こえる、仇敵の声。

 

 あの男が、

 

 憎むべきあの男が、

 

 またしても、自分の仲間を・・・・・・

 

《残念だったな。お仲間の事は。同情するぜ。また、てめぇのせいで死んじまったんだからな!!》

「ッ!?」

 

 クライブの言葉は、容赦無くキラの精神を切り刻む。

 

 そうだ。

 

 またしても、キラは目の前の男から仲間を救う事ができなかったのだ。

 

《なんつーか、アレなんじゃね? お前ってば疫病神なんじゃねえの? あちこちで、お前がいる場所で人死にが起こるんだからよォ!!》

 

 クライブの下卑た笑い声が鼓膜を貫く。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思考が紅く染まる。

 

 全ての感情が、流れて行き、何も考える事ができなくなる。

 

 ただ、目の前にいるあいつ。

 

 憎むべき敵を斬り捨てる。

 

 それだけによって、支配される。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 何かが弾けた。

 

 

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 キラの、否、ヴァイオレットフォックスの咆哮が鳴り響く。

 

 スラスター全開。同時にBWSを放ちながら、グランドスラムを振り翳すシルフィード。

 

 対して、クライブのシグーもビームガトリングとビームサーベルを構える。

 

「良いぜ、さあ、来いよキラ!! 狐らしく、テメェを殺して皮を剥いで売り飛ばしてやるよ!!」

 

 言いながら、ジュートとハリソンには「足付き」への攻撃続行を命じるクライブ。

 

 既にアークエンジェルは武装や機関にダメージが及び始めている。このままいけば、撃沈に追い込む事ができるかもしれない。

 

 そこまで考えた時、シルフィードの大剣が襲い掛かって来た。

 

「ハッ、甘ぇ!!」

 

 その重い一撃を、軽くシールドで払いのけるシグー。

 

 しかし、次の瞬間、一瞬動きを止めたシグーの腹を、シルフィードの足が蹴り付けた。

 

《ぐッ!?》

 

 予期し得なかった一撃を前に、思わずグゥルの上でバランスを取りつつ距離を取るクライブ。

 

 しかし、後退しながらも、その口元にはうっすらと笑みが浮かぶ。

 

《そうだよ。そうこなくっちゃあなァ》

 

 スラスターを吹かして、シルフィードへと斬りかかるシグー。

 

 対してシルフィードも、スタビライザーを広げ、大出力のスラスターを噴射し距離を詰める。

 

《さあ、楽しもうぜ、キラァァァ!!》

「クライブゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 ぶつかり合う2つの機体。

 

 攻撃は、キラの方が速い。

 

 シルフィードの振るったグランドスラムが、シグーのガトリングの銃身を斬り飛ばした。

 

 しかし、その間にシグーは下方に回り込み、ビームライフルを構えた。

 

《おらおら、どうしたキラ!? 足元がガラ空きだぜ!!》

 

 銃口を向けた瞬間、

 

 しかし、照準の先にシルフィードの姿は無い。

 

《何ィッ!?》

 

 更にカメラアイを振り仰いだ瞬間、その頭部に、急降下してきたシルフィードの蹴りが決まった。

 

 バランスを崩すシグー。

 

 しかし、ただでは落ちないとばかりに、その手はシルフィードの足に掴み掛り、そのまま自機の重量を上乗せして引きずり落としに掛った。

 

「キラ!!」

 

 その様子は、ようやく追いついて来たイージスでも確認できた。

 

 アスランの見ている前で、シルフィードとシグーがもつれ合うようにして落下していくのが見える。

 

 なぜここにクライブがいるのかと言う疑問が湧いたが、今はどうでも良い事でもある。

 

 シルフィードとの戦いでの消耗はあるが、イージスはまだまだ戦う事ができる。

 

 アスランはグゥルを飛ばして、2人が墜ちた島へと急いだ。

 

 

 

 

 

 落下直前にどうにかシグーを振り払ったシルフィードは、体勢を立て直して着地。

 

 同時に、BWSを展開して一斉に撃ちかける。

 

 その攻撃を巧みに回避して迫るシグー。

 

《クソがッ そんな気の無い弾が当たるかよ!!》

 

 振り翳したビームサーベルが、シルフィードの肩を掠めていく。

 

「クッ!!」

 

 舌を打つキラ。指揮官専用機とは言え、量産型の機体でXナンバーと互角に戦っているクライブの技量は、やはり卓越していると言える。

 

 後退し、シルフィードはグランドスラムを構え直した。

 

 サーベルを振り翳して迫るシグー。

 

 対してシルフィードはグランドスラムを振りかぶらず、突き込むように構えると、最小限の動きで距離を詰める。

 

 交錯する刃。

 

 シグーの剣はシルフィードのショルダー装甲を破壊する。

 

 対して、シルフィードの剣は空を切った。

 

《ハッ、ノロマの亀さんこっちですよ~ てか。そんな攻撃じゃ100年たっても俺には当たらんぜ!!》

 

 嘲りの声がスピーカーから響く。

 

 シルフィードを追い込むように、ライフルを放つシグー。

 

 対してキラはよけない。

 

 真っ直ぐに突っ込み、グランドスラムを振り翳す。

 

《ハッ 馬鹿が。当たらねえっつってんだろうが!!》

 

 振り下ろされた大剣の一撃を、後退してかわすシグー。

 

 機動力を強化した機体を相手に、大威力を誇るとは言え、重量のある大剣では命中率に難がある。加えて、グランドスラムは元々シルフィード用に作られた武装でもない為、どうしても動きにぎこちなさが残る。

 

 その事はキラも気付いている。だからこそ、単調な攻めを切り替える必要がある。

 

 グランドスラムを振りかぶるシルフィード。

 

 その様に、クライブは嗤う。

 

《はっ、ヤキが回ったかよキラ。つまんね。もう死にな!!》

 

 迎え撃つように、サーベルとシールドを掲げるシグー。

 

 だが、次の瞬間、クライブは目を見張った。

 

 自機に向かって飛んでくる物がある。

 

「なッ!?」

 

 驚愕に目を見開くクライブ。

 

 次の瞬間、それはシグーの右肩に突き刺さりジョイントを破壊。シグーの右腕はもぎ取られるような形で地面へと落ちた。

 

 シルフィードは接近戦を行うと見せかけて、手に持ったグランドスラムを投擲したのだ。

 

 その一撃が、シグーの右腕を文字通りもぎ取ったのだ。

 

《チィッ!?》

 

 初めて、クライブの顔に焦りが浮かんだ。

 

 その隙を、キラは見逃さない。

 

 シルフィードはスラスターを使って一気にダッシュ。同時にビームサーベルを抜き放った。

 

「エストの、みんなの、仇だ。クライブ!! 思い知れ!!」

《クッ!?》

 

 とっさにシールドを掲げて防ごうとするクライブ。

 

 だが、キラはそれにも構わず、サーベルを掲げる。

 

 シルフィードが振りかざしたビームサーベルは、シグーを真っ向から斬り下ろした。

 

 爆発するシグー。

 

 悲鳴は聞こえなかった。

 

 炎は一瞬で機体を飲み込み、灰燼へと帰していく。

 

 爆炎の中に、悪鬼の如く立つシルフィード。

 

 キラは声を発しない。

 

 ただ、コックピットの中にあって黙然としている。

 

 父や、仲間達の仇は撃った。この2年、キラの心にのしかかり続けて来た復讐心が満たされたのだ。

 

 だが、エストが。

 

 ここまで共に戦って来た少女が、命を落としてしまった。

 

「エスト・・・・・・」

 

 自分があの時、もう少し早く駆けつけていたら。彼女は死なずに済んだかもしれない。

 

「クッ・・・・・・」

 

 嗚咽にも似た声が、口元から零れる。

 

 その時、センサーが上空から接近してくる機体を感知した。

 

 振り仰ぐ先には、グゥルに乗って飛翔する深紅の機体がいる。

 

 そこにはシルフィードとシグーの戦いを追って来たイージスだった。

 

 次の瞬間、キラの瞳にスパークが走る。

 

 感情の撃鉄が起こされ、撃ちつける瞬間を待ちわびる。

 

 それはある意味、新たな獲物を見付けた獣の行動にも等しい。

 

 地面に突き刺さっていたグランドスラムを引き抜く。

 

《キラ》

 

 呼びかけるアスランの声にも、今のキラは答えない。

 

 手にした大剣を掲げると、イージスを睨んだ。

 

 来るッ

 

 アスランがそう思った瞬間、シルフィードはスラスターを吹かして上昇、イージスに斬り込んで来る。

 

「チッ!?」

 

 あまりのスピードに、回避が追いつかない。

 

 アスランはとっさに判断すると、グゥルを蹴ってイージスを上昇させる。

 

 シルフィードの大剣はグゥルを切り裂き、爆炎の中に叩き込む。

 

 地上に降り立つイージス。

 

 それを追って、シルフィードも降下する。

 

 しかし、そこでキラは動きを止めない。

 

 大剣を振りかざし、シルフィードを突撃させる。

 

 対してイージスもビームライフルで応戦するが、シルフィードの動きを捉えられず、ビームは虚しく空を切る。

 

 シルフィードの動きは、これまでにないくらい俊敏だ。生半可な攻撃では仕留めきれないだろう。

 

「クッ、なら、これで!!」

 

 アスランはイージスの腕に内蔵されたビームソードを発振、迎え撃つように突撃する。

 

 2機は互いに剣を掲げてぶつかり合う。

 

 イージスの攻撃を回避して、大剣を振り下ろすシルフィード。

 

 シルフィードの大剣をシールドで防ぎ、逆に斬り付けるイージス。

 

 両者ともに一歩も引かずに応酬を続ける。

 

 しかし、その攻防も、徐々にシルフィード優位に進み始める。

 

 飛び上がると同時に、シルフィードの蹴りがイージスのボディに突き刺さる。

 

 その衝撃に、イージスは大きくバランスを崩す。

 

「グアッ!?」

 

 叩きつけられた衝撃で、コクピット内で息を吐くアスラン。

 

 その動きを止めたイージスに向けて、狂気の切っ先が向けられる。

 

「これで、とどめだァァァァァァ!!」

 

 これまでにないくらい、感情をむき出しにしたキラの叫び。

 

 激情と共にスラスターを全開。突撃するシルフィード。

 

 イージスも動きだすが、既に遅い。

 

 切っ先はイージスを捉えるかと思った瞬間、

 

 突然、漆黒の機体が両者の間に出現した。

 

《アスラン、下がって!!》

 

 聞こえる少女の声。

 

 ミラージュコロイドで姿を消して接近したブリッツが、イージスを守るように、間に割って入ったのだ。

 

 片腕とトリケロスを失ったブリッツは、既に殆どの戦闘力を喪失しているに等しい。それでもライアは、苦戦するアスランを援護しようと、姿を隠してここまでやって来たのだ。

 

 本来、ミラージュコロイドは地上での使用には向いていない。機体各部にコロイド粒子を付着させる事で不可視化するミラージュコロイドでは、スラスター炎や機体の音を隠す事はできないのだ。

 

 しかし、戦闘に躍起になっていたキラとアスランには、接近するブリッツの存在に全く気付かなかった。

 

 突き込まれる切っ先。

 

 それは、ブリッツの胸部に突き刺さった。

 

「ライア!!」

 

 アスランが悲痛な叫びを発する中、動きを止めるブリッツ。

 

 実体剣でPS装甲を貫く事が出来ない。だがいかに強靭な装甲で鎧っても、内部の機構まで強固になっている訳ではない。

 

 そこへ、モビルスーツ1機分の質量を上乗せし、切っ先に圧力を集中した一撃が、装甲のジョイント部分を破壊して押しつぶしたのだ。

 

《あ、アス・・・ラン・・・・・・》

 

 スピーカーから聞こえてくる、少女のひび割れた声。

 

 次の瞬間、ブリッツは閃光と共に爆散した。

 

「ら、ライア・・・・・・そんな・・・・・・」

 

 アスランの目の前で、炎に包まれていくブリッツ。

 

 中にいた少女の運命は、明白だった。

 

「ライア・・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏には、彼女の姿が鮮明に思い出される。

 

 年下のくせに、いつも年上の姉のように振舞っていた少女。

 

 出撃前に、自分とじゃれ合っていた少女。

 

 それが今、炎の中に消えていく。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アスランは、自分の頭が急速に冷えて行くのを感じた。

 

 頭の回転が、思考を追いこしていく。

 

 あらゆる情報が遅延化し、意味を無くす。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 何かが弾けた。

 

 

 

 

 

「う・・・・・・ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 スラスター全開で飛び上がる。

 

 同時に、両腕、両脚部からビームソードを発振。4本の光刃で持って、シルフィードへと斬りかかるイージス。

 

 降下と同時に繰り出した蹴りによって、シルフィードの持つグランドスラムは半ばから真っ二つになった。

 

「クッ!!」

 

 キラは舌を打ち、折れて用を成さなくなった大剣を投げ捨てると、シルフィードのビームサーベルを抜き放つ。

 

 そこへ斬り込むイージス。

 

 振り下ろされる斬撃を、とっさに上昇して回避するシルフィード。

 

 だが、

 

「逃がさん!!」

 

 アスランもまた、何かに取り付かれたようにシルフィードを追う。

 

 互いの剣が空中で交錯する。

 

 一合

 

 二合

 

 三合

 

 吹き抜ける疾風の刃と、迎え撃つ守護の盾。

 

 互いの攻撃は、相手を傷付けるには至らない。

 

 手数で言えば、4本の刃を操るイージスが圧倒的に有利である。

 

 しかし、機動力と言う点ではシルフィードが上を行っている為、互いに決定打を見いだせないのだ。

 

「アァァァスラァァァァァン!!」

「キィラァァァァァァァァァ!!」

 

 互いに悪鬼にでも取り付かれたかのように、接近、斬撃、防御、回避、離脱を繰り返す。

 

 2人の実力が伯仲している事を示すように、剣は未だに斬撃の凶音を奏でる事は無い。

 

 しかし、それも終わりを告げる時が来る。

 

 幾度目かの応酬が繰り返された時だった。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 シルフィードが急降下と同時に、サーベルを振るう。

 

 しかし、間一髪、イージスは後退する事で回避。更に反攻に転じようとした瞬間、

 

 既にシルフィードは目前まで迫っていた。

 

「ッ!?」

 

 アスランはとっさに回避しようとするも、間にあわず、振り下ろされた剣によってイージスの右腕は斬り飛ばされた。

 

 だが、反撃はすぐに行われた。

 

 体勢を崩しかけたイージスが、強引に左腕の剣を振るう。

 

 その一撃によって、シルフィードのシールドを持つ左腕を斬り飛ばした。

 

 更にシルフィードの剣は、イージスの頭部を斬り落とす。

 

 お返しに放った足のソードでで、シルフィードのコックピットハッチが切り裂かれた。

 

 逆にシルフィードのサーベルがイージスの脇腹を切り裂き、内部の機構を剥き出しにした。

 

 自身が傷つく事も厭わずに剣を振るい続ける様は、狂気をはらんだ剣闘のようにも思える。

 

 キラも、そしてアスランも、もはや自分の命すら削って相手を殺す事にのみ傾注しているかのようだ。

 

 だが、それも唐突に終わりが来た。

 

 後退するイージスを追って、シルフィードを前に出そうとした時だった。

 

 突如、シルフィードの装甲が、鉄灰色に変じる。同時に、手にしたサーベルもビーム刃を失い、ただの細長い筒と化す。

 

「なっ!?」

 

 コックピットの中で、キラは呻いた。

 

 バッテリー残量が危険域に入っている。PS装甲を維持できるだけの電力が尽きたのだ。元々、70パーセントのみの搭載しか許されていないシルフィードにとって、これだけ派手に戦って限界が来ない筈が無い。むしろ、今まで持ったのが奇跡なのだ。

 

 そして、それは対峙するイージスに絶好の機会を与える事になる。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 アスランの口から放たれる獣の如き咆哮。

 

 一気に接近し、左腕のサーベルを振るうイージス。

 

 その一撃は、シルフィードの機体を肩口から切り裂く。

 

 斬撃は装甲表面に留まらず、一気に切り下げて行く。

 

 肩口を抉られ、動きを止めるシルフィード。

 

 決まった。

 

 確かな手ごたえを感じ、アスランは息をつこうとする。

 

 だが、まだ終わっていなかった。

 

 確かにシルフィードの装甲は落ち、致命傷となる損傷も負わせた。

 

 しかし、シルフィードはまだ、完全に停止した訳ではない。キラも戦意を喪失した訳ではない。そして、イージスは、あまりにも不用意に懐に入りすぎていた。

 

「グゥッ!!」

 

 最後の力を振り絞るように、キラは機体を操作。脚部に収納されたアーマーシュナイダーを抜き放つと、その短い刃をイージスに向かって突きいれた。

 

 その一撃は、偶然か、それとも故意か、先程、シルフィードがビームサーベルで斬り裂いた装甲の裂け目に突き刺さり、イージスのエンジン部を直撃する。

 

 次の瞬間、2体の鉄騎は閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 爆発の様子は、海上で戦闘中のアークエンジェルからも観測できた。

 

 既に武装の大半を失い、機関にも損傷を追ったアークエンジェルは微速での航行がやっとの状態である。

 

 そんな中、モビルスーツの管制をしているミリアリアは、目の前のモニターが変化するのを見た。

 

「え?」

 

 モニターに踊る文字。それは「SIGNAL LOST」。

 

 信号途絶。

 

 どういう意味だろう?

 

 つい先ほど、ストライクの画面にも、その文字が浮かんだ。

 

 いったい、どういう意味なのだろう。

 

 2人の身に、何があったのか。

 

 ミリアリアには、判らなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-19「終末の閃光」   終わり

 



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PHASE-20「黄昏を迎える代価」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各所から黒煙を上げながらも、アークエンジェルは辛うじて高度を維持して航行していた。

 

 ディン2機による猛攻に晒され、武装の6割とエンジン3基を破壊され、大幅に機能を低下させているが、モビルスーツ2機程度の火力で、この艦を沈黙させる事はできなかったのだ。

 

 既にジュートとハリソンのディンは、バッテリー残量の関係から撤退していた。当面の危機は去ったと言えよう。しかし、この場はまだザフト軍の行動圏内だ。いつ、第2波が襲ってきてもおかしくは無い。

 

 だが、シルフィード、そしてストライクが信号途絶したと言う状況が、一同の足を重くしている。

 

「キラ!! キラ、応答して!! エスト!!」

 

 管制席に座るミリアリアが必死になって呼びかけているが、返事が返る事は無い。彼女の目の前のモニターには相変わらず《SIGNAL LOST》の文字が素っ気なく浮かんでいるだけだ。

 

 重苦しい空気が増す中、メインモニターに人影が映った。

 

《おい、今の爆発は何だ!?》

 

 通信は、スカイグラスパー1号機。ムウからだった。

 

「少佐、無事だったのですかッ?」

《ああ、バスターは何とか退けた。仕留めちゃいないが、奴さんもすぐには追って来れないだろう。それより、状況は?》

 

 質問に対し、マリューはやや躊躇った後に、現在の状況を言った。

 

「爆発の意味は判りません。ただ、現在、シルフィード、ストライク双方ともに、通信が途絶した状態です」

 

 それが意味する事は、軍人であるならば誰だって判る。

 

 2人の子供達の事を思えば、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

 

 だが、感慨にふける時間は無かった。

 

「ろ、6時の方向、レーダーに機影、数は3」

 

 震えの混じったカズイの声を、パルが補足する。

 

「熱紋照合、ディンです。急速接近中。会敵予測は15分後!!」

 

 一同に戦慄が走る。

 

 ザフト軍は早くも追撃隊を指し向けて来たのだ。

 

「迎撃用意!!」

「無茶です。現在、大半の火器が使用不能です!!」

 

 マリューの命令に、ナタルが激しく反論する。

 

 今のアークエンジェルは、辛うじて航行が可能であるだけで、戦闘力は皆無に等しい。更に機動兵器もシルフィード、ストライクが無く、スカイグラスパー2号機が大破した状態で、後甲板に突っ込んでいる。

 

《クソッ。こっちも弾薬が無いからいったん戻る。整備の準備をするように言っといてくれ!!》

 

 そう言うと、ムウは通信を切った。

 

 だが、今から戻って補給と整備を行ったとしても、再出撃には1時間近く掛かる事だろう。その間にアークエンジェルは、敵の攻撃を受けて沈んでいる事は間違いない。

 

 ミリアリアは縋るようにマイクに跳び付くと叫んだ。

 

「キラ!! エスト!! 応答してッ ディンが!!」

 

 そこまで言った時、後ろから伸びて来た手がマイクのスイッチを切った。

 

 驚いて振り返ると、ナタルが硬い表情のまま告げる。

 

「もうよせ。ヒビキ少尉、リーランド准尉、共にMIAだ」

 

 その言葉に、ミリアリアは体を震わせる。

 

 ミッシング・イン・アクション。戦闘中行方不明。つまり、2人の生存は絶望的だと言う事だ。

 

「受け入れろ。できなければ、次に死ぬのは、自分だ」

 

 ナタルの声も、必要以上に固い。

 

 ナタルとしても、彼女の気持を汲んでやりたいという気持ちはある。しかし、ここで情に身を任せれば、より大きな悲劇を招き入れる事になる事を、誰よりも理解していた。

 

 ミリアリアはふらつく足取りで立ちあがると、ブリッジを出て行く。それを止める言葉は、誰も持ってはいなかった。

 

「ディン接近。会敵まで、あと1分!!」

 

 もはや一刻の猶予もない。

 

「ストライクとシルフィードの最終確認地点は!?」

「7時方向の小島です!!」

 

 希望は、最後まで捨てたくなかった。万が一の可能性だが、2人が脱出に成功している事もあり得るのだ。

 

 だが、

 

「戻るつもりですか? 無茶です!!」

 

 ナタルが抗議の声で叫ぶ。

 

 確かに、彼女の言うとおりだ。戻って2人を収容している内に、ディンに追いつかれてしまうだろう。

 

「ディン、射程に入ります!!」

「艦長、離脱しないとやられます!!」

 

 ナタルが急かすように叫ぶ。

 

 否が応でも決断しなくてはならない。

 

「でも、キラもエストも、もしかしたら脱出しているかも!!」

 

 マリューの心を代弁するようにサイが言うが、ナタルはそれに一瞥をくれただけで無視する。

 

 マリューはカズイへと振り返る。

 

「本部からの連絡はッ?」

「ダメです。応答ありませんッ」

 

 援軍は期待できない。迎撃は不可能。2人の救助もままならない。

 

 残された手段は・・・・・・

 

 マリューは迷う事無く、最後の手段に訴えた。

 

「オーブに連絡。島の位置と救援要請信号を!!」

 

 これが今できる「最善」だった。

 

「オーブに・・・・・・しかし、あの国は!!」

 

 中立です。と言おうとするナタルに、マリューは鋭く振りかえった。

 

「人命救助よ。オーブは受けてくれるわ!!」

「しかし・・・・・・」

 

 尚も言い募ろうとするナタルに、マリューは言葉をかぶせる。

 

「責任は、私が取ります!!」

 

 きつい口調でそう言われては、ナタルとしても黙り込むしかない。

 

「ディン接近!! 距離8000!!」

 

 ここが限界だった。

 

 同時に、センサーが別の機影も捉える。

 

「スカイグラスパー1号機を確認!!」

 

 その言葉に、暗澹としたブリッジの空気がどうにか和らぐ。ムウだけは無事に帰ってきてくれた事が、唯一の慰めであると言えた。

 

 だが、それが何の慰めにもならない事は、誰にとっても明らかな事であった。

 

「スカイグラスパー収容後、機関最大。現海域より離脱します!!」

 

 それは、苦渋にまみれた決断だった。

 

 

 

 

 

 潜水艦クストーに帰投したイザークとディアッカは、その足でブリッジへ入ると、艦長に向かってどなった。

 

「アスランと、ライアは!?」

「体はもう、良いのかね?」

 

 艦長は振り返りながら、逆にイザークに尋ねる。彼の頭には被弾のショックで負った傷を手当てした跡があった。

 

 だが、その言葉を無視して2人は詰め寄る。

 

「艦、動いてるよね」

 

 ディアッカが鋭く言う。

 

 彼自身は傷を負っていないが、バスターはスカイグラスパーとの戦闘で弾薬を使い果たし、再出撃には時間がかかる状態だった。

 

「状況はどうなっている? 2人は帰投したのか!?」

「2人は不明だ」

 

 殴り付けるような勢いで尋ねるイザークに、艦長はあくまで冷静に告げる。

 

「不明? 不明ってどういう事?」

「まず、ブリッツとの通信が途切れた。ついで暫くして大きな爆発の後、イージスとも交信不能となった」

 

 その言葉にイザークは呆然となったが、すぐにハッと気がついて顔を上げる。

 

「エマージェンシーは!?」

「どちらからも出ていない」

 

 艦長はかぶりを振った。

 

 つまりMIA。アスランとライアは戦闘中行方不明と言う訳だ。

 

「『足付き』は現在、ボズマン隊が追撃している。我々にはクルーゼ隊長から帰還命令が出されている」

「そんな馬鹿な!!」

 

 ここまで追い詰めた獲物を横から攫われるような行為に、イザークは思わず声を上げる。

 

「すぐに艦を戻せ。あの2人がそう簡単にやられるものか。伊達に『赤』を着ている訳じゃないんだぞ!!」

「お、おい、イザーク!!」

 

 激昂するイザークに、流石のディアッカも制止に入る。このままではイザークは、勢い余って艦長を殴り飛ばしそうな勢いだ。

 

 対して艦長は、冷静にイザークを見る。

 

「ならば、状況判断も冷静にできる筈だがね。我々には帰投命令が出されている。捜索には別働隊が出る予定だ」

「しかしッ!!」

 

 なおも食い下がろうとするイザークに、艦長は冷徹な目で告げる。

 

「オーブが動いていると言う情報もある。判ってもらえるかな?」

 

 これ以上議論する気は無いと言う事を、艦長はこの上ないほど明確に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日から降っていた雨も上がり、周囲には乾いた空気と南国特有の強い日差しが降り注いでいる。

 

 島では既に、先発したオーブ軍の救助隊が調査を開始していた。

 

 アークエンジェルの要請に従い、連絡のあった小島に降り立ったカガリが見た物は、海岸線に打ち上げられたストライクの無惨な姿だった。

 

 辛うじてそれと判る程度に原形はとどめられている物の、肩から胸部に掛けて鋭い斬撃の跡があるのが見えた。

 

「エスト・・・・・・」

 

 そこに乗っていたであろう少女を想い、カガリは呟く。

 

「クッ!!」

 

 溜まらず、機体に向かって駆けだす。

 

 あの少女がどうなったか、何としてもこの目で確かめたかった。

 

「カガリ、よせ!!」

 

 背後からキサカが声を掛けて来るが、それすら今のカガリには聞こえていない。

 

 急いでストライクの胴体部分に駆けあがると、開いているコックピットを覗き込む。

 

 そこで、カガリは眼を見開いた。

 

 中には焼け焦げて溶解したシートがあるだけで、生存者、もしくは亡骸があると言う事は無かった。

 

「・・・・・・エスト?」

 

 彼女はどこに行った?

 

 後から来たキサカが、痛ましげに彼女を抱き寄せる。

 

 だが、カガリの瞳には、僅かな希望が宿っていた。

 

「いない・・・・・・」

「何?」

「あいつがいない。何処かに吹き飛ばされた・・・・・・いや、脱出したのかも!!」

 

 カガリはキサカを振りほどくと、砂浜に跳び下りる。

 

「すぐに捜索隊を組織しろ。生存者を捜すんだ!!」

 

 カガリが叫んだ時だった。

 

「カガリ!!」

 

 海岸の方から、ユウキが呼ぶ声がした。その手が大きく振られているのが見える。

 

 生存者がいたのか?

 

 その想いに駆られ、駆けだすカガリ。

 

 人込みをかき分けた先には、倒れて気を失っている人物がいる。

 

 それは、想像した人物ではなかった。が、カガリにとって多少、馴染みのある者でもあった。

 

「アスラン・・・・・・」

 

 少年の名前を、カガリは呆然と呟く。

 

 紅いパイロットスーツを着た少年は、ピクリとも動かず波打ち際に横たわっていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、何かあったら言ってね」

 

 そう言うと、ユウキは部屋を出た。

 

 誰もいないのを確認してから、ユウキは溜息をつく。

 

 ユウキ達にとってもやるせなさが残る1日だったが、彼だけでも救えた事は、果たして良かったのか悪かったのか。

 

 結局、どれだけ探しても、エストの、そしてキラの消息は掴めなかった。

 

「よ、お疲れ」

 

 同僚のケン・シュトランゼン一尉が声を掛けて来たのは、その時だった。

 

「そっちはどうだった?」

 

 ユウキの問いかけに、ケンは肩を落として首を振る。

 

「ダメだ。見つからない。一応、シルフィードの様子も見て来たけど、ひどかったよ」

 

 ケンの脳裏では、擱座して動けなくなったシルフィードの姿が思い出されている。

 

 イージスの斬撃によって左腕を失い、肩口からざっくりと切り裂かれた姿は無惨の一言に尽きた。

 

 だが、奇妙な事に、ストライクと同様、シルフィードのパイロットの姿もまた消えていた。

 

「どこに行ったのかね、2人は」

「さあな」

 

 ケンのボヤキに答えながら、ユウキはキラとエストの顔を思い出す。

 

 砂漠での戦い以来の付き合いだが、2人ともまだ幼く、このような戦場で命を落とすべきではないと言う感情がある。勿論、戦場に立つ以上、死は常に付きまとう事ではあるが、そうした考えは理性の領域であり、理性と感情は常々葛藤の戦場で相まみえる物である。

 

 無事でいてほしい。

 

 それが、ユウキの偽らざる本音だった。

 

 その時、兵士の1人が駆けこんで来るのが見えた。

 

「ミナカミ一尉、宜しいでしょうか?」

「どうした?」

 

 敬礼を交わしながら、相手に尋ねる。

 

「ハッ、それが、反対側の浜辺に・・・・・・」

 

 報告を聞くと、ケンとユウキは顔を見合わせて兵士に続いた。

 

 2人が遠ざかって行く足音を聞いたのか、アスランは部屋の中でゆっくりと目を覚ました。

 

 ここは見慣れたクストーの天井でも、イージスのコックピットでもなかった。

 

 そして、目を転じれば、自分に銃口を向けている金髪の少女の姿があった。その少女には見覚えがある。確か、あの無人島で一夜を過ごした少女だった。

 

「気がついたか」

 

 カガリは固い調子で話し始める。

 

「ここは、オーブ軍の飛行艇の中だ。我々は浜に倒れているお前を発見し、収容した」

「・・・・・・中立のオーブが、何の用だ? それとも、今は地球軍か?」

 

 皮肉の混じったアスランの言葉にムッとしながらも、カガリは言葉を紡ぐ。

 

「お前に、聞きたい事がある。シルフィードと、ストライクのパイロットはどうした?」

 

 その言葉に、アスランはビクッと体を震わせる。その様を、カガリは見逃さない。

 

 こいつは何かを知っている。そう感じたカガリは、更に言い募る。

 

「見つからないんだ、キラもッ エストもッ 言え! 2人はどうした!? お前のように脱出したのか? それとも・・・・・・・・・・・・」

 

 「死んだのか?」と言う言葉を出す事を、カガリは躊躇う。口に出してしまえば、それが本当になってしまうような気がしたからだ。

 

 アスランは、疲れ切ったように口を開く。

 

「ストライクは、別の奴が落とした・・・・・・シルフィードは・・・・・・」

 

 やや躊躇ってから、ゆっくりと口を開く。

 

「あいつは・・・・・・」

 

 その口は禁断の扉のように重く、動かすのにも全身の力を込めなければいけなかった。

 

 だが、それでも、か細い声で真実を紡ぐ。

 

「俺が、殺した・・・・・・」

「ッ!?」

 

 衝撃を受けるカガリを余所に、アスランは続ける。

 

「イージスの剣で、斬り裂いた。その後、俺もやられて、機体は爆発した。俺はとっさに脱出したけど、あいつが助かったとは、思えない・・・・・・」

「貴様ァ!!」

 

 カガリは銃口をアスランに向ける。

 

 カガリは今まで戦場に立ち、幾人もの敵を倒し、また味方の死を見て来た。

 

 しかし、個人を激しく殺したいと思った事は無かった。

 

 だが今、自分の全身から殺気が迸るのを止められなかった。

 

 あの、無人島での一晩の時、カガリは一度アスランから銃を奪い、殺そうと思った時があった。思えばあの時、躊躇わずに殺すべきだったのだ。そうすれば少なくともキラは死なずに済んだはず。

 

「キラはな・・・・・・テロリストのくせに、ちっともそれっぽくなくて、危なっかしくて、優しくて・・・・・・とっても良い奴だったぞ。それを、お前は!!」

 

 アスランは、力無く首を持ち上げてカガリを見る。

 

「テロリスト・・・・・・か。それは知らなかったな。あいつ、そんな事してたのか」

「お前・・・・・・」

 

 アスランの言葉に、カガリはハッとする。

 

 その口調は、まるで・・・・・・

 

「お前・・・・・・キラを、知っているのか?」

「知っている」

 

 アスランはあっさりと肯定する。

 

「ともだち、だったからな」

「ッ!?」

 

 まさか、冗談だ。と思う。しかし、この状況で、そんな低俗な冗談を言うとも思えなかった。

 

 代わりに、カガリはアスランの胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「貴様ッ 友達を殺したって言うのか!?」

 

 自分の声に涙が混じるのを、カガリは感じる。その激情は、ダイレクトにアスランへと伝わって行く。

 

「何でだッ!? 何でそんな事になる!?」

「判らないさ・・・・・・」

 

 アスランも、次第に感情によって声が歪んで行く。

 

「判らないさ、俺にも。子供の頃に別れて、次に会った時は敵だったんだ!!」

「・・・・・・敵?」

「一緒に来いと、何度も言った!! あいつはコーディネイターだッ 俺達の仲間なんだッ 地球軍にいる事の方がおかしい。そうだろう!? でも、あいつは聞かなくて、俺達と、戦って、仲間を傷付けて・・・・・・」

 

 そう、多くの者が、キラの手によって命を奪われた。

 

 ミゲル、バルトフェルド、そして、

 

「ライアを、殺した・・・・・・」

 

 その言葉に、カガリはハッとする。

 

 殺されたから、

 

 殺したと言うのか。

 

 キラを、

 

 友達を、

 

「だから、殺したのか? 友達のお前が?」

「仕方ないだろう。今のあいつは敵なんだ!! なら、撃つしかないじゃないか!!」

「馬鹿野郎!!」

 

 カガリは激情のままに拳を握る。だが、それを相手には叩きつけず、その代り、力任せにアスランをベッドに押し付けた。

 

「何で、そんな事になるんだ!?」

「あいつはライアを殺したんだ!! 女の子で、まだ15で、それでもプラントを守る為に戦っていたって言うのに!!」

「キラだって、守りたい物の為に戦っていたんだ。なのに、何で殺されなくちゃいけないんだ。それも、友達のお前に!!」

 

 最後の言葉は、正に殴られたような衝撃をアスランに与えた。

 

 それまで張り詰めていた物が、一斉に千切れ飛ぶのを感じた。

 

 それはカガリも同様である。

 

「殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで、本当に最後は平和になるのかよ!?」

 

 カガリは今、本当の意味で父の言葉を理解していた。

 

 今日誰かを撃つ者は、明日、誰かに撃たれる者になる。

 

 なぜ、こんな単純な事に気付かなかったのだろう。そしてなぜ、誰もこんな単純な事に気付かないのだろう。

 

 目の前の少年の嗚咽を聞きながら、カガリもまた失った物の重みを噛み締めて涙を流していた。

 

 

 

 

 

 連絡を入れて間もなく、飛行艇が姿を現した。

 

 飛行艇はゆっくりと着水すると、隣に停止する。

 

 その報告を聞いたカガリは、ベッドの方へ向き直る。

 

 あれだけ激しく激情をぶつけあったあと、アスランは痛み止めを処方されて静かな眠りについている。

 

 カガリはそっと近づくと、その肩をゆり動かした。

 

「アスラン、起きろ」

 

 声を掛けると、アスランはゆっくりと目を覚ます。

 

 茫洋とした視線は定まっておらず、何処か虚空を見ているようだ。

 

「迎えが来たぞ。ザフトの兵士をオーブに入れる訳にはいかないんだ」

 

 だが、アスランはなかなかそれに応じようとしない。混濁して意図が伝わっていないのかもしれない。

 

「くそっ、お前、大丈夫か?」

 

 言いながら、カガリはアスランを脇から支えて立たせてやる。

 

 その様子も、アスランの目には何処か他人事のように映る。

 

「・・・・・・変な奴だな、お前」

「お前に言われたくない」

 

 アスランが言った言葉に、カガリはムッとして返した。

 

 その様子がおかしくて、アスランは苦笑する。

 

「ありがとう、と言うべきなのかな?」

 

 助けてくれた事を感謝すべきなのか。それとも、何故死なせてくれなかったのか、と責めるべきなのか、今のアスランには判断がつかなかった。

 

 それを聞いて、カガリは思う所があったのか、自分の首から下げていたネックレスを外してアスランの首に掛けてやった。

 

「ハウメアの護り石だ」

 

 首をかしげるアスランに、カガリが説明してやる。

 

「お前、見るからに危なっかしいからな。こいつに護ってもらえ」

「・・・・・・キラを殺したのに、か?」

 

 自嘲的に発せられたその言葉に、カガリは鋭い視線を送りながらも、声のトーンをやや落として返す。

 

「もう、誰も死んでほしくないんだ」

 

 カガリの意思に満ち溢れた言葉は、アスランの耳にしっかりと溶け込んで行った。

 

 驚いた事に、迎えの飛行艇にはイザークの姿があった。

 

 いったんはカーペンタリアに戻ったイザークだが、アスラン発見の報に居ても立ってもいられず、便乗して駆けつけて来たのだ。

 

「貴様ァ どの面下げて戻って来た!!」

 

 罵声を浴びせつつも、怪我をしたアスランをいたわるかのように手を差し伸べ、乗り移る手助けをしてやる。

 

「シルフィードは、討ったさ」

 

 そう告げると、イザークは少しだけ笑みを浮かべたような気がした。

 

 やがて、機体のエンジンに灯が入り、ゆっくりと振動を始める。

 

「怪我人は大人しく寝てろ!!」

 

 言い方はぶっきらぼうだが、イザークはアスランを気遣うようにベッドに寝かしつける。

 

 何だか、夢の中にいるようだ。イザークがこんなに優しいなんて。

 

 いっそ、本当に夢だったらいい。

 

 目が覚めたら、隣ではキラとライアが笑っている。

 

 そんな事を思い浮かべながら、アスランの意識は急速に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 飛んでいく飛行艇を、カガリはキサカと肩を並べて見送る。

 

 正直、これで良かったのか、本当のところはカガリにも判らない。

 

 アスランはキラを殺した。その事実に変わりはない。だが悲しい事だが、アスランを撃ったからと言って、キラやエストが戻ってくる訳でもなく、ただ晴れる事の無い憂さが積もるだけだと言う事は判り切っていた。

 

 それに、アスランに語った誰も死んでほしくないというのも、カガリの偽らざる本音だった。

 

 やがて、飛行艇は黄昏の彼方に消え、見えなくなる。

 

 すでにオーブ軍による捜索は打ち切られ、カガリ達も日暮れを迎える前に本国への帰途に着こうと考えていた。

 

 その時だった、

 

「おーい、カガリ~!!」

 

 呼ばれて振り返ると、ユウキが手を振りながら走ってくるのが見える。

 

 何やら慌てたように駆けてくると、上がった息を整えながらカガリを見る。

 

「あ~、もう行っちゃったのか、ザフトのお迎え」

「ああ、たった今な。それより、どうしたんだ?」

「うん、実はね」

 

 ちょっと困った風に、ユウキは背後に目をやる。

 

 そこには、兵士が運ぶ担架の上で眠る少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ落ちる巨大な滝に、アークエンジェルの巨体は吸い込まれていく。

 

 滝の中には巧妙に隠され、巨大なゲートが存在しているのだ。

 

 ベーリング海に面したこの場所こそが、地球連合軍統合司令本部。「JOSH-A」であった。

 

 ゲートの内部には巨大な空洞空間が広がり、そこは人工地盤によって守られ、核の攻撃にすら耐えられる防御性能が持たされていた。

 

 多くの犠牲を払いながら、アークエンジェルは、ようやくこの地に辿り着いたのだ。

 

「まさか、辿り着くとは」

 

 入港の様子をモニターで眺めていた男達が、溜息と共に呟く。

 

「ハルバートンの執念が守ってでもいるのでしょうかね?」

 

 今は亡き老提督の名前が出されると、揶揄するような言葉が返される。

 

「守っていたのは、コーディネイターの子供ですよ。それも、テロリストのね」

「そうハッキリ言うな、サザーランド大佐」

 

 たしなめる声には苦笑が混じる。

 

「だが、まあ、土壇場でシルフィードとそのパイロットがMIAと言うのは、何と言うか、幸いでしたな」

「ストライクのパイロットは惜しかったですかな。あれが想定以上のスペックを発揮したのは予想外でしたし。研究所に引き取って再調査をしてみたい所でしたが」

「なに、所詮はできそこないの烙印と共に放逐された個体。今更規格外の能力を発揮した所で、そんな物はたんなる偶然。当てにはならんよ」

 

 言いながら、手元の端末を操作する。モニターには入港するアークエンジェルに変わって、いくつかのモビルスーツのデータが映し出される。

 

「GATシリーズは、今後我々の旗頭になるべき物。それがコーディネイターの子供に操られていたとあっては話にならない」

「確かにな」

「所詮は奴らに敵わぬ物と喧伝しているようなものだ」

「技術は受け継がれ、更に発展していきます。今度こそ、我等の為に」

 

 モニターに映し出された機体は4機。巨大な砲をいくつも備えた機体。蟹の甲羅のような物を背負った機体。鳥のような形に変形する機体。重装甲を思わせるずんぐりとした機体。

 

 いずれも、ストライクやシルフィードなどのG兵器に似た外観をしているが、そのどれもが、禍々しい外観になっている。

 

「アズラエルには、何と?」

「問題は、全てこちらで修正すると伝えてある」

 

 将校の言葉に、頷きが返される。

 

「不運な出来事だったのですよ、全ては。そして、これから起こる事も」

 

 最後に一言、不気味に告げられた。

 

 

 

 

 

「全ては、青き清浄なる世界の為に」

 

 

 

 

 

PHASE-20「黄昏を迎える代価」   終わり

 



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PHASE-21「嵐の予感」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オルバーニの譲歩案など呑めるものか!!」

 

 鋭い声が議場を震わせる。

 

 プラント最高評議会は、先日の選挙によって政権を交代し、今では主戦派のパトリック・ザラを中心とした構成が成されている。

 

 既に決戦を目指した「オペレーション・スピットブレイク」は可決され、兵力、物資の移動は始まっている。

 

 そんな中にあって議題とされたのは、地球連合から提示された和平案であった。

 

 しかし、その内容は和平とは名ばかりの恭順案でしかない。

 

 若干の自治権は認めるものの、結局、プラントは各統治国の管理下に置くと言う、要するに殆ど何も変わっていない内容であった。

 

 オペレーション・ウロボロスが進行し追い詰められつつある中で、このような現実を見ない、と言うよりも当のプラント政府からすれば、恥知らずとしか思えない内容は、当然の如く受け入れられる物ではなかった。

 

「既にオペレーション・スピットブレイクは可決されている。今更こんな物、ただの時間稼ぎにすぎない」

「しかし、初めから突っぱねては、講和の道など無いではないか!!」

 

 強硬派の意見に真っ向から反対したのは、アイリーン・カナーバである。前政権から引き続き閣僚の座にある女性で、今は穏健派の筆頭となっている。

 

 とは言え、強硬派が大半を占める閣僚の中にあって、穏健派の勢いはいかにも衰えた物となっていた。

 

「オルバーニとて、連合全ての総意を代表している訳ではない。これでは講和も何もあるまい。話し合うと言っても、これではな」

 

 そう告げたのはエザリア・ジュール。イザークの母であり、強硬派急先鋒の1人である。

 

 議場が強硬派の意見に賛同しかけようとした時、1人の男が立ちあがった。

 

 ラクスの父にして、前最高評議会議長シーゲル・クラインは、強硬派に対して痛烈な非難を浴びせる。

 

「では、今後我々は、言葉を全て捨て、銃のみを取って生きていくと言うのか? そのような物なのか、我々は?」

 

 人類の英知と自認するコーディネイターが、これでは蛮人と大差ないではないか、とシーゲルは強かに投げかけているのだ

 

 シーゲルの言葉に、居並ぶ強硬派の幾人かは気まずそうに視線を逸らすのが見えた。強硬派の人間とて、より良い条件が示されるのであれば、講和に賛同する事を良しとする者もいる。何も、こちらから道を閉ざす事も無いのではないだろうかと考えているのだ。

 

 だが、それも議長席から発せられた言葉によって封じられる。

 

「お言葉が過ぎるもではありませんか、前議長殿?」

 

 現最高評議会議長パトリック・ザラは、既にこの場にお前の居場所はないと言わんばかりに言い捨てる。

 

「我々は総意で動いているのですよ。個人の感情的な発言はお控え頂きたい」

「・・・・・・失礼した」

 

 そう言われては、シーゲルとしても引き下がらざるを得ない。

 

 パトリックは国民の総意によって選ばれた議長である。それはつまり、国民の大半がパトリックの強硬路線を支持したと言う事になる。

 

 シーゲルは、この場にあって、既に自分の居場所が無い物と確認せざるを得なかった。

 

「貴重なご意見には感謝します。しかし後は、我々、現最高評議会が検討すべき事。マルキオ導師にも、そうお伝えください」

 

 かつての友人にしてライバルでもある男に、パトリックは容赦なく告げる。

 

「・・・・・・伝えよう。先を見据えた正しき道が選ばれん事を」

 

 それだけ言い残すと、シーゲルは肩を落としてその場を去って行く。

 

 もはや、プラントは強硬派一色となりつつある。

 

 早期平和を目指して苦心してきたシーゲルにとって、それは滅亡への一里塚に思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルがアラスカに入港して5日。損傷個所の修理が進められ、同時に補給も進められつつあった。

 

 だが、クルー達は艦内に留め置かれ、上陸の許可すら下りずにいた。自然、クルー達の不満は日増しに高まりつつある。

 

「まったく・・・・・・・」

 

 トレイに乗った食事に手をつけながら、トールがぼやくように言う。

 

「いつまでこうしてればいいんだよ?」

 

 ヘリオポリス組の中で、サイ、ミリアリア、トールの3人がこの場に集まっていた。

 

 トールは先の戦いにおいても生き残り、辛うじてだが生還する事ができた。だが、素直にそれを喜ぶ気にもなれない。

 

 キラとエスト。いつもそばにあった筈の両名の姿はない。その事が、重苦しい雰囲気を創り出していた。

 

「そうぼやかないの。艦長達が今司令部に行っているらしいから、戻ってきたら何か動きがあるわよ」

「そうだな。きっとそうだよ」

 

 サイが努めて明るく言う。

 

 そう、多少なりとも明るくしていない事にはやってられないのが現状だった。

 

 そこへ、入口の方から入って来る人影があるのに気付いた。

 

 骨折した左腕を吊り、頭に包帯を巻いた少女はリリアである。

 

 先の戦いで撃墜されたものの、辛うじて甲板上に不時着したリリアは、その後救助され、艦内で応急処置を施されて、どうにか一命を取り留めたのだ。

 

「リリア!!」

 

 まだふらついている様子のリリアに、ミリアリアが駆けよって支えた。

 

「もう、起きても大丈夫なの?」

「うん、もう平気」

 

 言いながらも足元がおぼつかないリリアを、ミリアリアは支えながら椅子に座らせる。

 

「それで、やっぱりキラ達から連絡はないの?」

 

 リリアの問いかけに、居並ぶ一同は暗い顔を見せる。

 

 キラもエストも、未だに生存を告げるニュースはもたらされていない。

 

 一縷の希望として脱出しているなら、救助を依頼したオーブ、もしくは本人達から連絡があっても良さそうな物だが、現在に至るまでにその兆候はなかった。

 

 ふと、サイはつい先日の事を思い出していた。

 

 艦内の廊下でナタルに呼びとめられたサイは、キラとエストの遺品を整理してまとめるように言われたのだ。

 

 その事が、サイの心を陰鬱とさせる。

 

 既に艦内では、2人は戦死した物として扱われ、過ぎ去った過去に埋もれさせようとしているかのようだった。

 

「そっか・・・・・・」

 

 疲れた体を脱力させて椅子にもたれ、リリアは言った。

 

 キラとの付き合いは短いが、それでもヘリオポリスでは学生として共に机を並べた仲だ。そのキラが居なくなってしまった事が、今だに信じられなかった。

 

「・・・・・・そう言えば俺達、キラの事、何にも知らなかったんだな」

 

 そう言ったのはトールである。

 

 実はテロリストで、しかも子供の頃から戦場にいた兵士。人殺しのプロ。そんな存在と一緒に学校に行っていたとは、到底信じられない事であった。

 

 だが学校にいた頃のキラは、多少成績が良かった事を除けばどこにでもいそうな普通の少年のように思えた。と言うよりもむしろ、同年代の少年少女よりも危なっかしい面が強く、放っておくと何処かへフラフラと行ってしまいそうな雰囲気すらあった。

 

「・・・・・・それに、エストの事も、ね」

 

 エストは努めて、自分の事を話そうとはしなかった。その為、キラ以上に素性が判らないままだった。

 

 結局、2人は戻らず、何もかもが分からないままになってしまった。

 

 その事が、更に空気を重くして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濁ったような空気が、喉に絡みつく。

 

 居並ぶ高級将校を前にして、マリュー、ナタル、ムウ、マードック等は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

 

 現在、JOSH-Aに設けられた一室では、ヘリオポリス戦以来、アークエンジェルのこれまでの事を鑑みた査問会が行われ、マリュー達はその審議の場に立たされていたのだ。

 

 議長役の大佐が、顔を上げてマリューをねめつける。

 

「私は軍司令部のウィリアム・サザーランド大佐だ。諸君ら第8軌道艦隊所属、戦艦アークエンジェルに対する審議、指揮一切を任されている」

 

 そう言うと、視線を横に向ける。

 

 サザーランドの隣には、樽のように太った体躯を持つ少将が座っている。

 

「こちらは、ベルンスト・ラーズ少将。この場にはオブザーバーとして座っていただいている。宜しいかな?」

 

 ラーズと呼ばれた少将は、でっぷりとした腹を突き出したままふんぞり返り、マリュー達を睨みつける。

 

「では、これより君達のこれまでの詳細な報告、及び証言を得て行きたいと思う。なお、この査問会は軍法会議に準ずるものである。発言は全て公式な物として記録される事を心得ておくように」

「はい」

 

 マリューが固い動作で頷くと、サザーランドは先を続ける。

 

「では、まず、ファイル1、ヘリオポリスへのザフト軍奇襲の状況について、マリュー・ラミアス当時大尉から報告を聞こう」

 

 促されて、マリューは立ちあがる。

 

 ヘリオポリス崩壊。それに先立つ、緊急避難的な処置としてのキラとエストの登用。

 

 それらは今となっては、随分と遠い過去の出来事のように思える。

 

「不謹慎とは思わなかったのかね?」

 

 報告を終えたマリューにそう言ったのは、ラーズである。

 

「君は、キラ・ヒビキがコーディネイター、それもテロリスト『ヴァイオレット・フォックス』と知っていて、彼にシルフィードを預けた。そう言う事なのだね?」

「はい。しかし、あの時は仕方なく・・・・・・」

「『仕方なく』かね。相手は子供とは言え、広域指名手配中の凶悪犯だ。そのような者に最新鋭の機体を預けるなど、私などには狂気としか思えんよ。彼がシルフィードを手土産にザフトに合流する可能性を君は考えなかったのかね?」

「考えました。だから、充分に予防策を張ったのです」

 

 爆薬入りの首輪に、機体自爆装置の掌握、バッテリー搭載量の制限。それらはキラの行動を制限する目的で設けた物だが、今にして思えば単なる方便だったのかもしれない。キラと言う存在をアークエンジェルに留め置く為の。

 

 案の定、サザーランドはその点を突いて来る。

 

「それが役に立たなかった時の事は考えたのかね? 相手はコーディネイターだ。どんな手を使ってくるのか判ったものではないぞ」

「それは、しかし・・・・・・」

 

 ラーズの言う理屈は判らないでもないが、それではキラに出撃を許さず、自分達は死ねば良かったとでも言うのか?

 

 どうにもマリューには、この査問会の意味が計りかねていた。

 

 マリューの困惑をよそに、サザーランドは更に読みあげて行く。

 

「更に、ストライクに搭乗したエスト・リーランド当時曹長が放った320ミリ超高インパルス砲アグニの一撃がヘリオポリスの外壁を損傷、それによって危機感を覚えたザフト軍の攻撃により、ヘリオポリスは崩壊した、と」

「それは結果から見た推論に過ぎません!!」

 

 反論したのはムウだが、サザーランドはそれに一瞥をくれただけである。

 

「認めよう。だが、君も指揮官なら判るだろう。そんな強力な兵器を搭載した機体を、敵の指揮官が放っておくと思うかね?」

「それは、しかし・・・・・・」

「フラガ少佐、今は事実確認を行っているのだ。感情での発言は控えたまえ」

 

 ラーズに尊大に言われて、ムウは引き下がるしかない。

 

「その後も、アークエンジェルはユーラシア連邦所有の要塞アルテミスを壊滅させ、先遣隊を全滅、第8軌道艦隊をも失わせている」

「曲解です。我々は!!」

 

 再び激昂するムウに、ラーズは言う。

 

「我々は、何だね?」

「我々は、ハルバートン准将の意思を受けて・・・・・・」

 

 言い掛けたマリューに、サザーランドが言葉をかぶせる。

 

「彼の意思が連合の総意なのかね? 誰が、いつ、そんな事を言ったのかね?」

 

 サザーランドの言葉に、マリューは唇を噛むしかない。

 

 確かに、見ようによってはサザーランド達の言うような取り方もできなくはない。だが、これではまるで、自分達が利敵行為を働いたようではないか。

 

 そんなマリューに、ラーズは白々しい言葉で続ける。

 

「落ち着きたまえラミアス少佐。我々は何も、全部君達に非があるとは言っていない。全ては不幸な出来事だったのだよ」

「不幸、ですか?」

「そうだ。ヘリオポリスにザフト軍が侵攻したのも、そこにコーディネイターのテロリストがいたのも、全ては不幸な偶然が重なったにすぎない」

「君達は実によく頑張ってくれたと思うよ」

 

 ラーズの言葉に、サザーランドが続ける。

 

「多くの犠牲を払いながら、このアラスカに辿り着いた。だが、そうして辿り着いたアークエンジェルが、シルフィードもストライクも失ったとあっては、犠牲になった者達は果たして浮かばれるのかね?」

 

 そう問われれば、マリューとしても黙らざるを得なかった。

 

「全ての事実を明確にし、一連の成果と責任を明らかにしなくてはいかんのだよ。誰もが納得する形でな」

 

 ラーズは事務的に言う。

 

 その後もマリュー達にとっては、実りの無い、ただただ苦痛であるだけの時間が過ぎ去って行き、結局、得る者が無いままに査問会は閉会となった。

 

「では、これにて当査問会を閉会とする。長時間の質疑応答、ご苦労だった」

 

 そう告げるサザーランドの言葉に、居並ぶマリュー達はホッと息をつく。

 

 だが、話はまだ終わってはいなかった。

 

「なお、ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉以外のクルーに関しては、この後も艦内待機とする」

「では、我々は?」

 

 自分達が除外された事に、ムウは首をかしげながら尋ねる。

 

 それに対し、サザーランドは告げる。

 

「君達2人には転属命令が出ている。追って、書類を発送するので、それに従うように。以上だ」

 

 それが、空虚に満ち溢れた査問会の閉会を告げるベルとなった。

 

 

 

 

 

 カーペンタリア基地に、黄昏が落ちる。

 

 ザフト軍の地球方面軍司令部のあるこの基地は、同時にザフト軍の地上における最大の基地である。だが驚くべきことは、この、ザフトはおろか、地球軍ですら並ぶべき物が無いとされる大基地を、ザフトはたった2日で完成させたと言う事である。

 

 その一事だけをもってしても、プラントの、ひいてはコーディネイターの技術力の高さを覗わせるには充分であろう。

 

 出発用のシャトルが発着するゲートに向かって、アスランは歩いていた。

 

 先日の戦闘で骨折した左腕は吊ったままだが、それ以外の体の傷は既に治りかけている。

 

 彼には本国から帰還命令が下されている。

 

 地球軍の最新鋭モビルスーツであるシルフィードを見事撃墜した彼には、ザフト軍最高の栄誉であるネビュラ勲章が贈られると共に、本国にてロールアウトした最新鋭機のパイロットとなる事が確定している。

 

 だが、それだけの栄誉であるにもかかわらず、アスランの心には霞が掛っていた。

 

 ライアの、そしてキラの命と引き換えにして手にした栄光などにアスランは欲しくなかった。彼が欲しかった物は、栄光でも最新鋭の機体でもなく、隣で笑ってくれている友達であり、一緒に歩んでくれる仲間だったのだ。

 

 だが、そのどちらもアスランは失ってしまった。残ったのは、彼にとって空虚極まりない栄誉だけであった。

 

 足取りも重く、廊下を歩くアスラン。

 

 その視界に、待ち受けるようにして2人の人影がある事に気付いた。

 

 イザークとディアッカである。

 

 2人はまるでアスランを待っていたかのように、こちらを見ている。

 

 近付くと、イザークは面白くなさそうにそっぽを向き、ディアッカは気さくに片手を上げて来る。

 

「やったじゃんかよ、大抜擢だろ」

「ふんッ 貴様が最新鋭機のパイロットとはな」

 

 全く逆の反応を示す2人。

 

 それを見ながら、アスランは妙に心が和むのを感じた。

 

 ああ、ここにまだ、自分が望む物があるじゃないか。

 

 そう思うと、自然と右手が差し出される。

 

 その右手を見て、一瞬面食らったような顔をしたイザークだが、すぐに握り返してくる。

 

「ありがとう。色々と、世話になった」

「・・・・・・フンッ」

 

 イザークの力強い、それでいて温かみのある掌が、アスランに伝わって来る。

 

 次いで、ディアッカと手を繋ぐ。

 

「元気でな。また、何かあったらよろしく」

「ああ、こちらこそ」

 

 そう言って、互いに笑みを見せあう。

 

 この2人とは何かとぶつかることの多かったアスランだが、共に戦って来た仲間とは、こうして必ずつながっている物なのだ。

 

 アスランは手を放すと、荷物を持ち直して歩き始める。

 

「今度はッ!!」

 

 数歩進んだ所で、背後からイザークが声を掛けて来た。

 

「今度は、俺がお前を部下にしてやる!! それまで死ぬんじゃないぞ!!」

 

 振り返るアスラン。

 

 その顔には、苦笑とも微笑ともつかない笑顔がある。

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 そう言うと、今度こそ、アスランは2人に背を向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 プラント首都アプリリウス1.

 

 それ1基で小国並みの人口を収容できる最新式砂時計型コロニー内部にあって、この場所はまるで中世欧州の幻想から切り出してきたかのように、穏やかな時の中に流れている。

 

 豪華な高級住宅に面する庭は手入れが行き届き、住む人間の趣味の良さが窺える。

 

 その庭を元気に跳ねまわるボール・・・・・・

 

《ハロハロ~、テヤンデ~》

 

 訂正、喋る丸い物体が跳びはねる。

 

「あらあら、ピンクちゃん」

 

 ピンク色をしたハロは、主の手を振り払って跳ねて行く。

 

 その進む先には、長い黒髪を持つ少女が草場に腰をおろして、人工の空を眺めていた。

 

 ハロは少女の傍らに転がって行くと、黙したまま、その円らな瞳で少女を見上げて来る。まるで構ってくれ、と甘えているかのようだ。

 

 対する少女の方もハロを見詰め返し、優しくそっと抱き上げた。

 

 ハロと少女は無言のまま見つめ合う。ただそれだけで、何だか互いに意思のやり取りをしているかのように見えてくるから不思議だ。

 

 そこへ、ようやくハロの主が追いついて来た。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 黒髪の少女に対して微笑みかける、ピンク色の髪をした少女。

 

「・・・・・・エスト」

 

 ラクス・クラインの呼びかけに対し、ハロを胸に抱いたエスト・リーランドは、無言のまま振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクスに誘われてエストがテラスに入ると、キラ・ヒビキが1人の男性と共に向かい合わせて茶を飲んでいた。

 

 プラントの天候は全てコンピューターで制御され、暖かい日差しがテラスの中に降り注ぎ、中に入ると心まで温まるような思いだった。

 

「さ、エストも座っていてください。今、新しいお茶を入れますわ」

 

 そう言うと、ラクスは1人出て行く。

 

 エストは空いている席に座り、抱いていたピンクハロを机の上に置いた。

 

「気分はどう?」

「問題ありません。回復は順調です」

 

 キラの問いかけに、エストは相変わらずの淡々とした声で応える。

 

 実際、ゆっくりと療養した結果、体調は順調に回復していた。

 

 だが、一時はキラも、エストもかなり危険な状態にあった。

 

 そんな2人を救ったのが、キラと対面に座っている人物である。

 

 光を失った瞳を閉じ、まるで1個の彫像であるかのように、ゆったりとした仕草でお茶を飲んでいるその人物は、マルキオ導師と言う。人種に捕らわれない独自の思想を持つ人物で、ナチュラルでありながら、プラント、地球連合双方から信頼されている人物でもある。

 

 エストも名前くらいは聞いた事がある。何度も地球とプラントの間を行き来し、両国の間を取り持つ人物がいると。どうやら、それがマルキオであったらしい。

 

「元気になったようでなによりです。私としましても、あなた方を助けた甲斐がありました」

 

 そう言って、マルキオはニッコリと微笑む。その抱擁力のある微笑みは、たとえ目が見えずとも、全てを包み込むような優しさを感じさせた。

 

 ちょうどそこへ、新しいお茶の入ったポットを持ったラクスが戻って来る。

 

「お話は弾んでいますか?」

 

 そう言って、ポットを机の上に置くと、足元にいる犬のような形をしたロボットが運んできたお菓子を取り出す。

 

 オカピと名付けられたそのロボットは、何でもラクスの子供の頃からの友達であるとか。いちど壊れてしまったのを、アスランが修理したそうだ。

 

 アスラン。

 

 その名前を思い出すと、キラは苦い思いが込み上げるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 熱を帯びたコックピットから無理やり這い出し、キラは地面に転がった。

 

 折から降り出した雨だが、全身に熱を帯びた体を冷やすにはそれでも足りない。

 

 地面に大の字に寝転がると、もはや動く気力すら失せていた。

 

 シルフィードは大破していた。

 

 イージスの剣は肩口から胸部にまで達し、無惨な傷跡を残している。更に近距離でイージスの爆発を食らい、内部電装系、駆動系は全滅している。キラが生き残る事ができたのは、緊急閉鎖用シャッターをとっさに下ろしたからに他ならない。

 

 僅かに残った力を振り絞るようにして振り返れば、イージスが項垂れるようにして擱座しているのが見える。向こうはナイフがエンジン部に直撃した事もあり、腹部から上が殆ど吹き飛んでいる。あれではパイロットの生存は絶望的だろう。

 

「アスラン・・・・・・・・・・・・」

 

 冷たい雨が、狂気に取り付かれた心を覚ましていく。

 

 今になって、失った物の重さがキラにのしかかる。

 

 大切な物を奪った代償として、またもキラは、大事な物を捨て去ってしまった。

 

 何たる矛盾。何たる短慮。

 

 自分の浅はかさに、キラは空虚な気持が心を覆って行くのを感じた。

 

 いっそ、このまま死んでしまおうか。

 

 エストを守れず、アスランも死なせてしまった自分には、それが相応しいんじゃないだろうか。

 

 そう思った時だった。

 

 かすかに、キラの耳に土を踏む音が聞こえた。

 

 全身の力を使い、体を起して、振り返る。

 

 たとえ死の淵にあっても、異常自体が起こった際には体が動くように訓練されているのは皮肉な事である。

 

 視線を向けると同時に、キラは今にも死にかけていた命に、急速に熱い血が通い始めるのを感じた。

 

 果たして、キラの目に飛び込んで来た小さな人影。

 

 それは、死んだと思っていた少女であった。

 

「エストッ!!」

 

 キラは慌てて駆け寄る。

 

 残された力を振り絞ってここまで歩いて来たエストは、力尽きたように崩れ落ちるが、その直前でキラが受け止める。

 

 支え切る事ができずに、もつれるようにして倒れ込む2人。

 

 だが、キラの胸には、少女の発する鼓動が確かに伝わって来る。

 

 その鼓動に、思わずキラは熱い物が瞳から零れるのを感じた。

 

「生きて、た・・・・・・」

 

 生きててくれた。

 

 エストを抱く腕に力を込める。

 

 キラの腕の中で、エストが僅かに目を開いた。

 

「・・・・・・キ、ラ?」

「エスト?」

 

 エストは自分を抱く人物の顔を、朦朧とした意識の中で見詰める。

 

 なぜ、この人はこんなにも嬉しそうにしているのだろう。敵である自分が生きていた事が嬉しいとでも言うのだろうか?

 

「泣いて、いるのですか?」

「・・・・・・悪い?」

 

 少し不貞腐れたように答えるキラに、エストは何だか奇妙な気分に包まれた。

 

 頬を膨らませてそっぽを向くキラが、とても愛おしい存在のように思える。

 

 こんな事は初めてだった。誰かに対して特別な感情を抱くなど。ましてかそれが、かつて殺そうとした相手であるとは。

 

 霞が掛ったような脳でそんな事を考えていると、キラはエストを背に負い立ちあがった。

 

「・・・・・・・・・・・・何、を?」

 

 突然負ぶわれ、掠れた声を上げるエスト。

 

 そんな彼女に構わず、キラは重い足を引きずって歩き出した。

 

「ここにいちゃダメだ。どこか、避難できる場所を探そう」

「しかし・・・・・・」

 

 キラはそう言うが、ここは太平洋に浮かぶ小島である。最後の交戦地点から考えてオーブからはほど近い場所ではあろうが、それでも人が住んでいるとは思えない。避難できる場所と言っても限られるだろうし、ましてか2人とも重傷である。救助が遅れればそれだけ生存の可能性も低くなってしまう。

 

 それに、

 

「キラ、あなたには、自爆装置が・・・・・・」

 

 キラの首には爆薬入りの首輪がしてある。万が一、ナタル達が機密保持と逃走防止の為にこの装置を起爆させれば、キラの命は瞬時に奪われる事になる。

 

 だが、

 

「・・・・・・ああ、これ?」

 

 今更思い出したようにそう言い首輪に指を掛けると、キラはあっさりと引きちぎってしまった。

 

 勿論、首輪は爆発する事もなく、唖然とするエストの目の前で地面に投げ捨てられる。

 

「こんな物、貰って1分後には無力化していたよ」

「・・・・・・・・・・・・・何で?」

 

 なら、何で逃げなかった?

 

 キラは逃げようと思えば逃げれた。にも拘らず、留まってわざわざ戦い続けた。

 

「前にも、言ったと思ったけど?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 友達がいたから。仲間を守りたいから。キラはかつて、エストにそう言った。

 

 本当に、キラが戦い続けた理由は、それだけだったのだ。

 

 力が抜けたように、エストはキラの背中に身を預ける。

 

 同年代の少年達と比べて、ずいぶん華奢だと思っていた体。

 

 しかし、実際に身を預けてみると、大きく、そしてとても温かかった。

 

「キラ・・・・・・」

 

 意識が徐々に沈下していく。朦朧とする中で、半ば無意識に口だけが動く。

 

「やっぱり・・・・・・あなたは、変です・・・・・・・・」

 

 でも、

 

「あなたのそう言うところ・・・・・・私は、嫌じゃ、ない・・・・・・です」

 

 それっきり、エストは何もしゃべらなくなる。

 

 キラは歩き続ける。

 

 足が重い。まるで、鎖で繋がれたように思うように動かない。

 

 それでも、キラは歩き続ける。

 

「・・・・・・絶対に、死なせない。絶対に、だ」

 

 雨は、容赦無くキラの体を撃つ。

 

 闇の中を迷い歩くと、過去の幻影が思い起こされる。

 

 あの時も、こうだった。

 

 クライブの裏切りによって部隊が全滅した後も、今と同じように、暗闇の中を彷徨い歩いたのを覚えている。

 

 仲間を失い、全てを失い、生ける屍のように歩き続けた自分。

 

 だが、あの時とは決定的に違う事がある。

 

 あの時のキラは1人だったが、今のキラの背中には、守りたい物が背負わされているのだ。

 

 全ての力を振り絞って、キラは歩き続ける。

 

 やがて、その瞳に暖かい光が見えて来た。

 

 

 

 

 

 その時の明かりが、マルキオ導師の庵だったのである。

 

 気が緩んだ事で倒れてしまったキラを発見したのは、マルキオが養っている孤児達だった。

 

 すぐに介抱された2人だが、予断を許されない状況である事に変わりはなかった。島はオーブ本国からも離れており、また時化とNジャマーの影響で電波状態は最悪を極めており、本島に連絡を入れる事はできない。

 

 連絡を入れたとしても、時化のせいで救援が来るのはだいぶ掛かる事が予想される。そして救援が来たとしても、そこから更に本国に戻るまで、2人の体力が持つかどうか。

 

 そこでマルキオは一計を案じた。

 

 ちょうどその時、彼は地球連合が提示した「オルバーニ講和案」を携えて、プラント本国へ上がろうとしており、もう数時間もしないうちに迎えが来る予定になっていた。そこで2人をプラント本国へ連れて行き、そこで治療してもらえばオーブに運ぶよりも時間的なロスは少なくて済むと考えたのだ。

 

 かくして、マルキオの取った行動は正しかった。

 

 偶然にも2人がユニウス7におけるラクス救出の立役者だった事も手伝い、彼女の父でありマルキオの友人でもあるシーゲル・クラインは、キラとエストの受け入れを快く承諾した。

 

 その後、最高水準を誇るプラントの医療技術により一命を取り留めた2人は、無事に回復を遂げ、クライン邸で療養していた訳である。

 

 自分の分のお茶も入れ終わり、一息つくと、ラクスはキラとエスト双方を見て口を開いた。

 

「それで、お二人は、これからどうなさいますの?」

 

 そう尋ねられて、キラは返答に窮した。

 

 正直、これからの展望が何もない。元々、友人達を守る為に地球軍に協力していたキラである。計算でいけば、アークエンジェルはとっくにアラスカに入っている筈で、彼自身の役割は終わっている。ならば、元々が反大西洋連邦組織の構成員であるキラに、地球軍に協力する理由もない。

 

 かと言って、今更ゲリラに戻る気にもなれなかった。

 

 組織が壊滅して間もない頃は、クライブへの復讐心もあって衝動的なテロ活動に及んでいたが、そのクライブを討ち、組織もない今、ゲリラとして戦う意義も見いだせなかった。

 

 チラッとエストに目をやると、相変わらずの無表情を見せながら、ラクスが作ったと言うお菓子をほおばっている。微妙に喜んでいるようにも見えるのは気のせいではないだろう。

 

「今は、休息の時なのでしょう」

 

 そう言ったのは、マルキオである。

 

「しかし焦らずとも、いずれは飛び立つ時が来ます。あなた方はSEEDを持つ者ですから」

「ですって」

 

 そう言って、ラクスはニッコリと微笑み、お菓子を食べるエストの髪を優しく撫でる。

 

 彼が何を言っているのか、キラには皆目見当がつかなかった。

 

 だが、自分の役割は終わっていない。と言うニュアンスだけは読み取る事ができた。

 

「アスランは、生きていたそうですわ」

「え?」

 

 唐突に言ったラクスの言葉に、キラは思わず振り返った。

 

 対してラクスは、あくまで穏やかに続ける。

 

「キラはここに来てから、ずっと悩んでらしたのでしょう。アスランと戦ってしまった事を」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 図星だった。

 

 共に過ごした時間が短いとは言え、アスランは紛れもない親友だ。その彼と血肉を削り合う殺し合いをしてしまった事に、キラはひどい自責の念を感じていた。

 

「安心しましたか?」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 笑い掛けるラクスに、キラはぎこちなく返事を返す。

 

 アスランが生きていたと聞かされて、心の底から安堵する自分がいる事をキラは自覚する。

 

 だがそこで、ラクスはうって変わって静かな表情を作った。

 

 まるで波紋の全くない水面のようなその表情は、見る者の心を映すかのように、ある種の冷たさを持っていた。

 

「しかし、おかしな話ですね」

「な、何が?」

 

 気圧されながらも、キラは尋ねる。

 

「あなたとアスランは元々敵同士。ならば、戦うのは当然で、殺し合うのも仕方のない筈。なのになぜ、あなたはアスランが生きていた事に喜んでいらっしゃるのですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに、ラクスの言うとおりだ。

 

 友人だから、幼馴染だから。

 

 そう語る前に、アスランは敵であった。その敵が生きていた事を喜ぶのは、考えてみればおかしな話だった。

 

 テロリストとして活動したいた頃は、そんな事は考えた事も無かった。

 

 だが、こうしてやる事の全くない身分になると、今まで考える気すら無かった事が次々と浮かんで来るようになった。

 

 果たして、本当に自分とアスランは殺しあう必要があったのか? 疑問は渦のようにキラの中に湧き上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に、空に、海上に、海中に、それぞれザフト軍の大部隊が進んで行く。

 

 合計すると艦艇300、モビルスーツ1000を下らないこの大軍を派遣するに当たり、ザフトは本国防衛軍を除く、ほぼ全部隊を投入している。

 

 それだけ、ザフト軍がこの作戦に掛ける意気込みは本気だった。

 

 ウロボロス作戦の総仕上げ。残った最後のマスドライバー基地、パナマを落とし、地球と宇宙の連合軍を分断する。

 

 成功すれば、地球連合軍に大打撃を与え、継戦不可能なレベルにまで叩きつぶす事ができる。

 

 そうなれば、あとは講和条約によっていくらでもプラント有利な交渉が可能となる。

 

「オペレーション、スピット・ブレイク。全軍、配置完了しました」

 

 旗艦艦上にあって、全軍総指揮を任されたラウ・ル・クルーゼは、モニターに映る男にそう伝える。

 

 相手は現最高評議会議長パトリック・ザラ。

 

 彼がゴーサインを出すだけで、後は全てが自動的に動き出す。

 

「後は、ご命令を頂くだけです」

 

 そう言って、ラウは薄く笑った。

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中で、オペレーターが作業する音だけが響いてくる。

 

 その様子を、ラーズとサザーランドは密かな笑みを浮かべて眺めていた。

 

 モニターには、巨大なパラボラアンテナが並んでいる様子が映されている。

 

 あれがアンテナである事は間違いない。もっとも、通常の通信用やレーダー用ではないのだが。

 

「作業状況は?」

「間もなく完了します」

 

 オペレーターの返事を聞き、満足げに頷く。

 

 間もなく、コーディネイターどもに正義の鉄槌が下される事になる。

 

 あの野蛮人どもは、卑怯にも地球にNジャマーなどと言う異物を撃ち込み、あまつさえモビルスーツを使った大量虐殺を繰り広げている。

 

 自分達が紛い物であり、実験室のモルモット程度の存在にすぎないと言う事を忘れ、不遜にも創造主に逆らった罪を、たっぷりと後悔させてやらねばなるまい。

 

「全ては、順調に」

「はい。予定通り始まり、予定通りに終わる事でしょう」

 

 そう言うと、2人は含み笑いを強めた。

 

 

 

 

 

 差し出された手を、ナタルは奇妙な面持ちで握り返す。

 

「それじゃ、元気でね。バジルール中尉」

 

 艦を降りる副長に、マリューは柔らかく笑い掛けた。

 

 人事局から書類を受け取ったナタルとムウは、艦を降りる事となった。

 

 軍人である以上仕方ないとは言え、今までよく補佐してくれた優秀な副官と、頼れる先任士官に去られるのは、アークエンジェルにとっても辛い。キラとエストをも失った今となっては、さしもの大天使も両翼をもがれた上に、両腕も斬り落とされたに等しかった。

 

 不満と言えばまだある。

 

 先日通達が下り、アークエンジェルはアラスカ守備軍への配属が決まった。だが、その決定はあまりにも急で、しかもクルーへの上陸許可や、子供達の除隊申請に関する話も全くないままの一方的な通達だった。

 

 気を取り直して、マリューはナタルを見る。

 

 何もこれで今生の判れと言う訳でもない。生きてさえいれば、また会える日が来るだろう。

 

「あなたとは色々あったけど、本当に助かったわ。ありがとう」

「はあ・・・・・・恐縮です」

 

 一方のナタルはと言えば、かなり面食らう思いだった。

 

 ただでさえ、軍人同士が握手で別れるなど、形式から逸脱していると言うのに、この上官から、このような言葉を掛けて貰えるとは思わなかった。

 

 彼女にとって、上官を支えるのはそれが任務だからであり、何も感謝されるような事ではない。加えて、マリューとは何度も意見的にぶつかる事も多く、恨まれこそすれ、労いの言葉をもらえるなどとは思ってもみなかったのだ。

 

 だが、マリューの微笑みには一切の曇りはなく、心の底から感謝している様子がうかがえた。

 

「また、いつか、会えると良いわね」

「・・・・・・戦争が終われば、それも可能でしょう」

 

 硬い表情ながら、そう答える。

 

 奇妙な事だが、ナタルとしても、この女性とはまた会いたいと思っていた。会って、もっと軍とは離れた所で色々と話し合ってみたいと思っていた。

 

 敬礼し、ナタルが出て行くと、今度はムウが歩いて来た。

 

 普段から軍人らしからぬ言動や恰好の多い男だが、きちっと軍服のボタンを閉め、軍帽を被っていても、どこか飄々とした雰囲気が見て取れた。

 

「一応、人事局に撤回申請してみたけど、やっぱだめだったよ」

「でしょうね」

 

 そう言って、マリューはクスッと笑う。

 

 人事局が一度発した命令を撤回する訳が無い。そんな事を許していては軍として成り立たなくなる。

 

 ムウにはカリフォルニア士官学校で、教官職につくように命令が出ていた。

 

「こんな時期に教官やれって言われてもね」

「あなたが教官をやれば、新兵の戦場での帰還率も上がると思います」

 

 マリューのその言葉に、ムウは苦笑を返す。

 

 とは言え確かに、彼に教官をやれと言うのは、鷹に紐をつけるようなものであるように思える。ザフトとの決戦が近付くこの時期に、彼を前線から遠ざけるなど、才能の無駄遣いにしか思えなかった。

 

「じゃあ、元気で」

「少佐も」

 

 こうして、多くの者が艦を去り、寂寥感を増したアークエンジェル艦内。

 

 破滅を呼ぶザフト軍の総攻撃が目前に迫っており、水面下では恐るべき謀略が進行中であるなど、この時はまだ、誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 パトリック・ザラは断を下す。

 

 今、こうしている間にも多くの同胞たちが虐げられ、傷付けられ、果ては命を奪われている。

 

 彼等を助け、そして戦争の早期終結を目指す為に、今こそ全てを終わらせる必要がある。

 

 その為の準備は、既に終えていた。

 

 一度だけ、デスクの上にある写真に目を向ける。在りし日の妻と、幼い息子が映っている写真。撮影者はパトリック自身である。

 

 この写真を撮った頃、自分は幸せの絶頂にいた。愛しい家族と共に暮らせる。そんな日が長く続くと信じていた。

 

 だが、それは砕かれた。ナチュラルどもの横暴と、卑劣な核の炎によって。

 

 何をしても、あの日々は最早帰らない。それはパトリックにも判っている。ならばせめて、罪を犯した咎人達にも同じ苦しみを味あわせねばならない。

 

 立ち上がり、良く通る声で叫ぶ。

 

「この作戦により、戦争が早期終結に向かう事を、切に願う。真の自由と正義が示されん事を」

 

 一拍置いて、パトリックは宣言した。

 

「オペレーション・スピットブレイク、開始せよ!!」

 

 パトリックの宣言を受けて、全てが一斉に動き出す。

 

 大作戦を指揮統制する為、巨大司令部が設けられ、オペレーターだけでも100人近い人数がいる。

 

 それらの声が重なり合って、待機中の各艦隊、及び各部隊へと通達されていく。

 

「オペレーション・スピットブレイク、発動」

「スピットブレイク作戦、発動!!」

「事務局発、第6号作戦開封承認、コールサイン、オペレーション・スピットブレイク」

「攻撃目標・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラスカ地球連合軍総司令本部、JOSH―A!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-21「嵐の予感」   終わり

 



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PHASE-22「幻想の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なぜ、あなたはアスランが生きていた事を喜んでいらっしゃるのですか?』

 

 あの日以来、ラクスに言われた言葉がキラの脳裏から離れなかった。

 

 敵は殺せ。殺した相手は振り返るな。

 

 そう教わり、これまで疑いもせずに実践してきたキラにとっても、理解できない事態である。

 

 ゲリラ兵士として物心付いた頃から戦い続けて来たキラのアイデンティティが、根底から崩れていく思いであった。

 

 自分が何のために戦っているのか。今こそ、もう一度考える必要があるように思えた。

 

「エスト、入るよ」

 

 そう言って、キラは扉を開けた。

 

 お茶の準備ができたので、ラクスからエストを呼んで来るように言われたのだ。

 

 扉を開けた瞬間、

 

「ッ!?」

 

 中から、息を呑むような声が聞こえた。

 

 エストは部屋の真ん中に背中を向けて立っていた。

 

 ただし着替え中だったのか、ブラウスの前は半ばまで開き、スカートは床に下ろされ、前かがみになって突き出されたお尻を包むパンツはキラの目を眩しく射る。ピンク色の布地に、周囲には軽くフリルのついた可愛らしいパンツは、普段無表情を決め込んでいる少女とのミスマッチを見事に演出している。

 

 ちなみに、パンツはエスト本人が元々持っていた物ではなく、ラクスが気を回して用意してくれた物である。その為、多分にラクスの趣味が入ってこんな事になってしまっている。

 

「あ・・・あ・・・あ・・・」

 

 突然の事に、とっさに舌が回らず、顔を真っ赤にするエスト。

 

 それはキラも同じである。

 

「えっと・・・・・・」

 

 言葉に詰まる。

 

 元ゲリラ兵士であろうと、凶悪テロリストであろうと、キラも健全な16歳の少年である。少女のあられもない下着姿を見て何も感じない筈が無い。

 

 次の瞬間、エストはスカートを上げるのも忘れてキラに駆けよると、その頬を思いっきり張り飛ばした。

 

 

 

 

 

 痛む頬を押さえながら、キラは廊下を歩く。

 

 隣では見るからに不機嫌そうむくれたエストが、そっぽを向いて歩いている。

 

 それにしても、

 

 含み笑いをしながらキラは、これも一種の成長なのだろうかと思う。少し前までのエストなら、パンツを見られたくらいであそこまで恥ずかしがったりはしなかっただろう。

 

 出会った頃の感情の希薄ぶりからすると、大変な変化だった。

 

「・・・・・・何をニヤニヤしているのですか?」

 

 そんな事を考えていると、エストが極低温の声を発して来る。

 

 完璧に機嫌を損ねた少女に、キラは微笑を返す。こうして怒ると言う感情を見せるようになったのも、最近になっての事である。

 

 しかしそうなると、キラの中で悪戯心が湧きあがるのを抑えられなかった。端的に言えば、ちょっと苛めてみたくなったのだ。

 

「いやね、ちょっと驚いてさ」

「・・・・・・何がですか?」

 

 そのキラの含み笑いに不穏な物を感じたのだろう。エストは訝るように尋ねる。

 

「いや、だって、君がまさか、あんな可愛いのを穿いているとは思わな・・・・・・」

 

 ドゴスッ

 

 かなり、景気の良い音と共に、エストの爪先がキラの向こう脛に容赦なくめり込んだ。

 

「フンッ」

 

 足を押さえて悶絶するセクハラテロリストを放っておいて、エストはさっさとその場を後にした。

 

 いつものテラスに入ると、既にラクスがお茶とお菓子の準備を終えて待っていた。が、何やら不機嫌そうなエストを見て首をかしげる。

 

「あら、どうかしましたかエスト? それに、キラは・・・・・・」

「あんな馬鹿男、知りません」

 

 そう言うと、エストはさっさと自分の席へと座った。

 

 首をかしげるラクスを余所に、エストは先程の事を思い出し、また頬を紅くする。

 

 いったい、自分はどうしてしまったのだろう?

 

 たかがパンツを見られたくらいが何だと言うのだ。そんな事、ついこの間までは何ともなかった筈だ。事実、インド洋の小島でキラと一晩過ごした時、エストは終始下着姿だった。

 

 だが、さっきキラに見られた時、何だか判らないが、ものすごく恥ずかしいと感じた。

 

 なぜだろう。

 

 エストは訳も判らないまま、テーブルの上にあるクッキーを1つつまんで頬張った。

 

 相変わらず、ラクスが作ってくれるお菓子は美味しい。

 

 だけど、キラの事を考えると、思考にノイズが入り、せっかくのお菓子もただの小麦粉と砂糖の塊にしか思えなくなってしまう。

 

 その対面に、ラクスが腰掛けると、微笑を送って来る。

 

「エストは、キラの事が好きなのですか?」

「・・・・・・何故、そんな事聞くのですか?」

 

 今度はエストが怪訝な顔つきになる。突然尋ねられた困惑もあるが、ラクスの意図がエストには読めなかった。

 

 対してラクスは、テーブルに肘をつきながら微笑みをエストへ送って来る。

 

「何となくそう思いましたので。あなたを見ていましたら」

「・・・・・・・・・・・・正直、良く判りません」

 

 エストはポツリと言う。

 

「そのような事は、調整段階でプログラミングされませんでしたので」

「調整? プログラム?」

 

 聞き慣れない言葉に、ラクスが問い返すと、エストは真っ直ぐに色の無い瞳をラクスに返して口を開いた。

 

 その最大の禁忌を。

 

 だが、彼女になら、ラクス・クラインと言う少女になら、この事を話しても良いと思っていた。

 

 共に過ごした時間こそ短いが、エストにとってこのラクスと言う年上の少女は、それこそキラ・ヒビキやカガリ・ユラ・アスハに匹敵するくらい大きな存在となっていた。

 

「私は、大西洋連邦が開発した対コーディネイター用の強化兵士。その先行試作型にして失敗作です」

 

 その言葉に、ラクスは口を閉ざし、ようやく痛みが引いてテラスにやって来たキラは足を止めた。

 

 エクステンデット開発と呼ばれる、地球連合の極秘機関が研究、開発を進めている強化人間製造計画がある。

 

 遺伝子を操作して驚異的な身体能力や技術力を手に入れたコーディネイターに対し、遺伝子はあくまでいじらず、筋肉、骨格、内臓、血管、神経、脳、眼球、鼓膜などを強化し、あるいは改造して「研究・製造」されたのがエクステンデットである。

 

 勿論、普通に考えて、そんな事が許される訳が無い。研究は極秘に進められ、一般人はおろか、連合軍でもごく一部の者以外には知らされないでいる。

 

 言わば「プロトタイプ・エクステンデット」と呼べる存在。それがエスト・リーランドと言う少女であった。

 

「研究の指揮者はベルンスト・ラーズ少将。彼はブルーコスモスの構成員で、ムルタ・アズラエルの側近の1人とも言われています」

 

 ムルタ・アズラエルの名前はラクスも知っていた。大西洋連邦の国防連合産業理事を務める傍ら、ブルーコスモス強硬派の筆頭であり、地球連合を影から操る黒幕とも言われている。言わば、コーディネイター最大の天敵とも言える人物である。

 

 ラクスはふと、気になった事を尋ねる。

 

「あの、エストは先程、ご自分の事を失敗作だとおっしゃいましたが、それは?」

「はい」

 

 実験には付き物な話だが、当然、エクステンデット開発もトライ&エラーの連続であった。

 

 研究者、あるいは推進者の側からすれば、大した問題ではない。失敗したのなら素体を破棄して、また新しい被験者に取りかかれば良いのだ。良心を痛める必要も無ければ、犠牲になった命を省みる事すらしない。

 

 だが、素体の側からすればたまった物ではない。非道な研究に供され、辛い実験を施され、挙句に失敗作として破棄される。こんなひどい事がある筈が無い。後に残るのは、過酷な実験によって潰された心と、改造され尽くされ、もはや人と呼べるかどうかも怪しくなった体だけであった。

 

 エストは予定された性能の60パーセント程度しか発揮できず、実験は次の、より過酷な物へと移行されたのだ。

 

 それでも、エストは比較的運がいい方である。

 

 同期素体の中では最も実験結果が良く、研究所を放逐された後は特務部隊に引き取られて、今日まで生き延びて来れたのだから。同期素体の内、5割は研究中の失敗で死亡、3割は結果を残せずに破棄、1割は何らかの任務中に死亡している。現在まで生き残っている者は、エストを含めても両手の指に足りない。

 

 話を立ち聞きしながら、キラは以前、アルテミス要塞の司令官であるガルシアが言っていた言葉を思い出す。

 

「『人形』・・・・・・か」

 

 あれは、そう言う事だったのだ。

 

 ラクスは席を立つと、エスト歩み寄り、その体をそっと抱きしめた。

 

「辛かったですね。お友達が死んでいくのは。でも、ここにいれば、もう大丈夫です」

「ラクス・・・・・・」

 

 正直、同じ素体達を友達と思った事はない。彼等は単に自分の前か後ろに並んで改造されるだけの存在でしか無かった。

 

 だが、ラクスにそう言われて、エストの目には知らずの内に身を預けていた。

 

 何となく入るのに躊躇われているキラ。

 

 その肩が不意に背後から叩かれた。

 

 振り返れば、ラクスの父親であるシーゲル・クラインが立っていた。

 

「シーゲル、さん?」

 

 政界を引退したが、未だにプラントに大きな影響力を持つこの男性は、傷付いたキラとエストを快く迎え入れてくれた人物であり、そんな彼にキラは多大な感謝をしている。

 

 だが、普段は温厚で優しそうな顔をしている事が多いシーゲルが、今日に限っては厳しい顔つきでキラを見ている。まるで、何か突発的な事態に焦っているかのようだ。

 

「キラ君、それにエスト君も。君達にとって、いささかまずい事態になった」

 

 シーゲルが告げる事態。それは、キラ達を驚愕させるには充分な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖の艦隊からは一斉に砲撃が行われ、上陸した部隊が地を駆ける。

 

 上空には機体が乱舞し、大気圏外からも続々とやって来る。

 

 CE71年5月5日。

 

 開戦以来最大規模となるザフト軍の総攻撃が開始された。

 

 オペレーション・スピットブレイクの発動。

 

 目標はアラスカ地球連合軍総司令部「JOSH-A」。

 

 この時、地球連合軍は、ザフト軍の攻撃目標がパナマであるとの情報を掴んでいた。これには確かな具体性があり、地球軍の手にある最後のマスドライバー基地であるパナマを奪えば、地球軍の受ける損害は計り知れない。その為、ザフトの攻撃目標を疑う者は1人もいなかった。

 

 しかし、その情報は欺瞞だった。

 

 主力軍をパナマへ配置した地球軍に対し、ザフト軍は裏を掻き、手薄となった地球軍本部を目標としたのだ。

 

 事は、完全なる奇襲となった。

 

 主力軍を欠いた結果、アラスカに残るのはアークエンジェル以下、僅かな防衛軍を中心とした部隊のみである。

 

「頭を潰した方が効率が良いのでね」

 

 旗艦艦上に座して、ラウ・ル・クルーゼはそう呟く。

 

 今も、各部隊は前進を続けている。

 

 ジンやシグーは地上に降り立ってライフルを放ち、バクゥは疾走しながら施設を叩きつぶしていく。

 

 ディンは機動力を活かして敵勢力を見付け、殲滅し、ゾノやグーンは駐留艦隊に攻撃を仕掛けている。

 

 ふと、モニターの端に、見慣れた白亜の巨艦を見付け、ラウは口元に笑みを浮かべた。

 

「成程。生贄はユーラシアの部隊とあれか。地球軍も面白い配置をする」

 

 愉快そうに笑うラウ。

 

 あの艦との因縁も長いが、それもここらで終わりそうだった。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の大規模攻勢に対して、地球軍は混乱の際にあった。

 

 既に地上では戦闘が開始され、ザフト軍のモビルスーツ隊による蹂躙が始まっている。

 

 そんな中にあって、アークエンジェルにも司令本部からの通達が届いた。

 

《守備軍はただちに発進。敵を迎撃せよ》

 

 通信はサザーランド大佐からだった。

 

《してやられたよ。連中は直前で攻撃目標をパナマからこのアラスカに変更したようだ》

 

 パナマではなく、敵の目標はアラスカ。

 

 その事実に、マリューは衝撃を受けた。

 

《とにかく、ここを敵に明け渡す訳にはいかん。厳しい状況ではあるが各自、健闘を祈る。以上だ》

 

 それっきり、サザーランドからの通信は切れてしまった。

 

 健闘を、などと言われても、いったいどうしたらいいのか。

 

 アークエンジェルの修理は終わっている。だが、頼みの機動兵器はスカイグラスパー3機のみである。しかも、パイロットがいない。

 

「私が出ます。艦長。機体の準備を」

「俺も!!」

「ダメよ!!」

 

 居合わせたリリアとトールが名乗り出るが、マリューは即座に却下した。

 

 確かにリリアは、これまで何度か実戦を経験してきてはいるが、それでもマリューの目から見てその技量は、キラはおろかエストやムウにも数段劣る。ましてか、今の彼女は負傷から癒えていない。そんなリリアを出撃させるなど、言語道断だった。

 

 トールも同様である。トールの出撃回数はオーブ沖海戦の1度のみ。しかも、戦闘らしい戦闘は経験していない。せいぜいが機体を真っ直ぐ飛ばすだけで精一杯だろう。あれだけの大軍を前にして、出撃しても5分持つかどうか。

 

「でも、あたし達しかいなじゃないですか!!」

「これは、命令よ。ケーニッヒ二等兵はいつも通り操舵手を、クラウディス二等兵は、その腕じゃ整備は無理でしょうからCICに入って!!」

 

 尚も言い募ろうとするリリアに、マリューはこれ以上議論する気はないとばかりに、ピシャリと言い捨て、厳しい顔で正面を向いた。

 

 こうしている間にも、味方はどんどんやられている。手をこまねいている時間は無かった。

 

「アークエンジェル、発進します。厳しい戦いになるけど。各自、奮闘を!!」

「そんなッ キラも、エストも、少佐もいないのに!!」

 

 カズイが情けない声を発する。

 

 彼の気持ちはマリューも良く判る。本音を言えば、彼女だって泣き事を言いたい状況だ。だが、艦長と言う責任ある職にある者が、そんな事は許されない。

 

 ゲートが開き、アークエンジェルが進み出る。

 

 海上では既に、地球軍艦隊がザフト艦隊と交戦を開始している。

 

 旗色は、当然悪い。

 

 数でも敵が勝っている事に加え、海中から襲い掛かって来るモビルスーツによって、次々と損傷していく艦が増える。

 

 そこへ、アークエンジェルが躍り込んだ。

 

「ゴッドフリート照準、撃てェ!!」

 

 マリューの命令に従って放たれた4門の主砲が、今にも僚艦に襲い掛かろうとしていたディンの一群を吹き飛ばした。

 

 しかし、それで新たな目標に気付いたザフト軍が、次々と殺到してくるのが見える。

 

 イーゲルシュテルンを起動して迎え撃つアークエンジェル。

 

 だが、迫りくる敵は、あまりにも多かった。

 

 

 

 

 

 アラスカ基地は地下の要塞構造を取っており、人工岩盤によって防御された内部施設は、核の直撃にすら耐えられると言われている。その為、仮にザフト全軍が全火力を叩きつけたとしても、外側からの攻撃ではアラスカ基地にかすり傷一つ負わせる事はできない。

 

 アラスカ基地を攻略する方法はただ1つ。グランドホローと呼ばれる内部施設への侵攻しか無かった。

 

 イザークのデュエルと、ディアッカのバスターも攻撃軍主力の一翼を担い、前線に立っていた。

 

《派手に始めちゃってるねえ》

「ここが正念場だからな。必死にもなるさ」

 

 ディアッカの軽口に、イザークは皮肉交じりに返す。

 

 実際、ここで勝負を決める事ができれば、以後の戦局は掃討戦へと移行するだろう。逆を言えば、ここらで戦果を上げないと、これ以降、戦う機会があるかも怪しい。

 

 次々と突撃していくザフト軍。

 

 しかし、地球軍とて眠っている訳ではない。

 

 岩盤各所に設けられた大小のゲートが開き、そこから次々と戦闘機が舞いあがって来るのが見える。

 

 中には発進途中に撃墜される機体もあるが、それでも多くは離陸に成功して迎撃態勢をとり、殺到して来るディンとの空中戦に入る。

 

 地上に目を転じれば、ジン、シグー、バクゥ、ザウートが次々と地球軍の攻撃拠点を見付けてはそれを叩きつぶし、さらにそこへ上陸したゾノやグーンも加わる。

 

 全体的に見て、ザフトの優勢は明らかだった。

 

 もともと質で優っている上に、今回は量においても地球軍の3倍近い兵力が投入されている。これならば負ける道理は無かった。

 

《そんじゃ、俺達も遅れないように行きますか》

「ああ、ナチュラルどもに思い知らせてやる!!」

 

 言いながら、2機のXナンバーも、戦線に加わるべく突撃を開始する。

 

 既に歴戦の兵士と呼べるまでに成長を遂げている2人の戦いぶりは群を抜いている。

 

 バスターが砲撃力を活かして上空から地上部隊を狙い撃ちにし、デュエルは戦闘機を次々と屠って行く。

 

 当然、地球軍の反撃も来るが、機動力に優る2機を捉える事はできない。

 

 デュエルとバスターを先鋒とした部隊は、ジリジリと、着実に前進を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラスカ!?」

 

 キラの驚愕の叫びに、シーゲルは黙って頷く。

 

 シーゲルは友人のアイリーン・カナーバから、オペレーション・スピットブレイクの攻撃目標が、直前でパナマからアラスカへと変更された事を知らされ、慌てて自宅へと戻って来たのだ。

 

 アイリーンは勢いを失った穏健派とはいえ、未だに最高評議会議員を務めている人物である。その彼女が作戦の詳細を知らなかったという事は、つまりパトリックは評議会議員にすら作戦に関する情報を秘匿していたのだ。

 

「そんな、アラスカが・・・・・・」

「キラ?」

 

 ラクスの呼びかけにも気付かないほど、キラは体を震わせている。

 

 アラスカが、攻撃されている。

 

 あそこはまずい。あそこにはアークエンジェルがいる。キラの友達が、仲間達がいるのだ。

 

 せっかく、

 

 せっかく助けたのに。

 

 もう大丈夫って、思ったのに。

 

「クッ」

 

 苛立たしげに呻くキラ。

 

 今のアークエンジェルにはシルフィードもストライクもない。ザフト軍の猛攻を防ぎ切れないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・行かないと」

 

 ややあって、ポツリとキラは言った。

 

 顔を上げる。

 

 安息の時は終わった。

 

 兵士は兵士の居るべき場所へ帰る時が来たのだ。

 

「僕は行くよ」

 

 告げるキラ。

 

 どこへ、などと無駄な質問が返される事はない

 

 代わりに、ラクスは真っ直ぐにキラを見詰めて尋ねる。

 

「行って、どうなされるのですか?」

 

 その瞳は鋭く、声にも硬質を帯びているのが判る。

 

「ラクス・・・・・・」

 

 普段のゆったりとした姿とはかけ離れた娘の様子に、シーゲルも戸惑いを隠せないようだ。

 

「地球軍の兵士として、またザフトと戦うのですか?」

 

 ラクスの鋭い問いかけ。

 

 しかし、キラは黙って首を横に振った。

 

「では、地球軍と戦うのですか? コーディネイターとして」

 

 この問いにも、キラは首を振る。

 

 以前、ラクスに、なぜアスランが生きていた事を喜んでいるのかと尋ねられた時、キラは答えられなかった。

 

 だが、今ならその問いに答えられる気がした。

 

「僕は、何と戦えばいいのか、判った気がする」

 

 キラの答えに、ラクスは何かを承知したように頷いた。

 

 そこで、それまで黙っていたエストが口を開いた。

 

「なら、私も一緒に行きます」

 

 少女の言葉に、キラは驚いたように振り返る。

 

 エストはいつも通りの無表情な瞳をキラへと向けて、自分の意思が固い事を示していた。

 

「いや、君はここに残るべきだと思う。わざわざ僕に付き合わなくても良いよ」

 

 ラクスもシーゲルも、決してエストを無碍にはしないだろう。それどころや、本当の妹や娘のように可愛がってくれるだろう。わざわざ危険な戦場に舞い戻る必要など無いのだ。

 

 先程の話を聞いてしまった後では、尚更にそう思う。むしろ、ここに残ってゆっくりと体と心を癒して欲しかった。

 

 だが、キラの言葉に対して、エストは首を振り断言する。

 

「あなたが行くのに、私が行かないと言う事は無いです」

 

 そう。あのヘリオポリスの崩壊以来、キラとエストは一緒に戦って来た。

 

 相棒と呼んでも差し支えが無い2人。片方が行くのに片方が残るなど、有り得ない話だった。

 

「・・・・・・判った」

 

 キラは頷き、少女の戦場への復帰を認める。

 

 その様子を見ていたクライン親子は、何かを決意するように頷き合った。

 

「お父様。彼等に、あれを託しても宜しいのではないでしょうか?」

「うむ。この子達なら、あるいは、な」

 

 意味ありげな親子の会話に、キラとエストは訳が判らずに見ている。

 

 そんな2人に、シーゲルが向き直った。

 

「君達2人に、託したい物がある」

 

 

 

 

 

 連れて来られたのは、ザフト軍のラボだった。

 

 キラとエストは、それぞれザフトの紅服に着替えている。

 

 キラが着ているのは、アスラン達が来ていたのと同じ物で、ジャケットの丈が長いタイプの軍服である。エストが着ているのは、ジャケットの丈が短く、下がミニスカート状になっているタイプの物であった。

 

 2人は先を行くラクスに先導されて移動する。

 

 事前にレクチャーされた通り、すれ違う兵士とザフト式の敬礼を交わしながら、奥へ奥へと進んで行く。

 

 ラクス自身はよく慰問などで訪れる機会がある為、この場にいたとしても何ら違和感は無かった。

 

 やがて、3人は巨大な扉の前に辿り着く。

 

 扉の前で警護している、緑服の兵士2人は示し合わせたように頷くと、手にしたカードキーを同時に滑らせた。

 

 重々しい響きと共に、扉がスライドしていく。

 

 中に入ると内部は暗闇に包まれ、奥まで見通す事ができない。キャットウォークの足場があり、奥には巨大な空間が広がっているのが判る。

 

 ライトによる明かりがともる。

 

 内部に鎮座している機体を見て、キラとエストは思わず息を呑んだ。

 

 1機のモビルスーツが目の前に佇んでいた

 

 巨大な鋼鉄の四肢と、背中に負った一対の大振な翼。PS装甲を標準装備しているらしく、今は鉄灰色になっている。

 

 右手にはビームライフルを持ち、背中にはアグニを思わせる長射程砲1門と、シュベルトゲベールのような大剣を、折り畳んだ状態で背負っている。

 

 頭部はXナンバーを思わせる巨大な4本のブレードと、ツインアイによって構成されている。

 

「・・・・・・ガン・・・・・・ダム?」

 

 それは、かつて初めてシルフィードに乗った時と同じセリフであった。

 

 キラの言葉に、ラクスは振り返ってクスッと笑う。

 

「ちょっと、違いますわ。これはZGMF-X14A『イリュージョン』です」

 

 でも、ガンダムのほうが強そうですわね。そう言って、ラクスが笑う。

 

「なぜ、これを?」

 

 エストの問いに、ラクスは振り返って答える。

 

「あなた方に、必要だと思ったからです。お二人の願いに、行きたいと思う場所に、これは不要ですか?」

 

 勿論、これから戦火の渦中に行くのだから、いらない訳が無い。

 

 だが、

 

 キラは改めて、ラクスに向き直る。

 

 これが本当に、あのおっとりした少女なのだろうか。アークエンジェルで共に過ごした時とは、まるで別人のようだった。

 

「君は、誰?」

「わたくしは、ラクス・クラインですわ」

 

 そう言って、ラクスは微笑んだ。

 

 パイロットスーツに着替え、ヘルメットを持ってキャットウォークに戻るとラクスが変わらずに待っていた。

 

 そこでふと、ある事に気付いたエストが尋ねる。

 

「あなたは大丈夫なのですか?」

 

 ザフト軍が開発した機体を、譲渡と言えば聞こえはいいが、これはれっきとした強奪である。彼女やシーゲルの身に累が及ぶのは目に見えている。

 

 しかしラクスは、何でも無いといった風に微笑んでみせる。

 

「わたくしも、歌いますので。平和の歌を」

 

 そう言って、自分よりも華奢なエストの体を、そっと抱き締めた。

 

 エストの方も、その温もりを忘れないようにするかのように、ラクスの背中に手を回した。

 

 イリュージョンのコックピットは複座式になっており、メインパイロットが前席に、一段高い後席にサブパイロットが座る仕様となっている。

 

 メインパイロットにはキラが、サブパイロットにはエストが座った。

 

 ただちにOSに火が入り、モニターが点灯していく。

 

Generation

Unsubdued

Nuclear

Drive

Assault

Module Complex

 

 Xナンバーと似て異なる表記の文字が踊る。

 

「出力は・・・・・・ストライクの4倍以上です」

 

 エストが驚いて声を上げる。

 

 更に、キラはスペックに目を通していく。

 

「武装は、対艦刀ティルフィング、290ミリ長射程狙撃砲1門、ルプスビームライフル1基、ラケルタビームサーベル2本、バッセルビームブーメラン2基。6銃身ビームガトリング2門、ビームシールド1基、頭部ピクウス機関砲、それに・・・・・・何だこれは!?」

 

 武装の一番最後の欄にある物を見て、キラは驚愕の声を上げた。

 

 背部の翼内に、巨大な砲が収納されており、その推定出力は想像を絶している。

 

 これだけの武装を、いったいどんな動力で補っているのか。

 

 と、考えていると、視界の端にある文字が映った。

 

「Nジャマーキャンセラー?」

 

 Nジャマーが核をはじめとした動力を無力化するのは知っている。そのNジャマーをキャンセルすると言う事は、すなわち、

 

「核を積んでる。と言う事ですね」

「うん」

 

 禁忌の炎は、再び人類の手に戻ったのだ。

 

 だが、それを厭う暇は無い。2人には、その炎を上手く振るい、そして守る事が求められるのだ。

 

 モニターの中で、ラクスが手を振っているのが見える。

 

 その姿も、扉が閉じて見えなくなる。

 

 全ての準備は整った。

 

 あとは、飛び立つだけである。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

 頷き合う2人。

 

 PS装甲に火が入り、蒼いボディと天使のような白い翼が出現する。

 

 同時に、頭上のハッチが一斉に開く。

 

 その段になって、事態に気付いたザフト兵達が動き出すが、もう遅い。

 

 キラはスラスターを全開まで吹かし、機体を舞い上がらせた。

 

 その圧倒的な加速感に、思わずキラとエストは息が詰まりそうになった。

 

 宇宙空間に飛び出し、進路を地球に向けようとする。

 

 しかし、事態を聞いたザフト軍の早期警戒機が行く手を遮るようにして出現した。

 

 2機のジンは、イリュージョンに向けてライフルを放ってくる。

 

「2時と11時の方向、ジン2機、急速接近」

「了解!!」

 

 エストの報告を受けて、キラは大出力の機体を大胆に操って火線をかわしていく。

 

 その圧倒的な出力と機動性は、どのような乱暴な操縦を行っても追随してきそうなほどである。

 

「行くぞ!!」

 

 キラの叫びと共に、腰に装備したラケルタビームサーベルを抜き放つイリュージョン。

 

 同時に一気に機体を加速させる。

 

 ジン2機は慌てて照準を修正しようとするが、完全に遅い。

 

 すれ違う一瞬。

 

 その一瞬で、イリュージョンは2機の頭部を斬り飛ばしていた。

 

 そのまま一気に駆け抜けるイリュージョン。

 

 目指すは地球、アラスカ。

 

 危機にある仲間達を救う為に、今、幻想の翼は飛び立った。

 

 

 

 

 

PHASE-22「幻想の翼」   終わり

 



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PHASE-23「絶望からの一矢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎は、そこら中で立ち上る。

 

 単機で突出したディンが、地球軍の戦闘機隊に包囲され、四方八方から攻撃を食らう。

 

 しかし、そこはザフト軍のエースパイロット。巧みに機体をかわして、手にした突撃銃を放ち反撃を行う。

 

 砕け散る戦闘機。

 

 しかし、喝采を上げる暇は無い。

 

 次の瞬間には、四方八方から弾丸を食らい、ディンの方が吹き飛んだ。

 

 もっとも、その勝利も一瞬である。

 

 次の瞬間には、突入してきたザフト軍のモビルスーツ隊によって、戦闘機部隊は散り散りになる。

 

 編隊を崩した戦闘機隊など、ただの的でしかない。

 

 次々と火を噴いて落ちて行く戦闘機。

 

 地上では、地球軍の戦車とザフト軍のバクゥ、ザウートが砲火を交わしている。

 

 戦車の砲撃によって、ザウートがキャタピラを破壊されて擱座したかと思えば、破壊された機体を飛び越えてバクゥが迫り、砲撃によって戦車を潰していく。

 

 戦車隊も反撃に転じようと火砲を集中させるが、その前に上空からの砲撃によって叩きつぶされる。

 

「チッ、面白くもない的だな。こんなのしかないのか?」

 

 デュエルを駆りながら、イザークが苛立たしげに呟く。

 

 今までがシルフィードやストライクと言った難敵を相手にしてきた彼にとって、相対する敵は全て、彼を満足させるには到底足りない代物ばかりであった。

 

 横に並んだバスターが両手のライフルを放ち、更に追撃としてミサイルをばらまき、残敵を掃討する。

 

 火力に置いてデュエルに優るバスターの方が、こう言う場合は効率的な掃討戦が展開できる。

 

《あ~あ、まったく詰まんないよねえ。これじゃあ、弱い物いじめだ》

 

 ディアッカもまた、イザークと同じ考えらしい。

 

 2人にとっては、この程度の敵は欠伸しながらでも勝てる程度の物でしか無かった。

 

 とは言え、グランドホロー侵攻に向けて、あまりのんびりもしていられない。

 

「よし、このまま一気に抜くぞ!!」

《了~解!!」

 

 そう言うと、デュエルとバスターは散り散りになった地球軍を掃討しながら進撃を続けた。

 

 

 

 

 

 アラスカ基地メインゲートを背にして、アークエンジェルの奮闘は続いていた。

 

 向かってくる敵機を、その強力な火砲によって寄せ付けず、手痛い逆撃を食らわして行く。

 

 守備軍の主力艦隊を配したメインゲートは、最も強固な防衛ラインによって守られている為、さしものザフト軍も攻めあぐねているのが現状であった。

 

 しかし、それでも目の前の艦隊に目を奪われていると、海中から接近したモビルスーツ隊に足元を掬われることになる。

 

 グーンの放った魚雷が巡洋艦の艦腹を抉り、隙を突いて戦艦の甲板上に跳び上がったゾノが、フォノンメーザー砲でブリッジを潰す。

 

 アークエンジェルも無傷ではない。

 

 四方八方から、包み込むようにミサイルが接近してくる。

 

「ミサイル接近!!」

「回避、取り舵!!」

 

 マリューが命令を下す。

 

 左へ回頭するアークエンジェル。

 

 しかし、回避しきれずに、1発が轟音と共に右舷を直撃した。

 

「右舷、フライトデッキ被弾!!」

 

 機体発着用のハッチが吹き飛ばされ、カタパルトデッキがむき出しとなった。

 

 しかし、戦闘力自体に低下は無い。まだまだアークエンジェルは全力発揮が可能な状態だった。

 

「オレーグ、撃沈!!」

 

 味方艦の1隻が、モビルスーツ隊の猛攻を受けて撃沈した。

 

 その報告を聞きながら、マリューは先程から異和感のような物を感じていた。

 

 何かは判らない。だが、頭の奥に引っ掛かるような物が拭えなかった。

 

 しかし、今は不確かな違和感に構っている場合ではない。

 

「取り舵、オレーグの抜けた穴を埋める!!」

 

 回頭しながら主砲による砲撃し、迫るモビルスーツ隊を吹き飛ばした。

 

 しかし、仲間の爆炎を突き破って、更にモビルスーツはやって来る。きりが無かった。

 

「この陣容じゃ、対抗しきれませんよ!!」

 

 艦を操りながら、ノイマンが必死に叫ぶ。

 

 確かに、今のところメインゲートは死守できているが、それもいつまで持つか。更に、他のゲートを破られれば、メインゲートだけを守っていても意味は無くなる。

 

「くそっ、まんまとしてやられたもんだぜ、司令部も!!」

「主力隊は、みんなパナマなんですか!?」

 

 苛立たしげなチャンドラの言葉に、サイは問いかける。

 

「ああ、そう言う事だね」

「本当に、間にあうんですか?」

「こっちが全滅する前に来てくれれば良いけどね」

 

 リリアの言葉に投げやりに答えたのはトノムラである。

 

 処理しきれないほどの敵の数に、彼等の限界も近かった。

 

 

 

 

 

 氷の中を、数隻の潜水艦が航行して行く。

 

 ザフト軍が攻撃を始める前に、アラスカ基地を脱出した部隊である。

 

 その一室に、身なりの良い将官クラスの人間が数人集っていた。

 

 彼等は皆、本来ならば今頃、JOSH-Aにあって、必死に防衛戦の指揮を取っていなくてはならない者たちである。

 

 しかし、彼等にはそんな緊迫感は無い。ただ対岸の火事を眺めているような野次馬的な雰囲気があるだけである。

 

 そこへ、サザーランドが入って来る。

 

「第4ゲートが突破されました。地下本部への侵攻が始まりました」

 

 サザーランドの報告を受けて、居並ぶ将官達は鼻を鳴らす。

 

「もう少し、持つかと思ったのですが、ね」

「たるんでいるのではありませんか、ユーラシアの連中は」

「いやいや、あまり粘られても困りますしな」

 

 自軍の損害を、嘲りを持って酷評する。

 

 ラーズはコーヒーをすすりながら言う。

 

「最低でも、8割は誘い込まないといけないからな」

「同感です。それくらい引き込めれば、戦局の逆転も容易いでしょう」

 

 ラーズの言葉に、サザーランドは頷きを返す。

 

 2人の前には、何かの操作盤が置かれていた。

 

 

 

 

 

 船倉では、多くの兵士達が押し込まれるようにして身を寄せていた。

 

 ナタルもその中にいる。

 

 自分の右手を眺めると、そこには最後に交わした握手の感触が残っていた。

 

 マリュー・ラミアス。

 

 本当に、何もかも型破りな上官だった。

 

 だが、別れてみれば、寂寥感のような物が押し寄せて来るのを拭えなかった。

 

 もっと、腹を割って話してみたかった。

 

 だが、そう心配する事もない。と、ナタルは柄にもなく楽観視していた。

 

 あの艦の強運は、誰よりも自分がよく知っている。彼女が指揮をしている限り、決してアークエンジェルが沈む事は無いだろう。

 

 そう思った時だった。

 

「何だって!?」

 

 だしぬけに、隣にいた男が声を上げたので、そちらに振り返った。

 

 すぐに、もう1人の男が制する。

 

「シッ、やばい話なんだから、これは」

 

 そう言うと、更に声を潜める。

 

「じゃあ、残った連中は・・・・・・」

「ああ、『奮戦空しく、全滅』だろうな。そして、上の連中は最後の手段に出る。全てドカンさ」

 

 その言葉に、ナタルは息を呑んだ。

 

 何を、言っているのだ? それでは、残ったアークエンジェルは? みんなは?

 

「おい、その話!」

 

 気が付くと、ナタルは立ちあがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僚艦は次々と沈められ、アークエンジェル周囲の火線が一寸刻みに薄くなって行く。

 

 それに伴い、アークエンジェルの被弾率も上がる。

 

「バリアント、1番、2番、沈黙!!」

「艦稼働率、30パーセント低下!!」

 

 艦の損害が急速に増えて行く。

 

 そしてまた、集中攻撃を受けていた右舷側の艦が炎を吹き上げるのが見えた。

 

「イエルマーク、ヤロスラフ、轟沈!!」

 

 まただ。

 

 僚艦が沈む度に走るノイズめいた物が先程から、報告を聞くマリューの中で引っ掛かっていた。

 

「司令部とのコンタクトは!?」

「ありませんよ。『各自防衛線を維持しつつ、臨機応変に応戦せよ』って、さっきから繰り返しているだけです!!」

 

 カズイが半泣きになって返して来る。

 

 マリューは唇を噛む。

 

 司令部は一体、何を考えているのか。この段になって防衛線を維持して何になる。ここは残存兵力が残っている内に基地を放棄して撤退すべきだろうに。一時アラスカを放棄しても、補給面から言ってザフト軍が長く地上に大軍を置いておける物では無い。そこで反攻に転じれば、アラスカを奪われても、最終的な勝利は地球軍の物となる筈なのだ。

 

「パナマからの援軍は!?」

「全然、影も見えねえよ!!」

 

 サイからの問いかけに返されるトノムラの声も、悲鳴じみている。

 

 その時、ミリアリアが、驚いたように声を上げた。

 

「友軍機接近。被弾している模様!!」

 

 モニターに目を転じれば、煙を上げた戦闘機が、真っ直ぐこちらに向かってくるのが見える。どうやら、そのまま着艦する気らしい。

 

 何と言う無謀。とは言え、手を打たない訳にはいかない。

 

 マリューは受話器を引っ掴んで格納庫に繋ぐ。

 

「格納庫、どっかの馬鹿が1機突っ込んで来るわ。退避を!!」

 

 戦闘機のパイロットは余程の腕なのか、被弾してバランスも欠いた機体を巧みに操り、見事にハッチを吹き飛ばされた右舷のフライトデッキに突っ込んだ。

 

 ホッと息をつくマリュー。

 

 しかし、数分後、ブリッジに駆けあがって来た人物に、驚愕の声を上げた。

 

「艦長!!」

 

 それは人事異動を受けて艦を降りた筈のムウ・ラ・フラガだった。どうやら、さっきの戦闘機には彼が乗っていたらしい。

 

 ムウは急いでマリューに駆けよる。

 

「少佐、あなた一体・・・転属は!?」

「そんな事はどうでも良い!! それより、すぐに撤退だ!!」

 

 ムウは混乱するマリューに、叩きつけるように言う。

 

「こいつはとんだ作戦だ。守備軍はどんな命令を受けてるんだ!?」

「な、何を」

 

 突然現れてまくし立てるムウに、戸惑いを隠せないマリュー。

 

 その反応で事情を察したムウが、話を進める。

 

「良いか、よく聞け。本部の地下にサイクロプスが仕掛けられてる。作動したら、半径10キロは溶鉱炉になるってサイズの代物がな」

 

 その言葉に、ブリッジにいた誰もが息を呑んだ。

 

 サイクロプス。

 

 それはかつて、月のグリマルディ戦線で地球軍が使用した大量破壊兵器。マイクロウェーブを高出力で発振する事で、周囲の物を焼きつくす。言わば電子レンジの超大型版である。

 

 そんな物が作動したら、ザフト軍はおろか、守備軍も巻き込まれてしまう。

 

「この戦力で防衛は不可能。パナマからの援軍は間にあわない。やがてゲートは突破され、司令部は本部の破棄も兼ねてサイクロプスを作動させる。それでザフトの戦力の大半を奪う気なんだよ。それが、お偉いさんが書いた、この戦闘のシナリオだ」

「そんな・・・・・・」

 

 それだけの言葉を、ようやく絞り出すマリュー。

 

 まさか、味方の司令部がそんな作戦を立てるとは。

 

「俺はこの目で見て来たんだよ。司令部は蛻の殻さ。残ってるのは、ユーラシアの部隊と、アークエンジェルのように、向こうの都合で切り捨てられた奴らばかりさ」

 

 そこで、マリューは先程から自分が感じていた異和感の正体に気付いた。周囲を取り巻く艦が、全てユーラシア連邦所属の艦ばかりなのだ。大西洋連邦所属の艦はアークエンジェルだけである。

 

 それが意味する事はただ一つ。自分達が「切り捨てられた手足」だと言う事だ。

 

「俺達に、ここで死ねって事ですか?」

「撤退した事を、悟られないように奮戦してな」

 

 ノイマンの掠れた声に、ムウは苦い顔で応じた。

 

 その時、CICからか細い声が聞こえて来た。

 

「・・・・・・こう言うのが、作戦なの?」

「ミリィ?」

 

 声を発したのはミリアリアだった。

 

「戦争だから、私達軍人だから・・・・・・そう言われたら、言われた通りに死ななきゃいけないの?」

 

 その言葉に、誰も答える事ができない。

 

 誰だって、こんな作戦に納得がいくはずが無かった。

 

 「統率の外道」と言う言葉がある。絶対に生還不可能な作戦に、「死んで来い」と言って部下を送り出す事である。しかし、これは、それにすら劣る。何しろ、味方である守備軍すら騙して死地に立たせているのだから。

 

 やがて、マリューは苦痛に満ちた決断と共に顔を上げた。

 

「・・・・・・ザフト軍を誘い込むのが作戦なら、本艦は既に、その任を果たしたと判断します」

 

 誰にも文句は言わせない。不退転の決意と共に、マリューは続ける。

 

「なお、この決断は、アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスの独断であり、乗員には一切の責任がありません」

 

 その姿勢に、ムウは感服すると同時に痛ましさも感じ、慰めの言葉を駆ける。

 

「そう、気張るなって」

 

 その言葉に、マリューは少しだけ泣きそうになりながらも続ける。

 

「本艦はこれより、現戦闘海域を放棄、離脱します。僚艦に打電。『我に続け』。取り舵、湾部の左翼を突破します!!」

 

 命令を終えて、マリューは艦長席に座り直す。

 

 そのマリューに、ムウが囁きかけた。

 

「脱出もかなり難しいが、諦めるな。俺も出る」

「少佐!?」

 

 驚くマリューに、ムウは不敵に笑い掛ける。

 

「忘れた? 俺は不可能を可能にする男だって事」

 

 

 

 

 

 守り手がいなくなれば、脆い物である。

 

 アークエンジェル以下、残存艦が退避した事によって無防備となったメインゲートは、攻撃を集中されてあっさりと崩れ落ちる。

 

 そこから一気に内部へと突入を開始するザフト軍。

 

 次々と砲火を開き、内部で破壊の限りを尽くしていく。

 

 だが無論、それで終わりと言う訳にはいかない。退避に掛かろうとするアークエンジェル以下の艦隊にも、ザフト軍の追撃の手が伸びる。

 

 その様子は、ランチャーストライカー装備のスカイグラスパーで出撃したムウからも見て取れた。

 

「くそッ ゲートはくれてやったんだ。こっちは見逃してくれたっていいだろ!!」

 

 叫びながら放ったアグニが、ディンを撃墜する。

 

 アークエンジェルは僚艦をひきつれて湾口を目指すが、既にザフト艦隊が封鎖線を形成して待ち構えている。

 

 一斉に放たれるミサイル。

 

 空中にあって高い機動力を誇るアークエンジェルは回避に成功するが、僚艦は雨霰とミサイルを食らい炎を上げる。

 

「リューリク、航行不能!!」

「ロロ、撃沈!!」

 

 更に、事態は最悪を告げる。

 

「後方より、デュエル、およびバスター!!」

 

 クルーゼからの命令を受けて、アークエンジェル撃沈の為にやって来たイザークとディアッカであった。

 

「足付き、今日で最後だな!!」

「これで、きっちり終わらせてやるよ!!」

 

 相手が因縁の艦とあって、2人の意気は否が応でも上がる。

 

 駆け抜ける2機。

 

 それを防ごうと、スカイグラスパーが立ちはだかる。

 

「やらせるかよ!!」

 

 デュエルを狙って放つアグニ。

 

 しかし、デュエルはあっさりと回避してのける。

 

「舐めるな!!」

 

 お返しに放ったライフルは、スカイグラスパーのアグニを貫いた。

 

 とっさに、ストライカーパックをパージするムウ。

 

 しかし、その間にバスターはアークエンジェルへと迫る。

 

「逃がすかよ!!」

 

 放たれたライフルの一撃は、今にも発射しようとしていた後部ミサイル発射管を直撃。誘爆によってダメージは機関にも及ぶ。

 

「クッ、アークエンジェル!!」

 

 ムウが見ている前で、艦がみるみる傾斜していく。

 

「64から72ブロック、閉鎖!!」

「艦稼働率、42パーセントに落ちます!!」

 

 既に艦の機能は殆ど失われてしまっている。それでも残った火器を動員して敵を防ごうとするアークエンジェル。

 

 尚も迫る敵機を幾ばくか撃ち落とすが、それも気休め以上にはならない。

 

ブリッジ付近にも命中弾があり、大きな衝撃が来る。

 

「うわぁぁぁ、もうダメだぁ!!」

「落ち着け、バカやろう!!」

 

 恐慌に陥ったカズイを、パルが怒鳴り付けるが、その彼の顔にも焦りが隠せない。

 

「艦の姿勢、維持できません!!」

「こっちもダメです!!」

 

 ノイマンとトールの悲鳴じみた報告。

 

 艦が急速に傾斜し、海面が近付いて来る。

 

 同時に、ブリッジの目の前で敵機が長大なライフルを構えた。

 

 カーキ色の機体はバスターである。

 

 敵に奪われた、本来なら自分達の物になる筈だった機体。

 

 その機体が、自分達にとどめをさすのか。

 

 向けられる銃口。

 

 ミリアリアは、迫る死から逃れるように、目を逸らし、リリアは唇をかみしめる。サイとトールは、迫る敵を睨みつけ、カズイは逃げ出そうと立ち上がる。

 

 マリューもまた、モニターの中の敵機を睨みつける。

 

 あの苦しい戦いは何だったのか。

 

 ヘリオポリスから続いた苦しい戦いを潜り抜け、ようやくたどり着いたアラスカでは味方に裏切られ、そして死のうとしている。

 

 子供達も、こんな事なら拘束なんてしなければ良かった。

 

 キラと、エスト、そしてついには、全員を死なせる事になってしまうなんて。

 

 一方、バスターのコックピットでは、ディアッカが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「今までさんざん手こずらせてくれたけど、これで終わりだ」

 

 言い放つと同時に、超高インパルス長射程ライフルを構えるバスター。

 

 その銃口が、光を帯びる。

 

 これで終わり・・・・・・

 

 マリューがそう思った瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空から降り注いだ一条の閃光が、バスターの掲げる銃身を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 突然の事で、とっさに理解が追いつかないディアッカ。

 

 次の瞬間、上空から急降下してきた機体が、バスターの頭部を一撃で斬り落とした。

 

「な、何なんだよ!?」

 

 損傷して、後退していくバスター。

 

 迫る脅威を排除した後、アークエンジェルの窮地を救った機体は、艦を守るようにしてブリッジの前に陣取り翼を広げる。

 

 流麗な機体だった。蒼いボディに、天使を思わせる白い双翼。基本的な形状は、Xナンバーと似通っているが、大部分が異なっている。

 

 唖然とするブリッジに、通信が入った。

 

《こちら、キラ・ヒビキ。援護します。今のうちに退艦を!!》

 

 その言葉に、一同は息を呑む。

 

「き、キラ?」

「キラだ」

「生きてたんだ!!」

 

 サイが、リリアが、ミリアリアが声を上げる。

 

 その間にも、キラと、そしてエストはイリュージョンを駆って前へと出る。

 

 エストは、目の前のモニターに目をやる。

 

 同時にキラが、搭載されているマルチロックオン機能を起動、イリュージョンの背部に装備した290ミリ長射程狙撃砲を展開して構えた。

 

「攻撃、今」

「了解!!」

 

 エストの指示に従い、キラがマルチロックオン。

 

 殆ど間断ない射撃を放つ。

 

 それだけで、前方から向かってくるモビルスーツ群が、頭部を、手足を、武装を撃ち抜かれて戦闘不能に陥る。

 

「次!!」

「11時方向より、モビルスーツ群。その次に4時、次は1時」

 

 エストは戦況を見据え、次々と敵の攻撃パターンを割り出す。

 

 これこそが、イリュージョン最大の武器「デュアルリンク・システム」である。

 

 イリュージョンのOSには数億にも及ぶ戦闘パターンが登録されており、それを駆使して可能性の高い順に3パターンの攻撃を予測する、短期未来予測が可能となっている。ただし、データは膨大であり戦闘中にパイロットがその処理をする事は事実上不可能。そこでイリュージョンは複座式となり、サブパイロットが戦況予測を担当、メインパイロットが操縦と攻撃を担当するのである。これとマルチロックオン機能を合わせれば、敵機の攻撃を完璧に先読みし、相手が行動を起こす前に制圧する事も不可能ではない。

 

イリュージョンは更に、対艦刀ティルフィングを抜き放って斬り込む。

 

 反撃しようと火線を放つザフト軍だが、幻影の名を持つ機体を捉える事はできない。

 

 急接近したイリュージョンは、長大な大剣を、まるで腕の延長のように軽々と振るい、迫るモビルスーツを片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 アークエンジェルを包囲する部隊が壊滅するまでに1分も掛からなかった。しかも、驚くべき事に、全てがコックピットやエンジン部を外しての攻撃であった。

 

 一息ついた所で、キラは再びアークエンジェルへ通信を入れた。

 

「マリューさん、早く退艦を!!」

《き、キラ君!?》

 

 キラの言葉に、マリューは混乱しているのか、たどたどしく現状を伝えて来る。

 

《あ・・・・・・いえ、あの、本部の地下に、サイクロプスが仕掛けられていて、私達は、囮に・・・・・・》

 

 伝えながら、マリューは情けない気持ちになる。地球軍の士官として、キラの仲間を預かる艦長として、このような事を伝えなくてはならないのがつらかった。

 

 その間にも向かってくる攻撃を、イリュージョンはビームシールドで防ぎ、お返しに腕部に内蔵されたビームガトリングを放ち、攻撃してきたディンの頭部を吹き飛ばした。

 

《作戦なの。知らなかったのよ!!》

 

 マリューの悲痛な叫び。最後の方は、殆ど涙交じりである。

 

《だから、ここでは退艦できないわ。もっと、基地から離れないと》

 

 その事で、大体の事情を察する。

 

「キラ」

「うん、判ってる」

 

 キラとエストは短いやり取りの後、イリュージョンは再びティルフィングを構えて斬り込む。

 

 同時にキラは、回線をオープンチャンネルにして叫ぶ。

 

「ザフト、連合、両軍に伝えます。アラスカ基地は間もなく、サイクロプスを作動させ、自爆します。両軍ともただちに戦闘を停止し、撤退してください。繰り返します・・・・・・」

 

 キラの声は、包囲するザフト全軍に伝えられる。

 

 しかし、モビルスーツ隊の勢いは留まる事を知らず、次々と押し寄せてはイリュージョンの大剣によって、頭部や手足を斬り飛ばされて後退を余儀なくされる機体が続出する。

 

 勝ちに乗っている軍隊が、敵の勧告などに従う筈もないのだ。

 

 その筆頭とも言うべき存在が、イザークである。

 

「下手な脅しを!!」

 

 彼にはそれが、命惜しさの戯言にしか聞こえていなかった。

 

 どうせ味方を逃がす為に欺瞞を並べ立てているにすぎないのだ。その手には乗らない。

 

 ビームサーベルを抜き放ち、イリュージョンに斬りかかるデュエル。

 

 対してイリュージョンは、斬りかかられる前にデュエルの拳を掴む。

 

《やめろと言っているだろう。死にたいのか!?》

「何を!?」

 

 通信機から聞こえた若い男の声に、イザークは突発的に食いかかる。まるで自分ではかなわないと言っているような口ぶりが許せなかった。

 

 ゼロ距離からイリュージョンの頭部に向けてレールガンを放つデュエル。

 

 しかし、その砲撃を、イリュージョンはあっさりと回避してのけた。

 

 いったん離れる2機。

 

 しかし、イリュージョンはデュエルが体勢を立て直す前にティルフィングを構えて斬り込む。

 

 真っ直ぐコックピットを目指す刃。

 

 イザークは一瞬、死を予感したが、命中の直前にイリュージョンは剣閃を下げ、デュエルの足を薙ぐに留めた。

 

《早く脱出しろ。もうやめるんだ!!》

 

 キラはそう言うと、デュエルを蹴り飛ばす。

 

 落下するデュエルは、空中でディンに拾われる。

 

 そのコックピットの中で、イザークは遠ざかって行く蒼い機体を不思議な面持ちで眺めていた。

 

 あの時、確かに大剣はコックピットを狙っていた。しかし、あのパイロットは直前で、不自然に剣を下げた。まるでイザークを助けるかのように。

 

「あいつは、いったい・・・・・・」

 

 イザークには理解できない事だった。

 

 

 

 

 

 潜水艦の艦長室で歓談する将校たちの中にあって、サザーランドはふと時計を見てから呟いた。

 

「そろそろですかな」

 

 まるで、これからちょっとした余興でも始まるかのような口ぶりである。

 

 サザーランドとラーズは、それぞれ首に下げた鍵を取りだすと、目の前の装置の付けられたカバーを開いて、鍵を差し込む。

 

 両者は互いに頷き合うと、鍵に両手を添える。

 

「コーディネイターどもに死の鉄槌が下されん事を」

「青き清浄なる世界の為に。3・・・2・・・1」

 

 カチリッ と言う音と共に、いっそ呆気なく鍵は回された。

 

 

 

 

 

 変化は、唐突に起こった。

 

 アラスカ基地内部へと進行中だったザフト軍の兵士は、自分達に向かってくる電磁波の嵐を目撃する。

 

 しかし、それが、彼等が見た最後の光景だった。

 

 まず、脳が電磁波によって焼きつぶされ、次いで体内の水分が膨張したかと思うと、肉体が一瞬で膨れ上がり、内側から弾け飛んだ。

 

 更にモビルスーツも、電装系を侵食されて爆発する。

 

 電磁波の影響は、敵味方の区別なく、効果範囲にある物を全ての見込み、破壊しつくしていく。

 

 あまりに強力。あまりに非人道的。

 

 サイクロプスが忌み嫌われる理由はここにあった。

 

「機関全速、退避!!」

 

 マリューが必死になって叫ぶ。

 

 生き残ったエンジンを総動員して退避するアークエンジェル。

 

 迫る電磁波が足首をつかむ恐怖を必死に押し殺して、退避を急いだ。

 

 

 

 

 

 その光景は、ザフト艦隊でも観測する事が出来た。

 

 巨大な電磁波の嵐がアラスカ基地全体を包み、内部にいる全てを焼き尽くしていく。

 

 生存者の存在など、考えるだけ時間の無駄であろう。

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

 誰もが呆然とする中、1人、その様子に笑みを見せる者がいる。

 

「してやられましたな、ナチュラルどもに」

 

 ラウ・ル・クルーゼはそう言って、仮面の奥で笑みを閃かせた。

 

 

 

 

 

 近くの小島にある海岸に、アークエンジェルはつんのめるようにして突っ込んでいた。

 

 誰もが脱力して、目の前の機器に顔を埋めている。

 

「た、助かった、のか?」

「・・・・・・た、たぶん」

 

 本当に、息も絶え絶えと言った感じである。もし今、ザフト軍の攻撃を受けたら、成す術もなく撃沈されてしまう事は想像に難くない。

 

 しかし、今はそんな事どうでも良かった。

 

 生きている。

 

 その実感だけが、今の彼らの全てだった。

 

 モニターを見れば、少し離れた場所にイリュージョンが着陸しているのが見える。どうやら、向こうも生き残ることに成功したらしい。その脇には、ムウのスカイグラスパーも着陸していた。

 

 だが、地球軍で生き残ったのはアークエンジェル1隻のみ。あれだけいた味方は全て、敵に撃沈されるか電磁波に巻き込まれて全滅してしまった。

 

 これからどうするか。

 

 そんな言葉が、艦長席で項垂れるマリューの脳裏をよぎる。

 

 が、今はともかく、助かった事を喜ぶべきだった。

 

 

 

 

 

 アスランが到着すると、総司令部はハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

 行きかう兵士はみな、緊張した表情を浮かべ、中には怒号さえ上げているものもいる。

 

 いったいどうしたというのか? まさか、スピットブレイクの隙を突いて、地球軍がプラント本国に奇襲でもしかけて来たのだろうか。

 

 そんな事を考えていると、見知った顔を見つけた。

 

「ユウキ隊長!!」

 

 アスランに呼ばれて振り返った黒服の男は、かつてアスランがアカデミー時代に世話になった人物である。今は司令部幕僚として本部勤務をしているはずだ。

 

「アスラン・ザラ、戻っていたのか?」

「ええ、つい先ほど。それよりも、この騒ぎは一体・・・・・・」

 

 言っている内にも、兵士が血相を変えて走り回っている。

 

 ユウキは苦い顔をして、アスランに言う。

 

「未確認情報だが、スピットブレイクが失敗したらしい」

 

 その言葉に、アスランは目を見開く。

 

 まさか、ザフト全軍の7割以上を投入して敗れるなど、いったい誰が想像しただろう?

 

 それに作戦に参加したラウやイザーク、ディアッカ達の事が気がかりだった。

 

「では、パナマは・・・・・・」

「いや、スピットブレイクの目標はパナマじゃない。アラスカに変更されたんだ」

「ええ!?」

 

 驚愕するアスランに、ユウキは言いにくそうに声をひそめて顔を近づけた。

 

「君にはもう1つ、悪い報せがある。開発が進められていた新型モビルスーツが1機、スパイの手に奪われた。そのスパイの幇助をしたのが、ラクス・クラインだという話だ」

「そんな!?」

 

 ラクスが? 何で?

 

 アスランは訳が判らないまま、足元の地面が崩れていくような錯覚に捉われていた。

 

 

 

 

 

PHASE-23「絶望からの一矢」   終わり

 



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PHASE-24「激流、流れるままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラはラダーから降りてくるエストの脇に手を入れ、地面に下してやる。

 

 振り返れば、アークエンジェルから降りてきたマリューやサイ達が、不思議な物でも見るかのように、こちらを見ていた。

 

 歩み寄り、笑みを向けた。

 

「間に合って、良かったです」

「キラ君・・・・・・エストさん・・・・・・」

 

 呆然とするマリュー。彼女達からすれば、幽霊が生きて帰って来たようなものである。驚くのも無理はなかった。

 

「キラ!!」

「この野郎、お前、生きてたのか!!」

 

 サイとトールがキラに駆け寄って腕を首に巻きつける。

 

 一方、ミリアリアとリリアは、エストへ駆け寄った。

 

「良かった。ほんとに良かった」

「苦しいです、ミリアリア・ハウ」

 

 首っ玉に抱きつかれながらも、無表情で返すエスト。

 

「ほんとに、心配したんだからね!!」

 

 リリアはそう言いながら、無事なほうの手でクシャクシャになるまでエストの頭を撫でる。

 

 子供達の再会の風景を眺めながら、マリューが声をかけた。

 

「お話ししなくちゃいけない事が、たくさんあるわね」

「ええ、僕達も、聞きたい事があります」

 

 そこでふと、2人が着ているパイロットスーツに目をやったムウが口を開いた。

 

「ザフトに、行っていたのか?」

「・・・・・・はい。でも僕達はザフトじゃありません。そしてもう、地球軍でもありません」

 

 そう告げるキラの目には、強い意志が浮かぶ。エストもまた、同調するように強く頷いた。

 

 その意志を受け、マリューも頷きを返した。

 

「判ったわ。それで、あの機体については、どうすればいいの?」

 

 マリューの目は、膝をついて駐機しているイリュージョンへ向けられる。先ほどまで目の覚めるような蒼だった装甲も、今はPS装甲を解除され、鉄灰色になっていた。

 

「補給や整備については、今のところ問題ありません。あれにはNジャマーキャンセラーが積んでありますから」

 

 その言葉に、一同は驚愕した。それはつまり、核エンジンが使用可能になっている音を意味している。

 

 しかし、キラは強い意志を込めた瞳で言う。

 

「解析しようというなら、お断りします。そして、奪おうとするなら、敵対してでも守ります。それが、あれを託された僕達の責任ですから」

 

 その意志を前に、マリューも少年が変わった事を知った。

 

 今までのキラは、元テロリストという手前か、必要以上に、自分たちに意思を示すようなことはなかった。しかし、今のキラは、はっきりとした意思を持って歩いているのが判る。

 

 それはエストも同様である。いや、かつての感情の希薄ぶりからすれば、彼女の変化はより顕著であると言える。

 

 いったい、オーブ沖でのMIAから今まで、彼らの身に何があったのか。

 

 マリューは戸惑いとも、頼もしさともつかない感情と共に、キラとエストを見ていた。

 

 

 

 

 

 アスランが議長室に入ると、パトリックが数人の議員や兵士に指示を飛ばしているところだった。

 

 彼らの顔もみな、一様に緊張と焦燥の色が強い。

 

 スピットブレイク失敗の損害は凄まじく、参加兵力の8割を喪失したザフト軍は、今や戦線の維持すら難しくなっている状態である。

 

「クルーゼはどうした?」

「まだ、コンタクトはとれていませんが、無事との報告が入っています」

 

 その言葉に、アスランはそっと息をついた。

 

 どうやらラウは無事らしい。ならば、一緒にいるはずのイザークやディアッカも無事である可能性が高い。

 

「とにかく、残存する部隊はカーペンタリアへ集結を急がせろ。浮足立つな。欲しいのは、冷静かつ客観的な情報だ。クライン等の行方はどうなっている?」

「まだです。どうやら、地下に相当なルートを構築していたらしく、発見には時間がかかることが予想されます」

「急がせろ。司法局を動かしてもかまわん。何としても奴らを見つけ出すのだ。カナーバ等、クラインと親交のあった議員も、全て拘束しろ」

 

 その言葉に、議員たちは渋った様子を見せる。そんな事をしていったいどうしようというのか。

 

 だが、戸惑う彼らに、パトリックは語気を強めて言う。

 

「スパイを幇助したラクス・クライン。行方の分からぬその父、そして漏洩されていたスピットブレイクの情報。子供でも判る図式ぞ!!」

 

 その言葉に、アスランは顔をしかめる。

 

 確かに、言われてみれば筋道だっていなくもない。だが、あまりにも強引過ぎる。これでは「子供でも判る図式」ではなく、「子供でも判る図式に無理やり押し込めている」ようにしか見えない。

 

 やがて、議員たちが出ていくと、アスランはパトリックに近づいた。

 

「・・・・・・父上」

「何だそれはっ」

 

 父の冷たい言葉に、アスランはあわてて敬礼を返す。

 

「失礼しました、ザラ議長」

 

 態度を改めた息子に、パトリックはフンっと鼻を鳴らしてねめつけた。

 

「まだ、正式な発表はないが、ラクス・クラインは国家反逆罪として、指名手配されることになる。お前はZGMF-X09Aジャスティスのパイロットとして、奪われたZGMF-X14Aイリュージョン追撃の任に付け。目的は機体の奪回、及び、それに関わった人物の抹殺、施設の全破壊だ」

「そんな、関わった人物や、施設に至るまで、全てですか?」

「そうだ」

 

 驚くアスランに、パトリックは冷酷に告げる。

 

「あれらの機体には、Nジャマーキャンセラーが積まれている。敵に奪われたままにしておくことはできん」

「そんな、Nジャマーキャンセラー、それでは!!」

 

 核エンジンを積んでいる。

 

 ユニウスセブンを、

 

 母、レノアを殺した火を、父は手にしたというのか。

 

「勝つ為に必要なのだ、あの力が!!」

 

 強硬に叫ぶ父の姿が、アスランには狂気に捉われているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、作戦だったんですか?」

 

 ブリッジの壁に寄りかかり、キラは尋ねた。ひと段落した彼は、着なれた地球軍の青い軍服を着ている。エストも同様で、ピンク色の軍服に着替えていた。

 

 アラスカ基地で行われた事の一部始終を聞かされ、キラは苦い顔をした。

 

 伝えられなかった作戦内容。仕掛けられたサイクロプス。

 

 エストの身の上に起こった事も勘案すれば、これまで見えていなかった地球軍の実態がここにきて一気に浮き彫りになった感がある。

 

 一歩遅かったら友人の命が失われていたと思うと、反連邦テロリストとして戦ってきたキラにとっても苦々しい思いである。

 

「それで、これからどうするのですか?」

 

 尋ねたのはエストだ。

 

 アークエンジェルは、幸か不幸か生き残ってしまった。ならば、今後の身の振り方も考えなくてはならない。

 

 本来であるならば、主力軍が集結しているパナマへ行くべきなのだが。

 

「歓迎してくれるのかね、色々知っちゃってる俺達をさ」

 

 嘯くように言うムウの言葉は、一同の気持ちを総括している。

 

 アラスカの真実。それを知った上で、抗命して生き残ったアークエンジェルである。良い顔をされない事だけは間違いない。よくて監禁、悪くすれば口封じに全員が殺されかねない。

 

 パナマに行く。その選択肢は、今や完全にゼロといえた。

 

 では、どうする?

 

 今後の身の振り方を、どう決める?

 

 アークエンジェルの舳先が向く先は、今や完全に混迷の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃屋と化した劇場の前に立ち、アスランは息をのむ。

 

 吹き付ける風がなお一層寂寥感を呼び、終わった時代への哀悼をうかがわせる。

 

 なおも包帯を巻いた腕には、ピンク色の球体が握られている。

 

 それは、ラクスが最もかわいがっていたピンク色のハロだった。

 

 父との殺伐とした会見を終えたあと、アスランはその足でクライン亭へと向かった。

 

 美しい景観を誇っていた屋敷は、すでに踏み込んだ司法局員の手によって手当たりしだいに荒らされ、無残な姿を晒していた。

 

 調度品はすべて破壊され、窓ガラスも叩き割られていた。

 

 ここにはもう、何の手がかりもないだろう。

 

 そう思って立ち去ろうとした時に、飛び出して来たのがこのハロだった。

 

 ハロはアスランを導くように、一つの花壇の前で止まった。

 

『ホワイトシンフォニー』

 

 そう名付けられた薔薇の花壇。

 

 その名前には、覚えがあった。

 

 確か、ラクスが一番はじめに歌を披露した場所の名前。いわば、歌姫ラクス・クラインの原点とも言うべき場所であった。

 

 全てを察したアスランは、そのままこの場所へと赴いたわけである。

 

 左手にハロを持ち、右手には銃を抜いて中に入る。

 

 コンサートホールまで来ると、それまで沈黙していたハロが、突然目を点滅させてアスランの手から飛び出した。

 

「ハロハロ、ラクス~」

 

 相変わらず、間の抜けた声とともに、ステージに飛び乗るハロ。

 

 そこには果たして、探し求めていた人物の姿があった。

 

「まあ、ピンクちゃん」

 

 ラクスは跳ねてきたハロを抱きとめると、アスランに向き直った。

 

「やはり、あなたが連れて来てくださいましたのね、アスラン」

「ラクス・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスは薄青色のステージ衣装を着て、長い髪をツインテールにしている。まるで、本当にこれからここで、彼女のステージが始まるかのようだ。

 

 そんなラクスの前に立ち、緊張した面持ちで銃口を向けるアスラン。

 

「どういう事なのです? 本当なのですか? あなたがスパイの手引をしたなどと」

 

 こうして対峙してみると、余計に現実感のない話に思える。

 

 目の前の少女が、スパイを幇助したなど。できるなら、本人の口から否定してほしかった。

 

 やがて、ラクスは口を開く。

 

「スパイの手引などしていません」

 

 その言葉に、一瞬歓喜を浮かべかけたアスランだが、すぐに続けられたラクスの言葉に、さらなる衝撃を受けた。

 

「ただ、渡しただけですわ。キラと、エストに、守るための剣を」

「っ!?」

 

 その言葉に、アスランは息をのむ。

 

 いったい何を言っているのだ?

 

 キラに渡した?

 

 なぜ、そこでキラが出てくる?

 

「そんなはずはない・・・・・・キラは、あいつは・・・・・・」

「あなたが殺しましたか?」

「ッ!?」

 

 冷たく突きつけられるラクスの言葉に、一瞬息をのむ。

 

 あの時の衝撃。

 

 シルフィードをイージスの剣で貫いた時の感触が、今も手に残っている。

 

 対して、ラクスは一瞬後には凍りつきそうな空気を融解させ、アスランに笑いかけた。

 

「大丈夫。キラは無事ですわ」

 

 だが、その言葉が余計にアスランを刺激する。

 

「嘘だッ あいつが、キラが、生きているはずがない!! いったいどういう企みなのです、ラクス・クライン!?」

 

 激高するアスランに、ラクスはあくまで穏やかに言葉をつづる。

 

「マルキオ様がお連れになりましたの。あなたとキラが戦った場所の近くには、マルキオ様の庵があったのです」

 

 マルキオ導師の事は知っている。確か、プラントと地球の仲立ちをし、戦争の早期終結に尽力している人物であると。

 

「言葉は信じませんか?」

 

 ラクスは、舌鋒も鋭くアスランを見る。

 

「では、ご自分でご覧になったものは? 戦場で、久しぶりにお戻りになったプラントで、何もご覧になりませんでしたか?」

 

 狂気を孕んだような父。その父が開発した、核を動力とした機体。

 

 それらがまともではない事は、アスランにも判る。

 

「ラクス・・・・・・」

 

 もはや何を信じればいいのかさえ判らなくなりつつあるアスランに、ラクスは続ける。

 

「アスランが信じて戦う物は何ですか? いただいた勲章ですか? お父様の命令ですか?」

「ラクス!」

「そうであるならば、キラは再びあなたの敵となるかもしれません。そして、この私も・・・・・・」

 

ラクスは立ち上がり、ゆっくりとアスランへと歩み寄る。

 

「敵だというのなら、私を撃ちますか? 『ザフトのアスラン・ザラ』?」

 

 瞳はまっすぐにアスランを射抜く。

 

 なにも武器を持たず、戦う事すら知らないはずの少女は完全にアスランを圧倒している。

 

 ザフトの兵士としてのアスランなら、確かにこの場でラクスを撃たねばならない。

 

 だが、本当にそれで良いのか?

 

迷うアスラン。

 

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 

 それすら、今のアスランには分からない。

 

耳に複数の足音が聞こえてきたのはその時だった。ハッとしたアスランは咄嗟にラクスを背後に庇い、新たに現れた一団に銃を向ける。

 

「ご苦労様でした、アスラン・ザラ」

 

 先頭の男が、慇懃に言う。

 

 司法局の人間であることは、すぐに判った。どうやら、アスランは尾行されたらしい。

 

 数は10以上。向けられる銃口は、どうやら問答無用を意味しているらしい。

 

「やはり婚約者ですね。実に手際がいい。さあ、彼女をこちらに渡してください。国家反逆罪の逃亡犯です。この場での射殺もやむなしとの命令を受けています」

「そんなバカな!?」

 

 話が早すぎる。これでははじめから犯人扱いではないか。

 

 どうやらパトリックは、穏健派や中立派が騒ぎ立てる前に、主謀者死亡で事件を闇に葬り、もって自分の権力を確立するつもりらしい。

 

 銃を持つ手に力を込めるアスラン。

 

 こんな事が許されて良い筈が無い。確かにラクスがした事は重罪だが、このような陰謀によって彼女が葬られる事は、アスランの良心が許さなかった。

 

 しかし、分が悪すぎる。数が違う上に、今のアスランは片手を怪我している。これではラクスを守る事も叶わない。

 

 そう思った時だった。

 

 突然の銃声が響き、司法局の男が倒れる。

 

 その一瞬のすきを突いて銃を投げ捨てると、アスランはラクスを抱えてステージから飛び降りる。

 

 なおも銃撃戦は続いていたが、奇襲を受けたこともあり、司法局側が全滅するのに1分も掛からなかった。

 

「もう、良いですか、ラクスさん」

 

 銃声が止んだ頃、舞台袖から出てきた人物を見て、アスランは思わず声を上げた。

 

「二コル、君もか!?」

 

 アスランにとっても友人であり、プラントを代表するピアニストの少年、二コル・アマルフィがそこに立っていた。

 

「お久しぶりです、アスラン」

「あ、ああ」

 

 ほほ笑む少年は、次いでラクスに目を向けた。

 

「行きましょう、ラクスさん。ここにこれ以上いるのは危険です」

「そうですわね、それではアスラン、ピンクちゃんをありがとうございました」

「マ~イド、マイド!!」

 

 主従ともに、場違いな声を発する。

 

 だが、すれ違う一瞬、ラクスはアスランに告げた。

 

「キラは地球です。会って、お話しされてはいかがですか?」

 

 

 

 

 

 ザフト最新鋭の機体だけあって、ジャスティスはそれまで乗っていたイージスとは段違いの性能を示していた。

 

 ビームライフル1基に、腰にはビームサーベルを装備、背中には巨大なリフターを装備して機動性向上が図られている。引き絞られた四肢はいかにも接近戦向けで、アスランの特性に合わせたかのようだ。

 

 そのコックピットに座し、アスランはラクスの言葉を考える。

 

 地球にいるキラ。

 

 彼と話す事が出来れば、自分の中の疑問にも答えを出す事が出来るのだろうか?

 

 判らない。

 

 判らないが、今は動き出すしかなかった。

 

 機体のOSに灯を入れ、同時にPS装甲を起動する。

 

 纏う衣の色は深紅。血に塗れた自分には相応しい色に思える。

 

 眦を上げる。

 

 全ては、ここから始まるのだ。

 

 上方のハッチが一斉に開き、発進準備が整った。

 

「アスラン・ザラ、ジャスティス出る!!」

 

 鋭い叫びと共に、迷いを抱えた紅き騎士が飛翔する。

 

 目指すは地球。友がいる場所へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入港して来る白亜の艦を見て、カガリは思わず涙が出そうになった。

 

 潜り抜けてきた激闘のすさまじさを物語るように、装甲のあちこちに損傷が目立っていた。

 

 迷った末に、アークエンジェルは縁のあるオーブ連合首長国を頼って亡命する事にした。

 

 だが、カガリを驚かせたのは、そんな事ではなかった。

 

 事前に提出されたクルー名簿の中に、あり得ない2人の名前を見つけたからだ。

 

 キラ・ヒビキとエスト・リーランド。死んだと思っていた2人が、あの船に乗っている。

 

 カガリが歓喜に包まれたのは言うまでもない事である。

 

 艦が桟橋に停止すると、居ても立ってもいられずに、隣に立つキサカをほっぽり出して駆けていく。

 

 途中、艦に入ろうとした瞬間、担架に乗せられた重傷人の列に阻まれ、踏鞴を踏む。

 

 運び出されてくる誰もが苦痛に顔を歪め、戦いのすさまじさを物語っていた。

 

 カガリはさらに、勝手知ったる艦内の廊下を駆け、やがて、目指す2人を見つけた。

 

「キラ!! エスト!!」

 

 呼びかけられ、振り返る2人。

 

 だが、その時には回避不能な距離にカガリが飛び込んできた。

 

「カガリ、うわっ!?」

 

 勢いあまって、もつれるように床に転がる3人。キラとエストにいたっては、そのまま床に後頭部をぶつける。

 

「か、カガリッ!?」

「痛いです」

 

 カガリに押しつぶされて、2人はそれぞれ声を洩らすが、カガリはそんな事お構いなしに、2人を抱きしめる。

 

「お前ら、本当に、本当に生きてるんだな!?」

「生きてるよ。僕も、エストもね」

「重いです」

 

 2人の心のこもった声を聞きながら、カガリは嗚咽を漏らす。

 

 良かった。

 

 本当に、良かった。

 

 

 

 

 

 入港してすぐに、アークエンジェル代表としてマリュー、ムウ、キラ、エストの4人はカガリの父であるウズミ・ナラ・アスハと会談を持つ事になった。

 

 同席者としてカガリとキサカもいる中で、会談は重苦しい雰囲気のまますすめられる。

 

「まさか、サイクロプスを使うとは。いかに情報の漏洩があったとはいえ、そのような作戦、常軌を逸しているとしか思えぬ」

「ですが、地球軍はそれで、ザフト攻撃軍の8割の戦力をうばいました。もっとも、作戦を立案した側の都合の良い、冷たい計算ですが」

 

 ウズミの言葉に、キサカも苦い調子で答える。

 

「その結果が、これか」

 

 つけられたテレビには、大西洋連邦のスポークスマンが映り、アラスカ戦の様子を伝えている。

 

 背後に映っているのは、崩壊したグランドホローの跡地で、今は海水が流れ込み、見る影もない様相になっていた。

 

《我々は、このJOSH-A崩壊の日を、大いなる悲しみを持って歴史に刻まねばならない》

 

 映像は切り替わり、そこには傷ついた兵士や、亡骸にしがみついて号泣する家族の映像が映りこんでいる。

 

 悲しみを誘う映像ではあるが、あの地獄を生き延びたマリュー達からすればそれは欺瞞以外の何物でもなかった。そもそも、サイクロプスで全て吹き飛んでしまったのだから、負傷者や遺体などが出る筈もないのだ。つまり、この映像自体が単なるプロパガンダに過ぎない事を如実に表している。

 

《だが、 我々は決して屈しない!! 我々の生きる平和な大地を、安全な空を奪う権利が一体コーディネイターのどこにあるというのか!?》

 

 平和な大地? 安全な空? そんな事を言う権利が彼等にあるというのか? そもそも、先に手を出したのはナチュラルの側である。それを棚上げしての言い分は不快でしかなかった。

 

《この犠牲は大きい。だが、我々は それを乗り越え、立ち向かわなければならない!! 地球の安全と平和、そして未来を守るために!! 今こそ力を結集させ、思い上がったコーディネイターらと戦うのだ!》

 

 聞くに堪えない美辞麗句に、ウズミは嫌気がさしたようにテレビを切った。

 

 終始、この調子である。

 

 地球軍はアラスカ基地崩壊をザフト軍の新兵器が投入された為と発表している。随分と都合のいい言い訳であった。

 

「既に大西洋連邦は、中立を掲げる地球の国々へ参戦の呼びかけを行っている。それはわが国も同様だ。従わない場合は、ザフト支援国とみなし攻撃する、とな」

「そんなっ」

 

 マリューが思わず声を上げた。

 

 無茶にもほどがある。内政干渉というレベルの話ではない。国の主権を何だと思っているのか。

 

「奴等は、このオーブの力が欲しいんだ。オーブの持つ、モルゲンレーテの技術力と、マスドライバーがな」

 

 カガリが吐き捨てるように言う。

 

 モルゲンレーテの技術力は、小国でありながら群を抜いており、大西洋連邦としても喉から手が出るほど欲しいだろう。そしてマスドライバー。オーブのカグヤ島には、地球でも最大規模のマスドライバー施設がある。地球軍はそれらを狙っているのだ。

 

「我らも、歩むべき道を見定めねばならぬときが来たのかもしれぬ」

「ウズミ様は、どうお考えなのですか?」

 

 尋ねたのはキラである。少年でありながら、深い光を宿すようになった瞳は、真っ直ぐにオーブの獅子を見据えている。

 

 その瞳を、ウズミは感慨深くみつめる。

 

 やがて、ウズミは頷きながら答えた。

 

「ただ剣を飾っておけばいいと言う訳ではなくなった。そう考えておるよ」

 

 そう答えたウズミの瞳には、オーブの獅子と呼ばれるに相応しい闘志と知性が備わっているようだった。

 

 

 

 

 

 仕立ての良いスーツを着たその男は、一見すると軍施設には似つかわしくないようにも思えた。

 

 だが、彼はモニターの先で行われている模擬戦闘を、面白そうな表情で眺めている。

 

 男は大西洋連邦軍、国防連合産業理事、ムルタ・アズラエル。反コーディネイター組織を束ねるブルーコスモスの首魁を務める人物でもある。

 

 1機の白い機体が、敵機役の複数の機体を相手にした戦闘。

 

 通常であるならば、白い機体に勝ち目はないように思える。

 

 しかし、一見すると、ずんぐりとして巨大な大砲を何門も装備し、機動性には縁がないように思えるその機体は、巧みなバーニア噴射で全ての攻撃をかわし、反撃として撃ったビームは確実に敵を撃ち抜いていく。

 

 最後の1機が倒れるのを確認したアズラエルは、モニター前を離れて格納庫へと向かった。

 

 メンテナンスベッドに固定された機体から出てきたパイロットに、アズラエルは近づく。

 

「いや~、お見事ですよ。新記録じゃないですか。あい変わらず流石ですね」

 

 パイロットはアズラエルの方に振り返ると、億劫そうにかぶったヘルメットを取る。

 

 驚いた事に、あれだけの操縦の冴えを見せたパイロットは、まだ少女と言ってもいい年齢の女だった。

 

「全然歯ごたえが無いわ。もっとましな連中はいないの?」

 

 冷めた調子で尋ねる少女に、アズラエルは肩をすくめる。

 

「すいませんね。今、例の3機は調整中ですし。もう暫くは、一般機のやつらで我慢してくださいよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 望んだ回答が得られなかった少女は、面白くもなさそうに踵を返して立ち去ろうとした。

 

 その背中へ、アズラエルが思い出したように付け加えた。

 

「ああ、そうそう、もしかしたら・・・・・・、」

 

 少女が足を止めるのを確認してから、アズラエルは続けた。

 

「もうすぐ、あなたの力を存分に振ってもらう事になるかもしれませんよ」

「・・・・・・・・・・・・期待しないで待ってるわ」

 

 それだけ言うと、少女は赤い髪をなびかせて、今度こそ歩き去って行った。

 

 その背中を見据えながら、アズラエルは密かにほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

PHASE-24「激流、流れるままに」   終わり

 



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PHASE-25「迫りくる狂風」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 払暁を迎えると共に、沖に展開した艦隊は一斉にミサイルを放った。

 

 着弾したミサイルは、沿岸施設を次々と破壊していく。

 

 地球連合軍マスドライバー基地、パナマ。

 

 オペレーション・スピットブレイク本来の攻撃目標であったこの基地に今、ザフト軍は攻撃を仕掛けていた。

 

「ウロボロスの輪を閉じ、ナチュラル共を地球に押し込めねば、危ういからな、議長も、プラントも」

 

 そう皮肉交じりに嘯くのは、再び総指揮官の任に就いたラウ・ル・クルーゼだった。

 

 改めてこの地に攻撃を仕掛け、マスドライバーの殲滅を図るのだ。

 

 だが、ザフト軍の兵力は、当初予定されていた兵力の4割にも満たない。さらに今回は降下部隊の援護もなく、海上からの上陸作戦に限定された戦術しか取れなかった。

 

 全てはアラスカ戦での大敗が原因だった。

 

 地球軍のサイクロプスによって戦力の過半を喪失したザフト軍に、もはや贅沢な作戦指導を行う余裕は無かった。

 

 それでも、戦闘機や戦車といった旧来の兵器相手なら、ザフト軍のモビルスーツはまだまだ十分な実力発揮が可能である。

 

 バクゥが戦車を蹴り飛ばし、ジンが砲座を潰し、ディンが戦闘機を落とし、ゾノやグーンが施設を破壊していく。

 

 これまでも見てきた、当たり前の光景。

 

 だが、それが覆される日が来るとは、この時、誰も信じていなかった。

 

 突如、大気を焼いた数条の閃光。

 

 それは、圧倒的な戦闘力で殺戮を繰り返していたザフト軍のモビルスーツ達を吹き飛ばしていく。

 

《な、何だ!?》

 

 ザフト軍に緊張が走る。

 

 向けたカメラの先には、こちらに向けて砲門を開くモビルスーツの一群が映った。

 

《あれは!?》

《ストライクとかいう、地球軍のモビルスーツか!?》

 

 正確には違った。

 

 その機体はストライクダガー。その名が示すとおり、ストライクの戦闘データをもとに、量産が開始された地球軍の主力機動兵器である。

 

 第13独立部隊と呼ばれる部隊に所属するストライクダガーは次々と地下に繋がるハッチから飛び出し、グレネードランチャー付きのビームライフルやビームサーベルを駆使して、ザフト軍のジンやバクゥを駆逐していく。

 

 更に空でも、

 

 バックパックに大振りのスタビライザーを装備した機体が、ディンを次々と打倒していく。

 

 こちらはシルフィードダガー。やはり、高速機動で飛び回り、それまで我が物顔で飛び回っていたディンを駆逐していく。

 

 戦況は一変した。

 

 予期しなかった地球軍のモビルスーツ隊の出現により、ザフト軍は浮足立つ。彼等がモビルスーツと言う、ほぼ一方的に敵を駆逐する兵器を有するという特権から、転げ落ちた瞬間であった。

 

 更に、顕著な違いが戦術にも現れる。

 

 これまで主に戦車や航空機、モビルアーマーを相手にしてきたザフト軍は、対モビルスーツ戦闘の技術が確立されていなかったのに対し、地球軍はザフト軍の戦術を徹底的に解析し、対モビルスーツ戦闘のノウハウを独自に確立しており、ザフト軍のモビルスーツ隊を圧倒していく。

 

 三位一体の戦術で1機のジンに掛かるストライクダガー。

 

 高空では、1機のシルフィードダガーがディンを引き付けている内に、別の1機が背後から仕留めるペア攻撃が展開されている。

 

 地球軍は、巧みな戦術の数々を駆使して、能力にまさるザフトのエースパイロット達を相手に互角以上の奮戦をしていた。

 

「この、これ以上やらせるか!!」

 

 その様子を見て、飛び出したのは機体の修理が完了して戦線に戻っていたイザークであった。

 

 デュエルは敵中のど真ん中に飛び込むと、手にしたビームライフルでストライクダガーを次々と打倒していく。

 

 流石に歴戦の闘士である彼の手にかかれば、間に合わせの戦術を駆使したナチュラルの機体ごとき、物の数ではない。

 

 上空に目を転じれば、グゥルに乗ったバスターが、対装甲散弾砲を構えて、シルフィードダガーの編隊にぶち込む。

 

「これで、どうよ!!」

 

 ディアッカの叫びと共に放たれるビームの嵐は、敵編隊を一網打尽にする。

 

 しかし、2人の奮闘にも関わらず、全体的にザフト軍の劣勢は否めなかった。

 

 数に置いて劣っているというのに、ここに来て質においても一気に差が埋まりはじめていた。

 

 いかにイザークやディアッカ達が奮戦しようと、単独で支えれるわけではない。

 

 このまま地球軍が押し返すか、と思われたとき。

 

 上空からいくつかの機械が降下し、地上に設置された。

 

 それを待っていた一部の特殊任務を帯びた部隊は、所定の場所へ行き、機械を操作していく。

 

 その間にも、地球軍の猛攻は続き、ザフト兵たちは倒れていく。

 

 だが、閃光が走った瞬間、それは終わりを告げた。

 

 先に投下された大型の機材から閃光が発せられると、地球軍の機体は1機残らず機能を停止していく。

 

 グングニルと呼ばれるこの兵器は、強力なプラズマEMPを周囲に発し、電子機器を壊滅させる効果がある。

 

 こうして、地球軍の兵器は全て無力化された。

 

 戦車は機能を停止し、航空機は墜落する。司令部の内部も同じで、全ての電子機器が動きを止めてしまう。

 

 そしてそれは、モビルスーツであっても同じことだった。

 

 ストライクダガーはその場で停止し、シルフィードダガーは揚力を失って墜落する。

 

 更に電磁波は、マスドライバーにも影響を及ぼす。

 

 レール部分が磁力になっているマスドライバーは、プラズマの影響でよじれるように破壊されていき、やがて耐えかねたように倒壊する。

 

 この電磁波の中で動けるのは、あらかじめ対EMP対策を施して作戦に臨んだザフト軍機だけであった。

 

 そして、ザフト軍の反撃が始まった。

 

 否、それはもはや殺戮と言って良かった。

 

《生意気なんだよ。ナチュラルがモビルスーツなんてよ!!》

 

 動きを止めたダガーに対し、ジンがコックピットに集中攻撃をくらわせる。

 

 電装系がいかれ、脱出もままならないまま、ダガーのパイロットはコックピットの中で息絶えていく。

 

 同様の光景は、戦場全体で起こっていた。

 

《アラスカの仇だ!!》

《死ね、ナチュラルども!!》

 

 ザフト兵の誰もが、血に酔ったように殺戮の快楽を欲しいままにしていた。

 

 撃たれ、貫かれ、踏みにじられていく地球軍機。

 

 更に狂気は留まる事無く暴走していく。

 

 交戦の意思を無くし、投降しようとした者達にも銃口が向けられた。

 

《ナチュラルの捕虜なんかいるかよ!!》

 

 残忍にそう告げると、投降者の群れに容赦なく弾丸が叩き込まれた。

 

 そこかしこで起こる、残忍な風景。

 

 その様子を、苦々しく見守る者達がいた。

 

「・・・・・・無抵抗の者を撃って、何が楽しい!?」

 

 苛立ち紛れにつぶやいたのは、デュエルのコックピットに座したイザークである。

 

 その傍らに立つバスターのコックピットではディアッカもまた、同様の面持ちで、友軍の狂騒を眺めていた。もっとも、彼はイザークに比べれば、まだ幾分冷静でいられている方である。

 

《頼むから、短気を起すなよ》

「解ってる!!」

 

 友人の忠告に、イザークは叩きつけるように返した。

 

「だが、これではアラスカでナチュラル共がやったことと何も変わらないではないか!!」

 

 その思いは、ディアッカも同じである。

 

 たとえば、相手があのシルフィードやストライクのように、命をかけるに値する強敵であるならば、戦いも面白いと感じられる。だが、無抵抗な者や、ましてか投降してきた者まで撃つなど、ディアッカにもとうてい、同調できることではなかった。

 

 一方でイザークは、アラスカで出会った奇妙な機体の事を思い浮かべていた。

 

 確実にイザークの命を奪っていたはずの刃を下げ、撤退を促した機体。

 

《早く脱出しろ。もうやめるんだ!!》

 

 自分にそう言ったあのパイロットの清廉さに比べれば、目の前の味方は吐き気がするほど醜い存在に見える事か。

 

 コーディネイターは進化したすぐれた存在だと言われてきたが、これでは野蛮人となんら変わらないように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エストは辟易した調子で、周囲を見た。

 

「やだ、やっぱり可愛い~!!」

「や~ん、こっち向いてぇ~」

「ほら、これも食べる?」

 

 エストが座ったテーブルを包囲して、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウーニェンが取りつている。

 

 アサギはエストの小柄な体を抱きしめ、マユラは頭を撫で、ジュリは手にしたお菓子を口元に近付けている。

 

 もともと口数が少ないエストの事、少女達からすればどうやら、小動物か何かのように思われているらしい。

 

 さっきからこの調子である。

 

 いい加減にしてほしい。

 

 そっとため息をつきながら目を転じれば、部屋の隅で雑誌を読んでいたキラが、微笑ましそうに笑顔を向けて来る。

 

『見てないで助けてください』

 

 そんな事をアイコンタクトで送ってみるが、薄情な相棒はただ笑顔を向けて来るだけで動こうとしない。

 

 後で殴ろうそうしよう。

 

 そんな物騒な考えが浮かぶのと、扉を開いてカガリが入って来るのは同時だった。

 

 カガリは入ってくるなり、室内の混沌とした状況にあきれ顔を見せた。

 

「・・・・・・お前ら、何やってんだ?」

「あ、カガリ様だ」

「お帰りなさ~い」

 

 少女達の意識がカガリに向いたところで、エストは素早く包囲網から逃れる。

 

「キラ、それにエストも、エリカ・シモンズがお前達を呼んでるぞ。何か見せたい物があるってさ」

「え?」

「はい?」

 

 殴りかかってくるエストをキラは雑誌で牽制しながら、2人は振り返った。

 

 

 

 

 

 連れてこられたのは、モルゲンレーテのラボであった。

 

 途中でムウとマリューと合流した3人は、待っていたエリカ・シモンズに導かれて、ラボの奥へと進んでいく。

 

「乗り手がいないから、本当のところ、どうしようかと思っていたんだけど、戻ったのなら、お渡ししたほうがいいと思って」

 

 そう言って、エリカはパネルを操作して扉を開き、工場の内部へ一同を導く。

 

 エリカに続いて、内部へ足を踏み入れた一同。

 

 そこで、息をのんだ。

 

 そこには、2体のモビルスーツが、メンテナンスベッド上で待機しているのが見えた。

 

「シルフィード!?」

「ストライク・・・・・・」

 

 オーブ沖で大破、放棄したはずのかつての愛機がそこにいた。

 

「改修の際に、あなた達が技術協力してくれたOSを積んであるんだけど・・・・・・その、別のパイロットが乗るんじゃないかと思って」

「例の、ナチュラル用の?」

「ええ」

 

 ムウの問いにエリカは頷きを返す。

 

 無理もない。キラもエストも死んだものと思われていたのだから。

 

 だが、戻ってきたとはいえ、今の2人にはイリュージョンという新たな剣がある以上、この2機にはやはり別の人間が乗るべきである。

 

「私が乗る!!」

 

 勢い込んで立候補したのはカガリである。

 

 言ってから、流石に立ち場に気づいてマリューの方へ振り返った。

 

「あ、勿論、そっちが許可してくれたらだけどな」

 

 だが、返事は意外なところから返された。

 

「だめだ」

 

 そう言ったのは、ムウである。

 

「何でっ」

 

 勢い良く振り返るカガリに、ムウは鋭い視線を投げかけて答える。

 

「俺が乗るからだ」

 

 そして、

 

「悪いんだけど、もう1機には私が乗るわ」

 

 少女の声が、背後から発せられ、短い茶髪に、整った顔立ちをした少女である。

 

 モルゲンレーテの作業着を着た、キラよりも年下くらいに見える少女の姿を見て、エリカはため息をつく。

 

「あなた、もう体は大丈夫なの?」

「はい、もうばっちりです。グランド100周だって行けますよ」

「そう、なら今からやってきて」

「いや、嘘です冗談ですごめんなさい」

 

 何やら漫才のようなやり取りをする2人に、一同は唖然とする。

 

 そんな中で、少女はキラに歩み寄ると、値踏みするように顔を近づけて観察する。

 

「・・・・・・ふ~ん」

「な、なに?」

 

 見知らぬ少女の顔がアップになり、ドギマキするキラ。ちょっと後ろの方で、無口系少女が不穏な空気を垂れ流しているが、放っておくことにした。

 

 ややあって、観察を終えた少女が口を開く。

 

「あんたがシルフィードのパイロットか。んで、そっちの子がストライクのパイロットってわけ。よろしくね」

「あの、君は?」

 

 問われて、少女はニコッと笑みを向けた。

 

「元ザフト軍、クルーゼ隊所属、ライア・ハーネットよ。もっとも、あんた達には、ブリッツのパイロットって言った方が良いかな?」

 

 言われた瞬間、キラとエスト、それにムウとマリューは全身に緊張を走らせた。

 

 ヘリオポリスに始まり、アルテミス、低軌道、砂漠、オーブ沖と、ブリッツとは幾度も対峙している。

 

 そのパイロットが目の前にいて、緊張するなという方が無理である。

 

 だが、少女は何でもないという風に笑顔で一同を制する。

 

「心配しなくても、あたしはもうザフト軍じゃないわよ。って言うか、ちょっとプラントには戻れないしね」

「どういう意味ですか?」

「実はな・・・・・・」

 

 カガリが言いにくそうに話した。

 

 アークエンジェルとザラ隊が激突した小島を捜索したオーブ軍が、大破したブリッツの傍らに倒れるライアを発見し搬送したのは、既にザフト軍の迎えが帰ったあとだった。

 

 ちなみにブリッツは、右腕の欠損やエンジン回りの損傷が激しい上に、内部の損傷もひどい為、データのみを回収した上で廃棄が決定。使えるパーツはシルフィードとストライクの修復に回された。

 

 それより問題なのは、ライアの処遇である。

 

 ザフトの軍人である彼女をオーブに入れる事は出来ない。とは言え、今からもう一度連絡して迎えをよこして貰っていたのでは、ライアの体調が持たない可能性もある。

 

 事情を苦慮したオーブ側は、特例措置として、ライア・ハーネットのオーブ国籍を発行し、入国を認めさせたのである。

 

「てなわけで、今のあたしは生粋のオーブ人ってわけ」

「そんな無茶な・・・・・・」

 

 マリューが呆れ気味にため息を漏らした。

 

 確かに、無茶ではある。が、亡命してきたアークエンジェルを船ごと受け入れるほどの包容力を持った国である。ザフト兵とはいえ、少女1人を内密に入国させるくらいは訳が無いのかもしれない。

 

「まあ、あたしも大概、天涯孤独の身だし、プラントに戻って待っていてくれる人がいるわけでもなし、それなら別にわざわざプラントにこだわる必要はないかなって思ってさ」

 

 それで良いのか、とも思ったが、本人がそれで納得している以上、他人が口を出すべきではないのかもしれなかった。

 

「てな訳で、よろしくね」

「は、はあ」

 

 差し出された手を、戸惑い気味に握るキラ。

 

 その横で、エストは少し面白くなさそうに、その様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 新たな部署に配属され、ユウキ・ミナカミ海軍一尉は、多忙な毎日を送っていた。

 

 特に、ここ数日は、軍内においても張り詰めたような空気が漂っている。

 

 大西洋連邦が、地球上の中立国に対して地球連合への加盟と、対プラント戦争への参戦を呼び掛けているのは知っている。

 

 既に多くの国が連合への加盟を決め、回答していないのはオーブを含めて一握りにすぎない。

 

 もし、拒否した場合、大西洋連邦との戦争になるのは目に見えている。そうなった時、オーブははたして勝てるかどうか?

 

「・・・・・・厳しいな」

 

 腐っても、相手は世界最大の国家である。ザフト軍との戦いで消耗しているとはいえ、その力は日々増強されている。対してオーブは技術力が高いとはいえ、小国に過ぎず、国力は低い。M1アストレイの部隊配備は進んでいるが、数は今だに100機を超えた程度だ。情報では大西洋連邦も、ナチュラルに操縦可能なモビルスーツの量産に成功したとか。こうなると、あとは完全に国力と物量の勝負なってしまう。

 

 加えて、オーブは島嶼国家であり、領土の大半が海で占められている。大陸国家なら、重厚な陣地や要塞を建造して迎え撃つという戦術も取れるが、オーブの国土でそれをやっても、構築する陣地は小規模のものにならざるを得ず、また、相互の支援も事実上不可能なものとなる。

 

 つまり、オーブという国は、防衛戦闘には地政学的に向いていないのである。

 

「ならば、どうする?」

 

 突然背後から声をかけられ、ユウキは振り返った。そして、自分に声をかけた人物がだれかを知ると、あわてて立ち上がり、敬礼をした。

 

「艦長!!」

 

 そこに立っていたジュウロウ・トウゴウ准将は、今のユウキの直属の上官に当たる人物である。

 

 トウゴウはユウキに答礼を返してから。改めて問い直した。

 

「それで、お前ならどうする? 今のオーブ軍では、大軍を相手に防衛戦闘は事実上困難。だが、国土を戦火にまみれさせるわけにはいかん。お前ならどうする?」

「はっ」

 

 言われて、ユウキは考える。

 

 本来であるならば、海軍主導で海上機動戦を展開し、敵艦隊が領海に入る前に叩くのが最適である。しかし、それをするには、オーブ海軍の航空機運用能力の低さがネックとなっている。せめて八八艦隊計画の一環で建造される予定だった大型空母が間に合っていたら、まだ望みもあったのだが。

 

 精鋭部隊を用いて、敵陣に強襲を仕掛ける案もあるが、それはリスクが高すぎる。うまくいけばいいが、いかなかったなら、突入部隊は包囲殲滅される事になる。戦力を二分して本土の防衛線が薄くなるのもマイナスだった。

 

 考えた苦心の末、ユウキは言った。

 

「・・・・・・現状では、沿岸部に艦隊を配置し、陸上部隊と連携して陸と海、双方から攻撃を集中するのが得策かと」

「ふむ」

 

 ユウキの意見を聞いたトウゴウは、少し考え込むような素振りを見せてから言った。

 

「65点かの。合格点はやれるが、それでは守るのに手いっぱいで、いずれはじり貧に追い込まれるぞ。艦隊の持ち味である機動力を殺してしまうのも減点対象だ」

 

 そう言うと、トウゴウはユウキのボードを手に取って、何かを書き記していく。

 

「儂ならこうするよ」

 

 そう言って差し出されたボードに、ユウキは思わず感嘆のため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後通牒だと!?」

 

 ウズミの怒号が、会議室に響き渡る。

 

 オーブ連合首長国は、アラスカ戦以降大西洋連邦が呼び掛けている対ザフト参戦要求に対し、頑なに拒否の姿勢を崩さないでいる。その回答が、正式な文書として通達されたのだ。

 

「『現在の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自国の安寧のみを追求し、あまつさえ再三の参戦要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、地球連合軍はその構成国を代表して以下の要求を通告する。

 

1、オーブ連合首長国の現政権即時退陣。

 

2、オーブ全軍の武装解除、並びに解体。

 

48時間以内に要求が達せられない場合、地球連合軍はオーブ連合首長国をザフト支援国と見なし、武力をもって対峙するものである』」

 

 もっともそうな言葉で繕ってはいるが、ようはオーブの技術力とマスドライバー「カグヤ」を狙っての話である。

 

 ホムラ代表が読み上げた地球連合の最後通牒は、オーブからすれば不当以外の何物でもない。が、これが正式な通告である以上、オーブとしてもリアクションを起こさなくてはならない。

 

「どういう茶番だ、それはッ パナマを落とされ、体裁を取り繕う余裕すらなくしたか、大西洋連邦はッ!!」

 

 茶番。確かにウズミの言うとおり、これは茶番にすぎない。だが、茶番はすでに茶番でなくなりつつある。

 

「既に、太平洋を連合軍艦隊が南下中です」

 

 それは探査衛星がキャッチした情報である。オーブ進行を目指して進撃しているのは、大西洋連邦軍第4洋上艦隊。もともと1個艦隊に過ぎない同艦隊だが、数日前に戦力を大幅に増強され、1個艦隊でありながら、その兵力はオーブ全軍の5倍にまで達していると見積もられている。

 

 そんなものに来られたなら、オーブは持ちこたえられないだろう。

 

 事態を受けて、既にカーペンタリアのザフト軍からも会談の要請が来ているが、勿論のこと、オーブはそちらも拒否する姿勢を崩していない。

 

 どの国からも距離を置いてこその中立である。ここでザフトからの会談を受け入れれば、それこそ大西洋連邦に攻め込む口実を与えるようなものだ。

 

「どうあっても世界を二分したいか。大西洋連邦はッ 敵か味方かとッ!! そしてオーブはその理念と法を捨て命じられるままに与えられた敵と戦う国となるのか!?」

 

 その言葉は、居並ぶ首長達全ての心情を代弁している。

 

 だが、いかに吠えたとて、今や地球最大の国家となった大西洋連邦を掣肘出来る国は存在しない。ユーラシア連邦はアラスカで主力軍を失って弱体化し、オーブとは友好的なスカンジナビア王国や赤道連合といった中立国も、今や連合の傘下に組み込まれている。地球上で中立を保っている国家は、もはやオーブのみであった。

 

 誰もが、この先にある悲劇を覚悟していた。

 

「とにかく、避難命令を」

「子供達が戦火に焼かれる事だけは、避けたいですからな」

 

 起こる悲劇を回避できないにしても、打てる最善の手を打つつもりだった。

 

 

 

 

 

 アラスカ戦で受けた損傷の修理が完了したアークエンジェルのブリッジに、マリューは1人佇み、外の様子を眺めていた。

 

 彼女は先刻、クルー全員を呼び出し、去就を決めるよう促した。

 

 このままいけば、オーブは地球連合と全面衝突する事になりかねない。そうなればアークエンジェルは義勇軍として参戦する予定であった。そこで、そうなる前に、クルーの自由意思を尊重しようとした。艦を去りたい者は去るも良し。残る者は最後まで受け入れる、と。

 

 だが、マリューの予想は大きく外れる事になった。

 

「結局、去った連中はほんのわずか。いや~すごいね。やっぱみんな、アラスカでの事が相当頭に来てんのかな」

 

 おどけた調子にそう言ったのは、いつの間にかブリッジに入ってきていたムウだった。当然のように、彼も残った1人である。

 

 他にも、ヘリオポリス組で降りたのは、もともとやめたがっていたカズイ1人である。残る、サイ、トール、ミリアリア、リリアは残留を希望し、特にトールとリリアにいたっては、実戦経験を買われてオーブ軍からM1を提供されていた。

 

 マリューは、うつろ気な面持ちのまま、ムウに訪ねた。

 

「少佐は、どうして戻ってらしたのですか? JOSH-Aで」

 

 あの時ムウは、アークエンジェルに危急を告げる事なく、さっさと自分で逃げる事もできたはずだ。ムウの技術ならそう難しい事でもないし、そうする方が生存率は上がったはずである。

 

 だが、尋ねられたムウは、あっけに取られたような顔を一瞬した後、マリューの腰に腕をまわした。

 

「今更・・・・・・」

 

 マリューが声を上げる間もなく、ムウの顔が近付けられる。

 

「そんな事を聞かれるとは思わなかったよ」

 

 そして、2人の唇が重ねられた。

 

 ややあって唇が放されると、マリューは顔を赤らめて目をそらす。

 

「わ、私は、モビルアーマー乗りは嫌いです!!」

「あ、俺今、モビルスーツのパイロット」

 

 おどけたムウに、そう言う事を言っているのではない。と抗議しようとしたが、その唇はまたも塞がれる。そして今度は、マリューも躊躇うことなく彼を受け入れた。

 

 ちょうどその時、ブリッジの扉が開き、ノイマン、トノムラ、チャンドラの3人が入ってきたが、2人の様子を見て、思わず絶句していた。

 

 

 

 

 

 大西洋連邦軍第4洋上艦隊旗艦、強襲揚陸艦パウエル艦上に置いて、オブザーバーとして同行していたムルタ・アズラエルは手にした文書を愉快そうに読み上げている。

 

「え~、なになに? 『要求は不当な物であり、従う事は出来ない。オーブは今後も中立を貫く意思に変わりはない』ですか」

 

 まるで新種の冗談でも聞かされたように、アズラエルは笑う。

 

「いや~、ほんと、期待を裏切らない人ですね、アスハ代表は。ホントのところ、要求呑まれちゃったらどうしようかと思っていたんですよ、アレの実験」

 

 そう言うアズラエルの脳裏には、パウエルの格納庫に搭載されている、4機の新型が思い浮かべられている。

 

 それぞれが地球連合軍の旗機となるべく開発された機体達は、現状の技術力を最大限に反映した強力な代物である。ぜひ、実戦の場でその性能を見てみたかった。

 

 その為にアズラエルが設定した戦場がオーブである。

 

 彼にとって、南洋の一国家の命運など、どうでも良かったのだ。どのみち、地球連合軍の勝利は動かないのである。ならばせいぜい、役に立ってもらうのが一番であった。

 

 アズラエルは、傍らに立つデップリと太った男に振り返った

 

「彼らの様子はどうです?」

 

 訪ねられたベルンスト・ラーズ少将は、かしこまって頭を下げる。

 

「順調です。規定値も安定していますので、これなら充分、性能を発揮できるでしょう」

「期待していますよ。彼らの開発費だってバカにならなかったんですから」

 

 そう告げるアズラエルの眼は、これから戦争に行こうとする者の緊張感は皆無である。まるで、楽しいショーが始まるのを待ちわびる、子供のようであった。

 

 

 

 

 

 コックピットに座し、機体の調整をしながら、キラは思考を走らせる。

 

 間もなく、戦いが始まる。それも、これまでにないくらい絶望的な戦いだ。

 

 まともに戦ったのでは、オーブ軍に勝ち目がない事は誰の目にも明らかである。

 

 劣勢のオーブ軍。その中にあって、自分達とイリュージョンがいかにうまく立ち回るかが、命運を分ける事になるだろう。

 

「システムの再調整、完了しました」

 

 背後から声をかけられ、振り返る。

 

 後席に座ったエストが、モニターから顔をあげてこちらを見ていた。

 

 先のアラスカ戦での戦闘を踏まえ、デュアルリンクシステムの微調整を行ったのだ。現状蓄積されたデータだけでなく、更に新たなデータを取り込んで発展していくのも、デュアルリンクシステムの特徴である。

 

「エスト」

「はい」

 

 改まった調子で言うキラに、エストもいつもと違う雰囲気を感じて沈黙する。

 

「たぶん、今度の戦いは、僕達が経験した、どの戦いよりも辛いものになると思う」

「・・・・・・まさか、私に降りろ、とは言いませんよね?」

 

 キラは以前、クライン邸でエストを戦場から遠ざけようとした事がある。その事を思い出したのだろう。

 

 だが、キラはにっこりとほほ笑む。

 

「違う違う。今更そんな事言わないよ」

 

 そう言うと、後席に上って、真っ直ぐにエストを見た。

 

「今の僕には、君の力が必要だ。イリュージョンが全力発揮するには、君のサポートがいる。だから、よろしくねって、言おうとしたの」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、エストは面食らう思いだった。

 

 まさか、キラの口からそんな事を聞かされるとは思っていなかったのだ。

 

 笑いかけてくるキラ。

 

 その笑顔を直視できず、そっと視線を逸らしながら、

 

「こ、こちらこそ・・・・・・」

 

 それだけ言うのがやっとだった。

 

 

 

 

 

PHASE-25「迫りくる狂風」   終わり

 



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PHASE-26「矜持の剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間です」

 

 歌い上げるような、ムルタ・アズラエルの楽しげな声。

 

 それを合図として、展開した地球連合軍艦隊は、一斉に砲撃を開始する。

 

 ついに、地球連合軍による、オーブ侵攻が開始された。

 

 コード名「オーブ解放作戦」

 

 コーディネイターを擁護する「悪しき現政権」から、オーブを解放すると称した、傲慢極まりない作戦名は、もはや大西洋連邦の行く手を遮る者が存在し得ない事を表していた。

 

 対するオーブ連合首長国も、カガリ・ユラ・アスハを最高司令官として全軍を展開、一歩も引かぬ構えを見せていた。

 

「迎撃開始せよ!!」

 

 カガリの号令一下、オーブ軍は出撃を開始する。

 

 航空機が舞い上がり、沿岸線に配置された戦車が迎撃の砲門を開く。

 

 そして、量産体制に移行したばかりのM1アストレイが次々と出撃していく。

 

 アークエンジェルもまた、修理されたその巨体を再び戦場上空へ進ませる。

 

 同時に、艦載機の発進シークエンスを開始した。

 

《APU起動、オンライン、カタパルト、接続、ストライカーパックは、エールを装備します》

 

 ミリアリアのアナウンスとともに、カタパルト上には復活成った機体が、新たな乗り手と共に出撃準備に入る。

 

「ムウ・ラ・フラガ、ストライク出るぞ!!」

 

 エールパックを装備したストライクは、蒼穹へと打ち出され、戦場への空を目指す。

 

 そして、もう1機。

 

《発進準備完了、イリュージョン発進、どうぞ!!》

 

 2つの魂が重なりあい、出撃の準備は整った。

 

 うなずきあう2人。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・リーランド」

「「イリュージョン、行きます!!」」

 

 射出されると同時に、幻想の翼が蒼天へ舞った。

 

 その間にも、地球軍の侵攻は続く。

 

事前砲撃に続いて、上陸に成功した地球軍のストライクダガー隊も砲撃を開始し、沖の空母群からはシルフィードダガーが発進していく。

 

 カガリはただちに迎撃の為の部隊を差し向けるが、それに覆いかぶせるように、オノゴロ島上空には大型機が飛来し、内部に搭載したシルフィードダガーを射出していく。

 

 押し寄せる地球軍の大軍に対し、オーブ軍のM1隊は果敢に応戦を行う。

 

 しかし、この戦いに地球軍は500機近いモビルスーツを投入している。

 

 対するオーブ軍が投入可能なモビルスーツ隊は100機を上回る程度。

 

 戦況はあっという間に、オーブ軍が押され始めた。

 

 今にも一部のオーブ軍陣地が食い破られそうになった瞬間、

 

 その上空に、双翼が舞った。

 

「5時、及び9時方向、敵機多数。攻撃、5秒後」

「了解!!」

 

 エストのオペレートに従い、キラはマルチロックオンを起動、同時に背部に装備した290ミリ狙撃砲を展開、矢継ぎ早にトリガーを引いた。

 

 ほとばしる閃光は、着実に狙った獲物をとらえる。

 

 吹き飛ぶストライクダガー。

 

 そのどれもが、頭部を、手足を、武装を破壊されるのみで、胴体部分を狙った物は1機もなかった。

 

 更にイリュージョンは、両腰から2本のラケルタを抜き放つと、敵陣のど真ん中に飛び込み、一瞬にして3機のストライクダガーを切り裂いた。

 

 進行中の部隊が後退を始めたのを確認すると、キラは機体を上昇させ、次の戦場へと向かう。

 

「うわ~・・・・・・」

「す、すごい・・・・・・」

 

 複数の敵機を一瞬で葬ったイリュージョンの姿に、M1に乗ったアサギとマユラは呆けたように声を発する。

 

 そこへ更に、飛び込んでくる機体がある。

 

「おーおー、格好良いねえ。どうせ、俺は新人だけどね!!」

 

 言いながら、ムウはビームライフルでストライクダガーを撃ち抜いた。こちらも、初陣とは思えない見事な機体さばきである。

 

「ほら、お譲ちゃん達。ボーっとすんなよ!!」

 

 そう言うと、ストライクは先陣を切って飛び込んでいく。

 

 海上では、接近しようとする地球軍艦隊と防衛に回るオーブ艦隊との間で激しい砲火が交わされている。

 

 そこへ、アークエンジェルも加わり、強力な火砲で敵艦を着実に仕留めていった。

 

 

 

 

 

 津波のように押し寄せた地球軍。戦線はオーブ北域全土に広がりつつあり、少数のオーブ軍では全戦線をカバーしきれなくなりつつある。

 

 キラ達は一つ所にとどまらず、イリュージョンの機動力を駆使して駆け回り、広い戦線をカバーするように動いていた。

 

 空中を進撃してくるシルフィードダガーの前に立つと、ビームライフルやビームガトリングを駆使して進撃を阻止しに掛る。航空戦力の弱いオーブ軍にとって、イリュージョンは正に守りの要であると言える。

 

「敵編隊、10時より接近」

 

 エストのオペレートも正確を極め、最適なタイミングと正確な敵情をキラに伝え、砲火舞う戦場の空を誘導している。

 

 もちろん、地球軍もイリュージョンをしとめようと、攻撃してくる。

 

 編隊を組んで、イリュージョンを取り囲もうとするシルフィードダガー。

 

 だが、イリュージョンはそれよりも速く動く。

 

 背中から対艦刀ティルフィングを抜き放つと、スラスターを全開まで上げて飛翔。一気に接近する。

 

 その急加速ぶりに、シルフィードダガーは照準が追い付かない。

 

 接近したイリュージョンは、手にした大剣でその頭部や武装を斬り飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 地球連合軍の艦隊の中で、一部が突出して海岸線に近づきつつあった。

 

 前衛の任を負ったその艦隊は、上陸したモビルスーツ部隊を艦砲射撃で援護すべく、本隊から独立して行動していたのだ。

 

 艦隊は洋上に展開するオーブ艦隊の防衛線をすり抜け、陸地に接近すると、砲塔を旋回させて砲撃を開始しようとした。

 

 まさにその時、予期しなかった海上方向から砲撃され、数隻の艦が火を噴く。

 

 見れば、いつの間に現れたのか、オーブ艦隊が地球軍艦隊に対して砲門を開いていた。

 

 オーブは群島国家でありオーブ軍には土地勘もある。島影に艦隊を隠し、不用意に近づいてきた敵艦隊に奇襲を掛けるなど造作もない事だった。

 

 奇襲するつもりが逆に奇襲された形になり、浮き足立つ地球軍艦隊は、それでもなんとか反撃しようと陸地に向けていた砲塔を旋回させるが、そこへオーブ艦隊は砲撃を集中させ沈黙に追い込んでいく。

 

 更に陸上で密かに待ち伏せていたM1部隊や戦車隊も攻撃に加わり、身動きできない地球軍艦隊は次々と炎を吹き上げていく。

 

 開戦前にトウゴウがユウキに語っていた作戦がこれだった。地球軍艦隊は必ず、陸上部隊支援の為に砲戦部隊を突出させるはず。それを精鋭部隊で待ち伏せて包囲殲滅するのだ。

 

 炎を吹き上げながら、隊列を乱す地球軍艦隊に、オーブ軍の正確な砲撃が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 戦況は、オーブにとって苦しいながらも、辛うじて拮抗させる事に成功していた。

 

 海上ではオーブ艦隊に交じってアークエンジェルが奮闘し、陸上ではストライクを始めM1部隊が敵を抑え、空中ではイリュージョンが向かってくる敵を迎え撃っている。

 

 このままなら、押し返す事も可能なのではないか。

 

 誰もがそう思い始めていた。

 

 その頃、地球軍艦隊総旗艦パウエルに動きがあった。

 

 搭載されている3機の機体が立ちあげられ、発進準備が整えられる。

 

 カラミティ、フォビドゥン、レイダーと名付けられたその機体に乗り組んだパイロットたちは、今だに少年と呼んでも差し支えが無い者達である。

 

 その彼等に、隊長を務める少女から通信が入った。

 

《あなた達、モルゲンレーテとマスドライバーは傷付けちゃだめよ。良いわね》

「他は何やってもいいんだろ?」

「ですね」

「うっせーよ、お前ら」

 

 それぞれに返事を返して、発進していく機体。

 

 その背中をパウエル艦橋に立つアズラエルは、ほくそ笑むように見つめていた。

 

 

 

 

 

 変化が起こった。

 

 今までは苦戦しながらも戦線を維持していたオーブ軍が、突如現れた機体によって、次々と吹き飛ばされていく。

 

 背中から巨大な大砲を2門突き出した機体は、その強大な砲撃力で陸上部隊を薙ぎ払っていく。

 

 鳥のような形をした黒い機体は、その圧倒的な機動力を武器にして戦場を駆け回り、鎖の付いた鉄球で獲物を叩き潰していく。

 

 そしてカーキ色をし、巨大なカニの甲羅のようなものを背負った奇妙な機体は、手にした鎌やレールガンで、見つけた獲物を片っ端から葬っていく。

 

どの機体もXナンバーの特徴を受け継いでいるようだが、その姿や性能は禍々しい物を感じる。

 

 その内に、レイダーと名付けられた黒い機体は、海上で砲撃を行うアークエンジェルに目をつけて接近、防御砲火をすり抜けると、直前で人型に変形し、腕部に内蔵された大口径バルカンでブリッジを潰そうとした。

 

 しかし、その砲門が開かれる事はない。

 

 間一髪間に合ったイリュージョンが強烈な蹴りを食らわせ、レイダーは吹き飛ばされて海面へ落ちたのだ。

 

 その様子を見ていたカーキ色の機体、フォビドゥンがイリュージョンへと向かってくる。

 

「なに、お前?」

 

 フォビドゥンのパイロットである、シャニ・アンドラスは、残忍そうに眼を細めると、手にした鎌でイリュージョンへ向かってくる。

 

 対抗するようにティルフィングを抜き放つイリュージョン。

 

「正面、接触まで4秒!!」

「はぁっ!!」

 

 エストに導かれ、先制すべく大剣を振りかざすキラ。

 

 だが、

 

「待ってください、背後、7時より新手」

 

 とっさに情報を修正し、新たな戦況を伝えるエスト。

 

 先ほど蹴り飛ばしたレイダーが海上から浮上し、背後から鉄球を叩きつけようとしていたのだ。

 

「テメェ、抹殺!!」

 

 パイロット、クロト・ブエルの奇妙な掛け声とともに打ち出されるブースター付きの鉄球。

 

 とっさにフォビドゥンへの攻撃を中止、上昇して鉄球を回避するイリュージョン。

 

 デュアルリンクシステムの情報もすかさず更新され、2機を相手した場合の戦況予測がなされる。

 

 フォビドゥンからの砲撃、レイダーの機動性を考慮し、イリュージョンは巧みに戦場の空を舞う。

 

 ビームガトリングを、フォビドゥンに向けて放つイリュージョン。

 

 だが、放たれたビームの弾丸は、命中直前に奇妙な軌道を描いて逸れた。

 

「ビームが、曲がる!?」

 

 呻き声を発するキラ。流石にこの事は予測できなかったエストも、無言で目を見開いている。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーという装備を持つフォビドゥンは、ビームを捻じ曲げる事で攻撃や防御に応用しているのだ。

 

 更に、自機の放ったビームも曲げる事の出来るフォビドゥンは、トリッキーな戦術を駆使してイリュージョンを攻撃してくる。

 

 ならば、と戦術を切り替える。

 

 大剣を保持したまま、左腕のビームガトリングを使い、向かって来るレイダーへ弾丸をばらまくように放つ。

 

 その攻撃に一瞬、レイダーの動きが乱れた。

 

 その隙を、キラは見逃さない。

 

 ティルフィングを振りかざして、動きの鈍ったレイダーへと斬り掛かる。

 

 レイダーも逃れようと推力を上げるが、立ち遅れた事もあり、イリュージョンの間合いにまで踏み込まれる。

 

 ティルフィングを振りかぶるイリュージョン。

 

 まずは1機。そう思った時だった。

 

「危険、回避を!!」

 

 エストの鋭い警告。

 

 とっさにキラは、機体を傾ける。

 

 次の瞬間、薙ぎ払うような一撃がイリュージョンのいた空間を駆け抜けた。

 

「な、何だ!?」

「三時より敵機、新手です。速い」

 

 エストの報告通り、高速で接近してくる白い機体が、イリュージョンに対し砲門を開いている。

 

 奇妙な機体だった。

 

 基本的なフレームはXナンバーに似ているが、大きさは一回り大きく、その四肢はずんぐりとし、力士のような外観がある。肩と脛、胸部、両手にそれぞれ、巨大な砲を計7門装備して、イリュージョンを攻撃している。

 

「クッ!?」

 

 その嵐のような攻撃の前に、イリュージョンもビームシールドを翳して一時後退を余儀なくされる。

 

 距離を詰めに掛かる白い機体。

 

 対してイリュージョンは、上昇して砲火を回避すると、ティルフィングを振りかざして切り込んだ。

 

 振り下ろされる大剣。

 

 しかし、白い機体は、その巨体からは想像もできないような俊敏な機動で、イリュージョンの攻撃を回避して見せた。

 

「クッ!?」

「そんなっ!?」

 

 驚きの声を上げるキラとエスト。

 

 その時、イリュージョンを追ってくる敵機から通信が入った。

 

《・・・・・・その動き、覚えがあるわ》

 

 どうやら短波通信を使っているらしいそのパイロットの声は少女の物である。

 

《あなた、キラね》

「えっ!?」

 

 いきなり名指しされて、キラは戸惑いを隠せなかった。

 

 アークエンジェル以外の地球連合軍に知り合いなどいない。ヴァイオレット・フォックスとしてのキラなら知っている人間がいたとしてもおかしくはないが、機体の動きで正体を悟れるような人間はいないはずだ。

 

《死んだって聞いた時は落ち込みもしたけど、生きてたんだ。うれしいわ》

 

 まるで地獄から這い上がってくる亡者のような声がスピーカーから流れてくる。声質自体が奇麗だから、余計に不気味である。

 

 そして、キラとエストは、ほぼ同時にある事に気がついた。

 

「この声は・・・・・・」

「まさかっ」

 

 一層激しさを増す攻撃。

 

 その中にあって、少女はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「フレイ・アルスター・・・・・・」

「そんな・・・・・・」

 

 だが、2人の疑念を肯定するように返事が返された。

 

《あら、その声はエストね。あなたも生きていてくれて嬉しいわ》

 

 少女、フレイは笑みを強めた。

 

《これであたしは、復讐する事が出来る。パパを殺したあんた達にねェ!!》

 

 言い放つと同時に全砲門を一斉発射する。

 

 双翼を広げて回避するイリュージョン。

 

 それを追うフレイ。

 

《この機体の名は「アヴェンジャー」。復讐者という意味よ。まさに、今の私にふさわしい名前だと思わない?》

「クッ!!」

 

 激しさを増すアヴェンジャーの攻撃。

 

 アークエンジェルを降りて以降、フレイの身に何があったのかは判らない。しかし、父を殺した(救えなかった)キラとエストへの復讐心を滾らせて今日まで過ごしてきたことだけは想像に難くない。

 

 アヴェンジャーの攻撃をかわし、イリュージョンは斬り込もうとする。

 

 いかにフレイの復讐に正当性があろうと、こちらも黙ってやられるわけにはいかない。

 

 だが、その背後から迫る機体がある。

 

「キラ、6時方向!!」

 

 エストの警告に振り返ると、レイダーとフォビドゥンが砲撃を行いながら向かってくるところであった。

 

 回避行動に移るイリュージョン。

 

 更に、地上からも砲撃が来る。

 

「何遊んでんだよ、テメェら!!」

 

 砲戦主体の青い機体、カラミティを操るオルガ・サブナックは、地上への砲撃も飽きて、上空の戦いに参加する。

 

《邪魔すんなよ、オルガ!!》

「うるせえよ!!」

 

 レイダーのパイロットであるクロト・ブエルと共に、協調性皆無なやり取りをしながらも、イリュージョンを徐々に追い詰めていく。

 

 1対4という状況では、いかに圧倒的な性能を誇るイリュージョンといえども、対応能力が過負荷を迎えつつあった。

 

 そして更に、イリュージョンが戦線から抜けた事で、オーブ軍は再び劣勢に立たされつつある。

 

 キラ達の活躍で、辛うじて戦線を維持していたオーブ軍は、押し寄せる大軍に抗いきれず、徐々に後退を始めていた。

 

 戦車部隊や水上艦艇は撃破され、奮戦するM1も多数のダガー隊に押し包まれて打ち取られる。

 

 このままでは、戦線崩壊も時間の問題のように思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子は、艦内でも確認できた。

 

「艦長、準備整いました」

「うむ」

 

 ユウキの言葉に、トウゴウは頷く。

 

 味方は苦戦し、戦線は押されつつある。今ここで押し返さねば、オーブに後はなかった。

 

 トウゴウは立ち上がると、艦内につながるマイクを取った。

 

「皆、手を止めずに聞け。これより本艦は出撃する事になる。皆の中には、初めての実戦で不安に思う者もいるだろう。だが、今我々がこうしている間にも、激しい砲火にさらされて味方が命を落としている。我々の前には助けを待つ友軍があり、我々の背には無力なオーブの民がある。ならばこそ、我々は恐れずして行かねばならんのだ」

 

 トウゴウは視線をユウキに向ける。

 

 頷くユウキ。

 

 トウゴウは頷きを返すと、艦長席に座して正面を向いた。

 

「出撃する」

「補助エンジン始動。エネルギー全回路開け」

 

 艦内の各部署に灯が入り、システムが立ちあがっていく。

 

「ドッグ注水開始。10パーセント・・・・・・15パーセント・・・・・・注水完了まで、あと180秒」

「武装チェック、完了」

「センサー系統チェック、オールグリーン」

 

 艦内の準備が急速に整いつつある。

 

「ドッグ注水、完了!!」

「ゲート、開きます!!」

 

 海水に満たされたドッグが開かれる。

 

 同時に、トウゴウの目が開かれた。

 

「発進!!」

「微速前進!!」

 

 ユウキの命令を受けて、艦はゆっくりと前に出る。

 

 やがてドッグを抜け海中に出ると、艦首を上に向けて海面を目指した。

 

 

 

 

 

「海底より、急速接近する物体あり。これは・・・大きい!? 戦艦クラスです!!」

「何ですって!?」

 

 ソナーを見ていたサイの報告を受けて、マリューは驚いて声を上げる。

 

 まさにその瞬間、海面に巨大な水柱を上げ、それは出現した。

 

 巨大な艦だった。

 

 長い船体に、多くの砲を搭載している。

 

 アークエンジェルがザフトから「足付き」というコードネームを与えられたとおり、馬が2本の足を前方に突き出したような形をしているのに対し、その艦は水上艦艇のフォルムをそのまま残しているようだ。

 

 甲板上には艦の中心線に沿って、3連装の主砲が前部に2基、後部に1基背負い式に配置されている。後部に設置されたスラスターノズルは巨大で、この戦艦に十分な推力を与えている。

 

 これこそが、オーブ軍が長期国防計画の主眼として進めていた八八艦隊計画。そのメインとして建造した大型戦艦。強靭な防御力と強力な火砲を駆使して国の防波堤になるべく設計された戦闘用艦艇。

 

 開発コード「壱號艦」

 

 その名は、戦艦大和。

 

「取り舵20、主砲、右砲戦用意!!」

 

 ユウキの指示を受け、艦は左へ回頭しつつ、前部甲板に装備した第1、第2主砲塔は右へ砲門を向ける。

 

 地球軍艦隊も大和の存在を認めて、慌てて砲門を向けてくるが、命中弾はない。

 

「敵艦、本艦の軸線上に乗りました!!」

 

 報告に、トウゴウは頷くと、一閃するように右腕をふるった。

 

「主砲、撃ち方はじめ!!」

 

 前部6門の主砲が、一斉に火を噴いた。

 

 迸る、太いビーム。

 

 その一撃は、一瞬にして地球軍艦隊の先頭を進む、恐らくは戦隊旗艦と思われる巡洋艦に突き刺さった。

 

 閃光が、一瞬にして巡洋艦に命中し刺し貫く。

 

 一撃。

 

 たった一撃で、地球軍艦艇は真っ二つに折れ、海面下に沈んでいった。

 

 驚愕と共に沸き立つオーブ軍。

 

 その大和の直上から、今度はシルフィードダガーの編隊が迫ってくる。

 

 手にしたライフルを放ち、大和を攻撃するシルフィード。

 

 しかし、ビームの直撃を受けても、大和の装甲は小揺るぎすらしない。

 

「この大和は、設計段階からモビルスーツ運用、及び対戦闘を考慮して改訂、建造されている。その程度の攻撃ではびくともせんよ」

 

 トウゴウのつぶやきと共に、お返しとばかりに放った対空砲が、シルフィードダガーを次々と撃ち落としていく。

 

 そして、格納庫では機体の準備も進められていた。

 

《ライア、準備は良いかい?》

「ばっちりよ」

 

 ユウキの問いに、コックピットに座したライアは答える。

 

 同時にライアは奇妙な感覚にとらわれていた。

 

 まさか、あれほどの死闘を繰り広げた機体に、自分が乗り込む事になるとは思ってもみなかった。

 

 だが、感慨もそこまでだった。

 

 カタパルトに灯が入る。

 

《カタパルト接続。発進、どうぞ》

 

 オペレーターの声に、頷きを返した。

 

「ライア・ハーネット、シルフィード出るわよ!!」

 

 強いGと共に、機体が打ち出される。同時にスタビライザーが開き、機体は蒼穹へ舞いあがった。

 

 新手の存在に気づいたシルフィードダガー隊が向かってくるのに対し、シルフィードもまた速度を上げる。その右腕には、かつて砂漠で失われた高周波振動ブレードがある。修復に当たって、モルゲンレーテが必要なレアメタルを調達し復元していたのだ。

 

 すれ違うとともに放たれた一閃によって、ダガーは両断される。

 

 戦果を確認したライアは、次の目標に向かって機体を飛翔させた。

 

 

 

 

 

 大和の参戦によって、崩壊しかけた戦線を立て直したオーブ海軍だったが、地上での戦闘は相変わらず地球軍優位に進んでいた。

 

 序盤の逆奇襲で砲戦部隊を駆逐し、海岸線付近の制海権を確保したオーブ艦隊が、海上から地球軍地上部隊に艦砲射撃を仕掛け援護を行い、上陸した部隊を撃破していくが、海上という限定された場所からの攻撃では全ての戦線をカバーしきれず、焼け石に水である。

 

 ムウのストライクも奮戦してはいるが、それでも一度にカバーできる戦線は一方面のみ。その間に別の戦線が押されていく有様だ。

 

 それは、イリュージョンを駆るキラやエストにとっても同様であった。

 

 自分達が新型4機に苦戦している間に、地上では味方が厳しい戦いを強いられている。

 

 だが、激しい攻撃をしてくる4機を相手に、なかなか包囲網を破る隙が見いだせない。

 

 それに、

 

「ほらほら、背中ががら空きよ!!」

 

 フレイの駆るアヴェンジャーが、7門の砲を駆使して狙い撃ってくる。

 

 嵐のような砲撃は、油断すると機体をかすめそうになり、キラ達の背を冷やりとする。

 

 だが、アヴェンジャーの一撃を回避した事で、イリュージョンに一瞬の隙が生まれた。

 

 その瞬間を逃さず、レイダーの放った鉄球がイリュージョンの腹部を直撃する。

 

「グアッ!?」「あぁっ!?」

 

 バランスを崩すイリュージョン。

 

 高度が急激に下がり、姿勢保持の為に双翼を広げるが、その為に一瞬、動きが止まってしまった。

 

 その背後から、フォビドゥンが迫った。

 

「終わり?」

 

 シャニの不気味な笑み。

 

 放たれたフラスベルク ビーム砲。

 

 その一撃が、背中を見せたイリュージョンに迫り・・・・・・・・・・・・

 

 突如、割って入った真紅の機体が、シールドを掲げて防いだ。

 

「え?」

「何が?」

 

 驚くキラとエスト。

 

 鮮やかな赤い色の機体。背中には巨大なリフターを背負い、引き絞られた四肢がいかにも俊敏そうな印象を与えている。

 

 イリュージョンのOSは自動で、自分達を守った機体の解析を行う。

 

『ZGMF-X09Aジャスティス』

 

 イリュージョンと同時期に開発された機体である。

 

 そのジャスティスから、通信が入った。

 

《こちら、ザフト軍特務隊、アスラン・ザラだ。イリュージョン、聞こえるか?》

 

 その言葉に、キラは驚いた。

 

《パイロットの1人は、キラ・ヒビキだな?》

「あ、アスラン?」

 

 キラは呆然とつぶやき、エストも状況がつかめずに怪訝な面持ちになる。

 

 しかし、戦況は油断を許されない。

 

 レイダーが人型に変形して鉄球を放ってくるが、ジャスティスはそれを回避すると、2本のビームサーベルの柄を連結させてアンビテクストラスハルバードにすると斬り込む。

 

 イリュージョンも2本のビームサーベルを抜き放ち、ジャスティスに続く。

 

「どういうつもりだ!? ザフトがこの戦闘に介入するのか!?」

 

 オーブはザフトの戦線介入を拒否して戦争に突入している。ならば、アスランがこの場にいて戦う理由が思いつかなかった。

 

 レイダーの攻撃を回避して、ジャスティスはハルバードを手に斬り込む。

 

《軍からは、何の命令も受けていない。この介入は、俺自身の意志だ》

 

 そう答えるアスランの脳裏には、数日前の情景が思い浮かべられた。

 

 地球に来てからアスランは、巡礼のようにかつての激戦地をめぐった。

 

 アラスカのグランドホロー跡地、パナマ、そして最後に、キラとの死闘を演じた島に降り立った。

 

 そこで、マルキオ導師と出会う事が出来た。

 

 彼が養っていた少年の1人から、こんな事を言われた。

 

『ザフトなんか、俺が大きくなったらみんなやっつけてやる!!』

 

 カーペンタリア制圧戦で両親を失ったというその少年は、憎しみの籠った視線でアスランを見ていた。

 

 対してアスランは、返す言葉もなくただ立ち尽くすしかなかった。

 

『殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで最後は本当に平和になるのかよ!!』

 

 かつて、奇妙な少女に言われた言葉が思い出された。

 

 確かに、撃ちあって得られた平和など、必ずどこかに禍根を残す事になる。

 

 だからこそ、アスランは初めて奪う為でなく、守るために戦いに臨む。

 

 一度は自らの手で、失ったと思っていた友を守る為に。

 

 突如参入したジャスティスの様子は、オーブ軍本部でも確認する事が出来た。

 

「なんだ、あの機体は?」

「地球軍の新型か?」

「い、いや、見ろ、イリュージョンを援護している」

 

 その様子を、カガリもまた、奇妙な面持ちで眺めていた。

 

 戦況は、またも変化を呼ぶ。

 

 ジャスティスの参戦によって、それまでは押される一方であったイリュージョンが反撃に出たのだ。

 

 アヴェンジャーからの執拗な砲撃を振り切り、ビームサーベルを翳してフォビドゥンに斬り込む。

 

 対して、後退する事で回避するフォビドゥン。

 

 すかさずイリュージョンは追撃のビームライフルを放つが、フォビドゥンはゲシュマイディッヒパンツァーを展開して回避した。

 

 アヴェンジャーは尚も、イリュージョンに向けて砲撃を行ってくる。

 

 しかし、ジャスティスの参戦によって負担が減った事で、キラ達もフリーハンドに近い形で動けるようになった。

 

 砲撃を回避すると一気に距離を詰め、ティルフィングを振るうイリュージョン。

 

「クッ!?」

 

 振り下ろされる対艦刀を後退する事で回避するアヴェンジャー。

 

 フレイはコックピットの中で舌打ちする。

 

 もう少しで、キラとエストをしとめられるはずだったのに。あの余計な赤い機体が邪魔したばかりに・・・・・・

 

「よくもォォォォォォ!!」

 

 放たれる砲撃。

 

 しかし、先程とは違い、イリュージョンは余裕で回避して見せた。

 

 接近するイリュージョンに対し、砲撃を続行するアヴェンジャー。

 

 ハルバードを振りかざして斬り込むジャスティスを、フォビドゥンとレイダーが牽制し、折を見てカラミティが砲撃する。

 

 互いのコックピットの中で、それぞれの思いが螺旋のように渦巻いていく。

 

 互いの存在を削りあう戦いの中で、少年少女達は、互いに相手を打ち砕かんと砲火を交えていた。

 

 

 

 

 

PHASE-26「矜持の剣」   終わり

 



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PHASE-27「信念の先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヴェンジャーを操りながら、フレイは苛立ちを募らせる。

 

 圧倒的有利な状況であるにも関わらず、地球連合軍は攻めきれずにいた。

 

 オーブ艦隊は地の利を活かした機動戦術を駆使して巧みに地球軍艦隊を寄せ付けず、モビルスーツ隊も、損害を出しながらも粘り強く抵抗して進行を阻止している。

 

 そして、それは自分達の戦況にも当てはまる。

 

 いちどはキラとエストの乗る機体を撃墜寸前のところまで追い詰めながら、不意に割って入った赤い機体のせいで、打ち損じてしまった。以降、戦況は4対2となり、押し戻されている。

 

 現在、フレイはキラ達の機体を追って、海面すれすれにまで降下している。

 

 アヴェンジャーはその巨体の各所に大小のバーニアを装備し、巨体に似合わぬ俊敏さを誇っている。だが、それでも機動力においては向こうの方が有利なようだ。

 

 フレイの脳裏には、これまでの事が思い出される。

 

 父を殺され、無気力になっていたフレイ。そんなフレイに、父の代理人だという男が接触してきたのは、アークエンジェルが地球に降下する直前だった。父は、万が一自分に何かあった時に備えて、フレイの身の振り方を考えていたのだ。

 

 その人物について地球に戻ったフレイは、そのまま軍へと志願した。

 

 もちろん、目的は復讐の為である。父を殺したコーディネイター。そして、キラとエストをこの手で葬る為に。

 

 驚いた事に、フレイにはもともと素養があったらしく、量産が開始されたモビルスーツを扱わせれば、地球軍でも右に出る者がいないとまで言われるにいたり、ついにはロールアウトしたばかりの新型機まで任されるにいたった。

 

 フレイは幾度も、シュミレート訓練を繰り返した。

 

 ベースにしたのは、シルフィードの戦闘データ。つまり、キラのデータである。

 

 今では、キラの癖なら細部に至るまでに知り尽くしているつもりだった。

 

 その自分が、攻めきれないでいる。

 

 キラ達は、自分の努力をあざ笑うかのように、ひらひらと舞い、アヴェンジャーの攻撃をかわしていく。

 

「このッ!!」

 

 肩部レールガン「ゴルゴーン」、胸部複列位相砲「スキュラ」、頸部インパルス砲「ヒュドラ」、及び両手のプラズマ集束砲を一斉展開する。

 

「落ォちろォォォォォォ!!」

 

 目の眩むような一斉射撃が、イリュージョンへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 シン・アスカは、港へと通じる道を走っていた。

 

 最後尾を走る彼の眼には、家族の姿が見える。父と母、それに母に手を引かれた妹のマユの姿がある。

 

 行政府から避難命令が出てから、既に1日近くたっており、街には人影はほとんど見られなかった。事実上、シン達が最後である。

 

 準備をしていた為に、避難が遅れたアスカ一家だったが、どうにか脱出の最終便には間に合いそうだった。

 

 目を転じれば眼下の林の先に港があり、脱出船に乗り込もうとする人々が見える。

 

 あと一息だ。

 

 そう思った時、前を走る妹のポケットから何かがこぼれおちた。

 

「あ~、マユの携帯!!」

 

 どうやら、落ちたのは妹の携帯電話らしい。足元は緩やかな崖になっており、携帯電話はかなり下の方まで落ちてしまった。

 

「諦めなさい。また買ってあげるから!!」

「いや~!!」

 

 母親が手を引っ張るも、マユは足を突っ張ってぐずる。

 

 このままでは埒が明かない。そう思ったシンは、とっさに身を翻した。

 

「俺、取ってくる!!」

「待ちなさい、シン!!」

「マユも行くぅ!!」

 

 母親の一瞬の隙に腕を振り払ったマユも、シンに続いて崖を滑り降りる。

 

 シンは中腹辺りまで滑り降りると、特徴的なピンク色の携帯電話を見つけ、拾い上げた。

 

 ちょうどそこへ、追いかけてきたマユもたどりつく。

 

「ほら、マユ。しっかり持ってろ」

「ありがとう、お兄ちゃん!!」

 

 嬉しそうに携帯電話を受け取るマユ。

 

 その瞬間だった。

 

 閃光が走る。

 

「はっ!?」

 

 とっさに、シンは傍らのマユを抱き寄せると、胸に抱いた。

 

 次の瞬間、突き抜ける衝撃と爆音。

 

 まさにこの時、アヴェンジャーの放った砲撃が回避するイリュージョンを逸れ、薙ぎ払うように山道を直撃していたのだ。

 

 ちょうどそこは、アスカ夫妻がいる場所である。

 

 シン達も衝撃によって吹き飛ばされる。

 

 坂道を転がりながらも、シンは必死になってマユを抱え衝撃をやり過ごす。

 

 やがて、爆風が去った時、シンは顔をあげる。

 

 だが、そこに先ほどまであった風景は存在しなかった。

 

 小高い山は三分の一がえぐれるように粉砕され、見る影もなかった。

 

 そして、両親は・・・・・・

 

 そこで、シンは見た。

 

 視界の先、まるで打ち捨てられたように転がる、変わり果てた両親を。

 

「・・・・・・お兄ちゃん?」

「ッ!?」

 

 腕の中から聞こえた妹の声に、とっさにシンはマユの目を覆った。

 

 両親の無残な死体を、幼い妹に見せるわけにはいかなかった。

 

 同時に、自分の中にある感情を、抑える事が出来なかった。

 

 勝手な理屈を並べて侵攻してきた地球軍。それを阻止できなかったオーブ政府の人間、そして、自分の両親を殺した奴等。

 

「・・・・・・ふざ、けやがって」

「お兄ちゃん?」

 

 兄の不穏な空気に、マユは不安そうに顔をあげた。

 

 上空では、尚も戦闘が継続している。

 

 そのどれもが、シンの激情を駆り立てるには充分だった。

 

「マユ、こっちだ!!」

「あ、お兄ちゃん!!」

 

 妹の手を引いて走り出すシン。

 

 その目には、復讐者特有のギラついた光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 シンはマユの手を引き、走った。

 

 途中、何度か爆音がかすめたような気がしたが、気にしない。

 

 全てが許せなかった。

 

 全てを、自分の手で叩き潰してやりたかった。

 

 やがて、オーブ軍の仮設野戦陣地に飛び込むと、ある物を見つけて駆け寄る。

 

 それは、補給を終えて発進待機中のM1アストレイだった。

 

「お、お兄ちゃん!? 何を・・・・・・」

 

 兄の意図が理解できず、戸惑うマユ。

 

 そんなマユに構わず、シンはラダーに飛び乗ってコックピットへ上がる。

 

「ちょ、ちょっと、何やってるのよ!!」

 

 背後から少女の声で制止されたような気がしたが、構わず無視してコックピットに乗り込んだ。

 

 機体は暖気中であり、わざわざ立ち上げる必要はない。

 

 マユを膝の上に乗せたまま、シンは機体を起き上がらせた。

 

「許さない。絶対に、許さないぞ!!」

 

 叫ぶと同時に、シンは戦場へ飛び出す。

 

 同時に、新手の存在に気付いた地球軍のストライクダガーが応戦してくる。

 

 対してシンは、強引ともいえる機体さばきで回避すると、背中からビームサーベルを構えて斬り込んだ。

 

 一撃でダガーの腕が斬り飛ばされる。

 

「邪魔するなァァァァァァ!!」

 

 復讐鬼と化したシンの咆哮が、戦場に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヴェンジャーの攻撃を回避しながら、イリュージョンは急旋回しつつ斬り込んでいく。

 

「アルスター機、2・5秒後に攻撃態勢に移行、攻撃準備完了までおよそ4秒!!」

「なら、その前に!!」

 

 エストのオペレートの従い機体を操り、アヴェンジャーが攻撃を開始する前に斬り込むべく機体を操るキラ。

 

 対して、アヴェンジャーはとっさに一斉攻撃をあきらめ、両手のプラズマ砲を連射してイリュージョンの接近を阻みに掛る。

 

 エストの予測に従って、それを回避するイリュージョン。しかし、体勢が崩れて、ティルフィングを振るう事ができなくなった。

 

「ならっ!!」

 

 キラはとっさに斬撃を諦め、蹴りを繰り出す。

 

 その蹴りは、退避に掛ろうとしていたアヴェンジャーの腹部に突き刺さった。

 

「グゥゥゥッ!?」

 

 衝撃により、大きく後退するアヴェンジャー。

 

 どうにか着地には成功したものの、大きく体勢を崩し、一瞬、動きを止める。

 

 その隙を逃さず、イリュージョンは狙撃砲を構えた。

 

 狙うのはアヴェンジャーの脚部。コックピットを潰さずに無力化するのが目的だ。

 

 だが、そのトリガーが引かれる事はなかった。

 

 落下したアヴェンジャーに、急接近するM1がある事に気付いたのだ。

 

 

 

 

 

 ここに来るまでに、最低でも3機のダガーを落とした記憶がある。

 

 シンは初めて乗るM1、というより、モビルスーツをがむしゃらに操り、目についた敵を片っ端から倒していた。

 

 そして、また1機、敵の指揮官機らしい機体が目の前に落下し、シンは迷わずにビームサーベルを抜いて斬りかかった。

 

「ウワァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 敵は一時的に機能不全に陥っているのか、動く気配がない。今ならばやれるはずだ。

 

 逸る気持ちを剣に乗せ、斬り込むシン。

 

 だが、それは甘い考えだった。

 

 素質はあるのかもしれない。しかし、シンは初めてモビルスーツに乗った民間人にすぎない。

 

 そんな彼が、正式に訓練を受けたフレイにかなうはずがなかった。

 

 頸部のヒュドラが火を噴き、M1の肩を吹き飛ばした。

 

「ウワァァァァァァ!?」

「キャァァァァァァ!?」

 

 コックピットの中で悲鳴を上げるシンとマユ。

 

 M1は体勢を崩し、その場にて転倒する。

 

 そこへ、機体を立て直したアヴェンジャーが照準を着ける。

 

 両手のプラズマ砲を構えるアヴェンジャー。

 

 だが、迸った2条の閃光が、プラズマ砲を吹き飛ばした。

 

「チッ、さすがに、簡単にはいかないわね」

 

 フレイが目を転じれば、上空からライフルを構えたイリュージョンが接近しつつあるのが見えた。

 

 武装を消耗した今のアヴェンジャーで、キラ達の相手をするのは厳しい。

 

 そう判断したフレイは、仕方なく後退を開始する事にした。

 

 背後からイリュージョンが追撃を仕掛けてくるが、フレイは巧みに機体を操って直撃弾を出さない。

 

 もっとも、ここで退く気はない。すぐに武装を補充して戻ってくるつもりだった。

 

 だが、

 

 ちょうどそのころ、ジャスティスが対峙していた3機、カラミティ、フォビドゥン、レイダーにも異変が起こっていた。

 

 それまでは俊敏な動作でジャスティスと互角に戦っていた3機の動きは急激に鈍り、這うような動きで後退を始めていた。

 

 何かの罠を警戒して、追撃を避けるアスラン。

 

 しかし、やがて、3機は速度を上げて撤退していく。

 

 それに伴い、他のダガー隊も次々と後退していく。

 

 その様子を、オーブ軍は呆気にとられたまま見送る。

 

 こうして、オーブ防衛戦争、その第一次戦闘は、辛うじてオーブ軍の勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 地球軍が撤退する様子は、海上で奮戦していた大和のブリッジでも確認する事が出来た。

 

 地上部隊の撤退に伴い、地球軍艦隊も砲撃を行いつつ回頭していく。

 

 やがて、殿の部隊も撤退を終え、ようやく一息つく事が出来た。

 

「何とか、なりましたね」

 

 副長席に身を預け、ユウキは艦長席を振り返った。

 

 だが、艦長席に座したトウゴウは、何かを思いつめたように黙ったまま考え込んでいる。

 

 やがて、顔を上げてユウキを見た。

 

「副長、すまんが、VTOLを1機用意してくれ。儂は一度、行政府に行ってくる。その間、艦の事を頼むぞ」

「それは、構いませんが、何を?」

 

 ユウキの問いには答えず、トウゴウは再び艦長席に身を沈めた。

 

「急がねばなるまい」

 

 その顔には、焦りにも似た表情が浮かべられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄昏の落ちる海岸に、生き残ったオーブ軍は集結していた。

 

 誰の表情にも、疲労の色は濃い。

 

 本当に、何とか守り切る事が出来たといった感じである。

 

 もっとも、沖には未だに地球軍艦隊が展開しており、予断の許されない状況に変わりはないのだが。

 

 そんな中にあって、2機のモビルスーツ、イリュージョンとジャスティスは向かい合うように降り立った。

 

 コックピットから、キラとアスランがそれぞれ降り立つ。

 

 ザフトのパイロットスーツを着たアスランに、警備兵たちが銃を向けようとした。

 

 しかし、

 

「彼は敵じゃない」

 

 キラは静かにそれを制し、歩みを進める。

 

 様子を見にきたカガリも、遅れて降り立ったエストも、固唾を飲んで見守る。

 

 そんな中で、少年たちは歩みを進め、

 

 バキィッ

 

 リーチに入った瞬間、アスランの拳がキラの顔面に突き刺さった。

 

 もんどりうって背中から倒れるキラ。

 

 誰もが唖然として見守る中、アスランは怒りの籠った瞳をキラへ向ける。

 

「キラ、お前って奴は・・・・・・」

 

 力を込めて拳を震わせるアスラン。

 

 対して、

 

「・・・・・・これで、冷静になって話せるかな。お互いにね」

 

 殴られた頬を拭いながら微笑するキラ。

 

 その笑顔に毒気を抜かれたのか、アスランは、それ以上殴る気にもなれず、倒れているキラに手を差し伸べて助け起こした。

 

 そこへ、

 

「お前等~!!」

 

 手を取り合う2人に向かって、カガリが走って来る。

 

「この、ばっかやろう!!」

 

 そのまま2人の首根っこに跳び付くカガリ。

 

 そんなカガリの様子を見て、キラとアスランは互いに苦笑を洩らした。

 

 

 

 

 

 生き残った機体や損傷し放棄された機体が運び込まれるモルゲンレーテの工廠内はごった返しており、自然、キラ達は隅っこの方へと追いやられる形となった。

 

 しかし、それでも、ようやく友と再会できた事の嬉しさは大きかった為、気にはならなかった。

 

 エストが運んできたドリンクを礼を言って受け取り、キラはアスランを見た。

 

「・・・・・・そんな事が、あったのか」

 

 自分も渡されたドリンクを飲みながら、アスランはつぶやいた。

 

 キラは、この戦闘のあらましをアスランに説明した。

 

「だが、それじゃあ、」

「うん、大変だって事は、僕も判っている。ウズミ様・・・カガリのお父さんの言う通りだと思うから」

 

 言い募ろうとするアスランに覆いかぶせるように、キラは告げる。

 

「オーブが地球軍に着けば、大西洋連邦は、その力を使ってプラントを撃つだろうし、その逆もあり得る。そんな事はもう嫌だから、僕達は戦うと決めたんだ。道を妨げる全ての物と、ね」

 

 語る2人の周りには、いつの間にか人が集まっていた。

 

 エストに、ライア、サイ、トール、ミリアリア。

 

 彼等は皆、誰も一言も云わずに会話に聞き入っていた。

 

「アスラン、僕は、君を殺そうとした」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 突き刺さるようなキラの言葉に、アスランは黙り込む。

 

 だが、キラは柔らかい調子で続ける。

 

「でも、僕は君が死んだと思った時、すごい寂しさを感じた」

 

 それは、アスランも感じたことだった。

 

 あの戦いの後、生き残ったアスランが感じた、たとえようもない喪失感。そして、自分だけが生き残ってしまったという罪悪感は、一種のトラウマのように、今も胸にしこりを残している。

 

「そんな事を、早く終わらせたい。だから、僕達は戦うんだ」

 

 矛盾してるのは分かってるんだけどね。そう言って、キラは苦笑する。

 

 そこへ、見計らったようにエストが歩み寄った。

 

「お話し中すみません。キラ、そろそろ作業に戻りましょう」

「あ、そうだね」

 

 久しぶりに親友と話せて、つい時間が過ぎるのも忘れてしまっていたが今はまだ警戒中である。いつ地球軍が再襲するか分からない以上、補給と整備は早めにやっておかねばならなかった。

 

 作業に戻るべくキラは歩きだす。

 

 その背中に、アスランは呼びかけるように言った。

 

「待ってくれ。ひとつだけ聞かせてくれ」

 

 足を止め、キラは振り返ると、アスランはこれまでに無いほど真剣なまなざしで尋ねた。

 

「イリュージョンにはNジャマーキャンセラーが搭載されている。お前、それを、」

「ここであれを何かに利用しようとする人がいたら、」

 

 アスランの言葉を遮るように言いながら、キラは傍らのエストの頭を優しく撫でる。

 

「僕達が撃つよ」

 

 静かな、しかし固い決意。

 

 それだけで、アスランは目の前の親友を信じてもいいような気がしていた。

 

 

 

 

 

 冷静になりきれない頭は、この状況に理不尽を否応なく感じていた。

 

 軍施設に戻った後、シンは当局に拘束されて、尋問を受けていた。

 

 彼の罪状は明白である。軍の最高機密であるモビルスーツの強奪と無断使用。そのまま収監されてもおかしくはない。

 

 だが、シンは理不尽をぶつけるように喚き続け、局員も困り顔になっていた。

 

 カガリが隣の監視ルームに入って来たのは、そんな時だった。

 

「お、これはカガリ様、お疲れ様です」

 

 少し崩した感じに敬礼してきたのは、海軍情報部のケン・シュトランゼン一尉である。彼がシンを拘束した人物である。その傍らには、たまたま居合わせたリリア・クラウディスの姿もあった。

 

「どうだ、調子は?」

「どうもこうも、終始あんな感じですよ」

 

 マジックミラー越しに中の様子を伺いながら、ケンはやや辟易した調子で言った。

 

 中を覗きこめば、問題の少年がわめいているのが見える。

 

《だから、国の代表に、アスハに会わせろって言ってるだろ!!》

《そんな事、できるはずないだろうが!! いいから座れ!!》

《こんなバカな戦争を始めた奴に、思い知らせてやるんだ!!》

 

 そう言って暴れているシンを局員が2人がかりで取り押さえようとしている。

 

 その様子を見ていたカガリは、何かを決意したように頷く。

 

 今の彼は、かつての自分に似ている部分がある。目の前の事実のみを追い、本当に何をするべきなのか見えていないのだ。

 

「・・・・・・リリア、頼みがある」

「うん、何?」

 

 リリアが部屋を出ていくと、カガリは尋問室へと足を踏み入れた。

 

 喧騒に包まれていた部屋の中が、一瞬にして静まり返る。

 

 シンを押さえていた局員は、入ってきたカガリに、思わずシンを離して敬礼する。

 

「あんたは・・・・・・」

 

 呆然とするシンを真っ直ぐに見返し、カガリは口を開いた。

 

「お望みどおり、出て来てやったぞ。私は、カガリ・ユラ・アスハだ」

 

 その言葉に、シンの怒気は一気に膨れ上がった。

 

「あんた・・・・・・あんたが!!」

 

 掴みかかろうとするシン。

 

 その前にケンが立ちはだかって、カガリを守るように立つ。

 

「どけよ!!」

「悪いんだけど、立場上それはできないんだよね」

 

 飄々と言いながらも、絶対に通さないという意思を見せるケン。もしシンが、指一本でもカガリに触れようものなら、その時は容赦なくシンを取り押さえるつもりだった。

 

 そのケンの背後から、カガリは静かに歩み出る。

 

「だいたいの事情は聞いている。先の戦闘で、家族を失ったそうだな」

「ああ、そうさッ あんた達アスハが馬鹿な決断をしたせいでな!!」

 

 シンは憎しみの籠った赤い瞳を突き刺さん勢いで、カガリをにらみつける。

 

「あんた達が、ちゃんとこの国を守ってくれていたら、俺の両親は死ぬ事はなかったんだ!!」

「それに関しては、申し訳なく思っている」

「申し訳ないだって? そんな事言う資格が、あんたにあるのかよ!?」

 

 激昂するシンに対してカガリは冷静になって返す。こういう時互いに熱を帯びてしまってはまとまる話もまとまらなくなる事を、過去の自分自身の経験からカガリは知っていた。

 

「だが、それでモビルスーツを奪って戦場に行くのは、どうなんだ?」

「あんな奴等、俺がみんなやっつけてやるんだ! 不甲斐無いあんた達に代わってな!!」

 

 その言葉に、カガリは眩しい物を見るように、目を細めた。

 

 見れば見るほど、目の前の少年は過去の自分に似ている。状況に流され、自分自身の力も弁えずに突っ走ろうとする。人1人が成せる事など、たかが知れているというのに。

 

 こういう人間には、抑えてやれるものが必要なのだ。そう、かつての自分に、父ウズミや、キサカ、ユウキと言った忠臣達がいたように。

 

「お前の言い分は判った」

 

 カガリは落ち着いた調子で言う。

 

「だが、その上でお前に問いたい。お前がいま、一番にすべきこととは何だ?」

「え?」

 

 カガリの質問に、シンは動きを止めてカガリを見る。

 

「地球軍を撃って両親の仇を取る事か? それとも私達を糾弾する事か?」

 

 カガリがそこまで言った時、扉が開いて、2人の人物が取り調べ室に入ってきた。

 

 それはリリアと、彼女に付き添われたシンの妹のマユだった。

 

「マユ・・・・・・」

「お兄ちゃん」

 

 マユの額には包帯が巻かれ、側頭部に血が滲んでいるのが見える。先の戦闘によるものである事は明白だった。

 

 それを見て、カガリはシンに言う。

 

「この子を、守る事なんじゃないのか?」

「ッ!?」

 

 言われて、シンはハッとする。

 

 マユは自分にとって大切な妹であり、今や唯一の肉親だ。その大切な存在を、自分は危険な戦場に連れまわしていたのだ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

 泣きながら胸に飛び込んでくるマユを抱きとめるシン。

 

 妹の存在が、復讐に猛っていた心を静めていくようだった。

 

 その様子に、カガリは安堵する。もう、この2人の事は大丈夫だろう。シンの罪状に関しては、状況が状況だし、被害と言えば使われたM1が中破したくらいである。痛くないと言えば嘘になるが、そのくらいならカガリの裁量で不問にしても問題はなかった。

 

 だが、立ち去ろうとするカガリを、シンが呼び止めた。

 

「あんたに、頼みがある」

 

 立ち止まって振り返るカガリに、シンは言う。

 

「俺にも、戦わせてくれ」

 

 静かに言うシンに、カガリは驚いたように目を開いた。

 

「何だと!? お前、まだ・・・・・・」

「違う!!」

 

 説得の意味がなかったと思っているカガリに覆いかぶせるように、シンは否定の言葉を投げた。

 

 そっと、マユを抱く腕に力を込めて言う。

 

「守る為に、戦いたいんだ」

 

 決意の籠った、赤い瞳に、カガリは戸惑いを隠せなかった。

 

 妹を守れと言ったのはカガリだが、それがこんな形で表出するとは思わなかった。

 

「カガリ様」

 

 困り顔のカガリに、ケンはそっと耳打ちする。

 

「M1に残ってた、この坊主の戦闘データ見ましたけど、いや、すごいですね。たぶん、うちの軍の並みのパイロットじゃ、こいつには敵わないと思いますよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ケンの言葉に、カガリはますます戸惑いを強める。

 

 オーブ軍の戦力不足は明白である。特に、モビルスーツのパイロットはいくらいても足りないくらいだ。それが優秀な人材ともなると宝石よりも貴重だろう。

 

 だが、だからと言って民間人の少年を巻き込むのは気が引けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パウエルの格納庫では、今日の戦闘で活躍した4機の機体が鎮座している。

 

 従来のXナンバーと違い、装甲にTP(トランス・フェイズ)装甲を使用しているこの4機は、機体に灯が入っていない状況でも、装甲の色が落ちる事はない。

 

 TP装甲とは、PS装甲の上から通常の装甲で覆った二重装甲の事で、着弾の一瞬のみセンサーが起動して内部PS装甲が作動、物理衝撃を無力化する仕組みになっている。PS装甲装備機の弱点であったバッテリー消耗を極限に抑える事が出来る新技術であった。

 

 その内の1機、アヴェンジャーの前にフレイは立ち、愛機を見つめている。

 

 キラが生きていた。そしてエストも。

 

 父を殺し、フレイにたとえようもない孤独を味あわせた2人。その2人をこの手で殺す機会を与えてくれた事に、フレイはいる筈もない神に感謝したいくらいであった。

 

 だが、2人は新たな力と共に、フレイの前に立ちはだかった。

 

 こちらの猛攻にも関わらず、2人は生き残った。フレイの復讐心をあざ笑うかのように。

 

 新型の機体も、フレイの技術も、猛る心も2人には通用しなかった。

 

「クッ」

 

 舌打ちしたとき、こちらに向かって歩いて来る存在に気付いた。

 

「いかがでしたか、初めての戦闘は?」

 

 アズラエルの問いに、フレイは振り返らない。

 

 ラーズを従えたアズラエルは、フレイと並ぶようにしてアヴェンジャーを見る。

 

「まあまあだったわ」

「それは何よりです」

 

 フレイの地球軍における階級は中尉である。本来なら雲の上の存在であるアズラエルが話しかけるような関係ではない。だが、アズラエルはかつてフレイの父、ジョージの部下だった事もあり、フレイには気を使っていた。

 

 もっともフレイとしては、アズラエルの事を額面通りに信用している訳ではない。本当なら傍にいられるだけで生理的不快感を感じるのだが、取り敢えず他に頼る相手がいないので妥協しているだけだ。

 

 それはアズラエルの方も同じで、彼としてはフレイの美貌と活躍に軍としての宣伝効果を活躍しているからこそ、便宜を図っているとも言える。

 

「間もなく、第二次攻撃が始まります。またお願いしますよ」

 

 その言葉に、フレイは怪訝な面持で振り返った。

 

「オーブからは会談要請が来てるって聞いてるけど?」

「そんな物、無視するに決まっているだろう」

 

 答えたラーズは、吐き捨てるように言う。

 

「あの戦力で攻めて落とせなかった国だぞ。放置すれば、いつ背中から撃たれるかわかったものではない」

「そう言う事です。今後の事もありますから、オーブにはきっちりと消えてもらいましょう」

 

 一国家の消滅を、まるで午後の予定のように言うアズラエル。

 

 そんなアズラエルに、フレイは一言「そう」とだけ返し、再び愛機に向き直った。

 

「連中も、そろそろ『お仕置き』も十分でしょうし。次こそはお願いしますよ」

 

 お仕置きとは、他の3人のパイロット、正確にはカラミティ、フォビドゥン、レイダーの生体CPU、オルガ、クロト、シャニの3人が受けているであろう罰則の事だった。

 

 コーディネイターに対抗する為に肉体の改造を受けた3人は、定期的に投薬処置を受けないと、身体に凄まじい過負荷がかかり、苦痛に苛まれる事になる。

 

 先の戦闘で、3機が突如として機首を巡らしたのは、そう言った事情であった。

 

 そうまでして、コーディネイターに対抗したい物なのかと疑問に思いたくなるフレイだが、口には出さない。目的遂行に有用なら何でも利用するつもりだった。

 

 いずれにしても、オーブにキラとエストがいるのなら、そこを攻める事にはフレイも賛成だった。

 

 

 

 

 

 行政府の一室にてウズミはトウゴウと向かい合っていた。

 

 立場と年齢を超えた友人として長年付き合いのある2人だが、今は互いに厳しい顔のまま、向かい合っている。

 

「では、どうしても、了承してはもらえんと言うのか?」

「うむ。お前の言っている事は判るのだが、この国の長として、譲るわけにはいかん」

 

 重々しい調子で、ウズミはトウゴウへ頷いた。

 

 今日1日の戦闘で、オーブ軍は全体の3割を超える損害を出している。艦隊戦力は半減し、要となる地上部隊も損害が大きい。まだ7割が健在と言えば聞こえはいいが、指揮系統が寸断している部隊もある事を考えれば、次の戦闘で出撃できるのは5割が限界であろうとトウゴウは踏んでいた。

 

 地球軍にも相応の損害を与えたと信じたいところであったが、仮に自軍の倍の損害を与えていたとしても、地球軍はオーブ軍の4~5倍の戦力を投入してきている。次回戦闘では、より厳しい戦いを強いられることになる。

 

 そうなる前に、トウゴウは先手を打つべきだと主張していた。

 

 イリュージョン、ストライクと言った特機を含む精鋭部隊を用いて海中から地球軍艦隊に接近し、指揮中枢を壊滅に追いやる。

 

 戦闘が始まってしまえば、戦力は防衛に振り向けなければならなくなる。今、一時的に地球軍が引いているからこそ可能な作戦だ。これ以外にオーブが生き残る道はないように思えた。

 

 だが、トウゴウの提案に対し、ウズミは首を横に振った。

 

 現在、オーブ行政府は、大西洋連邦に対し会談要請をしている。兎にも角にも、緒戦の勝利は物にできた訳だから、この状況を利用して停戦交渉に持ち込もうとしているのだ。

 

 勿論、ウズミも簡単に受け入れられるとは思っていない。だが、国の舵取りをする人間として、これ以上損害を出す事なく、戦火を治められる可能性を自ら閉ざす事は出来なかった。

 

「・・・・・・判った。お前がそう言うのであれば、仕方があるまい」

 

 トウゴウは仕方なく、自分の案をひっこめる事にした。

 

 軍人と政治家では見るべき物が違う。軍人は自軍の損害をいかに抑えるかを考えるが、政治家はまず先に国を守る事を考える。

 

 だからこそ、ウズミはトウゴウの意見を退けるしかなかった。

 

「だが、ウズミ、お前はそれで良いのか?」

「何がだ?」

「これで、後世の歴史家の、お前に対する評価は二分する事になるだろう。『信念を貫いた偉大な男』と、『信念の為に国を焼いた愚かな男』としてな」

「構わんよ。今の私に必要なのは、今をどうするかという決断であって、後世の歴史家の戯言ではない」

 

 そう告げたウズミの背中には、不退転の悲壮感が漂っているようだった。

 

「万が一のことを考え、カグヤとクサナギの準備はさせている。何かあった時はトウゴウ、頼んだぞ」

「判った」

 

 静かに頷くトウゴウには、この長年の友人が既にある種の覚悟を決めている事を悟った。

 

 

 

 

 

「君の後輩?」

 

 イリュージョンから降りたキラは、エストへキラは尋ねた。

 

 調整を終え、機体から降りようとした時、エストが先の戦闘で戦った3機の話題を出した。

 

 フレイの機体はともかく、正体不明の3機の戦闘力もまた、フレイ機に劣らず凄まじい物があった。

 

 機体性能もさる事ながら、正直あれがナチュラルの操縦によるものだとはどうしても思えなかった。

 

「後輩と言うより、後継作と言った方がいいかも知れません。プロトタイプ・エクステンデットである私を元に、開発は継続されていたはずです。大西洋連邦が、対ザフト戦のテストベンチとして、オーブ戦にエクステンデットの完成品を投入してきたとしてもおかしくはありません」

 

 ナチュラルでありながらコーディネイターを超える為に開発された人間。そんな存在に来られては、兵士の多くをナチュラルによって構成しているオーブ軍では対抗しきれないだろう。キラであっても、複数を同時に相手にするのは難しい。

 

 だが、それとは別に、キラは真剣な表情でエストに向き直った。

 

「話は判ったよ。けど、エスト」

「はい」

「自分の事を、人形か何かの部品のように言っちゃだめだ。君はエクステンデットなんかじゃなく、普通の人間の女の子だ。少なくとも、僕はそう思っている」

「キラ・・・・・・」

「君は僕の相棒だ。それも、かけがえのない、ね。だから、お願いだから、そんな風には言わないでくれ」

「はい。すみませんでした」

 

 謝るエストの長い髪を、キラは優しく撫でてやると、少しくすぐったそうにエストは目を細めた。

 

 その様子を、微笑を浮かべて眺めながら、キラはある種の頼もしさのようなものを感じていた。

 

 状況は、オーブにとって決してよくはない。地球軍は尚も圧倒的な兵力でオーブ沖に展開しているし、フレイ達の事もある。

 

 だがそれでも、この子と共に戦い続ける限り、自分は負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-27「信念の先」   終わり

 



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PHASE-28「哀しみの飛翔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍艦艇から、一斉にミサイルが放たれる。

 

 オーブからの再三の会談要請を無視し、地球軍はオーブ再侵攻を開始したのだ。

 

 憤るオーブ首脳陣だが、こうなっては最早どうしようもない。押せば勝てる戦いを捨てるほど、地球軍も愚かではないという事か。

 

 いずれにしても道理も何もかも無視して、国の主権を踏みにじる事を目的にして進軍してきた軍隊は、初期の目標を完遂すべく再び動き出したのだ。

 

 同時に、オーブ軍も迎撃態勢を築くべく動き出す。

 

 第一波ミサイル攻撃は奇襲に近い形で行われた為、地上施設に大きな損害が出ている。しかし、司令部や格納庫などの最重要施設は全て地下に収められている為、並の攻撃ではびくともしない。

 

 その格納庫の中にあって、キラとエストはイリュージョンに向かって走っていた。

 

「キラ!!」

 

 そんなキラを、背後から追い付いてきたアスランが呼び止める。

 

「お前達にも分かっているだろう。どのみち、このままではオーブに勝ち目はないと」

 

 暗に脱出しろと言っているのは、キラにも理解できた。

 

 そんな優しい友人に対して、キラはほほ笑みを返す。

 

「うん。たぶん、みんなもね。けど、勝てないからって、あきらめたくはないでしょ」

 

 そう言うと、キラはエストを連れてリフトに乗った。

 

「ありがとう、アスラン。話せてうれしかったよ」

「援護に感謝します。あなたは早く脱出を」

 

 そう言うと、キラとエストはコックピットへ消えていく。

 

 立ち尽くすアスラン。

 

 その背後に立つ影があった。

 

「ザフトの兵士としては、手を貸す事に気が引ける?」

 

 振り返れば、そこには見知った少女の姿があった。

 

「ライア!?」

 

 死んだと思っていた少女の姿に、アスランは驚きを隠せない。

 

 とっさに、少女の足に目をやる。

 

「・・・・・・あ、足はあるな」

「殴られたい? ねえ殴られたい?」

 

 アスランの失礼な反応に、少女は笑顔の中で青筋を浮かべる。

 

 そう言えば昨日、キラと話している場に彼女もいたような気がしたが、あれは見間違いではなかったようだ。

 

「で、どうするの? このまま指咥えてカーペンタリアに帰る?」

 

 挑発するようなライアの言葉に、アスランは唇をかみしめる。

 

 確かに、ザフトの軍人であるアスランからすれば、それがベストなのだろう。

 

 だが、ようやく和解できた友人を置いて、帰る事などできない。

 

「・・・・・・俺は」

 

 ややあって、ためらうように口を開いた。

 

「俺は、あいつを、あいつ等を、死なせたくない!!」

 

 その言葉に、ライアはニコッと人懐っこそうな笑顔を浮かべる。

 

「やっぱりね。アンタならそう言うと思った」

「ライア?」

「行こアスラン。早くしないと、始まっちゃうわよ」

 

 そう言うと、ライアは先に立って歩き出した。

 

 

 

 

 

 リリアに連れられ、シンとマユはモルゲンレーテの格納庫へやってきた。

 

「これよ」

 

 促された先には、1機のモビルスーツが鎮座している。

 

 PS装甲を切った状態で佇んでいるその機体は、今現在、ムウが乗って出撃しているストライクと同型の機体に見える。

 

「名前はストライク・ヴァイオレット。ストライクを修理する時に、余った部品と新技術を搭載した機体らしいんだけど、あまりに高性能すぎて乗り手がいなかったからお蔵入りになりそうになってた機体よ。君なら、乗りこなせるんじゃない?」

「良いのかよ。こんな新型機を俺に渡しちゃって」

 

 ここになって、シンは恐縮する面持ちだった。

 

 戦わせろと言ったのはシンで、カガリはそれを了承したのだが、まさか新型機を回してくれるとは思わなかった。

 

「良いのよ。どうせこのまま飾っといても意味ないし、カガリが許可してくれたんだから問題ないでしょ」

 

 軽い調子で言うリリアに、本当にそれで良いのかという気持ちになるが、くれるというのであれば、シンとしてもありがたい話だった。

 

 実際、シンの戦闘データを見たカガリが、あるいは彼なら使いこなせるかもしれないと判断したのだった。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 心配そうに見上げてくるマユに、シンはそっと笑い掛ける。

 

「大丈夫だ、マユ。お前の事は俺が守るから」

 

 そう言うと、妹の体をそっと抱きしめた。

 

 シンがマユを放すと、リリアは少女を後ろから優しく抱く。

 

「この子の事は、あたしに任せて。責任をもって守るから」

「あんたは出ないのか?」

 

 怪訝な面持で尋ねるシンに、リリアは一瞬キョトンとした後、ジト目になって睨みつけた。

 

「あのね、この際だから言っとくけど、君が勝手に持ち出してぶっ壊してくれたM1、あたしのだったんだけど?」

「うっ・・・・・・」

 

 言葉に詰まるシン。

 

 あの時は頭に血が上っていて、機体の持ち主の事までは考えていなかったのだ。そう言われれば確かに、出撃しようとした自分を、少女の声で制止しようとしていた人物がいたような気がする。

 

「わ、悪かった」

「いいわよ、もう。今更だし。だから、今回あたしはお留守番。君が出撃してる間、マユちゃんはあたしが見ていてあげるから」

「頼む」

 

 そう言うと、シンは一度だけマユの頭を撫で、機体へと乗り込んだ。

 

 マニュアルを読んで、機体の事は頭に入っている。

 

 問題無く機体を立ち上がり、モニターとOSに灯が入る。

 

 武装はエールを選択。ランチャーでは照準が面倒そうだし、接近戦にほぼ限定されるソードでは、広い戦場では動きづらい気がしたのだ。

 

 エールストライカーが装備され、出撃準備が整った。

 

「シン・アスカ、ストライク・ヴァイオレット行きます!!」

 

 スラスターを点火して飛び立つ機体。

 

 同時にPS装甲に灯が入り、機体は鮮やかな薄紫色に染まった。

 

 

 

 

 

 戦況は、昨日以上にオーブにとって、刻一刻と苦しい物になっていた。

 

 出撃できる部隊の数は昨日よりも少なく、当然、各防衛ラインも薄くならざるを得ない。

 

 対して地球軍は、昨日の戦闘とほぼ同等の戦力で押し寄せてくる。

 

 戦闘による損害を感じさせない地球軍の猛攻の前に、オーブ軍は徐々に押されていく。

 

 海上においても同様だった。

 

 アークエンジェルや大和は海上に出て巨砲を持って地球軍艦隊と砲撃戦を演じるが、多勢に無勢の言葉通り、オーブ艦隊は次々と集中攻撃を受けて沈黙していく。

 

 島影に隠れての戦術も今回は使えない。所詮はネタの割れた手品に過ぎず、奇策が二度も通じるはずがなかった。

 

 展開したM1部隊は、地形を利用した戦術で、地球軍の大軍を迎え撃つ。

 

 不用意に進撃してきたストライクダガー部隊に対して、森の中に偽装されたハッチが突然開き、内部に潜んでいたM1が攻撃を仕掛ける。

 

 破壊された施設の影に巧みに機体を隠しながら、隙を見て狙撃を行う機体もある。

 

 地球軍も、ゲリラ的な戦いを仕掛けてくるオーブ軍には手を焼かされた。

 

 しかし、それらが上げる戦果は、所詮は微々たるものである。

 

 圧倒的な火力を集中され炎を吹き上げる機体。潜んでいた場所から引きずり出されて切り刻まれる機体が続出する。

 

 制空権を握ったシルフィードダガーは激しい空爆を行い、施設やオーブ軍機を破壊して行く。

 

 そうした悲惨な戦場の中に、幻想の戦天使が舞い降りる。

 

「8時と5時、2時方向。優先は8時。こちらを補足しました。攻撃開始まで4秒」

「十分間に合う!!」

 

 キラはイリュージョンの両腕に装備したビームガトリングを展開。攻撃を開始しようとしていたストライクダガー部隊を次々と打ち抜いていく。

 

 更にイリュージョンは、肩に装備したバッセルビームブーメランを抜き放つと、背後から迫っていたシルフィードダガーに投げつけ、その脚部を切断した。

 

 戻ってきたブーメランをキャッチすると同時に、290ミリ狙撃砲を展開、立て続けに正確な砲撃を放ち、迫りくる敵機の肩を、足を、メインカメラを、武装を撃ち抜いていく。

 

 ただ1機からなる防衛ラインは、オーブ軍の中にあって最も強固と言っても過言ではなかった。

 

 だが、そんなイリュージョンの奮戦も、長くは続かない。

 

 センサーを見ていたエストは、それの存在をキャッチした。

 

「キラ、昨日の4機です。1時の方向。接触まで20秒」

「来たかっ」

 

 唇をかみしめるキラ。

 

 アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機が接近してきているのだ。

 

 迎え撃つべく、高度を上げるイリュージョン。

 

 その姿は、フレイ達からも見て取れた。

 

「いたわね、キラ、エスト!!」

 

 速度を上げるアヴェンジャー。

 

 肩部ゴルゴーン、胸部スキュラ、頸部ヒュドラ、プラズマ集束砲2門を展開、一斉発射する。

 

 その凄まじい砲撃を、ひらりひらりと舞うように回避するイリュージョン。

 

 お返しにと放った狙撃砲の一撃は、しかしその前に立ちはだかったフォビドゥンのゲシュマイディッヒパンツァーに阻まれて射線を捻じ曲げられる。

 

 フォビドゥンは、更にフラスベルグ誘導ビーム砲とエクツァーンレールガンをイリュージョンに放ってくる。

 

 弧を描くビームは、軌道が読めず、キラとしても大きく後退して回避するしかない。

 

 そこへ、今度はカラミティを背に乗せたレイダーが迫ってくる。

 

 カラミティは全砲門を開き、レイダーも火力を集中してくる。

 

 こうなると、火力の劣るイリュージョンは防戦一方になってしまう。

 

 押し寄せる攻撃を前にして、ビームシールドを掲げたまま後退するしかないイリュージョン。

 

「クッ!?」

「キラ、このままでは!!」

 

 歯嚙みするキラとエスト。

 

 距離を詰めてくる4機。

 

 だが、次の瞬間、

 

 カラミティは高速で駆け抜けた何かに攻撃され、フォビドゥンは飛んできた物をニーズヘグで弾き、レイダーは機体を傾けて狙撃を回避した。

 

「・・・・・・またなの?」

 

 うんざりした調子で、フレイはつぶやいた。

 

 そこにはビームブーメランを肩に収め、分離していたリフターと再合体しているジャスティスの姿があった。

 

「アスラン・・・・・・どうして?」

「脱出しなかったのですか?」

 

 呆然とつぶやくキラとエストに、アスランは力の籠った声で返す。

 

《俺たちにだって、守りたい物くらいあるさ》

 

 それが、今のアスランにとってはキラ達なのだという事である。

 

 ジャスティスはビームサーベルの柄を連結させ、アンビテクストラスハルバードにする。

 

《蹴散らすぞ》

「うん」

「了解です」

 

 3人は頷きあうと、ジャスティスはハルバードを、イリュージョンはティルフィングを構えて斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 更にその頃、別の戦線でも援軍を得てオーブ軍が盛り返し始めている。

 

「デェェェェェェイ!!」

 

 昨日に引き続き、全軍の先頭に立つムウのストライクは、圧倒的多数のダガー部隊を前に、一歩も引かずに踏ん張り続けている。

 

 ストライクを強敵と見た地球軍も、砲火を集中しようとするが、味方機はすかさず援護射撃を行う。

 

《少佐、援護します!!》

 

 そう言って、ストライクの傍らについたM1はトール機であった。

 

 元々は訓練も何も受けていない民間人で、年齢的にもまだ少年と呼べるトールだが、しかし数度の戦闘を経て兵士としてのタフネスさを身につけつつあった。

 

 ビームライフルでの狙撃により、ダガーは着実に数を減らしていく。

 

 更に、今日はもう1機存在する。

 

 砲火を交わしながら敵陣に飛び込んだ紫色の機体は、ビームサーベルを抜き放ってダガーを斬り裂く。

 

「次だ!!」

 

 初めて乗った高性能な機体を、シンはまるで手足のように十全に扱っている。

 

 先に乗ったM1よりも、このヴァイオレットの方がシンには合っていた。

 

 当然、地球軍は突出したヴァイオレットを押し包んで討ち取ろうと、得意の連携戦術を用いて迫ってくる。

 

 しかし、シンは驚くほど冷静に対処して見せた。

 

 3方から迫るダガーに対し、サーベルが命中する直前でスラスターを吹かして飛びあがり、目前の1機の頭部を蹴り飛ばした。

 

 その一撃で、メインカメラを失うダガー。まずは1機。

 

 更に、蹴りの反動を利用して空中で宙返りをしながら、着地と同時に背後に迫っていたダガーを光剣で背中から切り下げた。これで2機。

 

 残る1機は敵わないと見て後退しようとしたが、ヴァイオレットは圧倒的な推力で追い付くと、コックピットにサーベルを突き刺し撃墜した。

 

 上空に目を転じれば、ライアの駆るシルフィードが、殆ど1機で大軍を押さえている。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 スラスター全開で急接近すると同時に。展開した高周波振動ブレードを一閃、シルフィードダガーを斬り捨てる。

 

 そこへ、背後からビームが数条掠めていく。

 

 目を転じれば、4機のシルフィードダガーが、ライフルを撃ちながら接近してきているところだった。

 

「舐めないでよ、ね!!」

 

 ライアの叫びとともに、シルフィードは左手のシールドを投げ捨て、ビームサーベルを抜き放つと、ブレードと共に二刀流を構えて斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 目まぐるしく立ち位置を入れ替えながら、両者は互いに斬り結んでいく。

 

 ティルフィングを振りかざして迫るイリュージョンに対し、アヴェンジャーは接近を阻もうと、全砲門を開いて砲撃を行う。

 

 対してキラは、海面スレスレの所で、機体を揺り動かすようにして操り、火線を回避して見せる。

 

 背後に水柱を残しながらアヴェンジャーに迫るイリュージョン。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 一閃される大剣。

 

 しかし、命中の直前にアヴェンジャーはその場から飛びのいてイリュージョンの一撃を回避した。

 

 動きを止めたイリュージョン。

 

 その横から突如、海面を割ってフォビドゥンが姿を現した。

 

 フラスベルクとエクツァーンを放つフォビドゥンに対し、ビームシールドで防ぎつつライフルで応戦するイリュージョン。

 

 だが、放たれるビームはまたも、ゲシュマイディッヒパンツァーによって捻じ曲げられた。

 

「クッ」

「あの機体には射撃は通じません。接近戦に切り替えるべきです」

「判ってる!!」

 

 キラが言い放つと同時に、腰部のラケルタ2本を抜き放って斬り込むイリュージョン。

 

 対抗するように、シャニもフォビドゥンのニーズヘグを振って斬り結ぶ。

 

 リフター、ファトゥム00を本体から切り離して独立行動させる事の出来るジャスティスのトリッキーな戦術に、レイダーとカラミティは苦戦を強いられていた。

 

 カラミティは高速で旋回するファトゥムを追って、背部の125ミリ高エネルギー砲シュラーク、右手に把持した337ミリプラズマバズーカトーテスブロック、左手のシールドから突き出した115ミリ連装衝角砲ケーファーツヴァイと、全砲門を駆使して砲撃を繰り返すも、機動力に勝るリフターをとらえるには至らない。

 

 レイダーは鉄球を放ってジャスティス本体に叩きつけようとするも、アスランは巧みに機体を操って回避し、接近すると同時にハルバードを振い、レイダーを追い詰める。

 

 クロトもまた、高い機動性を発揮してジャスティスの斬撃から逃れ、上空から攻撃してくる。

 

 そこへ、リフターと合体したジャスティスが再び斬り込んできた。

 

 

 

 

 

 各戦線でオーブ軍は善戦している。

 

 しかしそれはあくまで善戦のレベルであって、戦局全体を覆すには到底足りなかった。

 

 司令部に詰めるカガリのもとには、刻々と悪化する戦況の様子が伝えられてくる。

 

 前線の部隊からは次々と音信が途絶し、北域を統括する前線司令部もいくつか陥落している。オノゴロをはじめ最重要地区は辛うじて防衛ラインを保っているが、それも時間の問題のように思われた。

 

 どうする、自分も出るか?

 

 今こうしている間にも、前線で味方のオーブ兵が次々と戦火に包まれ命を落として行っている。

 

 そうした皆を守る為に、自分も前線に出るべきなのではないか?

 

 カガリ専用機はまだ完成してはいないが、それでも余っている機体で出撃すべきだ。

 

 一度はそう思い掛け、席を立つ。

 

 しかし、それ以上動く事が出来ず、再びシートに座り込んだ。

 

 背後から、幕僚として控えているキサカの安堵する声が聞こえたが、気にしない。

 

 自分1人が前線に出たところで何も変わりはしない。それよりも、ここにいて少しでも犠牲になる部隊の数を減らすのが、指揮官である自分の仕事だ。

 

 込み上げそうになる涙をこらえ、カガリは自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 オルガは小賢しく飛び回るリフターに、カラミティの全砲門を開いて砲撃している。

 

 しかし、いくら撃っても全く命中せず、苛立ちばかりが募っていく。

 

「この、鬱陶しいんだよ!!」

 

 放つビームは、全て海面を抉るばかりである。

 

 そうしている内に、コックピット内にアラームが鳴り響いた。見れば、バッテリーが危険域に達している。

 

「クソッ、この馬鹿モビルスーツ、もうバッテリーがやばい!!」

 

 いかにTP装甲の採用でエネルギー消費が局限されているとはいえ、カラミティのような大出力火器を多数搭載した機体が、考えなしに撃ち続ければエネルギー切れを起こして当然だった。

 

《ドカドカ撃ち過ぎなんだよ、バーカ!!》

 

 嘲るような声は、レイダーのクロトからだ。

 

「何だと!?」

《帰るんなら1人で帰ってよね。僕は知らないよ》

 

 カラミティが飛行できないと知っていて、挑発するようなことを言ってくる。

 

 しかし、そのレイダーも海中を割って出現したジャスティスにハルバードを一閃され、鉄球を切り裂かれて後退せざるを得なくなった。

 

「馬鹿はテメェじゃねえか」

 

 言い放つと同時に、オルガは機体を舞いあがらせてモビルアーマー形態に変形したレイダーに飛び乗った。

 

《勝手に乗るなよ!!》

「サッサとしろよ。お前もそれじゃあやばいだろ!!」

 

 言い合いをしながらも、進路は味方艦隊に向けられる。

 

 その様子は、イリュージョンと対峙しているフォビドゥンからも確認できた?

 

「あん?」

 

 シャニは眠そうな目を撤退していく味方に向けてから、放たれたビームに対してゲシュマイディッヒパンツァーを展開する。

 

 しかし、ビームはうまく曲がらず、装甲の表面で弾かれた。

 

 そこで気付いた。バッテリーが危険域に達している事に。

 

「終わりか」

 

 詰まらなそうに呟くと、機体を反転させる。

 

 それを追って、イリュージョンがティルフィングを手に斬り込んでくるが、フォビドゥンはそれをニーズヘグで払って後退していった。

 

「チッ、役立たず・・・・・・」

 

 さっさと撤退していく3機の機体を眺めて、フレイは舌打ちした。

 

 あの3機に高度な連携など期待してはいないが、それでももう少し役に立ってほしいと思う。

 

 とは言え、流石にアヴェンジャー1機で、2機を相手に戦うのはしんどい。アヴェンジャーは追加バッテリーを搭載して稼働時間は在来機の3倍以上となっているが、それでもここは撤退すべきだった。

 

 全砲門を開いてイリュージョンとジャスティスをけん制しつつ、アヴェンジャーは後退する。

 

 まあ、今回の戦闘でオーブ軍には壊滅的な打撃を与える事に成功した。ならば、次で最後のはずだった。

 

 

 

 

 

 戦況は決定的になりつつある。

 

 もはやオーブ軍の中で組織的な抵抗をしている部隊はごく僅かであった。

 

 北域を守る戦線は既に破綻し、地球軍はオーブの大地を蹂躙していく。

 

 ウズミは行政府の中にあって、静かに佇んでいた。

 

 やはり、保険をかけておいたのは正解だった。こうなったのは無念だが、準備が無駄になりそうにない事だけは間違いなかった。

 

 そこへ、閣僚の1人が駆け寄ってくる。

 

「ウズミ様、準備が完了しました。作業は2時間もあれば」

「掛かり過ぎる。時はすでに無いのだ」

 

 戦線が破られた以上、地球軍はあっという間に雪崩れ込んでくるだろう。そうなれば、オノゴロの防衛線も風前の塵に等しい。その前に何としても、全てを終えなければならない。

 

「・・・・・・よい、私も行こう」

 

 そう言うと、ウズミは決意と共に眦を上げた。

 

「残存する部隊は、カグヤに集結させろ。オノゴロは、放棄する」

 

 それは、事実上の敗北宣言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カグヤ島。

 

 オーブが誇るマスドライバーが設置されたこの島は、地球軍が欲する物のひとつであり、オーブにとっては最後の生命線ともいえる場所である。

 

 そのカグヤ島に、生き残っていた部隊は続々と集結しつつあった。

 

 秩序立って撤退してきた部隊は殆ど無い。大抵は、数機、あるいは単独で落ち伸びてきた者達ばかりで、いかにも敗残の軍と言う印象はぬぐえなかった。

 

 とは言え、彼等の士気が低いかと言えばそうではなく、皆が皆、この地を背に最後の決戦に臨む物と信じ、意気を上げていた。

 

 だからこそ多くの者が、発令された命令に驚愕していた。

 

 指示された作戦は、大和、アークエンジェル、そしてカグヤ内で組み立てを進められている戦艦クサナギを用いたオーブ脱出作戦だった。

 

 驚愕するマリューら主要メンバーを前にして、行政府から作戦指揮の為に降りてきたウズミは告げた。

 

「あなた方にも、既にお判りだろう。オーブが失われるという事が」

 

 奮戦むなしく、オーブの敗北はすでに決定的になりつつある。

 

 ここで奮戦して死ぬのは簡単だ。だが、それではただの犬死にすぎない。

 

 だからこそ、ウズミは次善の手を打つつもりなのだ。

 

「お父様、何をっ!?」

 

 驚くカガリに目を向けてから、ウズミは先を続ける。

 

「人々は避難した。支援の手もある。あとの責めは、我らが負おう。だが、たとえオーブを失っても、失ってはならぬ物がある。地球軍の陰には、ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルの姿がある」

 

 それはマリュー達も感じている事だった。一方的な罪状で行われた査問会に、その後のアラスカ戦。問答無用で侵攻してきたオーブ戦と、常軌を逸しているとしか思えない地球軍の行動も、なりふり構わずコーディネイターを滅ぼそうとするブルーコスモスの思想が加われば、納得できるものがある。

 

「そしてプラントも、今やコーディネイターこそが新たな種とする、パトリック・ザラの手の内だ」

 

 言われた瞬間、アスランがわずかに顔を歪めたのを、キラは見逃さなかった。そのパトリックの息子である彼にとっては、忸怩たる物がる事は否めない。

 

「このまま進めば、世界はやがて、互いに認めぬ者同士が際限なく争うばかりの物となろう。そんな物で良いのか、君たちの未来は?」

 

 その果てに待つ物は破滅以外ないだろう。

 

「別の未来を望むのならば、今ここにある小さな灯を抱いてそこへ向かえ」

 

 つまりウズミは、マリュー達に、それを止める為に戦ってほしいと言っているのだ。ナチュラルの為でも、コーディネイターの為でも、オーブの為でもなく、それらの垣根を取り払った、より多くの人々の為に。

 

「またも過酷な道だが、判ってくれような、マリュー・ラミアス」

 

 それが託せるのは、目の前の女性しかいないとウズミは思っていた。

 

 そのウズミの意思を汲んで、マリューも頭を下げる。

 

「小さくとも強い灯は消えぬと信じております」

 

 全ては、望みを託すために動き出す。

 

 ウズミは最後にそっと、心配そうな視線を自分に向けてくるカガリの頭を優しくなでた。

 

 

 

 

 

 作戦は3隻の戦艦を中心に行われ、残存する部隊をそれぞれに収容し、宇宙に向けて脱出する事になっている。

 

 大和は元々、単独での大気圏離脱が行えるよう、大出力の大型エンジンが積まれているので問題無い。機構的には色々と曰くがあるのだが、それはこの際横に置いておく。贅沢を言っていられる状態では無いのだ。

 

 クサナギはマスドライバーを使って射出される手はずになっている。

 

 問題はアークエンジェルだが、クサナギ用のブースターを装備し、ローエングリンを斉射する事でポジトロニックインターフェアランスを誘発、それによって大気圏離脱速度を稼ぐ手はずになった。

 

 しかしそれでも尚、足りない物がある。時間である。

 

 計算によれば、地球軍が足の速い機体を先行して繰り出してきた場合、脱出シークエンス中に追い付かれてしまう可能性があると計算された。

 

 そこで、機動力の高いイリュージョンとジャスティスが殿に立ち、敵の追撃を断つ役割を負う事になった。

 

「まあ、このままカーペンタリアに帰るってのも、1つの手かもしれないわよね。戦ってるのは地球軍なんだし」

 

 そう言ったのは、ライアである。

 

 大和やクサナギに機体の積み込み作業が行われている傍らで、イリュージョン、ジャスティス、シルフィードが駐機され、その足元にはキラ、エスト、アスラン、ライアの4人が集まっていた。

 

 嘯くように告げたライアの言葉は、しかし、本音でない事は見ればわかった。これだけの状況を無視し、負け戦のまま引き下がるのは彼女としても矜持が許さないところだろう。

 

 なし崩し的にオーブ国籍を得た彼女だが、それでも一度始めた事に対する責任は取るつもりであるらしい。

 

 そんな中にあって、アスランは1人、達観したように呟く。

 

「『ザフトのアスラン・ザラ』、か」

 

 それはかつて、廃墟と化した劇場でラクスに言われた言葉である。その言葉を、アスランは今再びかみしめる。

 

「彼女には判っていたのだな。国・・・・・・軍の命令に従って敵を討つ。それで良いんだと思っていた・・・・・・仕方ないと。それでこんな戦争が一日でも早く終わるならと・・・・・・」

 

 苦悩に満ちた顔を上げる。

 

「だが、俺達は、本当は、何とどう戦えば良かったんだ?」

 

 訴えるように、一同を見る。

 

 ややあって、口を開いたのはエストだった。

 

「判りません」

「いや、エスト・・・・・・ちょっと君は黙ってようね」

 

 相変わらず空気を読まない少女の発言に、キラは苦笑しながら少女を引っ込める。

 

「でも、確かにこの子の言うとおり、僕達にも分からないのは確かだよ。だから、一緒に探していこう」

「キラ・・・・・・」

 

 その笑顔に、その場にいる誰もが納得したように頷いた。

 

 

 

 

 

 作戦は開始された。

 

 使用可能な機体、修理中、組み立て中の機体を多数積み込んだ3隻の戦艦は、それぞれに発進準備を進めていく。

 

 生き残り、反撃の日に備える為の作戦。

 

 多くの物を託された、希望の船達が行く。

 

 だが、地球軍とて、それを黙して許すはずもない。

 

《モビルスーツ接近、距離20じゃ》

 

 通信は、司令本部に残った首長の1人からのものだった。

 

 やはり、地球軍は足の速い機体を先行させてきたようだ。

 

 報告を受け、トウゴウはアークエンジェルへと通信を入れる。

 

「ラミアス殿。アークエンジェルが先行してくだされ。本艦が2番手に続きます。クサナギは殿に」

《了解です!!》

 

 通信を終えると同時に、アークエンジェルはローエングリンを正射、同時にポジトロニックインターフェアランスを誘発、一気に加速する。

 

 アヴェンジャーを駆ってカラミティ、フォビドゥン、レイダー等と共に本隊から先行していたフレイは、それをみてオーブ軍の意図を察した。

 

「逃がすな!!」

 

 7門の砲を向けようとするフレイ。

 

 だが、それを遮るように、2条の閃光が駆け抜けた。

 

 目を向ければ、こちらに向かってくるイリュージョンとジャスティスの姿があった。

 

 すかさず、目標を変更するアヴェンジャー。

 

「キラァ・・・エストォォォ!!」

 

 叫ぶと同時に、砲門を一斉に開く。

 

 それを回避して、ライフルを放ってくるイリュージョンとジャスティス。

 

 戦う事が目的ではない。あくまでも戦艦が脱出するまでの援護である。その事をわきまえているキラとアスランは深くは踏み込まず、あくまで牽制目的とした攻撃を繰り返す。

 

 その間にも、大和は大気圏離脱シークエンスを進めていく。

 

「メインエンジン、臨界!!」

「オーバーブースト、回路接続確認!!」

 

 次々と入る報告の中で、副長席のユウヤも指示を飛ばす。

 

「上げ舵50。大気圏離脱角度へ!!」

「脱出速度、入力。地球自転速度、入力。離脱位置確認、完了しました!!」

 

 大和の長大な艦首が持ち上げられ、上昇する構えを見せる。

 

 その様子を見ていたカラミティ、フォビドゥン、レイダーが阻止しようと接近を試みるが、その前にジャスティスが立ちはだかる。

 

「全出力正常。大気圏離脱準備よし!!」

 

 報告を受けて、トウゴウは両眼を見開く。

 

「大和、発進!!」

 

 命令一下、メインエンジンが最大出力で点火され、巨大な艦体をフル加速させる。

 

「逃がさないわよ!!」

 

 フレイのアヴェンジャーが、阻止しようと砲門を向けてくる。

 

 しかし、

 

「させるかぁ!!」

 

 横合いからイリュージョンが強烈な蹴りを食らわせ、アヴェンジャーを吹き飛ばす。

 

 その間に、大和は攻撃圏外へと離脱、そのまま大気圏を目指して飛翔を開始した。

 

 

 

 

 

 各艦の脱出が進む中、ウズミはカガリの手を引きながらクサナギへと続く通路を急いでいる。

 

 カガリは漠然と感じていた。オーブが失われたとき、父もまた生きてはいないだろうという事を。

 

 だからこそ、必死になって説得した。

 

 偉大なる、尊敬する、父を失いたくないが為に。

 

 しかし、ウズミは聞き入れない。彼の決意は、既に固いのだ。

 

「我等には我等の役目が、お前にはお前の役目があるのだ」

「しかし、お父様!!」

「想い継ぐ者無くば、全て終わりぞ。なぜ、それが判らん!!」

 

 マスドライバーの発着場では、待機していたクサナギのハッチ前で、キサカと、同乗して宇宙へ上がる事になったシン、マユのアスカ兄妹が待っていた。

 

 そのキサカに、投げ渡すようにカガリを渡す。

 

「行け、キサカ。この馬鹿娘を頼んだぞ」

「お父様!!」

 

 泣き顔を隠そうともせず、駆け寄る娘に、ウズミは優しく微笑む。

 

 温かい手。大きな手。その掌だけでも、父の偉大さが伝わってくるようだ。

 

「そんな顔をするな。オーブの獅子の娘が」

 

 言いながら、懐に手を入れる。

 

「父とは別れるが、お前は1人ではない」

 

 そう言って差し出したのは1枚の写真である。

 

「きょうだいも、おる」

 

 そこには、若い女性が、生まれたばかりと思われる2人の赤ん坊を抱いていた。

 

 茶色と金色の髪をしたその赤ん坊たちの顔立ちはどことなく似ており、双子であるように思えた。

 

 何気なく裏に返して見て、カガリは目を見開いた。

 

『キラとカガリ』

 

 そこにはそう書かれている。

 

 きょうだい? 自分とキラが?

 

 戸惑うカガリ。

 

 ウズミはさらに、シンとマユを見た。

 

「君たちの事も聞いている。許してくれとは言えぬ。だが、どうか、この過酷な状況に負けないで生き続けてほしい」

「あ、はい・・・・・・」

 

 深々と頭を下げるウズミに、シンも、当初の燃えるような激情が嘘のように、恐縮して頭を下げ返している。

 

 彼等の両親を失わせた事の償いはできない。それがウズミには心残りであった。だが、それはもはや叶わない。あとは、娘たちに任せるしかなかった。

 

 ウズミは最後にもう一度、カガリを見た。

 

「お父様・・・・・・」

「そなたの父で、幸せであったよ」

 

 その言葉を最後に、クサナギのハッチが2人を分かつ。永遠に。

 

「お父様!!」

 

 ハッチについている窓にすがりつくカガリ。

 

 遠ざかっていくキャットウォーク上で、いとしい父の姿がどんどん小さくなる。

 

「行け、キサカ。頼んだぞ!!」

 

 やがて、その姿も見えなくなる。

 

 全ての悲しみと、決意を乗せて戦艦クサナギは動き出す。

 

《ディビジョンC以外の全要員退去を確認。オールシステムズ・ゴー。クサナギ、ファイナル・ローンチ・シークエンス、スタート。ハウメアの護りがあらん事を》

 

 ささやかな祈りの言葉と共に、全てが加速し始めた。

 

 

 

 

 

 レール上を弾丸のように加速するクサナギの姿が発着場から現れる。

 

 その様子は、マスドライバー上空で戦闘を繰り広げていたイリュージョンとジャスティスでも確認できた。

 

「来た、アスラン!!」

《ああ!!》

 

 2機は戦闘を強引に中断し、加速するクサナギへと向かう。

 

《おいおいおい》

「逃がすな!!」

 

 慌てて追いかける4機。

 

 しかし、マスドライバーが近いせいで、攻撃は加減した物にならざるを得ない。

 

 その間に、まずイリュージョンがクサナギの右舷へと取りついた。

 

 だが、後続するジャスティスが遅れ始めた。

 

「アスラン!!」

 

 手を伸ばすイリュージョン。

 

 もはや時間はない。最後のワンチャンスに全てを賭ける。

 

 その手が、

 

 2機の指が、

 

 互いにガッチリと結ばれた。

 

 そのままジャスティスを引き上げるイリュージョン。

 

 その間にも、4機の攻撃は続く。

 

 キラ、エスト、アスラン。

 

 それぞれに頷きあう。やる事が判っているのなら、そこに言葉はいらない。

 

 イリュージョンが背部の290ミリ狙撃砲、そして左手のビームガトリングを、ジャスティスがリフターから飛び出したビーム砲を構える。

 

 正確な照準などいらない。

 

 向けられるありったけの火力を、敵機正面の海面へと叩きつけた。

 

 立ち上る水柱が、4機の進路を数秒間塞ぐ。

 

 その数秒間があれば充分だった。

 

 その間にクサナギはレールから射出され、宇宙空間を目指して飛翔を始めた。

 

 

 

 

 

 その様子は、司令本部に残ったウズミ達首長からも見る事が出来た。

 

 ここにいるのは、オーブと運命を共にする事を選んだ者達ばかりである。

 

「種は飛んだ。これで良い」

 

 達観したつぶやきと共に、ウズミはパネルを操作する。

 

 安全装置を解除して、赤いボタンを押しこんだ。

 

「オーブも、世界も、奴等の良いようにはさせん」

 

 次の瞬間、閃光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 変化は突然だった。

 

 マスドライバーのレール各所に設けられた爆薬が一斉に爆発し、天へと上る為の橋が、炎に包まれて崩れ落ちていく。

 

 そして、モルゲンレーテでも。

 

 地下に仕掛けられた爆薬が一斉に爆発し、工廠を吹き飛ばしていく。

 

 歯嚙みしたのはアズラエルである。彼はマスドライバーとモルゲンレーテが欲しくてオーブへ侵攻したのである。その彼をあざ笑うかのように、その2つがオーブ自らの手によって爆破されてしまったのだ。

 

 これでは何の為に、渋る閣僚連中を強引に説得してオーブ侵攻を行ったのか判ったものではない。

 

 だが、悔しがったところでどうにもならない。

 

 彼が見ている目の前で、彼が欲した物すべてが灰と化していった。

 

 

 

 

 

 炎の中で、ウズミはもはや見える筈もない空を見上げた。

 

 これからオーブが辿る道は、過酷な物となるだろう。

 

 地球軍の占領を受け入れ、復興には相応の時間がかかるかもしれない。

 

 だが、それは後に残ったホムラ代表たちに任せるしかないだろう。

 

 そして、空に飛んだ種子達。

 

 愛しい娘達の事を思う。

 

 彼等が自分達の意思を継ぎ、きっと最後まで戦い抜いてくれる筈。

 

 惜しむらくは、その雄姿をこの目で見れない事だが、それも最早些細な事である。

 

 後を託せる者達がいる。

 

 ただそれだけの事が、ウズミにはこの上なく幸せに思えるのだった。

 

 そこまで考えて、ウズミの時は炎の中に永遠に閉ざされた。

 

 

 

 

 

PHASE-28「哀しみの飛翔」   終わり

 



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PHASE-29「歌姫勇躍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4つのパーツがドッキングする事によって、戦艦クサナギは真の姿を取り戻していく。

 

 スラスターと武装・カタパルトブロックの連結により、クサナギの戦闘力は飛躍的に向上し、強力な宇宙戦艦として完成される。

 

 ドッキング作業を行うクサナギの周囲では、戦艦大和、ならびにアークエンジェル、そしてイリュージョンやジャスティスを中心とした機動兵器が飛び交って警戒に当たっていた。

 

 クサナギはカガリ座乗艦という事で、旗艦としての役割も担っている。この艦の連結完了を待って、オーブ残党軍は行動を開始する予定になっている。

 

 だが旗頭となるべきカガリは、未だに自室に閉じこもったまま出てこようとしない。

 

 無理もない話だった。愛する父を失い、陥落する祖国に背を向けて逃げなければならなかった彼女の心中は察するに余りある。

 

 もう暫くそっとしておこうというのが、周囲の一致した見解であった。

 

 とはいえ、いつまでもそうしていられないのもまた事実である。

 

 現在、地球にある4つのマスドライバーの内、オーブとパナマの物は破壊、華南とビクトリアの物はザフト軍の制圧下にある為、地球軍がすぐに追撃を掛けてくる事はないだろうが、それでも、戦力的に乏しい事に変わりはない。早急に戦力の立て直しが必要であった。

 

 各艦の首脳はクサナギへと集まり、今後の方針を話し合う事となった。

 

「しかし、驚きました。この艦にも、大和にも」

 

 アークエンジェルから到着したマリューは、溜息をつくようにして言う。

 

 分離、結合システムにより運用性の幅を広げたクサナギ。そして、一種の移動要塞とでも言うべき様相の大和。どちらも、これまでの戦艦とは一線を画している。

 

「モビルスーツの登場により、これまでの兵器システムは全て旧式化した」

 

 説明したのは大和からやってきたトウゴウである。

 

「同様に、戦艦のこなす役割も変化している。これまでのように対艦戦闘や固定目標に対する艦砲射撃だけではない。戦闘の主力となるモビルスーツを火力、運用面で支援する必要がある」

 

 機動兵器のパイロットにとって最も恐ろしい事は、母艦が撃沈される事だ。折角苦しい戦闘を勝ち抜いても、帰るべき母艦が沈んでしまってはそのまま未帰還になるケースも考えられる。

 

 大半の機体が動力をバッテリーに頼っているモビルスーツは、航続力がそれほど長くない。当然、効率的な運用を行う為には母艦も主戦場に接近する必要があり、その際に攻撃を受けて撃沈されてしまう可能性も増える。その為、母艦に求められる役割と性能は、「多数の機体を搭載できる運用能力」「いち早く艦載機を戦場に展開できる速力」「自艦を守り切る装甲、及び近接防御火力」「機動部隊を支援する大火力」「前線でも機動兵器を完全に修理可能となる整備機能」となる。

 

 特に、広大な海洋や宇宙空間においては母艦と機動兵器は切っても切り離せない存在となっている。母艦があれば機動兵器の活動範囲は大幅に広がる。逆にいえば、母艦の性能が低ければ、機動兵器の行動に枷を嵌める事になるだろう。

 

「儂はこの機構を、『艦機一体システム』と名付けた。これからモビルスーツは益々の進化を遂げる事になる。それに合わせて、戦艦もまた進化していく事だろう」

 

 母艦と機動兵器がそれぞれ独立した運用を成される為ではなく、それがひとくくりとして考え運用方針を模索していく事になる。今はまだ、その試行錯誤の段階であると言えた。

 

 クサナギのブリッジに入るとそこではドッキングシークエンスを行うオペレーター達が、エリカ・シモンズの指揮の元で作業していた。

 

 モルゲンレーテの技術者でありM1の生みの親でもあるエリカは、オーブ脱出の際にクサナギに同乗し宇宙に上がっていた。優秀なエンジニアである彼女の同行は、オーブ軍としても願ってもない事であった。

 

 ブリッジの内部はアークエンジェルと似通っている部分が多く、マリュー達は驚きの声を上げていた。

 

 やがて、キラ、エスト、アスランに伴われたカガリがブリッジにやってくると、早速、今後の行動方針を決める会議が始まる事となった。

 

「まず、何を置いても確保しなければならないのは、水場です」

 

 そう言ったのは、トウゴウに着いてやって来たユウキだった。

 

「現在、我々は戦艦3隻と60機弱のモビルスーツを保有しています。モビルスーツの中には修理途上の機体や組み立て前の機体も含みますが。これだけでも充分な戦力と言えます。ですが当然、これだけの戦力を維持するには、どうしても莫大な量の物資が必要になります」

 

 ユウキの説明に、居合わせる面々は難しい顔をする。

 

 3戦艦は急場の発進であったにもかかわらず、食料や弾薬は十分な量が確保されており、大規模戦闘を避ければ向こう1年くらいは行動が可能な状態であった。

 

 しかし水だけはどうしようもなく、この問題を早急に解決する必要が迫られていた。

 

「向かうなら、L4だろうな」

 

 会議の席上でそう言ったのは、ムウだった。

 

 マリューと公認の恋人同士となり、先の戦いではストライクを操って全軍の先陣に立った鷹は、今やこの流浪の軍になくてはならない中核的な存在となっている。

 

 L4、ラグランジュポイント4は開戦初期の地球軍とザフト軍の戦闘で、大半のコロニーが破壊され、今は無人と化している。だがうまくすれば、損傷が軽微で機能が生きているコロニーが存在するかもしれない。と言うのがムウの意見である。

 

 実質的な廃墟群である事も、逃亡軍の隠れ蓑としては理想的だった。

 

「残る地球のマスドライバーは華南とヴィクトリアだが、これはどちらもザフト軍の制圧下にある。いずれ、地球軍はどちらか、あるいは双方の奪還に動くはずだ。地上のザフト軍に奮戦すれば、追撃の手を遅らせる事も出来るだろうが、こればかりはザフト軍に期待するしかない」

 

 難しいだろうな。とは、トウゴウが腹の内でつぶやいた言葉である。

 

 ザフトがこの戦争を五分以上に進める事が出来たのは、モビルスーツという兵器の優位性があったからに他ならない。だが、それと同じ力を地球軍も得てしまった。ならば、後は数の勝負となってしまう。そして、その結果がどうなるかは、オーブ戦を見れば考えるまでもなかった。

 

 急ぐ必要があった。地球軍が本格的な宇宙進出を始める前に、こちらも体勢を整えなければならない。

 

「L4には、まだ使えるコロニーがある」

 

 呟くように言ったのはアスランだった。

 

 全員の視線が集まる中、アスランは自分の持っている情報を話し始める。

 

「少し前に、不審な一団が根城にしていた事があって、ザフトの方で調査を行ったんだ。住人はいないが、まだ設備が生きているコロニーがあったと、報告書に書いていた」

「じゃあ、決まりですね」

 

 友人の意見に賛同するキラ。

 

 しかし、そんなアスランに難しい視線を投げかける者がいる。

 

 ムウだった。

 

「しかし、本当に君は、それで良いのか?」

 

 問いかける声も鋭く、周囲の人間はこれから始まるのが気分のいい話でない事を肌で感じた。

 

「むろん、君だけじゃない。もう1人の彼女もだけど」

「ムウ・・・・・・」

 

 マリューが制しようとするのを、ムウは無視して続ける。

 

「こんな状況だ。オーブでの戦闘は俺も見ているし、着ている軍服にこだわる気はないだが、俺達はこれから状況次第ではザフトとだって戦闘になる。オーブの時とは違う。君にそこまでの覚悟があるのか? ましてか君は、あのパトリック・ザラの息子なんだろ」

 

 覚悟。

 

 ムウがアスランや、そしてこの場にいないライアに問いかけているのは、まさにそれだった。

 

 ザフト軍と戦うという事は当然、かつての仲間と戦う事になる。その際に明確な裏切り行為と言わずとも、サボタージュ等を行う、あるいはもっと良心的な見方をすれば、かつての仲間を撃つ事を躊躇う等の行為があれば、軍としての態勢がたちまち崩壊する事になりかねない。

 

 その指摘に対し、噛みついたのは当のアスランではなく、その横に立っていたカガリである。

 

「誰の子だって良いじゃないか。アスランは・・・・・・」

「軍人が自軍を抜けるって事は、君が思っているよりもずっと大変な事なんだ。ましてや、そのトップにいるのが、自分の父親じゃあ・・・・・・」

 

 軍を抜けるという点では、ムウもアスランと変わりはない。しかし、アラスカでの凄惨きわまる裏切り行為の後とあっては、そこから起こる罪悪感も綺麗さっぱり払底し尽くしていた。

 

 ムウの視線は、再びアスランを見た。

 

「自軍の大義を信じていなくちゃ、戦争なんて戦えるわけがない。それがひっくり返るんだ。ましてか彼は、キラやリリアと違って、ザフトの正規の軍人だろう」

 

 少々、行きすぎるぐらいに、ムウの言葉は痛烈を極める。ムウは測っているのだ。これで揺らぐようなら、アスランは所詮そこまでの人間。当てにして良いものではない。と。

 

「悪いんだけどな。一緒に戦うんだったら、当てにしたい。どうだ?」

 

 問われて、アスランは顔を上げた。

 

「・・・・・・オーブで、いや、プラントや地球でも見て、思った事が沢山あります。それが間違っているのか、正しいのか、今の俺にはそれすら分かりません」

 

 そう言うと、顔を上げる。

 

 見上げたアスランの瞳には、はっきりとした強い意志が宿っているようだった。

 

「ただ、願っている物はあなた達だと同じだと、そう信じています」

 

 その答えを聞き、

 

 質問したムウは、ようやく相好を崩して笑みを見せた。

 

「君はしっかりしてるねえ。キラとは大違いだ」

「え、そんな事ないと思いますけど」

 

 突然ダシにされたキラは、戸惑いながら否定しようとする。が、

 

「いえ、大違いです。少しはアスランさんを見習ってください」

 

 傍らに控えたエストにまでそんな事を言われ、不貞腐れるキラ。

 

 その様子が、クサナギのブリッジに笑いを呼んだ。

 

 そんな笑いの中にあって、アスランは1人、誰にも気づかれないように難しい表情を作っていた。

 

 ムウにはああ言ったが、やはりこのまま何もせずに父を裏切る事など、アスランにはできない。

 

 どうしても一度、父と腹を割って話し合う必要があった。

 

 困難な事である事はアスランも分かっている。父、パトリックはプラント強硬派のトップだし、今はオペレーション・スピットブレイクの失敗で、頭に血が上っている。更に言えば、イリュージョンやジャスティスの開発等を見る限り、暴走しているようにも見受けられる。

 

 だが、それでもアスランは、父を見捨てる事などできない。彼にとって、父は、今やたった1人の家族なのだから。

 

 

 

 

 

 借りた軍服に着替えると、シンはクサナギの医務室を訪れた。

 

 クサナギが宇宙に出た後、妹のマユは熱を出して倒れた為、医務室へと運んで休んでいるのだ。

 

 無理もない。突然戦争に巻き込まれて両親を失い、こんな宇宙にまで連れてこられたのだ。10歳の女の子が精神的にまいらないはずがないのだ。

 

 医務室に入ると、ベッドに横たわるマユと、その横に着き添ったリリアの姿があった。

 

「あ、ごめん。ずっと着いていてくれたのか」

 

 その声で、リリアは振り返ると、シンに向かって人差し指を立てて見せた。

 

「シッ 今眠った所だから、静かにね」

 

 見れば、ベッドの上ではマユが静かな寝息を立てていた。

 

 そっと足音をたてないようにベッドに近付き、横たわるマユを見下ろす。

 

 先ほど見た時は苦しそうに呼吸をしていたが、今は落ち着いているようで、呼吸も安定している。

 

 だが、そんなマユの姿を見ると、シンはいたたまれない気持ちになる。

 

「俺が・・・・・・俺があんな事しなければ・・・・・・」

 

 一時の激情に囚われて、マユを巻きこんでしまった。その事が、否応なくシンの胸に悔恨を呼ぶ。

 

 そんなシンの肩を、リリアは優しくたたく。

 

「そんな風に言っちゃダメ」

「え?」

「マユちゃんに聞いたよ。君はこの子を守ったんでしょ。お兄ちゃんが守ってくれたから、助かったんだった。マユちゃん言ってたよ」

「マユ・・・・・・」

「だから、もっと、胸を張らなくちゃ」

 

 守った? 俺が?

 

 もう一度、ベッドに眠るマユを見る。

 

 自分の行為には意味があったのか? 自分は、この小さな、そして大切な命を守り通す事が出来たのか。

 

 その事が実感となって、シンの中に染みわたっていく。

 

 少年の紅い瞳から、知らずの内に涙がこぼれおちる。

 

 マユ。生き残ったたった1人の家族。

 

 そのマユを、守る事が、これからのシンの使命となる。

 

「大丈夫だよ」

 

 その肩を、リリアが励ますように抱きしめる。

 

「君は1人じゃないんだから。大変だったら、みんながいつでも助けてくれるから。だから、あんまり無理はしないで」

「・・・・・・ありがとう」

 

 嗚咽交じりに、シンは頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終え、キラ、エスト、アスランの3人は、再びパイロットスーツに着替えていた。

 

 クサナギのドッキングシークエンス警戒の為に哨戒活動を行い、そのまま同艦に着艦していたイリュージョンとジャスティスだが、こちらはM1を多数搭載している関係で手狭になりつつある。そこで、作業もひと段落したので、アークエンジェルに移ろうという事になったのだ。

 

 だが、その前に部屋が開いて、入ってくる人物があった。

 

「カガリ?」

 

 見慣れた金髪少女の登場に、3人は怪訝な顔つきになる。

 

 カガリは少し戸惑うような顔をしたまま、3人に近付いてきた。

 

「キラ、少し、良いか?」

「え、うん。別に、大丈夫だけど」

 

 そう答えながら、アスランとエストに視線を向ける。

 

 何か込み入った話をするのだろうと察した2人も頷きを返すと、床を蹴った。

 

「俺達は、席をはずそう」

「先に機体に行っています」

 

 そう言って出て行こうとする2人。

 

 だが、そんな2人を、他でもないカガリが制した。

 

「い、いや、良いから、お前達も居ろ。一緒にいてくれ」

 

 そう言われて、顔を見合わせる3人。

 

 カガリはポケットから写真を取り出すと、キラに渡した。

 

「写真?」

「赤ん坊だな」

「推定ですが、生後1~2か月程度と考えられます」

 

 それは、オーブ脱出直前に父ウズミから託された物である。

 

「裏、見てくれ」

 

 言われるままに、裏返して見る。

 

『キラとカガリ』

 

 そこに書かれていた言葉に、3人は目を見開いた。

 

「これはっ!?」

「カガリ、どういう事?」

 

 問われるが、カガリもまだ事の真相を把握している訳ではなく、明確に応えられるわけがない。

 

「分からない。けど、お父様が、『きょうだい』って」

「きょうだい、キラと、カガリが、ですか・・・・・・」

 

 エストは呟きながら、キラの手の中にある写真を見入る。

 

 中央に映った20台ほどと思われる美しい女性と、その腕に抱かれた2人の赤ん坊。確かに、髪の色は明るい茶色と金髪であり、特徴は2人とは一致している。しかし、現在の2人の顔立ちはあまり似ているとは言いづらく、正直、言われてもピンとこない。

 

「双子?」

「だとしたら、二卵性双生児が考えられます」

 

 だが、片や国家元首の娘と、片やテロリストの少年。あまりにも接点が無さすぎる。

 

「カガリ、君の母親はどうしたんだ?」

「分からない。お父様は、私が小さい頃に病気で死んだって・・・・・・」

 

 アスランの問いかけにも、カガリは力なく首を振る。

 

 キラはと言えば、幼い頃に飛行機事故で奇跡的に助かり、以後はゲリラをしていた養父に育てられている為、当然、両親に関する記憶は無い。

 

 せめて、ウズミが生きていてくれたら、真相を聞く事も出来たのだろうが、今やそれもかなわない。

 

 キラはフッと笑うと、カガリに写真を返す。

 

「真相は分からない。けど、これだけははっきりと言える。カガリのお父さんはウズミ様だよ。

「キラ・・・・・・」

「それを、カガリは誇りに思って良いと思う。あんなに立派な方がお父さんなんだから」

 

 見ればアスランは微笑んで、キラを肯定するようにうなずいている。

 

 エストは相変わらずの無表情ながら、姉を想う妹のようにそっと寄り添っている。

 

「・・・・・・ありがとうキラ、エスト、アスラン・・・・・・ありがとう」

 

 そんな友人達の思いに、カガリは涙をぬぐって微笑んだ。

 

 

 

 

 

 蒸せるような暑さが肌に着く。

 

 天に昇る柱も陽炎に揺れ、今にも溶け落ちてしまいそうだった。

 

 そこかしこに残るモビルスーツの残骸が、激戦の凄まじさを物語っている。

 

 そのモビルスーツを、地球軍の兵士達が1機ずつ見て回り、まだ息のあるザフト兵達にとどめを刺していく。

 

 そんな凄惨な行為が、ここ、ビクトリア基地にて行われていた。

 

 オーブにおけるマスドライバー奪取に失敗した地球連合軍は、ただちに第2弾作戦を発動。ザフト軍に占拠されているビクトリア基地を奪還すべく行動を起こした。

 

 ザフト守備軍は奮戦したものの、大軍を擁する地球軍に抗することはできず、ビクトリア基地は約4カ月ぶりに、所有者を交代する事となった。

 

「まったく、何を考えていたのかね、あのオーブって国は」

 

 まだ硝煙の匂い残る基地の通路を、兵士の運転する車で走りながら、アズラエルはぼやくように呟いた。

 

 その声は、同乗するサザーランドとラーズに向けられていた。

 

「うまく立ち回って美味い汁を啜ろうとしていたのでしょう。卑怯な国です」

 

 吐き捨てるようにサザーランドが言う。いかに高い理念も、それを介さない俗物的な人間が見れば、紙くず以下の存在に扱われてしまう。

 

「それにしても、面目ない所をお見せいたしました。まさか、新型のエクステンデット3体を投入して、あそこまで苦戦するとは」

 

 そう言ったのはラーズである。

 

 エクステンデット開発計画の責任者でもある彼としては、現状での最良製品と自負するオルガ、クロト、シャニの3人が思ったよりも成果を上げなかった事が苦々しくてたまらないのだ。

 

「まあね。僕もまさか、アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機を投入して、あそこまで苦戦するとは思わなかったよ」

「苦戦を強いられたという2機。もしや、ザフトの技術を使っているかもしれませんな。奴等は裏で手を組んでいた訳ですし」

 

 我が意を得たりと言わんばかりに頷くサザーランド。彼等の視点からすれば、オーブは敵と通じていた国。当然、技術供与も受けていた筈。と言う事になるらしい。元々Xナンバーを開発する為にオーブと秘密裏に提携していたのはどこの国なのかを、綺麗さっぱり忘れている様子だった。

 

 もっとも、下衆な勘繰りの末にサザーランドが真実を言い当てている事には、当然の事ながらこの場にいる誰も気付いていないのだが。

 

 そこへ、4機の機体が降下してくるのが見えた。

 

 アヴァンジャーを筆頭に、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機である。オーブ戦に引き続き投入された4機は、その圧倒的な性能でザフト軍機多数を撃ち取り、勝利に大きく貢献していた。

 

「まだまだ問題が多くてね、こっちも」

 

 面倒な話だと言わんばかりに、アズラエルは首を振る。

 

 これから彼は、あの4機とともに宇宙へ上がる事となる。

 

「それに、気になるんだよね、あの2機。ひょっとしたら、核エネルギー、使ってるんじゃないかな?」

「それはっ」

「まさか・・・・・・」

 

 驚く2人を、アズラエルは愉快そうに笑う。

 

「おいおい、国防産業連合理事の僕の勘を疑うのかい?」

「いえ、そういうわけでは・・・・・・」

「申し訳ありません。しかし、言われてみれば確かに。Nジャマーも奴らが作ったものですし、それを無効化する術を持っていたとしてもおかしくはないですな」

 

 そこで、車はマスドライバー施設の前で止まり、アズラエルは外へ下りる。

 

「何にしても、がんばらないとね、僕も」

 

 そう言い残し、アズラエルは機上の人となった。

 

 

 

 

 

 カガリはアークエンジェルへ着くと、急いで格納庫へ向かった。

 

 無重力で、床から足が離れている事が、これほどもどかしいと感じた事はない。自分の足で走った方がまだ早いのに。

 

 それでも、格納庫に入り、目的の人物を見つけた時にはホッとした。どうやら、間に合ったらしい。

 

「アスラン!!」

 

 名前を呼ばれ、アスラン、そして傍らにいるキラとエストは振り返った。

 

「カガリ?」

 

 出発の準備を進めているアスランだったが、作業の手を止めて流れてくるカガリを受けとめた。

 

「待てよ、ちょっと待てよ、お前」

 

 アスランはこれから、父親であるパトリック・ザラに現状を訴え、直談判しに行くというのだ。地球連合軍との戦争をやめ、平和への模索して欲しいと。

 

 簡単にうまくいくとは、アスランも思っていない。だが、簡単に諦める事もまたできない。

 

 父への情と、現実への認識。その2つに板挟みになった結果、アスランが出した結論がこれだった。たとえうまくいかずとも、パトリックが少しでも耳を傾けてくれれば、希望はある。そう考えての行動であった。

 

「分かってくれ。たとえ強硬派の急先鋒でも、俺の父なんだ。このままにしておく事なんてできない」

「だからって、お前・・・・・・」

 

 カガリの視線は、メンテナンスベッドに固定されたジャスティスに向けられた。

 

 アスランはジャスティスをアークエンジェルに預け、シャトルを借りて単身プラントに戻ると言っているのだ。

 

「あれを置いていったら・・・・・・」

「最悪の事態も考えられる。万が一、父が俺の言葉に耳を貸さなかったら、ジャスティスを奪われる可能性もある。だから、あれはここに置いていった方が良い」

 

 もしジャスティスがなければ、味方の戦力はガタ落ちとなってしまう。だが置いていけば、仮にアスランが戻らなくても、誰かが乗る事が出来ると言う訳だ。

 

 無論、ジャスティスを持って帰らなければ、父や強硬派の人間にいらぬ嫌疑を掛けられてしまう可能性も考慮の内であった。

 

「大丈夫。僕達も行くから」

 

 カガリを安心させるように、キラは彼女の肩をポンと叩く。

 

 見れば、エストは既にヘルメットをかぶり、イリュージョンのコックピットに乗り込もうとしていた。

 

 とはいえ、イリュージョンで護衛できるのは、プラントの外。それも、ザフト軍の索敵圏外までだ。それ以後はアスラン単独で動かねばならなくなる。

 

「大丈夫。必ず帰ってくるよ」

 

 不安そうに顔を伏せるカガリにそう告げるアスランだが、その言葉には紙切れ程の説得力もない事は、他ならぬ言ったアスラン自身が良く分かっていた。

 

「必ず、必ずだぞ!!」

 

 すがるようなカガリの姿は、あまりにも痛々しいように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を聞き、パトリックは驚いて顔を上げた。

 

「なに、アスランが?」

 

 特別任務と新鋭機を携えて出撃したはずの息子が戻ってきたというのだ。それも手ぶらでだ。問題のイリュージョンだけでなく、乗機であるジャスティスすら持ってきていないという事だった。

 

 意味が分からず、首を傾げる。

 

 報告では、イリュージョンはオーブ連合首長国に渡っているとのことだ。そのオーブも、連合軍の総攻撃にあい壊滅、イリュージョンの行方もようとして知れない。

 

 てっきりアスランが、何らかの報告を上げてくるものと考えていたのだが。

 

 とにかく、話を聞いてみる必要がある。

 

 拘束しているヤキン・ドゥーエ要塞に命じ、すぐに連れてくるように指示を出した。

 

 しばらくして、警備兵に両側を固められたアスランが司令室に入って来た。

 

 警備兵を下がらせると、父と息子は正面から向かい合った。

 

「一体どういう事なのだアスラン? イリュージョンは? ジャスティスはどうした!?」

 

 怒号のようなパトリックの言葉を受けて、しかし、アスランは微動だにせずに受けとめる。父がこのような行動に出る事は、予め予想済みだった。

 

 対照的に、アスランは務めて冷静に口を開く。

 

「その前に、父上にお聞きしたい事があります」

 

 アスランの瞳に宿る意志の強さを感じ取ったパトリックは、一瞬黙したのち、先を促す。

 

「・・・・・・言ってみろ」

 

 並々ならぬ緊張感が場を包み込む。

 

 だが、ここで引き下がれば、父を引き戻す事ができなくなる。

 

 さながら戦場のような緊張感の中、アスランはゆっくりと口を開いた。

 

「父上は、この戦争が本当に正しいものとお考えですか?」

「・・・・・・なに?」

「地球軍を撃つ事が、本当に正しい事とお考えですか?」

 

 静かなアスランの問いに、パトリックは一気に激発する。

 

「何だそれは!?」

「お答えください!!」

 

 父の怒気に負けぬよう、アスランもまた声を張り上げる。

 

 だが、パトリックはそれには答えずに、息子へと詰め寄る。

 

「いったい、どこでそんな妄言を吹き込まれた!? あの女、ラクス・クラインにでもたぶらかされたか!?」

「父上っ!!」

 

 アスランも一歩も引かない。闇の中をまさぐり、必死に手を伸ばすように父へと呼びかける。

 

 しかし伸ばされた息子の手は、父親自身によって振り払われる。

 

「いい加減にしろ!! 何も判っていない子供が、知った風な口をきくな!!」

「何も判っていないのは父上ではありませんか!?」

 

 アスランは尚も諦めずに声を荒げる。

 

「アラスカ、パナマ、ヴィクトリア・・・撃たれては撃ち返し、撃ち返してはまた撃たれ、今や戦火は広がるばかりです。そうして力と力でただぶつかり合って、それで本当に戦争が終わると、父上は本気でそうお考えですか!?」

「終わるさ!!」

 

 パトリックは間髪いれず、叩きつけるように叫んだ。

 

「ナチュラルどもを、全て滅ぼせば戦争は終わるさ!!」

「父上・・・・・・」

 

 その答えに、アスランは呆然とした。

 

 まさか父が、いや、予想はしていた。以前から強硬な言動が目立つ人だったから。だが、面と向かってここまではっきり言われたのは初めてだった。

 

 扉が閉まる。

 

 父が、手の届かない所へ行ってしまう。

 

 パトリックの手が伸び、アスランの胸倉を強引につかみ上げる。

 

「言えッ イリュージョンとジャスティスはどこへやった!? 言わねば、お前でも容赦しないぞ!!」

「父上・・・・・・」

 

 もはやアスランには、父の目に狂気しか見えていなかった。

 

「本気なのですか、ナチュラルを全て滅ぼすなどと・・・・・・」

「我等はその為に戦って言えるのだ。それすら忘れたのか、お前は!?」

 

 それが、決定的な一言になった。

 

 アスランは悟った。もはや、自分の力では父を引き戻す事などできない。

 

 強引に突き飛ばされ、よろけるアスラン。

 

 パトリックは机の引き出しから拳銃を取り出し、銃口をアスランに向けた。

 

「この愚か者が。下らぬ事を言ってないで答えろ!! イリュージョンは!? ジャスティスはどうした!?」

 

 喚き散らす父の言葉を、アスランはもはや聞いていなかった。

 

 説得できると思ったのは間違いだった。

 

 怨讐と言う念に凝り固まった父は、もはや息子の声も届かぬ深淵にその身を落としてしまっていたのだ。

 

「う、ウワァァァァァァ!!」

 

 気が付けば叫び声を上げ、アスランはパトリックに跳びかかっていた。

 

 銃口を向けられている事も、相手が父親である事も、完全に忘れ去っていた。

 

 だが、そのアスランに向けて、

 

 無情の弾丸が放たれた。

 

 銃口が反れ、アスランの右肩に当たったのは親子の情故ではない。今は殺す事ができないと言う、事情からだった。

 

 銃声を聞き、警備兵達が足音も荒く駆けこんで来る。

 

 その警備兵達に、パトリックは苛立たしげに告げる。

 

「殺すなッ まだ、これには聞かねばならん事がある!!」

 

 そこにはもはや、親子の情は欠片ほどさえも見出す事はできなかった。

 

 いったいどうすればよかったのだろう? 自分はどこで間違ってしまったのだろう?

 

 冷たい床に転がりながら、そんな事を考えているアスランを、兵士達は荒々しく引き立てて行く。

 

「見損なったぞ、アスラン」

 

 その背中に、冷たく投げつけられる父の声。

 

「・・・・・・俺もです」

 

 返される息子の声も、冷たい苦悩に満ち溢れている。

 

 これが、父と子が決定的に決裂した瞬間だった。

 

 引き立てられて行くアスラン。

 

 これから投獄され、厳しい尋問が待っている。多分、ジャスティスとイリュージョンのありかを何が何でも聞きだす気だろう。

 

 だが、

 

 アスランはふと、胸元に目をやった。

 

 軍服の胸元が開き、首元に下げていた紅い石が零れ落ちてぶら下がっていた。

 

 それは、かつて無人島で一夜を共に過ごした、ナチュラルの少女からもらった物。大切な仲間との、絆の証。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 両脇を引き立てられながら、アスランは静かに眦を上げる。

 

 まだ、死ねない。

 

 こんな所で、倒れる訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

 その報告を聞いた時、男は机に足を乗せ、居眠りを決め込んでいた。

 

 地球で撃墜され乗機を失った彼は、怪我の治療も兼ねて本国に戻っていた。

 

 その傷も癒え、新型機受領と共に戦線に復帰しようとしていた矢先の出来事だった。

 

「・・・・・・なに、アスランが?」

 

 旧知のモビルスーツパイロットが、反逆罪で軍に拘束されたと聞き、従来からぎらついていると周囲に言われがちな相貌を、更に凶悪に歪める。

 

 噂ではシルフィードを撃墜したアスランは、特務隊に抜擢され、最新鋭機を与えられたとのことである。

 

 そのアスランが、どういう経緯で捕まったのかは判らない。だが、このままで終わりと言う事は無いだろう。

 

「面白くなりそうだな」

 

 口笛を吹くように笑みを浮かべると、包帯を力任せに引きちぎり、軍服を手に取った。

 

 ここのところ退屈していたのだ。

 

 そろそろ、快気祝いの狼煙でも、派手に上げたい心境だった。

 

 

 

 

 

 後ろ手に手錠を掛けられ、アスランは護送車両へと引き立てられて行く。

 

 打ちひしがれた姿は、何もかも失いった罪人のそれに等しい。

 

「さっさと入れ」

 

 兵士がそう言ってアスランの肩を押した瞬間、

 

 アスランは両脇にいた兵士を、片方を蹴り飛ばし、もう片方にタックルを食らわした。

 

 そのまま駆けだすアスラン。

 

「おい、止まれ!!」

 

 他の兵士が、慌ててアスランの背中に銃口を向けようとする。

 

 だが、それを見ていたとなりの兵士が、慌てたように味方を銃床で殴り飛ばした。

 

「ああ、もう、何だってんだよ!!」

 

 悪態をつきながら、兵士は威嚇射撃を行いつつ、アスランのいる場所まで後退して来る。

 

「こっちへ!!」

 

 兵士はアスランの腕を引いて物影へと入ると、改めて溜息をつく。

 

「無茶な人ですね、あんたも。段取りが滅茶苦茶ですよ。こっちの味方も1人蹴り倒しちゃうし」

「すまない。知らなかったから・・・・・・」

「まあ、そうでしょうけどね」

 

 アスランは、状況の変化について行けず、呆然としている。

 

 男がアスランの手錠を銃で破壊すると、先程アスランが蹴り倒した兵士が威嚇射撃をしながら後退してきた。

 

「ダコスタ、早く!!」

「判ってる」

 

 そう言うと、ダコスタと呼ばれた男は目の前の車のドアを開き、アスランと共に乗り込む。

 

「君達は、いったい・・・・・・」

「いわゆる、『クライン派』って奴ですよ」

 

 誇らしげに名乗るダコスタに、アスランは、目を見開く。

 

 クライン派? ラクス?

 

 では、この救出劇は彼女の手によるものだと言うのか?

 

 呆然としたアスランを乗せて、車は急発進した。

 

 

 

 

 

 その男は、暗闇の中で報告を待っていた。

 

 隻眼に隻腕。

 

 男の体にはいくつもの傷がある。

 

 しかし、それが男の威厳を損なっているかと言えば、聊かもそのような事は無い。

 

 彼の名はアンドリュー・バルトフェルド。

 

 かつて砂漠の戦いでアークエンジェル、そしてシルフィードと死闘を繰り広げ死んだと思われていた男。

 

 しかし、忠実な副官にして無二の戦友、マーチン・ダコスタの手によって九死に一生を得た彼はプラントに生還し、最新鋭高速戦艦エターナルの艦長として戦線に返り咲いていた。

 

 既に準備は完了している。あとは最後のピースがそろえば、船出に躊躇う理由もない。

 

 その報告もまた、ほどなく齎された。

 

 バルトフェルドは隻眼に、ニヤリと笑みを浮かべると、傍らの受話器を取った。

 

「あ~、これより本艦は、最終準備に入る。いいか、これより最終準備に入る。ただちに準備しろ」

 

 その命令が行き届いた時、多くの兵士が疑問を浮かべた。

 

 聞き慣れない命令に、戸惑うクルー達。

 

 だが、その背後からいきなり銃口を押しつけられた。

 

「な、何するんだ!?」

「いいから、ただ降りてくれればいいんだよ」

 

 そう言って、兵士達を追い出しに掛る。

 

 息の掛かっていない兵士を追いだす一方で、艦橋では発進準備が進められる。

 

「艦長、ゲートの開閉コードが変更されました」

 

 操舵士をと詰めている少年から報告を上げられ、バルトフェルドは僅かに舌打ちする。

 

「優秀だねえ。そのままにしてくれりゃいいものを」

 

 そう言いながらも、バルトフェルドは余裕の表情を崩さない。これくらいは想定の範囲内だ。

 

 その時だった。

 

「隊長!!」

 

 背後からの声にバルトフェルドが振り返ると、ダコスタと。彼の背後から撃たれた腕を固定したアスランがやって来るのが見えた。

 

「よう、ご苦労さんダコスタ。早く席に付け。出港するぞ」

「随分と慌ただしいですね」

 

 ぼやくように言いながら、それでもダコスタは笑みを浮かべて席に着く。

 

 ついで、バルトフェルドはアスランに目をやる。

 

「よう、初めましてだな。アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく」

「あなたが・・・・・・」

 

 砂漠の虎の名前はアスランも知っていた。同時に、死んだと言う噂も。

 

 その砂漠の虎が生きていて、こんな所にいるとは。

 

 そこへ、操舵席に座っていた、緑の髪をした柔和な顔つきの少年がアスランに声を掛けた。

 

「アスラン、無事で良かったです」

「ニコル、君まで・・・・・・」

 

 平和的なピアニストである年下の友人まで、この騒ぎに参加している事に軽いショックすら覚える。しかし考えてみれば、以前、廃劇場での一件で彼はラクスと共にいた。それを考えれば、彼もまた「クライン派」の一員なのだろう。

 

「よし、出発するぞ。少々荒っぽい発進になるからな!!」

 

 その間にも、エターナルは発進に向けて動き出す。しかし、コードを改変された事で、ゲートの開閉ができなくなった。

 

 太古の昔から、開かなくなったドアの開け方は決まっている。

 

 蹴り破るのだ。

 

「主砲発射準備。照準、メインゲート、発進と同時に斉射!!」

 

 エターナルの上部甲板に備えられた単装主砲が照準を合わせる。

 

 今頃、港湾施設はハチの巣をつついたような騒ぎだろう。

 

 ならば今のうちに、ずらかるのだ。

 

 後部に備えたエンジンが噴射される。

 

 滑りだす淡紅色の戦艦。

 

 同時に、大出力の主砲が火を噴き、ゲートを吹き飛ばした。

 

 宇宙空間に出ると同時に、加速するエターナル。

 

 その速力たるや、それまでザフト軍最速戦艦であったナスカ級を上回る。立っていたアスランが、思わず後方に流されるような感覚に捕らわれた程である。

 

 そのまま港湾警備隊を振り切り、一気に増速するエターナル。

 

 しかし、ザフト軍の対応も早い。

 

 報告を受けるや否や、プラント最終防衛線であるヤキン・ドゥーエ要塞が動き出した。この要塞には、ザフトの本国防衛軍主力が駐留している。

 

 エターナル反逆の報告を聞くや否や、すぐさま50機から成るモビルスーツ部隊を出撃させ、阻止線を展開した。

 

 さしもの高速戦艦もモビルスーツの機動力には敵わない。

 

 接近され、火力を集中されれば一巻の終わりである。

 

「主砲、発射準備、CIWS起動!!」

「この艦にモビルスーツは!?」

 

 命令を下すバルトフェルドに、アスランは尋ねる。アスランはモビルスーツのパイロットである。何もできないまま戦艦の中でいるのには耐えられない物があろう。

 

 だが、それに対して、バルトフェルドはニヤリと笑う。

 

「今は1機だけな。だが、心配しなさんな。全て彼女に任せておけばいい」

 

 「彼女」と言う言葉に、アスランは怪訝な顔つきになる。

 

 この時点でアスランはまだ、「クライン派」と名乗る彼等の、その象徴とも言うべき人物が姿を現していない事に気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、エターナルの格納庫では、1機の機体が出撃準備を整えていた。

 

 PS装甲を切っている表面は、鉄灰色をしている。その背中には折り畳まれた翼があり、手にはライフルとシールドが装備されている。全体的にイリュージョンやジャスティスに似ている。

 

 ハッチが解放され、エターナルの前部甲板に装備されたカタパルトが点灯する。

 

 コックピットの中で、シートに身を預けた少女はゆっくりと目を開いた。

 

「ラクス・クライン、フリーダム、参ります!!」

 

 虚空を翔ける機体。

 

 同時にPS装甲に火が入り、蒼、黒、白のトリコロールに機体は染め上げられた。

 

 背中にある10枚の翼が、破格の大出力と機動性を生み出す。

 

 ZGMF-X10Aフリーダム。

 

 ジャスティスやイリュージョンと同系統の機体である。

 

 そしてその翼の駆り手は、かつては歌姫と称えられ、今は反逆者として追われる者。

 

 ラクス・クラインは急加速でエターナルの前にフリーダムを持っていくと、装備したルプスビームライフル、パラエーナプラズマビーム砲、クスィフィアスレールガンを展開、一斉に砲撃を行う。

 

 その圧倒的な火力は、瞬く間に前方のザフト軍機を駆逐していく。

 

 否、その全てが、武装や手足、頭部を狙われるだけで撃墜には至らない。

 

 無論、ザフト軍も反撃しようと接近を試みるが、それよりも先にフリーダムは遠距離から一方的な掃射を食らわし、戦闘力を奪っていく。

 

 フリーダムのコックピットの中で、ラクスは目まぐるしく変化する戦場を見て、的確な砲撃を行っていく。

 

 純真無垢な少女だと思われていたラクスだが、ここにきてパイロットとしての才能をも開花させた感がある。

 

 フリーダムの砲撃によって、次々と戦闘能力を失っていくザフト軍機。

 

 しかし、流石に数が多い。

 

 相手が一筋縄ではいかないと見るや、ヤキン・ドゥーエのザフト本国防衛軍司令本部は増援部隊を繰り出してエターナルの脱出阻止に掛かる。

 

 ラクスに才能があるとはいえ、フリーダムは1機。押し包まれれば突破される戦線も増えて来る。

 

 エターナルを射程距離内に捕えたザフト軍は、次々と重砲やミサイルを放ってくる。

 

 阻止不可能か!?

 

 そう思われた瞬間、

 

 幻想の名を頂く翼が、戦場に舞い込んだ。

 

「キラ、マーク03デルタに敵集団、数、約10」

「了解。手早く行くよ」

 

 イリュージョンのコックピット内で、阿吽の呼吸を見せるキラとエスト。

 

 同時にエストが選抜した目標をOSがロック、キラはトリガーを絞る。

 

 展開した290ミリ長射程狙撃砲が連続して火を噴き、展開するザフト軍を蹴散らしていく。

 

 ジンが、シグーが戦闘能力を失っていく。

 

 更にティルフィングを抜き放ち斬り込むや、敵機の手足、頭部、武装を片っ端から斬り飛ばしていくイリュージョン。

 

 予期し得なかった新手の参入に、ザフト軍の陣形は崩れる。

 

 そこへ更に、フリーダムからの追撃が入る。

 

 5門の砲から放たれる圧倒的な火力の前に、ザフト軍は成す術もない。

 

 フリーダムが火力で陣形を崩し、空いた隙にイリュージョンが斬り込む。

 

 展開したザフト軍が、余りの損害の多さに戦線立て直しの為に後退したのは、それから僅か5分後の話だった。

 

 高速航行するエターナルに並走するように、フリーダムとイリュージョンが飛ぶ。

 

「こちらイリュージョン、キラ・ヒビキ、およびエスト・リーランドです」

 

 アスランを見送った後、キラとエストは岩礁地帯にイリュージョンを隠し潜伏していたのだ。そしてエターナルの脱出劇を見るや、これがアスランに関わる事だと直感し援護に入ったのである。

 

《お久しぶりですね、キラ、エスト》

 

 フリーダムからの通信に、思わず2人は目を見開いた。

 

「ら、ラクス!?」

 

 まさか、彼女がモビルスーツに乗って現れるとは、思ってもみなかったのである。

 

 だが、エターナルからの通信に、更なる驚愕が走った。

 

《よう少年、それにお嬢ちゃん。助かったよ》

 

 容姿は若干変わったが、かつて受けた鮮烈な印象は聊かの揺らぎすら与えない。

 

 思わずキラは、そしてエストも、空いた口がふさがらないとばかりに男を見た。

 

「バルトフェルド、さん?」

「生きて・・・・・・」

 

 あまりの展開に、脳がフリーズしたかのような錯覚に捕らわれていた。

 

 

 

 

 

 L4に存在するコロニー「メンデル」。

 

 廃棄されて久しいこのコロニーが、オーブ残党軍の隠れ家となっていた。

 

 そこに辿り着いたエターナルに、出迎えたマリュー達も驚きを隠せない様子だった。

 

「初めまして、と言うのも変かな。アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく」

「へえ、本当にあんたが『砂漠の虎』?」

 

 ぶしつけな質問をするムウに、バルトフェルドは気にしない様子で笑みを返す。

 

「がっかりさせたら悪いが、生憎本物でね」

 

 その様子に苦笑しながら、マリューは手を差し出す。

 

「マリュー・ラミアスです。それにしても、驚きました」

「それは、お互いさまさ」

 

 そう言ってマリューの手を握り返すバルトフェルド。

 

 次いで、隻眼を巡らし、立ち尽くしているキラを見た。

 

 複雑な表情を見せるキラは、視線を合せるのを躊躇うように顔を逸らしている。

 

「いよう少年。助かったよ」

 

 気さくに挨拶するバルトフェルドに対し、キラは躊躇いがちに顔を上げる。

 

「あなたには、僕を撃つ理由がある」

「キラ・・・・・・」

 

 少年の弱気な発言に、エストは心配そうに見上げて来る。

 

「戦争をしているんだ。そんな物、誰にだってあるし。誰にだってない」

 

 対してバルトフェルドは、馬鹿な事をと言わんばかりに笑みを見せた。

 

「そう言う事を終わらせたいからここに来たんだ。違うか?」

「・・・・・・はい」

 

 肩を叩くバルトフェルドに、キラは笑みを返す。

 

 かつて、熱砂の上で刃を交わした2人は、互いの手を固く握りあった。

 

 

 

 

 

「いつも傷だらけだな」

 

 皮肉なカガリの声に、アスランは振り返った。

 

 確かに今の彼は、パトリックに撃たれた腕を吊っている。思えば、彼女と一緒にいる時、アスランはいつも何かしら傷を負っていたような気がする。

 

 インド洋の時も、オーブ沖の時も、そして今回も。

 

 もっとも、インド洋の時の傷はカガリのせいで負ったような物なので、彼女に偉そうな事を言う資格は無いのだが。

 

 だが、

 

「石が、守ってくれたよ」

 

 アスランは自嘲するように呟く。

 

 父に撃たれた時、絶望の淵に落ちようとしていたアスランを掬い上げたのはカガリが渡してくれたハウメアの護り石だった。

 

「そっか。良かったな」

 

 カガリは屈託なく笑う。

 

 その笑顔に、アスランは心も体も傷が癒されていくかのようだった。

 

「それにしても、すごいな彼女。あんな戦艦で飛び出してくるなんて。おまけにモビルスーツにまで乗って」

 

 話題を変えたカガリの視線の先には、キラやエストと談笑するラクスの姿がある。

 

「良いのか、声掛け無くて? 彼女、お前の婚約者だって聞いたぞ」

「・・・・・・元、だよ」

 

 アスランは今度こそ自嘲を込めてそう言った。

 

 

 

 

 

「父が、死にました」

 

 展望室に腰掛けラクスは静かに告げる。

 

 脱出直前、ザフト軍の特殊部隊に急襲されたシーゲルは凶弾に倒れたのだ。

 

 ラクスは、父の死も看取る事ができず、慌ただしい脱出になってしまった。

 

「ラクス・・・・・・」

 

 傍らに腰掛け、ラクスの肩に手を置くエスト。

 

 そのエストに、ラクスは縋りつくように抱きつき、嗚咽を漏らす。

 

 その様子を見ながら、キラは天井を仰ぐ。

 

 お世話になった人が、また1人逝ってしまった。

 

 これから先も、自分達は何人もの人間の死を見て行く事だろう。それはキラにとって、確定とも言える確信だった。

 

 ただ、今だけは、悲しみに沈む少女の声だけが、死者へのせめてもの慰めになっていた。

 

 

 

 

 

PHASE-29「歌姫勇躍」    終わり

 



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PHASE-30「自由の旗の下に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 枯れ木も山の賑わいとはよく言ったもので、コロニーメンデルは今まさにそんな感じであった。

 

 元がバイオハザードが起きて廃棄されたコロニーと言う事もあり、無人になって久しいこのコロニーは、流浪の群と化した者達にとって格好の隠れ家と化していた。

 

 それにしても、

 

 地球連合軍脱走艦、オーブ残党軍、ザフト軍クライン派。

 

 見事なまでにばらばらの組織から参集された一同は、寄せ集めの感が大きい。

 

 だが、それだけに集った一同の想いが一緒である事を現わしている。

 

 戦争を止める。

 

 その想いだけで集結した一同。

 

 こうなると、必要になるのは組織名である。

 

 あくまでもアウトローを標榜している訳にもいかない。事を起こした際に地球、プラント双方に自分達の存在を強く認識させる為にも、組織の名前が必要である。

 

 一般公募し、兵士達にも大々的に募集してみたが、どうにもしっくりくる物が無い。

 

 それと言うのも皆、それぞれ所属していた組織を強く意識しすぎており、主張が偏り過ぎてしまうのだった。

 

 そんな時、

 

「あまり奇をてらっても仕方ありません。ここはシンプルな方がよろしいのでは?」

 

 議論を決定づけたのは、ラクスが発した鶴の一声だった。

 

 確かに自分達は、今は領土を持たぬ流浪の集団。ならば形式に拘るのは、却って好ましくない。

 

 そういった事情を乗り越え「L4同盟軍」は行動を開始したのだった。

 

 

 

 

 エターナルの到着によって、4隻となり、艦隊としての体裁も整い始めた。

 

 それに伴い、若干の配置換えも行われている。

 

 元々、エターナルはフリーダムとジャスティスの専用運用艦と言う事であった為、ジャスティスはそちらに移り、パイロットであるアスランもエターナルへと所属替えを行った。

 

 アークエンジェルの艦載機は、イリュージョンの他に、ムウのストライク、シン・アスカのストライク・ヴァイオレット、リリアとトールのM1になった。

 

 また、組みたて途中だったカガリ専用機も完成した。

 

 ストライク・ルージュと言う機体は、その名の通りストライクの同型機であり、PS装甲を起動した場合、その機体は深紅に染まる。

 

 これは、ルージュがパワーエクステンダーと呼ばれる新規開発の動力源を搭載しており、余剰エネルギーを装甲に回している為であった。これは、後にザフト軍が開発導入するVPS(ヴァリアブル・フェイズシフト)装甲の先駆けとなる画期的な新装備である、同様の装備を持つシンのヴァイオレットだが、こちらは若干装甲を犠牲にし、機動性を極限まで追求している。

 

 本来であるならばオーブ軍の象徴として旗機としての役割を担う筈だったルージュだが、オーブ崩壊に伴い、その主と共に最前線へと赴く運命になった。

 

 勝手知ったる艦内を歩きながら、キラは相棒の部屋へと向かう。

 

 L4同盟軍はメンデルを拠点に活動を始めてまだ日数が立っておらず、その為、センサー類の早期索敵網が完成していない。

 

 いきおい、索敵警戒は人力に頼らざるを得ない。

 

 キラ達の当番は本日の午後からに変更になった為、それを伝える為にやってきたのだ。

 

「エスト、入るよ」

 

 そう言ってドアを開いた。

 

 次の瞬間、

 

「キャッ!?」

 

 中から短い悲鳴が聞こえ、キラは立ちつくした。

 

 部屋の中にエストがいる。それはいい。

 

 問題は、着替え中だったのか、軍服のまえははだけ、スカートは床に下ろされている。

 

 白と黒のチェック柄のパンツと、同色のブラジャーが、少女がすこしだけ背伸びしたような印象をキラに与える。

 

 胸は僅かに膨らみを見せ、少女の成長を物語っている。

 

 ああ、エストって、ブラしてたんだ。

 

 とんでもなく場違いな(ある意味正鵠を射た)思考がキラの中に駆け廻る。

 

 そう言えば、同じようなシーンが前にもあったような気がする。

 

 一方のエストはと言えば、恥ずかしさで顔を真っ赤にした後、その顔に静かな怒気を貯め込んで行く。

 

「・・・・・・これで、2度目ですね」

 

 静かな、否、静かすぎる声。

 

 エストはベッドに置いておいたホルスターから拳銃を抜き取ると、残弾を確認してスライドを引く。

 

「そろそろ、私達の戦いにも決着を着けませんかヴァイオレット・フォックス?」

「い、いや、あの・・・・・・エスト・・・さん?」

 

 その静かな殺気に、流石のキラも身の危険を感じる。しかし、あまりの恐怖に足が動いてくれなかった。

 

 蛇に睨まれた蛙。まさにそんな感じである。

 

 その間にも、エストは距離を詰めて来る。下着姿の女の子に拳銃を向けられると言うのも、なかなかシュールな光景である。

 

 もっとも、エストの顔はなおも赤いままである為、照れ隠しの意味合いもあるのかもしれないが、それにしても過激である。

 

「あなたの馬鹿は5回くらい死なないと治りそうもありません。ちょうど良いので、ここで1回死んでおいてください」

「い、いや、話を聞こう。話せばわかるよ」

「それが遺言ですか。じゃあ、墓碑銘に刻んでおきますね。安心してください。お線香は上げてあげますので」

 

 とっさに金縛りを解き、逃走に転じるキラ。

 

 それを追うエスト。

 

 かくして、アークエンジェル内にキラの悲鳴がこだました。

 

 

 

 

 

 L4同盟軍には女性兵士も多数参加している。

 

 その為、女同士のグループができるのも自然の流れと言えた。

 

 物資に関しては比較的充実している艦隊にとって、多少の娯楽は許されている。

 

 そんな訳で、今日はラクス主催のお茶会がアークエンジェルで開かれる運びとなった。

 

 勿論、メンバー全員が集まった訳ではない。今日のメンバーはラクス、カガリ、リリア、そしてエストである。

 

 もっとも、エストの普段通り無表情の顔には、それと判るくらいの不機嫌がありありと浮かんでいるのだが。

 

 あれ以来、キラとはろくに口を聞いていない。向こうからは何度か声を掛けて来たが全て無視していた。

 

 向こうは一緒にいる時などは、かなり肩身の狭い思いをしていたようだが、そんな事エストの知った事ではない。

 

『あの馬鹿は少しは反省すれば良いんです』

 

 そう思いながら、ラクスお手製のクッキーを無造作に頬張る。

 

 そんなエストの様子に、他の3人もさすがに気付いて話しかける。

 

「なあ、いつまで膨れてるんだ?」

 

 自身もクッキーを頬張りながら、カガリが呆れ気味に尋ねて来る。

 

「何があったか知らないけどさ、いい加減機嫌直せよ」

「別に。私は元々こんな感じです」

「嘘つけ」

 

 カガリの追及に、エストは煩わしげにそっぽを向く。

 

「ねえ、何があったのかくらい、話してみない? あたし達でも、聞いてあげるくらいはできるよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 リリアの言葉に、エストは少し考え込む。

 

 ここにいる3人の少女は、艦隊の中でもエストが特に個人的に信用している少女達だ。親愛の情と言っても良い。どこぞのエロリストとは訳が違う。

 

 この3人なら、気兼ねなく話せる気がした。

 

「実は・・・・・・」

 

 話し始めるエスト。

 

 それを黙って聞き入っていた3人だが、やがて呆れ、そして嘆息した。

 

「まったく・・・・・・あの馬鹿は・・・・・・・」

 

 開口一番、そう言ったのはキラとはきょうだいの疑惑が浮上しているカガリだった。

 

「少しは考えて行動すれば良い物を」

「ああ、無理無理、あいつって、けっこうそう言う所あるから」

 

 同調したのはリリアである。一応、この中では最もキラとの縁が長い事になる。

 

「前からなんだよね。人が着替えているとこに乱入して来たり、女子更衣室に入って行ったりさ」

「キラは天然さんなんですね」

 

 そう言って、ラクスは笑顔を浮かべる。天然のコーディネイター代表みたいなラクスに言われてはお終いである。

 

 少し乱暴にクッキーを頬張りながら、エストはキラの顔を思い出す。

 

 とにかく、あの馬鹿は少しは自分の馬鹿さ加減を自覚して反省すればいいのだ。それまでは一切口をきいてやらないと心に決め、紅茶の入ったボトルを口に運ぶ。

 

「お話は判りました」

 

 ラクスは総括するように手を合わせ、ニッコリと微笑む。

 

「やはり、エストはキラの事がお好きなのですね」

「ブフォウ!!」

 

 飲みかけの紅茶を思いっきり噴き出すエスト。

 

 被害にあったのは、彼女の正面に座っているカガリである。カガリの顔面はエストが吹き出した紅茶が直撃し、見るも悲惨な有様となっていた。

 

 だが、そんな事も構っていられない程、今のエストはテンパっている。

 

「な、ななな、何を突然言いだすのですかラクス!?」

 

 世にも珍しいエストの慌てた姿。

 

 以前に同じ質問をされた時はあまり動じた様子を見せなかったエストが、今は見るのも哀れなくらいに動揺している。これも一種の成長と呼べるのかもしれなかった。

 

 その様子をほほえましく見詰めながら、ラクスは言う。

 

「あら、違うのですか? わたくしはてっきり、そうなのかと・・・・・・」

「違います!! 誰があんな馬鹿っ」

 

 そう言いながらも、エストは自分のそんな態度に戸惑いを隠せなかった。前にラクスの屋敷で同じ質問をされた時にはもっと冷静に答えた筈なのに、今はなぜかその話題を振られただけでここまで取り乱してしまう自分が滑稽に思える。

 

 一緒にイリュージョンに乗り、共に戦うようになってから、キラの事が以前よりも身近に感じるようになった。

 

 鮮やかに機体を操る時の凛々しい姿。大軍を前に斬り込む時の頼もしい姿、そして、戦闘後に頭を撫でてくれる優しい姿。

 

 それらを思い出した時

 

「~~~~~~~~~~~~」

「どうしたのエスト? 急に頭抱えて?」

 

 カガリの顔を拭くのを手伝っていたリリアが不審そうに尋ねるが、エストはそれに応える事も出来ずに、熱くなった頬に手を当てて悶えている。

 

 キラの事が、好き? 自分が?

 

 かつては殺し殺される仲だったキラとエスト。

 

 それがまさか、こんな事になるとは。

 

 あの崩壊寸前のヘリオポリスで、互いに銃を向け合った時には考えもしなかった事だった。

 

 

 

 

 

 ライア・ハーネットは、報告書を携えて副長であるユウキ・ミナカミの部屋へと向かっていた。

 

 元々がプラントの人間。それもザフトの兵士という肩書を持つ彼女ではあるが、本人が以前に語った通り、既に両親は無い身としては、住む場所にこだわる必然性が無かった。唯一、父方の親戚が健在だが、どうにもライアとの折り合いは良いとは言えず、彼女としても親戚を頼ると言う選択肢を初めから考慮に入れる気にはなれなかった。

 

 よって、命を救われたオーブ軍に在籍する事に対し、彼女はアスランほどには躊躇いと言う物が存在しなかった。

 

 幾人か、すれ違った兵士と敬礼を交わしながら、ユウキの部屋の前に辿り着いた。

 

 艦内の居住スペースに余裕がある大和では、士官には個室も用意されている。流石に尉官クラスでは2~4人の共同部屋だが、左官以上は完全な個室である。

 

「失礼しまーす」

 

 扉を開けて部屋に入る。

 

 次の瞬間、

 

「うっ・・・・・・」

 

 思わずライアは、入り口で固まった。

 

 部屋は散らかっていた。それも、思いっきり。

 

 床には何やら丸められた書類が山のように転がり、足の踏み場すら無い状態である。

 

「ちょっとちょっと、何なのよ、この惨状は!?」

 

 呆れ気味に言い、つま先立ちで歩きながらライアは部屋の主に近付く。

 

「ああ、ライア、すまない。報告書だね。悪いんだけど、そこに置いといて」

 

 言われてライアは、指示された方向を見るが、

 

「そこって・・・・・・どこよ?」

 

 そこにも書類が山のように積まれており、訳の判らない様相と化している。仕方なく、ライアは適当に書類を寄せて自分の報告書を置くスペースを確保した。

 

 その間にもユウキは、何やら唸りながら自分の作業に没頭している。

 

「何を悩んでんの?」

 

 少し興味が惹かれたライアは、背後からユウキの端末を覗き込む。

 

 目の前の画像では、何かのシュミレーターが起動しているらしく、いくつかの軌道を描くパターンが切り替わりながら描かれていく。

 

「新しい戦術パターンの考案だよ。この間、艦長が話していた『艦機一体システム』について、俺なりに新しい戦術を模索してみようと思ってね」

「へえ・・・・・・」

 

 母艦と機体は単独ではなく、それ自体をひとつの戦術ユニットとして扱うと言う発想は、確かにこれからの戦いで必要な物となるだろう。その為に、母艦、機体共に連携しやすいようなシステム、OSの開発が成されている。

 

 地球連合軍のアガメムノン級やネルソン級が第1世代型、つまりモビルスーツの運用を前提としていない世代とするなら、ザフト軍のナスカ級、ローラシア級はモビルスーツの運用のみを考えた第2世代型と言える。そこから発展し、対モビルスーツ戦闘までを視野に入れたアークエンジェル、クサナギ等は第3世代型に相当する。そして運用や戦闘はもちろん、機体と共に戦い、場合によっては性能強化まで行うシステムを備えたエターナル、それ自体が移動要塞として機能し、最前線での火力支援を行う事も可能となった大和などは第4世代型宇宙戦艦に相当するだろう。

 

 しかしユウキは、そう言ったハード面ではなくソフト面、現行のシステムを有機的に活用できる戦術の開発を行おうとしてるのだ。

 

「母艦と機動兵器が連携を取って行った戦術は、過去に先例が無いわけじゃない。ただ、それは場当たり的な物が多く、マニュアル化した物は少ない」

 

 機動兵器は機動力が高い半面、火力には欠ける物がどうしても多い。戦艦はその逆である。これを連携させるのは、口で言うほどには簡単ではない。母艦と機体がリアルタイムで連絡を取り合い、常に互いの位置と状態を把握する必要がある。

 

「面白そうね」

 

 そう言うと、ライアは手近な椅子を発掘して勝手に座り込む。

 

 モビルスーツのパイロットとして、目の前の敵とだけ戦って来たライアには無い発想である。

 

「艦から部隊の配置をコントロールして、効率的に運用するってのはどうかな?」

「迎撃目的ならそれでも良いだろうが、攻撃目的だと、その場合、艦と機体の距離が開いてしまう。Nジャマーの影響で通信に齟齬がある以上、あまり長い距離での侵攻はできない。それよりも、艦を機動兵器で防御しながら進撃し、艦砲の射程距離まで接近するのはどうだ?」

「それだと、進撃に時間掛かり過ぎないかな?」

 

 ユウキとライアは互いに意見を出しては、その案に対するリスクを検討していく。

 

 いつしか、2人は時間を忘れて意見を言いあうようになっていた。

 

 

 

 

 

 ストライク・ヴァイオレットのコックピットに座り、シンはシュミレーションを繰り返していた。

 

 迫ってくる敵機に対し、照準と同時に発砲。バランスを崩した所で更に一撃。敵機はコクピットを貫かれて四散する。

 

 ヴァイオレットは装甲を犠牲にして機動力を追求した機体である。その為、足を止めての撃ち合いよりも、斬り込みや機動撹乱に適している。

 

 その事を学習したシンは、何百回、何千回とシュミレートを重ね、己の中で戦術を組み上げつつあった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 シンの紅瞳が、画面の中に爆炎を捉える。

 

 今、画面の中で、1人の人間が死んだ。

 

 これはシュミレーションであり、そのような感情を抱く必要など無いと判ってはいても馴れる事ができる物ではない。

 

 オーブでの戦いの時はとにかく必死だったから、無我夢中に戦い続けたが、ふと我に返り冷静になってみると、自分の行った事のおぞましさが滲み出てくるようだ。

 

 あの戦いでシンは、少なくとも10機以上の敵機を落としている。と言う事は、10人以上の人間を殺したと言う事になる。

 

 あいつらはオーブに侵攻し、平和を奪い、シンから父と母を奪った憎むべき敵だ。そう考えれば楽にもなれるだろう。

 

 だが、そう割り切るにはシンは、経験も、年齢も足りな過ぎた。

 

 自分が殺した兵士にも、大切な守りたい物があって、それを守る為に必死に戦っていた。

 

 それを無慈悲に奪ったのは、他ならぬシン自身。

 

 これが、シンの選んだ道。シンが歩む道なのだ。

 

「クッ!!」

 

 思いっきりコンソールに拳を叩きつけた。

 

 自分はマユを守らなければいけない。その為に、武器を取る道を選んだ。

 

 馴れなければいけない。これからも戦い続ける為には。

 

「クソッ!?」

 

 操縦桿を強く握りしめる。

 

 その時、

 

 フワッと暖かい感触が、シンの拳を優しく包み込んだ。

 

「え?」

 

 顔を上げるシン。

 

 そこには心配そうな顔で覗き込むリリアの姿があった。

 

「大丈夫、シン? すごく、苦しそうだけど」

 

 ラクス達とのお茶会を終えたリリアは、作業に戻る途中でヴァイオレットのコックピットで蹲っているシンを見付けたのだ。

 

 リリアの顔を見て、シンは一瞬ホッと息を抜いたような表情をしたが、すぐに顔を不機嫌そうに引き締めてそっぽを向いた。

 

「な、何だよ。何か用か?」

「いや、別に。ただ、何やってるのかなって思って」

 

 そう言いながら、コックピット内を覗き込む。

 

「戦闘のシュミレーション・・・勉強してたんだ」

「・・・・・・悪いかよ」

 

 そう言うと、シンは煩わしげに視線を外し、乱暴にモニターを切った。

 

「いや、別に悪くは無いけどさ」

 

 言いながら、出て行こうとするシンを追い掛ける。

 

「ねえ、ちょっと待ってよ」

 

 言いながら、シンの腕を取る。

 

「・・・・・・何だよ?」

 

 対してシンは、不機嫌そうにリリアに向き直った。

 

 リリアには感謝している。突然戦場に飛び込んだ自分や妹のマユに良くしてくれるのはとてもありがたい。

 

 けど、今は放っておいてもらいたかった。

 

 ただでさえ、このL4同盟軍には化け物じみたパイロットが多い。そんな中にあって、自分が戦っていくためには並大抵の努力では足りない。

 

 だが、そんなシンを、リリアは強引に振り向かせる。

 

「ねえ、シン。ちゃんと寝てる? ごはんはちゃんと食べれてる? 今のあなた、何だかすごく追い詰められているように見えるよ」

 

 優しく掛けられる言葉すら、今のシンには迷惑でしかない。

 

「うるさいな、どうだっていいだろ、そんな事」

 

 そう言って、強引にリリアを振り払おうとするシン。

 

 しかし、思いのほか強い力で引き戻された。

 

「ダメよ」

 

 少女の細うでとはお目ない程力強い引きに、シンは思わず立ち止まって振り返ってしまった。

 

 対してリリアは少し怒った様な眼差しでシンを見ている。

 

 リリアの背はシンよりも少し低く、向かい合って立つとシンが見降ろすような形になる。しかし、それでも見上げるリリアの瞳からは無視できない迫力が滲み出ている気がした。

 

「シンが頑張ってるのは判るよ。一生懸命やって、みんなに追いつこうとしているのは偉いと思う」

 

 でもね、とリリアは続ける。

 

「一生懸命やっても、それでもしシンの身に何かあったら、マユちゃんはどうなるの?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 言われて、ハッとする。

 

 シンが向かおうとしているのは戦場である。

 

 シン自身の技量が高いせいもあり、ついぞ忘れがちになっているが、戦場に出ると言う事はすなわちシンが死んでしまう可能性もあると言う事だ。

 

 シンはマユにとって、今やたった1人の肉親である。シンがいなくなれば、マユは本当に1人ぼっちになってしまう。

 

「忘れないで。あんたは1人じゃない。あなたはもう、勝手に死んじゃいけないんだって事」

「・・・・・・そう、だよな。ごめん」

 

 力無く、シンは返事をする。

 

 マユを守る為に戦うと言いながらその実、目的と手段が逆になりかかっていた事に気付いたのだ。

 

 そんなシンを見詰め、リリアは優しく語りかける。

 

「1人で悩まないで。ここにはいっぱい人がいる。みんながシンやマユちゃんを助けたいって思ってるんだから」

「・・・・・・ありがとう」

 

 素直に、気持ちが口を突いて出る。

 

 不思議と、さっきまでささくれ立っていた気持ちが、落ち着いていくようだった。

 

 そんなシンに、リリアは微笑みかける。

 

「さ、マユちゃんの所に行こう。きっと寂しがってるよ」

「ああ、そうだな」

 

 そう言うと、2人は連れだって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激震が走ったのは、それから数日後の事であった。

 

 L4同盟軍は、まだ行動を開始して日の浅い組織である。

 

 組織としての機能はもちろん、肝心の戦力的な意味合いに置いても、未だに不十分な点が多い。

 

 特に、急な脱走によって出撃して来た戦艦エターナルは、未だに最終調整を残している状態であり、全力発揮には支障がある。

 

 それらの調整も含めて、やるべき事は山積だった。

 

 警戒線の構築もそうである。本来であるなら無人の監視装置を各宙域に接地し、それを各艦で監視できるようにするのが好ましい。しかし未だに広い宙域全土をカバーできるだけの警戒網構築に至っていない現状、L4同盟軍の警戒線は古典的な方法に頼らざるを得なかった。

 

 すなわち、人力による警戒である。

 

 モビルスーツパイロットたちが、それぞれ持ち回りで各宙域の警戒に当たり敵の接近に備えると言う物だ。

 

 だが、所詮は人力、広い空間をカバーするには限界もある。特に廃コロニーやデブリが密集し、航行が難しい一角は、ちょうどメンデルから死角になっている事もあり、どうしても警戒が甘めになりがちである。

 

 その警戒が甘くなっている箇所を、数隻の艦船が通過していく。

 

 戦艦2隻、護衛艦4隻から成る艦隊は地球連合軍艦隊である。

 

 ビクトリア基地を奪還した地球連合軍は、地上戦力を続々と戦略拠点である月へと送り込む一方、オーブ脱走艦隊の捜索、追撃を主任務とする部隊を編成、送り出していた。

 

 その結果、僅かな情報からL4宙域に同盟軍の拠点がある可能性が高いと判断した地球連合軍は、討伐艦隊を差し向けるに至った訳である。

 

 この動きを、同盟軍側は殆ど間近に接近されるまで探知する事ができなかった。

 

 突然、敵が至近距離に出現する。

 

 その状況に、メンデル内部は混乱に陥った。

 

 エターナルは最終調整を終わらせない事には出港できない。

 

 すぐに出られる、アークエンジェル、クサナギ、大和の3隻が出撃し、迎撃態勢を取る事となった。

 

「こんなに接近されるまで気付かないなんて・・・・・・」

 

 接近する地球軍艦隊を見ながら、マリューは舌を打つ。

 

 同盟軍の台所事情は理解しているが、それでも、いや、だからこそ臍を噛む思いである。

 

 恐らく地球軍は、同盟軍の潜伏場所に、ある程度当たりを付けていたのだろう。そうでなければ行動の速さに説明がつかない。

 

「敵艦隊、光学映像出ます!!」

 

 サイからの報告に、全員の目がモニターへ向く。

 

 そこには、接近する6隻の艦艇の姿が映し出された。

 

「敵艦、照合完了。ネルソン級1、ドレイク級4、それに・・・・・・これはっ!?」

 

 ブリッジにいる全員が目を見張った。

 

 廃コロニーの影から最後に出て来た1隻。それは、誰よりも自分達が最も知っている姿をしていたのだ。

 

 前足を伸ばした馬のような特異なシルエット。装甲は白ではなく濃いグレーをしており、レーダーユニットなどの違いこそあるが、それは間違いなく。

 

「アークエンジェル・・・・・・」

「同型艦・・・と言う事ね」

 

 アークエンジェル級二番艦。

 

 考えてみれば、アークエンジェルは大西洋連邦とオーブが建艦技術の粋を結集して建造した戦艦。その性能、詰め込まれたアイデアは現時点で最高水準と言っていい。加えて個艦戦績もずば抜けている。そんな艦を量産しない筈が無いのだ。

 

「敵艦から通信、入ります!!」

 

 ミリアリアの報告と同時に、モニターが切り替わり、敵艦の艦長と思しき女性が映る。

 

 その姿に、一同は唖然とする。

 

《こちらは地球連合軍所属、戦艦ドミニオン。本艦は脱走艦アークエンジェルに対し、即時無条件降伏を勧告する。速やかに武装を解除し投降せよ。従わない場合は、全力を持って貴艦を撃破する》

 

 「彼女」は、マリュー達がよく知る、型どおりの口調で降伏を迫って来た。

 

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替えたキラがイリュージョンの前に来ると、相棒は既に準備を終えてコックピットの前で待っていた。

 

 だが、キラの姿を見ると、慌てて視線を逸らすのが見えた。

 

 まだ怒っているのか、と思い、恐る恐る近付く。

 

「あの・・・・・・エスト・・・さん?」

 

 かなり下手に出るキラ。なかなかなヘタレ振りだが、ここ最近のパワーバランスを見事に現わしている光景である。

 

 対してエストは、ムスッと横を向いて視線を合わせよう無い。

 

 正直な話、エストにとって、下着姿を見られた事など、もはやどうでも良かった。

 

 キラの事が好き・・・・・・

 

 自分でも判らない程、いつの間にか胸の内に生じていたほのかな感情が、今まで戦いの場にあり続けた少女の体をトロ火で焙るようなもどかしさの中に漬け込んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・いつまでそうやってる気ですか?」

 

 ブスッとしたままエストが言う。

 

 とにかく今は、戦う必要がある。

 

「行きましょう」

「そうだね」

 

 短く言って、キラはエストに笑顔を向ける。

 

 その笑顔を見ただけで、

 

「~~~~~~~~~~~~」

 

 エストは訳の判らない火照りを感じ、とっさに顔を背ける。幸いにして、前席に座る鈍感テロリストは、そんなエストの葛藤に気付かないまま起動シークエンスをスタートしている。

 

 そんな相棒の様子に、ホッとすると同時に謎の腹立たしさを感じずにはいられないエストであった。

 

 

 

 

 

《お久しぶりです、ラミアス艦長》

 

 数カ月振りに顔を合わせるナタル・バジルールは、相変わらず固い表情で、かつての上官に挨拶する。

 

 久しぶり。と言うほどには、時間がたってはいない。

 

 しかし、その間に色々な事がありすぎた。アラスカでの死闘、オーブへの脱出、オーブ崩壊、そして宇宙への逃避行。

 

 その為、まるであれから何年も時間が経ったかのような錯覚に陥ってしまう。

 

「ナタル・・・・・・」

 

 マリューもまた、かつて片腕とも頼んだ副官に返事を返す。

 

 込み上げる回顧の念。しかし、かつて共に戦い、いつか来る再会を願った2人の距離は、今や届かない程に開いてしまっている。

 

《このような形での再会になって残念です》

「そうね、私もよ」

 

 彼女が命令を受けて艦を下りたあの日。このような再会が来ようとは想像だにしなかった。

 

《アラスカでのことは自分も聞いています。ですが、どうかこのまま降伏し、軍上層部ともう一度話を。私も及ばずながら弁護致します》

 

 それはナタルの本心から出た言葉だろう。だが、ナタルはもうひと押し加える事を忘れない。

 

《本艦の性能は、よくご存じのはずです》

 

 そう、これは考えつく限り最悪の相性だ。

 

 敵はアークエンジェルの同型艦。それを指揮するのは、こちらの手の内を良く知り、そしてこの世でアークエンジェル級の扱いに最も長ける人物の内の1人。

 

 戦って負けるとは思わない。しかし、相当な損害を覚悟しなければならないだろう。

 

 だが、

 

 マリューははっきりと顔を上げて、ナタルを見詰め返した。

 

「ありがとう、ナタル。でも、アラスカの事だけじゃないの。私達は地球軍のあり方その物に疑念を抱いているの。よって、降伏、復隊はあり得ません」

《ラミアス艦長・・・・・・》

 

 はっきりとしたマリューの言葉に、ナタルがなおも説得を試みようとした時だった。

 

《ハーハッハッハッハッハッハッ!!》

 

 突然、モニターの中から聞こえて来た笑い声。

 

 何と言うか、聞いた傍から不快感を呼び起こす様な、そんな笑い声に、誰もが眉を潜めた。

 

《どうなる物かと黙っていたら、呆れますね、艦長さん》

 

 あからさまにナタルに対する侮辱を含んだ言葉。ただ聞いているだけで、肌を虫が這いずるような嫌悪感を想起させる。

 

《言って判ればこの世に争いなんて無くなります。判らないから敵になるんでしょう? そして敵は討たねば》

 

 謳い上げるように、自身の哲学を披露して見せるその男を、ナタルは強い口調と共に睨みつける。

 

《アズラエル理事!!》

 

 その言葉に、アークエンジェルのブリッジは緊張に満たされた。

 

「アズラエルって・・・・・・」

「ムルタ・アズラエル!?」

「ブルーコスモスの首魁だ!!」

 

 地球連合軍の黒幕。かつてオーブ脱出間際、ウズミが言っていた、この戦いを際限なく拡大させようとしている2人の人間の内の片割れ。

 

 その男が、こんな場所にいるとは。

 

 アズラエルはそんな驚きを無視し、ナタルを飛び越えて勝手に命令を下す。

 

《アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダー発進》

 

 その顔が、不気味な笑みを刻む。

 

《不沈艦アークエンジェル。今日こそ沈んでもらいましょうか》

 

 

 

 

 

 戦闘が開始された。

 

 ドミニオンから、オーブ軍主力を壊滅状態に追いやった4機、アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーが出撃していく。更に他の艦からもストライクダガーやシルフィードダガーが出撃していく。

 

 それを迎え撃つように同盟軍も動いた。

 

 特に3強とも言うべき、イリュージョン、ジャスティス、フリーダムを先頭に、機動兵器群が出撃し、3隻の戦艦も、それぞれの敵を相手にすべく舵を切る。

 

 先頭を切って進撃するイリュージョンのコックピットの中で、キラとエストはモニターに映る敵を睨みつける。

 

「キラ、敵はあの4機です」

「そうだね。油断できない相手だ」

 

 囁くように言うと、イリュージョンは290ミリ長射程狙撃砲を展開、先制の一撃を放つ。

 

 対して、連合側の4機は散開してよける。

 

 そこへ、今度はフリーダムが前に出た。

 

「参ります!!」

 

 コックピットに座したラクスの声ととともに、フリーダムはパラエーナプラズマビーム砲、クスィフィアスレールガン、ルプスビームライフルを展開。5つの砲門から一斉砲撃を掛ける。

 

 その一撃もまた、機動力に優れる4機を捉える事はかなわなかったが、更なる散開を誘発し、4機の連携を断つ事には成功した。もっとも、それにどれほどの意味があるかは不明である。オーブでの戦闘を見る限り、4機は互いに連携を取ると言う事が無いように思えた。

 

 イリュージョンは対艦刀ティルフィングを構えて切り込む。

 

 その迎え撃つように前へ出たのは、他よりも明らかに一回り大きな機体、アヴェンジャーだ。

 

「フレイ・・・・・・」

 

 キラは、その機体を操っているだろう、旧知の少女の名を呟いた。

 

 彼女の事は、既に婚約者であるサイにも話している。

 

 サイはただ力なく笑い、キラの肩を叩くだけだった。

 

 サイの為にも、どうにかしてフレイを連れ戻したいと思う。

 

 だが実際問題として、直接的にも比喩的にも銃口を向けられているキラ達には、難しい問題であるのは確かだった。

 

 一瞬の気の迷いが自分の命だけでなく仲間の命すら失わせてしまう事は、キラ達も判っている。それ故に手加減はできなかった。

 

「キラァァァァァァ、エストォォォォォォ!!」

 

 フレイの咆哮と共に、肩部ゴルゴーン、胸部スキュラ、頸部ヒュドラ、そして両手に把持した2門のプラズマ砲から成る計7門を一斉発射する。

 

 その凄まじい砲撃は、宇宙空間を押し潰さんとするかのようだ。

 

 対して、イリュージョンも天空を舞う大鷲のような優雅さでアヴェンジャーの砲撃を回避する。

 

 しかし、流石に嵐のような砲撃を前に、接近する事は阻まれる。

 

 遠距離から反撃しようにも、火力面ではイリュージョンはアヴェンジャーに劣っている。砲撃戦では不利だった。

 

「エスト、アヴェンジャーに接近できる経路を!!」

「この状況では難しいですが・・・やってみます。暫く持たせて下さい」

 

 そう言うと、エストはデュアル・リンクシステムを駆使して検索を掛ける。

 

 その間にキラは、機動力とビームシールドを駆使してアヴェンジャーの砲撃を回避し続けていた。

 

 

 

 

 

 クサナギは、先行する大和に続いて戦闘態勢を整えつつある。

 

 艦長として指揮を取るのはレドニル・キサカで、副長としてケン・シュトランゼンがその補佐を務めている。

 

 多くのクルーが、実戦の場に臨むのは初めての事である。しかし、実際に敵が来てしまった以上、尻込みしていられる余裕は無い。突き詰めた話、だれでも人生で一番初めの戦闘は「初陣」なのだから。勿論、無事に帰って来れるかどうかは、また別の問題なのだが。

 

「ゴッドフリート起動、ミサイル発射管、全門コリントス装填、目標・・・・・・」

 

 キサカがそう言い掛けた時だった。

 

 突然、不自然な衝撃と共に、クサナギはつんのめるように停止した。

 

「どうした!?」

「判りません。船体に、何か絡まって・・・・・・」

 

 答えるオペレーターの声も、困惑気味だった。

 

 クサナギに絡まった物。それは廃コロニーから伸びたケーブルだった。元々、戦艦の何万倍もの質量を持つコロニーの構造を繋ぎ止める建材の一種である。如何にクサナギの推力をもってしても引きちぎれる物ではなかった。

 

 ケンはとっさに受話器を取り、手近に展開しているM1を呼び出した。

 

「クラウディス、船体に絡まった物を取り除いてくれ!!」

《了解です!!》

 

 指示を受け、リリアはクサナギの下部へとM1を急行させる。

 

 ケーブルはM1の機体よりも太く、簡単には切断できそうもない。

 

「それでも、やらなくちゃ」

 

 リリアのM1はビームサーベルを抜き放ち、絡まったケーブルを切断しに掛る。

 

 だが、作業を始めてすぐの事だった。

 

 闇の中からぬっと、カーキ色の機体が現れた。鎌を振り翳した甲殻類のような外観はフォビドゥンである。

 

「アハッ」

 

 コックピットに座したシャニ・アンドラスは、加虐的な笑みでリリアのM1を見詰める。

 

 リリアも相手の存在に気付いたが、作業に集中していた為、反応が遅れた。

 

「ッ!?」

 

 大鎌を振り下ろすフォビドゥン。

 

 もはや、回避はできない。

 

 フォビドゥンの鎌が、リリアのM1を切断しようとした、

 

 その時、

 

《やめろォォォォォォ!!》

 

 横合いから飛び込んで来た紫色の機体が、勢いのままにフォビドゥンを蹴り飛ばした。

 

 エールストライカーを装備したヴァイオレットは、味方の危機に辛うじて間にあったのだ。

 

「シン!!」

《こいつは俺が相手をする。リリアはクサナギを!!》

 

 シンは言い放つと、ヴァイオレットは手にしたビームライフルを放つが、フォビドゥンはゲシュマイディッヒパンツァーを展開、ビームを屈曲させる。

 

 その様子にシンは舌打ちした。

 

 あの機体の特性はキラから聞かされている。正直、ビーム兵器主体のエール装備では分が悪い相手だ。だが、やるしかない。

 

 ヴァイオレットはビームサーベルを抜き放ち、フォビドゥンへの接近を開始した。

 

 

 

 

 

「クサナギ、行き足止まりました!!」

 

 その報告に、大和の艦内は騒然とした。

 

 艦長席に座るトウゴウも、一見泰然としながらも、内心では臍を噛む思いである。

 

 メインモニターには座礁したクサナギの他に、接近する地球軍艦隊も映し出している。

 

 トウゴウの当初の目論見では、大和がネルソン級を、クサナギがドレイク級4隻を相手に戦い、クサナギがドレイク級を押さえている間に、大和がネルソン級を撃破、その後、大和とクサナギでドレイク級を殲滅する筈であった。

 

 しかしその目論見はクサナギの座礁によって、戦闘開始前に脆くも崩れてしまった。

 

 ここが廃コロニー群である以上、こういった事態は予測してしかるべきだった。が、大和はクサナギよりも大型であるにもかかわらず、デブリを回避して航行している。全ては実戦経験の不足が問題だ。大和は地上戦ではあるが一度実戦を経験している。クルー達は各種センサーの扱いにも慣れているが、クサナギのクルーにとってはこれが初の実戦である。その差がはっきりと出てしまった。

 

 とは言え、現実問題として敵は刻刻と接近してきている。今から引き返して曳航作業をする事など不可能だ。

 

「艦首回頭、左60度。全主砲、右砲戦準備。目標、地球連合軍ネルソン級戦艦!!」

 

 トウゴウは断を下した。

 

 こうなった以上は、大和1隻で5隻の敵艦を相手にするしかない。

 

「砲撃手。落ち着いて狙え。敵が多いからと言って焦る必要は無いぞ」

「りょ、了解!!」

 

 ユウキの言葉を受けて、砲撃手が上ずった返事を返す。無理もない。相手はやや旧式化しつつあるとはいえ、戦艦1隻を含む艦隊。対してこちらは、大和1隻で相手取らねばならない。もしネルソン級の相手に手間取れば、機動力の高いドレイク級に接近され、袋叩きにも会いかねない。

 

 だが、大和は本来このような戦いをする為に建造された艦だ。ならば、この程度の敵を恐れる必要など無い。

 

 その間にも大和は左へと回頭を続け、9門の主砲全てがネルソン級戦艦を軸線上に捕えた。

 

「対艦戦闘、撃ち方始め!!」

 

 トウゴウの鋭い声。

 

 次の瞬間、巨竜が吠えるように、大和は9門の主砲から閃光を迸らせた。

 

 

 

 

 

 地球連合軍とL4同盟軍の戦闘を、静かに見つめる目が、メンデルを挟んだ反対側に存在した。

 

 ナスカ級高速戦艦3隻を主力とするのは、ザフト軍である。

 

 ザフトもまた、強奪されたエターナルを追って、このL4宙域に艦隊を派遣していたのだ。

 

 その艦隊の隊長を務める男は、仮面の下で僅かな笑みと共に状況を見詰めていた。

 

「さて、どうした物か。既に幕が上がっているとは・・・・・・」

 

 ラウ・ル・クルーゼの瞳の奥で、戦況は正確に分析される。

 

 数的には地球軍が優勢のように見える。が、アークエンジェル以下の部隊も、流石に実戦経験に長があるせいか、逆に地球軍を押し返す勢いで猛攻を続けている。

 

 両者の様子を天秤に掛け、その上で自分達の置かれた対場を総合する。

 

 現在ザフト軍は、まだ同盟軍にも地球軍にも察知されていない。今ならば隠密行動によっていろいろと面白い戦い方ができそうだ。

 

「さて、どうする。あんたとしちゃ、このまま見て見ぬふりを決め込む気は無いんだろ?」

 

 期待するような口ぶりで、背後に腰掛けた男が言った。

 

 クライブ・ラオスは、今回の追撃戦において、自ら志願する形でクルーゼ隊に同行していた。

 

 オーブ沖海戦での負傷により、長期休養を余儀なくされたクライブだったが、エターナル強奪事件と前後して前線復帰の許可が下りた。そこへ来ての追撃任務である。この野犬の如き男が、それに勇み立たない訳が無いのだ。

 

「そうだな・・・・・・」

 

 無論、「仮面の男」ラウ・ル・クルーゼもまた、この好機を座視する愚将ではない。

 

「私とクライブ、イザークとディアッカで、コロニー内部から偵察を掛けよう。アデス、その間、艦隊の事を頼むぞ」

「それは良いですが、隊長自ら出られるのですか?」

 

 忠実な副官が怪訝そうに見詰めて来るのを受け、クルーゼはフッと笑う。

 

「コロニーメンデル。上手く立ち回れば、色々な事にケリがつきそうなのでな」

 

 そう告げると格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 近付いて来るダガー部隊を迎撃している内に、アークエンジェルは味方部隊とだいぶ引き離されてしまった。

 

 現在、M1部隊の大半は離礁作業中のクサナギ護衛につき、ストライク・ルージュを駆るカガリがその指揮に当たっていた。

 

 ムウのストライクはランチャー装備で港口の警戒に当たり、ライアのシルフィードもそれに従っている。

 

 その他、イリュージョンはアヴェンジャーと、フリーダムはカラミティと、ジャスティスはレイダーと、ヴァイオレットはフォビドゥンと交戦中であった。

 

 つまり、アークエンジェルの周囲は、今、一時手薄の状態にある訳である。

 

「ドミニオンは!?」

 

 纏わりつく敵機を振り払っている間に、本命を見失ってしまったのは痛かった。

 

「デブリが多くて・・・・・・いえっ」

 

 サイが鋭く危険を発する。

 

「ブルー19アルファにドミニオンッ 後ろです!!」

 

 ナタルはアークエンジェルが部隊に気を取られている隙を、デブリを利用して撹乱しつつ、後方に移動したのだ。

 

「敵艦砲撃、来ます!!」

「回避、取り舵!!」

 

 ドミニオンが4門のゴッドフリートを放つ。

 

 対して、マリューの命を受けて、ノイマンが舵を切る。

 

 殆ど水平に近い角度で急旋回するアークエンジェル。しかし、そのおかげで、後方からの奇襲に対処できた。

 

 と、思った瞬間、

 

「オレンジデルタより、ミサイル急速接近!!」

 

 予期しえない方向からのミサイル攻撃。

 

 アークエンジェルはイーゲルシュテルンによる弾幕を張り、辛うじて追いついて来たイリュージョンとフリーダムも砲撃によってミサイルを撃ち落とそうとする。

 

 しかし、全ての攻撃を防ぎ切る事はできない。

 

 弾幕をすり抜けたミサイルがアークエンジェルを直撃、右舷側のゴッドフリートを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「いや、すごいね、君」

 

 ナタルの指揮ぶりを見て、アズラエルが素直な感想を送った。

 

 ナタルはドミニオン自体と部隊を囮に使って、アークエンジェルを特定の宙域に追い込み、そこで予め待機状態で射出しておいたミサイルの網に絡め取ったのだ。いわば、即席の自走機雷である。

 

 マリューの指揮やアークエンジェルの能力を知り尽くしているナタルならではの、見事な戦術である。

 

「この程度の戦術、お褒め頂く程の物ではありません」

 

 素っ気なく言い捨ててから、ナタルはモニターに映ったイリュージョンを見た。

 

「あれを捕獲すればいいのですね」

「うん、そう」

 

 ナタルの言葉に、アズラエルは子供のようにはしゃいだ言葉で返事を返す。

 

 実質上、地球連合軍の黒幕とも言うべき彼が、このような一部隊に同行して戦場に赴いた理由はそれであった。

 

 オーブの戦いでイリュージョンとジャスティスの戦いぶりを見たアズラエルは、その動力源に核エネルギーが使用されていると睨んでいた。言うまでも無く、現在、Nジャマーの影響で核エネルギーは使用不能になっている。だが、もし仮説が正しいとするならば、あの機体は何らかの方法でNジャマーを無力化している事になる。

 

 Nジャマーの無力化。もしそれが成れば、死蔵されている禁断にして最強の兵器、核が再び解禁できる。

 

「後部ミサイル発射管、全門ウォンバット装填。カラミティ、とアヴェンジャーに連絡」

 

 ナタルは矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 その間に、イリュージョンはアヴェンジャーの砲撃によって後退を余儀なくされていた。

 

 「対キラ」を主眼とした訓練を行って来たフレイにとって、キラの動きは手に取るかのように判るほどだ。それは機体がシルフィードからイリュージョンに変わっても同じ事である。

 

 しかし、それでも尚、追い込む事ができない現状に苛立ちを覚える。

 

 アヴェンジャーが7つの砲門から砲撃を行うのに対し、イリュージョンは舞うような機動で後退しつつも、狙撃砲で鋭く反撃してくる。

 

 火力に優り、距離を置いている限りは優位に戦いを展開できる筈のアヴェンジャーが、逆に窮地に陥る場面すらあった。

 

「このっ、いい加減に落ちなさい!!」

 

 苛立ちと共に、両手のプラズマ砲を連射する。

 

 さすがに敵わないと踏んだのか、ビームシールドで防ぎながら後退するイリュージョン。

 

 しかし、次の瞬間、

 

「後方よりミサイル接近。キラ!!」

 

 エストの驚愕に満ちた報告。

 

 次の瞬間キラが見た物は、ドミニオンが放ったミサイルが、全て命中コースを描いてイリュージョンへと向かって来る所であった。

 

 

 

 

 

PHASE-30「自由の旗の下に」   終わり

 



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PHASE-31「悪意との邂逅」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 旧式とはいえ流石は戦艦と言うべきか。

 

 大和の砲撃を10発以上食らっているにもかかわらず、ネルソン級戦艦は果敢に反撃してくる。

 

 そもそも新造戦艦の大和と違い、向こうは良く使いこまれた古株の戦艦だ。クルーは艦の扱いに慣れており、技量面では連合に一日の長がある事は否めない。

 

 だが、流石に圧倒的な性能の差は隠せない様子だ。砲撃戦で拮抗しえたのは戦闘開始10分程度のみで、ひとたび直撃を得た後は、ほぼ完全に大和の優勢となっていた。

 

 大和の強力な主砲は、次々とネルソン級戦艦の装甲を突き破り、機関を破壊し武装を食い千切って行く。

 

ネルソン級戦艦は既に速力は大幅に低下し、真っ直ぐ進む事すらできない様子だ。照準装置も破損したのか、先程から砲撃は空ぶりを繰り返している。

 

 大和も何発か被弾しているが、その全てが装甲板によって弾かれ、損害は皆無だった。

 

「良いぞ、そのまま追い込め!!」

 

 ユウキが弾むように言った。

 

 その声に応えるように発射された9門の主砲の閃光は、更にネルソン級戦艦の装甲を突き破って内部で炸裂する。

 

 このままいけば、あと1回か2回の砲撃で沈黙に追い込める。

 

 勝利が見えた。と思った瞬間。

 

「後方よりドレイク級、急速接近!!」

 

 その報告に、ブリッジ内は緊張が走った。

 

 恐れていた事態である。大和がネルソン級に掛かっている隙に、小回りの効くドレイク級護衛艦に距離を詰められたのだ。

 

 当初、トウゴウが考えていた戦術を、逆にやり返された感がある。このままでは大和は、4隻のドレイク級護衛艦から放たれた対艦ミサイルを雨霰と浴びる事になりかねない。

 

「第3砲塔、並びに後部副砲、目標をドレイク級の1番艦に変更。第1、第2砲塔、並びに前部副砲は引き続きネルソン級への砲撃を行え」

 

 トウゴウの命令が飛ぶ。

 

「艦長、しかしっ」

 

 ユウキはとっさに反論しようとする。その方法では、いたずらに戦力を割く事になりかねない。兵力は集中して運用してこそ真価を発揮する物なのだ。

 

 しかし、

 

「急げ」

 

 トウゴウは有無を言わさず、断固たる口調で命令する。アークエンジェルはドミニオンと交戦し、クサナギの離礁には今しばらく掛かる以上、敵艦隊は大和1隻で押さえるしかない。

 

 大和の第3砲塔と、後部副砲が旋回する。副砲は主砲と同じく艦の中心線上に配置され、3門のレールガンから成っていた。それが前後に1基ずつ、計6門。その内、後部の3門がドレイク級に向けられる。

 

「撃てッ」

 

 ユウキの号令の元、後方の敵への攻撃を開始する大和。同時に、瀕死状態のネルソン級への攻撃も続行する。

 

 しかし、前後から挟まれた状態はいかにも不利である。

 

 心なしか、ネルソン級も味方の戦線参入を見て、息を吹き返したような感があった。

 

 

 

 

 

 飛んで来るミサイルの群れを、エストは呆然と見据える。

 

 デュアルリンクシステムの操作は、イリュージョンのサブパイロットの仕事である。

 

 しかし、あらゆる可能性の中から、確率性の高い未来を予測する事ができるデュアルリンクシステムが、冷酷に事実のみを告げていた。

 

 「回避不能」であると。

 

 ミサイルは、確実にイリュージョンを直撃する。後はPS装甲が、どの程度攻撃を防いでくれるかに期待するしかない。

 

 しかし、イリュージョンは今、アヴェンジャーと対峙している。体勢が崩れた所に砲撃を食らったらひとたまりもないだろう。

 

 来るべき衝撃に備え、エストが身構えた瞬間だった。

 

 キラが有り得ない速度で機体を操ってみせた。

 

「なっ!?」

 

 エストは思わず目を見張る。

 

 キラの操縦に応え、イリュージョンは一瞬で機体を反転させ、左腕のビームガトリングを展開、弾幕を張り巡らせる。

 

 それはデュアルリンクシステムの予測すら上回る超反応だった。

 

 飛んで来たミサイルは全て、キラの迎撃網を抜ける事ができずに全滅する。

 

 一体どうやったら、これだけの反応ができると言うのか。

 

 唖然としてキラを見詰めるエスト。

 

 だが、その一瞬の隙を突かれた。

 

 背後から接近していたレイダーが、手にした鉄球をイリュージョンの背に叩きつけたのだ。

 

「クッ!?」

「キャァッ!?」

 

 大きな衝撃と共に、体勢を崩すイリュージョン。

 

 そこへ、アヴェンジャーとカラミティが砲門を合せた。

 

 今度こそダメか。

 

 そう思った瞬間、イリュージョンを守るように2体の影が走った。

 

「させるかァァァァァァ!!」

 

 アスランの叫びと共に、ジャスティスはシールドを掲げてカラミティの前に躍り出た。

 

 そこへ、カラミティの攻撃が着弾する。

 

 構わず、アスランはシールドが融解するに任せて、そのままカラミティの胸部へと押し付ける。

 

 砲撃のエネルギーをそのまま返される形となったカラミティは胸部のスキュラを損傷する。

 

 一方、アヴェンジャーは、2門のプラズマ砲を構えてイリュージョンにとどめを刺そうとした瞬間、下から吹き上げるように駆けて来た蒼翼によって阻まれる。

 

 ラクスの駆るフリーダムはビームサーベルを抜き放つと、一瞬にしてアヴェンジャーの手にあるプラズマ砲2門を切って捨てたのだ。

 

 発射寸前だったエネルギーがフィードバックし、メインカメラの直前で爆発を起こす。

 

「この、よくも邪魔をしてくれたわね!!」

 

 フレイは怒り狂い、飛びさるフリーダムにゴルゴーンを放つが、ラクスはまるで背中に目がついているかのようにフリーダムを操り、アヴェンジャーの砲撃を回避してのけた。

 

 その間にイリュージョンは体勢を立て直すと、ビームライフルによる反撃し、ジャスティス、フリーダムと交戦中の2機を的確に捉えていく。

 

 たまらず、アヴェンジャーとカラミティは後退を余儀なくされた。

 

 そこへ、更に攻撃を仕掛けようとするイリュージョン。

 

 しかし、追撃しようにもフォビドゥンとレイダーが間に入って阻んで来る。

 

 イリュージョンはティルフィングを抜き放つと、彼等に向かって切り込んで行く。

 

「危なかった。エスト、状況の変化に気を付けて」

「・・・・・・判りました」

 

 先程感じた強烈な違和感を取り敢えず無視して、エストは再び戦闘に集中する。

 

 辛うじて持ちこたえこそしたが、未だに苦境は続いている。

 

 再び接近して来る4機の敵機を見据え、エストは機体の操作に集中した。

 

 

 

 

 

 数に優る地球軍は、次々と同盟軍側の防衛線を突破して来る。

 

 それを港口付近で迎撃しているのが、ムウに率いられた部隊である。

 

 ムウのストライクはランチャーを装備し、砲撃によって向かってくる敵機を押さえている。

 

 数に劣るとはいえ、M1部隊も奮戦しており、ダガー隊の大半を押さえこむ事に成功していた。

 

 その他にもライアのシルフィードが直掩についてくれたおかげで、ムウの負担は大分軽減されている。

 

 気を抜く事はできない。港内では動けないエターナルが急ピッチで最終調整を行っている。エターナルが出港可能になるまで、何としても港は守らねばならない。

 

「とは言え、守りきったとして、次にどうする?」

 

 この場は地球軍に察知されてしまった以上、もはや拠点としては使用できない。どうにかしてこの場所を脱し、新たな拠点を求めないといけない。

 

 そう思った時だった。

 

「何っ!?」

 

 ムウは自分の脳裏に、警告音めいた感覚が走るのを感じた。

 

 久しく感じていなかった感覚。しかし忘れる事の出来ない代物。例えるなら、ナイフの切っ先を突きつけられた時のような緊張感にも似ている。

 

「これはっ!?」

 

 その正体を見極めた瞬間、ムウは有無を言わさずストライクを反転させた。

 

《ちょ、ちょっとオジサン。どこ行くのよ!?》

「誰がオジサンだ!!」

 

 慌てたように制止して来るライアに怒鳴り返す。

 

「ザフトがいる!!」

 

 そう言い捨てると、港口へと飛び込んだ。

 

 この感覚は、間違いなく「あいつ」だ。

 

 このままでは同盟軍は前後から連合とザフトに挟み撃ちにされかねない。

 

 ムウは焦りにも似た衝動に駆られてメンデル内部へと急いだ。

 

 

 

 

 

 深紅の機体は、周囲を警戒しつつ作業の指揮を取っている。

 

 ムウのストライク、シンのヴァイオレットと同じシルエットを持つ機体は、カガリの駆るストライク・ルージュである。

 

 ヴァイオレット同様、ストライクを修復した際の余剰パーツを組んで完成させた機体は、同時にパワーエクステンダーを搭載、ストライクよりも長い稼働時間を得ると同時に防御力強化を行った機体である。

 

 本来はオーブ軍の象徴として旗機の役割を持つルージュだが、オーブ崩壊に伴い、最前線に立つ事が求められていた。

 

 そのカガリの目の前で、リリアがM1を駆り、クサナギに絡まったワイヤー切断作業を行っていた。

 

 強靭かつ巨大なワイヤーはビームサーベルを使用しても切断に時間が掛ったが、それでもどうにか作業完了にこぎつける事ができた。

 

 絡まったワイヤーが外れ、戦艦クサナギはようやく自由を取り戻した。

 

《作業、完了しました》

《御苦労さん、助かったよ》

「もう引っかけるなよ!!」

 

 クサナギ副長のケンに、少しきつめに釘をさすカガリ。今回は無事に済んだが、宇宙空間で、それも戦闘中に座礁など、流石に洒落にならない。

 

 推力を上げると同時に、クサナギは大きく回頭。同艦の上下に備え付けたゴッドフリート4門を展開、アークエンジェルと交戦中のドミニオンに照準を向けた。

 

「撃て!!」

 

 ケンの号令一下、主砲が火を噴いた。

 

 その一撃は命中こそしなかったが、ドミニオンの鼻先を掠めるようにして駆け抜けた為、地球軍側に警戒心を与えるには充分だった。

 

「あらら、復活しちゃったか」

 

 主砲を放ちながら接近して来るクサナギを見て、アズラエルは肩をすくめた。

 

 その様子を尻目に、ナタルは潮時を感じていた。

 

 アークエンジェルは判定小破の損害を与えたものの、致命傷には遠い。フレイ達の戦況も良いとは言い難い。

 

 加えて、

 

 そこで、思考が中断した。だしぬけに、視界の端で閃光が走ったのを目撃したからだ。

 

「ヴィンソン、信号途絶!! 撃沈した模様です!!」

 

 大和と交戦していたネルソン級戦艦ヴィンソンが、熾烈な砲撃戦の末撃沈されたのだ。大和の砲撃はヴィンソンのエンジン部分を直撃し、完膚なきまでに破壊しつくしていた。

 

 その前にドレイク級護衛艦も1隻、大和の砲撃を受けて轟沈している。護衛艦の薄い装甲では、大型戦艦の主砲には耐えられなかったのだ。

 

 当初は優勢に進めていた筈の戦況が、いつの間にか逆転されている。

 

 流石はアークエンジェルと、その仲間だ。

 

 ナタルは知らずの内に笑みをこぼしていた。敵味方に分かれた今でも、彼等への信頼は揺らいでいない。だからこそ、何としても倒さなければならない。

 

「信号弾上げろ。一時撤退する」

 

 そのナタルの決断に不平を鳴らしたのは、他でもないアズラエルであった。

 

「ここまで追い込んだのに、退くんですか?」

 

 まるで見ていたテレビを消された子供のような物言いのアズラエルを、ナタルは冷たい目で睨み据える。

 

「これ以上戦えば損害が大きくなるだけです。一度退いた方がいい」

「そう言うからには、今退けば、次は勝てるんでしょうね?」

 

 その物言いに、ナタルは苛立ちを隠せない。この男は戦いをゲームか何かと勘違いしている。望めば勝てる物であり、負ける事など有り得ないと傲慢にも思っている様子だ。

 

「ここで死にたいので?」

 

 凄みの籠った口調のナタルに、アズラエルは肩を竦めて引き下がる。一応は納得した様子だが、反省の色は全く見られない。

 

 とにかく、外野がこれ以上余計な口をはさむ前に、ナタルはさっさと撤退する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍の撤退に合わせて、同盟軍もメンデルへと後退した。

 

 突発的な戦闘だったが、意外なほど損害は少なかった。最も被害が大きかったのはアークエンジェルのゴットフリートである。こちらは現在、補修作業が進められていた。

 

 機体の消耗も最小限に抑えられ、同盟軍の継戦能力は充分に維持されていた。

 

 現在は補修作業が急ピッチで進められると同時に、今後の方針について討議が成されていた。

 

 気がかりな事があった。

 

 戦闘の途中、ムウとライアが戦線を離脱してメンデルの内部へと向かったと言うのだ。

 

 しかも、ムウはザフトの存在を示唆していたと言う。

 

 半信半疑ながら、取り敢えずM1を偵察に出して探ると言う事になり、アサギとジュリが偵察任務に出て、今しがた戻って来たのだが。

 

《いました。デブリの影。ナスカ級戦艦が3隻です》

 

 アサギの報告に、同盟軍首脳陣は騒然となった。

 

 たった今、地球軍と交戦したばかりだと言うのに、今度はザフト軍まで現れたと言う。

 

 正に前門の虎、後門の狼。同盟軍は挟撃を受ける形となってしまっていた。

 

《しかし、なぜフラガにはザフトの居場所が判ったんだ?》

 

 視認した訳でもなく、ムウは殆ど神懸かりとも言うべき直感で、ザフトの接近を言い当てていた。ここまでくれば、頼もしいのを通り越して、ある意味不気味ですらある。

 

《クルーゼ隊だわ》

 

 マリューが震えるような口調で言った。

 

 以前から、ムウがマリューにだけ話していた事がある。

 

 曰く、自分とクルーゼは何か目に見えない繋がりのような物があり、近くまで接近すると互いの存在を感じる事ができる、と。

 

 あまりにもオカルトめいていて俄かには信じがたい話ではあるが、こうしてムウが戻らずザフトが発見された以上、真実味を帯びる話である。

 

《だが、グズグズはしておれんぞ》

 

 そう言ったのはトウゴウである。

 

《連合に続いて、ザフトまで現れたとなれば、もはやこの場を拠点として使う事はかなわんじゃろう。どうにか包囲網を突破し、脱出せねばなるまい》

《中に入ったフラガ達に連絡を入れて引きずり戻す必要があるな》

 

 エターナルは既に調性が完了している。今は4隻の戦艦に荷揚げされた物資を、もう一度積み込む作業を行うと同時に、損傷大きいアークエンジェルの補修作業が行われている。それが終われば出港する事はできるのだが、それにはムウとライアに戻ってもらう必要があった。

 

 だがNジャマーの影響で通信が安定せず、コロニー内部の2人に通信を入れる事ができないでいる。

 

「なら、僕達が行きます」

 

 そう言ったのはキラだ。

 

 デブリの影に隠れてこちらを覗っていると言う事は、ザフトはまだ本格的には動いていないらしい。ある程度の敵ならイリュージョン1機でも充分だった。

 

《なら、俺も行こう》

 

 そう言ったのはアスランである。

 

「いや、何があるか判らないから、アスランはこっちに残って」

 

 退けたとはいえ、地球連合軍はメンデルから少し離れた宙域でこちらの様子を覗っている。相手はイリュージョン、ジャスティス、フリーダム、ヴァイオレットが4機で掛かっても攻めきれなかった相手である。これ以上戦力の要を割く事はできなかった。

 

《なら、俺が行く》

 

 そう言ったのはシンだった。

 

 先の戦闘ではフォビドゥンを相手に奮戦したが、武器の相性の悪さから攻めきる事ができなかった。

 

 そのストライク・ヴァイオレットはバッテリー残量が心もとなくなって来た為、エールをパージしてソードストライカーに換装を済ませていた。

 

「判った、着いてきて」

 

 そう言うと、キラはイリュージョンを反転させて、港口からメンデル内部へと入って行く。それに、シンのヴァイオレットも従った。

 

 だが、それに前後して、コロニー側面にある作業用通路からコロニー内部に潜入する機体がある事には、誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 ムウのストライクは、接近する敵機を確認すると同時に、手にした320ミリ超高インパルス砲アグニを放つ。

 

 対して、相手は、自分に向かって来る太い閃光をこともなげに回避して見せた。

 

 コックピットの中で、その様子を見て不敵に笑うのはラウ・ル・クルーゼである。

 

《ほう、貴様が、それの次のパイロットか》

 

 クルーゼの機体は、ザフト軍が次期主力機動兵器として開発したゲイツである。奪取したXナンバーの技術を流用し、ザフトでは設計段階からビーム兵器の運用を行った初の機体でもある。

 

 新技術をふんだんに使っただけあり、量産前提の機体でありながら高い機動性を有している。

 

 続けて放たれたアグニの攻撃を、ゲイツはあっさりと回避していく。

 

「くそっ」

 

 ムウは苛立ちと共に引き金を引く。

 

 対艦、遠距離攻撃が主眼のランチャーストライカーでは高速で機動するモビルスーツを捉える事は難しい。それでも一般のパイロットならば苦戦する事も無いのだろうが、相手がクルーゼでは一筋縄ではいかない。

 

 互いの動きを見ずとも、ムウも、そしてクルーゼも相手が誰であるか既に認識していた。

 

 それは魂による繋がりとでも言うべきか。言葉が無くとも、相手の存在を互いに感じる事ができるのだ。

 

 バルカンとランチャーで応戦しようとするストライクに、ゲイツはぴったりと張り付いて一定の距離を保つ。

 

《ここで貴様と会えてうれしいよ、ムウ》

「こっちはちっとも嬉しくねえよ!!」

 

 言いながらアグニを放つが、やはり命中はしない。距離が近すぎるのだ。

 

 ゲイツが左腕のシールド内に装備したクローで攻撃してくるのを、ストライクは辛うじて回避した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、シルフィードを駆るライアは、馴染み深い機体と遭遇、交戦状態に入っていた。

 

「バスター、それにデュエル・・・・・・イザークとディアッカ!?」

 

 バスターが手にした対装甲散弾砲を発射すると同時に、デュエルがライフルを放ちながら向かって来る。

 

「わっ!? とっ!?」

 

 放たれる攻撃を、持ち前の高機動で回避するシルフィード。

 

 反撃として放ったBWSによる攻撃は、2機が左右に分かれて回避した。

 

 流石は、クルーゼ隊の中で最も相性が良かった2人だ。戦い方に隙が無い。

 

 斬りかかって来るデュエルを払いのけると同時に、バスターが容赦ない砲撃を浴びせて来る。

 

「あわわわ、こりゃダメだわっ」

 

 言いながらライフルで応戦しつつ後退する。

 

 しかし、火力の面ではバスターとデュエルの方が勝っている。距離を置くだけシルフィードの方が不利になるのは道理である。

 

「さ、て・・・どうしよっかなあ・・・・・・」

 

 2機の攻撃を回避しながら、ライアは軽い口調で、その内実はかなり深刻に考えを巡らせる。

 

 ムウはムウで、別の敵と交戦中であり、援護はあてにできそうもない。

 

「ん~、こうなったら、ちょっとやってみますか」

 

 そう呟くと通信機のチャンネルを回し始めた。

 

 一方で、イザークとディアッカは猛るような勢いでシルフィードに襲い掛かっている。

 

 因縁の機体だ。2人にしてみれば「ここで会ったが100年目」と言ったところである。

 

 攻撃の手が激しくなるのも、無理無い事である。

 

 そこへ、ライアは馴染みの回線を使って通信を入れた。

 

「やっほ、イザーク、ディアッカ」

 

 突然現れたかつての仲間の顔に、2人は驚きを隠せないと言った顔を見せた。

 

《なっ、ライア!?》

《おいおい、どうなってんの? まさか、幽霊とか言いうオチじゃないよね》

 

 期待通り、バスターとデュエルは攻撃の手をやめてこちらの反応を覗っている。

 

「幽霊じゃないよ。今はあたしがこれのパイロットってわけ」

《何だと、俺達を裏切ったのか!?》

「あ~・・・・・・」

 

 それは、否定できないかも。

 

 ちょっと心の中で呟きながら、それでも説得を試みる。

 

「と、言う訳で、昔のよしみで、見逃してくれたりなんかはしないかな~って、思って」

《・・・・・・・・・・・・》

《・・・・・・・・・・・・》

 

 誰もが思うだろう

 

 この女は交渉役には向いていない、と。

 

 無言のまま、デュエルとバスターの銃口が火を噴いた。

 

「ちょ、ちょっと、ツッコミ激しすぎだって!!」

 

 とっさに機体を翻して回避するシルフィードだが、2機は執拗に追撃を掛けて来る。

 

《やかましい!! ふざけるのも大概にしろ!!》

《こいつはちょっと、お仕置きが必要だよね》

 

 言いながら、更に砲撃を強める2機。

 

「ちょッ!? まッ!? やばいって、死ぬって!! ッて言うかディアッカ、アンタがそれ言うと、凄くエロく聞こえるんだけど!?」

《うるさいよ!!》

 

 さらに激しさを増す、2機の攻撃。

 

 だが、対してライアは、コックピットの中でほくそ笑んだ。

 

 まあ、これならこれで状況の好転はなった。できれば、かつての仲間に銃を向けたくない。程度には、ライアも彼等に愛着を持っている。

 

 ライアが期待したのは、交渉によって砲撃が止まる一瞬の「間」だった。その間にシルフィードを操り、体勢を立て直していた。

 

 機動力なら、この3機の中でシルフィードが断然優位である。

 

 一瞬の隙をついて、BWSを連射しながら、ライアは機体を離脱させる。

 

《待て!!》

「いや、待てって言われて待つ馬鹿はいないって」

 

 おどけたように言いながら、ライアは機体を翻す。スラスターを全開にまで吹かせば、デュエルもバスターも追い付く事はできない。紅服2人を相手に、これ以上じゃれあうのは愚の骨頂だ。ここは逃げる方が賢明だろう。

 

 あっという間に2機を引き離し、シルフィードは戦場から離脱して行った。

 

 

 

 

 

 スロットルを無意識のうちに上げてしまう。

 

 キラはイリュージョンを駆りながら、得体の知れない胸騒ぎに背中を押されるように急いでいた。

 

 操縦桿を握っているだけで、額から汗が流れおちて来る。

 

 その正体が何かは判らない。

 

 だが、ある種の脅迫感めいた想いが、首に手を掛けているかのような錯覚を拭えずにいた。

 

「き、キラ!!」

 

 後席のエストが、悲鳴にも似た声を発して来るのに気付いたのは、暫く内部に進んでからだった。

 

「飛ばし過ぎです。一体どうしたのです!?」

「あ、ああ・・・・・・ごめん」

 

 言われて、慌ててスピードを落とす。

 

 見れば、ヴァイオレットの反応も無くなっている。どうやら、気付かないうちに引き離してしまっていたらしい。

 

 だが、尚も焦燥感はキラの中から消えていない。

 

 その時だった。

 

 モニターの端で、閃光が走るのを見た。

 

「エスト、あれ!!」

「確認しました。ストライクのシグナル。敵機と交戦中です。交戦機の熱紋はデータに無し。新型機のようです」

 

 戦場が宇宙に移り、プラント本国が戦火に巻き込まれる可能性も出てきた以上、ザフト軍が新型モビルスーツの開発を急ピッチで進める事は充分に予想できたことだった。

 

 その瞬間、ゲイツのクローがストライクのアグニを切り裂いた。

 

 とっさにランチャーストライカーをパージし、アーマーシュナイダーを抜き放つストライク。

 

 だが、そこへゲイツがエクステンショナルアレスターを射出する。

 

 射撃と斬撃双方に使えるワイヤー兵器は、ストライクの左肩とコックピット付近に突き刺さった。

 

 小爆発と共に空中で体勢を崩し、落下するストライク。

 

「クッ、ムウさん!!」

 

 キラは再びスロットルを上げてイリュージョンを加速させる。

 

 ゲイツの方でも、向かって来るイリュージョンに気付くが、キラの反応の方が速い。

 

 ビームライフルを素早く2連射。それでゲイツの両腕を吹き飛ばし、更にすれ違いざまに抜き放ったティルフィングを一閃、ゲイツの両脚を斬り飛ばした。

 

 ストライクを追うように落下するゲイツ。

 

 それを追って、キラもイリュージョンを降下させた。

 

 

 

 

 

「ったく、これじゃ、何のためについて来たんだか判らないだろ」

 

 ストライク・ヴァイオレットを操りながらシンは、この場に良無いキラに向けて悪態をつく。

 

 ついて来たのは良いが、メンデル内部に入ってすぐにイリュージョンに引き離されてしまった。ソード装備のヴァイオレットと、イリュージョンでは速度に差があり過ぎる。あっという間に引き離され、今は影も形も見えなくなっていた。

 

 敵がどこから来るか判らない状況で、離ればなれになるのは危険だと言うのに。

 

 一刻も早く合流を。

 

 そう思った時、

 

 下方から突き上げるような閃光が迸った。

 

「うわっ!?」

 

 とっさに回避するヴァイオレット。同時にシュベルトゲベールを抜き放ち、交戦に備える。

 

 ビームライフルを放ちながら現れたのは、濃緑色のゲイツだった。

 

「へっ、お使い頼まれて腐ってたら、とんだ所で獲物に出くわすもんだ。やっぱ、日ごろの行いが良いからかね!!」

 

 言いながらゲイツを操るのはクライブである。

 

 何とか接近しようとするヴァイオレットに対し、ゲイツはライフルとエクステンショナルアレスターを駆使して徹底的な火力の集中を行う。

 

 的確な砲撃の前に、ヴァイオレットは接近を阻まれ、斬り込む事ができない。

 

「おらおら、どうした。亀みてェに手も足も出ねえのか!?」

 

 執拗な砲撃を加えながら、獣じみた笑みを浮かべるクライブ。

 

 ザフトでは初めて、初期設計の段階からビーム兵器の運用を考慮して開発した機体だけあり、その動きにはよどみが無い。特にエクステンショナルアレスターの変幻自在な動きは、直線的な攻撃に馴れたシンには、読みづらかった。

 

 対してシンは、嵐のような砲撃を受け後退しながら、それでも反撃の糸口を探す。

 

「クッ、このぉ!!」

 

 一瞬の隙をついて、シュベルトゲベールを掲げて斬り込むシン。

 

 大剣の一閃は、一瞬にしてゲイツの腰から伸びるワイヤーを切断する。

 

「おっ!?」

 

 驚いたように声を上げるクライブ。

 

 対してシンは、会心の笑みを浮かべた。

 

「よし、こいつさえ斬れば!!」

 

 更に追撃の斬撃を放とうと、大剣を振りかぶるヴァイオレット。

 

 だが、その一瞬で、ゲイツはヴァイオレットに接近した。

 

「はい、残念でした。お疲れちゃ~ん」

 

 左腕に装備したクローを一閃するゲイツ。

 

 その一撃で、ヴァイオレットは右肩を切断される。

 

「なっ!?」

 

 息を呑むシン。

 

 その一瞬、ゲイツはヴァイオレットの腹を蹴り飛ばし、地上へ蹴り落とした。

 

「さって、と」

 

 ヴァイオレットの撃墜を確認したクライブは、ゲイツのカメラアイを転じる。

 

「お客さんの御到着かね?」

 

 向けた視線の先には、他の機体よりも一回り大きな四肢を持つモビルスーツがゲイツに接近してきていた。

 

 

 

 

 

 イリュージョンを着陸させると、キラとエストは銃を手に取り、コックピットから飛び出した。

 

 近くにある施設入口に入っていく敵兵を、ムウが追って行くのが見えたのだ。

 

 撃墜された直後の白兵戦など無謀極まりない。何とか大事に至る前に連れ戻さなくてはならない。

 

 手にした銃の冷たい感覚が全身を凍らせるようだ。

 

 キラは周囲を見回す。

 

 廃棄された研究施設なのか、静寂の中に不気味な印象を受ける。一体何の研究をしていたのかは、今の廃墟からは想像する事すらできない。

 

「キラ?」

 

 相棒のおかしな様子に気付いたのか、エストが心配そうに尋ねて来る。

 

 そんなエストに、キラは少し無理に笑みを見せる。

 

「大丈夫だよ。早く、ムウさんの所に行こう」

「はい」

 

 そう言うと、2人は足を速めた。

 

 暫くすると、通路の向こうから誰かの声が聞こえて来た。

 

 言い争っているらしいその声の片方は、よく聞き憶えのある物だった。

 

「ムウさん!!」

 

 叫びながら、キラはムウが隠れている遮蔽物へと駆けよる。その後にエストも続いた。

 

「馬鹿、何でお前等まで来てるんだよ」

「ムウさんが心配だったんです」

「ラミアス艦長を行かず後家にする訳には行きません」

 

 一瞬、呆気にとられてエストを見るキラとムウ。

 

 この子は一体、どこでこんな言葉を覚えて来るのか。

 

 ムウは姿勢をただすと、ニヤリと笑って2人を見る。

 

「へっ、一丁前に生意気言ってくれるね」

 

 そう言ったムウの脇腹からは、血が滴っているのが見える。

 

「ムウさん、それ・・・・・・」

「これくらい、かすり傷だよ」

 

 恐らく撃墜された時の傷だろうが、ムウは強気に笑って見せる。

 

 その時、

 

「おやおや、君まで来てくれるとは。嬉しいよ、キラ・ヒビキ君」

 

 嘲笑の混じったような声が反響しながら聞こえて来る。

 

 声はすぐ傍。衝立のすぐ向こう側から聞こえてきていた。

 

「この声はっ」

「ラウ・ル・クルーゼだ。あの野郎、こんな場所に逃げ込みやがって」

 

 薄気味悪い研究所跡地を見回してムウは呻く。

 

 彼は大丈夫だと言ったが、今も脇腹からは血が滴り落ちている。一刻も早く戻って、治療する必要がある。

 

 「仮面の男」ラウ・ル・クルーゼの名前は、キラもエストも、もちろん知っている。ヘリオポリスを出てすぐの頃、執拗に追撃を受けた事は印象に強い。

 

 だが、

 

「・・・・・・なぜ、僕を知っている?」

 

 ザフトの隊長が自分の名前を読んだ事に不思議を覚えずにはいられなかった。

 

 返事が闇の中から返される。

 

「アスランから名前を聞くまで思い出す事はできなかったがね。何しろ、君は記録上では死んでる事になるのだからね」

「ッ!?」

 

 なぜ、その事を・・・・・・

 

 キラは子供の頃に飛行機事故にあい、奇跡的に助けられゲリラに拾われた経緯を持つのは確かだ。だが、なぜそれをザフトの軍人が知っているのか。

 

「懐かしいだろう。言わばここは、君の生まれ故郷なのだからな」

「生まれ故郷?」

 

 思わず身を乗り出しかけたキラを、ムウが強い手付きで制する。

 

「馬鹿、あいつの言葉に惑わされてどうするッ」

 

 だが、そんな言葉をあざ笑いながら、クルーゼは続ける。

 

「殺しはしないよ。真実を知ってもらうまでは、ね」

 

 その言葉を聞きながら、キラは現状を把握するべく頭を回転させる。

 

 とにかく、クルーゼの思惑がどうあれ、長居する必要はない。ムウとも合流できた以上、早くここから逃げ出した方が良い。

 

 だが、そんなキラの思考を見透かしたように、クルーゼが放った銃弾がすぐ脇で火花を散らす。

 

「さあ、着いて来たまえ。今日こそ決着をつけようじゃないか!!」

 

 クルーゼの声が挑発的に木霊する。それと同時に、足音が奥の方へと駆け去っていくのが聞こえる。

 

 どうやら、行かない訳にはいかないようだ。

 

 ハンドガンを構え直すと、キラは奥の暗がりに目をやる。

 

 口を開けた闇は、まるで自分達を飲み込もうとしているかのようだ。

 

 意を決して立ち上がる。

 

「キラッ」

 

 歩き出したキラに、エストは慌てたように追随し、それを追ってムウもまた深淵へと向かって行く。

 

 果たして、この先には何があるのか。

 

 得体の知れない不気味さを噛み締め、3人はクルーゼを追い、奥へ奥へと進んで行くのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-31「悪意との邂逅」     終わり

 



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PHASE-32「狂気に満たされた闇の中で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分とずんぐりした機体だな。

 

 クライブは、目の前に着陸した地球軍の機体を見上げて、そのように感想を持った。

 

 形状はXナンバーに似て良無くも無いが、四肢や胴体は通常の機体よりも明らかに一回り以上大きい。まるでスモーレスラーのような印象がある。

 

 ナチュラルが考える事は判らんな。などと考えているとコックピットハッチが開くのが見えた。

 

 だが、その機体から出て来た人物が、機体のイメージとは全くそぐわない事に、更に驚いた。

 

 何と、コックピットから降りて来たのは、赤い髪を長く伸ばした10代中盤くらいの少女だったのだから。

 

 事前に聞いた話では、地球軍の隊長が来ると言う話だったが、ではあの少女が地球軍の隊長なのだろうか?

 

「やれやれ、ガキ相手にママゴトとはね。この戦争もいよいよ茶番じみて来たな」

「・・・・・・約束の物は?」

 

 アヴェンジャーから降りたフレイは、前置きなしにクライブに尋ねる。余計なおしゃべりをする気はない、と言う明確な意思表示である。

 

 そんなフレイの様子を見ながら、クライブもニヤリと笑みを浮かべる。

 

 戦闘の合間を縫ってフレイは、アズラエルからこのポイントに行きザフト軍の協力者と接触するように指示を受けた。何でもその人物が持って来た物を受け取るように、との事だ。

 

 物が何であるかは聞かされていない。ただ、この戦いを終わらせる為に重要な物であるらしい。

 

「ほらよ、うちの大将からだ」

 

 そう言ってクライブが投げて寄越した物を、フレイは空中で受け止める。

 

 それは1枚のディスクだった。恐らく、何かのデータが入っているのだろう。ザフト軍の作戦か、あるいは新兵器か。知れば地球軍が有利になるような何かが。

 

 それが何であるにせよ、フレイには関係ない。ただ、この中身がコーディネイターを殺し尽くす事ができるなら、何だって構わなかった。

 

「そんじゃ、俺は行くぜ。あとはお互いに頑張ろうや」

 

 適当に手を振りながら、自分のゲイツに戻ろうとするクライブ。

 

 その背中に向けて、

 

 フレイは躊躇う事無く銃を抜いて、引き金を引いた。

 

 銃声が轟く。

 

 しかし、銃弾が命中する一瞬、クライブはさっと身を翻して回避すると同時に、近くにあった残骸の影に身を隠した。

 

「おいおい、こいつは一体、どういう心算だい? ナチュラルのガキは、いきなり人の背中に銃を撃ってはいけませんって、ママから教わらないのか?」

「これが手に入った以上、あんたはもう用済みって事よ。なら、殺しても何の問題も無い」

 

 揶揄するクライブの言葉を無視して、フレイは引き金を引き続ける。

 

「あたしは、目の前にコーディネイターがいるってだけで、虫唾が走るのよ!!」

 

 美しい外見に似合わない、憎悪に満ちた言葉を吐きながら、フレイは銃撃を続ける。

 

 弾丸が壁に当たって跳ねる音を聞きながら、クライブはニヤリと笑う。

 

「良いね、そう言うドロドロした感情。そう言う奴は嫌いじゃないぜ。どっかの腰抜けとはえらい違いだ」

「煩い、黙れッ!!」

 

 激昂交じりに叫び、フレイが更に引き金を引こうとした瞬間、

 

 クライブ物影から飛び出して、構えた銃の引き金を引く。

 

 その思わぬ反撃に、フレイは一瞬怯んだ。命中こそ無かったが、少女は一瞬、警戒の為に身をこわばらせる。

 

 その隙に、クライブはゲイツの足元まで走り、ラダーに足を掛けてコックピットへと向かう。

 

「クッ!!」

 

 我に返ったフレイがとっさに銃を向けるが、照準をつけようとした時には既に、クライブはコックピットの中に乗りこんでしまっていた。

 

 ハッチが閉じられ、ゲイツの単眼が鋭く光る。こうなったら、もはや拳銃1丁ではどうにもならない。

 

《あばよ、お嬢ちゃん。そんじゃ、お使いの方は宜しくな》

 

 嘲笑がスピーカーから響き渡るが、フレイにはどうする事もできない。

 

 ただ、飛び去るゲイツのスラスターに煽られ、乱れた髪の下で憎々しげに飛び立つ機体を見送るのみであった。

 

 運命のいたずらと言うべきだろうが、この時、フレイは気付いていなかった。

 

 目の前の男と、そしてその男に運び屋を命じた人物。

 

 それこそが、自分の父親の、真の仇であると言う事に。

 

 もし知っていたなら、フレイは形振り構わず、命令も無視して復讐に走った事だろう。

 

 しかし、人間は全能では無い。フレイもまた全てを知る術は持たず、運命の神は彼女から、復讐劇を実行する無二の機会を奪い去ったのだった。

 

 

 

 

 

 ラボの内部を進むにつれて、周囲の不気味さは増していく。

 

 キラ、ムウ、エストの3人は、それぞれ銃を構えながら、慎重に進んで行く。

 

 この奥に、敵将ラウ・ル・クルーゼが待ち構えている。

 

 周囲を見回すキラの目には、様々な実験機器が並んでいる。

 

 培養槽や各種コントロール用の端末、冷却槽と思われる、得体の知れない液体を湛えた竈、何かをモニタリングする為のモニターはいくつもずらりと並んでいる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 1歩歩くごとに、キラの胸の中では何かの胸騒ぎのような物が膨らんで行く。

 

 ここはいけない。

 

 この先に行ってはダメだ。

 

 何かが、心の中で強く叫んでいる。

 

 しかし、

 

「ここが懐かしいかね、キラ君? 君はここを知っている筈だ!!」

 

 クルーゼの挑発が響く度に、キラはまるで何かに惹きつけられるように、足が勝手に闇の奥へと向かってしまう。

 

 更に進もうと目を転じた時、

 

「うッ!?」

 

 思わずキラは、呻き声を上げた。

 

 棚の上に、多くのガラス瓶が並べられている。そして、そのガラス瓶の中に入っている物が、生まれて間もない胎児である事に気付いたのだ。

 

 視線を巡らせれば、それと同じ物が無数に並んでいるのが見える。まるで学校の実験室に置かれた標本のように。

 

 思わず、嘔吐感が込み上げて来る。

 

 戦場で凄惨な光景は見慣れていたつもりだったが、今目の前にある光景は、それとは次元の異なる悪夢であった。

 

 その時、

 

「キラッ」

 

 エストの声と共に、彼女はキラに体当たりを掛ける。

 

 殆ど同時に、2人がいた場所を銃弾が掠めていく。

 

 反撃と牽制を兼ねてムウが銃を撃つが、命中した手応えは無い。その代わり、更に奥へと走り去っていく足音だけが、闇の空間に木霊する。

 

「野郎、おちょくってんのかッ!?」

 

 吐き捨てるように言うムウの額には、苦しそうに汗が流れている。撃墜時のショックで負傷している為、今も傷口からは血が流れ出ている。

 

 一刻も早く、戻って治療すべきところだ。

 

 しかし、ムウもまた銃を構え、更に奥へと進もうとしている。

 

 キラとムウ。

 

 2人は何かに取りつかれたかのように、先行するクルーゼを追おうとしている。

 

 いったい、どうしてしまったと言うのか?

 

 1人、冷静さを保っているエストは、隠しきれない戸惑いを抱きながら、2人を追うしか無かった。

 

 

 

 

 

 僅かに開いている扉がある事に気付き、キラは慎重に銃を構えながら中を覗う。

 

 ドアの横に掛けられたプレートには「Prof.Ulen Hibiki M.D.、Ph.D」とある。

 

 ユーレン・ヒビキ。

 

 恐らくこの部屋の持ち主の名前なのだろうが、自分と同じ名前の持ち主に、キラが首を傾げた瞬間、

 

 部屋の中から銃声が数発響いた。

 

 とっさに首を竦めるキラ。

 

 銃声が一瞬止んだ瞬間を見計らい、ドアの隙間から手だけを出して反撃すると、一瞬、相手からの攻撃がやんだ。恐らく、物影に隠れてこちらの攻撃をやり過ごしているのだ。

 

 その隙を見計らい、室内に滑り込むキラ。

 

 すかさずキラの背後からは、ムウとエストも続く。

 

 それを見計らったかのように、クルーゼは銃撃を再開するが、キラを捉える弾丸はなく、どうにか3人はソファーの影に隠れる事ができた。

 

 だが、

 

「グッ・・・・・・」

「ムウさんッ」

 

 呻き声を発したムウに、エストが縋りつくようにして寄り添う。

 

 ハッとして振り返るキラ。

 

 見れば、ムウの体はパイロットスーツの肩に新たな穴が開き、そこから鮮やかな鮮血が流れ出て来ていた。

 

「大丈夫ですかッ!?」

「心配すんな。こんなもん、かすり傷だ」

 

 そう言ってニヤリと笑って見せるムウ。しかし、その笑みには常の余裕が感じられない。

 

 明らかに強がっているが判るムウの表情に、キラもエストも焦慮が滲む。

 

 ここに至るまでに血を失い過ぎたムウは、更に今、傷を負った事で意識が朦朧とし始めていた。このままでは、命にも関わる危険状態だ。

 

「まだ、殺しはしないさ」

 

 突然発せられる、クルーゼの声。

 

 それは、意外な程近くから聞こえて来た。

 

「折角ここまでご足労願ったんだ。全ての真実を知ってもらわねばな」

 

 クルーゼの言葉が終わると同時に、何かを放ってよこした。

 

 硬質な音を上げて床に転がった物を見た時、キラは思わず息を飲む。

 

 小さな写真立ての中に収まった1枚の写真。

 

 恐らく母親と思われる女性が、茶髪と金髪の2人の赤ん坊を抱えて微笑んでいる姿に、強烈な既視感を覚えたのだ。

 

 それはカガリがつい先日、ウズミから渡された物だと言って見せてくれた写真と、全く同じ物であった。

 

 なぜ、ここにこんな物があるのか?

 

 しかし、驚愕の疑問が口から出る前に、ムウの口から別種の驚きが漏れ出て来た。

 

「お、親父!?」

 

 ムウの視線は、もう1枚投げ出された写真に向けられている。そこには、若い金髪の男性が、同じく金髪の子供を肩車している姿が映し出されていた。

 

 疑問が、加速度的に膨らんで行く

 

 いったい、このコロニーでは何が行われていたと言うのだろう?

 

「君も知りたいだろう」

 

 闇の中から溶け出るように、クルーゼの言葉が響いて来る。

 

「人の飽くなき欲望の果て。進歩の名の下に狂気の夢を追った愚か者達の話を。何しろ、君もまた、その息子なのだからね」

 

 「君」と言うのが自分の事を指していると、キラは殆ど直感的に察していた。

 

 クルーゼは言った。ここが自分の生まれ故郷なのだと。

 

 ここがいったい何で、彼はいったい何を言っているのか。まるで禁断の果実をもぐことを誘うように、キラの意識はクルーゼの話に向けられる。

 

「ここは禁断の聖地、神を気取った愚か者達の夢の跡・・・・・・」

 

 謳い上げるように言いながら、クルーゼはゆっくりとした足取りで近付いて来る。

 

 まるで、撃たれる事など何も怖くないと言わんばかりの態度だ。

 

「君は本来、これまでに、2度死んでいる筈だった」

「貴様、何をッ!!」

 

 ムウが叫びながら、ソファーから銃を構えて飛び出そうとする。

 

 しかし、その前にクルーゼが放った弾丸が跳ね、ムウの動きを封じて来る。

 

「1度目は、飛行機事故によって。しかし、君は奇跡的に助かり、たまたま付近で活動していたゲリラ組織のリーダーに拾われる事になった」

 

 言いながら、クルーゼは続けざまに銃を放ってくる。

 

「2度目は、そのゲリラ組織が壊滅した時。大西洋連邦の特殊部隊に急襲を受けた君の組織は、リーダーを含めて、構成するメンバーの殆どを殺されて壊滅した。しかし、そこでも君は生き残った」

「なぜ、その事を!?」

 

 まるで見て来たかのように、キラの過去を語る男の不気味さに耐えられず、キラは激昂して叫ぶ。このまま続けられたら、早晩、キラはパニックを起こしてしまいそうだった。

 

 対して、クルーゼは嘲笑を含んだ声で続ける。

 

「君の事は調べさせてもらったからね、ヴァイオレット・フォックス。人類の夢をかき集めた結晶が、まさかテロリストに身を窶していようとは、君を作り出した君の両親は、さぞや嘆いている事だろうさ」

 

 両親、と言う言葉にキラは、思わず呻き声を発する。

 

 キラは両親を知らない。拾って育ててくれたゲリラのリーダーを、養父として尊敬はしていたが、彼もまた本当の親ではあり得ない。

 

 では、キラの両親とは一体?

 

 そんなキラの思考に構わず、クルーゼは続ける。

 

「アスランから名を聞いた時は、思いもしなかったよ。君がまさか、ヴァイオレット・フォックス本人であるとはね。だが、君はこうして生きている。まさに、彼らが託した、狂気の夢と言う奴の、これは具現ではないかね?」

「な・・・にを・・・・・・」

 

 キラは呻くように声を絞り出す。

 

 事の起こりから、不気味さを感じさせる人物であると思っていたが、ここまで来ると、ある種、妖怪じみた物を感じずにはいられない。

 

「君は人類の夢、最高のコーディネイター。そんな願いの下に開発された、ヒビキ博士の人工子宮によって生み出された、彼の息子。失敗に終わったきょうだい達。数多の犠牲の果てに創り出された、唯一の成功体・・・・・・それが、君だ。キラ君」

 

 その言葉に、

 

 キラは、

 

 愕然と目を見開く。

 

 では、来る前に見て来たあの標本。

 

 あれらは全て、自分のきょだいだと言うのか?

 

 あれらは全て、自分を生み出す為に犠牲になったのか?

 

 自分もまた、どこかで何かが間違っていたら、ああなっていたのか?

 

 整理しきれない情報の渦が、頭の中で出口の無い思考となり、螺旋を描いて回っている。

 

 その時、

 

「キラッ!!」

 

 ムウが押し倒すのと、銃声が響くのは同時だった。

 

 同時に、ソファーから身を起こしたエストが反撃するが、クルーゼを捉える事はできないでいる。

 

「しっかりしろ、馬鹿!! 奴の与太話に呑まれてどうする!?」

 

 ムウの叱咤にも、キラは反応を示さず、声が聞こえていないかのように、虚ろな目のまま呆然としている。

 

「キラ・・・・・・」

 

 そんなキラの様子を、心配そうに見つめるエスト。

 

 そして、

 

「『僕は、僕の秘密を今明かそう』・・・・・・」

 

 クルーゼの、嘲笑に満ちた独唱は尚も続く。

 

「『僕は人のナチュラルそのままに生まれた者では無い』」

 

 有名なファースト・コーディネイター、ジョージ・グレンが残した有名な言葉の一節だ。

 

 全ては、その言葉から始まり、今日、ナチュラルとコーディネイターが血で血を洗う戦いを演じる温床ともなっている。

 

「人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン。奴が齎した混乱は、その後、どこまでその闇を広げたと思う?」

 

 その言葉と共に、彼が残した情報と技術。

 

 爆発的に始まった、コーディネイターブーム。金のある人々は狂ったように、自分達の夢を子供に託そうとした。

 

「あらゆる容姿、あらゆる才能が、全て金次第で自分の物となる。まるでアクセサリのように。しかし、うまく行く物ばかりでは無かった」

 

 人間の体と言う物は不確定要素の塊だ。無理も無い。遥か昔には「生命は神秘と奇跡の塊」とまで言われていたのだから。そして、ある意味に置いて、CE時代においても、それは変わっていない。

 

 いかに遺伝子に手を加えたとしても、望んだ子供が生まれて来るとは限らなかった。

 

 髪の色、目の色、全体的な容姿、能力。

 

 それらが望んだ物と違うと言うだけで、子供を捨てる親まで出る始末。

 

 彼等にとって子供とはまさに、「コーディネイター」という一流ブランドが売り出したアクセサリに過ぎなかったのだ。

 

「高い金を払って買った夢だ。誰だって叶えたい。誰だって壊したくはなかろう」

 

 そして、ある男が、それらを解消する為、己の生涯を掛けた実験に臨んだ。

 

 その男こそ、ユーレン・ヒビキ。キラの実の父親である。

 

「では、キラは・・・・・・」

「そう、キラ君。君こそが、ユーレン・ヒビキ博士がこの世に創り出した最高傑作。人類の夢、その穢れ切った至高の、頂点に立つ存在なのだよ!!」

 

 ラウの言葉が、容赦なくキラに投げつけられていく。

 

 ユーレン・ヒビキは当時、若くして遺伝子工学の権威と呼ばれたほどの天才科学者だった。

 

 彼は完璧な子供が生まれない原因が、人間の体、分けても不確定要素を内包した母体にある事を突き留め、ならば人工的な子宮を作り安定した環境を提供する事ができれば、問題はクリアできると考えたのだ。

 

 だが、最高と言われたユーレン博士の技術と頭脳を持ってしても、実験はトライ・アンド・エラーの連続であった。研究は思うように行かず、苛立ちの日々の中、行き詰っていた。

 

 そして彼は、ついに決断する。

 

 これから生まれて来る自分の息子。まだ妻の胎内にいる子供を、最高のコーディネイターとして生み出すと。

 

 ユーレンの妻にして、キラの実の母親に当たるヴィア・ヒビキは、勿論、強硬に反対した。しかし、結局押し切られる形で実験は行われてしまった。

 

 胎内にいた双子の卵子の内、1人を取り出し、もう1人は胎内に戻したのは、ユーレン自身の後ろ暗さと、妻へ残す僅かな悔恨の念であったと信じたい所である。

 

 そして、

 

 母親の泣き崩れる声を聞きながら、最高のコーディネイターがこの世界に産声を発した。

 

 だが、それから暫くして、問題が起こった。

 

 研究所と、最高のコーディネイターの存在を嗅ぎつけたブルーコスモスが、メンデルに襲撃を掛けて来たのだ。

 

 憂慮したヒビキ夫妻は、2人の子供達をそれぞれ、信頼できる別々の相手に託す事にした。

 

 ナチュラルとして生まれた女の子は、オーブ連合首長国の代表主張として親交があった、ウズミ・ナラ・アスハへ。そして、問題の男の子の方は、カムフラージュも兼ねて、ヴィアの妹夫婦へと。

 

 しかし不幸な事に、男の子を乗せた飛行機が墜落事故を起こし、ジャングルに墜落した。

 

 これが言わば、テロリスト「ヴァイオレット・フォックス」誕生秘話、と言う訳である。

 

「人は何を手に入れたのだ!? その手に!! その夢の果てに!!」

 

 叫ぶクルーゼの声が、現実に引き戻す。

 

「知りたがり、欲しがり・・・・・・やがて、それが何のためだったかも忘れ、命を大事にと言いながら、殺し合う!!」

「ほざくな!!」

 

 ムウは立ち上がり、手に持った銃の引き金を立て続けに引き絞る。

 

 しかし、当たらない。既に意識が朦朧としているムウは、至近距離ですら正確に照準できないのだ。

 

 全ての銃弾は、立っているクルーゼを避けて、調度品や実験器具を虚しく破壊する。

 

 一方のエストは、歯噛みしながら状況を見守っている。彼女の持っている銃は既に弾切れを起こしているようで、スライドが後退したまま固定されていた。

 

「最高だな、人はッ そして妬み、憎み、殺し合うのさ!!」

 

 己の演説に酔ったように、周囲の破壊を聞き流しながらクルーゼは嗤う。

 

「ならば存分に殺し合うが良い!! それが望みなら!!」

「何をッ 貴様如きが偉そうにッ!!」

 

 構わず銃を放つムウ。

 

 しかし、やはり銃弾はクルーゼを捉えずに虚しく背後に駆け抜ける。

 

 代わって、クルーゼは天井の照明に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 その一撃で、照明は破壊され、破片が飛び散る。

 

「私にはあるのだよ。この宇宙でただ1人、全ての人類を裁く権利が!!」

 

 裁く、権利?

 

 意味が判らず、動きを止めるキラ達。

 

 そんな彼等を見ながら、クルーゼは凍りつくような笑みを浮かべて言う。

 

「憶えていないかな、ムウ。私と君は遠い過去、まだ戦場で出会う前、一度だけ会った事がある」

「・・・・・・何だと?」

 

 戸惑いと共に訝るムウに、クルーゼは殊更、高い哄笑を響かせて言った。

 

 己が抱える、最も濃い闇を。

 

「私は、己の死すら金で買えると思いあがった愚か者。貴様の父、アル・ダ・フラガのできそこないのクローンなのだからな!!」

「なッ!?」

 

 今度こそ、ムウ達は全員絶句した。

 

 クローン人間。

 

 まさか、そんな筈は無い。

 

 だいたい、クローン人間の製造は、法律によって禁じられている筈だ。

 

「親父のクローンだと!? そんなお伽噺、信じられるか!!」

「私もできれば信じたくないが、残念な事に事実でね」

 

 ムウの父、アルは傲慢で、疑り深い性格だった。

 

 そもそもフラガ家の家系に連なる者は、昔から何か特殊な勘のような物を持っており、その勘を活かして商売を成功させ、家を大きくしていた。アルもまたそうしてのし上がった1人である。

 

 しかし、元来の排他的な性格により、妻と確執を持っていたアルは、その妻の影響を色濃く受けて育ったムウを、自分の後継者として認めようとはしなかった。やがて彼は自分以外に自分の後継者は考えられないと思うようになり、当時研究に行き詰まり資金繰りに困っていたユーレン博士と取り引し、資金援助を行う代わりに、自分のクローンを作るように依頼したのだ。

 

 こうして生まれたのが、アル・ダ・フラガのクローンである、ラウ・ラ・フラガ、現在のラウ・ル・クルーゼである。

 

 だが、ここで思わぬエラーが発生した。

 

 遺伝子にはテロメアと呼ばれるキャップがついている。成長と共に、このテロメアは短くなり、やがてテロメアが擦り切れた時細胞は再生能力を失い、人は寿命を迎えると言われている。

 

 かねてから、クローニングにおける最大の問題点とされた事の一つがこのテロメアで、仮にクローン生物を作っても、そのクローンは元となった個体と同じだけの長さのテロメアしか持たない事が判明していた。これが今日、クローン人間製造が違法とされる一助ともなっている。

 

 このテロメア問題は、遺伝子工学の最高峰であるヒビキ博士でも、ついに克服する事ができなかった。

 

 アルのクローンとして生まれたラウは、全く持って皮肉な事に、生まれたその時から、年老いたアルと同じだけしか生きられない事が運命づけられていたのだ。

 

「やがて、最後の扉が開く! 私が開く!!」

 

 憎悪の衝動が、クルーゼの声となって発せられる。

 

「そして、この世界は終わる。この果てしなき欲望の世界は・・・・・・そこであがく思い上がった者達、その望みのままにな!!」

「クッ!!」

 

 その一瞬、

 

 まだ銃弾を残していたキラが動いた。

 

「そんな事、させるか!!」

 

 俊敏にソファーの影から飛び出すと、構えた銃を2発、立て続けに発射する。

 

 一発はクルーゼの銃を弾き、そしてもう1発は、彼の顔、そこに装着したマスクを掠めて弾いた。

 

 一瞬、よろけるクルーゼ。

 

 弾かれたマスクの下。

 

 そこには、若々しい声とは似ても似つかない、老いた皺の浮かんだ男の顔が現われたのだった。

 

「そ、それは・・・・・・」

「お、親、父・・・・・・」

 

 呆然と声を発する、キラとムウ。

 

 その時、新たな銃声が鳴り響いた。

 

 振り返るキラ。

 

 しかし、その手から銃が弾き飛ばされる。

 

「よう、大将。お迎えに上がったぜ」

 

 声その物がさっきの塊と言える程の、ギラつく存在感を持つ男。

 

 その声に、キラはイヤと言う程聞き憶えがあった。

 

「クライブ・ラオス・・・・・・」

「お? 何だ、腰ぬけ野郎も一緒じゃねえか」

 

 キラの顔を見て、さも意外そうな顔をするクライブ。

 

 対してキラは、憎しみに満ちた目でクライブを睨んでいる。

 

「生きていたのか」

「クソ狐の分際で、人を勝手に殺すんじゃねえよ」

 

 言いながらも、銃口はキラを捉えて離さない。いつでも撃てるように、真っ直ぐに殺気を向けて来る。

 

 対してキラは、いつでも飛びかかれるように準備をしている。

 

 相手は銃を持っていて、キラは素手。だが、クライブが一瞬でも隙を見せれば、その瞬間、キラは襲い掛かるつもりである。

 

 そんなクライブに、クルーゼはゆっくりと歩み寄る。

 

「待たせたね。例の物は?」

「ああ、ちゃんと渡したよ。アンタもえげつない事するよな」

 

 そう言って、互いに笑みを交わすクライブとクルーゼ。

 

 どうやらクライブは、クルーゼを回収する為にこの場に現れたらしい。

 

「では諸君、我々はこれで失礼させてもらうよ」

「待ちやがれ、このッ」

 

 ムウが立ち上がろうとするが、すぐにガクッと膝を折って、その場に崩れる。失血のせいで、もはや立つ事すらかなわなくなっていたのだ。

 

 そんなムウの様子にニヤリと笑うクルーゼ。

 

「最後に、もう1つだけ、教えておこう。キラ君」

 

 名前を呼ばれて振り返るキラに対し、クルーゼはクライブの方を顎でしゃくりながら言った。

 

「議会の承認を得て彼に命じ、君の組織の事を大西洋連邦にリークさせたのは、私だよ」

「なッ!?」

「あの頃、既に地球とプラントの関係は深刻化していたからね。君達が連合に通じていると言う嘘の情報で強硬派を焚きつけるのは訳無かったしね」

 

 本日何度目かの衝撃が、キラを貫く。

 

 目の前の男が、

 

 否、男達が、自分の養父の、仲間達の、仇?

 

「そう言う事だ、キラ。全部テメェ1人を殺す為に、俺とクルーゼがやったって事さ。まあ、もっとも、どうでも良い連中は殺せたが、本命のテメェを逃がしちまったのは、ちょいと間抜けだったがな」

 

 どうでも良い・・・・・・

 

 加害者が、自分達が殺した人間の事を、どうでも良いとのたまった。

 

 その事が、キラの頭の中で激しく軋轢音を発する。

 

「あばよ、キラ。まだ殺さないでおいてやる。せいぜい、テメェのきょうだい達との再会でも喜んでるんだな!!」

 

 そう言うと、クライブとクルーゼは、踵を返して駆けていく。

 

「クッ!!」

 

 とっさに、その後を追おうとするキラ。

 

 しかし、

 

「待ってくださいキラッ ムウさんが・・・・・・」

 

 引きとめるエストの声に、キラは思わず足を止めて振り返る。

 

 そのエストに抱きかかえられるようにして、ムウが床に横たわっていた。

 

 口からは苦しそうに息を吐き、顔は闇の中でも判る程に青ざめている。既に、限界を当に越えているようだった。

 

 逡巡するキラ。

 

 たった今判明した、かつての仲間達の仇。

 

 この千載一遇の好機をフイにする事は、キラにとっては身を切られるような苦痛であった。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ぐったりしているムウを見て、僅かながら冷静さを取り戻す。

 

 かつての仲間の仇を追い求め、今のかけがえのない仲間を失う愚に気付いたのだ。

 

「・・・・・・とにかく、急いで艦に戻ろう」

 

 脇から支えるようにしながら、ムウの体を持ち上げるキラ。同時に反対側からは、エストが小さな体で一生懸命に支えようとしている。

 

 多分、今頃港では、艦隊が出港準備を進めている筈。しかし、キラ達が戻らない事には脱出する事もできないだろう。

 

 キラは空いている手で、クルーゼが先程投げてよこしたファイルを拾い、ついでに、母と思われる女性が映った写真も拾うと、改めてムウの体を抱え直し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

PHASE―32「狂気に満たされた闇の中で」      終わり

 



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PHASE-33「失意からの脱出」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の戦闘以後、戦艦ドミニオン以下地球軍艦隊は、メンデルから距離を置いた宙域に後退し、監視する体制を敷いていた。

 

 戦艦1隻、護衛艦1隻を撃沈され、更に機動兵器多数を撃墜されている現状で、力押しをするのは避けるべきだった。

 

 圧倒的物量差で蹂躙できたオーブ戦と違い、今回は戦力差は殆ど無い為、戦況は技量と実戦経験に勝る同盟軍側に傾いている。

 

 指揮官であるナタルとしては、無理な力攻めは避けて、相手の出方に対応する戦術をとりたい所であった。

 

 しかし、部隊のオブザーバーであり、事実上、今作戦における最高指揮官であるアズラエルは、ナタルの慎重策を拒否し出戦を強要していた。

 

「思い直してはもらえませんか?」

 

 無重力に身を任せて外の様子を眺めているアズラエルに、ナタルは腹立たしげに言う。

 

 事は同盟軍を相手にするばかりではない。既にメンデルを挟んで布陣していたザフト軍が動きだしている事も、観測で確認している。万が一、戦況が三つ巴となった場合、最も不利なのは戦力が消耗している地球軍である。

 

「ここは援軍を要請して待つなり、いったん引き上げて、陣容を立て直すなりして出直すところです。それを・・・・・・」

「しつこいね君も。そんな事したら、ザフトに先を越されちゃうじゃないか」

 

 やれやれとばかりに首を振りながら、アズラエルはナタルの正論を却下する。

 

 彼の欲する物が、あそこにはある。それを他人に奪われてしまうのが嫌だから、我儘を通そうとする。

 

 ナタルはまるで、躾の悪い子供を相手にしているような気分になって、うんざりして来る。

 

 これまでの言動から見て、アズラエルが軍事に関しては素人の域を出ない事がナタルには判っていた。その素人が、(少なくともアズラエルよりは)軍事の専門家である自分の意見を無視して我を通している事が、何よりも腹立たしかった。

 

 それでいて、アズラエルは弁舌は立つようで、巧みに論旨をすり替えて、まるで道理の通らない事を言っているのは、ナタルの方であるかのように言って来るので始末に負えない。

 

 先刻、何やらアズラエルから密命を帯びて出撃したフレイも未だに戻らない。自分を通さずにモビルスーツ隊隊長を、言わば私用で出撃させた事からして、ナタルは不満であるのだ。

 

「無理を無理と言う事くらい、誰にだって出来ますよ?」

 

 小馬鹿にしたような口調で、アズラエルは言う。

 

「それでもやり遂げるのが優秀な人物。これ、ビジネス界じゃ常識なんですけど?」

「ここは戦場です。失敗は死を意味します!!」

「ビジネス界だって同じですよ。あなたってもしかして、確実に勝てる戦しかしないタイプですか?」

 

 アズラエルの言いようは、悪い意味で官僚的だった。戦い、特に近代戦において軍人に求められる資質とは、まさにアズラエルが言った「確実に勝てる」環境を整える事にある。その為に、あらゆる準備を滞りなく行わなくてはいけない。「戦闘の勝敗は、出撃した時に決まる」と言う言葉もあるくらいだ。

 

 だが、戦いを知らない文官はしばしば、「少ない兵力で強大な敵に打ち勝ってこそ優秀な軍人。それができなければ無能の極み」と考えている者が多い。どうやら、アズラエルもその類であると見て間違いなかった。

 

「ま、それも良いですけどね」

 

 ナタルを黙らせたアズラエルは、視線を外しながら言う。

 

「ここって時に頑張らないと、勝者にはなれませんよ。ずっとこのままじゃいられないんだ。頑張って下さいよ」

 

 結局のところ、この部隊の指揮権を預かっているのはアズラエルで、ナタルはその補佐に過ぎない。

 

 彼が「やれ」と言うなら、それに従うしか無かった。

 

 

 

 

 

 地球軍とザフト軍に挟まれている同盟軍もまた、動くに動けない状況にあった。

 

 脱出しようにも、どちらか一方を相手取れば、他方から背後を襲われる事になりかねない。

 

 その為、取るべき手段としては、両軍を引きつけるだけ引き付け、三つ巴の混乱を誘発し、その隙に乗じて脱出を図るのがベストに思われた。

 

 長引いていた戦艦エターナルの最終調整も先程終了し、物資の再積み込みを完了していた。

 

 更に先程、シルフィードが、損傷したヴァイオレットを曳航する形で帰還した。ザフト軍と交戦したヴァイオレットは判定中破の損傷を受けて出撃不能になっていたが、幸いな事に、パイロットであるシンに怪我は無かった。

 

 後は、キラ、エスト、ムウの3人が戻ればすぐにでも脱出できるのだが。

 

 しかし、凶報はその前に齎された。

 

 まずはザフトが、そして程なく地球軍が、行動を開始したと言うのだ。

 

 背後からは3隻のナスカ級戦艦が迫り、前からはドミニオンを中心として地球軍が進撃してくる。

 

 直ちに、ラクスのフリーダム、アスランのジャスティス、カガリのルージュ、そして補給を終えたライアのシルフィードを先頭に、M1部隊が出撃して行く。

 

 更に、背後から4隻の戦艦も港から姿を現した。

 

 同盟軍総旗艦となったエターナルを先頭に、クサナギ、そして損傷の補修を終えたアークエンジェルと大和も続いて出港して来る。

 

「とにかく、味方を守りながら、時間を稼いでください。キラ達が戻れば、即座に脱出しますので」

 

 フリーダムを駆って全軍の先頭に立ちながら、ラクスが後続するM1達に指示を送った。

 

 そこへ、連合軍の3機、カラミティ、フォビドゥン、レイダーが迫って来る。これら3機を相手にするのに、M1部隊では役者不足である。

 

「君達は艦を守れ!!」

 

 アスランが鋭く指示を出すと、ジャスティスの腰からビームサーベルを抜き放ち、アンビテクストラス・ハルバードに連結して斬り込んで行く。

 

 更にラクスも、ビームライフル、パラエーナビーム砲、クスィフィアスレールガンを展開して、砲撃を開始する

 

 フリーダムからの砲撃を浴びた3機は、パッと散開して、各々に向かって来る。

 

 カラミティはフリーダムをも上回る砲撃力で、他の2機に先んじる形で攻撃を開始し、フォビドゥンは最大の武器である誘導可能なビーム砲で、機動力に勝るジャスティスを狙い撃ちして来る。残るレイダーは、モビルアーマー形態の機動力を駆使して撹乱し、隙を見せた所を鉄球やビーム砲で攻撃して来る。

 

 滝のような奔流で砲撃して来るカラミティに対し、フリーダムは10枚の蒼翼を駆使してヒラリヒラリと回避すると、腰からビームサーベルを抜き放ち、一気に斬り込みを掛ける。

 

 ラクスはこれまでモビルスーツの操縦経験など殆ど無い筈なのだが、既にベテランのアスランと連携が取れる程、華麗にフリーダムを操って見せていた。

 

 対して、カラミティを操るオルガは、接近戦では敵わないと考え、すかさず距離を置こうとしてくる。

 

 その両者の間に、シャニが操るフォビドゥンが割って入り、大鎌ニーズヘグでフリーダムに斬りかかって来る。

 

「ッ!?」

 

 ラクスはとっさに追撃を諦め、シールドを掲げて大鎌を防御する。

 

 しかし、動きを止めた所に、再びカラミティの砲撃が襲い掛かった。

 

 凄まじい砲撃の前に、フリーダムはシールドを翳したまま後退を余儀なくされる。

 

「クッ ラクスッ!!」

 

 フリーダムの苦境を見て、とっさに援護に入ろうとするアスラン。

 

 しかし、その前にレイダーが投げつけた破砕球ミョルニルが、ジャスティスの進路を遮るようにして横切る。

 

 オーブ戦の時から連携らしい連携を取ろうとしない3機。その事をアスランは感じていたが、それだけに本能に従って挑んで来る獣のような印象を受ける。

 

 戦い方が読めないと言う点においては、こっちの方が厄介であるとも言えた。

 

 目を転じれば、ルージュとシルフィードに率いられたM1部隊が、地球軍のダガー部隊や、交戦域に侵入してきたザフト軍と交戦している。

 

 更に、4隻の戦艦も、接近して来る地球軍、ザフト軍と交戦を開始している。

 

 ドミニオンは、やはりアークエンジェルを狙って攻撃している。先の戦闘でゴッドフリートを1基破壊されたアークエンジェルは苦戦を免れない様子だ。

 

 クサナギは3隻のドレイク級護衛艦を相手に砲撃戦を演じ、旗艦エターナルと大和は3隻のナスカ級戦艦を押さえている。

 

 状況は拮抗している。このままでは、どう転ぶか判らない。否、前後を挟まれている関係から、同盟軍に攻撃が集中してしまうのが避けられない。

 

「キラ・・・・・・」

 

 焦慮の気持が、アスランの中で募っていく。

 

 キラ達が戻って来てくれない事には、自分達は脱出すらままならないのだ。

 

 その時、フリーダムがフォビドゥンの大鎌を受けて、大きくバランスを崩すのが見えた。

 

 姿勢制御もままならず、錐揉みするフリーダム。

 

 そこへ、カラミティが全砲門を開いて照準を、流されているフリーダムへ向ける。

 

「ラクスッ!!」

 

 叫ぶアスラン。

 

 その視線の先で、カラミティが全砲門を発射しようとした。

 

 瞬間、

 

 太い閃光が、カラミティを掠めるようにして飛来した。

 

 とっさに、後退するカラミティ。

 

 アスランはレイダーの攻撃をかわしながら、カメラを閃光が飛来した方向へと向ける。

 

 そこには、彼等が待ち望んだ存在の姿が映し出されている。

 

「戻ったかッ!!」

 

 歓喜を乗せて叫ぶアスラン。

 

 290ミリ長射程狙撃砲を放ったイリュージョンは、フリーダムの安全を確保すると、背中からティルフィングを抜き放って斬り込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラとエストは、負傷したムウを乗せたストライクを曳航してアークエンジェルへ届けると、そのまま休息する事も無く、戦場へと飛び去った。

 

 戦場は既に混戦の様相を呈し、同盟軍、地球軍、ザフト軍のモビルスーツが入り乱れて砲火を交わしている。

 

 その状況は、同盟軍にとって好ましい物では無い。地球軍やザフト軍は、仮に部隊が全滅しても、本国に帰れば予備兵力がいくらでもあるのに対し、同盟軍はここで敗れれば、あるいは敗れなくても、壊滅的な打撃を受ければ、最早戦力の立て直しは不可能となるのだ。

 

 よって、現状の消耗戦を速やかに脱する事が求められる。

 

「さて、それが難しいのだがね」

 

 エターナル艦長のバルトフェルドは、飄々とした態度を崩さずに言う。ザフト軍でも有数の戦略家である彼にとって、今の状況がいかに危険であるか、正確に理解できていた。

 

 モニターには、大和艦長のトウゴウ、クサナギ艦長のキサカが映し出されている。

 

 マリューの姿は無い。彼女は今もドミニオンと激しい砲撃戦を演じており、この会話には加わっていなかった。

 

 キラ達が戻った以上、これ以上ここに留まる理由は無い。速やかに脱出する事が求められる。

 

 問題は、その脱出の方法だが。

 

《ヴェサリウスに砲火を集中する、と言うのはどうだろうか?》

 

 発言したのはトウゴウだった。

 

《ラミアス艦長の言葉が正しければ、敵の旗艦は恐らくヴェサリウスだろう。彼の艦を撃沈し、ザフト軍の隊列を中央突破すれば、ザフト軍は混乱し、尚且つ、地球軍の追撃も断てると思うのだが?》

 

 確かに、それならば、どちらの敵軍にも混乱を呼びこむ事ができるし、兵力の消耗が激しい地球軍は追撃を断念するだろう。

 

「成程、その作戦、頂きましょうか」

 

 バルトフェルドは笑みを浮かべて、トウゴウの作戦に賛意を示す。

 

 彼の考えでも、現状で考えられる作戦としてはベストのように思える。後はアークエンジェルや、バラバラに戦っている味方機動兵器部隊にも、脱出作戦の趣旨を伝える必要がある。

 

《では、本艦が露払いを務める。クサナギとエターナルは2番手として、ヴェサリウス以外のザフト艦を牽制してくだされ。殿はアークエンジェルにお願いするよう、本艦から打電しておく。キサカ、バルトフェルド殿。宜しくお願いする》

《ハッ 了解しましたッ!!》

「お任せあれ」

 

 トウゴウの言葉を受けて、脱出作戦のゴーサインは切られた。

 

「アマルフィ、操艦任せる。大和がヴェサリウスを沈めるまで、他の敵を近付けるな!!」

「了解です!!」

 

 バルトフェルドの指示を受け、エターナルの舵輪を握る少年は緊張した面持ちで艦を進めていく。

 

 現状、地球圏最速戦艦であるエターナルは、当然、操艦には難しい技術を要求される。それをこの温厚そうな少年は、いとも簡単に操って見せているのだから、艦長であるバルトフェルドですら舌を巻かざるを得ない。

 

 目を転じれば、副長を務めるダコスタが砲撃戦の指揮をとっている。

 

 砂漠戦以来の戦友である赤毛の青年は、バルトフェルドの片腕として、今もこうして活躍していた。

 

 直ちにレーザー通信を介して、作戦内容が全部隊に打電される。

 

 宙域全土に散らばって戦っていた同盟軍は、その作戦命令に従い、敵を深追いせず牽制する戦いに切り替える。

 

 勿論、急に動きが緩慢になった同盟軍に対し、地球軍とザフト軍は攻勢を強めるが、同盟軍側は砲火を密に集中させる事によって、敵の進行を阻んでいた。

 

 そうした中、戦艦大和は1隻で、ザフト軍の正面へと向き合うように位置取りをしていた。

 

 当然、ナスカ級戦艦3隻の砲撃は大和へと集中するが、重装甲の大型戦艦は、びくともせずに全ての砲撃を受け止めていく。

 

 その艦橋では、副長のユウキの下に、矢継ぎ早に報告がもたらされてくる。

 

「メインスラスター全エネルギー、カット、艦首動力、出力全開」

「サブスラスター噴射、艦固定、軸線をザフト軍戦艦ヴェサリウスに向けろ」

「エネルギー充填率、73%、臨界まで、あと1分」

「照準入力、完了。目標、ヴェサリウス」

「照準、および連動良し。目標を本艦の軸線上に捉えました」

 

 それらの報告を受けて、ユウキは支持を下す。

 

「艦首ハッチ、開け!!」

 

 ユウキの命令を受け、大和の艦首に装備された大型ハッチが開き、その下から巨大な砲身がせり出してきた。

 

 これこそが、大和最強の武器にして、最大の切り札。

 

 艦首固定砲

 

「バスター・ローエングリン、発射準備良し!!」

 

 

 

 

 

 その頃、イリュージョンの戦闘加入により、特機同士の戦闘も同盟軍有利に傾いていた。

 

 数が3対3である以上、勝敗を決める要素は質の高さに委ねられる。

 

 技量と言う点では、連合側の3機は決してキラ達に劣っているとは言い難いのだが、同盟側の3機はNジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載した機体である為、性能面で連合を上回っていた。

 

 戦闘加入すると同時に、キラはフォビドゥンに狙いを定め、ティルフィングを構えて斬り込んで行った。

 

「敵機、攻撃態勢に以降、砲撃、4秒後に来ます」

 

 サブパイロットとしてオペレーターを担当するエストから、戦況予測が送られて来る。

 

 その予測通り、フォビドゥンは突っ込んで来るイリュージョンに狙いを定めると誘導プラズマ砲フレスベルクと、レールガン・エクツァーンで砲撃して来る。

 

 一方で、フリーダムはカラミティと、ジャスティスはレイダーと交戦している。

 

 状況は完全に1対1であった。

 

 フォビドゥンの砲撃を、キラはほぼ眼前ギリギリまで引きつけると、紙一重で回避して行く。

 

「ッ!?」

 

 ビームやプラズマ化した弾丸がすぐ脇を掠めていくその光景に、エストは思わず息を飲んだ。

 

 そこへ、フォビドゥンから狂ったような砲撃が襲ってくるが、それらを全て、キラは紙一重に機体を傾けて回避して行く。

 

 そしてついに、イリュージョンの間合いにフォビドゥンを捉える。

 

 袈裟掛けにティルフィングが振るわれる。

 

 その一撃を、フォビドゥンは後退する事で辛うじて回避する。

 

 同時にフォビドゥンを操るシャニは、フレスベルクを応射するように放ちながら後退、イリュージョンの追撃を阻んで来る。

 

 流石に至近距離で高出力ビームを乱射されたのでは敵わない。キラは一旦、後退を掛けながら、それでもイリュージョンの左腕に装備したビームマシンガンを構えてフォビドゥンに砲撃する。

 

 飛んで来る無数のビームは、しかし一瞬早くフォビドゥンがゲシュマイディッヒパンツァーを展開した事で、全弾が明後日の方向へと逸らされた。

 

「レールガン、来ます。回避をッ」

 

 エストの警告。

 

 次の瞬間、フォビドゥンの両脇から突き出した2門のレールガンが火を噴く。

 

 しかし、

 

 キラは構わず機体を突っ込ませた。

 

 イリュージョンに直撃する弾丸。

 

 勿論、PS装甲がある為、事実上の損害は皆無なのだが、

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 襲って来た衝撃に一瞬、後席エストは呻き声を漏らす。

 

 だが、機体を操るキラは、構わず接近してフォビドゥンに接近してティルフィングを振り下ろす。

 

 一閃。

 

 その一撃が、フォビドゥンのゲシュマイディッヒパンツァーの装甲に傷を付ける。

 

「このォ よくも!!」

 

 機体を傷付けられた事で、激昂したように叫ぶシャニ。フォビドゥンはニーズヘグを振り翳し、イリュージョンへ切り込もうとする。

 

 しかし、それより一瞬早く、キラは動いた。

 

 イリュージョンはティルフィングを右手一本で持つと、左手で腰からラケルタ・ビームサーベルを抜き放ち、斬り上げるようにして振るう。

 

 その一撃が、

 

 ニーズヘグを捉え、穂先を切り飛ばした。

 

「ッ お前ェッ!!」

 

 怒りに狂うシャニ。フォビドゥンは柄だけになったニーズヘグを投げ捨てると、全火器を動員してイリュージョンに砲撃を加える。

 

 その内、数発がイリュージョンを掠めていく。

 

「キラ、回避を!!」

 

 エストが叫ぶ。

 

 が、しかしキラは、一切の回避行動を行わずに斬り込むと、ティルフィングをフォビドゥンの真っ向から振り下ろし、ゲシュマイディッヒパンツァーの装甲を1枚切り飛ばしてしまった。

 

 流石に敵わないと思ったのか、シャニは牽制の砲撃を行いつつ、機体を後退させようとする。

 

 対してキラは、無言のまま、飛んで来るビームや砲弾を回避しつつ距離を詰めようとする。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなキラの様子を、エストは呆然と見詰める。

 

 いったい、どうしてしまったと言うのか?

 

 先程からキラは、エストのオペレートを無視して自分1人で敵に突っ込んで行っている。

 

 それでも元々、圧倒的な操縦センスがある為戦闘を有利に進めているのだが、いつものキラらしくない行動にエストは戸惑いを隠せなかった。

 

 キラは更に、ビームサーベルを2本構えると、逃げるフォビドゥンを追って斬り込んで行く。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 一瞬、幻惑するように、2本の光剣が縦横に走る。

 

 次の瞬間、フォビドゥンは両腕と右足、もう1枚のゲシュマイディッヒパンツァーを斬り飛ばされ、漂流するように流れていた。

 

 正に、圧倒的とも言えるキラの操縦技術は、ここに極まっている。この戦闘力を前にしては、いかに連合が誇るエクステンデットと言えど足元にも及ばない。

 

 更に、キラは漂流するフォビドゥンに斬り込もうとした。

 

 その瞬間、

 

 出し抜けに迸った閃光が、背後からイリュージョンを直撃した。

 

「グゥッ!?」

「キャァッ!?」

 

 襲い掛かってくる、激しい衝撃。

 

 コックピット内で悲鳴を上げるキラとエスト。

 

 まさかの背後からの直撃により、それまで鮮烈と形容してよかったイリュージョンの動きに、大幅な掣肘が加えられた。

 

 同時に、直撃を受けた事により、左側の翼と、290ミリ長射程狙撃砲が、一緒くたになって吹き飛ばされている。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、機体を振り返らせるキラ。

 

 そこには、

 

 7門の砲口を構えた、ずんぐりとしたシルエットの機体がイリュージョンに照準を合わせていた。

 

「フレイッ!?」

 

 フレイの駆るアヴェンジャーは、メンデルから離脱する隙を覗っている時に、この戦闘が始まった為、これ幸いと、この状況を脱出するのに利用したのだ。

 

 そして戦闘にイリュージョンが加わるのを見て、キラ達が隙を見せるのを待っていたのだ。

 

「この時を待っていたわ」

 

 コックピットの中で、フレイは低く囁く。

 

 オーブにおける戦闘で、あの機体が尋常の性能でないのは判っていた。まともに戦っては、倒せるかどうかも判らない。

 

 だから、キラ達が隙を見せた瞬間に、背後から奇襲を掛けたのだ。

 

 翼を吹き飛ばされたイリュージョンは、緩慢な動きながら機体を反転させてアヴェンジャーに向き直ろうとする。

 

 しかし、それを許すフレイでは無い。

 

「往生際が悪いわよ!!」

 

 立て続けに7門の砲がうなり、イリュージョンを直撃する。

 

 奔流のような閃光は、今にも反転を終えようとしていたイリュージョンの頭部を吹き飛ばした。

 

 同時に、蒼かった装甲は、水を引くように鉄灰色に戻っていく。PS装甲がダウンしたのだ。

 

 イリュージョンの頭部にはNジャマーキャンセラーが搭載されている。その頭部を失った事で、核エンジンは出力低下をきたし、各部分に回していたエネルギーを維持できなくなったのだ。

 

「これで、とどめよ!! さあ、パパの苦しみ、思い知れェェェェェェ!!」

 

 絶叫するフレイ。

 

 アヴェンジャーの7つの砲門が、動きを止めたイリュージョンに向けて開かれようとした。

 

 次の瞬間、

 

 回転しながら飛来したブーメランが、アヴェンジャーの手にある2丁のプラズマ砲を斬り飛ばした。

 

「何ッ!?」

 

 砲身が斬り裂かれた事で、プラズマ砲はエネルギーのフィードバックを起こし、アヴェンジャーのすぐ目の前で爆発した。

 

「クッ!?」

 

 目を焼く閃光に、一瞬、視界を遮られるフレイ。

 

 そこへ、行動不能となったイリュージョンを守るように、閃光が掠めていく。

 

 イリュージョンの危機に、カラミティらと交戦していたフリーダムとジャスティスが、強引に戦闘を打ち切って引き返して来たのだ。

 

《あいつの相手は俺がするッ ラクス、君はキラとエストを!!》

「了解ですわ!!」

 

 指示を出してから、ビームサーベルを手にアヴェンジャーへと斬り込んで行くジャスティスを見送ると、ラクスはフリーダムを操って、イリュージョンへと近付いた。

 

「キラ、エスト、無事ですか!?」

 

 左翼と狙撃砲、そして頭部を失ったイリュージョンは動力を停止している。完全に大破状態だった。

 

「キラ!! エスト!!」

 

 もう一度呼びかけるラクス。

 

 その時、

 

《・・・・・・ラクス?》

 

 少女のか細い声が、ラクスの耳に聞こえて来た。

 

 思わず、ラクスは安堵の笑みを浮かべた。

 

「無事だったのですねエスト。キラはどうなさいました?」

《私は無事です。でも、キラは・・・・・・》

 

 この時、コックピットの前席に座るキラは、ぐったりとシートに身を預け、まったく動く気配が無かった。

 

 気を失っているだけなのか、それとも重篤な状態なのか、後席のエストからは判断ができなかった。

 

 ラクスは素早く、周囲の状況に目を転じる。

 

 既に、同盟軍の各部隊は、母艦を中心にして後退を開始している。

 

 地球軍側も、レイダーが大破したフォビドゥンをかぎ爪で捉えて飛び去るのが見え、それに続いてカラミティも、機体を反転させて帰投する体勢に入っている。

 

 尚も激しく攻勢を掛けているのは、フレイのアヴェンジャーくらいである。しかしそれも、武装の一部を失った事でアスランのジャスティスに翻弄されているようだ。

 

 潮時だろう。既に、撤収作戦の伝達は、フリーダムでも受信している。

 

「判りました。フリーダムでイリュージョンを曳航いたします」

《すみません。お願いします》

 

 エストの返事を待って、ラクスは大破したイリュージョンの機体を抱えるようにして、後退を始めた。

 

 軽い衝撃の後、動き出した機体の中でエストは、シートベルトをはずすと急いで前席の方へと回り込んだ。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を覗き込むようにして呼びかけるが、反応は無い。

 

 キラはぐったりとしたまま目を閉じている。

 

 衝撃で額を切ったらしく、僅かに血を流していた。

 

 コックピット内の空気が漏れていない事を確認すると、エストは自分のヘルメットを外し、次いで、キラのヘルメットもそっと外した。

 

 救急キットからガーゼを取り出すと、額の傷口にそっと当ててやる。

 

「・・・・・・いったい、どうしたというのですか?」

 

 少女の問いかけにも、キラは目を閉じたまま答えない。

 

 先程の戦闘。キラは殆どエストのオペレートを無視して、がむしゃらに戦っていた。

 

 否、そんな生易しい物では無い。あれは自暴自棄と言っても良かったかもしれない。

 

 あの研究所で、ラウ・ル・クルーゼに言われた事がショックだったのかもしれない。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、名を呼び掛ける。

 

 幼い頃に、普通に生きる権利を奪われ、最悪のテロリストとまで呼ばれた少年は、しかしその内面では、歳相応に傷付き易く脆い精神を内包している。

 

 自分が相棒として、目の前の少年に何をしてあげられるのか。

 

 エストは、その事を考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 戦闘は、終局に向かおうとしていた。

 

 方々の戦線に散っていた同盟軍のモビルスーツ隊は、損傷機を収容しつつ母艦の周囲に集まりだしている。

 

 それに合わせるように、連合、ザフト両軍も距離を詰めて来ている。

 

 距離が詰まった事で、互いに激しい砲火の応酬が繰り広げられていた。自然、3軍の中央に位置して、前後を挟まれている同盟軍に攻撃が集中するのは避けられない所であった。

 

 そんな中で、戦艦大和は1隻、脱出部隊の先頭に立って、迫りくるザフト艦隊に艦首を向けていた。

 

 水上艦を模したフォルムの大和。その艦首部分に今、巨大な大砲が出現していた。

 

 艦首固定砲バスター・ローエングリン

 

 アークエンジェルやクサナギに搭載されている、陽電子破城砲ローエングリンと同系統の武器だが、威力に関しては桁が違うと評して良いだろう。

 

 まず、砲門部分が、アークエンジェルに搭載されているローエングリンの2倍近い大きさがある。

 

 更に、大和の艦首が長い事には理由があった。その長い艦首を利用して、砲身の粒子加速器部分を、通常の倍以上に延長、陽電子の収束率と射程、初速を極限まで高めた形となっている。

 

 結果、大和はこの強烈な大砲を1門しか装備していない。その為、連射性ではアークエンジェルやクサナギに劣るが、一発の威力では両艦を上回る物を与えられていた。

 

「エネルギー充填率、120パーセント!!」

「照準、ナスカ戦艦ヴェサリウス、ロックオン。自動追尾良し!!」

「総員、対ショック、対閃光防御!!」

 

 各部署から上げられた報告を受け、ユウキは艦長席のトウゴウに向き直った。

 

「艦長、バスター・ローエングリン、発射準備良し!!」

 

 ユウキの声に、

 

 それまで黙って聞いていたトウゴウは、カッと目を見開いた。

 

「バスター・ローエングリン、発射ァ!!」

 

 瞬間、

 

 巨大な閃光が、大和の艦首から迸った。

 

 まるで宇宙空間その物を薙ぎ払うかのような、強烈な一撃。

 

 小型の要塞砲にすら匹敵する攻撃の前には、どのような艦であっても耐える事はできないだろう。

 

 大和が砲撃した瞬間、ヴェサリウス艦長フレドリック・アデスは、とっさに回避行動を命じる。

 

 敵の攻撃が尋常ではない事を一瞬で見抜く辺り、流石は歴戦の艦長と言うべきだろう。

 

 しかし、その数十秒後、アデスの努力は無駄に終わった。

 

 回避行動を続けるヴェサリウスの右舷を、大和の砲撃が掠めた瞬間、特徴的な三胴艦は、その右舷をごっそりともぎ取られ、大爆発を起こしたのだ。

 

 直撃ですら無い、ただ掠めただけの一撃。

 

 それだけで、ヴェサリウスは致命的な一撃を受けてしまったのだ。

 

「今だッ 全艦に打電ッ 『我に続け』!!」

 

 トウゴウが言い放つと同時に、スラスターを再始動した大和は、ゆっくりと前進を開始する。

 

 その間、クサナギとエターナルは、それぞれ残る2隻のナスカ級戦艦に牽制の砲撃を加えつつ、味方部隊の脱出路確保に努めていた。

 

 ヴェサリウスはと言えば、その艦内を急速に熱病によって侵され、既に末期の状態を迎えようとしていた。

 

 繰り返し起こる爆発は、艦内各所を容赦なく吹き飛ばし、破壊し、飲み込んで行く。

 

 既にアデスは総員退去の命令を下しており、クルー達は我先に艦外に退避している。

 

 1人、アデスだけはブリッジに残り、艦と運命を共にする道を選んでいた。

 

 そのヴェサリウスの横を、同盟軍の艦隊が通過して行く。

 

 すれ違う一瞬、エターナル艦橋のバルトフェルド、そしてジャスティスを駆るアスランや、シルフィードのライア等、ザフト軍に所属していた者達は、まるで示し合せたように、沈みゆくヴェサリウスへ向けて敬礼していた。

 

 やがて、大爆発が起こり、ヴェサリウスが炎に包まれて行く。

 

 長くザフト最強部隊であるクルーゼ隊の旗艦を務めた歴戦の高速戦艦の、それが最期であった。

 

 このヴェサリウス撃沈を持って、一連のメンデル攻防戦は終了となった。

 

 連合、ザフト共に消耗が激しく、また目標である同盟軍を取り逃がした事で戦闘の意義を失い、互いに後退を余儀なくされた。

 

 同盟軍もまた、折角構築を進めていた拠点を放棄せざるを得なくなり、またも流浪の軍隊へと逆戻りになった。

 

 そして、一部の者達が深刻な心の傷を負う事になってしまったのもまた、事実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朦朧とした意識の中で目を覚ますと、明るいライトが目に飛び込んで来た。

 

 ここはどこだろう?

 

 働かない頭を動かし、状況の確認をしようとする。

 

「気が付きましたか?」

 

 横合いから硬質の声を掛けられたのは、その時だった。

 

 キラは億劫げに、声がした方に首を向けると、そこには無表情を決め込んだ少女の姿があった。

 

「・・・・・・エスト?」

「ここはアークエンジェルの医務室です。私達はアルスター機に撃墜された後、ラクスに助けられて帰還しました。現在、艦隊はL4宙域を放棄、デブリ帯に向けて進路を取っています」

 

 エストは淡々と、状況を説明する。

 

 何とか脱出に成功した同盟軍だったが損害は大きく、イリュージョン、ストライク大破、ヴァイオレット中破など、復旧には相応の時間が掛かる事が予想された。

 

 そこで、一旦デブリ帯に艦隊を隠し、再起を図る事になったのだ。

 

「そう、だったんだ・・・・・・」

 

 状況を確認した事で安堵したのか、キラは再びベッドに身を預けた。

 

 そんなキラを、無機質に近い目で見詰めながら、エストは口を開いた。

 

「キラ、教えてください」

「え、何?」

 

 キラも首だけを動かし、エストへと向き直る。

 

 いつも通り無表情のエスト。しかし、そこには、いつもよりも真剣な、そして深刻な色が混じっているのが判った。

 

「あなたにとって、私は何なのですか?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 質問の意味が判らず、キラは訝りながらエストの顔を見回す。

 

 対してエストは、表情を動かさずに続ける。

 

「あなたは私を相棒だと言ってくれました。しかし、それは偽りだったのですか?」

「違うッ そんな事は・・・・・・」

 

 無い、と言おうとして、キラは痛みに顔を歪めた。勢い込んで詰め寄ろうとしたため、傷に障ってしまったのだ。

 

 そんなキラを見ながら、エストは身を乗り出すようにして詰め寄る。

 

 今度は、先程よりも幾分か、柔らかい表情をしていた。

 

「では、もう二度と、あんな戦い方をしないでください」

「あんな戦い方って・・・・・・あ・・・・・・」

 

 エストを無視して、キラはまるで暴走したように戦ってしまった。その結果がこれである。あの時のキラは明らかに視野狭窄に至っていた。だからこそ、あのような無謀な戦闘を行い、挙句、フレイに撃墜されてしまったのだ。

 

 エストは、1枚の写真を取り出すと、キラの枕もとにそっと置く。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

「先程、カガリが持っている写真を見せてもらい比較しました。間違いなく、2枚は同じ写真だと判断します」

 

 若い女性と、そしてキラとカガリと思われる赤ん坊が映っている写真。あの研究所を出る時、一緒に拾って来たのだ。

 

 戸惑うような瞳で写真を眺めるキラ。

 

 そんなキラに、エストは話しかける。

 

「もしかしたらあなたは、本当に普通では無い生まれ方をしたのかもしれない。それは私には判りません。けど、これだけはハッキリと言えます」

 

 そう言うと、エストはキラの手に、そっと自分の手を重ねる。

 

「私にとって、あなたはどこまで行っても、相棒のキラ・ヒビキであり、それ以外の事など必要ありません」

 

 重ねられた手に、ほのかな温もりを感じる。

 

「そう、だね」

 

 微笑を浮かべながら、目を閉じるキラ。

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・エスト」

 

 その心地よい温もりに身を委ねながら、キラは再び、眠りへと落ちて行くのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-33「失意からの脱出」      終わり

 



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PHASE-34「行動可能」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルを囲むようにして居並ぶ面々を、アズラエルは隠しきれない侮蔑を顔に張り付けたまま眺めている。

 

 彼等は既に、答の判り切っている議論を、延々と何時間にも渡って続けているのだ。

 

 議題は、アズラエル自身が持ち込んだ、ある物のデータの扱いについてであった。

 

 「ザフトの協力者」から、フレイ・アルスターを介して齎されたデータは、かつて地球軍から奪われた最強の炎を取り戻し、そしてこの戦争を終結させるに足る、強力なカードであった。

 

 ニュートロンジャマー・キャンセラー。

 

 愚劣なるコーディネイター共が不遜にも母なる地球に撃ち込んだ、あの忌まわしいNジャマーも、これさえあれば無効化させる事ができるのだ。

 

 そしてそれは同時に、今まで封じられてきた核兵器が再び解禁される事を意味する。

 

 核兵器の封印解除は、即ち戦争終結への一里塚である。あの宇宙に浮かぶ目障りな砂時計群に核兵器を打ち込めば、コーディネイター共を根こそぎにしてやる事ができるのだ。

 

 にも拘らずアズラエルの目の前にいる連中は、最強のカードを使う使わないで、長々と水掛け論的な議論ばかりを繰り返している。

 

「Nジャマーキャンセラーのデータが手に入ったのは、確かに大手柄だがな、アズラエル・・・・・・」

「うむ、それで即、核攻撃に踏み切ると言うのは、どうなのだ?」

 

 アズラエルの主張を吟味するパフォーマンスをしつつも、誰もが禁断の炎を使用する事に躊躇っている。

 

 その事に、アズラエルは呆れを通り越して苛立ちすら湧いて来ている。

 

「それよりも、深刻化しつつあるエネルギー問題の解消の方が先なのでは・・・・・・」

「うむ。このままでは、ユーラシアだけでなく、我が国でも今年の冬には餓死者が発生する事になるぞ」

 

 またも核心に迫らず、「正答」を韜晦するような議論に入りかけたのを、アズラエルは机を力いっぱい叩きつける事で引き戻した。

 

「何をおっしゃってるんですか、皆さんは?」

 

 エネルギー問題の解消? 餓死者の発生? 

 

 そんな下らない事を言っている時間があると本気で思っているのか、この連中は? そんな事よりも最優先でやらなくちゃいけない事は、コーディネイター共の殲滅だろうが。

 

 アズラエルは最早、侮蔑を隠そうともしなかった。

 

「撃たなきゃ勝てないでしょうが!! この戦争はッ!! 敵はコーディネイターなんですよ!! なら、徹底的にやらないと!!」

 

 そう、敵はコーディネイター。人間ですら無い、バケモノ達なのだ。そのバケモノをいっきょに葬り去る好機に、何を躊躇う必要性があると言うのか。

 

「だいたい、核なんて前にも撃ってるじゃないですか。今更何を躊躇うんです?」

「いや、それは君達ブルーコスモスが勝手に・・・・・・」

 

 発言しようとした高官を、アズラエルは敵意の籠った目で睨みつけて黙らせる。

 

 こいつらはたんに、下らない民意や倫理観に捉われて決断を躊躇っているだけなのだ。要するに、誰か自分以外の人間に責任を押し付けたいだけなのだ。

 

 こんな連中が各国の高官だと言うのだから、こんな戦争がダラダラと続く事になるの。

 

 だからやるのだ。

 

 この自分が、目の前の下らない連中に変わってやってやるのだ。

 

「核は持ってりゃ嬉しいコレクションじゃない。強力な兵器なんですよ? 兵器は使わなきゃ。その為に高い金を払ったんでしょ?」

 

 高官達は、尚も躊躇っている様子だ。

 

 ならば結構。お前達はいつまでも、責任の押し付け合いをしていれば良い。自分がお膳立てして、全てをやってやろうじゃないか。

 

 あのソラのバケモノ共を、一人残らず、核の業火で焼き尽くしてやる。

 

「さあ、さっさと撃って、さっさと終わらせて下さいよ」

 

 そう告げるアズラエルの目には、核に焼かれるプラントの様子が既に確定された未来として映り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、2年の長きに渡る戦いに決着を付ける時が来た。

 

 コズミック・イラ71年9月11日。

 

 月面基地プトレマイオスに大軍を集結させる事に成功した地球連合軍は、プラント本国侵攻作戦「エルビス」を発動した。

 

 参加戦力は、艦艇250隻、機動兵器2000機。その他、補助艦艇まで含めると艦艇だけで1000隻を上回る、まさに、史上空前の大艦隊である。

 

 月基地を発した地球軍艦隊は、進路を一路プラントに取り、一挙にザフト軍を殲滅する構えを見せていた。

 

 対して、この事態はすぐにザフト軍側でも察知されるところとなる。

 

 ヴィクトリア基地を奪還された時点で、ザフト軍でも地球軍のプラント本国侵攻は避けられないとして、充分な準備を進めて来たのだ。

 

 新型モビルスーツ、ゲイツの開発と、新規パイロットの大量育成。部隊の新編成が急ピッチで進められた。

 

 また、オペレーション・ウロボロスの破綻により、地上戦線を大幅に縮小される事が議会により決定された。これに伴い、余剰となった地上軍戦力を召喚し、本国防衛軍に組み込んで、侵攻して来る地球軍を迎え撃つ体勢を整えた。

 

 遅ればせながらモビルスーツの開発、量産にも成功し、質量共に充実を見ている地球軍に対し、ザフト軍はアラスカ戦の大敗による戦力大量喪失の痛手から、未だ立ち直っているとは言い難い。

 

 しかし、モビルスーツの運用や、対戦闘では未だにザフト軍に分があるし、何よりコーディネイターの兵士達の身体能力はナチュラル兵士のそれを大幅に凌駕している。

 

 大軍を擁しているとはいえ、地球軍が必ずしも有利とは言い難い状況であった。故にこそ、地球軍は「切り札」を用意した上での侵攻であった。

 

 一方のザフト軍は、再編の完了した戦力を、二か所に分けて展開していた。

 

 プラント本国の手前にあるヤキン・ドゥーエ要塞は、プラントの最終防衛ラインであり、この背後には、最早守備軍は一兵たりとも配備されていない。正にプラントにとっての最後の砦である。その為、精鋭部隊を中心にザフトの主力軍が配備されていた。

 

 もう一か所は、プラント勢力圏の外縁に建造された要塞ボアズである。

 

 ボアズは元々、地球軍が所有する資源衛星「新星」であったのを開戦初期にザフトが占領し、「要塞を曳航する」と言う前代未聞の作戦を成功させて完成させた物だ。

 

 このボアズが、ザフト軍の第一次防衛ラインを形成している

 

 ザフト軍はここに、40隻の艦艇と300機強のモビルスーツを配置している。

 

 数的には圧倒的に劣勢のザフト軍だが、ボアズには開戦以来のベテランパイロットも多数配置され、更に新型機ゲイツの配備も進んでいる。また、要塞の火力を持って迎え撃つ事ができる分、相対的な戦力比は両軍ともに互角と考えられていた。

 

 地球軍のボアズ侵攻は、ただちにプラント本国にも伝えられている。

 

 同時に最高評議会は招集され、事態の対応を行うと同時に、全軍に警戒態勢が発令された。

 

 それは、プラントの前面にある要塞ヤキン・ドゥーエにおいても同様であった。

 

 エターナル追撃任務から帰還したイザークとディアッカは、これまで長く配属されていたクルーゼ隊の編成から外され、それぞれ1個部隊を任される隊長職へ昇進を果たしていた。

 

 モビルスーツ隊の隊長と言えば、ザフト軍内部で最も人気が高い花形ポストである。それを10代中盤と言う若さで抜擢されたと言う事に、上層部の2人に対する評価の高さがうかがえた。

 

 だが、現状では素直に隊長就任の祝杯を上げる事もできない。

 

 多くのベテランを失っている現状、新規部隊に配属されるパイロットと言えば、どうしても2人よりも更に若く、かつ未熟な者達が中心となってしまう。

 

 イザークとディアッカが、2人揃って天を仰いだのは言うまでも無い事である。

 

 彼等はボーイスカウトの集団を率いて、大軍で押し寄せて来る地球連合軍と戦わなくてはならないのだ。

 

 いきおい、訓練は厳しい物にならざるを得ない。何しろ、敵は待ってくれないのだから。

 

 このボーイスカウト達を、「どうにか10分の1人前」の状態から、「まあまあ半人前」くらいにまで引き上げてやらないといけなかった。

 

 そんな中で、ついに起こるべくして事が起こったのだった。

 

「イザークッ」

 

 友人に名前を呼ばれてイザークが振り返ると、ディアッカが息を切らして走って来るのが見えた。

 

 ディアッカは、常の余裕のある態度を見せず、何かに急き立てられるようにしてイザークへと駆け寄った。

 

「聞いたか、イザーク」

「ああ、ついに始まったな」

 

 イザークもまた、緊張に表情をこわばらせて答える。

 

 地球軍によるプラント本国侵攻と言う事態は、歴戦の彼等にとっても楽観できない状況である。ボアズ、そして彼等が今いるヤキン・ドゥーエが突破されたら、最早プラント陥落は確定されるからである。

 

「でもさ、なんか妙じゃない?」

「妙、とは?」

 

 訝るようなディアッカの言葉に、イザークも怪訝になりながら応じる。

 

 いつになく真剣な眼差しのディアッカに、イザークもまた、目の前の友人が何か重大な疑問を持っていると察したのだ。

 

「だってさ、司令部の予想じゃ、地球軍のボアズ侵攻は、もう少し後になるって話だったろ。何か早すぎないか?」

 

 地上から撤退した時点で、地球軍の進行が避けえない物であるとザフト上層部は考えていた。しかし、いかに物量に勝る地球軍と言えど、精強を誇るザフト軍の防衛線を突破するのは容易ではない。そこで、敵の進行はもう1~2ヶ月後になるのでは、と予想されていたのだが。

 

「予想はあくまで予想だ。敵の思惑が判らない以上、外れることだってあるだろう」

「そんなもんかね」

 

 イザークの言葉に、ディアッカは不承不承ながら納得したように頷きを返した。

 

 とは言え、言ったイザーク自身、自分の言葉に絶対の自信を抱いている訳ではない。敵の思惑が判らないのは確かだが、同時に、敵が現状でのプラント侵攻を決断した裏には、何かあるのではないか、と勘繰らずにはいられなかった。

 

「とにかく、俺達も準備をしておくぞ。ボアズが陥ちるとも思えんが、最悪のケースは想定しておくべきだ」

「了~解」

 

 イザークの言葉に、ディアッカも崩れた調子で答える。

 

 今はともかく、ボアズ守備軍の奮戦に期待するしか無かった。

 

 

 

 

 

 パトリックが執務室に入ると、既に最高評議会議員は全員集まっていた。

 

 皆、一様に不安と焦燥に駆られた顔をしているのが見える。誰もが地球軍の進行と言う前代未聞の事態に、湧きあがる不安を隠せずにいるのだ。

 

「ザラ議長!!」

「うろたえるなッ 地球軍のボアズ侵攻など、想定済みの事態であろうが」

 

 不安顔の評議員達を叱咤しつつ、現状でなすべき指示を飛ばして行く。

 

 見回せば、誰もが狼狽を示し、体を成していない。パトリックが見た所、辛うじて冷静さを保っているのはエザリア・ジュール1人くらいの物だ。あのイザークの母であり、強硬派の中では、軍部のクルーゼと共にパトリックの片腕とも言える女性は、今回の事態にも動じた様子がない。

 

「しかし・・・・・・」

 

 一同が落ち着きを取り戻す中で、静かに口を開いたのは、そのラウ・ル・クルーゼであった。軍部最高責任者である彼もまた、この場に出席を求められて参集していた。

 

「何だ、クルーゼ?」

「地球軍がこの時期に、ボアズ侵攻を行った事が気になります。奴等とてボアズ突破が容易ではない事くらい承知の筈。何の勝算も無しに侵攻を開始したとは考えられません」

「そんな物、例のモビルスーツ部隊と、新型GATシリーズあたりであろう。それで我等に勝てると思っているのだろう」

 

 強気に発言したのは、エザリアである。怜悧な容貌とは裏腹に子煩悩な女性議員は、息子が隊長に就任した事を誰よりも喜んでいる。それ故に、自軍に対する厚い信頼と期待を隠そうともしていなかった。

 

「なら、良いのですがね」

 

 対してクルーゼは、意味ありげに一言だけ漏らして口を閉じた。

 

 その様子に、パトリックは怪訝になる。

 

「何が言いたい、クルーゼ?」

「・・・・・・申し上げにくいのですが、我々にはいくつか不安要素がありますからね。『フリーダム』『ジャスティス』『イリュージョン』、そして『ラクス・クライン』と言う」

 

 クルーゼの言葉に、誰もが行きを飲む。

 

 あの3機にはNジャマーキャンセラーと核エンジンが搭載されている事は、この場の誰もが知っている。そして、ラクス・クラインが地球軍のスパイをほう助して行方をくらませた事も。

 

 その方程式が行き着く先は、最悪のゴールへ道が繋がっている。

 

「まさか・・・・・・」

 

 呻くように、言葉が漏れる。

 

「戻ったのか・・・・・・奴等の手に、核が・・・・・・」

 

 

 

 

 

 ボアズでの戦闘は、一進一退の様相を呈していた。

 

 圧倒的な物量で持って押し寄せる地球軍は、怒涛の如く要塞へと迫っている。

 

 対してボアズ守備隊司令は、無理な出戦は避け、艦隊を要塞の前面に配置、要塞の火力と連携を取るように指示を出した。

 

 モビルスーツ部隊もまた無理な力攻めを避け、敵を要塞の防空圏内に引き込んで戦っている。

 

「敵部隊、D-3エリアへ侵攻!!」

「戦艦マハン損傷、後退します!!」

「ホーク隊、進路クリア、発進どうぞ!!」

「C-8エリアに火力を集中してください!!」

「カウラン隊帰還。直ちに補給作業に入ります!!」

 

 要塞司令部では、司令官の下へオペレーター達が次々と戦況を伝えて来る。

 

 今の所は、ザフト軍優位に戦況が推移している。

 

 長き戦いで消耗しているとはいえ、まだまだザフト兵の技量は地球軍兵士の技量を大きく上回っている。

 

 加えて彼等は、指示がなくとも戦況に対して即応できるだけの瞬時の判断力を備えている。こればかりはナチュラルばかりの地球軍には真似できない。

 

 現状は、決してザフト軍にとって不利では無い。

 

 このまま無理な戦いを避けて防戦に徹すれば、いずれはプラント本国からの援軍も期待できる。そうなれば、長駆侵攻してきた関係で疲弊している地球軍は撤退せざるをえなくなる。

 

 そこに追撃を掛ければ、ザフトの勝利は間違いない筈。

 

「ナチュラルどもめ、目に物を見せてくれるぞ」

 

 押し寄せる敵の大軍を移したモニターを睨みながら、司令官は自信に漲った呟きを放った。

 

 だがこの時、地球軍の一部が不気味な動きを見せている事に、まだザフト軍の誰もが気付いてはいなかった。

 

 奮戦を続けるザフト軍は、向かって来るストライクダガーやシルフィードダガーを、次々と撃ち落として行く。

 

 要塞砲と連携した濃密な火力を前にしては、さしもの大軍の地球軍でも、侵攻を停滞せざるを得ず、前線のモビルスーツ部隊は次々と火球に包まれて行く結果となる。

 

 だが、そんな中、

 

 戦線の一角が、次々と突き崩されて行く。

 

 アヴェンジャー。カラミティ、フォビドゥン、レイダーを先頭にした精鋭部隊が、立ちはだかるジン、シグー、ゲイツを次々と撃破して要塞へと迫っていく。

 

 ザフト軍も見慣れない新型に戸惑いながら、必死に応戦を繰り返す。

 

 しかし、機体性能では圧倒的に差を付けられ、パイロット能力も互角以上と言う相手には敵し得る物では無い。

 

 異形とも言うべき4機のモビルスーツを相手に、精強を誇るザフト軍と言えども、烏合の衆でしか無かった。

 

 その様子を、戦艦ドミニオンに座乗して見守っていたアズラエルは、手を叩いてはしゃいでいる。

 

「初陣からケチの付きっぱなしだったけど、あいつらもなかなかやるじゃないの」

 

 確かに、オーブ戦からこっち、敵のエース機相手に苦戦を強いられる事が多かった4機だが、今回の戦いにおいては圧倒的な力を見せつけている。

 

 ザフト軍は崩れた戦線を立てなおそうと必死になっているが、4機の攻撃力の前になす術も無い状態だ。

 

「カーチス・ルメイ、ドゥーリットルから通信です」

 

 程なく、指揮下にある2隻の母艦から連絡が入った。

 

 モニターに現われたのは、それぞれの艦を指揮するベルンスト・ラーズとウィリアム・サザーランドであった。

 

《道は開いたようですな》

《盟主、ご命令を》

 

 2人に促され、アズラエルは得意満面に立ち上がって腕を振るった。

 

「ピースメーカー隊発進。要塞ごとコーディネイターを焼きつくすんだ!!」

 

 アズラエルの命令を受け、2隻の戦艦から次々とメビウスが発進して行く。

 

 ピースメーカー隊。

 

 平和の担い手と銘打たれた部隊が、次々と勇躍して飛び立って行く。

 

 特殊な装備の為の改造が施されたそのメビウスは、腹の下に巨大なミサイルを搭載している。

 

 それらのメビウスが、4機のGATシリーズを始めとする護衛部隊が開いた道を通ってボアズへ接近して行く。

 

 事態に気付いたザフト軍側も迎撃しようとするが、ピースメーカー隊に取りつく前に撃ち落とされて行く。

 

 射程に入ると同時に、一斉にミサイルを切り離して行く。

 

 放たれたミサイルは、真っ直ぐにボアズへと向かって行く。

 

 その動きを、ザフト軍は黙って見ている事しかできない。

 

 やがて、最初の一発が、要塞の表面に命中した。

 

 次の瞬間、

 

 圧倒的な質量の白光が、着弾箇所から広がっていく。

 

 更に、後続するミサイルが、次々と着弾し、同様の光景を齎して行く。

 

 光と同時に、熱と衝撃の嵐が要塞内部に吹き荒れていく。

 

 1秒ごとにそれは広がり、ボアズは浸食されて行く。

 

 やがてそれは、無視し得ない破壊をもたらし、要塞全てを飲み込み始めた。

 

「こ、この熱量はッ!?」

 

 司令官が呻き声を発するが、その時には全てが手遅れだった。

 

 司令本部もまた、一瞬で爆炎と熱に包まれ、生きている全ての人間を業火の地獄へと叩き込んで行った。

 

 外からも、その光景を眺める事ができる。

 

 ボアズから発せられた光は、堅牢な要塞をあっという間に包み込み、沈めていく。

 

 要塞だけでは無い。周囲にいた艦隊やモビルスーツ隊も、逃れる事ができずに飲み込まれて行く。

 

 なまじ、火力の集中を図って部隊を密集させたのが完全に仇となった。

 

 ボアズ守備軍は、自分達の背後から襲い来る光と熱の侵略から逃れる事ができず、次々と焼き殺されて行く運命となった。

 

「いやー早いねえ。ザフト自慢の要塞も、流石に核には敵わなかったか」

 

 手を叩いて喜んでいるのは、アズラエルである。

 

 彼はまるで、最高のショーを眺めているかのように満面の上機嫌を浮かべていた。

 

 あそこで今まさに、数万人単位で人間が死んでいる等、考えもしない様子だ。

 

 恐らく考える必要も感じていないのだろう。このボアズの壊滅も、彼にとってはショーの一つに過ぎないのだから。

 

「アズラエル理事は・・・・・・」

 

 流石に溜まりかね、ナタルは口を開いた。

 

「いくら敵軍に対してとは言え、核を使う事を何とも思われないのですか?」

 

 尋ねるナタルに対し、モニターを見ていたアズラエルは振り返り、小馬鹿にしたような口調で返した。

 

「そりゃ、軍人さんの言葉とは思えませんね。勝ち目の無い戦いに『死んでこい』って言って送り出すよりも、僕の方がよっぽど優しいと思うけどね」

 

 そう言って肩を竦めるアズラエル。

 

 対してナタルは沈黙する。アズラエルの言葉に対して、効果的な反論ができないでいるのだ。

 

 確かに、一面においてはアズラエルの言葉も正しい。

 

 戦力の出し渋りがここまで戦争を泥沼化させ、前線で多くの兵士を犠牲にして来たのもまた事実だからである。

 

 しかし、だからと言って、核を使うのは行き過ぎのように思える。

 

 かつて、核の使用が条約で禁止されていたのは、何も倫理観だけの問題では無い。撃てば自分達も同様の報復をされる事を恐れたが故だった筈。

 

 その事を、アズラエルは全く理解していないように思えた。

 

「さあ、次はいよいよ本国だ。やっと終わるよ、この戦争もさ」

 

 まるで面倒事が漸く片付くかのように言いながら、艦橋を出ていくアズラエルを、ナタルは無言のまま見送る。

 

 その脳裏では、かつての上官の事が思い出されていた。

 

 どこまでも優しく、そしておおらかだった女性。

 

 彼女が今の自分を見たら、果たしてどう思うであろうか?

 

 

 

 

 

 ボアズ壊滅の瞬間は、プラント本国でも確認されていた。

 

 閃光に包まれ、壊滅して行く要塞。

 

 その様子を、パトリック達は呆然と眺めている事しかできない

 

「馬鹿な・・・・・・」

 

 誰かが呻く。

 

 このような事態になると、いったい誰が予想したと言うのか?

 

「・・・・・・おのれ、ナチュラルども」

 

 絞り出すように、怨嗟の声を発するパトリック。

 

 地球軍が使用した核兵器。それが誰の手によって敵に渡ったか、考えるまでも無く明白な事であった。

 

 ラクス・クラインがイリュージョンやフリーダムを強奪した事が、そもそもの原因だ。

 

 そして、アスラン。

 

 その追撃任務を言い渡されておきながら、それを全うしなかったばかりか、あまつさえ敵に寝返った愚かな息子。

 

 奴等の存在が、今日の悲劇を齎したのだ。

 

 血走った双眸を持ち上げる。

 

 もはや是非も無い。奴等が禁忌を侵したと言うなら、こちらも相応の報復手段に出るまでだった。

 

「クルーゼ!!」

「ハッ」

「ヤキン・ドゥーエに上がるッ」

 

 パトリックは決断する。

 

 地球軍は自分達が最強の切り札を持っていると錯覚しているようだが、それがいかに思い上がった事であるか、たっぷりと思い知らせてやる。

 

「ジェネシスを使うぞ!!」

 

 最早、形振りを構っている時ではない。

 

 この一戦で、思い上がったナチュラルどもに正義の鉄槌を下してやらねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍がボアズに侵攻したというニュースは、デブリ帯に潜伏しているL4同盟軍にも齎された。

 

 メンデルの戦いから2カ月。

 

 既に損傷機の修理が完了し、密かに兵力の拡充を行っていた同盟軍だが、それでも連合、ザフトと言う二大勢力と比べると見劣りせざるを得ない。

 

 無駄に消耗戦を行えば、あっという間に戦力が底をつく事になる。

 

 そこで、現状で取り得る戦略は、両軍が激突したのを見計らい、その横合いから介入する形で両軍の中枢を叩くと言う、悪く言えば漁夫の利を狙ったものであった。

 

 ザフト軍は地上から兵力を引き上げ、反対に地球軍は大軍を月に集結させている事を掴んでいる。その為、動くとすれば地球軍がプラントに侵攻する形で戦端が開かれる事は予想できていた為、同盟軍としても月周辺の監視強化に当たっていたのだ。

 

 その監視体制が図に当たり、同盟軍は地球軍の進撃を察知する事ができたのだ。

 

 艦隊に出撃命令が下る中で、キラとエストはアークエンジェルのブリッジへと上がった。

 

 既にメインスクリーンには、エターナルからラクス、アスラン、バルトフェルドが、大和からはトウゴウとユウキが、クサナギからはキサカとケンが顔を出していた。マリューとムウも、既に艦橋に立っていた。

 

「月艦隊がボアズに侵攻したって聞いたけど?」

「いよいよ動くのですか?」

 

 尋ねる2人に、一同は沈痛な表情を見せる。

 

 ややあって、ラクスが重々しく口を開いた。

 

《いえ、事態はもっと早く、最悪の方向へ動いてしまいました》

 

 ラクスの言葉を、アスランが引き継いだ。

 

《さっき、情報が入った。ボアズはもう、陥ちたそうだ》

 

 その言葉にキラも、そしてエストも衝撃を受けた。

 

 早すぎる。いったいどんな手を使えば、ザフト自慢の要塞がこうもあっさり陥落すると言うのか?

 

 だが、続いて出た言葉の衝撃は、一秒前の比では無かった。

 

《地球軍が、核攻撃を行ったんだ》

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに声を発したのはエストだった。

 

 核攻撃。

 

 まさか、そんな・・・・・・

 

 何かの冗談だと思いたかったが、居並ぶ面々の沈痛な表情が何よりも事実を物語っている。

 

「あいつだ・・・・・・」

 

 絞り出すように言ったのは、ムウであった。

 

 その顔には、苦悶と悔恨がハッキリと浮かび上がっている。

 

「あいつが、Nジャマーキャンセラーの情報を、地球軍に流したんだ」

 

 「あいつ」と言うのが誰の事を指すのか、キラとエストにはすぐに判った。

 

 ラウ・ル・クルーゼ。

 

 あのメンデルの研究所で遭遇し、キラやムウに衝撃の真実を叩きつけた仮面の男。

 

『間もなく最後の扉が開く。私が開く』

 

 あの言葉は、こう言う意味だったのだ。

 

 だが、最悪の目を出す形で、債は投げられてしまった。

 

 かつて「血のバレンタイン事件」の直後、プラントは核で地球に報復する事をしなかった。代わりにNジャマーを大量に地球を打ち込んだ。

 

 ある意味で自制を効かせたと言えない事も無いが、今回の件でそれも有耶無耶となった。もはやプラントも、黙っていると言う事は無い筈だ。

 

 まさに、クルーゼの言った通り、人間は滅びの道を選んでしまったのだ。

 

 突然、自分の手をキュッと握られ、キラは思わず振り返る。

 

 傍らのエストが、いつの間にかキラの手を握りしめていた。本人も意識していないのか、自分が何をしているのか気付いていない様子だ。

 

 力いっぱい握られた小さな手が、キラには少女の内面を如実に表しているように思えた。

 

 

 

 

 

 フレイが展望デッキに入ると、先客がいる事に気付いて足を止めた。

 

 ボアズ攻略戦において最も活躍した彼女だが、内に籠った乾きにも似た感情が晴れたかと言えば、聊かもその限りでは無かった。

 

 殺したのはコーディネイターの一部に過ぎず、彼女の復讐は達成されたとは言い難い。

 

 しかも、キラとエスト。本当に殺したい2人はまだ生きているのだ。

 

 まだ足りない。彼女の渇きを潤すには、まだまだ殺して、殺して、殺し尽くす以外に無かった。

 

 展望デッキに来たのは、この渇きを少しでも軽減したいと思ったからだった。

 

 何も無い漆黒の空間でも、外を眺めていれば少しは気分も落ち着くと思った。

 

「バジルール少佐?」

 

 先に立っていたのが、顔見知りの女性と知り、フレイは幾分柔らかい声で呼びかけた。

 

 アズラエルや、部下であるオルガ達を相手にする時とは違う、少し弾んだような声が、少女の口から発せられる。元々の知り合いであるナタルは、この艦で唯一フレイが気を許せる相手でもある。

 

「アルスター中尉か。今日はご苦労だったな」

 

 ナタルも優しい声で応じる。

 

 アークエンジェルに乗って、今の自分と同じ階級だった頃の彼女は、とにかくきつい女性と言う印象しか無かったが、今はどちらかと言えば少し丸くなった印象が見て取れた。

 

 そんなナタルの横に、フレイは並んで立って星の光に目をやる。

 

 美しい光景だ。宇宙に居住を得たコーディネイターでなくとも、この先には何があるのか、と言う事を夢想せずにはいられない。

 

「・・・・・・これでやっと、終わりますね」

 

 この時、期せずしてフレイは、戦闘直後にアズラエルが言ったのと同じ言葉を口にしていた。

 

 何が? とはナタルも聞かない。主語が何であるかは考えるまでも無いからである。

 

 代わって、ナタルは少し悲しそうな目をフレイに向ける。

 

 アークエンジェルに彼女が乗り込んで来た時の事は、ナタルも憶えている。

 

 婚約者であるサイ・アーガイルと再会できたことを喜びながらも、これから自分達が進む未来に対する不安を抱いていた。多少の行き過ぎはあったかもしれないが、感情表現が豊かな愛らしい少女。それが、ナタルのフレイに対する評価だった。

 

 それが今では、全身を戦争と言う染液に浸し、完全に染まりきっていた。

 

 あの無垢だった少女が、否、無垢過ぎたからこそ、彼女はこうも簡単に染まってしまったのかもしれなかった。

 

「・・・・・・どうしました?」

 

 フレイが怪訝そうな顔を向けているのに気付き、ナタルは微笑を浮かべて答えた。

 

「いや、次も宜しく頼むぞ」

「はい」

 

 そこだけは、無邪気に頷きを返すフレイ。

 

 変わっているようで、変わっていない事もある。

 

 願わくば、昔のフレイに立ち戻ってほしいと思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、作戦が発動される事となった。

 

 デブリ帯を発したL4同盟軍は、地球連合軍を追い掛ける形で、進路をプラント方面へと向けていた。

 

 急がねばならない。

 

 核が一発でも、プラントに落ちてからでは遅いのだ。

 

 これ以上の悲劇を防ぎ、かつ、両軍が果てしない殲滅戦に転がり落ちて行くのを、何としても止めなくてはならない。

 

 だが、L4同盟軍の位置からでは、先行する地球軍艦隊に追いつくのは難しい。

 

 そこでL4同盟軍が切り札として持ち出したのが「ミーティア」である。

 

 「Mobilesuit Embedded Tactical EnfORcer」の略称であり、普段は砲塔として戦艦エターナルの艦首部分に装備されているが、実際は分離可能で、フリーダムとジャスティスの専用強化兵装とする事ができる。

 

 莫大な推力を誇る推進機は、比類ない加速力を実現している。

 

 更に、120センチ高エネルギー収束火線砲、93・7センチ高エネルギー収束火線砲、大型ビームソード、60センチエリナケウス艦対艦ミサイル等を装備し、圧倒的な火力を誇っている。

 

 さながら、小型戦艦とでも形容すべきだろう。

 

 このミーティアの存在こそが、エターナルがフリーダムとジャスティスの専用運用艦である事を如実に表している。

 

 言わば両機とエターナルは、それ自体がひとまとめで1ユニットと捉える事もできる。以前トウゴウが語った「艦機一体システム」を、より先鋭化した形で完成させた物だった。

 

 そして今、エターナルから分離したミーティアが、フリーダムとジャスティスとドッキングしようとしていた。

 

《連合軍はプラント側が、自分達が核を持っている事を知っているのは、先刻承知の筈じゃ》

 

 発言したのはトウゴウである。

 

《それでなくとも、ヤキン・ドゥーエの防備の厚さでは一朝一夕では突破できない事も理解しておるじゃろう》

《連合としては、極力、核搭載部隊の損耗は減らしたいと考える筈だ》

 

 バルトフェルドが後を引き継ぐ。

 

《そうなると、連中が取る戦術も限られて来る筈だ》

 

 かつては「砂漠の虎」の異名で恐れられた名うての戦略家には、既に地球軍が取るべき行動が見えていた。

 

 恐らく地球軍は大軍で持ってヤキン・ドゥーエ前面に布陣し、激しく攻撃を仕掛ける筈だ。そうなると、ザフトの主力軍は要塞前面に釘付けにされてしまう事になる。

 

 そこに、手薄になった宙域を突破して、核搭載部隊をプラント前面に押し出して来る筈。

 

 気付いた時には既に、ザフト軍は大軍に拘束されて身動きが取れず、プラントに向かう核ミサイルを見送るしかなくなってしまう。

 

 大兵力の地球軍だからこそできる、完璧で、しかも隙が生じにくい戦術だ。

 

 もし、これが成功したら、プラントの、否、コーディネイターの命運は決してしまうだろう。

 

 だからこそ、自分達が行かなくてはならない。

 

 まずは足の速い、フリーダムとジャスティスが先行する。次いで、イリュージョンが単独で続行、更にその後から主力部隊が続く形となる。

 

 既に第1陣として進発する、フリーダム、ジャスティス、そしてイリュージョンの準備は終わっていた。

 

「用意は良いね?」

「はい」

 

 キラが呼びかけると、後席のエストが静かに答えて来る。

 

 今回、切り札はミーティアだけでは無い。イリュージョンにもまた、切り札となるべき武器が搭載されている。

 

 今までは、あまりに威力が高過ぎた為、使用を控えて来た武装だ。しかし、最早そのような事を言っている時ではない。

 

 この一戦でキラとエストは、今まで使用を躊躇って来た切り札の封印を解く事を決断していた。

 

 シグナルが灯る。

 

 最後の決戦が、今、始まろうとしていた。

 

「行くよ、エスト」

「はい、キラ。あなたと一緒なら、どこまでも」

 

 頷き合う2人。

 

 次の瞬間、幻想の翼は雄々しく羽ばたき、宇宙の深淵へと飛び立った。

 

 

 

 

 

PHASE-34「行動可能」      終わり

 



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PHASE-35「光の聖剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 L4同盟軍がヤキン・ドゥーエ宙域を目指して航行している頃、既に地球連合軍とプラント防衛軍との間では戦端が開かれていた。

 

 数では圧倒的に勝る地球連合軍は弓なりの形状になっているヤキン・ドゥーエ前面へ怒涛の如く押し寄せ、圧倒的な火力をザフト軍へと叩きつけている。

 

 対するザフト軍は、いかに精鋭を集めた主力軍とは言え、地球軍に比べると圧倒的に数は少ない。せいぜい3分の1程度の戦力しか無い。

 

 しかしザフト兵士達の技量は、今なお地球軍兵士のそれを凌駕している。それは地球軍がモビルスーツを正式採用してからも変わりは無い。火力戦ならともかく、機動兵器を投入しての接近戦であるなら、ザフト軍の側に分がある。

 

 こうして地球軍とザフト軍は、要塞前面において一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 ザフト軍の懸念材料としては、要塞ボアズを完全破壊した核攻撃部隊の存在だった。

 

 あの部隊に要塞に取り付かれたら、ヤキン・ドゥーエもボアズと同様、崩壊の憂き目にあう事は間違いない。

 

 だが、既に映像解析により、核攻撃部隊は巨大なミサイルを抱えたメビウスによって構成されている事が判っている。

 

 相手がメビウスなら何百機来た所でモビルスーツの敵ではないし、ただでさえ鈍い運動性が、ミサイルを抱えた事で更に鈍くなっている事は疑いない。出て来た所で、ザフト軍にとっては良いカモでしか無かった。

 

 その為、地球軍としてはまず先にザフトの防衛ラインに穴をあけ、そこからメビウス隊を突入させる筈だ。既にボアズから辛うじて敗走してきた兵士達から、地球軍が同様の作戦を行った事が齎されている。

 

 つまり、防衛ラインさえ強固に保っていれば、地球軍は核攻撃部隊を発進させる事ができない事を意味している。

 

 その為ザフト軍は、ほぼ全軍を出撃させて地球軍の迎撃に当たっていた。

 

 そしてその中には、ジュール隊とエルスマン隊の両部隊も加わっていた。

 

「怯むなッ!! ここを抜かれたら、もう後は無いぞ!!」

 

 イザークはデュエルを駆って最前線に立ちながら、向かって来るだがー部隊を次々と撃ち抜いて行く。

 

 元々、エリート部隊であるクルーゼ隊の出身であり、数々の激戦を潜り抜け、名実ともにザフトトップの歴戦パイロットとして名が知られているイザークである。その下に配属された部下達の士気も高い。

 

「隊長に続け!!」

 

 量産化された緑色のゲイツが、デュエルに続いて敵陣へと斬り込んで行く。

 

 彼等はここに至るまで、イザークの厳しい訓練に耐えて来た者達だ。実戦経験は無くとも、ナチュラル兵士を上回る戦闘力を発揮し、突撃する隊長に追随していた。

 

 その隣の宙域では、エルスマン隊も奮戦していた。

 

「このォ 近寄らせる訳にはいかないっての!!」

 

 ディアッカが叫ぶと同時に、バスターは対装甲散弾砲と肩部のミサイルを一斉発射し、群がって来るダガーを根こそぎにする。

 

 その脇では、同様に砲撃を行っているエルスマン隊のゲイツが見える。

 

 こちらは隊長と共に突撃したジュール隊とは違い、一定の距離を置きつつ火力を集中するやり方で、地球軍の進行を阻んでいる。

 

 しかも、ただ砲撃を行っているのではない。ディアッカは部隊の火力を可能な限り、一点に集中させるように指示していた。これにより、地球軍の隊列には無視し得ない穴が開く事になり、そこを別の部隊が更に突っ込んで攻撃し、戦線崩壊を誘発している。

 

 今まで火力重視の機体を乗りこなし、ザフトの誰よりも砲撃戦を理解しているディアッカならではの戦術と言える。

 

 その他の部隊も、各宙域で戦線を支え、地球軍の進行を水際で撃退している。

 

 全体的に見て両者互角、ややザフトが有利と言う形で戦局は推移している。

 

 このまま守りに徹すれば、地球軍を撃退する事も不可能ではない。

 

 ザフト軍の誰もが、そう思うようになっていた。

 

 その様を、戦場から遥かに離れた宙域から見守る目があった。

 

「そろそろ、ですかね」

 

 ドミニオンの艦橋で、アズラエルはそう言ってほくそ笑む。

 

 モニターには、必死の防戦で地球軍の主力部隊を押しとどめているザフト軍の姿が映っている。

 

 その様を見て、アズラエルは笑っていた。

 

 これが笑わずにいられようか。奴等は自分達を「優れた種」などと自称しておきながら、こっちの作戦に誰一人として気付いていないのだから。

 

「さあ、始めましょう」

 

 謳い上げるように、アズラエルは指示を出した。

 

 

 

 

 

 出し抜けにデュエルのセンサーが、プラントに向かう一群の機影を捉えた。

 

「あれはッ!?」

 

 呻くイザーク。

 

 その目には、腹に巨大なミサイルを抱えた多数のメビウスが、ゆっくりした速度でプラント方面へ向かう様子が見えていた。

 

 その瞬間、全てを理解する。

 

 地球軍の狙いは、初めから要塞では無かったのだ。主力軍で持ってザフトを引きつけておき、その間にプラント本国を叩く目的なのだ。

 

 ザフト軍は今や、完全に要塞前面に釘付けとなり、核攻撃部隊の進路を阻める者は1人もいない。

 

「奴等を止めろ!!」

 

 イザークの叫びに、周囲の部隊が一斉に反転する。

 

 しかし、それを待っていたかのように地球軍は、進路を変えたザフト軍に猛攻撃を加えて来た。

 

 横撃を行う形で行われた攻撃に、ザフト軍のモビルスーツ隊は次々と火球に包まれ爆砕して行く。

 

 更に、4機の不吉な影がザフト軍の進路を遮る。

 

 ピースメーカー隊と共に出撃したアヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーもまた、戦線に加わり、ザフト軍のモビルスーツを叩き落として行く。

 

「行かせないわッ!!」

 

 フレイが言い放つと同時に、アヴェンジャーは7つの砲門を一斉発射、ゲイツを砕き、シグーを吹き飛ばし、ジンを炎に沈めていく。

 

 そこへ、デュエルが飛来する。

 

「貴様ァ そこをどけェェェェェェ!!」

 

 ビームサーベルを抜き放ち、アヴェンジャーに斬りかかるデュエル。

 

 だが、フレイは巧みに機体を操って後退、デュエルの斬撃を回避すると同時に、苛烈な砲撃によって反撃を行う。

 

「クッ!!」

 

 イザークはとっさにシールドを掲げて防御するが、嵐のようなアヴェンジャーの攻撃を前に、身動きが取れなくなってしまう。

 

 そこへ、ディアッカ率いるエルスマン隊も戦場に到着する。

 

「やらせないっての!!」

 

 叫ぶと同時に、バスターが持つ超高インパルス長射程狙撃ライフルを放つディアッカ。

 

 しかし、戦艦の装甲すら紙のように貫く太い閃光は、その前に立ちはだかったフォビドゥンがゲシュマイディッヒパンツァーを展開して防御。明後日の方向に軌道を逸らされてしまう。

 

 それまで秩序だった防衛戦を展開していたザフト軍の戦列は、今や完全にバラバラとなり、各所で地球軍の大軍に押され始めている。

 

 その脇を、ピースメーカー隊が悠々と通過して行く。

 

 ザフト軍の兵士達は、その様を指をくわえて見ている事しかできない。

 

「誰か、誰か止めろ!!」

 

 アヴェンジャーの攻撃を必死にかわしながら、イザークもどうにか前に進もうとするが、フレイは巧みにデュエルの進路を遮って行く手を阻む。

 

 やがて、ピースメーカー隊は一斉にミサイルを発射した。

 

 ただ1発で、かつてプラント1基を完全破壊したミサイル。それが100発以上。コーディネイターを殺しつくして尚、お釣りがくる威力だ。

 

 絶望が、戦場を覆い尽くす。

 

 最早、止める事はできない。

 

 ゆっくりと流れていくミサイルを、ザフトの兵士達は呆然と眺める。

 

 やがて、閃光と爆炎が彼等の大切な物を全て飲み込む事になるだろう。

 

 プラントは、コーディネイターは終わる。

 

 最早、奇跡でも起こらない限りは、未来を覆す事はできない。

 

 そう奇跡が起こらない限りは。

 

 

 

 

 

 次の瞬間

 

 

 

 

 

 起こった

 

 

 

 

 

 奇跡が

 

 

 

 

 

 二条の流星が、遥か彼方から飛来する。

 

 絶望を払い、奇跡を起こす光が舞い降りる。

 

「あれはッ!?」

 

 いち早く、イザークがその存在に気付いた。

 

 ミーティアを装備したフリーダムとジャスティスは、プラントに向かう各ミサイル群に追いすがる形で飛来、一斉にロックオンを掛ける。

 

「やるぞ、ラクス!!」

《はいッ!!》

 

 アスランとラクスは頷き合うと同時に、ミーティアの持つ全火力を解放した。

 

 ミサイルが飛び、ビームが奔る。

 

 たった2機のモビルスーツ。

 

 しかし、その2機のモビルスーツが、戦艦並みの火力で持って砲撃を開始した。

 

 プラントに向けて放たれた核ミサイルは、フリーダムとジャスティスからの砲撃を受け、目標のはるか手前で、次々と爆砕され、誘爆して行く。

 

 元々、圧倒的な火力で敵部隊を殲滅する事を目的としたミーティアである。ただ、ゆっくりと真っ直ぐ飛ぶだけのミサイルを撃ち落とすくらい訳無かった。

 

 次々とミサイルが誘爆し、光の壁を形成して行く。

 

 戦っていたザフト軍と地球連合軍が、それぞれ別の意味で唖然としたのは言うまでも無い事である。

 

 だが、まだ終わりでは無い。何しろミサイルは無数にある。フリーダムとジャスティスがカバーしきれなかったミサイルが、未だにプラント目指して飛翔している。

 

 その数は、まだ数10発を数え、プラントを壊滅状態に陥らせるには充分である。

 

 だが、二の矢は既に放たれていた。

 

 飛んで来るミサイル群の前に、双翼を広げた幻想の戦天使が立ちはだかる。

 

 フリーダムとジャスティスの後方から追いすがる形で続行したイリュージョンだったが、今にも絶望と共に訪れようとする破滅に、辛うじて間にあったのだ。

 

「良いね、エスト?」

「はい」

 

 コックピット内で、キラとエストは言葉を交わすと、キーボード上のキーを手早く押しパスワードを打ち込む。

 

「パスワード認証。コード『ヌァザ』封印解除」

「承認。回路接続。全動力を『光の聖剣』へ」

「イリュージョン、砲撃モードへ移行」

 

 変化が起こる。

 

 イリュージョンの背部に備わった双翼の一部が開き、中から何かがせり出してきた。

 

 それは肩越しに展開し、更にジョイントがロックされると、長さが倍にまで伸びる。

 

 大砲である。それも、かなり巨大な。

 

「砲身展開完了。エネルギー充填開始」

「砲撃モードは『拡散』に設定」

「設定良し。目標、マルチロックオン。砲撃準備完了」

 

 イリュージョンの持つ全エネルギーが、砲塔へと充填され、砲門が光り輝く。

 

 既に核ミサイルは至近に迫っている。

 

 ここが最終防衛ラインだ。ここで防げなかったら、プラントは終わり、そして坂を転がるように人類は終焉へと向かうだろう。

 

 キラの、そしてエストの目が、迫りくる多数のミサイルをしっかりと睨み据えた。

 

 そして、次の瞬間、

 

 

 

 

 

「「クラウ・ソラス、発射ァ!!」」

 

 

 

 

 

 閃光が、迸る。

 

 イリュージョンが備えた2門の砲身から、人間の可視限界を越えた光の奔流が解き放たれた。

 

 超高密度プラズマ収束ビーム砲「クラウ・ソラス」

 

 光の聖剣の名を冠したこの武器こそが、イリュージョンの最後の切り札である。

 

 Nジャマーキャンセラーと核エンジンによってもたらされた莫大なエネルギーを、ただ1回の砲撃に注ぎ込む事によって、戦艦の主砲すら上回る砲撃を可能とする一撃。

 

 一点にエネルギーを集中する収束モードと、空間その物を薙ぎ払う拡散モードへと切り替えが可能で、その絶大な威力は想像を絶するとさえ言える。

 

 その威力の高さゆえに、キラとエストはこれまで使用を躊躇い、長く封印してきたのだ。

 

 しかし今、イリュージョンはプラントを守る為に、自身の最強の力を解き放っていた。

 

 あるいはそれは、初めて全力を発揮できる場所を与えられたイリュージョンの、歓喜の叫びであったのかもしれない。

 

 イリュージョンは多数のミサイルを一網打尽にする為、拡散モードでクラウ・ソラスを放った。

 

 フリーダムとジャスティスの迎撃を振り切った残存ミサイルも、文字通り、空間ごと根こそぎにする砲撃を前にしては成す術も無く、次々と火球に変じる形で爆砕して行く。

 

 勿論、プラントにはかすり傷一つない。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 呆然とそう呟いたのは、ドミニオン艦上のアズラエルである。

 

 彼が自信を持って放ったピースメーカー隊が、

 

 憎きコーディネイター共を焼き殺す核ミサイルが、

 

 僅か一瞬で壊滅してしまったのだ。

 

 追いついて来た同盟軍の主力部隊も戦線に加わり、残ったミサイルやメビウスを駆逐して行く。

 

 更に、戦線を突破したザフト軍の部隊も攻撃に加わり、今やピースメーカー隊は、凶悪な猟犬に狩られるだけの、無力な兎と化していた。

 

《地球軍は、ただちに攻撃を中止してください》

 

 そこへ、全通信回線を通じて、澄み渡るような少女の声が聞こえて来た。

 

 ラクスである。

 

 フリーダムを操縦する彼女は、エターナルに中継してもらう形で、宙域全体に自分の声を流しているのだ。地球軍にも、そしてザフト軍にも聞かせるように。

 

《あなた方は何を撃とうとしているのか、本当におわかりですか?》

 

 その声に、ザフト軍にさざ波の様な動揺が奔る。

 

 ラクス・クラインが、

 

 プラントを裏切ったかつての歌姫が、今この段になって、自分達の前に現われた。

 

 しかも彼女達は、身を呈して自分達の故郷を、プラントを守ってくれた。

 

 その事実が、彼等の中に動揺を呼びこんでいる。

 

 政府の発表で、ラクスが裏切った事は知っていても、潜在的なラクスの支持者は未だに根強くザフト兵士の中に存在している。そんな彼等にとって、政府の発表は俄かには信じられないものであったのだ。

 

 彼等にとっての事実は一つ。ラクスが目の前に現れ、プラントの危機を救ってくれた。

 

 ただ、その一点のみであった。

 

 

 

 

 

 一方、そんなラクスの演説を苦々しく聞いている者もいる。

 

 現プラント最高評議会議長パトリック・ザラである。

 

「フンッ 小娘が、小賢しい真似をッ」

 

 彼にはラクスの腹の内が読めていた。

 

 あの、したり顔の小娘は自分達でNジャマーキャンセラーの情報をナチュラルに売り渡し、プラントの危機を誘発しておいて、絶好のタイミングで現われてその危機を救って見せたのだ。

 

 大したパフォーマーだ。流石は元歌姫と言うべきだろう。

 

 だが、そんな汚い手に誰が乗ってやる物か。死んだ父親の代わりにプラントに返り咲いて、政権を奪取しようと言うのだろうが、そうはいかない。

 

「構わん、放っておけ。こちらの準備も整った!!」

 

 そう、たった今、準備が整ったとの報告があげられたばかりだ。

 

 ラクス達は、その手伝いをしてくれたような物だ。その点だけは、感謝してやっても良い。だが、最後に勝つのはラクス・クラインなどと言う、道理も何もわきまえない、無知な小娘では無い。このパトリック・ザラなのだ。

 

「全部隊を下がらせろ。エザリア、ジェネシス、最終段階だ!!」

 

 パトリックの命を受けて、衛星の軍本部で指揮をとっているエザリアは頷きを返す。

 

「我等の真の力、今こそ見せてくれるわ!!」

 

 

 

 

 

 その電文は、ザフト全軍に送信されていた。

 

 最前線近くで通信を受け取ったイザークは、訝りながら読み上げる。

 

「『全軍、射線上より退避。これよりジェネシスを使用する』だと!?」

 

 驚愕に目を見開く。

 

 ザフト軍が決戦に向けて最終兵器の開発を秘密裏に行っており、それがジェネシスと言うコードネームであると言う事は知っていたが、イザークとしては話半分の眉つば程度に聞いていたのだが。

 

 まさか、実在したとは。

 

 そこで、ハッと顔を上げた。

 

「下がれ、ジャスティス、フリーダム!! ジェネシスが撃たれる!!」

 

 絶叫に近いイザークの声は、ジャスティスの通信機でも拾う事ができた。

 

「イザーク?」

 

 核ミサイルを一掃したフリーダムとジャスティスは、ミサイルを撃ち尽くした事で、一旦退避に掛かっていた所だ。そこへきて、突然昔の仲間からの通信に、アスランは戸惑いを覚えていた。

 

 しかも、ジェネシスと言う単語には聞き憶えがない。いったいそれは如何なる物なのか?

 

《とにかく、ここは退きましょうアスラン。何か嫌な予感がいたします》

「そうだな」

 

 ラクスの言葉に頷き、機体を宙域から離脱させる。

 

 変化は、そのすぐ後に起こった。

 

 ヤキン・ドゥーエの後方。

 

 それまで何もないと思っていた空間に、突如として巨大な物体が出現したのだ。

 

「馬鹿な・・・・・・どうして今まで気づかなかったの!?」

 

 アークエンジェルの艦橋で、マリューが驚愕の呻きを発する。

 

 全体的に通信用のパラボラアンテナのように見えるそれは、それ自体が小型の要塞並みの大きさを誇っている。

 

 これこそがジェネシス。

 

 ザフト軍が総力を上げて建造した、決戦の為の切り札である。

 

 表面は全面にフェイズ・シフト装甲を施されているが、今の今までミラージュコロイドを展開して、ヤキン・ドゥーエ後方に伏せていたのだ。肉眼でもセンサーでも発見できなかったのはその為である。

 

「Nジャマーキャンセラーを起動。ニュークリアカードリッジを単発発射に設定」

「全システムオールグリーン。発射準備完了」

 

 ジェネシス前面に、円錐状をした一次反射用ミラーが展開される。

 

 これで、全ての準備は整った。

 

 パトリックは立ち上がり、腕を鋭く振るう。

 

「この一撃が、我らコーディネイターの創世の光とならん事を」

 

 一拍置いて、命を下す。

 

「発射ァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ジェネシスから溢れ出た光がミラーへと反射。

 

 それが爆発的な閃光となって迸る。

 

 想像を絶するに余りある、巨大な閃光。

 

 それが真っ直ぐに伸び、深淵の宇宙空間をまがまがしい光で斬り裂いて行く。

 

 その射線上には、コーディネイターを撃滅する為に長駆進行してきた、地球連合軍の大艦隊が存在している。

 

 ジェネシスから伸びた光は、

 

 地球軍艦隊の主力を薙ぎ払う形で直撃した。

 

 射線上にあった全ての艦艇が、モビルスーツが、

 

 あらゆる物が光に飲み込まれ、そして爆散して行く。

 

 この世に顕現する、阿鼻叫喚の地獄。

 

 逃れられた者は、存在しなかった。

 

 通信機からは、耳を劈くような悲鳴が迸って来て、聞いていた通信手は思わずヘッドホンを投げ捨て、その場で嘔吐する。

 

 だが、その悲鳴すら、やがては光の中に飲み込まれて消滅して行く。

 

 惨劇と言うほかに形容のしようの無い状況。

 

 一撃。

 

 ただの一撃で、地球軍は壊滅的な損害を被ったのだ。

 

 多くの艦や機動兵器が破壊され、生き残った艦艇も損傷艦が多数存在している。

 

 地球軍は核攻撃などと言う安易な手段に出た報いを、その何十倍もの規模に拡大して叩き返されたのだ。

 

 やがて光が終息した時、地球軍艦隊の隊列にはぽっかりと穴があき、恐るべき量の人命が失われた事を如実に表していた。

 

 敵も、味方も、誰もが言葉を失い呆然としている。

 

 あまりに現実離れした光景に、誰もが目の前の光景を現実として受け入れる事ができないでいるのだ。

 

「ジェネシスは、最大出力の60パーセントで照射」

「地球軍は、戦力の5割を喪失したと判定」

「冷却開始、照準ミラーブロック、換装始め」

 

 次々と齎される報告を聞きながら、パトリックは満足な笑みを浮かべていた。

 

 これでボアズの借りは返した。だが、まだ足りない。ナチュラルどもが今までしでかしてきた罪の重さを思えば、こんな物はまだ序章に過ぎないのだ。

 

「流石ですな、ザラ議長」

 

 発言したのは、彼の背後に控えていたクルーゼだった。

 

「ジェネシスの威力。これほどの物とは」

 

 それに対し、パトリックは何も答えない。ただ一瞥をくれただけで、視線はモニターに映っているエザリアの方へと移された。

 

「何をしている、エザリア。これを機に、奴等を叩き潰してやれ」

 

 指示を受けて、エザリアは慌てて指揮下の部隊に命令を下して行く。

 

 ジェネシスの一撃によって、既に地球連合軍は体を成していない。これを機に、徹底的な掃討戦を行うのだ。

 

「・・・・・・戦争は、勝って終わらなくては意味があるまい?」

「確かに」

 

 パトリックの言葉に、クルーゼは追従するように頷く。

 

 だが、その仮面の下では、酷薄な笑みがくっきりと刻まれていた。

 

 

 

 

 

 ドミニオンは、辛うじて生き残っていた。ジェネシスの射線が、僅かに艦のいる宙域から外れていた為だ。

 

 だが、状況は最悪の極北を極めている。

 

 先程から通信回線を通して、自軍の惨状が伝えられて来る。

 

 機関が損傷して動けなくなった艦、司令部と連絡が取れなくなった部隊、母艦が撃沈されたモビルスーツが、悲鳴に近い声を通信機でアがている。

 

 それはドミニオンの艦橋でも同じで、誰もがあまりの事態に呆然としていた。

 

「浮足立つな!! 旗艦ワシントンの信号は確認できるか!?」

 

 ナタルの声に叱咤されるように、クルー達は慌てて確認作業に入る。

 

「ダメです。ワシントンの識別コード、確認できません!!」

「クルック、およびクラントの反応も無し!!」

 

 つまり地球軍は、総旗艦と、次席指揮官を一度に失った事になる。

 

 ナタルは視線を、先程までしたり顔をしていた男へと向ける。

 

 アズラエルは沈黙したまま、強く椅子のアームレストを握りしめている。どうやら敵に対する怒りによって、出る言葉も失っているらしい。

 

 だが、ナタルはアズラエルに構っている暇は無い。黙っているならちょうど良い、その身分を拝借させてもらおう。

 

「信号弾上げろッ 全軍を本艦を中心に集結させるんだ!!」

 

 民間人とは言えアズラエルの名前は大きい。彼がこの艦に乗っている以上、艦隊を集結させる理由としては充分だった。

 

 ザフト軍の追撃がいつ来るか判らない以上、何としても残っている味方を救う必要がある。その為にも、一刻も早い部隊の集結が必要であった。

 

 

 

 

 

《我等が勇敢なる、ザフト兵士の諸君!!》

 

 パトリックの声が、全宙域に発せられる。

 

《傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない!!》

 

 その声は、同盟軍の戦艦や機体でも受信されている。

 

 聞いているアスランなどは、複雑な思いを隠せずにいる。

 

《プラントに向けて放たれた核・・・・・・これは最早、戦争では無い。虐殺だ!!》

 

 イリュージョンのコックピットで、キラは思わず操縦桿を強く握りしめた。

 

 ならば、たった今自分達がした事は何だ?

 

 これを虐殺と呼ばずして、何と言うのだ?

 

 テロリストだったキラも、何度か無抵抗の人間を殺戮した事はある。しかし一度として、自分の成した行為を欺瞞で塗り固めて言い訳をした事は無い。

 

 無論、自分がしてきた行為を正当化するつもりはないが、だからこそ、欺瞞に満ちたパトリックの言葉には苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

《そのような残虐な行為を平然と行うナチュラル共を、もはや我等は、決して許す事はできない!!》

 

 その言葉に煽られるように、ザフト軍の反撃が開始された。

 

 指揮系統が混乱し、右往左往している地球軍に襲い掛かると、次々と砲撃を浴びせて撃ち落として行く。

 

「キラ、あれを!!」

「ッ!?」

 

 エストの言葉に導かれて振り返ると、ザフト軍のモビルスーツが、身動きの取れなくなった地球軍機に襲い掛かっているのが見えた。

 

 地球軍は武装も推進機も破壊されている機体が多く、どの機体も抵抗らしい抵抗ができないでいる。

 

「やめろォォォォォォ!!」

 

 キラの叫びと共に、イリュージョンは両腰からラケルタを抜き放って斬り込む。

 

 クラウ・ソラスは1発撃つと長い冷却時間が必要になる為、事実上、1度の会戦で1発が限界だった。キラ達が使用を控えていたのは、その為でもある。

 

 狂騒に走っているザフト軍に斬り込むと、その武装を、手足を、頭部を斬り飛ばして行く。

 

 離れた敵には狙撃砲やビームライフル、ビームガトリングを容赦なく浴びせる。

 

 イリュージョンの圧倒的な戦闘力を前に、次々と戦闘力を喪失して行くザフト軍機。

 

 だが、いかにイリュージョンが強大な力を発揮し、キラが超人的な操縦で圧倒し、エストが的確にサポートしたとしても、カバーできるのはほんの一握りの区画だけでしか無い。

 

 奮戦するキラ達の手から零れ落ちるように、ザフト軍は飢えた獣のように地球軍へ襲い掛かっている。

 

 もはや、イリュージョン1機で押さえられる物では無い。

 

《キラ、エスト、戻って!! こっちも一旦、体勢を立て直すわよ!!》

 

 悲鳴に近いミリアリアの声が、スピーカーから聞こえて来る。

 

 あまりの事態に、新たな対処が必要となっている。その為、同盟軍としても対応の仕方を変える必要性が出ていた。

 

「戻りましょうキラ。どのみち、このままでは何もできません」

「クッ!!」

 

 唇をかむキラ。

 

 エストの言っている事は正しい。どんなに頑張ったところで、狂躁状態のザフト軍を1人で押しとどめる事は不可能だ。

 

 だが、しかし・・・・・・

 

 今もキラの目の前では、地球軍機が次々と犠牲になっていく。

 

 その状況を、キラは手をこまねいて見ている事しかできないでいた。

 

「キラッ!!」

「・・・・・・判った」

 

 悔しさを滲ませて、キラはイリュージョンを反転させる。

 

 核を止めれば、戦争は終わると思っていた。

 

 人類は救われると思っていた。

 

 だが、現実は更なる悲劇を呼び起こしたに過ぎない。

 

 いったい、自分達がした事は何だったのか?

 

 ただやるせない徒労感だけが、キラとエストの心を支配していた。

 

 

 

 

 

PHASE-35「光の聖剣」      終わり

 



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PHASE-36「賽は投げられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳ざわりだった。

 

 彼が自分の上司でなかったら、とっくの昔に艦橋から放り出しているところである。

 

「ああそう!! そうだよ!! ったく、冗談じゃない!!」

 

 通信機に向かって喚き散らすアズラエルを余所に、ナタルは暗澹たる気持ちで自軍を眺めていた。

 

 あの予期し得なかった攻撃の後、勢いに乗るザフト軍の追撃を辛うじて振り切り、どうにかデブリの影に集結する事に成功した地球軍だったが、その姿は、月を発した時の偉容など見る影も無かった。

 

 集まったのは、全軍の半分にも満たず、しかもその多くが損傷機や負傷者を抱えている有様だった。

 

 各艦の艦内では、今も負傷者の収容に大わらわの状態である。

 

 各所で悲鳴と怒号が交錯し、軍隊としての秩序は崩壊したも同然である。

 

 結局、地球軍は自分の首を自分で締めたのだ。

 

 核などと言う安易な選択に頼ったツケがこの有様だ。自軍の損害を最小限にするなどとのたまいながら、結局、より以上の損害を被っている。

 

 犠牲になった兵士たちこそ、哀れと言う物だ。

 

 そして、その最大の責任を負うべき人物は、自分の苛立ちのはけ口ばかりを求めて、通信機の向こうに喚き散らしている。

 

「良いかッ これは全部、今までのたくたやっていた、あんたらトップの責任だからな!!」

 

 どうやら通信の相手は、連合の上層部の人間らしい。

 

 核を持ちだしてコーディネイターの危機感を悪戯に煽り、この事態を招いたのが誰であるかは、都合よく綺麗さっぱり忘れ去られているらしい。

 

 その時、クルーから通信が入った。

 

「艦長、チャーチルより救援要請です」

 

 どうやら戦艦チャーチルは、ダメージコントロールに失敗して沈没の憂き目にあっているらしい。

 

 ここで味方を見殺しにする訳にはいかない。

 

「判った。すぐに向かうと返信しろ。位置は・・・・・・」

 

 そこまで言い掛けたナタルの声を、甲高い喚きが遮った。

 

「おい! ふざけた事言うな!!」

 

 今の今まで通信機の相手に憂さ晴らしをしていたアズラエルは、常に湛えていた、人を小馬鹿にするような余裕すらかなぐり捨てて怒鳴っていた。

 

「救援だァ!? 何でこの艦がそんな事するんだよ!?」

「アズラエル理事、しかし・・・・・・」

 

 ここで救援に向かわなければ、チャーチルは見殺しになってしまう。

 

 そう言おうとしたナタルに対し、アズラエルは押しかぶせるように自分の主張を叩きつける。

 

「そんな事している暇は無いッ 無事な艦はすぐにも再度の総攻撃を掛けるんだ!! 判ったら補給と整備をさっさとしろよ!!」

 

 その言葉に、ナタルだけでなく居並ぶ全員が唖然とした。

 

 いったい、何を言っているのだ、この男は?

 

 全員が共通の認識としてそう思う中、ナタルが反論の口を開く。

 

「総攻撃など、そんな、無茶です! 我が軍がどれだけのダメージを負っているのか、理事だってお判りでしょう!!」

 

 集結したのは5割以下。そこから更に、再出撃不能な分を差し引くと最悪、4割を切る可能性もある。アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機は帰還しているが、これでは再戦など不可能である。

 

 対してザフト軍は多少の損害を被って入るかもしれないが、全体としてのダメージは軽微。しかも先の戦闘における勝利で、意気も上がっている。

 

 先の戦闘時のような、圧倒的な物量差も期待できない。今、再度の出戦を行う事は、自殺行為以外の何物でもなかった。

 

 だが、どれほど正論を吐かれても、アズラエルは自分の主張を曲げようとはしなかった。

 

「月本部から、すぐに増援も来る!!」

 

 言いながら、アズラエルは自分のシートに乱暴に腰掛ける。

 

「もっとも、こっちはそれをのんびりまっている時間は無いんだけど!!」

 

 つまり、アズラエルは補給も待たずに再攻撃しろと要求しているのだ。

 

 正気の沙汰ではない。あの兵器を目前にして、地球軍の全将兵が屍を晒す事になるのは目に見えている。

 

「君こそ、何を言っているんだ!? 状況が判っていないのは君のほうだろ!!」

 

 癇癪を起した子供その物と言った感じのアズラエル。

 

 否、これを癇癪と言うには、子供に失礼と言う物だ。

 

 自身を無謬と信じ、他人にそれを押しつけるアズラエルの言動は、殆ど病気と言っても過言ではないだろう。

 

「あそこに、あんな物を残しておく訳にはいかないんだよ!! 何が『ナチュラル共の野蛮な核』だ!? 」

 

 喚きながら、端末を操作するアズラエル。

 

 モニターには、ジェネシスのシュミレーション予測が映し出される。

 

「あそこからでも、あれはゆうに地球を撃てる。奴等のあのとんでもない兵器の方が、よっぽど野蛮じゃないか!! そして、もう照準は、いつ地球に向いてもおかしくは無いんだ!!」

 

 その言葉に、ナタルも愕然とする。

 

 もし、そんな事になったら、地球が壊滅的な被害を被る事は想像に難くない。

 

 その時、モニターの端でチャーチルが爆発して、火球に変じる。

 

 だが、アズラエルは、それに一瞥すらくれようとしない。まるで、役立たずが消えてくれて、障害が一つ減ったと言わんばかりだ。

 

「奴等にあんな物を作る余裕を与えたのは、お前達軍部なんだからな!! 無茶でも何でも、絶対に破壊してもらう!! あれと!! プラントを!! 地球が撃たれる前にね!!」

 

 責任転嫁も甚だしい。そもそも、コーディネイターをここまで追い詰めたのが自分達ブルーコスモスだと言う認識は、アズラエルの脳内のどこを探しても存在しないのだろう。

 

 ただ一点、最後の言葉だけは、ナタルも同意せざるを得ない。

 

 それ故に、目の前の男に対し、強く反論する事もできなかった。

 

 

 

 

 

 地球連合軍の撤退に合わせて、L4同盟軍もまた、全部隊を撤退させる事に成功していた。

 

 もっとも、こちらに被害は無い。

 

 戦闘に関しては、横合いから奇襲を掛ける形となった為、敵の反撃を受ける事も無く、ジェネシス掃射後のザフト軍の追撃も、矛先は地球軍に向いた為、同盟軍は無傷で撤退する事に成功したのだ。

 

 とは言え、それを素直に喜べる状況でないのは確かであった。

 

 どうにか核攻撃によるプラントの破壊は阻止したものの、今度はそれ以上の兵器をザフト軍が持ちだして来たのだ。

 

 あの兵器を放置する事はできない。と言うのは、同盟軍の全員が共通する認識である。

 

 だが、あまりにも降って湧き過ぎた事態に、まずは情報の整理が必要であった。

 

 ただちに対応を協議すると言う事で、首脳陣は旗艦エターナルのブリッジへと集合していた。

 

《発射されたのはγ線です。熱源には核爆発を用い、発生したエネルギーを直接コヒーレント化したもので、つまり、あれは巨大なγレーザー砲なんです》

 

 クサナギに乗り組んでいるエリカ・シモンズから、先程の攻撃の解説が成される。

 

 エターナルのブリッジには、既にキラ、エストの他に、ラクス、アスラン、バルトフェルド、マリュー、カガリ、トウゴウ、ユウキらが集まっている。

 

《地球に向けられれば、強烈なエネルギー輻射は地球全土を焼き払い、あらゆる生物を一掃してしまうでしょう》

 

 エリカの説明に、一同の間には戦慄が走った。

 

 そんな事になれば、地球は終わりである。

 

「・・・・・・撃ってくると思いますか? 地球を」

 

 エリカの説明を聞き終えて、マリューは躊躇うように一同を見回して尋ねる。

 

 一撃で地球を壊滅させる事ができる兵器が存在する事に、誰もが戦慄せざるを得ない。

 

「強力な遠距離大量破壊兵器を保持する本来の目的は抑止だろう」

 

 ややあって、バルトフェルドが口を開いた。

 

「だが、もう撃たれちまったからな・・・・・・核も、あれも・・・・・・どちらも、もう躊躇わんだろうよ」

 

 バルトフェルドの言葉に、一同は沈黙を余儀なくされる。

 

 まさか、人類最高の英知を自認するコーディネイターが、母なる大地を撃つだろうか?

 

 本能的には否定したいと言う気持ちが強い。しかしそれが、単なる現実逃避に過ぎない事は、言うまでも無い事である。

 

 恐れていた最悪の事態が、起こってしまったのだ。

 

「戦場で、初めて人を撃った時、俺は震えたよ」

 

 突然、関係ない話題を始めたバルトフェルドに、一同は訝るような視線を向ける。

 

「・・・・・・だが、『すぐ慣れる』と言われて、確かに、すぐに慣れた」

 

 その言葉に一同は、ハッとする。

 

 そう、人間は慣れる生き物なのだ。初めにそれがどんなにつらい事であっても、回を重ねれば慣れてしまう。それと同時に倫理観もまた薄れて行ってしまう。

 

「僕も、初めて銃を持った時の事は憶えてないけど」

 

 キラが話し始める。

 

「でも、物心ついた時には、もう引き金を引く事が何とも思わなくなっていた」

「キラ・・・・・・」

 

 心配そうに見上げて来るエストの頭を、キラや優しく撫でてやる。

 

 戦いに慣れ、殺し合いにも慣れた人は、やがて一方が滅びるまで戦い続ける事になる。

 

 かつて、バナディーヤでバルトフェルドがキラに問い掛けた事が、現実に起ころうとしていた。

 

「そんな事は、させない。絶対に」

 

 力強い声と共に、そう告げるキラ。

 

 その紫の瞳には、決意の炎が宿っているように思えた。

 

 

 

 

 

 圧倒的な破壊力、殲滅力を誇り、ザフト軍主力とヤキン・ドゥーエ、PS装甲と言う鉄壁の防御によって守られたジェネシス。

 

 そのジェネシスの唯一の弱点は、連射が効かないと言う一点に尽きる。

 

 γ線を一次反射する為の円錐状をしたミラーは、照射の熱を正面から受け止める形になる為、一発撃てば熱の為に溶け落ち、その都度交換が必要になる。その為ザフト軍の、一時反射ミラーは消耗品と割り切り、発射のたびに交換していた。

 

 とは言え、それ自体が巨大なミラーを交換するのは簡単には行かない。一発撃つごとに数時間は発射不能となっていた。

 

 幸いな事に、大打撃を受けた地球連合軍は、後退して再編中である。そのまま進撃を強行するにしても、もう数時間はかかると見積もられている。

 

 ジェネシスのミラーブロック交換は、その前に終了する。

 

 次の目標は、月基地である。地球軍の発進拠点であり、後方支援部隊や物資の集積が行われているプトレマイオス・クレーターを砲撃するのだ。

 

 それで、地球軍の継戦能力は失われる筈。

 

 それでも尚、地球軍が諦めなかったら、その時は・・・・・・

 

 その先の事は、誰もが考える事を躊躇っている事であった。

 

 だが1人、パトリック・ザラは心の中で、既に決意を固めている。

 

 撃ったのは、奴等が先だった。

 

 かつてユニウスセブンに、彼の最愛の妻がいる大地に核を撃ちこんだのはナチュラル共だ。

 

 だから、これは正当な報復だ。ナチュラル共が、我々コーディネイターの大地を奪おうと言うのなら、相応の報いを受けさせるまでだ。

 

 だが、しかし、

 

 そんな彼の下からは、あまりにも多くの者達が去っていった。

 

 同士であり、友人でもあったシーゲル。その娘で、プラントの歌姫と皆から愛されたラクス、英雄として奇跡の生還を果たしたバルトフェルド。

 

 そして、最愛の息子、アスラン。

 

 皆、自分の下を去っていった。

 

 パトリックは、机の上に置いてある写真に目をやる。

 

 妻と息子が、笑顔で映っている写真。もう戻る事ができない時間が、そこには込められている。

 

 自分は間違っているのか?

 

 否、そんな事は無い。これこそが我等の道。コーディネイターが進むべき道なのだ。

 

 暗い決意の下、パトリックはまるで縋るように、自分の考えを心の中で繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦が近い事は、L4同盟軍の誰もが感じている事である。

 

 次に、地球軍かザフト軍、どちらかが動いた時が決戦の時となる。

 

 そしてそれは、二度と帰れぬ可能性をも秘めた出撃になると、誰もが理解していた。

 

 だからこそ、思い思いに時を過ごしている。

 

 決戦に向けて気を落ち着かせる者、身の周りを掃除して整理する者、景気づけに食事をする者。様々である。

 

 そして、それぞれに、大切な者達と時を過ごす者達もいた。

 

 シン・アスカも、その1人である。

 

 彼は妹のマユがいる部屋まで来ると、中から笑い声が聞こえて来るのを聞き、訝りながら扉を開いた。

 

 すると中ではマユとリリアが、何やら楽しげに笑っていた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

 兄の来訪に気付くと、マユはこちらにも笑顔を向けて来た。

 

 宇宙に出たばかりの頃は、慣れない環境は戦闘の連続で体調を崩す事も多かったマユだが、今ではすっかり慣れて、以前のように具合が悪くなる事も無くなった。

 

「何話してたんだ?」

 

 そう言って覗き込むシン。

 

 マユの相手をしていたリリアの手には、何かの雑誌のような物が握られていた。

 

「リリアさんと洋服の事話してたの」

 

 妹の言葉に、シンは成程、と頷く。よく見れば確かに、雑誌には色とりどりの服を着たファッションモデルが写真の中でポーズをとっている。

 

「戦争が終われば、また国に帰れるだろうし。仮にそうでなかったとしても、こう言うのは必要になるだろうからさ」

 

 そう言って、リリアは笑う。

 

 オーブと言う国は既に消滅してしまった。仮に自分達が勝っても、また元の生活に戻れるという保証は無いのだった。

 

 対して、シンは苦笑する。

 

「ちょっと、気が早すぎるんじゃないか?」

 

 決戦はこれからだ。戦後どころか、これからの戦いで生き残れるかどうかも判らないのに、その後の事を心配しても始まらないだろうに。

 

 だが、そんなシンに対して、リリアは傲然と胸を反らして返す。

 

「何言ってんのよ。こう言う事を考えないと、戦争なんてやってられないわよ」

 

 終わった後にする事があるから、困難を乗り越える力となれる。

 

 リリアの考えもまた、戦場における一つの心理作用であると言えた。

 

「そんなもんかな?」

 

 いまひとつ、感動を呼び起こさなかったらしいシンは、気の無い返事をしながら、雑誌の一冊を取り上げて眺める。

 

 確かに綺麗ではある、と思うが、どうにもいまいちピンとこない。

 

 しかし、それはシンの感性を責めるべきではない。彼はまだ14歳。普通に考えれば、ファッションよりも、どちらかと言えばゲームや漫画に興味を強く持つ年頃である。

 

「ねえねえ、お兄ちゃんは、どの服がリリアさんに似合うと思う?」

「えッ!?」

 

 驚きの声を上げたのは、質問された側と質問した側以外のもう1人だった。リリアとしては、マユが何故いきなり、シンにそんな事を質問したのか測りかねたのだ。

 

 質問した側は何気ない調子であったかもしれないが、それが額面通りには聞こえなかったのだ。

 

 だが、質問された側も、殆ど気負った様子も無く、写真の一つを指差した。

 

「これ、かな?」

 

 それは夏に向けて発売が予定されているファッションの一つで、薄手ながら複雑な構造をして、一種幻想的な雰囲気を出している。

 

「うわッ お兄ちゃん、ちょっと理想に走り過ぎじゃない?」

「そうか? でも似合いそうだろ?」

「それは、まあ、確かにそうかも・・・・・・」

「ちょ、2人とも、何言ってんのよ!!」

 

 無邪気なアスカ兄妹の会話を、リリアは赤面しながら聞いている。

 

 作戦開始前のひと時、3人は時間の許す限り、「戦いが終わった後」の事について語り合うのだった。

 

 

 

 

 

 ユウキ・ミナカミは元々、情報畑で歩いて来た事もあり、大和のような巨大戦艦の副長を務める事になるなど、想像すらしていなかった。

 

 しかし、それがオーブ陥落、宇宙への脱出、L4での戦闘と状況が目まぐるしく変化する中にあって、その才覚は急速な進化を強要され、結果として指揮官として得難い資質の片鱗をみせるまでに至っていた。

 

《ジェネシスと核ミサイル、どっちも防げって言うの? 随分とハードだね。そんな事、ザフトにいた頃だって言われた事無いよ》

 

 そんなユウキと、モニター越しでやり取りしているのはライア・ハーネットである。

 

 元ザフト軍人で、オーブ沖の戦いで瀕死の重傷を負い、その後、療養の為にオーブ国籍を取得したという異色の経歴の持ち主である少女は、そう言って肩を竦める。

 

「じゃあ、やめる?」

《まさか》

 

 苦笑気味なユウキの言葉に対し、ライアも笑って応じる。

 

《家族なんていないけどさ。それでもプラントには生まれた時から住んでたんだもん。それなりに愛着はあるよ。それに地球も。オーブは今じゃ、あたしにとっても第二の故郷な訳だし》

 

 ユウキは、この10歳以上年下の少女を眩しそうに見詰める。

 

 彼女の言葉は、彼女の若さを如実に表している。

 

 ライアほどアクティブで行動力に富んだ少女にとって、国とは単なる足を着く場所に過ぎないのだろう。だからこそ、何処に行ったとしても強く生きていける自信があるのだ。

 

 翻って自分はと言えば、不安が無い訳ではない。何しろ、祖国であるオーブを失い、仮に勝ったとしても帰る場所を失っている状態だ。モニター越しの少女ほどに、自分と祖国とを切り離して考える事は、ユウキにはできなかった。

 

 だが、

 

《勝って、一緒に帰ろう》

 

 ライアのその一言が、ユウキの乾き始めた心に、一滴の潤いを与える。

 

 そう言ってくれる相手がいるだけで、どれだけ心強いだろうか。ユウキは今更ながら、年下の少女に教えられる思いであった。

 

「そうだね、一緒に帰ろう」

 

 そう言って、ユウキもまた笑みを返した。

 

 

 

 

 

 エストはふと足を止め、前を歩くキラの背中を見詰めた。

 

 艦隊内の空気が、これまでとどこか違う事は、エストも感じていた事だ。

 

 誰もが、これから始まる決戦に向けて、それぞれの形で臨めるよう、自ら思い残しが無いように行動している。

 

 今までのエストだったら、きっとそのような事に気づきもしなかったらだろう。

 

 きっといつものように出撃するだけだったろう。そしていつものように帰還するか、あるいは戦場に果てて終わるかのどちらかだった。

 

 人生とは、その二者択一のどちらかに過ぎないと考えていた頃のエストであれば、彼等がなぜ、そのような事に邁進するのか考えるまでも無かっただろう。

 

 だが、今は違う。

 

 彼等は悔いが残らないように、あるいは生きて再び会う事を誓って、今と言う時を必死に謳歌している。

 

 その事に気付かせてくれたのは、カガリ・ユラ・アスハであり、ラクス・クラインであり、そしてキラ・ヒビキであった。

 

 そして今、自分の中で、キラ・ヒビキと言う少年が大きなウェイトを占めるようになった事を、エストは否が応でも自覚せざるを得なかった。

 

「どうかしたの、エスト?」

 

 急に足を止めた相棒に、キラは訝るような視線を送ってきている。

 

 対してエストは、顔を上げて口を開いた。

 

「キラ、一つ聞いても良いですか?」

「うん、良いよ。何かな?」

 

 キラも足を止め、エストの言葉を待つ。

 

 対してエストは、少しだけ躊躇うようなそぶりを見せてから言った。

 

「あなたにとって、私はどう言う存在ですか?」

 

 かつて、エストはラクスに言われた事がある。

 

『エストは、キラの事が好きなのですね』

 

 正直、まだ自分の中で「好き」と言う感情が如何なる物なのか、判別がついていない。

 

 例えば、カガリやラクスに対しても、エストは明確に好意を抱いている。彼女達だけでは無い。アークエンジェルで苦楽を共にしたマリュー、ムウ、サイ、リリア、ミリアリア、トール、その他大勢のクルー達、更に最近では、アスランやバルトフェルドもその中に加わろうとしている。

 

 だが、彼等に対する「好き」と言う感情と、キラに対する「好き」と言う感情は、やはり少し違う気がする。

 

 年齢的に見てエストは14歳。間もなく15歳になるが、しかし精神が肉体に追随した成長をしているかと問われれば、控えめに見ても否定の言葉が出る事は明らかであった。

 

 恋愛と言う言葉と意味は、知識では知っているエストだが、最も重要な感性の手足が半歩ほど伴っていなかった。

 

「勿論、大切な相棒だよ。君がいてくれるから、僕は凄く助かっている」

 

 それは全く持って少年の偽らざる本心であったが、少女の欲求を満足させる物では無かった。

 

 この場合、質問の仕方が悪かったのか、それとも回答する側が鈍感に過ぎたのか。

 

 間違いなく、両方であろう。

 

「いえ、そうではなくて・・・・・・」

 

 エストが更に言い募ろうとした。正にその時、

 

《地球軍艦隊の進撃再開を確認。総員、ただちに出撃準備。繰り返す・・・・・・》

 

 決戦を告げる鐘の音が鳴り響く。

 

 掲げたエストの手は、虚しく虚空から引き戻される事となった。

 

「始まったか・・・・・・」

 

 先程まで微笑を浮かべていたキラも、今は厳しく表情を引き締めている。

 

 エストもまた、それまでの浮ついた心をひき戻し、常の無表情を仮面としてかぶる。

 

 賽は投げられた。

 

 事が動きだした以上、あらゆる未練と未来への憧憬を胸に、彼等は赴かねばならない。

 

「行こう、エスト」

 

 そう言ってキラは、

 

 少女に向かって手を伸ばす。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、エストはその掌を見詰めると、オズオズと言った感じに伸ばして、自分の掌を重ねる。

 

 暖かい、全てを包み込んでくれるような感触がある。

 

 走りだす2人。

 

 キラと並びながら、今はこれだけでも良い、とエストは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも戦力の再編成を終えた地球連合軍は、怒涛の勢いでデブリ帯を発し、再び進路をヤキン・ドゥーエ宙域へと向けていた。

 

 しかし、戦力の再編と言っても、出撃時の半数以上を物理的に失った現状では、当初のような圧倒的な戦力差は望めない。

 

 だが、それでも彼等は留まる訳にはいかない。

 

 既にジェネシスの射程が地球に達するという情報は、各部隊に伝達されている。

 

 ボアズが呆気なく陥落した時、この戦争が勝利で終わる日が近いと思っていた地球軍兵士も少なく無かったが、それが一転して自分達が敗亡の危機に晒されていると知れば、躍起にもなると言うものだろう。

 

 その為、地球連合軍は窮鼠の勢いで持って、ヤキン・ドゥーエに布陣するザフト軍に襲い掛かっていた。

 

 とにかく、あの兵器さえ破壊すれば、勝機は核を保持する地球軍に再び転がり込むのだ。

 

 そう考えれば、地球軍は損害も顧みず遮二無二ザフト軍へと挑んで行った。

 

 その事が、ベテラン兵士を揃え、本来なら圧倒的有利な筈のザフト防衛軍を圧倒していたのは、驚嘆すべき事であっただろう。

 

「第7宙域、突破されます!!」

 

 オペレーターの報告に、パトリックは舌打ちする。

 

 何とも不甲斐ない味方である。たかがあの程度の数の敵も押さえられないとは。

 

「持たせろッ 後少しなのだぞ!!」

 

 そう、後少しで、ジェネシスの第二射が発射できる。そうなれば、敵にさらなる大打撃を与え、戦意を喪失させる事もできるのだ。

 

 だが、このままではそれすら危うい。万が一、敵が核攻撃部隊をジェネシスに向けてきたら、いかにPS装甲に守られているとはいえ、圧倒的な熱量の前に、切り札が沈んでしまうのは明白だった。

 

「ならば、私が出ましょう」

 

 そう言ったのは、パトリックの背後に控えて、同じように戦況を見守っていたクルーゼだった。

 

 既に、クルーゼ専用となる機体は完成し、このヤキン・ドゥーエに運び込まれている。いつでも出撃は可能であった。

 

「クルーゼ、これ以上の失態は許さんぞ。エターナルを取り逃がした貴様の責任においても、奴等にプラントを撃たせるな!!」

 

 ザフト軍最強を名実ともに謳われてきたクルーゼ隊だが、あのアークエンジェル追撃戦以来、ケチが付きっぱなしであった。クルーゼ隊がここまでの失策をしなければ、今日の事態は防ぎ得た可能性すらあると考えれば、パトリックの言葉にも説得力が感じられる。

 

 対してクルーゼは、微笑を浮かべて尋ねる。

 

「アスランを撃つ事になるかもしれませんが、それでも宜しいので?」

 

 尋ねるクルーゼに対して、パトリックは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

 アスラン。

 

 彼の大切な息子。

 

 その息子が、今や彼に反旗を翻し、ラクス・クライン率いる叛乱軍に加担しているという事実は、パトリックにとっても忸怩たる物がある。

 

 だが、それでも、

 

 たとえ大切な物を犠牲にしてでも、パトリックは最早、留まる事が許されない身なのだった。

 

「・・・・・・構わぬ」

 

 そう告げるパトリックに対し、クルーゼはまるで滑稽な笑劇を見るように口元を歪めると、敬礼して司令室を出ていった。

 

 

 

 

 

 クルーゼは本来、パイロットスーツを着る事は少ない。

 

 それはこの男が、自身の操縦技術に絶対の自信を置いているからに他ならず、その事はこれまでの戦績が如実に物語っていた。

 

 だが、そのクルーゼが、今までの自分の節を曲げてまでパイロットスーツを着た事から、今回の戦いが容易ならざる物であると、誰もが思っていた。

 

 自分の機体の足元まで来て、クルーゼは見上げる。

 

 頭部のツインアイやツインアンテナ等、形状は従来のXナンバーと似通っている。だが、背部には、多数の突起が突き出たユニットを背負っている。もしコーディネイターの中に仏像マニアがいたら、「後光が差した仏陀」やら「千手観音」やらと称したのではないだろうか。

 

 ZGMF―X13A「プロヴィデンス」

 

 フリーダム、ジャスティス、イリュージョンと同系統の機体である。

 

 元々は格闘戦を重視した機体となる予定であったが、クルーゼ専用機となる事が決まった時点で改修が施された。

 

 背部のユニットは分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム。通称「ドラグーン」と呼ばれる物で、種類的にはかつてムウが愛機にしていたメビウスゼロのガンバレルと同種であり、オールレンジ攻撃が可能となっている。

 

 ただしガンバレルが有線式であったのに対し、ドラグーンは無線式で、より広範囲な攻撃が可能となっている。またNジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載している為、事実上、エネルギー切れの心配は無い。

 

 正に、最強の力をクルーゼは手に入れたのだ。

 

「よう、ご機嫌な機体だな」

 

 背後からの声に振り返ると、野獣のように獰猛な笑みを浮かべた男が、クルーゼを待ち構えるようにして立っていた。

 

 クライブ・ラオス。

 

 彼もまた、この最後の決戦の場に赴くに当たって出撃命令を受け取っていた。

 

 この、戦争が始まる前から共にあった「同志」に対して、クルーゼも冷笑を持って応じる。

 

 考えてみれば、奇妙な関係である。

 

 己の存在を忌み、己を生み出した人類の抹殺を望むクルーゼと、兵士として、より過酷な戦場を願うクライブとの利害。この2人の奇形化した願いが、奇跡的に合致したが故の協力体制であった。

 

「そう言う君も、新たな機体を得たようだね」

「おう。その点、アンタには感謝してるよ」

 

 クライブに新型機を回すように手配したのはクルーゼである。クルーゼとしても、この野獣の如き男にはまだ働いてもらう必要があった為、手を回して機体を宛がったのだ。

 

「事がこの段に至った以上、もう私から言うべき事は何もない。君は君の欲望に従って行動してくれたまえ」

「そいつはアンタもだろう。いや、俺なんぞとは及びもつかない程の欲望を、あんたは抱えている」

 

 言いながら、クライブもまた、己の機体へと歩き出す。

 

「ここまで協力してやったんだ。せいぜい、無駄にせんでくれよ」

 

 そう言って、手を振りながら去っていくクライブ。

 

 その背中から、クルーゼは何の感慨も無く視線を外した。彼は、クライブとの間に遊戯を感じていた訳ではない。あったのはひたすら「利害」の二字のみである。

 

 故に、同盟軍のメンバーがやっていたような、出撃までの時間を共有するような真似はしなかった。

 

 コックピットに乗り込むクルーゼ。

 

 既にマニュアルを読み、機体の特性やドラグーンの性能は把握している。

 

「フッ あの男に使いこなせたのだ。私に使えぬ訳が無い」

 

 そう言うと脳裏に、長く自分のライバルであった男の顔を思い浮かべる。もし、自分を倒せる者がいるとしたら、それはムウだろうと考えている。

 

 だからこそ、潰し甲斐もあると言うものだ。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ。プロヴィデンス、出るぞ!!」

 

 低い叫びと共に、天帝の名を持つ機体は虚空へと撃ちだされた。

 

 

 

 

 

 前線では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 大損害を被ったとはいえ、地球軍は未だに数においてザフトを凌駕している。物量で攻めれば、互角の戦いをする事は可能である。

 

 しかし、互角ではダメなのだ。

 

 彼等は何としても戦線を突破して、その後方にあるジェネシスを破壊しなくてはならない。

 

 その為に、ストライク・ダガーやシルフィード・ダガーを駆るパイロット達は、勇躍して進撃し、ザフト軍の防衛線へと食らいつく。

 

 対するザフト軍も、自分達が抜かれれば核の炎による洗礼が待ち受けている事が判り切っている為、決死の防衛戦闘を続ける。

 

 ゲイツが、シグーが、ジンが、数に勝るダガー隊に果敢に挑んで行く。

 

 互いに決死の攻防戦は、徐々にだが地球連合軍が押し始めた。

 

 やはり、数に勝る軍が自力でも勝り始めたのだ。

 

 だがしかし、そんな彼等の努力を嘲笑うかのように、

 

 二度目の閃光が、虚空を薙ぎ払われた。

 

 ジェネシス第二射。

 

 その一撃が、戦線を掠めて地球軍の遥か後方へと注がれて行く。

 

 その向かう先には、

 

 地球の夜を照らす、白い衛星の姿があった。

 

 

 

 

 

 ジェネシス第二射は、進撃を開始した同盟軍でも確認する事ができた。

 

「あれは・・・・・・」

「ジェネシスが・・・・・・」

 

 アークエンジェル艦内で発進準備を終えたイリュージョン。そのコックピットの中で、キラとエストは呆然と呟く。

 

 着弾場所は、既に月であると言う解析結果が出ている。恐らく、地球軍のプトレマイオス基地を直撃した物と思われた

 

 自分達は、またも間に合わなかったのだ。

 

 それは同時に、地球連合軍の敗北が確定的になった事を意味している。後方基地を失った状態では、もはや戦う事も敵わないだろう。

 

 だが、これで戦いが終わるとは思えない。

 

 ザフトがジェネシスの第三射を行わないと言う保証は無いし、地球軍もまだ核を持っている。

 

 それらが撃たれる可能性は、まだ残されているのだ。

 

 ならば、自分達のするべき事は決まっている。

 

 キラとエスト。

 

 2人の少年少女は、互いに想いを同じくして、飛び立つ時を待つ。

 

 やがて、カタパルトに灯が入る。

 

《進路クリア、イリュージョン発進、どうぞ!!》

 

 もはや聞き慣れた、ミリアリアの声が聞こえて来る。

 

 頷き合うキラとエスト。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・リーランド」

「「イリュージョン、行きます!!」」

 

 今、最後の戦いに向けて、幻想の戦天使は飛び立った。

 

 

 

 

 

PHASE-36「賽は投げられた」      終わり

 



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PHASE-37「絶対阻止線」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の表面から高々と立ち上る巨大な噴煙は、ドミニオンからも観測する事ができた。

 

 たった今、虚空を迸った閃光。そして月から送られてきた映像。その2つが成す答えは、自ずと決まっている。

 

 地球連合軍プトレマイオス基地壊滅。

 

 あそこには多くの将兵が、大軍を維持する為の大量の物資が、そして何より、この戦争を終わらせるのに必要不可欠な核兵器が貯蔵されていた。

 

 それが一瞬にして吹き飛ばされてしまったのは明白だった。

 

 しかも、事はそれだけにとどまらなかった。

 

「後続の支援部隊より連絡。『我、艦隊の半数を喪失。救援の見込み立たず』!!」

 

 その報告にナタルは、そしてアズラエルは戦慄する。

 

 通信は、プトレマイオス基地を出発してこちらに向かっている筈の増援部隊からであった。

 

 ジェネシスから放たれた閃光は、その射線上を航行していた増援部隊をも薙ぎ払ったのだ。

 

 部隊の半数を失い、指揮系統もバラバラになった今、増援部隊が合流する事は不可能。

 

 そして、それが意味を成す所は、一つしかあり得ない。

 

 地球連合軍は敗北したのだ。

 

《アズラエル様》

《い、如何いたしましょう、この事態?》

 

 モニターにはサザーランドとラーズが映る。

 

 想定外の事態に何をしていいかも判らず「お伺い」を立てて来たのだ。

 

 兵力も失い、物資も失い、士気も落ちた今、これ以上進撃を強行する事は自殺行為でしか無い。ここは速やかに撤退した方が得策だろう。

 

 客観的に現状を分析してそのように考えたナタルだが、しかし、彼女の上司はそうは考えなかったらしい。

 

「ピースメーカー隊を出せ!! 目標はプラント群だ!!」

「理事ッ!?」

「あの忌々しい砂時計を、ひとつ残らず吹き飛ばしてやる!!」

 

 アズラエルは勝機を失ったように、血走った叫ぶ。

 

「Gを呼び戻して道を開かせろ!!」

「しかし、それでは地球に対する脅威の排除になりません!!」

 

 どうせ攻撃を続行するなら、このままジェネシス破壊へ向かうべきだ。そうすれば、仮に全滅しても、地球への脅威を排除できる。今更、プラントを滅ぼしたとして、何の意味も無い筈だ。

 

 だが、そんなナタルに対し、アズラエルはだだっ子のように癇癪を起して喚き散らす。

 

「ああ、ああ、ああッ!! どうしていちいち煩いんだ、あんたは!?」

 

 そう叫んで掲げたアズラエルの手には、小型の拳銃が握られ、ナタルに向けられていた。

 

 その様子を、ナタルはもはや何の感慨も湧かず、冷ややかな目で見つめる。

 

 もはやアズラエルの姿からは、地球連合の重責たる姿は一切見受けられない。

 

 ナタルは今や、完全に目の前の男の事を理解していた。

 

 ようするにムルタ・アズラエルと言う人物は、偉そうな肩書きを持ち、偉そうな事を口にしているが、本質的に中身はガキなのだ。あえて「子供」と表現しないのは、彼女の知っている子供は、立場の違いはさておいても、その殆どが少なくとも自制する術を心得ているからである。

 

 それはキラ・ヒビキであり、エスト・リーランドであり、サイ・アーガイルであり、ミリアリア・ハウであり、トール・ケーニッヒであり、リリア・クラウディスであり、カズイ・バスカークであった。

 

 彼等とこの男を同列に置くのは、彼等に対して失礼と言うものだろう。

 

「・・・・・・そんな物を持ちだして、どうなさるおつもりですか? 艦を乗っ取ろうと言うのですか?」

「乗っ取るも何も、初めから指揮しているのは僕だ!!」

 

 完全に間違いではない。確かに、ここまでこの戦いを主導してきたのはアズラエルだろう。それ故に、決定的な敗北を免れなかったのもまた、この男の責任なのだが。

 

 こんなガキに牛耳られた地球軍の、何と滑稽な事か。

 

「君達はそれに従うのが仕事だろう!! なのに何で、いちいちアンタは逆らうんだよ!!」

 

 ヒステリックにアズラエルが叫んだ時、オペレーターが報告を上げて来た。

 

「ドゥーリットルとカーチス・ルメイから報告。『ピースメーカー隊、発進準備完了』との事ですが・・・・・・」

「すぐに発進させろ! アヴェンジャー、フォビドゥン、カラミティ、レイダーは!?」

「は、はいッ!!」

 

 慌てて自分の仕事に戻るオペレーターには目もくれず、アズラエルは勝ち誇ってナタルを見下す。

 

「いくらあんな物を、振り翳したって、プラントを陥とせば戦争は終わる!! 」

 

 理屈の上ではそうだろう。しかし、プラントを陥とされて逆上したザフト軍が、ジェネシスを地球に放ったらどうするつもりなのか。

 

 そんな考えは、恐らくアズラエルには無いのだろう。

 

 ただ、コーディネイターを絶滅させたいと言う欲求だけが、際限無く肥大した姿が目の前にある。

 

「だいたい、コーディネイター全てが地球に対する脅威なんだぞ!! 僕達はそれを討ちに来てるんだ!!」

「しかし・・・・・・」

「自軍の損害は最小限に、そして敵には最大の損害を!! 戦争ってのはそうやってやるもんだろ!!」

 

 ここに至るまで戦線を崩壊させ、多くの兵士達を死に追いやった男の言葉とは思えないセリフである。

 

 ナタルは苦い表情のまま、アズラエルを睨み返す。

 

 かつて、自分もこの男と同じ考えを持ってた。

 

 自軍の損害を最小限に、敵には最大の損害を与える。その為だったら、如何なる手段も肯定されるべき。そう固く信じていた。

 

 言わば目の前の男は、かつての自分の成れの果てと言うべきだ。否、その「成れの果て」に付き合っている自分自身も、所詮は同じ穴の狢と言うべきだった。

 

 だが、かつての上官は違った。

 

 彼女は、たとえ困難であっても、自分達よりも一歩先を見据え、重大な決断を下していた。

 

 かつての彼女と今の自分。

 

 階級も、立場も一緒だと言うのに、何故にこうまで違ってしまったのだろうか?

 

 ナタルが苦悩の内に沈黙する中、ドゥーリットルとカーチス・ルメイを発したピースメーカー隊が、プラントを目指して飛翔を開始していた。

 

 

 

 

 

 地球軍の一部が反転し、プラント方面へと向かう様子は、進撃する同盟軍からも観測する事ができた。

 

「・・・・・・ナタル?」

 

 アークエンジェルのブリッジで、マリューはかつての副長の名を呼ぶ。

 

 彼等の進路の先にある物を見て、その意図を察したのだ。

 

《クソッ 奴等の狙いはプラントか!?》

 

 バルトフェルドも、地球軍の意図に気付いて毒づく。

 

 マリューは素早く決断した。

 

「追います!! エターナル、クサナギ、大和はジェネシスを!!」

《判った!!》

 

 進撃する3隻から離れ、進路を変えるアークエンジェル。

 

 その頃、ジュール隊、エルスマン隊を始めとする一部の部隊も、ピースメーカー隊を中心とした地球軍と交戦を開始していた。

 

 イザークは戦闘に先立ち、軍を取り仕切る母の裁量によって、戦線後方へと配置替えとなった。

 

 イザークの身を案じたが故の母の行動であったが、それが却って、迂回進撃してきたピースメーカー隊と正面からぶつかり合う事となった。

 

 勿論、母の想いとは裏腹に、イザークが勇み立ったのは言うまでも無い事である。

 

「来るぞッ プラントへ放たれる砲火、一つたりとも通すんじゃない!!」

 

 一声叫び、突撃するデュエルに続いて進撃するジュール隊。

 

 その後方からは、バスターを中心としたエルスマン隊が支援砲火を行っている。

 

 大打撃を受けて尚、地球軍は圧倒的な物量を持っている。

 

 そこに加えて、4機のGが先陣切って攻撃を加えて来る為、ザフト軍の一般兵士達では抗する事はできず、次々と吹き抜ける砲火の餌食となっていく。

 

 イザークのデュエルは、部隊の先頭に立って奮戦するも、なかなか地球軍の護衛部隊を突破できないでいる。

 

「クソッ このままでは!?」

 

 焦慮を吐き捨てるも、しつこくまとわりついて来る敵を振りきれない。

 

 正直、イザークの中では、ある種の迷いのような物が生じていた。

 

 イザークは今まで、自軍の勝利を目指して戦って来た。そして、ジェネシスが勝利を目指して造られた物であると言う事も理解している。

 

 しかしもし、あれが地球に向けられたらどうなるか?

 

 そう考えるとイザークは、背筋を寒くせずにはいられず、かつてパナマ攻略戦の折りに見た、狂騒化した味方兵士の事を思い出していた。

 

 勿論、戦っている以上は勝ちたい。だが、その為に地球を壊滅させると言う考えには、真っ向から反対だった。

 

 自分達は人類の叡智を結集した存在であり、優れた種である筈だ。

 

 そんな自分達が地球を撃ち、多くの人間を死に至らしめるなどと言う、短絡的な事をする筈が無い。

 

 そんな事をする筈が無い。

 

 だが、いくら心の中で言い聞かせても、湧きあがった疑念は消えようとしなかった。

 

 そこへ、接近したフォビドゥンがフレスベルクでデュエルを砲撃して来る。

 

 屈曲するビームを、間一髪で回避するデュエル。

 

 しかし、その隙を突かれ、レイダーの鉄球を背中から浴びてしまった。

 

「グァッ!?」

 

 のけぞるようにしてバランスを崩すデュエル。

 

 その光景は、離れたところで見守っていたバスターでも見て取れた。

 

「イザーク!!」

 

 ディアッカが叫ぶが彼自身、カラミティと交戦中である為、救援に赴く事ができない。

 

 親友の駆る機体が、今にも砲火に包まれようとした時、

 

 駆け抜けた太い閃光が、レイダーとフォビドゥンを遮るようにして迸った。

 

「何ッ!?」

 

 どうにか体勢を立て直し、ビームが飛んできた方向へカメラを向けるイザーク。

 

 そこには、巨大なミーティアを構えたジャスティスの姿がある。

 

《油断するなイザークッ まだ来るぞ!!》

 

 聞き慣れた声が、叱咤するように叫んでいる。

 

 ある意味、命令口調とも取れるその声を、イザークは呆然と聞き入る。

 

「アスラン・・・・・・?」

 

 それがかつてのライバルの言葉であったと知り、殆ど反射的に機体を操り、ジャスティスの脇に付ける。

 

「貴様ァ、今更どの面下げて命令している!!」

 

 言いつつも、一緒になってビームライフルを撃ち、地球軍機を撃ち落として行く。

 

 ジャスティスが巨大な火力で敵陣に穴をあけ、取りこぼした敵はデュエルが掃討して行く。

 

 恐ろしい程に息が合った連携プレイを前に、地球軍は手も足も出せずに撃退されて行った。

 

 その間に、戦線を突破したフリーダムやイリュージョンが、ピースメーカー隊に迫っていた。

 

 放たれたミサイルに対し、ミーティアを装備したフリーダムが一斉掃射を掛け、次々と撃ち落として行く。

 

 イリュージョンもビームライフルや狙撃砲を使い、ミサイルを的確に排除して行く。

 

 今度はクラウ・ソラスは使わない。イリュージョン最大の火力を使うには、一定時間機体を固定する必要があるし、発射後はエネルギーを一時的に食いつぶしてしまう為、無防備な時間ができてしまう。何より、こうも敵味方が入り乱れた状態で、あれほどの大出力兵器を使う事ができない。

 

 その為、キラ達はフリーダムが取りこぼしたミサイルを、ライフル、ガトリング、狙撃砲を用いて的確に撃ち落として行く。

 

 更に、ストライク、シルフィード、ルージュ、ヴァイオレットを始め、同盟軍の各部隊も戦線に加わり、核ミサイルの掃討に努めている。

 

 その後方では、アークエンジェルも接近し、核を搭載したドゥーリットル、カーチス・ルメイを守ろうとするドミニオンとの間に砲門を開いている。

 

 お互いに所属する陣営は違う中、今この時だけはプラントを守る為、共に戦い続けていた。

 

 

 

 

 

 その頃、イザークの憂慮を肯定するかのような動きが、ヤキン・ドゥーエのザフト軍本部で行われていた。

 

 月基地を壊滅に追いやったパトリックは、ただちに第3射の準備をするように命じたのだ。

 

 流石に、多くの幕僚達に疑念が湧き始める。

 

 議長は、これ以上どこを撃とうと言うのだろうか?

 

 地球軍は壊滅的な打撃を蒙り、残存する部隊が絶望的な抵抗をしているのみである。

 

 この戦いは既に、ザフトの勝利が確定している。にも拘らず、3度目の砲撃準備をしようとするのは、どう言う事だろうか?

 

 しかし、同時にまだ、肯定的な空気もある。

 

 ジェネシスは発射までに時間が掛かる。それ故、すぐ撃てる状態にしておかなければ、敵に対する脅しにならない。その為に発射準備を進めているのだと。

 

 自軍の正義を信じる者の中には、そのように考える者も少なく無かった。

 

 そのジェネシスに、地球軍の一部隊が接近しつつある。

 

 ストライク・ダガーによって構成されたその部隊は、多くの犠牲を払って戦線を突破し、ようやくの思いでこの場所へと辿り着いたのだ。

 

 まだ勝機はある。

 

 目の前にあるこの巨大な兵器さえ破壊すれば、地球を守る事はできる。

 

 そう思って更に接近しようとした時、

 

 出し抜けに、四方八方からビームによる砲撃を浴びせられ、部隊は一瞬にして全滅の憂き目にあった。

 

 複数のストライク・ダガーが、訳も判らないうちに弾け飛び四散する。

 

 地球軍のパイロット達は、恐らく自分の死すら知覚できないうちに炎に飲み込まれた事だろう。

 

 後には、ドラグーンを引き戻したプロヴィデンスのコックピットで、薄く笑うクルーゼの姿があるだけだった。

 

 また、別の宙域では、シルフィード・ダガーを含む部隊も、ジェネシスに至ろうとしていた。

 

 数に勝る地球軍は、殊更に一方向の進行に固執せず、複数のルートから飽和的に攻撃を仕掛ければいくらでもザフト軍の防衛線を抜ける事ができるのだ。

 

 だが、その試みもジェネシスを間近にして、徒労に終わる事になる。

 

 突如、嵐と見紛わんばかりの砲撃が、複数のシルフィード・ダガーを一度に絡め取る。

 

 敵部隊の奇襲か、と思い反転しようとした地球軍は、そこを更に容赦無く砲撃を浴びせられ数を減らしていく。

 

 その内、1機が辛うじて難を逃れ、急いで離脱しようとする。

 

 しかし、一瞬の間を置いて、彼の努力は無駄な物となった。

 

 突如現れた巨大な手が、シルフィード・ダガーの機体を鷲掴みにしたのだ。

 

 シルフィード・ダガーを捉えた腕は、そのまま圧力を強める。

 

 それだけで、機体に亀裂が走り圧壊して行く。

 

 やがて、パイロットのこの世の物とは思えない悲鳴を残し、シルフィード・ダガーは文字通り握りつぶされた。

 

 この残忍極まるとしか表現のしようが無い行為を平然とやった男は、鮮血のように真っ赤な機体のコックピットでほくそ笑む。

 

「良いなァ、こいつは!!」

 

 たった今握りつぶした敵機の残滓を見詰めながら、クライブは不敵に笑った。

 

 ZGMF-X15A「フォーヴィア」

 

 プロヴィデンスと同じく、核を主動力とする機体である。

 

 基本的な武装はフリーダムと似通っている部分がある。ルプスビームライフルにラケルタビームサーベル、クスィフィアスレールガン、パラエーナプラズマビーム砲。アンチビームシールド、ピクウス機関砲と、ここまではほぼフリーダムと同じであろう。

 

 しかし、フリーダムなら鮮やかな10枚の翼がある筈の背中に、フォーヴィアは禍々しくも巨大な2本の「腕」を背負っている。

 

 破砕腕「ギガス」

 

 接近戦を考慮した武装であり、用途としては今実際にやったように、敵機を捉えて握り潰すと言う他、合計10本の指先からは「爪」に当たるビームソードを発振可能、更に手掌部分には350ミリ複列位相砲スキュラを装備している。その他、腹部にも同様にスキュラを装備している。

 

 砲撃戦にも接近戦にも対応可能な機体。イリュージョンも同様のコンセプトとして開発された機体だが、可能な限りコンパクトに武装を纏める事を目指したイリュージョンに対し、フォーヴィアは詰め込めるだけの武装をありったけ詰め込んだ感がある。

 

 それだけにかなり癖の強い機体だが、クライブはそれを軽々と操っていた。

 

「行くぜ、ジュート、ハリソン。奴等を狩りまくるぞ!!」

《おうッ!!》

《了解っす!!》

 

 開戦以来、自分につき従う2人の部下と共に、クライブは勇躍して出撃する。

 

 目標は勿論、言うまでも無い事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カガリの駆るストライク・ルージュはM1部隊の先頭に立ち、飛来するミサイルを狙撃で撃ち落とす事に専念していた。

 

 元々カガリは、オーブ軍で同年代、あるいはもっと上の年齢の者達と一緒になって軍事教練を一通り修めている。だからこそ、砂漠ではゲリラ兵士として戦う事ができたのだ。

 

 そこに加えてパイロットとしても、元々ある程度の素養はあったと思われ、ルージュは今やカガリの手足のように自由に動いていた。

 

 パワーエクステンダーと言うバッテリー増幅装置を搭載し、更に余剰エネルギーで防御力を強化したルージュは、オリジナルのストライクに比べて、若干機動力では劣るものの、それでもザフトや連合の量産機を上回るスペックを与えられていた。

 

 そのルージュを取り囲むように、3機のM1が護衛についている。

 

 アサギ、マユラ、ジュリの3人は、カガリの気の置けない友人達であり、オーブ防衛戦以来、数々の戦いを潜り抜けて来た少女達は、今やベテランパイロットと称しても良い存在に成長していた。

 

 だが、そんな彼女達を持ってしても、押し寄せて来る敵の大軍には抗しきれない。

 

 カガリを守るように敵機を狙撃していたマユラは、自分に向かって来るゲイツの存在に気付き、とっさにビームサーベルを抜きながら振り返る。

 

 次の瞬間、M1のサーベルとゲイツのビームクローは、同時に互いの機体を貫いた。

 

 爆発するマユラのM1

 

 中にいた少女の運命もまた、炎の中に消えた事は言うまでも無い。

 

 それに気を取られたのだろう。

 

 一瞬、気が削がれたジュリ機にダガー隊の砲撃が集中。彼女のM1が爆発、四散する。

 

「ジュリッ!! マユラッ!! くっそォォォォォォ!!」

 

 爆炎の中に散る友人達の姿に、カガリの脳が沸騰する。

 

 次の瞬間、何かが弾けた。

 

 視界が一気にクリアとなり、あらゆる状況が、カガリには手に取るように判った。

 

 次の瞬間、限界を遥かに超えた速度でルージュは駆けライフルを連射。的確な攻撃でダガーを屠る。

 

 更にカガリは、向かって来るビームを次々と回避して接近すると、ルージュはビームサーベルを抜いて斬り込む。

 

 ただ1機となって護衛するアサギの方が、慌てて追随する始末である。

 

 だが、そんなカガリを、密かに狙う影があった。

 

 カーキ色の甲羅を被った機体。フォビドゥンである。

 

 シャニは、突出して来るルージュに狙いを定め、フレスベルクを放った。

 

《カガリ様、危ない!!》

 

 アサギが警告を発するが、既に遅い。

 

 放たれたビームはルージュを貫く。

 

 そう思われた瞬間、

 

《やらせるかァァァァァァ!!》

 

 紫色の機体が割って入り、掲げたシールドでフレスベルクを防ぎ切った。

 

「シンッ!!」

 

 驚いて声を上げるカガリ。

 

 シンの駆るストライク・ヴァイオレットは、カガリの機体とは逆に機動性を若干底上げした機体である。故にこそ、致死の一撃に間に合ったのだ。

 

《あんまりはしゃいで突出すんなよッ あんたがやられちゃったら、どうすんだッ!?》

 

 乱暴に怒鳴りながら、シンはヴァイオレットのビームサーベルを抜いてフォビドゥンに斬りかかっていく。

 

「お前ェェェ 邪魔するなァ!!」

 

 対するシャニも、フォビドゥンにニーズヘグを装備させてヴァイオレットを迎え撃とうとする。

 

 次の瞬間、

 

 シンの中で、何かが弾けた。

 

 一瞬にしてフォビドゥンに接近するヴァイオレット。

 

 そのスペックを越える程の高速の動きに、本来なら上位機である筈のフォビドゥンは対応できない。

 

 斬り上げるようなビームサーベルの一閃は、ニーズヘッグの鎌柄を斬り飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 その動きに驚き、とっさにゼロ距離からフレスベルクを放つフォビドゥン。

 

 タイミング的にかわしようが無い一撃。

 

 直撃する閃光。

 

 爆炎が一瞬、紫色の機体を包み込んだ。

 

 撃墜されたか?

 

 そう思った瞬間、

 

 しかし爆炎が晴れた時、

 

 シールドを翳したヴァイオレットの姿があった。

 

 とっさに後退しようとするシャニ。

 

 しかし、遅かった。

 

 一瞬早くビームライフルを構えるヴァイオレット。

 

 この近距離では、自慢のゲシュマイディッヒパンツァーも用を成さない。

 

 一閃。

 

 その一撃はフォビドゥンのコクピットを貫き、内部のシャニは悲鳴を上げる間もなく蒸発させられた。

 

 

 

 

 

 フォビドゥン撃墜の様子は、少し離れた場所でデュエルと戦っていたカラミティでも観測できた。

 

 仲間が死んだ事に対して、オルガは何の感慨も湧かない。

 

 元々、そんな物を悼むような仲では無いし、そもそも彼等の中には「仲間」と言う概念からして存在しなかった。

 

 ただ楽しければそれでいい。

 

 その思いだけによって繋がれているのだ。

 

 戦いは楽しい。これに勝る快楽は無い。生きていれば、まだまだ楽しい戦いができる筈だった。

 

 その楽しい戦いをこれからできなくなるシャニには少しだけ同情したが、それも一瞬の事。

 

 さしあたり、自分に向かって来るザフトの間抜けな機体を血祭にあげてやろう。

 

 そう考え、カラミティの全火力をデュエルに叩きつけた。

 

 イザークはとっさに、デュエルのシールドを掲げてカラミティの砲撃を防ぎに掛るが、圧倒的な火力の前にシールドは崩壊、デュエルを直撃した。

 

 倒した。

 

 確かな手ごたえと共に、口元に笑みを浮かべるオルガ。

 

 しかし次の瞬間、

 

 爆炎を突いて飛び出してきたデュエルが、手にしたビームサーベルをカラミティのコックピットにつき刺した。

 

 イザークは直撃する一瞬、とっさにデュエルが纏った追加装甲アサルトシュラウドをパージして砲撃を回避したのだ。

 

 コックピット部分に大穴を開けられ、爆発するカラミティ。

 

 操るオルガは、さほど間を置く事も無く「お仲間」の後を追う羽目となった。

 

 

 

 

 

 フリーダムとジャスティスを先頭に、地球軍の防衛線を突破した部隊は、そのまま核攻撃部隊の母艦群へと襲い掛かった。

 

 先陣を切ったのはバスターである。

 

 真っ先に地球軍の隊列に突入すると、対装甲散弾砲を発射。アガメムノン級戦艦の舷側を打ち破り撃沈する。

 

 更にフリーダムとジャスティスも、ミーティアに備えられた大型ビームソードで核搭載艦のブリッジを切り裂いて行く。

 

 モビルスーツ隊の突入を受けたピースメーカー隊は大混乱に陥っている。

 

 自分達を守る直掩機を失った状態である為、戦場は完全に、同盟軍とザフト軍の草刈り場と化していた。

 

 防御砲火を抜けたデュエルは、サザーランドが座乗するドゥーリットルへと肉薄しビームライフルを構える。

 

 ドゥーリットルの艦橋に立つサザーランドは、驚愕に目を見開き、差し迫った己の運命を悟るが、もはや運命は彼の手から主導権を奪い去っていた。

 

 デュエルがライフルに付属したグレネードランチャーを放つ。

 

 その一撃はドゥーリットルのブリッジを貫き、内部で砲弾を破砕、そこから一気に傷口を広げる。

 

 かつて太平洋戦争の折り、初めて敵国首都を爆撃したアメリカ軍パイロットの名を冠した艦は、一気に火球に包まれて沈んで行く。

 

 艦橋にいたサザーランドが、艦と運命を共にした事は言うまでも無い事である。

 

 今一方のピースメーカー隊を統べる戦艦にも、運命の時は迫っていた。

 

 ラーズが座乗する戦艦カーチス・ルメイは、防衛線が突破された事を悟ると、ただちに艦を反転させ離脱するように命じた。

 

 この時彼は、原初の強迫観念に駆られていた。

 

 ブルーコスモスとしての使命も、地球連合軍人としての任務も、誠心誠意仕えて来た盟主の命すら、今の彼にはどうでもよかった。

 

 とにかく、自分が生き残る。

 

 それが叶うのだったら、自分以外のどんな物でも犠牲の祭壇に捧げるつもりだった。

 

 だが、それから僅か5分後、運命は強引に彼の襟首をつかんで現実に引き戻した。

 

 圧倒的な機動力で地球軍の戦線を飛び越えて来たイリュージョンが、1隻だけ離脱しようとしているアガメムノン級戦艦に気付いたのだ。

 

「逃してはいけません、キラ」

「うん、判ってる」

 

 エストの言葉に頷くと、キラはイリュージョンをカーチス・ルメイに接近させる。

 

 あれが核搭載艦である事は既に分かっている。ここで逃がせば将来にいくらでも禍根が残るだろう。それを座視する事はできない。

 

 カーチス・ルメイの方でもイリュージョンの接近に気付いて迎撃の砲火を上げてくるが、幻想の戦天使の影すら捉える事ができない。

 

 右肩のバッセルを抜き放ち、投擲するイリュージョン。

 

 旋回しながら飛翔するビームブーメランは、カーチス・ルメイの艦橋を切り裂き、戦闘不能に追いやる。

 

 ドゥーリットルの名前の由来となった人物と、同時期に同じ国の軍人であり、戦略爆撃を初めて立案し実行した人物から名前を取られた艦は、首を失ったような形で暫く航行していたが、やがて全ての動力を失って停止した。

 

 今回ばかり不殺と言う訳にはいかなかったが、その中にベルンスト・ラーズの名前があったのは単なる偶然である。

 

 彼は地球軍におけるエクステンデット開発の責任者であり、エストにとっては間接的な意味で自分の人生を狂わせた仇とも言える。

 

 言わば全くの偶然から、エストは積年の恨みを晴らした事になる。当然の事ながら、当の少女がその事に気付く筈も無かったが。

 

 一方、ドゥーリットル、カーチス・ルメイの撃沈を、蒼白になって見守っていた人物がいる。

 

 言うまでも無く、ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルである。

 

 先に放ったミサイルは全滅し、今また母艦群も壊滅している。

 

 アークエンジェルが砲撃を行いながら接近してきているが、それすら目に入らず、目はうつろになって呆然としている。

 

 それに対して彼の懐には、1枚のカードも残っていない。

 

 もはや疑いようも無い。彼は負けたのだ。

 

 その様子を、ナタルは冷めた目で見つめている。

 

 こうなって、彼女としてはいっそ満足だった。

 

 核兵器をプラントに撃ち込むなど、控えめに見ても常軌を逸している。そんな事をするくらいなら、全戦力をジェネシスに叩きつけるべきだったのだ。そうすれば少なくとも、地球に対する脅威は排除できた筈だった。

 

 結局のところ、素人がしたり顔でいらぬ口出しをするから、こんな事になった。

 

 自分達の負けは最早覆しようも無いが、ナタルは妙に晴れやかな気分になっていた。

 

 だが、戦場は尚も混沌としている。

 

 そして、地球に対する脅威は、厳然としてそこに存在していた。

 

 

 

 

 

PHASE-37「絶対阻止線」      終わり

 



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PHASE-38「虚空に舞い散る羽の音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その存在を、誰よりも早く感知したのはムウだった。

 

 それは誰よりも、彼に近しい存在。

 

 故にこそ、感じる事ができる。

 

「来たな、クルーゼ!!」

 

 迎え撃つように反転するストライク。

 

 その眼前に、白銀のボディを持つ、禍々しい外見のモビルスーツが現われた。

 

 形状はXナンバーに近いが、背部に背負っている、突起が突き出たユニットの正体が判らない。

 

 先制するようにビームライフルを放つストライク。

 

 対して接近するクルーゼの機体、プロヴィデンスは背部のユニットから何かを放った。

 

 更に狙撃しようとするストライク。

 

 だが、その前に、何も無い筈の空間から閃光が走った。

 

「何ッ!?」

 

 とっさに機体を後退させるムウ。

 

 敵機は動いていない。にも拘らず、あり得ない方向から矢継ぎ早に攻撃が飛んで来る。

 

 四方八方からの攻撃。

 

 それらをムウは、辛うじて回避して行く。

 

 得体の知れないクルーゼの攻撃。

 

 しかし、ムウも決して負けていない。キラにすら追随できそうな反応速度で持って、全ての攻撃を回避して行く。

 

「これが望みか、貴様の!?」

 

 攻撃を回避しながら叫ぶムウ。

 

 対して、通信機から嘲弄の混じったクルーゼの声が響く。

 

《私のではない!! これが人の夢!! 人の望み!! 人の業!!》

 

 再び、ユニットを射出するプロヴィデンス。

 

 その様子を見て、ムウは敵の攻撃の正体を悟る。

 

 あれは、かつてムウが使っていたメビウスゼロのガンバレルと同系統の武装だ。だが、ガンバレルは有線式であったのに対し、あっちは無線式。攻撃範囲、機動性、自由度。全てにおいて上を行っている。

 

 だがそれでも尚、ムウは自らが恃む直感に従って機体を操り、巧みにクルーゼの攻撃を回避して行く。

 

 その様は、コーディネイターのエースパイロットであっても敵わぬ程であっただろう。

 

 しかし、まだまだ最新鋭機の部類にあるストライクだが、相手はザフトの新型。バッテリー動力と核動力の違いもある。

 

 無限に動けるプロヴィデンスに対して、ストライクの性能も、ムウの技術も僅かに及ばない。

 

 ドラグーンの一射が、ストライクのライフルを吹き飛ばした。

 

「チッ!!」

 

 ムウは舌打ちすると、ストライクのビームサーベルを抜き放つ。

 

《他者より強く、他者より先へ、他者より上へ!! 競い、妬み、憎んで、その身を食い合う!!》

 

 斬りかかって来たストライクの剣を払いのけ、プロヴィデンスもシールドからビームサーベルを出力して斬りかかる。

 

「貴様の理屈だ! 思い通りになど!!」

《既に遅いさ、ムウ。私は結果だ! だから知る!!》

 

 互いに剣を振るい、数度斬り結び、離れるストライクとプロヴィデンス。

 

《自ら育てた闇に食われ、人は滅ぶと!!》

 

 地球軍は核を放ち、プラントはジェネシスを地球に向ける。

 

 際限無き殺戮が展開され、人類は滅亡の坂道を転がり落ちようとしている。

 

 正にこの状況こそが、クルーゼの待ち望んだ物だった。

 

 ドラグーンの群れが、ついにストライクを捉える。

 

 四方八方から放たれるビームが光の檻を形成し、内部にストライクを閉じ込める。

 

 次の瞬間、ストライクの右腕が、左足が、直撃を受けて吹き飛び、更にコックピットにも掠めて中にいたムウを負傷させる。

 

「クゥッ!?」

 

 とっさに隙を突いて、ストライクを回頭させるムウ。

 

 そのままスラスターを全開にして、宙域を離脱する。

 

 後には、クルーゼの哄笑だけが、漆黒の中に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 ジェネシスを目指して進撃を続けるエターナル、クサナギ、大和の3隻にも、群がるようにして敵機が襲い掛かってくる。

 

 護衛についているシルフィードやM1部隊が必死に応戦しているが、何しろ数が違い過ぎる。

 

 徐々にではあるが、3隻の戦艦にも被害が蓄積するようになっていった。

 

「前方にザフト艦隊、ナスカ級4、ローラシア級3!!」

「目標、ナスカ級1番艦、主砲、撃ち方始め!!」

 

 ユウキの号令と共に、大和は前部6門の主砲を放ち、接近しようとしてくるザフト軍を牽制しに掛る。

 

 攻撃力と防御力では他のエターナル、クサナギを圧倒している大和である。この2隻を守るようにして進撃している為、勢い、攻撃も最も集中される。

 

 数隻のザフト戦艦から砲撃を集中され、装甲が悲鳴を上げ、衝撃で艦内が揺れる。

 

「被害報告!!」

「敵砲撃、右舷に着弾!! 第1装甲板一部損傷、戦闘航行に支障無し!!」

 

 流石、八八艦隊最強を誇る大型戦艦。その性能は複数の戦艦を同時に相手にしても勝利し得るだけの性能が持たされている。まだまだこの程度では、小揺るぎ程度と言ったところだろう。

 

 だが、事が一個艦隊相手となると、流石に無茶と言うものだろう。

 

「艦長、このまま進撃するのは危険すぎます!!」

 

 ユウキの言葉に、艦長席のトウゴウは無言のままメインスクリーンを睨みつける。

 

 ユウキに言われるまでも無く、無謀である事はトウゴウも判っている。

 

 だが、ジェネシスを放置する事は、地球の危機につながり、それはすなわちオーブの危機にも直結する。

 

 万難を排し、ジェネシスは破壊しなくてはならない。たとえ、同盟軍の全将兵がこの宙域に屍を浮かべる事になったとしても。

 

「副長、エターナルとクサナギに向かって来る敵艦を優先して排除。本艦への攻撃は無視して構わん」

「艦長ッ!?」

「とにかく、あの2隻の進撃を助けるのだ」

 

 例えここで自分達が倒れても、バルトフェルドやキサカが、必ずジェネシスを破壊してくれる筈。味方に対する絶大な信頼が、トウゴウの言葉の裏に込められていた。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 制帽を被り直して、ユウキは頷く。

 

 トウゴウの考えは、ユウキも理解していた。だからこそ、悲壮な覚悟を持ち、決定には異を唱えない。

 

「機関全速。取り舵20、エターナルとクサナギの前に出ろ!! 本艦が道を開き、2隻を守る!!」

 

 ユウキの命令を受けて、加速しつつ回頭する大和。

 

 敵の攻撃の勢いは更に増すが、その事に怯えを感じる者は、オーブ兵の中には1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 ピースメーカー隊の掃討を終えた機体が、続々とアークエンジェルの周辺へと参集して来る。

 

 中には激しい戦闘を潜り抜け、損傷している機体も少なくない。更にM1の数が合わない。マユラ、ジュリを始め、幾人かの人間が永遠に帰らなくなった事は疑いようも無かった。

 

「必要な機体は補給を!! ドミニオンはこちらで押さえる!! みんなはジェネシスへ!!」

 

 マリューの声が、電波に乗って同盟軍各員に伝えられる。

 

 とは言え、アークエンジェルも無傷では無い。ドミニオンとの砲撃戦でゴッドフリートを1基失い、艦内の各区画も損傷激しく、至る所で回路の切断が起こっている。

 

 マードックを始め、艦内のクルー達はダメージコントロールに奔走していた。

 

 もっとも、それはドミニオンも同様である。

 

 今回はほぼ同じ条件で殴り合った為、アークエンジェルとほぼ同等の損害をドミニオンも被っていた。

 

 加えてピースメーカー隊は全滅、核攻撃部隊の母艦群も全滅した現状、ドミニオンの戦う意義は最早ない筈だ。

 

 その時、

 

「ストライク帰投ッ 損傷しているようです!!」

 

 ミリアリアの声に、マリューはハッとなって顔を上げる。

 

 そこには、プロヴィデンスとの戦いで右腕と左足を失いボロボロになったストライクの姿があった。

 

《クソッ ・・・・・・クルーゼの新型・・・・・・もう一度・・・・・・》

 

 途切れ途切れに入って来る苦しげなムウの声から、彼が負傷している事が覗えた。

 

 マリューはすぐさま受話器を取ると、格納庫を呼びだした。

 

「報告は後です! 整備班、緊急着艦用ネット! 医療班待機!!」

《はは・・・・・・悪ィ》

 

 ムウは力無く笑い、ストライクを着艦シークエンスに入れる。

 

 だが、その様子を血走った眼で見る男がいた。

 

「今だ、撃てェ!!」

 

 突如、ドミニオンの艦橋で、それまで呆けていたアズラエルが調子の外れた声で叫んだ。

 

 思わず唖然として振り返るナタルに、アズラエルは詰め寄って来る。

 

「早くアイツを沈めろ!! ローエングリン照準だ!!」

「馬鹿な!!」

 

 ナタルは呻く。

 

「今更そんな事をして何になると言うんです!!」

「煩いな!! 良いから僕の言う事を聞けよ!!」

 

 調子の外れた声で叫び、再び銃を突きつけて来るアズラエル。

 

 だが、その様子にも、もはやナタルは動じる事は無かった。

 

 アズラエルはたんに憂さ晴らしをしたいだけなのだ。負けた腹いせを、誰でも良いからぶつけたいだけなのだ。

 

 そんな駄々っ子に、これ以上こちらが付き合ってやる言われも理由も無い。

 

 ナタルは大きく息を吸うと、決断した。

 

「総員退艦だッ 急げ!!」

 

 もっと早く、こうするべきだったのだ。せめて、増援部隊が壊滅した時点で戦闘をやめておくべきだった。

 

 ナタルの命令に一瞬戸惑ったクルー達だが、すぐに我に返って持ち場を離れ、出口へと向かう。

 

「クッ 貴様等ァァァァァァ!!」

 

 その様子に激昂したアズラエルが、彼等に銃を向けようとする。

 

 その前にナタルはアズラエルに飛びついて、押さえつけようとする。

 

 だが、男故の膂力か、それとも狂気を解放した為か、アズラエルは凄まじい力でナタルの束縛を抜けだそうともがく。

 

「艦長!!」

「早く行け!! アークエンジェルへ・・・ラミアス艦長は受け入れてくれる!!」

 

 振り返ろうとしたクルーの1人に、ナタルは叩きつけるようにして叫ぶ。

 

 マリューなら、投降した兵士達を決して無碍にはしないだろう。

 

「クッ 貴様ァァァ!!」

「指揮官だと・・・・・・命令する立場だと言うならッ」

 

 言いかけたナタルの脇腹に、熱い衝撃が走る。同時に、真っ赤な鮮血が吹き出す。

 

 アズラエルが銃の引き金を引いたのだ。

 

「僕にこんな事をして、どうなるか判ってるんだろうなッ!?」

 

 ナタルの体を強引に引き離し、自分も出口へ向かおうとするアズラエル。

 

 だが、ナタルは彼を逃がす気は無い。ここまでの事をしでかした人間として、きっちりと責任は果たしてもらう。

 

 出て行こうとしたアズラエルの眼前で、ブリッジのシャッターが閉鎖され、ロックが掛けられる。

 

「あなたはここで死すべき人だ・・・・・・私と共に・・・・・・」

 

 傷付いた体でナタルはブリッジ閉鎖の操作を行い、口元には会心の笑みを浮かべる。

 

 これでナタルもまた、逃げる事ができなくなったが、元より彼女は、既に自分の命を勘定に入れていなかった。

 

「何だとォ!?」

 

 再び、アズラエルの放った銃弾がナタルの体を貫く。

 

 右肩から走る激痛に、苦悶するナタル。

 

 だが、目を開き、アズラエルを睨むのをやめない。

 

「いい加減認めなさい・・・・・・我々は負けたのです」

「違うゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 アズラエルはナタルの体を床に叩き付け、射撃指揮席に飛びつくと未了のシステムを動かす。

 

「僕は勝つんだッ ・・・・・・そうさッ いつだって!!」

「アズラエル、貴様!!」

 

 アズラエルが何をしようとしているか悟ったナタルは叫ぶが、傷付いた体では如何ともしがたい。

 

 その間にアズラエルは、ドミニオン右舷のローエングリンを起動、照準をアークエンジェルに向けた。

 

 ドミニオンが射撃体勢に入った事は、アークエンジェルでも掴んでいた。

 

 しかし、まさか、と言う思いがあり、マリュー達の対応が一瞬遅れる。

 

 両艦の間には、ドミニオンを退艦したクルー達の乗る連絡艇が遊弋している。今、ローエングリンを撃ったら、それらを巻きこむ可能性すらあった。

 

 それにも構わず、ローエングリンを発射するドミニオン。

 

 目を剥くマリュー達。

 

 もはや、回避は間に合わない。

 

 直撃する。

 

 そう思った瞬間、

 

 アークエンジェルを守るように、盾を持った影が光を遮って立ちはだかった。

 

 ストライクである。

 

 機体がボロボロに損傷し、自身も傷を負ったムウは、それでも愛する女性と艦を守る為に、ストライクに残った左腕にシールドを掲げ、ローエングリンの光を遮っていた。

 

《ヘヘ・・・・・・俺ってやっぱ、不可能を、可能に・・・・・・》

 

 そう言った瞬間だった。

 

 ストライクのシールドは一瞬にして融解。

 

 堰を越えた光が、ストライクを飲み込んだ。

 

 一瞬、

 

 アークエンジェルのマリューと、目が合った気がした。

 

 瞬間、ムウは光の中で微笑みを浮かべる。

 

 ああ、彼女を守る事ができた。

 

 それだけでも、充分だった。

 

 次の瞬間、ムウの体は光の中に溶けて消えていった。

 

「ムウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 マリューの絶叫が、木霊する。

 

 彼女の目の前で、愛しい男が光に飲み込まれて消えていく。

 

 手の届くところにいながら、彼女には見ている事しかできない。

 

 やがて、光が晴れた時、

 

 そこにストライクの姿は無く、ただその残骸だけが名残を惜しむように浮かんでいるだけだった。

 

 彼はもう帰らない。

 

 あの優しく、何処までも暖かく包み込んでくれた気高き鷹は、永遠にマリューの下から飛び去ってしまった。

 

 顔を上げる。

 

 そこには常に優しさを湛えた女性の姿は無く、鬼女の如く眦を吊り上げた姿があった。

 

「・・・・・・ローエングリン、照準」

 

 マリューは今、この戦争で初めて、復讐の為に砲門を開こうとしていた。

 

 一方、光の中から変わらぬ姿で現われたアークエンジェルを見て、アズラエルは絶望的な面持ちで呻き声を発した。

 

 したり顔で皆を惑わし、多くの人命を失わせた男の、それが末路であった。

 

 哀れとは思わない。故にナタルは淡々と告げる。

 

「あなたの負けです」

「お前ェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 言われた瞬間、激昂したアズラエルはナタルの襟首をつかみ上げ、艦長席に叩きつける。

 

 最早この男にできる事は、こうして周囲に当たり散らす事だけだ。

 

 ナタルは自嘲気味に笑う。

 

 そして、自分にできる事も限られている。全てを清算し、自らの責任を果たすのだ。

 

 死んでいった者への、それが償いになるとは思わないが、少なくともこれから起きる犠牲の幾許かは減らす事ができる筈。

 

 アズラエルの銃が再び火を噴き、ナタルの胸を貫く。

 

 しかし、そんな事は最早どうでもよかった。

 

 最後の力を振り絞って、ナタルは叫んだ。

 

「撃て!! マリュー・ラミアス!!」

 

 ナタルの声に呼応するように、ローエングリンを発射するアークエンジェル。

 

 迫りくる光に身を委ねながら、ナタルは会心の笑みを浮かべる。

 

 そうだ、それで良い。

 

 感謝します、ラミアス艦長。

 

 光が全てを飲み込む。

 

 その中で、誰よりも謹厳で、任務に忠実であったアークエンジェル副長は、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

 ドミニオン撃沈の様子は、同盟軍と交戦中のアヴェンジャーでも確認できた。

 

 コックピットに座するフレイの視線の先で、彼女の母艦が、その艦長を乗せたまま炎に包まれて沈んで行く。

 

「・・・・・・バジルール少佐」

 

 アークエンジェルに乗っていた頃からの付き合いである女性艦長。

 

 陰謀の渦巻く地球軍の中にあってフレイが唯一、心を許していた女性が、炎の中で消えようとしている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 涙の雫は、自然と零れ落ちる。

 

 正直、涙を流すなどと言う感傷的な行為が、まだ自分にできたのが驚きだった。

 

 父を殺された時、全ての涙は出尽くしたと思っていたのに。

 

 とは言え、あまり感傷に浸っている暇は、フレイには無かった。

 

 ドミニオンもピースメーカー隊もやられた以上、長居は無用である。

 

 笠に掛かって攻め込んで来るM1やゲイツに砲撃を浴びせながら、アヴェンジャーを後退させる。

 

 やがて、敵を振り切ったと判断したフレイは、全速力でその宙域から離脱して行った。

 

 一方、アズラエル直属部隊の事実上最後の1人となったクロト・ブエルは、まだ生き残っていた。

 

 彼の乗るレイダーの機動力が、カラミティやフォビドゥンに比べて高い事も長生きしている要因ではあるだろうが、それでも味方が次々と倒れていく激戦の中にあって、尚も命を永らえている事は、彼がパイロットとして聊か以上に非凡である証であろう。

 

 だが、同時に潮時であるとも感じていた。

 

 何しろオルガやシャニは既になく、母艦は全てやられてしまった。

 

 別に連中がどうなろうとクロトにとってはどうでも良い事ではあるが、しかし補給もできずに無為にやられるのは御免だった。

 

 仕方なく、機体を反転させて離脱しに掛るクロト。

 

 しかし、モビルアーマー形態のレイダーが機首を巡らした瞬間、

 

 複数の光線が四方八方からレイダーを刺し貫く。

 

 悲鳴を上げる暇すら、クロトには無かった。

 

 生じた爆炎の中で、漆黒の機体はなお暗い漆黒の宇宙へと散華して行った。

 

 その様子を、大して感慨も無く背中に見ながら、クルーゼのプロヴィデンスは闇の中から滲み出て来た。

 

「フッ アズラエルめ、案外と不甲斐ない」

 

 クルーゼは彼の「協力者」に対して、侮蔑の言葉を遠慮なく吐き捨てる。

 

 折角Nジャマーキャンセラーの情報を流し、今回のお膳立てをしてやったと言うのに、プラント撃つ事もできずに舞台から退場するとは。

 

 地球軍がプラントに核を撃ち込み、ジェネシスが地球を焼きつくす、と言うのがクルーゼの思い描いていた最高のシナリオだったのだが、最早それは敵わなくなった。

 

 口元に笑みを浮かべる。

 

 まあ良い。この程度の誤差は想定の範囲内だ。ようはジェネシスが地球へ発射されればいいのだ。後の事は、このプロヴィデンスがあれば事は足りる。

 

 それまで暫しの間、暇つぶしと戯れようじゃないか。

 

 クルーゼの目は、損傷して身動きが取れなくなったアークエンジェルへ向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとドミニオンの戦いに決着がついた頃、ジェネシスは第3射の準備を急ピッチで進めていた。

 

 対して同盟軍の3戦艦、エターナル、クサナギ、大和の進撃はザフト軍の厚い防衛ラインに阻まれて、遅々として進まない。

 

 無理も無い。ザフト軍の中には、自軍の勝利が間近であると信じて意気を上げている者も多い。そんな中に攻めかかって来る同盟軍は、いかにラクスを擁しているとは言え、彼等にとっては明確な「敵」に他ならなかった。

 

 その後方を、イリュージョン、ジャスティス、フリーダム、そしてジャスティスのミーティアに掴まる形で、ストライクルージュが艦隊を追い掛けて進軍している。

 

 だが、そんな中、イリュージョンを駆るキラは、何かを感じて顔を上げた。

 

「・・・・・・何だ?」

「どうしました、キラ?」

 

 後席のエストが尋ねて来るが、キラはそれに答えずに考え込む。

 

 何か、と聞かれてもキラにも答えられない。彼にとっても、このような感覚は初めてだからだ。

 

 強いて言えば、胸騒ぎであろうか。

 

 悪寒めいた強い強迫観念が、キラの胸の中で引っ掛かって離れようとしなかった。

 

 直感が告げている。今戻らなければ、取り返しのつかない事になる、と。

 

 次の瞬間、キラはイリュージョンを反転させた。

 

《お、おいッ!!》

《キラ!?》

《どうしたんですか!?》

 

 カガリとアスラン、ラクスが慌てて声を掛けて来る。

 

「3人はそのままジェネシスへ、何かが・・・・・・」

 

 それ以上の事は、キラにも言えない。正直、この感覚を言い表す事は不可能に思えた。

 

 ただもし、この場に亡きムウがいたとすれば、キラと自分の血縁を本気で疑ったかもしれない。

 

「いったいどうしたんですか?」

「判らない。けど、どうしても戻らなくちゃいけないような気がするんだ」

 

 エストにそう答えると、キラは得体の知れない戦慄に突き動かされて、イリュージョンを加速させる。

 

 そんなキラを、エストは戸惑いながら見詰めていた。

 

 

 

 

 

 それは、突如として襲い掛かって来た。

 

 突然、センサーが急速に接近する機影を捉えたかと思うと、前線を守っていた数機のM1が一斉に炎を上げて吹き飛んだ。

 

「なッ!?」

 

 その光景を、シルフィードのコックピットで見ていたライアは、思わず目を見張った。

 

 今の今まで強固なザフト軍の迎撃網を斬り崩していた味方が、一斉にやられたのだ。

 

 そんな彼女たちの目の前で、2本の巨大な腕を持つ禍々しいモビルスーツが姿を現わした。

 

「ハッハー ここは通行止めだ。お帰り前に、お代の命を置いて行って下さいってな!!」

 

 フォーヴィアのコックピットで、クライブは高らかに笑い上げた。

 

 同時に、ビームライフル、2基のパラエーナ、2基のクスィフィアス、3基のスキュラ、合計8門を一斉掃射する。

 

 その一撃で、数機のM1が一斉に吹き飛んだ。

 

 その絶大な攻撃力は量産機では対抗不可能。Xナンバーですら、遥かに凌駕している。

 

「クッ あんなのに来られたら!!」

 

 ライアは言いながら、シルフィードのビームライフルとBWSを構えて砲撃する。

 

 今この場で、対抗できそうな機体はシルフィードしかいない。何としても、大和や他の2隻をやらせる訳にはいかなかった。

 

 だが、クライブはシルフィードから放たれる火線を、小石でも避けるように軽々と回避して行く。

 

「何だァ その気の無い攻撃は!? やる気ないんだったら、帰ってママのおっぱいでも吸ってな!!」

 

 言い放つと同時に、ビームライフルを放つ。

 

 その一射は、シルフィードが背部に背負ったBWSを直撃した。

 

「クッ!?」

 

 とっさにBWSをパージするシルフィード。一拍置いて、損傷した追加武装は爆発した。

 

 間一髪のところである。

 

 しかし、ライアがフォーヴィアにかまけている隙に、ジュートとハリソンが操るゲイツが、シルフィードの脇をすり抜けてしまった。

 

《隊長、お先ッ!!》

《デカブツは、俺等に任せてください!!》

 

 向かって来る同盟軍をすり抜けた2機は、そのまま一番大きな目標である大和へと向かう。

 

 一方の大和でも、味方の防空網を突破して迫るザフト機の存在には気付いていた。

 

「敵機接近!!」

「撃ち落とせ、対空戦闘!!」

 

 船体中央に備えられたイーゲルシュテルンが、唸りを上げて一斉に発射される。

 

 しかし、ジュート達は、巧みな機動力で対空砲火を回避すると、肉薄してライフルを放ち、イーゲルシュテルンを次々と潰して行く。

 

 以下に大和が強靭な装甲を誇ろうと、船体全てが頑丈な訳ではない。艦上の武装やセンサーの類は至って脆弱なのである。

 

 攻撃を受けて、損傷を蓄積し始める大和。

 

 その様子は、シルフィードからも見る事ができる。

 

「大和が・・・ユウキ!!」

 

 だが、その一瞬の隙を突かれて、フォーヴィアに斬り込まれる。

 

「余所見するとは余裕だな、流石、お姫様の軍隊は違うよッ」

 

 クライブは言いながら、ギガスを振るう。

 

 その指先から、5本のビームクローが出力、空間を薙ぎ払う。

 

「クッ!?」

 

 とっさに回避しようとするライア。

 

 しかし、一瞬遅く、シルフィードの両脚は膝から下が削ぎ落された。

 

「ああッ!?」

 

 OSが、機体の部位欠損を伝えて来る。

 

 更にフォーヴィアはシルフィードに接近し、その両腕をギガスで捉えた。

 

「何だ、随分呆気ねえな。狐野郎なら、もう少しマシな戦いを見せてくれたんだが」

 

 呆れるようにして言いながら、ゆっくりとギガスの圧力を強め、同時に左右に引き絞っていく。そのままシルフィードの両腕を引きちぎるつもりなのだ。

 

「クッ・・・・・・グゥッ!?」

 

 どうにか振りほどこうともがくライアだが、パワーに差があり過ぎる為、拘束を解く事ができない。

 

《ほれ、どうしたァ? 早く脱出しねえと握り潰しちまうぜ》

「クッ!?」

 

 接触回線を通じて聞こえてくる声に、歯がみするライア。

 

 しかし、こうなってしまうと、圧倒的な性能差により如何ともしがたい。

 

 その内、機体の各部が壊れる音が響き始める。フォーヴィアのパワーに耐えきれず、ジョイント部分が破壊され始めたのだ。

 

 徐々に破壊音が大きくなり、それがライアの中で恐怖感を呼び起こして行く。

 

《クハハハッ どうだ、達磨にされてる気分はよ!? これから手足もがれて芋虫になる気分はよ!?》

「クッ・・・・・・キャァッ!?」

 

 ライアの後半の声が悲鳴に変わったのは、突然、衝撃がコックピットを襲ったからである。

 

 クライブはギガスでシルフィードを捉えたまま、ゼロ距離でクスィフィアスを放ったのだ。

 

 レールガンの着弾である為、PS装甲が貫通される事は無い。しかし、無抵抗のままなぶるように攻撃を食らう恐怖は、想像を絶している。

 

 更にクライブは立て続けにレールガンを放ち、シルフィードをなぶっていく。

 

《オラオラ、どうした!? もう終わりかよ、詰まんねえ奴だな!!》

 

 着弾する度にシルフィードのコックピットは激しく揺さぶられていく。

 

 その恐怖に、ライアの心は徐々に蚕食されて行った。

 

「イヤァァァァァァ やめてッ お願い、もうやめてェェェェェェ!!」

 

 普段は楽天的な少女が、恥も外聞も無く泣き叫ぶ。

 

 拷問のような恐怖感が、少女を食いつぶそうとしているかのようだ。

 

 その声に、クライブは攻撃する手をピタリと止めた。

 

《やめてほしいか?》

「・・・・・・あッ ・・・・・・あ・・・・・・え?」

 

 恐怖に震えながら、突然攻撃がやんだ事に驚き、ライアは顔を上げる。

 

《どうなんだ? やめてほしいのか?》

「・・・・・・う、うん」

 

 か細く、頷きを返すライア。

 

 極限の恐怖から解放され、藁にもすがるような思いなのだろう。

 

 その声を聞き、クライブはニヤリと笑う。

 

《そうか、なら、仕方ねえ。やめてやるか》

 

 言いながら、クスィフィアスを格納するフォーヴィア。

 

 ライアがホッと息をついた。

 

 次の瞬間、

 

《な~んてな!!》

 

 下卑た笑いと共に、クライブはギガスを左右に引っ張り、既に脆くなっていたシルフィードの両腕を胴体からもぎ取ってしまった。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げるライア。

 

 手足をもがれ、完全に戦闘力を喪失したシルフィード。

 

 そのコックピットへ、フォーヴィアはビームライフルの銃口を向ける。

 

「あばよォ 乗ってるのがキラじゃねえのがアレだが、まあ良いだろ。直に元のご主人さまもそっちに送ってやるよ」

 

 そう言って引き金を引こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 太い閃光が2本、フォーヴィアとシルフィードの間を駆け抜けた。

 

 とっさに機体を翻して回避するクライブ。

 

「・・・・・・やっと来やがったか」

 

 ニヤリと笑う。

 

 振り仰ぐ視線の先には、巨大な追加ユニットを携えた2基のモビルスーツが接近してくるのが見えていた。

 

 

 

 

 

 ドミニオンとの戦いでアークエンジェルが負った損傷は、判定大破と称しても良いほど重大だった。

 

 白い装甲はあちこちが剥離して傷口を残し、艦内各所では今も炎が席巻して、手隙のクルー達は消火活動に追われていた

 

「125から144ブロックまで閉鎖!!」

「推力50パーセントに低下!!」

「センサーの33パーセントにダメージ!!」

 

 次々と齎せる報告が、既にアークエンジェルが戦艦としての機能を失いつつある事を示していた。

 

 だが、艦の損傷もさることながら、人的損害の多さがクルー達に暗い影を落としている。

 

 分けてもムウ・ラ・フラガ。あの陽気な兄貴分の喪失は、恋人であるマリューを始め、多くの人間を悲しみの淵につき落としていた。

 

 そこに、追いうちを掛ける事態が訪れた。

 

 闇の中から溶け出すように、白銀の機体が現われたのだ。

 

《敵機接近!!》

《迎え撃て!!》

 

 向かって来るプロヴィデンスに対し、一斉にライフルを向けて迎撃しようとするM1隊。

 

 しかし次の瞬間、彼等を包囲するように四方八方からビームが放たれる。

 

 それに対し、M1隊の動きはあまりにも鈍かった。

 

 一瞬で数機が破壊され、撃墜されて行く。

 

 その中には、リリアとトールのM1も含まれていた。

 

 何が起こったのか判らないまま、リリアは愛機の頭部を、トールは右腕と右足を破壊され、戦闘力を喪失した。

 

 2人が撃墜を免れたのは、技量と言うより、どちらかと言えば運の要素が強かった事だろう。

 

 何れにしても、追撃の砲火を浴びせられていたら、その時は2人の運命も決していた筈である。

 

 だが、そうはならなかった。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 更に攻撃を加えようとしたプロヴィデンスの前に、ストライク・ヴァイオレットが立ちはだかり、ビームサーベルを手に斬りかかって来たのだ。

 

 ピースメーカー隊を殲滅したシンは、補給の為に着艦待ちをしていたのだが、そこへプロヴィデンスの強襲である。

 

 残り少なくなったバッテリーを駆使して、アークエンジェルを守ろうと立ちはだかったのだ。

 

「ほう・・・・・・」

 

 そのヴァイオレットの動きに、クルーゼは感心したように呟きを洩らす。油断していたとはいえ、一瞬で懐に入って斬り込んで来た相手の技量に感心したのだ。

 

「良かろう、面白い」

 

 クルーゼの呟きと共に、ビームサーベルを出力するプロヴィデンス。

 

 対してシンは、遮二無二斬りかかっていく。

 

「このッ!!」

 

 がむしゃらに振りまわす光刃。

 

 その攻撃をクルーゼは、いなし、かわし、シールドで防いでいく。

 

 シンには焦りがある。長時間に渡る戦闘のせいで、バッテリーが危険領域に近付きつつあるのだ。何としても、バッテリー切れになる前に仕留めないと。

 

 シンの中で何かが弾ける。

 

 同時にヴァイオレットはシールドを投げ捨て、ビームサーベルの二刀流を構えて斬り込んで行く。

 

 倍加した剣閃を、しかしクルーゼは冷静に見極めて、プロヴィデンスの右手に握った、巨大なユーディキウムビームライフルを構える。

 

《残念だよ》

「何がッ!?」

 

 聞こえて来た、嘲弄するような声に反射的に答えるシン。

 

 次の瞬間、プロヴィデンスのライフルが火を噴き、ヴァイオレットの右腕を吹き飛ばした。

 

《君のように才能溢れる者を、この手で葬ってしまう事がだよ》

 

 動きを止めたヴァイオレット。

 

 そこへ、周囲に展開したドラグーンから一斉砲撃が掛けられた。

 

 ヴァイオレットの左腕が、エールストライカーが、頭部が、右足が破壊されて行く。

 

 シンには、なす術が無かった。

 

 クルーゼの言った通り、シンは確かに才能溢れているかもしれない。あるいはそれはキラやアスランですら凌駕する可能性を秘めたものであるのかもしれない。

 

 だがしかし、この場にあってはクルーゼの有する経験と、言わば怨念とも言うべき感情に敵し得る物では無かった。

 

 クルーゼが、更にビームライフルを構えようとした。

 

 その時、

 

「ッ!?」

 

 殆ど、直感に近い形でクルーゼは機体を後退させる。

 

 その一瞬後、高速で飛来した機体が、プロヴィデンスがいた空間を大剣で薙ぎ払った。

 

「ほう・・・・・・」

 

 クルーゼは感心と共に軽い驚きで持って、呟きを洩らす。

 

 その視線の先には、ティルフィングを構えてヴァイオレットを守る位置に立つイリュージョンの姿がある。

 

 そのコックピットに座し、キラは、そしてエストは、鋭い眼差しでプロヴィデンスを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

PHASE-38「虚空に舞い散る羽の音」      終わり

 



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PHASE-39「想い、重なる時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況は終局に向かいつつ、尚も混沌としていた。

 

 既に指揮系統が壊滅した地球軍は、戦闘停止命令も出されないまま無秩序に戦闘を続行する部隊が続出し、ザフト軍は尚も地球に照準を向けようとするジェネシスを守り続けていた。

 

 そしてL4同盟軍は、それらを止める為に苦しい戦いを続けていた。

 

 同盟軍は既に、戦力の半数以上が撃墜されるか戦闘不能に追い込まれている。

 

 そのような中で、ザフト最強とも言える2機のモビルスーツが、同盟軍の前に立ちはだかっていた。

 

 四方から降り注ぐビームの嵐を回避し、イリュージョンはティルフィングを掲げて斬り込んで行く。

 

 迎え撃つプロヴィデンスは、矢継ぎ早にドラグーンを放ち、イリュージョンの接近を阻んでいる。

 

 プロヴィデンスのドラグーンは、9門の砲を備えた円錐状の大型ドラグーンが3基、2門の砲を備えた小型ドラグーンが8基、合計43門から成っている。その絶大な火力はフリーダムやフォーヴィア、カラミティ、アヴェンジャー、バスターと言った砲撃重視の機体を凌駕し、現状、地球圏最強の機体と言って過言では無かった。

 

《まさか、君達が私の方に来るとはな》

 

 プロヴィデンスからイリュージョンへ、クルーゼの声が届く。

 

《てっきり、ラクス嬢が私の前に現れるかと思っていたのだがな》

「あなたを、ここで止める必要があるのに変わりは無い!!」

 

 キラは答えながら、エストのオペレートに従って機体を操り、四方から迫るビームを回避して行く。

 

 砲撃を終えたドラグーンが、エネルギー補給の為にプロヴィデンス本隊へ引き戻される。

 

 すかさず接近し、斬り込もうとするイリュージョン。

 

 しかし、その前に別のドラグーンが展開し、ビームの壁が築かれて立ち往生を余儀なくされる。

 

《厄介な存在だよ、君は!!》

 

 忌々しそうに言いながら、どこか楽しそうにクルーゼの声が響く。

 

 彼にとって、この状況も一時の余興に過ぎないのだ。故にこそ、命のやり取りですら娯楽でしか無くなる。

 

 接近を阻まれたイリュージョンは、後退しながら290ミリ狙撃砲を放つ。

 

 その攻撃を、余裕の動きで回避するプロヴィデンス。

 

「あなたはッ!!」

 

 叫ぶキラ。

 

 返礼とばかりに放たれるプロヴィデンスのビームライフルを、イリュージョンは急旋回し紙一重で回避する。

 

《あってはならない存在だと言うのに!!》

「何をッ!!」

 

 互いにビームライフルを放つが、敵機を捉えるには至らない。

 

 その間にプロヴィデンスは、ドラグーンを次々と放ってイリュージョンを包囲、一斉攻撃を仕掛けて来る。

 

 自立砲台を装備した機体の強みは、型に嵌らない攻撃と、矢継ぎ早の攻め手にある。息つく暇も無く、相手を攻め立てる事ができるのだ。

 

 あまりの攻撃の苛烈さに、イリュージョンは攻めあぐねる。

 

「回避を!!」

 

 エストの声に導かれ、急速にイリュージョンを後退させるキラ。

 

 だが距離を置いても、ドラグーンは執拗に追撃して来る。

 

 ビームは容赦なく、四方八方から奔流となって襲い掛かってくる。

 

「距離を置いての戦闘は不利です」

「みたいだ、ねッ」

 

 エストの声にキラは苦しげに答えながら、ドラグーンの一射を回避する。

 

 接近戦重視のジャスティス、砲撃戦重視のフリーダムに対し、イリュージョンはあらゆるレンジに対応したオールラウンダー型の機体である。しかし、それは同時に器用貧乏的な側面がある事も否めなかった。

 

《知れば誰もが望むだろう!!》

 

 ラウは叫びながら、イリュージョンめがけてビームライフルを放って来る。

 

《君のようになりたいと!!》

 

 更にドラグーンも、執拗に距離を詰めて攻撃してくる。

 

 対してキラとエストは、手出しする事ができずにその回避に専念させられる。

 

《君のようでありたいと!!》

「そんな事ッ!!」

 

 ビームが機体を掠めるのも構わず、強引に突破を図るイリュージョン。

 

 そのままティルフィングを振り翳し、プロヴィデンスに斬りかかる。

 

《故に許されない!! 君と言う存在は!!》

「だから殺したって言うのか!? 僕の仲間達を!?」

《その通りだ。君と言う存在がいた事を、誰かに知られる訳にはいかなかったからな。彼等には悪いが、もろともに消し去らせてもらった!!》

 

 イリュージョンの大剣を、シールドで払うプロヴィデンス。

 

《君のような者が存在すると知れば、またどこかで別の君を作ろうとする者が現れるだろう。そんな事が許される筈が無いと言うのにな!!》

 

 尚も斬り込んでこようとするイリュージョンを、ドラグーンを呼びもどして牽制するプロヴィデンス。

 

 無数のビームに行く手を阻まれ、イリュージョンは仕方なく後退を余儀なくされた。

 

《だが、よりによって君だけは生き残った。まったく誤算だったよ!!》

 

 プロヴィデンスはビームライフルとシールドに備えたビーム砲で、後退しようとするイリュージョンを追撃する。

 

 その攻撃を、ビームシールドで防ぐイリュージョン。代わって放ったビームガトリングは、プロヴィデンスが回避したことで命中せずに終わった。

 

「そんな事の為に、みんなを!!」

 

 キラの脳裏に、仲間達の顔が次々と浮かぶ。

 

 大切な仲間達を、

 

 多くの人達を殺す権利が、

 

「あなたに、ある筈が無い!!」

 

 叫ぶと同時に、

 

 キラの中で何かが弾けた。

 

 飛んで来るビームを次々と回避、同時に狙撃砲を構えて連射し、ドラグーン3基を立て続けに撃ち落とした。

 

 だがそのうち一発は、迎撃が間に合わず、真っ直ぐにイリュージョンへと向かって来る。

 

 その一発を、

 

「力だけが、僕の全てじゃないんだ!!」

 

 キラはあろう事か、ティルフィングの刃で斬り飛ばした。

 

 更に四方八方から飛んで来る攻撃を、同様に斬り飛ばし、あるいはシールドで弾いて行く。

 

 そして一瞬の隙を突いて、大剣を構え斬り込むイリュージョン。

 

 対してプロヴィデンスも、ビームサーベルを出力して迎えうった。

 

 

 

 

 

 先行する形で進撃を続ける同眼軍主力もまた、大損害を受けて歩みを停滞させていた。

 

 未だに圧倒的な戦力を誇っているザフト主力軍を前に、いかに地球圏最強クラスの質を誇るとは言え戦艦3隻と、搭載モビルスーツだけで堅固な防衛陣に穴を開けるのは容易では無かった。

 

 そこに来て、ザフト軍には最凶とも言える増援が到着していた。

 

 背中から巨大な「手」を生やしたフォーヴィアの姿は禍々しく、砲撃にも白兵にも長けた戦闘力は、同盟軍にとって脅威以外の何物でもない。

 

 フォーヴィアの圧倒的な攻撃力を前にしては、同盟軍のM1など風前の灯のように思えた。

 

 だがしかし、そんなフォーヴィアの前に自由の歌姫が立ちはだかる。

 

「やらせません!!」

 

 大破したシルフィードに、今にもとどめを刺そうとしていたフォーヴィア。

 

 そのフォーヴィアに対し、フリーダムを駆るラクスはミーティアの全火力を解放。フォーヴィアに一斉攻撃を仕掛ける。

 

 空間を薙ぎ払うような、圧倒的な攻撃。

 

 対してクライブはフォーヴィアは自在に操り、全ての攻撃を回避し、あるいはビームライフルで狙撃して、飛来したミサイルを撃ち落として行く。

 

「ハッ テメェが来たのか、お姫様よォ!!」

 

 言いながら、3門のスキュラを発射する。

 

 その攻撃を、ラクスはエンジンをフル加速させることで回避した。

 

「あちらは、わたくしが押さえます。皆さんはライアさんを!!」

《は、はいッ!!》

 

 ラクスの指示により、生き残ったM1がシルフィードに取り付き曳航して行くのが見える。

 

 それを確認してから、ラクスはフォーヴィアに向き直った。

 

《やれやれ、勇ましい事だな、このお姫様よォ》

 

 聞き憶えのある嘲笑するかのような声に、ラクスは僅かに眉を潜めた。

 

「その声、クライブ・ラオス隊長ですねッ」

《おうよ、お久しぶりですわねってか》

 

 ちょうどその時、後方から同様にミーティアを装備したジャスティスが追いついて来た。

 

《ラクス、油断するな!!》

 

 アスランは警戒を飛ばしながら、ミーティアの大型ビームソードを出力しフォーヴィアに斬りかかる。

 

 対艦刀を遥かに上回る巨大な刃は、しかしジャスティスの膂力を持ってしても振りまわすには容易では無く、フォーヴィアは巧みに回避してしまう。

 

《なんだ腰巾着ッ テメェも来やがったのか!?》

《ラオス隊長!!》

 

 アスランはビームソード2本を出力して、フォーヴィアへと斬りかかる。

 

 ラクスもまた、ジャスティスを援護するように後方から砲撃を仕掛ける。

 

 ビーム砲とミサイルの一斉攻撃。

 

 逃げ場など無いかのような、熾烈な砲撃。

 

 だが、当たらない。

 

 クライブは、まるで攻撃される場所が判っているかのように、2機の攻撃をヒラリヒラリと回避する。

 

《滑稽だな、テメェ等は!!》

「何をッ!?」

《口では綺麗ごと抜かしながら、昔のお仲間をぶっ殺す為にこんな所まで来やがって。これ以上のギャグが他にあるってのかよ!?》

「クッ そんな事!!」

 

 アスランが叫んだ瞬間、フォーヴィアの右のギガスが振るわれる。

 

 その指先に装備された5本のビームソードが一閃。ジャスティスが持つ右のアームが、半ばから斬り飛ばされた。

 

「チッ!?」

 

 アスランはとっさに右のアームをパージ。爆発するに任せると、残った左のビームソードを振り翳す。

 

 だが、

 

《ハッハー 遅ェぜ!!》

 

 ジャスティスの攻撃を余裕で回避するフォーヴィア。

 

 そのままスキュラ、パラエーナ、クスィフィアスを一斉展開する。

 

 奔流のような砲撃。

 

 アスランもとっさに機体を加速させるが一瞬遅く、推進部のユニットを直撃されてしまった

 

 舌打ちしながら、ミーティアユニットをパージするアスラン。

 

 巨大な機体はデッドウェイトであり、却って的になり易い事に気付いたのだ。軽快なモビルスーツを相手にする場合、寧ろ邪魔になり易い。

 

 一拍置いて、ミーティアは火球となり吹き飛ぶ。

 

《アスラン!!》

「ラクス、君は援護を!!」

 

 言い放つと、アスランはビームサーベルをアンビテクストラスハルバードに連結し、フォーヴィアへと斬りかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《それが、誰に判る!?》

 

 虚空で火花を散らし、斬り結ぶイリュージョンとプロヴィデンス。

 

 互いの剣をシールドで防ぎ、再び距離を置いて砲撃を交わし合う。

 

 高速ですれ違いながら、砲撃を交わし合う両者。

 

 しかし、やはり手数ではプロヴィデンスの方が圧倒的である。

 

 正面からのドラグーンの一撃。

 

 その一撃が、イリュージョンの手からビームライフルを吹き飛ばした。

 

「クッ!!」

「中距離砲撃能力低下。キラ、距離に注意をッ」

 

 エストの警告に導かれながら、キラはイリュージョンの両肩からバッセルを抜き放ち、プロヴィデンスへ投げつける。

 

 旋回しながら飛んで行く2基のブーメラン。

 

 しかし、命中の直前、またしてもドラグーンが網を掛けるように砲撃し、バッセルを撃ち落としてしまった。

 

《判らんさッ 誰にもな!!》

 

 距離を置きながら狙撃砲を撃つイリュージョン。

 

 その攻撃を回避しながら、プロヴィデンスはビームライフルでイリュージョンに逆撃を加える。

 

 辛うじて攻撃を回避するイリュージョンだが、操縦桿を握るキラの中では、徐々に焦りが生じ始めていた。

 

 このままではまずい。

 

 技量においてキラは、クルーゼに劣っている訳ではない。

 

 しかし、手数が違い過ぎる。

 

 いかにデュアルリンクシステムの予測演算を持ってしても、機体の動きが相手の攻撃に追いつけないのだ。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・私には判ります」

 

 それまで黙っていたエストが、静かに、

 

 しかし、力強く言い放った。

 

「エスト?」

「かつて、私とキラは殺し合う仲だった」

 

 怪訝なキラの声に促されるように、エストは語り続ける。

 

「でも長い時を一緒に過ごし、一緒に同じ機体を操り、私は私の中でキラに対する確かな想いを自覚するようになりました」

 

 エストは、彼女らしく淡々と、それでいていっそ誇らしく言い放った。

 

「キラ、私はあなたが好きです」

「え・・・・・・エスト?」

「世界中の誰よりも、あなたが好きです」

 

 戦場の、今まさに砲火を交えている中での告白。

 

 普通ならば、場違いと言うほかない。

 

 しかし、元テロリストの少年と、元特殊部隊員の少女。

 

 ある意味、これほど相応しい状況は無いのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・僕も」

 

 ややあって、キラも口を開いた。

 

「僕も、君が好きだ、エスト。できれば、ずっと傍にいてほしい」

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 笑顔を浮かべるエスト。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってから、再び口調を改めて、破滅を望む男へ語りかける。

 

「私のこの想いこそが、あなたの言葉を否定する何よりの証です」

 

 対して、

 

 クルーゼもまた、低い声で応じた。

 

《美しい事だな、お嬢さん。しかし青いな。傲慢ですらあるッ 君達の想いが何程だと言うのだ? 君達が人類全てを代表している訳ではあるまい!!》

 

 クルーゼの叫びと同時に、ドラグーンをさし向けて来るプロヴィデンス。

 

 対して、

 

「そうかもしれません・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で言ってから、同時に、でも、と続けるエスト。

 

「私達の想いは、あなたには負けませんッ 絶対に!!」

 

 エストは今、心の底から、破滅を望む男に対しNOを突きつけたのだ。

 

 クルーゼが破滅を望むなら、自分達は、それに抗う為にあくまで戦う、と。

 

 次の瞬間、

 

 エストの中で、何かが弾けた。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の執拗な攻撃に耐えながら、大和は尚も前線で踏ん張り続けていた。

 

 その艦体各所には被弾跡が多数に上り、イーゲルシュテルンも何基か破壊されている。

 

 しかし、主砲と副砲は未だに全門健在であり、比類ない砲撃力を発揮して、進撃を続けるエターナルとクサナギを守り続けていた。

 

 その大和に、ジュートのゲイツが迫る。

 

「このデカブツがァ!! 無駄にデカけりゃ良いってもんじゃないんだよ!!」

 

 言いながら、ビームライフルを連射する。

 

 しかし、対モビルスーツ戦闘を考慮して建造された大和の装甲は、並みのビーム程度では貫通しきれない。

 

 放ったビームはけんもほろろに弾かれて飛散する。

 

 その様子に、ジュートは舌打ちを洩らした。

 

「何なんだよ、こいつはッ!?」

 

 これまで相手にした地球軍の戦艦程度なら、既に2~3隻は撃沈していそうな火力を叩きつけている。

 

 にも拘らず大和は撃沈はおろか、未だに戦闘力すら喪失していない。

 

 その様子を見て、ジュートはニヤリと笑う。

 

「だがよ、どんなデカブツも、頭潰せば終わりってな」

 

 言い放つと同時に。大和のブリッジを目指してゲイツを飛ばす。

 

 大和の方でも、ジュートの動きには気付いていた。

 

「敵機、接近!!」

「迎撃!!」

 

 ユウキの指示を受けて、イーゲルシュテルンや副砲が砲撃を開始する。

 

 しかし、既にここまでに多くの対空砲を潰された大和の迎撃力は、戦闘開始前に比べて見る影もない程に落ち込んでいる。

 

 ジュート機はあっさりと迎撃網を抜けると、大和のブリッジへ銃口を向けた。

 

「そォら、これで終わりだデカブツ!!」

 

 ビームライフルの銃口が光る。

 

 しかし次の瞬間、

 

「やめろォォォォォォ!!」

 

 飛翔してきた深紅の機体が、ライフルを撃ちながらジュートを牽制しに掛る。

 

 カガリのルージュだ。ジャスティスのミーティアに掴まって戦場に到着した彼女は、間一髪で大和の危機を救ったのだ。

 

 ライフルを放って来るルージュに対し、ジュートのゲイツも後退しながらライフルで応戦する。

 

「このッ 邪魔すんじゃねえよ!!」

 

 拮抗したのはほんの一瞬。すぐにゲイツは、ルージュを圧倒し始める。

 

 ジュートもザフト歴戦のパイロットである。カガリも決して素人ではないが、それでも経験の差は大き過ぎる。

 

 ジュートのビームライフル放った一撃が、ルージュのビームライフルを吹き飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 すかさず、ビームサーベルを抜き放つルージュ。

 

 だが、

 

「遅ェッ これで、終わりだァ!!」

 

 ジュートは言い放つと、ゲイツの両腰にあるエクステンショナルアレスターを射出した。

 

 ワイヤー付きのビーム刃はストライク・ルージュの左肩と右大腿部に突き刺さり、切断する。

 

 バランスを崩すルージュ。

 

 これで勝負あった。

 

 そう思った瞬間、

 

「ウオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 カガリは残った右腕にビームサーベルを構えて、スラスターの出力を全開まで高める。

 

 その動きに、ジュートは対応できない。

 

 次の瞬間、ルージュのビームサーベルはジュート機のエンジンを貫き、爆炎の中へと叩き込んだ。

 

 その様子は、少し離れた場所で大和を攻撃していたハリソンからも確認できた。

 

「ジュート!! くっそォ!!」

 

 ジュートを殺した生意気な赤い機体を葬ろうと、ゲイツを反転させるハリソン。

 

 しかし次の瞬間、

 

 ハリソンは顔をひきつらせた。

 

 大和の前部甲板に備えられた、巨大な大砲。

 

 6門の主砲が、真っ直ぐにハリソン機に向けられているのだ。

 

「な・・・・・・なァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げるが、既に遅い。

 

 容赦なく、大和の主砲が発射される。

 

 奔流が吹き荒れる。

 

 その光の中で、ハリソンは己の機体と共に、一瞬で焼き尽くされた。

 

 この時大和は、狙ってハリソン機を砲撃した訳ではない。別の敵戦艦を砲撃した射線上に、たまたまハリソンが不用意に飛び込んだだけの事であった。

 

《カガリ様!!》

 

 片腕、片足を欠損したルージュに、アサギのM1が接近して取り付いた。

 

「アサギか。すまん、どうやら私はここまでみたいだ」

《もう。無茶し過ぎですよ》

 

 呆れたようにぼやくアサギ。そう言う彼女の機体も、あちこち損傷している場所があり、無傷とはいかないようだ。

 

「すまんが、クサナギに運んでくれないか」

《判りました!!》

 

 片腕片足になった機体では、流石にこれ以上戦う事はできない。

 

 カガリはアサギのM1に手を引かれる形で、戦線を離脱して行った。

 

 

 

 

 

 飛んで来るビームの嵐を、ジャスティスは紙一重で回避しながら進んで行く。

 

 クライブのフォーヴィアも、装備している8門全てをジャスティスに向けて迎え撃っている。

 

 嵐のような砲撃。

 

 しかし、その全てがアスランの巧みな操縦によって回避されて行く。

 

「うォォォォォォ!!」

 

 ハルバードを振り翳して斬り込むジャスティス。

 

 接近戦主体の機体として開発されたジャスティスの鋭い斬撃。

 

 間合いに入った瞬間、真っ向から斬り下ろされる。

 

 しかし、

 

《ハッ 当たるかよ、そんなもんに!!》

 

 対してフォーヴィアは、ジャスティスの剣をシールドで受け止めると巨大なギガスを操って、逆に掴みかかる。

 

 こちらも接近戦は考慮の内だ。

 

「ッ!?」

 

 その動きを察知し、ジャスティスを後退させるアスラン。

 

 だが、更にクライブはフォーヴィアのビームサーベルを抜き放って、後退しようとするジャスティスを追い、斬りかかって来る。

 

「クッ!?」

 

 その動きに対し、舌を打つアスラン。

 

 とっさに機体を翻して回避する。

 

 そこへ、再び砲撃体勢に入ろうとするフォーヴィア。

 

 だが、

 

「させません!!」

 

 フォーヴィアから見て頭上の方向に占位したフリーダムが、ミーティアの全火力を解放して撃ちかける。

 

 しかし、それを読んでいたかのように、クライブは機体を回避させる。

 

 同時に、クライブは目標を変更してフリーダムへと向かう。

 

 対してラクスも、ミーティアのビームソードを出力して迎え撃つ。

 

「ラオス隊長、あなたは何を守っているのか、本当にお判りなのですか!?」

《ハァ? 頭湧いてんのかテメェ?》

 

 フリーダムが振るうビームソードを、あっさりと回避するフォーヴィア。

 

《自分とこの仲間護るのは当たり前だろうが、電波野郎!! その為に必要なら何だって守るさ!!》

 

 更に追撃を仕掛けようとビームソードを振り翳すフリーダムを、フォーヴィアは全門開放して迎え撃つ。

 

「あんな物を守る事が、本当に正しいとお考えですか!?」

《そんな難しい事判りませ~ん!!》

 

 ラクスの叫びを、おどけた調子でまぜっかえすクライブ。

 

 その間にギガスを起動して、フリーダムの懐へと斬り込んで行く。

 

「あれはあってはならないものですッ それを!!」

《知らねェッってんだろ。ゴチャゴチャと阿呆みてえな御託並べんなよ!!》

 

 巨大な腕が一閃。

 

 その一撃で、ミーティアの左のアームが折れる。

 

《戦場で敵は殺すッ 叩き潰すッ それが全てだろうが!!》

 

 更にギガスを振るい、もう一方のアームも叩き折る。

 

「あぐッ!?」

 

 思わず機体を後退させるラクス。

 

《だいたい、前から目障りだったんだよ、テメェは!!》

 

 一瞬、操縦不能に陥ったフリーダムに対し、全砲門を解放するフォーヴィア。

 

 対してラクスは、とっさにデッドウェイトのミーティアをパージして、フリーダム本体を退避させる。

 

《戦場にいちいち博愛主義なんぞ持ち出しやがってよッ!!》

 

 全門発射するフォーヴィア。

 

 直撃を受けたミーティアは、完全に破壊されて吹き飛ぶ。

 

 だが、直前で回避したフリーダムは、どうにか被害を免れた。

 

《挙句の果て、反逆だァ!? 金持ちの考える事はさっぱりだな。どんな道楽だよ、そいつは!? 付き合わされて死ぬ兵士はたまったもんじゃねえよ!!》

「よくも、そのような事を!!」

 

 ラクスは、普段の穏やかさをかなぐり捨てるような激情に駆られるのを感じた。

 

 自分達の理想が、ついてきてくれたみんなの想いが、土足で踏みにじられたような感覚に襲われる。

 

 ラクスはフリーダムのビームライフルを抜いて反撃する。

 

 しかしクライブも、巧みにフォーヴィアを操ってフリーダムの攻撃を回避、逆に斬りかかる。

 

《テメェは大人しく、ヘタクソな歌だけ歌ってりゃ良かったんだよッ そうすりゃ、頭が空っぽの連中がチヤホヤとしてくれただろうに!!》

「クッ!?」

《それを、ノコノコとこんな所にまで阿呆面晒しに来やがってよォ!!》

 

 2基のギガスを振るい、フリーダムに掴みかかるフォーヴィア。

 

 その巨大な手が、歌姫の乗る機体を捉えようとした瞬間。

 

「ラクスゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 急降下に近い角度で、ジャスティスが斬り込んで来た。

 

 勢いに任せて手にしたハルバードを一閃。

 

 その一撃が、フィーヴィアの右のギガスを斬り飛ばした。

 

《チッ やってくれるじゃねえか、腰巾着野郎が!!》

 

 ジャスティスの突然の参入に、フリーダムへの攻撃は空振りに終わる。

 

 舌打ち交じりに、クライブは再びジャスティスに向き直った。

 

《テメェもだ、アスラン。この売女とはいくらで寝たんだ!?》

「何をッ!?」

《「私を好きにしてください。その代わり、力を貸して下さい」とでも言われたか!?》

 

 言いながら、クライブはクスィフィアスを発射。ジャスティスの動きを牽制しに掛る。

 

《そうでもしなきゃ、とてもじゃねえけど、こんなキチガイみてェな事はできねえよなァッ 俺にはとても無理だよ、自分の親父を裏切るなんて!!》

「クッ 違うッ そんな事!!」

《同情するぜ、アスラン。こんな売女に唆されてこんな落ちぶれちまって。スーパーエリート様が、今じゃ反逆者の犬とはな。ああ、それとも、お前的には本望か? 阿呆なカップル同士、お似合いだよ、お前等は!!》

「クッ 黙れェ!!」

 

 アスランの叫びと共に、ハルバードを振り翳し正面からフォーヴィアへ斬りかかるジャスティス。

 

 普段の冷静なアスランからは、想像できないような短絡的な攻め手。

 

「いけません、アスラン!!」

 

 ラクスが警告を発する。

 

 しかし、その時には既に、ジャスティスはフォーヴィアの懐に不用意に飛び込んでしまっていた。

 

 振るわれるハルバード。

 

 しかし、光刃の切っ先は、紙一重で回避したフォーヴィアを捉えるには至らない。

 

《バァーカ!!》

 

 クライブの嘲笑が響く。

 

 次の瞬間、残ったギガスが振るわれる。

 

 とっさに回避しようとするアスラン。

 

 しかし、遅かった。

 

 巨大な「手」から出力した5本のビームソードは、ジャスティスの右半身を襲い、右腕と右足を削ぎ落して行った。

 

「アスラン!!」

 

 ラクスの悲痛な叫びが響く中、ジャスティスは力を失って漂い始めた。

 

 ラクスはとっさにパラエーナを放ち、フォーヴィアを牽制、戦闘不能になったジャスティスを守ろうとする。

 

《後はテメェだよ、クソ歌姫がッ》

「ラオス隊長!!」 

《心配すんな。テメェを殺した後、他の連中も全員あの世へ送ってやるからよッ 全員の首を斬り落として晒し物にしてやるよ!!》

「そんな事は、させません!!」

 

 ラクスの叫びと共に、ビームサーベルを抜き放って斬り込むフリーダム。

 

 対抗するように、フォーヴィアもギガスとビームサーベルを構える。

 

《弱ェ奴の言い分なんぞ、聞くだけ虫唾が走るぜ!! それとも、テメェをとっ捕まえてひん剥いて、兵士達の中に放り込んでやるッ!? さぞかし愉快な光景が見られるだろうなァ!!》

「ッ!?」

 

 女性なら聞くだけで吐き気がする様な物言いに、ラクスは肌が泡立つのを止められなかった。

 

 クライブは1基だけになったギガスとビームサーベル、その他の火砲を駆使してフリーダムを追い詰めていく。

 

 対してラクスは、次第に防戦一方になって行くのを止められなかった。

 

 その頃、撃破されたジャスティスだが、コックピットに座したアスランはまだ生きていた。

 

 右腕と右足の欠損に加えて、推進機にも若干の不調をきたしている。接近戦主体の機体としては、致命的に近い。

 

 だが、

 

「ラクス・・・・・・」

 

 アスランの目にも、苦戦するフリーダムの姿は見えている。

 

 このまま手をこまねいている訳にはいかなかった。

 

 しかし、援護しようにも、今のジャスティスは大幅に戦闘力を喪失している。ビームサーベルは右腕と共に失われたし、砲撃で援護しようにも、ジャスティスの砲撃力はそれほど高く無い。

 

 後はリフターを単独で突撃させる事くらいだが、それも推進機が不調とあっては、どれほどの効果があるか。

 

 何かないか? そう思った時。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 アスランの目に、ある物が映った。

 

 それは、ミーティアから外れたビームソードのアームだった。

 

 恐らくジャスティスの物だ。爆発に吹き飛ばされ、ここに漂っていたのだろう。

 

 アスランは傷付いたジャスティスを動かし、アームまで泳ぎ着くと、残っている左腕でグリップ部分を掴んだ。

 

 幸いな事にアーム部分は本体から外れただけで損傷も無い。使おうと思えば使えそうだった。

 

 機体のコンジットを接続し、回路をオンラインにする。

 

 ジャスティスの核エンジンからエネルギーが供給され、アームに灯が入った。

 

 いける。カタログ通りのスペックは発揮できないかもしれないが、当座の武器としては、これで充分だった。

 

 目を転じれば、交戦するフリーダムとフォーヴィアの姿が見える。

 

 ラクスはよく戦っているが、やはり歴戦のパイロットであるクライブには敵わない様子だ。加えて機体性能も互角と来ている。

 

 クライブはフリーダムが離れようとすれば一斉砲撃を仕掛け、近付いてはギガスやビームサーベルで斬りかかっている。

 

 このままでは、ラクスがやられるのも時間の問題だ。

 

 だが、アスランは焦る気持ちを押さえて慎重に狙いを定める。

 

 これが最後の一撃だ。これを外せば後が無い。

 

「今だ!!」

 

 アスランは叫ぶと同時に、ジャスティスのスラスターを全開まで吹かした。

 

 その時、クライブはラクスが一瞬見せた隙を突き、距離を詰めていた。

 

《おらッ 死ねやクソ姫が!!》

「あぐッ!?」

 

 フォーヴィアの強力な蹴りを食らい、吹き飛ばされるフリーダム。

 

 体勢が崩れ錐揉みになったところへ、フォーヴィアが全砲門を開く。

 

《ヘヘッ これで、この下らねえ茶番も終わりだな!! あの世でせいぜいさえずってな!!》

 

 これまでにたまった鬱憤を全て晴らそうと、トリガーに指を掛けるクライブ。

 

 次の瞬間、

 

「させるかァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 アスランの懇親の叫び。

 

 同時に、ビームソードを振り翳したジャスティスが斬り込んで来た。

 

「何ィッ!?」

 

 驚愕に目を見開くクライブ。

 

 フォーヴィアはこの時、フリーダムに対する砲撃体勢に入っていた為、このジャスティスの動きに全く対抗できなかった。

 

 振り翳したビームソードが、フォーヴィアの両脚を一刀の下に薙ぎ払った。

 

 バランスを崩すフォーヴィア。同時に、フリーダムに照準していたロックが外れ、砲撃は虚しく虚空へ迸った。

 

《野郎、死に損いの分際でェッ!!》

 

 クライブは機体の制御を取り戻すのももどかしく、駆け去ろうとするジャスティスの背中に照準を合わせると、一斉砲撃を行う。

 

 対して、既に激しく損傷しているジャスティスに、回避する手段は無い。

 

 次々と命中弾を受け、ついには爆発を起こすジャスティス。

 

「アスランッ!!」

 

 炎に包まれたジャスティスを見て、悲痛な叫びを発するラクス。

 

 次の瞬間、

 

 ラクスの中で何かが弾けた。

 

 ビームライフル、パラエーナ、クスィフィアスを一斉展開。フルバーストモードに移行するフリーダム。

 

 5つの砲門全てにエネルギーが充填され、光を帯びる。

 

《・・・・・・く、そがッ!?》

 

 クライブもその事に気付くが、既に遅い。

 

 放たれる一斉砲撃。

 

 両脚を失い、バランスの低下を来たしたフォーヴィアは、とっさに回避する事は出来ない。

 

 次の瞬間、フォーヴィアを直撃する閃光。

 

 その閃光の中でフォーヴィアは、残った四肢を吹き飛ばされ、頭部が蒸発し、やがて大爆発を起こして消滅した。

 

 全ての光が晴れた時、既にそこには何も無く、僅かに残骸が散乱しているだけだった。

 

 フォーヴィア撃墜を確認したラクスは、ただちに踵を返してジャスティスの方へと向かう。

 

「アスランッ アスラン無事ですか!?」

 

 必死に呼びかけるラクス。

 

 果たして、

 

《・・・・・・ら、ラクス・・・・・・》

 

 か細く聞こえて来る、聞き慣れた声。

 

 アスランは辛うじて生きていた。

 

 もっとも、ジャスティスはひどい状態である。両腕は欠損し、リフターも失っている。PS装甲も落ちて、機体は無機質な鉄灰色へと戻っていた。

 

 アスランはフォーヴィアの攻撃が直撃した瞬間、とっさにリフターをパージして盾代わりに使い、ジャスティス本体を逃がしたのだ。

 

 ラクスはホッとすると同時に、涙が零れそうになった。

 

 だが、敵がいつ現れるのかも判らない状況で、のんびりしている暇は無い。

 

「大丈夫ですか? 動けますか?」

《いや、ちょっと、無理そうだ》

 

 実際、ジャスティスは全動力が完全に遮断されており、OSが僅かに動いているにすぎない状態だった。

 

「では、わたくしがエターナルまで曳航します。アスランは、そのままでいてください」

《判った。済まない》

 

 アスランの返事を聞くと、ラクスはただちに曳航の準備に入る。

 

 だがこの時、前線ではこの戦争の趨勢その物を左右する、驚愕の事態が起こっている事に、ラクスもアスランもまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリュージョンとプロヴィデンスの死闘は、互いに一歩も譲らないまま続いていた。

 

 圧倒的な火力で攻め立てるプロヴィデンス。

 

 対してイリュージョンは、デュアルリンクシステムを操るエストの的確なオペレートとキラの操縦により、攻撃を回避しながらプロヴィデンスへと徐々に接近して行く。

 

「3時、4時、7時より敵の攻撃、放射状に来ます!!」

「クッ!!」

 

 エストの声に導かれ、キラはイリュージョンの両腕に装備したビームガトリングを起動、同時に左右から迫ろうとするドラグーンを撃ち落とす。

 

 先程からエストのオペレートは正確無比となり、手数において圧倒的に勝るプロヴィデンスの攻撃を的確に回避して行く。

 

 だが、

 

「敵機攻撃、正面!!」

 

 一瞬の隙を突かれ、プロヴィデンスに斬り込まれる。

 

 キラはその攻撃を、とっさにビームシールドを展開する事で防ぐ。

 

 火花を散らす剣と楯。

 

 スパークがモニターを焼く中、互いは機体の視線越しに睨み合う。

 

「あなただけは、あなただけは絶対にここで倒す!!」

《ハッ いくら叫ぼうが、今更!!》

 

 言い放つと、クルーゼはビームサーベルを振るってイリュージョンを弾き飛ばす。

 

 距離が開く両機。

 

 とっさにイリュージョンは狙撃砲を構え、プロヴィデンスはビームライフルを構える。

 

 互いに引き金を引き、閃光が虚空を走る。

 

 しかし、どちらも相手を捉えるには至らない。

 

 互いの閃光は、虚しく脇を掠めていくに留まる。

 

《これが運命さ。知りながらも突き進んだ道だろう!!》

「何をッ!?」

 

 キラの叫びと共に、ティルフィングを振り翳して斬り込むイリュージョン。

 

 その一撃をプロヴィデンスは盾で受け止め、弾き返しながらクルーゼは叫ぶ。

 

《正義と信じ!! 判らぬと逃げ!! 知らず!! 聞かず!! その果ての終局だ!! もはや止める術など無い!!》

 

 確かに。

 

 今のこの状況は、ナチュラルとコーディネイター言う、相争う陣営が互いに憎む事から始まっている。

 

 自分達の正義を盲目的に信じ、正論を吐かれればそんな物は判らないと逃げ、無知故に己を誇り、相手の言葉を聞こうともしなかった者達。それこそがブルーコスモスであり、プラントの強硬派だった。否、突き詰めれば、彼等の言葉を盲目的に信じた全ての人類も含まれる事になる。

 

 その結果、現われたのがこの地獄だ。

 

 互いが互いの種を、今まさに食いつぶそうとしている。

 

 そして失った命達はもう二度と戻ってくる事は無く、そこから生じる憎しみは今、更なる憎しみを生もうとしている。

 

《そして滅ぶ!! 人は!! 滅ぶべくしてな!!》

「そんな物は、あなたの理屈ですッ」

 

 静かに、しかし力強い口調で反論を返すエスト。

 

 だが、冷静なその言葉も、狂気を孕んだ男の耳には届かない。

 

《それが「人」だよ、お嬢さん》

「違う。人は、そんな物じゃありません」

《ハッ! 何が違うッ? 何故、違う?》

 

 イリュージョンが放った狙撃砲の一射が、大型ドラグーンを1基叩き落とす。

 

 が、他のドラグーンは怯んだ様子も無く、イリュージョンを包囲すべく向かって来る。

 

《この、憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で、何を信じる? なぜ信じる!?》

 

 ドラグーンの一撃がイリュージョンの狙撃砲を吹き飛ばす。

 

「あなたは、それしか知らない!!」

《知らぬさ》

 

 キラの言葉を、クルーゼは嘲笑を持って返す。

 

《所詮、人は己の知る事しか知らぬ!!》

 

 ティルフィングを振り翳して斬り込んで来るイリュージョン。

 

 迎え撃つように放ったプロヴィデンスのビームライフルは、イリュージョンの右足の、膝から下を薙ぎ払う。

 

 だがキラは崩れたバランスにも構わず、ティルフィングを真っ向からプロヴィデンスへ振り下ろす。

 

 対して、その大剣の一撃を、シールドで防ぐプロヴィデンス。

 

 次の瞬間、キラは動く。

 

 イリュージョンは左手をティルフィングの柄から外し、逆手にビームサーベルを抜き放つと、斬り上げるように一閃した。

 

 その一撃が、プロヴィデンスの右腕をビームライフルごと斬り飛ばす。

 

 これには、流石のクルーゼも怯み、とっさに機体を後退させようとする。

 

 すかさず、追撃を掛けようとするキラ。

 

 だが、その前に四方八方からドラグーンの攻撃を受け、逆に後退を余儀なくされた。

 

《まだ苦しみたいか!?》

 

 腕を斬り落とされた事に苛立ったように、クルーゼは執拗に、後退するイリュージョンをドラグーンで追撃する。

 

《いつかは、やがていつかはと、そんな甘い毒に踊らされ、いったいどれほどの時を戦い続けて来た!?》

 

 ドラグーンの一斉攻撃。

 

 しかしイリュージョンは片足を失ったバランスの悪い状態ながら、エストの誘導とキラの巧みな操縦で、その全てを回避する。

 

 のみならず、両腕のビームガトリングを展開、接近して来るドラグーンを片っ端から撃ち落として行く。

 

《どの道、人は滅ぶ! もはや止める術は無い! 地は焼かれ、涙と悲鳴は新たな戦いの狼煙となる!! 人が数多持つ予言の日だ!!》

「そんな事はッ」

「させませんッ」

《それだけの業ッ 重ねて来たのは誰だ!?》

 

 ついに、ドラグーンの一斉射撃が、イリュージョンの右腕ごとティルフィングを吹き飛ばした。

 

《君等とて、その一つである事に変わりは無い!!》

 

 勝ち誇って言い放つクルーゼ。

 

 生き残っているドラグーンは、容赦無くイリュージョンを追い詰めていく。

 

 その中で、キラは、

 

 そしてエストは、静かに相手を見据える。

 

「確かに、あなたの言う通りなのかもしれない。人は過ちを侵したからこそ、こんな事になってしまった」

「けど、あなたは知らない。人は過ちに気付く事ができる。それを正す事もできる」

 

 飛んで来るビームが機体を掠めるのにも構わず、2人は静かに語り続ける。

 

「一度、道を誤ってしまったからと言って、それを責めていたのでは、そんな物は、ただの諦めだ」

「道を間違えたのなら、何度でもやり直せばいい。それこそが人の強さだ」

「共に歩んでくれる仲間達が一緒にいる限り、どんなに間違っても勇気を振り絞って、来た道を戻る事ができる」

 

 残った左手でビームサーベルを抜き放つイリュージョン。

 

「「だから!!」」

 

 最後の力を振り絞るように、飛翔する幻想の翼。

 

 迎え撃つように、残った火力を集中させる天帝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「護りたい人達が、いるんだ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加速するイリュージョン。

 

 ドラグーンから放たれたビームが、翼を、頭部を、吹き飛ばして行く。

 

 だがイリュージョンは、その身を傷付けられながらも突撃するのをやめない。

 

 こいつだけは、

 

 この男だけは、何としてもこの場で止める。

 

 キラとエスト。共に戦い続けて来た2人は、その想いを愛機に託し、虚空を翔ける。

 

 そして、ついにイリュージョンはプロヴィデンスを剣の間合いに捉えた。

 

 振るわれる斬撃。

 

 プロヴィデンスはその一撃をシールドで防ごうとする。

 

 だが、遅い。

 

 斬り下げられた、イリュージョンのビームサーベル。

 

 交錯する一瞬。

 

 次の瞬間、

 

 イリュージョンの刃は、プロヴィデンスの肩口から入り、一気にエンジン部分まで達した。

 

 膨張する光。

 

 その光が、クルーゼを飲み込む。

 

 仮面の下で、男が一瞬自嘲の笑みを浮かべる。

 

 しかしそれすらも一瞬の事。

 

 あっという間に光に飲み込まれ、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同盟軍がジェネシス目指して進軍を続けている頃、ヤキン・ドゥーエのザフト軍司令本部では、ジェネシスの発射準備が着々と進められていた。

 

 既に地球軍も、小賢しいラクス・クラインの一党も完全にザフトの精鋭によって押さえられ、手出しできる状態では無い。

 

 この戦い、事実上ザフトの勝利だった。

 

「第3射、準備まだか!?」

「もう間もなく、完了するとの事です」

「急がせろッ 我々の勝利は目前なのだぞ」

 

 指示を飛ばしながら、パトリック・ザラは感慨に耽る。

 

 ようやくだ。

 

 ようやくここまで来た。

 

 あの「血のバレンタイン」から始まり、多くの犠牲を出しながら、ようやくこの日を迎える事ができた。

 

 あと一撃。それで全てが終わるのだ。

 

 傲慢なナチュラルどもに裁きが下され、コーディネイターの未来が確立される。

 

 そう思った時、背後の扉が開かれた。

 

 作戦中に入ってくるとは何事か。

 

 そう叫ぼうとした瞬間、

 

 先制の一撃は、銃弾の嵐によって行われた。

 

「なッ!?」

 

 目を見開くパトリック。

 

 次の瞬間、その体は無数の銃弾によって貫かれていた。

 

「ば・・・・・・馬鹿・・・・・・な?」

 

 一瞬で、様々な事が思い浮かばれる。

 

 なぜ、このような事態になったのか?

 

 反乱? それとも敵兵の侵入?

 

 ただ理由が何れにあったとしても、それはもはやパトリックにとっては何の意味も無い事だった。

 

 その目は、既に現実を見ていない。

 

 瞳は遥か先。そこに佇む、2人の人物に向けられている。

 

 それは、彼の愛する妻と、そして大切な息子。

 

「・・・・・・レノア・・・・・・ア・・・アスラン・・・・・・・・・・・・」

 

 必死に手を伸ばし、彼等に触れようとする。

 

 だが、手を伸ばせば伸ばす程に、彼等の姿は遠ざかっていく。

 

 待ってくれ。私を置いて行かないでくれ!!

 

 そう叫んだつもりだったが、実際に声は出ず、ただ口からは、血の塊が零れ落ちただけであった。

 

 やがて、パトリックの視界は急速に閉ざされ、冷たい闇の底へと落ちていった。

 

「ぎ、議長!!」

 

 突然の事態に、驚く側近たち。

 

 そこへ、容赦無く銃弾の嵐が浴びせられ、血しぶきを上げて倒れていく。

 

 悲鳴は連鎖的に、司令室全体に広がり、広い室内が真っ赤に染め上げられていく。

 

 この場にいるオペレーター達も、勿論コーディネイターではあるが、奇襲を食らった事に加え、襲って来た者達も高い戦闘力を誇っており、またたく間に制圧されて行く。

 

 なす術も無く、人類の叡智を自認する者達は、己の体から迸った血に体を濡らし、物言わぬ躯と化して行く。

 

 さほど時を置かずして、ヤキン・ドゥーエの司令室は、その所有者を変える事となった。

 

 地獄の様相と化した司令室。

 

 そこへ、指揮官である赤髪の少女が静かに入ってきた。

 

「勝利を目前にした時程、人は脆いものね」

 

 大した感慨も無く、周囲を見回すと、それと気付かない程度に眉を顰める。

 

 目障りだった。周りには魂を失った躯が、無重力に従って無数に浮かび少女の視界を妨げている。

 

 コーディネイターは死んでも私の邪魔をするのか、と心の中で舌打ちする。

 

 しかし差し当たり、個人的な不快感よりも優先すべき事があった。

 

「さ、時間が無いわ。さっさと始めて」

「了解」

 

 命令を受けて、作業を開始する兵士達。

 

 その様子を見て、

 

「さあ、終わりの始まりよ」

 

 フレイ・アルスターはニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

PHASE-39「想い、重なる時」      終わり

 



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PHASE-40「未来への出撃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレイが腕を組んで見守る中、数人のザフト兵士達が顔を青ざめたままコンソールを操作して作業を行っている。

 

 今、この要塞で生き残っているコーディネイターは、目の前にいる彼らだけだ。後は全員、軒並み殺害されたか、あるいは危機を察知して逃亡している。

 

 彼等の背後からはライフルを持った連合兵士達が、銃口を向けて威圧している。

 

 特殊部隊によるヤキン・ドゥーエ強襲。並びに占拠。

 

 その作戦をフレイが思いついたのは、ジェネシスの第1射により、味方が半壊した時だった。

 

 あの時点で地球軍は、ピースメーカー隊こそ無事だったが、主力艦隊は壊滅し、更に続く第2射で増援部隊と月基地を一緒くたに吹き飛ばされた。

 

 その時点でフレイは、既に自軍の運命に見切りをつけていたと言っても良い。

 

 視野狭窄に陥ったアズラエルはあくまでも核によるプラント攻撃に固執していたが、主力艦隊の援護が期待できない上に、少数ながら執拗に妨害作戦を展開して来る同盟軍の存在がある状況では、そんな作戦が現実的でない事は火を見るよりも明らかだった。

 

 それよりも、もっと良い武器が目の前に転がっているではないか。

 

 血走った眼でプラント再攻撃を叫ぶアズラエル達を尻目に、プランは急速にフレイの頭の中で組み上がっていった。

 

 幸いと言うか、父がブルーコスモスの幹部であり、また大西洋連邦事務次官であった関係から、フレイにはアズラエル以外にもある程度のコネがあった。

 

 そのコネを利用して部隊を編成、主作戦とは別の部隊を編成する事に成功したフレイは、ピースメーカー隊の壊滅を機に戦線を離脱。待機させておいた部隊と合流して作戦を決行した。

 

 作戦は、いっそフレイ自身が呆気にとられるくらい、簡単に成功した。

 

 部隊と共に潜入したフレイは、ザフト軍首脳部を殺戮。要塞を自身の指揮下に置く事に成功したのだった。

 

「お、終わりました」

 

 作業に当たっていたザフト兵の1人が、恐る恐ると言った感じに声を上げて来た。

 

 どうやら、彼等に命じておいた作業が完了したらしい。

 

「見せて」

 

 フレイが素っ気なく命じると、シュミレーターが起動し、ジェネシスの立体画像が映し出された。

 

 その画像は現在位置からゆっくりと旋回するとその砲門を、要塞背後に浮かぶプラント群へと向けるとγ線を照射、砂時計型コロニーを一掃してしまった。

 

 これこそがフレイの立てた作戦。

 

 ザフト軍本隊が地球軍の掃滅に躍起になっている隙を突き、手薄になったヤキン・ドゥーエを占拠、ジェネシスのコントロールを奪いプラントに向けて照射する。

 

 コーディネイターの作った武器で、コーディネイターを一掃する。これほどまでに痛快な作戦が他にあるだろうか。

 

 勿論、フレイが率いる事ができる部隊だけでは成し得なかっただろう。アズラエル達が派手にザフトや同盟軍の目を引きつけてくれたから成功したような物だ。その点はアズラエルに感謝してやっても良い。ナタルが死んでしまったのは残念だが、それも仕方が無い。勝利を得るための尊い犠牲だったと思う事にした。

 

「で、では、これで我々は解放してもらえるのですよね?」

 

 作業に当たっていたザフト兵の1人が、恐る恐ると言った感じに尋ねて来る。

 

 彼等には「命だけは助けてやるから、自分達の指示に従え」と言って作業にあたらせたのだ。勿論、全員が素直に聞いた訳では無かったが、見せしめに2~3人目の前で殺してやったら従順になってくれた。

 

「ああ、ごめんなさい、そうだったわね。ご苦労様、もう良いわよ」

 

 フレイの言葉に、ザフト兵達は安堵のため息をついた。

 

 だが、フレイはその言葉を、彼等に対して言った訳ではなかった。

 

 次の瞬間、ライフルを構えた地球軍兵士達が、一斉に引き金を引いた。

 

 悲鳴と銃声が折り重なるように鳴り、ザフト兵士達は鮮血を吹き上げて絶命して行く。

 

 ほくそ笑むフレイ。

 

 初めから、彼等を生かしておくつもりなど、さらさら無かった。

 

 しかし、ジェネシスの操作を行うには、フレイ達には不可能である。だから、判り易い人参を彼等の前にぶら下げて見せ、走れるだけ走らせたのだ。

 

「片付けといて」

 

 部下に命じると、あとは一切の興味を無くして背を向ける。

 

 滅びへの道筋は付けた。後は、時が来るのを待つのみ。

 

 だが、ただ待っていれば望む未来が来るとは、フレイも思っていない。

 

「さあ、いらっしゃい」

 

 ここにはいない人物に、そう語りかける。

 

 それは、必ず自分の前に立ちはだかるであろう者達。

 

 これだけ最高の舞台を誂えてやったのだ。彼等は必ず来るだろう。

 

 ある意味、フレイは恋焦がれる程に彼等が来るのを待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終的な損害報告を聞いて、戦慄しない者はいなかった。

 

 地球連合軍とザフト軍の戦闘がひと段落し、L4同盟軍も一旦後退し、残存戦力の集結を計った。

 

 だが、その結果は惨憺たる物であった。

 

 以下に、主だった機体の損害を列記する。

 

 

 

 

 

・イリュージョン

 頭部、右腕、左翼、右足欠損。

 対艦刀、狙撃砲、クラウ・ソラス1基喪失

 パイロット、サブパイロット生存

 判定大破 再出撃不能

 

・ジャスティス

 両腕、右足欠損

 リフター、ミーティア喪失

 パイロット生存

 判定大破、再出撃不能

 

・フリーダム

 装甲に若干の損傷有り

 ミーティア喪失

 パイロット生存

 損傷軽微 補修の後、再出撃可能

 

・シルフィード

 両腕、両脚欠損

 武装全喪失

 パイロット生存。しかし、精神的負荷大

 判定大破、出撃不能

 

・ストライク

 完全喪失

 パイロットMIA

 

・ストライク・ルージュ

 右足、左腕欠損

 パイロット生存

 判定中破、起動は可能だが再出撃には要修理

 

・ストライク・ヴァイオレット

 頭部、両腕、右足欠損

 パイロット生存

 判定大破、再出撃不能

 

 

 

 

 

 特機だけでこの有様である。出撃したM1も6割を喪失、残る4割も何らかの損傷を負っている有様だ。

 

 機動兵器群に比べると、戦艦の被害は比較的軽微であると言える。最も被害が大きいのはアークエンジェルで、これは判定大破だが、自力航行は可能。次いで、ザフト軍の攻撃を殆ど一身で引き受けた大和が中破しているが、こちらはどちらかと言えば対空砲に被害が集中している為、主砲を始め主だった火器は健在である。エターナルとクサナギは小破に留まり、戦闘力は充分に維持されている。

 

 しかし主力となる機動兵器の9割を戦列から失った現状は、心胆を寒からしめるに充分だった。

 

 犠牲になった人間の数も半端ではない、ムウを始め多くの人命が永遠に失われ、それに数倍する人間を悲しみの底に突き落とした。

 

 しかも悪い事に、戦いはまだ終わっていなかった。

 

 既に地球連合軍の一部の部隊によって、ヤキン・ドゥーエを占拠された事が齎されている。

 

 その情報を持って来たのは、帰る場所が無いまま、投降と言う形でアークエンジェルに着艦したイザークとディアッカであった。ますます呉越同舟じみて来た感があるが、彼等の機体が健在である事は不幸中の幸いであると言えた。

 

 だが、驚愕の報告は、全員が今後の対策を練る為に旗艦エターナルに集まったところで行われた。

 

「ジェネシスが、動いているですって!?」

 

 マリューが驚愕の声を発した。

 

 クサナギに残ってヤキン・ドゥーエの観測を行っているエリカ・シモンズから、情報がもたらされた。

 

 それによると、ジェネシスがゆっくりと、本来の射線から外れて回頭していると言う。

 

《ジェネシスは本来、機動の機敏性を考慮に入れている訳では無いので動きは遅々としていますが、間違いなく回頭を行っています》

「それで、何処を向こうとしているんだ?」

 

 バルトフェルドの質問に、エリカは少し躊躇った後、改めて口を開いた。

 

《プラントです》

 

 その言葉に、一同は絶句せざるを得ない。

 

 地球軍の目的は明白であった。ザフト軍が地球を撃つ為に開発したジェネシスを乗っ取り、それでプラントを壊滅させるつもりなのだ。

 

《先程も申し上げた通り、ジェネシスの動き自体は緩慢です。完全に回頭が終了するまで、まだしばらく時間が掛かるでしょう。加えて、そこから更にミラーブロックの設置も行う筈ですから、恐らく発射可能になるまで、3~4時間程度の時間が掛かると考えられます》

 

 つまり、それまでにどうにかしないと、全てが終わりと言う事である。

 

「止めないと」

 

 誰かがポツリと言った。

 

 多くの犠牲を払い、ここまでやって来たのだ。

 

 地球軍の核攻撃を阻止し、ムルタ・アズラエルを倒し、破滅を望んだラウ・ル・クルーゼも倒した。

 

 それなのにこんな事で躓いてしまっては、自分達がしてきた事の意味が何も無くなってしまうではないか。

 

「決まりだな」

 

 バルトフェルドが、不敵な笑みを浮かべながら言った。答など、初めから決まっていたと言う笑みである。

 

「とは言え、問題はあります」

 

 ユウキが、固い調子で言った。

 

「敵はざっと観測しただけで50機以上の機体を擁しています。対して、こっちが使える機動兵器はフリーダム1機だけ。仮に、」

 

 ユウキはチラッと、壁の隅の方に立つイザークとディアッカを見て続ける。

 

「デュエルとバスターを加えたとしても、3機しか使えません」

 

 50機のモビルスーツと言えば、同盟軍がこの戦いに投入した全兵力に匹敵する。あれだけの大敗を喫したにもかかわらず、まだそれだけの戦力を隠し持っていられる辺り、地球軍の懐の広さが覗えた。

 

《現在、クサナギの艦内に補用機として格納されていたM1を3機、急ピッチで組み立てていますが・・・・・・》

 

 エリカの報告を聞いても、一同の思案顔は晴れない。

 

 都合6機。いかにフリーダムやデュエル、バスターを擁しているとはいえ、正面から戦って勝てる戦力では無い。

 

「・・・・・・・・・・・・囮を仕掛ける。それしかあるまい」

 

 ややあって、トウゴウが口を開いた。

 

「まずはフリーダムが、敵の部隊へ攻撃を仕掛け、敵の目を引きつける」

 

 皆の視線が集中する中、老提督は話を進めていく。

 

「ついで、艦隊がジェネシス方面へ進撃し、更に敵の動揺を誘う。そうして手薄になったところで、突入部隊がヤキン・ドゥーエへ突入、ジェネシスのコントロールを奪取して発射を止める」

 

 外から破壊するのではなく、潜入工作による要塞再奪取。言わば、地球軍がやったやり方を縮小発展した形だ。

 

 もっとも今の同盟軍には、それ以外の作戦は取りようが無いのだが。

 

「しかし、潜入と言っても、ヤキン・ドゥーエにも防御火力がある。それを突破する必要がありますが?」

「無論じゃ。故に、潜入部隊は大和に乗せ、要塞のギリギリ手前まで輸送する。あの艦は、このような戦いも想定してあるでな。加えて、フリーダム以外の機動兵器には、突入部隊が要塞に取り付くまでの護衛を行ってもらう」

 

 アスランの疑念に、トウゴウは自分の考えを述べた。

 

 つまり、作戦は、まずフリーダムが敵の防衛部隊に先制攻撃を掛けて耳目を引き付け、更にエターナルとクサナギがジェネシスに進撃して、こちらの目標がジェネシスの直接破壊であるように見せかける。

 

 ここまでが囮だ。

 

 そして敵の戦力が手薄になったところで、大和に搭乗した突入部隊がヤキン・ドゥーエに突入、白兵戦で要塞とジェネシスのコントロールを奪取する。と言う訳だ。

 

 後、残る問題は、誰がM1に搭乗するか、であるが。

 

「では、フリーダムはわたくしが・・・・・・」

 

 そう言ったのはラクスである。

 

 確かに、フリーダムは彼女の愛機である為、当然の判断であるように思えるが、

 

「ダメだ、ラクス」

 

 真っ先に反対したのはカガリだった。

 

「カガリさん・・・・・・」

「お前、もうボロボロじゃないか。こんなんで戦える訳無いだろ」

 

 カガリの言葉に、艦橋にいる殆どの人間が頷きを返した。

 

 いかに卓抜した操縦センスがあると言っても、ラクスは線の細い少女である。今日のこれまでの戦いで既に疲労困憊の状態であり、今この場に立っている時でさえ顔は青ざめ、フラフラと倒れそうな雰囲気がある。とても再度の出撃に耐えられるとは思えなかった。

 

「しかし、わたくしが行かなくては・・・・・・」

 

 この戦いが人類の未来を決める物である事が判っているだけに、ラクスは執拗に食い下がって来る。

 

「残念ですがラクス嬢、あなたの意見は却下せざるをえませんな」

「何故ですかッ?」

 

 トウゴウの発言に、ラクスは抗議するような視線を向ける。

 

 今この段になって作戦から外されると言うのは、除け者にされたような感覚さえあった。

 

 そんなラクスに対し、老提督は諭すように言う。

 

「こう言う事です。我々は無論、作戦成功の為に全力を尽くす所存ですが、万が一にも、敗れる可能性はあります。そうなるとプラントは壊滅し、コーディネイターにとっては、厳しい時代が到来する事になるでしょう」

 

 そうなった場合、凱歌を上げた地球軍、そしてブルーコスモスは嬉々としてコーディネイター狩りに狂奔する事だろう。地球圏に殺戮の嵐が到来する事は明白であった。

 

「そうなった時、あなたには同盟軍を再結成し、反地球軍勢力を結集する旗頭になってもらわなくてはなりません。宜しいかな? これは、あなたにしかできない事なのです」

 

 パトリック・ザラも倒れ、曲がりなりにも強力な指導力を発揮していたコーディネイター首脳陣は壊滅した。万が一プラントが壊滅しコーディネイター達が路頭に迷うような事態に陥った時、その求心力になりうる存在として、ラクス以上の人物はいなかった。

 

「・・・・・・判りました」

 

 納得はできないが、トウゴウの意見の正しさは認めたラクスは引き下がらざるを得なかった。

 

 では、誰がフリーダムに乗って囮役を引き受けるのか、と言う事になる。防備の厚い敵陣に単独で突っ込んで行くのだから、間違いなく、この作戦で最も危険な任務となるが、

 

「僕が行く」

 

 迷う事無く、キラが立候補した。

 

「僕がフリーダムに乗って敵の目を引き付けるよ」

「キラ・・・・・・」

 

 隣に立っていたエストが、驚いて少年を見上げて来る。

 

 同様に、アスランも親友に詰め寄って来る。

 

「キラ、フリーダムには俺が乗るよ、だからお前は、要塞の方に・・・・・・」

「いや、アスラン、君の方こそM1に乗って、要塞に行ってもらいたいんだ」

 

 要塞内部は複雑な構造をしている。突入部隊には誰か、道案内ができる人間が必要である。アスランなら、それが最適であった。

 

「・・・・・・判った」

 

 アスランは引き下がらざるを得なかった。確かに、作戦の成否は突入部隊の迅速な行動に掛かっている。ならばキラの主張はもっともである。

 

 その時、

 

「なら、あたしも行くわ」

 

 艦橋の扉が開くとともに、そんな言葉が発せられた。

 

 振り向くとそこには、ライア・ハーネットが額に包帯を巻いた痛々しい姿で立っていた。

 

「ライア!!」

 

 慌てて、ユウキが駆け寄る。

 

 クライブによって撃墜されたライアは、回収された直後、ひどく錯乱している感じがあった。今も顔は青ざめ、調子が良いとは言えない状況だ。

 

「大丈夫なのか、寝てなくて?」

「うん、大丈夫」

 

 そう言って、ユウキに笑みを返すライア。

 

「それより、M1にはあたしも乗るわ」

「ライア、でも君は・・・・・・」

 

 収容されてから、まだ碌な治療も受けていない。そんな傷付いたからで出撃するのは危険だった。

 

「・・・・・・お願い、やらせて」

 

 そう言って、ユウキの胸に手を置くライア。

 

 ユウキは気付いた。胸に添えられた手が、僅かに震えている事に。

 

 ライアとて怖いのだ。シルフィードを撃墜された時、クライブから受けた凌辱にも似た恐怖は、今もライアの心に深い傷を残している。下手をしたらPTSDを発症しているかもしれない。

 

 もしかしたら、このままモビルスーツに乗る事すらできないかもしれない。

 

 しかしだからこそ、ここで負けたくは無かった。

 

 ザフトレッドとして、エリート部隊であるクルーゼ隊の中で戦い続け、今はオーブ軍の兵士として戦場に立つ少女にとって、モビルスーツに乗れなくなると言う事は、即ち自らの死にも等しい苦痛であった。

 

「・・・・・・判った」

 

 ややあって、折れるようにユウキは頷いた。

 

 実際の話、同盟軍の人手不足は目を覆いたくなるくらいである。そんな中で、ライアほどの優秀なパイロットを遊ばせておくのは自殺行為に直結するだろう。

 

 こうして、2人目のパイロットも決まった。

 

 あと残っているM1は1機だが、

 

「俺が乗る」

 

 やや幼い声が主張した。

 

 一同が振り返ると、シンが手を上げているのが見えた。

 

「シン・・・・・・」

 

 カガリが驚いて声を上げる。

 

 確かに、シンの実力は戦いの中にあって、急速な成長を見せている。その能力は中堅のパイロット達を凌駕し、キラ、アスラン、ラクスと言ったトップクラスに迫る物がある。

 

 とにかく、これで方針は決まった。

 

 後は、各々で全力を尽くすのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、またこのメンツで出撃する事になるとはね」

 

 ディアッカは苦笑しながら、やれやれとばかりに肩を竦める。

 

 大和の格納庫は、最後の出撃を控えて大わらわの状態だった。

 

 フリーダムを除く稼働可能な機動兵器は、全て大和に集められている。自然、パイロット達もここに集められていた。

 

 周囲にはイザーク、アスラン、ライアの4人がいる。昔日のクルーゼ隊の4人が一堂に会した形だ。

 

「ま、やり易いって言えば、やり易いんだけどね」

「まあね。腐れ縁も、ここまで来れば立派立派」

 

 そう言って、ライアもコロコロと笑う。

 

 この間、メンデルで殺し合いをした事など、気にもかけていない様子だ。この点が、この少女の魅力でもあり、また見る者から見れば欠点であるようにも思える。が、この際、美徳であると割り切って見るべきかもしれない。

 

「それで・・・・・・」

 

 話を聞いていたイザークは、アスランとライアを見ながら尋ねる。

 

「この戦いが終わったら、お前達はどうするんだ?」

 

 イザークとしては、そこが気になる所であった。

 

 一緒に戦うのは構わないが、これまで2人は、プラントにとって不利益になるような行動をいくつかしているのは事実である。その事を考えれば、プラントに戻れば戦犯として裁かれる可能性もあった。

 

「あたしは、オーブに行く」

 

 ライアの方が、先に答えた。

 

「あの国の人達は、怪我したあたしに優しくしてくれたから。その人達に恩返しがしたいんだ」

 

 そう言って笑顔を作るライアを、男3人は意外そうな面持ちで眺める。

 

 この中で一番年下ながら、随分としっかりした考えである。彼等が知っているライアは、どちらかと言えば、お調子者的なイメージがあったのだが。

 

「戦争が終わっても、大西洋連邦が素直にオーブを返還するとは限らないじゃない。そうなったら、多分、今度はオーブを取り戻す為に戦わないといけないと思う。仮にそうじゃ無かったとしても、復興する為に何か手助けをしたいから」

 

 そう告げたライアに続いて、アスランが口を開いた。

 

「俺は、プラントに戻る」

 

 その言葉に、他の3人は驚愕の眼差しをアスランに向けた。

 

 てっきり、ライアと一緒にオーブに渡ると思っていたのだが。

 

「どの道、誰かが今回の事で責任を取らなくちゃいけない。父の事もあるし、俺は逃げちゃいけないと思う」

「でも、アスラン、帰ったら・・・・・・」

「判ってる」

 

 心配げなライアを遮るアスラン。

 

「だが、もう決めた事なんだ」

 

 静かに、しかし固い決意を滲ませる声で、アスランは言った。

 

 今回の騒乱の責任を取る。もしかしたら、そのまま極刑を言い渡される事になるかもしれないが、アスランはそれでも構わないと思っていた。

 

 父を裏切り、祖国に背を向けた男。戦闘中にクライブに言われた事は、全く持って正しかったのだ。

 

 故にこそ、責任は果たさなくてはならないと思った。

 

 その時、

 

「アスラン!!」

 

 呼びかけられて振り返ると、こちらに向かって来るカガリの姿が見えた。その後ろにはユウキの姿もある。

 

「ごめん、ちょっとあたし、行って来るね」

 

 そう言うと、ユウキの方へと向かうライア。

 

 アスランもカガリの方へ向かった為、イザークとディアッカが取り残される形となった。

 

「・・・・・・ま、なんつーか」

 

 親友の肩をポンっと叩きながら、ディアッカはやれやれとばかりに言う。

 

「こんな事なら、俺等も彼女くらい作っとくんだったな」

「そんな不埒な考えで戦争ができるかッ 貴様と一緒にするな!!」

 

 激昂するイザークを、馴れた調子でいなすディアッカ。

 

 それはそれで、微笑ましい光景ではあった。

 

 

 

 

 

 カガリと並んで廊下を進みながら、アスランは少女の横顔を見ている。

 

 その視線に気付いたのだろう。カガリはキョトンとした顔を向けて来る。

 

「・・・・・・何だ?」

「いや」

 

 首を振ってから、苦笑した。

 

 思えばカガリとは、随分奇妙、と言うかヘンテコな関係だと思った。

 

 初めは互いの素性も知らないまま銃を向け合い、彼女がオーブの姫だと知った後も、ちっともそれっぽいと感じた事は無く、寧ろはらはらさせられる事ばかりだったように思える。

 

 だが、自分が道に迷いそうになった時、常に一緒にいてくれた気がした。

 

「ああ、そうだ」

 

 カガリは思い出したように、振り返って言った。

 

「今度の作戦、私も突入隊に加わるから。宜しくな」

「はッ?」

 

 カガリがあっさり言った言葉に、思わずアスランは思考が追いつかず、思わず間抜けな声を発してしまった。

 

「いやいやいや、ちょっと待て、カガリッ」

「何だ?」

「いや、『何だ?』じゃないだろ。突入隊って、まさか君もヤキン・ドゥーエに行くつもりなのか?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

 

 さも常識的な事を言っている風のカガリに、アスランは思わずめまいがする思いだった。

 

 てっきり彼女は、ラクスと一緒に残るとばかり思っていた。

 

「何だよ。人手が足りないんだ。私1人がサボっている訳にはいかないだろ」

「いや、そう言う問題じゃ・・・・・・」

 

 彼女は今や、オーブのトップなのだ。万が一、彼女の身に何かあれば、オーブは旗頭を失う事になる。

 

 アスランが慌てるのも無理無い話である。

 

 しかし、そんなアスランに対し、カガリは微笑んで見せる。

 

「できる事、望む事、すべき事、みんな同じだろ? アスランも、キラも、ラクスも、私もさ」

「カガリ・・・・・・」

「戦場を駆けてもダメな時もある。だが、今は必要だろ、それがさ」

 

 たとえ後方に残ったとしても、そこが安全と言える状況では無い。アスランにもそれは判っているのだが、それでもカガリが戦場に出る事には抵抗を覚えずにはいられなかった。

 

「そんな顔するなって。私よりもお前の方が、全然危なっかしいぞ」

「え?」

 

 言われてハッとするアスランを、カガリは睨むように見詰めて来る。

 

「・・・・・・死なせないからな、お前」

「カガリ・・・・・・・・・・・・」

「弟、かもしれない、あいつも・・・・・・」

 

 キラの事を言っているのだろう。

 

 それにしても、

 

「『兄さん』じゃなくて?」

 

 アスランは苦笑しながら尋ねるのに対し、カガリはムキになったように言い返す。

 

「ありえんッ あいつが弟だ」

 

 決めつけるように言うカガリ。

 

 とは言えアスランの目から見て、カガリとキラはベクトルが違うだけで、危なっかしいと言う意味ではどっちが下でも変わらないように思えるのだった。

 

 そんなカガリを、

 

 アスランはそっと抱きしめた。

 

「・・・・・・え?」

 

 戸惑うカガリを余所に、抱く手に力を込めるアスラン。

 

「・・・・・・カガリに会えて、良かった」

「・・・・・・アスラン」

 

 頬を染めて見上げて来るカガリは、常の溌剌とした成りを潜め、いつもより女の子らしかった

 

「君は、俺が守る」

 

 そう言って、そっと唇を重ねた。

 

 

 

 

 

「体調は大丈夫?」

 

 年下の少女を気遣うように、ユウキは尋ねる。

 

 間もなく、作戦開始時刻となる。ユウキも艦橋に戻らなくてはならないので、あまり長く話している時間は無い

 

「うん、もう大丈夫」

 

 ライアもまた、微笑みながら応じる。

 

 収容された時のライアは、ひどい錯乱状態にあったらしい。それが短時間で再出撃を決意するまで回復したのだから、少女の意思の強さを覗い知る事ができた。

 

「無茶しないでよ。ようやくここまで来たんだ。こんな所で死んだりしたら、詰まらないでしょ」

「確かにね」

 

 そう言って笑うライア。

 

「それに・・・・・・」

「それに?」

 

 キョトンとした顔をするライアに、ユウキは意味ありげに微笑する。

 

「君に、もっとオーブの良い所を、見てもらいたいからね」

「その為にも、早く戦争を終わらせて、取り戻さないとね」

 

 少女がオーブに来てくれる。

 

 そう考えるだけで、ユウキはこれからの未来に希望が持てるようだった。

 

 そこで、ユウキは表情を引き締める。

 

「一つ約束して欲しい」

「ん?」

 

 ユウキの真剣な眼差しに、ライアも笑みを潜めて向き直った。

 

「危なくなったら、すぐ大和に戻ってくれ。どんな危険な状態であっても、必ず回収する」

「いや、大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」

 

 笑い飛ばそうとするライア。

 

 しかし、ユウキはあくまで真剣な眼差しをライアに向けて来る。

 

「・・・・・・約束だ」

「・・・・・・判った」

 

 そう言うと、互いに笑みを交わし合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えを終えるとキラは、その足で格納庫へと向かう。

 

 作戦会議の後、キラはフリーダムをアークエンジェルへと着艦させていた。

 

 既に大破の損害を被っているアークエンジェルは、この最後の作戦への参加は見送られ、ラクスや負傷兵を乗せて後方への退避が命じられていた。

 

 フリーダムがエターナルでは無く、アークエンジェルに着艦したのは、安全圏に置いてギリギリまで整備を行う事になったからだった。

 

 廊下を進みながらキラは、ここまで自分が歩んで来た道のりを振り返っていた。

 

 ヘリオポリスに潜伏していたところを逮捕され、乗れる人間がいないと言う理由から地球軍のパイロットとなり、そのままアルテミス、デブリ帯、低軌道、アフリカ、インド洋、オーブ沖と転戦した。

 

 ゲリラ時代ですら、ここまで短期間に広範囲の戦場を移動した事は無かった。

 

 そして友との凄絶な戦いを越え、託されたイリュージョンを駆ってアラスカ戦へ介入、更にオーブでの戦闘を経て、再び宇宙へと戻ってきた。

 

 数奇、と言って良いだろう。

 

 ほんの1年半前、こんな人生を歩む事になるとは、予想だにしていなかった。

 

 ふと、足を止める。

 

 キラが進もうとする先、

 

 格納庫へ通じる廊下に、よく見知った少女が佇んでいるのが見えたのだ。

 

「エスト・・・・・・」

 

 少女は相変わらずの無表情を浮かべ、キラの方をジッと見つめて待っていた。

 

 歩み寄るキラ。

 

 と、

 

 エストは何を思ったのか、突然、キラの腰に手を回して抱きついて来た。

 

「エ、エスト?」

 

 予想していなかった少女の行動に、思わず驚くキラ。

 

 これまでのエストの言動から、このような行動に出る事は全く予想できなかったのだ。

 

「・・・・・・私も行きます」

 

 ややあって、エストはポツリと言った。

 

「・・・・・・え?」

「私も行きます」

 

 怪訝な顔つきになるキラに、エストはもう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「私はあなたの相棒です。あなたが行くのに、私が行かない事は無いです」

「いや、それは無理だよ」

 

 そもそも、フリーダムは単座機だ。その気になれば余剰スペースに人を乗せる事はできるが、それで戦闘を行うのは不可能だろう。

 

 それに、キラにはキラの考えがあった。

 

「聞いてほしいエスト。トウゴウさんも言っていたけど、この作戦、必ずしも成功するとは限らない。だから、もし失敗した時は、エストにはラクスを守る役目を果たしてもらいたいんだ」

 

 だから、キラはエストを突入隊の編成から外すように進言したのだ。

 

 しかし、

 

「嫌です」

 

 普段は聞き分けの良いエストが、にべも無くキラの言葉を拒否する。

 

「作戦が失敗すると言う事は、キラも死んでしまうと言う事じゃないですか。そんなのは嫌です」

「エスト・・・・・・」

 

 困惑顔になるキラ。

 

 正直、困った。この子がこんなに我儘を言うのは初めての事だから、どう対処して良いのか判らないのだ。

 

 思案したキラは、いったんエストの体を離して正面から少女の顔を見据える。

 

「聞いて、エスト」

「何でしょうか?」

 

 キラの真剣な眼差しに、エストも真っ直ぐに少年の瞳を見詰め返す。

 

「僕はヘリオポリスで君に出会うまで、殆ど無気力に時を過ごしていた。仲間はみんな殺されて、自分1人生き残り、その仇すら取れないまま、ただ怠惰な日々を送っていた」

 

 あの頃、キラにとっては時間が止まっていたような物だ。

 

 何をするでもなく、何を目指すでも無い灰色な日々が、緩慢にキラを腐らせていっていたのだ。

 

「アークエンジェルに乗るようになった後、そんな日々は終わりを告げたけど、今度は心のどこかで、死に場所を求めるようになっていた」

「キラ・・・・・・」

 

 友達を守る為に戦っていた、と言えば多少は格好良いが、キラが常に求めていた物は、自分が命を捨てられる場所だった。だから、自爆装置を付けられようが、前線に送られようが、そんな物は苦にもならなかった。

 

「でも、そんな僕を、君が変えてくれた」

「・・・・・・え?」

「君が一緒にいてくれたから、僕はここまで戦ってこれたんだ」

 

 初めは敵として出会った少女。

 

 肩を並べて戦うようになってからも、いつでも銃口を向ける事を忘れなかった少女。

 

 だが、戦いを進めていくうちに、互いに相棒として信頼し合うようになり、そして、その心を誰よりも深く通わせるようになった。

 

「約束する。僕は必ず、君の元へ戻って来る」

 

 そう言うと、キラはエストの前髪をそっと掻き上げ、

 

 その額に、優しく口付けをした。

 

「なッ!?」

 

 驚いて声を上げるエスト。

 

 その顔は、見る見るうちに赤く染まっていく。

 

 そんな少女を見て、キラはニッコリ微笑む。

 

「続きは、帰って来てから、ね」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 エストには、もはやキラを止める事ができなかった。

 

 そこには、戦いに赴く少年と、

 

 それを見送る少女しかいなかった。

 

 

 

 

 

 作戦は、開始された。

 

 L4同盟軍は、ラクス座乗に伴い旗艦をエターナルからアークエンジェルへと変更している。

 

 そのアークエンジェルは後方へと下がり、作戦の推移を見守る事になっていた。

 

 同時にエターナルとクサナギはジェネシスへ進路をとり、突入隊と機動兵器部隊を乗せた大和は真っ直ぐヤキン・ドゥーエへと進軍している。

 

 そしてアークエンジェル艦内では、

 

 今やL4同盟軍最後の切り札となった機体が、発進準備を終えようとしていた。

 

 フリーダムのコックピットに座し、キラは発進準備を進めていく。

 

 キラに与えられた任務は、敵の主力部隊をなるべく長く引きつけておく事にある。

 

 敵中に単独で突っ込んで行く上に、援護も期待できない危険な任務だ。

 

 その時、艦橋から通信が入った。

 

《まずい事になったわ、キラ君》

 

 モニターに現われたのはマリューである。

 

 恋人であるムウを失い、気落ちしていた彼女だが、取り敢えず与えられた任務に集中する事で己を保っている感がある。

 

 そのマリューが、顔面に緊張を張り付けて言う。

 

《地球軍がこちらの動きに気付いたみたい。熱紋センサーが、本艦に向かって来る機影を捉えたわ》

 

 やはり、一筋縄ではいかないか。この分では、他の艦も襲撃を受ける可能性がある。

 

「判りました。僕が発進したらアークエンジェルは反転して、ただちにこの宙域から離れてください」

 

 機関が損傷し、武装も大半が破壊されたアークエンジェルでは、敵部隊に捕捉されて生き残る事はできない。

 

 キラはまず、向かって来る敵を排除してからヤキン・ドゥーエへ向かう必要があった。

 

 その時、別の通信回線が開く。

 

《お、間にあったな、キラ》

「トール?」

 

 ヘリオポリス以来の友人が突然顔を出したことで、キラは戸惑うように目を見開く。

 

《俺だけじゃないぜ、ちょっと待ってろよ》

 

 そう言うと、他にも通信用のパネルが次々と開く。

 

 そこには、

 

「サイ・・・ミリィ・・・リリア・・・・・・」

 

 ヘリオポリスの仲間達が、

 

 更に、

 

「ラクス・・・・・・」

 

 歌姫の名を冠する少女が現われ、

 

 そして、

 

「エスト・・・・・・」

 

 相棒であり、最愛の少女が真っ直ぐに視線を向けて来る。

 

 皆、キラにとってはかけがえのない人達である。

 

 そして、それはこの場にいない、アスランやライア、カガリ、そして先に船を降りたカズイにも当てはまる。

 

《キラ、頼んだぞ》

 

 微笑みながらサイが、

 

《死んだら承知しねえぞ》

 

 おどけた調子でトールが、

 

《絶対に、帰って来てよ》

 

 心配そうにミリアリアが、

 

《心配はしてないけど、けど、信じてるから》

 

 深い信頼と共に、リリアが言う。

 

 皆、殺伐とした人生を送ってきたキラにとっては、得難い、宝石よりも貴重な友人達だ。

 

 そして、

 

《キラ、わたくし達の全てを、あなたに託します》

 

 ラクスの真摯な言葉に、頷きを返すキラ。

 

 最後に、キラはエストへ視線を向ける。

 

《・・・・・・信じてます》

 

 相変わらず淡々と、言葉を紡ぐエスト。

 

 しかし今、そこには深い愛情が込められている。

 

《必ず帰って来るって、信じてます》

 

 そんなエストに、キラは微笑みを浮かべて頷く。

 

 自分は必ず帰って来る。

 

 この子の下へ、必ず帰って来る。

 

 その誓いを胸に、キラは前に向き直った。

 

 シグナルは灯った。

 

 ただ1機。

 

 援護する機体の無い、孤独の出撃。

 

 しかし、キラの胸には、仲間達から、そして愛する少女から貰った暖かい想いが詰まっている。

 

 それがあれば、例え敵がどれほど強大であろうと負けはしない。

 

「キラ・ヒビキ、フリーダム行きます!!」

 

 虚空に翼を広げる、蒼翼の熾天使。自由の翼。

 

 今、人類の未来を掛けた戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

PHASE-40「未来への出撃」     終わり

 



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PHASE-41「LAST SEED」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレイが指揮する地球連合軍には、近隣で戦闘を続けていた部隊も集結し、ある程度の規模にまで膨れ上がっていた。

 

 その大半が奮戦する味方の支援と言う名目ではあったが、要するに勝ち馬に乗ろうという意図は明白であった。

 

 無理も無い。あわや敗戦一歩手前まで追い詰められながら、まさかの逆転劇である。このプラントくんだりまで進撃してきた身としては、その苦労が報われた思いであろう。

 

 あと数時間で、戦いは終わる。

 

 自分達の勝利で戦争は終わり、家族の下へ帰る事ができる。

 

 彼等がそう考えたとしても、責められるいわれは無い。

 

 そう、それが現れるまでは。

 

 出し抜けに、要塞の外周警備に当たっていた一部の部隊から、音信が途切れた。

 

「何だ?」

 

 付近の警戒に当たっていたストライクダガーが、不審に思いカメラを向けようとした。

 

 その時、

 

 出し抜けに、嵐のような砲撃が襲い掛かって来た。

 

「なッ!?」

 

 思わず目を剥く。

 

 激烈としか形容のしようがない、嵐の語気砲撃。

 

 しかし同時に、精緻にして的確。

 

 周囲にいる味方が、武装を、手足を、頭部を次々と吹き飛ばされ、戦闘不能に陥っていく。

 

 エンジンやコックピットを破壊され、爆散する機体は存在しない。

 

 全てが、戦闘能力を奪うだけの攻撃だ。

 

 だが、それだけに戦慄する程の恐怖に襲われる。

 

 恐ろしい程に、正確な砲撃だ。

 

 死んだ人間はいない。だが、コックピットを外して攻撃する事がいかに困難であるかは想像に難くない。

 

 それは裏を返せば、「お前達の命など、奪おうと思えばいつでも奪える」と言う意思表示に思えた。

 

「野郎ッ ふざけやがって!!」

 

 傲慢極まりない敵の態度に、激昂してビームライフルを掲げる。

 

 このふざけた敵に、せめて一矢報いない事には気が収まらない。

 

 そう思った瞬間、

 

 掲げたビームライフルは、飛んで来たビームによって正確に撃ち抜かれ吹き飛ばされた。

 

「なッ!?」

 

 とっさの事で、呆気に取られ動きを止める。

 

 次の瞬間、

 

 そいつは急速に接近してきた。

 

 10枚の蒼翼を広げ、一気に間合いを詰めると腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 一瞬、閃光が走る。

 

 飛び抜けた瞬間、ストライクダガーは頭部と右腕を斬り飛ばされていた。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 呆然と言葉を吐く。

 

 一矢報いるどころか、相手の影を捉えるのがやっとだった。

 

 気が付けば、味方は全滅に近い損害を被っている。

 

 やはり、死んだ者はいない。

 

 しかし、まともに動ける機体は1機も残っていない。

 

 どうやら、自分達が予定よりも早い「終戦」を迎えた事だけは、確かだった。

 

 その様子を確認し、フリーダムのコックピットでキラは息をついた。

 

 どうやら、作戦第一段階は成功らしい。

 

 これに先立ってキラは、アークエンジェルに向かおうとした敵部隊を殲滅しているのだが、まだまだフリーダムにもキラ自身にも余裕があった。

 

 ただ、

 

 キラはチラッと、自分の背後に視線をやる。

 

 どうにも、背中が寒いような気がするのだ。

 

 イリュージョンに乗っている時はエストが後席に座り、オペレーターを担当してくれていたから、自分は操縦と攻撃に専念する事ができたのだが、フリーダムでは全て自分1人でやらなくてはならない。

 

 とは言え、贅沢を言っていられる状況では無い。こうしている間にも、作戦は進行中なのだ。

 

 再び蒼翼を広げて、駆け抜けるフリーダム。

 

 戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 守備隊の一部が短時間の内に壊滅させられたという報告はただちに、ヤキン・ドゥーエ司令室にいるフレイの下へももたらされた。

 

 先にアークエンジェル攻撃に向かわせた部隊も、成すところ無く壊滅に追いやられたという報告を受けている。

 

 ニヤリと笑うフレイ。

 

「・・・・・・来たわね」

 

 歓喜と憎悪が、複雑に絡み合った笑み。

 

 誰が来たか、など考えるまでも無かった。

 

 この終焉を飾る最高の舞踏会。

 

 滅亡までの荘厳なる余興において、フレイの相手役を務める存在が、時間に遅れる事無く到着したのだ。

 

 ならば、こちらも相応の準備でもてなさない事には、相手に対して失礼と言う物だろう

 

「ただちに、全守備隊を応援に向かわせて。相手は敵のエースよ。油断しないように!!」

「ハッ」

 

 直ちにフレイの命令は、全部隊に打電される。

 

 現在、フレイの手元には集結した部隊も合わせて、100機近い機体が集結している。

 

 たかが中尉が指揮するには過剰とも言える数だが、フレイがアズラエル直属の部隊長であった事、元大西洋連邦事務次官令嬢だった事によるコネ等が物を言い、この大部隊は完全にフレイの掌握下にあった。

 

 その部隊の大半を、敵機迎撃に振り向ける。

 

 これは恐らく、敵の最後の抵抗だ。これを叩き潰せば全てが終わる。

 

 その時、更に報告が入った。

 

「アルスター中尉。ジェネシス方面を守備している艦隊から報告です。敵戦艦が2隻、ジェネシスに接近中。恐らく、ジェネシスへの攻撃が目的と思われます」

「・・・・・・成程、そう来た訳ね」

 

 フレイは同盟軍の目論見を読み切った。

 

 恐らく、今要塞周辺で行われている攻撃は陽動。本命はジェネシスの直接破壊と見た。

 

 無駄な事をする。スペックを見たが、ジェネシスは艦砲射撃程度で破壊できる代物では無い。それでも念の為と思い、艦隊を配置しておいたのは正解だった。

 

 酷薄な笑みを、フレイは浮かべる。

 

 せいぜいあがくだけあがけば良い。その間に、こちらはする事をするだけだ。

 

 ヘルメットを取ると、フレイは入口の方へと向かう。

 

 既にアヴェンジャーは運び込んである。フレイ自身が行くまでの間、キラ達が持ちこたえるのを祈るだけだ。

 

「それくらいは、期待させてもらうわよ」

 

 そう呟きながら、フレイは港へと急いだ。

 

 

 

 

 

 ジェネシスへの進撃を続けるエターナルとクサナギ。

 

 既に、巨大なパラボラアンテナの姿は、視界の中に捉えている。

 

 しかし、事はそうすんなりと行く物ではないらしい。

 

「ジェネシス前方に敵艦隊。アガメムノン級1、ネルソン級1、ドレイク級2!!」

 

 報告を聞き、バルトフェルドは不敵な笑みを浮かべ、席ガンでモニターを見据える。

 

「やはり、簡単には通してくれんか」

 

 良いだろう。この程度の事は、こちらも想定済みだ。

 

 何より、こちらは囮だ。せいぜい派手に暴れて、敵の目を引き付けてやる。

 

 そう考えれば、敵が多いのは大歓迎だった。

 

「さーて、そんじゃおっぱじめるぞ!!」

 

 何とも珍妙な掛け声を発するバルトフェルド。堅苦しいイメージのある軍には似つかわしく無いやり方だ。

 

 こうした気合の入れ方も、この男ならではと言うべきだ。

 

 地球軍艦隊からも、機動兵器が出撃して来るのが確認された。

 

 だが、その大半がメビウスである。ストライクダガーやシルフィードダガーの数は少ない。

 

 どうやら、モビルスーツ部隊の大半はヤキン・ドゥーエに張り付けたらしい。

 

 懐が苦しいのは、地球軍も一緒である。

 

 もっともこちらは、援護してくれる機体は1機も無いのだが。

 

「全員気張れよッ 生き残ったら、俺のオリジナルブレンドを飲ませてやるからな!!」

「そりゃ、あり難い事で」

「僕は紅茶党なんですけど」

 

 バルトフェルドの言葉に、ダコスタとニコルが苦笑して応じる。

 

 良くも悪くも、楽しい隊長である事は間違いなかった。

 

「敵部隊接近!!」

 

 オペレーターの報告が、容赦無く齎される。

 

 遊びの時間はここまでだ。

 

 否、ここからが遊びの時間と言うべきか。命をかけなきゃいけないのが、色々アレだが。

 

「対艦、対モビルスーツ戦闘用意!! 全砲門開け、目標、接近中の地球軍艦隊!!」

 

 並進するクサナギでも、着々と戦闘準備が進められる。

 

 ここが正念場だ。

 

「撃てェ!!」

 

 バルトフェルドの号令一下、2隻の戦艦は砲撃を開始した。

 

 

 

 

 

 地球軍のモビルスーツ隊はフリーダムによって引っ掻きまわされ、艦隊はエターナルとクサナギを迎撃する為にジェネシスに張り付いている。

 

 要塞を守備していた地球軍は引き離され、一時的にヤキン・ドゥーエ周辺は手薄な状態となっている。

 

 しかし、それは地球軍にとって、さして大きな問題とは言えなかった。

 

 ザフト軍は司令部を壊滅されて狼狽し、軍隊の体を成していない。もう一つの正体不明の抵抗勢力(L4同盟軍)は既に壊滅状態であり、自分達に対抗できようはずも無い。

 

 既に自分達の勝敗は決したも同然である。

 

 そう考えている者達が、ほぼ全員であり、要塞前面を空にしたとしても問題は無い筈だった。

 

 まさかそこへ、

 

 まさにそこへ、

 

 攻撃を仕掛けて来る者がいるとは、誰1人として予想だにしなかった。

 

「敵戦艦、急速接近!!」

「迎撃隊を向かわせろ!!」

「ダメですッ 全部隊が防衛線から離れていて連絡が取れません!!」

「要塞砲で迎え撃てッ 奴等を近付けるな!!」

 

 突如、防衛線上に猛スピードで突っ込んで来た巨大戦艦に、ヤキン・ドゥーエの司令室はパニックに陥っていた。

 

 敵がすぐ目の前まで迫っていると言うのに、迎撃に向かえる者がいない。

 

 ただちに、向けられる全ての砲門が開かれるが、その間にも敵戦艦は急速に接近して来る。

 

 その巨大戦艦の中にあって、

 

 艦長、ジュウロウ・トウゴウはカッと目を見開いた。

 

「バスター・ローエングリン、発射ァ!!」

 

 号令と共に、目もくらむような閃光が大和の艦首から放たれる。

 

 艦載砲としては、現行最強と言っても過言ではない、艦首固定砲の一斉射撃。

 

 掠めただけで戦艦をも叩き潰せる砲撃が、ヤキン・ドゥーエの表層に叩きつけられた。

 

 瞬間、要塞内に激震が湧きおこる。

 

 閃光が発せられ、炎が内部を焼き払う。

 

 勿論、巨大な要塞にはその程度の攻撃など、蚊に刺されたような物だろう。重要区画や弾薬庫を破壊しない限り、大したダメージにはならない。

 

 しかし、今回は要塞を破壊する事が目的では無く、司令室の占拠(奪還)にある。下手に破壊してコントロール不能になってもらっても困るのである。

 

 そこで、砲撃位置については、アスラン、イザーク、ディアッカらと入念に協議した上で選定された。

 

 司令室からある程度離れていなくてはならないが、しかし離れ過ぎても困る。砲撃位置はそのまま要塞上陸地点にもなる為、あまり離れ過ぎると、突入後の移動距離が長くなり、受ける迎撃も激しい事になってしまう。

 

 大和の砲撃が着弾した瞬間、ヤキン・ドゥーエからの砲撃が一瞬停止する。

 

 その瞬間を、トウゴウは見逃さない。

 

「今だ、全速前進ッ 要塞の至近に取り付け!!」

 

 トウゴウの指示の下、大和は機関を最大にして突撃、一気にヤキン・ドゥーエに向けて突進する。

 

 既に、デュエルとバスター、それに、アスラン、シン、ライアの乗るM1は発進し、支援攻撃を開始している。

 

 だが、そんな彼等の前に、数機のストライクダガーが立ちはだかる。

 

 どうやら近くにいた為、状況の変化を嗅ぎつけて、反転して来たらしい。

 

 彼等は要塞砲と共に、接近する大和に向けて砲撃を開始する。

 

 しかし、

 

「構わん、突っ込め!!」

 

 過激とも言えるトウゴウの指示の下、大和は更に加速する。

 

 最早、艦その物を砲弾にするかのような勢いだ。

 

 地球軍の迎撃も一切追いつかず、

 

 大和はヤキン・ドゥーエの至近距離まで一気に斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要塞に衝突する。

 

 そう思った瞬間、大和は長大な艦首を急速回頭させ、艦腹を見せる形で横付けする。

 

 右舷方向には先程、バスター・ローエングリンで開けた大穴が開いている。あそこから突入するのだ。

 

「突入隊、発進せよ!!」

 

 トウゴウの指示を受け、大和の格納庫で待機していた突入隊が行動を開始する。

 

 使用するのは、各艦から徴発した連絡艇である。

 

 各艇に10名。それが5隻発進したから、合計で50名の兵士を送り込む事になる。お世辞にも多いとは言い難いが、これが現状、同盟軍が投入できる最大限ギリギリの数字であった。

 

 だが、連絡艇には武装も無ければ装甲も無い。敵の対空砲火を浴びたらあっという間に撃墜されてしまう。そこでトウゴウは、敵の集中砲火を浴びる事も承知の上で、強引に大和をヤキン・ドゥーエに横付けしたのだ。

 

「突入隊帰還までこの場を死守する。総員、己の役割を全うし、全力を尽くせ!!」

 

 トウゴウの指示の下、全砲門を開いて突入隊の援護を開始する大和。

 

 地球圏最強クラスの戦艦の砲撃は、向かって来る敵機や要塞の砲座を次々と叩き潰して行く。

 

 しかし、それに対する反撃もすぐに開始された。

 

 何しろ相手は、ザフトが誇る巨大要塞だ。備えつけている火力も半端な物では無い。

 

 しかも大和は巨大であり、尚且つ突入隊支援の為に停止しているのだ。これほど狙い易い的もあるまい。

 

 一気に集中された砲火により、大和は激震に襲われ、激しい衝撃に見舞われる。

 

 勿論、アスラン以下、発進したモビルスーツ隊も奮戦している。

 

 大和が排除しきれない砲台を潰し、散発的に襲って来る地球軍のモビルスーツを叩き潰している。

 

 しかし、それでも火力は圧倒的である。

 

 アスランがM1を駆り、何機目かのダガーを撃墜した時だった。

 

《アスラン、行け!!》

 

 イザークから、突然、通信が入った。

 

「イザーク!?」

《行くんだアスラン、ここは俺達が引き受ける!!》

 

 突入隊に合流しろ、と言っているのだ。

 

「しかしッ!!」

 

 敵の抵抗がこれほどまでに強烈なのは、完全に予想外だった。これではアスランが抜けたら防ぎ切れないように思える。

 

 しかし、

 

《良いから行きなよ。連中にはお前が必要だろ!!》

《あたし達の事も、少しは信頼してよ!!》

《ここは俺達だけでも大丈夫だから!!》

 

 ディアッカが、ライアが、シンまで、アスランの背中を叩くようにして言って来る。

 

 決断するしかない。確かに、要塞内部の構造を知っている者が突入隊を先導する必要がある。

 

「すまないッ!!」

 

 一言声をかけると、M1を反転させてヤキン・ドゥーエへと向かうアスラン。

 

 だが、近付けば、更に対空砲火の密度が上がっていく。

 

 それらを的確に回避していくアスラン。

 

 ザフト特務隊のエースと言う肩書きは、決して伊達では無い。

 

 だが、それにも限界がある。

 

 ついに1発が、M1の右腕を捉え吹き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 どうにか体勢を立て直そうとするアスラン。

 

 しかしそこへ更に砲撃が集中され、左腕と右足が吹き飛ばされる。

 

 しかし、止まらない。

 

 残った右手でビームライフルを乱射し、更に1基の砲座を叩き潰す。

 

 アスランは辛うじて生きているスラスターを全開まで吹かすと、M1の機体を強引に突入口へねじ込ませる事に成功した。

 

 殆ど墜落するような勢いで突入口に突っ込んだアスランのM1は、周囲に散乱する破壊された機材を巻き込みながら、暫くデッキの上を滑走し、そのまま壁にぶつかって停止した。

 

 その様子を確認したイザークは、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 向こうはこれで良いだろう。

 

「・・・・・・問題は、こちらか」

 

 そう言って、大和を見上げる。

 

 ヤキン・ドゥーエからの砲火はいよいよ激しく、更に地球軍のモビルスーツ隊が、続々と集結しつつある。

 

 やはり、フリーダム1機で敵の全ての目を引き付けるには、無理があったようだ。

 

 だが、それがどうしたと言うのだ?

 

 イザークの闘志に答え、シールドとライフルを掲げるデュエル。

 

 既にアサルトシュラウドは無く、ライフルとシールドもデュエル独自の物では無く、撃墜されたストライクから借りた物だ。

 

 だがデュエルの、そしてイザークの闘志は聊かの衰えも無い。

 

「行くぞ、何としても奴等が返ってくるまで持たせるんだ!!」

 

 一声言い放つと、自ら敵陣に向けて突撃を開始した。

 

 一方、突入口に突っ込んだアスランは、どうにかコックピットから這い出すと、そこで待っていた突入隊のメンバーと合流していた。

 

「アスラン!!」

 

 少年の姿を認めたカガリが、駆け寄って来る。

 

 カガリに頷きを返してから、アスランは素早く状況を確認する。

 

「中央指令室は、ここから2ブロック上がった先にある。俺が先頭に立つ。みんなははぐれないようについて来てくれ」

 

 50名の突入隊の内、半数は突入口の橋頭堡を確保する為にこの場に残る事になり、残りは司令室に向かう事になる。

 

 その先頭に立って、アスランが走ろうとした時だった。

 

 廊下の向こうから、数人の兵士がライフルを手に駆け寄ってくるのが見えた。

 

 地球軍の兵士だ。どうやら既に、こちらの動きを察知しているらしい。

 

「やはり、簡単には行かせてくれないか」

 

 目的を達する為には、障害を排除する必要がある。

 

 アスランも拳銃を抜くと、向かって来る兵士に向けて引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 死屍累々。

 

 とでも、表現すべきだろうか。

 

 死んだ者はいないようだが。

 

 フレイはゆっくりとアヴェンジャーを進ませながら、周囲の状況を見回す。

 

 手や足、首を吹き飛ばされて戦闘不能になったダガー部隊が、そこら中に浮かんでいる。

 

 これを、ただ1機のモビルスーツがやったのだから、恐怖ですらあるだろう。

 

 この惨憺たる状況を現出した者は、アヴェンジャーに対して背中を向ける形で滞空していた。

 

《よくも、やってくれたわね》

 

 オープン回線で話しかけると、向こうも振り返る。

 

 周囲の地球軍部隊を全滅させたキラ。

 

 その目の前に、ついに復讐に長ける少女が立ちはだかった。

 

 既にフレイの耳には、ヤキン・ドゥーエ内の状況が伝わって来ている。

 

 まさかの二段囮作戦。

 

 モビルスーツによる攻撃で囮を仕掛け、その間にジェネシスを直接破壊するのかと思いきや、それすらも囮。本命は、白兵戦によってコントロールを奪取し砲撃自体を阻止する事にあったとは。

 

「フレイ・・・・・・」

 

 キラもまた、会話に応じる。

 

《完全に嵌められたわ。まさか、少数のアンタ達が戦力をここまで小分けに分散するとはね。けど、まだ負けじゃない。要塞内の味方が発射まで持ちこたえられれば、あたし達の勝ちよ。そして・・・・・・》

 

 言いながらフレイは、アヴェンジャーのプラズマ砲をフリーダムへ向ける。

 

《アンタには、ここで死んでもらう》

「僕も、これ以上、君の暴挙を座視する気は無いよ」

 

 そう言うと、キラもフリーダムのビームライフルを構えて向ける。

 

 両者、これが最後の激突。

 

 螺旋の如く複雑に絡み合った因縁が、今、決着の時を迎える。

 

《やれるものなら、やってみなさいよォッ!!》

 

 フレイが言い放つと同時に、アヴェンジャーは全火力を解放する。

 

 肩部ゴルゴーンレールガン、両手のプラズマ砲、胸部スキュラ、頸部ヒュドラインパルス砲が、一斉に解き放たれ、フリーダムに襲い掛かる。

 

 対して、

 

 キラは蒼翼10枚を広げると、一気にその場から飛び去り、お返しとばかりに、パラエーナプラズマビーム砲、クスィフィアスレールガン、ビームライフルを構え、フルバーストを浴びせる。

 

「クッ!?」

 

 その一撃を、後退する事で回避するアヴェンジャー。

 

 フリーダムはそれを追いながら、ビームライフルを放つ。

 

《今日はエストはどうしたの? 喧嘩でもしたのかしらッ?》

「あの子は艦に置いて来たよ。君は僕1人で止めるッ」

 

 言いながら放ったビームライフルが、アヴェンジャーの脇を掠める。

 

《随分と優しいじゃないッ それとも、見くびられてるのかしらッ? 1人であたしに勝てるとでも!?》

 

 お返しに放つプラズマ砲を、フリーダムは舞うような機動で回避する。

 

「簡単じゃない事は判っているよ。けど、やめる訳にはいかない!!」

 

 ビームサーベルを抜き、斬りかかるフリーダム。

 

 その一撃を、紙一重で回避するアヴェンジャー。

 

 フレイは、すかさず反撃に出る。

 

 背中を向けたフリーダム。

 

 そこへアヴェンジャーは、レールガンを放つ。

 

 対して、キラは一瞬早くフリーダムを宙返りするように反転させると、パラエーナを展開。アヴェンジャーに向けて撃ち放つ。

 

 飛来するプラズマビームを、回避するアヴェンジャー。

 

《御立派な理屈ね。パパを殺した男の言葉とも思えないわ!!》

 

 辛辣な言葉が、キラの胸をえぐる。

 

 フレイの父親を救えなかった。その事は事実だからだ。

 

 だが、

 

「だからって、負けてあげる訳には、いかない!!」

 

 言い放つと同時に、フルバーストを展開。一斉射撃を仕掛ける。

 

 その攻撃に、アヴェンジャーは堪らず後退する。

 

 再びビームサーベルを抜き放ち、斬り込んで行くフリーダム。

 

《それは、こっちのセリフよ!!》

 

 迎え撃つように、全砲門を解放するアヴェンジャー。

 

 キラとフレイ。

 

 両者ともに、一歩も引かないまま激しい攻防を続けていた。

 

 

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエ前でも、激しい攻防が続いていた。

 

 既に大和は、その身に100発近い攻撃を受け、爆炎と閃光に包まれていた。

 

 装甲は剥がれ落ち、武装は次々と破壊されている。

 

 3基の主砲こそ健在だが、後部の副砲は破壊され、イーゲルシュテルンは全て根こそぎにされている。

 

 艦内各所に爆炎が躍り、通信や回路の断裂が相次いでいる。

 

 いかに最強戦艦と言えど要塞とまともに撃ち合えば、大岩と路傍の小石程度にも差がある。

 

 そしてそれは、周囲を飛び交うモビルスーツにも言える事だった。

 

 デュエル、バスター、そして2機のM1は、圧倒的な大軍の前に獅子奮迅の奮戦をするも、徐々に押し寄せる波に飲み込まれようとしていた。

 

 そして、ついに砲撃がライアのM1を捉えた。

 

「あうッ!?」

《ライア、クソッ!!》

 

 とっさにディアッカがバスターを操り、片腕を吹き飛ばされたライア機の援護に入る。

 

 肩のミサイルを一斉発射し、敵機を退けるバスター。

 

 更に、対装甲散弾砲を発射。向かって来るシルフィードダガーを一掃する。

 

 だが次の瞬間、別方向からの攻撃を受け、バスターは左足を吹き飛ばされた。

 

《くッそッ!?》

「ディアッカ!!」

 

 どうにか、M1頭部のイーゲルシュテルンで応戦しようとするライア。しかし、そんな物は蚊に刺されたほどのダメージも、相手には与えられない。

 

 損傷した2機をカバーするように、デュエルが立ちはだかったビームライフルを放つ。

 

《お前達は大和に戻れ!!》

「でも!! イザーク!!」

 

 押し寄せる大軍を前に、デュエルとシンのM1だけでは到底持ちこたえられない。

 

 しかし、

 

《うろちょろするんじゃないッ 邪魔なだけだ!!》

 

 強引に押しかぶせるように叫ぶイザーク。

 

 これもまた、彼の持つ優しさの一つなのかもしれない。

 

 そんなデュエルの横に、シンのM1が並び立つ。

 

「まだ行けるか?」

《この程度で参るかよ》

 

 イザークの問いかけに、シンは強がるように返事を返す。

 

 その様子が、妙に可笑しくて笑ってしまう。

 

 何となく、少し前までの自分を見ているような気がしたのだ。

 

「なら、もう少し付き合え!!」

 

 言い放つと、イザークは再びトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

「艦首第2装甲板貫通!!」

「左舷、第2機関室に火災ッ 自動消火装置、作動します!!」

「後部砲撃指揮所、全滅ッ 生存者無し!!」

「居住区にて火災発生ッ 手が付けられません!!」

「48から、72番回路、使用不能!!」

「艦稼働率、64パーセントまで落ちます!!」

 

 次々と齎される報告が、大和が一寸刻みに破壊されて行く様子が映し出されている。

 

 既に艦内は破壊と爆炎に席巻され、クルーの命が次々と失われて行っている。

 

 主要な火器も殆どが破壊され、使用不能に追い込まれている。

 

 しかしそれでも、大和はその場から頑として動こうとはしなかった。

 

 まるで根が生えたように、その場にあり続け、生き残っている9門の主砲を放ち続けていた。

 

「艦内、ダメージコントロールッ 手隙のクルーは火災箇所へ!!」

「回路復旧急げッ 敵は待ってくれないぞ!!」

 

 ユウキが声を張り上げて、矢継ぎ早に指示を下している。

 

 状況は加速度的に悪くなっている。このままでは、最悪、撃沈もあり得るだろう。

 

「敵砲撃、来ます!!」

 

 オペレーターが報告した瞬間、

 

 ヤキン・ドゥーエからの砲撃が着弾し、大和を大きく揺らす。

 

「ッ!? 損害報告!!」

「右舷後部、第3装甲板貫通ッ 右舷エンジン被弾ッ 使用不能!!」

 

 その報告に戦慄する。

 

 右舷側のエンジンがやられたと言う事は、大和のエンジンは半分死んだと言う事だ。

 

 更に言えば、大和は装甲を3重に張り巡らせて、防御を強化している。その3番目の装甲が破られたと言う事は、最早、敵の攻撃は防ぎえないレベルにまで達していると言う事だ。

 

「クッ・・・・・・」

 

 唇をかむユウキ。

 

 しかし、今も要塞内で奮戦している突入隊の為にも、こんな所で諦める訳にはいかない。

 

「主砲発射急げッ 狙いは正確にな!!」

 

 その勇気の声にこたえるように、9門の主砲を発射する大和。

 

 しかし、度重なる攻撃で既に、照準装置にも狂いが生じ始めている。放たれる手法の照準も、微妙に合わなくなり始めていた。

 

 次の瞬間、更なる砲撃が襲い掛かって来た。

 

 激震。

 

 同時に艦橋内も、強い衝撃で揺さぶられた。

 

 と、

 

「グッ!?」

 

 ユウキのすぐ後ろ。一段高い艦長席から、くぐもった声が漏れて来た。

 

 振り返ると、そこに泰然と座していた筈のトウゴウの姿が無い。

 

「艦長!!」

 

 慌てて席を放り出し駆け寄ると、トウゴウは床に投げ出される形で転がっていた。

 

「艦長ッ しっかりしてください!! 医療班、ただちに艦橋へ!!」

 

 マイクに向かって叫び、トウゴウを助け起こす。

 

 すると、トウゴウは僅かに目を開く。

 

「ふ、副長・・・・・・」

「しっかりしてください、艦長。間もなく医療班が来ます」

 

 ここで艦長が不在となるのは痛いが、トウゴウはもう高齢だ。無理をさせる訳にはいかない。

 

 しかしトウゴウは、ユウキの声には答えずに、ゆっくりと口を開く。

 

「・・・・・・まさか、自分がこんな遠くまで来る事になるとは、若い頃には思いもしなかったよ」

「・・・・・・艦長?」

「我等の故郷は、遥か遠くになってしまった。だが、オーブの人々は強い。今はダメでも、何れは復興の道を歩み始めるじゃろう」

 

 そう言うと、トウゴウはユウキを見る。

 

「それを成すのは、儂のような老人では無く、副長、君やカガリ様のような若い者達だ。我々が、それを妨げるような真似は許されんのだ」

 

 言いながら、トウゴウはユウキの手を握る。

 

 節くれだった、皺の寄った厳つい手。長い時を戦いの中で過ごしてきた、武人の手である。

 

「良いか、カガリ様を守るのだ。あの方は我等の希望だ。あの方無くして、オーブはあり得ない」

 

 それは、長くオーブの軍人として、あるいはカガリやウズミと親しい者として接してきたトウゴウだからこそ、言える言葉だった。

 

 そのトウゴウの手を、ユウキもしっかりと握り返す。

 

「判りました」

 

 しっかりと頷くユウキ。

 

 そこへ、報せを受けた医療班が駆けこんで来る。

 

 とにかく、負傷した艦長を治療する為に後走する必要がある。

 

「後は、頼むぞ」

 

 弱々しい一言と共に、トウゴウはストレッチャーに乗せられて運ばれて行く。

 

 それを確認してからユウキは、

 

 改めて副長席に座った。

 

「これより指揮を継承する。主砲は砲撃を続行せよ。ダメコンチームは復旧と戦闘力維持に傾注、突入隊と連携が図れるよう、通信回線は最優先で確保しろ!!」

 

 矢継ぎ早に命令を飛ばす中、ユウキの下へオペレーターから報告が上げられる。

 

「バスター、及びM1、ハーネット機帰還。損傷がある模様です!!」

 

 報告に、ハッと顔を上げてスクリーンを見ると、互いに寄り添うようにして戻って来る2機が映し出されて来る。

 

 この十字砲火が飛び交う中、損傷した機体を引きずって戻ってくるのは容易では無かった事だろう。

 

「直ちに収容準備ッ 右舷フライトデッキ解放、整備班、着艦ネット、及び消火班準備!!」

 

 ユウキの目は、一瞬、抱えられるようにして戻って来るM1へ向けられる。

 

 しかし、それも一瞬の事だ。

 

 すぐに視線を戻し、指揮に集中する。

 

 ライアの事は心配だが、今はその事を気にする時ではない。彼女を助ける為にも、自分は自分のすべきことをしようと思ったのだった。

 

 尚も激しくなる砲撃の中、大和は頑強にその場にあって抵抗を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヴェンジャーからの一斉砲撃。

 

 それをフリーダムは、上昇する事で回避する。

 

 同時に全砲門を展開、フルバーストモードへと移行する。

 

「クッ!?」

 

 その様子を確認したフレイは、とっさに回避する為に機体を逃がそうとする。

 

 しかし、一瞬遅かった。

 

 解き放たれる5つの砲門。

 

 虹を思わせる鮮烈な閃光は、逃げようとするアヴェンジャーを直撃した。

 

 アヴェンジャーの両腕が、そして肩のレールガンが吹き飛ばされる。

 

《クゥッ!?》

 

 唇を噛みながら、後退を掛けるフレイ。

 

 そのまま頸部のヒュドラを撃とうとする。

 

 しかし、

 

 その前にビームサーベルを抜いたフリーダムが、一気に斬り込んで来た。

 

 それに対するアヴェンジャーの動きは、あまりにも遅い。

 

 駆け抜けた瞬間、フリーダムの剣はアヴェンジャーの両脚を大腿部の部分から斬り飛ばしていた。

 

 機体を振り返らせるキラ。

 

 アヴェンジャーの戦闘力は奪った。まだスキュラが残されているが、胸部にある関係で射線が限られているうえ、手足を失った状態ではまともに機体を安定させる事もできまい。

 

「これで終わりだ、フレイ」

 

 宣告するように、語りかける。

 

「降伏しろ、もう君に勝ち目はない」

 

 キラは、元々フレイの命まで取ろうとは思っていない。彼女の父親を助けられなかったという負い目もあるし、何よりフレイはサイの婚約者だ。彼の為にも、どうにか連れ帰ってやりたいと思っていた。

 

 そんなキラに対して、

 

《さすがね、キラ》

 

 フレイはどこか諦念したように、静かに言う。

 

《正直、敵わないわ》

「・・・・・・フレイ?」

 

 少女の言葉に、キラの脳内では正体不明の警告音が鳴り響いている。

 

 まだ終わっていない。フレイは何か企んでいる。

 

 そう告げられていた。

 

《でもね、一つ、教えてあげる》

 

 言いながら、フレイはコックピット内で、ある操作を始める。

 

 コードをいくつか撃ち込み、壁際に現われたレバーを強く引く。

 

《切り札は、最後まで取っておくものよ!!》

 

 次の瞬間、

 

 アヴェンジャーの外装が弾け飛んだ。

 

「自爆!?」

 

 驚き、目を見開くキラ。

 

 閃光と共に外層が吹き飛ぶ様は、傍から見れば自爆以外には見えなかった。

 

 だが、そうじゃない事がすぐに判る。

 

 剥がれた外装の下から、

 

 別の機体が姿を現わした。

 

 ブロックのような外見で、アヴェンジャーの「胴体」部分に格納されていたその機体は、折りたたまれていた手足を伸ばし、背部に薄い羽根を4枚展開し、最後に特徴的なツインアイを光らせた。

 

 それは最早、アヴェンジャーとは全く違う、別モノの機体と言って良いだろう。

 

 まさか、と思った。

 

 アヴェンジャーの不自然に大きな機体は、前からおかしいとは思っていたのだが、それは大出力兵器を扱う為に大型のバッテリーを搭載している為だと思っていた。

 

 だがまさか、このようなカラクリがあったとは。

 

《どう、驚いた?》

 

 可笑しそうに笑いながらフレイが言う。彼女には今キラが呆気にとられた表情をしているであろう事が、手に取るように判っていた。

 

 フレイは更に続ける。

 

《この機体の名前は「トルネード」よ。どう、何か気付かない?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フレイに言われるまでも無く、キラは「その事」に気付いていた。

 

 トルネードの設計思想。それは恐らく・・・・・・

 

「シルフィード・・・・・・」

 

 シルエットは殆ど似ていない。トルネードはシルフィードと比べても、四肢がかなり細く造られている。

 

 しかし、そのいかにも俊敏そうな外見は、かつての愛機を連想させるのに充分だった。

 

《御名答》

 

 フレイもまた、ほくそ笑みながら答える。

 

 あり得ない話では無い。初期Xナンバーの思想を、それぞれ受け継ぐ機体に心当たりはある。

 

 バスターの砲撃力はカラミティに、イージスの可変思想はレイダーに、ブリッツのミラージュコロイド技術は、フォビドゥンのゲシュマイディッヒパンツァーにそれぞれ受け継がれている。

 

 そして、シルフィードの高機動性はトルネードに受け継がれた訳だ。

 

《さあ、行くわよッ》

 

 言い放つと同時に、ビームサーベルを抜き放つトルネード。

 

 迎え撃つように、ビームサーベルを構えるフリーダム。

 

 次の瞬間、

 

 両者は激しく激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤキン・ドゥーエ内部では、尚も激しい攻防戦が続けられていた。

 

 アスランとカガリに率いられた突入隊は、中央指令室に向けて進んでいたが、地球軍もまた、激しい砲火で持って同盟軍を迎え撃っていた。

 

 何しろ向こうは数が多い。

 

 一つの区画を制圧しても、次の区画に移ればそこで十字砲火を食らって足止めされる始末だ。

 

 その度に同盟軍は、少なくない犠牲者を出し戦列を削られて行く。

 

 そんな中でアスランは、獅子奮迅とも言える活躍を見せていた。

 

 自前のハンドガン1丁を駆り、1発の銃弾も無駄にする事無く敵兵を屠り続ける。

 

 マガジンが空になると、倒れた兵士からライフルを奪い応戦する。

 

 幸いな事は、要塞内部の構造はアスランの記憶にある物と変わっていない事だった。その為、アスランは迷わず中央指令室への最短距離を進む事ができた。

 

 そしてついに、同盟軍は中央指令室へ通じる区画へと辿り着いた。

 

 ここに来るまでに、戦力の半分近くをやられている。

 

 だが、今更引き返す事はできない。

 

 今こうしている間にも、キラを始め多くの仲間達が戦っているのだ。

 

「行くぞ」

 

 低い声と共に、アスランが駆けだそうとした。

 

 その時、廊下の向こうから地球軍兵士が現れて銃撃を仕掛けて来た。

 

 とっさに身を伏せるアスラン。カガリも、辛うじてそれに続く。

 

 だが、カガリの隣にいた少女は、僅かに間にあわなかった。

 

「あァ!?」

 

 体に銃弾を浴び、悲鳴と共に床に倒れる少女。

 

 その光景が、カガリにはスローモーションのように映った。

 

「アサギィ!!」

 

 とっさにアサギを抱き上げるカガリ。

 

 が、しかし、体から鮮血を噴き出すアサギは、まるで全てを諦めるように笑顔をカガリへと向ける。

 

「あは・・・・・・ちょっと、ドジ踏んじゃいました。これじゃ・・・マユラと、ジュリに・・・怒られちゃいますね」

「しゃべるなアサギッ」

 

 必死に呼びかけるカガリ。

 

 だが、無情にも少女の命の灯は、ゆっくりと消えていく。

 

「・・・・・・カガリ様・・・カレ、絶対に、離しちゃ、ダメですよ・・・・・・約束、です・・・・・・か・・・ら・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに目を閉じると、アサギの時は永遠に停止する。

 

 アサギ、マユラ、ジュリ。

 

 オーブからずっとついて来てくれた友人の少女3人は、これで全員、命を落としてしまった事になる。

 

「カガリ・・・・・・」

 

 悄然とするカガリに、地球軍の掃討を終えたアスランが語りかける。

 

 それに対してカガリは、零れ落ちる涙を強引に拭うと立ち上がった。

 

「行こう、もうすぐそこなんだろ」

 

 いっそ淡々とした調子で、カガリは言った。

 

 悲しむのはあとでもできる。今は、これ以上の悲しみを増やさない事が重要だった。

 

 そのカガリの決意をくみ取り、アスランや、他の同盟軍兵士達も後に続く。

 

 破滅の時はたゆむ事無く、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 全ての障害を排除し、突入隊はようやく司令室の扉を開く事に成功した。

 

 まだ内部にいた敵が銃を手に応戦してくるが、それはアスラン達が手早く排除して中へと入る。

 

 中央指令室内部は、そこで行われた惨劇を物語るように、辺り一面血の海と化していた。

 

 嘔吐が込み上げて来る。

 

 ここには100人以上のオペレーターが詰めていた筈。その全員が殺されたとなると、状況は想像を絶している。

 

 しかし、悠長に眩暈を覚えている暇は無い。こうしている間にも、ジェネシスの発射シークエンスは進められているのだ。

 

「2人は見張りに残り、ただちに作業に入れ!!」

「ハッ」

 

 カガリの指示を受け、2人の兵士が入口の見張りに立つと、アスランを含めて数人がコンソールに飛びついて、作業を開始する。

 

 とにかく発射シークエンスを止めるか、せめて射線を逸らすように仕向けなくてはならない。

 

 だが、作業を開始して暫くすると。

 

「カガリ様、ダメです」

 

 兵士の1人が、悲痛な叫びを発した。

 

「既に発射シークエンスは最終段階に入っている。今から発射を止めるのは無理だ」

 

 アスランが、額に汗を滲ませて言う。

 

 既にジェネシスの内部には、充分なエネルギーが充填されてしまっている。今から発射を止めるのは不可能だった。

 

「なら、射線の変更は?」

「それも無理だ。もう時間が無い」

 

 ジェネシスの動きは遅い。射線を変更する前に発射されてしまう。

 

 万事休す。

 

 最早、自分達に打つ手は無い。プラントは撃たれ、多くのコーディネイター達が命を落とす。それを止める手立ては無い。

 

 誰もが絶望に打ちひしがれた。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・ヤキンを自爆させよう」

 

 アスランがポツリと言った。

 

「アスラン?」

 

 怪訝な面持ちのカガリを余所に、アスランは再びコンソールに飛びつくと、一心不乱に指を動かしキーを打ち込んで行く。

 

「ジェネシスはヤキン・ドゥーエで発射シークエンスを管理している関係で、システムがリンクしている。ヤキン・ドゥーエの自爆と連動させることで、ジェネシスを自爆させる事ができるかもしれない」

 

 言いながらも、アスランは目を逸らさずにキーを打ち続ける。

 

 やがて、

 

「よし、行けるぞッ」

 

 システムをダイレクトに繋ぎ、シグナルを連動させる。同時並行でヤキン・ドゥーエの自爆シークエンスを立ち上げ進めていく。

 

 アスランの意図を理解した他の兵士達も、手伝って作業を進めていく。

 

 その時、入口の方で銃声が響いた。

 

「カガリ様、お急ぎくださいッ 敵の増援です!!」

 

 見張りに立っていた兵士が、応戦しながら叫ぶ。

 

「まだか、アスラン!?」

「もう少し・・・・・・よし、できたッ」

 

 最後にエンターキーを押しこむと同時に、パネルにはカウントダウンの数字が流れ始める。

 

 自分達が脱出する時間も含めて、タイムリミットは15分に設定。数字は勢い良く減り始める。

 

「よし、良いぞ、急げ!!」

 

 アスランに促され、撤収を開始する一同。

 

 目的を達した以上、長居は無用だった。

 

 

 

 

 

 速い

 

 キラはコックピットの中で、思わず息を飲む。

 

 フレイの操る機体。

 

 トルネード。

 

 外装を強制排除して現れた機体は、それまでのデッドウェイトを振り払ったかのように、圧倒的な加速力と機動力でフリーダムへ迫ってきた。

 

「クッ!?」

 

 振るわれるビームサーベルの一閃。

 

 その一撃を、フリーダムはシールドを翳して、辛うじて回避する。

 

《やるわねッ けど、まだまだ!!》

 

 言い放ちながら、トルネードを反転させるフレイ。

 

 そこへ、フリーダムはビームライフルを撃ち放つ。

 

 しかし当たらない。

 

 フレイは機体を急激にターンさせて、攻撃を回避したのだ。

 

 その急な動きに、フリーダムの照準が追いつかない。

 

「クッ そんなッ!!」

 

 焦ったキラは更に立て続けにライフルを放つが、トルネードはヒラリヒラリと回避する。

 

《遅いわよ!!》

 

 叫びながら、腕に仕込んだビームガンを放つトルネード。

 

 その攻撃を、キラはフリーダムを上昇させて回避する。

 

 そこへ、トルネードが追撃として斬り込んで来る。

 

 振るわれる光剣の一撃。

 

 その攻撃を、フリーダムは辛うじて回避する。

 

「何だ、この動きは!?」

 

 常識を遥かに超える程の攻撃を前に、キラは反撃もままならず後退しようとする。

 

 しかし、その時には既に、トルネードはフリーダムの前に接近していた。

 

《逃がさないわよォ!!》

 

 斬り上げるようなビームサーベルの一撃。

 

 その一閃が、フリーダムの前面装甲を掠める。

 

「クッ!?」

 

 どうにか後退しながら、フリーダムのビームライフルを放つキラ。

 

 しかし、やはりトルネードは、ヒラリヒラリと回避して、全く命中しない。

 

 トルネードは言わば、シルフィードの設計思想を極限まで先鋭化した存在だ。

 

 基本は「防御力を犠牲にした上での機動性の確保」だが、例えばM1の場合は「防御力を維持したまま可能な限り軽量化する」事を目指し、装甲には、鋼鉄より軽量で、かつ強度も高い発砲金属装甲を採用している。

 

 しかしトルネードはそれらとは異なり、「戦闘が可能なぎりぎりのラインまで装甲を削りきる」事を目的としている。その為、装甲には強化プラスチックを採用。武装もビームサーベル2本に、アンチビームスモールシールド2基、そして腕部のシールド下に仕込んだビームガン2基のみである。

 

 フリーダムが天使なら、トルネードはさしずめ妖精だろうか? それくらい華奢な機体は、宇宙空間にいるにもかかわらず、まるで風に舞うようにフリーダムの攻撃を回避する。

 

 一発でも食らえば、撃墜必至のトルネード。

 

 故に、パイロットには全ての攻撃を回避する技量が求められる。

 

《逃がさないと、言ったわよ!!》

 

 両腕のビームガンを連射してくるトルネード。

 

 その攻撃を回避するフリーダム。

 

 しかし、

 

《遅いィィィ!!》

 

 フレイの叫びと共に、一気に斬り込んで来るトルネード。

 

 その一撃が、フリーダムの右足を斬り飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 とっさに距離を置くキラ。

 

 全砲門を展開し、フルバーストモードへ移行する。

 

 迸る虹色の閃光。

 

 しかし、

 

 それすらフレイは、あっさりと回避してしまった。

 

《そんな遅い攻撃ィッ 当たる筈ないでしょうがァァァ!!》

 

 言いながら、ビームガンを連射。

 

 フルバーストモードに移行していたフリーダムは、ビームライフルと、左腰のクスィフィアスを一気に吹き飛ばされた。

 

「そんな・・・・・・」

 

 愕然としつつも、キラはビームサーベルを抜き放つ。

 

 自分が、

 

 この自分がこうまで一方的にやられて行くとは。

 

 自慢ではないが、キラにも今までの戦いを生き抜いて来たという自負がある。その自分が、まさか手も足も出ないとは。

 

《どうかしら、昔の自分の機体に嬲られる気持は?》

 

 ビームガンを放ちながら、フレイが話しかけて来る。

 

《圧倒的な力でねじ伏せられる気持はどうかしら?》

 

 その攻撃を、シールドで防ぎながら、どうにか距離を置こうとするキラ。

 

 それを追って、フレイも前へ出る。

 

《でもね・・・・・・》

 

 一瞬、砲撃が止む。

 

 次の瞬間、

 

《あたしの苦しみは、こんなもんじゃなかったわよ!!》

 

 一気に接近して来るトルネード。

 

《その苦しみを、アンタにも味あわせてあげるわ!!》

 

 振るわれる光刃。

 

 その攻撃を、フリーダムはとっさに後退して回避する。

 

《もうすぐ、この世に絶望が降り注ぐ!!》

 

 それを追って、前に出るトルネード。

 

《あたしが、絶望を振りまく!!》

 

 振り下ろす光刃。

 

《そして、世界を終わらせてあげるわ!!》

 

 その一撃を、後退しながら

 

 キラは、シールドで振り払った。

 

《アンタ達にパパを殺されッ 地球軍に入ったあたしは、来る日も来る日も、過酷な訓練ばかり!!》

 

 振るわれる剣の一撃を、フリーダムは辛うじてシールドで防ぐ。

 

《罵られ!! 貶められ!! けなされ!! 自分のあらゆる人格が否定されるような日々!!》

 

 フリーダムはとっさに反撃の剣を振るうが、その前にトルネードは、後方に飛び退く。

 

《いつしか、昔の自分がどんなだったかすら判らなくなった!!》

 

 後退しながらトルネードがビームガンを放ってくるのに対し、フリーダムはシールドで防ぎながら後退するしかない。

 

《そんな気持ちが、アンタに判る!?》

「それでも、こんな事が許される訳が無い!!」

 

 加速するフリーダム。

 

 その一瞬の行動に、フレイは対応が追い付かなかった。

 

 トルネードの剣を、シールドで跳ね上げるフリーダム。それと同時に振るった光刃が、トルネードの左足を斬り払う。

 

「君の気持は判った。けど、それでもコーディネイターを全滅させようとするなんて、絶対に間違っている!!」

《クッ!?》

 

 後退しながら、ビームガンを放つトルネード。

 

 しかし、片足を失ったバランスの補正が追いつかず、僅かにフリーダムの翼端を削るに留まる。

 

 その間にキラは更に接近しビームサーベルを一閃、トルネードの左腕を斬り飛ばした。

 

「目を覚ますんだ、フレイッ こんな事をしちゃいけない!!」

《アンタが言うなァァァァァァ!!》

 

 叩きつけるような一言。

 

《あたしから幸せを奪ったアンタが、偉そうに綺麗事言ってんじゃないわよ!!》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静寂が両者の間に訪れる。

 

 フリーダムは直撃弾多数を受けて、既にボロボロの状態。

 

 対して、トルネードも片腕片足の状態にまでなっている。

 

「・・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 暫くしてから、キラは口を開いた。

 

「今の君を、そんな風にしてしまったのは、僕だ。それはもう、償えないかもしれない」

 

 ゆっくりとしゃべるキラに対し、フレイは無言のまま聞き入る。

 

「けどね、もう戻る事は出来ないの?」

《・・・・・・え?》

 

 キラの言葉に、

 

 初めてフレイの中で、動揺が起こった。

 

「確かに、君は変わってしまったのかもしれない。以前の君じゃないのかもしれない。けど、勇気を出せば、昔の君にだって戻る事ができる筈だよ」

《そんな・・・・・・そんな事・・・・・・》

 

 昔の自分。

 

 昔の、まだ無垢だった頃の自分。

 

 友達と楽しくおしゃべりして、休日、遊びに行く予定を立てて、流行のオシャレ情報を読み漁ってた頃。

 

 そんな光り輝いていた頃の自分。

 

 そして、

 

「サイも、きっと君の事を待ってる」

「あ・・・・・・さ、サイ・・・・・・」

 

 婚約者だった少年。親の決めた事とか、そんな事は全く関係なく大好きだったサイ。

 

「どう、して・・・・・・」

 

 どうして、今まで、彼の事を思い出せなかったのだろう?

 

 あんなに大切に思っていたのに。

 

 涙が、零れ落ちる。

 

 ここにくるまでに失った物の、何と多い事か。

 

 優しかった父、大切な友人、幸せだった生活、大好きなサイ。

 

 そして、自分自身。

 

 何もかもが、あまりに変わり果ててしまっていた。

 

《・・・・・・・・・・・・戻、れるの?》

 

 ややあって、フレイはか細い声で尋ねた。

 

《また、あの生活に、戻れるの?》

「戻れる。君が望みさえすれば、きっと戻れる」

 

 そう言って、手を伸ばすキラ。

 

 フレイも、それに導かれるように、キラに向けて手を伸ばす。

 

 2人の手が結ばれる。

 

 これで、全てが終わった。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 トルネードのコックピットを、閃光が貫いた。

 

 

 

 

 

《あ・・・・・・・・・・・・》

 

 キラが呆気にとられる中、

 

 フレイが、声を漏らす。

 

 次の瞬間、トルネードは閃光と爆炎に包まれ、四散した。

 

「フレェェェェェェイ!!」

 

 手を伸ばしたキラの目の前で、少女は炎の中に沈み、消えていった。

 

 そして、

 

《クハハハハハハハハハハハハハハ!!》

 

 耳障りな哄笑が、スピーカーから流れ出て来た。

 

 視線を向けるキラ。

 

 そこには、

 

《残念だったなァ キラァッ もうちょっとだったのになァ!!》

 

 忘れる筈も無い、仇敵の姿が。

 

 ジャスティス、フリーダムと交戦して半壊したフォーヴィアは、頭部、両脚、両腕を失い、下半身もごっそり抉られて、殆ど残骸のような様相をしている。

 

「クライブッ!!」

 

 フォーヴィアは見た限り、動くかどうかも怪しい程に損壊しているが、それでも唯一残ったギガスのスキュラを使い、トルネードを背後から撃ち抜き撃墜したのだ。

 

《折角おもしろそうだと思って覗いてみれば、何だよ、この茶番はよ? がっかりさせてんじゃねえよ!!》

 

 言いながら放ったスキュラが、フリーダムの左肩を直撃し、肩から先を吹き飛ばす。

 

《目障り過ぎて目ヤニが湧くぜッ 良いからテメェも、もう死ねよ!!》

 

 更にスキュラを放つフォーヴィア。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 キラの中でSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 キラは残ったフリーダムの右手でビームサーベルを抜き放つと、もう一方のサーベルの柄と連結させ、アンビテクストラスハルバードを構える。

 

 そして、スラスターを全開まで吹かし、フォーヴィアへと突撃する。

 

「クライブッ お前は、お前だけは、絶対に許さない!!」

 

 その鬼神の如き、凄まじい咆哮。

 

「うッ!?」

 

 あまりの激しさに、思わずクライブはのけ反った。

 

 放たれたスキュラが、僅かに逸れ、フリーダムの左翼を薙ぎ払う。

 

 しかし、クライブにできたのはそこまでだった。

 

 スキュラを撃ち切り、動きを止めたフォーヴィア。

 

 そのコックピットへ、

 

 フリーダムのビームサーベルが、根元まで深々と突き刺さった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 サーベルを突き刺した状態で、動きを止めるキラ。

 

 対して、

 

《・・・・・・ク・・・・・・ハハ、ハ・・・・・・》

 

 通信回線から、僅かに聞こえて来るクライブのくぐもった笑い。

 

 正に、その瞬間だった。

 

 フリーダムとフォーヴィア。

 

 2機の足元、ヤキン・ドゥーエの地上に巨大な亀裂が走った。

 

 それを認識した瞬間、

 

 亀裂から炎が噴き出し、2機をあっという間に包み、飲み込んで行く。

 

 キラは、とっさに機体を脱出させようとするが、それももう叶わない。

 

「・・・・・・・・・・・・エスト」

 

 最後に、自分自身でそう呟いた気がしたが、それすらももう判らない。

 

 そのまま、キラの意識は炎に呑まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 自爆シークエンスが始まった時、アスラン達はちょうど脱出の為に連絡艇に乗り込んだところだった。

 

 激しい戦闘により、突入隊は当初の5分の1以下にまで減少していた。

 

 その全員が連絡艇に乗り込んだ瞬間、思わず立っていられなくなる程の激震が走り、廊下側から炎が一気に迫って来るのが見えた。

 

「始まったぞ、急げ!!」

 

 カガリの声に急かされるように、アスランは連絡艇のエンジンを点火し、スラスターを逆噴射に入れる。

 

 急激な加速により、一気に後退する連絡艇。

 

 その連絡艇に掴みかかるように、炎が迸って来る。

 

 間一髪、橋頭堡が炎に飲み込まれた瞬間、連絡艇は宇宙空間に放り出されるように脱出する事に成功した。

 

 その姿は、ボロボロに大破しながらも奮戦を続けていた大和でも確認できた。

 

「味方連絡艇の脱出を確認!!」

 

 オペレーターの声にモニターを振り仰ぐと、真っ直ぐにこちらへと向かって来る脱出艇の姿が映った。

 

「すぐに収容準備急げッ それからデュエル、及びアスカ機へ打電。『作戦完了、ただちに帰還せよ』。脱出するぞ!!」

 

 ユウキの命令に従い、ただちに収容準備が開始される。

 

 唯一、要塞から戻って来る事ができた連絡艇をフライトデッキに収容する。

 

 同時に、反対舷からはデュエルと、シンのM1がふらつくように着艦するのが見える。

 

 両機ともボロボロに傷付いているが、それでもパイロットは健在なようで、開いたフライトデッキに無難に着艦する。

 

 それを確認すると、大和は長大な艦首を振り、よろめくように要塞から離れていく。

 

 突入隊の上陸から帰還まで橋頭堡を守り抜いた事を満足するように、その傷付いた体を再び虚空へと泳がせる大和。

 

 一拍置いて、ヤキン・ドゥーエ表層の亀裂は、一気に回復不能なレベルまで拡大する。

 

 そこかしこから炎と閃光が躍り、要塞その物を飲み込んで行った。

 

 ほぼ同時に、ジェネシスでも異変が起こった。

 

 巨大なパラボラアンテナ型の大量破壊兵器は、突如、その表面に閃光が走ったかと思うと、一気に爆炎が噴き出し、崩壊していく。

 

 その様子は、地球軍艦隊と交戦しているエターナルとクサナギからも確認する事ができた。

 

 内部にエネルギーをため込んだジェネシスの爆発は凄まじく、近くに陣取っていた地球軍艦隊は巻き込まれる物もあるくらいである。

 

 その様子を見て、バルトフェルドは反転離脱を命じる。

 

 誰もが呆然と見守る中、

 

 人類を震撼させた大量破壊兵器は、ゆっくりとその身を炎の中へと沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終戦の鐘の音が、響き渡る。

 

 ジェネシス崩壊とほぼ時を同じくして、ザフト軍、地球連合軍は共に戦闘行動を停止した。

 

 地下で活動を続けていたクライン派が、監禁されていたアイリーン・カナーバ以下、旧プラント穏健派を奪還する事に成功した事が大きな原因である。

 

 救出されたアイリーンはその足で兵士達を率い、衛星にある軍本部を制圧。エザリア・ジュール以下、強硬派議員達を逮捕、拘束し主導権を奪取する事に成功したのだ。

 

 アイリーン・カナーバの名前で、地球連合軍に停戦の申し入れが成され、地球連合軍次席指揮官がその申し出を受諾。停戦協定に合意が成された。

 

 両軍とも、この一戦で凄まじいまでの損害を出している。

 

 事実上、戦闘不能による行動停止に近いが、なにはともあれ、これで2年続いた戦争が事実上の集結を迎えた事だけは確かだった。

 

 そして、

 

 

 

 

 

「すまない」

 

 悄然としたまま、アスランは目の前の少女に詫びる。

 

 ここはアークエンジェルの艦内。

 

 ヤキン・ドゥーエとジェネシスの崩壊を確認したL4同盟軍は、旗艦アークエンジェルと合流後、戦場からの離脱を計っていた。

 

 何しろ戦闘が終結したとはいえ、同盟軍は地球軍ともザフト軍とも敵対した身である。血の気の余っている両軍の部隊から襲撃を受ける可能性は考えられる。

 

 それに対して同盟軍には、最早まともな戦闘力を保持した機体は1機も残っていなかった。

 

 故に、安全確保の為にも速やかに戦場を離脱する必要があるのだ。

 

 だが、

 

 撤収する同盟軍の中に、功労者の1人である少年の姿は無かった。

 

 キラは、ついに戻らなかったのだ。

 

 念の為、損傷の小さいエターナルがギリギリまで戦場宙域に留まり捜索に当たったが、フリーダムが帰還する気配も、固有の救難信号をキャッチする事もできなかった。

 

 MIA。そう認識せざるを得なかった。

 

「・・・・・・別にアスランが謝る事でもないと思います」

 

 ややあって、エストは淡々と言った。

 

 いつも通りの抑揚を欠いた言葉づかい。

 

 傍らで見守っているラクスとカガリも、心配そうな目を少女へ向けて来ている。

 

「どうせ、あの人は碌な死に方はしないだろうと思っていましたし。約束も守れないような、人でしたから・・・・・・」

「エスト?」

 

 カガリが声を掛けるのも構わず、エストは語り続ける。

 

「むしろ、贅沢な死にかただったかもしれません。テロリストとして処刑されるよりも、地球やプラントを守って死ぬ事ができたんですから」

 

 突き放すように、冷たい言葉を吐くエスト。

 

 そんな少女に対して、

 

「エスト・・・・・・」

 

 ラクスが、そっと語りかける。

 

「無理をしなくても、良いのですよ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 ラクスの言葉に振り返るエスト。

 

 その瞳から、

 

 一筋の涙が零れ落ちた。

 

「クッ」

 

 その姿を見て、カガリが駆け寄ると、少女の小さな体を抱きしめる。

 

「・・・・・・カガリ?」

「馬鹿野郎ッ 泣きたい時は、泣けば良いんだよッ いつまで、そうやって気取ってるつもりだよ!?」

 

 カガリのその一言が、エストの精神を支えていた最後の糸を断ち切る。

 

 堰を切ったように、つぶらな瞳からはポロポロと涙が零れ落ち、顎を伝って床へと落ちていく。

 

「・・・・・・・・・・・・キ・・・・・・ラ・・・・・・」

 

 最早、感情の激流を、止める事ができなかった。

 

「・・・・・・キラ・・・・・・・・・・・・キラァッ・・・・・・・・・・・・」

 

 自らが初めて発する程、大きな感情の波に翻弄され、少女は止め処無く慟哭の声を上げる。

 

「おねがい・・・・・・ひとりにしないで・・・・・・・・・・・・」

 

 愛する少年を失い、泣き続ける少女の声。

 

 ただそれだけが、失われた者達への弔鐘として、いつまでも静かに鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

PHASE-41「LAST SEED」      終わり

 



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FINAL PHASE「それでも世界は廻り続ける」

 

 

 

 

 まるで、あの戦いが嘘であったかのように、世界は変わり無く過ぎようとしていた。

 

 一度は人類が絶滅しかけた事など知らぬげに。

 

 後に最終決戦の舞台となった戦場から名前を取られ、「ヤキン・ドゥーエ戦役」と言う名称で呼ばれる戦争が停戦合意に達してから3か月が経過し、地球連合、並びにプラントの代表団は、連日のように講和案の検討に追われていた。

 

 戦端が開かれる原因となった場所で締結された事から「ユニウス条約」の名前で呼ばれる事になる講和条約の草文の内容としては主に、賠償問題、戦争犯罪人の取り扱い、軍縮、Nジャマーキャンセラー等一部技術の兵器転用禁止、占領地の処遇などに言及されている。

 

 尚この間、大戦初期に大西洋連邦によって占領、併合された南アメリカ合衆国において独立戦争が起こるなど、世界は必ずしも平たんな道を歩んでいる訳ではない。

 

 だがそれでも大多数の人達にとって、戦争は昨日よりも過去の出来事になろうとしていた。

 

 緩慢に、しかし確実に、激動の時代は過去の記憶の中にのみ存在する物になろうとしていた。

 

 

 

 

 

 宇宙ステーション「アシハラ」

 

 戦前から進められてきた軍主導による「宇宙艦隊建造計画」その拠点となるべく、オーブ連合首長国がデブリ帯の中に建設を進められてきた基地である。

 

 軍施設だけでは無く、民間用船舶の活動拠点としての機能も備えられ、オーブの宇宙進出の拠点として期待されていた。

 

 オーブ陥落と共に建造も半ばで中断されていたが、主権が回復するとともに建造再開され、つい先頃、完成を見た。

 

 そのアシハラの周囲を、数機の機体が飛翔していく。

 

 3機編隊で宇宙空間を飛翔するその機体は、かなりのスピードだ。大戦中の機体ですら、ここまでの速度を出せる機体はそうはいなかったように思える。

 

 と、3機は一斉に形を崩したかと思うと、突然人型に変形。同時にまた編隊を組んで飛翔する。

 

 XMVF-M11C

 

 開発コード「ムラサメ」。

 

 オーブ軍が実戦配備を見据え、トライアルを進めている機体である。

 

 先のオーブ防衛戦での戦訓を見据え、代表首長に就任したカガリ主導の下、沿岸防備型の軍隊から外洋制圧型の軍隊を目指しているオーブ軍は、航空戦力の拡充にも力を入れている。

 

 ムラサメの開発も、その一環である。

 

 現在、オーブ空軍では、既存のM1アストレイに2基の回転翼を外付けしたアストレイ・シュライクが主力を務めているが、機動力と後続力に難がある事が指摘されている。

 

 そこでこのムラサメは、戦闘機型のモビルアーマーへ変形する機構が設けられ、機動力は飛躍的に高まっており、オーブを守る新たな翼として期待を寄せられていた。

 

 このムラサメは宇宙専用の改良を施した機体だが、同時並行して、宇宙戦では不要な翼を取り外し、武装と索敵能力を強化した機体も設計されている。

 

「オーケー、リリア、シン、今日のテストは終了、帰投するわよ」

 

 編隊長をと止めるライア・ハーネット二尉は、列機に対しそう告げる。

 

 彼女が率いる小隊には、かつての戦友であるシン・アスカ軍曹とリリア・クラウディス曹長も所属していた。

 

 かつては民間人としてオーブに住み、地球軍の侵攻によって両親を失ったシン。

 

 彼は若輩ながら、戦中には同盟軍の中核として活躍し、戦後もオーブ軍に在籍し続けていた。

 

 今やオーブ軍内でも、彼に勝るパイロットはそう多くないだろう。

 

 そしてリリア。

 

 サイ、トール、ミリアリア等、ヘリオポリスの友人達が軍を抜ける中、彼女だけは戦後も軍に留まり続けている。どうやら、アークエンジェルで整備兵やパイロットとして戦っている内に、メカニック関係に対する興味が強くなったようだ。元々、機械工学系の学生であっただけに、その選択にも頷ける物がある。

 

 ライアも戦時中から言っていた通り、プラントには戻らずそのままオーブへと移籍し、そのままオーブ軍へと在籍。今ではオーブ軍においてモビルスーツ隊の隊長を任されるまでになっていた。

 

《なあ》

 

 間もなく母艦が見えて来る宙域まで来た時、シンが声を掛けて来た。

 

「ん、何?」

《このトライアルって、いつまでやるんだっけ?》

 

 シンの質問に対し、リリアは自分の脳内のスケジュール表を開いて答える。

 

「明日は、向こうのチームが最終調整する予定だから、模擬戦は明後日ね。それが済めば評価段階に入る事になるわ」

《なら、評価は地上でやる筈だから、模擬戦さえ終われば、俺達は帰れるんだよな?》

「そうね」

 

 そもそも、評価自体は設計に携わった技術陣や、作戦担当の参謀も加わる為、後日改めて、と言う形になる。自分達の任務は、あくまで模擬戦と、その後、パイロット独自の意見を纏める事だけだ。これは地上に戻ってからでもできる。

 

《やったねシン。これで、どうにか間に合いそうだよ》

「ん、何かあるの?」

 

 リリアが弾んだ声を出したのを、ライアは怪訝そうに尋ねる。

 

 彼女の記憶には、何か重大な予定があったようには思えない。と言う事は、シンとリリアの間で、何か個人的な予定があったのかもしれない。

 

《ああ~ うん。実はさ、もうすぐマユちゃんの授業参観の日なの。シンはさ、それに行こうと思ってずっと頑張って来たんだ》

 

 その言葉に、ライアは納得した。

 

 シンの妹であるマユは今、オーブ本国で中学校に通っている。その授業参観日が迫っているらしい。

 

 両親が死んでからシンは、マユを目の中に入れても痛くない程に溺愛している。そのマユの為なら、任務すらすっぽかしかねない勢いである。もっとも、流石にそれはまずいので、リリアがブレーキ役を務める事が多いのだが。

 

《それよりシン、マユちゃんの修学旅行の積立金、もう振り込んだ?》

《・・・・・・・・・・・・あッ》

 

 突然、家庭じみた会話になったと思ったら、シンがすっとぼけた声を上げる。どうやら、今の今まで完全に忘れていたらしい。

 

 途端に、スピーカーからリリアの呆れ声が聞こえて来る。

 

《ハァ? あれ確か、今日まででしょ? どうすんのよ?》

《き、基地に帰ったらやるよ!!》

《それだけじゃないわよ。マユちゃんの進路調査のプリントも、ちゃんと見た?》

《あ、当たり前だろ・・・・・・》

《あと、マユちゃん成長期だから、もうすぐ新しい制服も必要になるわよ。学年上がるから、教科書も買わなきゃいけないし》

《わ、判ってるよ!!》

 

 何やら通信越しに痴話げんかを始める2人。

 

 1人、盛大に置いてけぼりを食らったライアは、深々と溜息をつく。

 

「・・・・・・つーかアンタ達、それ、どこの御父兄の会話よ?」

 

 そんな事を言っていると、大型のデブリの影から母艦の姿が見えて来た。

 

 水上艦を思わせる長大なフォルムに、船体から突き出した無数の砲台。

 

 戦艦大和は、戦時中から変わらぬ雄姿を、今も宇宙空間にとどめ置いている。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役における殊勲艦は、同時にオーブ軍宇宙艦隊の初代総旗艦に就任し、オーブの宇宙を守り続けている。

 

 ライアの口元に、笑みが浮かぶ。

 

 今、あの艦の艦橋では、2代目艦長となったユウキが指揮を執り続けている。

 

 彼とまた会う事ができる。そう考えると、自然と心が浮き立つのだった。

 

 

 

 

 

 イザーク・ジュールは、不機嫌の極みだった。

 

 元来、生真面目な性格ゆえか堅物と取られがちの彼だが、私生活においてはむしろ気さくな面が強い。

 

 そんなイザークが、ここのところ不機嫌な事が多い。

 

 理由は、彼の新任の副官にあった。

 

「隊長、この報告書、誤字が多いぞ」

「クッ・・・・・・」

「書類にサインはまだか隊長? 早くしてくれないと仕事が滞る」

「ウグッ・・・・・・」

「午後からはエルスマン隊との合同演習も控えているんだ。隊長自ら遅刻してたら様にならないぞ」

「ウグググッ」

 

 バンッ

 

 たまりかねて、掌を机に叩きつけるイザーク。

 

「文句ばかり言ってないで、貴様も少しは手伝ったらどうなんだ!?」

 

 机をたたいたショックで、うずたかく積まれていた書類の何割かが床へと落ちる。

 

 歴戦の隊長の怒号。

 

 並みの兵士なら、それだけで震えあがるだろうが、生憎この副官、その程度のか細い神経の持ち主ではないようだ。

 

 やれやれとばかりに肩を竦め、苦笑気味に口を開く。

 

「おいおい、俺は自分の仕事をきちんとこなしてここにいるんだ。そんな事言われるのは心外だぞ」

「ウググググググッ」

 

 歯ぎしりするイザーク。

 

 だがしかし、相手が言っている事は一分の隙も無く正論なので、言い返す事もできない。

 

 緑服を着たこの副官、有能であるのは確かである。部隊を指揮させれば類稀なる戦術家の才を示し、モビルスーツを手足のように扱い、おまけに事務方の仕事をやらせれば、どんな官僚型軍人よりも、仕事は正確でかつ早かった。

 

 この副官、名前をアスラン・ザラと言う。

 

 ついこの間まで、父親が前プラント最高評議会議長を務めていた男である。

 

 プラントに戻ったアスランは、当然の如くその身を拘束され、裁判の場所に連れ出された。

 

 罪状はあまりに多い。利敵行為、情報漏洩疑惑、スパイ幇助疑惑、ヤキン・ドゥーエにおける破壊工作、エターナル、およびフリーダム強奪時における反逆罪も加味される。そこへ、イリュージョン追撃任務の失敗も加わる。

 

 大破したジャスティスは持ち帰ったものの、充分に国家反逆罪が適用されるレベルだ。

 

 しかし、カナーバ議員を始め、旧クライン派の議員達が温情措置を取った事、プラント壊滅を未然に防いだ事、その他、多くの場所から助命嘆願が寄せられた事により、特務隊としての特権剥奪、及び緑服への降格処分で軍務復帰が命じられた。

 

 そこでイザークは、アスランを新任の副官として自分の部隊に招いたのだ。

 

 いつか宣言した通り、イザークはアスランの上に立つ事ができたのだ。

 

 しかし、

 

 なぜだろう?

 

 ちっとも上に立った気がしなかった。

 

 アスランが優秀な男である事は疑いようも無く、その能力を如何なく発揮して自分を補佐してくれている。

 

 しかし御覧の通り、あまりに優秀すぎる為、何やら傍から見ればイザークの方がアスランに扱き使われているような感じになってしまっていた。

 

 それにしても、

 

 イザークは、改めてアスランに目をやる。

 

 似合わない。

 

 数十万規模のザフト全軍を見回しても、これほど緑が似合わない男も、珍しいのではないだろうか?

 

 評議会の温情措置とはいえ、イザークはそれだけが不満でならなかった。折を見て上伸し、アスランの赤服復帰を訴えようかとも思っているくらいである。

 

 まあ、とは言え、

 

 どうせアスランの事だ、余計な事をしなくても、どの道何れは自分で自分の立場を取り戻す事だろう。

 

 この男に、赤以外の色が似合う筈も無いのだから。

 

 そう考え、フッと笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだ隊長。エルスマン隊との演習後の合同打ち上げ会だが、払いは全部、隊長持ちと言う事で話を通しておいたからな」

「いい加減にしろ、貴様ァッ!!」

 

 

 

 

 

 うちつける波の音が、耳に心地よく響いて来る。

 

 ここには聞き慣れた爆音も無く、モビルスーツの駆動音も聞こえない。

 

 日がな一日、この場に座って過ごすのも悪くないと思っているくらいだ。

 

 「まるで、おばあちゃんになったみたいですよ」とは、ラクスによく言われて笑われている。

 

 エストは、そんな海を、ただ黙って見つめている。

 

 ここはマルキオ導師の庵がある小島。

 

 かつて、ここからほど遠くない場所で、エストとキラは共に戦い、そして共に人生の転機を迎えた。

 

 あの時エストも、そしてキラも、一度死んだ。

 

 そしてラクスやシーゲル、マルキオと言った多くの人達に導かれ、生まれ変わる事ができた。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、大好きな少年の名を呼ぶ。

 

 エストの下から、永遠に失われてしまった少年。

 

 だが、

 

 海原を見詰めるエストの目は、虚ろではあるが、何処までも真っ直ぐに先へ先へと注がれている。

 

 キラは生きている。

 

 必ず生きている。

 

 根拠なんてない。事実として、今に至るまでキラが生きていると言う確証は得られていない。

 

 だが約束を、エストは今でも忘れていない。

 

 キラは必ず帰ってくると言った。

 

 ならば、自分は彼の言葉を信じて待ち続けるだけだ。

 

 遠くから、ラクスが呼ぶ声が聞こえる。

 

 今日は確か、本島からカガリが遊びに来る日の筈。多分、料理を作るのを手伝ってほしいのだろう。

 

 立ち上がり、庵へと向かうエスト。

 

 その砂浜に描かれた小さな足跡も、やがて波にさらわれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED Illusion      END

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUE NEXT PHASE

 



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あとがき

 

 

 

 

 

 何と言うか、ついにやってしまった・・・・・・

 

 1日1話更新。

 

 ハッキリ言おう。

 

 こんな事二度とやらない(つーか、やれない)。

 

 

 

 

 

 皆様、こんにちは、ファルクラムでございます。

 

 何やらのっけから、全力で後ろ向きな発言をしてしまい申し訳ありません。

 

 さて、今作「機動戦士ガンダムSEED Illusion」にお目を通していただき、誠にありがとうございました。

 

 上記のとおり、この話は1日1話の更新で最後まで完結させましたが、タネを明かせばこの作品、ハーメルンさんに投稿を開始した時には既にPHASE-32の中盤まで完成していたんです。

 

 因みに、他の作品も同時並行で書きながら、その片手間で書いていたので、完成に至るまで4年の時間が掛かっています。

 

 では、その経緯について、少しだけ解説させて頂きたいと思います。

 

 

 

 

 

1、主人公

 

 ここまで読んでいただいた方にはお判りとは思いますが、本作ではSEEDの主人公であるキラ・ヤマトをオリキャラとして扱い、ストーリー自体は基本的に原作に沿った形で進行しました。

 

 実はそこに至るまで、散々試行錯誤しました。当初は完全なオリキャラを主人公に持って来ようかと思ったり、はたまた、人物と機体だけを貰って、世界観は全く別物にしようかと思った事もあります。

 

 オリ主の立ち位置にしても、「キラの友人」「ザフトの軍人」「オーブ軍人」など色々考え、ストーリーも途中(砂漠戦の辺り)から始めてみようか、とか色々考えました。

 

 しかし、それらの意見は、出た数と同じ分だけ没になりました。

 

 そもそもSEED放送時期から今に至るまで、SEEDオリ主物は、ネット上ではそれこそピンからキリまで発表されています。そんなとこに、新たにオリ主物を投下しても(主に私が)面白くない。

 

 そこでふと考えついたのが、「キラ自身をオリキャラにしてみてはどうか?」と言う事。

 

 賛否両論あるのは知ってますけど、私個人に限って言えばキラ・ヤマトと言うキャラクターは別に嫌いではない。そこに、新たなオリ主を入れようとするから、モチベーションが上がらないんじゃないか、と思った訳です。

 

 そこで、キラのキャラクター性は大きく変えず、ただ「元テロリスト」と言う経歴だけを加えて完成したのが、本作主人公「キラ・ヒビキ」です。あえて本名の方を採用したのは、象徴的な意味で原作のキラとは違う、と言う事をアピールしたかったからであり、それにもっともらしい意味を持たせる為に「幼い頃(ヤマト夫妻に預けられる前)に飛行機事故に遭い、奇跡的に生存。ゲリラに助けられて育てられる」と言う設定を付加しました。

 

 更にそれに伴い、ヘリオポリス組や、アスラン、フレイに対する接し方にも変化を入れました。

 

 キラに関しては、殆ど迷う事が無かったです。設定の骨子さえ作ってしまったら、後はほぼ勝手に動いてくれましたので。

 

 

 

 

 

2、ヒロイン

 

 当初のヒロイン候補として考えていたのが、実はリリアでした。何となく幼馴染系で世話焼きキャラと言うのを想像したら「こんな感じ」と言うのができ上がったので。

 

 しかし、ご存知の通り、リリアが活躍し始めるのは中盤以降になっているので、それまで存在感を維持するのは難しいし何より、書いていてダレてきたせいか(やっぱり主に私が)面白くないので、没案にしました。

 

 そこで次いで作ったのが、エストでした。

 

 コンセプトとしては「天然KYな無口妹系少女」です。

 

 立場的なモチーフには、スーパーロボット大戦OGのラトゥーニ・スボゥータをイメージしながら書きました。ラトゥーニはスクール出身の強化人間でしたが、SEEDにもお誂え向きにエクステンデットと言う設定があったので、「プロトタイプ・エクステンデット」と言う形でまとめました。

 

 エストの能力については「オルガ、クロト、シャニの6割程度。薬物調整や精神調整は必要ないが、その分能力は大幅に落ちる」と言う物にしました。多分、いくらブルーコスモスが鬼畜でも、初期段階の開発で危険な改造は施さないと思ったので。

 

 因みに外見と性格のイメージは、とある18禁ゲームのヒロインキャラから持ってきました。詳細は明かしませんが、実は一か所だけ、モチーフキャラの口癖をパクッた箇所があります。

 

 

 

 

 

3、ライバル

 

 クライブは、実は最初から考えていたキャラではありません。書き始めて暫くしてから、こう言うキャラも入れてみたい、と思ったので採用しました。

 

 こう書くと、私がこの手のキャラが好きなのかと思われるかもしれませんが、

 

 実を言うと苦手です。書く上でも、読む上でも。

 

 それでも採用した理由は「主人公が、この手のアンチキャラをぶっ飛ばすところを書きたかったから」です。

 

 当然、キャラを動かすに当たっては細心の注意を払いました。弱過ぎたら話にならないし、さりとて強すぎて、全くキラ達が歯が立たなくても困る。「卑怯で、残忍で、凄腕、かつクレバーでしつこいキャラ」を、ぶれさせないように書くのは、かなり骨が折れました。

 

 因みにモチーフについてですが、多分皆さんはアリーとかヤザンとかを思い浮かべているでしょうが、実はフルメタルパニックのガウルンだったりします。

 

 

 

 

 

4、原作キャラ

 

 フレイをラスボスにしよう。と言うのは、書き始めた段階で既に決めていた事でした。「フレイにパイロット技能があり、あくまで復讐に拘った場合」と言うのをシュミレートしたら、あんな感じになってしまいました。結果的に、原作よりも活躍させる事はできたんじゃないか、と自負していますが、何だかより悲惨な結末になってしまった気がします。フレイファンの皆さん、すいませんでした。

 

 ラクスがパイロットになる話は別に珍しくもありませんし、フリーダムに乗る話もいくつか見た事があります。その為、イリュージョンを出すと決めた時点で、ラクスがフリーダムに乗る事は、私の中で決まっていました。あえて、ラクスをヒロインから外した理由は、エストを出したかったから、と言うのもありますが、何だか原作を見ていると、キラがラクスに依存し過ぎているような気がしたから、と言うのも理由の一つです。その解消の為に、ラクスをヒロインから外しました。

 

 ムウとナタルの死についてですが、当初、ムウは生き残らせる予定でした。しかし、ムウとナタルの死はシーン的に連動していると言えるので、どちらかを生き残らせて、どちらかを殺すのは、正直、ストーリー的にバランスが悪い気がしました。では、どちらも生き残らせるか、とも思いましたが、そうなると、原作のあの状況からナタルをどうやって助けるか、が問題となり、それが考えつかないままタイムリミットとなった為、仕方なく、ここは原作通りにしました。加えて言えば、ムウを生き残らせると、後々、種デス編でやりにくくなると感じた事も原因の一つです。

 

 ニコルをモビルスーツに乗せなかった理由は2つです。1つは、ニコルを生き残らせたかった、と言う事。もう一つは、クルーゼ隊に女の子(ライア)を入れてみたかった、と言う事が理由です。原作通りの編成だと(くどいようですが主に私が)面白くなかったので。

 

 ちょっと判りにくかったかもしれませんが、パトリック・ザラにも、少しだけオリジナルの要素を入れました。「暴走しながらも、心の奥底では家族想い」と言った感じに。と言うのも、彼に振りかかった厄災を考えると、あの終わり方はあまりにも不憫だったもので。ただ、原作でも机の脇に妻と息子の写真を飾っていた事を考えると、私の考えは大きくは外れていないと考えています。

 

 

 

 

 

5、機体

 

 イリュージョンについては、当初、ザフト製ではなく、オーブ製の機体として考えていました。しかも、機体そのものよりもクラウ・ソラスの設定の方が、先にできていました。コンセプトとしては「核動力が使えない状況で、オーブが全く新しい技術を使い完成させた機体。ただし、核動力機の7割程度の出力しか得られず未完成の状態ながら、基本の武装を省エネ型に急遽変更して実戦投入。戦後に完成」と言う設定まで考えていたのですが、そうなると方々でストーリーに齟齬が生じてしまうので、泣く泣く没にしました。

 

 複座にした理由は、設定を考えている頃にスーパーロボット大戦Jや、同W、アナザー・センチュリーズ・エピソード3(全て、主人公機が複座)をプレイして「主人公とヒロインが一緒に機体を操縦する」と言う描写をやってみたかったからです。

 

 フリーダムやプロヴィデンスを見るに、SEEDでは手数で攻めるタイプの機体は多いですが、殲滅型の武器を使う機体は少ない(デストロイは論外)。そこでまず、殲滅型の武器(クラウ・ソラス)を設定し、ついでに、フリーダムが砲撃戦重視、ジャスティスが接近戦重視と来たので、じゃあ、イリュージョンは万能型にしようと思い、「劣化デスティニー」という案を採用しました。

 

 シルフィードに関しては、当初出す予定は特にありませんでした。キラの乗機に関しても普通にストライクを予定していたのですが、折角キラ自身をオリキャラにしたのに、機体がストライクでは(しつこいようですが主にわたry)面白くないと感じた為、当時既に放送が始まっていた00から、特に気に入っていたエクシアを持って来て、そこにエールストライカーを装備した物を想像して完成させました。

 

 フォーヴィアについては、とにかくクライブのキャラに負けないくらい、「強そうで凶悪」を目指してみました。結果、背中から手が生えてあんな感じに(汗)あんな機体、CE世界でも常識はずれなような気がします。

 

 アヴェンジャーに関しては、00でセラヴィーを見て「これは敵機として使ってみたい」と思った為、フレイの愛機にしてみました。因みに、背中の巨大ガンダム顔は、無い(爆)

 

 

 

 

 

 

6、最後に

 

 え~、長々と書き連ねてきましたが、これで最後となります。

 

今回の件で書き切れなかった分などは、種デス編の方で極力補完していきたいと思っています。

 

 では最後に、種デス編の、紹介を少しだけして終わりたいと思います。

 

 タイトルは、

 

 

 

 

 

『機動戦士ガンダムSEED Fate』

 

 

 

 

 

 コンセプトとしては「私(ファルクラム)が、こうあってほしかったと思ったSEED Destiny」と「シンを具体的な形で主人公にする」と言う事を目指して書きたいと思っています。

 

 どうか、御期待下さい。

 

 

 

 

 

 尚、

 

 Fateと銘打ってはいますが、

 

 某「リリカルな魔法少女のお友達の金髪ツインテールちゃん」

 

 や、

 

 某「どこぞの冬の街で7人のマスターが7人の英霊を従え、聖杯を求めて戦争するお話」

 

 や、

 

 某「中学教師をしている10歳魔法少年の、無口系ライバル君」

 

 は、

 

 全く、全然、毛の先程も関係ありません。

 

 あしからず(爆

 

 それでは、御愛読、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

2012年11月7日      ファルクラム

 



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